戦姫絶唱シンフォギア 戦姫と鬼 (MHCP0000)
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プロローグ


久しぶりの投稿です。

よろしくお願いします。


 

古来から、日本において『怪異』と呼ばれてきたものは二つあった

 

一つは『ノイズ』。異相から現れ、人に触れるだけで炭にしてしまう能力を持っている

 

そしてもう一つは『魔化魍』。闇に隠れ人を襲う、古来から妖怪として人々に恐れられてきた。

 

 

これは、二つの『怪異』に立ち向かう、奏者と鬼の物語である

 

 

 

プロローグ

 

 

 

 

 

甘味どころたちばな

 

和風な街並みの中にたたずむ、老舗の茶屋であるのと同時に、魔化魍退治を使命とする『猛士』の関東における拠点である。普段はお客で賑わうこの店だが、今この日は休日なのか、暖簾は下げられ、客の姿はなかった

 

「これで今月三匹目か……」

「種類も季節もバラバラですね」

 

その店内には、五人の男女がいた。その中の一人が言うと、もう一人の、五人の中で最も若い男が言った

 

「今回はサバキさんに行ってもらいましたが、ここまで続くと、僕らが感知していないところでも魔化魍が出てるかも……。ヒビキさん、どう思います?」

 

名前を呼ばれた男は、腕組をして少し考えた後、答える

 

「……そうだな。イブキの言う通りだと思う。こうなると、一人常駐させたほうがいいのかもな……って、なんだよみんなそんな顔して。俺の顔に何か付いてるわけ?」

 

ヒビキの言う通り、他の四人は何故か笑顔でヒビキを見ていた

 

「別に。ただ、響鬼さんもそういうのが大分板に付いてきたなって」

 

二人いる女性のうち一人、立花香須実がそう言うと、

 

「そうそう。父上ほどではありませんが、頼りがいがでてきましたよ!」

 

香須実の妹である日菜佳もそう言った

 

 

「そう? まあ、鍛えてますから」

 

シュッとハンドサインを出しながらヒビキが言う。彼女たちの父である勢知郎が猛士の本部でもある吉野に行って以来、ヒビキが彼の後を継いで関東事務局長となっている。最も、鬼が一時的に不足すれば、自ら飛び出すほどに鬼の力は健在であるが

 

「でも、実際どうするっすか? まさかヒビキさんが出向く訳にもいかないし。それにあそこは、魔化魍だけでなくノイズもよく出るって聞いてますけど」

 

この場にいる最後の一人、トドロキがずれかけた話を戻す。彼の言う通り、今回は一時的な不足ではなく、その場にしばらく留まることになる。そうなると、事務局長としての立場である響鬼は行くことができない。五人とも、それぞれに考える

 

「あ、じゃあ彼に行ってもらうのはどうです? もう鬼の仕事にも慣れてきただろうし、次のステップに進むのもいいんじゃないでしょうか?」

 

ぽん、と手を叩きながら日菜佳が言う。他の人間も、日菜佳の言う『彼』が誰なのか見当がついたようだ。ただ一人、トドロキだけがまだなのか、周りを見回している

 

「そうね。報告書やヘルプに来てもらった人たちから聞いた話だと、もう一人で行動させてもいいんじゃないかって言う人も多いし。イブキ君はどう?」

「僕も問題なくと思います。あきらからもいい話を聞くことが多いですから」

 

香須実とイブキは、日菜佳の意見に同意する。だが、轟鬼は一人声を荒げた

 

「ちょっと待つっすよ! 彼ってまさか快翔のことっすか?」

 

ようやくトドロキも思い当たったようで、大きな声で場を制する

 

「俺は反対っす! 確かに快翔は実力的には問題はないかもしれないっすけど、あいつはまだ正式な鬼じゃないんすよ?!」

「と、トドロキくん、ちょっと落ち着いてください」

 

隣に座る日菜佳が、なんとか宥める。

 

「でも、トドロキくんの言うことも分かるわ。まだ修行中の子を単独で行動させるのって、昔はあったみたいだけど今ではほとんど無いし……」

 

香須実がトドロキの意見を肯定する

 

「そうっすよ! それにあの辺……リディアン音楽女学院前の辺りはノイズも大量に出るって」

 

ノイズ

猛士が専門とする魔化魍とは違い、一般的にも広く認知されているもう一つの『怪異』だ。専門でば無いものの、鬼の力を使うことで対処は出来るが、魔化魍のようには行かない

 

「実際の所どうなんですかヒビキさん。師匠として、弟子である快翔くんは?」

 

威吹鬼の問に、響鬼は考える。全員が見守るなか、響鬼はゆっくりと告げた

 

「……肉体的には問題はないよ。俺の贔屓目かも知んないけど、当時のキョウキと比べたら、多分快翔のほうがいい。トドロキの言うノイズも、戦闘経験はあったはずだ」

 

かつて育てた弟子と、今の弟子を比べる。キョウキには悪いと思ったが、実際彼本人からも、同じような報告が届いている。

 

「じゃあ……」

「けど!」

 

イブキとトドロキが同時に声を上げた。その後に続く言葉は、全員が分かっている

 

「(けど、あいつにはまだ一番肝心な部分がな……)」

 

ヒビキ自身、かなり迷っていた。もう送り出しても問題はない所まで来ている。だが、一つだけ、どうしても教え残したことがある。そしてそれは、ヒビキでは教えることができない。彼自身で見つけなければならないのだ、

 

 

 

時は来たと捉えるか、時期尚早と判断すべきか

ゆっくり考えたい所だが、事態はそうは行かない。それでも最大限熟考し、響鬼は答えを出す

 

「……卒業試験だな」

 

自分の弟子は、そんなにやわじゃない。

弟子を信じる。それが、師匠の出した答えだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日後 たちばな

 

 

「よし、準備オッケーだ。あきらさん、どうですか?」

 

開店前の店内で、荷物を前に少年が頷く。常駐任務は初めてで、出来るだけ荷物は減らしたつもりだったが、それでも目の前には少ないとは言えない量があった

 

「はい、バッチリだと思います」

「うん、それだけあれば十分だし、多すぎないね。なかなかいいラインをついてるんじゃないかな」

 

一緒に準備していたイブキと、隣にいたあきらと呼ばれた女性が頷くもオッケーを出す。

 

「じゃあ、荷物はオッケーですね。私は車に積んできます」

「お願いします……。イブキさん、手伝ってもらってありがとうございました」

 

少年、加々井快翔が頭を下げる

 

「気にすることはないよ。それより快翔くん、前にあったときより背、伸びたんじゃない?」

 

イブキは改めて快翔を見る。もう身長は175以上ぐらいはあるだろう。体つきも、3年間の鍛練の結果、かなりがっしりしている

 

「そうですかね? まあ、成長期なんで」

 

そう快翔は返す。実際、久しぶりに会う鬼たちはみなそう言う。17歳という快翔の年齢を考えると当然だろう

 

「そうだね……。っと、快翔くん、荷物のことだけど、車に載せてもまだ余裕はあるのかい?」

 

イブキが思い出したように言う

 

「え? はい、一応少し余裕はありますけど……。でも、もう持っていくものないですよね?」

「まあ見てなって」

「?」

 

快翔が不思議そうにしていると、ガラガラ!と音を立てて扉が開いた

 

「ま、間に合ったっす……!」

「と、トドロキさん? どうしたんですかそんなに慌てて」

 

驚いた快翔が言うと、轟鬼乱れた息を整えて言った

 

「何って、後輩の初陣だぞ? 激励に来たに決まってるじゃないか!」

 

そう言って、

 

「はいこれ、田舎のばあちゃんに頼んで送ってもらったんだ」

「あ、ありがとうございます……」

 

美味しそうな煮物だ。移動中に汁がこぼれてこないか心配だが、突き返すのも悪いので貰っておく

 

「んでこっちが、俺が昔着てた服。もう着れないけど、寝間着変わりにはなる。鬼は服がすぐ無くなるから多めに持っとけよ」

「は、はあ……」

 

知っているし、準備もしているのだが、断り切れないので受けとる

 

「んでこっちがお守り。この辺りの神社や寺から一つずつ買ってきた」

「えと、どうも……」

 

『交通安全』とか『商売繁盛』とか書いてあるが、気にせず手に取る。『安産祈願』もあった

 

「それからこっちが……」

「と、轟鬼さん! お気持ちは嬉しいんですが、さすがにこれ以上は車に載らないんでちょっと……」

 

懐から取り出した木箱を見て、遂に耐えきれなくなった快翔が止める

 

「ん、そうか……」

 

残念そうなトドロキを、イブキは笑顔で見ていた。どうやら、彼は予想がついていたようだ。先ほど言っていた荷物の話はこの事だろう

 

「快翔、もし何かあったら、いつでも呼ぶんだぞ。必ず助けに行くからな」

 

真正面から快翔を見据えトドロキが力強くそう言うと、威吹鬼も頷く

 

「無理だと思ったら直ぐに退くこと。まずは自分が最優先。あんまり無茶して、あきらに迷惑かけないようにね」

 

「はい。トドロキさん、イブキさん、ありがとうございます」

 

二人から激励を受けたところで店の奥から香須実、日菜佳、あきら、そして快翔の師匠であるヒビキが出てきた。

 

「快翔くん、積み込み終わりましたよ」

「いつでも行けますよ!」

 

あきらと日菜佳にありがとうございます、と挨拶して、快翔はヒビキの前に立つ

 

「ヒビキさん、最終試験必ず合格します」

 

二日前、快翔はヒビキから今回の任務を言い渡されていた。そしてこれが、鬼になる最終試験であるということも

 

「おう。カッコいい名前考えとくからな。無駄にするなよ。あと、勉強もちゃんとな」

 

ヒビキもそれに答え、いつものように返事をする

 

「~~~! 快翔~~!」

 

とうとう我慢できなくなったのか、トドロキが泣きながら快翔に抱きつく

 

「ちょっとトドロキくん! せっかく師匠と弟子の感動シーンだったのに~」

「全く、自分より後輩が一人立ちするときはいつもこうなんだから」

 

日菜佳が引き剥がし、香須実が呆れてため息をつく。一瞬、場が和やかになったところで快翔とあきらが出口に向かい、手前で振り替える

 

ヒビキ、イブキ、トドロキ、香須実、日菜佳が並んで見送る

 

カッカッと香須実が火打ち石を二度打ち鳴らす。出撃の合図だ

 

「行ってきます!」

「皆さんもお気をつけて」

 

快翔とあきらがそう言って店を出て、止めてあった車に乗り込む。あきらが運転席、快翔が助手席だ

 

「じゃあ、行きますよ」

「はい!」

 

車が走り出す。

 

一人の鬼と、まだ見ぬ奏者たちが奏でる物語は、こうして幕を開けた

 





投稿はゆっくり目です。ご容赦ください。


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第一話 始まる物語

プロローグも投稿しているので、そちらもご覧になってください


『俺を鬼にしてください』

 

4年前のあの時の事は、今でも鮮明に覚えている。

見舞いに来てくれたあきらさんとイブキさんに告げたあの言葉。

 

『もう誰にも、俺と同じ気持ちを味わって欲しくないんです』

 

それは本当だった。目の前でよくわからない『モノ』にされた両親。そんなものを見るのは、俺一人で十分だ。

 

だけど、それだけじゃなかった。

あのときの俺の中には、魔化魍に対する『憎しみ』があった。

 

そしてそれは、4年経った今でも、完全には消えていなかった

 

 

 

 

 

 

第一話 始まる物語

 

 

 

 

 

 

「快翔くん、もうすぐ着きますよ」

 

あきらにそう言われ、快翔は目を開けた。どうやら眠っていたらしい。

 

「よく眠っていましたね」

「すみません、昨日なかなか寝付けなくて」

 

あやまりながら寝ぼけた頭を起こす。普段は助手席でも平気なのだが、昨夜は荷造りに時間がかかったため、床についたのは普段よりも2時間ほど遅かった

 

「流石の快翔くんも、最終試験とあっては緊張してますね」

「ん、まあ、そうみたいです……」

 

運転しながらあきらが笑う。同年代の子供と比べれば幾分成熟した感じのある快翔でも、年相応な所があるらしい。恥ずかしそうにしながら、返事をする

 

「最終試験もですが、何分一人で任務に当たるのは初めてなもので」

「そうですね。でも、快翔くんなら大丈夫ですよ。他の鬼の皆さんも一人前だっておっしゃってたじゃないですか」

 

ちょうど赤信号で車が止まったので、あきらは快翔に笑顔を向けながら励ます。

 

「ありがとうございます。あきらさん」

 

快翔も笑顔で返す。出会ってすぐのころは、こうやって笑いかけられると快翔はなかなか上手く返せなかった。というのも、目の前の女性、天美あきらは紛れもなく美人なのである。まだ思春期が始まった頃の快翔にとっては、気恥ずかしさのせいで目を合わせることもできなかったほどだ

 

「ここですね。快翔くん、着きましたよ」

「あ、はい。ええっと、部屋は502でしたっけ?」

「そうですね。じゃあ、荷物を下ろしましょう。私が車から下ろすので、快翔くん、運んでもらえますか?」

 

とあるマンションの前で、あきらが車を止め、荷物を下ろしていく。いくつか下ろしたところで、快翔が持てるだけ持つと、

 

「じゃ、ちょっと運んできます。あきらさんはあと自分の分だけ持って上がって下さい」

 

と言って、両手一杯の荷物を持ってマンションに入り、階段をかけ上がる

 

「あら、お引っ越しですか?」

「はい、今度502に引っ越してきました。よろしくお願いします!」

「ご、5階?!」

 

階段で挨拶をした、古雑誌を捨てに行こうとしていた主婦が驚く。このマンションには、エレベーターが勿論ある。

 

にも拘らず、目の前の少年は両手に荷物を抱えものすごい勢いで階段をあがり、そのまま3つ上の5階まで上がろうと言うのだから当然だろう

 

「まあ、力持ちなのねえ」

「はい、鍛えてますんで!」

 

主婦の嘆息に師匠の言葉を借りて返事をすると、快翔はまた階段を登りだした。5階に着くと、すでにあきらがいた。こちらはキャリーケース一つで、エレベーターで上がって来たのだろう

 

「お疲れさまです。じゃあ、開けますね」

 

階段から現れた快翔に驚くことなく、あきらは部屋のカギを開けた。

 

「うわ、結構広いですね」

「そうですね。家具も一式有りますし、特に不便は無さそうです」

 

快翔の驚きの声に、あきらが返す。快翔の言った通り、二人で暮らすには十分過ぎるほど大きな部屋だ。

 

「常駐の時って、こんないい部屋が宛がわれるんですか?」

「いえ、私も常駐は初めてなので、わかりません」

「……あ、そう言えば、常駐って最近できたんでしたっけ」

 

快翔が思い出したように言う。『常駐』とは、魔化魍の出現が頻繁、或いは特異的な場合に、該当地域にその都度鬼を派遣するのではなく、拠点を構え一定期間鬼をその地域を担当させる仕組みである。

 

このシステムは響鬼が事務局長になるのと同時期に出来たものであり、一時的に猛士から離れていたあきらも、経験はしたことが無いようだった

 

「ええ。私が以前威吹鬼さんといたときはありませんでしたし、猛士に戻ってからは快翔くんと一緒にいましたので」

 

そう言いながら、あきらは部屋をチェックしていく。足りないものが無いか確認しているようだ

 

「ええ。特に不足しているものは無いみたいです。私はこちらの部屋を使いますが、いいですか?」

「はい、じゃあ、俺はこっちで」

 

クローゼットのある部屋をあきらが、玄関に近い部屋を快翔が使うことになったようだ

 

「ありがとうございます。では、私は荷ほどきをします。30分ほどしたら、お昼ご飯にしましょう。どこかに食べに行って、その帰りにいろいろ買い物をして帰ると言うことで」

「了解しました。じゃ、また後で」

 

そう言ってあきらが部屋に戻ったのを見て、快翔も自室に戻り、荷ほどきを始める

 

「つってもなあ。俺の荷物は服を整理するだけだし」

 

女性のあきらと違い、男の快翔の荷物整理は少ない。服の整理にしても、何故か準備されているカラーボックスに移していくだけだ

 

「というか、何でカラーボックスが……。猛士って、わりと細かいところまで手が回ってるよな」

 

きっと、機転のきくメンバーがいるのだろう。整理をしていって、ふと出かける時に轟鬼からもらった服の入ったビニールバッグに目がいく

 

「そう言えばこれも整理しなきゃ」

 

言いながら袋を開け手を突っ込むと、中には明らかに服ではない感触があった

 

「なんだこれ? ……本か?」

 

中から出てきたのは本だった。どうやら雑誌らしい。裏表紙でタイトルがわからなかったのでひっくり返すと、表表紙にはでかでかと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イチャイチャ! 巨乳パラダイス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エロ本だった

 

 

 

 

 

「トドロキさん……」

 

この本を仕込んだ先輩の名を呼び

 

「ありがとうございます!」

 

パン!と手を合わせて頭を下げる

そして携帯を手に取り、敬愛すべき先輩に電話をする

 

『おう快翔、もう着いたのか』

「はい、ところでトドロキさん、俺の手元にあるブツなんですが……」

 

具体名は出さなかったが、それだけでトドロキには伝わったようだ

 

『ああ、気付いたか。あきらが一緒に準備するって言ってたから快翔は入れれないと思ってな。俺が準備してやったぞ』

「トドロキさん、俺、トドロキさんの後輩で良かったです」

 

いくら鬼として修業したとしても、快翔とて今年で17歳の健全な男子である。勿論我慢出来るが、有れば有ったで嬉しいに決まっている

 

『そりゃ良かった。快翔の趣味が分からなかったから、どうかと思ったけど』

「いや、もう最高っす。どストライクっす」

 

思わずヒビキに対するトドロキのような口調になりながらペラペラとページを捲る。そこには、確かにパラダイスがあった

 

『とにかく、あきらにバレないようにな』

「ええ、ちゃんと隠しときます」

「何を隠すんですか?」

「そりゃこの…………本……」

 

振り向いてはいけない。快翔は本能でそう悟った。

だが、背後から感じる圧倒的なオーラはそれを許さなかった。ゆっくりと、後ろを振り返る

 

「…………」

 

そこにいたのは他でもない、天美あきらその人だ。、だがどうしたことか、いつもの見る人すべてを癒すような笑顔は無い。氷のような瞳が見据えるのは、快翔と、その手の中にあるパラダイスだ

 

『ん、おーい快翔? どうした? そんなにいいページがあったのか?』

 

のんきな声を他所に、あきら歩みより、快翔の手から携帯を奪う。その間、快翔は全く動けない

 

『どんな写真だ? 俺にも写真送ってくれよ』

 

もちろん電話の向こうの轟鬼は、それに気付かない。怒りを抑えて、あきらは電話に告げる

 

「……この事は日菜佳さんに報告します」

『え、あきら?! ち、違うっす、これは……』

 

返事も聞かずに電話を切ると、あきらは快翔に告げた

 

「その本、どこに隠すんですか?」

「……すぐに下の雑誌置き場に捨ててきます」

 

幸い、回収には間に合ったようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「快翔くんも男の子ですから、別にそういった本を持つな、とは言いません」

「はい……」

「ですが、せめて快翔くんが自分で買えるものにしてください。まだ17歳なんですから」

「反省しております……」

 

昼食に向かう車の中で縮こまる快翔。端から見れば、年の離れた姉が弟をしかっているようにも見えるだろう。車の中なので誰も見ていないが

 

「まあ、今回はトドロキさんにも責任があるのでこの辺にしておきます……お昼はここにしましょう」

 

そういって車を駐車場にとめ、すこし歩くとそこは商店街だった。なるほど、ここなら昼食を食べた後、そのまま買い物ができる。そして二人の前にあるのは

 

「お好み焼き、ですか」

「ええ。先ほど通ったときに、美味しそうだなと思ったんです」

 

『ふらわ~』と書かれた看板の建物は、外にいる快翔にもその食欲をそそる香りを与える。

 

「では、入りましょう」

 

からから、と引き戸を開けると、中からは「いらっしゃ~い」と威勢のいい女性の声が聞こえてきた。席は空いているようだったので、二人であることを伝えて座る

 

「はい、ご注文は?」

「えっと、この肉玉そばを。快翔くんも同じでいいですか?」

「はい。お願いします」

「はいよー」

 

お好み焼きが出てくるまで、快翔はテレビに目を向ける。そして、思い出したように呟く

 

「あ、しまった。今日発売だった」

「何がですか?」

 

昼のワイドショーでは、今日発売されるCDについて情報が流れていた。快翔の声に反応して、あきらもテレビを見る

 

「風鳴翼、ですか…。そう言えば快翔くん」

「はい、ファンです。ついでに言うと、ファンクラブ会員です」

 

風鳴翼と言えば、知らない人などほとんどいないトップアーティストだ。年は快翔より一つ上の18歳。

 

「こっちに来る準備ですっかり忘れてた」

「忙しかったですもんね。準備で」

 

 

 

「はいよ、肉玉そばお待ちどうさま」

 

そこに、出来立てのお好み焼きが運ばれてくる

 

「買い出しが終わったらCDショップ回ればいいですよ。まずはお昼ご飯を食べましょう」

「そうですね。じゃ、いただきます」

 

快翔とあきらは、できたてのお好み焼きへと橋を伸ばした

 

「それにしても、快翔くんは変わっていますね。音楽は、最近はダウンロードで手軽に手に入るのに、わざわざCDなんて」

 

あきらが不思議そうに言う

 

「まあ、そうなんですけどね。でも、ファンクラブ会員がCD買うと色々特典がすごいんですよ」

 

おお好み焼きを食べながら快翔が返事をする。彼の狙いは、特典のCDにあるようだ

 

「ま、あきらさんの言う通り、CD買う人は少ないので俺みたいな人間にとっては特典がもらいやすいんですけどね」

 

そう言いながら快翔はまたお好み焼きを口に運んだ

 

だが、彼は忘れていた。ここから一番近い学校はリディアン音楽高校であり、そこは風鳴翼の通う学校である。

 

つまり、自分のような『熱狂的』なファンは、他の地域に比べると多いと言うことを。

 

 

 

 

 

「ま、また売り切れか」

 

時刻はながれて夕暮れ

買い出しを終えた快翔は、あきらに先に車で戻ってもらい一人CDショップを巡っていた。

 

「全部売り切れってどういうことだよ…」

 

だが、さすがはトップアーティスト、どこの店でも快翔が探している初回限定版は売り切れとなっている

 

「他にCDショップは…」

 

快翔は自分の携帯を使って調べる。すると、店内から一人の少女が出てきた。学校帰りなのか、制服を着ている

 

「は~あ、やっぱりどこにも売ってないよ~…。翼さんのCDどうしようかなあ…」

 

どうやら、快翔と同じものを探していたらしい。何となく親近感がわき、話しかけてみようかと思った

 

「もしかして君も風鳴翼のファンなの?」

 

うつむいていた少女は顔を上げる。ショートカットの、活発そうな少女だ

 

「もしかして、お兄さんもですか?」

 

 

 

 

 

 

これが、鬼になりたいと願う少年と、後に奏者となる少女の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




簡単にですが用語解説をつけていきます。登場人物紹介などもこちらで行っていきます。また、用語解説は不定期です


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用語解説その①

用語解説です




●加々井 快翔(かがいかいと)

17歳 175cm75kg

本作の主人公でヒビキの3人目の弟子。宗家の家系の生まれで、自身も親の後を継ぎ鬼になることを決め修行をしていたが、親が魔化魍の犠牲になって以来、ヒビキに師事している。これまでは他の鬼のヘルプに行くことが多かったが、今回の常駐任務においてはじめてサポートを連れての単独任務にあたる。修行中なので鬼の名前はまだないが、この任務をこなしてヒビキ認められれば、正式な鬼として扱うことをヒビキと約束している

 

●天美あきら

27歳。一度は猛士を離れていたが、とある事情により快翔がヒビキの弟子になるのと同時に猛士に戻ってきた。現在で快翔のサポートを務めている。高校生のときからのミステリアスな雰囲気に加え大人になり落ち着きも出てきており、猛士の若手のメンバーの中でも人気がある。一次師弟関係だったイブキとの関係も良好である様子

 

●ヒビキ

42歳。豊富な戦闘経験をもつベテランの鬼も、2年前には40歳に突入し、いよいよ上がりを迎えた。勢知郎が吉野に在籍するようになるのと同時に、関東事務局長としての地位に史上最年少で就任した。本人は短期間ならまだ戦えると言っており、万が一鬼に不足が出るような事態になればいつでも現場に出る気でいる。関東には、彼を慕っているものが多く、代替わりした若い鬼たちにとっては伝説となっている

 

●ノイズと魔化魍

ノイズと魔化魍は人間に害となる点では共通しているが、いくつかの点で異なる。まず初めにノイズが一般に認知されているのに対し、魔化魍は認知度は低い。次にその出現場所である。魔化魍が山間部など人里離れた場所に出現することが多いのに対し、ノイズはその出現場所の多くが市街地である。そのほかにも大小さまざまな差異があると考えられている

 

●常駐任務

猛士内に最近設定された任務の形態。通常協力者の連絡を受けて該当地区に鬼が出向かう方法をとるが、特定の場所に連続、あるいは異常発生する場合には一人の鬼を長期間配属する形をとる。協力者からの連絡から鬼の派遣まで短期間で行えるが、長期的な任務になることも多いため滅多にとられることはない

 

●肉玉そば

豚肉+たまご+そば。広島風お好み焼きの基本である。キャベツの盛り方を見る限り、ふらわーで提供されているのは広島風だと思われる。関西風と違い、そばが入っているのが最大の特徴。かなり腹にたまるので、ご飯を一緒に頼む人は少ない。そばは基本中華麺だが、うどんをいれる人も多い。

 

●いちゃいちゃ巨乳パラダイス

男の夢。以上。



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第二話 目覚める鼓動

お気に入り登録してくださった方、ありがとうございます

それでは第二話です。


「へ~。じゃあ、快翔さんは今日この街に引っ越してきたんですか?」

「う、うん。親の都合でね。えっと、立花さんはその制服は…」

「はい、リディアンに、今年入学したんです! ていうか快翔さん、私のことは響でいいですよ」

「そ、そうか…」

 

CDショップで知り合った少女と快翔は帰る方向が同じということで一緒に歩いていた。道すがら互いに自己紹介した

 

「(まさかヒビキさんと同じとはなあ)」

 

少女の名前は立花響というらしい。下の名前で呼んでくれといってきているが、快翔としては別人とはいえ師匠と同じ名前は呼び捨てにはできなかった。立花だと、日菜佳や香須実と被るが、下の名前で呼ぶよりマシだ

 

「ま、慣れたらそう呼ぶよ」

 

快翔は、そう言って誤魔化すのが精一杯だった

 

 

 

 

 

 

第二話 目覚める鼓動

 

 

 

 

 

 

「それでですね、その未来がですね……」

 

初対面の人相手に、よくこれだけ喋れるな、と立花響は我ながら感心した。

 

目の前の加々井快翔と名乗った少年は、不思議な感じのする少年だった。自分と同じく風鳴翼のファンだということ、特典目当てで、今はダウンロードに客を取られたCDを求めていたものの、売り切れで買えなかったこと。本人から聞いたことはこのくらいなのに、まるで以前から知り合いだったかのような安心感がある

 

あらためて響は快翔を見る。年はわからないが、自分とはそう離れていないだろう。身長は同年代の平均よりも高いだろう。響とは、頭一つぐらい違う。顔立ちはテレビで見るようなアイドルのようなイケメンではないが、少なくとも響の基準で言えば十分にカッコいい部類だった。

 

 

 

 

「ん、どうかした? 立花さん」

「い、いえ! 何でもないです。それよりもですね、こないだもうちの未来が…」

「立花さんとその未来ちゃんはとても仲がいいんだね」

 

自分が喋って、快翔が相槌を打ち、また自分が話をする。聞いている快翔も、彼女の話を聞くのはそれなりに楽しんでいたが、あまり表情が変化しないので響はそこまで気が付けなかった。

 

「(でも、何で私のこと名前で呼んでくれないんだろう? 未来のことは名前で、私も名前で呼んでるのに)」

 

自己紹介したとき、彼は一瞬驚いた表情になり、それからずっと自分のことは立花と名字でよんでいる

 

「(も、もしかして私、面倒くさがられてる?)」

 

本当は知り合いにいるからなのだが、そんなことは知らない響は、状況を打開しようと周りを見回し

 

「あ……」

 

山と積もった『灰』が目に入った。一ヶ所ではない。そこかしこに山があった。これが何を意味するか、響は、いや、この世界に住む人間はみな知っている

 

「立花さん」

「は、はい!」

 

当然、快翔にもわかっているはずだ。ノイズに対抗策はない。遭遇してしまった時にできることは、ただ逃げること。時間がたてば、ノイズは自壊し炭になる。だから、すぐに逃げなければならない

 

「俺から離れないで」

 

だが、快翔はちがった。焦っていた響とは違い、まるで何の問題もないような落ち着いた声でそういった。その横顔は、先ほどまでとは違い獲物を探すような目つきだった。だが、それでも先ほどまでの他人を安心させるような雰囲気は失われていなかった

 

 

 

 

 

魔化魍だったらもう少し早く気付けたんだけどな、と快翔は小さく舌打ちをした。

 

魔化魍は、周囲にいると何となく気配を読める。だがノイズはそうはいかない。今この瞬間、曲がり角を曲がり灰の山を見るまで気が付かなかった

 

「(まずはこの子を逃がさないと)」

 

スッと腰の装備帯に手が伸びる。出来るだけ隠したいが、いざとなってはそうは言ってられない。快翔が覚悟を決めたその時だった

 

『きゃあああああああああ!!』

 

どこかで悲鳴が聞こえた

 

「ッ!!」

「あ、オイ!!」

 

その瞬間、隣にいたはずの響が悲鳴の聞こえた方へと走っていった。快翔も慌てて後を追う

 

 

しばらく走った先にいたのは、小さな女の子だった。周囲に人影はないがノイズもいない

 

「(母親とはぐれたか、それとも…)」

 

ゾワリ、と悪寒が背筋を走る。

 

「どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」

 

響が問いただすと、少女は小さく首を横に降振り

 

「お使い、一人できた。逃げてたら転んじゃった……」

 

見れば、膝には確かに擦りむいた後がある。どうやら、自分が考えた事態は怒っていないらしい、と快翔は安心して息を一つついた

 

「そっか、じゃあ。お姉ちゃんと一緒に逃げよう!」

 

そう言って響は、少女の手をとって走り出す。その先は、自分達がきた方向ではない

 

「あ、待って立花さん!」

 

快翔がまた慌てて後を追う。が、快翔は嫌な予感がしていた

 

「(ここまで走ってきたけど、まだノイズは見てない。そうなると……)」

 

 

裏路地を抜けたところで、三人は立ち尽くす。目の前には用水路。そして両の壁には

 

「ノイズ…」

 

一面にノイズがいた。慌ててきた道を引き返そうとするが、そこにももうノイズが迫っている。残された道は、目の前の用水路だけだ

 

「立花さん! その子を連れて飛び込むんだ!」

 

快翔の指示と、響が行動するのは同時だった。女の子を抱き抱えると、ためらいなく用水路へ飛び込み、流れに乗って流されていく

 

そして、水の流れる音の中で響は、

 

キイーーーーーン……と、

 

澄んだ金属音が聞こえた気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響に指示を出すと同時に、快翔は腰から音角を取りだし、手近な壁を叩くと、その音が鳴り止まぬうちに額の前へと持っていく。すると、快翔を炎が包む

 

「~~~~~~~…ハァッ!」

 

バッと右手を振り、炎を振り払う。そこには、快翔の姿はなく……

 

 

 

古来より人々を守ってきた、『鬼』の姿がそこにあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざっと30体ってところか」

 

腰から音撃棒『烈光』を二本抜き、両手に構える。この程度なら、俺一人で対処できる。

 

魔化魍に比べ、ノイズには清めの音を必要とする量が少なくて済む。その分、大量に出るのでプラマイゼロだが

 

「おら!」

 

手近な一体に当たりをつけ、明月を叩き込む。ダン!という強い音とともに、ノイズが崩れ落ち、灰になる。魔化魍に比べて脆いので手応えがないのが気持ち悪い

 

「はああ!」

 

そんな不快感を掻き消すように、ノイズの群れへと飛び込み、明月を振るう。一振り、また一振りと、確実にノイズの数を減らしていく

 

物量で攻めてくるノイズは、体力勝負なところがある。だけど、そんなのはお構いなしだ

 

「こっちだって、鍛えてんだよ!」

 

 

 

 

 

 

結局ノイズを倒すのに要したのは30分ほどだっただろうか。俺の回りにはノイズの影はなく、大量の灰がぶちまけられていた

 

「ふう」

 

一息ついて、顔のみ変身を解除する。何気に、これがまた難しい。轟鬼さんなんかは、思いっきり外で素っ裸になったことがあるらしい。自分で笑いながら言っていた

 

「っと、このままじゃ帰れないよな…」

 

さっさと家に帰りたいところだが、今の俺は首から下は鬼の状態である。さすがにこの格好で大通りを歩く訳にはいかない

 

「しゃあない。迎えに来てもらうか」

 

腰から円盤を取りだし、音角で叩く。すると、溝に沿って分解されていき、やがてそれは『鷹』のような姿になる。俺たち鬼の使う式神、『ディスクアニマル』のうちの一種類、『アカネタカ』だ

 

「よろしくな!」

 

俺の声に反応し、一鳴きすると、家の方角へと飛んでいく。しばらく待てば、あきらさんが来てくれるだろう

 

「それにしても……」

 

夕方に会った、彼女のことを思い出す。いきなり走り出したのにはビックリした。彼女が話してくれたことから、ずいぶんアクティブな子だとは思ったけど、まさかあそこまでとは

 

「上手く逃げられたかな……」

 

用水路の流れに乗れば、ノイズはそう簡単には追って行けないだろう。逃げれる確率は高いはずだけど……

 

ふと、用水路の流れの先に目をやると、その先の建物の屋上で、強烈な光の柱が立ち上った

 

「?! なんだあれ!」

 

見てしまった以上、放っておくことはできない。そうするには、明らかな異常だった

 

「行くしかないか」

 

アカネタカは、俺の所に戻ってくる。それは俺が移動していても同じだ。それについてくるあきらさんも、俺のことは見つけられるだろう。

 

俺は再び顔も変身し、光のビルへと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうダメかもしれない

 

立花響は、直感的にそう思った。

 

ここまで、背中に少女を背負って逃げてこれたこと自体が奇跡に近いものだったのかもしれない。

目の前には、この狭い屋上から逃げ出すには多すぎる数のノイズがひしめき合っていた。

 

「お姉ちゃん…」

 

ギュッと、ここまで背負って逃げてきた少女が響の制服の袖を握る

 

「(そうだ、何か私にできることを…!)」

 

響のあきらめかけていた心が、再び動き始める。あの日、あの惨劇の場で、確かにもらったあの言葉は、決して消えることなく響の中にあった

 

「生きるのをあきらめないで!」

 

それは、腕にしがみつく少女に言ったものか、それとも、自分に向けて言ったことだったのか、響自身にもわからなかった。

 

 

 

ただ、確かだったのは、

 

 

~Balwisyall Nescell gungnir tron~

 

 

彼女の中に、『生きることをあきらめない』力が目を覚ましたことだった

 

 

 




聖詠はセリフだから問題ないよね?


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第三話 交わる運命

お待たせいたしました。第三話です


「ガングニールだと?!」

 

叔父様、風鳴指令の声を聴いて、私は思考が急速に冷え込むのを感じた

 

第三号聖遺物ガングニール

 

二年前のあの日、私の力が足りなかったばかりに失われたはずだった。その装着者の命とともに

 

だが、モニターに映るのは紛れもないガングニールのデータだった。そしてそれをまとうのは、今日の昼、学校の食堂で語りかけてきた少女だった

 

それを見た瞬間、つい一瞬前まで冷え切っていた思考が、今度は加速度的に熱を帯びる

 

「(それは…奏のだ……!)」

 

彼女にどんな事情があるのかは知らない。だが私にとって、『奏のガングニールを他人が身にまとっている』という事実は、到底受け入れられるものではなかった

 

 

 

 

 

第三話 交わる運命(さだめ)

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで? 私、どうなっちゃってるの?」

 

響は状況が把握できず、思わず叫んだ

 

胸に浮かんだ、今まで聞いたこともない、歌詞の意味さえも分からない、不思議な歌。それを口ずさんだ瞬間彼女の意識は一瞬消えた。次に彼女に意識が戻った時、身にまとっていたのは今までのリディアン学生服ではなく、機械的なパーツをまとった不思議な格好だった。

 

「お姉ちゃんカッコイイ~!」

 

響を現実に引き戻したのは、ここまで一緒に逃げてきた少女の声だった

 

「(そうだ…今私がしなきゃいけないこと…。この子を助けなきゃ)」

 

胸に浮かぶ歌詞を、流れるメロディに乗せる。ノイズを目の前にした今の状況において、歌を歌うという行為は適切とはいいがたい。だが、響は本能的に、それが当然であると感じていた。何より、歌詞の一つを口にするたび、全身に力がみなぎるような気がした。

 

しゃがみ、そばにいた少女を抱きかかえる

 

「~~~~~~~!」

 

ノイズが一斉に襲い掛かる。響はそれを見据え、タイミングをとり地面をける

 

「う、うわあ?!」

 

響は駈け出したつもりだった。だが、その体は響の予想を超え、ビルの屋上から大きく飛び出る。つまり跳躍だ。もっとも、人間の跳躍とは距離も高さもかけ離れているが

 

何とか体制を立て直し、着地する。胸に抱え込んだ少女も無事なようだ。

 

「!!」

 

地面に降りた響を追って、屋上からノイズが降ってくる。なんとかかわすが、飛躍的に上昇した身体能力をコントロールしきれず、地面をけるたびにピンボールのように体が跳ねる

 

何とか壁からせり出したパイプをつかみ一息つく。しかし、視線を横に移せば、今までどこに隠れていたのか大型のノイズが自分を狙っている

 

「飛び降りろ!」

 

声が聞こえるのと同時に、響はパイプから手を離し壁をけり、地面に着地する。同時にどこかからとできた火炎弾のようなものが大型ノイズに直撃し、ノイズが怯む。

 

「今の声はいったい…?」

「立花さん、後ろだ!」

「!!」

 

聞こえてきた声に疑問を持つ響だが、同時にまた同じ声が聞こえる。後ろを見れば、ノイズが迫っていた。反射的に、右の拳を振り回す。

 

いったい自分の拳にどういう力があったのか響にはわからない。だが、その拳はノイズを砕き、炭へと変えていた。

 

「(わ、私が倒したの…?)」

 

混乱する響。だが、目の前にはノイズはノイズの壁。その壁の向こうから、光が見えた。

その光はバイクだった。逃げるでもなく、ノイズの群れを潜り抜けると、響とすれちがう。ヘルメットをかぶっていないその運転手のことを、響はよく知っていた

 

「(翼さん?)」

 

そのバイクの運転手、風鳴翼は響とすれ違った後も全く減速することなく大型ノイズへと突き進み、激突する寸前でバイクから飛び上がり、

 

 

 

~~Imyuteus amenohabakiri tron~~

 

 

 

短い歌を歌いながら着地する

 

「呆けない! 死ぬわよ!」

 

翼はそういい、一度高いビルのほうに視線を向け、

 

「あなたはそこでその子を守っていなさい!」

 

そう響に言い残すと大型ノイズに向け走り出す。瞬間、翼の姿が光に包まれ、その光が晴れたときには翼の服装は変わり、響と同じようなスーツをまとっていた。同系統だが、デザインは大きく違う。響がオレンジを基調としているのに対し、翼がまとっているのは青。それ以外にもいくつか違うところはある。何より目立つのは、両足の外側に装着されたブレードだった。

 

さらにもう一振り、脚部の走行から長刀を取り出し、ノイズの群れへと飛び込む。

 

翼の戦いは、見事というほかなかった。響が力に振り回されているのに対し、翼はその力を手足のように操っていた。生成された大小多少の剣を駆使し、堅実に、効率的にノイズを倒していく。

 

「立花さん、伏せろ!」

 

翼の姿を呆然と見ていた響は、後ろからの声で振り返る。すぐそばに、上から覆いかぶさるように響に襲い掛かる大型ノイズの姿があった

 

「……ッ!!」

 

とっさに、少女をかばうように響が抱きかかえ、衝撃を覚悟する

 

「どりゃああ!!」

 

目をつむった響の耳に力強い雄叫びとダダン!という打撃音、そしてザシュ!という斬撃音が聞こえてきた

 

「……?」

 

覚悟していた衝撃が来ないことに響は恐る恐る目を開けると、傷ついた大型ノイズの姿があった。胴体には大きな剣が突き立っており、頭部には何かで叩かれたような跡があった。そして、二種類の傷に合わせるように響の目に入ったのは、二人の人影だった。

 

一人は自分と似た服装の風鳴翼。そしてもう一人は…

 

「……お、鬼?」

 

響は『それ』を形容する言葉を持っていなかった。ただ、頭部からそそり立つ二本の角を見てそうつぶやいた。響自身、そんなわけはないと思った。鬼なんて、所詮創作の中の存在だと。

 

だが、その響の印象は正解であり、その呼称もまた、正しいものだった

 

 

 

 

 

 

 

 

ノイズが消滅したのを確認すると、翼はまるで重力を感じさせないような身軽さで剣から降りる。普段なら後のことを特別災害対策機動部のスタッフに任せて上がるところだが、今回はそうはいかない翼はその理由の一つを見る

 

第三号聖遺物、ガングニール

 

翼の以前のパートナー、天羽奏が身にまとっていたそれを身にまとう少女。見れば、昼に学校で話しかけてきた少女のようだ。こちらには個人的に問いただしたいことはあるが、さしたる脅威ではない。先ほどまでの戦闘でわかっている。問題はもう一方だ。

 

『翼、今緒川がそっちに向かっている。それまでそいつを逃がすな』

 

耳のインカムから、特委災害対策機動部二課の指令、風鳴弦十郎から通信が入る。翼は改めて意識を『それ』に向けた

 

既に日は落ちているものの、かすかな明かりさえも反射するその身体。顔を覆うマスク。そして頭部から突き出た二本の角

 

「(鬼、か…)」

 

翼は目の前にいる『それ』に心当たりがあった。以前、弦十郎から聞いたことがあった。世界中で出現するノイズに対し、そのほとんどが日本のみで見られる魔化魍と呼ばれる存在。そして、それに対抗する力である『鬼』

 

「(話には聞いていたけど、この目で見るのは初めてね)」

 

自分と同じ、脅威から人々を守るもの。だがその姿は、自分と比べるとより禍々しいものだった。姿だけ見れば言葉さえ通じるかどうかわからない

 

「あなたは、鬼ね?」

 

だが、翼はそれが化け物ではなく、極限まで鍛えた人間の行き着く姿の一つであるということを知っていた。だから話しかける。答えが返ってくると信じて

 

 

 

 

 

「(やっちまった……)」

 

一方、翼が刀を突きつけている『鬼』、快翔は困っていた

立ち上った光のほうに来てみれば、そこには『変身』した響がノイズに襲われていた。思わず声を出してフォローしてしまった。そこまではよかったのだが、次に来た人間が問題だった

 

「(風鳴翼……本物だよな)」

 

改めて目の前の翼に目をやる。今すぐに切りかかってくる様子は無さそうだが、もしこちらが逃げようものなら、容赦はしないだろう。

 

「(さて、どうするかな……)」

 

翼は先ほど、特異災害対策機動部と言った。政府の組織、つまりは公的機関だ。この街で活動するにはもめるのは得策ではないだろう。かと言って、進んで正体を明かすのはどうか

 

「あなたは鬼ね」

 

迷う快翔に、翼が静かな声で話しかける。その確信を持った言葉は、嘘をつくことは許さない、と言外に告げている

 

「……ああ。まあ、見習いだけどな」

 

ばれてしまっているのでは、隠しようがない。あきらめて快翔は答える

 

「そっちこそ、いったいその恰好は? それにあんた、風鳴翼だろ?」

 

務めて冷静に快翔は言う。翼はそれを予測していたように返す

 

「悪いが私の口からそれをこたえることはできない。しかるべき場所で説明したいのだけど、ついてきてもらえるかしら」

 

質問系ではあるが、その口調は拒否を許さないものだった

 

「…わかった。で、そこで腰抜かしてる子は? その子もあんたらの仲間か?」

 

快翔が言った途端、翼のまとう空気が一変する。今までの静かな威圧感から一転して、攻撃的な空気が翼を包む

 

「……この子は、関係ない。全くの無関係だ…」

 

その空気を抑え込むようにして、翼が言葉を包む

 

「ところで、顔ぐらい見せてくれないかしら? あなたも、それが本来の姿というわけではないのでしょう?」

 

翼に言われ、快翔は一瞬考える。この街を拠点として魔化魍と戦っていく以上、またどこかで風鳴翼とはニアミスすることになるだろう。そのたびにこんな問答をしていたのではらちが明かない。

 

「OK、わかった」

 

正体を明かす。それが快翔の判断だった。聞いた話だと、師匠であったヒビキも不可抗力で正体を明かすことはあったという。『猛士』にとって、正体の隠ぺいはそれほど重要ではない。快翔は、顔だけ変身を解除する

 

「ええ?! か、快翔さん?」

 

ここまで翼と快翔のはなつ緊張感にあてられていた響が驚いた声を上げる。

 

「やあ、立花さん。お互い大変なことになっちゃったね」

 

快翔は誤魔化すように、苦笑いで話しかけた。

 

 




投稿ペースが遅くてすみません。気長に待っていただけると幸いです


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第四話 動き出す予感

べ、別にBALDR HEARTをやってて遅くなった訳じゃないんだからね!
というわけで第四話です


「じゃあ、快翔さんは本当は、その『まかもう』っていうのと戦うんですか?」

「うん、そうだね。でも驚いたよ。なんかすごい光が見えたから来てみたら、なんかすごい格好してるし」

 

特委災害対策機動部が事後処理をしている間、快翔と響は腰かけて待っていた。響は肩から毛布を掛けてもらっている

 

「私もびっくりしてるんですよ~。もう何が何だか…」

 

響が困ったように笑う。「ところで」と響は疑問を口にした

 

「快翔さん、何で顔だけしかもとに戻ってないんですか? 私と違って、ちゃんと快翔さんは変身できるんですよね?」

 

事情を知らない響は、快翔にそう尋ねる

 

「ああ、俺、この下裸だから」

 

あっけからんと言い放った快翔の言葉が響はすぐには理解できずにいたが、徐々に言葉の意味を呑み込む

 

「は、は、裸?! 裸って、あの裸ですか?!」

 

顔を真っ赤にした響が、意味の分からない質問を快翔に投げつける。予想外の返事で、相当困惑しているようだ

 

「ん、裸は裸なんだけど…見たいの?」

「い、いえいえ! もう、ずっとそのままでいちゃってください!」

 

困惑している響は、黒服の人間に連れていかれるまで結局快翔とまともに話ができないままであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四話 動き出す予感

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さって、これからどうすっかなあ…」

 

ふう、と大きく息を吐きながら、一人つぶやく快翔。先ほどまでとなりにいた響は黒服の男性に連れていかれ、翼はいつの間にか消えていた。そうなると、知り合いのいない快翔は一人になるしかない。

 

「だめですよ、あまり女性をからかっては」

 

そんな快翔に話しかけたのは、先ほど響を連れて行った黒服の男だった

 

「いや、からかったつもりはないんですが…」

「そうですか? それなりに楽しそうな顔をされてたようですが」

 

物腰も言葉づかいも柔らかい男だったが、快翔は彼が普通ではないと直感で感じた。だが同時に、どこかで見たような既視感もあった

 

「えっと、加々井快翔さん、でいいんですよね? あ、ぼくは緒川といいます」

「緒川って…もしかして、風鳴翼のマネージャーの…?」

「ええ、そうです。」

 

以前テレビで放送されていたドキュメンタリーに出ていたのを覚えていた快翔が尋ねる。既視感の正体はテレビだったらしい

 

「つまり、マネージャー公認、というか、共犯ってわけなんですね」

「共犯って…。僕たちは、決して悪いことをしているわけではないのですが…」

 

緒川が困ったように笑う。もちろん冗談で言った快翔だったが、緒川もそう感じたらしい

 

「ところで加々井さん、そろそろ来ていただきたいのですが…」

「あ~、すみません、もうちょっと待ってください」

「??」

 

不思議がっている緒川のところに、一台の車がやってきた。その中から、快翔にとって見慣れた人物が下りてくる

 

「快翔くん!」

 

運転席からりて来た女性――――天美あきらは驚いた様子で快翔に駆け寄る

 

「お知合いですか?」

「ええ。というか、俺のサポートです」

 

尋ねる緒川に、快翔が説明する。その間に、あきらは快翔のもとへたどり着く

 

「いったい何があったんですか? ノイズの警報が鳴ったと思ったら、アカネタカが飛んできましたし」

「すみませんあきらさん。実は…」

 

快翔は、昼間に分かれて以来の説明をする。CDショップを巡っているうちに響と知り合ったこと。一緒に歩いているうちにノイズに襲われ、変身して撃退したこと。そして、それについて特委災害対策機動部二課の本部に来るように言われていること。

 

「私もついていきます。快翔くんでは説明しづらいこともあるでしょうから」

 

あきらはそういうと車のほうを指さし

 

「まずは着替えてきてください。車に積んでありますので」

 

その指示に従い、快翔が車に向かう。その場には、あきらと緒川の二人が残された

 

「あなたも猛士のかたですか?」

 

緒川があきらに尋ねる

 

「はい。快翔くんのサポートをしています。天美あきらといいます」

「ご丁寧にどうも。僕は特委災害対策機動部二課の緒川慎次といいます」

 

挨拶が終わったところで、緒川が言う

 

「申し訳ありませんが、お二人には…」

「ええ、わかっています。可能な限りご説明させていただきます。もちろん、そちらにも説明をしていただきますが」

 

緒川の言葉を遮り、あきらが返す。言葉は力強く、ごまかしがきくものではないと緒川は直感した

 

「ええ、可能な限り、お話しさせていただきます」

 

鬼ではないが、一筋縄ではいかない、と緒川は感じていた

そこに、着替えを終えた快翔が戻ってくる

 

「すみません、お待たせしました。緒川さん、行きましょうか」

 

「ええ、ご案内させていただきます」

 

三人は車に乗り込み、特委災害対策機動部二課へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…」

「リディアン音楽学院ですよね…まさかここが?」

「ええ、僕たち、特委災害対策機動部二課の本部です」

 

緒川に連れてこられた快翔とあきらは、その場所が学校だったことに驚いている

そのまましばらく歩くと、そこに見覚えのある人物がいた

 

「あ、快翔さん!」

「……」

 

二人のうちの一人、響はあったばかりとはいえ知り合いの快翔が来て安心したのか、響が駆け寄ってくる。だがその手には物々しい手錠が掛けられていた

 

 

「立花さん、その手錠、どうしたの?」

「いえ、ここに来るときにかけられちゃって」

 

「あはは…」と響が乾いた笑い声で笑う。まあ国家機密みたいだし、しょうがないか、と快翔が考えていると、後ろからあきらが尋ねる

 

「快翔くん、お知り合いですか?」

「ええ。さっき話した、途中で知り合った女の子で、立花響さんです」

「たちばなひびきちゃんですか…。なんだか、快翔君には呼びにくい名前ですね」

 

あきらが困ったように笑いながら言う

『立花』は世話になっている姉妹の名字であり、『ひびき』に至っては師匠の呼び名である

 

「? 快翔さん、お知合いに私と同じ名前の人がいるんですか?」

「うん、ちょっとね……っと」

 

快翔はもう一人、今まで会話に加わっていなかった翼に話しかける

 

「お疲れさん、俺は加々井快翔。よろしく」

 

そういって快翔は手を差し出す。が翼はその手を握ろうとしない

 

「これは? どういう意味かしら?」

「え? どうって……」

「あなたと私、同じ戦う力を持つものでも目的も違うのだから、慣れ合う必要などないわ」

「あ、ちょっと!」

 

冷やかにそう言い放つと、翼はさっさと歩いて行ってしまった

 

「翼さん、私と待ってた間もあんな感じで、すごくそっけないんです。私もうどうしていいかわからなくて」

 

確かに今まであこがれていた人物に冷たくされ、しかも二人きりとあっては響の心労は相当の物であっただろう

 

「まあ、テレビに出てた時もあんまり誰とでも仲良くなるようなタイプじゃないと思ってたけど…」

「なんだか、あまり仲良くなれそうにない気がしますね…」

 

あきらも同意する。ファンとしての補正が効かないあきらは、響や快翔よりも素直な反応である

 

「それにしても快翔くん、意外と落ち着いていますね。ファンだった風鳴翼に会えたというのに」

「ええ、まあ、本音で言えばサインの一つでももらいたいところなんですが、さすがに状況が状況なので」

 

あきらの問に答えると、快翔は翼を見る。こちらのことは全く気にも留めていないようだ

 

「すみませんみなさん。決して悪い方ではないのですが…」

 

緒川が笑いながらフォローに入る。マネージャーとして、翼といることが多い緒川は思うことがあるのだろう。

 

「さあ、皆さんご案内します。ついてきてください」

 

緒川の先導に、響、快翔、あきらは黙ってついていく。ただ、一般人である響はその緊張感に耐えられないのか、それとも自分が通っている学園に何か秘密があるのが信じられないのか、妙にそわそわしている

 

「あの、ここって先生たちのいる中央棟、ですよね」

「「「「・・・・・・」」」」

 

空気に耐えきれなかったのか、響が恐る恐る聞く。が、それにこたえるものは誰もいなかった。やがてエレベーターに乗り込むと、緒川が端末をかざす。すると、壁の一部が展開し、手すりがせり出す

 

「さあ、つかまってください」

 

緒川が促し、あきらと快翔はそれに従う。響は手錠ということもあってか、緒川が誘導していた

 

全員が手すりを握ると、ガコン!と音を立てて、ものすごいスピードでエレベーターが下降を始める

 

「うおっ?!」

「きゃっ?!」

「ぎゃあああああああああああ?!」

 

初めて乗った三人はそれぞれ悲鳴を上げた。快翔とあきらは短いものだったが、響のそれはドップラー効果を生み出すほど長いものだった

 

 

「ずいぶんと下がるんですね」

「ええ、機密事項なので」

 

三人が悲鳴を上げてからしばらくたったが、一向にエレベーターは止まる気配がない。快翔は独り言だったが、緒川が拾う。しかしそれだけで、また沈黙を五人が包んだ

 

「あ、はははは…」

「愛想は無用よ」

 

耐え切れずに響が漏らした苦笑いを、ピシャリ、と翼が遮る

 

「これから向かう場所に、ほほえみなど必要ないから」

 

 

翼の言葉は響に向けたものだったが、同時に視線は快翔も捉えていた

 

「そんなににらまないでくれよ。別に暴れようなんて気は無いんだから」

「わかっているわ。私はあなたのその余裕そうな態度が気に食わないの」

 

軽口で返した快翔に、翼は殺気だった声で返す

 

「あんたこそ、そんなに気を張り続けてるとそのうち倒れちまうぞ」

 

快翔の言葉に思うことがあったのか、翼はそれっきり黙ってしまった

 

背後では緒川が小さく息を吐くが、それに気が付くものは誰もいなかった




べ、別に次遅くなるのは千の刃濤桃花染の皇姫をやるからじゃないんだからね!
次かその次でもう一度用語解説を挟む予定です


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第五話 出会う弟子たち

次は遅くなると言ったな
あれは嘘だ



でもこの次は遅くなりそうです


パ~ン! パ~ン! パフパフ!

 

「ようこそ!人類守護の砦、特異災害対策機動部二課へ!」

 

 

「これから行くところにほほえみなど無用」と翼が言った場所にたどり着いた五人を出迎えたのは、鳴り響くクラッカーとラッパ、舞い散る紙ふぶきと、満面の笑みを浮かべた人物を筆頭とした、笑顔の集団だった。本来はエントランスであろう場所には、料理が並べられ、さながら立食パーティーのような状態になっていた。よく見れば、後ろのほうでは「ようこそ 立花響さん&加々井快翔くん」とポップな字体で書かれた横断幕が掲げられている

 

「「「…は?」」」

「はあ……」

「ははは…」

 

予想外の光景に、響とあきら、快翔は目を見開き、翼はあきれて額に手を当て、緒川は困ったように笑うしかなかった

 

 

 

 

 

 

第五話 出会う弟子たち

 

 

 

 

 

 

 

「俺は風鳴弦十郎。ここの指令をやっている」

「そして私はできる女、櫻井了子!」

 

赤いシャツを着た男性と、メガネをかけた女性が三人にあいさつする。響はすでに手錠を外してもらっている。余談だが、緒川が外す前に了子が響と手錠をしたままの記念写真という、響曰く『悲しい思い出』を残そうとしていた

 

「どうも。天美あきらです」

「俺は加々井快翔っていいます。俺たちは荷物を持っていなかったから知りませんよね?」

 

響は持っていた荷物から、名前がばれてしまっていたが、荷物を持っていない二人は改めて自己紹介をした

 

「うむ。実は、今日は君たちに頼みたいことがあってきてもらったんだ」

「頼みたいこと…?」

 

ここまで状況に流されていた響だったが、弦十郎の言葉でようやく自分の身に起こった異変を思い出した

 

「教えてください! いったい私の身に何があったんですか?!」

 

響が食って掛かる。了子が弦十郎に一つうなずいて、

 

「それを説明するために、二つお願いがあるの。一つは今日のことを誰にも言わないこと。そしてもう一つは…」

 

歩み寄った了子は、響の腰を抱き、耳元でささやいた

 

「とりあえず脱ごっか♪」

「……だから何でえええええ?」

 

自分の常識が音を立てて崩れていくのに、響はただ悲鳴を上げるしかなかった

 

「さて、君たちには俺のほうからいいかな」

 

連行されていく響を見送っていた快翔とあきらに、弦十郎が話しかける

 

「今日はご苦労だったな。市街地に出たノイズ、君が処理したのだろう?」

「ええ。まずかったですか?」

 

快翔が聞くと、弦十郎は笑う

 

「そんなわけないだろう。ノイズは放っておけば被害をまき散らす。それを食い止めたのは君だ。我々が起こる必要などない」

 

だがな、と弦十郎は神妙な面立ちに変わる

 

「俺個人はそれで構わない。だがお役所仕事としてはそうもいかなくてな。君の力がいったい何なのか、そしてなぜノイズに対処できるのか、それを教えてもらうことは可能かな?」

 

快翔は言葉に詰まる。別に鬼の力は完全な秘密ではない。だが、一般市民に正体を明かすのとは少し話が違ってくる。ここで自分の正体を明かしていいのか、考える快翔の横から、あきらが答える

 

「それを答えるのは問題はありません。ですが、そちらの正体も教えていただきたいのですが。これから、共闘することもあるかもしれませんし」

 

あきらが明確に態度を示す。まだ鬼としても組織の一員としても未熟な快翔にとって、あきらの存在はありがたいものだった。一時期猛士から離れていたが、それでもこういう時の判断は快翔よりもきっぱりしている

 

「……わかった。こちらも、できる限りのことは話そう」

 

弦十郎が下した判断は、互いに説明することだったようだ。あきらが確認して、弦十郎に問いかける

 

「ありがとうございます。そちらは私たちについて、どこまでご存じなのですか?」

「そうだな、そこの彼が鬼と呼ばれる存在で、魔化魍と呼ばれる化け物と戦うことを目的としており、それを束ねる猛士という組織がある、ということぐらいか」

 

ぐらい、と言っているが、それはほぼすべてじゃないのか、と快翔は感じた。快翔の表情を読み取ってか、弦十郎が肩をすくめる

 

「仕事柄、機密なんかに触れる機会が多くてな。知る必要のないことまで知っちまうのさ」

 

軽く言って弦十郎が話を進める

 

「だが、君たちがなぜここに来たのか、そして何より、なぜノイズと戦えるのか、俺はそれを知りたいんだが」

 

ノイズを人類の脅威足らしめているのは、炭化能力以上に、位相差障壁と呼ばれる防御システムである。物理的エネルギーを減退してしまうこの障壁のせいで、通常の攻撃では有効なダメージを与えることはできない。だが、快翔は実際に有効な打撃をノイズに与えている

 

「実は最近、このあたりで魔化魍の異常発生が確認されています。その調査と、魔化魍の対処のために私たちは拠点を構えることにしました」

 

あきらが説明する。基本的に、鬼は一つの地域にとどまることはない。住民の情報や、観測による予報に従って該当地域に出向く。だが、今回のように明らかに一つの地域で大量に発生している場合などには、一人の鬼を送り込んで重点的に対処させることがある。この方法は割と最近できたもので、猛士内部では『常駐任務』と呼ばれている

 

「なるほどな。君たちがこの街に来た目的はわかった。だが、なぜノイズに対抗できる?」

 

弦十郎は次の問いを投げかける。今度は快翔のほうに視線を向けた

 

「あ~、え~と」

 

だが、当の快翔は言いよどむ。実を言うと、快翔自身よくわかっていないのだ。先に挙げた位相差障壁と清めの音がどうとかという話だった気がすると快翔はおぼろげな記憶を掘り起こそうとするが、それすらも差だけではない。以前に開発部からの報告書に(ヒビキに言われて)目を通したが快翔にはよくわからなかった。一緒に読んでいたトドロキなんかは、「ようするに気合っすね!」などと言い出す始末である

 

「……鬼の攻撃は、清めの音という特殊な波長をまとっているんです」

 

助けを求める快翔の視線を感じ、あきらが助け舟をだす

 

「詳しいメカニズムはまだわかっていません。ですが、私たちの研究機関の調査では、その清めの音をノイズに打ち込むことで、私たちと同じ次元に存在するように『調律』しているのではないかといわれています。快翔くん以前みどりさんの報告書読んでましたよね?」

「いや、読んだんですけど難しくってつい…」

「…まあ、気持ちはわかります」

 

よく知らない波形だのグラフだのが満載の資料を思い出し、あきらも快翔に同意する。あきら自身、先に自分で言ったことしか理解できていないのだ。これ以上説明するには、専門家に来てもらわなければならない

 

幸い先ほどのあきらの説明で弦十郎は納得したようで、うなずきながら口を開いた

 

「ふむ、そういうことか…。いや、済まない。なるほど、君たちの言う清めの音とは、俺たちにとってのフォニックゲインのようなものなのかもな」

「フォニックゲイン、ですか?」

「ああ、それについては、シンフォギアについて」

「あたしが説明しちゃいま~す!」

 

弦十郎のあとを継いだのは、響を連れて行った了子だった

 

「了子。彼女はいいのか?」

「ええ、検査だけですから。データを見るのは全部そろってからだし。安達くんに任せておけば大丈夫よ」

 

弦十郎に言うと、了子は『シンフォギア』についてあきらと快翔に説明する

 

 

 

「要するに、立花さんや翼さんがまとっているのはシンフォギアと呼ばれるもので」

「特異災害対策機動部二課の保有する、対ノイズ用の装備であると」

「そうそう、そんな感じ」

 

二人は、了子からうけた『シンフォギア』についての説明をまとめる。二人の認識は、正しかったようだ

 

「さて、お互いに秘密を明かしたところで本題に入ろうか」

 

二人が理解したところで、弦十郎が言う

 

「快翔くん、あきらくん、この街にいる間、俺たちに協力してもらうことはできるか?」

「司令!?」

 

弦十郎の言葉に口を挟んだのは、風鳴翼その人だった

 

「どうした翼」

「どうしたではありません! なぜその二人に協力など依頼するのです! 私だけでは不十分ということですか!?」

 

それまでの快翔の印象をひっくり返すように強い口調で弦十郎に食って掛かる翼。弦十郎は、それをなだめるように言う

 

「そうではない。だが、ここ最近のノイズの発生件数は異常と言ってもいいぐらいだ。お前ひとりより彼や響くんがいれば、同時に異なる場所で対処が可能だ。それとも、お前のつまらない意地で救える命を見捨てるつもりか?」

「そ、そういうわけでは…」

 

翼が言葉に詰まる。その空気を破るように、快翔はいう

 

「申し訳ありませんが、今この場で返事をするわけにはいきません。こちらも組織の一員ですので。それに、俺たちの目的の第一はあくまで魔化魍です。一度、本部と連絡をしてからではいけませんか?」

 

正体を明かすだけならまだしも、協力体制をとるとなれば話が別だ。ここまで来ると、快翔やあきら個人では判断できない。あきらもそう感じていたのか、うなずいている

 

「む、そうか…。いや、そうだな。結論が出たらこっちに連絡してくれ」

 

そう言って弦十郎は名刺をあきらと快翔に渡し、通信機で連絡を取る

 

「安達、響くんの検査は終わったか?」

『司令? はい、終わりました。今ちょうど連絡しようと思っていたところです』

「わかった。今から緒川を迎えに行かせる。それと、もう一人検査をしてくれ。体に異常が無いかだけでいい」

『え? はい、わかりました。準備しておきます』

 

通信を終えると、快翔に向き直る

 

「今日は急に連れてきて済まなかったな。お詫びと言っては何だが、君も戦ったあとなんだ。簡単な身体検査だけでも受けて帰ってくれ」

 

弦十郎にそういわれ、快翔とあきらは緒川に連れられて医療区画へと案内された

 

 

 

「それでは、僕は響さんを送ってきますので。終わったら、先生の言うことに従ってください」

「はい。ありがとうございました」

 

緒川が響を連れて去ると、待合室にはあきらと快翔の二人になった。緒川が言うには、準備ができたら医者が呼びに来るということだ

 

「なんか、初日なのにいろいろありましたね」

「そうですね。今日はもう遅いですから、明日になったらたちばなに連絡しないと」

 

それにしても、とあきらは続ける

 

「シンフォギア…。鬼の力以外にも、人々を救うために動いている人たちがいたんですね」

「そうですね。なんか俺、うれしいです」

 

快翔がいうと、部屋のドアが開き、白衣の人物が入ってきた

 

「準備ができました。えっと、加々井さん、ですね。こちらに…」

 

来てください、と続けようとしたのだろうが、快翔のほうを見て表情が固まっている。いや、快翔ではなく、隣にいるあきらを見ている

 

「天美さん…?」

 

その医者は、不意にそう呼んだ。天美はもちろん、あきらの名字である。最初は不思議そうにしていたあきらだったが、次の瞬間には驚きの表情に変わる

 

「安達くん…?」

「やっぱり!天美さんだよね? 久しぶり!」

 

医者の顔が笑顔に変わる。あわせてあきらの表情も柔らかくなった

 

「お久しぶりです。安達くん、お医者様になられたんですね。おめでとうございます」

「う、うん。でも、天美さんはどうしてここに?」

 

そこで快翔は、ようやく会話に割り込む

 

「あの、お二人はお知合いですか?」

 

快翔の言葉を聞いて、あきらが紹介する

 

「すみません、快翔くん。彼は安達明日夢くん。ヒビキさんのお弟子さんです」

「元、だけどね」

 

快翔は一泊おいて、ようやく言葉の意味を理解し、

 

「え、ええええええ?!」

 

響ばりに大きな驚きの声を上げた

 

 




次もできるだけ早く投稿できるように頑張ります。

シンフォギアXDU、なんでもっと早く発表してくれなかったんだ。
もう少し早ければ奏生存のifでストーリーが作れたのに

1時間後に用語解説を投稿します。今回は人物紹介のみです


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用語解説②

1時間前に第五話も投稿しています。
飛ばさないように気を付けてください


●快翔変身体

快翔が音叉で変身した姿。外見は響鬼とほぼ同様だが、体色は金色。属性は『光』という鬼の中でもレアな属性で、快翔の親が鬼であった時の属性でもある。絶対数が少ないため、猛士の組織の中でも詳細がわかっておらず、解明されていない特性があるのではと言われている。メインの武器は太鼓であるものの、修行中の身ゆえ笛、弦も基本は習得している。笛は威吹鬼が過去に使用していた烈風を、弦はトドロキが使っていた烈雷を譲り受けているが、音撃棒の『烈光』は鬼になると決めたとき、ヒビキから渡されたものである

 

 

●トドロキ

引き続き現場の鬼として活躍。イブキと関東のツートップを張っている。後輩から慕われやすいが、厳しさがないので師匠には向かない。肉体的なピークは下り坂に入っているが、まだまだ現役。快翔の師匠に自ら立候補したが、当時たちばなにいた全員(ヒビキ、イブキ、勢知郎、日菜佳、香須実、京介、あきら)から反対され、しぶしぶ引き下がった。その代り、何かあったらすぐに呼ぶようにと言っており、快翔もまたトドロキを慕っている。ほかの鬼が代替わりしていく中、彼はベテランの戦力として必要不可欠となっている。戦闘では、自身の師匠が使っていた烈斬を振るう

 

 

●イブキ

31歳。キャリアは長いが鬼になったのが早かったため、肉体的にはピークを迎えている。最近は自分より先輩が減り、逆に自分が後進を指導する立場になりつつあることに戸惑いもあるが、過去の経験を活かしながら慕われる存在になっている。快翔の両親が魔化魍に殺された際に最初に駆け付けたのも彼であり、そのことからも快翔は困ったらイブキに相談することが多い。自身が強化された音撃管『烈嵐』を使うようになったため、トドロキとともに「いつでも見守っている」というメッセージを込めて烈風を快翔に送った。現在の悩みは愛車の竜巻がそろそろガタが来そうなこと

 

 

●安達明日夢

27歳。5年前に医大を卒業し、国立病院に勤めていたが、ある日上司に推薦され、気が付いたら二課に転属になっていた。明日夢の評判がよかったことと、直属の上司が風鳴家と縁があったことが原因だが、本人はそのあたりはよく知らない。年齢層が同じ藤尭や友里とは飲み仲間であり愚痴の聞き役。最近忙しいせいでたちばなに以前ほど通えなくなっていることが悩み。ヒビキが新しい弟子をとったことは知っていたが、あまり詳しくは聞いていない。彼のデスクの引き出しには、10年前にヒビキからもらったコンパスが大切にしまってある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回は人物紹介だけでしたが、前回のように用語解説も一緒に行うこともあるので用語解説で通していきます


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第六話 語られる過去

遅くなってすみませんでした。千の刃濤、桃花染の皇姫はわりとすんなり終わったんですが、そのあとにFortune Arterialに手を出したのが間違いでした

それでは第六話です。今回はシンフォギア側のキャラクターは登場しません


「要するに、安達さんはキョウキさんと同時期にヒビキさんの弟子になった人で、いろいろあって鬼にはならなかった人、ということですか?」

「そうそう、そんな感じ。いやあ、ヒビキさんが新しく弟子をとってたのは知ってたけど、君だったんだね」

 

あきらから紹介を受けた後、明日夢は自分とヒビキのことを快翔に説明した。そこで、快翔は以前香須実日菜佳に言われたことを思い出す

 

「あ、香須実さんと日菜佳さんが言ってた『鬼じゃないヒビキさんの弟子』って、安達さんのことですか?」

「うん、たぶんそうだね。僕にとって、ヒビキさんは人生の師匠みたいな人だから」

 

明日夢が少し恥ずかしそうに、そして誇らしげに答える

 

「最近はたちばなにも忙しくて行けてないから、また今度会いに行くって伝えておいてよ。あと、僕のことは明日夢でいいよ」

 

そう言い残すと、明日夢は機械の設定を終わらせる

 

「さあ、検査するから、そこに横になって。検査を済ましちゃおうか」

「はい、よろしくお願いします。明日夢さん」

 

明日夢に促されるまま、快翔は用意された寝台の上に横になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第五話 語られる過去

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天美さん、猛士に戻ったんだね」

 

検査室をガラスを隔てた部屋から見ながら、後ろにいたあきらに話しかけた。通常のMRIであれば人が付いている必要があるが、二課の設備は一歩再起の技術なのか一度設定してしまえば異常がない限りすべて機械が行ってくれる。明日夢は使うたびに、「これがほかの病院にも配備できればなあ」と思っている

 

「ええ。いろいろありまして。大学は卒業したんですが」

「そうか、俺は卒業してからまだ3年しかたってないけど、あきらさんたちはもう5年だもんね」

 

明日夢は機械の操作を終えると、あきらのとなりに座る

 

「でも、香須実さんからヒビキさんが新しく弟子をとったって聞いてびっくりしたよ」

「そうですね。キョウキくんも、後から聞いて驚いてましたから。『俺たちの苦労は何だったんですか!』って」

「あはは、確かに、京介ならそう言いそう」

 

ライバルであり、親友でもあり、でもやっぱり負けたくない人物の姿を思い浮かべながら明日夢は笑う

 

「でも、他にいなかったというのもあるんです。あのころ弟子をとれるほどの技量があって、手が空いてるのが安達くんがご存じの三人しかいなかったんです。そうなれば、必然的にヒビキさんになってしまうので」

「確かに、トドロキさんが師匠をやっている姿はちょっと想像できないかも」

 

脳裏に「そりゃないっすよ明日夢~」と情けない顔をしているトドロキが浮かぶ。あきらも同じような想像をしたのか、二人して苦笑いである

 

「やっぱり、明日夢君はそう思いますよね。でも、一番最初に立候補したのはトドロキさんだったんですよ」

「えっ、ほんとに!?」

「はい。すぐに日菜佳さんや、香須実さんに止められましたが」

 

笑みを浮かべながら話すあきらを見て、明日夢は思わずドキリとする。高校の同級生だったころから美人だったが、10年たった今でもやっぱり美人だな、と本人には到底言えないようなことを考えていた

 

「どうしましたか安達くん?」

「い、いや、何でもない、何でもないよ! それより、彼ヒビキさんの弟子ってことは、やっぱり太鼓なの?」

 

明日夢は誤魔化すように話題を強引に変えようとする

 

「え? ええそうですね。快翔くんが最初の人に教わってた頃からそうでしたし」

「そうなんだ…ってあれ?」

 

そこまで会話して、明日夢は会話の違和感に気付く。今の会話もそうだが、一連の会話の中でもどこか違和感があった。少し考えてその正体に思い至り、あきらに尋ねる

 

「そういえば、彼、快翔くんって鬼の名前はなんていうの? 天美さんも名前で呼んでるけど」

 

鬼には、それぞれコードネームが与えられる。ヒビキやイブキ、トドロキもそうだ。だが、今までの会話の中で、快翔が鬼の名前で呼ばれているのを聞いたことがない。それが違和感の一つだった

 

明日夢の問に、あきらは一瞬迷って、慎重に言葉を紡ぐ

 

「まだ、無いんです」

「え?」

 

予想外の答えに、明日夢が間抜けな声を出す

 

「快翔くんはまだ、鬼としての修業をすべて終えていないんです」

「え、でも、変身して戦ったって…」

 

そう言って、明日夢は思い出す。そういえば、あきらは自分の目の前で変身していたが、正式な鬼として認められていなかった。高二の時にあった京介も修行中だったが変身していたはずだ

 

「肉体的な面では、ヒビキさんも問題ないと言っていました。音撃や鬼闘術も問題ありません」

 

ですが、とあきらは続ける

 

「ヒビキさんが言うには、まだ精神的に甘いところがあるから、と。今回サポートの私と二人だけで行動しているのは、快翔くんの最終試験でもあるんです」

「最終、試験…」

 

明日夢は無意識に繰り返した。ヒビキは、人の心の中の迷いや悩みにすぐ気がつく。明日夢自身、それに助けられたことも痛いところをつかれたこともある。そんなヒビキが言うのだから、きっと快翔も何かしら抱えているものがあるのだろう

 

「まあ、俺にできることがあったら何でも手伝うよ。よかったら連絡して。俺もこの街に住んでるから」

 

明日夢はそう言って、連絡先をメモ用紙に書きだした。あきらという友人の助けになりたいというのはもちろんあったが、何より自分と同じように鬼になろうとしている快翔のことを応援したいという思いもあった

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

明日夢の申し出に、あきらはうなずいた

 

 

 

 

 

 

ガコン、と機械の動く音で、快翔は目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。大きな機械音を妨げるためのヘッドホンを外し、起き上がる

 

「よく寝てたね。検査は終わったよ」

 

横を見れば、そこには先ほど知り合ったばかりの明日夢が立っていた

 

「すみません、眠ってたみたいで」

「気にしなくていいよ。もう夜も遅いし。それに、MRIで寝ちゃう人って結構いるから」

 

明日夢は笑いながら返事をする

 

「天美さんから聞いたよ。最終試験だって。応援してるから頑張ってね」

「…ああ、そっか。安達先生は鬼のこととか」

 

寝起きの回転が遅い頭で考えて、快翔は答えに至る

 

「うん、全部知ってるよ。だからあんまり気にしないで」

 

明日夢はそう返事をしながらMRIから送られてきた画像を見ていく

 

「うん、異常無し! さすが、鍛えてるだけあるね」

 

そう言うと、明日夢は快翔に向き直る

 

「快翔くんは何で鬼になろうと思ったの? って、聞いてもいいのかな」

 

明日夢が苦笑いしながら言う

 

「いえ、構いませんよ。そこまで秘密にしているわけではないので」

 

MRIのベッドに腰かけ、快翔は言う

 

「あきらさんから何か聞いてます?」

 

問いかけに明日夢が否定の答えを出すと、少し考えて快翔が口にする

 

「俺の両親も猛士の人間、まあ、飛車と角ですね。あ、飛車と角ってわかります?」

「うん、大丈夫。ええっと、飛車がサポートする人で、角が鬼の人だよね」

 

以前修行していたときにもらった組織図を思い出しながら明日夢が答える。十年前のことだが意外と覚えているものだ

 

「正解です。そんで、俺は弟子の『と』でした。と言っても、まだ変身もできませんでしたけど」

 

明日夢は先ほどのあきらとの会話のもう一つの違和感の正体に気付いた。あきらは快翔の武器について「最初の人に教わっていたころから」と言っていた。つまり快翔は、ヒビキに弟子入りする前にすでに誰かの弟子だったのだ。恐らく、鬼であった親の

 

「俺、魔化魍に父さんと母さんを殺されたんです」

 

聞いた瞬間、明日夢はしまった、と思った。誰だって自分の両親が殺された時のことなど思い出したいことはない。謝ろうとした明日夢を無視して、快翔は続ける

 

「俺、そん時ついてってなかったんです。だから助かりましたけど、すごい悔しかったです。俺が変身できたら、俺が戦えたらって。だから、俺は強くなるって決めたんです」

 

グッとこぶしを握り、強く語る。その言葉に、明日夢は何の迷いも感じなかった

 

「そっか…。うん、俺も応援してるよ」

 

明日夢はポケットから一枚のメモを取り出す

 

「俺の連絡先。普段はこの街にいるから、何かあったら連絡してよ。天美さんにも同じの渡してあるから」

 

見上げる快翔に、明日夢は笑顔を返す

 

「俺はいろいろあって鬼にはなれなかったんだけどさ、こうやって会ったのも何かの縁だと思うし。困ったことがあたらいつでも連絡してよ」

「ありがとうございます。何かあったら連絡します」

 

明日夢の気遣いに、快翔は頭を下げた。ひと段落したところで、明日夢は更衣室へ案内する

 

「(強くなりたい、か)」

 

快翔は自分の言葉を思い出す。先ほどの言葉に嘘はない。

だがもし、誰かに「魔化魍に復讐したいという思いはないのか」と聞かれれば、快翔は答えることができなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではお二人とも、今日はありがとうございました」

 

基地であるリディアン音楽学院から出たあきらと快翔は、緒川に連れられて、車をとめたところまで送ってもらっていた

 

「ご承知かと思いますが、今夜見たことは…」

「わかっています。必要以上に言いふらしはしません」

 

緒川の言葉尻を、あきらが繋ぐ。本来なら『誰にも』と答えてもらわなければ困る緒川だったが、組織として相談してもらうためにも、最低限は許容せざるを得なかった

 

「快翔さんも、今日はお疲れ様でした。翼さんが行くまで、立花さんたちをありがとうございました」

「いえ、さすがに目の前で起こったことだったので」

 

三人で言い合っている間に、あきらが車を止め場所に到着した

 

「それではお二人とも、遅くまでありがとうございました」

「こちらこそ、快翔くんのことをありがとうございました」

「安達先生にも、よろしく言っておいてください」

 

最後にあいさつをして、緒川は基地へと戻っていった

 

「…ん~~~~!」

 

緒川の乗った車が見えなくなったところで、快翔が大きく伸びをする。さすがに気を張っていたのだろう。となりのあきらも快翔ほどあからさまではないものの、小さくため息をついている。

 

「あきらさん、お疲れ様でした

「快翔くんも、お疲れ様でした。初日から大変なことになってしまいましたね」

 

あきらが苦笑で返す。思えば、昼間に響に出会ってからまだ一日も経っていない

 

「そういえば、立花さんは大丈夫かな」

 

快翔が思い出したように言うと、あきらが返す

 

「彼女でしたら、快翔くんが上がってくる前に帰って行ったそうですよ。緒川さんがおっしゃっていました」

 

言いながら、車に乗り込むとエンジンをかける。セルの回る音がして、エンジンが稼働し始める

 

「さあ、帰りましょうか。夜も遅いですし、さすがに私も疲れました」

 

あきらに促され、快翔は助手席に乗る

 

「明日は『たちばな』に連絡しないといけませんね」

「そうですね。ヒビキさんに、今後の指示を仰がないと」

 

ヒビキの名前が出たところで、快翔が疑問を口にする

 

「そういえば、ヒビキさんは安達先生が医者になったことはご存じだったんでしょうか?」

「どうでしょう? 卒業式の日に進学先は一緒に報告しに行ったんですが、本当にお医者様になられたかどうかは知らないと思います」

「そうですか。じゃあ、一緒に報告しましょうか」

「そうですね…っと、つきましたよ」

 

気が付けば、車はマンションに到着していた。駐車場に止め、エレベーターで部屋のある階へと上がる。部屋に戻り、快翔、あきらの順でシャワーを浴び終わるころには、日付も変わってしばらくが経っていた

 

「それでは快翔くん、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい。あきらさん」

 

挨拶をして部屋に戻り、ベッドに倒れこむと、すぐに睡魔が襲ってきた

 

「(今日はいろいろあったな…)」

 

初めての常駐任務の初日、いきなりのノイズとの戦闘、そしてシンフォギア

考えようとしても、すでに思考は睡眠へといざなわれていた

 

「(もう、今日は寝よう)」

 

その思考を最後に、快翔は眠りへと落ちていった




この小説を書くにあたっていろいろ見返してますが、当時は知らなかった仮面ライダー響鬼の設定がいろいろ出てきておもしろいです。天美家って秋田の宗家だったんですね。それも名門の。齟齬が出ないように気を付けなければならないと思いました


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用語解説③

同時刻に第六話も投稿しています。飛ばさないようにご注意ください

今回は鬼の組織『猛士』についてです。
ご存じの方のほうが多いと思いますが、少しオリジナルの設定なども加えてたりします。


●猛士

鬼をサポートする組織。魔化魍退治の仕事は公にはなっておらず、表向きはオリエンテーリングのNPO法人『TAKESHI』として活動している。平安時代から存在しており、大きな戦争に鬼が駆り出されそうになるたびに組織を改編し、鬼の存在を隠してきた。鬼の存在が歴史の表に出てこないのは猛士の構成員による尽力が大きいとされている。魔化魍に対する膨大なデータベース(猛士データベース、略称TDB)があり、魔化魍の出現予想などを行っている。また少数ではあるが、ノイズに関するものもあるが、その精度、量ともに特異災害対策機動部二課には遠く及ばない

 

 

 

 

 

●猛士の役職

猛士に所属している人間はそれぞれ将棋の駒に見立てた役職が割り当てられている(カッコ内は今作において該当する人物)

 

『王』(ヒビキ)

各部門の部長的な立場であり、現在関東支部の部長を務めるヒビキが該当する。幹部級の役職であるため、通常は宗家の人間や、その飛車などがなることが多いが、オロチを鎮めた功績や前任である立花勢知郎からの推薦、そして何よりも関東の鬼たちからの圧倒的な支持もあったことから、ヒビキは宗家以外の鬼として初めての『王』となっている

 

『金』(立花香須実、立花日菜佳など)

主にデスクワークを担当する。魔化魍の出現予想や鬼の配置、シフトなどの作成をしている。ヒビキが上がりを迎えたことを受けて、香須実も平時は金として活動するようになった。優秀なのだが、経験の差で妹の日菜佳に負けることが悔しいらしく、日々精進している

 

『銀』(該当者なし)

医者や音撃武器、ディスクアニマルの開発整備など専門職的な部門を担当する役職。現状に満足することなく鬼たちのために日夜研究開発を続ける姿は、まさに鬼そのものでもある。またノイズについての研究もおこなわれており、魔化魍の対応と同時にノイズへの対抗手段も研究されている。

 

『角』(イブキ、トドロキなど)

実際に鬼に変身し、魔化魍退治を担当する組織の花形部門ともいえる。正式に鬼として認められると「〇〇〇鬼」というコードネームが付けられ、以降は日常でもその名で呼ばれる。10年前から何とか100人以上の人数を維持し続けているが、志願者が減っているのは変わりない。また現在は平均年齢も上がってきていることも問題となっている。弟子をとり鬼を育てることだけでなく、他の方法も模索されている。

 

『飛車』(天美あきら)

鬼と行動を共にし、現場の補助などを行うサポーター。かつては桂馬や香車と呼ばれていたが、近年飛車に改められた。鬼が若く、経験が浅い場合にはベテランの鬼がサポートとしてつくこともある。つけるつけないは鬼の自由であり、実際にトドロキやイブキはつけていない。ヒビキが現役のころは、車が運転できないという問題があったため香須実が担当していた

 

『と』(加々井快翔)

鬼の弟子であり、次代の角候補。正式に鬼になるまでは本名で呼ばれる。通常は師匠と行動を共にするが、快翔の場合はすでにヒビキ上がりを迎えていることもあり、各所の鬼のヘルプに行くということで経験を積んでいる。その際は快翔が弟子になるのと同時に組織に戻ってきたあきらが飛車としての役割をもつ

 

『歩』(該当者なし)

気象調査やデータ収集を行う。戦闘や研究に直接関わることはないものの、彼らのデータがないことには魔化魍の出現予想も難しくなるため、ある意味重要な立場である。ほかの役職が猛士としての活動が生活の中心であるのに対し、歩の人間は生活の傍らで猛士の活動をしているものが多い。

 

 




こんな感じです。
疑問やここがおかしい、などありましたら感想で聞いていただければと思います。
答えられるものは答えますし、そうでないものに関しては修正していこうと思います


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第七話 構える決意

間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

今回は久しぶりに響鬼サイドの登場人物も出てきます


「響~、早くしないと遅刻しちゃうよ~!」

「ちょ、まってよ未来~!」

 

親友の小日向未来の言葉に、響は制服に袖を通しながら返事をする

いくら自分が昨夜遅くに帰ってきたところで、学校は休みにならないし始業が遅くなるわけでもない

 

「昨日の夜、か…」

 

ひとり呟いて、昨日の夜にあったことを思い出す。ノイズとシンフォギア、そして、鬼。響のこれまでの日常を覆すには十分すぎるほどだった

 

「ちょっと響~! 遅刻しちゃうよ~!」

「え! 待ってよ~!」

 

未来の声に、響はそれまでの非日常の思考をかなぐり捨てて、日常の思考へと戻っていった

 

 

 

 

 

 

第七話 構える決意

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シンフォギア、対ノイズ用の秘密兵器か…』

「はい。あちらの組織の司令はそのように言っていました」

 

初めてこの街にやってきた翌日、あきらは昨日あったことを猛士の関東本部である『たちばな』へと報告していた

 

「はい。ヒビキさん、シンフォギアという言葉は聞いたことは…」

『いや、俺は聞いたことがないね。ノイズはどうしても担当外になっちゃうから』

 

吉野のおやっさんならなんか知ってるかも、と付け加える。あきらも予想していた答えだったため、そこまで落胆の色はない

 

「ヒビキさん、先ほど言ったあちらの提案なのですが、どうしましょうか」

 

すでにあきらは、特異災害対策機動部二課の司令、風鳴弦十郎の申し出を伝えていた。ヒビキは少し考え込んで答える

 

『あきらはどう思うんだ?』

「…協力体制をとるのは、メリットはあると思います。どうせノイズが現れれば、戦わざるを得ないでしょうし。ですが、そうなると今度は…」

『魔化魍のほうの対処が遅れる可能性がある、か』

「はい。というよりは、魔化魍の対処中にノイズのほうに呼び出される可能性があるので」

 

昨日はノイズの対処をしたが、快翔、ひいては猛士の本来の目標は魔化魍に他ならない。ノイズに気をとられて、その一方で魔化魍がのさばってしまっては、本末転倒である。かといって、ノイズへの対処が遅れてしまっては、救えるものも救えなくなる。ましてや今快翔たちのいる地域は、ノイズの発生率が異常に高いと来ている。放置しておくことはできない

 

「そう考えると、こちらの目的を伝えたうえで、最低限の協力体制をとる、というのが現実的ではないかと」

『そうか。あきらの中には、その申し出を無視する、という考えは無い?』

「…ええ。今はあちらとは協力関係を築くほうがいいと思います」

 

あきらは少し考えてそう答えた。最終的にあきらが伝えることになったが、今朝快翔とも十分に話し合った結果である

 

『そうか…。それはあきらの独断? それとも快翔と話し合った結果?』

「快翔くんとはなしあった結果です。味方であるという姿勢を見せるだけでも向こうには与える印象が違うだろうから、と。それにこの街を拠点にする以上、ある程度はあちらに行動は筒抜けでしょうから」

『へえ。あいつも結構考えてるんだな』

「はい。快翔くん、ヒビキさんが考えているよりもずっと頼れるようになってきていると思いますよ」

 

弟子の見えない成長に目を細めながらも、ヒビキは考える。特異災害対策機動部二課。あきらの話で聞く限りでは、そこまで得体のしれない存在でもないだろう。そうなれば、現場の判断を尊重するのがいいだろう。何より弟子が考えて出した結論だ。無理のない範囲でではあるが、尊重してやりたいところである

 

『わかった。あきらと快翔に任せるよ。ただし、何か手に負えなくなりそうだったら早めに連絡すること。自分にできること、できないことをちゃんと判断するのも、鬼になるのには大切なことだからな』

「はい。快翔くんにそう伝えておきます」

『ところで快翔は? 今日まだ声を聞いてないけど』

 

ヒビキが思い出したように言うと、あきらは少し困ったように言った

 

「快翔くんは……CDショップです」

『は?』

 

予想外の答えに、ヒビキは調子の外れた声をあげた

 

「昨日、結局風鳴翼のCDが買えなかったようで……」

『……』

「あ、今携帯に連絡が入りました。CD見つかったそうで、今から戻ると」

『ああそう。じゃ、よろしく』

 

何と言っていいかわからず、ヒビキは生返事を返して電話を切った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンフォギア、か。お父さんなら何か知ってるかな」

「どうだろうね。俺たちが知らないことでも知ってる可能性はあるけど」

 

電話を切ったヒビキは、向かいで聞いていた香須実に答える。香須実の父である勢地郎は現在、猛士の本部がある吉野にいる。役職が上である彼がヒビキたちより何かを知っている可能性はある

 

ノイズに関しては猛士としては最低限の接触に留めていることを考えると、そう期待はできないだろう

 

「それよりも、あいつらがいるところの魔化魍は?」

 

ヒビキが香須実に確認する

 

「何も情報は無いわ。まだ一日目だしね。それにあきらも快翔も、すぐに動けるように準備してるし」

 

そう言いながら、香須実は笑いながらヒビキに言う

 

「やっぱり、弟子が心配?」

「ん? まあそりゃあね。やっぱり弟子なんだし」

 

当然でしょ、と言うようにヒビキが返す

 

「あきらもいるんだし心配ないでしょ。それよりもヒビキさんは明日夢君のことのほうが気になるんじゃないの?」

 

あきらの報告の中には、明日夢と出会ったこともあった。明日夢が夢をかなえて医者になったと知ったとき、ヒビキの顔がほころんだのを香須実は見逃さなかった。もちろん、画面越しに会話をしていたあきらもである

 

「まあ、明日夢のことも知れたのはよかったよ。大学行ってからあんまり会えなかったからさ」

「しょうがないでしょ。医学部なんて忙しいに決まってるんだから。そんなに気になるならヒビキさんのほうから会いにいったら?」

 

香須実の提案に、それもいいかもしれない、とヒビキは思った。快翔のことも心配だったが、10年前に伝えた通り、明日夢もまたヒビキの大事な弟子なのである。一度二人とも様子を見にいってみようか

 

「楽しそうな想像してるところ悪いけど、はいこれ」

 

考えに耽るヒビキに香須実が差し出したのは、たちばなの仕事着だった

 

「そろそろお客さん増える時間だから、手伝って」

 

上階からは、繁盛を伝えるにぎやかな喧騒が聞こえていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れて夕刻。通常通り授業を終えた響は教室にいた

 

「はあ~、私、呪われてるかも…」

 

放課後の教室には、既に響の姿しかなかった。ほかの友人は、駅前のお好み焼き屋に行っている。が、響はそうはいかなかった。今日は、昨日の件で学校で待つように言われている。

 

「あ…」

「重要参考人として、あなたを本部へと連れて行きます」

 

人の気配に振り返ると、そこには風鳴翼がいた。昨日のように、冷たい目で自分を見ている。有無を言わさぬ雰囲気で、響をつれて、エレベーターにのる。すると、さも当然といわんばかりに昨日の手錠をかけられた

 

「なんで~!」

 

昨日と同じような悲鳴を上げるが、昨日同様に反応してくれる人物はいない。ようやくエレベーターが止まると、そこには自分と同じように連れてこられたのか、昨日出会った男性の姿があった

 

「あ、快翔さん! 快翔さんもこちらに連れてこられたんですか?」

 

自分と同じ立場の快翔を見つけ、響が駆け寄って話しかける。そばにはあきらの姿もあった

 

「やあ立花さん。今日は俺もちょっと用事があってね。それよりも」

 

快翔はそう言って、手に持っていた袋を掲げる

 

「昨日立花さん、昨日CD探してたろ? そんで、今日探してたら二つ見つけたから、立花さんに一枚渡そうと思って。もちろん、特典つきだよ」

「おお、まじっすか快翔さん! 私、めっちゃうれしいです!」

 

本人を目の前にしてやり取りするのもどうかと思われるが、そこはファン二人。周りに目がいっていないようだ

 

「あ~、君たち、そろそろこっちの話も聞いてもらえるだろうか?」

 

しびれを切らしたのか、弦十郎が二人の間に割って入る

 

「響くん、君は了子君の所に行って昨日の検査の結果を聞いてきたまえ。そして」

 

そこで言葉を切って、あきらと快翔に目をやる

 

「君たちの話は俺が聞こう」

 

そう言って、快翔とあきらを案内した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、つまり君たちは、非常時には協力するが、普段からこちらの指揮下に入るつもりはない、ということでいいのかな?」

「ええ。人間を救う、という部分であなたたちを私たちの目的は共通ですが、その手段は異なっています。お互い、最低限の協力体制をとるのが無難かと」

「それに俺たちの第一目標はあくまで魔化魍です。そこを譲るわけにはいきません」

 

ふむ、と弦十郎が腕を組む。大人特有の、思慮深さからくる威圧感がある

 

「……わかった。まあ、正直なところ、俺もそのあたりが落としどころではないかと思っていた」

 

組んでいた腕をほどき、大きく息を吐きながら言う

 

「だが、もし君たちの目の届く範囲でノイズの被害が出そうになったり、俺がこちらの戦力ではどうにもならないと判断した場合は…」

「はい。可能な限り協力させていただきます」

 

結局、快翔たちと二課の協力体制は最初にあきらと快翔が予想した通りのものになった。

 

「ところで、司令。立花さんはいいんですか?」

「む、そうだな。俺も少しあちらに行ってくる。悪いが、立花くんと一緒に送り届けたいので少し待っていてもらえるか」

 

そう言うと、弦十郎は部屋を出る。残されたのは、快翔とあきらの二人になった

 

「その辺りが落としどころ、か」

「結局、あちらの思惑通りになってしまいましたね」

 

苦笑いであきらが言う。先程の弦十郎はこの辺りが落としどころだと『思っていた』と言った。つまり、あちらからすればこの結果は想定内、あるいは見込み通りだったということだ。

 

「ナリも雰囲気も豪快で、大雑把な印象だったけど、頭もかなりキレますね。あの人」

「ええ。伊達に国家機関の司令ではない、と言うことですね」

 

だが、今回最低限の協力体制をとれたことは、いい方向に行っている、とあきらは考えていた。ああいう手合いは、敵にすれば恐ろしいが、味方にすれば頼もしい。少なくとも、後ろから斬りかかられる心配は無くなった

 

「それにしても、立花さん大丈夫かなあ」

 

快翔の声は、深く思考を重ねていたあきらを現実に引き戻した

 

「心配なんですか?」

「ええ、まあ。彼女は俺たちや風鳴翼さんみたいに自分の意志で戦う力を持った訳ではないですから」

 

昨日の響は、明らかにシンフォギアの力に振り回されていた。あれでは、戦いに出すわけにはいかないだろう。というか、何故彼女は、どこからあんなものを出したんだ?

 

「ん? 何ですかあきらさん。何か俺、おかしなこと言いましたか?」

 

みれば、あきらは考えている快翔を見て微笑んでいた

 

「いえ、ただ、快翔くんはやはり優しいなと」

「な、何ですかいきなり……」

 

いきなりほめられて、何と言っていいかわからなくなる快翔。あきらは構わず続ける

 

「いきなりではありませんよ。言ったことはなかったですが、私は快翔くんは優しい人間だとずっと思っていました」

 

快翔はさらに混乱してしまった。あきらはこういうことをハッキリ言うので、言われた方が困惑してしまう。

 

「と、とにかく! あきらさんには迷惑かけるとは思いますが、よろしくお願いします」

「はい。可愛い弟の頼みですからね、私もつき合いましょう」

「…また古い話を」

 

快翔があきらのことを姉と呼んでいたのはもう10年近く前のことである。ときどきこうやって昔のことを持ち出してくるのも、快翔があきらに頭が上がらない理由の一つでもある

 

ちょうど会話が一息ついたところで、基地内にアラームが鳴り響いた。同時に緊急事態を知らせるであろう赤色のランプも点滅する

 

「あきらさん!」

「司令のところへ行きましょう!」

 

談笑ムードをすぐに切り替え、弦十郎が向かった方向へと二人は駆けていった

 

 

 

 

「司令、今の警報は?」

 

途中にいた職員に道を聞きながら発令所にきた快翔とあきらは、指令室に駆け込む。そこには大きなモニターがあり、そこにはノイズに向けて移動中の翼が移されていた

 

「ノイズが出た。今、翼と響くんが向かっている」

「立花さんが?!」

 

繰り返しになるが、響は素人である。そんな人間が戦場に立つなど、鬼として人を守っている快翔が看過できるものではなかった

 

「あきらさん!」

「ええ。風鳴司令、出現場所を教えてください」

 

快翔があきらに確認をとり、うなずいたあきらが弦十郎に確認する

 

「行ってくれるのか?」

「幸い、現状で魔化魍の出現は見られません。それに、訓練を積んでいない立花さんを放っておくわけにはいきません。私たちも行きます」

「すまない、助かる。藤尭、現在の場所を!」

 

弦十郎に指示されたオペレーターの一人が現在のノイズの場所を告げると、確認したあきらと快翔はすぐに駆け出す

 

「いいの弦十郎君? シンフォギア装者以外の人間を戦場に送り出して」

 

去っていく二人を見送ると、了子は弦十郎に確認する

 

「俺はこの国が守れればそれでいい。そのためにはシンフォギア装者だろうが彼らの使う『鬼の力』だろうがな」

 

弦十郎はそこで言葉を切り、今度は逆に了子に問いかける

 

「むしろ君こそいいのか? 俺と違い、君の目的は研究だろう? そこに鬼の力が混ざっても」

「あたしだってそこまで馬鹿じゃないわ。もし翼ちゃんが負けちゃえば研究どころじゃないもの。それに」

 

了子の空気が、すっと変わったのに気が付いたものはいなかった

 

「シンフォギア装者に融合症例、それから鬼の力。研究対象が多いのは研究者としては歓迎すべきことだもの」

 

 

 

 

 

 

 

「快翔くん、そろそろ現場です」

 

目を閉じて集中していた快翔が、あきらの声に顔を上げる。フロントガラスからは大型のノイズが見える。状況から見て、まだ戦闘は本格的には始まっていないようだ

 

「了解ですあきらさん。近くまで来たら離れてください」

 

それと、と快翔は付け加える

 

「今回、俺は立花さんの安全を最優先にしようと思います。ノイズは一体みたいですし、風鳴翼に任せておけば問題ないでしょうし」

「私も賛成です。快翔君はそれだけを考えてください」

 

それだけ話して、快翔は目を閉じて考える。思えば、昨日から彼女(立花響)の行動は異常だった。ノイズという絶対の脅威があったにもかかわらず、彼女は悲鳴を聞きつけてそちらに駆け付けた。その上、囲まれたと見るや否や少女を連れて躊躇なく用水路に飛び込んだ。おそらく今回も、自ら出撃を申し出たのだろう。勇敢、といえばそれまでだ

 

「(だけど、彼女の場合それが過ぎる。明らかに異常だ)」

 

何か、彼女には歪なものを感じる。快翔はそう感じていた

 

「快翔くん!」

 

あきらの声に顔を上げると大きく黒煙が上がっていた。ノイズの姿も確認できる。すでに走って近づいても大差ない距離になっている

 

「あきらさん車止めて! こっからは俺が行きます!」

 

すぐにあきらが車を止めると、快翔は飛び降りてあきらに向き直る

 

「それではお気をつけて」

 

カッカッと火打石を打ち鳴らす

 

「行ってきます!」

 

右手の人差し指と中指を立てて額に当て、あきらに向けて振ると、振り返って駆け出す

 

「よっし、じゃあ、行くか!」

 

腰の装備帯から変身用の音叉を外し、左手に当てて打ち鳴らす

 

キィーーーーーン、と澄んだ音が響き渡り、額にかざすと炎が快翔を包む

 

「~~~~~~~……ハア!」

 

乾坤一擲、気合とともに腕を振り払うと、そこに快翔の姿はなく、一人の鬼の姿があった

 

 




七話まできて原作の第二話あたりまでしか進んでいないという事実
これでも削った方なんです。許してください



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第八話 惑わす想い

お気に入りの数が50件を超えました。
みなさん、ありがとうございます


「……」

 

翼と響、そして快翔とあきらを見送ったあと、弦十郎は無言でモニターを見つめていた

 

「どうしました司令? なにか気がかりなことでも?」

 

後方にいた緒川が訊ねる。気がかりなことなら、ある

 

「…緒川、ここは任せた。俺はちょっと行ってくる」

 

そう言うと、弦十郎は司令室を後にした。後ろからは一言、「お気をつけて」という声が聞こえただけだった

 

「翼…」

 

戦場にいる姪の名を、弦十郎は静かに呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八話 惑わす言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐに終わらせる。翼はそう考えていた。相手は大型とはいえ、たかが一体だけ。自分の力をもってすれば、苦戦することもないはずだ

 

脚部のブレードを展開し、本体から分離した部分を次々に切り裂いていく。第一号聖遺物『天羽々斬』をまとった翼は、その力を存分に発揮してノイズを駆逐していた

 

幼いころにその歌で聖遺物を起動させて以来、防人としての使命を果たすためにその身を剣として研鑽を重ねてきた彼女にとって、その程度はどうということはないものだった。翼はその力に誇りを持っていたし、同じように戦ったかけがえのない存在の思い出を大切にしていた

 

だからこそ、翼は『彼女』のことを受け入れるわけにはいかなかった

 

「~~~~~~~~~~!」

 

声にならない声を上げ、背後の大型ノイズが翼に襲い掛かる。だが、翼にとってその程度は予想済みである。手に持った長刀の装備(アームドギア)を大太刀へと変え、迎え撃とうとする

 

「でやあああああああ!」

 

だがその翼の行動は、気合のこもった声によって中断された。上空から、第三号聖遺物ガングニールを見にまとった響が飛び蹴りをノイズに決めていた。ノイズは体勢をくずし、翼に攻撃するどころではなくなる

 

「翼さん!」

「っ!」

 

地上へ落ちる響と、上空へ飛び上がる翼

 

状態をの対象さを表すように、二人の表情も対照的だった。響は役にったった!というような表情なのに対し、翼はどこか苦虫をかみつぶしたような表情だった

 

「はああああ!」

 

―蒼ノ一閃―

 

アームドギアから青い雷状の斬撃を飛ばし、大型のノイズを真っ二つにする。ノイズはその姿を炭へと変えた。これで、ノイズの殲滅は完了だ

 

「す、すげー……」

 

ようやく到着した快翔が、間の抜けた声を上げる。それほどまでに今の戦闘は圧倒的だった

 

「つーかなんだよあれ。なんで刀がいきなり大太刀になるんだよ非常識だろ。いやまあ俺たちの力もなかなかだけど」

「翼さん!」

 

ぶつくさ文句を言う快翔をしり目に、響は翼にかけよる

 

「私、今は足手まといかもしれませんけど、精一杯頑張ります! だから私と一緒に戦いましょう! あ、もちろん快翔さんも!」

「俺はついでかよ…」

 

響は力強く言う。ついで扱いにされた快翔は苦笑いだが、拒否はしない。だが、翼の反応は全く違っていた

 

「そうね」

 

響の言葉を受け入れるような言葉に、表情が明るくなる。が、その表情はすぐに困惑へと変わった

 

「あなたと私、戦いましょうか」

 

響の目には、自分へと切っ先を向けられた刀が映っていた

 

「へ?」

 

思わず間の抜けた声が上がる

 

「私そういう意味で言ったんじゃ…」

「わかっているわ。私があなたと戦いたいの。さあ、あなたもアームドギアを構えなさい」

 

響が説明するが、翼は聞く耳を持たない。一触即発の雰囲気だったが、そこに待ったをかけたのは快翔だった

 

「待った翼さん。あなたにも思うところはあるだろうけどさ、こんなとこで仲間割れすんのはやめようぜ」

 

スッと間に割り込み、突き付けられていた刀に上から手を添える。言葉は柔らかいものだったが、刀を抑える手には力が込められていた

 

「仲間、だと…?」

 

快翔の言葉に、翼が厳しく反応する

 

「ああ。俺も立花さんも、もちろんあなたもだ。目的は人間を守ること。まあ、俺は方法はちょっと違うけど…うわ?!」

 

快翔が言い終わる前に、抑えていた刀が横なぎに振られる。間違いなく快翔をめがけてのものだった

 

「ちょっと待て「あなたが!」」

 

文句を言おうとする快翔だが、その言葉は翼の叫びにかき消された

 

「戦う覚悟も持たずに戦場にたつあなたが、奏の何を受け継いでいるというの?! そんなあなたと私が、どうやって仲間になれというの?!」

 

言いながら響を睨み付ける。もはやその眼には快翔は映っていなかった。明確な敵対心を響に向けている。それだけ言うと、翼は高く飛び上がる

 

「くそっ立花さん! 俺の後ろに!」

 

翼が本気だと判断した快翔は、響の前に出て、音撃棒を構え、力を籠める。いくら敵対しているとはいえ、相手は人間、しかも素人だ。先ほどのような大技は来ないだろう。それなら、鬼の力を使えば受け止められるはずだ。最悪自分がダメージを負っても、その間に一呼吸置くことができれば翼も落ち着くはずだ

 

だが、その予想は外れていた

 

「はああ!」

 

アームドギアを投げると、その姿を再び大太刀へと変えた。だが、その姿は先ほどまでの手に持てるものとは比べ物にならない。先ほどの大型ノイズよりもさらに巨大なその刀身は、初めて快翔が見たときのものと同じだった。柄のないその刀身に、翼は全力で蹴りを入れる。剣と一体となった姿を遠目に見れば、それは一振りの巨大な剣のようだった

 

―天ノ逆鱗―

 

「ちょ、ええ! マジかよ!」

 

予想の外れた快翔が、素っ頓狂な声を上げる。だが、こうなってしまってはしょうがない。快翔はさらに力を籠め、音撃棒に『氣』を籠める。最悪でも、後ろの響だけでも守らないといけない

 

「はああああ……」

 

両足を開いて腰を落とし、衝撃に備えると同時に、音撃棒をクロスに構える。快翔にとることができる、最大の防御姿勢だ

 

「はあああ!」

 

裂帛の気合とともに脚部のブレードからの推進エネルギーで突進してくる翼と、覚悟を構えた快翔。だが、その間に割って入る影があった

 

「おりゃあ!」

 

防御姿勢をとる快翔のさらに前、拳を突き出し巨大剣を迎撃する

 

「お、叔父様?!」

「どらあああ!」

 

驚愕している翼をしり目に、さらに力を籠める弦十郎。すると、踏みしめていた地面が衝撃に耐えきれずにめくれ上がった。さらに衝撃が近くの水道管を破壊したのか、吹き出た水がまるで雨のように降りかかってきた

 

「きゃああ!」

 

バランスを失った翼が、地面に叩きつけられる

 

「全く、こんなにしちまって。何やっとるんだお前らは」

「えええ……」

 

こんなにしちまったのは主にあんただ、と突っ込みたい快翔だが、目の前の光景に言葉を失っていた

 

「この靴、高かったんだぞ」

「ご、ごめんなさい」

 

おどろいて謝る響。違う、そうじゃない。そう突っ込みたかった快翔だが、やはり言葉が出てこない

 

「全く、何本の映画が借りられると思ってやがる」

「レンタルかよ。買えよ」

 

ようやく出てきた突込みはそれだけだった。何とか言語機能が回復した快翔は、いろいろな感情を一言の皮肉に込めた

 

「もうあんたが出れば全部解決すんじゃねえか。ノイズも魔化魍も」

 

いつになく口調が荒っぽいのはご愛敬だ。だが、そんな皮肉も、大人の余裕をもった一言で返される

 

「そうはいかん。俺がいくら強くても、ノイズには触れないし魔化魍に有効な清めの音を出すこともできない。結局、お前らのような子供に手を貸してもらわなけりゃならんのさ」

 

どこか自嘲めいた言葉を残して、弦十郎は翼に歩み寄る

 

「らしくないな翼。ロクに狙いもつけずにぶっ放したのか、それとも…」

 

そこまで言って、弦十郎は翼の異変に気付く

 

「お前泣いて「泣いてなんかいません!」」

 

弦十郎の言葉を最後まで聞くことなく、翼は否定した

 

「涙なんて流していません。風鳴翼は、その身を剣と鍛えた戦士です。だから…」

 

まるで慟哭。翼の独白を、快翔はそう受け取った。口調は静かだったものの、ここ数日の翼の感情が見え隠れするような言葉だった

 

弦十郎を支えに立ち上がる翼に、これまで口を挟めずにいた響が告げる

 

「わたし、自分がダメダメなのはわかっています。だからこれから一生懸命頑張って…」

 

「奏さんの代わりになってみせます!」

 

人によっては、響の言葉は素晴らしい決意の言葉に聞こえるただろう。自分が未熟なのを理解して、そこから成長しようという決意。だが、響の言葉をそう受け取った人間は、この場にはいなかった

 

「っ!!」

 

パシン、と乾いた音がした。降りしきる水のなかでも、ことさら耳につく音。翼が響の頬を叩いた音だった

 

横流れする視界の中で、響は確かに、翼が泣いていたのを見た

 

 

 

 

 

 

「じゃあ快翔、済まないが響君を」

「ええ。寮まで送り届けます。それよりも、いいんですか? 勝手に帰っちゃって」

 

あのあと、翼を何とかなだめた弦十郎は、快翔と響に今日はもう帰るように指示した。そこで、快翔が響を送っていくと申し出たのだった。もっとも、送っていくのはあきらだが

 

「司令の俺がいいって言ってんだ。いいに決まってんだろ。それに」

 

自分の乗ってきた車に目をやる。ようやく落ち着いた翼の姿が、後部座席にあった

 

「今の状態で二人を一緒にしておくわけにもいかんだろう。明日改めて迎えをよこすから、話はその時に聞かせてくれ」

「そうですね。じゃあ、また明日」

「ああ」

 

車で去っていく弦十郎を見送った快翔は後ろにいた響を見やる。やはりというべきか、先ほどのショックが抜けきっていないようだ

 

「立花さん、お疲れ様。送っていくから帰ろう」

「はい…」

 

制服姿の響をつれ、快翔はあきらの車に乗り込む。鬼の格好では車の座席には座れないため、後部座席を倒してドアにもたれかかるようにし、足を伸ばして座る。響は道案内のために助手席に座った

 

「響さん、お疲れ様です」

「あ、はい。えっと…」

 

話しかけられた響だが、なんと答えていいかわからない。そもそも、この人は誰だっただろうか

 

「私は快翔くんのサポート担当の天美あきらです。あきらとよんでくださって構いません」

「あ、はい。立花響です。ありがとうございますあきらさん」

 

挨拶を済ませて、快翔が車に乗り込んだのを確認してあきらが車を出す。響は、あきらに道を説明していた

 

「あ、ここでいいです」

 

しばらく車を走らせたところで、響が言う。寮まですぐのところだった

 

「立花さん、今日はお疲れ様。今日はゆっくり寝るといいよ」

「はい…」

 

車から降りて、快翔が見送る

 

「じゃあまたね」

「あの、快翔さん!」

 

帰ろうとした快翔を、響を呼び止める

 

「どうかした?」

「あの、えっと…」

 

少し迷って、響は告げた

 

「あの、私が今日翼さんに言ったこと、間違ってたんでしょうか?」

「……」

 

響の言ったのがどの部分か、ということは、聞かなくても分かっていた。答えるまで少し考えて快翔は言った

 

「……誤魔化したってしょうがないから、本当のことを言うよ」

「はい…」

 

少し間をおいて快翔が言う

 

「立花さんがどう思ってるかはよくわかった。強くなろう、そのために努力しようっていうのは間違ってない」

 

それでも、と快翔は続ける

 

「それでも、誰かの代わりに、なんて言葉は簡単に使っちゃダメなんだよ」

 

ハッキリと、快翔は響に告げた

 

 

 

 

 

 




話が進まない…

今年はもう一回投稿できると思います。


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第九話 動き出す魔物

みなさん、遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

前回の更新から2か月、いろいろ立て込んでしまいこの時期になってしまいました




「すまないな快翔、天美くん。昨日の今日で来てもらって」

「いえ、問題ありません。それよりも、話って何ですか?」

 

ノイズとの戦闘の翌日、朝のひと段落した時間に快翔とあきらは弦十郎に呼び出されていた

 

「いや、君たちも昨日の戦闘の後だ。協力してもらったんだし、精密検査ぐらいはと思ってな。それに……」

 

弦十郎はいったん言葉を区切り

 

「知っておいてもらわなければならんこともあるからな」

 

表情を少し変えながらそう言った

 

 

 

 

 

 

 

 

第9話 動き出す魔物

 

 

 

 

 

 

 

 

報告書は後で上げます、という明日夢を残して、快翔とあきら、弦十郎はミーティングスペースへと向かった。三人が着くころには、先客が二人いた

 

「どうも。昨日はお疲れ様でした」

「お疲れ様。今日はあたしもお話会に参加させてもらうわよ~」

 

三人に気が付いた二人が同時に声をあげる

 

「知ってると思うが、改めて紹介する。俺の部下の緒川慎次と、研究担当の櫻井了子だ」

 

緒川とは接点があるが、最初の歓迎会や昨日来た時に響のほうに行ってしまった了子と話すのはこれが初めてだった

 

「初めまして。天美あきらです」

「よろしくね~、あきらちゃん」

 

差し出された手を、あきらは何の抵抗もなく握る

 

「加々井快翔です」

「鬼の子ね。よろしく~」

 

同じように差し出された手を握る

 

「!!!!」

 

握った瞬間、言い知れぬ悪寒が快翔の背筋を駆け抜けた。思わず快翔が勢いよく手を離す

 

「快翔くん? どうかしましたか?」

 

心配そうに話しかけるあきらの声で我に返る

 

「い、いえ、すみません櫻井先生。少し静電気が走ったみたいで……よろしくお願いします」

「そう? 私は何も感じなかったけど……よろしく♪」

 

言いながら再度手を握る。今度は先ほどのような悪寒はなかった

 

 

「さて、こうやって集まってみたわけだが、何から話したものか……」

 

言いながら弦十郎は快翔とあきらを見る。その表情は「何から聞きたい?」と言っているようだった

 

「それでは、昨日のことについて説明してください」

 

要求を出したのはあきらだった。昨日あきらに何があったのか説明したとき、かなり怒っていたのを快翔は思い出した

 

「せっかくこちらが協力体制を受け入れてノイズ殲滅に協力したのに、そちらから斬りかかられたのはどういうつもりですか?」

 

声のトーンは低めで、怒鳴り散らしている声ではない。だが、あきらからしてみれば危うく仲間を殺されかけたのだ。その目は怒りで満ちていた

 

「すまない。それについては俺からも謝る。俺も、まさか翼があそこまで短絡的な行動に走るとは思っていなかったんだ」

 

叱責を受けた弦十郎は、素直に謝るしかなかった。非は完全に自分達にある。そういうときは謝るしかない

 

「それより、翼さんは何故あんな行動に? 実際に攻撃された身としては、その辺りをしっかりと聞いておきたいんですが」

 

弦十郎の謝罪で少し沈黙になったところで、改めて快翔が訊ねる

 

「……そうだな。君たちには知っておいてもらわないとな」

 

弦十郎は、一度佇まいを直す

 

 

「君たちはツヴァイウィングを知っているか?」

 

知らないわけがない。ツヴァイウィングといえば、風鳴翼が所属していたツインボーカルユニットだ。

 

快翔はその頃からの風鳴翼のファンだし、あきらも取り立ててファンというわけではなかったが、オリコンに入っていた彼女たちの曲は知っている

 

「知っていますが、それが何か関係あるのですか?」

 

今一話が見えてこないあきらが訊ねる

 

「関係あるとも。何せ、ツヴァイウィングの翼ともう一人の天羽奏はシンフォギア適合者だったのだからな」

 

驚きが半分、同時にやっぱりな、という気持ちが半分。それが快翔の胸中だった。弦十郎は続ける

 

「二人はシンフォギアの装者としてノイズと戦っていた。そしてある目的のための実験をしていたとき、事件が起きた。二年前のことだ」

「事件…ツヴァイウィング…二年前…もしかして」

 

あきらが何かに気が付いたように声をあげる。弦十郎は肯定するように一つうなずいた

 

「ああ。その実験は、完全聖遺物の起動のために必要なフォニックゲインを集めるために彼女たちのライブ会場の別室で行われていた」

 

「完全聖遺物? シンフォギアとはまた別ものなんですか?」

「シンフォギアはあくまで聖遺物の欠片から作られたものなの。それに対し完全聖遺物とはその形や力をそのままの形で残してるもののことよ」

 

快翔の疑問に了子が答える。そのまま説明を了子が引き継ぐ

 

「実験は成功。我々は完全聖遺物を制御下に置き、より効率的にノイズ対策をとれる……はずだった」

 

はずだった。その一言で、この話の結末が快翔とあきらにはわかってしまった

 

「原因は謎。結果は暴走。聖遺物の制御は失われ、実験室は爆発。その上ライブ会場のほうは…あなたたちもご存じよね」

「ノイズの襲来。かなりの人間が死んだ。そして、その中にはツヴァイウィングのボーカル、天羽奏も含まれていた。今までの話を合わせると、天羽奏はノイズとの戦いで命を落とした、ということですね」

「ああ。正確には、ノイズを殲滅するために命がけの技を使って、だな」

 

弦十郎が話を締める。その場を沈黙が包むが、それはあきらの疑問によりすぐに破られた

 

「ツヴァイウィングがノイズの殲滅に深く関わっているのはわかりました。ですが、まだ翼さんの行動について説明をしてもらっていません。いくらそんな経験があっても、やはり人に向けて攻撃する理由にはなりません。まして、響さんんおような素人相手に」

 

あきらとしては、ツヴァイウィングよりも天羽奏よりもこちらのほうが問題だった

 

「翼のまとうシンフォギアは第1号聖遺物天羽々斬、そして奏が使っていたのは第3号聖遺物、ガングニール」

 

弦十郎はあきらの疑問に説明を始める。あきらの求める答えは、一言に集約されていた

 

「響くんが装着したのも、ガングニール。奏のガングニールの、さらに小さな欠片から作られたものだ」

 

その一言で、快翔とあきらはわかってしまった。翼が、なぜあそこまで響を認めないのか。そして、響が昨日口走ってしまった言葉の重さを

 

 

 

 

 

 

 

 

快翔とあきらが地上に戻るころには、日はすでに頂点を超え、徐々にその高度を下げていくところであった。帰りの車の中で、あきらが快翔に言う

 

「快翔くん、やはり今回の協力体制、やめたほうがいいんじゃないでしょうか」

「いきなりですねあきらさん。まあわかりますけど」

 

あの後は翼に関わる話はなく、ノイズの発生状況や快翔の健康診断の結果だけを話した。というよりも、それ以外に話すことがなかった、というのが本音だ

 

「快翔くんだって、そう思ったから深く話を聞かなかったんでしょう?」

「ん、まあそうなんですけどね」

 

先ほどの話にも、まだまだ不明瞭な点は多くあった。暴走した聖遺物はどうなったのか。命がけの技とは何なのか。なぜ、天羽奏の使っていたガングニールを響が使用するに至ったのか

 

だが、それを聞くということは、より深く│特異災害対策機動部二課《彼ら》とより深く関わるということである。場合によっては協力体制を解消する必要がある相手に対し、それは得策ではない。ゆえに、あきらも快翔も深くは聞かなかった

 

「彼らと関わり合うことなく活動することは、難しいですができないわけではありません。ノイズは放っておいて、魔化魍だけに対応すればいいわけですから」

「そうですけどね。でも実際、目の前でノイズが出たらそうはいかないわけで。それに、司令の言うとおりだとしたらこれからノイズはさらに増えるみたいですし」

「それはそうですが…」

 

弦十郎が言うには、最近ノイズの発生件数が異常らしく、快翔たちに協力を依頼したのもさらなる発生件数の増加に備えてということだった

 

「というか、快翔くんはどうしたいんですか? 話だけ聞いていると、このままか、より深く付き合っていくように考えてるように聞こえるんですが」

 

あきらが少し険のこもった声で言う。批判まではいかないが、それでいいんですか?と案に言わんばかりである

 

「そうですねえ…」

 

あきらに言われて快翔は考える。あきらの言いたいことはわかる。自分たちの仕事は魔化魍退治だ。ここでノイズ対策から降りたところで咎めるものはいない。だが、知ってしまった以上放っておくわけにはいかない。ノイズもそうだが、風鳴翼のことも、もちろん立花響のことも

 

「やっぱ放っておけないですね。俺としてはしばらくこのまま付き合っていってもいいのではないかと思います」

「……そんなに女の子が放っておけないんですか?」

 

快翔の返事に、あきらはあきれたような、からかうような声で返す

 

「ちょっとあきらさん。その言い方はどうかと思いますよ。それじゃ俺がまるで女の子のために頑張ってるみたいじゃないですか?」

「違うんですか? 少なくともわたしにはそう聞こえたのですが」

 

運転しながら、あきらが完全にからかいモードに入っている。こうなってしまっては、快翔に勝ち目はない。まあ、普段から勝てないのだが

 

「ああもう、じゃあそれでいいですよ! どうせ俺は女の子のために頑張る不埒な輩ですよ!」

 

膨れ面で快翔が言う。あきらはそれを笑いながら見ているだけだ

 

「あまり膨れないでください。私は快翔くんのそういうところ、好きですよ?」

「……あきらさん、そういうこと、そういう顔でキョウキさんとかに言っちゃだめですよ」

 

全く無防備な鮮の笑顔と発言内容に、からかわれた仕返しとばかりに毒づく。すると、二人の話が終わるのを待っていたかのようにあきらの携帯が着信を告げる

 

「あ、快翔くん、出てもらっていいですか?」

「はい…っと、香須実さんからですね。スピーカーにしますよ」

 

応答の操作をして挨拶をする

 

「お疲れ様です香須実さん。どうかしましたか?」

 

普段通りに快翔は言ったが、電話の向こうから返ってきたのは緊張感のある声だった

 

『快翔、あきら、魔化魍の反応よ。あなたたちの担当の区域内から。今快翔の携帯にも詳しい場所と状況を送ったわ』

 

 

ドクン、と自身の体が大きく脈打つのを快翔は感じた

 

 

 

 




今後も遅くなるかと思われますが、よろしくお願いします


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第十話 伝える言葉

お待たせして申し訳ありません。4月から生活環境が変わってなかなか執筆時間が取れずようやく形になったので投稿します


翼に剣を向けられてから二週間が経っていた。響は授業中ではあったが心ここにあらずという状況だった

 

この二週間で、何度か出動があった。だが、そのどれも自分が生き延びるのでやっとだった。ノイズにしても、自分に襲い掛かってきたものを倒しているだけだった。とても人助けになっているとは思えない

 

思い出すのは、二週間前のあの日。自分の言葉に、涙しながら頬をはった翼の姿と、そのあとの快翔の言葉だった

 

君は間違っていないよ。まあ、しかたないよ。そんな言葉を心のどこかで期待していた響に投げかけられたのは、はっきりと響を責める言葉だった

 

快翔にはわかっていたのだ。自分が何を間違えたのか。何がいけなかったのか

 

あの一件以来、翼とはまともに口もきけていない。このままではいけない。もう一度謝らないと

 

「(快翔さんに聞こう。私の何がいけなかったのか)」

 

この二週間、ノイズの撃退にも表れない人物を思いうかべた響は、教師の言葉をまるで他人事のように聞きながら、決意を固くした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十話 伝える言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか見つからないなあ」

 

翌日、休日を利用して街中を走り回っていた響は、公園のベンチで休んでいた。電話は繋がらなかったので、心当たりを走り回っている。

 

「ええっと。マンションで、5階に住んでて、あと、天美さんが運転してた車」

 

響は、自分が知っている快翔の情報を改めてまとめる。車意外は、会話の中の断片的な記憶だ。手当たり次第に5階建てのマンションを当たっているが、ここまでは全て空振りだった

 

「よし、次行こ!」

 

再び自分に気合を入れた響は、次なる建物に狙いを定める。いくらこの街でも、五階をこえ、かつ住居用の建物はそう多くない。自ずと数は絞られてくる。響は、マンションに入ると、じ~っと集合ポストとにらめっこする、が、やはり見当たらない

 

「ごほん!」

 

響の不審な態度に、守衛室の警備員がわざとらしく咳払いをする。響はポストをあきらめ、警備員に尋ねる

 

「あの~、ここに加々井快翔っていう人住んでませんか?」

「……失礼ですが、あなたは?」

 

当然といえば当然の反応だが、響は言葉に詰まる。なんと言っていいかわからなくなってしまい、固まる響。警備員が追い返そうとした瞬間、響の後ろから助け舟が出された

 

「警備員さん、すみません。その子は俺の連れっス。ちょっと従妹の様子を見に来たんスけど、先に行っちゃって」

 

後ろにいたのは、長身の男性だった。30代ぐらいと思われる男は、響の手を引いてオートロックを解除して中へと入っていった

 

「え? え?」

 

自分の理解を超えたスピードでものごとが進んでいく。エレベーターを待つところまできて、ようやく男は足を止めて、響を引っ張ってきた手を離した

 

「ごめんな、いきなり。で、君は?」

 

男は響に尋ねる。先ほどの警備員のような警戒する目つきではないが、それでも響に大差はない。それでも、快翔を訪ねてきた自分を引っ張ってきたということは、快翔と知り合いのはずだ

 

「あの、私、前に快翔さんに助けられて…それで…」

 

ぽつぽつと話すと、少し考えて男が手をたたく

 

「ああ! じゃあ君が…ええっと、シンフォギアの!」

「あ、しー! しー! だめです大声で言っちゃ!」

 

今度は響が慌てる。シンフォギアについては秘密なのだ。誰が聞いているかわからない場所で大声で言われてはたまらない

 

「ああ、ごめんっス。で、快翔に何の用っスか?」

「それは、ええっと」

 

会って話をしたいのだが、何を話せばいいのかわからない。そんな響の心境を知ってか知らずか、男は続ける

 

「申し訳ないっスけど、快翔はここにはいないっス。俺は快翔の応援に行くついでに、とってきてほしいものがあるって言われて来たんっス」

「あ、そうですか…」

 

言われた途端響がシュンとなる。ようやく話を聞けるかと思ったが、そううまくはいかないようだ。そんな様子を見て、それじゃあ自分はこれで、と言えるほど、男はドライな性格はしていなかった

 

「あ~、よかったら付いてくるっスか? 自分もこれから行くんで」

「ほ、ホントですか?! 行きます! 絶対行きます!」

 

ものすごい勢いで、響は食いつく。その様子に男は少し引きつつも、降りてきたエレベーターに乗る

 

「じゃあ、ちょっと荷物をとってくるんで、ここで待っててください」

「あ、私は立花響です。あなたは…」

 

まだ名乗っていなかったことに気が付き、自分が名乗ると同時に相手の名前を聞く。男は響の名前に少し驚いた顔をしながら、自分の名前を告げた

 

「自分は、トドロキっス! よろしくっス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リディアン音楽学院からそう遠くない山の中、車で入れるギリギリのところに快翔とあきらはいた。車で入れる限界のところまで入っており、開けた場所にはキャンプ用のテーブル、テント、そして大きな周辺の地図が車の側面に立てかけられていた

 

「こちらもハズレですね。快翔くん、そちらはどうですか?」

 

CDのような形に変形したディスクを、笛のようなものにさして回していたあきらが、CDを外しながら言う。隣には、鬼に変身する際に使う音叉を折りたたんで同じようにディスクを調べていた快翔がいた

 

「いや、こっちもハズレです。なかなか当たらないですね」

「ええ。二週間前に姫と童子を倒したので、そう動きは無いと思うんですが」

 

香須実からの報告の後、すぐに現場へ向かった二人は、魔化魍を操る姫と童子を倒すことに成功した。だが魔化魍そのものには逃げられてしまったため、こうしてキャンプを張って対応しているのだ

 

「情報通り、ツチグモではあったんで、太鼓で退治できると思うんですけど」

「はいそうですね。でも快翔くんも一通りの音撃はできるんですし、そこまで気にしなくていいのでは?」

「いや、できますけど、やっぱりメインは太鼓ですから。強いやつ相手じゃ、やっぱり本職の人たちに頼らないと」

 

ディスクを処理しながら話していると、あきらの運転する車と同型の色が違う車が入ってきて停車した

 

「あ、トドロキさんですね」

「本当に来てくれたんだ」

 

停車した車の運転席から、トドロキが降りて手を振る

 

「お~い快翔、あきら~!」

 

お疲れ様です、という挨拶をそこそこにトドロキは快翔に駆け寄る

 

「よう。調子はどうだ?」

「ええ、いい感じです。それよりもトドロキさん、オフなのにありがとうございます」

「気にするな、後輩のためだ。あきら、これ頼まれてたやつ。あと、俺からの差し入れも入ってる」

「ありがとうございます。でも、変な本では無いですよね?」

 

あきらがくぎを刺すように言う隣で、快翔はトドロキの車の中に誰かがいるのに気が付き、覗き込むようにすると、トドロキがそれに気づく

 

「ああ、そういえば快翔にお客さんだ」

「俺に?」

 

そう言うと、トドロキが車に向けて手を振る

 

「お~い響ちゃん! 降りて来いよ~」

「た、立花さん!?」

 

驚く快翔の前で、車の後部座席のドアが開き、響がゆっくりと降りてきた

 

 

 

 

 

「トドロキさん、どうぞ」

「おおあきら、ありがとう」

 

差し出されたコーヒーを受け取って、一口をつける。まだ春の気温が上がりきらない季節、街は暖かくなって生きているが、このような山の中ではまだ気温は低い。淹れたばかりのコーヒーはトドロキの体に染み渡る

 

「あの子がシンフォギアの子だろ?」

「ええ。トドロキさん、快翔くんの報告書は読まれてるんですよね」

「ああ。やっぱり気になるからな」

 

報告書は『たちばな』に送られており、誰でも見れるようになっている

 

「なんだか、二課(あっち)は内輪もめみたいだけど大丈夫なのか?」

「知りません。私も心配ではあるんですが、まあ、快翔くんがやる気なので、このまま様子見ですね」

 

ヒビキさんにも許可はとっていますし、とあきらは続けた

 

「で、彼女は? 全くの素人らしいけど大丈夫なのか?」

「大丈夫、ではないですね。こないだも余計なことを言って翼さんを怒らせてしまったみたいですし」

 

あきらが笑いながら言う。その場にいなかったあきらは快翔からの伝聞だが、その翌日の弦十郎の話を聞くとまあそうなるだろうな、と感じた

 

「翼さんって風鳴翼か。なんて言ったんだ」

「ええ。『奏さんの代わりになれるように頑張ります』だそうです」

 

トドロキの表情が、わずかに曇ったのにあきらは気づかなかった

 

 

 

 

 

 

「はい立花さん。あったかいものどうぞ」

「あ、あったかいものどうも」

 

インスタントだけどね、と付け加えて、快翔が響の隣に腰を下ろす。響も少し時間をおいて落ち着いたようだ

 

「でも、ビックリしたよ。トドロキさんと一緒に来るなんて。俺のマンションに来てたんだって?」

「はい、探し回ってたところ、たまたまトドロキさんがいたので連れてきてもらいました」

 

一口コーヒーを口に運んでいる間の沈黙のあと、口を開いたのは快翔だった

 

「それで? 俺に聞きたいことって何かな?」

 

トドロキから事情を聞いたので、快翔から切り出す

 

「あの、この前のことでちょっと…」

「この前…ああ、あの時の」

 

それだけで通じたようで、快翔が言う

 

「快翔さん、私が悪いって言ってたけど、何が悪いかわからなくて。私、一生懸命奏さんの代わりになるって頑張ろうって…」

 

快翔は響の言葉を黙って聞いていた。響の独白は続く

 

「私のガングニール、奏さんのと同じなんです。奏さんに助けられたときに、心臓の近くに埋まって取り出せなくなっちゃって。だから、奏さんみたいに、頑張らなくちゃって。│ガングニール《この力》は、奏さんから受け継いだものだから」

「立花さん」

「はい…あいだっ?!」

 

聞き終わった快翔は、響の額に、手を伸ばし、人差し指で弾いた。いわゆるデコピンだ

 

「君が天羽奏に救われて、天羽奏の代わりになりたいと思ってるのはわかった。でもね、いくら同じ力を受け継いでも、君は君でしかないんだ」

 

今度は響が聞く側に回る番だった

 

「亡くなったは、その人のことを知っている人の中にしか存在しない。でも、誰の中にいるかによって、その人は違う人間なんだ。どうしてかわかる?」

 

ふるふる、と響は首を振った。「だよね」と快翔は笑いながら同意する

 

「その亡くなった人のことをどれだけ知ってるかがそれぞれ違うからだよ。立花さんの知ってる天羽奏はどんな人」

「え? えっと、強くてかっこよくて、歌が上手で…」

 

響が答えると、快翔はじゃあ、と続ける

 

「翼さんは立花さんと同じ印象を奏さんに持ってるかな?」

「それは…」

 

違う。翼さんは、自分の知らない奏さんを知っているはずだ

 

「そう言うこと。だから、誰かが誰かの代わりになるなんて無理なんだ。それに」

 

立ち上がって、正面に響をとらえて言う

 

「せっかく立花さんが頑張ってるのに、それが誰かの代わりになりたいからなんて悲しいよ。立花さんは、立花響なんだから」

「……フフ」

 

自然と笑いがこぼれた。難しい話だったはずなのに、ストンと気持ちよく自分の中に落ちてきた

 

「な、何で笑うのさ」

「別に。でも、快翔さんて優しいですね」

 

そう言うと、響は腰を上げた

 

「ありがとうございます。快翔さん。私、まだまだですけど、頑張ります! 奏さんの代わりじゃなく、私自身で!」

 

屈託のない笑顔で響は告げた

 

 

「お話しは終わりましたか?」

「あきらさん? はい。もう大丈夫です」

 

タイミングを待っていたのか、あきらが下りてきた。その手にはディスクがあった

 

「アタリです。西の方角。予想通り、ツチグモです」

 

 

 

 

 

 

 

 




XDUが楽しみですね。トリプルガングニールをやってみたいです


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第十一話 貫く自分

もうさ、一年以上とかほんと何やってんのさ…
お待ちしてくださった皆様、大変申し訳ございませんでした

それでは十一話、どうぞ


「さて、私は撤収の準備を始めますね」

「そうか。 手伝おうか?」

 

快翔が山を駆け抜けているころ、キャンプをはった場所でもあきらが動き始めていた。魔化魍を見つけ出し快翔を送り出した以上、もう自分たちにすることはない。そうなれば、あとは速やかに引き上げる準備をするだけだ。動き出したあきらにトドロキが声をかける

 

「ありがとうございます。でも大丈…」

 

断りかけたあきらだったが、少し考えてトドロキではなくこの場にいたもう一人に声をかけた

 

「すみません響さん、少し手伝ってもらえませんか?」

 

当の響は一瞬自分が呼ばれたことが理解できなかった

 

 

 

第十一話

 

 

 

 

 

静かな山の中を、変身した快翔は駆けていく。普段は小鳥さえずりや葉擦れの音でざわめくこの場所も、今は不自然に静かになっていた。その静けさが、否が応にも快翔に緊張感をもたらしていく

 

「とうとう来たな…」

 

口に出した声もその静寂に飲まれていく。腰の装備帯のバックルにあたる部分には、普段弟子が身につける『零式』ではなく正式に支給される音撃鼓が装備されている。普段と重さはそう変わらないはずなのに足が重く感じるのは緊張からだろうか

 

気負いはない。これまでにも、先輩の鬼のもとではあるが魔化魍を清めた経験はある

 

「大丈夫だ。いつも通りやりゃ問題ない」

 

自分に言いきかせるように口にしながら、快翔は先導するディスクアニマル、ルリオオカミの後を追った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響さん、そのディスクをこちらから積んである順に箱に戻してください」

「はい」

 

快翔が山をかけていた一方、ベースキャンプでは撤収の準備を始めていた。響もあきらに指示されながら手伝っている

 

「あの、あきらさん?」

「何ですか? 響さん」

 

今まで黙々と作業していた響が唐突にあきらに問いかける

 

「なんで私を名指しで手伝わせてるんですか? トドロキさんのほうがいいと思うんですけど」

「ああ。それですか」

 

響の問いにあきらは笑いながら答える

 

「トドロキさん、どうもこういうのは苦手みたいで。それに一度響さんと話してみたかったんです」

「私とですか?」

「ええ。快翔くんとは話されてるみたいですけど、私とはそんなに話したことなかったですよね?」

 

そう言われて響は思い返してみる。すると、あきらと交わした会話は二週間前のあの日、自己紹介と簡単な道案内しかしていないことに気が付いた

 

「さっき快翔くんと何を話したんですか?」

「ええっと、この前のことで少し」

 

言葉を濁しながら響は答えた。これでは会話が終わってしまうので、今度は響からあきらに問いかけてみることにした

 

「あの、あきらさんも鬼なんですか?」

 

聞かれたあきらは、少し困った表情をしながら答えた

 

「いえ。以前鬼を目指していたことはありましたがいろいろあってあきらめてしまいました」

「あ、ごめんなさい」

「いいえ、過ぎたことですから。気にしないでください」

 

聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った響は謝るが、そこは大人の余裕か、あきらは表情を崩さずに鍛える

 

「私、そうやってこないだも翼さんを怒らせてちゃって。どうにかしないとって思ってるんですけど」

「そうですね。でも、響さんはそれでいいと思いますよ」

 

あきらの言葉に、自然と伏し目がちになっていた響が顔を上げる。あきらは柔らかい表情で続ける

 

「翼さんの件は残念でしたが、そういう響さんがいいと言ってくれる人もいるはずですから」

 

そう言われて響はずっとともにいてくれる親友の顔を思い出した

 

「…快翔さんにも言われました。私は私のままでいいって。じゃないと悲しいからって」

「快翔くんらしいですね。でも私もそう思います。せっかく響さんが決めたのにそれが誰かの代わりになるためというのは、やはり私も悲しいと思います」

 

 

あきらがそう言ったところで、急に風が吹いた。ザワザワと木々がざわめきだすのを聞いて、不意に響は落ち着かない気持ちになった

 

「どうやら始まったみたいですね」

「え?」

 

あきらがつぶやいた言葉の意味が分からなかった響が聞き返す

 

「快翔くんが魔化魍を見つけたみたいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!」

 

叩きつけられた大脚を、横に転がりながらかわす。隙を見て飛び上がりツチグモの背に飛び移ると、快翔は音撃鼓に手を伸ばす

 

「っと」

 

しかしツチグモは本能的に危機を察したのか、体をゆすって快翔を振り落とそうとする。ツチグモからすればそれほど大きな動きではなかったかもしれないが、元のサイズが違いすぎる。振り落とされた快翔は体勢を立て直し地面に着地してツチグモから距離をとる

 

「やっぱりもう少し弱らせないとだめか…それにしても…」

 

改めて対峙するツチグモを見上げる。もともと魔化魍は巨大なものが多いが、このツチグモは今まで見たことのある個体を大きく上回っている

 

「何食ったらそんなにでかくなるんだよ…っと!」

 

独り言を続ける快翔に、ツチグモは動きを封じようと口腔から粘性のある糸を吐き出す。それをかわして、快翔はツチグモの脚へと狙いを定める

 

「まずは足を止めてからだな」

 

言うが早いか、ツチグモへと駆け出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山間から聞こえてくる戦闘音に、響は気が気でない思いでいた。自分の知っている人間が、自分のいない場所で危ない目にあっているかもしれないというのは、どうしても落ち着かない

 

「少し、時間がかかってますかね?」

「まあ、最初だしそんなもんだろう。俺も結構かかったし」

「そうですね…。というわけですから響さん、少し落ち着いてください」

 

あきらは少し苦笑いするような表情で響に話しかける。この場にいる三人のなかで一人、響だけが不安な表情を浮かべていた

 

「え、でも、快翔さんが」

「快翔なら大丈夫だ。それより君も――――」

 

何かを言いかけたトドロキを遮るように地鳴りがした。快翔が出発してから、最大の振動だった。遠かったにも関わらず、思わずバランスを崩した響を、トドロキが支える

 

「大丈夫か?」

「はい。ありごとうございます…」

 

手を借りながら体制を立て直すと、響は二人に問いかけた

 

「あの、トドロキさんもあきらさんも何でそんなに落ち着いてるんですか? 快翔さんが戦ってるのに、心配じゃないんですか」

 

響から見て、快翔のことを心配しているようには見えなかった。かといって、無関心というわけではなさそうだ。響の問いにあきらが答える

 

「そうですね。心配は心配ですが、まあ快翔君も鍛えてますから。できること、できないことはしっかりわきまえてるでしょうから」

「…信頼してるんですね」

「まあ、付き合い長いですから」

 

響の言葉に、あきらが笑いながら答える。それと同時に、大きな音がまた聞こえた。さっきより大きく、そして近い

 

「ッ!」

「あ、響さん!」

 

いても立ってもいられないと様子で飛び出そうとした響。だが響の手を強く握った人物がいた

 

「トドロキさん…」

「どこに行くつもりだ? 響ちゃん」

 

その人物、トドロキはこれまでにない厳しい表情と声で響に問い詰める。思わず言葉に詰まる響だったが。負けずに言い返す

 

「離してください! 快翔さんのところに――「行ってどうするんだ?」

 

だが、その響よりも静かな、しかし威厳に満ちた声でトドロキが遮る。それだけで響は何も言えなくなった

 

「はっきり言おう。今の君が行っても快翔には足手まといだ」

 

ズシリ、と響に重くのしかかる言葉だった。わかっていたことでも、いざ自分以外から突き付けられると苦しいものがある。だが響も、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない

 

「わかってますそんなの。でも私はじっとなんてしていられません! だって私は――――」

「天羽奏の代わりになりたいから、からか?」

 

奏さんの代わりになるんです、と言おうとした響の言葉を、トドロキが遮った

 

「…そうです。奏さんなら、こんな時にじっとしているなんてありえない」

「どうかな。俺は天羽奏がどんな子だったかなんて知らないから何も言えないけど」

 

一呼吸おいてから、トドロキは続ける

 

「響ちゃん。人は誰かの代わりなんて、なれやしないんだ。快翔にも言われただろ?」

「…はい」

 

快翔に先ほど言われた言葉を思い出す

 

「俺も昔、ある人の代わりになろうと、その人と同じようにやろうとしたことがあった。でも、やっぱりうまくいかなかったよ。当然だ。俺はその人じゃないんだから」

 

響はトドロキの言葉に、無意識のうちに自分に重ねていた。誰かの代わりになりたい、でもそうなれないもどかしさ。口惜しさ。そんな感情を、目の前にいる人も乗り越えてきたんだ

 

「トドロキさんは、その人の代わりにどうやってなったんですか?」

 

響はその先をせかす。トドロキは首を振りながら答えた

 

「いや。俺は結局その人の代わりにはなれなかった。でも、その人に言われた一言で、俺は変われた」

 

どんな言葉だったんですか、と尋ねようとする響より先に、トドロキはその言葉を響に伝えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

快翔とツチグモの戦いは、長期戦に入っていた。脚を左右一本ずつつぶしているが残りの四本が補完し合い、決定打になりきらない。せめてあと一本、潰せれば…

 

「ッと!」

 

焦れたようにツチグモが、その牙で快翔を屠ろうと突き立てる。間一髪でよけた快翔の耳に、この場にいないはずの人物の声が聞こえた

 

「快翔さん!」

 

その声に振り返ると、立っているのは響だった

 

「立花さん?! 何で来た!」

 

ツチグモを相手にしながら彼女を守りきる自身は、さすがに快翔にはまだない。言葉に出さないが、隣にいたはずのあきらとトドロキに悪態をついた

 

「私、奏さんの代わりになりたいって言ったこと、間違ってたかどうかまだわかりません!」

「そんな話今はいいから!」

 

早く逃げろ、と言いかけた快翔を遮って響は続ける

 

「でも、私は私にできること、私のやり方で、『自分流』でやってみます!」

 

 

『自分流でいけ』

 

その言葉をトドロキから聞いたとき、響は自分の中に痞えていたものが落ち込んできたような気がした。

 

そうだ。何も迷うことなどなかったんだ。今までもそうだったんだ。

未来にあきれられても、先生に怒られても、自分でやりたいことを、やれることをやってきた

 

聖遺物を手に入れたからと言って、そこまで変わることはない。自分流で行けばいいんだ。それが正しいかどうかなんて気にすることはない

 

 

「だから私は、歌うんです! 自分流で!」

 

~Balwisyall Nescell gungnir tron~

 

一瞬、響が光に包まれ、そこにはガングニールを身にまとった響の姿があった。同時に、力強い響の歌声が周囲に響き渡る

 

「(あれが魔化魍…)」

 

初めて見る異形に、響は一瞬たじろぐ。だが、すぐに気合いを入れ直す。

 

自分はやると決めたのだ。戦う力があるのに、あそこでじっと待つなんて、自分らしくない

 

だから、怖くても、やるしかないんだ!

 

 

「やああ!」

 

飛び上がった響が、その落下速度を乗せた蹴りをツチグモに叩き込む。だが、角度が浅かったのか、ダメージを与えるには至らなかったようだ。ツチグモの目が、響を捉える

 

「どりゃああ!」

 

その隙に快翔が後ろに回り込み残っていた4本の脚のうち一本を烈光で薙ぎ払う

 

「快翔さん!」

「話はあと! 顔の動きに注意して! 糸が飛んでくるから、できるだけ一か所にとどまらないように!」

 

こうなってしまっては、響には自分で逃げてもらうしかない。

 

「はい!」

 

響が力強く返事をする。まだまだおっかなビックリな様子はあるが、表情が違う。トドロキさんかあきらさんあたりに何か吹き込まれたのだろうか

 

「(それよりも今は…)」

 

快翔は響に向いていた思考を目の前のツチグモに戻す。脚の半分を失ったツチグモは立つのも難しいのか、立ち上がろうとしては倒れてを繰り返している

 

「よしッ!」

 

快翔は腰の装備帯のバックルにあたる部分に手を伸ばす。ツチグモが口から糸を立て続けに吐き出すが、快翔はそれを余裕を持ってかわしながらツチグモとの距離を詰める。聞こえてくる歌が途切れていないことから、響も無事回避できているようだ

 

「……?」

 

不意に、快翔は自分が先ほどまでとは違う感覚に包まれていることを感じた。何かが自分の中に流れ込んでくるような感覚。不快感は無い。むしろ背中を押されるような高揚感がある

 

構うな、行けッ!

 

徐々に大きくなる感覚を力に変え、快翔はツチグモの背に飛び乗る。ちょうど体の中央、効率よく『音』がツチグモに広がりそうな場所を見つけ、そこに装備帯のバックル部から取り外した『音撃鼓』を取り付ける。大きさが十倍ほどに広がり、『叩く』のにちょうど良い大きさになる

 

体の中に、自分の物ではない力が広がる

 

両手に持った烈光を、感触を確かめるように握りしめ、振り上げ

 

「ハッ!」

 

ドドン! と子気味良い連打音を立てて波紋が広がる。ビクリ、と痙攣するようにツチグモが震え、その動きを止める。快翔は右、左、あるいは二本同時にと続けざまに烈光を振るう。リズムはとらない。とる必要が無い。聞こえてくる歌に乗せ、流れ込んでくる力が促すままに、自分から生まれる清めの音を叩き込む

 

 

回数が二十を超えたころ、快翔はそれまでの乱打から一泊大きく呼吸を置くように、大きく両手を振り上げ、

 

「はあああッ!」

 

ダン! と同時に立叩きつける。一瞬の静寂が周囲を包み込む。気が付けば響の歌は止まり、流れ込んできた力も感じられなくなっていた

 

ピシリとツチグモの体にヒビが入り、やがてそれが全身に広がると、派手な音を立ててツツグモは体を爆散させた

 

 

「…ふう」

 

地面に着地し落ちてきた音撃鼓を手に取り、周囲に危険がないことを確認して―――――ようやく快翔は息をついた

 

「快翔さ~ん!」

 

少し離れた位置から響が手を振っているのが見える。軽く手を返すと、快翔は考えた

 

「(さっきのは一体何だったんだ?)」

 

ツチグモとの戦いの中、自分の中に流れ込んできた力。正体不明なところに不気味さを感じるが、それをおおいつくすほどの温かさ、力強さがあった

 

「(こりゃ報告することが増えそうだな)」

 

そんなことを考えながら、快翔は響と合流した

 

 

 

 




響の迷いを振り切ったのは、トドロキでした
この一年、シンフォギアもいろいろありましたね
4期にアプリ、ライブと堪能させていただきました

次の話以降も、早く投稿できるように頑張ります


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