ラブライブ! ~one side memory~ (燕尾)
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俺が女子高に入るんですか、そうですか



どうも、初めましてな人はハジメマシテ。燕尾でございます。

ストーリー内容が頭にポンポンと浮かんだので文章にして落としてみました。いわゆる衝動書きです。

ストブラの小説も書いていてその息抜き、大学の勉強の息抜きとして書いていて気が向いたときに書いていく方針なので更新は不定期です。

これからよろしくお願いします。




「ようやくついた。ここか……」

 

 

俺、萩野遊弥は呟きながら立ち尽くしていた。

 

 

目の前にあるのは長年続いてきた伝統のある雰囲気の校舎。

 

校門には筆で書いたような綺麗な書体で「音乃木坂学院」と浮き彫りが描かれている。

 

「引き受けたはいいけど入りづらいな」

 

 

なんたって女子高だからなぁ。

 

というかこれ、男が入ること自体犯罪なんじゃないか?

 

入った瞬間、警報がなってすぐに警備員に伝わったるするんじゃないか? そしてそのまま警察に――ってそれは無いよな。学院施設に入って即逮捕とかそんな法律聞いたことないし、うん。

 

とりあえず入って理事長に会いに行かないとな。

 

 

ようやく考えがまとまり、動き始めたときだった。

 

「ちょっとそこのあなた、なにしてるの?」

 

「うっひゃあ!!」

 

突然後ろから声を掛けられてびっくりしてしまう。

 

「きゃあ!?」

 

俺の奇声に声を掛けた女の子まで驚いていた。だがそんなことは関係ない。どうにかしないと――

 

「ごめんなさいごめんなさい! 決して怪しいものではないのでどうか警察だけは!!」

 

 

こんな狼狽して謝り倒したら何かするって思われるに決まってるだろ! なにやってんだ俺!

 

 

「えっと、ちょっと落ち着いて? 聞きたいことがあるだけだから」

 

女の子は俺の狼狽っぷりを見てすでに落ち着いていたみたいだ。そこで俺もようやく正気に戻り、声を掛けた女の子を正面から見た。

 

スカイブルーの大きく綺麗な瞳に少し高めの鼻とプルンとした柔らかそうな唇。腰までありそうな艶やかで混じりけが一切無い金色の髪をシュシュでまとめポニーテールにしてそれがまたバランスが取れている。

 

そして、顔もさながらスタイルもそこらのモデルよりもモデルっぽい。可愛いというより、美人という括りに入るだろう。ひとことで言えば金髪美人というやつだ。

 

「ちょっと……」

 

まじまじと見すぎたのか金髪美人が戸惑いながら問いかけてくる。

 

「ああ、すみません。こんな綺麗な人見たのは初めてなので」

 

「き、きれっ!?」

 

今度は金髪美人が顔を赤らめて狼狽し始めた。

 

 

しまったぁ! 初対面の人になに言ってんだ、俺は!? いくら本心でもそれは駄目だろ!!

 

 

「ごめんなさい! 昔から人を見る癖がありまして……こんなことをいうのは気持ちが悪いですね。本当にすみません」

 

俺が頭を下げてそういうと金髪美人の人は、少し間を置いて、

 

「い、いえ、わたしもそんなこと言われ慣れてないだけで少し驚いただけだから気にしないで。それよりもいいかしら」

 

金髪美人は俺を見つめてくる。

 

「あなた、萩野遊弥君よね?」

 

「はい、そうですが……」

 

 

なんでこの人は俺の名前を知っているんだ? こんな綺麗な人に顔と名前を覚えてもらっているなんて嬉しいけど、少し怖いぞ。

 

 

「そんな構えないでいいわ。私は絢瀬絵里、この音乃木坂学院の生徒会長よ」

 

絢瀬絵里と名乗った少女は少し苦笑いするように言う。

 

 

ああなるほど、それなら納得だ。

 

 

大方案内役として理事長から頼まれたんだろう。覚えている限りだとあの人もそれなりに人使いが荒い人だからなぁ。

 

「あなたの話は理事長から聞いているわ。理事長室まで案内するから着いて来て」

 

「はい、お願いします」

 

こうして俺は生徒会長という強い味方をつけて、ようやく校舎に入ることが出来るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の足音が静かな廊下に響く。

 

それもそのはず、今日は土曜日でいる生徒といえば部活の生徒ぐらいだ。

 

校舎内の部活はほとんど文化部なのでみんな教室にいる。だが、静かなのはそのせいだけではない。

 

圧倒的に人が少ないのだ。教室も使われてないのが多く、机や椅子が積み重なって置かれている。

 

 

まあ、だから共学化なんだろうな。

 

 

外から聞こえる数少ない女子の掛け声を聞きながら俺はそんなことを思い、絢瀬先輩の後ろについて歩く。

 

ぴんと背筋が伸び正しい姿勢で歩く絢瀬先輩。その後ろ姿にはどこか見覚えがあった。

 

「ついたわ。ここが理事長室よ――ってどうしたの?」

 

「な、何でもありません!」

 

不思議そうに問いかけてくる絢瀬先輩に俺は慌てて返す。

 

「――そう」

 

そんな俺に絢瀬先輩の表情が変わる。悲しそうな、辛そうな表情だった。

 

だがそれも一瞬で、先輩は目の前の扉に向き直りノックした。

 

しばらくしてから、どうぞ、という声が聞こえてくる。

 

失礼します、と入った理事長室にはスーツ姿の女性が座っていた。

 

「絢瀬です。萩野君を連れてきました」

 

絢瀬先輩がそう言うと女性はにっこりと微笑んで、

 

「お疲れ様、絢瀬さん。わざわざ休日にごめんなさいね」

 

「いえ、私が望んだことですから。じゃあ萩野君、話が終わるまで一階下の資料室で待っってるから」

 

終わったら呼んでね、と言って絢瀬先輩は入ったときと同じように失礼しましたと退出する。

 

彼女を見送った俺と理事長は顔を合わせる。

 

「お久しぶりです。雛さん」

 

「久しぶりね遊弥君。元気そうでなりよりだわ。巌さんはどう?」

 

「ええ、爺さんは変わりなく元気ですよ。元気すぎてこっちが困るくらいには元気です。それにあの年で悪戯(いたずら)好きと来たもんだ。厄介なもんですよ、ほんと」

 

俺の愚痴に理事長、もとい雛さんは苦笑する。

 

南雛(みなみひな)さん――俺の爺さんの元教え子で今は音乃木坂学院の理事長をしており、学院運営のことでよく爺さんに相談している。基本電話だが何度か直接家に訪ねてきてまで相談することもあり、俺とも面識がある、三十代とは思えないほどに若い人だ。

 

「ごめんなさいね、無理聞いてもらっちゃって」

 

雛さんは本当に申し訳なさそうに言う。

 

「いえ、気にしないでください。俺も少しのびのびとしたいと思ってましたから、丁度よかったですよ」

 

俺がこうしてこの学院に来たのも雛さんの相談に対して爺さんが俺を差し出したことに起因している。

 

それは二週間前――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年S組の萩野遊弥君、一年S組の萩野遊弥君。至急理事長室まで来てください。繰り返します――

 

 

九重学園――京都府京都市にある全国でも指折りの進学校。

 

そこの生徒であった俺は学園生活唯一の憩いの時間である、昼休みに放送で爺さんの元に呼ばれた。

 

「理事長室? なんのようだあの爺さん?」

 

周りからの視線が集まってくる。腫れ物を扱うようなご機嫌を伺うような視線。

 

 

――うざいな。

 

前からそうだったけど何をそんなビクついているんだこいつらは。関係ないんだからほっとけばいいのに。

 

それよりも爺さんからの呼び出しか……面倒くさい、無視しようか。

 

でも、無視をするともっと面倒くさくなるんだよなあ。

 

 

『遊弥~なんでわしの呼びかけを無視するんじゃあ! 泣いちゃう、わし、泣いちゃうよ~。ていうか泣いちゃったよ~』

 

 

……うん、そうなるな。滅茶苦茶絡まれるな。自棄酒(やけざけ)してきた後に絡まれるな。

 

 

「しょうがない、行こう」

 

俺は重たい腰を上げて理事長室へと向う。

 

理事長室があるのは学園校舎の六階、最上階である。俺の教室が二階だから四階も上らないといけない。

 

なぜ最上階に理事長室を設置したのかというと爺さん曰く、

 

『いやー、偉いやつが居るのは基本上じゃん? だからわし、学園設立したときから理事長室は最上階と決めておったんじゃよね~』

 

とのことだった。呼び出される此方としてはいい迷惑である。

 

教室を出てから数分、目的地である理事長室のプレートが見える。

 

ノックすると扉の向こう側から「入りなさい」と威厳のある声が聞こえてくる。

 

ガチャっと勢いよくドアを開け入った俺は第一声に、

 

「来てやったぞ、爺さん」

 

「すごい上から目線できたのぉ、お主」

 

「当たり前だろ。せっかくの昼休みになんで学園一用もないところにわざわざ来ないといけないんだ」

 

「最近、遊弥の態度がひどくてわしショックじゃぞ」

 

理事長の椅子にしょぼくれて座っている爺さん。

 

これがこの九重学園の理事長で俺の祖父兼保護者の鞍馬(くらま)(いわお)である。

 

「それで、わざわざ昼休みになんのようだ? 事と次第によってはしばらく禁酒令を出すぞ」

 

「いやなに、ちょっとした頼みごとじゃよ」

 

頼みごと? と反芻する俺に爺さんは続ける。

 

「雛のやつを覚えておるかの?」

 

「雛――? ああ、南雛さんか」

 

確か爺さんの元教え子で今はどっかの学校の理事長をやっている人だったな。爺さんも爺さんでよく相談してくる雛さんを娘のように思っている。

 

「雛さんがどうかしたのか?」

 

「それがの、雛の学校――音乃木坂学院という女子高なんじゃが、今生徒数が減少しているんじゃよ。それこそもうすぐ廃校とせざるを得なくなるぐらいにな」

 

「生徒数の減少か。まあ、昨今は少子高齢化が進んでるしな」

 

時代の流れだろう。過疎化するのは仕方の無いことだ。今じゃ全学年百人未満の小学校や中学、高校が全国でちらほらでてきている。しかも女子だけというならばなおさらだ。

 

「うむ、あやつも色々と試行錯誤を重ねて生徒を募ろうとしておったが、実りが無くての」

 

「まあ、高校ともなれば色々あるからな。地元に留まらない人達も居るし」

 

「それでじゃ、雛は最後の手段をとることにした」

 

最後の手段? 首を傾げる俺に爺さんは頷いた。

 

「うむ。それはな――共学化じゃよ」

 

「共学化?」

 

「そうじゃ。女子高という体制をやめ、男子生徒を募集して生徒数を増やすんじゃ」

 

でもそれって、かなりリスキーじゃないか? 増えるどころか減る可能性もあるぞ。博打するようなもんだ。

 

いや、もう博打でもしないと何も出来ないところまできてしまったんだろう。

 

「雛さんの学校が相当まずい状態ってのはわかった。それで俺に何の関係があるんだ?」

 

「言ったじゃろ。共学化するって」

 

「だから俺になんの――」

 

そこまで言って、俺は止まった。

 

 

――いや、まさかな。それはさすがに無いだろ。いくらこの爺さんでもありえないだろ。

 

 

爺さんは気づいたかといわんばかりの顔で、

 

「共学化するに当たって今年一年間テスト生がほしいと言っておったから、遊弥、お前をやることにした」

 

 

――だからお主、二年生からは音乃木坂学院に通え。というか荷物はもうまとめて向こうの家に送ってあるから明日から向こうに行って一人暮らしして来い。丁度明日から春休みじゃしの。

 

 

爺さんはそう俺に言い放った。俺はしばらく動けなかった。

 

「ん、どうしたんじゃ遊弥?」

 

そしてブリキ人形のように腕を動かして、携帯を取り出す。電話帳からある人物を選び電話を掛ける。

 

数回のコールの後、相手が出た。

 

『もしもし。どうしたの? 遊ちゃん』

 

「あ、姉さん。頼みがあるんだけど」

 

なにかな? と電話口で訊いてくる姉に俺は目の前の祖父を睨みながら、

 

「確か今日、大学早いよね? もし俺より先に帰ったら爺さんの酒、全部しまっておいてくれる? うん、ちゃんと鍵かけて。一ヶ月……いや二ヶ月ぐらいしたら出してもいいから」

 

「遊弥!?」

 

『うん、おっけーだよん』

 

それじゃよろしく、と電話を切り、無言のまま理事長室を後にしようとする。

 

「遊弥! それはあんまりじゃろ。わしの、わしの生きがいを奪うのか!?」

 

抗議を上げる爺さんに俺はドアの前で立ち止まりにっこりと微笑んで、

 

「禁酒しろ。クソ爺」

 

わしの命の水がァァァァァァ!! という叫び声を背に今度こそ俺は理事長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――というのが、二週間前のお話である。

 

要するに俺になんの承諾も得ないまま爺さんは俺を差し出したのだ。

 

家に帰ったら本気だったようで、俺の部屋の荷物が結構なくなっていた。

 

「まったく、雛さんが可愛いくて仕方が無いのはいいけど話ぐらいしてほしいものです」

 

「まさか、遊弥君に話がいってなかったとはわたしも思わなかったわ。先生に相談したときも『ああ、遊弥を行かせるから心配するでない』って言っていたものだから、てっきり……」

 

「俺もまさかでしたよ。まあ、爺さんにはきっちり制裁を与えてるので、このことについてはもう受け入れています」

 

俺の言葉に理事長があんまりひどいことはしちゃ駄目よ、と苦笑いしながら言う。

 

大丈夫です、雛さん。健康的な制裁ですから。むしろ常日頃からこの制裁を与えたいと思ってますよ。

 

とにもかくにも、なんだかんだあったが明後日から俺もここの生徒になるわけだ。

 

「何か学院生活を送るにあたって注意事項とかありますか?」

 

周りは女の子しか居ない状況だから、気を使うことがたくさんあるだろう。

 

だが、雛さんは首を横に振った。

 

「いえ、特にこれといってないわ。月に一回、学院についてのレポートを出してくれればオッケーよ。しいて言うなら」

 

雛さんがそこで言葉を切り、俺を見つめる。そして、柔らかな笑みを浮べて、

 

「悔いの無い学院生活を送ってね。あなたが楽しんで生活を送れるようにわたしたちも全力で支援するから」

 

 

綾瀬先輩といい雛さんといいやっぱりいい人だなぁ。ここでなら何事なく俺もやっていけるだろうか。

 

 

「はい、ありがとうございます。では、失礼します」

 

新たな生活への期待を胸に抱きながら、一礼だけしておれは理事長室を退出したのだった。

 

 






いかがでしたでしょうか?

感想や評価をいただけると今後の指標になるのでぜひお願いします。

今後ともよろしくお願いします。


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記憶の断片

約一週間ぶりですかね? 燕尾ですm(..)m

テストも残すところあと一教科。ソレが終われば夏休みー!
がんばっていきますb もちろんこちらもがんばります。

二話目です、どうぞ~



ふう、と一息ついてから資料室のドアをノックして開ける。

 

「あら、もう終わったの?」

 

学院関係の資料を読んでいたあろう絢瀬先輩が資料を閉じていった。

 

「はい、軽い話だけですから」

 

そう、と呟いて資料を元の位置に戻し軽く伸びをしてから、

 

「だったら、行きましょうか」

 

「行くって、どこにですか?」

 

「ん? 学院案内」

 

その後、学院案内と言った絢瀬先輩が学院内の施設を一つ一つ説明してくれていった。

 

ちらりと、隣にいる絢瀬先輩を見る。

 

 

やっぱり綺麗な人だなぁ。歩く姿勢もピンとしていて様になってるし。

 

 

最初こそは気づかなかったみたいだが、やがて気づいたのか、不機嫌そうにこちらを見る。

 

「萩野君? ちゃんと聞いてる?」

 

「は、はい! 聞いてます、聞いてますとも!」

 

頬を少し膨らませ言う絢瀬先輩に慌てて目を逸らして返事をする。しかし、ムーッとした視線がしばらく突き刺さる。

 

まあ、いいわ。と目を逸らす絢瀬先輩。俺はほっと胸を撫で下ろす。

 

「それにしても随分と早かったわね。もう少しかかると思っていたのだけれど」

 

唐突に話が変わる。おそらく理事長との話のことだろう。理事長との会話が気になるのか?

 

今度は絢瀬先輩がじっと俺を見る。俺は直視できずにやはり目を逸らして答えた。

 

「ええ、編入の挨拶に世間話と大まかな注意事項ぐらいだったんで。そういう絢瀬先輩はなにを読んでたんですか?」

 

「……っ。わ、わたしは暇つぶしがてらこの学院の歴史を振り返ってみようと思ってただけよ」

 

 

暇つぶしに学院の歴史って、真面目な人だなぁ。

 

 

そう思った瞬間、目の前が白く染まった。

 

 

 

 

――真面目な……ねぇ……は。

――なによ、いい……! やってて……だから!

――あ……り気を張り詰めても……よくないだろ。こういうときは……ってくださいな。

 

 

 

 

「――っ!!」

 

脳裏に昔の記憶が蘇ってくる。だが完全ではないのかところどころノイズが入っているみたいだ。そのせいで頭に激しい痛みが奔り、ふらついて壁に寄りかかってしまう。

 

「萩野君!?」

 

 

 

 

――本当に……は意地っ張りで……だ。もっと……ほしいならもっと柔らかくならないと。

――身体は柔らかいわよ! ほら、どう!?

――いや、そういうことを言って……。わざと……か?

 

 

 

 

「――! ――っ!!」

 

俺と誰かが共に笑いあっている。顔には靄がかかり誰だかわからない。

 

制服からして中学の頃、確か友達が居なかった先輩と話をすることが多かった。そのときの記憶だろう。

 

 

「――遊弥君!」

 

 

「は、い?」

 

 

頭を抑え、記憶の海に沈んでいた俺を絢瀬先輩が引っ張り出す。

 

「絢瀬、先輩?」

 

「遊――萩野君。大丈夫なの?」

 

先輩は焦りと不安の表情で俺を見てくる。

 

俺は手を上げて問題ありませんと断りを入れた。

 

「すみません、ちょっと頭痛が。少し待ってもらえますか」

 

そう言って、ポケットの中から鎮痛剤を取り出して二個ほど口のなかに放り込み、飲み込んだ。

 

「少ししたら治まると思いますので、休ませてもらえますか」

 

「え、ええ。それじゃあ、そこの教室に入りましょうか」

 

絢瀬先輩に連れられて教室に入り、すぐそこにある椅子に座る。

 

「大丈夫、萩野君?」

 

絢瀬先輩は俺が座っている前の席に座り、不安そうに尋ねてくる。

 

「はい、なんとか。さっきも言いましたが薬も飲んでいるんで次第に治りますよ」

 

「そう。でも、どうしていきなり……?」

 

ほっとした後、先輩は怪訝そうにする。

 

まぁ、そうなるよなぁ。目の前でいきなりぶっ倒られれば疑問にも思う。

 

あまりこの体質のことを周りに知られるのはよろしくない。

 

 

さて、どうしようか。

 

 

「……」

 

見ると先輩は心配と不安で揺れているようで、隠し事をするのが躊躇われる。

 

 

――そんな潤んだ瞳で俺を見ないでくれ!

 

 

なんて、冗談言える空気でもない。

 

それにどうしてか絢瀬先輩を見ると、彼女には知っていてほしいという気持ちが湧き上がってくる。

 

そう思ってから口を開くのに時間はかからなかった。

 

「――俺、記憶が無いんです」

 

「えっ?」

 

絢瀬先輩は目を見開く。驚きを隠せないようだ。

 

「そ、それって……いつごろの記憶?」

 

「そうですね、中学生の頃がすっぽりと抜け落ちてます。最初は小学生の頃から忘れていたんですけど、あるきっかけで小学生までは思い出せました。そのときも激しい頭痛がありましたけど」

 

それじゃあさっきのは、と顔を向ける先輩に俺は頷いた。

 

「ええ、記憶に触れたからです」

 

でも完全じゃないですけどね、と俺は苦笑いする。

 

「どうして記憶がなくなったの……?」

 

「話によれば中学三年のときに階段から突き落とされたみたいで、そのときの打ち所が悪かったらしくポロリと」

 

そういうことですよ、と軽いノリで言う俺。

 

しかし、当然といえば当然だが、絢瀬先輩は言葉を発することが出来ないみたいだ。

 

「な、なんで萩野君が突き落とされるの……?」

 

ようやく搾り出した声で先輩は訊いてくる。だが、俺はあくまで普通のトーンでなんでもないように答えた。

 

「俺は中学のとき虐められてたんですよ」

 

「ど、どうして……なの……?」

 

「中学一年、二年のとき俺には仲の良かった先輩が居たんです」

 

「!!」

 

「その先輩は綺麗で、美人で、みんなの憧れだったらしいです。表立ってみんなが寄ってくるような人じゃなかったんですけど裏で隠れファンクラブが出来るような、そんな人だったみたいです」

 

絢瀬先輩は食い入るように聞いていた。一言一句逃さないように。

 

「そんなみんなが手が出せないような人の傍に俺がずっと居たものですから周りは不満が募っていった。だから裏でいろいろとされて、それは先輩が卒業した後に爆発した」

 

今の俺にはその頃の記憶がない。何をされたかまで綺麗に忘れている。全部又聞きの情報だ。

 

だが、絢瀬先輩は自分のことのように唇を噛み締めて、俺に尋ねてきた。

 

「そんな記憶喪失になるまでの虐めだったら、普通は大事よ。それも全国ニュースになるほどに。わたしは高校に入ってから毎日ニュースを見るようにしてたけどそんな報道見たこと無いわ」

 

「揉み消されたんですよ」

 

「はっ?」

 

ポカンとした表情の絢瀬先輩。まるでなにを言っているのかわからない、という感じだった。

 

「なにも覚えていない俺を見て、学校側はちょうどいいとでも思ったんでしょうね。結局は足を滑らせた事故という形にされました」

 

「信じられない……」

 

「虐めの一環で人が突き落とされて記憶喪失。そんなことを表に出したら絢瀬先輩の言う通り大事ですからね」

 

大体こんなところですかね、と話を区切る。大方、話をするべきところは話したはずだ。

 

しかし案の定、気まずい雰囲気になる。俺も絢瀬先輩も無言の時間が流れた。

 

「あなたは――恨んでないの?」

 

数分経った後、絢瀬先輩が不安そうに訊いてくる。

 

「恨む? 誰をです?」

 

「その、仲良かった先輩を。ほら、その人が萩野君と関わっていたからあなたは三年生からそういう目にあったわけだから」

 

「それはありえません」

 

俺は即答した。先輩が驚きの表情で俺を見た。

 

ありえない、そんな馬鹿な話があるものか。何故仲のいい人を恨まないといけないんだろう。

 

「なんで、そんなことがいえるの?」

 

「全部友達から聞かされた話なんで信用がないかもしれませんけど、その先輩と話をしていたときの俺はすごい楽しそうだったみたいです。それに、時々何かに触発されて断片的に見えたとき、俺と先輩は二人して笑っていたんですよ。だから、その人と関わったことを後悔したこともないし、まして恨んだことなんて一度もありません」

 

先輩が悪いんじゃない。俺を突き落としたやつが悪いのだ。

 

そう意思を伝えると、絢瀬先輩は涙を流して俯いていた。

 

「ど、どうしたんですか、先輩!?」

 

 

ナンデ!? ナンデナクノ!?

 

 

わたわたしてる俺にごめんなさい、と涙を拭きながら謝る絢瀬先輩。

 

「なんでもないの、ただ――」

 

 

 

――何も変わっていないあなたを見て嬉しくなっちゃって

 

 

 

「? なんていったんですか?」

 

ただ、の後に何か言っていたみたいだが声が小さすぎて何て言っているのか聞こえなかった。

 

「気にしないで。それより、そろそろ大丈夫かしら?」

 

「え、ええ」

 

戸惑いながらも答える俺に絢瀬先輩は手を差し伸べる。

 

「それじゃあ、案内の続きするわよ!」

 

そして見惚れるほどの笑顔を咲かせ、元気よく俺の手を引き、教室から出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 

大体の案内が終わった頃には大分時間がすぎていた。だが、絢瀬先輩と話しながら校内を歩いていたから暇ではなく、むしろ有意義な時間だった。。

 

「私も楽しかったわ。たまにはのんびりとするのもいいものね」

 

絢瀬先輩も同じように思ってくれていたようだ。微笑む姿に思わずドキリ、としてしまう。

 

「それじゃあ、絢瀬先輩。明後日からまたよろしくお願いしますね」

 

恥ずかしさを隠すように早口で言ってしまう。その態度が気に入らなかったのか絢瀬先輩はムッと口を曲げた。

 

「――絵里」

 

「はい?」

 

睨むような上目遣いで迫ってそう言う絢瀬先輩に俺は首をかしげる。

 

あまり理解できなかった俺に絢瀬先輩は不服そうにもう一度言った。

 

「だから、絵里って呼んで。あなたにはそう呼んでほしいの」

 

 

そ、そんなこと言われたら、惚れてまうやろ――!!

 

 

俺は絢瀬先輩から目を逸らしてしまう。

 

 

え、なに? 何でそんな急に? ど、どうしよう!? 落ち着け、ここは冷静になるんだ。対応を間違えてはいけない。

 

 

しばらく考えた後、俺は覚悟を決める。

 

「え……絵里、先輩」

 

途切れながらも改めて名前を呼んだ俺に対して、絢瀬先輩――いや、絵里先輩は、

 

「ええ、遊弥君」

 

微笑んだ。

 

 

破壊力ありすぎだろぉぉぉ!!!! ニコって、擬音が聞こえちゃったよ、なに言ってるんだろ俺!? しかもさり気無く俺の名前を呼んでるし! す、凄すぎる!

 

 

駄目だ、こんな連続攻撃かわしようがない。耐えられるか、俺!!

 

 

「これからよろしくね、遊弥君」

 

「……は、はい」

 

 

うん、無理。こう返すのが精一杯だ。

 

 

絵里先輩、可愛すぎる。

 

 

この後、

 

「途中まで道が同じみたいだから一緒に帰りましょう」

 

そう、絵里先輩に押し切られ、俺は彼女と肩を並べて帰路を共にした。

 

 




いかがでしたでしょうか

早く夏休みが来ないかね~……バイト三昧だけど


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いったい何をされるのか……

お久しぶりです。
なかなか更新できずすみません

第三話目です。楽しんでもらえたらなと思います。


 

 

 

 

 

 

 

――side Eri――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私こっちだから、次は学校でね」

 

「はい、今日は本当にありがとうございました、また学校で」

 

遊弥君はぺこりと一礼して自分の家へと歩みを進める。私はその背中が消えるまでずっと眺めていた。

 

「遊弥君――」

 

私は彼の名をそっと呟く。

 

共学化のテスト生の資料を理事長から渡されたときは驚いた。まさかあの子が来るとは夢にも思わなかった。

 

音乃木坂学院に来たのは、萩野遊弥君。

 

日本で初めてできた、気の置けない私の友人――

 

「私のことを忘れちゃってたみたいだけど……」

 

顔を合わせたときの彼の反応にはちょっと、いや、かなりショックだった。

 

見ず知らずの、赤の他人に使うような言葉遣いや態度。

 

彼にとって私は数年経てば忘れられる、そのような存在だったのか。

 

そう思ったら、怒りよりも悲しみが溢れてきた。

 

でもそれは仕方の無いことだった。

 

彼は記憶を失っていたのだ。

 

遊弥君から話を聞いたときは言葉が出なかった。

 

私が卒業した直後、遊弥君は虐めの被害に遭い始めた。

 

最初は物を隠されたり、机に落書きされる程度のものだったらしいが、無視を決め込んだ彼に周りがヒートアップし、殴る、蹴るなどの暴力に発展していったという。

 

そして階段から突き落とされ、打ち所が悪く、記憶を失った。

 

だが、そのせいというべきか、そのおかげというべきか、それを境に遊弥君に対する虐めは終息した。

 

遊弥君を虐めていた人達は恐れたのだ。彼が記憶を取り戻し、すべてが白日の下に晒されることを。当たり前だ、これが事実ならば間違いなく警察沙汰だ。

 

だから黙っていたのだろう。自分たちが口を割らなければ決して真実が明るみに出ることはない――

 

そしてその人達のように学校側も同じことをした。

 

"虐めによる生徒の記憶喪失"――そんなことが広まれば世間が黙っていない。今後の学校運営にも影響を及ぼす。そんな事態に陥りたくない学校側は"事故による記憶喪失"として片を付けた。

 

こうして学校は本来大切にしなければならない生徒を犠牲にして、安寧を手に入れたのだ。信じられない話である。

 

遊弥君がそんな話の内容を知っているのも、彼に懇意的だった友人たちが知っていることを話してくれたからだという。

 

それに加え、遊弥君も少しずつではあるが記憶が戻ってきているらしい。そう遠くない未来に全部思い出すときが来るのではないかというのが本人の弁である。

 

「……それにしても、変わってなかったわね」

 

本当に変わっていない。顔や体格の話ではなく、性格――中身のことである。

 

記憶を失っても、遊弥君は昔のままだった。

 

明るく、どんなことがあっても前を向いて歩いていた。いじめの原因である私のことを一切恨むこともなく、優しさもあのときのままだった。

 

そんな彼が、あのまま大人になったらどうなるのだろうか、そんなことをふと考える。

 

「きっと魅力的な男性になること間違いないわね」

 

――って、こんな道端で何を口走っているのかしら私!? 落ち着きなさい、落ち着くのよ私……!

 

気持ちを落ち着けていると別れ際の彼の笑顔が脳裏を横切る。そのせいで、顔がまた熱くなる。

 

「~~~ッ!!」

 

だめ、もうだめだわ、早く家に帰って来週の予習をしよう。

 

それが最善の選択、と煩悩を振り払うがごとく、私は駆け足で家へと帰った。

 

しかし、気を紛らわそうとして始めた予習復習もぜんぜん集中できず、身につくことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――side Yuya――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

俺の声に誰かが反応するわけもなく家に寂しく響く。靴を脱ぎ、廊下を渡り、リビングへと入る。もちろんそこには人一人もいない。

 

バッグを置き、途中にあったコンビニで買った唐揚げ弁当を温めること約三分。ちょうどいい温度になった唐揚げを口に運ぶ。

 

普段は自炊するのだが、今日は思いのほか時間が遅かったため、コンビに弁当という手段をとった。それにたまにはこういうのも悪くはない。

 

「ご馳走様」

 

一人の無言の食事を済ました後、脱衣所へ向かう。

 

衣類を脱ぎ、洗濯機に洗濯洗剤と共に放り込んで作動させて風呂に入る。

 

男のサービスシーンは誰も望まないのでカット。

 

「ふぅ、さっぱりした――っんく、んっ」

 

風呂上り、冷えた麦茶が体内を潤す。

 

やっぱり風呂上りは麦茶だよね!

 

「――ふう」

 

俺は溜息をつく。

 

誰の反応もないのに一人でブツブツいうのも虚しいものである。

 

つい最近までは話しをする家族がいたから退屈しなかったが、一人暮らしをしてからは少しの物寂しさを感じる。これがホームシックというやつなのだろうか。

 

prrrrrr――――

 

すると、タイミングを見計らったように電話が鳴った。ディスプレイを見ると義姉の名前が表示されていた。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、遊ちゃん? 元気してる――?』

 

「変わりはないよ、咲姉(さくねえ)。どうしたんだ?」

 

『どうしたって、別に用はなにも? ただ、弟の声が聞きたいなーって思っただけだよん』

 

明るい声で言う姉。本当に特別な用があって掛けてきたわけじゃなさそうだ。

 

「そっか。そっちの調子はどう? 咲姉は大丈夫だと思うけど、愛華(まなか)と爺さんは――」

 

『ん? あの二人は――『咲姉様(さくねえさま)! まさかその声兄様!? 兄様なのですか!?』『なぬ、遊弥じゃと!? 咲夜! わしに代わってくれ!!』――ああもう、二人ともうるさいよ。遊ちゃんと話がしたいなら自分で電話をかけなさい』

 

向こう側でギャアギャアと騒いでいる。義妹の愛華と爺さんだった。

 

ごめん咲姉、その二人の電話は来ないんだ。なぜなら――

 

『『兄様(遊弥)、私(わし)からの着信を拒否してるんですよ(じゃ)!』』

 

『…………はぁ、遊ちゃん?』

 

電話口で姉さんに窘められる。

 

仕方が無いんです。こちらに来てからというもの分刻みで二人から電話が来るものでしたから――

 

「だから咲姉、よろしく」

 

『いや、なにが「だから」なのかよくわからないんだけど……まぁ、いいよ』

 

流石我が義姉! 言葉が無くてもわかってくれるのは有り難い。

 

だがしかし、まだ続きがあった。

 

『その代わり、この借りは高くつくから覚悟しておいてよん♪』

 

「…………」

 

姉のひとことに冷や汗が止まらない。彼女の言うことはとんでもない形でいつか必ず実行されるのだ。

 

『へ・ん・じ・は?』

 

「わ、わかった……」

 

俺は震える声で返すことしか出来なかった。だが、姉は満足そうに頷いた。

 

『よろしい。それじゃあ、また今度連絡するね『さくねえ! 代わって、わたし兄様と話さないと』『咲夜! わしに、わしに代わるのじゃ!!』――二人ともいい加減にしなさい!!』

 

姉の怒号が響いた後、ぶつりと通話が切れる。俺は心の中で合掌した。これから数時間説教される義妹と養父に、そしてこれから苦労しそうな義姉に。

 

そんなことを考えていると次はポーンとLune(ルーン)通知が飛んできた。送り主は義姉。先ほど伝え忘れたことでもあるだろうか?

 

 

咲夜

そういえば穂乃果ちゃんたちに挨拶した? していないなら、ちゃんとしておきなさいね。

 

遊弥

学校で会ってから挨拶しに行くよ。サプライズってやつ(・ω・)b

 

咲夜

まったく遊ちゃんってばまたそんな悪戯を……

 

遊弥

悪戯じゃない、サプライズだ(`・ω・´)

それに、ここに来ることはちゃんと伝えてある。

 

遊弥

一週間程度遊びに行くって。

 

咲夜

……ほどほどにね、遊ちゃん。

 

遊弥

あれ、呆れてない? 咲姉呆れてる?

 

咲夜

おやすみ、遊ちゃん。

 

遊弥

咲姉? おーい、咲姉?

 

 

呼びかけても咲姉から返信がくることは無かった。

 

まあ、ふざけただけだからべつにいい。それよりもだ。

 

「会うのは2年ぶりくらいになるのか……」

 

小学生の頃に俺を救ってくれた幼馴染たち。彼女たちに会わなかったら、俺は今こうしていられなかった。恩人ともいえる子達。

 

「楽しみだ」

 

再開に思いを馳せて夜は更けていく。

 

 




いかがでしたでしょうか

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大成功だ。



どーもー燕尾です。

第四話です。


 

 

「すごいな、わざわざ特注で制服一つ作るなんて」

 

立て掛けられている制服を見て俺は呟く。

 

前の学園とは違い、学ランではなくブレザー。藍色中心に作られており、ズボンは所々に赤の線が入っており、なかなか格好いい。

 

ブレザーに腕を通し、ネクタイを締め、気合を入れる。今日から新しい場所での生活が始まるのだ。

 

時間は八時半、今から出れば誰にも会わずに学校に行けるだろう。

 

「そろそろいい時間か。それじゃあ、行くか!」

 

戸締りを確認した後、学院までの道を歩き始める。俺が音乃木坂学院に編入することを知っているのは理事長をはじめとした教師陣と絵里先輩のみ。一般生徒には秘匿とされている。なんでも今日の臨時の全校集会で紹介するのだとか。

 

なので生徒が登校し終わった時間に来てほしいと頼まれたのだ。家から出たのが遅い理由もこのためである。

 

家から出てから約二十分、音乃木坂学院の校門までやってきた俺を待ち構えていた人がいた。

 

「おはよう、遊弥君」

 

「おはようございます、理事長」

 

「もう、理事長なんて堅苦しい言い方しないで普通に雛って呼んで頂戴」

 

いやいや、そういうわけにもいかないっす。隣になんか知らない先生もいるのに。

 

それに結構睨んでいるように見えるのは気のせい? 気のせいだよね?

 

「いや、そういうわけにもいかないですよ理事長。公私は分けないと」

 

別にいいのに、と残念がる雛さん。

 

無理です、雛さん。あなたの隣で俺をすっごい睨んでいる人をどうにかしてからそれを言ってください。というか、なんでそんなに俺を睨むの? あなたに何もしていないはずだけど?

 

「あ、彼女はこの学院の院長よ」

 

俺の視線に気づいたのか、雛さんは学院長を紹介し始める。

 

学院長はむすっとしたまま一歩前に進み出る。

 

「音乃木坂学院長の乙坂亜季です。ようこそ、音乃木坂学院へ」

 

事務的に自己紹介をする学院長。ようこそなんて言っているがまったく歓迎されている気がしない。むしろ"何で男がこの学院に"みたいに俺を見てくる。

 

「ありがとうございます。ご存知かもしれませんが、九重学園からこちらのテスト生としてきました。萩野遊弥です。これからよろしくお願いします」

 

俺は、にこやかに自己紹介をする。だが、院長はなんの反応もなく、理事長に耳打ちした。

 

すると、雛さんはそうだったと慌てるように、

 

「こんなところで立ち話している場合じゃないわね。私はお先に全校集会にいくわね。話さないこともあるし」

 

それじゃ学院長、後はよろしくね、と雛さんは足早に去っていった。

 

えっ? ちょっと待って。初っ端から俺のことを嫌っているような人と一緒にしたら駄目でしょ。

 

ほら、めっちゃ睨んでる。くっそ睨んでる。もう最上級に睨んでいる。なんか新しいものに目覚めそうだ――って言うのは冗談で。

 

「こ、ここで立ち続けているのもあれなんで、案内お願いできますか? あとこの後の予定も聞いておきたいです」

 

「あなたに言われずともそうするつもりです。ついてきなさい」

 

とげとげしく言い放たれる言葉、嫌悪する目。学院長は抑えているつもりだろうがまったく抑えられていない。

 

俺はそこでで悟った。

 

――ああ、そうか。そういうことか。

 

学院長は共学化に反対の立場なのだ。

 

加えて俺を見るときのあの目。理由はわからないが彼女は男が嫌いなのだろう。

 

だからといって共学化の反対理由としては私的すぎて不十分だけど。

 

でも、少し気をつけておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いま体育館で全校集会が行われています。萩野遊弥、あなたにはそこで挨拶をしてもらいます。そのあと、職員室で担任と顔合わせです」

 

歩きながらそう話す学院長。だが決してこちらを見ることはない。

 

「ここで待っていなさい、理事長が呼んだら入って壇上で挨拶を」

 

「わかりました」

 

体育館へと入っていく学院長。ドアを開ける音で後ろにいた数人がこちらを向いた。

 

俺の姿をすこし見えたのかヒソヒソと小声で話している。

 

「もう掲示板でご覧になった人もいるかもしれませんが、この音乃来坂学院は年々生徒が減少しています。今年の新入生である一年生が一クラスしかない状況です」

 

壇上では雛さんが話をしている。声色は真面目だが、どこか暗さも混じっている感じがした。。

 

「理事会でもこのことが指摘され、今後生徒が増えないと判断された場合――」

 

沈痛な表情で雛さんは決定的なひとことを言い放った。

 

「――音乃木坂学院(本校)を廃校とします」

 

雛さんの宣言に生徒一同動揺が走っている。

 

中にはあまりのショックに気を失ったものもいたみたいだ。保健室に連れて行くのかこちらへ近づいてくる。

 

「穂乃果、しっかりしてください!」

 

「ほのかちゃん!」

 

体育館から飛び出してきた少女たちが口そろえて気を失った少女に声を掛ける。

 

ん、穂乃果? 

 

「すみません、失礼します!!」

 

藍色の腰まで届くほどの髪の少女が駆け足気味で俺の横を通る。その後ろにはベージュ色で鶏冠のようなものがついている髪型の少女がついていっている。

 

二人は気を失っている少女に夢中で俺には気づいていなかったみたいだ。

 

「久しぶりだ……」

 

俺の呟きは聞こえていないようで二人は足早に保健室へと向かっていく。

 

大切な幼馴染たち。顔を見るのはだいぶ久しぶりだが、一目見てわかった。

 

「萩野遊弥君、こちらへ来てください」

 

ボーっと、二人を見送っていると体育館の中から俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

「おっと、いかないとな」

 

体育館のドアが開かれ、皆の視線が集中する。ヒソヒソとした声が聞こえる中、歩みを進め壇上へとあがる。

 

「さて、先ほどにも説明した"共学化"において京都にある九重学園からテスト生としてこの音乃木坂学院に来てもらいました。彼には音乃木坂学院ですごしてもらうことになります。皆さん仲良くしてくださいね」

 

雛さんは一歩下がり、挨拶して、と促してくる。

 

場所を雛さんと変わり、マイクの前へと立つ。

 

「ご紹介に預かりました、萩野遊弥といいます。この学院の一生徒として学院生活を楽しくすごしたいなと思います。お互い不慣れな部分があるかと思いますが、よろしくお願いします」

 

一礼する俺に、盛大な拍手が迎えてくる。

 

こうして本格的に音乃木坂学院での生活が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全校集会が終わった後、俺が連れてこられたの職員室だった。

 

目の前には一人の女教師。

 

「私が担任の山田博子だ。よろしくな」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

差し伸べてくれた山田先生の手を俺は固く握る。友好的な感じからしてこの人は学院長と違い共学化には肯定のようだ。

 

「それにしても驚いた、まさか九重学園の生徒(・・・・・・・)が来るなんて」

 

教室に向かいながら、本当に意外そうに山田先生は言った。

 

「なんとなんというか……雛さん雛さん(理事長)の頼みと、成り行き。あと九重学園の理事長(爺さん)のせいですね」

 

「理事長の恩師であの九重学園の理事長(・・・・・・・・・・)を爺さんと呼ぶか。そんなこといえるのは君だけだ、萩野」

 

はっはっはっ、と豪快に笑う先生。

 

最初は笑い事じゃなかったんですよ? いきなり女子だけの学校に放り込まれるとか、普通はありえないですし。

 

「まあ、成り行きで音乃木坂に来た君が学校生活を送りやすいようにするための私たちは支援を惜しまない。相談事でもなんでも言ってくれ」

 

頼もしい言葉だ。

 

女子しかいない中で味方が少しでもいてくれるのは心強い。

 

「それじゃあ早速、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

「ん、どうした?」

 

「実際、この共学化に反対の先生はどれだけいますか?」

 

そう問いかけると山田先生は気まずそうに少し黙ってしまった。その反応から少なくはないんだなと思う。

 

「こうして頼まれてわざわざきてくれた萩野には気分が悪くなる話だとは思うが、共学化に対して反対する教師は半数近い」

 

だが、山田先生は正直に言ってくれた。

 

共学化なんて革新的なことをすれば反対意見も出るのは当たり前だ。

 

悩みの種が別にあるといわんばかりに先生は頭をかきながら溜息をついた。

 

「保護者からの批判を心配して、もう少し慎重になるべきだと考えて反対に回った人もいるんだが……どうも、感情論での反対が思いのほか多かった」

 

「そうみたいですね。壇上での挨拶のとき生徒よりも先生からの視線があまり良くありませんでした。特に女性教員の」

 

というか、俺に厳しい視線を送っていたのは全員女性(・・・・)の教職員だった。

 

男の先生は別に共学化に反対はしていないようだった。

 

存続するための方法を提案され、現状一番それがいいと考えられたからだろう。

 

だが、女性職員はそうはいかなかった。

 

「学院長を始め、「女子高でやってきた伝統を守るべきだ」、「男子生徒をこの学院に入れるのは反対だ」なんて言っていた先生方がいてな。まあ、そんな理由は全部理事長に捻じ伏せられたんだが」

 

そりゃ、なんとしてでも存続させようとしているのに、そんな理由を並べている先生たちは雛さんに対して「廃校してしまえ」って言っている様なものだ。

 

「まったく頭の痛い話だ。ぶっちゃけ、慎重になる時間もないって言っているのにそういうこと言っていた先生方も女性職員だった。おそらく腹の中では学院長と同じなんだろう。とにかくそのときはごたごたした」

 

「大変ですね。変える、変わるって事は」

 

まったくだ、と山田先生はもう一度溜息を吐き、そして俺に忠告する。

 

「萩野、君も注意しておいてくれ。会議の決定とはいえ半ば強引に進めてきたところもある共学化だ。今回のことで理事長に反発するものも少し出てきたりしている。もしかしたら、苛立ちや怒りを君にぶつけてくるかもしれない」

 

「はい、注意しておきます。でも大丈夫ですよ、ちょっとなにかされたくらいじゃなんともありません。それに俺はテスト生(・・・・)ですから」

 

余裕のある笑みを浮べる。

 

それをみた先生は頼もしいな、と笑った。

 

そんな話をしている間に教室へとたどり着く。

 

「今日からここが君の教室だ、私が先に入るから呼んだら入ってきてくれ」

 

おーい、席につけー、ホームルームを始めるぞー。

 

先に入っていった先生は気だるそうに言い放つ。

 

「えー全校集会お疲れさん、廃校の知らせには驚いたやつやショックを受けたやつがいると思うが、残りの二年間皆が有意義に過ごせるように私たちも支えるから安心してくれ」

 

先生の言葉に教室の空気が少しばかり重たくなる。そんな空気を一片させるように山田先生は一つ咳払いをした。

 

「さて、みんな話を聞いていたと思うが、この学校に新しい仲間が加わった」

 

そして、聞いて驚けよ? 配属されるクラスは――

 

「このクラスだ」

 

少し溜めた先生のひとことはクラスを湧き上がらせた。

 

「静かにしろー。じゃあ、私ばかりが喋ってもなんだから入ってきてもらうか。萩野、入っていいぞー」

 

なんかデジャヴ……でもないか。

 

ガラッと勢いよくドアを開ける。教壇上に上がり正面をみる。その瞬間、

 

 

 

「あーーーー!」

 

「あ、あなたは!!」

 

「え~~~!?」

 

 

 

突然声を上げて立ち上がったのは三人。全校集会中に気絶していた女子にその子の介抱をしていた二人の女子。

 

「廃校でショックなのはわからなくはないが気絶したのはどうかと思うぞ穂乃果。海未とことりも久しぶりだな」

 

笑いながら言う俺を唖然として見つめてくる三人。

 

そう、この表情が見たかったんだ! ああ言ったけどある意味気絶してくれてよかったよ、穂乃果。

 

全校集会で叫ばれて注目するのもちょっとつらいしな。

 

俺は一礼して、出来るだけ明るく、爽やかにいった。

 

「改めて、萩野遊弥です。九重学園から来ました。そこで唖然としている三人の――幼馴染とでも言うのかな? 女子高に男と不自然な感じがするかもしれませんがどうぞ仲良くしてください。これからよろしくお願いします」

 

 

 






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幼馴染たちは怖い一面を持っている?


どもっす。燕尾っす。お久しぶりっす。
第五話っす。どうぞっす。


 

ホームルーム終了後、俺は三人の幼馴染に囲まれていた。

 

三人ともサプライズが気に入らなかったのかどこか不満そうなオーラを発している。そんなオーラが皆を俺から遠ざけていた。

 

「遊くん?」

 

「ゆーくん?」

 

「遊弥?」

 

穂乃果、ことり、海未はそれぞれ名前を呼ぶ。俺はそんな三人に笑顔で返した。

 

「久しぶりだな、元気してたか?」

 

「「「久しぶりじゃなああああああい!!!」」」

 

悪びれる様子のない俺を見た三人は口をそろえて怒鳴る。

 

こらこら、みんながびっくりしているじゃないの。そんな大声出すものじゃありませんよ。

 

「いつこっちに来てたの!?」

 

穂乃果が身を乗り出して問いかけてくる。

 

「二週間前だな」

 

「何で連絡くれなかったのですか!?」

 

次に海未が詰め寄ってくる。

 

Lune(ルーン)で連絡したじゃないか、こっちに行くって」

 

「確かに連絡してくれたけど、Luneじゃ『一週間程度遊びに行くわ』って、ゆーくんいってたよね……」

 

あはは、と苦笑いすることり。

 

「ああ、すべてはこの日のため。驚かせてやろうと思った俺の粋な計らいだ!」

 

「本当に驚きましたよ……まさか共学化のテスト生として遊弥が音乃木坂学院に入ってくるなんて思いもしませんでしたから」

 

サムズアップする俺に海未は嘆息する。

 

共学化の話を聞かずに廃校の話しか聞いてない三人がこの反応をするのは当然といえば当然だよな。

 

「まあ、その点に関しては俺も海未と同じだよ。話を聞けば大分前から雛さん、爺さんに相談してたらしい」

 

「そういえばお母さん、前から出張、出張って言って家を空けることが多かったような……それってもしかして?」

 

ご明察だよことりさん。それは雛さんがわざわざ京都まできて相談してたんだよ。

 

「ごめんねゆーくん。お母さん迷惑掛けなかった?」

 

「気にすんなことり。うちの爺さんも頼られて喜んでるから」

 

あの可愛がりようはもはや生徒を通り越して娘として扱っているといっていても過言ではないほどだ。

 

「でもでも、遊くんがこの学校に入ったってことはこれから一緒に学校生活を送れるってことだよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「やったー! 遊くんと一緒にすごせるなんて夢のようだよ!」

 

ピョンピョンと跳ねながら喜ぶ穂乃果。その姿がなんとも可愛らしかった。

 

「小学校だけだよね、ゆーくんと学校が一緒なのも。それにあの頃は放課後にしかお喋りできなかったから」

 

「そうですね。こうして気にせず一緒いられるのは私も嬉しいです」

 

穂乃果と同じようにことりと海未も顔を綻ばせる。俺もつい、ふっ、と笑みがこぼれる。

 

三人とは長期休みに何度か顔を合わせていたが、最近はご無沙汰だった。

 

こうして改めてみると段々と大人びていっているのがわかる。身体つきも丸みを帯びて確実に女性らしいものになっていた。

 

――三人とも綺麗になったもんだなぁ。

 

「「「―――ッッッ!?!?!?」」」

 

前までは可愛さ十割って感じだったけど、今は可愛さ七割、綺麗さ三割っていうか。二十歳ぐらいになるとみんな美人になってそうだ――

 

「――って、どうした? 三人そろって顔真っ赤にして」

 

三人は茹蛸のように顔を赤らめて湯気を出していた。

 

不思議に思っていると背中に衝撃が奔る。

 

「無自覚なのですか、あなたは!? は、破廉恥です!!」

 

唐突に海未からのツッコミが入ったのだ。い、痛い……

 

「綺麗、可愛い、美人……えへ、えへへへへへ……」

 

「はわ、はわわ~~ッ!」

 

穂乃果はにへら、とだらしない笑顔を浮かべ、ことりは頬に両手を当てて慌てている。

 

「ほんと、どうしたんだ?」

 

「いや、あそこまでナチュラルに褒められたらそりゃ誰だってああなるでしょ」

 

「いやはや、まったくもってその通り」

 

「うんうん、見事な口説き文句だったよね~」

 

疑問に思っている俺に後ろから三人の声が聞こえる。

 

「えーっと、君たちは?」

 

「おっと、名前も言わずに失礼。私はヒデコ、遊弥君、でいいのかな?」

 

「わたしはフミコ」

 

「私はミカよ」

 

ショートヘアのヒデコ、ポニーテールのフミコ、おさげで小柄なミカがそれぞれいう。

 

三人合わせてヒフミだな。覚えやすい。それにこの三人はどこか穂乃果たちに通じるものを感じる。

 

「呼び方は呼びやすいようにしていいよ。もしかして三人は幼馴染か?」

 

「よくわかったね」

 

ヒデコが意外そうな顔をする。

 

ヒデコ、フミコ、ミカ――ヒフミたちは幼稚園からの付き合いらしい。

 

後から教えられることになるが、その仲良しさは穂乃果たちに負けず劣らず結構有名なのだという。

 

「遊くんはそういうの気づきやすいもんね。昔からそうだったよ」

 

「ええ、遊弥は物事に聡いですから」

 

「でも、理解が早すぎて大変だったときもあったよね」

 

「えっ、そんな大変なことあったか?」

 

「うん」「ええ」「まあ……」

 

問いかけると口をそろえて目を逸らす我が幼馴染たち。なにを思い出しているのかそれぞれ少し頬を紅く染めている。

 

特に思い当たることがない俺は首を捻るばかりだ。

 

「解せぬ……俺がなにをしたってんだ」

 

「まあ、ゆーくんはそのままでいいんじゃないかな」

 

不満げな視線を送る俺にことりが宥めてくる。

 

「こりゃあ、あれだね。先が大変だね、穂乃果ちゃんたち」

 

苦笑いして言うヒデコにフミコとミカも同意する。

 

この場に俺の味方は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、やっと午前中の授業が終わったね~」

 

「お腹減っちゃった、早く食べよ食べよ」

 

昼休み、周りが机をくっつけいている中、俺は弁当を持って颯爽と教室の外へと出る。

 

周りの視線が自然と集まってくるのだ。いずれ慣れるかもしれないが、これではおちおち昼飯も食べられない。

 

前の学園ではくだらない視線だと思っていた。しかし、ここでの視線は種類が違ったのだ。

 

「どこかいい場所あるかね~」

 

どこか落ち着ける場所を探す。すると、

 

「ゆーうーくーん」

 

がらり、と勢いよく教室の扉が開けられ、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

「いーっしょにたーべよー」

 

惣菜、菓子パンを持って元気よく迫ってきたのは穂乃果。その後ろには弁当を持った海未とことりもいた。

 

まさか、俺のステルス機能が破られるとは。穂乃果たちよ、貴様らは一体何者だ。

 

「ん? ああ、いいぞ。ただ教室は勘弁な。あの視線はまだ慣れない」

 

そんな冗談はさておき、俺は要望を言った。

 

「それじゃあ、中庭に行こう! 私たちも一緒だから少しは大丈夫!」

 

なにが大丈夫なのかはわからないが、穂乃果に言われるがまま中庭へと向かう。

 

「へえ、結構広いな。それになかなか落ち着ける」

 

「こっちだよ!」

 

周りを見渡している俺の手を穂乃果が引いて案内する。

 

無意識でしているのは分かるがその柔らかい手に俺は少し緊張する。

 

「……」

 

「む~」

 

「――っ!?」

 

すると突然、後ろからもの凄い殺気を感じた。

 

発生源はおそらく海未とことり。振り返ったら殺られる、そう感じずにはいられなかった。

 

緊張の重ね塗りのような状況に精神が削られていく。

 

「ここだよ、風もよく通って気持ちがいいんだ!」

 

「そ、そうか」

 

なんの気なしに喋る穂乃果。そんな彼女に俺は曖昧(あいまい)に答えるしかなかった。

 

未だ海未とことりから不穏なオーラは消えていない。それどころか時間が経つに連れて増えているほどだ。

 

「穂乃果」

 

ドスの聞いた声で海未が声をかける。

 

「いつまで手をつないでいるのですか……?」

 

「えっ? あ……」

 

ようやく状況に気づく穂乃果。

 

「遊くんは、嫌だった?」

 

手を握ったまま、ほんのりと顔を紅くして上目遣いで穂乃果は俺を見つめてくる。

 

なにこの可愛い生き物。保護して一晩中可愛がりたいんだけど。

 

「いや、嫌ではないけど」

 

そんな不安げな顔されると嫌だったなんて答えられるわけがない。いや、拒絶することは絶対無いんだけどね。

 

そう答える俺に穂乃果は、パアァ、と表情を明るくさせる。

 

「遊弥、破廉恥です」

 

「ゆーくん、ことりのおやつにしちゃおうかなぁ~?」

 

それとは対称的に海未とことりの声のトーンが下がる。

 

怖い、怖いですよ二人とも。どうしたの? ドウシタノ!?

 

「ほ、ほら! 早く食べよう。昼休みだって長いわけじゃないんだし」

 

「あっ――」

 

パッと穂乃果の手を解いてベンチに座り、招く。

 

少し、残念そうに自分の手を見つめ、俺の隣に座る穂乃果。それに続いて海未とことりも腰を落ち着ける。

 

「「「「いただきます」」」」

 

揃って手を合わせそれぞれの昼食に箸をつける。

 

今日の弁当はソーセージ、卵焼き、アスパラのベーコンまき、きんぴらごぼう。そして白米。

 

いつもより遅い朝だったこともあり、あまり量は入っていない

 

「それにしても、廃校かー」

 

箸を何度か弁当と口を往復させた後、ポロッと穂乃果が洩らす。

 

「寂しくなりますね、学校がなくなるのは」

 

「もう今の一年生には後輩が出来ないってことだよね」

 

穂乃果の言葉に触発されたのか、海未やことりが沈んだ声で呟く。

 

「まあ、共学化も俺のレポートとアンケート次第だしな。このままだと共学化する前に廃校は確実だな」

 

「どうして、そういえるのですか?」

 

海未が問いかけてくる。俺がそう言ったのもわけがある。

 

単純な話、地元民の反応がよろしくなかったのだ。女子高に男子を入れるのに難色を示していた。だが、

 

「雛さんが言うには、強く反対していたのは親のほうだったんだよ」

 

「親? どういうこと、ゆーくん」

 

ことりも首を傾げ始める。

 

「そのまんまだよ、ことり。受験生たちは共学化にさほど抵抗は無かった。だけど、思い入れのあるOBや娘を持つ父親が強く反発したんだ」

 

「でも、実際学校で生活するのは生徒たちですよね?」

 

海未の言っていることは正しい。だけどそういう問題じゃないんだよ。

 

「海未、その生徒を通わせるのは誰だ?」

 

「あ……」

 

そのひとことで海未は理解したようだ。

 

「そ。俺たちが高校に通えるのは大体親がお金を出してくれるからだ。出す以上は自分たちが安心して任せられる場所に通わせたい、そう考えるだろ。個人的には親が子供の進路に口を出すのはどうかと思うけど」

 

海未が言ったとおり、通うのはあくまで子供なのだ。

 

心配だからというだけで選択肢を潰すのはよくないと思う。

 

「まあ良くも悪くも、決めるのは大人たちだからね。それにこの学院は国立だけど私立のような運営の仕方をしているから、雛さんも無視できない、ってことだ」

 

「それじゃあ、何も解決しないじゃん!」

 

「だから言ったろ。このままだと廃校は確実だって」

 

改めて俺が言うと、三人はため息をつく。

 

俺自身、どこかやるせない気持ちになるがこればっかりはどうしようもない。

 

気まずい雰囲気が流れる。ちょっと無責任なことを言ってしまったか、と少しばかり後悔が押し寄せてくる。

 

「ちょっといいかしら」

 

すると、しばらく続いた沈黙が破られた。声がしたのは後ろからだ。

 

振り向くとそこには絵里先輩とおっとりとした雰囲気の女性がいた

 

「絵里先輩、こんにちは」

 

「遊弥君、こんにちは。それと……あなたが南ことりさん?」

 

「は、はい……」

 

いきなり話を振られたことりは戸惑いながらも返事をする。そのとき、俺は小さな違和感を感じた。

 

「あなた、理事長の娘さんだったわよね?」

 

「そうですけど……」

 

「絵里先輩……?」

 

様子がおかしい。絵里先輩に余裕が見られない。もしかして――

 

「あなたは知らなかったの? 廃校について何か聞いたことはなかった?」

 

「はい、私も学校ではじめて知りました」

 

最初こそ緊張していたことりだが、しっかりとした口調で答える。

 

それを聞いた絵里先輩は、そう、とだけ呟く。

 

「聞きたいことはそれだけよ、ごめんなさいね」

 

そして回れ右をしてそのまま去ろうとする。

 

「あの! 本当に学校なくなるんですか!?」

 

絵里先輩の背中に投げかける穂乃果。先輩は立ち止まるも振り向くことなく、

 

「あなたたちには関係ないことよ」

 

冷ややかに一言言って今度こそ歩き去っていく。その際、絵里先輩の付き人と思われる人が人差し指を口に当て、俺にウインクした。

 

何も言うな、ってか……随分と勘のいい人みたいだ。

 

恐らく絵里先輩とは長い付き合いなのだろう。雰囲気的にもフォローとかが上手そうだ。

 

それを含めても絵里先輩、大丈夫なのだろうか? 無理しそうな気がするぞ。

 

「先輩は真面目すぎるな。まさかあそこまでとは」

 

「「「………」」」

 

はあ、とため息をつく俺にまたもや視線が集まる。

 

「ど、どうしたんだ、三人とも。」

 

「遊くん……いつの間に生徒会長と名前で呼ぶ仲になったのかな?」

 

穂乃果の無表情で低い声が俺を捕らえる。聞いたことも見たこともない彼女に震えが止まらない。

 

そして海未とことりがさっきとは打って変わって満面の笑みを浮べていた。

 

「これは一回――」

 

「聞いてみないといけないかなぁ……」

 

「おい、なにをするつもりだ。やめろ、やめて、やめてくださいお願いします」

 

迫ってくる三人に必死に懇願する。だが、抵抗も虚しく、

 

「さあ、覚悟してね。遊くん」

 

「遊弥。洗いざらい話してもらいますよ」

 

「ゆーくん、おやつの時間だよ♪」

 

校庭に悲痛な叫びが響くのだった。

 

 






いかがだったすか?

ただいまアドバイスを含め意見、感想を募集中っす。

今後ともよろしくっす。




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スクールアイドルだよ!

 

 

 

放課後、絵里先輩に呼ばれた俺は生徒会室まで足を運んでいた。昼休みが終わる頃に放課後来てほしい、と携帯電話に連絡があったのだ。ちなみに穂乃果からも、廃校を防ぐための作戦会議に参加してほしいと頼まれたが、絵里先輩の連絡が早かったので断った。そのせいで教室から出るとき三人から睨まれることになったが。

 

「絵里先輩、萩野です」

 

「入ってきて良いわよ」

 

失礼します、と言い入った室内には絵里先輩と昼間に会った先輩の二人しかいなかった。

 

「ごめんなさいね、こんなところに呼び出して」

 

「絵里先輩のためならたとえ火の中水の中、お呼びとあらば即参上! がモットーですので気にしないでください」

 

「もう、変なこといわないでちょうだいッ! でも、それはそれでちょっと嬉しいというかなんというか……」

 

軽いおふざけですよ、絵里先輩。そんな顔を真っ赤にして怒らなくてもいいじゃないですか。まあ、別に嘘ではないのだが。

 

「ふふ、なかなか面白い子やな?」

 

昼間、絵里先輩の付き人だったおっとりとした先輩が俺を見ながら口を開く。

 

「昼間はどうも。萩野遊弥です。よろしくお願いします」

 

「えりちと同じ三年の東條希や、よろしくな」

 

なぜ関西弁? しかも似非(えせ)のほうだし。

 

「関西に住んでいたことあってな、そこで過ごすうちにこれに落ちついたんやよ」

 

しかもナチュラルに人の心読んでるし。読心術の持ち主か。

 

「読心術やないで、スピリチュアルパワーや」

 

あ、なんかこれ喋らなくて楽でいいや。東條先輩、あなたと喋るときこれでいいですか?

 

「人で遊ばんといて!? それとうちのことは希でええよ」

 

「すみません、希先輩。つい楽しくなってしまって」

 

もう、と苦笑いする希先輩。掴みはオッケーだろう。まあ、打ち解けられたみたいでよかったよかった。

 

「それで、俺を呼び出した理由はなんですか?」

 

「それはえりちがな――って、えりち? おーい、えりちー?」

 

「――はっ!? ごめんなさい、ちょっとぼーとしてたわ。それでどうしたの、希、遊弥君?」

 

いやいや、絵里先輩。あなたが俺に用があるからここに来たんですよ? まさか忘れましたか? 俺もしかしなくても無駄足でしたか?

 

希先輩も呆れたように息を吐く。

 

「いや、えりちが遊弥君を呼んだやん。何で呼び出したのか教えないと」

 

「え、あ、そ、そうだったわね。遊弥君、突然で悪いのだけれど――」

 

――生徒会役員になってほしいの。

 

言葉短く伝えてくる絵里先輩。先ほどとは打って変わって顔は真面目そのものだった。

 

「……本当に突然ですね。転入早々、生徒会役員に誘われるなんて思いもしませんでした」

 

実際のところ、生徒会室に来てほしいと言われた瞬間、予感はしていた。だからこれの要望に対する答えも決まっている。

 

「お誘いは嬉しいです。でもすみません、俺は生徒会役員にはなれません」

 

「どうしてなのか理由を聞いてもいいかしら?」

 

口調こそ冷静を装っているものの、顔では不満さを隠しきれていない絵里先輩。

 

まあ、こんなすぐに拒否されたら普通は気を悪くするよな。でもこればっかりは仕方がない。

 

「それは俺が試験生だからですよ、そしてこの学校では俺の存在を快く思っていない人がそれなりにいます。絵里先輩もわかるはずです」

 

「――ッ!」

 

「……」

 

俺が言うと、絵里先輩は苦虫を噛み潰したような顔になり、希先輩も目を伏せた。

 

今日一日だけでも十分わかった。好奇心の目が圧倒的ではあったもののその中に嫌悪の視線が入り混じっていることが。

 

学院長がそうであったように生徒の中でも認めたくない人はいるのだ。女子高が共学する可能性について。

 

おそらく先輩方のクラスで文句を言っていた人もいたはずだ。まして本人が居ないならなおさらだろう。

 

「だから俺が生徒会役員になるのは無理なんです。でも――」

 

でも? と、沈んだ様子で聞き返してくる絵里先輩。俺はそんな先輩に笑顔で返した。

 

「役員じゃなくても、絵里先輩の知り合い――友人として、いくらでも手伝えますよ」

 

「あ……」

 

思いもよらない言葉だったのか呆然とする絵里先輩。

 

「……ふふ、やっぱりな」

 

すると希先輩は安心したように微笑んだ。

 

というか、やっぱりってなんですかやっぱりって。またスピリチュアルパワーですか。

 

「そう、スピリチュアルパワーや!」

 

「もうビックリ通り越してちょっと怖いですよ希先輩」

 

「遊弥君? 女の子に怖いは失礼やと思うんやけど」

 

「し、失礼しました……」

 

ニコォ、と(ゆが)んだ笑顔を見せる希先輩に俺は顔が引きつる。

 

怖い、怖いってば。その笑顔は恐怖でしかないですよ希先輩。

 

「ぷっ、ふふふ……」

 

絵里先輩は漏れたような笑い声を出す。それはさっきまでの気持ちが少しまぎれたようだった。

 

「そうね、ほんと、その通りだわ。確かに形にこだわる必要はないものね。友達が手伝ってくれるのは何もおかしなことじゃないわ」

 

自分に言い聞かせるように、確認させるように呟く絵里先輩。表情も段々と明るくなっている。そして、

 

――ありがとう、遊弥君

 

俺をしっかりと見つめ、そういった。

 

柔らかい表情を浮べる絵里先輩に、俺は思わず見惚れてしまう。

 

「あらためて、これからよろしくね、遊弥君」

 

「は、はい。必要なときはいつでも呼んでください。絵里先輩のためならっていうのは嘘じゃありませんから」

 

「――ッ!! な、な……」

 

柔らかい表情から一変、真っ赤になりうつむく絵里先輩。

 

そんなに嫌だったのだろうか、でも嘘じゃないしなぁ。

 

「あー、これはあれやな、えりちも大変やろうな」

 

昼休みのヒフミトリオ同様、呆れたように希先輩が息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、絵里先輩。また」

 

「ええ、また明日」

 

別れの言葉を交わし、それぞれの帰路へと歩き始める。

 

あのあと、書類整理と廃校についての相談を受けた。なんでも生徒会は廃校を阻止するために独自(当然許可はもらいにいくみたいだが)に活動するとのことだった。

 

それに面だってどんなことをするといいのか、というのが絵里先輩の相談だった。

 

「生徒が集まりそうな企画、それか音乃木坂学院の魅力を作る、か……」

 

一応先輩が考えていた案をいくつか聞かせてもらった。が、正直言っては悪いけど効果はまったくないと思う。むしろそれで生徒が集まるなら廃校ということにはならないだろう、そんな案だった。

 

だからと言って、何もしないという選択肢はない。しかし、音乃木坂学院に興味を持ち、入学したいという気持ちにさせる、そんな企画は早々生まれない。今は考えることが必要なのだ。

 

従来のやり方では到底無理だろう。奇抜で誰も思いつかないような、そんな――

 

prrrrrrrrrrrrrr―――――!!

 

「ん、誰からだ?」

 

唐突に鳴り響いた携帯を手に持ちディスプレイを見ると、そこには穂乃果の文字。

 

嫌な予感がした。なんか碌でもないことが起きるような。

 

だが、このまま無視をするのも悪いし、何より鳴り止まない。ここは出るのが一番だった。

 

「もしもし――」

 

『遅いよ遊くん!! なにしてたの!?』

 

いきなりの大声で耳がキーンとなる。思わず携帯を耳から離した。

 

まったくこいつは、少しは考えることをしないのか?

 

「うるさいぞ、穂乃馬鹿(ほのばか)

 

『ちょ、名前とくっつけないでよぉ!!』

 

「それでなんのようだ、馬鹿」

 

『せめて名前とくっつけて!?』

 

どっちだよ。まあ、おふざけはこのくらいにしておくか。

 

「穂乃果のせいで話が()れたな。で、結局どうしたんだ?」

 

『逸らしたのは明らかに遊くんだよね……まあ、いっか。遊くん、今、時間ある?』

 

「帰って夕飯の支度を――」

 

『今から穂乃果の家に来て! 大事な話があるから!!』

 

それだけを言って穂乃果は電話を切ってしまう。

 

「……しないといけないんだけど」

 

ツー、ツー、と繋がってもいない電話口に愚痴(ぐち)るように呟く。

 

こうなっては行かなかった方が後々めんどくさくなってしまう。

 

深いため息を吐きながらも、進路を穂乃果の家へと変えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向かい始めてから十数分後、俺は穂乃果の家についた。

 

"穂むら"と描かれた暖簾をくぐると一人の少女が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ」

 

赤さが混じった茶色い髪にくりんとした丸い瞳。同年代の子より少し大人びているだろうがまだまだ幼さが残っていた。

 

懐かしさに浸るのもほどほどにして、話しかける。

 

「こんにちは、高坂穂乃果さんいる?」

 

自分の正体がばれないように言うと少女は目を鋭くして警戒し始めた。

 

「あの、どちら様ですか?」

 

うん。かなり久しぶりだもんな、覚えていないのも無理はない。でもちょっと悲しいよ。だがそれより、

 

「う~」

 

「ぷっ……」

 

小動物のように威嚇する少女に俺は思わず笑う。すると彼女は本気で怒ってしまった。

 

「なにがおかしいんですか!! あなたは誰ですか、警察呼びますよ!?」

 

「いや、頑張って威嚇(いかく)してる雪穂ちゃんが可愛くてつい、ね」

 

その言葉に少女の顔が怒りから戸惑いへと変わった。

 

「な、何で私の名前を……? ん? なんかどこかで見たことあるような……?」

 

つま先から頭までじっくり俺を観察した少女は気づいたようだ。

 

見開いた目には少しの涙が溜まり、震えた唇が動く。

 

「まさか……ゆ、ゆうや、さん……? 遊弥さんですか……?」

 

「正解。久しぶり、雪穂ちゃ――って、うおっ!?」

 

言い切る前に雪穂ちゃんが抱きついてくる。勢いがあったせいか、少しバランスを崩したが何とか持ち堪えた。

 

「お久しぶりです。もう会えないかと思った」

 

「ふふ、甘えん坊なのは変わってなかったか。昔みたいに"遊お兄ちゃん"って呼んでもいいんだぞ?」

 

「も、もう今は言いません!!」

 

顔を紅くして叫ぶ雪穂ちゃん。

 

知り合った当初は警戒心の強い子猫のようだったが、打ち解けてからは穂乃果よりも俺に懐いて、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」といつも後ろをついて来る様になっていたのだ。

 

昔の呼び名で呼ばれないのは一抹(いちまつ)の寂しさを感じる。だが、その成長に嬉しく思ってもいた。

 

未だに抱きついている雪穂ちゃんの頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。

 

しばらく為すがされるままの彼女だったが、突然何かに気づいたように俺の身体を押しのけた。

 

「そ、そういえば! お姉ちゃんに用があるんでしたよね!?」

 

「あ、ああ。穂乃果に呼ばれてな」

 

「ちょっと待っててください――お姉ちゃーん! 遊弥さんが来たよー!!」

 

雪穂ちゃんが言い切った瞬間、バンッ、とドアの開く音がする。そして、ものすごい勢いでこちらへと向かってくる。

 

「遊くん、おっそーい! 来るのをすごく待ってたんだよ!!」

 

いやいや、穂乃果さんや。連絡受けてから最速で来たんですよ? その言い分はいくらなんでも酷いんじゃありませんか?

 

たかが十数分程度だったはずなのに穂乃果は少しご機嫌斜めだ。永遠の時でも過ごしたのだろうか。

 

「もう、お姉ちゃん。せっかく遊弥さんが来てくれたのにそういう言い方しないの! それにお姉ちゃんが呼んだんでしょ? 待つのは当然だよ」

 

穂乃果を(たしな)める雪穂ちゃん。

 

彼女の小言に穂乃果は耳を塞いで聞こえない振りをする。おまえは小学生か……

 

「あー、聞こえない聞こえなーい!! 行こう、遊くん!」

 

「あっ」

 

「ちょ、おい、穂乃果!? 雪穂ちゃん、またあとで!」

 

強引に手を引かれる形で穂乃果の部屋まで連れて行かれる。

 

穂乃果はあとで雪穂ちゃんからの説教が確定だろう。あの子、こめかみに青筋立てていたからなぁ。

 

「ようこそ、穂乃果の部屋へ!! さあ、座って座って!」

 

促されるまま俺は腰を落ち着ける。

 

階段を上がり、案内された穂乃果の部屋は良くも悪くも普通の部屋だった。

 

本棚には少女漫画と少年漫画が半々ぐらいで収納されており、ぬいぐるみが部屋を埋め尽くしているわけでもなくタンスの上に慎ましく置かれているだけだ。

 

配色もオレンジが多めと、穂乃果のイメージにぴったりの部屋だ。

 

「あんまりジロジロ見ないでよぉ」

 

「ああ、悪いな。女の子の部屋に入ったことが無くてな」

 

そう言う俺に穂乃果は、えっ? と意外そうな顔をした。

 

「入ったことないの? 一度も?」

 

正確に言えば、咲姉と愛華の部屋には何度も入ったことがあるのだが、あの二人はいろんな意味で普通の部屋ではないのでカウントしていない。思い出すだけでも恐ろしい。

 

若干身震いする俺にあはは、と苦笑いを浮べる穂乃果。

 

「そっか……女の子の部屋は私が始めてなんだ。そうなんだ……」

 

そして何か小さく嬉しそうに呟いた。あまりにも小さすぎたため俺にはなんて言っているのかがわからなかった。

 

「まあそれはさて置き、俺を呼び出してなんのようだ? 随分と慌てていたみたいだけど」

 

「あ、うん。えっとね――」

 

穂乃果は佇まいを直す。よほど重要なことなのか想像以上にに真剣な表情だ。

 

「実は、思いついたんだよ」

 

「思いついた? なにを?」

 

「廃校を阻止するためのアイデアだよ!!」

 

は? と、間の抜けた声がもれてしまう。俺は穂乃果の言っていることが一瞬理解できなかった。だがすぐに思考回路が正常になる。

 

「廃校を阻止するためのか。並大抵のことじゃ変えられないぞ?」

 

こんな言い方はあれだが、一個人が出来ることなんてほとんどない。それは穂乃果もわかっているはずだ。だが、この自信の在り様は本当に出来るかもしれないと彼女が思っているということ。

 

「それで、一体なにをするんだ?」

 

「それはね――」

 

俺が問いかけると、穂乃果は一呼吸置いた後興奮したように言った。

 

「――スクールアイドルだよ!!」

 

 






お疲れ様です。燕尾です。

いかがでしたでしょうか?

次回更新もがんばりたいと思っています(思っているだけ)


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勧誘

あけましたおめでとうござりまする。三ヶ月ぶりです、燕尾です。

久しぶりすぎる更新なので文がおかしいかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。

今まで更新しなかったのは精神的に死んでいたという理由を冗談ながらに挙げておきますm(..)m


 

 

穂乃果の家に行った翌日、登校日二日目の昼休み。昼の弁当を食べ終わり教室に戻ったとき、穂乃果はパタパタと自分の席に行き鞄の中から雑誌を数冊取り出した。

 

「遊くん、海未ちゃん、ことりちゃんこっち来て!」

 

早く早く、と促された俺たちはそろって穂乃果の席に近寄る。海未とことりは疑問符を浮べていたが俺は何の用かすぐにわかった。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん。これ見て、これ!」

 

穂乃果が二人に見せた雑誌に取り上げられていたもの、それは――

 

「「スクールアイドル?」」

 

海未とことりが声をそろえて言う。

そう、穂乃果が持ってきた雑誌はスクールアイドルを取り上げた雑誌だった。

スクールアイドルとはその名の通り、学生のアイドル。学校でアイドル活動をする子達を指す言葉。事務所に所属しているアイドルたちとは違い、基本的自由。活動と言っても部活の一種と考えたほうがしっくりくるだろう。まあ、すごいところだとどこかの事務所と契約してプロのアイドルと変わらない活動をしている子達もいるらしい。

最近密かなブームとして取り上げられてはいたのだが、あるグループの台頭によって、急激に人気が出たのだ。

 

「そう、今これが流行っているんだって!」

 

「そ、そうなんですか……」

 

興奮して雑誌に目を通している穂乃果に海未が冷や汗をたらしながら適当な相槌をうつ。ことりも若干苦笑いになっていた。

あ、これは気づいたな。穂乃果がしようとしていることに。

海未が俺に視線を送る。その視線に対し俺はご愁傷様といわんばかりに頷いた。

その瞬間、海未は穂乃果に気づかれないように下がり始めた。その穂乃果はスクールアイドルについて熱弁している。

でも海未の字よ、逃げようとしてもそうは行かないぞ。なんたって穂乃果だからな。俺も昨日逃げ切れなかったからな。

 

「――でね? 思いついたんだ! って、あれ? 海未ちゃんは?」

 

海未は教室の外まで出ていた。気づいた穂乃果は待ったをかける。

 

「海未ちゃん! 話は終わってないよ!」

 

「嫌です!!」

 

「穂乃果まだ何も言ってないよ!」 

 

「どうせ"スクールアイドルをしよう"なんていうのでしょう!?」

 

「なんでわかったの、海未ちゃんもしかしてエスパー!?」

 

言い当てられて驚く穂乃果。だが、ここまでヒントをもらって気づかないほうがいないだろう。

 

「私は絶対反対です! そもそも、一朝一夕でどうにかなるものじゃありません。こういうのは最初から目指して努力を続けた人がやるものです!」

 

海未はとにかく否定的だった。まあ、言っていることは間違いではない。だが、一概に切り捨てるものでもないと俺は思っていた。

 

「遊弥、なんであなたは止めないんですか! あなたは知っていたのでしょう!?」

 

キッ、と睨みつけるようにこちらに視線を向ける海未。どうやら矛先は俺に向いたようだ。ため息をつきながら海未に言う。

 

「海未の言う通りではある」

 

「だったら――」

 

「でも、もう普通の方法じゃ無理なんだ。俺がここにいるのが良い例えだろ」

 

それは、と海未は言葉に詰まる。

女子高からの共学化。滅多にすることないことでも生徒が集まる見込みはないのだ。いまさらちょっとした功績を挙げても意味はない。功績の数が多ければ別だが、今までの成績からするとそれも無理だろう。

 

「流行り始めのスクールアイドルで認知度を上げる、目新しいからこそ興味を持つ人もいるし、"部活"として出来るのがこのスクールアイドルだろ? ならやってみるのもいいと思っている。なにより三人ともすごく可愛いんだから、表舞台に立っても映えるだろ」

 

穂乃果、ことり、海未の三人なら、そこらのアイドルよりも容姿が優れていると思う。まあ、知り合いの補正がかかっているといわれても仕方が無いが。

 

「――っ!! と、とにかく私はやりませんから!」

 

顔を真っ赤にして、教室からものすごいスピードで去っていく海未。

結果的に穂乃果の擁護をしたのが悪かったのだろうか?

 

「あれは……堕ちるよね。それでいて無自覚って」

 

「うん……ゆー君ってほんとずるいよね……」

 

穂乃果とことりは二人でこそこそと話していた。そして俺を見てまたため息をつくのだった。

何のことかわからない俺は首を傾げるだけだった。

 

 




長文を書くならまず短文から、という思考に至り、今までより1話の長さをかなり短くしました。

また、これにより更新をしやすくしようという腹積もりでもあります。

本年もよろしくお願いします。


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生徒会の手伝いにて


どうも燕尾です。

なかなか話が進まないですね




 

「絵里先輩、こっちの書類整理とデータの打ち込み終わりました。希先輩、各部活の予算状況の計算も終わってるので確認お願いします」

 

放課後、俺は生徒会の手伝いをしていた。穂乃果にもスクールアイドルの練習に付き合ってほしいと誘われていたのだが、先日同様、絵里先輩のほうが早かったのでまた今度と断った。すっごい不満そうな顔をされたが。

俺の主な仕事は書類整理とデータ管理。あとは会計処理だった。言われたときは時間がかかりそうな気がしていたが、案外そうでもなく、すぐに終わった。

 

「え、ええ……じゃあ、次はこれお願いできる?」

 

「オッケー、確認しとくわ」

 

ええっと、なになに……文化祭の予算算出? これ普通年度初めにやることだろ……。こっちは去年の文化祭の予算か、なるほどね。

片手で計算ソフトに打ち込み、それと並行して書類に書き込んでいく。

 

「「……」」

 

「こんな感じかな、確認お願い――ってどうしました?」

 

絵里先輩と希先輩が手を止めてじっと俺のほうを見ていた。その顔は若干驚きが混じっている。

首を傾げる俺に絵里先輩がえっと、と驚きが抜けきらない様子で口を開いた。

 

「遊弥君、手際が良いのね。すごい慣れているというか……」

 

「ああ、この手の作業はよく爺さんに手伝わされていましたから」

 

毎年、行事ごとや年度末に縋りつく爺さんに何度頭を抱えたか。他の人に頼めばいいものをわざわざ俺に頼む辺り……思い出してもため息が出る。

 

「だから自然と身についたというか、事務作業の効率の良いやり方を知ってるってだけですよ。慣れたら誰にでも出来ます」

 

「いや~それは君だけだと思うんやけど」

 

苦笑いしながらそう言う希先輩。

いやいや、こういうのは本当に知っているかないかなだけですよ。あ~、思い出したら腹が立ってきた。禁酒の期限延ばしてやろうかな。

 

「でも、頼りがいある後輩が手伝ってくれてうれしいな~。なぁ、えりち?」

 

「そ、そうね……仕事が速く終わるのは、いいことだわ」

 

ニヤニヤと含みのある笑みを向ける希先輩になぜか所々で言葉に詰まる絵里先輩。よくわからないが、何か思うところでもあるのかもしれない。あまり踏み込んでもよくないだろう。俺は話題を変える。

 

「そういえば絵里先輩と希先輩はいつからの付き合いなんですか? 見たところ結構長そうな感じですけど?」

 

「ふぇ!?」

 

無難な話題だと思って切り出したのに、絵里先輩はなぜか慌てだしてしまった。

――別に変な意味は無いよな? 普通だよな?

 

「そうやな――」

 

答えることが出来なくなった絵里先輩の代わりに希先輩が答える。

 

「えりちとは高校入学からの付き合いや、一年からずっと同じクラスやで」

 

「へえ……どういう風に仲良くなったんですか? ほら、絵里先輩ってその……アレっぽいじゃないですか?」

 

「ちょっと、アレっぽいってどういう意味よ!」

 

絵里先輩が抗議してくる。

いえいえ、そんな悪い意味はないですよ? ただアレっていうだけで。具体的にはいいませんけど。ええ、悪い意味ではないですよ?

 

「そうやな、えりちはあれやからな。そう思うのも不思議じゃないで、遊弥君」

 

「希まで!?」

 

悪乗りしてくる希先輩、さすがです。

俺が希先輩に、ぐっ、と親指を立てる。すると希先輩も親指を立て返した。

 

「……なによ。二人で分かり合っちゃって。ええ、どうせ私はアレですよ」

 

むくれて拗ねる絵里先輩。その顔はなんとも可愛らしかった。

そんな絵里先輩に俺と希先輩はまったく同じタイミングで噴出してしまう。

 

「冗談です。絵里先輩は誤解を受けやすいって言う意味ですよ、本当はこんなに可愛くて親しみやすいのに」

 

「せやせや、えりちは可愛いもんな」

 

「……っ、卑怯よ……二人してそんなこというなんて」

 

絵里先輩は顔を紅くさせそっぽ向いた。

ああ、可愛いなぁ~(関西風)

 

「それで、絵里先輩とはどういった経緯で?」

 

「まあ別にえりちと仲ようなったきっかけに特別なことはあらへんよ。ただ、うちがえりちに声かけて話すようになって、って、感じやな」

 

「本当に普通だったんですね。希先輩には失望しました、もっと面白いことを期待してたのに」

 

「急な裏切り!? そらひどいで、遊弥君!?」

 

「でもあのときの希にはびっくりしたのよ? 私もちょっと変な人かと思ってたもの」

 

「普通に声かけただけやん! さっきの仕返しなん、えりち!?」

 

焦る希先輩に次は絵里先輩と俺が笑い声を上げる。

こうして、時々雑談を交えながら作業をこなしていくのだった。

 

 





えりちはかわええなぁ~

ではまた次回(・・)/


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あなたの気持ちは……



きゃっほーい、燕尾です。

最近眠れなくてつらいです。夜勤バイトやめようかな……




 

 

「ん、んん~」

 

やるべき事務作業を終えた俺は伸びをする。事務作業は身体が凝るのが難点だ。

最後の確認を終えた絵里先輩は書類を俺に返す。

 

「お疲れ様、遊弥君。今日はありがとう、帰っても大丈夫よ」

 

「絵里先輩はどうするんですか?」

 

「わたしはもう少し残るわ、まだやる事もあるから……」

 

そういって絵里先輩は椅子に座り直し、書類とにらめっこし始める。ちなみに希先輩はバイトがあるとかで先に帰っていた。

何かを考えながら紙に書いていく絵里先輩。それは受験に追い詰められた学生のような鬼気迫る様子だった。

 

「絵里先輩」

 

「なにかしら?」

 

「あまり根を詰めてもよくないですよ」

 

「……大丈夫よ」

 

返す絵里先輩はこちらを見ない。そんな彼女に俺はどうしたものかと息を吐く。ちらりと横を見るとそこにはゴミ箱いっぱいの紙くず。今日一日で思いついて没にした企画だろう。俺にはこれ以上何か思いつくとは到底思えなかった。

 

――しょうがない。

 

「絵里先輩、今日は終わりにしましょう」

 

「そういうわけにはいかないわ。今は一分一秒も惜しいの」

 

まあ、そういうだろうな。だけど先輩、これで俺が引き下がると思ったら大間違いですよ。

 

「そういえば俺にも用事が会ったんでした」

 

「そう、なら早く――」

 

「ああ! でも、この用事は協力してくれる人が必要なのをすっかり忘れてた! 誰か手伝ってくれる人はいないかなー……チラリ」

 

俺の視線から気まずそうに目を逸らす絵里先輩。俺はさらに畳み掛ける。

 

「今日中の用事なんだけどこの時間じゃ誰も時間が合いそうにもないなー。ああ、困ったなー」

 

わざとらしく言う俺に絵里先輩はプルプルと肩を振るわせ、紙を握り締めている。

 

「でも本当に誰もいないなら、しょうがないけど一人でやるしかないかー。日を跨いじゃうけどそこはしょうがないなー」

 

「ああ、もう! わかった、わかったわよ! わたしでよければ手伝うわよ!!」

 

我慢の限界がきたのか絵里先輩はバンッ、と机をたたきながら叫ぶ。

 

「ほんとですか!? ありがとうございますー! いやー、助かります」

 

あっはっは、と笑う俺にジト目を向ける絵里先輩。嘘か本当かわかっていない真面目な先輩には、こういうやり方が一番手っ取り早いのだ。

 

「それじゃあ、お願いしますね。絵里先輩」

 

「はぁ、それで? 用事って言うのはいったいなんなの?」

 

深い溜息を吐き変える準備をしながら呆れたように問いかけてくる。だが、俺は笑みを崩さず、

 

「それは着いてから説明しますよ。さあ、いきましょうか、絵里先輩」

 

絵里先輩と一緒に学校を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊弥君、ここは?」

 

「ここは俺が見つけた穴場スポットですよ」

 

絵里先輩を伴って来たのは街の路地の一角にひっそりと佇む喫茶店。学校が始まる前に街を散策して見つけた店だ。

 

「マスター、彩音さん。いますか?」

 

"open"の札がぶら下がっているドアを開ける。閑散としてる中、カウンターに一人の中年の男性がこちらを見る。

 

「いらっしゃい、遊弥の坊主。彩音は今日は遅いぞ。ん? そっちの嬢ちゃんは初めて見る子だな。彼女か?」

 

「カノ――!?」

 

彼女という単語に絵里先輩は顔を紅くしてあわあわと慌てだしてしまう。

慌てる絵里先輩可愛いなぁ~(関西風)

 

「あはは、そうだと嬉しいんですけど、お生憎様(あいにくさま)。ってか、俺は最近こっちに来たばっかりですよ。マスター」

 

「なんだ、つまらない反応だな。そんなべっぴんさん連れて歩いているんだから遊弥も慌ててくれると思ったのに」

 

「俺を慌てさせたかったらドッキリの一つでも仕掛けることですねマスター。それも大掛かりなもので」

 

こりゃ敵わんな、と豪快に笑うマスター。

 

「おっと、そっちの嬢ちゃんが置いてきぼりだった。俺は(にのまえ)(しゅう)。この喫茶店"sky(スカイ) cafe(カフェ)"のマスターだ。マスターって呼んでくれ」

 

「あ、綾瀬絵里です。その、よろしくお願いします」

 

「そんな畏まらなくていいぞ絵里ちゃん。自分の家だと思って寛いでくれ」

 

マスターのフランクさに若干押され気味の絵里先輩。まあ、最初に戸惑うのは仕方がないと思う。

 

「マスター、あっちの席借りますね。絵里先輩、コーヒー大丈夫ですか?」

 

「え、ええ。大丈夫よ」

 

「それじゃあ、マスター。ブレンド二つでお願いします」

 

あいよ、とすぐにコーヒーを入れる準備をするマスター。その間に席に着く。

 

「ほれ、ブレンドとサービスのチョコティラミスだ」

 

「ありがとうございます」

 

「気にすんな、ゆっくりしていけよー」

 

そういってマスターはカウンターに引っ込んで。

俺と絵里先輩はお互いコーヒーに口をつける。

 

「お、美味しい……! こんなに美味しいコーヒー初めてだわ……!」

 

絵里先輩は感嘆の声を上げていた。俺も始めて飲んだときは同じ反応だったし。

話によればマスターは海外で修行積んで数年前にこの店を開業させたらしい。

コーヒーを入れる腕は確かで、コーヒー以外にも料理の腕もそん所そこらの料理人よりあると思う。こんなに出来るのに何で店が繁盛(はんじょう)していないのかが不思議なくらいだ。

お互い一息ついて、気分を落ち着ける。すると絵里先輩が本題を思い出したといわんばかりの表情で問いかけてきた。

 

「そういえば結局ここに来てすることって結局なんなの?」

 

「あー、それはですね、ここで誰かと一緒にコーヒーを飲むことだったんですよ」

 

コーヒーに舌鼓を打ちながら俺は答える。しかし、当然ながら絵里先輩は不満顔になった。

 

「遊弥君。わたし言ったわよね? 一分一秒でも惜しいって。あなたのおふざけに付き合ってこんなところでゆっくりなんてしてる場合じゃないの」

 

絵里先輩の口調がきつくなってくる。それほど真剣なのだろう。

だけど絵里先輩、これは重要なことなんですよ?

 

「いえ、おふざけじゃないですよ。先日ここに来たときにマスターとその娘さん――彩音さんって言うんですけど約束したんですよ。今度来るときは必ず誰かを連れてくるって、ねえ、マスター?」

 

俺はマスターに顔を向ける。客が俺と絵里先輩しかいない店の中で普通に話せば当然同じ空間にいるマスターにも話が聞こえるわけで。

本当なんですか、と懐疑的な視線を送る絵里先輩に対してマスターは首肯した。

 

「ああ、遊弥の言ってることは本当だぞ、絵里ちゃん。うちも客がぜんぜん来なくてよ。誰でもいいから今度連れて来いって言ったんだよ」

 

マスターの言葉に何一つ嘘はないと感じた絵里先輩は渋々引き下がる。しかしまだ納得がいかないようだった。

 

「それでも、今日、わたしを誘わなくてもいいじゃない。後日別な子でも――」

 

まだわからないのか、絵里先輩。今の自分が。

 

「今の絵里先輩じゃ、何も思いつきませんよ」

 

俺の一言に先輩は目を見張る。俺も自分で驚くぐらい冷えた声だった。しかし、もう言わないという選択肢はない。

 

「たとえ何か思いついたとしても、廃校を撤回させることなんて出来ません」

 

「そ、そんなの、考えないとわからないことじゃない……! だからこうして――」

 

「ええ、考えなければ何も生まれません。それはそうです――ですけどはっきり言いましょう、絵里先輩がいまやっているのはどこか薄っぺらい」

 

廃校を阻止したい、その想いは本物だろう。でもこの二日間、生徒会で絵里先輩を見ていたらその想いの出所と感情が穂乃果たちとはまったく違う。

 

「あ、あなたに……なにがわかるのよ……っ!」

 

「俺は絵里先輩のことはまだ何も知りません。でも――」

 

わなわなと声を震わせ、静かな怒りをぶつけてくる絵里先輩。俺はひるむことなく真正面から絵里先輩を見つめる。

 

「――本当に何かを成し遂げたいなら、一度整理することです。ほら、こういう甘いものでも食べてコーヒーを飲んで、気持ちを落ち着かせながら。そうすれば今より前進できますよ」

 

絵里先輩からの反論が何も来ない。ここらが潮時だろう。

 

「それじゃあ、俺はこれで失礼します。代金は俺が払っておくので」

 

そういって俺は席を立ち会計に向かう。絵里先輩は手をギュッと握り締めて俯いていたままだった。

 

「いいのか、あんなこと言って? まるで別れたカップルのような雰囲気だぞ、絵里ちゃん」

 

マスターが冗談交じりに心配そうに言ってくる。俺も苦笑いしながらお金を置く。

 

「まあ、ちょっと言い過ぎた気はしますが……マスター、会計これでお願いします」

 

「――ん?」

 

支払いの代金を見たマスターはレジと代金を交互に見たがすぐに対応してくれた。

 

「ああ、ちょうどだな。まいどあり」

 

「また来ます」

 

こうして俺は絵里先輩のほうを一切向かずに店を出たのだった。

 

 





はい、いかがでしたでしょうか第九話?

おかしいところや気になることがあればぜひ教えてくだしゃい。

ではでは~



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理解と感情、それと折檻

一ヶ月ぶりでござんす
これからのことを考えると溜息しか出ない今日この頃です




――Eri side――

 

 

 

 

――今の絵里先輩じゃ、何も思いつきませんよ。

 

 

「なによ……」

 

 

さっき遊弥君に言われた言葉が頭の中で反芻する。

 

 

――絵里先輩がいまやっていることはどこか薄っぺらい。

 

 

「何も知らないくせに……」

 

 

自分でも無意識のうちにそんな言葉が出てしまう。

遊弥君が何の意味もなく相手を貶めるようなことは言わない。それはわかっている。だが、彼に対する苛立ちが抑えられない。

だけど腹を立ててたのは遊弥君だけにではない。碌な反論ができなかった自分にもだ。

廃校させたくない一心でこの二日間考えてきていた。生徒が集まるような企画を挙げ続けて精査して、自分なりに出来るようなことをやってきたはずなのだ。

でも遊弥君の言ったことに言い返せなかったということは、自分でも今やっていることに納得できていなかったということだ。要するに図星だったのだ。

 

「だからといって、ちょっと言い過ぎじゃないかしら! 私だって必死なのに……!」

 

イライラする心を落ち着けるためにカップに口をつける。しかし、カップの中はすでに空だった。

 

はあ、と顔が俯いてしまう。そんな私の前にコーヒーが入ったカップが置かれた。

 

「えっ……?」

 

驚いて顔を上げたらそこにはマスターがいた。

さっきの話を聞いていたはずのマスターは何もなかったかのように、

 

「さっきのティラミスは遊弥への招待ボーナス。このコーヒーは俺から絵里ちゃんへの初回特典サービスだ」

 

「は……? えーっと、あり――」

 

「んじゃ、ごゆっくり。絵里ちゃん」

 

私が礼を言う前にマスターはカウンターへと戻っていった。

 

「……がとうございます」

 

一応最後まで言い切った私は今度こそコーヒーの入ったカップに口をつける。

 

「美味しい……」

 

先ほどとは違う香りが口の中を漂う。どうやら、豆の種類を変えたブレンドのようだ。だが、今の私にはぴったりのコーヒーだと思う。心なしか落ち着く。

そこで去り際に遊弥君が言った言葉を思い出す。

 

「本当に成し遂げたいなら一度整理すること、ね。確かに、その通りだわ。焦っても仕方がないものね」

 

こうして私はコーヒーに舌鼓を打ちながら、数日ぶりにゆっくりとした時間をすごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

prrrrrrrrrrrrrr―――――!!

店を出て家路に着くこと数分。ポケットの中にあるスマホが音を鳴らして振動する。

取り出して確認すると画面には穂乃果の三文字。

 

「前と同じだな、ということは……ポチッとな」

 

俺はスマホを耳に当てるどころかスマホを遠ざけながら通話ボタンを押した。すると、

 

『出るのが遅いよ、遊くん!』

 

案の定、穂乃果の大きな声がスピーカーから流れた。

 

「だから、うるさいぞ穂乃馬鹿。声を抑えることを覚えろよ」

 

『そんなことより遊くん、今から穂乃果の家に来て!』

 

「いや、これから飯の用――」

 

『じゃあ、待ってるから!』

 

ツーツー、と通話が終了した音が聞こえる。

 

俺はスマホを戻し、茜色に染まった空を仰ぎ、そして――

 

「人の話くらい聞けェェェェェ!」

 

人目を憚らず出した大声が響くのだった。

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

またも進路を変えてから十数分。俺は「穂むら」のドアを開ける。

 

「いらっしゃ――あ、遊くん!!」

 

今日の店番は穂乃果だったらしい。パァ、と笑顔を咲かせて寄ってくる。

 

「待ってたよ! いま店番中だから先に穂乃果の部屋に行ってて。私の店番ももう少しだし後でことりちゃんも来るから!」

 

「ああ、わかったよ。でもな穂乃果、その前に――」

 

そういって、俺は穂乃果の顔に手を添える。

 

「ふぇ!? なに? どうしたの、遊くん? いきなりそんな……」

 

突然のことに戸惑い始める穂乃果。若干頬を赤らめて俺から目を逸らしている穂乃果の頭に狙いを定めて腕を上げる。

 

「ていっ」

 

「あいたぁ! な、なんで頭叩くのぉ!?」

 

「おまえは人の話を聞けない人間なのか、ん? 前もそうだけど一方的に電話を切るのはマナー違反にもほどがあるぞ」

 

「うぅ~」

 

頭を抑え涙目になりながらうずくまっている穂乃果を見下ろす。

 

「それにこっちにも都合ってもんがあるんだ。少しは考えろよ」

 

「う……ごめんなさい。迷惑だったよね、遊くんのことも考えないでこんな……」

 

あからさまに落ち込んでいる穂乃果。俺はため息をついてしまう。

そんな表情されたら怒るに怒れないだろ。まあ、そこまでキレているわけでもないんだが。ちょっと釘刺すだけでそこまで落ち込まれたらこっちが悪いことをしているような気がしてしまう。

 

「別に迷惑になんて思ってないし、そこまで怒ってないからそんな顔すんな。ただ、早めに連絡してくれたら余裕持って付き合うことだってできるんだから、今度から、な?」

 

慰めるように頭を撫でてやる。サラサラの橙色の毛の感触がダイレクトに伝わってくる。

 

「……ん」

 

穂乃果は気持ちよさそうに目を細める。

 

――なんで反省を促した俺が慰めているのだろうか。

 

相変わらず身内に甘い。なんて思いながら撫でる手を離す。

 

「それじゃあ、穂乃果の部屋で待たせてもらうな?」

 

「あ……」

 

「ん? どうした?」

 

「い、いや! なんでもないよ! うん、部屋で待ってて!」

 

何か誤魔化しているが、特に気にはせず穂乃果の部屋に向かう。

誰もいない、無意識のうちでそう思い、何も考えなかったのがいけなかったのだろう。

ドアを開けて目の前に広がる光景に俺は声を失った。

 

「チャララ~ン、みんなのハートを打ち抜くぞ♪ ラブアローシュート!!」

 

自作であろう決め台詞を言って、姿見の前でポーズをとっていたのはなんと――海未だった。

絶句する俺に気づかず、みんな、ありがとー! と叫んで向こう側(空想上)にいるであろう観客に手を振っている彼女は、なんというか、痛ましかった。

決して馬鹿にしているわけではない。見世物をする際にイメージトレーニングというものは必要だ。だから海未がこんなことしていてもなんらおかしくはない、のだが……

 

「――――っ!!!!」

 

ようやく立ち尽くしている俺に気づいた海未が声にならない悲鳴を上げる。

 

「あー。そういえば穂乃果にまだ用事があったんだ、一回下に戻るわ」

 

この後の展開が容易に想像出来てしまった俺は扉を閉め、この場から退散しようとする。

階段に差し掛かったときスパーンという音と共に思い切りドアが開けられた。

 

「……見ましたね?」

 

ゆらりと揺れている海未からは恐怖しか感じられなかった。

命の危険を感じた俺が取る行動はただ一つ――

 

「――さらばっ!!」

 

「まぁぁちぃぃなぁぁさぁぁいぃぃ!!!!」

 

脱兎のごとく逃げ出した俺を鬼の形相でおいかけてくる海未。

 

「絶対待たねぇぇ!」

 

捕まった俺に待ち受ける未来は確実な死! こんなところで人生終わらせたくねぇよ!!

 

「穂乃果、ちょっと急用を思い出したから俺は失礼する!!」

 

「ええ!? ちょ、遊くん!?」

 

「悪い! 俺はまだ死ねないんだ!!」

 

穂乃果の制止も振り切り、穂むらから飛び出した瞬間、

 

「きゃあ!!」

 

「うおっ!?」

 

誰かと勢いよく衝突してしまった。俺は大丈夫だったが、背中から倒れそうになっているその人の手をを引っ張り、背に腕を回して間一髪支える。

 

「すみません、大丈夫ですか――って、ことり?」

 

「ゆ、ゆーくん……」

 

驚きと羞恥が入り混じった声で言ったのはことりだった。

 

「ごめんな、焦ってたばかりに周りが見えてなかった。怪我とかないか?」

 

「う、うん……大丈夫だよ。それよりもゆーくん……近い、かな?」

 

そういわれてハッとした。唇が触れそうなほど俺の顔とことりの顔が近いのだ。

 

「――っ! わ、悪い!!」

 

慌ててことりから顔を背ける。

な、なんだこれ!? すっごい、心臓バクバクしてるんだけど!! 落ち着け、素数だ素数、2、3、5、7、11、13、17……

ことりの顔どころか現実から背けていると、ポン、と肩に手を置かれた。普段は柔らかいはずのその手は肩に食い込んですごく痛い。

 

「ふふふふふ、遊弥ぁ?」

 

「あ、アハハハハハ……」

 

乾いた笑いしか出てこない。

とても可愛らしい笑顔のはずなのに後ろに般若が見えますよ、海未さん。よくわからないけどなんで穂乃果も膨れっ面なんですか?

 

「覚悟は……できていますヨネ?」

 

「はい……」

 

その後、穂乃果が来るまで海未にどんなことをされたか言うまでもないだろう。

 

 




いかがでしたでしょうか?

思ったことやおかしなところがあれば言ってください。

今年大学四年になるのに
まだ院進か就職か決められていないっていう……ホントどうしたらいいんだろ



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これ、大丈夫なのか……?

約半月振りですかね? 燕尾です。

就職か進学か決まらないまま小説の更新をしている私は大丈夫なのでしょうか?
なんていってるぐらいならさっさと就活でもしとけという話でしょうねぇ。






 

「おまたせー! ようやく終わったよ~」

 

店番をしていた穂乃果があがり、部屋にやってくる。

 

「穂乃果も来たことですし、始めましょうか」

 

全員揃ったところで、話をしようとする海未。その前に俺は待ったをかける。

 

「ちょっと確認したいんだけど、結局海未もことりもスクールアイドルをやるってことでいいのか?」

 

「うん、そうだよゆーくん」

 

「穂乃果一人だけでは心配ですから」

 

素直に頷くことりとしょうがないという風に言う海未。

穂乃果が突飛な提案をし、ことりが乗っかり、海未が付き添う。昔からこの三人はこんな関係だった。全員納得しているなら言うことはなにもない。

 

「それで、スクールアイドルをするのはいいが、やることは山ほどある。そこらへんは理解しているか、穂乃果?」

 

「ふぇ?」

 

問いかける俺に首を傾げて答える穂乃果。ただそれは、わからない、というより、やることは決まってるよね? というような確認のような表情だった。

 

こいつ、まさか……!?

いやいや、落ち着け萩野遊弥16歳。さすがの穂乃果でもそこまで馬鹿じゃ――

 

「ライブをするんじゃないの?」

 

開いた口が塞がらない。海未も頭に手を当てて、ことりは若干苦笑いしている。

 

「穂乃果、本気で言っているのか?」

 

やっぱり穂乃果は穂乃果だった。考えていることは単純だ。

 

「うん! 次の新入生歓迎会のときにライブをするつもりだよ。掲示板にも広告張ったし、何とか生徒会の許可ももらったよ!」

 

穂乃果は屈託のない笑みを浮べる。これには俺だけじゃなく海未もことりも驚いていた。

 

おいおいおいおい、まじかよ……!! 行動力には賞賛に値するけど思考力が残念すぎる!!

いつの間に? いや、それよりもよく絵里先輩が認めたな? てか、なんでそれを俺に言ってくれなかったんだ?

 

「希先輩か」

 

すぐにあのスピリチュアルなニヤケ面をしている先輩が思い浮かぶ。おそらく絵里先輩を宥めすかしたのも俺に黙っているようにしたのも希先輩だろう。今度絶対仕返ししてやる。

 

「なあ、穂乃果。ライブやるのはいいが曲はどうするんだ? 既存の曲でやるのか?」

 

「え? いやオリジナルの曲だけど……」

 

「オリジナルでやるのなら、誰が曲を作る? 歌詞は? 振り付けは? 衣装は? そもそもライブできるほどの体力はあるのか? そういうことを話し合うと思って来たんだが」

 

畳み掛けるように言う俺に穂乃果の顔が焦るように歪みだした。

 

「あ、あはははは~……ライブをやることしか考えてなかったよ~」

 

「考えてなかった、じゃないです! どうするんですかこの状況!!」

 

「う、海未ちゃんちょっと落ち着いて、ね?」

 

穂乃果に詰め寄る海未を宥めることり。俺も大きくため息を吐いてしまった。

 

「新歓まで約一ヶ月。それまでに体力づくりと曲と歌詞と振り付けと衣装とその他諸々……」

 

うん、不可能に近いな。どうしよ、俺スクールアイドルの手伝い降りたくなってきた。

 

「だいたい、穂乃果は――」

 

海未は穂乃果を正座させて説教モードだ。

 

「まったく、穂乃果は――」

 

別人格になりそうなレベルで捲し立てる海未。

 

「だから、穂乃果は――」

 

「しょぼ~ん……」

 

さすがの穂乃果も若干涙目だ。

 

「海未ちゃん、その辺にしておこうよ。これ以上は穂乃果ちゃんがかわいそうだよ~」

 

「いいえ、今日という今日は幼馴染として全部言わせてもらいます! だいたい、ことりも穂乃果に甘くしすぎです! もっとちゃんと言ってやってください!!」

 

「え、ええ~……?!」

 

矛先を向けられて困惑することり。

このままでは何も進まなさそうなので俺も止めに入る。

 

「そこまでにしとけ、海未」

 

「あなたもですか。遊弥まで穂乃果にあま――」

 

「――海未」

 

最後まで言い切る前にまっすぐと見つめてもう一度海未の名前を呼ぶ。俺の雰囲気を感じ取った海未は口を閉じる。

 

「海未の言いたいことはわかる。けどな、いま穂乃果に長々と説教して時間を潰すわけにはいかないのはわかるだろ?」

 

でも、とまだ食い下がろうとする海未。彼女の苦労もわからないでもない。だが、

 

「もうやってしまったんだ。だったら目の前の課題を一つずつ消化して本番までにそれなりの形に整えるのが今俺たちがすべきことだ。違うか?」

 

「……そうですね。ここで穂乃果を責め立てても仕方ありませんね」

 

海未は納得して引き下がってくれた。穂乃果やことりは胸を撫で下ろしている。

 

「ということで、だ。本当に急だけど最初のライブは約一ヶ月後の新入生歓迎会。放課後の時間だな。場所は体育館であってるか、穂乃果?」

 

「うん、間違いないよ。場所も時間もゆう君の言う通り」

 

自分の作り出した状況をきちんと理解した穂乃果は真面目に答える。

 

「アイドルのライブをするなら当然"曲"が必要になる。オリジナルからだから作詞、作曲を自分たちでやらないといけないんだけど。まず作曲できるやつ、いるか?」

 

「ことりは曲作りなんてしたことないから無理だよ~。あ、でも衣装は作れるよ」

 

「私もことりと同じで音楽に触れたことありませんから……遊弥はどうですか?」

 

「多少の知識はあるが、初めから曲を作れるほどじゃない」

 

俺は楽器を趣味でやっている。だけどやはり趣味の範囲内だ。何より一ヶ月という時間を考えると無理がある。

 

「穂乃果も出来ないけど、作曲できそうな子知ってるよ!」

 

「はっ?」

 

「ほ、本当ですか、穂乃果!?」

 

思ってもいないところからのカミングアウトに驚きを隠せない。

そんな俺たちを余所に、穂乃果はいつも通りの口調で言った。

 

「うん。昨日会ったんだ、ピアノと歌がすごい上手だった!」

 

本当に、知らぬ間に色々なことを呼び寄せる穂乃果に改めて俺は感嘆する。

だけどその子が引き受けてくれる可能性はゼロに等しい。

当たり前だ。会ったばかりの人から"作曲して"とお願いされて誰が頷くのだろうか。

 

「ですが、引き受けてくれるとは思いません」

 

「うん……ちょっと難しいんじゃないかな」

 

同じ考えだったようで海未とことりも難しい顔をする。だけどそんなのお構い無しに穂乃果は、

 

「それは頼んでみないとわからないじゃん! 早速明日聞いてみるよ!」

 

行動するのに迷いがない。いつでも目標に向かって突き進む。

確かに現状、それしか方法はない。もう形振(なりふ)りかまってはいられないか。

 

「そうだな。でも無理強いはするなよ?」

 

「うん、任せておいて!」

 

ぐっと拳を握り締めて穂乃果は気合をいれる。

 

「それじゃ次だな。さっきことり衣装作れるって言ってたよな?」

 

「うん、お裁縫得意なんだ。服を作るのも好きだから。一応アイディアもあるよ」

 

ほら、とことりはどこからか出してきたかわいらしい絵が描かれたスケッチブックを見せてくる。

 

「いいデザインじゃないか、うん。似合いそうだ」

 

「あ、ありがと……ゆーくんにそう言ってもらえて嬉しいな」

 

イラストとことりを交互に見て言う俺にことりは顔を染め、照れたように笑った。

 

「というわけで衣装はことりに任せる。手伝ってほしいことがあれば言ってくれ。俺もそれなりに裁縫は出来るから」

 

「え!? ゆう君、お裁縫できるの!?」

 

俺の申し出に穂乃果がびっくりした様子を見せる。海未も意外そうな顔でこっちを見る。

 

「なんだよ、そこまで驚くことか?」

 

不服そうに言う俺に穂乃果は恐る恐る確認してくる。

 

「もしかしてゆう君って、お料理とかも出来る?」

 

「ああ。京都にいたときは俺や妹が毎日飯の用意していたし、家事全般、人並みには出来るぞ」

 

爺さんは仕事、咲姉は大学とバイトで帰ってくるのは完全に日が暮れた後だった。妹の愛華にはせっかくの高校生の放課後の時間を潰させたくなくて家事は一人でやろうとしていたのだが、愛華は意地を張って、

 

「兄さんばかりに家のことさせるわけには行きません! 私もやります!!」

 

とか言って、頑なに俺の言うことを聞かなかったので愛華にも手伝ってもらっていた。

でも何故か分担するのを嫌って、掃除から料理まで一緒にやっていたのは懐かしい思い出だ。

 

「家事スキルが高い……」

 

「うぅ、ゆーくんに手伝ってもらうとき緊張しちゃうよ……」

 

「やはり、もっと頑張らないと駄目みたいですね」

 

思い出に軽く耽ている俺を余所に穂乃果たちは三人かまって小声で何か喋っていた。

最近俺が知らないほうがいい事が増えていくなあ、少し寂しい感じがする。

おっと、話が逸れてしまった。あとは……

 

「最後に作詞だな。これも誰が――って、穂乃果、ことり?」

 

「作詞は……」

 

「問題ないんじゃないかなぁ?」

 

二人揃ってニヤニヤしながらそう言う。そのにやけた視線の先には海未がいる。

 

「わ、私ですか!? 無理ですよ!!」

 

「そんなことないよ。ねっ、穂乃果ちゃん?」

 

「うん! 海未ちゃんならばっちりだよ!!」

 

「えーっと、どういうことだ?」

 

よくわかっていない俺に穂乃果とことりがお互いにアイコンタクトを取り、穂乃果が棚から一冊のノートを取り出した。

それを見た海未は顔を真っ青にしていた。

 

「ほ、穂乃果……? それは、まさか――」

 

「海未ちゃん、ちょっと動かないでね♪」

 

「ことり!? 放してください――って、力強くないですかことり!?」

 

穂乃果に飛びかかろうとした海未を後ろからがっちりホールドすることり。

 

「こ、これは!?」

 

穂乃果から受け取ったノートを見た俺は目を見張った。

そこに書かれているのはなんと見られたら恥ずかしいものランキング上位に位置するポエムだった。

 

うん。話の流れからわかってはいたよ。海未にも若いときがあったということか。まあ、まだ高校生だけどさ。でも、これ――

 

パラパラといくつかの詩を見た俺は、海未に向く。

 

「なあ海未。この詩を書いたのはいつだ?」

 

「遊弥まで私を馬鹿にするのですか!?」

 

いや、そうじゃなくてな。恥ずかしいのはわかるけど落ち着け海未。

 

「これ書いたの恐らく中学生の頃だろ? むしろ逆だよ。中学生でここまで書けていたのに驚いてんだ」

 

言葉の使い回しや選び方、情景を想像させるような多彩な表現。同じ年代でもここまで綺麗に書ける人はいなかっただろう。

 

「うん、やっぱり作詞は海未が一番適任だと思う。これは冗談でも馬鹿にして言っている訳でもない。海未が作詞をしていることを大っぴらにすることはないから、やってくれないか? もちろん、俺だって手伝う」

 

「私には、無理ですよ……」

 

俺の視線から逃げるように目を逸らす海未。しかし、

 

「海未ちゃん……」

 

逸らした視線の先には最強がいた。彼女は海未の手を両手で包み込み、瞳を潤ませ、見上げるように見つめて、

 

 

 

 

 

 

「おねがぁい!」

 

 

 

 

 

 

超絶甘ったるいボイスでお願いの言葉を口にした。

 

「はぅ!?」

「ぐはぁ!」

 

なんだこれは、ことりのお願いを聞いた瞬間身体がふやけたぞ!? いや、脳が蕩けているのか!?

恐るべし、ことりのお願い。これはまともに喰らったらひとたまりもないぞ。海未は大丈夫なのか?

 

「くっ……卑怯ですよ、ことり……」

 

顔を歪めて必死に抵抗している海未。だが、もはや陥落寸前だ。

 

「ゆーくんの言う通り、海未ちゃんしかいないの。だから……おねがぁい」

 

「ぐはぁ!!」

 

いますぐその超甘ボイスを止めるんだ、ことり! 俺が溶けて天に召されてしまう!!

 

「どうしたの? 大丈夫、ゆう君?」

 

穂乃果が、怪訝そうに声をかけてくる。

なん……だと……? 穂乃果はあの声を聞いてなんともないというのか!?

 

「穂乃果こそ、大丈夫なのか?」

 

「?」

 

俺に聞かれた意味がわからないという風に穂乃果は首を傾げる。

 

「いや、なんでもない。俺がどうかしていたんだ」

 

精神の鍛錬を怠ったせいだ、うん。もともと鍛錬なんてしてないけど。座禅でも始めようかなー?

 

「海未ちゃん、駄目かな……?」

 

「う……わ、わかりました! やります、やりますよ、作詞!!」

 

アホなこと考えている間にどうやらまとまったみたいだ。半ば自棄(やけ)みたいだが。

ことりのほうに視線を向けるとウィンクをして、にっこりと笑った――なにあの子怖い。

でもまあ、海未のことだ。一度やると決めたらしっかりやってくれるだろう。数年間離れていても、そこらへんの信用はお互い失ってはいない。

 

「大方決まったな。これ以上遅い時間だとことりや海未が危ないから、今日はここまでにするか」

 

「すみません遊弥。後もう一つだけよろしいでしょうか」

 

「ん、どうした海未?」

 

「明日から朝練を始めたいのですが一緒にトレーニングメニューを考えてくれませんか?」

 

「ああ、曲作りでそっちのほうをすっかり忘れてた。朝練のメニューは俺に任せておいてくれ」

 

いいのですか、という海未に俺は頷く。主な作業は彼女たちが中心に頑張るのだ。なら、サポート関係は俺が引き受けるのが妥当だろう。

こうして、今日という一日が終わった。

誰かと何かをするというのは思いのほか大変だが、どこか充実するものがある。

これから先どうなるかはわからないけど、きっと今の俺にとっていい経験になるのは間違いないだろう。

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか。

色々詰め込みすぎて最後駆け抜けたかんじがするのは申し訳ないです。



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早起きはつらいよ



どうもです。燕尾です

うぇーいです。あははです。

では、十二話です。どうぞです。





 

 

 

翌朝、神田明神――

 

今日からスクールアイドルの活動として朝練がはじまるのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果はまだ来ないのですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未様がお怒りだった。

 

「まあまあ、海未ちゃん。まだ約束まで時間があるから落ち着いて?」

 

いつものようにことりが(なだ)める。

時刻は5時55分。約束の五分前だが、十分前行動を当たり前としている海未には遅刻も同然ということらしい。

 

「まあ、朝早くに起きるのは慣れないと、なぁ」

 

俺は日課で早朝からランニングをしているため大して苦ではないが、最初のうちはなかなか辛かったのを思い出す。

 

「おはよー! 何とか間に合ったぁ……」

 

そんな話をしていると穂乃果が息を切らしながらやってきた。

 

「もう、遅いですよ穂乃果! もう少し時間に余裕を持って行動したらどうですか」

 

「うう、時間には間に合ったからいいじゃん……」

 

「ふふ。おはよう、穂乃果ちゃん」

 

(たしな)める海未にしょんぼりする穂乃果。それをことりは微笑んで見ている。

 

「おはよう、穂乃果。時間ギリギリだったな」

 

「ゆう君、おはよう! ちょっと寝過ごしちゃってね~」

 

お互い挨拶を交わして、あはは、と言う穂乃果に俺はニッコリと言い放った。

 

「これで遅れてきたらでどうしてやろうかと思ってた」

 

「……具体的にはどうするつもりだったの?」

 

一瞬で顔を真っ青にして聞いてくる穂乃果に対して俺は、

 

「聞きたい?」

 

笑みを崩さず返すと穂乃果は高速で首を横に振る。

少しは釘を刺しておかないと本当に遅刻しかねないからな。これで少しは余裕を持ってきてくれるだろう。

 

「それじゃあ始めるか。メニューは俺が考えておいた」

 

「ゆう君が考えたの? 海未ちゃんじゃなくて?」

 

海未には歌詞だけじゃなくダンスの振り付けも考えてもらっている。こういうところで負担を分散させないと潰れてしまう。

 

「昨日も言っただろ? 安心しろ。別にそこまできついものじゃない。それに海未が考えるよりましだぞ」

 

「それは失礼じゃないですか、遊弥!?」

 

「じゃあ聞くけど、海未なら今日なにさせるつもりだったか言ってみ?」

 

ええと、とすこし考え込んで、

 

「始めですから軽めに考えると、まず準備体操してから階段ダッシュ十往復。そのあと腕立て、腹筋、背筋五十回ずつでしょうか?」

 

「それはぜんぜん軽くないよ! 鬼だよ! 海未ちゃん!!」

 

然も当然のように言う海未に穂乃果が叫んだ。

 

「いきなりそれはことりも無理だよぉ」

 

さすがのことりもはっきりと無理だという。うん、俺も無理だと思う。

 

「そんなことありません! 熱いハート、根性があればできます!」

 

海未よ。熱いハートや根性以前より、おまえが暑苦しいぞ。海未が育てるのはチャレンジじゃないんだから。

 

「まあ、こうなる気がしたから俺が考えた。っと、もう時間だな」

 

こうして喋っていたら開始の時間はとっくにすぎていた。

 

「とりあえず、三人ともランニング程度の速さで階段を一往復して来い。その後準備運動だ」

 

はい! と元気よく返事をして三人は駆け出す。三人のペースはバラバラで、先頭海未、次いで穂乃果、ことりという順位だ。

神田明神の境内前の階段は結構な段数があり、普段あまり運動していない人は――

 

「「はぁ、はぁ……」」

 

「大丈夫ですか、二人とも?」

 

ご覧の通り一往復でもへばる。穂乃果とことりはひざに手を置いて肩で息してる。海未はさすがというかピンピンしていた。

 

「穂乃果、ことり。歩きながら息を整えろ。そうじゃないと身体に悪い」

 

返事はせずとも、素直に俺の言うことを聞いて、二人は歩き始める。

大分、息が落ち着いてきたところで準備体操をやらせる。

 

「よし、体操はこのくらいで大丈夫だろう。次は体幹トレーニングだ」

 

「「「体幹トレーニング?」」」

 

三人が息ピッタリと疑問符を浮べる。ああ、と頷く俺にことりが手を挙げた。

 

「ゆーくん、体幹ってなに?」

 

「体幹っていうのは広い意味と狭い意味があって、胴体と胴体の深層にある筋肉って言われている」

 

イメージしづらいのか首を傾げることりたち。

 

「肩甲骨に肋骨や背骨、腹部や骨盤・股間周辺の胴体。それらを支えたり内臓を安定させたりする筋肉のことをいうんだ。わかるので言えば横隔膜とか聞いたことないか?」

 

「あ、それ聞いたことある!!」

 

穂乃果が得意気に言う。

うん、この年になれば誰でも聞いたことある部分を言ったからな。

 

「詳しいことを言えば、あとは腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群とかだな」

 

他にも俺自身の身体を指しながら説明されて理解が進んだのか、なるほどというような表情だ。

 

「つまり身体の基盤になるような部分を鍛えるということですね」

 

やはり海未は察しがいいな。少しは知識もあるみたいだ。

 

「そ。これらの部分を鍛えると鍛えないとじゃ、動きや姿勢に大きな違いがでる。持久力も上がるし、バランスも良くなって力が発揮しやすくなる。身体の芯を鍛える、軸っていってもいい、それが体幹トレーニングだ」

 

「そうなんだ……というか、ゆう君、随分詳しいんだね?」

 

「まあ、鍛える必要あったからな。それに大まかに知っておいたほうがいいだろ?」

 

もちろん、全部知っていたわけじゃない。調べたところもある。

する必要があるとはいえ意味もわからずただやれと言われてもやる気が起きないものだ。逆にメリットがわかり、より自分のためになるとわかれば、やる気にもつながる。

 

「てことで、始めるぞ。まず――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――??? side――

 

 

私は神社の物陰から四人の様子を眺めていた。

 

 

 

「穂乃果、お尻が下がってる、もう少し上げて!」

 

 

 

「ことり、腕と脚はまっすぐ、身体が地面と水平になるように!」

 

 

 

「海未、動きが小さいくて速い、ゆっくり大きく!」

 

 

 

「三人とも、呼吸が乱れてる、どこが鍛えられているか意識して!」

 

 

 

「「「は、はい!」」」

 

 

 

一人の少年の指導の下、辛そうな顔をしながらも必死に頑張っている三人の少女たち。

 

「28、29、30――はい、そこまで。これで一通り体幹トレーニングは終わりだ」

 

「「「はあーー」」」

 

遊弥君の合図で三人は疲れた息を吐き、シートに伏す。まったく動けていないところを見るとあのトレーニングはかなりキツイようだ。

 

「おつかれ。ちょっと待ってろ――ほら、スポーツドリンク」

 

バックから冷えたスポーツドリンクを渡す遊弥君。彼女らは同時に蓋を開けて口をつける。そんな三人に遊弥君は釘を刺す。

 

「このあとはランニングだ。五分後ぐらいに始めるから、あまり飲みすぎるなよ」

 

遊弥君の言葉に彼女らは顔を引きつらせている。

 

遊弥君、スパルタ過ぎない……? あの子ら、大丈夫だろうか? いや、でも遊弥君はそこまで考えなしじゃないよね。うん。

 

私は遊弥君を見つめる。

京都にある日本でも五指、それもその中でも上位に位置する九重学園から来た少年。

どういう経緯で音乃木坂学院に来たかは知らない。だがこうして見ていると、この渦巻いた状況を変えてくれるのではないかと思ってしまった。それはあの三人の少女に対しても同じだった。

学校を守りたい、その思いからスクールアイドルを始めた少女たち。

誰もが荒唐無稽だと思っているだろう。実際、自分の友人は彼女らの活動に難色を示していた。

でも私自身、自分らがこれからするであろう活動より、余程可能性を秘めていると思っている。

でも私にできることは精々裏から彼女らを支えること。表舞台に立つのは彼女らだ。

 

この先、どう転がるかは誰にもわからない。だけど、もし叶うのなら――

 

「――なんて、思っててもしょうがないよね」

 

私はうちに徹しよう。いつか来るその日まで。それが私の最善なのだから。

 

「よし、身体が冷えないうちにランニング始めるぞコースは――」

 

遊弥君の説明に彼女たちはやる気に満ち溢れた表情をしていた。そしてそのままスタートを切り、境内の階段を駆ける。

 

私は一人残った遊弥君に近づくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――Yuuya side――

 

 

 

 

 

 

 

タイムを計るために境内に一人残る。そんな俺に誰かが後ろから近づいてきて、いきなり目隠しをされた。

 

「だーれだ?」

 

「えーと、誰ですかね?」

 

もちろん誰なのかはわかりきっている。だけど、このまま言うのは面白くない。

 

「声から察するとに――俺がいま一番、あらゆる手を持って色々と仕返ししたい人の声ですかね」

 

「え……?」

 

彼女の手に緊張の力が入るのがわかる。想像だにしていないことだったろう。

 

似非(えせ)関西弁が思わず崩れるほどの仕返しを用意してますよ」

 

「遊弥君、うちに何するきなん!?」

 

「ふふふふふ、なんでしょうかね? 知りたいですか?」

 

バッ、と俺から放れる希先輩。その目は軽く怯えていた。

 

「冗談で言ったつもりなのに、本気にされても困りますよ。希先輩」

 

「いや、今の冗談のトーンじゃなかったやん。それに遊弥君なら本当にやりかねないと思って」

 

失礼ですね、そんなこと考えてませんってば。ほんの少ししか。

 

「で、希先輩は――バイトですか? 巫女服なんて着て」

 

希先輩は白い小袖に緋袴(ひばかま)というの日本の伝統的な巫女(みこ)装束(しょうぞく)を着ていた。

 

「そうやよ、高校入ってから始めたんや。遊弥君たちは朝練?」

 

「ええ。というか、わかってて聞いてますよね?」

 

「いやいや、遊弥君を見つけたのは偶然やよ?」

 

責めているわけではないのに希先輩はシラをきろうとする。

 

「いや、希先輩ずっとこっち見ていたじゃないですか。バイトの掃除をサボって」

 

「サボりなんて人聞きの悪いこと言わんといて! というか、気づいておったん!?」

 

「まあ、視線を感じてましたから。あとは気から感知しました」

 

「気!?」

 

冗談である。そんなマンガみたいなこと出来るわけがない。本当は希先輩が神社に入るところを見ていたのだ。

 

「と、希先輩をからかうのはここまでにしておきます。泣かれても困りますし」

 

「泣かへんもん! うう、遊弥君は意地が悪いね」

 

やり込まれたのが悔しいのか、軽く睨んでくる希先輩。逆に俺にはこの人に一杯くわせた感じがしてその視線が心地いい。

 

「まあ、これで生徒会での一件をチャラにしてあげます。次からはちゃんと教えてくださいよ?」

 

「……本当に意地悪や」

 

何の事を言われたのかわかっている希先輩は苦い顔をしている。

 

「もうからかったりしないので機嫌直してください。可愛いのが台無しですよ」

 

「……遊弥君。そんなお世辞言ってもそうはいかんよ?」

 

言われ慣れていないのか、希先輩は顔を紅くしている。

 

「いやいや、お世辞で言っているわけじゃありませんよ? その巫女装束だってすごい希先輩に似合ってますし」

 

可愛いというのも似合っているのも本心だ。だけど希先輩は信じていない。

 

「そんなこと言われると本気にしちゃうやん……どうなっても知らんよ? 遊弥君」

 

「ですから本気ですって。希先輩の姿を見て本気で――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本気で……なんですか……遊弥?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……海未?」

 

後ろから海未の(ただ)ならぬ声が聞こえた。振り向けば三人が揃っていた。

少しばかり息を切らしているが、三人は笑顔だった。ただその笑顔がとてつもなく怖い。

 

「ゆう君。穂乃果たちがランニングしている間に……」

 

「なにしていたのかなぁ?」

 

「答えてください、遊弥」

 

少しでも返答に間違えると命はないと思ってしまうほどのとてつもない殺気を向けられている。

 

「いや、希先輩と世間話をしてただけで」

 

「世間話……? ことりたちにはぁ、ゆーくんが副会長を口説いていたように見えたけど?」

 

「口説いてなんかないって。ただ俺は――」

 

そこまで言って、先ほどの自分の言葉を思い出す。

 

――あれ? もしかして俺、口説いてた?

 

「遊弥君、情熱的だったやん。うっかり惚れそうになってしもうたよ」

 

「何でそんな誤解を受けるような言い方するんですか希先輩!?」

 

頬に手を添えて、照れたように言う希先輩。しかし、その口元はニヤリと歪んでいた。

 

「男らしかったで、遊弥君♪」

 

「まさか、さっきからかった仕返しですか……!?」

 

「ふふ、うちを上回ろうなんて十年早いで」

 

人の好意をなんてことに利用するんだ、この人は! 可愛いところもあるんだなと本気で思っていたのに!!

 

とにかくこの場から離れなければ――

 

「――ひっ」

 

走り出そうとした瞬間三人の手が俺の肩をがっしりと掴んだ。

 

「ふふふふふふ、ゆーうーくーん?」

 

「少し話をする必要がありますね」

 

「まだ朝だけど、おやつの時間だよ。ゆーくん♪」

 

「おい、待て。話せばわかる。だから少し落ち着いて――」

 

女の子のものとは思えないほどの力で引き摺られていく。そして、

 

「――ぎゃああああああ!」

 

俺の悲鳴が木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、遊弥君。ありがとうな♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄れ行く意識の中で希先輩が何を言っていたのかは俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

○○チャレンジって今もまだあるんですかね?

次の更新の目処は立っていませんが、三月中に出来ればいいなあと思っています

ではまた。




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ツンデレ娘


やあ、元気かい? 燕尾だよん♪

二週間ぶりの投稿、十三話目です。





 

 

朝練を終えてから、三人の機嫌が戻ることはなかった。現に、

 

「なあ――」

 

「……海未ちゃん、ことりちゃん。いこ」

 

「はい」「うん」

 

昼休み、声をかけてもそっぽ向いてどこかへ行ってしまう穂乃果たち。

 

「ありゃりゃ、君の幼馴染は随分とご立腹のようだね」

 

一人取り残された俺に近寄る人影。

 

「ああ、ヒフミ達か……」

 

「そのまとめ方はちょっとどうかと思うんだけど……!?」

 

だって、そっちのほうが呼びやすいからな。

 

「それで、穂乃果ちゃんたちはどうしてあそこまで怒ってるの?」

 

「正直俺もわからん。まあ、幼馴染が不埒なことをしているって思ったんだろうなあ……」

 

「え、なに? 不埒なことしたの、遊弥君?」

 

「いや、本当にやるわけがないだろう!?」

 

疑いの目を向けてくるヒフミたちに俺は慌ててしまう。

 

「なら、話を聞かせてもらえるかな?」

 

尋問するような雰囲気を纏って言うヒデコ。逆らえるはずもなく俺は洗いざらい吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……なるほどねえ。それで穂乃果ちゃんたちが怒ってしまったと」

 

今朝のあらましを説明すること数分、三人はなるほど納得といった顔だった。そして、

 

 

 

 

「有罪だね」

「うん。ギルティだよ」

「同情の余地が一切ないね」

 

 

 

 

「なんでだよ!?」

 

揃って同じ判決を下すヒフミたちにさすがの俺もつっこんでしまった。

 

「いや、まあ、外から見たらそう捉えられても仕方がないけど、そこで穂乃果たちがすごい怒っているのがよくわからなくてな……」

 

そう言う俺に三人はびっくりした表情を浮かべ集まって内緒話を始める。

 

「分からないときましたか……」

 

「本当に気づいていないみたいだね、これは」

 

「さすがに、というか、穂乃果ちゃんたちが不憫(ふびん)だよ……」

 

ヒフミたちは呆れたような視線を俺に投げかけ、ため息をつく。そして、もういいや。という風に俺から離れていく。

 

「あれ? ヒデコ、フミコ、ミカ? 何でため息つきながら離れていく? おーい!?」

 

見捨てられた俺は一人ポツンと佇んでしまう。

 

「しょうがない、一人で食べるか――できれば静かなところで」

 

転入して数日、まだもの珍しさが抜けないのか。教室の中からも外からも視線を感じる。

 

「普通に話しかけてくれれば良いのになあ……」

 

俺は弁当を持って避難するように、教室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どこに行こうか――」

 

逃げるように教室からでたは良いものの、どこに行くかは決まっていなかった。

適当にぶらついていくなかで何か耳に入ってくる。

音のするほうへ近づくとそれが何か段々分かってくる。

発生源の教室のプレートには音楽室と書かれていた。中からはピアノの音と綺麗な歌声が聞こえてくる。

 

「これは、自作か?」

 

多少、音楽に通じているところもあるので分かる。今弾き語りしているのはあの子が一から作り出した曲だろう。

 

「だとしたら、あの子が穂乃果の言っていた()か――って、やば!?」

 

場から離れようとした瞬間、ギシついた音が鳴り響いた。

 

「誰!?」

 

さすがに気づいたのか、中の()が叫ぶ。ガラス越しに俺と少女の目が合ってしまう。

もうここで逃げるよりは素直に話したほうが良いだろう。

 

「すまないな、音が聞こえたから気になってきたら君がいたんだ」

 

「あなたは……萩野先輩……ですよね?」

 

「あってるよ、そう言う君は一年生か」

 

「ええ、西木野真姫……です」

 

「西木野?」

 

彼女の苗字に聞き覚えがあった。昔、爺さんに連れて行かれたことのある病院。そこの名前が確か西木野病院。ということは彼女は――

 

「西木野先生の(むすめ)さんか」

 

「パパのことを知ってる――んですか?」

 

「ああ、昔世話になってね。あと、敬語じゃなくていいよ。喋り辛そうだし」

 

「そう。ならお言葉に甘えるわね」

 

うん、フランクのほうが本来の彼女らしい。

 

「改めて、萩野遊弥だ。訳あってこの学院に共学の試験生として通っている。ここで会ったのも何かの縁。よろしくな」

 

「ええ……よろしく」

 

ぎこちないながらも、ちゃんと返してくれる西木野さん。

どうやら彼女は人付き合いはあまり得意ではないが受け答えはしっかりするツンデレタイプみたいだ。

じっと西木野さんを観察していると、彼女は不機嫌そうに言った。

 

「なに? 私の顔をずっと見て。何かついてる?」

 

「いや、なんでもないよ。それにしても西木野さん。音楽、やっているのか?」

 

視線をピアノに向ける。最初こそ西木野さんはピアノを見ていたが、やがて気まずそうに逸らした。

どうやら訳有りのようだ。あまり詮索しないほうがいいのだろう。

 

「どうしてそんなこと」

 

「まあ、俺も趣味で色々音楽に触ってるんだよ。あと最近、作曲が出来そうな子が居ないか探しててね」

 

西木野さんが目を開く。どうやら当たっていたのだろう。恐る恐る、といったように西木野さんが聞いてくる。

 

「まさか、高坂先輩の知り合いですか?」

 

なかなか鋭い娘だ、うん。その通りだよ。

 

「幼馴染だよ。ここ数年ご無沙汰だったけど」

 

「まさか、あなたも――?」

 

俺の答えに西木野さんはわかりやすいほど警戒し始めた。

 

「ああ、勘違いしないでくれ。俺がここに来たのは単なる偶然。その件に関してもやってほしいとは思っても強要はしないよ。そんなことしたところで良いものなんて出来ないからね」

 

「ならいいわ――というか、先輩が作曲やればいいじゃない」

 

当然の言葉に俺は自分の情けなさに嘆息してしまう。

 

「そう出来たら良いんだけどな。趣味で(かじ)ってるとはいえ、できるのは編曲ぐらいだよ。一から曲を作るのは難しい」

 

「出来ないとは、言わないのね?」

 

「時間があればできるよ。でも今回は時間がなさすぎるんだよ」

 

俺が作ることも考えて、歌詞が出来上がるまでの間、作曲について色々と調べて勉強はしている。

ただ歌詞ができ、曲ができても、練習の時間がなくなればアウトだ。色々加味しても時間内にできそうにない。

 

「だから、できる子を探していたんだよ」

 

「悪いけど、私はしないわ――私の音楽は終わっているもの」

 

納得したくないけどしなければならない。諦めのような言い方をする西木野さん。

 

「もし高坂先輩が私を諦めていないようだったら、先輩から言い聞かせてくれないかしら。はっきり言うと迷惑しているの」

 

西木野さんの完全なる拒絶。俺が言うのは簡単だが――

 

「悪いけどそれはできないなー」

 

「どうして? 強要しないんじゃなかったの?」

 

西木野さんは俺を睨む。おお、怖い怖い。

 

「いや、できないというより言ったところで聞かないんだよ」

 

「は?」

 

「いつでも自分のやりたい事に直向で、周りを巻き込んでいるのも知らずに猛ダッシュで突っ走るんだよ、穂乃果(あの幼馴染)は」

 

自分に素直すぎるというか、一度走り出したら止まらないというか、迷惑極まりないことこの上ないことはある。でも――

 

「――でも、だからこそ、輝いているんだ」

 

「なにそれ、意味わかんない……」

 

「たぶん今日穂乃果は()りずに話しをしにくるぞ。受けるも受けないも西木野さん次第。どちらにしても話だけは聞いてやってくれ」

 

「私が心変わりしないで受けないって言ったらどうするの?」

 

「俺がなんとしてでも完成させる。穂乃果にも無理強(むりじ)いはするなって言ってるからそこらへんは気にしないで大丈夫だよ」

 

それが本当のことだと感じ取った西木野さんは黙ってしまう。

 

「じゃあ、邪魔して悪かったね。俺はこれで失礼するよ」

 

これ以上話すると踏み込みすぎるだろう。でも、これだけ言っておこう。

 

「ああ、あと歌ってる姿、綺麗だったよ――音楽辞めるのが惜しいって思うくらいに」

 

「はっ!?」

 

「それじゃ」

 

俺は手をヒラヒラさせながら音楽室を出る。

中から、イミワカンナイ! という怒声が響いたらしいが、防音加工されていたため俺にはよく聞こえなかった。

 

 

 






いかがでしたでしょーかっ

これからもがんばって投稿します。

感想、評価など頂けたら嬉しいです。

ではまた次回に。


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対策会議と後悔



どうも、燕尾です。
無事に研究室に配属され、大学生活最後の仕上げに入りました。


最後までがんばります。







 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずいね……」

 

「ええ、由々(ゆゆ)しき事態です」

 

「え、えーと、二人とも大袈裟じゃないかな……?」

 

「何言ってるのことりちゃん! 大袈裟なんかじゃないよ!!」

 

「ぴぃ!?」

 

わたしは大声でことりちゃんに迫る。

大問題だよ、状況は深刻なんだよ、海未ちゃんの言う通り由々しき事態なんだよ!!  

 

「このままだと、遊くんが会長や副会長に取られちゃうんだよ!?」

 

「ゆーくんが、取られる……」

 

「そうですね、最近の遊弥は会長や副会長と仲が良いですからね。いつの間にか連絡先も交換していたみたいですし」

 

「連絡先、交換……ゆーくんと仲良し……」

 

わたしと海未ちゃんの言葉に小さく呟いて何か考え込むことりちゃん。そして、真剣な表情から一転、

 

「そうだね。ことりたちもゆーくんともっともーっと仲良くしないとね♪」

 

満面の笑みを咲かせる。だけどその後ろには禍々しいオーラがあった。

 

「怖い、怖いよことりちゃん!?」

 

「一番重傷なのはことりでしたか……」

 

やだなぁ、そんなこと無いよ。とことりちゃんは笑っている。だけど、目が全然笑っていない。そして、(ふところ)から携帯を取り出す。

 

「とりあえず、ゆーくんの予定を取っておかないとね♪ えーと、『朝はごめんなさい。話したいこともあるので放課後のトレーニング、付き合ってくれますか?』っと」

 

「行動はやっ!? しかもさりげなくフォローを入れて遊くんを呼び出そうとしている!?」

 

策士、策士だよことりちゃん。遊くんのことになるとすっごい頭が回ってるよ。

 

「とりあえず、これで大丈夫だと思うよ」

 

ことりちゃんが笑みをこぼす。でも、

 

「……」

 

なにかが違う。今の今まで遊くんを取られたくないって思っていたのに。ことりちゃんの行動を見て、小さい違和感を感じる。

 

「そうですね、遊弥が居ないとトレーニングのしようもありませんから今のうちに遊弥の予定を聞いておきませんと」

 

「それは、そうだけど……」

 

海未ちゃん、ことりちゃんの話しを聞くほど違和感が大きくなる。本当にそれでいいのかなって。

 

「穂乃果? どうかしたのですか?」

 

言い淀むわたしに海未ちゃんが心配するように首を傾ける。

 

ああ、そっか――

 

そこでようやく気づいた。そして湧き上がってくるのは罪悪感と自己嫌悪。

 

「いや、ね? 朝のことはもちろん、さっきも無視するようなことしちゃったから……だから遊くん、怒ってないかなって思っちゃって……」

 

「あ……」

 

「う……」

 

わたしの不安の言葉にことりちゃんと海未ちゃんの表情も曇る。

言葉にするとわたし達は相当酷いことを遊くんにしちゃってた。副会長に嫉妬して、感情任せに遊くんに当たって……どうして謝れば済むと思っていたのだろう。

こんなの、遊くんに嫌われててもおかしくないよ。

無視してしまったときチラッと見えた遊くんの表情が今更ながらに甦ってくる。ああいうことされるのが遊くんはとってもつらいって昔から知ってたのに。

 

「許してもらえるか分からないけど、遊くんにちゃんと謝ろう……」

 

わたしの言葉にことりちゃんも海未ちゃんも無言で頷く。

ついこの前までは遊くんが居ない日常が普通で、いつもことりちゃんと海未ちゃんとの三人でお昼ご飯を食べていたのに、

今日は今まで以上に寂しいものを感じる昼休みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

西木野さんと別れた後、俺は生徒会室に居た。というのも、

 

 

「あの子が萩野君? かわいい~!」

 

 

三年生に見つかれば可愛がられ、

 

 

「キャー、萩野先輩だよ! 格好良いー!」

 

 

一年生に見られたら声を上げられ、二年生は言わずもがな……

 

 

「萩野君、こっちでお話しようよ! 訊きたいこと沢山あるから!!」

 

 

物珍しさであっちこっちへと誘われていた。

とりあえず人のいない場所を探していた俺は逃げるように学校を彷徨(さまよ)っていたところ、偶然出会った希先輩に連れられたのだ。

 

「え、まだあの子らの機嫌直っておらんかったの?」

 

朝練の後、俺がどうなったのか訊いてきたので正直に話すと彼女は少し驚いた顔で聞いてくる。予想外、と思っているのだろう。

 

「ええ、よくわからないスピリチュアルな先輩が悪乗りし過ぎたせいで」

 

「うっ――で、でも、遊弥君だってうちをからかってたやん!!」

 

苦し紛れのように希先輩は声を上げる。この人は本当に自分のことわかってないな。

 

「からかった覚えはありませんよ。希先輩の巫女姿、本当にすごく似合ってたと思ってます」

 

正直に言えば今まで見てきた女の子の中では十指の中に入るぐらいだ。恥ずかしいから言葉にはしないが。

 

「てか、なんでそんなに疑うんですか? まあ、出会って数日の奴の言うことなんて信じられないのは分かりますけど」

 

「ゆ、遊弥君の言うことを信じないわけじゃないんや」

 

じゃあ、なんなんですか? と訊くと希先輩は顔を紅くして自分の胸の前で指先をつんつんさせる。

 

「そ、それは……恥ずかしくて……あと、嬉しくて……」

 

「…………」

 

え、なんて言ったの? ぼそぼそと小さすぎてよく聞こえなかったんだけど?

 

「あの……」

 

「な、なんでもない、なんでもないよ! うん、遊弥君の言葉、信じるから。だからこの話は終わり! ね!?」

 

「わ、分かりました……」

 

希先輩の勢いに押されて思わず頷いてしまう。まあ、あまり深く追求しないほうがいいだろう。

暫くしたのち、落ち着いた希先輩は申し訳なさそうに申し出る。

 

「とりあえず、うちからも言っておこうか? 遊弥君は口説いておらんかったよって」

 

「それが一番はや――ん?」

 

途中まで言いかけると、ポケットの中が振動する。

 

「すみません、ちょっと連絡が入ったみたいです。確認してもいいですか?」

 

「全然気にせんでええよ」

 

「ありがとうございます――え、ことり?」

 

表示されている送り主の名前に俺は少し戸惑ってしまう。

とりあえず見ないことにはなんなのかわからない。ロックを解き確認する。

 

「えーっと、なになに……『朝はごめんなさい。話したいこともあるので放課後のトレーニング、付き合ってくれますか?』って」

 

さっきまで怒っていたのにどういう心境の変化なんだ? まあ、改めて謝ろうとは思ってはいたから願ってもいないところだけど。

 

「よかったやん、向こうから連絡来るなんて」

 

「ええ、何とかなりそうです」

 

キーンコーンカーンコーン――

 

話の区切りがついたところでタイミングよく予鈴が鳴る。

 

「それじゃあ、俺はこれで失礼します。希先輩が良ければまた誘ってください」

 

「うん、また誘わせてもらうわ。ほなまたな~」

 

挨拶をして、生徒会室から出る。

教室へ向かう最中、俺はあることに気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、弁当食べて無いじゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手に持っていた弁当を眺めて後悔するように呟いた。

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

今後ともがんばります。


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仲直り



どうも燕尾です。

超絶短編



 

 

「「「ごめんなさい!!!」」」

 

学校が終わり、神田明神へと向かった俺を出迎えたのは三人の謝罪の言葉だった。

90度に腰を折ったまま動かない穂乃果たちに俺は少し困惑してしまう。

 

「え、えーと……?」

 

心当たりが無いわけじゃない。間違いなく朝の一件と今日一日の態度についてだろう。

そのことについては俺から謝るつもりでいた。この三人が怒ったそもそもの原因は俺にあったんだし。

 

「なあ――」

 

「「「ごめんなさい!!!」」」

 

穂乃果、海未、ことりは頑なに頭を下げ続けている。どうしたものかと悩んでしまう。

まずは、この状況を何とかしないと話にすらもっていけない。

 

「わかった、わかったから頭を上げてくれ。話しづらいから」

 

俺の言葉に素直に従って三人は顔を上げる。しかし、不安と恐怖でその表情はやはり暗かった。

俺は穂乃果たちとの距離を詰める。近寄ってくる俺に三人は叱られる子供のようにビクついていたが、お構い無しに目の前まで迫る。そして――

 

「えっ!?」

 

「はわ……!?」

 

「はっ……!?」

 

三人を抱き寄せた。突然の行動に三人は音にならない声を上げていた。

 

「安心しろ。俺は怒ってもいないし嫌ってもいない。むしろ、俺の方こそ悪かったな」

 

「でも、穂乃果たち、遊くんに酷いことを……」

 

「気にしてないよ」

 

そもそも、あの位で欝な気持ちになっているならとっくに俺は引きこもっている。言い方は悪いが、いちいち感傷になど浸れないのだ。

 

「ゆーくん、ほんとに……ほんとに怒ってないの?」

 

「だから、本当に怒ってないって。なに、怒ってほしいの? ことりたちは嫌われたい願望でもあるのか? だったらネチネチと責めてあげるけど?」

 

「そんなこと、無いですけど……ですが遊弥……」

 

「ですがもよすがもない。口説き紛いなことをした俺も悪いし。海未たちもやりすぎたと思って謝ってくれたんだろ? それだけで十分だよ」

 

俺を見つめる不安げな瞳。そして、不安を拭いきれない表情。思わず俺はため息が出てしまった。

 

「そんな顔すんなって。誰だって持て余した気持ちをぶつけることあるだろ。いいんだよ、それで」

 

そういいながらギュッと抱いている腕に力をこめる。安心させるように、これ以上後ろ向きにならないように。

俺の意図が通じていたのか三人は抵抗せず耳を傾けていた。

 

「俺でよければ何時だって受け止めてやる。無理しなくていい。だからありのままでいてくれ」

 

「遊くん……」

 

「ゆーくん……」

 

「遊弥……」

 

三人は暫く黙る。そしてそれぞれ顔を見渡して頷いて、笑顔を浮べた。

 

「うん。良い顔だ」

 

仲直りもできたところで俺は三人から離れる。

 

「それじゃあ、放課後のトレーニングをやるか!」

 

「「「はい、よろしくお願いします!!」」」

 

元気に答えてくれる穂乃果たち。

今まで(ろく)に会わなかった時間を埋めるように俺たちの絆が強まった気がした。

 

 






あい、ということで、15話でした

また次回お会いしましょう


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勝負



どうも燕尾です。

16話目ですね。話はまったくと言っていいほど進んでいません。





 

 

 

 

「「「はぁ……はぁ……はぁ……」」」

 

放課後は朝よりトレーニング量をちょっと増やしたのだが、三人は死屍累々だった。動くこともままならないという様だ。

 

「よし、後はランニングして今日は終わりだ。ルートは朝よりちょっと長いコースだ」

 

「遊くん……海未ちゃんより……鬼……」

 

「ことりも……もう限界……」

 

「運動には自信あったのですが……あと穂乃果……失礼です……」

 

俺にも失礼だぞ、穂乃果。まあ今日の練習通して、この三人のレベルは分かった。明日からのトレーニングメニューも少し下方修正しないとな。身体を壊したら元も子もないし。

 

「ほら、休憩すると余計に身体が動かなくなるからそろそろ始めるぞ。ペース配分に気をつけて初めはゆっくり、身体が慣れてきたら速く走るように」

 

「「「はい!」」」

 

素直に返事して三人はスタートラインに並ぶ。やる気はあるようだ。

俺はそんな三人にある課題を出す。

 

「ああ、そうだ。走るときは三人並走するように」

 

「並走、ですか……?」

 

「そう、この時間なら人通りも少ないし、多少広く使えるから。足並みを(そろ)えて走ること。それが出来てるか後で追いかけて確認するから、誰かが前後にいるなんてことは無いように」

 

「分かったけど、遊くんは一緒にスタートしないの? というか、後から走り始めて穂乃果たちに追いつけるの?」

 

首をかしげる穂乃果に俺は口をひくつかせた。

ほう、言うじゃないか穂乃果。それは挑発と取っていいのか? 

 

「確認することがあるから後から走り始めるんだよ。それに、今の穂乃果たちに追いつくなんて簡単だから安心しろ」

 

ちょっと意地悪をこめて言い返したら、穂乃果だけでなくことりや海未もムッと口を曲げた。

 

「ゆーくん、ことりたちを挑発してるのかな~?」

 

「言いますね、遊弥。私たちも見くびられたものです」

 

実際、今日のトレーニングで俺より体力は無いとわかっているからな。

 

「だったら遊くん、勝負だよ! もし穂乃果たちに追いつかなかったらなんでも一ついうこと聞いてもらうから!!」

 

またベタなことを……だが、面白い。

向こうから仕掛けてきたのだから乗ってやるのも一興だな。

 

「いいぞ」

 

俺が了承するとことりと海未の目の色が変わった。これでやる気もあがるなら願ったりかなったりだ。

 

「いうこと聞いてもらえる……ふふふ……」

 

「これは……負けるわけにはいきませんね……」

 

静かな闘志が三人を包み込む。先ほどの疲れっぷりが嘘のようだ。

 

「ただし、俺が言った課題はちゃんと守れよ? 勝負と言っても本質はトレーニングだから。俺はそうだな……穂乃果たちがスタートした十分後に走り始めるということで」

 

釘を刺しておいて、準備はいいか、と訊くと三人は頷いて、

 

「何時でもオッケーだよ!!」

 

「ふふふ……ゆーくんに何してもらおうかな……」

 

「ええ、構いません」

 

そういいながら、なんとクラウチングスタートの格好をし始めた。しかもなかなか様になっている。

おまえらどれだけガチなんだよ……。

 

「それじゃあ……よーい、スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ビュンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、三人の姿が一瞬にして消えた。しかも一瞬しか見えなかったがちゃんと足並みそろえて。

ポツンと残された俺は呆然と立つ。そして、先ほど約束してしまったことに若干後悔する。

 

「早まったかなぁ……」

 

まあ、いいや。と俺は神社脇に生えている巨大な木のほうへと向く。

 

「そこにいるのは分かってるよ。出てきたら――西木野さん?」

 

木の陰からチラッと見える赤毛の少女に声をかける。

 

「というか、出てきたほうがいいよ? 早くしないと後ろから――」

 

「きゃああああああ!」

 

手をワキワキさせてる希先輩がいるから。と、言ってももう遅いか。ご愁傷様。

 

「ん~、まだ発展途上ってとこやな~。でもこの分だと二年後ぐらいにはきっといい感じになっとるで」

 

「ちょっと……なに……!? んっ、あんっ……あっ……やめて……!!」

 

しかし、なんと言うか、女の子がくんずほぐれつしているところは目の保養になるなぁ。

 

「ちょ……ほんとに、やめ……萩野、先輩……!」

 

ほのぼのしている俺に西木野さんは目で助けを求めてくる。

もうちょっと見ていたい――ゲフン、ゲフン。さて、助けるか。

 

「希先輩、その辺にしておきましょう。でないと――」

 

「遊弥君もワシワシしてみる?」

 

希先輩の甘言に一瞬止まってしまい、生唾を飲み込んでしまう。

え、マジで? 西木野さんの胸を、ワシワシ? 俺が? 

 

「……先輩」

 

少しだけ考えてしまった俺に西木野さんの目が助けを求める目から殺意のこもった目に変わっていた。

 

「いや、やりませんよ? ええ」

 

「当たり前でしょ! というか、いい加減あなたも離れて!!」

 

西木野さんの抵抗に希先輩はワシワシをするのを止めて一歩下がる。

そんな希先輩に俺が書ける言葉はただ一つ――!

 

「先輩。ナイス、ワシワシ」

 

「せやろ?」

 

お互いに親指を立てる俺たちに西木野さんは胸を両手で抱えるようにしてイミワカンナイ! と叫んでいる。まあ、冗談はここまでにしておいて。

 

「それで、西木野さんは陰で何していたの?」

 

「そ、それは……」

 

口ごもる西木野さん。ジーッと俺が見つめていると観念したように西木野さんは口を割った。

 

「先輩が言った通り、今日高坂先輩が私のところに来まして……練習だけでもいいから見てほしいって」

 

「そういうことか。ありがとな」

 

「べ、別に先輩のためじゃないわよ……」

 

そういいながら髪を人差し指でくるくると弄る西木野さん。うん、ありがちなツンデレ台詞をありがとう。西木野さんにぴったりだ。

まあ、俺のためにわざわざこんなところに来るわけが無いのは分かっている。大方、見極めだろうな。だが、

 

「それでもだよ。百聞は一見にしかず。話を聞いただけなのとこうして実際見るのじゃ、感じるものが変わるからな」

 

「意味わかんない……」

 

気恥ずかしさからなのかそっぽを向いてしまう西木野さん。ブレない彼女に俺は苦笑いしてしまう。

 

「とりあえず、少しは分かったんじゃないか? 色々と」

 

「少なくとも伊達や酔狂でやってるわけじゃないのは分かったわ」

 

それだけ感じてくれたのなら十分だ。ここで遊び半分でやっているって思われたらこれからの穂乃果たちが報われない。

そして西木野さんは自分の発言にやっぱり恥ずかしさを感じたのか、

 

「今日はもう帰る」

 

それだけを行って踵を返す。当然、俺は止めることなく西木野さんを見送った。

 

「西木野さん、可愛かったなあ。あ、もちろん遊弥君もかっこよかったで」

 

今まで空気を読んで話に入ってこなかった希先輩がにゅるりと俺の隣に並び、弄るように言葉をかけてくる。同意はするけど、そのニヤニヤした顔が腹が立つ。

 

「そういう冗談はいいです。それより――希先輩はどう思っているんですか?」

 

俺の質問に希先輩は意図を掴もうとするように聞き返してきた。

 

「どういうことなん?」

 

「そのままの意味です。絵里先輩がスクールアイドルの活動に反対しているのは知っています。穂乃果に聞きましたから」

 

ライブのをするために行動の使用許可を取ろうとしたときに、穂乃果たちの活動を認めないとはっきりと言われたそうだ。そのときの絵里先輩の口調はかなり冷ややかだったらしい。

だが、絵里先輩を宥め、ライブを行えるように取り計らってくれたのが目の前にいる希先輩だ。

 

「今回、新入生歓迎会でライブが出来るのは希先輩のおかげです。あんたがどれだけ言い繕ってもそれは変わらない。だから何を思ってそんなことをしたのかってな」

 

絵里先輩の親友と謳っている彼女がどうして穂乃果たちの手助けをするのか。腑に落ちないのだ。

 

「遊弥君はわかっとるんやないの?」

 

希先輩は照りつける夕日に手をかざし俺に問う。それに対して俺はおどけるように笑った。

 

「想像はつきます。だけど想像だ。だから聞いているんですよ」

 

比較的俺は人の機敏(きびん)には聡いと思っている。しかし、その人が思っていることすべてわかるわけではなく、正しいわけでもない。あくまで考察による推測なのだ。

黙って希先輩の答えを待つ。すると希先輩はかざしていた手を口元に当てて微笑んだ。

 

「それは秘密や。乙女の秘密」

 

意地の悪い笑みを浮べる希先輩に俺はため息をつく。

まあ、無理に聞き出そうとは思っていないが、あからさまにはぐらかされるとどうしたものかと悩んでしまう。

 

「それより遊弥君。ええの?」

 

「何がですか?」

 

「彼女たちが走り始めてから随分と時間が()っているみたいやけど――勝負してたんとちゃうの?」

 

指差されたストップウォッチを見る。そこにはすでに俺がスタートする時間をとっくに超えていた時間が表示されていた。

 

「……やらかした。行ってきます」

 

「頑張ってな~」

 

暢気な希先輩の声援に俺はもう一度だけため息をついて、スタートを切ったのだった。

 

 

 

 






話し進めないといけないですね……

早く一年生を入れたい。


ではまた次回お会いしましょう。


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男の意地ですよ、ええ。


久しぶりでございまする。燕尾です。

これ投稿したら、わたしはもう寝ます。時間的に





 

 

「なん、で……おまえら……こんなにはや……いんだ、よ……」

 

希先輩と話をしていたせいで予定の十分以上に遅れてスタートした俺。

最初ものすごい勢いで走り始めた三人は途中で失速するだろうと踏んでいたのだが、しばらく走っても見つからないため徐々にスピードを上げていった。しかし、それでも見つからなかったため、全力疾走することになった。

最終的に三人に追いついたのは、ゴール手前。驚くことに、多少落ちていたものの最初とほぼ変わらないスピードで、三人はちゃんと足並みを(そろ)えて走っていたのだ。

男の意地で何とか穂乃果たちに追い抜かすことが出来たのだが、ランニングの距離を全力で走りぬいたため、俺は息絶え絶えになっていた。

 

「負けちゃった……せっかく遊くんに言うこと聞いてもらえそうだったのに」

 

「さすがゆーくん。男の子だね」

 

「負けは負けです。仕方ありません」

 

対照的に、穂乃果たちはピンピンしていた。始まる前の状態からは考えられないほど、元気だった。

 

「遊くん次はどうするの? もう一回勝負する?」

 

期待の眼差しで言う穂乃果に俺は勘弁してくれと両手を挙げる。そもそもこのランニングで今日は終わりだ。

 

「後は整理、体操と……柔軟やって……終わり……」

 

はいっ! と言って三人はクールダウンを始めた。

俺はまだ息が整わない。談笑しながら、念入りに柔軟をしている三人に。一体、どこにあんな余裕があるんだろうか? というか、走り始める前の疲労困憊はどこにいったんだおまえら。

女の子たちの秘めたる力に俺は驚愕するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神社で解散して、どこにも寄らず家まで直行した俺はそのままソファへとダイブする。

 

「つ、疲れた……」

 

もう何もしたくない。夜飯作るのも面倒くさい……。

 

日常的に運動して身体がそれなりに出来ている俺だが、五キロを十分で走りぬいた反動はそれ相応のものだった。

 

せめてシャワーだけでも浴びないと……いやでも疲れを溜めないためにもお湯をはったほうがいいか……。

 

頭の中でグルグルと思考していると眠気が襲ってくる。

 

あー、無理……もう、限界……

 

そのまま、俺は意識を閉ざしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば青空の下、俺は、よくわからない場所に立っていた。そして目の前には建物があった。

 

ここは、学校か?

 

学校と思しき建物の周りを探索していると、どこからか声が聞こえてくる。

俺はとりあえず声のするほうへと向かう。

 

 

なん――おまえみたいな――先輩に――!

自分がどういう――か、わかって――!?

――を知りなさいよ!!

 

 

そこにはこの学校のものであろう制服を着た一人の男子が同じ制服を着た複数の男女に囲まれている。なにを言っているかはよく聞こえないが、その光景に自分は見覚えがあった。

 

 

あん? なんだその顔は? ――んのか!!

成績――って、――ってんじゃないわよ!

あんた、そうやって――てんでしょ!?

 

 

男子は無表情の無反応でただ周りを見ている。

 

 

おい、聞いてんのか!?

いってもわからないなら身体に教えてやるよ!!

おい、やっちまえ!!

 

 

そして、その男子に周りの男たちから殴る、蹴るなど、暴力の嵐が降り注ぐ。しまいには女子もどこからもってきたかわからないバケツを振りかぶって中に入っていた水を男子にぶっ掛ける。

そこまでされても男子は何も反応しない。

しばらくされるがままだったが、予鈴がなったのか、すっきりしたのか、男子を囲んでいた人間たちは去っていき、残されたのはボロボロになった男子のみ。

 

「おい、大丈夫か――?」

 

周りに人がいないのを確認した俺は少年に近づく。振り向いた少年の顔に俺は目を見開いた。

 

これは――俺?

 

少し幼いが、間違いなく俺だった。見た目的に中学の自分、ちょうど記憶がない時期に重なる。

 

「ということは、これは夢か」

 

そう自分で結論付けていると、中学の頃の俺はフラフラと校舎に向かっていく。

 

「そこの少年、ちょっと待ってくれ」

 

聞きたいことがあった俺は少年を追いかける。だが、彼に追いつくことはなく、逆にどんどん置いていかれる。

 

走っても走っても遠ざかっていく俺の背中、背中どころかその場所から次第に遠ざけられていく。その直後、大きな音が()った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

prrrrr――! prrrrr――! prrrrr――!

 

「んあっ!?」

 

いつの間にか寝ていた俺は大きな音に飛び上がって起きた。

どうやら音の原因は携帯からだった。画面には海未と表示されている。

 

「はい、もしもし――」

 

「大丈夫ですか、遊弥!?」

 

慌てた海未の声が聞こえる。相当焦っている彼女の声に俺は首を傾げる。

 

「どうしたんだ、海未?」

 

「どうしたではありません! 帰ってからすぐにLaneを送ったのになんの反応もありませんし、何度電話しても出ませんでしたから、遊弥に何かあったのかと心配していたのですよ!?」

 

「ああ、ごめんな。帰ってきてからすぐに力尽きて寝ちゃってたんだ」

 

そういいながら、時計を見ると短針はすでに十時を指していた。四時間近くも寝ていたのか、俺。

海未は安心したように息を吐いた。

 

「まったく心配させないでください。遊弥に何かあったら穂乃果やことりも悲しむんですから、もちろん私だって」

 

「悪かったよ、今度から気をつける」

 

約束ですよ、と海未はちょっと怒ったように言う。今これ以上怒られるのも勘弁したい俺は本題へと移る。

 

「それで、海未はどうして電話してきたんだ?」

 

「え!? それは、あの……遊弥? 次の休みの日、空いていますか?」

 

空いているよ、と返す俺に海未は電話の向こうで深呼吸して、一泊置いた後、

 

「で、でしたら……わ、私の家に来てくれませんか!?」

 

やけに焦った声でそう言うのだった。

 

 

 






いかかでしたでしょうか。

ではまた次回にお会いいたしましょう。ではお休みなさいzzz……




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萩野遊弥の手伝い ~海未の場合~



どうも燕尾です。

18話目ですが、相変わらずストーリーはスローペースです。






「久しぶりだな、ここに来るのも」

 

目の前に映っているのは昔の日本というイメージをそのまま表したような和風の家。

木組みの門構えには木彫りで「園田」と描かれている。

俺は一呼吸置いて呼び鈴を鳴らした。そしてしばらくしたのち、木造の扉が開かれる。

 

「はい、どちらさま――って、あら~、遊弥さんではないですか! 大きくなりましたね~!!」

 

「お久しぶりです那美さん、よくわかりましたね?」

 

「遊弥さんを間違えるはずありませんよ。また一段と格好良くなりました」

 

「いえ、そんなことは。那美さんこそ昔と変わらず、というより前より美しくなりましたね」

 

「あらあら。こんなおばさんにそう言ってくれるのは遊弥君ぐらいなものですよ」

 

ニコニコしながら口に手を添えて優雅に笑う和服美人。

 

園田(そのだ)那美(なみ)さん――苗字の通り海未の母親で穂乃果やことりの母親同様、同い年の娘がいるとは思えないほど若い人で、海未が大人になれば那美さんとそっくりになるほど園田の母娘は似ている。

 

「それで遊弥さん。本日はどういった御用で?」

 

「海未とちょっとした約束が。それと、遅くなってしまって申し訳ないんですけど、しばらく東京(こっち)に住むことになったんで挨拶を――あ、これ、つまらないものですけど皆さんでどうぞ」

 

そういって俺は紙袋を渡す。中身は京都の名産、八橋だ。生八橋も考えたのだが、すぐに渡すこともできないと()んでいたため、八橋にしたのだ。

那美さんは嬉しそうに受け取ってくれた。

 

「まあ、わざわざありがとうございます。ご挨拶ということでしたら、海人(かいと)さんに会われますか? 今でしたら時間もありますので」

「お、親父殿ですか……」

 

俺はどもってしまう。海人というのは那美さんの旦那で海未の父親だ。

 

「まあ、そのつもりでしたし。会わないわけにはいきませんから、大変不本意ですけどお願いできますか?」

 

不承不承という風に頼む。というのも、理由があるのだ。那美さんはそんな俺の心を見通しているのか悪戯っぽく微笑む。

 

「ふふ、未だに海人さんは苦手ですか?」

 

目を逸らしてしまう俺。苦手というか、個性的っていうか、小さい頃から俺を目の敵にしてたからなぁ。嫌な予感しかしない。

 

「では、こちらへ」

 

まあ、あの親父殿も変わっているはずだ。おとなしくしていれば問題ないだろ。

 

軽く現実逃避を交えながら那美さんの後ろに付き、園田家に入る。そして海未の父親がいる間へと通される。那美さんはお茶を入れに今へと戻っていった。

俺は意を決して襖を開ける。

 

「失礼しま――」

 

「貴様また海未をたぶらからしに来たのかぁあああああ!!!!」

 

「うおおおおあああああ!?」

 

入った瞬間に襲ってきた模擬刀を白刃取りで受け止める。

 

やっぱり親父殿(このオッサン)、何も変わっちゃいねぇ!! いい加減、親バカな部分どうにかしろよ!!

 

「ちぃぃ! 俺の一刀を受け止めるとは! 海未を想う気持ちが我が刃を鈍らせたか!!」

 

「ふざけんな! いきなり襲いかかってくる奴があるか。いい加減に……しろ!!」

 

自分を切り裂こうとしている刃を身体の横へと流し、手首目掛けて膝蹴りを繰り出す。

 

「甘いわ!!」

 

動きを読まれていたのか相手も足を出し、俺の蹴りを止める。

拮抗した状態。そこを止めたのは俺でも目の前のオッサンでもなく――

 

「――海人さん。お客様になにをしているのですか?」

 

「お父様、遊弥になにをしているのですか?」

 

二つの透き通る声。それが聞こえた瞬間、親父殿の顔がサァーっと青ざめていった。

 

「那美、海未……」

 

二人とも笑顔で親父殿を見ている。だが、その後ろには般若がいた。

なるほど、海未のオーラはやはり那美さん譲りか。しかし、迫力は海未とは段違いだ。

 

「遊弥さん、すみませんがご挨拶は(のち)ほどに。少し海人さんに用が出来ましたので。海未さん、後は頼みましたよ」

 

「はい。では遊弥、私の部屋へ」

 

「あ、ああ。わかった」

 

とんとんと話が進んでいくがここで俺が従わない理由は無い。足を下ろし模擬刀から手を放して海未の後に続く。

 

「まて、小僧、貴様! 海未の部屋へと立ち入るつもりか!? そんなこと断じて――」

 

「――海人さん? あなたには私からお話がありますので」

 

ひっ、とあからさまに那美さんに怯える親父殿。だけどこれも自業自得だ。

正座を促されている男を尻目に俺は海未の部屋へと案内された。

海未の部屋は無駄なものが一切なく、失礼だが、女の子の部屋とは思えないほどすっきりしたシンプルなものだった。

 

「あんまりジロジロと見ないでください。わかっているのです。ぬいぐるみ一つも無い女の子らしくない部屋だっていうのは」

 

「海未らしい綺麗な部屋だと思うぞ?」

 

素直に褒めたのに海未はそうは思わなかったのか、

 

「わたしにはこういう地味な部屋がお似合いというのですか、そうですか」

 

頬を膨らませて拗ねてしまった。別に無理してぬいぐるみとか置かなくてもいいと思うんだけどなぁ。

いかんいかん、このままだと気まずいままだ。何か話題を逸らさないと。

 

「しっかし、那美さんも、親父殿もまったく変わってなかったな」

 

露骨な話題逸らしも失敗したのか、海未は申し訳なさそうにする。

 

「お父様が失礼なことを、本当にすみません」

 

「いや、海未や那美さんが悪いわけじゃないから気にしないでくれ。すべてはあの親父殿だから」

 

親父殿は海未を溺愛している。その溺愛ぶりは裏で男子に圧力をかけて海未の周りから遠ざけるほどだ。そのせいで海未は昔から俺以外の男子と関わりあうことが極端に少なかった。海未の男に対する過剰な羞恥心や知識が乏しいのもその所以(ゆえん)だ。

 

「年食えば大人しくなってると思っていたんだがなぁ……」

 

「……ほんとうに、すみません」

 

「数年立っても人は変わらないか」

 

ため息混じりにそう言う俺に海未は何度も本当に申し訳なさそうにする。

娘にフォローされる父親って……まあ、当の本人は那美さんのありがたいお言葉を頂いている最中だろう。

 

「まあ、親父殿は那美さんに任せて、俺らもやることやりますか」

 

俺の言葉に海未は意識を切り替えて、頷いた。

今日海未に呼ばれたのは他でもなく、歌詞作りだ。なんでも仕上げを手伝ってほしいと昨日のトレーニング終わりに頼まれたのだ。こんな数日でほぼ出来上がっていることに顔には出さないが驚きを隠せない。

 

「大体は出来ているのですが細かいところで良い言い回しなど思いついたら教えてください。わたしだけだと知っているものは限られているので」

 

「そういわれても大した力にはなれんと思うが」

 

「そんなこと無いですよ。遊弥がいてくれて大変心強いです」

 

そんな根拠の無い信用は嬉しいんだけど、プレッシャーだ。相談しながらやればさほど問題ないが。

 

「まあ、ご期待に沿えるよう頑張るよ」

 

「はい、ではまず――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こんなところか?」

 

「すごいです。見違えるようになりました」

 

始めてから約二時間。辞典で調べて海未と相談しながら歌詞の添削が終わった。

海未が言うように海未一人が作ったものより、二人で仕上げたもののほうが断然いいといえるものが出来ていた。

 

「やはり遊弥に頼んで正解でした」

 

「それは海未が作った基盤がしっかりしていたからだよ」

 

俺のしたことといえば言葉遣いの選択肢を増やしてあげ、少し手心を加えた程度のことしかしていない。元々は海未が作った段階で完成間近だったのだ。

 

「それより、予定より早く終わったな。どうしようか」

 

今日一日、海未の歌詞の手伝いで時間がすぎると考えていたのだが、思ったより大分早くなってしまった。これからの予定を頭の中で立てていると、

 

――――くぅ~

 

あらまあ、可愛らしい音だこと――ってそうじゃなくて。

音のしたほうを見たら正座していた海未がギュッと拳を握り締め、顔を真っ赤にしていた。

訪れる沈黙、俺は耐えられずにその沈黙を破った。

 

「何か食べるか」

 

「す、すみません。朝からなにも食べていなかったものですから……」

 

時間にしたら午後の一時手前。それにその理由なら腹が減ってしまうのは仕方が無い。でもなんで何も食べてなかったんだろうか?

 

「遊弥がくるのに服を選んでて夜遅くまで起きてて、朝寝坊したなんて絶対にいえません……!」

 

「ん? 何か言ったか、海未?」

 

「い、いえ! なんでもないです、なんでもないですよ!?」

 

「お、おお……そっか……」

 

慌てて手を振る海未に押されて俺は何も言えなくなる。でもどうしたものか。

 

「それで、遊弥がよければですけど、うちでお昼を食べませんか?」

 

「いいのか?」

 

「はい、もともと私が呼び出したのですからこれくらいは」

 

ちょっと待っててください、と海未は部屋から出て行く。

一人残された俺は手持ち無沙汰になる。最初に言われたとおりあまり部屋をジロジロ見回すわけにもいかない。だけど、女の子の部屋というのに妙にそわそわしてしまう、悲しい男の性だ。

そんな気持ちで待つこと三十分、お盆を持った海未がやってきた。

 

「おぉー……」

 

思わず俺は声を洩らす。

白米に味噌汁、それに秋刀魚の塩焼きにきゅうりの浅漬けと見事な和食のラインナップだ。

うん、美味しそう――でもこういうのは朝か夜に食べるものだと思う。そういうのは偏見なのだろうか?

 

「では、いただきましょうか」

 

いただきます、と手を合わせた海未と同じように俺も手を合わせる。

 

「じゃあ、いただきます」

 

どれも美味しそうだ、だがやっぱり最初は胃がびっくりしないように汁物からだな。別に胃はそんなに弱くないけど。

そして味噌汁から手をつけようとする――なのだが、

 

「……」

 

「えっと、海未? そんなにじっと見つめられると、その、食べづらいんだけど」

 

「す、すみません! わたしのことは気にせずにどうぞ!!」

 

ああ、と頷いて、再度味噌汁を口に運ぼうとする。しかし、やっぱり手が止まってしまう。

 

「…………」

 

海未の視線がずっと俺に向けられているのだ。

く、食いづらい……だけどこのまま食べないのも失礼だし……ええい、ままよ!

意を決してそのまま味噌汁を(すす)る。

やばい、なにこれ!? 出汁は鰹節か? しかもこの味、一から削り取って使ったやつだし。味噌も白味噌で味の濃さも俺好みだし。

次に秋刀魚に手を伸ばす。うん、素材の味が際立つ塩加減、旬の季節ではないがそれにまったく劣らない。

 

「すごく美味いな。昼ごはん、那美さんが作ったのか?」

「いえ……それは、その……」

 

顔を紅くして指先をツンツンとしている海未。その様子を見て、なるほど、と俺はすぐに思いたった。

 

「うん、すごく美味しい。この分だと良い嫁さんになれるぞ、海未」

 

「――――ッッッッ!!!!」

 

染めた程度の顔が茹蛸のように真っ赤になる。恥ずかしいことを言った自覚はあるが、嘘ではない。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

顔を見られたくないのか俯く海未。うむ、照れているところも可愛い。

俺は和みながら、昼食をきれいに頂いた。

 

 

 

 

昼食を取った後も、海未の部屋で過ごした。

俺が戻ってくるまでの数年で起こった出来事や思い出話、それに関する海未の愚痴を聞いていると、気がつけばもう夕方だった。

 

「もうこんな時間か。日が落ちてきたし、親父殿と那美さんに挨拶してお暇するよ」

 

時計を見ると時刻は六時。これ以上長居しても那美さんや親父殿にも迷惑がかかるだろう。

 

「あ……そ、そうですか……お見送りします」

 

海未も残念そうにするが引き止めることはしなかった。海未の部屋を後にして親父殿と那美さんに挨拶をするべく居間へと向かう。その最中、

 

「あ、あの! お夕飯、うちで食べていきませんか!?」

 

「海未?」

 

「えっと、ほら! 遊弥一人暮らしでこれから支度するとなると時間がかかりますし、大変でしょうし、たまには甘えてもいいんじゃないかと思いまして!」

 

早口で(まく)し立てる海未。気持ちは嬉しいが、そういうわけにもいかないだろう。

 

「ありがたい誘いだけど、今日は遠慮しておくよ。急遽一人分増えても那美さんも困るだろうし」

「あら、そんなことないですよ。むしろ歓迎しますけど」

 

唐突に後ろから那美さんが現れる。その隣には親父殿もいた。

 

「遊弥さんがいてくれると私も楽しいですし、海未さんも張り切って遊弥君の分のお夕飯を作りますよ?」

 

「お、お母様!?」

 

「那美の手作りだけじゃなく海未の手作りだとぉ!? ならん、そんなことは断じてならん!」

 

すみません親父殿。海未の手作りはもう頂きました。

 

「海人さん。少し黙っていただけますか?」

 

叫ぶ親父殿に那美さんは笑顔を向けて、コツン、と拳を当てた。その直後、

 

「ぐおおおおお!?」

 

内から弾ける親父殿。痛みにのた打ち回る親父殿を放っておいて俺は少し悩んだ。

 

「遊弥……」

 

期待の眼差しで俺を見る海未。でも、やはり今日はやめておこう。

 

「すみません、気持ちは嬉しいですけど、今日のところは帰ります。やらないといけないこともありますので」

 

「そうですか……すみませんね、無理を言ってしまって」

 

「いえ、むしろ嬉しかったです。海未もごめんな?」

 

「気にしないでください。やることがあるのなら仕方ありませんから」

 

そう言う海未の表情はあまり晴れていない。そんな海未に俺は提案する。

 

「そうだ、今度は俺が料理を作ってやるよ」

 

「えっ?」

 

「今日の昼のお礼ってことで、すぐには無理だけど時間が合ったときに家に来なよ。今度は俺が振舞ってやるから」

 

「でも、今日は私の歌詞作りを手伝ってくれたわけですし、そんな悪い――」

 

「海未さん」

 

海未の言葉を遮って那美さんが海未を引っ張って隅っこに連れてなにやら耳打ちする。

 

「遊弥さんが作ってくれると、家に来てもいいと言っているのに断ってどうするのですか」

 

「で、ですが……」

 

「せっかく殿方から誘ってくれているのに断るなんて愚の骨頂です。そんなことでは穂乃果さんやことりさんに取られてしまいますよ。それでもいいのですか?」

 

「ッ!」

 

「恋は戦争です。気を抜いた者が敗れる待った無しの世界。弱気な姿勢ではいけませんよ、海未さん」

 

「……私がどうかしていました、お母様」

 

話が終わったのかこっちへと戻ってくる二人。そしてニコニコする那美さんの隣で海未が申し出た。

 

「迷惑でなければ、遊弥の手作り料理、食べたいです」

 

覚悟を決めた武士のような表情に俺はちょっと戸惑う。

 

「あ、ああ。迷惑なんかじゃないから。それじゃあ、またな」

 

「はい。また学校で」

 

「また来てくださいね。遊弥さん」

 

笑顔で見送ってくれる園田家の人々。しかし、ただ一人を除いて――

 

「小僧、 次に我が家の敷居を跨いだときが貴様の最後だと思え!」

 

叫ぶ親父殿。そんな彼に笑顔の那美さんが隣に行った。

 

「海人さん、お客様のお帰りですよ?」

 

「ぐあああああ!」

 

またもや内から弾ける親父殿。俺はその光景に苦笑いで、

 

「ご愁傷様、親父殿」

 

そう言って俺は軽く手を振って園田家を後にしたのだった。

 

 






いかがでしたでしょうか?

次も頑張ります。




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萩野遊弥の手伝い ~ことりの場合~



どうも~燕尾です。

十九話目ですね。楽しんでもらえるといいですね。





 

 

秋葉原――戦後の日本において闇市として発展し、高度経済成長時期に電子機器やハードウェア、ソフトウェアを取り扱う店が建ち並び世界有数の電気街として発展してきた街。今では電化製品のみならず、アニメや漫画などのサブカルチャーにおいては日本屈指――いや、世界屈指の場所でもある。

その秋葉原の駅前で俺は人を待っていた。

 

「遅いな……」

 

時計を見ながらつぶやく。

約束の時間からもう三十分以上過ぎていた。連絡も来ておらず、少し心配だ。

周りを見渡していると件の待ち合わせの約束をした人の姿が見える。しかし、

 

「なあなあ、いいでしょ? 俺らとお茶しようよ」

 

「お金もあるし、奢っちゃうよ~」

 

「ごめんなさい、約束している人がいるので……」

 

彼女は二人組みの男に付きまとわれていた。いわゆるナンパというやつだ。定番の軽い行動をしている男たちに溜息が出る。

 

「約束してるのはお友達? ならその子も一緒に誘おう。それなら大丈夫だよね?」

 

「いえ、わたしは男の子と約束しているので……」

 

「君の男より、俺らと一緒に遊んだほうが絶対楽しいって! だから、一緒にいこう?」

 

なにを言っているのかは聞こえないが、渋っている彼女に段々と雲行きが怪しくなっている。早く行かないと大変なことになりそうな雰囲気だった。

 

「いいからこっちに来いって!」

 

「そんな男なんか忘れるくらい俺たちが気持ちいい(いい)ことしてやるからさ!」

 

「や、やめてください! わたしはあなたたちなんかとは行きません!!」

 

予感したとおり、男たちは無理やり彼女を連れて行こうとしていた。

俺は彼女と彼女の手を取ろうとした男の腕を掴む。

 

「はいはい、そこまで。ことりから離れろ」

 

「ゆーくん!」

 

ことりは驚きながらも安心したような顔をして俺の後ろに隠れる。それとは対照的に男たちはあからさまに顔を(しか)める。

 

「なんだお前は」

 

「いまその子とお茶しようとしていたんだ。邪魔するなよ」

 

見た感じ大学生と見られる男たちは、自分たちより年下の俺にでかい顔をして威圧してくる。だが、まったく怖くもなんとも無い。むしろ、また溜息が出てしまう。

 

「雰囲気で察しろ。邪魔なのはあんたたちだ。(さか)るならそこらへんの頭の悪い女でも捕まえてろよ」

 

「お前ッ……!」

 

「ガキの癖に調子に乗るなよ……」

 

俺の悪態に逆上する男たち。運が悪くこの男たちは引き下がらないタイプだった。

もう一芝居打つために、俺はことりの肩を抱いて自分に引き寄せる。

 

「わっ……!?」

 

驚きながらもすっぽり収まっていることりの頭を男たちに見せ付けるように撫でる。

 

「いくら盛りたい年頃だからって、人の女に手を出すなよ。餓鬼(ガキ)じゃないならそこらへんは(わきま)えているだろ」

 

言い放つ俺に男たちはたじろぐ。ここで手を出せばこいつらは俺より下だという証明になる。それに、少ないが、野次馬たちによる周りの目もあるのだ。警察沙汰になれば間違いなく男たちの非が問われることになる。

 

「ちっ……おい、行くぞ」

 

「ああ……」

 

そこまで考えられないほどの馬鹿じゃないのか、苦虫を噛み潰したように去っていく。念には念を入れて、見えなくなるまでことりを離さない。

 

「ふぅ――」

 

その背が完全に消えたのを確認した俺は息を吐く。大丈夫か、とことりに確認しようとした直後、周りが沸いた。

 

「キャー! カッコイイ!!」

 

「やるじゃないか、兄ちゃん! ま、俺には敵わないけどな!!」

 

「なに言っているのさ、あんたより百倍かっこよかったじゃないの!」

 

「嬢ちゃんを大切にな!!」

 

「末永くお幸せにー!!」

 

昔のノリから現代のノリまで入り混じった様々な歓声。ナンパを撃退するだけのはずが随分と大事になってしまった。ことりも恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている。

 

――早くここから離れないとな。

 

「ことり、行くぞ」

 

「……うん」

 

俺は周りの人達に一礼して、ことりの手を取り、転ばないようにその場から走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅前から離れた俺たちはそのまま今日の目的の店前にまで来ていた。その店は衣料や服飾の材料が売っている専門店だ。

 

「大丈夫か、ことり?」

 

「うん……」

 

駅前の一件から、うん、としか返してこないことり。

 

「それにしてもナンパとは災難だったな。もしかして、今日遅れたのはあれ以外のナンパに()っていたとか?」

 

「うん。あの人達以外にも声かけられちゃって……」

 

ごめんね? と謝ることりに俺は首を横に振った。

 

「ことりが謝ることじゃないだろ? まあ、しょうがないよな。今日のことり、いつも以上に可愛いし」

 

「ふぇ!?」

 

ことりがまた真っ赤になった。恥ずかしいのか握っていた手から彼女の熱が伝わってくる。

学院の制服しか見たことがない俺には彼女の私服は新鮮に見えた。そして、服飾関係に詳しいと言っていた辺りさすがの一言だ。ことりのための服としか思えない。

 

「うん、私服姿は初めてだけど。よく似合ってる」

 

「あ、ありがと……」

 

頬を染めて俯くことり。俺もちょっとナンパから救うために気取ったのをまだ引き摺っていたのに気づいてなんだか恥ずかしくなってきた。

 

「ご、ごめん、いつまでも手を握ってて。嫌だったろ」

 

パッと握っていた手を離す。彼女のぬくもりがなくなるのに少しの物寂しさを感じるけど仕方がない。

 

「あ……」

 

「それと、ナンパを追い払うためとはいえ、いきなり抱きしめて彼女呼びして悪かったな」

 

正直、彼氏でもないのに抱きしめて頭撫でるとかいくらなんでもやり過ぎてしまった気がする。

 

「……」

 

「ことりの彼氏が俺だなんてありえないよな」

 

第一、もっと良い方法でナンパを撃退すればよかったんだ。なんだよ、人の女って、どれだけ上から目線なんだよ俺。

 

「……」

 

「だからあのことは忘れて――って、ことり?」

 

さっきから無言のことりに違和感を感じる。そして異変は無言だけではなかった。

 

なんだかすっごい無表情なんだけど。何の感情も映していない顔なんだけど!?

 

「ゆーくん」

 

「は、はい!」

 

虚ろな目から一転、ことりはニッコリと笑う。

 

「早くお店に入ろっか?」

 

ことりの笑顔の後ろに何かドス黒いオーラが(ただよ)っていた。

 

何も聞くことは出来ず、俺は頷いて、店の中に入る。

 

「色々な布があるな」

 

専門店というだけあって、様々な種類、色の布が並んでいた。

 

うわ……これカシミアだし、値段は――高ッ!? それにこっちにはビキューナもあるのか……

 

普段見るようなことのない貴重な布地を置いているこの店は、ことりが普段贔屓にしている店だった。

彼女はいま、衣装に使う布地や装飾品を選んでいる。今日俺が呼ばれたのは衣装についての相談と、衣装作りの手伝いだ。なのだが、

 

「なあ、ことり――」 

 

「ゆーくん、ちょっと静かにしててね?」

 

「は、はい……」

 

ピシャリ、とことりに捻じ伏せられる。どうやら未だに発言権は俺にはないようだ。衣装の布地を選んでいることりの背後にはまだドス黒いオーラが漂っている。

何か俺がいけないことをしたのは間違いない。だが、なにがことりを不機嫌にしたのかが、見えてこない。そして、わからないまま謝ろうとすれば、もっと酷いことになるのが目に見えて明らかだ。

そんなこんなでどうしたらいいのかわからないのが現状だ。とりあえず、ことりの言う通りにして、彼女の邪魔をしないように見守ってはいるが、すごい気まずい。

 

「「……」」

 

結局店の中ではほとんど言葉を交わさず、買い物を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Side Kotori――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

私は衣装に使う布を選びながらため息をついていた。店に入ってから、ゆーくんと一言も話していなかった。いや、

 

「なあ、ことり――」

 

「ゆーくん、ちょっと静かにしててね?」

 

「は、はい……」

 

ゆーくんはわたし会話しようとしてくれている。だけどわたしがゆーくんと話をしようとしていないのだ。

ナンパに遭って連れて行かれそうになったわたしを助けてくれたゆーくんはかっこよかった。

演技だとわかっていても、わたしを抱きしめて、ゆーくんの彼女だって言ってもらえてとき、恥ずかしかったけどわたしは凄く嬉しかった。それに、ゆーくんが手を握ってきたときも、わたしがゆーくんの彼女になったような気がして、ドキドキしていた。なのに、

 

――ことりの彼氏が俺だなんてありえないよな

 

ゆーくんのその一言が、悲しくて、辛くて、どうしようもない感情が溢れてくる。

 

「なんで……なんでそんなこと言うの……ゆーくん……」

 

自分の気持ちがゆーくんに届いていないのは別にいい、直接言ったわけでもないのだから。だけど、伝えてもいない気持ちを否定されるのは我慢できなかった。

 

「「……」」

 

何もしゃべらない時間が辛い。

今日はこんなはずじゃなかった。もっとお喋りしながら、楽しく過ごす。そのはずだった。それなのに、

 

「「……」」

 

結局お店でゆーくんと話すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店で買った布を持ち、わたしたちは家へと向かっていた。

衣装の材料を買ってわたしの家で衣装を作るのが今日の予定だ。だけど、相変わらず気まずい雰囲気のまま。このままだったらここで別れたほうがお互いのためじゃないのだろうかと、そう思えてくる。

もうわたしもどうしたらいいのかわからない。

なんでこんなことになったんだろう。ぐるぐるといろんなことが頭の中を掻き混ぜる。

 

「ことり」

 

すると、不意にゆーくんが声をかけてきた。

 

「なにかな、ゆーくん?」

 

わたしはきわめて平静を装う。でもそれがかえって不自然だった。そしてそれに気づかないゆーくんではない。

 

「この後はことりの家で衣装作りだよな?」

 

「うん、そうだよ」

 

「その前にちょっと寄り道しないか?」

 

ゆーくんが手を差し伸べてくる。その手にわたしはしばらく固まったまま答えが出なかった。

そんなわたしに痺れを切らしたのか、ゆーくんはわたしの手をとった。

 

「ゆ、ゆーくん?」

 

「寄り道していこう。ことり」

 

わたしは半ば無理やり引かれて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Side Yuya――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再びことりの手を取って俺が来た場所は秋葉原でも有名なスイーツ店。

時間もちょうど昼を越えたところだし、軽く腹に入れるには持って来いの場所だ。

ことりはスイーツに目を輝かせている。

 

「好きなの選んでいいぞ、ことり」

 

「いいの、ゆーくん!?」

 

先ほどの不機嫌はどこへやら、やった~、とはしゃぐことり。それを見ただけで来た甲斐があったというものだ。

俺はフルーツタルトとチョコレートケーキにエスプレッソを、ことりはチーズケーキとベイクドチーズタルト、それとアップルパイにアールグレイを選んだ。

会計を済ませて、オープンテラスのテーブルに移る。

いただきます、と二人揃って手を合わせて、俺はフルーツタルトをことりはチーズタルトに手をつける。

 

「んー、おいしい~!!」

 

「うん、美味い」

 

二人揃って破顔する。やはり甘いものは人を笑顔にするんだな。そして俺はタイミングを見計らって口を開いた。

 

「俺が言うのもおかしいけど、少しは気分が晴れたか?」

 

「あ……」

 

デザートに夢中になっていたことりの手が止まる。

 

「悪かったな、ことり」

 

「どうして、ゆーくんが謝るの……?」

 

「そうだな、ことりが不機嫌になるようなことをしたからか……こんなことを言ったらまた怒るかもしれないけど、俺はまだ、ことりが怒っている原因がわからないんだ」

 

「……ゆーくんらしいね」

 

苦笑いすることり。その顔にどんな感情を抱いているのかは俺には当然わからない。

 

「だからそれを含めて、悪かった」

 

俺はしっかりと頭を下げる。しばらく無言の時間が続いたが、さっきまでのような悪い空気ではなかった。

 

「……ひとつ、お願いを聞いてほしいな」

 

「俺に出来ることなら、なんでも」

 

ことりは視線をフルーツタルトとチョコレートケーキに移す。

 

「そのフルーツタルトと、チョコレートケーキ。食べさせてほしいな」

 

そんなのでいいのか? と聞く俺にことりは頷いた。

 

「それじゃあ――」

 

皿をことりに寄せようとすると、ことりは目を瞑ってかわいらしい口を小さく開けた。まるで餌を求める小さな雛鳥のように。

 

食べさせてほしいって、そういうことかよ!? 

 

でもこれは俺に出来ることだ。ならやるしかない。

 

適当な大きさに切り、フルーツタルトを口へと運ぶ。

 

「ほら、ことり、あーん……」

 

「あーん……んっ……」

 

もきゅもきゅとタルトを味わうことり。その顔はほんのり赤い。

 

「どうだ?」

 

「うん、おいしい……」

 

「それじゃあ、次はチョコレートケーキな」

 

同じようにケーキを切り分ける。ことりは準備が出来ていたのか、もう口をあけて待っていた。

 

「あーん……うん、こっちのケーキもおいしいね」

 

「それはよかった――ってことり、口にチョコが付いてるぞ」

 

「えっ!?」

 

口元を押さえることり。俺はウェットティッシュでことりの口周りを優しく拭いてやる。それと同時に、二人して小さく笑い合った。

ひとしきり笑った後、ことりは小さく呟いた。

 

「……なんか、恋人みたいだね、ゆーくん」

 

からかうのとはまた違う、確認するような言い方をすることり。俺はどう返答するか悩む。だが、ことりの目からはからかいや誤魔化しといったものは許さない、正直に答えろとそういう雰囲気を感じた。そして俺は、

 

「――そうだな。ことりと恋人になったらこんな感じで楽しそうに過ごすんだろうな」

 

期待と羨望を込めた素直な気持ちを言った。俺の言葉の感情を感じ取ったのかことりは顔を綻ばせる。

 

「ふふ……ありがと、ゆーくん」

 

先ほどまでの不機嫌さは完全になくなったようで、俺も一安心する。

 

「あ、そうだ!」

 

ことりは思いついたように自分のチーズケーキを切り分けた。そして、

 

「はい、ゆーくん。あーん♪」

 

「えっ、ちょっとまて。ことり――」

 

切り分けたケーキを俺の目の前まで持ってくる。笑顔で構えることりに俺は戸惑う。

 

だってこれ、間接――

 

「えいっ♪」

 

「んん゛!?」

 

有無を言わせずことりは俺の口の中にフォークをつっこんだ。

 

「どう? おいしい?」

 

もぐもぐと口を動かしながら頷く俺。するとことりはチーズタルトを食べて、おいしいことを確認したように頷いて、一口サイズに切り、またもや俺の口元まで運んできた。

 

「はい、ゆーくん。これもおいしいよ」

 

「だから、ちょっとま――んん!」

 

最後まで言い切る前にことりに口を塞がれる。

 

「ふふ、おいしい? ゆーくん♪」

 

これじゃあバカップルだと思うが嬉しそうにすることりを見て俺は抵抗するのをやめる。

この後、お互い自分のケーキを食べることはなく、ケーキがなくなるまでお互いに食べさせあうのだった。

 

 






はい、ということで第十九話、夢見る童貞・処女の燕尾が午前二時ごろをお知らせすると共にお送りいたしました。
誤字脱字、評価・感想などあれば遠慮せずに書いてください。

ではまた次回に。




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連絡先聞いてないや……


どうも燕尾です。

今日はこれと新しく書き始めたものの第三話も投稿します。

最近、織田信奈の野望のアニメを見直しているのですが、いやぁ~、いいっすねぇ~、ロリっ子たち。心が洗われますよ。






 

「――ほら、三人ともスピードが落ちてる。ペースをちゃんと維持して」

 

「「「は、はい……!!」」」

 

休日が明けて次の週。学校が終わり、放課後。俺たちは神田明神で基礎体力の向上のトレーニングをしていた。曲ができるまでにはある程度の体力を付けておかないといけないのだ。だが、

 

「その曲をどうするかだよな……」

 

穂乃果が西木野さんに頼み込んでいるのだが、色好(いろよ)い返事はもらえていない。そして穂乃果は先日完成した歌詞を渡してそれで断るというのなら今度こそ諦めると決めた。

俺もこの数日に曲作りについて勉強して色々と作業をしているが、いかんせん力不足だ。

このままだと企画倒れになる可能性は高い。

 

「もっと頑張らないとな……」

 

「どうしたの、遊くん?」

 

「えっ……?」

 

考え込んでいるうちに穂乃果たちはノルマを終わらせていたようで、俺の指示を仰いで来た。

 

「えっ、じゃなくて、腕立て伏せとか終わったんだけど、次はどうするの?」

 

「あ、ああ……お疲れ様。少し休憩した後、ランニングして今日は終わりだ」

 

そう言う俺に怪訝そうな顔を向けてくる三人。

やめろやい、そんなに見つめられると照れるじゃないか。

 

「遊弥、大丈夫ですか……?」

 

「大丈夫ってなにが?」

 

「ゆーくん、少し顔色悪い気がするんだけど……無理してない?」

 

……まあ、気づかれるかもしれないとは思ってはいたよ。だけどここで止められるわけにはいかない。

 

「無理はしてないけど。顔色も気のせいじゃないか?」

 

「なら、いいのですが……」

 

なんでもないように装う俺を見て、三人は引き下がってくれた。

 

「ほらほら、ランニングにいったいった! 前と同じで足並みそろえてな」

 

「ええっ!? まだ休憩し足りないよ!!」

 

「俺と話してただろ? それに休みすぎると身体が動かなくなるからな。コーチ命令です。行きなさい」

 

「遊くんの鬼! 悪魔! 魔王さまー!!」

 

文句を言いつつも三人はスタートを切る。

半ば追い払うように走らせに行かせたことには多少の罪悪感はあった。

だけどそれは仕方のないことだ。木の陰からちらりと様子を見に来ている彼女と話をするためには穂乃果たちがいては駄目なのだ。

 

「今日も見に来てくれたのか、西木野さん」

 

「べ、別に、見に来たって訳じゃないんだけど……たまたま通りかかっただけだし」

 

はい、今日のツンデレ台詞頂きました。可愛いです。

神田明神は西木野総合病院とは反対にあるのだ。偶然に通りかかるわけがない。

 

「そのほのぼのとしてる表情やめてくれない? イラッとするんだけど」

 

「悪い悪い、西木野さんが可愛くてついな」

 

「ッ――……もう焦ったりしないわ。あなたの思うつぼだもの」

 

成長したな、西木野さん。まあ、可愛いというのは正直な気持ちなのだが。それは置いておいて。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

 

「高坂先輩が来たわ。しかも今日は歌詞を持って」

 

穂乃果から聞いたとおりのことだ。俺は驚くこともなく頷く。

 

「これで最後って、歌詞を渡してきたわ」

 

「ああ……」

 

俺は余計なことを言わず西木野さんの言葉を待つ。

彼女もなにを言えばいいのか迷っているようでしばらく考え込んでいた。そして、

 

「――いい歌詞ね。これ」

 

端的に言われた言葉。だが、その一言には色々な含みが感じられた。

 

「まっすぐで、綺麗で、軒並(のきな)みな言葉だけれど、希望に()(あふ)れていて、これからの始まりを予感させるような、そんな歌詞」

 

「ああ、俺もそう思う。穂乃果たちのスクールアイドルとしての門出にぴったりな歌だ」

 

「同感ね。私も思ったわ」

 

また訪れる静寂。それだけをわざわざ言いに来たのだとしたら律儀なだけだが、そうではないとわかる。

西木野さんは何かを決意してここへ来たのだ。それは俺たちにとって、良いものか、悪いものかは西木野さんだけが知っている。

その答えがついに西木野さんの口から紡がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曲――作ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか、ありがたい」

 

ただし、と付け加える西木野さん。そして俺にビッ、と指を突きつけて、

 

「私が曲を作ったことは高坂先輩たちには絶対秘密。それとあなたにも手伝ってもらうわ。これが曲を作る条件よ」

 

「秘密にするのはもちろんいいけど、俺の手伝いは必要なのか? むしろ邪魔にしかならないような気がするが」

 

「あなた――曲のイメージや構想、外枠は大方できているのでしょう?」

 

「……驚いたな。俺が思っていた以上に聡明だった。穂乃果たちにはバレなかったんだけどな」

 

西木野さんには通用しないってことか。俺が曲を作り始めているのが完全にばれてる。

 

「私を甘く見ないでよね。今のあなたを見ていればわかるわ。目の下の隈をファンデーションで隠しているほどなんですもの」

 

朝、穂乃果たちが来る前に神社でバイトしていた希先輩に恥を忍んでファンデーションを借りて隈を誤魔化していたのだが、西木野さんの目は騙せないようだ。

 

「先輩。あなた、どれだけ寝ていないの?」

 

「……」

 

さらに鋭い目で追求してくる西木野さん。それに俺は沈黙で答えてしまった。彼女は深い溜息をつく。

 

「曲作りは私の家でやるわ。顔を出してもらうつもりだから、体調は整えておきなさいよね」

 

「……わかった」

 

釘を刺された俺は頷くしかなかった。

 

「それじゃあ、私は高坂先輩たちが戻ってくる前に帰るわ」

 

あくまで西木野さんは穂乃果たちとは顔を合わせたくないらしい。いそいそと帰ろうとする。

 

「西木野さん、ありがとな」

 

階段を下っていく西木野さんの背中に感謝の声をかける。西木野さんは何もいわず、ただ振り返り笑みを返しただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、連絡先聞いてねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

実を言うと私――ロリだけじゃなく普通の女の子も好きです(当たり前)。

ではまた次回。


あ、誤字脱字、感想などがあれば遠慮なく。




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いざ、西木野邸へ



燕尾です。眠いです。

これ投稿したら寝ます。





 

 

西木野さんが作曲を引き受けてくれた次の日。朝のトレーニング中、俺たちは重大なことを忘れていたことに気づいた。

 

それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばわたしたち、グループの名前を決めてないよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

「そういえばそうですね……」

 

「他の事に気をとられすぎてて完全に忘れてたな……」

 

ことりの一言に俺たちは声を()らす。今の今まで自分たちのグループ名がないまま活動していたのだ。

これではいけないと、昼休みに急遽(きゅうきょ)グループの名前を決める会議が行われた。のだが、

 

「何か良いの思いつくか?」

 

「ん~、なかなか思いつかないよね」

 

「なにか私たちの特徴があれば良いと思うんだけど」

 

「私たちは性格もバラバラですしね……」

 

「じゃあ、単純に私たちの名前で"ほのかうみことり"とか?」

 

「漫才師じゃあるまいし」

 

「なら、海未ちゃんが"海"、ことりちゃんが"空"、穂乃果が"陸"で"陸・海・空"とか?」

 

「全然アイドルっぽくないですね」

 

ことごとく却下される穂乃果の案。穂乃果もそう思っていたようで、だよね、と肩を落とす。

 

「ゆーくんは良い考えはない?」

 

「そうだな――"Tokyo 3th sisters"――とか?」

 

「それはギリギリアウトな気がします……」

 

俺の案も()()く退けられる。俺的には海未がネタを知っていたことに驚きだ。

 

「はいはい! いい方法を思いついたよ!!」

 

「はい、穂乃果さん」

 

元気よく手を挙げる穂乃果を指名する。すると穂乃果はペンを持って教室の外へと飛び出した。

 

「おい、どこに行くんだ!?」

 

慌てて穂乃果の後を追う。穂乃果の向かった先は掲示板だった。

そして彼女は自分で貼ったポスターに何かを書き加えて、どこからか取り出した投票箱のようなものを置いた。

 

「これでよし!」

 

一仕事終えたように汗を脱ぐ仕草をする穂乃果。大体わかったが一応確認すると、

 

「グループ名募集……」

 

「丸投げですか……」

 

思ったとおり、グループの名前を募集するという名の他人頼りだった。

 

「こっちのほうが皆も興味もってくれそうじゃない?」

 

「そうかもね」

 

ことりが同意する。まあ、穂乃果のいうことも一理ある。立ち止まって見てもらえれば存在を知ってもらう機会にもなるだろう。

 

「それじゃあ、後は曲の見通しができるまで体力づくりするか!」

 

「「「はい!」」」

 

三人は気合の入った返事をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちなみに数日の間、放課後は俺顔出せないから。頑張って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「えぇー!?」」」

 

直後、彼女らの叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラ、と扉を開ける。そこには赤髪の少女がピアノを弾いていた。

俺の姿を確認した彼女は不機嫌そうに言った。

 

「遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」

 

「しょうがないだろ、連絡先も知らないし。教室に行っても西木野さんいなかったし」

 

ちなみに穂乃果たちに愚図られて遅くなったのは内緒だ。

 

「女の子との待ち合わせに遅くなって言い分けするのは男の子らしくないわ」

 

「はいはい、男らしくなくて結構だ」

 

俺の適当な返事にムッと顔をしかめる西木野さん。

 

「まあまあ、そんな顔するなって。可愛い顔が台無しだぞ」

 

「かわっ……もうあなたのその言葉には惑わされないわ。調子のいいことばかり言わないでもらえるかしら」

 

冗談じゃないんだけどなぁ――そう呟いた俺に反応して西木野さんはキッ、と睨んでくる。

 

「とりあえず行くわよ、こんなところでふざけ合っている暇はないわ」

 

自分の荷物をもって音楽室から出て行く西木野さん。

 

「ああ――」

 

そうだな、と言って俺もあとについていこうとした瞬間、

 

「――ッ!?」

 

目の前が一瞬暗くなり倒れそうになる。ここ最近の無理が(たた)って、身体から緊急信号が出てきたのだ。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

そんな俺の状態に気づいたのか、慌てて西木野さんが駆け寄ってきて手を貸してくれる。

 

「悪い、一瞬眩暈(めまい)がした。大丈夫だ」

 

「あなた、昨日はちゃんと休んだの?」

 

昨日と同じようにどこか責めるような視線を送ってくる西木野さん。俺も昨日と同じように逃げるように目を逸らしてしまった。どうやら俺はあまり嘘をつけるタイプじゃなさそうだ。西木野さんはため息をはいている。

 

「あまり医者の娘としてはあまり無視できないのだけれど……まぁいいわ。倒れないようにだけはして頂戴よ」

 

「ああ、善処するよ……」

 

俺の返事に西木野さんはさっきとは違う呆れたような大きくため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって西木野さん宅――

 

 

「久しぶりだな、西木野さんの家も。相変わらずでかい」

 

俺の呟きが西木野さんに聞こえたのか、驚いたようにこっちを見た。

 

「あなた、私の家に来たことあったの?」

 

「ああ、西木野先生と美姫さんに招待されて何度か。だから娘がいるっていうのもしってたよ」

 

「パパとママが? なんでそんなに先輩は私の親と親密なの?」

 

まあ、当然そう思うよな。俺も最初は一患者に対して親切すぎると思ったから。

 

「鞍馬巌って知ってるか」

 

「鞍馬巌? 確か九重学園の理事長で日本を代表する教育者。何人もの有名人を輩出してきたって有名な人よね。その人がどうかしたのかしら?」

 

さすが西木野さん、色々と知っている。

 

「実を言うとその爺さん、俺の義父なんだよ。で、西木野先生と美姫さんは爺さんの教え子だったんだ」

 

「でも、先輩の苗字って萩野……あ……」

 

そこで父親のイントネーションに気づいた西木野さんは罰の悪そうな顔をする。

 

「西木野さんが気にすることじゃない。俺も色々と割り切れてるし。まあ、その爺さんの養子だってんで、先生や美姫さんにはよくしてもらっていたんだ」

 

「そういうことだったのね……」

 

「まあ、そういうことだ。それでも何の因果か、西木野さんが家にいることがなかったみたいだけど」

 

そう、何度か西木野邸へお邪魔したのだが、一度も西木野さんと顔を合わせることはなかった。

 

「本当に不思議よね。あなたは何度もうちに来ていたっていうのに、初めて出会ったのが学院だなんて」

 

話をしながら門の鍵を開けた西木野さんは俺を招く。

 

「さあ、入りましょう」

 

「ああ、お邪魔します」

 

ただいま、と入る西木野さんの後に続いて俺は西木野邸へと入る。

 

「お帰り真姫ちゃん今日は随分早い――って、あら?」

 

彼女の帰りを出迎えたのは西木野さんの母親の美姫さんだった。じっと見つめてくる美姫さんに俺は一礼した。

 

「お久しぶりです美姫さん。萩野遊弥です」

 

「萩野遊弥……まあ! 久しぶりね遊弥君! 大きくなって、見違えたわ!!」

 

「ありがとうございます。美姫さんは数年前にあったときから変わってないですね。相変わらず綺麗でびっくりしました」

 

穂乃果、海未、ことりの幼馴染たちを含め、俺の知り合いの母親たちはなぜこうも若いのだろうか? もはや一種の謎だ。

 

「ちょっと、人の母親を口説かないでくれる?」

 

西木野さんから冷ややかな視線が送られるが、美姫さんは素直に受け取ってくれたようで喜んでいた。

 

「ふふ、ありがとう――それで、今日はどうしたの?」

 

「はい、今日は真姫さんにお願い事とその手伝いがあるんです」

 

「そうなの? てっきり、真姫ちゃんが遊弥君をボーイフレンドとして連れてきたのかと思っちゃった」

 

「ちょっ、ママ!?」

 

「あはは、真姫さんの彼氏になるのは魅力的だろうとは思います」

 

「先輩もなに言っているの!?」

 

俺と美姫さんの間で真っ赤になっておろおろしている西木野さん。

 

「ですけど、まだ知り合って間もないですから。今のところその予定はないですね」

 

「あら、残念ね。遊弥君なら安心して真姫ちゃんを任せられるのに……」

 

本気なのか、割とがっかりしている美姫さんに俺は苦笑いしてしまう。

俺たちの会話に耐えられなかったのか西木野さんが、俺の手首を掴んでくる。

 

「ママ、ちょっと先輩とやらないといけないことがあるから! ほら行くわよ、先輩」

 

「あ、おい――」

 

「ヤること? やっぱりあなたたち……」

 

「それは違いますからね、美姫さん!?」

 

とんでもない勘違いをしている美姫さんに俺は大声で否定しながら、西木野さんの部屋に引っ張られていった。

 

「まったく、ママってば……余計なエネルギーを使ったわ」

 

西木野さんは疲れたような表情をする。

 

「一つ一つ反応するからだと思うぞ」

 

「……あなたのせいでもあるのよ」

 

フォローしたつもりなのだが、逆に睨まれてしまう。わかってはいたが、西木野さんに冗談はあまり通じないみたいだ。

 

「社交辞令とでも思っておけばよかっただろ。そもそも親御さんの目の前で娘を貶める人間がどこにいるんだよ」

 

「それはそうだけど、こうもはっきり言われると、なんか納得いかないわね……」

 

釈然としない顔でそう言う西木野さんに俺は思わず、面倒くさい、と呟いてしまう。

 

「別に俺は普段、西木野さんのことを嫌ってるわけじゃないんだから、それで良いだろ?」

 

「……まあいいわ」

 

西木野さんは不承不承といった感じだが、納得してくれた。そして、いそいそと機材を取り出して、最後にピアノの前に座る。

 

「それじゃあ作曲、始めましょうか」

 

ぽん、と自分の隣の空いているスペースに俺を招く。警戒心がなくなったのは嬉しいことだが、いささか無防備すぎやしないだろうか、この子は。

なかなか来ないをれに西木野さんは首をかしげた。

 

「どうしたのかしら? 早くしてほしいのだけれど」

 

「ああ……」

 

これが素なのかどうかはわからない。だけど、西木野さんと距離が近くなったことには違いない。

ちょっとした進歩に表情を緩ませつつ、俺は西木野さんの隣に座った。

 

 






いかがでしたでしょうか?

ではまた次回にお会いしましょう。おやすみなさい。




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おやすみ、お兄ちゃん


どうもです。燕尾です。
久しぶりですね、文がおかしかったらすみません。

では22話です。どうぞ





 

「……」

 

西木野さんは集中するように瞳を閉じてヘッドホンから流れてくる音楽を聴いている。

少し手持ち無沙汰に感じるが、しょうがない。俺が作ったものがどの程度なのかを確認しなければ、この後の方針が立たないからだ。だけど――

 

――眠い。

 

穂乃果たちの体力トレーニングに付き合いながら、夜遅くまで――というか夜更けまで作曲の勉強をしながら曲を作っていたのだ。ここ数日満足に寝た日はないに等しい。

先ほども眩暈(めまい)をおこして西木野さんに心配されたばかりだ。もう少し気張らないといけないと心の中で自分を叱咤(しった)する。

 

「――ふう」

 

そんなことを考えているうちに西木野さんがヘッドホンを外す。髪を整えるために首を軽く横に振るしぐさはさまになっていた。そして俄かに女の子特有のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。

 

「どうだった?」

 

彼女の香りに少しドキドキしながらもそれを感じさせないように俺は問いかける。西木野さんははぁ、と一息吐く。

 

「貴方、どれだけ根を詰めてたのよ……」

 

西木野さんからの返事は褒めるでもなく、(おとし)めるものでもなく、ただの呆れた声だった。

思いもよらない返事に少し戸惑ってしまう。

 

「えっと……四、五日ぐらいで一通りの知識を叩き込んで、それからはいろんな曲を聴きいて思考錯誤しながら作ってたぐらいだけど?」

 

俺の返答に西木野さんはまた大きくため息をついた。

 

「呆れたものね……」

 

次は声に出された。

 

「やっぱり良くなかったか?」

 

「そうじゃない。やったこと無いのによく数日でここまで作れたものだわ」

 

遠まわしだが、認めてくれたことに少し安堵する。

 

「完成までどのくらいかかりそうだ?」

 

「明日にはできるわ」

 

「はっ……?」

 

少しでも見通しができればいいと思って聞いてみたのだが、西木野さんから返ってきた答えは俺の予想を超えてきた。

唖然としている俺に西木野さんはもう一回言った。

 

「だから、明日には完成するわ。私の予想以上に先輩が頑張っていたみたいだから」

 

「そ、そうなのか……早く終わるのはいいことだな。うん」

 

「あら、照れているのかしら?」

 

言葉に詰まった俺をからかうような西木野さん。完全にここぞとばかりに仕返しをしてきてる。

 

「そんなことはない。俺が照れるなんて気持ち悪いだろ」

 

「そんなことないわよ? とっても可愛いわ」

 

口元をニヤニヤさせながら、頬に手を添えてくる。

この子、こんなに距離感が近い子だったっけ? なんかえらい上機嫌な上にスキンシップが過激だ。

 

「どうしたんだ、西木野さん? ちょっと前とだいぶん態度が違うけど?」

 

「そう? まあ、私も思うことがあったということよ」

 

その思うことを聞きたかったのだが、教えてはくれないようだ。

 

「まあ、話したくないのならいい。それで、どこから手をつけるんだ?」

 

「そうね、まずは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作曲の作業を始めてから約二時間、これまでの無理もあったせいか、俺の体は限界を(むか)えていた。

頭が休みを取れと仕切り無しに信号を送っているような感じだ。

 

「で、ここは――」

 

西木野さんの声がやけに遠く感じる。

意識が薄れてくる。さっき自分に喝を入れたはずなのに、襲ってくる睡魔に負けてしまいそうだ。

そして、意識が持っていかれそうになった瞬間、

 

「ちょっと、聞いてるっ?」

 

「うえあ!?」

 

耳元で叫ばれた大きな声で意識が引き上げられる。

びっくりして音源を確認すると西木野さんの不機嫌そうな顔が映った。

 

「ちょっと……あなたたちのためにやっていることなのに、寝るなんてどうかと思うのだけれど?」

 

「わ、悪い。気をつける……」

 

彼女の言う通りだ。これは穂乃果たちのために西木野さんに頼んだ作業。その当事者がこの有様では示しもつかない。

素直に謝る俺だが、実際はまだ頭がボーっとしている。そんな俺の状態を見透かしているのか西木野さんはため息をはいた。

 

「……いまのあなたにそれを言うのも酷な話よね」

 

そういって西木野さんは壁際においてあるベッドを指差した。

 

「少し寝てもいいわよ。その間に進めておくから」

 

「いや、西木野さんの言ったとおり、これは俺や穂乃果たちのことでもあるから休むわけには……」

 

「キリのいいところで私も休憩挟むわ。それに、ここ数日まともに寝ていなかったのでしょう? だったら少しはここで休んでおきなさい。これは命令よ」

 

今の主導権は明らかに西木野さんにある。ここで意地を張っても(ろく)な事がないだろう。

だけれど、ベッドというのはまずくないか? ソファがあればいいんだけど。

あまりじろじろ見ないように部屋を見渡すとちょうど寝転がれそうなソファがあった。しかし、

 

「ソファは駄目よ、しっかり休めないもの。ちゃんとベッドで寝ること。いいわね?」

 

俺の気持ちを読みきった西木野さんが牽制(けんせい)してくる。

 

「……わかった」

 

もう抵抗する気も失せて、俺はベッドに横になる。

最初こそ彼女の香りがふんわり漂って寝られないと思っていたのだが、体は正直だったようで、すぐに眠りに堕ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Maki side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところかしらね……」

 

私は背伸びをして凝り固まった身体をほぐす。先輩に休憩を(うなが)してからかれこれ一時間ぐらい経っただろうか。ちらりと、後ろを見る。

 

「――」

 

先輩はベッドに横になってから数分もしないうちに眠りについていた。余程辛かったらしい。

今はすうすうと穏やかな息遣(いきづ)いで眠っている。

 

「ふふ……可愛い寝顔。子供みたいね」

 

私は先輩の頬を()でる。彼の頬は女の子とはまた違った感触で指を反発させた。

先輩は私の指から逃げるように顔を背けた。そのことにちょっとした寂しさを感じる。

 

「あなたは……わたしのことを覚えていないのね。まあ、無理も無いわ……」

 

寂しさからか自然とそんな言葉が漏れてしまう。

先輩の前では何も知らない振りをしていたが、私は彼が両親と知り合っていたのは知っていた。

鞍馬巌にうちの病院に連れられて病室で両親と顔合わせたとき、私もその場にいたのだから。

初めて彼を見たとき、私は子供ながらに理解してしまった。生きる気力の無い人というのがどんなものかということを。それほどまでに先輩の見た目は酷かった。

 

 

 

 

 

――こんにちは

 

 

――(コクリ)

 

 

――わたし、西木野真姫。あなたは?

 

 

――……

 

 

――ちょっと、無視しないでよ

 

 

――萩野遊弥

 

 

――そう、よろしくね

 

 

――……

 

 

 

 

 

感情の無い人形――先輩と言葉を交わして最初に思ったのがそれだった。そして同時に面白くないとも思った。

 

 

――すまないな、真姫の嬢ちゃん。こやつ、真姫ちゃんが可愛いから照れておるだけなんじゃよ

 

 

不機嫌そうな顔をする私に鞍馬さんが苦笑いしながらそういっていた。でも、そうじゃないのは幼心でもわかった。

パパから話を聞けば先輩は小学校に入ってからずっと辛い思いをしてきたせいで、心を閉ざしたのだ。

優しさを否定して、好意を疑い、誰も信用しない。何度も病院から抜け出そうとしていたのがいい証拠だった。

毎日のように看護師たちの目を盗んでどこかへ向かおうとする先輩を目にしたことがある。目は虚ろだったが、誰かのもとへと帰る、帰らないといけないという意志を感じた。

あるとき、抜け出していたことに我慢の限界が来た医師や看護師達は珍しく寝ていた先輩の手足をベッドにくくりつけた。

 

 

 

 

 

――外せ! やっぱりお前らは俺に何かするつもりなんだろう!! あのジジイの手先なんだろうっ!!

 

 

――愛華を一人にさせておけないんだ! いまあいつは俺がついてやらないといけないんだ! だから、出せっ! ここから出せェェェ!!

 

 

 

 

 

起きて気づいた先輩は朝から晩まで、精神安定剤を打ち込まれて力尽きるまで毎日のように叫び暴れた。日によっては夜中まで叫び続けたこともあったという。

次第に落ち着くまで最低限の看護をする以外、先輩の部屋には誰も近づかなくなった。

そんなある日、病院に来ていた私は意を決して先輩に話しかけに行った。

叫び声は聞こえなかったが、じゃらじゃらと鎖の(こす)る音が止まず鳴り響く。

 

 

 

 

 

――ちょっと、毎日毎日うるさいんだけど? 少しはおとなしくしたら?

 

 

――だせ……ここから、だせ……だしてくれ……

 

 

――なんでそんなに出たいの? あなた、怪我しているのよ?

 

 

――まなかを……あいつがいま、ひとりなんだ。はやく……まなかの、もとにいかないと……

 

 

――まなか? あなたの家族なの?

 

 

――だせ……だしてくれ。お願いします……だしてください……

 

 

 

 

 

声が枯れて、叫ぶ元気が無くなっていた先輩は涙を流して懇願し始めた。

パパにそれを聞くと先輩には愛華という血の繋がらない妹がいて、鞍馬さんに保護されるまで二人で生きてきたというのだ。

保護されたから大丈夫なのだが、そのときの先輩は精神が壊れかけていてそれが理解できていないのだと。

 

 

 

 

 

――大丈夫よ。あなたの家族は保護されたのよ?

 

――おねがいします。だしてください……ここから……だして……!

 

 

 

 

 

もはや会話も成立しなくなり、だして、としか言わなくなった先輩になにを血迷ったのか私はベッドに登り、彼に跨った。

涙を流している先輩がどんな顔なのか見たかったのかもしれない。私の話を聞かない苛立ちかもしれない。そのときの私の気持ちは私自身わかっていなかった。

 

 

――まなか? 愛華なのか……?

 

 

そのとき私と愛華という家族を間違った先輩の顔は今でも忘れない。

感情の無い人形ではなかった。私はとんだ勘違いをしていたのだ。そもそも感情が無ければあんなに怒って暴れたり、涙を流したりなんかしない。

この少年は常に愛華という少女のために必死で生きていただけだった。他に心を閉ざしていたのだって自分を守るための自衛手段。おそらく今まで何一つ不自由なく過ごしてきた私なんかじゃ思いつかないほどの酷い目にあってきたのだろう。

それがわかった私は少年を助けてあげたいと思った。

 

 

 

 

 

――お兄ちゃん。いまはおとなしくしておこう? 怪我が治ったら出してくれるって。

 

 

――でも……愛華が……

 

 

――私なら大丈夫だよ、あのお爺ちゃんに優しくしてもらってるから。だからお兄ちゃんはちゃんと元気になって、ね?

 

 

――ああ……わかった、早く元気になるよ……

 

 

 

 

 

そして少年は眠りについた。

ようやくおとなしくなった先輩は心から安心したような顔をしていた。その安らかな顔につられて私は先輩に抱きつきながら眠ってしまった。

私を探していたママが言うには本当の兄妹みたいだったという。私がいいようの無い恥ずかしさに襲われたのは自分だけの秘密だ。

それから先輩は三日三晩眠り続けたらしい。そして、その後からは暴れることも無くおとなしくなったのだという。

その後、学校の行事で忙しかった私は先輩と会うことはなかった。

 

「あの頃のうちの従業員はみんなあなたに辟易(へきえき)していたのよ? なのに妹の一言でおとなしくなるって……シスコンなのかしら」

 

失礼なことを言われているのに寝ている先輩は反応しない。

穏やかな顔を見ているとこっちまで眠くなってくる。

 

「なんでかしら、あなたの顔を見ていると私まで眠くなるのよね」

 

ふわあ、と軽いあくびをして、私は先輩の(ふところ)にもぐりこんだ。

 

「まったく……今も昔も迷惑ばかりかけてくるわね」

 

言葉とは裏腹に私は微笑んでいたに違いない。

 

「おやすみ、お兄ちゃん」

 

そして昔のように抱きついて瞳を閉じるのだった。

 

 

 





いかがでしたでしょうか?

早くファーストライブ終わらせないとなぁ……

ではまた次回に






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西木野家の人々



どうも燕尾です。

ようやく院試も終わり、一段落つけました。
相変わらずのテンポです。





 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

目を覚ました俺は状況を整理するだけの余裕がなく、そう呟いた。

 

「おーい、西木野さん? 起きろ、起きてくれ」

 

俺を抱き枕の要領で抱きついて眠っている西木野さんを起こそうとする。

 

「う、ん……後もう少し……」

 

意識があるのか無いのかわからないがそう言ってさらに抱きしめる力を強めてくる。

ぬあああああ! 俺の身体に二つの柔らかいものがぁ!

それだけではなく寝てる間に衣服が乱れていたのか彼女の下着がチラリと見えてしまう。

 

「ちょ、西木野さん! これ以上は洒落にならないマジで! ほんとに起きてくれ!!」

 

「ん……いやぁよ……」

 

頑なに起きようとしない西木野さん。思った以上に眠りが深いみたいだ。

どうにか起こそうとして悪戦苦闘しているところで、部屋の扉がガチャリと開いた。

 

「遊弥君? 時間も時間だし今日うちでお夕飯どうかしら――」

 

最悪のタイミングではいってくる美姫さん。美姫さんは驚きで一瞬固まったものの、すぐに微笑みの表情へと変えた。

 

「あらあら~、やっぱり貴方たちそういう関係だったのね~。だったら今日は献立変更してお赤飯を炊かないと!」

 

「違う!」

 

「いいのよ、慌てなくて。わたしは分かってるから」

 

「だから違う! 娘さんを起こすの手伝ってください!」

 

「それじゃあ、ごゆっくり~。終わったら下に来てね」

 

「話を聞けぇ!」

 

勘違いしたまま部屋を後にする美姫さん。俺は呆然としてしまう。

 

「ん……ん~……?」

 

さすがに俺の叫び声が響いたのか、西木野さんはむくりと起きる。

 

「おはよう……先輩……」

 

「おはよう、西木野さん。出来ればもう少し早く起きてほしかった……」

 

「……?」

 

俺の言葉に寝起きの西木野さんは首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――♪」

 

俺は完成した歌を聴いている。この場の歌い手はもちろん西木野さん。

いまの音源はピアノしかないが、そこは後で編曲で(おぎな)うつもりだ。

 

「♪――……」

 

最後の伴奏まで終わる。西木野さんは一息ついて、俺に向く。

 

「どうかしら?」

 

「ああ……すごいな……」

 

感想を求めてくる西木野さんに俺はその一言しか出せなかった。

 

「む……もっと他に思ったことはないのかしら?」

 

俺の感想に西木野さんは不満そうにする。

確かに言葉足らずかもしれないが、俺はそれ以上のことは言えなかった。

 

「言葉を探せばいえるけど、そういうのって軽い感じがしないか?」

 

「貴方の思ったことだもの、軽くは無いわ」

 

「……」

 

どうして西木野さんは真正面からそんなことが言えるのだろうか? というか、どこでこんなに西木野さんの信頼を得たのかが分からない。

おそらく俺の顔は若干紅くなっているのだろう。頬に手を当てれば熱を帯びたように熱いからだ。

俺は誤魔化すように西木野さんから顔を逸らした。そんな俺の反応に西木野さんは満足そうに頷いた。

 

「まあ、いいわ。後は編曲だけなのだけれど、今日はもう遅いから明日やりましょう」

 

時計を見たら時刻は夜の七時半。確かにこれ以上は美姫さんや先生にも迷惑がかかるだろう。

 

「そうだな。今日はこの辺で――」

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

帰る、と言おうとする前に西木野さんに遮られる。

 

「行く? どこに?」

 

俺が聞くと、西木野さんは下を指した。

 

「リビングによ。ママが夜ご飯作ってくれてるはずだから」

 

そういえばさっき美姫さんが部屋に来てたのも夕食の誘いだったと思い出す。でもどうしてそれを彼女が知っているのだろうか。

まさか、この子――

 

「――目、覚めてたのか?」

 

「さぁ――どうでしょうね?」

 

口元に人差し指を当ててウィンクする西木野さんに俺は溜息を吐いて、彼女の後についていった。

 

「――あら、随分早かったわね?」

 

リビングには意外そうに言う美姫さんの姿と、

 

「――久しぶりだな、遊弥君」

 

新聞を折りたたんでそういうのは西木野先生――西木野真さん、西木野さんの父親だ。

 

「お久しぶりです、西木野先生。お邪魔してるのに挨拶もしないですみません」

 

「気にしなくていい、君は私の息子みたいなものでもあるからね。好きに(くつろ)いでくれて構わない。それより、調子はどうだい?」

 

「変わりは無いです」

 

「記憶の方は?」

 

先生の言葉に、記憶? と西木野さんがこっちを見る。それと同時に先生はやってしまったというような顔をした。

 

「そっちも変わりありません。先生の言う通り、全部思い出すのに時間はかからないと思います」

 

「そうか、ならいいのだが、困ったことがあればいつでも言うといい」

 

「ありがとうございます」

 

軽く頭を下げる俺に西木野さんは何か聞きたそうな顔をする。

 

「せんぱ――」

 

「はいはーい。できたわよ~皆席について~」

 

西木野さんの声を遮って間延びした美姫さんの声が響く。

トレーからは美味しそうな香りと共に湯気が立っていた。数を見るからに、俺の分も作られている。

 

「遊弥君も食べていくわよね?」

 

もはや遠慮します、なんていえる状況では無いのを知っていて聞いてくる美姫さん。確信犯の美姫さんに俺は苦笑いする。

せっかく用意してくれたのだから断ることはしない。ここはお言葉に甘えよう。

 

「ええ、頂きます」

 

「ささっ、みんな座って座って」

 

「……」

 

西木野さんはまたもや不機嫌そうな顔で俺を(にら)んでくる。美姫さんがタイミングを見計らって割って入ってくれたけど、誤魔化しきれなかったようだ。

 

「話せるようになったら話すから、今は勘弁してくれ」

 

「……わかったわ。でもいつかちゃんと話してよね」

 

「ああ……」

 

俺と西木野さんは美姫さんと先生の正面に腰をかける。

 

「それじゃあ――頂きます」

 

先生の後に続いて俺も手を合わせる。

久しぶりに誰かととる夕食は優しい味がした。

 

 

 






お疲れ様です。いかがでしたでしょうか。

わたくし、燕尾でございました。


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私たちは……


どうも、燕尾です。

二十四話目です。





 

「遊弥君、ちょっといいかしら――」

 

昼休み、穂乃果たちといつもどおり中庭で昼食をとってる俺の元に絵里先輩がやってきた。

 

「「「むっ……」」」

 

俺が指名されたことに顔をしかめる穂乃果たち。そんな幼馴染たちを置いておいて俺は尋ねる。

 

「絵里先輩? どうしたんですか?」

 

「話したいことがあるの。ついて来てくれるかしら」

 

「ここじゃ言えない事ですか?」

 

俺の問いかけに絵里先輩はコクリと頷く。そう言われたらついていくほか無い。

俺は膨れっ面の穂乃果たちに一言謝って、絵里先輩の後を追う。絵里先輩は人の気配がない校舎裏まで来たところで足を止める。

 

「それで話したいことって、なんですか?」

 

俺が聞くと絵里先輩は一息はいた後、

 

「――あの子達の活動をやめてさせてほしいの。それと、あなたもあの子達に手を貸すのはやめて」

 

いまの俺――いや、穂乃果たちには受け入れられないことを言った。もちろん冗談ではない。絵里先輩の目は真剣そのものだった。

俺と絵里先輩の間に緊張した空気が張り詰める。

 

「……理由を聞いてもいいですか?」

 

「私はスクールアイドルの活動なんて逆効果だと思ってる。いまのあの子達がそのまま当日を迎えるならなおさらね」

 

「当たり前ですけど当日をいい物にするためにいまがあるんですけど」

 

「いまだにダンスの練習すらしていない今の状況からどうやって当日につなげるのかしら」

 

それを言われると耳が痛い。今日まで穂乃果たちがやっていたことといえば体力づくりだけ。曲がまだない今、歌も踊りも練習できていない。

それでも曲は今日完成する予定だからダンスの練習は明日から。

そして本番は明日から数えて三週間ぐらい。振り付けを考えるのに一週間と考えると残りの二週間で形にしなければならない。それもただ踊るのではなく、歌いながら踊るのだ。

振り付けと同時進行で踊りの練習をすれば時間短縮にはなるが、初めての試みとしては圧倒的に時間が足りないのは明白だった。

 

「私もこの音ノ木坂学院をなくしたくはない。だからこそ、軽く考えてほしくないの」

 

真剣な眼差しが俺に突き刺さる。だけどその目はどこか焦りがあった。そのことに俺は違和感を覚えてしまう。

 

「これで当日駄目でした、なんてことになったら他の子達はどう思うかしら」

 

絵里先輩はなんでこんなにも否定的なんだろうか。なぜリスクしか考えられないのだろう。どうして穂乃果たちを認めようとしないのだろう。

俺はどうしても絵里先輩が穂乃果たちを見る姿が共学を認めなかった教員たちの姿とかぶってしまう。

絵里先輩に穂乃果たちを認めない理由があるとしたら、それはおそらく個人的な理由だ。そのことに俺は少しばかり腹が立った。

 

「だから、取り返しのつかなくなる前に――」

 

「もう何やっても失うものなんてありはしませんよ。もう末期なんですよこの学校は」

 

思っていた以上に声が低くなる。その一言で絵里先輩は言いかけていた言葉を引っ込め、怪訝そうにした。

 

「……どういうことかしら」

 

「俺なんて異分子(男子生徒)を入れた時点で音ノ木坂学院はどんな結果も受け入れる覚悟を決めてるんですよ」

 

成功も失敗も受け入れる。どうなるかはわからないただの博打。雛さんは最後の賭けとして俺を試験生として招き入れたのだ。

 

「誰が何をやっても賭けるものはこの学院。失敗したってこのまま手を(こまね)いていたって結果は変わりません。なら、可能性があるものなら何でも試すしかないでしょう?」

 

「それはそうかもしれないけど、スクールアイドルなんて成功するはずないわ。失敗することをわざわざさせるわけないでしょう」

 

「どうして絵里先輩は断言できるんですか。未来予知でも出来るんですか?」

 

「そ、それは……」

 

「違いますよね。絵里先輩の物差しです。それを押し付けるのはよくないですよ」

 

苦虫を噛み潰したような顔をする絵里先輩。自覚があるからこその表情なのだろう。

やはり、絵里先輩にはそういえるだけのものがあるってことか。

まあ、それを考えるのはまた今度だ。いまの俺にはそこまでの余裕がない。

 

「それでも、私は……」

 

「話は終わりですか? それなら俺はこれで失礼します」

 

「あ……」

 

絵里先輩の寂しそうな声と共に彼女が手を伸ばした気配がする。だけど、俺がその手を掴むことはできない。いまの俺と絵里先輩は立ち位置が違う。

 

「一つ忠告しておきます。認めないのは勝手ですけど、生徒会長の立場を使って穂乃果たちの活動を妨げるようなら、俺は絵里先輩のことを許せなくなるでしょうね。それだけは忘れないでください」

 

それだけを言い残して俺は穂乃果たちへの元へと戻る。

 

「あなたはまた……私から離れていくのね……」

 

絵里先輩が小さな声で呟いていたが、俺にはどういう意味かはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊くん、海未ちゃん、ことりちゃん!!」

 

放課後、ホームルームが終わった直後ダッシュで教室から出て行った穂乃果が一つの紙折を持って戻ってくる。

 

「あったよ! 一枚だけだけど!!」

 

主語やらなにやら抜けていて最初何のことだかわからなかったが、すぐに理解した。昨日設置したグループ名募集の紙だろう。

 

「昨日の今日で、早いな」

 

「早速見てみましょう!」

 

俺たちは紙を持っている穂乃果の周りに集まる。

穂乃果は真剣な面持ちで、ゆっくりと折られた紙を開いていく。

 

「えーっと、これは……ユーズ?」

 

穂乃果は首をかしげながら読み上げる。だが、その読み方は間違いだ。

 

 

「違うぞ穂乃果、これはμ(ミュー)っていうギリシャ文字だ。だから読み方としてはμ's(ミューズ)だな」

 

「ミューズ? それって薬用石鹸の?」

 

「ちがいます。確かミューズはギリシャ神話で芸術や文芸を司る九人の女神たちのことだったはずです」

 

「その通り。ちなみにミューズっていうのはイギリスやフランスの言い方でギリシャではムーサっていうんだ」

 

「μ's……ミューズかあ……うん! いいと思う!!」

 

穂乃果は噛み締めるようにそして元気よく頷いた。

 

「わたしも良いと思う。好きだな、そのフレーズ」

 

「ええ、今までの中で一番良いのではないでしょうか」

 

ことりも海未も賛成のようだ。俺も別に反対する理由はない。俺たちが考えたものよりしっくり来る。

 

「うん、今日から私たちは"μ's"だ!」

 

気合を入れるような穂乃果の言葉にことりや海未は頷く。

しかし、俺には気になることがあった。

 

「九人、ね……」

 

ギリシャ神話ででてくる芸術や文芸を司るミューズは全部で九柱。女神という部分だけを強調したいなら他にも名前は色々とあったはず。

だけど、もしすべてに意味があるのだとしたら――

 

「考えすぎだな」

 

偶然だ。たまたまその人がしっくり来たのがミューズだっただけなのだろう。そもそも、グループ名だけでそこまで考えている人はいない。

 

「? どうしたの、遊くん?」

 

「なんでもない、それじゃあ、練習頑張ってくれ」

 

「ええっ? 今日もなの!?」

 

ぷくーっと頬を膨らませて文句を言う穂乃果に俺はプラプラと手を振って教室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西木野さんのところへ向かう道中、穂乃果が貼ったポスターを眺める女の子の姿が見えた。俺はポスターを見ているその女の子に声をかける。

 

「興味あるのかい?」

 

「うひゃあっ!?」

 

しまった。声のかけ方を間違えた……後ろから突然だったら、そりゃ驚くよな。

眼鏡をかけた女の子は何事かと俺のほうを見て、あっ、と声を洩らす。

 

「あなたは……は、萩野遊弥……先輩?」

 

「ああ、あってるよ。ごめんな、いきなり声かけて。真剣にポスターを見てたもんだから、つい」

 

「い、いえ、大丈夫です。私も驚きすぎました……あ、すみません。私は、こ、小泉、花陽です……」

 

小泉さんは緊張しているのか声が震えていた。

 

「小泉さんね、よろしく――それで、熱心にポスターを見ていたみたいだけど興味あるのかい?」

 

「あ……それは……はい、好きなんです、アイドル……」

 

出来るだけ柔らかい声で聞いたのだけれど、小泉さんの緊張は解けない。軽く口篭(くちごも)らせた後、小さく頷くだけだった。

 

「へえ、やってみたいとか、そういうのはあるのか?」

 

「ええ!? そんな、私みたいなのが恐れ多いです!!」

 

一転して声を荒げる小泉さん。俺は思わず仰け反ってしまう。

 

「おおう……別にそんな卑下するようなこと言わなくてもいいと思うけど。小泉さん見たいにアイドルが好きな気持ちがあればステージでも映えると思うよ」

 

「ふえぇ!? そ、そんなこと絶対ないです!」

 

小泉さんは慌てたように首をと手をぶんぶんと振る。やっぱり奥手な子のようだ。

 

「まあ、興味があるなら当日ぜひ見に来てくれ。きっとあいつらも喜ぶだろうし」

 

「えっと……はい……」

 

何か聞きたそうな間があったが、小泉さんが聞いてこないので踏み込むようなことはしない。

 

「それじゃあ、また」

 

手を挙げ、小泉さんに背を向けて歩き始める。

 

「あ、あの!」

 

すると、今までとは違ったはっきりとした声が俺を呼び止める。

俺が振り返るとまたもや緊張したような面持ちになる小泉さんだったが、

 

「その……頑張ってください!」

 

真っ直ぐな言葉をかけてくる小泉さんに俺は笑顔を向けた。

 

「ありがとう、穂乃果たちに伝えておくよ」

 

そして、今度こそ俺と小泉さんは別れた。

紆余曲折経て西木野さんのところに着いたらまたしても彼女に遅いと怒られたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Hanayo side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萩野先輩の姿が見えなくなるまで私は先輩の背中を見つめていた。

この学校唯一の男子学生にして、先日スクールアイドルを結成した人達と親しげに話していた人。

 

「どんな関係なんだろう……名前で呼んでいたし……」

 

私は少し勘繰(かんぐ)ってしまう。余程、仲が良いんだろうとは思う。でないと名前でなんか呼びはしない。

 

「聞いた? うちの学校でもスクールアイドルが出来たんだって!」

 

「知ってる! あの萩野君も手伝ってるらしいよ?」

 

「最近は屋上で練習してるみたいだよ? 頑張ってほしいね」

 

廊下を歩くほかの生徒からはそんな声が聞こえる。

 

「いいなぁ……」

 

つい、そんな言葉を洩らしてしまう。控えめな性格の自分にはアイドルが好きでも一歩踏み出して、やろう、という勇気がない。

だからこそ羨ましかった。やる勇気を出した彼女たちに。そして自分たちの活動を支えてくれる人がいるということに。

 

「ふっふっふっ……かーよちーん……」

 

「どっひゃあ!?」

 

にゅるり、と後ろから肩を抑えてきた人物に私は声を上げてしまう。振り向けばそこには私の幼馴染がいた。

 

「り、凛ちゃん……」

 

「一緒に帰ろー、かよちん」

 

「う、うん……というか、それだけだったら普通に声かけてよぉ~」

 

恨めしそうな私の声に凛ちゃんはニヤリと不適に笑い、

 

「いや~、だってかよちん、珍しく男の人と仲良く話してたから、邪魔するのも悪いと思ったんだにゃ~」

 

もしかして好きなのかにゃ? と聞いてくる凛ちゃんにわたしは全力で首を横に振った。

 

「そそそそそんなことないよ!? だって、今日初めて会ったんだし!」

 

「焦ってるのが余計に怪しいにゃ~、それにあの、萩野先輩? と話してるときのかよちんなんか楽しそうだったし」

 

「違うから! 恥ずかしかっただけだよぉ~!」

 

そうは言いつつ最後に見た萩野先輩の笑顔を思い出すと顔が焼けたように熱かった。

昔から男の人は怖くていつも凛ちゃんの後ろに隠れていたのに先輩とは緊張はしても怖いとはまったく思わなかった。どうしてか、安心感があった。

 

「むっふっふ……ついにかよちんにも春が来たのかにゃー?」

 

「もう、凛ちゃん!!」

 

しばらく凛ちゃんにからかわれながら一緒に帰り道を歩むのだった。

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか。

後数話、あと数話でファーストライブにつなげます!!




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前日



どうも、燕尾です。

二十五話目です。





 

 

「――どうだ?」

 

「……いいと思う」

 

「それはどうも」

 

短い言葉の中にどれだけの意味が込められているのかがわかった俺は礼を言う。

 

「だけど――」

 

しかし、西木野さんはおもむろに立ち上がり、かばんの中を(あさ)る。そして、白い布のようなシートを手に持って、

 

「うっ!?」

 

いきなり俺の顔――特に目の辺りを拭き始めた。ひんやりとした感触は気持ち良いものだが、視界を塞がれた俺は焦る。

 

「ちょ、西木野さん!?」

 

頭を抑えられて動くことの出来ない俺はいい様にされてしまう。そして、視界が開いたとき、西木野さんのもの凄い不機嫌な顔が目の前にあった。

 

「え、えーっと……」

原因がわかっている俺はやはり目を逸らしてしまう。少し芸がなさ過ぎるのではないだろうか、俺。

我慢の限界といわんばかりに西木野さんは俺の両頬を引っ張る。

 

「あ・な・た・ね! 無理をしては駄目って何度言えばわかるのよ!」

 

ごへんにゃひゃい(ごめんなさい)! すひはへん(すみません)!!」

 

「だいたい、なんでまた徹夜してるわけ!? ホントに意味わかんないんだけど!!」

 

希先輩から借りたファンデーションで昨日より濃くなった隈を隠していたのだが、本当にどういうわけか、西木野さんにはバレていた。

 

ほれは(それは)はるへいどふふへたほうがいいとおほって(ある程度進めたほうがいいとおもって)!」

 

「なに言ってるのか分からないんだけど!」

 

りふひんだ(理不尽だ)!!」

 

結局、反論できないまま頬を捏ね繰りまわされる。

十数分の説教を受けてようやく西木野さんの手から解放された俺は労るようにつねられた頬を撫でる。

 

「最近、遠慮がなくなったよな。西木野さん」

 

嫌味を込めて言う俺だったが、西木野さんは気にもしないように、

 

「あなたに遠慮なんてしても意味がないもの」

 

「少しぐらいは意味あるだろう。ほら一応これでも年上なんだし」

 

「だったら、少しは話を聞いたらどうかしら。先輩より小さい子達のほうが忠告を素直に受け取ってると思うのだけれど?」

 

余裕を持って辛辣に返される。そんなこといわれるとなんだか俺が説教を受けて拗ねている子供みたいに思えてきた。だが、ここで折れるわけには行かない!

 

「子供ならいざ知らず、大人には無理してでもやらないといけないことがあるんだよ」

 

「先輩は高校生じゃない。子供よ」

 

「ごめんなさい、もう許してください」

 

俺の体力はもうゼロよ。

いまの俺では、というよりこれから先、西木野さんには永劫(えいごう)勝てないような気がする。

そんなことを思いながら西木野さんと細かい修正などを加えて曲を完成させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の放課後。誰もいない屋上に俺たちは集まって一つのパソコンを囲んでいた。

 

「――それじゃあ、いくよ」

 

緊張した表情で穂乃果がパソコンにCDをセットする。"START DASH!!"と書かれたCDの中には一つの音楽ファイル。昨日俺と西木野さんで完成させた"μ's"のための曲だ。

海未やことりも真剣な眼差しで画面を注視する。そして曲が流れ始めた。

穂乃果たちは一音一音、聞き逃すことがないように集中している。すると、曲の途中で画面に一つのポップが出てくる。それは先日俺が登録したスクールアイドルのランキングサイトだった。

そこには"μ's"の名前とランク999、それとcongratulations! の文字。

それを指すこととは――

 

「一票、入りました……」

 

そう、誰かが"μ's"を応援してくれると票を入れてくれたのだ。そして、その票を入れたのはもう誰だかわかっている。

俺は穂乃果たちに気づかれないように給水塔付近に立っている赤毛の彼女の方を見て笑みを浮べる。彼女もふっと微笑んで、

 

「(――ありがとう)」

 

「(――頑張りなさいよね)」

 

お互い視線だけの短い会話。そして彼女は屋上を後にする。

俺は歌に聞き入っている穂乃果に声をかける。

 

「ようやく始まりだな」

 

「うん……」

 

穂乃果は感慨深そうに頷いて、立ち上がった。

 

「さあ、練習しよう!」

 

「「うん!」」

 

穂乃果の言葉にことりも海未も立ち上がる。

やる気十分の三人を見て俺もふっと笑った。

 

「それじゃあ、今日から本格的な身体づくりをするぞ」

 

「「「え゛っ?」」」

 

俺の一言に三人は石像のように固まった。だが、俺はお構い無しに続ける。

 

「穂乃果もことりも体力はある程度ついた。だから今度からは歌って踊れるような身体に近づける」

 

「それって……体幹トレーニングとかじゃなかったの……?」

 

声を震わして聞いてくる穂乃果。

 

「それもあるけどあくまで基盤づくりだ。他にもまだまだやらないといけないことがある。だから言ったろ――」

 

 

――ようやく始まりだって。

 

 

笑ってそういう俺に穂乃果たちは顔を真っ青にする。

 

「安心しろ、死にはしない――いまの穂乃果たちには死ぬのほどきついと思うけど」

 

「安心できないよ、遊くん!?」

 

「そうです、無理なトレーニングは身体を壊すって遊弥自身が言っていたじゃありませんか!!」

 

「大丈夫だ。変な癖がついたり身体が壊れるような練習なんかじゃないから」

 

「そういう問題じゃないよ、ゆーくん!」

 

「ほらー、練習するんだろ? 時間は有限だぞ~」

 

「「「鬼――――!!!」」」

 

校舎全体に響いたと思うほどの穂乃果たちの絶叫が空に溶け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲ができてからというもの、踊るための身体作りや体力づくり、ボイストレーニング、振り付けを考えながらのダンス練習であっという間に三週間が過ぎ去っていった。

その間にも当然何度か問題が浮き彫りになっていた。例えば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり無理です!」

 

「大丈夫だって、海未ちゃん。練習のときだって歌やダンスできてたじゃん!」

 

「練習のときは大丈夫なんです。けど、人前だと思ったら……!!」

 

 

人前に出て歌や踊りを披露することを考えた海未が挫けそうになったり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーん!」

 

「っ!?」

 

「わぁ! 可愛い! 本物のアイドルみたい!! すごい、すごいよことりちゃん!!」

 

「ほんと? 本物ってわけにはいかないけど、なるべくそれに近く見えるようにしたつもりだよ」

 

「……ことり。そのスカート丈は一体……?」

 

「えっ? あ……」

 

衣装のスカート丈で海未と一悶着あったり色々と、本当に色々と、忙しい三週間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あれ? ここ最近のトラブルって海未が原因?」

 

「? どうかしましたか、遊弥?」

 

「いや……なんでもない」

 

首を傾ける海未に俺は横に振って誤魔化す。

ライブ前日の夜。俺たちは願掛けを含めて神田明神へと来ていた。

三人は一礼して拍手を二回打つ。俺はその後ろでそっと手を合わせる。

 

「どうか、ライブが成功しますように――いや、大成功しますように!!」

 

「緊張しませんように……」

 

「皆が楽しんでくれますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――どうか、明日のライブが穂乃果たちにとって良いものとなりますように

 

三人が願う中、俺は声に出さず祈るように目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして、いよいよライブの日がやってくる。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

ファーストライブが終わるまですごい長いですが、大丈夫!

ラノベでいえば一巻分ぐらいですから!!

ではまた次回にお会いしましょう!

ではでは~




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呪われてるのか……


どうも燕尾です

26話目です





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やばい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、起きたばかりの俺はそう呟いた。

目の前にある体温計が表示しているのは三十八度五分。完全に風邪を引いた。

 

「なんで今日に限ってなんだ……神は俺に恨みでもあるのか……?」

 

思わず恨み言を言ってしまう。八つ当たりもいいところだ。

原因はわかっている。このスクールアイドルの手伝いを始めてからここ一ヶ月の無理が祟ったのだろう。

だが、絶対に休めない。今日はあいつらのファーストライブなのだから。俺はそれを見届けなければいけない。

現在午前五時。幸い、まだ登校するまでにはまだ時間に余裕がある。

時間までジェルシートを張りながら、おかゆを作り、薬を飲んでおとなしく横になっておく。

午前六時半、まだ時間は残ってる。後は着替えて学校に向かうだけだ。目覚ましをセットして俺は目を瞑る。

 

「少しでもよくなってくれるといいんだけどな……」

 

余程身体に来ているのか俺はすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まじ……か……」

 

目覚ましに起こされた俺は現状の不味さに声を洩らした。

もう体温を計るまでもなかった。確実にさっきより体温が上がっている。

ちょっと前に張ったばかりのジェルシートがもう温くなっていた。

 

「もう少し休むか……。さっき風邪薬飲んだばかりだけど解熱剤飲んで学校行こう。穂乃果たちには悪いけど先に行ってもらうか」

 

そして、俺はスマホを取り出してLaneを起動する。

 

 

遊弥

悪い、今日は先に行っててくれ

 

 

俺のメッセージにすぐに三つの既読がつく。

 

 

穂乃果

どうしたの?

 

 

遊弥

ちょっと家のことでやり残した事があって、遅れそうなんだ。遅刻はしないから安心してくれ。

 

 

穂乃果

わかったよ! それじゃあ、穂乃果たちは先に行ってるね!

 

 

海未

遅れないようにしてくださいね

 

 

ことり

学校で待ってるね

 

 

どうやら、違和感無く三人とも誤魔化せたようだ。

俺は学校に間に合う時間ギリギリまで休んで、家を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Maki side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、やってしまったわ……」

 

私は一人愚痴を零しながら早足で学校へと向かっている。

朝起きて時計を見たときに私は冷や汗が垂れた。寝坊したのだ。

いつもならそういう場合ママが起こしてくれるのだが、今日はパパの仕事のサポートで朝早くから居なかった。

それを知っていながら昨日は遅くまで勉強してしまって寝る時間が遅くなり、今日盛大にやってしまったのだ。

 

「間に合うかしら――って、あれは……」

 

曲がり角を曲がって私の先に居たのは最近よく見る姿。私の通う学院の唯一の男子学生。そして、

 

「なんか足元がおぼついていないような気がするんだけど……」

 

本当に些細な違いでしかないが、私の見間違えでなければ前を歩いている先輩はフラフラと歩いているように見えた。

そこで、嫌な予感が頭を過ぎる。

 

「まさか……いえでも――ああっ、もうっ! だからあれほど気をつけなさいって言ってきたのに!!」

 

私は急いで彼の元へと駆け寄る。

 

「先輩!」

急に後ろから大声で声を掛けたのがいけなかったのか、思い切りびくりと身体が反応する先輩。

 

「西木野、さん? おはよう……」

 

極めてなんでもないように振る舞おうとしている先輩。だが、その顔色は悪い。

私はグイッ、と先輩のネクタイを引っ張って彼のデコに手を当てる――もの凄い熱かった。

 

「――あなた、なんで学校に行こうとしてるのよ!」

 

私はすごい剣幕で怒った。さすがにこればかりは医者の娘として看過できなかった。

 

「悪い、頭に響くから少し声抑えてくれるか」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

私の怒りは疲弊している先輩の言葉に吹き飛ばされてしまう。

だが、どういうことか説明しろ、と睨む私に先輩は相も変わらず気まずそうに目を逸らした。

 

「西木野さんが怒るのもわかる。それについては、なにも言い分けすることはできないけど……今日だけは、行かないといけないんだ」

 

「今日だけはって、なんで――」

 

そこで私ははっとする。

そういえば今日の放課後は上級生による新入生歓迎会。ということはあの先輩方のステージがある。

もし、先輩が熱で休んだとなれば彼女たちはどう思うだろう。自分たちが負担を掛けてしまったと、責任を感じてしまうのではないだろうか。そうなればパフォーマンスにも影響でかねない。

私はため息をついた。よりにもよって今日風邪を引いてしまうなんて、タイミングが悪すぎる。

 

「先輩、何かに呪われているんじゃないの?」

 

「たまにそうじゃないかって本気で思うときあるからやめてくれ」

 

私の呟きに先輩が苦い顔をする。いや、今回は呪われている以前に、先輩の自業自得なのだろうけれど。

 

「それより、どうするのよ。私としてはこのまま回れ右して帰ってくれると安心なのだけれど」

 

「それは無理、だ」

 

それだけは譲れない、と先輩は苦しそうに首を横に振った。

 

「……風邪薬は?」

 

「お粥食べてからすぐに飲んだ、その後一眠りして学校行く直前に解熱剤も飲んだよだから最初の頃より調子はいい」

 

あんな熱で調子がいいとか、もうそういう思考している時点で大丈夫じゃないのだけれど――

そんな私のツッコミも今は意味がない。私はもう一度深くため息をついた。

 

「はぁ……もういいわ、好きにしたら。考えるだけ馬鹿らしくなってきたわ」

 

そして、私は先輩の身体を支えるようにして懐に潜り込んだ。私の行動の意図がつかめていない先輩は焦っている。

 

「に、西木野さん……?」

 

「ほら、学校行くのでしょう?」

 

戸惑う先輩に私はぶっきらぼうに言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西木野さんに肩を貸してもらいながら俺は何とか時間内に学校へと来ることが出来た。

簡単なやり取りをした後に西木野さんと別れる。

西木野さんは教室まで送ると言い張ったが、時間も時間だし、あんな状態をクラスメイトに見られたらそれこそ帰宅コースまっしぐらだ。

というか、西木野さんはそれを狙っていたんじゃないだろうか。末恐ろしい子だ。

一歩一歩教室へと歩みを進めていると、誰かから後ろから声を掛けられた。

 

「あれ、遊弥君? 今日は遅いんだね」

 

振り向くと、そこにはヒフミトリオの姿。どうやら声を掛けたのはヒデコのようだ。

 

「ああ、ちょっと家のことでやらないといけないことがあってギリギリになった。三人はどうしたんだ?」

 

「私たちは穂乃果ちゃんたちのライブのために機材チェックしてたんだよ」

 

「本番当日にトラブルがあると困るから昨日もやってたんだけど、念には念を入れて、ね?」

 

「ありがとうな、三人とも。ほんと、助かってる」

 

ライブの告知をしてから、その日のうちに手助けを名乗り出てくれたのがヒフミトリオだった。彼女たちは音声や照明の機材チェックの技術的支援を手伝ってくれている。

 

「いやぁ、私たちも学院のために何かしたいなとは思ってたから」

 

「穂乃果ちゃんたちは私たちにとっても渡りに船だったんだよ」

 

フミコとミカは笑顔で返してくれる。だが、その笑顔はどこが無理しているような気がした。その理由をヒデコが語る。

 

「まあ、それでもこれは私たちのエゴだよ。誰かのやることに乗っかって救った気持ちになりたいだけ」

 

自虐的に言うヒデコに俺は首を振った。

 

「それで、いいんだ。きっかけはどうであれ、今こうして支えてくれている。ヒデコたちがいなかったら、穂乃果たちはもっと苦しかった」

 

「遊弥君……」

 

「穂乃果たちの目的は廃校を止めること。ならそれを願って支持してくれた人は、仲間で同志だ。そうだろ?」

 

「「「……」」」

 

ポカンとして俺を見つめる三人。俺は身体がさらに熱くなった。

 

「悪い、なんかおかしなこと言った」

 

頭が働かないせいで言葉が選べてない。これで夕方まで保つのか心配になってきた。

 

「これは……穂乃果ちゃんやことりちゃん、海未ちゃんが惚れちゃうのもわかる気がする」

 

「うん……私も少しキュン、と来ちゃった」

 

「天然ジゴロだねこれは」

 

ゴニョゴニョと円を描いてなにやら話している。が、気にするほどの余裕が今の俺には無かった。

 

「さて……気合を入れないとな」

 

なんだかんだで教室の前まで来た俺は一つ大きく息を吸う。

今日が終わるまで、穂乃果や海未、ことりを筆頭にそのほか学院の人達にに体調が悪いことをバレるわけには行かない。

ぼんやりしている頭に気合を入れて、俺は教室の戸を開くのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

ではまた次回にお会いしましょう



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ファーストライブ、そしてこれから……



どうも、燕尾です。

とうとうやってきました。
進み具合が遅いといっても30話くらい掛かるとは自分でも思ってはいませんでした(汗)
では、どうぞ~






 

 

「――これで、新入生歓迎会を終わります。各部活とも、体験入部を行っているので興味があったらどんどん覗いて見てください」

 

絵里先輩の最後の一言で公式的な新入生歓迎会が終わる。一年生を残し、上級生たちが体験入部の準備のため先に行動から退出する。

俺たちもライブステージの準備のために教室に戻ってからすぐに準備し始める。

穂乃果たちは時間までライブのチラシを配りに行き、俺はヒフミトリオと照明、音声の最終チェックと調整に当たっていた。

機材も問題なく、万全の状態でライブに望める形となった。

 

「どうやら、何とか……なりそうだな……」

 

それとは逆に俺の体調はカンスト振り切ってどんどん調子が悪くなっている。

解熱剤が効いていた授業中とかはまだマシだったのだが、効力が切れたのか、また熱があがってきているような気がした。

 

「あと少し、あと少しなんだ……保ってくれよ……」

 

穂乃果たちのライブを見届けるまで、倒れるわけにはいかない。

 

「あいつらのところに行くか……」

 

俺はヒフミたちに後を任せて穂乃果たちのところへ向かう。しかし、

 

「ここは、どこだ……?」

この一ヶ月で学院の構造は理解したはずなのに、いま自分がどこにいるかがわからない。

目の前がぼやけて、グラグラと揺れている。

行かないと……あいつらのところに……

左右に揺れながら歩みを進める俺。幸いなのは周りに人が居なかったことだろう。大半が部活動勧誘や体験入部で外や部室等に行っていた。

だが、ついに俺の身体も限界が来てしまった。

ぐにゃり、と目の前が歪んだ次の瞬間、身体全身が硬くて冷たい感触を感じた。

 

「――っ」

 

そして、声を出すことも起き上がることも出来ずにそのまま視界がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ――」

 

講堂での新入生歓迎会も終わり、講堂の片付けとある準備を終えた私はようやく一息つけることが出来た。

生徒会長になって半年と少し、学校行事で登壇する場面が多くそれなりに慣れたとは思っていたのだけれど、やはり少しは緊張していたようだ。身体が少しこわばっていた。

軽く伸びをしながら事後処理のために、生徒会室へと向かう。

階段を上がり廊下を歩いていたその最中(さなか)、曲がり角の先のほうで、ドサッ、となにやら倒れる音がした。

何事かと足を速めて角を曲がると、人が倒れていた。私はその人が誰だか一瞬で判断できた。

 

「遊弥君!?」

 

慌てて駆け寄って、身体を抱き起こす。どうやら気を失っているようだ。身体はとても熱く、おそらく風邪を引いていたのだろう。

 

「すごい熱……遊弥君、しっかりして!」

 

呼びかけるも、返ってくるのは荒い吐息だけ。どうにかしないと、と思っても保健室までいくには階段を下りないといけない。保健室まで気を失っている男の子を一人で運べるほどの力が私には無い。

 

「どうしたらいいのかしら……」

 

私は考える。近くにある空き教室はすべて掛かっており、自分の手にあるのは生徒会室の鍵のみ。

 

「――そうだ、生徒会室!」

 

ここからなら生徒会室はすぐだ。そのことに気づいた私は遊弥君の脇に腕を入れて抱える。

 

「ごめんね、遊弥君。ちょっと()()ってしまうけれど我慢して」

 

一言謝って、私はずるずると遊弥君の身体を引っ張っていく。

力の入っていない彼の身体はとても重かったが、なんとか、生徒会室まで運び込んだ。

ひとまず彼を床に寝せて、私は生徒会室の備品を物色する。

 

「たしか、ブルーシートがあったような……それと以前演劇部から毛布を借りたはずだから……あった!」

いつまでも遊弥君を床に寝かせるわけにはいかない。私はブルーシートの上に毛布を乗せて簡易的な布団を作る。

改めて遊弥君を毛布の上に寝かせて、私はバックから飲料水を取り出す。

 

「タオルがあればよかったのだけれど、今はハンカチを代用しましょう」

 

飲み口にハンカチを当てて逆さまにして湿(しめ)らせる。そして遊弥君の頭を自分の太ももに乗せて前髪を分け、そのまま濡れたハンカチをおでこに乗せた。

 

「んっ……」

 

冷たいものに反応したのか遊弥君が小さく声を上げる。

私は別に持ってきていたもう一枚のハンカチで彼の汗を拭く。

依然として呼吸が荒いが、最初の頃よりかは落ち着いたようだ。

 

「それにしても、どうしてこんな状態で学校に……」

 

少しの余裕が出来た私は考える。

遊弥君の体調はおそらく朝から悪かったはずだ。なのに無理をしてまで学校に来たのはどうしてだろうか。

私は直ぐに理由が思いついた。

遊弥君は結成したスクールアイドルの手伝いをしていた。そして今日は彼女たちのライブがある。

もし、風邪で自分が休んだとなれば、あの子たちは"無理をさせていた"と責任を感じてしまう。彼はそれを避けたかったのだろう。となれば当然、彼女たちは遊弥君のことに気づいていない。私に見つかるまで、あの子たちはおろか、誰からも隠し通していたのだ。

遊弥君たちの関係からしてあの子たちが遊弥君を酷使させたという事は無いだろう。彼ができることをしようと一人で抱え込んだ結果、無理が(たた)ったという線が一番濃厚だ。

 

「本当、無茶するんだから……」

 

私はため息をついた。こういうことをするところは前から何一つ変わっていなかったようだ。

私は何度か温くなったハンカチを濡らしておでこに乗せる作業を繰り返しながら、愛でるように優しく遊弥君の頭を撫でた。

 

「んっ……んぅ――ここは……」

 

するとその感触に反応したのか、薄らと彼の目が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……んぅ――ここは……?」

 

額にひんやりとしたものの感触と誰かに頭を触れられている感覚で俺は目を覚ました。

 

「大丈夫? 遊弥君」

 

まだしっかりと視界がはっきりとしてなかったが、声で誰だかわかった。

 

「――絵里、先輩?」

 

「あ、んっ……遊弥君、あまり動かないでくれる? くすぐったいわ」

 

状況がわからない俺は顔を横に向けようとしたら、絵里先輩が恥ずかしそうな声をだして俺の頭を指で抑えた。そこでようやく俺は気づいた。自分の頭が絵里先輩の太ももに乗っかっていることに。

 

「す、すみません……すぐに退()きます……」

 

「駄目よ」

 

これ以上は不味いと思い、起き上がろうとする俺だったが、絵里先輩の両手が頭をがっしりホールドした。俺は女の子の柔らかさに戸惑ってしまう。しかし、絵里先輩は少し怒った表情でいった。

 

「貴方すごい熱があるのよ? さっきも倒れたばっかりだし、しばらくおとなしくしてなさい」

 

絵里先輩の指摘に、俺は血の気が引いた。

 

「倒れた……って、今何時ですか!?」

 

焦る俺に絵里先輩は一つため息をついた。俺の考えていることがわかっているようだった。

 

「安心しなさい。三時回ったところよ。ライブの時間は過ぎていないわ――それと、あまり興奮しないの、熱が上がるわ」

 

「す、すみません……」

 

絵里先輩に窘められて、俺は段々と落ち着きを取り戻す。

穂乃果たちの元に向かおうとしたのが三時前だったはずだから、俺が気を失っていたのは約二十分ぐらいということか。視線を回りに移すと、どこか見覚えのある部屋だった。

 

「ここは、生徒会室……?」

 

「そうよ。本当は保健室に運びたかったのだけれど、私一人じゃ無理だったから、一番近かった生徒会室にしたの」

 

「すみません、迷惑を掛けてしまって……」

 

「迷惑ってわけじゃないわ……少し役得でもあったし」

 

「役得?」

 

なんでもないわ、と気を取り直した絵里先輩が問いかけてきた。

 

「それで、熱が出たのはいつから?」

 

「……今日の朝からです」

 

「大体予想はつくけれど、なんで今日学校に来たのよ」

 

「それは……絵里先輩に会いに行くため――って、いふぁいいふぁい、すいはへん!」

 

お茶目なジョークのつもりだったのだが、笑顔の絵里先輩が俺の両頬を(つね)ってきた。

 

「ふふふ……次ふざけたら、本気で怒るわよ?」

 

目が笑っていない絵里先輩の笑顔に、熱で赤かった顔が一瞬で青くなった。

 

「今日は穂乃果たちのファーストライブですから……来ないわけにはいかないじゃないですか」

 

「……まあ、そんなところだろうとは思ったわ」

 

絵里先輩は呆れたようなため息を吐いた。そして、真面目な顔に切り替わった。

 

「でも、こうなった以上見過ごすわけにはいかないわ。帰りなさい、遊弥君」

 

「その言葉は生徒会長としてですか?」

 

「それもあるわ、生徒会長として生徒に無茶させるわけには行かないわ」

 

だけど、と絵里先輩は続けた。

 

「遊弥君の友人として辛そうな君を見たくはないの。だから帰って休んでほしい」

 

諭すような優しい笑みを浮べる絵里先輩に、つい俺は見とれてしまう。

 

「……卑怯ですよ。絵里先輩」

 

「卑怯で結構よ」

 

今度は俺がため息をついた。

 

「そう言ってくれた絵里先輩には悪いですけど、それでも、俺は引けません」

 

膝枕をしてもらっている状態で言ってもあまり説得力はないようには見えるが、俺は本気だった。

 

「どうして、遊弥君はそこまであの子たちのことを……スクールアイドルが上手くいくとは限らないのに」

 

絵里先輩は理解できないという様だった。

 

「上手くいくかどうかじゃないんです。今の穂乃果たちは本気でスクールアイドルをやりたいって思っています。俺は昔なじみとして手伝うって決めたんです」

 

体力トレーニングも、身体作りもダンスや歌の練習も決して()を上げずに今日のために頑張ってきていた穂乃果たちの姿が思い浮かぶ。

 

「絵里先輩の言うように上手くいかないかもしれない。もしかしたらライブに来てくれる人も少ないかもしれない。だけど、それでも彼女たちが折れることはありません。俺は穂乃果たちの直向さを勝手に信じているんです。だったら俺がここで倒れるわけには行かないでしょう」

 

俺は身体を起こす。ぽとりと額から落ちたハンカチを拾った。

 

「ハンカチは洗って返します。看病してくれてありがとうございました」

 

そういってフラフラする身体に喝を入れて、俺は生徒会室から出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れたとはいえ、少し眠ったことと、絵里先輩の適切な処置のおかげでほんの少し調子がよくなった感じがした俺は急いで穂乃果たちの控え室に行く。

おそらく今はステージ衣装に着替えているはずだ。

扉の前で立ち止まり、空ける前にノックをする。

はーい、と中から聞こえる声。

 

「遊弥だ。入ってもいいか?」

 

「遊くん! どうぞ入って入って!!」

 

「えっ、遊弥!? 穂乃果、ちょっと待ってください!!」

 

「海未ちゃん、往生際が悪いよ?」

 

穂乃果の許可が下りた俺は扉を開ける。中の光景を見た俺は立ち尽くした。

 

「じゃじゃーん! どうかな? 遊くんっ?」

 

くるり、と回りながら見せびらかしてくる穂乃果。モジモジとスカートの裾を押さえている海未、えへへ、と若干照れていることり。昨日は衣装だけを見せてもらったのだが、それを身に纏った三人はとてもよく似合っていた。

 

「うん、本物のアイドルみたいだ。三人ともよく似合ってる」

 

「……っ」

 

「は、破廉恥です遊弥!」

 

「面と向かっていわれると、照れちゃうね……」

 

感想を求めてきたのは向こうなのに顔を真っ赤にする穂乃果たち。俺はくすり、と優しく笑った。

 

「準備は、良さそうだな」

 

俺が問いかけると三人は笑顔で頷いた。

 

「うん! 遊くんのトレーニングを乗り切った私たちに向かう敵無しだよ!!」

 

「それは頼もしいな、穂乃果」

 

「まだ緊張はしますが。精一杯頑張ります」

 

「ああ、海未ならできる。頑張れ」

 

「わたしたちのこと、しっかり見ててね。ゆーくん」

 

「ああ、しっかり楽しんで来い。ことり」

 

「そうだ! 皆、手を出して!!」

 

穂乃果が片腕を伸ばした。彼女の意図に気づいた海未とことりが同じように伸ばした。

 

「ほら、遊くんも!」

 

「いや、俺は……」

 

「遊くんもメンバーの一人なんだよ!」

 

穂乃果に促されて、俺は重なる三人の手の一番下に自分の手を潜り込ませた。あたかも三人を支えるように。

 

「……?」

 

「どうかしたか、穂乃果」

 

「……ううん、なんでもないよ」

 

穂乃果の手と触れた瞬間、彼女は一瞬キョトンとするが俺が声を掛けると気を取り直したように息を吸った。

 

「それじゃあ、μ'sの初ライブ、頑張るぞ!」

 

「「「おー!!!」」」

 

穂乃果の掛け声に従って俺たちは腕を天へと突き上げた。

穂乃果たちはステージへと向かい、俺は観覧席のほうへと向かう。

フラフラと足取りは重かったが、確実に講堂へ行くように踏ん張った。普段ならものの数分でつくはずだったのだが、開演ギリギリと時間が掛かってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の力を振り絞り、講堂の扉を開けた俺は目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……だろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

講堂の中は人一人として誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見に来てくれる人が少ないかもしれない、と絵里先輩に言ったが、まさか一人もいないとは思っていなかった。

いや、心のどこかでは思っていた。下手したら誰も見に来てくれないかもしれない、と。でもそれは可能性の話であり最悪の想定だった。まさかそれが本当に起こるとは思わなかった。

 

「甘くは、ないか……」

 

目の前の光景にそう呟いてしまう。

俺はまだいい。だが、幕の向こう側に居る穂乃果たちがこれを見たらどうなるだろうか。

思考しているうちについに時間がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スクールアイドル"μ's"のファーストライブ、まもなくです、ご覧になる方はお急ぎくださーい!!』

 

校内放送での最後の宣伝が終わる。いよいよだ。

いざこうしてステージに立っていると緊張してくる。私は両隣にいる海未ちゃんと、ことりちゃんの手を取り、握り締めた。

 

「穂乃果……」

 

「穂乃果ちゃん……?」

 

私が緊張していたのと同じように海未ちゃんとことりちゃんもまた緊張していた。

 

「私には海未ちゃんとことりちゃんがいる。海未ちゃんには私とことりちゃんがいる。ことりちゃんには海未ちゃんと私がいる。だから、大丈夫」

 

それと、ここにはいないけど、欠かせない人が私たちを支えてきてくれた。

 

「それに、今まで遊くんが支えてきてくれたんだ。だから私たちはそれに応えて精一杯楽しまないと!」

 

「ええ……そうですね!」

 

「遊くんにも楽しんでもらわないとね!」

 

言い聞かせるように言う私に安心したような笑顔を浮べる二人。

 

「頑張るぞ、μ's! ふぁい、おー!!」

 

私は勢いで二人の手を持ち上げると、海未ちゃんが苦笑いした。

 

「それでは、運動部みたいですよ?」

 

海未ちゃんの指摘に私も苦笑いする。こういう時なんていうんだっけ? 確か――

 

「あ、思い出した! こういうときは番号を言うんだよ、皆で」

 

「面白そうだね! わたしたちもやってみよう」

 

「よーし、じゃあいくよー!」

 

私たちは大きく息を吸って、

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

と声高らかに言うも、その後が続かなかった。シーンと静寂がステージを包む。

 

「「「ぷっ……」」」

 

あははは、と緊張感のない笑いが起こる。先ほどまでの緊張が嘘のようになくなった気がした。

そして、開演の時間がやってくる。

 

「μ'sのファーストライブ、最高のライブにしよう!」

 

「うん!」

 

「もちろんです!!」

 

ブザーが鳴り、幕が開き始める。

完全に幕が開き切ったその先は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一人として誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

目の前の光景に思わず声が漏れてしまった。

席には誰も居らず、講堂の入り口付近でヒデコとミカ、フミコが慌しくチラシを持って戻ってきただけだった。彼女たちは申し訳なさそうに首を横に振った。

言いようの無い絶望が私の中を支配していく。

 

「穂乃果……」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

海未ちゃんとことりちゃんの泣きそうな声が耳に入る。私も目の前が(かす)みそうだった。だけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――歌え! 穂乃果、海未、ことり!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちの大切な人の声が、講堂内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いてもたってもいられなかった俺は三人の目の前まで歩みを進める。

 

「ゆう、くん?」

 

涙声で返す穂乃果に俺は拳を握り締めて叫んだ。

 

「立ち止まるな! これが現実だ! 穂乃果たちはまだ走り始めたばかりだ!! 足を躓いて転ぶのは当たり前だ!!」

 

ガンガンと来る頭の痛みに耐えながら、叫び続ける。

 

「お前らのゴールはどこだ!? 目の前には無かったはずだ、それは、わかっていただろう!!」

 

熱のせいで、何を言っているのか自分でもわからなくなってきたが、俺は叫んだ。

 

「お前たちはスタートを切ったんだ! だったら、前に進め! 走り抜いて見せろ――諦めるな!!」

 

はぁ、はぁ、と息も絶え絶えに言い切った俺に穂乃果たちはおろか、その場にいたヒフミたちも驚いた目を向けてくる。

俺は息を整えて、熱に侵されて歪む視界の中、穂乃果たちの前に足を運び、そして、三人を真っ直ぐ見据える。

 

「遊くん……」

 

「ゆーくん……」

 

「遊弥……」

 

涙で潤んだ三人の瞳が俺を捉える。

 

「穂乃果、海未、ことり。お前たちは今日のこの日、これからスクールアイドルとしてやっていくためにこの一ヶ月頑張ってきたんだろ?」

 

その言葉に三人の目に生気が戻ってくる。そして、一番最初に声をあげたのは穂乃果だった。

 

「そうだね……うん、やろう! 歌おう、全力で!!」

 

「穂乃果……?」

 

「穂乃果ちゃん……?」

 

「だって遊くんの言う通り、今日のために、これからのために頑張ってきたんだもん!! 私は、ここで終わらせたくない!!」

 

穂乃果の願いに海未とことりがハッとする。

 

「そうでしたね……私たちはまだ何もしていません」

 

「うん……まだ、わたしたちはなにもしていない」

 

三人は顔を見合わせて一緒に頷いた。

 

「私たちの今することは一つだ!」

 

先程とは打って変わった笑顔を向けてくる三人に俺も笑みを返した。

すると、バンッ、と大きく講堂の扉が開かれた。

そこには以前掲示板を熱心に見ていた、小泉さんの姿が。

 

「花陽、ちゃん……?」

 

「あれ? ライブは……あれ……?」

 

戸惑ってオロオロしている小泉さんに三人の決意は完全に固まった。

 

「小泉さん! こっちこっち!!」

 

「萩野、先輩?」

 

俺は小泉さんを呼ぶ。首を傾げる小泉さんに俺は着席を促した。

 

「ライブはこれからだよ、な?」

 

「「「はい!!」」」

 

確認するように言った俺に三人が元気よく返して、スタンバイする。そして、メロディが流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――緊張することなく活き活きと踊る海未。

 

――ステージを精一杯楽しもうとしていることり。

 

――笑顔を絶やさず、全力を出している穂乃果。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しそうにステージ上にいる三人の顔は俺は決して忘れない。

俺は最後のメロディが終わるまで、ステージで歌って踊る三人をしっかりと目に焼き付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ありがとうございましたー!!!」」」

 

すべてが終わり、手を繋いで一礼する三人にまばらな拍手が送られる。ステージ上の彼女たちは息を切らしながらもやりきったという達成感を感じているような顔をしていた。

そして、拍手が止んできた頃に一つの足音が響いた。

 

――絵里先輩

 

「生徒会長……」

 

「どうするつもり?」

 

上の席からステージを見下ろすように穂乃果に問いかける絵里先輩。もちろんこれからどうするのかを問いかけているのだろう。

だが、穂乃果の答えは決まっていた。

 

「続けます」

 

「何故? これ以上続けても意味があるとは思えないけど」

 

絵里先輩は周りを見渡してそういった。確かに今日は小泉さんや途中から来た彼女の友達らしき人、後は西木野さんを含め、隠れている数人(・・・・・・・)以外、誰も来なかった。だけど、もはやそういう事じゃない。

 

「やりたいからです!!」

 

穂乃果が一歩前に出て言った。

 

「私、今もっともっと歌いたい、踊りたいって思っています。こんな気持ち、初めてなんです。やってよかったって、本気で思えたんです!」

 

それは、穂乃果の気持ち。そして、これからの望み。

 

「私はこの気持ちを信じたい――このまま誰も見向きもしてくれない、応援なんて全然もらえないかもしれない――」

 

この先のことは誰もわからない、だからこそ穂乃果は言う。この先の希望を。

 

「でも! 一生懸命頑張って、とにかく頑張って、ここにいる私たちの想いを届けたい!」

 

そして、彼女は声高らかに宣言する。

 

「いつか、いつか必ず、この場所を満員にしてみせます!!」

 

穂乃果の声が講堂に響く。

一瞬の静寂の後、絵里先輩は小さく、そう、とだけ呟いて踵を返して講堂から出て行こうとする。

 

「絵里先輩――……っ!?」

 

彼女を追いかけようとしたが、膝に力が入らなかった俺は崩れ落ちて倒れる。

 

「ひゃあ!? は、萩野先輩!?」

 

「どうしたのにゃ!?」

 

「先輩!!」

 

慌てた小泉さんとその友達、隠れてきていた西木野さんの声が響く。

今更ながらに風邪引いて熱をだしていたのを思い出す。アドレナリン効果ってすごい。

興奮状態が治まってきた今、寒気やら、頭痛やら、吐き気やらで身体がまったく動かない。

 

「遊弥!!」

 

「ゆーくん!?」

 

慌てて駆け寄ってくる穂乃果たち。倒れ伏している俺に絵里先輩は言った。

 

「お疲れ様、遊弥君。しっかり風邪を治してから学校に来なさい。あ、さっき倒れたときに貸したハンカチ、ちゃんと返して頂戴ね」

 

「「風邪!? 倒れた!?」」

 

「やっぱり、そうだったんだ……!」

 

驚く海未とことりに、驚きながらも納得している穂乃果。やはりさっき手を合わせたときに感づいていたようだ。

 

「それ……を、いま、言いますか……普通……」

 

しょうがないものを見るような呆れた笑みを浮べる絵里先輩に俺は悪態をつきながら意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ……スカイブルーのパンツ、ご馳走様でした、絵里先輩……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか。

ようやく終わりました! ファーストライブ!!
最初は二話に分けようかとも思ったんですけど一つにまとめました。
そのおかげで大分長い話になりましたけど……(苦)

今後としてはライブ直後の話をしてからメンバー加入の話に移っていきたいと思っています。
……全員集まるまでどれくらい掛かるかなぁ~(焦)
もう少しペースよく進めたいなぁ~(願)

ではでは~




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お泊りは許しません



一ヶ月以上あけてしまいました。すみませんでした。





 

 

ファーストライブから一日が経った次の日。萩野宅――

自室のベッドで横になっていた俺は溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……風邪、移るぞ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊くんに断る権利はないよ」

 

「ゆーくん。今のゆーくんがことりたちに指示できるとおもっているのかなぁ……?」

 

「遊弥はおとなしく看病されていなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人は口それぞれにピシャリと言って俺を黙らせる。

当然、俺が何か文句を言える立場ではないのだが、それでも三人が俺の家に居るこの状況は良くはないだろう――あと、ことりさん怖いっす。笑顔なのに超怖いっす。

風邪の有無なく、こうなった三人に俺が何か言って意思を曲げることなどできやしない。

俺の看病や世話よりもやることだってあるはずだ。練習やトレーニング、他にも今後のスクールアイドルの活動についての話等々。

そういうのをひっくるめてこれから大変になるのは穂乃果たちなのに、今は俺の家で俺の世話を焼いてくれている。

 

「というより、なんで俺の家を知っているんだ……?」

 

愚問ではあるが俺は言わずにはいられなかった。

三人に俺の家を教えたことはない。ということは答えは一つだ。

 

「ゆーくんのお家の場所はお母さんから聞いたの」

 

予想通りの返事が返ってくる。俺は小さな溜め息を洩らしながら昨日のことを思いだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブ直後に倒れた俺が目を覚まして最初に視界に入ったのは自宅の自室の天井だった。

すぐ視線を横に逸らすと雛さんがすぐ傍にいた。

 

「ようやく目覚めたのね、遊弥君。調子はどうかしら?」

 

「大分調子は良いです……もしかしなくても理事長が送ってくれた……んですよね?」

 

俺の部屋で目の前に居るという事はそういうことだろう。随分と迷惑をかけてしまったと、申し訳ない気持ちになる。

 

「ええ。ことりから連絡を受けてね。それと、今は雛でいいわよ。仕事じゃなくて完全にプライベートなんだから」

 

それより、と雛さんは呆れたような口調で続きを口にする。

 

「嘘を吐くのはやめなさい。いまこのときに、それも私相手に見栄張っても意味のないことでしょう」

 

「……すみません、雛さん」

 

完全に見透かされていた俺は素直に謝る。

正直に言うと身体がまったく動かない。首から上と利き手の右腕一本は動くが、それ以外はさっぱりだった。

自分の身体の状態を伝えると雛さんはそうでしょうね、と頷いた。

 

「過度な疲労の蓄積と睡眠不足。後は軽い栄養失調ね。西木野先生も驚いていたわ。よくこんな状態で動けたものだ、って」

 

「西木野先生が……でも時間的にはもう……」

 

気を失っていたので、いつ病院に連れて行かれたのかはわからないが、あの時間ではもう検診はやってないはずなのだが、

 

「そこは西木野さんにちゃんとお礼を言っておくこと。彼女が申し出てくれたから時間外でも診てもらうことが出来たのよ」

 

そう言われて西木野さんもあの場にいたことを思い出す。おそらく入り口付近でバレないようにこっそりとライブを見ていたんだろう。俺が倒れた後に、慌てた様子で駆け寄ってくる姿が脳裏に再生される。

 

「西木野さんには助けられてばかりだな」

 

作曲してくれたり、身体を支えてくれてたり、西木野先生に掛け合って融通聞かせてくれたり――本当に西木野さんには頭が上がらない。

 

「そう思うなら今度菓子折りでも持ってお礼しに行きなさい。西木野先生とも面識あるのでしょう?」

 

「ええ、それはもちろん」

 

治ったからってそのままいつもどおり過ごすほど俺はふてぶてしくはない。

 

「とりあえず、今日の含めて三日間は絶対安静。そのあと二日間は様子見すること。いいわね?」

 

俺は素直に頷く。今はそれを断るほど切羽詰った状況ではないし、散々迷惑かけているのだから言うことを聞かない選択肢はない。

 

「今日のところは私が泊まっていくわ」

 

「えっ……?」

 

短い声を洩らした俺に雛さんは当たり前でしょう、と呆れて言った。

 

「身体、動かないんでしょう? 一人なのにこのあとどうするの」

 

「いや、動けるようになるまで寝てれば……」

 

「私の話聞いてた? 栄養失調もあるのになにも食べなかったらそれこそ悪化するわよ。そうなれば余計にあの子たちにも心配させるわね、それでもいいの?」

 

そこでそんなこと言われたら俺は従うしかない。いや、そもそもこんな状態を(さら)している時点で俺が何か言えるわけがない。

 

「……本当に迷惑をかけます」

 

「迷惑じゃないわ――とりあえずお粥かうどんでも作ってくるわ」

 

「すみません、お願いします。材料は好きに使っていいんで、雛さんも何か作って食べてください」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

そういって雛さんは夜ご飯を作りに降りていく。

雛さんが部屋から離れてから時間が経つにつれて、いい匂いが部屋まで漂ってくる。

作りに行ってから二十分くらい経った頃、雛さんが土鍋をトレーに載せて戻ってきた。

 

「お待たせ、簡単なものだけど鍋焼きうどんを作ってきたわ」

 

「それだけでも十分ありがたいです」

 

蓋が開いた土鍋からはかつおだしと味噌のいい香りがふわりとした。これだけで食欲がそそられる。

具は葱に扶にしいたけと卵。そして申し訳程度に散りばめられたえびの天カス。

唯一動く右腕と雛さんの手を借りて、何とか起き上がる。

後は土鍋を受け取って右手で食べるだけ――なのだが、

 

「それじゃあ遊弥君――あーん」

 

ふーふーっ、と息を吹きかけて冷ましたうどんを俺の口元まで運んでくる。

 

「あの……雛さん?」

 

「ほら早く、うどんが落ちるわよ?」

 

催促されて観念した俺の口にうどんが入る。

 

「どうかしら?」

 

「ええ、とっても美味しい、ですけど……自分で食べますよ?」

 

俺の言葉に雛さんは、何を言っているのよ、と突き返す。

 

「右手しか動かない状況なのにまともに食べられるわけないでしょう、こぼしたらどうするのよ。いいからおとなしく食べさせられなさい」

 

雛さんのいう事は正論だ。だが、さすがにこれは恥ずかしい。

そう思っていても抵抗できるわけもなく、親鳥から与えられるひな鳥のように俺は雛さんに食べさせてもらうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様です」

 

「はい、お粗末さま」

 

空になった土鍋を持っていく雛さん。結局うどんの汁まで全部食べきってしまった。もちろん雛さんに食べさせてもらって。

 

「でも、本当に美味しかったな」

 

今振り返ればまともな食事を取ったのは随分と久しぶりだ。ライブまでは明け方まで作業していたのもあって夜もほとんど食べていなかったし、朝も十秒で食事ができるような流動食や、カロリーメイツのような栄養調整食品くらいしか食べていなかった。

栄養失調になるのも当たり前だ。今度から気をつけようと心に誓う。

 

「今日はあと薬飲んで寝るだけ――あー雛さんに寝具がどこにあるか言っておかないと。泊り込むって言ってたし、それと――」

 

色々と今後のことについて考えている途中で、俺は重大な問題に行き着いた。

 

「ん……」

 

下腹部のほうから股間のほうへと迫ってくるようなくすぐったい感覚。

うどんを汁まで全部食べたせいか急に尿意がやってきたのだ。だが、今の俺は動くことが出来ない。このままだと、赤ん坊顔負けの染みをベッドに作ることになるだろう。

年をとった人間として、そんな尊厳を失うような事態は避けたいところなのだが、いかんせんまったく身体が動かないし、力も入らないせいで我慢が出来ない。

 

「やばい……やばいぞ……!!」

 

「何がやばいのかしら?」

 

片づけが終わった雛さんが部屋へと戻ってきた。その片手には空のペットボトル。

わざとか? わざと見せ付けているのか雛さん!?

 

「その……トイレに行きたいんですけど、ほら……身体が動かなくてやばいんです」

 

「ああ、なるほど……」

 

納得した雛さんはニヤリと微笑んだ。俺はその笑みに嫌な予感がする。

 

「ちょ……雛さん……何を考えているんです?」

 

動揺する俺を尻目に、彼女は掛け布団を剥いで、俺のズボンに手をかけ始めた。

 

「ほんとに何してんのあんた!?」

 

思わず敬語もすっ飛ぶほどに雛さんの行動には驚いた。辛うじて動く右手で俺はズボンを抑える。

 

「なにって、花を摘みたいんでしょう? ほら、ちょうど空のペットボトルがあるんだから、シちゃいなさい」

 

雛さんは当たり前とでも言わんばかりの真面目な表情で俺のズボンを再び下げようとする。俺は慌てて雛さんを止めた。

 

「シちゃいなさい、って冗談もほどほどにしてください……! 普通にト、トイレに連れてってくださいよ!!」

 

ボトラーになるつもりなど毛頭ない。人としての尊厳がなくなってしまう。

 

「私が冗談を言うと思うかしら?」

 

「時には冗談も必要です……お願いです……力が入らないから、け、結構辛いんです……!」

 

右手で股間を押さえて苦悶している俺を見た雛さんは頬を染めて、恍惚とした表情を浮べる。

 

「あぁ~、苦しそうな表情をしている遊弥君、可愛いわぁ~……」

 

驚愕の事実! 雛さんは実はドSだった!! いや、ことりからその片鱗は見えていたからおかしくないのだが、今はそんな事言っている場合じゃない。

 

「おね……がい、します……ふざけてないで……連れてって……!!」

 

「はぁん、いい、いいわぁ~遊弥君。もっと……もっと必死に懇願しなさい……!!」

 

「なんでいきなりSっ気が出してんだあんた!? 頼むから……頼むから……早く連れて行けェェェェェェ!!」

 

俺の叫びが夜空に木霊した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで色々トラブルもあったのだが、今朝雛さんが帰ってからようやく平穏が訪れたと思いきや今度は幼馴染たちの襲来である。

帰るときの雛さんの言葉を思い出す。

 

――本当はちょっとお説教もしたかったのだけれど、それはまた今度。とりあえず遊弥君、ちゃんと生き残りなさいね?

 

お大事に、じゃない意味深な言葉を残して出て行った雛さん。最初こそは何のことだかわからなかったのだが、昼ごろに大きな声でお邪魔しまーす、と穂乃果の声が聞こえたときは頭を抱えたくなった。

 

「――雛さん、アンタ鬼畜やで……わざわざ鍵をことりに預けるなんて……!!」

 

学校に来たときに合鍵を返す、ていう話だったのに……やられた。

脳裏にテヘペロしている雛さんの顔が思い浮かぶ。俺は思わず、息を洩らした。

その音が聞こえたのか、三人はムッ、と顔を顰める。

 

「遊くん、随分と不満そうだけど……そんなに穂乃果たちが迷惑なの?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……ほら……」

 

「なんですか、はっきり言ってください。遊弥」

 

「なら聞くけど、お前たち。そこの大荷物はなんだ?」

 

俺が指を指した先には色々詰め込まれたようなパンパンのバッグが三つ。明らかに今日一日で使うような量ではない。

 

「もちろん、お泊りの道具だけど?」

 

「ゆーくんの風邪が治るまでわたしたちが泊りがけでお世話をします」

 

「ちょうど今日、明日と休日ですから問題もありませんし、よろしくお願いしますね。遊弥」

 

「当たり前のように答えるな穂乃果。ことり、気持ちは嬉しいけど風邪をうつしたら悪いからお家に帰りなさい。海未、休日、平日、祝日関係なく問題だからな?」

 

それに男の部屋に何日も泊まりこむなんて非常識すぎる。

 

「それにお前ら、ちゃんと親に言って出てきてないだろう。特に海未」

 

「「うっ……」」

 

「なんで私だけ名指しなんですか!?」

 

図星だったようで穂乃果とことりは黙り込む。一人だけ決め付けられた海未は抗議の声を上げるが、ちゃんと根拠はある。

 

「なんでって、親父殿が許す訳がないだろうが」

 

そういうと、海未も黙り込む。俺は俯く三人に溜め息を吐いた。

 

「気持ちは有り難いが、人を騙して心配させるようなことをするのは感心しない」

 

「「「……っ」」」

 

「だから、今日のところは――」

 

「……ないで」

 

帰ってくれ、と言おうとしたのだが、穂乃果が俯いたまま、何かを小さく呟いた。

 

「……穂乃果?」

 

「ふざけないでっ!」

 

大声で叫んだ穂乃果は剣幕な様子で詰め寄ってきた。

 

「一番心配かけた遊くんがなに言ってるのさ!」

 

普段の彼女からは想像できないような声に今度は俺が黙った。

 

「体調悪いのにずっと言わないで、一人でずっと我慢して……遊くんが倒れたとき、私たちすっごい心配したんだよ!?」

 

「穂乃果……」

 

「ずっと心配だった。病院でも意識が戻らないから、もしかしたらこのまま目を覚まさないんじゃないかって、不安だった」

 

なにを大袈裟な――とは思わなかった。いや、目じりに涙をためている穂乃果に俺はそんなことを思えなかった。

重苦しい空気の中、海未が口を開いた。

 

「遊弥が、私たちに気を使ってくれたのはわかります。ライブ前の私たちに責任を感じさせないようにと。ですが、やはり言ってほしかったです。辛いときは辛いと」

 

「ゆーくんに頼りきりだったわたしたちが言うのもおかしいけど。わたしたちは信用なかったのかな……?」

 

三人の言葉に俺は何も言えなくなる。

結局、ライブ前だろうが、後だろうが、俺は間違った。心配をかけたくない気持ちが余計に穂乃果たちを心配させた。ちゃんと穂乃果たちに伝えるべきだった。その上で"頑張れ"と応援するべきだったのだ。

だが、今となっては過ぎたことだ。

 

「穂乃果、海未、ことり」

 

三人の視線が集中する。

間違った俺がいまするべきこと、それは――

 

「すまなかった」

 

俺は三人に向かってしっかりと頭を下げた。

 

「反省してる?」

 

「ああ、心配させて悪かった」

 

涙目で問いかけてくる穂乃果の目をしっかり見て俺は答える。

穂乃果は腕でごしごしと涙を拭いて、笑顔でうん、と頷いた。そして、気を取り直したように言った。

 

「それじゃあ、これから遊くんの風邪が治るまでお泊りでお世話――」

 

「あ、それは駄目」

 

「ええっ、なんで!?」

 

それとこれとは別問題です。






いかがでしたでしょうか

次回更新も頑張りたいと思います。




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看病



お久しぶりです。燕尾です。
第二十九話です。





 

 

「押し切られてしまった……」

 

俺は諦めに近い深いため息をついた。

あの後、泊まって世話すると言い張って聞かない穂乃果たちと口論していたのだが、

 

「これは心配させた罰だよ! じゃないと許さないから!!」

 

と言われて、俺は折れてしまった。

そもそも雛さんのときと同じように、動くことができなくなるまで無理した俺が、穂乃果たちの言い分を聞かないことなんてできるわけがなかった。勝敗は最初から決まっていたのだ。

そのことについてはもう何も文句も言えないし、しょうがないと割り切った。しかし、

 

「さあ、ゆーくん。服を脱ぎ脱ぎしましょうね♪」

 

「――どうしてこうなった!?」

 

ことりが怖い笑みを浮べて手をワキワキさせて迫ってくる。ことりの脇にはお湯の入った桶とタオル。

いまは穂乃果も海未も買出しに行っていているらしく、この家には体が動かない俺とことりしかいない。ということは怪しく瞳を光らせていることりを止めることができる人物はいない。

 

「ふふふ……ゆーくん、脱がすね……」

 

興奮したような艶かしい声で俺の服に手をかけることり。その表情は昨日の雛さんそっくりだった。

 

「ちょ、脱がすな! 自分でやるから! やめろぉ!!」

 

「身体の自由がないのにどうやって自分でやるのかな? ほら、おとなしくことりに脱がされようね」

 

いやあああ! と普段だしたことのない甲高い声が家に響く。俺は心の中でもう一度自分に問い質した。

 

 

 

 

 

――本当にどうしてこうなった!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Kotori side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未ちゃん、ことりちゃん。準備はいいかな?」

 

穂乃果ちゃんの言葉にわたしと海未ちゃんは頷く。わたしたち三人はいま、居間で対峙している。

ライブ直前のとき以上の緊張感が場を支配している。負けられない戦いがここにあった。

 

「それじゃあ、行くよ!!」

 

穂乃果ちゃんの合図で、わたしたちは大きく腕を振りかぶった。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「最初はグー、ジャンケンポン!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく宙に振り出された手の形は三人ともグーの形。あいこである。

わたしたちはお互いの顔を見て笑い合う。だけど、全員目が笑っていなかった。

 

「……これは、もう一度ですね」

 

「ふふふ、負けないよ。勝つのはわたし、だよ♪」

 

「勝った一人が遊くんのお世話。負けた二人が買出しだよ」

 

「ええ、わかっていますよ穂乃果。それでは――」

 

 

「「「最初はグー、ジャンケンポン!!」」」

 

 

わたし達はゆーくんのお世話をかけた真剣勝負をしていた。

体が動かないゆーくんのために泊りがけでお世話をすることが決まった。だけど、三人が一斉にお世話しようとしたら、かえってゆーくんが休めない。そこで誰か一人がゆーくんのお世話をして他の二人が家事をしようということになった。だけど――

 

「ここは私に任せてよ!!」

 

「ゆーくんのお世話はことりにお任せっ!」

 

「遊弥の世話は私が引き受けましょう」

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 

 

 

 

わたし達は無言で見つめあう。静かながらも背後からは他の二人を威圧するようなオーラが三つ巴で衝突している。

 

「あはははは――海未ちゃんとことりちゃんは買い物上手だからお願いしたいなー」

 

「わたしは体力のある穂乃果ちゃんと海未ちゃんが適役だと思うかなー」

 

「私としては穂乃果とことりが行くのが一番バランスが取れているかと思いますけど」

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 

 

 

 

「どうやら――決着をつけなければいけないようだね」

 

「手加減はしないよ?」

 

「二人まとめて、私が負かしてあげます」

 

 

バチバチと散る火花。この場にいる全員、誰も譲る気はなかった。それからは、

 

 

 

 

 

「「「ジャンケンポン、あいこでしょ、あいこでしょ!!!」」」

 

 

 

 

 

試合を始めてから何分経ったのだろうか。

勝利を掴み取るべく、わたし達は死力を尽くしていた。

しかし、勝敗は一向に決まらない。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん……しつこすぎ……」

 

「そういう穂乃果ちゃんこそ、早く負けてくれないかな……?」

 

「次で決めて見せます……!」

 

手を後ろに振りかぶり――

 

「「「――ジャンケン、ポン!」」」

 

それぞれ出した手は穂乃果ちゃんがパー、海未ちゃんがグー、わたしがチョキ。またあいこだ。

 

「「「むむむむむ……!!」」」

 

睨み合う。お互いに引くつもりはないけど、なんの偶然なのかもう何度目かわからないあいこ。このままだとずっと終わらない気がしてきた。あいこの渦から抜け出すために、わたしは仕掛ける。

 

「次、わたしはチョキを出すね」

 

「!?」

 

「……っ!」

 

わたしからの揺さぶりが穂乃果ちゃん、海未ちゃんを動揺させる。これで流れがわたしに来たものの、油断は絶対にできない。

二人は今、わたしの性格を考えて本当にチョキを出してくるのかこないのか迷っている。

でも、わたしは考える時間を与えなかった。

 

「それじゃあ、いくよー! ジャンケン――」

 

わたしの合図に慌てて構えた二人。ポン、の声と共に投げ出される手。

 

「「あ……」」

 

二人の手の形がグー。それに対してわたしはパーを出していた。

 

「それじゃあ、穂乃果ちゃん、海未ちゃん。お買い物よろしくね♪」

 

唖然としている穂乃果ちゃんと海未ちゃんにわたしはニッコリと笑って言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういうわけで、二人に勝ったことりが、ゆーくんのお世話をすることになったんだ」

 

「うん、もう何もツッコミたくないわ」

 

呆れたように言う俺にことりは再び服に手を伸ばしてきた。

 

「それじゃあ、脱ぎ脱ぎしましょうね~」

 

「抵抗しないって意味で言ったんじゃない!!」

 

ループするやり取りに頭の痛みが風邪のせいなのかそうじゃないのかがわからなくなってきた。

 

「もう! わがまま言っちゃだめだよ。ゆーくん、昨日からお風呂に入れていないよね? お風呂は無理でも身体を拭くとかしとかないと不衛生だし、リラックスして寝られないよ?」

 

「大丈夫! 昨日雛さんにちゃんと身体拭いてもらったから!」

 

「でもそれから大分時間経ってるよね? お風呂に入れない以上こまめに拭かないと遊くんだって気持ち悪いでしょ?」

 

「それは、そうだけど……」

 

実際ことりの言う通り、雛さんに拭いてもらってから半日以上は経っている。そして寝ている間、汗もかいていた。

 

「これは罰なんだから、ゆーくんに文句を言う権利はありません! ことりに脱がされなさい!」

 

「だから、待てって!!」

 

伸ばしてくることりの手首を強く掴んだ。

どんなに話しても結局最初のやり取りに戻る。

世話を焼いてもらえるのは有り難い。だけど、何の気なしに俺の身体を見たらきっと後悔してしまう。それだけは避けたかった。

 

「わかった! 身体を拭いてもらうから、その前に一つ俺の頼みを聞いてくれ!!」

 

俺の叫びが届いたのか、ことりは手の力を抜いてくれる。しかしその顔は不満そうだ。

 

「頼みって何かな?」

 

しかめ面には納得できないものがあるけど話が進まないのでここはスルーする。

 

「今から見るものは誰にも言うなよ――穂乃果にも、海未にもだ」

 

「どういうこと?」

 

「これからことりが見るのは人が知らなくてもいいものだから、だ。いいから、約束してくれ」

 

「……うん、わかった……」

 

雰囲気を察したことりは頷く。三人の中で一番空気を読むことに長けていることりは状況を理解するのが早い。

 

「ありがとな」

 

そういいながら、俺は片手でシャツを脱いだ。露になった肌を見てことりが息を呑んだのがわかった。

 

「ゆーくん、それ……!?」

 

驚きで掠れた声が耳に入る。ショックすぎてあまり声が出ないようだった。

ことりが目にしているのは小さいものから大きいものまで、俺の身体に刻まれた無数の傷跡。そして今まで誰にも見せてこなかった俺の過去。

 

「まあ、驚くよな」

 

ことりの表情を見て思った俺は、困ったような笑顔を浮べた。

 

「昔の名残ってやつだよ。ことりたちと出会う前からこっちに戻ってくるまでのな」

 

極めてなんでもないような声色で言うが、ことりは口に両手を当てたまま絶句している。まあ、こんな姿を見れば当然か。今のことりにはどんな言葉をかけても意味はないだろう。

 

「……どうして、ゆーくんが……こんな……なんで……」

 

しばしの沈黙のあと、言葉がことりから出る。その声は震えていた。途切れ途切れの言葉は要領を得ず、ことり自身、頭の中で整理がついていないようだった。

 

「ことり? 大丈――って、うおっ!?」

 

心配になって問いかけようとするが、それはできなかった。ことりがいきなり飛び込んできたのだ。

胸元に顔をうずめることり。顔は見えないが、震えが伝わってくる。

 

「ゆーくん、ごめんね……」

 

「お、おい……ことり……!?」

 

謝ってくることりに戸惑うよりも上半身裸のせいで彼女の柔らかさがダイレクトに伝わってくることに戸惑う。それに加えて汗臭い俺とは対称に女の子のいいにおいが鼻腔をくすぐってくるのも精神的にまずい。

 

「ごめんね……わたし、知らなくて……罰なんていって……」

 

だが、そんな邪念はことりの言葉ですぐさま吹き飛んだ。

 

「ゆーくん、嫌だったよね……? こんなつもり、わたし……本当に、ごめんね……!」

 

力強くギュッと抱きついて、ごめん、を繰り返すことり。彼女の顔から俺の身体へと雫が伝わってくる。こんなことになるとは思わなかった俺は動く片手でことりの頭を包み込んだ。

 

「ことり」

 

さらさらの柔らかい髪を撫でながら、俺は彼女の名前を呼んだ。

 

「ゆーくん……」

 

俺を見上げる瞳は後悔の涙で潤んでいる。俺はことりをあやすように言った。

 

「安心しろ、怒ってないから」

 

「でも、ことりが無理矢理脱がそうとしたから……ゆーくん、見せたくなさそうにしてたし」

 

「今まで隠してきてたのは見られるのが嫌だったわけじゃないんだ。昨日も雛さんに見せたし。ほら、こんなの見ても誰もいい気がしないだろう?」

 

誰にも見せないようにしてきり、ひとこと言って約束してもらったのはそういうことだ。

 

「三人が看病するって言いだしてからこうなることはわかってたんだ。ただ、いきなり見たら驚くだろう?」

 

「……今もビックリしてるよ」

 

ぐすっ、と鼻を啜りながらもようやくことりからでてきた軽口に俺は軽く笑って、頭をポンポンっと叩いた。

 

「それは仕方ないだろう?」

 

「……そうだね」

 

ことりも瞳に涙をためながらも小さく笑う。

俺は脇に落ちていた布を拾い上げてことりに差し出した。

 

「それじゃあ身体、拭いてくれるか?」

 

「うん……」

 

小さく頷いて、ことりは布を受け取って濡らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Kotori side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、拭くね」

 

「ああ、よろしく」

 

うつ伏せでさらけ出されたゆーくんの背中を濡らした布で拭き始める。

 

「加減はどうかな?」

 

「丁度いい。気持ちいいよことり」

 

「そっか、じゃあ続けるね?」

 

再度手を動かし始める。だが、わたしの意識は別のところに向いていた。

 

「……」

 

背中に広がる傷の跡。さっきは身体の正面だけを見ていて背中は見ていなかったけど、やっぱり傷だらけだった。

これだけの傷を負ったゆーくんは今まで一体何をされたのだろうか。少なくとも普通の生活とはかけ離れていたのは間違いない。

ゆーくんはわたしたちと出会う前から、って言っていた。もし虐待の傷だとしても跡に残るような傷なら誰も気づかない、なんてことはないはずだ。それなのにわたしたちはゆーくんが傷ついていることにすら気づかなかった。

でも、ひとつだけ心当たりがあるとすれば――

 

「……ことり?」

 

「ふぇ!? な、なにかな、ゆーくん!?」

 

「いや、なんか急に拭く力が強くなったから」

 

そう言われてわたしはハッ、とする。いつの間にか布を握り締めて遊くんの身体を沈めるように押し当てていた。

 

「え? あ――ご、ごめんね。痛かった?」

 

わたしは謝りながら力を抜いてゆーくんの身体を拭く。

 

「痛くはないけど、何か考え事か?」

 

「え、えーと……それは……」

 

見事に当てられて、口篭ってしまう。でも、これもいいチャンスだった。わたしは意を決して口を開いた。

 

「ねえ、ゆーくん」

 

「んー、どうした?」

 

気持ちよさそうな間延びした声。リラックスしているときにこんなことを聞くのはどうかと思うけど、それでも聞かずにはいられなかった。

 

「どうして、誰にも助けを求めなかったの?」

 

ゆーくんは我慢する節がある。しかもその我慢は少しのことでは崩れないほど強いのは知っていた。だけどこれはその限度を超えている。小学生や中学生が耐えられるようなものではないと思う。

わたしはジッとゆーくんの答えを待つ。

 

「そうだな……」

 

言葉を発したゆーくんは困ったような表情を浮べた。

 

「いま考えれば自分でも思うよ。どうして誰にも救いを求めなかったのか。穂乃果にことりや海未、雛さんみたいな信頼できる人がいたはずなのに……」

 

後悔なのか、なんなのか、外を見て遠い目をして語るゆーくんの気持ちはわたしにはわからない。

 

「ただ、あの頃の俺は愛華以外は信じていなかったんだろうな。ことりたちは眉をひそめたくなるだろうけど」

 

信じていなかったと言われても怒ることはできなかった。多分ゆーくんと同じ境遇だったらわたしも他の人たちを信じられなかったと思う。

 

「……」

 

わたしはゆーくんに掛ける言葉を探していた。いま彼に必要なのは同情でも慰めなんかでもない。

逡巡したあと、わたしはそっとゆーくんの手に自分の手を重ねた。

 

「ことり……?」

 

「よく頑張ったね」

 

存在を確かめるようにキュッと優しく力を込める。

 

「これからはわたしたちもいるよ。だからゆーくんは一人じゃないからね」

 

そういうわたしにゆーくんは驚いた表情を見せるもすぐに顔を綻ばせた。

 

「ありがとな、ことり」

 

「うん……」

 

"わたしがいるよ"と言えなかったのは自分の中に罪悪感と穂乃果ちゃんや海未ちゃんに申し訳ないという気持ちがあったからかもしれない。

でも、いつか必ず、言えたらいいなと、そう思った。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

誤字脱字、文構成がおかしなところがあればご指摘ください。




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どうして……



どうも燕尾です。
第三十話、できました。
楽しんでいただけるとうれしいです。





 

 

 

 

 

――Umi side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、遊弥。口を開けてください」

 

「……わかった」

 

そう促すと遊弥はおとなしく口をあける。どうやら抵抗することを諦めたみたいだ。

私はふぅ、ふぅ、と息を吹きかけてお粥を冷まして遊弥の口へと運ぶ。

男の人にこんなことを言うのは失礼なのだろうけど、はむ、と咥えてもきゅ、と口を動かしている遊弥の姿は小動物っぽくて可愛く思えた。

 

「いかがですか?」

 

「流石だな海未。美味しいよ」

 

遊弥から褒められて飛び上がりそうなほど私は嬉しくなる。

 

「でも、よくわかりましたね。私が作ったことに」

 

昼間はことりが勝って遊弥のお世話をしていたのだが、時間になり、公平を期すために私と穂乃果でジャンケンした結果、勝ったのは私だった。

そのとき、いい時間だったので、お粥を作ったのだけど、よく気づいたと思う。

 

「ああ。食べたときにすぐわかった。これは海未が作ってきてくれたものだって」

 

遊弥から出た言葉は思いもよらないものだった。

 

「お、お粥は誰が作ったとしても同じような味になると思いますよ?」

 

恥ずかしさから、誤魔化すように言ったが、遊弥は首を横に振った。

 

「そんなことはない。料理一つ、同じ手順でも作り手が変われば味も変わる。この丁寧な味付けは三人の中では海未にしかできないものだ」

 

「そ、そうですか……ありがとうございます」

 

多分いま、顔が見せられないほど緩んでいるだろう。お礼を言えても私は遊弥に顔を向けることができなかった。

 

「ほ、ほら! まだ、ありますから、たくさん食べてください!!」

 

「ちょっ、待て……一度にそんなに入らないしあつ、むぐっ!」

 

羞恥を紛らわすためか、掬っては口に突っ込ませる。まだ出来立てのお粥でそんなことをすると当然、

 

「あふっ、あふい! み、水をくれ!!」

 

動く右腕で口を押さえる遊弥。私は慌てて水を差し出した。

遊弥は喉を鳴らしながら水を流し込む。

 

「だ、大丈夫ですか、遊弥……」

 

「うう、少し舌がヒリヒリする……」

 

「す、すみません……」

 

「いや、いいんだ。それより、お粥ありがとな。美味しかったよ」

 

普通なら怒ってもおかしくはないのに、遊弥はいつも流す。

 

「遊弥は優しすぎますよ……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いえ、何でもありません! これ、片付けてきますね!」

 

私は嬉しさと同時にちょっとした寂しさを感じながらも、土鍋を片付けにいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……別に、俺は優しくなんかない。海未」

 

海未が部屋から去っていったあと、遊弥は小さく呟いた。

 

「卑怯で臆病で……自分勝手なやつだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ゆーくん。何かあったら携帯で起こしてね」

 

夜――穂乃果とことりに手を貸してもらい用を足し、後は寝るだけとなった。

夕食を作ってくれた海未は早々に寝てしまった。彼女は夜八時には布団に入り、滅多なことでは起きないほど睡眠が深い。

 

「ああ、ありがとうなことり。布団が変わって寝辛いかもしれないけど、今日はゆっくり休んでくれ」

 

「うん、そうさせてもらうね。それじゃあおやすみ、ゆーくん」

 

「おやすみ、ことり」

 

バタン、とドアが閉められて静けさが訪れる。それと同時に少しのもの寂しさを感じた。

誰かと一緒に家で過ごすなんて久しぶりだったからか、知らないうちに俺も嬉しかったのだろう。

 

「……寝るか」

 

物足りないからといって、動かない体では何もすることができない。できるのは次の朝までおとなしく布団に入っていることだけだ。

明日はもう少し体が動くように、と願いながら俺は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ゆうくん、なんで……なんでなにも話してくれないの……

 

 

悲しげな顔をする三人の少女。目に涙を滲ませて、真ん中の子以外は嗚咽の声が漏れている。

 

 

――もう俺と関わるな

 

 

――ほのかたちはただ、ゆうくんといっしょにいたいだけなのに

 

 

嬉しかった。噂に惑わされず、純粋に一緒にいてくれた三人には。

だけどこの先は一緒にいられない。一線を越えてしまった俺は一緒にいることができない。

 

 

――まって、まってよぉ! ゆうくん!!

 

 

――もう、俺とお前たちは関係ない、じゃあな

 

 

必死に引き止めようとする三人の声を無視して、背を向け歩き始める。

 

 

――いいのか、それで

 

 

――誰だ

 

 

どこからか声が聞こえる、大人びた男の声。

 

 

――あの子たちを泣かせてまで、やらないといけないことだったのか? それは

 

 

俺は決して後ろを見ない。ただ、悔しそうに唇を噛むだけ。男はそれを見たのかはぁ、と息を吐く。

 

 

――意地を張るのはいいけどな、すぐに壊れるぞ

 

 

――お前には関係ない

 

 

俺には意地を張ることが精一杯だった。それすらできないのならこの先、生きていけないからだ。

 

 

――そうかい、それならせいぜい頑張るんだな

 

 

それきり、聞こえてくるのは少女たちの泣き声だった。

聞くに堪えない俺はその場から逃げるように走り始めた。ごめん、ごめんな、と呟きながら。

それから自分がおかしくなり始めるのはそう遠くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――このクソガキ! うちの商品に手を出しやがって、ただで済むと思うな!!

 

 

――毎度毎度、いい加減にしやがれ!

 

 

痛い……俺はなんで殴られているのだろう。

いやわかっている。これは、報いだ。罪には罰がある。

 

 

――躾がなっていない子だね、あたしが代わりに躾てやるよ!!

 

 

――謝りもできないのか、このっ、ガキが!

 

 

蹴られて、殴られて、切りつけられて……俺の身体はボロボロだった。

でも、我慢しないとあいつが、生きられない。

 

 

これは俺が選んだ道だ。あいつと一緒に生きていくって。そのためにはなんでもするし受け入れるって決めたんだ。あいつのために。

こんなのはいつか終わる。それまで耐えればいい話だ。

 

 

痛い、痛い……痛い……痛い――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――痛くないよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、ふわりとした柔らかな何かに包まれる。

 

 

大丈夫だよ、もう、大丈夫――

 

 

優しい声が響き、背中を撫でられるような感覚があった。

不思議になって目を開けると、いつの間にか暴力を振るっていた大人たちはいなくなっていた。

俺は安心したのか意識を失うように暗い穴に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

気づくと眼前に壁があった。

 

「あ……起こしちゃった?」

 

いや、壁じゃなかった。声の持ち主は俺を抱きしめていた。それもご丁寧に柔らかい山が当たるように俺を横向きにさせて。

 

「穂乃果……何しているんだ?」

 

「それは……えへへ――いだぁ!?」

 

穂乃果は幸せそうに微笑んだが、それにつられて笑えるほど俺は甘くない。

 

「なにするのさ!」

 

頭を擦りながら穂乃果は軽く身を引く。

 

「お前な……俺今風邪ひいているんだぞ。移ったらどうする。離れなさい」

 

「駄目」

 

「駄目って……なんで穂乃果が決めるんだよ」

 

「気付いてないの? 遊くん、凄いうなされていたんだよ?」

 

「は?」

 

「痛いってずっと呟いてたし顔色も悪かったし、汗も凄かったし」

 

穂乃果に言われて服がすごいぐっしょりしていることに気付いた。

そして暗い中よく見てみると穂乃果の服が濡れていた。間違いなく俺の汗だろう。

 

「だからって抱きつくことはないだろ」

 

「遊くんがうなされててすごく辛そうだったし……それに遊くんの汗、嫌いじゃないから……」

 

まさかの発言である。どれだけ小さく言ってもこの部屋の中二人きりでは普段聞こえないものも聞こえてしまった。

 

「穂乃果……変態っぽいぞ」

 

「えっ!? いや、その、あの……!!」

 

わたわたと焦る穂乃果。

なにこの生物可愛いんだけど。こんな姿を見せられたらもう少しいじめたくなるが人の性。

 

「そっか、穂乃果は人の汗の臭いが好きな変態だったのか。いや、慌てなくていい。俺はどんな穂乃果でも受け入れるぞ?」

 

「う、うぅ~」

 

羞恥で目尻に涙を貯め、穂乃果は上目で睨んでくる。だが、俺には子犬の威嚇にしか見えなかった。

 

「なんてな。冗談はここまでにしておいて、早く――」

 

部屋に戻れと促そうとしたのだが、急に抱きついてきた穂乃果に防がれた。

しっとりと濡れた服が穂乃果の身体に張り付いて、彼女の身体を強調するような柔らかさを感じる。

 

「お、おい……」

 

穂乃果の顔が俺の顔のすぐ隣にあることに戸惑う。

穂乃果は返事をする代わりにギュッと抱きしめる力を強めてきた。

 

「穂乃果?」

 

「遊くんの馬鹿。誤魔化さないでよ」

 

その言葉に俺は口を閉ざしてしまう。

 

「いつもいつも……のらりくらりと避けて、穂乃果たち、そんなに信用ないかな……?」

 

「そんなこと――」

 

「じゃあ、なんで何も言ってくれないの……?」

 

 

――ゆうくん、なんで何も話してくれないの……

 

 

さっき見た夢の光景が脳裏に浮かぶ。あの穂乃果たちの悲しい目が、重なる。

 

「風邪引いて熱もあったせいか、変な夢を見ただけだ」

 

「遊くん……」

 

正直に本当のことを言えない俺は卑怯だ。穂乃果のこの表情を見てもまだ自分を優先してしまう。

 

「ほら、部屋に戻って穂乃果も寝ろ。寝巻きがそれしかないなら、あそこのタンスの中に俺のシャツとジャージが入っているから、好きに使ってくれ」

 

「うん、わかった……」

 

穂乃果は俺から離れてジャージとシャツを取り出し、部屋から出て行く。

 

「はぁ……」

 

俺はため息をつく。

彼女のぬくもりが離れていったときに寂しいと感じてしまった俺はどこまでも自分勝手だ。

自分への嫌悪を誤魔化すように俺は布団を被りもう一度眠りにつく。

それでも、穂乃果のおかげか、もうあの夢の続きを見ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
今後もがんばっていきます。




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生徒会長の訪問



どうも燕尾です。
三十一話目です。





 

 

 

「ん……」

 

カーテンの隙間から入ってくる光が俺の目を覚ます。

まだ慣れない目を擦り、ぼけっとした頭で周りを見渡す。壁に立てかけてある時計の針は六時と半分を指していた。

そのとき、タイミングを見計らったようにドアが開く。

 

「あ、おはよ、遊くん」

 

入ってきたのは穂乃果だった。しかもちゃんと着替えて身なりもしっかり整えている。多めに見積もっても六時前から起きていただろう。普段もっと遅く起きる彼女からは考えられない時間だった。

 

「早起きできるんだな、穂乃果。初めて知ったよ」

 

「ひどい!? 遊くんは穂乃果のことなんだと思っているの!?」

 

「寝るの遅かっただろう。大丈夫なのか?」

 

「流した!?」

 

元気いっぱいでぐーたらな高坂穂乃果です。

口に出したらさらに怒られるので決して言いはしない。

 

「……眠いけど、遊くんの看病のために来たんだもん。いつまでも寝ていられないよ」

 

頬を膨らませながらそんなことを言う穂乃果。

意外だ、何事も我が道を往く穂乃果がこんなまともなこと言うなんて。

 

「いま、意外って思ってたよね」

 

「……今日もいい天気だな」

 

「誤魔化した! 今思いっきり誤魔化したよね、遊くん!?」

 

むしろなぜ俺の考えていることが分かった。女の子って本当に怖いときがあるな。

 

「もういいよ……それより、調子はどうかな?」

 

「ああ、昨日からは熱も大分下がったし、体も少し動くようになった」

 

昨日までは右腕しか動かなかったのだが、今は全身ある程度力が入るようになった。だが、普段の生活のように動き回るということはできない。

 

「そっか、どれどれ……」

 

申告したはずなのに穂乃果は俺のでこに手を当て始めた。

柔らかくひんやりした彼女の手が気持ちいい。が、これはこれで気恥ずかしい。

 

「お、おい……」

 

「遊くんは嘘つきだからね。こうやって自分でも確認しないと……うん、確かに熱は下がってきてるみたいだね」

 

身から出た錆とはいえ、こういうところの信用がなくなってきている?

思いがけない反撃に俺は少し反省する。

 

「それじゃあ、海未ちゃんに朝ごはんの用意お願いしてくるね」

 

「穂乃果、ちょっと待ってくれ」

 

背を向けた穂乃果に待ったをかける。

どうしたの? という穂乃果に俺は真面目な顔で頼んだ。

 

「悪い、トイレにつれてってくれないか? まだあまり力が入らないんだ」

 

「あ、うん、わかったよ。うんしょ――」

 

素直に肩を貸してくれる穂乃果。雛さんのときのように全身が動かないというわけではないので、負担は少ないはずと信じたい。

意識を穂乃果に向けると彼女の匂いが伝わってくる。しかもこの匂い、俺のが使っているシャンプーの匂いだ。

 

「穂乃果。もしかして、風呂に入ったのか?」

 

よく見ると、髪の毛もしっとりとしている。

唐突の問いに穂乃果はきょとんとしている。

 

「うん、起きたときに使わせてもらったけど……もしかして駄目だった?」

 

「そんなことはない。ただ……」

 

ただ? と不思議にこっちを見ている穂乃果。これが何にも意識していないのだから恐ろしい。

 

「いや、なんでもない! そうだよな、昨日の事もあるしな。好きに使ってくれて大丈夫だ」

 

「?」

 

穂乃果は何がなんだか分からないって顔をしている。

一度そう意識してしまうと、なかなか頭から離れない。穂乃果の柔らかな肌とか、いい感じに膨らんでる胸とか、年頃の男には辛いものがあった。

無に、心を無にするのだ! そう、清らかな心で今日一日を過ごすのだ!!

 

「遊くん」

 

「ふぁい!?」

 

そんな決心は穂乃果の一声で早くも崩壊した。穂乃果は指を目の前の扉を指す。

 

「トイレついたよ? どうするの?」

 

「ああ、ありがとな。すぐ終わらせるから待っててもらえると助かる」

 

俺はドアや壁を支えにして逃げるように入り込む。

俺が一方的に意識していただけ。ここは用を足して下も頭もすっきりさせよう、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風邪を引いたとき熱も下がってきて大分調子が戻ってくると、次なる敵が襲ってくる。

そう――暇である。

 

「さすがに日中は眠たくないしなぁ……」

 

穂乃果たちはいま、家の掃除などの家事をしてくれている。

彼女たちには悪いが、体の自由が利かない俺ができることはただこうしておとなしく本を読んで療養することだけだ。

とはいっても限度がある。俺の周りには読み終わった本が山のように積まれていた。

 

「三日も寝たきりだとさすがに暇だな。何か面白いものはないか――」

 

積まれた本の中から面白そうなのを物色していると、突然、携帯の通知が鳴る。

 

「あ……」

 

画面には絵里という文字。

 

「そういえば絵里先輩に状況報告をするのをすっかり忘れていた」

 

倒れた俺を生徒会室で応急処置してくれた絵里先輩。

 

「今度ちゃんとお礼しとかないとな。ハンカチも返さないといけないし」

 

どうしようかと思いつつ絵里先輩から送られてきたメッセージは見ると、俺の予想通り、体調のことだった。

 

 

絵里

こんにちは、調子のほうはどうかしら?

 

 

遊弥

こんにちは。まだちょっと残っていますが熱は大分下がりました。身体もある程度力は入りますけど補助がないとまだ動けないです。

 

 

絵里

ええっ、大丈夫なの!?

 

 

遊弥

はい、明日ぐらいには動けるようになりそうです。後は様子見で二日ほど学校を休むことになりますけど。大事には至りませんでした。

 

 

絵里

倒れておいて大事じゃないって言うのもどうかと思うけど。とりあえず安心したわ。

今からお見舞いに行きたいのだけれどいいかしら?

 

 

――え゛っ、今から!?

 

 

絵里

いま遊弥君の家に近いところにいるの。だから様子見で行こうかなって、思っていたのだけど。

 

 

やばい、穂乃果たちと鉢合わせたら間違いなくやばい。それに、泊まっていることまでバレたらおそらく命はないだろう(直感)。というか、どうして絵里先輩は家を知っているんだ?

 

 

絵里

遊弥君、どうして慌てているのかしら……?

 

 

なんかもうバレとる――!?

絵里先輩はエスパーですか!?

 

 

遊弥

慌ててませんよ、ちょっと携帯を落としちゃいまして。まだ力が入らないものですから。

 

 

絵里

そう。ならお世話も兼ねて今から行くわね。後数分で着くから。

 

 

ここで断ろうものなら余計に怪しまれる。だが、家に穂乃果たちがいる。絵里先輩の到着は数分後。

あ、もうこれ詰んでいるじゃん。

 

 

遊弥

わかりました、待ってます。一応地図載せておきますね

 

 

と、絵里先輩が来ることが決定した。。

こんな言い方は失礼だけど、暇だと嘆いていたほうがまだ幸せだったのかなと俺は思った。

数分後、宣言どおり、インターフォンが鳴り響き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、どちらさまで……えっ、生徒会長……?」

 

「あなたは……どうしてここに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果と絵里先輩の戸惑う声がかすかに聞こえてくる。

俺はこれからどうしたものか、と天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絵里先輩が来てくれるなんて思ってませんでした」

 

「それはどういう意味?」

 

俺の部屋に通された絵里先輩の鋭い視線が俺を射抜く。

 

「いや、スクールアイドルのことであまりよく思われていないと思ってましたから」

 

心外ね、と絵里先輩は今度こそ不機嫌になって軽く頬を膨らませた。

 

「確かにスクールアイドルにいい感情はないけれどそれとこれとは別。友達の心配をしているだけよ。遊弥君が最初に言ってくれたことじゃない」

 

絵里先輩が言っているのは俺が生徒会に誘われたときのことだろう。

 

「それとも、もう私とは友達じゃないのかしら?」

 

不安そうに聞く絵里先輩に俺は首を横に振った。

 

「いえ、絵里先輩は友達ですよ」

 

俺の言葉に安心して笑顔になる絵里先輩。

 

「それを聞いて安心したわ」

 

さて、と差し出されたお茶を飲み、一息入れた絵里先輩は、

 

「――それじゃあ聞かせてくれる? どうして遊弥君の家にあの子たちがいるのかしら?」

 

そう俺に問いかけてきた、もちろん笑顔のまま。

だが空気は一変し、さっきまでにはなかった重苦しい空気が俺の部屋を支配する。笑顔を浮かべている絵里先輩の表情が俺のSAN値をガリガリと削っていく。

ここは場を和ませるための小粋なジョークを披露せねば!!

 

「あの絵里――」

 

「遊弥君」

 

「は、はい!」

 

出鼻を挫かれた俺は声が上ずった。顔は可愛いのに恐怖しか感じられない。

 

「どうして彼女たちがいるのかしら? しかも様子から察するにあなたの家に泊まっているでしょう?」

 

おそらく三人のあの大荷物を見たのだろう。絵里先輩からの視線が痛い。まるで以前テレビでやっていた恋人の浮気現場がバレたような感じだ。

 

「えっと、それは……というより、どうして俺の家を知っているんですか?」

 

逃げるために話題を逸らす。すると今度は絵里先輩が苦い顔をした。

 

「……理事長から聞いたのよ。私も一応貴方の状態を知っていたから」

 

そう言った絵里先輩の顔はどこか寂しそうだった。

本当のところもっと別にあるのでは、とすぐに感じた。言えないのは理由があるのだろう。俺は深く追求することはしなかった。

だけど、もしかして――

 

「それで、私の質問に答えてくれる? どうして彼女たちがいるのかしら?」

 

そんな思考を打ち切るように再び絵里先輩の鋭い視線が来る。そしてどうやら俺の作戦は見事に失敗したようだ。

 

「看病してくれていたんです。ほら、誰かの手を借りないと食事もトイレもまともにできませんでしたから」

 

「看病は仕方ないとはいえ……あまり感心はしないわね。年頃の男女が一つ屋根の下で寝泊りというのは」

 

「それは……」

 

絵里先輩が俺を攻めるように見る。客観的に見るとよくないっていうのはわかっていた。が、そのことで彼女たちまで攻められるのは心苦しかった。

 

「まあ、最終的に認めたのは俺なんで穂乃果たちを攻めないでください。実際、穂乃果たちが来てくれて助かりましたし、それに遅くに帰すのも危ないですから」

 

理解はしても納得はできない、というような表情をする絵里先輩。

こればっかりは仕方がない。もともと立場が弱かった俺があの三人に勝てるわけがなかったのだ。

 

「変なことはしてないわよね?」

 

「元々するつもりもないですけど、こんな体ですよ。したくてもできるわけないでしょう。それに穂乃果たちの信頼を裏切ることは絶対にしないです」

 

「遊弥君って、けっこう残念なのかしら……」

 

絵里先輩から聞いてきたから真面目に答えたのになぜか呆れられていた。解せぬ。

 

「まあいいわ。あまり長居したら遊弥君も休めないでしょうからそろそろ帰るわ」

 

「そんな気を使わなくてもいいんですけどね。大分休んでさっきまで暇を持て余してましたし」

 

「それでもよ。それと、明日から学校なのだから南さんたちも早めに帰らせなさいね」

 

「ええ、わかってますよ」

 

あの三人は俺の風邪が治るまで俺の家から学校に通うつもりです。

なんて、口が裂けてもいえなかった。すみません、絵里先輩。

絵里先輩は立ち上がり、帰ろうとする。

 

「……」

 

だが、なぜか立ち止まり、ドアのほうをじっと見ていた。

 

「どうしたんですか、絵里先輩」

 

「ごめんなさい、遊弥君に渡すものがあったのを忘れてたわ」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべた絵里先輩は俺に近づく。そして、

 

「――ん」

 

「っ!?」

 

ガタンッ!!!

 

前髪を上げてでこにキスをしてきた。

 

「え、えええ絵里先輩!?」

 

「早く治るおまじないよ。それじゃあ、お邪魔しました」

 

顔が真っ赤であろう俺に絵里先輩はウィンクをして部屋を出て行った。

俺はキスをされたでこに手を当てる。一瞬だったが、絵里先輩の柔らかな唇の感触がまだ残っていた気がした。

 

「これじゃあ、ぶり返すだけですよ。絵里先輩……」

 

人知れずつぶやく俺。でこでもキスをされた事実が俺の顔を熱くさせた。

一人悶絶していると、唐突に、勢いよく、ドアが開かれた。

そこには虚ろな状態で三人が立っていた。その姿にそこはかとない怖さを感じた。

 

「ほ、穂乃果? ことりに海未も……いったいどうした?」

 

「遊くん……生徒会長と何していたの?」

 

「なにって、ただ話してただけだ」

 

「嘘、ですね」

 

「ことりたち見ちゃったんだ……生徒会長がゆーくんにキスするところ」

 

なんか物音が聞こえたと思ったらこいつら覗いていたのか!

絵里先輩のあの悪戯のような笑みも納得した。絵里先輩は穂乃果たちに気づいてあんなことをしたのだ。

 

「ま、待て。突然だったんだ。俺も不意を突かれただけなんだ」

 

必死に弁明するも、一歩一歩、ジリジリと詰め寄ってくる三人。

 

「ほら! 絵里先輩も早く治るおまじないって言ってたし、そこに他意も何もないはずだ。絵里先輩もロシアに住んでたこともあっただろうし外国の文化なんじゃないか? きっと!!」

 

「でも、遊くん。ちょっと嬉しいって思ったでしょ?」

 

「それはもちろん……はっ!?」

 

流れるような穂乃果の質問に、つい口を滑らせてしまった。

三人の背後からもれていた殺気が膨れ上がる。

 

「い、今のは卑怯だと思います裁判長!!」

 

「そんな人はいませんよ、遊弥」

 

三人が俺を取り囲む。この場には検察しかいなかった。あれ? 弁護士は!?

 

「ふふふ、遊弥。覚悟はできてますね?」

 

「ゆーくん、とりあえずおとなしくしてね。じゃないとどうなっても知りませんよ?」

 

「大丈夫だよ遊くん。穂乃果たち、遊くんの看病するだけだから……」

 

どこから取り出したかわからない葱を穂乃果が構える。

 

「穂乃果? その葱はいったい……」

 

「この葱を人のある部分に挿すと治りが早いんだって」

 

「ゆーくん、顔が赤くなって熱がありそうだから、ちょうどよかったね♪」

 

「さあ、遊弥。注射の時間ですよ」

 

それ間違った民間療法だから!! まったく効果ないから!!

逃げようにも体は動かないし、退路は目の前の三人にふさがれているし、もうどうしようもなかった。

ことりと海未が俺の体を抑え、穂乃果が挿し口をロックオンする。

 

「落ち着こう、三人とも! 話せばわかるから……待ってくれ……ちょ、ズボンを脱がすな、や、やめろ……やめてくれえええ!!!!」

 

悲痛な叫びが萩野家の外まで響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……これで三人を泊めた件は不問にしてあげるわ。遊弥君♪」

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回更新もがんばります。




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やりたいこと


どうも燕尾です。
第三十二話目です。




「なんか制服を着るのも久しぶりだな気がするな」

 

鏡の前で袖を通しながらそんなことを呟く。

絵里先輩が見舞いに来てから二日後。風邪はものの見事に完治していた。

今日の穂乃果たちの朝練習にも行こうとしたのだが、病み上がりだから明日にしろ、と押し切られた。だから今日は久々にゆっくりとした登校だ。

その穂乃果たちは絵里先輩が見舞いに来た日に先輩が帰ったあと、日が暮れそうな頃に強制的に家に帰した。

文句を言われたが、次の日は学校だったし、年頃の男女が数日一つ屋根の下に生活するのはやっぱりよくない。

雛さんに連絡して、迎えに来てもらって引き取ってもらったのだ。

そのとき雛さんが小声で、ヘタレたわね、と言われたことはこの先忘れることはないだろう。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

身だしなみを整え、ちょうどいい時間になって、俺は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に着いた俺は、いろいろな人から声をかけられた。

何故か俺が風邪を引いていたことは校内に出回っていたのだ。

やっぱり唯一の男子生徒の動向はみんな気にしてしまうのだろうか? だが、みんな善意で心配してくれていたのだから嬉しく感じる。

まあ、中には二度と来なければよかったのにという視線を向けていた人もいたけど、別に気にはしない。

すると、突然肩をたたかれる。

 

「おはよー、遊弥くん。元気になったんだね?」

 

「おう、おはよう。おかげさまでな」

 

いろいろと注目されている中、挨拶してきたのはヒデコだった。その後ろにはミカとフミコもいた。

 

「クラスのみんなも心配してたよ、二日間も来ないんだから。まあその中でも特に心配していたのは、穂乃果たちだったかな。口を開けば遊くん、遊くんって」

 

「私たちも心配したよ。ライブが終わった後、急に倒れるんだもん」

 

「悪かったな。辛かったのは土日だけであとの二日間は様子見ってことで休んでいたんだ。今日だって本当は穂乃果たちの朝練に付き合うつもりだったんだけど、病み上がりだからって止められたんだ」

 

「それは穂乃果たちの言うとおりだよ。念のためってやつ。無理はしないほうがいいでしょ」

 

「まあそれはいやというほど学んだからこうしてこの時間に来ているんだけどな」

 

正直、穂乃果たちが来てくれたのは有難かったが、大変でもあった。お仕置きもされた(ネギ突っ込まれた)し。

学校を休んでいた二日間も何故か練習をせず、穂乃果たちは俺のところに来て看病しようとしていた。

そのときには身体も動くようにはなっていたので、お茶を出していい時間になったときに帰したのだが。

まあ、それほど心配をかけていたと思うと、何で練習してないんだって強くは出られなかった。

 

「そっか、それなら私たちも安心だよ」

 

「もう、あんなことはないようにね?」

 

「ああ。気をつけるよ」

 

俺の言葉に三人はうなずいた。そこで俺はあることを忘れていた。

 

「そういえば――ライブ、手伝ってくれてありがとな。おかげで助かった」

 

俺はヒデコたちに頭を下げた。まだ三人にお礼を言っていなかったのだ。

 

「いいよいいよ、そんな改まって言わなくても」

 

「そうそう。私たちがやりたくてやったことなんだし」

 

「遊弥くんたちが気にすることじゃないよ。むしろもっとこき使ってくれても良いからね」

 

三人は気楽な言葉をかけてくれてはいるものの、面と向かったお礼が恥ずかしかったのか、顔を赤くしていた。

ヒフミトリオの見たことのない照れ顔に俺は軽く笑う。

 

「「「な、何で笑うのさっ!?」」」

 

「なんでもない」

 

同じタイミングで同じことを口にする三人に笑いながらも俺は言う。

 

「まったく、遊弥くんって意地悪なときがあるよね」

 

「本当に、穂乃果たちも苦労しそうだね」

 

そこでなぜ穂乃果たちが出てくるのかはわからないが特に気にはしない。

 

「まあ、世話が焼けるかもしれないけど、これからも穂乃果たちをよろしく頼むよ」

 

不満そうにしていたヒデコたちも顔を見合わせて、

 

「「「うん、任せてっ!」」」

 

最後には笑って頷いてくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Hanayo side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は一人、ため息をついていた。

 

「かーよちん♪」

 

皆が帰る支度をしている中、声をかけてきたのは幼馴染の凛ちゃん。私の親友だ。

 

「部活決めた?」

 

凛ちゃんの言葉にドキリとする。確か昨日は今日には決めるといっていたけど、私は未だに決めることができてなかった。

 

「昨日は今日までに決めるって言っていたけど?」

 

「そ、そうだっけ……明日、決めるよ」

 

とぼけて結論を先延ばしにする。私の悪い癖だ。だけど、そんなことは幼馴染の凛ちゃんには通用しなかった。

 

「そろそろ決めとかないと、みんな部活はじめてるよ?」

 

そう、体験入部や新入生歓迎会から経て、入部を決めた子たちはみんな本格的な練習を始めていた。残っているのは部活に入らないときめている子と、私のような悩んでいる人ぐらいなものだった。

 

「り、凛ちゃんはどうするの?」

 

「凛は陸上部に入ろうかなーって」

 

陸上……確かに凛ちゃんはスポーツが得意で足も速いから陸上部はあっている。

 

でも、私は――

 

「あっ、もしかして――スクールアイドルに入ろうって思ってたり?」

 

凛ちゃんは座っている私と目線を合わせて、周りに聞こえないような声で言った。

 

「ええっ!? そ、そんなこと、ない……」

 

「ふーん、やっぱりそうだったんだねー」

 

否定したはずなのに凛ちゃんは納得したように言う。

 

「わ、私は――わむっ!?」

 

凛ちゃんは私の口を人差し指で押さえつけて言葉を止めた。

 

「だめだよー、かよちん。嘘つくとき必ず指をあわせるから、すぐわかっちゃうよー」

 

さすがは幼馴染というか、私が嘘をついていたのなんてお見通しだった。

 

「ほら、私も一緒に行ってあげるから、先輩たちのところに行こ?」

 

「えっ!? 待って! ま、って!」

 

ぐいぐい、私の腕を引っ張る凛ちゃん。まだ心の準備すらできていないのにいきなりは無理だった。それに、

 

「あ、あのね、これはわがままなんだけど……」

 

「ん? なに?」

 

凛ちゃんは首をかしげている。

 

「もし……私がアイドルやるっていったら、一緒にやってくれる?」

 

「凛が?」

 

「うん……」

 

一人で心細いっていうのはあるけど、私は凛ちゃんと一緒にアイドルをしたかった。だけど、凛ちゃんは――

 

「――無理無理! 凛はアイドルなんて似合わないよ。ほら、髪も短いし、何より――女の子っぽくないから!」

 

そんなことはない。私から見ても凛ちゃんは女の子っぽい女の子だ。でも昔にあることを言われて、凛ちゃんは自信を持てなくなってしまった。

 

「とりあえず、凛は陸上部のほうに行ってくるね。かよちんも早く決めないとだめだよ?」

 

「あ、凛ちゃん!」

 

逃げるように教室から出て行く凛ちゃん。

 

「嫌な思いさせちゃったかな……私もそろそろ決めないとだよね」

 

私も帰る支度を済ませ、教室から出たところで空き教室前に立っている人を見かける。

 

「西木野さん……? それに、あれは……」

 

空き教室前には今までなかった机とプリントがあった。私は西木野さんに見つからないように教室の陰に隠れて様子を見る。

西木野さんは机に置かれているプリントの一枚を持ってそのまま帰っていく。完全にいなくなったことを確認して机のところに行く。

 

「――あれ、なにか……?」

 

そのときに足に何かがあたる感触があった。床に落ちていたのはメモ帳のようなもの。それは私も見覚えがあったものだった。

 

「これ……」

 

中を開くと、西木野さんの写真や誕生日、連絡先が書かれてある生徒手帳だ。

 

「どうしよう……」

 

「そこでしゃがみこんで何してるんだ?」

 

悩んでいると、後ろから声をかけられた。

 

「ぴゃあああ!!」

 

「うわっ!?」

 

誰もいないと思っていただけに急に話しかけられてびっくりして、変な声が上がる。相手方も驚かせてしまったようだ。

 

「わ、悪い、驚かせるつもりはなかったんだ!」

 

知ったことのある声。というより、この学校ではただ一人の男の人の声。

 

「は、萩野先輩――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果たちに頼まれて勧誘のプリントの捌き具合を見に来たところ、しゃがんでいた小泉さんを発見して声をかけたところ、驚かせたのか、小泉さんは奇声を上げてしまった。

 

「こ、こんにちは、小泉さん」

 

「こ、こんにちは萩野先輩。どうして一年生の教室に?」

 

俺は小泉さんの後ろにある机を指差した。

 

「わ、私ですか!?」

 

のだが、位置的に小泉さんを指したようになっていたのか、彼女は慌てだした。

 

「違う違う、その後ろだよ。後ろのプリントがどれくらい減っているのか見に来たんだよ」

 

「えっ? あ、こっちですか! 私ってばなんて勘違いを……うう、恥ずかしいです……」

 

「いや、それは誰にだってあるものだから気にするな。それより、小泉さんはここで何をしてたんだ?」

 

「えっと、西木野さんの生徒手帳がここに落ちてて……最初誰の物かわからなくて確認してたところに萩野先輩が……」

 

「なるほど、悪いことしたな」

 

「いえ、そんなことは! それより、これどうしましょう……」

 

小泉さんはちょっと迷ったように言う。とりあえず明日渡せば良いと思うけど、

 

「西木野さんの生徒手帳がここにね……」

 

ということは少なからず興味を持っていてくれているってことか。目の前の小泉さんもスクールアイドルが好きなようだし、ちょうどいいかもしれない。

 

「ふむ……それだったら今から届けに行くか?」

 

「ふぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚きました。萩野先輩、西木野さんの家を知ってるんですね」

 

「西木野さんと知り合ったのはつい最近だけど、その前から何度か家にお世話になったんだよ。西木野さんの父親が俺の主治医みたいなものだったから」

 

それを聞いた小泉さんは申し訳なさそうな顔をした。

 

「おっと、気にしないでくれ。うちの爺さんと西木野さん夫妻が知り合いでね。怪我したときとかにお世話になってただけだよ」

 

最近は作曲をするために西木野家族にはお世話になっていたけど、今言うことでもないだろう。それより俺は本題へと移る。

 

「そういえば聞きたいんだけど、小泉さんはスクールアイドル好きなのか?」

 

「ええっ!? ちが……わ、私は……」

 

唐突だったのか、小泉さんは言葉がしどろもどろになってしまった。

 

「いや、深い意味はないんだ。熱心に穂乃果たちを応援してくれたし、ライブも来てくれたからひょっとしてって思っただけだよ」

 

俺は誤魔化しを入れながら考える。

この子はどうやら自己主張が(とぼ)しいみたいだ。好きなものを好きと堂々と言うことができないタイプ。

なら、自然に引き出させるだけのこと。

 

「知ってのとおり、穂乃果たちがスクールアイドルを始めたんだけど、俺も穂乃果たちも他のグループのことをあまり知らないからね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ああ。自分たちのことで精一杯だったから、もし詳しかったら道すがら少し教えてほしいんだけど?」

 

「私なんかが、いいんですか?」

 

不安そうにする小泉さんに俺は頷いた。

 

「俺の方が頼んでるんだよ小泉さん。君が良いなら教えてくれないか」

 

「わ、わかりました。えーとですね……」

 

最初は遠慮がちで始まった小泉さんの話。

だが、やっぱり好きなものを話すと、人はテンションが上がっていくようで、

 

 

「それで、このグループがですね――!」

 

 

「こっちのグループは――」

 

 

「で、なんといってもA-RISEがですね――!!」

 

 

最終的には今まで見たことのない小泉さんが出来上がっていた。

こうして、好きなものを自由に語っている姿を見ると微笑ましく思う。本当に好きなんだなスクールアイドル。

 

「それで私も――あ……」

 

すると突然、声を漏らして小泉さんは口を閉ざした。

 

「どうした?」

 

「その、すみません。私一人で勝手に盛り上がっちゃって……」

 

どうやらちょっと冷静になってさっきまでの自分が恥ずかしくなったようだ。

 

「私、自分の好きなものになるとついテンションがあがっちゃって……本当にごめんなさい」

 

「どうして謝るんだ? 好きなものを楽しそうに喋っている小泉さん、すごく可愛かったよ」

 

「ふええ!?」

 

「そういうのって魅力の一つだと俺は思う。純粋に向き合って、知ろうとして、打ち込む姿は輝いて見える」

 

これは俺の持論だけど、人が好きなものを隠すという行為は恥ずかしさや理解されないことへの恐怖など一種の後ろめたさがあるんだと思っている。だけど、それは自分でその好きなものを貶めていることに過ぎない。

人それぞれ理由はあるだろうが、隠す必要なんてないと思う。

 

「それに小泉さん。さっき、私もやってみたい――そう言おうとしてたでしょ」

 

小泉さんは驚いた目で俺を見る。どうやら当たっていたようだ。

 

「こういう言い方すると無責任だと思うかもしれないけど、そんなに好きで身近にできる場所があるんだ。やってみても良いんじゃないか?」

 

「でも、私は……」

 

「自分は地味だし、一人じゃ心細い、か?」

 

地味だといわれても小泉さんは怒りはしなかった。自分でそう信じているからだ。

 

「……萩野先輩、何でもわかるんですね」

 

「何でもはわからない。小泉さんはわかりやすいタイプだからな」

 

「なんかその言い方、ひどいです……」

 

少し拗ね気味の小泉さんにごめんごめんと謝る。

 

「でも、地味だから――自分なんかがって言うのはやらない理由にならない」

 

それはやることを放棄しているのと同じ。自分自身について自己評価なんて周りの評価から逃げるための口実だ。

 

「きっかけを他人に求めちゃいけない。人は悩んで悩んで……自分でその一歩を踏み出すしかないんだ」

 

「一歩を、踏み出す……私にできるのでしょうか?」

 

「人間、大抵のことは何とかできると思うけど?」

 

そんな話をしているうちに西木野さんの家がすぐそこまでに迫っていた。

 

「ついたよ。ここが西木野さんの家だ」

 

「ほ、ほえ~……ここが西木野さんの家、ですか。すごく、大きい……」

 

小泉さんは家のでかさに後ずさっていた。

まあ、初めて見るとビックリするよな。住宅街に一軒だけ屋敷があるようなものだもの。

 

「それじゃあ、小泉さんに最初の一歩を踏み出す練習をしてもらおう――さあ、西木野さんの家のインターフォンを押すんだ!!」

 

「は、はい」

 

 

――ピンポーン

 

 

小泉さんは躊躇いもなくインターフォンのボタンに手をかけた。

うん、小泉さんって内気な感じだけど行動力はあるものね。知ってた。

 

『はい』

 

すぐに電子の混じった音声が聞こえる。

 

「あ、あの真姫さんと同じクラスの、小泉です」

 

「こんにちは、先輩の萩野です」

 

もう誰だかわかってはいたけれどあえてそう名乗る。

 

『あら、遊弥君も。今行くわ』

 

プツリと通話が切れてから一分もしないうちに出迎えに来る美姫さん。

俺たちはそのままリビングへと通される。西木野さんは家にはいない。病院の方に行ってるのか?

 

「ちょっと待ってて、いま病院の方に顔出しにいってるから」

 

それから間も無く、ただいま、と西木野さんの声が聞こえてきた。

 

「ママ? 靴があったけどお客さん――って、あなたたちは……」

 

何しに来たのよ、とでも言いたそうな顔をしている西木野さん。

 

「何の用?」

 

実際に言葉にされたよ。西木野さんは素直なのか、そうじゃないのかたまに分からなくなる。

 

「西木野さんに届け物だよ。な、小泉さん?」

 

「はい……西木野さん、これ……」

 

小泉さんは懐から拾った生徒手帳を西木野さんに渡す。

 

「どうして貴女がこれを……?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「どうして謝るのよ」

 

それは西木野さんが威圧するからだよ。あ、うん、ごめん。怖いからその視線向けるのやめて。

西木野さんを宥めるのが駄目なら小泉さんのフォローをしよう。

 

「そうだぞ小泉さん。むしろここは恩を売り付けてもいい――」

 

「貴方は黙ってなさい」

 

はい、すみません。

 

睨まれた俺はすぐ言葉を飲み込む。どうやら俺はおとなしく見守っていたほうがよさそうだった。

 

「あ、ありがとう……その、届けてくれて」

 

恥ずかしいのか、お礼を言ったあと目を逸らす西木野さん。

お互い遠慮している空気の中、小泉さんが切り出した。生徒手帳が落ちていたところでの西木野さんの行動について。

 

「西木野さん……μ'sのポスター、見てた……よね?」

 

「は、私が? 知らないわ。人違いじゃないの?」

 

あくまで白を切ろうとする西木野さん。だけど俺には西木野さんの鞄からはみ出している宣伝用ポスターが見えていた。

小泉さんも西木野さんがポスターを持っているところを見ていたらしい。

 

「でも、手帳もそこに落ちてたし……」

 

それに、生徒手帳を拾った場所が何よりの証拠だ。誰も使っていない空き教室の前に何かがなければ足など止める人はいない。

 

「ち、違うの!! それは――」

 

途端に焦り出す西木野さん、でもそんな急に立ち上がったら、

 

「い、いった……ああ!?」

 

テーブルに膝がぶつかり、膝を抱えてしまったところでバランスを崩す西木野さん。彼女は自分が座っていたソファーとともに倒れこんでしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

小泉さんは慌てて無事を確認する。

 

「へ、平気よ……まったく、変なこというから――というか、貴方は少しは心配しなさいよ! なに暢気(のんき)に紅茶飲んでいるのよ!!」

 

「へっ?」

 

すると、矛先が優雅に紅茶を(すす)っている俺に向いてきた。

 

「ああ、この紅茶おいしくて、もう一杯もらうな」

 

「人の話を聞きなさい!」

 

ティーポットから紅茶を注いでいる俺に突っ込みを入れる西木野さん。

黙っていろっていったり、構えって言ったり、言ってることがコロコロ変わっているぞ、まったく。

 

「ぷ……あは、あははは……」

 

ぽかんとしていた小泉さんは笑い出す。

 

「ちょ、笑わない!」

 

「こんな体勢の西木野さんと一緒に笑われるのは納得しないぞ」

 

「それはこっちのセリフよ!!」

 

倒れたままキッ、と睨んでくる西木野さん。

 

「あははは!」

 

その様子がなおさらおかしかったのか、ついには声を上げた。

 

「ほら、西木野さんのせいで小泉さんが我慢できなくなったよ」

 

「貴方のせいよ――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、リビングから離れたある個室では――

 

 

 

「あらあら、なにやら楽しそうな声ね♪ いったい、何を話しているのかしら」

 

ギャーギャー聞こえてくる子供たちの騒ぎ声をほほえましく思いながら、美姫は紅茶を啜るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がスクールアイドルに?」

 

紅茶を一口飲んで、問いかける西木野さんに小泉さんが頷いた。

 

「私、放課後いつも音楽室の近くに行ってたの。西木野さんの歌、聞きたくて」

 

「私の?」

 

小泉さん曰く、西木野さんが音楽室で歌っていることはあるクラスでは程度知られているらしい。

だが、人を寄せ付けようとしない態度と従来の取っ付き難さも相まって誰も近づこうとはしなかったのだ。

 

「うん。ずっと聞いていたいくらい綺麗で、好きで」

 

確かに、西木野さんの歌は俺も思わず聞き入ってしまった。彼女の歌声とピアノは同世代の人の中では群を抜いている。本格的な練習をしていけば、それこそアーティストにだってなれるだろう。

小泉さんの素直な話に言われ慣れていなさそうな西木野さんは呆気にとられていた。

 

「だから――」

 

「私ね」

 

続きを発しようとしたところで西木野さんは遮った。

 

「大学は医学部って決まっているの」

 

決めているのではなく、決まっている――西木野さんは誰かから進路を指示されたような言い方をしていた。

 

「だからね、私の音楽はもう終わってるってわけ」

 

諦めたように息を吐く西木野さん。

本当の気持ちを隠してまで自分の意思ではない何かに従ってしまうその姿に俺は少し違和感を覚えた。

 

「未練たらたらの癖に何を言っているんだか」

 

棘どころか刃が付いたような俺の言葉に西木野さんが顔を顰める。

 

「どういう意味よ」

 

「そのまんまの意味だよ。なにが決まってるだ、なにが終わってるだ。それは物分りが良い振りをして自分を誤魔化しているだけだろ」

 

西木野さんの言い分もわからなくはない。病院の一人娘として幼いころから親元で仕事を見てきた彼女にとって、将来に病院を継ぐというのは育っていけば意識することだ。だが、それを西木野先生や美姫さんが望んでいたとしても押し付けるようなことはしてないだろう。あくまでも彼女自身が自分で決めた道を進んでほしいと思っているはず。無理やり継がせようなんて考えていたら、最初からピアノなんてやらせなかっただろう。

今の西木野さんは周りの環境から察して、流されているだけ。そこには決まったレールすらない。

 

「あ、貴方に何がわかるのよ!」

 

いつかの絵里先輩と同じような言葉。だが、

 

「知らん」

 

「な――!?」

 

ばっさり切り捨てた俺に西木野さんが驚いた目で見てくる。

 

「ただ、それを理由にしたら駄目だ。(あらが)って、全部やりきって……諦めるのはそれからだろ。最初から逃げるなよ」

 

「別に逃げてなんか……」

 

思うところがあるのか、西木野さんの声は弱かった。

さて、と一区切りを打って、紅茶を飲み干して俺は小泉さんに目を向ける。

 

「そろそろ俺はお暇するよ、小泉さんはどうする?」

 

「わ、私はもう少し残ります。お話したいことがまだあるので」

 

「そっか、話の途中で割り込んでごめんな――ここまでしておいて悪いんだけど、西木野さんを頼む」

 

最後だけは小泉さんだけに聞こえるように小声で言う。

 

「いえ、気にしないでください。私も考えさせられましたから」

 

だが、小泉さんは嫌な顔一つせずに引き受けてうなずいてくれた。

 

「それじゃあ、お邪魔しました」

 

俺は立ち上がって、西木野さんを見ることなくリビングから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとね、遊弥君。真姫に考える機会を与えてくれて」

 

「美姫さん」

 

リビングから玄関へ向かう途中、美姫さんが後ろから声をかけてきた。

 

「遊弥君の言うとおり、真姫は物分りがいい子だったから。自然と病院を継がないといけないって思っていたのよ」

 

美姫さんは困ったように笑う。

 

「あの子には自分のやりたいことをやって欲しいのだけれど、私もあの人もどこかでは継いで欲しいっていう気持ちもあったから、何も言えなくて」

 

「まあ、わかります」

 

親だって人間だ、望みぐらいはある。それを否定はしない。

 

「でも一度は腹を割って話さないと、どんどんすれ違っていくと思います。生意気かもしれませんけど」

 

「いえ、遊弥君のいうとおりよ。あの子も私たちもお互い、一度はちゃんと話し合わないとね――だから、ありがとう」

 

俺は一礼してから、西木野宅を後にするのだった。

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
別タイトルも本日更新していますのでそちらも読んでくれると嬉しいです。




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一年生



どうも、燕尾です。
第三十三話目です。





 

 

 

 

 

――Maki side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――未練がある癖に何を言ってる

 

 

夜、自分の部屋でパソコンを開いていた私は夕方に先輩に言われたことを思い出す。

 

 

――何が決まっているだ、何が終わってるだ。物分りのいい風にして自分を誤魔化しているだけだろ

 

 

なによ……

 

 

――抗って、やり切って、それからだろ。諦めるのは

 

 

私のこと何も知らないくせに

 

 

――最初から逃げるなよ

 

 

私は逃げてなんか、いない……最初からそうするつもりだったわよ。この道も、音楽も……

 

 

暗闇の中光るディスプレイは彼女たちのライブを映し出していた。

泣きそうになって赤くなった目は痛々しさを感じる。だが、それでも笑顔を絶やさず、楽しそうに歌って踊る彼女たちに私は羨ましいと思っていた。

 

「私は――」

 

そして気づかぬうちに、私の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、寝て休んだら少しは気分も晴れるだろうと思っていたのだが、そんなことはなかった。

そして、もやもやを抱えて悩んでいる私を時間は待ってはくれず、学校での一日が終わろうとしている。

 

「それじゃあ、この一文を――小泉さん。読んでくれる?」

 

午後の最後の授業、国語の朗読に小泉さんが当てられる。

緊張した面持ちで教科書を持ち読み上げていく小泉さん。

 

「遠い山から――」

 

この前に当てられたときとは変わって周りにしっかり聞こえる声。透き通るような綺麗な声だった。

 

「――この一文が示す芳郎の気持ちは、一体なんだっ、っ!!」

 

台詞のところで気持ちが入り込んだのか、小泉さんは自分でも思ってもいなかっただろう大きな声が出た。

周りからクスクスと笑い声が上がる。先生に促されて、小泉さんは席に着く。

下らない。何がおかしかったのか、私には理解ができない。

 

「それじゃあ次は、佐藤さん。続きを読んで――」

 

「はい」

 

次に当てられた佐藤さんはスラスラと読み上げていく。

ちらりと小泉さんを見ると、彼女は落ち込んだように俯いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、いつもだと音楽室でピアノを弾いて帰るのだが、そんな気にもなれず私はフラフラと校舎を歩いている。

考えるのは昨日のことばかり。おかげで今日一日集中しできず、学校に来てもいないようなものだった。

やり場のない気持ちを持て余す。

 

「そうよ、これもあんなこと言ってきた先輩が――」

 

悪い、なんて言えなかった。私はため息を吐く。

 

「そんなの、お門違いよね」

 

先輩の言っていたことは正しい。私はただ怖くて逃げているだけ。そんな私を見抜いていて先輩はあえて厳しい言葉を投げつけてきたのだろう。

頭では理解できている。だけどあのときそれを認められずに怒りをぶつけた私はまだまだ子供だったということだろう。自己嫌悪でまたため息が出る。

目的もなくただ校舎を歩き回っているのも、何かを見つけられるかもしれないと思っているのかもしれない。

しかし、特別何か新しいことが見つかるわけもなく、ただただ時間が過ぎていくだけだった。

 

「はぁ……もう帰ろ……」

 

踵を返し教室へと戻る。気づかないうちに教室から結構離れたところまできていたようだ。

来た道を戻り、渡り廊下に差し掛かったとき、中庭で一人思いつめた顔をした見覚えのある顔を見かける。

 

「あれは――小泉さん? どうしてあんなところに……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Hanayo side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

私はひとり、溜息を付いていた。

 

「どうしてああなっちゃうのかな……」

 

思い出すのは最後の授業。このままじゃいけないと思って頑張ってみたのだけど、途中で噛んで、うまくすることができなかった。結果、クラスのみんなに笑われてしまった。

恥ずかしいと思うより、情けなかった。自分自身でできないことに。それと同時に、私はずっと凛ちゃんに引っ張ってもらっていたんだと改めて実感する。

 

「きっかけを他人に求めちゃいけない……」

 

昨日萩野先輩に言われたことを思い出す。

思えば今までの私はほかの人にきっかけをもらってばかりいた。そんな人間が急に自分から動いてもいきなり上手くいくわけがなかった。

 

「はぁ……」

 

「こんなところでなに落ち込んでいるのよ」

 

「あ……西木野さん」

 

悩んでいる様子でも見られてしまったのか、西木野さんが声をかけてきた。

 

「あなた、声は綺麗なんだから後はちゃんと大きな声を出す練習をすればいいだけでしょう?」

 

「でも……」

 

それでも私はその一歩が踏み出せない。煮え切らない私に西木野さんが溜息をついた。すると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーアーアーアーア―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西木野さんは音程を取りながら声を出す。それが終わると西木野さんは私に向いて、

 

「ほら、やってみて」

 

と促してくる。私は戸惑いながらも、声を絞る。

 

 

「あ……あーあーあーあーあ―――」

 

 

「もっと大きく! はい、立って!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

「「アーアーアーアーア―――」」

 

 

 

 

 

「「アーアーアーアーア―――」」

 

 

 

 

 

外なのに私の声が響き渡ったような気がするほど、大きな声が出る。

 

 

「ね、気持ち良いでしょう?」

 

優しい笑顔を浮かべて聞いてくる西木野さんに私は頷く。

こうして歌の練習をするのは気持ちがいいし、なにより――

 

「うん、楽しい」

 

なにより、楽しかった。ずっと前からわかっていたことだけど、やっぱり私は歌が好き。アイドルが好きなんだ。

 

「それじゃあ、もう一回……」

 

「かーよちーん。こんな所にいたんだ――って」

 

もう一度しようとしたところで遠くから凛ちゃんがやってくる。

すると普段誰かと一緒にいるところがない西木野さんに凛ちゃんは不思議な顔をする。

 

「西木野さん、どうしてここに?」

 

「励ましてもらってたんだ」

 

「わ、私は別に……」

 

素直になれない西木野さんは腕を組んであさっての方向を向く。

 

「ふーん……それより、今日こそ先輩のところに行ってアイドルやりますって言わなきゃ!」

 

「……っ、ちょっと待って! そんな急かさない方が良いわ。もう少し自信をつけてからでも――」

 

凛ちゃんの言葉に、西木野さんの態度が変わる。私としてはそっちのほうが有り難いのだけど、

 

「何で西木野さんが凛とかよちんの話にはいってくるの!」

 

凛ちゃんは猫のように威嚇した。そんな凛ちゃんに西木野さんもムッと顔を顰めた。

だんだんと二人の間の空気が変わっていく。

 

「別に、歌うならそうしたほうが良いっていっただけ!」

 

「かよちんはいっつも迷ってばっかりだから、パッと決めたほうがいいの!!」

 

う……そ、その通りです。流石というか、凛ちゃんは私のことをよく知っている。

 

「そう? 昨日話した感じじゃそうは思えないのだけれど?」

 

「……っ!」

 

「むっ……」

 

「あ、あの……喧嘩は――」

 

控え目に仲裁しようとしたが、お互い睨んでいる間に割り込む勇気はなかった。

すると、凛ちゃんが急に私の腕を引っ張り出す。

 

「ほら、いこっ! 早くしないと先輩たち返っちゃうよ!!」

 

「えっ!? でも……」

 

戸惑っている間にもう片方の腕が西木野さんにつかまれる。

 

「待って、どうしてもって言うなら私が連れて行くわ! 音楽に関してなら私のほうがアドバイスできるし、なにより――μ'sの曲は私が作ったんだから!!」

 

「えっ、そうなの!?」

 

知らなかった事実に、つい驚いてしまう。西木野さんも勢いで言ったらしく、少し言いよどむ。

 

「と、とにかく、行くわよ!!」

 

恥ずかしさからなのか西木野さんまで私の手を引っ張っていく。

 

「え? ちょっと……待って……!?」

 

私の声は届かず、二人は自分が連れて行くと主張しながら私を引きずっていく。足を踏ん張ろうにも二人の力には抗えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、誰か……ダレカタスケテ――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の叫びが、空に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、俺にはよく状況をつかめないけど、小泉さん――一体どんな罪を犯したの?」

 

凛ちゃんと西木野さんに挟まれた私は、どこからどう見ても連行される罪人のような感じだが、

 

「わ、私は何もしていません!!」

 

私は泣きそうな顔をしてそう叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……つまりは、メンバーになりたいってこと?」

 

一通り話を聞くと、穂乃果が話をまとめる。

 

「はいっ、かよちんはずっとずっと前からアイドルをやってみたいと思っていたんです!!」

 

ショートカットの少女が、主張する。確か彼女はファーストライブのときに途中から来てくれた子だ。

 

「そんなことはどうでもよくてっ――この子はけっこう歌唱力があるんです!」

 

「どうでも良いってどういうこと!?」

 

「言葉通りの意味よ!!」

 

小泉さんそっちのけで言い合い始める二人。

 

「わ、私はまだ……なんというか……」

 

「もう、いつまで迷っているのっ? 絶対やったほうがいいって!!」

 

「それには賛成。やってみたい気持ちがあるならやってみたほうがいいと思うわ」

 

かと思えば、意見が一致する二人。

 

「でも……」

 

「さっきも言ったでしょう、声を出すなんて簡単。貴女だったらできるわ」

 

「凛は知ってるよ。かよちんはずっとずっとアイドルになりたかったてこと」

 

二人は真剣に小泉さんを説得している。

 

「凛ちゃん……西木野さん……」

 

小泉さんは揺れている。そんな彼女に俺は一言だけ言う。

 

「小泉さん」

 

「は、はい!」

 

「覚えてる? 俺が言ったこと」

 

「あ……」

 

どうやら覚えていたみたいだ。後はその一歩を踏み出すだけ。

 

「わ、私……」

 

小泉さんは一歩前に出る。

 

「私は、小泉花陽といいます。一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものは何もないです。でも……でも、アイドルへ気持ちは誰にも負けないつもりです。だから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――私をμ'sのメンバーにしてくださいっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕空に小泉さんの気持ちが響き渡る。目尻に涙をためながらも、精一杯勇気を振り絞って踏み出したその一歩は、一つの峠を越えた証。

彼女の勇姿を見た穂乃果たちは立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。

 

 

「――こちらこそ、よろしくっ!」

 

 

最初は目をパチクリさせた小泉さんは涙を流しながらも次第に顔を緩め、そして、穂乃果の手をとった。

二人の姿は、夕日から祝福されているかのように輝いていた。

 

「かよちん、偉いよぉ……」

 

その姿に感化されたのか、凛と呼ばれていた少女が目を拭う。

 

「ふふ……なに、泣いているのよ……」

 

「だってぇ……って、西木野さんも泣いてる?」

 

「誰が……泣いてなんかいないわよ!」

 

そういう西木野さんの目にも一つの雫がたまっていた。西木野さんらしいといえばらしい。

 

「それで――二人は?」

 

そんな二人に、ことりが切り出した。

みんなの視線が二人に集中する。

 

「二人はどうするの?」

 

「「えっ……?」」

 

もう一度問いかけることりにきょとんとする二人。

 

「「どうするって……えっ!?」」

 

息ぴったりに顔を見合わせる西木野さんと凛さん。

 

「まだまだ、メンバーは募集中ですよ!」

 

穂乃果と小泉さんが見守る中、海未とことりが手を差し伸べる。

二人はもう一度お互いに顔を向けて、笑顔で頷いた。

こうして、新たに三人のメンバーが加わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の早朝、真姫と凛は神社の階段を登っていた。

 

「ふぁ~……朝練って毎日こんなに早起きしないといけないの~……?」

 

眠たそうにうな垂れる凛に真姫が当然と言う。

 

なんだかんだで、二人はいいコンビになれそうな雰囲気があった。

 

「あ、二人とも、おはよう」

 

階段を上りきった二人を迎えたのは、花陽だった。

私用のジャージを身にまとい、すでにストレッチを始めていた花陽の後ろには二年生三人の姿。どうやら遊弥はまだ来ていないようだ。

 

「おはよう、かよちん――って、眼鏡はどうしたの?」

 

凛の指摘にえへへ、と照れたように笑う花陽。

 

「どうかな。コンタクトにしてみたの……変、かな……?」

 

「ううん、すっごく可愛いよ!!」

 

「へぇ、いいじゃない」

 

「あ、西木野さん。おはよう」

 

花陽からの挨拶に真姫は目をそらす。

 

「ねぇ……」

 

そういう真姫の口調は何かを恥ずかしがっているようだった。顔を赤らめた真姫は口を尖らせて言う。

 

「眼鏡を取ったついでに……名前で呼んでよ……ほら、これから一緒に活動していくわけだし……私も名前で呼ぶから」

 

 

――花陽、凛。

 

 

二人は目を瞬かせる。普段クラスで一人でいる彼女からは想像できない可愛さがあった。

花陽と凛は笑顔で真姫に抱きついた。

 

「ちょ、ちょっと! 何で抱きつくのよ!?」

 

「もちろんだよ、真姫ちゃん!」

 

「真姫ちゃん、真姫ちゃん、真姫ちゃーん!!」

 

「そう何度も呼ばなくても良いから! 花陽、凛。放して!!」

 

「照れてるー、照れてる真姫ちゃん可愛い!!」

 

「照れてない、とりあえず離れて!」

 

「ふふ、改めてよろしくね。真姫ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかったから離れなさい、という声が届く。

神社の前で、元気にコミュニケーションをとっている一年生三人。

 

「――仲良きことは美しきかな。心配はしていなかったけど、早速打ち解けているみたいだな、三人とも」

 

「あ、おはようございます」

 

「おはよう、小泉さん。星空さんも西木野さんも、今日から練習よろしく」

 

「「「……」」」

 

普通の挨拶をしたのに、三人からの返答がなかった。

そして三人はそれぞれの顔を見て頷き、円を作りはじめた。

 

「「「―――」」」

 

俺には聞こえない声でなにやら相談をしている様子。

おーい、と声をかけると同時にその円が崩れた。

そして、小泉さんは柔らかな笑顔を

星空さんは元気で明るい笑顔を、

西木野さんは恥ずかしくも、いたずらを考えたような笑顔を浮かべて、

 

「「「よろしくお願いします。遊弥先輩!!」」」

 

三人はまた新たな一歩を踏み出していくのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次の更新は近いうちに、一週間以内に出来ればいいなぁ……




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襲来



どうも燕尾です。
第三十四話、メンバー加入の続きです。




 

 

朝練習へ向かおうとしたある日、俺は視線を感じていた。

 

 

 

 

 

コツ、コツ、コツ、コツ――

 

 

 

 

 

「……」

 

視線だけでなく俺と同じ方向へ向かっている足音まで聞こえる。俺は一度立ち止まって振り返る。

 

 

 

 

 

ピタッ、さっ――

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

姿は見えないも確実に誰かがついてきている。μ'sの誰かではない。ことりはもう神社にいると連絡があった。穂乃果や凛の場合だと悪戯という線もあるだろうが、あの二人は朝に弱く、今日も遅れるかもしれないという連絡は入っている。もちろん花陽や真姫はこんなことはせずに話しかけてくるし、海未に至っては今日は弓道部の朝連に顔を出している。となると、別な人間しかいない。

とりあえずは、警戒しながらも無視をしておいて神社へと向かう。

 

「あ、ゆーくん、おはよう!」

 

神社にはことりだけだった。まだほかのメンバーは来ていないようだ。ことりは柔軟体操をしていた。

 

「おはようことり。柔軟、手伝うか?」

 

「いいの!?」

 

期待の眼差しで見てくることりに俺は頷いた。

 

「うん! それじゃあ、お願、い……します……?」

 

だが徐々に不思議な顔をして、突然に、ぱっとふりかえることり。どうやらことりも視線に気づいたようだ。

 

「ゆーくん、気づいてる?」

 

「ああ、もう一人ぐらい来るまで放置しよう。幸い、小さく話せば聞こえないからな。ほら、座って」

 

「わかった。それじゃあ、お願いします!」

 

そういいながらレジャーシートを引いて座ったことりが脚を開く。その背中を体重をかけながらゆっくり押してやる。

 

「それじゃあカウントするぞ。痛かったら言ってくれ、いち、に、さん、し――」

 

その間にちらりと視線を向ける、どうやら上手く隠れているつもりなのか、見られていることに気づいていない。

黒髪で身長はあまり高くはない。サングラスとマスクで顔を隠しているから誰だかわからないが、胸元のリボンの色からして三年生だった。

姿を捉えたところでことりの柔軟に集中する。その間に小さな声で捕まえる算段を整える。

 

「それじゃあ、ことり。作戦を伝えるぞ」

 

「ひゃん!?」

 

突然体をびくりと反応させることり。

 

「どうした?」

 

「なんでも、ないよ……それで、作戦って?」

 

「ああ、それはな――」

 

俺は自分の中で組み立てたプランをことりに話す。

 

「はうっ……ああ……んっ……」

 

「――そんな感じだ。ほい、柔軟も終わり。どこか痛いところあるか?」

 

そして、話と柔軟が一通り終わったところで俺は立ち上がる。その間ことりは何故かずっと悶えていた。

 

「はぁ、はぁ……それは大丈夫なんだけど……なんか釈然としないなぁ……」

 

「釈然?」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

少し落ち込んだ様子のことり。一体どうしたというのだろうか。釈然としないといった意味も俺にはわからなかった。

立ち上がってそれぞれ柔軟の続きをしていたところで階段の方から走ってくる音が聞こえてくる。

 

「ごめんごめん! 少し遅れちゃった、待った!?」

 

そういうのは穂乃果だった。もう少し遅く来るかと思ったら案外早く来た。

 

「それじゃあ、ことり。手筈通りによろしく」

 

「うん、気をつけてね。ゆーくん」

 

「あれ? 遊くん、どこ行くの?」

 

「おはよう、穂乃果。ちょっと自販機で飲み物買ってくる。持ってき忘れてたんだ」

 

「え、うん……いってらっしゃい?」

 

穂乃果とことりに見送られて俺は裏へと回り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――???side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男がいなくなった。話はよく聞こえなかったが、財布を持っていったことから飲み物でも買いにいったのだろう。

私はジッと彼女たちを観察していた。

私を差し置いて、スクールアイドルをやり始めた女子たち。アイドルのアの字も知らないど素人。そんなのでスクールアイドルを名乗るなんておこがましいにも程がある。あんなの、アイドルへの冒涜だ。一度ガツンと言って解散させなければならない。

 

「――って、やばっ!?」

 

自分の中でヒートアップしすぎたのか、ベージュ髪の女子に一瞬姿を見られそうにる。あの女はさっきから私の視線に感づいていた様子があった。

 

「穂乃果ちゃん、いま後ろに誰かいなかった?」

 

「えっ? 誰もいなかったけど……」

 

「そっかぁ、なんか変な視線を感じるんだよね」

 

どうやら、怪しいと思っているだけで、私の存在に完全に気づいたわけではなさそうだ。

さっき来たばっかりのオレンジ髪の女子が近寄ってくる。

ちょうどいい。ここは一発お見舞いしてやる。

足を伸ばして彼女の足を引っ掛けようとした、そのとき――

 

「――はい、そこまで」

 

「えっ? わ、うわっ!?」

 

いきなり声が聞こえたと思ったら、突然コートの襟首を掴まれて後ろに引きづられた。

 

「だ、誰よ!? いきなり私にこんなことするのは――」

 

「それはこっちの台詞なんですけど、穂乃果に何しようとしていたんですか?」

 

返ってきたのは男の声。それもさっきまであそこにいた男のもの。私はそいつの名前だけは知っていた。

 

「萩野、遊弥っ……!!」

 

「どうも、名前も知らない先輩さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、遊くん? それと――どちら様?」

 

物陰から出てきた穂乃果が不思議そうに先輩を見つめる。

 

「さあ? 朝から俺の後についてきて、穂乃果たちを観察していた謎の先輩」

 

「ゆーくん、無事に捕まえられたんだね!」

 

「ああ、この通り」

 

「は、放しなさいよ、この変態っ!!」

 

変態と呼んでくる失礼な先輩(チビ)がジタバタする。だが、男と女では力の差は歴然だ。

 

「見ず知らずのちっこい人間になんと罵られようともどうでもいいんですけど――」

 

「ぬぁんですって!?」

 

「やっぱり誰かが後を付けてきたら気になるもんでしょ、どうしてこんなことしてたんですか? ほら、変態がなにかしないうちにさっさと吐いてくださいよ」

 

「くっ……!!」

 

自分の罵声が効かない人間は初めてなのか、悔しそうに顔を歪める。

 

「ほらほら、変態がまだなにもしないで優しく訊いているんですよ? それとも何かされたいマゾなんですか」

 

「違うわよっ!」

 

「なら早く答えてください。穂乃果たちも貴女なんかに割いている時間はないんですから」

 

「~~~~っ!!!!」

 

少し煽りすぎたのか、先輩はサングラス越しからでも分かるぐらいに怒りで目を大きく開いていた。先輩はまたもや振りほどこうと暴れだす。

 

「痛っ――!」

 

その拍子で掴んでいた手を思い切り爪で引っ掻かれる。唐突のことに思わず手を離してしまった。

 

「少しやりすぎたか?」

 

「うん、流石にそれは怒ると思うよ……」

 

「少しどころかかなりやっちゃったんじゃないかな……?」

 

手を擦っている俺にことりと穂乃果が呆れた声を出す。

すかさず立ち上がった先輩は親の敵を見るような目で睨んでくる。

 

「許さない……私は、絶対にあんた達のことなんか認めない」

 

その言葉にはいろいろな感情が含まれていた。

怒りや悲しみ、嫉妬にそして――憧憬。

おそらくこの先輩は失敗してしまった側の人間なのだろう、そこには同情はする。だが、

 

「……別に、認める認めないなんてあんたの自由だが、それを人に押し付けてくれるなよ。あんたに何があったかは知らん。でも、腐るなら一人で勝手にやってろ。俺たちまで巻き込むな」

 

「――っ、せいぜい恥をかく前に解散することねっ!!」

 

歯を噛み締めて、大きく叫んだ先輩は走り去っていく。

 

「遊くん、ちょっと言い過ぎじゃない?」

 

その背中を見送った後、俺は穂乃果に咎められた。

まあ、自分でも少し大人気なかった気はする。だけど、あのまま好き勝手に言わせておくのもなんか癪だったのだ。

 

「他人に嫉妬するぐらいだったら、素直になればいいのにな……」

 

「ん? どうしたの?」

 

なんでもない、という俺にことりは怪我したほうの手をとる。

 

「それよりもゆーくん、手は大丈夫? 血が出ているけど」

 

「手? ああ……」

 

ことりに言われて、ようやく気づく。

引っかかれたところは皮が剥げて少し血が(にじ)んでいた。

 

「こんなの、放っておいても勝手に治るさ」

 

「駄目だよ、ちゃんとした処置しないとばい菌とか入り込んじゃうかもしれないんだから」

 

ちょっと待ってて、とことりは自分のバッグから消毒液やら絆創膏やら取り出す。

 

「もしものために持ってたの、ゆーくん、手を出して?」

 

促されるまま、ことりに治療されていく。

その間、消毒液の滲みより俺はさっきの先輩のことをずっと気になっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、新たなメンバーを加えた新生スクールアイドルμ'sの練習を始めたいと思います!」

 

穂乃果の号令で今日一日の練習が始まる。これは一年生たちの加入を機に穂乃果が始めたことなのだが、

 

「いつまで言っているのですか、穂乃果」

 

「今日で何度目だ? 新しいμ'sになったのは……」

 

もっと違う言い方があるだろうに、穂乃果はかれこれ二週間ぐらい同じことを言っていた。

 

「だって、嬉しいんだもん!」

 

気持ちはわからなくはない。人数が増えて、グループだという認識が強まったのだろう。

 

「それじゃあ恒例の――1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

そしてジーッと後ろにいる俺のほうを見て来る穂乃果。それは明らかに言いなさいという視線だった。

俺はメンバーじゃないといっているのに、頑なに呼ばせようとした穂乃果。いや、穂乃果だけじゃない。ことりも海未も花陽も凛も真姫も、この場にいる全員が俺に強要してきたのだ。

 

「……7」

 

結局最終的に折れた俺もいつも通り番号を言う。嬉しいことではあるが、実際にメンバーではない俺はこれをいうのには抵抗があった。というのも、

 

「くぅぅぅ、アイドルグループみたいだよね! このまま行けば神セブンとか仏セブンとか言われるのかなっ?」

 

こうして、穂乃果が混合させてしまうのだ。それはこれからのことを考えるとあまりいいことではない。

 

「みたい、じゃなくてグループですよ――スクールですけど」

 

「仏だと死んじゃってるみたいだよ」

 

「神セブンって名乗ると変なあだ名がつけられそうね。大黒とか恵比寿とか……」

 

「毎日同じことで感動できるなんて羨ましいにゃ~」

 

「穂乃果ちゃんは単純だからね~」

 

各方面からツッコミを受ける穂乃果。だけど最近の穂乃果はそんなのお構いなしだ。

 

「私、賑やかなの大好きでしょ? それに、たくさんいれば歌が下手なのも気づかれないし、あとダンスを失敗してもばれないでしょ――あだっ!!」

 

「穂乃果、マイナスを前提に話をするな」

 

持っていた書類で穂乃果の頭を叩く。

 

「うぅ……冗談だよぉ~……」

 

「冗談でも言っては駄目ですよ」

 

「そうだよ、穂乃果ちゃん。じゃないとまた今朝みたいなことを言われちゃうよ?」

 

「認めない、解散しろって言われたんでしたっけ」

 

穂乃果はうん、と頷く。今日の朝練習に起こったことは一応全員に伝えておいたていた。

無いとは思うがもし危害を加えにきたらすぐに連絡させるために。

 

「でも、それだけ有名になったってことだよね?」

 

それをそういう解釈するのは凛ぐらいなものだと思う。このポジティブさは感心してしまう。

 

「それより、練習――どんどん時間が無くなるわよ」

 

「おー、真姫ちゃんやる気満々!」

 

「そ、そんなこと無いわよ! ただ、とっとと練習して早く帰りたいだけよっ」

 

そして、いつも通り素直になれない真姫は凛に言われて慌てていた。だが、凛の追撃は止まらない。

 

「でも見てたよー、お昼休みに一人で練習してたの」

 

「あー、それ俺も見かけたな」

 

放課後の練習が無くなった日、真姫は音楽室で一人練習していたのだ。なんだかんだで真面目なのである。

 

「そ、それはっ、この前やったステップが格好悪かったから変えようとしてたのよ――あまりにも酷かったから!!」

 

「真姫は素直じゃないなぁ……」

 

「ち、違う! そんなんじゃ――!?」

 

しみじみという俺に真姫は噛み付いてくる。

 

「だけど、その辺にしておけ? いくら嘘とはいえあまり言い過ぎると」

 

俺は指を指す。そこにはずぅーん、と落ち込んだ様子の海未の姿。海未は引きついた笑みを浮かべていた。

 

「そうですか……あのステップを考えたの、私なんですが……そんなに酷いものだったんですね……はは……すみません、あんなのしか考え付かなくて……」

 

「ヴェ!?」

 

真姫も思わず一歩下がる。

 

「気にするな、海未。真姫は恥ずかしがっているだけだから」

 

「なっ――」

 

「そうそう、遊弥先輩の言う通りだにゃ。素直になれない真姫ちゃんの言葉を正面から受け止めちゃ駄目にゃ!」

 

凛は階段を駆け上がって、屋上へと向かおうとするが一つ問題があった。

 

「あ……」

 

「今日も雨、か……」

 

外から聞こえてくる雨の音。雨足は建物の中からでも分かるほど強いものだった。

 

「はぁ~、土砂降りだ……」

 

とりあえずは確認しに屋上へとやってくるが、穂乃果の言う通り、土砂降りだった。

 

「梅雨入りしたって言ってたもんね」

 

そう、今の時期はまさに梅雨時。一年生が加わってからの二週間のうち、雨で練習が無くなったのは何度もあった。

 

「だとしても降りすぎだよ! 降水確率六十パーセントって言ってたのに」

 

「六十パーセントだったら振ってもおかしくないじゃない」

 

呆れてものを言う真姫に文句を垂れる穂乃果。

 

「でも、昨日も一昨日も六十パーセントだったけど降らなかったよ?」

 

「予報はあくまで予想だからな。絶対じゃないのはわかるだろ」

 

これも自然の摂理。逆らうことが出来ないのは仕方の無いことだ。しかし、

 

「でもこうも天候に左右されるのは辛いな、スポーツセンターを借りるのも金がかかるし、空いてるかわからないし……どうしたもんか」

 

練習できない日が続けばそれだけ体も鈍っていく。仕方が無いとはいえこの状況はあまりよくなかった。

 

「あ……雨、少し弱まったかも」

 

そう考え込んでいるとき、外を見ていたことりが呟いた。

 

「あ、本当だ! やっぱり確率なんだよ!」

 

「これなら、練習できるよねっ」

 

それを合図に穂乃果と凛が飛び出していく。

 

「まてまて、弱まったって言っても一時的なものだろ。それと穂乃果、確率というものをわかってないな」

 

後で勉強会だな、これは。

 

「そうですよ。それに足元も濡れて滑りやすいですし、危ないですよ」

 

「大丈夫ー、練習できるよ!」

 

海未の注意も無視し、駆け出して俺たちを呼ぶ穂乃果。だが、誰も外に出ようとはしなかった。

 

「本当に大丈夫だよ! ほら、見てて――ほっ――はっ、やああ!!」

 

そういいながら凛は勢いをつけて転回、前宙、水によって滑る床でスケーティングして、見事ポーズを決める。その直後、

 

 

 

 

 

ザアァァァァァ――――!!

 

 

 

 

 

誰かがどこかで見て操作していたかのように再び雨が強く振り出した。

 

「おーい、戻ってこーい」

 

そんな俺の呼びかけを無視して、二人は土砂降りのなかはしゃいでいる。

 

「はぁ……私、帰る」

 

ため息をついた真姫が階段を下りていく。

 

「私も、今日は……」

 

そして遠慮がちに花陽も言った。こればかりは仕方が無い。それはことりも海未も同じ意見だった。

 

「そうね、また明日にしよっか」

 

解散の流れになったことに気づいた穂乃果と凛が駆け寄ってくる。

 

「えぇー、帰っちゃうの!?」

 

「それじゃあ、凛たちが馬鹿みたいじゃん!!」

 

「馬鹿なんだよ。ほら、風邪引くから早く中に入って頭拭け」

 

俺は二人の頭に持ってきたタオルを頭にかけてやる。

ブーブーといいながらも中にはいって頭を拭く馬鹿二人。

 

「どうしましょう、遊弥。このまま練習できないのはまずいですよね。それに雨など関係なしにそろそろちゃんとした練習場所を確保しないといけませんよね」

 

「それはそうなんだけどな……」

 

「体育館とかは駄目なんですか?」

 

「俺たちも最初はそう思っていたんだけどな」

 

「講堂も体育館もほかの部活が使っているので……」

 

そういった海未の言葉に俺は引っ掛かりを覚える。

 

「部活……部活か……」

 

最初に部活申請をしたときは人数が足りなくて、生徒会に撥ねられた。

だが、今はどうだ。穂乃果にことり、海未に真姫、花陽に凛――全員で六人いる。ということは――

 

「出来るじゃん、部活申請……」

 

どうしてこんなことを今まで忘れていたのだろうか。初歩的なミスをしてしまった自分に思わずため息が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜――俺はホットミルクを啜りながら、手元の資料を眺めていた。

部活という方法を思いついた後、俺は穂乃果たちと別れて先生のところに行って現存する部活のリストを借りた。手元の資料はそのコピーだ。

書いてあるのは部活名と現在の部員数に所属している人物の名前、それと部の成績と経歴だ。その中で俺はある部活を探していた。

 

「おっ……あったあった」

 

パラパラと資料を流している途中で目的のものを見つける。

 

「アイドル研究部――部員は現在、三年生の矢澤にこのみ。創立は二年前で他の部員は二ヵ月後には全員退部、目立った活動はなし、か……」

 

ふむ、と資料を見た俺は白紙にそれぞれの情報を書き込み、可能性を考慮しては消去して、関係性を結んでいき、一つの道筋をたてる。

 

「もし朝のあの女子生徒が矢澤にこだとしたら……納得できるな」

 

そう呟くが、それはただ、辻褄が合うだけで確たる証拠はなにも無い。あくまで仮説であり予想だ。

 

「とりあえず明日は生徒会に部活申請しないとな……そのまま通してくれるのが一番いいんだけど、まあ、何かあってもなんとかなるか」

 

そう結論付けてコップを片付けて布団に潜るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






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引き続き更新頑張ります。



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設立の条件



どうも、燕尾です
三十五話目ですね。




 

 

 

次の日――

 

 

 

「部活だよ遊くん! 部活!!」

 

朝、教室へとやってきた俺に穂乃果が興奮気味に詰め寄ってきた。

 

「ああもうわかった、わかってるから一旦離れろ!」

 

いきなり迫ってきた穂乃果の顔にドキドキしてしまう。心臓に悪いと思った俺はぐい、と穂乃果を押しのける。

穂乃果は不満げな顔をしていた。

 

「部活だよ部活! 穂乃果たちすっかり忘れてたんだ!!」

 

だがそれも一瞬のことで、すぐに穂乃果は切り替える。

 

「昨日、みんなと話しをしているときに気づいたの。もう部活申請できる人数になっていることに!」

 

穂乃果の話によると昨日の帰り、みんなでハンバーガーチェーンに寄って練習場所の確保について話していたときに思い出したらしい。そして、朝練習にやってきた女子からの襲撃がまたあったとのこと。

 

「それについては俺も昨日思い出した。今まではあまり部としての体裁が必要なかったからすっかり忘れていた」

 

「まあ、今まではファーストライブを成功させるために必死だったから……わたしも忘れていたし」

 

「私もです。ですが人数も増えましたし、学校公認として活動出来ることに越したことはありませんね」

 

海未の言う通り、今後活動していくにあたって学校側が認めてくれていたほうがなにかと都合がいい。個人の範疇(はんちゅう)ではどうしても出来ないこともあるからだ。

 

「だけど申請してもいまだと少し――」

 

「――ということで皆の名前も集めたし、早速生徒会に申請しに行こう! あ、遊くんの名前はもう書いてあるから!」

 

穂乃果は俺の話を聞かずに立ち上がる。そして、そのまま俺の手を引いて教室から出て行く。

 

「何で穂乃果が俺の名前を書き込んでいるんだ!? それと俺の話を聞け! ああ、いろいろと突っ込みどころが多い!!」

 

こうなった穂乃果は人の話を聴くことはない、どこまでも突き進んでいくのだ。

 

「大丈夫だって遊くん、さあ早く早く!」

 

「だから人の話を聞けェ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室にて部活創立の申請書を提出しに来たのだが、やはりというか予想通り、絵里先輩は否定の言葉を告げた。

 

「――アイドル研究部?」

 

穂乃果の問いかけに絵里先輩は頷く。隣に座っている希先輩はニコニコと笑顔を浮かべている。

 

「そう、すでにこの学校にはアイドル研究部というアイドルに関する部が存在します」

 

「まあ、でも部員は一人だけやけど」

 

「えっ? でもこの前、部員は五人以上じゃないと駄目だって……」

 

「創部するときは五人必要だけど、その後は何人になってもいいんだよ。その代わり、部費とかの予算とかはほとんど下りないだろうけど、そうですよね?」

 

「遊弥君の言う通りや、設立は五人以上、その後の人数は問わないようになっとるんよ」

 

「生徒が限られている今、いたずらに部を増やすことはしたくないの。アイドル研究部がある以上、あなたたちの申請を受けるわけにはいかないわ」

 

また絵里先輩は……それらしい言葉をつらつらと並べてくるな。よく咄嗟にそんなことが思いつくなと感心する。生徒数と部活数は関係ないというのに。

 

「そんなぁ……遊くん……」

 

いい反論が見つけられない穂乃果は何か言い方法はないかという視線を向けてくる。気づけばことりや海未も俺のほうを見ていた。

 

「これで話は終わり――」

 

絵里先輩はさっさと話を切り上げようとする。だが、そうはさせない。

 

「絵里先輩、質問なんですけど」

 

「なにかしら」

 

どうしてかムッとした怒った顔を向けて返してくる絵里先輩。まあ、関係上対立しているような位置だから気分はよくないのだろう。

 

「部活の設立が出来ない以上、穂乃果たちはそのアイドル研究部に入るか、部を(ゆず)ってもらうかしないといけないわけですけど」

 

「……ええ、まあそうなるわね」

 

絵里先輩は苦虫を噛み潰したような顔をする。認めたくない側としては思いついてほしくないことだったのだろう。

 

「もしそのアイドル研究部の人が入部も譲渡も拒否したらどうするんです?」

 

例えばで言えば、ある一年生たちが人数をそろえて部活を設立しようとする。しかし、既に同じような部活が存在しており在籍している部員は三年生の先輩のみ。

入部しようにも三年生の先輩は、お前らなんか認めない、と言って入部を拒否たとする。そうなったら説得しようにも立場的に一年生が三年生の先輩にものを言うのは難しい。となると現行の決まりでは一年生は学校で活動する術がなくなることになる。

 

「遊弥君、なかなか痛いところついてくるなぁ」

 

希先輩は冷や汗をたらしながらそういった。俺の言いたいことがわかっているみたいだ。

 

「活動目的があってそれに準じる気概のある人たちがいる。だけど先に設立させた"たいした活動をしていない先輩"が入部をさせないと言い張ったとき、どうすればいいんですかね?」

 

「それは」

 

「ちなみに活動するのは諦めろとか頑張って説得しろとか言うのは無しですよ。生徒会は部活の管理をしているんですから――しっかりとした解決方法をお願いしますね」

 

「それは……くっ……」

 

どんどん逃げ場をなくしていく俺に絵里先輩は悔しそうに涙をためている。

少しやりすぎただろうか。だがここは穂乃果たちのために心を鬼にせねばならない。

そんな俺と絵里先輩の間に見ていられなかったのか希先輩が割り込んできた。

 

「悪いんやけど遊弥君。うちもえりちもそこまで考えてはなかったんや」

 

「難癖をつけるわけじゃないですけど、問題に対してなにも考えられてないようではしっかりとした運営とは言い難いですよ」

 

「そこは反省点として、しっかり話し合っておくよ。だからとりあえずは先に話をしにいってくれへんかな? まだ断られると決まったわけやないんやし」

 

「そうですね、そうします。穂乃果、ことり、海未、行こうか」

 

希先輩に説得されたという形で俺は下がり、唖然としている三人に声をかける。

 

「遊弥君の……馬鹿……」

 

絵里先輩の弱々しい罵声は聞こえないフリをして俺は生徒会室から出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊くん、容赦なかったね。ちょっと怖かったかな」

 

「確かに、あんなゆーくん久しぶりに見たかも」

 

廊下を歩いている中、穂乃果とことりがそんなことを言う。

 

「そうか? 優しくしたつもりだったんだけどな」

 

「いえ、私も交渉ごとや口論で遊弥には勝てないと改めて思いました。それとあの場において生徒会長が自分でなくてホッとしましたよ」

 

海未まで同じことを言ってくる。

あまり実感がない俺は、そんなに怖かったのか、と問いかけると三人は首を揃えてうんと頷いた。

うん、もう何もつっこむまい。

 

「それより遊弥、一つ質問なんですけど」

 

「なんだ?」

 

「生徒会長に言っていたことですけどもし遊弥が生徒会のメンバーだったらどう対処するつもりですか?」

 

「あ、それ私も気になる!」

 

「わたしもかな。ゆーくんが言ってたときわたしも考えたけどいいのが思いつかなかったから」

 

「ああそれか。特に難しいことじゃない」

 

そういう俺に三人はもったいぶらずに早く話せと促す。

 

「部の存続に人数制限をつければいいんだよ。五人以上いなければ廃部にするとか。そうすればさっきの問題は解決できる」

 

「ああ、なるほど!」

 

「そうしたら確かにできるかも?」

 

穂乃果とことりは納得していた。

 

「そうですね、部員が複数の部活は入部を断ることはしないでしょうし」

 

ですが、と海未はこちらを向く。一応納得はしたもののまだ疑問が尽きないようだ。

 

「私の所属している弓道部みたいな個人競技で、一人でも活動できるような部活とかはどうするんですか。真面目に活動していた場合、定員割れで廃部というのは酷ではないですか?」

 

「その場合は存続の条件を別に設けてやればいい。例えば大会に出場するとか、文化部だったら製作物の定期的な展示だとかを行う、とか」

 

「ですが、それでは不公平だといわれるのでは?」

 

「無理難題を押し付けるわけじゃない、部活をしていれば自然とやるお題を出せばいい」

 

こういうことで条件を一つにまとめるのはナンセンスだ。活動目的が違うのだから、それに対応した条件を提示したほうがよほど建設的だ。

 

「定員数を満たしているところやしっかり活動しているところは基本入部は断らない。もし定員数を満たせなくてもちゃんと活動していればそれで良し。そもそもの前提は入部を断られた場合だ。我が物顔で部活をしているならそんな部活はないほうがいいし、駄々を捏ねるならそのまま潰れろって言う話だ」

 

「なるほど……」

 

「なんか最後の一言が黒いね、遊くん……」

 

「でもそれは我儘ばっかり言わないでっていうことだよね、ゆーくん」

 

「そういうこと」

 

全員が納得できるだなんて思っちゃいない。だが大抵、不平不満を言う輩はことりの言うような我儘な人間だ。そんな奴らに振り回される道理はない。

 

「とりあえずは放課後、アイドル研究部に話をつけに行こうか」

 

まずは説得を試みないことには始まらない話だ。もし、普通に受け入れてくれたらそれはそれでいいし。

俺の予想が正しければそれはありえないことだが、まあ、一応というやつだ。うん。

 

 

 

 

 

そして――

 

 

 

 

 

結論からいうと俺の予想は正しかった。

 

「あー……やっぱりか」

 

俺は目の前の女子生徒の顔を見てげんなりする。

 

「あ、あなたは……!?」

 

穂乃果たちも驚いた表情をしていた。

 

「昨日ぶりですね。アイドル研究部部長、矢澤にこ先輩」

 

名前を呼ばれたのが気に食わないのか矢澤先輩は憎々しげに俺を睨んだ。

 

「遊くん知ってたの!?」

 

「知ってたというより少し調べれば昨日の人が矢澤先輩だと考えはつく」

 

「どういうこと、ゆーくん?」

 

「まず俺の名前を知っているここら辺の女子学生と言えばこの学院の生徒のみ。そしてわざわざあんなこと言いに来るのだから本人はスクールアイドルの知識や活動経験がある。もし学院で活動していたとしたらできるのは部活だけ。それで昨日は軽く調べたんだよ」

 

「あ、だから昨日は別行動だったんだ?」

 

別れ際、一緒に帰らないことを捏ねていた穂乃果がぽん、と手を打った。

 

「先輩……凄いです……」

 

「まるで探偵みたいだにゃ~」

 

その後ろからは花陽と凛が感心の声が聞こえた。別に大したことではないのだけれどそんな反応されると何だか照れる。

しかし、ここまでドンピシャだと逆に間違えているのではないかと錯覚してしまう。が、こうして対面した以上関係ない。

 

「矢澤先輩。話があります。廊下で立ち話も何ですから入れてくれませんか? もちろん中の物には触れません」

 

「私はあんた達と話すことは無いわ。それと中には絶対入れさせない」

 

強情な態度をとる矢澤先輩。だが、そんな上っ面の鎧なんて意味がない。少し脅しをかければ脆く崩れていく。

 

「いいんですかそんなこと言って。意地を張るのは結構ですが、俺には然るべき手段があることをお忘れなく」

 

「くっ……あんたね……!!」

 

矢澤先輩には効果覿面だったようで睨んでくる目が一層鋭くなった。

 

「遊弥、悪い顔になってますよ……」

 

「悪商人の顔ってまさにこんな感じなのね」

 

「そこ、うるさいよ」

 

呆れている海未と真姫にピシャリと言う。まったく、君達のことでもあるというのに。

 

「……わかったわよ。鍵開けるからどいて」

 

もう少し粘ると思っていたのだが、矢澤先輩は案外早く白旗を振った。

先輩が鍵を開けて戸を開ける。そのとき、

 

「あっ!?」

 

穂乃果が声を上げる。

矢澤先輩は素早く部室に入って、内側から鍵をかけたのだ。

 

「せんぱーい、開けてください!」

 

穂乃果は力任せに開けようとするも鍵が掛かった扉は当然開くわけがない。

中からの矢澤の反応はなく、聴こえてくるのは崩れる音だけだった。

 

「多分逃げようとしているな。どうする、諦めるか?」

 

問いかけたところで手を挙げたのは凛だった。

 

「凛が外から追い込むにゃ!」

 

そう言うか速いか、凛は駆け出していった。

 

「よし、私も行こう!」

 

「わ、私も行きます!」

 

「待って穂乃果ちゃん、花陽ちゃん!」

 

「あ、皆待ってください!? そんな大勢で行っても……って、話を聞きなさい!!」

 

凛の後に続いて行く穂乃果たち。

 

「あの人たちはどうしてこうなるのかしら」

 

一歩引いてこの場に残った真姫はため息を吐く。

 

「真姫は追いかけないのか?」

 

「それは凛だけで充分でしょう?」

 

「そうか、それじゃあ戻ってくるまで部室で待ってるか」

 

「は?」

 

俺は制服のポケットから鍵を取り出して部室の鍵を開ける。そのようすを真姫は驚いた様子で見ていた。

 

「あなた、どうして……というか、それなによ!?」

 

「なにって、マスターキーに決まってるだろ」

 

俺はくるくると鍵を指先で回して真姫に見せびらかす。

 

「俺、この学院の整備のおっさんと仲が良いんだ。開けたらすぐに返すことを条件に借りたのさ」

 

「あなたね……それを早く言いなさいよ!」

 

真姫の声と共に背中に衝撃がはしる。

そのあと鼻に絆創膏を貼った矢澤先輩が凛たちに連れてこられたのはそれから十分もしないうちだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回更新も頑張ります。




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アイドル研究部



どうも、燕尾です。
三十六話目です。





 

 

アイドル研究部――まあ一言で言えば、アイドルに関する部活だ。

その部室はその名に相応しいほどグッズやDVD、ポスターで溢れかえっていた。

始めてみるその部屋に皆興味津々だった。

 

「A-RISEのポスター!」

 

「あっちは福岡と大阪のスクールアイドルね」

 

「校内にこんなところがあったなんて、知りませんでした」

 

あちらこちらを見回す穂乃果たち。

 

「勝手に見ないでくれる」

 

頬杖をついてそういう矢澤先輩。正直、どこに目をやってもアイドルのものが視界に入るから仕方がないだろう。だが、

 

「こ、これは……!?」

 

「どうしたの、花陽ちゃん?」

 

物色するのはどうかと思うぞ、花陽よ……

花陽はあるDVDボックスを掲げていた。

 

「これは、伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックス!? 持っている人に初めて会いました!」

 

「そ、そう……?」

 

目をキラキラさせて矢澤先輩に詰め寄る花陽。それに対して、矢澤先輩は若干引いていた。

 

「凄いです!!」

 

「ま、まあね?」

 

どんなことでも褒められて嬉しく思わない人はいない。矢澤先輩も花陽から目をそらしてはいたものの、どこか嬉しそうな顔をしていた。

だが、そういうことに疎い俺はどういうDVDなのかさっぱりだし、その価値がどれほどのものかはよく知らなかった。

 

「へぇ~……そんなに凄いの?」

 

ちょっとした興味本位で聞く穂乃果。だが、それが花陽の引き金になった。

 

「知らないんですか!?」

 

「わっ!? びっくりした!」

 

「少しパソコンをお借りします!!」

 

「え、ええ……いいわよ……」

 

花陽の勢いに当てられた矢澤先輩はそのまま頷いて許可を出した。

パソコンに電源を入れて、情報サイトを起動した花陽は、普段のおっとりした様子からは伺えないほど慣れた手つきで検索ワードを入力していく。

 

「いいですか。伝説のアイドル伝説とは、各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に、古今東西の素晴らしいと思われる様々なアイドルたちの姿を集めたDVDボックスで、その希少性から伝説の伝説の伝説、略して伝伝伝と呼ばれているアイドル好きなら誰もが知っているDVD全巻ボックスなんです!!」

 

「は、花陽ちゃん、キャラ変わってない?」

 

俺は知っていたからまだしも、穂乃果や真姫は花陽の変化に戸惑っていた。

 

「これを二つも持っているなんて……尊敬……」

 

そこまで言うほどのレア物なのか、本当に輝いた目を矢澤先輩に向ける花陽。そんな花陽に矢澤先輩は自慢するように言った。

 

「ちなみに家にもうワンセットあるわ」

 

「神ですか!?」

 

「神とまでいうのか、花陽よ」

 

そして神である矢澤先輩に花陽はなにやら期待したような目を向ける。持っていない花陽は恐らく見たいのだろう。

 

「じゃあ、皆で見てみようよ」

 

そんな彼女の気持ちを代弁する穂乃果。

 

「駄目よ、それは保存用」

 

が、速攻で持ち主である先輩に却下される。

 

「そんなぁ……伝伝伝……」

 

「かよちんがいつになく落ち込んでいる!?」

 

余程見たかったのだろう、涙を流しながらキーボードに倒れ伏す。そしてそんな親友の姿を初めて見ただろう凛が驚いていた。

 

「……」

 

パソコンの前で花陽を慰めている穂乃果たちとは別に、ことりはある一点を見つめていた。

 

「ことり? なにを見ているんだ」

 

「ふぇ!? それはその……あれ……」

 

指が指されたほうを俺も見てみるとそれは誰かが書いたサインの色紙だった。

 

「ああ、気づいた?」

 

矢澤先輩の声にびくっ、とすることり。

 

「ミナリンスキーさんのサインよ」

 

「ミナリンスキー?」

 

なんか身近な人を想像できてしまうような名前だ。

 

「秋葉のカリスマメイドよ。その色紙はネットで手に入れたものだから本人は見たことないけど」

 

説明を聞いていたことりはボーっとその色紙を見ていた。

 

「ことり、知っているのですか?」

 

「え!? あっ、いや……」

 

海未の問いに上の空だったことりは慌てて返事を返す。その反応は少しおかしかった。明らかに動揺している。

 

「それにしてもミナリンスキー、ね……」

 

「どうかしたの? ゆーくん」

 

「いやな? メイドカフェとかで働いている人はよく自分の苗字や名前を変えて名乗っているらしいけど、ネーミングセンスがあまりないように思えるんだよなぁ」

 

揺さぶりをかけて、ことりのほうをちらりと見る。

 

「そ、そうだね……でも、可愛い子達もいっぱいいると思うよ?」

 

あ、顔が引きつってるよ、ことり。もう確定だろ、ミナリンスキー。というか最初聞いたときちょっと引っかかってたよ。南ことりの南を取ってミナリンスキーってつけたんだな。

 

「まあ、名前のことは置いといて」

 

話題を逸らしたことに隣でホッとすることり。

うん、それはもうバラしていると同じだよ。でもことりの名誉のためにいわないでおく。

 

「この色紙、本物なんですか? ネットで手に入れたとかいってましたけど」

 

「ええ、ちゃんと安心できるルートから手に入れたわ」

 

そんなルートが存在しているのかよく知らないが本物なんだろう。ことりも少し焦っているようだし。

 

「――っていうか、あんたたち、こんな見学するために来たわけじゃないんでしょ? いい加減本題に移りなさいよ」

 

「ああっ!? そうだった、忘れてた!」

 

「忘れてたら駄目だろう、穂乃果……」

 

「うぅ……伝伝伝ぅ……」

 

「ほら、花陽もいつまでも落ち込んでないで」

 

皆を促してとりあえず座らせる。

話が出来る空気になったところで穂乃果が切り出した。

 

「アイドル研究部さん」

 

「……矢澤にこよ」

 

部名でいわれるのが嫌だったのか矢澤先輩は名前を口にする。

 

「にこ先輩。実は私たち、スクールアイドルをやっていまして」

 

「知ってるわよ」

 

まあ、今までつけまわした挙句に解散しろなんて言ってきていたのだから、知らないほうがおかしいだろう。

 

「どうせ希にでも部にしたいなら話をつけて来いって言われたんでしょう?」

 

「おお、話が早い!」

 

穂乃果はしきりに感心しているが、口ぶりからして矢澤先輩と希先輩は知り合いだろう。それならわかっていても不思議ではない。そして恐らく、希先輩の方も矢澤先輩が独りでいる事情も知っているはず。

生徒会のとき絵里先輩のフォローをする前は明らかに俺たちのフォローをするつもりでいたし。いずれは矢澤先輩と話しをさせようとしていたのだろう。

あの似非関西人め、わざとけしかけようとしていたな。それも――結果もわかっていた上で。

 

「まあ、いずれはそうなるんじゃないかって思っていたわ」

 

「なら――」

 

「お断りよ」

 

俺の予想は正しく、穂乃果が言う前に矢澤先輩は切り捨てた。

 

「えっ……?」

 

「お断りって言ってんのよ」

 

「私たちは別に部を廃部にしてほしいといっているわけではないんですが」

 

「言ったでしょ、私はあんたたちを認めないって。あんたたちはアイドルを汚している」

 

随分な物言いの、上から目線な矢澤先輩。思わず噛み付いてしまいそうになるほどだ。

だが、今は穂乃果たちが話をしているので我慢する。

 

「でも、今頑張って練習してます! 確かに未熟なことはあるかもしれないけど――」

 

「そういうことじゃない」

 

じゃあ、一体どういうことなんだとこの場にいる全員が首を傾げる。

そして、矢澤先輩から指摘されたのは今まで誰も考えていなかったことだった。

 

「あんたたち――ちゃんとキャラ作りしてるの?」

 

『えっ……?』

 

「きゃ、キャラ……」

 

予想外すぎて俺も声が裏返ってしまった。だが、矢澤先輩は至って真面目だった。

 

「そう! お客さんがアイドルに求めるもののは、楽しい夢のような時間でしょう? だったら、それに相応しいキャラってものがあるのよ」

 

「ああ、海未がラブアローシュートを打つときのような――ぎゃふん!?」

 

少しでも理解しようと想像していたところで、隣にいた海未によって顔面を机に打ち付けられる。

 

「ゆーうーやぁ?」

 

「イタタタタタ、海未さん痛いです。顔と後頭部がものすごい痛いです。でも間違っては――ぎゃふふん!!」

 

もう一度打ち付けられた俺はそのままピクピク机に伏していた。

 

「ったく、しょうがないわね。いい、しっかり見ておきなさい。例えば――」

 

矢澤先輩は後ろを向く。恐らくステージをイメージしているのだろう。そして、

 

「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔を届ける矢澤にこにこ! にこにー、って覚えてらぶにこっ!」

 

場が、凍りついた。

 

『…………』

 

まさかの出来事に皆呆然としていた。机に伏せている俺も海未に打ち付けられたこと以上になにも言えなかった。

 

「――どう?」

 

やりきった矢澤先輩は一息つく。

どうもなにも、なにも言えない。だが、何かを言わなければならない。それは穂乃果たちも同じだったようで、

 

「う゛……」

 

穂乃果は言葉に詰まり、

 

「これは……」

 

海未は熟考し、

 

「キャラというか……」

 

ことりは驚愕し、

 

「私無理」

 

真姫は拒否し、

 

「メモメモ……」

 

花陽は熱心に書きとめて、

 

「ちょっと寒くないかにゃ~?」

 

凛が止めを刺した。

確かに空気が凍って、部屋の室温が下がったような気がするけど、それは今言ってはいけないことだぞ、凛。

 

「そこのあんた今、寒いって……?」

 

案の定、矢澤先輩は凛を睨む。

 

「ひっ! い、いや、なんていうか、その……!」

 

「でも、場合によっては可愛いかも……!」

 

何のフォローにもなっていないぞことり。

頑張って他が支えようとするもどこか上辺な言葉ばかり。

仕方が無い、と俺は影で携帯を操作して、海未の腕を突く。画面を見た見た海未は小さく頷いた。

 

「――出てって」

 

それと同時に低い声が聞こえる。

 

「話は終わりよ、さっさと出てって!」

 

矢澤先輩が一人ずつ外へと押し出していく。だが、気絶したフリをした俺は女子一人の力では動かせない。

諦めた矢澤先輩は穂乃果たちだけを追い出してドアを閉めて、鍵を閉める。

 

「えっ? ちょ、にこ先輩!? ゆ、遊くんは!?」

 

「起こしてしっかり追い出すわよ!!」

 

そんな、と聞こえるがさっき伝えておいた海未がいるから大丈夫だろう。

 

「ほら、さっさと起きなさいよ。あんたも早く出て行って!」

 

矢澤先輩は肩を揺すってくる。頬とかを叩いてこない限り、少しの優しさも伺える。

 

「もう、気絶した人間はどうすればいいっていうのよ……」

 

はあ、とため息を吐く矢澤先輩。

 

「まったく――」

 

「まったくはこっちの台詞ですよ、矢澤先輩」

 

「うぎゃあああ!?」

 

気絶したフリのドッキリ大成功。プラカードがあればなおよかったが贅沢は言ってられない。

 

「あんた、気づいていたの!?」

 

驚きで部屋の角まで下がった矢澤先輩が声を上げる。

 

「あんなので気絶するほど柔じゃないんで」

 

「そう、ならさっさと出て行って!」

 

「いえいえ、まだ話があるんですよ」

 

「最初から言ってるでしょ、私には話すことはないって」

 

まったく、絵里先輩にしろ真姫にしろ、矢澤先輩にしろ、どうしてこうお堅くて突っぱねるような人間が多いのだろうか。相手をするのも楽じゃないんだが。

 

「いいんですか、後悔するのは先輩ですよ?」

 

「……っ、どういうことよ」

 

雰囲気が変わったことを察した矢澤先輩は息を飲んだ。

 

「言いましたよね? 意地を張るのは結構ですが、然るべき手段があると」

 

「ふん、どうせ嘘でしょ」

 

虚勢を張る矢澤先輩。この人はまだ自分の置かれている状況がわかっていない。

 

「穂乃果たちが下手に出ているうちに自分で落としどころを見つけるべきだったんですよ。あなたは」

 

「どういうことよ」

 

「この学校では名前を変えても同じような内容の部活は作れない。まあ、必要ないですよね? それなら既存の部に入部すればいいだけの話なんですから。ですが、あなたは穂乃果たちを否定した――さて、ここで質問です。ちゃんと人数がいて活動目的を持って実行している人間と、一人だけでただ毎日趣味を浪費しているような人間、どちらが学校に認められると思います?」

 

そんなのはどう考えても明らかである。矢澤先輩は顔を歪めた。

 

「なにそれ、脅しのつもり?」

 

「さあ、これが脅しに聞こえるのならどこにでも訴えればいいですよ。そのときはちゃんと俺も同行しますから」

 

「くっ……あんたね……!」

 

どちらに理があるかわかっているからこそ矢澤先輩は悔しそうな顔をする。だが、本来そんな顔をすること自体おこがましい。

 

「部活は個人のものじゃない。もう駄々を捏ねるのはやめたらどうだ? そんなことだから、部員たちもいなくなったんだろ」

 

その瞬間、先輩の目はまるで親の敵でも見るようなものに変わった。

 

「――ッ! なにも見てないくせになにをわかった風に!!」

 

「わかるさ。自分の理想を他人に押し付けて、それ以外は認めないって言い張って、強要して――誰だって一緒にやりたくはなくなるってもんだ」

 

目標を高く持つことは決して悪ではない。だが、それが一丸となったものじゃなければただの先走りだ。

集団でいれば価値観の違いというのは必ず出てくる。だからこそ話し合って方針を決めないといけない。だが、この人はそれをせずに、自分の理想を追い求めるためだけに設立して、他人にも自分と同じ理想を求めさせた。そんなの、上手くいくわけがない。

 

「あんた達なんて認めない、さっさと解散しろ、アイドルを汚している……そういうあんたは一体何様だ?」

 

下唇をかみ締めて俯く矢澤先輩。

 

「いい加減、下らないプライドを振りかざすのはやめたらどうだ。嫉妬するほどほしいものがあるなら、醜くても、卑しくても、自分で手を伸ばしていけ」

 

「……」

 

「素直になって、本当に自分がしたいことを思い出せ」

 

言いたいことを言い切った俺はふぅ、と息を吐いて雰囲気を緩める。

 

「俺の言いたいことはこのくらい、どう受け取るかは矢澤先輩次第です」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

出て行こうとする俺を矢澤先輩は立ち上がって引き止めた。

 

「? なにか?」

 

「その、さっきの話、本当に学院にするつもり……?」

 

さっきの話というのは俺が言っていた手段のことだろう。矢澤先輩の顔は先ほどより勢いを失っていた不安そうな表情だった。

自分だけだとしても居場所がなくなることに対する恐怖を感じているのだろう。

 

「それはもう少し後にする予定です。それじゃ、失礼しました」

 

俺は出来るだけ優しい口調で言って、今度こそドアを閉めた。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
別タイトルも更新しているのでそちらもぜひ呼んでみてください。

ではまた次回に。





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にっこにっこにー!



どうも、燕尾です!
第三十七話めです。






 

「こんなところにいたか」

 

「あ、遊くん!」

 

アイドル研究部から離れてから穂乃果たちを探していたのた俺は、玄関先で彼女たちを見つける。

一年生たちはもう帰っているらしく、いま居るのはいつもの三人と希先輩だ。

 

「お疲れ様、遊弥君。どうやった、にこっちは?」

 

「分かってはいましたけど一筋縄ではいきませんよね。まあ俺も、色々と文句は言いましたけど」

 

だが、今は矢澤先輩より重要な目的が目の前に居る。俺は親指と中指で輪を作り、希先輩の額の前に持っていく。

 

「へっ? 遊弥君……なにするん?」

 

冷や汗を流して苦笑いしている希先輩に俺はニッコリと笑う。

 

「お仕置きです」

 

「――あいたぁ!?」

 

そして思い切り中指を振り抜く。ばちんっ、と俺の指と希先輩のでこがいい音を鳴らした。

 

「ええっ、ゆーくん!?」

 

「遊弥、一体なにをしているのですか!?」

 

「だからお仕置きです」

 

あわ食った様子のことりと海未に俺はもう一度言う。

 

「ちょ、遊弥君! 女の子に凸ピンってちょっと酷いと思わへんの!?」

 

涙目で抗議を入れる希先輩。だが、俺は一切笑みを崩さなかった。

 

「希先輩、あなたは自分が文句を言える立場にいるとお考えか?」

 

「ゆ、遊弥君。口調がおかしいで? まるで不正を問いただす議員さんのようやで……?」

 

「だまらっしゃい。希先輩。あなた、最初から穂乃果たちを矢澤先輩にけしかけるつもりでいたでしょう?」

 

「だって……部にするにはそのほかに方法がないわけやし……」

 

「それはそうですけど、失敗するの分かってましたよね? 今だってどうせ、穂乃果たちが追い出されるタイミングを見計らって、矢澤先輩の身の上話をしに来てたんでしょうが」

 

「うっ……それは……」

 

言葉を詰まらせて目を逸らす希先輩。それは図星だと自分でいっているようなことだ。

なんだかこうして事実を確認していったらムカついてきた。

 

「とりあえず――もう一発、いっときますか」

 

「えっ、なんでなん!?」

 

「いや、希先輩が手のひらで転がそうとしているのが不愉快なので?」

 

後ずさる希先輩の肩をがっしりつかむ。逃げられない希先輩は顔面蒼白にしていた。

 

「うちはそんなつもりない! 無実やぁ!」

 

はっはっは、そんなつもりはない? ここまでしておいて笑わせてくれおるわ。それにそれが本当だとしても関係ない。なぜなら、

 

「疑わしきは罰せよ、がこの世の常です」

 

「逆や! 罰さないのが普通や! 間違って覚えとるで遊弥君!!」

 

「そんなのどちらでもいいです。俺が凸ピンすることに違いはありませんから」

 

「理不尽!!」

 

やめて! と騒ぐ希先輩。そう抵抗されるとなんとしてでももう一発入れたくなる。

 

「ふふふ……さあもう一発しますよ……その白くて綺麗な面を汚してさしあげますよ……フフフフフ……」

 

「遊弥君? 様子がおかしいよ……? えっ、本当にちょっと待って!?」

 

慌てふためく希先輩の額にもう一回、俺の指が迫った。そのとき、

 

「――ぎゃふん!?」

 

頭に強い衝撃が奔る。そして指が食い込んでいるのかと思うほどの力で両肩を掴まれ、希先輩から引き剥がされる。

 

「なにをしているのですか、あなたは」

 

呆れた海未の声が耳に入る。その声で俺も現実に引き戻された。

それと同時に肩の痛みがはっきりとしていく。

 

「遊くん、おいたはよくないよ?」

 

「そうだね。ことりも穂乃果ちゃんの言うとおりだと思うな、ゆーくん?」

 

「……はい、すみませんでした」

 

笑みを浮かべる穂乃果とことりに今度は俺が顔面を青くさせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうするつもりだ?」

 

希先輩と別れ、俺たちは雨が降りしきる中、傘を差して並んで帰る。

大方、矢澤先輩のことは希先輩から聞いたらしく、ことりと海未は難しい顔をしていた。

 

「うーん、なかなか難しいよね。にこ先輩」

 

「そうですね……先輩はなかなか理想が高いですから、私たちのパフォーマンスで納得してくれませんし、説得に耳を貸してくれる様子ではありませんから」

 

「穂乃果はどう思っているんだ?」

 

浮かない表情の二人に対して、穂乃果は何か思案しているようだった。

 

「そんなに難しいことかな?」

 

「「えっ?」」

 

「だって、にこ先輩はアイドルが好きなんでしょ? それでアイドルに憧れてて、私たちにもちょっと興味がある」

 

あまり考えられているように思えない穂乃果の言葉。だが、俺はわかる。

矢澤先輩の問題の本質はあの人の理想をクリアすることや説得を成功させることじゃない。

 

「ってことは、ほんのちょっと何かがあれば上手くいきそうな気がするんだよ」

 

「具体性に欠けていますね」

 

海未の言う通り、直感的な考えが多い穂乃果。

 

「ふむ、いい線をついていると思うぞ穂乃果」

 

しかし、俺は誰よりも的を得た答えを得ていると思っていた。

 

「矢澤先輩は希先輩の言葉で言うと、羨ましい、と思っているんだ。スクールアイドルの活動をしている穂乃果たちのことを。それで、そういう人間が次にとる行動はいくつかある。妬んで邪魔してきたり、陰ながら応援したり、あとは――」

 

バレないように顎をくいっ、とある方向を指し示す。

 

「あ……」

 

そこには慌てて身を隠そうと、階段を駆け下りていく矢澤先輩の姿。

 

「今のは……」

 

「にこ先輩、ですね」

 

「――ああやって遠巻きから見ていて仲間に入りたそうにする、とかな」

 

俺は苦笑いしながらそういった。

 

「矢澤先輩はその典型的な人種だ。仲間に入りたくても素直に言うのは恥ずかしい。だから反発したり、ちょっかいをかけたりする。要するに意地を張っているんだよ」

 

しかし、そんな意地なんて"ほんのちょっとの何か"があればすぐに堕ちる。まあ、それが先輩の妥協点になればの話だが。

でも、無意識ながらに人の感情を汲み取ることに長けている穂乃果ならもうわかっただろう。

 

「そうだ! ふふっ……」

 

「その様子だと何か思いついたみたいだな」

 

「うん。これって、海未ちゃんとまんま一緒だなって!」

 

「わ、私ですか!?」

 

「ほら、ことりちゃんも覚えてない? 小さいころ、海未ちゃんと出会ったときの」

 

そう問われて、ことりも少し考えた後、ああ! となにかを思い出していた。

 

「穂乃果、ことりと海未の出会いか。なかなか興味あるな」

 

当然そのときに居なかった俺は知らないことだ。

 

「海未ちゃん、いっつも公園で私たちが遊んでいるところを木の陰から見てたんだよ。気づかれそうになったら隠れていたんだけど、どう頑張っても隠れるのが遅くてバレバレだったんだ~」

 

「そ、そんなこと、ありましたっけ……?」

 

「あったよ。海未ちゃん、相当恥ずかしがり屋さんだったから」

 

「ふむ、小さい海未が恥ずかしがりながら木に隠れているのか。しかもバレているとくるか……なかなか可愛いじゃないか」

 

「――っ、ニヤニヤしないでください遊弥!! 穂乃果も今その話をして、なんの関係があるというのですか!?」

 

「関係あるよ。ほらさっきも言ったけどこの状況、その小さいころの海未ちゃんと同じでしょ?」

 

そのときは穂乃果が遊びに巻き込んで、海未を皆の輪の中に入れたという。

 

「つまり、矢澤先輩にも同じことをしようということか」

 

「うん! 同じようにはいかないと思うけど、まあ、そこはアドリブで」

 

「その裁量は穂乃果たちに任せる。俺は居ないほうがいいと思うしな」

 

「ええっ、どうして!?」

 

「大分脅しをかけたからな。あと説教もしたし。俺が居ると矢澤先輩も気まずいだろうから俺はパス」

 

「なにをしているんですか、あなたは……」

 

そんなこといわれても必要なことだったと言わざるを得ない。とりあえず呆れた海未の視線はスルーする。

 

「何より明日は試験生としての報告を理事長に報告しないといけないからな」

 

「そっか、もうゆーくんが音ノ木坂に来てから二ヶ月くらいたったもんね」

 

「そういうことだ」

 

女子高に編入してからもう二ヶ月が経っていた。最初こそ戸惑うことが多かったがなんだかんだで馴染めたような気はする。

まあ、教師の地味な嫌がらせとか、生徒からの侮蔑するような視線はなくなってはいないが、穂乃果たちに言うことではない。

 

「だから、あとは穂乃果たちに任せるよ」

 

まあここまでやっているの素直にならなかったらもう救いようがない。そのときは潰すだけだ。

だがまあ、彼女たちならきっと上手くやれると俺は確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の放課後、俺は理事長室へと来ていた。

理事長の手には一枚の紙。俺が出した報告書だ。読み終わったのか、理事長は面を上げてため息を吐いた。

 

「色々と苦労をかけてるみたいね……ごめんなさい」

 

「謝られるほどの苦労とは思ってないですよ」

 

ただ自分に課される宿題が一学年上や大学で習うようなものだったり、自分のものがなくなったりしているだけだ。

 

「それで苦労と思わないのはあなただけよ。本来なら問題になるレベルなのだけれど」

 

「一応高校卒業できるまでの学力はありますし、大学の問題なんて基本高校からの応用ですから、専門的なことじゃなければ解けますよ」

 

それにどうしてもわからないときは、最終手段として咲姉に教えてもらっている。問題というほどの問題なんてないのが現状だ。

 

「それに、提出するたびに教師の悔しそうな顔を見るのは何気に楽しいんで、まあバランスのいい関係だと思っています。物がなくなったのは困ったんですが、まあ、捨てたりするほどの度胸はなかったみたいですぐに見つけられましたし」

 

「遊弥君ってポジティブなのか、それとも無関心なだけなのか、よくわからなくなるわ」

 

「どちらかというと無関心寄りだと思います。実害もこれといってないんで。基本的に真面目なんでしょうね、ここの子たちは」

 

「真面目ならそういうことすらしないと思うのだけれど」

 

そこは触れないでやってくださいよ、せっかくフォローしてあげているのに。

 

「まあ、大抵のことなら俺は自分で何とかできるので、あまり気にしなくていいですよ。どうしようもないときにはちゃんと言いますので、それまでは理事の仕事とかに専念していただければ――」

 

「遊弥君、それは違うわ」

 

途中で理事長が遮る。

 

「あなたが楽しく過ごせるように、学院生活を支援するのも理事の仕事の一つよ。決してそこを履き違えてはいけないわ」

 

諭すような声。それはうちの爺さんのような貫禄があった。

流石は爺さんの意志を継いでいる人だ。廃校の瀬戸際だというのに生徒にもしっかりと目を張っている。雛さんのような人が増えれば教育界も安泰だろう。

 

「現状はわかったわ、とりあえず私も共学化に同意している先生方と対策を講じるわ」

 

「お願いします、もう気にするなとは言いません。ですが、あまり気負わないようにしてくださいね。一つ一つ対応してもキリがないですし、やるなら一網打尽にするほうがいいと思います」

 

「ええ、ありがとう。それも含めて考えるわ」

 

「それじゃあ、失礼します」

 

理事長室から出ようとしたところで、俺はあるものを渡すのを忘れていたことを思い出して振り返る。

 

「っと、その前に――雛さんに渡すものがありました」

 

場所は理事長室だが、立場としてはプライベートということを主張するために俺は雛さんの名前を呼ぶ。

俺は懐から一つの封筒を取り出して、雛さんに渡した。

 

「これは――巌さんから?」

 

そう、差出人は俺の養父。爺さんからのものだ。

 

「一応、俺やこっちの状況は向こうにも報告しないといけないですからね。その話を聞いた爺さんが少しでも参考になればってアドバイスを手紙に書いて寄越したものです」

 

「有り難いわ、今度お礼しないとね」

 

「爺さんも喜ぶと思います。では、今度こそ失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、穂乃果たちは上手くいっただろうか」

 

一礼してから理事長室を後にした俺はそのままアイドル研究部の部室に向かう――が、部室の電気は消えており、鍵も締まっていた。

懐から携帯を出して確認しても、通知は一つもない。

 

「穂乃果たちからの連絡はなしか。進展あったら連絡をしろって言っていたんだけどな」

 

となると、それが出来ない状態か、単に忘れているだけなのか。どちらにしろ、どこにいったのやら。

ふと横を見ると、外は雲の隙間から陽光が差し込んでいた。理事長室にいたときはまだ雨が降っていたのだが、いつの間にか止んで、晴れてきたのだろう。

となると彼女たちが行くとしたらただ一つ――

 

「ふむ、いってみるか――屋上に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『にっこにっこにー!』

 

階段を上っているところで外の屋上から大きな声が聞こえる。

 

「声が小さいわ。もう一回――にっこにっこにー!」

 

『にっこにっこにー!』

 

「……どうやら上手くいったみたいだな」

 

俺はドアノブに手をかけてガチャリと、屋上へと出る。

そこには、練習着の穂乃果、海未、ことり、花陽、凛、真姫――そしてジャージ姿の矢澤先輩。

 

「あっ、遊くん! お疲れ様!」

 

「お疲れ様、穂乃果、みんな」

 

「紹介するよ、遊くん。七人目のメンバーでアイドル研究部部長の矢澤にこ先輩!」

 

みんなに押されて俺の前に立つ矢澤先輩。その顔はどこか気まずそうだった。

 

「……」

 

今までの経緯から、突然俺を目の前にして普通ではいられないのだろう。

まあ、ここは俺からいくべきか。

俺は矢澤先輩に向かって手を差し出した。

 

「改めて……μ'sの手伝いをしている萩野遊弥です。よろしく、矢澤先輩」

 

「よ、よろしく……」

 

おずおずと、交わされる握手。矢澤先輩の手はふにふにとして柔らかかった。

 

「にこ先輩、恥ずかしがってるにゃ!」

 

「なっ!? そ、そんなことないわよ!」

 

「そうかしら? それにしては顔が真っ赤なのだけれど?」

 

「――そ、そんなことより! あんたたち、さっきの続きをしなさいよ!! まだまだ程遠いんだから!!」

 

『は、はい!?』

 

矢澤先輩は恥ずかしさを誤魔化すように追い払う。

 

「ほら、にっこにっこにー!!」

 

『にっこにっこにー!!』

 

「いいわ、その調子よ。それをそのまま三十回!」

 

『えぇ!?』

 

「なんか文句ある?」

 

『ありませーん!』

 

鬼の形相をする矢澤先輩に穂乃果たちは苦笑いしながら離れていく。

それがおかしくてつい俺は軽く噴き出してしまった。

 

「……何よ」

 

「いえ、別になんでもありませんよ?」

 

「アンタ、なにを考えているのかわからないから不気味だわ」

 

「不気味って、酷い言い方をしますね。せめてミステリアスと言って下さいよ」

 

離れたところで、矢澤先輩の決めポーズを繰り返している穂乃果たちには聞こえない程度に応酬する俺と先輩。すると、

 

 

「ありがとう」

 

 

唐突に矢澤先輩の口から出た感謝の言葉に俺は少なからず驚く。

 

「あのとき、最初に私が断ったときアンタが生徒会や学院に言わなかったのはこうするためだったんでしょ?」

 

「さあ、何のことでしょう? スクールアイドルの手伝いのほかに試験生として俺にもやることがいっぱいあるんで。もちろん、俺は潰すつもりでいましたよ」

 

「……そう、そういうことにしてあげるわ」

 

そっぽを向いて上から目線で喋る矢澤先輩の口元は緩んでいた。

 

「ほら、アンタも練習しなさい!」

 

「はっ? いや、でも俺は……」

 

男の俺がにっこにっこにー、とかありえない、見せられるものじゃない。

 

「いいからやるの! 早く!」

 

背中をぐいぐい押す矢澤先輩。

 

「ちょっ、矢澤先輩!?」

 

「にこよ! ほら遊弥、アンタもやるのよ!」

 

「勘弁してください、にこ先輩!」

 

「アンタもアイドル研究部の部員なんでしょ、なら当然よ!」

 

その声色はどこか楽しそうで、ようやく自分に正直になれていたような気がした。

 

 

ちなみに、

 

 

「にっこにっこにー!!」

 

 

『…………』

 

諦めて、にっこにっこにー、と全力でポーズを決めると穂乃果たちはもちろん、やらせたにこ先輩にまで思い切り引かれた俺は――

 

「……ぐすん、もう今日は帰る。かえって縄を用意しよう」

 

『ああ!? ごめんなさ――い!!!!』

 

涙を流し、しばらくの間いじけるのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょう?
また次回にお会いしましょう!





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突然の出会い


どうも、燕尾です。
今回は完全オリジナル話です。
文句は無しでお願いしますね?





 

 

 

街の路地裏に佇む一つのお店。俺はオープンと書かれた表札をしっかりと見てそのドアを開ける。

 

「こんにちわ~」

 

「いらっしゃ――あっ、遊弥くん! 久しぶりだね!!」

 

「久しぶり、彩音さん」

 

出迎えてくれたのは喫茶店スカイカフェの看板娘――一彩音さんだ。

 

「もう、最近はぜんぜん来てくれなかったから寂しかったんだぞ?」

 

俺はカウンターに腰を落ち着かせながら謝った。

 

「悪かったよ、学校生活のほうがいろいろと大変で。なかなか来る機会がなかったんだ。マスターはいまなにしてる?」

 

「お父さんはまだ寝てるよ。休日は休むもんだとか言って午前中は店を私に任せてるんだよ。まったく……」

 

そう言って彩音さんはため息をはく。

 

「大変だな、彩音さんも――あ、ブレンドと手作りトーストを一つを頼む」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

仕事モードでそう言った彩音さんはコーヒー豆を挽き始め、パンをオーブンで焼きはじめる。

それからものの数分で出てきたコーヒーとトーストはいい香りを漂わせていた。

 

「お待たせしました。ブレンドとトーストです」

 

「ありがとう。頂きます」

 

俺はコーヒーを一口飲んで、トーストに噛り付く。味は言わずもがな、美味しい。

 

「うん、美味い。さすが彩音さん」

 

「ありがと――それより、遊弥くん。君いま音ノ木坂学院のスクールアイドルの手伝いをしているんだって?」

 

俺のパンを運ぶ手がピタリと止まる。どうしてこの人がそんなことを知っているのだろうか?

彩音さんはふっふっふ~、と不敵な笑いをする。

 

「私の情報網を舐めちゃいけないよ? 彩音さんはなんでも知っているのだ~!」

 

「怖いわ、そして怖い!」

 

「あはっ。ほんとはね、スクールアイドル好きの友達が紹介サイトを見せてきたときに君のこと書いてあったから知ってただけだよ」

 

「なんだ、そういうことか……」

 

そういえばにこ先輩が加わったときに全員で写真を撮って上げていた。そのときの照会文に俺のことも書くって穂乃果たちが言って聞かなかったな。

 

「それに、最初のライブの動画も見させてもらったけど。歌も踊りも可愛かったよ。あれ全部一から作り上げたんでしょ?」

 

「はっ……?」

 

何のことだかわからない。ライブの動画? 一体どういうことだ?

俺の変化に気づいた彩音さんもえっ、と返してきた。

 

「えーと、遊弥くん、知らないの?」

 

「彩音さん! ちょっとノートパソコン貸して!!」

 

彩音さんが大学で使っているノートパソコンを借りる。

そして、長らく見ていなかったスクールアイドルのランキングサイトにアクセスすると、俺も見たことがなかった、ファーストライブの映像がアップされていた。

 

「いったい、誰がこんなこと……」

 

「遊弥くんが撮ったものじゃなかったの?」

 

俺は首を横に振る、あのときは最前列で見ていたし、もし撮っていたとしても熱もあったからこんなに綺麗にできていないだろう。

 

「編集も上手くされているな。カメラワークもばっちりだ」

 

「それにこの動画、結構遠くから取られているね。位置的には最後尾あたりかな?」

 

「最後尾……」

 

あの誰もいない場で、最後尾にカメラを置く人物はいない。となると、この動画をとった場所は――

 

「放送室ぐらいか」

 

「まあ、それが妥当なところだね」

 

「それで誰が撮ったかは……絵里先輩だろうな」

 

消去法で絵里先輩しかいないだろう。隠れていた希先輩はアップしたらそれを報告しているだろうし。にこ先輩や真姫は最初は言わなかっただろうが、もうグループに入っているから、伝えているはずだろう。となると残った絵里先輩だけだ。

 

「まあ、この際誰でも良いんじゃない? この動画のおかげで人気が出始めたのだから」

 

「そうですね」

 

少なからずプラスに働いたということを考えれば別に目くじらを立てるほどでもないだろう。

 

「彩音さん。コーヒーのおかわり頂戴な」

 

「了解ー、遊弥くんは結構お金落として言ってくれるから大好きだよ~」

 

「仮にも客にそういう言い方はどうなんだ?」

 

まあ、美味しいから良いか――そう思って、彩音さんと話をしながらゆったりとした午前の時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これからどうしようか」

 

目的もなくぶらついていた俺は秋葉原に来ていた。というのも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊弥、アンタはアイドルのことを何も知らなさ過ぎるわ! そんなことじゃマネージャーとしてやっていけないわよ!!」

 

「はぁ……」

 

「なによそのやる気のない返事は!」

 

「いや、また唐突に変なことを言い出したなって思いまして」

 

「変なことじゃないわよ、重要なこと! いい? マネージャーは主役であるアイドルのサポートをする重大な役割があるの」

 

体調管理、スケジュール調整、メンタルケア等々……にこ先輩は嬉々として語っていた。

まあ、俺の立ち位置としては間違ってはいないけど。

 

「私たちと一緒にいるあなたは否が応でもマネージャーとしての扱いを受けるわ。そんなマネージャーがアイドルのことに何も知らないというのは、私たちのアイドルに対する姿勢というものが問われてしまうのよ!」

 

「――って、にこ先輩は言っているけどどう思う、花陽?」

 

「ふぇえ!? わ、私ですか!?」

 

いきなり話を振られて驚いている花陽。

 

「私はその……にこ先輩の言っていることは正しいと、思います……」

 

花陽は指をつんつんさせながら小声で言った。

確かあの仕草は嘘をついているときの花陽の癖だって凛が言っていたな。

やっぱり、先輩の言っていることは否定しづらいようだ。

 

「なるほど、実際はどうでもいいと」

 

「そんなこと言ってませんよっ!?」

 

「それはアンタの感想でしょうが!!」

 

「しょうがない、花陽が正しいって言うならそうなんだろうな。それで、何をしろって言うんですか、にこ先輩?」

 

「何で私のことは信用しないのよ……」

 

ジト目で俺を睨むにこ先輩。だけど、ぜんぜん怖くもなんともない。

 

「まぁ、いいわ。アンタにはこれから、アイドルについて知ってもらうわ」

 

「アイドルのこと……実際にはどうやるんですか?」

 

そう訊くと、ふふん、と威張るようにして、

 

「今週の休みにアキバに行って調査してきなさい!」

 

にこ先輩はない胸を張ってそういうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、来週までに調べたことを報告しなさいといわれた俺は、秋葉原に足を運んだのだ。

 

「とはいっても、どうしたものか……」

 

買い物以外で休日に出歩くことをあまりしたことがない俺としてはどうしたら良いのかさっぱりわからない。

一応にこ先輩からお勧めの場所をいろいろと聞いてはいるが、正直気乗りはしない。

 

「メイド喫茶とか、一人で行くの恥ずかしすぎるだろう」

 

しかし、これ以外に頼れるものがないのも事実。

 

「しょうがない、まずはスクールアイドルのショップにでも行ってみるか」

 

俺は大勢の人が行き交う秋葉原に身を投じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいな……」

 

俺はやってきたスクールアイドル専門のショップを見てつぶやいた。

 

「グッズが沢山だ…」

 

各地で名を上げたスクールアイドルたちの写真集やクリアファイル、ライブのDVDなど所狭しと並べられていた。

 

「とりあえず見てみるか」

 

俺はいろいろなものを手にとって見てみる。が、

 

「うーん、こんなので何がわかるんだ?」

 

一応にこ先輩のお勧めだから来たのだが、正直に言えば何もわからん。どんなグループがあるかぐらいしかわからない。

 

「たしか、こっちが福岡のスクールアイドルで、こっちが大阪のスクールアイドルだったはず……あ、試聴コーナーとかもあるのか」

 

最初はどんなところかと不安だったのだがこうして実際に見てみるとこういうところも悪くない。

そうして店内を物色している中、俺は視線の先であるものを見つける。

 

「これ、誰のだ?」

 

俺が手に取ったのは誰のものかわからない財布。キーホルダーが付いているところや色合いからして女性用のものだろう。

 

「まあいい。とりあえず見せの人に渡して――」

 

「そこのあなた、ちょっとごめんなさい」

 

カウンターに行こうとしたところで、誰かに呼び止めれる。

振り向くとそこには、茶髪のショートヘアでサングラスをかけているにこ先輩と変わらないぐらいの背丈の女の子がいた。

 

「どうしました?」

 

女の子は俺の手にある財布を指差す。

 

「その財布、私のなの。さっきここに来たときに落としてしまって」

 

「そうなんですか」

 

「ええ、拾ってくれてありがとう。渡してもらえないかしら?」

 

女の子は手を差し伸べてくるが、俺は手を引っ込めた。

 

「すみません。あなた本人のという確証がないのでこのまま渡すのはちょっと…」

 

こういうことは用心に越したことはない。後からまた同じような人が現れて持ち主だったとなれば取り返しのつかないことになる。

 

「…確かにそうよね」

 

「そういうことなんで店の人に渡すんで後はそこで確認してもらえれば」

 

「それはちょっと困るのよね……」

 

女の子は困ったような顔をする。

本来だったら店の人に渡すことに難色を示した時点で怪しいのだが、彼女の様子はそんなものではなかった。

 

「? どうしてですか?」

 

「少し訳ありの事情があって、私がいることをあまり店に知られたくないの」

 

「でしたら交番に届けることぐらいしか出来ないんですけど」

 

「交番はここから遠いわ」

 

そんなことを言われてしまったら何も出来ないぞ。

 

「だったらもう俺が名前を聞いて財布の中身を確認しないといけなくなりますよ?」

 

「それよ!」

 

その瞬間、女の子は心を得たように言った。だが、俺は逆に困った。

 

「えっと、良いんですか? 俺が中身を見ても」

 

「本当は良くないのだけれど、店の人に知られるよりはマシね。ただ約束して欲しいのだけれど、ここにいたことは他の誰にも言わないこと、あと私のことを知っても騒がないで欲しいの」

 

どうやらこの女の子は何らかの有名人なのだろう。

そこまで言うならもうこのまま財布を渡してもいい気がするがそういうわけにもいかない。結局、他の良い方法を思いつかなかった俺は頷いた。

 

「わかりました。じゃあ、サングラスはずして名前を教えてもらえますか?」

 

少女は一瞬躊躇いはしたが、覚悟を決めたのかサングラスをはずした。

 

「私は綺羅つばさ――カード入れのところあたりに保険証と私の写真が入っているからわかると思うわ」

 

「綺羅つばさですか。綺麗な名前ですね」

 

「っ!!」

 

「それじゃあ、失礼します」

 

俺は一言断りを入れて、財布の中を確認する。

余計なものは見ないようにしてカード入れを見る。そこには綺羅つばさの名前書かれている保険証と目の前の彼女を写した写真があった。

 

「確認できました。間違なく綺羅さんのですね。色々言ってすみませんでした」

 

俺は財布を閉じて綺羅さんに財布を渡す。ポン、と渡された彼女は少し拍子が抜けた顔をしていた。

 

「どうかしました?」

 

「いや、その……貴方、私の姿を見たり、名前を聞いたりしても驚かないのね?」

 

「? 何かしらの有名人だとは思ってますけど?」

 

正直に言えば俺は綺羅さんを見たこともないし、聞いたこともなかった。

 

「まあ、そうよね。そうじゃなかったら私の名前を聞いて"綺麗"なんて言わないわよね――ふふっ。貴方、面白いわ」

 

綺羅さんは一歩近づいて下から見上げるような目遣いで俺を見る。その瞳は怪しく光っていた。

 

「ねぇ貴方、名前はなんていうのかしら?」

 

――俺の勘が告げている。これから面倒くさいことになると。

 

「あなたが気にすることのないただの一般人です。それじゃあ、これで――」

 

綺羅さんの横を通り過ぎようとする。が、そうは問屋がおろさず、肩を掴まれてしまった。

 

「ふふふ、どうして逃げようとしているのかしら? 私はあなたの名前を聞いているだけよ?」

 

綺羅さんに絡まれると嫌な予感しかしない、とはいえなかった。ここは軌道を修正しよう。

 

「萩野遊弥、どこにでもいる普通の男子学生です」

 

「萩野遊弥……素敵な名前ね」

 

ではこれで、と再びその場から離れようとするも、綺羅さんの手が離れることはなかった。それどころか腕に絡むようにして抱きついてきた。

そして、彼女はとんでもないことを言い出す。

 

「なら遊弥、今から私とお出かけをしましょう」

 

「はっ……?」

 

「いまから私とお出かけをしましょう。私、少しあなたに興味があるの。時間あるわよね?」

 

「えっ、いや…その……」

 

いきなり名前呼びをして捲し立てる綺羅さんに俺はついていけていない。

 

「悪いですけど、俺もやらないといけないことがあるので」

 

何とかひねり出せた言葉も綺羅さんには通用しなかった。

 

「そうなの? アキバでやるべきことって一体なにかしら?」

 

「ええっと、それは――」

 

スクールアイドルの調査です、なんてことは言えなかった。傍から見れば俺は休日にアイドルグッズを買いに来た暇な男子にしか見えないからだ。

どうにか逃げようと身を捩ったところで俺の上着のポケットから一枚の紙が落ちる。

 

「あら、何か落ちたわよ?」

 

それを拾った綺羅さんが中身を見る。その瞬間、すべての時が止まった。

 

「スクールアイドルを調べるにあたって行くべき場所、書かれている場所には必ず行きなさい――」

 

「――っ!!」

 

取り上げるように綺羅さんから奪うも、もう既に遅く、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「なるほどね。良いこと思いついたわ」

 

俺にとっては良くないことを思いついてしまった綺羅さん。

 

「その調査、私も手伝うわ。これでも私、スクールアイドルに関してかなりのことを知っているって自負しているもの」

 

「いやいや、そんなの悪いですよ。しかも時間ないんじゃ…」

 

「大丈夫よ、今日はオフの日だから」

 

どんどん退路が塞がれている。というか、もう逃げ道がなかった。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

俺は引きづられるように引っ張られていった。

 

 

 

 

 





自分で読み返していても適当に作ったのが丸分かりですね。もっと精進せねば……
ではまた次回にお会いしましょう。
ではでは~




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メイド喫茶


どうも、燕尾です。
第三十九話、アイドル調査の続きです。





 

 

「あなたのメモによるとアイドルショップのあとはメイド喫茶って書かれていたわね」

 

「よく覚えているな、あの一瞬しか見てなかったっていうのに」

 

「ええ、これでもいろいろと覚えないといけないことがあるから」

 

俺たちはメイド喫茶に向かいながらいろいろと話しをしていた。

 

「なあ、綺羅――」

 

「遊弥、綺羅じゃなくてつばさって呼んでっていったわよね?」

 

指で俺の口元を押さえるつばさ。彼女は俺と同い年ということがわかったことで、敬語も苗字呼びもなしにしようと言い始めたのだ。

 

「――つばさ」

 

「ふふ、よろしい」

 

サングラス越しでもわかる、満足げな目。だが、俺はそれどころじゃなかった。

 

「なあつばさ、本当についてくるのか?」

 

腕に引っ付いているつばさに問う。すると彼女は当然とばかりに頷いた。

 

「遊弥はアイドルについて知りたいんでしょう? なら私がいて損なことはないわ。さっきも言ったけど、私、アイドルについて詳しいわよ

 

「そうはいってもだな」

この構図はまずいと思う。

正体は知らないが、つばさは何かしらの有名人であることだけはわかる。そんな彼女が男と腕組んで歩いているなんてことを知られたら大変なことになる。

幸い今は誰にも気づかれていないからまだ良いが、いつ誰が気づいてもおかしくない。

 

「大丈夫よ。遊弥が騒がなければ誰も気づきはないわ。もしバレたとしても大丈夫よ」

 

「つばさのその自信はどこから出てくるのかわからん」

 

「常に自信がないとやっていけないのよ、私たちの世界は。それに、そういうときのための秘策も用意しているから安心しなさい」

 

「俺としてはその秘策を使う時がこないことを切に願うわ」

 

「ならバレないように頑張らないといけないわね」

 

楽しそうに言うつばさに俺は頭が痛くなったような感覚に陥る。

 

「ほら、早くメイド喫茶に行きましょう」

 

もはや主導権は俺にはなく、どうすることもできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがメイド喫茶か」

 

にこ先輩のメモに従ってやってきたメイド喫茶の外装は可愛らしく、いかにもな雰囲気をかもし出している感じだ。

 

「なんだか場違いな気がしてきた」

 

聞いたことしかなかった存在を改めて目の前にすると少し足が竦んでしまう。

そう考えると、つばさがいてくれてよかったとも思えた。

 

「ふふん、私がついてきてよかったでしょう?」

 

俺の考えを先読みしたような言い方をするつばさ。悔しいがその通りだ。

こういうところに一人ではいるのはどことなくハードルを感じる。

いや、店の中には一人できている男性客が圧倒的に多いのだが。なんか気持ち的に敷居が高いというかなんというか――初めて入る人間が一人だけで繰るような場所じゃない木がした。

 

「安心しなさい。なにせ私がいるのだから。こういうところが好きな彼女に連れられたデートのような雰囲気を出しておけば大丈夫よ」

 

「……」

 

デート、という単語に少しばかり緊張してしまう俺。そんな俺の考えがわかっているのかつばさはニヤニヤと嗤っていた。

 

「ほら、さっさと入ろう!? こんなところでいつまでもたってたら他の人に迷惑だからな!!」

 

「わっ……ふふっ――はいはい」

 

俺はつばさの手を引いてドアに手をかける。

扉を開くと、ベルが鳴って、俺たちの来店に気づいた一人のメイドさんが駆け寄ってくる。

 

「――いらっしゃいませ~。ご主人様、お嬢様♪」

 

にこやかに応対するメイドさん。だが、俺はその姿を見て固まった。

 

「こ、こと……り……?」

 

「ゆ、ゆー……くん……?」

 

メイド姿で笑みを浮かべて、出迎えてきたことりも固まった。

初めてアイドル研究部にいったときことりがメイドのバイトをしているとは予想できていたが、まさかここでしているとは思わなかった。

いや、にこ先輩がカリスマメイドとしてすごい推していたことから考えられないことではないといまさらながらに思うが、もう時既に遅し。

 

「ん――遊弥、どうかした?」

 

後ろから俺たちの様子がおかしいことを察して顔を覗かせるつばさ。

そのとき、空気が固まった。

 

「……あら? 私、なんかタイミング最悪なところで出てしまったかしら…?」

 

気まずそうにするつばさ。こちらの事情なのになんだか申し訳なってくる。

 

「いや、つばさはなにも悪くないから気にしないでくれ」

 

「つば、さ……? どういうことなの、ゆーくん? わたしたちの知らない女の子と二人っきりで……」

 

「いや、これはなんというか成り行きというか……」

 

瞬間、戸惑っていたことりの顔が笑顔になった。

 

「ご主人様、お席までご案内しますね♪」

 

「こ、ことり? なんかすごい笑顔が怖いんだが……?」

 

「ことり? 誰のことを言っているのですかご主人様。私はここのお店のメイド、ミナリンスキーですよ?」

 

笑顔なのにすごい怖い。今までで一番怖いと思うまである。

 

「こと――」

 

「ご主人様…お席までご案内いたしますね……?」

 

どうやら俺が何を言っても無駄なようだ。もう下手なことを言う前に、従ってこの場から離れたほうが良いだろう。周りの客の野次馬のような視線が鬱陶しいし、つばさもいる。これ以上注目されるのもまずいだろう。

 

「遊弥。早く行きましょう」

 

「――っ!!」

 

同じように思ったのか、そういいながら腕を取るつばさ。

 

「で、ではこちらです、ご主人様……」

 

口の端をピクピクさせながらなも見事な営業スマイルを浮かべていることり。

そのまま席へと案内され、俺たちは向かい合うように座った。

 

「では、ご注文がお決まりでしたらお呼びくださいね」

 

ことりは一礼してから厨房へ戻ろうとする。そのとき――

 

「あとで、じっくりと訊かせてもらうからね……ゆーくん」

 

俺にだけ聞こえるような小さく低い声。ことりはそのまま厨房へと引っ込んでいった。

 

「メイド喫茶のバイトをしているのはわかっていたが、まさかここでバイトしているとは……」

 

「遊弥、あのミナリンスキーと知り合いなの」

 

「知り合いというか、昔馴染みだ。あの、っていうぐらいだからつばさも知っていたのか?」

 

「有名だから。カリスマメイドのミナリンスキー」

 

にこ先輩もいっていたけどそんなに名が知られていたのか、ことり。

 

「とりあえず何か食べましょう。せっかく来たのだから」

 

「そうだな。ただの冷やかしになるつもりはないし」

 

「どれがいいかしら?」

 

つばさがメニューを開いていろいろ見ていく。俺も顔を近づけて覗き見る。

 

「……っ」

 

「? どうしたつばさ?」

 

「い、いえ、なんでもないわ」

 

ちらちらと俺の顔を見てくるつばさに問いかけると、彼女はなんでもない、とばかりに首を横に振る。

つばさの様子のおかしさに首を傾げたそのとき、背中を冷たい何かがなぞった。

あたりを見渡してもなにもない。気のせいかと思いながら俺は目をメニューに戻す。

 

「なんか、すごいメニュー名だな」

 

メイド喫茶のメニューを初めて見るのだが、可愛らしいというか、それよりもぶりっ子という印象の商品の名前だった。

 

「そうかしら、大体のメイド喫茶はこんなものよ?」

 

「まあ、こういうところならではなんだろうけど、すごい読みづらいな。全部ひらがなだし」

 

「そういうものよ」

 

「全部それで片付けようとしてないか、つばさ?」

 

「本当のことだからよ、私が言うんだもの間違いないわ」

 

だからその自信はどこから出ているんだ一体。

 

「とりあえず好きなものを選んでくれ。俺はさっき食べたばかりだから飲み物だけで良い」

 

「あら、それなら私はせっかくだしパンケーキを頼もうかしら」

 

すみませーん、とつばさが呼ぶと近くの店員より、厨房にいたはずのことりがすぐさま飛んできた。

 

「ご注文はお決まりでしょうかご主人様」

 

「えーっと、この"とくせいめろんくりーむそーだ"と"とくせいぱんけーき"を一つずつ」

 

「かしこまりました、少々お待ちください」

 

ぺこり、と恭しく一礼することり。

 

「……あんまり近寄ると、ことりのおやつにしちゃうぞ? ゆーくん」

 

そしてまた小声で恐ろしいことを言うことりに俺は震えながら小さく頷くしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Kotori side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆーくんに釘を刺したわたしは厨房へと再び戻る。

 

「オーダーはいりました、メロンクリームソーダとパンケーキを一つ、お願いします」

 

「はーい、クリームソーダとパンケーキね」

 

オーダーを伝え、了解の意を示したのはこの店の店長さん。彼女は店長でありながら、この店の料理も担っている人だ。

 

「あ、そうだ、ミナリンちゃん、休憩入ってきて良いよ。今日出勤してきてからずっと働いていたでしょ」

 

「いいんですか?」

 

「むしろ休憩入ってもらわないと困るわ、働くルール的にもね?」

 

「それじゃあ、休憩もらいま――」

 

そこまで言って私は、はっ、とする。

 

「店長! もう少しだけ休憩を後にしても良いでしょうか!!」

 

「? どうしたの急に?」

 

わたしの急な申し出に店長は首をひねった。勢いだけでいってしまったことに少しの後悔もあるけど、仕方がない。

 

「その、えと、あの……少し気になることがあって、そのオーダーを運んだら休憩入るので」

 

「このオーダー……ああ、そういうこと。あそこのカップルが気になるのね?」

 

「カップルなんかじゃありません!」

 

店長の言葉を私は間髪いれずに大きな声で否定する。

 

「わっ!? びっくりした!」

 

「すっ、すみません……いきなり大きな声を出して……」

 

「大丈夫大丈夫、気にしないで」

 

店長は苦笑いする。私は自分のしたことに恥ずかしくなる。

 

「でもそっかぁ…あのミナリンちゃんが、ふーん……」

 

店長の苦笑いがにやけた笑顔に変わった。

 

「な、なんですか、店長……」

 

「なんでもないわ、ただ、ミナリンちゃんがそこまでご執心な男の子がどんな子か気になっちゃって」

 

「そんなこと、ない、です……」

 

「恥ずかしがらなくても良いのよ? 恋する乙女はいつだって可愛いもの。もっと自信を持ちなさいな」

 

自分からボロを出してしまったのもあるのだけれど、この店長は人の事情を理解するのが本当に早い。

 

「それじゃあ、メロンクリームソーダとパンケーキを運んで頂戴」

 

そういって、店長さんはトレンチに作り上げた飲み物と料理を乗せる。

 

「いつの間に作っていたんですか!?」

 

「ふふふ、さあ? いつでしょうね?」

 

店長さんの謎は深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。こちらとくせいめろんくりーむそーだととくせいぱんけーきです」

 

「ありがとう」

 

「それではごゆっくりどうぞ。ご主人様、お嬢様」

 

わたしは一礼して、姿を隠す。

 

「それじゃあ、いただきましょうか」

 

「そうだな」

 

そして二人の会話が聞こえる位置のところで二人を観察する。

 

「あ、知ってる遊弥? パンケーキって――」

 

「へぇ、知らなかった。つばさは――」

 

ゆーくんとサングラスをかけた女の子は仲良さそうに談笑している。

今まで見たことのない女の子。きっと穂乃果ちゃんや海未ちゃんも知らない子だろう。いつの間にゆーくんと出会ったんだろうか。

 

「ゆーくん……」

 

わたしたちには見せたことのないような顔をわたしたちの知らない女の子に見せるゆーくん。そのことにわたしは胸が苦しくなった。

 

「へえ……ゆーくんって言うのね、あの子。なかなかかっこいい子じゃない?」

 

いきなり現れた気配に驚く。

 

「て、店長!?」

 

「ふむ、でもミナリンちゃんが惚れるタイプじゃないように見えるけど、そこは私の知らない彼の姿があるってことなのかしら?」

 

真剣な眼差しでわたしのことを分析し始める。

 

「ミナリンちゃんはあの子のどこを好きになったのかしら?」

 

するととんでもない一言を店長が言い放った。

 

「ええっ! いきなり、何を……!?」

 

「だって、さっきも言ったけど気になるじゃない? うちの看板メイド、ミナリンスキーちゃんが恋しているお相手なんですもの」

 

店長もやっぱり女の人、恋バナは目がないように見えた。

 

「そっ、それは…内緒です……」

 

「ええーいいじゃない、ミナリンちゃんのケチー」

 

ケチでもなんでも良い。そう思ってしまうほどこの話をするのは恥ずかしいのだ。

どうやってもわたしに話す意思がないことがわかった店長はまたゆーくんたちに目を向けて何かを考える仕草をする。

 

「うーん、なかなか良い雰囲気ね――ねえ、ミナリンちゃん。本当に付き合ってないの、あの二人?」

 

「そのはず、です。ゆーくんと一緒にいる女の子、わたしや他の幼馴染たちも知らない人ですし。もし、そんな人がいたらわたしたちが気づかないはずがないんですけど」

 

「ミナリンちゃん、いまさりげなくとんでもないことを言っているのわかってる?」

 

どういうことかな? わたしには店長の言っていることが分からなかった。

とりあえず店長は置いておいてわたしは二人の話に集中する。

 

「それにしても、すごく美味しそうに食べるな、つばさは」

 

「ええ、すごく美味しいもの。それに、こんなにゆっくりした時間は久しぶりだから、相乗効果かしら?」

 

「それは気のせいだと思うが……やっぱりつばさも甘いものが好きなのか?」

 

「誰と比較しているのかはわからないけど、好きよ」

 

「そうか……」

 

興味がないような適当な返しをするゆーくん。だけどその視線はつばさと呼んでいる女の子が食べているパンケーキに向いていた。

 

「気になる? このパンケーキ」

 

それに気づいた女の子も試すような口ぶりで問いかける。

 

「まあ、そこまで美味しそうにしているとな、どんな味がするのかは気になりはするさ」

 

「そう――」

 

そこでサングラスの彼女と私の目があったような気がした。

 

「っ!?」

 

ばっ、と隠れるもちょっと遅かったような気がする。

 

「ん? どうしたんだつばさ」

 

わたしに背を向けて座っているゆーくんはわかっていない。

 

「いえ、なんでもないわ。ただ少し気になることがあって……」

 

だけどサングラスの女の子はわたしに気づいているような口ぶりだ。

すると、女の子は口を三日月のように曲げて、とんでもないことを言い出した。

 

「遊弥。そんなに気になるならこのパンケーキ、一口食べてみるかしら?」

 

――――!?!?

 

「な、なっ、なぁ……!?」

 

「わぁお。大胆ね、あの子。自分の食べ掛けを男の子にあげるなんて」

 

店長が感心したように呟いた。

 

「いいのか?」

 

「ええ、こういうものは分け合ってこそじゃない。そのかわり、そのジュースも一口もらって良いかしら?」

 

「ああ、構わないよ。こっちだってパンケーキもらうんだからな」

 

何を言っているのゆーくん、重要なのはそういうことじゃないでしょ!?

なにも気づいていないゆーくんは暢気なことを言っていた。

 

「ミナリンちゃん、あれはあの子の素なのかしら。的外れも良いところよ」

 

店長が呆れた声を出す。だけど、それがゆーくんなのだ。

そのことにもう気づいている女の子はおかしそうに微笑んだ。

 

「ふふ、そうね。それじゃあ――」

 

女の子はパンケーキを切り分ける。しかもわざわざ自分が口をつけたところを。

そして、そのままフォークで刺したパンケーキをゆーくんの口元へと運んだ。

 

「――はい遊弥、あーん♪」

 

「……さすがにそれは恥ずかしいんだが、フォークだけもらえないのか?」

 

そこじゃない、そこじゃないよゆーくん!? そのフォークが……というかもう全部がアウトなんだよっ!?

 

「いいじゃない、仕事の私じゃ絶対こんなサービスはしないわよ? こんな経験ができるのは後にも先にもあなた一人ぐらいなものよ?」

 

「いや、そういう問題じゃない。こんな人目のあるところで」

 

「そういう問題でもないんだよ、ゆーくん!」

 

「彼、すごいわね……なにもわかっていないわ」

 

呆れを通り越して静かに驚いている店長。

本当に、どうしたらそんなところを心配できるのだろうか。わたしにもわからなくなっている。

 

「ほら遊弥。早くしてちょうだい。このまま目立つのは少しまずいわ。はい、あーん♪」

 

「ならフォークだけ渡してくれればいいだろうっ――ああ、もう! あーん!!」

 

「――――っ!!!!」

 

やけくそ気味に口に含めるゆーくん。

 

「おおっ、いったわ! 女の子との間接キッス!!」

 

興奮の声を上げる店長に対して、私は呆然としていた。

 

「どう遊弥、美味しい?」

 

「美味しい。けど、それより恥ずかしい……」

 

「ふふ、それじゃあそのジュース、もらうわね?」

 

「ああ……」

 

差し出されてゆーくんが口をつけたストローを加えてジュースを飲む女の子。

あれじゃあ、まるで……本物の――

 

「……ミナリンちゃん?」

 

「……えっ? なんで……」

 

気づけば私は涙を流していた。

 

「わたし、なんでっ…泣いて、うう……」

 

なにも決まっていないのに、まだあの子がゆーくんの彼女だって決まったわけじゃないのに、胸が苦しくて、悲しくて、どうしようもない。

 

「すみません、わたし、休憩もらいますね……」

 

「ミナリンちゃん……」

 

休憩室へと行こうとするわたしを店長は優しく抱きしめた。

 

「店長さん……」

 

「大丈夫よ。大丈夫――」

 

何の理由もない励ましの言葉。だけど、いまはそれが心地よく、暖かかった。

ぽんぽん、とわたしが落ち着くまでわたしの背中をリズムよくたたいてくれるのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
リアルの事情や現在のスランプ気味などで、次の更新は大分遅れるかもしれません。





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一目惚れ


明けました、おめでとうございます。どうもお久しぶりです燕尾でございます。
今年も一年よろしゅうお願いします。

では ラブライブone side memory 第四十話目です。










 

 

「少しは落ち着いたかしら、ミナリンちゃん?」

 

「はい、すみません……」

 

目元をこすりながら謝るわたしに店長はわたしの口元を指で押さえた。

 

「謝る必要はないわ。大事な店員のメンタルケアは店長の仕事よ」

 

店長は優しい笑みを向けてくる。

 

「今日はもうあがっちゃいなさい。そんな顔で人前には出られないでしょう?」

 

「え、でも…」

 

まだ二時間ぐらいシフトが残っているのに、さすがにそんなことはできない。

 

「いいから。今日はあまり客も来ていないしなにより――彼、気になるんでしょう? バイト代はシフト通りに支払うから大丈夫よ」

 

「いえ、そういうことじゃないんですけど……」

 

むしろシフトの時間出ていないのに貰うのことに気が引けてしまう。だけど店長は強引にわたしを押していった。

 

「どんなことでも、とにかくミナリンちゃんは少しわがままを覚えたほうが良いのよ。だからもう今日は着替えてきなさい。他の子には私から言っておくから」

 

ほらほら、と背中を押されて更衣室へと押し込まれる。

 

「いいミナリンちゃん――しっかりするのよ?」

 

そして、店長はそのままばたん、と扉を閉めて厨房へと戻っていった。

 

「どうしよう……」

 

どうすることもできなかったわたしは小さく呟いた。

でもこうなった以上は仕方がないと、わたしは自分に言い聞かせる。

むしろここで厨房になんて戻ろうものならかえってそのことを怒られそうな、店長の気迫はそのくらいの勢いがあった。

わたしはメイド服を脱いで、クローゼットの中にある私服に着替える。

それから邪魔にならない厨房の奥からもう一度ゆーくんと少女の様子を観察する。二人は楽しそうに談笑していた。

 

「ゆーくん、楽しそう……」

 

純粋な彼の笑顔。ここ最近、わたしや穂乃果ちゃん海未ちゃんが見ていなかった顔だ。

思えばこの数日、ずっとスクールアイドルのことでいっぱいになって、ゆーくんもわたしたちもああやってゆっくり過ごすことができてなかった気がする。

だからといって、スクールアイドルの活動に不満なんてまったくない。真面目に考えたり、わたしたちをサポートしてくれるゆーくんと過ごす時間はこれはこれでいいものだ。

要するに、何が一番問題なのかと考えたら、あそこでゆーくんと一緒にいるのが自分じゃないことだった。

 

――もういっそのこと、あそこに割り込んでこようかな?

 

さっきは強引に押し切ったけど、ゆーくんのことだからもうわたしだってわかっているはず。なら、ここで私が開き直ってあそこにいっても問題ないのではないか。しかし、

 

「でも、もし彼女さんだったりしたら……」

 

そんな考えが頭をよぎる。こっちにゆーくんが戻ってきてから二ヶ月余り。わたしたちも毎日彼と一緒に過ごしたわけじゃない。となればプライベートでそういう関係の子ができてもおかしくはない。

 

「本当にどうしよう……」

 

わたしは迷う。いまこうしているように影から観察するか、あそこに割り込んでいくか――

 

「――そうだ!」

 

そうやって考えているうちに一つの妙案が浮かんだ。そして、わたしは再び更衣室へと戻る。そして、もう一度メイド服を身にまとって店長のところに戻る。

 

「店長!」

 

「わっ……どうしたの、ミナリンちゃん。またメイド服なんか着なおして?」

 

「店長、お願いがあります――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、おいしかったわね」

 

口元を上品に拭くつばさ。

俺も結局一口のみならず、半分ぐらい食べることになった――つばさに食べさせてもらう形で。

おかげで周りからの視線が突き刺さるのなんの。一口もらうだけでも恥ずかしかったというのに、あれじゃあ、公開処刑みたいなものだ。しかもつばさはというと、視線に目も暮れず、俺の反応を見ては自分も楽しそうに食べるし。

以前ことりとケーキバイキングで食べさせあったことはあったけど、女の子はああいうこと気にしないのだろうか? 自分だけ意識しているのも悔しいから平然を装っていたけど

、あれは間接キスを何度も繰り返しているようなものだ。

 

「遊弥はどうだった? おいしかったかしら?」

 

「……まあ、美味しかった」

 

そんな俺の気も知れず、パンケーキの感想を求めてくるつばさに俺はため息交じりで頷いた。

味だけの話になると、こういう店って完成品を仕入れて盛り付けするだけかと思っていたがちゃんと手作りしていたようで、パンもふわっとしていて、クリームの甘さもフルーツとの相性を考えられていて美味しかった。

 

「ふふふ。遊弥がいてくれて助かったわ。私一人じゃ食べ切れなかったもの」

 

この笑顔、絶対嘘だ。ちょっと前に知り合ったばかりだけどそれだけはわかる。つばさは最初から俺に食べさせる気満々だったのだろう。

まあ、別にそこまできつかったわけではないから問題ないが、さっきからつばさに引っ掻き回されてばかりだ。

それにことりのことも気になる。あれから一度もホールに出てきていないのに、少し嫌な予感がする。さすがにあれで誤魔化し切ったとはことりも思っていないだろうし。

 

「ふぅ――」

 

やることがあるとはいえ、久々に一人で羽を伸ばせると思ったらとんだことになった。思わず疲れたような息が出る。

 

「えーっと、ちょっと、やりすぎちゃったかしら? ごめんなさい、こういうの久々だったから」

 

そんな俺の表情を見て何かを感じ取ったつばさは、声のトーンを落として言った。それに対し、俺は首を横に振る。

 

「このくらい別にいいさ、それに――つばさも久しぶりのオフで羽を伸ばしたかったんだろ? つばさが望むなら相手ぐらいする」

 

「――っ!」

 

つばさは驚いているが、そんなに難しいことじゃない。

 

「様子を見ていたらわかる。アイドルショップで会ったとき結構疲れていた顔していたからな」

 

あのときは瞬時に人前を意識して姿勢を整えていたが、言葉の節々から疲れが滲み出ていた。こうしてゆっくり過ごしたり、気分転換できることがなかったのだろう。

 

「まあ、俺につばさの相手が務まっているとは思ってないけど」

 

相手は芸能関係者。こんな一般人の俺と一緒にいてもつまらないものだとは思う。だが、つばさはそうは思っていなかったようだ。

 

「……そんなことない。すごく、楽しいわ」

 

そういうつばさの顔は赤かった。どうやら、素直に言葉にするのが恥ずかしかったようだ。

 

「それなら、振り回される甲斐もあったというもんだ」

 

小さく笑う俺につばさはキッ、と鋭い目を向けてくる。

 

「遊弥の癖に生意気よ」

 

「そういえるほどまだお互いのことよく知らないだろ。さっき店で出会ったばかりだし」

 

「そういうことじゃないわよ!」

 

「あっはっはっはっは、わかってる」

 

笑顔でそういう俺につばさはからかわれていたことに気づいて、頭の頂点まで顔を赤くする。

 

「~~~~っ! 遊弥、そこになおりなさい!!」

 

「なおれって……武士じゃないんだから」

 

恥ずかしさがマッハでピーク値に達して思考回路がおかしくなっているつばさ。

 

「うるさいうるさいうるさーい! いいからそこになおりなさい!!」

 

「あっはっはっはっは、だが断る」

 

「くぅ……この私が、こんな男に…この私が!」

 

悔しそうに歯噛みするつばさ。

 

「少し落ち着け。他の客に迷惑だから」

 

「誰のせいだと思っているのよ!」

 

「もちろん俺だ」

 

「わかっているじゃない!」

 

うがー、と噛み付いてくるつばさ。だけどそろそろまずい。

 

「悪かったって。ほら、いい加減にしないと悪目立ち――」

 

「失礼します。ご主人様、お嬢様。恐れながら他のご主人様たちに怒られてしまいますので」

 

そう割って入ってきたのは笑顔のことりだった。

 

「「すみません……」」

 

俺とつばさはそろって謝る。周りを見ると他の客たちからの視線も厳しくなっていた。主な感情はイチャイチャしやがって、というものだろうが、さすがにこれは俺らが悪い。

 

「……」

 

「? なにかしら?」

 

「いえ、なんでもありませんお嬢様。ご主人様、一つ質問があります」

 

周りから注目されているなか、ことりが笑顔で言う。

 

「あ、ああ……なんだ?」

 

なにをいわれるか、わからない俺は身構える。するとことりはとんでもないことを口にし始めた。

 

 

 

 

 

「わたしというものがありながら、そちらのお嬢様とはお付き合いされているのですか」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

俺たちだけじゃない、周りの空気も凍った。

これにはつばさも訳がわからないというような顔をしていた。戸惑っている俺にことりは更なる追い討ちをかけてきた。

 

「わたしに色々教えてくれていたのに、他の子にも手を出していたんですか?」

 

「ちょ――」

 

ことりの爆弾発言に周りがざわめきだす。

俺たちのミナリンスキーに、とか、あの男殺す、とか、色々聞こえてくる。さらには周辺にいたスタッフも下衆を見るような目で俺を睨んでいる。

 

「おい、ほんとうになに言っているんだ!?」

 

「手取り足取り、二ヶ月ぐらいかけてわたしの体にじっくり教え込んだのはご主人様じゃないですか。それを忘れるだなんて、ひどいです……」

 

確かにゆっくり覚えさせてたな、体幹や体力づくりのトレーニング!! ファーストライブやこれからのために!!

 

「もうわたしたちはご主人様なしじゃやっていけませんのに、ほかのお嬢様に現を抜かされていただなんて……」

 

「そんな誤解を招くような言い方をするな!! 俺は――」

 

弁明の言葉を遮るように周囲の客席からガタガタと音が上がる。そして会計を済ませ、殺気立った目をした男たちが俺を囲む。

 

「お兄さーん、少し外で俺たちとお話しようぜ」

 

「そうそう、聞きたいことたーっぷりあるから」

 

俺は両手を上げる。もう何を言ってもどうにもなるまい。

 

「……ミナリンスキーさん、お会計は」

 

「1660円です♪」

 

「お釣りはそこの人に渡しておいてくれ――つばさ、次に向かう場所は覚えているか?」

 

「え、ええ……」

 

「まだついて来るというならそこで落ち合おう」

 

それじゃ、といって俺は半ば連行されるように男たちに連れて行かれた。そして、外に出た瞬間――

 

「せい!」

 

俺は俺の腕を掴んでいる男たちのバランスを崩して逃げ出す。

 

「さらば!!」

 

『殺せェェェェ!!!!』

 

「絶対に、捕まってたまるかああああ!!」

 

命をかけた鬼ごっこが始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Kotori side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで――」

 

目の前の少女がわたしを見ていった。サングラスの奥で細められた彼女の瞳はわたしを射抜くようだった。

 

「わざわざ遊弥を払ってまで私に何を聞きたいのかしら。ミナリンスキーさん」

 

普通の口調なのだけれど、わたしは彼女から言い知れぬ威圧を感じる。だけど、わたしは怯まなかった。

 

「ゆーくん――遊弥くんとはどこで知り合ったんですか?」

 

「それをあなたに教える気は私にはないわ」

 

一刀両断。彼女はわたしの問いを即座に切って捨てる。本当に教えてくれる気持ちが彼女からは伝わってこなかった。

そういう気はしていた。所詮はただの他人同士、答えてくれる人もいれば答えてくれない人もいる。

しかし――ここは答えてもらおう。

 

「教えてください――"A-RISE"の綺羅つばささん」

 

わたしは笑顔を浮かべて言葉の刃をつばささんの首元に突きつける。その瞬間、彼女の顔つきが変わった。それを見逃すほどわたしは鈍感じゃない。

 

「当たっていたみたいですね」

 

「……いつから気づいていたのかしら」

 

「いまです。サングラスをかけているので遠目からはわかりませんでしたけど。それに今のは半分鎌かけみたいなものです」

 

してやられた、というような顔をするつばささん。

 

「なかなか怖いわね、ミナリンスキーさん。うちのあんじゅより黒いわ」

 

何が黒いのかはこの際聞かないで置く。どうせいいことではないのはわかっているから。

 

「教えてください、遊弥くんとはどこで知り合いましたか?」

 

わたしはもう一度問いかける。ここで自分の正体が知られるのを気にしないのであればわたしも引き下がるしかない。だけど、彼女自身騒ぎになるのを嫌っているはず。

つばささんは降参とばかりに息を吐いた。

 

「ついさっき、アイドルショップよ。私が落とした財布を拾ってくれたの。そのあと少し話したんだけど、遊弥が気づいた様子なかったしスクールアイドルについて知りたいって言っていたから、教えるついでにデートしていたのよ」

 

デート、というのは少しの意趣返しだろう。ゆーくんの今日の目的はにこ先輩の課題の消化だ。それがわかればデートという単語に動揺することもない。

わたしは安堵する。これ以上ライバルが増えるのはわたしも幼馴染たちも容認できない。ただでさえ生徒会長さんや穂乃果ちゃん、海未ちゃんたちも強敵だというのに、そこにスクールアイドルのトップが加わるのは辛すぎる。

 

「よかった……」

 

「安心しているところ悪いのだけど、私、遊弥のこと好きよ?」

 

わたしの様子を見たつばささんが冗談みたいなことを言い出した。

 

「…………えっ?」

 

冗談だよ…ね? だってさっき出会ったばかりって言っていたし、友達としてということだよね?

 

「残念ながらそうじゃないわ、恋愛的な意味でよ」

 

つばささんは顔を赤らめて彼が逃げた先を見つめていた。

 

「一目惚れというのかしら、遊弥のこと気に入っちゃった。出来ればお付き合いしたいわね」

 

呆けているわたしを余所につばささんは言う。その顔はまさしく恋をする女の子の顔だ。

 

「ええええええ――――!?」

 

わけのわからない展開に私はただただ大きな声を上げるだけだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次回投稿は来月中旬に出来たらいいなと思います。
卒論完成するかなぁ……


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A-RISE



どうも、こちらを更新するのは実に一ヶ月以上ぶりです。
卒論も終わり、発表も終わり、自由な時間が出来たのでちょこちょこ更新していきます。





 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、見つかったか!?」

 

「いや、どこにもいない!」

 

「くそっ、どこに行きやがった!!」

 

様子を見ればいまだに周辺を男たちがうろついていた。

 

「まったく、赤の他人たちの癖にどうしてあそこまで結束力が強くなっているんだ…」

 

俺は愚痴りながら息を殺してしばらく待つ。

 

「……」

 

「ここにはいないようだ、別を探しに行くぞ!」

 

一人の男の指示で遠ざかっていく慌しい足音。山場を越えた俺は安堵する。

 

「ふぅ、ようやく行ったか」

 

俺は大きく息を吐く。常連なのかは知らないが随分とことり――ミナリンスキーにご執心のようだ。

まああの姿のことりに"お帰りなさいませご主人様"なんて奉仕されたら、そりゃ誰だって通ってしまうのはわかる。

 

「だからといってあそこまで豹変するとは、ファンってほんとに怖いなぁ。でもあのメイド喫茶に通うつもりもないし、あの男たちに会うことも早々ないからまあいっか」

 

それに俺が行ってもことりがことりが困るだけだし。にこ先輩のところに行ったときも秘密にしたがっていたしな。

 

「さて、だいぶん時間を喰われたな。とりあえず最後の場所に行くか。もしつばさがきていたら待たせることになっちゃうし」

 

さっきの男たちに見つかると厄介なので、念のために人気のない道を選びながら俺は指示された場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがUTX学園、か」

 

にこ先輩からの指示に書いてあった最後の場所――それはスクールアイドルの頂点といわれているA-RISEが通っている高校、UTX学園だ。

 

「それにしても、これもう高校っていう規模じゃないだろ…」

 

俺はUTX学園の実態に圧倒されていた。

駅の改札のようなゲートに、十数階と上に伸びている建物。正面には特大のモニターがつけられており、今話題のA-RISEのプロモーションビデオが延々と流されている。

これだけの規模で女子高だって言うのだから、すごいものだ。というかよく生徒を集められたな。

 

「これだけの最新鋭設備と憧れのA-RISEがいれば納得できることではあるな。これじゃあ音ノ木坂学院に人が来ないのは当たり前だな」

 

「遊弥、ここにいたのね」

 

「つばさ、来たんだな」

 

「そりゃ、スクールアイドルのこと教えてあげるって言ったもの」

 

そういう割には何かを教えてもらった覚えはないなけど。まあ正直このにこ先輩の指示を見てもスクールアイドルのことがわかるだなんて思ってもいなかった。

 

「どう、UTX学園は?」

 

「最新鋭、としか思いつかないな。これは十数年しか生きていない子供には贅沢すぎるんじゃないか?」

 

「同い年のあなたが言うことじゃないわね」

 

「後はA-RISEがすごい、これに尽きるな」

 

「そ、そう……? 具体的にはどこが凄いのかしら?」

 

「歌の上手さ、ダンスのキレ、人をひきつけるカリスマ力。それに綺麗さと格好良さと可愛さも備えてる」

 

「あ、ありがと……」

 

顔を赤くしたつばさが俯きがちに何か言ったが、あまりにも小さすぎて周囲の喧騒に溶けてよく聞こえなかった。

なんていったんだ、そう聞こうとしたそのとき、

 

 

 

「まさかつばさを照れさせるような猛者がいるとはな」

 

「珍しいよね、つばさがここまで顔を赤くさせるなんて。まあ可愛いからいいんだけど」

 

 

 

後ろから聞き覚えのない女の子の声が二つ聞こえた。

 

「英玲奈、あんじゅ!? どうしてここに!?」

 

「どうしてといわれても、ここは私たちが通っている高校だぞ? 居ても何もおかしくはないだろう?」

 

「うっ、それは、そうだけど…」

 

「まあいまはお茶した帰りに英玲奈の忘れ物を取りに寄っただけなんだけどね」

 

するとあんじゅと呼ばれた少女は意地の悪い笑みを浮かべてつばさの胸元をつんつんと弄る。

 

「そ・れ・よ・り・も、つばさってばお忍びでデートなんて、隅に置けないわね~」

 

「でっ……そんなんじゃないわよ!」

 

「そうやってむきになっているのがまた怪しいな~?」

 

つばさに絡むようにじゃれているあんじゅさん。

なんというか、うん。美少女二人の絡み合いって、いいよね。

 

「おいおい二人とも、じゃれあうのはそこまでにしておけ。さっきからそこの彼が置いていけぼりになっているぞ」

 

「ほらあんじゅ! いい加減離れなさい!!」

 

「あんっ♪ もう、つばさったら恥ずかしがり屋なんだから」

 

「違うわよ! まったくもう――」

 

何とかあんじゅさんを引き剥がしたつばさは身なりを整える。

その様子をずっと見ていた俺に気づいたつばさはわたわたと慌て始める。

 

「ゆ、遊弥……? 違うのよ? 普段の私はもっとしっかりしてるの、ただちょっと予想外のことがあって慌てただけなの!」

 

「わかったわかった、だから落ち着け。それでそっちの二人が誰なのか教えてくれたら助かる」

 

「え、ええ。そうね」

 

そういう俺に、つばさは頷いたが、英玲奈さんとあんじゅさんは逆に驚いた顔をしていた。

 

「……まさか、この辺で私達のことを知らない人がまだ居たとはな」

 

「ちょっと驚きかな~、それなりに有名になったとは思ってたし、目の前のスクリーンに思い切り映っているのにね~?」

 

「ん、スクリーン? 映ってる?」

 

「うん。ほらあれ見てあれ~」

 

あんじゅさんに促され俺は目の前にあるモニターを見る。モニターには目の前の三人にそっくりな人たちのプロモーションビデオが流れている。

そして先ほどつばさが呼んだこの人たちの名前。

 

「英玲奈、あんじゅ……」

 

そこで俺は思い出す。花陽やにこ先輩がA-RISEについて語っていたときのことを。確かそのグループに所属しているメンバーの名前は確か、統堂英玲奈、優木あんじゅ、そして――綺羅つばさ。

俺は冷や汗が止まらなかった。

 

「――もしかして、A-RISE…なのか?」

 

震える声で精一杯つばさに問いかけるとつばさは深くため息を吐いた。

 

「……ええ、そうよ」

 

「……」

 

一瞬の静寂の後、

 

「えええええ――――っ!?」

 

俺の驚きが木霊する。

 

「ちょっと、遊弥。声がでかい!」

 

「ああ、悪い……芸能関係者とは思っていたけど、まさかA-RISEだったとは」

 

「むしろ君は今までA-RISEの綺羅つばさと知らずに彼女と一緒に行動していたのか?」

 

「ふふふ。君、なかなか面白いね~」

 

確かに言われてみれば、アイドルショップで身分証を見たときに綺羅つばさという名前を見た時点でA-RISEということに気づくべきだった。

 

「じゃあ、改めて自己紹介しよう。私は統堂英玲奈だ。UTX学園生でA-RISEに所属している」

 

「私は優木あんじゅ。同じくUTX学園生でA-RISEだよ~よろしくね♪」

 

「俺は萩野遊弥。音ノ木坂学院で試験生として通っている。よろしく、統堂さん、優木さん」

 

「英玲奈で構わないよ。その代わり私も名前で呼ばせてもらうよ、遊弥くん」

 

「私もあんじゅでいいよ~遊弥くん」

 

「あ、ああ…よろしく、英玲奈、あんじゅ」

 

近頃の女子高生ってこんなに距離感が近いものなのか? 戸惑う俺がおかしいのだろうか。

 

「遊弥、あなたいま音ノ木坂学院に通っているって言ったわよね? あそこって女子高じゃなかったかしら?」

 

そういえばつばさには名前しか教えていなかったな。男が女子高に通っているだなんてそりゃ普通は疑問に思うだろう。

 

「試験生だって言っただろ。いま音ノ木坂学院は生徒不足で共学化が考えられているんだ。だけど実際に通ってみないと問題とかわからないだろ? そういういとも含めて先に通っているんだ」

 

「なるほど、それで試験生なのね」

 

じゃなければ普通に考えて男の俺が女子高になんて通えるわけない。

 

「それで、音ノ木坂の試験生がどうしてつばさと一緒にデートしているんだい?」

 

「だからデートじゃない! 調査よ、調査!!」

 

「調査?」

 

「ああ、実は先輩にスクールアイドルのことを調べてこいっていわれて、つばさともその最中に出会ってな。そのあとなんだかんだで一緒に行動することになったんだ」

 

俺が掻い摘んで話すと、英玲奈とあんじゅはにやけた顔をつばさに向ける。

 

「へぇ…あのつばさが初対面にもかかわらず、か」

 

「これはちょっと、取調べが必要かもね~?」

 

英玲奈とあんじゅはつばさの両脇を片方ずつ掴みあげる。

 

「えっ、ちょ、英玲奈? あんじゅ?」

 

「せっかく会えたのだがすまないな遊弥くん。私たちは少し用事ができた」

 

「じゃあね~遊弥くん、今度は一緒にお茶しましょうね」

 

戸惑っているつばさを無視して、笑顔でUTX学園へと引きずっていく英玲奈とあんじゅ。

 

「ちょっと待ちなさい二人とも! ――――っ!!」

 

瞬く間に消えていくつばさの姿。まるで大嵐が過ぎ去った後の静けさに包まれた俺は小さくため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局スクールアイドルについては何一つわからなかったな」

 

俺はつばさに別れの挨拶の連絡を飛ばし、帰路についていた。

 

「第一アイドルショップにメイド喫茶に人気のスクールアイドルが通う学園から何を学べというんだ。それだったらライブを見に行けとか言われたほうがまだよかったわ」

 

それでレポート書けって言うんだもんなぁ。一体どうしたものか。

 

「いや、別に書かなくてもいっか。所詮はにこ先輩の戯言だし」

 

 

 

――ぬぁんですって!?

 

 

 

どこかでにこ先輩のツッコミが入ったような気がしたが、この場に居ないにこ先輩がそんなエスパーみたいなことができるわけはないだろう。

 

「それより、これからのことを考えないとな」

 

今後の穂乃果たちの活動はにこ先輩の加入――いや、穂乃果たちがアイドル研究部に入部したことで学校公式となった。

それにより大幅に活動がしやすくなった反面、いままで放置していた問題が本格的に目の前に立ちはだかることになる。その問題とは――生徒会だ。

予算編成案の作成や部の設立、入退部の窓口になっているところから少なからず部活の管理に一枚かんでいる生徒会。本来はそれだけなのだが、学生たちは何を勘違いしているのか大会の出場や何かイベントをしようとするたびに生徒会の許可を求めているらしい。

予算編成の話などで予算が削られないようにするための配慮なのだろうけど、最終決定は学院が行う。多い少ない関係なく不自然な予算編成はすぐに改善される。そう考えれば問題がないように思えるが、

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊くん!!」

 

「遊弥!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果と海未? どうしてこんなところに……?」

 

背後から声をかけてきた二人はどういうわけか息を切らし、眉を吊り上げて俺を見ていた。

 

「どうしてじゃないよ! これどういうこと遊くん!!」

 

「これはどういうことですか遊弥!?」

 

「なっ!?」

 

穂乃果と海未が見せてきたのはメイド喫茶で一緒に話している俺とつばさのツーショット画像。映っている二人の姿に間違いなかった。いつ取ったのかわからないが、とった人間には一人心当たりがある。

キョロキョロと周りを見渡しても穂乃果と海未のほかに姿は見当たらない。

 

「わたしはここいるよ、ゆーくん」

 

「こ、ことり……」

 

するといつの間に俺の背後を取っていたことりがぬるっと俺の肩をたたく。

ことりの顔は笑顔、満面の笑み。まさに天使の微笑といえるほどの可愛い顔をしている。だが俺には天使の仮面の裏に死神の顔を有しているようにしか見えなかった。

 

「ことりだな、この写真を撮って二人に流したのは」

 

「流しただなんて人聞きが悪いかな。ただことりはゆーくんの様子を二人に見せただけだよ?」

 

なんの悪びれもせずにそういうことりに俺は震える。

 

「あのときはお仕事中でちゃんと聞けなかったから。さあゆーくん――話の続きしよっか♪」

 

「――」

 

俺は声を出すこともままならず、三人に連れ去られるのだった。

この後に俺がどうなったかはもはや言うまでもないだろう。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回にお会いしましょう




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リーダは誰だ!?



どうも、燕尾です
第四十二話目です






 

 

「リーダーには誰が相応しいかだって?」

 

七人になってから新しい曲を作ろうとそれぞれが活動をしている中、週一回のミーティングでにこ先輩からそんな議題が持ち上がった。

 

「そうよ。大体、私が部長についた時点で一度考え直すべきだったことよ」

 

「リーダーね」

 

「わたしは穂乃果ちゃんでいいと思うけど」

 

「駄目よ」

 

重苦しい空気のなかことりがやんわりと穂乃果を推したのだが、にこ先輩はきっぱり言い切った。

 

「この前の取材のときにわかったでしょ。このこはリーダーにはまったく向かないのよ」

 

この前の取材――希先輩が部活動の生徒たちのビデオを作製しようということでアイドル研究部に回ってきたときに全員の普段の様子を撮っていたのだが、なんというか、お蔵入りになったということから察してください。

 

「それはそうね」

 

真姫も速攻で同意する。確かに穂乃果はリーダーというものにそこまでの適正があるわけではない。リーダーの資質で言えば海未のほうがまだあるといえるだろう。

ただ、俺からしてみればμ'sの活動においてリーダーなるものが必要だとはあまり思えない。せいぜいあってもいいかな程度の気持ちだ。そもそも穂乃果がリーダー的位置に居るのは発足人だからというほかない。

 

「ですが、今のままでもいいのではないでしょうか?」

 

海未はあまり乗り気ではないようだ。いまのところ穂乃果が中心でうまく回っているのだから無理に決める必要もないと思っているのだろう。

 

「そうとなったら早急に決めたほうがいいわね」

 

だが、にこ先輩は海未の進言を無視して話を進める。それにはにこ先輩にしては珍しくというか、ちゃんとした理由があった。

 

「わかっているとおり私たちはPVをつくっているわ。リーダーが変わるということは必然的に"センター"が変わるでしょ。PVでは新リーダーがセンターになる」

 

「そうね」

 

またもや真姫が即同意を示す。というか真姫、どうでもよさそうに髪の毛くるくる弄ってないで少しはまじめに聞いておけよ。

 

「でも、誰がリーダーをするんですか」

 

花陽が問いかけたところでにこ先輩は立ち上がった。そしてホワイトボードをぐるりと回転させる。そこには"リーダーとは!!"と大きな題名が書かれ、その下にいくつかの条件が書かれていた。

 

「リーダーとは、まず第一に誰よりも熱い情熱を持って皆を引っ張っていけること! 次に、精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持った人間であること! そしてなによりメンバーから尊敬される存在であること!」

 

力説するにこ先輩を見て、俺はにこ先輩の裏が読めてきた。この人、PVのセンターを獲得するためにこんな話をし始めたな。

 

「以上、この条件をすべて備えたメンバーとなると――」

 

「海未先輩か遊先輩かにゃ?」

 

「なんでやねーん!?」

 

「わ、私ですか!?」

 

「そこでどうして俺が入っているんだ、凛?」

 

「そうだよ海未ちゃん、遊くん、向いてるかも、リーダー」

 

「だから俺を入れるなっての!」

 

「穂乃果はそれでいいのですか!?」

 

海未の問いかけに穂乃果は純粋に首を傾げる。わかっていないだろうとは思ったけども、それに穂乃果はあまりそういうところに固執しないタイプだからなぁ。

 

「だって皆でμ'sやっていくってことは一緒でしょ?」

 

この言葉がその証拠だ。何も考えていないというか…いや、単純な考えしか出来ないといえばいいのか。

 

「でも、センターじゃなくなるかもですよ!?」

 

花陽の言葉に穂乃果はぽん、と手を打った。

 

「おーそうか、そうなのか。んー……まあいっか」

 

『えぇ――!?!?』

 

きわめて明るく言う穂乃果にメンバー全員が驚く。

 

「あはははは、穂乃果らしいな」

 

ただ一人笑いながら言った俺に穂乃果もでしょ、と笑顔を向ける。

 

「そんなことでいいのですか穂乃果!?」

 

「それじゃあ、リーダーは海未ちゃんってことにして――」

 

「ちょ、勝手に話を進めないでください! 私がリーダーだなんて…その……無理です」

 

「面倒な人……」

 

恥ずかしがりながら断る海未に真姫の一言が入る。

だから真姫さんや。そうばっさり言うものじゃあありませんよ? もう少し配慮というものを覚えましょうね?

 

「それじゃあ、ことり先輩は……?」

 

「えっ、わたし……?」

 

話を向けられてきょとんとすることり。そんな彼女にこの場にいる誰もがこう思った。

 

「副リーダーって感じだね」

 

凛が代表してそれを言った。確かにことりはリーダーというより副リーダーとして支えていくのが一番性に合っているタイプだ。

 

「でも、一年生でリーダーをするわけにもいかないし…」

 

別に問題はないと思うけど。まあ、先輩が居るグループでリーダーシップをとるのは余程の剛胆な人でなければ出来ないだろう。

……それにしても、仕方がないとはいえこの後輩が遠慮するような空気は早めにどうにかしないとな。

 

「まったく、仕方ないわね~」

 

皆が話していたなか、今まで意見を聞いていたにこ先輩が満を持して声を上げた。

 

「やっぱりわたしは穂乃果ちゃんがいいと思うなぁ~」

 

「私は、海未先輩を説得したほうがいいと思うけれど」

 

聞こえないフリなのか、にこ先輩の声に反応するものは誰もいなかった。

 

「仕方ないわね~!」

 

「投票がいいんじゃないかな~」

 

「ならここは奇を(てら)って遊弥に――」

 

だからなんで俺をリーダーにしようとするんだ。

 

『しーかーたーなーいーわーね――!!』

 

無視され続けているにこ先輩はどうしてアイドル研究部にあるかが謎の拡声器を取り出して言う。

絶対に聞こえているはずなのに誰一人としてにこ先輩のほうを見ることなく、

 

「――で、どうするにゃ?」

 

「うーん、どうしよう……」

 

相談をし続ける下級生たちに不満そうな顔をするにこ先輩。

さすがに不憫になって、俺は彼女の肩をたたいた。

 

「……何よ」

 

「――諦めましょう。にこ先輩には尊敬されるような人望も、精神的支柱になるような懐もなかったってこと――へぶっ!?」

 

「アンタが一番失礼で酷いわよ、この馬鹿ァ――!!」

 

拡声器を頭から振り下ろされ、頭に大きなたんこぶを作って机に伏している俺に他のみんなは自業自得というような視線を向けてくるのだった。

誰も言わなかったからいっただけなのに、くそぅ……

 

「わかったわよ、じゃあ――歌とダンスで決めようじゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にこ先輩の一言でみんながやってきたのはカラオケだった。

 

「なるほど、歌とダンスの点数で決めようってわけか」

 

「その通りよ、一番歌とダンスが上手いものがセンター! これなら誰も文句はないでしょ?」

 

「でも、私カラオケは苦手で……」

 

「私も、歌う気がしないわ」

 

気乗りしていない海未と真姫ににこ先輩はマイクを向ける。

 

「なら歌わなくて結構、その代わりリーダーの権利が消失するだけよ」

 

「まあまあ、二人とも。ここはメンバーの交流も兼ねた親睦会のように考えてくれ。そこまで気負わなくていいからさ。あくまでリーダー決めは二の次ぐらいの気持ちで、ね?」

 

「二の次じゃ困るのよ!!」

 

ギャーギャーわめくにこ先輩を俺は軽くあしらう。だいたい、こんなことしても決まらないと俺は思っている。

誰しも得手不得手はある、本当に競い合って決めるのならもっと種目を増やさないと不公平だ。

 

「ふっふっふ……こんなときのために高得点の出やすい曲はリストアップ済みなのよ。これでリーダーの座は確実に」

 

「そんな誰かを出し抜こうと考えているから人望がないんですよ…」

 

それに、にこ先輩は入ったばかりだから知らないだろう。みんなの実力を。

 

「それじゃあ、始めるわよ!!」

 

まあ、好きにやらせるか。

 

 

 

 

 

「♪――……ふぅ…」

 

最後の一人、海未が歌い終わって全員の結果が出る。

皆の結果はこんな感じだった。

 

 

穂乃果 92点

ことり 90点

海未 93点

花陽 96点

真姫 98点

凛 91点

にこ 94点

 

 

「んーあまり差はつかなかったな。わかっていたけど」

 

まず音楽にずっと触れていた真姫が一位で次いで花陽。三位ににこ先輩で、その次に海未がきて穂乃果。そして凛、ことりの順位だった。

とはいえ、皆90点超えで最下位のことりが特別下手というわけではない。技術点で追いつかなかっただけの話だ。

 

「うん、とりあえず真姫は流石だな」

 

「…別に、こんなの普通だし」

 

そっぽを向きながら髪をクルクルとする真姫。最近この仕草はただ照れたり何かを誤魔化そうとしているだけだと気づいた俺は小さく笑う。

 

「他のみんなも、ボイストレーニングや歌唱練習の成果が出ているんじゃないか?」

 

そう言っても、俺はしっかり別のページにみんなの歌を聴いて感じた問題点を書いていく。これは後で真姫と相談して後日の練習に取り入れるつもりだ。上達するためには小さな積み重ねが大切だからな。

 

「みんな 90点超えなんてびっくりだよ~」

 

「そうだね。みんな毎日レッスンしているものね」

 

「はい。真姫ちゃんや遊弥先輩が苦手なところアドバイスしてくれるし」

 

「気づいていなかったけど確実に上手くなっているのにゃ!」

 

一人を除いてことりや花陽たちが和気藹々と話している。しかしそのただ一人は、

 

「こいつら化け物か……!!」

 

曲リストを握り締めながらプルプルと震えていた。

 

「にこ先輩は初めて聞きましたけど、言うだけあってやっぱり上手でしたね」

 

「ふんっ! なによ、皮肉かしら?」

 

睨んでくるにこ先輩に俺はため息をつく。

 

「どうしてそう捉えるんですか……上手だったのは本当ですし最初からこれなら練習次第でもっとよくなりますよ」

 

「そ、そう…ありがと……」

 

ばつが悪くなったのか真姫と同じように髪の毛をクルクルと弄るにこ先輩。

 

「おー、照れてるにこ先輩、珍しいですね」

 

「――ッ! うるさいっ!! アンタもほら、なにか歌いなさい!!」

 

「……は?」

 

にこ先輩の無茶振りに俺は一瞬止まる。

 

「あっ、私、遊くんの歌聴きたーい!」

 

「ちょ、穂乃果!?」

 

「確かに、遊弥の歌は小学生の音楽の時間以来聴いてませんでしたし」

 

「海未!?」

 

「わたしも、ゆーくんの歌、聴きたいな♪」

 

「ことりまで……」

 

俺の見方は居ないのか…俺は希望をこめて一年生たちに視線を向ける。

 

「遊弥先輩の、歌…」

 

「凛も聞いてみたいにゃー!!」

 

「そうね、あなたも音楽に触れていたのだから上手なんでしょうし」

 

駄目だった。真姫にいたってはハードルをあげてくるし。なんか悪戯をしているような笑みを浮かべてるし!

マイクを無理やり持たされた俺はため息を吐きながら曲を入れる。

そして大きく息を吸い込んだ。

 

「――♪」

 

歌いだした瞬間、みんなの顔が驚きに染まる。

 

「……」

 

「すごい、ゆーくん…」

 

「これが、遊弥の歌……」

 

「暖かい声です、なんか心安らぐような…」

 

「遊先輩、すごいにゃ」

 

「まさか、こんなに……」

 

「こいつ、本当に何者なのよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

歌い終わった俺はすごい気まずいような雰囲気にさらされていた。

 

「え、えーっと…」

 

俺はちらりとモニターのほうを見る。そこには三つの数字が映っていた。

 

「ひゃ、ひゃくてん…」

 

「遊弥先輩、すごく、上手でした」

 

「ま、まぐれに決まっているわ! 遊弥、この歌は知ってるかしら!?」

 

「ええ、一応は……」

 

「なら次はこれを歌ってみなさい!!」

 

にこ先輩に勝手に入れられ、前に立たされる。

 

「え、また!?」

 

「いいから歌いなさい!!」

 

どうしてこうなった……そうだ、気づかれないように点数を落とせば…!

 

「言っておくけど、わざと音程外したりしたら承知しないわよ」

 

――退路は立たれた。

 

 

 

 

 

「どうして…どうして100点しか取らないのよあんたは!!」

 

「そういわれても」

 

それから何曲か連続で歌わされたのだが、結果は全部同じだった。にこ先輩は理不尽な怒りを俺にぶつけ、地団駄踏んでいる。

 

「音程を合わせて、適当にビブラートやこぶしをつければ誰だって――」

 

「ゆーくん、それは嫌味にしか聞こえないよ?」

 

「そう言って出来ちゃう当たりがさすが遊くんというか、なんというか」

 

苦笑いすることりや穂乃果。なんか少しずれていたようだ。

 

「もうリーダーは遊先輩でいいんじゃないかにゃ?」

 

「だ・か・ら! 俺はマネージャーみたいなもんだし、ステージにも立たない人間なんだって!!」

 

適当すぎるだろ! 自分たちのグループのことなんだからう少し考えろよ!!

 

「いいんじゃない? 遊くんもステージに立とうよ! 歌も上手いし、絶対いいと思う!!」

 

「よくなさ過ぎる!! 女の子のステージに男が混じったら大混乱だわ!」

 

「でも、ゆーくんが髪の毛伸ばしてお化粧したら私たちの衣装も似合うんじゃないかな? ほら、美人系アイドルみたいに」

 

「なんて恐ろしいことを言うんだことり!? 他のみんなも、確かにいけそう、見たいな目でこっちを見るなぁ!!」

 

「ゆーくん、今度寸法測らせてね?」

 

「絶対駄目だからな? 絶対やらせないからな? もしそんな理由で家に押しかけてきても絶対入れないからな? だからそんな目をするな?」

 

カラオケにいる間、ことりの猛禽類が獲物を捕らえたような視線を受け続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

でわまたぢかいに(・ω・)ノシ





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センターの行方、リーダーという存在



どうも、燕尾です。
更新が遅くなってしまいました。





 

 

 

「次はダンス。今度は歌のときのように甘くはないわ。このマシンで勝負よ!」

 

カラオケに続いてやってきたのは秋葉原のとあるゲームセンター。そこの一角にあるゲーム筐体でにこ先輩は言った――のだが、

 

「ことりちゃん、もう少し右!」

 

「えーい!」

 

「わぁ、倒れた!」

 

「すごいにゃー、ことり先輩!」

 

穂乃果やことり、凛はそこに目も暮れず、クレーンゲームでぬいぐるみをとっていた。

 

「だからもう少し緊張感を持てって言っているでしょー!!」

 

そんな三人ににこ先輩は怒鳴る。

 

「凛は運動は得意だけど、ダンスは苦手だからなぁ……」

 

「これ、どうやってやるんだろう……」

 

「私もこういうのはやったことないですから、よくわかりませんね…」

 

花陽や海未も困ったような顔をする。そして、相変わらず興味がなさそうな真姫は自分の髪の毛をクルクル弄っている。

 

「ふっふっふ……プレイ経験ゼロの素人がまともな点数が出るわけがないわ。カラオケのときは焦ったけど、これなら――!」

 

だからやることが一つ一つせこいっす。にこ先輩。だから人望が薄れて――ゲフンゲフン。

 

「まあ、とりあえず皆。ルールを把握して少し練習してから課題曲を決めてやってみようか」

 

――そして、皆がプレイした結果というと、

 

「凛ちゃんすごーい!!」

 

「ほんと、すごいね!」

 

「えへへ、なんか出来ちゃった!」

 

「ぐぬぬぬぬ…なんでこうなるのよ……!」

 

 

 

穂乃果 A

ことり B

海未 A

花陽 C

真姫 B

凛 AA

にこ A

 

 

 

とこのようになった。大体俺の予想とそう変わりはなく、凛がトップで次いで穂乃果、海未、にこ先輩。ことりと真姫が並んで、最後に花陽。

正直に言うと、このゲームはダンスとあまり関係ない。ある程度運動神経が合って足を早く動かせる人間がいい点数を出せる。後は慣れだ。

あまり運動神経がよくない花陽は初めてということもあって、あまり点数は出なかったが、これは仕方の無いこと。

そして俺はというと――

 

 

 

遊弥 AAA Perfect Combo

 

 

 

「ふぅ、疲れた……」

 

終わった俺は一つ息を吐く。

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

それに対して、皆は唖然としていた。

 

「これ、最高難易度だよね……」

 

そう穂乃果が呟く。

俺の曲はにこ先輩のリクエストにより、"このゲームの一番難しい曲の最高難易度"だったのだが、結果は表記されている通り。

 

「ゆーくん、さすがだね……」

 

「もう、言葉も出ませんね」

 

「遊弥先輩、すごいです」

 

「どうやったらあんなに早く足が動かせるの?」

 

「もはや化け物ね」

 

「どうしてあんたはそんなにハイスペックなのよっ!?」

 

「いや、このくらいは慣れた人間なら誰でも出来るよ?」

 

全員が無理、と首を横に振った。

 

「バーを掴んで身体を安定させるなんてずるいのよ!!」

 

「いや、そうじゃなかったら誰も最高難易度なんてクリアできないし、そもそもこのゲームはダンスのためのものじゃないし……」

 

リズムゲームはあくまで音楽に乗りながら楽しむゲームであって、ダンスがどれだけ出来るか測るものではないのだ。

 

「うぅぅぅぅ……! 次よ! 次に行くわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後にやってきたのはアキバの街中。そして皆が持っているのはビラの束。

 

「歌と踊りで決着がつかなかった以上、最後はオーラで決めるわ!!」

 

「オーラ、ねぇ?」

 

「そうっ、アイドルとして一番必要といっても過言ではないものよ!」

 

にこ先輩いわく、歌もいまいち、ダンスも微妙。それでも人をひきつけるようなアイドルがいるのだという。

それには花陽も同意する。

 

「わかります! 何故か目が離せない人がいるんですよね!!」

 

「それでこのビラ配りですか…」

 

「オーラがあれば黙っていても人は寄ってくるもの。一時間で一番多く配ることが出来たものが一番オーラを持っているってことよ!」

 

「ちょっと今回は強引なような……」

 

ことりの言う通り、こじつけにもほどがあるんじゃないだろうか。

 

「でも、面白いからやろうよ!」

 

「まあ、いいんじゃないか? 宣伝もしなきゃだったし。だけど――これ俺もやる必要があるのか……?」

 

これはリーダーを決める勝負なのに、どうして俺までやらないといけなんだろうか?

 

「あんたも部員の一人で私たちのマネージャーなんだから、しっかり仕事しなさいよね!」

 

なんだろう、言っていることは正しいことなのに、こう言われるとなんだか苛立ちが込みあがってくるな。今度なんかしらの形でこき使ってやろう。

 

「くっくっく、今度こそ…チラシ配りは前から得意中の得意。このにこスマイルで――!!」

 

だからそんな顔でそんなこと言っているから上手くいかないということをそろそろ気づくべきだと、俺は思う。

そして、結果は言うまでもなく――

 

 

「ありがとうございました~……ふぅ」

 

最初に手元のビラが全部なくなったのは――ことりだった。

 

「ことりちゃんすごーい! 全部配っちゃったの?」

 

「う、うん、なんか気づいてたらなくなってて……」

 

配り始めてから二十分も経っていないというのにこの量を捌き切るなんて。これがカリスマメイドの実力というやつだろう。

 

「どうして…どうしてにこのスマイルが通用しないの、おかしい……時代が変わったの!?」

 

そして現実を受け入れられないにこ先輩は向かいの歩道で一人顔を真っ青にしていた。

まあ、わからない人にいきなり"にっこにっこにー"なんてやって迫ったらそりゃ避けられるわ。まだあの人は自分の世界から脱出できていない。

ちなみに俺はというと――

 

 

「すみませーん! ビラ一枚ください!!」

 

「私にもー!!」

 

「うちにも頂戴!!」

 

「キャー、手触れちゃった!」

 

「ビラと、握手お願いします!!」

 

「私もお願いします! というより、君をください!!」

 

 

「ちょ…押さないで、一人ひとりちゃんと渡しますから」

 

一人では対処しきれない数の女の人たちに囲まれていた。

 

「「「「…………」」」」

 

「ちょ、抱きつかないでください!? 色々と当たってますから!!」

 

無理に迫られていた俺はたじたじで戸惑っていた。

 

「「「……」」」

 

「ちょ、誰か、助けてくれ――ひっ!?」

 

そして助けを求めようとして振り向いたとき、俺は小さな悲鳴を上げた。

穂乃果と海未とことりが氷点下のごとく、俺をじーっと見ていたのだ。

そして無表情のまま近づいてきて、俺の腕をがしっり掴む。

 

「ごめんなさ~い。この人は他にもやることがありますので~」

 

「ビラでしたらこちらにもたくさんありますので。花陽、凛、真姫」

 

海未が言うと、一年生たちも普段見せないような身のこなしでビラを渡していく。特に花陽に至っては笑顔で配りながらどこか気迫迫っている。

 

「さあ行こっか、遊くん♪」

 

俺は穂乃果に引きずられながら、その場から離れる。

その後幼馴染から、周りの女の子たちよりももっと怖い目にあわされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局皆同じだー」

 

場所は戻ってアイドル研究部。結果を集計すると、驚くことに全員同率だった。

 

「そうですね。ダンスの点数が悪い花陽は歌が良くて、カラオケの点数が悪かったことりはチラシ配りが良く…」

 

「みんな同じってことなんだね」

 

「にこ先輩もさすがです。皆より全然練習していないのに同じ点数なんて」

 

「あ、はは…当たり前でしょ……」

 

嫌味などまったく含んでいない凛の純粋な言葉ににこ先輩は顔を引きつらせて冷や汗をたらす。

にこ先輩は自主練習も含め、一時期アイドル活動をしていたから一定の実力はあると自負していた。だからこそ、リーダーになれると踏んで勝負を吹っ掛けたんだろう。

まあ、色々せこく立ち回ったのと穂乃果たちを甘く見すぎた結果だと思えば自業自得だろう。

 

「でもどうするの? 同点はいいけどこのままじゃ決まらないわよ」

 

「う、うん…でもこうなるとやっぱり上級生のほうが……」

 

「凛もそう思うにゃー」

 

ぶれない一年生。言い分はわかるけど、それはそれでちょっとどうなんだろうか。これは後の課題になりそうだ。

 

「仕方ないわね――」

 

「あ、もうにこ先輩は出てこなくていいです。面倒くさいので」

 

「ちょっと遊弥、それどういう意味よ!!」

 

そのままの意味です。いい加減勉強しましょう。

 

「一番点数も能力も高かったのは遊弥先輩ですけど……」

 

「この際もう遊弥先輩でもいいんじゃないかにゃ?」

 

「だからいいわけないだろう。俺はあくまで裏方なんだから。この話に入ること自体違うよ。それだったらいっそのこと――リーダーなんて作らなければいいんじゃないか?」

 

「「「「「「えぇっ!?」」」」」」

 

「あっ、遊くんもそう思ってたの?」

 

驚く六人に対し穂乃果だけは何の気なしに言った。

 

「無くてもやっていけるし、二年生三人の時だって誰がリーダーなんて決めてないまま進んできたしな」

 

「うん。だからリーダーなしでも全然平気だと思うよ」

 

「しかし……」

 

「そうよ! リーダーなしのグループなんて聞いたこと無いわ!」

 

「聞いたこと無いからなんだ? 他所は他所、俺たちがどうするかには関係ないだろう?」

 

「大体、センターはどうするの」

 

「それなんだけど、私考えたんだ」

 

「俺も考えがある。穂乃果もか?」

 

「うんっ! えーっとね――」

 

俺は穂乃果の考えを聞く。彼女が考えていたことは大体俺が考えていたのと同じだった。

俺と穂乃果は同時に頷く。

 

「そのね、みんなで歌うって言うのはどうかな?」

 

「……みんなで?」

 

首を傾げる六人に穂乃果はうん、と言う。

 

「家で他のアイドルの動画を見ながら思ったんだ。なんかね――みんなで順番に歌えたら素敵だなって…そんな曲、作れないかなーって」

 

「順番に……?」

 

良くわかっていない花陽は首を傾げる。そこで俺は穂乃果の言葉を継いだ。

 

「そう。誰か一人なんて決めない。皆にスポットを当てて全員が中心の歌ってことだ」

 

「無理、かな?」

 

「まあ、作れなくは無いですね」

 

「そういう曲、無くはないわね」

 

海未と真姫が肯定する。

 

「ダンスは、できそうかな?」

 

「ううん。いまの七人なら出来ると思うよ」

 

ことりも否定しない。

 

「じゃあ、それが一番いいよ! 皆が歌って、皆がセンター!!」

 

――決まりだな。

 

「わたし、賛成♪」

 

「好きにすれば」

 

「凛もソロで歌うんだー!」

 

「わ、私も!?」

 

「やるのは大変そうですけどね」

 

素直なことりも、そうじゃない真姫も、気合入っている凛も、戸惑う花陽も、これからの苦労を案じる海未も。全員の目がそれが一番いいと物語っていた。そしてそれは――にこ先輩も同じだった。

顔を向ける俺たちににこ先輩は、

 

「――私のパートは、格好良くしなさいよね?」

 

仕方が無いと一つ息を吐きつつも。その表情は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆がセンターという試みで作った初めての曲のPVは上手くいったといえるだろう。

それをサイトで配信した次の日、俺は絵里先輩からではなく希先輩から、用があるので生徒会室までに来てほしいと呼び出しを受けていた。

よく思い出してみると、こうして希先輩から生徒会に呼び出されるのは初めてのことだな。

 

「はてさて、今度は何をたくらんでいるのか。とりあえず、中に入ろう――」

 

「何を言ったの――希」

 

生徒会室の前まで来てノックをしようとしたとき、ちょうど絵里先輩の声が聞こえた。だが、それは明るいものではなく、どこか咎めるような声色。

完璧に入るタイミングを逃してしまった。

 

「うちは思ったことを素直に言っただけや――誰かさんと違うてな」

 

「……」

 

「もう認めるしかないんやない? あの子達のこと。えりちが力を貸してあげればあの子達はもっと――」

 

「なら、希が力を貸してあげればいいじゃない」

 

「うちじゃ駄目なの。カードが言っているのは――えりちなんよ」

 

「……駄目よ。だって私は――」

 

 

――生徒会長だから

 

 

「……ふぅ、なるほどねぇ」

 

俺は生徒会室には入らず、そのまま踵を返していた。

希先輩には"用が終わったみたいなので、帰りますね"とだけ連絡を入れておく。

 

「これは…なかなか厳しそうだ。さて、どうするかね?」

 

俺は一人廊下を歩きながら呟くのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
最近ルビ振りが面倒くさく思えてきたこのごろです。





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ラブライブと出場条件



どうも、燕尾です
\ツカレタ/






 

 

にこ先輩を加え、新しい曲を出した俺たちは重大な壁にぶつかっていた。

 

「大変申し訳ありません!!」

 

「ません!!」

 

三つ指を突いてから深々と謝罪するのは穂乃果と凛。

 

「小学校の頃から苦手とは知っていましたが、穂乃果……」

 

「に、苦手なのはそれだけだよ! 数学は、数学だけは駄目なの。ほら、小学校の頃から算数は苦手だったでしょ!?」

 

呆れてため息を突く海未に穂乃果は噛み付く。

 

「しちし?」

 

だが花陽がボソッと出した問題に、

 

「にじゅう…ろく……?」

 

指を折りながらかなり迷って答えを出していた。しかもそれが正解なら救いようはあるが、間違っているというオマケつきで。

 

「……かなりの重症ですね」

 

「本当に高校生なのか、穂乃果……」

 

数学以前の問題にもう溜息すら出ないというような表情を浮かべる。

 

「はぁ…それで、凛はなにが苦手なんだ?」

 

「凛は英語! 英語だけはどうしても肌に合わなくてぇ……」

 

「た、確かに難しいよね」

 

「そうだよ! 大体、凛たちは日本人なのにどうして外国の言葉を勉強しないといけないの!?」

 

「屁理屈はいいの!!」

 

花陽の言葉に乗っかって言い訳を言う凛に真姫が机を叩きながら立ち上がる。突然のことに身体を竦ませる凛だが、真姫の追撃は終わらない。

 

「ま、真姫ちゃん怖いにゃ~」

 

「これでテストの点数が悪くてエントリーできなかったら恥ずかしすぎるわよ!」

 

「……そうだよね」

 

がっくりと肩を落とす凛。

 

「やっと生徒会長を突破したと思ったのに」

 

「ほ、ほんとその通りよ!」

 

今の今まで席に座らず、窓の外に身体を向けていたにこ先輩がこちらを見ずに口を開く。

 

「赤点なんか取ったら絶対駄目よ!」

 

自分は大丈夫みたいなことをいっているにこ先輩だが、俺には見えていた。先輩が二年生の数学の教科書を逆さまに持っているところに。

 

「被告人、矢澤にこ。その両手で持っているものを隠さずにこっちを向きなさい」

 

「被告人ってなによ遊弥!? 私は何も罪を犯していないわ!!」

 

この場において成績が悪過ぎる人間は全員被告人ですよ。まったく。

 

「ならにこ先輩、成績は……?」

 

言い逃れしていたにこ先輩の身体はことりの呟きによって一瞬硬直した。

 

「にに、にっこにっこにー、が赤点なんて、と、と、取るわけないでしょ~!?」

 

「にこ先輩、動揺しすぎです」

 

「う゛……」

 

海未の指摘ににこ先輩も肩を落とした。

 

「はぁ…本当に、まったく……」

 

穂乃果、凛、にこ先輩以外の人間がこの事態に頭を抱えている。

こんな状況になった、事の発端は数刻前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、大変です! 大変なんです!!」

 

放課後に入ってから間もない時間。慌てた様子で入ってきたのは花陽だった。

 

「どうしたんだ花陽? そんなに慌てて。ほら、少し落ち着け?」

 

「落ち着けません! 落ち着いている場合ですか遊弥先輩!?」

 

「いや、わけを説明して欲しいから落ち着いて欲しいのであって――顔近い、顔近いから」

 

押しのけようとする俺に顔をずいっと近寄せる花陽。

 

「「「……」」」

 

「何してんだか……」

 

なんか穂乃果たちの視線が怖いし、心なしか真姫の視線も冷たく感じる。

 

「わかった、落ち着けないのはわかったから。一体なんなんだ?」

 

「ラブライブです!」

 

状況のせいもあって俺はその単語をすぐに理解することが出来なかった。

 

「ラブライブが開催されることになりました!」

 

花陽の一言によって周りに緊張が奔る。

 

「ラブライブ!?」

 

穂乃果も深刻そうな反応をする。だが、

 

「――って、なに?」

 

良くわかっていなかったようですぐに聞き返してくる。他の人たちも雰囲気に当てられただけで、実際は穂乃果と同じような感じで首を傾げていた。

まあ、花陽とにこ先輩以外は知らない話だろうとは思っていた。

 

「ラブライブ…確かスクールアイドルたちのトップを決める大会のようなものだったか?」

 

「はい! 野球で言う甲子園のようなものです!」

 

ラブライブの特設サイトの画面を前に花陽が興奮し気味に説明する。

曰く、俺たちも登録しているスクールアイドルランキングサイトでエントリーした中から上位二十のグループがライブをしてナンバーワンを決める大会だという。

 

「噂には聞いていましたけど、まさか始まるなんて……!」

 

「へぇ……」

 

「いまのアイドルランキング上位二十組となると、A-RISEをはじめとして有名なグループが一堂に集まることに……まさに夢のイベント。チケットいつ発売するかな?」

 

「――って、花陽ちゃん見に行くの?」

 

穂乃果がそう問いかけた瞬間、花陽の眼光が鋭く光った。そして力強く立ち上がった

 

「当たり前です! これはアイドル史に残る一大イベントですよ!!」

 

見逃せません、と徐々に距離を縮めてくる花陽に穂乃果はたじろぐ。

 

「……花陽って、本当にアイドルのことになるとキャラ変わるわよね」

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ!」

 

花陽の豹変振りにほのぼの? としている残りの一年生たち。

いや、それよりもいま重要なのはそこじゃないだろう。

 

「というか、見に行くだけなのか?」

 

「遊くんの言う通りだよ、私てっきり出場目指してがんばろって言うのかと思った」

 

「うえぇ~!?!? 私たちが出場なんて恐れ多いです!」

 

「本当、キャラ変わりすぎ」

 

「凛はこっちのかよちんも好きにゃ~!」

 

うん、凛は花陽が大好きなのはわかったよ。

 

「せっかくスクールアイドルやってるんだもん。目指してみるのも悪くないかも!」

 

「というか、目指さないと駄目でしょ!」

 

「俺も穂乃果とことりに賛成だな。廃校阻止っていう目的のほかにスクールアイドルとしての目標を掲げるのはいいことだ」

 

「そうは言っても現実は厳しいわよ?」

 

「ですね。先週見たときはとても大会に出られる順位ではありませんでしたし」

 

「ん? 真姫に海未。見てないのか?」

 

「見てないって、なにをよ?」

 

「スクールアイドルのランキングサイト」

 

そう言って俺はμ'sのマイページにアクセスする。そして画面をみんなに向ける。

 

「これは!」

 

「どうしたの海未ちゃん――わぁ! 順位が上がってる!!」

 

「本当だ、すごい!!」

 

「嘘!?」

 

「ほんとかにゃー!」

 

わらわらとパソコンの前に集まる少女たち。

 

「ほら、七人になってからPV出しただろ? あれからまた評価が上がって、"いま人気急上昇中のスクールアイドル"として注目もされているんだよ」

 

そうやって取り上げてもらえれば、多くの人に見てもらうことになり、また人づてに広がっていく。そこでの評価は個人それぞれなのだが、幸いなことにコメントのほとんどが好意的なものが多い。

 

「みんな、盛り上がっているところ悪いが現実的な話をするぞ?」

 

「えぇ~……こういうときぐらい喜ばせてよ遊くん」

 

「ありきたりだけど、こういうときだからだよ。それに十分喜んだだろ?」

 

喜びから慢心、気を緩めさせないっていうのも重要なことだ。安心をして向上心をなくせばこれから上がっていくということが無くなってしまう。

 

「さて、この順位にいて残りの期間から考えると……順調にいっても二十位圏内入れるか、入れないかの瀬戸際だな」

 

俺の試算にみんなの顔に緊張が奔る。

 

「まぁどんな順位であれ、やろうとしなかったら最初から出ることは不可能だ。それに、こういうものは何が起こるか予測できない」

 

もしかしたらA-RISEが圏外になるかもしれないし、逆に注目もされなかったグループが急激に圏内に食い込んでくる可能性もあるわけだ。

まぁ、A-RISEのあの三人はそんな油断も隙もないだろうけどな。

 

「それを踏まえて、エントリーするかしないかは皆で決めてくれ。まだ一人来ていないちびっ子先輩がいることだし――痛っ」

 

「だぁれがちびっ子先輩よ!」

 

スパァン! とどこから取り出したかわからないスリッパでにこ先輩に頭を叩かれる。

 

「いや、にこ先輩のこと――痛っ」

 

「あんた、最近ほんと失礼になってきたわね!?」

 

もう一度スリッパで叩かれる。

遠慮がないのは俺なりの友好の証なのだけれど、にこ先輩には通じないのか。

 

「――まあいいわ、それより、みんなに重大な知らせがあるわ!」

 

ぺったんこな胸を張るにこ先輩。だが、にこ先輩以外のみんなはどんな話が出てくるのか大体予想できた。

 

「この夏、ついに開かれることになった――スクールアイドルの祭典!!」

 

「あーはいはい、ラブライブね。今そのこと話してたから、にこ先輩も加わってな~」

 

「本当に最近私の扱いが雑になってきたわね遊弥!? 少しは先輩を立てなさいよ!!」

 

だってにこ先輩の話を聞いていたら時間がなくなるから。省くところは省かないと。

それに、立てて欲しいならもっと先輩らしく振舞ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…いつ来ても緊張するなぁ~」

 

場所は生徒会室前。ドアの前に立っていた穂乃果は顔を強ばらせていた。

 

「毎回怖じ気づいていたらきりがないですよ」

 

「でも結果はわかってるようなものと思うけど?」

 

真姫の思っている通り、今の絵里先輩にラブライブに出場したいなんて言っても許すわけがない。申請すらしてくれないだろう。

 

「学校の許可? 認められないわ」

 

「ほんのちょっと似てるのが腹立たしいからやめろ、凛」

 

「そうだよね…ラブライブだったら生徒だって集められると思ってるんだけど」

 

「そんなのはあの生徒会長には関係ないわよ。私らのこと目の敵にしているんだから」

 

「どうして、私らばかりなんでしょう…?」

 

「……あっ! もしかして学校内の人気を私に奪われるのが怖くて――!!」

 

「それはないわ」

 

「ツッコミはや!?」

 

「的外れすぎな答えを出したにこ先輩には退場してもらいましょう」

 

「ちょ、まっ……!?」

 

真姫と俺でにこ先輩を近くの教室に閉じ込める。

 

「もう許可なんてとらないで勝手にエントリーしてしまえばいいんじゃない?」

 

「駄目だよ! エントリーの条件にちゃんと学校の許可をとることって書いてあるもん」

 

「花陽の言う通りだ。それに、今までちゃんと筋を通してやってきているからこそ活動できているんだ。今ここで自分勝手なことしたらそれこそ絵里先輩に突かれるぞ」

 

「じゃあ、直接理事長に頼んでみるとか」

 

「ええっ!? そんなことできるの?」

 

「たしかに、原則部の要望は生徒会を通じてとありますが、理事長のところに直接行くことが禁止されているわけではありませんし」

 

「でしょ? それにちょうど、親族もいることだし、何とかなるわよ」

 

真姫の一言にみんなの視線が一人に向かう。

 

「……え?」

 

向けられた一人――ことりはきょとんとしていた。

 

「いや、え? じゃないだろことり。理事長の親族って言ったらことりしかいないんだから」

 

「え、あっ、うん。そうなんだけど…」

 

ことりは言いよどむ。まあ、言いたいことはなんとなくわかる。これでも俺だって雛さんとは長い付き合いだ。

 

「まあことりがいるだけでなんでも通してくれるとは思っちゃいないさ。だけど俺らは生徒会が非協力的だっていうちゃんとした理由もある」

 

「遊くん…悪い顔になってるよ」

 

「ロクでもない顔です」

 

幼馴染たちの辛らつな言葉に顔が崩れる。

 

「まあ、ルールに反してなければやれることはやろうって話だ。とりあえず、理事長のところに行くぞ」

 

そして理事長のところに行った結果、エントリーの条件として、"今度の期末試験で一人も赤点を取らない"という条件を提示された。

正直音ノ木坂のレベルだったら皆大丈夫だろうと思っていた。だが、

 

「「「……」」」

 

理事長室でがっくりとうな垂れていた三人を見て俺はため息をつく結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく! 遊弥を総監督として試験まで私とことりは穂乃果、花陽と真姫は凛の勉強を見てテストまでに何とか底上げをします」

 

「まあそれはそうとして、にこ先輩は?」

 

「だから言ってるでしょ! にこは赤点なんて――」

 

「だったら教科書逆に持っていることぐらい気づけ――にこ先輩は俺が見るよ」

 

俺の申し出に全員が疑問の目を向ける。

 

「遊弥先輩が?」

 

「遊弥先輩、三年生の内容わかるのかにゃ?」

 

「一応な」

 

前の学園にいたときは自分で大学の入試問題とかを勉強していたから、教えられる程度にはできる。

 

「一応、なんてものじゃないでしょう。あなた、今からでも大学入れるぐらいの頭しているじゃない」

 

『ええっ!?』

 

真姫の一言で周りが驚く。

 

「私、勉強見てもらったことあるけどうちの学校の教師たちより余程わかりやすかったわ」

 

あー、そんなことあったな。試験対策として色々と教えていた中で蛇足でこの先やるような内容を先取りで教えていたような気がする。

 

「真姫ちゃんがそこまで言うなんて」

 

「ゆーくん、知ってはいたけどやっぱりすごい頭いいんだね。」

 

そういう言い方するとすっごい馬鹿だと思われそうだからやめてくれ、ことり。

 

「まあでも、俺よりもっと適任の講師がいるから、基本はそっちに任せるけど」

 

「あなた以上に適任な教師がいるのかしら」

 

「真姫ちゃんがベタ褒めだにゃ…」

 

「にこ先輩の場合。まともに勉強しなさそうだからね。ある助っ人を呼んでいる」

 

「助っ人? 誰なの、遊くん?」

 

「――うちやで」

 

狙ったかのようなタイミングで入ってきたのは、似非関西弁が特徴の三年生女子。

 

「の、希!?」

 

「というわけで、試験までの特別講師。東條希先輩です」

 

よろしゅうな、と焦るにこ先輩ににこやかに手を振る希先輩。

 

「先輩、いいんですか? 自分の勉強や生徒会は…?」

 

「遊弥くんほどではないけど、教えられるぐらいの成績はあるんよ。それに交換条件として遊弥くんには生徒会を手伝ってもらったりするからおあいこってことで」

 

「えっ!? そうなの遊くん!?」

 

「いつの間にそんな話しをしていたんですか!?」

 

「ゆーくん、ことり話聞いてないよ!」

 

ぐいっと詰め寄ってくる穂乃果と海未とことり。

どうしてそんなに焦っているのかわからないが、とりあえず落ち着かせる。

 

「生徒会の手伝いは今までもしていたし、少し絵里先輩とも話したいしな」

 

「遊弥くん、それは誤解を招くで?」

 

どういうことだ、と首を傾げている所に鋭い視線を感じた。

 

「むぅ~」

 

「ぐっ……」

 

「うぅ~」

 

顔を顰めて唸る幼馴染三人組みに

 

「へえ…先輩、生徒会長と仲がいいのね」

 

「ふしゃ~!」

 

「遊弥先輩……」

 

同じように不機嫌そうな顔をする真姫と猫のように威嚇する凛。そして残念そうにする花陽。

 

「一体なんなんだ……」

 

「これでわからないって言うんだもの、私たちより余程赤点候補じゃないのよ――乙女心の」

 

「さすがやな遊弥くん。見ていて飽きないわ」

 

その様子を見て、にこ先輩は呆れたようにため息を吐き、希先輩は笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道――

 

「そういえばゆーくん。真姫ちゃんの勉強みてあげたって言ってたけど…」

 

「まさか二人きりってことでは……」

 

「ないよね?」

 

「いや、真姫の家で二人きりだったけど、それがなにか――ひっ!?」

 

ダークサイドが広がっているっ!? なんか笑顔なのにやっぱり怖い!

そのあと、どうなったかは語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

次回更新……頑張ります




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勉強会と生徒会



どうも、燕尾です。
ラブライブ第四十五話目、出来上がりました。
どうぞご覧あれ。






 

 

海未とことりが穂乃果の、真姫と花陽が凛の、俺と希先輩でにこ先輩の勉強を見始めてから数日。

 

 

穂乃果・ことりの様子――

 

 

「穂乃果ちゃん、あとこの一問が解けたら休憩だよ。頑張って!」

 

「ことりちゃん」

 

応援することりに穂乃果は教科書とにらめっこしながら彼女の名を言う。

 

「なにかな?」

 

「――おやすみ」

 

「ええっ、後ちょっとだよ! 穂乃果ちゃん!?」

 

力尽きて机に伏す穂乃果を必死に起こすことり。そしてそれを見てため息を吐く海未。

 

 

真姫・凛・花陽の様子――

 

 

「うぅ…やっぱり英語は苦手だにゃ……これが毎日続くのかにゃ」

 

「当たり前でしょ」

 

穂乃果と同じく机に伏しながら教科書を読み進めていく凛。

 

「こら、まだ休憩じゃないわよ」

 

「ほら凛ちゃん、頑張ろう?」

 

真姫に叱咤され、花陽に応援されるも限界が近づいていた。

 

「ああ! 空に白いほかほかご飯が!!」

 

「ええ!? どこどこっ?」

 

花陽がご飯という単語に反応されて空のほうを向く。そしてその隙に凛は部室からの逃走を図ろうとする。だが、

 

「そんなのに騙されるわけないでしょ。引っかかってると思ってるの?」

 

ため息混じりに真姫がビシッと凛の頭にチョップする。

 

「ま、真姫ちゃん…」

 

「真面目にやりなさい」

 

「でも、わからないんだもん! 大体凛たちは日本人だよ! どうして外国の言葉を学ばないといけないの!?」

 

凛の叫びに真姫少し怒り気味に彼女の頬を引っ張った。

 

「つべこべ言わずにやりなさい! 赤点とってラブライブ出場できませんでしたなんて笑い話にもならないのよ!」

 

「……はい」

 

 

希・にこの様子――

 

 

「え、えーっと、えーっと――に、にっこにっこにー!」

 

「次ふざけたらワシワシMAXや言うたよね?」

 

妖しい光を目に宿し、掴みの体制に入る希先輩。それを見たにこ先輩は慌てて両手を振る。

 

「違う、違うの! こうすることで脳が活性化されるの!!」

 

苦し紛れの発言。そしてにこ先輩は教科書を凝視する。

 

「えーっと、ここがこうなって、こっちがこうなるから。えーと、えーっと……」

 

「それで? 答えは?」

 

「に、にこにはちょっと難しすぎにこ」

 

「ふふふふふ……お仕置き確定やね♪」

 

「え、あ、ちょっと!? やめて希! ふ、あ、んっ……んんっ!? やめてぇ!!」

 

 

 

「「はぁ……」」

 

この場を総括する俺とこれから弓道部に顔を出しに行こうとしている海未はこの光景にため息を吐く。

 

「大丈夫でしょうか、こんなので」

 

「まあ、何とかなるだろう。まだ一週間以上はあるんだから。ただその分、練習は諦めたほうがいいと思うが」

 

「仕方ありませんよ。学生の本分は学業なんですから。それに真姫も言っていたとおり赤点でラブライブに出られないほうが問題です」

 

「そうだな。確かに笑い話にもならんわ」

 

「遊弥には負担をかけてばかりで申し訳ないのですが…」

 

「いいよ、気にするな。これもマネージャーの仕事のうちだ」

 

「ですが遊弥はこのあと生徒会の手伝いですよね? 無理をしていませんか?」

 

「問題ないよ」

 

「ですが、穂乃果たち以外にも私たちの勉強までまとめて見ていますよね? それにいま穂乃果たちや私たちがやっている問題のペーパーは、遊弥の手作りでしょう?」

 

「あー、わかった?」

 

「わかりますよ。それぞれのレベルに合わせた問題なのですから……遊弥、わかっているとは思いますがくれぐれも――」

 

その先を言わせないように俺は海未の頭に手を置いた。

 

「わかってるよ。海未たちが心配するようなことにならないようにするさ」

 

もう、泣き顔を見るのはいやだからな。それに――あの看病は精神的にも体力的にも堪える。

 

「……はい、気をつけてくださいね」

 

撫でる手を気持ちよさそうに受け入れる海未に俺も少し微笑む。

 

「ほら、こっちは任せて早く弓道部に行ってこい。練習時間がなくなるぞ?」

 

「ええ、後はお願いします」

 

海未は部室から弓道場へと向かっていく。

 

「ほら三馬鹿! ダラダラ勉強するな!」

 

「「「三馬鹿ってなに(よ)(なんにゃ)!?」」」

 

俺は三人に活をいれ、教鞭をとるのだった。

 

 

 

 

 

 

「いいか、穂乃果。高校数学の計算問題は複雑なのは最後のほう以外出ない。そして大体の計算問題はやり方がある。そのやり方を理解できれば後は慣れだ」

 

「でも私、そのやり方がわからないんだよね……掛け算すら出来ないし」

 

予想以上の落ち込み。どうやら自分が足を引っ張っていることだけは理解できているようだ。そんな穂乃果に俺は優しく諭す。

 

「掛け算にしろ数学にしろ、出来ないという人は分からないんじゃなくて知ろうとしてないだけだ。だからまずは俺がやり方を教える。それから一緒に問題を解いて、出来ると思ったら穂乃果一人でやってみようか」

 

「う、うん。お願いします」

 

 

 

 

 

「凛、英語のすべては単語だといっても過言じゃない。単語がどういう意味を持っているのかわからないから読めなくなる。だからまずは根気よく単語を頭に叩き込むんだ」

 

「え、英単語…」

 

余程の苦手意識があるのだろう、凛は後ろに引いた。

 

「苦手意識があるのはわかるが逃げたら駄目だ。まずはこのページの新出単語で分からないものを書きだして、辞書で意味を調べて書く。それからここに書いてある英語を訳してみろ」

 

「訳までやらないといけないの!?」

 

「大丈夫。新出単語が分かれば簡単に訳せるように作ってあるから。ほら、文句を言う前にやったやった」

 

 

 

 

 

「いいですかにこ先輩。穂乃果にもいいましたけど数字が変わっても問題が同じならやり方は同じです。そこさえ理解できれば後はゆっくり計算していけば解けていきます」

 

「それが分からないから困っているのよ」

 

穂乃果と同じような反応。にこ先輩は穂乃果より、より複雑な問題が課されるため、困難に陥るのはよくわかる。

 

「ええ、分かってます。だからまずは一度、計算公式がどう出ているのか求めていきましょうか。これがわかればどんな問題がどういう計算をしないといけないか自然とわかっていきますから。それから後は例題を解いて、同じように問題を解くだけです。それじゃあやってみましょうか」

 

 

 

 

 

三人に教えて始めてから一時間ぐらい経った。

 

「――それじゃあ、少し休憩しようか」

 

 

「「「…………」」」

 

 

俺の宣言に三人は机に伏して頭から煙を出し始めた。

 

「ほ、穂乃果ちゃん……?」

 

「大丈夫、凛ちゃん?」

 

「ま、自業自得よね」

 

彼女たちを心配することりと花陽と、切り捨てる真姫。

 

「遊弥くん飛ばしすぎなんちゃう?」

 

「全然飛ばしてはいないですよ。ただこの三人の理解度が異常に低かっただけでしたから。基礎部分に焦点を絞って、そこに最大限の集中を徹底させただけです」

 

さすがに掛け算を間違えるレベルをどうにかするには短期間集中型のほうが効率がいい。

 

「しばらくはこんな感じで教えてあげてください。とにかく基礎を徹底的に何回もやらせること。ことりも花陽も真姫も、できるか?」

 

「うん、任せて!」

 

「大丈夫です」

 

「問題ないわ」

 

「それじゃあ二十分後に再開ということで、あとは頼む」

 

そう言って荷物をまとめる俺にことりが首を傾げた。

 

「あれ、ゆーくん何か用事?」

 

「これからは生徒会のほうの手伝いを、ね。そういう約束だし」

 

希先輩に向くと彼女はよろしゅうなと言わんばかりに頷いた。

 

「ああ、これから生徒会長と仲良くよろしくするのね」

 

「何でそういう言い方するんだよ、真姫さんや」

 

悪意のある言い方をする真姫。別に仲良くするぐらいいいじゃないか、と言いたいけど、今の状況からしてあまりいい気分ではないのだろう。

 

「遊弥先輩、生徒会長のところに行ってしまうんですね…」

 

「そんな悲壮感あふれるような目をしないで花陽。生徒会の仕事の手伝いだから」

 

どうしてそんな恋人との別れみたいな演出をするんだよ。

 

「ゆーくん、おいたは駄目だよ?」

 

「はいはい……――っていうかそんなことしない!!」

 

どんな目で見ているんだ本当に!? そんなに信用ないのか、いつもいつも!!

 

「ほら遊弥くん、そろそろ行かないといけないんとちゃう?」

 

「……ええ、そうですね。それじゃあ、後はよろしくお願いします」

 

そうして、馬鹿三人組を任せて俺は生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン――

 

「――どうぞ」

 

生徒会室の扉をノックすると中から聞こえてくる絵里先輩の声。

 

「失礼します――」

 

「遊弥くん? どうしたのこんな時間に?」

 

絵里先輩はどういうわけか、俺が来たことを不思議に思っていた。

 

「どうしたのって、何も聞いてないんですか?」

 

「聞いてないって、何を?」

 

問いかけると絵里先輩は可愛らしく首を傾げる。それだけで俺はすべてを察した。

 

――希先輩め、これはまたデコピン案件だな。

 

心の中で指の素振りをしながら俺は息を吐く。

 

「いや、まあ、また最近絵里先輩が一人で色々と抱えて仕事してるらしいと、とある筋から情報を得まして」

 

「――それ、希でしょう?」

 

「それは情報提供してくれと人との約束でお教えできません。希先輩からかもしれないですし、そうじゃないかもしれないですよ?」

 

「もう…」

 

絵里先輩は諦めたようにため息を吐く。教える気がないと言うことはすぐにわかったようだ。

 

「そういうわけで――こっちの書類片付けますね」

 

俺は手伝いのときに座っている席に腰をかけてパソコンを起動する。

 

 

カタカタカタカタ――

 

こっちの書類がこうで、あー、これ大分溜め込んでたな。

 

「……」

 

カリカリカリカリ――

 

「……」

 

カタカタカタカタ――

 

ここの計算も間違ってる。チェック漏れが多いな。大分上の空でやっていたみたいだ。

 

「…………」

 

シャッシャッシャ――

 

「…………」

 

それにしても――

 

「「………………」」

 

会話がまったくなく、お互い無言で作業をしているためか、俺と絵里先輩の間になんか変な空気が漂っている。

しかも絵里先輩、時折俺のほうをちらちらと見てるし。

うーん、どうしたものか…

 

「……あの、絵里先輩?」

 

「――っ、なにかしら?」

 

「いや、何って、それはこっちの台詞なんですけど……ちらちらと俺のほうを見てますよね? どこかおかしいところでもありますか?」

 

「いえ。おかしいところはないわ。ただ――」

 

そこで絵里先輩は言葉を区切った。それからなにか一瞬躊躇ったような素振りをして首を横に振った。

 

「――なんでもないわ、ごめんなさい」

 

そう言って絵里先輩は自分の作業に戻るも、こちらを見る視線は止まず、少し気まずい雰囲気が続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は何も言えなかった。目の前にしても言う勇気が出なかった。

 

 

――いつ、私のことを思い出してくれるの?

 

 

そんな喉元まで出掛かけた言葉を私は呑んだ。

久しぶりに会ったあの日、遊弥くんはそう遠くない未来で思い出すといっていた。だけど、二ヶ月以上経ったいまでも思い出す気配が微塵もない。

それを責めるつもりは毛頭ない。そもそも、失った記憶を取り戻すというのは数ヶ月単位じゃ足りない。それこそ数年かかるものだ。だから、仕方が無いと思っている。

だけど頭では理解できても気持ちのほうはそうはいかなかった。

こうして顔を合わせるたびに思い出すあの頃の楽しかった日々。友達がおらず、いつも一人で過ごしていた私に誰かと過ごす学校生活の楽しさを与えてくれた遊弥くん。

彼と過ごしたものは私にとって特別なものになっていた。彼にとっても私と過ごした日々が特別なものだと良いな、とそんなことも考えていた。

だけどそんな思い出もいま共有することは出来ず、私だけのものになってしまっている。

 

どうして…どうしてあの子たちのことは思い出せて私のことは思い出してくれないの……

 

「っ!!」

 

一瞬、変な考えが頭を過ぎった私は、頭を思い切り横に振る。

だけど、一度傾いた負の感情というものはそう簡単には消えてくれない。そしてそれはあらぬ考えへと発展していく。

 

どうして理事長も、遊弥くんも、あの子たちばかりに味方するのよ……

 

廃校を止めたいという思いはあの子たちとは変わらない。むしろ彼女たちより、その気持ちは強い。私にはこの学校を廃校させてはいけない理由が明確にある。それなのに、私に味方してくれる人はいない。

 

あの子たちの活動はマイナスにしかならない。なのにどうして、どうしてなのよ……!

 

私は焦りや苛立ちから渦巻く感情を自分の中で処理することが出来なくなってきていた。

 

「――絵里先輩」

 

「何かしら…」

 

「今日は帰りましょう」

 

私の様子を察したのか、遊弥君が帰宅の提案をしてきた。

 

「私はまだ残るわ。仕事が終わったのなら先に帰っていて良いわよ遊弥くん」

 

だけど私は素直に応じることは出来なかった。そんな私に遊弥君は小さく息を吐いた

 

「それじゃあ、この書類の確認だけお願いします」

 

「ええ――」

 

私は遊弥くんから受け取った書類に目を通す。

だがその書類には何も書き込まれておらず、真っ白だった。

 

「遊弥くん、これは――」

 

一体どういうこと、と聞こうとした瞬間、

ぐいっ――

 

「ひゃあん!?」

 

突然の感触に悲鳴が上がった。

 

「うわ、びっくりした!」

 

「びっくりしたのはこっちの台詞よ! いきなり何するの!?」

 

キッ、と睨む私に遊弥くんは真面目な顔で私に返す。

 

「いや、随分とお疲れみたいだから少し確認を――それにやっぱりというか、絵里先輩、肩が随分と凝り固まっていますよ。その様子じゃ、結構疲れも溜まってますよね?」

 

「それは――あっ、う…んんっ……」

 

「ファーストライブのとき絵里先輩は言ってました。辛そうな姿は見たくないって。俺も同じです。疲れてる絵里先輩はほっとけないです」

 

「遊弥くん……」

 

柔らかい口調で諭してくる遊弥くん。私のことをしっかり心配してくれているのが良くわかる。

良くわかる――のだけど、

 

「でも遊弥くんってば、私の心配を他所にいうこと聞いてくれなかったじゃない」

 

「ぐはっ!?」

 

渾身のカウンターが遊弥くんの懐に入った。

 

「それはどう説明するのかしら?」

 

きっと、いまの私は意地悪な顔をしているのだろう。だけど、それを理解しておきながら釣り上がっている口角はそのまま固定され続けたままだ。

 

「えっと、えーっと…」

 

普段から地頭は良いのにたまにこういうちょっとした、なんでもないことで悩む遊弥くんはなんというか、可愛らしく思う。

 

「――ええい! つべこべ言わず、休みなさい!! 逆らうというなら――」

 

「――――っ!!?」

 

ぐり、と肩をもむ力を強めてくる遊弥くん。私は声に鳴らない悲鳴を上げた。

 

「あ、ちょ……駄目よ遊弥くんっ! そんなぁ…強くしちゃ、私っ……!!」

 

「伊達に爺さんや姉さん、妹のマッサージをしてませんからね。覚悟してください。これ以上抵抗するなら、俺のテクニックで蕩けさせて上げましょう」

 

ぐいぐい、となんともいえないテクニックで私の肩を揉み解していく。

 

「あ、ああっ……ん、んう、あ、うん……あ、ああああああ――――!」

 

私の悲鳴が部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に。




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衝突



どうも燕尾です
ラブライブ46話目です。





 

 

 

 

 

――Yuya Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何か申し開きあるかしら?」

 

 

「大変申し訳ありませんでした」

 

俺は冷たい床の上で土下座していた。

頭を下げる俺を見下ろしているのは氷の女王こと絵里先輩。氷の女王というのはいま俺が勝手に名づけた通り名だ。

だがそれもあながち間違いとはいえない。俺を睨む絵里先輩のスカイブルーの瞳は、気のせいか、凍てつく様な光を放っていた。

絵里女王様――うん、なかなかよさそう。鞭を持ってる絵里先輩も似合ってるな。

そんな俺の邪念を感じ取ったのか先輩の纏う気迫がさらに増した。

 

「……遊弥くん?」

 

「はいごめんなさい!」

 

条件反射気味に頭を下げる。

 

「遊弥くんはもう少し丁寧な女の子の扱い方を知ったほうがいいわ」

 

「これでも、紳士的に扱っているんですけど…?」

 

「有無を言わさずに女の子を悶えさせるのが紳士的なのね。へぇ~」

 

「すみません」

 

もう絵里先輩の顔を見れない。怖い、怖すぎる。

 

「……はぁ。遊弥くんが素でそうやっているのはよく知ってるから、いいわ」

 

絵里先輩は一つため息を吐いて、荷物をまとめる。

 

「今日はもう帰りましょう。私も妹を待たせてるから、長くは残らないで続きは帰ってからやろうと思っていたし」

 

「だったら意地悪なこといわないで最初から言ってくれたらよかったのに――」

 

「ん? 何か言ったかしら、ゆ・う・や・くん?」

 

「何でもございません、絵里お嬢様。さあ、帰りましょう。荷物お持ちいたします」

 

「ふふ、苦しゅうないわ」

 

絵里先輩はふざけた口調で俺に荷物を渡してくる。

俺も荷物をまとめて絵里先輩と一緒に生徒会室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹とは学院の校門で待ち合わせをしているという絵里先輩。

 

「亜里沙」

 

待ち合わせの場所の校門には亜里沙という絵里先輩の妹と思しき女の子と、もう一人、その子と話している女の子がいた。

 

「――海未?」

 

「え? 遊弥、と生徒会長……?」

 

「あ、お姉ちゃん。と、そちらは――」

 

絵里先輩の妹は俺を見や否や、目を見開いて、

 

「――お兄ちゃん!」

 

俺に抱きついてきた。

 

「お久しぶりですお兄ちゃん! また会えて嬉しいです!!」

 

「えっ? ちょっと!?」

 

ぎゅ~っ、と力を強める彼女に俺は戸惑いを隠せない。

 

「……遊弥、これはいったいどういうことですか……?」

 

隣にいる海未の威圧がビシバシと突き刺ささってくる。

 

「どうもなにも、俺だってよくわからん。絵里先輩の妹と会うのなんて――」

 

初めてだ、と言おうとしたとき、妹さんは不安げな瞳で俺を見上げた。

 

「お兄ちゃん、亜里沙のこと覚えていませんでしたか……?」

 

今にも泣き出しそうな顔。これを見て初めてなんて言えなかった。

 

「……いや、覚えてるよ。久しぶりだね、亜里沙ちゃん」

 

俺は咄嗟に嘘をついて、よしよし、と頭を撫でてあげると亜里沙ちゃんは嬉しそうにまた抱きつく力を込めてきた。

俺は撫でる手はそのままに、絵里先輩に視線で説明を求める。絵里先輩から返ってきたのはあとで説明するという目だ。

 

「……これは後で皆の前で説明してもらわなければなりませんね」

 

今にも人を殺せそうな冷気を纏った声色に俺は背筋を伸ばす。

これから迫り来る現実から目をそらすかのように俺は亜里沙ちゃんの頭を撫でる。

そのなかで俺はこれがどこか懐かしいような感覚に陥った。

亜里沙ちゃんと俺はこれが初対面のはず。だが、初対面でお兄ちゃんと呼んで、抱きついてまでくるのだ。亜里沙ちゃんの勘違いとは考えづらい。

――なら、どこで出会った?

 

「まさか――」

 

「ほら亜里沙、いつまでも抱きつかないの。遊弥君に迷惑でしょう?」

 

思考を打ち切るようなタイミングで絵里先輩は亜里沙ちゃんを引き剥がした。

だか、頭がチラチラと疼く。これはこの数ヵ月兆しがなかったあの前兆だ。

 

「遊弥、大丈夫ですか?」

 

「ああ…今はな……」

 

頭を押さえる俺の様子を悟った海未が俺を気遣う。そして、

 

「生徒会長、いくつか聞きたいことがあります。私たちのこと、それと遊弥のことについて――」

 

もしかしたら海未も色々と気づいているのかもしれない。

 

「……」

 

絵里先輩は一瞬の迷いを見せたあと、息を一つ吐いた。

 

「人のいない場所にいきましょうか」

 

 

 

 

 

「亜里沙、これで飲み物を買ってきてくれるかしら?」

 

「わかりました!」

 

絵里先輩は亜里沙ちゃんに紙幣を渡し飲み物を買って来るように指示する。わかりやすい人払いだが、今はありいがたい。

絵里先輩は亜里沙ちゃんが持っていた音楽プレイヤーを撫でる。

 

「……まさか、亜里沙からあなたに伝わるとは思ってなかったわ」

 

「前々から不思議には思っていたんです。遊弥は結構前から気づいていたみたいですけど」

 

「まあ、な…」

 

「遊弥、どうして言ってくれなかったのですか?」

 

「言うべきではないって思っただけだ。お互いのためにも」

 

どういうことですか、という海未に俺は絵里先輩に目を向ける。

 

「絵里先輩は別に評判を良くしようと動画をアップしたわけじゃないってことだ」

 

むしろ真逆で批判的な意見を募ろうとしていたはずだ。

 

「絵里先輩は周りの声を味方につけたかったんだよ。スクールアイドルの活動をやめさせる口実のために」

 

ただ絵里先輩の予想に反してファーストライブは周りには好評だった。

 

「もし絵里先輩がアップしたなんて知られたら穂乃果のことだ。お礼しに行こうなんていいかねない」

 

「たしかに、穂乃果なら言うでしょうね」

 

人の裏を読むことがあまり出来ずに、のほほんとした笑顔を浮かべる穂乃果の顔が浮かぶ。

 

「それに、どんな意図があっても結果的に俺たちのプラスになったからな。だから放っておいたんだよ」

 

「さすが遊弥くん…色々と見透かされていたわけね」

 

「ええ。だからどうせなら、最大限絵里先輩の嫌がる方向にもって行こうかと」

 

「性格悪いですね、遊弥」

 

「いいじゃないか。最初に絵里先輩が人を貶めるようなことしたんだから。仕返しぐらいしても、ね?」

 

口調は柔らかく出来ていたが、俺の目は笑っていなかった。

 

「……ええ、そうされても仕方ないわね」

 

納得しているように頷くも、口元は悔しそうに歪んでいた。

 

「どうして、そこまで…」

 

「遊弥くんの言う通り、あんな歌やダンスで人を魅せることは出来ないことを思い知らせるためよ」

 

「それはまた手厳しいことをいいますね、絵里先輩」

 

「当たり前よ。お遊びに学校の名を背負って欲しくないの。それなのに、人はどんどん増えて活動が続いているんですもの、いい迷惑よ」

 

「……」

 

こぶしを握り締めて沈痛な顔をする海未。それに対して俺は飄々としたように聞き続ける。

 

「どれだけ人気が出ようと、私から見たらスクールアイドルはみんな素人よ。A-RISEだって例外じゃない。だから私は――」

 

 

認めない

 

 

静かで、思い言葉が響く。

 

「あなたに、あなたなんかに――!」

 

「海未」

 

「っ、遊弥……」

 

怒り出しそうとした海未を手で制して、俺はふぅ、と息を吐いてひとこと、

 

「くだらないな」

 

「くだらない、ですって……」

 

底冷えた声が絵里先輩から出る。だが俺は真正面から受け止め、睨み返す。

 

「ああ、くだらない。こんなくだらないことばかり言う絵里先輩に廃校を何とかするなんて到底無理だな」

 

「なんですって……!」

 

「だってそうだろ? さっきから聞いていれば、自分の価値観を押し付けてばかり。理解しようとも、歩み寄ろうともしないんだ。自分の持っている確かな実力に固執して、人の努力にまるで目も向けようとしない。そんな人間が廃校を何とかするだなんて、それこそ片腹痛い」

 

「……っ」

 

「前に絵里先輩がすることはどこか薄っぺらいって言ったが、今の先輩は薄っぺらなんてものじゃない――なにもない」

 

いまの絵里先輩は自分の本心を隠し、蓋をして、他の不当性を突いて自分の正当性を証明しようとするだけの空虚な人間だ。

 

「そんなザマじゃ、理事長が認めないのもよく理解できる。絵里先輩が行動したって学院の評判は上がらないことをわかっているからだ」

 

俯き、歯を食いしばっている絵里先輩。身体は怒りに震え、握り締めている手からは爪が食い込んで少し血が出ているほどに。

 

「あなたに、何がわかるのよ! 私がどんな思いでやってると――」

 

それは以前にも言われた言葉。だが、俺は冷たく突き放す。

 

「さあ? 知らないし、なにより――たかが知れる思いなんて知る必要もない」

 

その言葉に絵里先輩の顔がはっきりと歪んだ。逆に俺は嘲笑ともいう笑みを浮かべる。

 

「せいぜいそのくだらないものを守っておけ。いまの絵里先輩にはそれがおに――」

 

その瞬間、右から衝撃が奔った。

 

「……」

 

ヒリヒリとする右頬。

 

「どうして、そんなことを言うのよ…」

 

小さく聞こえたその声にちらりと絵里先輩に視線を戻すと、彼女は今にもなきそうな顔をしていた。

 

「いつもあの子たちの味方をして、私がいつもどんな気持ちでいるかも知らないで――私のことを全部忘れて、なにも思い出さないで!」

 

「――!」

 

「生徒会長…あなたまさか……!?」

 

とっさに出たであろう言葉に、俺と海未は驚愕する。絵里先輩も洩れた本心に自分でも驚いていた。

 

「――っ!!」

 

そして絵里先輩は慌てて荷物を持ち、逃げるように走り去っていく。走った後には、ポツリポツリと、地面を濡らしていた。

残された俺と海未は呆然と立ち尽くしていた。

 

「あの――」

 

しかし、そんな俺たちに、声を欠ける存在が一人――絵里先輩の妹の亜里沙ちゃんだった。

 

「お兄ちゃん、大丈夫ですか?」

 

「亜里沙ちゃん、見てたのか…」

 

困ったように笑う俺に亜里沙ちゃんも申し訳なく頷いた。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃんが叩いて」

 

亜里沙ちゃんは叩かれた頬を優しく撫でてくれる。

 

「帰ったらお姉ちゃんに注意しておきます」

 

「いいんだ、それをされるだけのことを俺は言ったからね。絵里先輩は悪くないよ」

 

「ですけど…叩くのはよくないと思います」

 

納得のいかない亜里沙ちゃんの肩に手を置く。

 

「そうかもしれないけど、お願い。亜里沙ちゃんは絵里先輩のそばにいてあげてほしい。じゃないと、先輩は本当に一人になっちゃうから…」

 

「…わかりました」

 

俺の懇願に、亜里沙ちゃんはしぶしぶというように応えてくれた。

 

「それじゃあ私はお姉ちゃんを追いかけます。お兄ちゃん、海未さん。さようなら」

 

「ああ、またね」

 

「気をつけて帰ってください」

 

トコトコと絵里先輩の後を追う。しかし、亜里沙ちゃんは急に立ち止まり、あの! と離れたところで大きな声を出した。

 

「私、μ's大好きです! 頑張ってください!!」

 

屈託のない笑顔で言う亜里沙ちゃんに、俺も海未も笑顔で手を振る。

亜里沙ちゃんは一礼してから、今度こそ去っていった。

残った俺と海未の間に少しの静寂が流れる。

 

「――遊弥、大丈夫ですか?」

 

海未が心配そうに声をかけてくれるも俺は応えることができなかった。

 

「……っ、はっ……っ…」

 

頭が割れるように痛い。その場に立っていられないほどに。キーンと頭の中で響く音に俺は平衡を失い、倒れる。

 

「遊弥、しっかりしてください! 遊弥――!!」

 

俺はそのまま意識を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は家の自室で後悔の念に襲われていた。

持て余した自分の気持ちをぶつけて、遊弥くんの頬をたたいて、逃げていって。

あの場ではどうしても許せなかった。いままでのことを、私のやってきたこと全てを否定されて。

そしてなにより、遊弥くんに理解されなかったことが悲しかった。

 

「私はどうしても廃校を止めないといけないの」

 

音ノ木坂学院の生徒会長として、そして――音ノ木坂が母校であるお婆様のために。

そのために私は頑張ってきた。どうすれば生徒が集まるか、何か特別なことが出来ないかを考えて。それなのに――

 

 

――くだらない

 

 

その一言は私の胸に突き刺さった。

 

「なによ…なんなのよ……」

 

冷たく言い放たれたその言葉が頭にこびりついて離れない。

 

 

「お姉ちゃん、いる?」

 

 

そんな渦巻く思考を薄れさせるように、妹の亜里沙が扉をノックしてきた。

 

「…ええ、居るわ」

 

私は目を拭い、亜里沙を迎え入れる。

 

「どうしたの、亜里沙?」

 

「お姉ちゃんに聞きたいことがあるの」

 

「聞きたいこと?」

 

冷静に問いかける私に亜里沙は少し怒るように言った。

 

「どうして、お兄ちゃんの頬を叩いたの?」

 

「っ、それは――」

 

まさか見られていたとは思わなかった。私は言葉に詰まる。しかし、見つめてくる亜里沙の視線から逃げることはできなかった。

 

「……遊弥くんと喧嘩しちゃったのよ。それで私も熱くなってしまったの」

 

「ケンカ……お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと嫌いになったの?」

 

「そんなことないわ…ただ、遊弥くんには嫌われてしまったかもしれないわね」

 

そうなっても仕方ないと思っている。言葉での喧嘩に手を挙げてしまったのだから。

だけど亜里沙はそれを否定した。

 

「そんなことないよ。お兄ちゃんがお姉ちゃんを嫌ったなんて」

 

「どうしてそういえるの?」

 

「だってお兄ちゃん、俺はいいからお姉ちゃんのそばに居てあげてって言ってたの。居なくなったお姉ちゃんのことを心配してた」

 

「!」

 

「嫌いになった人を心配する人がいるのかな?」

 

亜里沙は諭すような笑顔を浮かべていた。

 

「今度お兄ちゃんと会ったら、ちゃんと仲直りすること。わかった?」

 

「……そうね。ちゃんと仲直りするわ」

 

よしよし、と頭を撫でてくる亜里沙に苦笑いしながらも、私は受け入れる。妹に年下の扱いをされているのだが、悪い気はしなかった。

学校に行ったら叩いたこと、きちんと謝ろう。

そう決意したものの、私はそれができないとは、このとき微塵も思っていなかった。

 

 

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?
ではまた次回に…


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深い眠り



どうも、燕尾です。
久しぶりの更新です。






 

 

――Umi Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊弥……」

 

静かな息を立てて遊弥は眠っていた。

遊弥が気を失った後、私はお父様に連絡をして来てもらった。武道やスクールアイドルの活動でトレーニングしているとはいえ、男の人を運ぶのは無理があったからだ。

普段から遊弥のことを毛嫌いしているお父様でも、事態だけにしっかりと対応してくれた。

 

「海未さん。遊弥さんの様子はどうですか?」

 

お母様も家に運んでからこうして何度か様子を見に来てくれている。

 

「さっきまでは苦しそうな息遣いだったのですが、今は落ち着いています。ですが――」

 

「目を覚ます様子はない――そうですね?」

 

私は頷く。

苦しそうにしても、穏やかになっても、遊弥が目覚める様子が一向になかった。

遊弥のこの様態に私は一つ心当たりがあった。

それは中学三年生の夏、受験真っ只中の私たちに遊弥のお父様――鞍馬巌さんが連絡してきたときのこと――

 

 

穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん。ワシたちのところに来て欲しい――

 

 

ことりの母親経由に突然のことに呼び出し戸惑うも、遊弥が大変なことになったと聞いた私たちは迷うことなく遊弥の元へ行った。

そして着いた私たちは病院に連れられ、嫌な予感をしながらも事情を聞いた。

 

 

――遊弥が記憶をなくしてしまった。

 

 

病室に入る前にそれを聞いた私たちは動揺を隠せなかった。

どうして、なぜ、という言葉を投げかけるも、鞍馬さんは答えることはなかった。

とにかく会ってほしい、と頭を下げる鞍馬さんに私たちは遊弥と対面することを決めた。

 

 

「――遊弥。調子のほうはどうじゃ?」

 

「あ、鞍馬さん。変わりありませんよ」

 

「記憶のほうはどうじゃ? 何か思い出しそうなことはあるかの?」

 

「……すみません、そちらの方はさっぱり」

 

「いや、気にするでない。仕方の無いことじゃ」

 

 

引き取られて数年一緒に過ごしたとは思えないほどの他人行儀な話し方。鞍馬さんが私たちを呼び出してまで嘘をつくとは微塵も思っていなかったが、このやり取りを聞いた私たちは、初めて遊弥が記憶を失ったことが本当だと認識した。

 

「今日はな、お主に(ゆかり)のある者を連れてきたんじゃ。少し会ってみんか?」

 

「縁のある人、ですか」

 

「少しでも切っ掛けがあればと思ってな。もちろん病院の許可は取ってある。後はお主が会ってみたいと思うかどうかじゃ」

 

「……そうですね。会ってみます」

 

そうして、鞍馬さんに私たちは呼ばれた。

病室のベッドに座る遊弥は頭や腕に包帯が巻かれ、動くだけでも一苦労するような、痛々しい姿だった。

 

「左から、園田海未ちゃん、高坂穂乃果ちゃん、南ことりちゃんじゃ」

 

私たちを紹介する鞍馬さんに続いて、私たちは自己紹介をする。

 

「海未です。お久しぶりです、遊弥。あなたには海未って呼ばれてました」

 

「穂乃果だよ。ゆうくん、ひさしぶり。遊くんには穂乃果って呼ばれてたよ」

 

「ことりです。久しぶりだね、ゆーくん。あなたにはことりって呼ばれてたよ」

 

「三人はお主の小学生の頃の友達じゃ」

 

「……こんな形ですみません。萩野遊弥です」

 

「どうじゃ、何か思い出せそうか?」

 

「穂乃果、海未、ことり…そうですね……なにか、懐かしくて……」

 

小さく私たちの名を呟いた遊弥は頭を抑え、息を荒げ始めたのだ。頭が痛い、と。

そして暴れそうになった遊弥は控えていた医師や看護婦たちに抑えられ、鎮静剤を打たれそうになる前にぱたりと気を失った。

思い出そうとした情報の量の多さに脳が耐えられなかったらしい。

それから数日間、毎日お見舞いに行ったが、遊弥が目を覚ますことは一度もなかった。

このまま遊弥が目覚めるまで待ち続けたいと思っていたが、いつまでも居られるわけではない。最初にあった日から遊弥と一言も話すことなく、私たちの帰る日は近づいていった

だが、帰る前日――

 

 

「よう、久しぶりだな――穂乃果、海未、ことり」

 

 

病室に見舞いに来た私たちは目を見張った。

医師と話していた遊弥が私たちを見るや、穏やかな笑みを浮かべて挨拶してきたのだ。

 

「ゆう、くん……?」

 

「どうした、穂乃果?」

 

「本当に遊弥、なのですか…?」

 

「じゃなかったら海未にはどう見えるんだ?」

 

「ゆーくん、記憶、もどったの…?」

 

「ああ。とはいってもまだ全部じゃないけどな。少なくとも小学生の頃までは思い出してる」

 

その言葉に、私たちの体が震えた。

 

「爺さんから聞いたよ。悪かったな、忙しい時期なのにこっちに来てくれて――」

 

 

「ゆうくん!!」

 

「遊弥!!」

 

「ゆーくん!!」

 

 

「――うおっ!?」

 

 

私たちは恥も外聞も捨てて、遊弥に抱きついた。

 

「よがっだ、本当によかっだよ゛ぉ~!」

 

「本当に…心配したんですから……!!」

 

「ゆーくん、よかったよぉ~!」

 

「わかった、心配かけたのはわかったから、離れてくれ! 怪我が痛い痛い痛い!!」

 

 

 

 

 

――あの時の遊弥も数日間、一度も目を覚ますことなく眠り続けていた。

 

「ということは、目を覚ましたとき、遊弥さんの記憶が戻っている可能性があるわけですね」

 

「はい。どの程度思い出すかはわかりませんがその可能性は高いと思います」

 

「ですが、素人判断は良くありません。明日海人さんと病院に連れて行きます」

 

「お願いします、お母様。私は穂乃果とことりに連絡して、ことりのお母様に鞍馬さんへの連絡を頼みます」

 

「ええ、そちらは海未さんに任せます。とりあえず、居間へ行きましょうか」

 

「いえ、もしかしたら遊弥が目覚めるかもしれないのでここに居ます」

 

断りを入れると、私の意図を読み取ったかのようにお母様は微笑んだ。

 

「わかりました――どうせでしたら今日は彼の隣で寝ますか?」

 

「お、お母様っ!」

 

からかうように言うお母様に私は顔を紅くする。

 

「なにぃ! 海未と小僧が同衾だと!? そ、そんなのは絶対許さん! 許さんぞぉ!! おのれ小僧、(たばか)ったな!!」

 

どこで聞いていたのか、バタバタとお父様が模擬刀を取ってやってくる。

 

「お、お父様!?」

 

「今すぐ小僧の首を取ってやる! そこに直れ小僧!!」

 

「落ち着いてくださいお父様! 謀るも何も遊弥は眠っているんですよ!?」

 

「止めてくれるな海未! 俺はこの小僧を――」

 

「海人さん? 遊弥さんになにをなさるつもりですか?」

 

お母様の一言に、お父様がピタリと止まる。

 

「な、那美……」

 

笑顔のお母様とは対象に、顔を真っ青にするお父様。

 

「――少しお話しましょうか」

 

そしてお母様に引きづられるようにお父様は襖の奥へ消えていった。

私はちらりと遊弥を見る。

こんなに騒いでいたのに、起きる気配がまるでない。

私は深く息を吐いて携帯を取り出し、穂乃果とことりに連絡を入れる。

 

 

 

 

 

海未

穂乃果、ことり。起きていますか?

 

 

幸いなことにすぐに二人の既読がついた。

 

 

ことり

どうしたの、海未ちゃん?

 

 

穂乃果

こんな時間まで起きているなんて、一体どうしたの?

 

 

海未

緊急事態です。遊弥が倒れました。

 

 

穂乃果・ことり

えっ!?

 

 

海未

いま私の家で眠っています。ですが一向に目覚める気配がありません。

 

 

穂乃果

それって――

 

 

ことり

あのときと同じ……?

 

 

海未

その可能性が高いです。明日お父様とお母様が遊弥を病院に連れて行きます。

ことり、お母様に頼んで鞍馬さんに連絡を入れてもらえますか?

 

 

ことり

うん、わかった。今すぐお母さんに連絡する!

 

 

穂乃果

ゆうくんのことお願いね、海未ちゃん

 

 

海未

はい、詳しいことはまた明日説明します

 

 

「はぁ…あなたは、いつも私たちに心配をかけますね」

 

話しかけても返事が返ってくることは当然ない。

こんなに近くにいるのに声が聞けないというのは寂しく感じる。

 

「あなたがいないと私たちは、μ'sとはいえないんですよ。だから――早く起きてくださいね」

 

私は眠り続ける遊弥の手を握るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん、少し飲みすぎじゃないの?」

 

鞍馬家――バイトから帰ってきた晩御飯を食べている咲夜は父親を窘める。しかし、この家の主は、そんなのどこ吹く風だった。

 

「いいじゃろ咲夜、遊弥の禁酒令でずっと飲めなかったんじゃ。解禁された今日ぐらい多めに飲ませておくれ」

 

そう言ってお猪口の中を煽るのは教育界の重鎮である鞍馬巌。だが、そんな重役も家では公務の教育者ではなく一人の父親である。

 

「外で買うこともできたのに、なんだかんだ言って律儀に守ってたよね」

 

「そりゃあ破ったら――咲夜、お主遊弥に言うじゃろ?」

 

「もちろん♪」

 

誰もが惚れそうな笑みで頷く咲夜に巌は本当に買わなくてよかったと心から思う。

 

「兄様。兄様……会いたいよぉ、兄様ぁ」

 

晩酌する二人の隣で溶けるように伏しているのは、鞍馬家の末っ子愛華だ。兄の遊弥がいなくなってから数ヶ月あまり、ずっとこの様子である。

 

「愛華も、いつまでその調子でいるのさ。もう随分と時間経っているのに」

 

「だって、兄様成分がまったく足りないだもん。足りないどころか枯渇寸前だよ!」

 

兄様成分ってなに、と咲夜はいいかけるも地雷臭がするのでスルーする。

 

「はあ…兄様。カムバックトゥミー!!」

 

「うるさいよ」

 

立ち上がって叫ぶ愛華に注意するもまったく聞いてない。

 

 

――prrrrrr、prrrrrr

 

 

ため息を吐く咲夜の耳に一つの電子音が聞こえる。発生源は、父親の携帯。

 

「お父さん、携帯鳴ってるよ。相手は――雛さんからだ」

 

巌は咲夜から携帯を受け取り、通話ボタンを押す。

 

「もしもし、雛か。どうしたんじゃこんな時間に」

 

『巌さん、大変です!』

 

開口一番、雛の慌てた声が耳に入る。

 

「少し落ち着きなさい。慌てていたら整理もつかんじゃろうて」

 

雛を宥めるも、彼女の慌てようからあまり良くないことが起きたのは間違いないだろう。

受け答えする巌の顔は先ほどまで酒に酔っていた老人のようなものではなく、引き締まった教育者そのものだった。

 

「それで、何があったんじゃ?」

 

雛も巌のおかげで少しの落ち着きを取り戻したのか、息を整えて、静かに告げた。

 

『遊弥くんが、倒れました』

 

「なんじゃと、遊弥が倒れた?」

 

「えっ……!?」

 

「兄様が、倒れた……?」

 

弟、また兄が倒れたという言葉に咲夜は驚愕して立ち上がり、愛華は呆然としている。

だが巌は冷静さを欠くことなく、事情を聞く。

 

「それで、遊弥の状況はどうなっているんじゃ?」

 

『はい、いま那美の家――園田家に運ばれて眠っています。ですが目を覚ます様子はない、と……』

 

「目を覚まさない、か……」

 

遊弥の様態を聞いた巌は一つ心当たりがあった。

 

「――もしかしたらあのときと同じかもしれん」

 

『あのとき……一昨年の夏ですか?』

 

どうやら雛も思い出したようだ。

 

「雛よ。ワシはいますぐには遊弥の元に行けん。遊弥のことお願いしてもよいか?」

 

『もちろんです。とりあえず明日、那美と海人さんが西木野総合病院に連れて行くそうです』

 

「あいわかった。面倒をかけるがよろしく頼む」

 

そうして巌は通話を切る。

 

「お父さん、遊くんが倒れたってどういうこと!?」

 

切った瞬間、咲夜が問い詰める。だが、巌は落ち着いていた。

 

「とりあえず今の時点では大事じゃないようじゃ」

 

そう結論付ける父親に、咲夜は異を唱える。

 

「倒れて目を覚まさないって、大事じゃないわけ――」

 

「落ち着きなさい、咲夜。遊弥が倒れた原因は記憶が蘇ってきたからじゃ」

 

「記憶……あっ…」

 

説明を聞いた咲夜は落ち着きを取り戻す。

 

「恐らく何か思い出すようなことがあったのじゃろう。それが何かはわからんがひとまず命に関わることはないということだと、ワシは思ってる」

 

「そう、だね…そっか。とりあえずはよかったよ」

 

安心する咲夜。だが、もう一人はそうはいかなかった。

 

「だから愛華も安心せい」

 

巌がそう語りかけるも、愛華は反応しない。

 

「愛華?」

 

咲夜が肩に手をかけたとき、彼女の異変に気づく。

 

「お兄ちゃん…お兄ちゃんが倒れた……いや、いやぁ……!」

 

頭を抱え、青ざめた顔でガタガタと震える愛華。

 

「愛華!」

 

「愛華、落ち着くんじゃ!」

 

「お兄ちゃん、わたしをひとりにしないで…お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」

 

頭を掻き毟る愛華の腕を拘束する。

 

「お兄ちゃん…お兄ちゃんどこ……どこにいるの…?」

 

虚ろな目で問いかける愛華。

 

「お兄ちゃん、ここにいないの。どうして? お兄ちゃんはどこに行ったの?」

 

「大丈夫よ、お兄ちゃんはすぐに帰ってくるわ。だからお姉ちゃんと一緒に待ちましょう?」

 

咲夜は安心させるように撫でる。

 

「いま会いたいの。お兄ちゃん、おにいちゃあん…っふぇ、ふぐ……」

 

「ほら、泣かないの。いい子にするようにお兄ちゃんに言われてたでしょう? ちゃんと待てない子の元にお兄ちゃんは帰ってこないわよ?」

 

咄嗟に出るでまかせ。しかし遊弥がいない以上、こう言うしかない。

本当なら遊弥の声を聞かせるのが一番確実なのだが、いまはそれも叶わない。これは一種の賭けだった。

 

「いい子にしたら、お兄ちゃん来てくれる?」

 

「もちろん。だから今日はもう寝ましょう? お姉ちゃんが一緒に寝てあげる」

 

「……うん」

 

どうやら賭けには勝ったようだ。静かに頷く愛華に咲夜も巌も安堵する。

 

「それじゃあお父さん。私たちは部屋に行くからね」

 

「ああ。咲夜、愛華。お休み」

 

「おやすみ、お父さん」

 

「……おやすみなさい」

 

咲夜と愛華は手をつなぎながら居間から部屋に行く。一人になった巌は残った酒を煽り、その熱さに息を吐く。

 

「兄妹揃って手の掛かるやつらじゃ…」

 

愚痴のようにこぼれた言葉だが、巌は決して面倒だとは感じてない。そうじゃなければあのとき引き取るなんて口にはしなかっただろう。

 

「さて、これから忙しくなるの…今日の酒はこれぐらいにしておくか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回更新に



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見つからない答え



どうも、燕尾です
48話目です





 

 

翌日になったらもしかしたら目を覚ますのではないか――そんな淡い期待は叶わぬまま私は学校にいく時間を迎えた。

眠ったままの遊弥を両親に任せ、学校へは来ていたが、心配で授業にはあまり集中できなかった。それは事情を知った穂乃果とことりも同じようで午前中はずっと上の空だった。

ただ時間だけが過ぎていき昼休みに入ったとき、私は学校の屋上にある人を呼び出した。いまはその人を待っている。

 

「――お待たせ」

 

「私もいま来たばかりですのでお気になさらず――希先輩」

 

現れた希先輩と決まり文句のようなやり取り。早く聞き出したい気持ちを抑え、私は努めて冷静を(よそお)う。

 

「うちに聞きたいことがあるって言ってたけど、海未ちゃんは何を聞きたいん?」

 

希先輩の顔はもう何を聞きたいのかわかっている、というようなものだった。

 

「生徒会長のことでいくつか」

 

そういう私に先輩はやっぱりな、と頷く。

だけど私が聞きたいのは生徒会長個人の事だけではない。

 

「ですが、本題にはいる前に希先輩に伝えることがあります。それを伝えた上で、聞きたいことがあるんです」

 

「?」

 

予想外のことだったのか希先輩の表情はなものに変わる。

脳裏に過る遊弥の寝顔を振り払い、私は口を開く。

 

「遊弥が倒れました。いま昏睡状態で私の両親に病院に連れられています」

 

「遊弥くんが!? どないして!」

 

「遊弥は一部の記憶を失っています。最初は古い付き合いの私たちの事も思い出せないほど重いものでした」

 

私の唐突な告白にどうしてそんなことに、とは聞いてこなかった。それが本質ではないとわかっているから。私はそのまま続きを話す。

 

「失った記憶の期間は小学生~中学三年当時まで。そのうち小学生の頃までは思い出しています」

 

「……それは自然に思い出したとちゃうよね?」

 

「ええ。事情を知った私たちが顔を会わせたときに思い出したんです。ただ、そのときに遊弥は昏睡状態に陥ったんです。お医者様から聞いた話では脳が情報の多さに耐えきれなかったようです」

 

処理できない情報量に意識を断ち、眠っている間に整理する。あの数日間はそういう意味を持っていた。

 

「目を覚ました遊弥は一部ではありましたが記憶を取り戻しました。私たちと関わっていた小学校までの記憶だけを、です」

 

別々の学校に通ってから、年に数回の交流しかなかった中学時代までは思い出せなかった。

 

「今の遊弥の状態はそのときと非常に似ています。ですから過剰な心配はしていませんが――」

 

言葉ではそういうがまったく心配していないというわけではない。あくまで過剰な、というだけだ。心配なものは心配である。

 

「――あるきっかけで倒れた遊弥が次に目を覚ましたとき、恐らく中学時代のことを思い出すと私たちは考えています」

 

深く考えるように目を閉じる希先輩。先輩はそろそろ私のいいたいことがわかってきているはず。

 

「昨日、私と遊弥は生徒会長と話をしました。会長が私たちのファーストライブの動画をアップしたことについて、それとあの人がわたしたちやスクールアイドルのことをどう思っているのかを」

 

「……」

 

「そのときに口論になってしまったのですが、生徒会長は責めたてる遊弥に対してこう口にしました――私のことを何も思い出さないくせに、と」

 

「…思わずいろいろな口が出ちゃったんやな、えりち」

 

「前口上が長くなりましたがここからが本題です。希先輩、生徒会長は一体何者なんですか? 遊弥とどういう関係かご存知ありませんか?」

 

「それは…」

 

「私たちスクールアイドルに否定的なこと、それと遊弥との関係について、理由があるはずです」

 

私の問いかけに希先輩は難しい顔をする。それはここで私に教えてもいいのかどうか吟味しているのだろう。

 

「お願いします、希先輩!」

 

「……知ったら後悔するかもしれへんで。それでも、知りたい?」

 

心配してくれたのか、それともただの忠告なのかは分からないけど、私は迷うことなく頷いた。

 

「わかった」

 

即決した私に希先輩も話をすることを決めてくれた。

 

「ただし、遊弥くんのことはえりちから全部きいたわけじゃあらへんからそこは理解しといてな?」

 

念を押す希先輩に私は頷き、先輩の話に耳を話を傾ける。

彼女から聞いた話は今後の私たちの状況に大きく影響を与えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――先輩方!」

 

放課後、テスト勉強のために集まっていた部室に真姫が駆け込んできた。

 

「真姫ちゃん、どうしたの?」

 

「すごい剣幕だけど、どうかした?」

 

「落ち着いてください、何があったのですか?」

 

嫌な予感をしつつも私たちは冷静に対応する。

 

「どうしたの、じゃないわよ! これは一体どういうことなの!?」

 

息を切らしながら剣幕に詰め寄って、携帯の画面を押し付けてくる。そこには、真姫の母親からのメッセージ。それを見た私たちは頭を抱えたくなった。

 

「えっと、今日病院に意識のない遊弥君が運ばれてきたんだけど、何があったかわからない――って、えぇ!?」

 

「遊弥先輩が病院に運ばれた!?」

 

「どういうことよ、穂乃果、ことり、海未!」

 

文面を読んだ花陽、凛、にこ先輩も驚愕して問い詰めてくる。

 

「それは、えっと…」

 

「みんな少し落ち着いて、ね?」

 

穂乃果とことりが抑えに掛かるも、みんなの追及は止まらない。

 

「落ち着けるわけないでしょ! おに――先輩が意識ない状態でうちの病院に運び込まれたのよ!?」

 

今聞き捨てならない台詞が真姫から零れそうになっていたが、今は追求する余裕はない。

 

「真姫、それにみんなも、落ち着いてください」

 

私の声色がどういうものか感じ取れたのか、一声でみんなの声が収まった。

 

「私が説明します」

 

「海未ちゃん……」

 

穂乃果は心配そうに見つめてくるも私は遊弥が置かれている状況を説明する。

記憶を失っていること、失った記憶が呼び覚まされそうなことを――

遊弥はこのことを知られたくないと思っていたみたいだが状況が状況なだけに、そうは言っていられない。後の(そし)りは甘んじて受けよう。

私は生徒会長との一件だけは伏せておいてそのほかのことを全部話した。

 

「そういうのって、物語だけのものだと思ってたにゃ…」

 

「遊弥先輩…大丈夫でしょうか」

 

「……」

 

一年生たちは不安そうな表情を見せる。

一番の年長者であるにこ先輩は何か考え事をしていた。

 

「海未――それに穂乃果とことりも、あんたたちは遊弥が目を覚ますのはいつだと思っているの?」

 

「経験則からすると、おおよそ一週間後ぐらいだと考えてます」

 

「だけど、もしかしたらそれより早く目覚めるかもしれないしもっと伸びるかもしれない、かな?」

 

「確実にこのぐらいとは言えないです。わたしたちも分からないことのほうが多いから…」

 

「それについては仕方ないわ、私たちは医者じゃないんだから。でも遊弥が眠り続けた場合――私たちのラブライブへの出場の条件はどうなるのかしら?」

 

「にこ先輩! いくらなんでもそれは酷いよ!!」

 

遊弥よりラブライブ。そう受け取ったのか、凛が立ち上がる。花陽と真姫も凛と同意見だったのか、少し怒ったような目でにこ先輩を睨む。

 

「にこ先輩は遊弥先輩のことが心配じゃないんですか…?」

 

「このタイミングでそういうこと言うのかしら、普通」

 

「誰もそんなこと言ってないじゃない。私だって遊弥のことは心配よ! だけど、だからといって私たちが立ち止まっているわけにはいかないでしょ!」

 

にこ先輩は語気を荒げる。

 

「私たちがいまここで停滞したら、今まで手伝ってくれた遊弥は、私たちに手を差し伸べてくれたあいつはどうなるのよ!」

 

にこ先輩の言う通りだ。遊弥に固執して赤点取ってラブライブを逃したとあれば、それこそ遊弥が報われない。

 

「こんなときだからこそ、私たちは私たちのやることをやるのよ。ちゃんと結果を出して、遊弥にぎゃふんといわせるのよ」

 

「最後の一言が本音じゃあ…」

 

穂乃果は微妙な顔をする。

だけどにこ先輩のそれは照れ隠しのようなものだろう。

 

「それで万が一、遊弥がテストを受けられないってなったときはどうなるのよ」

 

「それはきちんと考慮するって、お母さんが言ってくれました。さすがに病院で眠っているのにテストを受けられないから駄目、なんてことは言いません」

 

「そう。それならよかったわ」

 

先輩は安堵の息を漏らし、勉強道具を取り出してから携帯電話で誰かにコールする。

 

「もしもし希、勉強するからアイドル研究部に来なさい――って、なに驚いているのよ! バイトないんでしょっ、だったらさっさと来なさい!!」

 

言うこと言って電話を切るにこ先輩。

 

「にこ先輩…」

 

今まで勉強から逃げていたにこ先輩が自発的にやろうとしている姿に私は少し驚く。

 

「ほら、やることやるわよ! あんたたちも気合入れて勉強しなさい!」

 

先輩の鶴の一声に私たちも頷いて、一斉に教科書や遊弥が作ってくれた課題を取り出す。

今日は私を含めた全員が今まで以上に集中していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、私は看護婦の案内で彼の病室へと案内される。

個人病室に運ばれていた彼はまるで死人のような穏やかな寝顔をさらしていた。

 

「遊弥くん……」

 

髪を掻き分けて遊弥くんの顔を撫でる。聞いていた通り、意識を失っているだけで危篤というわけでもなく、体温もしっかりとあった。だが、彼は今日一日眠ったままだという。

 

「ねえ遊弥くん。今日はあなたとお話がしたかったのよ。それなのに――どうしてこうなっちゃうのかしらね……」

 

分かっている。私が引き金になったというのは。私が感情を赴くままにぶつけたせいで彼はこうなった。

いつ目覚めるかは誰にもわからない。明日目覚めるかもしれないし一ヵ月後かもしれない。お医者様が言うには、今眠っているのは記憶の整理のためだという。

 

「どうして、なの……昨日のこと、謝りたかったのに…どうしてよ……」

 

神様がいるとしたら本当に意地悪だ。何一つ事をいい方向へと持って行かせないようとしている。そう思えてならない。

 

「もう、わたし…私は……わからないの…昨日、あなたに言われてから……分からなくなってしまった……」

 

洩れる弱音。今まで表にも出さず、自分でも分からないような奥底に沈めていたそれが溢れ出ていく。

 

「私は、どうしたらいいのかしら……ねえ、教えてよ…遊弥くん……」

 

――コンコン。

 

眠っている遊弥くんにしか聞かせていない私の問いかけに反応したのは、乾いた音だった。

 

「――入るぞ、遊弥」

 

反応がないと分かっているのか、一言言ってすぐ入ってきたのは厳格な雰囲気を纏ったお爺さん。私はそのお爺さんは見覚えがあった。

 

「あ、あなたは…」

 

「む――絵里ちゃんか。久しいの」

 

「はい…お久しぶりです。鞍馬さん……」

 

顔を見て、思い出すように私の名前を言う鞍馬さんに私は姿勢を正して一礼する。

 

「そう硬くならんでもよい。いまは教育者じゃなくて一人の父親じゃ」

 

そういわれても無理がある。私だって鞍馬さんのことは良く知っているから。

 

「して、こやつの様態はどうじゃ?」

 

「記憶の整理をしているからいつ目覚めるかは分からなくて…でも、病気や怪我で意識を失っているわけではないから命の心配はいらないと」

 

「まあ、そうじゃろうとは思っていた。雛――音乃木坂の理事長から連絡をもらったからの」

 

ということは、遊弥くんの様態は知っていても、こうなった大元の原因は知らないのだろう。

私は震える手をぎゅっと握り締めて、鞍馬さんへと向き直る。

 

「鞍馬さん――すみませんでした!」

 

「ん、どうして絵里ちゃんが謝る?」

 

「その、遊弥くんがこうなってしまったのは私のだからです」

 

私は昨日の出来事を話す。売り言葉に買い言葉で喧嘩してしまったことや勢いあまって言うはずがなかった言葉まで出てしまったことすべてを。

 

「私が考えなしに刺激したから、遊弥くんは――」

 

「絵里ちゃん」

 

その先は言わせないというように、鞍馬さんが遮った。

 

「ワシはな、遊弥を音乃木坂に編入させたときからいつかこうなるときが来るとおもっていたんじゃ」

 

鞍馬さんの告白に私は驚く。

 

「雛から廃校の相談を受けて、共学の試験生の話を持ちかけられてから、音乃木坂に向かわせるのは遊弥と決めていた。それは連絡の取りやすさなど色々あるが、大きな理由は二つ。そのうちの一つは絵里ちゃん――お主がいたからじゃ」

 

「えっ…どういうこと、ですか……?」

 

「遊弥の残りの記憶を呼び覚ますのは絵里ちゃんだけじゃと、確信していたからじゃ」

 

「!」

 

「お主らの中学の頃の話はよく知っている。仲がよかったこともな。毎日さりげなくうちの食卓で話しに上がっていたからの」

 

にやついた笑みを向けてくる鞍馬さんに私は顔が熱くなる。そんなことがあったなんてまったく知らなかったから。

 

「だから絵里ちゃんが悪いことなど一つもありはせん。気にするだけ無駄というものじゃよ。それにしても、まったくこやつは……」

 

鞍馬さんは眠っている遊弥くんに厳しい目を向けていた。

 

「聡い部分とそうじゃない部分で差がありすぎじゃ! もう少し年頃の娘は繊細に扱わんかい!!」

 

「ちょっ…鞍馬さん!?」

 

ばしばしとどこからか取り出した扇子で遊弥くんの額を叩く鞍馬さんを止める。

 

「離すんじゃ、絵里ちゃん! 今しか仕返すチャンスがないんじゃから、止めるでない!!」

 

「目的が変わっていますよ!? ほら、一応遊弥くんも患者ですから、やめましょう!?」

 

荒ぶる鞍馬さんを何とか落ち着かせる。

これだけ騒いだというのに、遊弥くんが起きる気配がまったくない。

本当に大丈夫なのかと心配になる。すると、ワシワシと鞍馬さんは私の頭を撫でてきた。

 

「大丈夫じゃよ。こやつは」

 

荒っぽそうに思えたその手は優しくて、心地がよかった。

 

「さて、現状が分かったところで、ワシはホテルに戻るとしよう。絵里ちゃんはどうするんじゃ?」

 

「私もそろそろ帰ります。いつまでいても病院に迷惑が掛かりますから」

 

「それじゃあ、ワシの車に乗っていきなさい。近くまで送っていくでの」

 

私は最初断ったが、有無を言わさない鞍馬さんに結局押し切られるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ここ最近の流行の音楽が流れる車の中、私は借りてきた猫のように座っていた。

私の隣にはとても高齢とは思えないほど機嫌が良いように運転する鞍馬さん。自分の好きな曲がかかっているのか、ところどころ口ずさむほどだ。

 

「絵里ちゃん」

 

「は、はい!?」

 

「ここを右でいいのかの?」

 

「はい、そこを右に曲がって三つ先の信号を左です」

 

わかった、と鞍馬さんはウィンカーを上げてハンドルを切る。

しばらく直線なのか、私と鞍馬さんの間に流れる静かな間。その静寂を破ったのはまたしても鞍馬さんだった。

 

「絵里ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「なにか――悩み事でもあるのではないか?」

 

「っ!」

 

急な質問に私は驚いた。間違ってはいないけど、どうしてわかったのだろうか。私は普段どおりで悩みを抱えていると分かるようなあからさまな顔をしていなかったはず。

 

「ほっほっほ。どうして分かったのかって顔しとるの。ワシみたいに年を重ねると美人さんの小さな変化も見逃さないものじゃ」

 

「は、はぁ……」

 

遊弥くんがこういうちょっとしたところでふざけるのは、この人の影響なのかしら……?

私の反応が薄いのを感じて、鞍馬さんはちょっと肩を落としていた。

 

「まぁそれは冗談として……よければこの爺さんに話してみんか? 一人で悶々としているよりかはマシになるかもしれないしの」

 

もちろん強制はせん、と気遣いまでしてくれる鞍馬さん。

また訪れる静かな時間。それが何秒、何分続いたかは分からないが、私が口を開くまで鞍馬さんは待ってくれた。

そして私は全部を吐いた。整理できない感情やこの現状でどうしたらいいのか、自分には何ができるのかを、思いつく限り全部。

鞍馬さんは何も言わないで聞いてくれたいた。口を挟むことをせず、相槌もいれず、全部を受け止めてくれた。

 

「なるほどの…」

 

すべてを聞いた鞍馬さんは少し考え込んでいた。整然としていなかった私の話を整理しているかのようだった。

 

「絵里ちゃん。今のお主に対して遊弥は空虚だと言ったみたいだが――」

 

だがそれも一瞬のことで、鞍馬さんは口を開いた。

 

「――厳しいことを言えばそれはあながち間違っておらん」

 

「っ!! どういう、ことですか……?」

 

声が震える。まさかそんなこといわれるとは思っていなかった。

 

「そうじゃの…今の絵里ちゃんからは意思が感じられないんじゃよ」

 

「意思……」

 

「そう――あれがしたい、こういうことをしたいという自分の意思、気持ち。そういう意思がない人間はいつだって虚ろなものじゃ」

 

確信を得ているような言い方をする鞍馬さん。実際にそんな人と会ったことがあるのだろう。

 

「絵里ちゃん――君の望みは一体なんじゃ?」

 

「私の、望み……」

 

鞍馬さんの問いかけに私はすぐに答えられなかった。そしてそれを考えているうちに目的地へと到着していた。

 

「せっかくの絵里ちゃんとのドライブの時間が終わってしもうたの」

 

本気で残念そうにする鞍馬さん。そんな鞍馬さんに私も苦笑いしてしまう。

 

「……ありがとうございました、鞍馬さん」

 

「いやなに、ワシも楽しませてもらったよ」

 

笑顔で手を振る鞍馬さんは、そうそう最後に、と発進する前に私に向き直った。

 

「絵里ちゃん。大人というのには責任や問題が常に付きまとうものじゃ。じゃが――お主はまだ高校生。責任や小難しいことなぞワシや雛のような人間にほっぽって好きなことをやってくれるのがワシら教育者や親の願いじゃ。それだけは頭に入れておいてくれ」

 

「はい……」

 

じゃあの、と鞍馬さんは車を走らせて去っていく。

私は車が見えなくなるまで、去る姿を見送るのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に……


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ラブライブに向けて



どうも、燕尾です。
第四十九話目ですね。





 

 

 

 

 

――Honoka Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習せずに勉強だけをし続けて一週間。期末試験が始まり、すべての結果が返ってきた。

私はすべてのテストの結果を見て息を吐く。

そして結果を報告しにアイドル研究部へと赴いた。

部室にはすでに皆が来ていた。どうやら私が最後だったようだ。皆の視線が私に集中する。

 

「どうだった?」

 

真姫ちゃんが腕組をしながら問いかけてくる。

 

「今日で全教科が返ってきましたよね?」

 

「穂乃果ちゃん…!」

 

私は頷く。だけど、結果を知りたいのは私も同じだ。凛ちゃんとにこ先輩はどうだったんだろう?

 

「凛はセーフだったよ!」

 

「あんた、私たちの努力を水の泡にするんじゃないでしょうね!?」

 

どうやら、二人とも赤点は回避できたみたい。私はそのことに安堵するが当然皆は私の結果が気になって仕方がないようだ。

どうなの、と前のめりになっている皆に私は苦手科目の数学の解答用紙を取り出す。

 

「うん……もうちょっといい点だとよかったんだけど――」

 

赤点は30点以下からなんだけど結果は――53点。私は笑顔でピースした。

皆も私の結果を見て表情が晴れる。努力が実を結んだ瞬間だった。

 

「これで、ゆうくんもきっと喜んでくれるよね」

 

「ええ、そうですね」

 

いまだに目を覚まさないゆうくんは、入院という形で学校を欠席している。

私たちは真姫ちゃんのお父さんやゆうくんの見舞いに来ていた鞍馬さんと話しをして二人の言葉を信じてゆうくんのことを任せた。

ゆうくんのことが心配じゃないわけではないけれど、以前にこ先輩が言っていたとおり、私たちが立ち止まることをゆうくんは望まないだろう。だから、私たちは自分たちのやるべきことを全力でやろうと話し合って決めた。

 

「これでラブライブエントリーの条件は満たしたね! 早速練習しよう!!」

 

「穂乃果ちゃん! その前にお母さんに報告しに行かなくちゃ!」

 

そうだった、これから出場目指してエントリーすることを理事長に話しにいかないといけない。

練習の準備は一年生とにこ先輩に任せて、私とことりちゃん、海未ちゃんで理事長室まで急いだ。

 

「……あれ? どうしたんだろう?」

 

理事長室の扉をノックするも取り込み中なのか、反応がない。

私は少しためらいつつも気付かれないように静かに扉を開けて、中の様子を確認した。すると中から大きな声が聞こえた。

 

「そんな!? どういうことですか、ちゃんと説明してください!!」

 

剣幕な様子で理事長に迫っているのは生徒会長だった。

 

「ちゃんと説明するもなにも、いま言ったことがすべてです」

 

対する理事長は淡々といいながらもどこか申し訳なさそうにしていた。

 

「ごめんなさい。でも、これは決定事項なの」

 

嫌な予感がする。そして私のそういう予感は大抵外れたことがない。

理事長は決定的な一言を言った。

 

「音乃木坂学院は来年より生徒募集を止め――廃校とします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はまた、遊弥くんの病室へと来ていた。

鞍馬さんと話をしてから一週間――毎日欠かさず見舞いに来ているが遊弥くんが目を覚ますことはなく、ただ時間だけが過ぎていっている。

 

「いつになったら目を覚ましてくれるのよ…ばか……」

 

遊弥くんが悪いわけではないのに目の前の少年にかける言葉は八つ当たりにも等しいものだった。

 

「この前理事長から言われたわ。音乃木坂が廃校になるって」

 

こんなに早く決定するとは思っていなかった。

 

「あなたがわざわざ京都からきてくれたって言うのにね……でも、まだ望みはある」

 

そう、理事長の話によると廃校が本当に決まるのは二週間後のオープンキャンパスで見学してくれた中学生たちのアンケートが悪い場合だ。だから、まだ挽回のチャンスは残っている。

だけど――

 

 

 

――くだらないな

 

 

――そんなくだらないようなことを言う絵里先輩が廃校をどうにかするなんて到底無理だ

 

 

――理事長が認めないのもよく分かる絵里先輩がなにをしたって学院の評判が上がらないことは分かりきっているからだ

 

 

 

あの時の遊弥くんの言葉がちらつく。

 

「くだらなくなんてない…重要なことじゃない。私一人程度納得させられないような人たちが、人を魅了させるなんて出来ない」

 

 

 

――自分の実力に固執して、人の努力に目を向けない

 

 

 

「結果がすべてじゃない。いくら努力しても、頑張っても、結果がなければ意味がないじゃない」

 

 

 

――たかが知れている思いなんて知る必要もない

 

 

 

「私のこと全部忘れているのに、なにが分かるっていうのよ」

 

 

 

遊弥くんに言われた言葉が頭から離れない。いくら強がっても、否定しようとも、まるで耳元で囁かれているようにずっと脳内に響いてくる。

私は振り払うように頭を横に振る。違う、違うと呟きながら。

 

 

 

――絵里ちゃんの望みは一体なんじゃ?

 

 

 

すると今度は病院帰りに鞍馬さんに聞かれた問いが頭をよぎる。あの時の答えもいまだ出せないでいた。

 

「私は――」

 

いや、本当は気付いている。だけど、それを口にすることは絶対に許されない。許してはいけない。一度口にしてしまえば、今までの決意や自分を信じてしてきたことがいとも容易く崩れ去ってしまう。

 

 

 

――絵里ちゃんはまだ高校生じゃ。責任や小難しい問題なぞ放って好きなことをしてくれるのがワシらの願いじゃよ

 

 

 

「――っ、だめっ……!」

 

一度優しい言葉を自分の中で受け入れてしまえば、もうそこからはズルズルと甘えてしまう。

確かに私はまだ高校生だ。しかし私は一生徒じゃない、学院の全生徒を代表する生徒会長。だからこそ律さなければいけない。甘えるわけにはいかない。

 

「帰ったらまたいろいろと考えないと……」

 

私はぐちゃぐちゃになった思考を押入れに無理やりしまうように切り替える。

理事長に廃校するという話を聞いてから生徒会での活動を強引に認めさせた。

私たちのオープンキャンパス方針は生徒会で学院の伝統や魅力を洗い出して、それをPRすることになったのだが、状況は芳しくなかった。

役員の子たちはどこか納得していなくて、読み聞かせた妹の亜里沙やその友達たちも、どこか退屈そうにしていた。

 

「もう時間はない…頑張らなくちゃ……」

 

私は最後に彼の頭を撫でる。まるで誓いを立てるように。

 

「それじゃあ遊弥くん。また――」

 

荷物をまとめて立ち上がり、別れの挨拶をして病室から出る。

看護婦さんたちに挨拶して病院から外へと出ると私を待ち構えた人たちがいた。

 

「――やっぱりここにいたんですね、生徒会長」

 

「……あなたたち」

 

立ち塞がるようにいるのはスクールアイドルをしている二年生の高坂さん、園田さん、そして南さんだ。

 

「一体なんの用かしら」

 

「生徒会長、あなたにお願いがあって探していました」

 

「お願い?」

 

聞き返す私に高坂さんは頷き、一歩前に出る。

そして高坂さんは私が思いもしていなかったことを口にした。

 

「私たちに――ダンスを教えてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会長にダンスを頼みに行く前――

 

オープンキャンパスのアンケート次第で廃校が決定するといわれてから、私たちはよりいっそう練習に集中するようになった。

いままでがふざけていたとか、緩くやっていたとか、そういうことじゃないけれど、時間も後の機会もないと分かれば自然と皆の力の入り具合も良い意味で変わっていた。

だけど――

 

「――駄目です。まだタイミングがずれたり、立ち位置が甘いです。これでは、全然……」

 

通し練習を何度も何度もやっても満足がいかない海未ちゃん。そして私はそう言う海未ちゃんの様子がおかしいことに気がつく。

確かにタイミングのズレの直しや細かい調整が必要だというのは大切だけど、海未ちゃんのそれは誰から見ても過剰に反応しているように思った。

その様子に我慢の限界がきたのか、声を上げたのは真姫ちゃんだった。

 

「一体、何が気に入らないのよ。はっきり言って!」

 

「……感動できないんです、今のままでは」

 

真姫ちゃんに対して海未ちゃんは少し影を落としながらもそう言った。

 

「海未ちゃん…」

 

それから私とことりちゃんは、少し早かったが練習を切り上げて、海未ちゃんに事情を尋ねることにした。

海未ちゃんは戸惑いながらもポツリポツリと話してくれた。

生徒会長がバレエ経験者で、かなりの実力者だったこと。希先輩からその動画を見せてもらったとき、自分たちがいかに甘かったかを実感したことを。

 

「生徒会長さんが……」

 

「そうだったんだ…」

 

私やことりちゃんは動画を見たわけじゃないけれど、海未ちゃんが言うならそうなのだろうと思った。

 

「生徒会長の姿を見たとき、私も思ってしまったんです。確かにお遊びだといわれても仕方ない、と」

 

「感動…感動かぁ……」

 

多くの人に見てもらいたい、という気持ちはある。そして見てくれたその人たちを楽しませれられたら良いなと思って日々の練習もしている。だけど見ていない、道行く人一人欠かさず全員が私たちのことを認めてもらおうとか、そんなことは思っていなかった。それはその人の好みや興味の問題もあるからだ。

 

「人を魅せられるようなダンスや歌……」

 

でも、スクールアイドルに興味がなかった人を惹き付けさせることが出来るようになれば、もっと楽しくなるだろうし、それはとってもいいことだ。

海未ちゃんが言っているのはそういうことなんだろう。

 

「海未ちゃんはどうしたらいいと思う?」

 

「私は、生徒会長に教わるのが一番良いと思います」

 

「ええっ!? 生徒会長に!?」

 

ことりちゃんは驚いていたけど、海未ちゃんの話を聞いて私もそう思った。

 

「だよねぇ。私もそう思うけど、ことりちゃんは?」

 

「わたしは…確かに、生徒会長さんに教わればもっと上手くなれると思うけど、でも……」

 

ことりちゃんの不安も分かる。今までの私たちへの生徒会長の態度や言動は決して良いものじゃなかったから。だけど、上手くなれるならそれはいいことだし。

 

「んー、とりあえず皆にも聞いてみよっか?」

 

私は通話アプリを起動して、皆に事情を話して意見を取る。

 

「「「「ええっ! 生徒会長にっ!?」」」」

 

最初の反応はことりちゃんと一緒だった。

 

「ええ。生徒会長のバレエを見て思ったんです。私たちはまだまだと」

 

「様子がおかしいと思っていたけど、あんたそんなこと考えていたのね」

 

納得するにこ先輩だけど、その口調はどこか厳しかった。

 

「でも生徒会長、私たちのこと……」

 

「嫌ってるよね、絶対!」

 

「つーか、嫉妬しているのよ嫉妬」

 

花陽ちゃん、凛ちゃん、にこ先輩が言うことは分からなくはない。生徒会長の言葉の節々にはそういう感情があったということも。

 

「私もそう思っていました。ですが、私たちを素人だといえるほどの実力があったことは確かです」

 

「そんなにすごいんだ…」

 

ことりちゃんが呟く。

どうしようか、という空気をばっさり切ったのは今まで黙っていた真姫ちゃんだった。

 

「私は反対、潰されかねないわ」

 

「そうね。三年生はにこがいれば十分だし」

 

「私も、ちょっと怖い…です……」

 

「凛も楽しいのがいいなぁ」

 

「そうですよね……」

 

真姫ちゃんに同調して不安や意見を言う他の人に、海未ちゃんは迷ったように頷く。

――こういうとき、ゆうくんが居たらなんて言ってくれるだろうか。

私は考える。彼だったら、なんて言うだろうか。迷っている私に、あの人はどんな言葉をかけてくれるだろうか、と。

想像する。いつも支えてくれているゆうくんの、言葉――

 

 

――穂乃果はどうしたい?

 

――ああそっか。そうだよね、ゆうくん。こういうときはゆうくんは何も言わないよね。

 

いつも私の望みを聞いてくれて、そしてその願いに沿うように頑張ってくれる。

私は改めて幼馴染の偉大さに気付きながら、口に出す。私がしたいことを。

 

「――私はいいと思うけどなぁ?」

 

『ええっ!?』

 

「なに言ってんのよあんた!?」

 

「だって、ダンスが上手い人が近くにいて、もっと上手くなりたいから教わりたいって話でしょ? だったら私はそうしたいな!」

 

「穂乃果ちゃん…」

 

「頼むだけ頼んでみようよ、それで駄目だったらまた考えれば良いし!」

 

「……どうなっても知らないわよ?」

 

こうして、私たちは生徒会長――絵里先輩に頼むことを決めた。

 

「穂乃果、ことり」

 

電話を切ったところで、海未ちゃんがもう一つ話があるといった。

 

「どうしたの、海未ちゃん?」

 

「話って、皆には言えないこと?」

 

「その判断も兼ねての話です。遊弥と生徒会長のことについてです――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことね……まあ私と遊弥くんのことはいつかは気付かれると思っていたし、園田さんはあのときに知られてしまったもの。そう遠くないうちにこうなることは予想していたわ」

 

ただダンスを教えて欲しいと言われたのは予想していなかったけど、と会長は付け加える。

 

「生徒会長が私たちやA-RISE、スクールアイドル全般を素人だというのはよく分かります。それはあなたの踊る姿を見て私もそう思いました」

 

悔しそうだが、前を向いている海未ちゃん。

 

「だからこそわたしたちは生徒会長さんに教わりたいって、思います」

 

覚悟を決めてしっかりと心を持ったことりちゃん。

 

「私たち、もっと上手くなりたいんです。生徒会長がいうような人を惹きつけられるような、そんなダンスを踊りたいんです! ですから――お願いします! 私たちに、ダンスを教えてください!!」

 

お願いします、と私たち三人は頭を下げる。

 

「……」

 

無言の時間は一分ぐらいだっただろうか。

だけどその少しの静寂が一時間以上の長い時間に感じる。そして、

 

「――わかったわ」

 

「っ、本当ですか!」

 

私たちは揃って生徒会長を見上げる。

 

「あなたたちの活動は理解できないけれど、人気があるのは事実みたいだし」

 

厳しい表情だが、そういった生徒会長に私たちはほんの少しは認められたんじゃないだろうかと内心喜ぶ。

 

「ただし、やるからには私が認める水準までやってもらうわよ、いいわね!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

私たちは顔を見合わせて、同時に頷く。

 

「これで良かったのかしら、遊弥くん……」

 

このとき生徒会長がゆうくんの病室を見上げて呟いたことに、私たちは気付かなかった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に。




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俺は前に進む



どうも、燕尾です。
50話まできました! 





 

 

「――くん――遊弥くん!」

 

「うわっ!?」

 

大きな声で呼ばれた俺は意識が覚醒する。

 

「遊弥くんったら、まだ生徒会のやることが残っているのに寝ちゃうなんて。疲れてるのかしら?」

 

少し呆れつつも優しい笑顔を浮かべいるのは一人の女子生徒。その子を見た俺は戸惑いを隠せなかった。

 

「絵里、先輩ですか…?」

 

「何を言っているの遊弥くん。そうに決まってるでしょう?」

 

「いや、そういわれても……俺の知ってる絵里先輩と少し違う――」

 

目の前にいる先輩は少し幼く見えた。それに着ている制服も音乃木坂学院のものとは違っている。

 

「絵里先輩――」

 

すると、絵里先輩は人差し指で俺の口を押さえる。

 

「もう、先輩じゃないでしょ。というか、どうしていまさら先輩呼びに戻すのかしら?」

 

しかも敬語だし、と絵里先輩が頬を膨らませる。

 

「え、だって――」

 

言い訳しようとしたところで俺は言葉を切る。

 

「いやごめん――絵里、なんか変な夢見てた」

 

「夢?」

 

「ああ――絵里と一緒の高校に通う夢」

 

「なにそれ、私の進学先は音乃木坂学院――女子校よ? そんなことあるわけないじゃない」

 

絵里は笑って否定する。

絵里は推薦で音乃木坂学院の進学が決まっている。彼女の言う通り音乃木坂学院は女子校だ。万が一、億が一でも俺が絵里と一緒に高校生活を送ることなんてありえない。なのに、

 

「だよねえ。でも妙にリアルだったというか、現実味を帯びてたというか……」

 

「遊弥くんの願望だったりして。女装趣味でもあるの?」

 

「そんなのあるわけないだろ!? ――でも、絵里と一緒の学校に通うのは楽しそうかも」

 

「――っ、もうっ! いきなりそんなこと言わないでよ!!」

 

「いや、だってこうして一緒にいるのが当たり前になってるから、いまさら別々の高校に通うなんてあまり考えられないんだよなぁ」

 

絵里と知り合ったのは中学入学した直後。それからというもの俺のそばには大体絵里がいた。

 

「そうね。私もお婆様の母校が音乃木坂学院じゃなかったら女子校じゃなかったでしょうし」

 

絵里は自分の祖母を尊敬していて、彼女と同じ道を辿ろうとしていた。そして絵里の祖母が通っていた高校が女子校の音乃木坂学院だった。

 

「遊弥くんと一緒の高校だったらどうなっていたのかしらね?」

 

「あまり変わってないと思うな。入学直後に絵里が強引に俺を生徒会に引き入れて、こうして喋りながら仕事して」

 

きっと今と代わり映えのない高校生活のはずだろう。穂乃果やことり、海未たちとスクールアイドル活動することなく、花陽に凛、真姫やにこ先輩と出会うこともなく――

 

「――っ!?」

 

今のはなんだ? まだ俺は寝ぼけているのだろうか?

 

「どうしたの遊弥くん?」

 

「いや、変な光景が浮かんだというか。幻覚が見えたというか……なにかがおかしいんだ」

 

「疲れているだけじゃないかしら?」

 

そうかもしれない。ここ最近は穂乃果や凛、にこ先輩だけじゃなくほかの人たちの勉強を見ていたのもあったから。

 

「――っ、また……」

 

「何も考えなくていいのよ遊弥くん。疲れたなら、私が癒してあげるから」

 

頭を抑えて目を瞑る俺を絵里は抱き寄せる。

よしよしと頭を撫で髪を()く絵里に俺は違和感を感じた。

 

「絵里……?」

 

「何かしら?」

 

穏やかな笑みで聞き返してくる絵里。だが、その微笑みに対して俺の背筋に悪寒が奔る。

 

「絵里、なんだよな?」

 

「なんでまたそんなこというのよ。私、おかしいところでもある?」

 

何かが違う。それがなんなのかが皆目見当もつけられないが、それだけは感じられた。

 

「悪い絵里、どうやら疲れてるみたいだ。だから帰って休むことに――」

 

「――だめよ」

 

絵里から離れて生徒会室から出ようとした俺の手を絵里が掴む。その力は俺の知っている絵里の強さではなかった。

 

「ここから出るのは許さないわ、遊弥くん。貴方はここで私と過ごしていればいいの。これから、ずっと――」

 

「どういうことだ?」

 

「何も考えないで、ただここにいればいいのよ。ほら、私がずっと傍にいてあげるから、ね?」

 

誰もが見惚れる笑顔を向けてくる絵里。だが、それに対して俺の警戒心は上がるばかりだ。

 

「むぐっ!?」

 

そんな様子を察したのか絵里は引き寄せて俺をもう一度胸に抱きしめてくる。

絵里の身体の柔らかい感触や彼女から漂う甘い匂い。そんな香りに俺の思考がだんだんと鈍くなっていく。

 

「なんだ、これ…力が、抜ける……」

 

「このまま私に身を委ねて、一緒にいましょう。そうすれば辛いことも全部忘れられるから――」

 

「――辛いことも、全部……?」

 

「ええ、そうよ。遊弥くんが背負った全部から、貴方は解放されるの」

 

甘い言葉に俺は目を閉じて、そしてそのまま絵里の背中に手を回した。

俺の頭を優しく撫でる絵里。それがとても心地よくて、気持ちよくて、身を委ねてしまう。そのときだった。

 

 

――遊弥くん

 

 

「っ!!」

 

頭の中に響く別の声に意識が覚醒し始める。

 

 

――遊弥くん

 

 

「この声……」

 

どこかからか呼ばれる声。その声に俺は聞き覚えがあった。

 

責任感が強くて、一生懸命で、だけど不器用で、素直になれない女の子の声。

必死で学院を救おうと頑張っていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)頑張り屋の女の子だ(・・・・・・・・・)

 

「そっか。そういうことか」

 

俺は抱きしめる絵里の肩を掴んで引き離した。そこで初めて絵里の顔をが歪んだ。

 

「遊弥くんっ……」

 

「絵里。俺は行くよ」

 

「駄目っ!」

 

引き留めようと俺の腕を掴む絵里。だが、さっきまでの力の強さは無かった。俺は簡単に絵里の手を引き剥がす。

 

「!?」

 

「もう無駄だ。俺はもう惑わされない」

 

「どうしてっ、ここにいれば良いじゃない!! ここにいればずっと幸せでいられるのよ!?」

 

「そういうわけにはいかない」

 

確かにここは辛いことも忘れられるだろう。絵里もいるし、何も辛いことはない。だが、

 

「辛いことから、背負ったものから、目を背けるわけには行かない」

 

俺はまっすぐと目の前にいる絵里を見る。

 

「待ってくれている人がいるし、謝らないといけない人もいる」

 

また心配をかけてしまっているのだろう。どう謝ったものだろうか、今から考えても大変だ。

 

「だから、俺は行かないといけないんだ」

 

「……向こうにいけば辛いだけよ」

 

「辛いのは慣れてる」

 

「また、傷つくかもしれないのよ?」

 

「もう今さらだ」

 

俺は絵里を背にして扉に手をかける。

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

 

扉を開けて光の向こう側に行こうとする俺に一人残った絵里はただ、

 

「――いってらっしゃい。気をつけてね」

 

その一言だけ、残したのだった。

 

 

 

 

 

「――ん、う…ん……ここは……」

 

気がついた俺は、寝かされていた。

見慣れない天井。周りは白い壁に囲まれて、窓から見える景色は自分の家の窓からよりも高い位置でまったく別の風景だった。

 

「――っ」

 

起き上がろうとしたが身体の自由があまり利かない。それでも、何とかベッドから動こうとしたとき、ドアが開けられる音がした。

 

「遊弥、失礼します」

 

「ゆうくん、目を覚ましているかな」

 

「お医者さんはそろそろだって言っていたけど…」

 

聞こえてくるのは馴染みのある声。そしてカーテンが開けられ、俺と彼女たちは顔を合わせた。

 

「「「あっ……」」」

 

「……よっ。おはよう、で良いのか? この場合」

 

「「「……」」」

 

しばらくの間固まっていた三人だったが、自体を把握するや否や――

 

 

「ゆうくん!!」

 

「ゆーくん!!」

 

「遊弥!!」

 

 

あの日と同じように、飛びついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、私達の苦労も知らず、とんだ寝ぼすけね。あんたは」

 

「少しは休みなさいって言ったことあるけど、今度は休みすぎね」

 

「本当に心配したのにゃ! 反省するにゃ!!」

 

穂乃果たちを宥めて、記憶が戻ったことを伝えて、受けた検査が終わった俺は穂乃果たちから連絡を受けてやってきたにこ先輩、真姫、凛から叱責を受けていた。

 

「でも、本当に大丈夫そうでよかったです」

 

「ありがとう、花陽。君は天使だ」

 

唯一気遣いの言葉を投げかけてくれる花陽に俺はそんなことを口に出す。

 

「そ、そそそそんな天使だなんて!? 大げさすぎですよぅ!」

 

そんなことは無いよ。大天使ハナヨエルだよ。

顔を真っ赤にして指をつんつんする花陽。その姿がすごい可愛かった。

 

「まるでにこたちが悪魔みたいな言い方ね。反省していないのかしら?」

 

「ちょうど動けないみたいだし、心配かけたお仕置きでもしたほうがいいみたいね?」

 

「ふしゃ~!!」

 

ごめんなさい。調子に乗りました。

 

「心配かけたのは悪かったよ。だけどこればかりはどうしようもない、仕方の無いことだと思ってくれると助かる」

 

このまま記憶を失い続けることも出来ないし、どこかで引き金を引かれてぶっ倒れていたのは確実だ。それが今回だっただけの話しだ。

四人は理解は出来るも納得は出来ないような表情をしていた。

 

「まあ、俺のことは脇に置いといて。いま皆がどんな状況なのか聞きたいんだが」

 

ある程度は穂乃果たちから聞いている。次のオープンキャンパスで学院の進退が決まるとか。

そう問いかけると、四人は少し気まずそうな顔をした。それを見た俺はある可能性に気付いて顔を青ざめる。

 

「えっと、もしかして、俺がテスト受けていないせいでラブライブのエントリーが無しになったとか?」

 

「それは無いわ。そこは理事長も考えてくれたし、あんたがどこから音乃木坂学院に編入してきたか知っているからこそ誰も反対できなかったわ」

 

「それでも追試を受けないといけないし、そこで赤点を取ったらエントリーは即刻取り消しにされれるけど、あなたなら大丈夫でしょう?」

 

「それじゃあ、誰か赤点取ったのか?」

 

「凛たちは全員赤点回避したからそれも大丈夫にゃ」

 

ならどうして、そんなためらった空気になっているのだろうか?

いや、みんなの顔を見ると言っても良いのか、みたいなような感じだ。

だが、そんな空気を破ったのは花陽だった。

 

「えっと…私たちいま、生徒会長さんにダンスを教わっているんです」

 

「絵里に?」

 

「……絵里?」

 

皆から目を向けられる。

しまった、思わず呼び捨てで言ってしまった。

 

「前まで先輩呼びだったのに…あんたたちそんな関係だったの?」

 

睨むにこ先輩に俺は首を横に振った。

 

「にこ先輩が言うような関係じゃないです――俺と絵里は中学からの友達で、彼女の要望で呼び捨てにしてたんです」

 

俺も最初こそは渋ったのだが、"友達はファーストネームで呼ぶものよ!"と、絵里が頑なに言うものだから呼び捨てになったのだ。

 

「……あの生徒会長、絶対そんな意味でいったわけじゃないでしょ」

 

「私もそう思うわ」

 

「遊先輩は鈍感だからなぁ~」

 

「なんだか、生徒会長さんが少し不憫に思います」

 

小さい声でひそひそと話す四人に俺は首を傾げる。

そんなことより話を戻そう。絵里に教わっている件についてだ。

 

「どうしてそんな話になったんだ?」

 

「生徒会長さん、昔にバレエをしていたらしくて。それでその動画を見た海未先輩が提案したんです」

 

ああ、そういえばそうだ。絵里は幼い頃バレエをしていたな。なるほど、今までの話はそう言うことか。

どんどん点の情報が線になっていく。

 

「私たちは反対したんだけどね、嫌な予感しかしなかったし」

 

「でも穂乃果先輩が上手くなりたいから上手い人に教わるのは別に普通じゃないかって、頼むだけ頼んだら――って今に至ってるんだー」

 

「でもにこ先輩の嫌な予感は当たってるわよ。あの人、教える気があるのかないのか、私たちに柔軟しかやらせないもの。180度開脚してお腹をベッタリくっつけないと次に進まない気だったわ」

 

「ちなみに聞くけど、オープンキャンパスはいつ?」

 

「再来週の日曜日、あと一週間半ぐらいね」

 

「絵里の指導が始まったのは?」

 

「三日前からにゃ」

 

真姫の言う通りに絵里が考えているなら流石に無理があるだろ。

本当に柔軟しかさせないつもりなんだな、絵里の奴。

 

「まったく、絵里は相変わらず素直じゃない」

 

「どういうことよ?」

 

「前のにこ先輩と同じですよ。いまの絵里は」

 

そういわれてにこ先輩は苦い顔をして、一年生たちは妙に納得した顔をしていた。

嫉妬や羨望から来る拒絶。自分の気持ちを抑えて、我慢して、やり場の無い気持ちを皆に当てる絵里。

 

「絵里はなまじ実力があるからにこ先輩より面倒くさいんだよ」

 

「でも、遊弥先輩の言う通りなら私たちはどうしたらいいんでしょうか?」

 

「何もしなくて良いよ」

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

驚きの声を上げる四人。

 

「何もしないというより、絵里の指導を素直にやり続ければ良いよ」

 

「でもそれじゃあ間に合わなくなるわよ!?」

 

真姫の心配ももっともだが、その心配は要らない。

 

「大丈夫。どうせ明日あたりに絵里のほうから耐え切れなくなるさ。そのあとは――穂乃果がどうにかするだろう」

 

人の心に入り込む才能が誰よりもある穂乃果。彼女に任せれば何とかなる。

 

「…なんだか、生徒会長や穂乃果先輩のことよく分かってますね」

 

「まあ、穂乃果は幼馴染だったからもちろん、絵里とは中学からの付き合いだったから」

 

とはいってもさっきまで絵里のことを忘れていたからなんともいえないのだが、変わってないからそれなりに分かる。

 

「「「「……」」」」

 

「ど、どうした。なんで皆して睨んでくる?」

 

「別に、なんでもないわよ」

 

「なんかずるいにゃ」

 

「ふんっ……」

 

「……羨ましいです」

 

口それぞれに言ってくる四人に俺は首を傾げるばかりだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
まだまだ頑張ります!






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自分のしたいこと



どうも、燕尾です。
地震、停電…大変でしたね





 

 

 

 

 

――Eri Side――

 

 

 

 

 

 

 

私はいま静かな廊下を静かに歩いている。

高坂さんたちに頼まれた次の日から私はμ'sの練習を見たのだが、彼女らの問題点はすぐに分かった。

それはダンスをやる上で重要である柔軟性だ。遊弥くんが考えたメニューのおかげで踊れる体力や芯はある程度出来ていたのだが、柔軟性は及第点には程遠かった。

恐らく、遊弥くんは体のことを考えて長いスパンで柔軟性を伸ばすつもりだったのだろう。しかし、教えて欲しいと頼まれて引き受けた以上、私は妥協させなかった。

 

「全員が開脚した後、お腹が地面につくように――」

 

私が許せるレベルまで全員が柔軟性を身につけることが出来ればダンスの練習に入る。そう彼女らに伝えた。

だが、それは絶対出来ないことだった。たった数日で達成させるには股関節の筋を切るぐらいのことをしなければいけないほどだ。私はそれをわかっていながら彼女たちに指示をした。オープンキャンパスまで柔軟をさせて、失敗させるつもりだった。

そしていずれ我慢の限界がきて私に文句を言いってくるのなら、そこで私は切り上げてやはりスクールアイドルはお遊びだとつきつけるつもりだった。しかし――

 

「ありがとうございます! また明日もよろしくお願いします!!」

 

「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」

 

一日経ち、二日経ち――三日経っても彼女たちは文句も言わず、音も上げず、ただ私が言ったとおり愚直に柔軟を続けていた。

四日目に入ったとき、尚も柔軟をする彼女たちに私は問いかけた。

 

「毎日同じことの繰り返しで、辛くないの? どうしてそこまで出来るの?」

 

私の質問にみんな戸惑っていたけれど、気持ちは一つだった。

 

「やりたいからです!」

 

皆の気持ちを代弁するように高坂さんが声を上げる。

 

「たしかに毎日辛いです。身体もあちこち痛いです。だけど、廃校の問題もどうにかしたいから、スクールアイドルもやりたいからやるんです! 私たちがそうしたいから、やりたいからやるんです! その気持ちは生徒会長にだって負けません!!」

 

その言葉を聞いて私は思い出す。鞍馬さんがいっていたことを。

 

 

――あれがしたい、こういうことをしたいという自分の意思、気持ち。そういう意思がない人間はいつだって虚ろなものじゃ。

 

 

――絵里ちゃん、君の望みはなんじゃ?

 

 

「――っ!」

 

鞍馬さんの言葉が、目の前の高坂さんの純粋で真摯な気持ちが、私を守っていた壁をいとも容易く壊していく。

 

「あっ、生徒会長!」

 

自分の中で音を立てて壊れていくものを感じた私はあの場にいるのが怖くなり、高坂さんの制止を振り切って、逃げた。

今まで我慢してきたことや、本当の気持ちが私の中で渦巻く。

違う、違うと何度言い聞かせてもそれは隠しようのない事実として私を襲う。

 

「私は――」

 

もう私は自分でどうすればいいのかわからない。でも諦めるわけにはいない。だけど私が何をしても、そのすべてが失敗する未来しか見えない。

 

「えりち」

 

そんな風に考え込んでいた私を引き上げるような声が後ろから聞こえた。

いままでどんなときも一緒にいてくれた高校でできたただ一人の親友。

 

「希……」

 

「うちな、ずっと思ってたんよ。えりちは、本当はなにがしたいんやろう、って」

 

「……」

 

「一緒にいるとわかるんよ。尤も、えりち自身はもう気付いている見たいやけど。だけど――せっかく気付けたのに、また蓋をするつもりなん?」

 

希の非難にも似た諭しに、私は我慢が出来ずに声をあげた。

 

「そうするしかないんだから仕方が無いじゃない!」

 

「えりち……」

 

「私だって、やりたいことだけをやれるならそうしたいわよ! でも私がそんなことするわけにもいかないでしょ!!」

 

「どうしてそう思うん、そんなんは生徒会長として義務感やろ! 生徒会長の前に、えりちだってこの学院の生徒や!!」

 

希の言っていることは正しい。だけどもう全部が遅い。私は、気付くのが遅すぎたのだ。

 

「もう後には引けないの! 私は私のやり方をするしかないのよ!!」

 

「えりち!!」

 

そうして、私は希からも逃げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えりち……」

 

私は走り去っていく親友の背をただ見ることしかできない。

私には意地っ張りな親友を正すことは出来なかった。

 

彼女を変えることが出来るのはあと一人だけ。

 

「ごめん、後は任せるしかないみたい――私の親友を助けてあげて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――??? Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院から抜け出した俺は音乃木坂学院へときていた。

探していた彼女は自分のクラス教室の自席に座りながら伏せている。

 

「私のやりたいこと……そんなのはもう分かっているの。でも今さら私がそんなこというのは卑怯でしょ…」

 

どうやらあと少しのようだ。本当に彼女はあの頃から変わっていなかった。

責任感が強くて意地っ張りで、だけどどこか抜けていてポンコツなときがあって――素直になれない女の子。

そんな彼女の手を引くのは自分だった。まあ彼女の知り合いが自分しかいなかったというのもあるけど。

だけど、それもこれで最後だ。彼女には心配してくれる親友が出来た。ともに立ち向かおうとする人たちが現れた――俺よりも、絵里の気持ちを汲むことができる人たちがいる。あと俺が出来るのは絵里を少しだけ素直にさせることだけだ。

 

 

「相変わらず変わってないんだな」

 

 

声をかけると、絵里はまるで幽霊を見たような表情をしていた。

 

「遊弥、くん……?」

 

「友達作りの相談は散々乗ってやったはずなんだが、数年経ってようやく出来たのは希先輩だけか?」

 

「――っ!! まさか……」

 

絵里も気付いたようだ。

 

「久しぶりだな――絵里」

 

俺はあえて久しぶりという言葉を選んだ。その意図は絵里にも伝わっていた。

 

「遊弥くん!!」

 

「うおっ!?」

松葉杖を突いているのにもかかわらず飛びついてきた絵里。俺はバランスを崩し、絵里を抱えたまま倒れる。

 

「遅い…遅いわよ……どれだけ私を待たせてたと思ってるの……!」

 

「悪い……」

 

だが、そんなこともお構いなしに涙を零しながら俺の胸を叩き、恨み言を言う絵里に俺は謝ることしかできなかった。言い訳も事情の説明も、今の絵里にすることじゃない。

 

「せっかくまた会えたと思ったのにあなたは全部忘れてて、あの子たちばかりに味方して、私のことはずっと放っていて、辛かった!」

 

「だけどもう全部思い出した」

 

「うん……」

 

「これからはちゃんと絵里の傍にいる」

 

「うん……」

 

「絵里が困っているなら助ける。だから教えてくれ――絵里の本当の気持ちを」

 

「わ、わたし…は……」

 

言葉に詰まりながらも絵里は口にする。自分の望みを。

 

「私は…スクールアイドルは全部素人で、ただの遊びだと、人を惹きつけることは出来ないって思ってた」

 

「ああ」

 

「遊びなんかで学院の名を背負って欲しくないって、ずっと思ってた。だけど……」

 

絵里は自嘲するような表情をする。

 

「私はどこかで嫉妬していたの。ただ直向に、自分たちのしたいことを自由にしている彼女たちに」

 

「ああ」

 

「それと同時にそんな彼女たちを私は羨ましいって思った。楽しそうにスクールアイドルをしている彼女たちを見て、私も一緒にやりたいって思い始めたの」

 

「だったらそう言えば良いじゃないか。私も仲間に入れて欲しいって」

 

「散々意地の悪いことした私が、そんなこといえると思う? 今さらそう言っても受け入れてもらうことなんて出来ないわ」

 

「まったく――本当に絵里は世話が焼けるな」

 

俺はため息を吐きながら絵里の頭を撫でて、立ち上がってのろのろと歩きいて、教室の戸を引き開ける。そこにはμ'sのメンバーと希先輩がいた。

 

「あなたたち、いつのまに!?」

 

困惑する絵里に対して、堂々としたように穂乃果が前に出る。そして穂乃果は絵里に手を差し伸べた。

 

「絵里先輩に提案があります」

 

穂乃果は生徒会長とは言わなかった。それは彼女たちの気持ちを表していた。

 

「一緒にスクールアイドルをしませんか?」

 

「……」

 

「私――いや、私たちは絵里先輩と一緒に歌ったり、踊ったりしたいです。ですから、μ'sに入ってください!」

 

「でも、私がアイドルなんておかしいでしょう?」

 

「そんなこと言ったらにこ先輩なんてどうなるんだ?」

 

「ちょっと遊弥! それどういう意味よ!?」

 

どういう意味も何も、そのままの意味だ。

 

「たしかに、にこ先輩でも出来ているんだから案外誰だっていけるものなのかも」

 

 

「真姫! さすがにそれは酷すぎるわよ!?」

 

にこ先輩弄りで空気が和む。だが、絵里だけは沈んだ顔のままだ。

 

「それでも、私は――」

 

「――絵里」

 

まだ足がすくんでいる彼女の名を呼んだ。

 

「遊弥くん……」

 

「俺がこれを絵里に聞くのは最後だ――絵里のしたいことは、一体なんだ?」

 

「……」

 

みんなを見渡す絵里。そこには嫌な顔なんて一つもなく、全員が笑顔を浮かべていた。

そしてついに、絵里は穂乃果の手を取った。

穂乃果は絵里を引っ張り上げ立ち上がらせる。そんな穂乃果を絵里は泣きそうになりながらもしっかりと笑みを浮かべていた。

絵里先輩の意思を確認した皆は歓喜する。

 

「これで八人目、だね!」

 

「そうだな、だが――」

 

この場に自分の意思を告げていない人があと一人いる。俺はその人に目を向けた。

 

「希先輩。先輩もいい加減、言うべきなんじゃないですか?」

 

「えっ? どういうことゆうくん?」

 

「μ'sっていうのは九人の女神たちの総称だ。穂乃果、この場には俺を除いて何人いる?」

 

「九人だけど……ってまさか!」

 

ああ、そのまさかだよ穂乃果。

全員の視線が希先輩へと向けられる。希先輩は苦笑いしながら頬を掻いた。

 

「あはは、やっぱり遊弥くんには気付かれてしまったんやな」

 

「まあ、今までの先輩の行動を考えたらそれしかないでしょう」

 

穂乃果たちの手助けと絵里の暴走をフォロー。必要以上にμ'sにかかわっていたのは希先輩だけ。それに、

 

「名前には名づけた本人の願望が混じるなんてことはよくあることだ」

 

「μ'sは九人になったとき未来が開ける――そういう意味をこめてμ'sにしたんや」

 

「それじゃあ、μ'sの名付け親って希先輩だったんですか!?」

 

「ま、そういうことになるな」

 

俺は一つ息を吐く。

 

「さて、散々人に素直じゃないって言うくらいだから、自分は素直なんですよね――希先輩?」

 

「もう、遊弥くんは意地悪や――」

 

こうして、最後の二人がμ'sに加わった。

 

あ、もちろん病院に戻ったら西木野先生や美姫さんを含めた病院関係者や爺さんなど、色々な人に怒られました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こんにちわ! 私たちは音乃木坂学院のスクールアイドル、μ'sです!!」

 

オープンキャンパス当日。絵里と希先輩を加えた九人が、堂々とした面持ちで構えていた。

 

「私たちはこの音乃木坂学院のことが、大好きです!」

 

真ん中に立つ穂乃果が素直な言葉を中学生たちに送る。

 

「この学校だから、このメンバーと出会い、この九人が揃ったんだと思います。これからやる曲は私たちが九人になって初めて出来た曲です――私たちのスタートの曲です!」

 

穂乃果のその言葉に他の全員が一歩前に出て声をそろえる。

 

『聞いてください――』

 

 

――僕らのLIVE 君とのLIFE!

 

 

「……」

 

無事退院することが出来た俺は同じ場所で彼女たちのステージを見つめる。

楽しそうに踊る絵里を見て、俺は柄にも無く物思いにふけていた。

過去の記憶は戻った。穂乃果たちのことも、絵里のことも思い出した。それは嬉しいことだ。だが、

 

「――っ」

 

身体に痛みが奔る。これも記憶が戻ったせいだろう。

あの日の光景がよみがえる。階段から押したやつの顔も、そのときの痛みも、その全てが鮮明に映し出される。

 

「……」

 

「大丈夫ですか、お兄ちゃん?」

 

俺の隣でステージに夢中になっていたはずの亜里沙ちゃんが俺を突然気遣ってきた。

 

「ん、なにがだ?」

 

「その、遊弥さん。怖い顔してましたよ」

 

惚けて見せるも、どうやらばれていたらしい。

 

「まあ、ちょっと身体が強張ってな。一週間以上寝たきり生活を送ってたら元に戻すのにはそれ以上の時間が掛かるって実感したところだ」

 

「「……」」

 

本当のことを言っていたのだが、それが原因じゃないと悟っているのか、二人の心配そうな視線は戻らなかった。

俺は二人の目が怖くなって、それを誤魔化すようにステージに目を向ける。

楽しそうに踊る彼女らに、俺はまた別のことが頭を過ぎる。

このステージは成功するだろう。そして、周りの中学生の様子を見るとアンケートの結果も悪いものにはならない。

 

だが――そのとき俺はどうなるだろうか。

 

もともと、音乃木坂学院は女子校だ。男子学生の募集をせずとも女子校の存続が決まったとなれば、俺の存在は学院にとってマイナスにしかならない。

そうなれば、俺は――ここを去らなければならない。

別に穂乃果たちや絵里のように、この学院に思入れはない。いい学校ではあるが廃校するならそれも時代の流れだろう、そんな認識だ。それに俺は試験生なだけで正式な生徒ではない。必要無くなったのなら用済みだ。

 

「……やめだ、やめやめ」

 

だめだ、一度嫌なことを考えたらどんどん思考がマイナス方面へと走ってしまう。

そう頭を振っていると、両方の手が暖かく包み込まれた。

 

「亜里沙ちゃん、雪穂ちゃん……」

 

「お兄ちゃん、こっちです!」

 

「一緒に前に行きましょう、遊弥さん!」

 

俺は二人に手を引かれて最前面へと導かれる。

そこで俺の存在に気付いた九人の女神(少女)たちが堂々と俺に笑顔を送ってくる。

 

「お兄ちゃんが考えていることは分からないけど、きっと大丈夫です」

 

「遊弥さん、今はお姉ちゃんたちのステージを楽しみましょう!」

 

面食らっていた俺に二人が安心させるように言った。

 

「……そうだな」

 

少なくともこの場にいる皆は笑顔なのだ。それなのに俺ひとりが暗い顔をしてどうする。

皆の背中を押した俺が不安そうにして何になるんだ。

 

「亜里沙ちゃん、雪穂ちゃん」

 

「はい?」

 

「なんでしょうか?」

 

「――ありがとうな」

 

「「――はいっ!!」」

 

二人はきょとんとしていたが、すぐ笑顔になって頷いた。

この先どうなるかなんて誰にも分からない。なら、いまを精一杯楽しもう。

俺はこの瞬間を忘れないようにと、ステージを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に


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アキバへ行こう!



どうも、燕尾です。
52話……結構続いてますねぇ……






 

 

 

絵里と希先輩が加わり、九人となったμ'sのライブ――オープンキャンパスでのライブは見事に成功を収めた。

そして、それは学院にいい影響をもたらした。

オープンキャンパス後に全校生徒に伝えられたのは廃校の延期。中学生たちへ実施したアンケートの反応がよかったのだ。

しかしまだ延期しただけ。廃校が撤回されたわけではないので気を抜くことは出来ない。だが、これは四月の状況を考えると大きな進歩でその点は喜ぶことだろう。

また、アイドル研究部にも変化が訪れた。

絵里と希先輩が加入したのもそうだが、オープンキャンパスの実績が認められてもともと使ってた部屋の隣の広い部室が与えられた。

またラブライブの出場についてだが、テスト期間中に受けられなかった俺は追試、という形でテストを受けた。

結果は言うまでもなく問題なかったのだが、作成されたテスト問題に問題があった。

俺のテストの難易度が格段に跳ね上がっていたのだ。恐らく追試のテストの問題のほとんどを共学反対派の教師たちが作ったのだろう。俺を学力不足で追い出すために。

ここ最近はなりを潜めていたのだが、そろそろ本格化するだろうと俺は考えている。

 

「まあ、そんなことしなくてもいいと思うんだけどなあ」

 

楽観的に呟く俺はいま、理事長室を目指して歩いていた。放送で理事長直々に呼ばれたからだ。

俺はドアをノックして反応を待つ。

 

「どうぞ」

 

「失礼します、理事長」

 

「いきなり呼び出してごめんなさいね遊弥くん。体調の方はどう?」

 

「問題ありません。記憶が戻った今も、状態は万全です」

 

「それならよかったわ」

 

「それで、話というのは?」

 

大体予想はつくのだが、俺は問いかける。

すると雛さん――理事長は頭を下げた。

 

「まずは謝罪を。今回のあなたの追試のテスト、難易度に問題がありました。あれは高校生が出来る範囲ではありませんでした」

 

「でしょうね。国語はともかく他の教科は大学のレベルでしたから」

 

「ええ、私が出張の間に学院長を筆頭として追試日程とかを進めていたの、他の子たちとは別に」

 

まあ、万が一他の人と一緒にやって問題が他の子に渡ったら大変だからな。

 

「それに最近、反対派の人たちの動向が怪しくなっているわ」

 

「分かります。なにやら生徒を抱きこんでいるみたいですし」

 

「知ってたの?」

 

「ええ。万が一に備えて――というところでしょうね」

 

理事長は明らかに目を見開いた。それから、申し訳なさそうに言う。

 

「そこまで、気付いていたのね」

 

「まあ、この状況にいる人間だったら誰だって考えますよ」

 

「ごめんなさいね……」

 

「いや、そこは喜ぶべきところでしょう? それだけ順調ってことなんですから」

 

「それは皮肉?」

 

「いえ、純粋な賞賛です。ほぼ決まったような廃校の状況をここまで改善できたんですから。だからこそ学院長たちも小さな嫌がらせと準備だけで留めているんでしょうし」

 

「テスト問題の不公平は学院としては大きな問題よ…」

 

頭が痛いという風に理事長はため息を吐いた。

ちなみにこのことは誰にも言っていない。こんなのが校内、校外に伝わればそれこそ音乃木坂学院は終わる。

だからこそ俺は理事長への報告だけに留めている。

まあ、問題の全てを理事長へと丸投げしているとも取れなくもないが、俺がことを大きくするより余程良いだろう。

 

「とりあえず事実確認を行ったうえで、実際に作成した教師たちは減俸処分。理事会に報告したわ」

 

「理事会に報告って、大丈夫なんですか? もし理事会が大々的に世間に公表することを決定したら……」

 

「生徒に不利益をかぶせて体制維持しようとする学院なんて、クソ喰らえよ」

 

「あなたがそれを言ったら駄目でしょうに……」

 

理事長が自分の学院をクソ喰らえって……雛さん、かなり腹に据えかねているんだな。

だが、雛さんの表情が曇る。

 

「でも、そうはいっても私も所詮同じよ。自分で公表したら良いだけなのにその是非を理事会に投げたのだから」

 

「そうですか? 俺はそうは思わないですけど?」

 

理事長はやるべきことは全てやっている。然るべき処分を下し、報告すべきところに報告している。

 

「マスコミや世間なんてただの傍観者ですよ。当事者じゃありません。そんな連中の戯言なんて受け流しておけば良いんですよ」

 

「それで済めばいいのだけれど、そうさせてくれないのが世の中というものよ」

 

集団真理を得た人間ほど調子に乗りやすく、真実を捻じ曲げる。

 

「それはそうかもしれないですけど、雛さんが罪悪感を感じる必要はないってことです。堂々としていればいいんです。問題があったから対応をした、今はこういう対策をする、それで何か問題があるか、そう言って終わりです」

 

「遊弥くんは豪胆ね」

 

雛さんは苦笑いする。恐らく呆れられてもいるのだろう。そんな雛さんに対して俺はそんなことないです、と返して、

 

「そこらのどうでもいい他人に興味がないだけです」

 

俺はにこやかに言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室から出た俺は廊下を急いで走っていることりと出会った。

 

「ことり?」

 

「ぴぃ!? ゆ、ゆーくん!?」

 

「なんでそんなに驚いているんだよ。それに何か急いでいるみたいだけど、何かあったのか?」

 

「え、えーっと、それは、その……」

 

ただ聞いているだけなのに、ことりは何かを隠すように言葉を詰まらせていた。何か言いづらいことがあるらしい。なので俺から会話を引き出すことにした。

 

「今日も練習に参加しないのか? ここ最近あまり参加していないみたいけど?」

 

「う、うん…その、用事があって……ごめんね?」

 

用事、か。高校生が用事と称して数日間も時間を使うものはそこまでない。ということは

 

「――バイトか?」

 

ことりは申し訳なさそうに頷いた。

 

「別にそんなにビクビクしなくてもいい。別にバイトで休むのが悪いとは思ってないから」

 

「ゆーくん……」

 

「店からしたらことりは重要な人材だからな。結構シフト出て欲しいって言われているんだろ?」

 

「うん……」

 

「さすがは秋葉原伝説のカリスマメイド、ミナリンスキーってところだな」

 

「ゆーくん、いまその名前出すのは悪意があるよ!?」

 

「まあ純粋に資金が欲しいのか、それともほかの目的があるのか分からないが、別に俺は何も言わないよ」

 

ことりだって何か思うところがあるのだろう。例えば、自分を変えたい、変わってみたい――とか。

 

「ありがとう、ゆーくん。それで、その……もう一つお願いがあるんだけど」

 

「ああ、分かってる。皆にはぼかして言っておくよ」

 

恐らくμ'sの皆には用事で押し通しているのだろう。だが、そろそろ誤魔化しが利かなくなっていると思う。

俺はそろそろバレるだろうなと思いつつ、それは口にせずにことりを見送った。

 

 

 

 

 

「ねえゆうくん、最近ことりちゃんの様子がおかしいと思わない?」

 

「そうか? いつも通りだとは思うけど…」

 

どうやらもう疑われているみたいだぞ、ことり。

まあ、結構あからさまな態度を取っていたし仕方が無いことだろう。

 

「だって、ここ最近ことりちゃん用事って言って休むこと多いから。何かあったのかなって。なんか隠しているみたいだし」

 

「まあその用事が立て込んでいるじゃないか? 誰だってそういうことはあるだろう。それに、休んでいるって言っても大抵はにこ先輩が考えたどうでもいいことの日ばかり――」

 

そこで俺の後頭部に衝撃が奔り、言葉が途切れる。

振り向くとそこにはこめかみに青筋を立ててスリッパを構えたにこ先輩。その後ろには絵里と希先輩が苦笑いしていた。

 

「遊弥、あんた最近ほんと調子に乗ってきていないかしら?」

 

「そんなことないです、にこ先輩の勘違いかと思いますよなのでその振り上げたスリッパを下ろしましょう、はい」

 

「そう……それが遺言ね」

 

「スリッパ装備なのにどうしてこんなに迫力があるんだ……! ごめんなさい、俺が悪かったです。だからどうかお慈悲を、お慈悲を~!?」

 

「覚悟なさい! はあああああああああ!!」

 

「ぐあああああああああ!!!!」

 

にこ先輩からの攻撃に俺は断末魔かの如く悲鳴をあげながら倒れる。

 

「ふっ……悪は滅びた」

 

刀を納めるがごとくスリッパをしまうにこ先輩。

 

「満足したかしら。したのなら今日どうするか決めたいのだけれど?」

 

俺とにこ先輩の渾身の茶番をたった一言で流す絵里。

 

「ま、そういうわけで特にことりのことついては特に気にはしていない」

 

「……結構本気でやったのに、頑丈な奴ね」

 

にこ先輩がなんとも言いがたい顔をする。アレで本気なんて笑わせてくれるわ。俺からしてみれば蚊に刺された程度だ。

 

「それで、本題に戻るとして今日はどうするんだ? にこ先輩に付き合っていくのか――アイドルショップに」

 

「せっかくだからそうしようよ、私も行ってみてみたいし!」

 

「私も最近行ってないので、行きたいです……」

 

興味津々でノリノリの穂乃果は頷き、アイドル大好きの花陽は控え目ながらも主張する。

ほかは? と聞くと皆も異論は無いといった様子だった。

 

「それじゃあ、行ってみよー!!」

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

ぞろぞろと部室を出て行く中、にこ先輩が呼び止める。

 

「あんたたち、その格好で行くつもり?」

 

「その格好も何も、いまから帰って着替えるとなると時間が無いわよ?」

 

絵里がそういうも、にこ先輩は違う! と声を上げる。

 

「絵里や希が加入してからさらに注目されたあたしたちがこの姿のままで行ったら騒ぎになるかもしれないでしょ!」

 

話が読めてきた。またこのちびっ子先輩はどうでもいいことを言うのだろう。

 

「つまり、どういうことかしら?」

 

よく理解できない絵里ににこ先輩は声高らかに言った。

 

「つまりいまから――変装するわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、身バレを防ぐために変装したのは良いが――」

 

前に言ったことのある秋葉原のアイドルショップ。そこの店前で俺はため息を吐いた。

 

「お前ら、ほとんど不審者だぞ……」

 

「不審者は失礼でしょ!!」

 

にこ先輩が噛み付く。

いやだって、こんな暑いのにコート着てマフラー巻いてサングラスかけている輩なんて周りを見ても皆無だ。

カモフラージュするつもりが逆に目立ってるぞ。

 

「――っていうか、何であんたは変装してないのよ!?」

 

「嫌だからに決まってるじゃないですか。バカみたいだし、暑いし、バカみたいだし」

 

「こ、こいつ…二回も……!!」

 

「バカみたいって……流石に傷つくわ」

 

「遊弥くんは容赦ないなぁ~」

 

マフラーとサングラスを取りながら落ち込んだように言う絵里と希先輩。

 

「というか、何で二人もやってるんですか」

 

「んー、うちはノリやな」

 

うん、分かってました。あんたがそう言う人間だってことは。

続けて絵里に視線を向けると絵里は慌てていいわけを始める!

 

「だ、だって、にこがやるべきことって言ってたから!」

 

「だからって真に受ける奴があるか、ポンコツエリーチカ」

 

「あー! ポンコツエリーチカって言った!! 言ってはいけないこと言ったわね!!」

 

絵里がガクガクと肩を揺らす。

 

「遊弥くん、ポンコツエリーチカってなんなん?」

 

「中学生の頃俺がつけた名称ですよ」

 

絵里は言ったことを理解できずに的はずれなことをすることがあるのだ。しかも割りと頻度は多目で。

 

「絵里ってしっかりしてるようでそうじゃないところが多いんで、なにかしでかした時に言ってたんです。それがポンコツエリーチカ」

 

「ポンコツじゃないわよ!」

 

いやポンコツだった。書類のチェックは甘いわ、配布物をごちゃ混ぜにするわ、完成したデータに別のものを上書き保存するわエトセトラエトセトラで、それで違うと言われても説得力の欠片もない。

それに俺は昔は賢い可愛いエリーチカって呼ばれてたと言い張っていたので新たに称号を一つ追加しただけだ。

 

「賢い可愛いポンコツエリーチカ、ほら呼びやすさ的にも問題ないだろ?」

 

「意味に問題あるのよ! 馬鹿!!」

 

「はっはっは、効かんなぁ」

 

「もぉー!」

 

ポカポカと拳をいれてくる絵里だが、全然痛くない。

 

「遊弥くん、その辺にしておき? でないと――」

 

絵里と戯れていたせいで希先輩の声が聞こえなかった俺は調子に乗っていた。そして、

 

「効かんきか――ごはぁ!?」

 

絵里からではない、強い衝撃が身体に打ち込まれる。

 

「楽しそうですね? 遊弥?」

 

「ゆうくん、私たちも混ぜてほしいなぁ?」

 

悶絶する俺の目の前に仁王立ちをしていたのは、にこ先輩流変装をしている海未と穂乃果。

「えっ…ちょ、二人とも? なんでそんなにじり寄って来るんだ……?」

 

嫌な予感に後ずさるも誰かの脚にぶつかる。

 

「遊先輩、どこにいくにゃ?」

 

「遊弥先輩、逃がしませんよ……?」

 

「覚悟はいいかしら?」

 

そこには凛、花陽、真姫が俺の逃げ道を塞いでいた。

前門の二年生、後門の一年生に俺は身体が震えた。三年生に助けを求めるように視線を送る。しかし、

 

「自業自得よ。しっかり絞ってもらいなさい」

 

「……ぷいっ」

 

「頑張ってな、遊弥くん?」

 

どうやら天は我を見放したようだった。

 

「ま、待て…待って、待ってください。てか、どうして皆怒っているんだ?! ちょ、お願いだから待ってください。そこは、そこだけはやめろ。いや、やめてくださ……ア――――!!!!」

 

アキバの町に、俺の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回にお会いしましょう!




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メイドミナリンスキーとことり



どうも、燕尾です
お久しぶりです。





 

 

「ゆうくん、ゆうくん! はいこれ!」

 

穂乃果が自分が掛けていたサングラスを俺にかけてくる。散々な目に遭わされた俺はもはや抵抗することなく、穂乃果だけではなく他の人たちの荷物も預かる。

 

「私たち、店の中見てくる!」

 

「ああ、行ってらっしゃい……」

 

ベンチにぐったりしながらも軽く手を振る。

 

「大丈夫?」

 

「ええ。何とか…」

 

隣に腰掛けて覗き込んでくる希先輩。

 

「それにしても遊弥くん、分かってはいたけど皆から随分と慕われてんやな?」

 

「これが慕われているように見えているなら、眼科を勧めますよ」

 

おや、辛辣。と、希先輩はおどける。

 

「――なにか心配事でもあるん?」

 

すると希先輩は唐突にそんなことを言い始めた。

 

「どうしてそう思うんすか?」

 

「カードがうちにそう告げているんやよ」

 

そういいながらタロットカードを出す希先輩。示されているのは死神の正位置。

 

「相変わらずカードですか」

 

「相変わらずとは随分な言い方やん――でも、間違ってないんやない?」

 

死神の正位置は完全な終わりや別れ、死を意味している。

本当に、この人はカードを通せばなんでもお見通しなのだろう。俺がこの人を上回ることはあるのだろうか?

 

「うちが分かるのは予感だけ。君みたいに何でも先を見通せているわけではないよ」

 

そうやって俺の内を読んでいる限り、俺はこの人には勝てないだろう。俺は一つ息を吐いた。

 

「……俺にとってのここ(音乃木坂学院)での終わりはなんだと思います?」

 

「っ!」

 

さすが希先輩だ。これだけで理解してくれたのだから。

 

「皆には内緒ですよ。もとより、それを承知で今までやってきていたんですから」

 

「そんなことって……!」

 

「希先輩も気付いていますよね? 最近教師だけじゃなく生徒の俺を見る目がどんなものか」

 

「でも、それは!」

 

「ええ、一部です。ですが共学化の存在意義(俺がいること)に疑問を持ち始めている生徒がいて、そんな人を抱きこんで何かしようとしている教師や生徒がいるんです。それは希先輩も知っているでしょう?」

 

絵里や希先輩は最初の頃から俺をよく思わない人間を目にしているはずだからそのことはよく分かっているだろう。おそらく、生徒会にまで話をしに来た人間もいるはずだ。

 

「そもそも俺は音乃木坂学院の異分子ですから。そんなイレギュラーを排除しようとするのは至極当然ともいえますね」

 

「それは勝手すぎるやん! 自分たちの都合で呼び寄せておいてそんな!!」

 

「それが普通なんですよ、いまの世の中は。どれだけ理不尽と叫ぼうが、どれだけ正しい理論を言おうが、一個人が組織の決定を覆すことは出来ない」

 

いまの社会のあり方という今さらの事実に、希先輩は言葉が出ないようだった。

 

「まぁ、なるようになりますよ。いままでそうでしたから――ほら、希先輩も店を見てきたらどうですか?」

 

話は終わり、というように立ち上がる。そのとき――

 

「困るんです、今すぐ無くしてください!!」

 

おや、随分と聞きなれた声が聞こえてきたぞ?

希先輩と顔を見合わせて声がしたほうへと向かう。するとそこにはあの店の服(メイド喫茶の制服)を着たことりの姿があった。

 

「私の生写真がここに売られているって聞いて…アレは駄目なんです!!」

 

あー、災難だな。ことりも。まさかこんなところでエンカウントするとは思ってもいなかっただろう。

 

「ことりちゃん?」

 

「――ぴぃ!?」

 

同じようにことりの声に気付いた穂乃果や海未、そのほかのメンバーたちが集まってくる。驚きで固まっていることりに皆の視線が集中した。

 

「…ことり、何をしているのですか?」

 

海未が問いかけると、ことりはおもむろにポケットからあるものを出した。

 

「コトリ、ホワット? ドゥナタデスカ!?」

 

空のトイカプセルを両目に装備しながら外国人風を装うことり。いや、ことりさん?そんなのに騙されるのは――

 

「はっ! 外国人!?」

 

いたな、馬鹿一人()が。まあ凛の場合、外国というのに反応しすぎてことりに気づいていないのか、それでも普通は気付くものなのだが…まあそれはどうでもいいか。

 

「ことりちゃん、だよね?」

 

「チガイマァス!」

 

穂乃果の確認をことりは即座に否定する。それからぎこちない足取りで歩き、そして――

 

「――さらばっ!!」

 

『ああっ!?』

 

ことりが逃げ出した。

すかさず後を追う穂乃果と海未。

 

「仕方が無いな――絵里。皆をここに連れて待っててくれ」

 

俺は絵里にことりが働いているメイド喫茶の住所を送った。

 

「それはいいけど、あなたはどうするの?」

 

「ちょっとことりを捕まえてくる。たぶん穂乃果と海未は撒かれるだろうから」

 

ことりのことだからいつか見つかったときの逃走用ルートを確保しているに違いないし。

 

「うちもついていってもええかな?」

 

「それはいいですけど、かなりキツイ道を通りますよ?」

 

「そこは、ほら――」

 

「ちょっ、希! こんな大勢の前でなにしているのよ!?」

 

俺の首に手を回してきた希先輩に絵里が叫ぶ。だが、そんな絵里の言葉を聴かずに希先輩は妖しい笑みを浮かべる。

 

「遊弥くんが優しくエスコートしてな?」

 

ギュッと、希先輩は手を固く結ぶ。どうやら放す気はさらさらないようだ。俺はため息をつきながら希先輩を抱える。

 

「ちょっと、遊弥くん!!」

 

「悪いけど絵里。皆をよろしく」

 

「もぉ!!」

 

俺は絵里の叫び声を背中に浴びながら駆け出す。

 

「――それで、どういうことですかこれは」

 

「遊弥くんともっとお話がしたかった…じゃ、いかん? それに遊弥くんうちの身体を堪能しているんだからええやん」

 

「う゛っ……」

 

希先輩が首に手を回して抱きついているこの格好では、当然ながら彼女の豊満なお胸様が身体に当たっているのだ。

 

「せっかく意識しないようにしていたのに……」

 

「うちじゃ魅力ないかな?」

 

「あるから困っているんですよ。少しは自分が美人だってこと自覚してください」

 

「そ、そう……ありがとな?」

 

少し言葉に詰まり、顔を紅くする希先輩。

自分で確認しておきながら照れないでくださいよ、まったく。

 

「――言っておきますけど、さっきの話は他言無用ですよ。希先輩は口が堅いほうですし、唐突な行動を起こさないと信じているから喋ったんですから」

 

「このことは皆が気付くまで言わへんよ。でも……」

 

そこで希先輩は言葉を区切る。そして普段の軽い空気から一変させる。

 

「覚えておいて。遊弥くんが私たちに味方してくれたように、私たちもあなたの味方だから――あなたは一人じゃない。私たちが、ついているから」

 

普段の話し口調がなくなるほど、真面目に諭してくる希先輩。

 

「……ええ。そうですね。覚えておきます」

 

そんな彼女に俺は口角を少し上げて、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――脱出用ルート決めておいてよかった」

 

それから、安堵しながら駆けることりを見つけるのにはそんなに時間は掛からなかった。

 

「ここまできたら、安心――」

 

そして、立ち止まり息を整えながら安心していることりに俺は声をかける。

 

「残念だけど、もう話した方が手っ取り早いぞ?」

 

「ぴぃ!? ゆ、ゆーくんと希先輩!? というかどうして希先輩をお姫様抱っこしているの!?」

 

「まあ、穂乃果と海未を撒いてくると思ったからな。それに、希先輩のことは希先輩に聞いてくれ」

 

「でも、どうしてここが……」

 

ことりの疑問はもっともだ。どうして、俺がことりの場所に先回りできたかというと、

 

 

 

――ことりちゃんはここに現れるで

 

 

 

優秀なガイド(希先輩)がいたからだ。そして希先輩の言うことを信じて、目的地までのショートカットの道を走っていたところで見つけたのだ。

これもカードが告げていたのだろうか。だとしたら万能すぎるな、これ。

そしてその優秀なガイドというと、

 

「はぁっ、はぁ、はぁ……」

 

俺の腕の中で、息を荒げていた。

 

「その、大丈夫ですか……?」

 

あまりの息の荒さに俺は冷や汗をたらして問いかける。

 

「これが、大丈夫そうに見えるなら、眼科を勧めるわ……!」

 

するとさっき言ったことを返された。

どうして希先輩が息切れしているかといえば、

 

 

――ええっ、遊弥くん! どこ行くん!?

 

 

――どこって、先輩が言った場所に向かうだけですけど?

 

 

――でもここ行き止まりやし、この先あっても塀とかしかないで?

 

 

――喋っていると舌噛みますよ?

 

 

――ちょっと待って! 本当に待って!! もっと普通の別の道を……きゃあああああ――――!?

 

 

目的地まで、塀やら壁やら飛び越え走り越えたりしたからだ。相当心臓に悪かったらしく、終始希先輩は悲鳴を上げていた。

希先輩が悲鳴を上げるところなんて見たことなかったので少し新鮮だった。

 

「これ…ヘタな絶叫マシンより怖かったわ……ああ、地面って素晴らしいものやったんやな……」

 

希先輩を降ろすとトントン、と足で地面を踏みしめる。

そんな大げさな、というと希先輩は腕を構えた。それはいつも彼女たちにやっているワシワシの構え。

 

「遊弥くん、それ以上言うとワシワシMAX ENDするで……?」

 

「ごめんなさい」

 

ENDとかなにそれ怖すぎる。しかも希先輩は満面の笑みを浮かべているけど、怒りで眉が少し上がっているのもより一層俺の恐怖を煽った。

そして、希先輩は俺からことりにターゲットに変えてワシワシの構えを取った。

 

「ことりちゃんも、これ以上逃げたらそのふくよかな胸をワシワシするよ……!!」

 

「ひぃ!? なんか理不尽だけど、ごめんなさい!!」

 

もはや八つ当たりに近い形でとばっちりを受けそうになることりには本当に申し訳ないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええっ!?』

 

所変わってメイド喫茶。そこでことりから事情を聞いた穂乃果たちは驚きの声を上げた。

 

「こ、ことり先輩がこのアキバで伝説のメイド――ミナリンスキーさんだったんですか!?」

 

「……そうです」

 

花陽の確認に、普段のことりから聞かないような小さな声で彼女は肯定した。

 

「というか、皆気付いていなかったのか?」

 

「遊弥は気付いていたのですか?」

 

「まあ最初にアイドル研究部に行ったときに色紙の説明するにこ先輩に動揺していたし、そこで少しカマかけたら明らかに過剰に反応していたし」

 

「あのときから気付いてたの、ゆーくん!?」

 

そりゃあれだけ分かりやすくしていたら誰だって気付くわ。

 

「それに、にこ先輩からアキバ調査に行けって言われてこのメイド喫茶に入ったときにいたしな」

 

「ゆうくん、ことりちゃん! だったらなんで最初から教えてくれなかったのさ!?」

 

問い詰める穂乃果にうっ、と言葉に詰まることり。

 

「いや、ことりも知られたくなさそうにしてたからわざわざ俺が言うのもおかしな――」

 

「――言ってくれれば遊びに行ってジュースとかご馳走になってたのに!!」

 

俺はずるりとずっこける。

 

「って、そこ!?」

 

思わず花陽がつっこんでしまうほど、穂乃果の怒るポイントがずれていた。

 

「じゃあ、この写真は?」

 

絵里が飾られていたことりの写真を指差す。

 

「店内のイベントで歌わされて……撮影、禁止だったのに」

 

なるほど。写真には笑顔で写っているが、ことりも本意ではなかったようだ。

 

「でもどうしてメイド喫茶でアルバイトを?」

 

「それは……ちょうど三人でμ'sを始めた頃に街でスカウトされて…最初は断ったんだけど、その……制服がかわいくてつい……」

 

可愛い服が好きなことりらしい理由だ。

 

「それに、穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って何もないから…そんな自分を少しでも変えたくて……」

 

「何もない?」

 

首を傾げる穂乃果にことりは困ったように笑う。

 

「穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張っていけないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてない…」

 

「そんなことない! 歌も踊りもことりちゃんだって上手だよ!」

 

「衣装だってことりが作ってくれているじゃないですか」

 

「少なくとも、二年生の中では一番まともね。一番頭おかしいのは遊弥先輩だけど」

 

「真姫さんや、それは言う必要あったのかね? あったのかね?」

 

でもまあ、俺もそんなことはないと思う。だがことりがそういうのなら自分の中で思うところがあるのだろう。

 

「私はただ、二人についていってるだけだから……」

 

ことりの憂いの瞳から、俺はある程度理解した。

 

「ことり――」

 

「なにかな、ゆーくん?」

 

俺は出かけてた言葉を引っ込める。

これは彼女自身の問題。ことりが自分で納得するような答えを導き出さなければいけないことだ。そこに他人の言葉は必要ない。

 

「いや、なんでもない」

 

全てではないが、ことりが自分の気持ちを打ち明けてくれたのだ。なら、彼女が満足するまで待っていよう。そこで助けを求められたらその手を取ろう。

俺たちは飲み物だけ頼んでから少し喋ってメイド喫茶を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り、穂乃果と海未ともそれぞれ別れ、家の方向が一緒の絵里と肩を並べて帰る。

 

「遊弥くん。ことりのことどう思う?」

 

すると絵里がそんなことを言い始めた。

 

「どう思うも何も、こればかりはことりが自分でどうにかするしかないだろ」

 

「それはそうだけど、そうじゃなくて。遊弥くんはことりが何もないと思ってるの?」

 

「そんなことは微塵も思ってない。考えても見てみろ、ことりがいないときの穂乃果と海未を」

 

収拾がつかない上に人を巻き込んでくるんだぞ? 厄介なことこの上ない。

 

「穂乃果がいて、ことりがいて、海未がいて……三人が揃っているからこそバランスがとれてるんだ。ことりは二人の隣を十分歩いている」

 

「でもことりは自分ではそう思っていないのよね……」

 

こういうのは自分だと気づけないものだからな、仕方がないことだ。

 

「……ねえ、遊弥くん。なにか良い方法はないかしら? ことりが自信持てるような、そんな方法」

 

「悩める後輩のためか? 絵里も随分と丸くなったな。この前までとは大違いだ」

 

「それは言わないで! 悪かったと思ってるわよ!!」

 

冗談だという俺にいじわると睨みを利かせる絵里。しかし、そんな視線なんて俺にとってはどこ吹く風だ。

 

「そういえば、オープンキャンパスから一週間ぐらい経ったな?」

 

「そうだけど、いきなりなに?」

 

「そろそろ次のことを考えた方がいいと思わないか? 例えば――ライブについて、とか」

 

「そうね、確かにそっちも考えて置かないといけないわね」

 

「今までは学院内でしかライブしてこなかったから、次は学院外でやるのも良いかもな?」

 

「学院じゃない場所でライブ…あっ……」

 

わざとらしく言う俺に絵里はハッとした表情になる。

 

「そうね! 学院の外でライブよ!」

 

大きな声を出したなと思えば、絵里は俺の手を掴んでくる。

 

「そうと決まれば早速計画を立てましょう! 遊弥くん、あなたも手伝いなさい!!」

 

「えっ、俺これから夜飯の支度しないと……」

 

「そんなの明日でもいいでしょう? そんなことより今はライブよ!」

 

よくないぞ。そんなことでもなく俺にとっては死活問題だ。

だが俺の手はギュッと絵里に掴まれたままで、俺はそのまま絵里に連れていかれる。

 

「おい、どこへつれていくつもりだ!?」

 

「私の家に決まってるじゃない?」

 

いや、なんでそんなこともわからないの? みたいな顔されても困る。

 

「ほら、善は急げよ!」

 

「おい、ちょっと待てェ! なんだ、絵里もあいつ(穂乃果)と同じで人の話を聞かないのか!?」

 

「ふふ、なんのことかわからないわ!」

 

前で俺を引っ張っていく絵里。ちらりと見えたその表情は楽しげで前間での仏頂面が嘘のようになくなっている。声もどこかやる気に溢れていた。

 

「――絵里」

 

「なに、遊弥くん?」

 

名前を呼ぶ声に足を止めてこちらを向く。

 

「良かったな」

 

たった一つだけの言葉。だがそれを聞いた絵里は、

 

「――ええ、ありがとう」

 

誰もが見惚れるような笑みを浮かべて再び俺の手を引くのだった。

 

 







いかがでしたでしょうか?
デハまた次回に




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歌詞作り



どもども燕尾です。
54話目です。






 

 

 

「……」

 

とある放課後、ことりはノートを目の前に、神妙な面持ちで何かを考えていた。

そしてその何かを思いついたのか、目をくわっと見開いてノートに書き込んでいく。

 

「チョコレートパフェ、おいしい……生地がパリパリのクレープ、食べたい……はちわれの猫、可愛い……五本指ソックス……気持ち良い……」

 

するとことりはうぅ、と呻いて、ついに涙目になりながら机に伏した。

 

「思いつかないよぉ――!!」

 

「「「……」」」

 

俺、穂乃果、海未の三人は頭を抱えることりを教室の外からバレないように見守っている。

こうなった事の発端はことりのバイトが知られた次の日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキバでライブよ!!」

 

広くなったアイドル研究部の部室で全員が集まったところでそういったのは絵里だった。

 

「アキバでライブですか?」

 

「それって……」

 

「路上ライブ!?」

 

穂乃果、海未、ことりの三人の問いかけに、絵里は頷いた。

 

「昨日遊弥くんと話し合ったの。そろそろ大きなことをしても良いんじゃないかって」

 

「アキバといえばA-RISEのお膝元よ!?」

 

「だが、別にアキバはA-RISEのものじゃない。むしろ、A-RISEだってアキバのごく一部でしかない」

 

「ええ。遊弥くんの言う通りアキバ=A-RISEじゃないの。誰が何をしようと自由な場所…私も実際に目にしてそう思ったわ」

 

「でも、随分大胆ね?」

 

「さっきも言っただろ真姫。そろそろ大きなことをしても良いだろうって」

 

「確かに。それに、大々的なことをするのはそれだけで面白そうやん?」

 

「アキバはアイドルファンの聖地でもある、だからこそあそこで認められるパフォーマンスが出来れば大きな宣伝にもなるわ」

 

どうかしら、と皆の反応を確認する絵里。

 

「良いと思います!」

 

「楽しそう!!」

 

すると即答する穂乃果とことり。

 

「しかし、すごい人では…?」

 

「人が居なかったらやる意味ないでしょ」

 

「そ、それは……」

 

にこ先輩の当たり前の言葉に海未がたじろぐ。まあ、海未は基本的に人前が苦手だからな。

 

「凛も賛成ー!!」

 

「じゃ、じゃあ私も!!」

 

「……決まりね」

 

各々の考えが鎖交する。楽しそうだと乗り気なもの、不安に思うもの。いろんな考えはあれど総合して皆の意見はいい方向に一致していた。

 

「それじゃあ早速日程を――」

 

「ストップ。と、その前に」

 

はやる気持ちが抑えきれず進めようとする穂乃果。そこで絵里がストップをかけた。

アキバでライブをして認めてもらう。それが今回の最終目標だが、絵里の狙い――俺と絵里が考えたことはまだ他にあった。そしてそれこそがメインとなる目的だ。

俺と絵里はお互いの顔を見合わせて頷いた。

 

「今回の作詞はいつもと違って、アキバのことよく知っている人に書いてもらうべきだと思うの――ことりさん」

 

「えっ、わたし!?」

 

話を振られて驚くことり。これが俺と絵里が出した結論だった。

 

「ええ。アキバ(あの街)でずっとアルバイトしていたんでしょ? そこで歌うのに相応しい歌詞が考えられると思うの。頼めるかしら?」

 

「――いいよ! すごくいい!!」

 

ことりが答えるよりも先に穂乃果が言った。

 

「やったほうが良いです。ことりならアキバに相応しい、いい歌詞が書けますよ!」

 

「凛もことり先輩のあまあまな歌詞で歌いたいにゃー!」

 

「そ、そうかな?」

 

あまあまなって、それは褒めているのか凛よ…

 

「ちゃんといい歌詞書きなさいよ?」

 

「期待しているわ」

 

「頑張ってね!」

 

「う、うん……」

 

みんなの期待にことりはやる気のあるようにうなずいた。しかし、

 

「……不安、か」

 

ノートを見つめることりの瞳は揺らいでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてことりが隠していた不安は現実のものとなっていた。

先ほどからずっとペンを走らせて入るものの、それが歌詞になることはなくどんどん迷走している。

 

「ことりも穂乃果と変わらないセンスだったんだな……」

 

「ちょっ、それは私にもことりちゃんにも失礼だよゆうくん!?」

 

「だってなぁ…おまんじゅう、うぐいすだんご、もうあきた。だぞ?」

 

「う゛っ…それを言われると辛いけど……」

 

事実を突きつけられた穂乃果は苦い顔をする。

 

「まあ、こうしてことりが頭を悩ませているのを見ると海未のセンスがどれだけいいのかわかるな。さすが中学生にポエムを書くだけのことは――っ!?」

 

そこまで言うと、海未に首根っこをつかまれた。

 

「ふふふ、遊弥ぁ?」

 

ぎゅーっとにっこりと笑いながら力を籠める海未。

 

「褒めているのか貶めているのか、どっちなのかをはっきり聞こうじゃありませんか?」

 

イタイイタイイタイ――ッ!? なにこの力!! やばい、首がへし折れるぅぅ!?

 

「ご、ごめんなさい…少し冗談を入れてしまいました。でも海未がいつも頑張っていたのはよく理解できています」

 

「――っ、まったくっ、そう言っても誤魔化されませんからねっ!!」

 

少し顔を紅くしながらそっぽを向いて、海未は力を緩めてくれた。

俺は首を撫でつつ、もう一度ことりの様子を窺う。

 

「ふわふわしたもの可愛いな、はいっ! 後はマカロンたくさん並べたら? カラフルでしーあーわーせ♪ るーるーるーるー……ぐすっ」

 

やっぱり無理だよぉ!! と叫ぶことり。

 

「やっぱり苦戦しているようですね」

 

「うん……」

 

「創作活動は一日にして成らず、もう少し様子を見てみようか」

 

「うぅ…穂乃果ちゃん、海未ちゃん……」

 

助けを求めるようなことりの声が静かな教室に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、ことりはずっと歌詞作りに頭を悩ませていた。

授業中も、昼休みも、放課後も……先生から注意されるほどことりは考え込んでいた。

だが、それでも依然としてノートは真っ白だった。

ことりのため息が教室へと溶ける。

 

「やっぱり、わたしじゃ……」

 

心が折れかけていることり。今にもパンクしそうな彼女にどうしたものかと穂乃果と海未は眉を顰める。

 

「ねえゆうくん。どうにかことりちゃんを助けてあげられないかな……?」

 

「……今回ばかりは穂乃果たちが手を差し伸べるのは良くない」

 

「どういうことですか?」

 

「覚えているか、メイド喫茶でことりが言っていたこと」

 

二人は静かに頷く。

 

「自分には何もない、ただ二人の後を付いているだけ――ことりはそう思っているんだ。俺たちから見たらそんなことないと思うけどな」

 

だが、俺たちはことりではない。ことりが何を考えて、何を思っているのか、それを本心から言葉で言ってくれないと知り得ないことだ。

 

「だから俺と絵里で考えたんだ。少しでも自分に自信が持てそうな、ことりが二人と足をそろえて並んで歩いているって胸張って言えるようなことをさせようって」

 

「それがアキバでのライブだったんですね」

 

海未が納得したように言う。

 

「でも、ゆうくん!」

 

穂乃果の言いたいことはわかる。だから俺は声のでかい穂乃果の口を押さえた。

 

「ああ…だがそれは少しお節介が過ぎたみたいだな。このままじゃことりはさらに自信を失いそうだ」

 

そういうことじゃなかったんだ、結局は。

俺は追い詰められていることりを見て、少し反省する。

 

「とりあえず、俺に考えがある」

 

俺は最初に穂乃果に耳打ちをする。

 

「ふむふむ……」

 

続いて海未。

 

「なるほど…」

 

俺の考えを聞いた二人は笑顔で頷いた。

 

「うん、いいと思う!」

 

「ええ、現状を打開するのに十分だと思います」

 

二人の了承を得たところで、俺はことりに歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことり」

 

「ゆーくん……」

 

「苦戦しているみたいだな。大丈夫か?」

 

「ゆーくん、わたし…わたし……う、うわーん!!」

 

俺の姿を確認するや否や、ことりは泣きながら腰に抱きついてきた。

 

「わっ…と、大丈夫そうじゃないみたいだな」

 

「ずっと考えてるんだけど、なにも思いつかなくてぇ、わたし、もう……!!」

 

「ああ、難しいよな。ことりずっと考えていたもんな」

 

俺は安心させるようにことりの頭を撫でる。

 

「でもなことり…一人じゃ無理って思うのなら頼ってもよかったんだ」

 

「うぅ、だってぇ……」

 

「助けて、って言ってよかったんだぞ?」

 

「でもそれじゃあ、なにも変わらないから! ずっと皆の後ろを歩いてばかりで、隣に並べない……!!」

 

そんなことない、なんて言葉をいまことりに言うのは無責任だ。

 

「せっかくゆーくんや絵里先輩がわたしの為に機会作ってくれたから、みんなも期待してくれてたから、それに応えなきゃって、わたし一人でやらなきゃって!」

 

そこまで気付いていたのか、ことり。

 

「だけど出来なかった……」

 

うな垂れることりはもう心が折れていたのだろう。そんな彼女を立ち直らせるのにはどうしたら良い?

 

「やっぱりわたしは――」

 

「ことり!」

 

「ぴっ!?」

 

その先は言わせまいと、俺はことりの方をギュッと掴んだ。突然のことに驚きと戸惑いでことりは身体をこわばらせている。

 

「それ以上は言ったら駄目だ、ことり」

 

「ゆーくん……」

 

「ことりは十分、皆の隣に立っているよ」

 

「そんなこと――」

 

「ある。ことりが気付いていないだけだ。そもそも、ことりが言う隣に並ぶって言うのはなんだ? 何かを成し遂げることか? それとも、穂乃果たちの前に立つことか?」

 

「それは…」

 

ことりは口を閉ざす。

やっぱり自分でも考えられてはいなかったみたいだ。漠然とことりがそう思い込んでいただけで。

 

「俺はな、ことりたち三人はちゃんと対等な関係を築けていると思っている」

 

「どうして?」

 

「人なんてそれぞれだ。穂乃果にも海未にもことりにも、誰かができて自分にはできないことがあるだろ?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「例えばそうだな…ことりの言葉で言えば、穂乃果は人を引っ張っていける。海未はしっかりとしていて真面目だ。だが穂乃果は加減を知らない時があって、海未は融通が利かない時がある」

 

思い当たる節はあるだろう? と問いかけると、ことりは申し訳なさそうだが頷いた。

 

「その点、ことりは穂乃果のように人を引っ張るような力や海未のようにしっかりしていないことがある。だが二人よりも柔軟な考え方ができて、着地点を上手く見つけることができる。自分では自覚ないと思うけどな」

 

でもそれはあの二人じゃ出来ないことだ。

 

「だからことりはしっかりと二人の隣にいる。俺はそう思っている」

 

「うん…」

 

「変わりたいって、新しい自分を見つけようとする努力は間違いじゃない。でもなことり、そこだけに囚われすぎて今の自分を全部否定するもんじゃない。今のことりだからこそある魅力もあるんだから」

 

「うん……!」

 

ことりはまた涙ぐんでいた。そして、今度はことりのほうからギュッと腕に力を入れてきた。

 

「ありがとうゆーくん。ありがとうね……」

 

涙を見せまいとすることり。

俺は彼女が満足するまで、その場を動くことはしなかった。

 

 

 

 

 

それから数分後、ことりはゆっくりと俺から離れた。

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん……ごめんね、わたしの涙で制服がぐちょぐちょに……」

 

俺の身体にことりが顔をうずめていたせいで、俺の制服は涙で濡れていた。

 

「別に気にするな。それで、どうする? 歌詞作り」

 

「えっと、その……」

 

ことりは顔を紅くして、もじもじとする。

 

「助けて、欲しいなぁって。手伝って、ください」

 

その言葉に俺は小さく笑う。

 

「そういうことで、穂乃果、海未。二人も手伝ってくれ」

 

そういう俺にことりはえっ!? と驚いた顔をする。

彼女の視線の先――教室の入り口には穂乃果と海未が立っている。

 

「二人とも、どうして……」

 

「ことりが心配でずっと様子を見てたんだよ」

 

なっ、と確認すると二人は笑顔で頷いた。

 

「水臭いですよ、ことり」

 

「ことりちゃん、一人が駄目ならみんなで考えよう! とっておきの方法で!!」

 

「とっておき?」

 

「そ、とっておきだ。ずっと同じ場所で考えるよりも、いろんなことをしたり、見たりしたほうが何かヒントが得られそうだろ。ということで――アキバに行こうか」

 

穂乃果と海未はことりの手をとって教室から出るのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回にお会いしましょう。




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アキバでのライブと新しいメイド爆誕




ども、燕尾です。
55話目ですね。






 

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様♪」

可愛らしいポーズと脳が蕩けそうな甘々ボイスで出迎えることり。

 

 

「お帰りなさいませ! ご主人様!!」

元気いっぱいで満面の笑顔の穂乃果。

 

 

「お帰りなさいませ…ご主人様……」

周りに花が咲いていそうな、おしとやかな海未。

 

 

 

 

 

――そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

姿勢を正して優雅な大人の女性のように振舞うのは変態こと、俺。

 

俺たち四人は同じメイド服を纏いつつ個性を前面に押しながら客を出迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――って、なんでだよ!!!!」

 

俺はバックヤードでかつらを叩きつけて叫んだ。

 

「だ、駄目だよゆーくん! 素の声で大きな声出しちゃ!! ほら、ちゃんと格好を整えて!」

 

ことりが慌てて俺にかつらをかぶせてくる。

 

「この状況で普通に続行を求めてくるお前に俺は軽く恐怖しているよ、ことり」

 

普通疑問に思うよな? 男がメイドだぞ!?

 

「大丈夫、今のゆーくんはどこからどう見ても綺麗なメイドさんだから!」

 

「そういう問題じゃねーよ!!」

 

だっておかしいだろ!? どうして俺がメイド服で接客しないといけないんだよ!!

 

いや、落ち着け俺。こうなったのはことりだけが原因ではない。むしろ大元は――

 

「驚きだよ、君の人気がうなぎ上りだわ。遊奈(ゆな)さん」

 

目の前にいるメイド長という名札をつけたメイド――この店の店長だ。

この人間こそが俺を無理やりメイドの"遊奈"にしたのだ。

 

「いやー、久々に逸材を見つけたよ。最初にうちの店に来てくれたときに化粧栄えすると思っていたのだが、まさかここまでアフターするなんて。遊奈さん、才能あるよ」

 

「そんな才能要らねぇ」

 

満足げに頷く店長だが、俺からしたらたまったものじゃない。変態共()が俺に向けてくる視線は思い出すだけでも怖気が奔る。

 

「でも本当にすごいですよ、店長さん。ゆーくんを綺麗な女の子にしちゃうんですから」

 

ちょっと自信なくしちゃいます……と虚ろな目で呟くことり。

 

「長袖と丈の長いのメイド服で隠せば男だとまずバレない。覚えておくと良いよ」

 

「覚えたくもない」

 

「線が細くて身体も引き締まっているし、君なら脚出しとかのギリギリのラインを攻めても大丈夫そうだ」

 

「攻めないから!!」

 

「この短時間でミナリンスキーちゃん――ことりちゃんと同じくらい成果を挙げているんだ、やらないでどうする!?」

 

年上の女性にこんなこと言うのはあれだけど、うるせーよ。

 

「これはことりちゃんに次いだ伝説のアキバメイドの誕生かな?」

 

「誕生しない。今日一日だけの限定だ。こんちくしょう」

 

もはや年上と言うことを忘れたように俺は店長に噛み付く。

 

「でもゆうくん、ノリノリでメイドさんやってたよね?」

 

「そうですね。まさしく心が女の子になってましたよ。はっきり言って引きました」

 

そんな俺にバックヤードに戻ってきた穂乃果と海未が言う。

引くなよ、引かないでよ。俺だって本意じゃないんだから。

 

「声まで女の子だったもんね」

 

「まさかあなたがあんな女の人の声が出せるとは思いませんでした」

 

「そういう技術があるんだよ。最も、遊奈さんは最初から習得していたみたいだけどね?」

 

怪しい瞳で見てくる店長。俺は観念して白状した。

 

「必要だったから覚えただけですよ」

 

その必要になった理由はろくでもないのだが、そこまで言う必要はない。

 

「ま、声真似の域を出ないとは思うが、たとえば――こんな風にね」

 

俺は声を穂乃果のものに変える。

 

「わっ! 穂乃果の声だ!?」

 

「皆の心を撃ち抜くぞ♪ ラブアローシュート!!」

 

続いては海未。

 

「……」

 

「海未ちゃん、穂乃果ちゃん、おねがぁい!」

 

最後にことり。

 

「わぁ! 海未ちゃんの声もわたしの声もそっくりだよゆーくん!」

 

「と、まぁこんな感じだ。老若男女問わず変えられる」

 

ただし相当喉に負担が掛かる。今でこそ簡単にやっているが、使い始めた頃は何度か喉を壊したこともあった。

 

「器用だね、遊奈さん。もしかしてロリっ子系もできるの?」

 

「やりませんよ? だからそのゴスロリ風仕立てのメイド服はしまいましょうか?」

 

できると思うけど丁重にお断りする。メイド服で接客(こんなことをする)なんて今回限りだ絶対。フラグじゃないよ? ホントだよ?

 

「ゆうくんゆうくん」

 

迫り来る店長を回避しているところで穂乃果に肩をとんとん、とされる。

 

「どうした穂乃果?」

 

「逃げた方がいいんじゃないかな? じゃないと――」

 

あれ、と穂乃果はある方を指差した。その指先には

 

「ふ、ふふ……フフフフフフフ………………!!」

 

うつむいて肩を震わしながら不気味に笑う、海未。

ゆらりゆらりと体を左右に揺らしてにじり寄ってきている。そしてその手には――氷を砕くためのアイスピックが。

 

「おおお落ち着け海未。ちょっとしたジョークだから、オチャメな冗談だから!」

 

「ふふふ、遊弥。あなたは本当に……そんなに撃ち抜いてほしいならお望み通り、撃ち抜いてあげますよ」

 

それ撃ち抜くものじゃないから! 貫くものだから!!

そんなもので心貫かれたら、死んじゃうから!

 

「さぁ、遊弥……覚悟してください?」

 

海未が覆い被さってくる。

この日俺は、三途の川を見た――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――と、いうこともなく海未によるきついお仕置きが敢行された。その内容は、

 

「ちょっと、これは流石に駄目だろ…男だって絶対バレるって……!!」

 

俺は脚をもじもじさせて短い(・・)スカートの裾を押さえる。

 

「なんかこれスースーするし、恥ずかしいし、女子っていつもこんな思いしてるのか……!?」

 

涙目で歯を噛み締める。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。それとスカートはいている女子を尊敬してしまう自分がいた。

 

「か、可愛い……」

 

「やっておいてなんですけど、これは、流石に……」

 

「やーん、ゆーくん可愛すぎるよぉ!!」

 

「うむ、やはり私の見立てに狂いはなかったみたいね」

 

穂乃果たちが集まって何か言っていたみたいだが、俺はそれどころじゃなく、聞こえていなかった。

こうなったら仕方ない。土下座してでももとのメイド服に戻してもらわねば。

ん? プライドがない? そんなものは最初にメイド服来たときに全部捨てたわ。

 

「海未、謝るから…長いスカートに戻させてくれないか……」

 

「だ、駄目です…今日残りの時間はそれで過ごしてもらいます!」

 

そう宣言した瞬間、お客が入ってきたことを知らせるドアベルが鳴った。

 

「ほら、ゆーちゃん! お客さんが来たみたい!!」

 

するとことりが俺の手を取って、ホールへと導いていく。

 

「ちょっと待て、俺は厨房に徹するから! お願いします、フロアは勘弁してください!!」

 

というか、ゆーちゃん言うな!

 

「そんなに可愛いんだもん、表にでなきゃ損だよ遊奈ちゃん! ほら、声作って作って!!」

 

「穂乃果、お前今わざとネームで呼んだな!?」

 

背中から押す穂乃果に俺はキレる。

 

「ほら遊奈、お客様を待たせてはいけませんよ?」

 

「男ってバレたら損害賠償支払ってもらうからね?」

 

「なら海未がホールに出て厨房にいさせろ!?」

 

抵抗むなしく、俺はフロアへと連れ出された。

 

ええいっ、男萩野遊弥! 覚悟を決めろ!!

 

俺は喉の調子を整えて、臨戦態勢に入る。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

満面の笑みで入ってきた客を出迎える。

 

「にゃー!! 遊びにき…た、よ……?」

 

「……遊弥先輩?」

 

「……」

 

俺の笑顔が凍りつく。目の前にいたのは花陽と凛だった。

 

「なにしてるの遊弥くん……?」

 

「これはこれは、なかなか面白いことしてるやん?」

 

絵里に希先輩まで、次々とμ'sの皆が入ってくる。

 

「先輩にそんな趣味があったのね?」

 

「でも、すごく綺麗です……」

 

真姫の蔑むような視線に花陽の一歩引いたような目が突き刺さる。

やばいやばいやばい、先輩としての尊厳どころか人として、男としての尊厳がなくなってしまう!! ここは何とかしてでも誤魔化さなければ!!

 

「始めましてお嬢様方。私の名前は遊奈(・・)と申します。最近このメイド喫茶で働き始めた新人のメイドです」

 

恭しく礼をする俺に皆は目を白黒させる。

 

「えっ、遊弥先輩じゃないのかにゃ?」

 

「遊弥? 一体誰のことでしょうか? 名前からして男との人だと窺いますが、私は歴とした女ですよ」

 

「そ、そうなんですか。すみません…知り合いの先輩の面影によく似ていたので……」

 

一緒に騙されてくれた花陽が謝ってくる。

 

「お気になさらず。では、お席にご案内しますね。こちらへどうぞ」

 

そこに多少の罪悪感はあるが、今はそれよりも誤魔化すことが何より重要だ。

 

「……」

 

「ふふふ…」

 

絵里の呆れた視線と希先輩の面白がっている視線を背に感じる。どうやらこの二人は騙せないようだった。

 

「さてさて他の新人さんも入ったみたいだし、早速取材を…」

 

希先輩は一頻り面白がったのか、ターゲットを海未へと逸らす。

 

「やめてください! というか、どうして皆が……」

 

「私が呼んだの」

 

ほほう、この原因は穂乃果のせいだと…後で懲らしめてあげないといけないな。

 

「アキバで歌う曲なら、アキバで考えるたほうがいい……よく考えたわね」

 

「考えたのはゆうくんですけど」

 

「その遊弥くんはどこにいるのかしら?」

 

絵里のやつ、分かってて聞いているな。俺は内心冷や汗が止まらない

 

「ゆーくんは用事があってここにはいないです」

 

さすがに不憫に思ってくれたのか、ことりがフォローに入ってくれる。

 

「それではミナリンスキーさん、穂乃果さん、海未さん。私は厨房に行きますので、後はよろしくお願いします」

 

胃が痛くなってきた俺はそそくさとこの場を離れる。

 

「あ、ゆうちゃん!」

 

すると穂乃果が慌てて俺を呼び止める。というか――

 

 

ゆうちゃん言うな! バレるだろうが!! いや、もうバレてるところあるけどさ!!

 

 

俺はもう嫌だと言わんばかりにホールから逃げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未さんや…」

 

俺は隣で一緒に皿洗いしている海未に話しかける

 

「厨房なんですからその声で話しをしないでください、すごい違和感を感じます」

 

「海未たちが嫌がる俺にさせたのに、酷くないですか?」

 

辛辣な海未に思わず声を変えたままでつっこむ俺。

 

「それで、どうしたんですか?」

 

「海未って人前とかこういうこと(メイド服で接客)があまり得意じゃなよな?」

 

「…まあ、そうですね。自分から進んでやろうとは思いません。それがどうかしたんですか?」

 

「いや、その気持ちがよく分かったような感じがして。嫌だよな…人前に出るのは……本当に、やだよな……!」

 

「……なんか、すみませんでした。遊弥」

 

涙をホロリと流す俺を見て海未は顔を引きつらせながらも謝ってきた。

ああ、心の汗が止まらないや……本当に、どうしてミニスカのメイド服で働いているのだろうか。

 

「ちょっと二人とも!!」

 

そんなセンチメンタルな気分に浸っていると、穂乃果がプリプリと怒りながらやって来た。

 

「さっきから洗い物ばっかり、お客さんとお話しなよ!」

 

図一と迫ってくる穂乃果に仰け反りながらも、俺らは反論する。

 

「仕事はしているから問題ない!」

 

それに俺がこの姿であの男共と話すこと自体が苦痛で仕方ない。

 

「そうです、遊弥の言う通りです! 本来メイドの仕事というのはこういうものがメインでしょう!?」

 

「また屁理屈言ってる……」

 

「海未ちゃん、ゆーちゃん、これもお願い」

 

そんな小さい言い争いをしているところにことりが洗い物の追加を持ってくる。

 

「っ、はい!」

 

「分かった」

 

「……二人とも」

 

普通に返事をする俺ら。だが、そんな俺たちをことりは注意した。

 

「駄目だよ。ここにいるときは笑顔を忘れちゃ駄目」

 

「しかし、ここは…」

 

「例え見えてないところでも、心構えが大事なの」

 

「は、はい…」

 

「そうだな。ごめん」

 

ことりの言うことを素直に受け入れる俺……って、違うだろ?

 

「ことりさんや。海未はともかく、俺は勘弁してください」

 

この格好のせいなのはわかるが、この子達は俺が男だってことを忘れすぎだ。

だが、そんな俺の言い分をことりが許してくれるわけもなく――

 

「だめよ♪」

 

そうバッサリと切り捨てられた、くそぅ!

 

「ふふっ」

 

そんな俺らのやり取りを見て穂乃果が小さく笑った。

 

「やっぱりことりちゃん、ここにいるとちょっと違うね」

 

「えっ? そうかな?」

 

ことりは首を傾げるが、穂乃果はそうだよと肯定する。

 

「別人みたい! いつも以上に活き活きしてるよ!」

 

確かに。心なしかことりは活き活きしている。本当にこの仕事を楽しんでいるようだ。

 

「……うん、なんかね? この服を着ているとできるっていうか、この街に来ると不思議と勇気がもらえるの」

 

ことりは実感がなかったのか少し考え込むようにいう。

 

「もし、思い切って自分を変えようとしても、この街ならきっと受け入れてくれる気がする、そんな気持ちにさせてくれるんだ。だから好き!」

 

ことりのまっすぐな気持ちに俺と穂乃果はお互いの顔を見合わせるも、すぐに頷いてことりに言った。

 

「ことりちゃん! 今のだよ!!」

 

「えっ?」

 

「今ことりちゃんが言ったことをそのまま歌にすればいいんだよ!!」

 

「ことりがこの秋葉原の街を見て思ったこと、感じていること、自分でいま思っている気持ちをそのまま歌にしたらいいんじゃないか?」

 

「私の気持ちを、歌に……」

 

ことりは一瞬呆気に取られていたが、なにか天啓を受けたかのようにその表情が変わった。

 

「うん! わたし、なんか出来そうな気がする! 今からすぐにでも書きたい気分!!」

 

「だったら書いたほうがいいよ、ことりちゃん! こっちは私たちに任せて!!」

 

「えっ、でもまだお仕事中だし…」

 

まだシフト上がりの時間まで一時間以上ある。ここで放り出すのはよくないのは理解しているのだろう、躊躇うことり。すると、

 

「こっちのことは任せて」

 

いきなり現れた店長が俺の両肩にがっしりと手を置いてそういった。なんか嫌な予感がする。

 

「後は遊奈さんに頑張ってもらうから、ミナリンちゃんは自分のやりたいことをやってくるといいわ」

 

「え゛っ!?」

 

嫌な予感的中!! 

 

「そういうことなら……」

 

「なに納得してるんだことり! ほら、一緒に頑張って働こうじゃないか!!」

 

「大丈夫だよゆうちゃん! ゆうちゃん、とっても可愛いから!!」

 

そういう問題じゃないんだよ! このアホのかがっ!!

 

「君はミナリンちゃんのために頑張って上げようとは思わないのかい? そんな薄情な男なのかい?」

 

「こ、こんなときだけ男を出してくるとは卑怯な……!」

 

「ふっ、なんとでも言うといいわ。私は頑張る女の子の味方だから。あなたは違うのかしら?」

 

くっ、そういうふうに言ったら相手が断れないのを知って言っているなこの店長。

 

「だぁ! わかったよわかりましたよ!! フロアに出りゃいいんだろ!!」

 

俺はやけになって叫んだ。

 

「ゆーくん…」

 

申し訳なさそうに言うことり。そんな彼女の頭に俺は手を置いた。

 

「こっちは気にせず、自分のやりたいことをして来い。その代わり、しっかりやり遂げろよ?」

 

「うん、ありがとう……」

 

そう言ってことりは事務所へと下がっていった。

俺も両頬をパンッ、と叩いて気合を入れて気持ちを切り替える。そして、

 

「お帰りなさいませ――ご主人様」

 

俺は戦場へと足を運んだ。プライドも、男としての羞恥心も、何もかもをかなぐり捨て、俺は女の子メイド"遊奈"として従事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、無事ことりは歌詞を完成させることができ、アキバでのライブは大成功を収めるのだった。

 

一人の人間の、尊厳を犠牲にして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキバでのライブが終わり、俺たちは四人で神社へと足を運んでいた。

理由なんてない。ただ、ここに来たかったからそうしていた。俺たちは横に一列になって境内から離れた街並みを眺めていた。

 

「上手くいってよかったね~これもことりちゃんのおかげだよ」

 

「ううん。わたしじゃないよ みんながいてくれたから、みんなで作った曲だから」

 

「そんなこと……」

 

そんなことない、と言いそうになった穂乃果は途中でやめた。

 

「でも、そういうことにしとこうかな」

 

「穂乃果」

 

そういう穂乃果を海未は窘めるが、ことりは嬉しそうに頷いた。

 

「うん、そのほうが嬉しい!」

 

「ことり……」

 

本当にことりが望んでいたことを理解した海未は呆れたようにしていたが、三人は笑いあった。

小さな風が肌を撫でる。巫女さんや神主さんたちも帰り、静寂に包まれたこの場所はまるで別世界に感じた。

 

「ねぇ、こうやって四人並ぶとあのファーストライブの頃を思い出さない?」

 

するとことりがそんなことを言った。

 

「うん」

 

「あのときはまだ、私たちだけでしたね」

 

「そうだな。随分と賑やかになった」

 

穂乃果たちと再会して、皆と出会い繋がって、楽しいと思える時間が確実に増えている。

この時間がずっと続けばいいのにと、そう思えるほどに。

 

「あのさ…私たちっていつまで一緒にいられるのかな……?」

 

だが、そう思うこそそんな不安が現れる。小さい声だが、ことりは確かにそういった。

 

「どうしたの急に」

 

「だって、高校生活もあと二年もないんだよ?」

 

「それはしょうがないことです」

 

そう。海未の言う通り仕方の無いことだ。人は成長して、その成長に見合った人生を歩んでいくのだから。だからこそ……

 

「大丈夫だよ!」

 

すると穂乃果がそんな不安を打ち消すようにことり抱きついた。

 

「だって私、ずっとずっとことりちゃんと海未ちゃん、ゆうくんと一緒にいたいって思ってるよ。大好きだもん!!」

 

「穂乃果ちゃん…」

 

ことりは涙目になりながらも穂乃果の背に手を回した。

 

「うんっ、私も大好き! ずっと一緒にいようね!!」

 

「ええっ!」

 

そう誓い合う三人。しかし、その輪に俺は加われなかった。

 

「……」

 

穂乃果やことり、海未の一緒にいたいと思う気持ちは尊いものだ。深く関わり、仲良くなればなるほど誰もがそう願うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが――いつか必ず、終わりは来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが早いか遅いかはわからないが、そのときは必ず来る。

 

永遠なんてものは存在しない。そんなものは本人が映し出すただのまやかしでしかない。

 

大好きだから、一緒にいたいと思うから――それだけでいられるほどこの世界は上手くできていない。だからこそ、今をどう過ごすかが大切になってくる。

 

その上でこの先をどうしていくのかを決めていくのだ。そしてその選択からは決して逃れることは出来ない。自分たちの気持ちとは関係なく、まるで強要するかのように迫ってくる。

 

 

そのことをこれから彼女たちは知っていくことになるだろう。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではでは、また次回を待つがよろし。



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いざ、海へ!



どうも、燕尾です。
56話目です。





 

 

 

季節は夏真っ只中。梅雨も終わり照りつける太陽に恨みをぶつけたくなる今日この頃。いつも通りに練習の手伝いに向かっていったところで屋上への入り口前に皆が集まっているところを発見する。

 

「あ、ゆうくん!」

 

「皆して入り口のところで何しているんだ? 屋上、出ないのか?」

 

「いえ、それが……」

 

海未が言いづらそうにしていた。いや、海未だけではない。皆が外を見て苦虫をかんでいるような顔をしていた。

 

「外が暑すぎるのよ」

 

にこ先輩が外を指差す。太陽に近い場所というのもあって屋上は地上より陽炎がゆらゆらしているのがはっきりと見える。たしかに、これで外に出ようとはあまり思わないだろう。

 

「それなら今日の練習はどうするんだ? 部室でやるにしても通し練習ができるほど広くはないだろ?」

 

「だから困っていたのよ……」

 

肩を落とすにこ先輩になるほど、と俺は頷く。まあ、外で動き続けたら熱中症の心配もあるし、女の子であれば日焼けなどの心配もあるだろう。どこか良い場所があれば解決なのだが。そんな都合の良い場所はすぐには思いつかなかった。

 

「せめて涼しい場所や暑さを凌げるような場所を見つけられればいいんだけどな」

 

「そんな贅沢言ってないで早くレッスンするわよ。悠長に場所を選んでいる暇もないんだから!」

 

絵里、前のめりになる気持ちはわかるけど少し落ち着けよ。そんな声出すと――

 

「は、はいぃ!」

 

ほら、花陽が怯えて凛の後ろに隠れた。

 

「――っ、花陽? これからは先輩も後輩もないんだから、ね?」

 

小動物のように怯える花陽の姿を見て、困ったように笑いながら取り繕う絵里。

まあ今のは絵里が悪いのだが、俺は今の様子を見て思った。この状況はよろしくない、と。そう考えたとき、穂乃果がいきなり声を上げた。

 

「涼しい場所……そうだっ、合宿だよ! 合宿行こうよ!!」

 

「はぁ? なに急に言い出すのよ?」

 

「ああ、なんでこんないいこと早く思いつかなかったんだろ!」

 

にこ先輩のツッコミをスルーする穂乃果。

 

「合宿かぁ…面白そうにゃ!」

 

「そうやね。こう連日炎天下での練習だと、身体もきついし」

 

「でも、どこに…?」

 

合宿するにも色々と越えないといけない壁がある。分かりきってはいるが穂乃果はそこらへんをなにも考えてはいないのだろう。

 

「海だよ! 夏だもの!!」 

 

なるほど、涼しいところと言うので海は納得できる。海岸近くのホテルや旅館を取れば泊まる場所も確保できるし。

 

「費用はどうするのです?」

 

「それは……」

 

海未の一言に穂乃果の顔が歪む。うん、まあそこだろうね、一番の問題は。

すると穂乃果はことりの手を引っ張りなにやら耳打ちする。

 

「ことりちゃん、バイト代いつ入るの?」

 

「ええ!?」

 

「…ことりを当てにしていたのですか?」

 

「違うよ、ちょっと借りるだけだよぉ!」

 

「穂乃果だって家の手伝いしているんだから小遣いとかはもらっているんじゃないのか?」

 

そういうと穂乃果は目を逸らした。まあ穂乃果らしいといえばらしいけど、こいつ、貯金できないタイプか。まあ、毎日パンを買い続ければそうなるか。

呆れる海未。だが、それだけで穂乃果はへこたれない。

 

「そうだ! 真姫ちゃん家なら別荘とかあるんじゃない!?」

 

「え? まあ、あるけど…」

 

急に白羽の矢が立てられた真姫はどうなの、というような穂乃果の視線に面倒くさそうにあると答える。

 

「おおっ、ほんと!? 真姫ちゃん、おねがーい♪」

 

「ちょっと待って!? なんでそうなるの!?」

 

猫撫で声で頬ずりしてくる穂乃果を真姫は引き剥がそうとする。

 

「そうよ、いきなり押しかけるわけにはいかないわ」

 

「うっ…そう、だよ…ね……あはは……」

 

至極真っ当な絵里の言葉に穂乃果がだんだんと(しお)れていく。

捨てられた子犬のような濡れた瞳で真姫を見つめる穂乃果。いや、穂乃果だけではなくほかのみんなも何か期待するように真姫を見つめていた。

 

「……仕方ないわね、聞いてみるわ」

 

そんな視線に真姫は早々に折れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、真姫さんや? どうして私を引き摺っていくんですかね?」

 

帰り道。今日の練習も終わりそれぞれ解散していくとき、穂乃果たちと帰ろうとした俺の首根っこ掴んで引っ張っていった真姫に俺は今さらながらの疑問をぶつける。

 

「パパとママが久しぶりにあなたとご食事をしたいって言ってるの、別に私があなたと一緒に居たいからとかじゃないから」

 

「別に誰もそこまで言っていないんだが?」

 

「と、とにかく黙ってついてきなさい!」

 

仕返しっぽく言うとかおお紅くしながら引っ張る力を強める真姫。

 

「ぐえっ! わ、わかったから襟首引っ張らないでくれ!?」

 

なす術もなく俺は西木野低へと連れられる。

 

「ただいま」

 

「あら、お帰り真姫ちゃん――と、遊弥くん? いらっしゃい」

 

「こんにちは。以前はありがとうございました、美姫さん」

 

「別に気にしなくていいわよ。患者を診るのが仕事なんだから」

 

それでもだ。感謝の気持ちを忘れることなかれ。爺さんがよく言っていたことだ。感謝の念がなくなるのは人としての気持ちがなくなることと相違ないと。出会った当時はよく怒られたもんだ。

 

「それで、どうしたのかしら? 真姫ちゃんとお家デート? 私、二時間ぐらい家からいなくなった方がいいかしら?」

 

「違いますよ。というか美姫さんや先生が呼んだんじゃないんですか」

 

「えっ? なんのこと――」

 

「ママ! 今日朝に都合つきそうだから先輩連れてくるっていったわよねっ!」

 

美姫さんの声を遮るように声をあげる真姫。すると美姫さんは何かを察したらしく、意地の悪い笑みをし始める

 

「……あら、真姫ちゃん朝は練習があるからって急いで出ていったじゃない」

 

「~~~ッ!!」

 

「それに遊弥くんが家に来たのは真姫ちゃんが用事あったからじゃないのかしら?」

 

「ちょっ、ちが……」

 

「ふふふ、私やパパを口実にするなんて我が娘ながら可愛い――」

 

すると、真姫いはとんでもないスピードで美姫さんの肩を力強く掴んだ。

 

「ま、ママ…? 年をとって忘れっぽくなったのかしら。脳外科医に連れて行くわよ……?」

 

「真姫ちゃん? 顔が怖いわよ……?」

 

凄む真姫に冷や汗をたらして苦笑いする美姫さん。

 

「私は、パパとママが先輩と一緒にご飯を食べたいって言っていたから連れてきた。それで間違いないわよね?」

 

「え、ええ…間違いないから、肩放してもらえるかしら……? すごく痛いわ」

 

そんなに取り繕わなくてもいいのだが、真姫の性格からしてそれも難しいのだろう。強引過ぎる真姫のやり口に俺はただただ苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別荘を使いたい?」

 

西木野先生が帰ってきて、ご相伴に預かっているときに真姫が切り出した。

 

「確か海辺にひとつあったわよね?」

 

「あるにはあるんだがどうしてまた…ああ。部活関係かい?」

 

「ええ。部活の合宿で使いたいの。駄目かしら?」

 

「いや、構わない。構わないが…」

 

そこで西木野先生は俺に視線を向ける。それだけで言いたいことは大方分かった。

 

「あ、もちろん俺は行かないので安心してください」

 

「えっ!?」

 

「何で驚いているんだよ、真姫」

 

「どうしてそんな結論になるのよ!」

 

「いや、どうしてって…普通に考えて駄目に決まってるだろう」

 

合宿とはいえ女の子と男が一つ屋根の下で外泊とか、問題しかない。

 

「あなただってアイドル研究部の一人でしょ。なら部活の合宿に行くのは当然じゃないかしら?」

 

「理屈は間違ってないが優先されるのは倫理だよ」

 

むう、と不服そうにむくれる真姫。それでも駄目なものは駄目だ。

 

「二人とも、少し落ち着きなさい」

 

仲裁に入る西木野先生。

 

「まだ私は"構わないが"としか言っていないよ」

 

「……なにか条件があるんですよね?」

 

言葉のニュアンスは分かっていた。そしてその条件が俺が同行しないことのはずだ。というかどう考えてもそれしかないだろう。

 

西木野先生は頷いて口元を緩める。

 

「その条件は――遊弥くんが一緒に行くことだ」

 

「――は?」

 

何を告げられたのか分からず、俺の思考が停止した――

 

「えっ? ちょ…西木野先生? いまなんて言いました?」

 

「条件は遊弥くんが一緒に行くことだよ」

 

「……パードゥン?」

 

「現実逃避はやめなさい」

 

だって、おかしいだろ。どうして条件が俺が付き添うことなんだよ!?

 

「彼女たちにも男手や守り手は必要だろう。それに、君が真姫を含め部活の子達にひどいことなんてしないだろう?」

 

「いや、確かにそうですけど…世間体と言うものがあるでしょう」

 

「まあ、それはもっともなんだけどね」

 

「だったら――!」

 

「それ以前に父親というものは往来にして娘の味方なのだよ」

 

意地の悪い笑みを向けてくる西木野先生に、俺は唖然とする。どうやっても目の前の城を崩せる自信がなかった。というか、それが本音だろう絶対。

俺はため息吐きながら軌道修正を図る。

 

「条件はわかりました。ですがほかのメンバーを蔑ろにすることはできません。もしほかの子達が一人でも嫌と言うなら俺は同行できません」

 

そこだけは譲れないと強調する。そして俺は西木野先生に反撃に出た。

 

「西木野先生、娘の味方なら何が最善なのかはわかるでしょう?」

 

そういうと先生は少し考える素振りをした後、小さく頷いた。

 

「わかった、その場合でも別荘を使うのを許可しよう」

 

言質をとったことに俺はにやりと笑う。

ふっふっふ。策士策に溺れるとはこのことですよ、西木野先生。

俺の家に泊まったことのある穂乃果や海未やことりの幼馴染たちは俺が行くことを何の疑問も持たずに賛成するだろう。だがしかし、花陽や凛、にこ先輩や希先輩や絵里はまだわからない。特に男の人が得意ではない花陽とありもしないスクープを意識するにこ先輩は拒否する可能性が高い。というか、確実に拒否するだろう。

 

「くっくっく…完璧だぜ……」

 

「……本当に先輩って、わかってないわね」

 

勝ちを確信し悪役っぽい笑いを漏らす俺に真姫が呆れた視線を向けてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おはようございます」

 

合宿当日。俺は重い足取りで集合場所の駅にたどり着く。

 

「おはようゆうくん! 絶好の海日和だね!!」

 

「ああ、そうだな」

 

尻尾をパタパタ横に振っている犬のように駆け寄ってくる穂乃果に俺は小さく頷き空を仰ぐ。

 

「本当に、いい天気だ……!」

 

恨めしいほどに空は雲ひとつなく、太陽が神々しく輝いている。快晴というやつだ。

ちくしょう、俺の作戦は完璧だったはず。なのにどうしてこうなったのだ……!?

 

「どこが完璧よ。穴だらけだったじゃない」

 

絶望に打ちひしがれている俺に追撃を加えながら傍らにやってくる真姫。

というか、ナチュラルに心読んでくるのはやめてもらえませんかね。なに、幼馴染といい、希先輩や絵里といい、女の子ってみんな読心術でも持ってるの?

 

「ゆーくんが分かりやすすぎるんじゃないかな?」

 

「そうですね。私たちからしたら遊弥は分かりやすいときは実に分かりやすいです」

 

「おかしいだろ。穂乃果にことりに海未や話をつけてた真姫、特に考えなしの凛はまだ分かるがどうして他の皆までオッケーなんだ……」

 

「遊先輩、凛のこと馬鹿にしてるにゃ?」

 

ソンナコトナイニャー、リンハイイコスナオナコダカラニャー。

じと目を向けてくる凛から目を逸らし、俺は絵里、希先輩、にこ先輩、花陽の四人に問いただす。

すると真姫が自分の家で見せた呆れた目を俺に向けてくる。いや、その四人だけではない。この場にいる全員がそんな目をしていた。

 

「それに遊弥くんが本気でそれを言ってるのなら呆れもするわよ」

 

代表するように絵里が言った。

 

「遊弥くん、あなただってアイドル研究部の部員でμ'sの大切なメンバーの一人。嫌がるわけないじゃない」

 

「ま、そういうことよ。これが他の男だったらお断りだけど、あんたなら拒む理由はないわ」

 

「それに、遊弥くんはうちらにひどいことなんてしないやろ?」

 

「私も、遊弥先輩なら大丈夫です」

 

俺は言葉が出なかった。

皆の優しさは直視できないほど眩しかった。

 

「……」

 

だからこそ心配になってくる。皆の優しさを、皆の善意を理解できない人間が現れることに。

彼女たちはまだ知らない。この世界は善意以上に悪意に満ちていることを。そしてそれを形成しているのはほかでもない俺たち人なのだ。だからこそ俺は、自分が今回の合宿についていくことを良しとしなかった。まあもっとも、西木野先生には読まれていたみたいだが。

最低でも別の宿泊施設があればよかったのだが、十キロ周辺ほどにそんな施設はなかった。

 

「こーら、遊弥くん」

 

「いたっ」

 

考え込んでいたら、絵里が俺の額を指で軽く弾く。

 

「眉間に皺が寄ってるわよ?」

 

トントン、と自分の眉間を指で指して微笑む絵里に俺はポカンとする。

 

「遊弥くんが心配していることもわからなくはないわ。だけどそれ以上に私も、皆も、あなたと一緒にいたいの」

 

「絵里…」

 

「だから、難しいこと考えるのはそのとき起こってからにしましょう? 今を楽しまないと」

 

ね? と言う絵里に俺は呆気にとられる。

 

「……前までの絵里とは大違いだな」

 

「ふふ…そうね、素直になるって決めたもの。肩肘張ってても楽しくないって言ったのは遊弥くんよ?」

 

恥ずかしさからついそんな口が出てしまうが、絵里はそれすらも受け入れて笑った。本当に良い方向に絵里は変われている。

 

「わかった。わかりました。俺の負けだよ」

 

両手を挙げて降参のポーズを取る俺に皆が顔を綻ばせる。

 

「それじゃあ遊弥くんも納得したことだし、出発――する前に、一つやるべき事があるの」

 

『やるべきこと?』

 

やるべきこと、と言う絵里に希先輩以外の皆は首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 







もう年の瀬ですね。早いものです。
インフルエンザには気をつけてください。

ではまた次回に~



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先輩禁止



年末です、燕尾です!
年の瀬、今年も後数時間! 皆さんはどうお過ごしでしたでしょうか?

ギリギリの更新です!





 

 

電車に揺られ、バスに載ること約二時間。俺たちは真姫の家が所有する別荘についた。だが俺たちは呆然と立ち尽くしていた。というのも、

 

「うわ~おっきいねぇ!」

 

「これ、全部所有地なのですか……!?」

 

そう。俺たちの想像以上に西木野家の別荘は大きく、圧倒されていたのだ。

 

「これ建てるのに一体いくら掛かっているんだ……?」

 

「遊弥くん、いくらなんでもその考えはどうかと思うわ」

 

土地代やら建築費やらを考えていると、隣にいた絵里から窘められる。

仕方ないじゃん。一般庶民にはこういうものには縁がないんだから!

 

「真姫ちゃんち、すごいにゃ~…」

 

「そう? 別に普通でしょ?」

 

いや、絶対普通ではない。少なくとも今いるμ'sと俺を合わせてこんな別荘を持っているのは西木野家だけだ。

 

「とりあえず案内するわ。行きましょ」

 

そんな真姫の一声で皆が後をついていく。

 

「ぐぬぬぅ~!」

 

ただその中で一人だけ――にこ先輩だけはなぜか悔しそうに唸る。

 

「ほら、にこ先輩。さっさと行く――あだっ!?」

 

促しただけなのに、にこ先輩からビシッと頭を叩かれた。

 

「先輩、禁止でしょ?」

 

俺は苦虫を噛み潰したような顔になり、どうしてこうなったのだろうという考えが先行する。

先輩禁止――という話しが上がったのは真姫の家の別荘に向かう前のことだった。

 

 

 

 

 

「えぇ!? 先輩禁止!?」

 

駅構内に穂乃果の声が響く。穂乃果だけじゃなく、希先輩と絵里を除いた全員が驚いていた。そんな中、絵里は笑顔で頷いた。

 

「もちろん先輩後輩は大切だけれど、ライブのときとかにそういうのを意識したら駄目だと思うの。だからこれを機に先輩後輩の垣根を取り払ってしまったほうがいいかなって」

 

「確かに、私も三年生に合わせてしまう部分がありますし。普段の生活で取り払うというのはいいと思います」

 

絵里の提案に納得して賛同する海未。だが、そんな海未に異を唱えたものが一人いた。

 

「そんな気使いまったく感じなかったんだけど?」

 

絵里と希先輩より早く入ったにこ先輩だ。だが、それは仕方がないことだと俺は思っていた。

 

「それは、にこ先輩が先輩って気がしないからにゃ」

 

俺の気持ちを代弁したのは凛だった。いや、俺だけじゃなく全員が思っていたことでもあるのだろう。皆小さくうんうんと頷いていた。

 

「先輩じゃなきゃなんだって言うのよ!?」

 

噛み付くにこ先輩に凛はうーんと少し考え込んだ後、

 

「後輩?」

 

「っていうか、子供?」

 

「マスコットかと思ってたけど」

 

「意地張るちびっ子だな」

 

「どういう意味よあんたたち!」

 

凛に続いて言う穂乃果と希先輩、俺ににこ先輩が噛み付く。

 

「言ったとおりの意味です。にこ先輩が上だと思うのは年齢ぐらいですね」

 

「そりゃそうよ! あんたより先に生まれたんだからそうに決まってるでしょうが!!」

 

「まあ、にこが騒いでいるのは置いておいて…そういうわけで、先輩禁止を今から始めるわよ――穂乃果!」

 

「は、はいっ。いいと思います! えっと、えーっと…え、絵里ちゃん!」

 

絵里に名指しされた穂乃果は詰まりながらも先輩を取っ払う。そして恐る恐る絵里を見る穂乃果に対して、彼女は笑顔で頷いた。

 

「はぁ~…緊張したぁ……」

 

上手くいったことにほっとする穂乃果。そして穂乃果の流れに乗って凛が手を上げた。

 

「それじゃあ凛も! こほん――ことり、ちゃん?」

 

やはり緊張するのだろう。言葉がだんだんしぼんでいくが、それに対してことりは優しく笑った。

 

「はい、よろしくね凛ちゃん。真姫ちゃんも」

 

「ヴェ!?」

 

ことりからの唐突なパスに真姫が動揺する。皆の視線が集まるが、真姫は顔を紅くしてそっぽを向いた。

 

「べ、別にわざわざ呼んだりするものじゃないでしょ!」

 

恥ずかしがっているのがバレバレな真姫に皆が苦笑いした――

 

 

 

 

 

――ということが出発前にあったのだ。いい提案ではあるのだが、

 

「やっぱり、俺もやらないといけないのか……?」

 

「もちろんや。遊弥くんだけ例外なんてないで?」

 

ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる希先輩。

 

「ほら、また希先輩って()うやろ?」

 

怖いよ、どうしてそんな地の文にまでわかるんですか。またスピリチュアルパワーっすか。

 

「ほら、言うてみ――希、にこって。あと敬語もなしやで?」

 

迫られた俺は苦い顔をする。改まって言えと言われるとなんだか気恥ずかしさが感じられるのだ。

 

「「……」」

 

じーっと上目遣いで揃って見つめてくる希先輩とにこ先輩。あんたら仲いいな、おい。

 

「それじゃあ、まずは……にこ」

 

俺はこほんと咳払いしてにこ先輩――もといにこの名前を呼ぶ。だが……

 

「え、ええ……」

 

……うん、つぎいってみよう。

 

「次は…希」

 

「う、うん!」

 

「……」

 

「「……」」

 

二人してどうして顔を赤らめているんですかね!?

 

「そういう反応されると、困るんだが?」

 

「ご、ごめん。なんだかあんたに呼び捨てされるとこそばゆくなって」

 

「せ、せやな。うちも年の近い男の子から呼び捨てされるのはなかったから……」

 

「だったら無理に呼ばせるなよ!? 俺だって恥ずかしくなるわ!!」

 

俺は思わず声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、それぞれ荷物を置いて練習着に着替えて玄関へと集合した。

そして合宿らしく、練習を始めようとするが……

 

「これが二日間の練習メニューです!!」

 

『……』

 

海未以外唖然としていた。

それもそのはず、海未が提示した練習メニューは超人でも造り上げるのかと言うほど皆にはドギツイものだからだ。

 

「おい海未。なんだこれは?」

 

「なにって、練習メニューですよ?」

 

皆の気持ちを知らずにドヤ顔をする海未。すると我慢ならずに、穂乃果が叫んだ。

 

「――っていうか、海は!?」

 

「私ですが?」

 

「そうじゃなくて!!」

 

穂乃果は目の前いる海未ではなく後ろにある広大な海を指していう。

 

「海だよ! 海水浴だよ!!」

 

うんうん、と頷くにこと凛。そんな彼女らに俺はじと目を向ける。

穂乃果、凛、にこの馬鹿トリオはどういうわけか水着だった。いや、水着の理由なんてわかっている。

 

「お前らはお前らで遊びに来ているとしか思えない格好だな、おい」

 

「こ、この格好のほうが練習しやすいから――いたっ!?」

 

苦し紛れの言い分に俺は軽いチョップを入れる。あっちもこっちもボケばかりに俺は頭が痛くなる。

 

「穂乃果。遠泳がしたいのならここにありますよ?」

 

海未は練習メニューに書いてある遠泳を指差した。

 

「遠泳十キロ……」

 

「その後にランニング十キロ……!?」

 

鉄人レース(トライアスロン)並みの練習内容に、穂乃果とにこは愕然としている。

 

「最近、基礎体力をつける練習が減っていますから…せっかくの合宿ですしここでみっちりとやったほうがいいかと!」

 

「それはそうだけど、皆もつかしら……」

 

弱冠引き気味で言う絵里に激しく頷く三馬鹿たち。だが、そんな意見もなんのその海未はやる気満々の笑顔で言った。

 

「大丈夫です! 熱いハートがあれば!!」

 

「だからおのれはどこぞのチャレンジでも作り上げるのか?」

 

やる気が明後日よりも変な方向に向かっている海未に俺はつっこむ。

 

「このままじゃ本当にやらされかねないわね――穂乃果、なんとかしなさい」

 

「うん! 凛ちゃん!!」

 

「はいにゃー!」

 

水着トリオが結託し、まず最初に動いたのは凛だった。

 

「海未ちゃん海未ちゃん! あっちあっち!!」

 

凛が海未の手を引いてある場所を指す。

 

「凛!? どうしたのですか!?」

 

凛の指先を辿ってその先を見渡す海未。しかし、そこにはなにもない。

 

「いまだぁ~!」

 

「いけぇ!」

 

「わあ~♪」

 

目を凝らす海未を尻目に、穂乃果、ことり、にこ、凛、凛に手を引かれている花陽がここぞとばかりに反対方向へと走り出した。

 

「ああっ!? あなたたちちょっとー!?」

 

「まあまあ、いいんじゃないかしら?」

 

「えっ! いいんですか、絵里先輩――あっ……」

 

「先輩、禁止♪」

 

口を押さえる海未に笑いながら注意する絵里。海未もまだ慣れていないようで出てしまうようだ。

 

「せっかく来たんですもの、こういう楽しみもないと。それに先輩後輩の壁をなくす良いきっかけでもあるから、ね?」

 

そういわれても納得しきれない気持ちがある海未は戸惑いの顔をしていた。

 

「おーい! 絵里ちゃーん、海未ちゃーん!!」

 

すると、先に海へと行っていた花陽が手を振ってくる。

 

「はーい!!」

 

そんな花陽に絵里は返事をしてから、海未へと手を伸ばす。

 

「さあ、海未――私たちもいきましょう!!」

 

「――っ、はいっ!」

 

海未は絵里の手を取り二人は一緒に駆け出す。

 

「それじゃあ希、真姫。俺たちも行こうか」

 

「そうやね!」

 

「わ、私は別に……」

 

何を恥ずかしがる必要があるのか、興味ないように言う真姫。そんな真姫に俺と望みは顔を見合わせて悪い笑みを浮かべた。

 

「希! 真姫を連行せよ!!」

 

「はっ、了解であります! 遊弥司令官!!」

 

「えっ、あっ、ちょっと――!?」

 

慌てる真姫は希にガッチリとホールドされ皆のところへと連行される。そんな彼女に俺は敬礼をして見送った。

 

「遊弥! 覚えておきなさいよー!!」

 

俺の名前は咄嗟に出たものだろう。だが、それがすぐに慣れてくれることを俺は願うのだった。

 

 






私はクリスマス特別編や年末年始の特別な話しを書くことはまだしません。
要望があれば考えるとことろです。




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楽園 ~エデンとパラダイス~


どうも燕尾です!!
久しぶりの更新です。院の中間発表が本当に地獄で地獄で……
でもそれも終わったから少し余裕が出来たぜ、ひゃっほう!!


というわけで、第58話です。








 

 

楽園(エデン)とはこういうことを言うのだろう。

俺は海を眺めながらそんなことを思っていた。

 

 

 

「おーい、はやくはやくー!!」

 

にこが先陣を切って皆に向かって手を振る。

 

「こっちにゃー!」

 

「うんっ!」

 

凛に手を引かれる花陽。

 

「わー!」

 

「あはは!」

 

元気よく走る穂乃果とその後についていく穂乃果。

 

「ほらほら!」

 

「えっ、ちょっと!?」

 

絵里に押され戸惑う海未。

その誰もが練習着ではなく、水着を纏っていた。

 

 

「そーれ、いくよ!」

 

「それそれ!!」

 

「食らうにゃー!」

 

「えっ!? おっ、わ、わぁー!?」

 

「あはははは、穂乃果ちゃん、撃――わぷぷぷぷ!?」

 

「えっ、ちょ!? あぶぶぶぶ!」

 

「凛ちゃん、にこちゃん!?」

 

「うふふ。隙ありだよ。凛ちゃん、にこちゃん♪」

 

海で笑顔で楽しそうに戯れる女の子たち。

ああ。ここは楽園(パラダイス)だ!

 

 

「ちょ、やめてください希先輩!」

 

「んー? なにか言った海未ちゃん?」

 

「……っ、希っ!!」

 

そんな皆の姿をカメラに収めていく希。

あ、希。そのデータ個人的に後で送ってくれないか? 何ならお金払うから。無修正でよろしく頼む。

 

「遊弥くん? なにかよからぬことを考えてないかしら?」

 

「……なにも考えていないぞ?」

 

いつの間にか隣に来ていた絵里がジト目で釘を刺してくる。

 

「……」

 

しかしそれも一瞬のこと。絵里はちらちら俺を見たり、逆に俺から視線を逸らしたりしている。

 

「どうした、絵里?」

 

「えっ? えーっと…その、どうかしら…私の水着……」

 

顔を紅くしながらそんなことを聞いてくる絵里。

絵里が着ているのはホルダーネックのタイプの水着。上が白色で純真さを出しながら、下が紫色と大人っぽさを醸し出している。

絵里はモデルのような体つきをしているのも相まって、どこか魅惑的でもあった。

 

「そ、その…私から聞いたのもあるのだけれど、あまりじろじろと見ないでほしいわ……」

 

胸を押さえながら恥らう絵里に、俺も顔が熱くなった。

 

「わ、悪い。でも…よく似合っている……その、大人らしさもあるが、今の絵里らしさもでていると思う」

 

「あ、ありがとう……」

 

「「……」」

 

なんとも言えない空気が俺たちの間を漂う。

互いに互いの様子を確認しようとしたせいか、チラリと見ると絵里と目が合う。

 

「「っ!!」」

 

俺と絵里は顔を真っ赤にして顔を逸らす。すると――

 

「ゆーうーくーん?」

 

「ゆーくん?」

 

「……遊弥?」

 

「……」

 

穂乃果、ことり、海未(幼馴染たち)が眼前に迫っていた。

 

「絵里ちゃんだけなのかな?」

 

「……なにがだ?」

 

「わたしたちを見ても」

 

「なにも思いませんか?」

 

三人とも笑顔なのだが、どこか気迫迫っているような気がする。

 

「えーっと、三人とも…よく似合っている、ぞ?」

 

「「「……」」」

 

似合っていると思うのは本心で褒めているはずなのだが、じーっと不満そうに睨んでくる三人。

 

「お、おい。穂乃果、海未、ことり……? 一体どうしたんだ……?」

 

「なんでもないっ! ゆうくんの馬鹿!!」

 

「なんでもないよっ! ゆーくんのバカァ!!」

 

「何でもありませんっ! 遊弥の馬鹿!!」

 

三人揃って俺を罵り、ふんっ、と歩き去っていく。

 

「一体何がいけなかったんだ?」

 

「それを本気で言っているあたり、さすが遊弥くんよね……でも、穂乃果たちには悪いけど、少しはリードできたのかしら?」

 

絵里の小さな呟きに、首を傾げる俺は気付くことは無かった。

それからは皆でスイカ割りをしたり、ビーチボールをしたり、海ならではの遊びをしていた。

しかし、真姫だけはパラソルの下で椅子に座って本を読むばかりだった。何かに誘ってもそっぽを向いて、私はいい、という真姫に俺と絵里、希は苦笑いする。

あまりしつこくいうのもなんなのでとりあえず真姫は好きなようにさせておくことにした。

 

 

 

 

 

「――で、どうして俺はこんな状況になっているのだろうか?」

 

何かこのやり取り、既視感!!

 

「ふふふ、それはゆうくんが強情だからだよ!」

 

「さあ、遊弥。観念するのです」

 

正面からは穂乃果と海未がわきわきと怪しい手つきで迫ってきていた。

 

「さあ、遊くん覚悟するにゃー!」

 

「私たちの水着をまじまじ見ていたんだから、あんたも見せなさい遊弥」

 

後ろからは凛とにこがにじり寄ってくる。

確かに見ていたけども、まさか気付かれていたのか!

 

「意外と視線って気付くものよ。あんただってそうだったでしょ」

 

「にこが言うと本当に説得力があるな」

 

まだにことであったばかりの頃、練習を除いていたにこの視線を感じていたことを思い出す。

 

「べ、別に俺の身体何て見たってなにも面白いことはないぞ」

 

「何をいっているのですか。貴方が私たちの水着姿が気になっていたように、私たちだって男性(遊弥)の水着姿が気になるんです!」

 

「お前が何を言ってるんだ海未! いつもなら止めてる立場だろう!?」

 

しかも顔を真っ赤にして破廉恥ですと叫ぶだろう!!

 

「人は皆、進歩するのです!」

 

「頼むからそこは停滞していてくれ!!」

 

ああ、海未が暴走し始めている!!

 

「み、みんな、やめようよ……」

 

唯一事情を知っていることりは皆を制止しようとするが多対一ではどうしようもなかった。

 

「さあ、ゆうくん」

 

「おとなしく」

 

「そのパーカーを」

 

「脱ぐのにゃー!」

 

一斉に襲いかかってくる四人。俺は四人の間を潜り抜けるようにしてなんとか避ける。

 

「まてまてまて! お前ら、どこまで本気(マジ)なんだよ!?」

 

「どこまででもだよ!」

 

「真剣と書いてマジです!!」

 

どこかで聞いた事のあるようなフレーズをいいながら俺を捕まえようと飛び込んでくる穂乃果たち。

穂乃果を避ければ海未が、海未を避ければにこと凛が、二人をかわしたら穂乃果が、何度も何度も襲ってくる。

 

「だぁ! しつこい!!」

 

埒が空かない状態に俺はことり以外にも助けを求める。

 

「花陽、希! 見てないでどうにか――うぉあ!?」

 

俺は反射的に身体を反らした。その直後、身体の上を2つの水が交差しながら通りすぎていく。

 

「ごめんな、遊弥くん。うち、興味には勝てんかったよ……」

 

言葉では謝罪している希。だが水鉄砲を構えながら言う台詞じゃないし理由もおかしいしなにより、

 

「声色は申し訳なさそうにしているが顔が笑ってんぞ、希!!」

 

「そんなこと無いでー?」

 

あからさまに関係ないほうを見る希。隠すつもりも無いだろ、こいつ。

 

「ごめんね…ごめんねっ、ゆうやくん!」

 

「謝るなら、水鉄砲撃つのを止めろ花陽!!」

 

本気で悪いと思いながらもやってしまっている花陽もなんだかんだで性質が悪い。

穂乃果、海未、凛、にこを回避しながら希、花陽から放たれる水を避ける。もうてんやわんやだった。

 

「はぁ…はぁ……ゆうくん、しぶとい……」

 

「忘れてました…遊弥の常人ではない身体能力のことを……」

 

「萩野の遊弥は化け物かにゃ……」

 

「いい加減、墜ちなさいよ……」

 

「言いたい放題だな、おい」

 

特に凛とにこはそのネタをどこから仕入れてきたのやら。

 

「流石遊弥くん。一筋縄ではいかんなぁ」

 

見せたところで空気を悪くするだけだからな。知らないでいられるのならそれが一番なのだ。

 

「でも、援軍がうちと花陽ちゃんだけやと思ったら大間違いやで」

 

「なに……?」

 

希の言葉に気を取られたその瞬間、背後で大きな水飛沫が音を立てると同時に両脇から羽交い締めされた。

真姫はビーチパラソルの下にいるし、ことりもみんなから距離をとっている。襲ってきた六人を除けばこんなことができる残る人間はただ一人。

 

「え、絵里か……!?」

 

「ふふふ、油断したわね遊弥くん。援軍はもう一人いたのよ」

 

作戦成功と言わんばかりのどや顔。その顔は可愛いらしいと思ってしまうが、それ以上に腹立たしいことこの上ない。

そんな思考がぐちゃぐちゃになっている俺だが、はっきりしていることが一つだけある。それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ああああああ! 背中に柔らかい感触が!!

 

 

 

 

 

「……ゆーくんから邪な気持ちが感じるよ」

 

「気のせいです」

 

睨んでくることりから顔をそらす。どうして少し考えただけなのにそんなすぐ感じ取れるのだろうか。

 

「……遊弥くんのエッチ」

 

「そういうなら押し当てるのをやめて離れろよ」

 

顔を赤らめながらもわかっててやっている絵里に、俺は疲れたように言う。

 

「そういうわけにはいかないわ……あの子たちに負けたくないもの」

 

「誰と何を競っているんだよ」

 

「いずれわかるわよ」

 

いずれよりもいま知りたいところなのだが、この様子じゃ絵里は口を割らないだろう。それに、今はそんな状況じゃない。

 

「絵里ちゃん、そのまま放しちゃダメだよ!」

 

「ついにこのときが来ましたね」

 

「遊くん、覚悟するにゃ!」

 

「もう逃がさないわよ!」

 

「ゆうやくん、おとなしくしようね?」

 

「諦めるが吉やで遊弥くん」

 

正面から迫り来る穂乃果たちにサイドからにじり寄って来る花陽と希。もう俺になす術はなかった。

 

「さあ、脱ぎ脱ぎしようね~?」

 

いつぞやのことりのように言いながら穂乃果は俺のパーカーを脱がしていく。

チャックを下げられて露になる肌――その瞬間、注目していた皆の息を呑む音が聞こえた。

 

「……だから、面白いことなんてないって言っただろう」

 

楽しそうだった雰囲気から一変し重苦しい空気が周りを支配する中、俺はため息を吐きながら言った。

 

「ゆ、ゆうくん…その傷跡……」

 

声を震わしながら問いかけてくる穂乃果。

 

「色々とな。今は昔ってやつだ」

 

少しふざけたような声でそう言うが、皆の表情が変わることは無かった。俺は戸惑うように頭を掻く。

 

「どうしたもんかね。ことり、どうしたらいいと思う?」

 

「……素直に話した方がいいんじゃないかな。あの時だってゆーくんは詳しい話は聞かせてくれなかったよね」

 

まあ、ことりが泣きながら自分のしたことを後悔していたからな。

 

「ことりは知っていたのですか、遊弥の身体のことを?」

 

「うん…ゆーくんの看病するとき身体拭いたから、そのときに……ただ、このことは言わないでってゆーくんに言われたから」

 

そうなのですか? と俺のほうに確認を取る海未。

 

「ことりの言ってることに間違いないぞ。俺が穂乃果にも海未にも、誰にも言うなって言っておいたからな。こんなもん(古傷なんて)、見ても誰もいい気分にはならないだろ?」

 

「それは、そうですが……納得は出来ないです」

 

海未の言葉に、穂乃果や絵里も頷く。

海未たちの言いたいこともわかる。いままで自分たちは信頼されていなかったのかと、長い付き合いなのに助けを求める信用に当たらない人間だったのかと。

 

「穂乃果と海未、ことり、絵里の四人は音乃木に入る前から付き合いはあったからな。そう思ってもおかしくは無いよな」

 

「遊弥くん。一つ聞きたいのだけれど、その中で一番新しい傷跡はどれなのかしら?」

 

「記憶を失くしたときだな。階段の角にぶつかって切れたところだから…このあたりか」

 

脇腹辺りにある傷跡を指すと絵里はそう、とだけ言う。だけどその顔はやっぱり厳しいものだった。

 

「どうして、なにも言ってくれてなかったの…?」

 

穂乃果の批難する声が耳に刺さる。

今この身体の話しじゃない。当時この傷が出来たときの話しだろう。穂乃果たちはこの傷が出来た時期が大方わかっているのだろう。

 

「そこに関してはことりにも言ったが、そのときの俺は信用とか出来なかった人間だったんだ。だからずっと突き放してただろ」

 

「ええ。確かに私たちを突き放すような態度を取っていました。ですがあなたは決して私たちを邪険に突き放したりはしませんでした」

 

「それにゆーくんあるときから普通に接してくれるようになったよね?」

 

そのあるときというのは三人も分かっている。爺さんに引き取られた後だ。

 

「それは爺さんの教育的指導ってやつだ。女の子には優しくしろって何度シバかれたことか」

 

「じゃあ――なら、どうして"あのとき"助けてくれたの?」

 

穂乃果が言うあのときというのは穂乃果、海未、ことりの三人と俺の当事者しかわからないあのときのこと。

 

「"あのとき"だって別に助けたつもりなんて無かった。俺の邪魔をしていたやつらを追っ払ったら、穂乃果たちが助かっただけだ」

 

「それじゃあ説明になってないよ」

 

「でもそれが真実だ。言っただろう、穂乃果たちは何の関係もないって。その後にももう関わるなって言って爺さんに引き取られてまた顔を合わせるまで関係を絶っただろ」

 

「それは…」

 

「そうだけど…」

 

「ですが…」

 

三人は納得できないような表情。ここで引き下がってくれればそれでいいのだが、

 

「――それは、巻き込みたくなかったから。かしら?」

 

そう指摘してくる絵里に、俺は身体が止まった。

 

「あなたたちが言う"あのとき"に何があったのかはわからないけれど、遊弥くんの言葉は巻き込みたくなかったからそうしたように聞こえるわ」

 

「それは絵里の想像だろ?」

 

「遊弥くんと音乃木坂で再会したときに聞いた中学の頃の話。忘れてないわよね」

 

「……」

 

あの時の俺をぶん殴ってやりたい気分だ。

 

いま思えば学校案内してくれた絵里に話をしたのは本能的に彼女のことを覚えていたんだろう。だからあのときに言えなかったことを真剣に問いかけてくる絵里に口を滑らせた。

 

「穂乃果たちが知っている昔の遊弥くんと私が知っている過去の遊弥くんは随分と差があるみたいだけど、その根幹は変わっていない――あなたは自分を犠牲にしていろんなものを守ってきたのでしょう?」

 

「犠牲なんて大層なものじゃない。ただみんなには関係ないと自分で判断していただけだ」

 

「それも嘘ね」

 

そこで横槍を入れてきたのはいつの間にか来ていた真姫だった。

 

「真姫ちゃん……?」

 

突然現れた真姫に戸惑う花陽。だがそんな視線を気にもせず、俺だけを見ていた。

 

「どうして真姫がそう断言できるんだ?」

 

「――愛華」

 

その名前が出た瞬間、俺は目を見開いた。

 

「「「えっ…!?」」」

 

「真姫、どうしてあなたがその名前を……?」

 

この場で愛華の名前を知っていたであろう四人も驚きを隠せなかった。

 

「うちの病院に入院していた時期があったのよ。そこで私は顔を合わせているわ」

 

「……確かにそういう時期があったが、俺には真姫と顔を合わせた記憶が無いぞ」

 

「それも無理は無いわ。そのときのあなたは私と妹の判断がつかないほどに壊れかけていたもの」

 

確かに、入院はしていたが俺にはそのときの記憶が曖昧だ。記憶喪失とかではなく、ただそのときの状況を知らないのだ。

だが、それは真姫の言っていることが正しいことだと俺の中で示していることになる。

 

「あのとき私は妹を守るために周りを拒絶していたのだと思っていたのだけれど、その前から他の人と関わりあるのだったら話は変わるわ」

 

「どういうこと?」

 

凛はいまいちピンと来ないのか首をかしげているが、俺は冷や汗をかいた。

真姫は知っている。程度は分からないが俺の過去を知っている。確かに爺さんに引かれて西木野総合病院に入れられた頃に西木野先生と一緒にあったのなら、先生から話を聞いていてもおかしくはない。

 

「信用していないのなら関わる必要もないし無視をすればいいもの。だけどあなたはそれをしなかった。全面的に信用することは無かったでしょうけど少なからず四人を信頼していたところはある――もうここまで言ったら関係ないかどうかなんてわかるでしょ?」

 

まっすぐと見据えてくる真姫。

いや真姫だけではない。皆が俺に視線を向けている。皆の瞳は俺の本心を映し出すかのように輝いていた。

俺は思わず苦い顔をする。もうどれだけ言っても皆の考えは変わらない。もう言い逃れは出来なさそうだ。

 

「――どうしてこう隠し事って言うのは簡単にバレるんだろうな。偶然って奴は本当に怖い」

 

俺は諦めて目を伏せて息を吐くように言った。

 

「では真姫や絵里の言うことは本当のことなんですか?」

 

そう問いかけてくる海未に、俺は頷いた。

 

「ただ、自分を犠牲にしてだとかじゃないのは本当だ。生きるためにどんなことでも耐えてきたし、守りたいもののために俺はやることは何でもやった」

 

「どういうこと?」

 

首をかしげる穂乃果。まあ、これだけじゃ分からないよな。

 

「どこから話したもんかな…」

 

この話をするには幼馴染の三人と出会う前。それこそ今から約十年前の話に遡らなければいけない。

 

「穂乃果たち三人と出会うより前、小学校入ったころから俺は――両親から虐待を受けていた」

 

俺は当時を思い出すように口を紡ぎ始めるのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ほかのものも更新する予定です。




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遊弥の過去話


どうも、燕尾です
59話です。






海で長話をするのもアレなので、俺たちは着替えた後コテージに集まっていた。

皆が集まったのを確認した俺は口を開く。

 

「さっきも言ったが、俺は実の両親から虐待を受けていた」

 

虐待、その言葉に信じられないと衝撃を受けていた。

 

「元々、物心付いたときから両親は俺に冷たくて、死なない程度の必要最低限のことしかしてくれない人間でね。そのときは暴力とかはない、いわゆるネグレクト状態だった」

 

もしかしたら望まずに作られた子供だったのかもしれない。だが、それは両親にしかわからないことであり、その辺の経緯や理由は今はどうでもいい。

 

「暴力が始まったきっかけは単純に精神的に追い詰められたからだと俺は思っている。母親は俺が生まれてから姑からいびられ続けていたみたいだし、父親はなんとか齧りついていた会社が潰れて職を失った」

 

それまで生きるためだと頑張っていたみたいだが、元が消えればどうしようもない。

 

「収入が絶たれたことでこの先生きていくことへの不安を抱え、両親の親から責められる日々が続いた二人は徐々に追い詰められて、それを紛らわせるために俺に矛先を向けた。それが小学校に入学して少し後の事だ」

 

あのときの二人の顔をはっきり覚えている。憎悪にまみれた、醜悪な顔。

 

「殴る、蹴るは当たり前。酷いときだとカッターや包丁で切りつけられたこともあった。それを治すとか言って傷口を焼かれたこともある」

 

そのうちの傷もいくつかは身体に残っている。

 

「まあ、そんな生活が始まってから一年が経ったとき、穂乃果と海未とことりの三人と出会った」

 

「小学校二年生のときですね」

 

「公園で一人でいるゆーくんを穂乃果ちゃんが見つけて連れてきたんだよね」

 

「うん。でもあのときのゆうくんは身奇麗だったような……あっ、そっか……」

 

穂乃果は自分の中で疑問が湧き上がったようだが、俺の身体を見てすぐに納得した。

 

「穂乃果の想像通りだ。バレるとまずいと分かっていた両親は顔とか腕とか見える場所にはしなかったんだ」

 

まあ、顔とかビンタとかはされていたけど、それでも顔に傷跡が残るようなことをされなかったのは今思えば幸いだった。

 

「それに気づかれないために普通に服とかはちゃんされていたんだ」

 

後は俺に絶対に告げ口をするなといえば隠蔽完了だ。

 

「実際に言われた言葉はそんな生易しいものじゃなかったけどな。でも、幼い俺でも他の人に知られたらどうなるかぐらいは想像できた。だから正直言うとお構いなしに寄ってきた穂乃果たちは悩みの種だった」

 

学校でも、放課後でも、どこにいても見つけて構ってくる穂乃果たちに辟易していた俺。

 

「でもそれは同時に嬉しかったことでもあったんだ」

 

「そうなのだったのですか?」

 

そんな実感はなかったという海未に、俺は苦笑いで頷いた。

 

「ああ。そっけない態度でいても穂乃果たちといたあの時間は俺にとっては唯一両親のことが薄らいだ時間だった」

 

だから俺も距離は遠く保ちつつも穂乃果たちとは離れられなかった。

 

「そしてそれを支えにして親の暴力にも耐えてきたんだ」

 

今、我慢できれば明日また穂乃果たちに会える。鬱陶しそうにしかできなくても言葉をかわせられる、と。そんな気持ちを抱いて毎日を過ごした。

だが、それも突然に終わりを告げた。

 

「両親は返すあても仕事もないくせに各方面から金を借りていたらしくてな。膨大な借金を俺に押し付けて消えたんだ」

 

いわゆる蒸発ってやつだ。

俺に押し付けられた借金の額は1500万。当然俺に返すことなんて出来ない。

 

「穂乃果たちと知り合ってからまた一年ぐらい経って、俺は帰る場所を失った」

 

心のよりどころなどの精神的なものではなく借金を返すための差し押さえなどで家そのものが無くなったのだ。

 

「そこからはホームレス生活だ。まあそうなることを事前に悟っていた俺は差し押さえられる前に家にあった食料や使える道具、服をありったけまとめて別の場所に移していたんだけどな」

 

両親がまだいるときに昼夜問わず怖いお兄さんたちやスーツを着た仕事人が何度もたずねて金の話をしているところを聞いたおかげでもある。

 

「幸い、目の前に川がある高架下に誰かが使っていたホームがそのまま使われてたからそこを本拠地にして色々な場所をローテーションしながら過ごしてた」

 

「どうしてそこに留まらなかったの?」

 

「見つかったら殺されてたからだよ」

 

俺は首をかしげる絵里にすぐにそう言った。

 

「借金取りの中にはいわゆる臓器売買を生業としてる人間がいた。そいつらに見つかったら取られるだけ取られてあとはポイ捨てだ」

 

「自分の子供を、売ったっていうの……」

 

そういうことだ、と頷く。

 

「そういうお話って、ドラマや小説だけの話だと思ってました……」

 

「花陽、人間堕ちるところまで堕ちれば知らない世界が広がっているんだよ…可能性は無限大さ。ふふふ」

 

「良いことのように言ってるけど、全然共感できないわよ。あと笑うな」

 

にこからのジト目が突き刺さる。ごもっともだが、いま思い出せばよく生きていられたなと少し笑えてしまう。

 

「話を戻すが、俺は転々としながら生活していた」

 

食料が尽きたあとは生えてる食べられそうな草を取ったり、川から魚を取ったり、時には色々なところゴミを漁ったりした。

 

「ちょっと待って遊弥くん。学校はどないしたん? 遊弥くんの様子を見たら先生とか不思議に思わなかったん?」

 

「両親は自分の足掛かりをつかせないために最低限の小学校の費用を全部先払いしていたんだ」

 

消えることへの罪悪感とかではない。あくまでも自分達のためだった。

 

「二人が居なくなった後も俺は話すことはしなかったし――いや、出来なかったって言った方がいいか。だから川や公園で身体洗ったり服洗ったりして身なりはそれなりにしてバレないようにして必死に隠し続けた」

 

あの頃は誰かに相談したらどこかで聞いて報復されると思ってたから。

 

「まあ、それでも学校側も気付いてはいたと思うけど見て見ぬ振りだった。先払いするのだっておかしな話だからな。だけど両親に迫られて面倒事は御免だと思ったんじゃないか?」

 

小学校の頃先生から話しかけられたことと言えば事務的なことばかりだった。

ともあれ誰にも言うこともなく、気づかれることもなく俺はただ生きた。だが、そんな生活が半年も過ぎようとしたところで俺にある転機が訪れた。

 

「ある日の夕方、本拠地にしていた川沿いで、俺は愛華と出会ったんだ」

 

今でもそのときの事は明白に思い出せる。

死んだような目をして、ただボーッとして遠くを見つめる少女の姿。

そんな愛華を見て俺は直感的に気づいた。この子も帰る場所がないんだと。

 

「愛華は事故で両親を失って、引き取るはずの親戚が保険金を受け取ってから失踪したんだ。家とかの金になるものは全部引き払ってその金を受け取った後にな」

 

そのときの俺も愛華の話はよく理解できなかった。愛華自身も親戚が居なくなったことや家がなくなったことしか理解していなかった。

でもこの子は俺と同じだというのだけは理解できた。それは愛華も同じだった。

一緒に生きていこうって伸ばして手を泣きながら取った愛華を俺は忘れない。

 

「それからは愛華と出会って二人で生きていくことになったんだが、身寄りもない、金も無い子供が生きるためには形振りなんて構ってられなかった」

 

一人だったらその辺の草や川辺の魚を取れば何とか生きてはいける。しかし二人になり、年下の小さい女の子に食わせるとなればそうもいかない。

 

「それこそ人には言えないことも沢山してきた」

 

「それって…」

 

俺の言葉に想像がついた穂乃果は血の気が引いていた。

 

「ああ。穂乃果が想像しているとおりだ。俺は一線を越えたんだ」

 

決して愛華にはやらせなかったが、そのときの俺たちが、いや愛華を生きさせるにはそれしか方法は無かった。

 

「もちろん、全部が全部上手くいったわけじゃない。捕まって、寄ってたかって大人に私刑(リンチ)されたことも何度もある」

 

「じゃあ遊弥のその傷は両親からだけではなくて……」

 

「そのときについたものもある――むしろ両親につけられたものより多い気がする。当たり前だけど容赦がなかったよ」

 

だがそのときもやっぱり顔だけは傷つけられなかった。殴られたりはしたが。

そしてそのときにつけられた傷を治す金も物もなく服を包帯代わりにして巻きつけて自然治癒に任せた結果、いろいろな跡が残った。

 

「傷の割合としては親が三、私刑で五、残り二割だな」

 

「ちょっと待って。残りの二割って、まさか…」

 

話をしたことのある絵里は察しが付いたみたいだ。

 

「絵里は少し知っていると思うが中学校でつけられたものが一割と――小学校で一割だ」

 

要するに、虐めだ。俺は愛華と出会った直後からと中学校で絵里と知り合ってから虐められていたのだ。

 

「――っ!!」

 

「それって…」

 

「まさか……」

 

三人(幼馴染たち)は悟ったようだ。

 

愛華と生活を始めてから一ヶ月くらい経ったある日、俺の学年で噂が出回った。"小学校への費用を払っていない奴が学校に来ている"と。

 

「俺の状況が漏れたんだ。親も家も金もなにもない人間だとクラスの連中が言いだした」

 

それからだ。俺への嫌がらせが始まったのは。

 

「なにも知らない子供は残酷だ。異質なものや気に入らないものを排除するために意味の分からない正義を振り回して、自分を正当化して、何の躊躇いも無く人を傷つける」

 

だけどそれを批難することは俺には出来なかった。既に一線を越えた俺が正しいことなんて言える訳が無かった。

 

「だから俺はずっと受け入れた。クラスメイトたちの暴言も暴力も何もかも。これは俺への罰なんだと、生きるために色々とした俺が負うべきものなんだと言って」

 

奴らが満足するまで俺が我慢したらいいだけのこと。そんなのは今までと何ら変わりはなかった。むしろ大人より力が弱い子供の攻撃なんてどうということはなかった。

 

「だけど――俺が受けるべきそれが穂乃果たちに向かったんだ」

 

ある日、いつものように呼び出されて俺が校舎裏に行った時に見たものは数人の男子や女子に囲まれて涙を流しながらも抗議していた穂乃果たちの姿だった。

 

「――ゆうくんはそんなんじゃないもん!!」

 

「なにも知らないのにゆーくんのことを悪く言わないで!!」

 

「ゆ、遊弥は……優しい人です……!」

 

何を言われたのかは具体的にはわからなかったが、俺の悪口を聞いた穂乃果たちが怒って言い返していたら校舎裏へと連れて行かれた、というところだろう。

穂乃果立ちが言い合う姿を見た俺は呆然と立ち尽くしていた。どうしてとか、なんで穂乃果たちがという疑問がずっと頭の中で渦巻いた。

そして一人の男子が穂乃果に手を出したところで俺の感情は静かに爆発することになる。

そこからは男女性別関係なく地面に這いつかせた。

 

「あのときの遊弥はまさに鬼でしたね」

 

「鬼とは失敬な」

 

「ばったばったなぎ倒していたもんね、ゆーくん」

 

事実が事実だから俺はなにもいえなかった。ごほんと咳払いして俺は話を戻す。

 

「そんなことがあって穂乃果たちから悪ガキ達を追っ払った。ただ結局――その後に俺は三人を傷つけたんだ」

 

「あんたは、三人に何をしたのよ」

 

「追い払った後、俺は理由も言わずに、もう関わるなって言って穂乃果たちと関係を絶ったんだ」

 

「「「……」」」

 

三人が目を伏せる。まるであのときのように悲しい表情をして。

 

「穂乃果たちが言われてたことは本当のことだった。それなのに俺はそいつらに手を出したんだ」

 

「でもそれは穂乃果たちに手を出したその子たちが悪いだけでしょう。どうして縁を切る必要があったの?」

 

「考えてみろ、穂乃果たちを助けたんだ。完全に仲間だと思われてもおかしくはないだろ?」

 

「なるほどね」

 

そう言う俺に真姫は納得顔で頷いた。

 

「この先も手を出さない可能性はない。そういうことね?」

 

「正解」

 

俺が受けるべき理不尽な敵意この先も穂乃果たちに向けられたら? 俺を庇ったがために標的(ターゲット)が三人に移っていたら?

そう考えれば考えるほど、俺は認めるわけにはいかなかった。

だから断ち切った。こいつらは関係ない、どうでもいい赤の他人だと。そしてその後の穂乃果たちへの態度や彼女たちの俺に対する様子を見られた後は順調だった。

 

「そのおかげもあってかそれ以降は穂乃果たちが巻き込まれることは一切無かった。反対に仕返しといわんばかりに俺への当たりが強まったが」

 

それでもやっぱり小学生の力ではどうということもなかった。

 

「それは感覚がおかしくなったって言うんじゃないかなぁ…」

 

「またズバリと言うなぁ、花陽」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いいんだ、その通りだから。俺は穂乃果たちとの繋がりを切ったあと今の義父に拾われるまで、感覚も含めて色々とおかしくなっていた」

 

愛華と生きていくために。ただそれだけのために俺は思考するのをやめた。

 

「するといつからか罪悪感も愛華以外に対する感情も、何もかもが消えていたんだ」

 

小学校の子供たちや街の大人たちから受ける暴行の痛みも鈍っていた。されるがままにされ、相手が満足するまで声も上げずにただじっとしていた。

 

「穂乃果たちと縁を切って愛華と生活を続けて一年が経ったある日。私刑の傷が深かくて川の土手で倒れていたところをついに愛華に見られてしまったんだ」

 

「むしろよく一年も隠し続けられたわね」

 

「いや、実際には隠し続けられてなんかいなかった。日によっては気を失って帰ってくるのが遅くなったりしていたから愛華は疑問に思ったり薄々感じ取っていたりとしていた。でもあいつは俺のなんでもないという言葉や言いつけを守って詮索はしなかったんだ。だけどあいつは俺の様子を見て限界だと思ったんだろうな。後をついてきて見てしまったんだ。俺がやっていたことを」

 

俺の脳裏にそのときの光景が浮かび上がる。

 

 

――お兄ちゃん!

 

――愛華…?

 

――お兄ちゃん、死なないで! わたしを、一人にしないでっ!!

 

――ああ、分かってる。愛華を一人なんかにはしない。二人で生きるって…約束…したからな……

 

――目を閉じないで! しっかりわたしの声を聞いて!!

 

必死に呼びかける愛華。それにちゃんと答える俺だったが言葉とは裏腹に身体はまったく言うことを聞かなかった。

 

――大丈夫、少し休むだけだ。帰ったらご飯にしよう…今日はたくさんもらえたから……

 

そう言って泣きじゃくる愛華に抱えられたまま俺は気を失ったんだ。

 

 





長くなるので一旦切りました。
ではまた次回に――




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遊弥の過去話2



どうも、燕尾です
続きです。







 

 

 

「そして、気を失った俺が目を覚ますとそこは病院だった」

 

「うちの病院ね」

 

「ああ。俺を運んだのは後に家族になる義姉と義父の鞍馬咲夜と鞍馬巌だ」

 

倒れて気を失った俺を愛華が必死に呼びかけていたところに姉が通りかかり、俺たちを保護したのだ。

 

「そこからはあまりよく覚えていない。爺さんと少し話したぐらいしか」

 

それにその内容も覚えていない。返事とも取れない言葉を返すだけの人形のようなものになっていたから。

 

「どうしてなの? 今までのことははっきりと覚えているのに」

 

絵里にそう問いかけられて俺は苦笑いする。

 

「はっきり言うとそのときの俺は愛華に関することしか覚えていないんだよ。覚える必要がなかったというか、なんというか」

 

「……要するにシスコンだったのね」

 

「……遊くん、シスコンだにゃ」

 

「遊弥くんはシスコンやったんやなぁ」

 

「だぁ! うるさいうるさい!! そうだよ、シスコンだよ!! 共に生きていく同士だったんだから大切に思うのは当たり前だろう!!」

 

半目のにこ、かわいそうなものを見るような凛、ニヤニヤとしている希に俺はうがーっと噛み付く。

 

「いいなぁ、愛華ちゃん……ゆうくんに大切に想われてて」

 

「それに比べて私たちは」

 

「縁を切られましたからね……」

 

それについては悪かったよ。だからそんな表情をするなよ。今になってまた当時の罪悪感が復活するだろ。

 

「はぁ……とにかく、俺が病院に運ばれてからその先のことは真姫のほうが良く知ってるだろ」

 

「ええ。そうね…私が挨拶したのに返事もしない、入院してからは何度も抜け出そうとしたり暴れたりで手をつけられなかった大問題児だったわね」

 

……そんなことしていたのか俺は。改めて聞くと自分に引くな、おい。

 

「まあそれからは真姫の話から推測すると、俺が病院で暴れている間に愛華が今までのこと全部話して俺たちの状況を知った爺さんが引き取ったんだ」

 

まあ、あの二人に心を許せるまで俺も愛華も一年くらいの時間を要したが。それに特に俺は酷かった。何もかもが敵だと思っていたんだから。

 

「そこからは俺も愛華もホームレスから脱して、鞍馬の家族になって、歪んだ性格も改善されて、ことりの母親――雛さんと爺さんが教え子と恩師の関係もあって穂乃果たちとの縁が戻った。ここまでが小学生の話だ」

 

色々と整理して話したつもりなんだけど意外と長くなってしまった。まあ、16年間生きてきた中で濃い時間だったんだろうな。いろんな意味で。

 

「そんなことがあったのね……」

 

「ああ…絵里と出会ったときは爺さんに矯正された後だったからな。びっくりしたか?」

 

「とっても。そんなことがあったなんて知らなかった。それなのに……」

 

「ストップだ絵里」

 

悲痛な顔をする絵里に俺はすぐに遮った。

 

「それは絵里が責任を感じることじゃない。編入前に会った時に言っただろ?」

 

「ええ…でも……」

 

だが、それでも責任を感じているような表情をする絵里。やはり気持ちはそうはいかないようだ。

 

「そういえば絵里と遊弥は中学で知り合ったんですよね?」

 

「ああ。入学してからすぐのことだったんだが、前も見えていないのにフラフラと危ない足取りで物を運んでいる上級生がいてな」

 

「その言い方に悪意を感じるわ」

 

「事実だろ――ま、今ので分かる通りそれが絵里だった」

 

危なっかしくて見ていられなかった俺は忠告も含め正面から絵里が持っていた荷物を奪った。

 

「最初は絵里がすごい警戒してな。こっちは爺さんに叩き込まれた親切心でやったのに」

 

「仕方ないじゃない。そういうのが初めてだったんだもの」

 

当時の絵里の状況を知っている今ならそれもしょうがないと思う。

 

「絵里はボッチだったからなぁ」

 

「ちょっと、そんな言い方しないでよ!?」

 

でも事実だろ。その原因の一端は自分にもあるってわかってるはずだ。

 

「好奇心の目を嫌っていくうちに誰とも話さなくなってたんだろ?」

 

絵里はロシア人の祖母を持つクォーターだ。そんな絵里は思春期真っ只中のガキどもには注目の対象だった。

気持ちはわからん訳じゃないけどな。普通に友達になろうとした女の子までそっけない態度を取るのはどうかと思う。

 

「ゆーくんが言えた立場じゃないよね……」

 

「そんなの百も承知だから言わなかったに決まってるだろことり。にしても、絵里はいい感じに俺の古傷を抉りまくってくれたけどな」

 

人の振り見て我が振り直せ――ちょっと違うが、当時の俺はそんなことを思ったものだ。

 

「それで、ゆうくんはどうして中学でも苛められていたの?」

 

話の本筋を戻すように穂乃果が問いかけてきた。

 

「率直に言うと嫉妬だ。絵里と一緒にいた俺へのな」

 

「嫉妬、ですか……?」

 

「絵里が友達がいなかったのはなにもそっけない態度だけじゃない、一種の憧れとかあったからだ。ほら、絵里は周りから見れば美人の分類だろ?」

 

「び、びじっ……!?」

 

「「「……」」」

 

絵里が一瞬で顔を紅くして幼馴染たちが俺に不服の視線を送ってくる。が、俺は気付かなかった。

 

「だから影で男女共にものすごい人気があったんだ。なんだかファンクラブまで出来てたらしい」

 

「そこまでだったん?」

 

「さすがのにこでも引くわね。アイドルだったら嬉しいことでしょうけど」

 

そのときの絵里はスクールアイドルとかはしていないからな。迷惑でしかない存在だ。

 

「そんな絵里の近くに男の俺がいるようになった。後はもう分かるだろ?」

 

嫉妬した連中が俺を呼び出して、これまた色々された。ほとんど反撃しないで好きなようにさせていたが。

 

「だが、あまりにも反応しない俺に対して苛立ちが募ったのかどんどんエスカレートしていった。まあ、所詮は中学生の力って感じだったけど」

 

「そういえるのはあんただけよ、遊弥……」

 

「まだ感覚が鈍っていたんですね……」

 

呆れているにこと悲壮感漂わせる花陽。

 

「穂乃果たちと違うのは絵里に知られないように隠し続けながら関わっていたことだ。穂乃果たち、愛華、鞍馬の次に気のいい関係が作れたのが絵里だったんだ」

 

互いに踏み込みすぎず、かといって遠慮し過ぎない。そんな関係が俺と絵里の間で出来ていた。家族や穂乃果たち以外で気を許せることが出来た人だった。

 

「さっきも言ったが所詮は中学生。俺からしたらやることなすこと幼稚だし非力だ。だから絵里が卒業していなくなるまで耐えることは造作もなかった」

 

しかし一つ大きな誤算があった。可能性すら考えていなかったこと、それは――

 

「卒業した後にも奴らは手を出してきたんだ」

 

絵里がいなくなればファンクラブも、嫉妬する奴もいなくなる。そう思っていて実際にそうだったのが大半だったのだが、俺に対する嫉妬は一部の人間の中で嫌悪に代わっていたのだ。

 

「絵里がいなくなってからすぐのこと、決定的なことが起きた。昼休みのときに誰かが俺を階段から突き飛ばしたんだ」

 

受身を取れなかった俺は階段から転げ落ちた。

 

「そして目を覚ました俺は自分の名前以外忘れていた。自分がされたことも、過去のことも、穂乃果たちのことも、絵里と過ごした時間も…なにもかも……」

 

俺の全てが抜け落ちたのだ。俺が俺であるためのものが忘却の彼方へと飛んでいった。

 

「ただ幸運なことに、そのときの俺には支えてくれる人がいた。助けてくれる人たちがいた」

 

爺さんや咲姉、愛華は自分の仕事や学校があるのに俺の記憶の手がかりとなりそうな話や物を毎日持ってきたり、穂乃果や海未、ことりは自分たちの受験勉強もある大変な時期なのにわざわざ俺のところに来てくれたりしてくれた。

それだけじゃない。クラスで多少なりと友好関係を築けた人たちも色々と協力してくれた。そのことについては感謝するばかりだ。

 

「これが身体の傷の理由。俺がいままで歩んできた人生だ」

 

『……』

 

皆は言葉が出ないようだった。あまり黙られるのも嫌なんだが、皆からしたら言い出し辛い話なのも分からなくはないから俺も少し困る。

 

「ゆうくんは」

 

数分の沈黙の後、最初に口を開いたのは穂乃果だった。

 

「ゆうくんはいまどう思っているの?」

 

「それは何に対してだ? 両親のことか? 暴力を振るってきた連中か? それとも――穂乃果たちや絵里に対してのことか?」

 

最後の言葉に穂乃果、海未、ことり、絵里はビクリとする。まるで何かを怖がっているように。

 

「私たちのことを含めて全部、かな。どんな言葉でも私たちは受け入れるから、正直に言ってほしいな」

 

だが、穂乃果がそういうと他の三人も意を決したように俺をまっすぐ見つめる。周りも心なしかどこか緊張した面持ちをしていた。

俺の一言でこれからの関係性が変わる、そんな風に感じているのだろう。だから俺はできる限りやわらかい雰囲気で言った。

 

「そう張り詰めた空気を出さなくてもいい。過去のことに関して四人のせいだと思ったり恨んだりしたことは一度たりともない」

 

「「「「えっ……?」」」」

 

「どうしてそんな意外そうな顔をするんだ、特に絵里」

 

絵里には編入前に言ったはずなのに、どうしてそんなに怯えていたんだか。

 

「だってそれは記憶が全部戻る前のことだったから…いま改めて考えたとき、どう考えているなんて分からなかったもの」

 

言いたいことは分からなくはないが、それにしてもなぁ……

 

「穂乃果たちも、なんで俺が穂乃果たちを恨むかもしれないって発想に至るんだ」

 

「だって、ゆーくんの状況をまったく知らなかったから…」

 

「私たちだってあのときに気づいていれば、もっと遊弥は早くに救われたはずです……」

 

ことりと海未の言い方には後悔の色が滲んでいた。穂乃果も口にはしないみたいだが、思いは二人と同じようだった。

 

「お前らなぁ……」

 

俺はほとほと呆れてため息しか出なかった。

 

「あの時こうしていれば、なんて今さらどうしようもないことで後悔したり俺に罪悪感を感じたりするのはやめろ」

 

「でも……」

 

「デモもストライキもないんだよ穂乃果。穂乃果や海未、ことりに絵里が知らなかったのも、そういう風に俺が考えて実行したんだ」

 

だから責任は全部俺自身にある。俺が背負っていかないといけないことなのだ。

 

「昔の行動の結果や責任は俺だけのものだ。誰にも渡さない。四人が責任の片割れを担おうなんて俺は許さない。罪悪感なんて以ての外。それだけは忘れるな」

 

そういうと四人はどこか悲しそうな顔をする。だが、言っておかないといけない。穂乃果たちはそれでもと踏み込んでこようとするから。

 

「ちょっと遊弥、あんたね。少しは――」

 

「にこっち、ストップや」

 

外野からにこが物申そうとしたところを希が止める。

 

「希、どうして止めるのよ!」

 

「にこっち」

 

ただにこの名前を言うだけの希。だが、その雰囲気はいつものものとは違うくらい真面目で何らかの説得力があった。そんな希に押されたのかにこは不満そうにしても引き下がる。

 

「ありがとな。希」

 

「礼はいらないで。どちらかというと、うちもにこっちと同じ気持ちやから」

 

そう少し俺に鋭い視線を向けてくる希。

俺はため息しか出なかった。本当に優しすぎだ。むしろ本来なら俺は穂乃果たちに責められるべき立場にいるというのに。

 

「まったく……恨むどころかむしろ感謝しているんだぞ? 俺は」

 

『えっ…?』

 

次は全員が呆気に取られていた。だから何でそんな反応になるんだよ。

 

「だって、わたしたちゆー君に何もしてあげられてないよ」

 

「言っただろ。あのときの俺は穂乃果たちとの関わりが支えだった。それに記憶を取り戻すためにわざわざ遠いところまで来てくれただろ」

 

それを何もしていないというのなら、一体何をすればいいのやら。

 

「絵里には前言ったとおりだ。中学の頃、絵里と過ごしたなんでもないように見える日々は当時の俺には新鮮で楽しいものだった」

 

それは絵里が無理やり生徒会に引っ張っていなかったらなかった話だ。

 

「だから感謝しているんだ。まあ、今だから言えることではあるんだけどな」

 

昔の俺は絶対に認めようとしなかったし、まず気づきもしなかったことだろう。

 

「あとは両親や暴力を振るってきたやつらについてだが、もう過去の話だ。いまになってそいつらを探し出して仕返しをしようとかどうにかしてやろうなんてことは微塵も思ってもいないし」

 

そんなことをしてもどうしようもないことなのはわかりきっているし、傷が治るわけでもなし。この先の人生でそいつらと関わることはまずないだろうから特に気にもしていない。

 

「それに色々あったが今はこうして普通に生活している。昔取り損ねたものを、取り零していたことを得ることが出来ているんだ。だからそう悲観はしていない」

 

過去にばかり囚われて、身動きできなくなるようなことはしない。これからは先へと進んでいくだけだ。

 

「さて、他になにか聞きたいことあるか?」

 

そう問いかけると皆は無言で首を振った。

 

「せっかくの合宿なのに暗い話して悪かったな」

 

「ううん、私たちが聞きたいって言ったんだからゆうくんが気にすることじゃないよ」

 

そう言ってもらえるのは幸いだ。

 

「それじゃあ時間も時間だから夜ご飯の準備をしようか。お詫びといっちゃなんだが、今日は俺が作るよ」

 

俺は一区切りつけるように手を打つ。

 

「えっ! いいの、ゆうくん!?」

 

「ゆーくんの手作り!?」

 

「本当ですか!?」

 

その瞬間、幼馴染たちが身を乗り出し、

 

「遊くんの手作り、興味あるにゃ~!」

 

「とっても楽しみです」

 

「……なんでもいいわ」

 

一年生たちは興味があるように、

 

「遊弥くんの、手作り……」

 

「ふふ、期待してるで」

 

「変なもの作らないでよ?」

 

三年生たちは期待するような目でそう言った。

 

「……」

 

なんだかハードルがすごい上がっているような気がする。俺が作ろうとしているのはただのカレーなんだけどなぁ。

 

「でも確か…買い出しにいかないといけなかったような……」

 

ことりの言葉に真姫が立ち上がった。

 

「なら、私がいってくるわ。店の場所知ってるのは私だけだもの」

 

「じゃあ、わたしも――」

 

「一人で十分よ」

 

最後まで言わせない真姫。どうしてそこでお願いできないのだろうか。

 

「真姫ちゃん。うちも行くわ」

 

そんな真姫の様子を見てか、希が流れを無視して立候補する。

 

「買い物がてら、この周辺を散歩してみたいし」

 

それらしい理由をつける希に真姫は怪訝そうな顔をしてる。すると希は俺に目配せをしてきた。

はいはい、と言わんばかりに俺も立ち上がる。

 

「俺も行く。というか俺がいかなかったらなに買うもの分からんだろ」

 

「そんなの、メモでもなんでも渡してくれれば――」

 

「どちらにせよ10人分の食料を持つ人員は必要だろ――ほらほら、いくぞいくぞー?」

 

「ちょっ、わかったから押さないでよ!」

 

俺と希は有無を言わさず、真姫を押して買い出しへと出るのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではではまた次回に


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面倒くさい人





ども、燕尾っす。
ビールに合いそうな料理を募集中です。








 

 

 

 

 

夕日が落ちてきて、景色全体オレンジ色に染まっている中、別荘を出た俺たちは縦一列に並んで歩いていた。

 

「どういうつもり?」

 

そんな中、真姫が前を行く希に問いかける。

 

「真姫ちゃん面倒なタイプだなーって」

 

「あー、なんとなくわかるなぁ。確かに真姫は面倒くさいよな」

 

「なっ……」

 

同意する俺に真姫は驚きの顔をした。

だってそうだろ。わざわざつっけんどんな態度を取って、一歩どころか五歩ぐらい引き下がったような目で見ようとして、でもどこか羨ましいと感じている。それが面倒じゃないと思うのは余程鈍感な人間だけだ。

 

「なにが狙いなの」

 

「別に? 買い物の手伝いがてら散歩もしたいなーって。ほら、夕日が綺麗やん」

 

海の向こうにある夕日を眺める希の言い方は本当になんとも思っていないようで、本心を言っているように聞こえるが、実際のところは違うように俺には見えた。

 

「――皆と仲良くしたいのに、なかなか素直になることができない」

 

静かに歩みを進めていれば小さく囁かれた希の声もよく通った。

 

「なかなか大変やな?」

 

「わ、私は別に、普通にしているだけで――」

 

「そうそう、そうやって。自分にも他人にも嘘をついているところ。素直になれない証拠や」

 

そう言う希に真姫は確信を突かれたかのように言葉に詰まった。

 

「――っ、ていうか、どうして私に絡むの!?」

 

声を荒げる真姫。しかしそれは何とか反論しようとした捻り出した様に聞こえる。

そう思っていても俺は口には出さなかった。決してさっき睨まれた真姫からの報復が怖いわけではない。本当だぞ?

 

「ほっとけないのよ。あなたに似た子を私はよく知っているから」

 

いつもとはかけ離れた口調で答える希。そんな希に俺はつい口を出してしまう。

 

「シリアスっぽいこと言っているが、それってようはじぶん――」

 

その瞬間、前に居た希が消えた。それと同時に俺の胸元に、誰かの何かが添えられているのに気が付いた。

 

「ふふふ、遊弥くん?」

 

そして背後から聞こえてくる妖しい声。

 

「の、希さん…」

 

青ざめた顔で震える声を出す俺。後にいる希はとてつもなく笑顔だ。

 

「人がせっかく真面目な空気を出しているのに、どうしてそう雰囲気を壊すようなことを言うのかな…?」

 

「そう言うってことは希も実は図――うあぁ?!」

 

最後まで言い切ることもなく、俺は奇声を上げてしまった。

 

「空気読めない子にはお仕置きが必要やね。見せたるよ、今まで誰にもしたことのないワシワシ――ワシワシMAX ENDを」

 

「――」

 

夕日が照らすオレンジ色の海に俺の叫び声が響く。

 

「うっ、あ…あぁ……」

 

「……馬鹿じゃないの」

 

身体を痙攣させる俺に真姫の呆れた声は耳には届かなかった。

そんな俺を放置して二人は話を進めていた。

 

「まぁ、少しは無茶するのもいいんやない? 遊弥くん()みたいに。真姫ちゃんがいま言った"馬鹿"になるのも時には必要やで」

 

「……」

 

チラリと俺に視線をやってから歩みを進める希。それに対して真姫はなにも言わず、後を付いていくのだった。

 

――あの、俺を置いていかないでくれ。

 

 

 

 

何とか希と真姫に合流して買い物を終えたおれはすぐにキッチンに向かった。

 

「さて、それじゃあ早速作るとするか」

 

エプロンをつけて腕をまくり、俺は気合を入れる。

目の前には並べられた十人分の夕飯の材料。これだけあるとさすがに圧巻だった。

 

「ゆーくん、やっぱりわたしも手伝うよ? もともとはわたしが夕食の当番だし」

 

やんわりと手伝いを名乗り出てくれることり。

 

「気にするな。俺が言い出したことだし、皆でリビングでくつろいでいてくれ」

 

包丁を構えるとライトの光が反射して輝き、俺の姿が映し出される。

さすが西木野家。別荘でも調理器具の手入れは行き届いているようだ。

 

「んじゃ――いっちょやりますか」

 

俺は食材を手に取り、料理を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去の話の後、夕飯作りを名乗り出たゆうくん。私たちは彼の手作りというのに惹かれてお願いした。

 

「「「「……」」」」

 

それでも何か手伝えることはないかと思い、私、ことりちゃん、真姫ちゃん、にこちゃんがキッチンへと足を運んだけど、料理を始めたゆうくんの姿に圧倒されていた。

目にも留まらない速さでの包丁捌き、効率よく洗練された動き、ゆうくんの作業に無駄と言う言葉はどこにもなかった。

 

「~~♪」

 

だというのに、当のゆうくんは鼻歌交じりに楽しそうに料理している。

 

「さて、こっちはしばらく煮込むとして――次はサラダでも作りますかね」

 

軽快な音がキッチンの中で鳴り響く。

 

「ゆうくん、料理上手だね」

 

「ん? ああ、生きるために必要なスキルだしな。まあそれだけじゃなくて、色々と思いついたりとかして色々なもの作るうちになんか楽しくなってな。今や趣味のようなものだ」

 

最初こそは必要だと思ってやっていたみたいだったけど、それでどんどん好きになっていたようだ。

すごいなぁ。私はそんなに料理しないし、上手じゃないからちょっと憧れる。それに料理する姿を初めて見るけど、チラリと見える横顔がやっぱりかっこいい。

こんな旦那さんがいたらそれこそお嫁さんは形無しだよね。

 

「「やっぱりもっと頑張らないと駄目かなぁ……」」

 

するとことりちゃんと声が重なった。どうやらことりちゃんも同じことを考えていたようだ。

 

「確かに、頑張らないといけないわね」

 

すると急に真姫ちゃんも同意し始めた。

 

「「えっ!?」」

 

真姫ちゃんがそんなこというなんて思ってもいなかった私とことりちゃんは驚きの声を上げる。

まさか真姫ちゃんもゆうくんのこと――!?

 

「何をそんなに驚いているのよ。こんな姿を見せられたら私だって女として少し落ち込むわ」

 

真姫ちゃんの話に私とことりちゃんはほっと胸を撫で下ろす。

 

「ことり、そこのバックの中にあるもの一式取り出してくれ」

 

「ふぇ!? こ、これ?」

 

「そうそれ。入ってるもの全部テーブルに並べてくれ」

 

「う、うん。わかった」

 

「あ、私も手伝うよことりちゃん」

 

ゆうくんの指示にしたがってゆうくんが持ってきたバックの中を見る。

バックの中には小瓶が沢山入っていた。

 

「ゆうくん、これってなに?」

 

私は小瓶を一つ掲げる。瓶の中には粉末状の何か入っている。他の瓶も同じく。調味料としては種類が多すぎるくらいだ。

 

「それはクミンだな」

 

「クミン?」

 

「スパイスの一つよ。ことりが持っているのはシナモンね」

 

にこちゃんはゆうくんが持ってきた小瓶を興味深そうに見ながら簡単に説明してくれた。

 

「正解」

 

「にこちゃんよく知ってるね?」

 

料理できないって言ってたのに。

 

「……まあ、知っていただけよ。それより遊弥、あんたずいぶんと本格的ね」

 

「本格的? にこちゃんはゆーくんが作るものが分かるの?」

 

「人参、玉ねぎ、じゃがいも、肉にこのスパイスだったら作るものなんて一つじゃない」

 

そこまで言われて私たちも気づいた。

 

「そっか、カレーだ!」

 

「あ~!」

 

「というか本気で気づいていなかったの?」

 

「あはは…」

 

声をあげる私とことりちゃんににこちゃんの呆れた視線が向けられる。

 

「私、スパイスから作るカレーって初めて食べるかも」

 

「わたしも。カレー屋さんとか行かないもんね」

 

「それならよかったよ。まあ、スパイスの配合は人それぞれ、千差万別。作り手によって味は変わる。それにスパイスから作るカレーは色々な効果がある」

 

「色々な効果?」

 

「ああ。消化促進、代謝の向上、疲労回復に――美容効果とか」

 

ゆうくんの言葉に私たち四人はピクリと身体が反応した。

ゆうくんによるとインドの人が美肌なのはスパイスのカレーを毎日食べているおかげだとか。

 

「そこで四人に簡単な質問いくつかするぞ。これからスパイスを混ぜていくけど、何を重点にしたい?」

 

「「「「美容効果!!!!」」」」

 

「はいよ」

 

即答する私たちにゆうくんは笑いながら作る手を速めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おぉ~!!』

 

配膳の最中、皆は感嘆の声を漏らす。

作ったのはスパイスから作ったカレーとサラダ。それと焼きナスのバルサミコ酢和えだ。そんな大したものは作ってないのだが、喜んでもらえているのならそれで良い。

 

「花陽はどうして茶碗にご飯なの?」

 

「気にしないでください」

 

花陽の隣に座る絵里が花陽の目の前に置かれた山盛りの白米に目を点にさせている。

 

「心が真っ白なかよちんは白いご飯が大好きなのにゃ!」

 

そう言われると汚してみたくもなるのが人というもの。あの白米と一緒に花陽も汚して――ハッ! 殺気!?

 

「ゆーくん、おいたはいけないよ?」

 

「遊弥、園田流奥義を喰らいたくないなら今すぐその雑念を捨てることです」

 

「えっちぃのは駄目だよ、ゆうくん……」

 

「はい」

 

何で俺の思考が読まれたとか思い浮かぶがそんなことはどうでも良く、俺はただただひれ伏した。

そんなどうでも良いやり取りを交えながら配膳も終わらせて、皆で手を合わせた。

 

『いただきまーす!!』

 

皆でいただきますの挨拶をしてから、俺たちはそれぞれ夕食にありつく。

どれも好評だったようで、皆美味しいといってくれている。嬉しいことだ。

 

「ゆうくん、料理上手だったよね」

 

「あれぐらい慣れれば誰だってできる」

 

「いや、あれだけ効率良くできるのはそうそういないわよ。毎日やってる私だって無理よ」

 

「あれ? にこちゃん料理できないって言ってたような……?」

 

ことりの指摘ににこがうっ、と言葉に詰まる。そんなにこに更に真姫が追い討ちをかけた。

 

「言ってたわよー? いつもシェフが作ってくれるって」

 

「うぐぐ……」

 

そんなこと言ってたのか。見栄張って自分でボロだすあたり、とっさに出た言葉だったのだろうが……

 

「にこ、スプーンより重たいもの持てない~」

 

「……流石にそれは無理があるんじゃ?」

 

「というか今日バッグ持って来てたよな」

 

「うるさいわよ穂乃果、遊弥! 今の時代、アイドルは料理の一つや二つできて当然なのよ!!」

 

「開き直った!?」

 

「ま、できて損は無いものだから好きにさせればいいだろう」

 

「そんな悟っているような視線を向けるのやめなさいよ!!」

 

うがーっ、と声を上げるにこに俺は小さく笑う。

小さい頃の俺はこんな時間を過ごせるだなんて思いもしなかっただろう。

過去の話を聞いた皆からしたら俺の行動はやっぱり自己犠牲だと言われた。だがこの光景のために、こうして笑いあえる未来のために頑張っていたと考えられればあの時の俺は少しは救われる。そう本心から思っている。

 

「遊弥、どうしたのですか?」

 

隣に座っていた海未が物思いに更けていた俺を不思議そうに見る。

 

「ん? ああ。久しぶりに昔の話しをしたからか、少し感傷に浸っていただけだ」

 

「そう、ですか…」

 

海未はそれ以上は問いかけてこなかった。気を使ってくれたのだろう。そんな海未に悪いことじゃないとだけ言っておく。

 

「さて。おかわりは沢山あるからな、いっぱい食べてくれ! ちなみに皆が食べているそのカレーは穂乃果、ことり、真姫、にこの要望から美容効果の高いスパイスを中心に作っているぞ?」

 

そう言うと知っている四人以外は一瞬目を見開き、全員勢いよくカレーを食べ進める。

こうして賑やかな食事は進んでいくのだった。

 

 

 







いかがでしたでしょうか、感想、評価募集中です
では、また次回。





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開催! 枕投げロワイヤル



ども、燕尾です
62話です。


 

 

 

「ふあー、食べた食べた~!」

 

晩飯も綺麗に片付いた直後、穂乃果はソファにダイブしてゴロゴロとし始めた。

 

「穂乃果、食べてすぐに横になったら牛になりますよ」

 

「も~、海未ちゃんお母さんみたいなこと言わないでよ」

 

海未の注意に口を尖らせる穂乃果。

 

「そういえば食べてすぐ横になったら牛になるっていうのは太るとかじゃなくて、あなたのその行動はまさしく牛そのものだ、という揶揄したのが始まりらしいな?」

 

「……」

 

「さて、穂乃果は乳牛かドナドナされる牛のどっちなんだろうな?」

 

「どっちも嫌だよ! それに乳牛は私というより希ちゃんの方がぴったり――はっ!?」

 

ああ、こいつ。言ってはいけないことを言ってしまったな。

恐る恐る希の方を向くと、彼女はこれ以上ない笑みを浮かべていた。

 

「穂乃果ちゃん、うちのことそう思ってたんやな?」

 

おお…希、普段通りの口調なのにすごい威圧感だ。

俺は心のなかで穂乃果に合掌する。

 

「ち、違っ! これは言葉の綾というか、ゆうくんの勢いに乗せられたというか!?」

 

「俺は穂乃果に向かってしか言ってない。希の名前なんて一言も出してなかっただろ」

 

「あぁ~! ずるいよ!! どうせ心のなかでは思ってるくせに!!」

 

「それ、俺が答えたらセクハラだ」

 

「穂乃果への質問もかなり際どかったけど」

 

絵里シャラップ。話の流れ的にはセクハラじゃないから。

 

「それより穂乃果、俺を責めるより自分の身を案じた方がいいぞ? 今の火に油をかなり注いでるから」

 

「穂乃果ちゃん?」

 

「――」

 

肩をがっしり捕まれた穂乃果は、身を強張らせた。

 

「うちが乳牛かどうか、穂乃果ちゃんにじっくり教えたげるわ」

 

それは死刑(ワシワシ)宣告(決定)だった。

 

「あっ、待って!? ごめんなさい!! 本当にごめんなさい!! だから許してぇ~!?」

 

「ふふふ、謝るのがちょーっと遅かったな?」

 

「いやぁ~!!!!」

 

こうして穂乃果はリビングからドナドナされていった。

 

「穂乃果は恐らく両方の牛を経験するのであった」

 

「遊弥、それはアウトです」

 

「ああ、それは俺も思った。撤回しておく」

 

そこから先は、穂乃果の名誉と俺の少年としてのプライドのためになにも聞かなかったことにした。

ただ、服が乱れたまま肩で息をしながら虚ろな目で戻ってきた穂乃果曰く――

 

「希ちゃんは雄牛だったよ……」

 

目尻に涙を溜めて震えながらそう言う穂乃果に流石に不憫になった俺は彼女が元に戻るまで頭を撫で続けてあげるのだった。

 

 

 

 

 

夕飯で使った食器を片付けて、次はどうするかという話になった。

しかし、9人も人が集まれば意見は必ず食い違う。

凛が花火をやりたいと言い出し、海未が昼間に遊んだのだから練習をしなければと対立した。

花火はともかく練習するという雰囲気ではないのは確かなのだが、海未は譲らない。

痺れを切らした凛は花陽にどうしたいと聞けば彼女は風呂に入りたいと手を挙げ、面倒くさくなった真姫は風呂入って寝ると言い出す。

最早収拾がつかない状況のなか、希がぱんっ、と手を叩いた。

 

「じゃあ、今日はもうお風呂入って寝よっか。練習は明日朝早めに始めて、花火はその夜にしたらええんやない?」

 

そんな希の提案に皆は納得して、何とかこの場は収まることになった。

それからは最初に皆が風呂に入って、交代で俺が入り、後は寝るだけなのだが…

 

「ちょっと待て。これはどういうことだ?」

 

風呂から上がった俺はそう問いかけずにはいられなかった。

 

「どうして布団が"十人分"敷かれているんだ?」

 

「どうしてって…合宿だからね」

 

「合宿だからって言葉は免罪符じゃないんだぞ、絵里」

 

まぁこんな行動に出た理由はなんとなくわかるのだが、俺の分まで入れられているのはこれ如何に。

 

「ほら、ゆうくんはここだよ!!」

 

「うん、ナチュラルに話を無視するのはやめような、穂乃果」

 

ポンポンと俺の位置を示している穂乃果。

 

「遊弥、明日も早いんですから駄々捏ねないでください」

 

「海未どうして俺が我儘みたいなことになっているんだ?」

 

ポンポンと穂乃果と同じようにさっさと来いとやる海未。

 

「ゆーくん…」

 

「ことりだってさすがに嫌だ……あれ? こ、ことり?」

 

不安そうにしているからてっきり嫌だと思っていたのだが、なんか嫌な予感がする。

胸元に手を当て、瞳を潤ませていることり。この動作はまさか――

 

「俺はとにかく、空いている部屋で――!」

 

そそくさと逃げようとしようした俺の袖をことりは掴む。身長差があるため、ことりの上目遣いがもろに突き刺さる。

 

「ゆーくん、おねがぁい!!」

 

「ぐはっ!?」

 

正面からアッパーカットを食らったように俺は仰け反る。

蕩けるような甘々ボイス。じっと見つめてくるきれいな瞳。縋るような表情。こんなことをされて断れる男が果たして世の中にどれだけいるというのだろうか?

しかぁしっ! 俺はそれでもノーといえる男だ! ダメなものはダメゼッタイ!! 飲酒運転、麻薬と同じ。飲んだら乗るな乗るなら飲むな、薬はダメ、男女七歳にして席を同じゅうせず!

 

「チッ……」

 

ちょっとことりさん? 目の前で舌打ちするとか性格変わりすぎです。

 

「遊弥くん。女の子がここまで言っているのに、遊弥くんは逃げるのかしら?」

 

「その挑発には乗らないぞ、絵里。逃げるもなにもそういう状況でもないだろ」

 

「そんな難しく考えないで、思い出作りの一つとして思っておけばいいのよ」

 

「にこ、寝るだけなのに思いでもなにもないだろう」

 

「遊弥くんは私たちに何かするつもりなのかしら?」

 

出た、その理論。μ'sの皆に何かをすることは絶対ないのだが、そう言われて逃げようものなら言外にしてしまうと認めているようなもの。

だから、俺は逃げずに立ち向かった。

 

「ああ、そうだよ。そりゃ可愛くて美人で魅力的な女の子がこんなに居て、俺も思春期真っ只中の男だ。我慢するにも限界だってある」

 

『……っ!!』

 

その瞬間、みんなの顔が一気に赤くなった。よし、良い方に転がった。

 

「俺だって俗に言う狼になりうる人間だよ。聖人君子でも出家した僧侶でもない」

 

俺はさらに畳み掛ける。皆はもう少し警戒心を持ったほうが良いのだ。男とはどういうものか、どういう考え方をしているのかを。

まあ俺が男全員の代表ということではないのだが、あまりにも彼女らは知らなさ過ぎるのだ。

 

「それでも良いと言うのならここで寝る。ただどうなっても覚悟しておくことだ。でまかせでもなんでもない、本気だぞ?」

 

『……』

 

皆は顔を見合わせて黙る。少し言い過ぎた感は否めないけど、でもこれもいい機会なのだ。

 

「皆それでもって言わないってことはそういうことだろ? だから俺は空き部屋を――」

 

そのままリビングから出ようとした瞬間、両袖が四つの方向に引っ張られた。

 

「「「「…………」」」」

 

俺の袖を引っ張っているのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果、ことり、海未、絵里の四人だった。

 

全員熱でもあるように頬を上気させて俺を引きとどめている。

 

「お、おい…」

 

嘘だろう、と俺もその様子に少し戸惑う。

袖を引っ張る四人だけじゃない。花陽も、凛も、真姫も、にこも、希も、全員が承知の上で俺に行くなという視線を送っていた。

 

「どうしてそこまでするんだ…」

 

わけがわからない俺はもう素直に問いかけた。

 

「絵里ちゃんも言ったとおり、せっかくの合宿だもん」

 

「遊弥だけ一人別というのは寂しいんです」

 

「わたしたちはゆーくんと一緒に居たいの」

 

「駅でも言ったでしょう? 難しいことは起きたときに考えればいいのよ」

 

今度は俺が黙ってしまった。もうなにも言葉が出てこない。何を言えば皆が納得してくれるのかわからない。

 

「遊弥くん、うちらは覚悟できてるんや。ここで逃げたらそれこそ遊弥くんの言葉は嘘になってしまうで」

 

「ぐっ……」

 

痛いところを突かれてしまった俺はもうどうしようもなかった。

考えろ、考えてこの場を乗り切れ。そう思っていてもダメだった。

俺は深く、深ーくため息を吐いて両手を挙げた。

 

「わかったよ…」

 

俺が折れた瞬間皆は顔を綻ばせる。本当に、こいつらはもう……

俺が考えすぎなのか、どうなのか分からなくなってきた。

 

「それじゃあ、電気消すわよー」

 

『はーい』

 

寝る支度を済ませて皆布団に入ったのを確認した後、電気が消される。

 

「ねえ、ゆうくん?」

 

「なんだー?」

 

「眠れない」

 

電気が消されたからといってすぐ寝られるわけでもないのは分かるが、話しかけられてはこっちも寝られない。

 

「大人しく目を瞑っておけ。そしたら自然に寝てるから」

 

「それじゃあつまんないよー」

 

寝るのに面白いもつまらないもあるか。

 

「普段はどこでだってぐーすか寝てるだろう」

 

「ぐーすかって、失礼だよ…でもこういうときに寝るのってなんかもったいない気がして」

 

「穂乃果ちゃん、大人しく寝よ?」

 

「ことりの言う通りよ穂乃果。海未を見なさい、もう寝ているわよ」

 

「本当だ、もう寝てる……」

 

絵里の指摘に穂乃果は海未を確認する。電気を消してまだ少ししか時間がたっていないというのに海未はもう静かな寝息を立てていた。

 

「明日は朝から練習するんだから、おとなしく寝なさい」

 

はぁーい、と穂乃果は素直に従う。だが、眠れていないのは穂乃果だけではなかったようだ。

 

「真姫ちゃん、もう寝ちゃった?」

 

「……なによ」

 

希が真姫に声を掛け始める。最初こそは黙っていた真姫だったがどうやら無視できなかったようだ。そんな真姫の様子に希はくすりと笑った。

 

「本当にそっくりやね」

 

「なんなのよ一体」

 

短いやり取りの後に訪れる静寂。だが、その静寂もすぐに打ち破られることになる。

 

――バリバリボリボリ

 

「ちょ…何の音、ねぇっ?」

 

「私じゃないです!」

 

「凛でもないよ!」

 

突然の音に戸惑う皆。周りを見渡した俺はすぐに気付いた。

 

「ああ、もう。誰か明かりつけて!」

 

絵里の指示に近くにあったリモコンを取り電気をつける。

音の根源が分かった瞬間、皆が声を上げた。

 

『ああ~~っ!!』

 

「んっ!? んん~~っ!? ごほっ、ごほっ!!」

 

皆に見つかった穂乃果は驚きで煎餅が詰まったのか、苦しそうに胸を叩いている。

 

「何してるの、穂乃果ちゃん…!?」

 

「え~っと、何か食べたら眠れるかなって」

 

その理論は分からなくはないが、当然食べた分だけエネルギーが蓄えられるというもので、そして過剰に得られたものは女の子の敵である脂肪へと――

 

「ゆうくん! それ以上言っちゃ駄目!!」

 

「なら、その煎餅をどうすればいいか――わかるよな?」

 

「……はい、すみません!」

 

威圧すると穂乃果はすぐに煎餅をバッグの中にしまった。

 

「もう、うるさいわね~いい加減にしてよ」

 

にこが注意しながら起き上がりこちらを振り向く。その瞬間、皆はざわついた。

それもそのはず、にこは濡れた泥のような色をした顔面を覆うほどの布とキュウリを貼り付けていたのだ。

 

「なによ、それは……?」

 

「美容法だけど」

 

さも当然に答えるにこに絵里はハラショー、と顔を引きつらせながら呟いた。

 

「顔面パックならまだしも、なんでキュウリまで貼り付けているんだよ……」

 

「こ、怖いにゃ……!」

 

「うん……!」

 

「誰が怖いのよ! いいから、さっさと寝るわよ――ぶっ!?」

 

反論したにこがリモコンを手にして照明を消そうとしたとき、白い塊がにこに当たり彼女は布団に倒れる。

 

「真姫ちゃん何するのー!」

 

その直後に聞こえてくるのはいかにも嘘っぽい声色で叫ぶ希。

 

「えっ! な、なに言ってるのよ!?」

 

「あんたねぇ~~っ!」

 

戸惑い弁明しようとする真姫だったが、そんな間もなくにこに怒りを向けられる。

その様子を面白がりながら希はもう一つ枕を取る。

 

「いくらうるさいからってそんなことしちゃ駄目――よっ!!」

 

そういいながら手に取った枕をにこ――ではなく凛に投げた。

 

「わっ――なに、する、にゃ!!」

 

枕を防いだ凛は投げ返すと思いきや、別のほうへと投げる。

 

「わぷっ!?」

 

なにも考えていなかった穂乃果は顔面で枕を受け止めた。

 

「よーし! えいっ!!」

 

「うわっ!?」

 

投げつけられた真姫は片手で枕を防ぐ。

 

「投げ返さないの?」

 

「あ、あなたねぇ――うぶっ!?」

 

希に怒りを向ける真姫だったが、その前に別な方向から枕が襲う。

 

「ふふん♪」

 

「もー!!」

 

ドヤ顔で笑う絵里に真姫はついにキレた。そして乱暴に枕を拾い上げる。

 

「いいわよ、やってやろうじゃない! このっ!!」

 

「ぶっ!?」

 

真姫が投げた枕を花陽と凛はサイドによけるもにこは目の前に現れた枕に反応できず倒れる。

 

「ここにゃ!」

 

よけた体勢から凛は穂乃果たちへと枕を放る。

 

「おっと――」

 

「わっ――パスッ!」

 

「うわぁ!?」

 

それをよける穂乃果だったがことりからのキラーパスで軌道が変わった枕がぶつかる。

 

「ここっ!」

 

「ふふふ、えいっ!」

 

「くっ!!」

 

希と絵里に挟まれた真姫はサイドからの枕をしゃがんでやり過ごす。

真姫がやる気を出したことで始まる枕投げ大会。飛び交う枕に皆は楽しそうに枕を投げ合っている。

だが皆、忘れてやしないだろうか。ひとりだけ眠っている存在に。そろそろ止めとかないとこの後の展開が容易に予想できた俺は間に入る。だが、

 

「おーい、そろそろ…わぷっ……ちょっと待ぶふっ…海へぶっ……話をひでぶっ――いい加減にしろゴラァ!! 皆して俺を狙いやがって!!」

 

俺の話を聞こうともせずに連続でぶつけてくるみんなに俺もキレた。

 

「わー! ゆうくんが怒った!!」

 

「にげろー♪」

 

もう知らん! この阿呆共には裁きを下してやる!! 

 

「手加減はせん! 覚悟しろ!!」

 

「みんなで遊弥くんを打ち倒すのよ!」

 

『おーっ!』

 

絵里の掛け声に便乗する皆。その瞬間、四方八方から枕が襲ってくる。

 

「甘い!」

 

位置を調整していた俺は見計らったかのように避ける。

 

「えっ…わあ!?」

 

「なっ!? うぷっ!?」

 

「あぶっ!?」

 

するとあら不思議、見事なフレンドリーファイヤが決まった。

 

「ほらほらどうした!? 味方に当たっているぞ!!」

 

「くっ…この!」

 

「バレバレだぞ穂乃果!」

 

「えーいっ!」

 

「勢いがないなことり!!」

 

「「それっ!!」」

 

「タイミングそろえてどうする花陽、凛!!!」

 

「まったく当たらないんだけど!?」

 

「海のときも思ったけどこいつの身体能力はどうしてこうも高いのよ!」

 

「ふはははは! 鍛錬の賜物よ!!」

 

俺も投げる力を弱めつつ手加減しながら枕を放つ。

 

「このっ、調子に乗るのはそこまでよ、遊弥くんっ!」

 

「うちとえりちの友情ツープラトン攻撃を避けられるなら避けてみい!」

 

「甘い、甘いぞ絵里に希! はははっ、枕など当たらなければどうということもないわっ!」

 

「くぅ…こうなったら総力戦だよ! みんな!!」

 

穂乃果の掛け声でもう一度皆が団結し、あらゆる隙を窺いながら枕を投げてくる。

甘いわっ、と声を上げながら全部避けて行く俺。しかし――

 

「うぶっ!?」

 

誰かの枕を避けたとき、俺の後ろでくぐもった声が上がった。

 

『あっ……』

 

その瞬間、皆して間の抜けた声を上げる。俺もすっかりヒートアップして忘れていた存在に冷や汗をたらす。

 

「あ、あの、大、丈夫……?」

 

「……何事ですか」

 

穂乃果が問いかけるも海未はその応答はせず機嫌悪い声で言いながらゆらりと立ち上がる。

 

「何をしているんですか……?」

 

「え、えーっと……」

 

逆に問いかけてくる海未にことりも苦笑いしている。

海未の放つ殺気に皆が硬直していた。

 

「どういうことですか……」

 

「違っ、ね、狙って当てたわけじゃ……!」

 

「そうだよっ、そんなつもりは全然――」

 

言い訳しているが真姫に穂乃果、そうじゃない、そうじゃないんだ。これが予想できたから俺も止めようとしたのに、我を忘れていた。

 

「明日、早朝から練習すると言いましたよね?」

 

「あ、ああ…そうだな……」

 

だから早く寝ようとしていたのだ。反論の余地も隙もない。

 

「それをこんな夜中に…」

 

「お、落ち着きなさい、海未…」

 

何とか宥めようとする絵里だったが、俺、穂乃果、ことりは警鐘を鳴らしていた。

 

「まずいよこれ……」

 

「うん…海未ちゃん寝ているときに起こされるとすごく機嫌が――」

 

その瞬間、海未は枕を潰すがごとく握り締めた。

 

『ひっ――』

 

ぐしゃり、と擬音が聞こえたように感じた俺たちは身体をびくつかせる。

 

「――ふんっ!!」

 

海未の気合のこもった声の後、俺たちの間に強風が起こった。

 

「あぐっ!!」

 

「にこ!」

 

「にこちゃん!!」

 

隣にいたにこがはじき飛ばされたのに気付いた俺と凛は彼女を抱え上げる。しかし、にこの息はもうない――わけではなく、意識を持っていかれていた。

 

「もう駄目にゃ…手遅れにゃ……!!」

 

「なんてことだ……っ!」

 

俺と凛は死んだ兵士を悔やむように嘆く。

 

「超音速枕……」

 

「ハラショー…」

 

花陽と絵里は海未の所業に恐れおののくように呟いた。うん、俺もビックリだよ。辛うじて目が追いついたけど、アレは常人に出せるスピードじゃないよ。

 

「うふふふ……覚悟はいいですかぁ?」

 

「どどど、どうしよう穂乃果ちゃん、ゆーくん……!」

 

「生き残るには戦うしか――」

 

「穂乃果、危ねぇ!」

 

俺は穂乃果に迫った枕を寸での所で掴み取る。しかし、超高速で放たれた枕に腕が持っていかれる。

 

「痛ぇ…ちゃんと受け止めないと肩外れるぞこれ」

 

「大丈夫っ、ゆうくん!?」

 

労わるように支えてくれる穂乃果だが、それどころではない。

 

「みんな。俺が海未の攻撃をいなすから、隙を見て海未を沈めてくれ」

 

「でも、それじゃあ遊弥くんが……」

 

「大丈夫だ。目も慣れたし、何とかなる」

 

俺はそう言って、海未の真正面に立つ。

 

「ふふふふふ……」

 

唯一救いなのは寝起きで正気ではないというところ。さしずめ今の海未は獣と同じ。目の前の獲物に夢中になっているのだ。ならばいくらでもやりようはある。

 

「さぁ、かかってこい!!」

 

俺の声が引き金となり、花陽命名"超音速枕"が俺に襲いかかる。

そして――多少の犠牲を出しつつも、決死の覚悟で挑んだ俺たちは海未を沈めるのに成功するのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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悪夢



どうも、燕尾です
63話です。





 

 

 

 

 

どこからともなく声が聞こえる。憎しみや恨みのような負の感情がこもった声が。

 

 

――どうしてお前なんぞに食わせなきゃいけねぇんだ

 

 

――お前なんか産まなければよかった

 

 

そんなの知るか。お前らの行動の結果だろう。

 

 

――親無し家無し金無しのクセに

 

 

――この死に底ないのクソガキがっ! お前みたいなガキは生きる価値もないんだよ!!

 

 

ああそうだ、俺には生きる価値なんてない。だがその価値がある子を守るために、俺は死ねない。

 

 

――お前みたいな奴がどうして絵里先輩と!

 

 

――調子に乗るなこのクズがっ!!

 

 

お前らのことなんざ知ったことか。自分の不甲斐なさを人にぶつけるな。

 

 

――お前なんて死ねばいい

 

 

やめろ…

 

 

――死んでしまえ

 

 

やめろやめろ…

 

 

――死ね、死ね、死ねっ……!!

 

 

やめくれ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!!!!」

 

俺はぱっ、と目を開けた。どうやら夢を見ていたらしい。息を切らしながら俺は身体を起こす。

 

「嫌な夢を見たな…すごい汗だ」

 

ぐっしょりになった寝巻きに俺は辟易する。よりによってこんなときにこんな夢を見るとは思いもしなかった。これも過去話をした影響だろう。

目が冴えてきた俺は時間を確認する。時計の針は五時手前を指していた。

 

「ちょっと早く目が覚めたな…」

 

起きる時間は六時と決めていたので一時間も早く起きたことになる。周りを見ればまだ皆ぐっすりと寝ていた。

今からもう一度横になって寝ても良いのだが、夢見が悪かったのと俺は一度起きたらなかなか寝付けない身体なので、諦めて伸びをして外へ出る。

 

「さて…行くか……」

 

朝日の光を浴びながら準備体操をした俺は当てもなく走り出す。

 

「はぁ…はぁ……っ!」

 

走り始めてから一時間近く、さすがにキツくなってインターバルとして少し歩く。いつもだったら自分の体力からペース配分や力加減を考えて走るのだが今日の俺は初っ端からずっと全力だ。

 

「はぁ、はぁ、は――クソッ……!」

 

俺は息を思い切り吸って再び走り出す。しかし、

 

「――っ、――っ!!」

 

一歩一歩足を踏むたびに身体が痛む。いらない考えが頭を過ぎる。

 

「やめろ、やめろやめろやめろ……!!」

 

割り切ったはずだ。断ち切ったはずだ。自分自身納得したはずだ。なのに今頃になって、なんだ。

 

「うああああああ――!!」

 

俺は全力で走り続けた。ただなにも考えないように、がむしゃらに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

それから三十分ぐらい全力で走っていた俺は歩いて別荘へと戻っていた。

クールダウンがてら海辺を歩いているところで、皆の姿が見える。

 

「……」

 

手を繋いで朝日を眺めている九人の姿はμ'sの名前により近づいているように見えた。

 

「あっ、おーいゆうくーん!!」

 

俺の存在に気付いたのか、穂乃果がブンブンと手を振ってくる。俺が皆の元へ歩くとあちらもこちらへと距離を縮めてきた。

 

「ゆーくん、どこに行ってたの?」

 

「起きてから遊弥くんがいなくてみんな心配したのよ? まあそれは希や真姫もだけど」

 

ちらりと横目で二人を見る絵里に、希と真姫は苦笑いしている。

 

「悪い。早く目が覚めたから当てもなくランニングしてた」

 

「……ランニング、ですか」

 

怪訝そうに窺ってくる海未。すると海未は俺の脚を触ってきた。

 

「うおっ! 海未!?」

 

『海未!?』

 

『海未ちゃん!?』

 

唐突な彼女の行動に全員が驚く。しかしそんなことお構いなしに、海未は俺の脚を揉んで――いや、触診していた。

それが終わった海未は俺を睨んだ。

 

「遊弥。あなたがしたのは本当にランニングですか?」

 

「ああ…ランニ――」

 

「嘘ですね」

 

動揺しないように言おうとしたのだが、言い切る前に海未に断言された。いやいや、人の台詞を遮ってはいけませんって両親から習わなかった――いや、親父殿の娘なら納得だな。

 

「息遣いがおかしいのと、足の筋肉の感じからして――明らかにオーバーワークしましたね?」

 

もう嘘をつくことは許さないとばかりに海未は確認してくる。

 

「……どうして合宿の練習メニューにオーバーワークという言葉がなかったくせに俺のは気付くんだよ」

 

「幼馴染ですから」

 

なにそのトンデモ理論。

幼馴染というものに弱冠の恐怖を覚えてしまう俺。

 

「第一そんなこと言ったらあなたも同じじゃないですか。私に言っておいて自分はオーバーワークしているんですから」

 

それを言われると弱い。自分を律せていないのにどうして人に指摘できようか。海未はそういうことを言っているのだ。

 

「今日の予定は当然あなたも知っているはず。なのにこんなことして、一体どうしたんです?」

 

「たまにそういうこともするんだよ、そうしないと身体が鈍るから。合宿でいい機会だから」

 

「なら、どうして私の目を見てそう言わないのですか?」

 

無意識に逸らしていたことを指摘してくる海未。彼女は俺の目を見て話しているのに、気がつけば俺は海未から目を背けていた。

 

「遊弥…」

 

「悪い、汗と潮が気持ちが悪いから少しシャワー浴びてくる」

 

結局俺は逃げるように別荘に戻る。

 

「はぁ…これじゃあ何かあるっていっているようなもんだろう……アホか、俺は……」

 

そんな呟きは空虚に消えていくのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
今回は短めでした。




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異変



どもども、燕尾です。
64話です。
暑くなってきているときにTVアニメ"はたらく細胞"で熱中症の話しをするなんて……公式神か!!!!






 

 

 

「はぁ…またか……」

 

起きた俺はそう呟いてため息を吐く。

合宿から数日が経ってから俺は満足に寝られていなかった。原因は分かっている、古傷だ。昔の傷が痛むのだ。

 

「合宿終わってからどうして急に――いや、急じゃないな…」

 

その前から――すべての記憶が戻ってから古傷が痛むことはあった。だが、俺は意識しないようにしていたから問題はなかった。

しかし、合宿で過去の話をして無視できなくなるほど痛みが強くなったのだ。

 

「酷い顔だ…」

 

鏡を映った俺の顔は完全に調子が悪そうに見える。

μ'sの皆の前では出さないようにはしているが、昨日ついに海未と絵里にバレて練習前に強制的に帰されたのだ。

逆らうと後が怖いので彼女たちに従って早めに休んだのだが、結局は夢見が悪く、古傷が痛み、ろくに眠れなかった。こんな顔して学校に行こうものなら、登校前に会う幼馴染(穂乃果)たち三人に家に強制送還されてしまう。

どうしたものか、と悩んでいるところでピンポーンとインターフォンが鳴った。

こんな朝早くから誰だ、と思いながらも無視するわけにもいかないので頬をたたいて気合を入れて玄関へと向かう。

 

「やっほー、久しぶり」

 

手を上げて、満面の笑顔で入ってきた人物に俺は目を見張った。

 

「さ、咲姉…!? どうしてこっちに…!?」

 

「大学の講義が今週軒並み休講になって暇になったからね~」

 

来ちゃった、と言う我が義姉に俺は戸惑いを隠せない。

現在の時間は朝の六時半前。なのに京都から来たということは深夜バスを使ってきたことになる。

 

「事前に連絡してくれよ…」

 

「だってそれじゃあ面白くないから」

 

そう言ってのける義姉に俺は頭が痛くなる。基本は頼りになる姉なのだが悪戯好きというか、突拍子もないことをするのだ。

 

「だからと言ってこんな朝早くから来てどうするんだよ…俺学校だぞ?」

 

「そこはほら、遊ちゃんが学校に行っている間はここら周辺で歩いていればいいから。とりあえず決まってからは一刻も早く遊ちゃんの顔を――あれ、遊ちゃん? なんか疲れてる?」

 

「うんまあ、こんな朝早くにサプライズ仕掛けられたら誰でも疲れるわ」

 

「ううん。そういう疲労じゃなくてもっと根本的に顔色悪いよ、うん……やっぱり、来てよかった」

 

最後に小さく呟いた咲姉に俺は首をかしげる。

 

「ん、どういうことだ?」

 

俺の問いかけに答えるより早く咲姉は行動でる。スカートのポケットからさっと携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた。

 

「あ、もしもし萩野です――あ、山田先生。弟がいつもお世話になっています」

 

「お、おい…咲姉……」

 

「弟なんですが体調が優れないみたいで、ええ。今日は学校休ませてもらいますね」

 

「何勝手なこと言ってんだ!?」

 

「遊ちゃん、電話中だよ。静かに」

 

静かにもなにも山田先生への連絡は俺がやるべきことだし、そもそもどうして休むのが決定しているんだよ。

 

「はい、はい。そういうことでお願いしますね」

 

「どういうことだ、こんなことして」

 

どうして音ノ木坂の電話番号を知っているとか、山田先生と知り合いなのかとか色々疑問は湧くのだが、今はどうでもいい。

 

「姉心だよ。遊ちゃん、今日は――というか二、三日は学校休むこと」

 

「いやいや、確かに本調子ではないけど別に風邪引いたってわけじゃないし熱も出てない。それに…」

 

それに今は大事な時期だ。ラブライブへの出場をかけて各グループが追い込みをかけている。俺も穂乃果たちをサポートする一人として今休むわけにはいかないのだ。しかし、

 

「だめ、それは体調が万全になってから」

 

咲姉は一歩も引かずに認めない。だが引くわけにはいかない気持ちは俺のほうが強い。あの手この手で言葉を弄するも目の前の城は落とせなかった。

 

「遊ちゃん、もう次はないよん。や・す・む・こ・と、いい?」

 

「わかりました」

 

むしろ笑顔で警告してくる義姉に俺は即行で白旗を揚げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでこんな体勢になってるんだ……?」

 

担任に連絡され、撤回することもできなかった俺は咲姉に逆らえないまま膝枕されていた。

 

「遊ちゃん、ここ最近寝れてないでしょ」

 

「それは…」

 

「近くで顔見たらすぐ分かったよ。それとその原因もね」

 

そういいながら咲姉は俺の手を握ってきた。そっと優しく手を取る咲姉に俺ははっとする。

 

――やっぱり、来てよかった。

 

「まさか、咲姉…」

 

「大丈夫。今はお姉ちゃんが遊ちゃんを守るからゆっくりお休み」

 

まるで子供を眠らせるように頭を撫でる咲姉。そしてその優しい笑みに安心感を覚えた俺はいつの間にか瞼を下ろしていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Umi Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、今日萩野は休みだ」

 

担任の山田先生からの連絡に私たちの間に衝撃が走る。

 

「体調が優れないらしくてな。長引けばしばらく休むとのことだ」

 

遊弥が居ないことにクラスの皆に落胆の色が見えた。最初こそは男性である遊弥を嫌っていたクラスの人間も含め今ではすっかりこの様子で遊弥はクラスに馴染んでいる。

 

「ゆうくん、また風邪引いちゃったのかな?」

 

「体調を崩している様子はなかったけど、ゆーくん大丈夫かな…」

 

穂乃果やことりも遊弥について心当たりはないようだ。だが、私はそんなことを口にする二人に違和感を感じた。

ここ最近、というか合宿が終わってからの遊弥は毎日疲れの色が濃くそれが蓄積しているように見えた。それなのに気付いているのが私だけで穂乃果やことりがまったく気付いていないのは普段から考えたらありえないことだ。

 

「遊弥……」

 

私はいない遊弥の席を眺める。彼が居ないことは多々あったが、それでこんなに不安を感じるのは初めてだ。

それに穂乃果とことりついてもそうだ。最近の穂乃果はラブライブが目に見えてきたのか突っ走り気味でことりはことりでどこか上の空が目立つ。

 

何ごともなければいいんですけど――

 

私の心配が気鬱ではなかったことは今後だんだんと証明されていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んぅ……」

 

「あ、遊ちゃん起きた?」

 

「咲姉…?」

 

瞳を開けると目の前には優しく微笑んだ咲姉の顔があった。

 

「いま、何時……?」

 

ぼんやりした頭で咲姉に問うと彼女は時計を指差した。

 

「いま午後の四時だね。ぐっすり眠ってたよ」

 

「四時…? 四時……四時だと!?」

 

時間を聞いた俺は一気に覚醒した。寝たのが朝の八時前だからかれこれ八時間は寝ていることになる。その間咲姉はずっとこのままだったのか? 昼も食べず、トイレとかも行かず?

 

「あ、遊ちゃんが心配しているようなことはないから安心して」

 

「ならいいが…どうしてこう簡単に思考を読んでくるのか本当に不思議だな」

 

「それは遊ちゃんが分かりやすい顔をしているからだよ」

 

そんなに分かりやすくはないと思う。

 

「そ、れ、よ、り――どうだった?」

 

なにが、と問い返すと咲姉はあからさまに不服そうにした。

 

「もー、分かってるくせに。私のひ・ざ・ま・く・ら♪」

 

いたずらっ子のような笑顔を浮かべる咲姉に対して俺はああ、と端的に頷いた。

 

「ソファのほうがよかった」

 

「八時間も寝ておいてそんな言い草!?」

 

「冗談。結果どおりだ」

 

直接口にするのは恥ずかしいから少しはぐらかす。

そんな俺に咲姉は優しさと心配が入り交じった表情をしながら聞いてきた。

 

「身体は、大丈夫?」

 

「……そうだな。咲姉のおかげで嫌な夢も見なかったし、過去の傷が痛くなることはなかった。ありがとう」

 

「それがお姉ちゃんの役目だからね」

 

「それでも、迷惑かけた。咲姉が来たのは記憶を取り戻した俺の様子を見に来たんだろ?」

 

爺さんに引き取られて平和な生活を送り始めた俺は夢見が悪くなることがあって眠れない時期が多発したことがあった。記憶を失ってからはそのこと自体忘れていてまったく問題なかったし、一部取り戻して魘されることはあっても寝不足になるまでにはならなかったのだが、そのたびに咲姉や愛華が魘される俺に寄り添って抑えてくれていたのを覚えている。

 

「記憶が戻ったのはお父さんから聞いて知っていたから、もしかして、と思ったの。愛華は学校だからこれないし――あっ、今週は講義が休みなのは本当だよ?」

 

そこを疑ってはいないし、まあ、一週間ぐらいサボったとしても咲姉なら問題ない。というか、咲姉なら一週間どころか一年間サボってても取り戻すのなんて一瞬のことだ。

 

「ということで今週はお姉ちゃんが遊ちゃんの世話しちゃうぞ♪」

 

「止めても無駄なんだろ…」

 

「無駄だぞ♪」

 

そのキャラクター、少しイラッとする。と言うか愛華は咲姉がこっちに行ったことを知っているのか?

 

「愛華も知ってるよ。あの子は"お兄様のところへ行く!"って言って駄々捏ねていたけど学校があるからね~」

 

そこは安心した。まあこの義姉が押さえ込んだのだろうけど。あいつの場合本当に学校すっぽかしてこっちに来かねないから。

 

「その代わり――遊ちゃん、携帯なってるよ?」

 

「……」

 

俺はスマホの画面を見る。そこには――妹の名前。

 

「出ないとお父さんと共に乗り込んでくるよ?」

 

そう言われた俺は意を決して電話に出る。

 

「もしもし――」

 

『お兄様っ!!! ご無事ですかっ!?!?』

 

キィィン、と頭に響いた高く大きな声に俺は耳からスマホを離す。

 

『お兄様! 返事をしてくださいっ、お兄様!!』

 

「うるさいからもっと声を落とせ、愛華」

 

「お兄様! ご無事なんですね!?」

 

「無事もなにも、そもそもなにもないから」

 

「いえ! あのめぎつ――咲夜姉さまになにもされていませんか?」

 

こいつ、いま咲姉のこと女狐って言おうとしたな? 本当に俺が関わると言葉遣いが悪くなるな。

 

「愛華が心配することはなにも怒ってない。むしろ咲姉には助けてもらったんだよ」

 

「やっぱり! 咲夜姉さまは抜け駆けを!!」

 

話を聞いてないな、これ。抜け駆けって一体なんのことなんだ。

 

「とにかくこっちは大丈夫だ」

 

「駄目ですお兄様、咲夜姉さまを信用してはなりません!!」

 

「じゃあな。しっかり学校行くんだぞ?」

 

俺との電話を何とか繋ぎとめようとする愛華に俺は釘を刺す。

 

「忠告しておくけど、何度も電話かけてきたらまた着拒するからそのつもりで」

 

「そんな無慈悲な――」

 

愛華の言葉を最後まで聞かぬまま俺はそのまま通話終了のボタンをタップする。

 

「よかったの遊ちゃん? あんな言い方して」

 

「そうじゃないと暴走するだろ」

 

そういう対応するほうがあの子暴走するんだけどなぁ、と呟く咲姉。

 

「もう…愛華の気持ちを知らない遊ちゃんじゃないでしょ?」

 

「……あれはただの依存だ。俺も愛華も、お互いしか居なかったから…だから決して恋慕とかじゃない」

 

「はぁ…」

 

咲姉はため息しか吐かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Kotori Side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

わたしはわたし宛に来た手元の手紙を見つめる。

ここ最近はコレについてずっと悩んで練習にもあまり身が入っていない。

 

「…どうするの?」

 

返事の期限が迫ってきているのを知っているお母さんがわたしに問いかけてくる。だけど、わたしは未だに決められなかった。

 

「こんなチャンスは滅多にないわよ?」

 

「お母さんは…行ったほうがいいと思う?」

 

決められないからこそ、わたしは他の意見がほしかった。しかし、

 

「ことり、それは自分で決めることよ」

 

それだけを言ってお母さんはリビングへと戻る。

わかっていた。お母さんがそういう答えを言ってくるのは。だけど分かっていても聞きたかった。

いまのわたしはそれほど揺れ動いているのだ。

 

「……」

 

わたしは携帯のアドレス帳から一人の連絡先に止まる。

 

「穂乃果ちゃん…」

 

駄目だ。とわたしは穂乃果ちゃんの画面を閉じる。穂乃果ちゃんは今ラブライブにしか目がいっていない。今までだって何度も相談しようとしたけれど、彼女の邪魔をしたくなくて結局話すことができなかった。

海未ちゃんも同じ。海未ちゃんはいま新曲の作詞で手一杯だ。わたしのことで悩ませるのは気が引けた。

となると、私の選択肢は残り一人しかいなかった。

 

「ゆーくん…」

 

彼も今は体調が悪く学校を休んでいる。だけど、このことを相談できるのは今はもう彼しかいない。

様子を聞いて大丈夫そうだったら相談しよう。そう思い、わたしは電話をかける。

数コールなった後、電話口から声が聞こえる。

 

『――もしもし、ことり?』

 

一日ぶりに聞いた彼の声。それだけでわたしは言い様のない安心感を覚えてしまう。

 

「もしもし…ゆーくん、体調悪いのにごめんね? いま時間大丈夫かな……?」

 

『もちろん。それにしてもことりが電話かけてくるなんて珍しいな』

 

そう、いつもは衣装作りとかで手が放せないことが多いから連絡するときはLaneがほとんどで電話はみんなでするときぐらいしか使わない。

 

「うん、たまには電話でもいいかなって」

 

本当は違う。本当はわたしがゆーくんに縋りたかっただけ。なのにわたしは嘘をつく。

 

『なにか、悩み事か?』

 

そんな嘘を見破ってなのか、ゆーくんはわたしの核心をいきなり突いてきた。

驚きで声が出ないわたしにゆーくんは軽く笑った。

 

『声を聞けば、様子がおかしいことぐらいは分かる』

 

「……ゆーくんには、隠し事できないね」

 

いつも通りの彼に、私は安堵しながらそういった。

 

「実はね、わたし――」

 

そしてわたしは全てを話した。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
皆さん、体調には気をつけてくださいまし。




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分岐路



ども、燕尾です。
65話目です。





 

 

 

 

 

俺は天井をぼんやりと眺めながら考えていた。

考えるのはさっきまで電話で話していたことりのことだ。

 

「海外留学、か……」

 

ことりの話を要約すると、先月合宿が終わってから数日後のこと。海外の服飾関係の学校から留学のオファーが届いたらしい。

しかも今月内に返事を求め、ことりが頷いた場合、来月に来いという話だった。

 

「……」

 

相手も残酷なことをするもんだ。ことりを知っているということはスクールアイドルグループμ'sの活動をサイトで見ていることに他ならない。

活動理念など知らないまでもスクールアイドルをやっている人間にとって最も精力的になり重要な時期ぐらいは大人であれば気づくはず。

だというのにそれを無視しての海外留学のオファー。流石に空気読めてないにもほどがありすぎる。

だが、それはこっちの都合。スクールアイドルなんてものがない向こうには全く関係ないこと。

ことりが行くことを選択すればμ'sを抜けることになる。当然、ラブライブの本選も出ることはない。

今となっては自分ひとりだけの問題じゃない。ことりもそうだと感じているはずだ。そうでなければことりが俺に相談しなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゆーくんは…どうしたらいいと思う……?』

 

ことりからの問いかけ。その声は不安が(にじ)み出ていた。

しかし、その問いに俺が答えるわけにはいかない。アイドル活動しているのも留学の誘いが来ているのもことりなのだ。

 

「……"行くべき"、"行かないべき"なんて俺には答えられない。その話は雛さんにも言われたんじゃないか?」

 

おそらく俺に相談する前に、同じような質問を雛さんにもしているはず。そして普通に考えれば雛さんも俺と同じ答えを伝えているはずだ。

その考えが正しいと言うようにことりは小さな声でうん、と答えた。

それでも俺に電話してきたということはどうしたらいいのか答えがでず、せめてもの方針や考え方を知りたいのだろう。そのことりの気持ちも当然分かる。

 

「まず最初に――ことりはどうしたいんだ?」

 

とにもかくにも選べないというのはわかった。でもことりの考えを聞かない限りどうしようもない。

 

『わたしは……』

 

そう言ってから数分間、たっぷり時間を要した。

 

『こんな機会ないかもしれないって思うと、行ったほうがいいのかなって』

 

でも、とことりは続ける。

 

『ラブライブが目に見えて穂乃果ちゃんが、皆が張り切っているのに、留学するなんて、言えないよ…』

 

まったく答えになっていない、俺は心のなかでため息を吐いた。

 

「ことり。厳しいようなこと言うかもしれないが、二つに一つだ」

 

留学を蹴ってスクールアイドルを続けるか、スクールアイドルを辞めて留学するか。

 

「ことりがこの先、服飾で食って生きていきたいと言うんだったら留学はまたとないチャンスだ。いまのうちからトップレベルの場所で技術や考え方を学べると言うのは今後ことりの人生にプラスになってアドバンテージになるって考えてる。一方でμ'sは高校限りのアイドル活動。本物のアイドル、いわば芸能界を目指す意思がないのなら高校の部活と一緒だ」

 

「うん…」

 

「逆に、留学を蹴っても問題はないって考える。大学や短大、専門学校に行けば留学制度だってあるところはある。いま蹴ったらこの先絶対に留学できないとか、その道が全部閉ざされることなんてないわけだからな。皆と残りの高校生活を過ごしたり、スクールアイドルの活動は今しかできないことなんだ。だからそれを大切にしたいと言うのなら文句をいわれる筋合いもないってもんだ」

 

「うん…」

 

「俺が考えられるのはこのぐらいだな」

 

結局はことりがどちらを優先してどうしたいかだ。俺がこうしたほうがいい、ああしたほうがいいなんて言えない。ことりの人生に責任が持てないのだから。

 

『……ゆーくんは』

 

「ん?」

 

『ゆーくんは私が留学するって決めたらどう思う…?』

 

相槌だけを打っていたことりはようやく言葉を紡ぐ。それはさっきとは違う俺に対する問いかけ。しかし、本質的には似ている。だからそれに対する答えはすぐに出た。

 

「今まで見たいに顔を合わせられなくなるんだから、寂しくはなるな。だが、この先ずっと会えないわけじゃない」

 

現在はSNSやLaneのトークアプリ、ビデオ通話など通信手段が普及されているのだ。

 

「遠い場所だからって縁が切れることはない。俺たちがそうだったようにな。だからことりが本当に行きたいと望んで旅立つなら俺は背中を押すよ」

 

『そっか……』

 

ことりが発した短い一言は言葉上では納得しているように聞こえるが、どこか"そういうことではない"というニュアンスを感じられた。それがなんなのか俺はすぐに分かった。だが、俺はことりが本当に望んでいる言葉を言うことはできない。

 

「まだ返事の期限はあるんだろう? なら精一杯悩むといい。どっちを選んでも後悔するんだったら、本当にやりたいことを選んで後悔したほうがいいだろ」

 

『後悔するのは前提なんだね』

 

もちろん後悔しないのであればそれに越したことはない。

しかし後悔のない選択なんてできないのだ。悩んで、悩んだ末に選んだことにあのときこうしておけばよかった、ああしておけばよかった、とどこかしらで思ってしまうことがほとんどだ。

 

「未来のことなんて蓋を開けてみなければわからないんだ。それにどの選択が正解かなんて個人の主観でしかない。だからこそ自分の気持ちを一番に考えていいって、俺は思う」

 

『なんか…年季のある先生みたいだね。ゆーくん』

 

苦笑いしたような声色。だが、ある程度は気が晴れたというような感じだった。

 

「失敬な――まあ、あれこれ言ったけど、まずは自分の気持ちを紐解いてみろ。理由付けはそれからだ」

 

『うん、ありがとゆーくん…ごめんね、体調が悪いのに』

 

「気にするな。まだ休む必要はあるが調子はいいほうに向かっている。また悩むようなことがあればいつでも言ってくれ」

 

お互いにそれじゃあ、と交わして電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりはどうするんだろうな」

 

俺はごろんと寝返りを打ちながらことりのことを考える。

ラブライブ(μ's)自分の夢(留学)か――ことりは今、1つの分岐路の上に立っている。

ことり自身、こんなに早く選択を迫られるとは思っていなかっただろう。

だから俺に相談してきた。それなのに、

 

「俺も大概酷いやつだ」

 

そんな自嘲的な言葉が俺の口から漏れた。

どちらも大切だから、やりたいことだからこそことりは選べずに悩んでいた。そんなことはことりから話を聞いたときにはもう分かっていた。

そして彼女がどうしたいか、ことりが望んでいることも本当は気付いていた。だが、俺は口にしなかった。

ことりに自分で決めてもらいたかったから。そんな物分りのいいことを言って誰もが考えられることしかアドバイスしなかった。

 

だけど、

 

だけど本当は、

 

「後悔のない選択なんて、できないんだよ。ことり……」

 

そんな俺の呟きは、暗闇に溶けていくのだった。

 

 

 






どうでしたか?
ではまた。




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狂いだす歯車



ども、燕尾です
タイトルが……タイトルが思いつかないんです……





 

 

 

咲姉が来てから何とか調子が戻り、彼女から許しを得た俺は数日振りに学校へいくことになった。しかし――放課後にだ。

 

山田先生によると、いま俺が顔を出すのはいろいろとタイミングが悪いらしかった。

なら今日も休むという旨を伝えたのだが、放課後なら来ても大丈夫だというお達しが来たため、それで良いのかという思いを持ちながら学校へとやってくる。

俺が居ない間に来週行われる文化祭に向けて事態は動き、色々なことが決まっていたようだ。

もちろん、絵里から連絡を受けていたのである程度は把握している。

 

文化祭では屋上に簡易ステージを作ってライブを行うこと。文化祭のライブは新曲を披露すること。

聞いたときは日程に少しばかりの不安があり、それを伝えたのだが、ラブライブ出場を掛けた最後の時期だから頑張りたいという意思を尊重して俺も頷いた。

部室のドアを開けようとしたとき、一つの声が聞こえた。

 

「ねえねえ! ここの振り付け、こういうのどうかな? 徹夜で考えたんだ!」

 

「……徹夜?」

 

俺は気付かれないように少しだけドアを開けて中を確認する。

穂乃果は皆の前で考えてきたという振り付けを披露する。そんな彼女に皆は戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「待ってください穂乃果。今から変えるとなると、さすがに」

 

そう。ようやく今の振り付けも形になってきたというところなのに、これから変えるとなると時間が足りない。そうなれば必然的に完成度も足りなくなっていく。

 

「でもこっちのほうが可愛いよ!」

 

「そういう問題ではなくて――」

 

「ねね、ことりちゃんはどう思う?」

 

海未の意見を聞かずに穂乃果はことりに問いかける。

 

「わたしは……いいと思うよ」

 

「だよねだよね! そうと決まれば早速練習しよう!!」

 

「まずいっ」

 

穂乃果が意気揚々とこちらへと来る。

 

「……」

 

俺は気付かれないように部室の隅に隠れ、屋上へ行く皆をやり過ごした。

 

「これは、少し様子見だな……」

 

屋上での練習も俺は隠れて見ていた。急遽振り付けを変えたことによって柔軟が終わった後、すぐさま振り付けの確認して通しの練習を行っていた。が、

 

「――もう足が動かないよぉ!」

 

にこが限界の悲鳴を上げた。

いままでは二回に一回、通し練習をしたら必ず休憩を休んでいたのだが、いまはぶっ続けで五回も通し練習をしていた。休みも挟まず続けていればバテるのは当たり前だ。

 

「まだ駄目だよにこちゃん! ほら、もう一回っ!!」

 

しかし座り込むにこを振るい立たせて穂乃果はまだ続けようとする。

 

「えぇ! また!?」

 

「いいからやるの!! まだまだできるよ!!」

 

「いやぁー!!」

 

柵にしがみつくにこを無理やり引っ張る穂乃果。

 

「待ちなさい穂乃果。私たちならともかく、穂乃果は少し休むべきです」

 

「大丈夫! 私、燃えてるから!」

 

「昨日も夜遅くまで練習しているのでしょう?」

 

「だってもうすぐライブだよ!?」

 

「……ことり!」

 

「えっ…わたし……?」

 

「ことりからも言ってください」

 

「えっと…わたしは……穂乃果ちゃんのやりたいようにやるのが、一番だと思う……」

 

「ほら! ことりちゃんだってそう言ってるよ!」

 

ことりの同調得た穂乃果はさらに増長する。これには海未も戸惑いを隠せない様子だ。

これは少し、いやかなりまずい状況だ。

穂乃果はやる気を持て余しすぎて加減を見失っている。そしてことりは気持ちの切り替えができず穂乃果に言うべきこも言えず、全てに頷いてしまっている。

それでもまだ崩壊していないのは皆も穂乃果の言うことにも一理あると理解し、やる気に当てられて、頑張ろうという気持ちがあるからだ。

 

「さあ、もう一回やろう!」

 

意気込む穂乃果に、にこは辛そうな顔をしながらも立ち上がろうとする。

さすがにこれ以上様子見をしているわけにはいかないと思った俺は屋上に突入した。

 

「ストップだ穂乃果」

 

「ゆうくん!?」

 

「遊弥!?」

 

いきなり俺が現れたことに、穂乃果や海未はもちろん皆驚いていた。ただ一人、ことりだけは、

 

「ゆーくん……」

 

目を合わせ辛いというようにそう呟いていた。

 

「遊弥くん、どうしてこの時間に……?」

 

「本当は今日から授業に出るはずだったんだが、色々と理由があってな。放課後からなら来ていいと言われたから少し様子を見に来た」

 

それより、と絵里には悪いが俺はすぐさま穂乃果に視線を向ける。

 

「穂乃果、休憩しろ」

 

「なんで!?」

 

本気で疑問に思っている穂乃果。そんな穂乃果に俺はため息を吐いた。

 

「なんでもなにも、一回も休憩挟まずに通し練習をぶっ続けでやってるだろ」

 

「だって、もうすぐライブなんだよ! 休んでる場合じゃないよっ」

 

「そう言って無理やり続けさせて、怪我人が出たらどうする? ラブライブどころか来週のライブすらできなくなるぞ」

 

「それは…そうだけど……」

 

不服そうではあるが、これで一応流れは変わった。俺は無理やりに空気を変える。

 

「とにかく休憩だ。皆、汗拭いて水分補給をしっかり取れ」

 

指揮を執る俺に、皆は素直に休憩し始める。

 

「すみません遊弥、助かりました。私だけではどうしようもなく……」

 

海未が俺にだけ聞こえるように小さく呟く。

 

「いや、海未が謝ることはない。こっちこそ長い間休んでて悪かった」

 

「それこそ遊弥が悪いのではありませんよ。誰が見ても分かるぐらい体調を崩していたのですから」

 

もう大丈夫なのですか? と聞いてくる海未に俺は問題ないと答える。

 

「それより海未、あとで時間あるか? これからのことについて話をしておきたい」

 

「ええ――私からもお願いしようと思っていました」

 

この状況に危機感を抱いていた海未もすぐに頷いた。

 

 

 

 

 

練習が終わってから適当な理由をつけて皆を先に帰した俺と海未は、誰にも見つからないように帰路を共にしていた。

 

「よかったのか? 急に家にお邪魔しても」

 

「ええ、お母様も遊弥に会いたいといってましたし、先ほど連絡したら是非にといっていたので」

 

そういいながら海未は門の扉を開けて、どうぞと通してくれる。お言葉に甘えて彼女の家に足を踏み入れようとしたときだった。

 

「キエェェェェェェイ!!!!」

 

「のわあああああ――!?」

 

奇声と共に目の前に薙刀が迫ってきた。よければ海未に当たるため、俺は薙刀の勢いを殺すように受け止める。

 

「性懲りもなく我が家へ来るとは、余程貴様は命がいらないと見た!!」

 

海未の目の前だって言うのにもう隠すことすらしなくなったな。いや、前々から隠し通せてはいなかったのだが。その証拠に海未はまた始まった言うように呆れている。

 

「貴様の魔の手から海未を救うためなら私は鬼にも悪魔にもなろう!」

 

「アホか! いい加減子離れしろこの親バカ!!」

 

「黙れ! 男ならここで潔く死ねい!!」

 

「――っ」

 

親父殿の言葉に俺は一瞬息が詰まった。

 

 

――死ね

 

 

「うるさい…」

 

分かっている、親父殿が本気で言っているわけではない。だから引っ込め。

 

 

――死ね

 

 

「黙れ…黙れ……」

 

古傷が痛む。過去に刻まれた身体が悲鳴を上げる

 

 

「む……」

 

「遊弥……?」

 

 

――死ね

 

 

「うるさい…黙れ…やめろ……! 消えろ……!!」

 

呼吸が荒くなる。落ち着こうとしても息が整わない。視界が定まらない。目の前にいる親父殿がどうしようもなく怖くなる。

 

 

怖い、怖い、怖い……!!

 

 

「うあ、ああ……」

 

「遊弥!!」

 

「あああああ――!!」

 

錯乱した俺はこともあろうか親父殿に殴りかかっていた。だが、その拳は親父殿に届くことなく次の瞬間には俺は地に伏せていた。

 

「……どうやら、いらん扉を開けてしまったようだな」

 

上から聞こえる落ち着いた声に、俺はようやく自分の状態に気がついた。

 

「小僧、深く呼吸をしろ。ゆっくり、心を落ち着かせるのだ」

 

俺は聞こえる声に集中して息を整え、気持ちを静めていく。

 

この人は敵じゃない。大丈夫だ。もう俺や愛華を傷つける存在はいない――

 

自分に言い聞かせるように息を吸って深く吐いた。

 

「……すみません、迷惑かけました」

 

「謝るな。貴様に謝られると、調子が狂う」

 

そういいながら、親父殿は俺の拘束を解いた。

 

「海未、後のことは任せるぞ。食事はできたら那美が呼ぶだろう」

 

自分についた土埃を払いつつ後のことを海未に任せる親父殿。

 

「は、はい。わかり――」

 

「ではな」

 

海未の返答を聞く前に親父殿はこの場をあとにした。

こんなことになってしまったのは親父殿にとっても不本意だったのだろう。親父殿からはほんの少しの罪悪感が感じられた。

 

「遊弥……」

 

心配そうに見つめながらハンカチで俺の顔を拭い始める海未。

 

「悪い…ハンカチ、汚したな」

 

「気にしないでください。洗えば落ちますから」

 

そういいながら海未は土で汚れた顔をハンカチで拭いつづける。

 

「こうして世話してくれるのを見ると、海未はいい奥さんに見えるな」

 

「今はそんなこと言っている場合じゃないでしょう」

 

ぴしゃり、と切り捨てられる。どうやら発言の意図は気付かれているみたいだ。

 

「全然、割り切れていないじゃないですか……」

 

責めるような海未の視線に俺はばつが悪そうにする。

 

「そんな気はしていたんです。合宿以降、目に見えて顔色が悪くなっているあなたを見て、もしかしたらまだあなたは苦しんでいるのではないかと」

 

「……合宿のときに言ったことは、嘘じゃない」

 

海未たちを恨んでなんかいないし、奴らに仕返しをしようなんて微塵も思っていない。過去のことだと割り切っている。だが、

 

「俺が経験した事実(こと)は、消えないんだ。それが夢になって、記憶になって俺に襲ってくる」

 

もう残っている過去のことはどうしようもないことなのだ。

 

「後は時間をかけて慣れていくしかないんだが、どうもな……」

 

「なら、そういうときこそ頼ってくださいよ!」

 

海未は真剣な表情で俺に詰め寄る。

 

「前にいいましたよ。辛いなら言ってくださいと。一人で抱えるのはやめてくださいと」

 

「でもこれは」

 

「ええ、あなた自身のことです。ですが私はあなたを支えたいんです」

 

「海未……」

 

「決して過去に対する責任や罪悪感なんかじゃありません。遊弥が苦しんでいるなら私は助けたい。あなたの為に頑張りたいって思うんです」

 

海未は臆することなく、言葉を紡ぐ。

 

「だから、頼ってくださいよ。あなたが辛そうなのは私も辛いんです」

 

俺は言葉が出なかった。海未がそんなに考えてくれているなんて知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。自分のことだと言って。

 

「遊弥…?」

 

なにも言わない俺に海未は不安そうに首をかしげる。

俺はそんな海未を安心させるように、抱きしめた。

 

「ゆ、ゆゆゆゆゆ遊弥!?!?」

 

戸惑う海未を離さないように、ギュッと力をこめる。

 

「ありがとう、海未」

 

短い言葉だが俺の感情が伝わるように気持ちを込めて言う。

それが伝わったのか、海未もゆっくりと俺の背に腕を回す。

そのときガラガラ、と引き戸が開けられる音がした。

 

「海未さん、遊弥さん、お夕飯ができ――あらあらまあ、失礼しました」

 

「「――っ!!」」

 

那美さんが微笑ましい顔して家の中に戻っていく。その様子に自分たちのしていることに気付いた俺たちは声にならない声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

「「……」」

 

気まずい雰囲気が俺と海未の間に漂う。

夜ご飯を頂いてから海未の部屋に移った俺たちは、文化祭までのことや、穂乃果やことりのことを話し合おうと思っていたのだが、お互い口を開くことができなかった。原因は言わずもがな。

 

「「あの!」」

 

「「……」」

 

「「えっと……」」

 

「「……」」

 

「「そっちから、どうぞ」」

 

「「……」」

 

何度も重なる俺と海未の声。言うタイミングも内容もピッタリだ。

それがなんだかおかしくて、俺たちは二人して笑ってしまった。

 

「何してるんだろうな?」

 

「本当です。おかしいですよね」

 

一拍置かれて落ち着きを取り戻した俺と海未。

俺たちの間にもう変な空気は流れていない。これなら大丈夫そうだ。

 

「それで、穂乃果とことりのことだな」

 

本題を口にすると海未の表情も一変し真剣な顔に変わるのだった。

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に



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亀裂


ども、燕尾です。
67話目です。






 

 

それからの文化祭までの練習メニューの内容は俺が担当することにした。

適度な休憩、引き際をしっかりと見定めながら指導する。しかし、一筋縄ではいかなかった。

 

「もう大丈夫だよ、ゆうくん!!」

 

俺はため息が出る。これで通算何度目だ。

 

「穂乃果、まだ休憩入って少ししか経っていないぞ」

 

「気のせいだよ!!」

 

「気のせいなのは穂乃果の時間感覚だ。ほら、ストップウォッチ見てみろ」

 

俺が見せるストップウォッチはまだ一分と半分しか進んでいない。

 

「前にも言っただろ。休憩はしっかり取れと」

 

「でも、こんなに休んでたら身体が鈍っちゃうよ!」

 

「たかが十分程度じゃ鈍らない。いいか、休むというのは身体に疲れを溜め込まないという目的があるんだ」

 

「私は疲れてない! まだまだいけるもん!!」

 

「そう思っても自分の分からないところで疲れは溜まって身体は悲鳴を上げてる。アドレナリンとかよく聞くだろ? 今の穂乃果は気持ちが高ぶりすぎてて気づいていないだけで身体はしっかりと疲労を蓄積している。だから休めって言ってるんだ」

 

う~、と唸る穂乃果。随分と不満そうだな、おい。

 

「疲れたままやっても質は上がらない、むしろ落ちる一方だ。それに前にも言ったがそれで怪我したら目も当てられないぞ。もう忘れたのか?」

 

「それは、覚えてるけど…」

 

「なら休憩はしっかり取れ。以上」

 

「……」

 

納得いかない、不満の感情が穂乃果からひしひしと伝わる。

こんなやり取りをここ最近毎日、何度もしている。さすがに疲れてきた。

 

「大丈夫ですか、遊弥」

 

そんな俺を気遣ってか、海未が小さく声をかけてくる。

 

「一度穂乃果には海未の家で座禅を組ませたほうが良いかもしれないな。親父殿監修の下で」

 

「良いかもしれませんね」

 

冗談で言ったつもりなのだが、前向きに検討している様子の海未に俺は少し苦笑いする。

でも今の穂乃果は精神的な落ち着きを持ってもらわないといけないのは確かだ。

 

「あれ、そう考えると座禅させて精神統一ってかなり良いかも?」

 

「ですが、今の穂乃果では一分も持たないでしょうね……」

 

海未の言い分がわかってしまうからこそ俺は何も言えなかった。

 

「それで、ことりの様子はどうだ?」

 

「ことりは変わらずです。遊弥は何か聞いていませんか?」

 

「俺もことりから電話が来て以来何も話は聞いていない」

 

余計な詮索はしないつもりだ。しかし、話を聞いた身としては進展は聞きたいところではある。

それを言わないということはもしかしたら、と俺は思った。

 

「ことりはもう結論は出しているのかもしれないな」

 

「? どういうことですか?」

 

「ただの予測。気にするな」

 

そうですか、と気にはなりつつも海未は引き下がってくれた。

 

「とにかく、海未はことりのことを気にかけてやってくれ。今のことりは不安定すぎる」

 

はい、と頷いた瞬間、ストップウォッチのタイマーが音を鳴らした。

 

「ゆうくん、時間経ったよ! 早く練習しよう!! ほらほら!!」

 

それにいち早く反応したのは当然のごとく穂乃果だった。

 

「分かった分かった。だからそんな急かすな」

 

これは本当に座禅を考えるべきか、穂乃果の様子を見た俺は本気でそう思った。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日はここまで。各々柔軟して身体を解すように」

 

日も傾き、時間もいい頃になったところで今日の練習を終わりにする。だが、

 

「えっ!? もう終わりなの!?」

 

そういうのは――やはり穂乃果だった。

さっきのようなやり取りをしないといけないことに俺は頭が痛くなる。

 

「終わりだ。もう夕方だし、日が落ちるのが遅くなったとはいえ帰る時間が遅くなったらいけないだろ」

 

「それなら、最後にもう一回だけ……」

 

「駄目。午前中からずっと練習やっていただろ。だから今日は終わりだ」

 

「……」

 

不満そうな穂乃果の視線を俺は無視する。

縛られているのが気に食わないのか、穂乃果は帰っている最中も不貞腐れていた。

分かれ道に差し掛かかり、穂乃果と分かれる前に俺は彼女に釘をさした。

 

「家に帰ったらちゃんと休めよ、穂乃果」

 

「わかってるよ……」

 

「穂乃果が夜自主練行ったら雪穂ちゃんから連絡してもらうように言ってあるから。そうなったら次の日の練習の参加を禁止するからな」

 

「そこまでしてるの!?」

 

そこまでしないということ聞かないだろ。自分のやっていることを少しは自覚してほしい。

 

「……」

 

穂乃果は俯いて何かを我慢している様子。

あれも駄目、これも駄目、といわれて縛り付けられているとでも感じているのだろう。随分とフラストレーションが溜まっているようだ。

今の穂乃果は俺の言うことに納得できていない。それが態度に表れているのだ。

 

「穂乃果」

 

「……なに?」

 

「ファーストライブのときの俺のこと覚えてるか?」

 

穂乃果はファーストライブのとき?と首をかしげる。俺はそのことにため息を吐きながら言う。

 

「普段の生活サイクルに作曲作業や穂乃果たちの手伝いを加えた俺は、徹夜が多くなった。あの時はファーストライブまでほとんど碌に寝ずにいろんなことを考えて作業していたよ。だけどその結果俺はどうなった?」

 

そう問いかけると穂乃果は思い出したようにハッとしていた。

何とか乗り切ったもののその後にぶっ倒れて、絵里や雛さん、穂乃果たちにもずいぶんと心配を掛けて迷惑を掛けた。そのことは今は後悔している。

 

「だから休むときに休めって言ってるんだ。もしもの事を無くすために。わかるか?」

 

「でも、私は…」

 

それでも穂乃果は気持ちが勝っているのか、認めようとしない。

どうしたものか、と俺は考える。このまま我慢させ続けていてもどこかで爆発してしまうだろう。ならどこかでガス抜きさせたほうが良いかもしれない。

 

「穂乃果、まだ練習したいか?」

 

穂乃果は頷く。素直でいいことだけど喜ばしいことではない。だがそれはもう仕方がない。

そう思った俺は一つ提案した。

 

「なら今からもう少し練習するか」

 

「いいの!?」

 

穂乃果は速攻で食いついた。俺は迫って来る彼女から仰け反りながら抑えた。

 

「目の届かないところで無理されるよりそっちのほうがいいからな。ただし家に連絡をすること、時間は一時間。あとこれをやったら夜に勝手にトレーニングしに行かないこと。それが条件だ」

 

すると穂乃果は一変して明るい表情で頷く。

 

「それじゃあ、早く行こう! ほらほら!!」

 

俺の背中を押していく穂乃果。

少し甘いだろうか、そう思いながらも笑顔の彼女を見て俺は受け入れる。

それからは飴と鞭を使って、何とか穂乃果の暴走を抑えながらライブに向けて練習の日々を過ごした。

 

押さえ込んでいたと思っていた穂乃果の行動にまったく気付かずに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文化祭前日の夜。その電話は唐突だった。

鳴り響くスマホを見て俺は眉を顰める。

 

「雪穂ちゃん…?」

 

遅い時間の雪穂ちゃんからの連絡に俺は嫌な予感が奔る。

とにかく出ないことには始まらない。俺は通話ボタンを押して彼女からの連絡を受ける。

 

「もしもし、雪穂ちゃん」

 

『遊お兄ちゃ――遊弥さん、大変です!!』

 

繋がった早々慌てた雪穂ちゃんの声が耳に入る。

別に言い直さなくてもそのままお兄ちゃんと読んでくれても良かったのに。

 

『呼び方なんて今はどうでもいいです!』

 

俺にとっては結構重要だが、今はそんな冗談を言っている場合でもないようだ。

この時間の雪穂ちゃんからの連絡ということは穂乃果が何かをしたということだ。

 

『その、私がお風呂に入っている間に、お姉ちゃん家から出て行ったみたいで……』

 

「あいつ、最後の最後で……アホ乃果……!」

 

嫌な予感は当たっていたようだ。しかも最悪なタイミングでやらかしてきた。

外は雨が降っている。それなのに穂乃果は走りに行ったというのだ。

 

「今から探しに行く。穂乃果が戻ってきたら連絡くれ」

 

『私も探しに…』

 

「それは駄目だ。雪穂ちゃんが出歩くには時間が遅すぎる。俺に任せて置いてくれ」

 

『でも…』

 

「大丈夫、雪穂ちゃんは穂乃果が帰ってきたときに迎えてあげてくれ」

 

そして説教してやってくれ。

 

『遊弥さん…お姉ちゃんのこと、お願いします』

 

「ああ」

 

雪穂ちゃんとの通話を切って、俺はレインコートを羽織る。

自宅の扉を開ければ強い雨が地面を叩いていた。この状況で穂乃果がトレーニングをしていると考えると早く連れ戻さないといけない。

俺は穂乃果の行きそうなところに当たりをつけて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

「はっ…はっ…はっ……」

 

私はリズミカルに呼吸をしながら足を進め、夜の街を駆けていく。

 

明日は学園祭で屋上でライブをする。それもラブライブの本選前にできる最後のライブだ。

明日のライブの結果によってラブライブに出場ができるかどうかが決まり、廃校の話にも大きな影響が出る。

現在のμ'sの順位は19位。前に20位以内に食い込んでから上がりも下がりもしてない。だけど期限が終わるまで順位変動があり、油断はできない。

ここ最近、順位更新を見ると20位までの順位は変わってなかったけど近い順位で変動がある。それを見ていた私は居ても立ってもいられず、もっと練習をしないといけないって思っていた。

 

それなのにゆうくんが戻ってきてから私の行動は大きく制限された。ゆうくんの言っていることはわかってはいたけど私は納得できなかった。

 

私の身体のことは私が一番わかっている。疲れていなければ体力にだって余裕があった。それなのにゆうくんが認めてくれないことに私は不満だった。

私が頑張って、ライブを成功させないといけない。ラブライブに出場して、廃校を止めないといけない。私は何とかして練習できないか考えていた。

雪穂に見つかればゆうくんに連絡されてしまう。だから私は雪穂がお風呂に入ったタイミングや寝たところを見計らって隠れて外に出てトレーニングをしていた。

 

お母さんには怒られたけど……それでも私はトレーニングを続けた。

今日も雨降っていたけど関係なかった。

 

「はっ…はっ…はっ……」

 

いつものランニングコースから少し遠回りし、神田明神の階段へ差し掛かる。

私はペースを落とさず階段を駆け上がる。スクールアイドルを始めた頃はヒイヒイ言いながら走っていたけど随分と慣れたものだった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

頂上に到達したところで私は本殿前で雨宿りしながら少し休む。

 

「明日雨降らなければいいな…」

 

天気予報では明日は曇り時々雨。決していい天気とはいえないけどせめて雨は振らないで欲しい。

 

「そうだ、お参りしていこう!」

 

お賽銭は持っていないけど、お願いすることにした。

二礼二拍手をして私はお願いする。

 

――明日のライブが成功しますように。いや、大成功しますように。

 

ファーストライブのときと同じお願いした私は本殿を後にする。

後はまた来たと同じルートを走りながら帰るだけ、そう思っていたところで鳥居のところに一つの人影を見つけた。

真っ暗で影しか見えないから誰かまではわからない。しかし、その影は私に向かってきていた。

 

「やっぱりここか」

 

そう言った声からその人影の正体がわかった私は身体を震わす。

 

「ゆ、ゆうくん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

神田明神の石段のを登りきった、本殿のところに穂乃果はいた。

 

「やっぱりここか」

 

俺がそういうと、穂乃果は身体を縮込ませた。

 

「ゆ、ゆうくん……」

声が震えている。どうやら俺に言われていたことを忘れていたわけではないようだった。

 

「ライブが明日だって言うのに、何をしているんだお前は」

 

穂乃果は俯いたまま黙り込んだ。

 

「夜遅く、雨が降ってるってのにこんなことして、何のために今日早めに練習終えたのかわかっていないのか?」

 

「それは…わかってるよ……」

 

「じゃあ、俺との約束を破ってまでなんでこんなことしているのか教えてくれ」

 

「それは…だって……居ても立ってもいられなかったんだもん」

 

「居ても立ってもいられなかったからトレーニングをし始めたのか」

 

……わかってねえじゃねえか。

俺は穂乃果の肩をがっしりと掴む。

 

「明日調子崩すといけないから今日は早めに上がらせたんだ。自主練習に対して条件つけたのだってオーバーワークをさせないためだってことに気付かなかったのか?」

 

「だって…だって……!」

 

穂乃果はバッと顔を上げて俺を睨んだ。

 

「明日はラブライブの出場を掛けた大切なライブなんだよ!? 私たちがラブライブに出場できなかったら、廃校の話しがまた出てくるかもしれないんだよ!?」

 

「失敗できない気持ちはわかる。だからコンディションとかを万全にしとかないといけないだろうが。最後の追い込みなんて段階はもうとっくに過ぎ去ってる」

 

前日にして完成度が左右なんてされるわけがない。何より、穂乃果一人だけが頑張ったところで意味はない。

 

「はっきり言ってやる。今の穂乃果は周りが見えていなさ過ぎる」

 

もともと突っ走る性格だったが今は特に酷い。

 

「だって私が言い出したことなんだよ! なら私が誰より頑張らないといけないじゃん! 誰よりも頑張って、ライブを成功させなきゃいけないじゃん!!」

 

「そう思っている時点で、そうやって一人で背負おうとしている時点でもう間違ってるのが分からないのか」

 

今μ'sがどんなグループになっているのか、穂乃果は分かっていない。俺はそれに気付いてほしかった。

だが、俺の言葉は穂乃果に届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果は声を荒げて俺の手をはじく。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音乃木坂に想い入れもないゆうくんには分からないよ! 分からないのに勝手なことばかり言わないで!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

感情の赴くままに口にして、憎悪の眼差しを向けてくる穂乃果に俺は言葉が出なかった。

 

 

――ああ

 

 

「ステージにも上がらないゆうくんには関係ない!」

 

 

――そうか

 

 

「だからもう邪魔しないで!!」

 

 

――それが穂乃果の気持ちなのか

 

 

俺は弾かれなかったもう片方の手を肩から放す。いや、放すというより力が抜けて離れたといったほうが正しかった。

 

俺からの拘束がなくなった穂乃果は背を向け走り去っていく。追いかけようにも俺の足は石のように重くなっていて動かなかった。

ただただ小さくなっていく穂乃果の姿を見つめるだけ。完全に姿を消した後も俺はその場に佇んでいた。

 

それからどれだけ経っただろうか。時間の感覚が麻痺していた俺を正気に戻すようにスマホが振動する。

画面を確認すると雪穂ちゃんからだった。

 

『もしもし、遊弥さん? お姉ちゃんが帰ってきました』

 

「そうか……悪い。こっちじゃ見つけられなかったようだ」

 

俺は咄嗟に嘘をつく。そんな嘘に雪穂ちゃんは気付いていない。

 

『いえ、謝るのはこっちの方です。お姉ちゃんが迷惑を掛けました』

 

「いや…迷惑だったのは俺の方だったようだ」

 

『え…? それって……』

 

「穂乃果は今どうしてる?」

 

『え、えっと…お母さんに怒られてお風呂に入ってます』

 

「ならいい。風邪引かないように早く寝ろって伝えておいてくれ」

 

『はい――遊弥さんもまだ外ですよね? 気をつけて帰ってください。文化祭とμ'sのライブを見に行く予定なので、また明日』

 

「ああ、ありがとう。それじゃ」

 

通話を切って俺は空を仰ぐ。

雨雲に覆われたどんよりした空から大粒の雨が降り注ぐ。まるで誰かが泣いているように。

 

「帰るか…」

 

俺はゆらりゆらりと、幽霊のような足取りで自宅に戻るのだった。

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
ではまた。


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運命のライブ




ども、一ヶ月あきました。
もう、言い訳はしません。


研究が進まなかったり、バイトだったり、研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったり研究が進まなかったりetc.






 

 

 

 

「うわぁー!? 凄い雨!!」

 

外の様子に凛が叫ぶ。

文化祭当日。今日は生憎の雨だった。

 

「お客さん、全然いない…」

 

「この雨だもの、仕方ないわ」

 

誰もいない屋上に嘆く花陽だが真姫の言う通り、この雨の中待とうとする人などほとんどいない。来るなら直前だろう。

 

「私たちの歌声でお客さんたちを集めるしかないわね」

 

「そう言われると、燃えてくるわね!!」

 

にっこにっこにー! と持ち前のネタで気合を入れるにこ。

 

そんな皆を余所に俺はぼーっと空を眺めていた。

思い起こされるのは昨日のこと。穂乃果に言われた言葉。

 

 

――勝手なことばかり言わないで!

 

 

「――くん?」

 

 

――もう邪魔しないで!!

 

 

「――うやくん!」

 

俺がしてきたことは独りよがりだったのか、そんなことばかり考えてしまう。

 

「――遊弥くん!!」

 

耳に響いた大きな声に俺は身体をビクつかせる。何ごとかと思ったら絵里が不満そうにして俺を見ていた。

 

「っ!? ビックリした…どうした、絵里?」

 

「どうしたはこっちの台詞よ。何度声掛けてもずっとぼうっとしているんだもの」

 

「あ、ああ…悪い……」

 

「何かあったの?」

 

「いや、なんでもない。ライブのときに雨が止めばいいなって思ってただけだ」

 

言い訳っぽい俺の言い分に絵里は怪訝そうな顔をする。だが、それに対して問いかけては来なかった。

 

「それにしても、穂乃果遅いわね」

 

話を逸らすように絵里は言う。

この場には穂乃果だけがいなかった。文化祭で登校の時間はそこそこ自由になっているが、それにしても来るのが遅い。

 

「ライブだっていうのに、何をしているんだか…」

 

「最近の穂乃果ちゃんの様子なら、いの一番に来そうな気がしてたけど」

 

「寝坊かにゃ?」

 

寝坊ならまだいいが俺は嫌な予感を覚えていた。しかし、

 

――ゆうくんには関係ない!!

脳裏に過ぎった言葉に、俺は息を吐いた。

 

「まあ、穂乃果が来ないことはないだろ――ほら、時間も近づいてきたんだしみんな準備して来い」

 

『はーい』

 

俺の促しに皆は部室へと向かい始める。

 

「……」

 

ただその中で一人、絵里だけが俺をじっと見ていたことに俺は気付くことは無かった。

 

「おはよー…」

 

そして最後の一人、穂乃果がやってきたのは皆が着替えた直後のこと。

 

「遅いわよ、穂乃果」

 

「ごめんごめん」

 

にこに窘められて謝る穂乃果だが、その声に元気はない。

 

「当日に寝坊しちゃうなんて――おっとと?」

 

皆のほうに進む穂乃果だったが、足がふらついて倒れそうになる。そんな穂乃果をことりが支える。

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫?」

 

「うん。ごめんねことりちゃん」

 

「穂乃果? 声が少し変じゃないかしら?」

 

確かに。絵里の言う通り穂乃果の声が少しおかしい。いや、声どころか全ての様子がおかしかった。

 

「――っ! そ、そうかな!? のど飴舐めておくよ!!」

 

慌てたように誤魔化す穂乃果。よくよく見れば彼女の顔は少し赤みを帯びていた。

 

まさか……

 

「それじゃあ、着替えてくるよ!!」

 

逃げるようにして、部室の奥に引っ込もうとする穂乃果。

 

間違いない。穂乃果、こいつ……

 

「待て、穂乃果」

 

気付けば俺は穂乃果の腕を掴んでいた。

 

「な、なに。ゆうくん」

 

「着替え終わったら俺を呼べ。いいな」

 

 

有無を言わさない俺に穂乃果は小さく頷いて、部室の奥に入っていく。

今の感じ、間違いなかった。腕を掴んだだけでわかった。

俺は頭を抱えた。

 

それから穂乃果が声を掛けてきたのは十分後だった。

 

「ゆうくん、もういいよ…」

 

穂乃果の声が聞こえた俺は必要なものを持って奥の広い部屋に入る。

 

「……」

 

「……」

 

お互い顔も合わせず無言の時間が続く。

昨日のことも相まって顔を合わせ辛そうにする穂乃果。俺も少し、いやかなり気まずいが今そんなことを言っている場合でもなかった。

 

「穂乃果」

 

だから俺は単刀直入に問いかける。

 

「お前、風邪引いただろ」

 

「っ!」

 

確信を突かれて一瞬驚きの顔を見せる穂乃果。しかし、すぐに取り繕った。

 

「風邪なんて、引いてないよ……」

 

顔を逸らしながら言っても説得力ない。それにそもそもそんな嘘、俺が判らないとでも思っているのか。

 

「顔が赤いし、足取りや声もおかしい。言い逃れはできないぞ」

 

「引いて、ないもん…ゆうくんには関係ないよ」

 

強がる穂乃果に俺は少し苛立ちを覚える。

 

――ああ、あのとき(ファーストライブ後)の穂乃果たちはこんな気持ちだったのか。確かにこれを見ると腹が立つのもわかる。

 

だから俺は穂乃果の額をデコピンした。

 

「いたぁ!? なにするのゆうくん!!」

 

「アホ乃果。こんなときに下らんこと言うな」

 

俺はポケットから錠剤を取り出して穂乃果に渡す。

 

「ゆうくん、これって……」

 

「解熱剤。これ飲んどけば少しは楽になるはずだろ」

 

そう言う俺に対して穂乃果は意外そうに俺と解熱剤を交互に見つめる。

 

「なんだよ」

 

「止められるかと思った…」

 

「俺にはもう穂乃果を止める理由なんてどこにもない」

 

本当は止めないといけない。こんな状態でライブをしたところで結果は見えている。だがそういったところで穂乃果は止まらないし、今言ったとおり、俺にはもう関係ないことだ。

 

「俺のおせっかいはこれで終わりだ。後は穂乃果の好きにしろ」

 

俺はそのまま部屋を後にする。

 

「あっ…ゆうく――」

 

何か言いそうになった穂乃果の声を聞こえない振りしてドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨は止まず、か……」

 

俺は空を仰ぎながら小さく呟く。

空を覆う厚い雨雲はさっきより強い雨を降らしていた。

ここまで強い雨だとステージが滑らないか、機材トラブルが起きないかと少し不安になる。しかし、それは後は運に任せるしかない。

ライブ開始まで後数分。俺に出来るのはただ見守ることだけだ。

 

「遊弥さーん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

人を掻き分けて大きな声で俺の下に来るのは雪穂ちゃんと亜里沙ちゃん。

 

「こんにちは。雪穂ちゃん、亜里沙ちゃん。来てたんだな」

 

「はい――って、それよりも遊弥さん、傘は!? どうして傘差してないんですか!?」

 

雪穂ちゃんはずぶ濡れの俺に当たり前のことを問いかけてくる。

 

「あ、えっと…忘れてたから、もういいかって思ってな。着替えもあるし」

 

「いやいや、そこで妥協しちゃ駄目でしょう!?」

 

雪穂ちゃんのツッコミは至極当然だ。傍から見たら俺はただのアホな奴にしか見えない。

 

「お兄ちゃん、亜里沙の傘に入ってください!」

 

俺を傘に入れようとする亜里沙ちゃん。しかし、身長の差があるため、んー、と亜里沙ちゃんが背伸びしても届かなかった。

 

「俺のことは気にしなくていいよ亜里沙ちゃん。ほら濡れるから」

 

「駄目です! お兄ちゃんが風邪引いたら亜里沙は悲しいですから!」

 

ふんす、と言い切る亜里沙ちゃんに。俺はなにも言えなかった。まったくもって亜里沙ちゃんの心配が正しいからだ。

だが、亜里沙ちゃんの傘を俺が持っても彼女が濡れてしまう。

 

「じゃあ、遊弥さんは私の傘を使ってください。亜里沙の傘に私が入れば大丈夫でしょ?」

 

「それじゃあちょっと意味が違うんだけど…まあ仕方ないかな」

 

「抜け駆けは許さないよ、亜里沙」

 

二人の言い合っている内容の意味はよく分からなかった。

バチバチと二人の間に奔る稲妻とそこはかとない緊迫した空気。

 

「ありがとう。雪穂ちゃん、亜里沙ちゃん」

 

俺は仲裁するようにポンポンと、二人の頭を撫でる。

 

「「……っ」」

 

すると二人の間にあった威圧感は一気に霧散した。

 

「ほら、もう始まるみたいだ」

 

三人横並びで俺たちはステージを向く。

そこでは九人の少女たちが壇上に上がってスタンバイしていた。一列に並び、真剣な面持ちで観客たちと対面する。

彼女たちが今何を思ってあのステージに立っているのかは俺にはわからない。

 

ラブライブのことだろうか? 廃校のことだろうか? それは考えても詮無きことだった。

やることはやってきた。後はそれを出すだけ。

どんな結果になっても俺は目を逸らさない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――運命のライブが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







はい!
いかがでしたでしょうか?
前書きで病んでしまったこと、お詫びいたしますm(..)m


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崩れていく関係



どうも、燕尾です。
第六十九話目です。この後バイトです。






 

 

 

 

 

文化祭が終わり休日が明けた翌週。

集まっていた皆の雰囲気は暗かった。

 

部室には海未、ことり、真姫、花陽、凛、希、にこ、絵里、そして俺の九人。

ただ一人――穂乃果だけがいない状態だ。だが、俺は話を始める。

 

「さて、今日皆に集まってもらったのは他でもない。これからのことについてだ」

 

重苦しい中、俺は言葉を発する。

 

「単刀直入に言うとラブライブは辞退したほうが良いというのが俺の考えだ」

 

『……』

 

皆は無言だったが色々な反応だった。

仕方がないと思っているもの、納得できないもの、残念だと思うもの。

その反応を受けても俺と絵里の考えは変わらなかった。

 

「文化祭の一件で、さっき(昼休み)理事長にこってり絞られたよ――」

 

俺は理事長に言われたことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、俺と絵里は理事長室に呼ばれていた。

こんこん、とノックをすると奥の方からどうぞという声を聞こえてから俺たちは部屋の中に入る。

 

「「失礼します」」

 

「昼休みにごめんなさいね、二人とも。午後は会議があって時間が取れなくて」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「絵里と同じく問題ありません」

 

「そう言ってもらえると助かるわ。あまり時間を取らせるのもあなたたちも困るだろうし、早速本題に入らせてもらうわね」

 

そういった理事長の空気が一瞬にして変わった。

 

「先日の文化祭の事についてよ」

 

そのこと場に俺も絵里もやはりかと思いつつも理事長の話を聞く。

 

「文化祭で行ったライブ。決して良い結果ではありませんでしたね」

 

文化祭で行った屋上ライブ。理事長の言う通り、結果は良くなかった。

それはお客が居ないとかダンスや歌が酷かっただとか、そういう単純なものではない。

 

最後までできなかったのだ――穂乃果が倒れるというトラブルが起きて。

 

「体調管理の甘さに仲間一人の調子を誰一人として分からなかったという状況把握不足。そしてそんななか雨の中でのライブ決行して起きたアクシデント。判断力がなさ過ぎると言わざるを得ません」

 

「「……」」

 

「いえ、判断力がないというより異状というべきですね。誰もがまともな判断ができない状況までいってしまった」

 

その指摘にぐうの音も出ない。

俺たちは立ち止まるという選択肢なんてはなから存在しなかった。目標のために突き進むのが正解なんだと言って振り返ることをしなかった。

 

「――無理をしすぎたのではありませんか?」

 

理事長の言葉が突き刺さる。

 

「こんな結果を招くために、アイドル活動をやってきたのですか」

 

「それは……」

 

絵里が反論しそうになったところで俺は彼女を手で制す。

 

「理事長の仰るとおり、言い訳のしようがありません」

 

理事長は目標のために頑張ってきた彼女たちを責めているわけではない。ただ、目標に辿り着くためという感情を優先しすぎて考えるべきことを考えていなかったのではないか、そういうことを言っているのだ。

 

「今回起きた事態の責任は俺にあります」

 

「遊弥くん!?」

 

驚きの眼差しを向ける絵里を置いて俺は続ける。

 

「俺は穂乃果の状態を知っていました。当然こうなる可能性も理解していました。それでも止めなかった」

 

知っていて俺は穂乃果を止めなかった。皆に話さなかった。彼女のライブに掛ける想いを優先した。

 

「感情に呑まれて、判断を見誤った」

 

体調管理や状況把握においても俺がしっかりと舵を取らないといけなかった。彼女たち(μ's)をサポートしていた者として。

 

「なので、責任は全て俺にあります」

 

「違います! 気付かなかった私たちだって責任はあります!!」

 

「絵里……」

 

「今回のことは遊弥くん一人のことじゃないっ。μ'sの(私たち)みんなが気付くべきことだった、そうでしょう!? アイドル研究部はあなた一人じゃないのよ!」

 

怒り、迫ってくる絵里に俺は仰け反りながらもなにも言えなかった。

 

「絢瀬さん、少し落ち着きなさい」

 

「……っ、すみません」

 

理事長の一言で我に返った絵里は少し顔を赤くして俯く。

 

「まあ、責任とかそんなことはどうでもいいのよ。高校生が取る責任なんてありはしないのだから」

 

あっけからんとして理事長はそんなことを吐く。

確かに理事長の言う通り、俺たちが責任どうとか言ってもそもそも取れるものがない。そういうことより重要なことは他にもある。

 

「それより、今後はどうするつもり?」

 

「今後については話し合おうと思っています。アイドル活動をやっていく上の方針や――ラブライブに出場するかどうかも含めて」

 

一回見直さなければならない。そうでなければまた同じことが繰り返されるだけだ。

 

「俺たちは一度立ち止まる必要がある――そう思います」

 

「そう…確かにそうしたほうがいいわね。アイドル活動をする意味を見つめ直すこと、いいですね?」

 

「はい――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というのが顛末だ」

 

「私たちは、全部において急ぎすぎたんじゃないかって思うの」

 

「理事長の言う通り、気付かないうちに無茶をしすぎたんだ。俺たちは」

 

俺と絵里の話に皆は一言も言葉を発せなかった。

 

「で、でも! だからといってどうして辞退までするのよ!」

 

しかし、そこで声を上げたのはにこだった。

 

「そんなことは次から気をつければいいことでしょう!?」

 

にこのラブライブへの想いは下手したら穂乃果よりも強い。なにせこの中でスクールアイドルというものに時間を注いできたのはにこなのだから。だが、

 

「それが慢心なんだよ」

 

「どういうことよ」

 

「にこ、お前は穂乃果が当日風邪引いていたことに気付いていたか?」

 

「それは…気付いていなかったわ……」

 

正直に言うにこはしゅんとする。

別にそれを俺が今さら責めるわけじゃない。しかし、

 

「理事長には言われたよ、異状だってな。穂乃果の体調のことすら誰一人として気付きもしない、いや、分かっていたとしても"止める"という普通の判断すらできていなかったことを」

 

それなのに「次から気をつけます」と言って誰が信じようか。

 

「今このまままたラブライブを目指しても同じことが繰り返されるだけだ。ラブライブに囚われ過ぎてまた失敗する」

 

俺たちはずっと走り続けていた。走り過ぎたと思ってしまうほどに。その冷却期間が一度俺たちには必要なのだ。

 

「でも…」

 

だが、にこは納得しない。彼女が引かない、いや引けない理由もある程度察している。

 

「悪いとは思っている――特に三年生たちには」

 

「っ、それがわかっててなんで辞退するって結論が出るのよ!」

 

「にこっち、少し落ち着き」

 

「落ち着いていられるわけないでしょ! やっとここまできたっていうのに!!」

 

それがにこの本音。

にこたち三年生にとっては今回開催されるラブライブが最初で最後になるだろう。だから諦めたくない、諦めきれない。そんな気持ちが滲み出ていた。

 

「同じことが繰り返されるなんて分からないでしょう!? あんただって未来が見えるわけじゃないでしょう!?」

 

「……そうだな」

 

「確かに失敗したけれど、それはこれから挽回したらいい話じゃない! たった一度の失敗で諦めるほうがどうかしているわよ!!」

 

にこの言っていることもわかる。失敗の挽回する方法なんていくらでも考えられる。

 

だがそれは彼女たちの中で不和を生んでしまう。穂乃果の一件でそれが分かっていた。

 

「なんと言おうと、俺の意見は変わらない。一度考える時間を持ったほうがいい」

 

「どうしてあんたはそう淡々と言えるのよ…!」

 

真っ向から対立する俺ににこは苛立ちを隠さない。

そしてそれはついに爆発する。

 

「ステージにも立ったことすらないあんたに! そんなこと言われたくない!」

 

「……」

 

「だから少し落ち着き、にこっち。声荒げても何にもならんよ」

 

希の制止を振ってにこは続ける。

 

「ずっと見ていただけのあんたには関係ないんでしょう! だから簡単にそう言えるんでしょう!?」

 

「にこっち、遊弥くんだって簡単に言っているわけじゃない。遊弥くんもちゃんと考えた上でそう言っているんや」

 

希がそういうもにこは聞く耳も持たない。

 

「あんたに、あんたなんかに――」

 

「にこっち、やめるんや!」

 

「――あんたなんかに私たちの気持ちなんてわからないのよ!!」

 

「にこッ!!」

 

「っ!」

 

絵里の大きな一声でにこはようやく止まる。

 

「言いすぎよ、にこ」

 

「――ごめん、つい……」

 

咎める絵里ににこはバツが悪そうな顔をして俯く。

 

「いや、別にいいんだ。絵里」

 

「別にいいって、いいわけないでしょう」

 

「いいんだよ、絵里」

 

そう言う俺に絵里は驚いた顔をした。

いや、絵里だけじゃない。他のみんなも驚いていた。

 

「あくまで俺の意見だから、どうするかは皆で決めろ。話は以上だ」

 

そう言って俺は荷物をまとめる。

 

「待って、遊弥くん!」

 

「遊弥、待ってください!!」

 

「俺は出て行く。後は皆で話し合ってくれ」

 

止めてくる絵里と海未に俺は淡々と告げて、俺は部室から出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊弥くん!」

 

私はにこたちを希に任せて、部室を出て行った遊弥くんを追いかける。

 

「遊弥、待ってください!!」

 

気がかりだといってといって着いて来た海未が遊弥くんの手を掴み引き止める。

 

「どうした、二人とも」

 

「どうしたって言うのはこっちの台詞よ。今の遊弥くんなんか変よ」

 

「なにがあったのですか、遊弥」

 

「なにもない。俺が居ると邪魔でしかなさそうだったから。席を外しただけだ」

 

「嘘」

 

私はバッサリと遊弥くんの言葉を切り捨てた。なぜなら、

 

「だったら、どうしてそんな傷ついたような顔しているのよ」

 

「どんな顔だそれは…」

 

「今にも泣きそうな顔よ」

 

「わからん」

 

遊弥くんは自覚がないのか、困ったようにしている。

 

「にこのことは本当に気にしていない。諦められないから出た言葉だってわかってる」

 

「遊弥…」

 

「にこが言ったことは――俺と皆の立場が違うのは事実だ」

 

「そんなこと」

 

ない、と言いたかったけど遊弥くんがすぐに遮った。

 

「そんなことあるんだよ。俺は皆のようにステージには立たないし表舞台には出ないから、だからそういう答えが出た。俺はラブライブに対して執着がないんだよ。にこの言ったことは間違ってない」

 

遊弥くんは吐き捨てるように言ってから雨降る空を仰いでポツリと洩らした。

 

「そろそろいなくなるべきだろうな、俺は」

 

「っ、どうしてそうなるんですか!?」

 

小さい一言を聞き取った海未が遊弥に詰め寄る。

 

「もう俺がいなくても、皆で決めてやっていける。そんなところに俺がいたら余計な不和しか生まれないだろ」

 

「意見の食い違いはよくあることよ。今回だって遊弥くんが間違っているわけじゃないじゃない」

 

少なくとも私もラブライブに関しては考えるべきだと思ってた。話の結果で辞退ということになってもそれは私たちが招いたことだからある程度の納得はできた。だから遊弥くんが悪いという話ではない。

 

「そうだとしてもそうじゃなくても、この先俺がいるのはマイナスにしかならない」

 

「どうしてよ、誰もそんなこと――」

 

私の言葉を遮って遊弥くんは首を横に振った。

 

「言わなくても、結果がそうだった」

 

「遊弥くん……」

 

「遊弥……」

 

「俺のして来たことは結局独り善がりだった。自分がいいと思っていたから押し付けてただけだった。手伝っていたなんて聞こえのいい言葉で皆や自分を誤魔化してたんだよ」

 

苦笑いしてながら言う遊弥くんに私たちは言葉をかけることができなかった。

 

「だから俺の言ったことは気にしなくて良い。皆が望むようにやればいいんだ」

 

まるでもう自分には関係ないというような言い方。

 

「俺が関わるのはこれで最後だ」

 

「っ、それってどういう――」

 

「じゃあな」

 

そう言って海未の手を放し、遊弥くんは去っていくのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた会いましょう、またね!!




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存続



ども。この一ヶ月、学会準備で&当日で4んでいた燕尾です。






 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

学校を出てから、俺はあてもなくぶらぶらとアキバの街を歩いていた。

忙しそうにするサラリーマン、客を呼び込むメイド、カフェで談笑しているカップルにゲームセンターで遊ぶ高校生たち。

活気溢れる中、俺は一人考え事をしながら進む。

 

時間を遡ること昼休み。理事長室で文化祭のことで話をしたあと、

 

――遊弥くん、放課後にもう一度ここにきてくれるかしら?

 

その言葉に従って放課後に理事長のもとへと行くと、昼と同じような神妙な顔をして座っていた。

 

「ごめんなさいね、また来てもらって。あなただけに話さないといけないことがあったの」

 

「いえ、大丈夫です。話とは、進路希望の進捗についてですか?」

 

一緒にいた絵里に聞かせられず、俺と二人で話すことなんてそれぐらいしか思いつかない。

 

「ええ――この前のオープンキャンパスの時期後の周辺中学校の進路希望の情報が送られてきたの。これを見てちょうだい」

 

渡された資料をパラパラと一通り見る。

 

「この様子なら、どうにかなりそう見たいですね」

 

「ええ。嬉しいことにね」

 

音乃木坂学院へ希望している女子中学生の数が、今の高校一年生の数を軽く超えて二年生、いや、三年生あたりまで届きそうな数だった。

資料を読み進める俺。そして資料の最後の一文にはこう書かれていた。

 

――――以上の結果と実態から音乃木坂学院の女子校としての存続は可能であると考えられる、と。

 

「――なるほど。本題は、廃校うんぬんより俺の処遇についてですか」

 

「ええ、そうよ」

 

雛さんは深刻な表情で頷いた。

 

「何を悩む理由があるんですか、言うべきことを言えばいいんですよ」

 

「……あなたはそれでいいの?」

 

「試験なんてそんなものでしょう。必要のない道具をいつまでも置いておく必要もないでしょうに」

 

「あなたは道具なんかじゃない。それにこっちが無理言って呼び寄せたのだから、あなたさえ望めば、このまま――」

 

「そう望んだとしても問題にしかならないこと雛さんが一番わかっているでしょう」

 

今まで嫌がらせ程度に納めてきた学院長筆頭の反対連中がどんな行動に出てくるか、計り知れない。それに逆に女子校として存続していくのなら正当性はあちらにあると言えてしまう。

共学をしないのであれば俺は邪魔でしかないのだ。ならさっさと消えるべきだろう。

 

「ここに来たのだってもともと爺さんが勝手に決めただけの成り行きです。だから俺には想い入れも執着もないし、残る理由もないですよ」

 

彼女たち(μ's)はいいの?」

 

雛さんの言葉に俺は一瞬止まる。だが、

 

――ゆうくんには関係ない!!

 

――あんたに、あんたなんかに、私たちの気持ちなんてわからないのよ!!

脳裏に穂乃果たちの言葉が蘇る。

 

「……あっちももう俺は必要ないですよ。いや、最初から必要としていなかったのかもしれませんね」

 

俺が穂乃果たちと馴染みだったから、一緒に居たから流れで手伝っていただけ。俺が居なくても彼女たちは何とかしてやっていただろう。

 

「とりあえず俺の処遇なら気にすることはありません」

 

判断を理事長に任せ、俺は失礼しますと理事長室を後にしようとする。

 

「遊弥くん。あなたはもっと我儘になってもいいと思うわ」

 

「我儘、ですか…」

 

静かに、諭すように言う雛さんに、俺は少し困ったように笑った。

 

「残念ながら、そんなの俺にはないですよ」

 

そう言って俺は理事長室から退室した。

 

 

 

 

 

「……なんて答えればよかったんだろうな」

 

雛さんの優しさは素直に嬉しく思う。だけど俺はそれに甘えなかった。

俺が残ることで更なる問題が呼び寄せられることがわかっていた。これ以上、雛さんに抱えさせるわけにもいかなかない。

雛さんは学院のことを今まで十分頑張ってきたのだ。せっかく肩の荷が下りるところに更なる重荷を持たせるわけにもいかないだろう。

 

「はぁ…バカか、俺は……」

 

こんな言い訳のような理由ばかり並べて良いんだと言い聞かせて、これではまるで、

 

まるで――

 

「……」

 

俺は首を横に振った。考えるのもバカらしい。

流れに身を任せればいい。人生なるようになる。

 

「帰ろ」

 

思考を放棄して歩く。

 

「あれー、遊弥くん?」

 

すると間延びした声が俺の背中にかけられる。突然のことに、俺は肩をびくつかせた。

振り返ればそこには彩音さんがいた。

 

「久しぶりだねー、遊弥くん。私のこと覚えている読者さんいるのかなっていうくらい久しぶりー」

 

……ちょっと発言の意味が分からない。壊れたか?

 

「壊れてないよ。久々の登場だもん、少し印象に残ることしないと忘れ去られちゃうじゃん」

 

だからといってこの発言はさすがにアウトである。好き勝手にもほどがあるだろ。

 

「で…まあ私のことは置いといて、哀愁漂わせながら歩いていた遊弥くん。何かあったのかな?」

 

「彩音さんが変な登場の仕方したこと以外なにもないですよ」

 

「お悩みならおねーさんが相談乗るよ?」

 

無視ですか、そうですか。それに、

 

「別に悩みなんて…」

 

俺はそう答えるが、彩音さんは逃さない。

 

「そういえば、いい店見つけたんだ。そこで話しよっか」

 

「だから――」

 

「大丈夫、おねーさんが奢ってあげるから」

 

俺の言い分をまともに聞かず遮って、身体をくっつけて腕を取る彩音さん。

ちょ、なにこの人、力強っ!? しかも見事に関節極まって痛い痛い痛い――!?

 

「ふふふ、それじゃあ出発!」

 

「頼むから、話を聞けェー!!」

 

為す術無しというのはこういうことなのだろう。俺は関節決められたまま彩音さんに連行される。

 

 

 

 

 

「彩音さん」

 

店の前まで引っ張られた俺はげんなりしながら彩音さんを見る。

 

「ん? なに?」

 

「いや、いい店発見したって言ってたけどさ」

 

暢気に笑顔で返す彩音さんに俺は店の看板を指差して言う。

 

「ここ、あんたの家(Sky Cafe)じゃねーか!!」

 

ただのマーケティングだったよ! 普通店見つけたって言うのは新しくオープンしたとか、今まで知らなかった場所を指すだろ!

 

「なーに? 遊弥くんはここがいい店ではないって言いたいの?」

 

「そうじゃないけど、そうじゃないけどさっ!」

 

雰囲気も良いし、料理やコーヒーも美味い。いい店かそうじゃないかといわれたら間違いなくいい店だ。

ただこれ、彩音さんがただ家に帰ってきただけじゃん――そう言いたかった。

 

「さ、入った入った!」

 

彩音さんに抵抗する気も失せた俺は背中を押されて店の中に入れられる。

 

「おー、お帰り彩音。それに遊弥の坊主、久しぶりだな。俺のことを覚えている読者が――」

 

「天丼ネタはもう結構! いい加減にしろ親子揃って!!」

 

カウンターでコップを磨きながら迎えたマスターに俺は声を上げてつっこむ。

 

「だったらもっとうちの店に来てよね~」

 

「はぁ…善処しますよ」

 

けらけらと笑う彩音さんに俺は早くも疲れてきた。

 

「お父さん、あそこの席座らせてもらうから。それとブレンド二つ、私はミルクつきで」

 

「おう、客は今いる人たちだけでもう来なさそうだから好きに使え」

 

「ありがと。じゃ、遊弥くん、こっち」

 

彩音さんの案内で席へと連れられる。そこは他の人からは見えづらい場所。しづらい話をするには打って付けだった。どうやらおふざけではなく真剣に話を聞こうとしてくれているようだ。

 

「ほら、ブレンドコーヒーだ。こっちはサービス。じゃ、ごゆっくり」

 

いい香りのするブレンドと、新作であろうチーズブリュレを持ってきたマスターは雰囲気を察してか物を置いてからはなにも言うことなくさっさと下がる。

マスターが入れてくれたコーヒーに口をつけて一息入れる。

うん、やっぱりここのコーヒーは美味しい。落ち着く。

 

「美味しい?」

 

俺の感情を読み取っているのか、ニコニコと笑顔で問いかけてくる彩音さん。

 

「ええ、流石マスターです。他の店で飲むよりも美味しいです」

 

「ふふ、そうでしょう。私もお父さんのコーヒーが大好きなんだよね。本人には言わないけど」

 

言ってあげれば良いのにとは思うが、やはり気恥ずかしさがあるのだろう。

まあ、言わずともマスターには伝わっているかもしれない。

 

「まあ私の話はいいの。今は遊弥くんの話を聞くのが優先だから」

 

彩音さんもコーヒーを一口飲んで俺をまっすぐ見据える。

 

「それで、遊弥くんは何に悩んでいるのかな?」

 

「それは話さないといけないことですか?」

 

「ここに来たのが運のつき。全部吐いちゃおう!」

 

来たというか連れてこられたんだけど。痛みも一緒にね。

 

鋭い視線を向けるも彩音さんはなんのその。そして喋るまで逃がさないという意思でいた。

俺はため息と共に口を開く。

 

「悩みと言うほどのものじゃないですよ。音乃木坂学院を退学することになりそうだからその後どうしようかって考えてたんですよ」

 

事情を話すと、彩音さんは少し黙った後クズを見るような目をし始めた。

 

「遊弥くん…ついにやっちゃったのね……いい子だと思っていたのに……」

 

「……」

 

彼女の言いがかりに俺は無言で立ち上がる。

 

「ごめん、冗談だから。無言で帰ろうとしないで。お願いだから」

 

がしっと俺の腕を掴む彩音さんにため息を吐きながら席に戻る。

それに対しさすがに彩音さんは苦笑いする。

 

「まあそういう理由はなんとなくわかるよ――共学をやめるんでしょう?」

 

「ええ。μ'sのおかげで」

 

「遊弥くんからしたらせいになるんじゃないの?」

 

「今まで彼女たちの活動を手伝ってきた俺がそんなこと言ってどうするんですか」

 

だよね、と頷く彩音さん。

わかって手伝っていたのにいざそうなると文句を言うとか、そんなのはただのバカでしかない。

 

「そういうわけで、今さら京都の学園に戻るのも色々面倒なんでどうしようかと」

 

「普通は学校側が斡旋してくれるものじゃないの? それか卒業までは在籍させてくれるものだと思うんだけど」

 

「それは理事長からも言われたんですけど、色々ありましてね」

 

「遊弥くん、私たちの間に隠し事は無しだよ」

 

言い渋る俺に彩音さんから釘を刺される。こうして連れられて話させられている時点で俺に逃げ場などなかった。

 

「学院で俺のことを快く思わない連中がいるんですよ」

 

「快く思わない人たち、ねぇ」

 

「要するに生徒教師含めて共学に元々反対の人たちですよ。男は不要ってことで俺を追い出そうとしていたんですよ」

 

「随分みみっちい事する人もいたもんだね」

 

物隠されたり、テストの難易度を上げられたりetc.

あの手この手で嫌がらせを受けてきたがどれも子供じみて俺からしてみればお笑い物ばかりだった。

 

「……悪意に慣れすぎでしょ」

 

「そうですか?」

 

呆れる彩音さんに俺は首をかしげる。

まあ俺がされてきたことなんで今はどうでもいい。

 

「そんな感じでようやく廃校の話が片付いたのに俺のことでまた人騒動させるわけにもいかないでしょ。俺が居なくなることで丸く収まるならそれが一番ですよ」

 

「遊弥くんはそれで納得しているの?」

 

いきなり核心を突いてくる彩音さん。

 

「今の言葉を聞いたら、遊弥くんは自分で決めてないよね」

 

「ちゃんと決めてますよ」

 

「ううん。なまじ頭が良いだけに状況を正確に理解してるから、そう自分で思い込んでいるだけ。何一つとして君の意思がないよ」

 

「……」

 

まさか前に絵里に言ったことをそっくりそのまま彩音さんに言われるとは。

 

「もっと我がままを言っても良いんじゃない? 遊弥くんだって色々融通させていたんでしょ? それに、μ'sの子達だって残って欲しいと思っているんじゃない?」

 

そう言われるのは二人目だ。だが、俺の答えも変わらない。

 

「学院と同じでもうμ'sに俺は必要ないですよ。彼女たちだけでやっていけるんで」

 

ことりの留学如何でどうなるかはわからないが。

 

「結局のところ俺が学院に残る理由がないんです。思い入れもないですし」

 

「強情だなぁ。まあ、遊弥くんがそれで良いって言い切るんだったら私はそれ以上は言わないけど…」

 

「けどなんです?」

 

「なんでもない――まあもし学校辞めてからいく当てないならうちで働きなよ。うちもそろそろ人手が欲しいところだったし」

 

「……そうですね、そのときはそうさせてもらいます。コーヒー、ありがとうございます」

 

たぶん大丈夫だと思うけど、という彩音さんの言葉は聴かなかったことにして、俺は店を後にするのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
別なほうも出来次第上げたいと思います。




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どうも、燕尾です。
お久しぶりです。





 

 

 

 

 

――Umi side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文化祭が終わった翌週。結論を出した私たちは話をすることを含めて穂乃果の見舞いに行くことにした。

アイドル研究部全員で行こうと話をしていたのだが、遊弥は用事があると言って先に帰ってしまった。

遊弥にも私たちの結論を伝えた。

 

すると彼は一言だけ、そうか、とだけ言うだけだった。

あの(辞退)話から、私たちと遊弥の関係がおかしくなったように思う。

見かけはまったくそんなことないのだが、遊弥は以前のことなどまったくなかったかのように振舞うようになった。私たちが遊弥とどう話をしていいのかわからなくなっているのを察してそうしているように見えるがそうではない。確信はないが断言できる。

 

今の遊弥は何を考えているのかまったく分からない。何を思って私たちといるのか、見えてこない。

この感じがなんだか気持ちが悪かった。胸の奥がなんだかざわざわして、嫌な予感が過ぎる。

遊弥がまた昔のように急に私たちの前からいなくなりそうで、それが私は不安で仕方がない。

 

「海未、ストップストップ!」

 

「え? あ……」

 

そんなことを考えていたせいか、穂乃果の家の前を通り過ぎようとしていたようで絵里に止められる。

 

「海未ちゃん、どうしたの?」

 

「い、いえ、少し考え事を……」

 

「考え事は仕方がないけど、外歩くときは気をつけんといかんよ?」

 

「ええ。そうですね」

 

希の注意を素直に受けて、私たちは引き戸を引く。

 

「あ、あら、いらっしゃい」

 

穂むらの暖簾をくぐると、新作の試食をしていた穂乃果のお母様――秋穂さんがで迎え入れてくれた。

 

「秋穂さん、穂乃果の調子は」

 

「一昨日まで熱は出てたけど、今朝になったらすっかり下がって元気になったわ」

 

秋穂さんの話に私たちは一安心する。

 

「あの子も退屈しているみたいから、少し上がっていって」

 

そういう秋穂さんに通されて私たちは穂乃果の部屋に向かう。

長居するつもりはなかったし、さすがに全員で行くのは迷惑なので、真姫たち一年生は待ってもらうことになった。

 

「穂乃果、入りますよ」

 

「あっ、海未ちゃんことりちゃん、それに皆も」

 

「よかった。起きられるようになったんだ」

 

「うん! 風邪だからプリン三個食べて良いって」

 

嬉しそうに言う穂乃果。穂乃果らしいといえば穂乃果らしいのだが、

 

「心配して損したわ」

 

「お母さんの言う通りやね」

 

そういうにこの気持ちに私は少し同調する。希もどこか苦笑い気味だ。

 

「それで、足はどうなの?」

 

「ん、ああ…少し挫いただけで、腫れが引いたら大丈夫だって言われたよ」

 

包帯を巻かれた足を見せる穂乃果。

痛々しそうに見えるが、本当に軽く挫いたぐらいで大したことないらしい。

 

「それより、ごめんね皆。私のせいで…せっかく最高のライブになりそうだったのに」

 

穂乃果の一言に、私たちも少しも眉を顰めた。

 

「穂乃果のせいじゃないわ。私たちのせいよ」

 

穂乃果の責任というのは否定できない。だけど、それを言うなら穂乃果のことを気付かなかった私たちもにも責任はある。

いうならこの場にいる全員が悪いのだ。穂乃果だけの責任ではない。

 

「でも」

 

「穂乃果、これ」

 

そういう穂乃果に絵里はあるものを差し出した。

 

「CD?」

 

「真姫がリラックスできる曲を作ってくれたの。今はそれ聞いてゆっくり休んで」

 

わぁ、と目を輝かせた穂乃果は急に立ち上がり部屋の窓を開ける。

 

「真姫ちゃん、ありがとー!!」

 

「ちょ、穂乃果! なにやってんの!?」

 

「あんた風邪引いてるのよ!!」

 

とんでもないことをしでかす穂乃果を絵里とにこの二人が引っ張り戻し、ことりが窓を閉める。

 

「ごほっ、ごほっ!」

 

「ほら、病み上がりなんだから無理しないで」

 

私はちーんと鼻をかむ穂乃果にブランケットを被せる。穂乃果はごめんごめん、と暢気に笑いながら謝る。

 

「明日から学校に行けると思う。だからさ――」

 

穂乃果は基本的にポジティブだ。そして彼女は私たちや自分の置かれている状況を知らない。

 

「もう一度ライブできないかなって」

 

だからこそ穂乃果はそれを言った。

 

「ほら、ラブライブ出場グループ決定までまだあるでしょ? なんていうかその、埋め合わせっていうか、なんかできないかなって」

 

穂乃果の言い分は最初遊弥に言われたときに私たちも一度は考えたことだ。

 

だけど――

 

「穂乃果」

 

空気が沈んでいくのが感じられる中、絵里が口を開いた。

 

「ラブライブには――出場しません」

 

「え……」

 

呆ける穂乃果に絵里は続ける。

理事長に言われたこと、遊弥に言われたことを。絵里は掻い摘んで話した。

 

「だからラブライブのランキングにμ'sの名前はもう無いわ」

 

「そんな…」

 

「私たちがいけなかったんです。穂乃果に無理をさせたから」

 

予想以上に落ち込む穂乃果に私はそういったが、穂乃果は力なく首を横に振った。

 

「ううん、違う。私が調子に乗ったから」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「誰が悪いなんていっても栓無いこと、あれは私たち全員の責任よ。体調管理を怠って無理をした穂乃果も悪いけど、それに気付かなかった私たちも悪い」

 

「違う、違うの…本当に私が……」

 

「えりちの言う通りや。自分だけを責めたらあかんよ、穂乃果ちゃん。今回のことは皆が反省することや」

 

それでも自分を責めようとする穂乃果を希が止める。だけど、

 

「違うんだよ!!」

 

穂乃果の大きな声に私たちは驚き止まる。

 

「違うの…私のことに気付いていた人が、ちゃんといたんだよ……」

 

「それって――」

 

「それなのに…私は…」

 

うな垂れながら言う穂乃果に私たちはその気付いていた人が誰なのかすぐにわかった。

 

「遊弥となにがあったんですか」

 

そう問いかけるとしばらく口を閉ざしていたが、穂乃果はポツリポツリと語り始めた。

遊弥が復帰してからの練習に不満に思っていたこと。前日、雨が降っていたのに走りに行って、それを止めようとした遊弥に言ったこと。

そして当日、遊弥にだけは風邪を引いていたことが知られていたこと。

 

「ゆうくんは大切なことをちゃんとわかってた。なのに私はそれをちゃんと聞かないで酷いこと言ったんだ。私がしっかりゆうくんの言うことを聞いていればこんなことにならなかった」

 

後悔している穂乃果に私は開いた口が塞がらなかった。そんなことがあったことすら知らなかった。

 

「穂乃果」

 

なんて声を掛ければいいか悩んでいたところで絵里が穂乃果の肩を掴んだ。

 

「遊弥くんが気付いたとしていても変わらないわ。今回は皆が反省することよ。いえ、遊弥くん以外の皆が反省することね」

 

絵里は存外に私たちに気を使わないようにと言っている。穂乃果と遊弥の間であったことは私たちとはまた別なのだからと。

 

「だから自分を責めないの。後悔し続けてて、自分を責め続けるぐらいなら――そうね、今度遊弥くんにちゃんと謝ること」

 

「絵里ちゃん……」

 

「いい?」

 

「うん…」

 

半ば強引という形だが、頷く穂乃果。

 

「とりあえず、穂乃果ちゃんも整理したほうがよさそうやしうちらも長居してもいかんから、そろそろお暇しよか」

 

そう言って、私たちは穂乃果の家を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はパソコンをじっと見つめる。

ラブライブのランキングサイト。絵里ちゃんの言う通り、そこには前まであったμ'sの名前は無かった。

スクロールしても私たちのグループ名は見つからないから順位が急落したわけでもない。本当にラブライブの出場をやめたのだ。

絵里ちゃんが嘘を言ったとは思っていなかった。だけど、嘘であって欲しいという藁にも縋るような気持ちが、未練が残っていたのだろう。諦めが悪いとも言える。

しかし、目の前にあるのが現実だ。

 

「……やっぱり、駄目だよ…絵里ちゃん……」

 

どうしても後悔してしまう。

最高のライブにするはずだったのに。そのために私は頑張ってきたのに、私自身が最悪なものにしてしまった。全部台無しにしてしまったという念が消えない。

 

「ゆうくん……」

 

私はずっと、ちゃんと私を見てくれていた人の名前を呟く。彼はいつだって私たちのためを思って行動してくれていた。それを私は、差し伸べられた彼の手を振り払って、酷いこと言って、自分勝手なことをした。その結果がこれなのだ。全部ゆうくんの言う通りだった。周りが全然見えていなかった。

 

「う…く……」

 

目の前が霞み、滲んでいく。

 

ここまできたのに、私の手で壊してしまった。

 

私はそこからこみ上げてくるものを押し込もうとする。

 

「ぐっ…うぅ……」

 

泣いちゃ駄目、そんな資格なんて私には無い。

必死に我慢する。だけどそれに反して雫は頬を伝う。

 

「うう…あぁ……」

 

溢れる涙はしばらく止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、希、にこ」

 

「おはよう、えりち」

 

「おはよう」

 

ある日の朝、私はいつものように希とにこの二人と合流する。

 

「それでさ~」

 

「そういえば――」

 

「へぇ、そうなんやね」

 

他愛ない会話をしながら学校へと向かう私たち。

学園祭が終わってから数日が経ち、いつもの日常へと戻りつつあった。

学校へ行って授業を受け、友達と談笑しながら過ごし、そして放課後は部活動。

ラブライブの出場を辞退したとはいえ練習は欠かしていないし、アイドル活動も続けている。

私たちは普通の学生の日常を過ごしていた。

 

ただ、いくつか気になることが増えた。

 

「あれ、あの前に居るのって穂乃果ちゃんとことりちゃんやない?」

 

そのうちの一つが目の前にいた。

 

「本当ね。だけど――」

 

私たちは彼女たちの様子にため息を吐く。

穂乃果はフェンスに張られているラブライブ本選出場を決めたA-RISEのポスターを考え込んだように見つめ続け、ことりはそんな穂乃果に何かを言おうとしながらも言えないでいる。

 

「相変わらずやね」

 

希が見たままのことを言った。

 

「学校に復帰してからずっとあんな感じじゃない」

 

にこも呆れたように言う。

二人の言う通り、穂乃果は復帰してからずっとあんな感じだった。ラブライブのことを引き摺っているのだ。

 

「――希!」

 

そんな穂乃果に目を細めながらにこが希に目配せをする。

 

「任せといて!」

 

「ほどほどにしなさいね」

 

手をわきわきしながら穂乃果の元へと駆け寄る希。このあと穂乃果がどうなるかが簡単に予想できた私はちょっと釘を刺しながら後に続く。

 

「わー!!!!」

 

ワシワシの刑(餌食)となった穂乃果は大きく叫ぶ。

 

「希ちゃん!?」

 

「ぼんやりしてると次はアグレッシブなのいくで?」

 

「い、いえ…! け、結構です……!!」

 

穂乃果は顔をひきつかせながら首を横に振る。

 

「あんたも諦め悪いわね。いつまでそのポスター見ているのよ」

 

そう言うにこも最初こそは結構落ち込んでいたがいまはもう気持ちの切り替えができていた。

 

「うん、わかってはいるんだけど……」

 

「けど?」

 

「けど……」

 

穂乃果の様子に"わかっていない"と判断を下したにこはため息を吐いて、

 

「希!!」

 

希に指示する。

 

「いひひひひひひ」

 

「わー!? 結構ですぅ!!」

 

妖しい笑いを上げる希に穂乃果は自分の身体を守るように抱きしめる。

 

「そうやって元気にしていれば、みんな気にしないわよ」

 

「絵里ちゃん……」

 

「それとも、皆に気をつけかって欲しい?」

 

私は少し意地の悪い言い方をする。

 

「そういうわけじゃ、ないけど……」

 

穂乃果自身逃がした魚は大きいと感じているというか、どうも煮え切らない返事だ。

私だって最初は穂乃果と同じように思っていた。だけど今は本当に過ぎたことだ。後悔しても眺めていても私たちがラブライブに出場することは絶対無い。それにスクールアイドルの活動は何もラブライブだけではない。ならできることをしていったほうがいいと思うようになったのだ。

 

「あんた、今日から練習に復帰するんでしょ。そんなテンションで来られたら、迷惑なんだけど?」

 

こういうときのにこは下手に取り繕わず、きちんと自分の本心を言ってくれている。

 

「……そうだね。いつまでも気にしてちゃ駄目だよね」

 

それを感じ取れるからこそ穂乃果も元気を出すように頷いた。

 

「そうよ。それにラブライブも目標だったけど私たちの目的は――」

 

私は階段の先にある学校を見つめる。

音乃木坂学院の存続。それを成し遂げるために私たちは頑張っているのだ。

 

「――この学校を存続させること、でしょ?」

 

穂乃果も、スクールアイドルを始めたきっかけを思い出しているのだろう。音乃木坂学院をじっと見つめ頷く。

 

「穂乃果ー!」

 

そこに穂乃果の同級生――いつもライブの手伝いをしてくれているミカさんが声を掛けてくる。

 

「昨日メールしたノートはー?」

 

「うん! いま渡すー!!」

 

どうやら休んでいたときのノートを借りていたようだ。

 

「それじゃあ絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃん、ありがと! ことりちゃん、いこ!!」

 

「う、うん…!」

 

ミカさんたちの元に行く穂乃果とその後を追うことりを私たちは見守る。

 

「あの様子なら、大丈夫そうやね」

 

「まったく、世話が焼けるんだから」

 

「後輩の面倒を見るのも先輩の勤め。普段にこは先輩らしいことできていないんだからこういうときに見せていかないと、ね?」

 

「ぬぁんでよ! ちゃんと先輩してるでしょうが!」

 

「私たちも行きましょうか」

 

「せやね」

 

話を聞きなさいよ! と叫ぶにこを尻目に、私たちも学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

放課後。俺は理事長室へと呼ばれていた。

そこには理事長である雛さんはもちろん、学院長の乙坂亜季までいた。

 

「わざわざ来てもらって悪いわね」

 

「いえ、大丈夫です。それでこの学校のトップ2までそろって俺に用件とは?」

 

聞かなくてもわかるのだが、建前上言っておく。

 

「口を慎みなさい。萩野遊弥」

 

俺の言い方が気に食わなかったのか学院長が注意してきた。

 

「いえ、今まであんた(学院長)がいたことなかったからつい気になっただけです」

 

「……」

 

無言で俺を睨む学院長。おお、怖い怖い。なかなかの迫力だ。

理事長は俺を止めるように呼び出した理由を口にする。

 

「あなたに来てもらったのはこれが理由よ」

 

理事長から渡されたのは中学生の進路資料。だがこの前に見たものとは違い、より詳しく書かれていた。

 

「ああ。なるほど」

 

パラパラと読み進めていく間に理事長の説明が入る。

 

「学園祭後の中学生アンケートの結果と進路情報よ。嬉しいことに音乃木坂学院に進学したいという子達が増えたわ」

 

「ふむ、この分なら大丈夫そうですね。彼女たち(μ's)の努力が実ったようだ」

 

「ええ、彼女たちには感謝してもしきれないわ」

 

読みながら言う俺に頷く理事長。

そして理事長は誰もが望んでいた、決定的な言葉を発する。

 

「この結果を受け、我が音乃木坂学院は来年度入学者の受付をすることにしました」

 

 

 

 

 

――ただし、女子生徒のみです

 

 

 

 

 

女子校としての存続の宣言。ならば当然、次に来るのは、

 

「それに伴い共学化を中止し、萩野遊弥くん――あなたを退学とします」

 

改めて言われるまでもない、わかりきっていた話。

別に残念とは思わない。女子校として存続するのであれば男の俺は邪魔でしかない。

 

「わかりました」

 

だからなんら感情のない言葉で返す。

 

「正式な退学の日はいつですか?」

 

「それは追って連絡することになります。だけれど――あなたは本当にそれでいいの?」

 

以前にも言われたこと。理事長――雛さんは今も俺のことを心配してくれているのだ。

 

「あなたが望むのなら、卒業までこの学院に――」

 

「理事長」

 

理事長の話を遮ったのは学院長だった。

 

「彼の退学はもう決まったことです。理事長とはいえ覆すことは許されません」

 

「……」

 

学院長に言われ、なにもいえなくなる理事長。

やはり職員たちの間では俺が居る意味はないと判断しているのが多いのだろう。

 

「あなたには申し訳なく思います」

 

そんなことひとかけらも思ってないくせによく言う。

 

「ですがあなたはもうこの学院には居られないのです。ご理解ください」

 

――歓喜

 

学院長の瞳には歓喜の感情が映っている。

ポーカーフェイスもここまで来ると少し尊敬してしまうわ。

 

「話は以上です。戻って結構です」

 

「失礼します。理事長」

 

追い返すように言い放つ学院長を無視して俺は理事長室を後にするのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょう?
亀更新ですがお付き合いありがとうおございます。




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存続と…




どうも、燕尾です。
72話です。





 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、休憩にしましょうか」

 

『はーい』

 

私の一声で、皆は休憩に入る。

 

「穂乃果、調子はどうかしら?」

 

「うん、問題ないよ!」

 

穂乃果も今日からの復帰だったけれど、むしろ前より体が軽くて調子がいいとのことらしい。

 

「そういえば絵里ちゃん、これからどうするの?」

 

「私も気になっていました」

 

今後のことを問いかけてくる穂乃果と海未。

穂乃果の復帰を待っていたから皆には言っていなかったけど、私の中ではちゃんと考えている。

 

「ライブに向けての練習をしていくつもりよ」

 

「えっ? でも理事長は……」

 

どうやら穂乃果は勘違いしているみたい。その誤解は早く解かないといけないわね。

 

「続けてもいいって」

 

「そうなの?」

 

「別に禁止するつもりで言ったわけじゃないって言っていたわ」

 

確かに学園祭の一件でお咎めを受けたけど、理事長はスクールアイドルの活動を否定しているわけではない。そこは普通の部活動と一緒の対応を受けた。

 

「それじゃあライブもできるのですね?」

 

「ええ」

 

「やったぁ!!」

 

海未と手を合わせて喜ぶ穂乃果。

 

「いつにしよっか!?」

 

「そうね。受験願書受付開始までに何度かやりたいところだけど、連続だとね……だからあまり遠くならないうちにまずはやりたいと思ってるわ」

 

そう言うと穂乃果は少しおとなしくなる。

 

「そうだよね、皆の体調とか考えないと……」

 

「穂乃果?」

 

この様子、朝のときとよく似ていた。

 

「やっぱり、気にしているのね」

 

「なんかちょっと穂乃果らしくないですね」

 

「うん、まぁ……」

 

海未はそう言うが、私はいい傾向であるとは思う。少しは周りが見えるようになったってことだから。

 

「あれ、そういえばことりちゃんは?」

 

すると早速、穂乃果がいつの間にか居なくなっていたことりを気にする。

その瞬間、海未の顔が少し緊張した。

 

「…ことりなら下で電話をしてくると」

 

「そっか」

 

そういわれて普通に納得する穂乃果。だけどそんな穂乃果の様子に海未はどこか辛そうに俯いた。

 

「海未――」

 

『わぁあああ!?』

 

私が聞こうとした瞬間、屋上の扉が勢いよく開かれた。

 

「わっ! どうしたの!?」

 

バタバタと雪崩込んでくるようにきたのは真姫と花陽、凛の一年生たちだ。

 

「たっ…」

 

「た…」

 

「助けて……」

 

息を切れさせながらそう言う三人に私たちは首を傾げる。

 

 

「「「助けて?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年生三人から呼ばれて連れてこられたのは掲示板前。そこには『来年度入学者受付のお知らせ』と書かれた張り紙があった。

 

『これって!?』

 

私たちは声をそろえて一年生たちに振り向く。

 

「この間の学園祭から各中学校でアンケート取ったんだって」

 

「それで中学生の希望校アンケートの結果が出たんだけど…」

 

「去年より志願してくれた子がずっと多くなったって」

 

先に内容を見ていた三人が説明してくれる。

だけど、あまりの驚きに考えが追いつかない。

 

「それって…」

 

「学校が、存続するってことですか!?」

 

穂乃果と海未の問いかけにうん、と力強く頷く三人。

 

「やった…やったぁ!!」

 

「ついに、やったんですね!」

 

穂乃果と海未が歓喜の声を上げる。

 

「凛たちにも後輩ができるってことだよね!?」

 

「うん、そうだよ!!」

 

来年できる後輩に喜ぶ凛と花陽。

 

「ま、まぁ再来年はわからないけどね!」

 

「ま、当然の結果よね。このにこにーにできないことなんてないんだから!!」

 

いつも通り、こんなときでもブレない真姫とにこ。

 

「夢みたい……」

 

「夢じゃないよ、えりち」

 

感激のあまり、涙が出そうになっていたを支えてくれる希。

 

「あっ! ことりちゃーん!!」

 

皆で喜んでいるところに電話を終えたことりがやってくる。

穂乃果はことりに飛びついていった。

 

「やったよ、私たちやったんだよ!!」

 

「えっ…えっ……?」

 

「これを見てください、ことり!!」

 

戸惑うことりに海未が存続の用紙を見せる。

 

「これって…学校が……嘘…じゃないんだ……!」

 

「うん!!」

 

抱き合う二人。まるで映画のワンシーンのようだ。

 

「……やったね、えりち」

 

「ええ、やっと」

 

そんな二人のやり取りを少し離れた位置で見ながら呟く希に私は同意する。だが、

 

「……」

 

「……希?」

 

希の様子がどこかおかしい。まるで喜び半分悲しみ半分のような、手放しに全部喜べない、そういうような感じだった。

 

「どうしたのよ、希」

 

「ううん。なんでもないよ」

 

明らかにそう言うようには見えない彼女の様子に私は首を傾げる。

私たちの最大の目標である音乃木坂学院の存続。それが今達成されたというのに喜べないのはどうしてだろう。

 

そのために皆で頑張ってきたのに(・・・・・・・・・・)――

 

「――」

 

そこで私は気付いた。希の理由に。

 

「まさか、希…嘘でしょう……」

 

「……嘘じゃあらへんよ」

 

希は私の考えが正しいという風に言った。

どうして今の今まで気付かなかったのだろうか。音乃木坂学院の存続、それは女子校としての(・・・・・・・)存続だ。

そうなれば当然、共学化の話は無かったことになる。

そしたら今まで私たちを支えてくれていた彼は、一体どうなってしまうのだろうか。

 

――俺が関わるのはこれが最後だ。

 

あの時の彼の言葉が蘇る。

もしかしたら、彼は知っていたのではないか。私たちとは相反していることに。知っていて初めから手伝ってくれたのではないか?

 

「……後で話を聞かないといけないわね」

 

私一人が考えても仕方がない。希という裏づけはあるけど、こういうのは本人に話を聞くのが一番手っ取り早い。

 

「しっかり話して貰うわ、遊弥くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時間にどうしたんだ――絵里、それに希」

 

μ'sの練習が終わってから、俺は絵里と希に呼ばれて屋上へと来ていた。

他の皆はもう帰っているようで、この場には俺たち三人以外には誰もいない。

 

「あなたに聞きたいことがあるの」

 

「聞きたいこと?」

 

「遊弥くん、今日理事長室に呼ばれていたわよね」

 

放送があったのだからそのとき学校にいた人間はわかっていることだ。そんな確認を改めてしてなんだろうか。

 

「理事長室で何を話していたの?」

 

「月一の報告をしていただけだよ。試験生の話はわかっているだろ?」

 

「嘘、そんな必要はもうないはずよ」

 

俺の話を即一蹴する絵里。

 

「今日、掲示板に来年度入学者募集のお知らせが貼ってあったわ」

 

この様子。絵里はもう気づいていると見ていいだろう。

 

「共学の話は一切掛かれていないから、これは女子校としての募集だと思ってる」

 

「ああ」

 

「確かに今日は報告する日なのは間違いない。だけど共学にしないって決まっているのに定期報告なんて要らないわ」

 

どんどん絵里に退路を断たれていく。

 

「逃げようとしないで本当のことを言って。理事長室で何を話していた――いえ、なにを言われたの(・・・・・・・・)?」

 

「……」

 

「上手いこと合わせたつもりなんやろうけどもう観念した方がいいと思うで、遊弥くん。ここで嘘ついても、お互いのためにならんよ」

 

そこに希まで加われば俺には為す術はなかった。

 

「……絵里には希が教えたのか?」

 

「うちはなにも言っとらんよ」

 

「希の言う通り、あなたのことはなにも言っていないわ。希が知っていたことさえ私は知らなかったもの」

 

「なるほど、自分で気付いたのか」

 

大丈夫だ、気付かないだろうなんて思っていた俺が甘かった。もっと慎重にしておくべきだった。

 

「でも、そこまでわかっているならもう言わなくてもいいと思うけどな」

 

「そんなの私の想像でしかない。だからあなたからちゃんと聞きたいの」

 

どうしてこんな強情なんだか。いやこれが絵里だったな。

引かない絵里に俺はため息を吐きながら頭を掻く。

 

「恐らく絵里たちの想像通りだよ。俺の学院生活が終わるだけ。俺はこの学校を退学することになった。簡単に言えば俺はこの学校に必要なくなっただけだ」

 

「っ、終わるだけ(・・・・・)なんかじゃないでしょう!」

 

絵里は強くそう言うが、俺からしたらそれだけだ。こうなることぐらい、穂乃果たちの手伝いをした最初からわかっていたのだから。

 

「何であなたはそう素直に受け入れているのよ!? 音ノ木坂(私たち)が助けて欲しいって呼び出したのに今度は自分勝手にあなたを追い出そうとしているのよ!?」

 

「女子校として存続するなら俺が居るのはおかしいだろ。追い出されるのは必然だ」

 

「でももう少しどうにかできないのっ? あなたなら……!」

 

「できないに決まってるだろ。俺一人(・・・)でどうにかなるほど組織は甘くない」

 

それに俺が抗議すればするだけことになる。なんせ女子校にいさせろって言っているようなものなんだからな。

 

「それは、そうかもしれないけど…だけど――!」

 

「どうしてそこまで喰いつくんだ」

 

俺を引きとどめたってなにもいいことなどない。

 

「俺のことは気にしなくてもいい」

 

せっかく学校が廃校にならずに済んだっていうのに、余計なことで悩んでどうするんだ。

 

「もういいんだよ」

 

なるべくしてなったこと。それに絵里たちが反発したらどうなるか。最悪μ's自体潰されかねない。そうなったら、俺は悔やんでも悔やみきれない。

 

「だから――」

 

「良くない!」

 

その瞬間、絵里に両頬を押さえられた。

 

「良くないに決まっているでしょう! あなたを一人追い出して、それで何ごともなく過ごすことなんてできない!!」

 

「できるできないの話じゃない。そうしないといけないんだ」

 

「私はそんなこと望んでない!」

 

「したくないことなんてこの先何度だってある」

 

「そんなこと知ったことじゃない!」

 

こいつ、昔を思い出されるわがままエリーチカになってやがる。

 

「私は、私たちはあなたと一緒にいたい」

 

「……っ」

 

まっすぐな絵里の瞳に吸い込まれそうになる。

 

 

やめろ。

 

 

「あなたと同じ時間を過ごしたいの」

 

 

やめてくれ。

 

 

「遊弥くん」

 

「もうやめろ!!!!」

 

学校全体に聞こえるような叫びが大きく響いた。

身体を強張らせた絵里の手が俺の顔から離れる。

 

「頼む…もうこれ以上、やめてくれ……」

 

情けない声が俺の口から漏れる。

 

「遊弥、くん……」

 

「俺のことを想ってくれるなら、どうして今まで希に口止めさせてまで言わなかったか考えてくれ」

 

それだけを言い残して俺は屋上から――いや、二人から逃げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは屋上から出る遊弥くんをただ見つめていた。

 

「えりち……」

 

希が心配そうに私を見つめる。だけど、

 

「大丈夫よ」

 

もうあの頃の私とは違う。私はもうちゃんと自分を持っている。

 

「希はどう思う? 今の遊弥くん」

 

「昔の誰かさんに似とるね」

 

「それはわざわざ言うことかしら?」

 

それがだれのことを言っているのかすぐにわかって目を細める私にごめんごめん、と謝る希。

 

「今の遊弥くんは板ばさみになってる。残りたいという気持ちと、出て行かなければいけないっていう状況に。うちには助けて欲しいって聞こえたよ」

 

「ええ、私もそう思ったわ」

 

さっきの話からそれは感じ取れた。蓋をした心の底の叫びが言葉の端々から滲み出ていた。

 

「どれだけ言い繕っても、感情には勝てないようやね」

 

「別におかしな話じゃないんじゃない? 遊弥くんだって人なんだし」

 

「うちたちが動けば、遊弥くんは怒るかもしれないな」

 

「気にしないわ。私のしたいことだもの」

 

したいという揺らがない気持ち。この気持ちをくれたのは遊弥くんや穂乃果たちだ。ならそれを使ったって文句を言われる筋合いはない。

 

「でもどうするん? 遊弥くんの心を変えるのは大変やで」

 

「そうね」

 

それは今のやり取りでわかっている。だけど私は遊弥くんに救われたきた。なら今度は私が彼を助ける番。

 

「このままなんかにしても後悔するだけなんだから、私ができることを精一杯しないと。どんなに大変でも絶対になんとかしてみせるわ」

 

「そうやね。うちらもできることをしないとな。うちもこの話には正直怒ってるから」

 

希がこうも感情を出すのは珍しい。でもそれだけに希も本気だということだ。

 

「まずは情報を集めないとどうしようもないわ」

 

「それはそうやけど、誰から?」

 

私は話を聞く人物に当たりをつけている。というか、この状況を正確に把握しているのは学院の中で遊弥くんを除けば一人しかいない。

 

「決まっているわ――理事長からよ」

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた。




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打ち明けられる話し



ども、燕尾です。
73話目です。

最近寒くなってきたので皆さん風邪には注意しましょう





 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――以上でHRは終わりだ。じゃ、解散」

 

「遊弥」

 

いつものホームルームを終えて帰り支度を済ませると海未が席までやってくる。

 

「どうした、海未」

 

普通に返しただけなのに、海未はどういうわけか不安そうな瞳で俺に問いかけた。

 

「今日、来てくれますか……?」

 

来てくれるかどうか聞いているのはこの後部室で開かれる学校存続パーティーのことだろう。廃校を回避したことを祝ってのパーティーをしようとμ'sのグループLaneから連絡が来ていたのだが、俺は保留としていたのだ。

 

「ああ――だけど、参加は後のほうになる」

 

「そう、ですか……」

 

そんなしょんぼりされると罪悪感が凄い。だが、海未のその様子はそれだけじゃなかった。

 

「やはり…気まずいですよね……」

 

なんか変な勘違いしている海未。恐らくは学園祭の一連のことを気にしているのだろう。

あれに関しては俺は気にしていない。それを伝えてはいるのだが、にこや穂乃果を筆頭に皆どこかよそよそしくなっていた。

 

「そうじゃない。この後は山田先生に呼ばれてんだ。それと理事長とも話をしないといけないんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「萩野の言っていることは間違っていないぞ園田」

 

すると俺と海未の間に急に山田先生が割り込んできた。

 

「お前たちの愛しの萩野は私が預かることになった」

 

「愛しっ…!?」

 

俺の肩に腕を回してしな垂れかかって来る山田先生。

ぐでーっと体重をかけてくる先生に少し俺は苛立つ。

 

「先生、背負い投げしますよ」

 

「おい萩野、少しは年上を敬え」

 

「重いと言わなかっただけマシだと思ってください。それとこの体勢、俺に負荷かかって辛いです」

 

「遠まわしに言ってるぞ。その単語は女性に対して禁句だからな?」

 

「わかりました、俺が悪かったですから関節極めないでください!」

 

イタイイタイイタイ。最近の女性は関節極めるのがブームなのか?

 

「そういうわけだ。悪いな園田」

 

「い、いえっ! そういう事情なら仕方ないですから。ただ、あまり遅くならないでくれると助かります」

 

「ああ。善処するよ」

 

「またな。海未」

 

そして俺は連行される罪人より酷い扱いで山田先生に連れられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長、萩野を連れてきました」

 

「どうぞ、入ってください」

 

失礼します、と一言断りを入れて理事長室に足を踏み入れる。

ここ最近、理事長と話をすることが多くなった気がする。

 

「こんにちは遊弥くん。変わりは?」

 

「ありません。いつも通り――ですけど、ここに来るときずっと山田先生に関節を極められました」

 

「おい、萩野ッ――!?」

 

「へぇ…そうなんですか? 山田先生?」

 

「それは、その……」

 

隣で冷や汗をダラダラたらして恨みがましく目を向けてくる山田先生。

 

「やだなぁ、ちょっとしたスキンシップって奴ですよ理事長」

 

「スキンシップで関節極められてたまるか」

 

「元はといえばお前が女性に対して重たいなんて言うからだろう!」

 

「だからといって肉体言語で返してきますか普通?」

 

「デリカシーのない奴はそれくらいが一番ちょうどいいんだよ!!」

 

「開き直らないでください」

 

ぎゃあぎゃあと言い合う俺と山田先生。

ここがどんな場所なのか、そして誰がここにいるのか完全に忘れていた。

 

「こほん」

 

「「あっ……」」

 

だから理事長が咳払いした瞬間俺たちは硬直した。

 

「生徒と教師が仲いいのはいいことですけど、ほどほどにしてくださいね?」

 

「はい…」

 

「すみません……」

 

なんとも言いがたい威圧感。顔は笑っているのに目が全然笑っていない。なるほど、ことりの元祖はこの人か。黒いオーラがかすかに広がっている。

 

「それで、俺をここに呼んだということは決まったんですか?」

 

雛さんは俺の問いかけに静かに頷いた。

 

「ええ。あなたの退学に関する正式な日にちが決まりました」

 

「……」

 

その話を知っているであろう山田先生は眉を顰めて黙っている。

 

「それは、いつ?」

 

「今月の末です」

 

「今月の末……随分と遅くないですか?」

 

手続きなんてそう時間は掛からない。なんだったら来週でもいいはずだ。

これには何か意図があるしか考えられない。

その理由を理事長は隠すことなく話した。

 

「今月は修学旅行やそのほか行事の事前準備でバタバタしてるの。だから此方が落ち着くまで待ってて欲しいの」

 

「……」

 

確かにこの時期は色々と行事が入っている。理事長だけじゃなく他の教員たちも大変な時期ではある。

 

「行事の事前準備、ですか」

 

「ええ」

 

理事長はすぐに頷いたがそれは建前なのだと俺はすぐに気づいた。まっすぐ見据える俺に一切のブレなく見返す理事長。

 

「……」

 

ちらりと瞳だけを移して山田先生を見ると彼女はうっすらと汗をかいている。

 

「……それなら仕方ないですね」

 

気づかない振りをしてそういう俺に対し気づかれないように極小さな安堵の息を洩らす山田先生。

 

「でも大丈夫だったんですか? 学院長たちは反対したでしょう?」

 

俺の退学が決まって喜んでいたところに水を差されたようなものだ。何か動きがあってもおかしくはない。だが、理事長曰くその心配は気鬱らしい。

 

「それは大丈夫よ。大人しくするように言っておいたから」

 

そう言いながらも小さく微笑む理事長。怖い。怖いわ。

 

「だからといって油断できないけどね。向こうも自分の望む結果が得られたから不満はあれどうるさく抵抗しなかったんでしょうし」

 

「そんなことしなくてもいいんですけどね。なにもしてないのにそこまで嫌われてることに今さらながら驚きですよ。過去に男絡みで何かあったんですかね?」

 

「そこまでは私にもわからないわ」

 

まあ、あの学院長のことなんてどうでもいい。興味もない。

 

「とりあえず、俺は今月末までというのはわかりました。このこと、爺さんには伝えてます?」

 

「厳さんには伝えているわ。その事で言伝ても貰ってるの」

 

「言伝て?」

 

俺の携帯に連絡すればいいのにどうして雛さん経由なんだ。あの爺さん。

 

「えっと、爺さんはなんて?」

 

「"遊弥のやりたいようにするように"と」

 

「また随分と適当な言葉なこった」

 

「遊弥くん。厳さんは――」

 

「皆まで言わなくて大丈夫です。ここで勘違いするほど恩知らずでもないですし、そんなこと言う人間なら最初から俺や愛華を保護しませんよ」

 

俺たちは自分の家族以上に鞍馬の家を知っている。

こっ恥ずかしいからこれ以上は言わせないでほしい。

 

「他に話はありますか?」

 

「いいえ、これで全部よ」

 

「それじゃあ残りの期間、よろしくお願いします」

 

一礼して俺は理事長室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいんですか理事長。あのままで」

 

「いいもなにも、私にはもうどうにもできませんから」

 

「そうですが…あいつは……」

 

「山田先生は納得できませんか?」

 

「当たり前でしょう。私だけじゃありません。共学に反対してない人は皆同じ気持ちですよ」

 

「ですが決定事項を一個人の為だけに上の人間が勝手に覆すことはできません。それをしてしまえば組織として成り立たなくなってしまいます」

 

「……」

 

「私的な立場で言えば遊弥くんには本当に申し訳ないと思ってるわ。高校という大切な時間を私たちの都合で振り回してるんですから。それでも、私たちは彼女(学院長)たちの言い分に勝てなかった」

 

「あの場で覆せなかった時点でもう後の祭り、というわけですか」

 

「そういうことね。だからこそ何とかしたかったのだけれど、流石に分が悪すぎたわ。女子校に男の子がいるのは誰の目から見てもおかしな話ですから。でも……」

 

「でも?」

 

「いつだって学校というのは生徒のためにあるものです。生徒たちが望むのであれば考え直さなければいけません」

 

「それは、もしかして」

 

「ええ、後は彼女たち次第。私たちができるのはその後処理ぐらいです」

 

「……私にできることがあれば微力ながら手伝います」

 

「ええ。お願いします――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分時間経ったな……」

 

放課後になってからすぐに理事長室に向かったのだが、思いのほか時間が過ぎていた。

山田先生とのやり取りが余計だったか。うん、余計でしかなかったな。

とにかく早めに行かないとにこあたりに文句を言われそうだ。

 

アイドル研究部の部室に向かっていると部室があるほうから離れるように走る子が見えた。

 

「ことり――?」

 

ことりに似た誰かではなく間違いなくことりだ。だが、様子がおかしかった。

彼女は今にも泣き出しそうな顔で俺の横を通りすぎようとする。

 

「待て、ことり!」

 

「――っ! 放して!!」

 

ことりの手を掴むが、それを振り払おうとすることり。だが、そこは男女の差。俺の手が振り払われることはない。

 

「落ち着け。部室で何があったんだ」

 

「……」

 

逃げられないのがわかると次は黙秘に移ることり。

 

「……留学の件か?」

 

「っ!!」

 

しかし、言い当てるとことりはあからさまな顔をした。

わかってはいたがことりも腹芸は得意ではないみたいだ。それだけで大体わかった。

 

「するんだな。留学」

 

「……うん」

 

「それで穂乃果にだけは言わなかったんだな」

 

「それはっ……穂乃果ちゃんの気持ちに水を差せなくて……」

 

「……」

 

本当にそうだったのだろうか。

いや、あのときの穂乃果に言えなかったというのはわからなくはない。だが、それを考えても本当に留学を望んでいるのであれば例え水を差すことになっても言うべきだったと思う。

 

「ことり」

 

だからこれだけは聞かないといかない。

 

「ことりは本当に留学したかったのか?」

 

「……」

 

「ことりは――いや、実際には留学には魅力を感じていたと思う。だけどそれを今するのは違うって思ってたんじゃないのか?」

 

「わ、わたしは……」

 

「ことり。ことりは自分の気持ちで留学を決めたのか?」

 

「……」

 

俯くことりに俺はハッとする。

 

「いや、悪い。ことりが決めたことに俺が何言っても良くないな」

 

「……っ!!」

 

同じ間違いはしたくない。こんなのは結局俺のエゴでしかないのは分かったのだから。

俺が送るのはそんな言葉じゃない。

 

「頑張れよことり。その留学はいい経験になると思う」

 

「やめて……」

 

「俺は応援しか出来ないけど」

 

「やめてよ……」

 

「成長したことりの姿を見れるのを楽しみにしてる」

 

「――ッ!!!!」

 

その瞬間、乾いた音が響いた。

 

「……!?」

 

ことりが手を振り上げたのすら気づかなかった俺は頬を叩かれたことがわかっていなかった。

それに気づいたのはことりの振り切った手と彼女の瞳から流れる涙を見てからだった。

 

「ゆーくんだけは違うと思ってたのに……」

 

「……」

 

ことりの言葉に俺はなにも言えない。

 

「ゆーくんのばか!」

 

そんな短い言葉を残してことりは走り去っていく。

彼女の後ろ姿を俺は呆然と見つめる。

 

俺は、何を間違えたのだろうか。

 

穂乃果のときは自分のエゴを押し付けて彼女の意思を無視していた。

だから同じ過ちを犯さないように、気を付けたのに。

 

ことりの顔を見れば俺のしたことはまた間違いだったのだと嫌でも実感させられる。

 

やはり俺がいるのは良くないんだろう。

丁度いい。ことりが居なくなることを伝えたのだから俺も伝えよう。

 

俺はそう決意して部室へと向かう。

そして部室に入れば本来ならお祝いムードのはずが、真逆の通夜のような雰囲気だった。

 

「よう。わかってはいたが暗いな」

 

「ゆうくん…その顔……」

 

「さっきことりに叩かれた」

 

ことりが手を上げたということに皆が驚く。だが一人だけ、驚く以上に怒っていたのがいた。

 

「あなたはことりに何を言ったのです!?」

 

海未は剣幕な表情で俺に詰め寄る。

 

「変なことは言っていない。ことりの決めたことだから応援する(・・・・)って言っただけだ」

 

それがどういう意味を含んでいるのかわかっている海未はさらに顔を歪ませる。

 

「どうして…どうしてそれを言ったんですっ……! ことりの気持ちに気付いてないあなたではないでしょう!? それに、あなただって……!!」

 

「俺はことりから本音なんて何一つ聞いていない。俺の推測でしかないこと言ったって意味ないだろ。自分の考えを押し付けて、相手のやろうとしたことに異を唱えて、俺は学園祭のとき(前に)失敗したんだ」

 

人の気持ちを推し量って、勝手に決め付けて、押し付ける。それがどれだけ愚かだったのか俺は知った。

だから言ったのだ。ことりが決めたことなら、と。まあそれも間違いみたいだったようだが、もう何を言ってもしょうがない。

 

「ことりが留学のことを話したのならちょうどいい。俺からも話がある」

 

「話って、なんです……」

 

怒気をはらんだ声で返す海未。

 

「さっき理事長室で話したことだ」

 

「理事長室? 月一の報告はこの間したじゃない。あんた理事長と何を話したっていうのよ」

 

にこがそう問いかけるが、どういう話かわかった絵里と希が目を見開く。

そして俺はためらうこともなく、ただ事実を言った。

 

「俺は、この学校から出て行くことになった」

 

 

 

『……え?』

 

 

 

「だから俺は音乃木坂学院を出て行く――退学することになった。退学日は今月末だ」

 

それを言った瞬間、この世界から音が消えた気がした。

 

「ゆ、遊くん。その冗談は寒いにゃ…」

 

「冗談なんかじゃない。本当の話だ」

 

辛うじて返す凛に俺はきっぱり言い切る。

 

「ど、どうしてゆうやくんが退学するんですか…?」

 

戸惑ったまま花陽がその理由を聞いてくる。

 

「俺がこの学校に相応しくなくないからだ」

 

「意味わかんない。学生が学校通うのに資格なんてないじゃない」

 

残念ながら真姫。あるからそう言っているんだ。言い方を少し変えたほうがいいようだ。

 

「俺がこの学校にいる意味がなくなったんだよ。俺がどういう目的でこの学校に編入してきたのか忘れたのか?」

 

そこまで言えば皆気付くわけで、絵里と希を除く全員が驚きの表情で俺を見つめた。

 

「この学院が存続することが決まった以上、俺がここに居られるはずないだろ」

 

『……』

 

まったく気付いていなかったのか、皆呆然としている。

 

「で、でも! ゆうやくんこれからどうなっちゃうの!?」

 

一足先に現実に戻ってきた花陽が今後のことを聞いてくる。

 

「京都に戻る」

 

『!!!!』

 

「今すぐじゃないけどいずれはそうなる。爺さんからはやりたいようにしろって言われたから知り合いのカフェでバイトさせてもらうつもりだ」

 

『……』

 

反応は皆一様だった。だが――

 

「ゆうくんも……いなくなっちゃうの……?」

 

穂乃果だけは違った。

彼女はこの世の終わりのような、まるで世界に絶望するような顔をしていた。

 

「ゆうくんは、こうなることがわかってたの……?」

 

「……」

 

「ゆうくんは最初からこうなることがわかってて、私たちを手伝ってたの?」

 

「ああ。穂乃果たちの活動と俺の存在意義が正反対なんて最初(はな)から知ってたさ」

 

それを知っていてなお、俺は皆の活動を手伝った。

 

「どうして……どうしてッ!!」

 

それが穂乃果には理解できなかったのだろう。

 

「それがわかってて、どうして私たちのことを手伝ったのッ!?」

 

「――」

 

穂乃果は俺の胸ぐらを両手で掴み凄んだ。熱くなる穂乃果に対して、俺の心は逆に冷えていった。

 

「ふざけるなよ」

 

想像以上に底冷えした声に正面から受け止めた穂乃果はもちろん、皆が驚いていた。

 

「それを穂乃果が――お前が言うのか?」

 

「――っ!」

 

「やっぱりお前はなにも知らなかったんだな。いや、知ろうともしなかったんだろ」

 

ただひたすらに前を見続けること。それは裏を返せば周囲に目を向ける事が少ないということだ。

だからわからない。周りを見ることが、人に気を使うというのが少ないのだから。そしてそれは自分が熱中するほど顕著になっていった。

 

「だから俺のことも、ことりのことも気付かなかった。お前は目の前のことだけを見過ぎて他のことを蔑ろにしたんだ」

 

「わ、私は……」

 

「遊弥、知らなかったことに関しては私たちも同じですっ。穂乃果だけを責めるのは違います!」

 

海未が異を唱えるが、そういうことじゃない。

 

「……別に俺のことはどうでもいい。スクールアイドルを手伝ったのなんて結局は成り行きとただの俺の自己満足だったんだから。たが、ずっと一緒だったことりにまで最後まで気を使わせて、悩みの一つも打ち明けられないようになっていたのはなんだ?」

 

俺は荷物をまとめて部室のドアを開ける。

 

「お前の過剰な自信と、状況をわかろうとしないその無神経さが時に人を傷つけることをよく覚えておくんだな」

 

呆然と立ち尽くす穂乃果を尻目に俺はそのまま部室から出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Umi side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は遊弥が出て行ったドアを呆然と見つめる。

こうなるなんて思ってもいなかった。

 

元々、ことりの留学の話をしないといけなかったから空気を壊してしまうということは考えていた。だけど、遊弥のことはまったく予想もしていなかったことだった。

 

チラリと皆の様子を見る。だけど、それは言うまでもなく酷かった。

 

穂乃果は心此処に在らずといった放心状態。真姫とにこは事態についていけず戸惑っていて、花陽と凛にいたっては今にも泣き出しそうだった。

 

しかし絵里と希は比較的落ち着いていた。まるで事情を知っているかのような、こうなることがわかっていたような様子。だけど、この状況に気まずさを感じているようだった。

 

「絵里、希、あなたたちは知っていましたか? 遊弥のことを」

 

「ええ…遊弥くんのことは知ってたわ。だけど……」

 

絵里が横目で希に視線を移すと、希も戸惑いながらも頷いた。

 

「うちらもこんなタイミングで言うとは思ってなかったよ」

 

「そう、ですか……」

 

「今日は解散しましょう。パーティって言う雰囲気じゃないわ」

 

「ことりちゃんに遊弥くんに、みんな整理が必要だと思うんよ」

 

「……そうですね」

 

そして最悪な状況のまま、この日は解散となった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
美味しいものが食べたいこの頃の燕尾でした。
ではまた次回に……


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挫折




ども、燕尾です。
74話目ですかね。息抜き投稿です。






 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

暗い部屋の中、私は膝を抱えていた。

どうやって自分の家に帰ってきたのかすら覚えていない。

思い出すのはことりちゃんとゆうくんの言葉ばかり。

 

 

――穂乃果ちゃんライブやるのに夢中で、ラブライブに夢中で、だからライブが終わったら言おうと思ってた。相談に乗ってもらおうって思ってた。でもあんな事になって……

 

 

私は全然気付いていなかった。

 

 

――聞いて欲しかったよ、穂乃果ちゃんには! 一番に相談したかった! だって穂乃果ちゃんは初めてできた友達だよ!! ずっとそばにいた友達だよ!?

 

 

夢中になりすぎてことりちゃんのこと、いやことりちゃんだけじゃない、皆を見てなかった。

 

 

 

 

 

――それをお前が言うのか、穂乃果。

 

 

ゆうくんからあんな冷たい目を向けられたのも小学生以来だ。

 

 

――やっぱりお前は知らなかったんだな。いや、知ろうともしなかったんだろ。

 

 

そういうゆうくんに私はなにも言い返せなかった。

 

 

――お前は皆を蔑ろにしたんだ。

 

 

そんなことないなんて言えなかった。まさしくことりちゃんを蔑ろにしていた私が言えるわけもなかった。

 

 

――お前の過剰な自信と、周りを見ないその無神経さが時に人を傷つけることをよく覚えておけ。

 

 

傷つけてしまった。ことりちゃんだけじゃなく、ゆうくんも。

携帯を握り締める。画面にはことりちゃんやゆうくんに送ったメールが映し出されている。だけど、

 

「今さら謝ったって、もう……」

 

謝ったところでもう遅い。大事な人たちが、いなくなる。私のせいで。

 

私は虚ろに顔を上げる。

暗い部屋で唯一の光源のパソコンからはA-RISEのPVが流れている。

 

「凄いなぁ……」

 

キレのあるダンス。綺麗な歌声。

 

きっと彼女たちは私には考えもつかないような努力をずっとしてきたのだろう。彼女たちひとりひとりが完成されている。

いや、これでもまだ彼女たちは満足していないのだろう。もっと上へと、高みを目指し、努力していくはずだ。

 

「追いつけないよ…こんなの……」

 

思いつきで始めた私なんかには、無理な話だったんだ。

彼女たちの努力に追いつけるなんて思ったことが間違いだった。

 

「私、なにやってたんだろ……」

 

私の呟きは、誰にも聞こえることなく虚空に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――次の日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ー、起きてる?」

 

「……うん。起きてるー」

 

まったく、とヒデコちゃんが呆れたような声を出す。

 

「今日はことりちゃんや遊弥くんと一緒じゃないの?」

 

ことりちゃんとゆうくんの名前を出してくるフミカちゃん。なにも事情を知らないのはわかっている。だけどことりちゃんやゆうくんの名前が私の心に深く突き刺さる。

 

「今朝園田さんから聞いたよ。ことりちゃん、留学するんだって?」

 

「寂しくなるね」

 

「……うん」

 

私は力ない返事しかできなかった。もうなにも考えたくなかった。しかし、

 

「穂乃果ー!」

 

そんな私の元にやってきたのは絵里ちゃんだった。彼女は手でこっちに来てと指示する。

無視するわけにもいかず、私は絵里ちゃんの元にいく。

 

「これからのことでちょっと話があるの」

 

そういった絵里ちゃんは屋上へと向かい私も絵里ちゃんの後についていく。

屋上にはことりちゃんとゆうくん以外の皆が揃っていた。

 

「……ライブ?」

 

その言葉を聞いたとき、私の表情は曇った。

 

「そう、皆で話したの。ことりがいなくなる前に全員でライブをしようって」

 

「来たらことりちゃんにも言うつもりよ」

 

「思いっきり賑やかのにして、門出を祝うにゃ――あいた」

 

そういう凛ちゃんの頭をにこちゃんが叩く。

 

「はしゃぎすぎないの!」

 

「何するの!?」

 

「手加減はしてるわよ」

 

「シャー!」

 

凛ちゃんとにこちゃんのやり取りに皆は笑っているけど、私はそんな気にはなれなかった。

 

「……まだ、落ち込んでいるのですか?」

 

そんな私の様子に気付いた海未ちゃんが問いかけてくる。

 

「明るくいきましょう。これが九人でできる最後のライブなんだから」

 

絵里ちゃんの言う通り、これが全員でできる最後のライブになる。凛ちゃんの言う通り、ことりちゃんの門出を祝うライブにもなる。

 

だけど――

 

「そんな資格、私にはない」

 

呟く程度の言葉だったけど、やけに大きく響いた。

 

「私がもう少し周りを見ていれば、こんなことにはならなかった」

 

ことりちゃんも、ゆうくんも、皆も傷つけることなんてなかった。

 

「そ、そんなに自分を責めなくても……」

 

「私が勝手なことしなければこんなことにはならなかった!」

 

花陽ちゃんの言葉を遮って私は叫んだ。

 

「あんたねぇ!」

 

「そうやって全部を自分のせいにするのは傲慢よ」

 

「でも!」

 

「それをここで言って何になるの? なにも始まらないし、誰もいい思いなんてしない」

 

そういう絵里ちゃんに私はなにもいえない。

 

「それにラブライブだって次があるわ」

 

「そうよ。落ち込んでる暇なんてないんだから」

 

ラブライブ、か……

 

「ラブライブに出て、何の意味があるの?」

 

その一言に、皆は固まった。だけど私は止まらない。

 

「もう、学校の存続は決まったんだよ。私たちの目的はもう終わったのに出る意味なんてない」

 

「穂乃果ちゃん……?」

 

「それに無理だよ。いくら練習したって、A-RISEのようになんてなれない」

 

「あんた…それ本気で言ってるの……そうだったら許さないわよ」

 

「……」

 

「許さないっていってるでしょう!!」

 

「だめ!!」

 

無言を肯定と受け取ったにこちゃんが今にも掴みかかってこようとする。だけど、それを真姫ちゃんが止めた。

 

「あんたが本気だったから私はμ'sに入ったのよ! 本気でアイドルをやっているから、このグループにかけようって思ったのよ!! それなのに、こんなことで諦めてどうするのよ!? そんなことで心が折れてるの!?」

 

にこちゃんにはわからない。全部を台無しにして、大切な人たちを傷つけてしまった人がどんな気持ちなのか。

 

ことりちゃんが望んでいたことに、言われてからようやく気づいた。そして気付いたときにはもう何もかもが遅かった。それがどれだけ私を絶望させたか。

 

ゆうくんの気持ちを蔑ろにした。今まで差し伸べてくれた手を払いのけて、あまつさえ踏みにじってしまった。それがどれだけ私に重くのしかかったか。

 

――こんな私が、彼女たち(A-RISE)のようになんてなれるわけない。

 

「それじゃあ、穂乃果はどうしたらいいと思っているの? いえ、穂乃果はどうしたいの?」

 

「……」

 

「答えて、穂乃果」

 

最初に言ったとおり、私には資格がない。傷つけた私がのうのうとアイドルなんてできるはずもない。

 

 

 

――だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辞めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は決定的な言葉を口にした。

 

『――!?』

 

「私、スクールアイドルを辞めます」

 

驚く皆に同じことをもう一度告げて、私は屋上を後にしようとする。

なにも言わない皆に目も暮れず、私は扉に手を掛ける。そのとき、誰かが私の腕を引っ張った。

 

 

 

 

 

そして次の瞬間、横から強い衝撃が走り、乾いた音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

ひりひりする頬に私は叩かれたのだと始めて認識する。

 

「あなたがそんな人だとは思いませんでした……」

 

底冷えた海未ちゃんの声が耳に入る。

 

「穂乃果」

 

海未ちゃんは振り切った手を震わせて、今にも泣き出しそうなのを我慢しながら私を睨んで、

 

 

「あなたは最低です!」

 

 

言ったことのないであろう言葉を海未ちゃんは私に叩き付けるのだった。

 

 

 







息抜きでちょっとシリアスな話をあげるんじゃなかった……w
ではまた次回に(・ω・)ノシ







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休止




どうも、燕尾です。
今年もあとわずかとなりました。
皆さんはいかがお過ごしですか?





 

 

 

あれから(海未ちゃんに頬をぶたれてから)数日が経った。

 

ことりちゃんは留学の準備で学院に来なくなった。ゆうくんも学院にいる理由もないと言って来ていない。

ずっと一緒にいたい。そう望んだはずなのに、こんなにも簡単に、呆気なく私たちはばらばらになった。

 

「穂乃果!!」

 

帰る支度をしているところでヒデコちゃん、ミカちゃん、フミカちゃんたちがが慌てた様子で私のところに駆け寄る。

 

「どうしたの…?」

 

「どうしたもこうしたもないよ!」

 

「掲示板に張られてたアレ、本当なの!?」

 

彼女たちが言っているアレとは、おそらくゆうくんの退学の話だろう。

 

「うん…本当だよ。私たちはゆうくん本人から聞いたから……」

 

ゆうくんも理事長と学院長に呼ばれてそう告げられたと言っていたから、間違いない。

 

「どうして急に遊弥くんが退学になるのっ!?」

 

「書いてあるとおりだよ…音ノ木坂学院が女子校として存続するから、ゆうくんはいられないって」

 

「そんな……」

 

「それじゃあ、私たちのしたことって……」

 

「でもゆうくんはそれを知ってて、私たちを手伝ってくれた。だから私たちがそういうこと言っちゃ駄目だよ」

 

私たちは感謝しなくちゃいけない。ゆうくんのおかげでここまでこられた。廃校を阻止することができた。だから、彼にはありがとうって言わないといけない。

 

そうわかっているのに、私はその言葉を口にしたくないと思っている。

 

それを口にしてしまえば全部終わってしまう気がして、本当にゆうくんとの関係が崩れてしまう気がして。

自分の身勝手さに嫌気がさしてくる。ひどいことをしたのにまだゆうくんと離れたくない、一緒にいたいと願っているのだから。

 

「ほんと、自分勝手だよね……」

 

「穂乃果……?」

 

「私、帰るね」

 

「あ、穂乃――」

 

自己嫌悪に陥りながら、私は荷物を持って教室から出て家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

恭しく一礼して、扉から出て行く人を見送る。

 

「すみませーん」

 

「はい、ただ今伺います」

 

それから間もなく呼ばれ、俺は対応に当たる。

 

「お待たせいたしました」

 

「マスターお勧めのティラミスとエスプレッソをお願いします」

 

「私はチーズケーキとブルーマウンテンをお願いします」

 

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 

恭しく礼をして下がる俺に対して、注文した女性たちは色めき立った声で何かを話している。

 

「マスター、オーダーです」

 

「おう、それじゃあさっきの席の片付け――」

 

「すみませーん! 注文お願いしまーす!」

 

「こっちの注文もお願いします!」

 

「こっちもお願ーい!!」

 

矢継ぎ早にくる注文。しかも注文してくる人の全員が俺に視線を向けていた。

 

『……』

 

俺とマスターはその光景に、呆然とする。

 

「マスター……」

 

「なんだ?」

 

ここ(Sky Cafe)ってこんなに人気ありましたっけ? 俺が来たときは結構閑散としていたような」

 

「おいおい、失礼なこと言うな。これが本来のうちの姿だ」

 

嘘である。俺が最初来たときめちゃくちゃ愚痴ってたことを俺は忘れてはいない。

 

「んなことはどうでもいいんだよ。ほら、さっさと注文取ってこい」

 

「マスターも手伝ってくださいよ。注文取るぐらいだったらすぐでしょう?」

 

「俺はコーヒーを淹れたり料理作るのに忙しいんだ。それに、お客さんたちはお前を希望しているんだ。文句言わずに行け、給料減らすぞ?」

 

「契約不履行で訴えますよ? 証拠の契約書もありますし」

 

「だぁ! ああ言えばこういう!!」

 

俺からしてみればそう言われる原因を作っているのが悪い。

 

「いいから、早く行ってこい!」

 

ここで言い返すと今以上の叱咤が飛んできそうなのでここら辺にしておいて俺は注文をとりにいく。

その最中、カランコロンとドアのベルが鳴る音がして、

 

「ただいまー」

 

「彩音さん、おかえり――」

 

帰ってきた彩音さんを顔だけで迎えた俺は固まった。

 

「久しぶりやね」

 

「やっぱりここで働いていたのね、遊弥くん」

 

「……彩音さん、これは一体どういうことですか?」

 

希と絵里が後ろにいることに俺は彩音さんに鋭い視線を向ける。

 

「んー? さっき偶然知り合ってね、家に招待したんだ。だからこの子達は私のお客さん。つまりここ(sky cafe)のお客さんだよ。ほらボーっとしてないで案内してよー、遊弥くん」

 

「……お席にご案内します」

 

俺は三人を席へと案内する。

 

「ブレンドコーヒー三つでお願いね」

 

「かしこまりました」

 

「あ、あと遊弥くん指名で」

 

「当店にそのようなシステムはございません」

 

「それじゃあ遊弥くんテイクアウトで」

 

「ご希望に添えず申し訳ありませんが当店では人間やテイクアウトをご提供しておりません」

 

「言うこと聞かないと(さく)ちゃんから聞いた話に脚色交えて二人に話しちゃうけど、いいの?」

 

実力行使に出やがったぞ、この人!?

 

「……なら、テイクアウトにしてください。忙しいのは分かっているでしょう?」

 

「でも二人帰る時間が遅くなっちゃうよ?」

 

彩音さんの言わんとすることに俺は頭をかく。

 

「俺が責任持って送ります、それで問題ないですか」

 

「だってさ、二人は良い?」

 

「うちは、大丈夫です」

 

「私も構いません、お仕事の邪魔をするわけにもいかないですし」

 

「それじゃあ、ブレンド三つと遊弥くんをテイクアウトでお願いね♪」

 

ウィンクする彩音さんに俺はため息を吐きながら下がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、マスター」

 

「おう、お疲れさん」

 

シフトも終わり、帰るしたくも終わらせた俺は一言マスターに挨拶を交わす。するとマスターはその後何かを思い出したように、ああそういえば、と俺に顔を向ける。

 

「遊弥の坊主よ」

 

「なんですか、改まって」

 

「いやな、お前も若いし、遊び盛りなのはわかるが……」

 

なんか雲行きが怪しくなったぞ。なんとなく次に言われることが予想できた。

 

「女は一人にしてお――」

 

「そんな考えしかできないから、奥さんは海外に逃げたんじゃないですか?」

 

「おい、言って良いことと悪いことがあるだろ。あいつはいま海外の単身赴任で働いているだけで――」

 

「……まあ、マスターがそう思いたければ思えばいいんじゃないですか? それじゃ」

 

「あ、おいっ――!?」

 

俺はドアを締めて外へ出る。

 

「待たせて悪い」

 

「ほんの十分程度なんだから気にしなくていいわよ」

 

中で待っていればよかったのに、絵里と希は閉店だからと店の前で待っていた。まあ、さっきのマスターの会話を聴かれなくて良かったと思っておけばいいか。

 

「此処から家が近いのはどっちだ?」

 

「うちや。駅からは歩いてすぐだからそこまでよろしくな?」

 

「わかった」

 

駅に向けて歩き出す俺たち。

誰かが世間話をするわけでもなく、ただ無言で駅へと向かっている。二人は俺に用があるはずなのに切り出せないようだ。

絵里と希が彩音さんと一緒にSky Cafeに来てシフト終わりまで残っていたことに理由がないはずはない。だから仕方ないと思いつつ、俺から切り出すことにした。

 

「まず始めに聞きたいんだけど、どうして彩音さんと一緒だったんだ? というか二人と彩音さんって知り合いじゃなかったよな?」

 

「それはその、遊弥くんを探しているときに彩音さんのほうから声を掛けられたというか」

 

まあそうだろうなとは思っていた。二人の話をまとめると、

 

 

学校に来なくなった俺を探しに街中へ

 

その最中に彩音さんが二人を発見

 

声を掛けて俺が彩音さんの所でバイトしていることをばらす

 

 

ということだ。それにしてもやっぱり確信犯だったな、あの人。

何かしらの仕返しをしたいところだが、あの人に勝てるビジョンが思いつかない。

 

「それで、なんだって俺を探していたんだ?」

 

とりあえず彩音さんのことは置いておいて、二人の理由だ。

 

「いくつかあなたに伝えないといけないことがあったの」

 

「伝えないといけないこと?」

 

聞き返す俺に絵里は神妙な面持ちで頷いた。

恐らくμ'sの話だということなのはわかる。だが、絵里の話は俺の予想を上回っていた。

 

「μ'sの活動は休止になったわ」

 

「……どうしてそうなったんだ」

 

思わず眉を顰め、原因を問う。

 

「今の状態じゃ、活動なんてできないからよ」

 

「ことりちゃんの留学に、遊弥くんの退学――それとな、穂乃果ちゃんもやめる言うたんや」

 

「何で穂乃果が……」

 

「本当にわからないの?」

 

頭を捻る俺に絵里は少しばかり俺を批難するような目をする。

 

「自責の念に駆られていたのよ、穂乃果は」

 

「……」

 

「ことりを傷つけてしまった。あなたを傷つけてしまった。私が勝手なことをしなければこんなことにはならなかったって、自分の行動が二人を傷つけてしまったんだって言っていたわ」

 

「……事実ではあるだろ」

 

「遊弥くん」

 

咎めようとする絵里に、俺は彼女の言葉をさえぎりながら続ける。

 

「何度も言うが、俺のことはどうでもいいんだよ」

 

強がりでもなんでもなく本当に、俺に対して気を使って欲しくて言ったわけではない。ただ、あのときは俺も感情的になって言ってしまったのは確かだ。そのことに関しては俺も帰ってから自己嫌悪した。

 

「それに、穂乃果だけが悪いわけじゃない。ことりも穂乃果に気を使いすぎていたし、俺だってμ'sと相反しているなんて言おうともしなかった。気づかないのだって仕方がない」

 

「じゃあどうしてあの時ああいったの?」

 

「こんなこと今さら信じられるか分からないけど、俺は気づけなかったことに怒ったんじゃない。自分本位に自分の感情を押し付けていたことに怒ったんだ」

 

簡単に言えば、人の気も知らないで、というやつだ。

穂乃果はことりがなぜ自分に伝えなかったのかを考えなかった。俺がどうして手伝ったのか考えようとしなかった。それなのにどうして、なぜ教えなかったんだと詰め寄ってきた。

 

「分かろうともしない穂乃果が、許せなかった」

 

そんなところだ、と言うと二人は俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほな、わざわざここまでありがとなー」

 

目的地の駅前で希は笑顔を浮かべながらお礼を言う。

 

「希、また明日」

 

「うん、また明日。遊弥くんもちゃんと学校来うてな?」

 

絵里と挨拶を交わした希は俺にそんなことを言った。

 

「俺、退学するんだけど?」

 

「そうだとしてもその日までは音ノ木坂の生徒や。サボりはいかんよ?」

 

理事長や山田先生からは好きにしろって言われてるから、行くも行かないも俺次第、なのだが――

 

「いい?」

 

「……考えておく」

 

ずいっ、と顔を近づける希に俺は身体を反らしながらお茶を濁す。

曖昧な返事だったのだが希はよしと満足そうに頷いて、

 

「またね」

 

そのまま家へと帰っていった。

 

「それじゃあ、私たちも行きましょうか」

 

「ああ……」

 

絵里の家のほうへと俺たちは歩きだす。

こうして、肩を並べて絵里と歩いて帰っていると昔を思い出す。

 

「二人でこうやって帰るのなんて、本当に久しぶりね」

 

それは絵里も同じだったようで、そんなことを呟いた。

 

「あのころは絵里に一緒に帰る他の友人なんていなかったもんな」

 

「うっ……その話はいいじゃない」

 

あまり触れられたくないのか、絵里はばつが悪そうにする。

 

「それに、高校三年間でも結局は憧れとして遠巻きに見られてただけで近づかれることもなかったと」

 

「そ、そういう遊弥くんはどうだったのよ!?」

 

「俺も大概だな。九重学園(あそこ)は競争思考でね。そして通う生徒はいろんな界隈の子息や息女が大半なんだ」

 

幼い頃から英才教育を受けてきた才子才女の集まりだ。

そんな中で学園の理事長である爺さんの養子である俺が入ってくれば、どうなるかぐらい想像だに難くない。

 

「俺の機嫌を損ねないように上っ面な態度を取ったり、逆に勝手に敵視されたりでろくな友達なんていなかったよ」

 

「どっちもどっちね、本当に」

 

実感がこめられた言葉に絵里は苦笑いする。

 

「昔の私はこうしてまたあなたと並んで歩けるなんて思ってなかったでしょうね」

 

「そりゃそうだろ。それぞれ進む道が違ったんだから」

 

当時の俺だってそんなことは思っていなかっただろう。

 

「実を言うとね? 私は――この時間が好きだったの」

 

「そこで苦痛だったとか言われたらショックだよ」

 

「こら、茶化さないの」

 

絵里にピンとデコピンされる。

 

「一緒に帰るだけのなんでもない日常の一つ。誰かと一緒にいて、他愛のない話をしながら過ごす。ただそれだけだったけど楽しかったって思っていたわ」

 

言いはしないけど俺も絵里と同じだ。あの頃絵里と過ごした時間は俺にとっても楽しいものだった。

 

「だからあなたが音ノ木坂に入ると聞いたときは内心喜んでいたのよ? もう一度同じような時間が過ごすことができるんだって――まあ、色々あったけど」

 

「それは、悪かったよ……」

 

最後に付け加えられた色々に俺は謝る。仕方ないこととはいえそこで開き直れるほど面の皮は厚くない。

絵里も意地悪を言った自覚があるようで、冗談よ、と付け加えた。

 

「色々あったけどその分戻ってきたし、それに新しい時間ができた」

 

「新しい時間が出来たなら、それを大切にしてい――」

 

「私はこの時間も、みんなで居られる時間も、失いたくないの」

 

「相変わらず我が儘だな。それに欲張りだ」

 

「ええ、そうよ。それは前から知っていたでしょ?」

 

絵里は数歩前に出て、こちらに振り向く。

 

「あなたやみんなが作ってくれた時間を私は守りたい。いいえ、それだけじゃなくて、今度は私がそういう楽しいって思える時間を作ってみんなと共有したい。だから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――待っててね。今度は私があなたの、みんなの手を引くから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――」

 

優しい笑みを浮かべ、夕日に照らされ輝きながら風で靡く綺麗な髪を抑えながら言う絵里に俺は思わず息を呑む。

一瞬だけ絵里がまるで本物の女神の一柱であるように見えた。

 

「あら、ついちゃったわね」

 

残念そうな絵里の声に俺は現実へと戻っていく。

 

「ここまでありがとう、急に押し掛けてごめんなさいね」

 

「い、いや、気にしなくていい」

 

どぎまぎしながら俺はなんとか言葉を絞り出す。

 

「それじゃあ、希も言ってたけどちゃんと学校に来てね? もしまだ行く理由がないって言うなら、そうね――この時間を過ごすために来て」

 

「……」

 

「いい?」

 

「あ、ああ……」

 

言われるがままに頷いてしまう。

 

「言質取ったわよ? 破らないでちょうだいね」

 

「え、あ……」

 

「じゃあ、またね」

 

「あ、ああ…また……」

 

手を振る絵里に俺も手を挙げる。それに満足したのか彼女はそのまま家へ続く曲がり角を曲がっていく。

俺はその姿を見送った後も、しばらく惚けているのだった。

 

 

 

 

 

ちなみに帰った後――

 

 

 

 

 

彩音

お父さんが気持ち悪いほど落ち込んで、あいつは逃げたんじゃないんだよな? そうだよな? って聞いてくるんだけど、何があったの? 

 

とLaneに連絡が入っていたが、知りませんとだけ答えておいた。

 

 

 







今年も一年お疲れ様でした。
来年も変わらず楽しませられるように、頑張りたいと思います。

ではでは……


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誰がための嘘




ども、燕尾です。
そろそろ一期分が終わりそうです。






 

 

 

「おはよう」

 

 

 

『えっ……?』

 

 

 

翌日、教室に入ると皆が驚いたような目で俺を見た。

まあ、無理もない。ここ数日休んでいた上に、絵里から聞いた話では俺が近々退学するということを昨日知ったみたいだし。

わけが分からない、どういうこと、と戸惑いの空気の中、俺はまだ残っていた自分の席に行く。

 

「おはよう、穂乃果」

 

「っ、おはよう…ゆうくん……」

 

隣にいた穂乃果に挨拶をする。だが、穂乃果はものすごく緊張したように挨拶を返した。

前の席の海未はいないから、おそらく弓道部の朝練習に顔を出しているのだろう。

 

「遊弥くん!」

 

席に腰掛けるところで、久しぶりのヒフミトリオがやってきた。

 

「おはよう。三人とも」

 

「うん、おはよう――って、暢気に挨拶している場合じゃないよ!?」

 

「そうか?」

 

「だってあんな(退学)話が持ち上がってたんだよ?」

 

「もう来てくれないかと思ってたんだから」

 

本当はそのつもりだったのだが、上の空だったとはいえ絵里や希と約束してしまった以上それを果たさないといけなかった。

 

「あと少しだけど、よろしくな」

 

「遊弥くん……」

 

そういう俺にヒフミたちは悲壮感を漂わせている。

彼女たちも学校の決定なのだからどうしようもないことが、自分たちにできることが何も無いとわかっているのが、この表情を作らせているのだろう。

 

「……っ」

 

そして彼女たち以上に、穂乃果が下唇を噛んで何かを我慢しているのが俺の目に入った。

声をかけたいのに、今さらどんな顔して俺と話せばいいのか分からない、そんな様子。

 

正直俺は穂乃果と話すことは何もない。あと少し立てば俺はいなくなって、関わることもなくなるのだから。

俺と穂乃果の間に流れる歪な空気。

 

「皆さん、おはようございます」

 

そんな空気を打ち破るように、朝練習が終わったのであろう海未が入ってきた。

 

「――っ!!」

 

クラスメイトたちと挨拶を交わす中、俺の姿を確認すると海未も例に漏れず驚きで目を見開いた。

 

「おはよう、海未」

 

「……おはようございます、遊弥」

 

少し無愛想に、だけど、挨拶を返さないのは失礼だというような様子で海未は挨拶を返す。

 

「もう、来ないのかと思いました」

 

「ああ。そのつもりだったんだけどな。生徒会の会長と副会長に二人そろって学校に来ることを約束させられたからな」

 

「……そうですか」

 

相槌だけを打って、自分の席で本取り出す海未。

どうやら俺がことりに言ったことに対する怒りが収まっていないのだろう。

 

それならそれでいい。どう思われようと、あと数日で終わりなのだから。

 

俺もバックから本を取り出して、本を読むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、私は一人で生徒玄関から出る。

海未ちゃんはホームルームが終わった途端に弓道部の方に行き、ゆうくんもすぐに教室から出ていった。

前まではことりちゃんも含めて皆一緒だったのに、今は見る影もなくバラバラで、そして私だけが取り残されたような感覚になって辛い。

 

だけどこれは自分で招いたこと。一人なのは自業自得。だから受け入れないといけない。

 

「穂乃果ー」

 

校門に差し掛かったところで声をかけられる。

 

「久しぶりに一緒に帰ろ?」

 

「…あ、うん。いいよ」

 

声を掛けてくれたのはヒデコちゃんだった。彼女の後ろにはフミコちゃんとミカちゃんもいる。いつもの3人だった。

 

「そうだ、帰る前に遊びに行かない? 放課後、フリーになったんでしょ?」

 

「ちょっと!?」

 

ミカちゃんがヒデコちゃんを咎めるが、彼女は止まらない。

 

「だって何はどうあれ目的達成したからやめたんでしょう? それは悪いことじゃないでしょ? それに――」

 

そこで、ヒデコちゃんは言葉を切って私に笑顔を向けた。

 

「それだけじゃなくても、一回難しいことは置いておいてパーっと遊んで気分転換したら、今まで見えなかったものが見えてきそうじゃない?」

 

「あ…」

 

ねっ、と言う彼女に私は小さく声をら漏らした。

多分だけど、ヒデコちゃんはなんとなく気づいていると思う。辞めた理由が単純に廃校を阻止したからではないことに。

 

「それじゃあ、いこっか!」

 

「えっ、あ、ちょ…!?」

 

「あっ、待ってよヒデコ!?」

 

「急に走り出さないでよ!?」

 

私の手を取って走り出すヒデコちゃん。そして置いてかれたフミコちゃんとミカちゃんは慌てるように後を追いかける。

 

 

 

 

 

そして、連れられて来たのはなんでも揃っている大型のショッピングモールだった。

そこでは、

 

 

 

「これとか似合うんじゃない」

 

「そ、そうかな?」

 

テナントのファッション店の一角でヒデコちゃんは手に取った服を私の前に被せる。

オレンジ色を基調としたワンピース。私には少し可愛すぎる気がした。

 

「えぇ、それよりこっちの方がいいんじゃない?」

 

フミコちゃんが被せてきたのはオレンジと白のストライプのシャツに大きめのデニムパンツ。そしてそれらに合わせるように選んだと思う色のスタジャン。

 

「こんなのはどうかな?」

 

ミカちゃんが持ってきたのは白のシャツにジーンズスカート、そして薄オレンジのロングカーディガンだ。

皆渡しに似合いそうなものを持ってくるのだが、

 

「それじゃあ、これは!?」

 

「こんなのだってあるよ!」

 

「なら、私もとっておきの出すよ!」

 

「ちょ、ちょっと待って!? そ、そんなに持ってこられても困るよー!?」

 

皆に着せ替え人形にされたり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ストロベリーチョコバナナ。ホイップ増し増しだよ!」

 

「わぁ♪ すごい美味しそう――頂きます。はむっ!」

 

私はテンション上がり気味に受け取ったクレープにかぶり付く

 

「私はマンゴーを頂きます♪」

 

「私はブルーベリーを」

 

「私はアーモンドバナナ」

 

三人も同じようにクレープを口にする。

 

『おいひー……』

 

「ね、穂乃果」

 

「ん? なーに?」

 

ヒデコちゃんに声をかけられて振り向けば目の前にクレープが差し出されていた。

 

「はい、あーん」

 

「あー…ん……んぅ~♪ マンゴーも美味しいね~…それじゃあ、私はフミコちゃん、はい、あーん」

 

「あーん」

 

皆で顔を緩ませながらクレープに舌鼓を打ったり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フミコちゃん、もうちょっと右だよっ」

 

「うん……ここ!!」

 

「よし掴んだ!」

 

「そのまま持ち上げて、よしよーし、そのままそのまま――あっ…落ちた」

 

「うそ…しっかり掴んでたはずなのに……このアーム貧弱だよ……!?」

 

「でも今ので穴には近づいたから、再挑戦するよ!」

 

 

 

 

 

クレーンゲームでみんなで機械に張り付きながら奮闘すれば、

 

 

 

 

 

「ぶっとばすよー!」

 

「あー! そこで甲羅を当てないでよ!?」

 

「その隙にばいなら~」

 

「あぁ!! また落ちちゃった!?」

 

 

 

 

 

レースゲームで白熱したりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、いいレースだったね」

 

ゲームコーナー内を歩きながらヒデコちゃんがスッキリしたように言う。

 

「ヒデコ、あのゲームになると性格変わりすぎだよ」

 

「将来、車持ったら気を付けないと駄目だね、あれは」

 

「ゲームだからああなだけよ!」

 

確かに、ヒデコちゃんの変わり様は凄かった。そしてハンドル捌きも本当に運転したことある人のようなもので、ダントツの一位だった。

ちなみに私は落ちてばっかりで全部のレースで最下位だった。

 

うぅ、どうして車が走るのに崖とかきちんと整備されてないんだろ……

 

「ねね、次はこれやろうよ!」

 

やりたいものを見つけたミカちゃんが立ち止まり、あるものを指差す。

 

「あ……」

 

ミカちゃんが指したのは、以前リーダー決めの時にやったダンスゲームだった。

 

「……」

 

私はボーッとそれを見つめる。

一瞬、脳裏にあの頃の光景が浮かび上がる。

わいわいと楽しく、だけど真剣にプレイする私たち。そして皆を驚かせるほどの腕前を見せたゆうくん。

 

「穂乃果ちゃん、どうしたの?」

 

「ううん、なんでもないよ!」

 

ずっと筐体を見つめている私に不思議そうにするフミコちゃん。私は誤魔化すように首を横に振る。

そうだ。もう辞めたんだから、なんでもない。

 

「スコアがいい人の勝ちってことで」

 

「……うん、負けないよ!」

 

 

なんでもないんだから――

 

 

誰でもない自分に言いながらコインを入れた。

 

 

 

 

 

「時間も時間だし、今日はここまでかな?」

 

ゲームを満喫してショッピングモールから出ると外は日が落ちていて、空はオレンジ色に染まっていた。

 

「それじゃあねー」

 

「また遊ぼうねー?」

 

「じゃあね、また学校で――」

 

「うん。三人とも今日はありがとね。ばいばい」

 

手を振って、私は三人と別れる。

放課後にこんなに遊んだのは本当に久しぶりだった。

二年生に上がってからは、ずっと体力作りやダンス、歌の練習ばかりだったから。

 

それに――今日こうして誘ってくれて、気を使わないようにいつも通りにしてくれたのは本当に嬉しかった。本当に、三人には感謝しないといけない。

 

「私も帰ろう」

 

私も自分の家へと足を進める。

その道中で、人だかりができていた。

道を歩いている人たちが立ち止まって見ているのは大きいスクリーン。

そこに映っているのは、A-RISEだった。

 

「そっか、優勝したんだ……ラブライブ」

 

凄いなぁ。こんなにたくさんの人から応援されて、みんなに好かれて。

 

「きっと凄いアイドルになるんだろうなぁ」

 

私はその場から離れる。

 

「今度は誰も傷つけない、誰も悲しませないことをやりたいな……」

 

自分勝手にならずに済んで、でも楽しくて、たくさんの人を笑顔にするために頑張ることができて――

 

「――でもそんなもの、あるのかな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、私は神田明神へと足を運んでいた。

石段を上がって、参道に出ると拝殿の前には見知った顔がいた。

 

「花陽ちゃん、凛ちゃん」

 

「っ、穂乃果ちゃん……」

 

練習着を着ている二人。たぶんここで走っていたんだろう。

 

「練習、続けてるんだね」

 

「うん……」

 

「――当たり前でしょ」

 

「わっ!? にこちゃん……」

 

後ろから急に声を掛けてきたにこちゃんに私は驚く。

 

「私たちはスクールアイドル続けていくんだから」

 

「えっ……?」

 

「悪い?」

 

「い、いや……」

 

μ'sの活動を休止したって聞いてたから、続けるとは思っていなかった。

 

「別にμ'sが休止したからってやっちゃいけない理由にはならないでしょ?」

 

「でも、なんで……」

 

「好きだから」

 

「っ」

 

迷いのない瞳で、真っ直ぐに即答したにこちゃんに私は言葉が出なかった。

 

「にこはアイドルが大好きなの」

 

にこちゃんは臆面もなく言う。

 

「みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって気持ちにさせることができるアイドルが大好きなのっ!」

 

まっすぐなにこちゃんの気持ちに私は気圧される。

 

「穂乃果のようないい加減な"好き"とは違うの」

 

「違うっ、私だって――……っ」

 

にこちゃんの言葉を聞き捨てられなかった私は一瞬反論しかけるがすぐに辞めた。

 

「……そうだね。私はいい加減だった」

 

「あんた……」

 

私の気持ちはにこちゃんなんかには遠く及ばない。

 

「それじゃあ私は帰るね。練習、頑張って」

 

目を合わせるのも辛くなった私は逃げるように背を向ける。

 

「穂乃果ちゃん!」

 

そんな私に花陽ちゃんが声をかけてきた。

 

「その、今度私たちでライブやるの。もしよかったら見に来て欲しいな」

 

「花陽ちゃん……うん。考えておくね……」

 

私は何とか笑顔を浮かべて、三人と別れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Hanayo side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にこちゃん、言いすぎだよ!」

 

「凛ちゃん、落ち着いて……」

 

「…ふんっ」

 

凛ちゃんに咎められたにこちゃんは不機嫌そうにそっぽを向く。

 

「穂乃果ちゃんがいい加減じゃなかったことぐらい分かってたじゃん!」

 

「……いい加減じゃなかったらなんだって言うのよ。簡単に辞めるなんて言って辞めたのに」

 

「にこちゃん、それ本気で言ってるの?」

 

「……」

 

真面目に言う凛ちゃんににこちゃんはばつが悪そうにする。

凛ちゃんや私を含めて、μ'sの皆は穂乃果ちゃんがスクールアイドル活動がいい加減な気持ちだったなんて少しも思っていない。

ことりちゃんやゆうやくんから言われた言葉。自分がしてきたことが二人を傷つけたと知ったら立ち直れないのも仕方がないのかもしれない。

 

「私も、スクールアイドルの活動が原因で凛ちゃんを傷つけたって知ったら、やっぱり考えちゃうかな」

 

「かよちん……」

 

その立場になっていないから、実際に直面したわけじゃないからそう言えるだけかもしれない。

ことりちゃんやゆうやくんから言われた後の穂乃果ちゃんがどんな気持ちだったのか、私には想像もできない。

 

しかしあの時の穂乃果ちゃんの言葉に、にこちゃんや海未ちゃんが怒った気持ちもわかる。

 

今まで真剣に頑張ってやってきたのに、目指しているものを無意味だと、切り捨てれば誰でも怒る。

それに――

 

「穂乃果ちゃん、やっぱり本心ではやりたいって思ってるのかにゃ?」

 

「じゃなきゃ、あんな顔しないわよ」

 

さっきのにこちゃんとのやり取りで見せた穂乃果ちゃんの反応と表情。それはどう見ても明らかだった。

 

「全く、どうして自分の気持ちに嘘をつくのかしら」

 

「にこちゃんが言えたことじゃないにゃ」

 

「なんですって?」

 

「に、にこちゃん怖いにゃー……」

 

凄むにこちゃんに凛ちゃんは後ずさる。出会った頃のにこちゃんは確かにそうだった。

 

 

 

「――だけど、誰にでもあることなんじゃないかな」

 

 

 

にこちゃんもそうだったし、私もそう。それに凛ちゃんだって、誰だって自分の気持ちに嘘をつくことはあると思う。自分を誤魔化すために、そして、自分を守るために人は嘘をつく。

だけどもう傷つきたくないと、自分を守るためについた嘘が今は穂乃果ちゃん自身を傷つけている。

 

ライブに誘ったのも、そんな穂乃果ちゃんを救いたいと思ったからでもあった。

あの時、私の手を取ってくれた穂乃果ちゃんの手を次は私が取ってあげたい。

 

「でも穂乃果ちゃん、ライブ来てくれるかな……?」

 

「うん…来てほしいよね」

 

誘いはしたけど、穂乃果ちゃんの様子からきてくれるかどうかまでは分からない。

 

「来るわよ」

 

不安に駆られる私と凛ちゃんとは反対に、にこちゃんはすぐに断言した。

 

「だって――あの子が始めたことなんだから」

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではでわまた次回に





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私が望むこと



ども、燕尾です
修士論文が完成し、提出してちょっと一息つけました。
短いですが、77話目です。





 

 

 

 

 

―― Eri side ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ~……雪穂、これはシュークリーム?」

 

亜里沙は真ん中に"ほ"と描かれたお饅頭をジッと興味あり気に見つめながら問いかける。

 

「違うよ。これは餡子。シュークリームじゃなくてお饅頭、小豆(あずき)を煮たものだよ」

 

雪穂ちゃんの話しにハラショー、とお饅頭を持ちながら驚く亜里沙。和菓子を見たことないから珍しいのだろう。

 

「わざわざ送ってくれてありがとうございます」

 

「お礼を言うのはこちらのほうよ。いつも亜里沙と一緒に勉強してくれてありがとう」

 

「いえいえ、私の勉強まで見てもらっちゃって、凄い助かりました」

 

図書館まで亜里沙を迎えに行ったら穂乃果の妹の雪穂ちゃんと一緒に勉強していた。

二人の勉強に少し付き合ってから図書館を出ると、外は夕暮れに染まっていたので、こうして雪穂ちゃんを送っていたのだ。

 

「良かったら上がっていってください、お姉ちゃんも喜びます」

 

いいの? と確認を取ると雪穂ちゃんはすぐに頷いた。

 

「お姉ちゃん、ここ最近はずっとすぐ帰ってきて部屋に篭りっきりですから――少しは誰かと話す必要があると思うんです」

 

「そう…それじゃあ、上がらせてもらおうかしら」

 

「はい――亜里沙、少し家に上がっていって。絵里さん、ちょっとうちのお姉ちゃんと話するみたいだから」

 

「いいの!? わーい!!」

 

ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ亜里沙に私も雪穂ちゃんも顔が綻ぶ。

 

「ありがとう、雪穂ちゃん」

 

「いえ。お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪穂ちゃんの案内で、私は穂乃果と顔を合わせることができた。

久しぶりに入った彼女の部屋は少し様変わりしていた。

スクールアイドル関連のものが一切ないのだ。掛けられていた練習着も、使っていたパソコンも、ちょっとした雑誌も何もかも――まるで最初からなかったかのように消えていた。

 

そうさせてしまったことに私は申し訳なく思った。

 

「――ごめんなさい」

 

「いえいえ、お気になさらず。いまお茶を――」

 

「違うわ。μ'sの活動を休止にしようなんて言ったこと――本当は私にそんなこと言う資格はないのに」

 

ごめんなさい、と私は頭を下げる。

ことりが抜けるまでは続けることを考えていた。しかし穂乃果が辞めると言ったことで私は身の振り方を考えよう、と活動休止を提案した。意図していなかったが、結果的には穂乃果が休止の発端のような形になってしまった。

 

「そ、そんなことないよ――っていうか、私が辞めるって言ったから」

 

そういって目を伏せる穂乃果に、私は一息吐いた。

 

「穂乃果、私のことどんな風に見てるかしら?」

 

「絵里ちゃんのこと?」

 

突拍子もない突然の質問に穂乃果は戸惑っていた。

 

「そう。どんな人だと思ってた?」

 

「え、えっと…」

 

「気を悪くしたりとかしないから、正直に言っていいわ」

 

穂乃果は暫く考えた(のち)、恐る恐るというように口を開いた。

 

「最初は、凄い真面目で、廃校のこともあったから少し怖かった、かな」

 

「うん、そのあとは?」

 

「μ'sに入ってからもしっかりとしいて、冷静で、頼れるお姉さんって思ってたかな……」

 

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」

 

そう思ってくれていたことは嬉しいのだけど、私の予想通りの答えだった。

 

「でもね、よく穂乃果みたいなことを言ってくれる人が多いのだけど、ほんとは全然そんなことないの」

 

「えっ……?」

 

「いつも困って、迷って、泣き出しそうで――希や遊弥くんに実際恥ずかしいところを見られたこともあるのよ? 特に遊弥くんには何度もね」

 

「絵里ちゃん……」

 

そのころのことを思い出した私は少し苦笑いする。

 

「ほら、以前皆でアキバに行った時に遊弥くんが私のことをポンコツエリーチカなんて言ってたでしょう? 腹は立つけれど、あながち間違いじゃないの」

 

認めたくは無いけど、遊弥くんがそう言ってしまうほど私は彼に迷惑をかけていた。そのたびに彼は冗談交じりに私をポンコツとからかいながらも助けてくれた。私がしっかりしているように見えるのはそんな人に助けてもらった上での話だ。

本当はしっかりなんてしていない。

 

「でもね、私はそれを隠してるの」

 

自分の弱さを隠して、皆によく思われるように、理想を演じている自分がいるのだ。

 

だからこそ、私は穂乃果が羨ましい。

 

「素直に自分が思っている気持ちをそのまま行動に起こせる姿が凄いなって思う」

 

「そんなこと…」

 

穂乃果はそういうけれど、少なくとも私にはできないこと。

 

「ねえ、穂乃果」

 

私はまっすぐ穂乃果を見据える。

 

「正直私はなんて声をかけたらいいのかわからない。私たちでさえことりがいなくなることにショックを受けているから、海未や穂乃果の気持ちを考えると、辛くなる」

 

探り探りだが、何とか言葉を紡いでいく。

 

「でも、でもね、私は穂乃果や遊弥くんに大切なことを教わった。変わることを、自分の気持ちを伝えることを恐れずに進んでいく勇気を私はあなたたちから教わったの」

 

意地を張り続けることしかできなかった私を、皆が救い上げてくれた。

そのおかげで今こうしていられている。

 

「私はあのとき、あなたたちに救われた」

 

穂乃果がしてくれたように、私は穂乃果に手を差し伸べる。

 

「穂乃果――あなたが本当に望んでいることは何?」

 

そしてあの時の私が答えられなかった質問を穂乃果にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― Honoka side ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あなたが本当に望んでいることは何?

 

 

 

 

 

絵里ちゃんに問いかけが頭の中に残る。

 

 

許されないことをした、こんな私が、と思っていた。

そうやって目を逸らし続けて、逃げていたことに絵里ちゃんはもう一度目を向けることと言った。

 

 

私が、本当に望んでいること。

 

 

それは――

 

 

「……」

 

私は押入れの奥から服を取り出す。

いままでμ'sの練習のときに着ていた服。

私はそれに袖を通して一息吐く。そして、

 

 

「――っ」

 

 

両手で思い切り頬を叩いた。ぱんっ、と大きな乾いた音が自分の耳に聞こえる。

 

「……よしっ!!」

 

気合を入れた私は、家から飛び出した。

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に……


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わがまま




ども、燕尾です。
大学院の修了が決定し、4月からは社会人……
働きたくないでござる!








 

 

 

 

 

「皆にさよなら言わなくていいの?」

 

「うん、会うとわたしきっとまた泣いちゃうから」

 

「そう…」

 

「お母さんもここで大丈夫だよ」

 

「わかったわ――身体に気をつけるのよ、ことり」

 

「……――っ、うんっ、行ってきます」

 

そう言ってことりは進んでいく。

 

「頑張ってね、ことり」

 

私は遠ざかる娘の後姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は行動のステージの真ん中に立っていた。

 

来るかどうかはわからない。でもきっと来てくれると感じていた。

私が来てからどれくらい経ったのかはわからない。ほんの数分だったのか、それとも数十分だったのかは把握できなかったけど、その時が来た。

静寂に包まれた行動の扉が静かに開かれる。

 

「ごめんね海未ちゃん。いきなり呼び出して」

 

「いえ…」

 

「ことりちゃんは?」

 

「…ことりは今日、日本を発つそうです」

 

「そっか…」

 

ちなみにゆうくんは今日学校にすら来ていなかった。絵里ちゃんから聞いた話によると、今日はアルバイトのヘルプをどうしてもいかないといけないとのことらしい。

 

「それで、どうしてここに?」

 

「うん、話したいことがあるの」

 

私は息を整える。

だけどいざこうして対面すると緊張した。だけど、

 

「私…私ね?」

 

私は勇気を持って口を開いた。

 

「ここでファーストライブやって海未ちゃんとことりちゃんと歌ったときに思った。もっと歌いたいって、スクールアイドルやりたいって」

 

「やめるって言ったけど、その気持ちは変わらなかった」

 

学校のためとか、ラブライブのためとかじゃなかったことに気付いた。

歌うのが好き、その気持ちは誰にも譲れなかった。

 

「だから、だからね――ごめんなさい!!」

 

そして私はギュッと手を握って頭を下げた。

その瞬間、海未ちゃんの空気が変わった気がした。

 

「これからもきっと迷惑掛けると思う。傷つけることもあると思う。夢中になって誰かが悩んでいるのに気付かなかったり、気合入り過ぎて空回りしちゃうかもしれない。だって私、不器用なんだもん!」

 

「穂乃果……」

 

「でも、追いかけていたいの! 我儘かもしれないけど、私、スクールアイドルが大好きなの!! だから……!!」

 

勢いで言って、それ以上何を言えばいいのかわからなくなった私は言葉に詰まってしまう。

言葉を探す私と続きを待つ海未ちゃんの間に沈黙が流れた。だが、

 

「――ぷっ」

 

「ぷ?」

 

「――く、ふふっ……!!」

 

身体を震わせ、笑うのを我慢しようとする海未ちゃん。いや、我慢できておらず、くすくすと笑い声が聞こえる。

 

「海未ちゃん、どうして笑うの!? 私、真剣なのに!!」

 

「ご、ごめんなさい…堪え切れなくてつい……」

 

堪え切れなくてというのはどういうことなのだろうか。

海未ちゃんは息を整えて、笑顔を浮かべる。

 

「はっきり言いますが――穂乃果には昔から迷惑掛けられっぱなしですよ?」

 

「ふぇ!?」

 

海未ちゃんが舞台に近づいてくる。

 

「ことりとはよく話してました。穂乃果と一緒に居るといつも大変なことになると」

 

初耳――っというか二人でそんなこと話していたの!?

 

「どんなに止めても、夢中になったらなにも聞こえてなくなって――スクールアイドルだってそうです。私は本気で嫌だったんですよ?」

 

「海未ちゃん…」

 

「どうにかやめようとしましたし、穂乃果を恨んだりもしました。気付いてました?」

 

「…ごめん」

 

謝ると海未ちゃんは、でしょうね、と息を吐いた。だけどそれは、咎めるようなもではなかった。

 

「でもそれ以上に、穂乃果はいつも連れて行ってくれるんですよ」

 

「連れて行く……?」

 

「私やことりでは勇気がなくて行けないような、凄い所に」

 

私は呆然とする。そんなことまったく聞いたこともなかったから。

 

「私が怒ったのはことりや遊弥の気持ちに気付かなかったからじゃなく、穂乃果が自分の気持ちに嘘をついていたのがわかったからです」

 

海未ちゃんは私の本当の気持ちをわかっていた。蓋をして仕舞ったことなんて最初から見破っていた。

 

「穂乃果に振り回されるのはもう慣れっこなんです。そんなことじゃ今さら怒りません。だからその代わりに連れて行ってください」

 

 

 

 

 

――私たちの知らない世界に

 

 

 

 

 

「それが穂乃果の凄いところなんです。私やことり、他のみんなもそう思っていますよ」

 

「海未、ちゃん……」

 

私は震えてしまう。

海未ちゃんが、そう思ってくれていたことに、駄目だって思っていたことを受け入れてくれていたことが嬉しくて。

そして海未ちゃんは壇上へと上がってくる。

 

「……全部、ここから始まったんです」

 

「…うん」

 

「だけど始めたのは私と穂乃果だけではありません。だから――」

 

海未ちゃんは私の背中をトン、と押した。

 

「さあ、ことりを迎えにいってください! あの子も待ってますよ!!」

 

「ええっ!? でもことりちゃんは…」

 

「あの子も同じです。引っ張ってもらいたいんです。ワガママ言ってほしいんです」

 

「ワガママ!?」

 

「ええ。有名なデザイナーに見込まれたのに残れなんて、そんなワガママをいえるのは、あなただけなんですから!」

 

「で、でも今からじゃ」

 

「大丈夫です。だから、早く!!」

 

「う、うん!!」

 

私は海未ちゃんに押されるがまま走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は穂乃果を見送ったあとも、一人講堂に残っていた。

いや、残っているのは一人ではない。

 

「盗み聞きは、あまり感心しませんよ?」

 

そう言うとぞろぞろと人影が出てくる。

凛とにこ、花陽に真姫に希と絵里、μ'sのメンバー皆がやってきた。

 

「あはは、ごめんにゃ~」

 

「別にいいじゃない。私たちにも関係することなんだから」

 

後ろで腕を組みながら謝る凛に、詫びることもなく言うにこ。

 

「まあ、一番心配していたのはにこっちやったしね」

 

「そ、そんなことないわよ!! 勝手なこと言わないでちょうだい希!!」

 

「はいはい」

 

噛み付くにこを軽くあしらう希。

 

「海未ちゃん、穂乃果ちゃんは間に合うのかな?」

 

「ええ。大丈夫です」

 

質問する花陽に確信したように頷く私は絵里に目をやった。すると絵里も自信を持ったように頷いた。

 

「二人で何をしたの?」

 

それに気づいた真姫が私と絵里に疑念の目を向けてくる。

 

「ちょっとした嘘をついただけです」

 

「いつまでもこんな状態で良いわけないからね」

 

「なるほど、同感ね――」

 

 

 

 

 

私は全速力で駆ける。ことりちゃんを迎えに、そして私の気持ちを伝えるために。

 

校門まで差し掛かったそのとき、ものすごい音を上げてやってきたのは一台のバイク。

 

火花を上げて止まり、慌てたように降りて学校に入ろうとしたのは、

 

「ゆう、くん…?」

 

「……穂乃果?」

 

スーツ姿のゆうくんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― Yuya side ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坊主! 三番テーブル、五番テーブル、八番テーブルオーダー上がったぞ!!」

 

「はいよ。飲み物もうすぐできるから、一緒に持っていきます」

 

俺はトレンチに料理と飲み物を置いて一気に担ぎ上げ、配膳していく。

 

「次、二番と四番テーブル!!」

 

「了解」

 

すかさず、次のオーダーが出来上がる。配膳していく。

 

「一、六、九、十番テーブル上がり!!」

 

配膳――

 

「十一番から十五番まで!!」

 

――さすがに多すぎる!!

 

俺は内心で悲鳴をあげた。

 

「おかしい、おかしいぞ……! こんな賑わう店じゃないのに!!」

 

「おい。言っていいことと悪いことがあるだろ」

 

以前までは閑古鳥やカラスの鳴き声ぐらいしか聞こえなかったほど閑散としていたのに、徐々にお客さんが増え、今では二人ではギリギリ回るかどうかぐらいに賑わっている。

それはまだいい。繁盛するに越したことはないのだから。だけど――

 

「今さらだけど――何だこの格好は!?」

 

「本当に今さらだな」

 

マスターが冷静につっこむ。

今の俺は喫茶店では動き辛いスーツをその身に纏い、ネクタイを締め、白の手袋を嵌めている。いわゆる執事のような格好をしている。

 

「その格好は彩音からの指示でな。あいつ、俺にも知らせずこんなこと考えてやがった」

 

マスターは携帯の画面を見せてきた。

 

「これは…この店のSNSですか?」

 

「ああ。彩音がやり始めて宣伝として色々投稿しててな。その内容は俺もつい最近知ったんだが…」

 

若干言葉に詰まるマスター。その様子に俺はなんか予想できた。その予想が当たっていれば間違いなくろくでもないことだ。

 

「見せてください」

 

俺はマスターの手から携帯を奪ってSNSを確認する。そこには、

 

「……」

 

言葉が出てこなかった。

 

「お、俺は本当になにも知らなかったんだからな?」

 

ちょっと焦ったマスターの声が聞こえる。だが、俺はそれにすら反応することが出来なかった。

この店のSNSの投稿内容は店の情報がトップに固定されているのを除けばほぼ俺の写真だったのだ。

そして昨日の夜の投稿に、

 

 

 

突発的イベント! 明日限定! この子が執事としてあなたにご奉仕します♪

 

 

 

と、俺の写真と共に投稿されていた。

もちろん、俺はこのことを一切知らず、確認なんてまったくされていない。

 

「ちなみに俺が知ったのは今日朝飯食ってるときだ」

 

うん。まあそうだろうな。

 

「もし遊弥の坊主を今日引っ張ってこれなかったら、お仕置きするからって言ってあいつ大学行きやがった」

 

だから今日は何がなんでも午前中から店のほうに来いって言っていたのか。

 

「マスターだけの被害なら無視して置けばよかったです」

 

「おいこら」

 

いや、そうしたところで結局マスターと一緒にお仕置きされていただろう。あの人、なんだかんだで理不尽に容赦ないときあるし。

こんな無茶振りをした当の本人である彩音さんは大学で意地の悪戯が成功したような笑みを浮かべているんじゃないだろうか。

今度仕返ししたいところだが俺より頭廻るし、咲姉と繋がっている以上俺に勝ち目はない。

 

「すみませーん! 注文お願いしまーす!!」

 

どうしたものかと考えていると呼ぶ声が掛かる。

 

「おら、もうどうしようもないことなんだから無駄口叩いてないで、働け働け。まだピークは過ぎ去ってないぞ」

 

そう。もうここに来た時点で俺の負けが確定していた。ならマスターの言う通りいま俺がやるべきことは彩音さんに勝つ方法ではなく、この修羅場を乗り切ることだ。

 

「はい。ただ今伺います」

 

俺は気持ちを切り替えて労働に励むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ーづがれ゛だ」

 

カウンター席に座る俺はだらしなく足を投げ出して天井を仰ぐ。

 

「おい、客が居なくなったからって気を緩めすぎだ」

 

「お客さんが来たらしっかりやりますよ」

 

「コーヒー飲むか?」

 

「いいんですか?」

 

「ああ。まあ、無茶言った侘びだと思っとけ」

 

そう言ってマスターはコーヒー豆を挽き始める。

 

「そういえば遊弥の坊主、お前これからどうするつもりだ?」

 

その最中に、マスターから質問が飛んできた。

 

「どうする、とは?」

 

「本当にここで働きはじめるつもりか?」

 

「それも悪くはないって思ってますけど?」

 

そう言うとマスターはあのなぁ、と大きくため息を吐いた。

 

「のらりくらりとするのが悪いとは言わんが――」

 

prrrrrrrr―――――!!

 

「ちっ、タイミングの悪い」

 

マスターのお小言を遮った固定電話にマスターが舌打ちする。

 

「はい。こちらsky cafe――って、彩音か。どうした?」

 

受話器を取ったマスター。どうやら電話の相手は彩音さんからみたいだ。

 

「あ? 遊弥の坊主? ああ、いるぞ。なに、さっさと代われ? わかったわかった」

 

鬱陶しそうに耳から受話器を離してそれを俺に渡そうとしてくる。

俺は受け取って電話に出る。

 

「はい、代わりました」

 

『遊弥くん。今うちにいるんだよね?』

 

「ええ。あんたの家で労働に勤しんでいますよ」

 

『ありゃりゃ。なんだか根に持っているような言い方。今度サービスしてあげるから、拗ねないで』

 

「それで、何の用です?」

 

『私は特に用はないんだけど、遊弥くんに連絡がつかないからって絵里ちゃんから連絡が来たの』

 

絵里から? 今日はちゃんと休むって言う話はしている。大分ごねられたが、何とか納得してもらったはずだ。

だが、次の彩音さんの言葉はまったく予想してないものだった。

 

『穂乃果ちゃん? って子にトラブルがあったらしくて、今すぐ来て欲しいって』

 

それを聞いた瞬間、俺の心臓が跳ねた。

 

「……何があったんです?」

 

努めて冷静に事情を聞く。

 

『詳しく聞けてないからわからない。でも絵里ちゃん凄く慌ててた。とにかく君に連絡して欲しいってだけ伝えて電話切られちゃったから』

 

「……っ」

 

それは一刻の猶予もないような、そんな事態に陥ってるということの裏付けだ。そのことに俺の不安が一気に肥大していく。

 

「すみません彩音さん。電話、切りますね」

 

『え? あっ、ちょっ、遊弥く――』

 

彩音さんの言葉を待たずに俺は通話を切り、更衣室として使っている部屋へと走る。そしてバッグの中に入っている携帯を確認した。

画面を開くと、不在着信がいくつも入っていた。

しかも絵里からだけじゃなく、海未からも数件入っていた。

俺はまず絵里にリコールする。

 

「……頼む。早く出てくれ……!」

 

だが、待てど暮らせどコール音が鳴り響くだけで、絵里は出ない。

なら海未は、と海未に電話する。しかし海未も同じく電話に出ない。

 

「くそっ! 何があったんだ!!」

 

ギュッと拳を握り締める。

トラブルが起きたのに、それ以外なにもわからないというのが一番の不安材料だ。

 

状況がまったくわからない。焦りしか募らない。

 

「どうする…どうしたらいいんだ……!?」

 

「落ち着け」

 

「あたっ」

 

軽い衝撃が後頭部を襲った。

 

「焦る気持ちはわからなくはないが、そんなんじゃなにも好転しないぞ」

 

「マスター…」

 

いつの間にか来ていたマスターが俺の頭をチョップしていた。後ろに来ていたことすらわからなかった。

 

「お前が部屋に駆け込んでからまた彩音から電話きて話を聞いた。とりあえず学校に行けってよ――ったく、人の話は最後まで聞いておけ」

 

「す、すみません……」

 

自分でも気付かないぐらい慌てていたのか、周りが見えていなかった。

 

「でも、学校に行けって言われてもここからだとかなり時間が……」

 

「安心しろ。いい物を貸してやる」

 

「いいもの?」

 

「とりあえず、ついて来い」

 

そう言われてマスターの後についていった所は――この家の車庫だった。

よっこいせ、とマスターはシャッターを上げる。その先にあったものは、シートを被せられた大きな塊。

マスターはシートをはがす。

 

シートに被せられていたのは400ccのバイクだった。

 

「これ……」

 

「お前確か去年二輪の免許とって乗っていたって言ってたよな? ならこれを使え。俺も普段から乗ってるから整備もしてある」

 

「ちょっと待ってください。免許は持ってるけど、400を運転したことほとんどないですよ」

 

俺が乗っていたのは250cc程度のものだ。感覚とか色々違うのに乗れるかどうかわからない。

 

「運転の仕方はなにも変わらんし、去年乗っているなら大丈夫だ。むしろ重たい分安定して走れる」

 

そういいながらマスターはエンジンをかける。

 

「座席下にはヘルメットがもう一つ入っている。もしも二人乗りすることになったときはそれを使え」

 

「どうしてそこまで…」

 

「あほ」

 

マスターは呆れたようにヘルメットを俺に渡してきた。

 

「遊弥の坊主は少し他人からどう見られているかぐらい知っておけ」

 

「えっ……」

 

「これでも俺は人を見る目はあるつもりだ。今年からの付き合いだが、お前の人となりは知ったつもりだし、信頼できると思っている」

 

「マスター……」

 

「それに、前後不覚になるぐらい大切なんだろ? なら後腐れしないようにやれることはやっておけ」

 

「……ありがとうございます」

 

「彩音からそうしてやれって言われたからな。これに逆らったら俺の今後がやばい」

 

「ははっ。マスターらしいです」

 

俺は笑いながらヘルメットを被り、バイクに跨る。

 

「うるさい。さっさといってこい」

 

「はい!」

 

そしてフルスロットルで喫茶店から飛び出していった。

 

 

 

 

 

「あいつ、見事に乗りこなしてるじゃねーか……」

 

 

 

 

 

バイクは予想以上に乗り心地が良かった。マスターの言う通り重量がある分、走りが安定していた。

 

飛ばせるところを飛ばし、最短距離で音ノ木坂学院へとつくことができた。

 

ヘルメットを外し、急いで中に入ろうとしたとき、俺は立ち止まってしまった。

 

目の前にはいるなんて思ってもいなかった人がいた。相手も、俺と出会うとは思っていなかったのか、目をパチクリとさせていた。

 

「ゆう、くん……?」

 

「……穂乃果?」

 

俺と穂乃果はお互い疑問を持ちながら立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
働きに出るまでに、もう少し更新できたらいいなぁ





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謀られた……




ども、燕尾です。
79話目ですな。





 

 

 

「ゆうくん…どうしてここに……それに、その格好……」

 

それはこっちのセリフだと言いたい。話を聞いてやって来たのに、何で穂乃果が外に出ているのか。

それに見る限り、全然大丈夫そうなのが俺の疑念を膨らませた。

 

「俺は穂乃果にトラブルが起きたって聞いて、呼ばれたんだが…」

 

「私に、トラブル……?」

 

穂乃果は首をかしげる。どうやら穂乃果もよく分かっていない様子だった。そこで俺は思い至った。

 

「……嵌められた」

 

「嵌められた…? どういうことなの……?」

 

問いかけてくる穂乃果だが、俺は答える気力が湧いてこない。

おそらくだが、彩音さんも一枚噛んでいるはずだ。そう考えれば納得はできる。俺は質の悪いお芝居に脱力してしまう。だが、それと同時に安堵している自分がいた。

何も無いのならそれに越したことはない。こんないたずらを考えた絵里たちへ説教をする手間が増えただけなのだから。

 

「ねえ、ゆうくん…」

 

「なんでもない。海未や絵里に騙されたっていうだけだ」

 

「――っ!」

 

「俺は帰る。じゃあな」

 

俺はため息を吐きながらバイクのほうへと戻る。しかし、

 

 

 

「待って、ゆうくん!!」

 

 

 

穂乃果が俺の手を取って引き止めてきた。

 

「……どうした?」

 

「あっ…えっと、その……」

 

穂乃果は考えてなかったのかしどろもどろになり、俯く。だがそれもつかの間、何かを決意したように顔を上げた。

 

「ゆうくんに、お願いがあるの」

 

静かに、だけどきちんと意思を持つように穂乃果は言った。

 

「……」

 

無言でそのお願いとやらを促すと、穂乃果は胸に手をやった。

 

「私を、空港に連れてって」

 

「…空港?」

 

「ことりちゃんを迎えに行きたいの」

 

その一言で俺は理解した。

 

「本当は、ゆうくんには、もっと先に言わないといけないこととか、謝らないといけないことがあるのは分かってる。私がゆうくんにこんなこと頼む資格はないって思ってる。それでもお願い。もう時間が無いの」

 

頼む資格がないって言っているのに、頼むのか。あべこべだな、本当に。

 

でもまあ――それが穂乃果か。

 

「あっ……」

 

俺は手を振り払ってバイクに戻る。それを穂乃果はギュッと拳を握り締めて眺めていた。

そして俺は座席下の収納スペースからヘルメットを取り出す。

 

まったく。どこまでも手のひらで踊っているな、俺は。

 

「穂乃果」

 

俺はヘルメットを穂乃果に向かって放り投げた。

 

「え――わっ! わっ!?」

 

慌てながらもしっかりと受け止める穂乃果。そんな彼女に、俺はため息を吐きながら言った。

 

「早くそれつけて、こっちにこい」

 

一瞬何を言われているのか分からなかった様子だが、次第に理解できた穂乃果は表情を明るくさせた。

 

「――う、うん!!」

 

俺はバイクに跨り、エンジンを掛ける。

その後ろに、ヘルメットをつけた穂乃果が跨った。

 

「いいか、しっかり掴まってろよ。それとどんな体勢でも俺に委ねて同じように身体を傾けろ。じゃないと事故る」

 

「わかった」

 

「それじゃあ、行くぞ」

 

俺はスロットルを全開にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― Honoka side ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆうくんの運転するバイクは大きな音を上げながら公道を走る。

そのスピードは車よりちょっと速いぐらいなのに、風を感じているからか、疾走感がすごい。気を抜いて力を緩めばふり落とされそうなほどだった。

私はそうならないように改めてゆうくんに抱きつく力を強める。

密着しているところからはゆうくんの体温が感じられる。

 

心地のいい、彼の暖かさ。

 

自分から拒絶して、遠ざけてしまった温もり(優しさ)

 

もし許してくれるのなら、もう一度――

 

「ゆうくん……」

 

私は放さないように彼にくっついて身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイクで走ること約二十分、ついに目の前に空港が見えてきた。

 

「穂乃果!! 出発ロビー近くの乗降場所に下ろすぞ!!」

 

風切る音で声が通りにくいのか、大きな声でそういうゆうくん。

 

「ゆうくんはどうするの!?」

 

私は問いかけるが、ゆうくんは聞こえてないのか、聞こえないフリをしているのか、答えてくれない。

そして言ったとおり、ゆうくんは乗降場所でバイクを止めた。

 

「ほら、行ってこい」

 

私の背中を押して、見送ろうとするゆうくんの手を私は取る。

 

「ゆうくんはどうするの?」

 

さっき答えてくれなかったことをもう一度問いかける。今度は聞こえなかったなんて言い訳はできない。

だけどゆうくんは答えない。

 

「ゆうくんも行こう、ことりちゃんのところに」

 

私が手を引こうとすると、ゆうくんはそれを振り払った。

 

「俺は帰る」

 

「どうして?」

 

「俺は空港に連れて行って欲しいって穂乃果のお願いを聞いただけだ。別にことりを引き留めようなんて思っていない」

 

ことりちゃんが決めたことだからと、あくまでゆうくんはその立場を貫いていた。

どんなことを思っていたとしても本人が留学すると決めたのだから、自分はそこには干渉しない、と。

 

「仮に、ことりが引き留めてほしいと思っていたとしても、ことりが望んでいるのは穂乃果の言葉だ。俺は必要ない」

 

「そんなことない! ことりちゃんだってゆうくんの言葉が欲しいに決まってる!」

 

「どうして、そう言い切れるんだよ」

 

「だってそれは、ことりちゃんは――」

 

そこまで言って私は言葉を切って、

 

「――私と同じだから」

 

言いそうになった言葉を変えた。

勢いに任せてとんでもないことを言ってしまうところだった。ことりちゃんの気持ちを勝手に告げてしまうところだった。

 

「意味が分からん…」

 

「それに、ゆうくんはことりちゃんとこのままでいいの!?」

 

もしかしたらことりちゃんは行ってしまうかも知れない。海未ちゃんは大丈夫って言ってくれたけど、私の言葉だけじゃ届かないかもしれない。そうなったらすれ違ったまま別れてしまう。

 

「そんなの、駄目だよ! 絶対駄目!!」

 

「わかった。わかったから落ち着け」

 

迫る私にゆうくんは仰け反りながら、引き剥がす。

 

「俺が行くにしても、このバイクを駐車場に持っていかないといけないから」

 

そうだ。ここはあくまで送迎の乗降場所。いつまでもバイクを止まらせているわけには行かない。

 

「帰りはしないから先に行け――いいな?」

 

「う、うん! 絶対、来てねっ!」

 

「ああ」

 

そう言ってゆうくんはバイクに跨り、駐車場へと向かっていく。

私は空港に入って、ことりちゃんのところへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そんなことない! ことりちゃんだってゆうくんの言葉が欲しいに決まってる!

 

 

――ゆうくんはことりちゃんとこのままでいいの!?

 

 

「……はあ、かっこわる」

 

駐車場にバイクを止めた俺は心底自分に呆れたように、息を吐いた。

あそこまで意地になって否定することもなかったはずなのに。

俺の言葉を否定して欲しいように、否定的な言葉ばかり並べて――

 

「女々しすぎるだろ、俺……」

 

俺は自分のことを分かっていなかったようだ。だけど今こうして自覚したからこそ、自分自身の女々しさに嫌悪してしまう。

 

「なんでもないって誤魔化して、でも本当はここまで引き摺って、いや、誤魔化せていたかどうかもわからないな……それで八つ当たりみたいなことして…はあぁぁぁ……」

 

ここが自分の部屋なら転がりまわっていただろう。

自分のしたこと一つ一つに恥ずかしさがこみ上げてくる。

 

「……まあ、行くか」

 

こんなところで後悔している場合ではない。

どの面下げて顔を合わせていいのか分らないが、穂乃果と約束してしまった以上、行かなければならない。

ため息を吐きながら俺は空港内へと入り、ことりが乗るであろう航空会社の受付付近を歩いて探す。

だが人が多く、その中からあの二人を見つけ出すのは難しい。もしかしたら、穂乃果が間に合わず、それが分らずに探し回っているのなら尚更困難だ。

どうしたものか、と考えているところで後ろから肩を掴まれた。

 

「遊弥くん」

 

「うおっ!?」

 

いきなりの声と感触に思わず驚きの声を上げる。

 

「あら、驚かせちゃったみたいね。ごめんなさい」

 

苦笑いしながら謝るのは――雛さんだった。

 

「雛さん……」

 

「偶然ね遊弥くん。お見送りに来たのかしら。それとも――引き留めにきたのかしら? 穂乃果ちゃんと一緒に」

 

この人はどこまで分っていたのだろうか、俺たちのことについて。

 

「まあ私のことはいいじゃない。それより、お探しのお二人は――あっちよ」

 

雛さんが指差す先には穂乃果とことりがいた。

穂乃果は放さないようにことりを抱きしめて、ことりは涙を流しながら穂乃果を抱きしめ返していた。

 

「おおう…まさかの百合展開?」

 

「そんなボケはいらないんじゃないかしら? ほら、あなたも行ってらっしゃいな。あっ、あと帰りは私が二人を乗せていくから、そこの心配はしなくていいわ」

 

本当にどこまで分っていたのか、底知れない雛さんに俺は恐怖を隠せない。

 

「ほら、ボケッとしないの!」

 

「うおっ!?」

 

だけどそんな俺の考えなど関係なく、二人の目の前に出すように勢いよく背中を押された。

 

「あっ、ゆうくん!」

 

「えっ!? ゆ、ゆーくん!?」

 

俺の姿に気付いて明るい表情を見せる穂乃果と、戸惑うことり。

俺は後ろを見るが、雛さんの姿は一瞬にして消えていた。

 

「……」

 

この二人を目の前に、俺もどうしていいのか分らなくなる。特に、ことりとは存続パーティ以来会っていなかったから尚更何て言葉をかけていいのか分らなかった。それはことりも同じようで、俺から目を逸らしている。

だが、そんな戸惑っている俺たちの手を穂乃果が取った。

 

「穂乃果……?」

 

「穂乃果ちゃん……?」

 

「……ぐすっ」

 

二人で穂乃果を見ると、穂乃果は瞳に涙を溜めていた。

今まで我慢していたのだろう。気まずさはあるものの、こうしていられて安心しているのか、穂乃果は決壊したダムのように涙を流した。

 

そんな穂乃果の手を俺とことりはギュッと握り返した――

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に


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望むもの



ども、燕尾でございます。
80話まで来ましたね。
不定期というか、更新頻度が多くないので1クール分ぐらいで四年ぐらいかかってることに自分でもビックリしています。






 

 

俺は再び音ノ木坂へとやってきた。

 

さすがに三人乗りはできないからと、俺はマスターのバイクで一人で戻ってきた。

穂乃果とことりの帰りは雛さんがいるから心配はなかった。しかし、二人と別れる直前――

 

「ゆうくん!」

 

「待って!」

 

駐車場に向かおうとする俺を二人が引き留めてきた。

 

「この後、学校でライブするみたい」

 

「休止していたμ'sの復活ライブっていう形で」

 

「ああ、さっきそんな連絡が来てたな」

 

今から帰るという穂乃果とことりからの連絡を受けた海未と絵里はもう隠すことをしなくなったのか、俺もいるμ'sのグループラインに復活ライブをするという話を流していたのだ。

俺はマスターにこのバイクを返しに行かないといけなかったし、そろそろ一人で店を回すのも限界だとマスターから連絡が来たから応援の言葉だけをかけたのだが――

 

「ゆーくんも、来て欲しい」

 

「ゆうくんにライブを見届けて欲しいの」

 

「……」

 

「それでその後…ちゃんと話したい。謝りたいこと、いっぱいあるから」

 

「わたしも穂乃果ちゃんと同じ気持ち。ゆーくんにはいっぱい迷惑かけちゃったから…」

 

「ああ…そうだな――ちゃんと話をしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでのことをすべて終わらせるために、二人を見送った後俺もバイト先ではなく、音ノ木坂に来たのだ。

マスターには悪いけど今日は一人で頑張ってもらうことになった。

 

俺は上履きに履き替えて校舎を進んでいく。

 

行く先は――彼女達の始まりの場所。

 

迷うことなく進み、目の前の扉を開く。

 

「あっ、おーい! ゆうくーん!」

 

「ゆーくん、こっち!」

 

入った俺をいち早く発見したの穂乃果とことりが手を振ってくる。

そこには穂乃果とことりだけではなく、皆の姿もあった。

 

「まったく、遅いわよ。遊弥」

 

どこか呆れたように、そして少し咎めるように言うにこ。

 

「待ちくたびれたにゃ!」

 

「でも、間に合ってよかった!」

 

うずうずして落ち着きのない凛と安心する花陽。

 

「だから言うたやん、必ず間に合うって」

 

「それでもギリギリの到着だけどね」

 

こんなときでも変わらずタロットを出す希と希に水をさす真姫。

 

「これで全員そろったわね」

 

「待っていましたよ、遊弥」

 

そして――俺を嵌めた二人(絵里と海未)

 

「おい」

 

俺は絵里と海未を半目で睨む。しかし、二人は意にも介さなかった。

 

「どうかしたかしら」

 

「何かあったんですか?」

 

それどころかすっとぼける二人に、俺の手が伸びる。

内心では少し怯えていたのか絵里と海未は身体を強張らせる。

 

そんな二人の頭に手を置いた。

 

「……やってくれたな?」

 

真顔の俺に二人は冷や汗をたらしながら目を逸らす。

 

「な、なんのことだか、分かりません……」

 

「そ、そうよ。私たちは何もしてないわよ……?」

 

頑張って惚けようとする海未と絵里に俺はため息を吐く。

 

「まったく…本当にやってくれたよ」

 

そう言いながらも俺はやさしく頭を撫でる。

 

「「……っ」」

 

状況が飲み込めない二人は最初こそはぽかんとしていた。だが、俺の感情を読み取ったのか次第に表情が崩れ始め、瞳に涙が溜まり始めた。

 

「ほら、そんな顔するなよ。これからライブ、するんだろ?」

 

「あなたがそれを言いますか……!」

 

「本当よ、誰のせいだと思っているのよ……!」

 

こればっかりはそう責められても仕方がない。この二人に一番迷惑をかけたのだから。

 

「穂乃果たちともそうだが、後で話をしよう。今まですれ違っていたこととか、ちゃんと話そう。後腐れのないように、な」

 

苦笑いしながらそういう俺に、二人は涙を拭って笑顔を向ける。

 

「俺は後ろで見てる。皆、頑張れ」

 

『もちろん!』

 

そう言うと、全員揃って笑顔で頷き、ステージ裏へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― Honoka side ――

 

 

 

 

 

「穂乃果、ことり」

 

「絵里ちゃん?」

 

ゆうくんに見送られてライブの準備を待っているとき、絵里ちゃんがおもむろに口を開いた。

 

「これからライブする前に、あなたたち二人に話しておきたいことがあるの」

 

「お話?」

 

「遊弥くんのことよ」

 

そういった瞬間、私たち表情が引き締まる。

 

「わかっていると思うけど音ノ木坂が存続することで遊弥くんは今月末に退学する、ということになっているわ」

 

でも、と絵里ちゃんは続けた。

 

「私たちは遊弥くんにいなくなって欲しくない。もっと一緒の時間を過ごしたいって思ってる――二人はどう思うかしら?」

 

絵里ちゃんの問いかけに私はことりちゃんを見る。それに対してことりちゃんは力強く頷いた。どうやら思っていることは一緒だったようだ。

 

 

 

「ゆうくんにいなくなって欲しくない」

 

「わたしも同じ気持ち。ゆーくんと一緒に学校生活を送りたい」

 

 

 

「そう……なら決まりね」

 

私たちの答えに絵里ちゃんは満足そうに頷いた。

 

「何をするの?」

 

何か考えがある絵里ちゃんに、私は問いかける。

学校で決まったことを覆すのは並大抵のことではできない。それはこの数ヶ月でわかっている。

 

「それはね――」

 

絵里ちゃんはこれからすることを話す。

その話を聞いた私とことりちゃんは、笑顔を浮かべ、頷きあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

開演のブザーが鳴り響く。

 

 

幕が開き、ステージに立つのは九人の女神たち。

 

 

色々あって違えてしまったけれど、それでもこうして再び一つになることができた。

 

 

そんな彼女たちがこのステージで選んだのは、始まりと、そしてこれからの再出発を誓う曲だった。

 

 

――START DASH

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄いな」

 

俺は彼女たちのライブを眺めながらこの盛り上がる講堂全体を見てそんな言葉しか出てこない。

 

まるでこの場にいる全員が一体となって、ライブを楽しんでいるように思えた。

ファーストライブのときを考えたら信じられないような光景だ。

 

最初はゼロだった。誰も興味を示していないかのように講堂には人一人いなかった。

だけどそれが一人から二人に、二人から三人となり、いつからか数え切れないほどの人数となった。

 

 

――いつか必ず、この講堂を満員にしてみせます!

 

 

あの時に穂乃果が誓った言葉が現実になったのだ。

 

俺はこの光景を見て、なんだか清々しいような気分になっていた。

 

そして俺は決意する。

 

 

 

「やっぱり、俺は音ノ木坂学院を辞めます――理事長」

 

 

 

俺は後ろにいる理事長にそう言った。

 

 

 

「それは、どうして?」

 

 

 

問いかけてくる理事長に俺は笑みを浮かべた。

 

「俺が残っても問題にしかならないですし――それに本当にもう、俺は必要ないみたいですから」

 

「前と答えが変わっていないじゃない」

 

理事長の言う通り前となにも変わっていない。だけど一つだけ違うところがある。

それは決してネガティブな感情から来るものではないということ。

 

純粋にそう思うのだ。

 

彼女たちにもう俺は必要ではない。俺の手助けなどなくても自分たちの足で前に進んでいけるのだ、と。

この先残ったとしてもそれは惰性でしかなくなる。そんな人間がいて何になるというのだろうか。

 

なら潔く、身を引くべきだ。

 

「満足しているんです。自分の役目を果たせたんだと」

 

俺は笑顔で歌い、楽しそうに踊る皆を見て心からそう思うことができている。

 

「それだけでもわかれば十分だったんですよ」

 

それ以上を求めるのは強欲ってやつだ。

 

「だから、もういいんです」

 

俺が何を言っているのか理解している理事長は冷や汗を垂らしていた。

彼女が俺の退学を長引かせようとしていたことは最初からわかっていた。

 

「本当はすぐに出来たはずです。おかしいんですよ――いくら忙しいとはいえ、月末まで引き伸ばせるわけない」

 

「やっぱり、気付いていたのね」

 

彼女は息を吐いた。

 

「相当無茶したんじゃないですか? なにせ学院長からしたら横槍を入れられたも同然だったんですから、相当反発されたはずです」

 

「そうね。色々と手札切って強引に彼女たちを黙らせたわ」

 

そこまでさせてしまったことに俺は申し訳なく思う。

 

「でもね? それをするだけの価値はあったわ」

 

だが理事長は言った通り、後悔はないというような表情をしていた。

それが意味するところが分からない俺は首を傾げてしまう。

 

「遊弥くん。あなたはもっと周りを見るべきよ」

 

「……どういうことですか?」

 

マスターにも同じようなことを言われたが、その意味があまり理解できない。

これでも周りはきちんと見ていると思っている。人の機敏には敏感なほうだとも。しかし、理事長は首を横に振った。

 

「確かにあなたは秀でているわ。でも私が言っているのはそうじゃない――あなたは自分に向けられる他人の好意を読み取るのが極端に下手なのよ」

 

「……」

 

「いえ、極端に下手というよりあえて気付かない振りをしているのかしら? 好意だけ分らないって言うのも不自然すぎるもの。まるで恐れるように、目を逸らしているように見えるわ」

 

違うかしら? とまっすぐ俺を見る理事長に俺は思わず目を逸らしてしまう。どんどん俺の奥底を見透かしてくる感覚に耐えられなくなってくる。

 

「あの子たちが信用できない?」

 

「それは、違います……」

 

信用していないわけでもできないわけでもない。

 

「俺は……」

 

「大丈夫。今みんなライブに夢中だから、誰も聞いてないわ」

 

ギュッと握る拳を理事長――雛さんは優しく包み込む。

 

「教えてくれないかしら。あなたは何を恐れているの?」

 

この人には、本当に敵わない。

 

「俺は…本当は……」

 

安心させるような微笑に、俺は力が抜ける。

 

「俺は…悪意が自分の身近な人に向けられるのが恐いんです」

 

「悪意?」

 

聞き返してくる雛さんに俺は頷く。

それは俺が今まで歩んできた人生で学んだことだった。

 

「ええ…悪意というのは意図的なのに、無差別に広がっていくなものなんです」

 

「意図的で無差別……なるほど、言い得て妙ね」

 

俺より人生を積んでいる雛さんはそれだけですぐに理解したようだ。

悪意というのは向けようと思わなければ起きないものだ。だがそれがひとたび発生すれば、人を選ばず、その範囲が広がっていきやすい。

 

「俺にだけ向けられるのであればどうということはありません。だけどそれが皆に向けられる可能性がある」

 

俺と関わるが故に巻き込まれてしまう。俺を庇ったがために標的にされてしまう。

今はまだ俺だけだから良い。だが、いつかそのときが来てしまう。俺だけじゃなくてμ's(みんな)に向けられるときが。

 

「大切な人たちが俺のせいで悪意に晒されてしまう。それがたまらなく恐い」

 

俺がいなくなれば皆に害は及ばない。それに退学することに関してはさっきも言った通り、俺はもう満足している。

 

「ならそうするのが一番いいじゃないですか」

 

わざわざ問題になることが分っているのに、傷つくと分っているのに、そこに突っ込んで行く必要はない。

 

「それで全て丸く収まるんですから」

 

それが俺が今思っていることの全てだ。

皆にはなんの憂いもなく、この先へと進んでいって欲しい。ただそれだけなのだ。

 

「そう……」

 

その想いを、雛さんなら理解してくれるはずだ。

だが、

 

「残念だけど遊弥くん――それは大きな間違いよ」

 

雛さんは真っ向から否定した。

 

「どうして、そう言えるんですか…」

 

「丸くなんて収まるわけないじゃない。あなたが居なくなればそれで済む話なんかじゃないんですもの」

 

「それで済む話のはずですよ」

 

「違うわ」

 

「どういうことなんですか……」

 

わけが分らない話に、俺は苛立ってしまう。

だけれど、雛さんは意にも介さなかった。

 

「まあ口で言うより、これから起こることをよく見れば嫌でもわかるわよ」

 

雛さんがそう言った直後に、彼女たちのライブが終わる。

 

『ありがとうございます!!』

 

盛り上がる講堂にμ'sの皆は一礼する。

そして熱気冷め止まぬ中、一歩前に出たのは――穂乃果と海未とことりだった。

 

 

 

 

 

「皆さんにお話があります!」

 

 

 

 

 

改まって言う穂乃果に、講堂はしんっと静まった。

 

「私たちμ'sは最初は廃校を阻止するために、私たち二年生で結成されたグループでした! それからみんなと出会い、この九人が揃いました――ですがもう一人、結成当時から私たちを支えてくれたメンバーがいます!」

 

それが誰のことを言っているのか、この学院の中で知らないものは居ない。

 

「まさか……」

 

当の本人である俺は血の気が引いてきた。

 

 

「その人がいなかったら、私たちはここまで来ることはできませんでした! その人のおかげで、今まで私たちは安心してスクールアイドルの活動を行うことができました!」

 

 

穂乃果は今までのことを感謝するように言う。

 

 

「彼は、自分が音ノ木坂に居ることと私たちの活動が正反対だってことを理解していました。知っていて、私たちのために、音ノ木坂のために手伝ってくれました!」

 

 

「やめろ……」

 

 

穂乃果の言葉にあれだけ沸いていた皆は真面目に耳を傾けている。

 

 

「そんな人が今、退学の危機に瀕しています!」

 

 

「やめてくれ……」

 

 

そういった直後、穂乃果と視線が合う。彼女は、心配ないよ、とでも言うように小さく安心させるように口角を上げる。だがそれも一瞬のことで、彼女はこの会場の観客たちに向き合った。

 

 

「私たちは、まだ彼と居たい! スクールアイドルの仲間として、この学院の仲間として、一緒の時間を過ごしていきたいと思っています!」

 

 

穂乃果は自分の想いを――いや、μ's全員の想いをこの場にいる人間に伝える。

 

 

「ですが、私たちの力だけでは足りません! 学院の決定を変えることができません――だから、皆さんの力を貸してくれませんか!? 今まで支えてくれたμ'sの仲間のために、この学院の仲間のために、皆さんの力を貸してくれませんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうか、どうかお願いしますっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お願いしますっ!!』

 

 

μ's皆の声が、講堂に響く。

 

 

それから訪れる静寂。μ'sの皆はずっと頭を下げている。

 

 

 

――パチ

 

 

 

その音が鳴ったのは、皆が頭を下げてからどれくらい経ったか分らない。

 

 

 

――パチパチ

 

 

――パチパチパチ

 

 

 

だが、断片的に鳴る音はやがて連続していき――

 

 

 

 

――――――!!!!

 

 

 

やがて歓声と共に講堂に鳴り響いた。

 

 

 

「――っ、ありがとうございますっ!!」

 

 

一瞬ポカンとした穂乃果はようやく理解が追いついたのか、もう一度頭を下げる。

そして、穂乃果と入れ替わるように前に出たのは、絵里だった。

 

「これから音ノ木坂学院校則第13条2項に則り、学院決議に対する反対意見の提出のため、三日の間署名を集めます! 目標はこの学院の全生徒数の三分の二以上、重複は認められません! 朝と放課後の二回、校門にて署名活動を行います! 皆さんのご協力お願いします!」

 

絵里の宣言に観客たちはさらに歓声をあげる。

それはμ'sの皆が幕の裏に消えるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なにしてるんだよ」

 

俺は痛くなる頭を抑えた。

 

「わからない?」

 

「わかるわけが――」

 

「あなたとまだ一緒に居たいのよ」

 

「……っ」

 

それでも、ただ一緒に居たいというだけでそこまでする必要はない。学校で過ごす時間がなくたって、繋がりは消えたりしないのだから。

だから絵里と海未に嵌められたとわかっても穂乃果に手を貸した。仲直りをするために、関係を修復するために。

こんなことをさせるために、後で話し合おうなんて言っていたわけではないのだ。

 

「こんなことすれば、どうなるかぐらいわかるだろうが……!」

 

「承知の上でこうすることを選んだの。あの子達にとって、あなたとの学院生活は何物にも変えがたいものになっているのよ――たとえ学院の一部の教員や生徒から反発を受けようとも、ね」

 

ここまできてしまえば後の祭りだ。俺が止めようとしてももう止まらない。結果がどちらに転んでも、μ'sの皆が(さい)を投げてしまったのだ。その影響がどう出るか、俺には想像つかなかった。

だが、この時でわかるのは……

 

「何か言いたいことがあるみたいね」

 

俺はキッとすっ呆ける雛さんを睨んだ。

 

「雛さん……この話を知っていたでしょう…!」

 

「ええ」

 

雛さんは隠すことも、悪びれることもなく、ただただ頷いた。

 

「絢瀬さんと東條さんに言われていたもの」

 

「だったら何でそこで止めなかったんですか!? あの二人の独断だったらまだしも事前にわかっていたなら、雛さんだったら止められたはずですよね!?」

 

「この学院は生徒の自主性を重んじているの。彼女らが自分たちで考えて、やると決めたことに口を挟むことはしないわ。私がやるの後始末だけ。忘れたの?」

 

「……そういう人でしたね、あんたは」

 

苛立ちからだんだん口が悪くなってしまう。

スクールアイドルを始めたばかりの穂乃果たちの時も、意地を張り続けていた絵里の時も、この人はこうだった。

 

義務や強制で物事を進めることを認めず、生徒たちの意思を何よりも重要としている。そして、生徒に年相応の学院生活を過ごしてもらうための運営に注力してきていた。

 

俺は歯噛みする。雛さんの意図にこのときようやく気付いたのだから。

 

「俺の退学期間を延ばしたのもこのためか」

 

「その通り♪」

 

意地の悪い笑みを向けるが、そんなことしている場合ではないだろうが。

 

「このこと自体もう問題になる。署名が集まって俺の退学が差し戻されたらあんただってまた――」

 

「それが私の仕事よ。それに――あなたのためだもの。苦労だなんて思わないわ」

 

なにを言っても聞きやしない。この人も、μ'sの皆も、もう止まらないのだ。

 

「あなたは諦めて受け入れるしかないの」

 

断言する雛さんは俺の頭に手を置いた。

 

「だから遊弥くん、もういいの」

 

そして雛さんは優しく俺の頭を撫でる。

 

「あなたももう本当の気持ちを言うべきよ。丸く収まるとか問題にならないとかそんなことじゃなくて、あなたが望むことを」

 

雛さんの優しい言葉に従いそうになる。

だが俺は、雛さんの手を弾いた。

 

「――だから言っているだろ! 俺は皆がそのまま笑って過ごしてくれればいい!」

 

そのためにやってきた。そのためだけにこの音ノ木に来て、廃校を何とかしようとした穂乃果たちに手を貸した。

 

「こんなことされても、俺は嬉しくない! こんなこと、俺は望まない!!」

 

俺がこの学院に居る意義なんてどうでもいい。

 

皆が報われてくれればそれでいい。

 

それが俺の望みだ。それに嘘偽りなどない。

 

だが、雛さんは首を横に振った。

 

「そうじゃないわ。ここまで言ってもわからない? あなたが望むことっていうのは私や彼女たちのことを全部抜きにして、あなた自身どうしたいかということよ」

 

「だからっ、俺は……っ」

 

俺の語気がだんだんと弱くなる。

 

「……どうして、そこまで俺にこだわるんだ」

 

俺は脱力した。

 

「わからない。俺はあんたが、皆がわからない」

 

大事なことを皆わかっているはずだ。彼女らには守るべきものが、最優先にしなければならないものがあるはずだ。

そのために切り捨てないといけないものなんていくらでもある。

 

なのに、どうしてだ。どうしてそうしないんだ。

 

理解ができない。これほど気持ち悪いことはない。

 

「……すいません。失礼します」

 

そして俺はフラフラと講堂を後にする。

雛さんから逃げるように、皆から逃げるように。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
四月から学生から会社員となり働くことになりますが、
完結はさせたいなと思っています。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(__)m



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一つの光



ども、燕尾です。
大学院を卒業し、新しい会社に入社してから十日ほどたちましたが、毎日研修です。
大変です。

不労所得でお金を稼ぎたいですね。





 

 

 

「すみません巌さん」

 

ふぅ、と私は彼が行った方を見てため息を吐きながら呟いた。

 

「思っていた以上に遊弥くんの問題は根深いようです」

 

思い出すのは私の恩師との話。

彼を音ノ木坂に迎える辺り、巌さんに挨拶しに京都に行ったときのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――雛よ」

 

遊弥くんのことで話があるという巌さんはベランダで煙管をふかしながら言った。

 

「遊弥はこれまでのことゆえ心が歪に形成されておる」

 

それは当然だと思う。彼は大人たちや同年代からずっと傷つけられてきた。

生きるために、大切な妹(愛華ちゃん)を人の悪意から守るために、小さな身体一つで背負ってきた。

そのためには正常になんていられなかった。

 

「あやつを引き取ってから数年、わしや咲夜が矯正と称して色々なことをさせることで社会に出られるぐらいの知識や常識を持たせることができた。だが、そこまでじゃった。肝心の心が、あやつの感情までは正常に戻すことができなかった」

 

「それは、仕方のないことでもあるかと思います」

 

むしろ私からしたらこの数年でよくそこまでできたものだと驚いている。

私では知識や常識を教えることすらできなかったと思う。

 

だけど、巌さんは首を横に振った。

 

「じゃが結果として、わしらのしたことは失敗だった」

 

「……と、いうと?」

 

「心を空にし、誰かを守り、相手に尽くすことで自分を保ってきた。愛華然り、お主の娘たち然りな。そしてあやつは境遇がゆえに他人の感情に敏感じゃが自分のことには疎いという。自分がどんな目に遭おうとも、大切な人間が無事に過ごしてくれればそれでいいと本気で思っておる。全てにおいての行動原理が"誰かのため"になっているんじゃ。その根幹は今でも変わっておらん」

 

「そんな遊弥くんに、心の形成ができていない彼に先に知識と常識を教え込んでしまった…」

 

「それで出来上がったのは、知性と(ことわり)の塊じゃ。更に聡い子だったというのも悪いように作用してしまった。今のあやつには自分というものがまったくない」

 

「では、今回遊弥くんを音ノ木坂にというのは……」

 

「うむ。あの子たちと触れ合いさせることであやつを変えられるかもしれんと、利用する形になってしまった。そこは申し訳なく思う」

 

「そんな! 頭を上げてください! そもそも私が相談したことなんですから!!」

 

頭を下げる巌さんに私は慌てて支える。

音ノ木坂学院の共学を行う際にいい人が居ないかと求めたのはこちら側なのだ。本来なら私が頭を下げるべきなのだ。

 

「もうわしがあやつにしてやれることはない」

 

そういう巌さんの顔には悔しさが滲んでいた。

未来ある子共を育む一人の人間として、限界を感じてしまっていることに。

 

「雛。遊弥のことをよろしく頼む」

 

巌さんはもう一度頭を下げた。

それは理事長としてではなく、遊弥くんを引き取った大人として、彼の親として下げているのだろう。

 

「はい――遊弥くんを預からせていただきます」

 

だから私もそれに応えるべく、巌さんに頭を下げた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巌さんとの話を彼は知らない。あくまで自然な流れで、彼が変わってくれることを望んだ。しかし、今の今まで変わることはなかった。過ごすだけでは彼の心を開かせることができなかった。だけどそれはなるべくしてなった結果だとも考えられる。

 

遊弥くんは自分のことは脇において、常に私たちのためを想い、音ノ木坂での日々を過ごしてきたのだろう。

 

「馬鹿よね…そのことにあの子は気付いていないんですもの」

 

思わずそう口にしてしまった。教育者としてどうかとは思うが、彼を見守る大人としてそう言わずにはいられなかった。

 

「あなたが私たちを想っているように、私たちだってあなたを想っているのよ」

 

私は振り返る。そこには、意を決したような表情をする9人がいた。

 

「大人として情けないけれど、遊弥くんを変えられるのはあなたたちだと思ってるわ――だから彼の心を、救い上げて」

 

 

 

『――はい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

俺は屋上に来ていた。

 

息を深く吐いて心を、頭を落ち着かせようとする。

だが、ぐるぐると思考が廻って全然落ち着くことができなかった。

 

 

――あなたももう本当の気持ちを言うべきよ。丸く収まるとか問題にならないとかそんなことじゃなくて、あなたが望むことを

 

 

俺が望むことは言った。本当の気持ちを言った。だが雛さんは違うと言う。

 

 

――私や彼女たちのことを全部抜きにして、あなた自身どうしたいかということよ

 

 

――私は、私たちはあなたと一緒にいたい

 

 

「……そこまでしている必要はない」

 

 

――あなたと一緒の時間を過ごしたいの

 

 

「頼むから、そんなこと言わないでくれ」

 

 

――ゆうやくん

――遊くん

――遊弥

 

 

脳裏に皆の笑顔が映る。

 

 

――遊弥くん

――遊弥

 

 

ここで出会った人たちの声が聞こえる。

 

 

――遊弥

――ゆーくん

――遊弥くん

 

 

再開した友人たちの声が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ゆうくん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人たちの、声が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんのようだ」

 

私たちに気付いたゆうくんはどこか疲弊しているようだった。

 

「ようやく見つけたよ」

 

「どうしてここに…?」

 

「言ったよね。お話をしようって」

 

「……」

 

そう言うけどゆうくんは黙ったままだった。彼を見ると覇気がなかった。いつものゆうくんの姿からは想像もつかないほどだ。

 

「ゆうくん……?」

 

「来るな!!」

 

彼に近寄ろうとすると、突然大きな声で拒絶された。

 

「ゆう、くん……?」

 

「お前らにはほとほと呆れたよ」

 

戸惑う私たちを睨むゆうくん。その目は虚ろで、だけど明らかな怒りがあった。

 

「自分たちが何をしたか分かっているのか? これからどうなるか分っているのか?」

 

「分ってるよ」

 

「分っていない……分ってないから、ああいう行動に出たんだろうが!」

 

ゆうくんは声を荒げた。

 

「お前らは俺の立場を分っていない! 退学を決めた人間がどういう連中か分っていない! 周りがどう考えるのかわかっていない! まったく考えが足りてない!!」

 

彼の怒号が屋上に響く。

 

「俺はただの試験生だ! 女子校として存続する以上俺がいるわけにはいかない、当たり前のことだろうがっ!」

 

「それは――」

 

口を開こうとしたけど、ゆうくんはそれを許さなかった。

 

「いいかっ! 俺の退学を決めたのは元々共学に反対している学院長を始めとしたこの学院の半数の教員たちだ! そんな連中にお前らは当たり前のことを納得しないと言い張ったんだ!!」

 

そんなことない、とは言えない。それは私たちの主観でしかないのだから。結果がそうなのだ。

 

「そうしたらどうなるか分るだろう!? お前らは常識のない、わがままを言う集団として見られて、そんな集団が学院に必要かどうかの是非が問われる! 俺やお前らの結果がどんなものだろうと連中のお前らに対する印象は変わらない! これからの活動に支障をきたすことだってある!!」

 

これから起こり得る可能性のことをゆうくんは言う。

 

「仮に署名が集まって俺が残ったとしても、今度は学院の是非が問われる! 子供のわがままで当たり前の判断を覆す学院を信用する親がどこにいる!?」

 

それはスクールアイドルを始める前にゆうくんが言っていたこと。

親の支援あって子供は学校に通える。だからこそ学院は子供だけではなく親の信頼も得なければならない。私たちの行動はそういう人たちの信頼も消える可能性があるとゆうくんは言う。

 

「そうなればこの学院の存続もまた怪しくなる! これで人が来なくなったら、今度こそこの学院は終わる!」

 

元々人が来なかった音ノ木坂学院に悪評が加われば、存続の望みは消えるだろう。

 

「お前らが今まで積み上げてきたものを、掴み取ったものを、お前らの手で壊してしまう! 今までしてきたことが無駄になるんだ!!」

 

それを最後に声を荒げて続けていたゆうくんは疲れたのか、肩で息をしていた。

私たちはゆうくんの言葉に誰も反論できない。

 

 

「――これが最後のチャンスだ。俺に全部指示されたって言え」

 

 

「……どうして?」

 

「勝手な退学処分を行う学院に不満を持った俺が、μ'sのみんなを利用して事を起こし始めたといえばまだ何とかなる」

 

確かにそう言えば、今回のことはゆうくん一人が企てたことになる。

私たちはただゆうくんに使われていただけ。講堂での話も、ゆうくんが考えたことになる。

 

「頼む……頼むから、そう言ってくれ……」

 

さっきのもの凄い怒りから一変して、どこか縋るようなゆうくん。

 

「……」

 

ゆうくんの言ったことを全部考えていたのかと聞かれればそれは違う。私たちはゆうくんほど頭もよくないし、学院内外問わずその情勢を知らない。

 

でも、どんなことが起きようとも、私たちは覚悟してやった。

 

覚悟して、講堂でああ言った。心の底から思っていることを言った。

 

だけどゆうくんはそんな私たちの想いを捻じ曲げてでも最善を選ぼうとしている――彼は一人で全部背負おうとしている。あのとき()のように、また、一人で。

 

 

だから、私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――パァン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆうくんとの距離を詰め、思い切り彼の頬を引っ叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は間違えたことを言ってはいない。

彼女たちを守るため、彼女たちが守ろうとしたものを守るため、当たり前のことを言った。そのはずだ。

 

しかし穂乃果からの返答は横からの強い衝撃だった。

 

ヒリヒリとする頬を押さえて、彼女を見る。

穂乃果は剣幕な表情で俺を見上げていた。俺はわけがわからず、頭の中が混乱してしまう。

そんな俺を穂乃果は腕を引っ張って、また手を振り上げる。

 

また叩かれる。そう思ったのだが――

 

 

 

「ゆうくんの馬鹿」

 

 

 

そんな声と共に、ギュッと穂乃果に抱きしめられた。

 

「穂、乃果……?」

 

「私たちの気持ちを無視しないでよ。私たちの気持ちを甘く見ないでよ」

 

穂乃果は悲しみを滲ませたような声でそう言った。

 

「私たちはゆうくんのように考えてなかった。けどね? それでもね? 私たちは何が起きても頑張ろうって決めたの」

 

「そんな、単純に……」

 

俺が今話したことは、そんな"頑張る"なんて言葉で片付けられることではない。

 

「大丈夫だよ」

 

だが、穂乃果はそう断言する。

 

「さっきの講堂のライブの最後に見たよね? 確かに、ゆうくんのことを良く思わない人もいるかもしれない。でもそれ以上にゆうくんを受け入れてくれている人がたくさんいるよ」

 

穂乃果は安心させるように腕の力を強めた。

 

「ゆうくんはずっと私たちのために頑張ってきてくれた。今度は私たちが頑張る番。他のの誰のためでもない。ゆうくんのために」

 

「……っ」

 

「もうあなたは一人じゃない。私たちが、皆がいるよ」

 

安らぐような、優しい穂乃果の声。

 

「もう自分がしたいことをしたっていいんだよ。私たちのために――愛華ちゃんのために、ゆうくんが一人背負うことはないの。これからは皆でやっていくの」

 

微笑を浮かべるμ'sの皆。

 

「だから教えて。ゆうくんが望むことを――ゆうくんの気持ちを」

 

俺は唇を噛み締める。

俺の気持ちは言った。望むことは言った。なのに、それでも皆は納得してくれない。

 

「わからない…俺は皆がわからないんだ……どうして、どうしてなんだよ……」

 

俺は顔を歪ませる。

 

わからない。穂乃果がここまで言う理由が、皆がここまでする理由が。

 

わからない。どうして俺にそこまでするのか。

 

わからない。ただわからないのだ。

 

「簡単なことだよ」

 

しかし、戸惑う俺に穂乃果はきっぱりと言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆうくんが私たちのことを手伝ってくれたのは、試験生としての役目が全部だったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

「廃校をどうにかしようとする私たちと一緒にスクールアイドル活動をしたのは、幼馴染としての義理や試験生の義務が全てだったの?」

 

 

 

「――」

 

俺は詰まり、すぐに答えられなかった。

その様子を穂乃果はそれだけではないのだと受け取ったようだった。

 

 

「それと同じだよ、私たちも」

 

 

優しく微笑む穂乃果に、俺は呆気に取られる。

だが彼女のその言葉は、俺の心にストンと落ちた。

 

そうか…確かに、簡単なことだ。

 

そんな簡単なことを俺は、わかっていなかったんだな……

 

震えながらも俺は――穂乃果の背に手を回した。

回してしまった。

 

「ゆうくん……?」

 

本当はこんなことしてはいけない。俺は去らないといけない。

 

だけど、気付いてしまった。彼女たちに気付かされてしまった。

 

 

「……悪い。もう少し、このままでいさせてくれ……」

 

「……うん。いいよ」

 

 

 

皆が微笑む中、俺は恥も外聞もなく穂乃果を抱きしめ続けるのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
皆さんも新生活忙しいでしょうが、何か一つ息抜きを見つけると気持ちが楽になりますよ~

ではまた次回に


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牙をむく脅威




ども、燕尾です。
82話です。






 

 

 

 

 

一人の女子生徒は目の前の扉をノックすると中から入りなさいという言葉が聞こえる。

 

「失礼します」

 

女子生徒はその声に従い、部屋に入る。

部屋の置く中央に佇むのは一人の女性だ。

 

「学院長、状況報告に来ました」

 

「教えなさい」

 

「はい――率直に言うと、あまり芳しくないと思われます。今日初日で既に3分の1を越えています。このままですと賛同する生徒は全校生徒の三分の二以上を越えるかと…」

 

「……ッ」

 

女性――学院長は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

それは当たり前だ。彼女は萩野遊弥という男を音ノ木坂から追い出そうとしていたのだから。

 

彼女には理解できない。女子校である音ノ木坂学院にあの生徒を残そうとする意味が。この学院に"男"がいる理由が。

女子校として存続するのだ。なら男は去らないといけない。当然のことだ。

 

だというのに、現時点で学院の三分の一以上が萩野遊弥が残ることに賛成しており、中には教職員まで賛成している人間もいるという。

これを愚かと言わずしてなんと言うのだろうか。

 

だがこのまま座して爪を噛んでいてもあの男が残るのは明白である。何か手を打たなければならないが、彼女はもしものためにちゃんと考えていた。

 

「――ちょっと聞きたいのだけれど」

 

「なんでしょうか?」

 

「あなた、SNSはやっているかしら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……』

 

昼休み。部室に集まった私たちは言葉が出なかった。

 

「昨日は凄く沢山集まったのに……」

 

テーブルに置かれたノート。それはゆうくんを退学から救うための大切なノートだ。学年でそれぞれ分けているのだが――

 

「急に止まりましたね……」

 

ことりちゃんが言ってくれたように、署名活動始めた昨日1日の署名数は目標までは届かなかったけれど、生徒数の3分の1以上集まった。時間の関係上署名できなかった人もいたが、明日署名してくれると言ってくれた子達もいた。

だけど、今日の朝の署名活動では海未ちゃんの言うとおりでほとんど成果がなかった。

それは花陽ちゃんたち1年生や絵里ちゃんたち3年生も同じだった。

 

「どうしてぱったり止んじゃったんだろう……」

 

そういう私に、皆は沈黙して考える。

 

「……ちょっといいかな?」

 

そこで手を挙げたのは花陽ちゃんだった。

 

「今日署名活動してて気づいたことなんだけど、みんな、わたしたちを避けてなかったかな……?」

 

「それはうちも感じたわ」

 

花陽ちゃんと希ちゃんの指摘。それは私たちも感じていた。

なんか申し訳なさそうにしていながらも署名はしないようにしてたような、そんな感じがしていた。

だけど、その原因がわからない。昨日の今日でこういうことになる理由が。

 

「――っていうか、こんな時ににこちゃんはどこ行ったのかな?」

 

皆で悩んでいる中、凛ちゃんがこの場ににこちゃんがいない違和感を指摘した。

 

「にこはなにか調べることがあるって言ってたわね」

 

「調べるって、何を?」

 

「詳しいことはなにも聞いてないからわからないわ。でも真剣な様子だったわ」

 

「何を調べてるんでしょうか…気になりますね……」

 

海未ちゃんが呟いたとき、部室のドアが開かれた。

 

「大変よ!」

 

少し慌てた様子で入ってきたのはにこちゃんだ。

 

「にこちゃん」

 

「あんたたち、かなりまずいことになってるわ」

 

遅れたことに言及せずに座ったにこちゃんは焦りを滲ませた様子で自分のスマホを机の真ん中に置いた。

 

そこには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、これ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は思わずそう呟いた。

私たちが見たものは信じられないものだった。

 

 

――友達から聞いたんだけど萩野くんって、音ノ木坂に残るために教員の一部を買収したらしいよ。

 

 

――それ知ってる! 自分の親のお金を勝手に使って教員たちに渡していたって!

 

 

そう書かれていたのは学校が開設している音ノ木坂学院専用のSNS。

 

 

――それだけじゃないみたい。他のところでは萩野くんのお父さんが生徒の家を一件ずつまわって残れるように署名しろって迫ってたみたいだよ。

 

 

――確か彼のお父さんって九重学園の理事長務めてて教育委員会でもかなりの権力を持ってる人だから、断れなかった人が多かったみたい。

 

 

そこにはあるはずのないことが書き込まれていた。

そしてこの話を見た人からは、

 

 

――信じられない、そんな人だったの?

 

 

――最低、ほんとあり得ない

 

 

などと、批判的な言葉が沢山書かれていた。

 

「これが今日署名が集まらなかった理由よ。私も朝の様子がおかしいと思っていたから調べてみたら――当たりだったわ」

 

「こんなデタラメなこと、一体誰が……!?」

 

「共学反対を謳ってた連中でしょうね」

 

「どうしてこんなことを言い始めたのでしょうか…」

 

「決まっているじゃない。どうしても遊弥を追い出したいのよ」

 

だからといってこれは酷すぎる。ゆうくんのお父さんまで悪く言うなんて。

にこちゃんも同じ考えのようだった。

 

「まったく、ネットリテラシーがなってないわね。こんな憶測だらけの言葉を信じて誹謗中傷に加わっているのだもの」

 

彼女の言うとおり、アップされている文は"らしい"とか"みたい"とか、確証のない言葉ばかり。

だけどこれが真実のように広がっている。このままではまったく関係のない人まで悪く言われ続けてしまう。早く何とかしないといけない。

 

「これ誰が言ってるのか分からないの!? これ、学校が運営してるSNSだよね!?」

 

「私じゃ無理ね。こういうのは管理側しか知り得ないもの」

 

「なら、学校に言えば……!」

 

私がそういうも、にこちゃんは首を横に振った。

 

「そうじゃないわ、言い方が悪かったわね。この場合の管理側っていうのはサイトを管理運営してるのは学院じゃなくて、アプリを作った会社のことよ」

 

細かいところは分からないけどにこちゃん曰く、アカウントが誰なのかわかる頃にはもう署名活動は終わっているとのこと。

 

「じゃあ…一体どうしたら……」

 

「……一か八かだけど、方法はあるわ」

 

どうしようもないことに打ちひしがれる私たち。だけど、そんな私たちににこちゃんがそう言った。

 

「何をするの、にこ?」

 

問いかける絵里ちゃんににこちゃんは真剣な面持ちで答える。

 

「こいつらの話は推測でしかないことを言った上で新しい話をぶつけるのよ。もちろん匿名でね」

 

「でもそれってかなり危険じゃないかしら」

 

「だから言ったでしょ、一か八かだって。でもこれ以上好き勝手させないためにはやるしかない。止まってる場合じゃないのよ」

 

「……そうだね」

 

ゆうくんのために、こんなところで止まるわけにはいけない。指を咥えてただ見てるだけではいけないのだ。

 

「こういう対立は本当はしたくないけれど、やろう」

 

「穂乃果……」

 

「後悔しないために、私たちができる限りのことはしよう」

 

私はパンッ、と頬をたたいて気合を入れる。

 

「それじゃあ、みんな! 頑張ろう!!」

 

 

『おーっ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらおらおら!! さっさと運ばんかいィ!!!!」

 

「おい! 八つ当たりにもほどがあるだろ!!」

 

「うるさいッ! 俺の苦労を知れこのやろう!!」

 

Sky cafe――俺は学校に行かず、執事姿でまたこの場所で労働に勤しんでいた。

 

これには理由があり、俺の退学に関する意義の署名活動が行われると決まった日。μ'sが復活したあの日の帰りに、マスターから何件ものメールと着信が入っていたのだ。

そして最後のメールに、

 

 

――明日と明後日、絶対に来い。来なかったら、彩音のおもちゃになってもらう。

 

p.s.私はそれでもいいから別に来なくてもいいよー by彩音

 

 

そんなメールが送られてきてしまえば、無視するわけにもいかなかった。

それに、俺がいま学院にいけば面倒くさいことになる。件の中心となっている俺が出張ってしまうと、いらぬ疑いが発生してしまうのは明白だ。

だから俺は最終日まで行かないつもりだった。それは皆も分かってくれた。

しかし、もう既に動き出している奴もいるわけで。

 

「俺はともかく、まさか爺さんにまで矢を放つとはな」

 

向こうもかなり焦っているみたいだ。

まあ俺自身こんなことになるとは思ってもいなかったのだから、共学に反対していた連中が焦るのも無理はない。

だが爺さんまで巻き込んだのは、許されることではない。それについては俺も動かないといけない。

しかし、目下俺がすべきなのは――

 

「オラァ! 何ぼさっと立っていやがる!! さっさと働けやゴルァ!!!!」

 

目の前の修羅となったマスターの対応とお客さんの対応だ。

 

俺は軽くため息を吐いて、はい、と従うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ーづがれだーー」

 

営業時間が終わりを迎えた頃、俺はテーブルに伏していた。

 

「おいおい、だらしねぇな。このぐらいでへばるなんて」

 

「相当な無茶振りをしたあんたがそれを言うか?」

 

「お前の体力がないだけだろ」

 

「なんて言い草だ」

 

ばっさりと切り捨てて俺の目の前でタバコに火をつけ始めるマスター。

この人、なんだか日に日に俺の扱い方が雑になってきているような気がする。取り繕わなくなったというか、素の自分を出しているというか、それは喜ばしいことだけれど、この扱いは素直に喜べない。

 

「学校に行っておけばよかったな」

 

「状況から行けないって言ってただろ」

 

「それはそうですけど……」

 

「それに、これからはほとんど入れなくなるんだろ? だったら今稼げるだけ金稼ぐほうが後のこと考えたらいいじゃねえか」

 

「まだそうなるとは決まったわけじゃないんですけど……」

 

「なるほど。遊弥はあの子達のことを信用していないって言うんだな」

 

「そんなこと誰も言ってないじゃないですか」

 

穂乃果たちのことを信用していないわけじゃない。しかし、こればかりは結果が全てなのだ。

三分の二以上集まらなければ俺は退学になる。それを決めるのは俺や穂乃果たちじゃなくて、音ノ木坂学院の他の生徒たちなのだ。

 

「今の俺に出来るのは皆を信じて待つことだけですから」

 

「ほう……」

 

そういう俺に、マスターは意外そうに息を漏らした。

 

「なんですか」

 

「いや、いつものお前だったら出しゃばっていくと思ってたんだけどな」

 

「棘のある言い方ですね」

 

「だってそうだろ?」

 

そう言われてしまえば俺はなにも言えなくなる。顔を背ける俺に対し、マスターは逆に笑みを浮かべた。

 

「お前、変わったな」

 

「……」

 

「表情見ればわかる。二日前以前とは大違いだからな」

 

ふぅー、と煙を吹くマスター。

 

「ようやく、彼女たちに対して心が開けたんだろう?」

 

「……よく分かりますね」

 

「そりゃ職業柄、いろんな人を見てきているからな」

 

その経験は伊達じゃないということだ。

 

「良かったな」

 

「……はい」

 

頭に手を置いて、わしゃわしゃと無骨に撫でるマスターに俺は少し恥ずかしさがあったが、素直に受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……』

 

放課後、署名活動を終えた私たちは部室で今日の成果を数えていた。

その結果は――

 

「あと少し、だね」

 

二日目の今日では目標までは到達しなかった。

 

「やっぱり朝が響いちゃったかな」

 

朝に署名が集まらなかったのはSNSの噂が原因だったのは昼休みに確認した通りだ。しかし――

 

「でも、放課後はかなり集まったね!」

 

「うん、かなりの人があの話は違うって信じてくれたみたい」

 

そう。放課後では花陽ちゃんとことりちゃんが言ったように、普通に戻ってまた多くの人が署名をしてくれたのだ。

それは私たちがやったことが成功したということ。

 

「どうやら、乗り切ったみたいね」

 

そう言って胸を下ろしたのはにこちゃんだ。

 

「匿名で広まった遊弥くんや鞍馬さんがやったとされている噂には信憑性がないということを指摘して、それに対する同意を数件広める。更にヒデコさんたちや署名してくれた人たちに遊弥くんや鞍馬さんの今の状況を校内で話をしてもらう」

 

「向こうは"憶測"の話に対してうちらは"嘘のない話"を"断言"しているから、信用されやすい――上手くいったなぁ」

 

「にこの的確かつ相手を刺激しない指摘と周りへの広め方が功を奏しましたね」

 

「さすがにこちゃんにゃ!」

 

「ふふん、当然よ。私にできないことなんてないんだから」

 

胸を張るにこちゃん。だけれどそれもすぐ終わり、真剣な表情になった。

 

「でも、油断できないわよ。今日こういう手段に出たということは、明日も何かしてくる可能性が高いわ」

 

「それに明日は遊弥くんが学校に来るから、より直接的な妨害もありえるわ」

 

にこちゃんと絵里ちゃんの言葉に私たちも気持ちを引き締める。

 

――明日は署名活動の最終日。

 

どんなことをされようと止めるという選択肢は私たちの中にはない。ゆうくんと一緒にいるため、私たちはやれることをやるだけだ。

 

「みんな、頑張ろうね!!」

 

『おーっ!!!!』

 

朝と同様、私たちは気合を入れるために揃えて声をあげるのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
次回更新が早くできれば言いなぁ……




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失踪


はい、どうも皆さん、燕尾です
此方の作品が早く書きあがったのでアップです!

早く一期分終わらせたいのに、オリジナルの話を入れているおかげで終わらねぇ……w





 

 

 

 

放課後――

 

 

 

 

 

「どうしてこんなことになっているの……!!」

 

音ノ木坂学院の学院長室。学院長の乙坂亜季は資料を見てその資料を握り潰しかねないぐらいの力を入れていた。

 

「もうほとんど生徒の3分の2が集まっているじゃない…!!」

 

「ひぅ……!?」

 

「が、学院長……!?」

 

資料を持ってきた女子生徒二人は静かに怒り、その怒りをぶつけてくる亜季に怯え、体を寄り添わせていた。

 

「そ、その……学院のSNSに書き込んだ後に、誰かがこんな書き込みを……」

 

女子生徒の一人は自分のスマホを亜季に差し出す。

差し出されたのスマホの画面には件のSNSが表示されている。

そして二人の書き込みがされた後の時間に、彼女たちの話の信憑性がないことを指摘し、萩野遊弥や彼の父親である鞍馬巌の今の状況がこと細かく記されている書き込みがあった。

それを見た亜季は女子生徒二人に目を剥く。

 

「どうしてこれを見過ごしたのですか……!?」

 

怒りの形相ともいえる亜季に女子生徒たちは焦り始める。

 

「ひっ…そ、それはっ……私たちの書き込みに対して一つ一つ正確に返されてしまったので、これ以上書き込めば情報の出所を問われかねないし、よりその話を助長させてしまうと思って……」

 

「見過ごしても同じです…! これではこの書き込みが正しいと認めたようなもの……そんなこともわからなかったのですか……!!」

 

「す、すみません!!」

 

亜季の一喝に女子生徒たちはさらに身を竦める。

声を荒げた亜季は疲れたように頭を抱える。

 

「……いいです。あなたたちに期待した私が愚かでした」

 

「「ッ!!」」

 

「もういいです。下がりなさい」

 

亜季が言い放ったその瞬間、彼女たちの目の色が変わった。

 

「待ってください! もう一度! どうかもう一度だけチャンスをください!!」

 

「……」

 

「次こそは、どんなことをしてでも(・・・・・・・・・・)、必ず達成させて見せます! ですのでお願いします!!」

 

縋る彼女たち。そんな彼女らの姿を見て亜季は口を小さく歪める。

 

「わかりました。最後にもう一度だけ、チャンスを与えます」

 

そういう亜季に女子生徒二人は安堵すると共に、亜季をまるで自分の救世主のように見つめる。

 

「明日が最終日です。萩野遊弥もこの学院に足を踏み入れると聞きました。失敗は許されません」

 

亜季の警告に、女子生徒は気を引き締めた表情をする。

 

「あなたたち二人には、あることをしてもらいます」

 

「あること、ですか……?」

 

「一体なんでしょうか?」

 

「簡単なことです。それは――――」

 

その話を聞いた瞬間、二人の顔色が変わった。

 

「人員や物の手配は此方で済ませています。あなたたちはそれをやれば良いだけ」

 

淡々と言う亜季に女子生徒たちは困惑した表情を浮かべる。

 

「ですが……」

 

迷った様子を見せる女子生徒たち。しかし、

 

「何か異論があるのですか?」

 

冷たい視線が彼女たちを射抜く。

 

「もう一度と機会を望み、必ず達成させると言ったのはあなた方です。」

 

「それはっ…」

 

「どんなことをしてでも、と言いましたよね? なら私の言ったことぐらいできるはずです。その言葉は嘘だったのですか?」

 

「違い、ます……」

 

異論を認めない言い方にどんどん顔が真っ青になっていく女子生徒たち。

 

「なら、お願いしますね?」

 

「「は、はい……」」

 

頷いた女子生徒はフラフラと学院長室を出て行く。

 

「これで、ようやく居なくなる。忌まわしい男が、この学院から――」

 

そんな彼女たちを一瞥したあと、亜季は外を眺めながら口元に弧を描くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が署名活動をすると言ってから三日目の朝。俺は音ノ木坂の制服の袖に手を通す。

 

「よしっ」

 

そしてぱんっ、と頬を叩き、俺は軽く気合を入れる。

今日は署名活動の最終日だ。穂乃果たちの話では署名の数は全生徒数の3分の2までほとんど集められ、残り十数人ぐらいらしい。

油断はできないけど、昨日の様子からだと目標数は達成できるとのことだ。

 

「皆に、感謝しないとな」

 

署名をしてくれた人たちに、俺を想ってくれていた人たち(μ'sの皆)に。

今日学校に行くのはその人たちに報いるためでもあった。

 

「さて、行くか――」

 

前日に準備した鞄を持って家を出る。

いつもの道を歩いていく。

この道の風景も、随分と見慣れた。

それは、自分がそう思うほどこっちに慣れたということ。

 

「こっちに来てから、大分経ったもんな…」

 

三月の下旬に来てから、あと少しで半年経とうとしているのだ。

当時の俺はここにくるとは思ってもいなかった。あのまま九重学園で卒業するものだと思っていた。

最初は爺さんの気まぐれだと思っていた。雛さんと知り合いだったか勝手に選んだのだと。しかし今考えれば、それは違うと考えられる。

爺さんは雛さんから音ノ木坂に穂乃果やことりや海未、そして絵里がいること聞いていた。そのことを知ったからこそ、最初から送るのなら俺だと決めていたのだろう。

 

「まったく、爺さんめ」

 

全て仕組まれていたことに俺は思わずそう口に出してしまう。

 

「今度意趣返しに京都に戻って、なにかしてやる」

 

そんなことを口にするが、決して悪い意味ではない。本当だよ?

街中に差し掛かってから、意趣返しの道具を俺は探しながら学校へと向かう。

良い店がないか周りを見渡していると、

 

「誰か、誰か助けてください!!」

 

どこからか助けを求める、そんな声が聞こえた。

聞こえる方を向くと音ノ木坂学院の制服を身に纏った子が焦ったように叫んでいる。その子の後ろではもう一人の子がうずくまって苦しそうにしていた。

 

どうやら何かあったらしい。

 

「どうした?」

 

「は、萩野くん!」

 

一般大衆に混じって見過ごすことができなかった俺は彼女に声を掛ける。

女子生徒は俺が誰なのか一瞬でわかったようで、焦ったように、状況を話した。

 

「この子が急に体調が悪いって、うずくまっちゃって……」

 

「うぅ……」

 

呻く女子生徒。それは演技でもなんでもなく、顔色は悪く、青ざめていた。

 

「……ちょっと失礼するよ」

 

おでこに手をやると、そこは通常の体温ではない熱を帯びていた。

普通に考えると風邪を引いたのに、無理して学校に来たというところだが、

 

「さっきまでは普通に元気だったのに、急に青ざめて、熱も出はじめて……」

 

助けを求めた女の子はどうしたらいいのかわからないというように困惑していた。

俺は肩を叩きながら声を掛ける。

 

「答えられるかい? どこが悪いのかわかるか?」

 

「お腹が痛いのと、吐き気…」

苦しんだような表情で答える女子生徒。普通に考えれば食あたりや食中毒が考えられるけど、俺も医者じゃないから、この体調変化がなんなのかはわからない。

 

「とりあえず、君は救急車を呼んでくれ」

 

「わ、わかった……」

 

俺の指示に助けを呼んだ女の子はスマホと取り出し、電話をかける。

俺は少しでも彼女の症状を和らげるために、鞄の中から水を取り出した。

 

「とりあえず水分を取るんだ。飲めるか?」

 

「それ……」

 

「口はつけていない。さっき買ったものだから安心してくれ」

 

「……うん」

 

弱々しく頷く女の子。余程苦しいのか、目に涙を浮かべている。

 

「……ごめんなさい」

 

「大丈夫だ。今あの子が救急車呼んでくれているから」

 

体調が弱ると気も弱る。安心させるように俺は言った。

 

「……違うの」

 

しかし、違うと言った女の子。

その意味を問いかけようとしたその瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うぐっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の頭の後ろから腕が伸びてきて、ハンカチで口と鼻を塞がれた。

直後襲ってくる眠気に、俺は薬品を嗅がされたのだと気付いた。だが、そのときにはもう既に遅く、

 

 

「……本当にごめんなさい」

 

 

救急車を呼んでいたはずの女の子の声が聞こえたのを境に、俺の意識は暗転するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆうくん、どうしたんだろう……」

 

今日来るという話だったゆうくんが、まだ学校に来ていない。

署名活動最終日の今日の朝も私たちは校門前に並んで署名活動をしていたのだが、時間ギリギリまで私たちの誰も彼の姿を見ていなかった。

 

もしかしたらゆうくんと話しているところを見られたら何か不正を疑われるかも知れないと考えて、私たちの目を盗んで校舎に入ったのかとそのときは思ったのだけど、教室に入っても彼の姿はなかった。

スマホを見ても、彼から遅れるということの連絡は誰にも入っていない。

 

「何かあったのでしょうか」

 

「わたしさっき教室に来る前に連絡送ったけど、既読もついてないよ」

 

そのことに私たちは不安に駆られる。

 

「ちょっと私も連絡送ってみる」

 

「私も送ってみます」

 

私と海未ちゃんも個別にゆうくんに連絡を送る。

だけど数分待っても、ことりちゃんの言ったように返信はおろか、彼が読んだ跡もつかない。

こんなことは今までなかった。必要な連絡は必ず返してくれていたし、彼自身そういう連絡を逃さないようによく画面の確認をしていた。

 

何かあった、それしか考えられなくなる。

 

「おはよう。ほら皆~、席に着け~」

 

だがそのタイミングでHRの時間になり、山田先生がやってくる。

 

「穂乃果、今は我慢しましょう。先生から何か伝えられるかもしれません」

 

「先生がなにも言わなかったら、私たちから聞いてみよう」

 

「うん……」

 

とりあえず席に着いて山田先生から連絡事項を聞く。しかしそれはいつもと変わらない、提出物や授業関係の話。ゆうくんのことについては何一つ触れられなかった。

 

「それじゃあHRは以上だ。各自一時間目の準備しとけよ。ああそれと一時間目入る前に――高坂、園田、南、ちょっと廊下に来い」

 

私たちから言おうと思っていたのだが先に先生から呼ばれ、私たちは顔を見合わせながら廊下に出る。

 

「ついて来い」

 

廊下に出た私たちは先生の先導で、使われていない空き教室へと連れられた。

先生は廊下に誰も来ていないことを確認してから扉を閉める。

 

「悪いな。お前たちに聞きたいことがあったんだ」

 

先生の聞きたいことについて私たちはすぐわかった。

 

「ゆーくんのことですよね。わたしたちも聞こうと思っていたんです」

 

「ですが山田先生がそういうということは、なにも連絡来ていないということですね?」

 

「お前たちもか…」

 

山田先生は困ったように頭を掻いた。

先生はゆうくんと個人間で連絡を取り合っていたようで、明日来るという話をゆうくんから聞いていたと言う。個人で連絡を取り合っていたのは、共学を反対していた教師たちに彼の行動の話がいかないようにするためだ。

だけど、そんな先生の下にも今日ゆうくんから連絡は来ていないらしい。

 

「私たちも連絡を送ってるんですけど、ゆうくんからの返信がないんです。読んでもいないみたいで……」

 

「……」

 

私の話に先生はしばらく考え込む。そして、

 

「話はわかった。お前たちは授業に出ていろ」

 

先生はそう言うけど、そんなことできるわけがない。先生に私たちは迫った。

 

「先生っ、私たちも一緒に……!」

 

「駄目だ」

 

だけど、先生はすぐに却下してきた。

 

「どうしてですか!」

 

「ゆーくんに何かあったかもしれないんですよ!?」

 

「だからこそ、お前たちが動いたらだめなんだ」

 

ことりちゃんと海未ちゃんが迫るけど、先生はいたって真面目な表情で返した。

 

「お前たちが今動けば、裏で萩野と仕組んでいたと思われるかもしれない。そうなれば、今までのお前らの行動が全部台無しになる。今は我慢してでも、あいつとの接触を避けるべきだ」

 

「ですがっ!!」

 

「どうしてこの二日間萩野が学校に来なかったかお前らだってわかっているだろう」

 

「それは、そうですけど……」

 

「ここで感情的になって動いたって、なにもならない」

 

「でも」

 

「お前たちが今何をするのが正しいのか、それを考えろ。本当に萩野と一緒にいたいのなら、尚更な」

 

ゆうくんとこれからも一緒に過ごすために、私たちがすべきこと。先生の言葉に私たちは気づかされる。

私たちが今するべきこと、それはこの学院の生徒の署名を集めることだ。

 

「萩野のことは私に任せておけ。連絡のつかなくなった生徒のことは、私たちの領分だ」

 

「……はい。ゆうくんを、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ん……」

 

冷たい感触を感じた俺は目が覚める。

 

「ここ、は……?」

 

薬品を嗅がされたせいか、頭が働かない。いまだに視界がぶれる中、俺は周りを見る。しかし周りには簡易トイレしかなく、目の前に扉があるだけだった。

どうやら薬で眠らされた後、この殺風景な部屋に移されたようだ。

 

「起きたみたいだな」

 

聞こえてきたのは男の低い声。

俺が起きた気配を感じ取ったのか、扉の向こう側から声をかけたのだろう。

 

「……誰だ?」

 

少しでも手がかりを得るために、普通のことを問いかける。

 

「お前の質問に答えるつもりは一切ない」

 

しかし、俺の問いかけをばっさりと切り捨てる男。

こっちの意図を見抜いているようだ。

 

「お前は黙ってここにいればいい。数日経ったら出してやる」

 

さながら囚人のような扱い。そこまで悪いことをしたつもりはない。

 

「随分と上から目線で言ってくれるな。自分が何をしているのかわかっているのか?」

 

「……」

 

答えない男に俺はため息を吐きながら屈伸と伸脚をして体を伸ばし、ドアの目の前に立つ。

 

「まあ聞かなくても大体わかる。どうせ乙坂亜季に雇われたんそこらへんのゴロツキだろ?」

 

「無駄口を叩くな」

 

「こんなくだらないことでしか金を稼げない。なにも考えず金を受け取って、指示されるがまま犯罪まがいのことをする。あんたも俺に薬を嗅がせたあの女子生徒たちも乙坂亜季に利用されているだけだっていうのに――なっ!!」

 

そして俺は思い切り扉を蹴った。

 

「――ッ!!」

 

その瞬間、大きな衝突音が響くと共に男の気配が扉から薄れた。

 

「――ちっ、頑丈だな」

 

「……ッ、まさかそんなんで出られると思っているのか?」

 

「やらなかったら出られないのは確実だ、ろっ!!」

 

もう一度全身のバネを駆使して思い切り扉を蹴る。しかし大きな音だけが響き、扉に靴の跡がつくだけでビクともしない。

 

「……ふん、精々無駄な努力でも続けてろ」

 

それだけを言って男の階段を上っていく足音が聞こえる。

この空間に残された俺はひたすらに扉を蹴り続ける。

 

「諦めない。諦めてたまるものか。今までそれで何とかしてきたんだからっ!!」

 

こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない。未だに萩野の行方が掴めていない」

 

放課後部室にやってきた先生は頭を下げてそういった。

 

「連絡がつかないのは朝から同じでスマホの電源が切られている。あいつの家にも行ってみたんだが、居なかった。街中でも聞いてたんだが手がかり一つ見つからなかった」

 

「そんな……」

 

「せっかく、署名が集まったのに……」

 

今日の朝の時点で、目標である全生徒の三分の二以上の署名が集まっていた。

提出して、後は結果を待つだけだったと言うのに。

 

「不安を煽るような、こんなことは言いたくないが、よからぬことに巻き込まれた可能性が高い」

 

よからぬこと、と先生はぼかした言い方をするけど、それはきっと――

 

「今日は時間の許す限り探すが、今日見つからず明日も連絡が取れないとなれば――警察に連絡するしかない」

 

先生の言葉に私たちは息を呑んだ。

 

「とりあえずお前たちは自宅待機だ。もし萩野から連絡が着たらすぐに私か理事長に連絡をくれ」

 

「先生っ、やっぱり私たちも……!」

 

「それは認められない」

 

朝と同じく、先生は即座に首を横に振った。

 

「どうしてですか!?」

 

「お前たちも考えているだろ。萩野の行方が突如として消えたことの原因を」

 

「……」

 

ゆうくんがいなくなった理由。それを考えてないわけではなかった。

 

「やっぱり、なんですか……?」

 

「昨日のSNSの話に今日の失踪。どちらも萩野に関することだ。仮にそう考えない奴が居るのならそれは考えなしの能天気な奴か――あいつを貶めようとする連中ぐらいだ」

 

山田先生はため息をつく。

 

「連中も余程焦っていたんだろうな。ついに実力行使に出始めた。しかも性質が悪いのがこっちに手がかりを掴ませないようにしていることだ」

 

ある意味当然だけどな、と先生は言う。

考えてみればその通りだ。悪いことをするのにわざわざ証拠を残す人なんていない。

 

「私たちは今後手に回されている。そんなときにあいつと親密なお前らがバラけて探すのはリスクがありすぎる」

 

「では、三人一組とかになれば良いのではありませんか」

 

「それでもかなり危ないわ。何せ私たちは相手の規模がわからないのだから」

 

「そうやな。あの遊弥くんが朝からこの時間までになにもできなかったって考えると、かなり大きな力で動かれているのかもしれへんし」

 

「絢瀬と東條は察しが良くて助かる」

 

存外に、私たちは察しが悪いといわれているようで少しムッとしてしまう。が、今は文句を言っている場合ではない。

 

「そういうことだ。お前たちの安全のためにも、認めるわけにはいかない」

 

先生の言い分はもっともだ。だけど感情の方はそうもいかない。

 

「不満アリアリだな、高坂、園田、南」

 

それが顔に出てたのか、先生から指摘される私たち。

 

「あたりまえです。遊弥がどこにいるか、何をされているのかわからないというのに、私たちは安全なところに居るだなんて」

 

「ゆーくんが、大切な人がいなくなったのに、じっとなんてしていられません」

 

私も二人と同じ気持ちだ。ゆうくんが誰かに連れ去られたというのに、私たちだけ安全なところでじっとなんてしていられない。

 

でも、だからこそ私は一息深呼吸して、そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――パンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は頬を両手で思い切り叩いた。

そんな私の行動に、皆が驚く。

 

「穂乃果……!?」

 

「穂乃果ちゃん……!?」

 

海未ちゃんとことりちゃんが心配そうに私に声を掛ける。

 

「――先生」

 

だが、私はそんな二人を置いて、先生をまっすぐ見つめる。

 

「なんだ?」

 

「今日は先生の言われたとおりにします。でも、明日になってもゆうくんの連絡がなかったら、私は探しにいきます」

 

「……それは今日は我慢するが、明日は我慢しないということか?」

 

「はい」

 

「そこまではっきり言われたらもう何を言っても聞きやしないだろう、それ」

 

断言する私に、先生は苦笑いした。

 

「もしそうなったら、お前たちが正しいと思うことをやれ。ただし行動するときは複数人で、私か理事長への連絡をこまめにすること。それだけは守れ、いいな?」

 

「――はいっ、ありがとうございます!」

 

私のわがままを聞いてくれた先生に、私は頭を下げた。

 

 

 






ikagadesitadesyouka?

あと少し、後数話で一期分が終わるはずなんだ……!!

ラブライブのもう一つの作品は一期分がもう終わっているというのに……!!(ちなみに、書き始めたのはonesidememoryの方が早い)


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遊弥を見つけ出せ




ども、燕尾です。
84話目です。





 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

「はぁ…はぁ……やっぱり駄目か……」

 

俺は大の字になって寝転がる。

閉じ込められてからひたすら扉を蹴り続けたのだが、結局は歪むだけにとどまり、壊して出られることはなかった。

 

「今何時だ……?」

 

地下の閉鎖空間に閉じ込められていて日の光が入らないから、時間間隔が全くない。

何時間経ったのか、今が昼なのか夕方なのか、はたまた夜なのか、全然わからない。

だが、それはすぐに解消した。

 

 

 

「――おい」

 

 

 

外から掛けられる声、それは最初に話した男のものだ。

 

「おー、そろそろ出してくれるのか?」

 

「まだその指示は来ていない。いま来たのは、差し入れのためだ」

 

「ってことは、今は夜なのか?」

 

「……上の穴から投げ入れる。その中に飲食料が入ってるから食べておけ」

 

無視してそのまま要件だけ言う男。その直後上から袋に詰められたものが落ちてきた。俺はそれを地面に叩きつけられないように、両手で受け止める。

俺の疑問には答えないってか。本当に最小限の情報しか与えないようだ。

しかし、見張りの男はそのつもりでも確かな情報はいくつか得られた。

 

「上に穴があったのか」

 

「自分の身が大切なら変な気は起こさないことだ」

 

「いらない親切なご忠告どうもありがとさん」

 

「……可愛くない奴」

 

男は階段を上がっていき、次第にその足音が遠ざかっていく。

 

さて、男が居なくなったところで得られたことをまとめてみよう。

 

まず一つとして、男が階段を上がっていくといったということはここはどこかの地下に位置している。

 

それから今のやり取りから最低限生きるための物は保障されているようだ。殺そうと思って監禁しているわけではないということだ。

ならば時間が経ったら出すというのも幾ばくか真実味がある。

 

だが、その後のことを考えているのなら、解放された後も用心しなければならないだろう。口封じにどんなことをしてくるかわからないし。

まあ、音坂亜季なら知らぬ存ぜぬを通して、今いる男や女子生徒をトカゲの尻尾のように切り捨て可能性もある。

また食料を渡されてはじめて気付いたのが、このドアのかなり上の位置、四メートルぐらい上だろうか、一辺80センチぐらいの正方形の穴がある。これは食料の受け渡しもそうだが、地下の部屋だということも考えれば空気の通り道にもなっているのだろう。

 

あとは今は夜だと考えたほうがいいだろう。基本的に食料品の支給は朝と夜に行われやすい。

 

「一人暮らしが仇になったなぁ」

 

これで爺さんや咲姉、愛華と住んでいたなら即座に捜索されていた。

それと比べて穂乃果たちや学校が異変に気付いて探し始めるのは早くても明日以降になる。その間に音坂亜季が何かしないわけがない。

 

「さて、どうしたものか……」

 

俺は上を見上げる。

 

ドアの上には八十センチ四方の穴。そこをくぐれば出られるのだが、残念ながら高さがありすぎる。

 

「いや、壁キックと垂直のぼりでいけるか……?」

 

頑張れば行けなくもないような高さ。男の要らない忠告を無視すれば自力で脱出できるかもしれない。

後で試してみよう、でもその前に――

 

 

 

 

 

くきゅるるるるる――――

 

 

 

 

 

「さすがに腹減った…」

 

朝以降なにも食べてなかったしなぁ。

俺は袋から食料を取り出して腹を満たすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆうくんの行方がわからなくなってから次の朝がやってきた。

次の日がやってきたが、未だにゆうくんからの連絡はなかった。考えたくはないけど、やっぱりそういうことなのだろう。

 

「どこにいるのかな、ゆーくん」

 

「無事でいると良いんだけど…」

 

「遊弥なら並大抵のことなら無事なはずですが……」

 

海未ちゃんが言う通り、ちょっとやそっとでゆうくんをどうにかしようなんてできない。でも、こうして音信不通になって行方もわからなくなっているというのが事実だ。

私たちは今はただ彼の無事を願うことしかできない。

 

「とりあえず、先生の話を聞きましょう。それからじゃないと方針も立ちません」

 

「そうだね。先生が何か手がかりを見つけてるかもしれないし」

 

「もし先生も手がかりが見つからなかったら昨日穂乃果ちゃんが言った通り、わたしたちも探すしかないね」

 

私たちが動くのはこの後だ。まずは先生を待たないといけない。

 

「お前ら、席に着け」

 

いつものホームルームをやる時間に、先生が教室にやってくる。だけどその表情は、なんというか、いつもと違っていた。

それからいつもの連絡事項で、驚くべきことが伝えられた。

 

「今日の六時間目、授業を変更して全校集会を開くことになった」

 

授業を変更しての全校集会にクラスがざわつく。それは廃校を伝えられたとき以来のことだったからだ。

ざわめくクラスの人たちとは対照的に、私たちはあまりのタイミングが良さに嫌な予感がした。

 

そしてそれは見事に的中することになる。

 

「内容は薄々気付いているやつらもいるとは思うが、萩野のことだ。あいつがこの学院に残るか残らないか、そのことについてのあらためた話だ」

 

私たちは冷や汗をたらす。

 

「署名の提出は昨日生徒会長の絢瀬から受け取った。全校生徒の三分の二以上集まっていたことは教員もきちんと確認した」

 

「それなら、私たちの意思は伝わったということじゃないんですか?」

 

ヒデコちゃんが手を上げてそういった。だが、先生は首を横に振った。

 

「確かに署名は集まった。だが三分の二以上集まったとはいえ一部の生徒は声を上げて反対しているし、教員側も賛成と反対で意見が半分に割れている」

 

「署名活動ってそういうものじゃありませんか? 切り捨て、といったら言葉は悪いですけど、少数派の声を全部聞いたらどうしようもないですよね?」

 

「個人的にはそうだとは思う。だが、学院としては一部の生徒に我慢を強いるというのは認められない。そしてなにより――私たちは萩野自身の言葉を何一つ聞いていない、あいつが残りたいという意思を皆が聞いてそれを認めたのか、高坂たちμ'sの功績から署名したのか、全部曖昧だ。そういう結論になったんだ」

 

私たちは絶句する。

あのとき認めてくれたのは後だったけど、それでもちゃんと言葉で聞いた。ゆうくんが心から否定していたらいくら私たちでもこの活動はできなかった。

屋上でゆうくんが認めてくれたからこそ、私たちは署名活動をやった。ゆうくんが音ノ木坂学院にいたいと言ってくれたから私たちは行動した。

 

なのに、そんなことがまかり通るのか。そんなことが認められるなら、私たちがやったことは一体何のためのだったというのか。

沸々と良い知れぬよくない感情が湧き上がってくる。それは海未ちゃんやことりちゃんも同じようで、静かに怒りの感情を発していた。

 

「山田先生」

 

立って底冷えた声を出した海未ちゃんにクラスの雰囲気が一瞬にしてしん、とした。

 

「……なんだ園田?」

 

先生は冷や汗をたらしながら、海未ちゃんに応える。

 

「遊弥についての改めての全校集会を開くことは理解しました。具体的には何をするつもりですか?」

 

「……あいつ自身の意思を表明してもらう。そういう時間をとることになった」

 

伝えられた内容に、海未ちゃんは歯噛みした。今にも大きな声を上げそうな雰囲気だ。

だけど海未ちゃんは一度深呼吸をして、わかりました、とだけ言って席に着く。

 

「先生。ゆうくんは今どこにいるんですか?」

 

「いま萩野は理事長と全校集会について話をしている。今日教室に来れるのはそれが終わった後――放課後以降だ」

 

それが嘘だということは事情を知っている私たちはすぐにわかった。

たぶん他のみんなにゆうくんが失踪したということを悟らせないようにしているのだろう。

 

「他に質問のある奴はいるか? ないなら、これでホームルームを終わりとする――それから高坂、園田、南はこの後昨日と同じ場所に来い」

 

そう言って先生は教室から出て行く。

私たちは顔を合わせて頷き、昨日の空き教室へと向かう。

 

「来たか」

 

「先生っ――」

 

入ってきた先生は詰め寄ろうとした私たちを制止する。

 

「お前らの良い言いたいことはわかってる」

 

先生は悔しそうな表情をしてそう言う。そして、

 

「本当にすまない。私たちの力が足りないばかりに、こんなことになってしまった」

 

私たちに向かって頭を下げた。

意表を突かれた私たちは戸惑ってしまう。

 

「さっきの話は全部あの女――乙坂学院長をはじめとした萩野をこの学院に残したくない連中の計らいだ」

 

先生の話によるとことりちゃんのお母さん、この学院の理事長が居ない間に学院長と一部の教員、つまりはゆうくんがこの学校にいることに反対の教員たちが勝手に決めたことらしい。

本来ならそんなことが許されないのだけど、理事長が居ないとなれば、この学院の決定権は学院長にある。そういう仕組みだからこそ、こんな暴挙に出たのだ。

 

「どうにかならないんですか!?」

 

「決まったことを今から変えるのは正直言って理事長でも無理だ。唯一の解決策は、萩野をその場に引っ張り出すしかない」

 

「先生。ゆーくんがどこにいったかは……」

 

「直接的な情報は得られなかった。だが――」

 

 

その瞬間、教室のドアがノックされる。

 

 

「来たか。入ってくれ」

 

「失礼します」

 

「絵里ちゃん!?」

 

先生の言葉が聞こえたのか、入ってきたのは絵里ちゃん。そして女子生徒二人と一番後ろの希ちゃんの四人。

 

「絵里、希。そちらの二人は……?」

 

海未ちゃんは絵里ちゃんと希ちゃんの間にいる二人を問う。胸元のリボンが緑色だから三年生というのはわかる。だけどそれだけでどうしてここに連れてきたのかはわからなかった。

 

「遊弥くんの失踪に関わった子達よ」

 

「今日の朝、学校に来たうちらに教えてくれたんよ――昨日体調が悪いのを装って、介抱する遊弥くんの隙を見て薬を吸わせて眠らせて、男の人に渡したって」

 

「「……」」

 

希ちゃんの説明にうな垂れる二人は、その瞳に小さく涙を貯めていた。

 

「どうしてそんなことを……」

 

私たちが問いかけるも、小さな嗚咽を漏らす彼女たちは答えない。そんな彼女たちの説明を絵里ちゃんがする。

 

「この子たちは遊弥くんがこの学校にいるのに反対していた子たちで、学院長の指示に従ってやったそうよ」

 

「ごめ、んなさい……」

 

「本当に、ごめん、なさい……」

 

ようやく出てきたのは詰まった謝罪の言葉。だけど、

 

 

「あなたたち、自分がやったことをわかっているのですか……!?」

 

 

海未ちゃんが静かな怒りを爆発させる。

 

「あなたたちがやったことは、犯罪です! 遊弥をどんなに嫌ったとしていても、罪を犯すことがいけないことだと、そんなこともわからなかったのですかっ!!!」

 

「すみませんっ…すみませんっ……!!」

 

「本当にごめんなさいっ!!」

 

「遊弥の優しさに漬け込んで、あまつさえその優しさを踏み躙るなんて、言語道断ですッッ!!!!」

 

至極全うな海未ちゃんの叱責に二人は大粒の涙を流しながら頭を下げる。

 

「海未。気持ちはわかるけど、その辺にして」

 

「ですが、絵里ッ!!」

 

宥める絵里ちゃんに、海未ちゃんが食って掛かる。

 

「今ここに彼女たちを連れてきたのは、責めるためじゃない。遊弥くんの手がかりを話してもらうためよ。だから今は抑えてちょうだい」

 

「ふぅ…ふぅ……っ!!」

 

絵里ちゃんの言葉に海未ちゃんは大きな呼吸を何度も繰り返す。怒りを抑えようとしているのだろう。だけどそれだけじゃなかった。

 

「どうして…どうしてなのですか……!!」

 

「海未ちゃん……」

 

海未ちゃんは瞳に涙を溜めて、どうして、と悔しそうに言う。

そんな彼女に感化され、ことりちゃんや私も涙が出そうになる。

 

だけど――

 

「海未ちゃん」

 

私は出てきそうな涙を抑えて、海未ちゃんの手を握った。

 

「穂乃果……」

 

涙に濡れる海未ちゃんに私は頑張って優しく微笑む。

 

「私たちは私たちのやらなきゃいけないことをやらなきゃ」

 

本当はこんなことになってしまったことへの悔しい気持ちや、彼女たちに対する怒りの気持ちもある。

だけどそれを全部ひっくるめて、今はやるべきことをしないといけない。

 

「まずは二人の話を聞いて、ゆうくんを見つけなきゃ、だよ」

 

ゆうくんを見つけて、学校につれてくること。それが私たちのやるべきことだ。

 

「……そうですね」

 

大きく息を吐いて、海未ちゃんは落ち着きを取り戻し始める。

 

「すみません、少し取り乱してしまいました」

 

海未ちゃんは涙を拭って二人に向き直る。

 

「…あなた方の処遇は私が決めることではありません。遊弥が決めることになるでしょう。あなた方は遊弥の言葉をありのまま受け入れてください。それだけです」

 

「は、はい……」

 

「わかりました……」

 

女子生徒たちは頷く。

 

「それじゃあ教えてもらおうか。少しでもあいつに繋がるように、詳しくな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今から遊弥くんの捜索を始めるわ」

 

三年生の二人の女子生徒から話を聞いた私たちμ'sは、学校を抜けて街に集まっていた。

時間は午前9時30分。六時間目の時間まで約5時間。それまでに私たちはゆうくんを見つけ出さないといけない。

 

「証言によると遊弥くんはここで眠らされて男の人に連れて行かれたそうよ。それから目立たないためにそのまま担いで連れて行ったらしいから、車を使われた可能性は低いわ」

 

「ならゆうやくんはこの付近にいるはず、そういうことだね」

 

「その可能性が高いわ」

 

花陽ちゃんの確認に絵里ちゃんは頷いた。

 

「ただ単独での捜索は何かあったときのリスクが高いから、彼の捜索は三人一組でチーム分けは三年生を筆頭にするわ」

 

それは先生にも言われたこと。必ず複数人で探し、こまめに連絡を取り合うこと。であれば、三人一組が一番良いと絵里ちゃんは判断した。

 

「それでチーム編成についてだけど、まずは私、穂乃果、花陽の三人でひとつ」

 

「よろしくね、絵里ちゃん、花陽ちゃん!」

 

「はい!」

 

「次に、希、ことり、凛」

 

「よろしくな、二人とも」

 

「ゆうくんを絶対見つけるにゃ!」

 

「よろしくね、希ちゃん、凛ちゃん」

 

「最後ににこ、海未、真姫」

 

「任せなさい」

 

「遊弥を必ず見つけ出して見せます」

 

「よろしく」

 

バランスよくチーム分けが行われたところで、絵里ちゃんから注意事項が伝えらえる。

 

「どんなときでも一人で勝手な行動はしないこと、必ず三人で行動することが鉄則よ。それとチームの連絡と先生への連絡は定期的に行うわ。基本的には三年生は先生への連絡を、一、二年生は他2チームへの連絡をお願い。後はそのときに応じて連絡を取り合いましょう」

 

絵里ちゃんの指示に、私たちはいろんなく頷く。

 

「それじゃあ、必ず遊弥くんを見つけるわよ!!」

 

『おー!!』

 

そして私たちはそれぞれゆうくんの捜索に乗り出すのだった。

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
できれば今日の夜か明日にまた更新したいなと思います。





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捜索




ども、燕尾です。
続きの85話です





 

 

 

 

 

「ここね……」

 

秋葉原駅から離れた廃墟。そこには一人の少女とその少女を守るように隣に立つ黒服の男が数人居た。

 

「お嬢様。いかがいたしますか?」

 

お嬢様と呼ばれた少女は黒服の人間に問いかける。

 

「相手の数は?」

 

「四人です」

 

ふむ、と少し考える少女。

 

「なら、早いうちに制圧しに行くわよ」

 

「かしこまりました――おい、聞いたな? それぞれ配置につけ」

 

『はっ』

 

無線から聞こえてくる男たちの声。

 

『お嬢様。配置、完了いたしました』

 

「わかったわ――それじゃあ、いくわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Kotori side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三チームに分かれて、それぞれ範囲を決めてゆーくんを探し始めた私たち。

 

「すみません。こんな人を見かけませんでしたか?」

 

「いや、見てないかな」

 

「そうですか…ありがとうございます」

 

頭を下げて、去っていく人を見送る。

 

こんなことを繰り返し続けて約一時間。ゆーくんへの手がかりは一向につかめないままだった。

穂乃果ちゃん、海未ちゃんたちのチームも同じようで、ゆーくんに繋がる情報がまったく得られない状況らしい。

残り約四時間しかない。それなのにわたしたちの成果はゼロ、進展すらしていない。

募るのはゆーくんの心配ばかりだ。

 

「ちょっと――探し方を変えないといかんかもしれへんな」

 

この状況をよくないと思っていたのか、希ちゃんが提案してくる。

 

「どういうことにゃ?」

 

「遊弥くんがいなくなったのは昨日の朝のことだから、今いる誰かに聞いても知っている人はほとんどいないと思うんよ」

 

「そっか。三年生のあの二人の話は確か目立たないところでやったっていう話だったから」

 

もしその現場を見たとしても注意深く気にしていた人じゃなきゃ、見たことを覚えている人はほぼゼロに等しい。

そう考えれば、ずっと人に当たっていても手がかりを得られないのは当たり前だ。

 

「でも、探し方を変えるって言ってもどうやってやるのにゃ?」

 

「人を手がかりとするんやなくて、遊弥くんを閉じ込めてそうな建物を当たるんや。それも地下に繋がっている建物やね」

 

「地下?」

 

「人を閉じ込めるのであれば、誰にも見えないところに閉じ込めるのが普通や。二階や三階みたいな上の部屋は窓から見られる可能性があるから」

 

「なるほど……」

 

「とりあえずうちはえりちとにこっちに連絡するから、ことりちゃんと凛ちゃんは地図アプリでこの近辺で地下フロアがある建物を探して」

 

「うん!」

 

「わかったにゃ!!」

 

希ちゃんが絵里ちゃんとにこちゃんに連絡を取っている間に私と凛ちゃんは建物の目星をつける。

 

「二人への連絡はこれでオッケー。それじゃあ、うちらも方向性を変えて遊弥君を探そっか」

 

それから私たちは人から建物へとターゲットを変えて、ゆーくんの捜索を再開する。

 

 

 

 

 

しかし――

 

 

 

 

 

「ここも違ったね……」

 

ゆうくんが囚われてそうな場所を絞って探し始めてから一時間半――結構な数を廻ったがわたしたちはまだゆーくんを見つけることができていない。

最初のタイムリミットから半分の時間を過ぎてこの有様にだんだん私たちに焦りが出始める。

 

そもそも人もそうだけど、建物も東京には数え切れないほどいっぱいある。その中からゆーくんがいる場所を当てるのは砂の中から一粒の砂金を見つけるようなものだ。

でも可能性があるとした希ちゃんが言った通りにするしかない。泣き言は言っていられない。

 

もっと頑張らなきゃ。ゆーくんと一緒にいるためだもの。わたしはわたしでできる限りのことをしないと。もう、後悔なんてしたくないから。

焦りはあるけど、周りが見えなくなっちゃうのはよくない。頬を両手でパンッ、と叩いてわたしは気合を入れる。

 

「よしっ……――って、あれ?」

 

立ち上がったそのとき、ポケットの中が振動した。

ちょっと前に穂乃果ちゃんや海未ちゃんと状況確認の連絡は取ったのに。二人とも親展がないって言う話だったけど、なにか判ったことでもあったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、嘘……!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画面を開いて送り主を確認した瞬間、わたしは大きな声を上げた。

 

「どないしたん、ことりちゃん?」

 

「ことりちゃん、どうしたの!?」

 

「これ……!!」

 

わたしは自分が見たものが信じられず、二人に画面を見せる。送信者を見た二人も、同じように驚いた表情をした。

 

「ゆーくんからの着信だよ!」

 

画面にはゆーくんの携帯からの通話が表示されていた。

 

「ど、どうしたらいいのかな!?」

 

「とりあえず落ち着いて、電話に出るんやことりちゃん!」

 

「う、うん……!」

 

わたしは通話ボタンをフリックしてゆーくんとの電話に出る。

 

『もしもし、みな――』

 

「もしもし、ゆーくん!? ことりだよ! 今どこにいるの!?」

 

繋がった途端、落ち着きなんて全部忘れて矢継ぎ早に言う。だけど、

 

『落ち着いて。南ことりさん』

 

電話から聞こえてきたのはどういうわけか女の子の声。しかも以前聞いたことのある声だった。

 

『私、綺羅つばさよ』

 

ゆーくんのスマホでわたしに電話を掛けてきたのはA-RISEの綺羅つばささんだった。

 

「つばささん…!? どうしてゆーくんのスマホから……!?」

 

「詳しい事情は後で説明するわ。とりあえず今は私の言った場所に来てちょうだい。そこに遊弥がいるわ」

 

「ゆーくんが!?」

 

私の混乱が頂点に達する。どうしてつばささんがゆーくんの状況を知っているのか、どうして彼女がゆーくんの居場所を知っているのか、まったくわからないから。

だけどわたしは混乱を抑えるために、一呼吸置いた。いま一番重要なのはゆーくんの居場所をしることなのだから。

 

「それで、ゆーくんは今どこにいるんですか?」

 

『いま遊弥は秋葉原駅の南口から300メートルはなれた廃墟ビルの地下よ。詳しい住所はこの後送るから地図を見てくれるかしら』

 

「わかりました。いますぐいきます!!」

 

つばささんからの電話が切れる。そこからわたしはすぐに動いた。

 

「希ちゃん! 凛ちゃん! 絵里ちゃんとにこちゃんに連絡して皆に秋葉原駅に来るように伝えて!!」

 

「まかせとき!」

 

「わかった!!」

 

待っててねゆーくん、いま助けに行くから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呆れたな。まさか本当に出てくるとは思わなかった」

 

「……」

 

「だが、大人しく戻ってもらう。でなければ身の安全は保障できない」

 

「たかだか一人にどれだけ用心してるんだよ」

 

ナイフや鈍器を向けられている俺は両手を挙げて溜め気を吐きながら、目の前の年の近い四人の男たち(・・・・・・)を睨む。

 

「そんなに乙坂からの金が欲しいのか?」

 

「学園理事長の子供としてぬくぬくと育ったお前にはわからない。俺たちの苦悩が」

 

わーお、唐突なお話が出てきたよ。

俺はいたいものを見るような目をしてしまった。

 

「おいおい。唐突な不幸自慢はやめておけ」

 

「なんだと…?」

 

男の眉がピクリと動く。

 

「自分たちだけが、なんて言ってるのは痛いだけだぞ」

 

俺の言葉に男たちの顔がどんどん歪んでいく。

 

「どうせ、自分の思い通りにならないことを周りのせいにして逃げていたんだろ」

 

身なりを見れば大体そんなところの奴らだ。そんじょそこらのグレた若者のような格好。髪を派手に染め、着崩した服に安物のピアスや指輪をつけている。

俺たちの苦悩が――なんていっているが、結局のところそこらのチンピラだ。自分の思い通りに行かないから癇癪を起こしているだけのお子様なだけだ。

 

「お前らはただ考えなしに金に眩んだろくでなし共さ」

 

「黙れッ!」

 

「ゴフッ……」

 

言い切る前に腹を殴られる。どうやら相手の癇に障ったようだ。だが、俺は止まらない。

 

「は…そうやってキレるってことは図星か?」

 

「うるさい、黙れッ!」

 

「がっ――ぐっ――!」

 

相手は煽り耐性がゼロのようで怒りのまま殴り、蹴りを入れてくる。

 

「お前らは…まるで、届かない位置にぶら下がっているバナナに必死に手を伸ばしている猿…なにも考えちゃいない……」

 

こいつらの行動は人間のそれではない。ただ自分が満足するために他人を落とす、脳のない動物だ。

 

「お前らはいつからそんなのに成り下がった…?」

 

「黙れェェェ!!!!」

 

「あ、おいっ!!」

 

誰かの制止が聞こえた瞬間、頭に重い衝撃が奔った。

 

気付けば俺は、地に伏していた。

 

頭がドクドクと脈打っている。

目の前が眩む。意識が飛びそうだ。

 

「お、おいっ! 何してんだよ!!」

 

仲間の一人の慌てた声が耳に入る。

 

「いくらなんでも、ここまでする必要はなかっただろ!!」

 

「うるさいっ! こいつが悪いんだ、こいつが余計なことしたからだッ! 俺はあの女に言われたとおりのことをしただけだ!!」

 

「でも、殺せまでいわれてなかっただろうが!!」

 

おい、誰も死んでない。この程度で勝手に殺すなよ。

 

「うるさいうるさいうるさい! つべこべ言ってないで、さっさとこいつをあの部屋に戻せ!!」

 

「お、お断りだ! 俺は知らねえ、なにも知らねえからな!!」

 

一人がそう言って逃げ出すと他の二人も、俺も、と言って地上に逃げ出す。

 

「あ、おい! ふざけるな!! 戻って来い! おい!!!!」

 

取り残された男は怒鳴るが、仲間たちが戻ってくることはない。

 

「くそっ、くそっ! どうしてこんなことに……!!」

 

 

 

「それは…覚悟もなく、一線を……越えたからだ……」

 

 

 

慌てふためく男に俺は足に力を入れ、立ち上がりながらそう言い放つ。

 

「お友達は…ちゃんと、選んだほうが良い……」

 

「お、お前……っ!」

 

「上っ面で付き合うから…一人になる……」

 

「うるさい! お前が余計なことしなけりゃ、俺は成功してた! 金が貰えたんだ!!」

 

「ふ、はは……そこまできても金か…いっそ清々しい」

 

俺は笑いがこみ上げる。

 

「そりゃ…金は欲しいよな。あっても困るものじゃない。どんな経緯であれ、金は金だ。その気持ちはよく分かるさ」

 

こいつがどうしてここまで金に執着するのかはわからないし、知ろうとも思わない。

ただ、昔はある意味で俺もこいつと同じだったから、こいつらの気持ちは分からなくはない。

 

だが――

 

「お前は、その辺の雑草を食ったことはあるか……?」

 

「あ……?」

 

「お前は、住む場所を失ったことはあるか?」

 

「何を言っている……」

 

「その日食うものに困ったことはあるか?」

 

「わけの分んねえこと言ってんじゃねえよ!!」

 

「――お前は、越えてはいけない一線を越えた奴の末路を、知ってるか?」

 

「しっ、知らねえよそんなこと!!」

 

超えてはいけないラインを超えた者は碌なことには絶対ならない。俺がそうだったように。

 

「なら…お前は幸せものだよ……」

 

「お、お前は――お前は一体なんなんだよぉぉ!!」

 

にやりと笑う俺に、男は恐怖に震え上がったように叫び、バットで殴りかかってくる。

大きく振りかぶり俺の頭を狙う男。しかし隙だらけだ。

 

俺は相手の手首を掴み、捻り上げる。

 

「あぐぁ!?」

 

力を利用して捻り上げたことで、相手の手首から鈍い音がなる。

 

痛みで手が開き、落下するバットをキャッチする。そして――

 

「がっ!?」

 

グリップ部で相手の首根を思い切り打つ。

男はそのまま顔面から地面にダイブし、そのまま動かなくなった。

 

「ふう…あつつ……」

 

痛む頭を抑えて俺は一息ついた。

どうやら何とかなったようだ。受けたダメージは大きいが。それでも何とかなったのだからよしとしよう。

 

「さて、スマホと財布……」

 

倒れている男のポケットを弄り、取られたであろうスマホと財布を探す。

しかし、この男は持っていないみたいで、隅々探してもでてこなかった。

 

「おいおいマジか。どこにやったんだ、俺の財布とスマホ」

 

もしかして、あの下っ端かぶれの奴らが持ってたとか? そうだったら結構やばいぞ。

散らばったあいつらがどこにいったのかわからない。顔は覚えているのだが、次に会うのはいつになることやら。

今ならそう遠くはいっていないはずだが、頭を強打されたこともあってかなりだるい。

 

「はぁ……今度は残党狩り、かよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その必要はないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがその直後に聞こえてきたのは本来ならここにいるはずがない知り合いの声。

 

 

「無事、とは言いがたい状態ね。大丈夫かしら?」

 

 

声の方、前を向くとそこに居たのは――

 

 

 

 

 

「……このくらいじゃ死にはしない。それで……なんで、こんなところに居るんだ……つばさ?」

 

 

 

 

――μ'sの誰でもない、A-RISEの綺羅つばさだった。

 

 

 

 

 

「あら、凄い久しぶりの登場だと言うのに随分な言い方ね」

 

「おい……」

 

「冗談よ」

 

そんな冗談は言わないでほしい。彩音さんやマスター以来の唐突なぶっこみに俺はため息をつく。

 

「どうして、ここに……? それに残党狩りの必要がないってどういうことだ?」

 

「あなたを助けに、それとあなたのスマホと財布はここにあるからよ」

 

そういいながらつばさは俺のスマホと財布の両方を見せてくる。

 

「どうして、それを――」

 

「まあ話せば長くなるんだけど、そこで伸びてる男の人の仲間と思しき人たちが親切に私に渡してくれたの」

 

にっこりと笑いながら言うツバサ。そんなツバサに俺は戦慄した。

嘘だ。この笑顔、絶対に嘘だ。

何らかの力が働いてたに違いない顔だ。

 

「で、そもそもの疑問だが…何でツバサは、俺の状況と居場所がわかったんだ……?」

 

「それに関しては本当に偶然なのだけれど、あなたが運ばれていたところを見つけたのよ。でも、下手にすぐに行くわけにはいかなかったから、家の人に見張ってもらって証拠を集めていたの」

 

「……つばさって、もしかして良家のお嬢様なのか?」

 

「まあそこまで大きな家じゃないけれどね」

 

そう言うつばさに、俺は思った。真姫と同じタイプの自覚なしお嬢様だこいつ、と。

 

「う……」

 

色々と情報過多にくらっとしてしまう。

そんな俺をつばさは支えながら、ゆっくりと座らせてくれる。

 

「もう大丈夫よ。あなたを連れ去った男たちは一人残らず拘束したし、周りの安全は確保したわ。それと、悪いとは思ったけどあなたのスマホロックがかかってなかったから、ミナリンスキーさん――南さんに連絡させてもらったわ。μ'sの皆はあなたを探していたみたいだから、もうすぐ皆が来るはずよ」

 

「そう、か……」

 

どうやらとんでもなく心配させていたみたいだ。

 

「でもその前に止血とかしないと。ほら寝転がって」

 

そういってつばさが指示したのは――彼女の膝だった。

 

「いや、それは――」

 

「つべこべ言わず、乗せなさい」

 

「あいたたたたたた! わかった…わかったから無理やり掴むな……!」

 

怪我人には優しくしてほしい。痛いものは痛いのだから。

俺はつばさの膝、というより太ももに頭を乗せる。

彼女の柔らかい感触と下からつばさの顔を見上げるような形に、少し戸惑ってしまう。

 

「どうかしら、私の膝枕は?」

 

俺の顔を真上から見るつばさ。顔の距離が結構近く、緊張してしまう。

 

「応急処置するんだろ。なら早くしてくれ」

 

「ふふ、照れてる遊弥もいいわね」

 

「楽しむなよ…結構辛いんだぞ……」

 

「ごめんなさい。今手当てするから」

 

そう言ってつばさはバッグから消毒液とガーゼ、そして包帯を取り出して、的確に処置をし始める。

 

「――(つう)っ」

 

「我慢して、男の子」

 

そういいながら見事な手際で手当てを進めるつばさ。

 

「はい。これで少しは何とかなるわ。ただ病院はちゃんと行くこと」

 

キュッ、と包帯を縛りながらいい? と言うつばさに俺は素直に頷く。

ここで抵抗したところで、後々穂乃果たちに連れて行かれるのは決まっているし。今さらこんなことで強がることなどしない。

 

「そうね。南さん、電話に出たとき凄い慌てていたんだから、ちゃんと安心させることね」

 

確かにこの二日間連絡もできなかったから、皆には凄い心配を掛けていただろう。

 

「ああそうだ、なら俺からも連絡ぐらいはしておかないとな……つばさ、俺のスマホをくれ」

 

彼女が持つ俺のスマホに手を伸ばそうとしたところで、手を(はた)かれた。

 

「……」

 

「……おい」

 

もう一度手を伸ばそうとするが、また叩き落とされる。

一体何がしたいんだつばさは。

 

「せっかくA-RISEの綺羅つばさと二人きりなのに、他の女の子と連絡を取るのってどうなのかしら?」

 

「いやそんなこといわれても…状況が違うだろうが」

 

「もう…ちゃんと女心をわかってあげないと、後々大変よ? ただでさえあなたは女心がわからなくて怒らせること多そうだし」

 

そういわれると穂乃果たちを怒らせて仕舞うことが多々あるから耳が痛いのだが、この状況下においては納得はできない。

 

「まあ良いわ。お迎えも着たみたいだし、膝枕も堪能できたし、今日は許してあげる」

 

つばさが微笑んだ直後、地下室の扉が勢いよく開かれた。

 

 

 

 

 

「ゆうくん!!」

 

「ゆーくん!!」

 

「遊弥!!」

 

「遊弥くん!!」

 

 

 

 

 

大きな声を上げて入ってきたのは穂乃果、ことり、海未に絵里。そしてその後に続いて、皆がなだれ込んでくる。

 

 

「ゆうくん、良かった! 無事だった…ん……だ……」

 

 

最初こそ声を上げていた穂乃果だったけど、その語尾はどんどんしぼんでいった。

 

「えっ……?」

 

「これは、一体……?」

 

絵里や海未も、戸惑いの声を上げる。

 

「ゆーくん……? 一体何してるの……?」

 

つばさのことを知っていることりは真顔で問いかけてくる。

 

「遊くんが、知らない女の子といちゃついているにゃー!?」

 

だが、間髪いれずに凛が叫んだ。

皆の意識がつばさに行ったところで、彼女がどんな人なのかに気付いた人が居た。

 

「ちょっと、待って……そこの人って、まさか……!?」

 

「ま、間違いない……間違いようがないわ……!」

 

アイドル好きの花陽とにこは即座に判断できたようだ。

 

「A-RISEの綺羅つばさじゃない!?」

 

「本物の、綺羅つばささんです! 間違いないです!!」

 

 

断言するにこと花陽に、ようやくことり以外の人も理解が追いついたようで

 

 

『えぇーー!?!?』

 

 

この廃墟に、驚きの声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に……


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救出



ども、燕尾です。
話が膨らみすぎて全然終わる気がしないです笑





 

 

 

 

「ことりさん以外ははじめましてね、μ'sの皆さん。A-RISEの綺羅つばさです」

 

つばさが皆に一礼する。こんなところで会うとは思わなかったであろう皆は固まっていた。

 

「ほ、本物……!」

 

花陽は目を輝かせながら、つばさを見つめていた。

 

「ど、どうしてA-RISEの人がゆうくんを――?」

 

「そもそも、遊弥知り合いだったのですか!?」

 

「前に街中で偶然知り合ってな……」

 

「そんな話聞いたことないわよ!?」

 

咎めるにこに俺はそういえば、と思い出す。皆にはつばさと知り合ったことなんてなにも言っていなかったわ。

 

「っていうか、ことりちゃんは知っていたの!?」

 

確かに。あの時のつばさはサングラスを掛けていたから、ことりも気付いてないものだと思っていたのだが、俺が命がけの鬼ごっこをしている時に二人の間で何かあったのだろう。

ただ、

 

「うん――私たちに内緒で(・・・・・・・)つばささんと(・・・・・・)一緒にお出かけしていた(・・・・・・・・・・・)ところに会ったから」

 

ことりがそう言ったその瞬間、空気が凍った気がした。

 

「言い方に悪意あるぞことり」

 

「でも本当のことよ?」

 

「うん。そうだけどな? 別に言ってなかっただけで内緒にはしてないぞ」

 

「それはどちらも同じことです。まさかあの時の女性の方がA-RISEだったなんて」

 

ほらー、海未が凄いオーラを出して俺を見下ろしてきたよ。

いや、海未だけじゃない。穂乃果や絵里も凄い俺を睨んできている。

ほかの皆からも、どこか不機嫌そうにしていた。

 

なんだか、バットで殴られたときより命の危険を感じる。

 

「ふふ。愛されてるわね」

 

小さく言うツバサ。

可愛らしいけど、悪い笑みだということを俺は見逃さない。

 

「とにかく、偶然知り合いになっただけだ」

 

「あら、知り合いだなんて他人行儀な言い方はないじゃない。あんなに濃密な時間を過ごしたのに」

 

「頼むから火に油を注がないでくれ。せっかく応急処置してくれたのに傷が更に増える」

 

「じゃあ、それなりのものがあるでしょう?」

 

「偶然知り合って友達になった」

 

「まあ、今はそれで甘んじてあげるわ」

 

釈然としないような感じだが、とりあえずは納得してくれる。

 

「随分とつばささんと仲が良いのね、遊弥くん」

 

「頼むから、少し深呼吸して落ち着いてくれ」

 

あっちを立てばこっちが立たない。そして話が進まない。

俺はつばさの膝から離れて、体を起こす。

 

「とりあえず、ここから離れよう」

 

いつそこで伸びてる男が目を覚ますかわからないし。

 

「遊弥。外で拘束している人もそうだけど、この人はどうするの?」

 

「とりあえず警察を呼ばないとな…やったことは拉致・監禁だから」

 

金のためにこんなことをした奴らに慈悲はない。

 

「なんだったら、私たちが対応しておくけど……?」

 

「いや、さすがに当事者じゃないと駄目だろ」

 

「でも、彼女たちが探しに来たってことはそれなりの理由があったからじゃないのかしら?」

 

あー…それもそうか。皆が動いたということはそういうことだ。

 

「今すぐ俺が向かわないと駄目な感じか、絵里?」

 

俺が問いかけると絵里は時間を見て頷いた。

 

「……そうね、時間はあまりないわ」

 

「なにがあった――と聞かなくても、大体の原因はあの学院長か?」

 

タイミング的にも、さっきの男たちの会話からも、しっかり乙坂亜季の学院長の話が出てたし。

 

「ええ。遊弥くんからの話を聞く場として全校集会をすることに決めたの。あなたが監禁されていて、来れない状況を作った上で」

 

いかにもあの学院長がやりそうなことだ。自分の手は一切汚してないくせに、何食わぬ顔で俺が逃げたといって、認めないと言い張りそう。

 

「それはいつからだ?」

 

「六時間目の時間。あと一時間半ぐらい後ね」

 

警察の対応していたら間に合わない時間だ。元から痛い頭が更に痛くなる。

もうこうなってしまっては、方法は一つしかない。

 

「……つばさ」

 

「任せなさい。責任持って対処するわ」

 

「助かる」

 

お礼を言う俺に、ただ、とつばさは俺の口元に指を当てる。

 

「この埋め合わせはすること! いいわね?」

 

「ああ、必ず」

 

むしろここまでしてもらっているのに礼のひとつもしない神経は持ち合わせてはいない。

 

「全部片付いたら、警察のほうに向かうから」

 

「その前に病院ね。そういうのも含めて伝えておくから」

 

何から何まで、頭が上がらない。

 

「ありがとう、つばさ。それじゃあ行ってくる」

 

「ええ。いってらっしゃい」

 

俺は皆のところに行く。だが、皆は不満げな顔で俺を迎え入れる。

 

「ど、どうしたみんな……」

 

「なんでもないよ、ただ――こんなときでもゆうくんはゆうくんだったってことがわかったから」

 

「そうですね。遊弥は相変わらずです」

 

「ゆーくんそういうところ、たまにどうかと思うな」

 

「遊弥くんはもっと周りを見るべきね」

 

次々と口にする穂乃果たちに俺はわけがわからなくなる。

 

 

 

「ここまででもわからないというのは早々いないでしょうね」

 

その光景を見ていたつばさにまで、そんなことを呟かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音ノ木坂についた俺は誰にも見つからないように、校内を進み、理事長室へと到達する。

 

「遊弥くん!」

 

「うぐっ!?」

 

理事長室に入った俺の顔を見た瞬間、雛さんは勢いよく飛びついて俺を抱きしめてきた。

 

「お母さん!?」

 

『理事長!?』

 

「ひ、雛さん…苦しい……! 柔らか痛い……!!」

 

頭の前は雛さんの柔らかいお胸様に包まれるが、後頭部はガッチリ腕でホールドされているせいか、かなり痛い。

 

「ああ、ごめんなさい…あなたの顔を見た瞬間ほっとしちゃって……」

 

「…心配掛けてすみません」

 

ここまで帰ってきたことを喜ばれたところを感じると、雛さんは凄く心配してくれていたのだろう。

 

「いいのよ。こうして無事に…までとは言えないけれど、戻ってきてくれたのだから」

 

頭の包帯を見て、雛さんは申し訳なさそうに俺の頬に手を添えた。

 

「ごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば、あなたが傷を負うことなんてならなかったのに……」

 

「雛さんが悪いことなんて一つもないですよ。それにこれは大げさに巻いているだけですから」

 

「でも、傷ついたのは本当なんでしょう?」

 

「それは、まあ…」

 

そう言われてしまうと否定はできない。

すると雛さんの雰囲気が変化した。

 

「ふふ…ふふふ……私の大事な子にこんなことするなんて……あの女、絶対に後悔させてやるわ……!」

 

うわお、雛さんからダークサイドが広がっている。

 

「お、お母さん…!?」

 

「ことりちゃんのお母さんにこんな一面があったなんて…初めて知ったよ……」

 

「私も初めて見ました…」

 

ほら、娘とその幼馴染たちが引いてるよ。

いやまあ、雛さんってSっ気があるから、やるなら徹底的にやりそうだけど。学院長大丈夫か? いや、あの学院長を心配しても仕方がないんだけど。

 

「で、穂乃果たちから聞いたんですけど、なんだか全校集会で俺が喋らないといけないらしいですね」

 

「……ええ。あの女が私のいない間に勝手に決めたようでね」

 

雛さん、さすがに学院長と呼びましょうよ。気持ちはわからんでもないけど、そんな不服そうな顔したって駄目です。

 

「あなたが本当に音ノ木坂学院に残りたいのか、私たち教員と生徒が判断するために、あなたに話して欲しいの」

 

「署名だけじゃ足りないということですね」

 

「あなたには本当に悪いと思ってるわ」

 

「いいです。全員が全員認めてもらえるなんて思っていませんから。良い機会です。それに――そろそろ叩き潰そうと思っていたので、手を出してきてくれてよかったです」

 

『……っ』

 

その言葉に、皆の顔が不安に揺れる。

そんな彼女たちを見て俺は少し苦笑いをする。

 

「別に物騒なことをしようだなんて思ってないから安心してくれ。今までのことの責任を取らせようっていうだけだ」

 

そう言っても彼女たちの顔は晴れない。底抜けに優しい皆のことだ。こういう争い自体が慣れていないのだろう。

 

「ゆうくん…」

 

「心配するな。悪いようには絶対しないから」

 

俺は穂乃果の頭に手を置く。

 

「それにそもそもの話、こういう話は俺が決められることじゃない。雛さんが決めること。そうですよね?」

 

俺が確認を取ると、雛さんは頷いた。

 

「そうね。遊弥くんの意向はある程度考慮するけれど、偏った判断はしないし、してはいけないから。そこについては公平にやるわ」

 

「そういうことだから安心してくれ」

 

「うん…」

 

頭を撫でてやると、安心したように頷く穂乃果。

 

「ということで雛さんとの打ち合わせをやるから、皆は戻ってろ」

 

「ゆーくん、頑張ってね」

 

「ああ。色々ありがとう」

 

皆は、それぞれの教室に戻っていく。

 

 

 

 

 

「さて…それじゃあ、雛さん。始めましょうか」

「ええ。始めましょう」

 

 

 

 

 

そう言う俺と雛さんの口は三日月のように曲がっていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――皆さんお集まりいただきありがとうございます。この時間は普段の授業を変更し、全校集会を開くことになりました。理由は朝に聞いているかと思いますが、萩野遊弥くんが音ノ木坂に残るか否か、それを決めるための意思表明を行ってもらうためです」

 

教員が淡々と説明している中、乙坂亜季は口元を緩める。

 

「本来であれば署名が集まった段階でわれわれが判断すべきことなのですが、ことがことだけに、このような場を設けさせていただきました」

 

学院長という立場を利用して理事長のいない隙を突き、この全校集会を無理やりねじ込む。全てが乙坂亜季が想像していたとおりのことが起きている。

 

「このあと萩野君に壇上に出てお話しをしてもらいます。賛成の方も反対の方、色々いると思いますが、まずは萩野君の言葉を静かに聞いてください」

 

萩野遊弥の言葉を聞くことなどない。何せあの男が現れることがないのだから。

あの男は逃げたのだ。邪な理由で残りたかっただけだったから。本当に残りたい理由が見つからなかったから、説明することを拒んだ。

そう言えば大半の生徒は信じるだろう。何せ現れないのだから。実際は秋葉原の廃墟のビルにいるだろうが、そんなことはこの場にいるほとんどが知らない。手伝いを買って出たあの女子生徒たちも、口封じは済んでいる。

 

「それでは、萩野遊弥くん。お願いします」

 

上手くいった。私の勝ち――ようやく音ノ木坂からあの忌々しい男がいなくなる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なんて思ってたんだろうな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……!?」

 

「――ッ!!!!」

 

俺が登壇するとざわめきが起こる。

それもそうだ。今の俺は頭に包帯を巻いたまま登場したのだから。

ざわざわと会場に響く多数の声。

 

 

――えっ…なに、あれ……

 

 

――どうして頭に包帯なんか……?

 

 

――怪我、だよね? 何があったんだろう……

 

 

「ちょっと、なに驚いているんです? 貴女が呼んだんじゃないですか」

 

「……っ」

 

周りが騒がしくしている中、俺は目の前の教員にだけ聞こえるように言う。

 

「まるで――ここには来れないはずなのに、聞いていた話と違う、と言わんばかりの驚きようですね?」

 

「っ、何でもありませんよ。あなたのその格好に驚いただけです。大丈夫なのですか?」

 

「ええ。あなた()なんかに心配される筋合いはないぐらい大丈夫ですよ」

 

"方"を強調する言い方に教員は顔を顰める。

もう少しポーカーフェイスを学んだほうが良い。今のは自分が関与したと教えているようなものだ。

 

「さて――」

 

マイクの前に立つ。その瞬間皆のざわめきが消えた。

 

俺は一つ息を吐いて、皆を見る。

皆からの視線は心配しているもの、困惑しているものそして――嫌悪しているもの様々だった。

でもそれでいい。全員から認められたいだなんて、それは強欲だ。

 

俺はそれぞれ自分のクラスのところにいるμ'sの皆を見る。

彼女たちは大丈夫と言うように微笑んでいる。そのことに俺の口元が緩む。

俺を信じてくれている人たちのために、そして何より、俺自身が望むこと(・・・・・・・・)のために。

 

「皆さんこんにちは。萩野遊弥です」

 

どんな人がいようとも、俺のやることは一つだ――

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
早く、早く一期分よ、終われ!


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遊弥の意思、一つの終わり




ども燕尾です。
後数話、とかいいながら全然終わらないことに、ビックリしています。







 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

「――皆さんこんにちは。萩野遊弥です」

 

私は壇上に立ち、話し始めるゆうくんを見守る。

 

「この格好に驚いている人が殆どでしょう。それについては後で説明します。まずは俺の意思について、話をしたいと思います」

 

ここからは、ゆうくんが自分でどうにかするしかない。私たちにできることはない。

ゆうくんのことだからきっと大丈夫だとは思う。だけど少し不安があるのも事実。

私はチラリと別のほうを見る。そこには忌々しげに、ゆうくんを見ているめる女性――この学院の学院長だ。

話ではゆうくんを閉じ込めたのは学院長の指示。学院長がこの後どういうことをしてくるのかわからない。

 

「ゆうくん。頑張って…」

 

本当は辛いはずなのに、自信を持ってあの場に居るゆうくんに小さくエールを送る。

 

「ただそれを話すには、少し俺の経緯を話さないといけません。長くなって退屈だと思うだろうけど、少しお付き合いお願いします」

 

そしてゆうくんは語り始める。

 

「俺は今まで家族以外の殆どに関心がなかった」

 

さっきまでの口調を崩し、まるで素の自分を出すように。

 

「この学院に来る前まで居た九重学園では学園理事の息子、教育界の重要な人物の息子という目で見られて、近寄ってくるのは利を得ようと企む人か、やっかみや嫉妬で陰で悪口や危害を加える人ばかりだった」

 

もちろんそんな人間ばかりではない。友好的な人間だって少なからずいた、とゆうくんは話す。

 

「まあ、そんなこともあって学校というものにさほど興味はなかった。将来や直近の進路のための手段の場、ただ勉強してただ卒業する。そんな程度だった」

 

ゆうくんにとって、学校とはそれだけの場所。特に意味はなかった。

 

「この学院に来たのだって俺の義父(ちちおや)と雛さん――音ノ木坂の理事長が知り合いだったというのもあって、義父が俺を向かわせると決めて来ただけ。思い入れもなければなんの感情も沸かない場所に俺は来た」

 

それはゆうくんの本音。だけど、ゆうくんは気付いているだろうか。自分のお義父(とう)さんがゆうくんを音ノ木坂に送った本当の理由について。

いや、きっとゆうくんの事だからもう気付いているんだろうなぁ。

 

「俺は共学の為に試験生として与えられた役割をやるだけだと、そう思ってた。だから共学の必要がなくなったのなら試験生の俺は要らないと、そう考えていた」

 

署名活動の前まで本当にそういう風に考えていたとゆうくんは告白する。

 

「でも、今は違う――この学院で再会した友人に、新しく出会った人。その人たちとたくさん笑って、ときにはぶつかったりもしながらこの学院で過ごして……俺のために署名活動をするといってくれたときに、沢山の人が受け入れてくれていたとわかったときに、おれはようやく自分の気持ちに気付けたんだ」

 

そう言って微笑むゆうくんは皆を見渡す。

 

 

「俺はみんなと一緒に居たい。みんなと一緒の時間を過ごしていきたい」

 

 

以前までの状況と自分の気持ちで挟まれていたゆうくんとは違う。自分の気持ちに素直になった、心からの声。あの場(屋上)では聞けなかったはっきりとしたものだ。

 

「俺がこの学院にいることを快く思わない人たちがいるのもわかってる。俺が残るのは邪な気持ちからだと考えている人がいることも。そう思われても仕方がないって思う。男子生徒が女子校で過ごし続けるなんて、俺自身聞いたこともない」

 

ゆうくんが言っていることは世間一般からしたら、とんでもないことなのだろう。でも、それでも彼はそれを望んでいると、口にする。

 

「だけど、いま言ったことに嘘偽りはない。みんなと一緒に、この学院で卒業したいって思ってる」

 

ゆうくんの本心の言葉に私を含め、皆が聞き入っている。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は暖かくて、たくさんの笑顔があるこの学院が――好きだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とても穏やかで、慈愛に満ちたその顔に、皆が見惚れた。

 

「それがいま俺が思っていること。俺の気持ちです――」

 

 

しん、と静まる体育館。誰もがゆうくんに釘付けになっていた。

だけどそれも束の間、

 

 

パチ――

 

 

最初誰がやったのかはわからない。

 

 

パチパチパチ――

 

 

パチパチパチパチ――

 

 

でもそれは確かに広がって、

 

 

『――――――――!!!!』

 

 

あの(講堂の)ときと同じように、歓声と共に体育館に響き渡る。

 

 

――遊弥くーん!

 

 

――一緒に卒業しよ、遊弥くん!!

 

 

――付き合って、遊弥くーん!!

 

 

あちらこちらから、ゆうくんを歓迎するような声が聞こえる。

ちょっと待って! 聞き捨てならない声が聞こえたんだけど!!

 

「ゆーくん! わたしと付き合って」

 

「いいえ遊弥! 私と付き合ってください!!」

 

 

ちょっ! ゆうくんに聞こえないからって、どさくさにまぎれてなに言ってるのことりちゃん海未ちゃん!!

 

 

「もぅ……本当に、ゆうくんってば、本当に仕方がないんだから……」

 

 

私はため息を吐いて、苦笑いしてゆうくんを眺めるのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

「――ありがとうございます」

 

拍手が静まり、一礼する。皆の殆どからは笑顔の返しが来ている。

だが皆には悪いけれど、俺からしたらここからが本題だ。

さっき言ったことは残りたいがために喋ったわけではない。この学院を好きになったことに、ここで過ごしたいという話に俺の気持ちに嘘はない。

 

だけどこれは本来することのなかった話だ。まあ後腐れのないようにするために必要だった、とプラスに捉えればいいだけの話だが、これが俺を陥れるために仕組まれたということだと考えれば話は別。

それと雛さん曰く、今までのことを含めて一度分らせないといけない。度が過ぎる行為は身を滅ぼすということを教えないといけない――とのことだ。

ここから先は完全に俺と雛さんだけで考えたことを実行する。

 

「俺の意思が生徒や教員の多くの人に伝わって安心しています。だけど――当然、今の俺の話を聞いても受け入れられないという方もいるでしょう」

 

話の行き先が変わったことに、生徒たちはちょっとした戸惑いを見せる。

 

「この後の判断はこの学院の教師たちに委ねられます。もし仮に俺がこの学院で過ごすことが許されたとしても、その人たちは無理をしないでください」

 

それはμ'sの皆も同じだ。このことは彼女たちにも報せてなかったから、皆は驚きと不安の表情を出していた。俺はそんな皆に大丈夫というように頷く。

 

「どんな罵詈雑言でも俺は受け入れます。かまわず正面からでもどこからでもぶつかって来て下さい」

 

ただ言葉でぶつけてくるのであれば可愛いもの。今さらそんなことでは堪えられないわけはない。だが、

 

「ものには限度と言うものがあります。陰口や面と向かった悪口なら受け入れますが――」

 

そういいながら俺は巻いていた包帯を取る。圧迫されていたところが緩み、血がまた流れ始める。

ぱさり、と落ちる包帯と俺の状態に、この体育館にいる皆の息を呑む音が聞こえた。

 

「こんな流血沙汰になることや監禁、あとは学院運営としてやってはいけないことをされてしまうと、さすがに黙っているわけにはいきません。それ相応の対応をすることになります」

 

俺の言い方にこの場の誰もが理解したようだ。音乃木坂学院の誰かが、俺を監禁して怪我を負わせたということを。

 

「じゃあ、みんなとしては誰がやったのかが気になるところだと思います。それについてはもう既に判明し、それを裏付ける証拠も揃えています。ここで晒し上げるようなことはしませんが、心当たりのある人は――」

 

もう逃げられないぞと、その意味を込めて俺は言う。

 

「きちんと責任を取ってくれることを願います」

 

その一言に体育館は緊張した静寂に包まれた。人によっては青ざめ、俺に恐怖しているようにも見受けられる。

だが、俺の言っていることは普通のことだ。

こんなことで恐がられても困るんだけどなぁ…これじゃあまるで俺が皆を脅して居るような感じじゃないか。

 

「――素敵な意思表明をありがとう、遊弥くん」

 

そこで話を引き継いだのは雛さん。彼女も壇上へと上がって俺の隣に立ち、マイクを取る。

 

「さて…いま遊弥くんが話してくれた通り、彼に対して行われた行為についての処遇は私と遊弥くん、それからもちろん、警察との相談によって決められます。これはもう学院内で収まる話ではありませんので」

 

この学院のトップが出てきたことでより一層の重みが増す。

 

「いくら遊弥くんを受け入れられなかったとしても、人として、やってはいけないことをした人がこの学院内に確かにいます。私はそれが残念でなりません」

 

そして、一瞬にして雛さんの空気が変わった。

 

「人としてやってはいけないこと、なんていってますが分りますか? これは犯罪なんです」

 

隣にいる雛さんから静かな怒りを感じる。

まあ当然といえば当然だ。

 

「遊弥くんが言った通り、もう名前も割れています。証拠も揃っています。逃げられる、なんて甘い考えは捨てなさい」

 

今の雛さんはまるで獲物をじわじわと隅っこに追い詰める猟師のようだ。

つくづく、この人がそばにいてくれてよかったと思う。

 

「以上話は終わりです」

 

もう誰も反応する気力がないといった様子。そんな皆を見渡して、雛さんは微笑んだ。

 

「ふふふ…この学院で、こんなことしたこを後悔することね」

 

「なにもトドメを刺さなくても…」

 

Sっ気をまた出した雛さんに、俺はため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フラフラしながら廊下を歩く。

 

「あー…血を流しすぎた」

 

長時間血を流してたからさすがに辛い。目の前が眩んでしまう。

 

「ゆうくん!」

 

バランスを崩した瞬間、両サイドから支えられる。

チラリと見ると穂乃果と海未が俺の腕を自分の方に回していた。その後ろには皆が揃っていた。

 

「……おつかれ、みんな」

 

「おつかれ、じゃないわ! 何しているのよ!!」

 

「頼む、声を抑えてくれ」

 

真姫が焦ったように怒鳴る。その声が頭に響いて俺はくらっとしてしまう。

 

「あっ…ご、ごめんなさい……」

 

「それでも真姫の言う通りよ遊弥くん。こんなに無茶して」

 

「まあ、それは自覚してる。でも――」

 

「でももなにもないよ、ゆーくん」

 

「……はい。すいませんでした」

 

ことりに窘められた俺は速攻で謝る。

 

「お母さんもお母さんだよ…ゆーくんにこんなことさせるなんて……!」

 

「遊弥くんのことだから、無理を押し通したんやろうけど」

 

憤慨することりに希のフォローが入る。だけどそれは俺のフォローではなく、理事長のフォローだ。解せぬ。

雛さんがお願いしてきた可能性だってあるのに。

 

「それはないと思うよ。理事長はそんな判断する人やないから」

 

「あっさり俺の心の声を読むな、希」

 

久しぶりのスピリチュアルパワーを使わなくてもいいから。

 

『……』

 

ジトー、と俺を睨むみんな。俺は目を逸らすことしかできない。俺の言葉次第ではこの後さらに大変な目に遭うのは分った。

間違えのないように、俺は考え抜いた結論としては――

 

「この後ちゃんと病院に行くから、許してくれると助かります」

 

「だめ」

 

「今すぐいかないなら許しません」

 

速攻で却下された。

 

「まだやらないといけないことがあるんだけど……」

 

「ゆうくん」

 

「ごめんなさい」

 

またも速攻で謝る俺。しかし穂乃果はそうじゃないと、首を横に振った。

 

「ゆうくんは一人でなんでもやろうとするけど、私たちってそんなに信用ないのかな……? 」

 

そう言う穂乃果はどこか悲しそうにしていた。

 

「ゆうくんから見た私たちって、そんなに頼りない……?」

 

「そんなこと――」

 

「じゃあ何で頼ってくれないの? どうしてそんなに一人で抱え込もうとするの?」

 

言葉が出てこない。

穂乃果たちを決して信用してないわけではない。信頼もしている。だが、穂乃果の言う通り、俺は彼女たちを頼ったことがあっただろうか?

考えても出てこない。それも当たり前のことだった。なんせ頼ったことがないのだから。

 

「もっと私たちを頼ってよ。ゆうくんからしたらできることは少ないけど、それでも私たちは、ゆうくんが大変なら手伝助けしたいって思ってるんだよ」

 

素直にそう言ってくれるのは嬉しい。が、俺は悩んでしまう。

これから俺がやろうとしていることは穂乃果たちからすると、あまりやって欲しいことではないと思われていることなのだから。

それに人の負の部分をあまり理解していない彼女たちでは、丸め込まれる可能性が高い。

 

「穂乃果たちの気持ちは嬉しく思う。だけど――」

 

「だけど――?」

 

「これから俺がすることが、この学院からの排除だとしてもみんなは手伝いたいって思うか?」

 

『……っ!!』

 

「は、排除って……」

 

「さっきも体育館で言ったが、この一件の責任を取らせるってことだ。理事長も言ったけど警察も絡んでくるし、関係のない爺さんまで巻き込んだりしてきた相手に俺は慈悲なんて掛けない」

 

そうなれば当然この学院にはいられない。雛さんがどんな判断を下すかは分らないけど、あの人もそこに関しては妥協しないだろう。

 

「それでも、頼って欲しいって言えるか? 穂乃果たちにその覚悟があるか?」

 

戸惑う穂乃果たち。それはそうだ。誰かを陥れることを皆が良しとするわけがない。

どんな人でも受け入れようとする彼女たちと俺では、根本的に考え方が違うのだ。

 

「そういうことだ。だからもう少しだけ、待ってくれ」

 

穂乃果と海未を振りほどいて、俺は一人進もうとする。しかし、

 

「待って!」

 

くい、と袖を引っ張られ、止められる。

引き止めた穂乃果は悩んだ様子を見せたけれどそれも束の間、一変して意を決したような表情をする。そして、

 

「その役目は、私たちがやるよ」

 

はっきりと穂乃果は、そう口にした。

 

「私たちがその人とお話しする。だからゆうくんは病院に行って」

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

「うん。ゆうくんと一緒に居るために、私たちも知らない振りはできないから」

 

一歩も引かなさそうな穂乃果。

いや穂乃果だけじゃない。皆も同じような感じだ。ここで俺が何を言っても皆は変わりそうもないな。

 

「――わかった。皆に任せる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……どうしてこうなったの

 

 

こんなはずじゃなかった。

 

本当なら今はあの男はこの場にいなかったはずだ。そして生徒たちから批難され、この学院からいなくなることが決まっていたはずだ。

それなのに、どうして真逆のことが起きているのだろうか。どうしてここの生徒たちはあの男を受け入れている?

 

 

そしてどうしてこんなにも追い詰められている?

 

 

その答えは簡単だ。全部あの男――萩野遊弥が全部狂わせている。

 

いや、萩野遊弥だけじゃない。校則を利用してあの署名活動を考えたμ'sのように、あの理事長のように、あんな男にかまけた連中のせいでこんなことになっている。

私は唇をかみ締める。

 

男なんて害でしかない。男がいるだけで品位も価値もなにもかもが下がるというのに。

 

認めない…認めない……認めてなるものか。

 

今度この学院の大掃除をしなければならない。あの男も、あの男に組する者も、全部排除しなければならない。

 

大丈夫。落ち着けばやりようなんていくらでもある。

 

今まででも理事長たちは私には気づいていない。私の足跡は全て消しているのだから当然だ。それに実行したのはあの使えない女子生徒やろくでもないゴロツキたち。私に辿り着けるはずがない。

 

今回は失敗したけど、今度こそは、必ず――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次なんてありません。学院長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろからの声に私は驚き振り向く。

 

そこには、九人の女子生徒たちがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたち……」

 

学院長は驚きともいえない、なんともいいがたい表情で私たちに反応する。

 

「学院長。もう終わりです」

 

「何の話ですか?」

 

そういう私に彼女は本当に分からないというような顔をする。だけど私は続ける。

 

「どんなにゆうくんのことが嫌いでも、ゆうくんがこの学院からいなくなることはもうありません」

 

「……」

 

あの場(体育館)に居て、ゆうくんの言葉を聞いて、皆の反応を見て分りませんでしたか?」

 

「ええ。彼の意思表明は素晴らしいものでした」

 

「思ってもいないことをよく言うわ」

 

にこちゃんがぐさりと棘のある言葉を刺す。

だがそれでも学院長の反応は薄い。いや、薄いというより、反応してボロを出すのを防ごうとしているように見える。

ゆうくんの言った通りだった。

 

 

学院長はずっと自分に繋がらないように徹してきた。どんな嫌味とか言っても反応はしない。恐らくすっ呆け続けるだろうな。

 

 

だからそんな相手にはこっちが自信を持った状態で相手するんだ。そして証拠を出したときの反応と、相手の喋った言葉を絶対見逃さないこと。

 

 

完璧に隠せる人間なんて殆どいない。

動かない事実は私たちが持っているのだから、相手のペースに飲み込まれなければ大丈夫。

 

ゆうくんの言葉を信じ、自分を信じて、私は口を開く。

 

「学院長。さっき理事長が言っていたとおり、もう逃げられません」

 

「……あなたたち、自分たちの言っていることが分かっているの?」

 

「はい」

 

私は間髪いれずに頷く。

 

「あなたがゆうくんを拐って、秋葉原の廃墟の地下に閉じ込めた」

 

そしてはっきり言う私に学院長は少し苛立ちを見せる。

犯人扱いされれば誰でもそうはなるけど、私たちから見ればそれはただのお芝居にしかならない。

 

「ゆうくんを眠らせた女子生徒が教えてくれました。あなたに指示された、って」

 

「そんな指示、私はしたことないわ」

 

そう主張する学院長だが、私は止まることなく突きつける。

 

「それとゆうくんを見張っていた人たち。この人たちも女性に指示されたやったといっていました」

 

「いい加減にしなさい。私はそんな指示を出した覚えも、彼を見張っていた男たちなんて知りません」

 

「自分はまったく関係ないと言うんですか?」

 

「だからそう言っているでしょう。犯人を捕まえたいのは理解するけれど、程々にしなさい」

 

「じゃあ、名前が出たのはこの人たちのデタラメだということですか? デタラメで学院長の名前を出したと?」

 

「私を貶めたい人間がいるのでしょうね。いい迷惑よ」

 

あくまでも自分は関係ないと言い張る学院長。

素直に認めてくれればこれら(・・・)を出さずに済んだんだけど、仕方ない。

私は絵里ちゃんに目配せをする。

絵里ちゃんは頷き、学院長の前に出る。

 

「学院長。あなたは関係ないとおっしゃってますが、これはどう説明するつもりですか?」

 

そう言ってポケットから取り出すのは1つの機械――ボイスレコーダーだ。

絵里ちゃんはレコーダーの再生ボタンを押す。

 

 

 

『――あなたたち二人には、あることをしてもらいます』

 

レコーダーから聞こえたのは学院長の声だった。

 

『あること、ですか……?』

 

『一体なんでしょうか?』

 

その後に続いて聞こえてくるのは件の女子生徒二人の声。

ゆうくんを薬で眠らせた子たちだ。

 

『簡単なことです。それは――萩野遊弥の消息を絶たせること。あなた方には萩野遊弥の意識を奪ってもらいます』

 

『『――ッ!?』』

 

『人員や物の手配は此方で済ませています。あなたたちはそれをやればよいだけ』

 

『ですが……』

 

『何か異論があるのですか?』

 

『もう一度と機会を望み、必ず達成させると言ったのはあなた方です』

 

『それはっ…』

 

『どんなことをしてでも、と言いましたよね? なら私の言ったことぐらいできるはずです。その言葉は嘘だったのですか?』

 

『違い、ます……』

 

『なら、お願いしますね?』

 

『『は、はい……』』

 

『これで、ようやく居なくなる。忌まわしい男が、この学院から、やっと――』

 

 

 

 

 

そこで絵里ちゃんは再生を止める。そして学院長に見えるように画面を向ける。

 

「見えますか? これは一昨日に録音されたもの――つまりは時間帯が一致しているということです」

 

「こんな話、私は知らない…なんですかそれは……!!」

 

ようやく、学院長に焦りの表情が見えた。

 

「萩野遊弥かあなたたちが、私を陥れるために作った音声でしょう……!!」

 

「お言葉ですが学院長。私たちにそんな時間がなかったことぐらいわかっていますよね? それに、ボイスレコーダは録音だけのもの。記録日時の変更はできません」

 

絵里ちゃんは学院長を追い詰めていく。

 

「ふざけないで! 私はそんな指示をしていない! これ以上罪を着せようというのならあなたたちもただじゃすまないわよ!!」

 

冷静さを失いつつある学院長は声を上げる。脅しのつもりだろうけど、私たちは動じない。

 

「まだ認めないですか……ならことり、お願い」

 

「うん」

 

絵里ちゃんの指示でことりちゃんは電話をかける。

 

「もしもし――はい。はい、ビデオ通話をお願いします」

 

切り替わったことを確認したことりちゃんは画面を向ける。

 

「っ、あなたは……っ!!」

 

『こんにちは、音ノ木坂の学院長さん』

 

画面の向こうに居るつばささんに驚く学院長。さすがの学院長も、今話題のA-RISEについては知っていたらしい。

だけど学院長はつばささんに驚いているのではく、そこに映っている男の人に驚いているようにも見える。

 

「どうしてあなたが……!?」

 

『私のことはどうでもいいです。さて、早速本題に生かせてもらいますが、ここにいる男の人たちに見覚えがありますよね?』

 

カメラで男の人たちを写すつばささん。

 

「し、知りません…そんな男たちなんて……」

 

だけど学院長は首を横に振る。

 

『まあ貴女に聞いても、そう答えると思っていました』

 

つばささんは軽いため息を吐いた。

 

『これから男の人たちに問いかけてみるけど、私が聞いたところで仕込まれているなんて思われるでしょうから――別な人に聞いてもらうことにします』

 

はじめてください、と言う声を聞いて現れたのは――警察官。

 

『もうお分かりですよね? 私が今いるのは警察署です』

 

ゆうくんが事前に交することを頼んでいたらしい。私たちも聞いたときには、まさか裏でつばささんとそんなことを考えていただなんて思ってもいなかったから驚いたけど。

 

『彼らは遊弥の拉致監禁、そして傷害の罪で逮捕されています。これから行われるのは彼らの取調べ。マジックミラーで仕切られているので彼ら側からは私たちは見えてません。そして彼ら自身――私たちがいるという事も知らない。それを理解した上で、この映像を見てください』

 

つばささんは自分から彼らを中心に映す。

 

 

 

 

 

『これから取調べを始めます。初めに言っておきますが、嘘をつけば後々不利になるのはあなたですから、正直に話すことをお勧めします』

 

『……』

 

男の人はがっくりうな垂れて、もはや抵抗する気も起きていないような状態だ。

 

『まず、被害者との面識は?』

 

『……ない』

 

『ではどうしてその子を監禁したのですか?』

 

『数日そいつを閉じ込めて外に出さなければ、金がもらえるって言われたんだ』

 

『依頼された、そういうことですか?』

 

こくりと頷く男の人。

 

『誰に依頼されたのか、分りますか?』

 

『……スーツを着た女。学生服を着た女子二人連れてやってきてたから、どこかの学校の教師だと思う……閉じ込めた奴は乙坂亜季って言ってたけど、俺はその女の名前までは知らない』

 

『ならその女性の顔は覚えてますか?』

 

『……覚えてる』

 

『では調べがつき次第後日その女性の所についてきてもらいます。いいですか?』

 

『はい……』

 

『じゃあ次はあの子の怪我についてだけど――』

 

 

 

 

 

必要な証言を見せられたと判断したつばささんはレンズを自分に向ける。

 

『――ってことらしいわ。あっさり吐いてくれたわね』

 

「……」

 

学院長の顔がどんどん青ざめていく。

 

『まだこの段階じゃ学院長さんが指示したかどうかはわからないけれど、まったくの無実だといえるのなら、調べには応じられますよね?』

 

「わ、私に、そんな時間は……」

 

『自分の学院の生徒が事件に巻き込まれたというのに、解決に協力しないのかしら? それは教育者としてどうなんですか?』

 

「そ、それは……」

 

『まあいいわ。他所の学校の事情に細かく口出すのはよくないですし――それじゃあ私はやることやったから、あとは頑張ってね』

 

「はい。ありがとうござます、つばささん」

 

そう言ってことりちゃんは通話を切った。

 

「…これでもまだ認めないつもりですか」

 

「わ、私じゃない可能性だってあるでしょう! 貴女たちも綺羅つばさも、警察も、全員が口合わせしたらできるわ!!」

 

絵里ちゃんが確認を取るけど、この期に及んでも学院長は否定する。

警察に口合わせしてもらっているというのはかなり苦しい言い訳だと思うけど。

 

だけど、もうそれも終わり。言い逃れのできないミスを、この人はしてしまったのだから。

 

「確かに学院長の言う通り、口合わせと言う可能性はゼロではありません。ですが私たちはこの映像を見せる前の会話で、あの男の人たちが言っていた人が学院長だって確信しました」

 

「ど、どうしてそういえるのよ……!?」

 

 

 

 

 

「学院長――あなたはどうしてこの映像を見せる前に、遊弥を見張っていた人が男の人たちだって分ったのですか?」

 

 

 

 

 

「あ――」

 

呆けた声が聞こえる。

 

「私たちは一言も男性の方だなんていっていませんよ?」

 

「あ…ああ……」

 

学院長は絶望したような表情で呻く。

 

「それに、理事長がこの件に対して解決を図るといっていますから、最初から協力を拒否することはできません」

 

「ああぁ……!」

 

「さて、まだ反論がありますか?」

 

海未ちゃんの問いかけに彼女は崩れ落ちる。

 

「学院長。私たちの大切な人を傷つけたことをちゃんと償ってもらいます」

 

私の言葉が、彼女に届いたのかは分らない。

だけど、ようやく、これでゆうくんを取り巻く問題が片付いたのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
今回は分けず1万字も書いていたことに驚きです。
ではでは、また次回に


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その後のこと



ども、燕尾です。
最近この話を書いているときに、各キャラの遊弥の呼び方(表記の仕方)をごちゃごちゃになっていル気がします。
なのでちょっとここにメモっておきます。
これ以前のものは気が向いたら直します。

穂乃果→ゆうくん
ことり→ゆーくん
海未→遊弥
絵里→遊弥くん
希→遊弥くん
にこ→遊弥
真姫→遊弥
花陽→ゆうやくん
凛→遊くん

今後間違えたらご指摘ください。
(自分で確認する気ゼロw)

それでは88話目です。

どうぞ~……





 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

「まったく。あなたの無茶するクセは本当に治っていないみたいね」

 

美姫さんに言われた俺は目を逸らす。

 

「知ってる? 血を失いすぎると人って死ぬのよ?」

 

「ええ。それはもちろん」

 

「なら…どうしてすぐに病院に来なかったのかしら……?」

 

笑顔で迫って来る美姫さんに俺は冷や汗をダラダラ垂らす。

 

「傷の状態を見ればある程度は分るのよ? どれだけ放置していたかぐらいは」

 

「怖い、怖いっす美姫さん」

 

綺麗な笑顔なのに、周りにはものすごいオーラが出ているせいか、恐怖を感じる。

 

「ふふふ…優しくしてもらえるなんて思っているの? だとしたら脳外科にも入院してもらおうかしら?」

 

「すみません。ほんとすみませんでした。なので懐から出したメスは仕舞ってください」

 

今血を流したらほんとに死んじゃうから。

てか、何で懐に忍ばせてるんだ?

 

「それで、どうしてこんなことになったのか、きちんと説明してもらいましょうか。私が、納得できる理由を、ね?」

 

怪しく光る瞳に見つめられた俺はもちろんはぐらかすことなど出来ず、今回のあらましを話す。

そして全部話終えたところで美姫さんからは、

 

「どんな生き方をしたらそんな数奇なことに巻き込まれるのか……教えてくれないかしら?」

 

もはや呆れというか、疑問を呈されてしまった。

 

「俺みたいな生き方…ですかね?」

 

「ああ…なるほどね……」

 

彼女の疑問に冗談で答えたつもりなのに納得する美姫さん。

 

「いや冗談ですから納得しないでください。お願いですから」

 

過去が特殊なだけで、今は普通に過ごしてるだけなんですから。

俺は本気にしている美姫さんに、何とか説明して理解してもらうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン――

 

「はい、ど――」

 

 

 

「ゆうくん!!」

 

 

 

「ぬおっ!?」

 

勢いよく扉を開けて飛びついてきたのは、穂乃果だった。

せめてどうぞくらい聞いてから入ってくれよ。

 

「ちょっ、穂乃果!?」

 

「何しているんですか穂乃果!!」

 

「むぅ~……」

 

絵里と海未が穂乃果を引き剥がし、ことりは不機嫌そうにむくれる。

 

「相変わらず、騒々しくなるわね」

 

「まったく静かにしなさいよ…私がいるとはいえ、病院の中なんだから」

 

「遊くん、お見舞いに来たにゃ!」

 

「ゆうやくん。お加減はどうですか?」

 

「ちゃんとおとなしくしとった?」

 

次々と入ってくるμ'sのメンバーたち。

まさか全員で来るとは思ってもいなかった。

 

「ゆーくん、その、体の調子は……?」

 

「とりあえず輸血で流した分は補ったから死ぬようなことはない。ただ、死ぬほど美姫さん――真姫の母親からは咎められたけど」

 

「それはそうだと思うわ。自分から傷を広げていたんだから」

 

「そうにゃ! 凛たちすっごいビックリしたんだから!!」

 

「一言ぐらい相談して欲しかったかな」

 

「なにも言わなかったのは悪かったよ。ただ」

 

「ゆうやくん」

 

「はい。すみませんでした」

 

言い訳をしようとしたところで花陽に窘められた俺は素直に頭を下げる。なんだか、年上としての威厳がなくなりつつあるような気がしてきた。

 

「遊弥君が形無しなのはもう今さらやん?」

 

だから、さらっと心を読むなよ。

 

「それで! 全員が来るなんてどうしたんだ?」

 

「露骨に話を逸らしたにゃ」

 

「いいから! いつもなら全員じゃ来ないだろ?」

 

記憶を取り戻したときも、大体二つか三つに分かれて来ていた。

恐らく全員で来ると人数が多くなるから病院への配慮をしていたのだろうけど。今日は一体どうしたのだろうか。

 

「それは――全員で見守ろうって思って」

 

「見守る?」

 

聞き返すと穂乃果は頷き、海未に目配せをする。

すると海未は病室から廊下へと顔を出し、入ってください、と声を掛けた。

 

その指示に従って入ってきたのは――

 

「「……」」

 

一芝居打って、俺に薬を吸わせた女子生徒たちだった。

あー、と察した俺はなんともいえない顔をしてしまった。

 

「彼女たちが遊弥くんに何をしたのか、私たち全員が知っているわ」

 

「彼女たちは人としてやってはいけないことをしました。私も教えられたときは、怒ってしまいましたが――この二人の処遇を決めるのはあなただと判断しました」

 

海未に背中を軽く押された二人は、俯きながら俺の前に立つ。

 

「……ごめんなさい。園田さんの言う通り、私たちは許されないことをしました」

 

「どんなことを言われても…それが贖罪になるのなら、私たちは従います。本当にごめんなさい」

 

そう言いながら頭を下げる二人に、俺はどうしたものかと困ってしまう。

 

皆に助けの目を向けるが、全員お前が決めろといわんばかりの目で返してくる。

 

ちょっとした助言くらい言ってくれてもいいじゃないか。

まず罰を与えるとか、俺が偉そうに言ったりやったりすることじゃないしなぁ。

 

でも、これじゃあこの二人も、皆も収まりがつかないだろうし。

 

悩みに悩み、俺は決断する。

 

「わかりました。それじゃあ、二人にはあることをしてもらいます」

 

「あること……?」

 

「それは…いったい……?」

 

「そうですね。まずは雛さん――理事長から協力を求められたときにはしっかりと協力すること」

 

これから今回の件に関して、理事長筆頭に色々と洗い出すことになる。そのときに当事者の協力が必要になってくるだろうし、彼女たちは学院長に対する証人にもなるだろうし、今のうちに約束して損はないだろう。

それから今言ったことはサブとして、彼女たちにしてもらいたいことは他にもある。

 

 

「あとは――音ノ木坂学院を卒業して、自分の決めた道を行くこと。今回みたいなくだらないことをやった報酬でとかじゃなくて、ちゃんとした、自分の力で」

 

「……っ!!」

 

「どうして、そのことを……!?」

 

「まあ、どうして知っているかなんてどうでもいいでしょう」

 

少し考えれば分かることだ。確証得たのは録音した音声からだが、まあ俺がやったこともろくでもないことだしわざわざ言うこともない。

 

「それで? いま言ったことは約束できますか?」

 

はぐらかしながら俺が問いかけると、彼女たちは大粒の涙を流しがら首を立てに振った。

 

「はい…はいっ……!」

 

「必ず、約束します……!!」

 

本当に安心したように涙を流す二人に俺は小さく微笑む。

 

「ならそれ以上はあなた方に求めませんし、どうこうしようなんて思ってませんから、安心してください」

 

「ありがとうございます……!」

 

「本当に、すみませんでした……!!」

 

「ああもう、泣かないでください。こんなところ病院の人に見られたら俺が泣かしたように見えちゃうんですから」

 

 

 

 

 

何とか泣き止んでくれた二人は帰宅する。

 

「本当に、それでよかったの……?」

 

二人の背中を見ながら絵里が俺に問いかける。

 

「いいんだよ。そもそも最初から、二人を警察送りにしようとか、どうこうしてやろうなんて考えてなかったし」

 

「そうだったのですか?」

 

「どうしてなの、ゆーくん?」

 

「それは――あの二人な、俺に薬を吸わせた時に言ってきたんだよ。ごめんなさい、本当にごめんなさい、って」

 

あの時の彼女たちも相当な葛藤があったのだろう。そうでなければ、そんな言葉は出てこない。

あの男たちのように自分のことだけを考えていれば尚更だ。

 

「そんなこと言うぐらいなら最初からするなって話ではあるけどな。だけど自分のやったことがどんなことかちゃんと理解して、反省して、謝りに来たんだから、それ以上は俺だって求めはしないよ」

 

『……』

 

そう言う俺に皆からの視線が突き刺さる。

 

「…なんだ。皆してなんか言いたそうな目をして」

 

「別にー? ただゆうくんはゆうくんなんだなって、分っただけだから」

 

「なんだそれは……?」

 

言っている意味が分からない。しかし、

 

「うん、ゆーくんには分らないと思うな」

 

「ええ。本当に遊弥みたいな人には分らないことです」

 

「そうね。いくら考えても遊弥くんが気付くことはないわね」

 

ことりや海未、絵里まで意味深なことを言う。

分け分らん、と首を傾げる俺。

 

「本当に仕方ないわね。あんたは」

 

「まあ、それが遊弥君だしね」

 

「一回本当にママに脳を見てもらったほうがいいんじゃないかしら?」

 

「真姫ちゃん…それは言いすぎ……でも、ないのかな?」

 

「ほんとゆうくんはダメダメにゃ」

 

全員から集中砲火を浴びた俺はがっくりうな垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後――病院での退屈な日々を過ごしている俺の元に雛さんがやってきた。

招き入れて早々に告げられたのは、皆に任せた学院長のその後についてだった。

 

「誘拐、監禁の幇助と教唆で学院長が逮捕されたわ」

 

そうなるだろうなと思っていたから別に驚きはしなかった。

 

「あなたを見張っていた男の子たちが、彼女を見て間違いないって証言して観念したようね。事情聴取で全てを吐いたわ」

 

「まあ穂乃果たちが最初から追い詰めていたみたいですから、抵抗する気もなくなっていたんでしょうね」

 

穂乃果たちが上手くやれたということも聞いていたから、逃亡しなければそのままだと思っていたし、特に心配もしていなかった。

むしろ心配していたのは学院長のことなんかではなく、今の現状だ。

 

「その、今さらですけど大丈夫ですか? 事後処理とか、周りとか、かなり大変なことになってますよね?」

 

聞いた話では事後処理だけでなく、マスゴミ――じゃなかった、マスコミの対応に追われているとか何とか。

今回の一件やどこから漏れたのか教員による期末試験の不公平など、掘り返されて各方面から問題視されていることもあるらしい。

 

「ことがことだけに報道各社がいろいろと嗅ぎ付けたり調べてきたりしているのは本当よ。というか、あなたのところにも来たでしょう?」

 

雛さんの言う通り、俺のところにも野次馬共――じゃなかった、マスコミの人間がやってきたから、状況はなんとなく分っていた。

まあ、病室で療養している当事者のところに連絡もせずに押しかけてくるなんて、常識としてどうなんですか? と嫌味言って追っ払ったけど。

どうして報道のスタッフって、あんな高圧的に迫って来るんだろうね? 自分たちの立場が俺らより上だと思っているからかね?

 

本当に西木野先生や美姫さん、この病院で頑張っている人に謝ってほしい。

 

「雛さん。俺が――」

 

「それは駄目」

 

俺の言おうとしていることがわかっているのか、提案する前に却下される。

 

「でも」

 

「私が不甲斐ないせいで、あなたに背負わなくても良いものを背負わせてしまった。あなたは学院のためにずっと頑張ってくれた。だからもういいの」

 

俺は頭を掻く。これは一歩も引く気はないな、雛さん。

だけど今回の事に関して言えば、俺も引くわけには行かない。

 

「勘違いしてますよ雛さん。別に俺は今回のことに責任を感じて買って出てるわけじゃありません」

 

「…じゃあ、どうして?」

 

問いかける雛さん。その答えはもう決まっている。

 

「俺がそうしたいからやるんです。言いましたよね? 俺、音ノ木坂が好きなんですよ」

 

「……」

 

「好きな場所を俺は守りたい。そのためにやれることをやりたいんです」

 

 

 

 

 

――それが、いま俺が望んでいることですから

 

 

 

 

 

「……そうなのね」

 

小さく、納得したように聞こえる呟き。

 

「本当に、ずるい言い方ね…そんなこと言われたら、駄目だなんて言えなくなっちゃうじゃない」

 

「それでも、本心ですから」

 

「それが分ってしまうから、ずるいのよ。もう……」

 

呆れたように肩を落とす雛さんに俺はからからと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな雛さんとの話を経てからは、西木野先生や美姫さんの許可を得て、俺はマスゴミ(誤字にあらず)たちの対応にあたった。

 

「本日は時間を取っていただき、ありがとうございます」

 

「ええ。よろしくお願いします」

 

まず対応するに当たって真っ先に約束させたのは、誰にも迷惑を掛けないことを第一に考えた、一社ずつの対応だ。

各社に時間を伝え、その時間にくるように伝えている。

 

「時間もないので早速本題に入らせてもらいますが――」

 

そして一社につき対応する時間は15分から20分。この条件を飲んだところだけ受け入れている。

まあ、情報を得られないというのだけは一番避けたいと考えたのか、全員その提案受け入れたけど。

持ち時間を決めたことで、意味のない質問や欲しい反応が得られるまで粘るといった行為を減らすこともできた。

 

「――今までの音ノ木坂学院での生活で、萩野さんに不利益がある対応をされたことについて、世間からは理事長の対応が不適切といわれていますが、こちらについてはご存知ですか?」

 

「ええ、知っています。ネットやワイドショーで好き勝手言ってくれてますよね」

 

また蒸し返してきた話には、

 

「それに関しては既に事実確認やそれに見合った処罰が行われ、また市や教育委員会、生徒の保護者など連絡するべきところには伝えています。当事者の俺にもちゃんと伝えられました。それなのにあなた方の言う世間に伝える必要はありませんよね? これのどこに不適切な要因があるのか、教えていただけますか?」

 

満面の笑みで対応した。そして極めつけは――

 

「あ、ちなみにこの会話は録音されているので、映像を切り貼りして意図的に誤解させようとしても無駄ですからね」

 

レコーダーを見せびらかして、相手の思い通りにさせないように脅す。

こんな姿勢でいたため、更にテレビやネット上では賛否両論で嵐が巻き起こったが、中継で話す機会が訪れたときに、勝手なことを言うネット民や出演者たちの言い分を一つ一つ叩き潰した。

そんな甲斐もあって、報道陣は音ノ木坂学院の問題を取り上げなくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ…何とかなったなぁ……」

 

「何とかなったじゃないよね!? どうするのこの状況!?!?」

 

穂乃果が遠い目でお茶を啜る俺の隣で叫んだ。

 

「いや、こんなことになるとは俺も思わなくて…」

 

「ゆーくん、いま大人気だもんね」

 

どこか棘を感じることりの言葉。海未もこれ見よがしにため息を吐いた。

 

「私たちもこのような結果になるとは思いもしませんでしたよ……」

 

「遊弥くんにテレビ出演のオファーが殺到するようになるなんてね……」

 

「誰にも物怖じしないでズバリと言う遊弥君の姿勢が凄い評判になったやからね」

 

絵里や希も困ったように言う。

俺が病院でメディアの対応をしているうちに、そっちの業界から目をつけられたのだ。

 

「でもあの時の遊くんはかっこよかったにゃ!」

 

そう言われるのは嬉しいけど、今の状況を考えると素直に喜べない。

 

「それで? あんたはどうするのよ遊弥。オファーは受けるの?」

 

『にこちゃん!?』

 

切り込んでくるにこに、皆が驚きの声を上げた。

 

「正直な話、こんな機会はめったにないわ。もしテレビに出演して受けがよかったら、あんたの人生だってガラリと変わるわ」

 

「にこはどう思う?」

 

「それはあんたが決めることでしょ。出演依頼を受けたのはあんたなんだから。ただ、受けたら今までの生活はできないのは確かね」

 

確かににこの言う通り、テレビで受けがよかったら俺の人生だって変わるのだろう。だが、

 

『……』

 

皆が不安そうに俺を見つめる。そんな彼女らに、ため息をつく。

 

「何でみんなしてそんな表情をするんだよ……受けるわけないだろ」

 

「ほんと!?」

 

「本当っ、ゆーくん!?」

 

「間違いないのですか!?」

 

幼馴染三人が、声を上げる。

 

「当たり前だろ。俺はそんなのに興味はないし、そもそも――俺の居場所はここなんだから」

 

大切なものがここにある。何物にも変えられない、大切なもの。

俺が欲しいものがここにあるのだ。

そのことに皆は安心したのか、脱力して座り込む。

 

「よかった…よかったよぉ~」

 

「ほんとうに、よかったぁ……」

 

「何で受けると思ってたんだよ」

 

「だって、だってぇ~」

 

「ゆーくん、考え込んでたから…」

 

「受けるのかとばかり思ったんですよ?」

 

んなわけないだろ。せっかくここに居られるよう(・・・・・・・・・)になったっていうのに、自分から離れるようなことはしない。それに、

 

「実を言うと、もう断りの連絡は入れてるんだ」

 

「そうなの!?」

 

「ああ。だけど諦めきれないのか、しつこくてなぁ」

 

目下困っているのは、その対応だ。

 

「諦めたら? ほとぼり冷めるまでどうしようもないでしょうし」

 

「諦めたらそこで試合終了だぞ、真姫」

 

「いや、意味わかんないんだけど……」

 

変なものを見るかのような目をする真姫。

 

「それじゃあどうするの、ゆうやくん?」

 

某先生の言葉はについては冗談、というわけでもない。ちゃんと考えてはいる。

 

 

 

「一度京都に帰る」

 

 

 

『え……?』

 

 

 

「ほら、この後学期間の休日が入ってるだろ? それを使って一週間ほど身を隠してほとぼりが冷めるのを待ってようかってな」

 

 

 

『えぇ――!?』

 

 

 

そう言う俺に、皆の驚きが空へと響くのだった。

 

 





ようやく、ようやく話としては一区切りつきました!!
(続きそうな終わり方ですが、一区切りです)
いや~…ここまでくるのが長かったぁ……

次からは幕間の話で、その後に二期の内容に入ろうかと思います

ではでは~





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帰省



ども、燕尾です
いやぁ、会社員って辛いですねぇw

今回は遊弥君が帰省します。







 

 

 

「戻るのは半年ぐらいぶりか」

 

高速に移動する風景を見ながら移動すること約三時間。俺は京都の地に降り立った。

 

「愛華は元気にしてるかな」

 

俺は大切な義妹のことを考え小さく呟く。近況報告をよく話す咲姉からは、

 

「大丈夫、愛華は今日も元気だよ」

 

と言われているが、やはり気になってしまう。

 

最近はちょっと残念な方に振り切ってしまっている愛華だが、大切な義妹には変わりない。気になってしまうのは当然のことだった。

新幹線からバスを乗り継ぎ、四人で暮らしていた場所へと向かう。

 

「半年しか離れてなかったのに、懐かしさを感じるな」

 

家の目の前までやってきた俺は小さく微笑む。以前まではこの場所に居たというのに、おかしな感覚だ。

こんなところで突っ立っていてもただの不審者なので、持ってきたここの家の鍵で扉を開く。

 

「ただい――」

 

ただいま、と言おうとしたその瞬間――ガシャン、と何かが割れる音が聞こえた。

 

「……にい、さま……?」

 

目の前にはピタリと止まり、俺の姿を見て目を見開いている最愛の義妹の姿。

俺は呆けている愛華に微笑んだ。

 

「ただいま――こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、愛華」

 

「あ…あぁ……!!」

 

理解が追いついて反応を見せる愛華だが、どういうわけか声を漏らしながら涙を流していた。

 

「おいおい…何で泣くんだよ……」

 

「だって…だって……!」

 

「まったく……ほら」

 

両手を伸ばして、受け止める体勢をとる。

 

「兄様――!!」

 

すると愛華は我慢をやめるように、猛スピードで俺に飛びついてきた。

 

「ごふっ!?」

 

その勢いは予想以上に凄く、俺は体の空気を吐き出してしまう。

 

「兄様っ、兄様っ、兄様――!!」

 

だがそんな俺の状態もわかっていない愛華は、胸元で顔をすりすりとさせている。

 

「私…私……ずっと寂しかった…! 兄様が居なくなってずっと、寂しかった……!!」

 

「……悪かったよ。なにも言わず(・・・・・・)に向こうに行ったのは」

 

「嘘つき…嘘つきぃ……! ずっと一緒だって、言ってくれたのに……!」

 

「……それは」

 

「私たちは二人で一つだって言ってたのに……っ!」

 

そう言う愛華に俺はなにも言えずに頭を撫でることしかできない。

昔約束したことを愛華はずっと覚えていた。

俺だって忘れたことはない。あの頃に愛華と交わしたものを忘れるわけがない。

だが成長するにつれて、もうそろそろ大丈夫だろうと思っていた。

お互い昔のことに折り合いがつけられて、それぞれの道を歩んでいくのだと。

 

たとえそうだとしても家族としての繋がりは消えないのだから、と。だけど、

 

「…うぅ、ぐすっ……」

 

ぐずりながらぎゅうっと抱きつく愛華は割り切ることがまだできないのだろう。

 

「お兄ちゃん…私のことを置いていかないで…一人にしないで……っ!」

 

まるで懇願するかのようにしがみ付いて離れない愛華。

 

「……ごめんな、愛華」

 

俺はそんな彼女に謝ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、この状況だと」

 

「ああ…」

 

俺の膝元ですうすうと寝息を立たせている愛華を撫でる俺をニヤニヤした目で見ている咲姉。

 

「泣き疲れちゃったのかな? ふふ、小さい子供みたい。起こさなくていいの?」

 

「さすがに起こしてまで離れろなんていえないだろ…」

 

「まあそうだよねぇ。こんな安心しきったようにしているんだもの」

 

つんつん、と愛華の頬を突く咲姉。すると愛華は嫌がるように俺の体のほうに寄った。

 

「およよ、嫌われちゃった…」

 

悲しんでいるフリをする咲姉に俺は小さく笑い、愛華の髪を梳いてやる。

すると愛華の表情は気持ちよさそうな物に変わった。

 

「寝てるときでも、遊ちゃんの感覚は分るんだねぇ」

 

いや、咲姉のは寝てるときにいされたら誰でも嫌がるだろ。

 

「遊ちゃんも、なんだかんだ言ってもこうしてくっついてくれる愛華が好きなんでしょ?」

 

「何でそうなるんだ?」

 

「じゃあ、嫌いなの?」

 

「あのな、くっついてくれる愛華が好きとか、それ、俺がそういう気持ちでいるわけじゃないことは分って言ってるよな」

 

意地の悪いことを言ってくる咲姉に俺はため息をついてしまう。

 

「なら遊ちゃんは愛華のことどう思っているのかな?」

 

今さらどうしてそんなことを聞いてくるのか、まったく分らない。でも、答えないといけないのだろう。

 

「愛華のことは愛してるよ」

 

「わぁお、臆面もなく言ったね」

 

そんな驚くことでもないのは咲姉だって分っているだろうに、どうしてそんなはじめて聞いたような反応をするのか。

 

「当たり前だろ。そうじゃなかったここまで一緒になんて居なかった。家族愛、何て言葉(もの)ですら収まらないよ。愛華に対する気持ちは」

 

俺の命そのものと言っても過言ではない。それほど大切な人。

 

「なら、受け入れてあげれば良いじゃない」

 

「それとこれとはまた違うだろ」

 

愛華の気持ちが分らないわけじゃない。だけどこいつはまだ周りを、世界を知らなさ過ぎるんだ。俺しか居ない、そう思ってしまってる。

そういう風にしてしまったのは俺の責任だ。だけど、だからといって俺が全て受け入れたら、愛華の為にもならない。

なぜなら、それは一種の依存だからだ。

 

「でも前にも言ったけど、少しは愛華の気持ちも汲んであげないと。この子の気持ちが依存だけじゃないことぐらい遊ちゃんだって分からないわけじゃないでしょ」

 

咲姉の言う通り、分からないわけはない。

それでも、そこに依存が存在しているのであればそれは決して良いことではない。

依存を妥協して一緒に居たとしても必ず破綻する。

 

それにこの先どうなるかなんて誰にも分らない。なら俺とじゃない、他の誰かと生きていけるようになることに越したことはない。

 

「強情だね。もっと簡単に考えれば良いのに」

 

「頼むからそういうことは言わないでくれ。言っただろ、愛華は――」

 

「そうだね、今のは意地悪すぎたね」

 

俺の言葉を遮って、咲姉は俺の頭を抱き寄せる。

 

「咲姉……?」

 

「でもね、遊ちゃん。全部を一人で抱え込まなくても良いんだよ」

 

咲姉の優しい声が入る。それは昔に俺を救ってくれた声。

 

「遊ちゃんが愛華を大切に思っているのはよく知ってる。でもそれは私やお父さんだって同じ。思い続けた時間は違うけど、この子を思う底は一緒だよ」

 

咲姉の話を否定するつもりは毛頭ない。咲姉や爺さんがしてくれたことや言ってくれたことは今でもはっきり覚えている。見ず知らずの俺らと二人はずっと向き合ってきた。

二人が居なかったら俺はもちろん、愛華もどこかで野たれ死んでいたかもしれない。

 

「それにね、愛華だけじゃないんだよ? 私たちが思っているのは。愛華もそうだろうね?」

 

「――ああ。今ならその意味がよく分かるよ……」

 

それは雛さんや穂乃果たちに言われたこととまったく一緒なのだから。

気持ちは一方通行ではない。思い、思われて、人は生きている。

皆がそう気付かせてくれた。俺だけじゃないのだと。

咲姉も、爺さんも、守らなければと考えていた愛華も皆、俺のことを思ってくれていたのだ。それを俺は知った。

 

だからこそ――

 

「咲姉――ありがとう」

 

俺は咲姉の背中に手を回した。

 

「――っ!?」

 

「それと、ごめん。今の今まで、咲姉と爺さんの思いを無碍にして」

 

「……」

 

無言になる咲姉。だけど、俺の背に回した腕と握る手の強さが増す。

 

「…いいんだよ…遊ちゃんはずっと、ずっと頑張ってきたんだから……私たちのことは気にしなくても……」

 

そしてしばらくしてから聞こえてきたのは喉が震えたような声。顔は見えないが、小さな水滴が、俺の肩に落ちてくる。

 

「……でも、やっぱり嬉しい、かな……」

 

ずっと――引き取ってからずっと、俺のことを見てくれていたんだな……自分の人生だってあるのに、こんな見ず知らずだった人間を。

 

「……この半年間、いろんなことがあったよ。そういうことも含めてたくさん話をしよう」

 

「うん…うん……っ」

 

俺と咲姉はしばらくの間、抱きしめあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ……」

 

「なぁ、愛華?」

 

「兄様は黙ってください」

 

そう言われて黙る他ない俺は頭を掻いた。

愛華は俺の腕を取りながら、俺を脇に置いて眼前を睨み続ける。

 

「これは私たちの戦いなのです」

 

「ふふ…」

 

そんな愛華に相対するのは言わずもがな、咲姉だ。咲姉はさっきの涙はどこへやら、不適な笑みを浮かべて愛華を見る。

 

「咲姉さま、兄様に抱き付くのは私に対する宣戦布告だと捉えてよろしいでしょうか?」

 

「やだなぁ、いつものスキンシップだよん? それに遊ちゃんは愛華だけの物じゃないんだから」

 

咲姉も咲姉でいつもの受け流すような笑みの裏で、どこか愛華を牽制しているような気を含ませている。空気が異様に重いのだ。

 

「それに遊ちゃんと約束してるし」

 

俺の記憶にないことを言う咲姉。

なにか咲姉と約束したか……?

 

「何を約束したっていうんですか?」

 

「ふふふ、それは愛華には教えられないことかなー?」

 

怪しい笑みを浮かべる咲姉に、愛華の矛先が俺の方に向いた。

 

「に、にににに兄様! 咲姉様と何を、いえ、ナニ(・・)を約束したのですか!?」

 

「落ち着け! ガクガク揺らすな!? 俺は別になにも約束してない!」

 

「遊ちゃん、覚えてくれてないの…? あの時に受け入れてくれたのに……」

 

「う、受け入れた……!? 兄様ッ!!」

 

「だぁ! 変な言い回ししないで、いつの話か言ってくれ!!」

 

愛華は涙目になりながら俺を肩を思い切り揺らし、咲姉はそんな俺をからかうように笑いながら見ている。

それに咲姉は教えるつもりもなく、俺が思い出すのを待つばかり。

もう滅茶苦茶すぎる。誰か、助けてくれ――

 

「――帰って早々、騒がしいのぉ」

 

嗄れた声でも今の俺にはそれが救いの声となった。

 

「何をしとるんじゃお主らは」

 

この家の主は呆れたように俺たちを見る。

 

「あ、お父さん。お帰り」

 

「お帰りなさい、おじいさま」

 

「うむ、ただいま」

 

二人の出迎えの言葉に爺さんは満足そうにうなずいた。

そして、

 

「久しぶりじゃな、遊弥」

 

「……ああ、ただいま。爺さん」

 

「うむ、お帰り」

 

半年振りに、家族全員が揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学期間休日初日。私たちは午前から練習をしていた。

しかし、

 

 

 

『……』

 

 

 

なんとも言えない空気が私たちの間に漂う。その原因は言わなくても分かっていた。

 

「…遊弥くんがいないだけでここまでなるとは」

 

私は苦笑いしながらそう言った。

 

「こういうことは何度かあったじゃない」

 

彼にだって用事の一つや二つぐらいあるし、練習に顔を出せない日だって何度もあった。でもそのときはここまで練習に影響なんて出なかった。どうして今さらこんなことになってるのだろうか。

 

「いやー……ほら、今まではゆうくんが練習にいなくても近くにいたのが分かってたから」

 

「こう、今は遠くにいるんだなぁって思っちゃったら…」

 

「なんだか、ポッカリ穴が空いてしまったようで」

 

穂乃果、ことり、海未が苦笑いしながら言う。

他の皆も同じなのだろう。顔を向けると同じように苦笑いしながら顔をそらした。

 

私ははぁ、と溜め息を吐いた。

改めて、彼の存在が私たちにとって重要なんだと気づかされる。

これで、退学になって京都に戻っていたらどうなっていたんだろう。考えるだけでも恐ろしい。

 

「……遊弥くんが帰ってくるまで、大丈夫かしら。ちょっと不安になってきた」

 

「まぁ、なんとかなるんじゃ、ないかなぁ……?」

 

珍しく自信のない言い方をする希に、私はさらに不安になるのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に




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義兄妹




ども、あけましたおめでとうござます

えー、事後報告になって申し訳ないのですが、90~92話を削除しました。

理由を率直に申しますと最新話から続きが思いつかなかったから、義妹を絡ませた学院生活の話が書けなかったからです(^ω^;)

今回の話は前の話を少し変化させただけなのですが、これからの話は投稿していた展開と違いますのでご注意くださいm(_ _)m

更新自体久しぶりなので、覚えている人がいるかは怪しいですが…
まあ、燕尾の自己満足と思って置いてください。




 

 

 

 

 

夜ご飯を食べ終え、自分の部屋戻った俺はいつの間にか置かれていたベッドに大の字になって寝転がる。

本当は食べてすぐ寝転がるのはよろしくないのだが、長距離の移動をしたせいかすこし疲れていたのを自覚しているため、気にはしなかった。

 

「……」

 

ぐるりと部屋を見渡す。

行き届いた清掃。この部屋の掃除をやってたのは愛華だろう。

俺がいなくなった後も、いつ帰ってきても良いように、隅々まで埃ひとつなかった。

 

 

 

――ずっと一緒だって、2人でひとつだって言ってたのに…!

 

 

 

――私を、一人にしないで……!

 

 

 

――嘘つき…嘘つきぃ……

 

 

 

「……」

 

愛華の言葉が頭の中に反芻する。

あのときの約束が、その場凌ぎで出たでまかせではない。だけど、愛華には一方的に俺が約束を破ったと見えてしまった。

いや、実際そうだ。"ずっと一緒"という約束を俺は破ったのだ。

約束を破ってでも、俺は音ノ木坂に行った。強引だったが最終的には爺さんの話を受け入れ、向かった。

 

爺さんも咲姉も、愛華にはあの日に俺が出発するまで言わなかった。それはあの二人が俺らの関係の危険性を分かっていてからだろう。

 

俺たち義兄妹(きょうだい)がずっと危ういところにいたことを知っているからこそ二人は言わなかった。

またそれだけではなく、俺だけの問題、そして、愛華だけの問題をちゃんと理解していたから、爺さんは俺を無理にでも東京に行かせ、愛華を京都に残した。

 

「ほんと、頭が上がらないな。あの二人には……」

 

今こうしていられていることを考えれば、爺さんや咲姉に感謝してもしきれない。

 

「今度、また落ち着いたらなんかしよう。二人に内緒で。うん、それが良い」

 

今まで、こそこそと色々したお返しをしてやろう。

そう心に決めたところに、ドアがノックされる。

 

「兄様、起きてますか?」

 

「愛華か。起きてるぞー」

 

応えると、失礼します、と礼儀正しく部屋に入ってくる愛華。

 

「どうした? なにか用か?」

 

そう問いかけると、愛華はちょっと不機嫌そうな表情をした。

 

「用ってほどじゃないんですけど――半年振りにいる兄様のそばに居たいと思ってはいけませんか?」

 

「……」

 

「また遠くに行ってしまうでしょう兄様の側に、少しでも長く居たいと思うのは、いけないことなのでしょうか?」

 

そう言われてしまうと、なにも言い返せない。

愛華はため息を付く俺のとなりではなく、膝の上に座ってきた。そして俺にもたれ掛かったり、少しはなれたりと、ゆらゆら揺れている。

 

 

――これは、催促してきてるんだろうなぁ

 

 

ここで愛華の意図を無視すると、余計に不機嫌になるのは確実だ。俺は愛華の頭を優しく撫でる。

 

「……兄様」

 

「なんだ?」

 

「久しぶりに、兄様の演奏が聞きたいです」

 

「……マジで?」

 

「マジです」

 

「いや、それは……」

 

義妹(いもうと)の願い1つも叶えてくれないのですか? 約束を破っておきながら」

 

「……俺が悪かったから、そういうのはやめてくれ。頼むから」

 

「悪いと思っているのなら、お願いします」

 

「……わかったよ」

 

俺は諦めてアコースティックギターを取る。

 

「場所は、いつもの所でいいな?」

 

「はい」

 

俺と愛華は階段を上がり、ベランダに出る。

 

「今日は絶好の演奏日和です。満点の星空です」

 

愛華の言う通り、ベランダから見上げれば幾千もの星が夜空に広がっていた。

だが、

 

「本当に久しぶりだから弾けないかもしれないぞ」

 

「兄様なら大丈夫ですよ」

 

信じて疑わない愛華に俺は小さくため息をはいて、演奏を始める。

 

 

――案外覚えているもんだ。スムーズに指が動く。

 

 

「~♪」

 

俺がなに弾くのかをわかっている愛華は、ギターの音色に鼻歌で合わせる。

二人でこんな夜を過ごすのも本当に久しぶりだ。

 

音ノ木坂に行った後はもちろん、行く前にこれをしたのもかなり前だったから。

 

「……」

 

チラリと愛華を見る。

俺の視線に気づいた愛華は鼻歌を歌いながら小さく微笑みを向けてくる。

俺も微笑み返して、演奏を続ける。

 

二人で音楽を楽しんでいると、音につられてベランダに客がやってきた。

 

「久しい音と声が聞こえると思ったら、やっぱりやっておったか」

 

「私たちにも聞かせてくださいな」

 

俺と愛華が受け入れる前に、側にある椅子に座る二人。これも前まではいつものことだった。

 

「本当に久しぶりだよね。何だかんだで一年以上振りじゃないかな?」

 

「そうじゃな、遊弥はいつの間にか弾くことを恥ずかしがっておったしな」

 

そういわれて俺はなにも言えない。

 

俺の演奏は別に、誰かに聞かせるようなものじゃないし。

しかし弾き始めれば、最初に愛華がやってきて歌い、その後に咲姉と爺さんが現れる。

 

まあいつものことだから、拒むこともなく演奏を続ける。

愛華と顔を合わせ、俺たちは同時に小さく笑う。

 

星空の下行われた小さな演奏会は少しの間続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演奏会の後、俺が約半年東京で過ごして来たことについて、それから三人が過ごしてきた時間を話した。

両方の話が終わった頃にはもう日が変わりそうな時間になっていた。

 

「今日は、もう終わりだな」

 

「もうそんな時間なんだね」

 

「まだ話し足りないです」

 

「なに、焦ることはない。明日も明後日も、まだ時間はある」

 

「…そうですね」

 

名残惜しそうにする愛華だが爺さんの言葉に頷いて、おとなしく引き下がる。

 

「それじゃあ、私は部屋に戻るね――おやすみ」

 

「ワシも戻るとするかの」

 

「ああ。おやすみ、二人とも」

 

「咲姉様、お爺様、おやすみなさい」

 

一日の終わりの挨拶をした二人は自分達の部屋に戻る。

 

「さて、俺たちも寝るか」

 

じゃあ、と自分の部屋に戻ろうとすると、後ろから袖を引っ張られる。

 

「……愛華?」

 

愛華の方を向くと、愛華はどこか遠慮するような、なにか躊躇っているようにしていた。

 

「どうしたんだ?」

 

そう問いかけると愛華は小さな声で、

 

「兄様…今日は一緒に寝たいです……」

 

「…」

 

普段なら即答で駄目だと言っている。しかし、

 

「…愛華の好きにしろ」

 

「……っ、はいっ! ありがとうございますっ、兄様!」

 

喜ぶ愛華に、俺はまだまだ甘いのだと、実感する。

寝る支度を済ませた俺は先にベッドに寝転がる。

 

それから数分もしないうちに愛華が俺のベッドに潜り込んできた。

 

「……」

 

「……」

 

お互い無言で、顔を見ることもなく天井を見つめる。

 

「愛華」

 

先に切り出したのは俺だった。

 

「爺さんも咲姉も今日はこっちに来ることはない。俺もちゃんと聞くから、全部吐け。自分が思っていることを、自分の感情を」

 

「……」

 

「俺が帰ってきてから、お前の情緒が安定してない。いろんな感情が入り混じって自分を見失いかけてるだろ」

 

「……兄様は、私のことお見通しですね」

 

「何年一緒に居たと思ってるんだ。様子がおかしいことぐらいすぐにわかるさ」

 

「居た……そうですね。兄様だけには隠し事はできないみたいです」

 

「……」

 

それは違う、と言いかけたが今は口を閉じて、愛華の話を聞く。

 

「さっきベランダで東京の話をしていた兄様は、とても楽しそうに、嬉しそうにしていました」

 

「……そうだったか?」

 

「はい。私をほったらかして、女狐たちに囲まれた生活を満喫していたようでなにより、と思ってしまうほどに」

 

「酷い言いようだな、おい」

 

異性だけしか居ない生活っていうのもなかなかに大変なんだが。

 

「ですが、兄様は――お兄ちゃんはそれがわかるほどに変わった」

 

「……」

 

「お兄ちゃんに乗っかっていた沢山の憑き物が落ちたように、お兄ちゃんの表情(かお)は変わった」

 

顔には全く出ていないはずなのだが、愛華はそう指摘する。

 

「そしてお兄ちゃんを変えたのは穂乃果さんたち――μ'sの人たち」

 

ずっと一緒にいたからこそ気づいた変化。

爺さんや咲姉では言わないと気づかないことを愛華は見抜いたのだ。

 

そして俺のその変化が愛華を不安にさせているのだろう。

 

 

 

――一人にしないで

 

 

 

その言葉に全てが集約していたのだ。

 

「お兄ちゃんは前に進み始めた。それに比べて、私は――私はなにも変われてない。あの頃のまま、ずっと立ち止まったまま」

俺に対して愛華は自分の状況を自覚した。

いや、愛華だって本当は前から分かっていたのだろう。今のままではいけないって。

 

「本当はね? 急だったのには驚いたけど…お兄ちゃんが帰ってきたとき、嬉しくて、お帰りなさいって、笑顔で言おうとしたの。あんなこと言うつもりはなかった」

 

「ああ…」

 

「お爺様や咲姉様がお兄ちゃんが東京に行くことを私に言わなかった理由だって途中で気づいたんだよ? 私たちのことを想ってあえてそうしたってわかった。だから私も私なりに頑張ったんだ――お兄ちゃんじゃない、他の誰かとも生きていくために頑張ったの」

 

俺以上に敏い愛華は、二人の意図を早くに気づいていた。

愛華は俺のほうに体を向けて、下のほうから俺を見上げる。

 

「ずっとお兄ちゃんを――出会った時からずっと、お兄ちゃん(・・・・)を私が縛ってきた。私が縛り続けていたから、お兄ちゃんは私の分まで傷ついてきてしまった。だからもう終わりにしようって、これを機に変わらなきゃって思った。そうしないと私も、なにより遊弥くんがずっと囚われてしまうから」

 

愛華は俺のことを想って行動をしてくれていた。俺がいなくて不安に思いながらも、それでもと変わろうとしていた。

 

「だけど、駄目だった。私一人じゃ前に進むことができなかった」

 

「愛華…」

 

「私…私は……今も昔も、お兄ちゃんが居ないと何もできない…どうしようもない臆病者みたい……」

 

「……」

 

「ごめん、ごめんね……」

 

ぎゅっ、と俺の胸元をつかむ愛華。

 

「わかってたの…ずっとお兄ちゃんに依存していたってことはもうずっと前から気付いていた。だから、私……」

 

そういう彼女の声は震えていた。

全部を聞いた俺は小さく溜息を吐いた。

 

「――なんというか、ほんと愛華は昔から極端だな」

 

「遊弥くん…」

 

「まあ俺は俺で、意地を張り続けていたんだけどな。俺たちって本当に、融通が利かないというか、なんというか」

 

苦笑いしながら俺は愛華の頭をなでる。

 

「あのな、愛華? 俺が前に進めたのは何も自分ひとりの力でできたわけじゃない。愛華も言ってただろ、μ'sの皆が俺を変えたって――恥ずかしながらそうだ。皆と過ごしてなかったら、俺も変わらないままだった」

 

俺が変わったと愛華から見えるのなら、それは紛れもなく皆のお陰だ。

皆が俺を引き上げてくれた。俺一人じゃなにもできないままだった。

 

皆に、俺は助けられたのだ。

 

「一人で抱え込まなくていんだよ。自分でどうにもできなかったら助けを求めていいんだ」

 

「だってそれじゃあ…お兄ちゃんに助けてって言ったら、何も変わらないから…」

 

「そこで求める先が俺だけっていう時点で間違ってるんだよ。愛華の周りで、いま助けてって言えるのは俺だけなのか? 爺さんは? 咲姉は?」

 

それに愛華は表面上ではあるが俺とは違って、九重学園でもそれなりに良好な人間関係があるだろうに。愛華は上っ面な関係と言っていたが、決してそれだけじゃない人がいたはずだ。

そこから一歩踏み出せば愛華だって変われていただろう。だが、

 

「――そのことを分からなくさせたのは俺だよな」

 

愛華をずっと守らなければならないと思って、俺は守り続けた。

守るべき大切な存在として、守り続けてしまった。

本当は自分で自分の身を守る術を教えるべきだったというのに。

それをせずに俺が愛華の側から離れたから、愛華はどうして良いのか分からなくなってしまった。愛華はいま出口のない迷路をずっと歩いている。

 

彼女をこうさせてしまったのは紛れもなく俺の責任だ。

 

「本当にやることなすことうまくいかないな。俺たち」

 

呪われているのではないだろうかってたまに思ってしまうほど、上手く行った試しがほとんどない。誰かを想い、誰かのために動いても、悪いことばかりに転がっていく。

だけど、それでも俺たちは今こうしている。

 

真っ当なことでもロクでもないことでも何かをすることはできる。そうやって失敗しながらも時には成功させて俺たちは生きてきた。

考えればひどく不器用で稚拙だったけれど、なんとかなっているのだ。

 

そしてそれは今でもそうだっていえるだろう。

 

「誰かの手を借りてもいい。学園には気付いていないだけで、もう愛華にも上っ面じゃない人が出来てるはずだ。だからあとほんの少しだけ頑張ってみろ。愛華に差し伸べられた手を信用して取るんだ」

 

俺がそうだったように、愛華だってきっと出来るはずだ。

 

「お兄ちゃんは…勝手だよ……あんな約束したのに、今さら私に他の人と生きていけって……」

 

「そうだな…勝手なことをしてるって思う。だけどこれが愛華のためになるって思ってる」

 

「……うん」

 

「取り繕わなくていい。格好悪くたっていい。難しいことは全部後で考えて、自分の素を受け入れてくれる人を見つけてみろ」

 

「うん…わかった……」

 

「愛華ならできるさ。何せ、俺の自慢の義妹なんだから」

 

「……ねぇ、遊弥くん」

 

「なんだ?」

 

「遊弥くんが東京(あっち)に戻ったら、私頑張るから…」

 

愛華は俺の服をぎゅっと握って、体を寄せる。

 

「だからほんの少しでいいから、私に勇気をくれないかな……?」

 

「――ああ。わかったよ」

 

俺は愛華を包み込むように抱き締める。

そして俺たちは昔のように、体を寄せ合いながら眠るのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

本年も皆さん実りのある一年となるよう、祈っております。

今年もよろしくお願い致します。


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遊弥のいない日常



ども、燕尾です。

91話……だったかな?







 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

『……』

 

「ちょっと、みんな?」

 

『……』

 

「ちょっと、みんなしっかりてよ! もうかれこれ3日よ!?」

 

私は声を荒げるも、みんなからの反応は返ってこない。

 

「もう…遊弥くんが居なくなってからまともに練習が出来てないじゃない」

 

「まあ、うちも遊弥くんがいないとここまで練習にならんとは思わへんかった」

 

深いため息を吐く私に希は苦笑いする。

遊弥くんが実家に戻ってから3日が経ち、その間にもアイドル研究部の活動は行われていた、だが――

 

「ほげー……」

 

穂乃果は口から魂が抜け出ているような表情でただ佇み、

 

「ちゅん…」

 

ことりは空を飛べない小鳥のように哀愁漂わせて空を見上げ、

 

「観自在菩薩行深般若波羅蜜多――」

 

海未はなんの雑念と戦っているのか般若心境を唱えている。

はぐっ、もぐもぐ……」

 

それから花陽は、何かの気持ちを紛らわせるようにおにぎりに食い付き、

 

「にゃ~…」

 

凛は猫のようにペットボトルを転がし、

 

「……」

 

真姫は自分の髪の毛をくるくるさせながらボーッと立ち続けていた。

 

「さすがにこの絵面はヤバすぎるでしょ」

 

この光景ににこは半目で皆を眺めながら呟く。

 

「全く。あいつが居ないだけっていうのに、情けないわね」

 

「そういうにこっちもあまり練習に身が入っとらんよね?」

 

「ぐっ……希だって結構変な方を眺めてボーッとしてること多いけど?」

 

「う…それは」

 

「みんな一緒よ……」

 

お互い指摘し合うけれど、皆に大差はない。私だってつい居ない遊弥くんに感想を求めてしまって寂しさを覚えることは何度もあった。

 

「はぁ……今日はここまでにしておきましょうか」

 

こうなってしまっては練習も何もなくなる。こんな集中力がない状態で続けると怪我人が出てしまいそうだ。

 

「あと四日、四日経てば遊弥くんが帰ってくる…だけど」

 

ちらりと、私は皆の方を向く。

彼がいなくなって集中力が無くなってしまった皆。彼さえ戻ってきてくれれば彼女たちも気力を取り戻すと思う。

 

でも、それで本当にいいのだろうか?

 

遊弥くんがいなければ何もできない、まるで遊弥くんに依存するみたいなグループになっても。

 

 

今度は私があなたの、皆の手を引くわ。

 

 

あのときの言葉が嘘になっても――

 

 

「――ッ!!」

 

その考えが過った私は自分の目を覚ますように思いきり自分の両頬を叩いた。

 

「絵里……ちゃん?」

 

大きく響く音に皆の意識が私に向く。

 

「……まってるわ」

 

「? どうしたの、絵里ちゃ――」

 

「こんなの、ダメに決まってるわ!!」

 

「わっ!? いきなりどうしたの?」

 

「いきなりじゃないわよ! こんな弛んだ空気、良いわけ無いでしょ!」

 

私の一喝に、皆は気まずそうな表情をする。

 

「遊弥くんが居ないから、なに!? 私たちは遊弥くんがいなかったらなにもできないグループなのっ?」

 

『……』

 

「私たち私たちのやることをしないと」

 

遊弥くんがいないのは確かに寂しい。でもそれで私たちが足を止める理由にはならない。

私たちは遊弥くんのためだけに活動してるわけじゃない。

 

「そうじゃないと誰も見てくれなくなるわよ」

 

このままの気持ちで、遊弥くんを理由にしていたら人はどんどん離れていくだろう。遊弥くんも含めて。

 

「みんなはそれでいいの?」

 

私の問いかけに、皆の顔が変わっていく。

 

「さあ、練習するわよ!!」

 

その反応に私も自分に気合いを入れるように柏手を一つ打つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時が経つのは早いもので、京都に帰って来てから一週間が経ち、あっという間に東京に戻る日となった。

俺は改札前で見送りに来た三人と向き合っていた。

 

「体に気を付けるんじゃぞ?」

 

「ゆうちゃん、三食しっかり食べるんだよ? それと夜更かしはあまりしないようにね?」

 

「わかってるよ。もう何回も言われてるから」

 

もう何度も言われた言葉に俺は苦笑いする。まあ、心配する気持ちはわかるけれど。

 

「あぁ……本当に行かれてしまわれるのですね、兄様」

 

そんな二人とは違い、哀愁漂わせて嘆く愛華。

 

「また私をおいて、たくさんの女狐たちが巣くう巣窟に……ああ、兄様が汚されないか私は心配です……」

 

「……愛華もいつもの愛華に兄さんは安心したよ」

 

この一週間の大半の時間を、愛華のご機嫌取り(お願い)に費やした甲斐があったというものだ。口の悪さはもう諦めよう。

咲姉も爺さんも苦笑いしてるし。

 

「――ゆうちゃん、ちょいちょい」

 

それはさておき、と咲姉は俺を手招きする。

 

「ん、どうした? さく――」

 

「とりゃー!!」

 

「おっと!」

 

俺が答える前に飛び付いてくる咲姉。

 

「――!?」

 

絶句する愛華が真横にいるというのに、俺だけに視線を向ける咲姉。

 

「咲姉?」

 

目を逸らすのは許さないというように俺の頬に手を当てた。

 

「……前まではこうしてたら倒れてたのに。本当に大きくなったね」

 

「……ああ。爺さんや咲姉のおかげだ」

 

俺は帰ってきたときと同じように、咲姉を抱き締める。

 

「二人に出会えて、本当に良かった」

 

「私も。あのとき、ゆうちゃんや愛華に出会えて良かった」

 

そう言って咲姉は手を俺の背に回した。

 

「ありがとう」

 

「こちらこそありがとう」

 

しばらく抱擁しあって俺は咲姉の身体から手を離し、離れる。

 

「ゆうちゃん」

 

すると、咲姉はまだ俺の手を掴んでいたらしく、くいっ、と引っ張った。

 

「なっ――!」

 

バランスを崩した俺は咲姉に向かって前のめりになり、そして――

 

 

 

 

 

「愛してるよ――」

 

 

 

「えっ、ちょ――んっ――!?」

 

 

 

咲姉の唇が自分の唇に重なった。

 

 

 

その瞬間、周りの時が止まる。こんな駅構内で大胆にもキスをする男女がいれば当然ではあるけれど。

 

 

そんな周りのこと等気にもせず、咲姉は唇を押し当ててくる。

 

 

「な、なななななななななななにをしているのっ!?!?」

 

永遠にも感じたそのキスはいち早く再起動した愛華によって引き剥がされた。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「いやいやいや! これは俺が悪いのかっ!?」

 

「お兄ちゃんはもう! どうしてそんなに隙だらけなの!?」

 

「ふふふ。ゆうちゃんのファーストキス、奪っちゃった♪」

 

してやったりとにんまり笑う咲姉。それは愛華を挑発するようだった。しかし、

 

「残念ですね! それがお兄ちゃんファーストキスじゃありません!! もうお兄ちゃんのファーストキスは私が貰っています!!」

 

涙目になりながらも、咲姉に対抗するように噛みつく愛華。

おいちょっと待て。今聞き捨てならないことがあったぞ。

 

「愛華さんや? いつ俺にそんなことをしたんですか?」

 

「昔からですっ。お兄ちゃんが寝てるときに何度もしました! 当然、この前一緒に寝たときもしました!」

 

「おいこら、義妹(いもうと)。なにしでかしてくれとるか」

 

「だから咲姉のはファーストどころかセカンドでもサードでもないのです!!」

 

俺の突っ込みは無視して威張る愛華。

だけど、その程度では咲姉は揺らがない。

 

「意識のないゆうちゃんにすることしかできてない愛華には負けてないとお姉ちゃんは思うなぁ?」

 

それどころかさらに挑発する咲姉に愛華の何かが切れる音がした。

 

「――いいでしょう。私を挑発したことを死ぬまで後悔させてあげます」

 

そう宣言した愛華は咲姉ではなく俺の方に向き、両手で俺の顔を押さえてきた。

そして瞳を閉じて、自分の顔を近づけてくる。

 

 

「お兄ちゃん――」

 

 

艶やかな声を出すその口で、俺の口を――

 

 

「はい、ストップ」

 

 

塞がれる前に俺は愛華の顔を押さえた。

 

「むぐぅ!?」

 

「させると思ったか、まったく…」

 

「お兄ちゃんっ、どうして!? どうして咲姉様は受け入れて私は駄目なの!?」

 

「受け入れるとかそういう問題じゃない」

 

咲姉には不意を突かれただけだ。咲姉が本気なのかはわからないが、俺の本意ではない。

 

「私は本気だよん?」

 

「しれっと俺の考えを読まないでいただけますか?」

 

それに本気…本気ですか……

 

「お・に・い・ちゃ・ん?」

 

「目がぐるぐるしてるから、怖いから」

 

「お主らは、ほんとに騒がしいのぉ。見送りぐらいもっとすまーとに出来んのか」

 

一人騒ぎの外でため息を吐く爺さん。しかし、

 

「無理して横文字を使って言うな。無理してるのがバレバレだぞ、爺さん」

 

「お父さん、娘的にないかなー」

 

「正直言って、ダサいです」

 

「ガビーン! 爺ちゃんテラショックー!!」

 

俺たちはわかってる。この人もどちらかというと騒ぐ方の人間だということを。

四人とも顔を見合わして、そして笑う。

 

「それじゃあ、そろそろ行くよ」

 

そんなやり取りをしている内に、もう出発の時間になっていた。

俺は荷物を持ち直し、一歩前に進む。

 

「向こうについたら連絡するよ。世話になった」

 

「ゆうちゃん、違うよ」

 

「ん?」

 

「"いってきます"――でしょ?」

 

「――ああ。それじゃあ、"いってきます"」

 

『行ってらっしゃい』

 

そして俺は皆に見送られながら、改札をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

行きと同じで電車に揺られながら移り行く風景を眺める。

 

「もう半年ぐらい経つのか」

 

その景色を見ながら俺は一人呟いた。

 

「半年ぐらいなのに、いろいろあったな――」

 

本当にいろいろあった。

幼馴染たちと再会して、新しい人と出会って、記憶を取り戻して、本当の意味で中学の先輩と再会して、衝突をしながらも、皆で困難を乗り越えて――

 

「まさかこのまま女子校に居ることになるとは…人生何が起きるかわからないな」

 

自分が望んだこととはいえ、結果だけ聞けば本当にすごい話だ。

 

「これから…どうなって……いくのやら……」

 

今後のことを考えながらも、うつらうつら、と舟をこぎ始めてしまう。

夏も終わりが近づき、日中もいいぐらいの気温になっているせいで、眠気が襲ってくるのだ。

 

「まあ…なんとでも……なる………」

 

俺はそのまま睡魔に身を委ねてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここは」

 

気がつくと俺は一人ぽつんと佇んでいた。

周りを見渡して見えるのは教室や廊下にある掲示板。どうやら、どこかの学校にいるみたいだ。

 

「なんかよく見ると見覚えのある場所だな」

 

九重学園でも音ノ木坂学院でもない、しかし見覚えのある学校。それは一つか二つぐらいしかない。

 

 

――キーンコーンカーンコーン

 

 

チャイムが鳴り、ここの生徒であろう子供たちがぞろぞろと出てくる。

その制服を見た俺は合点がいった。

 

「また夢か」

 

中学の頃の制服を見た俺はそう断言した。どうやら久しぶりに明晰夢を見ているようだ。

 

 

「――まったく、これで何度目だ?」

 

 

自分の置かれている状況が分ったところでよく聞く呆れた声がする。

その方を見ると、(中学)の俺と絵里が書類を持って並んで歩きながら話していた。

 

「だって、仕方ないじゃない! まさかそんな話があったなんて知らなかったんだから」

 

「考えればそのくらい分かるだろ、ポンコツエリーチカ」

 

「あー! また言った!! またポンコツエリーチカって言ったわね!?」

 

「賢い可愛いポンコツエリーチカ」

 

「もう!!」

 

当然ながら俺の存在に気付かず、そのままギャーギャー言い合いながら俺の脇をすり抜けていく。

視線をチラリと別のほうにやると、その遠くからは他の生徒が俺だけを睨むように見ていた。

 

 

――なんであいつなんかが絵里先輩と

 

 

――絵里先輩はふさわしくないのに

 

 

――絵里先輩も何であんな奴と一緒に

 

 

――きっと優しい先輩のことだから構ってあげているんでしょ

 

 

――いや、絵里先輩はあいつに騙されてるんだよ

 

 

――許せない

 

 

――許さない

 

 

――許すな

 

 

結構離れているというのに聞こえる妬みや恨みの声。夢だから聞こえているのだろうけれど、これが当時の状況であれば、こんなことになっていたのだろう。

こいつらのこの感情を当時の俺は無視し続けてきたわけか。

 

そう納得した瞬間、目の前が暗転する。

次に見えたのは、校舎裏で多人数に囲まれているところだった。

 

 

――調子に乗ってんじゃねェよ、このクズ野郎が!

 

 

もう名前もなにも覚えていない男から、思い切り殴られる。

 

 

「っ!?」

 

 

その直後今の俺に対して、殴られたところと同じところに衝撃が奔った。

どうやら、どういうわけか感覚があの頃の俺とリンクしているらしい。

 

 

――絵里先輩を騙して、手篭めにしやがって!

 

 

――おい! 何とか言えよ!

 

 

――そうやっていつも人を見下しているんだろ!?

 

 

鬱憤を晴らすかのように恨み言を叫びながら俺を殴り、蹴り、切りつける。

昔の俺が傷ついていくと、同時に今の俺も傷を負っていく。

 

 

――痛い

 

 

「ああ、痛いな」

 

 

――どうして俺はこんなことされているのだろう

 

 

「わかってなかったよな。あのときは人の負の感情を見ないよう、気にしないようにしていたから」

 

 

――誰か、助けて

 

 

「本当はそう願っていた。誰かに助けて欲しいって思っていた。心配かけまいって気丈に振舞っていたけど、本当は手を伸ばしていたんだよな」

 

俺は横たわって放置されている過去の俺の手を取った。

 

「大丈夫だ」

 

そして俺は過去の俺に言う。

 

「今は苦しいけれど、数年後君に仲間ができる」

 

脳裏に過ぎる、皆の笑顔。

 

「爺さんや咲姉、愛華以外にも、心から許せる仲間ができるんだ」

 

 

……

 

 

「だから、もう少しの辛抱だ」

 

俺は俺に対して笑顔を向けてそう言った。

それを聞いた過去の俺は納得したのかしていないのかは分らないが、光の粒子となって消えていった。

 

――さい、ゆうや

 

「ん?」

 

一人残されたところに、どこからか聞こえる、誰かの声。

 

――おきなさい、ゆうや

 

「誰だ?」

 

周りを見渡しても誰もいない。

 

「起きなさい! 遊弥ッ!!」

 

しかし、天から聞こえたその大きな声に俺の意識は引き上げられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん」

 

「遊弥、大丈夫!?」

 

目を開けると、そこに広がるのは見慣れたでこ。

 

「いや、おでこ以外にも注目するべきところがあるでしょ!」

 

「なんで心を読めたのかは置いておいて一つ聞くが、何でお前はいつも唐突に現れるんだよ――つばさ」

 

「偶然っていうのはよく重なるものよ――昨日までイベントに出てたの。今日はその帰り。あんじゅや英玲奈もいるわよ」

 

「A-RISEが電車移動とは…」

 

「A-RISEとはいえ私たちだってスクールアイドル、普通の学生よ? 事務所契約をしているわけじゃないし」

 

「そういわれればそうだな」

 

まあ、あのUTXだったらそのくらいしてもおかしくはなさそうなのだが。そこは普通の扱いらしい。

 

「それより――随分と(うな)されていたわよ。それに痛い、痛い、ってずっと言ってた」

 

チッ、話を逸らせなかったか……

 

「気にしないでくれ。夢見が悪かっただけだ」

 

「夢って突拍子のないものが多いけど、過去の追憶をしたりする人もいるのよね」

 

「おい、つばさ――」

 

新幹線とはいえ、座席は人一人分のスペースしかない。だというのにつばさは俺の膝の上に跨った。

 

「この車両、平日だから私たち以外に誰もいないわ」

 

つつ、と俺の体に指を這わせるつばさ。

 

「あなたのその体の古傷(・・・・)が夢見を悪くしているのよね?」

 

おい、ちょっと待て。つばさに上半身を晒したことはないぞ。ということはこいつ――

 

「寝ている男の服をめくって体を見るって、何をしているんだお前は」

 

「私だって年頃の女の子よ? 異性の体にだって興味ぐらい持っているわよ」

 

変態と思われても仕方がない行為を平然として、開き直っているつばさに俺は少し引いてしまう。

 

「あのな」

 

「遊弥」

 

だけど、つばさは真面目な顔で俺を見つめる。まるでこれ以上誤魔化すなというかのような表情で。

 

「……虐待やら私刑(リンチ)やらいじめやら、昔色々あったんだよ。体の傷も夢で魘されるのもその名残だ」

 

「やっぱりそうなのね」

 

まるで自分が辛い目にあったというように、悲しむように目を細める。

 

「つばさが気にすることじゃない。俺の過去がたまたまそうだったっていうだけなんだから」

 

安心させるようにつばさの頭を撫でる。俺としてはこういう空気は苦手だ。

本気でそう感じてくれていると分かるからなおさら当の本人が気まずいのだ。

 

「ほらほら、分ったら早く二人のところに戻った戻った。この車両に俺らだけとはいえ、誰かが通ってきたら大変なことに――」

 

 

 

 

 

「残念ながら、もう遅いぞ?」

 

 

 

 

 

そう言った直後に聞こえる声。

 

「まったく、トイレにしては長すぎると思って探しに来てみれば、何をしているんだ君たちは」

 

「もー、二人ともそういう関係になってたのなら言ってくれてもいいのに~」

 

俺たちは揃って声のほうを向く。

そこには呆れたような表情で俺たちを見る綺堂英玲奈とわくわくしたように微笑む優木あんじゅがたっているのだった。

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではでは~また次回に~




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偶然の遭遇



ども、燕尾です。

92話目かな?
久しぶりの更新です






 

「で、何で俺は拉致られているんだ?」

 

あれから俺はつばさと英怜奈とあんじゅの三人にそのまま連行された。

 

「せっかく一緒の新幹線に乗り合わせたもの。降りる駅も近いのだし良いでしょう?」

 

隣につばさ、正面に英怜奈とあんじゅの二人が座っている状況にため息を吐く。ファンからしたら羨ましいことこの上ないのだろうけれど。

 

「私は前に会ったときはちゃんと君と話ができなかったからな。それにつばさとの関係も気になるところだし」

 

「私もつばさとの関係をじーっくり聞きたいなー」

 

「ちょ、ちょっと! その話はちゃんとしたでしょう!?」

 

焦りを見せるつばさだが、目の前に座る二人はつばさを無視してニヤニヤと俺を見つめてくる。

 

「いやいや、つばさからじゃなくて遊弥くんから聞きたいのだよ」

 

「英怜奈も言ってたけど私たちも遊弥くんとお話してみたいしね~」

 

キラリと怪しく光る目に俺は精神の危険を感じとる。これはとっても疲れるやつだ、と。

 

「話したいって言っても特に面白いことはないぞ? 三人と比べたらそこら辺に生えてる雑草のような存在だ。という訳でこの移動中にやりたいことがあるんで戻りたいと思いますっげえ痛いィィィ!?!?」

 

退却を狙ったのだが、つばさに思いきり関節を極められる俺。

 

「逃がすわけないでしょ……大人しく座りなさい」

 

腹の底からドスの利いた声で警告するつばさに俺はすぐさま白旗を振る。

それからは地獄の質問責めに遭った。

 

つばさとの出会いやμ'sとの出会いについて。それに俺が音ノ木坂に編入することになった経緯。それと――この前の監禁事件の経緯や顛末などなど、根掘り葉掘り聞かれた。

この前のことについては流石にあそこまで大騒ぎになれば2人の耳に入るのは当然なわけで、それに加えて俺以外の当事者から当然話を聞いてるわけで。

 

「それで、何がどうなって遊弥くんはあんなことになっていたの?」

 

「話さないと駄目か?」

 

「私たちやあんじゅはともかく、当事者も知りたがっているんだ。話をする義務はあるのではないか? 私たちもここで聞く話しは口外しないし、茶化すこともしない」

 

俺はとなりのつばさに目を向ける。

 

「そうね。私はあなたの口からちゃんと聞きたい」

 

茶化すつもりのない真面目な顔したつばさ(当事者)にそんなこと言われてしまったら、誤魔化すわけにも行かないだろう。

少し長くなってしまったが、彼女たちに全てを話した。

 

俺が音ノ木坂に来た経緯。俺という異分子が加わったことによる周囲の変化に今までされてきたを。

そして、あの時のことを。

 

「基本的にはテレビとかで言っていたことが大半だよ。俺をどうしても受け入れられなかった学院長が、女子学生やらどこぞのゴロツキを使って俺の意識を奪って監禁したんだ」

 

「あの怪我は?」

 

「あの部屋から脱出したあとにゴロツキとの一悶着です。金属バットを思い切り一振されました」

 

「よく生きてるな、君」

 

「はっはっは。あの程度で死んでたら俺はとっくの昔に死んでるよ」

 

「今までどんな生き方をしてきたのよ、あなたは…」

 

「あれだ、あれ。萩野さんは特殊な訓練を受けてます。他の方は絶対に真似しないでくださいってテロップに流れるやつだよ」

 

本当にろくでもない生き方をしてきただけだ。

 

「それからはつばさに協力してもらって学院長を筆頭とした関係者を一網打尽にとっちめた。それは説明しなくてもわかってるだろう?」

 

確認の意味も込めて問いかけると、つばさは少し悩んだ素振りを見せた。

 

「その…その事について今さら聞きづらいんだけど」

 

「なんだ? ここまで言ったんだから別に隠すようなことはしないぞ?」

 

「えっと……学院長に加担してた女子学生は、どうしたの?」

 

「ああ、それ私も気になっていた。学院長に与したということは当然彼女たちも犯罪行為を働いたということだろう?」

 

歯切れの悪いつばさに変わって英玲奈が斬り込んできた。

 

「英玲奈ー、もう少しオブラートに包もうよー?」

 

「まあ、英玲奈の言うことは間違いじゃない。実際に彼女らがしたことは傷害罪として成立はするからな」

 

「じゃあ――」

 

「早とちりすな。表向きは警察に突き出してから示談成立させたってなってるけど、そもそも警察にすら突き出してない」

 

「そうなの?」

 

「入院先で謝りにきた彼女らと約束ごとをしただけだ。まあ、間に警察やら弁護士やらがいないだけである意味示談と言えるし、全部が嘘なわけじゃないから大丈夫だろ」

 

「それは詭弁じゃないかしら?」

 

「当事者がそれでいいって言ってるんだからいいんだよ。今なんて、件の女子生徒のメンタルケアを俺がやってるくらいなんだから」

 

ため息を吐く俺に三人はどういうことだというように首を傾げる。

 

「その女子生徒たちが無罪放免だったってことで下らない正義感をもった阿呆共がウジ虫のように沸き上がったんだよ」

 

その言葉に皆はああ、と理解する。

本当に頭が痛い。関係ない奴らが出てくるとロクなことにならない。

 

「その阿呆どもに二人がすっかり恐怖を覚えてな。二人には絶対に手出しはさせないし、俺も事情を知ってるμ'sの皆も口外しないから安心して良いって言ってるんだが、どうにもね」

 

「それは、そう言われても安心は出来ないでしょうね」

 

「だから困ってるんだよ」

 

もしものことなんて人間誰しも、どうしても考えてしまう。それに対する不安とかは第三者が取り除くことなんて出来ない。そこはもう自分で乗り越えるしかない。

だけど、疲弊していく二人をみて居たたまれないのだ。

 

「何とかしてあげたいけど、もう俺にできることはほとんどないんだよな」

 

「あなたができるのはもう安心させる言葉を掛け続けることぐらいしかないわよね」

 

つばさの言い分に俺はただ頷く。

 

「ちょっと話が反れたが、後はまあ、マスゴミや頭の悪い連中を相手してたら芸能事務所の連中が不躾に押し掛けてきたんだ」

 

あのしつこさには本当に参った。しばらくは遠回りして家に帰らないと行けなかったし。雛さんたちには迷惑をかけてたし。

 

「なるほど。それでしばらく雲隠れしていたわけか」

 

「まあ、当然よねぇ~。遊弥くん、うちの学校でも結構話題になってたし」

 

「そんな一介の学生を話題にする必要ないだろうに」

 

「芸能界の大物や専門家たちと呼ばれる人たちを忖度なしでぶった斬り続ければ話題にもなるだろう」

 

「それに遊弥くんのルックスも加わるとなると、尚更ねぇ~?」

 

ん? 今あんじゅからスルーできない言葉が聞こえだぞ?

 

「ちょっと待って。ルックスの話をkwsk(詳しく)

 

「え? なにも知らないの? 遊弥くん、そういう受けもすごく良かったんだよ」

 

「メディアなんかはイケメン高校生っていう見出しを結構使いたよ――ああ、あった。ほら、これだ」

 

「あとSNSとかでも凄い反響だよ」

 

記事を検索した英玲奈とあんじゅはスマホを見せてくる。

そこには確かに2人が言っていたような内容が書かれていた。

 

ほう、ほほう…なるほどなるほど……

 

一人納得しているところに冷えた視線を一つ感じる。

 

「随分と嬉しそうね、遊弥? そんなに他の女の子からキャーキャー言われるのが良いのかしら?」

 

面白くないといった様子で睨んでくるのはつばさだった。

そんな彼女に俺はため息を吐いた。

 

「分かってない。分かってないな、つばさ」

 

「なにがよ?」

 

「男は1度でいいからキャーキャー言われてみたいんだよ!」

 

「馬鹿なのかしら?」

 

そんな率直に言うことないじゃないか。憧れを言うぐらいいいじゃないか。ちくしょう。

 

「そんな有象無象より、自分の傍にいる人をちゃんと見なさいよ…馬鹿……」

 

不機嫌さと、どこか寂しさを含ませながら呟くつばさ。

 

「傍にいる人をちゃんと――」

 

俺はつばさの方を見る。しかし、

 

「やっぱり広いデコがぼぉ!?!?」

 

ウィットに富んだようなジョークが通じることなく。俺の腹につばさの拳が叩き込まれた。

 

「流石に今のは擁護できないな」

 

「もう少し乙女心を知った方がいいわね。μ'sの皆も大変そう」

 

目の前にいる英玲奈とあんじゅは、腹を抱えながらもピクピク震える俺を苦笑いしながら見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「んー…着いたぁー!」

 

最寄りの駅に降りた俺は大きく身体を伸ばして空を仰ぐ。

やはり座ってるだけだと身体が固まりやすく、ポキポキと音がなる。

 

「まさかつばさたちと会うとは思いもしなかったな」

 

偶然というのは恐ろしい。そしてA-RISEの三人も恐ろしい。新幹線の中で行われた幾千もの質問に俺の精神力をごっそりと奪っていった。

女3人寄れば姦しいとはこのことか。違うか。

 

そんなくだらないことを考えながらホームへと向かう。

つばさたちは数駅前で降りていった。遅めの昼を食べてから帰るらしい。

遊弥も一緒にどうかしら、と誘われはしたが色々と疲れたからと言って断った。そのかわり不満そうにしていたつばさに今度一緒に出掛けることを約束させられたけど。

まあ、正直に本当の理由を話すのが恥ずかしかっただけなのだが。待ってくれているだろう皆を待たせるわけにはいかない。

 

俺は足早に歩き、改札を通って、皆が待つ場所へと向かう。

そして約束した場所には、彼女たちがいた。

1週間空けてただけなのに随分と久しぶりに感じる。

向こうも俺に気付いたのか、手を振ったりしていた。

 

そのなかで待ちきれないと言わんばかりに1人走ってきた。

 

「――ゆうくん!!」

 

「ほの――ごふっ!?」

 

その勢いは止まるということを知らず、穂乃果は俺の腹へと突撃してきた。

 

「ゆうくん、ゆうくん、ゆうくーん!!」

 

まるで子犬のように人目も憚らず甘えてくる穂乃果。

 

「ちょっ、穂乃果!?」

 

「なにしているんですか、穂乃果!」

 

「むぅ~…ずるいよ、穂乃果ちゃん!」

 

そんな穂乃果を咎めながら絵里と海未とことりは俺から穂乃果を引き剥がす。

 

「あたたた……」

 

「大丈夫? ゆうやくん?」

 

「ああ…なんとか……」

 

「まったく。落ち着きがないわね」

 

「本当よ。ただ遊弥を迎えるだけだっていうのに」

 

「そういうけどにこちゃんも真姫ちゃんもそわそわしてたよね?」

 

「そ、そんなことない! 変なこと言わないでよ、凛!」

 

「そうよ! この宇宙No.1アイドルのにこにーが、男のことでそわそわしないといけないのよ!」

 

「そう言ってるけど二人とも、遊弥くんが京都に行ってから上の空が多かったよね?」

 

「「希っ!!」」

 

姿だけじゃなく皆の様子を見ていると、やっぱり戻ってきたんだという実感が湧く。

 

 

 

「みんな――――ただいま」

 

 

 

『おかえりっ!!』

 

帰って来た俺に対して皆は笑顔でそう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

――♪

 

 

「ん? ゆうくん、メッセージだよ?」

 

「ああ。ちょっと失礼」

 

その出迎えを遮るようにスマホが鳴ったのに気付き、俺は画面を開く。

 

「ぶっ――」

 

それを見た瞬間、俺は吹き出してしまった。

 

「どうしたの、ゆうくん?」

 

「あ、ちょっと待て!」

 

俺の反応を心配した穂乃果は俺のスマホを覗き込む。

結論からいうと送信者は義妹の愛華からだった。あいつから連絡がくるのはまだいい。だけど、送られてきた内容が問題だった。

 

 

 

――お兄ちゃんは私のものです。誰にも渡しませんから

 

 

 

宣戦布告のような文と共にあの日一緒に寝たときの写真が添えられていたのだ。

しかも横向いていて寝ている俺の唇にキスされている写真だ。

 

愛華のやつ、ほんとに俺の預かり知らぬところでこんなことしてやがったのか!? 冗談だと信じたかった!

 

 

――♪

 

続けざまに追加で誰かから送られてくるメッセージ。

 

 

 

――駄目だよ。遊ちゃんはもう私のものだよん?

 

 

 

送り主は言わずもがな。

そのメッセージの直後に送られてきたのは、駅で咲姉にキスされた写真だ。

あの義姉はいつ写真を撮ったんだ。

その疑問を解決するように、またまたメッセージが送られてくる。

 

 

――うまく撮れてるじゃろ? ぶいv(・∀・*)

 

 

あんのクソ爺ィィィィ――――!!!! 何してやがるんだぁぁぁぁぁ!!!!

しかもなに頑張って顔文字なんか使ってんだよ!!

 

 

「……」

 

そのメッセージと写真を覗き込んだ穂乃果が見るのも当然なわけで、彼女の身体は強張ったように動かなくなっていた。

だがそれも一瞬のことで、直後ものすごいスピードで俺のスマホを取り上げ操作し始める。

すると、皆のスマホからLANEの着信音が鳴った。

 

『……』

 

「まさか、穂乃果――!?」

 

嫌な予感がして穂乃果からスマホ取り戻して画面を見ると、案の定グループチャットに一連のやり取りが貼られていた。

 

「ゆーうーくーん?」

 

説明する間もなくギギギ、とまるで油の切れたロボットのようにゆっくりとこちらを睨む穂乃果。

いや、穂乃果だけでなく皆もギラリとこちらを睨んでいる。

俺は滝のように顔から、身体から冷や汗を流す。

 

――これは非常にまずい

 

早く退散せねば俺の未来は悲惨なことになるだろう。

 

「アッ! チョットヨウジヲオモイダシタ!」

 

何て不自然な言い方なのだろうかと自分でも思うがそんなことはどうでもいい。

 

「ソレジャマタナ、ミンナ!!」

 

そそくさと離脱を図る。

しかしそれを許す皆ではなく、穂乃果に物凄い力で腕を捕まれ、周りを皆に囲まれた。

 

「あ、あの……これは一体なんでしょう……?」

 

「わからない?」

 

満面の笑みで問いかけてくる穂乃果。だが、今の俺にはそれが恐怖にしか感じない。

 

「ゆうくん――ちょっとみんなでお話ししよっか?」

 

ギリギリ、と既に物凄い力で掴んでいたはずなのに、さらに穂乃果は掴む力を込めてきた。

 

「お、おお落ち着け皆? 話せば分かる。話せば分かるから、一先ずは落ち着いてくれ、な?」

 

「何を怖がってるのゆーくん?」

 

「大丈夫です。ただお話しするだけですから」

 

「海未の言う通りよ遊弥くん。だから――」

 

 

 

 

 

『正座』

 

 

 

 

 

9人息ピッタリに声を揃えて、俺に命令を下す。

 

「あの…ここ駅構内ど真ん中なんだけど――」

 

「遊弥くん? 3度目はないわよ――正座しなさい」

 

「はい」

 

絵里の警告に俺の釈明や抵抗の余地はなく、衆人環視のもと正座するのだった。

 

 

くそぅ! あいつらマジで覚えておけよ!!

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

ではまた次回に


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新生徒会




どもー燕尾です。

ハタラケルヨロコビ
ハタラケルヨロコビ
ハタラケルヨロコビ
ハタラケルヨロコビ
…………


ごほん、失礼。
では93話目です。







 

 

 

 

 

「どうしてこうなった」

 

どうしてこうなった!? と書類に埋もれていた俺はもう一度叫ぶ。

 

「遊弥、口より手を――動かしてますね」

 

「ものすごい勢いで書類を片付けてるね、ゆーくん」

 

「ゆうくん、すごい!」

 

「おい穂乃馬鹿、感心しとる場合か。お前が一番率先してやらんといかんことやろうがい」

 

「穂乃馬鹿!?」

 

「そして相変わらず荒れてますね」

 

「なんかちょっと違うけど昔のゆーくんを思い出すよ」

 

「おら、さっさと書類を片付けろ、生徒会長(・・・・)

 

「わかったよ…」

 

穂乃果は不貞腐れながら、書類とにらめっこし始める。

こんな状況になったのはついこの間。穂乃果、海未、ことり――そして俺が生徒会に入ってからだった。

 

どうして俺たちが生徒会に入ったかというと、それは2週間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒会長!? 私が!?」

 

2学期が始まってから2週間ほどたったほどたったある日のこと。昼休みに訪ねてきた絵里と希に生徒会の話を持ち出されたのだ。

 

「ええ。次の生徒会長はあなたにやってもらいたいって思ってるわ、穂乃果」

 

「どうして私にそんな話が?」

 

「穂乃果はこの学院の生徒会メンバーがどう決まっているか分かるかしら?」

 

問いかける絵里に穂乃果は首を横に振る。

 

「音ノ木坂の生徒会のメンバーは代々、誰かを推薦して決まっているの」

 

ちゃんと本人の意思を尊重してるけど、と絵里は付け足す。

 

「珍しいな。推薦で決まるなんて」

 

「もちろん、自分の意思でやりたいと言う人が出てきたりして候補者が複数人になれば、選挙とかになるわ。でもほら――」

 

「進んでやりたい、って言う人はそういないよな」

 

「そういうことね」

 

苦笑いする絵里。だが、俺はそれはそれで良いとは思う。

生徒会のメンバーになっているということは教師などの信頼も少なからずあるということだ。

そんな人間から推薦された人間ならば問題ないと考えられるし、手間も掛からない。合理的ではある。

 

「穂乃果ならこの学院を良い方向に、なにより、楽しく導いてくれると思ってるの」

 

「絵里ちゃん……」

 

「だから穂乃果、私はあなたを次の生徒会長に推薦するわ」

 

そう言われた穂乃果は一瞬目を伏せ考えるも、次の瞬間には決意したような笑みを浮かべる。

 

「うん。生徒会長、やってみるよ!」

 

「ありがとう。穂乃果ならそう言ってくれると思ったわ。私たちもサポートするから、よろしくね」

 

「うん!」

 

差し出された絵里の手を穂乃果は笑顔で取る。

それを見た俺はちらり、ともう一人の生徒会役員に目を向ける。

 

「ちなみに希。希は誰を推薦するのか決まってるのか?」

 

「うん、決まってるで」

 

「この流れからすると海未かことりか?」

 

「遊弥くん」

 

「は?」

 

考えてもいない、選択肢にすら入るはずのない名前に俺は思考が停止する。

 

「うちはきみを生徒会副会長として推薦するで」

 

「はあああああ――――――!?」

 

俺は生徒会長を持ち掛けられた穂乃果より大きな声で叫んだ。

 

「ちょっと待て、何で俺が!?」

 

「うちもえりちと同じ理由。まあ今回ばかりは流石に異例だから、理事長と問題ないかの話しはしたけどね」

 

「……ちなみに、聞きたくはないんだけど、理事長はなんて?」

 

「問題ないって言ってたよ?」

 

「雛さんんんん――――!!」

 

「遊弥、地が出てますよ」

 

そりゃそうなるわ! 問題ありありだろ、いくらなんでも!!

 

「はぁ、はぁ――俺、絵里たちには最初言ったよな? 生徒会に入らない理由。てか雛さんも理解していたはずなんだけど?」

 

「その問題よりもやっぱり男の子視点での学院を知りたいからでしょう。今回は女子校として存続したけど、また共学の話が上がらない訳じゃないから今後のために、って理事長も話していたわ」

 

「男視点であれば今まで通りでも――」

 

「前と今はあなたの状況も違うじゃない。あなたはもう試験生じゃなくて音ノ木坂の正式な生徒。だから遊弥くんの言う問題はないのよ?」

 

「むしろ話を聞く限り理事長は遊弥くんの生徒会入りは推進してる様だった。きみはそれを、断れるん?」

 

「ぐ、ぐぅぅぅぅ……」

 

「ぐうの音しか出てないね、ゆーくん」

 

そりゃそうだ。半ば人質を捕ったようなやり方に文句の一つもないわけがない。

 

「てか、らしくない強引な手を使ってくるとは……ほんとなんのつもりだ」

 

「まあこれは私と希の想像だけど、理事長は心配してたんじゃないかしら?」

 

「心配…ですか……?」

 

「正式な生徒になったとはいえ、遊弥くんのことを認めてない人はやっぱりまだいるわ。その人たちがどんなことをするか、分からないから」

 

「だから生徒会副会長になって、そこから実績を積み重ねていけば、きっと文句を言う人もいなくなるんじゃないかって思ってたんやない?」

 

「……別に、そんな心配は要らないってのに」

 

「遊弥、それは――」

 

「皆まで言わんでいいよ、海未。ちゃんと理解してるから」

 

本当にあの人は、もう。

 

俺は溜め息を思い切り吐いた。

 

「わかった…わかったよ――生徒会副会長、任されました」

 

 

 

ということを経て生徒会長に穂乃果、副会長に俺、そして書記と会計にことりと海未の新生徒会が発足された。

 

そこまではよかったのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ぁ!! ここ間違ってるぞ!!」

 

「わああああ! ごめんなさいー!」

 

穂乃果が怯えながら書類の訂正を始め、海未とことりが苦笑いしているなか、こんこん、と扉が叩かれた。

 

「みんな、お疲れ様。調子は――あまりよくなさそうね、特に遊弥くんが」

 

「遊弥くんの叫び声が、廊下にまで響いてたで? あと遊弥くん、顔がすごいことになっとるで?」

 

これまた苦笑いしてやってきた絵里と希を俺は睨んだ。

 

「おいポンコツと占い詐欺師。貴様らどこまで仕事を溜め込んでいやがった?」

 

「エリーチカすら付かなくなってる!?」

 

「うちは詐欺師じゃないよ!?」

 

「遊弥、少し落ち着いてください。お茶でも飲みましょう?」

 

「ほら、休憩したら私たちも手伝うから。ねっ? 頑張ろう?」

 

「うぅ…二人が心のオアシスだ……」

 

「……むぅ」

 

「なんで海未とことりと、私たちに扱いの差があるのよ」

 

不満そうにしてる穂乃果と絵里を無視して、俺は淹れてもらったお茶を啜る。

 

「今の遊弥は少し不安定なんですよ」

 

「わたしたちにも、こうなることがあるの。まあ、本気で言っているわけじゃないのはわかってるから、あまり気にしてないんだけど」

 

「それにしても口が悪すぎると思うよ……遊弥くんに一体何があったん?」

 

「それは…」

 

ちらりと見てくる海未に俺は溶けたように伏せながらぷらぷらと手を振った。

 

「その、教師たちからの仕事の無茶振りが、来ているんです」

 

「無茶振り?」

 

「ええ。それも遊弥本人を通さず、私たちに頼むという形で」

 

「わかった、反対派の教師やね?」

 

「うん。最初は私たちも生徒会の仕事だと思って引き受けてたんだけど…」

 

「頼んでくる内容に違和感がありまして、遊弥に確認してもらったんです。そしたら…」

 

「あり得んことに教師の仕事まで押し付けてきやがってた」

 

授業の資料に、学校事務の書類作業。挙句の果ては他校との会議の資料まで。

本来生徒に任せることのない仕事まで押し付けてきたのだ。

お茶を飲んである程度気力が戻った俺は顔を上げる。

 

「海未とことりはすぐに違和感に気付いて断ってくれたから少しで済んだんだが…」

 

俺は穂乃果に目を向けた。

 

「そこにいる生徒会長(穂乃馬鹿)が笑顔でほいほいと、とんでもない量の仕事を引き受けてきやがったんだ」

 

「あ、あはは……ごめんなさい……」

 

がっくりと肩を落とす穂乃果。少しは反省しているみたいで何よりだ。

 

「えっと、じゃあ、うちらが溜め込んでたっていうのは」

 

「絵里たちが残した仕事なんてほとんど無い。ただの八つ当たりと難癖だ」

 

「八つ当たりにしてもひどすぎるわよ!?」

 

「俺もそう思う」

 

「しかも自覚あったんやね……」

 

「悪い」

 

そう言って俺は目頭を押さえる。

ここ数日家に帰っても書類を片付けてるせいでまともに休めてない。

 

「一度引き受けたとはいえ、生徒会の範疇を越えてるならそのまま返せばいいじゃない」

 

「普通ならなぁ。でも俺の場合、仕事を返す事実だけを広められて、"なにもしない生徒会"ていうレッテルを張られるだけなんだよ。出来なかった場合もそう」

 

乙坂亜季(学院長)という筆頭が居なくなったとはいえ、まだ俺が居ることに反対している教師や生徒はいる。

彼女たちはあの手この手で俺の評価を貶めようと日々努力しているのだ。

そんなことするくらいならもっと建設的なことをしたらいいと思うのだが。

 

まあ、俺だってあの時全員に受け入れられたなんて思っちゃいないから、今さらなにも思わないけれど。

 

「結局は、今後のためにもやっとかないといけないんだよ。今の俺は隙を見せたらすぐ後ろから刺される状態だから」

 

「さっきまで隙だらけだったじゃない」

 

「絵里たちの前なら別にいいだろ? 今さら取り繕ったって、意味ないし」

 

「それもそうだけれど……」

 

「それにな? 俺だってただやって返してる訳じゃない」

 

「どういうことなん?」

 

問いかけてくる希に俺は口を三日月のように曲げた。

 

「教師たちに成果物を上げるときには理事長を必ず経由させてる」

 

『……』

 

一瞬にして凍りつく空気。だが俺は気にせず笑顔を浮かべ続けた。

 

「ふふふ。この前雛さんの許可をもらって理事長室にひょっこり隠れて見たけど、雛さんに問い詰められている時の教師の顔はよかったなぁ。顔を真っ青にして、しどろもどろになって」

 

「えっ? ゆ、ゆうくん…?」

 

「そして自分の手元にきた成果物は問題となるところが一つももなく、むしろ自分がやるより良いものがくるという悔しさで歪む顔」

 

「ゆーくん、少し落ち着こう? 顔が怖いよ…?」

 

「雛さんから"普段あなたは授業以外に何をしているのですか"と問われたときの顔ったら、もう」

 

隠れてるの忘れて大爆笑しそうになったよね。

 

「今俺たちに自分の仕事を押し付けた教師たちはいつ自分の番が来るかと哀れな子羊のように震えているだろうよ」

 

くつくつ、と嗤う(・・)俺に冷たい視線が突き刺さる。

 

「かつてないほどの悪い笑みを浮かべてますね」

 

「相当据えかねてたんやな、遊弥くん」

 

「でもこの様子だと心配は必要なさそうね。自業自得なのだけれどなんだか教師に少し同情してしまうわ」

 

「あの時(講堂で)言っただろ? 犯罪や学院生活に支障が出るようなことをした場合、それ相応の対応をすることになるって。本来教師にしか出来ないはずの業務を学生に押し付けたんだ。これで間違っていたり、完成できなかったら巡り巡って生徒みんなの不利益になる――つまり、支障が出るだろ? だからそれ相応の対応をしただけだ」

 

「物は言いようですね」

 

呆れた視線が向けられるけど、咳払いして話を切り替える。

 

「まあ荒むことはあるが、絵里の言った通り俺の心配いらないからさ――」

 

俺は時計をちらりと確認して、皆に向き直る。

 

「――そろそろ練習だろ? 行ってきなよ」

 

「その、ゆうくんは――?」

 

「悪いが流石にまだ掛かる。今週いっぱいは無理だな」

 

「なら私たちも手伝うわ。みんなでやれば早いでしょう?」

 

「それも無理。言っただろ? 本来は教師にしか出来ない物だって。こう言ったら悪いがみんなには荷が重すぎる」

 

「それを遊弥くんがやってるのも本来はおかしいはずなんやけど?」

 

「正論だけど、さっきも言った通り俺の状況も状況だから」

 

「ですが…」

 

「大丈夫だ。ちゃんと海未たちが出来そうなものを中からピックアップしてやってもらってるから、十分助かってるよ」

 

「それでも、ゆーくんの負担が大きすぎるよ」

 

食い下がってまでそう言ってくれるのは嬉しいけどこればかりは仕方がない。

それにこれらさえ終われば、教師たちからの押し付けは来なくなるだろう。理事長からキツイお灸を据えられた人たちの様子を見ればもうその気も起きないはずだ。

 

次の行動には注意しないといけないが、しばらくは安心できる日々がくる。

 

「ほら、ここで押し問答しても時間が過ぎるだけだから。早く行った。他のみんなも待ってるだろ?」

 

「……うん。わかったよ」

 

納得は出来ないけど理解はしてくれたようで、穂乃果たちは不満にしながらも屋上へ向かっていった。

 

俺はそんな彼女たちを苦笑いしながら見送って、書類を手に取る。

 

「さて、俺もさっさと片付けないとな――」

 

心配してくれてる穂乃果たちのためにも、俺はさっき以上に集中して書類を整理していくのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?

今回のタイトルを"新生徒会の一存"としようとしたのを何とか踏みとどまりました
燕尾がお送りいたしました。

ではまた次回に!


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ラブライブ、再び



ども、燕尾です。
94話目? もうわかりません





 

 

 

 

 

「あ゛ぁ゛ーーや゛っと゛終わ゛った゛ぁ゛ーー」

 

パソコンの書類データを保存した俺は魔界の王も裸足で逃げ出すような声を上げ、身体を伸ばす。

一部の教師たちに押し付けられた仕事に加え、本来の生徒会業務も平行して行っていたから、すごい精神力が削られていた。

 

「結局、先週には終わらなかったな」

 

穂乃果たちと話したあの時から一週間が経っていた。でもまあ、本来ならもっと掛かるはずだから上出来な部類だろう。

 

「……ふぁ」

 

少し気を抜いた途端に、強烈な眠気が襲ってくる。

いかんいかん、この後は練習を見に行かないといけないというのに。

この一週間ぐらい、皆とのコミュニケーションもほとんどなかった。

朝も昼も放課後も、俺はずっと生徒会室に籠りっぱなしで仕事を片付けていたし、皆も俺の状況を理解してくれて集中させてくれる環境を作ってくれた。

そして少し延びてしまったが、ようやく今日の朝に目処が着くと言って、皆の練習に顔を出すと言った。それを破るわけにはいかない。だが――

 

「……あ、これ…やばい……」

 

秋に入ったというのに暖かい日差しが入り込む静かな室内。寝るのに快適な環境と予想以上に疲れが溜まっていたのか俺は抗うことが出来ず。

 

「…………」

 

心地良い微睡みに身を任せてしまい、そのまま眠りに落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Honoka side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆうくん、今日は練習に来るって言ってたのに、来なかったね…」

 

私は廊下を歩きながら小さくそう呟いた。

 

「仕方ありませんよ穂乃果。遊弥だって完璧ではないのですから」

 

「時間が掛かっちゃうものがあったのかも?」

 

「…うん、そうだよね。ごめん。早く伝えたい(・・・・・・)からって焦ってた」

 

私が考えなしに受けてしまったたくさんの仕事をゆうくん1人に押し付けた形になったのだから、そう言うのは自分勝手というものだ。

 

「それに、本当に私たちが出来ることなかったもんね……」

 

「「……」」

 

私の言葉に海未ちゃんとことりちゃんは歯噛みする。

ゆうくんの負担を減らそうと、私たちは彼がやっている仕事を分担しようと何度か提案した。

 

 

「じゃあ、穂乃果はこれの解答を作ってくれ。海未とことりはこの資料を元に来年度必要になる資料を作ってくれ」

 

 

何度も言ったおかげか、とうとう折れたゆうくんは私たちに資料とデータを渡してくれた。

 

ようやく頼りにしてくれた――そう嬉しく思いながらゆうくんが渡してきた物を見た瞬間、私たちは硬直した。

 

ゆうくんが私に頼んだのは大学受験用の各科目の問題とその解答の作成。

そして海未ちゃんとことりちゃんに頼んだのは、来年度音ノ木坂学院が必要になるであろう予算の草案だった。

 

 

「できないだろう?」

 

 

固まる私たちに、苦笑いするゆうくん。

決して馬鹿にしているわけじゃない。ただ分かって貰いたかっただけだということを感じた。

 

 

「意地悪して悪いな。でも、そういうことなんだ」

 

 

ゆうくんにそう言われてようやく私たちは理解した。決して私たちに気を使っていたわけじゃなかったのだと。

ゆうくんは最初から私たちには決してできないと理解していただけだった。分担とか、頼るとか、そういう単純な話じゃないことを分かっていた。

私たちは言葉が出なかった。なにも知らなさすぎたことに。自分達が的外れなことを言っていたことに。

 

 

「穂乃果たちが気に病むことはない。できないのが普通なんだ。だから穂乃果たちは今するべきことしてくれ」

 

 

最終的には、ゆうくんに気を使わせてしまった。

 

そんなことがあってから、私たちは自分達がやるべきことに集中することになった。それが頑張って仕事を片付けているゆうくんに対して私たちが出来る唯一のことだから、と。

それから何日が経って、今日ようやく仕事が終わるから練習に顔を出すという話をしてくれた。が、今日ゆうくんが来ることはなかった。

 

ことりちゃんの言う通り、何かで時間が掛かっているのか、それとも他の問題が出てしまったのか。

とにかく私たちは練習着から着替えた後、ゆうくんの様子を確認することにした。

 

「ゆうくん」

 

すっかり馴染んだ生徒会の扉を開けて室内を確認する。

そこにはゆうくんの姿はあった。しかし、

 

「……ゆうくん?」

 

「これは…」

 

「寝てる、のかな?」

 

机に伏せていたゆうくんから静かな寝息が聞こえる。ゆうくんのとなりにはUSBと完成させたと思われる大量の資料が積まれていた。

 

「ゆうくん」

 

揺さぶるけど、全く反応しない。結構眠りが深いようだ。

 

「起きないね…」

 

「まあ、無理もありません。ずっとこの量を一人でやっていたわけですし。それに、早く終わらせるために家に持って帰って夜遅くまで片付けていたみたいですから、疲れも溜まっていたのでしょう」

 

穏やかな顔で眠るゆうくんを優しく見守るように見つめる海未ちゃん。

 

「どうしよう? このままって訳にも」

 

「最終下校時刻まで待っても起きなかったら起こそっか。それまでは寝させてあげよう。それに――」

 

そう言ってことりちゃんはゆうくんの前髪を上げて顔を晒す。

 

「久しぶりに、ゆーくんの寝顔を堪能したくない?」

 

「「……」」

 

にっこりと笑いながら言ったことりちゃんの提案に、私と海未ちゃんも無言で笑みを深め、

 

「そうだね、一人で置いていくのもどうかと思うし」

 

「そうですね。本当に遊弥は仕方ないです」

 

適当な言い訳をしながら、私たちはゆうくんを囲むように椅子に座るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――」

 

なにやら、話し声が聞こえる。なんの話をしているかは分からないが。誰かがそこにいるのは分かる。

 

「ん、んぅ……」

 

小さく開いた目にぼんやりと入ったのは大切な幼馴染みの姿(穂乃果たち)

 

どうして穂乃果たちがここにいる? 今は練習の時間じゃないのか?

 

練習…練習――――練習!?

 

「のわあああ――――!!!!」

 

意識が覚醒した俺は飛び上がる。

 

「うわっ、びっくりした!」

 

「大丈夫、ゆーくん!? なにか怖い夢でも見た!?」

 

「いきなり大きな声を上げないでください。驚くじゃないですか」

 

「わ、悪い――じゃなくて! 今何時だ!? 三人とも練習は!?」

 

「落ち着いてください。今は六時前、練習はもう終わってますよ」

 

海未の話を聞いて、俺は頭を抱える。完全にやらかしてしまった。

三人がここにいるのも、練習に来ない俺の様子を見にきたわけではなく、練習に来なかった俺の様子を見に来たのだろう。

 

「その…悪い……」

 

「ううん。ゆうくんが謝ることないよ。疲れとかもあったんだよね?」

 

「家に帰っても、夜遅くまで頑張ってたみたいだし」

 

「ここ数日、あまり寝ていないのでしょう?」

 

「……」

 

どうやら、全部バレていたみたいだ。

俺は嘆息する。なんか最近、格好すら付かなくなってきた。

いや、もう穂乃果たちの前では格好もなにもないのだろう。

 

「それで、どうして三人は帰ってないんだ?」

 

「ゆうくんの寝顔を堪能しようと思って」

 

「は?」

 

「可愛かったよゆーくんの寝顔――ね? 海未ちゃん?」

 

「はい。久しぶりに良いものが見れました」

 

「おいお前らなにしとんねん」

 

悪びれもせずそう言う三人に俺はついツッコミをいれてしまう。

 

「でも皆からも良い反応貰ってるよ?」

 

「は? ちょっとまて、それって――」

 

俺は自分のスマホを確認する。

するとLaneのグループチャットにはいくつもの新規通知。

恐る恐る中を見てみると、そこには俺の寝顔の写真が何枚かアップされていた。

そしてそこにはいくつもの反応が。

 

「おい貴様らなにしてくれとんねん」

 

「ゆうくんが寝ずに来てたら、こんなことにはならなかったよ?」

 

「うっ」

 

睨む俺に対して淡々と返してきた穂乃果に、俺は呻(うめ)く。

 

「ゆーくんが今日から練習に参加できるって聞いて、皆楽しみにしてたのになぁ…」

 

「ふぐっ!」

 

ことりの追撃に俺は胸が苦しくなってくる。

 

「遊弥が来なくて、みんな落ち込んでいましたよ」

 

「げはぁ!」

 

最後、海未の言葉に止めを刺された俺は机に突っ伏した。

そうだ。俺が行かなかったからこうなった。なら寝顔の一つや二つぐらい皆にばら蒔かれても――

 

「って、良いわけあるかい。罪悪感を植えて納得させようとすな」

 

「「「チッ……」」」

 

舌打ちした? ねぇ、今あからさまに舌打ちしたよね?

ジト目で三人に視線を送っていると、生徒会室の扉が勢い良く開けられる。

 

「おい、お前たち。もう最終下校時間過ぎてるぞ」

 

巡回にきた担任の山田先生に注意された俺たちは急いで荷物をまとめて学校を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、本当のところ何しにきたんだ?」

 

帰り道の最中、三人と肩を並べて歩く俺は問いかける。

 

「俺の様子を見にきたっていうのは間違いないだろうけど、それだけじゃなかったんだろう?」

 

「…流石だね、ゆうくん」

 

「流石っていうが穂乃果。何かあるっていうのは前から気付いてたぞ?」

 

えっ? と驚いた顔をする穂乃果。そんな穂乃果に俺は少し呆れたような視線を送ってしまう。

 

「なんか先週の途中から悩む素振りをしてたと思ったら、今週に入ってからはそわそわしてなにか言いたそうにしてたし。妙に落ち着きがなかった――いや、落ち着きがないのはいつものことだけど」

 

「ちょ、一言余計だよ!」

 

「流石です遊弥。穂乃果のことを見抜いていましたね、落ち着きがないのも含めて」

 

「海未ちゃんっ!? ――ことりちゃん! 私、そんな落ち着きなくないよねっ? ねっ!?」

 

「流石わたしたちの幼馴染みだね!」

 

「ことりちゃんまで……!?」

 

味方が一人も居ない穂乃果はガックリと肩を落とす。

 

「まあ話が逸れたが俺が生徒会室に籠ってる間、なんかゴタゴタがあったんだろう?」

 

「う~……そうだよ……ちょっと色々と揉め事があったの」

 

不服そうに顔を背けながら穂乃果はそう呟いた。

 

「穂乃果と誰が揉めたんだ?」

 

「私は確定なの!? ゆうくんの中で私ってどんな扱いなの!?」

 

「良くも悪くもトラブルメーカー。揉めた片割れが穂乃果じゃないっていうなら素直に謝るが?」

 

「…………間違ってない。私とにこちゃん」

 

俺の予測を裏切らない。それが穂乃果クオリティーだ。

 

「で? 何が原因なんだ?」

 

「ラブライブ」

 

「は?」

 

そこで予想もしてない単語に俺は短く返してしまった。

 

「だからラブライブだよ。もう一度開催されることになったの」

 

話が繋がらん。ラブライブの開催でどうして二人が揉めることになるんだ? にこはもちろんのこと穂乃果も――

そこまで考えた辺りで俺はある可能性に気付いた。それならば辻馬も合う。

 

「なるほど。穂乃果、お前――参加しなくても良いんじゃないかって言ったんだろ?」

 

「……凄いです」

 

「良くそこまで分かったね、ゆーくん」

 

「……」

 

感嘆の声をあげる海未とことり、そして気まずそうにしている穂乃果が俺の考えが正しいことを証明した。

 

「前科――と言ったら言葉は悪いが、色々あったからな。それをまだ引き摺ってる、いや、引き摺ってるというか怖じ気づいたんだろ?」

 

「……たまに、ゆうくんがエスパーに思えるよ。希ちゃんのようにスピリチュアルパワーが使えるの?」

 

「そんなへんてこりんな力は持ってない」

 

「へんてこりんって……希に怒られますよ」

 

本当のことだからいいんだよ。

 

「俺は少しだけ頭が回るだけだ。過去と現在にそのときの皆の様子、言動、あとは性格とかそういった情報から筋道を組み立ていっただけ。慣れれば誰でも出来るさ」

 

「たぶん誰でもは無理な気がするよ、ゆーくん」

 

「俺のことは置いておいて――それで? 結局どうなったんだ?」

 

「えっと、その…にこちゃんから勝負を持ち込まれて、色々あって、参加することになり、ました。はい」

 

「穂乃果はそれで納得してるのか?」

 

「うん。参加するのにはもう迷いはないよ」

 

それでも微妙な笑顔しか見せないのは複雑な感情を抱いてるのだろう。そこに関しては後は自分で消化してもらう他ない。

 

「皆が納得してるのなら俺から言うことはなにもない。まあ、頑張れ」

 

「あっ…えっと……」

 

「どうした?」

 

「その、ゆうくんは……」

 

不安そうにしながら言葉を切った穂乃果。その続きに何を言いたかったのか俺は理解する。

 

「邪魔だと思われてないのなら、手伝うよ」

 

「その言い方は意地悪だよぉ!」

 

「意地悪したいお年頃なんだ」

 

そういえば有耶無耶になっていたことを今の今まで忘れてた。

穂乃果が掘り返したことだから別良いだろう。

 

「あとはにこの了承を得てからだな」

 

「遊弥、悪い顔になってます」

 

「にこちゃん、大丈夫かな……?」

 

「冗談だ――あのとき、穂乃果たちは俺のことメンバーって、仲間だって言ってくれた。そして今も俺はこうして一緒にいる。ならそれ以上はいいだろ」

 

有耶無耶にするのは良くないかもしれないが、お互いの気持ちは伝わってるのだ。わざわざ掘り返すことでもないだろう。

 

「微力ながら、手伝うよ」

 

「ゆうくん!」

 

「遊弥!」

 

「ゆーくん!」

 

笑顔でそう言う俺に、三人は突然飛び付いてきた。

 

「ちょっ、おわっ!!?」

 

「ありがとう、ゆうくん!!」

 

「ありがとうございますっ、遊弥っ!」

 

「良かったよぉ! ありがとね、ゆーくん!!」

 

ありがとう、と何度も口にしながらギュッと抱きつく三人に俺はあやしながらこう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

女の子の感触ってやべぇな、と。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回にお会いしましょう

さようならー




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謎の力、合宿再び



ども、燕尾です
95話目です





 

 

 

 

 

『ええ――――!!??』

 

 

 

ある日の練習前、いつもの屋上に皆の叫び声が響く。

 

「どういうことなの!?」

 

にこが深刻な顔をしている花陽に詰め寄る。

 

「ですからラブライブ予選で発表できる曲は、今まで未発表のものに限られるそうです」

 

花陽の説明に皆に動揺が走る。

 

「未発表っていうことは」

 

「今までの曲が使えないってこと!?」

 

「なんでそんなことになったのよ!?」

 

「参加希望のチームが予想以上に多く、中にはプロのアイドルのコピーをしてエントリーしているチームもいるみたいです」

 

「なるほどな。コピーしかできない連中を予選で振るい落とす。そういうことか」

 

「そんなー!」

 

そもそも、プロのコピーをするだけの連中をスクールアイドルって言っていいものかわからないけど。だけどこの問題は普段から曲を作ったりしている俺たちにも降りかかることになる。

 

「残り一か月もない時間で何とかしないと、ラブライブに出られないわ」

 

絵里の言葉に、皆の顔に焦りが浮かぶ。

 

「仕方ないわね!」

 

そんな中、自信満々に声を上げたのはにこだった。どうやら何か秘策があるらしい。

あまり当てにはならないができなさそうだが、とりあえず聞いてみる。

 

「ここは私が密かに作詞していた"にこにーにこちゃん"に曲をつけて――」

 

「でも実際どうするん?」

 

「スルー!?」

 

うん。これは希の対応が正解だ。

 

「何とかしないといけませんね」

 

「でも、一体どうすれば…」

 

この時間的に追い詰められた感じ、穂乃果たちのファーストライブの時と同じだ。だが、前と違うのはそれを可能にできる仲間がいるのだ。

 

「何とかしなきゃもなにも、やるしかないだろ。なあ、絵里」

 

「ええ。作るしかないわね――真姫」

 

――ん? どうしてそこで真姫だけを指名する?

 

真剣に考えている絵里の表情に俺は少し嫌な予感がした。

 

「……もしかして?」

 

真姫の察しようからその予感が当たっていること確信した俺は気配を消しそそくさと、屋上を後にしようとする

「はい、遊弥くんステイ」

 

「ぐぇ!!」

 

な、なんだと……俺を認識することができる人間が、この世にいるだと!?

 

「いや、しっかり見えてますよ、遊弥」

 

「放せ、絵里!! 俺はあの地に帰るんだ! 生きて帰るんだ!!」

 

「大人しくしなさい!」

 

「きゅう!!」

 

さらに絞められた俺は変な声が出る。

どうしてこういうときに限って変な力を発揮するんだ。動くことすらできないぞ。

 

「それで絵里ちゃん、何をするの?」

 

問いかける穂乃果に絵里は笑みを浮かべて、

 

「決まってるわ――合宿よッ!!」

 

そして声高らかに宣言するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、真姫さんや? どうして私を引き摺っていくんですかね?」

 

帰り道。今日の練習も終わりそれぞれ解散していくとき、穂乃果たちと帰ろうとした俺の首根っこ掴んで引っ張っていった真姫に俺は今さらながらの疑問をぶつける。

 

「パパとママが久しぶりにあなたとご食事をしたいって言ってるの、別に私があなたと一緒に居たいからとかじゃないから」

 

……

 

「――うん、このやり取り既視感ある(デジャヴ)どころか覚えてるわ!! まったく同じ言葉、まったく同じ地の文!!」

 

「何わけのわからないこと言ってないで、大人しくしなさい遊弥」

 

「なんで今日は襟首掴まれることが多いんだ! 嫌だやめろっ、くそっ、HA☆NA☆SE!!」

 

「もう、駄々をこねないの!!」

 

だって、この先の展開とかもう読めるんだもん! さっきのやり取りで悟ったよ!!

だが、俺の抵抗もむなしく俺は西木野邸へと連れられる。

 

 

――それから

 

 

「ただいま」

 

「あら、お帰り真姫ちゃん――と、遊弥くん? いらっしゃい」

 

「こんにちは。以前はありがとうございました、美姫さん」

 

「別に気にしなくていいわよ。患者を診るのが仕事なんだから――」

 

なんの力が働いたかわからないが、

 

「別荘を使いたい?」

 

「ええ。確か山間部にひとつあったわよね?」

 

海の合宿の時と全く同じやり取りを経て、俺が同行することを条件に別荘の使用が許可された。

 

 

そして、合宿当日。

 

 

「……それじゃあすみませんがバイク借ります。無理聞いてくれてありがとうございます、マスター、彩音さん」

 

早朝からバイクスーツを身にまとい、荷物をまとめて背負った俺は目の前にいる二人にお礼を言いながらバイクに跨る。

 

今回の合宿は山のコテージで食材とかを買う脚が必要ということでマスターからバイクを借りることになったのだ。

 

「おう、気を付けて行ってこい。帰ってきた時にはいい報告聞かせろよ?」

 

「あ、でも、一人に絞らないとだめだよ? 複数人に手を出したら刺されちゃうから」

 

「なんの話をしているんだ!!」

 

相変わらずだな、この二人は!

もう、行く前からゴリゴリ体力削られるのはごめんだよ!!

 

「それじゃあ、行ってきます!!」

 

「おう、行ってこい」

 

「行ってらっしゃい。道中気を付けてね~」

 

からかう二人から逃げるようにアクセルを吹かし、バイクを走らせる。

目的地までは約二時間。休憩とか含めて三時間ぐらいを見積もっていた。

時間はかかるが安全第一で運転する。

 

とある道の駅でトイレ休憩など一息入れていると、一本の電話が入ってきた。

 

「もしもし。どうした、ことり」

 

電話をかけてきたのはことりなのだが、どういうわけか慌てた様子だった。

 

『ゆーくん、大変なの! 穂乃果ちゃんが――!!』

 

「……なんだって?」

 

話を聞いた俺は眉をひそめて、バイクに乗りすぐさま道の駅を後にした。

 

 

――――

 

――

 

 

「何をしとるんだ己は」

 

目的の駅の何駅も先の駅で待っていた穂乃果に軽い拳骨を落とす。

 

「だって! 誰も起こしてくれなかったんだもん!!」

 

涙目でそう言う穂乃果に俺は溜息を吐いた。

どうやら目的の駅をこのアホ乃果は寝過ごしてしまったらしい。

 

他の皆も近くにいるはずの穂乃果に気付かずそのまま降車したのだから、穂乃果だけが悪いわけではないのはわかるが、それでも言わざるを得なかった。

 

「とりあえず、皆のところに行くぞ。ほら、ヘルメット被って乗れ」

 

「うう~…ごめんなさい……」

 

「反省しているなら帰りは気をつけろよ――それじゃあ、行きますか。しっかり捕まってろ」

 

穂乃果が俺の腰に腕を回し、しっかりと固定したことを確認した俺は、目的の駅まで飛ばすのだった。

 

そして海未に怒られたのは言わずもがなである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

今後ルート分岐をさせたいと思います。
時間があるときアンケートを作成しようと思うので
もしよろしければ投票してみてください。
ではまた次回に


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スランプ


お久しぶりです。

久しぶりに土日が休みでした。
その理由は、ただ体調を崩しただけなんですけどねw


では第何話目か忘れた話目、どうぞ





 

 

 

 

真姫の別荘に着いてそれぞれ荷物を整理した後、一休憩入れてから俺たちは動き出した。

海未、ことり、真姫の三人は別荘に残ってそれぞれ作詞と衣装と作曲を、ほかの皆は外で動きの確認とトレーニングという流れになった。

俺は別荘に残った三人には何か手伝いが必要になったら遠慮なく連絡しろと伝えて、トレーニング組のほうを見ていた。

 

「――それじゃあ。休憩にしましょう」

 

「ふぁー!」

 

絵里の一言に、穂乃果は背中から倒れ込む。

 

「はぁ、気持ちいいねぇ」

 

「やっぱり山はスピリチュアルパワー全開やー…」

 

穂乃果につられて、凛や希も寝転がる。

 

「眠くなっちゃうね」

 

確かに。普段都市の喧騒に晒されているせいか、こういった自然に囲まれた静かな場所にいると不思議と眠気がやってくる。

ましてや、穂乃果たちは練習の疲労もあるからなおさらだろう。しかし――

 

「「「zzz……」」」

 

「寝てるっ!?」

 

驚くほどの速さで眠った三人に花陽も声を上げる。

こんな即落ちするほどハードなことはしていないはずだ。

 

「ちょっと、休憩は五分よ?」

 

「わかってるわよ」

 

「まあ、三人も狸寝入りこいているだけだろう」

 

ガチで寝ているようだったら叩き起こすだけだし。

俺も自然に身を任せるように横になる。

 

「――あれっ?」

 

「どうしたー、にこー?」

 

「いや、私のリストバンドが……って、ああっ!」

 

にこが叫んだほうをちらりと見るとリスがにこのリストバンドをおもちゃにしていた。

 

「私のリストバンド!?」

 

「可愛いにゃー!」

 

「ホントね~♪ って、そうじゃなくて!!」

 

「本当に、にこには芸人の才があるな」

 

芸人のノリツッコミを魅せるにこに俺は脱帽する。てか、そんな技術身に着けてどうするんだろうか。

 

「返しなさーい!!」

 

声を上げてリスを追いかけ始める。

 

「ああ、にこちゃーん!」

 

「無茶はするなよー?」

 

そのあとをついていった凛にそれだけを伝えておく。

 

「大丈夫かしら、あの二人」

 

心配そうに呟く絵里は俺に視線を向けてくる。

 

「ねえ、遊弥くん…」

 

「……わかったよ」

 

体を起こして、歩きながら二人の後を追う。

しかし、しばらく歩いても二人の姿が見つからない。

あの二人は一体どこまで行ったのやら。

 

「おーい、にこー、凛―!」

 

俺は大きく声を上げて、二人の反応が返ってこないか確認する。

 

 

『うわあああああ――!!』

 

 

いやな叫び声が俺の耳へと返ってきた。

 

「っ、あの二馬鹿ども!」

 

悪態をつきながら、俺は声のほうへと全力で走り出す。

するとすぐに急勾配の雑木林が見え、そこにはあの二人のものと思われる足跡があった。

 

俺は躊躇うことなく雑木林の中へと突入して、斜面を駆け降りていく。

 

『誰か止めてー!!』

 

叫びとともに、二人の姿が見えた。しかし、二人が走るその先は――何もない。

崖か、川か、どうなっているかはわからない。だが下手したら怪我どころじゃ済まないことになる。

 

「にこ、凛っ! 転んででもいいから止まれ!!」

 

「無理無理無理ー!!」

 

「遊くん、助けてぇ!」

 

「だあああ! ほんとに、お前らっ!!」

 

そう叫びながら全身の筋力をフルに稼働して、さらに加速させる。

 

「にこ、凛っ!!」

 

何とか追いついた俺は二人の腕をつかみ、後ろへと投げた。

しかしその直後に俺が感じたのは浮遊感。

 

「遊弥っ!」

 

「遊くん!」

 

最後に見えたのは、へたり込んでいる二人の姿と真下に流れる川だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こんの馬鹿どもっ!!」

 

――ゴツンッ

 

「いったーい!!」

 

――ガツンッ

 

「うにゃー!!」

 

なんとか生還を果たし、別荘に戻った俺はにこと凛に拳骨を落とした。

 

「何するのよ~!」

 

「痛いよ、遊くん~!」

 

頭を押さえて涙目で抗議してくる二人に俺は青筋を立てる。

 

「言わないとわからないのか、お前たち?」

 

「本当よ。下が川になってて遊弥くんが無事だったからよかったけど」

 

「怪我じゃ済まなかったかもしれんかったんよ?」

 

「「ごめんなさい……」」

 

咎められてしょんぼりする二人に俺は息を吐く。

 

「まあ、二人が無事でよかった」

 

「遊くんのおかげだよ。助けてくれてありがとにゃ、遊くん」

 

「本当にごめん。ありがとう、遊弥」

 

「次からは無茶するなよ――へっくし!」

 

着替えたとはいえ川に落ちてから長い間ずぶ濡れの状態でいたせいか、思ったよりも体が冷えていたみたいでくしゃみが出る。

 

「はい、ゆうやくん。お茶用意しました」

 

「ありがとう、花陽」

 

ちょうどいいタイミングに花陽がお茶を差し出してくれた。

ああ、大天使ハナヨエルだ。身も心も温まるよ。

 

「皆の分も用意したよ」

 

そう言って、花陽は皆にお茶を配っていく。

 

「花陽、海未たちにも持って行ってあげられるか?」

 

「あ、それなら私が持っていくよ!」

 

穂乃果が立ち上がり、二階にいる二人分のお茶を持って上がっていく。

 

「……あれ? そういえば真姫ちゃんは?」

 

花陽の疑問に俺たちも気づいた。

 

この広間にはグランドピアノが置いてあり、そこで真姫も作曲作業をしていたはずだ。

だけど今彼女の姿は見えない。

 

「どこに行ったんだ?」

 

そんな風に疑問に思っていると、さっき二人にお茶を持って行った穂乃果が慌てたように下りてきた。

 

「ゆうくん、みんなっ! 大変だよ!」

 

「穂乃果? どうしたんだ?」

 

「外! 外見て!!」

 

穂乃果の指摘に俺たちは窓から外を眺める。そこには――

 

 

「はぁ…」

 

「はぁ~…」

 

「はぁ……」

 

 

はぁ、とそろって息を吐きながら体育座りをしている三人の姿があるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、なるほどな。つまり――――スランプってことか?」

 

とりあえず、三人を連れ戻して事情を聴いた俺はそう結論付けた。

別に責めているわけじゃないのだが、三人は肩を窄めている。

 

「今までよりも強いプレッシャーがかかっているということ?」

 

「はい。気にしないようにはしているのですが…」

 

「うまくいかなくて、予選敗退になっちゃったらどうしようと思うと」

 

それはそれで一つの結果で、誰のせいというわけでもないのだけれど。感じてしまうものはしょうがないだろう。

 

「ま、まあ! 私はそんなの関係なく、進んでいたけどねっ!」

 

あんな肩を落としてため息吐いていたくせに、強がりだけは欠かさない真姫には脱帽する。が、

 

「そう言っているけど、譜面は真っ白にゃ!」

 

「ちょっ! 勝手に見ないでよ!!」

 

そんなメッキはすぐに剥がれ落ちるというもの。真姫も明らかに重責を感じてしまっているのだろう。

 

「「「……」」」

 

申し訳なさそうに俯いている三人。

今までこの三人がそれぞれしっかりと仕上げてくれていたから、気にすることはなかったが。

 

「確かに、任せきりっていうのもよくないかも……」

 

「そうだな」

 

今更ながら考えてみれば、普通の練習に加えてこの作業なのだから、明らかに負担が偏っているのだ。

 

「そうね。責任が大きくなってるから、負担も掛かっているだろうし」

 

「じゃあ、みんなで話し合いながら決めていく?」

 

「それでいいんじゃないかしら、せっかく九人もいるんだし」

 

「うーん……」

 

「なんか引っかかっている感じね、遊弥くん?」

 

「ちなみに、現時点でのにこの案は?」

 

絵里に指摘されて、微妙な予感がしていた俺はにこに問う。

 

「えっ? それはやっぱり、にこに―にこちゃんに曲をつけて――」

 

……だと思ったよ。

 

微妙な顔している俺が考えていたことは希たちにも伝わったようだ。

 

「なるほどね。九人で話してたらいつまでも決まらない可能性があるっちゅうことやね」

 

「……それもそうね」

 

苦笑いして同意する絵里。

 

「だから九人で話し合うんじゃなくて、数人に分けないか?」

 

「どういうことよ?」

 

自分の考えが却下されて面白くないのか、少し不機嫌な顔で問いかけてくるにこ。

 

「つまりはことりを中心とした衣装を考えるチーム、海未を中心として歌詞を考えるチーム、真姫を中心として曲を考えるチーム――それぞれ三人ずつに分かれて決めていくんだ。それならある程度考えもまとまりやすいし、いいんじゃないか?」

 

俺の提案に絵里はハッとしたように手を合わせた。

 

「それ、ナイスアイデアよ、遊弥くん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――決まったようね」

 

それぞれ、同じ色の割りばしを持った人でグループを作る。

 

「ことり中心とした穂乃果、花陽の衣装する班」

 

「海未を中心とした、希、凛の歌詞する班」

 

「そして真姫を中心とした私とにこの歌詞する班――この三班でいきましょう」

 

「ゆうくんはどうするの?」

 

「俺は遊撃隊としてそれぞれの様子を見に行くよ。みんな一つ、これを持って行ってくれ」

 

「なにこれ?」

 

「GPS搭載のキーホルダーだ。普段は携帯とか鍵とか財布とか、貴重品につけてもしなくしたときに探せるようにしているんだけど、今日は三班でそれぞれ分かれるみたいだからな。様子見できるように位置だけは把握させてもらうよ」

 

「位置だけ把握するって言うのだけ聞くと、ストーカーみたいね」

 

「これを人に持たせれば、何かトラブルが起きたときに緊急で紐づけしている携帯に信号を送る機能付いているんだが……にこが送っても無視するから」

 

「あんたたち、ちゃんと持っていなさいよ! 取り返しのつかないことになった後じゃ遅いんだから!!」

 

手のひらくるりんするにこに、皆が苦笑いする。だが、そういう危機感を持ってもらったほうがいい。町が近いとはいえ、少し距離のある山の中なのだから。

それについさっきにこは俺に助けられたばかりだ。その重要性は改めて認識してくれたと思う。

 

「それじゃあ――ユニット作戦で、曲作り頑張ろー!」

 

『おー!!』

 

「おー…」

 

遅れながらも、それでも声を上げるようになった真姫に微笑みを向けながら、俺も手を上にあげるのだった。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

ではまた次回に



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ユニット作戦



ども、燕尾です。
97話目ですね。






 

 

 

 

「ふう、こんなものか」

 

俺は出来上がったテントを眺めながら、額を拭う。

 

「おーい、できたぞー」

 

「ごめんなさいね、手伝ってもらっちゃって」

 

「いいよ別に。このくらいは」

 

謝る絵里に、俺は手をプラプラと横に振った。

 

「普段キャンプしないと、テントをしっかり立てるのは難しいもんな」

 

「そういうあんたは、手慣れていたわね」

 

「昔、転々としながら身を隠して生活してた時に捨てられたテントを立てて住処(すみか)にしてたからな」

 

「「……」」

 

どう言葉を返そうか悩んだ様子を見せる絵里とにこ。

 

「懐かしいな。よく住処の近くにあった他校の小学生共に石を投げられて穴を開けられて、その度に捨て布で修復して。次の日にはまた穴を開けられて」

 

「思い出話の中身が重いわよ、遊弥」

 

呆れたように突っ込む真姫。

 

「とまあ、俺のどうでもいい話は置いておいて。三人はこれからどうするんだ?」

 

「とりあえず食事作りの準備かしら?」

 

「ていうか、どうして別荘があるのにテント張らなきゃいけないのよ?」

 

「少しは距離を取らないと、班を分けた意味がないでしょう? それにちょうどテントもあったしいいじゃない」

 

「まさか別荘の目の前で野営するなんて思いもしなかったわ――こんなんで作曲できるの?」

 

「私はどうせ後でピアノのヘアのところに戻るから」

 

そっけない真姫の返しににこは本当に意味なんてあるのか、と疑問に思っているような表情をしている。

 

「普段とは違った状況に身を置くと何かに気が付くこともあるからな。それに――誰かが傍に居てくれるだけでも、気分も変わるだろ。な、真姫?」

 

「――べ、別に、いつもと変わらないわよっ」

 

恥ずかしそうにしているも目からは嬉しそうな感情が読み取れる。

そんな真姫に絵里もにこも、小さく笑う。

 

「じゃあ、私たちは食事の準備でもしましょうか。遊弥くんはほかの子たちのところに行くのかしら?」

 

「そうだな――」

 

次はどこの様子を見に行こうか、と考え始めたとき、スマホが震えた。

確認するとことりからの信号だった。

 

「ちょうどいいや。ことりのGPSから呼び出しがあったからそっちのほうに行ってくる」

 

「ええ。行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ことり」

 

「ふえええん……ゆ~く~ん……」

 

ことり、穂乃果、花陽が立てたテントに声をかけて中に入ると、ことりが涙目で俺を見つめてきた。

 

「進捗のほうは…言うまでもなく芳しくないみたいだな」

 

「うん……」

 

「そこで寝ている穂乃果は置いておいて、花陽は?」

 

「花陽ちゃんはなにかアイデアが出るようなものを探してくるって言って、散歩に行ってるよ」

 

「ふむ……ことり、とりあえず外に出ようか」

 

「えっ?」

 

「ほら」

 

差し伸べた俺の手にことりは手を重ねる。

そのまま彼女の手を引き、俺たちは靴を履いて外に出る。

 

「ゆーくん、何をするの?」

 

「ん? 何もしない」

 

「??」

 

俺の意図が読めないことりは首をかしげる。

 

「まだ時間はあるんだ。せっかく都会にはない自然があるんだから、ゆっくりしてもいいんじゃないか?」

 

すぅ、と俺は深く息を吸う。

 

「……すぅ」

 

ことりも同じように、深く息を吸う。

 

「気持ちいいだろ?」

 

「うん。なんか、空気が違うね」

 

そりゃ、車や工場が少ない山の中だからそう感じるのは当然だろう。

 

「流れる水の音や風で揺らぐ草木の音も、落ち着くぞ」

 

「――本当だね。なんかさっきまでの焦りとかがなくなっていく気がする」

 

二人して目を閉じて自然を感じているところに、足音が近づいてきた。

 

「ゆうやくん、来てたんだ」

 

「お帰り花陽。お邪魔してる」

 

「お邪魔だなんて、そんなことないよ。来てくれて嬉しいよ」

 

「なんて無垢な瞳……目の前にいるのは天使か……?」

 

大天使ハナヨエルのお言葉と笑顔に、俺は浄化されそうだ。

 

「ど、どうしちゃったの? ゆうやくん?」

 

「気にしなくていいよ、花陽ちゃん。きっとロクでもないことだと思うから」

 

「ことりさん? 言葉が悪いよ?」

 

「ふんだ。分かってないゆーくんにはこのくらいが丁度いいの!」

 

不満げな表情でそっぽを向くことり。

 

「ま、まあまあ! ことりちゃん、進みのほうはどう?」

 

「さっきよりは進んでるかな? それでもまだまだだけど」

 

「ちなみに花陽、その籠に入っているのはなんだ?」

 

「あ、これ綺麗だったからちょっと摘んできたの。同じ花なのに形や色が少し違ったりして個性があって、そういうので少しでもアイデアになればなって思ったの」

 

純粋でええ子やなぁ、花陽はん。その白い花と一緒で心まで白いよ。

 

「そういえば穂乃果ちゃんは?」

 

「テントの中で寝てるよ。気持ちよさそうにな」

 

「でも穂乃果ちゃんの気持ちもわかるかな。こう、自然に囲まれてるとなんだか…眠くなってきちゃう……」

 

「確かに、気温も丁度良くて…わたしも……眠くなってきちゃった」

 

「……まあ寝てリラックスするのもいいだろ、寝すぎないようにな?」

 

「ゆーくんも一緒に寝る?」

 

「いや、一緒に寝られるわけないだろう。それに――」

 

俺はさっきから振動しているスマホを取り出す。

 

「なんか、凛からものすごい信号送られてきてるから、そっちに行ってくる」

 

「凛ちゃんから? 大丈夫かな……」

 

心配する花陽に対し、凛の位置を確認した俺は苦笑いする。

 

「まあ、希がいるから大丈夫だろ」

 

「ゆーくん、皆のこと、よろしくね?」

 

「ああ、じゃあまたな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を呼び出した凛が今いるところは、山の中だった。

絶えず送られてくる連絡により、凛たちがいる場所へはすぐに行くことが出来た。しかし、

 

 

 

「いやぁー!!」

 

 

 

「凛っ、この手を放してはいけません! 死にますよっ!!」

 

「今日はこんなのばっかりにゃー!」

 

「ファイトが足りんよ! 凛ちゃん!!」

 

「遊くん、早く来てぇ~!!」

 

うん、まさか希までノリノリで海未の登山に付き合っているとは思わなかった。

これ以上は凛が限界そうだから、俺は岩を登って彼女たちの元へ行く。

 

「何をしてるんだ、お前らは」

 

「遊弥!?」

 

「遊くん!!」

 

「お、遊弥くん」

 

安全地帯で休んでいた三人に声を掛けるとそれぞれの反応を見せてくる。

 

「どうしてここに?」

 

「凛のGPSからずっと信号が送られてたから来たんだよ」

 

「ここまででも結構な道のりなのに、よく追い付きましたね……」

 

「まあ、このくらいの道は走れるから」

 

「山道を走ったら危ないよ?」

 

「まあそこは特殊な訓練を行ってるということにしておけばOKでしょ」

 

それよりも、と俺は一拍置いて上を指す。

 

「ここは風も強くなるし危ないから、とりあえず上に登るぞ。凛は凛が大丈夫なら俺が背負っていくが、どうする?」

 

「お、お願いするにゃ。凛もう限界だよ……」

 

プルプルと震えながらそういう凛はまるで怯える子猫のようだった。

 

「了解。おいで」

 

「ありがと、遊くん」

 

「……」

 

「どうした、海未?」

 

「な、何でもありません!!」

 

凛を背負った俺をどこか不満そうに見ていた海未は、息を吐いて俺に背を向けて進み始める。

 

「それじゃあ俺たちも行こうか。振り落とされないように(・・・・・・・・・・・)、しっかり捕まってろよ? 凛」

 

「え、それってどういう――にゃ、にゃあああああ!?」

 

岩に飛び乗りながら登っていく俺の耳に猫の大きな鳴き声(凛の叫び)が入ってくる。

 

「遊くん! ストップ、ストップ!! お願いだから止まってえぇぇー!?」

 

「今止まったら二人とも落ちるぞー?」

 

「うにゃあああああ――――!? やっぱり今日はこういう日なのぉ――――!?」

 

凛の叫びは平地につくまで続いた。

 

「また一人、大地のありがたさを知る人が出来ちゃったね」

 

1人悠々と進む希はそう言ったらしいが、当然俺らには聞こえないのであった。

 

 

 

 

 

「し、死ぬかと思った…怖かったよぉ……」

 

へたり込み、息絶え絶えに呟く凛。

そんな凛に俺はごめんと謝りながら頭を撫でてあやしていた。

 

「雲が掛かってきた。これ以上は無理やね」

 

「そんなっ…」

 

海未と希は山頂の方を見ながら、天候の予測を経てていた。

気がつけば日も傾いて、空はオレンジ色に染まり掛けている。

海未たちが目指す山頂は希の言う通り雲が掛かり始めていて、これ以上進むのは危険だ。

 

「ここまで来たのに……!」

 

山頂を目前にして、断念という結果に歯噛みする海未。

だが、そんな海未より大きな不満を持っていた凛が声をあげる。

 

「酷いにゃ! 凛はこんなところ来たくなかったのに!!」

 

「仕方ありません。ここで天候回復を待って明日仕掛けましょう――山頂アタックです!」

 

「まだ行くの!?」

 

抗議をものともせず山頂を目指す海未に驚愕する凛。

 

「当然です! 何しにここに来てると――」

 

 

 

 

 

「作詞に来たはずにゃあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

凛のド正論が木霊した。

 

「――っは!?」

 

「まさか忘れてたのっ!?」

 

噛みつく凛に海未は慌てたように、そんなことありません、と返す。

 

「山を登りきったという充実感が創作意欲を掻き立てると、私は思うのです!」

 

うん、もっともらしいこと言ってるけど瞳からは焦りの感情が見てとれる。完璧に忘れていたのだろう。

まあ苦し紛れにしても、海未の言うことも分からんでもない。でも、

 

「海未、そこまでにしておけ」

 

「遊弥……」

 

俺は海未の肩に手を置いて引き留める。

 

「遊弥くんの言う通りやで、海未ちゃん」

 

「希まで……」

 

「山登りで一番重要なことってなにか知ってる? 挑戦する勇気でも、諦めない心でもない。諦める勇気(・・・・・)なんよ」

 

「引き際はしっかり見極めないと、取り返しの付かないことになる。まだ、まだ、と欲張るほど、失うものもだんだんと大きくなるぞ」

 

だから希が言った通り、諦める勇気が必要なのだ。

 

「だから今日はここまでだ」

 

「凛ちゃん、下山の準備。今日の夜ごはんはラーメンにしよっか」

 

「ほんとっ!?」

 

「俺も怖い思いさせたお詫びに、今度おすすめのラーメン屋連れてってやるよ」

 

やったー、とはしゃぐ凛に俺と希は小さく笑う。

 

「ほら、海未も」

 

「は、はい……」

 

「……納得いかないか?」

 

歯切れの悪い海未にそう問いかける。

 

「いえ、そうではありません――遊弥はともかく、希がこういうことを知ってるなんて、思ってなかったので」

 

「まあ、新たな一面を知れて良かったじゃないか。海未の山好きも凛や希も知らなかったんだし。そうやってみんなのことを理解していけばいいんじゃないかって、俺は思う」

 

「それもそうかもしれませんね。それが知れたということで山頂アタックはまた今度にします」

 

「なんなら今度付き合うよ。山登り」

 

「いいんですか?」

 

「海未が良ければ。今度一緒に行こう」

 

「――はい! 約束ですよ!」

 

こうして、俺たちは日が完全に落ちる前に下山するのだった。

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
えー、次回からそれぞれのルートに入ります。
絶対、入ります!

アンケートの結果をもとに、まずは絵里からやりやす!!
(まあ、プロットとか作っていないので、基本的には全員並行して書いていくと思います。思いついたら書くというスタンスなので。ただ、更新話数的には絵里→穂乃果→ことり→海未となるように作っていきます)

では、次回もよろしくお願いします!!




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カポーンって音、懐かしいよね




どもー、燕尾です。
お久しゅうございます。

個人ルート入っていきます。





 

 

 

 

 

下山して、海未たちと別れ別荘に戻ってきた俺は当初割り当てられた一室のベッドに寝転がる。

 

「ふぁー…さすがに疲れた」

 

バイクに乗ってここまで長距離運転して、全力で森林を走って川にダイブして、いろいろと歩き回って山登りして――ちょっとどころかかなりハードな一日だった。

 

「これで、ちゃんと完成できるといいが」

 

プレッシャーでスランプに陥った三人のため、今まで三人に任せきりだった今の状況を変えようと3人1組で取り組み始めたが、この試みがどう転ぶかはまったくもってわからない。

 

「まあ、大丈夫だろ。皆なら……」

 

瞼が重くなってきた。このベッドの気持ちよさが睡魔をもたらしているようだ。

 

「あー…風呂とか入らないと…このまま……寝るのは……」

 

そう口にはするも、体は動かざること山の如し。

 

「……」

 

そしてそのまま俺は眠りへと落ちてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば、俺はまたいつぞやの廊下に立っていた。

 

 

 

「自分の体質だから仕方がないが、俺はあと何回これを見るのだろうか」

 

呆れた声の先には以前にも見た光景。

一人の少年が複数人の男女から暴力を受けていた。

 

 

――どうしてお前なんかが……!!

 

 

――あんたなんか相応しくないのに!!

 

 

憎々しげに罵声を浴びせ、暴力を浴びせる中学生たち。

あそこにいる中学の頃の俺が傷つけば、ここにいる俺も傷を負う。それは以前と同じだった。

しかし前と比べると、明らかにエスカレートしていた。

 

 

――この糞野郎がッ!

 

 

――もう二度と、学校に来れなくしてやる!!

 

 

「…っ、くっ……」

 

ふくらはぎを刺されたのか俺の足は力が抜け、膝をついてしまう。

まだ感情のコントロールができない子供というのは、物事の善悪も分からない。

 

人を刺すという行為が、その痛みが、どれほどのものか分かっていない。

自分が正しいのだと、目の前にいる俺が悪なのだと疑うことのない瞳に、俺は溜息をつく。

 

「あの時の俺はどうしたんだっけな……」

 

ボロボロの俺を見つめる。

あの頃の俺はポケットから消毒液と止血用の布を取り出し、止血するように足を縛り、何もないように立った。

 

ああ、そうだ。何事もないように自分で手当てして、教室に戻ったんだっけ。

 

その時の俺をいたぶっていたやつらの驚く顔を思い出す。

 

「アホ面晒して、気分が悪いって言って保健室に行っていたな」

 

はは、と思い出し笑いしていると、目の前が暗くなり意識が引き上げられる。

どうやら、目が覚めるようだ。

 

 

――それにしても、どうして俺はこんな夢を見ているのだろうか。

 

 

前までは悪夢だと思っていた。昔の記憶なんてロクなものじゃなかったから。

 

だが最近は違うのではないかと思い始めた。

まるで追体験をさせるかのような夢に何か意味があるかもしれない、とそう思い始めてきたのだ。

 

 

「まあ、いつかはわかるか」

 

 

夢を見ることを意識してやめることなんてできない。

抵抗できないのなら仕方がないのだ。

 

俺はそこで考えるのをやめ、身を任せた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うへぇ」

 

目を覚まし、嫌な感触を感じた俺は声を漏らす。

ベッタリと張り付く服。染みが付いた掛け布団。あの夢のせいで汗を掻いていたみたいだ。

 

「時間は……22時前か。この時間なら皆もう寝る準備してるだろうし、風呂入りにいくか」

 

俺はいそいそと着替えとかの準備をして、風呂に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

私は便器から立ち上がり、身だしなみを整えてトイレを後にする。

 

「……テントを張ったところが別荘の近くで良かった」

 

別荘の中を歩きながら小さく呟いた。

 

テントを張ってそこで過ごすのはよかったのだが、当然ながら別荘にしかトイレがないため、用を足すのに暗い外を歩くことになった。

暗いところが得意ではない私にはかなりの勇気を持った行動だ。

 

まあ勇気もなにも、なによりこの歳になっての粗相が一番まずい。

にこにでも着いてきて貰えばよかったのだが、寝ているところを起こすのも申し訳なかったし、暗いのが苦手ということを知られるのはと意地を張ってしまったのだ。

その意地の代償がまたあの暗いところを歩いてテントへと戻ることなのだけれど。

 

はあ、と疲れた息を吐いた私は足を止めた。それから扉に目を向ける。

 

「お風呂……」

 

脱衣所の前で止まってしばし考える。さっきも真姫たちと入ったけれど、別荘のお風呂とだけあって気持ちがよかった。できるならもう一度入りたいという思いが出てくる。

私は周りを見渡して、誰もいないことを確認する。

 

「――いいわよね?」

 

変な決意をした私は脱衣所に入る。

 

「~♪」

 

鼻歌交じりに服を脱ぎ、長い髪を纏めてタオルを持ち、浴場の扉を開いた。

かけ湯を浴びて身体を綺麗にし、湯船へと向かった。

 

そしてそのまま入ろうと、足を入れたそのとき――

 

「――えっ!? なに!?」

 

得体の知れない感触と共に水面から大きな水泡が出始めた。

 

「なに!? なんなのっ!?」

 

蠢くそれに、恐怖を感じながらも足を退かして距離を取る。

その瞬間打ち付けるような大きな水音と共に大きなひとつの影が現れた。

 

「――ぶはっ!! げほっ、げほっ!! 死ぬわっ!!」

 

咳き込みながら叫ぶその声は間違いようもなく男の人の声。この別荘にいる男の人は一人しかいない。

 

「……ゆ、遊弥…くん……?」

 

「絵、里……」

 

隠すことなく、生まれたままの姿で立ち尽くしているお互いの姿を見合うこと数秒。

先に我に返ったのは私だった。

 

「あっ、あっ……!!」

 

「落ち着け絵里! まずは深呼吸、深呼吸して落ち着くんだ!!」

 

顔をそらしながらも必死で説得する遊弥くん。

だけどこのとき既に私は手元にあった桶を思いきり振りかぶっていた。

 

「いやぁーーーーー!!!!」

 

「ぎゃぁあああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カポーン――

 

 

 

 

「その…わ、悪かった……」

 

「いいえ…先に入ってたのは遊弥くんだし、気付かなかった私が悪いわ」

 

顔から滴る水を二人して小タオルで拭う。

 

 

「「……」」

 

 

カポーン――パート2

 

パート2ってなんだよ。効果音にパートも何もあるかい。

そんな当否をしながらも、俺は首を横に振った。

 

「いや、誰かが来た時点で声を掛ければよかったんだよ。そうしたら入ってくることはなかっただろ?」

 

「この時間に誰かが来るなんて思いもしなかったのでしょう? なら驚いてまともなことができなくなってもおかしくはないわ」

 

「いやいや…」

 

「いえ、私が…」

 

お互いに非を受けようとしている俺たち。そんな状況がなんだかおかしくて、俺たちは同時に笑い出してしまった。

 

「ふふ。それじゃあ、おあいこってことで」

 

「そうだな。そうしてくれると助かる」

 

背中越しに柔らかい雰囲気が伝わってくる。

 

「――それにしても、この時間にお風呂に入ってるなんて思わなかったわ」

 

「ちょっと疲れていたみたいでな。帰ってきてすぐに寝ちゃってたんだよ」

 

「皆のところに行ってたから。私たちと穂乃果たちのところはまだ近かったと思うけど、海未たちは山に向かってものね」

 

疲れた理由はそれだけじゃないけれど。

 

「でも本当にそれだけ?」

 

すると、絵里が見透かしたように言葉をつづけた。

 

「……っ、どうしたいきなり」

 

「いま、一瞬詰まったわね。それに、体の緊張が伝わってきてるわよ」

 

なん、だと……あのぽんこつだった絵里が他人の小さな機敏に気付くだと!?

 

「よくわからないけど、なんかいま小馬鹿にしたのもわかったわ」

 

不機嫌が伝わってきた。

 

「それと、誤魔化そうとしてもダメよ」

 

背中に絵里の体温を感じる。

 

「もしかして、昔の夢でも見た?」

 

どうして、そう思ったのかはわからない。だが、核心をついた絵里に俺は嘘をつかなかった。

 

「――そうだな。中学のころの夢を見たよ」

 

「!」

 

「なんか追体験させるような夢だったよ」

 

「それって……」

 

内容を言わなくても絵里は気づいたようだ。

 

「なかなか刺激だったよ」

 

あれだけ熱いパッションをぶつけていた連中はそういない。

その情熱をもっと別のものに向ければよかったのにとは思うけど。

 

「大丈夫…いえ、大丈夫なはずないわよね――」

 

ザバァ、という音とともに、絵里が立ち上がった気配がした。

その直後、柔らかい感触が背中から全身を包んだ。

 

「おいっ、絵里!?」

 

焦り、離れようとする俺を決して放さないというように絵里の力が強まる。

 

「傷つかない人なんていない。暴力を受けて、酷いこと言われて平気な人なんていないのよ。慣れたっていくら言っても、身体の、心の痛みは必ずある」

 

「……」

 

「そしてその痛みは、ずっと遊弥くんを苦しめてる」

 

「大げさだ。別に俺は何とも――」

 

「嘘よ」

 

「即答したな」

 

「そうじゃなければ、文化祭前に体調を崩すこともなかったはずよ」

 

「……」

 

二度目の閉口。まさかそんなことまで覚えているなんて思ってなかった。

 

「よく思い返したらという話よ。タイミング的にそうとしか考えられないもの」

 

記憶を取り戻してから、自分の昔話をした直後に体調を崩せばそう思うのも不思議ではないか。

 

「ねぇ、遊弥くん――私じゃ頼りないかしら?」

 

俺の頬に絵里の手が触れる。

 

「私はあなたを支えたい。今まで知らずにいたから、これからはちゃんと遊弥くんを知って、ちゃんと――」

 

「合宿の時に言っただろ。これは俺の結果だ。その結果の責任を担おうなんて許さない」

 

「それでも」

 

絵里の手が、俺の顔を絵里のほうへと向ける。

水が滴り、少し紅潮した絵里の顔。彼女のスカイブルーの瞳に俺は顔が赤くなる。

 

「それでも、よ。遊弥くんが今も過去に苦しんでいる。なら少しでも、私はあなたのためにできることをしたい。おこがましいかもしれないけれど、あなたの助けに慣れればって思うの」

 

「……っ、なんでそこまで」

 

「それが私の意志だから。遊弥くんはわからないかもしれないけれど、あなたが私にしてくれたことは私にとって特別だったの」

 

俺にとっては本当に大したことはしていない。だけどそれは絵里からしたら大きなことだった。とらえ方のことまで、強要などできない。

 

「はぁ……本当に絵里は変わった」

 

「そうでしょう?」

 

「わがままに手を付けられなくなった」

 

「ふふ。皆のおかげよ」

 

俺の言葉にも笑顔で返すだけの余裕を見せる絵里。中学までは俺のほうが余裕あったというのに、いつの間にか追いつかれて――いや追い越されいるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きにしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、これが俺の精一杯の答えだ。

 

 

 

 

 

「――っ!! ええ! ありがとう、遊弥くん!!」

 

なんで絵里がお礼を言うんだか。

 

はあ、と顔を背けて心の中で溜息をつく。

 

でも、不思議と嫌という気は起きなかった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に






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謝るってとっても大切だと思うんだ…




ども、燕尾です。

かなりお久しぶりです。
自分でもこんなに空いてしまうとは思っていなかったです。
仕事やらなんやらでモチベーションが湧いていないのが理由でした。

正直、この先続けていけるかはっきりと言えませんが
物語を作るのは息抜きでもありますので、やっていきたいとは思います。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿から帰ってきてから、穂乃果たちはラブライブ予選のためへの練習により力を入れるようになった。

 

「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー――」

 

今日も今日とて、屋上ではリズムの掛け声が絶えず響いている。

そんな中、俺はパソコンとにらめっこしながら頭をひねらせていた。

 

「んー……どうしたものか……」

 

「どうしたの、遊弥くん。難しい顔をして」

 

「ん、ああ。ちょっと予選のことで――」

 

隣から絵里の声が聞こえた俺は顔を向けると、すぐ真横にパソコンをのぞき込む絵里の顔があった。

 

「――っ!?」

 

「ん? なにかしら、私の顔に何かついてる?」

 

唐突な状況にドギマギしている俺とは対照的にに絵里は何もないように微笑みを返してくる。なんだか、意識しているのは俺だけのよう感じてばつが悪い。

俺は一つ咳払いをして、何とか平静を保つ。

 

「いや、なんでもない。難しい顔をしていたのは予選の内容について、少しな」

 

「何か問題があったの?」

 

「ゆうくん、絵里ちゃん、どうしたのー?」

 

「何かお困りごと?」

 

すると、ダンス練習から休憩に入った穂乃果と花陽が、顔をのぞかせる。

 

「困りごとというほどでもないんだけどな。今度の予選のことでな」

 

「ゆうくん、隠し事はなしだよ」

 

説明する前に穂乃果から釘を刺される俺。先回りできるようになったのは成長と考えるべきことだが、別に今回は隠すようなことでもない。

 

「隠し事じゃない。ラブライブ予選のライブの場所をどうするか悩んでいたんだ」

 

「ライブ場所?」

 

「ああ。なるほど」

 

俺の話に首をかしげる穂乃果とは反対に、花陽は気づいたように手を打った。

 

「今見ているのは予選会場のステージ一覧かな?」

 

「正解」

 

「ん、どういう事?」

 

そこでさっきとは反対側に首をかしげる穂乃果。そんな彼女に俺はさすがに目を細めた。

 

「穂乃果…お前今回の予選の内容について知ってるか?」

 

「そ、それは…えーっと……あ、あまり……」

 

「穂乃果…あなた、ルールブックはちゃんと見てるのかしら?」

 

「あ、あはは…私、文字を見るのが苦手で、ちゃんと見てないかな~……?」

 

「疑問形じゃなくて確実に見てないだろ。まあ、そこら辺の期待を穂乃果にはしてないからいいけど」

 

「ちょ! それはさすがに言いすぎじゃないかな!?」

 

「教科書見るだけで寝ている奴が何を言うか」

 

「うっ…痛いところを……」

 

痛いもなにも、それが穂乃果のデフォルトだろうに。だからテスト勉強で苦労するんだよ。

 

「まあ、そこはいいとして。今回の予選では予選会場のほかにライブ会場を個別に、自由に決めることができるんだ」

 

「ほえー、そうなんだ」

 

「ルールブックに書いてあることよ、穂乃果…」

 

「うう、もうそれは言わないで……」

 

「あはは」

 

指摘されがっくりと肩を落とす穂乃果に花陽は苦笑いする。

 

「話を進めると――もし自分たちで場所を決めた場合はネット配信でライブを生中継することになる」

 

「全国の人に見てもらえるんだよね」

 

「そう。数日間かけて各地域ごとから1チームずつライブ配信をして、視聴者からいいと思ったところに投票された中の得票数上位4組が最終予選にいける仕組みだ」

 

「4組…少ないね……」

 

「段階を踏むだけの日数もないからな、一気に進めたいんだろ。それにどのみち、頂点取るなら変わりはしない」

 

「それは遊弥くんの言う通りだけど、それでも私たちがいる東京地区は激戦区よ。それに何と言っても前回大会優勝の彼女たちもいる」

 

「A-RISEね。だけど、俺たちのやることは一緒だ。ツバサたちを踏み越えなければ優勝はない。そのための準備や練習だろ?」

 

「……そうね。ごめんなさい、話を遮ってしまって」

 

「気にしないでいい――それで、話を戻して結果から言うと予選会場まで足を運んでやるか、自分たちで考えるか悩んでいたんだよ」

 

機材のことを考えると会場であればあまり考えなくてもいい。しかし、曲やダンスの雰囲気とあわせようとするとなかなかに合うものが見つからない。

 

逆に自分たちで会場を選ぶのであれば、雰囲気などはベストな状態に持っていくことはできるが、機材の準備や、何よりその場所選びに相当な時間をかけてしまう。残りの時間を考えるとかなりの負担だ。

 

「配信用機材の当てがあればいいんだが、残念ながらなくてなー…かといって会場に行くってのも今回の新曲とミスマッチっぽいから、ほんとどうしたものかってな」

 

「そう言われると、そこまで私たちも考えてはいなかったわね」

 

「そういう事を任せっきりにしてごめんね、ゆうくん」

 

「これも役割分担だ。皆はまず最優先にやるべきことがあるだろ」

 

「でも、このままじゃゆうやくんの負担が大きいよ」

 

「心配してくれるのは嬉しいけどそこまでのことじゃないよ。まあ、いくつか候補を上げたら相談に乗ってくれると助かるな」

 

「うん、それはもちろんだよ!!」

 

「いつでも相談してね、ゆうやくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう言ったはいいものの

 

 

 

 

 

「その候補自体あげられてないんだよなぁ」

 

その日の練習が終わり、街を歩いていた俺はため息交じりに呟いた。

 

「予選会場は無しとして、配信機材と場所の確保を本当にどうしたものか」

 

ある程度の構想は固めているが、その実現のための手段が不足している。それでも、皆のために何とかしないといけない。

 

「ほんと、どうしたもんかね」

 

「お困りのようね、遊弥」

 

「ん、まあな~」

 

「私が手を貸してあげましょうか?」

 

「正直そうしてくれると助かるけど――って」

 

何の気なしに返答していた俺は、そこでようやく声の持ち主に気付き、いつの間にか隣に並んで歩いていた人物を見やる。

 

「久しぶりね、遊弥」

 

「なんでいつもそんな感じの現れ方しかできないんだ、おのれは」

 

「驚くあなたの顔を見たいから、かしら?」

 

「驚かされる方はたまったもんじゃないぞ」

 

「そういう割に見た感じそうは見えないのだけれど。大体の人は私に会えば驚くのに」

 

「そりゃ今話題沸騰中のスクールアイドル、綺羅つばさに会ったら驚くだろ」

 

「一番驚いてほしい人には驚いてもらえないけれどね」

 

どこか寂しそうに俺を見つめるつばさ。そんな目で見られても困る。第一、俺を驚かせたって何もならんだろ。

 

「それで、なんだってこんなところをうろついているんだよ。それに俺なんかと歩いているとそれこそ騒ぎになるぞ」

 

「今日ここをブラついていれば、なんとなく遊弥に会える気がしたの。私の勘が冴えていたみたい」

 

「いや、こえーよ。怖すぎるわ」

 

その第六感的なものが当たっているのが何より怖い。

 

「そもそもなんで俺に会おうって思ったんだよ?」

 

そう問いかけると、つばさは不満げな視線を俺に向けた。

 

「な、なんだよ……」

 

「別に? この前助けたときに約束した埋め合わせの連絡がないから、どうしているのかなって思ったり? いつ会いに来てくれるのかなって、そんなこと思ったり全然してなかったけど? 遊弥の口からそんな言葉が出るんですもの」

 

「……」

 

節々どころか、すべてが鋭い棘になっているつばさの言葉に俺は冷や汗を垂らす。

 

「まさか忘れていたなんて、遊弥に限ってそんなことないと思っているけど――」

 

「つ、つばさ……」

 

「そんなことないって思っているけど?」

 

「つ――」

 

「思って"いた"けど?」

 

「……」

 

「遊弥?」

 

「……………すみませんでした」

 

ものすごいプレッシャーを放つつばさに、ようやくひねり出せた謝罪の言葉。

 

「一応、弁明の機会を与えてあげる」

 

「えっと…二学期始まってから、生徒会と押し付けられた教師の仕事とラブライブの予選に向けた合宿と練習etc.……で、すっかり忘却の彼方になっていました」

 

「……」

 

無言の圧力が俺を襲う。しかし、これは俺が忘れていたのが悪いので、彼女からの沙汰を待つしかない。

 

「――噂程度には聞いていたけど、あなた、音ノ木坂の正式な生徒になったのよね? それなのにまだそういう(・・・・)扱いを受けているの?」

 

「全員が俺のことを認めてくれているわけじゃないからな。生徒も、教師も。だけど、それ相応の仕返しはしている」

 

その答えを聞いたつばさは思考を巡らせるように目を閉じる。

 

「仕返ししているならいいわ。していなかったら――」

 

「していなかったら……?」

 

「……何でもないわ」

 

絶対なんでもなくない。この無自覚なお嬢様はなにかしでかそうとしていたに違いない。

いや、まあ今のつばさの感情を考えればわからなくもないが、力があるだけに冗談として捉えられない。

踏みとどまってくれて何よりだ。そしてあの時本当に頑張ってよかった。グッジョブ、俺。

 

「しょうがないから、埋め合わせの時どんなことでも付き合ってくれるのなら、忘れていたことは許してあげる」

 

「はい。寛大な処置に感謝します」

 

一命をとりとめた俺は安堵のため息を吐いた。

 

「よろしい。それじゃあその日のことを決めに、少しお茶していきましょうか」

 

そう言って俺の腕を抱きしめるように取るつばさに、反対できるわけもなく、俺は彼女に従い足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

「ふう…ようやく買えたわ」

この前から欲しかった本を買うことができた私は満足気に店を出る。

「これで新しいアクセサリーにも挑戦できそうね。それから、ヘアゴムとかも自作してみようかしら?」

小さなブローチを使っていつもの雰囲気を少し変えてみるのもいいかもしれない。

「もし作ったとして、遊弥くんは気付いてくれるかしら」

 

 

「――絵里。今日は雰囲気違うな」

 

「気づいてくれたの、遊弥くん」

 

「もちろん。俺が絵里のこと見逃すはずないだろ?」

 

「遊弥くん……」

 

「綺麗だ、絵里――」

 

………………

 

「……あり得ないわね。どんな妄想しているのかしら、私ったら」

あからさまにキザなことを遊弥くんが言うはずがない。というか、あまり想像できない。

でも少しの可能性かもしれないけど、もし気付いてくれたら。

そう考えると、期待に胸がわずかに膨らんだ。

「よし、頑張りましょう!」

私は軽快な足取りで、家路を歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか。


ではまた、次回に。





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おしおきターイム




お久しぶりすぎて
もはや誰だかわからないと思います。燕尾です。

こうしてまた投稿できたこと自体奇跡かもしれません
仕事を退職したばかりなので、少し時間もでき、時間はかかるかもですが
また手を付けていきたいなと、思っています。

100話目にして1年と9ヶ月ほどかかってしまいましたが、記念話とかではありません

今はもうほとんど書いている人がいなさそうな初期の話ですが
お楽しみいただけたらと思います。







 

 

 

――Yuya side――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、集まったな」

 

放課後――事前にメッセージで呼びかけて部室にへと集まってもらっていた。

皆を見渡して俺は口を開く。

 

「集まってもらったのは他でもない――今回のライブの会場についてどうするか、今の候補を皆にも知ってもらおうと思ってな」

 

俺一人で考えるのもやはり限界があったし、それに最終的に決めるのは皆の意志だから、そろそろ考えてもらおうと思った。

 

「うん、まかせて!」

 

「もし意見がまとまれば、そのまま決定してもいいわね」

 

「ああ。だからまずは聞いてもらう。主な候補は三つだ」

 

今回のライブステージについて、と俺はホワイトボードに書き始める。

 

「一つは運営が用意している各ステージ。ここは各機材やステージの準備に関してそこまで考えなくていい代わりに、今回披露する曲やダンスのイメージに合わない可能性があるのと他チームと被ると時間的な制約ができる可能性がある」

 

俺は候補地とそれに対するメリットとデメリットを書いていく。

 

「二つ目は音ノ木坂学園。学園の許可さえ取れれば運営のステージとは違って時間の制約はほぼ起きない。だがその分、いつものように機材やステージの準備を行わなければならないのと、あとはこれまでの学園でやったライブとそこまで変わらないといわれる可能性がある」

 

ここまでは皆も想像はしているだろう。実際俺も考えてもその二つぐらいしか思いつかなかったのが事実だった。

次の一つは思い付きではなく、ある提案を受けて入れた候補だ。

 

「そして最後の候補として――UTX高校の屋上だ」

 

『UTXの屋上!?』

 

俺が提案したその内容に、皆が目を向けた。

 

「どういうことなの、遊弥くん?」

 

絵里からの問いかけに、あー、と目を反らしながら答える。

 

「これについては…実はつばさからの提案なんだよ」

 

つばさの名前を出した瞬間、全員がピクリと肩を反応させた。

 

「つばささん……? ゆうくんどういうことなの……?」

 

「いつの間につばささんと会っていたの、ゆーくん?」

 

「きちんと説明してもらえますか、遊弥?」

 

見事な連携で即座に俺を取り囲んだ幼馴染三人。俺は冷や汗だらだら掻きながら迫る三人を押しのけた。

 

「昨日の帰りに偶然会ったんだよ。別に示し合わせたとかじゃないから、何にもないから」

 

「本当に、何もなかったのね?」

 

「――ああ。話をしながら帰っただけだ」

 

向かいから睨みつけるような鋭い眼光を放つ絵里の追撃に俺は一瞬詰まるも何とか取り繕う。しかし、その一瞬を見逃すほど彼女たちは甘くはなかった。

 

「ゆうくん、嘘ついてる」

 

「嘘ついてますね。遊弥」

 

「ゆーくん、嘘ついてる時の声してる」

 

「………」

 

「遊弥くん、嘘つかない方が方が身のためやよ?」

 

「嘘なんかついてないっ!!」

 

「本当かしら?」

 

真姫を含め、一年生からも疑念の眼差しを受ける。

全部話してないだけで何一つ嘘は言っていない。だけどこいつらの察知能力は本当にどうなっているんだ。誤解するとかならまだしもいつも核心をついてくるのは本当に心臓に悪い。

 

「とにかく!」

 

俺は声を荒げて強引に話を打ち切る。

 

「今日はこれからつばさの話を聞きに行く。アポイントは昨日の話の流れでついてるから――行くぞ、UTXに」

 

 

 

 

 

そういって、俺たちはUTXのある秋葉原まで足を運んだ。

 

 

 

 

 

「さて、この辺で落ち合うつもりだったんだが……いないな」

 

「それはそうでしょ。こんな大勢の人がいる所に綺羅つばさが居たら騒ぎになるもの」

 

にこの指摘に失念していた俺は頭を掻いた。

 

「遊弥くん。とりあえず連絡してみたらどうかしら――連絡先は、知ってるんでしょ?」

 

「知ってるけど、なんでそこで睨んでくるんだよ。絵里」

 

「別に何でもないわ」

 

絶対あるような態度に、原因がわからない俺は息を吐いてスマホを取り出す。

 

「まあいい。少し待っててくれ。今つばさに連絡するから――」

 

 

 

 

 

「その必要はないわ」

 

 

 

 

 

声と共に俺のスマホは取り上げられた。

 

「……おいこら」

 

『……っ!』

 

現れたのは言うまでもなくA-RISEの綺羅つばさ。

 

「大声出しちゃ駄目よ、そんなことしたら大騒ぎになっちゃうから」

 

しーっ、と指を立ててウィンクするつばさ。

大声出そうにもいきなりの登場に驚いて声も出ない皆。対して俺はもうおなじみ過ぎて声より呆れしか出てこない。大方どこかでここら辺を見ていたのだろう。

 

「いたずらも大概にしておけよ。ほら、携帯返せ」

 

「ふふ。携帯を返してほしかったら、私を捕まえてみなさい。ちなみに――」

 

つばさは俺の携帯を勝手に捜査して俺だけに見えるように見せてきた。

 

「私を捕まえられなかったら、これがμ'sのみんなに見られることになるわよ?」

 

そこに映っていたのは、新幹線の中で寝ている俺に抱き着きながらツーショットをとっているつばさの姿。

ご丁寧に、俺が見ることのないフォルダの中にわざわざ新しく作成して保存していたようだ。

 

「じゃあね、待ってるわ。遊弥」

 

そういっていたずらっ子の笑みを浮かべながら、つばさはその場から人混みへとまぎれ走り去ってゆく。

 

「………」

 

そうか。そういうことをするのか。

 

「ゆ、ゆーくん…ぴぃ!!」

 

「上等だ。久しぶりにキレちまったよ。そっちがその気ならもう容赦せん」

 

「ゆ、遊くんが般若の顔に!」

 

「毎度毎度、誰をおちょくっているのか、思い知らせてやる」

 

助けてもらったり負い目があったりしてたから、あまり強くは出られなかったが、もうそろそろ反撃したっていいだろう。

 

「みんな。あのいたずら猫すぐに捕まえて連絡する。それまで喫茶店かどこかで休んでてくれ」

 

そして俺は人混みの間を縫ってつばさを追いかける。

 

 

 

 

 

それからほどなくしてつばさを簡単に追い詰めることができた。

 

「さて。覚悟はできてるんだろうな。つばさ」

 

「うふふ。何をされるのかしら、私」

 

何をされてもイニシアチブは取れると踏んでいるのか、ずいぶんと余裕なご様子のつばさ。

そんなつばさに俺は口を三日月のように歪ませ、笑う。

 

「余裕こいているのも今のうちだぞ。今からやるのは外面だけは完璧な我が義妹が、羞恥と痛みのあまり最終的に泣いて許しを乞うた奥義だ」

 

「へぇ、そうな――にゃっ!?」

 

笑みを浮かべるつばさとの間を俺は一瞬で詰め、俵を抱えるようにつばさを持ち上げた。

そして手ごろなところに腰を掛け、つばさを俺の太ももの上に乗せる。

 

「ゆ、遊弥? これは、まさか……?」

 

「つばさが悪いんだぞ。超えてはいけないラインを超えるから」

 

「ちょ、ま――」

 

「待たない。さあ、張り切ってまいきしょう。おしおきターイム」

 

「なんか白黒のクマの姿が見えたんだけど!?」

 

やかましい。つべこべ言うな。

俺は腕を上げて、突き上げられたそのお尻に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「に゛ゃぁぁあああああ――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――Eri side――

 

 

 

 

 

「どこに行ったのかしら、遊弥くん」

 

「うちの占いによるとこっちの方なんやけど」

 

走り去っていった方向を考えながら私と希は二人を探していた。

捕まえて戻ると遊弥くんは言っていたけど、心配でそのままにはできなかった。

 

「なんだか、嫌な予感がするのよね」

 

「遊弥くん、無茶してへんといいんやけど」

 

「たまにとんでもないことしでかすものね」

 

主に女の子の扱い方において。下手したらセクハラにとらえかねないような方面で。

私もなんだかんだこの前に喘がされたことあるし。肩もみだけど。健全なんだけど、彼のテクニックが半端なくて。

 

そうなる前に早い所見つけたいのだけれど――

 

 

――ごめんなさい遊弥!! ちょっとからかったりしていただけなの!

 

 

――写真ばら撒くって脅すことが、つばさの言うからかいか。そうなのか

 

 

 

 

「「……」」

 

路地裏から聞こえてきた女の子の叫びと、淡々と説教する男の子の声に、私と希は顔を見合わせる。

お互いに頷いて、急いでそこに向かうと本当にとんでもない光景が広がっていた。

 

 

「本当にばら撒くつもりで言ったわけじゃないの! 少しでもあなたの気を引きたくて、つい思いついただけなの!!」

 

「そもそも、寝ている人の携帯のロックを外して、一緒に写真撮ること自体非常識だとは思わんかね?」

 

「思います!! ごめんなさい!! 本当に反省してるし、二度としないからもうやめ――ひゃああん!!」

 

「ダメ。もう少し反省しないと許さない」

 

 

ぱちんっ、ぱちんっ、と破裂音のような音が鳴り響き、痛みに悶えながら涙を浮かべるつばささんと、悪魔の笑顔を作り、彼女のお尻を引っ叩いている遊弥くん。

 

「ひゃん! ひぅ!! うぅ……でも、ちょっと気持ちよくなってきたかも……?」

 

「勝手に気持ちよくなってんじゃないよ。まだ反省が足りないのか?」

 

「ひん! ごめんなさい!!」

 

恍惚の表情をし始めたつばささんを現実に戻すかのように叩く威力を強める遊弥くん。

かのトップスクールアイドルのあられもない痴態とそれを引き起こしている元凶に私たちは、

 

「な、な――なにをしているのよーーーーっ!!」

 

慌てて遊弥くんを止めるのだった。

 

 

 

 

 









いかがでしたでしょうか
もう一つの物語やサンシャイン、ごちうさなども含め、執筆中です。
興味ある方はぜひそちらの方も見ていってください。

今後ともよろしくお願いします。




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