異世界転生-君との再会まで長いこと長いこと (アニッキーブラッザー)
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クラス名簿

小早川 俊二郎『妻子持ち。ラグビー部顧問。二つ名:熱血天然記念物』


朝倉 リューマ『帰宅部。入学後停学最速記録保持。たまにライブハウスでバイト。不良。二つ名:ツンデレヤンキー』

江口 光輝『動画研究同好会。レンタルビデオ店でバイト。保健体育学年一位。二つ名:エロコンダクター』 

加賀美 正義『バスケ部。校内にファンクラブ有り。校内彼氏にしたい男子二位。二つ名:チャラ男気取り』

木村 十郎丸『プロレス同好会。パチンコ麻雀賭博で停学回数歴代一位。二つ名:ギャンブルデビル』

鮫島 遼一『空手部。二段。堅物。たまにボクシング部助っ人。二つ名:スクールファイター』

鈴原 春樹『帰宅部。新聞配達、ファミレスでバイト。クラス男子貯金一位。二つ名:働く正直者』

田所 学『男子クラス委員長。帰宅部。塾通い。医者の息子。二つ名:マッシュルーム委員長』

千島 蓮人『サッカー部。年中坊主。校内一長身。二つ名:トーテム坊主』

土海(どかい) 紫苑(しおん)『園芸部幽霊部員。ネガティブぼっち。実は一部にモテる。二つ名:勘違い高二病』

七河 千春『文学部。校内男の娘選手権優勝。非公式校内男が抱きたい男一位。二つ名:シュシュ使い』

橋口 直哉『帰宅部。アニメオタク。体重0.1トン。二つ名:橋口辞典』

星川 凱亜(がいあ)『生徒会長。男子テニス部主将。成績学年二位。校内彼氏にしたい男子一位。二つ名:残念王子』

宮本 弦一郎(げんいちろう)『剣道部。初段。実家が剣道道場。二つ名:草食剣士』

村田 ミルコ『元軽音楽部。クロアチア人のハーフ。大学生とバンド。二つ名:ロックデナシ』

夜飼(やがい) 天我(てんが)『バスケ部。運動音痴。ナルシスト。クラス女子全員に告白経験あるが、全敗。二つ名:自爆ラブテロリスト』

遊澤(ゆざわ) 譲二『ラグビー部。プロップ。ベンチプレス140kg。二つ名:ダンベルマン』

龍善寺 翔太『帰宅部。パルクールチーム所属。トレーサー。普通二輪免許所持。二つ名:平成忍者』

輪島 仁太(じんた)『野球部。彼女持ち。実家が豆腐屋。二つ名:隠れリア充』



綾瀬 華雪(かゆき)『女子クラス委員長、女子テニス部主将。成績学年一位。校内彼女にしたい女子一位。二つ名:恋の迷走女王』

筬島(おさじま) 比美子(ひみこ)『自転車競技部。ロードレーサー。体重35kg。二つ名:無乳ペダル』

神乃(かみの) 美奈(みな)『ラクロス部。模型部。漫画研究同好会。成績学年最下位。二つ名:天然劇場』

小湊(こみなと) 蘭(らん)『体操部。中国人のハーフ。段違い平行棒スペシャリスト。二つ名:なんちゃって中国』

佐々木原 美琴『理系学年一位。UFO研究同好会。二つ名:ロマンメガネ』

不知火(しらぬい) 有希子『弓道部。実家が神社。保健体育学年二位。二つ名:肉食巫女』

高原 園子(そのこ)『図書委員。ファミレスでバイト。二つ名:真っ当女子高生』

天条院(てんじょういん) 來愛(らいあ)『水泳・背泳ぎインターハイ優勝。オリンピック代表候補。不登校多し。二つ名:スケバン人魚』

鳴神(なるかみ) 恵那(えな)『園芸部。読者モデル。カラオケ百点経験者。校内彼女にしたい女子二位。二つ名:ゆるふわブリッコ』

音遠(ねおん) 夢瞳(ゆめ)『帰宅部。ピアニスト。コンクール入賞常連。二つ名:魔女の指先』

備山(びやま) 撫子(なでしこ)『美術部幽霊部員。成績学年ブービー。校内ギャルグループリーダー。二つ名:ピュアビッチ』

布野(ふの) 響(ひびき)『漫画研究会同好会会長。腐女子。二つ名:腐教祖』

真中(まなか) つかさ『チアリーディング部。クラス内巨乳一位。彼女持ち。二つ名:女たらし女』

最上(もがみ) 加奈(かな)『帰宅部。大食い専門店のジャンボラーメン、ジャンボオムライス、完食者。二つ名:銀河の胃袋』

迎(むかい) 歩(あゆみ)『帰宅部。常にパソコン常備。メガネ。ゲーマー。二つ名:鬼才』

矢島(やじま) 理子(りこ)『チアリーディング部。クラス内一低身長。彼女持ち。二つ名:禁断超越者』

吉田 麻帆(まほ)『野球部マネージャー。彼氏持ち。豆腐屋でバイト。二つ名:俺の嫁』

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第一章 幼年期の振り返り編(書籍第1巻該当部分*WEB掲載用に修正) 第1話 今の俺

 不良なのに、修学旅行に行こうとするから死んだのかもしれない。

 いや、死んだのは俺だけではないはずだ。

 俺たちの乗っていたバスは突如起こった土砂崩れに遭遇し、渓谷から落下した。
 あっけない。
 中学時代から喧嘩で数多くの修羅場を潜って、最強とか自惚れていた不良中二病時代。
 他校やよそのチームの連中たちとツルんで好き放題して、それなりに楽しかった。
 だが、そんな俺が高校生になり、修学旅行へ行くようになったのは、あの女が居たからだ。

『うおおおお、朝倉くんのバイクってカッチョイーねー』

 出席日数の関係でたまたま学校へ行ったとき、悪友以外が俺を避ける中で、何の物怖じもせずに一人の女子が話しかけてきた。
 学校生活や行事を青春時代の中心に持っていくタイプ。クラスの中心になって騒いで盛り上がるタイプ。
 しかも、頭が悪いと来ている。俺が留年しないために追試や補修を強制的に受けるようになったら、いつも顔を合わせた。
 顔もずば抜けて美人なわけでもない。運動も得意なわけではない。
 だが、何事にも懸命で、へこたれず、誰とでも素の自分をさらけ出すあの子は友達が多く、いつしか俺もあの女のペースに巻き込まれていた。
 気づけば不良の俺も学校に行くようになり、今まで俺を恐れていた奴らも、俺に親しげに接するようになった。

『朝倉くん、修学旅行は行かないってどういうこと! てーやんでい、べらんめーだよ! いこ、みんな楽しみにしてるよ』

 気安く接する周りの連中が、ウザくて、でもまんざらではなかった。

「神乃……」

 俺は、そんな生活を与えてくれた『神乃美奈』に惚れていた。
 だが、あいつは目を覚まさない。あれほどのバカみたいな笑顔が消え失せ、他のクラスメート同様に無惨な姿で目をつむっていた。
 本当は、もっといっぱい話たかった。
 照れくさくて言えなかったことがいっぱいあった。
 一言お礼を、そして、「好きだ。付き合ってくれ」この言葉をずっと言いたかった。


「またこの夢か。俺も女々しいねえ、女みたいに」


 そんな俺が朝倉リューマを思い出したのは、『ヴェルト・ジーハ』として八歳の誕生日を迎えたころだった。
 それからしばらくの間、腐って、落ち込んで、周りに対して壁を作って、たまに、どうしようもないときに、自然と涙が出た。
 正直、俺は自分が分からなかった。俺は、ヴェルト・ジーハなのか、朝倉リューマなのか。
 ヴェルト・ジーハとして生まれ変わったのか、朝倉リューマの記憶が宿ったのか。
 そう考えた当時の俺は血の繋がっている両親ですら、他人に見えてしまった。

「やれやれ。いつまでもこんなままだと、親父とおふくろが心配しちまうな」

 今にして思えば、なんて馬鹿なガキなんだと、自分で自分をぶん殴りたくなる俺の後悔。
 血の繋がっているはずの親父とおふくろの愛情をウザイと思って、俺は素直になれなかった。

『聞いたぞ~、ヴェルト。お前、昨日の学校の授業で行われたレビテーションの実践テストでやらかしたらしいな』
『あら、私は聞いてないわよ?』
『畑で作業していたら、先生が泣きながら飛び込んできたよ。レビテーションで壺を演習場の端から端まで移動させる課題で、お前は壺を手でぶん投げたらしいな!』
『まあ! できないことを逃げ出さずに、自分で活路を見いだすなんて、エライわ!』
『ママもそう思うだろう? とっても豪快なやり方で、パパも嬉しかったよ!』


 過保護でいつも俺を甘やかし、いつだって笑顔を見せていた親父とおふくろ。
 俺が転生した世界の俺の生みの親は、俺と誰よりも近しく、血の繋がりもあるのに、本当の俺の姿を知らない。
 そして、この世界そのものもまた、朝倉リューマだった時代や世界にあったものが無い世界。
 この国の名は、『人類大陸』の『エルファーシア王国』。
 王都の人口は数十万人。衣食住に満たされ、技術や魔法文化も発達し、犯罪も少なく、平和に満ちた国である。
 しかし、それでも、朝倉リューマの世界とは大きく違う。
 自分は死んだ。そして、中世を感じさせるファンタジーな世界に生まれ変わった。
 だからこそ、朝倉リューマの記憶が、俺を取り巻く全ての人に、本当の自分を曝け出すことが出来なかった。

 そんな時代が俺にもあった。

 でも、そんな俺を変えてくれたのは、やっぱり親父とおふくろだったり……

「ヴェルト! いつまで寝ていますの! 今日は休日ですので、一日中ワタクシと一緒に居るようにと言ったのを、もうお忘れですの?」

 このガキ。フォルナ・エルファーシアだったりする。

「あ~、起きてるよ。フォルナ。んな大声で朝っぱらから来るんじゃねえよ。うるさいから」
「何を言いますの! ワタクシにはヴェルトと常に一緒に居て、立派な大人にするという使命がありますもの! だから、甘やかしたりなどしませんわ」

 金髪ロングで左右をクルクルにさせたお嬢様カット。黒地のワンピースのような格好に赤いマントとエメラルドに輝くブローチ。
 顔は可愛らしいが、人をとことん見下したような強い態度を出すのは、僅か十歳の子供。
 まあ、今では俺と同じ歳だが。
 この、フォルナ・エルファーシアはこの王国の姫にして、俺と同じ歳の幼なじみ。
 五歳の頃、王都を勝手に抜け出して麦畑で迷子になっていたところを俺たち一家が保護して城へ送り届けたことをきっかけに、よく俺を連れ出したりするようになった。
 そして、俺と将来結婚するとか、既に式場予約しているとか、更にそのことをこの国の王族貴族は既に容認しているとか、もはや意味の分からんことになっていたりする。

 だが、一方で、こいつの存在が、俺の心を救ってくれたのも事実。

 そして……

「おやあ? 姫様、毎朝ごくろうさんですね。ほれ、ヴェルト。ちゃっちゃと顔洗って男の勤めを果たしてこい」

 そして忘れてはならないのがこの人。

「先生~」

 小柄の強面で、頭に手ぬぐいを巻いて、豪快な笑みで俺をからかってくる人。

「おはようございますわ、メルマさん。ヴェルトの様子を見に来ましたわ!」

 メルマ・チャーシ。俺が今、居候して衣食住を世話になっている人。
 エルファーシア王国に最近できた飲食店の店主。その珍しい料理と絶品の味で瞬く間に大繁盛した店の名は『とんこつラーメン屋』。
 本来この世界では存在するはずのない料理。それが存在することの意味は、ただ一つ。
 この人が、俺と同じ世界の人間で、俺と同じように前世の記憶を持って転生した人だからだ。
 そして、その正体が、俺の前世のクラスの担任でもあったりするわけだから、再会した日は、そりゃもう驚いた。

「ったく、今日はせっかくの休みだからゴロゴロしたいってのに」
「おバカ! せっかくの休みだからこそ、妻であるワタクシとの時間に充てようという心が欠片もありませんの? もう怒りましたわ! 今日はワタクシが『いい』と言うまで帰しませんわ」
「姫様の言うとおりだぜ、ヴェルト。料理ってのは心がこもってなきゃならねえ。男としての心構えが出来てねえお前はまだまだってことだ。ちっとはそれを勉強して来い!」

 これが、今のヴェルト・ジーハの日常だった。
 朝倉リューマとしての思い出を大切にしつつ、ヴェルト・ジーハとして今を生きる。
 俺をヴェルトとして想ってくれるマセガキや、先生と笑って生きていく。
 かつて、やさぐれて素直になれなかったことで後悔したことを胸に刻み、もう二度と後悔しないように生きる。
 仕事だってやる。この世界で生きていくためなら魔法だって訓練する。

 そして、いつの日か、あいつと再会するために。

 そう、俺と先生が再会できたことで、俺たちは、俺たち以外の奴らもこの世界に転生している可能性に気づいた。

 だからこそ、俺は、朝倉リューマを変えてくれたあの女といつか再会したいと思った。

 この世界のどこかに居る神乃美奈と再会すること。それが、今の俺の生きる目標だった。


 それは、俺が前世の記憶を取り戻し、つい最近まで自分の第二の人生に絶望していた俺が、ようやく見つけることができた、俺の進むべき道だった。

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第2話 俺が俺を思い出すまで

 七歳の頃の話だ。


―――楽しいね、朝倉君

 あっ、まただ。俺はたまにこういう夢をみちゃうんだ。
 夢の中で、いつも響いてる女の子の声だ。その子はとても楽しそうに、嬉しそうに笑う。
 でも、俺は「アサクラクン」なんて名前じゃないんだ。
 俺は、ヴェルトだ。親父とおふくろの子供の、ヴェルト・ジーハなんだ。

「目が……覚めちゃった……でも、もう朝だ……」

 目が覚めちゃって、体を起こすと、窓の外はもう朝になっていた。
 大きいベッドから起きたら、隣には親父、反対側にはおふくろが俺を挟んで寝てる。
 俺はもう七歳なんだから、「自分の部屋が欲しい」とか「一人で寝る」って言っても、「まだ七歳でしょ」って言われちゃうから、いつも三人で寝てるけど、そろそろ恥ずかしいよ。
 友達に聞いたけど、もう親と一緒に寝てないって言ってたし、俺だけななんだもん。
 だから、早く自分の部屋が欲しいな……

「ヴェルト……あら? もう起きちゃったの?」
「おふくろ……うん……」
「ふふ、また変な夢を見たの?」
「うん……でも、恐い夢じゃないからいいんだけど……」

 うん、なんか変な夢。だって、知らない女の人が、俺じゃない名前を呼んでる夢なんだから。
 でも、恐くは無い。それに……夢に出てきた女の人……ううん、姉ちゃんだけど……美人じゃないけど、ちょっと可愛かったし……。
 それに、俺も嫌な感じはしないんだ。心がポカポカする。あのお姉ちゃんに笑ってもらうと……ドキドキする。
 そして、どうしてか分からないけど、『アサクラクン』って名前に、何だか……どこかで……

「ううう~~……ヴェルト~、いつも変な夢ばかり見て可哀想に~、恐かったらママにちゃんと言うのよ~。ママが一緒に居て、夢の中まで飛んでいって、ママのお仕置きパンチで夢なんか、えい、えい、えい! ってやっつけちゃうんだから」

 あうっ! だから、恐くないのに! こうやって、おふくろはいつも俺をギュってだっこする。
 恐くない夢だって言ってるのに泣きそうな顔しちゃう。
 で、おふくろが泣いちゃうと……

「ッ、アルナ! ヴェルト、どうしたんだい? なんだ? 泥棒か! それとも、ヴェルト、どっか痛いのか?」

 親父が慌てて起きちゃうんだ。

「いいえ、あなた。ヴェルトがね、また恐い夢を見て起きちゃったの」
「なにいい! ヴェルト、可哀想に。でも、もう大丈夫だ。こうやってパパとママがお前をギュ~って抱きしめてあげるんだからな!」

 こうなっちゃうんだ。本当に恥ずかしいよ~。


「よし、じゃあ、ママが何かお話してあげるね♪ むか~し、むかし、あるところに、とっても強くてカッコいい勇者ヴェルトと、可愛い可愛いフォルナ姫がいつも仲良く一緒にいました」

「もう、いいってば。俺、もうすぐ八歳になるんだもん! もう、大人なんだから!」


 これが俺のいつもいつものことなんだ。
 エルファーシア王国王都から少し離れた麦畑にポツンと建っている俺の家。
 ボナパって名前の俺の親父と、アルナって名前の俺のおふくろの三人で暮らしている。
 麦畑でいつも仕事をしている親父は、王国の騎士団みたいに戦ったりはできないけど、力持ち。
 おふくろは、いつもニコニコしてて優しくて、王都では評判の美人なんだ。
 でも、二人とも……俺のこと可愛がりすぎで恥ずかしいよ……。


「そして、こわ~い魔族の魔王に攫われたフォルナ姫を、勇者ヴェルトは勇敢に立ち向かってフォルナ姫を救出。二人は、その後、結婚して、たくさんの子供と一緒に幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

「って、だからその話はいいってばー! 何で、俺が結婚するの?」

「何言ってるの、ヴェルト。このお話は、今度エルファーシア王国内で絵本にして販売しましょうって、女王様とフォルナ姫が提案している、とってもいいお話なのよ?」

「えっ、だ、な、なんで? なんで、俺とフォルナが結婚する話が絵本になるんだよお! 俺、やだよ~。フォルナうるさいもん」


 それとこれがやだ! 
 親父とおふくろは、なぜかこの国の王様と女王様と凄く仲良しらしくて、よくわかんないけど、この国のお姫様のフォルナと俺が将来結婚するって話が決まってるって言うんだから。
 そりゃ、フォルナは幼馴染でずっと一緒だったけど、俺、結婚なんてやだよ……

「おやおや。でも、ヴェルト、それを姫様に言っちゃダメだぞ? その言葉で、姫様はすごい悲しんじゃうんだからな?」
「でも~…」
「前、そんなこと言っちゃって、姫様が泣かれて、お前は女王様にお尻ペンペンされただろ? またされたいのか?」
「ひぐっ!」

 親父に言われて思い出しちゃったよ。俺、結婚嫌だって幼馴染のフォルナに言ったら、ワンワン泣いちゃって……女王様に呼ばれて、すっごい怒られて……あれは……もうやだ……

「ふふふ、でもね、ヴェルト」
「……なあに、親父」

 だけど、俺が思い出してちょっとビクビクしていたら、親父は大きな手で俺を撫でながら笑って……

「でもね、もしお前がいつか、本当に好きな子ができたら、それはパパはちゃんと応援するし、姫様や女王様にも分かってもらおう」
「親父……」
「それとも、ヴェルトはもう、誰か好きな女の子が居るのかな?」
「え、す、すきとかって、な、ないし! ほんとないし!」
「本当か~? 学校のクラスの子とかはどうだい?」
「いな……いよ……」

 親父がニヤニヤしながら、聞いてきた時、俺は「好きな子なんて居ない」ってハッキリと言えなかった。
 それどころか、「好きな子」って聞かれた時に俺の頭の中には……

――朝倉君、修学旅行に行かないなんて、君、ナメとんかい? にひひひ、行こうよ。きっと楽しいよ?

 いつも夢の中でよく分からない言葉で、知らない名前で俺を呼んでくれる女の子が……

「おほほほほほ、失礼致しますわ!」

 って、その時、寝室の窓がノックされた。ガラスが叩かれて、ビックリして窓を見ると……

「あら、まだ寝ていらしたのですね、朝早くから申し訳ございませんわ」

 金髪のクルクルの頭。緑色の目。
 フォルナだ……

「おはようございますわ。おじ様、おば様! ほら、ヴェルト! 今日は朝から一緒に遊びましょうと約束したでしょう? おねぼうさんですわ! だから、迎えに来ましたの」

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第3話 俺の回りの人たち

 金髪ロングで左右をクルクルにさせた頭。
 黒地のワンピースのような格好に赤いマントとエメラルドに輝くブローチ。
 いつもエラそうな態度な女の子は、幼馴染のフォルナ。

「おや、フォルナ姫、いらっしゃい」
「こんにちは、姫様。朝食一緒にいかが?」

 いつもいつも、こいつ当たり前のように俺の家に来るんだよな。
 親父もおふくろも、まるで当たり前のようにいつもフォルナを家に入れるけど、フォルナはこのエルファーシア王国のお姫様なのに、いいのかな?

「あ、おばさま、大丈夫ですわ。朝食は済ませてきましたので」
「あら、そうですか? では……ガルバ護衛隊長さんもいかがですか?」
「これはアルナ殿、かたじけない。私、朝は少ししか食べられず、ちょっとお腹が空いていたところでして」

 そして、何故か外から顔を出す、赤い鎧を着ている大きな男が笑顔で頷いた。
 あっ、この人も来たんだ……

「それよりも、ヴェルト。聞きましたわ、昨日のこと。どういうことですの? 基礎魔法科目でゼロ点だったという話ではありませんの!」
「だって俺……むずかしーの分かんないし……それに、俺は魔法を使えなくたって強いからいいんだからな!」
「何を言ってますの! せっかく、ワタクシが父上や校長にお願いしてあなたの入学を許可していただいたのに」
「でも、俺……フツーの学校に行きたかったし……」
「むー、ヴェルトのオバカ! 将来働かないつもり? 結婚してもワタクシにだけ働かせるつもり?」
「それもやだよ~」
「にゃ、な、なにを! あなた、ワタクシが居ないと誰とも結婚できないではないの! 人類として、子孫繁栄の義務を怠るなど許しませんわ」

 いっつもこういうことを言われる。だから、嫌なんだよ。
 フォルナって、俺のこと怒るし、うるさいし、細かい事をゴチャゴチャ言うし……
 それなのに、親父もおふくろも、それにガルバ護衛隊長も、それに王都のみんなも、国王様も女王様も……みんなみんな、俺とフォルナが結婚するって決めてるんだもん。

「ヴェルトくん。自分も最低限の魔法は身につけた方が良いと思うぞ? 君は同級生とよく喧嘩をして泣かせているが、やはり魔法や剣の技術を習得した相手と相対すれば、結果は明白だ」
「だって……って、なんで俺もまだゴハン食べてないのに、ガルバ護衛隊長は先に食べてるの!」
「こ、これは毒味を、あ、いや、アルナさんを疑っているわけではありませんよ! ただ、コンソームスープが自分も大好物で」

 五歳の頃、フォルナが王都を勝手に抜け出して麦畑で迷子になっていたところを俺と親父とおふくろがフォルナを見つけて、城へ連れて帰ってやった。それからフォルナはよくこの家に来たり、俺を連れ出したりするようになった。
 
 そう、あの時……

『うえええええん』
『うるせさいな。泣くなよ~、もうここら辺までくればお前の知ってる所だろ?』
『こらこら、ヴェルト。仲良くしなさい』
『女の子を泣かせちゃダメだぞ!』

 二年くらい前。フォルナは母ちゃんである女王様と喧嘩して家出していたところ、俺の家の麦畑の中で迷子になってたところを、俺が見つけた。

『だって、だって、ワタクチもうだれにも会えないどおもっでだまじだがら』
『何だ、ヨワ』
『えええええええん、怖がったー』

 ずっと泣いていた女の子を泣き止ませるために、俺、あいつの頭を撫でて……

『なあ、お前、俺は怖いか?』
『ふぇ? ……ううん」
『じゃあ、だいじょうぶだ。お前、知らないだろ? この麦畑で俺がいちばんキョーボーな奴なんだぜ?』

 って言ったら、あいつは泣き止んだんだよな。

『……うん!』

 それからフォルナも何か安心したように落ち着いて、それからはギュッと俺の手を掴んで、城に着くまで離れなかった。
 でも、そのすぐ後に、実はフォルナは魔法の才能がすごくて、普通に俺より強いということが分かってから態度が変わって、今では俺のお姉さんみたいに振る舞ってる。
 
「全く、ヴェルトは本当にダメですわね。だから、今日はキッチリとヴェルトの将来のためになる遊びをしますわよ」
「ははは、そうだよ、ヴェルト君。今日の遊戯は私も参加させて貰うからね。『シャウト坊ちゃん』も楽しみにしていられましたよ?」
「ほうほう、今日はタイラーの息子のシャウトも参加するのかい?」
「あらあら、大将軍の息子の天才少年のシャウト君か~。将来のエルファーシア王国を支える三人がどんな遊びをするのかしら?」

それから、ずっと、俺の回りも、回りの人たちもこんな感じだ。
 いきなりフォルナが、まだ朝ご飯食べてない俺の手を引っ張った。

「さっ、行きますわよ、ヴェルト」
「えっ、まだ、ゴハン……」
「いいから行きますの! おばさま、ヴェルトの朝食ですけれど……」
「はい、ヴェルト、サンドイッチにしたから、歩きながら食べるのよ」
「ガルバ、いつまで食べていますの? 早く行きますわよ。今日は、シャウトも誘っていますの」
「むぐっ! ちょ、ごほっごほっ、お待ちください、姫様。いま……こ、このスープだけは!」
「んもう、早くしますの! 今日は、『王族おままごと』を一日中するんですの!」

 あれ? なんで? おふくろは、もう俺が家でご飯を食べるって最初から思ってなかったみたいだ。
 サンドイッチと牛乳の入った籠をいきなり俺に渡して、「さあ、気を付けて行ってらっしゃい」って言ってる。
 そして、誰も俺の言うことを聞くどころか、俺はまだ何も言ってないのに、俺はそのままフォルナに引っ張られて、家から連れ出されちゃった。

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第4話 あの時の俺の将来

 俺は、フォルナに無理やり王宮に連れてかれ、王宮の中庭で、夕方になるまでガルバと幼馴染のシャウトを含めた三人と遊んでいたんだ……

「あ~………まだかよ……」
 
 あ~あ、いつになったら、俺は帰れるのかな~。
 腹減ったし、早く帰りてーな~

「フォルナ姫、いま、この国にヤヴァイ魔王国軍が攻め込んで来ています! 僕が軍を率いて討伐に行ってきます!」
「分かりましたわ。女王フォルナの名において、シャウト大将軍をエルファーシア王国軍総大将に任命しますわ! 我が国へ侵略せし魔王軍を殲滅するのですわ!」
「御意ッ! 承りました!」
「副将として、ガルバを任命致しますわ」
「ははあっ! しかと承りました」

 あっ、もう空は夕方だ。はやく帰らないと、おふくろがまた心配するからな~

「ちょっと、ヴェルト、何をボーッとしてますの!」
「………えっ?」
「次は、国王から、大将軍へ聖剣を授与する儀式ですわ!」

 え~、まだやるの? でも、断るとフォルナは怒るしな~
 シャウトも怒ってるし。

「ヴェルト、君はもっと真剣にやらないとダメだよ。これは予行演習なんだからね」
「そうですわ! 魔族が我が国に攻め込んできて、シャウトが勇者として先頭を駆け抜け、ワタクシとヴェルトがその任命をする。この流れはヴェルトも覚えていないとダメですわ!」
「だって、俺、王様じゃないし」
「ははははは、ヴェルトくんもまだまだ覚えることがあって大変だねえ」

 でも、俺、本当にわかんねーし。
 だって、俺は、親父の麦畑を継いで働くはずなのに、何で王様なんだよ。
 それに、最近、フォルナやシャウトやガルバだけじゃねーし。会う奴ら全員俺のことを『将来の王様』とか言うし、なんでなんだよ。

「おやおや、この美しい王宮庭園で、随分と物騒な話をされていますな?」

 あっ、邪魔されてフォルナはまたムスっとした。
 城のお手伝いの姉ちゃんや、騎士の人たちは皆、笑顔で俺たちを見守ってたけど、この人は………

「あっ、パパァッ!」
「あら、タ、タイラーではありませんの」
「おおおお! これはこれは、タイラー将軍」

 タイラー将軍だ! うっわ、かっけ~………誰かと思ったら、エルファーシア王国最強騎士だ。
 鎧もピカピカで剣もすごいし、顔もかっこいいし、それなのに、スゲー優しいんだよな~


「姫様、只今戻りました。シャウト。良い子にしてたか? ガルバも元気そうでなによりだ」
「はいっ! パパも遠征お疲れ様です! お話は噂で聞いていました!」
「ええ。あのジーゴク魔王国の六鬼大魔将軍の一人を退けたと聞きましたわ! さすがタイラーですわ」
「国王様より、また勲章授与されるそうですよ。私も、やる気満々な姫様に、優秀な未来の将軍坊っちゃまに、そして不貞腐れ気味な未来の国王様の子守という強敵と戦っていましたので、労って欲しいものですな! はっはっはっはっは!」


 えっ、六鬼って、あの魔族最強のジーゴク魔王国? そんな国の将軍を倒したなんて、やっぱタイラー将軍スゲーなー。
 魔法も剣も凄いシャウトの父ちゃんだから、当たり前か………

「それに、ヴェルトも久しぶりだな。未来の国王様は任命式の練習かい?」
「タイラー将軍………」
「むむ? こらこら、ヴェルト。私のことはタイラーおじちゃんと呼びなさいと何度も言っているだろう? 私はね、お前のオムツだって変えたことがあるんだからね」
「あっ、それはお父様もお母様も言ってましたわ!」

 それで、そんなに凄いのに、本当に親父とお袋の友達だっていうんだからな~。
 親父とおふくろ、王様やママともとも友達だし、本当はすごいんだな~

「そうそう、タイラーも言ってくださいませ。ヴェルトったら、『王族おままごと』、ちっともやる気出してくれませんの」
「それはいけませんな。ヴェルト、お前ももう七歳だろう? 片手で歳を数えられなくなった頃。そしてすぐに十歳になり、十五歳になればすぐに姫様と結婚だぞ? その前に、勉強のつもりでしっかりやらないとダメだろう?」
「え~~~~~、タイラー将軍までそういうこという~、俺、わかんないよ~」
「全くお前というやつは。仕方ない。ヴェルトのやる気を出させる魔法を、このエルファーシア王国大将軍にして聖騎士の私がかけてやろう」

 えっ、魔法? 俺のやる気を出す魔法って?


「ファンレッド女王様も、この度、休暇を取られて帰還されるぞ? ヴェルトがやる気ないって言っちゃうぞ?」

「俺はすごーーーーーーーい、王様になってやる! フォルナと結婚して、エルファーシア王国を良くするんだ!」


 ママが帰ってくるのかよ! いやだよおおお。ママ、すぐ怒るし、尻を叩くからな~。こえーし。

「ははははははははははは! 分かりましたか? 姫様もこの魔法は覚えられた方がいいですよ?」
「んもう、ヴェルトったら、お母様の名前を出すとすぐにやる気出すなんて、なんだか納得しませんわ! それに、結婚するなんて当たり前のこと、そんな力強く今更宣言するなんてどういうことですの!」
「でも、僕もヴェルトの気持ちわかるな~」
「ぷくくくくく、いや~、ヴェルトくん、その宣言は取り消せないぞ? 今、この城中に居る全ての者が証人だ。そうだろう? 皆!」

 うっ、ガルバ、余計なこと言いやがって~。俺たち見ている全員が、ニコニコしながら頷いてるし~

「う~~~、俺、もう帰る!」
「おやおや、国王様を怒らせてしまうとは何という不覚。では、国王様、その罪滅しとして、このガルバが家までお送りしましょう」
「あっ、ヴェルト、ワタクシも行きますわ! 今日は、お夕飯をおばさまに招待されてますの!」
「あっ、そうだった、僕もなんだけど………」
「行ってきなさい、シャウト。パパはしばらく家に居るから、ご飯は明日一緒に食べよう。では、ガルバ、後を頼むぞ」

 で、帰ろうとしても一緒に来るし、それにフォルナっていっつも手を繋いでくるから、恥ずかしい。
 この前だって、街中で腕組んできて、みんなに笑われたし。

「ささ、ヴェルト、しっかりと手を繋ぎなさい!」
「繋いでるじゃんか」
「それはただ触っているだけですわ! こうやって、指の一本一本絡めるように繋ぐのですわ!」

 う~、やだな~、この前だって街でクラスの奴らが、「ひゅーひゅー」とかって馬鹿にしてきたし。

「ヴェルトも恥ずかしがり屋だな~。姫様はこんなにヴェルトのこと想っていらっしゃるのに、それでも男かい?」
「なんだよ、シャウトだって、この前、教会の女の子をジーッと見てて、声かけられなかったじゃないかよ! 一緒に遊ぼうが言えない臆病者―っ!」
「うっ、ち、が、そ、それは、違うよ、遊びに誘おうとしたけど、ホークちゃんはお勉強で忙しそうだったから僕は……」
「あのメガネ女、ホークっていうの?」
「うん、そうなんだ………………でも、最近元気なくてね…………あの子、ほら、ご両親が戦争で亡くなられてるから」
「ふ~~~~ん、そうなんだ」

 そういえば、そういうの聞いたことあるな。戦争で親が死んじゃったって……
 死んじゃうって、もう二度と会えないってことだよな。
 戦争って、人がいっぱい死ぬってことだし。
 なんか、やだな……

「大丈夫ですわ」

 あ、フォルナが強く手を握ってきてる。

「ヴェルトはワタクシが守りますわ!」
「うん、僕も守るよ! そして、この国と姫様も僕が守る!」
「おやおや、これは何と心強い。ヴェルトくん、大丈夫だ。エルファーシア王国の未来は安泰だ」

 守る……そういうの俺は恥ずかしいから言えないのに、どうしてフォルナもシャウトも堂々と言えるんだろうな。
 好きとか、そういう言葉も、俺は恥ずかしくて言えないのに、フォルナは言える。
 でも、フォルナもシャウトも、勇者になれるぐらい強いから、言えちゃうんだよな。

「ん~…………ねえ、じゃあ、俺は誰を守ればいいの?」
「決まってますわ。ヴェルトは、ワタクシの幸せを守ってくださればいいのですわ!」

 二人に比べて俺は何を守るんだろう。
 親父は、男の子は女の子を守るものだって言ってたことあるけど、フォルナは俺より強いし、逆に俺を守るって言ってるからな。
 ……………………ん~………………

「あっ、ヴェルト~! 姫様~! シャウトく~ん、おかえりなさ~い」

 あっ、おふくろだ。俺の帰りが遅いから家の外で待ってたんだ。手ェ振ってる。
 えっと、あれ? 何考えてたんだっけ、俺? 確か、守るとか守らないとか……

「おばさま、遅くなり申し訳ありませんわ」
「おばさん、こんばんわ! 今日はおじゃまします!」
「いや~、アルナ殿、遅くなって申し訳ない」
「いいんですよ~、ヴェルト~、ちゃ~んと、姫様を満足させられた?」

 ん、ま、いっか。何考えてたとか、メンドクさいし、あんまもう興味ないし……

「遊んであげたぞ」
「遊んであげたって、どういうことですの、ヴェルト! 聞いてください、おばさま。ヴェルトったら、おままごと、ち~っともやる気ありませんの」
「んまあ! ヴェルトったら、ダメじゃない。も~、ママのお仕置きパンチ、エイ、エイ、エイ!」

 あ~、お腹すいた。ほんと、おふくろって、フォルナに甘いよな~。
 ん、あっ、親父も帰ってきてるんだ。

「やあ、おかえり、ヴェルト。姫様もシャウトもいらっしゃい。おお~、ガルバ護衛隊長も来てくれたか。じゃあ、今夜は子供たちが寝たら、宴会かな?」
「はっはっは、実は私もそれを楽しみに、おつまみを少々持ってきましたよ」

 うわ~、また飲むんだ~。
 この二人飲む日って夜遅くまでやってるから、全然寝れねーんだよな~、ほんとヤダ。

「姫様、シャウト君、今日はゴハンの後は泊まっていくのかい?」
「あっ、僕は今日、パパが帰ってきてるから」
「ああ、そうだったね。タイラーもようやくの帰還だからね、精一杯甘えなさい」
「はいっ!」

 あっ、ずっりー。ガルバと親父が飲むと、夜うるさいからって知ってるから、逃げやがったな。

「ワタクシも本当はお泊りさせていただきたいのですが、明日は発表会もありますので……」

 あっ、フォルナも逃げたな。ん? でも、発表会ってなんだっけ?

「お~、そうでしたね。明日は文化会館でピアノの発表会でしたね。明日は、ヴェルトと一緒に花束持って行かせてもらいますよ」
「ありがとうございますわ! ねえ、ヴェルト、あとでヴェルトが明日来て行く服のチェックしますわ! お誕生日にお母様がプレゼントしました、タキシードはありまして?」

 ピアノ……あっ、そっか。そういえば、この間もフォルナが発表会で着るドレスを選ばされたな。
 全部同じに見えたから覚えてないけど……

「って、タキシード? え~、ネクタイは首が痒くてスゲーヤダ」
「むっ! 何を言ってますの、ヴェルト! 明日は、『チェーンマイル王国』からも『女王陛下』、その御息女であり、兄様の許婚でもある『システィーヌ姫』と、その妹でもありワタクシたちと同じ歳で今回の発表会に参加される『クレオ姫』がいらっしゃいますわ。ワタクシの婿ということでヴェルトの紹介もする予定ですので、失礼のないようにお願いしますわ!」

 なにそれ。全然聞いてねえし。

「えー、なんでー! なんだよ、それー! 俺いいよ~、興味ないし」
「何それではありませんわ! 他国の王族が我が国にいらっしゃるのですから、当然、ヴェルトを紹介するに決まっていますわ! そんなの当たり前ではありませんの!」
「…………え~、めんどくさいな~、王様って………じゃあ、俺、王様なりたくねーよ………」

 うん。王様って美味いもん食べて、贅沢し放題だと思ってたのに、全然そんなことねーし。
 だったら、王様になりたく………

「ヴェルト………そ、それって……ワタクシとけっ、こん、し、したく、ないて、……そう、ゆ、い、いみでしゅの?」

 あっ……ヤバイ……フォルナが……

「ヴェルト! お前は、なんてことを言うんだ!」
「ヴェルト! いくらなんでも、ママも許しません!」
「ヴェルト、僕だって怒ることはあるんだからね!」
「ヴェルトくん、いいかい? 冗談でも言っていいことと悪いことがあるんだよ?」

 しかも、みんな凄い恐い顔して怒ってるし! なんだよ~、ちょっとヤダって言っただけなのに……

「うっ、うう、ヴェルトと結婚しないなんて……いやああああ、わあああああ、ああああああああ、ひっぐ」
「あ~、姫様、よしよし。ごめんなさいね、ヴェルトったら照れちゃって。後で、ママのお仕置きパンチをいっぱいするから」
「や~だ~、ヴェルト~、けっこんするー、しますのー! ぜったいぜーったい、しますのー! だから、嫌いにならないで~」

 んもう、いつもこれだし。
 自分はいつも勝手に俺のことを決めるくせに、俺がちょっと、嫌だって言うだけで、フォルナはすぐ泣くし。
 本当は超強いのにベタベタしてくるし、みんな、フォルナの味方するし………


「くくくくくくくくく、はーっはっはっはっはっはっは!」


 えっ、ビックリした。何、この笑い声? 外からだけど……あれ、この声……


「久々国に帰れたから、友人の顔を拝みに来ただけだってのに、随分と驚きの声が聞こえたね~」


 ひぐっ! か、体が、寒い! 恐い! 震えて、え、あれ? なにこれ!
 親父もおふくろも、フォルナもシャウトもガルバまで顔固まってるし!
 家の外から、誰かが一歩一歩近づいてきて………


「愚婿~、しばらく会わないうちに、あんたはいつからそんなに偉くなったんだい?」


 モンスターッ! じゃなかった、家のドアをノックもしないで入ってくるこの人、モンスターより恐いやつだ!
 全身ピッカピカで、鳥みたいにモサモサした羽のドレスに、シャンデリアみたいにメッチャゴッチャリした髪の毛。
 この、絵本に出てくる悪い魔女みたいに恐い笑顔で現れたのは……

「ま………ママ………」

 フォルナのかーちゃん……女王様だ……


「あんたが私の子供と結婚することは、あんたの親父とおふくろが結婚したその日から決まってんだよ。それを破棄しようだなんて………お仕置きが必要だね~……」

「ひいいいいいいいいいっ!」

「そして、愚娘。あんた、私に孫をまだ見せられないなんて、何をチンタラやってんだい? これは、しばらく国に居て、盛大に躾けてやらないとダメだね~、あんたら二人とも」

「お、お、おか、あさま、お、おひさしぶり、で、ですわ。その、あの、わたくし、その、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 もうやだ………みんな強い奴ばっか……俺、いつも何もできねーし……


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第5話 やな女の子

 王都入口のでっかい正門前に国王様以外がみんなでお迎えしているんだけど、皆偉い人ばっかの中に、なんで俺まで居なくちゃいけないんだよ。
 それに、ネクタイは痒くてやだ。タキシードは動きづらくてヤダ。
 フォルナとずっと手を繋ぐの恥ずかしくてヤダ。


「ふ~ん、こうしてめかしこむと、愚婿もそれなりじゃないかい。まあ、生意気そうなツラから、育ちの悪さは出ちまうけどね」

「お母様、ヴェルトの教育はワタクシが責任もって致しますわ! 分かりましたわね、ヴェルト」


 親父もおふくろも居ない。ここに居るのは、フォルとママと、将軍とか貴族のおっちゃんたちだけ。
 他所の国の女王様とお姫様を迎えるための待機って言ってたけど、何で俺はここに居るんだよ。


「女王様。先ほど、関門より連絡がありました。チェーンマイル王国御一行様が、間もなく到着されるそうです」

「ああ、分かったよ。あんたも大変だねえ、あんたの娘も発表会に出るんだろう?」

「はい、まあ、その、本人はあまり自信が無さそうですが」


 あ、ママに報告に来たおっさん、確か、公爵家だっけ? 城に遊びに行ったときに何度か見たことある。
 そんで、その後ろに居る、前髪で目が隠れて、オドオドしてる女の子も。

「ペット! ペットではありませんの!」
「はう、ひ、姫、様、その、ご、ご機嫌うる、わしゅう………」
「発表会ではあなたも演奏されるのでしょう? お互い、頑張りますわよ」
「は、い、…………」

 フォルナの友達みたいだけど……いや、アレは友達なのか? なんか、ハッキリしなくて、すっげえ、見ててイライラする。

「ああ、ヴェルト、紹介しますわ。この子はアソーク公爵家のペットですわ。ワタクシのお友達ですのよ」
「ふ~ん…………」
「そして、ペット。多分ご存知かと思いますが、こちらがヴェルト。ワタクシの夫ですわ」
「あっ、は、はい、存じあげており………ます……」

 なんだよ。急に下向いてモジモジしだして、声だって聞き取りづらい。
 俺のこと恐がってんのか?
 おまけに、目が隠れてるし、なんか幽霊みたいだな、こいつ………

「やあ、ヴェルト君だね。こうして君と話すのは初めてだよね。私は、『ソイ・アソーク』だよ」
「ん」
「この子は昔から恥ずかしがりやでね。でも、君と同じ歳だ。今ここに居ないけど、双子の兄でチェットという子も居てね。どうか仲良くしてあげて欲しい」
「ん~………」

 公爵のおっさんはそう言うけど、こいつ自身はどうなんだ?
 親父が現れた瞬間、公爵のおっさんの背中に隠れて前へ出てこない。

「でも、こいつ、俺と仲良くしたくねーって」
「ヴェルト! ですから、ペットは恥ずかしがりやだと言ってるではありませんの! ヴェルトも、これから王国貴族関係者とも信頼関係を築かねばなりませんのよ? ですので、ちゃんと仲良くなさい!」
「ははははは、姫様にそう言っていただけて何よりです。だから、ヴェルトくん、よろしく頼むよ?」

 いや、宜しく頼むって言われても、こいつ全然喋んねーし。
 変な奴~、仲良くとか言われても、絶対無理だし。

「おい、それまでにしな、愚婿。愚娘。来たぞ」
「あっ、ママ……」
「愚婿。とりあえず、私と愚娘が挨拶してから、あんたを紹介する。心の準備しときな」

 ママがそういうと、確かに向こうから兵隊が行進しながら、その後ろで豪華な馬車が見える。

「アレが、その、チェンなんとかって国なのか?」
「チェーンマイル王国ですわ、ヴェルト」

 カボチャみたいなデッカイ形で、てっぺんがハートマーク……カッコわりい……でも、あれに乗ってるんだな。
 そして………


「フォワーッハッハッハッハッハ! フォワーハッハッハッハッハ!」


 なんか変な笑い声が聞こえてきた。

「何アレ?」
「しっ、ヴェルト。今より私語は禁止ですわ」
「ふん、久しぶりだってのにあまり変わりないようだね~、あの劇場型姫は」

 ゲキジョウガタ? 何型? ママの呆れたような溜息を耳にしながら、徐々に近づいてくるカボチャの馬車。
 すると、それがようやく俺たちの目の前に到着という時に、馬車の扉が開いて、中から誰かが飛び出して、馬車の上に飛び乗った。

「わっ、なんだ~?」
「あの方は!」
「おや、あの格好は、亜人大陸の一部に広まっている、『キモノ』じゃないか。珍しいものを着ているねえ」

 素早い動きで馬車の上に飛び乗った人は、見たことがない。しかしなんか懐かしいように感じる服を着ている。
 なんか、布団を被っているかのようなダボダボの布の服。袖はダランとしていて、だけど腰元はベルトのようなものをしっかりと巻いて結んでいる。
 でも、柄が凄い派手。黒い柄の中に真っ赤な花が何個も描かれている。


「フォワーッハッハッハッハッハッハ、フォワーッハッハッハッハ!」


 その人はただただ笑い、全身を激しく動かしながら、手を太陽に向かって差し伸ばした。
 そして、突如笑いから、いきなり目元を潤ませて、「ヨヨヨ」と崩れ落ちた。


「ああ、ファルガ様………どうしてあなたはファルガ様でありんすか? 大陸の果から果へ、あなたの元へとたどり着くのに、どれほど高く険しい山あり谷あり、試練あり! 声すら届かぬ世界の果てが、わっちの愛を妨げる! しかし、わっちは信じているでありんす! 暗闇の壁が立ちはだかろうと、二人の愛が世界を繋ぐと………それが、今この時でありんすよ!」

 なんで、フォルナの兄ちゃんである『ファルガ』の名前を何度も叫んでるんだ? あの姉ちゃん。
 それになんか、「今この時でありんすよ」の瞬間に、太陽に伸ばしていた手を俺たちに向け、「さあ、まいりましょう!」と微笑んで「決まった」的な顔してるんだけど………


「ファルガは家出中だよ」

「………………………………………………………………………………?」

「システィーヌ姫。遠路はるばるお越しいただき申し訳ないが、愚息は家庭のイザコザで家出中だよ。楽しみにされていたのなら、すまないねえ………」


 ママの淡々とした挨拶に対して、笑顔のまま固まって言葉を黙っちまったよ………って、この変な人、他国のお姫様なのかよ!

「ファンレッド女王様、ご機嫌麗しゅう。しかし、冗談はやめておくんなんし」

 と思ったら、急に怪しく笑い出して………この笑い………見たことある………!
 そうだ、ママがいやらしいことを思いついたときにする魔女みたいな顔。

「この、不自由な籠の中の蝶を、これ以上悲しませないでおくんなんし~?」

 なんなんだよ、この姉さん。
 長くて、凄い量の多い茶色い髪の毛を頭の後ろで丸くモッサリと盛って、至る所に鈴とか、花の髪飾りとかゴッチャり………なんか、ママと良い勝負なぐらい派手だ………


「いいや~、冗談じゃないんだよねえ。あの愚息は王族のしがらみやらが嫌いでねえ。大陸を渡り歩く、ハンターになっちまったよ」

「フォワーッハッハッハ、そんな嘘を言わずとも分かっているでありんすよ。ファンレッド女王様は、わっちとファルガ様の結婚を反対していることは。ファルガ様が家出したなど一大事、次期国王が家を飛び出したなど、事実であれば今こうしてのんびり語らうような暇なんてないでありんす」

「ふっ、そいつは残念だったねえ。別にあんな愚息は自由にさせておけばいいのさ。次期国王は既に決まっているからねえ」


 次期国王は決まってる。
 さすがに、そんなママの言葉は、相手のお姫様は凄い驚いている。

「フォルナ、ヴェルト、来な」

 いま紹介されるの? なんで? 嫌だよ、なんかあのお姫様凄い怪しい顔で睨んでるし!

「ご機嫌麗しゅうございますわ、システィーヌ姫」
「おや、フォルナ姫でありんすね。随分大きゅうなったでありんす」
「ありがとうございますわ。そして、紹介しますわ。私の夫のヴェルトですわ」

 ほら、なんかギロっとって一瞬睨まれた!


「夫………そういうことでありんすか………」

「ああ、そういうことだよ。このヴェルトがフォルナと結婚して、このエルファーシア王国の王になる。もう、愚息が座る王座なんてないんだよ。あの愚息は、勝手に伝説でもロマンでも自由でも、そんな夢を食って肥える豚にでもなってりゃいいのさ。だからすまないねえ、システィーヌ姫。というより、チェーンマイル国王とピサヌ女王陛下には、ファルガとの婚約は無しにさせていただきたい旨は、とうに伝えているはずだけどねえ?」


 あっ、そうなのか? そう思ったとき、カボチャの馬車からようやく他の奴が出てきた。
 紫一色のドレスに赤マント、そして王冠を被ったおばさん………なんだろう………多分女王様なんだろうけど、ママとこのお姉さんが派手過ぎるから普通に見える。


「ええ、伺っております、ファンレッド女王陛下。本当に申し訳ございません。娘には、何度も言い聞かせているのですが、その目で確かめない限り信じないと頑でして………」

「ピサヌ女王陛下。挨拶が遅くなり申し訳ないねえ。大陸の果へと遠路はるばるようこそおいでなさった。心より歓迎させて欲しい」

「はい。この度は貴国との交流をとても楽しみにしておりました。そして、もう一人本日は紹介させてください。さあ、降りてきなさい」


 おばさんとママ………いや、女王様同士のなんか普通な会話でようやく緊張が収まった。
 貴族や将軍のおっさんや、向こう側の護衛の人とか、スゲーハラハラしてたもんな。
 でも、なんだろう、あの変な姉さん、さっきからブツブツつぶやいてて、まだ怖い………
 と、そんな時だった。


「母様、随分へりくだっているようね。王族であるならば、常に他国の王を前にしても毅然と振舞わなければ国の沽券に関わるわ。ましてや、姉様の縁談を破断させたのは、向こうの身勝手な話。こちらが頭を下げることもないと思うけれど?」


 な………んなの? あいつ………


「ただ、噂のエルファーシア王家の血筋をこの目で見れたのは収穫ね。一匹駄犬が混じっているようで、不愉快だけれど、まあそれぐらいは我慢してあげるわ」


 ………………ちっちゃい………俺とフォルナよりちっちゃいのに、なんか凄い態度偉そうなんだけど、何アレ?


「ッ! 黄赤色に輝く双頭の螺旋を描く頭髪! そして、暁に輝く瞳…………伝説の……『暁光眼』…………では、この方がそうなのですね?」


 少し頬に汗かいてるフォルナ…………このチンチクリンに何をビビってんだ?
 それに、そうとーのらせんのとうはつ? ツインなんとかロールっていうんじゃないの? アレ。フォルナとちょっと似た感じの。
 女王様と、姉ちゃん姫様に比べたら、普通の黒のワンピース着てるのに………なんだろう、全然普通の女の子な感じがしねえぞ?


「あら、随分と気高い魂を感じるわね。ひと目でわかるわ。『金色の彗星・フォルナ姫』ね。初めまして。クレオ・チェーンマイルよ」

「お初お目にかかりますわ。ワタクシは、フォルナ・エルファーシア。お会い出来て光栄ですわ、『暁の覇姫・クレオ姫』」 


 こいつが、俺たちと同じ歳だって言われた姫? 歳下に見えるけど、態度でかいし、でもなんか難しい言葉使ってるし、なんなんだよ………
 それに、フォルナと普通に挨拶してるのに、なんか、全然「よろしくお願いします」って感じがしねえぞ?
 全然友達になろうっていう感じがしねーぞ。

「それと、先ほど馬車の中で聞いていたのだけれど、そちらの彼があなたの許嫁?」
「ええ、そうですわ。ヴェルト・ジーハ、ワタクシの夫ですわ!」
「ふ~~~~ん、そ~なんだ」

 そして、俺を見た。なんかこの目、買い物してるおばちゃんが商品を見比べてるみたいな目だ。

「あなた、爵位は?」
「………………?」
「いえ、聞くのも野暮。どう見ても雑種。ただ、私は貴族の位でしか相手を見れない豚とは違う………けれど………その血統の悪さを補う覇気や魂の輝きがあるわけでもなし………ふっ」

 あっ! しかも、なんか鼻で一瞬笑ったぞ! 今の俺でもわかったぞ!

「あら、ふ、うふふふふふ、どうされましたの? クレオ姫。ワタクシの夫がどうかしましたの?」

 お、フォルナに関しては「ふふふ」と笑ってるけど、手をギューッと握りしめて肩が震えてる。それに、頭に「♯」みたいなマークが浮き出てる。
 怒ってる………?

「いいえ、どうもしてないわ、フォルナ姫。末永くお幸せに」
「………え、ええ! もちろんですわ!」
「ふふふふふふふふふ、早くにパートナーを見つけられて良かったわね。私も、この天下の覇道を共に歩むに相応しい駒が欲しいわね」

 とりあえずわかった。こいつら、ゼッテー友達にならねえだろうな。
 どう考えても仲良くなる気がしない。

「ふむふむ、ファルガ様が家出されても放置されるのはその後継者がいるからでありんすか………なら、逆に………この童がこの国から離れたら? わっちの国からテキトーな人材とくっつけるなりして引き離せば、この国は後継者不在になり、ファルガ様は戻ってくるということには?」

 そして、なんかブツブツ言ってて怖い姉ちゃんの方はこれだし。
 こうなると………

「なるほど、そちらの彼がファルガ王子に代わって、貴国の将来を?」
「ああ、そうだよ。生意気そうで、躾け甲斐がありそうだろう?」
「そ、うですか。おほほほほ、私には良く分かりませんが」

 こうなると、ママと喋ってる向こう側の女王様が一番普通だな。
 なんか、変な奴ばっかだな………
 一瞬ホッとしていたはずの、周りの奴らも皆また、ハラハラしだしてるし。

「あっ、そ、その、ピサヌ女王陛下。長旅でお疲れでしょう。今、皆様をご案内いたします。私が、皆様が我が国の滞在の間お世話をさせて戴きます。こちらは、娘のペットです。どうぞ、以後お見知りおきを」

 さすがにマズイと思ったんだろうな。だって、俺でも分かるぐらい、なんかギスギスしてるし。
 公爵のおっさんが間に入ってくれたおかげで、フォルナと向こうのチビ姫も少し距離を離した。


「これはこれはアソーク公爵様。お心遣い感謝いたします。是非、よろしくお願いします」


 向こうの女王様も頷いたし、二人のお姫様もどうやら今はもう何も言う気はないみたいで肩の力を抜いてるのが分かった。
 あ~、良かった。とりあえず、これで俺はもう帰っていいんだよな?

「~~~~~~~~~~~~~~ッ」

 って、フォルナ? なんか、すっごい「ムムムム」って顔してるけどどうしたんだよ?

「おい、フォルナ?」
「ッ、ワタクシを嘲笑いましたわ、あの御方」
「はっ?」
「ワタクシとヴェルトを交互に見て、見下したように笑いましたわ!」

 うん、まあ、俺もそう思ったけど。


「っていうかさ、なんなんだよ、あの二人のお姫様。母ちゃん普通なのに、全然性格違うじゃん」

「声が大きいですわ、ヴェルト。それと………あの御二方は特別ですわ。何年か前まではそれほど強国でなかったチェーンマイル王国も、次々と優秀な人材が世に現れ、中でもあのお二人はチェーンマイル王国歴代の中でも最も才ある姫姉妹と言われていますわ」

「そんなスゲーの? あの変な姉ちゃんと、チビ女」

「ええ。もっともワタクシも噂でしか聞いたことがありませんが………『花蝶使い・システィーヌ姫』、『暁の覇姫・クレオ姫』。御二方ともいずれは、人類最高戦力の証である世界三大称号の一つ、『光の十勇者』の称号を得ることを確実視されていますわ」

「光の十勇者~? それって、ママみたいに凄い奴らが貰える称号だろ? それをあいつらが~?」


 でも、まあ、フォルナがそう言うなら、本当にスゲーんだろうな、あの二人。
 なんか偉そうで凄いムカつくけど………

「ちょっと、そこのあなた!」

 ほら、やっぱ偉そうだし! って、どうしたんだ? 
 このまま泊まる場所までさっさと行ってくれると思ったのに、なんか向こうでザワついてる?

「は、い、あの、その、あの………」

 って、あの幽霊女? えっと、名前忘れたけど、なんか怒られてる? あのチビ姫に。

「あなた貴族でしょう? それも公爵家の。それでいて、他国の王族を前にして自身が何者かも口にできないわけ?」
「あっ、いえ、そうじゃ、なくて、あの、ペ、ペットです………」
「あら、なあに? ………声が小さいわ! 爵位の上位に位置する身分でありながら、毅然とした振る舞いや誇らしさも持てぬ者にこの身を預けろと言うつもりなのかしら! この身を何と心得るのかしら!」

 なんか、あの幽霊女がウジウジしててムカついて怒ってんのか? まあ、俺もイライラしたしな。
 でも、もう、泣きそうじゃん、あの幽霊女。

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第6話 千年殺し

「クレオ姫、申し訳ございませんわ。その子、まだこういう場に慣れていないものでして、緊張していますの!」

 あっ、フォルナ走ってっちゃった。友達だって言ってたし、そりゃ、心配か。
 でも、あのチビ姫、さっき俺を見て笑った時みたいな顔してる。

「フォルナ姫も大変ね。この国は、どんな身分にも何かしらの問題があるようね。貴族にも、平民の駄犬にも………」
「………………………ッ、どういうことですの? ワタクシの友人と夫に何かありまして?」
「あら? 私は貴族と平民の駄犬と例に出して言っただけであって、別にあなたの友人や夫に関して何かを言ったつもりはないのだけれど、もしそうだと思うのなら何か自覚があるのかしら?」
「ッ! 何か………………言いまして?」

 お、おいおいおいおいおい、ど、どうなるの?

「ひ、姫様、その、だ、わ、私が、いけなくて、その」
「フォルナ姫、クレオ姫、この度は娘が大変失礼をいたしました! ですから―――」
「………わっちは知らないでありんすよ~、クレオ~」

 ほら、みんなもまた困ってるし! 

「ふ、おやおや………青いねえ、愚娘も、向こうのお姫様も」

 って、ママはなんかニヤニヤしてるし! 止める気ないの? いいの?

「おやめなさい、クレオ! あなたの尊大な態度がどれだけ無礼の極みか恥を知りなさい! 慎みなさい!」

 と思ったら、向こうの母ちゃんが止めてくれた。
 本当に、あのおばさん普通な感じで良かった。
 ………なのに………


「母様、無礼の極み? 何を言っているのかしら。何故、私が慎む必要があるのかしら? 私は常に威風堂々とこの天下に己の存在を示すものよ。慎みなど、己の魂に対する最大の侮辱。そのような生き方は、私も天も世界も許さないわ」


 なんでこいつはこんな訳わかんない奴なんだよ! こういうの、自己チューっていうやつだ。
 フォルナもスゲー自己チューだけど、こいつはそれよりも酷いぞ!
 もういいや。何かムカつくし………………


「チーーーービッ!」


「「「「「ぶぼわあああっ!」」」」」


 言ってやった。で、全員なんか吹き出して、超焦った顔してこっち見てる。

「ッ! ………………ふっ、ふっ、ふ………」
「ヴェルト! あ、あ、あなた! 何てことを言いまして!」
「おやおや、愚婿も黙ってられなかったかい」
「これはこれは愉快でありんす。よりにもよって、クレオが一番気にしていることを」
「ひあ、あの、その、えっと、あっ………」

 そして………………

「……………………………今………………………………何て言ったのかしら?」

 この目、迫力、見たことがある! 

「ねえ、そこのあなた………………………今………………………何て言ったのかしら?」
「チーーーーーーーーーーーーーーーーーーービ!」
「ふふふふふ、ただの育ちの悪い駄犬どころかして、この私にチビなんて………………それこそ無礼の極みというもの! 他国の王族への侮辱は国家への侮辱! エルファーシア王国は、我が国と戦争をするつもりかしら!」

 俺が、街で遊んでたクラスに可愛い子が居るって言ったとき、フォルナがこんな目で俺を睨んだ。アレと同じだ。

「おい、俺はチビって言っただけだぞ。別にお前のことなんか言ってないぞ?」
「……ッ!」
「チービチビチービ! チービ、ブースチービ!」
「ちょっ、今、さり気なくブスッて言ったわね! この無礼者!」
「だから、チビって俺のただの独り言だし! なんだよ! それとも、自分が性格ブスチビクルクル頭って自覚してるからじゃないのか?」
「そこまでさっき言ってはいなかったじゃない! この、駄犬の分際でなんという侮辱ッ!」

 あん時、モンスターみたいに怖かったフォルナにぶん殴られた。
 フォルナの前で他の女の子を見るなと、ママに説教された。
 でも、構うもんか!

「やめなさい、クレオ!」
「まあ、待ちな、ピサヌ女王陛下。ガキの喧嘩だ。面白そうだしもうちょっと見てみたらどうだい?」
「何をおっしゃっているのです、ファンレッド女王陛下!」

 クレオとかいうチビは、本当は今すぐ走り出して俺をぶん殴ろうとしているのに、何だかギリギリで堪えながらゆっくりこっちに近づいてくる。
 でも、あと一回「チビ」って言ったら走り出してくるな。
 だったら、言ってやろう。


「よくも言ってくれたじゃない。それに、さっきの私の仕返しのつもりかしら? こちらはただ、無礼な貴族の娘に常識を説いただけというのに、間違っているはずのあの子を庇うのがこの国の常識かしら?」

「別に庇う気なんかねーし。俺だって、さっきからモジモジしてるあいつ、スゲーイライラしてムカついてたし」

「………………………はっ? ……………………だったら、何故こんな馬鹿なことを?」

「そんなの決まってんじゃん、なんかオメーの方がムカついたし」


 なんか、ピキッて音がした。
 プルプル笑いながら震えてるぞ、あのチビ。


「ふっ、………フォルナ姫もエルファーシア王国も随分と心が広いのね。こ~んな礼儀知らずの駄犬を婿にするどころか、次期国王にとは………まあ、貴女方がそれでいいというのなら、私はべつ、べ、つに………」

「あっ、そうか。お前は、心ちっちゃいから、チビなんだ」


 ――――――――ッ!


「こ………………………このイヌッ! 今すぐ調教してあげるわ!」


 あっ、ピキじゃなくて、今度は「ブッチイイッ!」て音が聞こえた!
 殴られるか! くそ、もういいや! かかってこい、このやろう!

「クレオ!」
「いかん! ヴェルト君、今すぐに謝るんだ!」
「それぐらいでやめておくんなし、クレオ。来て早々、これ以上のゴタゴタはダメでありんすよ」
「まったく、大人が少し落ち着いたらどうかねえ。ガキ同士の喧嘩じゃないかい。良いコミュニケーションだ」
「お母様! お母様がそれでは困りますわ! 今すぐ止めてください!」

 止めろと、謝れと、みんな言うけど、もう遅いよな。
 あのチビ、ボキボキと指鳴らしてるし。

「ご安心なさい。私ももう七歳の大人よ、母様。それにエルファーシア王国の方々。これは、戦争でも決闘でもないわ。道端で見かけた野良犬が噛み付こうとしてくるので、少し躾けてあげるだけよ。野良犬の調教程度で、両国の友好を反故にするつもりはないわ」
「クレオ! その少年は、エルファーシア王国と懇意にされている少年と!」
「……どうかしら? ねえ、ファンレッド女王陛下。私がこの野良犬に手を出すと、両国の関係にヒビが入るかしら?」

 とめる向こうのおばちゃんに対して、あのチビ、ママに聞いてきやがった。
 そんなのママに聞いたら……


「ふん、面白そうじゃないか。これも婿修行の一つだと思って、愚婿も少しやってみたらどうだい? あんたから噛み付いたんだからねえ」

「お母様ッ! 何を言ってますの!」

「ほほほほほほ! 流石は、英雄、ファンレッド女王陛下。その心の広さは、感服するわ!」


 ほらな、こうなるよ。ママは「おもしろそーだから、やっちまいな」って顔で俺見て笑ってるし。

「女王陛下! クレオ姫! お待ち下さい! 此度の全ての原因は、私の娘が全て原因。どうか、私から謝罪させて戴き、この場を……」
「関係ないわ、アソーク公爵。確かに、あなたの娘は私に不愉快な思いをさせたけれど、この駄犬は、私の逆鱗に触れた。これはもはや国など関係なく、私の個人的な怒りも込めた調教。だから、下がりなさい!」

 そして、もう誰が言っても止まんない。公爵のおっちゃんが謝ろうとしても、チビのクレオが睨んだだけでビビッちゃってるし。

「さあ、始めるわ。私を侮辱した罪を万回に後悔なさい! そして、この空の下で、最も高貴な覇王の前に平伏しなさい!」
「うるさいな。チビのくせに」
「…………あ゛?」

 でも、俺もこいつ、すっごいムカつくし、一発ぶちたいから、関係ないし。
 だからやるんだ。

「……ふう……ところで、あなた。仮にもフォルナ姫の夫であるなら魔法学校でちゃんと基礎的な力ぐらいは身につけているのかしら?」

 魔法? 先生は、「君は、魔法よりも政治の勉強かな? うん、人には向き不向きがあるから、君はそっちを頑張りなさい」って言われたな。

「いいえ、聞くだけ愚問ね。身に漂う魔力も、体つきも平凡以下。こんな子犬に私は何をムキになっていたのかと、今更自己嫌悪よ」

 ん? なんか、落ち着いてきた? 少し顔が柔らかくなったような……

「我が国の屈強な戦士たちすら平伏せさせてきたこの覇王たる私が、一時の感情に流されてしまったわ。確かに、まだ忍耐力が足りないわね」

 そして、落ち着いてるけど、この目は凄く俺を馬鹿にしているように見える。

「誇り高い聖戦を求めるこの心はいつになったら満たされるのかしら。今日も取るに足らない駄犬を蹴散らすなど……本当に不毛」

 溜息まで! こいつ、なんだよ! 自分から喧嘩売ってきたくせに、何でそんな顔するんだよ! 
 こいつ、本当に嫌いだ!


「さあ、かかってきなさい、駄犬。私は一切構えないし、避けないし、好きにかかってきなさい。殴るもよし。蹴るもよし。あなた程度の力や魔力では、私を倒すどころか、この場から一歩も動かすこともできないと知りなさい」

「なにっ?」

「ただし、あなたが成すすべなくなったら、今度はこっちの番。泣いて、みっともなく地べたに倒れ、尿を垂れ流すほどの恐怖を与え、生涯忘れられない屈辱をその体と心に刻み込んであげる」


 そう言って、クレオは両手を広げて、俺にかかってこいと言ってきた。
 自分は一切反撃しないし、攻撃を避けないから、好きなだけ殴るなり蹴るなりしろって。

「えっと………いいの?」
「ええ、どうぞ。それぐらいのハンデは与えてあげないとね。それに、人は、成す術がないほどの圧倒的な力の差を知り、絶望し、そして従順になるものよ。そのためには、これぐらいはねえ」

 完全に俺を馬鹿にしてるぞ!
 この野郎、もう怒ったぞ! 本当に何でもやってやるんだからな!

「よーし、それじゃあ」
「?」

 反撃しないなら、相手が女の子だからって関係ない。一発で終わらせてやる!
 まずは、こいつの後ろに回って……

「あら、後ろから? なるほど。後頭部? 首筋? 脊髄への攻撃? 死角からの恐怖? 少しは考えているようね。でも、そんな程度じゃ私には通用しないわ」

 後ろに回って、こいつの真後ろでしゃがみ込む。

「ヴェルト、何をしてますの!」
「後ろから攻撃するでありんすか? でも、聖騎士ガゼルグと常に稽古しているクレオには、魔力も伴わない子供の攻撃なんて、痛くも痒くもないでありんす」

 俺は、バーツと喧嘩になったとき、タマを蹴り上げて泣かせたことがある。
 でも、それはこいつにはダメだよな? だって、タマがないし。
 だけど、あの技なら勝てる。

「ん?」
「なんだ、あの構えは」
「あの少年、何をやろうとしているのだ?」
「ヴェルト君?」

 俺にタマを蹴られてから、タマをガードするようになったバーツを、俺の開発した技で倒した。
 あの技なら……

「いくぞー! 避けるなよ?」
「?」

 人差し指を伸ばしたまま、他の指を組む。
 そして、これには手順がある。
 どうして、こんなのを俺が思いついたか分からない。
 でも、自然に頭の中で思いついて、体が動いていた。


「一に気をつけ、二に構え!」

「はっ?」

「三、四がなくて、五に発射ッ!」


 俺は、しゃがんだ状態から、体中の力を使って思いっきり、一点を目掛けて飛んだ。
 短いワンピースの下から見える、オレンジ色のパンツ。ハートのマークが入ってて、少し可愛かったけど、俺、そういうの興味ないから構うもんか。


―――――――ブスリ!

「「「「「………えっ、え、え、えええええええええええええええっ!」」」」」


 俺の人差し指が、根元まで突き刺さっ………


「んぐぶほおおおおおおおおおおお! wp9ふぇぁんvうぇp@cwくぉflまs!」


 クレオが全身をピンと張って、体中がビリビリ震えて、何言ってるか分からないぐらいの叫び声をあげた。
 でも、こんなんじゃ終わらせないぞ!


「そして、六でぐりぐりぐりぐりいいいいい!」

「ごきゅえあああああああああああああああああああああ!」


 ギュ―ッて、ぐりぐりぐり~ってねじ込んでやるっ!


「「「「ねねねねね、ねじったああああああああああ!?」」」」


 こんだけやれば、どんなやつにだって勝てる!
 クレオも同じだ。体中の力が抜け、一気に膝から崩れ落ちて四つん這いになって倒れた。
 スカートめくれてパンツ丸見えだけど、もうこいつ、それを隠せないぐらい変な感じになってる。

「はべ、あぶ、ひゃ、あ、べ、あ、へ~」

 すぐに立つのは無理そうだ。
 おまけに、こいつ、パンツがジョワって……

「泣いて、這い蹲って……あっ、それにお前、おもらし…………どうだ! バーカ、ザマミロ!」

 見たか! 俺を馬鹿にするからこうなるんだ!
 俺の勝ち――――――――


「ヴェルトのおばかあああああああああああああああああああっ!」


 と、思ったら、フォルナにぶん殴られて……


「ヒメサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ちょま、あ、あいつ、なな、なんちゅうことぉ!」
「急いでクレオ姫を運ぶのだ!」
「ヴェヴェヴェ、ヴぇるとくん、よりにもよってなんてことを!」
「せ、戦争に、な、なる?」
「あーはっはっはっはっは! あーはっはっは! そりゃあ、聖騎士と訓練してるお姫様も、ソコは鍛えてないよねえ」
「女王様、何をノンキに笑っていらっしゃるのです! マジで戦争になりますよ!」
「クレオ……、な、なんてことを……ッ、システィーヌも何を笑っているの!」
「もう、こ、これ、わ、笑わないのは無理でありんす! ふぉ、ふぉ、フォワーハッハッハッハッハッハ!」


 フォルナにぶん殴られて、体中の力が抜けて、なんか空をプカプカ浮いている感じがする。
 なんか、みんな慌てたり、笑ったりしてるけど、フォルナはなんか物凄い怒って………


「ひ、ひどい……恐い……あの子……」


 あっ、しかも幽霊女が物凄い怯えてガタガタ震えてる。なんだよ~、誰の所為でこんなことになって―――――


「ヴェルト~、ヴェルトーーーーッ! 今日という今日は許しませんわ! 女性になんということをしているのです! も、もう、もう限界ですわ! あなたには、た~~~~っぷりお仕置きですわ!」

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第7話 俺と幼馴染

 長いし眠いし疲れた。

「本日の発表会に、特別出演していただくはずだったクレオ姫が、部屋から一歩も出てこないとのことですわ」
「ふ~ん」
「部屋に誰かが近づいても直ぐに追い返し、部屋からは嗚咽の篭った泣き声が聞こえるそうですわ」
「ふ~~~~~ん」

 別に、ムカつくチビが、泣いて部屋から出てこないだけなんだから、別にいいと思うのに、フォルナはしつこい。

「ヴェルト! 自分がどれだけのことをしたか分かっていますの?」

 もう、本当にしつこい。
 だって、あのチビ、何やっても良いって言ったんだし、別に悪いことじゃないってのに。
 それに、ああしなきゃ、俺が好き放題やられてたんだし、立場が逆になったら責めるなんてずるいぞ。

「姫様、そろそろ発表会に出られる方は文化会館にお集まりする時間です」
「う~~~~、もう、ヴェルト! ワタクシ、まだ怒っていますのよ! おかげで、クレオ姫は出場を辞退されますし、これで両国の関係に大きな亀裂が入ったらどうしますの?」
「姫様、ヴェルトくんもこうして反省……しているようには全く見えませんが、お時間が……」
「分かっていますわ、ガルバ。とにかく、ヴェルト! 今日の会が終わりましたら、必ずクレオ姫に謝罪に行きますわよ! いいですわね! それと、ワタクシの演奏が終わったら、ちゃんと客席から花束を持ってワタクシのところに来ないとダメですわ! 分かりましたわね? では、ワタクシは先に行ってますわ!」

 最近、フォルナは俺のおふくろみたいに細かいことをグチグチ言う。
 いや、おふくろは俺のこと全然怒らないから、おふくろよりも全然口うるさ 
 今日だって、演奏会の本番前の練習とか段取りとか色々あるはずなのに、こうして俺の家まで来てギリギリまで説教してるし。

「ヴェルト、ちゃんと反省しているのかい? 女の子に酷いことをしたんだろう?」

 フォルナが走って出て行って、ようやく静かになったと思ったら、親父が少しマジメな顔して俺に聞いてきた。

「だって親父~、あのチビ女のほうがヒデーんだぜ?」
「ヴェルト、それはね、関係ないよ。相手が酷いからって、お前まで酷いことをする必要はないだろう? 酷いことをされても、それを許せる男の子が、カッコいいと思うな?」

 そう言って、親父は俺の頭をポンポンと叩いた。
 いつも思うけど、親父って、少し真剣な顔をしても全然怒らないし。
 おふくろもそうだし。
 バーツの親父なんて、よく俺もバーツも暴れたらぶん殴るし。
 でも、なんか親父の言葉は、いつも胸がなんだかキューっとなるから、変な感じだ。

「女の子はね、怒らせたり泣かせたりするんじゃないよ。男の子なら女の子を笑わせて、そして守ってあげなさい。だから、ちゃんと今日その子に謝って、笑わせてあげるまで帰って来ちゃダメだぞ?」

 それ、絶対無理……って言おうとしたら、ニッコリ笑ってきて、何も言い返せない。
 怒らないのはいいけど、すごい難しいことを親父は言ってくる。
 クレオを笑わせろ? 無理だよ。もっと泣かせろっていうなら、簡単だけど。

「さあ、行ってきなさい。あと、ちゃんとお金を持ったかい? そのお金で、お花屋さんで花束を買うんだぞ?」
「……分かったよ……」

 親父から貰ったお金をポケットに入れて、めんどくさいけど演奏会に行かないと。
 行かないとフォルナに怒られるだけじゃなく、ママにお仕置きされる……でも、そういえばママはあまり昨日のことを怒ってなかったけど、どうしてだろ? 普通に笑ってたし。

「お尻にさすんじゃなくて、ママみたいに叩けば良かったのかな?」

 叩くぐらいだったら、フォルナもこんなに怒らなかったのかな? ……っていうか、めんどくさいな、何で俺がこんなに悩まなくちゃいけないんだよ。

「おー、ヴェルト、お前、昨日とんでもないことをやらかしたようだな!」
「聞いたぞ、ヴェルト、公爵家のお嬢様を助けたんだってな?」
「えっ、俺はヴェルトが他国のお姫様を泣かせたって聞いたぞ?」
「俺はヴェルトがお姫様のお尻を触ったって聞いたぞ?」

 で、王都に来るといつもみんなに話しかけられるけど、今日はいつもより酷い。
 みんな俺を見たら昨日のことを話しかけてくるし、本当にヤダ。
 さっさと花屋に行って、テキトーにフォルナにあげる花を買っとこ。

「あっ…………」
「あっ」

 って、ようやく花屋が見えてきたと思ったら、なんか豪華な馬車が止まってるし。
 そんで、その馬車から降りてきたのは、あの公爵のおっさんと、幽霊女じゃん…………

「これはこれはアソーク公爵様。ようこそお出でくださいました。本日の発表会において、文化会館の入口に飾る花は既にご用意しております。どうぞこちらへ」
「面倒をかけるな。注文通り、チェーンマイル産の花も?」
「ええ。エルファーシア王国とチェーンマイル王国それぞれの花を飾り付け、調和をとった自信作です。わざわざ種を取り寄せて丹精込めて育てたものです」

 公爵のおっちゃんと花屋のおっちゃんが真剣に話をしている中、その後ろで恐る恐るこっちに気づいて、隠れたり、顔を出したり、また隠れたり…………なんだよ、ほんとイライラする……


「おっ、これはヴェルトくん。昨日は本当にやらかしてくれたね……まあ、その様子だと、姫様に十分キツくお叱りを受けたようなので、私からは何も言わないが」

「おお、ヴェルトか。どーしたよ、花屋にくるなんて珍しいな。しかも、そんなキメて。姫様とデートかい?」


 そんな中で、ようやく公爵のおっちゃんと花屋のおっちゃんも俺に気づいた。
 んで、やっぱり俺が花屋に来るなんて珍しいなんて言ってくる。


「別に。今日の発表会でフォルナが演奏終わったら持って来いってうるさいんだ」

「ああ、そういうことか。じゃあ、ちょっと待っててくれ。今、忙しくてな。あとで、姫様のお好きな花を見繕ってやるからよ」

「悪いな、ヴェルトくん。こちらも色々と確認作業があるのでな。ペット、その間、ヴェルトくんとお話でもしていなさい。なんだったら、お茶でもご馳走してあげなさい。お小遣いは持っているだろう?」

「………………ひっ!」


 おい、せめて「嫌」とかそういう風に言えよ。なんで「ひっ」なんて怯えた言葉なんだよ!
 んで、二人はそのまま店の奥にそのまま行っちまったし。
 残されたのは、俺と幽霊女。

「……………………………………………………」
「………………うっ…………うっ」
「………………………………」
「…………チラ………………ひっ!」
「………………………………」
「………………うっ、うう…………」

 限界だった。

「なんか喋れよお前ッ!」

 何なんだよ、こいつは! ウジウジモジモジオドオドチラチラチラチラ。

「ひっ! ご、ご、ごめんな、さ、い」
「ハッキリしゃべれよーっ!」
「ひっう、ぐ、う、うう、え、…………」
「泣くんじゃねえよ、ひっぱたくぞ!」
「う、え、う」

 ほら、結局泣き出すし、もう嫌だこいつ! 昨日のクレオも嫌いだけど、こいつも見ていて嫌だ!

「あーーっ! ヴェルトのやつ、女の子泣かせてるぞ、いけねーんだ!」
「しかも、お嬢様の、えっと、誰だっけあの子、えーっと」
「おーーーい、ヴェルト! お前、女の子泣かすなんて、何考えてんだ!」

 げっ! よりにもよって、幼馴染のシップ、ガウ、バーツの三人だし!
 しかも、バーツは怒って走ってきたし!

「ヴェルトー、テメェ、男の子が女の子泣かすんじゃねえ! 可哀想だろうが!」
「っ、うるせーな! 泣かせてんじゃねーし。こいつが勝手に泣いてるだけだし!」
「そんなわけないだろ! どう見たって、お前が怒って泣かせたんじゃないか!」
「俺に怒られるようなことしたのこいつだし!」

 くっそー、こういうときは、フォルナもそうだけどバーツもウルサイし!

「あの、け、喧嘩は、その、や、やめて………」
「うるさいっ! そもそもお前がビービー泣くからこんなことになったんじゃねえか!」
「ヴェルト、お前、余計泣いちゃったじゃないか! 女の子泣かせるな、この野郎!」

 なんかもう、こんなんばっかりだし。

「おっ、またバーツとヴェルトが喧嘩してるぞ」
「今度は何だ? 女の子を取り合ってるのか? っておい、あの子、確か公爵家の!」
「ひゅ~、ヴェルトはお姫様、バーツはサンヌちゃん、可愛いお嫁さんがそれぞれ居るのに、ライバル登場か?」

 ほら、バーツは声でかいから、街の奴らもすぐ注目してくるし。
 もう、やだ!

「ほら、お前、ボーッとすんなよ!」
「えっ?」
「あっ、逃げるな、ヴェルト! 逃げるなんてズルイぞ!」

 とにかくこれ以上目立つのはやだ。幽霊女にビービー泣かれるものやだし、とりあえずこいつ連れてどっか逃げよう。

「あの、その、ど、どこに?」
「知らねーし。お前の所為だからな? さっさと泣きやめよ!」
「あ、その、お、お父様を待ってないと…………」

 あっ、でも、逃げたら逃げたで、これも目立つや。
 だって、俺、こんなタキシードなんか着て、幽霊女は演奏会に合わせたドレス姿だし。

「ま、待ってよ~、走れない」
「えー? こんだけで走れないの? お前、弱いな~」
「だって、私、は、走ったことない」
「何でだよ、フォルナは俺より凄い足速いし強いのに」
「姫様と、く、くらべ、ないで」

 しかもコイツ遅いし。んで、バーツは追ってくるし、周りはまた冷やかすし。
 仕方ないや。早いとこ路地裏にでも逃げ込んで、落ち着くまで隠れよ。

「あっ、ヴェルトのやつ、またそんなところに逃げ込みやがって! 待てええ!」

 へへん、商店通りの脇道は入り組んでるから、見つかるもんか。
 いくらバーツたちが住んでいるところだって言っても、更に奥に行っちまえば、そこは裏通りって言われてるぐらい薄暗いしな。


「ね、ねえ! ここ、あの、どこ? ねえ。ちょっと汚いし、臭いし…………」

「ん? ここは、裏通りだよ。なんかスゴく安いお金で酒飲むところとかあって、夜になるとヤラしい姉ちゃんたちが歩いてたりするんだって」

「ひっ、そ、それって! ねえ、ここって…………ダメだよ~、お父様、ここは子供が絶対に来ちゃダメなところだって」

「知ってるよ。だから、フォルナとかバーツに追い回されたらここに隠れてりゃ安心なんだ。ここ、フォルナの兄ちゃんのファルガに教えてもらったんだ。家出する前、ママと喧嘩したときとか良くここで変装して隠れてたんだって」


 表通りのお洒落な商店通りや、酒場とかとは違う。
 ちょっと薄暗くて、汚いところがあるけど、そんなに危ないところじゃない。
 夜は酔っ払いとか居るけど、昼間は居ないしな。

「んで、お前ももう泣いてないよな?」
「あっ…………う、…………うん」

 とりあえず、路地のところに置かれていた樽の上に飛び乗って、テキトーに時間潰して戻るか。それがいつものことだしな。

「なにやってんの? お前も座れば?」
「え、その、でも…………」
「あ~、ドレスだから樽に座るの汚いから嫌なのか? ウジウジしてるし、オドオドしてるし、すぐ泣くし、わがままだし、お前もホントめんどくさいな~」
「ひうぅ…………その、ご、ごめんなさい…………」

 そんで、すぐ泣きそうな顔で謝るし! なんかもう、こいつのこと段々分かってきたぞ。こればっかりだし。
 フォルナのやつ、いくらこいつが貴族のお嬢様だからって、よく友達になれたな~


「なあ、お前さ~、そんなんじゃ他に友達居ないだろ? どうやってフォルナと友達になったんだ? っていうか、いつもフォルナと何して遊んでるんだ?」

「えっ、姫様と? …………その…………おしゃべりとか…………」

「お前、しゃべれねーじゃん」

「あうっ、その、姫様がお話することを私が聞いていて…………」


 あー、なんだ。フォルナが一人で話してるのこいつ聞いてるだけなんだ。


「ふ~ん。まあ、あいつおしゃべりだしな」

「…………あなたのこと……………………」

「えっ?」

「姫様は…………いつも、あなたのこと話してるよ? 今日、ヴェルトくんとお買い物したとか、喧嘩したとか、そういうこと…………」

「じゃあ、…………お前、俺のことは知ってたの?」

「…………う、うん………」


 フォルナが勝手に話してるだけなら、別に問題起こらないか。でも、それって友達じゃないと思うけど…………

「ふ、ふ~ん、じゃあ、どんなこと? あいつのことだから、多分、俺のこと世界で一番カッコイイとか言ってるんじゃないのか?」
「うん、言ってる」
「言ってるんだ、あいつ!」

 なんだろう…………なんかちょっと恥ずかしくなった。


「………イジワルで……ひねくれてて」

「ん?」

「やんちゃで、ナマイキで、全然女の子の気持ち分かってくれない。………でも、いつも人の目を気にしないで堂々としてるって………物怖じしないで、いつも自分に正直で………あと照れ屋で………」

「それ、俺のこと馬鹿にしてるの? 褒めてんの? なんかどっちなのか全然分からねえし!」

「ひうっ! だ、だ、でも、ひ、姫様がそう言ってて………」


 フォルナの奴~、なんであいつって良く俺のことを怒るくせに、人には俺のことをそういうふうに言うんだよ。恥ずかしいじゃねえか。

「………ねえ、………ヴェルトくん………」
「ああん? なんだよ~」
「うっ! あ、ご、ごめんなさい………なんでもないの」

 なんか聞きたそうにしてるけど、なんでもなくねーだろ。


「あーもう! そういうの気になるだろうが!」

「う、ううん、その、大したことじゃないの………ただ!」

「じゃあ、言えよ! そういうの! ほんっと、お前臆病だな~」

「だって、………変なこと言って怒られたら………」

「いーじゃねえかよ、言って怒られるぐらい! それなら、俺はフォルナやバーツにいつもどれだけ怒られてると思ってんだよ! まあ、ママに何かを言って怒られるのは嫌だけど………でも俺はそこまでヒデーことはしねえぞ!」

「だって、ヴェルトくん、お、女の子に、へ、平気でひどい事するし、き、昨日みたいに」


 昨日? ひどい事? アレか?


「ひどい事? カンチョー?」

「カンッ、………わ、私、そ、そんな言葉言わないもん!」

「なんだよ、あんなのがひどいことなのか? じゃあ、怒ってもカンチョーしないから、言いたいことあれば言えよな! つうか、言わなきゃカンチョーするからな!」

「ひいっ! い、言う! 言う! 言うよ~、………」


 知らなかった。カンチョーって、威力が強力なだけじゃなくて、嫌なことなんだな。
 よし! 今度フォルナと喧嘩になったら、これであいつを逆に泣かせてやろう!

「あ、あのね、その………ヴェルトくんは………………どうして怖いことができるの?」
「はあ? 怖いこと? 何が?」
「昨日も、クレオ姫を怒らせるし………戦って怪我することだってありえたのに、それに今だってこんな怖いところに平気で居るし………」

 聞きたいことってそれか? って言われても、怖いことできるんじゃなくて、別に怖くなかったから出来たんだし………


「私はいつも怖いの。人とお話するときも、怒られるんじゃないかとか、嫌な思いされて嫌われないかとか………人の前に出るのも、どんな風に見られているとか気になって………」

「ふ~ん」

「ヴェルトくんは、その、ひ、人から怒られることも嫌われることも怖くない。だから、人が嫌がることも平気でする。たくさんの人の前に出ても、恥ずかしいと思っても、怖いと思ってないから………どうしたらそんな風になれるのかなって………」


 怒られることも嫌われることも怖くない? 
 言われても、正直よくわかんない。
 少なくとも、ママに怒られることは怖いし………
 でも、嫌われることは怖くないってのは考えたこともないや。
 嫌われたことないし………

「私、今日だって、大勢の人の前でピアノも、き、緊張するし………」
「ああ、そっか。お前も出るんだよな」
「うん」

 正直、怖いことをできることについて、どう答えていいかはわからないや。
 でも、人の前に出ることに関しては………

「別に人の前に出ることは気にしなくていいんじゃねえの?」
「………なんで?」
「だって、お前、幽霊みたいに影薄いから、どーせ誰も見てないんじゃねえの?」
「………ひぐっ!」

 そう、実際、街の中を逃げ回ってても、みんなこいつのこと、貴族の娘ってのは知ってたけど名前まで知らなかったっぽいし。
 全然知られてないんだから、どーせ誰も注目しないし、気にもしな………って、また泣いちゃったし!

「なんで泣くんだよ! 注目されない方がいいんだろ?」
「だって、そんな、ひどいこと言うし………」
「注目されたくねーのか、されてーのかどっちだよ!」
「分かんないよ~………でも、誰からも見られないのも嫌だよ~………」

 こいつ、本当にメンドくさい。昨日のクレオが怒ってたのも、今なら本当に同じ気持ちかも。
 泣き虫な女の子じゃなかったら本当にひっぱたいてるぞ………

「じゃあ、みんなには見えなくても、俺には見えるからいいだろ?」
「………………えっ?」
「影薄いけど、俺はもうムカつくからお前のこと覚えちゃったし、俺には見えるからいいだろそれで!」

 ん? 今度はなんだよ? 涙が止まったと思ったらポケーっとこっち見て………


「なんだよ、嫌なのか?」

「う、ううん。………でも、ピアノ弾いたらやっぱり見えちゃうよ、色々な人に。だって、舞台の前で、大勢の人の前で順番に弾いていくんだもん………だから、失敗しちゃったら笑われちゃうし………怒られるし………」

「あ~~~~~~~~~~もう! だったら、笑った奴は俺がぶん殴ってやるよ!」

「えっ、えええええっ! だ、だだ、ダメだよ、叩いたら!」

「いいんだよ! だって、俺は凶暴なんだから、叩いていいんだ!」


 涙が止まってもウジウジ、ほんと面倒だから、もうこれでいいや! 自分でも段々何を言ってるのか分からなくなってきたけど………


「俺はお前のこと見えるから、だからなんかあったら俺が守ってやるから!」

「………………まもる? ど、どうして?」

「親父が言ってたんだ。男は女を守るの当たり前だって。俺は男だから、全然おかしくねえ!」


 うん、自分でも何言ってるのかわからないけど、「守る」って言葉を言っておけば、親父の言ってた通りだから間違いはないよな?


「でも、ヴェルトくんは、フォルナちゃんの旦那様だよ? ヴェルトくんが守らなくちゃいけないのは、フォルナちゃんだよ?」

「いいんだよ! だって、フォルナ、俺より強いから! でも、お前は世界一臆病者だから丁度いいんだ!」

「ちょどいい?」

「そうだ! 俺はこの世の麦畑で最も凶暴なやつだから、世界一臆病なお前は俺でも守れるぐらいに弱いんだから、守るのに丁度いいんだよ!」


 うん、俺が守れるぐらい弱いんだから丁度いい。
 あれ、そうしたらこいつ………

「ッ………ふ、ぷっ………」

 震えてる?
 でも、それは、涙を堪えてるんじゃない。
 怯えてるんじゃない。
 これは………

「ぷっ、ふふ、あははははははは、なーに、それ!」

 あっ、笑った………
 笑うんだ、こいつ………

「笑うなよ~」
「だって、おかしーんだもん」

 気づけば、俺も笑ってた。というより、なんかホッとした。

「………も~う、でも、ほんとうなの? 守ってくれるの?」
「ん、ああ、いいよ」
「何があっても?」
「しつけーな、何があってもだよ、多分」
「………ふふ………そうなんだ………」

 女の子を笑わせて、守る。これ、親父が言ってたことだ。
 じゃあ、これでいいんだよな。
 良かった、これならフォルナも怒らないよな?
 後で、ちゃんとフォルナにも………


「旦那ァ、こっちですぜい! この裏通りはこの時間、全然人がいねーのは確認ずみですぜい!」


 って、誰か来た!

「ヴェルトくんッ!」
「しっ! なんか見つかると面倒だから、隠れるぞ」

 ようやくホッとしたのに、誰かが走ってこっち来た。
 慌てて樽から降りて物陰に隠れたけど、誰だ、あいつら。
 なんか、二人の大人が走ってきた。俺もこの辺はよく来るけど、見たことないやつらだ。


「警備がザルすぎるハンガー。これが多くの優秀な人材を輩出したエルファーシア王国の警備体制とはお笑いハンガー」


 そして、何だよ、あいつ。
 ちょっと大きめの白い袋を担いだ男。
 一緒に居るヒゲの男に「兄貴」って呼ばれてるけど、こっちの方が若く見える。
 でも、歳よりも格好の方が気になる。
 貴族みたいな高そうなコートのようなマント。
 そして、絵本で出てきた海賊とかが被っているような帽子。
 そんで、あの「手」はなんだ? あれって洋服をかける………


「にしても、兄貴~、その口癖どうにかならないんですかい?」

「今は潜入中ハンガー。今の私は、社長より特別な名を授かった身。だから、今は私のことは、『ハンガー船長』と呼ぶように」


 なんで片手が洋服をかける木のハンガーなんだ? 
 それに、もう一人の方は、縞々の服に、頭に頭巾かぶった柄の悪そうな大男。
 こいつはなんか海賊の下っ端にしか見えないぞ?

「そんなもんすかねえ」
「そうだ。それよりも、早く王都を出て、国境を越えるハンガー。積み荷が起きて暴れださないうちに」
「へへ、兄貴の睡眠魔法使ったんすから大丈夫でしょう?」
「侮るなハンガー。子供とはいえ、『暁光眼』の持ち主だハンガー」

 ん? 暁光眼?


「にしても、想像以上に楽でしたね。まさかこのガキが発表会に行かずに公爵家の屋敷に閉じこもっていたとは。おかげで、女王陛下ともう一人の姫の護衛と警備のため、ほとんどの兵が発表会に行ってて、公爵家には僅かな護衛しかいなかったんすから。おまけに、一番厄介だと思っていたこのガキも、簡単にこうして眠らせて浚えたんすから」

「確かに拍子抜けハンガー。何やら泣き疲れて元々眠っていたようだったハンガー。今はその眠りを更に深くしているハンガー」

「屋敷の連中も全員三日は起きないでしょう? 三日もありゃ、俺たちは楽に港まで行けやすね? あとは、アジトに戻って洗脳魔法でこのガキを逆らえないようにすりゃあ、完璧ですぜい!」


 ……………………なんだろう………………なんか、スゴイ大変なことが起こってるっぽい。


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第8話 まだ子供だから大丈夫

 見たことのない二人組。
 海賊の船長と思われる男と、下っ端に見える男。
 ハンガー船長と呼ばれた男と、その部下だ。
 白い袋を掲げて、人目を気にして、怪しいコソコソ話をしているのを、俺とペットは通りにあった樽の影に隠れて聞いていた。


「で、ハンガー船長、この後の段取りすけど」

「分かってるハンガー。各関門に提示する、通行手形は用意しているハンガー?」

「抜かりなく。元々自分はそっちが本職ですからねえ」

「頼りにしているハンガー。元大盗賊にして、現在ではあらゆる国へ商人として潜入できる諜報員、『アリパパ』の力を見せてもらうハンガー」

「兄貴、今の俺の潜入用のコードネームはそっちじゃないっすよ」

「そうだったハンガー。では、移送はお前に任せるハンガー。私は、このままシロムに向かうハンガー。お前は、正規のルートで堂々と積荷を持って移動するハンガー」

「積み荷は暴れないですかね~?」

「暴れても、魔法封じの錠をしているハンガー。魔法さえ使えなければ、ただのガキハンガー」

「ああ、そういうことですかい」


 ハンガー? アリパパ? どうなっているんだ? あいつら、何者だよ。
 元盗賊? 海賊? 全然意味不明だ。それに、さっきあいつらは…………
 すると、その時だった。

「んーっ! むーっ! むーっ!」

 ハンガー船長が肩に担いでいた袋が、激しく動いた。
 それは明らかに、袋の中に何かが入っている。いや、「何か」ではなく、「誰か」だ。

「ひいっ!」
「ッ!」

 バカッ! ビックリしたペットが思わず声を……

「誰ハンガーッ?」
「って、……おやおや、可愛いガキどもじゃねえの」

 すぐにバレた。ハンガー船長と盗賊アリパパとかいう奴が、ギロッとこっちを睨んでるっ!

「に、逃げるぞ、ペット!」

 俺は慌ててペットの手を掴んでその場か――――


「極限魔法・スリープ」


 ―――――――――――――――世界が真っ暗になった。


 そして、気づけば、ガタガタとした揺れと音で目が覚めた。
 両手足はロープで縛られて、蓑虫状態。
 回りは、樽や木箱、袋に囲まれている部屋。いや、これは移動しているから馬車?
 どうして俺は?

「んー、むー、むー、んー!」
「ヴェルトくん………」

 そして、目の前には、俺と同じように縛られている、ペット、そしてあのチビ女が居た。
 昨日、俺がカンチョーしてお漏らしした、クレオって姫だ。
 クレオは、猿轡と目隠しまでされている。


「ペット、それにお前は、お漏らしチビ女!」

「ふぉふぉっふぇふぁ(その声は)! ふぁふぇふぁふぁふぁふぃ(誰がお漏らしよ)!」

「し~っ、ヴェルトくん、大きな声出しちゃダメ、気づかれちゃうよ」


 ペットが「静かに」と言ってくるが、これは?
 そうだ………俺たち、ハンガー船長とかいうやつらに見つかって、そのあとどうなった?
 あれ? これって?

「ヴェルトくん、わ、私たち、ひっぐ、………ゆ、ゆーかいされて………」
「え~~~~」

 気づけば顔が一瞬でクシャクシャになって急に泣き出すペット。
 そうだよ、俺たち誘拐されたんだ!
 くそ、それじゃあここは?
 誘拐犯の馬車の中か?


「どうしてこんなことに?」

「………ふぉふ、ふぁふぁふぁふぁふぃふぉふぁふぃふぉふぁえふぁふぉふぇ(そう、あなたたちも巻き込まれてしまったのね)?」

「いや、何言ってんのか分かんねーよ」


 にしても、俺とペットに比べ、クレオはやけにガッチリと縛られてるな。
 俺とペットは、体を縄でグルグル巻きにされているだけ。
 それに比べて、クレオは、目隠しに猿轡。そして両手を後ろに回して、手首を手錠みたいのでガッチリと固定して、両足首も同じように枷を嵌められてる。


「ふぁふぁふぃふぉふぃふぁふぉふぉふぁ、ふふぁんふぃふぁふぁ。ふぉのふぉうふぉ、ふぁふぉふふうふぃふぉふぁふぉふふぃんふぁふふぃふぉふぁふぇふぇふぃふぃふぁ(私としたことが完全に油断したわ、こうもアッサリ捕まった。そしてこの錠、これには魔法封じが施されているから自力で脱出もできないわ)」


 何言ってるかわからないけど、なんとなくだけど言いたいことが分かった。
 こいつ、今、魔法使えないのかもな。だから、逃げられないと言ってるっぽい。

「どうして? 誰がこんなことを? 私たち、どうなっちゃうのかな~?」

 馬車はまだ動いたままだ。どこに向かってるかも、外の景色が見えないから分からない。
 どうしてハンガーとかいうやつらが、クレオを攫ったのかわからないし、このまま俺とペットもどうなるか分からない。
 どうしよう。
 なんとかしないと………
 ペットを守ってやるって約束したばっかだしな。
 すると

「………………………………………ふぁふっ!」
「ん? どーしたんだよ、お漏らしチビ」
「……………………………………………………ッ」

 その時、クレオが物凄い顔を赤くして、内股になってモジモジしているのが分かった。
 何か落ち着かない様子。震えている。今更恐がっているのか?

「恐いのか?」
「んーん」

 首を振ってる。違うと言ってる。
 でも、落ち着きの無さはどんどん大きくなって、何だか貧乏ゆすりまでしだしてる。

「寒いのか?」
「んーー、むーむっ!」

 違う? ムキになって首を横に振って、俺もペットも、どうすりゃいいか分からない。

「なんだよ~、それじゃあ、小便とかじゃないよな~?」
「………………………………………………………………………………………………」

 シュンとなった。正解だった。

「そ、そんな、姫様……で、でも、ここじゃ……」

 そうだよな。こんな場所じゃするところなんてないし、こんな状態じゃ……

「あっ、そうだ」

 そうだ。ここには積み荷が色々とある。
 小麦粉の袋、卵、雑貨、それになんかの坪とか。それなら……


「よし、お前の横に壺が転がってる。そこにしろよ」

「ッッッッッッッ!」

「ヴェヴェヴェ、ヴェルトくん、ひひ、姫様相手にそ、それはひどいよ~!」

「だって、他に方法ねーだろ? この鎖とか全然取れないし」

「ッ………………」

「だ、だからって、ひ、姫様に、そ、その、お、おし、っこ、壷にしろって……」

「ほら、俺、後ろ向いてるから、そのまましちゃえよ」

「~~~~~~~~~~~ッ!」

「うー、ううう~~~………ッ、姫様、私も目を瞑ってます!」


 クレオが目と口が塞がれてるのに、物凄い顔を真っ赤にして、物凄い唸っているのが分かった。
 ほんとに女ってメンドクサイな~。


「また漏らすぞ?」

「んんんーーーっ(あなた、殺すわよ)! んん、んんーっ、んんん、ん、んむむむむ、んんーっ(じょ、上等よ、この程度のことで、私の誇りは穢されたりしないわ)!」


 俺とペットは後ろを向いて、目まで閉じた。
 終わったら教えろよと伝えたのだが………


「………………………………………………………………………………………………………」


 なんか、物凄い静かでいつまでたっても合図が来ないけど、どうしたんだ?
 でも、これ振り返って途中だったらまずいよな? ペットにはいいけど、フォルナにバレたら後で殺されるし。


「ん、ん………………………ん、んっ!」


 終わったのか? そんな様子じゃなさそうだけど。


「ん、んっん(ちょっと)!」


 呼んでるのか? 振り向いていいのか? 俺とペットは目を開けて、ゆっくりと後ろへ振り返った。
 すると、クレオは壺の前で固まったまま、まだ何もしていない。
 どうしたんだ?

「ん………………ん………」

 物凄い気まずそうに、何かを俺たちに言いたいのか?
 なにぶん、クレオは俺たちとは違い、目も口も塞がれているから、何を言いたいのかが分かりづらい。


「ふぃ、ふぃふぁふぃ(し、下着)」

「はっ?」

「ん、………ん、ふぃふぁふぃんげはい(下着が脱げない)」


 何が言いたいんだ?

「んが、んんんはら、はんふがんふふぁん(手が縛られているから下着が脱げないの)!」

 なんだろう。この様子、フォルナが「言葉で言わなくても察してもらわないと困りますわ。今、ワタクシは凄く手を繋ぎたいのに、ワタクシの口から言葉にする前に、ヴェルトが察して繋いでくださらないとダメですわ」って言ってたときと似てる。


「………………………拭くものが欲しいのか?」

「んほんふふうんん、ほがっ(それもそうだけど、違う)!」


 違うのか? じゃあ、なんだ?
 だが、俺が分かる前に、ペットが何かに気づいたように「アッ」となった。


「そ、そっか、ひ、姫様………」

「………………へっほんほーふ、ふぁんふぉふぁふぃふぇふふぁふぁん(ペット・アソーク、ど、どうにかしてくださらない)?」

「って、そ、そうおっしゃられましても、私も手足ぐるぐる巻きにされて………」


 なんだよ? なんなんだ? ペットは顔真っ赤にしてるけど、恥ずかしいことなのか?


「おい、ペット~?」

「あ、あのね、ヴェルトくん、そのね、姫様その………ごにょごにょごにょ」

「はあ? な~んだ、パンツが脱げねーのか、じゃあ、そのまま漏らせば? どうせ、もうお前は『お漏らしクレオ』なんだしさ」

「ちょっ、ヴェヴェヴェヴェ、ヴェルトくんッ!」


 そっか。クレオはスカートだけど、下にパンツ履いてるんだから、それを降ろさないとできないよな?
 でも、両手足を縛られてるクレオは、壁に寄りかかりながら立ち上がることはできるけど、パンツを自力で下ろすことができない。
 くだらね~………


「ほろふっ(殺すッ)! へるふぉひーふぁ(ヴェルト・ジーハ)! ふぁふぁらふほろふっ(必ず殺す)!」

「ヴェルトくんさいていだよ~、そんなひどいことダメだよ~!」

「馬鹿、俺たちユーカイされてるのに、お漏らしぐらいでギャーギャー言うなよな!」


 そうなんだよ。今、俺たち三人は変な二人に誘拐されてるんだ。そっちのほうが問題だよ。
 なのに、クレオは、物凄い黒いオーラみたいなの出して、何だか鼻水すすってる声?


「ひふぉい(酷い)………もふふぃにふぁい(もう、死にたい)………ふぁんふぇふぉんふぁおふぉに(なんでこんなことに)」

「あ~、もう! お漏らしぐらいで泣くなよ~! ………ッ仕方ないな~」


 そんなに嫌なのかよ。ほんっと、高慢ちきな女ってのは嫌だ。
 仕方ねえ、俺もうまく動けないけど。

「ふぁ、ふぁにふぉ(な、なにを)?」
「ヴェルトくん?」

 クレオは両手首と両手足を、鉄の輪っかで手を後ろで縛られ、足首も同じ輪っかでガッチリ縛られている。
 それに比べて俺とクレオは縄でぐるぐる巻きにされている。
 だから、俺は立ち上がることはできないし、こうやって虫みたいに這って進むしかない。

「俺がお前のパンツ下ろしてやるよ」
「ふぁっ!」
「へっ!」

 だって、それしかできねーし。ペットみたいなトロイ奴は、こうやって体をうまく使って、這って進むことはできないし。


「ふぉ、ふぉっふぉっ(ちょっ、ちょっとっ)!

「ヴェヴェヴェヴェヴェ、ヴェルトトくん! そおそそ、そんなのなんてことを!」

「だって、漏らすの嫌なんだろ? だったら、これしかねーだろうが!」

「ふぉふぉ、ふぉふふぁふぇふぉ(そそ、それはそうだけれど)!」

「だ、大体ヴェルトくんだって両手縛られてるのに、どうやってクレオ姫の下着を?」

「ん? こいつスカートだし、顔突っ込んでゴムのところを口で引っ張れば下げられるだろ?」

「………………………………………………ふぇっ(えっ)?」

「………………………………………………………………………………えっ?」


 これしか思いつかねーんだけどダメか?


「ふぁっふぇふぃふぃふぁってふふぇふぉっ(ダメに決まっているでしょう)!」

「なんでそんなエッチなことしようとしちゃうの! ヴェルトくんのスケベ~!」

「エッチじゃねーし。大体、こいつのパンツなんて昨日見てるし、俺子供だからそういうの興味ねーし」

「ふぁ、ふぉふぇふぇふぉふぉっ(そ、それでもよっ)!

「そういう問題じゃないよ! お、男の子が女の子のスカートの中に頭入れるって、し、しかも、し、下着を口で引っ張って脱がすなんて………だ、ダメだよーっ!」

「じゃあ、ペットがやれよ! それか漏らせよ!」

「へっほんほーふ(ペット・アソーク)!」

「………うう~、う、うんしょっ、ん、だ、ダメ………ヴェルトくんみたいに這って動けないよ~………」


 別に俺はどっちでもいい。クレオが漏らして泣き叫んでも、俺には関係ねーし。
 ただ、昨日のカンチョーはやりすぎたから、そのお詫びの意味で助けてやろうとしただけだし。
 脱がされるより、漏らす方がいいんなら………


「じゃ、じゃあ、ヴェルトくんは目を瞑って! わ、私が、ここから位置を指示するから、ヴェルトくんは絶対に目を開けないで、姫様の下着をッ! 姫様、それならどうでしょうか?」


 つまり、ペットが俺を誘導して、うまい具合に俺にクレオのパンツ脱がせってことか? それ、難しいぞ?


「ふぁ、ふぁんふぉゆふ、ふぃふぁふぁふぃう(な、なんという、二者択一)………………………」

「姫様………そのそれで、よろしいでしょうか?」

「ふうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう! ………………………………………………………………コクり」


 漏らすのそんなに嫌なんだ。
 クレオは、何だか魂抜かれたみたいに呆然として、足をだらんと伸ばして「もうどうにでもなれ」みたいな様子だった。

「じゃ、じゃあ、ヴェルトくん、もうちょっと、前に出て」

 まあ、めんどくさいけど、そういうことならもう、俺もやろう。
 目を瞑ったら本当に何が何だか分からねえけど、ペットに言われた通りに俺はもう少し這って前へ出た。


「ゆっくり、ゆっくりだよ? そう、そこ! そこで、ちょっとだけ顔を下ろして、そう、ゆっくりゆっくり………そこでちょっと口で摘んで首を上げて! それ、スカートだから」

「ふぁふっ(ひゃっ)! ふぃ、ふぃふぃふぁ(い、息が)、ふふぉふぉっふぃ(ふとももに)………」


 ゆっくりと顔を下ろして何かが口にあたって、それを摘んで持ち上げた。
 ペロンとめくれたような感覚。これがスカートか。
 なら、今、クレオはスカートが完全にめくれた状態………って言われても、目を閉じてるからわからないけど。


「そ、そこからだよ? 重要なのは、そこからだよ? ゆっくり、ゆっくり、口を開けて………そこっ!」

「あむっ」

「ふぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! ふぉふぉふぉふぁあああーっ(そそそそそそこはーっ!)!」

「ちがーーーーーうっ! ヴぇ、ヴェルトくん、そ、そこは女の子の一番ダメなところっ! もうちょっと上だよ~!」

「あっ? そんなこと言ったって………も、もっと上? あ~~~~、ん」

「んんんんーーーーーーっっ! おふぇふぉーーーっ(おへそーーーーっ)!」


 ダメだ、難しいぞ、これ! しかも、ちょっとズレたところにいくと、クレオメチャクチャ暴れるし。
 もう、目を開けてやった方が早くないか?


「よし、そこだよ! うん、ゆっくりゆっくりずらす感じで………あっ、姫様、少しだけお尻を浮かせて下さい、そうしたら………ッ、あっ、だめ! バランスが崩れちゃ………あーーっ! 姫様のお尻にヴェルトくんが! ッ、ヴェルトくん、早くそこから抜け出して、でも目を絶対あけちゃダメ! あっ、ヴェルトくん、苦しくてもフガフガしないで! ひ、姫様、堪えてください! って、姫様が痙攣を! 姫様、お股に力を入れないでください! ヴェルトくんが挟まれて抜け出せなくなってます! あああ~~、そんな、どうしてそんな態勢に? もう、ダメだよ~、見てられないよ~、ううう~、ヴェルトくん、姫様、頑張ってください!」


 正直、この時、どういう態勢で悪戦苦闘をしていたか、ペットにしか分からない。


「そうだ! 姫様、膝を折り曲げて、お尻を突き出して四つん這いになってください! そうすれば脱がしやすくなります! そう、ヴェルトくんゆっくりゆっくり、そうそこ! …………ッキャッ! ば、馬車が揺れて…………あーーーっ!」

「うごっ、がぶ…………?」

「むふぉーーーーーーーっ! ふぁ、ふぁまれ(か、噛まれ)?」

「ヴェ、ヴェルトくんが姫様のお尻を…………もうむずかしいよ~!」


 ただ、結局そのあともイロイロと失敗したし、クレオも極限状態だったけど、なんとか間に合った。

 そのあと暫く………


「もふ、ふぃふぃふぉふぁらふふぃふぉふぁふぇふぉふぉふぇふぃ………ふぉふふぃふぇふぁふぃ(この私が、一度ならず二度まで同じ男に辱められ………もう生きていけない)……………………」


 死んだように項垂れてるけど、ようやくスッキリしたんだし、早くどうやって助かるかを考えようよ。

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第9話 コワレタ

 すごくショック受けてるけど、今は逃げないと。
 でも、俺もペットもクレオも全員縛られてるから逃げれない。
 馬車から飛び降りるか? でも、そこから逃げるには、やっぱりこの縄を、そしてクレオは手錠とかをどうにかしないと。


「ねえ、ヴェルトくん、どうすればいいかな?」

「ペットは魔法使えないのか? ドカーンやるの」

「無理だよ~、杖もないし、手が使えないから魔法も放出できないし。スゴイ人は、魔導兵装みたいに体中から魔法を放出できるけど、私なんかじゃ全然そこまでできないよ~。まだ、杖や手のひらから魔法を出すしかできないの」


 だよな。
 クレオの方は俺たちよりももっと酷そうだし期待できない。
 となると、俺とペットでどうにかするしかない。
 でも、俺は魔法なんて一つも使えない。
 ペットもこんなにグルグル巻きにされたままだと魔法使えない。
 そうなると、この縄をどうにかするしかない。

「どっかに引っ掛けて、この縄を切れないかな?」
「うん、私も何度も試してるけど、できないよ~」

 馬車の中にある、たくさんの荷物。
 木箱。塩や胡椒の袋。小麦粉の袋。卵。肉や果物。あとは壺とか、雑貨とかだ。
 ハサミとかないかな?


「ふぁふぉうひんふぁ、んへはへんほひら(魔法陣は、書けないかしら)?」


 その時、落ち込んでいたクレオが顔をようやく起こして何かを言ってきた。
 なに?


「ふぁふぉうひんふぉ(魔法陣よ)!」


 ダメだ。全然何を言ってるか分からない。小便の時はジェスチャーで分かったけど………
 ん? そうだ、ジェスチャーなら………って言っても、俺たち手足をうまく動かせないし………


「~~~~~~~っ! ふぁふぁふぁひ(あなたたち)!」


 そのとき、両手を縛られている状態なのに、壁に体重を預けながら、クレオが揺れる馬車の中でなんとか立ち上がっていた。
 どうしたんだ? 何かあるのか? 
 すると、クレオは俺たちに背中を向けた。
 どうするか分からない、だけど、猿轡を噛んているクレオの口は、物凄い怒ってる? 噛み切りそうなほど、ギチギチと歯が食い込んでいる。


「ぐっ、ふぉの、ふぉふぉふぃふぁあふぃふぁふぁふぃふぁ、ふぁんふぇふぉふぉを(この誇り高き私が、なんてことを)………………ふぉふぉふぃいふぉふふぃっふぉうふぁふふぇあいふぁ(この屈辱一生忘れないわ)!」


 どうする気だ? すると、クレオは………


「(ま・ほ・う・じ・ん・よ)! (ま・りょ・く・を・ゆ・か・に・あ・つ・め・て・ね・ん・じ・て・ま・ほ・う・じ・ん・を・せ・い・せ・い・し・な・さ・い)! (そ・う・す・れ・ば・しょ・う・き・ぼ・だ・け・ど・な・わ・を・き・る・ぐ・ら・い・は・で・き・る・で・しょ・う)? (か・ぜ・ぞ・く・せ・い・の・か・ま・い・た・ち・の・ま・ほ・う・じ・ん・を・つ・く・り・な・さ・い)!」


 クレオは何を俺たちに伝えたいんだ?
 クレオはお尻をフリフリ振りながら、踊ってるみたいだ?


「姫様? って、姫様!」
「………………うわ………」


 クレオ。何をやりたいのか分からないけど、さっき俺がお前のパンツ脱がしたままで、穿かせてないんだぞ?
 そんなお尻丸出しで、何でお尻踊りしてるんだ?


「な、なあ、ペット。こいつ気づいてるのか?」

「多分、忘れてるよ~。ヴェルトくん、みちゃだめ! 姫様にも内緒だよ! これ以上、姫様は耐え切れないよ~!」

「ふぁふぁふぁっふぃ(あなたたち)! ふぁふぃふぉふぉっふぉふぃふぁふぁふぃふぇふふぉ(何をコッソリ話してるの)? ふぁんふぉふぃふぁふぁい(ちゃんと見なさい)!」


 なんか更に怒ってるよ、こいつなんなんだよ。


「ペット、なんか見ないと怒られるぞ?」
「うう~、わからないよ~、姫様が何を仰りたいのか」


 そうだよな。あんなにお尻を使ってクイクイ動いて、お尻でも見せたいのか? 
 それか伝えたい? あっ、………………ジェスチャー? お尻使ってジェスチャー?

「あっ! 尻文字か!」
「コクりッ!」

 俺がそう言うと、クレオは物凄い勢いで頷いた。

 
「ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、お、おしり文字ってなに?」

「ケツで字を書いて、何を書いてるか当てる遊びだよ。罰ゲームでもやったりするけど、クレオのやつ、この遊び知ってたんだ。俺もよく、シップたちとその遊びやってるし」

「………………………(下僕を屈服させるために、目の前でやらせていたけど、まさか自分でやる日が来るなんて………助かっても死にたいわ………それか、この二人を口封じ………)」


 あ~、なるほど。そういう伝え方があったのか。
 でも、ペットは信じてないな。


「そ、そんなはずないよ。姫様は、そ、そんなお下品なことなさらないもん!」

「だって~、それしか考えられねーし」

「ウソ! きっと、えっちなヴェルトくんがウソついてるだけだよ!」

「ちがうよ~、ぜってー尻文字だって! クレオも頷いてるし!」

「違うよ! あれは、ヴェルトくんが変なこと言うから怒っていらっしゃるだけだもん!」


 う~ん、でも尻文字に見えるんだけどな~。
 あっ、そうだ! それなら………

「じゃあ、クレオ、試しに練習でやってみようぜ?」
「………………………ふぇ(えっ)?」
「ヴェルトくんどういうこと?」

 そう、試しにやってみせればいいんだ。

「先に何書くかを決めとけば、本当にそれを尻文字で書いてるかどうかわかるだろ?」
「そ、そうだけど………」
「よーし、じゃあ、やるぞ? いいな、クレオ?」

 そう言うと、クレオはさっき以上に猿轡をギチギチ噛みまくってて、今にも爆発しそうなほど何か怒ってるように見える。
 でも、それやんないとペットも信じてくれないし、クレオももう諦めてるみたいだ。
 よ~し、それじゃあ………


「いくぞ~、じゃあ、はい、はい、はい、はい! クレオの名前はど~書くの♪」

「~~~~~~~~っ! ふぉ………ーふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ(こ………こー書いて、こー書いて、こー書くのッ)!」

「ほらー、今、ク・レ・オッて書いたぞ!」


 スゴイやけくそになってたけど、間違いない! ちゃんとクレオは書いた。
 両手足縛られて、揺れる馬車の中で、パンツも穿かないで尻文字なんて、こいつやるじゃん!


「う。う、うそだよ、ひ、ひめさま、が、あ、暁の覇姫と呼ばれたクレオ姫が! 未来の大英雄とまで言われている御方がそんなことなさるはずないもん!」

「ぜってーそうだよ! じゃあ、次な。はい、はい、はい、はい! チェーンマイルはど~書くの♪」

「~~~~~~~~っ! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ(こー書いて、こー書いて、こー書くのッ)!」


 間違いない! ちゃんと書いた! スゲーやこいつ!


「なっなっ? じゃあ、次はペットもなんかやってみろよ?」

「え、えっ? そ、そんな!」

「ほら、俺の真似してやれよ~!」

「じゃ、うう~~、は、はい、はい、はい! で、では、ぎょ、ぎょうこー、暁光眼ッてどー書くの? ですか!」

「おふぉえふぇふぁふぁい、ふぇっふぉふぁふぉーふ(覚えていなさい、ペット・アソーク)! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ(こー書いて、こー書いて、こー書くのッ)!」


 すごい! なんか難しそうな文字だったけど、ちゃんと尻で書いた!


「ふぉう(どう)ッ! おふぇれふぁんふぉふふぁふぃふぁ(これで満足かしら)! ふぉえふぇふぁんふぉふふぇふぉう(これで満足でしょう)! ふぉふぁえあふぁい(答えなさい)! もふ、ふぃっふぉふぉほろふぃふぇ(もう、いっそのこと殺して)………」


 でも、これでハッキリしたことで、なんか逆にペットがショック受けてる。


「そ、そんな、あの誇り高い姫様が、お、お尻文字なんて………」

「でも、こいつ上手かったぞ? 俺、ちょっと見直した。こいつにこんな特技があるなんてな」

「で、でも~~~! わ、わたしたち、こ、殺されちゃうよ! お尻丸出しの姫様のお尻文字なんて!」


 あっ………馬鹿………………

「………………………ふぇ?」

 ほら、こいつそのこと気づいてなかったのに!

「ペット!」
「あうっ! ひ、姫様!」

 ほら、あいつ呆然として固まっちまったじゃねえか。

「……………………………………………………ふぁいふぇふぁい(穿いてない)………………………………………………………」

 あっ、とうとうバタンって倒れた。
 床にすごい勢いで頭ぶつけたぞ! 大丈夫か?


「………………ふぃふぉう(死のう)……………………」


 あっ、ヤバイ。もう全てを諦めてるような感じだ。ぜつぼー、ってやつをしてるみたいで、もう何もかもがどうでもよくなってる感じだ! これ、どうするんだ?

「どど、どど、どうしよう、ヴェルトくん! こ、このままじゃ、姫様が!」
「そんなこと言ったって」
「どうしよう、わ、私の所為で、私の所為だ。ひっぐ、ぐす、ひ~~~~~~~ん」

 あ~、もうペットまで泣いちゃったし! これ、どうすりゃいいんだよ!

「と、とにかく励ませばいいんじゃないのか?」
「励ますってどうやって? できないもん! 姫様がどれだけ恥ずかしい思いをされたか、ヴェルトくんには分からないもん!」
「わかんねーよ! でも、とりあえずなんかやんないとダメだろ?」

 俺たちが助かるためには、こいつが何を伝えたかったのかを知る必要があるんだ。
 だから、こいつにはもっと頑張ってもらわないとダメなんだ。
 とりあえず、励ましたり、褒めたりするんだ。
 フォルナはよく「ヴェルト、女性を励ますときには、ソっと傍に近づいて、褒めたりするのが高ポイントですわ。例えば、ワタクシの髪の毛とか、服装とか、アクセサリーでもよろしいですわ?」
 よし、褒めるんだ!


「なあ、クレオ………………キレーな尻だったぞ?」

「…………ッ!」

「ヴェル゛ドグンっ!」

「ほんとだぞ! えっと、王都の酒場で「ねーちゃん良いケツしてんじゃん」とか、よく酔っ払ったおっさんが言ったりしてるけど、お前のも良かったぞ!」

「……………………………………………………………………………………ふぉろふ(コロス)……………………」

「ヴェルドグンもうダメダヨオオっ!」


 あれ? ダメか? もう、物凄いプルプル震えてるけど? 恥ずかしがってんのかな?


「本当だって! ほら、俺、多分生まれてから今までで一番女の子の尻を触ったのはお前だから、間違いないって!」

「………………………………ふぁにふぁよ(ナニガヨ)」

「お前、チビでお漏らしだけど、自信持っていいぞ!」

「…………ふぃふぁふぁの、ふぃふぃおんいっう、ふぁうれあいふぁよ(貴様の、これまでの一言一句全ての行い、全ての恨み忘れないわ)?」


 おお、体に力が入ってきてる! 良かった、褒めたから元気出たんだな? フォルナの言ってることも、たまには役に立つんだな! 


「ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、なななな、なんでごどを~~~」


 でも、ペットは怖そうに泣いてるし。なんでだろう。これでこいつももう一度やる気をだしてくれそうだし、一安心だろ?


「ングルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
(これほどの辱めを受けてはもう生きてはいけない。だからこそ! こいつを殺して私も死ぬ! その時まで、死んでたまるものですか)!」


 しかも、なんか、パワーアップしてる?


「ひいいいいいっ! 姫様、どど、どうか、い、怒りをお沈めください! そ、そうだ! 脱出の方法思いつきました! 私、無詠唱や魔道具なしで魔法はまだ使えませんけど、魔力を放出して魔法陣を作ることならできます! 小規模ですけど! それでも、風の魔法陣を作れば、この縄を切るぐらいならできると思います! どうでしょうか、姫様? 姫様の錠までは無理だと思いますけど、私とヴェルトくんが自由に動ければ、姫様をお助けすることもできるかもしれません!」

「ふぉう(そう)………………………あふぁふぃのふろうは(私の苦労は)?………………………………………ふぉのふぉも、ふぉろふ、ふぃなふ(この娘こも、コロス、死なす)!」


 おお、しかもペットがいいタイミングで脱出の方法を思いついたみたいだ。
 そうか、魔法陣か。
 確か、魔力を込めた紋章を床とか壁に設置すると、杖とかの代わりに、そこから魔法を発生させられるやつだっけ? 
 威力は凄い弱くなるから、魔法使いが実験とかで使う感じで、あんまり使われないみたいだけど、その手があったか!
 設置したい場所に体を触れながら魔力を体に漲らせて呪文を唱えれば、自然と魔法陣の紋章が浮かび上がるやつだったはずだから、手足が縛られててもできるんだっけ?


「やった、切れた!」


 おお、やった。ペットがうまいぐあいに、縄を切って自由になった。

「待ってて、ヴェルトくんの縄も切るから」

 ほっ。良かった。とりあえずこれでさっきよりは何とかなりそうだ。
でも、もっと早くこれ思いついてれば、俺が頑張ってクレオのパンツ脱がす必要もなかったのかな?

「はい、ヴェルトくん、これで大丈夫だよ?」
「おお、ありがと、おまえ、すげーな」
「うん、次は姫様の……………………でも、ダメ。姫様のこの錠も、目隠しも特殊なものだよ。私の魔法じゃ…………とりあえず、この口にはめられてるものは外せそうだから、これだけでも!」
「そっか。じゃあ………………………クレオ、とりあえずパンツ穿かせといたほうがいいか?」

 その時、ペットが懸命に紐をほどいて、クレオの猿轡がようやく外れた。


「……………………結構よ。あなたの汚い唾液のついた下着なんて、誰が二度と履くものですか」

「あっ、しゃべれるようになったか?」

「………………………………おほほほほほほ、助けてくれてありがとう、ペット・アソーク、ヴェルト・ジーハ。後は無事にここから脱出できたら、二人には私自ら褒美を取らせるから、タ・ノ・シ・ミ・ミ・シ・テ・イ・ナ・サ・イ?」


 あれ? なんか急に口が三日月みたいにスゴイ鋭くなって笑ってるけど、これ、スゲー怒ってないか?
 尻を噛んだの、やっぱ怒ってるのか?
 それとも、昨日のことをスゲー根に持ってるのか?
 とりあえず謝っておいたほうが―――――――――ッ!

「ッ!」
「キャッ!」
「くっ!」

 その時、馬車の揺れが止まった。


「さ~、休憩時間だぞ、子供達お腹すいてね~かな? さっ、お前ら起きてるかい?」


 馬車の布が一気にめくられて、そこには鼻歌交じりの男が顔を出した。


「おや? 縄が……………はは、魔法陣か。こんなガキなのにできるとは、油断しちまったな」


 それは、頭にターバンを巻いて、民族衣装を着た男。
 服装はさっきと変わっているけど、間違いない。
 こいつ、ハンガー船長とかいう奴と一緒にいた、海賊の下っ端みたいな男ッ!


「くそ、テメエ、よくも――――――――」
「ん? こら」


 ――――――ッ!

「ヴェルトくんッ!」
「なにっ? 何が起こっているの! そこのお前、何をした!」

 いきなり、踏み潰すかのように、こいつの足が俺の腹に!
 こんな、ニコニコ笑いながら………


「テメェじゃないだろ? アリパパだ。パパと呼びなさい」


 いたい! 痛い! イタイ! ゲロが出そうだ! 何もかも吐き出したい!


「ひっぐ、え、え~~~~~ん」
「こーらっ!」
「キャッ!」


 パシン? なんだよ、この乾いた音………ッ! ペット! 頬が赤くなって、唇が切れてる!


「女の子だからって泣いちゃダメじゃないか。パパはね、お前らが強い大人になって欲しいから叩くんだよ?」


 殴った! こいつ、こいつ!


「き、貴様ァッ! 叩いたの? まだ年端もいかない少女を殴るなんて、恥を知れ――――ッ!」


 また、パシンって! クレオッ!


「貴様じゃないだろ? パパだろ? ねえ、クレオちゃん。パパって呼びなさいよ~、なあ、呼べよ~、貴様じゃなくてパパだろ? なあ、なんで呼ばないんだ? なあ! なあ! なあ、呼べって言ってんだろうがブチ殺すぞこのクソガキャッ!」

「ガハッ!」

「こらこら、ガハッ、じゃねーだろうが、パパだろ? ねえ、パパだって本当はお前たちを殴りたくないんだ。だから、お前たちを殴るパパの手も心も痛いんだ。それでもね、お前たちが良い子になって欲しいからパパは手も心も痛めてんだろうが! 親の気持ちを少しは考えろよな、コラァ!」

「キャッ、いっ、あっ!」


 な、なん、だこいつ? 頭、おかしいのか?


「や、やめろおおおおおおおおおっ! な、なにすんだよ、お前は! 一体誰なんだよ!」


 気づけば、全身がガタガタ震え上がっている。怖い! 怖い! 殺される………でも、止めなきゃ、殺される!


「誰………? あ~~~、俺としたことが、そうじゃねえか、まだ自己紹介してなかったじゃねえか、俺は。いかんいかん。兄貴や社長が居なくて良かったぜ。『クスリ』が切れると、すぐこうなっちまうぜ。このままじゃ、クビになっちまう。もっとスマートにしねーとな」


 俺が叫んだら、どこかハッとしたような顔して暴力をやめた。
 そればかりか、自分が叩いたクレオや、床に倒れて泣きじゃくるペットを撫で始めた。

「よ~し、よし、怖くねえ怖くねえ大丈夫だよ~、も~、怖くないから」

 怖いッ! 目が、見たことないぐらいドンよりしてる。


「怖い思いをさせてゴメンな? 本当は、クレオ姫だけを連れて行く予定だったんだけど、見られちゃったからな、お前たち二人も。これから、俺たちの組織に来てもらう。でも、大丈夫だ。今日から俺がお前たちのパパだからな!」


 何者なんだよ、こいつ!


「自己紹介がまだだったね。俺は、この世の恵まれない子供たちを幸せにするために戦う義賊。全ての子供たちの父、アリパパだ。お前たち三人、辛かったろ? 寂しいだろ? 可愛そうだけど、でも、もう大丈夫だ。お前たちはパパがこれから守ってあげるからよ?」


 こいつ、裏通りで見た時と全然印象が違う! さっきは、ハンガーとかいう奴が居たから猫かぶってた? これが本当のこいつ?


「じょ、冗談じゃないわ。あんた、………どこのコソ泥か知らないけど、私の父を名乗ろうなど、身の程知らずにも程があるわ?」

「ひっぐ、や、やだ~、ひっぐ、た、たしけてよ~、おとうさま~、おか~さま~」


 クレオ! ペット! ダメだ! こいつの目が、また変わった! 

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第10話 フラッシュバック

「こらこら、お前たち、パパになんてこと言うんだゴラア!」

 気づいたら飛び込んでた。

「危ないッ!」

 頬を思いっきり引っぱたかれて、首までジンジンする。
 唇が切れて、ぷっくり膨れたのが分かる。
 いてえ……

「えっぐ、ひっぐ、ヴぇるどぐん……」
「くっ? ヴェルト・ジーハ? この目隠しを取れ! そこまで私が恐いか、この臆病者!」

 二人の間に飛び込んで、代わりに殴られたけど、大人の力だ。
 くそ、立てない……

「あ~もう、なんてことだ! こんなにパパを困らせるなんて、なんてクソガキどもだ! これまで育てた奴らが悪いんだな? これからは厳しく接するからな? でも、パパはお前たちを本当に愛しているんだから、愛のムチを受け取れよボケがッ!」

 鞭だっ! いきなりこいつ、鞭を取り出して、振り回した! 
 空気が思いっきり破裂した音がした。

「ひっぐ、や、やだ~、うう、ひっぐ」
「おのれっ!」

 だ、ダメだ、こ、殺される? こんな奴に?
 今までにないぐらい恐くて恐くて仕方ない。
 でも、その時だった。


「ヒヒーーーーーーーーン!」


 ッ!
 馬車が急に揺れた? いや、走り出した! そうか、鞭の音に興奮した馬がッ!


「っと、や、やべ! くそ、このクソ馬が、興奮しやがって! って……あっ!」


 アリパパが馬車の中からカーテンをめくって前を見た。
 そこには地面はなく、空が広がって……

「いっ!」
「なっ!」
「なに? 何が起こっているの?」

 体が一瞬ふわりと浮かび上がったような気がしたが、そのまますぐに俺たちは世界がグルグル回り、体を打ち付けられ、崖の下に転がった。

「ふっ、伏せろ! ペット、クレオッ!」
「いやあああっ!」
「ッ、な、なんですって!」

 とにかくどこかにしがみ付いた。でも、そんなの意味がない。
 何度も何度もグルグル回り、体をぶつけ、頭を打ち、もう何が何だか分からな――――――――――


『あっさくらく~~~~ん、トランプやろうJ! ここはお決まりの大貧民で!』


 あれ? なんだ? 何だコレ?


『ああ? ざけんな、俺はネミーんだよ! 話かけんな!』

『こんの、おばかりーな! 眠いがどうしたってんでい! 修学旅行は寝不足上
等、夜更かし常識、不眠不休の青春クリエイトの場って奴っしょ!』


 なんだ? 俺、どうしてこんなことを? 誰だ? ここはどこだ? こいつは誰だ?
 なんで俺………こんなの見てるんだ? 夢?


『こーら、美奈、いつまでも遊んでいないの。もうすぐ山の頂上に到着なんだから、トランプをしまって』

『ぶ~、ぶひ~、ぶも~、だぜい、綾瀬ちゃん。せ~っかく、朝倉くんとトランプしよって思ってるのに~……あっ、一緒にやりたい?』

『な、なにをっ!』


 山の頂上? トランプ? 修学旅行? ………ミナ?
 なんだっけ、コレ………


『うわっと、お、おお! な、なんかバス揺れて……ッ!』

『あ゛? そんなのどうだって――――――――ッ!』


 ッ! だ、ダメだ! ダメだ! ここから先は……わかんないけど、ここから先はダメだ!

 乗り物が激しく揺れて、悲鳴がいっぱい聞こえて、柵みたいのに追突して、そこから崖からころがって――――――――

 火が燃えて、爆発起こって、みんな倒れて、血まみれになって………そして………


「あっ、あ………うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 どんどん動かなくなっちまうあいつを……

「がっぐ!」
「あ、うっ………ヴぇ、ヴぇる……ト……くん……」

 崖下に落ちた! 体中が痛い! それに、なんだったんだ、今のは?
 いや、そんなのどうだっていい! ペット、頭から血が……それに、手も足も怪我してる……
 あの時の、俺たちみたいに………えっ? あの時? 俺たち? 何のことだ? 何で俺は……


「いつつつつ、やっべーな、ミスった。これじゃあ、兄貴に怒られちまうな。馬も積荷もメチャクチャだ。どっかの村で補給しねえと」


 アリパパッ! 生きてる………足が折れてるように見えるし、頭からすごい血を流してるけど……生きてる。
 クレオは?

「ッ………あ…………か……は……」

 体が投げ出されて、転がって、仰向けになって痙攣している! 手足も縛られて目も見えないんだ。受身とか出来ない状態のまま、地面に落ちたんだ!


「あ~、ったく、あぶねーあぶねー、意識を失いかけてるが、どうやら生きてるようだな。さすがは、クレオ姫だな。まあ、このままだとチトヤベーな」


 クレオが……あのときの………カミノミタイニ………カミノ? 誰だよ、カミノって!
 でも、助けないと、死ぬ! カミノが死んじまう!
 あんなに笑っていたカミノが、動かなくなって、血まみれで、そのまま……逝っちまう……


「ん? おいおい、クレオ! お前、何で下着を穿いてないんだ? まさか、お前、パパの子供じゃなくてママになりたかったのか! パパを誘っていたんだな? そうか……禁断の関係なんてダメかもしれないが、パパはクレオの意思を尊重してやるぜ? だから、パパ、お前を受け入れるよ。今、お前をママにしてあげよう!」


 あのやろう………なにやってんだ? なに、動かねえ、カミノに興奮して、ズボン脱ごうとしてるんだ?


「これだけ弱っていたら、暁光眼の力も使えないだろう。よし、今からその目隠しを外してあげよう。ほら、起きなさい。パパが今からお前にあげる、剣を見せてあげよう。ほら、目を開けて。開けろって言ってんだろうが!」


 ざけんな。助けねえのか? このままだと、カミノが死ぬってのに、何を考えてんだ?
 助けろよ。カミノを。助けろよ、カミノを!
 助けねえのに、神乃に手を出すんじゃねえ!
 神乃は! 神乃美奈は!


「俺の惚れた女に何しやがるんだゴラァッ!」


 怪我? 知るか、そんなもん! 


「あっ? なんだ、お前……生きてたのか? って、パパにその口の聞き方はなんだ!」

「……………ヴぇる……と……くん?」

「………………………………//////////////////ッ?」


 この手がどれだけ不良どもをぶちのめして来たと思ってやがる!
 この足で、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたと思ってやがる!


「テメエええええッ! その女に……触れるんじゃねええええっ!」


 カミノにナニヲシヤガルッ!
 殺すッ! あのヤロウを、ブチコロスッ!


「こらこら、何を言ってるんだ? 今日からこの子はパパのお嫁さんになるんだから、変なことを言うんじゃねえよ、ゴラ!」

「っざけんなァ! その女のことは、俺はもっと前から見てたんだ! 俺の人生を変えた、俺に新しい世界を教えてくれた、俺を! 俺をッ!」

「あ? テメエ何を言ってる?」

「テメエ、俺が惚れた女に何をしようってんだ! ブチ殺すぞ、ゴラァ! 誰にも手を出させねえ! 俺はまだ、そいつに伝えてねえ! ずっと素直になれなかったが、本当はずっと惚れていたと言うって決めていた! このまま、死なせてたまるかよっ!」

「ああん? ナマ言ってんじゃねえぞ、クソガキが! テメエなんかが守れるかよッ!」

「死んでも守るッ! 気の利いた言葉も、接し方も、バカな不良の俺には出来ねえ。でもな、その分、この体だけは嘘をつかねえ! 自分テメエの大事なもんは、体張って守るのが、不良ってもんだろうがっ!」


 そうだ、あいつは俺の手を無理やり引っ張り、学校に連れてきた。


「どう、したの、ヴェル、と、くん? つ、い、いたい……体……うごか、ない……」

「…………………………………///////////////ッ」


 俺に、俺に、俺にッ! あいつが俺に教えてくれたんだ!
 だから、走れ、俺ッ!


「ぷくくく、ぎゃーはっはっはっは! とんでもねえ、無知なガキだぜ。こりゃーパパの教育が重点的に必要だぜ。この子はテメエなんかと住む世界が違うんだよ!」

「んなこたー俺が一番分かってんだよ! 俺みてーな、喧嘩しかできねー屑が、日の当たる世界を懸命に生きるそいつとじゃ、住んでる世界が違うってことぐらいな! でもな、それでも、惚れちまったんだよっ! スタイルだってよくねーし、会えば会話でイライラさせられることだってあるのに、俺は、俺はッ! もう、そいつのことしか考えられねーんだよッ!」

「………ドキドキ……/////」


 死なせるかよッ! あの女を死なせてたまるかよっ!


「ゴラァ!」

「はっはっは、子供のパンチなんかじゃ俺は――――――――ごほっ!」


 容赦しねえッ! 抉るッ!


「がっ、ふ、筆? 荷物に入ってた筆をを突き刺し……このガキッ、誰に向かってこんなことしてやがっッッ!」


 手加減しねえ。フルコースだ。
 こんなヤロウに、正々堂々喧嘩してやる必要なんてねえ!
 幸い雑貨が散乱してる。怯ませ、目潰しして、鼻鉛筆してやって、踏みつける!

「ぷぎゃああああああああああああああっ!」
「オラア! 喰らえよ、腹いっぱいにな!」
「ウラァッ!」
「げぶっ!」
「コラァッ!」
「ぐぼほっ!」

 落ちているジャリ石を口の中にぶち込んでやって、顔面を殴り続ける。
 口の中で、血が飛び散り、歯が砕け、二度とメシが食えねえぐらいにしてやる。


「テメエこそ、誰に上等こいてんだコラァ! 俺を誰だと思ってやがる! 湘南漆黒の六日間を制覇し、渋谷・池袋連合を潰し、あの伝説の走り屋・爆轟ニトロ十字軍クルセイダーズ七代目総長・筬島大和と共に、西のダンジリ戦争を乗り越えた、この俺を、誰だと思ってんだッ!」

「がっ、ぐっ、て、こ、このガキッ!」

「俺はッ! 俺はっ――――――――ッ……えっ?」


 ッ! あ、アレ? ………俺は…………急に景色が真っ白になって、俺は………? なにをやって……ッ! 


「ガキがッ!」

「がはっ!」


 いって! な、殴られた! ……ど、どうなってんだ? 
 なんか、頭がスーッとなって、なんか訳わかんないこと叫んでた様な気がしたけど、俺、どうしたんだ? 
 なんて言ったんだ? カミ? カミノ? なんだっけ、それ?
 って、今はそれどころじゃねえ! 


「もう、もうっ! お前はパパの子じゃないッ! お前は勘当だ! ぶち殺してやらァ!」


 このアリパパって野郎、怪我だらけだけど、鞭だしてメッチャ怒ってる!
 しかも、こいつ、何でズボン脱いでんだよっ!
 えっ、なんだこいつ。アレか? 変態とかってやつか?

「ヴェル、トく、ん」
「ッ、ペット! 無事……じゃなさそうだな、痛そうだ……」
「痛いよ……立てないよ……」

 足から血が出てる。右手が曲がってる……折れてる?
 くそ、それにここ、崖下で回りに家とかなにもない。誰も来ないぞ?


「クレオ! おい、クレオ、無事なのか!」

「ん、う、う~ん//////////////////////」


 ここから叫んでも、クレオは起き上がらない。何故か目隠しが外されてるけど、目は開けてない。
 気絶してんのかな? 顔が少し赤く見えるけど……

「ねえ、ヴェルトクン、さっき、どうしたの?」
「ん? さっき? 俺、何か言ってたか?」
「う、うん、すごい恐い顔で……叫んでた」
「そっか?」

 ダメだ。全然覚えてないや。俺、何を叫んだんだ? 
 ただ、体が物凄く熱くなって、あいつをメチャクチャ殴ってたのは覚えてる。
 でも、もうあいつには通用しなそうだ。凄い恐い顔で睨んでるし。
 武器は? 馬車の中にあったものは?
 俺が何とかしないといけないんだ!

「ッ、これは………割れてないのが何個かある! これなら!」

 落ちてるのは、馬車にあった小麦粉とか卵、塩・コショウ・香辛料、雑貨……そうだ!

「ペット、小さい声で話せ。お前、火の魔法使えるか?」
「えっ? つ、使えるけど、私の攻撃魔法じゃ、まだ戦えないよ。火だって、お料理に使えるぐらいにしか」

 料理に使えるぐらいの火の魔法。それこそが今、俺が欲しいものだ。
 それなら……

「ペット、今すぐあいつに見えないように、これを火で熱くしろ」
「えっ? なんで?」
「いいから!」

 ペットはもう走れないし、立てないから逃げることもできない。
 でも、魔法だけなら使える。
 それなら、それで戦うんだ。

「おいおい、コラコラ。パパに隠れてコソコソ何かするクソガキは………鞭で百叩きしてからぶち殺してやるァァァァ!」

 来たッ! 足を引きづりながら、凄い恐い顔して来た!

「ペット!」
「う、うん、やったよ!」
「よし、貸せッ!」

 俺は魔法を使えないし、子供の俺がパンチしてもキックしても勝てない。
 だから、できることをやってやる!

「くらえっ!」

 俺は、ペットから渡されたものを、アリパパ目掛けて投げた。
 一つだけじゃない。とにかくいっぱい投げた。
 それは……


「ん? 石? ……ぷはーっはっはっは! 卵か! そんなのでパパを倒せるわけプギャアアアアッ!」


 よっしゃあ! 成功した! あいつが油断して避けなかったおかげで、顔面命中! 
 馬車が落ちて、積荷にあった卵のほとんどが割れていたけど、割れていないのも何個かあった。これなら使えるッ!

「へ、えっ、ど、どうして?」

 ペットもまさか卵に火を使って熱くしただけでこんなこと出来るなんて分からなかったみたいだ。
 この、卵爆弾を!

「くらえくらえくらえっ!」
「つつつつ、ぎゃっ、ぷぎゃ、アチイイイイイイイイ!」

 爆発して飛び散った卵がうまいぐあいに、アリパパの目に入った! 
 熱くて目も開けられない! そして、怯んでる!
 この隙に……

「ほ、ほぎゅわあああああああああああああああ!」

 なんでか分からないけど、あいつはズボン下げてるんだ。
 チンチンに卵爆弾をお見舞いしてやった! よっしゃ、効いてる!
 でも、まだだっ!


「いくぞー、次はこれだっ!」

「つっ……ッ! ぷぎゃあああっ!」


 卵爆弾でチンチンと目がやられているこいつの顔に、コショウとか、真っ赤で辛そうな調味料とかをぶっかける!

「ぎゃあああっ! 目がーーーっ! やけるうーーーっ! ぎゃああああ、こ、このクソガキーーっ! どこだーー! どこだーーっ!」

 そして、地面の上をのたうちまわるこいつにトドメだ!

「小麦粉ハンマーッ!」
「ッ!」

 小麦粉が入った袋は、重たいんだ! それを思いっきりぶつける! 何度も何度も何度も!

「ぷ、ぷご~~~~………」

 夢中で何度も殴ってたら、気づいたらこいつがタンコブだらけになって伸びていた。
 気絶したのかな? つんつん指で背中をつついてみたけど、痙攣して起き上がらない。

「そ、そうだ!」

 この隙に、こいつの服の中のどこかに……あった! クレオを縛ってる錠の鍵だ! これさえあれば……


「クレオっ、しっかりしろよ、今、鍵開けるからな?」

「……///////」

「よし、これでもう大丈夫なはずだ……でも、起きないな……でも、ちょっと顔が赤いから死んでないと思うけど……」


 とりあえず逃げないと。あいつが倒れているうちに、どこかに逃げて、誰か見つけないと。

「しょうがないな。よいしょっと」
「ッッ!」
「う~ん、チビだからフォルナより軽いや」
「………#」

 とりあえず、おんぶするか。
 こいつ軽いけど、俺も怪我してるし、それにペットのこともあるし、どうにかしないと……

「ヴェルトくん、す、すごい……」
「へへ、だって約束しただろ? 守ってやるって」
「……う、うん!」

 ペットも、あいつが気絶してるからホッとした顔しながら泣いてる。
 まあ、ペットが居なかったら危なかったんだけどな。

「ペットは立てるか?」
「ううん………立てない……でも、私はいーよ。姫様の方が心配だから」
「馬鹿! お前も俺に捕まれよ! 二人ぐらい、俺が運べるし!」
「無理だよ~、ヴェルトくんだって、怪我してるし、私に構わないで、姫様を連れて早く逃げて!」
「泣き虫のクセに、泣きながら言うなよ! そんなことできねーよ!」
「だっ、だって、私なんかより、姫様の御命のほうが……………あっ!」

 その時、ペットが声を上げた瞬間、俺の背中がモゾモゾしたのが分かった。

「う、う~~~~ん」
「あっ、クレオッ!」
「…………あ、あああ、るうけ、お、おほんっ………歩けるわ」

 クレオが目を覚ました。なんか混乱してるのか、最初は何を言ってるか分からなかったけど、すぐに俺の背中から離れて立った。

「クレオ、無事か? 怪我どうだ?」
「………………………………………………………プイッ」

 クレオの体が心配になって聞いたのに、クレオはすぐに俺に背中を向けて、プイッと顔をソッポ向いた。
 な、なんだよ!

「ちょ、どうしたんだよ、お前!」
「………………………………………」

 無視しやがった! なんだよ、こいつ! 
 あっ……でも、そっか……こいつ……

「な、なあ、お前、まだ怒ってるのかよ? 昨日のこととか、馬車でのこととか……」
「………………………………………………………………………………」
「あ~~~~、もう、わ、悪かったよ~、俺が悪かったって。謝るからさ、許してくれよ~」

 もう、こんなときにメンドクサイな~、こいつは!
 でも、ここで口喧嘩しても仕方ねえし、ここは謝って……ん?

「こ、コホンッ! そ………そ、そうね……わ、分かったわ、ヴェルト・ジーハ」
「おっ?」
「ッ、ふ~~~、は~~~、ふ~~、落ち着きなさい、私。た、たかだか子供に想いを告げられた程度で、お、落ち着きなさい。すー、はー、すー」

 あれ? なんだろ、クレオが深呼吸しながら急に振り返った。
 でも、なんだよその顔は?

「ま、まあ、そうね。あなたには随分と恥をかかされたものよ。本来であれば、その首を刎ね飛ばして極刑こそが妥当よ」

 文句言ってるくせに、なんかニヤケそうな顔を必死に我慢しているみたいな顔だ。


「で、でも、その、まあ、そうね。素直になれないあなたの本音も聞くことができたことだし………ま、まあ、覇王たるこの私がいつまでも素直になれない子供のイタズラに激昂するのも大人気ないわけだし……そ、そうね……ま、まあ、私もこういった経験がないので、とまどってはいるけど……まあ、私があなたのような下賎な雑種の想いを受け入れることはまずありえないのだけれど、そ、それでも、まあ、あ、あなたが身を挺して私を守り、そして心からの気持ちを明かしてくれたことは、わ、わ、悪い気はしないとだけ言っておくわ」


 何言ってんだこいつ? 俺の本音? 謝ったのがそんなに嬉しいのか?


「私と釣り合う男は、せいぜいロア王子ぐらいと思っていたわ。それが、こんな下賎な平民、武も知も品もない男。私に最低最悪の行いをした憎むべき底辺の男。でも、その勇敢さと魂だけは、一定の評価をしてあげるわ。口だけだと思っていたあなたの言葉、そして気迫には、真の熱き想いが込もっていたわ」


 言葉に魂こもってた? とりあえず「ごめん」としか言ったつもりはないのに、なんでこいつはこんなに大げさに考えてんだ?
 まあ、でも、なんか許してくれるみたいだし、機嫌もよさそうだし、これなら大丈夫だ……ッ!


「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、イタタ……殴られまくったおかげで、頭がスーッとしたぜ………でも、やりすぎだぜ、ガキ共が」


 あいつ!

「あら」
「ひいいい、ヴぇ、ヴェルトくん!」
「あいつ、もう起きやがった!」

 あんなに殴ってやったのに、あいつもう起きたのか? 
 くそ、もっと殴っておけばよかった!

「ガキは大人に対して遠慮も手加減もしないんだな。油断したよ…………だから、今度はッ!」

 鞭がッ! さっきよりも力強く、「バチンッ!」て音が弾けた。


「次は、大人の教育をしてやろう。クソガキ共が………」


 俺の目潰し攻撃で真っ赤になった目。だけど、今はすごく鋭く睨んでる。
 凄く落ち着いてるように見えるけど、物凄い怒りが沸いてるのが分かる。
 くそ……どうす―――――――――


「頭が高いわ屑。これ以上空気を穢すな。もはや存在そのものが不愉快よ」


 その時、さっきまでのニヤけた顔から一瞬にして、こいつの顔つきも変わった。

「お前……」
「姫様ッ!」

 クレオだ。
 すごく堂々としていて、すごく力強くて、輝いて見えて、チビなのにとても大きく見えた。


「解放されちまったか、クレオ姫。メンドクセーな」

「メンドクサイ? 幼い子供に思う存分痛めつけられる程度の分際で、この私と相対するという身に余る栄誉を前にして、よく言えたものね」

「ふん、やれやれだな……クレオ姫が解放されたとなると、いよいよ俺も全力を出す必要があるな……」


 空気が痛い! こ、ここにいるだけで、腰が抜けそうだ。
 この二人、さっきまで俺の前に居た二人じゃない。
 まるで、別世界の化け物みたいな………でも……


「ヴェルト・ジーハ」


 俺とペットの前に出て、背中を見せながらクレオは俺に言った。


「私は貴様を許さない。貴様は、この覇王たる私を辱めた。生涯、誰にもさせるはずのないこと、見せるはずのないこと、全てを貴様が私に行った」

「お、おう」

「でも……逆を言えば、それはもう、私は貴様に……いいえ、あなたに全てを曝け出してしまったことを意味する。そして、知ってしまったあなたの気持ち………軽はずみに受け入れていいはずがない。周りが許すこともない。でも! でも………この私がこの世に生を受けて以来、あなたは誰よりも勇敢に戦い、誰よりも身を挺して私を守り、誰よりも熱い想いを叫んだあなたの気持ちは無下にはできないと思っているわ」


 …………?
 軽はずみに受け入れてはいけない? 回りが許さない?
 なんだよ、許してくれるのかと思ったけど、俺のことは簡単に許さないし、国の奴らも許さないってことか?
 でも、なんでそんなことを誇らしげに言ってるんだ?

「ただ、その前に、聞いておきたいことがあるわ。あなた……フォルナ姫にはどう言うつもり?」

 フォルナに? えっ、やっぱ言うのか?

「えっ、やっぱ言うのかっ?」
「当たり前でしょう! それが、筋でしょう?」

 こいつの尻を噛んだことを言わなくちゃいけないのか? そんなの言ったら殺される……

「こ、殺されるかもしれないけど……謝るしかねえかな……」
「そう。殺されてでも……想いを貫くと……。ふふ、全く……あなたがこんなに熱い人だとは思わなかったわ」

 その時、少しだけクレオがクスリと笑った気がした。


「共に生きるわよ、ヴェルト・ジーハ。そして、今度は私が守る。指一本、触れさせないわ」


 それだけ言って、クレオの全身が、夜明けの光のように淡く輝いた。

 でも、その前に、お前、パンツ穿けよ………

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第11話 真にかっこいい男

 さっきまで、俺を舐めていた、頭のおかしなアリパパじゃねえ!
 アリパパは、服の中から何かを取り出した。それは、金色に輝く、ティーポット?
 でも、なんか、アレから変な空気が漂っている。
 まずい気がする。


「見せてやろう、我が主、『アラチン』様より拝借してきた、マジックアイテムの力をッ! 砂漠の世界に伝わりし大秘宝ッ! このランプを擦れば、中から――――――」


 でも、アリパパが本気を出そうとして、懐から金色の道具を取り出した瞬間………


「貴様は愛の鞭というものをよく分かっていないようね。だから、貴様には王罰を与えてあげるわ」


 それはいきなりだった。
 あいつの目が光った瞬間、急にアリパパが悲鳴を上げた。


「ぐっ、うぐああああああっ!」

「罪の重さ。そして大きさ。その身と心に刻み込むがいいわ!」

「ひ、火がッ! 氷がッ! 風が! 岩がッ! 毒がッ! 針がッ! 剣がっ! 大蛇がっ! 鬼がッ! な、いぐわああああっ! 助けて『ランプの魔人様』!」


 再びクレオの目が光った。その瞬間、アリパパが顔面が崩壊しているみたいに、苦しんだ顔になった。

「な、なにもしてないのに、苦しんでる!」
「ひ、ひいいっ! 姫様、な、何をなさったのですか?」

 どうしたんだ? アリパパに、何があったんだ?


「貴様にあらゆる罰を与えよう。その数は、一 、十、百、千、万、億、兆、京、垓、禾予、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数………終わらない『夢幻無限地獄』の刑に処する」


 発狂して、痙攣して、涙を流して、目が白目を向いて、小便漏らして、アリパパはもう……

「な、なにを、したんだよ………クレオ……」

 俺は恐かった。クレオが何をしたか分からないけど、もしこいつを怒らせたら、俺も同じことをされるんじゃないか?
 っていうか、こいつ、さっき俺のことを許してくれるっぽかったけど、やっぱやめるとか言い出さないよな?


「これが私の力。そして、この屑どもが欲したものよ」


 クレオが振り返る。そして、もう一度、目が光った。
 やべえ、俺もお仕置きされ―――――――


「幻想と現実の境界線を支配する。現実には存在しないものを、五感を通して感じることができるものとする力」


 気づけば、崖下の砂利ばかりの場所が、満開の花畑に変わっていた。

「えっ………………?」
「………綺麗………………」

 怪我も、状況も、今は頭から抜けていた。
 花なんて、まるで興味ない俺なのに、今、色んな花が咲いているこのどこまでも続く花畑の世界に、飲み込まれていた。
 触ってみても、間違いなく花だ。香りも本物だ。
 すると、クレオが俺に一輪の花を差し出した。
 赤い薔薇の花………


「ヴェルト、あなたは赤い薔薇の花言葉を知っているかしら?」

「はなことば? 花語なんてあるのか?」

「まったく、知性も足りないようね。これは、しっかりと躾が必要ね。花言葉はあとでちゃんと調べなさい。そこに、あなたの想い対する私の答えがあるのだから」


 俺の言葉にクレオは呆れながらも、なんか物凄い真剣な顔をしている。
 やべえ、怒ってんのか? なんか、唇も震えてるし、顔もまた赤くなっていってる。


「ヴェルト・ジーハ、この花は所詮幻想。幻想は幻想。現実の前には劣る存在。目で見て、触れることができても、この花は幻想。それは、決して覆すことのできないこと。しかし、この花に込められた想いは、確かにここにあるのよ。それは、目で見ることも、触れることも、叶わないものかもしれない。でも、感じることはできるはず」


 そう言って、クレオは薔薇を俺に押し付けるように持たせた。刺が痛え………。これ、本当に幻なのか?
 確かに、痛いと感じた。


「ヴェルト・ジーハ。私とともに、確かに存在する、世界に一つだけの花を咲かせることを、ここに誓いなさい」

「はなあ?」

「その花は、覇王である私といえども、決して一人では咲かせることのできない花。あなた自身も己を磨き、高め、そして育みなさい」


 なんか、物凄い回りくどいこと言ってるけど、世界に一つだけの花? そんなのどうやって作れっていうんだよ。
 俺、畑に住んでるけど、花なんて詳しくねえのに。


「つっても………俺、そういうの詳しくねーし」

「あら、奇遇ね。私も初めてのことだから、当然詳しくは知らないわ。だから、これから私も学んでいくつもりよ。時間をかけて、ゆっくりとね」

「え、え~~~~? ………つまり………それやらねーと、お前は許してくれねーってことか?」

「ええ。私も、世界も、天も、神も許さない。それを肝に銘じておきなさい。できなければ………夢幻無限地獄に叩き落とすわ」


 ッ! 一瞬、メンドクセーから、それならもう許してくれなくていいよと言おうと思ったけど、危なかった~………
 どうしよ………なんか、スゲーニッコリ笑ってるから、怒ってないように見えるんだけど、ほんとはスゲー怒ってんのか?


「あ、あの………わ、私もここに居るんですけど………………………」


 あっ、なんかペットはペットでスゴイ気まずそうな顔してた。
 俺も気まずい。
 そんな俺に復讐を考えついたからか、クレオはスゲー嬉しそうにしてる。
 くそ、こいつ、パンツ穿いてねーくせに………………


「やはり、僕の部屋からランプを盗んだのは、アリパパだったようですな~。しか~し、合流地点に到着が遅いから来てみれば、まさかこんなことになっているとは思わなかったですな~。本部長にバレる前に来て正解でしたな~」


 ビクッとした。
 そして、クレオの笑顔が途端にまた怖くなった。


「ちっ、無粋ね。まだ誰か?」


 まだ誰か居たのか? そういえば、ハンガーは? そう思ったとき、花畑の幻想が解かれ、元の風景に戻った瞬間、俺たちは声がした空を見上げた。
 するとそこには…………

「な、なんですか、アレッ!」

 絨毯が空を飛んで、その上に人が乗っていた。

「魔法の絨毯ッ! これはまた、随分と珍しい道具を…………」
「あいつも、こいつの仲間か?」

 初めて見た。空を飛ぶ絨毯なんて。

「とーうっ!」
「飛び降りたッ!」

 そして、絨毯から飛び降りてきたその男は、アリパパのように頭にターバンを巻いてる。
 服はダボダボの白い布のズボンに、上着にマント。
 ベルトのところには、スゴイ弧を描いている短剣を差している。
 アリパパより全然若いぞ? ファルガくらいかもしんない。


「こんにちは、坊やにお嬢ちゃんたち。僕の名は、アラチン。この度は部下のアリパパが大変失礼なことをしましたな~」


 爽やかな顔して、パッと見る限り優しそうだ。
 でも、俺は全身がゾワッとなった。
 なぜなら、この兄ちゃん。アリパパってやつよりも、どこかイッちまったような、どんよりした目をしているからだ。


「あーあ、アリパパ、これは再起不能に近い症状ですな~。幻術で極限状態まで追い詰める。怖いですな~。マリファナでもここまでの幻覚はないですしな~」

「あ、あが、う、あ、あば、げ~………」

「それにしても、ランプを無闇に使っちゃダメですな~。これに封じられし、ナンバーオブビーストの魔王が解放されちゃったら、大変でしたな~」


 痙攣しているアリパパに近づき、顔を覗き込みながら首を横に振るアラチン。
 今のところ、俺たちに何かするようには見えないけど、どうなんだろう?


「貴様もこの誘拐犯の仲間のようね。ならば、私の前に現れることの意味を理解しているのかしら?」

「暁の覇姫クレオ………本部長の話では、魔封じの錠で捕らえていたはずなのに、なぜ逃げ出せたのですかなあ?」

「そんなこと、今から深い深い地獄の世界へと旅立つ貴様に、関係あるのかしら? それとも、貴様も私を力づくで口説いてみるかしら?」


 優しい顔してても、アリパパの仲間なんだ。
 既にクレオは戦う気満々だぞ。でも、大丈夫か?
 すると、アラチンとかいう男は………


「いいや、やめておくのがいいですな~」


 両手を挙げて降参したかのようなポーズをした。


「あら、戦わないの?」

「解放された暁光眼に抗う術は思いつきませんな~。だからと言って、あなたも二人の足でまといを抱えたまま僕と戦うのは得策とは思えませんな~」

「戦う? 戦いになると思っているのかしら? そもそも、私がそのイカれた男にされた屈辱的な行いについて、まだまだこの程度では収まりつかないほどのものよ? 一族も上官もまとめて根絶やしにしたいぐらいの衝動よ?」

「勘弁して欲しいですな~。まあ、監督不行届は否定できないですが~、まあ、こいつがここまでイカレた麻薬中毒者になったのも、僕の責任でもあるわけですが~」

「あら。なら、その償いをしないとならないでしょう?」


 クレオが一歩前へ踏み出す。こいつ、こんな自信満々で大丈夫か? この兄ちゃん、強いのか弱いのかも分からないけど、アリパパの上司ってことは、アリパパよりは強いんだろ?
 俺にカンチョーで負けたくせに、クレオは本当に勝てるのか?
 すると、


「もちろん、償いはした方がいいですな~。だからここは………………ここは僕の体を張った渾身の芸で笑わせてあげることで、許して欲しいですな~」

「………………はっ?」


 芸ッ? クレオと一緒に、俺も「はっ?」ってなった。
 あまりにも予想外なアラチンの言葉に俺たちは一瞬聞き間違いかと思ったが………って、おいっ!

「なっ、なにをっ!」
「ひっ、い、い、いやああああああああああああああっ!」

 アラチンがいきなりズボン脱ぎやがった! なんで?
 そして、丸出しにしたヤバイ部分に、アリパパが使おうとした黄金のランプと重ねた。


「組織の慰安旅行で社長に教えてもらったこのギャグで、僕は一気に幹部に上り詰めましてな~。君たちに、この僕の渾身の芸で笑顔にしてあげるので、よろしいですな~?」


 な、なにを、する気だ?
 ペットが余計に泣き出したし、クレオが今にもブッ倒れそうだ。
 股間を黄金のランプで隠して、何を?


「ア~ラ、よかよかよかよかよかちんちん♪」


 ………………………………………………………?


「一つ! 一つ人より、よかちんちん! アラ、よかよかよかよかよかちんちん! 二つ! 振れば振るほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかよかちんちん! 三つ! 見れば見るほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかよかちんちん!」


 ヤバイ………………ペットがメッチャ泣いてる………
 ヤバイ………………クレオが目力だけで人を殺せそうな顔してる………
 ヤバイ………………笑ったら負けだと分かってるのに、俺だけ笑いそう………


「貴様ァッ! 暁の光に飲まれて滅びなさいっ!」

「四つ! って、ま、待ってほしいですな~、この数え歌は十まであるんですが~」

「今すぐ地獄に落ちなさいッ!」


 案の定、魔人のような顔してブチ切れたクレオの目が光った。


「破滅への使者からの審判を受けなさいッ! メテオデスペナルティッ!」

「あ~、隕石ですな~、痛みも苦しみも味わうとなると、ショック死するかもしれませんな~………仕方ないですな~」


 多分、様子から見て、クレオは幻術で隕石を空から降らせているんだろう。
 俺たちには分からないけど、アラチンにはきっとその光景が見えているはず。
 でも、アラチンに慌てる様子はない。じゃあ、どうやって………………


「要するに、僕が隕石すらも防げる防御をイメージできれば、問題ないのではないですかな~?」


 その時、アラチンが真剣な表情の中で、手を挙げた。
 すると次の瞬間、アラチンの周りに金色に輝く丸い玉が現れて、アラチンを包み込んだ!


「なっ、これはっ、黄金ッ!」

「ボースト・オブ・マイ・ゴールデンボール(僕の自慢の金の球)!」


 金! 金だ! 金の玉だ! 


「僕の黄金の防御態勢は、あらゆる脅威から身を守る………自分でそう揺るぎない自信を持ち続ければ、幻術の隕石すら防げてしまったようですな~。暁光眼対策の一つ。燃え盛る炎には氷魔法。猛獣にはそれより強固な力。剣には、それに耐え切れる鋼の肉体。つまり、幻術の脅威より強い防御方法を自分が持っていれば、堪え切れるというものですな~」


 いや………でも、隕石だぞ? 隕石! 隕石って黄金で跳ね返せるようなものなの? 違うだろ?


「…………その対策方法の是非は置いておいて…………貴様、『金属性』の魔法使い………『錬金術師』なの?」


 んで、れんきんって何? クレオがさっきまで怒り任せになっていた顔が、またクールっていうか、キリッとした顔になってる。
 そして、その質問に対して、金の玉から出てきたアラチンは頷いた。


「いかにもですな~。僕はアラチン。この世のあらゆる珍品金品を追い求める、トレジャーハンター上がり。人呼んで、『黄金の錬珍術師』ッ! 以後、よろチンチンッ!」


 で、なんだろう、こいつ………………多分こいつ、スゴイやつなんだと思う。
 スゴイと思うんだけど………………


「では、気を取り直していってもよろしいですな~? 四つ、よじればよじるほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかちんちん♪」


 色々と台無しなんだけど、なんなんだよ、こいつ! 


「ふ・ざ・け・る・なッ! 人が運命の岐路を一人の男と語り合っていたところを、下劣な行いで汚すなど、万死に値するわッ!」

「あ~、もう、どうしてウケないのですかな~? 宴会ではバカウケだってのに、おかしいですな~…………やれやれ、ゴールデンスティック(金の延べ棒)ッ!」

「ッ!」

「幻術使い対策。それは、幻術者に先手を取らせないこと。幻術を発動させる間もないほど攻めて攻めて攻め立てるのがコツですな~」


 金の延べ棒が次から次へと空から降ってきやがるッ!


「く、小賢しいッ!」

「よろしいんですかな~? お友達も巻き添えですな~」

「ちっ!」

「本当は戦う気はなかったのですなが~、まあ、正当防衛ですな~」


 あっ、やべえッ! 俺とペットの所にも降ってくるッ! は、走れねえッ!


「暁の覇姫を侮らないことねッ! 幻術だけの女だと思っているのかしら? この、現実に存在する至高の存在を誰だと思っている!」

「ですな~」

「無属性魔法バリヤ!」


 防いだ! 透明なガラスみたいな何かが俺たちの周りを囲んで、金の延べ棒の雨が防がれている。
 クレオがやったのか?


「ふん、これであなたのターンは終わりね。そして、これがラストターン!」

「それはまずいですな~! まだ、数え歌終わってないですな~!」

「それが遺言でいいのかしら? まあ、貴様のような、下劣な下半身を露わにして痴態を繰り広げる汚物のような男など、細胞一つ残す気はないけれどね! 滅びなさいッ、夢幻――――――」


 そして、このままクレオがアラチンを倒し――――――


「下半身丸出しの痴態? 自分こそ下着を穿いていないので、おあいこですな~」

「無限地ご……えっ………………あっ………………ッ!」


 倒せたのに! 急にピタリとクレオが固まって、顔が真っ赤になって、いきなり頭抱えて叫びだした。


「ああああああああああああああああああああああああああああっ! な、い、い、ああああああああああああああああっ!」


 おまえ、自分でパンツ穿くの拒否したくせに、何で今更ッ! もう、いいじゃん別に!

「馬鹿! バリヤ壊れちゃったぞ!」
「姫さま、あ、危ないです!」
「み、見られたッ! こ、こんな男にまで! ヴェルトだけでなく、こんな男にまで!」

 くそ、バリヤが粉々に砕けて、延べ棒が次から次へと降ってくる。
 ダメだ、動け! あ~、もう、動けーっ!


「クレオーッ! ペットーッ!」


 金の延べ棒の一つが、頭に当たった。
 頭がガンガン響いて、ドクドクしたものが頭から流れているのが分かった。
 目の前がすぐに真っ赤になって、でも、俺が動くしかないから、クレオとペットを脇に抱えて俺は、とにかく延べ棒が降っていないところ目掛けて飛び込んだ。


「ッ、ヴぇ、ヴェルトくんッ!」

「あ……ヴェ、ヴェルト・ジーハッ! そ、そんな! く、な、なんてことを……」


 ヤバ……頭だけじゃない……なんか、色々なところにあたって、当たった場所が熱くなって、ぷっくり膨れてる感じがする……


「おやおや、随分と可愛らしいナイトですな~。とまあ、それはさておき! 六つ! むけばむくほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかよかちんちん♪」


 くそ~~~~~! なんで、なんで! なんでこんな変な奴に! 悔しい……


「よくも、ヴェルト・ジーハを! もはや無限では足りないわ! 輪廻の果てまで貴様に地獄を味あわせてやるわ!」

「ふ~……幻術対策……というより、魔眼対策。目潰し! 黄金御開帳ゴールドエクスポジション」

「ッ! ま、まぶしいっ!」


 め、目が痛い! 世界が一瞬で金色に光って、太陽の光みたいに強烈にッ!


「そして、チン縛!」

「な、なにをする、離しなさいッ!」


 何が? ッ、クレオッ! クレオが、金色のロープに縛られて、目隠しまで!


「才能は天下一品でも、やはりまだ七歳の子供ですな~。意外と簡単に捕獲できましたな~」


 そんな! うそだろ、こんなやつに? くそ、なんでこんなことになってんだよ!


「では、七つ! なめ―――――」

「や、めろっ! クレオを離せこの野郎ッ! ウリャァ!」

「って、おおおっ! これは怖いですな~」


 あいつは変な踊りをしようとして油断している。俺は、メチャクチャ痛い体だけど我慢して走り、金玉目掛けて思いっきり殴ってやっ―――――

「いってえええええ!」
「ヴェルトくんッ!」
「ヴェルト・ジーハ!」

 かっ、かってええ! 黄金のパンツ! こいつ、いつの間にこんなもん! 
 さっきまでモロ出しだったくせに。


「危ないですな~、あと一瞬、この金の下着を精製しなければ、大珍事が起こっていましたな~」

「~~~っ、大人のくせに固いオムツ穿きやがって! 恥ずかしくねーのかよッ!」


 大人のくせに丸出しで、いつまでもギャグばっかやってて、子供相手にズルい能力使いやがって。
 でも、アラチンのやつ、俺の言葉を「やれやれ」なんて溜息吐いて首横に振ってやがる。


「違いますな~、子供はやはり分かってないですな~。本当にカッコイイ男というものがどういうものかのか」

「なんだとッ! でも、少なくともお前なんか全然かっこよくねーよ!」

「ふふふ…………金球珍擊!」


 黄金の球がいっぱいっ! 俺の体全部にスゴイ威力で、飛んで……


「う、が、ああああああああっ!」

「いやあああああ、ヴェルトくん! いや、た、助けてください、や、やあああっ!」

「く、お、おのれええっ! この、こんな金属の拘束ぐらい、す、すぐに解いて貴様ごとき瞬殺してくれるっ!」


 体中が痺れて……ダメだ……崖から落ちたときとかの怪我も含めて、もう、体中の骨がボロボロになった気がする。


「坊やもお嬢ちゃんもお姫様も、覚えておいたほうがいいですな~。真にカッコイイ男とはどういうものか」


 なんか、本当に体がダメになっちゃうと、痛いってことも感じない。体中がボーッとしている感じだ。
 立てない……


「そう、真にカッコイイ男とは、恥を恐れずに常に自分を曝け出し、自分の道を突き進む。そういう男を本当にカッコイイというんですな~」


 こんな、カッコ悪いやつに、みんなやられちまう……クソ……クソ!


「そうだ、え~っと、まだありましたかな~? えっと、おお、あったあった。ほら、坊や、このタバコを吸ってみたらどうですかな~?」

「………………?」

「このタバコは特別製でしてな~、吸うと脳みそがとろけて、陽気に、どこまでもハイテンションに弾け、自分の全てを曝け出せるマリファナという魔法の薬でしてな~。大丈夫。アリパパのように吸いすぎると中毒になるが、そこまで危険なものではないので、おすすめなんですな~。これで、君もカッコよくなれますな~」


 何がカッコイイだ! こんなふざけた野郎、全然格好良くねえ!
 本当にカッコいいのは………………本当にカッコいいのはッ!

 本当にカッコいいのはッ! 

 ………………………………………ん? なんだこれ?


『なんであいつらぶっ潰さねーんすか、ヤマトさん! ブクロの奴らが渋谷と連合組もうとしてやがるんだ! これは俺らへの挑戦状じゃねーっすか! 売られた喧嘩を買わねーで、何が不良だ! 一人残らずブチ殺すッ!』 

『kill them all! ヤマトヘッド…………ミーのマインドは既にファイヤーだ! ジェノサイドの幕開けだ!』

『せや、あのゴミ虫共、血祭りに上げたらなァ、もうワイらも収まりつかんのやッ! いかせてくれや、ヤマトはん! 高原のクソをぶちのめすんや!』


 なんで、俺はこんなことを思い出して? 

 思い出す? いや、誰なんだ? 何なんだこの光景は?

 分からねえ。でも、これだけは分かる。あの人も……そうだった…………。

 恥なんて恐れなかった。常に自分を曝け出していた。自分の道を突き進んでいた。

 でも、違うッ!

 こいつと、あの人は、違う。


『よう、バイクにも乗れねえ中坊共……今日は気分がいい……喧嘩なんてしてねーで、ほら、ケツに乗せてやる。乗りな』


 そうだ、あの人は……目を血走らせる俺らを、いつも呆れたように笑いながら、頭を軽く叩いて…………


『今日はとことん走ってみるか、全開で』


 ああ……そうなんだ……うまくいえねえけど……アラチンの言ってる男のカッコよさってのは、別に間違ってるわけじゃねえ。
 でも、それだけじゃ足りねーんだ。


「それだけじゃ…………ねえっ!」

「ッ!」


 俺に、変なタバコを差し出してきたアラチンの手に、俺は噛み付いてやった!
 子供の力だろうが、ガブリと噛み付いてやりゃー、この変なやろうだって、顔をしかめやがった。


「うおッ? どーしたですかな~、坊や」

「はあ、はあ…………俺が思う……真にカッコイイ男って奴は…………」

「?」


 男のカッコよさ? そんなもん、上げようと思えばいくらでもあんだろう。
 ツラが良い、喧嘩が強い、頭がいい、性格、器のデカさ、優しさとか、生き方、キリがねえ。
 どれも間違ってねえし、一つになんて決められねえ。
 だから、俺が言うとしたら…………


「あんな男になりたいと……同じ男なのに憧れちまう……そんな魅力を持った男こそが、真にカッコイイ男なんだよ」


 そう、だから……


「だから、俺の基準から言えば、テメェなんかには死んでもなりたくねえ! お前なんか、ぜーんぜんっカッコよくなんかねーんだよ、バーカッ!」


 言ってやった。死んでも言ってやりたがった。
 もう、それだけで俺の中にあった力を全部使っちまったみたいだ。
 でも、言えてスッキリした。


「ふ~~~~~、十まで数えて、アラ、これでとうとうよかちんちん……と、したったですがな~……ちょっと、眠っててもらえますかな~、坊や」


 殴られるッ! でも、俺は言い切った。だから、アラチンがムッとした顔をしても、怖くなかった。
 そう思った次の瞬間、俺を金属の棒で殴ろうとしていたアラチンの武器が、粉々に砕け散った。

「ッ! なっ……に?」
「あっ………………」

 アラチンも驚いている。何で? 誰が? そう思ったとき、俺の後ろにはあいつが立っていた。


「真にカッコイイ男? 二人共、あまりにも的外れな答えすぎて、呆れてモノが言えないわ」


 クレオだっ! 目隠しも、金の縄も外されている。


「クレオ姫ッ! いつの間にッ!」
「ええ。役に立たないと思っていた凡人は、意外と優秀だったと私も驚いていたところよ。覇王の目にも誤りがあったと、少し反省しているところよ」


 そう言って俺の隣に来たクレオはウインクして、後ろを軽く見た。
 そこには、ガタガタ震えながらも、アラチンを睨んでいるペットが居た。

「まさか、その娘が!」
「ええ。解除してくれたわ。あなたたちが、的外れな論争を繰り広げている間にね」
「ぐっ! しまっ、か、体が!」
「もう遅いッ! その金メッキを剥がしてあげるわ!」

 さっきまで、のんびりとした喋り方だったアラチンが、慌てて後ろへ下がろうとした。

「あ~あ、僕もまらまらですな~、どうしても遊んじゃって……………」

 でも、もう既に遅かった。
 アラチンは金縛りにあったみたいにガチガチに固まった。
 そして、クレオはゆっくりと俺の顔を覗き込んできて、ちょっと不機嫌そうに頬を膨らませた。


「ヴェルト、あなたは何を言っているのかしら? 真にカッコイイ男は、男が憧れる魅力を持った男? そんなわけないじゃない。女の意見がまるで含まれていない馬鹿な答えを、自信満々に言うものじゃないわ」


 そう言って、プイッと俺に背中を向けて、アラチンにトドメを差そうとするクレオ。
 その顔が、ほんの少しだけ赤かったのが、確かに見えた。


「ヴェルト、真にカッコイイ男…………それはね…………この、覇王たる私に選ばれた男。それ以外の回答なんて、この世にあるはずがないでしょう?」


 次の瞬間、アラチンが化物を見たかのように絶叫して気を失った。
 ははツエー……まともにやりあえば、クレオの方が全然ツエーんだな。
 あれだけ対策だとかしてきたアラチンだけど、不意をつかれたら敵わなかったみたいだ。
 なんか、それだけで俺もなんか全身から力が抜けて、ホッとして…………意識が…………


「品がなくても、そこまで端正な顔立ちでなくても、身分が低くても、……熱い魂、そして命懸けの勇敢さを持ち、体を張り、女を守る。ヴェルト、それが私の選んだ男よ…………って、気を失っているじゃないッ! ちょっと、しっかりなさい!」


 気がついたら倒れて、目が閉じかけて………そんな俺にクレオとペットが慌てて駆け寄って………

 意識を失う最後の直前に俺が見たのは…………俺の隣で中腰になってるクレオのスカートの下は、ちゃんとパンツが穿かれてた………赤だった………

 あとから聞いたけど、赤じゃなくて、ウォーターメロンカラーだって。何が違うんだ?

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第12話 俺が前世を思い出す最後の最後

 変な夢を見ていた気がする。
 その夢に俺は登場していないのに、知っている奴らなんて一人も居なかったのに、俺は『その世界』を知っている。
 思い出せない。思い出したい。でも、怖い。
 あと少しで思い出せるかもしれないのに、それがたまらなく怖い。

「………あれ?」

 白い天井? ベッドの中? あれ? 俺、どうなったんだっけ?


「目を覚ましたか?」


 キョロキョロ部屋の中を見渡そうとしたら、俺の横には、本を読みながら座っていたタイラーが居た。

「えっ? あれ?」
「まだ寝ていなさい。もう少しで、お前のお父さんとお母さんもここに来る」

 なんでタイラーがここに? それに、城の騎士団の人とかまで居るし………
 って、そうだ!

「二人は! クレオとペットはッ! それに、あの誘拐した奴らは!」

 思わず起き上がろうとした俺だけど、その頭をタイラーが優しく撫でて抑えてくれた。

「大丈夫だ。二人は無事だ。クレオ姫も、ペット嬢もな。賊の二名も既に捕らえている」
「あっ………そうなんだ………」
「この大捕物は、エルファーシア王国内で起こったことだが、二名の賊はチェーンマイル王国の姫君を攫ったのだ。これには、チェーンマイルも激昂してな。二人の身柄はチェーンマイル王国に移送されている。死刑が無期懲役か、どちらにせよ二度とお前の前に現れることはない」

 そっか、二人は無事なんだ………ホッとして、急に力が抜けて、ベッドにもう一度倒れ込んじまった。
 そんな俺の様子を見ながら、タイラーはもう一度俺の頭を撫でながら、笑った。

「まったく、信じられなかったぞ? 姫様が攫われ、お前とペット嬢が攫われたと聞いたときにはな」
「うん………俺も、ビックリした………」
「あまり心配させるなよ? 今日のことは、まだフォルナ姫様には伝えていない。怪我だらけのお前を見たら、さぞお嘆きするだろうから、肝に銘じておけ?」

 だよな。あいつ、絶対怒りながら泣くだろうな~
 まあ、でも、よその国のお姫様とあいつの友達も無事だったんだし、大丈夫かな?

「で、ペットとクレオは? ペットは結構怪我していたと思うけど」
「ああ。あの二人なら今頃………………発表会だろな」

 そうか、発表会か。そういえば今日はピアノの………って!

「え、ええええっ! ピアノ~? 無理だろ、だって、ペットは怪我してたじゃん!」

 多分、右腕だったか左腕だったか忘れてたけど、折れてたよな?
 それなのにピアノの発表会って無理じゃん!

「ああ、皆止めたよ。でもな、ペット嬢は頑なになって、片手でも演奏すると仰っていたよ」
「なんで? あいつ、そういうのダメっぽいやつじゃん。恥ずかりなのに?」

 だってあいつ、緊張してオドオドビクビクしているのがお似合いじゃん。
 なのに、そんなあいつが意地になって出る?

「あの子は言っていたよ。約束通り、何かあったら守ってくれた人がいる。だからこそ、自分も約束を守る。だから弾く。そう言っていたよ、あの引っ込み思案の子がね」

 その時、俺は思い出した。
 それって………あいつ………あの裏通りでした俺との約束を………

「その心意気に胸を打たれたのか、出場を辞退されていたクレオ姫が、ペット嬢に肩をお貸しになって、二人で行くと仰っていた」
「クレオまで?」
「どうやらお前たちは、誘拐犯を退治する以上のことを成し遂げたようだな?」

 退治する以上のこと? それが何なのかは正直分からなかった。
 でも、俺の頭を撫でながら笑っているタイラーの言葉を聞いてると、何だか胸が温かくなった。

「じゃあ、俺も行かなきゃ。見てやるってのも約束だったしな」
「ヴェルト? コラコラ、どこに行くんだ。お前のケガだって酷いんだぞ? もうすぐ、お父さんとお母さんも来るんだ。ジッとしていなさい」

 本当だ。気づいたら、体中が包帯だらけだった。体を起こすだけでも痛いと思った。
 足のつま先から、頭のてっぺんまで一気に痺れるような感じ。体中がミシミシ言ってる気がした。 

「う~~~、いって~な~」
「ヴェルト?」

 でも、俺はベッドから降りていた。
 行かなきゃいけないんだと、もう決めていたからだ。

「行くよ、タイラー…………俺、行くんだ」
「何を言ってるんだ、ヴェルト。今日一日、怖かっただろう? 誘拐され、傷つけられ、一歩間違えていたら命が無かったかもしれないんだぞ? だから、少なくとも今日は無理をするんじゃない。これ以上、心配させないでくれ」
「同じ目にあった、あの泣き虫ペットは出てるんだぞ! あいつは、今日無理してるんだから、俺も今日無理する! 明日のんびりする!」

 俺だけ寝てるなんて情けない。だから、俺は意地でも行こうとした。
 すると、困った顔して俺を寝かそうとしていたタイラーだったけど、「やれやれ」と溜息を吐いて、諦めたように両手を上げた。

「………………ふ~…………このガキンチョ……お前が男の顔をして、まさか私を困らせる日が来るなんてな……」
「タイラー……?」
「国の将として、お前の両親の親友として、無理をするなと言って縛り付けておきたいところだが…………ここは同じ男として、その無理を許可してやろうじゃないか」

 そう言って、タイラーは立ち上がって、部屋のドアを開けて、俺にニッと笑った。

「行って来い、ヴェルト!」

 俺は、返事をする前に既に部屋の外に飛び出していた。
 ありがとうっていう代わりに、俺もニッと笑い返してやった。
 その時、タイラーが…………

「ふう…………ヴェルト……まさかお前が巻き込まれるなんてな。……すまなかったな…………。『プルンチット騎士団団長』聞いているな? …………社長と本部長に緊急連絡だ。あの二人が逮捕された」

 俺が飛び出した後に何をしていたかは、まるで気にしなかった。
 ただ俺は、「待ってろ、ペット、クレオ」と頭の中はそれでいっぱいだった。
 廊下を走る俺を、医者のじいさんや、看護師の姉ちゃん達がビックリしたように叫んでるけど、俺はとにかく逃げて、病院なのか医療棟なのかよく分からんとこから飛び出した。
 外に出たら、そこは王宮の中庭で、よく知っているところだ。
 ここから、ピアノの発表会をやってる文化会館はすぐだ。

「ん、あ、でも、俺、手ぶらだけどいいのかな? そうだ、しかもフォルナに花をあげなきゃいけないんだ!」

 手ぶらだし、俺はママに貰ったタキシードじゃなくて、既に病院患者の服を着せられている。
 服はまだ大丈夫だと思う。どーせ、文化会館の警備の人も受付も客も、ほとんど顔見知りだし。
 でも、フォルナにしつこく言われたけど、花束持って行かなくちゃいけないんだろうし…………


「おーーーーい、ヴェルト! お前、何をやってんだ!」


 その時、王都のど真ん中を走ってた俺を、花屋のおっちゃんが呼び止めた。
 あっ、そうだった……俺、注文したのにまだ貰ってなかったんだ……

「あーーー、いいところに、おっちゃん、俺の花は?」
「あ、ああ、も、もう準備できてるが、お前、その怪我どうしたんだ? それに、その格好は! 何があったんだ!」
「ん? あー、もうぜんぜんヘーキだよ! それより、早く花頂戴!」
「だ、だがなよ~」
「早く行かないと終わっちまうんだよ! だからさ、早くくれよー」

 早く行かないとフォルナの雷が落ちる。ペットの演奏も終わっちまう。

「……本当に大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だからさ」
「…………は~…………後で何かあったか教えろよな? ほれっ!」

 そう言いながら、おっちゃんは渋々と俺の両手いっぱいの大きさの花束をソっと渡してくれた。
 薄い水色の新鮮な花が咲いている。

「姫様は水色がお好きだってのはお前もよく知っているだろう? だから、ここはこのブルースターの花束を渡してやれ」
「へ~、綺麗じゃん」
「ったりまえだ。それとな、ヴェルト。この花の花言葉を教えてやろう。この花は結婚式の花嫁のブーケにも良く使用され、花言葉は……ってヴェルトッ!」
「ワリ、急いでるからもう行くな! 花、あんがと!」

 よし、これでフォルナに怒られることも……って、そうだ……ペットやクレオにも花をあげないとまずいのかな? 
 ペットなんて友達居ないから誰からも貰えなさそうだし……でも、俺、もう金も持ってないし……


「あっ、文化会館見えてき…………あっ」


 その時、ようやく見えてきた文化会館の入口は、貴族の奴らが利用している高級そうな馬車や、執事の連中とかがいっぱい立っていた。
 でも、その入口の扉の傍に、発表会用に送られている大きな花束が飾られているのが見えた。
 そうだ! あんなにいっぱいあるんだから、何本か抜いちゃってもバレねーよな!

「おや? 君はヴェルトくん……って、どうしたんだね、その格好は! その怪我は!」
「えっ? ヴェルトくんですか? ま、まあっ! ヴェルトくん、どうしたの?」
「おい、ヴェルト、お前、何があったんだ!」
「って、その前に、その花を持って行っちゃダメだろうが! っておい!」

 ワリ、今、みんなと話している暇ないんだ。それに、花を持っていくのはやっぱ普通はダメみたいだから、走って逃げないと。
 へへ、なんか皆慌ててる声が聞こえるけど、なんだろう。体が軽いや。
 怪我でさっきまで痛かったのに、「早く行かなくちゃいけない」と思っていたら、俺は立ち止まったり休んだりすることないまま、講堂まで来ることができた。
 あとはこのドアを開けて………………


「ッ!」


 その時、俺はドアを開けた瞬間、全身がゾワッてなって、思わず後ろに下がってしまうぐらい、圧倒された。
 一瞬、翼の生えた女騎士が空の上で勇敢に戦っている風景が見えた。
 何百人の観客が入る大きな講堂では、客席は完全にいっぱいで、でもその客席の目はみんな、舞台の上に向いていた。

「ペット………クレオ………」

 ペットとクレオが並んで、二人で一つのピアノで演奏していた。
 怪我して片手しか使えないペットを助けるように、クレオが隣で引いている。


「………『戦女神たちの先陣』の連弾だよ」
「ッ!」


 思わず「ひゃっ」と声が出そうになった。
 いきなり後ろから耳元に声かけられ、誰かと思ったらそこにいたのは、ママだった。

「マッ―――」
「し~~、静かに」

 なんでママが? 王族は特別な席に座ってるんじゃないの? 出歩いて大丈夫なの? 

「ふふ、今、誰もがあの舞台に夢中だよ。誰も、私の存在に気づかないぐらいにねえ」

 俺の口元を抑えながら、ママはニヤニヤしながら舞台のペットとクレオを見ていた。

「大したもんだよ。練習もしないで、初めての連弾。息もピッタリだ。そしてあのクレオ姫は、片手の使えないペットの分まで弾いている。昨日はあんなんだった二人が、どうしてこうなっちまったのかね~」

 本当だ。クレオが動かしている指の方が多い。でも、それをまるで慌てることもなく、涼しい顔で優雅に弾くクレオは、すごかった。

「フォルナの出番はもう終わっちまったよ。あとで、慰めてやりな」
「あっ………そ、そうなんだ」
「………………ヴェルト、何があったかは聞いている。無事でなによりだよ」

 あっ、ママは知ってたんだ。そう言って、俺の口を抑えながら抱き寄せるママの手は、ギュッと、少しだけ強かった。


「ヴェルト、本当は色々と言ってやりたいし、フォルナにも言い訳しなきゃならないんだろうが、とりあえず今日は大目に見てやるよ。今はただ、大変なことがあったのに、強い意志でこの演奏会に出て、これだけ力強い演奏をしている二人をあんたが労ってやりな。その花束は、あの二人にやりな」

「えっ、でも、これ………………」

「誘拐犯退治でどんなことがあったかは知らないが、あの二人は、あんたのために弾くと言っていたよ。だったらあんたも、花ぐらい贈って労ってやんな。その程度で浮気だと騒ぐような姑じゃないんだよ、私は」


 男ならビシッとキメてきな。ママの顔はそう言って笑っているように見えた。
 次の瞬間、講堂は大歓声が巻き起こっていた。
 席から誰もが立ち上がり、拍手を舞台に居る二人に送っていた。
 ペットと手をつなぎながら、ピアノから離れて、舞台の中央に立ってお辞儀するペットとクレオ。
 その瞬間、ママに尻を叩かれて、俺は講堂の階段を駆け下りて舞台の真下まで向かっていた。

「あれは、ヴェルトくん?」
「本当だ、アルナとボナパの子じゃないか」
「姫様の演奏では出てこなかったのに………それに怪我しているぞ?」
「ヴェルトくん! な、なにがあったんだい!」
「おやおや、ナイト様の到着でありんすね」
「ヴェルト、今までどこにいましたの! それに、その怪我、一体何がありましたの!」

 知っているやつ、知らない奴、フォルナたちも含めて、拍手の中で戸惑ったり驚いたりしている声が講堂の中に響いたが、俺は構わず行ってやった。
 俺を見て、驚いた顔しているクレオとペット。
 俺がここに来たことが信じられないのか、言葉が出てこないみたいだから、代わりに俺が言ってやった。
 花束を差し出して………

「ペット、はいこれ。テキトーに選んだから、あまり綺麗じゃないけど、やる」

 入口の壺に入っていた花をテキトーに抜いて束ねたもの。
 花屋のおっちゃんが作る花束なんかと全然比べ物にならないけど、ないよりマシだと思ってソレをペットに渡した。

「ヴェルトくん………………来て………くれたの?」
「ああ、俺が見ていてやるって、約束だったからな。でも、スゲーじゃん、お前。幽霊だからみんなに見えないと思ってたのに、みんなお前を見てんじゃん。生きてて良かったな」

 するとペットは、相変わらず泣きそうな顔になった。
 でも、泣きそうになりながら………

「………うん!」

 笑った。

「………でも………その」
「ん?」
「………その、幽霊じゃなくて、みんなが私を見れるようになっちゃったけど………それでもヴェルトくんも変わらずに………これからも………見てくれる?」

 これからも~? まあ、フォルナが怒らなくて………

「話しかけても泣かないんならいいよ」
「ッ! うん、泣かないよ!」

 うん、別に見るぐらいなら、全然いいよな。そう思って俺も頷いてやった。
 そして………


「ん、ん、おほん」


 さっきっから、「私は?」みたいな様子のクレオにも、花束を渡してやった。

「はい、クレオも。これやる」
「あら、ありが………ッ! まあ………素敵………ッ!」

 やっぱ、花屋のおっちゃんが作った花束なだけあって、綺麗に形が整ってるから、クレオも驚いてる。
 本当はフォルナに上げるやつだったけど、まっ、いっか。ママのお許しも出てるし。
 だけど、その時、

「げっ、あんな花だったのか………渡せって言ったのは失敗だったかね~」

 ママがなんか、そんなこと呟いているのが聞こえて………

「ッ! ヴぇ、ヴェルト! わ、ワタクシには何も………ペットだけでなく、クレオ姫には………あんな素敵な花をッ!」
「………ま、まるで………花嫁のブーケみたいですね」
「ブルースター………花言葉は、信じあう心………でありんすね。昨日の様子では、一番あの二人には程遠い言葉でありんすが、これはこれは………」

 しかも、なんだろう。会場中がガヤガヤしているけど、やっぱ俺がこんな格好しているから変なのかな?
 そう思ったとき、クレオが俺が差し出した花束を受け取って、笑顔で花に顔を寄せた。


「鮮やかな色。爽やかな香り。………ヴェルト・ジーハ………あなたから私へ贈る花、この花に込められし気持ち………私はありがたく受け止めさせてもらうわ」


 そう言って、クレオはまた会場全体に一礼して、もう一度舞台に居る二人へ盛大な拍手が送られた。
 俺はそのあと、捕まって、フォルナやママや、親父やおふくろに説教されたり、抱きしめられたり、心配されたり、結局怪我がひどくなって入院したりと散々だった。

 その後、発表会は無事終わり、チェーンマイルとの間で友好の行事とか交流とか、難しい会議も含めて暫く行われていたみたいだけど、俺はその間、もうクレオと会うことはなかった。
 だけど、入院した俺の病室に赤いバラの花束が贈られていたのは分かった。

 それと、ママとタイラー、そしてチェーンマイルの女王様から、今回の誘拐事件は一部を除いて秘密にするという話になった。
 俺は良く分からないけど、この事件が公になると、エルファーシア王国とチェーンマイル王国の関係が悪くなるとかなんとか………ただ、ママに強く言われたから俺は内緒にした。


 それが………俺が七歳の頃の記憶だった。

 
 そして俺は、あの時のフラッシュバックがきっかけとなったのか、八歳の誕生日を迎えた日に、全てを思い出した。


 全てをだ。

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第13話 新たなる誕生

 クレオが国に帰って結構経った。
 あの事件はタイラー将軍からも言われたように、内緒にしている。
 俺も別に言いふらす気もなかったから、別にそれはよかった。
 でも、俺はそれからずっと気になっていることがある。
 クレオでもない。フォルナでもない。いつも夢に出てきた女の人のことだ。
 俺はあの人のことを知らない。でも知っている。
 それが最近、ずっと気になってる。
 そして、そのことを考えるたびに……頭が痛くなって、何故か悲しくなっちゃう……

「ヴェルト。お誕生日おめでとうございますわ!」

 そんなことフォルナにも相談できない。フォルナはいつものように俺の家に来て、のんきにそんなことを言いっていた。
 
「おほほほほほ! 本当なら、お城でウェディングケーキとか、い~っぱいご馳走を用意したかったのですけど、去年からのおじ様とおば様の要望を聞き入れ、今年からあなたの誕生パーティーはご自宅で行うことなりましたけれど、ワタクシのおめでとうって言いたい気持ちは、ず~っと変わってませんわ!」

 誕生パーティーの主役はフォルナじゃない。
 俺だ。俺の八歳の誕生日なんだ。なのに、毎年フォルナは俺の誕生パーティーをこうやって、勝手にやるんだ。


「はは、姫様、ケーキはバースデーケーキで、ウェディングケーキじゃありませんよ? ウェディングケーキは、あと七年ぐらい早いですよ」

「ふふふふ。去年お城でお祝いしてくださった時、姫様ったら本当にウェディングケーキを作ってらっしゃったから、本当にビックリしましたね」

「私も覚えていますよ、ボナパさん、アルナさん。それに、城の総料理長なんて自分が引退するのは姫様とヴェルト君の結婚式の料理を作ってからと豪語しているぐらい。だからあの時は予行練習だと気合が入っていましたよ」


 前、俺の誕生パーティーをフォルナが勝手にお城でやって、コックとかお手伝いの人とか皆を使って盛大にやってた。
 でも、それを親父とおふくろは遠慮して、今はこうして俺の家で少ない人数で誕生日会をすることになった。
 俺の家。お城なんかとは比べ物にならない小さい部屋。
 ゴハンを食べるテーブルとおふくろが料理をするキッチンが同じ部屋にある。
 小さい丸いテーブルには、俺と親父とおふくろ、そしてフォルナと護衛隊長のガルバの五人座ればいっぱいだ。
 テーブルの上には、おふくろとフォルナが一緒に作った、俺の好きな料理がいっぱいに広がっている。

「さあ、ヴェルト、今年もお誕生日プレゼントいっぱいありますわ! 中でも素敵なのは、これですわ!」

 そう言って、フォルナは一枚の紙を見せてくれた。なんか、「おめでとうございます」とか、「予約」とか「式場」とか書いてあるけど……

「エルファーシア王国で最も由緒ある大聖堂での……結婚式の予約ですわ! 今から七年後に、ワタクシとヴェルトが十五歳になったら行えるようになっていますの!」

 ……やっぱり……。去年は、確か『超高級レストランの予約』で、『ここでこの日にプロポーズ御願いしますわ』とか言ってたもんな……


「あらあら、姫様ったら気が早いですね。そういうところ、女王様にそっくりね。そういえば、女王様と国王様のご結婚もその聖堂で行われたんじゃなかったかしら?」

「ええ、その通りですよ、アルナさん。いや~、先日、自分も姫様に同行して大聖堂の神父様とお話させてもらいましてね、相当のご年配の方でしたが、『二人の結婚式を行うまで天に行くことはできませんね』と笑っておられましたよ」

「そうか。でも、あと七年か……神父様、一体何歳だったかな?」


 おふくろもガルバも親父も、フォルナが俺に渡した結婚式の予約の証明書を覗き込みながら、なんか勝手に盛り上がってる。

「ええ~、そんなこと言われても……俺、困るよ~」

 でも、俺、なんか何でもこうやって決められてばっかで、嫌だった。
 それで俺がこう言うと、いつもフォルナはほっぺた膨らませて怒るんだよな。

「ヴェルトッ! んもう、なんでイジワル言いますの! この間だって、発表会では遅れてきますし、お花をペットとクレオ姫にあげてしまいますし、最近のヴェルト、イジワルですわ!」
「あ、あれ、なんだよ~、まだ怒ってるのかよ。だって、あれはママにも言われたから、クレオとあの幽霊女にあげたって言ったじゃないか」
「ううう~、それでもですの! ヴェルトがワタクシに何もくれなくて、他の女の子にプレゼントするの嫌なんですの!」

 ほら、それで最近は、この間のクレオと幽霊女に花をあげたことをグチグチ文句言って来るんだもん。フォルナと結婚なんてしたら、毎日そんなこと言われると思うと、なんか嫌だ。

「でも、フォルナは金持ちだから何でも買ってもらえるじゃん」
「ッ! ~~~~ッ、そういうことじゃありませんの! おばかーっ!」

 あ……言っちゃった……フォルナが「うう~~」って言いながら、顔がクシャクシャになって……

「うぇ~~ん、おばさま~、ヴェルトがイジワルですの~」
「あらあら、ごめんなさいね、姫様。ヴェルとがひねくれ王子様で。ヴェルト、謝りなさい!」
「ああ、今のはパパでも怒っちゃうぞ、ヴェルト」
「そうだよ、ヴェルト君。重要なのは物じゃないんだよ」

 フォルナがおふくろのお腹に抱きついて泣いちゃった。
 いつもはニコニコしている、親父とおふくろも、ちょっと怒った顔してる。
 でも、なんか変な感じ……だって本当のことなのに……それなのに、どうして俺が怒られるのかわかんないし。

「だって~、フォルナ何でも買ってもらえるじゃん。お姫様だし、お嬢様だし。何かあげろって言われたって、俺、分かんないよ~!」

 俺は間違ったこと言ってない。だって、お菓子も服もオモチャも、フォルナは言えば何だって買ってもらえるし、行きたいとこにだって連れて行ってもらえる。
 そんなフォルナに何か贈り物しろなんて言われたって、喜んでもらえるものなんてあげられないじゃないか。
 だけど、親父は……

「ヴェルト。姫様には申し訳ないけど、お前はまだ……恋をしたことがないから分からないか。ガルバ護衛隊長が言ったように、大切なのは物じゃないんだよ」

 親父は、ちょっと困ったように笑いながら、俺の頭を撫でた。

「好きな人から心の篭ったものを貰う。それだけで最高の贈り物になるんだよ?」

 好きな人? また、その話だ。
 また、その話をされると、どうして俺、胸が苦しくなるんだ?

「そうですわ! ですので、ヴェルト……もう、物じゃなくていいので、言葉をワタクシに贈りなさい! 一回でいいから、ワタクシに、すすす、す、す、『好き』って言うのですわーっ! そう、告白ですわ! 練習! 練習でいいですの! だから、ね? 言って、ヴェルト」

 好き? 告白? な、何で俺がそんなこと……
 だから、俺、別に好きな子なんて……


―――ワレも素直やないの~、リューマ。見てりゃモロバレやで? なあ? ミルコ


 ……えっ?


―――イエース、十郎丸の言うとおり。リューマがミス神乃にフォーリンラブなのは、ミーたちから見ても明らかだ。


 ……誰だ……こいつら……俺は……なんで……


―――ッ、あ、あ~~~、もう! そうだよ! 惚れてるんだよ! 俺はあのウザくてアホでうるさい、ギャグも寒くて大した体つきもしてねえあの女が気になってんだよ! 悪かったな、畜生ッ!


 こいつは……誰? ……俺? こいつは、俺なんだ!


―――告ったりせえへんのか?

―――ヒュー! あのリューマがラブに生きるか。体育フェスティバルからそうだと思っていた!

―――バッ、ざ、ざけんな! なんで告るんだよ! つか、う、うまくいくわけねーし……俺……こんな不良だしよ……


 これは……この会話は……ファミレスで、いつも気の合うあいつらと……ファミレス? ファミレスって何だ? たまり場のファミレスで……


―――ええやん。今度の修学旅行……チャンスやろが。ワイらも協力するで?

―――イエス! 班はディフェレントだが、チャンスもオポチュニティもメニーメニーだ。

―――バッ、よ、余計なことすんじゃねえ! つか、修学旅行なんて行かねーし! 何で不良が修学旅行に行くんだよ!

―――アホ。そこは不良関係あらへんて。それともビビっとるんか? 情けないで~? ギャンブル士のワイから見ても、うまくいく思うけどな~

―――ミートゥーだ。リューマはミス神乃に修学旅行に来いと誘われているだろ? グッドなリザルトになる可能性はベリーハイだ。ミーもユーのためにオリジナルラブソングをメイキングする。

―――そ、そんなこと……んなこと言ったって……

 
 ああ、こいつらは俺の悪友。くだらねえことを一緒にやって、つるんで、そしてこの時も俺を冷やかしながらも、本音じゃマジメに応援してくれて……


――ええやん、リューマ。全開でいったれや!

――フルスロットルでゴーだ。リューマ!


 結局俺はそいつらの言葉が後押しになって……


―――はあ…………わーったよ! 俺は、告るよ! 告ってやるよ! あいつに……神乃に付き合ってくれて……


 俺は決めたんだ! あの女のことが好きだったから……その想いを伝えるって!
 神乃に……神乃美奈に告白するって決めたんだ!
 だけど……

「ねえ、ヴェルト~、ワタクシに一度でいいから好きって言うのですわ! いつもいつもワタクシばかり告白させて、本当に酷いですわ!」

 告白……そうだ、告白しようと俺は……あいつに告白しようと決意していたのに……
 あの日、修学旅行でバスに乗っていた俺たちは……


――――――ッ!


 死んだんだ…………


「あ………あっ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 そうだ! 俺は、俺はッ! 俺たちはッ!

「ッ、ちょ、ヴェルト? ヴェルト、どうしましたの!」
「ヴェルト!」
「な、お、おい、ヴェルト! ッ、凄い熱だ……どうして急にこんなに!」
「ヴェルト君! ッ、た、大変だ……ッ、私は医者を連れてきます!」

 違う! 俺は、……ヴェルト・ジーハじゃない! 俺は、ヴェルト・ジーハなんかじゃない!

「違う! 違う違うちがあああああああああああああう!」
「ヴェルト、あばれないで、落ち着いて!」

 俺は、ヴェルト・ジーハなんかじゃない!
 俺は……あの街で……あの学校で最もどうしようもないクズヤロウ……朝倉リューマだ!
 
「十郎丸は! ミルコは!」
「じゅ、じゅろうまる? みるこ? な、何を言っているの、ヴェルト?」
「俺の高校は? あの体育祭は? 文化祭は? 修学旅行は!」
「落ち着きなさい、ヴェルト。こーこう? さっきから何を言ってるんだい?」

 おふくろと親父は、何で分からねーんだよ、俺の言葉を! 俺のダチを! 俺の日々を、何で知らねーんだよ!
 
「ひっぐ、ヴぇ、ヴェル、い、いやああ、ヴェルト、い、しんじゃいやあああ!」
「姫様も落ち着いてください。今、王都から私が医者を連れてきます。姫様はヴェルト君の側に!」

 死んじゃ嫌? なに言ってるんだよ! 俺は……朝倉リューマは、もう死んだんだよ! 俺は、あのときの事故で、あいつらと一緒に死んだんだ!
 何も出来ず、血だらけになって、どんどん逝っちまうあいつの姿を瞳に焼き付けながら……
 それなのに、何でこいつらはそのことを知らねえ? ヴェルト・ジーハ? 誰だよ、それは!

「はあ、はあ……ッ、ぐ、はあ……はあ……」
「ヴェルト……大丈夫、ママがずっと付いてるから……大丈夫だから……」
 
 ああ……そうか……どうして俺のことを知らないのか……簡単だよ、そんなの……親父もおふくろもフォルナもガルバも……朝倉リューマにとって他人だから……俺がどんな想いを抱えて生きてきて、どんな人生を過ごしてきて、俺がどうやって死んだかも知らないから……

 そう、俺はこの日、すべてを思い出した。

 
 そして、全てに絶望した。


 これは神のイタズラか? 俺は何でこんなことになっている? なんで、こんな形で第二の生を送っている?


 こんな世界で、本当の俺を誰も知らないようなこの世界で、どうして?


 俺はどうして生まれ変わったんだ?


 頼むから……夢なら……覚めてくれよ……
 

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第14話 これまでの俺

 悪夢を見た誕生日。
 でも、結局俺はこの日々が夢ではなく現実なのだと改めて気づき、それからは、ただ無意味な日々を過ごした。
 あの日以来、生きていることも、この世界のことも、それどころか俺を取り巻くあらゆること全てがどうでもよくなった。
 朝、目を覚まして飯を食い、とりあえず学校に行って、帰ってきたらまた飯を食って、そして寝る。それの繰り返し。
 一日、一週間、一ヶ月、半年と、それの繰り返し。
 何の達成感も、何か夢中になることもなく、うるさいマセガキにまとわりつかれたり、うざったい王都の連中に冷やかされたり、過保護な両親に甘やかされる。
 でも、もうあの日以来、何も感じねえ。怒られたり、王都のワルガキ共と喧嘩したりしても、何も熱くならねえ。
 生きている心地がしねえよ。

「……チェーンマイル王国の船が海難事故……船は沈没し行方不明者多数……第二王女のクレオ姫も行方不明……か……」

 また朝が来て、おふくろの用意してくれた朝飯を食いながら、テーブルに置かれていた新聞に目を通した。
 そこには、現在この世界を大きく騒がせているトップニュースがデカデカと掲載されていた。
 魔法もある。戦争もある。魔族だとか亜人だとか、人外の連中も生息する世界。
 なんだよ……これは……本当に……

「クレオか……懸命な捜索にも関わらず消息分からず、生存は絶望的……か……」

 ここ数日、フォルナとも女王様とも会っていない。この、人類を悲しみで包み込むこの事件で世界は大きく揺れているからだ。
 フォルナも同じ。この、新聞に名を書かれている王女とは面識があった。
 だが、それは俺も同じだった。出会ってすぐに喧嘩して、なぜか一緒に誘拐されて、でも一緒に危機を乗り越えて、最後は仲直りした。
 でも、このガキは死んだ。いや、死亡とは直接書かれていないが、それでもほとんどの奴らはそう思っているはずだ。
 だけど、俺は涙が出なかった。
 自分の心がそれほどまでに死んでいたからだ。

「このガキも……どこかの世界で生まれ変わっているんだろうか……」

 俺はそんなことを考えていた。悲しんでやるよりも、そんなくだらねえことを考えていた。
 でも、俺は、そんなことしか考えてやれなかった。
 そんなことを考えながら、俺は新聞を斜め読みした。
 
「……『ヴェスパーダ魔王国の魔拳魔王シャークリュウの人類大陸侵攻宣言』……『弱冠十歳の人類の希望・勇者ロア、初陣にて活躍』……『人類大連合軍がついに、四獅天亜人エロスヴィッチと神族大陸にて開戦』……『ハイエルフの絶滅』……」

 体も精神年齢も八歳だった頃は、新聞なんて読まなかった。
 戦争のことも世界のことも、ほとんど知らなかった。
 でも、精神年齢だけが高校生に戻った瞬間、この世界を知れば知るほど思った。

「……くだらねえ……興味が沸かねえよ……」

 この世界には、人間以外にも多くの種族が生息している。そして、その異種族同士の争いが何百年以上も続いている。
 新聞を賑わす、戦争の話や勇者やら英雄の活躍。戦争の美化。英雄募集を訴える軍士官学校の広告。
 この新聞には、株価やらテレビ欄やら会社の不祥事のニュースとか、ましてや芸能人の不倫の話題とか、そんな欄も存在しない。
 あるのは、戦争。英雄が魔族に殺された。勇者が魔族をぶっ殺した。そんなニュースばかり取り上げられている。
 それを読むたびに、まるでピンとこねえ。このエルファーシア王国が平和ボケしているから、戦争を身近に感じないというのもあるが、それだけではない。
 やはり、俺はすべての記憶を取り戻した時から、あらゆることに興味を無くしちまったんだ。
 そんな中で、一度も死んだこともねえような連中が、戦争、正義、大義とかベチャクチャほざいてる。
 くだらねえよ……

「どうしたんだい? ヴェルト。新聞を恐い顔して見て」
「……親父……」
「……その記事……クレオ姫のことかい?」

 新聞を開いたまま無言の俺を、親父が心配そうに覗き込んできた。
 っというか、あの日以来、親父とおふくろにも、俺はどうもうまく接することができない。
 この体は、親父とおふくろの血を引いている。だけど、朝倉リューマという俺自身からすれば、この二人は他人。急にワケのわからない世界に送り込まれた俺の、便宜上の親。そんな風に思っちまうことがある。
 この二人の愛情が、強ければ強いほど、俺はその愛情に対して後ろめたさを感じてしまう。

「ねえ、親父……人って死んだらさ……どこに行くんだ?」
 
 俺は特に意味もなく聞いてみた。こんなもの、一度も死んだこともない親父に答えられるはずがない。
 天国? 地獄? つか、そんなもの存在しねーよ。だって、俺は一度死んだけど、こうやって生まれ変わったし。

「どこ行くかも分からないくせに、戦争やって、正義がどうとか言って死ぬなんて……こんなことばっかやって………バカみてえ……」

 ほら、親父だって俺が急にこんなこと聞いたから困った顔して、テキトーに誤魔化し…… 

「ヴェルト。パパにとってはね……この麦畑は、パパのパパ、それよりもっと先のおじいちゃんたちからずっと受け継いできたんだ」

 ……? 誤魔化すわけじゃない? でも、この話には何の意味が?

「パパは魔法とか苦手だから、世界を命がけで守る勇者になれなかったんだ。でもね、それでもこの麦畑はパパがちっちゃい頃からずっと一緒に居た……パパが命がけでこれからも守っていく所なんだ」

 たかが麦畑……とは言うことができないぐらい、微笑みの中から親父の真剣な想いが伝わってきた。
 すると……

「パパにとってこの麦畑は、パパの命より大切なところなんだよ。でもね、ヴェルト。パパにはそんな麦畑よりももっと大切なものがあるんだ」
 
 命より大事な麦畑より大事なもの? そんなものこの世に……

「それはね、ママとヴェルトだよ」
「……ッ!」
「確かに死んじゃったらどこに行くか分からないね。でもね、パパにも自分が死んじゃうよりも大事なものがこんなにあるんだ。だからね、死んじゃったらどこに行くかなんて関係ないんだよ?」

 死んだらどこに行くかなんて関係ない……何故なら、自分が死ぬよりも大事なものがあるから……死んだ後にどこに行くかなんて関係ない……?

「自分の命よりも大切な人たちと一緒に頑張って生きていく。大切な人たちのために頑張っていく。多分……戦争で戦っている人たちもそんな気持ちなんじゃないのかな? 理屈じゃなくて、……自分の命よりも大切なものがあるから、戦っているんじゃないかな? 死んじゃった後にどこに行くかなんて……そんなに大切なことじゃないんだよ」

 それが、親父の考えだった。
 でも、俺はどうだろうか? 朝倉リューマはどうだろうか? ヴェルト・ジーハはどうだろうか? 

「俺には……そういうものがない……」

 俺は、親父とは違った。今も前世も、自分が死ぬよりも大事なことなんて何も無かった。
 だから今も、生きる意味が見出せなくて苦しい。
 すると、親父は……

「だから、ヴェルトはまだ子供なのかな?」

 いや、俺は精神年齢は高校生なんだよ! と言いたかったが、親父は……

「でも、だからこれから…………一生懸命生きて……やりたいこととか、なりたいものとか、好きな人とか、そういうのを見つけられたら……分かるかもね」

 ああ…………そうなんだよ…………どうして俺がこんなに今の人生に白けているか……今の親父の言う通りなんだ。
 この第二の人生そのものを受け入れてねーから、一生懸命に今を生きることも、やりたいことも、なりたいものも、大切な存在がなんなのかも分からなくなってきている。
 朝倉リューマとヴェルト・ジーハの板挟みにあって、ただ、苦しいんだ。

「まあ、でも! ヴェルトはね、まだまだそんな難しいことを考えちゃダメ! 死んじゃったらどこに行くかなんて、もっとず~~~~っと、おじいちゃんになってから考えなさい」

 そんな時、親父はいつものようにのんきに笑って俺の頭をまたクシャクシャと撫でた。
 でも、素直になれねえ俺は……

「だって、戦争してるし……魔王とか亜人とかに襲われることだってあるかもしれないし……」

 そんなことを言って親父を困らせるようなことを、気付けば言っていた。
 だけど、そんな俺の言葉にも、親父はニッコリと笑って……


「大丈夫だって! 魔王とか亜人が攻めてきたって、パパが退治しちゃうぞ? パパがヴェルトとママを守るから、安心していいんだよ?」


 …………いや、その力がねえから軍隊に入れなかったんだろ……とまでは、流石に言わなかった。
 ただ、ムズ痒く……でも、……親父の言葉は……温かかった。

 
 そして、俺は将来、この体がデカくなってもたまにこの日を思い出し、そして後悔する。


 このとき、もっと親父の言葉を受け入れて、もっと生きようって思えていたら。


 細かいことなんて考えず、頑張って生きて、そして親父やおふくろからの愛情にも、甘えていれば…………


 そう、俺が人生を懸命に生きようと……人生を生きる目標ができたのも……親父とおふくろの想いに対して素直な気持ちになれたのも……


 この日から、二年もかかってしまった。


 そう、二年後。俺が十歳になったその年に全ては始まった。


 運命的な出会いと、別れが同時に俺に訪れたその時に、ヴェルト・ジーハの人生が始まったんだ。
 

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第15話 運命の出会い

 10歳になったある日のことだった。
 それは、いつもと変わらない日になるはずだった。

「ねえ、ヴェルト。ちょっとお使いを頼まれてくれない?」
「えー、めんどくさ」
「お願いよ~。あのね、今度、王都で新しくレストランが開かれるようになったんだけど、そこのマスターに小麦粉が足りなくなったから直送してくれって連絡が来たのよ」

 めんどくさい。子供の足で王都に行くと結構な距離がかかる。だが、どうにか断ろうとすると、後ろから頭を叩かれた。

「いい加減になさい、ヴェルト。男でしたら、それぐらいしなさい」
「こ、このガキ」
「何がガキですの! あなたの方が聞き分けのないガキですわ! というわけで、おばさま、二人で行って来ますわ。お店の名前教えてくださいませ」
「まあ、姫様、いつもいつもありがとうございます」
「いいえ。これもヴェルトがどうしようもないからですわ。ヴェルトにはワタクシがついていないとダメですわ」
「ふふふ、姫様がついていれば、ヴェルトも将来安泰ですね。では、お言葉に甘えてお願いしますね」

 勝手に話をすすめやがって。朝倉リューマの時から、お使いなんてしたこともないっていうのに。

「えっと、確か正門の近くで魔道具屋の隣にできて、お店の名前は『トンコトゥラメーン』っていう名前よ」
「……はっ?」

 意味の分からない名前だ。

「何料理だ?」
「それが、分からないのよ。ただ、聞いた話では誰も食べたこともない料理を出すって聞いたわ?」

 誰も食べたことのない? 何だか胡散臭い。
 正直、俺にとって料理だけが朝倉リューマの時から変わらないものだった。
 牛や豚や魚、野菜もある。ライスやパンも存在する。
 塩や砂糖も存在するため、食事だけが、今はなき世界を思い出せた。
 贅沢を言うなら、醤油や味噌とかあればもっと嬉しいが、作り方を知らない俺には無理な話だった。

「まあ、どんなもんか知らねーけど、分かったよ。パシリぐらいしてやるよ」
「おばさま、行ってきますわ。ガルバは後で誰かを迎えに来させますわ」

 王都にできた新しい飲食店に、小麦粉を届けてくれとおふくろにお使いを頼まれて、フォルナと一緒にその店に、仕方なく行った。

 本当にそれだけだったはずなのに、それが俺の運命を変えることになるなんて、全く思っていなかった。




 
 
 王都に辿り着いて見つけたその店は、とても独特の香り、熱気と油っこさを感じる空気が店内を埋め尽くしていた。
 一緒に来たフォルナは、その店の独特な空気に最初は眉を潜めていた。
 
「ちょっ、ここ、本当に飲食店ですの? あまり気分の良い匂いではありませんが」

 確かに鼻につく。だが、俺はフォルナと真逆のことを感じた。
 非常に食欲をそそる匂いだった。
 いや、それだけではなく、どこか懐かしさを覚えるものがあった。

「入ってみるか」
「うう、仕方ありませんわね。でも、あら? さすがに開店したばかりだと、興味本位で客は居るようですわね」

 店内は満席状態だった。エプロン姿の店員が慌ただしく走り回っている。

「へい、らっしゃーい!」

 豪快な声が聞こえた。それは、店のカウンターの奥に居る一人の男から発せられた。
 油まみれの真っ白い服に身を包み、手ぬぐいを頭に巻いて、勢いよく手を上下にふって何かの水を切っている。

「おっし、六番の席に二丁」
「はい、六番の席にトンコトゥラメーンを二つですね」
「バカ野郎! 前から言ってるだろ! 発音が違う!」
「ひいい、しかし、マスター。その発音難しいですよ。お客さんもみんなそう言ってるし」

 男はこの店の店主。小柄だが強面で、その力強い声は店内によく響き、座っている客たちもみなビクビクしている。

「マスター、あの、またフォークにしてくれって客が」
「マスター、こっちもです。この『オハーシ』というものじゃ食べられないそうです」

 俺は、ヴェルト・ジーハに生まれ変わってから、今日が一番の衝撃を受けた。
 他国が魔族によって滅ぼされたことすら、俺にとっては小さいことだった。
 全身がガタガタと震え上がった。

「坊やたち、二人かい? って、君はジーハさんのところの。それに姫様も! ひょっとしてお母さんのお使いですか? っていうか、相変わらず仲良しですね」

 店員の一人。若い女で、何度か街ですれ違っている顔見知りだ。

「ええ、おばさまに頼まれていた小麦粉ですわ。あなたはお手伝いですか?」
「はい。ここのお店を建てたのが大工をやっているえ私の父でして、その関係でしばらくお手伝いをすることに。お給金も出ますので」
「大変そうですわね」
「そうなんですよ、こんなに大変とは思いませんでしたよ~。それに、マスターって怖くて」
「確かに、随分と騒々しい料理人ですわね。他国の方かしら?」
「みたいですよ。確か、東の方で修行をされていたとか」

 俺には、二人の会話は半分しか聞けなかった。それほど、今の俺は動揺している。

「ミルファ、いつまでくっちゃべってる! お客さんが待ってんだぞ! スープが冷めちまったらどうすんだよ!」
「ひいいい、す、すいません、マスター。でも、ほら、ジーハさんの坊やが!」
「なに? おっ、坊主たちがもってきてくれたのか。お母さんたちの手伝いか? 偉いぞ」

 マスターは油でベタベタになった手で豪快に俺の頭をクシャクシャになでる。
 流石に、フォルナは嫌がって、俺の背後に隠れた。

「ごちそうさまでした」
「ありがとうございましたー、またのご来店をお待ちしてます!」

 席を立った客に大きな声で深々と頭を下げるマスターは、すぐにテキパキと空いた皿を片づける。
 そして、振り返り、ニッと笑みを浮かべる。

「おい、坊主、嬢ちゃん、お礼だ。おっちゃんの奢りだ。食ってきな」

 丁度席が二つ空いたので、お礼に食って行けと言うマスター。

「お礼ですって、どうします? って、ヴェルト? ヴェルト? 聞いてます?」
「……………」

 フォルナは正直戸惑っているが、人の厚意を無碍にしないあたりは子供とはいえ立派なものだ。
 ちゃんと一礼して、イスに座る。
 だが、俺は何も言えず、何もできず、ただイスに座った。

「あの、この小さな棒はなんですの?」
「ああ、そいつは『お箸』って言って、食べるための道具さ。本当は、そいつで摘んで豪快に食うのが一番うまいんだけどな」
「オハーシ? 聞いたことありませんけど、うっ、うまく、持てませんわ。こ、これで食べるんですの?」
「ははは、フォークを出してやるよ。いつか慣れたら食ってみるといい。ほれ」

 俺とフォルナの目の前に、お椀が二つ差し出された。
 お椀の中にあったのは、いっぱいに注がれたスープと細長い糸のようなものが束になって沈んでおり、スープの上には肉がトッピングされている。

「確かに、見たことありませんわね。ヴェルト、あなたの分のフォークですわ」

 俺は、フォークを受け取らなかった。テーブルの上の丸筒の中に大量にあるオハーシと呼ばれる短い棒を二本取り、トンコトゥラメーンを食べた。
 下品だと思われようと、ズルズルと音を立てて吸い込んだ。

「ヴェルト、あなたオハーシをどうして使え……って、お行儀が悪いですわ! そんなにズルズルと音を立てて食べるなんて!」

 構わなかった。俺の口も手も止まらなかった。

「うっ、うううううう」
「は、ヴェルト? ちょっ、あなた、何で泣いてますの?」

 涙も止まらなかった。
 思い出す。朝倉リューマがガキの頃から食べていた。
 学校帰りに悪友たちと寄り道していた。
 体育祭で、学祭で、クラスメートの奴らと打ち上げもしたっけ?

「ぼ、坊……主」

 気づけば、マスターも呆然として俺の前に立ちつくしていた。

「うまい、うまいよ、本当にうまいよ、おっちゃん」

 おいしかった。そして何よりも嬉しかった。
 俺は、もう二度とコレを食うことはないと思っていた。
 誰も、俺の知っているものを知らないと思っていた。
 でも違った。
 だから、俺は確かめる意味も込めて聞いてみた。

「なあ、おっちゃん」
 
 誰も知らないから、朝倉リューマの記憶はそもそも俺の勝手な妄想のようなものとすら思い始めていた。
 でも、違った。
 あるのかないのか分からず、ただ悶々と考えていた俺の故郷はこんなところにあった。
 俺の記憶が妄想ではなく真実だと、こんな形で証明された。
 朝倉リューマも、リューマの居た世界も、そして神乃美奈も、確かに存在していたんだ。 

「お、おお」

 嗚咽と鼻水を懸命に抑えながら、俺はこの世界の誰もが分からないであろう言葉を告げた。

「おっちゃん、替玉ってできる?」
「ッ!」

 今日はこれで店じまいにするしかなかった。
 とても店を続けられるような状況じゃなかったからだ。
 マスターは膝から崩れ落ちて大粒の涙を流し、気づいたら俺たちは抱き合っていた。



 そこから先は大変だった。



 俺とマスターの姿に店内、客も従業員もフォルナも驚いていた。
 そんな周りを誤魔化して、更にはフォルナを言い包めて無理やり先に帰らすのも、本当に大変だった。
 ものすごい事情を聞きたがっていたが、これからの会話は誰にも聞かれたくなかった。
 幼なじみであろうと、血の繋がった両親であろうとだ。
 早々と店じまいしたトンコトゥラメーン屋は掃除と片づけをして、また改めて明日営業を再開する。
 客も店員も全員帰して、今店内には俺とマスターの二人しかいなかった。

「ヴェルト・ジーハくん、十歳だったな」
「おっちゃんの名前はメルマ・チャーシだったな」
「ああ、それじゃあお互い名前を知ってるのに変な話だけど」
「自己紹介するか」
 
 カウンターに二人並んで座る俺たちは、この世界の誰もが理解できない会話を今からするのだった。

「俺は、朝倉リューマ。極川(きょくかわ)高校の二年だ」

 その瞬間、マスターは固まった。

「うそおおおおおおおおおおお!」
「本当だよ。ってか、あんたは?」
「えええ、朝倉? お前、朝倉だったのか! 俺は、小早川だよ! お前の担任の」

 え……ええええええええええええええ!

「なにい! あんた、小早川先生だったのかよ!」

 今度は俺が驚く番だった。

「ああ。おいおい、マジかよ。あのクラス最大の問題児とこんな形で再会するとは思わなかったよ」
「いや、俺もまさか二度と食えないと思っていたラーメンを食えて、それを作った奴があんたとは思わなかったよ」
「しっかし、お前、随分と可愛い姿になってやがるな! 十歳だっけ? 最後に会ったのは高校生の頃だろ?」
「俺だってどうなってんのか分かんねーよ」
「そっか。だが、なんというかもう、あれだ。言葉もないな」
「ああ、そうだな」

 なんと、マスターの正体は俺のクラスの元担任だった。
 よく覚えている。
 根性ある熱血教師で、不良の俺相手にも一切怯むことなく、それでいてよく気にかけてくれていたのを覚えている。
 俺が学校に通うようになってから、嬉しそうにしていたのも小早川だった。

「なあ、朝倉。お前はいつまで覚えてる?」

 いつまで。それは、前世の記憶だ。

「修学旅行でバスが落ちたところまで。二年前に全てを思い出した」
「そうか。じゃあ、俺たちはやっぱりあの事故で一回死んで、異世界で生まれ変わったってことで間違いないんだな?」
「ああ」

 お互い同じ瞬間で記憶が途絶えている。だから、やはり自分たちに起こった現象は同じだと確認できた。

「なあ、先生。あんたはいつ、思い出したんだ?」
「二十歳のころだ。ここから東にあるロルバン帝国のレストランで料理していた頃だ」
「いま、歳いくつだ?」
「三十二歳だ。小早川だった頃は五十一歳だったからな。なんか変な感覚だよ」
「じゃあ、あんた今日俺に会うまでの十年以上も、孤独だったわけか」

 孤独。それは天涯孤独という意味ではない。俺たちにしか分からない言葉だ。

「そうだな。俺は十九でこっちの世界で結婚した。妻は今でもおしとやかで、可憐で、よく尽くしてくれている。だが、記憶がよみがえってから、幸せなのにどこか複雑な気分だ」
「そっか。そういえば、先生は確か元の世界でも」
「ああ。妻と子供が居た。あいつらが今どうしているのか、どんな生活をしているのか、俺が死んでどうなったのか、それだけがいつでも気がかりだ。だが、こんな悩みを誰にも打ち明けることができない。メルマという男に生まれ変わってから、今日初めてした」

 俺はまだ、運が良かったのかもしれない。俺が思い出したのは、たかが二年前。
 だが、この人は十年以上もその苦しみに悩まされてきたんだ。

「でも、まさか不良のお前に再会したことで、こんなに心が救われるとは思わなかったよ」
「ってか、俺も豚骨ラーメン食わされなければ分からなかったよ」
「ああ、ラーメンな。地球や日本の痕跡がまるでないこの世界で、料理人だった俺に出来たのは料理を作ることだ。前世の記憶を頼りに十年もかけてスープと麺を作り出した。インターネットでもあれば、もっと楽に作り方を知れたのにな」
「インターネット! ははは、いいじゃねえか。まさか、あって当たり前だった単語を懐かしいとすら感じまうとはな」

 久しぶりに心を開いて笑った。思えば、何事にも反抗期だった俺にとって、人生で一番嬉しい日なのかもしれない。
 それは、小早川……いや、メルマも同じだった。
 俺たちは日が暮れてようと、いつまでも飽きることなく語り合った。
 そして、何時間も経ち、流石に家に帰らないとまずい時間になり、俺は最後に確認したいことがあった。

「なあ、先生。俺たち以外にも同じようなことになってる奴って居るのかな?」
「……」

 それは、俺たちが再会できたからこそ言えることだった。

「俺は、恐らく即死だった。誰が死んだかは分からない」
「そうだな、確かにあの事故で全員死んだとは限らねえからな。だが、一人だけ死んだと思える奴を知っている」
「なに?」
「俺は、死ぬまでの少しの間は意識があった。意識が無くなる直前に、あいつが力つきているのを見た」

 不謹慎だ。本当は死んでいないほうが良いに決まっている。
 だが、もし彼女が死んで、もしこの世界に生まれ変わっているのだとしたら?

「神乃美奈」
「神乃が? ……そうか……一番死にそうにない子だがな」
「まあ、生きていてくれてるんならそれでいいさ。つか、それに越したことはねえ。だが、もしこの世界に俺たちのように居るなら……」

 会ってやりたい。同じ気持ちを抱えてるなら、救ってやりたい。
 いや、違う。それはかっこつけだ。本当の理由はもっと単純なもの。
 俺が会いたいだけだ。

「お前、神乃のおかげで学校来るようになったからな」
「ぬっ!」
「まあ、本人以外はみんな気づいていたみたいだけどな」
「なっ、ま、マジか! 俺は誰にも言ってねえぞ!」
「見てればモロバレだったからな。だが、事実だろう? あいつがお前を学校に引きずり込んで、お前は変わった。友達も増えた」

 嘘ではない。勿論、喧嘩も続けたし悪友ともつるんでいた。
 だが、普通に学校行事に参加したり、クラスのイベントに参加したりして、周りと打ち解けたのも事実。

「まあ、恩人みたいなもんでもある。そうだな、だから……会いてえな……この世界に居るならよ」

 それに気づいたとき、ずっと無かったはずのものが見えてきた。

「決めたよ、先生。俺は、この異世界を回る。そしていつの日か、神乃を見つけてみせる」

 どうして俺が生まれ変わったのか? 俺はこの世界で何をするべきか。その何かを俺は見つけることが出来た。


 そう、これが俺の人生を変える運命の出会いだった。


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第16話 運命の別れ

 先生と出会って、わずか数日後のことだった。

 それが、俺の運命の出会いの後に続いて起きた、運命の別れの日だった。

 俺は、ヴェルト・ジーハ人生最悪の日をいつまでも忘れない。

 俺が後悔して、何よりも辛く、そして人目も憚らずに泣いた日のこと。

  夕方になり、そろそろ両親が心配しているころだと、足早に王都から家へと帰っている時だった。
 
「えっ?」

 夕焼けの色? 違う。俺の視界に炎に包まれる、俺の家が映っていた。
 一瞬呆けてしまった。事態をまるで飲み込めなかった。
 ただ、気づいたら俺の足は全速力で駆けていた。

「おやじい! おふくろお!」

 何があった? 火事か? 俺が無我夢中で叫んだその時だった。

「ヴェルト、来ちゃダメえ!」

 俺は、おふくろがそんな大声を初めて聞いた。
 だからこそ、来るなと言われれば、余計に行くしかなかった。
 そして、俺は見た。片膝ついて血を流している親父と、涙を流しながら寄り添っているおふくろを。

「来るんじゃない、ヴェルト! 今すぐ、逃げなさい!」

 親父の言葉が耳に入った瞬間、俺の目にはニタニタと邪悪な笑みを浮かべる異形の存在が映っていた。

「ナンダ? ガキ?」

 全身を真っ白い体毛に覆われた、猿のような顔とウサギのような長い耳。手足が異常に長く、つま先から頭のてっぺんまで三メートル近くあるというのに、両腕は地面すれすれまで伸びている。
 亜人だ。一瞬で分かった。

「アブナカッタ。ダガ、火ヲ見テ、王国カラ騎士団コナイウチニ早クスマセル」

 何故、亜人がこんなところに? 何故、俺の家を襲っている? いや、そんなことは大した問題じゃ無かった。
 俺はただ、怖かった。

「全員殺ス」

 亜人がそう呟いた時、親父が鬼のような形相で斧を持って、亜人に飛びかかった。

「うおおおおおお! アルナ! ヴェルトを連れて逃げろ!」
「あなた!」

 ダメだ。勝てるわけがない。親父は戦の経験も無いし、魔法だってからきしだ。
 素の力だけで亜人に勝てるわけがない。
 亜人は親父の気迫をものともせず、その長い手で親父の頭を掴み、そのまま無造作に地面に叩きつけた。

「死ネ」

 俺は怖かった。全身が震えて言葉が出なかった。だが、たったいま、親父が殺されると思った瞬間、おふくろの制止の叫びを振り切って亜人に向かった。

「この、キワモノ野郎ッ!」

 俺は渾身の力を込めた。亜人の頭を強打する。手に伝わった衝撃が、痺れとなって全身を駆け巡る。
 だが、

「ン? 痒イ」

 相手は人間の何倍もの身体能力や肉体の耐久力を持っている亜人。
 子供の細腕で何の変哲もない警棒で殴っても、ダメージがあるはずなかった。

「こんの、コラァ!」

 手応えあり。眉間にカカト落としだ。
 これなら……そう思った瞬間、世界が暗転していた。

「や、やめろお! 子供に手を出すなあ!」
「ヴェルト! いやあああああ!」

 俺もまた親父と同じように頭を掴まれ背中から地面に叩きつけられた。
 全身の力が消えた。呼吸うまくできないうえに、視界も歪む。何よりも全身を痺れさせる痛みが一気に湧き上がり、苦痛の声すら上げられなかった。

「邪魔。早ク殺シテ麦持ッテ帰ル。麦ハ国デ高値デウレル」

 亜人は貫手の構えで俺の真上で構えている。よく見ると、鋭い爪が光っている。振り下ろされたら間違いなく、子供の体なんか引き裂かれる。
 俺は死ぬのか? 二回目の死を迎えるのか? 神乃を見つけると決めた直後に死ぬのか?

「こ、こんのや……ろ……」

 嫌だ。死にたくない。ようやくやりたいことを見つけたのに、こんなところで死ぬのか? それしか何も考えられない。

「ヤダ」

 俺はここで殺される。そう思ったとき、亜人が腕を振り下ろし、俺の顔面に鮮血が飛び散った。

「……えっ?」

 生温かい血が激しく飛び散って俺に注がれる。だが、それは俺の血ではない。

「ヴェルト……逃げ……て……」
「おふく……」
「マ、マが……まも……」

 何が起こっている? 状況は?
 笑顔のおふくろが、俺に覆いかぶさるようにしていた。
 その胴体を、亜人の貫手が貫き、おふくろの血を俺は浴びていた。
 おふくろが……なんで……

『俺は一人で寝るよ。んで、ウザイ』
『パパとママにウザイなんて、お仕置きパンチ! えい! えい! えい!』

 何で、こんなことを今になって思い出すんだよ!

「う、ウソだから! 恥ずかしかっただけだ!」

 俺は何を口にしてる?

「ウザイなんてウソだ! ただ、恥ずかしかっただけだ! 戸惑って、甘え方わかんなくて、でも、ほんとは、ほんとは、俺は!」

 こんなタイミングで、俺は何を言っている? 

「……うん……ヴェル……ト……だい……す、だよ」
「おふくろおおおおおおおおおおおおおおお!」

 何で、俺は泣いているんだ?

「五月蝿イ」

 亜人がもう一本の手を振り下ろそうとする。おふくろごと俺をこのまま殺す気だ。
 だが、

「させるかああ!」
「ンッ」

 親父が亜人の脇腹をタックルして引き剥がした。

「はあ、はあ、ヴェルト、怪我はないか?」

 怪我? 痛みはある。少しは動ける。だが、俺の怪我より、おふくろだ。
 気づけば俺の周りは血だまりができていて、おふくろはピクリとも動かない。
 このままだと、おふくろが死ぬ。だが、親父は何も言わなかった。ただ、唇を強く噛み締めながら、肩を震わせていた。

「ヴェルト。パパがこいつを倒す。その間に、城へ逃げなさい」
「や、でも、おふく、このままじゃ、だって、あぶな、俺」

 口がうまく回らない。言いたいことが何も言えない。何が言いたいかも分からない。

「全員シヌ」

 立ち上がった亜人を見れば簡単に分かる。勝てるわけがない。殺されるに決まってる。

「やだ……逃げねえよ……」

 唯一、俺はそれだけを絞り出せた。だが、その時だった。
 俺は親父に生まれて初めて胸ぐらを掴まれた。

「とっとと逃げろって言ってんのが聞こえねえのか! たまには親の言うことぐらい聞けってんだよ、このバカ息子が!」
「ッ!」
「いけええええええええ! 走れえええええ!」

 逃げないと、ようやく絞り出せた言葉と決意すら簡単に壊してしまうほどの親父の言葉。
 俺は、傷ついた体で、ただ無我夢中で逃げ出していた。

「やだ、誰か、助け、殺される。親父が、親父、おふくろが、おやじが」

 誰が助けてくれ。殺される。誰か助けてくれ。

「ヴェルト……絶対に……パパとママは、いつだってお前を見守っているから……」

 微かにその声が聞こえた。

「誰かー、誰か来てくれー! 誰か、誰か助けてくれ!」

 とにかく俺は彼方に向かって叫んだ。誰でもいいから聞こえてくれと、ただそれだけを願った。すると、遠く離れたところから何かが見えた。それは、何頭もの馬。

「ヴェルトくん!」

 ガルバ護衛隊長と騎士団だ。その姿が見えた瞬間、心の底から安堵して俺の意識はそこで切れた。




―――ヴェルト、世界一愛している



 親父の声が聞こえた気がした。
 そこで、俺の目が覚めた。
 目が覚めたということは、俺はまだ生きているということだ。だが、ここはどこだ? そう思いかけた時、いきなり体に衝撃が走った。

「ヴェルトッ! よかったですわ、ヴェルト!」 

 フォルナだった。ベッドで寝ていた俺に、勢いよく飛びついてきた。
 大粒の涙を流し、体を震わせている。俺の存在を確かめるように、そして絶対に離れないという意思を込めて抱きつかれていると伝わった。

「フォルナ、ここは?」
「城の医務室ですわ。三時間ほどあなたは目を覚まさなくて……ワタクシ、ワタクシ……」

 そうか、俺は助かったんだ。あの時、ガルバたちが駆けつけてくれて、それで……

「ッ、親父とおふくろは!」

 俺の意識は一気に覚醒した。そうだ、あれは全部夢なんかではなかった。
 親父とおふくろは助かったのか? だが、俺が確かめる前に、フォルナは俯いていた。

「ヴェルト、その、おじさまと、おばさまは、あのね」

 やめろ……

「おい、なんだよ、その顔は。親父とおふくろはどこに居るんだよ。ガルバたちが助けてくれたんだろ?」

 助かったはずだ。だから、フォルナ……なんで泣くんだよ……

「ヴェルトくん、目が覚めたんだね?」
「ガルバ! 丁度良かった、親父とおふくろは!」

 ガルバが神妙な顔で俺に歩み寄ってきた。
 だが、俺が質問した瞬間、ガルバは悔しそうに唇を噛み、そして両目をつぶりながら、首を左右に振った。

「すまなかった。私たちが駆けつけた時には……既に……」
「おい……」
「亜人も慌てて逃げたようだが……二人は……」

 そこからら先は、誰が何を話していたか分からない。

「親父とおふくろは、ここに居るのか? なら、会わせてくれ」
「いや、その、君は見ない方がいい」
「いいよ。俺は大丈夫だ」
「しかし」
「頼むよ」

 ただ、俺は二人に会わせてくれと言った。誰かが、損傷が酷いので見ないほうがいいと言った。
 でも、俺は会うと言った。医務室からどういうルートで歩いたかも分からず、城の中をぐるぐると歩き、薄暗い一つの部屋まで案内された。

「……親父……おふくろ……」

 一人にしてくれと俺は言ったが、フォルナとガルバは部屋の中まで付き添った。
俺がそれを了承したかどうかなんて、自分でもどうでも良かった。
 今はただ、寝台に横たわり、血を吸って赤く染まったシーツをかけられている、横たわる親父とおふくろだったモノを俺は見下ろしていた。

「全然、考えたこともなかった」
「ヴェルト?」

 それは、亜人に襲われたことではない。こういう状況になり、自分がこんな気持ちになるということを、考えたこともなかった。

「俺は、朝倉リューマじゃなかったのか? なのに、何だよ、このザマは。何だよ、この気持ちは」

正直、俺は、二人を他人だと思っていた。それなのに、何でだよ。
何で今になって、こんな風に思うようになる。

『ヴェルト、今日はパパといっぱい、遊ぼうじゃないか!』
『ヴェルト、ママに抱っこされるのがそんなに嫌なの?』

親父と遊んだ記憶。おふくろに抱きしめられた記憶。

「血だけ繋がった……たに……ん」

何だよ、この気持ちは。

「他人だったはずなのに……」

 当然だけど、これからはもう家に帰っても親父とおふくろは居ない。
 明日も明後日も、これから何年経とうと俺はもう二度と二人と会うことはない。
 声も聞けない。ウザイと言い合うことも、じゃれ合うことも、甘えることもできない。

「今更後悔してどーすんだよ!」
 
 ただ、涙だけが止まらなかった。

「うっ、ううう、ううう、おやじいいいいいいいいい! おふくろおおおおおおおおおおお!」

血のつながりだけの他人だなんて嘘だ。
やっぱり二人は俺の親で、俺にとって大切な存在だったんだ。

「ぶっ殺してやる、あのキワモノやろう! 必ず見つけてぶっ殺して八つ裂きにして焼いてやる! 山狩りしてでも見つけ出して、ズタズタにしてやる」

 許せるかよ。絶対に。あのキワモノ野郎だけは許さねえ。
 必ず、いつか必ず見つけだして殺してやる。
 そのためなら、死んだって……

「バカなこと考えてんじゃねえよ」

 三人しか居なかった部屋の扉が開き。予想外の人物が入ってきた。
 先生だ。

「先生……なんで……」
「姫様に頼まれたんだよ。一緒にお前の傍に居てやってくれってな。聞いたよ。何があったのかをな」

 フォルナを見ると小さく頷いた。
 余計なお世話……とは思わなかった。正直、誰とも会いたくないようで、最も会いたかった人だったからだ。

「先生、俺、一回も先生に親父とおふくろ紹介してなかった」
「ああ。俺も無理にでも挨拶しに行けば良かったと後悔してるよ。こんなことになるなんてな」

 俺も後悔していた。どうして、めんどくさいとか、照れくさいとか思ってしまったのか。

「なあ、先生。二人は俺を守ってくれた。自分の命と引き替えに」
「ああ、正に親の愛そのものだ」
「死ぬって分かってたのに、それなのに、分かってたはずなのに」
「だが、自分が死ぬよりお前の方が大切だった。二人にとって、お前はそれほどの存在だった」
「……朝倉リューマの両親は……リューマが死んで、泣いてくれたのかな?」
「それは分からねえ。でもな、これだけは覚えておけ、お前はヴェルト・ジーハだ。朝倉リューマは関係ねえ。そして、ヴェルト・ジーハを心から愛してくれている人がこの世界に、お前の傍に居る。それは、紛れもない事実であり、本物だ」

 分かっている。ただ、俺が勝手に壁を作っていただけだ。

「あさく、いや、ヴェルト。俺たちはスッカリ忘れていた。転生しようが、死んだらもう終わりなんだ」

 その通りだ。死んで今までの人生を後悔したはずなのに。

「ああ、そうだな。その通りだよ。死んだら後悔しても遅い。神乃のことで、気づいたはずなのに」

 神乃に、言いたくて言えなかったことを、どれだけ後悔したことか。

「本当はもっと、ガキらしく甘えれば良かったよ……もっと、一緒に居たかった! 本当は俺も親父とおふくろが大好きだった」

 俺は大バカだ。一回死んでも治らないんだ。
 だが、これからは違う。二回死ぬはずだった俺の代わりに、親父とおふくろが死んだ。
 俺はもう二度と、いや、三度も後悔はしない。

「フォルナ……」

 フォルナは何も言わなかったが、本当は俺と先生が何を話しているのかを知りたいと思っている。『朝倉リューマ』とは何なのかと。だが、フォルナは何も聞かなかった。今は聞くときではないと察したのだろう。本当に、子供のクセに察しがよくて、本当に俺を想ってくれている。

「いつか……お前にはいつか教えてやるよ」
「ヴェルト?」
「ああ、教えてやる。それだけは約束だ」

 うまく笑えているかどうかは分からないが、今日ぐらいは泣き虫の子供でもいいだろう。
 フォルナがまた泣きそうな顔をしだすと、俺までつられてしまう。
 でも、今はこう言うしかない

「俺はもう、大丈夫だから」

 泣きじゃくるフォルナを強く抱きしめながら、俺は、親父とおふくろに別れを告げた。






 それが、俺の親父とおふくろとの最後の瞬間だった







「ん、おはよう、親父。おふくろ」
「おじさま、おばさま、おはようございますわ」

 そして、俺は今、フォルナと一緒に、王都の墓地に埋葬されている親父とおふくろの墓の前に来て、手を合わせていた。
 親父とおふくろが死に、先生の家に居候するようになった俺は、こうして親父とおふくろの墓参りは欠かさずに行っている。
 二人のことを本当の両親のように慕っていたフォルナも、いつもこうして墓参りに来ていた。
 朝倉リューマだった頃には無縁だった、「戦争」や魔族や亜人族等の「異種族」の存在。その犠牲になった親父とおふくろ。
 そして、二人の死が、俺にヴェルト・ジーハの人生を軽んじてはならないことを教えてくれた。
 あの日以来、先生も俺のことを、「朝倉」とは一度も呼ばず、俺のことを「ヴェルト」と呼ぶようになり、俺もそれを受け入れた。

「先生には相変わらず怒鳴られるし、フォルナはうるせえけど……俺は、ちゃんとやってるよ。親父。おふくろ」

 二人の守ってくれた命。俺はそれを無駄にしないよう、ヴェルト・ジーハとしての人生を後悔しないように生きる。
 それが、今の俺の気持ち。
 親父とおふくろ。先生とフォルナ。この四人が俺に教えてくれたんだ。

「おじさま。おばさま。ワタクシがついていますので、ヴェルトのことは安心してくださいませ。……最近は、邪魔者が一人増えましたが……ワタクシ、負けませんので、応援をお願いしますわ!」

 そして、何よりも今の俺は、後悔しないように生きるだけではダメなんだ。
 もっと、しっかりとしないといけない。もっと強くならなくちゃいけない。
 何故なら今の俺には……


「ああああっ! フォルナ、貴様、私のヴェルトを勝手に朝早くから連れ回すな!」
「ッ、来ましたわね! 泥棒猫!」


 今の俺には、ある一人の親友から託されたものがある。
 守らなければならないものがある。

「ヴェルト、出かけるなら私をなぜ起こさない! しかも、この女と一緒に居るなんて……」
「メルマ氏の許可は既に得ていますわ! それに、どうして妻であるワタクシが夫であるヴェルトを連れ出すのに、あなたを起こさないといけませんの?」

 墓参りする俺の後を慌てて追いかけてきて、すかさずフォルナと口論を始める銀髪の幼い少女。
 普通の人間とは違う、赤い瞳と尖った耳、そして額から伸びた角は、異種族の証。
 魔人族の娘。ウラ。

 俺が託され、そしてその生涯を守ると誓った娘だ。

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第17話 もう一つの出会いと再会まで

 俺は、その日もも変わらず、油と火にまみれていた。

「なにい、出前?」
「そうだ。お前が前まで住んでいた家の近くの、モタロさんの家だ」
「おいおい、王都の外じゃねーかよ。麺が伸びるぞ?」
「ああ。そう言ったら、チャーハンと餃子とスープでいいってよ」
「たく、このクソ忙しいのに出前なんてシステムを取り入れやがって」
「まあ、安い労働力が手に入ったからな。ちょっくら頼むよ」
「わーったよ。これも特訓だ」
 
 親父とおふくろと死に別れ、先生の家に住み込んで数週間。
店はすっかり王都でも人気になり、昼時や晩飯時は常に混雑するようになった。
 バイトの手も増やしたり、調理経験のある弟子もとったりと、順風満帆だ。
 ある意味、先生は前世の記憶を有効活用して、異世界で十分な成功を収めていた。
 俺はと言うと、まだまだ戦力外のために皿洗い等の雑用ばかりだったが、その日はようやく仕事が一つ増えた。
 それが、先生の取り入れた出前システムだ。

「浮遊(レビテーション)」

 魔法が苦手だし興味はない。そう言っていた俺も、今ではようやくこの魔法だけは使えるようになった。
 物を浮かせる魔法。これ一つ。そして、俺が生涯唯一使うことになる魔法でもある。
 見よう見まねで作らせた岡持ち。朝倉リューマの時にも持ったことがないので、新鮮だったが、手で持つとかなり重い。
 ただ、こういう重い物を運ぶのに便利なのが浮遊(レビテーション)であり、これを何度も繰り返せば練度も上がる。
 俺の訓練にはピッタリなものだった。

「って、まさか先生、俺のプランを聞いて、俺のために出前システムを導入したんじゃ……んなわけねーか」

 俺は既に幼いころから通っていた魔法学校もやめていた。
 でも、それはだらけるためでも諦めたからでもない。やめるにもちゃんとした理由があった。
 神乃を探す。三度も後悔しない。そのために必要なのは力。戦う技術と生き残る術だ。
 まず、直近で必要なのは戦う力。それを手にするためのプロセスを先生には話したんところ、先生は納得してくれた。
 フォルナだけはメチャクチャ渋い顔をしていたけどな。
 でも、俺の意思は変わらない。
そして、俺はやるべきことをやる。それだけだった。

「おっ、坊や」
「おお、武器屋のじーさん!」
「お使いか?」
「まーな」

 偶然すれ違った、武器屋のじーさん。
 学校と魔法を覚えることをやめた俺の戦闘手段は、もはや武器。その武器の相談でたまに会うようになった。

「どうじゃ、あれから改造した武器の方は」
「ああ。まあ、何とかな。使う機会もねーから、効果はワカンネーが」
「ふん。また何かあったら遊びに来い」
「おお。じーさんも店に来いよ。今度一杯奢るからよ」
「坊やが、おっさんのようなことを言うでない」

 初対面の頃は、子供に武器なんて売れないと断られた。
 だが、俺が学校をやめて、武器について相談しに行った際に、素直に頭を下げたら、何だか普通に相談に乗ってくれた。
 じーさん曰く、頭を下げた行為より、俺が前よりマシな目になったからだとのことだが、どの程度変わったかは自分でも分からない。

「おう、ヴェルト。聞いたぞ、宅配を始めたんだってな」
「今度、俺たちも注文するからよ、頼んだぞ!」
「いや、そんなに頼まれても対応できねーよ! 食いに来てくれよな!」

 気楽な門番たちの横を通り過ぎて、俺は久々に王都の外へと出た。
 そう、久々だった。

「そーいやー、親父とおふくろの墓は王都の中にあるし、家のものは全部燃えちまったから……外に出るのはあれ以来だな」

 あれ以来。親父とおふくろを失った日だ。
 別に怖いわけではない。ただ、少しだけ緊張した。
 今、俺はまだまだ弱い。亜人や魔族に襲われたら一瞬で殺される。

「って、バカか俺は。今は魔王対策で、国境も何倍も警備されてるから、バケモンどもが一匹でも入ることはねえってのに」

 だから、大丈夫だ。なのに、何でチラつくんだよ。燃え盛る俺の家が。血まみれの親父とおふくろが。
 いや、そうじゃない。俺はまだビビってるんだ。
 フォルナや先生には大丈夫って言ったけど、俺は大丈夫じゃなかったんだ。 
 そう思うと、足が自然と速くなった。
 早くここから帰りたい。心臓の鼓動が早まるばかりだ。

「はあ、はあ、はあ、ここだ。久しぶりだな、ここに来るのも」

 近所の老夫婦。親父と一緒に何度か会ったことはある。いつもニコニコした仲の良い二人だった。
 親父とおふくろの葬儀以来だから、ひょっとしたら驚くかもしれねーな。
 そんな軽い気持ちで俺は家の扉を開けた。

「おーい、出前持ってきたぞー」

 だが、声は返ってこなかった。
 代わりに、バタバタと慌てる音だけが部屋の奥から聞こえた。

「ッ、じーさん! ばーさん!」

 嫌な予感がした。
 全身の鳥肌がたった。
 気づけば俺は部屋の奥へと走り、そして見た。
 
 じーさんと、ばーさんが床に倒れている光景を。

 その傍らに、長身の、全身真っ黒の鎧に身を包んだ、青髪の赤目で、尖った耳をした謎の人物が居た。
 いや、人ではない。見かけは人だが、違う。

―――魔族だ。

「こ、この、てめ、ら」

 もう、何も考えられなかった。
 何故ここに居る? どうやって、国境を通り過ぎてここまで来れた? 他に仲間は? 目的は?
 全部どうでもよかった。
 あの日の光景がフラッシュバックとなってよみがえり、俺は警棒構えて飛びかかっていた。

「ぶっ殺してやらー!」

 だが、

「危害は加えぬ! 後生の頼みだ、見逃してくれ!」

 端正な顔立ちをした若い魔族は、俺が襲いかかる直前に目の前でありえないことをした。
 土下座だ。
 正直、俺は言った何が起こっているのか分からなかった。
 だが、すぐに気を取り直した。

「何が見逃せだ、ふざけんじゃねえ! ジジイとババアを殺しておいて、何を見逃せってんだ!」
「殺してない! 魔法で眠らせただけだ! 約束する、私はどうなろうと構わない。見逃して欲しい。助けてくれ!」

 何を言ってるんだ、この魔族は?
 この格好。そして腰に差した仰々しい剣。どう見ても魔族の軍人。しかも、重厚な鎧は大量生産品とは思えない。特注品で、それなりに地位の高い魔族のはずだ。
 身長も平均的な男の身長よりも高い。二メートルは無いがそれに近い身長だ。
 どう考えても強い。そして、俺を一瞬で殺せる戦闘力を持っている。
 なのに、何で俺に命乞いしてんだ?

「ルウガ……なに……している……」

 それは、酷く衰弱した声をした幼い声だった。

「ッ、な、なんなんだ?」

 気づかなかった。
 部屋の隅の壁に寄りかかるように、幼い魔族の少女が今にも事切れそうだった。
 長い銀髪に、今にも閉じそうな瞼の奥に光る赤目。そして、人間とは違う尖った耳。
 子供用の小さな鎧を纏い、下は真っ白いスカート。
 俺やフォルナと同じ歳ぐらいに見える。

「ウラ様、喋ってはなりません。ここは私にお任せ下さい!」

 ルウガと呼ばれた軍人の表情、そしてこのウラという子供の容態を見れば、いくら俺でも分かった。

「人間の少年よ、我らは魔族。人間たちの力に敗れてこの辺境まで逃げてきた。魔国へ帰ることもできず、既に兵糧もつき、この方は深刻な状態だ。頼む、食料を分けて欲しい。この通りだ!」

 嘘を言っているようには見えなかった。この必死な形相は真実なんだろう。
 だが、

「勝手なこと言いやがって。拒否したからジジイとババアを眠らせて、力づくで奪おうとしたのか?」
「そ、それはっ」
「どうせ、戦争に敗れて逃げて来たんだろうが、ふざけんな。どうして、俺がそいつを助けなくちゃいけないんだ!」

 正直、俺は魔族に恨みはない。親父とおふくろを殺したのは亜人だ。そんなことも分かっている。
 でも、俺はあれ以来、異形の奴らを簡単に割り切れない。

「すまなかった……だが、分かって欲しい。確かに私は戦争で人間を殺した。だから、敗れた以上、死すら受け入れよう。だが、このお方は別。絶対に死なせてはならないお方だ。お願いだ。食料を分けて欲しい。そうすれば、黙って帰る」

 ふざけんな。

「ざけんじゃねえ! テメーらの約束なんか信用できるか!」

 俺は土下座したまま顔を上げたルウガの頭に、カカト落としをした。
 子供の力とはいえ、頭部への一撃だ。僅かにルウガの表情が歪んだ。

「どうせ生き延びたらまた人間殺すんだろ! そのお嬢様が何者か知らねーが、今この場で……」

 その時だった。
 ルウガが腰元の剣に手をかけた。
 抜いて殺す気だ。俺もやっぱバカだ。
 大人しくビビってメシをやれば助かったかもしれないのに。
 でも、あの時みたいに、怯えて逃げ出したくなかった。
 俺は殺される。そう思ったとき、俺は自分の目を疑った。

「お、おいおい、何を……」

 鮮血が飛び散った。だが、それは俺の血液ではない。
 魔族の証明でもある、青い血。
 ルウガが自分の左腕を斬り落としていた。
 砕けたガンレットごと、左腕が床に転がった。

「貴公が望むのなら、この右腕も斬り落とそう。こんな形でしか私の気持ちを証明できないのが心苦しいが……たのむ、この方にどうか慈悲を」

 殺して奪えばいいじゃないか。だって、俺はお前なら一瞬で殺せるザコだろ?
 騎士道精神のつもりか? 魔族が? ただの泥棒だと思われたことでプライドに触ったのか?
 いや、違う。こいつはそういうことを考えてやったわけじゃない。
 ただ必死に、この死にかけの魔族の娘を助けたいだけなんだ。

「は~……俺も小さいね~、……器が」

 こいつは本物だ。見ればすぐ分かる。
 なのに、亜人に対する恐怖から、人間と違うという理由だけで俺は魔族にビビッた。
 恨みなんてねーし、心を殺してまで見捨てる理由もねーのに。

「今日、俺がやったことは、死ぬまで人類には内緒にしてろよな」

 岡持の蓋をあけて、チャーハンと餃子とスープをルウガの前に置いた。

「恩に切る!」

 ルウガは安堵の表情で、額を床に再び擦りつけ、即座に倒れている少女の下へ駆け寄った。

「ウラ様、口を開けて、ゆっくりです、ゆっくり噛んで飲み込んでください」
「うっ、うう…………」
「慌ててはダメです。ゆっくりです」

 最初はゆっくりだったが、ウラという娘も徐々に口が動くようになる。よほど腹が減ってたんだろう。顔も徐々に生気が満ちてきた。
 その様子を見ながら、ルウガは今にも泣きそうで、嬉しそうな表情だ。何度も「よかった」と呟いている。

「あーあ、これで人間が滅んだら俺の責任になんのかな?」

 少し憂鬱にもなった。だが……

「あっ…………」
「ん?」
「……あり……がとう」

 ウラのか細いが、確かに言った「ありがとう」という言葉。
 まあ、悪い気はしなかった。

「さて……じーさんとばーさんにも、起きたら誤魔化さねえとな……」

 じーさんとばーさんをベッドに寝かせた。
 よく眠っている。特に怪我もなさそうだし、安心した。




 それから、三十分後ぐらいだろうか?

「少年、此度のことは言葉もない。本当に、感謝する」
「お前のおかげで私は助かった。心より礼を言う」

 リビングで落ち着いているルウガと、何とか生き返ったウラ。
 とりあえず、助けたけど殺されるという展開はなさそうでホッとした。

「少年の名は?」
「ヴェルトだ。てか、少年って、お前も同じぐらいだろうが?」
「む、ん、まあ、そうだが……」
「ちなみに、お前は何歳だ? 実は一万歳とかじゃねーよな」
「何をバカな。私はまだ生まれて十年しか経っていない。まさか魔族が不老不死などという迷信を本当に信じているわけではあるまいな?」
「ああ、俺とタメなのね。俺も十歳だ」

 なんか、ウラを見ているとフォルナとダブった。
 ガキのくせに大人顔負けで偉そうなところが。
 だが、本当に似ているのは、オーラというか漂う気品? 
 ただ、相手が魔族という理由だけでなく、どこか別世界に居るような身分の存在に感じ取れた。
 流れる銀髪も、これまでの過酷な道のりからか整っていない。傷ついた鎧や衣類もボロボロだ。
 だが、それでもウラ自身に感じる何かを損なうモノではなかった。

「ははは。そうか、ヴェルト殿はウラ様と同じ年齢であったか。その年齢で魔族である私に向かってきた勇気、そして慈悲、種族は違えど感服する」
「なんかそう言われると心が痛む。つーか、俺はもともと見捨てるつもりだったし」
「それでも救ってくれたではないか」
「あんたの腕と引き替えにな」
「なら、安い物だ」
 
 本当にご立派なことだ。昔はこういうタイプは堅物とか、かっこつけとか思っただろうが、今では普通にかっこいいと思っちまった。
 そして、これほどの男が命を懸けるウラ。
 こいつらの正体に、俺は興味が沸いた。
 
「んで、結局お前らは何なんだ? どこの魔王国軍だ?」
「おお、そういえば、まだ名乗っていなかったな。我が名はルウガ。『七大魔王』の一人、『シャークリュウ』様率いる『ヴェスパーダ魔王国軍』の兵士であり、現在はこちらのウラ姫様の親衛隊隊長を努めている」
「そして、私がウラ。ウラ・ヴェスパーダ。七代魔王シャークリュウの娘にして、ヴェスパーダ魔王国の姫だ」
「ってか、ヴェスパーダってどっかで聞いたことあるような、ん? シャークリュウ?」

 俺は椅子ごとひっくり返った。
 ファルガについこの間、聞いたばかりの単語だ。

「て、てか、ななな、七大魔王の娘だあ? お、お前、魔王の娘だったのか?」

 七大魔王。この世の頂点に君臨する七人の魔王。そんなもの、俺だって知っていた。
 いや、妙に納得してしまった。たしかに、魔王軍が近づいてきていることは聞いていた。
 ウラの正体も魔王の娘と考えれば、ウラ自身に感じたものや、ルウガの忠誠心も分からなくもない。
 でもさ、偶然助けたのが魔王の娘とか、俺はかなりヤバイことをしたんじゃないか?

「つか、ヤバ、えっ、なに? まさか、お前らこの国を滅ぼしに来たんじゃねーだろうな! つか、国境付近は軍が待ちかまえてるのに、どうやって抜けて来たんだよ!」

 助けてしまったものの、こいつらの目的次第では話が変わる。
 いや、俺の半端な気まぐれで助けた命が、この国を滅ぼすことにだってなりかねないんだ。
 そう思うと自然と俺の心の奥底から敵意があふれ出たが、ルウガとウラは慌てたように俺を制す。

「待ってくれ、私たちはこの国に対して侵略や攻撃などをする気はない。それどころか、我々にそんな勢力はもうない!」
「すまぬ、ヴェルト殿。まずは我々のことを話さねばなりませんな。その、ボルバルディエ王国のことは知っおられるか?」
「ボルバルディエ……確か、ついこの間滅んだって国だよな……? ヴェスパーダ魔王国が……テメエらが滅ぼした……」

 勢力はない? どういうことか分からないが、そう言ったウラの表情は酷く暗かった。

「まず、我々は魔王シャークリュウ様の号令の下、我々はボルバルディエ王国と戦をし、そして滅ぼした。ヴェルト殿と同じ人間も数え切れないほど殺した。勿論、降伏したものや戦えぬ市民は保護したが……いや、それは言い訳だな」
 
 滅ぼした。そう言われたところで、俺にはピンと来なかった。
 一つの国が滅ぶなんて、俺には想像もつかないほどの出来事だ。
 いや、想像もしたくもない。フォルナや先生や、みんなの居る国が無くなるなど、考えただけで怖くなる。
 ルウガは、俺に気を使おうとしているようだが、その気使いも何だか痛かった。

「まあいいや。あの国に知り合いは、いねーし」
「ん? 随分と楽観的だな。私はてっきり、人殺しと罵られるかと思ったが」
「ああ? どうせ、言ったって、戦争がどうとかうんたらかんたら言うんだろ? 俺には興味ねえ。自分の知り合いに危害がねえかぎりはな。んなことより、続きを聞かせろよ」

 いちいち怒ったり狼狽えたりするのも、何だか違う気もした。
 だから、俺はせいぜい、気にしていないように振る舞うことしかできなかった。

「そうか。続き、うむ、我々ヴェスパーダ魔王国軍は、ボルバルディエ国を攻め滅ぼした後、帝国に進撃した。しかし立ちはだかった『人類大連合軍』、そして『勇者』の前に敗れて、敗走した」
「なに? なんだよ、あの勇者って魔王も倒したのか? つくづくお利口さんだね~」
「負けたことは否定しない。勇者は強かった。魔王様とあれほどの死闘を繰り広げられる人間が居るとは思わなかった」
 
 ルウガとウラは言いながらもどこか悔しそうだ。そりゃあ、自分が仕える男、そして自分の父親が敗れたんだ。素直に相手を認められない気持ちも分かる。

「んで、魔王は死んだのか?」
「いや、討ち取られる前に我々は恥を覚悟で一騎打ちからシャークリュウ様を連れだし、そのまま撤退した。追撃も激しく、多くの仲間が討ち取られたが、何とか魔王様は守り切れたはず。だが、我々は途中でバラバラになり、ウラ様の親衛隊で生き残ったのも私だけだ」
「ふ~ん、そうやって逃げまくって、気がつけば腹ぺこで、こんな辺境まで逃げたのね。ご苦労なこった」
 
 なるほど、そういうことか。
 ファルガが、魔王がこの国の方向へ向かっていると言ったのは、敗走した魔王が逃げてきているということだったのか。

「ッ、私は何も出来なかった!」

 話を終えた途端に、ウラが悔しそうに床を叩いた。

「いつの日か、兵を率いるときのためにと無理矢理父上に同行したものの、目の前で倒れる同胞や親衛隊、みんなが苦しみ命を落とす中、私は何もできなかった!」
「ウラ様……………」
「何が姫だ! 戦場の空気を知りたいなどと生意気にもついていき、それなのに、私は!」

 悔し涙。それは、人間に負けたことよりも、自分自身の無力さへの悔しさに見えた。 
 何だかその姿が、親父とおふくろが死んだときの俺にダブって見えた。

「すまない、ヴェルト殿。ウラ様は初陣でな。勿論戦ってはいないし、人も殺めてはいない。だが、目の前に漂う圧倒的な死の空間、絶望、赤と青の入り交じった夥しい血の海を目の当たりにされたのでな。幼い頃から私と共に姫様を守り続け、時には共に笑いあった者たちも戦死した」

 正直な話、泣かれても困った。人間を殺しに来た魔族が、人間に負けて泣かれても、人間の俺にはどうすることも、かける言葉もないからだ。
 戦争なんてまるで知らないし。

「俺に言えることは何もねーよ」
「ヴェルト殿?」
「とにかくだ。俺のボランティアもここまでだ。じーさんたちが起きる前に出てくんだな。そして、エルファーシア国には絶対に来るなよな」

 触れないこと。関わらないこと。今の俺に出来ることはそれしかなかった
ルウガも、そしてウラもそれぐらいは察した。
 ただ、黙って頷いてくれた。

「確かにそうだ。すまなかった。私のグチをお前に言っても仕方なかった」
「ワリーな。説教も優しい言葉も苦手でな。それほど立派な人間でもねーし」
「ふっ、少し面白いな、お前。何だかんだで、私は勇者をこの目で見たが、実際に話はしていない。だから、同年代の人間と話をしたのはこれが初めてだ」
「おお、そうか。まあ、俺も生まれて初めて喋った魔族の女が魔王の娘とは思わなかったよ」

 これ以上、話すことは何もないし、余計なことも互いにしない方がいい。
 ここで俺たちがどんな話をしたり、お互いをどういう印象を持ったとしても、俺が人間でこいつらが魔族であることには変わりないからだ。

「最後に礼だ、この指輪をお前に」

 ウラが小さな指から、嵌めていた指輪を外す。
 美しい緑色に輝く宝石が填め込まれている。

「世界三大宝石竜・エメラルドドラゴンから取れた鱗を加工したリング。人間の世界でも売れば一生金には困らないだろう」
「えっ! ま、マジで? んなバカ高いもんくれんのか?」
「ああ」

 おお、意外な副収入が入ってしまった。てか、何やかんやで億万長者か?
 さっきまでシリアスだった俺の思考も、俗物的な思いが浮かび上がっていると気づくと、少し情けない気もした。
 まあ、くれるっていうなら貰っても問題はないだろ。
 だが、これを受け取るということは、同時にあることを示しているとも言える。

「なるほどな。これをくれるってことは、つまり……………もう、貸し借りはなしってことか?」

 次に会うときは、再び人間と魔族として……………そういうことだろう。
 ウラもそう考えていたんだろうが、俺に問われるとは思っていなかったのか、少し複雑そうな表情だ。
 十歳のガキに意地悪な質問だったかもしれないが、それでも俺には必要な確認だった。
 すると、気まずい雰囲気を和まそうと、黙っていたルウガが割って入った。

「それはさておき、ヴェルト殿は面白い武器を使っているな。それは、亜人の教鞭だったと思うが」

 ワザと明るい声を出しているのはモロバレだが、まあいいだろう。

「ああ。俺は変わった奴なんでな。ちなみに、これはァ、教鞭ってより、俺にとっては……警棒かな?」

 ウラに聞かなくても、もう答えは分かっている。だから、俺もこれ以上は聞かないことにした。 

「そうだ。変わっているで思い出した。先ほどはあまりにも緊急だったために流したが……………」
「あん?」
「ヴェルト殿が私の頭部を蹴った、あの蹴り方だが……………」
「ああ? 土下座したお前を蹴った、カカト落としか?」

 何だ? やっぱ痛かったのか?
 だが、俺の言葉にルウガもそしてウラも意外そうな顔を浮かべた。

「カカト落とし? 驚いた。偶然蹴り方が同じだっただけかと思っていたが、ヴェルト殿はカカト落としを知っているのか?」
「はあ? 知ってるって、そんな特殊な蹴り方でもねーだろ?」

 いや、武器や魔法で戦うこの世界では珍しいのか? 
 朝倉リューマの時は、空手をやってなかった奴でも有名だったが。

「いや、特殊な蹴り方だ。あれこそ、我が魔王、シャークリュウ様の得意とする必殺技でもある」
「くははは、マジで? 魔王がカカト落としとか、ギャグか? 空手でもやってたりしてな」

 ちょっと面白かった。
 魔王の戦い方とか、全然知らないが、強大な魔法で天変地異を起こすとか、魔王剣的なものでとんでもねー破壊力のある技を出すとか思っていたのに、カカト落としとかギャグだろ?

「ッ! バカな! なぜ、ヴェルト殿が魔王様の秘拳・カラーテを知っている!」

 えっ?

「父上は体術のみで魔国全土に名を馳せた。その父上が編み出した、父上のみが扱える独特の拳技、カラーテの名を人間のヴェルトが何故知っている?」

 空気が変わった。ルウガも、ウラも。
 そして今の発言を聞いた俺もだ。

「魔王様はカラーテの名はごく一部の者にしか語っていない。ヴェルト殿、失礼だが、そなたは一体どこでその名を?」

 俺の頭がグルグルと回り始めた。
 俺が空手を知っている理由なんて簡単だ。
 空手は朝倉リューマの世界の格闘技だからだ。
 だからこそ、俺は逆に聞き返したかった。どうして、魔王が空手を知っているのか。使えるのか。
 今、俺の中で色々な仮説が出てきた。だが、そんなことが本当にありえるのか?

「ウラ、お前の親父が空手を編み出したのか? 誰かに習っていたんじゃなくてか?」
「いや、そんなことはない。それに、カラーテの存在を知り、父上にその技術を習っているのも、素質を見込まれたごく一部。私もその一人だが」

 魔王が空手を使える? 知っている? 何でだ?
 いや、空手を使えるのが、本当に魔王しかいないというなら、答えは一つだけ思いつく。
 だが、そんな嘘みたいなことが……………

「おい、魔王は生きてるんだよな? 今、どこにいる」
「それは……………知ってどうする? 連合軍に知らせるか?」
「俺はその魔王と、古い知り合いかもしれねえ」
 
 確かめずにいられない。
 正直、危険だというのは百も承知だ。
 先生には、朝倉リューマにこだわりすぎるなとも言われたが、それでも俺はどうしても確かめずにはいられなかった。


「そういえば、朝倉リューマのクラスに一人だけ、空手部の奴が居たっけな」


 どうしても、俺は昔を思い出さずにはいられなかった。


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第18話 運命の再会二番目

「知らなかった。こんなところにデカイトンネルが掘られて居たとはよ」

 どこまでも続く暗闇の世界は、ルウガの魔法で灯した小さな火で照らされている。
 王都の東に位置する魔獣の森。俺の住んでいた麦畑からはかなり離れている。
 普段、人間はあまり近寄らず、魔獣も森の奥深くに生息しているために人間の生活に足を踏み入れない。
 そんな森の中に、一見洞窟のようなものがあったかと思えば、そこは奥へ行くたびに道が整備され、拡張され、幅も高さも一個隊が通るには十分なほどのトンネルができあがっていた。

「これを魔族や亜人が使ってたわけか」
「使ったのはつい最近だ。そもそもこのトンネルを作ったのは、ボルバルディエ国。つまりヴェルト殿と同じ人間だ」
「な、なにい?」
「ボルバルディエ国は軍事作戦と他国の情報収集などを目的に、大陸の至るところにトンネルを拡張していた。同胞である人間たちの国に対してもな。だが、それが最近になって我々の国にまで到達しようとしていた」
「なるほど、だから滅ぼしたわけね。ついでに、トンネルも全部奪っちゃえば、莫大な利益を得られる」
「その通り。我々はボルバルディエのトンネルを逆手に取り、トンネルを使ってボルバルディエを一気に攻め滅ぼした」
「容赦ないな。んで、お前らはせっかくそんな勝利を収めたのに、ソッコーで勇者に負けた訳か。なんかそれもカワイソーだな」
 
 ひょっとしたら、俺たちの国はボルバルディエに滅ぼされた可能性もあるのか? まあ、この時代に同種族同士の争いはタブーなところもあるし、考え過ぎか。

「魔王様たちとは、トンネルを使って逃走中にはぐれた。我々もトンネルの中を彷徨いながら、結局残ったのは私とウラ様だけだった」
「それで、俺たちはこうやって結構歩いてるけど、魔王がどこに居るか分かってるのか?」
「それは大丈夫だ。我々はトンネル内ではぐれた同胞を待つときに、このように何かの合図やメッセージを残すようにしている。本当は私とウラ様もこれに従って魔王様と合流する予定だったが、大幅に時間を取られ、度重なる疲労と空腹でウラ様が限界だったため、急遽地上に出たのだ」

 洞窟の壁際に、平らな石が何段にも重なって置いてあるものを発見した。それは、意図的に積み重ねられたもので、魔族同士の暗号のようなもののようだ。

「もう少しすれば、奥に大空洞がある。そこで恐らく拠点を作って、生き残った兵を休め、他の兵の合流を待っているはずだ」

 今になって思ったが、俺は本当に大丈夫だろうか? 
 短い時間だが、ルウガとウラに敵意はない。
 だが、これから向かうのは戦に敗れて疲弊しきっているとはいえ、多くの人間を殺した魔族たちだ。
 また、魔族たちも人間に大勢の仲間を殺されている。
 バレたら殺される? いや、そもそも魔王の正体が俺の見当ハズレだったらどうする?
 徐々に命の危険を感じ始めた俺だったが、感じるのが少し遅かった。
 暗闇の奥に光と気配、そして声が聞こえる。一人二人、十人などというレベルではない。
 そこには俺が生まれて始めてみる光景があった。

「ついた。良かった。どうやらまだここでキャンプを張っていたようだ」
「ヴェルト、フードをかぶれ。絶対に顔を見られるんじゃないぞ」

 広々とした大空洞のスペースには、人外の姿をした化け物たちがキャンプを張っていた。
 見張りをしている者、地面に腰を下ろしてくつろいでいる者、武器を磨いている者、酒を飲んでいるもの、そして傷だらけになり横たわっている者たちの列。
 キャンプ場と野戦病院が融合したような場所。
 当然だが、人間は一人もいない。
 人間に近い姿形をした、魔人種。獣でも人間でもない、鬼に似た姿形をした化け物。

「あ、あなた様は!」
「全軍に知らせよ。ウラ様がご帰還されたと」

 見張りの魔族が涙を流しながら、拝手をする。
 右拳を突き上げて、よく響く洞窟内で、限界まで大声を張り上げた。

「ウラ様とルウガがご帰還されたぞー!」

 張り上げられた声に、誰もが体を起き上げて振り返る。
 その瞳に、ウラとルウガを捉えた魔族たちは、徐々に表情が崩れ、震えるような涙を流した。

「ウラ様! よくぞ、ご無事で!」
「さすが、ルウガ殿! 見事に姫様をお守り、う、うううううう!」
「ささ、ウラ様、こちらへ。シャークリュウ様がお待ちです」

 魔族でも泣くんだな。むさ苦しい雄の魔族たちが、傷だらけの体を引きずって、姫の帰還に喜んだ。
 人間を殺しまくった魔族を前に、こんな感情を抱くのは間違っているかもしれないが、俺は泣いている魔族たちを見て「まあ、よかったんじゃね?」と軽く笑みが浮かんだ。
 だが、その直後、俺の全身が硬直した。


「ウラ、そしてルウガか」


 息が苦しくなった。一歩一歩近づいてくる足音、近づいてくるプレッシャー。
 敵意など何もないのに、戦場故に気を張っているのか、存在感がまるで違う。
 名乗らなくても分かる。他の魔族とは桁違いの存在感。

「こいつが、魔王?」

 小声で確かめるように俺は訪ねた。だが、同時に少し目を疑った。
 確かに、近づいてくる魔族は別格の存在感がある。
 しかし、その容姿は人間に近かった。
 身長も人間の平均男性と同じぐらい。特別体格がいいわけでも細身なわけでもなく、普通。
 顔つきも二十代ぐらいに見え、黒髪の長髪。
 尖った耳と、赤い瞳が無ければ、魔族に見えない。

「ウラ、そしてルウガ。よくぞ戻ったな」

 魔王を前にして即座に片膝をつく、ルウガとウラに対し、魔王の雰囲気は僅かに穏やかになって二人に声をかける。

「ルウガ。よくぞ、ウラを守ってくれた。言葉もない」
「はは、ありがたきお言葉! シャークリュウ様もよくぞご無事で!」

 涙を堪えながら額を地面に擦りつける、ルウガ。その肩を魔王は優しく叩いた。
 その労いに、ルウガは体を震わせて泣いた。
 そして、

「さあ、ウラよ。その顔を父によく見せてくれ」
「父上」
「少しやつれているな。辛かったであろう。苦しかったであろう」

 魔王は、優しくウラを抱きしめた。強気なウラも少し恥ずかしかったのか、身を捩ろうとしたが、やはりまだ子供。
 父の元へと帰ってきた実感が沸き、瞳を潤ませながら魔王の首に手を回した。

「う、ううう、父上、みんな、みんな私を守って、ロイヤルガードの、ルンバ、バルド、ジョンガ、みんな、みんな、人間に殺されました」
「そうか。あやつらは逝ったか」
「父上、私は悔しいです。何も出来なかった、自分が! 弱い自分が!」
「ああ、分かっておる」

 気づけば、二人を囲むように大勢の傷ついた魔族たちが涙を流していた。
同胞の死に対する悲しみ。敗戦の悔しさ。人間への恨み。
 生まれて初めて見た魔族が、まさかこんなタイミングになるとは思いもよらなかった。

「ウラよ。悔しいのは我も同じ。勇者の小僧に及ばなかった。最強の軍勢、最強の配下、そして我の最強の魔拳を持ってしてもこのザマよ」
「ッ、父上、我々はまだ負けてはおりません! 父上が健在であれば、我らは滅びません! 体制を立て直し、いずれはこの恨みを人間たちに!」

 自分たちはまだ負けていない。魔王もまだ健在である。魔王の声一つでこの軍団は今すぐにでも雄叫びを上げるだろう。
 だが、

「いいや、ウラよ。我らは負けたのだ」

 魔王の口から出たのは、意外な言葉だった。

「ち、父上!」
「勇者は見事な小僧であった。何の駆け引きもなく、脆弱な身でありながら、我と正々堂々と戦った。そのあまりの真っ直ぐな心、我は敵でありながらも心を奪われた。そして、負けた。力と力だけでなく、心でもな」
「そ、そんな、やめてください! 父上のそんな言葉は聞きたくありません」

 良くも悪くも戦争は王の言葉次第。王が戦えといえば、相手が神でも悪魔でも進軍し、敗北を認めればそれまでである。
 この場に居た魔族たちの心を僅かに支えていたものも、みな崩れ落ちたかのように下を向いている。

「では、我が国の民はどうされるのです? このままでは、近隣の魔国に吸収され、我らの国が滅んでしまいます!」
「そうだ。もう、終わりなのだ。我らの国は、ボルバルディエ国と同じ末路になる」
「そんな! な、なにを、なにをおっしゃいますか!」

 ウラは、魔王が抱きしめる腕を引き剥がし、幼いながらも怒りを浮かべた目で睨む。

「では、殺された同胞は、仲間は、彼らの無念の魂はどこへ行くとお思いですか! この世界を汚し、増殖し続ける愚かな生物である人間を滅ぼすことこそが、彼らの魂魄への手向け。それが我らの使命です!」

 一応、俺は人間なんだけどな

「そうだな、ウラ。我も人間という生物を許す気はない」
「でしたら!」
「だが、我を上回る力と心を持った幼き勇者は言ったのだ。人間を信じて欲しいとな」

 魔王は目を細める。恐らく、自分が戦った人間のことを思いだしているんだろう。

「ここまで逃げ延びてきて、我は少し考えていた。何が最前かを。今の我に何ができるかを。勇者の正義の一撃で、この体の傷もそう簡単には治らん。生き残りを集めたところで、戦況を覆すことも不可能。このトンネルの出口のほとんどは既に人間たちに把握され、いずれ我らは見つかる」
「父上、では父上は、大人しく降伏しろと仰るんですか! 勇者を信じろと!」
「それがどうなるかが分からぬ。いかに勇者とはいえ、大衆の流れには逆らえぬだろう。降伏しても、恐らく我ら一族は打ち首。軍幹部も同じ。さらに、兵は皆、捕虜となり、生涯牢に捕らえられるか、奴隷になるかもしれん。それが、読めぬ」

 何となく、話は分かった。魔王はもう、抵抗する気はないんだ。これ以上戦っても、全滅は免れないと確信しているんだ。
 だが、相手の出方が分からないから、行動できないのだ。なぜなら、せっかく降伏しても全員が処刑、もしくは死ぬ以上の苦しみを味わうかもしれない。
 魔王は、勇者は信じられるかもしれないと思っているが、人間を信じられるかと問われれば、まだブレているんだろう。
 何だか、難しい話になってきたようだ。

「あ~、お取り込み中に悪いんだけどさ、そろそろ俺の用事も済ませていいか?」
 
 早いところ、俺の方も決着をつけた方がよさそうだ。
 俺は、辺りが静まりかえる中で、意を決っして手を挙げた。
 勿論、注目されてしまった。

「そういえば、先ほどから気になっていたが、そのフードを被ったのは誰だ?」

 魔王の言葉に、ウラとルウガが焦ったように俺の前に立つ。

「ま、魔王様、こ、こちらの方は、ウラ様の命を救っていただいた方で、我々の敵ではなく、その~」
「ヴェルト! 後でお前の願いは聞くから、ここは大人しくしろ!」
「あー、なんかもう、雰囲気的にやばそうだから今すぐハッキリさせときたいんだよ。だから、ワリ」

 俺はフードを取った。その瞬間、お通夜状態だった魔族たちに衝撃が走り、次の瞬間怒号が飛び交った。

「に、人間の子供だ! なんで、人間がここに居るんだよ」
「俺たちを殺しに来たのか? それとも追っ手か!」
「子供だからって容赦しねえ。勇者だってこれぐらいのガキだったんだからよ!」

 受け入れがたいか。まあ、そりゃーそうだろ。てか、殺されねーよな? ルウガとウラ、フォロー頼む。

「静まれい!」

 さすが、ルウガ。その声一つで魔族たちの怒号がピタリとやんだ。

「確かにこの少年は人間だ。しかし! 彼は危険を承知で瀕死のウラ様をお救い下さったのだ! 我ら魔族の恩人に対し、無礼な真似をするな!」

 事情を知らなかった魔族たちの間にどよめき、そして戸惑いが流れる。
 そりゃー、信じられないのも無理はない。それに、子供とはいえ俺は年齢的には勇者とそれほど変わらないらしい。
 子供だから大丈夫というわけにはいかないだろう。
 よっぽど器がでかくないかぎり。

「それは、本当か?」

 魔王が口を開いた。

「その通りです、父上。ここに居るヴェルトに、私は救われました。それに、ヴェルトはエルファーシア王国の人間。此度の戦と何の関係もありません」

 ウラも俺を守るように魔王へ事情を説明する。その瞬間、魔王から漏れていたプレッシャーがほんの僅かだけ緩んだ。

「そうか。ならば、礼を言わねばならんな、小僧。現在の世の流れとしてお前と馴れ合うことはできんが、一人の父としてお前に礼を言おう」
「あ、あ~、いーよ、別に。状況によっては見捨てるつもりだったし」
「褒美を取らせよう。貴金属ならば、お前たち人間の世界でも高値で売れよう」

 そう言って、魔王は自分の指にはめている指輪を抜こうとする。美しい緋色に輝く宝石を埋め込まれている。
 宝石に知見が無くても分かる。メッチャ高そうだ。
 って、そんな場合じゃなかった。

「待ってくれ。それはそれでありがてーが、俺がここに来たのは褒美を貰うためじゃなくて、魔王様に聞きたいことがあったからだ」
「ん? 聞きたいことだと? それは、どうして戦争をするかなどの類のものか?」
「いやいやいや、そんな高尚なこと聞かねーよ。そんなもんお互いの事情なんだろうから、俺には興味ねえ」

 そう、俺が聞きたいのは、いや、確かめたいのは一つだけ。

「今からスゲー変な質問するけど、意味分かんなきゃそれでいい。俺は黙って帰るよ」
「かまわん。言ってみるがよい」

 少し緊張してきた。っていうか、実際に確かめて本当だったらどうしよう。
 だって、魔王だろ? どんなリアクションを取れば~~


「あんた、空手部の鮫島(さめじま)か?」


 どう出る?
 あまりにも唐突で意味の分からない質問に、ウラもルウガも他の魔族もキョトン顔だ。
 で、魔王はというと、

「……………………小僧」

 一瞬、波一つたたない浜辺のように静まりかえったかと思えば、

「どこで……………………どこでその名前を知ったああああああああああああああああ!」

 漆黒のオーラが洞窟内を埋め尽くすほどの禍々しさを増し、俺を押しつぶしそうだ。
 
やべえ、マジで怖い。

でも、どうしてだろうな。
 
 親父とおふくろを殺した亜人よりも何倍も強いはずのこの魔王を、怖いと思っても、死への恐怖は感じなくなった。
 それは、今ので俺の中で、こいつの正体を確信したからだ。

「父上、どうされました、父上!」
「魔王様、お気を確かに! ッ、ヴェルト殿、何だったんだ、今の問いかけは! カラーテブのサメジマとは?」

 魔王はどうしようもない事態に混乱しているんだろう。

「イエエエエエエエ! コタエロオオオオオオオ! 何故、その名を知っている! 貴様は、貴様は一体何者だ!」

 俺だって、立場が同じだったらそうなっていたかもしれない。
 先生と会ったときは、ラーメンというワンクッションが入ったのに対し、今回は唐突だったからな。

「落ち着け。その質問に答えるには、まずお前の正体は鮫島でいいんだな?」
「ッ、なぜだ、ナゼダ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ!」

 それにしても、そうかお前は、人間に転生しなかったんだな………………

「忘れたか? 俺は、お前と体育祭のリレーで一緒に走っただろ?」
「なっ!!!!」
「俺たちのリレーの勝利で、柄にもなく不良の俺にハイタッチしてきたじゃねーかよ」
「フリョウ? 不良、あっ…………ま……まさか…………まさか!」
「あの時、お前が意外と熱い奴だって知ったんだよ………まあ、別に特別仲が良かったわけでもねえけど、こんな形で再会するとは思わなかったよ」

 魔王の表情が変わった。
 威厳に満ちた王の顔ではない。
 優しき父親の顔でもない。
 ずっと迷子だった子供が、心細くて、つらくて、どうしようもなくて、そんな弱さが滲み出ていた。
 魔族の誰もが見たことがないであろう。魔王の本当の素顔。

「俺だよ。朝倉リューマだよ」

 ようやく再会できた旧友に俺はただ、笑顔で答えてやった。

「あ…………あさく…………朝倉…………朝倉なのか?」
「ああ」
「う、うそだ、だって、だって、あの世界の記憶は全部俺の妄想だったんじゃ…………」
「人間として生まれ変わらなかったお前が、そう思っちまうのは無理もねえ。随分と、しんどかったな」
「ッ、あ、あさくら…………お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ただ、魔王の慟哭だけが響いた。

「魔王様! 一体何が……」

 そんな、全世界、魔族の腹心に至るまで誰一人として見たことがないであろうその魔王の姿に、誰もが驚愕の表情を浮かべるが、魔王はとにかく一言だけ発した。

「今から、天幕で少々この小僧と話をする」
「魔王様、しかし!」
「誰も近づいてはならぬ! この小僧と話をさせろ! これは命令だ!」

 魔王の一言。二人で話がしたい。護衛の連中やウラたちが止めようとしていたが、今、俺たちは魔王の天幕に二人だった。

「さてと……」
「ああ」

 誰も聞いていない。その状況を確認して、俺たちは互いに言葉をかけた。

「とりあえず、久しぶりだな、鮫島」
「うむ、久しい…………おほん、よ、よお、久しぶりだな、朝倉」

 魔王が人間の高校生になった。
 俺は思わず爆笑してしまった。 

「くはははは、まっさか、あの空手部で硬派で通っていたマジメくんが魔王様になってるとはな。どーせなら、自分のことをワガハイとかって言ってみたらどうだ?」
「ぐっ、い、いいんだよ! 俺は、本当に魔王に生まれて育ったんだから! つーか、今は鮫島遼一が死んだときより年齢が上なんだから、むしろ今の方が不自然なんだよ!」
「くはははは、口調がガキに戻ってるぞ? てか、キャラ変わりすぎじゃね?」
「お前が変わってなさすぎなんだよ! つーか、何だよその姿は! お前は今、何歳なんだよ!」
「十歳。お前の娘とタメみたいだな」

 目の前にいるのは、もう魔王ではなかった。鮫島だった。

「鮫島という名前や日本のことを思い出しても、正直俺には関係なかった。自分は本当に魔王だと思っていたし、変な幻覚を見たぐらいにしか思わなかった」
「まあ、そういうこともあるのか? 俺も不思議な感覚ではあったからな」
「戦争中だから気にしている余裕もなかったけど……あの記憶は、全部本物だったんだな」
「ああ」

 最初は性格変わりすぎて分からなかったが、今はもう普通の高校生に戻っいてた。

「んで、お前が妄想だと思っていた記憶、それって修学旅行まででいいんだよな?」
「あ、ああ。バスが転落して、そこまでは覚えている。は~、どっちが本当の俺だったんだかな」
「まあ、そりゃーそうだよな。俺だって、しばらくは自分がヴェルト・ジーハなのか、朝倉リューマなのか分からなかったからな」
「そうか。皮肉もんだよな。もう二度と戻れない道へと踏み出して、兵を率いて人間たちと戦い続けた俺の正体が、もともと人間だったなんてな」
「ああ。運が悪かったな」
「ったく、簡単に一言で済ませやがって。俺の転生人生は波瀾万丈だったんだぞ?」

 ハッキリ言って、俺たちはそれほど仲が良かったわけではない。
 別に一緒に弁当を食べるとか、土日に遊びに行くとかもなかった。
 唯一体育祭で一緒にリレーで走ったことはあったが、それぐらいしか関わりがない。
 でも、どうしてだろう。俺たちの会話は止まらなかった。

「あの世界の、鮫島遼一の記憶が全て幻でなく、実際にあったことなのだとしたら…………あの頃は幸せだったな。学校も楽しかったし、クラスも最高だった」
「まあ、それなりにな」
「みんな面白かったよ。口べたでシャイでオドオドしていた奴だけど本当はメチャ強かった剣道部の宮本。女にだらしないチャラ男のイケメンのくせに、本当はスゲー友達思いだった加賀見。学校一美人のテニス部主将だった綾瀬。普段はスゲー派手でイヤらしいギャルのくせに、本当はピュアだった、備山。そうそう、お前とツルんでいた木村、村田の木村田コンビもお前が学校に来るようになってからは、フツーに行事に参加したりと打ち解けてたな」

 俺も覚えている。仲がイイ悪いは別にして、他にも色んな奴がクラスにいて、それがすごく懐かしかった。

「んで、マジメで硬派とか言われてたくせに、実は内心熱血のモテモテくんの空手部エースだった鮫島」
「ははは、そして、不良で喧嘩ばかりというわりには、情に脆くて、ひねくれてるけど実は義理堅い、好きな子に素直になれない、朝倉リューマを忘れちゃいけないな」
「おいおい、忘れちゃいけないのは、そんな濃いキャラばっかりだったクラスの中で、一番特徴ないくせに目立っていたのが、神乃だろ?」
「あっ、やっぱお前は、神乃が好きだったのか?」
「えっ、やっぱって? 俺ってそんなにバレバレだったか?」
「だって、ほとんどみんな知ってたぜ? っていうか、今だから言えるけど、結構お前の恋愛事情は注目されてたんだぜ?」
「ちっ、そんなに俺はみっともなかったかよ」
「いや、そうじゃなくて、綾瀬と備山はお前が好きだったんだぜ?」
「えっ? マジで!」
「ああ。綾瀬は確か、あいつが文化祭の時に実行委員として仕事に追われて過労で倒れそうになったとき、お前がおぶって保健室に連れて行ってから気になってとか」
「ちょ、あれは近くに俺しか男子はいなくて、神乃に頼まれただけであって、特になんかあったわけじゃねーよ」
「備山は体育祭のムカデ競争であいつが転けて、クラスの優勝が絶望的だったとき、お前がリレーのアンカーとして見事優勝した瞬間にやられたそうだが」
「あ、あれは、神乃も泣きそうだったから、死んでも勝とうと思って、って、まさかそれ以来、あいつが俺の前でよくパンチラ連発してたが、ワザとか? やべえ、なんか恥ずかしくなってきた」
「ははは、お前は不良を名乗るにはクラスにとけ込みすぎていた。お前、結構みんなに人気あったんだぞ? 男子の中でお前がどうなるかの賭もあったしな」

 話していて、楽しかった。前世ではそれほど仲が良かったわけではなくても、共通の話題が出来るということで、これほど心が救われるとは思わなかった。
 だが、いくら俺たちが朝倉リューマと鮫島遼一だったとしても、今はヴェルト・ジーハであり、魔王シャークリュウでもある。
 現在の互いの事実は変わらない。

「なあ、鮫島。お前の記憶はいつ戻ったんだ?」
「十五歳の戴冠式の頃だ。今から、十三年前の話だ」
「そうか。てーと、今は二十八か? どうやら、俺たちは同じ時間に死んでも、同じ時間に転生したわけではないんだな。多少の誤差があるようだ」
「ああ」
「それで、その誤差の間に、お前は気づけば人間を滅ぼそうとする魔王様になったわけか。皮肉なもんだぜ」

 確かに皮肉だ。だが、その一言ではもう済まないだろう。俺なんかが想像も出来ないほど、魔王シャークリュウは戻れない道を進みすぎた。
 魔王として生きてきた以上、鮫島も十分にそれを理解している。だが、今は、鮫島遼一という前世が全て真実だったと知って、どうしようもなく戸惑っているんだろう。

「朝倉。俺だって人間を全て殺そうっていうのが如何に極端なことを言ってるか分かってる。でもな、許せなかったんだ。どうしようもなかったんだ。俺はな…………」

 鮫島は弱々しく語り始めた。でも、俺は聞きたくなかった。

「ちょー、待て待て、そんな話を俺にしてどーすんだよ。そういうのは、もっと別の奴にしろ。今更、俺に言い訳しても、もう何も変わらねーよ」
「ッ、あ、朝倉…………」
「もう、後悔したって後戻りができねー。そういうもんだろ? お前は、魔王シャークリュウとして生きてきたんだから」

 俺の言葉に、鮫島は複雑な表情を浮かべながらも頷いた。

「そうだ。俺は、もう後戻りはできないんだ」
「だったら、言うな。ワリーが俺にはフォローできねえよ。ケジメの付け方はテメエで考えろ」
「ケジメ……か」
「ああ。お前がどうしてこうなったかは知らないが、たとえ聞いても俺にそれを正しいとか正しくないとか言えるほど立派な人間でもねーし、何より今の俺にはお前を止める力もねえ。魔王の生き方を精神年齢高校二年生で、今は十歳のガキに聞くんじゃねえよ」

 今の俺は限りなく無力だった。
 こいつにかけてやる言葉すらない。
 たとえかけたとしても、全部薄っぺらいものになっちまうからだ。
 情けない話だが、俺にできることは何もねえ。
 出来るとしたら、

「グチは聞いてやれねーが、その代わり、本当にどうしてもすがりたくなったら、助けてって言えば、出来る範囲でならなんとかしてやるよ。前世のよしみでな」

 出来るとしたら、出来る範囲のことまで。
 
「バカ野郎、朝倉、今更、俺に鮫島遼一を思い出させやがって。しかも、前世と同じで容赦ねえ」
「しんど過ぎる人生を過ごしてきたんだな、お前は」
「もっと、どうしてもっと早く、会いに来てくれなかったんだ」
「悪かったな。お前が記憶を取り戻したときは、まだ生まれてなかったんだよ」
「ったく。でも……会いに来てくれて、ありがとな」

 鮫島も、それで十分だと笑って応えた。
 鮫島は、どこかスッキリしたような表情だった。
 俺ごときの存在がそれほど影響あったとも思えないが、今は背負っていた荷物が軽くなったかのように楽な顔をしていた。

「さっき、俺の娘にも言ったけど、俺たちは負けた。これ以上、無駄な争いを続ける気はない。俺は大人しく投降するよ」

 成すべき責任の取り方を決めたのか、随分とアッサリしたものだ。
 だが、投降すると言うことは、同時に別れを意味する。

「どうなるか分かんねーけど、処刑でもおかしくねーぞ? 運が良くても無期懲役か?」
「ああ、覚悟の上だ。俺が率いて俺が始めた全ての責任。この首一つでどうなるとも思えないが、自分の手で最後ぐらいは幕を引くさ」
「けっ、かっこつけやがって。筋を通すってか? 逃げりゃいーのに、まじめなやつ。まあ、好きにしろ」

 鮫島も俺も分かっている。魔王が降伏すればどうなるかぐらい。
 前世を越えてようやく再会した俺たちも、恐らくこれで永遠の別れになるだろう。

「もしブタ箱にぶち込まれたら会いに行ってやるよ。豚骨ラーメンの差し入れ持ってな」
「ああ。いつか、いつか、また会おう。何だったら、来世でも」
「俺たちにはギャグにならねーからタチが悪い」

 ハイタッチ。
 体育祭のリレーで勝ったとき、思わず俺たちはやったっけ?
 あの頃はこんなことになるなんて思わなかったが、死んで俺たちはとんでもねーところまで来ちまったもんだ。

「なあ、朝倉。それで別れる前に申し訳ないんだが、一つだけお前に頼みたいことがある」

 頼み? なんかイヤな予感がする。そんなマジな顔して、こいつはサラっとメンドクセーこと頼むじゃねーだろうな?
 だが、それは当たった。
 鮫島は「俺が出来る範囲」の「範囲」をちゃんと理解していなかった。
 年齢十歳で、力も才能もない俺に向かって、

「さっそく、さっきのどうしてもを使わせて欲しい」
「はっ?」
「連合軍の追っ手が来る前にお前にはここから逃げてもらうが、ウラを一緒に連れて行って欲しい!」

 はっ?

「はあ? バ、じょ、冗談じゃねーよ、何で俺が!」
「そして、後生の頼みだ! 頼む、人間たちからウラを守って欲しいんだ!」

 鮫島であり、シャークリュウでもある魔王は、いきなり俺の目の前で土下座した。

「て、おいおいおいおい待て待て待て待て! 魔王が土下座すんのはヤメロ! って、俺この光景見られたら誰かに殺されるんじゃねーか?」
「お願いだ! すがる相手はもうお前しかいないんだ!」
「いやいやいやいや、何を言ってんだよ、お前は。何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだ!」
「俺は死んでもいい。覚悟も出来た。だが、娘だけは違う。ウラには、もっと、もっと広い世界を見て欲しい。親のわがままだ。ウラにだけは死んで欲しくない」

 ちょっと待て、まずは落ち着かせろ。いきなり魔王の娘を守れとか、何を言ってんだ?

「朝倉。俺は恐らく死ぬ。連合軍の追っ手が間もなくここに来るだろう。捕まれば、俺もウラもまず間違いなく殺される。だが、俺は殺されても構わない。でもな、ウラだけは別だ。ウラだけは死んで欲しくない。でも、この状況では、ウラを魔国に帰すこともできねえ。それに、帰したところで敗戦国の姫だ。どういう扱いを受けるかは想像がつく。あの子だけには死んで欲しくないんだ!」
「だからって、頼む相手を考えろよ! 人間殺しまくったお前の娘を守れだと? 見ろよ、俺を! 十歳だ! 十歳のガキだ! 勇者でもねえ、魔法も才能もねえ農民の息子だ! そんな奴に、よりにもよって魔王の娘を守れとか、メチャクチャ言ってんじゃねえ!」
「魔王の娘じゃねえ。俺の娘だ!」
「どっちでも同じだよ! 犬や猫を預かれって言ってんじゃねーんだぞ!」
「無理を言ってるのは分かってんだよ! でも、お前にしかすがれねえ。お前しか頼れる奴が居ないんだよ!」
「ざけんな! 厚かましいにもほどがあるんだよ! 前世の知り合いだったら何でも言うこと聞いてくれると思うなよな! つーか、俺はそんなにお前と仲良くなかっただろ?」
「俺は友達だと思っていた!」
「都合のいいこと言ってんじゃねえ。人の迷惑を考えずに、子供の押し売りとか…………」
 
 何だか言ってて、デジャブだった。
 以前もどこかに、両親が殺されて、前世の高校時代の担任に自分を引き取ってくれとかメチャクチャ言った、迷惑きわまりないガキが居たな。

「どっちにしろ、俺には無理だ。俺には守れねえよ。それに、俺の周りにも迷惑がかかる」
「いや、お前はやってくれる。不良だ、メンドクセー、たりい、そう言ってたお前だったのに、体育祭のリレーではみんなが繋いだバトンを持って真剣に走ってくれた」
「ッ、こんの分からず屋が! 体育祭のリレーとは訳が違うんだぞ! 俺は誰だ? 朝倉リューマだ。どーしようもねえ、不良でクズでバカで、…………そのバカが死んだって直らない…………いつだって、後悔ばかりだ」

 正直、俺はやめてくれと思った。俺自身がめんどくさいからじゃない。
 俺には絶対に無理だと分かっていたからだ。鮫島は前世以来の再会で感極まっているだけで、俺を過大評価し過ぎている。

「魔王の娘を守るってことは、世界を相手にしてでも守り抜くってことだ。そんな大役…………俺にはできねーよ」

 言いながら自分が情けなくなった。どうしようもなく、自分自身が無力だと身に染みた。
 魔王が軽くない頭を下げているのに、俺はそれを無理だとしか言えなかった。
 
 だが、その時だった。
 天幕の外から騒がしい声と悲鳴が聞こえた。

「う、うわあああああああああああああああああああ!」
「ひ、ひいい、じ、じ、人類大連合軍だ!」
「くそ、くそ! 見つかった! 見つかっちまった!」

 忘れてはいなかった。ただ、今は忘れたかった。
 ここが、戦場であることを…………


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第19話 託されたもの

 洞窟内に、何かが破壊される音と、爆音が響いた。

「うおっ、な、なんだ!」
「何事だ!」

 慌てて天幕から飛び出す俺たちの目に映ったのは、トンネルの前で構えるとてつもない数の武装した人間の兵だった。

「やはり、こんなところに居たのか、魔族!」
「ようやく見つけたぞ! もう、逃げられると思うなよな!」

 いくつもある穴からどんどん出てくる兵士たち。
 その鎧は一つの国だけではない。
 銀の甲冑、赤い鎧、青い鎧など様々だが、その胸元には同じエンブレムが刻まれていた。
 太陽の紋章。

「希望の太陽……こいつら、『人類大連合軍』か!」
「あれが……初めて見たぜ……んで、どーすんだよ、鮫島」

 幾多の国から選りすぐられた、魔族、亜人と戦い続ける軍、『人類大連合軍』だ。
 勇者、そして英雄たちの名の下に集った正義を掲げた戦士たちだ。

「や、やべえ、見つかったぞ!」
「くそ、どうすんだよ、奴らスゲー数だぞ!」

 怪我人も多いし、準備も出来ていない。ハッキリ言って勝ち目がある訳がない。
 だからこそ、既に成すべきことを決めた鮫島は、高々と宣言する。


「我が名は、七大魔王の一人、シャークリュウである! 此度の戦は我々の負けだ。我らは全面降伏する!」


 洞窟内に衝撃が走った。
 魔王のその宣言に、魔族も人間も戸惑いを隠せずにどよめきが走った。

「我が同胞よ、武器を捨てよ! この戦、我らの負けだ。これ以上の争いは無益である」

 妥当なところだ。

「ち、父上……」
「ウラ様、残念ですがここは……」
「くっ……」

 今、この洞窟内に居る魔族は三百程度。
 人類連合軍は千人以上で取り囲んでいる。
 その覆しようのない現実に、多くの魔族が武器を落とし、膝から崩れ落ちながら涙を流している。
 ウラやルウガの表情にも無念さが感じられた。

「まっ、妥当なところだよな」

 仕方がない。
 俺は当然、そう思った。
 この状況で抵抗したところでどうなるかなど、素人の俺にでも分かった。
 潔くすることは間違っていない。俺もそう思っていた。

 だが、俺は分かっていなかった。 

 戦争がいかに人を残酷にするのかを。


「あなたの苦渋の決断。果たして真実かどうか……」


 それは戸惑っている人類大連合軍の中から聞こえた声だった。
 すると、陣形を取っていた人類大連合軍が道を空け、トンネルの奥から一人の『女』が出てきた。


「ギャンザ将軍!」


 将軍。

 そう呼ばれた女を見た瞬間、俺は全身が凍り付いた。

「な、なんだ、あいつは? ……ッ!」

 鎧ではなく、黒いコートを纏い、頭には兜ではなく戦場には似つかわしくない黒いつばの広い帽子。
 髪は玉虫色のふわふわロング。体のラインも細く、そして何より……

 何よりも美しかった。

 一切の汚れを感じさせない神秘的なオーラを醸し出している。
 口に出したら笑われるかもしれないが、「天女」「女神」と思わず呟いてしまいそうになる。
 およそ、戦争とは程遠い存在に見える。

 だが、問題なのは見かけではない。
 女のくせに将軍ということ? それも違う。

「ッ、汗が……止まらねえ……震えが……なんだっつーんだよ!」

 その姿を見た瞬間、俺は魔王を見たとき以上に死のイメージに襲われた。
 恐怖? 寒気? 絶望? いや、そんな程度ではない。
 底知れない闇に満ちた「何か」に、心が折れそうになる。
 
 狙われたら、絶対に殺される。

 そう確信できるほどの恐ろしさだった。

「ふっ、よりによって追っ手がお前とはな。帝国最凶・微笑みのギャンザ」

 魔王と呼ばれた鮫島も、その表情が引きつっている。
 一体、この女は何者だ? っていうか、本当に同じ人間か?
 だいぶ若いぞ。二十……十代……十四~五?
 すると、

「あっ、あれが!」
「ぎゃぎゃぎゃ、ギャン……ザ、ギャンザだって!」

 俺と同様、ギャンザという女に見惚れていた魔族たちの顔つきが一斉に変わった。
 恐怖で引きつった顔。
その中には憎しみの感情も含まれているように見えた。

「あ、あれが……キサマガアアアアアアアア!」

 突如、ウラが感情のままに怒声を上げた。
 深い深い憎しみの篭った形相で、ギャンザを睨んだ。

 だが、ギャンザは一切動じない。それどころか、思わず心臓が高鳴りそうな慈愛に満ちた微笑みを見せた。

「あなたが、ウラ姫様ですね。はじめまして、こんにちは」

 威圧はない。だが、逆にそれがウラの神経を逆撫でていた。
 そして、俺は同時に改めて怖くなった。ギャンザの振る舞い一つ一つが、どうしても恐ろしいと感じた。

「七大魔王・シャークリュウ。我ら人類大連合軍は正義の名のもとに馳せ参じました。しかし、意外なことにあなたは既に降伏の意思を示しているようですが、その真意は?」
「真意もなにも、そのままだ。他意などない。この戦は既に詰んでいる。我も勇者に敗れ、この戦況は覆せぬ。我らの負けだ」

 魔王として、軍の、そして国の代表として鮫島はありのままを述べた。
 魔王の全面降伏宣言に、改めて人類大連合軍の兵たちも意外そうな顔を浮かべて驚いている。

 この女もだ。

「そうですか」

 ギャンザも少し驚いた顔をしている。だが、スグに笑顔を見せて返す。

「とても懸命なご判断。シャークリュウ。誇り高き魔王の決断、種族は違えど感服します」
「そうか…………」
「ふふふ。他の魔王様や四獅天亜人の方たちも見習って欲しいですね。無益な争いで余計な血を流すことほど、上に立つものにとって苦しいものはありませんから」

 随分とすんなりと話が進みそうだ。
 
 だが、どうしてもおかしいと思った。

 見た限り、優しそうで話が分かりそうな女じゃないか。
 何で、鮫島も、ウラも、そして他の魔族たちも表情が強張っているんだ?

 そして、俺自身もおかしいと思った。
 何でこの女はこんなに美しく優しそうな笑顔を見せるのに、こんなに恐ろしいと思ってしまうのか……


「うっ、うう……だからこそ、私は悲しいです、シャークリュウ」


 その時だった。
 ギャンザの瞳から涙が溢れていた。
 それは、悲しそうで、複雑そうで、苦しんでいるようにも見えた。
 何故? 
 すると、


「シャークリュウ……なぜ、そんな嘘をつくんですか?」


 俺は、耳を疑った。


「敵であれ、味方であれ、降伏の宣言は互の犠牲をこれ以上増やさない……辛く悲しい戦争の終結を告げる言葉……それを、どうして戦略のため、相手を騙すために使うのですか?」


 おかしいと思うのは、俺がおかしいのか? 
 いや、違う。


「嘘なわけが、あるか! ギャンザよ、我らの軍は既に壊滅状態! 士気も戦意も既にない! 我の降伏が姦計などと申すとは、無礼にもほどがあるぞ!」


 鮫島もすかさず言い返すが、その表情は、まるでこうなることが分かっていたかのようにも見えた。
 いや、他の魔族やウラの表情もそうだ。

「やめてください、もう、嘘であなた自身を汚すのは。誇り高き魔王をこれ以上、壊さないでください」

 いや、つか、この女、話を聞いてるのか?

「ふざけるな! 武器も捨てた、魔力も尽きた、伏兵など存在しないことなど既に承知しているだろう! 逆にこの状況で貴様を謀ることで何の得がある」
「それは、あなたが魔王だからです」
「な、なに!」
「あなたは、魔王。そう、私などの頭では決して想像もつかない逆転の一手を隠していることぐらい分かっています」

 一応、鮫島をチラ見した。「逆転の一手? んなもん、ねーよ」と全面に顔に出ていた。
 なのに、何故、この女はこんなことを言うんだ?

「シャークリュウ……あなたの奥方もそうでした」
「ッ!!」
「人と魔の調和のため……戦争を終わらせるため……異種族間での友好条約を結びたい。そう言って、魔族の大使として帝国へと……」

 鮫島の奥さん? この世界の……
 そして、ウラの母親か?

「でも、私には分かっていました。友好条約など嘘偽り。本当は帝国に進撃するつもりなのだと、私は分かってしまいました。だから……だから……」

 涙を流しながら語る、ギャンザ。
 その瞬間、何かが弾けたようにウラが叫んだ。

「ふざけるなあ! 母上は、母上は、永きに渡る戦乱の世に憂い、民のため、世界のため、嘘偽りなく貴様らと友好を結ぶために行かれたのだ! なんで、なんでなんの根拠もない貴様の思い込みで、母上を……母上を殺した!」

 ウラの言葉に同調するように、魔族たちが悔しさで唇を噛み締めてギャンザを睨んでいる。
 俺も、鮫島やウラの人間に対するわだかまりは何となく理解できた。
 だが、この女だけは別だ。同じ人間なのに、まるで言動や思考が理解できない。

「ウラ姫様、残念ですが、私に分かるのです。嘘をついているかどうかを。あれは、私にとってもとても悲しい戦でした」
「嘘だ! 話も聞かないで、どうして分かる! 貴様は母上と話もしないで、会談に向かう母上を襲撃したんだ!」

 ああ、そうか…… 
 思考が理解できない。それが、全ての答えでもあった。
 
「いいえ、私はあなたのお母様とお話しました。ですが、あなたの母上は罪深い………いくら拷問しても、友好を結びたいなどと嘘しか言わないのですから! 最後の最後の事切れるその瞬間まで、嘘しか言い続けませんでした」

 俺はようやく理解した。
 この女を理解できないことを理解した。

「この女、会話がまるで成立しねえ」

 この女は、狂ってるんじゃない。
 悪意を持っているわけではない。
 純粋に思い込んで、良かれと思って行動している。

 つまり、純粋なバカなんだ。

「しょ、将軍、勇者様も抵抗の無いものは手厚く保護しろと、どうか御一考を」
「彼らが嘘をついているようにも……み、見えないと……思いますが」
「その、まだ十五歳とはいえ、将軍がいかに天才であり、偉大かは承知しておりますが、戦経験は我々がまだ……我々から見ても彼らは……」

 良かった。側近はまともな思考をしていそうだ。
 てか、どんだけ天才か知らねえけど、十五歳って……
 そもそも将軍になるのに、国語のテストはやらねーのか?
 側近はもっと言ってや……


「思う? 何を愚かなことを! あなたの思い込みの行動で、世界を破滅に導く覚悟はあるのですか! 思い込みで行動することが、戦場でどれほどの危険を生むかわからないのですか!」


 側近の首が……斬り飛ばされた……

 思わず目を疑い、気づいた瞬間、猛烈な吐き気が俺を襲いかかるが、状況はそんな場合ではない。

 涙とともに、決意を秘めたギャンザは、腰元からサーベルを抜き出して上に掲げる。


「人類大連合軍・ギャンザ軍本隊に告げます! 敵は、ヴェスパーダ魔王国軍! 敵の策が何かは分からぬ以上、容赦は無用! 即座に、殲滅せよ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 揺るぎない正義が、悪しき魔族を殲滅せんと駆け出した。

「どーすんだよ、鮫島? 魔王的な発想でどうにか妙案は?」
「ふっ、あるなら俺が聞きてーよ。降参できない将棋ってのも、辛いもんだぜ」

 鮫島の言うとおり、この戦いは既に詰んでいる。
 だがしかし、王手を打たれていることを理解していても、この戦いは投了が許されない。
 人類大連合軍の容赦ない掃討が始まった。

「うわあああああああ!」
「だ、ダメだ、逃げるぞ! どっかのトンネルに入って逃げれば……」
「あっ、こっちは待ち伏せされてる!」
「クソ! こっちもだ、囲まれてる!」
「な、なんてこった……に、逃げ場がないじゃないか……」

 広い大空洞でも一部の隙もなく人類大連合軍は魔族たちを取り囲みながら、包囲網を徐々に狭めていく。
 逃げ場もなく、ただ中央に追いやられていくだけで、どうしようもない。

「くそ、ならば、正面突破だ!」
「死んでたまるかよ! 俺には、帰りを待つ、女房とガキが居るんだよ!」
「俺だって、この戦争が終わったら結婚するんだ! ゼッテー帰るんだよ!」

 一部の魔族が武器を手に持ち、包囲網を突破すべく果敢に飛び出していく。
 だが、いかに屈強な魔族とはいえ、既に疲弊しきった兵たちだ。
 対して、ギャンザ軍は統率の取れた選りすぐりの部隊。

「土属性魔法部隊!」
「はは! 地母神の導きによりて、立ちはだかる悪しき罪人に大地の裁きを!」
「ボルダー・トス!」

 包囲網の前線に現れたローブを羽織った魔道士たち。
 杖を掲げて詠唱を唱えると、巨大な岩石を魔法の力で作り出し、向かってくる魔族の群れに向かって一斉に放った。

「ぐぎゃああああ」
「ぎゃぷ」

 魔族の何倍もの大きさの岩石が無数に降り注ぎ、十~二十の魔族が潰されて青い血が飛び散った。

「べ、ベンガルの部隊が!」
「うそだ……ギャガンもやられちまった……あいつ、あいつにはまだ小さいガキが居るってのに!」
「くそ、くそ、くそ! 人間ども、なんだこの仕打ちは!」

 俺は、何を見ているんだ? 
 焼けるような熱気。夥しい血の海。飛び散る糞尿の匂い。
 旧友に会えるかもしれない……それだけのために、こんなところまで来たが、忘れていた。
 世界は今、戦争をしているんだ。

「ふざけないでください、あなた方は、そう言っていつも嘘ばかりで私たちを騙します。ボルバルディエ国もそうやって滅ぼしたのでしょう?」

 この戦に悲しみを感じながら、ギャンザは涙を流しながら訴えている。


「私には分かります。魔族にだって心はあるはず。誰かを愛することも、守る心もあるはずです。なのに、あなたたちはどうして非道な行いばかりをするのです? 絶対に、許すわけにはいきません!」


 自分に酔っている。
 悲しみを背負いながらも正義を執行するしかない自分に涙し、酔っている。
 問答そのものがこの女には無意味。
 話し合いなど、最初から通用する相手ではない。

「あの、女、あの女だけは殺す! 絶対に殺す!」
「落ち着いてください、ウラ様」
「これが落ち着いていられるか! あんな、あんな頭の狂った女に、あんな女に母上が! そして、今も大切な仲間たちが!」
「分かっております。分かっていますとも」

 今にも飛び出しそうなウラを抑えながら、ルウガがギャンザを睨む。

「……この状況を覆すのは……もはや、一つだけ」
「ルウガ?」
「姫様、今この瞬間、このルウガは鬼人となりて、敵を討ちます。ほんの僅かではありますが、姫様の護衛を離れさせて頂きますことを、お許し下さい」
「な、何をする気だ、ルウガ!」
「戦を終わらせるための最も基本的な手段。敵の将を討ち取ります!」
「ギャンザをか……分かった。確かに、それができるのはお前しかいない。だが、無理はするな。必ず帰れ。これは命令だぞ!」
「この命に替えても!」

 片膝付き、騎士としての誓いを立てるルウガ。
 並々ならない覚悟が言葉の一つ一つに詰まってやがる。 

「ヴェルト殿」
「あっ?」
「すまない。人間はもう殺さないという誓い……もう、守れそうもない」
「おい!」

 ルウガの表情から殺気が溢れた。

「ルーカス! パピー! 今すぐ動けるものを揃えて、私に続け!」
「ルウガ様!」
「シャークリュウ様が戦闘不可能な今、我々だけでこの状況を打破する! 包囲網を突破し、何としても、シャークリュウ様とウラ様を守るのだ!」

 追い込まれた状況の中で、味方を立て直すのに必要なのは有能で信頼できる指揮官。

「うおおおお、人間ども! 我ら魔族の誇りを見せてくれる!」

 ウラの護衛役だったルウガが率先して前へ出ることで、生き残りの仲間たちを鼓舞して率いるつもりだ。

「あ、あれは……魔王の懐刀(ふところがたな)、魔剣豪ルウガだ!」
「やつの首を落とせ! 魔王が勇者様につけられた傷で動けないのなら、奴がこの軍の要だ!」

 ルウガは人間たちの世界でもその名は轟いているようだ。
 俺が初対面で感じた印象は、あながち過大評価でも無かった。
 俺とのやり取りのせいで、片腕を失っているルウガだが、その迫力、そして武力は想像を遥かに絶していた。

「ずあああああああああああああああああああ!」

 人間の固まりが、紙切れのようにいとも容易く切り裂かれた。

「よし、ルウガに続け!」
「敵本陣を目指せ!」

 ルウガは、いや、魔族たちは獣と化していた。
 その勢いをそのまま乗せて、人間たちを次々と蹴散らしていく。
 目を覆いたくなるような凄惨な光景だったが、俺の目にしっかりと焼き付いた。

「つええ、こ、これが、これがルウガ!」
「ひ、一人で殺しまくってるぞ! くっ、他の奴らも便乗して……」
「いかん、止めろ! そいつら、将軍を狙っているぞ! ギャンザ将軍をお守りせよ!」

 だが、ルウガたちの勢いは止まらない。
 人類大連合軍も慌ててギャンザの前に守りを固めようとしているが、この勢いなら届く。
 ルウガを止めようと無数の魔法の矢が飛び交うが、その全てをルウガは蹴散らしていく。

「つ、つえー」
「当たり前だ、ヴェルト。ルウガは私と父上が信頼する、我が国でも最強クラスの英雄だ!」

 俺は思わず呟いた。人間を殺しまくっている魔族に言うのもどうかと思うが、この強さは本物だ。
 俺もウラも、そう思っていた。
 すると、

「ああ……悲しい……こんなに分かり合いたいのに、分かり合えない……戦争とは、何と悲しいものでしょう」

 一人の剣士が前へ出た。

「えっ、なあああああ!」
「ぎゃ、ギャンザ将軍!」

 嘘だろ、あの女! 守りを固めるどころか、自分から討って出やがった。
 作戦? 違う、ギャンザを護衛していた連中もパニクっている。
 完全な独断だ。
 だが、これはチャンスだ。
 二人を阻むものは誰もいない。
 ルウガとギャンザ。ここで、ルウガがギャンザを討てば、この戦いはどうにかなる。

「魔剣豪ルウガ……あなたとは、もっと違う時代に会いたかったです……」
「ギャンザーーー! 女王様の仇、今、その首貰い受ける! 我が最強の一撃を受けるが良い!」

 ルウガの大剣。ギャンザのサーベル。
 二つの得物が速度を増して交差し合う、その時だった……


「ッ! だ、ダメだ、逃げろ、ルウガ!!!!」


 何かに気づいた鮫島が叫んだ。
 そして、俺も気づいた。
 ほんの一瞬だったが、ギャンザの体から溢れ出る「何か」
 巨大なドクロのような黒いオーラが笑みを浮かべていた。


「クロノス・クルセイド」

 
 ただ、静かにそう呟いたのだけは聞こえた。
 それだけで、ギャンザは抜いていたサーベルを振らずに、鞘に収めた。

 何が起きたのか分からない。

 ルウガも止まらない。ルウガの刃が、今まさにギャンザの首を刎ね飛ばす、その瞬間、

「えっ…………」
「…………ル………ルウガ?」

 元の形が分からなくなるほど、バラバラになった肉片が飛び散った。
 その飛び散った肉片がルウガだったと気づくのに、俺もウラも、魔族たちも少し時間がかかった。
 飛び散った肉片とおびただしい血が、まるで示されたかのように地面に十字を描いた、

「高速、音速、光速、神速を極めし十字斬り。この技を出さねば貴方を倒すことはできなかったでしょう。最後まで分かり合うことはできませんでしたが、その強さは賞賛に値します、魔剣豪ルウガ」

 ギャンザの賛辞の言葉を、あまりの衝撃に俺たちは誰も聞いていなかった。
 だが、徐々に、跡形もなく切り刻まれたモノが、ルウガだったと分かった瞬間、悲痛な叫びと悲鳴が響いた。


「うそだ……うそだ……ルウガ……ルウガ……うそだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ウラが半狂乱するが、俺にはそれを止めることができない。
 俺だって、頭の中がまったく整理がついていない。
 ついさっきまで、普通に俺と笑い合っていたルウガが、面影すら残さず切り刻まれてしまった。

「う、うおえ……な、なんだこりゃ……お、俺は……地獄に居るのか?」

 ダメだ、胃液が空っぽで、吐くこともできない。
 肉体的な痛みなんて微塵もないのに、もう、心が保たねえ。
 俺はここで……


「………朝倉………」


 俺の名前? 誰だ? いや、普通に考えて一人しかいない。
 鮫島だ。

「なん、だよ……はあ、はあ、はあ……」
「つれーかもしんねーけど、何とか気張って欲しい」
「ああ? テメ、俺にこの状況どうにかできるわけねーだろ! つか、俺は人間なんだから、殺される心配は……いや、微妙だな。魔族と仲良い人間を、あのバカ将軍が見過ごすとは思えねえからな」

 俺が殺される理由はないのに、俺はどうしても自分が殺されるという予感が拭えなかった。
 すると、


「安心しろ。お前は絶対に死なせねえ」


 鮫島が傷ついた体で、何かを決めたように呟いた。

「てめ、何を?」
「いいか? 今から包囲網を突破する」
「はあ? 今、何を見てたんだよ。その先導をするはずのルウガが、バラバラにされちまったんだぞ?」
「ああ、だが、兵を率いるなら、もう一人だけ適任が居る」
「適任? ……って、おい!」

 俺が鮫島の考えに気づいたとき、鮫島は取り乱したウラを優しく抱きしめていた。

「ち、ちちうえ……りゅ、りゅうがが……るうがが……」
「………ウラ……」

 鮫島の様子。以前、どこかで見たことがある。
 そうだ、あれは、つい最近のことだ。
 今の鮫島の姿が、親父とおふくろにダブって見えた。

「ウラ、お前は生きてくれ。たとえ、地獄に落ちても我は……「俺」はお前を見守ってっからよ! お前はなにも背負わず、ただ、幸せになってくれ。それだけが俺や、ルウガや、死んだ母さんの願いだからよ!」
「ち…………ちちうえ?」
「朝倉ッ!!! あとは、頼んだぞ!」
「て……コラアアアアアアアアアアアアアア!」

 そこに、俺の知る鮫島はもういなかった。

 圧倒的な魔力と力で相手を支配する魔王しかいなかった。

 魔王シャークリュウが咆哮する。
 その瞬間、シャークリュウの肉体から激しく血が流れだした。
 勇者につけられた傷が開いたのだ。
 痛々しいまでに刻み込まれた傷が、更に広がっていく。
 絶対に安静にしなければならない傷。広がれば、命の保証はない。
 だが、シャークリュウは、もはやそれを捨てる覚悟だ。
 ここで、命より大事なものを守るために。


「聞け! 愚かなる人間どもよ!! 我こそは、七大魔王最強のシャークリュウである!!」


 それは、魔王の最後の檄だった。


「大海(たいかい)を血に染めながらも、いつかは素晴らしき世界を手にするために我らは戦った!

しかし、この身は既に、強き勇者の聖剣にて、まもなく滅びを迎えるだろう!

だが、我はただでは死なん!

誇り高い潔き死を選ばず、我は生き残るための死を選ぶ!

我が誇り高き同胞たちよ! 貴様らの命、今こそ我に捧げよ! 

我らは誰一人殺されてはならん! 生き残るために死んでくれ!

今ここに、魔王シャークリュウ最後の策を貴様らに授ける! 

全員、我について来い!」


 黙って殺されるな。
 戦って死ね。
 シャークリュウは叫んだ。
 すると、どうだ? さっきまで死ぬ寸前だった根暗どもが、一時で、一つの命となって心の炎を燃やした。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


 魔王シャークリュウ、そして魔王の同胞が全て鬼人……いや、鬼神と化した。

「す、すげえ……」

 俺ですら、腹の底から熱い衝動がこみ上げてきた。

「鮫島……お前……随分と遠くまで行っちまったんだな」

 旧友の背中が、遠くに見えた。
 でも、だからこそ、俺は俺で応えなきゃならねえ。

「父上―!」
 
 俺は、今すぐにでも駆け出しそうなウラの手を掴んだ。

「ッ、離せ、ヴェルト! 父上が、父上が!」
「ああ、あいつが必ず、道を開く。その瞬間をゼッテー見逃すな!」
「ヴェルト……お前、何を……?」

 魔王の命より大事なモノ。
 俺は了承してねーけど、この際ヤケだ。
 守ってやるよ!

「ウラ、隙を見て、俺と一緒にここから脱出するぞ」
「な、なにをバカな! 父上が戦うなら、私も戦おう! 皆が死ぬのなら、私も戦って死ぬ!」
「うるせえ、テメエの親父は何一つ望んでねーだろうが!」
「い、いやだ! 父上、いやだ、いやだ、いやだ! 私も死ぬ! 戦って、死ぬ!」
「テメエごときが行ったって何もできねーよ! 奴は望んでねーけど、どうしても戦いたいってんなら、後悔しないだけ強くなって出直しやがれ! 俺もお前もな!」

 ウラは、本当に死ぬ覚悟が出来ている目だ。それを見ると、ため息が出る。
 俺が十歳の時はどうだった? 
 フォルナといいウラといい、どうしてこんなにこの世界の女や子供は男や親の気持ちを分かってくれないんだか。

「それとな、俺やお前の親父を前にして、自分は死んでもいいって言葉を吐ける奴は、本当に一回死んだことのある奴だけだ。それを覚えときな」

 俺は何も出来ない。
 鮫島のグチや弱音を聞いてやることも、理解してやることも。
 だが、それでも託された。なら、それぐらいは応えてやらねえと。
 ダチとして、男として。

 ―――朝倉、後は頼んだぞ! 

 朝倉リューマの時代、体育祭のリレーでバトンを受け取るときに、体操着を着た鮫島に言われた。
 今では魔王と農民の息子というお互い別世界の立場なのに、俺はあの時と同じ言葉を鮫島から言われた。
 それが、いつまでも俺の中に残っている。

「ズアアアアアアアアアアアアアア!!」

 鮫島の面影を無くし、鬼神と化した魔王の暴威。

「ニンゲンドモ。恐怖セヨ。コノ圧倒的ナチカラノマエニ、平伏スガヨイ!!!!」

 死すら微塵も恐れない特攻態勢は、人類にとってもっとも避けたかった脅威でもあった。

「魔極神(まきょくしん)空手・天変廻し蹴り!!」

 密閉された大空洞の中で巻き起こる天変地異。
 蹴りと共に吹き荒れる大竜巻は、人間の無力さを十分に知らしめるものだった。

「ば、バケモンだああああああああああああああ!!」

 既に死を覚悟した魔王の最後の輝き。
 勇者に敗れたとはいえ、半端な豪傑や英雄程度など、まったくものともしない。

「し、信じられん、ただの蹴りだぞ! 蹴りで起こした風が、風属性の魔法よりも遥かに驚異だ!」
「こ、こんなものを詠唱もなしに連発されたら……ど、どうやって止めれば……」

 今になって思えば、鮫島の無条件降伏は魔族のためでもあるが、人類大連合軍のためでもあった。
 もし、鮫島が戦えば傷が広がって死は免れない。
 だが、それでもその気になれば、この場にいる人間などいくらでも道連れにできるのだ。

「魔極神空手・水平線五連突き!!」

 拳を突き出す。ただそれだけなのに、まるで衝撃波だ。
 屈強な軍隊が拳一つで隊ごと吹き飛ばされる。
 理不尽極まりない力過ぎて、呆れることしかできない。

「うおおおおおお、魔王様に続け! 道を必ず開けるのだ!」
「せめて、せめて、我ら魔族の希望の光を明日へと届けるのだ!」

 死など惜しくない魔族たちも続く。
 死ぬと分かっているからこそ、なおのこと必死。
 
「ッ、いくぞ、ウラ! フードかぶって、どさくさに紛れて逃げるぞ!」
「し、しかし、……しかし!」

 ウラはまだ躊躇っている。
 当たり前だ。実の親、さらに共にずっと過ごしてきた者たちが、確実に死へと向かっているんだ。
 自分だけ逃げるなんて選択を、立派なお姫様が簡単に出来るはずがない。
 だが、グズグズしている時間もない。

「おい、あそこに居る小さいのは、ウラ姫ではないか?」
「ぐっ、殺せ! 子供といえども容赦するな! 未来への復讐の要因は全て断て!」

 しまった、見つかった!
 まっすぐこっちに、向かってきている。
 くそ!

「ちっ、来るなら来やがれ!」

 てか、何で俺は魔族の娘を守るために、味方の人間と戦おうとしているんだよ!
 鮫島……やっぱ、恨むぞ……

「小僧! ウラ姫様!」
「えっ?」

 その時、俺たちの目の前に名前も知らない悪魔族の兵が庇うように立ち、その体に人間たちの刃が突き刺さっていた。

「お、おい!」
 
 誰だよ! てか、致命傷だ。心臓に突き刺さってる!
 名前も知らない魔族が、俺たちを庇って……

「そう……いえば、けっきょく……誰かも分からぬままだが……行け、小僧……!」
「ッ!」
「何としても……何としてもウラ姫様を守りぬくのだ! 頼ん……が……は……」

 どうして、こー、魔族ってのは、あー、もう、よく分かんねえ!
 頼んでもいないのに、勝手に、色んなもんを人に背負わせてんじゃねえよ!

「ウラ、お前はよ~、どうやら簡単に死ぬ気になっちゃいけねえみたいだ」
「……うっ……どうして……どうしてみんな……」
「前向けよ。俺も怖いが、必ず乗り越えてやるよ。この戦……お前が生き残れば、お前たちの勝ちだ!」

 いける!
 小細工なしに一点突破。しかし、それが捨て身の魔王の力であれば、人間に簡単に防げるはずがない。
 絶対脱出不可能だった包囲網。それはある意味、兵を分散させすぎるために、一点集中させた突破こそが唯一の活路。
 その穴が、シャークリュウの手によって広がっていく。

「くっ、他の予備兵を回せ!」
「ダメだ、そんなことをしたら、他のトンネルから逃げられる!」
「しかし、このままでは奴らが突破する!」

 捨て身の徹底抗戦が功を奏した。
 連合軍も立て直しが難しいほど混乱している。
 このまま、デカイ風穴を開ければ俺たちは……

「ッ! 鮫島ァ!」
「父上! 上です!」

 その時、俺たちは偶然視界に捉えた。
 包囲の壁を飛び越えて、真っ直ぐシャークリュウに飛びかかる女を。

「魔極神空手・天変廻し蹴り!!」
「五月雨(さみだれ)百鬼悪斬(ひゃっきあくざん)」

 ここに来て……やっぱり出てくるよな……普通……

「ほう、大した斬撃だ。我の魔脚を剣で相殺するとはな」
「驚いたのはこちらですよ。既に瀕死の状態でこの力……感服致します」

 ギャンザが現れた瞬間、怒涛の勢いの魔王軍団の足が止まった。
 
「ぎゃ、ギャンザ様! ギャンザ様がシャークリュウと!」
「いや、しかし……あの化物を始末できるのは……やはり、将軍しかいない!」

 あと一歩……こいつさえ、なんとかできれば……

「なるほど。特攻玉砕の自爆と思わせつつ、ドサクサに紛れてウラ姫だけでも逃がす算段でしたか。確かに今は子供といえども、あなたの娘。数年後には紛れもなく世界の脅威となりますからね」
「ふ~、脅威か。ちなみにだが、我の娘が今後は戦も忘れてただの女として穏やかな日々を過ごすので見逃して欲しいと言ったら、貴様はまた奸計だと疑って、拒否するか?」
「何をおっしゃいますか。もし、それが本当だとしたら、それほど素晴らしいことはありません。だからこそ残念です。それがありえないと私には分かってしまうから……」
「ふっ、………聞くんじゃ……ナカッタナアアアアアアアア!」
「さあ、来るなら来なさい、魔王!」

 対峙する魔王と化物将軍。互いに化物。
 見えない拳と斬撃の応酬。分かるのはそれだけ。
 
「お、おおお、い、いけ、ギャンザ様! ギャンザ将軍! 将軍! 将軍! 将軍!」
「魔王様! 魔王様万歳! 魔王様万歳! 魔王様万歳!」

 二人の戦いは、もはや誰にも手出しが出来ないほどのレベル。
 二人の間合いに一歩でも近づけば、その瞬間、肉片レベルまでに砕かれるだろう。
 だからこそ、せめて声だけでも届けようと互の軍が自分たちの大将に声を上げている。

「ふう……厄介ですね……長期戦なら確実に勝てますが……しかし、そうすると別の策を打たれる可能性もありますからね……やはり、ここは瞬殺と行きましょう」
「小娘ガ! 誰に向かって口を聞いている!」

 その瞬間、ギャンザの構えが変わった。それは、ルウガを仕留めたあの……

「ッ! ……見ただけで震えが……鮫島……やべえぞ、その技は!」

 不意にルウガが粉々に切り刻まれた悍ましい光景がよみがえった。
 ウラも繋いだ手が汗ばんで震えているのが良くわかる。

「魔王シャークリュウ。あなたには、魔王の名に相応しい力がありながらも、欠点があります。それは、一切の武器や魔法を使わず、己の拳足(けんそく)のみで戦うことです」

 構えのまま、ギャンザが淡々と語りだした。

「人間は、力を手にするために剣を生み出しました。知恵を手に入れた先に魔法を会得しました。剣と魔の融合こそが最強への道。それを、武器を持たず、魔法も使わずに勝とうという、あなたの自惚れた精神では、何も掴むことは出来ないと知りなさい!」

 ギャンザの体がゆらりと揺れる。
 来る。
 来るとわかっていても、決して防ぐことも見ることもできない、最悪の剣。

「クロノス・クルセイド!」

 だが、

「分かっていないな、小娘!」

 俺たちは目を疑った。
 確かに、ギャンザの動きはまるで見えなかった。
 
 だが、気づいた瞬間、ギャンザの剣はシャークリュウに両手で掴まれていたのだ。

「な、な! わ、私のクロノス・クルセイドが!」
「魔極神空手・神剣(しんけん)白刃(しらは)取りだ」

 俺たちの衝撃は勿論だが、この事態は連合軍にとっても明らかに想定外。
 ギャンザの表情が初めて強ばっていた。
 ギャンザは確かに恐怖に満ちた化物将軍だ。
 だが、鮫島は……魔王だ……

「小娘よ、教えてやろう。手に何も持たないことを志しとする道。だから、空手だ! それは、自惚れではなく、信念!」
「ッ!」
「それと、今だから教えてやろう。その空手道を生み出したのは、魔族ではない。貴様らと同じ、人間と知れ!」

 強い! 鮫島!
 なんて……なんてスゲー野郎だ、お前は!

「幕だ!」

 シャークリュウは素手で、ギャンザのサーベルをへし折った。

「ま、まずい、将軍!」
「や、やめろ、シャークリュウ!」

 素手となったギャンザでは、シャークリュウに勝てない。
 この勝負……

「魔極神空手・連波(れんぱ)手刃(しゅじん)!」

 その手刀を、目の前にふり下ろせば、シャークリュウの勝ちだった。
 ギャンザを始末すれば、ギャンザが殺したというシャークリュウの妻の仇も取れていた。

 だが、シャークリュウは目の前のギャンザに攻撃せず、代わりにその後ろの包囲網に向けて手刀を放った。

「ッ!」
「ち、父上!」

 シャークリュウの手刀により、包囲網が突破され、か細いが確かな穴が空き、俺とウラの目の前に活路ができた。

「い、いけええええええええええええ、ウラ! あさく………………ガッ……ハッ……」

 だが、それと同時に、シャークリュウの肉体がついに限界を迎え、シャークリュウは全身の傷口から血が溢れ出し、また大量の血を口から吐き出して倒れた。

「さ、さめじ……」
「ち、ちちうえ……ちちうえええええええええええええええ!」
「シャークリュウサマアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「魔王さまあああああああああああああああ!!」

 文字通り、それはシャークリュウの最後の一撃でもあった。
 仇を取って一矢報いるよりも、大切なものを確実に守るための道を選んだ。

 
「い、……いくぞ、ウラ!!!!」
「ち、ちちうえ……ちちうェ……やだ、やだ、やだ! 父上!」
「ッ、馬鹿野郎! 行くって言ってんだろ!」

 今しかない。
 俺は、今すぐにでも父に駆け寄ろうとするウラを強引に引っ張って、包囲を抜け出し、洞窟の奥へと走った。

「いけええええ、小僧!」
「ウラ様を、ウラ様を頼んだぞ!」

 応える暇があったら、とにかく走る。
 一秒でも早く地上に出て、この死地から抜け出す。
 気づけば、抜けることが出来たのは俺たち二人だけなのか、誰も後ろを追いかけて来ていない。
 だが、それを気にする余裕も無かった。
 俺はただ、ウラの小さな手を掴みながら、無我夢中で走った。
 だが、やはりウラも簡単には仲間を捨てきれない。
 何度も足を止めようとして、度々振り返る。

「だ、ダメだ、父上、やだ、イヤだ!」

 クソ、だからガキは……

「うるせえ、冷静に考えろ、馬鹿野郎! 戻ったって何の意味がある! 何のためにお前の仲間や親父が体を張ったと思ってやがる! 言ったはずだ、お前が死んだら一番意味がねーんだよ! 戻ったら、お前が死ぬぞ! そしたらみんな、犬死だ! お前の仲間も、ルウガも、そしてお前の親父もだ!」

 だから、生きる必要がある。
 しかし、ウラは強情だった。

「だ、黙れ! お前に、お前なんかに何が分かる! この無念が、悔しさが、絶望が! こんなものを抱えて生きろだと? ふざけるな! 苦しみを抱えて生きるぐらいなら、誇り高く戦って死ぬ!」

 だから、死ぬ死ぬ言うんじゃねえよ、クソガキ! 

「ざけんじゃねえ! テメエはただ、一人ぼっちになって辛くなったから逃げ出したくなってるだけだろうが! 身代わりになって死んだ奴らの重みに耐え切れねえだけだろうが! その気持ち、分からなくもねえ! 俺の親父とおふくろも、俺を助けるために死んだ!」
「えっ………ヴェル……トも……」

 あーもう、何で一秒でも早くここから離れなくちゃいけねーのに、俺はガキ相手に説教してんだよ。
 てか、言いたいことも全然まとまらねえし!

「いや……そうじゃねえ、そんなもん今は関係ねえよ……そう、今はただ、お前の親父はお前が生きることを一番望んで命をかけたんだ。だから、お前が死にたいなんて意思は関係ねーんだよ。もう、お前だけの命じゃねーんだからな。だから、今は逃げることを…………」

 そう、言いたいのは、死なないために早く逃げようと……

「って………………あれ?」

 その時、俺は自分で言った言葉が自分で引っかかった。
 逃げる? 何で、俺は逃げるんだっけ?

「逃げる…………俺は何で逃げて生きる必要がある? 鮫島が命を懸けた意思を受け継いだから?」
「ヴェルト?」
「それに、俺は生きる必要がある。親父やおふくろの守った命…………そして、いつか、神乃と再会するために…………だから、…………そのために…………」

 ウラの命は軽くない。
 大切な人が犠牲になってでも守り通してくれた命だからだ。
 それは俺も同じ。
 親父とおふくろが守ってくれた命だ。
 だから死ぬわけにはいかない。

「死ぬわけにはいかない。だから、ようやく再会できた……ダ……チ…………を、見捨ててでも…………」

 死ぬわけにいかないからこそ、自分も成長しようとした。
 強くなろうとした。
 覚悟を決め、学校もやめ、自分の出来ることを見極めて、生まれて初めて努力した。
 何のため? 三度目の後悔をしないためだ。

 だから、俺は、ダチの命を犠牲にしてでも生きて、代わりにあいつの分もウラを…………守ってやる?

 それで、俺はもう後悔しないのか? 

 親父とおふくろが殺された日、親父に逃げろと言われて逃げることしか出来なかったことを後悔したんじゃなかったのか?

 鮫島が望んだように、鮫島の命を犠牲にして生き延びて、あいつの娘の面倒を見るだけで、それが俺の後悔しない生き方だと言えるのか?
 
 考えろ。鮫島の意思は関係ない。

 後悔するかしないかを決めるのは、俺とウラの意志だ。


「あいつを見捨てて後悔しない? そんなわけねーだろうが。なんの理由にもならねーよ!」


 俺の足も気づいたら止まっていた。

「ヴェルト…………どうしたのだ、一体」
「ん? ああ…………よくよく考えたら、何で俺は鮫島の言うことをマジメに聞かなくちゃいけないんだと思ってな」
「こんなときに、何を? そもそも、さっきから、そのサメジマとはなんなのだ?」
「ダチとして男として、あいつの意思を汲んでやる気になっていたが、あいつの意志より俺の意思を忘れていたよ」
 
 すまん。鮫島。
 お前は一個だけ、俺について忘れていたことがある。

「ウラ。俺にとっては誇り高い死なんてアホらしいし、興味もねえ。でもな……」

 俺は不良…………つまり、救いようのないバカなんだよ。

「俺はこのままあいつを見捨てたら、今後お前を見るたびに辛くなる。多分、後悔するよ」

 後悔しない方法なんて、たった一つしかない。

「だから、俺はやっぱ戻るよ」
「はあ?」
「マジ怖えーよ。でも、やっぱムカつく! あのクソバカ女をぶっ飛ばして、鮫島連れて逃げるのが一番俺が後悔しない方法だ! ああ、スッキリした!」

 危なかった。俺はあと少しで、また後悔するところだった。
 多分、このまま戻っても殺される可能性の方が高い。
 でも、これが今の世界なんだ。
 これから先も、誰かが守ってくれた命だからと言い訳して逃げ回るのも何か違う。

 俺は、そんな腰抜けと思われる生き方だけはしたくねえ。

「ヴェルト…………ヴェルト!」
「あん?」
「ッ、なら、一人より二人だ!」

 戻ろうとした俺の腕に、ウラが抱きつくようにしがみついてきた。
 その時、俺は初めて、ウラの笑顔を見た。
 笑えば年相応に普通に可愛かった。

「お前な~、お前まで戻ったら、お前の親父に一番怒られるのは俺なんだぞ?」
「大丈夫だ! その時は、二人で怒られよう! 父上を助け出して」
「けっ、まあ、そういうことだな。親に逆らえるのは子供の特権だ」
「力がないから? 皆の意志だから逃げる? ならば、私の意思はどうなる! そういうことだ。あの女には、一度ベソをかかせてやる」

 俺も笑っていた。俺たちは初めて打ち解けられた気がした。

「なら、このままバカ正直に帰っても本当に無意味だし、なんか作戦でも考えながら戻るか」
「作戦か、よし、私たちの連携で、奴らの度肝を抜いてやるぞ! 父上たちが作ってくれたこの幕間の時間が、無駄にならないようにな」
 
 あれ? これって、魔族と人間が協力し合うってことになるのかな?
 ……まあ、別にいっか……

 まあ、それより問題は俺たちだ。
 十歳のガキが二人で戻っても、人類大連合軍の部隊と最凶将軍。
 正直勝てるわけねーぜ。
 でも…………

「ヴェルト」
「あ~?」
「さっきまで、後ろ向きなことばかり考えていた、ひねくれていた目をしていたのに、今はイキイキしているな」
「ふっ。そっか~? まあ、反発こそが不良の証拠だからな。なんか、人に罵倒されるぐらいの選択肢が、俺に合っているんだよ」
「いいな。いいな、バカで。でも、今のお前の方が私は好きだぞ」

 勝てるわけないのに、恐怖より胸が熱くなってきた。
 もう、止めれそうもなかった。


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第20話 俺とダチの娘

 魔王の最後の大暴れは収まったとはいえ、場の混乱はまだ収まっていなかった。

「危険だ、今すぐ魔王の首を刎ねろ!」
「ま、待て、通常であれば公開処刑に踏み切るべきだ。残る七大魔王への牽制にもなるぞ」
「そうだな。それに、まだ利用価値もあるだろう」
「何を悠長な。生かしておいて、何かあっては遅いのだぞ?」

 意見が分かれている。
 今すぐ首を切り落として勝利の勝鬨をあげるか?
 それとも、しかるべき場所で裁きを行うか?
 どちらにせよ、俺たちには好都合だった。

「ギャンザ様! ご意見を、お願い致します」

 だが、ギャンザは何も言わない。
 呆然としたまま、何を考えているかわからない表情で、動かなくなった魔王と折れたサーベルを見ていた。
 あと一歩で負けていたということに対するモヤモヤか?
 だが、どーせこの女の思考を考えようとしても無駄な努力になるだけだ。

 だから、

「ウラア!」

 俺は考えないことにした。

「ッ、ギャ、ギャンザ様!」

 誰も警戒していなかった。
 戦いは終わりだと思って気が抜けていたんだろう。お粗末なものだ。
 俺は、呆然としているギャンザめがけて、警棒を回転させながら後頭部目掛けてぶん投げた。
 まあ、だからって、そう都合よく当たるわけないが。

「なっ、つっ! 新手ですか?」

 僅かな気配で察したんだろう。アッサリ避けやがった。
 まあ、当たるとは思ってなかったけど、これで俺はこの場に居た人類大連合軍に一斉に注目されてしまった。

「な、なんだ、あの小僧は!」
「ま、魔族じゃないぞ! 人間の子供だ」
「坊主、こんなところで何している。いや、お前は今、とんでもないことをしたと分かっているのか!」

 人間の子供が現れた。
 何でこんなところに? それどころか将軍に攻撃をした。
 思っていた通りにどよめきが走っている。まあ、一部殺気がスゲー怖いが。
 だが、覚悟していたことだ。
 俺は両足の震えや、心臓のバクバク音をさとられないよう、ただ、強がりを叫んだ。


「俺の名前はヴェルト・ジーハ! テメェら全員、その魔王から離れろ! そいつは、俺が連れて帰る!」


 そんなキョトン顔するなよ。まあ、予想していたことだけど。
 だが、一番最初に反応するのが、この女になるのは想定外だった。

「魔王を連れ帰る? ボク、何を考えているのか、お姉さんに教えてくれませんか?」

 子供のイタズラすら気にしない優しいお姉さんを全面に押し出すギャンザだが、やっぱり怖い。
 笑顔の後ろで闇の瘴気が溢れている。
 ビビっちまう。だが、ビビリまくったら負けだ。

「そいつは俺のダチだ。だから、テメェらに喧嘩売ることになっても、俺はダチを助けることを選ぶ」
「ダチ? ボク、何を言っているの? 人間の子供の君が、怖い怖い魔王の友達? 嘘はいけないわね」
「ふん、嘘か本当かなんて、あんたにはどっちでもいいだろ? だって、あんたの節穴な目と残念な頭は、都合の悪いことは全部、白でも黒にしちまうんだから」

 おっ、ちょっと笑顔の口元がピクリと動いたな。ちょっと頭にきたか?
 生意気なクソガキの悪口に、簡単に反応しやがった。

「あのガキ、なんて無礼なことを……」
「殺されるぞ?」
「つか、魔王とお友達って…………どうせなら、子供なんだから、自分は勇者とか、嘘をつくならそういう嘘を言えよ」
 
 いや、勇者は無理だろ。だけどまあ、これで、逃げることはできなくなったわけか。

「うっ…………つっ…………ぐっ、あ、あさ、くら?」

 その時、瀕死のシャークリュウが僅かに動き、今にも閉じそうな瞼の奥の瞳が俺を捉えた瞬間、魔王は思わず声を張り上げた。


「って、あ、あさく、馬鹿野郎! おま、お前は、何でここにいる! 何で逃げてねーんだよ!」


 魔王が意識を取り戻して叫んだ。
 当然、人類大連合軍は咄嗟に武器を構える。
 だが、思わず魔王にトドメを入れようとする一部の兵士たちの他、その兵士たちを止めて、魔王のおかしな言動と、俺とのやりとりの様子を伺おうとする者たちに分かれた。

「よー、生きてっか、魔王様? 二度目の転生はまだしてないようだな」
「ぐぅ、ば、ばかや、何のために俺や皆が命を懸けたと思ってやがる! お前とウラに生きていて欲しいから…………」
「あー、安心しろ、ウラはとっくに逃げてるから。それを確認して俺はここに戻ってきたんだよ」

 まあ、嘘だけどな。
 今、俺が注目を集めている中で、ウラはドサクサに紛れてこの大空洞に忍び込み、隠れてあるチャンスを待っているんだけど。

「ッ、そうじゃねえ! お前は、何でお前も逃げなかったんだ! 俺が頼んだのは、ウラを逃がして、そしてこれからは俺の代わりにあいつをお前に守って貰うためだ!」
「だから、なーんでそれを俺がやんなくちゃいけないんだよ。俺は一回も了承してないぜ?」
「あ、あさくら…………おま、お前!」

 おお、ガチ睨み。やっぱ怒ってるわ。

「お、おい、なんだこのやり取りは?」
「魔王の性格が変わってないか?」
「そ、それより、あの小僧、さっきから魔王とやけに親しげで……ダチって本当なのか?」
「何者だ、あの小僧は!」

 人類の脅威でもあり、宿敵でもある恐怖の魔王。
 それが、人間の子供とタメ口で言い合っている光景。
 誰が、この光景を理解できる? 誰にもできなかった。

「ボク、何者? どうして、魔王とそこまで親しいの?」

 ギャンザの笑顔が無くなった。まるで罪人を問い詰めるかのような物言いだ。
 まあ、気になるのはわかるが、どうせ言っても信じてもらえないだろ?

「さーな。なんでも分かるあんたの思った通りでいいんじゃねえの? 魔王に誑かされてるとか、実は俺は見かけは人間だけど中身は魔族とか、人類の裏切り者、なんでもいいよ。好きなレッテル貼りな。不良にレッテルはつきものだから、慣れてるさ」
「な…………にを、馬鹿なことを」
「そうさ。人間、亜人、魔族、この世界には色んな種族がいるようだが、俺はその中でも最も愚かでバカな種族、不良だ。覚えておきな!」

 亜人に襲われた日、無我夢中で襲いかかった時とは違う。
 俺が生まれて初めて体験する、命をすり減らす戦い。
 言葉や気持ちで覚悟は決めたが、やっぱり怖いことには変わりねえ。
 ほんの僅かな手違いで、簡単に殺される。
 でも、やるしかない。


「ウラ…………ゼッテーこいつの隙を作る…………俺が合図を出したら、頼んだぞ」


 自分の目的を小さく呟いて確認しながら、俺は前を向く。
 死への恐怖を感じたら、こう思え。

 俺は、一回既に死んだことがあるって、


「行くぞ、うおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は走る。十歳の子供の動き。十歳のスピード。十歳のパワー。
 よく見ろ。向かってくるとはいえ、殺すのを躊躇っちまうぐらい呆れて戸惑え!

「やめないか、坊主!」
「まったく、どこから入ってきたんだか」
「おとなしくしなさい!」

 俺の行く手を阻むように、兵士たちが敵意なさそうに「落ち着いて」と優しく俺を止めようとする。
 ギャンザまでの道に壁ができた。だが、それは想定通りだ!

「そんな壁じゃ、俺は止められねーぜ!」

 俺はジャンプした。
 十歳の子供のジャンプ力ではない。
 大人の背丈を軽々飛び越えて、空中を歩くように駆け抜けた。

「なっ、ととととと、飛んだ!」
「なんて、なんてジャンプ力だ、このガキ!」
「ただものじゃねえ、演技してやがったのか!」

 もちろん、俺の通常のジャンプ力で人垣を飛び越えることはできない。
 なら、どうやって超えた? 答えは簡単だ。

「あれは、飛翔(フライ)? いえ、飛翔(フライ)は高等呪文。子供にできるはずがない。それに、詠唱も無かった…………」

 ちなみに、飛翔(フライ)とは空を自由自在に飛び回る、超高等な魔法らしいが、俺はそんなものは使えない。
 何故なら、俺の使える魔法は一つだけ。

 浮遊(レビテーション)だけだ。

 俺は、自分の靴にレビテーションをかけて、俺ごと浮かせて前へ進んでいるだけに過ぎない。
 こいつらが、勝手に勘違いしているだけだ。

「いくぜ!」

 斜め下に向かって、俺はもう一本の警棒をギャンザに向けてぶん投げた。
 真正面から工夫なく。まあ、これも当たるわけがない。

「ッ、愚かな! あっさり武器を投げ捨てるなど…………」

 簡単に回避された俺の警棒は地面に直撃した。
 だが、その瞬間、激しい音を立てて地面を砕いた。
 
「えっ…………」

 ギャンザの表情、そして、人類大連合軍が目を疑ったような表情で固まっている。
 子供が投げたただの棒が、地面にめり込むどころか、砕くほどの破壊力を秘めていたからだ。

「な、なんだ、あの威力は! あ、当たったらとんでもないことになっていたぞ!」
「どうやったんだ? あの武器に、何か仕掛けでもあるのか?」

 そうだ、実は俺ってケッコースゲー奴? って、せいぜい思っていてくれよな。

「いくぜ、ギャンザ!」

 兵の壁を飛び越えた俺は、素手のまま、一直線にギャンザへ走った。
 これで、俺たちを阻むものは誰もいない。
 さあ、どうする? 

「ッ、仕方ありませんね」

 今のギャンザは、武器をさっきの戦いで壊されているからお互いに素手だ。
 そして、まだお互いに僅かに距離がある中で、向かってくる敵を退けるなら魔法しかない。
 ギャンザが俺に向けて魔法を放とうとする、その瞬間を待っていた。

「火炎(フレイム)の……」
「当たれ!」
「弾(ブリッ)が、ッ!! なっ?」

 ギャンザが魔法を使おうとした瞬間を見計らって、俺は仕込んだ手を放つ。
 その瞬間、ギャンザは天才的な反応と勘で魔法をキャンセルして、その場を飛び退いた。

 後一歩、飛び退くのが遅れていたら当たっていた。
 突如、ギャンザの真上から落下してきた何かは、大きな音を立てて地面に突き刺さった。

 それは、一番初めに俺が投げた警棒。

「な、なぜ、この武器が真上から!」
「さっすが! これも避けるか!」

 驚くのも無理はねえ。
 俺は、最初に投げた警棒はギャンザに避けられた後、俺の登場や鮫島とのやり取りで全員が俺に注目している間に、浮遊(レビテーション)で浮かせ、ギャンザの丁度真上になる位置の天井付近で待機させていた。
 タイミングを見計らって浮遊(レビテーション)を解除して、ギャンザに向けて落とすように。

 ある程度の距離であれば、俺は一度触ったものは浮遊(レビテーション)で浮かせることができる。
 ラーメン屋の修行で、皿を何度も浮遊(レビテーション)で運びまくって気づいたことだ。

 これが、俺が考えついた、唯一できる魔法での戦い方。

「それ!」
「ッ!」

 そして、僅かに動揺したギャンザに向けて、俺は履いていた靴を片方飛ばした。
 武器と違ってゆっくりだ。
 これは、朝倉リューマの時にも喧嘩でよくやった。
身につけていたものを相手の顔面に投げて、相手が手で払った瞬間に攻撃をしかける。
 ぶっちゃけ、靴とか飛ばして当たってもダメージはない。重要なのは注意を逸らすこと。
 
 だが、その他にも、この世界で相手に靴を飛ばして攻撃するなんて、ガチガチの騎士様の世界にはありえない。
 だから、ギャンザの思考に「?」が一つでも増えたら儲けもの。

 俺は、その僅かなあいだに、さっき落下した警棒を浮遊(レビテーション)で浮かせて、自分の手元に戻すことに成功した。
 これも、ギャンザたちも目を見開いている。

「武器が、勝手に手元に戻っ……」

 浮遊(レビテーション)。
 それは、重いものを運ぶ時にしか、この世界の連中は使わない。
 誰でもできる呪文だからこそ、あまりそれを深く追求しようとしない。
 だが、俺はこの魔法こそ極めれば最強になれると確信した。

 武器を手元に戻す。ネタバレすれば、この場にいる全員がやろうと思えばできるはずだ。
 だが、やろうとしないうえに、誰も思いつかないのは、浮遊(レビテーション)を戦いの場面で使用する魔法と認識していない証拠だ。

 浮遊(レビテーション)は、例えれば重いものを運ぶための台車。
 台車を武器にして戦う奴は誰もいない。

 だからこそ、みんな、気づかないんだ。
 ましてや、雷とか炎とか、魅力的な魔法がいっぱいあるのに、台車の扱い方を極めることを努力する奴なんて、この世にいるはずがない。
 俺を除いて…………

「それ、パース!」
「えっ…………」

 警棒をもう一度投げても、反射的によけられる。
 だが、人間は不思議なもの。
 勢いよく投げられたものは、反射的に避けてしまうのに、パスするようにゆっくり投げられたものは、何故か普通に受け取ってしまおうとする。

 ギャンザも人間だった。俺がパスした警棒を、訳も分からずにキャッチしてしまった。

 そして、ギャンザは罠にハマった。


「ッ、お、おも、なっ! なんて重さ!」


 警棒をキャッチした瞬間、ギャンザはガクンと腰が曲がり、両手から地面に倒れ込みそうになった。
 驚いただろう? 俺が軽々振り回していた警棒が、実はメチャクチャ重たいことに。

「はっはっはっは! やっぱ、女の細腕だな! パワーがねーな、ギャンザちゃんよお!」

 帰ったら、武器屋のじいさんに礼を言おう。
 
 俺の感覚から、警棒の重さは通常五百グラム程度。
 だが、俺の警棒は武器屋のじいさんの協力により、百倍の重さに改造してもらった。
 じいさんが、世界でも珍しい重力魔法の使い手だったと学校で聞いた時から考えていた。
 つまり、見かけとは違い、俺の武器は片方約五十キロ。二つ合わせて百キロだ。

 これは、俺が亜人と戦った時に感じた、パワーと体重の軽さを補うためのもの。

 そして、この百キロもある警棒を持ち運ぶ手段が浮遊の(レビテーション)の魔法だ。
 そう、俺は警棒を常にホルスターに入れて持ち運んでいるようで、実は、警棒を浮遊(レビテーション)で運んでいる。
 ホルスターの中で、警棒は僅かに浮いているのだ。

 ラーメン屋で朝から晩までの労働で、浮遊魔法の練度と精度、そして魔力の消費量をどの程度削減できるかの研究を重ね、今では一日のある程度の時間なら、俺は常に浮遊(レビテーション)を使ったまま生活できるようになった。

「覚えとけ! これが俺の戦法『ふわふわ時間(タイム)』だ!」

 これが、生涯、浮遊(レビテーション)以外の魔法を習得しないと決めたことにより、俺が得たものだ。


「ドタマかち割ってやる! カカト落とし!」


 この僅かな隙で、俺は完全にギャンザの間合いに入り込むことができた。
 この距離なら魔法を使う暇もない。
 武器もない。
 ギャンザは慌てて警棒から手を離し、俺のカカト落としを寸前に両手でガードして受け止めた。
 だが、

「な、い、た、な、なんて威力! 子供の体重で、これだけの蹴りが?」

 素手でガードしたのが不味かったな。
 俺は蹴りも攻撃の一部なので、武器屋のじいさんに靴も重くしてもらっている。
 日常生活では常に靴に浮遊(レビテーション)をかけながら歩き、戦いではカカト落としのように上から振り下ろす技は、足を上に上げた瞬間に浮遊(レビテーション)を解除する。
 あとは重さと俺の速度が二つ合わさって、通常より何倍も威力のあるカカト落としの完成だ。

 ネタをバラせば簡単だ。だが、恐らくギャンザは、こう勘違いしただろう。

「あなた、まさか、重力魔法使い!」

 思った通りに勘違いしてくれた。
 まあ、そう思いたければそう思えばいい。本当は低級魔法使いだが、黙っておく。

 だが、とにかくこれで俺の役目は終わった。

 あらゆる要素に動揺と混乱。
 更に武器も失い、魔法を使う隙もなく、そして何よりも両手を塞いだ。

「あとは、任せた!」

 その瞬間、俺とギャンザの懐に、銀髪の少女が入り込んでいた。
 誰もが俺たちの攻防に集中しすぎていたために、こいつの存在はこの場においてまったくの予想外。

「ああ、最高だ、ヴェルト。あとで、褒美に、キスをしてやろう!」

 ウラだ。

「ウ、ラひ…………め…………?」

 予想外のウラの登場に、ギャンザの全身が硬直している。
 完全に隙だらけだ。
 あとは、魔王の娘であり、ポテンシャルはいずれ世界の脅威になるとか言われているガキの一撃に任せるだけ。

「くらえ、ギャンザ! 魔極神空手・魔上段(まじょうだん)蹴り!」

 狙ったのは、完全に無防備なギャンザの顎。 
 素人だって知っている。
 脳を大きく揺さぶられれば、相手は脳震盪などの障害を起こす。
 それは、ギャンザでも同じ。
 父親譲りでキレと破壊力のこもった、ウラの上段蹴りは、一瞬でギャンザの顎を打ち砕き、ギャンザは糸の切れた人形のように、一瞬で地面に倒れ込んだ。

「あっ…………かは…………あっ、…………」

 目の焦点が定まっていない表情で、自分に何が起こったのか理解できないまま、ギャンザは立ちあがることができない。
 この光景に、誰もが言葉を失って固まる中、倒れたギャンザを見下ろしながら、俺とウラも興奮で心臓が破裂しそうだった。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、う…………うまく、…………いっちゃったよ…………」
「あ、ああ、私と…………お前の力で…………あの、ギャンザを…………」
「ま、マジかよ、や、やべ、腰が抜けそ…………、い、今になって震えてきやがった」
「うん。わ、私も、怖いぐらいだ」

 信じられなかった。
 賭けに近かった作戦が、一つのズレもなく全部成功してしまった。
 段々と興奮だけでなく、改めて恐怖がこみ上げてくる。もし、失敗していたら?

「つ、つか、あ、あまりにも、う、うまくいきすぎて…………ゆ、夢じゃねーよな?」

 情けないが、今の俺は張り詰めていたものが全部切れてしまい、心がまったく定まらない。
 それはウラも同じだった。
 試しに、ウラの手を握ってみたら、俺と同じぐらい震えている。

 怖かった。
 でも、乗り切った。
 勝った。

 そして、これは夢じゃない…………って、本当に夢じゃねーよな?

「ヴェルト……あのな、その、あ、の」
「なんだ?」
「その、あれだ……かっこよかったぞ! ん」
「あっ? ちゅ…………えっ?」
 
 えっ? なんか、ウラが顔を赤くして何かゴニョゴニョ、モジモジしていたら……

「ん~~」

 あれ?
 なんか、気づいたら…………ウラの唇が、俺の唇に押し付けられているんだけど…………

「ぷはっ! ……え、えへへ、やっぱり…………夢じゃない」
「……お…………おま…………」
「約束…………だったからな!」
「い、いや、だからっていきなり! つか、せめてホッペとかにしろよな! ガキのくせに!」
「む~、いいではないか! キスはお前への褒美だ。唇のキスは、私自身へのご褒美なんだからな!」

 魔王の娘にキスされてしまい、余計に俺の頭が混乱してしまった。
 
 …………で、勝ったはいいけど、この後、俺たちを包囲しているこの人類大連合軍の壁はどうやって乗り越えよう?

 だが、そんなことよりも気にすることがあるのに、俺たちは気づいていなかった。
 俺たちはギャンザに勝った。そう思い込んでいた。
 ただ、虎の尻尾を踏んだだけだと、まだ気づいていなかった。

「よしっ! あとは、何とかこの場から……」

 後は逃げるだけだ。ハッタリでもいいし、情に訴えてもいい。
 何だかんだで、一番事態をややこしくした張本人である、ギャンザは倒したのだから。

「しん、信じられん。まさか、ギャンザ様に一撃を……あんな子供が」
「魔王や魔王の娘と随分親しいが、一体何者なんだ!」

 ギャンザを倒した危険人物を今すぐ殺せという雰囲気ではなさそうだ。
 だから、チャンスだ。

「おい、ウラ!」
「ああ、分かっている。今から、私の魔法で目くらましをする。この場を更に混乱させ、父上を担いですぐに逃げるぞ」

 この場を逃げる算段を確認しあい、俺たちが動き出そうとした、まさにその瞬間だった。


「そう…………そういうことだったのですね、ボク」


 この感じ……初めてギャンザを見た瞬間に感じた圧倒的な死の雰囲気。
 全身の鳥肌が一斉に立った。

「なっ! て、テメェ!」
「バカな! わ、私の上段蹴りを受けて立ち上がるなど…………」

 顎に青アザ。切った唇から赤い血がにじみ出ている。
 ダメージだって十分に感じられ、足腰がガクガクしている。

「分かってしまいました。そういうことだったのですね」

 だが、ギャンザは立った。
 不気味な雰囲気だけ醸し出し、自分の負ったダメージや傷など一切介せず、ただ、涙と微笑みを見せた。
 俺は、心の底から悪寒がした。 
 ギャンザは俺を見ながら、泣いていた。

「ボク、可哀想に。君は、薄汚い魔族に純粋な心を奪われて、操られてしまっているのですね?」
「はっ?」
「子供と思って侮っていました、ウラ姫。あなたは、何の罪もない、今を平和に生きる純真な人間の子供を利用して…………なんということを」

 あまりにも的外れすぎることだが、この女は本気で言っている。

「また、始まったよ、この女! 俺が操られている? そう来たか」
「私が、ヴェルトを操っているだと? 訂正しろ! それは、ヴェルトに対する侮辱だぞ!」
「あ~、もう、やめとけやめとけ、ウラ。この女のことが少し分かってきた。まともに会話しようと思ってもストレス溜まるだけだ」
「しかし! しかし、ヴェルト、この女は、この女は!」
「だから、気にすんな」
 
 そう、気にしたら負けだ。俺は怒りをあらわにするウラの頭を撫でて宥めてやった。

「俺たちが互をどう思い合っているかなんて、俺たちだけが分かってりゃいい」
「ヴェルト…………」
「少なくとも、俺は俺の意思でお前の傍に居るんだ。お前の親父や、ルウガに対する気持ちも変わらねえよ」
「ッ! ヴェルト…………うん! 私も…………今日出会ったばかりでも…………例え人間でも、人間だけどヴェルトは好きだ!」
「お~、そーかそーか嬉しいね~」

 さて、それはそれとして、この目の前の女をどうしたものか。
 同じ戦法は二度と通用しないだろし――――――

「ああ、なんて可哀想に!」
「なっ…………」
「は、はやい!」

 気づいたら、ギャンザが俺たちの目の前にいた。
 考えがまとまる前に向こうから来やがった。

「くっ、魔極真から―――――」
「ああ、私はあなたを許さない、ウラ姫」
「あっ……」

 ギャンザが指で素早く十字を描く。
 すると、光る十字架がウラの全身を捉え、光が弾けたと思ったら、ウラの全身を突如現れた十字架が縛り、その体をおびただしい刺のついた蔦で何重にも巻かれた。

「神聖魔法・十字架断罪(クロスエクスキューショナー)」
「なっ、か、体が、動か―――――」
「ウラ姫。純粋悪を内に秘めたあなたに、神の神罰を下します」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 磔にされたウラの全身が神々しい光に包まれた瞬間、ウラの絶叫が響いた。

「ウラ! こ、こんの、電波女が! ウラを離しやがれ!」

 今すぐ助けなくちゃならねえ。
 ウラの体にどんな異変が起きてるか分からないが、どう考えても痛みが伴う何かに決まっている。
 策なんて何一つなかったが、俺は渾身の力を込めて警棒を振り回した。
 だが、

「怖かったでしょう、ボク……」

 気づけば、俺はギャンザに抱きしめられていた。
 わずか十歳の子供のウラの悲鳴にも似た叫びの中で、この女は、何故こんな慈愛に満ちた微笑みを見せる?
 俺は身動きひとつ取れなかった。

「あ、朝倉! ウラ! お、おのれえええええ! ギャンザァ!」

 鮫島が傷ついた体を起こして叫んでいる。
 だが、

「神聖魔法・神炎(ゴッドフレイム)!」
「ッ、し、しまっ!」
「神の炎は慈悲深く、対象を決して滅することはありません。ただし、その業火も同様に消えることはありません」
「ぐおおおおおおおおお」
「悠久の炎に抱かれて、己の罪を改めなさい、魔族」

 消えない炎と相手を燃やし尽くさぬ炎。
 ただ、相手に灼熱の苦痛を与えるためだけの炎。
 無慈悲にも程がある。

「ッ、さ、鮫島ァ! こ、この電波女、離しやがれ! 離せ!」
「ボク、もう大丈夫だからね」

 ダメだ。力づくで何とか逃れようとしても、体に腕が食い込むほどの力で抱かれている。
 身動きが取れねえ。

「で、出た、あれが、あれが、ギャンザ様の神罰の魔法」
「光属性の魔法を極めた者がたどり着ける、神聖属性」
「おい、もっと離れたほうがいいぞ。無慈悲な神罰は、敵も味方も平等に裁く。巻き込まれたら、俺たちも死ぬぞ」

 考えが甘かった。いや、トドメを刺しておくべきだった。
 だが、そんな俺の絶望を更に上塗りする事態が起こった。

「ん」
「――――!」
「ん、ちゅっ、ぷちゅ、ちゅる、ん、んん」

 俺の身に何が起こっている?
 突如、慈愛に満ちた微笑みから、扇情的な笑みを浮かべ出したギャンザは、俺の頭を掴んで、

「ぷちゅ、ちゅる、んん、れろ、ちゅ、ちゅ、ぺちゅ」

 貪るように俺の口内を、自分の唇と舌で蹂躙した。

「ん、んー! んー! んー! ぷはっ、ぐっ、な、何やってやが、んー! んー!」

 キス? 違う。それは陵辱だった。
 ただ、ギャンザの舌が俺の口内を舐め回し、歯茎に至るまで、何度も何度も犯した。

「あ、あさくら―――――――」
「ヴェ、ヴェル、ぐうううう、ああああああああ、くっ、き、貴様、ヴェ、ヴェルトに、な、なにを!」

 気持ち悪い。吐き気がする。意識が遠のく。
 俺は今、何をされているんだ?

「ぷはっ、ふう、大丈夫ですから、ボク。必ずお姉さんがあなたを助けて上げますから」

 俺は何も言葉が出なかった。
 体が痙攣して、頭も何も考えられない。
 ただ、異常なことが起こっているのは分かる。
 ギャンザの味方である、人類大連合軍も、顔面を蒼白させている。

「ギャ、ギャンザ将軍、い、一体何を」

 一人の兵士が尋ねる。
 すると、ギャンザは切羽詰ったような表情で返した。

「この少年は今、魔族に純粋な心を奪われて精神を操られているのです」
「は、はい、そ、それで、それと、その、将軍のく、口づけが何の関係が?」
「彼の純粋な心を取り戻すために必要な儀式の準備です」

 儀式? 準備? この女、一体俺に何を?


「人が純粋さを取り戻す一番効果的な方法。それは、誰かの純潔を手にすることです」


―――――!


「私が魔族に対して甘い戦いばかりを繰り返してきたことにより、この子を巻き込んでしまいました。だから、何としてもこの子を助けなければならないのです。私の純潔を捧げてでも」


 …………って、この女!

「ッ、てめえ、まさか!」
「ボク、ジッとしていてくださいね。お姉さんも初めてだけど、絶対に成功させますから」

 最悪の光景が俺の頭の中に浮かんで、俺の意識は一瞬で覚醒した。
 そして、俺の予想した通り、ギャンザは俺の上の衣類を無理やり剥ぎ取り、自分も身につけていた鎧を外して、俺の目の前で肌を晒した。
 芸術品のように美しく、透き通るような真っ白い裸体なのに、俺には狂ったケモノの巨大な口の中にしか見えなかった。

「っ、おま!」
「大丈夫です。安心していいのですよ。あなたも明日には普通の生活ができますから。あん、暴れないでください。強い心を持ってください。ボクならできますから」
「やめろ! ふざ、ふざけんな! 何で、やめろって言ってんだろうが! は、離れろ! 離せ! ブッ殺すぞテメェ!」
「ああ、魔族の洗脳がこれほどとは」
「俺に触るんじゃねえ!」
「ここですね。ここから、邪悪な魔が溢れ出ています。手遅れになる前に、私が全て吸い取ってあげますよ。大丈夫、私と繋がって一つになることで、あなたは純粋な心を取り戻すことができるのです」
 
 誰も止めない。いや、誰もこの異常な事態にただ、手を出すことができないのだ。
 俺は暴れた。恐らく、生まれて一番暴れた。身を捩らせ、抵抗して、絶対に逃れようとした。

「暴れないでください、ボク。あなたは、元の純粋さを取り戻さなければならないのです。魔族に操られた辛い日々など忘れ、幸せになる資格があるのです」
「ああああああ! くそ、テメェ、ぶっ殺す! ったいに殺す! 離せ! 離せ! 離せ!」
「幸せな世界を生きなさい、ボク。そうだ、もしこれで子供ができたら…………」
「っ!!!!」
「私も責任は取ります。お姉さんと暮らしましょう。とても素敵な未来が待っていますから」

 喰われる!
 据え膳? バカを言うな。こんな恐怖、憎悪、屈辱、悪寒、絶望、負の感情があるか?

この女は狂っている。正常な精神で、正しいことをしているつもりで、こんな狂った行動を躊躇いなくする。
俺なんかじゃ想像もできないほど深い、異常な「何か」がこの女にはある。

「やめ…………ろ…………」
「さあ、一つになりましょう、ボク」

 俺は、喰らい尽くされる…………そう思った。だから、最後の反発。

「こいつらは…………俺のダチだ」
「…………」
「お前なんかと何回ヤッても、変わらねえ」

言ってやった。言いたいことはいってやった。
すると、その時だった。


「アストラル・ボルテックス!」


 妖艶な笑みを浮かべていた、ギャンザの表情が一瞬で憤怒へと変わる。
 次の瞬間、ギャンザが俺から飛び退いた。
 すると、押し倒されていた俺の真上を光り輝く螺旋の渦が通過した。

「なっ?」

 誰かがギャンザを攻撃した。
 誰が? ウラと鮫島は囚えられている。
 ならば、誰が?
 
「誰です! 神聖なる儀式を邪魔する不届きものは!」

 ギャンザの怒り。すると、俺の背後から、聞きなれた声が聞こえた。


「不届きものはテメェだろ、クソ小娘」


 それは、とても粗野で乱暴で威圧的な口調で、


「このクソ薄暗い地下奥深くで、テメエは………」


 だけど、どこまでも頼もしい………
 

「俺の大事な愚弟に何してやがる」


 味方ならこれ以上頼もしい奴はいない、自称未来の俺の義兄。


「ファ………………ファルガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 圧倒的な存在感とオーラを身に纏わせた、ファルガが俺の前に現れた。

「お、おい、い、今、あのガキ、なんて言った?」
「ファ、ファルガ? あいつが、あの、ファ、ファルガだと?」
「な、なんだと! あ、あれが! あれが、大陸最強のハンター! 緋色の竜殺(ドラゴンスレイヤー)し、ファルガ・エルファーシアか!」

 人類大連合軍が驚愕するのも無理はない。
 俺だって驚いているからだ。
 
 でも、良かった。夢じゃない。

 俺は自分が情けないと思えるぐらいに、心の底から安堵した。


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第21話 ようやく気付いた。俺がどれだけ恵まれていたか

 あいつは、国に帰ってきていた。
 幼いころから何度も顔を合わせては、よく訳の分からないことを言っていた。
 紫色のマントに、エルファーシア王国のエンブレム。
 オレンジ色の長髪を後ろで束ねた、少し小柄な男。
 目につくのは、髑髏マークの装飾が施された仰々しい槍。
 抜き身のナイフのように鋭い瞳で睨み付ける男。
 
『よう。愚妹(ぐまい)。愚弟(ぐてい)……二年ぶりか?』

 そういや、ラーメン屋でこの間再会した時も、訳の分からねえことを言ってたな。

『兄様。お、お久しぶりですわ。冒険者ギルドに所属してハンターになると言って国を飛び出されて、ずっと音信不通でしたのに、どうされたのです?』
『つーか、あんた国王と女王と喧嘩して家出したはずなのに、なにをヒョッコリ帰って来てんだよ!』

 二年ぶり。それでも昔から人を見下して射殺するようなこの嫌な目は健在だ。

『ふん、それより愚妹。俺が居ない間に子供を何人産んだ?』
『………………………………はっ?』
『ちっ、その様子じゃ一人も産んでねーみたいだな。この愚弟が。俺がいねー間にちゃんと孕ませとけって言っただろうが。そうでもしねーかぎり、俺が王位を継ぐ話が復活しちまうから、さっさと既成事実を作れって言ったのを忘れたのか? クソ夫婦が』

 うん、壊滅的にぶっこわれた異常な思考回路も健在だった。
 フォルナの実の兄である、ファルガ・エルファーシア。この国の正当な王位継承者だ。
 だが、よくある家庭の事情で両親と喧嘩して家出した、どこにでもいる不良でもある。
 大陸のどこかの冒険者ギルドに所属して、魔獣を倒したり、盗賊団を潰したり、巨大なドラゴンも倒したとかいう噂もチラホラ。

『あ~もう! 相変わらず、こいつは……んで、あんた、何でいきなり帰って来たんだよ? まさか、国王と仲直りでもすんのか? でも、女王様はいねーぞ? 北方の方に長期遠征中だ』
『仲直り? そんなわけねーだろ。俺がここに来たのは、あるクソ大物を追いかけて来ただけだ』
『大物~? おいおい、人類最強ハンターとか噂されるあんたが、何を怖いことを…………』

 俺は大して興味もわかず、ファルガの横を通り過ぎようとしたら……

『クソ勇者やクソ人類連合軍と戦っていたクソ七大魔王の『シャークリュウ』が、この国に向かっているそうだ』
『は、はああああああああああああああああ?』
『に、兄様、それは本当ですの? シャークリュウといえば、この間、ボルバルディエ国を滅ぼした……』
『ああ。そのあと、クソ人類大連合軍やクソ勇者と交戦していたみたいだがな。だが、結局魔王の首は取れず、その行方を連合軍もずっと追いかけているらしいが』

 魔王軍が、この国に向かっている? 何で? 勇者たちは何やってんだよ……って、マジかよ!
 さっきまで、穏やかで平和だったはずの俺の心が、ゾワゾワとした。
 ずっと無縁だと思っていた戦争が、俺のすぐそばで始まろうとしている?

『異形のやつらが……来るのか? この、国に……』

 不意に、親父とおふくろを思い出してしまい、俺は握った手に力が入った。
 すると、俺の頭を、ファルガが蹴り飛ばしてきた。

『いてっ、な、なにすんだよ!』
『愚弟。テメーが気張る必要ねえよ。国境の警備が固めてある以上、クソ化物共が王都には来ることはねえ』
『ああん?』
『それに、今は俺も居る。もう二度と……二度と同じことは繰り返させねえよ。相手が魔族だろうと、魔王だろうと……亜人だろうとな』

 俺は思わず舌打ちした。
 ファルガは表情こそ変えないが、フォークを持っている手が力強く握られている。

『ファルガ、聞いたのか? 親父とおふくろのこと』
『さっき何があったか聞いた。クソ驚いた。俺も二人にはガキの頃から世話になったからな……』

 ムカツクぐらい、ファルガの言葉が頼もしいと思え……

『俺がこの国にいる限りクソどもに二度と好き勝手させねえ。……だからもう、テメーが家族を失うことはねえ。覚えとけ』

 相変わらず、口悪くて思考も残念な奴なのに、実はイイ奴なところも変わっていないファルガに、嬉しいと思った。

 

 そして、あいつはその約束通り……




「よう、愚弟。クソ童貞は無事か?」

 俺の危機に、頼もしく駆けつけてくれた!

「まーな。んで、ファルガ、どうしてここに?」
「魔王の波動を感じたのさ。その圧倒的な波動を追いかけていたら、森で洞窟とトンネルを発見してな。いざ来てみれば、クソおかしな展開になってるじゃねえか」

 魔王の波動? そうか、鮫島の捨て身の大暴れで発せられた力が、ファルガに感知できたんだ。
 あいつの命懸けの大暴れは、無駄じゃなかった。

「さてと、このクソ状況がどういうことかは後で聞くとして、まずは目障りなこいつらか」

 ファルガが前を向いて、槍を突き出す。
 ギャンザ、そして人類大連合軍も思わず身構えている。

「失せろ、クソ小娘。俺と戦って割に合わねえのがどっちか、理解できねえほどバカじゃねえだろ?」
「ふふ、『緋色の竜殺(ドラゴンスレイヤー)しファルガ』様。これまで我ら人類大連合軍がどれだけ破格の条件であなたを迎え入れようとしても断り続けていたのに、これはどういうおつもりですか?」
「どうもこうもねえ。テメエら全員に興味もねえ。だがな、この国と俺の愚弟に手を出す奴は、竜よりも凄惨に殺すと決めてんだよ」

 空気が痛い。

「この、ボクは、あなたの弟ですか?」
「正確には『未来の』だ」

 睨み付けるファルガに対して、ギャンザも笑みがない。
 そして、先に動いたのは、ファルガ。

「ふん」
「っ!」

 一瞬の攻防が、あった……と思われる。
 少なくとも俺には何も見えなかった。
 二人は一歩も動いていないが、二人を中心として地面が円状に亀裂が走った。

「っ……さすがですね……今の一瞬で六回の突き。そして、私の神罰魔法を砕くとは……噂は本当でしたか」

 そして次の瞬間、

「うっ、あっ、わ、私は……」
「ぬっ、炎が…………」
「ウラ! 鮫島!」

 ウラを捕らえていた十字架が砕け、鮫島を覆っていた炎が消えた。
 二人とも、激しく痛めつけられているが、生きている。
 でも、どうやって? まさか、ファルガが?

「愚弟。どうしてお前がクソ魔族と一緒に戦っていたかは知らねえが、これで満足か?」
「聞いたことがあります。緋色の竜殺(ドラゴンスレイヤー)しの槍は、突くのではなく、砕く。それは魔族や亜人のみならず、魔法や能力などの効果すら砕くと」
「おい、うるせえぞ、クソ小娘。俺は愚弟と会話してんだ。まあ、テメェも武器なしで俺の槍を四回まで防いだところを見ると、半端もんじゃねーみたいだが」

 はは……なんだそりゃ…………とりあえず、よーく分かったよ。
 こいつら、ケタが違いすぎる。

「それにしても、困ったことをしてくれますね。そこの、ボクは、純粋な心を失っています。その心を取り戻すために、私の純潔を彼に捧げる。それの何が間違っていますか?」
「議論する気にもなれねえ。まあ、本当にその治療手段が正しいってなら、その役目は俺の愚妹がする」
「それに、魔王とウラ姫のこともです。いかに、あなたがエルファーシア王国の王子とはいえ、人類大連合軍の正当な大義の邪魔をすることは許されませんよ?」
「だから、どうした? テメェらの大義と俺の愚弟。俺がどっちを選ぶかなんざ、考えるまでもねえだろうが」

 一触即発。どちらが先に動くか? 
 だが、どちらが先に動いても、この場にいた誰もが息を飲んで同じことを思っていた。
 絶対にどちらもタダではすまないと。

 だが、

「それもそうだが、そもそもここは明らかにエルファーシア王国の領土内だ」
「ッ!」
「双方、この場は私の顔を立てて、武器を納めてもらえないだろうか?」

 この場に、また聞き慣れた声が聞こえた。
 俺は、その声が聞こえた瞬間、涙が出るほど嬉しくなった。

「いかに人類大連合軍とはいえ、我が国の許可無くして我が国の領土内に進軍はできないはず。今すぐここから立ち去って貰おうか」
 
 その男が現れて、洞窟が揺れた。

「タイラー!」

 間違いない。タイラーだった。
 タイラーが、そしてエルファーシア王国軍がトンネルの穴から続々と集結していた。

「お、おいおいおい! い、今、タイラーって!」
「間違いない! あのお方は、タイラー将軍だ!」
「あれが、『聖騎士(パラディン)将軍(ジェネラル)・タイラー』、嘘だろ?」
「人類大陸の頂点に立つ六人のパラディンの一人が、いきなり現れるとか、ホントかよ」
「しかもエルファーシア王国軍まで!」

 お、おお
 そりゃ~、俺もタイラーがスゲー有名ってのは知ってたけど、予想以上の反応だ。
 近所のおじさんとか、クラスメートの親父として、かなりフランクに話してたけど、やっぱスゴイ奴だったか。

「ふふ、これはこれは、タイラー将軍。お久しぶりですね」
「随分と出世したようだね、ギャンザ。いや、今は将軍か? 私が大帝国軍士官学校に講師として招待された時以来だね」
「ええ、まだまだ、あなたほどの武勇も重ねていませんが」
「いやいや、君なら、あと数年で私などを遥かに超えた大英雄になれるさ」

 ギャンザも、タイラーには一目置いているのか、対応の仕方がこれまでと違う。
 てか、知り合いだったか。

「おい、クソタイラー、テメエも魔王の波動を感じた口か? 随分と遅い到着だがな」
「これはこれは、ファルガ王子。随分と早いですね。まあ、私は王子と違って単独行動ができないもので」
「けっ。そもそも常に国いたテメーらがこのトンネルをさっさと見つけていれば、こんなクソ展開も、……あの事件もなかった」

 あの事件。そう言われて、タイラーの表情が少し曇った。
 そして、俺にも意味が分かった。あの事件、それは親父とおふくろが殺された事件だ。

「ええ、分かっていますとも。だからこそ、もう二度と、あのような後悔はしません」

 いつもニコニコしていた、優しい父親の表情じゃねえ。
 今のタイラーは、

「ギャンザよ。その子は、身分こそ平民ではあるが、我が国には決して欠かせぬ宝であり、国の息子でもある。将軍に対して多大な無礼を働いたようだが、見逃して欲しい。後にしかるべき謝罪の使者と詫びの品を送り届けよう」

 そこに居るだけで、とてつもない大きさを感じる。
 
「どうか、この場はそれで手打ちにして欲しい。ついでを言うなら、魔王と姫の身柄は我らが預からせてもらおう」
「タイラー将軍。それで私たちが納得するとお思いで?」
「私から見ても分かる。魔王はもはや助からん。手柄は全てお前たちだ。我らがその証人だ」
「ウラ姫は?」
「今後の身の振り方は、我が国で責任を持とう。決して、迷惑はかけぬ」

 それは、相手を射殺すようなファルガや、シャークリュウ、ルウガとも違う。
 ギャンザのような、異常な理解不能なものとも違う。

「それでも足りぬというのであれば、仕方があるまい。どうしてもこの子と魔王一族の身柄を渡せというのなら、我らも我らの息子を、そして息子が守ろうとする者たちのために、戦わざるをえない」

 ただ、大きく包み込むような何かが、俺を、そして気づけば戦場そのものを包んでいるよう感じた。
 
「ふ、ふざけるな、首を落としてこそ意味があるのだぞ!」
「魔王とその一族の首を晒し、我ら人類の勝利の勝鬨を上げてこそ、我らの希望と魔族への牽制に繋がるのだ!」
「エルファーシア王国は、人類大連合軍の加盟国でありながら、反旗を翻す気か!」
「戦争になるんだぞ!」

 戦争? バカな。俺が勝手にウラと鮫島を助けようとしただけで、何で……


「ヴェルトくんは我らにとってそれほど重い存在であるということだ」
「王族として国を私情で戦果に巻き込むわけにはいきませんわ。ですから、いざとなればワタクシは王族の身分を捨てる覚悟もできていますわ」


 俺は、今回のことを深く考えていなかった。
 ダチとダチの娘を助ける。その程度のことだった。
 何かが起きても、全て自分の問題としか考えていなかった。

「ちっ、俺は…………やっぱ、バカだ」

 俺は浅かった。
 俺は甘かった。
 俺のバカな行動が戦争とかに繋がるとか、そこまでは考えていなかった。
 エルファーシア王国のことを何も考えていなかった。

 だが、もっと考えていなかったのは、このことだ。


「ガルバ……フォルナ……お前らまで」


 お前たちまで、来てくれたのか?

「あ、あれは、怪力無双として名を馳せた、『巨人(ジャイアント)殺(キリング)しのガルバ』!」
「それに、あの少女は、あのお方は!」
「エルファーシア王国の姫君、フォルナ・エルファーシア様! 『金色(こんじき)の彗星・フォルナ』と呼ばれた天才児だ!」
「な、なんで、なんでだよ! エ、エルファーシア王国最強戦力が、どうして一度に集結してやがる!」

 何でこいつらは、俺のバカで後先考えない行動が、どんな事態を招くかを理解していながら、俺なんかのために本気になるんだよ!

「っ、ヴェ、ヴェルト」
「ウラ、無事か?」
「ああ。し、しかし、この人間どもは……」

 ウラが目を疑うのも無理はない。俺だって驚いている。

「く、はははは」
「鮫島! い、生きてたか!」
「うるせえ、まだ、な。でも、はははは」
「父上! しっかりしてください、父上! っ、こ、これは……」
「いいんだ、ウラ。俺はもう自分でも分かってるから。ははは、しかし、最後の最後にこんな光景を見せられるとはな。朝倉、やっぱお前スゲー奴だったな」

 鮫島が瀕死の体を起こしながら、おかしそうに笑った。
 駆け寄ったウラが、鮫島の体を見て、言葉を失っている。
 だが、鮫島本人は、どこか満足したように、今にも消え失せそうな笑みを浮かべていた。

 世界を懸けて戦っていた鮫島にとって、この光景がどれほどのものかを知っていたからだ。


「ふう……いいでしょう」


 その時、どこか観念したようにギャンザが呟いた。

「タイラー将軍。あなたがそこまで言うのでしたら、首は諦めましょう。ただし、ウラ姫が今後、人類を害する存在となるならば、我々は決してエルファーシア王国を許しません」
「恩にきる」
「全軍に告ぎます! 此度の戦は我らの勝利! 直ちに帝国と本部にこの知らせを伝えるように! 負傷者の手当をしつつ、我々は帰還します! 戦いは終わりです!」

 戦争の終わりを告げる将軍の勝鬨。
 それはウヤムヤになろうとしていた俺やウラたちに対して不満を抱いていた者たちですら、雄叫びを上げてしまうほど、待ちに待っていたものだった。
 いつ死ぬかもしれぬ覚悟を常に持たなければならなかった戦いが、今ようやく一息ついたのだ。
 多少の消化不良はあったかもしれないが、勝者として帰る以上、彼らの表情は晴れやかだった。

 そして、俺は俺で……

「終わったな、鮫島」
「ああ……終わっちまったよ…………俺の、第二の人生はな……」

 一つの決着をつける必要があった。
 ダチとの、別れという決着を。

「おい、鮫島! 鮫島! ッ、ヒデーな」

 俺は絶句した。形容のしがたいほど無惨に切り刻まれ、炎によって焼け爛れた鮫島の体を。
 だが、鮫島は既に痛覚すらないのか、表情はおだやかなものだった。

「ッ、おい、フォルナ、お前回復の魔法とかできねーのか?」
「ヴェルト、しかし…………」
「魔王だっつうのは分かってる。でも、何とかしてーんだよ! 何とかならねーのか?」
「いいえ、そうではなくて、ヴェルト……もう、魔王は……」

 フォルナが首を横に振る。
 それは、魔王を治療することへの拒否ではない。
 もう、どうしようもないと悟った表情だ。

「いいんだ、朝倉」
「いいって、お前!」
「俺ももう分かっている。勇者にやられた傷が、魔族の心臓ともいえる核まで届いた。もう、……俺は助からねえよ」

 覚悟をしていなかったわけじゃなかった。
 だが、俺の覚悟なんて所詮は、頭の悪い底の浅いもの。
 いざ、その時になると、やっぱり心が震えちまう。
 
「ッ、テメエが、何を満足したように言ってやがる!」
「朝倉…………」
「まだ、まだ話すことがいくらでもあるだろうが!」

 後悔しないつもりで選んだつもりだった。
 でも、結局何も変わらなかった。
 俺は弱くて、頭が悪くて、結局後悔する。

「あさくら、おれは、もう十分満足したよ」
「おまっ!」
「ウラ……来てくれ……もう……立てそうにもない」

 喋るたびに、体がガラスのように亀裂が走り、砕けていく。
 もう喋らない方がいい。喋れば余計に……

「はい、父上」

 それなのに、何でお前は既に覚悟している。
 お前は十歳だろ? 俺と同じ歳。それどころか、精神年齢だって十七歳の俺と比べて幼いはずだろ。
 なのに、何でお前は既に鮫島の死を受け入れて、最後の言葉を聞こうとしている?

「ウラ、すまなかったな。お前にはこれから、辛い思いをさせることになる」
「いいえ……私は父上から多くのものを受け継ぎました。王としての父上。親としての父上。どちらの父上も、私にとっては誇りです」
「まったく、可愛いことを言ってくれる。ちょっとでもお前が泣こうもんなら、ま、んぞく、に、死ねない、心残りができて、いた、よ」
「あとのことは…………わたしに、おま、か、お任せを」

 違う。受け入れたわけじゃない。
 どうしようもないと理解しているからこそ、ウラはせめて父の前で毅然と振る舞おうとしているんだ。安心して逝けるように。
 泣けばいいだろ。
 そんなに目元を潤ませて、全身を震わせながらも堪えるぐらいの涙なんか流せばいいだろ。

「ウラ、我は、我なりの信念や考え、そして大義に基づいて人間と戦った。だが、それをお前が受け継ぐ必要はない」
「父上……」
「ここにいる、あさく、いや、ヴェルトのように、ほんの僅かなことで分かり合うことが出来る者もいるのだから。お前には、お前の想うように、人間を見て、接して欲しい」
「はい。分かりました、父上。私は……大丈夫、ですから」
「お前の幸せだけを願っている」

 泣かないのが立派なことなのか分からない。
 だが、それもまた、ウラの強さの一つなんだろう。
 俺に、こいつをこれから先、守ることができるのか?
 正直なところ、自信などまるでなかった。

「朝倉」
「あんまり、朝倉朝倉言うなよな。まあ、お前ならいいけどさ」
「今度こそ、どうしてもの願いだ。頼む、俺の、ウラを…………」
「…………だから、何でだよ! 何で、簡単に俺なんかに託せるんだよ!」
「?」

 俺には自信がない。なのに、どうしてどいつもこいつも、俺をそこまで買いかぶる!

「俺はどうしようもない、バカだ。でも、お前も大バカだ! 自分の命より大事なもんを、よりにもよって俺に託そうとしてやがる。俺はさっきの通り、バカ野郎だ。考え無しだ。テメエのやったことがどうなるかすら理解もしていなかった。力もねえし、才能もねえ、覚悟もねえ。半端なんだよ、何もかもが。俺は、お前が考えてるような奴じゃねえってのに!」

 全部吐き出したかった。俺にそんな価値はないと。
 お前の信頼に足る男じゃないと。
 応えようと、覚悟を決めようと、それなのに後悔ばかりだった。
 鮫島の最後の頼み。答えなんてとっくに出ているのに、俺はそれでも弱音を吐くしかなかった。

「か、はは、ははははは」

 なのに、何でお前はそんな、全てを安心したかのように笑ってんだよ!

「朝倉。俺にとって、重要なのは、ウラを守れる力とか、そんなのがあるなしじゃねーんだよ」
「な、んだと?」
「俺にとって重要なのは、魔族の姫とか世界とか考えないで、ただ、ウラを幼い一人の子供として、その将来を必死に悩んでくれる奴が一番なんだ。お前はこの世でウラのことを魔王シャークリュウの娘として見ない唯一の男だ。魔王ではなくダチの子供として、ウラを見てくれることが、俺にとっては一番なんだ」

 俺は、ほんの少しだけ気持ちが楽になったような気がした。
 俺が守るのは、魔王の娘ではなく、クラスメートのダチの娘。
 勿論、それでも十分重いものには変わりない。
 だけど、背負う以外の選択はない。

「魔王としてお前が大事にしてきたものが何なのかは俺は知らない。でも、お前が一人の男として大事にしてきたもんは、俺が何とかしてみせる。それでいいか?」
「十分だ……それだ……けで」

 この安心しきったダチの顔を、裏切ることが出来ない。
 俺は、半端だろうと浅かろうと、それでも俺なりの覚悟をするつもりだ。

「もし、お前がいつか、みんなに……再会し、たら、よろし……言っておいてくれ」
「ああ。同窓会でもしようもんなら、天に向かって乾杯ぐらいしてやるよ」
「天は無理だ……。俺、は地獄に、行って……から」
「どこでもいいよ、んなもん」

 俺たちは、この瞬間だけまた高校生に戻れた。
 朝倉リューマと鮫島遼一の二人に。

「会えるといいな。みんなに……神乃にも」
「ああ!」

 そして、気づけば俺たちは自然と手を差し出していた。
 体育祭のあの時のように。

「渡すぞ…………」
「バトンよりも遙かに重いもんだが、受け取って走ってやるよ」

 弱々しいが確かに響いた乾いた音。
 俺は、この世界で唯一魔王とハイタッチを交わした男となった。

「あばよ、…………しん…………ゆう」

 だから、いつからだよ! いつから俺はお前の……まっ、いっか。
 そもそも、いつからでもいいのかもしれねえ。
 だから、俺も観念して言ってやるよ。 

「ああ、またな。親友」

 次の日には大陸中に知らせられた。
 魔王シャークリュウ・戦死。

 そして、俺の心には、二度と消えない事実だけが残った。
 クラスメート、鮫島遼一の二度目の死が…………
 

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第22話 あいつとの誓い

 魔王シャークリュウの咆哮。熱き想い。そして、願い。俺は今でも鮮明に覚えている。

 「よっ。今日も来たぜ」

 親父とおふくろの隣にある、一つの墓。
 その墓には、この世界の誰もが読めない文字が墓標に刻まれている。
 そこは、街の人たちにとっては誰の墓かも知らないもの。
 ただ、俺とウラと一部の関係者のみが知る墓。

「父上、おはようございます。私は変わらず元気です。メルマさんや奥さん、それにヴェルトにはいつも良くしてもらっています。だから、心配せず、見守っていてください」

 ウラが手を合わせたその墓には、こう刻まれていた。
 『シャークリュウ・ヴェスパーダ。鮫島遼一の魂と共にここに眠る』と。
 ただし、その文字をこの世界の人間は読むことはできない。
 ヴェルト・ジーハとして生まれて初めて書いた、俺たちだけが分かる文字。
 
 『カタカナ』と『漢字』と『ひらがな』で彫った墓標。

 それは、ある一人の男の墓。
 ウラの父親であり、人類の宿敵であり、世界にその名を刻む七人の魔王、『七大魔王』の一人であるヴェスパーダ魔王国の魔王シャークリュウの墓。
 だが、俺にはそれだけではない。
 俺を信じ、俺にウラを託したその男は――――――

『あばよ、…………しん…………ゆう』

 俺の親友だった。
 圧倒的な魔力と力で相手を支配する魔王。
 魔王シャークリュウが咆哮する。
 その瞬間、シャークリュウの肉体から激しく血が流れだした。
 勇者につけられた傷が開いたのだ。
 痛々しいまでに刻み込まれた傷が、更に広がっていく。
 絶対に安静にしなければならない傷。広がれば、命の保証はない。
 だが、シャークリュウは、もはやそれを捨てる覚悟だ。
 命より大事なものを守るために。
 
 そして、全ての力を出し尽くし、大切なものをあいつは守り抜いた。
 だが、それは同時に、俺たちのあいつとの別れをも意味していた。
 その力を持って、人類から娘を守り抜いたあいつは、俺たちの前でその命の炎を消した。
 だが、その全ての炎が消える前に、あいつの残した最期の言葉が、俺とウラに託された。
 『ウラを絶対に守ること』『ウラを幸せにすること』。それが俺の一つの使命みたいなもんになった。
 人類と異種族の争いの歴史から、この国でもウラをそう簡単に受け入れることは出来ないことは分かっている。
 でも、それでも守りぬく。それが、俺のあいつとの誓いだから。

 そこから先、俺はつくづく自分は何もできないと理解した。

 託されたと言っても、俺自身は弱く、力もない。

 でも、それでも俺にできることがあるとすれば、どんなにみっともなくても、他の人たちにすがること。

 頭を下げて下げて、ただ、ウラを助けたいから力を貸してほしいと御願いするだけだった。


『魔王シャークリュウの娘である、ウラ・ヴェスパーダに恩赦を。そして、この国で保護せよと、そう申しておるのか?』

 玉座の間で、このエルファーシア王国の国王であり、フォルナの父にすがる俺。
 その人は、国王という身分でありながら、いつも俺を自分の子供の用に可愛がってくれて、優しい近所のおっちゃんみたいな感じだった。
 だが、その日はいつもの優しい親父じゃない。紛れもなく国王だ。
 権威の衣を纏い、半端な回答を許さないという雰囲気を出している。
 誤魔化しは効かない。

『ヴェルトよ。やはり信じられんな、お前がシャークリュウの友人ということが。私はお前のオムツを変えたことがあるほど、お前のことで知らないことはないと思っておる。いや、それは私だけではない。無論、王女も、タイラーも、ガルバも、フォルナも、そこのバカ息子もだ。お前はいつ、魔王と出会ったのだ?』
『言えない。というか、『魔王』と出会ったのは今日だ。でも、俺たちは気が合った』
『それを信じろと? いや、そんな答えで納得しろと?』

 まさか前世からの知り合いとは言えるわけがねえ。
 それに、国王の言っていることの方が正しい。
 こんなメチャクチャナ話を信じられるわけがない。
 でも俺は、ただ、言うしかない。

『ヴェルト………』
『心配すんな、ウラ』

 ただ、託されたものを死に物狂いで守るだけだ。

『うん………すまないな………………ヴェルト』
『なんでお前が謝るんだよ』
『だって、私の所為でヴェルトにも迷惑が………』
『ガキがいらねえ心配すんなよな。これは別にお前のためじゃねえ。言ってみれば、男の意地みたいなもんだよ』

 そうだ。こいつは俺のただの意地だ。
 だから、ガキがそんな不安そうな顔で下向いてんじゃねえよ。

『ヴェルト………………』

 そう言って、俺の手をギュッと握ってきたウラの手を、俺は握り返してやった。
 泣いている子供をあやすように。
 ダチの娘。そう思うと、父親の心境ってこういうもんなのかと思った。
 言ってみれば父性本能だ。
 
『ウラの責任は、俺が持つ。これから先、俺が面倒を見る。だからこそ、勘弁してやって欲しい』

 だが、やっぱり今一番の難関は国王。
 優しさだけが取り柄の王なんて思ってゴメン。
 俺の中途半端な答えは軽く論破してくる。

『ヴェルトよ。確かに、今のウラ姫を見る限りは心配ないかもしれぬ。だが、ウラ姫が魔族であり、魔族の姫であった事実は変わらない。そして、彼女の父親は多くの人類を殺し、そして彼女の父親は人間の手によって滅んだのも事実だ』
『あ、ああ、分かってる。でも、ウラは復讐のために生きないように親父に言われた。こいつも、それを心に刻んでいる』
『今はな。だが、あと数年後はどうだ? 彼女自身、知恵や視野が広がり、再び人間に対する憎しみを抱かぬ保証はできるか? いや、彼女の存在を疎ましく思う人間たちはどうするつもりだ? 他の魔王国軍やヴェスパーダ王国の生き残りが彼女に王国の復興を持ちかけらたらどうする?』
『そ、それは、だな』
『ボルバルディエ国の関係者が、彼女に対して復讐するようなことがあればどうする?』
『ッ、お、俺が、何とか……』
『このことが原因で他国の信頼を落とし、我が国を危険にさらすことになればどうする? 事実、今回のことで我が国は人類大連合軍加盟国からの信頼は大きく落ちたと言っても過言ではない』

 何一つ言い返せることはできない。
 当たり前だ、ディベートするより拳が先に飛んでいた不良の俺には、どんな言葉も説得力がない。
 それに、現実的に無力な十歳の俺に示せる覚悟なんて知れたものだ。

『分かっている。いや、俺が分かっていないこともたくさんあることは分かってる。でも、それでも、それでもだ!』

 できるとしたら、これぐらいしかなかった。


『お、…………お願いします! ウラを、…………いや、俺に力を貸してください!』


――――――ッッッッ!!!!


 あの日、俺は前世も含めて土下座なんて生まれて初めてした。

『俺は、何もできなかった! あいつが、何を抱えて何に苦しんでるのかも聞いてやれず、何を思って生きてきたのかも分からないままだった! 俺が聞いても理解できないから…………そんな理由で誤魔化した』

 正直、あんな情けないことはしたくなかった。
 だが、俺にはあれ以上の懇願や気持ちの示し方を伝える方法が無かった。

『それなのに、あいつは、俺のことをダチだと言った。俺は全然たいしたことないのに、世界を舞台にデッカイもん抱えて戦ってたやつが、俺のことを友達だと思ってた。そのあいつが、絶対に軽くもねー頭を俺に下げてまで、俺を信じるって、どうしてもの願いだって、そう言って俺に全部託したんだ!』

 プライド? そんなもん、もはや俺に何の意味もなかった。
 そもそも、今の俺には守るべきプライドなんてとっくになくなっている。

『だから俺は、こいつだけは絶対に守りたいんだ! でも、俺一人じゃどうしようもないんだ! だから、だから、お願いします! 俺に、力を貸してください! 俺にできることだったら、何でもするから!』

 情けねえ。託されて結局俺にできるのはこうやって頭を下げるくらいだ。
 でも、頭を下げるしかできないなら、いくらでも下げる。
 それが俺にできることだった。

『…………ヴェルト…………顔を上げよ』

 フォルナの父でもあり、このエルファーシア王国の国王様は、こんな俺に何というか? 
 考えなしの子供と鼻で笑うか?
 しかし、

『初めてだな。お前が、私たちに頭を下げてまで何かをお願いするのは』
 
 国王は笑っていたが、その顔は、俺がよく知っているいつもの父親のような温かい微笑みだった。

『ヴェルト。お前は小さい頃から、少し変わっておった。お前は私やフォルナと接するときも、その他の誰が相手でも取り繕ったりせず、素のままで接していた。だが、一方でお前の心の底からの願いや声を聞いたことがなかった。困ったときも、自分の中で自己完結するか、諦めるか。少なくとも誰かにお願いをするようなことは一度もなかった。お前の両親に対してもそうだった』

 確かにそうかもしれない。
 俺は誰かに頭を下げてまで助けを求めたことはない。
 自分でどうにかするか、できないと判断して諦めるかのどっちかだった。
 それは、朝倉リューマの記憶を取り戻してから余計にそうなった。
 誰も本当の俺を知らないこの世界の全員を、表面上は付き合っていても心の中では他人だと思っていたからだ。

『唯一の例外は、メルマ氏。お前の両親が亡くなったとき、お前は彼に頭を下げてまで自分を引き取って欲しいと言った。彼に頼った。正直言うとな、あれはメルマ氏が羨ましかったんだ。出会ったばかりなのに、そこまでお前に信頼されている彼が』

 そう、先生は例外だった。
 本当の俺を知ってくれる人。
 だからこそ、俺も頼り、そして甘えてしまった。

『だから、ヴェルト。その願いに出来るだけ答えてやりたいという気持ちはある。だが、私たちがその気持ちであっても、国民が同調してくれるとは限らない。そこは分かるな?』
『ああ、分かっている』
『私たちもできる限りのことはしよう。だが、一番辛い思いをするのは、お前たち二人になるかもしれないということは、覚悟して欲しい』

 分かっている。鮫島とハイタッチした瞬間から、もう腹は括っている。

『ベラベラなげーよ、クソ親父』

 その時、俺たちの間に、ずっと黙っていたファルガが口を挟んできた。
 その視線は俺ではなく、俺の後ろに隠れていたウラに向けられていた。

『問題なのは、そこのクソ魔族の気持ちだ』
『ッ!』
『さっきからクソ親父がベラベラ喋っているが、内容は何も間違っちゃいねえ。だがな、クソ魔族、何より今一番重要なのはテメェの気持ちでもある』

 ファルガの鋭い殺気のようなものが、ウラに容赦なく注がれた。
 ウラは少し体を強ばらせながらも、しっかりと俺の手を握り返し、ファルガの前に立つ。

『私の気持ち?』
『そうだ。テメエは俺たちを…………いや、俺の愚弟の想いに対してどう応える? テメエは、愚弟を、ヴェルトを裏切らないと誓えるか?』

 ウラの気持ち。
 そういえば、俺もそれは確かめてはいなかった。
 ただ、鮫島の言うとおりに俺は黙ってウラを当たり前のように連れてきたが、ウラ自身の本音は聞いていなかった。
 
 すると、ウラは………

『私の本音………私は、ヴェルトに迷惑をかけたくない……私だけが、助かっていいとも思えない。父上も、ルウガも、みんな逝ったのに………私だけ』
『おい、ウラ!』
『でも! ………それでも………わがままを言えるなら………一人は嫌だ………だから、ヴェルトと一緒がいい』

 ウラの本音。いや、弱さをさらけ出した姿。
 俺は、その時に初めて、ウラの年相応の姿を見れたような気がした。
 姫としての強い振る舞いや、父の死を前にしても毅然とした振る舞いを見せていたウラ。
 逆に、そんなウラを見れて、どこかホッとしたような気がした。

『ならば答えは簡単だ。テメエが愚弟を裏切らねえ。そして愚弟は何があってもテメエを守るって言ってる以上、クソみてーな火の粉は俺がいくらでも払ってやる』
『ファルガ………』
『クソ親父、そして愚妹。それでいいな?』

 そのうち、ファルガを兄貴って呼んでやるか? 
 冗談抜きで、俺は呼べるけどな。

『ヴェルトが心から望むことに、私も反対はしませんわ』
『フォルナ………』
『ただし! ただし! これだけは、ウラ姫に言っておきますわ! ヴェルトがあなたを守るのは構いませんわ。でも、………ヴェルトはあげませんわよ』

 ふくれっ面ながらも頷いたフォルナ。
 タイラーも、ガルバも、近衛兵たちもみんな微笑んで頷いてくれた。

「………ありがとう、みんな、恩にきる!」

 今度はお願いじゃない。感謝だ。
 不思議なもんだ。
 お願いするときの土下座はあれほどギコチなかったのに、感謝の気持ちがいっぱいになると土下座でも足りないぐらいの想いがこみ上げてきた。

『では、ウラ・ヴェスパーダ殿よ!』
『は、はい!』
『ようこそ、エルファーシア王国へ! そなたを心より歓迎しよう!』

 国王の笑顔の言葉に、ウラも言葉がなかった。
 俺の隣で何度お頭を下げて「ありがとう」の言葉を繰り返していた。



 それが、俺の運命の再会二番目の出来事。

 そして、運命の別れの二度目の出来事でもあり、その別れで、そいつから宝物を託された日のこと。

 それが、今ではこんなことになっていた。

「おら、いつまで喧嘩してんだ、ウラ、フォルナ。仲良くしろよ」
「だって、ヴェルト、こいつが!」
「んもう! ヴェルトはどっちの味方ですの!」

 これが今のヴェルト・ジーハという男の人生だ。
 
「さっさと帰るぞ。今日は、餃子の作り方を先生に習う」
「なに? ギョウーザか? じゃあ、二人で共同作業だ!」
「ちょ、あ、あなた、なにをドサクサに紛れて言ってますの! ヴェルトとの共同作業はワタクシ意外とはさせませんわ!」

 前世で世話になった女と再会すること。
 ただし、今のヴェルト・ジーハとしての人生を決して軽んじないこと。そして、俺の命に代えても、親友の娘を守ること。
 
 親父。おふくろ。鮫島……そして、神乃……俺は今、ちゃんと生きてるよ。

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第23話 いつまでも一緒ではない

 ウラを引き取って、最初は魔族ということで、世間からもあまり好意的ではない目で見られていたものの、それもほんのわずかな期間だった。
 俺と手をつないで街を歩いたり、街中でフォルナと喧嘩したり、俺がちょっと意地悪したら泣きわめいたりして、そんな様子を見ていた王都の連中もすっかり毒気が抜かれたのか、今では普通の子供と変わらずにウラに接している。
 それだけではなく、とんこつラーメン屋の新しい看板娘としても働きだしてからは、すっかりウラも俺と先生とカミさんの中に馴染むだけでなく、店に来る常連客からも可愛がられるようになった。
 そう、俺がどれだけ鮫島の遺志に報いてやれるかは分からないが、少なくともウラも少しずつ笑顔が見られるようになって俺も満足していた。
 これからは、ウラの面倒を見ながら、一緒に大きくなって、先生たちと過ごし、そして幼馴染やフォルナたちと一緒にこれからもずっと…………

「おーい、ヴェルトー、大変だぞー!」

 一人の客が勢いよく店に駆け込んできた。
 汗だくで、息を切らせて、必死の形相だった。
 店によく来る常連客のおっさんの一人だ。

「何だよ、いきなり」
「どーしたもこーしたもねえ、大変だぞ!」
「だから、何が?」
「お前はなにも聞いてねえのか? 今、広場で正式な発表が出たんだよ」

 だから、何をだよ。
 あまりにも勿体付けるせいで、店中の動きが止まっている。
 すると、

「お前、『大帝国軍士官学校』って知ってるか?」
「ああ、それなら名前だけ。フォルナとかが数年後に行く、帝国にある金持ちと天才が集まる学校だろ?」

 そして、大半が卒業後にそのまま人類大連合軍に配属され、魔族や亜人との戦争の最前線に赴くことになる。
 人類の希望と未来の英雄たちが集う学校。
 そして、国に帰れば、絶大な名誉と称号まで与えられる、この世界の目を輝かせたガキは誰もが憧れる学校だ。

「それがな、今年から飛び級制度が採用されるようになって、この国も、エルファーシア児童魔法学校のシャウト坊ちゃんをはじめとした成績上位十人と、特別枠でフォルナ姫様の入学の許可が下りたんだってよ!」

 それは、みんながいつまでもガキのままではいられないと理解する、一つの節目でもあった。

「姫様たちは、しばらく帝国に行って…………学校卒業したら戦争に行っちまうんだってよ!」

 いつか、そういう日が来る。そう思っていたことが、予定よりも早まっただけのこと。
 それなのに、俺は今この状況下で、どういう反応をすればいいのか分からず、ただしばらく呆然と立ち尽くしていた。


 そう、いつまでも居っしょ。そんなこと、ありえないんだ。


 俺がそうなように、この世界で生きる奴ら一人一人にだって、自分の人生があるのだから。













 選ばれた子供たちは、全てが未来の国の英雄だ。
 大帝国軍士官学校に飛び級進学が決まった子供達のため、この日の夜は国を挙げてのお祝いパーティーを行った。
 場所は王都の街中にある噴水広場を中心として、テーブルの上には数々の料理や飲み物を設置し、多くので店や街の連中が手に皿やコップを持って、宴に盛り上がっていた。

「やりましたな、お宅の息子さん!」
「がっはっはっは、さすがは俺の息子よ! 俺と同じで優秀な血が流れてるってもんだぜ!」
「なーに言ってんだい、この宿六は。ほんと、あの子があんたに似ないで良かったよ」
「我が公爵家としてこの結果は至極当然。この程度で喜ぶにはまだ早い」
「ううう~、ウチの娘が~、帝国に行っちまうなんてよ~」
「こらこら、あの子は我が国の代表として行くわけなんだから、笑顔で見送ってやらないと」

 選ばれた子供たちの親を、街中の人たちが掲げて祝福の言葉を送る。
 親たちの輪は、涙や喜び、酔っぱらいの騒ぎ声がよく響いている。
 そして、その輪からさらに奥へ進むと、噴水を背にしたガキ達が何十人も集まっている。
 それは、以前まで俺の学友だった連中だ。

「よっしゃあ! これで俺も世界の英雄たちの仲間入りだ! 俺の将来も確約されたも同然」
「うん、僕も国王様や人類のために戦うことができて嬉しいよ」
「ちょっと、私たちはまだ軍に所属が決まったわけじゃないわ。キッキリ軍士官学校での卒業をしなければ、落ちこぼれと同じよ」
「う~、私なんかが、選ばれていいのかな~」
「ほかの国の奴らも集まるんだろ? どんな奴らが来るか楽しみだ」
「俺は怖いな~、あんまり気が乗らないよ」
「だったら残れば? あんたの他に行きたいやつはいくらでもいるんだからさ」
「俺は英雄とか勲章なんてどうでもいい。この暗黒の時代を終わらせてやるのが俺の野望だ!」
「もう、熱くなるのはいいけど、勲章は重要だよ? 名誉はちゃんと形あるもので評価されてこそだよ」

 そこに居るのは、平民、貴族、王族筋、身分の差はなく、その才能を評価されて選ばれた子供達だ。
 エルファーシア児童魔法学校の成績上位者の子供たちが、自分たちの進路に喜び合い、野望を語り合い、僅かな不安を口に出しながら、パーティーの中心で、大勢のクラスメートや大人たちから祝福を受けていた。

 その輪を外から見ながら、割烹着姿の俺とウラはこのパーティー会場に足を踏み入れた。
 目的はパーティーの参加ではない。
 ただの、出前だ。

「おや、ヴェルト! ヴェルトじゃないか!」

 俺が来ていることに気づいたのは、シャウトだ。
 その声に反応して、元学友たちや大人たちも一斉に振り返った。

「よお、シャウト、おめでとさん」
「嬉しいな、来てくれたんだね、ヴェルト」
「お祝いに来たわけじゃねえよ。パーティー用の料理にウチから餃子を千個差し入れに持ってきたんだよ」
「おお、それはありがとう! いや~、実は僕も君の店の料理を食べてみたかったんだよ。ただ、なかなか行く機会がなくてね」
「まあ、忙しかったんだろ」

 ついこの間は、俺と戦って半泣きしていたシャウト。
 しかし、今ではこの選ばれた子供たちの主席として、どこか貫禄が見えてきた。
 その立ち振る舞いが、どこか自信に満ち溢れているように見えた。
 すると、シャウトが何かに気づいて俺の後ろを見る。その視線は、俺の背後に立っているウラに向けられていた。

「おっ、ところで、その後ろに居るのは、ひょっとして噂の」
「おお、ウラだ。おい、ウラ、こいつはシャウト。元クラスメートで、タイラー将軍の息子だ。挨拶しとけ」
「…………ペコリ」

 だが、ウラはペコリと軽く会釈をするだけで、いつもの接客のサービス笑顔がない。
 多分、これだけ大勢の人間の輪の中に居て緊張しているんだろう。
 それに、多少は打ち解けて来たものの、ウラは店の常連客以外とはまだ関わりが少ない。
 自分がどういう存在かを理解しているからこそ、あまり目立とうとしていなかった。
 すると、シャウトと俺の会話をしている姿に気づき、続々とガキどもが集まってきた。

「おっ、ヴェルト! 久しぶりじゃねーかよ!」
「ほんとだ、ヴェルトくん! どうしてここに!」

 真っ先に駆け寄ってきた二人。
 成績十位:シップ・トンロー。大工の親父を持つ平民の息子。
 成績九位:ガウ・スクンビット。城の衛兵の父を持つ平民の息子。
 二人は良くつるんでいるのをよく見かける。

「あ、ヴェ、ヴェルトくんだ。う~、怖いよ~、私、彼は苦手なの」
「うん、俺も怖い。でも、学校辞めたときは少し寂しかったよね」

 成績八位:ペット・アソーク。公爵家の娘のお嬢様。
 成績七位:チェット・アソーク。ペットの双子の兄。
 公爵家のエリートだが、二人共性格は臆病で、素行の悪かった俺とはあまり話したことがない。

「ふん、彼ね。自分勝手に生きて、のんきなものよね。まあ、彼が国王になったとき、私たちがしっかりとしないといけないわね」
「くだらない。キョーミなし」

 成績六位:ホーク・ナナ。戦争孤児で教会育ちの娘。
 成績五位:ハウ・プルンチット。騎士団所属の父を持つ娘。
 ホークはメガネをかけた委員長タイプでクラスのまとめ役で、よく俺をウザがっていた記憶がある。
 ハウに関しては、子供では珍しい誰にも媚びない一匹狼タイプで、一人で行動していた奴で、あまり話したことはない。

「そう言うなよ。あいつ、結構面白いよ。それに一緒に勉強した仲間じゃないか」
「うん。魔法使えないけど喧嘩は強いしね。でも、一番強いのは不幸があってもメゲない心だって父様が言ってたよ」
 
 成績四位:シー・チウロム。現在国王相談役で元大臣の孫息子
 成績三位:サンヌ・エカマイ。王都の商会トップの娘。
 シーは同期の中で一番特徴がないのが特徴。というより、名前が張り出されて今日初めて名前を知った。
 サンヌは同期の中で一番可憐で可愛くて優しい金持ちお嬢様。まあ、俺とはあまり関わりがなかったけど。

 こうして見ると、同じ学校で学んでいたのに、ほとんどが別に友達というわけでもなく、あまり感慨にふけることはなかった。
 シャウトと、もう一人を除いて。

「ヴェルト、お前、学校辞めて魔法もロクに覚えないで何やってんだよ!」

 俺を見るやいなや、非常に不愉快そうな顔を浮かべながら俺に近づいてくるガキ。
 前世で見た桜を思わせる、印象的なピンクの髪型。
 ガキのくせに、その目は野生の獣のように鋭く、熱い光を帯びている。

「よう、久しぶりだな。バーツ」

 成績二位:バーツ・クルンテープ。酒場のマスターの息子。
 バーツとは学校でよく喧嘩した記憶がある。
 こいつは絵に書いたような正義に燃える熱血漢。対して俺はテキトー。
 結構からかい甲斐があるから俺は嫌いじゃないが、不真面目な俺をこいつは相当嫌っていた。
 座学ではシャウトに及ばないため、成績こそ二位だが、実戦での実力は実質同期の中でもトップと言ってもいい。
 まあ、フォルナよりは弱いだろうけど…………
 
「ヴェルト、お前は本当に来ないつもりか? 姫様や国王に頼めば、お前も推薦で来れるかもしれないぞ?」
「はあ? なーに言ってんだよ。さすがにそれは無理だろ。大体、学校行ってたころも成績ドンケツの俺が、天才児たちの学校に通う? 初日でギブするね。つか、そもそも興味もねーし」
「ッ、お前、それで本当に何も思わねーのかよ!」

 その時、バーツが俺の胸ぐらを掴んで怒鳴り声を上げた。
 自然と会場がその声に反応し、静寂が流れた。

「ヴェルト、お前は今のこの世界を見て、何とも思わねーのかよ」
「はあ?」
「お前はいずれこの国の王様になるんだろうが。なのに姫様だけを戦場に行かせて、自分はこの国で気楽に暮らす? 情けねーと思わねえのかよ。お前はそれでも、男かよ!」

 随分と純粋な目で、結構痛いところをついてくる。
 まあ、魔法学校をやめた瞬間から、俺はこの世界で戦うことを放棄した人間と見られても仕方ないんだけどな。
 
「なあ、バーツよ。お前はよく、暗黒の時代を終わらせるって言ってたが、それって戦争を無くすってことだろ?」
「そうだ。魔族と亜人と人類の三竦みの時代。どの種族も途方もない犠牲と悲劇を生み出してきた。それを一刻も早く終わらせることが、この時代に生まれた俺たちの使命なんじゃないのか!」

 バーツの瞳と心は、朝倉リューマが既に忘れてしまった純粋さと、真っ直ぐな正義が篭っている。
 俺にはそれがバカらしいと思う反面、心の中ではこいつを結構気に入っていた。


「ヴェルト、お前は魔法が使えなくても喧嘩だって強い。口が悪くて勉強もできないけど、頭の回転だっていい。友達少ないけど、誰にも物怖じしないから、一度関われば色んな人とコミュニケーション取れる。フォルナ姫や、そこにいる魔族の子みたいに!」

「何だよ、ボロクソ言った後はベタ褒めか? よせよせ、照れるじゃねーの」

「そうじゃねえ! お前にやれることだって幾らでもあるはずだ! その役目さえ見つければ、きっと俺たちの大きな力になってくれる! それなのにお前は、興味ねえとか関係ねえとか言って、この世界を見て見ぬ振りするのかよ!」


 ああ、そうだ。俺はこの先、こいつと同じような目は絶対にできない。
 どこまでも純粋で打算も裏表もない。
 こういう奴が、いずれ呼ばれるんだろうな。
 世界が認める「英雄」とか「勇者」と。
 俺には一生縁のない言葉だ。

「バーツ、お世辞じゃなくて、お前はマジでカッコイイな」
「な、なんだよ、いきなり!」
「だからこそ、正直に言うぞ」

 俺は所詮、その程度なんだ。
 戦争なんてものは、テレビの向こうの遠く離れた世界のものにしておきたい。
 魔王との出会い、ギャンザとの対峙、洞窟内での惨劇。
 これから先、何度も命をかけて、ああいう場面を乗り越えてでも世界を変えようとか、全然そんな気持ちになれない。


「俺には興味ねーし、他にやりたいことがある」


 その瞬間、バーツの中で何かが切れたのか、拳を思いっきり振りかぶって俺にふり下ろそうとする。

「この腰抜けやろう! お前やファルガ王子みたいな奴らが、人類のために戦わなくてどーするんだよ!」

 これが、この世界の常識。やっぱ、つくづく俺はこの世界に馴染めねえな。
 出会ったやつらは、そんなに嫌いじゃないんだけどな。

「それまでだ、やめろ」

 その時、俺に振り下ろされるはずだった拳が止まった。
 
「なんだよ、お前」

 止めたのは、ずっと俺の背後に居て、黙っていた、ウラだ。

「離せ、俺は今、ヴェルトと話してんだ」
「ヴェルトにはヴェルトの人生がある。それに、ヴェルトのことをそこまで知っているのなら、こいつが腰抜けじゃないことは良く分かっているはずだ」
「うるせえ、だからこそだ! 今の時代に、戦える奴が戦う以上にやるべきことなんてあるのかよ!」

 気づけば、お祝いの楽しいパーティーになるはずが、誰もが静まり返って、暗い雰囲気が漂っている。
 正直、俺もこんなことになるとは思わなかったが、俺が居る所為でこの空気になったのなら、早くこっから立ち去りたいっていうのが一番の気持ちだ。
 すると、

「およしなさい、バーツ」

 その声が聞こえた瞬間、誰もが驚いたように振り返った。
 フォルナだ。

「ひ、姫様!」
「フォルナ姫!」
「フォルナ様だ!」
「おお…………」
「なんと、美しいお姿……」 

 しかも、いつものように騒がしいマセガキではない。
 純白のドレスに身を包み、落ち着きと気品の感じられる、姫としての姿でこの場に現れた。

「バーツ」
「は、はい!」
「戦争への志願は国民に課せられた義務ではありませんわ。ヴェルトが関わる意志がない以上、強制はできませんわ」

 バーツは苦虫を潰したような顔で、今でも何かを言いたそうだ。
 しかし、それを言えなかった。
 フォルナの淡々とした口調や様子が、それを阻んだのだ。
 そして、フォルナはゆっくりと振り返って俺を見た。

「ヴェルト…………」
「よう」

 フォルナの様子は落ち着いたまま。お互いに俺たちは察していた。

「急なことで、ワタクシも全然あなたに相談できませんでしたわ」
「ああ、俺も驚いてるよ。まあ、いつかはこんな日が来るとは思っていたけどな」

 ほとんど俺たちは毎日会っていた。初めて会ったその日から。
 だが、今度からはそれも簡単に出来なくなる。
 しばらくの別れが、俺たちに訪れたのだ。

「ヴェルトが行かないことは構いませんわ。ですが、ワタクシには行くなとは言ってくださいませんの?」
「ああ、言わねえ。お前が一言でも、行きたくないって言えば、何とかしてやろうとは思うが、そうでもねーだろ?」
「…………そうですわね。あなたが一言でもワタクシと離れるのが寂しいと言ってくだされば、どんな手段を使ってでも、あなたを帝国に連れて行きますのに」
「そうか? けっこー寂しいけど」
「って、あなたは本当にイジワルでひねくれていますわね!」

 帝国に行く。戦争に行く。
 それが避けられない中で、俺たちは決して「行くな」「行きたくない」とも「絶対に死ぬな」「絶対に帰ってくる」等は言わなかった。
 本当は色々と互いにもっと言い合うことはあるのだろうが、俺もフォルナもうまく言葉が出なかった。
 ただ、そんな中で、フォルナが唯一俺に聞いたのは……

「ヴェルト、これだけは教えてくださらない?」
「何だ?」
「ずっと一緒に居たワタクシにも分からなかった、あなたのやりたいこととは何ですの?」

 それは、ある意味でヴェルト・ジーハと朝倉リューマ、両方の俺の確信を突く質問でもあった。

「探したい人がいる」

 全てを話すことはできないが、嘘で誤魔化すことはできない。
 ずっと傍に居た幼馴染が、もう遠くへ行ってしまう。
 そして、俺の予感では、こいつはきっと世界の行く末を左右させる英雄の一人として、もう二度と手の届かない遥か高みの世界に行くだろう。

「フォルナ。ちょっと、今から意味の分からない話をするけど、教えてやる」

 だからこそ、対等でいられる今のうちに、言うしかなかった。

「昔、とある世界にどうしようもないクズが居た。そいつは、くだらねえ奴らと付き合って、ウサばらしで誰かを殴って傷つけて、大した理由もなくツッパって何かに反抗して、それでいて真剣に付き合える友達もいなくて、いつも虚しいと思っていた」

 朝倉リューマの中学時代。俺は、あの時ほど、くだらなくて虚しい時間を過ごしたと思えてならない。

「だがな、ある日そのクズの前に一人の女が現れた。そいつはどうしようもなくバカでアホで、でも、誰が相手でも、ありのままの自分をさらけ出して、何事にも一生懸命で、そして楽しそうに生きていた」

 朝倉リューマの高校時代。俺は、あの時ほど、あの女に出会って自分が変わっていったと思えてならない。

「その女に巻き込まれ、気づけばそのクズも自然と人と繋がるようになり、周りにも人が集まり始めた。初めて、自分の人生が楽しいって思えるようになったんだ」

 それが、朝倉リューマの人生だった。
 薄っぺらでどこにでもありふれた人生。
 世界を変えようとしている連中にはとても小さい物語だ。
 だが、それでも今の俺にとっては、第二の人生を捧げるに等しい価値あるものだ。

「そんなバカに救われたバカとして、その人を探して礼が言いたい。そして、その人が何か問題を抱えているなら、力になってやりたい。それが今の俺のやりたいことだ」

 それが、勇者でも英雄でもない、俺が見つけた俺の生きる道だ。
 
 この場に居た誰もが言葉を発していない。
 この場に居る誰もが俺のことを知っているのに、今の俺の話をほとんどが理解できなかっただろう。
 質問するにも、何を聞けばいいのか分からないだろう。
 すると、フォルナは、

「ヴェルト…………もう一つ、教えて欲しいことがありますわ」
「ああ、なんだ?」
「………………ワタクシが良い女になったら結婚。その話はまだ有効ですわね?」

 …………くははははは、本当にこいつは可愛い奴だな。
 十歳のくせに、一番真面目な顔で聞くことが、それとはな。

「まあ、お前の気持ちが変わってなければな」

 恐らく、次に会えるのは三年? 五年? いつになるか分からない。
 きっと、こいつもその間に多くの出会いをして、大人になって、良い女になって、そして、良い男がどういう奴かに気づくだろう。
 少し寂しい気もするけど、フォルナの初恋も今日で終わりだ。
だから、今まで世話になった礼として、今、フォルナが望む言葉を言ってやった。

「ヴェルト!」
「ん?」
「チュッ!」
「…………あっ」
「ふふふふ、誓いの証ですわ」
「ったく、お前な~」

 気づけば、フォルナが俺の知っているいつものフォルナに戻った。

「分かりましたわ! それで十分ですわ! というわけで、ウラ! ヴェルトに余計な虫が付かないように、今後はしっかり見張っていてくださいませ!」
「…………ん、分かった。どっちが正妻になるかは、次に会った時だ」
「望むところですわ! その代わり、抜けがけで一線越えるのはなしですから、それは肝に銘じておきなさい!」
「…………ふん」
「なぜ、目をそらしますの! 約束なさい!」
 
 騒がしく、フォルナはウラと人目も憚らずに取っ組み合いを始めて、俺は笑っていた。
 気づけば、静まり返っていた広場も、この光景を見て再び笑いに包まれだした。

 こうして、俺たちは大人になる前にしばしの別れをすることになった。


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第24話 序章の終わり

「これからもずっとこのまま……そう思っていたが、いつまでもそのままなわけがねーよな」

 王都の出入り口となっている巨大な門の周辺には、まるでパレードを見物するかのように、大勢の国民が集まって道を作っていた。
 ただし、それは「見物」ではなく「見送り」なんだがな。

「頑張ってこーい! 一旗あげてこーい!」
「人類の未来を頼みます坊ちゃま!」
「エルファーシア王国バンザーイ! バンザーイ!」
「新たなる英雄たちの門出に栄光あれ!」

 宮殿から国門まで一直線に続く長い道のり。その左右を隙間なく大勢の国民が埋め尽くし、鳴りやまぬ拍手や歓声で、その道を歩く未来の英雄たちを鼓舞し、声援を送り、そして送り出そうとしている。

「へっへ、英雄扱いだな、もう俺たち」
「ちょっと、しゃんと歩きなさいよ。みっともない顔しないの」
「まあ、少しぐらいいいんじゃないか? 手を振って応えるのも、僕たちの責務だ」
「だらしねー顔しやがって、そんなんでやってけるのか? 大帝国軍士官学校だって、学内の競争は熾烈なんだぞ?」

 その道を歩くのは、このエルファーシア王国が誇る十人と一人の天才児たち。
 今年から、大陸の中央に位置する帝国にある、全人類最高峰の学び舎、大帝国軍士官学校に飛び級入学を許された奴ら。そしてあいつらは、その学校を卒業し、人類のためにその命を捧げる勇者やら英雄として、戦争に駆り出される。
 選ばれた十人は全員、俺の幼馴染で元同級生。そして、その十人と一緒に送り出され、この国から旅立とうとしているのは、あいつだ。

「フォルナ…………」

 五歳の頃からずっと一緒だったフォルナ。毎日のように顔を合わせていた。たまにあいつが王族としての責務として何日間か国を不在にしていた時も、帰ってきた途端には四六時中俺にべったりで、そのまま麦畑のど真ん中にあった俺ん家に泊まって、ず~っとくっついてた。
 俺はそれをウザがったりしたし、年の離れた妹分的な扱いをしてきた。そんなあいつが今はどうだ?

「ふん、随分とキリッとした顔しちゃって」

 そんなあいつが、ただどこまでも威風堂々とした姿で、そして柔らかい笑みを浮かべながら国民の声援に手を振って応えながらも、その瞳だけは強く光っている。
 一緒に並んで歩いている同じ飛び級生徒たちは、若干ウカれていたり、不安や緊張がその顔に出ている。だが、フォルナにはそれがない。
 十歳……異様に重い雰囲気と、誰もが見惚れるような輝きを放っている。
 その姿を見て、俺は確信していた。
 あいつの二つ名。『金色の彗星』。それが近い将来、全世界に響き渡るということを。
 まあ、だからこそ、少し寂しい気もするわけだけどな……

「おい、ヴェルト……もっと近くに行かなくていいのか?」

 俺は、そんなあいつを近くで見送らず、ただ目に見える程度の距離で、民家の二階の屋根の上から眺めているだけだった。
 そんな俺に、「これでいいのか?」とウラが訪ねてくる。

「その、フォルナも……その……お前の顔ぐらい見たいんじゃないかと……私だったらそうだと思うし……」
「いや、いいんだよ。これぐらいの距離で。もうあいつとの別れも済ませたし、それに俺があいつの視界でウロチョロして、まだ気が抜けるのもマジ―だろ?」

 出発前夜。俺はあいつと最後の別れをした。
 お互い、必要以上のことは語り合うことはせず、ただ、将来あいつがイイ女になったらその時は俺と……なんて、ガキの約束をしたぐらいだが、俺もあいつもそれで十分だった。
 あいつは、国のため、人類のため、世界のために戦う道を自分の意思で決めて歩き出した。
 その道は、俺がこれから生きる道とは違う。
 だから、俺とあいつはもう……


「ッ、我が名は、エルファーシア王国第一王女・フォルナ・エルファーシアより、全国民に告ぐッ!」


 その時だった。
 大歓声と拍手がピタリと鳴りやみ、子供のかわいらしい声ながら力強く響いたその声に、全国民が注目した。
 フォルナだ。あいつがいきなり、門の前で止まって声を上げた。


「我ら選ばれし者たちは、人類の栄えある英雄候補としての資格を承り、それに恥じぬよう己を高めるための環境に身を投じるため、今日よりこのエルファーシア王国より旅立つッ!」


 子供の声なのに。決して声が裏返るほど張り上げているわけでもないのに。その声は俺たちにちゃんと届いている。フォルナの最後の言葉。


「我ら勇者となりて、必ずやこの愛する国を、この大陸を、人類の未来を守ることを誓うッ! 皆の想いと共に! そして、我らは必ずまた帰ってくる! この祖先より受け継ぎしこの故郷へ! 皆の元へ! 今ここに、天に誓おう!」


 十歳か。今の俺も、朝倉リューマが十歳の頃も、いや、仮に高校生だったころでもここまで立派じゃなかった。

「あの、ヴェルト好き好きばっかりだった姫様がなんとご立派に……」
「いつもの姫様もとても可愛らしかったけど……今も素敵……」
「まあ、俺はいつもの姫様も好きだけどな……見ていて微笑ましいし、元気が出た」

 ただのおしゃまなマセガキが立派になったと、俺だけではなく、あいつをずっと見てきた国民もその姿に打ち震えている。
 そんなあいつを俺も誇らしく思うし、どこか寂しい気もするが、「無事に帰って来いよ」と心の中で呟いた……


「だ……だからこそ! 皆も、我が夫となる男が妻の留守中によからぬ遊びを覚えたりしないように、しっかりと見張っておいてほしいっ!」

「「「「「オオオオオオッ! それでこそ姫様だーーーっ!」」」」」


 台無しだよ! 
 俺は思わず屋根から転がり落ちちまった。

「ヴェルト―! 大丈夫かーっ!」

 魔法を発動させる間もなく、二階から落っこちて、下の空樽が積み重なっているところに頭から突っ込んじまった。超いて~

「いやー、やっぱ姫様はああでないと」
「ワシはあの姫様を見ないと調子が狂うわい」
「私なんて毎日あれを見ないと一日が始まった気がしませんよ」

 だが、何故か国民には好評だった。あまりにも私事な発言をあんな公式な場面でやったっていうのに、誰も批判や咎めるどころか、むしろ笑って大歓声。
 とはいっても、その笑いも、どこか寂しそうにも見える。
 まあ、そうだろうな。なんだかんだで、それも最後なんだから……

「ったく、いってこいよ。フォルナ。ちゃんと体には気を付けて…………元気でな」

 最後の最後までやらかしてくれたフォルナの姿に俺も口元を緩めながら、その背中を見送った。


 そして、あいつが、あいつらが世界へと旅立って五年後。


 今度は、俺の旅が始まった。

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第二章 15歳の青年期(第25話~第35話・書籍第2巻該当部分*WEB掲載用に修正) 第25話 夢と決意

 懐かしい夢を見た。

 バトンを受け取った俺が誰よりも早くゴールラインのテープを切った瞬間、人生で初めて、祝福の歓声を一身に受けた。

「やったな、朝倉!」

 ゴールして振り返ると、俺の元にクラスメートが走ってきた。
 まず初めに飛んできたのはリレーで同じメンバーだった、鮫島だ。

「ほんと、でかした! 見ろ、逆転だ! 優勝だ! 俺たちのクラスが勝ったんだ!」

 鮫島は空手部で、不良の俺が学校に行くたびに、クラスの連中に俺が暴れたら取り押さえてくれと依頼されていた。本人も真っ直ぐな性格で、よく不良の俺を鋭い目で見ていた。
 だが、今日この瞬間、俺は初めて見た鮫島の笑顔に戸惑い、気づいたら自然と手を出して、俺たちはハイタッチをしていた。

「おいおい、マジパネエじゃん、朝倉くん!」
「お見事だったよ」

 俺と鮫島のやりとりに、自分たちも気持ちが抑えられなくなったのか、残る二人のリレーのメンバーも興奮したように俺に駆け寄ってきた。

「いやー、最初はどうなるかと思ったじゃん。もし負けてたら、俺のファンクラブの子たちを泣かせるところだったじゃん。なのに、勝って俺を泣かせるとか、スゲーじゃん、朝倉くん」

 短髪茶髪に耳ピアス。バスケ部のチャラ男という認識しかなかった、加賀見だっけ?

「うん、お見事で、うん、お見事だった。すごくお見事だったです」

 何が言いたいのかさっぱり分からない、口べたでオドオドした宮~何とか。
 こんな奴がリレーに選ばれてるのが驚きだ。ただ、それでも今は興奮しているのか、目が輝いている。

「あ~、うるせえな。ウザってえ。ちょっと騒ぎ過ぎなんだよ、テメエら」

 正直、俺は恥ずかしくて仕方なかった。
 初めてだったから。
 こんな風に、自分のやったことで誰かが喜んでくれるのを。
 だから、顔が自然と熱くなっていた。
 てか、どうして俺はこんなところで、こんなことしてんだよ。
 それもこれも、みんなあの女のせいだ。
 正規のリレーのメンバーの一人が怪我をして、代役でいきなりメンバーを俺にしやがった、あの女。

「うっほほーーい! やったぜ、ベイビー! あっさくっらくん、最高だよー!」

 あいつ、女のくせに慎みはねえのか?
 応援団長の学ランを借りて、台の上にのって、意味の分からないダンスを踊って喜びを叫んでいる、バカ女。

 あれが、神野美奈だ。

 すると、そのバカ女が、すぐに台を飛び降りて駆け出した。
 その先には一人の女生徒。
 派手目のロールを巻いた金髪に、派手な付け爪に付け睫毛。
 どー見てもギャルギャルしいギャルだ。

「ビーちゃん、良かったねー!」
「うっ、ううう、うえええええええええん」

 神乃が満面の笑みでそのギャルに抱き付きと、そのギャルは人目も憚らずに泣いた。
 化粧が落ちるぞ? と思ったが、その女はまるで幼い子供のように泣いていた。

「うう、よかった、良かったよ。本当に、ひぅぐ、わたしが、私がムカデで転んだから、せっかくみんなで頑張ったのに、私の所為で優勝逃したらって」

 あいつは、クラス女子対抗のムカデ競争で、つまづいて転んでクラスの順位をドベにした。
 派手なギャルのくせに、自分を責めてずっと下を向いていたのに、その悲しみから解放された安堵から、涙が止まらない。
 確か、備山びやまだっけ? あれ、ビッチヤマだっけ?
 まあ、興味ねーけど。

「朝倉!」
「うぉ」
「あのさ、ほんと、マジで、マジでありがとな! ほんと、あんたがやってくれなきゃ、私、私」

 気づけばその備山が俺の目の前にいた。
 ちょっと待てよ。たかが体育祭に何を一喜一憂してんだよ。
 てか、テメエもギャルならこんな行事はテキトーにすりゃーいいのに。

「お前さ、それ、どっかの部族のメイクか?」
「えっ?」
「顔、スゲーことになってんぞ?」

 化粧の所為で涙が黒くなって顔面がやばくなってんだけど。

「あ、や、やだ、ちょっ、あああもう、見んなっつーの!」

 ったく、くだらねえ。どいつもこいつも大げさなんだよ。
 大体、こんな行事で勝ったからって何の意味があるんだよ。

「はっはー、いや~、朝倉くん、照れすけ照れけですねー!」

 俺の背後から神乃が背中に飛び乗ってきやがった。
 つか、近い! 気安い!

「っ、テメエ、まとわりつくんじゃねえよ! ウゼーな!」
「はっはー、そうなのだ! 私はウザイのだ! ウザくてなんぼだぜい!」
「ぶっとばすぞ、こらあ!」
「もう、今日は特別にこれぐらい許すのだ! 朝倉くんも、せっかくなんだから激おこぷんぷん丸じゃなくて、ニッコニッコプリーズ!」

 なんだこいつは?
 何で俺にジャレついてきやがる!
 てか、笑われてる! 不良の俺がクラスの奴らに笑われてる!
 ふざけんじゃねえ!

「こら、美奈。彼、困ってるじゃない。それに、祝福の独り占めはよくないわ」
「おお、いつもは営業スマイルな綾瀬ちゃんが、すごい笑顔!」
「よ、余計なお世話よ!」

 ほら、見ろ。テメエが気安いせいで、ウザってえクラスの奴らがまとわりついてきやがる。

「素敵だったわ、朝倉くん。君のおかげで私たちは優勝できたわ」
「うるせえ、興味ねーよ、タコ。つか、俺は帰る!」
「ちょっ、待ちなさいよ。みんなで優勝トロフィーを持って集合写真よ」
「アホか、くだらね」

 いつも俺を目の敵にしていたクラス委員の優等生まで、手の平返しやがって。
 確か、綾瀬だっけ? たいそう、男にモテるようだが、こういうくだらねえ行事でいちいち仕切ったりしてクラスの代表面する女が一番嫌いだ。

 そうだ、今日のはただの気まぐれだ。
 あのバカ女に乗せられてこんなことをしちまったが、俺はまた明日からいつもの日常に戻る。

「こーれこれ。集合写真だってばよ。一緒に撮りマスカット」

 そう、全部この女の所為だ。

「神乃。テメ、いい加減にしろ」
「おろ?」
「あんま俺と関わっても面白くねえよ。もう、ほっとけよ」

 そうだ、ほっといて欲しい。もう、苦手なんだよ、こういうのは。

「え~、やだよ~」

 なのに、こいつは何の躊躇いもなく、そう言いやがった。

「だって朝倉くん、可愛いからさ~、どーしても構っちゃうんだよね~」

「「「「「はあっ!!!!」」」」」

 いや、どこをどーみたら、こんな凶暴そうな目つきをしたガラの悪い男をそう見るんだよ。
 思わずクラスの連中も驚いてんじゃねえかよ。

「拗ねちゃまな、ツンデレさんだもんね、朝倉くんは。何だかんだで一生懸命今日も走ってくれたしね」
「バッ、はあ? 別にお前らのために走ったわけじゃねーんだからな!」

 スゲー恥ずかしかった。
 多分、俺は思わず口をついて言ってしまったんだろうが、次の瞬間、驚いていたはずのクラスメートが一斉に大爆笑しやがった。

「あっはっはっは、いいねー、ツン倉くんは!」
「うんうん、なんか一生懸命不良ぶってるけど、ぷくくくく」
「顔真っ赤」
「意外と純」
「へへ、気に入った。なあ、朝倉くん、一緒にラーメン食いに行こうぜ!」
「打ちアゲアゲ!」

 どうしてこうなる? 何でみんな一斉に気安くなる?
 何故、そんな笑顔で俺に近づいてくる?

「こら、美奈。からかい過ぎよ。デレ倉くん、怒ってるわよ。ぷっくくく、ツ、ツンデレ」
「テメエも何を笑い堪えてやがる、綾瀬!」

 あんなに感情を全面に出した日はなかった。
 あんなに色んな奴らが自分に笑顔を向けてくれた日はなかった。
 あんなに素直になれない自分の性格がめんどくさいと思った日はなかった。

「えへへ、うれしーね、朝倉くん。私、すっごい楽しいよ」

 楽しくねーよ。
ヘラヘラしやがって、イライラする。
 馴れ馴れしくて、バカで、うるさくて、なのにいつも人の中心にいやがる。
 おまけに、何だか調子が狂う。

 何なんだよ、この女は。

 何で、こんなに人の中にズカズカと入り込んでくるのか。

 何で俺はそれ以来、学校に行き出してんのか。

 それは全部あの女の所為だ。
 そう、全部あの女のおかげだ。

 そこで、俺は目が覚めた。
 起きて鏡で顔を見ると、そこに写っていた俺は朝倉リューマでなかった。
 そこに写っていた俺は、ヴェルト・ジーハだった。

 もう、随分昔のようで、でも鮮明に一つ一つ覚えている前世の記憶。


「神乃、お前は今、元気か?」


 朝倉リューマの記憶を取り戻して数年。
 気づけば俺、ヴェルト・ジーハは、十五歳になっていた、
 そんな夢を見たからこそ、俺は改めて決めた。旅立つことを。

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第26話 次は俺の旅立ちの番だ

 俺は最近、新聞をよく見るようになった。
 そこには、今では遠い世界の住人となり、世界のため、人類のために戦うかつての幼なじみの名前を良く見たからだ。

「ほ~う。ギャンザ将軍の記録を塗り替えた歴代史上最年少将軍フォルナ・エルファーシアが、将軍職を離れて、『光の十勇者』に任命。ほ~、頑張るね~」

 新聞の一面を飾るフォルナの写真。
 まだ十五歳。
 だけど、最後に会ったときよりも随分と大人らしくなった。
 あの時はおしゃまなマセガキだと思っていたが、キリッとした表情、輝くような金色の髪に、汚れのない真っ白い肌に、スラッとした細身の体。

「ずーいぶん、いい女になったな。まあ、生きていて何よりだ」

 俺は、十歳の頃を最後にフォルナとは会っていなかった。
 フォルナ自身、国に帰省することがなかったからだ。
 風の噂では、飛び級で入学した帝国軍士官学校を更に飛び級主席で卒業し、人類大連合軍に入隊後、初陣で八面六臂の活躍をして、勝利に大きく貢献した。
 手柄を立てるたびに昇進し、今では将軍の位よりも絶大な名誉とされる、人類最高戦力の十人の一人に数えられるまでになった。
 それが、『光の十勇者』。かつて少年勇者と呼ばれた英雄もその一人として数えられ、間違いなく人類史に名前を残して未来永劫語られるほどの名誉。

「くはは、まあ、もう俺のことなんて忘れてるんだろうけど、あいつの活躍は嬉しいような、どこか寂しい気持ちもするな。それに、他の奴らはどうしてるかな?」

 この五年間、世界は相変わらず異種族の争いが続いているものの、時間は間違いなく前へと進んでいる。
 ただの新聞だけで、それをよく実感できるようになった。

「テメエ、こんなところで何をしてやがる!」

 あっ? 人が複雑な思いに駆られているときに、誰だ?
 顔を上げると、そこには薄汚い鎧をまとい、悪臭と腐った目を漂わせる男たちが居た。
 二十人ぐらいか?

「ここは俺たち、カムアセイヌ団のアジトだぞ!」

 一団のボスらしい大柄のオヤジが俺を恫喝する。
 それに気づいたとき、俺はようやく目的を思い出した。
 そうだ。俺はこいつらを探すために、この魔獣の森の奥深くにあった洞窟に来たんだ。

「ああ、お前らか。落ち武者集団の噛ませ犬盗賊団は」
「噛ませ犬じゃねえ! カムアセイヌ団だ! テメエ、なにもんだ!」
「俺は、王都のラーメン屋店員だ。お前ら落ち武者共が戦から逃れてきて、王都近くの村を襲って農作物を奪ってる所為で、ちょっとかりだされたんだよ」
「はあ? 店員? ふっざけんじゃねえ! 何でテメエみたいな奴に!」

 全部話を聞く気も、話をする気もなかった。
 俺は、一団のボスの後ろに居るその他大勢に向けて軽く指さし、その指を空に向けて指した。
 すると、

「っ! お、おおおおお! な、なんだ!」
「か、体が勝手に、う、うっ!」
「浮いたあ! 何でだよ! か、体が動かねえ!」

 別に大したことはない。全員の鎧や衣服に浮遊レビテーションをかけただけ。

「喋るな。すぐ終わる。ふわふわパニック!」

 それで終わりだ。
 後は俺がちょっと指を動かすだけで、宙に浮いた二十人足らずの男たちが一瞬で気を失った。
 呆然とする盗賊団のボス。声も出ない様子だ。

「お、おま、えっ、な、なにを、今」
「別に大したことねーよ。ちょっと全員前後に高速で全身を振っただけだ。脳震盪程度だから、死んでねーよ」
「な、なな、なに!」
「もっともお前はこの程度では済まねえけどな。農家にとって農作物は汗と泥まみれの結晶だ。それを奪ったからには血まみれになってもらわねえとな」

 いつからだろうか。
 俺が殺しを平然とするような連中を前にしても、昔ほど怯えなくなったのは。
 いつからだろうか。
 俺がこの世界の全てを自在に操れる気になったのは。

「ま、まさか、お前! その、ひねた目つきに、赤みがかった髪の色。そして、この能力! お前は、エルファーシア王国で、遠隔操作リモートコントローラーと呼ばれた『リモコンのヴェルト』!」

 やっぱりか。
 俺は無性に悔しくなった。

「畜生、まただ! 誰だ、んなダッサイあだ名を俺に付けた奴は!」

 別にさ、俺もガキじゃねえ。金色の彗星とか、巨人殺しとか、そこまで格好いいあだ名じゃなくてもいい。
 でも、なんだよ、『リモコンのヴェルト』って。
 全然、怖くねえし、何だ? エアコンか? テレビか? 何なんだよ!

「あんまり言うなよな。全然気に入ってねーんだよ、そのあだ名。つか、さっさと終わらせてやるよ」

 だが、俺の異名を知っていた割には、男は徐々に落ち着きを取り戻してきた。
 その表情は、何か奥の手を隠し持っている感じだ。

「ちっ、まさかテメエがこんなところに現れるとはな。だが、バカが、終わりはテメエの方だよ!」
「ああ?」
「俺たちカムアセイヌ団には、あの『魔人百人斬りのザウコ兄弟』が居るんだからな! テメエはもうおしまいだよ!」

 何だ。他にもまだ仲間がいたのか。
 それならここで終わらせとかねえと、またメンドクセーな。

「ザウコ兄弟? ああ、さっきの奴らか。気絶しているぞ」

 いや、心配する必要はまるでなかった。
 森の茂みをかき分けて、そこから良く見知った男が出てきた。
 昔から変わらない、鋭い眼光と夕日を思わせる緋色の髪が特徴的な男。

「よお、ファルガ、俺が一番早くアジトを見つけちまったぜ」
「ちっ、まさかこの程度のクソ連中とは思わなかったぜ。お前らに話を持ちかける必要はなかったな」

 ファルガ・エルファーシア。
 大陸最強ハンターにして、エルファーシア王国最強王子だ。
 あまりのビッグネームを前に目の前の男が大きく取り乱した。

「ファルガ? ひ、緋色の竜殺ドラゴンスレイヤーしファルガ! なな、なんで、なんで、こいつが!」

 そんで、何でこいつはそんなに格好いい異名で、俺だけダセーんだ?
 少しガッカリな気分だ。
 すると、目の前の男は震えながらも、まだ何かをやりそうだ。 

「くっ、ザ、ザウコ、兄弟まで、くそ! くそ! くそ! だが、こんなところで捕まってたまるかよ!」

 今度は何だ? そう思った瞬間、男は首から提げている小さい象牙のような笛を大きく吹いた。
 なんだ? まだ仲間が居るのか? いや、そうは思えねーけど。

「くくくく、テメエらはもうお終いだよ。俺たちが『ブラックマーケット』で大枚出して購入した、魔国でも獰猛な魔獣パンサーリオン!」

 パンサーリオン? 聞いたことがあった。
 確か、魔国に生息する肉食魔獣。
 図鑑でみたことあるが、強靱な脚力で獲物を捕らえて引き裂く、黒ヒョウにライオンの鬣を生やしたような、かなりメジャーな獣だ。
 すると、森の奥から大きな足音と揺れが伝わってきて、奥から真っ黒い巨大な獣が涎をたらして俺たちの前に現れた。

「うわ~、こわ」
「ちっ、クソ獣が」

 いかにも俺たちを喰いそうだ。
鋭い爪に触れたら引き裂かれ、鋭い牙で噛まれたら簡単に砕かれるだろう。
 俺たちが思わず身構え、その瞬間パンサーリオンが俺たちに飛びかかろうとした。
 だが、

「おすわり!」
「グルッ!」

 突如聞こえた女の声。
 その声に反応したパンサーリオンは急に姿勢を正して、お座りをした。

「おっ」
「ふん」
「な、なにいいい! ど、どうしてた、パンサーリオン! こいつらを殺せ!」

 パンサーリオンの思わぬ行動に動揺しまくる男。だが、俺たちには何が起こったのかすぐに分かった。

「行儀が悪いぞ」
「く~ん、ぐるう、く~ん」

 再び聞こえた女の声と共に、パンサーリオンの背後から誰かが現れた。
 いや、誰かと言っても一人しか居ない。
 犯罪者の男が状況を忘れて見惚れるほどの美しさ。流れる銀髪と赤い瞳。
 何故か、その服は白い割烹着という奇妙なギャップ。
 しかし、その身に纏うオーラや気品は、凶暴と言われている魔獣が腹を見せて服従のポーズを見せるほどの威厳に満ちていた。

「むっ、ヴェルトとファルガが既に居るということは、私が最後だったか」
「よう、ウラ。お前、いつから魔獣使いになったんだ?」
「なっていない。森で偶然出会って、一睨みしてやったら、すぐに甘えてきた」

 すっかり大人の女の仲間入りを果たすほどに成長した、ウラ・ヴェスパーダ。
 その名に、目の前の男は完全に萎縮して腰を抜かしてしまった。

「ウラ? ウラだとおおお! あの、銀の魔閃光ませんこう・ウラか!」

 だから、何で俺だけダセー異名で、こいつらは格好いいんだよ。

「何で、何で! 緋色の竜殺し、銀の魔閃光、リモートコントローラー、の三人組が!」

 だから復唱すんじゃねえよ! リモコンて何だよ!

 ったく、どうしてこうなっちまったんだ? 俺とウラの本職は、今でもラーメン屋だ。
 なのに、たまーに、ファルガがハンターとしての仕事を俺たちに手伝わせるようになってから、俺たち三人はいつの間にか三人組のパーティ扱いになって、エルファーシア王国の周辺では、俺とウラにまで異名がついてしまう始末。
 小遣い稼ぎにはなるし、実戦経験も積めるから利点もあるけど、めんどくせえ。

「これで、クソカムアセイヌ団討伐か。さっさとタイラーでも呼んで、全員連行させて報奨金を貰うか」

 気を失って倒れている一味全員を見下ろしながら、ファルガが一人一々に縄をしていく。

「まったく、私とヴェルトの本職はハンターではなくラメーン屋だ。昼時の忙しいときに連れてこられてこれでは、文句も言いたくなる」
「暇つぶしにはなっただろ」
「お前一人で瞬殺できただろうに」
「この間、クソタイラーがぼやいていたんだよ。俺が自由に動くのはかまわねえが、一人で行動されるのは困る。今後もそうなら、監視役をつけるってよ」
「お前は王子だから仕方なかろう」

 俺は十歳の時以来、フォルナや同期の連中とは会っていない。
 その代わり、気づけばファルガとウラの三人でよくツルむようになった。

 ファルガは相変わらず国に居たり居なかったりと自由奔放に生き、ウラはとはもう家族同然になっている。
 ただし、ウラ自身も思春期からなのか、ガキの頃のように俺にベタベタ甘えることもなくなった。
 それがいつからだったかは覚えていないが、それでもあれから時間が経って居るんだと実感させられた。

 そして、俺自身もようやく十五歳になった。

「どうした、ヴェルト。お前は最近、一緒に居てもどこか遠くを見ている」

 さすが、ウラ。察しがいい。
 確かに俺は最近、物思いにふけるようになっていた。

 正直、今の俺の生活は満たされている。不満なんて一つもない。
 戦争にも関わらず、安全なエルファーシア王国でずっと過ごし、ラーメン屋続けて、まあ、さすがにもうフォルナと結婚てのは無いだろうが、誰かと結婚してガキでもつくって、ジジイになって余生を迎える。そういう幸せもあるかもしれない。
 いや、エルファーシア王国に居る連中は大半が、俺はそういう人生を過ごすと思っているだろう。

 俺自身も、最近ではそれでもいいのかもしれないと思うときがある。

 でも、もう駄目だ。俺は十五歳になってしまった。


「ずっと考えていた。フォルナたちと違う道を進んで五年。ああ、ようやく来たんだなって」


 この世界で十五歳というのは大きな意味がある。
 社会的な責任ある立場として、結婚もできるし、正式な就職もできる。

「来た? 何がだ」
「俺の生きる目的。ついに、俺はこの世界で自由に生きていける年齢になったんだってな。渡航や他国への入国。魔国の大陸や亜人国の大陸にも渡航の申請を一人で出来る。一人で行動が出来る。言ってみれば、ようやく俺も独り立ち出来るようになったってな」
「ヴェルト、お前、何を?」

 俺の本当にやりたいこと。いや、やりたかったことは、一緒に居たウラや ファルガも知らない。
 フォルナですら正確には教えていない。
 知っているのは、先生だけだ。

 そして、俺は確信した。機は熟したと。


「ウラ、ファルガ。俺はな、国を出て、この世界を旅しようと思っている」


 ウラが呆然として固まっているところを見たのは、五年ぶりだった。

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第27話 いってきます

 この五年で変わったと思えることは結構あった。
 その一つが、今俺の目の前にある、普通の一軒家の三倍の大きさもある飲食店。
 あまりの人気と国民からの強い要望で、国王よりほぼ命令に近い形で大型化することになった、ラーメン屋及び俺たちの家。
 先生はあまり大型化する気はなかったのだが、毎日長蛇の列で客からも不満が上がり、仕方ないという形で拡張した。

「おい、ウラ。お前、何を不機嫌になってんだよ」
「当たり前だ! 急すぎる。なぜ前もって言っていなかった!」
「いや、先生には前もって言ってたぞ。十五になったら家と国を出るって」
「私に何故言わない! 急に言われてもこっちにも準備があるのだぞ!」

 森から帰って来る間ずっと、ウラは非常に不機嫌だった。
 何度も舌打ちしながらブツブツ言っている。

「準備って。そんな心の準備したって、お前は反対するだろ?」
「違う! 心の準備もそうだが、一番重要なのは、私自身の旅の―――」

 その時、店のドアを開けた瞬間、俺たちに小さな影が飛びついてきた。

「兄ちゃん、姉ちゃん、お帰り!」

 その小さな子供が胸に飛び込んできた瞬間、不機嫌だったウラの表情が一気に微笑みに変わった。

「うむ、ただいま、ハナビ。いい子にしていたか?」
「うん、あのね、ハナビね、とーちゃんとかーちゃんの手伝い、いーっぱいしたよ!」
「おお、そうかそうか偉いな、ハナビは。ん~、スリスリスリスリ」
「きゃふう! ねえ、兄ちゃんも! 兄ちゃんもスリスリして!」

 思わず、ひねた俺ですら自然と笑顔になっちまう。
 今ではウラと並んでトンコトゥラメーン屋の二大看板娘の一人。
 ハナビ・チャーシ。四歳。
 クリクリの赤い髪で、半袖の服に動きやすい膝上の高さのズボンを履き、子供用のエプロンでいつも店内を走り回っている活発元気娘。

「あら、ヴェル君、ウラちゃん、お帰りなさい。怪我もなさそうで良かったです」
「よお、帰ったんだな、二人とも。今、片づけに入ってるから手伝え」

 昔と変わらないカミさんと先生。そんな二人の間に出来た子供が、このハナビ。
 フォルナたちが帝国へ行った次の年に生まれた子供。
 店が忙しいから俺とウラとカミさん先生の四人がかりの子育てで、今ではハナビは俺とウラを本当の兄と姉だと思っている。
 それが何だか俺には心地よすぎて、正直フォルナやウラと接していたガキの頃の何倍も俺はハナビを甘やかしていた。
 だからこそ、

「ハナビ、いいか、良く聞け!」
「どうしたの、姉ちゃん」
「ひどいんだぞ、兄は、ヴェルトはな、ハナビを置いてこの家を出ていこうとしているそうなんだ」

 こら、ウラ。お前は何を最も言っちゃいけない子に告げ口してやがる。

「兄ちゃん、ほんと?」
「お、あ、いや、ハナビ。あのな、別に兄ちゃんはお前が嫌でそんなこと言ってるんじゃなくて」
「兄ちゃん、どこか行っちゃうの?」

 やめろ。そんな、数秒後には爆発してしまいそうな潤んだ目で俺を見るんじゃない。
 決心をビリビリに破いてお前を抱っこしたくなってしまうじゃねえかよ。

「ふぇ」
「あ、あのな、ハナビ!」
「い、い、や、やあああああああああああああああああ!」

 だからやめてくれって言ったのに! ウラ、この野郎!

「ちょっ、ヴェル君、な、何を、っていうか、今の話は本当ですか!」

 ああ、ほら、カミさんまで吃驚して器を落として割っちまってるじゃねえかよ。
 だから、もっとタイミングとか、切り出し方を考えてたのに。

「ヴェル君、何を言ってるんですか! そんなこと許しません!」
「やだ、やだ、やだ! 兄ちゃん行くのやあああああ!」
「ヴェルト、お前は私たちを捨てるつもりか! というわけでだ、ヴェルトの家出に反対な者は挙手を!」
「はいはいはいはいはい! 断固許しません!」
「ぜったいやだもん!」
「どうだ、ヴェルト。反対多数により、お前のくだらん考えは却下する!」

 ウラのやろう、味方を付けやがった。
 前から思っていた。この家はハナビが生まれてから女の方が権力を増してきた。
 カミさんもウラも、困ったときにはハナビを味方に巻き込んで、俺と先生を押し通す。

「にいちゃん、ろごもいがないよね?」
「ううっ」
「このまま、にいちゃんいなぐなって、にいじゃんいないの、そんなのいやああ!」

 うおおお、畜生、ウラ、この野郎!
 前から言っているだろう、それは反則だって!
 やめろ、やめろ! ふらふらと俺の体が自然とハナビにまで近づき、思わずギュッと抱きしめて、「兄ちゃんはどこにもいかねえよ」と言ってやりたくなっちまうじゃねえかよ!

「ハ、はなび、あの、な」
「ひっぐ、ひっぐ、うう」
「に、にいちゃんは、ずっと、お、おまえの、こころのなかにいるよ?」

 俺は、何を臭いことを言ってるんだ?
 だが、危なかった。危うく決心が鈍るところだった。

「じゃあ、にいちゃん、これからも毎日、ふわふわ遊びしてくれる?」

 ふわふわ遊び。
 俺がこの世で唯一ハナビのためだけに編み出した技。
 相手を倒すためではなく、ハナビを楽しませるための、ふわふわ高い高い。ふわふわジェットコースター。ふわふわお昼寝。ふわふわ鬼ごっこ。
 この世で俺がハナビのハナビによるハナビのためだけに開発した技。
 
「たまに帰ってくるから、その時にな」
「うっ、うう、びぎゃああああああああああ!」

 俺がここまで狼狽えるのは、初めて変態将軍ギャンザと出会って以来か?
 逆らえる気がしねえ。
 泣きじゃくるハナビの後ろで、ウラとカミさんが応援している。
 完全に四面楚歌の孤立無援。俺に味方は一人も居ないのか?
 いや、そんなことはなかった。

「ついに、決めたんだな、ヴェルト」

 どこか重たい口調と共に、ずっと黙っていた先生が俺に告げた。

「ちょっ、あなた! 何を言ってるんですか!」
「ヴェルトが家を出ることを許すというのか!」
「とーちゃんのアホー!」

 瞬間的に反発する女性陣。だが、先生は俺と違ってどこか落ち着いていた。

「実はな、ヴェルト。今、国王様から打診があって、この店を大型化するだけじゃなくて、二号店を出したらどうだって話が上がってるんだ」
「えっ、マジで? スゲーじゃん」

 チェーン店って奴か? まあ、今では従業員も増えたし弟子もいっぱいいるし不思議じゃねえけど。

「それでな、ララーナが言ってたんだが、もしそうなったらその店はお前とウラの二人に任せたいってな」
「えっ?」
「お前らも十五だ。正式に籍でも入れて、ガキでもできたらたまに遊んで、そうなったらすごい幸せだろうなって」

 それは初めて聞いた。ウラも初めて聞いたのか、少し顔を赤らめて俺のことをジッと見ている。
 そして、今、その話を聞いたとき、不意に俺もそんな未来を想像してしまった。
 きっと、それは幸せな人生かもしれない。
 だが、それでも俺はやっぱり、

「でも、仕方ねーよな。こうなることは前から分かっていたから」

 その時、俺は初めて見た。
 

「だって、ヴェルト・ジーハは多くの人たちに愛されても、それでも、朝倉リューマの気持ちを理解してやれるのは俺だけだからな。お前がそれを完全に捨てない限り、この日が来るのは避けられないって分かってた」

「せん、せい」

「行って来い、ヴェルト。行って、世界を見て、そしてお前の恩人を、そしてクラスメートたちを探してこい! もう、俺にはしてやれないことを、お前がしてこい!」

 いつも、豪快に笑ったり怒ったりしている先生の声が、僅かに震えて、瞳が潤んでいた。
 だが、それでもその瞳が、表情が、言葉が、俺の全てを後押ししてくれた。
 だから俺は、行くんだ。

「ああ、行って来る。先生」

 ヴェルト・ジーハのもう一人の父親に、俺は心から感謝をした。


「う、うわあああん、あなたのバカー! 何ですか、二人だけが分かり合ったみたいに! ヴェルくんは、ヴェルくんはウチの子なんですからね!」

「私は断固反対だ! というより、ヴェルト、考え直せ! 今の話を聞いていたか? 二号店だぞ? 二号店だぞ! そして、私が、私が、ヴェルトの、ちゅ、つ、ちゅまに、つまに、ううう~、か、顔がにやけてしまうではないか!」

「いやあああああ!」


 俺が朝倉リューマを思い出して七年。俺もすっかり変わっちまったな。
 俺を産み、育んでくれ、そして命をかけて俺を守ってくれた親父とおふくろのことすら、俺は他人だと思いこんでいた時期があった。
 それが今では、こんなに満たされちまった。

「カミさん、ウラ、ハナビ。本当にすまねえな。でも、俺は行きたいんだ。人には俺のやっていることはただの放浪に見えるかもしれないが、俺はこの旅に自分の人生を捧げたいと思っている」
「ヴェルくん、でも」
「だから、笑って見送ってくれねーかな」

 ある意味、一人だった頃は何をやっても自由だったのに、どこかへ行くにもここまで誰かにお願いしなくちゃならないぐらい、俺は大切なものが出来すぎた。
 すると、カミさんもどこか諦めたかのように俯いた。
 それを見て、ウラも、そしてハナビは泣きじゃくった。

「あ~、もう、寂しくなります。でも、誰よりも寂しいのは、ハナビです。大好きな家族としばらくお別れなんですから」
「ああ。でも、先生とカミさん、そしてウラも居る。だから俺も安心して行けるんだ」

 正直、ハナビの涙は心に突き刺さるが、それもこの三人が居てくれれば大丈夫だ。
 それに、何よりもウラが居る。
 人間と魔族なんて、もはや何の意味もない。
 ウラは、実の妹のようにハナビを溺愛している。

 俺が安心して旅立てるのも、ウラがもう十分に幸せに生きていけると確信したからだ。

 かつて、鮫島とした約束は十分に果たせた。

 この国は、もうウラを魔族だからって色眼鏡で見ない。
 多くの人たちに愛されている。
 だから~ってあれ?

「「「「えっ?」」」」

 あれ? 何で全員揃って変な顔で俺を見てるんだ?
 しかも、先生まで。何で?

「おい、ヴェルト、お前、何を言ってんだ? まさか、えっ、お前、家を出るってそう言う意味だったのか?」
「ヴェ、ヴェルくん、私、幻聴? 私、今とんでもないことを聞いてしまったような」
「おい、ヴェルト、貴様、私に殺されたいのか?」
「うわあああん、兄ちゃんはアホ~!」

 えっ、何で? 俺、何か変なことを言ったか?

「な、なんだよ、先生まで」
「いや、そうじゃなくて、お前が世界を旅するってのは、お前一人でって話だったのか?」
「は、はあ?」

 いや、あたりめーじゃん。
 何を、言ってんだ?

「あのなあ、あれを見ろ」
「はあ?」

 先生が指さした先には、あまりの怒りで絶望したかのようなウラが居た。
 がっくりと肩を落として、ブツブツと呪いのような言葉を呟いている。

「ウラちゃん、相変わらずなヴェルくんだけど、しっかりね」
「ねえちゃん、兄ちゃんバカだから、バカだから、バカなのお!」

 何で? てか、ハナビ、お前まで分かったのか? どういう意味なんだ?


「お前さ、ウラを置いて一人で旅とか、そんなこと許されると思ってたのか?」


 その時、俺はウラとの会話を思い出した。
 
 心の準備もそうだが、一番重要なのは、私自身の旅の―――

「あっ、あれってそういうことだったのか、って、ついてくんの?」

 こうして、俺の旅立ちと共に、ウラの旅立ちが決まったのだった。



 —————そして、翌日……



 王都の外れに位置する墓地には、定期的に足を運ぶようにしていた。
 たまに一人で心の中の愚痴を零したりしていたが、今日は少し違う。
 いつも通り、花を添えて手を合わせるが、今日来たのは少しの別れを告げるためだ。
 その墓は俺が居ない間も定期的に掃除されていたり、花を供えられたりと手入れをされていた。
 あれから何年も経っているのに、俺以外の人たちの心の中にも居て想われている二人を、俺は心の中で誇らしく思っていた。

「親父、おふくろ。しばらく留守をするからここには来ねえ。まあ、あの世で無事を祈っていてくれよな」
「ヴェルトのことは私がしっかりと見ておくので、ご心配なく。義父上、義母上」
「おい、いつから二人がテメエの親父とおふくろになった」
「い、イジワル言うな。お二人も、お前一人よりはよっぽど安心されるであろう」

 ちゃっかりついてくることになった、ウラ。
 正直出だしから予想外だった。

「ほら、次は父上に挨拶だ」

 親父とおふくろの隣にあるのは、この世界の誰もが読めない文字が墓標に刻まれている墓。
 そこは、街の人たちにとっては誰の墓かも知らないもの。
 ただ、俺とウラと一部の関係者のみが知る墓。

「父上。ヴェルトと一緒に行って来ます。しばらく来れませんが、お許し下さい」
 
 魔王シャークリュウ。つまり鮫島の墓だ。
 いかにウラの父親とはいえ、さすがに魔王の墓をエルファーシア王国内に作るわけにはいかない。
 そのため、墓標にはシャークリュウの名前を『誰もが分かる文字』で刻むことはしなかった。
 無名の墓はあまりにも寂しすぎるので、半ば俺が強引に彫った。
ヴェルト・ジーハとして生まれて初めて書いた、俺たちだけが分かる文字。

「シャークリュウ・ヴェスパーダ。鮫島遼一の魂と共にここに眠る」

 カタカナと漢字とひらがなで彫った墓標。国王やウラたちは首を傾げたが、俺と先生が強引に押し通してこの文字を書いた。
 ぶっちゃけ、俺一人では鮫島の「鮫」の漢字が書けなかったから、先生が居たので本当に良かった。

「鮫島。俺はお前の墓標に刻んだ文字を読むことが出来る奴らを探しに行く。どういうわけかお前の娘も同行することになったが、まあ、許してくれ。手は出してねえから」

 お前ともしばらくの別れになるが、今度会う時を楽しみにしていてくれ。
 懐かしい話が出きるように努力するからよ。

「挨拶は済んだか?」
「留守の間は私たちがお墓の掃除とかはするから安心してくださいね」
「ひっぐ、にいちゃ~ん、ねえちゃ~ん」

 振り返ると、墓地の入り口には先生、カミさん、ハナビの三人が待っていた。
 俺が頷くと、ずっと泣いてばかりのハナビが俺とウラに飛びついてきた。

「にいちゃん。ね~ちゃん」

 この甘えんぼめ。
 昨日の夜は俺とウラとハナビの三人で一つのベッドで川になって寝て一晩中一緒だったのに、それでも全然足りないらしい。
 まあ、それぐらい俺はこいつを甘やかしてきたわけだが。

「ハナビ、抱っこだ」

 しばらく、この重さともお別れだ。いつもは浮遊で高い高いしてやるが、今日だけは両手で抱えて抱きしめた。

「とーちゃんと、かーちゃんと仲良くな」
「うん」
「大丈夫。必ず帰ってくるからよ。約束だ」

 約束か。不良と呼ばれていた時代が随分と懐かしい気がする。
 いつの間にか俺も日よった兄ちゃんになったものだ。

「さあ、ハナビ、次は姉ちゃんが抱っこだ。お前の行ってらっしゃいのキスもしてくれ」
「ねえちゃん」
「大丈夫。兄ちゃんも言っただろう? 必ず帰ってくるから。お土産もたくさん買ってこよう」
「うう、お土産いらないから早くがえっでぎで!」
「ああ、泣かないでくれ、ハナビ。餞別がお前の涙では、ヴェルトを半殺しにして旅に行けない体にしようとしてしまう」
「やらないくせに! やるならやって!」

 やめてくれ。それはマジでシャレにならん。
 てか、カミさんも「その手があったか」みたいな顔をするのはやめてくれ。

「でも、いつまでも泣いていてはダメだ。今度帰ってきたとき、ひょっとしたらお前には姪か甥が、いや、妹分か弟分が出来ているかもしれないからな」

 冗談だよな? いや、なんか目がマジっぽい。
 そんなことになったら、俺が鮫島にぶっ殺されるんだが。
 つーか、成長して、昔みたいにベタベタしなくなったと思ったら、たまに 不意打ちのようなことを言うから、今のウラがどの程度俺を好きなのか良く分からん。
 ハナビとの別れでドサクサ紛れに変なことを言うウラにかなりの不安を感じながら、そろそろ俺たちは行かなくちゃならない。

「そろそろか。んで、目的地は決まっているんだな?」
 
 どこを目指すか。手がかりなど何一つない旅の目的地。
 そこは前から決めていた。

「決まってんだろ。とにかくデケーとこに行って、地道に探すさ」
「デケーところ? というと、一つしかねーな」
「ああ。人類大陸最大の国家。帝国に行く。そう、第一の目的地は『アークライン帝国』 だ」

 そう、そこに行かなきゃ、多分何も始まらねえ。

「かーちゃん、てーこくってどこ? 遠い?」
「うん、ちょっと遠いわね。船でも三週間ぐらいかかるかしら?」
「おっきいの?」
「うん、すごく大きいわ。国土や人口はエルファーシア王国の、何倍? 十倍ぐらいね」
「それってすごいの?」
「そうよ。だって、人類大陸最大の国家と言われてるぐらいなんだから」
「じんるいたいりく~?」

 ああ、すごい。まあ、その凄さは俺も良く分かっていないがな
 ハナビの素朴な疑問に、ウラは腰を屈めて、ゆっくりと語りかける。

「よいか、ハナビ。この世界は四つの大陸に分かれている。一つが今、ハナビのように人間たちが生息する、この『人類大陸』、ねーちゃんのような魔族と呼ばれる種族が生息する『魔族大陸』、獣人や竜人などの動物と人間の血が入り交じった種族の生息する『亜人大陸』、この三つの大陸が海を挟んで大きな三角形を描くように世界が成り立っている」

 ウラ、もうダメっぽいぞ? ハナビが可愛らしく小首を傾げて、頭から煙が出そうな顔してるぞ?

「そして、その三角形の大陸の真ん中に位置するのが四つ目の大陸。かつては、神々が住んでいたと言われる、『神族大陸』。この世で唯一誰のものでもない大陸だ」
「かみさま?」
「いや、そう言い伝えられているだけであって、実際に住んでいたかどうかは分からない。だがな、その大陸には手の付けられていない巨大な領土や豊富な魔力、貴重な魔宝石などが数多く確認され、その大陸を手中に入れたならば世界の覇権を握るとまで言われているほどのものなのだ。そのため、今世界ではそれぞれの種族が他の種族を牽制しながら神族大陸を自分たちの領土にせんと、争いを続けているのだ」

 そう、それが今のこの世界の現状。
 巨大な神族大陸を舞台にして、人類、魔族、亜人がそれぞれ拠点を作って領土を広げながら陣取り合戦を続けている。
 そして、その戦いに多くの種族が命をかけて、多くの血を流しているわけだ。
 フォルナたちもまた、帝国と神族大陸を行ったり来たりを繰り返して戦争を続けている。


「変なの。みんなで仲良く分ければいいのに」


 ああ、やっぱお前は天使だ、ハナビ。

「ハナビ。そうだな、お前の言うとおりだ。でもな、世界中の人はそれができない困った奴らなんだ」
「なんで? ケンカばっかしてたら、その場所壊れちゃうんじゃないの?」

 そうなんだ。結局元々は手つかずで資源も豊富だった大陸も、戦争の繰り返しで壊れていく。
 何も意味がない。
 
「いや、まあ、そうなんだがな、うん。だが、世界はそう簡単ではないのだ。例えば、既に滅んだがボルバルディエという国が広げていたトンネル計画というのがあってだな」
「ストップ。もう、いいよ、ウラ」
「ヴェルト! いや、これは重要なことで、ハナビも覚えた方がいいことだぞ」
「覚える必要なんてねえ。ハナビはそのまま健やかに育つのが兄ちゃんの望みなんでな」
 
 戦争そのものが果たして何年後に、何十年後に、百年後にも終わっているかどうか分からない。
 その時、本当に欲しいものが残っているかどうか、誰にも分からない。
 いや、本当は誰もが分かっている。
 だが、これまでの戦いの憎しみや、失った命を考えると、既に誰も振り上げた拳を引っ込められない状態になっている。
 結局はハナビの言っていることが真理なんだ。
 だから、いいんだ。

「ハナビ、姉ちゃんが言った、魔族とか人間とか、んなもんどーでもいいんだよ。ハナビは兄ちゃんと姉ちゃんが好き。兄ちゃんと姉ちゃんもハナビが好き。世界はそれでいいんだよ」
「うん! それなら、ハナビも分かるよ!」
「そういうことだ、ウラ。俺たちは別に戦争に行くわけじゃねーんだからよ」

 ハナビは何も間違っていない。それを小難しいことで言いくるめる必要なんてまるでない。
 納得したのか、ウラも微笑んで頷いた。

「さて、つーわけだ、先生。まず、俺たちは帝国に行く。そっから先はあんま決めてねーけど、まあ、何とかなるだろ」

 新たな人生の幕開けだ。
 若干一命は泣いているが、気分は前向きだ。

「気を付けて行って来い」
「二人とも、ケンカしないでくださいね。手紙もいっぱい書いてくださいね」
「はやぐがえってぎでね!」

 俺とウラはカミさんと、ちょっと照れくさいけどハグ
 俺とウラはハナビとはこれでもかとハグ。
 そして、先生とは、

「またな」
「ああ、行って来るよ」
「行ってきます」

 大変お世話になりました。
 とは、照れくさくて言わないが、その分の気持ちを存分に込めたハイタッチを俺たちは交わした。
 俺たちは背を向け、たまに振り返りながら、家族が見えなくなるまで何度も手を振った。

「おい、ヴェルト、ウラちゃん、二人してそんな大荷物抱えてどっかに旅行かい?」
「おーい、二人とも、どーしたんだ?」

 他の奴らには、俺はしばらく国を空けることを言わなかった。
 なんか、色々大騒ぎされそうだから、言わない方が気楽だった。
 まあ、多分明日にはスゲー大騒ぎになるんだろうけど、俺たちはテキトーに手を振りながら通り過ぎた。

「おっ」
「ん? なんだ、あいつはあんなところに」

 そして、ようやくたどり着いた王都の門の前にはあいつが居た。
 いつもと同じような格好と、少しだけ大きめの鞄を背中に背負っていた。

「済んだのか?」
「ああ」

 立っていたのは、ファルガ。
 ファルガは俺たちの様子を察して、それ以上は聞かなかった。

「ならばいい、それじゃあ、行くぞ」
「ああ」
「うむ」

 王都を背にして、ようやく俺たちの物語が始まる。
 俺と、ウラと、ファルガの三人の…………

 …………えっ?


「「って、お前もついてくるのか!」」

「俺もそろそろ遠目をぶらつきたいと思っていたところだ」

「「いやいやいやいや!」」」

「それに、テメエらが国を離れることをクソ親父に報告したら、心配だから俺もついていけとよ」


 何故かサラッとファルガが一緒に来ることになった。
 てか、こいつは何を当たり前な顔してついてきてる?
 おお、俺と二人旅だと思っていたウラが、若干不満気でファルガを睨んでる。

 兎にも角にも、こうして俺たちの旅でもあり冒険でもあり戦いが始まった。

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第28話 小悪党からのヒント

「あそこだ。『港町スタト』。あそこは定期的にクソ帝国行きの船が出ている。いくつも国を経由するからクソ時間はかかるがな」
「あ~、ついたついた。どーでもいいけど、さっさとメシ食おうぜ。やっぱ、俺は野宿はダメだ。落ち着いて食いてーよ」
「私も幼い頃の戦時中以来の経験だったが、やはり食事と湯浴みは死活問題であった」

 港町に見える建物の数は少ない。人口もおよそ数百人程度だろう。
 また、建物の作りや町並自体はそれほど煌びやかなものではない。
 それは悪い意味ではなく、質素で誰もが住みやすい環境とも言えた。

「つーわけで、これからが本当の旅立ちだな」
「しかし、ファルガよ。よくぞ、国王がお前の旅を許したな」
「ふん、クソ軟弱なクソ都会暮らしにも飽きていたところだ」

 いや、これから故郷よりも更に大都会の帝国行くんだけど? と聞くのは、野暮だろうか。

「大体一度も国の外に出たこともねえ愚弟と、戦争中のクソ魔族がうろついてみろ。クソ気が気じゃねえ」

 うん、やっぱツッコミ入れないどこう。
 こいつはかなり面倒な性格だが、ようするに俺たちが心配でついてきてくれたってことだろう。
 まあ、腕は確かだし、国王も何だかんだで俺たち三人の方がファルガも一人で行動しないし都合がいいと思ってるんだろうな。

「それに、旅といってもクソ神族大陸や他種族の大陸に行くわけでもねえ。クソ親父が折れるのも早かった」
「ああ、それはそうかもしれぬな。私やヴェルトの旅が許されたのはそれが大き……って、どうしたのだ、ヴェルト。あさっての方向を見て」
「やっ、別に…………」

 さて、ここで当たり前のようにポテトと肉を頬張っている二人に言うべきだろうか。
 別に俺は帝国だけを目指しているわけではない。

「おい、愚弟。テメエはまさか良からぬことを考えてねえだろうな」
「そうだな。それに、お前の探しているものとやらも気になる。一向に教えてくれんしな」
「あ~、その、なんだ~、まあ、そのうちな」

 いや、うん、良からぬことを考えてたよ。
 だって、俺がどうするかなんて、帝国行って手がかりがあるかないか次第だからだ、

「避けられれば、それに越したことはねえが、どうなるかは分からねえよ。あっ、でも、そうだな、俺も行きたくねえ場所は一つだけあるな」

 正直な話、神乃の手がかりが魔族大陸や神族大陸にあるのなら、行くのもやぶさかじゃない。 
 当然、戦争とかだけは絶対に嫌だが。
 だが、それはそれとして、俺自身もできれば避けたい場所だけはあった。

「俺は、亜人大陸だけは行きたくねーなー」

 亜人の大陸。いや、亜人そのものが俺にとってはトラウマとも言えた。

「まあ、テメエはガキのころの事件を考えればそうだろうな。と言っても、このメンツならクソ亜人大陸に行けば全てを敵に回すことになるがな」
「いかにもな。人間の国の王子と、滅んだとはいえ魔族の姫。亜人の神経を逆なでするのは間違いない」

 そうだ、俺にとっては亜人というのは昔の事件を思い出させる。
 あの事件以来、亜人には会った事がない。
 異種族という点ではウラも同じだが、亜人と名のつくものにはどうしても抵抗を感じた。

「まあいい、とにかく帝国だ。まずは人類大陸最大の場所に行って、俺の探しているものやヒントがあるかないか、それ次第だ」

 帝国を目指すのはあくまで手がかりを探すための第一歩に過ぎない。
 大体、鮫島が魔族として転生していた以上、他の連中だってどうなのか分からない。
 だからこそ、最悪の場合は俺も腹をくくる覚悟は出来ている。
 だが、それを今の時点でこいつらに話すと、強制的に王都に連れ帰らされそうだから、それは避けておこう。 
 俺は、少しの秘密をグラスに注がれた水と共に飲み込むことにした。
 すると、その時だった。

「なんだ、兄ちゃんたち、この街に来たのは帝国行きの船が目的だったのかい?」

 それは、地元の住民らしき中年の男がカウンターから俺たちの会話に入ってきた。

「ん~、そうだけど、なんか用か?」
「いや、そいつはツイてねーと思ってな」
「ツイてねー? それはどういうことだ?」
「しばらくこの港から定期船はでねーぞ」

 おい、

「なんだと?」
「なんと!」
「はっ?」

 ちょっと待て、何を人の決意にいきなり水をかけてやがる。

「ちょっ、どういうことだよ、おっさん! 別に嵐が起こったとか、近くで海戦があったって話もねえ。なのに、何でここから船が出ねーんだよ! ここは、港町だろ!」
「どうもこうもねーさ。とある商業船が、増えすぎた積荷を運ぶために船を貸し切ることになったんだよ」
「なにい?」
「今、港で積荷の運びと船の準備をしている。あの船も帝国には行かずに、手前の『シロム国』に向かうってよ」
「シロム? どこだよ、それは。全然聞いたこともねえよ。ってか、マジかよ」

 駅で電車が出ない。空港で飛行機が飛ばない。いきなりそう言われたようなものだ。
 そして、朝倉リューマの世界と違って最も厄介なのは、他に交通手段が何もないということだ。
 んなもん、理由も聞かずに納得できるわけがねえ。
 のっけからつまづいた感がした。すると、ファルガが口をはさんだ。

「シロムか。クソみたいな噂しか聞かねえな」
「ファルガ、知ってんのか?」
「ああ。表向きは商業国家とし交易を生業としている国だが、あくまで表向きだ。裏じゃ闇取引や奴隷市場、違法な歓楽街を取り仕切ってる。まあ、他国の上層部も隠れて利用しているから、それを潰すこともできねえらしいがな」

 うわ~、噂でしかそういうのは聞いたことないが、やっぱりそういうのは実際にあるわけね。
 まあ、極力関わりたくねえもんだ。

「ふむ、しかしそれは予想外だな。どうする、ヴェルト? 陸地から行くか?」
「おいおいおい、何ヶ月以上かかると思ってんだよ。それに、陸地からだと、たくさん国境を越える必要がある。それがメンドクセーから船にしようと思ったのによ」
「確かにな。どうだろう、その商船の者に交渉してみるか? 途中まで乗せてもらうなど」
「はあ? ファルガの話を聞く限り、その商船もなんか危なそーだろ。何かあったらどうすんだ?」

 そんな危ない国を目的地としている連中だ。
 あんまり堅気とは言い難い。それに、もしも何かあるとしたら、その場合、女であるウラの方が…………

「クケケケケケ、どーしたよ。いつもシケた飯屋が少しだけ騒がしいじゃねえか」
「オラオラどけよ、今からこの店は、俺たち『商業ギルド・シーシーフズ』の貸切だ」
「おいおい、女用意しとけって言っただろうが。攫っちまうぜ? くく、なーんてな。冗談だ冗談。とびきりの女なら別だけどな」

 その時、下卑た笑を浮かべたガラの悪い男たちが十人程店の中に入ってきた。

「ちっ、奴らだ。兄ちゃん達、あんま関わらねえほうがいいぜ」
「ほ~、見るからに。つか、あれが船を貸し切った迷惑野郎共か」

 我が物顔でズカズカと店の中を歩き、乱暴に机や椅子を動かしたり、勝手にカウンターから酒を持ち出そうとしている。

「お、お客さん、あの、勝手に棚の酒を持ち出されては…………」
「ああ? 何だてめえは、汚ねえ手で触ってんじゃねえよ、貧乏人!」
「ぎゃふっ!」
「おい、さっさとメシ持って来い!」
「ひ、ひいい、た、ただいま!」

 止めに入ろうとした店の店員まで蹴り飛ばされる始末。

「あーあ、やりたい放題。やっぱいるんだね、ああいうのは」
「王都には居なかったがな」
「クソが」
「あー、ほっとけよ、ファルガ。きりねーよ。所詮はチンピラだ」

 やりたい放題の連中に呆れた。あれは商売人と言うよりチンピラだ。
 どうやら、当初感じたとおり、途中まで乗せてと交渉する気にもなれねえな。

「ったくよー、ほんとシケてやがるぜ。こんな大した女もいねえ田舎町に三日だぜ」
「ああ。でも、いいじゃねえかよ。今日には積荷の移動も航海の準備も終わる。一週間後にはシロムに帰れる」
「ああ、それに今回は大仕事だったからな。今から楽しみだぜ」
「それもこれも、ジードの兄貴のおかげだぜ」
「ああ、ジードの兄貴が居りゃあ、海賊も盗賊も異種族も怖いものなんてねえ」
「ああああ、俺は早く帰って溜まったもん抜きてえよ。商品に手を出そうとしたらジードの兄貴に怒られるし」
「まあ、いいじゃねえか、一週間後にはシロムでヤリまくりだ。ひゃはははははは!」

 まだ、昼間だというのにいきなり宴会をはじめる男たち。
 つーか、海賊も盗賊もお前らの方がまんまその通りに見える。
 ウラとファルガが明らかに不機嫌そうな顔で男たちを横目で見ているが、まさか妙な正義感に駆られねえだろうな?
 いや、その予想は正しかった。

「おとーさん、倉庫の整理終わったよ」
「私も手伝ったよ~」

 今の俺とタメか少し上ぐらいの若い女とその妹らしき十二~三程度の娘が店の扉を開けて入ってきた。
 安物の布地の服で、かなり質素な姿だが、それでも田舎の純朴らしさがどことなく漂う、栗色の少し長めの髪をした、可愛いより少し美人よりな女。

「おっ」
「へ~」

 その姿を見た途端、商業ギルドの男たちの目に止まり、品のない笑とヨダレが見えた。

「はっ! お、お前たち、入ってくるんじゃない!」

 父親である、店の店主が慌てて叫ぶが、既に遅い。
 男たちはいきなり娘の手を掴んで、強引に自分たちの席に引き寄せた。

「なんだよ、まあまあな女が居るじゃねえかよ」
「きゃああああ! ちょっ、な、なにするんですか!」
「ひゅう、元気もあっていいね~、胸は、おっ、やわらけえ!」
「えっ、いやあああ、な、何を!」
「おらおら、せっかく金を払うんだ。酌でもしてくれよ。おっと、少しはサービスを。スカートは、ひゃはっ、じゃーま!」
「いや、破らないで、いや、いやあああ!」

 それはもう、強引で、何の迷いもなかった。
 男たちはいきなり娘の胸を触ったり、衣服を破いて身ぐるみを剥がそうとしている。
 平和なエルファーシア王国王都の生活が馴染みまくった俺には反応するのにかなり時間がかかった。
 何やってんだ? こいつら。

「や、やめてください! む、娘には手を出さないでください! お代は一切いりませんので、娘だけは!」
「お姉ちゃん! おねええちゃん!」
「うるせえ! ちょっと借りるだけだよ。別に命を取ろうなんて考えてねえよ」

 泣いて土下座する店主すら男たちは嘲笑う。 

「さーて、どーせだから全部脱いじゃいましょうね|」
「いやああああ、ぜったい、や、た、助けて!」
「あっ、俺一番な」
「ったく、じゃあ俺は二番ね」

 見ていてかなりの不快感だ。
 不良なんて呼ばれた時代の俺が可愛く見えるぐらいだ。
 でも、だからこそ微妙に同情する。

 こいつら、ついてねーなーって。


「クソクズが」


 ほらほら、怒っちゃった。ファルガが。
 ここはさ、まだギリギリでエルファーシア王国の領土だろ? だからさ、今お前らが襲ってる女も当然、この国の国民なわけよ。
 普段は王座とかになんの興味もねえ、放浪王子だけど、国に対する愛は本物なわけだから、こいつの前で、んなことをすると…………


「やめぬか、下郎が!」


 お前も反応すんのかよ! ウラだった。
 まあ、飲食店で育った娘として、見過ごせるわけがないのは分かっていた。
 あーあ、喧嘩か。

「飲食店の子は、汗水たらして働く父親の宝。それに手を出すからには、血まみれになる覚悟はあるのだろうな?」

 って、ウラ! それって俺がたまに言う殺し文句のパクリじゃねえかよ!

「ったく仕方ねえな。俺より喧嘩っぱやい奴」
「クソ良いタイミングだ」

 仕方ねえから便乗してやることにした。
 と言っても、これぐらいの人数相手ならウラ一人で瞬殺なんだけど、ファルガもこいつら殴りたそうな顔をしているしな。

「なんだ~、テメェら…………誰に生意気な口きいてると思ってやがる!」

 うわ、ありきたりすぎる。
 なんの前触れもなく女に手を出すのは驚いたが、セリフはありきたりすぎる。

「くくく、どこのどいつか知らねえが、いい度胸だな」
「ほんとだよ。俺たちシーシーフズを知らねえとはな」
「まあ、帝国からも遠い辺境国家の旅人なんざそんなもんだろ」
「だな。この国で有名って言ったら、『聖騎士将軍』、『女王軍神』、『巨人殺し』、『緋色の竜殺し』、『金色の彗星』、の五人だけだ。あとは平和ボケしたカスの集まりってのが、この国だからよ」

 残念だったな。その五人のうちの一人がこのフードかぶってる奴なんだけど。
 てか、良かった。『リモコン』が出てこなくて。

「俺たちには、絶大な兄貴がついてるからよ~」

 ダメだな、こいつら。全然怖くねえ。
 多分、ウラとファルガじゃなく、俺でも楽勝だろうな。
 この指を軽く動かして全員ふわふわパニックしちまえば…………

「どうした? 何を揉めてやがる」

 その時、タイミングを見計らったかのように一人の男が店内に入ってきた。
 肩の袖なしの服を着た、スキンヘッドの大柄な男。腰元には鞘に収められた剣が携えられていた。

「ジードの兄貴!」

 どうやらこいつらの偉大な兄貴のようだ。
 こいつは、まあまあ。でも、多分俺でも勝てそうだ。
 やっぱ、普段からファルガとかウラを見てるとそうなんだろうな。

「くくく、揉め事ならちょっと俺にやらせてくれよ。一昨日の亜人の女剣士共が持っていた、このサムライソードとやらの試し切りをしたかったところだ」

 そう言って、ジードと呼ばれた男は腰から剣を抜いた。
 それは結構珍しいもんだったので、俺も少しだけ驚いた。

「日本刀か。またマニアックな」

 そう、侍の代名詞とも言える刀だ。
 すると、俺が思わず口にした言葉に、ウラとファルガが訪ねてきた。

「おい、愚弟。ニホントーってなんだ?」
「うむ、なかなか美しい造形だが、私も見たのは初めてだな」

 えっ、マジで? そいつは驚いたな。

「はっ? お前ら、侍とか日本刀って知らねえの? 信じらんねー」
「だから、何だ、それは」
「侍ってのはな、昔日本に居た…………あっ…………」

 その時、俺は気づいてしまった。
 侍とか日本刀を知らない?
 いや、知ってるわけがねーだろ。
 だって、侍や日本刀があったのは、この世界じゃねえ。
 朝倉リューマの居た、異世界での話だ。
 じゃあ、何でこのスキンヘッドは、日本刀を…………


「ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 まさか、こんな旅の序盤の序盤で、こんなことになるとは思ってもいなかった。

 こいつが亜人剣士から奪ったというそのサムライソードの秘密を知るため・・・・・・俺はこいつをソッコーでボコって、情報を集めるため、船に乗せてもらったのが・・・・・・すべての分岐点となった。

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第29話 大人の世界の洗礼

 興奮が抑えきれねえ。だが、気分は悪くねえ。
 胸糞悪い光景や連中を見て不愉快だった気分も、既に忘れちまった。

「おい、ハゲマッチョ。この刀、どこで手に入れた?」

 ヒントがこんなに早く手に入るとは思わなかった。
 気づけば俺の口は軽やかだった。

「げっ!」
「こ、このガキ、兄貴になんてことを!」
「くくくく、なんて馬鹿なんだよ、死んだなコイツ」

 まあ、そう言わないでくれ。今の俺の気持ちは誰にも分からねえよ。
 それは、ウラやファルガも同じだ。
 この気分は、この世界で「ラーメン」「空手」と再会した時と同じ気分だ。

「がっはっはっはっ! ボーズ~、ず~いぶんと面白いことを言うじゃねえか。この俺様を誰か知らねえのか?」

 くだらねえ問答も、今の俺には時間の無駄でしかねえ。

「ふわふわメリーゴーランド」
「あっ? ッ、な、なん、か、体が」
「まずは百周楽しみな」
「ぎゃあああああああああああああ! な、なん、め、目が、何で俺の体」

 ちょっと体を浮かせて、その場でグルグルと時計回りに回転させる。

「な、兄貴! 兄貴が!」
「ちょっ、何で、どうしたんすか兄貴!」
「うわあああ、と、止まらねえ! だ、誰か俺を止めろーー!」

 止めねえ方がいい。コマみたいに高速回転してるから。
 むやみに触ると弾き飛ばされるぞ?

「うぎゃああ!」
「ぐわああ」

 ほらな。
 下っ端が簡単にふっとんだよ。

「愚弟。乗り気じゃなかった割には、意外と手を出すのが早かったな」
「どうしたのだ、ヴェルト」

 俺の様子が変わったことに、さすがに二人も気づいたようだ。
 だが、ちょっと勘弁していてくれ。
 俺は今、気分がいいんだよ。

「うげえ、め、目が回、うべえ、きもちわり」

 百周、意識を失わない程度のスピードで回した。
 その代わり、世界がぐにゃぐにゃして、頭もぐるぐるで気持ちわりいだろうけどな。
 屈強そうな図体のでかい男も、今では千鳥足以上のふらつき具合だ。

「あ、兄貴が、こ、このクソガキ!」
「ぶっ殺してやる!」

 邪魔すんなって。

「ふわふわパニック」

 ちなみに、ふわふわメリーゴーランドとふわふわパニックの違い。
 それは、ふわふわパニックは一瞬で相手の意識を失わせる技。
 俺の簡単な指の動きで、酒場に居たチンピラ全員が一瞬で意識を失い倒れた。

「うおお、な、なんだ! あの兄ちゃん何をしたんだ?」
「誰? なに、この人、こ、怖い」

 ああ、まあ、助けた気はしねーけど、何か襲われてた女にまで恐れられるほど、今の俺は正常じゃないのか?
 まあ、なんも気になんねーけど。
 あっ、でも破られた服の下からパンツとか丸出しだから、そこは隠しとけよな。
 俺も体は思春期なので、それなりに気になった。ちなみに、苺の柄だった。
 だが、苺にあまり目を奪われないほど、今の俺は目の前のことに頭がいっぱいだった。

「よ~、兄貴さん。気分はどうだ?」
「う、で、でめ、い、いっだい、何者? ど、どんな魔法を使いやがった」
「んなもん、どーでもいいだろ? まあ、ついでに言えば俺はテメェらがどこの誰でどんな商売しようと興味ねーよ。俺が興味あるのは、テメェの持ってる、この刀だ」

 視点の定まっていないジードの腰元から刀を抜き、俺はジードの頬に刃を当てながら、本題に入った。

「くっ、な、なんだテメエ、俺を脅す気か?」
「安心しろ、俺はヒカリもんは嫌いだから、こんなもんは使わねえ。ただ、聞きたいだけだ」
「あ、ああ?」
「こいつを、どこで手に入れた?」
「ひッ!」
「答えなけりゃ、あと百周回す」

 どこで手に入れたか。誰が作ったのか。誰が考えたのか。
 聞きたいことは色々あった。
 だが、

「し、知らねえよ! 俺は何も知らねえ!」
「ふ~ん、じゃあ、あと百周」
「ま、待ってくれ! ほんとだ、本当に何も知らねえよ! それは、一昨日戦った亜人が持ってた武器で、珍しいもんだからぶん取ったんだよ!」

 かなり切羽詰ったような叫び。多分、これは本当だろうな。
 ってか、そーいえば、最初にもそんなことを言ってたな。
 亜人の女剣士共が持っていた、サムライソードって。

「ふ~ん。それじゃあ、その亜人の女剣士どもは? どこで、出会った? つか、殺したのか?」
「な、なんで、そこまでテメエに」
「五十周」
「ぐぎゃああああああ、め、めが、うおええええ」
「ゲロまみれになる前に答えろよ」
「わ、分かった、言うよ! 一昨日通った、旧ボルバルディエ国の海底トンネル近くだよ! 亜人大陸付近じゃ取れねえ海鮮物がその付近で取れるからって、たまに密航船が海底トンネルを潜って現れるって情報を聞いて、俺たちが取っ捕まえたんだよ!」

 ボルバルディエ? 随分と懐かしい話だな。
 鮫島たちが滅ぼした国か。
 しかし、海底トンネルってのは初めて聞いたな。

「ちょっと待て、ボルバルディエの掘った海底トンネルは大陸の地下トンネルと同様に既に封鎖されたはずでは?」
「ウラ、知ってるのか?」
「ああ。ボルバルディエの特化したトンネル技術。彼らは人類大陸の地下のみならず、海底にもトンネルを掘って…………いや、掘っていたというより、作っていた。それが魔族大陸まで伸びたのが、ヴェスパーダ王国との戦争の原因だ」

 なるほどね。つまり、連中は亜人大陸までトンネルを作っていたわけか。
 しかし、確かにそんなもんはネタバレしちまえば危ないことこの上ない。さっさと壊しちまえばいいのによ。

「その話は俺も聞いた。確かに一部は封鎖したが、ボルバルディエは至るところに作っていたからな。正直、全部のトンネルは誰も把握してねえ。その封鎖しきれなかったトンネルを、こっそり利用している奴らも居るってことだろ」

 ファルガの言葉に、納得しちまった。
 確かに、封鎖されてねえトンネルは、言い換えちまえば誰も知らないトンネルとも言える。
 ボルバルディエが滅んだ以上、そのトンネルは誰にも知られないまま利用することができれば、大きな利益を生む。
 まあ、鮫島率いるヴェスパーダは誰よりも早くそれに目をつけていたみたいだがな。

「なるほど。しかし、こいつらみたいなチンピラ軍団が、そんなトンネルや亜人の存在まで気づいてたのか?」
「いや、だからじゃねえか? 愚弟、テメエが思っている以上に商人ギルドは情報網が半端ねえ。裏情報から、他種族の情報まで金次第だ。エリートどもの国の幹部より、よっぽど地べたを這いずり回って情報を得てるんだよ」
「ほ~、情報は足で稼ぐか。もったいねーなー、ガラさえ悪くなけりゃ立派な営業マンになれたろうに」

 おっと、話が脱線しすぎた。問題はそんなことじゃなくて、この日本刀に似せて作られた武器だ。

「で、その亜人共はどこに居る? それとも、全員殺したか?」
「こ、殺してねえよ! 全員、いや、あっ、その、取り逃がして」

 目が泳ぎすぎてる。これは嘘だ。

「五十周」
「や、やめてくれ、頼む、それだけは!」
「じゃあ、言えよ。どうしたんだ?」
「うっ、そ、それは、その」

 これは嘘をついているというより、やましいことを言いたくない。そう見えるな。
 ジードから出ている脂汗や目を見りゃ、何となくだがそう感じる。
 殺してはいない。多分それは本当だ。
 でも、逃がしたというのは、嘘だ。
 となると、考えられるのは……

「おい、クソハゲ」
「ひ、ひい!」
「確か、亜人や魔族はシロムの奴隷市場ではそれなりの高値で売れるそうだな」
「ぐっ、うううう」
「特に雌型で容姿の整った若い異種族は、人間の女に飽きた金持ちのクソクズ共の間では重宝されるそうだな」

 なるほど、言いたくねえわけか。

「なるほど。売り飛ばすために捕虜にしてるわけか」
「つくづく、救えぬゲスめ」
「クソが」

 奴隷とか捕虜ってどういう法律で扱われるんだ?
 まあ、それには興味ねえけど、油断したらファルガとウラは今すぐにでもジードを殺しそうだ。
 ゴミクズを見るような目は、もし自分に向けられたらショックで寝込んじまうぐらい怖いな。
 案の定、ジードも俺よりも二人に怯えだして、体をプルプル震わせている。
 キモ…………
 だが、まだ殺されても困る。つか、身内が普通に人を殺すとかはやめてくれ。

「おい、ハゲマッチョ。今すぐテメェらの積荷を調べさせな。居るんだろ? これの持ち主が船の中に」
「な、ま、待ってくれ! それは勘弁してくれよ! 既に伝令で亜人が入荷することはオークショニアに言っちまったんだ! 既に、希望者も殺到してんだ! これを台無しにすると、俺が殺されちまうし、テメェらだってタダじゃすまねえよ! 色んな国の高級大臣たちだってお得意様なんだ。下手したら、多くの国を敵に回すことになるぜ!」
「今、死ぬほど気持ち悪い目に合うよりはマシじゃねえ?」
「ふざ、ふざけんな! そもそも奴隷制度は普通に認められている人類大陸のルールだろうが!」

 えっ、マジで? 
 違法な闇取引とか歓楽街とか、そういうことやっている国だから、奴隷はアウトだと思ってたけど、違うの?
 と、俺がそんな顔で振り返ると、ファルガは目を瞑ったまま頷いた。

「確かにな。クソ辺境のエルファーシア王国には馴染みがねえけどな。戦争の捕虜や敗戦兵、身寄りの無くなった奴らへの職業斡旋的な役割もあるからな」

 職業斡旋ね。まあ、ハローワークとは全然意味合いは変わってくるんだろうが、かなりきついカルチャーショックだな。

「分かった、じゃあ。会うだけでいいよ。ちょっと質問するだけだ。俺は別に奴隷がどうとか、そんなもんに興味はねーし、同情して亜人を救うようなお人好しでもねえからよ」
「ヴェルト! おまえ、それは本気で言っているのか?」
「そりゃー、俺だってお前が売られそうになったら体張って救うが、今回はちげえ。合法みたいだし、メンドクセーのを敵に回すよかマシだろ」
「そ、それは、そうだが、う~ん、でも、私も複雑な気持ちがする」

 無理もねえか。ウラだって、一歩間違ってたら、そんな悲惨な人生を歩んでいただろうからな。
 まあ、人として俺もどういう行動を取った方がいいのかは何となくだが分かるが、それも平和ボケした日本人的な発想だ。
 この世界がそれを常識としている以上、俺がそれをイチイチ間違ってるとか、正そうとか、正義を振りかざそうとするのもアホらしい。
 
「うっ、ほ、ホントだぞ? 会うだけだぞ! 逃がしたりとか、奴隷をぶん取るなんて真似は」
「しねーよ。そもそも、俺は亜人は大嫌いなんだよ」
 
 そうだ。逃がす気はねえし、助ける気もねえ。
 もっとも、それは、その亜人がどれだけ重要なものを抱えているかにもよるけどな。

「あっ、ついでに俺たちは帝国まで行きてーから、途中まで船で乗せてくれよ」
「はあ?」

 とりあえず、交通手段はゲットできたし、それでいいだろう。










 帆船乗組員五十人程度。それなりに大きな船だから特に航海の心配もないだろう。


「出航するぞ、野郎ども! シロムに帰るぞ!」

「「「「「おおおおおお!!」」」」」


 何だかあまり元気の無さそうな、ジードを始めとする商業ギルド・シーシーフズのおっさんたち。 
 まあ、あれだけ俺にやりたい放題されて、しかも船にまで乗せることになったんだ。
 かなり気分が落ち込んでいても仕方ない。

「よっし」
「では行くか」

 港から切り離した船に飛び乗って、俺たちはいざ航海の旅に出る。
 これである意味、本当に国を出ることになる。
 僅かな緊張と、好奇心を胸に抱き、いざ旅立ちって奴だ。

「さてと、ジード、船の運転は他の奴らに任せて、そろそろ約束は守ってもらおうか?」

 そう、今からは多少のトラウマも覚悟しなければならないからだ。

「ふん」
「さて、案内せよ」

 船の甲板で、俺たち三人に言われて、ジードはかなり嫌そうな顔をしているが約束は約束だ。
 ジードは観念して、俺たちを案内しようと船内へと招く。

「ついてこい。下の倉庫に商品は全部つんである」

 船が揺れる。心地よい風が吹く。波の音も穏やかだ。
 この船も普段は帝国との定期船として使っていたために、作りはしっかりとしていて掃除も行き届いている。

 なのに、船内を歩けば歩くほど、俺は心がざわめいた。

 すました表情のウラですら、どこか不安そうに俺の服の裾をギュッと握っている。
 とくに変化が見られないのはファルガだが、内心はどうかは分からない。
 
 そして、

「こ、ここだ」

 ジードが扉の前で止まった。鍵をドアに差し込んでゆっくりと開ける。
 俺も唾を飲み込んで覚悟した。
 その扉の向こうにあるであろう光景に。


「お願いだ、助けてくれ! 奴隷は嫌だ!」
「もう二度と人類大陸には来ないから!」
「やだ、人間の奴隷なんてやだ! ねえ、出して! お願い、私を国に帰して!」
「っ、ねえ、君、助けて! ねえ、ここから出して! 出してくれたら内緒でイイことしてあげるから、ねえ! 何でも言うこと聞くから!」
「頼む、俺には故郷に家族が居るんだ! 俺だって本当はやりたくなかったけど、借金を返すためにはどうしようもなかったんだ!」


 そこには、腐った匂いと獣の匂い。涙と悲鳴と懇願。
 籠のように小さな檻には手足を拘束された、亜人。
 その大半は人の体に部分的に動物などの器官や特徴がある多様な種族ばかり。
 猫や狐、ウサギのような耳や鼻の形をした、ボロボロで薄汚れた布に包まっている男たち。いや、牡と言ったほうが正しいか?
 そして同じように、どこか妖艶な格好をした雌の少し若めの女も居る。

「ッ」

 やべえ、色々な意味で吐き気がしそうだ。
 頼むからそんな目で俺を見るなよな。
 だが、悟られねえようにしねえとな。
 俺がうろたえると、ジードに弱みを感じ取られそうになる。

「こいつらは、亜人の漁師か?」
「あ、ああ。こいつら職人がコッソリと人類大陸の海で漁をしていやがったのさ」

 ファルガは冷静に檻から叫ぶ牡たちを見てそう告げた。

「ちなみに雌が混じってるのは、長い航海だから問題が起きないように、その、『そういう女』も入れとくのが亜人たちの文化みたいだぜ? 特に発情期になった亜人の精力はヤバすぎるからってな」
「なるほど。亜人の奴隷を手に入れるには申し分ないシチュエーションってわけか。クソ反吐が出る」

 こればかりは寸分の狂いもなく、気持ちはファルガと同じ。
 ただ、俺の場合は反吐どころかゲロも出そうだが。

「あまり衛生的ではない。湯浴みは? 食事はちゃんと与えているのか? 頬が少し痩けているぞ! 女も居るのだぞ?」
「ま、待ってくれよ、俺らだって商品を死なせることはしねえよ。ただ、食事とかだって、こいつらに体力与えると何されるか分からねえし」

 もういい、聞きたくねえし、一秒でも早くここから出たい。
 さっさと目的を済ませるか。

「おい、それで、例の剣士とやらは?」
「お、おお。そうだった。奥の檻に入れてある。暴れねえように、しっかりと拘束してるからよ」

 奥へと進む俺たちの前に、他とは少し違う大きめの檻。

「ホントは三人居たんだが、二人には逃げられちまって、今はこいつ一人だけだ」

 そこには、口に猿轡を噛まされて、両手足を錠で嵌められて身動きひとつ取れない女が、一糸まとわぬ姿で檻の中に転がっていた。
 歳はかなり若い。恐らく、俺とウラと同じ歳か一つ下ぐらい。

「ッ、なんということを! まだ、幼い少女ではないか! 服の一つすら着せぬとは慈悲もないか、この外道!」
「ひ、し、仕方ねえだろ! 武器とか隠し持ってたんだからよ! で、でも、大事な商品だし、まだ未通女だしスゲー高値で売れるだろうから、手は出してねえ! 本当だ!」
「そういう問題ではないだろう! ダメだ、やはり我慢できん!」

 まだ、顔に幼さが残っている。
 長い緑色の髪を後ろで一本にまとめた、虎の耳と尻尾を生やした少女。いや、雌? この際、どっちでもいい。

「やめとけ、ウラ」
「止めるな、ヴェルト!」
「うるせえ、俺の用が済んでからにしろ!」

 檻の中から何も喋ることができないのに、敵意の篭った目で俺たちを見上げている。

「つうか、何で密漁船に剣士が乗ってたんだ? しかも、こんなガキ」
「護衛のためさ」
「護衛?」
「あ、ああ。でも、腕は大したことなかった。そもそも密猟する亜人は一攫千金を夢見たやつらで、金もそんな持ってねえ。だから、自分たちの護衛も、こんな駆け出しのガキしか雇えねえのさ。逃げた二人もガキだったしな」

 そういうことか。まあ、腕の程はぶっちゃけた話、どうでもいい。
 問題なのは、このガキが日本刀に似た刀を持っていた事実だけだ。

「少し話させてもらうぞ」
「あ、ああ。今、口のやつを外して…………」
「必要ねえ」
「えっ、ええ!」

 猿轡は紐で縛られている。その紐ぐらい、俺の指先一つで簡単に解くことができる。
 少し驚いた顔をしているガキを鉄格子越しに見下ろしながら、俺はついに聞きたかった質問をする。


「お前、日本人か?」


 さて、どう出る? ファルガやウラたちの表情はクエスチョンマークだが、このガキは?


「なんだ、そのニホンジンとやらは! いや、そんなことよりも、死ね死ね薄汚い人間どもめ、今すぐ私をここから出せえ! 死ねえ!」


 怒りに満ちた表情で叫んできたが、少しだけ俺はガッカリした。
 どうやらハズレのようだ。

「チッ、そうか。じゃ、質問を変える。この刀はお前のだな?」
「ッ、返せ! 私のサムライソード! 汚らわしい人間が触るんじゃない、死ね死ね!」
「うるせえ。虎ガキ女、質問に答えろ」
「下等な人間に教えることは何もない! 早くここから出せ! たたっ斬ってやる! 死ね死ね死ね死ねー!」

 薄汚いとか、汚らわしいとか、下等なとか、いちいち修飾語をつけやがって。
 そんで、死ね死ね言いすぎだろうが。朝倉リューマもそこまで言ったことはねえ。

「あ~、その、猿轡をしたのはすごく煩かったからなんだ」

 まあ、そうだろうな。俺もかなりイライラしている。
 いや、落ち着け。ガキ相手に話をゴチャゴチャにするな。

「サムライソードって、お前だけが持ってるのか?」
「死ね死ね死ね死ね死ねー!」
「あっ゛?」

 カチンと来た。

「この刀、折るぞ? 捨てるぞ?」

 おっ、顔が変わった。

「やめろ! それは、大ジジ様が私の誕生日にくださった、サムライソードだ! やめろ、やめろ! 死ねえええええ、絶対死ねええ!」

 サムライか。まあ、侍にとっての刀は命って言われてるぐらいだからな。

「このサムライソードとやら、誰が作った? いや、誰が考案した?」

 さて、それが本題だ。こいつが何者かはどうでもいい。問題はこの刀を誰がデザインしたかどうか。
 だが…………

「そんなの私が知るか! 死ねええ! 国の剣士は昔からみんな持っていたからな! そんなこと知ってどうする、死ねえ!」

 そーなのか。しかし、そーなると、微妙に面倒な空気が漂ってきたな。
 少なくとも、このガキはこれ以上何も知らなそうだ。
 刀のルーツを知るには、亜人の歴史を掘り返すか、他に詳しそうな奴を探すしかないか。
 
「人間どもめ、今に見ていろ!」

 ジードに猿轡を噛まされようとしているガキが叫んだ。

「必ず、必ず! この恨みは必ず私のお姉(ねえ)が晴らしてくれる! お姉(ねえ)こそ、僅か十五歳で国に名を轟かせる若き天才剣士! 将来はあの『四獅天亜人(ししてんあじん)』に選出される才の持ち主! 必ずお姉が私たちを助けてくれる」

 すると、その時だった。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 悲鳴が響き渡った。 
 外からだ。

「あ、亜人だ、亜人が襲撃してきたぞー!」
「くそ、こいつら、どこか、ぎゃあ!」
「こいつ、一昨日逃げた奴らだ! 亜人の助っ人を連れてきやがった!」
「ひ、ひいい、こ、このや、ぴぎゃ!」
「武器だ、武器をも、ぐきゃ!」

 一つ一つ消えていく人間の悲鳴。
 気づけば俺たちは、船外へと走り出していた。

 その時、たった今飛び出した部屋の奥から、虎ガキ女の声が聞こえた。
 涙と入り混じった、安堵の篭った声だ。

「良かった…………あの子達、無事に逃げのびて、助けを呼びに戻ってくれたんだ。それに、この匂い…………間違いない、お姉が、『ムサシ』お姉が来てくれたんだ!」

 俺の心臓がポンプした。


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第30話 サムライとの出会い

 こんな奴らは、死んだって心も痛まねえ。
 むしろ取っ捕まって打ち首にでなればいいと思っていた。
 しかし、それでも俺の意識は「死」や「命」というものを簡単に認識しすぎていた。

 幼い頃の経験から、既に自分はある程度、「分かった人間」になっていたつもりだった。
 しかし、それでもいざこの光景を見せられると、心が打ちのめされそうになる。
 シーシーフズのチンピラ共が両断された姿で血みどろの甲板の上に転がっている光景は。

「お、お、おまえらああああああ! お、お前らは一昨日逃げた、ガキども!」」

 性格や経緯はどうあれ、多少の苦楽を共にしたであろう、ジードが仲間たちの無残な姿に声を上げるのは無理もないことだった。
 だが、そんな中で、俺は人間の血の海の上に立つ三人の女たちに目を奪われた。

「ムサシ様! こいつだよ、こいつが頭だよ!」
「後ろの三人は知らないの! でも、こいつの首を落とせば全て終わりなの!」

 二人は幼い子供。捕まっていた虎ガキ娘と同じぐらいの年齢に見える。
 しかし、血に染まった手に握られた刀が、余計に俺の心をざわつかせた。
 こんなガキが、日本刀を持っていたことではなく、人を斬ったと思われるのに非常に普通だからだ。

 本当に、何年いても慣れない狂った世界だぜ。

「観念するんだよ、奴隷商人め!」
「お姉さまが来たからには、もうお前たちなんかに負けないの!」

 二人のガキ剣士の後ろに佇む一人の女。
 虎の耳と尻尾を生やし、虎ガキ娘に似た容姿。
 だが、姉と呼ばれているものの年齢はかなり若いぞ。
 十代後半か、下手したら俺と同じぐらいの年齢だ。

 そして印象的なのは、その衣服。この世界では見たことの無い形。
 しかし、どこか前世の記憶では懐かしく感じる、「和風」を思わせる服装。
 黒い袴に、ピンク色の羽織。
 その手には、日本刀は持っていないが、何故か二本の木刀を持っている。


「おぬしが、我ら亜人の同胞を攫いし悪漢の親玉でござるか?」


 しかも、「ござる」を使いやがった!

「なにもんだ、テメェ!」

 ああ、俺もすげー気になる。
 突如風のように現れたこの女は何者か? すると女はキリッとした顔つきで睨みつけてきた。


「拙者はムサシ・ガッバーナ! 亜人大陸、フリューレ国のヤマト村出身、誇り高き虎人族にして、我が祖父が開祖となった亜人最強剣術、『ミヤモトケンドー』の使い手! 人呼んで、双剣獣虎(そうけんじゅうこ)のムサシ! 拙者、悪党に名のる名など持ち合わせておらぬわ!」


 全部名乗っちまいやがった。聞いてない情報まで。

「我が妹、ジューベイをはじめとする亜人の同胞を救うため、拙者は参上した!」

 しかも、かなり真っ直ぐな正義感の塊のような熱い目で、名乗りを上げやがった。
 つうか、捕まってたあのガキは、ジューベイって名前だったのか。

「このクソ亜人、馬鹿だ」
「馬鹿だの」

 ファルガ、ウラ、そう思うのは無理もねえが、まあ許してやれ。
 多分、そうなんだけど。

「よくも、よくも俺の子分どもを! ぶっ殺してら!」

 ジードが駆け出しだ。
 正直、俺の反応はムサシという女に色々と気を取られてしまい、遅れを取ってしまった。
 だが、それでも次の瞬間にどうなるかぐらいは、すぐに分かった。

「ッ、やめろ、ジード!」

 ハッキリ言って、ジードはお友達でも何でもない。
 いや、それどころか吐き気がするようなゲス野郎として、死んじまえばいいとすら心の片隅では思っていたかもしれない。
 だから、どうしてそんな俺がジードを止めようとしたかは分からない。
 目の前で誰かがぶっ殺されるのが我慢できなかったか? 
 どちらにせよ、俺の静止も既に手遅れだった。
 
「愚かな。自業自得な怒号では、拙者の大義に届かぬと知るでござる!」

 ゆらりと、二本の木刀が陽炎のように揺れた。

「ミヤモトケンドー・紅蓮(ぐれん)壊破(かいは)面(めん)!」

 それは、斬るというより、大破させた。
 脳天への一撃がジードの頭部ごと胴体まで粉砕し、粉砕した肉片も炎と包まれて灰になって消えた。
 まさに一瞬の出来事。
 ジードは断末魔すら上げる時間もなく、一瞬で跡形もなく消え去ってしまった。

「この女!」
「………出来る」
「ふん、やるな」

 さすが、ファルガとウラは実戦経験や戦場の経験もあるからこそ、頭の切り替えが早い。 
 ジードがゴミクズのように殺されたというのに、既にその警戒はムサシに向けられている。
 一方で、俺はあまり冷静じゃなかった。

「さあ、引くが良い、奴隷商人ども。大人しく同胞を開放すれば命は助かるでござる」

 舐めやがって。

「このクソガキがァ!」

 気づいたら、俺はムサシに駆け出していた。

「ッ、愚弟が!」
「馬鹿者! 止めるぞ、ファルガ!」

 勘違いするな。仇討ちなんてくだらねえことはしねえ。
 ただ、この女は俺をナメた目で見やがった。
 ジードと同じようにゴミクズを見るような目だ。
 ふざけるんじゃねえよ。

「お前みたいな下っ端なんか、ムサシ様が相手するまでもないだよ!」
「私たちが相手なの!」

 うるせえよ、ガキども。
 俺の前に、ヒカリもんを光らせて立つんじゃねえよ!

「どいてろ、ガキども! ふわふわモーセ!」

 ふわふわモーセ。
 それは俺の目の前に人垣がある場合、全員を浮かせて左右別れて吹っ飛ばして通り道を作る技。
 
「えっ、な、なんだよ?」
「体が勝手に浮いて、キャーなの!」

 ウルサイ二人のガキは、いとも簡単に吹っ飛んで両端の壁に背中からぶつかった。

「なっ! ウシワカ! ベンケイ!」

 また、随分とスゲー名前だな。
 名づけた奴に、非常に興味が沸くが、その前にまずはこのバカをどうにかしねえと気がすまねえ。

「ちっ、おのれえ、よくも我が妹分を。砕斬(くだき)る!」
「うおっ!」

 ムサシ、速い! 一瞬で懐に入られた。
 ふわふわ技で動きを封じようとしたが、速すぎて狙いが定まらなかった。
 まずい!

「お命頂戴!」

 触れたらヤバイ。ジードと同じになる。
 ふわふわエスケープ? ダメだ、間に合わねえ! あと数コンマの時間さえあれば手もあったが………ちく………しょ………

「ぬっ!」

 その時、ムサシの横から夕焼けのような緋色の閃光が弾けた。

「愚弟の命はやらねえよ」

 うおおおお、あぶねーあぶねー、助かった!
 ファルガだ。
 ファルガの槍が、寸前のところで俺とムサシの間に割って入った。

「こ、この動きは、なんと洗練された槍捌きでござる!」
「ほう、回避したか。素早いな」

 辛うじて回避したムサシは後方へ飛ぶも、すぐに甲板を蹴ってファルガに飛びかかった。

「ッ、おぬし、速いでござるな。だが、拙者の敵ではござらん!」
「黙れ、クソドラ猫が。その二つの牙ごと叩きおってやる」

 ムサシの双剣、ファルガの槍が交錯する。
 だが、ムサシが木刀で切りかかろうとした瞬間、その出鼻をファルガの槍が弾いた。

「ぬ、おっ、ぐっ、ほっ!」
 
 一突きに十以上の突きを見せるファルガの速度は、亜人の身体能力を遥かに凌駕している。

「う、うそだよ! む、ムサシ様が近づけないだよ!」
「あ、あの、槍使い何者なの! お姉様が防戦一方なの!」

 攻めようと踏み込みをしようとするムサシだが、ファルガの槍の突きの嵐を捌くだけで精一杯だった。

「この男、出来る! 拙者が間合いまで近づけぬとは、恐ろしい程の手練!」
「いちいち煩く鳴くな」
「ぐっ、ぬ、おっ、な、まだ速度が上がるでござるか!」
「エルファーシア流槍術・イブニングシャワー」

 雨のように隙間なく。光線のように力強い速度が次々と繰り出される突き。
 かろうじて防ごうとするも、ムサシの衣服や体の薄皮が徐々に斬られていく。
 それは、人間と同じ赤い血だった。

「くっ、拙者が血を流すとは、随分と久しいでござるな」
「ほう。イブニングシャワーをここまで捌いたのは、光の十勇士のあのクソ男と喧嘩して以来だな」
「これほどの腕を持ちながら、奴隷商人などという畜生にも劣る所業を行うとは、おぬしの技が泣いておるぞ!」
「くだらねえ勘違いしやがって。だが、仮に俺の技が泣こうが喚こうが、俺は俺のやり方で力を従えるさ」

 ガキ剣士たちはファルガの想定を遥かに越える力に驚愕しているが、驚いているのはこっちの方だ。
 ファルガとこれだけまともにやりあえる奴が居るとは思わなかった。

 だけどまあ、

「ワリーな、お侍さん。俺たちは騎士でもなければ武士でもねえ。これを決闘なんかと勘違いすんなよな」

 ファルガに完全に神経を集中させているムサシ目掛けて、俺は自慢の相棒、伸縮式警棒をぶん投げた。
 もちろん、そこは達人。気配を瞬時に察知して回避。
 
「ッ、この、小賢しい!」

 かわされた俺の相棒が海へと回転しながら飛んでいく。
 でも、態勢が崩れた。十分だ。

「ヴェルトの命を脅かしそうな敵は、全て消し去る」
「な、いつの間に!」

 気づいてなかっただろ? 上空から迫り来るお姫様を。

「魔極神空手・魔神空(ましんくう)カカト堕とし!」
「ぐっ、ミヤモトケンドー・不動受け!」

 咄嗟に木刀を頭上で交差させて、ウラのカカト落としを受ける。
 だが、完全に受けきることはできてねえ。
 ウラの破壊力を込めた蹴りの威力で、ムサシの両足が床板を突き破って沈んでやがる。

「やるな。完全と言えぬまでも、私の蹴りを防ぐとは」
「なんという威力! おぬしら、何者でござる!」
「だが、もう終わりだ」
「な、なにを………………ッ!」

 しかし、あの態勢で受けたのは天晴れだが、もう完全に隙だらけだ。
 両足も沈んで身動き取れねえだろうし、既に遅い。

「ごぼっ!」

 鈍い音が響き渡った。

「がっ、あ、う、あ、が」

 急に酔っぱらいのように状態がフラフラと揺れだすムサシ。
 その後頭部には、俺の警棒がぶつかっていた。

「な、んで、こ、これが?」

 俺が投げたものの、かわされて船の外へと放り出された警棒は、俺の能力でブーメランのように舞い戻ってきて、完全に油断していたムサシの後頭部へ直撃させる。
 五年前は、一本五十キロだった俺の警棒も、今では重さ百キロ。さらに、遠心力と速度をつけて相手にぶつけたら、トラックで轢かれる以上の威力を出す。
 それを無防備な後頭部にモロに直撃されたら、さすがのムサシも無事じゃ済まないだろう。

「な、こ、なんと、せ、拙者が、ぐっ………」
「ちっと寝て大人しくなりな。目が覚めた頃には色々答えてもらうからよ」
「ぐっ、む、無念………しかし、お、………お………おみ、ごと」

 バタっとようやく倒れたムサシ。
 正直危なかった。一歩間違えていたら百パー殺されてたな。

「クソウルサイ猫だったな」
「それよりも、ヴェルト! お前は何をアッサリ殺されそうになっている! ファルガが居なければ殺されていたぞ!」
「お、おう、悪かったよ。いや、けっこーこいつ想像以上に強くてさ」

 だが、一応勝ちは勝ちだ。一対一なら、相当厳しかっただろうけど。

「そ、うそ、うそ、うそだよおおおおおおおお!」
「お姉さまああああああああああああああああ!」

 さて、とりあえず、ムサシが起きていきなりぶっ殺されねえように縛っておくか。



 で、縛って閉じ込めて置いたら……




「うう~、ん~、大ジジ~、ぐ~、ぐ~」

 なんだよ、このノンキな寝顔は何だ?
 
「は、はは、めんこいな」
「クソネコが」
「な、なんだったんだ、さっき殺されかけた俺は」

 コタツで丸くなってる猫か? 一応、年齢は俺と同じ十五歳らしいが、気を抜いてると完全にガキだな。
 気を失っているかと思えば、今ではグッスリと身を縮こまらせて寝ているムサシを見ていると、俺の心は複雑にざわついた。

「ちっ、さっさと起きろ、この虎娘」
「あぎゃっ!」

 両手足を錠で拘束し、とりあえず檻の中に転がしておいたが、あまりにも起きないので、頭を木刀でつついてやった。

「き、貴様、死ね死ね死ね死ね死ね! よりにもよって、お姉を!」
「ムサシ様の頭を小突くなんて酷いだよ!」
「刀さえ取り戻せば、人間なんて簡単に殺せるの!」

 三人揃ってガキは余計にうるさくなった。
 服すら着させられていなかった、虎人族のジューベイにはウラの計らいで服は着せてやったものの、基本的に刀は没収して全員檻の中だ。
 ちなみに、一緒に入れているのは、猫人族のウシワカと、狐人族のベンケイ。三人とも十三歳で、ムサシの後輩でもあり妹分だそうだ。

「うっ、こ、ここは? ん~、ご飯はまだでござるか?」

 ようやく起きたかと思えば、何をノンキなことを言ってやがる。

「オイ」

 起きた猫か? アクビとともに耳や尻尾の毛が少しだけ逆だっている。
 
「ん? お~、え~っ…………はっ!」

 だが、段々と意識を取り戻したのか、それともコブのできた後頭部の痛みからか、現状を思い出してきた様子で、俺を見た瞬間にいきなり檻の中からギャーギャー騒ぎ立てた。

「貴様ァ! よくも、よくも拙者に!」
「うるせえよ。元々テメェらが強襲してきたのが原因だろうが。つか、元を辿ればテメェら亜人が人間の領土で密猟していたからだろ?」
「何を言うか! 戦争で拙者らの領土を奪い、同胞を家畜以下のように扱う非道な人間が理屈をこねるなでござる!」

 あ~、檻に入れといて良かった。話が全然進まねえし。

「くだらねえな。人間だ亜人だの種族問題は道徳の時間にでも講義してろよ。俺には興味ねえ」
「なにを~! おぬしは、だからおぬしのような人間が居るから、我々亜人が虐げられるでござる!」

 人間に対する憎しみの目。なんか、ワケアリくせーな。
 興味はねえけど。
 すると、俺たちのやり取りにビクビクしながら、怯え切った亜人の捕虜たちが口を挟んできた。

「な、なあ、あんた、あんたたちは奴隷商人じゃないって本当なのか?」
「その、ジードやシーシーフズの仲間でもないって」

 まあ、そりゃ気になるよな。だって、ジードやシーシーフズの連中が死んだ以上は、こいつらの生殺与奪は俺たちが握ってるわけだから。

「えっ! この者たちは奴隷商人ではないでござるか?」
「うそ! こんな死ぬほど目つきの悪い奴らが?」
「嘘だよ! こいつらだって仲間だよ!」
「私たちをどうする気なの!」

 んで、今頃気づいたか。早とちりしやがって。
 と言っても、だからと言って心を許すとか、そこまで物事は単純じゃなさそうだけどな。

「し、しかし、どちらにせよ、人間! 薄汚い人間であることには変わりないでござる!」
「ふ~ん、そう来たか。えい」

 物事は単純じゃない。とはいえ、ちょっとムカついたので、木刀で軽く頭を叩いてやった。

「ぬっ、こ、小突くな! 拙者の愛刀で、拙者の頭を、あた、あた、あた、っ、なんという屈辱! 拙者の身動きが取れないことをいいことに、恥を知れ! これだから人間は悪逆非道!」
「ふ~ん、それ、コチョコチョコチョコチョ」
「にゃ、にゃああ、や、やめるでござるにゃ、わ、脇、脇はやめるでごじゃるにゃあ!」
「くはははははは、ほーれ、ほーれ、薄汚い人間様に生意気な口聞きやがって」

 お、おお、何かおもしれえ。脇腹を木刀で弄りまわしたら、笑い転がりやがった。

「死ねええ、貴様、何だその顔は! ムサシお姉で遊ぶな!」
「ヒドイだよ! やめるだよ! ムサシさまを犯すなら、わ、私を犯すだよ!」
「姉さまの体に触るななの! 薄汚い人間めなの!」
「ヴェルト、お前、その小悪党ヅラはどうにかならんか?」
「クソくだらねえ」

 だいたいよ~、俺は確かに綺麗な人間ですと言う気はねえけど、少なくともこの十五年は亜人に迷惑かけた記憶は一切ない。
 つーか、俺の方が亜人に対する恨みは募ってんだよ。
 それを一括りにして言いたい放題いいやがって。

「オラオラオラ、にゃあにゃあ、喚くなよ、うるさいにゃあ! くははははは!」
「ぐっ、ぐう、せ、拙者、この程度の陵辱などでは、決して心は折れ、折れ、にゃあああ、くすぐったいでごじゃる~!」
「虎ならガオーだろ? あ~、おもしれ。猫じゃらしはねーかな?」
「くうううう、なんという屈辱! 人間ごときに、人間ごときに!」
「ったく、随分と人間を嫌ってるな~、家族でも殺されたか?」
「ッ!」

 おっ、目つきが変わった。
 これは、憤怒だ。
 どうやら、俺が軽口で言った言葉が、随分とこいつの触れられたくない部分に触れられたようだな。
 いや、それはチビッコ三人組も同じ様子だ。随分と怒りに満ちた目で俺を睨んでやがる。
 まあ、興味ねえけど。

「貴様に、貴様らなどに分かってたまるものか!」
「ああ? なんだよ、何かあったか?」
「黙れ、貴様などに、貴様などに死んでも言うものか! 拙者たち亜人の受けた屈辱を、悲劇を、怒りを! 誰が言うものか! 家族でも殺されたかだと? 簡単に吐き捨てるなでござる! 殺されたどころではない、奪われたのだ! 貴様ら人間に!」
 
 言っちゃったよ。
 死んでも言わねえとか言ったくせに。

「こいつ、マジメだけどバカだな」
「こら」

 空気読めと見えない角度でウラに脇腹を小突かれた。

「おぬしらは知っているか? 我ら亜人の中でも最も神聖とされる、幻獣人族を!」

 知らねえよ。つか、普通に語り始めやがった。
 なんか、メンドクセーパターンだぞ。

「拙者たちのような一般的な亜人ではなく、かつて滅んだ神族の末裔とまで言われる、亜人の中でも高貴な存在。幻想的な歌声の人魚族、亜人大陸を緑豊かにしたエルフ族。拙者らミヤモトケンドーを学んだ剣士は、元服を過ぎればそのような方々のお側付となり、『殿(との)』と崇めて生涯かけてお守りする。それが拙者たちの誇りでござった!」

 あ、これは嫌な展開だ。
 多分、こいつこのあと、泣き出して、幼い頃のトラウマを語りだすんじゃねえか?

「う、ううう、しかし、人間は、人間は! 人魚の肉は不老不死の効力があるなどと世迷いごとで神聖な人魚を武力を持って乱獲し、エルフの女はその神秘的な美しさ故に、欲情した人間どもが、中には、高値で売れるからと年端もゆかぬ少女まで…………う、ううう」

 ほらな、泣いた。

「亜人大陸のフリューレ国の西に位置するカイデ森に居たエルフ族は、拙者の父がお使えしていた方々。高貴な身でありながら、幼い拙者をとても可愛がって下さった。しかし、しかし! 戦争で主力の軍が神族大陸に派遣されていると知るやいなや、突如現れた人間のハンター共が亜人大陸に乗り込み、美しい森を燃やし、エルフたちを攫い、そして、抵抗した父をも無残に殺した!」

 そして、とうとう全部語っちゃったよ。
 あ~あ、胸糞悪い話を聞かせやがって。
 何なんだよ、この世界は。
 こっちはこれっぽっちも聞きたくねーのに、どいつもこいつもトラウマは語っちゃう系なのか?

「クソみてーな話だが、まあ、間違ってねえな。エルフや人魚の雌は、シロムでも破格の値段で取引されている。人魚の肉が不老不死の薬って噂が迷信だと分かっても、幻獣人族は希少価値がクソ高い」
「えっ、マジで? 食ったやついんのか? つか、ファルガもハンターだろ? そういうのは関わってねえの?」
「クソくだらねえ。金に困ってねえ俺が、そんなことしてどうすんだ?」

 まあ、そりゃそーか。
 つーことは、別に俺たちはコイツに対して何かを申し訳なく思う必要もなさそうだ。

「でさ、んなもんはどーでもいいんだけどさ」
「ッッッ! き、キサアアアアア! どーでもいいだと!」
「だから、俺には興味ねえし、関係ねえ話だって言ってんだよ! つか、さっさと俺から本題の質問させろ!」
「こ、ころしてやる、殺してやるでござる! 血も涙もない最悪の種族め!」

 だから、俺にそんな話をしてどーしろって言うんだよ! なんだ? 土下座して謝って欲しいのか?

「やめぬか、ヴェルト」
「ぬっ!」

 その時、俺の服の裾をウラが掴んだ。

「ああ? 何で俺が引き下がるんだよ! 俺には関係ねーじゃん!」
「確かにな。だが、私はこやつの気持ちも何となくだが理解できる」
「はあ?」
「ここは、私に任せてくれないか? ヴェルト」

 気持ちが分かる? なんでだよ、ウラも人間が嫌いとか言うのか?
 あっ、でも、確かにウラは内心では人間を嫌っていてもおかしくないっていうか…………

「そうだな。好きにしろよ」

 そうだよな。一緒に居すぎて気づかなかったが、こいつも人間にしんどい目に合わされてるわけだしな。
 確かに、話はすんなりと行きそうだ。

「ムサシと言ったな。私も自己紹介をしよう」
「ふん、薄汚い人間の名など知りたくもない!」
「いや、私は人間ではない。亜人でもないがな」

 相手を落ち着けるように、やさしくゆっくりとした口調で話しかけるウラは、自分の被っていた真っ白い帽子を取った。
 その時、ウラの芸術品のように美しい顔に一瞬亜人共も言葉を失うほど見惚れていた。
 だが、その耳の形や瞳の色を見て、ムサシは全身をワナワナと震わせた。

「そ、その赤眼! お、おぬしは、魔人族! ま、魔族か!」
「ああ。私は紛れもなく魔族だ」
「ば、バカな、バカな! なぜ、なぜ魔族が人間と一緒に居るでござる! 魔族は亜人とも戦争をしているが、同時に人間とも戦争しているではござらんか!」

 まあ、驚くのも無理はねえだろうな。
 理解不能といった表情で、ムサシも他の亜人も動揺しているのは明らかだった。

「私の名は、ウラ・ヴェスパーダ。魔族大陸の、今はなきヴェスパーダ王国の者だ」
「ヴェス…………パーダ? って、それは、かつて七大魔王国家と呼ばれた、魔王シャークリュウの収めていた国!」
「そうだ。そして、当時少年勇者と呼ばれた英雄率いる人類大連合軍との戦に敗れ、そして滅んだ」
「ッ!」

 もう、五年も前になる話だが、どうやらあの事件は世界的にも有名だったようだ。
 亜人のこいつも開いた口が塞がらないといった様子だ。

「戦争とはいえ、私も大切なものを人間に奪われた。父も母も、幼い頃から共に過ごした親しいものも、国も、全てな。もちろん、当時は恨んだ。人間への憎しみは今でも思い出す」
「バカな、ならば、なおのこと、何故人間と!」
「しかし、それでも私が失った代わりに多くのものを新たに与えてくれたのも人間だった。新しい幸せ、新しい血の繋がらぬ家族、全力でぶつかれる好敵手、そして…………生まれて初めての恋もな」

 ッ! 不意打ちだ! 不意打ちすぎる! そこで、顔を赤らめてそっと俺の手を握ってくるんじゃねえ!
 思わず、ドキッとして顔が熱くなっちまった。
 あ~、びっくりした。危うく顔に出ちまうところだった。

「もちろん、人間を好きになれとも、ヴェルトをどう思えとも言うつもりはない。ただ、お前の恨む人間を一括りにして、ヴェルトやファルガまで巻き込むな」
「あっ、そう、それ! 俺もそれが言いたかった!」
「ジードたちが死んだ以上、お前たちをどうする気もない。もう、私たちに危害を加えぬというのなら、黙って解放するし、剣も返そう。それで、良いか?」

 ウラの諭に対して、ムサシたちはどこか戸惑ったような表情だ。
 だが、それでも言いづらそうにしながら、言う。

「やはり、いや、おぬしの言いたいことは分からなくもないでござる。だが、しかし、それでも許せぬ。拙者は、人間を」

 まあ、そう簡単に説得で態度を入れ替えるやつでもないだろ。
 これだから糞真面目な奴はメンドくさい。だが、それでもウラの言葉は何かしらの影響を与えているみたいだがな。
 と言っても、ムサシが人間をどう思おうと俺には関係ない。俺に危害さえなければな。
 俺が興味あるのは、最初から一つだけ。

「一つ、空気読まねえで申し訳ねえけどよ」
「んっ、何でござる?」
「ムサシって名前はさ、元々は人間の剣士の名前だって知ってたか?」
「なに!」
「そして、侍も元々は人間のある国の武士のことをそう呼ぶんだぜ?」

 こいつは知らなかった。いや、こいつやチビッコ三人組はそうだと分かっていた。
 問題なのは、

「なあ、この刀のデザインを考えたやつ、侍を作ったやつ、そしてテメエにムサシって名前を与えた奴は、誰だ?」

 ずっとしたかった質問。
 その質問の意図は誰にも分からない。
 ムサシも何で尋ねられているのか分かっていない様子だ。

「そ、それは、それは、全部、拙者とジューベイの祖父である大ジジが…………」
「大ジジ?」
「そうでござる。八十年ほど前に、拙者らの国にサムライという名を広めた最初のサムライ。ミヤモトケンドーの開祖である、『バルナンド・ガッパーナ』でござる」

 バルナンド。その名前には何のカスリもしねえほど心当たりはねえ。
 だけど、その少し前には重大なものがあったのに、ようやく気づいた。
 そうか、戦ってたときは焦ってあんまり聞き取れなかったが、こいつらの剣術…………

「宮本……剣道ね」

 居たな、そんな奴。

「なあ、そのジーさんってさ」
「ぬ?」
「結構、口下手で話をするのが苦手だったりするか?」
「なっ! そ、それは、た、確かに、大ジジはかなりの恥ずかしがり屋で、口数も少ないが…………」

 なるほど。
 それじゃあ、

「ちなみに、人を褒める時は語彙力無さ過ぎて、「お見事」しか言わなかったりするか?」
「ッ、ちょっと待つでござる! なぜ、何故おぬしが大ジジの口癖を知っているでござる!」

 ああ、この感覚、懐かしいな。
 俺が鮫島のことを知っていた時のウラと同じ顔だ。

「ヴェ、ヴェルト、ど、どういうことだ?」
「愚弟。テメェ、本当に何を探してやがる」

 答えを見つけた。
 まさか、こんなに早く見つけるとは思わなかった。
 それにしても、大ジジか…………随分、ジジイになるまで待たせちまったようだな。
 会ったこともないこいつらのジイさんは明らかに俺の旧友だろう。

「おい、お前らのジイさんはどこに居る? 会わせて欲しいんだけどな」
「なっ! ふ、ふざけるな! なぜ、大ジジをおぬしのような男に会わせねばならぬでござるか!」

 普通、そう聞くよな。さて、何と答えるべきか。
 友達? 嘘だと百パーバレル。
 顔見知り? 同じようなものだな。

「大体、おぬしは大ジジがどれほど偉大な方かを理解しているのか?」
「ああ? なんだよ、なんかやったのか?」
「ふん、おぬしのように無知で無礼な人間に教えるものか。大ジジは、拙者たち亜人に変革をもたらした偉大なお方なのだ」

 こいつ、メンドクセーな。また教えないとか言っといて自分から語りだしたぞ。


「かつて、亜人は野生の闘争本能のみをむき出しに、人間や魔族のみならず、亜人族の中でも争いの絶えぬ日々が続いていた。しかし、そのような歴史が続く中で、生物としての倫理、道徳、礼儀、作法などの精神を広め、四十年前に亜人同士の争いに終止符を打ったのが、我らが大ジジ!」

「はあ? 亜人が礼儀作法だ~?」

「そう、そして多種多様な亜人族で結成され、亜人大陸内での争いを鎮圧させる暴徒鎮圧武装部隊でもある、『シンセン組』の創設者でもある!」

「し、新選組ね」


 こんな凶暴な連中どもが、礼儀作法?
 しかも、新選組~?


「亜人の精神。そして、シンセン組も、噂だけなら私も聞いたことがあるぞ。もちろん、全部とは言わんが、亜人の一部の地域では、我々でいう『騎士道精神』と似た特殊な精神を持った亜人たちが存在するとな」

「うむ、さすがに魔族の元姫君は知っておられるようでござるが、その精神が亜人大陸に徐々に浸透していき、亜人は心を育むことができたのだ。今はまだ亜人の世界のみにしか伝わらぬ精神だが、いずれ亜人が世界の覇権を握った証には、全生命がその偉大なる精神を知ることとなる」


 騎士道精神と似た精神。
 道徳? 礼儀作法?
 侍が?
 おいおい、まさかそれって、


「亜人の精神ね~、まさか、『武士道精神』とか言わねえだろうな?」

「「「「なっ!!!!!!」」」」


 何だよ、図星かよ。

「待て! なぜ、おぬしが我ら亜人の誇り、ブシドー精神を知っているでござる!」
「んで、それを穢した奴は切腹とかって文化もねえだろうな?」
「おぬし、どういうことでござる! 何故、我らミヤモトケンドーに伝わる伝説の責任の取り方、セプークを知っている! セプークは我ら門下生のみに教えられる門外不出の作法でござる!」
「クハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 もう、笑うしかなかった。爆笑だろ。

「ウラ、お前の親父は何も教えてくれなかったか? 空手もな、武士道精神と繋がりあるんだぜ? まあ、明確な定義は俺も知らねーけどな」

 宮本、テメエだって江戸時代の侍でもなければ、本物の侍も知らねえだろうが。
 異世界に転生して、何を思ったかは知らねえが、こんな世界に侍? こんな獣ども相手に、どんな人生過ごしてんだかよ。

「ヴェルト、お前、一体何を知っているのだ? その表情、まるで私の父上と会った時と同じような顔をしているぞ?」
「愚弟。何があった? お前は俺たちの知らない何を隠している」

 二人が俺に対して不思議がるのも無理はねえ。
 でもな、今の俺の気持ちは、恐らく先生ぐらいにしか分からねえ。

「ムサシ」
「ぬっ?」
「俺は亜人をどうこうする気もねえ。戦争にも興味ねえ。でもな、お前のジジイには興味ある。どうしても、会いてえ」
「な、なにを! なぜ、人間などに大ジジを会わせなければならぬ!」
「だから言ってんだろ? 俺は戦争に興味ねえ。だからこそ、相手が亜人だろうと関係ねーんだよ」
「ッ!」
「まあ、いきなり会わせられねえなら、一言こう伝えてくれ。そうすりゃ、向こうも分かる。「体育祭で一緒にリレーを走った不良が会いたがってる」ってな」

 十五年、俺ですら長かった。
 なのに、あいつは孫まで作って、何歳だ?
 あっ、でもジジイになりすぎて、前世の記憶すら忘れてたりボケてたりしたらどうする?
 いや、きっとお互い分かるはずだ。
 根拠はないが、俺には何故か確信だけがあった。

 だが、俺はこの時、気持ちが高ぶりすぎて気がつかなかった。


「ん?」


 突如、船室の壁に寄りかかっていたファルガが何かに気づいた。

「どうした?」
「……ちっ、気づかなかった」
「は?」
「愚弟、クソ魔族、この船…………囲まれてるぞ?」

 言われても俺には分からない。
 だが、ウラや檻に閉じ込められているムサシは察したのか、表情が硬くなった。

「ッ、何者だ!」
「ふっ、まさかクソ亜人の援軍じゃねえだろうな?」
「うわ、めんどくさ。ったく」

 俺たち三人は早足で船外へと出る。
 すると、随分とヘンテコなマークが帆に描かれてた船が三隻ほどこの船の前方に止まっていた。
 
「は、ハートマークに、札束の絵?」

 見たこともねえ。
 デカイハートマークの中に札束の絵を書いた旗なんて。

「あれは、クソシロムの競売組織の旗! 『ラブ・アンド・マネー』のシンボルだ」
「なに、そのドストレートな名前は」
「ふん、クズ人間のなれ果という奴らか。しかし、何故ここに?」

 まさかの変な連中の登場に不穏な空気が漂う。
 すると、連中の船は俺たちの乗っている船の丁度真横につけてきて、一人の船員が俺たちに向けて叫んできた。


「そこの定期船! お前ら、シーシーフズだろ!」


 違います。


「今回、積荷が多いって聞いたんで引取りに来た!」


 えっ、何で?


「今回、亜人の処女も競売にかけられるって聞いて、他のギルドがお前らを襲って奪おうとか考えてるらしくてよ! ゴタゴタで商品に逃げられるのも勘弁だから、今回は俺たちが迎えに来たんだ!」


 わお。
 すごい外道なことに、非常に親切な対応してきやがった。

「どーする? シーシーフズが死んだことは伝えるけどさ、亜人どもはどうする?」
「おい、ヴェルト! まさか、あの子達を引き渡すとでも言うのではないだろうな?」
「おい、クソ魔族。テメエが奴らに同情する気持ちは分からねえでもねえが、やつら競売組織は人類大陸がその存在を許可した正当な組織だ。歯向かえば厳罰ものだぞ?」
「しかし、ファルガ!」
「あ~、とりあえず、ウラ。お前は帽子かぶってちょっと後ろに下がってろ」

 俺たちの乗っている船にロープがかけられる。
 全員同じ全身を黒一色で塗り固めた男たちが何人も船に乗り込んできた。
 そして、その代表らしき少し若めの男が俺たちに近づいてきて、礼儀正しく姿勢を整えて爽やかに笑った。

「初めまして。僕はラブ・アンド・マネーの調達部所属、課長のジーエルです。よろしく」

 サラリーマンかよ。グロイ商売しているわりには爽やかで、逆にゾッとする。

「えーっと、失礼ですが、ジード様はいらっしゃいますか?」

 すると、俺がどう答えるべきかと悩む前に、ファルガがフードを外して対応した。

「ジードは死んだ。亜人どもに殺された」
「えっ! それはどういう、って、あれ? あ、あの、あなたは、まさか!」
「俺たちはスタトの街で帝国行きの船に乗れなかったので、ジードに途中まで乗せてもらうことになっていた」
「あ、あなたは! いえ、あなた様は! ふぁ、ファルガ様!」
「ほう、俺のことを知っているのか」

 おお、さすがは有名人。
 爽やかサラリーマンちっくな男や一緒に乗り込んできた連中も狼狽えてやがる。

 そして、ファルガは微妙に途中を省きながらも、これまでの経緯を説明した。
 ジードが貸し切った船に俺たちも乗せてもらったこと。
 気づいたら、積荷の亜人たちを救いに来た奴らにシーシーフズが全員殺されてしまったこと。
 
「そうですか、まさかジード様が。しかし、それでは積荷は?」

 こいつ、ジードの死よりも、亜人の身柄の方が気になるわけか。
 すると、勝手に船内に入っていった連中が、大人数で檻を一個一個抱えて出てきた。

「ジーエル様! 商品は無事です!」
「おお、それは良かった! ちゃんと目玉も揃っていますか?」
「はい、見てくださいよ! 亜人の子供が三人も居ますぜ?」
「おお、それはなんと素晴らしい! 亜人の幼女はマニアの間で非常に高値で売れるというのに、それが三人とは!」

 次々と檻ごと出されていく亜人たち。その表情は絶望に満ちていた。

「いやああああ! 助けて、お願い、やだ! 奴隷なんて嫌!」
「ひいいい、頼む、見逃してくれ! 密漁したのは謝る! この通りだ、許してくれ!」
「お願い、お願い! おウチに帰して!」

 その声が、この競売組織の連中に届くはずがない。
 だが、それでも亜人たちは叫ぶしかなかった。

「ちっ、胸糞悪い」
「ッ、く、ううう、こやつら!」
「黙ってろ、クソ魔族。奴隷売買なんて、闇ではテメェら魔族もやってることだ」

 競売組織は正当な組織。
 そして、奴隷制度は法律でも認められている。
 何の問題もなければ、こいつらも自分たちがやっていることが普通のことだと思って何の疑問も持っていない。
 それは分かっている。
 だが、俺の気分が悪いことには変わりねえ。

「死ねー! 死ね死ね死ね死ね死ね! 人間!」
「うう~、やだよ、やだよ」
「離すなの! 離すなの!」

 そして、とうとうこいつらの檻まで出てきた。
 
「げへ、げへへへへ、課長、間違いないですぜ。この三人は処女ですぜ! 歳は、十三歳ですぜ!」
「ふふふ、それは何よりです。相変わらず、あなたの亜人並みの嗅覚は素晴らしいですね」
「ぐへへへ、その分、精力もすごいですぜ!」

 三人娘、ジューベイ、ウシワカ、ベンケイの三人だ。
 ヨダレを垂らした醜い男が、興奮したように息荒くして三人を覗き込んでいた。

「あ~、亜人もこんだけ可愛ければ、問題ねーのにな」
「ダメですよ、手を出したら。今回の目玉なんですから。まあ、競り落とすのはアークライン帝国のオルバンド大臣のご子息でしょうけどね」
「え~、あの俺よりブサイクで太った坊ちゃんですか? ひひひ、こいつらも可哀想に。全身を舐られて死ぬまでベッドから逃げ出せないでしょうね~」

 すげーな、おい。
 人間の死体を見て吐きそうになるのは分かるが、ここまで胸糞悪くて吐き気がするのは。
 さすがにうるさい三人組も全身を強ばらせて言葉を失っているようだ。
 そして、

「おのれ! 人間どもめ!」

 ついに、ムサシまで檻ごと運ばれてきた。

「おや、その亜人は?」
「奥に厳重に捕まってやした。クンクン、おお! こいつも処女です!」
「こ、この下郎が! なんという屈辱!」

 に、匂いで分かるのかよ。

「げへへへ、いいな~、匂いからして~、んん、十五歳ってか? うひ~、たまんねえ!」
「ほう、十五の亜人ですか。それもいいですね。容姿も整っています。これも今回は期待できますね」
「うう~、やべえ、今回のは当たりが多すぎるぜ! 興奮してきたよ、ちくしょ~」
「まったく、君は仕方ありませんね。まあ、いいでしょう、君はこれまでたくさん貢献してくれましたし」
「ッ、じゃあ、課長!」
「この四人以外の亜人ならお好きになさい。先に出された漁師たちと一緒に出された雌なら、別にいいですよ」

 アメとムチの使い分け。いい上司なんだろうな。
 そのアメは、俺にとっては胃もたれするぐらいに重いが。

「え~と、え~っと、ん~、迷うな~、よし! そこの髪の長い女に決めた!」
「ちょっ、えっなに?」
「牢屋から出ろ。そんで、俺の部屋に行くぞ」
「ッ、うそ! まさか、い、いやよ! いやよ! 人間の相手なん死んでも嫌!」
「暴れるなって。どーせ、船の上じゃ漁師相手に腰振ってたんだろ?」
「いや、離して! いや、絶対にいやー!」

 ああ、嫌だ。これもトラウマになりそうだ。

「や、やめろ! 同胞に手を出すことは許さぬでござる!」

 悔しいだろうな、ムサシ。
 唇や握った拳から血がにじみ出ている。
 でも、仕方ねえさ。お前らは負けたんだ。
 捕まったんだ。
 人間に捕まったらどうなるかぐらい分かっていたはずなのに、お前らはそれでも人間の領海に足を踏み入れて、しかも負けたんだ。

「きさまら、貴様らには血も涙もないのか、悪魔どもめ! 貴様らに心はないのか!」

 うるせえよ。
 テメェだって、問答無用でジードたちをぶっ殺しただろうが。
 立場が変わっただけ。一歩間違えてたら俺が殺されてるか、檻に閉じ込められていた。

 そうだ。俺には関係ねえ。

 亜人に同情する気も助ける義理もねえ。

 そう、「亜人」にはな。

「コラアアアアアアアアアアア!」
「ぶへっ!」
「俺の旧友の孫を泣かせてるんじゃねえ!」

 でも、「旧友の孫」なら話は別だ。
 だから、俺はジーエルを殴ってやった。

「か、課長!」
「ジーエル様!」
「このガキ、何をしてやがる!」
「な、つか、テメエが値段聞いてきたんじゃねえかよ!」
「何考えてんだ、このガキは!」
「くく、愚弟~」
「ヴェルト、おま、何を?」

 すまんな、ジーエルさんよ。
 お前らは「この世界の常識で考えれば」何も間違ったことはしてねーんだろうけどな。
 まあ、運が悪かったな。
 不良に世の中の常識なんてどうでもいいんだよ。

「ふわふわオープン」

 ふわふわオープン
 それは、錠のかかった鍵を捻るように動かして、無理やり鍵をぶっ壊す技。

「えっ、ちょっ、おい! 檻が壊れた! か、鍵も壊れたぞ!」
「なんでだ、ちょ、おい!」

 くはははは、亜人の檻が壊れてパニクってやがる。

「あ、あなた、あなたは何をやっているんですか! あなたは、あなたは人間でありながら、亜人を助けるというのですか!」
「はあ? ふざけんなよ。なんで俺が亜人なんかを助けるんだよ。興味ねえ」

 そうだ、亜人なんか助ける気もねえし、義理もねえ。
 その代わり、

「だが、からかえば楽しい亜人と、テメェらケダモノども。どっちを取るかと言ったら答えは明白だけどな」
「な、なにい!」

 その代わり、これは何の問題ないけどな。
 すると、俺の行動に、ウラは満面の笑みで飛び跳ねた。
 ファルガは待っていたとばかりに槍を構える。 


「くく、ふふふ、あはははは、もう、ヴェルト! お前は本当にメンドくさい性格だ! 本当にめんどくさすぎるぞ! めんどくさすぎて大好きだ!」

「ふん、こいつら全員ぶっとばしちまえば、さすがに俺が王位につく話はなくなるわけか。いいことだ」


 そうだ、亜人なんてどうでもいい。
 でも、

「お、おぬしら…………」

 旧友の孫娘を助けることにはなんの問題もねえ。
 さーて、キョトン顔の旧友の孫を助けてやるとしますか。

「来な、ケダモノども。人間様が躾てやるぜ」

 これは貸しにしておいてやるよ、なあ? 宮~なんとか。


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第31話 死地へ向かう

 さて、どうしてこうなった?
 禿マッチョが捕らえたという亜人娘からサムライソードの情報を教えてもらうついでに、船に乗せてもらう。それだけだった。
 それだけだったのに……

「そして……こうなっちまった…………」

 捕虜の亜人たちを売りさばくため、競売の組織の連中を、まあ、その、殴っちまった。
 まあ、そりゃー、流石にクラスメートの孫娘が売られるのが我慢できなかったんでつい……
 で、ファルガとウラもそれにノリノリで参加した結果、こうなっちまった……

「少しは檻に閉じ込められた者の気持ちが理解できたか?」
「クソ歯ごたえのねえ連中だ」

 瞬殺だった。
 いや、一人も死んじゃいねーけど、やる気満々だったウラとファルガの二人だけで、亜人を引取りに来た競売組織の連中を撃破して、全員亜人と入れ替える形で檻の中に閉じ込めた。

「ファルガ王子、これがどれほど重大なことだと理解されていますか?」
「重大なこと? なら、どうなる?」
「っ、一国の王子自らが競売組織を襲い、商品まで盗み出すなど許されざる行為! このことが知れ渡れば、あなたは各国の上層部から、いや、エルファーシア王国そのものが睨まれることになるのですよ?」

 檻の中から睨んでくるジーエル。対してファルガはまるで動じていなかった。

「ふん。管理職としては優秀なんだろうが、戦場ではクソ小物も良いところだな」
「な、なんですと!」
「このことが知れ渡れば? それはお前たちが全員無事に帰れたらの話だろう?」
「ッ!」

 空気が変わった。
 ファルガから溢れる殺気。俺が一度も浴びたこともない、氷のように冷たい瞳だ。

「俺は愚弟とはちげえ。愚弟はメンドくさい性格だが、物事をシンプルに考えすぎている。だから、自分のやった行動に対する責任や覚悟が微妙に浅い奴だ。しかし、俺は違う。自分がやることがどんな事態を生むかも理解してから行動する。当然、その覚悟もできていると理解しろ」

 自分に向けられていないのに、それでも恐ろしいと感じるほどの威圧感。
 戦闘が本職ではないジーエルに耐えられるレベルじゃない。

「ば、馬鹿な、我々に手を出せば、自国の民も含めて他国の信を失い、ただでは済まないのですよ?」
「俺と俺の国の行く末を、お前が心配して何になる?」
「なっ、なにを、ば、やめ」

 本気の目だ。
 ファルガは、いざとなればマジでやるかもしれねえ。

「まあ、メリットを考えな。クソションベンくせえ亜人のガキども奪われた見返りに、人類大陸がこの俺と戦争することの意味をな」
「うっ、ううう」
「教えてやるよ。自分以外の者を巻き込んでまで行動する、俺の覚悟がどの程度か」

 キレたら本当に後先考えないのはこいつかもしれねえ。
 だが、たいていのやつは、ファルガが行動する前に折れちまうがな。

「わ、分かりました! ど、どうかお許し下さい! 今回のことは目を瞑ります!」
「ふん、それでいい」

 観念したジーエルが檻の中から頭を下げて懇願した。
 命をすり減らす交渉では、ファルガとは潜ってきた修羅場が違うってことだろうな。

「かちょ~、い、いいんすか? 商品を納品しなければ、俺たちも」
「仕方ないでしょう。シーシーフズ同様に、亜人の援軍にやられたと報告するしかないでしょう」

 ある意味、普通に殺されるより深い恐怖を感じたのかもしれない。
 とりあえず、ファルガが身内でよかったし、ウラと同様にあんまり怒らせねえようにしないとな。

「さて、残りはテメェらだな」

 ジーエルたちに背を向けたファルガが振り返る視線の先には、どうすればいいのか戸惑っている亜人たち。

「船は三隻ある。俺たちはこのままテキトーに進む。テメェらクソ亜人どもにも一隻くれてやるから、とっとと帰りな。亜人大陸にな」

 まあ、このままここに居られても困るから、それがベストな選択だろう。

「えっ、あ、わ、私たちは帰ってよろしいのですか?」
「その代わり、また人間に捕まっても今度は見捨てる。そして、今後エルファーシア王国にちょっかい出してみろ。テメェら全員一匹残らず俺が根絶やしにしてやるよ。地の果てまで追いかけてでもな」
「ひっ、ひいいいい!」
「失せろ。二度と俺たちの前に姿を現すな」

 果たして、この脅しがどれだけ効果があることやら。
 だが、今はこう言うしかないだろう。
 ファルガの圧倒的な威圧に亜人どもが生涯ビビってくれることを祈るだけだ。

「分かったでござる。たとえどのような形であれ、命を救われたことには人間相手といえど恩義は忘れぬでござる。少なくとも、拙者らはエルファーシア王国に手出しはせぬ」

 檻から出てシュンとなったムサシは、その場で正座しながら頭を下げた。
 人間相手に複雑な思いはあるんだろうが、それでも礼儀を忘れないあたり、宮本もちゃんと指導しているんだと思って、何だかおかしくなった。

「い、一応、死ぬほど、か、感謝する」
「ありがとう、ございましただよ」
「この恩は忘れないなの」

 三人娘も縮こまりながら頭を下げてやがる。
 随分と威勢がなくなったな。
 まあ、ガキ相手にそこをツッコんでイジメるのも大人気ないから言わないが。

 さてと、というわけで…………

「おい、ムサシ。さっきの話を覚えているか?」
「ぬ、ヴェ、ヴェルト」
「呼び捨てかよ。まあ、いいけど。俺がさっき言った、お前のジイさんに会わせろって話だ。礼の言葉はいらねえから、それをどうにかして欲しいんだが」

 そう、問題が片付いたところで本題だ。
 さっき途中で中断してしまった、こいつらの祖父に会わせろという話だ。

「ま、待つでござる。先ほども訪ねたが、一体、大ジジに会ってどうするつもりでござるか?」
「別に、どうもしねえよ。話をするだけだ」
「話とは? 恩人に対して失礼だが、やはりそれが分からぬ以上は大ジジに会わせるわけにはいかぬ!」

 まあ、当然だよな。人間と亜人の偉い人を簡単に引き合わせるわけがない。ましてや、こいつの身内なんだから。
 そして、俺は俺で、どうするか。
 信じてもらえるもらえないは別にして、正直勿体ぶっても仕方ないことだし、転生云々を話してもいいかもしれない。
 でも、それを話そうとすると、やっぱりあいつの顔が思い浮かんじまう。

「正直な、俺がどうしてお前の大ジジに会いたいかは話してもいいんだ。だが、それを話すということは、誰も知らない俺自身のことを教える必要がある。ファルガもウラも知らない話だ。だが、別に死ぬまで秘密ってわけでもねえから、教えてやってもいいとは思ってる」

 そう、別に教えてやったところで、俺自身に何か影響があるわけでもないし、世界にとってみれば取るに足らない小さなことだ。
 でも、それでも俺は、今はまだ話すことができない。

「ムサシ。俺はよ、自分でも自分をかなりメンドくさいやつだと思っている」

 おい、ウラもファルガも何を思いっきり頷いてんだよ。

「ガキの頃からそうだった。めんどくさくて、ひねくれて、素直になれなくて。でもな、そんな俺の何がいいのか分からないが、それでも俺を好きだと言ってくれた子が居た。ウラと出会うよりも前からそのマセガキは俺につきまとった。ウザったいと思うときも、俺が悲しみに打ちひしがれている時も、そいつは俺につきまとった」

 俺が朝倉リューマのことを話そうとしても、どういうわけか真っ先に俺はあいつを思い出した。
 フォルナ。もう随分と会っていない、金髪の幼馴染が俺の頭の中でチラついた。

「俺はな、俺自身の秘密を話すなら、まずはそいつに話してからにしたいんだ。別に順番なんて関係ねーし、あいつも今では俺のことをどう思ってるかなんて知らねえけど、なんかそれが筋ってもんだと思ってよ」

 本当に我ながらメンドくさい性格だ。でも、仕方ない。
 朝倉リューマのことを、かつての旧友や先生以外に話をするなら、まずはフォルナに教えてからにしてやりたかった。
 ウラは少し拗ねたようにそっぽ向き、ファルガは無言で腕組んで何を考えてるか分からないが、少なくとも今はまだこの二人にも教えたくなかった。
 そして、ムサシに関しては、思いの他真剣な顔つきで俺の話を聞いていた。

「その者は……」
「あ?」
「今はどこに? 国でおぬしの帰りを待っておるのか?」
「いいや。あいつは俺なんかとは比べ物にならないほどの才能と大義を持っていた。今は神族大陸で戦争中だ。ずっと会ってねえ」
「ッ、では、おぬしはいつ会えるかも分からぬ、いや、二度と会えぬかもしれぬ者へ、操を立て続けているのか!」
「いや、操って、恋愛じゃねーっての」

 やけにグイグイ食いついてきやがった。
 なんか、こいつの何かに引っかかったのか?

「ヴェルトよ。おぬしは誓えるか?」
「何をだ?」
「大ジジに会っても、決して危害を加えぬと」
「ふん、そこまで心配か。でも、いいぜ~、約束破ったら切腹でもしてやるよ。なんなら、お前らの流儀で、血判書でも金打きんちょうでもしてやるよ」
「な、なんと! キンチョウまで知っているでござるか!」

 おお、かなり嬉しそうに前のめりになってきた。
 最初の頃とはエライ違いだな。

「あい、分かった! このムサシ、おぬしを信じるでござる! おぬしを大ジジに会わせよう」
「おお! そいつはありがてーな。是非とも頼む」
「うむ。ならば、このまま拙者らと一緒に亜人大陸に来て欲しい。今、大ジジは極秘任務中で留守にしているが、帰ってくるまで拙者が匿おう」

 俺は心の中でガッツポーズした。
 会える。
 神乃じゃないが、この世界で「本当」の俺を知っている奴に会うことができる。
 情けねえもんだ。それだけで、俺はこんなに嬉しくなるなんてな。


「で、会えるとしたらどれぐらいだ?」

「そう遠くない。極秘任務は今日中に行われる。それが終わればだ。もっとも、拙者も本当はその極秘任務参加のために人類大陸に向かっていたが、ウシワカたちに助けを求められたので、部隊を離脱してこっちに来たでござるよ」

「ほ~。つか、その極秘任務って何だ?」

「あっ、すまぬ! それは言えないでござる! それだけは教えることは出来ないでござる!」

「くはは、そりゃそーか。まあ、亜人たちの極秘つうぐらいだからな」

「うむ、すまぬな。極秘任務が、シンセン組がシロム国を強襲して奴隷として捕らわれている同胞を解放することなどと、教えるわけにはいかぬ」


 …………………………ん?

 なんか、船にいた全ての種族が固まってしまった。

「お、お姉」
「ム、ムサシ様…………!」
「あ、あなたというお方は…………」

 チビッコ三人組も開いた口が塞がらない様子だ。


「新選組がシロムを強襲して奴隷を解放する? …………って、それが極秘任務だろうがッ!」
「アアアアアアアアア、せ、拙者としたことがアアアアアアア!」


 やばい。こいつ、とんでもないアホだ。


「お、おま、それってつまり亜人の軍が人類大陸に攻め込んでるってことじゃねえかよ!」

「い、いや、戦争などと大それたものではなく、あくまでシロムの奴隷市場都市を襲うのであって、大ジジも参謀役として…………」

「だから、ベラベラ喋ってんじゃねえっての! つか、それならさっさと俺たちはシロム国にこのことを教える必要があるんじゃねえのか? 人間として」

「ぬおおおお、ヴェ、ヴェルト、どの、ヴェルト殿! 何卒、何卒今の任務内容は聞かなかったことに! これには同胞の命がかかっています故に、どうか見逃して欲しいでござる!」

「アホか! 人間がいっぱい死ぬとわかってたら、さすがに俺も関係ねえとか言って知らん顔できねえだろうが!」


 さすがに俺だけじゃなく、ウラも、ファルガも予想していなかったために、頬に汗をかいていた。


「ちっ、俺としたことが。よくよく考えれば、そこの逃げたクソチビ亜人どもが、テメェに助けを求めに行って、この船に戻るまでかなり早かったのはそのためか。亜人大陸なんざ、船で行けば数ヶ月はかかるっていうのに、迂闊だった。テメエは最初からシロムを襲うために人類大陸近くにいやがったか」

「なんということだ。それが事実だとしたら、亜人と人間の戦争は激化する」


 これは確かにまずいことになった。
 正直、戦争に関わる気はねえし、誰が何人死のうと他人ならあんまり関係ねえ。
 しかし、人がたくさん死ぬかもしれない事態になることをあらかじめ知ってしまった以上、関係ねーやで済ませるほど俺も冷めちゃいねえ。
 最低限のことをするべきかもしれないが…………


「ま、待つでござる! いくらおぬしたちが手練とはいえ、この案件に関われば命はないでござる! どうか、ここは黙って堪えて欲しいでござる」

「っ、そう言われてもな~、つか、シンセン組ってツエーのか? 数も多いのか? 正直、俺は聞いたこともねえが。ウラもファルガも知らねーんだろ?」

「そ、それは、神族大陸に派遣されずに亜人大陸内の鎮圧を主な生業としているため、大陸外にはその名前は知れ渡っていないが、強さは本物でござる」

「ちっ、世界が知らねえ戦闘部隊かよ。そりゃー、強襲にはもってこいだな。ちなみに、どれぐらい居るんだ?」

「お、およそ、五万」


 ダメだ、ピンとこなさすぎる。


「五万か。国を落とすにしちゃ少ねえが、不意打ちで街一つを襲うなら十分だな。ましてや、シロムは戦争できるほど強い国じゃねえ。クソが」

「うむ。しかも、今の人類大陸の主立った戦力は、人類大連合軍として、帝国や神族大陸にいる。シンセン組とやらの強さは分からぬが、率いる将によっては、瞬殺かもしれん」


 ファルガとウラが真面目な顔してそう言うなら、きっとそうなんだろうな。
 やべえな、絶望的すぎるな。


「おい、クソ亜人。シンセン組とやらを率いているのは、誰だ? いざとなったら、頭を潰してどうにかする」

「そ、それは聞かないで欲しいでござる! いや、聞いてはダメでござる! さすがにそこまで教えたら、拙者もセプークものでござる! というか、いくらおぬしでも絶対に敵わぬでござる!」

「なんだと? この俺が敵わないだと?」


 まあ、さすがに極秘任務で作戦を指揮するやつまで教えるわけがねえか。
 てか、ファルガでも敵わない? そんな奴がこの世に存在するのか?


「そうでござる。いくらおぬしでも、あの『四獅天亜人ししてんあじん』の一人、シンセン組の新局長となった『イーサム・コンドゥ』様には敵わぬでござる」


…………………………………………誰か…………こいつを黙らせろ。
言いやがったよ、聞きたくなかった単語を…………


「ふ~、愚弟、シンセン組とやらは知らねえが、その局長の名前だけはよく知っているぞ…………は~、頭がクソ痛え」

「は~、ヴェルトよ、シンセン組とやらは知らぬが、その局長の名前だけはよく知っている…………うう~なんということだ」


 安心しろ、ファルガ、ウラ、さすがにそれは俺も名前だけはよく知っている。
 なんかも~、メチャクチャすごい名前が出てきちゃったよ。
 ちなみに、俺たちがあんまり声を出さないのは、別に驚いていないからじゃない。
 びっくりし過ぎて言葉を失ったパターンだよ。

 戦争にも参加せず、これまでずっとエルファーシア王国内に居た俺は外の世界に対する知識が乏しい。
 だが、そんな俺でも魔族と亜人について知っていることがある。

 それが、『世界三大称号』と呼ばれた、『七大魔王』と『四獅天亜人』、そして『光の十勇者』という称号だ。

 広大な魔族大陸に置いてその頂点に位置する七つの大国家。その国家を束ねる七人の魔王に与えられた称号が『七大魔王』の称号だ。

 それに対して、星の数ほど存在する多種多様な種族が生息する亜人大陸は、明確な国の数は誰も把握していない。だが、そんな世界の中で戦闘能力のみに特化した亜人に与えられる称号。それが『四獅天亜人』だ。

 『光の十勇者』の称号は単純な戦闘能力では計れない。世界的な貢献度や功績などを加味されてその称号が与えられる場合もある。言ってみれば、戦闘が不得意な者でも発明や軍師などの実績で選ばれている者もいる。

 だが、『四獅天亜人』は違う。誰が一番強いのか? そんな単純などつきあいで最強と認められた四人に与えられる称号だ。
 正に弱肉強食の獣らしいシンプルな勲章だ。

「ったく、マジで勘弁しろよ。国を出て数日で四獅天亜人と絡むとか、ふざけんじゃねえ!」
「私も四獅天亜人は一人も会ったことがないが、父上は配下の者たちには、絶対に一人で戦うなとだけは強く言っていた」
「クソが。割に合わねえな」

 船の甲板に座り込む俺たちの気分は沈んでいた。
 正直、そんなものに関わりたくない。だが、このまま見捨てるのは何か心が痛む。

「できるなら、関わらないで欲しいでござる。おぬしたちは拙者たちの恩人。恩人を死地に向かわせるわけにはゆかぬ」
「ムサシ。テメエは、今からシンセン組に合流するのか?」
「ん? いや、拙者はこちらを優先するべく離脱したので、戻るつもりはないでござる」

 死地か。そりゃそーだな。正直、俺も多少は強くなった気はしているが、五年前の鮫島やギャンザの力を見ているだけに、そういう化け物には勝てるわけがねえと分かりきっていた。

「こっちの船の準備ができたの」
「私たちも帰るだよ」

 解放された亜人たちを故郷に送るべく、チビッコ三人組が隣の船から言ってきた。
 とりあえず、こいつらとはここで別れることになるわけだが、さて、俺たちはどうする?


「今から急いでもシロムには一週間近くかかる。書簡の類も同じだ。もう間に合わねえ。いっそのこと、近隣諸国に伝えて援軍の派遣要請だけでいいんじゃねえのか?」

「そうだな。我々三人でどうにか出来る事態でもあるまい。むしろ出来るのはそれぐらいだろうな」

「まあ、そうだよな」


 確かに、ウラとファルガの言うとおり、それが俺たちに出来る限度だろうな。
 だが、俺たちがそれを決める前に、悲痛な声が挙がった。

「ちょっ、待ってください!」

 それは、檻の中に居るジーエル、そして競売職員の連中だった。

「あの、その話が本当だとしたら、四獅天亜人がシロムを襲撃し、国は戦火に巻き込まれるということでしょうか?」

 まあ、そうだろうな。俺たちは小さく頷いた。
 すると、ジーエルをはじめ、競売職員の連中が目の色を変えて叫びだした。

「ちょっ、待ってくれ! 国には、国には俺の妻と息子が居るんだよ!」
「俺の彼女は城下町に住んでるんだけど、そこも狙われるのか?」
「俺の母ちゃんは貧民街に住んでるんだ。俺の仕送りだけで暮らしてるんだが、そこは無事なのか?」

 こいつらだって、人間だ。当然育てた人間も居れば、大切な人や家族も居る。
 当たり前のことだ。

「そ、そんな、おっ、お願いです! 今すぐこの船をシロムに向けて下さい! この事実を今すぐ知らせなければ」

 爽やかなジーエルがパニくってるが、正直状況はどうしようもない。

「無理だな。クソ亜人の話によれば、シンセン組とやらの襲撃は今から三日後だ。ここからシロムまでどんなに飛ばしても一週間かかる」
「それでも、それでも何もせずに黙っているなんてできない! あなたたちだって、国や家族があるはずです! 私たちの気持ちもどうか分かって下さい!」

 このとき、正直俺たちはかなり複雑な気持ちだった。
 それは、こいつらの気持ちを理解できたからではない。
 それは、

「か、勝手なことを、何を勝手なことを申すでござる!」

 その思いを、ムサシが叫んだ。

「おぬしら人間は、そうやって何人の亜人を傷つけた! おぬしらが連れ去り、売り払い、陵辱し続けた亜人にだって、国も家族も居たはずでござる! その叫びを、おぬしらは一度でも聞いたことはあったでござるか?」

 まあ、ムサシがそう思うのも無理はねえ。結局、因果応報と言っちゃそれまでだが、ジーエルたちの言葉は身勝手な意見ではあるな。

「俺たちにそんなこと言われたって、俺たちだって命令でやってたんだ!」
「そ、そうだ! 俺たちだって生活していくうえで仕方なかったんだ!」
「むしろ、すぐに処刑されるはずの亜人に仕事を与えてやっていたんだぞ!」

 うわお。開き直ったよ。
 いや、というよりは、…………それ以前だろうな。

「やめとけ、ムサシ。こいつらに言っても仕方ねえよ」
「ヴェルト殿!」
「だってこいつら、そもそも亜人を奴隷にしたり売ったりするのが悪いことだとは思っていないからだ。仕方ねーじゃん、人間の文化と法律がそうなってんだから」

 金がないから仕方なく犯罪に手を染める。
 人を殺すことが悪いことだとは分かっているが、犯罪者を止めるため、戦争のために仕方なく殺す。
 そういう「仕方なく」な話は良くある話だ。
 だが、こいつらはそれ以前なんだ。
 奴隷制度が当たり前にある国で育ったから、そもそもそれが良いことか悪いことかなんて意識がないんだ。
 だから、言っても仕方がないってことだ。
 朝倉リューマの時代も、人間皆平等というお偉い人も居れば、身分制度が根強く残っている国だってあったっぽいしな

「しかし! しかし、それで済む話ではない! むしろ、自覚していないうえに、自分たちの家族だけは助けろだと? 亜人を侮辱するにもほどがあるでござる!」

 そうだよな。それで納得できるわけがない。
 じゃあ、何が悪かったのか? 人間? 亜人? 魔族? 戦争? そんなもの、分かるはずがない。俺だけじゃなく、この世の誰もが自分の言い分があるからだ。
 だから、どこかで割り切るしかない。
 でも、割り切れない。その繰り返しが今の時代を作ってるわけか。

「そうだよな。本当に」
「ヴェルト殿?」
「鮫島も、宮本も、こんな世界で、何を抱えて、何を変えようと生きてるんだろうな」

 本当にその通りだ。
 今となっては刺激なんかクソ食らえ。平和ボケで、くだらなくて、でも楽しかったあの高校時代を過ごした俺たちが、この世界でどうしろっていうんだよ。
 俺にはどうすることもできねえ。つか、興味もねえ。
 なのに、鮫島も宮本も何かを変えようとしてやがる。

「昔話を懐かしみながら、再会を喜び合う。そんな甘い話じゃねえかもしれねえ。俺の見込みが甘すぎたかもな」
「ヴェルト殿?」
「なあ、ムサシ。一つ教えてくれ。お前のジイさんは、人間をどう思っているんだ?」

 鮫島は魔王として生まれ変わり、魔王として生きてきた。
 宮本もまた、亜人に生まれ変わり、亜人として生きてきた。
 だが、忘れてはいけないのは、二人はもともと人間だったってことだ。

「それは、もちろん良い感情は持っていないでござる。大ジジの息子、つまり拙者の両親も代々お仕えした殿も、人間に殺されたでござる」
「ふ~ん…………」
「ただ…………」
「ん? ただ?」
「うむ、その、これは拙者の思いこみかもしれぬが、我ら亜人の人間に対する憎しみが高まる一方で、大ジジは人間に対する憎しみを一度も口にしたことがないでござる。悲しみはあるが、どこか苦しそう。それが、拙者の抱いた印象でござる」

 そうか。あいつは、ひょっとして、悩んで苦しんでるのかもしれねえな。
 だって、誰にも相談できないだろうからな。

「人間を憎むって素直に口にできねえか。そりゃそーだ。だって、お前もだからな。言えるわけがねえ」

 人間を憎む一方で、当の自分もまた前世は人間だったなんて。

「仕方ねえ。行くか、シロムに」

 そう思ったら、俺は自然と言葉を口にしていた。

「な?」
「正気か、ヴェルト!」
「ヴェルト殿!」

 ああ。自分でもバカな考えだと分かってる。
 でも、

「分からねえけど、多分俺はここで行かなきゃ後悔する。俺に出来ることなんて何もねえかもしれねえが、何かこのままじゃダメな気がする」

 行かなきゃ何も見えないし、分からないままだ。

「おい、言っておくが俺は断じてお前らのために行くわけじゃねえ。だから、シロムに着いて、お前らの家族がどうなってようと俺には関係ねえからな?」

 念のため感激しているジーエルたちには釘を刺しておいた。

「おい、愚弟。テメェ、本気か? ヘタをしたら間違いなく死ぬぞ?」
「ヴェルト、何があったかは分からぬが、少し冷静になった方が良いのではないのか?」

 分かってるさ。俺がどんな馬鹿なことをしようとしているのか。
 でも、もう決めちまったんだから仕方ねえ。

「別に俺は戦争に行くわけでも、シロムを救いに行くわけでもねえ。ちょっと会いたい奴が居るだけだ。だが、確かに今回は二人の言うように、マジでヤバイ。だから、…………コエーから一緒について来てくれたら嬉しいぜ」

「「……………………」」

 すると、二人は呆れたように苦笑した。

「ふん、分かってるじゃないか、愚弟。俺たちの性格を」
「ウム。危ないから、私たちは来なくていいなどと言ったら、地平線の彼方まで殴り飛ばしてやった」

 そう言って、俺の肩を叩く二人の顔は、イカした面構えだった。

「な、なにを、ヴェルト殿、それで本当に良いでござるか?」
「ああ。ムサシ、テメエはどうする? 来るなら構わねえし、帰るならさっさと船から飛び降りな。時間がねーみたいだしよ」
「し、しかし!」

 ワリーな、ムサシ。もう、お前とイチイチ議論している時間もない。
 俺は、やると決めたら勝手にやらせてもらう。

「さあ、いくぜ! ふわふわ宙船そらふね」

 俺は進行方向を向く。
 方角はシロム国。

「くはははは、シロムまで一週間? それは海上からだろ? だが、空ならどうだ?」

 見せてやるよ。俺の本気をな。

「ッ、愚弟、てめえいつの間にこんな!」
「おっ、おおお、ヴェルト、お前はここまで!」
「な、なななな、何があったでござる! ふ、船が空を飛んでいる!」
「な、なんじゃこりゃあ!」
「ひ、ひいいいいい、おかーちゃん!」

 種族問わずに慌てふためく甲板。
 海上の亜人大陸へと向かう船の上で、チビッコ剣士や捕まっていた亜人共が、目を丸くしたまま固まっている。
 いいね~、その反応。苦労しがいがあるってもんだ。

「さーて、行くか。この世界の誰もが成し遂げたことのない、集団での空の旅へとな」

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第32話 地獄の再会と最強の出会い

 ファルガが言っていた。
 シロム国は、世界有数の商業国家。
 世界中の富裕層が己の欲望を満たすために訪れ金を撒き散らす。
 表向きは絢爛豪華風光明媚な発展した文化を持ち、美しい彫刻のような街並みや着飾った貴婦人が通りを歩く。
 しかし、その裏の貧民街では暴力と犯罪が日常の悪所となり、通りに出れば春を売る女たちで溢れている。
 
 何もせずに肥えた人間も居れば、次の食事すらままならぬ骨と皮になった人間も居る。
 また、人類大陸内の国家でありながら、この世に存在する様々な種族の存在を許される国でもある。
 もっとも、許されるのは存在のみで、人間以外の種族には何の権限も与えられることもなく、物として取り扱われているそうだ。

 この世の天国と地獄によって成り立つ国。それがシロム国…………そう、聞いていたんだけどな。

「お、おい、これはどうなってやがる!」

 あれから海を渡って5日間。
 かなり飛ばしてきたので、そこそこ時間を短縮できた。
 ようやくたどり着いた俺たちの目には驚愕の光景が映っていた。

「遅かったか。し、しかし…………」
「シロムは決して戦の強い国じゃねえ。だが、多くの商業船が入港するために海賊などが多発することから、港の警備だけは厳重だと聞いていたが」

 ファルガ、この光景を見てからそんなことを言うのはやめてくれ。
 俺は余計に恐ろしく感じた。

 燃え上がる火の手、破壊し尽くされている建物の数。
 港からはまだ離れているのに、息が苦しい。充満した血の匂いと血の海。
 見たくもないのに、見えてしまった、海の上を漂う人間の遺体。

「ファルガ。ど、どこが、天国と地獄だって? 全部地獄じゃねえかよ」
「ッ……………………」
「み、港町が落とされている」

 海の上を漂う遺体は人間だけ。それはある意味、一方的に虐殺されていることを意味していた。

「くそ、このまま船を港につけると、亜人どもに気づかれて攻撃される。愚弟、テメェの魔法で飛んでいくぞ」
「あ、ああ」
「ヴェルト、気をしっかりの。安心せよ、お前の命は私が守る」

 いや、そうじゃねえ。怖くてビビってるのは間違ってねえが、俺はここに何しに来たんだ?
 どうして、俺たちはここに来て、更に上陸までして何をしたいんだ?
 ダメだ。頭が回らねえし、心が揺れる。

「拙者も同行しよう。拙者がいれば、シンセン組と遭遇しても話が通るであろう」

 ムサシが、俺の肩を叩いてそう言った。
 いや、そういえば、こいつは何で残ったんだっけ?

 あっ、そうか。他の漁師を帰す際にチビッコ剣士どもはそいつらの護衛として一緒に帰ったが、こいつだけは残ったんだよな。

 正直、こいつもこんな惨状を作り出した亜人共の仲間なんだから、敵と言えるのに、俺は大人しく従った。
 情けねえ。ひとりでも多く一緒に居たかったからだ。

「ふわふわ飛行」

 ジーエルたちを含めて一斉に空を飛び、最大限の注意をしながら俺たちはゆっくりと港の岸壁に立った。
 しかし、気配は何も感じない。恐らく、既に亜人たちは遠くへ行っているのだろう。
 だが、

「うっ!」
「ッ、見るな、ヴェルト。お前は慣れぬ方が良い」
「ちっ、クソが」
「……………………」

 信じられなかった。山が出来上がっていた。港町の中心に、人間が積み上がった山が。
 誰一人、生きていない。

「くっ!」
「おい、ジーエル! テメら、どこに!」
「勿論家族の所にです! 僕たちはここまでで結構です!」

 血相を抱えて飛び出すジーエルたち。
 決して好きにはなれないが、今のこいつらの心境だけは理解できた。

「おーい! 誰か、誰か居ないかー!」
「かーちゃん! かーちゃん!」

 俺たちはジーエルたちを止めることはせず、好きなようにさせた。

「全員、殺されたのか。ひとり残らず。い、一体何人が……………………」
「クソが。女子供すら容赦なくか。おい、クソ亜人、テメェ、どこが同胞の奪還が目的だ。どう見ても侵略戦争だろうが」
「ッ、そ、それは」

 イカれてやがる。つか、俺はどうしてこんなところに居るんだよ。
 俺は何しにここに来たんだ?

「ファルガ、今はムサシを責めても仕方なかろう。これも戦争だ」
「ほう、クソ魔族はやけにクソ亜人の肩を持つな。テメェらがボルバルディエ滅ぼした時も似たようなもんだったか?」
「ッ、な、なんだと! 貴様、言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「事実だろうが。この光景を前にして、亜人の肩を持つテメェの神経もクソだ」
「何を言うか! お前はハンターだから戦争を知らぬだろうが、人間だって侵略を行えばこのような陵辱は当然だぞ!」

 にしても、死体ばっかで誰も居ねえ。何でだ? 
 火事場泥棒ぐらい居ても…………いや、違うか。

「ファルガ…………富裕層のエリアはもっと奥か?」
「あっ?」
「ここに敵が居ねえってことは、もっといいところを狙ってるってことだろ?」
「…………恐らくな。ちなみに、奴隷市場やオークション会場は港を越えた王都付近だ」

 つうことは、まだこんな光景が延々と続き、それどころか今この瞬間も繰り返されてるってことか。

「後を追うしかねえ」
「ッ、ヴェルト! しかし、これ以上は危険だ」
「ああ、分かってるよ、んなこと。だが、追って俺に何ができるかなんて分かんねーけど、これはいくらなんでもマジイだろ」

 これが戦争…………フォルナ…………お前は何でこんな世界に自ら飛び込んだんだよ。

「それとだ、ファルガ、ウラ、お前らまで喧嘩してんじゃねえよ。お前らが喧嘩したら、誰が俺を守ってくれるんだよ」
「チッ、…………」
「ん、あ、ああ…………すまぬ」

 五年前、ヴェスパーダと人類大連合軍の掃討戦に巻き込まれて、戦争についてはある程度分かった気にはなっていた。
 だが、これは全然違う。恐怖が肌に感じる。これが、侵略されているって感覚なのか?
 ハッキリ言って、ずっと無関係だと思って遠ざけたかったのに、何で俺は関わっちまったんだ?

「ヴェルト殿」
「ああ?」
「もう、この国は手遅れでござる。これ以上追いかけても、命の危険に晒されるだけでござる」
「んなもん、分かってるよ。でもな」
「無論、おぬしがこの国の騎士であったり、人類大連合軍の者、もしくは正義を掲げる戦士であれば止めはせん。しかし、おぬしはそうではないであろう?」

 その答えは、俺自身の知りたいと思っていたところに、ムサシが聞いてきた。
 そうなんだよ。俺は正義の味方でもないのに、何をやってんだ?

「…………愚弟…………そのクソ亜人の言っていることは一理ある。正直、いくら俺でもこの状況をどうにかできるとは思えねえ。帝国や周辺国の援軍を待ったほうが利口だ」

 ああ、そうだよ。

「ヴェルト、私も同感だ。ここは逃げよう。私たちが関わることではない」

 俺だって分かってるよ、それがベストな選択だって。
 なのに、何で俺は?
 死体の山と破壊され尽くした瓦礫の山を越えながら、俺は自分に何度も問いかけた。
 すると、その時だった。

「グハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「ひょおおおお!」
「ガオオオオオ!」
「ひいいい!」
「キャアアアアア!」
「ヒャハハハハハハハハハハハハ!」

 港町を越えて、城下町の入口までたどり着き、そこから見た光景は一生忘れられない。
 悲鳴と笑いが織り成す、阿鼻叫喚の世界。
 戦争ではなく、蹂躙行為だ。
 ムサシと似たような格好をした亜人たちが、刀を振り回して無抵抗な人間たちを斬り捨てていき、奪い、火を点け、女を襲う。
 もう、言葉が出ねえ程の常軌を逸した光景に、俺は思わず思うがままに叫びそうになった。
 だが、


「何をやっている、おぬしたち!」


 俺が何かを言う前に、ムサシが叫んでいた。

「ああ?」
「なんだ~あの若いのは」
「おい、テメエはどこの部隊だ! ここは俺たち三番隊の狩場だ!」

 狩場か。もう、完全に目的そっちのけだな。

「ふざけるな、誇り高きシンセン組がこのような蹂躙行為をするなど、恥を知れ!」

 ムサシ、テメエはどうやら思ってた以上にクソ真面目な正義の塊だな。

「ほほう、この狼人族のサムライ。ハージム・サイトゥに向かっていい度胸だ」

 それは、亜人の中でも珍しいタイプってことだろ。
 今、俺たちの目の前で笑っているのが、普通の亜人なのかな?

「へっ、粋がるなよ若造が! これは、ただの同胞奪還作戦ではない! 報復だ! 人間どもに味あわされた我らの怨みを晴らすためのな!」
「ッ、な、何を言う!」
「若造、テメエは知ってるぞ。確か、ムサシだったか? バルナンド参謀の孫娘。テメエだって、両親の、そして幻獣人族のことで人間に怨みを持ってるはずだ!」
「ば、馬鹿な! それとこれに何の繋がりがある。無抵抗で戦意の無くした者への慈悲はないと申すか! これでは、ただの虐殺だ!」
「その通りだ。俺たちは同じことをしてるんだよ、人間にされたことと同じことをな! それが、失った同胞の魂を浄化するための最良の弔いだ!」

 ああ、そうか。人間も同じことをしているわけか。
 つまり、そういうことか。
 人間も亜人も、そして魔族すら、なんかどっちもどっちだな。

「ようやく、分かった。そういうことか」
「ッ、ヴェルト殿?」
「分かった。どうして、俺がここに居るのか…………」

 キリがねーんだよ。

「何が人間で、魔族で亜人とか、正義だ悪だ、戦争がどうとか、そんなもん俺に分かるわけねーし、いくら考えたって俺が答えを出せるわけがねえ。世界中の天才や英雄や勇者たちにだって分からねーんだから、今でも戦争やってるんだ」

 やっぱ、俺はそんなものに興味ねえ。
 人間も同じことする奴らも居るし、亜人や魔族だってそうだ。
 でも、中にはそうじゃない奴もいる。
 俺の周りには、これまでたまたまそういう奴らがいっぱいいただけだけど、俺にとってはそれでいいんだ。
 だから、わざわざ目の前の光景だけ見て、亜人が全部こういう奴らとか一括りする必要もねえ。
 そう、だからこそ、俺の目的は別にある。

「って、おい! ムサシ、テメェの傍に居るのは、人間じゃねえか!」
「お前、何で人間と一緒に行動してやがる! 裏切ったのか?」

 ギャーギャー騒ぐな。うるせえから。


「ふわふわ演奏会(コンサート)! ちょっと黙ってろ」


 俺は目に映るムサシ以外の亜人を全員空中に浮かせ、上下左右斜め含め、全員まとめて俺の指揮者のような動きに沿って空中で動き回った。

「な、なんだこれ、か、体が!」
「ぐおおお、と、とま、とまんねえ!」
「や、やめろおお、とめろおお!」
「ぐええええ、うおえええ」

 燃え盛る街での即興コンサート。あまりいい音はできなかったが、まあまあってところだ。

「終曲。お見事だろ?」

 演奏会を終えた俺の眼前にはポカンとする人間たちと気を失った亜人たち。
 軽く一礼だけしてやった。

「ヴェ、ヴェルト殿、おぬし、一体」
「愚弟。随分と今日はキレてるじゃねえか。もう、大丈夫なのか?」
「ヴェルト、無理はしておらんか?」

 ああ、心配ない。俺はもうやるべきことが何かを気づいちまったからだ。

「ムサシ、お前のジイさんはこれに参加しているんだろ?」
「そ、そうでござるが…………む、無論、大ジジはこのような残虐行為は決して許さぬ!」
「いいんだ。正直、どっちでもな。俺はただ、そいつがこの国に来てるなら、それで十分なんだ」
「ど、どういうことでござる?」

 五年前、俺は何も出来なかった。

「俺の親父とおふくろが殺されたとき、俺は誓った。後悔しないような生き方をするってな。でもな、俺はそれでも後悔ばかりだった」

 一度死んで後悔し、二度目の人生でも親父とおふくろが死んだ時に後悔した。
 あの日以来、三度目の後悔しないように今度こそ生きていく。そう誓った矢先にあの事件が起こった。

「ウラ、ファルガ、覚えているか? 五年前、ウラを引き取る時に俺が言った言葉を」
「えっ?」
「五年前? 愚弟、何を…………」
「俺は、そのことをついさっきまで動転していて忘れていたんだ」

 あの時の言葉を、俺は今ようやく思い出せた。


――俺は、何もできなかった! あいつが、何を抱えて何に苦しんでるのかも聞いてやれず、何を思って生きてきたのかも分からないままだった! 俺が聞いても理解できないから…………そんな理由で誤魔化した


 ようやく再会できた親友に、俺は何もしてやることが出来なかった。
 そして、あの日から五年。俺はもう機は熟したと判断して世界に出た。
 何の機が熟したのか? それは、もう俺は三度目の後悔をしないだけの成長をしたと思ったからだ。
 初めて見る凄惨な光景に、そのことをしっかり忘れていた。


「宮本。今ここにいるなら、俺が今からお前に会いに行ってやる。テメエが何かに苦しんでるなら聞いてやる。止めて欲しけりゃ殴ってでも止めてやる。救ってほしけりゃ、俺がテメエを救ってやるよ! それが、俺がここに居る理由だ。亜人とか侍とか戦争なんて関係ねえ。それが、鮫島の時に何も出来なかった俺のケジメだ!」


 それが、この五年で俺が育んできた思いだ。
 神乃。お前に会うのは、まだまだ時間がかかりそうだぜ。
 美しかったと思われる街並みが火の海に包まれる中、ただ、俺は走った。

「一刻も早く、大ジジに! 局長にこの事実を伝えねばならぬ!」

 俺たちの思いはそれぞれ違うが、目的地は同じだった。
 今はただ、俺たちはそれぞれの種族を忘れて同じ場所へと向かって走った。
 そして、俺たちは見た。街の中心地と思われる広場。中央には剣を天に掲げていたと思われる、壊れた銅像の下に、巨大な天幕と、その周りを囲む二十人程度のシンセン組。
 
 そして、天幕のそばの椅子に座りながら、寝ているのか、それとも銅像なのかと思われるぐらいピクリとも動かない、着物というより、紺色のおしゃれジンベイのようなものを着た老いた亜人。手足が枯れ枝のように細く、瞳も閉じたままで、毛髪もない。唯一見える毛はその虎耳と尻尾ぐらいだろう。
 どう見ても、ただのくたびれたジジイの亜人。
 だけど、何故か分からないが俺は直感的に分かった。
 あいつが、「あいつだ」と。

「おい、あれは、ムサシ?」
「ほんとだ! なにやってんだ、こんなところで、お前はジューベイの救助に向かったはずでは?」

 ムサシの姿を見て、広場に居たシンセン組の視線が俺たちに向けられる。
 だが、この連中は、ここに来るまで出会ったシンセン組とはどこか違う気がした。
 落ち着いている。そんな印象を受けた。

「ムサシ。どうしたんだい? そんな血相を変えて」

 一人の亜人が近づいてきた。
 若い。そして中世的な顔つきで、声を聞くまでは一瞬女かと思った。
 優しそうな微笑み、サラサラの黒髪。物腰はゆったりとしていて、威圧感や迫力は感じない。
 だが、その亜人が近づいてきた途端、ムサシは片膝着いて頭を下げた。

「ソルシ・オウキ組長! ジューベイ、及び捕らえられた漁師は皆無事奪還し、ウシワカ、ベンケイと共に本国に帰還しております!」

「ほほう。さすが、ムサシだね。妹さんも無事で良かったね」

 組長? そして、俺はハッとなった。この広場に居るシンセン組の連中の旗には、紋章と数字が描かれていた。
 数字にはこの世界の文字で「一」。それは、この場に居る連中はムサシと同じ一番隊ということだ。
 そして、この、ソルシという優男が一番隊の組長ということだ。

「くくくく、くはははははは」

 だが、今の俺はそんなことは、どうでも良かった。

「おや? 人間? 驚いたな。生き残りの人間を、ムサシが保護したのかい?」
「あっ、それは、こちらの方々とある事情で………」

 俺は、思わず笑っていた。
 その俺に気づいたソルシが首を傾げているが、正直俺はそんなこと気にならなかった。
 俺はただ、シンセン組の旗に書かれていた文字を見て、笑わずにはいられなかったからだ。


「くははははは、「誠」の旗に集まった、武士共か。全員、その意味を本当に分かってんのか?」


 その瞬間、この場に居た全ての種族が驚愕していた。

「おい、愚弟。どういうことだ?」
「ヴェルト、お前、あの旗に書いてある模様のようなものが分かるのか?」
「ヴェルト殿、何故、あの旗の意味を知っているでござる!」

 何故分かるか? 分かるんじゃねえよ、読めるんだよ。
 だって、「誠」って、「漢字」で書いてあるんだから。


「お前がデザインしたのか? 丸パクリじゃねえかよ、大ジジさんのバルバンド・ガッバーナさん? いや、それとも、宮本って呼んだ方がいいか?」


 その時、これまで俺たちが現れてもまるで関心を示さずに置物のように座っていた老人が、目を見開いて俺を見た。


「お若いの。何者じゃ?」


 ようやく喋った声は、やけに掠れていて弱々しいものだった。
 その小さい背中、疲れ切った声。お前はどれほど途方もないしんどい人生を送って来たんだ?

「何者………いや、その答えはもう出ているか」
「ああ?」
「ワシをその名で呼ぶ者は限られておる」

 老人口調。それが、作りではないぐらい馴染んでいる。
 こいつは間違いなく宮本だ。でも、既にバルバンドという亜人になっている。
 だが、一つだけ違和感がある。
 それは、こいつはあんまり驚いていないということだ。

「こうして、会いに来てくれるのは、嬉しいことじゃ」
「おい、あんまり驚かねーんだな」
「驚いておる。だが、信じられない………といった思いはない。なぜなら、ワシはあの修学旅行で死んだ者が自分以外もこの世界で生まれ変わっていることは知っておったからの」
「………なん………だと?」

 知っていた? どういうことだ? 鮫島なんて、魔王のキャラ崩壊するぐらい泣いてたのに、こいつは知っていた? 何で?
 その時、俺はハッとなった。
 そうだよ。知ってる理由なんて一つしかない。

「お前、まさか………俺以外のクラスメートとも再会してたのか!」

 俺の問いかけに、宮本はゆっくりと頷いた。

「クラスメートとの再会は、君で三人目じゃ」

 そう、俺以外の奴と、こいつは既に再会していたんだ。
 だから、知っていたんだ。
 あの事故で死んだ俺たちは、この世界に生まれ変わっていることを。

「さて、君の名前は?」
「朝倉リューマだよ」
「………ああ………朝倉くん………君か、懐かしいえ………っ?」

 やれやれ、もっと驚くかと思ったが、肩すかしだったな………と思ったら、急に顔つきが変わった。

「あん?」
「朝倉、くん? あの、やんちゃしてた?」
「やんちゃって随分だな、おい」
「ええええええええええええええええええ! 朝倉くんなの?」
「おま、驚くポイントはそこかよ!」
「いや、だって、えっ、うそじゃろ? 朝倉くんは死んどらんと思っておったから、君が会いに来るとはまったく予想しとらんかったわい!」
「悪かったな。死んだんだよ」
「あ、うん、その、す、ま、すまぬのう」
「おい、何でいきなり気弱な口べたになってるんだよ! テメエ、何か今はスゲエ奴になってんだろ!」
「う、その、じゃの、うむ、その、すまぬの。昔から君は苦手じゃったから、不意に昔を思い出しての」

 落ち着いてるかと思ったら、いきなりキャラ崩壊した。
 急に椅子から立ち上がって俺に詰め寄ってきた。
 閉じているか開いているかも分からなかった目も、今ではパッチリと開いていた。

「大ジジ師匠? これは、どういうことですか? ムサシ、彼は?」
「いえ、組長。拙者も何が何だか、て、えっ、あの、大ジジはヴェルト殿をご存じで! って、大ジジがここまでハシャぐなんて、何年ぶりでござるか!」
「む~、ヴェルト! 私たちにも話せ! 一体どういうことなんだ!」
「愚弟。テメエは一体なんなんだ?」

 全員驚いているが、俺は別の意味で驚いていた。
 もっと違う再会を考えていたのに、何だよ、このグダグダ感は。
 まあ、あんまり仲良くなかったから仕方ねーんだけど、微妙過ぎる。

 どのぐらい微妙か? 
 それは………この後に起こったことが衝撃的すぎて、再会が霞んでしまうほどだ。


「ひぎゅうううううううううううううううううう!」

 
 あまりにも唐突だった。広場に女の甲高い声が聞こえた。
 俺たちが周りを見渡す。すると、その発信源は中央の巨大な天幕からだ。

「ひぎゅう、ら、らめれす~、こ、こわれ、ああん、ひぎゅう、もっど、もっとー!」
「もうらめええええ、いっじゃうの、いっじゃうのう~!」
「あああん、あん、あん! アンアンアンアンアンアンアンアン!」
「こ、きょんなのはじめでー! もう、どうなっでもいいの~!」

 複数の女たちの、なんか絶頂寸前まで高ぶっているようなあえぎ声。
 俺たちは開いた口がふさがらない。
 そして、俺たちは見た。
 巨大な天幕が激しく揺れているのを。
 そして、

「「「アアアアアアア! イーサム様アアアアアアア!!」」」」

 最後の雄叫びと共に、急に静まり返り、ギシギシ揺れていた天幕が収まった。
 なんだ? いや、中で何があったのかは、何となく想像できるが、マジで何だ?


「ガーハッハッハッハッハッハッハ! これで捕虜になった亜人は全員癒してやったぞい!」


 野太い豪快な笑い声が響いた。


「うおおおおおい、ソルシはおるかー! これで全部かー!」


 急に聞こえた豪快な声に俺たちがキョトンとする中で、ソルシだけは冷静に答えた。

「いいえ。先ほど、貴族の屋敷らしき地下室から、魚人族と犬人族の奴隷が八人ほど発見されました。酷く心を病んでおります」
「ぬあにいいい、これじゃから人間は許せぬ。今すぐワシの天幕に連れてこい! 心の傷を癒すには、トラウマ以上の愛で包み込んでやることが最も効果的じゃ! 牡でも雌でもかまわん、ワシが抱いて愛を与えてやる!」
「いいんですか? これまでで既に三十人越えてますよ?」
「かまわん! ワシの愛は無限大じゃ! あっ! あと、今抱いてやった四人の娘ッ子は全員ワシの妻にするから、手続きしておくように! みんな、ワシがプロポーズしたらアッサリ頷いてくれた!」
「いいんですか? これで奥さんは何人目ですか?」
「なーに、たかが六百二十六人じゃ! その程度の人数でワシの愛が薄れることなどありえんのじゃ!」

 何だ………この会話は………

「ん? くんくん。おーい、ソルシー、なんか近くから人間の牡二匹と魔族の雌一匹の匂いがするんじゃが、どういうことじゃ!」

 し、しかも、何かスゲー!

「魔族? いや、今ここに、大ジジ師匠の知り合いという人間が来ておりまして」
「ぬあにいい? バルの知り合いじゃと~? なら、ワシにとっても友人同然! 挨拶せねば!」

 次の瞬間、天幕が勢いよく開けられた。
 そして、出てきたのは俺の倍以上の巨体と鋼のような筋肉を搭載した亜人。
 獅子のような立派な鬣を靡かせて、その顔面と肉体には無数の傷跡。
 歳はかなりいっているが、衰えては見えない。
 衰えを知らない屈強な老人。それが抱いた印象だった。

 だが、それよりも気になるのは、天幕が開いた瞬間に漂った女と汗と生臭い匂い………ではなく、

「い、きゃ、きゃあああああああああ、ヴェ、ヴェルト!」
「あ~、よ、よしよし、怖かったな」
「ななななな、なんだ、アレは、なんだアレは! ううううう~ガクガクブルブル」

 顔面を蒼白させたウラが思わず俺の後ろに隠れてしまうほど・・・・・・

「ほほう。将来有望な娘と、ワシと同じ色男に、ワシ好みの生意気な目をした小僧じゃな」

 仁王立ちでデカイ声で挨拶してくるが、このジジイ………


「ワシがシンセン組の局長、イーサム・コンドゥじゃ!」

「服を着ろオオオオオオオオオ!」

「ん? おお、忘れておったわい。ガーハッハッハッハッハ!」


 巨大な老亜人のスーパーフルヌードに俺たちは全部もってかれた。
 しかも、ぶっとすぎるアレが直立の完全臨戦態勢状態だった。

「ヴェルト殿、気をつけるでござる。局長は、牡でも雌でも両方イケる御仁でござる」

 ムサシ、そういう情報聞きたくなかった。怖すぎ。


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第33話 俺がやること

 俺はこの時、戦場の空気や熱気に当てられて頭がおかしくなっていたかもしれない。
 自分の感情に戸惑いを隠せなかった。

「こいつが、こいつが!」

 シロム国を制圧し、こんな大虐殺を作り出した極悪非道の亜人。
 戦場で雌とヤリまくって、全裸で登場の変態亜人。
 なのに、何だ? 
 俺は、そんな全てがどうでもいいと思えるほど、この亜人が「男」というより「漢」に見えた。

「うほほーい、ムサシ~、どうしたのじゃ? こやつらは、おぬしが連れて来たか?」

 まるで、豪快なガキ大将がそのままジジイになった感じ。
 それが、四獅天亜人のイーサムに抱いた感情だった。
 
「はは! 途中で隊を離れるというご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませぬ」
「あ~、よいよい。家族は大切だからのう。その様子じゃと、ジューベイは無事のようじゃな」
「はは、ありがたきお言葉!」

 イーサムはムサシの姿を見て、近所のおじいちゃん的な笑顔を見せる。

「あの、込み入った事情は承知しますが、緊急事態ゆえに、拙者の話をまずは聞いていただきたい」
「おお、どうしたのじゃ、ムサシ! おぬしはワシの孫みたいなもんじゃ、何でも聞いてやるぞ!」

 俺たちが言葉を失っているところに、ムサシが頭を下げてイーサムに進言する。


「既に制圧完了し、同胞の解放という当初の目的は達せられたとお見受けします。しかし、一部の暴走した隊が無抵抗な人間に度を超えた蹂躙行為を行っております。直ちに局長のお力をお借りしたく、お願い申し上げます」

「え~、やじゃ」

「はっ! このムサシが、案内………へっ?」

「うおおおい、ソルシ~、早く次の愛が必要な同胞を連れてこい!」


 ムサシ、目が点に。 
 他のシンセン組の連中は、まるで予想していたかのように淡々としていた。

「きょ、局長!」
「な~んじゃ、ムサシ、欲求不満で抱いて欲しいか? 言っておくが、友人の娘を抱くほどワシは外道じゃないぞ?」
「はっ? そ、そのようなことは一言も! というよりも、局長! 拙者の話を聞いてましたか!」
「おお、聞いておったぞ~。というか、知っておるぞ。いくつかの隊が、本能の赴くままにまだ暴れておることはな」

 それがどうした? 
 まるでそう言わんばかりのイーサムの言葉に、ムサシは激しくうろたえた。

「な、そ、そんな、な、なぜ、ほ、拙者たちは、ほこ、り高いシンセン組で」
「おお、そうじゃ。誠の旗の下に集った、サムライソードのように揺るがぬ信念と誇りを持った、ブシドーを胸に秘めた者たちじゃ」
「っ! そ、それならば、なぜ! 度を超えた蹂躙行為は我らの隊律違反! まさか、局長もその規律は人間には適用外と申すでござるか!」

 そこまで分かっているなら、なぜ? 
 すると、イーサムは場全体を圧倒するかのような強烈な威圧感を開放した。

「侮るな、ムサシ!」
「っ!」
「ワシが、そこまで器の小さな牡だと思っているのか?」

 俺たちも不思議だった。
 イーサムは紛れもなく人類の敵の亜人だが、器は小さくないと感じていた。
 たとえ、それが異種族であろうとも、程度の低いことを行う奴ではないと感じていた。
 だからこそ、なぜ? ムサシの疑問は、俺たちにとっても疑問だった。
 すると、

「だがな、ムサシよ。この国は慈悲を与える価値など微塵もないぞ」
「な、えっ?」
「ワシはこの国に来て戦慄したのじゃ。自分たちが狂ってでも、この国は滅ぼさねばならぬと思うぐらいにな」

 イーサムは言った。そこには、重い言葉と共に悲痛な想いを感じ取ることができた。

「ワシが癒した亜人は四十人程度じゃが、その他にも救い出せた亜人を計算すると、六百ぐらいはおったわい」
「六百? 六百ですか。それは、そこそこの数だと………………」
「この国やオークションの規模を考えて、ワシらの見立てでは数千はおるはずじゃった。そうでなければ、ワシらも人類大陸に万の軍は動かせまい。じゃが、実際にはその程度しか保護できんかった。そのワケは分かるか?」

 訳? 数千は居るはずと思った同胞の数が合わない。
 それは、答えるまでもない問題だった。
 簡単だ。既にこの世には居ないからだ。
 
「ワシは、人類全てに慈悲は無用とは言うておらん。しかし、全てに慈悲を与えるとも言うておらん。この国は末期であった。幼い童が純粋な目で亜人を虐待し、それを悪いことと自覚せぬ。この国は、なぜ自分たちが亜人に恨まれているかの理解すらしておらん。それほどまでに病んでおった! 亜人は蹴ってよい、殴って良い、殺して良い、刻んで良い、犯して良い、弄んで良い。亜人とはそういう存在だったはずなのに、なぜ自分たちは亜人に殺される? 誰もがそんな顔をしておったわい!」

 その言葉に、俺たちは思うところがあった。

「暴走した思考が、何かを欠落させた人類の国を作った。その一つが、シロムじゃ」

 それは、競売組織のジーエルたちだ。俺たちがあいつらに対して抱いた感情とまったく同じことを、イーサムも感じたのだ。


「ワシは確信した。同胞の奪還のみという生ぬるいやり方だけでは、この国の人間は必ず同じことを繰り返すと。そのツケを支払わされるのは、未来の同胞たちだ。だからこそ、今この場で全ての禍根を断つ必要があるのじゃ」

「そ、そんな、し、しかし、それとこの無意味な虐殺は何の意味が!」

「いくらワシらとて、数日後には他国の援軍が来るであろうから、この国の人間を根絶やしにすることはできぬ。ゆえに、やり方を変えた。亜人に対して人間が抱く感情を変える。二度と愚かなことをせぬようにするには、恐怖しかない」


 二度とナメられないように。
 亜人に手を出したらどうなるかを身をもってこの国の人間たちの体と心に刻み込ませる。
 一体、この国で暴れている亜人たちが何人そんな考えを持っているかは分からないが、イーサムの表情に一切の揺らぎはない。

「宮本。テメエも、同じ考えなのか?」
「朝倉くん」
「それが、第二の人生をヨボヨボのジジイになるまで生きてきたお前の出した考えか?」

 責めるわけでも、賛同するわけでもねえ。
 俺はただ、かつては同じ世界の同じ環境で育った旧友の今の考えを知りたかった。
 すると、宮本はまた弱々しい老人のツラのまま、うつむいた。

「そうじゃよ、朝倉くん。君はワシを軽蔑するかの? 君はこの世界に人間として生まれ変わったようじゃが」
「そんなバカな。俺は人に意見できるほど立派な人間じゃねえ」

 宮本もイーサムと同じ考え。ただ、唯一違うのは、宮本は明らかに苦しみ抜いて絞り出した考えに見えた。
 だから、俺はそうまでして答えを出したこいつを否定することなんて出来なかった。

「俺は、お前と再会する前に、鮫島に会った」
「サメジマ? っ、鮫島君に?」
「ああ。魔王シャークリュウ。奴の第二の人生はそれだったよ」
「シャークリュウ! そ、それは、七大魔王の! あっ、でも、シャークリュウはもう五年も前に………」
「そうだ。あいつの最後を看取ったのが俺だ。そして、ここに居るあいつの娘を、俺は託された」
「ッ! そ、そうか、その娘は鮫島君の………そうか………まさか、彼がシャークリュウだったとはのう」

 鮫島も宮本と同じだった。
 人間を殺すことがどれだけのことかを理解していながらも、それをもう押さえることが出来なかった。
 俺なんかでは想像も出来ない重く苦しい人生を送りながら、悩み、そして考えて出した答えだ。

「宮本。俺はな、戦争とは程遠い生ぬるい世界で生きてきた。だからぶっちゃけ、人の醜さも、亜人や魔族もよくわかんねえ。俺にとってはお互い理解しちまえば、異種族もウラみたいに家族になれる。そんな平和な思考だ。ちなみに、俺のこの世界の両親は亜人に殺された。そりゃー、殺した亜人をぶっ殺してやろうとは思ったが、別にこの世の亜人全てをどうのとか、極端なことは考えたこともねえ」

「………………そう………か………」

「だからな、宮本。これだけはハッキリさせておくぜ。テメエが人間全てを敵に回し、もしその結果、俺の今の大事な者を奪うことになれば、テメエは俺の敵だ。そん時は容赦なくぶっつぶしてやる。でもな、仮にどうしようもなく苦しんでるって言うなら、話は聞いてやる。俺に出来ることならやってやる。それが、鮫島に何もしてやれなかった、俺の償いみてーなもんだ」

 相変わらず俺の立場はハッキリとしない。
 あっちにいったり、こっちにいったり、ふらふらしたままだ。
 ただ、できることをしてやりたかった。
 今のこいつは、それほど見るに耐えないほど、苦しんで見えたから。

「君は昔はそこまで誰かと関わろうとはしなかった。じゃが、少し丸くなったような気がするわい」
「ッ、ふん。生ぬるい人生にも色々あったんだよ」
「そうか………そうか………解決にはなっていない。でも、少しだけ救われた気がするわい」

 ほんの少しだけ宮本が笑った気がした。


「さて。こいつらはなんじゃ? ムサシが連れて来たか?」


 すると、俺たちの会話に気づき、ムサシの懇願に背を向けたイーサムが俺たちを見た。

「ほほう、見ないツラじゃが、驚いたなあ」

 全裸で俺たちを見て、イーサムはまず、ファルガを見て笑みを浮かべた。

「人類の英雄候補はほとんど顔と名前は知っておるが、人類大連合軍や光の十勇者の影に隠れて、おぬしのような逸材がまだおったか」

 非常に好戦的な笑みを浮かべてくる。
 それだけで、熱風が頬にぶつかった気がした。
 そして、ファルガの力を初見で見抜いている。

「そして、そこの銀髪魔族のべっぴんちゃん。う~む、現状の力は及第点というところだが、才能は底知れぬな。しかし、処女なのはもったいない。ぐわーっはっはっは、ワシの娘と同じぐらいの年齢でなければ抱いていた!」

 セクハラ全開でウラも看破する。
 ウラは、完全に心が折れたのか、俺の背後で小動物のように怯えていた。
 そして、ついにイーサムが俺を見た。
 だが、

「むむ! ………う~ん、おぬしはつまらぬの」
「なっ!」
「いや、つまらなさで言えば、三人ともじゃな。組み合わせは面白いと思ったが」

 なんか、ため息つかれた。すげーつまんなそーな顔で!

「それで、ムサシ、こやつらは?」
「はっ! 彼らは奴隷商人に捕まった亜人たちを解放してくださった、ヴェルト、ウラ、ファルガです」
「ほう。人間と亜人という妙な組み合わせが、亜人を助けたと?」
「はい! そして、こちらのヴェルトが大ジジと面識があり、どうしても会いたいとのことで」
「ふ~む、この三人組で一番ダメそうな小僧がか?」

 なっ、ちょ、ちょっと待て!

「こ、こんの、さっきからダメダメって、ダ、ダメさは別に関係あるか、コラァ!」
「ああ! ダメさは関係あるまい!」
「はっ?」

 気づいたら俺は叫んでいたが、その叫びも一瞬でかき消された。

「どんなにダメな奴であろうと、牡にとって大事なのは、無限の本能! 闘争も、性欲も、野心も、己を偽らずに生き続ける者には瞳の奥に猛った光を帯びている! しかし、小僧、貴様には、いや、貴様ら三人にはそれがない!」

 何故か、最初はベタ褒めされていたファルガや、女のウラまで一緒にダメだしされてしまった。

「ワシはもうほとんど引退した身じゃが、今の神族大陸の群雄割拠の歴史を紡いでいる者たちは、敵であれ味方であれ、それがあった! 絶対に譲れぬ自分だけの信念という本能がな。しかし、どんなに戦が強かろうと、どんなに才能豊かであろうと、それがないお前たちは所詮ワシとは違う道に立っている。ゆえに、興味が沸かぬのう」

 なぜ、俺たちは初対面のジジイにいきなりここまでボロクソ言われなければなれねーんだ?

「そんなつまらぬ小僧と知り合いとは、どういうことじゃ? バルよ」
「彼は………遠い、遠い遥か昔の旧友じゃ」
「ふ~ん、友か? おぬしもようわからん過去を過ごしてきたものじゃな」

 でも、何故だ?

「………ちっ、クソが」
「つっ、くっ、うぬぬ」
 
 俺たちは何一つ反論することが出来なかった。
 思いつく限りの辛らつな言葉を浴びせてやりたいのに、言葉が出ない。
 イーサムは、言葉を出すことを許さないという威圧感と空気を醸し出している。
 一言で、「カリスマ」というものなのかもしれない。

「しかしじゃ、ダメ小僧」
「っ、またダメとか言いやがって!」
「不服か?」
「っ、たりめーだろうが! 何で俺が会ったばかりの全裸のジジイにボロクソ言われなければならねーんだよ!」

 俺は、精一杯強がりを含めた口調で言い返した。 
 うろたえているのがバレるのもカッコ悪い。
 自分を大きく見せようと、生意気にツッパってやった。

「ヴェ、ヴェルト殿! な、なんということを!」
「あーあ、あの坊や。愚かなことを」

 ムサシをはじめ、誰もが俺を愚か者を見るような目で見る。
 俺も正直、少しだけ後悔していた。
 だが、今更引き下がれるかよ。
 ナメられて、腰抜けだと思われることだけは死んでもゴメンだったから。
 すると、

「ガーハッハッハッハ! よいぞ、よいぞ! 牡はそれぐらい、生意気でなければな!」
「ッ………………」
「しかし、良い根性しておるな。そんな生意気な口をワシに聞けるやつは、もうこの世にはおらんと思っておったからの。普通なら死んでおったぞ」

 何故かいきなり大爆笑しだす、イーサム。
 セーフだったのか、とにかく俺の心臓はハッキリ言ってバクバクだった。

「まあ、バルの友人じゃ。この程度のことで殺そうなどと、器の小さいことはせんわい」

 だが、その時だった。

「ッ、やめよ、イーサム!」
 
 宮本がいきなり血相を変えて叫んだ。
 一体どうし………………


「………………え………………?」


 一瞬だけ、風が通った気がした。
 目の前には、手刀を振り抜いたような態勢のイーサム。


「あっ………………?」


 その時、俺の視界に何かが映った。
 それは………………

「ッ、ぐ、愚弟ェェェェェェ!」

「ヴェ、ヴェルトオオオオオオオオオオオオ!」

「ヴェルト殿ォォォォォォォォォ!」

 あっ、これは、二本の腕?
 肘から先の二本の腕が宙を舞っている。
 これは………


「あっ、うわああああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺の腕だ! 斬られた! 俺の腕が! 俺の腕が! 俺の両腕が!


「ぐわああああああああああああああああああああああああああああ!」


 痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え!
 イテーイテーイテーイテーイテーイテーイテーイテーイテーイテー!


「グワーハッハッハ! だから、両腕だけで勘弁してやるぞ!」


 痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え!
 イテーイテーイテーイテーイテーイテーイテーイテーイテーイテーイテー!


「愚弟………………クソが! こ、殺す!」
「キサマアアアアアアアア!」


 痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え痛え!


「グワーハッハッハッハ、まあ、そう怖い顔をするな。ワシぐらいの腕前なら………」
「ッ、ヴェルトに近づくな! 八つ裂きにしてくれる!」
「だいじょーぶじゃ、ほれ、切断された腕と傷口をこうして繋げると………………ほれ、元通りじゃ!」
「ッ! こ、これは! も、戻し斬り! 切り口の繊維を潰す事無く斬る事によって生じる奇跡………………それを、素手で!」
「どうじゃ惚れたか? おっ、ガーハッハッハッハ! しまったわい! 右手と左手を逆につけてしまったわい!」
「お………おい………きさま………」
「仕方ない、もう一度切ってくっつけるか! ほれ!」

 ――――――――――!!!!

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「グワーハッハッハッハ、まあ、これでもう二度と生意気な口は聞けぬじゃろう」

 ――――――――――い………てえ………


「こ、殺してやるぞ、この亜人め! よくも、よくもヴェルトを!」

「クソ殺しまくる! 今すぐ死ね!」


 よせ………………ウラ………………ファルガ………ころされ………る………


「ほう、来るか。まあ、よい。遊んでやるかのう」


 だめだ………何も………かんがえられねえ………


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第34話 お前をシビレさせてやる

 既に手遅れなほどに壊滅した街。積み重なった人間たちの死体。地獄のような光景。
 そんな中でもようやく旧友とも再会できたのだが、結局俺はそいつに何かをしてやることもできず、今はただ、目の前に現れた世界最強の亜人、イーサムによって地べたを這わされていた。
 痛みを通り越しすぎて、俺の頭が徐々に痛み以外を考えられるようになった。

「あの、ファルガ殿とウラまで…………これが、四獅天亜人の一人…………局長の力でござるか」

 調子に乗ったガキへのお仕置き。それで腕を切り落とすか?
 いや、そういう世界なんだ。俺がずっと遠ざけていた世界は。

「アストラル・ボルテックス!」
「ガーハッハッハッハ! おお、いい突きじゃ!」
「なっ! 俺のアストラル・ボルテックスを素手で!」
「想像以上に良かったぞ、若造。これほどの槍使いに出会ったのは数年ぶりじゃ。それゆえに惜しい! ぶつけられる譲れぬ思いができたら、また会いに来るが良い!」

 侍じゃなかったのか? 人類最強クラスと言われたファルガが、全裸のジジイに蹴り一つでぶっとばされる。
 魔王の娘であるウラは一撃で気絶させられて、勝敗は一瞬で決した。 


「どうじゃ、青二才ども。まいったか?」


 いや、勝負にすらならなかった。
 激痛にのたうち回った俺の横に膝を下ろし、俺に手当をしながら宮本が呟いた。

「四獅天亜人は、三大勲章の中でも最強の称号。光の十勇者でも徒党を組んでようやく相手になるかどうかじゃ」

 これが現実。エルファーシア王国近郊では敵なしだった俺たちがまるで歯が立たない。 
 ドラゴンすら葬り去る人類最強ハンターも。魔王の血を引くサラブレッドも。


「万の敵を葬り、万の戦を乗り越えて、背負った業は数知れず。その名を全世界の全種族に轟かせた。朝倉くん、君がたった今、見た景色はそれなんじゃ」
「み…………や…………もと…………」
「ここはもう、日本なんかではない。いつまでも高校時代気分のままでは、魂がいくつあっても足りぬぞい」

 宮本、そんな諭したように言わなくても、俺は十分に分かってるよ。
 そんなもん、五年前から理解している。
 今のはただ、俺自身の見込みと力が甘すぎたってだけのことだ。


「さーて、ソルシー! 愛の時間じゃ! 癒しの足りぬ同胞をワシの寝所に連れてこい!」


 トドメを刺さない。いや、その価値すら俺たちにはないと言いたいのか?
 さっき言っていた。俺たちは自分とは違う道に立っていると。
 だから興味も沸かない
 殺しても殺さなくても、自分にとってはどうでもいい。

 ああ、そうか…………俺たちは…………雑魚か!

「くっ、局長! 局長! ッ、再考を! 是非に再考をお願い申し上げます!」
「なーんじゃ、ムサシ。小僧どもをイジメて怒ったか?」
「それは、いいぇ、その、今は、今は一刻も早くこの街の蹂躙行為をお止めください! 局長の一言さえあれば、暴走した隊も止まるでしょう」

 俺たちに気遣いながらも、シンセン組の暴走を止めるべく、必死に頭を下げるムサシ。
 でもな、ムサシ。さすがに俺でも分かるぞ。
 このジジイは、頭を下げられて意見を変えるような奴じゃない。

「ふ~、ムサシよ。シンセン組はバルが作り、おぬしの両親が支えた誇り高き組織。それが汚されることがどれほどの苦痛か、分からんでもない」
「ッ、で、でしたら!」
「しかしじゃ、理解せよ。もっとも苦しんでいるのはバルじゃということを。己の誇りを汚してでも、何をなすべきか、それ以外に心を引っ張られ、取り返しのつかぬ事になるようなことはあってはならぬ」

 誇りは、取り戻せるかもしれない。
 しかし、失った同胞の命は絶対に返ってこない。
 イーサムにとって、そして宮本にとって重要なのはそこなんだろう。

「馬鹿な! サムライにとって、誇りこそ命より重きもの! 父の、そして母の愛したシンセン組が外道として汚されるなど、我慢できませぬ! 大ジジ! 大ジジ!」

 こいつは、いや、こいつらは、誇りよりも、同胞の未来を選んだ。
 間違ってねえよ。宮本。お前の選択は何も間違ってねえ。
 だから、そんなつらそうな顔してんじゃねえよ。

「これでは、これでは拙者たちが忌み嫌った人間と…………何も変わらんではござらんか! 大ジジ!」
「そうだ、ワシらは「そう」なってでも、戦わねばならぬと悟ったのじゃ。これまでの積み重ねと、今のこの国を見てのう」
「そ、そんな…………」

 孫娘にまで絶望されたような表情を見せられ、本当にツレーだろうな。
 お前だって、本当はこんな真似はしたくねーんだろうな。
 でも、もう、止めることができない。
 後戻りができないところまで来ちまった。
 そういうことだろ?
 なら、

「宮本…………」
「朝倉くん?」
「テメエはもう止まれねえ。だが、俺は亜人の未来がどうとかなんてどーでもいいんだよ。だからな…………俺が、止めてやるよ」
「朝倉くん!」
「止めることができないなら、俺が止めてやるよ」

 その結果、亜人がどんな悲惨な命運になろうが、俺の知ったことかよ。

「ムサシ、そのへんにしておけ!」
「ッ、ヴェルト殿!」

 だから、俺は立つ。亜人? 人間? 未来? 知ったことか。 
 テメェらが先の先ばっか考える奴なら、俺は後先考えないやつだからだ。

「ほほう、激痛で立つこともできぬとは思っておったが、そこそこ根性だけはあるようじゃな」
「うるせえよ、盛りのついたジジイが」
「むっ」

 ああ、また生意気なことを言っちまったな。
 でもな、今度はもう後悔してねーぞ。
 言いたいことを言ってやった。
 だからこそ、今度はやりたいことをやってやる。

「おい、ムサシ。テメエがいくら言葉で願っても、頭を下げても、考えは変わらねえ。テメェのジジイやこのクソジジイも、半端に出した答えじゃねえからだ」
「ヴェルト殿、しかし!」
「でもな! この街の蹂躙行為を止めたけりゃ、方法なんてまだあるんだぜ?」

 そうだ、俺は止めてやるよ、宮本。
 テメエが苦しんで、無理にでも選ぼうとした未来なんて、ぶっ壊してやる。

「止める方法? それは、誠か!」
「ああ、冷静に考えな。止める方法のまず一つ、街で暴れてるやつらを一人残らずぶっとばす。だが、これは現実的じゃねえ」
「う、うむ」
「次は、イーサムにやめさせるように言ってもらう。だが、これはもう無理だった」
「そうでござる! だから、それ以外に何があると…………」
「あるじゃねえかよ。もう一つだけ」
「な、なんと?」

 そうだ、ある意味で最も実現不可能に近いが、俺が選ぶのはこの選択だ。


「ふわふわ世界ヴェルト!」


 浮け!

「ほう」

 全部、浮け!

「ヴェルト殿!」
「朝倉くん」
「これは、どんな呪文を!」

 銅像も、壊れた建築物の瓦礫も残骸も、家すらも、今俺の目に映るすべての物質。
 世界まるごと浮いちまえ!
 浮いたら、世界丸ごとイーサムをぶっとばせ!

「なっ! ふ、浮遊したモノが全て、局長に!」
「お逃げください、局長!」
「この、人間のガキ、何を!」

 手当たり次第に、俺は瓦礫でも何でもイーサムに向けて飛ばしてやった。
 まあ、そんな簡単に倒せるほど甘くはないが。
 イーサムは手刀だけで全てを打ち落としていく。
 だが、その表情は、さっきまでと同じではない。


「小僧…………」


 俺の突然の行動に、「何が起こった?」そんな顔をしてやがる。

「ムサシ! 分かったか?」
「ヴェルト殿…………」
「イーサムにやめさせるように言ってもらうんじゃねえ…………力づくでやめさせるように言わせるんだよ」
「なっ!」
「こいつを泣くまでボコって、力づくで言うことを聞かせる。一番手っ取り早い方法じゃねえか」

 そうだ。俺はそういう奴だ。
 弁論大会をしにきたわけじゃねえ。
 違う意見はボコって従わせる!

「ムサシ! テメェも侍なら、言葉じゃなくて、刀で語りな! 切腹することになっても貫き通してえっていうのが、覚悟だろうが!」
「ッ!」
「俺も、覚悟を決めるぜ!」

 負けてたまるかよ。この世界に。

「遊びではなく、本気でやり合う気か? バルの旧友は殺さぬとでも思っておるのか? 死ぬぞ?」
「ジジイになるまで一度も死んだことねえ奴が、俺に死を語るんじゃねえよ!」

 俺は、くっついたばかりの腕を突き出して、見せてやった。

「いいか、テメエが何本俺の腕を斬ろうとも、俺の心は一つも折れちゃいねーんだよ!」

 今の俺の気持ちを表す、この世界では誰も意味の分からぬ動作、ファックユー。

「ムサシ、俺は暴れる。テメエはどうする?」
「いっ!」

 クハハハハ、さすがにここで振るのは可愛そうか。スゲー顔でうろたえてやがる。
 だが、別に構わねえ。
 俺一人でも…………


「ッ、ま、待て…………ヴェルトの敵は…………神でも悪魔でも私の敵だ…………」


 いや、一人じゃなかった。二人共、どうやら目を覚ましたようだ。


「クソが…………随分と久しぶりだ…………ここまで誰かを殺したくなったのは」


 ウラ、ファルガ、まだまだこいつらの心は微塵も折れていねえ。

「なぜ…………なぜでござる! おぬしたちでは、局長に敵うわけがないでござる! なぜ、そのような愚かなことを!」

そうさ、それが俺だ。侍のお前たちには、理解できねえ生き様かもしれねえがな。

「まったくじゃ。愚かなガキどもじゃ。簡単な拳骨で済ませてやったというのに、あくまで反逆するか? 」
「そうさ、人間、亜人、魔族、この世界には色んな種族がいるようだが、俺はその中でも最も愚かでバカな種族、不良だ。覚えておきな!」
「ほう」
「常識への反逆こそが、俺のアイデンティティなんでな」

 だから、今もツッパリ通す。人が馬鹿だと思うような選択肢を、俺は選ぶ。
 宮本。お前は変わっちまったよ。
 俺も、この世界で変わりたいと思っていた。
 でもな、やっぱり俺は根っこだけは変わらねえ。
 これが今も昔も前世から変わらねえ、俺だ。

「ふ~む、反抗的な目から…………反逆者の目に。なるほどのう。確かに、少しは危険だのう…………ここで、生かしておくのはな」

 空気が変わりやがった。
 この感じ、鮫島やギャンザたちと遜色ねえ。
 いや、荒々しさで言えば、コイツの方が凶暴だ。


「ぬう、ぬうううう! ううううううううううううううううう!」


 その時、ムサシが苦悩に満ちた奇声を上げた。
 頭を抱え、悶え、ついには地に膝をつけて何度も額を地面に叩きつけた。


「ムサシ?」


 壊れれたか? ムサシの奇行に驚いた俺たちだったが、ムサシは…………


「大ジジ! 組長! そして、局長! 申し訳、ございませぬ! 拙者は…………拙者は自分の気持ちに嘘はつけませぬ!」


 額が割るほど頭を叩きつけて、血まみれになったムサシだったが、その瞳は一つの答えを出したかのように、澄んでいた。
 どうやら、テメェも今の自分の答えを見つけたようだな。

「拙者は、たとえ反逆罪に問われようとも、シンセン組が汚れるのを見過ごすわけにはゆかぬでござる!」
「なっ! 何をするつもりじゃ、ムサシよ!」
「お、お、おい! ムサシ!」

 ムサシは、二本の木刀を抜き、そして、俺たちの横に並んだ。
 言葉を交わさなくても分かる。俺たちは互いに頷きあった。


「なんと! こ、これは!」


 共闘だ。


「よっしゃ、いくぞテメェら! 敵はシンセン組局長・四獅天亜人のイーサムだ!」

「「「オオオッ!!!」」」


 ムサシの行動だけは予想外だったのか、イーサムは目を見開いている。
 そうさ、それぐらい驚いてくれよな。

「朝倉くん、君はなんということを…………なんということを…………」

 すまねえな、宮本。ドサクサに紛れてお前の孫を巻き込んじまったよ。

「君は分かっていない。分かっていないぞ、今、君はとてつもないことをしているということを。まさか、こんな光景を生きているうちに見ることになるとは…………」

 知るかよ! 後先考えず、今はこの糞ジジイをぶっ殺す!

「いくぞコラァ!」
「ヴェルト、援護せよ!」
「正面から俺が受ける。クソ魔族、クソ亜人、左右から攪乱しろ」
「御意!」

 四方八方から攻める俺たちに対し、イーサムはピクリとも動かない。
 まだ、ムサシが裏切ったことを驚いているのか?

 いや、それだけには見えない。

 だが、そんなもんには興味ねえ。そっちが隙だらけなら、容赦なくぶっ潰す。
 すると、その時だった。


「長年、世界を舞台に暴れ色々なものを見てきたが…………これほどワシをシビレさせる光景は初めてじゃ」


 俺たちの手は止まらない。だが、それを気にする様子もなく、イーサムはどこか感激したような言葉を発していた。


「恐らく世界史上初じゃな。人間、魔族、亜人。異なる種族が力を合わせる光景を見ることになるとはのう」


 その言葉とともに、イーサムは正面から俺たち四人の攻撃を受け止めやがった。


「どうしてじゃ、どうしてじゃ、朝倉くん。どうして、君は、もっと早く現れて、この光景を見せてくれなかった。ワシらの誰もが作り出せなかったこの光景を、こうもアッサリと」

 宮本が何かを呟いていたが、よく聞き取れなかった。
 話は後で聞いてやる。
 今はただ、この怪物ジジイをぶっ飛ばしてからだ。


「ふわふわ…………あっ!」


 さて、俺はここでマズイことに気づいた。
 俺の戦法「ふわふわ時間タイム」は浮遊レビテーションをとにかく効果的に使うこと。
 五年間一日も欠かさずに日常生活で常に使い続けたことによって、練度や速度や節約も段違いに上がった。 
 しかし、大前提があるものは変えられない。浮遊レビテーションという魔法の大前提。
 それは、生物を操ることはできないことだ。
 つまり、俺は敵を浮かせたり振り回したりするときは、相手の衣類や武器などに魔法をかけてやりたい放題する。
 だから、この状況は初めてだった。

「やべ、相手が完全な素っ裸で武器無しだど、攻撃のしようがねえ」

 そういうことだ。イーサムも狙ったわけではなく、たまたま雌とホニャララしていて服を着ていなかったのだが、それが俺にとっては最悪の展開。

「チッ、なら、これだ! ふわふわどんでん返し!」
「ん? おお!」

 素っ裸のイーサムをどうにかできないなら、周りをどうにかする。
 イーサムの立っている地面。その一部を無理やり浮かせる。

「なんと、浮きおった!」

 地面の一部を壊してでも無理やり浮かせる。これは、物を単純に浮かせるより、かなり力を使う。
 だが、少なくとも態勢は崩した。

「やれ!」

 そこに飛びかかるのは、戦争に出てれば間違いなく世界に名を轟かせていた三人だ。

「エルファーシア流槍術・レインストーム!」

 正面から、荒々しい乱突き。
 いつものように、洗練されたキレのある美しい槍ではなく、相手をズタズタにせんとする暴力的な槍。

「ほ~、ほほおお!」

 だが、イーサムは避ける、捌く、見切る。
 体を捻り、手で槍の横腹を払い、眼前で槍の軌道を確かに見ながら流す。
 本当にジジイかよ、こいつは。
 だが、ファルガも避けられているだけではない。
 荒々しさとともにスピードまで上がっていく。
 その速度はやがて、イーサムの皮膚の薄皮を剥いでいく。

「クソ死ね」
「ほ~」

 だが、イーサムは驚くどころか、むしろ感心していた。

「ふむ、先ほどよりキレが良い。驚いたわい」
「クソうるせえ。黙って死んでろ!」
「これまで出会った槍使いの中でも、群を抜いておる」

 余裕? いや、違う。素直にそう思っているんだろう。
 最初は余裕で見ていたシンセン組の連中も、ファルガの動きに度肝を抜かれている。

「ムサシ、小技は無用だぞ」
「うむ、長期戦は不利でござる。短期決戦で決める」

 だが、余裕かましている場合じゃねえだろう? これはタイマンじゃねえ。
 左右から、世界クラスのじゃじゃ馬娘たちが飛び込んできている。

「魔極真空手・魔正拳!」
「ミヤモトケンドー・燕返し!」

 いや、ムサシ。お前、せっかく良い名前なんだから、その技名はねーだろうが。
 と、ツッコミ入れてえところだが、イーサムは躱せねえ。
 討ち取ったか! 
 いや、

「ッ、マジい!」

 それは直感だった。

「ふわふわ回収プラスふわふわ離脱!」

 何かが起こる。そう思った瞬間、俺は反射的に三人を魔法で俺の所まで引き寄せていた。
 いや、それだけじゃねえ。俺自身も含めて、誰もがとにかく距離を取ろうと無我夢中でイーサムから離れた。

「ぬぬ!」
「ちょっ、局長! 俺たちも居るっす!」
「総員退避!」

 そして、


「ミヤモトケンドー・天空てんくう夜光やこう飛天ひてん皇龍おうりゅう斬魔ざんま剣!」


 次の瞬間、とにかく何かスゲーので、スゲーのが起こった。
 ただ、真下の地面にパンチを振り下ろしただけだ。

「ふむ、まあまあかのう。味方を巻き込み過ぎぬよう、多少手加減はしたが」

 火山の噴火を思わせるほどの巨大な爆発が起こり、巨大な煙が広場上空に舞い上がった。

「なっ…………」
「いい!」
「クソが…………」
「お、おい、ネーミングはともかく、マジかよ」

 俺たちは、目を疑った。
 土煙が貼れる頃には、広場には何も無くなっていた。
 それは、破壊ではない。
 完全にこの世から消え去って、発展した城下町のど真ん中だけ荒野と巨大なクレーターが出来上がっていた。

「まったく、そんな技…………宮本剣道にはないぞ」

 俺たちと同じように離脱していた宮本が呟く中、荒野のど真ん中に立つイーサムは高笑いしていた。

「ガーハッハッハッハ! ワシの独自で編み出した技じゃ。なんかカッコよさそうな単語を並べてみた」

 侍が、剣を持たずにこの規格外の怪物ぶり。
 ああ、そうだよ。これが、俺たちが喧嘩を売った世界最強クラスの化物か。

「た、助かった…………ヴェルト、すまない」
「ちっ、クソバケモンが」
「ムサシ、お前、アレできる?」
「不可能でござる!」

 四人がかりなら勝てるかも? そんな甘い考えをチリ一つ残さぬほど消し飛ばされた。
 しかも、瓦礫や家まで近くにあるものはほとんど消されてしまった。
 これじゃあ、俺のふわふわ時間タイムの威力は半減する。


「さあ、どうした? もう心が折れたわけではあるまいな。もっとワシをしびれさせぬか!」


 ったく、ガキがハシャいでいるように目を輝かせやがって。

「なんだよ! 俺たちには何の興味も沸かねーんじゃなかったのか?」
「ガーハッハッハッハ! そんな昔のことは忘れたわい! 昨日まで何とも思っていなかった奴を急に好きになる。恋愛と同じじゃろう」
「テメエに惚れられるのはゴメン被りたいね。失恋のショックで倒れてくれたらなお嬉しいぜ」
「何を言うか! ワシは惚れた相手のためならば、どんな手を使ってでも振り向かせるわい!」

 お願いだから全裸でそんなことを言うなよ。
 広場から離れた建物の屋根の上から、俺たちは背中の汗が止まらなかった。

「それで、どうする? 作戦がねーなら、俺が一人であのクソジジイを始末するが」
「迂闊に飛び込むな、ファルガ。四人の力を合わせねば、この死地は乗り越えられんだろう」
「ヴェルト殿、何か妙案は?」

 何で俺に聞くんだよ。と言いたいが、言いだしっぺも俺だし、どうにかするしかねえ。
 どんな手を使ってでも、このジジイを倒す。
 だが、こいつは戦いになれば手心はくわえねえ。歯向かうなら、ムサシにだって容赦しねーだろう。
 実際、さっきも殺すつもりのパンチだった。生きていたのは運が良かっただけだ。

 となると、当たって砕けろの特攻作戦は通用しねえ。

「ムサシ」
「なんでござる?」
「テメェ、武器は木刀だが、お前が使えば切れ味を出すことは可能か?」
「っ、それは、確かに拙者が得意とするのは粉砕系の力技だが、やろうと思えば斬撃も使えなくはないでござるか」
「十分だ」

 通じるのは、肉を切らせて骨を断つ作戦しかねえか。

「ムサシ。今の俺は、アドレナリン全開過ぎて、痛覚が一部麻痺しかかってる」
「あどれーなりん?」
「だから、俺の感覚がイカれている間に、頼みがある」
「ヴェルト殿、何をする気でござる?」
「なーに、あのジジイが思いつかなそうなことでもしねー限り、これは乗り越えられねえからな」

 本当はこんなことやりたくねーんだけど仕方ねえ。
 ほらな、ウラなんて超慌てて止めてくる。
 だが、あの化物相手に戦うのに、無傷でいようなんて思うほど、俺もダテに戦ってきちゃいねえ。


「なんじゃ? 仲良く作戦会議か? 面白い。存分に仲良く作戦を練るが良い。そして見せてみろ。全ての種族が手を組んだとき、何が生まれるかをな!」


 何で、そんなワクワクした目で待っているのか知らねえが、上等だ。


「いいぜ、面白いついでに後悔させてやるよ!」


 俺たち四人は屋根から飛び降りて、再びイーサムに向かっていく。
 やっぱり、まずはファルガ。

「はあああああああ!」
「ふむ、やはりおぬしか。まあ、おぬしぐらいだからのう。まだまともにワシと戦えるのはな」

 再びファルガの槍との攻防戦。
 だが、さすがにさっきの攻防でファルガの槍を見せすぎたのか、既にほぼ見切られている。

「おーすごいすごい。しかし、ワシにとっては腹六分目といったところだのう!」

 掠りもしない。
 だが、それは想定内だ。
 問題なのは…………

「どれ、反撃じゃ!」

 攻撃に慣れて反撃されたとき。
 ファルガは瞬間的に体を捻り、回避したが、靡かせているファルガのマントが突き破られた。

「ほほ、惜しいのう」

 いや、

「いや、クソ狙い通りだ」
「なに?」

 それでいい。破かれたマントは、イーサムの手にまとわりつく。その布を俺は操る。


「ふわふわ拘束!」
「ぬっ! な、なに! マントが、絡みつき、お、おおおおお!」


 マントで全身を無理やり押さえつけ、拘束できる時間は? 一秒で限界。
 だが、十分。

「死ねや、コラァ!」
「覚悟!」
「いくでござる!」

 その一秒の間に三人がかりで飛びかかる。
 だが、

「ぬうう、小賢しいわい!」

 一秒の前に、全身に絡みついたマントを力づくでブチ破られる。
 そして、

「ガーハッハッハッ! 結局さっきと同じ展開ではないか、つまらぬ! つまらぬ! そのまま塵となれ!」

 ああ、さっきと同じ展開だ。
 だが、一つだけ違う。
 さっきと同じ展開だからこそ、お前はさっきと同じ行動を取る。
 その行動が分かっているからこそ、俺たちは対策を立てられる。

「ミヤモトケンドー・天空てんくう夜光やこう飛天ひてん皇龍おうりゅう斬魔ざんま剣!」

 剣とか言ってるけど、所詮はただの地面にパンチだろ?
 いいぜ、地面を見て思いっきりパンチして、度肝を抜かれな。


「ぬっううう!」


 初めて、見せたな。イーサムが戦いの中で驚いた声を。
 まあ、無理もねえだろ。

「くらいやがれ! カウンター!」

 地面にパンチしようとして真下を見た瞬間、人間の肘から先の腕が、アッパーを打つような形でイーサムの眼前にあったんだからよ。


「ふわふわロケットパンチクロスカウンター!」


 天空なんたらの威力をカウンターにして、テメエにそのまま返してやる!


「へぐっあえぐい!」


 顎に直撃。砕けたかもしれねえな。俺の左腕の骨。
 だが、見返りはデケえ!

「今だ!」
「おお!」
「この勝機を逃すわけにはゆかぬでござる!」

 いくら最強クラスでも油断して、意識の外から来たカウンターパンチだ。

「こ、こやつ…………小僧」

 効いているはずだ。
 そこに、今度こそ俺たち全員で叩き込む。

「朝倉くん、なんてことを…………イーサムからこの隙を生み出させるために…………自分の左手を、ムサシに斬らせたのか!」

 正解だ、宮本。俺の魔法は生物を浮かすことはできねえ。
 ただし、斬り落とした腕ならば、物として動かすことができる。
 ファルガがマントを破り、俺がイーサムを拘束し、イーサムがマントを破り、飛びかかった俺たちを対処しようとする瞬間までの間に、切断した左手だけをこっそり近づけさせた。
 まさか、切断された腕がコッソリ接近していたなんて、想像もしてなかっただろ?

「ドタマカチ割れろ! 百キロ警棒!」

 俺は余った右手で、百キロ警棒をイーサムのドタマに。

「魔極神空手・魔神空カカト堕とし!」

 続いてウラがカカト落としを、やっぱりイーサムのドタマに。

「ミヤモトケンドー・紅蓮破壊面!」

 そして、ムサシがトドメにやっぱり、ドタマにぶち込んだ。
 叩きは潰せなかった。
 だが、叩き割ることはできた!


「おっ、おお…………」


 噴水のように真っ赤な血が、イーサムの頭から飛び出した。
 そして、イケる!

「ぬっ、や、やめろ、貴様ら!」
「きょ、局長!」
「あ、朝倉くん!」

 止まれるかよ。千載一遇の超チャンスだ。
 今度はファルガも混じって、今ここで反撃すらさせずに、一気に…………


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 一気に…………野獣の雄叫びが俺たち全員を彼方へと吹き飛ばした。
 激しく飛ばされて荒れた大地の上を転がる俺たち。
 そして、見た。

「未熟者どもが…………」

手負いの獣が見せる圧倒的な殺意を。

「ちっ! こ、こいつ」
「ば、バケモノ…………」
「クソが」
「こ、これほど、とは…………」

 ああ、まるで餌にでもなった気分だ。


「まさか、まさか、おぬしたちは…………腕の一本程度を斬り落とす程度の覚悟と策略で…………たかがワシの頭蓋を少し割った程度の手応えで…………どうにかなるとでも…………よもや、一瞬でもこのワシに、広大な亜人大陸の頂点に君臨する四獅天亜人の一人であるこのワシに、一瞬でも勝てるとでも思ったわけではあるまいな!」


 押しつぶすような威圧感。
 心臓を鷲掴みにされ、今すぐにでも握りつぶされそうな恐怖。


「よいか、おぬしら! 四獅天亜人、光の十勇者、そして七大魔王! 熱き思いを胸に秘めた全世界の天才・異才・怪物・超人・英雄たちが! 万の魂と血肉を喰らい、それこそ死力と魂を振り絞り戦い抜いた者だけが辿り着く境地に至ったこのワシに! 一瞬でも勝てるとでも思ったか!」


 ああ、この感覚は、あれだ。
 ギャンザと戦った時に感じた、虎の尾を踏んだ感覚。


「ワシを侮りすぎだぞ、未熟者どもめ!」


 いや、あの時以上の圧倒的な怒り。
 どうやら、一瞬でも俺たちが勝てるかもしれないと思ったことが、よっぽど腹立たしかったわけか。
 まったく、本当に怖い奴らばかりだよ、この世界はな。

「ちっ、このロマンチストめ」

 だからこそ、思う。
 油断したのは本当だが、別にナメちゃいねー。
 だから、

「うるせーな…………それがそんなに偉いのかよ」
「なんじゃとお?」

 スゲーやつだってのは、十分わかったよ。
 でもな、それでゴチャゴチャ俺に説教垂れるのは筋違いだよ。

「俺たちはよ、ただの喧嘩してんだよ。相手を敬おうがバカにしようが、戦っている以上、何の関係もねえ」
「なに?」
「どっちがツエーか。どんな手を使ってでも勝つか、これはもっとシンプルなもんなんだよ!」

 そうだ。俺たちはスゲーもの選手権をしてるんじゃねーんだから。そんなもん、戦っちまえば関係ねえ。

「だいたいよ、少なくとも俺には戦争がどんだけどうとか、テメェの歩んできた武勇伝を語られても、あんま胸に響くことはねえ。なんでか分かるか?」
「………………………………」
「俺はな、どんなに殺意を抱いたり、ぶっ殺したいと思っても、実際に誰かを殺したことはねーんだよ。ただの一度もな!」

 だから、イーサム自身が最初に言った通りなんだ。
 俺たちは元々、違う道を歩んでいるんだ。

「殺したことが…………ないじゃと?」

 その時、圧倒的な威圧感が息を潜め、一瞬で場の空気が和らいだような気がした。

「ダメ小僧、ヴェルトと言ったな」
「あ、ああ。って、ダメ小僧ってまだ言うか!」
「ワシの質問に答えよ」

 そして、殺意を潜めたイーサムが、俺に問いかけてきた。

「殺しをしたことはないと。それほど反抗的な目をしながら、亜人も魔族も殺したことはないと。それは、これからもそうだと言えるか?」
「はあ? 何なんだよ、その質問は。あなたは将来、人を殺しますかって聞かれて、はい殺しますとか答えるバカがどこに居るんだよ」
「大切な者を不条理に奪われても、それと同じことが言えるか? 相手を殺さぬと」
「んなわけねーだろ、ってか、実際に俺の親父とおふくろは亜人に殺されたし、いつかその亜人をぶっ殺してやるとは思ってるよ。まあ、結局は何度も泣くまで殴ってボコボコにしてやるぐらいしか、思いつかねーけどな」
「それで気は済むのか?」
「済むかどうかなんて俺が知るかよ。殴っても気が済まねえなら蹴って踏み潰し。それはそれでカタはつけるさ。そいつが後悔して罪を感じるまでな」

 何なんだ、この問答は? 俺は今、何を聞かれてるんだ?
 いや、それどころか、何だ? 
 まるで、時が止まったかのように、誰もが俺を見てきやがる。
 宮本も、シンセン組も、ファルガも、ウラも、ムサシもだ。


「最後に聞きたい。おぬしは、両親を殺した亜人だけを罰して満足か? 自分の敵だけを罰するだけで満足か? この世界を変えようとも思わないのか?」


 だから、何なんだよ、この質問は。


「はあ? 意味分かんねえ。自分の敵を罰するだけで満足? 自分の敵こそ俺の倒すべき本当の敵じゃねえかよ! 何でそれ以外の奴まで俺が相手にしなきゃいけねーんだよ!」 


 自分以外の敵を罰したけりゃ裁判官かケーサツにでもなるんだな。
 つーか、マジで何が起こった?

「そうか…………」

 いや、ちょっと待てよ? これってよく見たら隙だらけだ!

「ふわふわ不意打ちロケットパンチ!」
「ッッッ~!」

 イーサムの反応が鈍い。俺の左手のロケットパンチをまた顎に直撃した。

「お、おお」
「なんと!」
「ちょ、ヴェルト殿、待つでござる!」

 動きもなんだかキレがない。何かを戸惑っているような…………いや、気にしている場合か、チャンスだ!

「いくぞ、イーサム! とことん、やってやるよ!」

 その時、飛びかかる俺に対して、イーサムはどこか火の消えた老人のような目で俺たちを見ていた。

「なるほどのう。ワシらが見ることの出来なかった光景をどうしておぬしがアッサリと作り出せたのか…………少し分かった気がするわい」

 その一言だけ、つぶやき、次の瞬間イーサムは天地が裂けるほどの巨大な声を上げた。


「全軍に告ぐ! これまでじゃあ! 帰国する!」


 それは、大気を揺るがすほどの雄叫びだが、その瞬間、国を覆っていた阿鼻叫喚が一瞬で消え去った。


「この戦はもう、ここまでじゃ!」


 その迫力は、イキった俺や、これを目的としていたムサシが思わず腰を抜かして座り込んでしまうほどの衝撃だった。

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第35話 世界に轟かせる

 軍の大将の撤退命令は、いかなる戦況においても、戦争そのものの終結を意味する。
 つまりこの瞬間、地獄のような光景は終わり、俺たちが勝ったことを意味する…………ってことでいいのか?

「何をボサッとしているんですか!」

 その時、ずっと静観していた一番隊組長のソルシ・オウキが馬に跨り、自身の隊員たちに告げる。

「局長の命令が下されました! 直ちに僕たちは街中に散らばる隊に撤退の連絡を。シロム国の軍部や他国の援軍が動き出す前に撤退します」
「おうよ! 今すぐ止めに行くぞ!」
「オラ、テメェらいつまでゲスいことしてんだ、さっさと持ってるもん置いて命令に従え」

 その時、一番隊の行動は早かった。まるで、「その命令」をずっと待っていたかのように速やかに動き、局長イーサムの言葉を全軍に広めていった。

「ソルシ組長…………」
「ムサシ、よく止めてくれたね、局長を。後は僕たちに任せて」
「っ、まさか、組長は!」
「いや、僕たちは止めなかったよ。局長と参謀の考えは分からなくもなかったから。でもね、シンセン組が汚されていくのは、やはり身を斬られるような思いだったよ」

 一番隊組長のソルシは労うようにムサシの肩を叩いて微笑んだ。
 この場に居た他の隊員たちも、ムサシに対して笑みを送っている。
 よくやった。後は任せろと、笑っている。

「なるほどな。喜んで蹂躙する奴らも居れば、苦しんでいる奴らも居たわけか」

 ただ、こいつらはムサシほどバカにはなれなかった。それだけのことだ。
 その代わり、一度局長から蹂躙行為を止める命令が下されれば誰よりも早くに駆け出す。そういうことだ。
 まあ、今となっては俺にはどうでもいいことだけどな。

「君の勝ちじゃ、朝倉くん」
「宮本」

 今度は、俺を労うように、宮本が俺の肩を叩いた。
 俺の勝ち。そう言われると、なんだかすごい脱力感と、今になって緊張がバクバクしだし、同時にとてつもない激痛が俺を襲った。

「ぐおおおおおお、い、いてえ、腕がああああ!」

 そうだった、俺の腕は片方無くなってたんだよ! クソ、マジでイテエ!

「これだけ腕を斬ったり、つけたり、斬ったり、つけたり、まったく君はイカれておるのう」
「おお、い、み、宮本、お、俺の腕は」
「大丈夫じゃ。ワシの回復斬りを使えば元に戻る。イーサムとムサシが無駄なく綺麗に切断したおかげで、余計な神経などは傷ついていないからのう」
「そ、そうか、よ、マジで、良かった」

 激痛で意識が遠のきかける中で、切断された左腕の切り口が熱くなり、徐々に痛覚が和らいでいくのが分かる。
 温かい光だ。

「愚弟、テメェ、またクソ無茶しやがって」
「うおおお、ヴェ、ヴェルト~、ご老人、ヴェルトの腕はつくのであろうな? ううう~、私のヴェルト~」
「おお、ファルガ、ウラ、お疲れだったな。互いにな」

 何だかんだで一人の犠牲もなく俺たち三人はこうして生き残ったわけだ。
 四獅天亜人に対して、これはかなりの快挙と言ってもいいだろう。

「ヴェルト殿。具合はどうでござろうか?」
「おお、ムサシ~、気分はどうだ?」
「色々と、というより、今は何も考えられる気分ではないでござる」
「じゃあ、俺もだ」

 そうだよな。結局俺たちは感情のままに戦い、その結果、とんでもねえことをしちまったかもしれない。
 人間でも、亜人でも、確実に歴史が変わってしまうようなことを俺たちはしでかしたかもしれない。
 まあ、今となっては後悔はてねーけどな。

「朝倉くん」
「なんだ、宮本」
「君は前より丸くはなったけど、凶暴的な目も、何だかいつの間にか回りに人が集まるところも…………本当に君は変わっていないね」

 その時、俺にそう言った宮本の表情に見覚えがあった。
 それは、遥か昔、前世での記憶だ。

「うん、お見事で、うん、お見事だった。すごくお見事じゃった」

 なんか俺たちは笑っていた。

「クハハハハハハハハハハハハハハ! なんだそりゃ!」
「ふふ、くくく、あははははははは」

 多分俺たちは同じことを思い出しているのかもしれない。
 俺はヴェルト・ジーハという人間で、宮本はバルナンド・ガッバーナという亜人。
 でも、俺たちは紛れもなく、朝倉リューマと宮本という時代を過ごしていたんだ。

「大ジジ…………ヴェルト殿」
「愚弟」
「ヴェルト…………?」

 みんな、分からないだろうが、今だけは勘弁してくれ。 
 俺は、この瞬間のために戦ったんだから。


「よくも邪魔をしてくれたのう。じゃが、うん、あれだ、うん、だけど、止めてくれてありがとうと言うべきなのかもしれんのう」

「そうか。こんな俺も少しは何かをできたみたいだな。鮫島の時は何も出来なかったから」

「そうでもないと思うぞ? 鮫島くんは魔王として生きたのなら、魔族として今のワシと同じように複雑な思いだったはずじゃ。それを、自分の娘をかつての旧友とはいえ人間である君に預け、そしてその娘は君をとても慕っている。鮫島くんは嬉しかったと思うぞ?」

「どーだかな。死んだやつがどう思っていたかは誰にも分からねえよ。転生しようがどうしようが、やっぱり死んだらそれまでなんだからな」

「そうかな? ワシには何となく、鮫島くんの気持ちは理解できるがのう」


 宮本が言った、「ありがとう」の言葉。俺の起こした行動がどうなるかは分からない。
 ただ、それでも今は救われたと言った。
 そう言われると、俺がこの五年間抱いていたシコリも、何となく軽くなった気がした。

「朝倉くん」
「ああ?」
「君は、これまで「誰」と再会した?」

 突然の宮本の言葉。その「誰」というのは、俺たちだけしかわからない奴らのことだ。

「鮫島と…………小早川……先生だ」
「えっ…………せ、先生?」
「ああ。先生は、エルファーシア王国で家族と一緒にラーメン屋やっている。再会したのは五年前。身寄りのねえ、俺とウラを引き取って、ついこの間まで一緒に暮らしていた」
「っ、そ、そうか、小早川先生か…………懐かしいのう」

 次は俺の番だ。俺は聞かれた質問をそのまま返した。

「お前は、誰と再会した?」

 その問に、宮本は遠くを見るような目で答えた。

「綾瀬さんと、加賀美くんじゃ」
「…………! ああ、あの仕切り屋女と、チャラ男か」
「ふっ、酷い言いようじゃな」
「でも、そうか。その二人か」
「…………神乃さんじゃなくてガッカリかのう?」
「ばっ! な、なんでお前まで! 鮫島といい先生といい、何でお前ら知ってるんだよ!」
「だって、バレバレじゃったから。それにしても、そうか。この広い世界、転生した時期や種族は違っても、何だかんだでワシらは再会するよう引かれ合っているのかもしれぬな」

 そうか、その二人なら覚えている。そこそこ、関わりがあった奴らだからだ。
 もっとも、どうやら神乃とは会っていないみたいだが。
 しかし、それを指摘されると、何だかスゲー恥ずかしい気持ちになってきた。
 俺って、そんなにバレバレだったのか?

「綾瀬さんとは神族大陸の戦争で再会した。彼女がワシの宮本剣道に反応して、正体に気づき、そして自ら名乗った」
「戦争? ちょっと待て、あいつも戦争に? それは、魔族か?」
「いいや、彼女は人間に転生していたよ。再会したのは二年ぐらい前かのう? ただ、お互いの立場上ゆっくりと話もできなかったし…………もうお互い、昔に戻れぬほど道を進んでおったから」
「綾瀬が…………人間に?」
「人類大連合軍・光の十勇者は知っているね?」
「あ、ああ」
「その一人じゃ」
「なっ、なんだと!」

 光の十勇者。ガキの頃から有名な勇者や、フォルナを始めとする人類最強戦力たちの称号。
 その一人にあの女が?
 だが、それと同時に、宮本の言っている言葉に納得できた。
 立場上ゆっくりと話もできず、既にお互い昔に戻れるような半端な人生ではなかった。

「そうか…………しんどいな…………どいつもこいつも」

 鮫島も、宮本も、そして綾瀬も。
 何だか、自由にこの世界を満喫しているのは、案外俺と先生だけなんじゃねえのか?

「そして、何よりも加賀美くんには気をつけたほうがいい。彼も人間だ。十年前に再会したが…………もう、彼は昔の彼ではない」
「加賀美が? あのバスケ部のチャラ男が何をどう変わったっていうんだ?」
「『ラブ・アンド・マネー』は知ってるかの?」

 ん? 『ラブ・アンド・マネー』ってどこかで聞いたことあるような…………あっ! ジーエルたちの居る、シロムの競売組織。

「彼らの拠点はこのシロムだが、その組織そのものは地下に潜り込んで世界中至るところの闇社会に広がっておる」
「それが、どうしたんだよ?」
「その、『ラブ・アンド・マネー』という組織のボスが、加賀美くんなんじゃ」
「は…………はあッ?」
「彼はもう、亜人も魔族も、人間の命すらもどこまでも軽んじて…………この世界の何かに精神をやられて、すでにもう狂ってしまったのかもしれないのう」

 今のはかなり俺自身もショックだった。
 いや、綾瀬が人類大連合軍に居るっていうのも、驚いたが、加賀美のこともだ。

「ワシの本当の目的は今日ここで彼を始末することじゃった。しかし、既に逃げられたという情報が入った…………」
「加賀美が…………うそだろ? あのお調子者の軽口野郎が」

 狂ってしまった。いや、間違ってないかもしれない。
 この世界、命の価値が軽すぎる。ほんの少しの運次第でいつ死ぬかも分からない。
 この国だってそうだ。何かが欠落して、それが悲劇を生み出した。
 確かに、転生して記憶が戻って、それでいきなりこの世界の悲惨さばかりを目にしていたら、精神が壊れてしまっても仕方ないかもしれない。
 俺たちは、あんな平和ボケした日本の高校生だったから。

「本当に俺は運が良かったんだな」

 心の底から俺はそう思った。
 しかし、だからこそ不安になる。
 それは、変わってしまったのが加賀美だけじゃないかもしれないからだ。
 いや、宮本も、綾瀬も、鮫島だって、戻れない道を進んでいる。

 だからこそ、「あいつ」まで、変わってしまっていないだろうか? 途端に俺の心は不安に襲われた。
 すると、その時だった。


「おー、そうじゃった、そうじゃった! 忘れておった!」


 俺の沈んだ空気を壊すように、豪快なジジイの声が割って入ってきた。
 イーサムだ。ようやく全裸から、羽織と袴に似せた服を纏って身支度を整えたイーサム。その腰には巨大な刀。


「撤退する前に、ちゃんと今回の落とし前をつけておかんとな。のう、ヴェルトとやら」


 ゲッ…………うやむやになって、そのままバイバイだと思っていたのに、なんかスゲー怖い顔で近づいてくるんだけど。
 落とし前って言われても、何をされるんだ? 
 さすがにもう腕を切り落とされることはねえだろうが、こいつの程度が分からねえから、判断に困る。

「クソジジイが」
「ヴェルトに近づくな!」
「局長、お、落とし前とはいかなることでござるか!」

 咄嗟に俺の前に立つ、ファルガ、ウラ、ムサシ。
 だが、その瞬間、イーサムは俺たちを見て、機嫌良さそうに笑った。

「ガーハッハッハッハ、いいのー、仲が良くて。しかし、そんな早とちりすることはないぞ? 危害は加えぬ。危害はな」

 じゃあ、何をやる気だ? 随分怖い。
 すると、機嫌良さそうに笑ったかと思えば、イーサムは途端に厳しい顔を見せた。

「ムサーシ!」
「は、はは!」
「まずは、おぬしの落とし前じゃ」

 ムサシに対する厳しい言葉。
 ムサシ自身もどこか覚悟を決めていたのか、拳を強く握り締めながら頭を下げた。

「ムサシ、それにしても、おぬしも真面目一直線だったが、随分と大胆なことをしたのう」
「はい」
「ただ、おぬしは誇りを重んじるばかりに、自身が傷つく覚悟、その手を血に染める覚悟はあったが、誇りが汚れる覚悟はなかった。戦は所詮は勝ってなんぼの世界じゃ。誇りに囚われるあまりに大事な物を失うこともまた愚かしいことじゃ」

 親が子を、師が生徒を導くように、丁寧に語りかけるイーサム。
 ムサシはその一言一句に対して、ただ、頭を下げたまま頷くばかりだった。

「軍の、そして組織の長としてやはりそのような個を放置するわけにはゆかぬ」
「はい」
「だがな、ムサシよ。幼い頃からおぬしを見続けたただのジジイとしては、シンセン組よりも、おぬしこそがワシにとっては誇らしいと思うぞ」
「ッ、は、………はい………もったいなきお言葉」

 震えるムサシの表情は伺えない。だが、顔を見なくても分かる。
 泣いているのか?
 それは、もう次の瞬間、イーサムの口から出る言葉を理解しているからだろう。


「ムサシよ。おぬしを今日限りでシンセン組より永久追放する。今後、シンセン組を名乗ることは決して許さぬ!」


 分かっていたことだ。それでもやったんだ。後悔はしていないだろう。
 だが、それでもやはり現実を突きつけられると、こみ上げてくるものがあるのか、ムサシは声を出さずに、ただ、泣いていた。


「ムサシよ。本来なら上官に斬りかかったおぬしはセプークに値する。これはワシの最大限の譲歩だと思うことじゃ。しかし、だからと言って、間違っても己自身で命を絶つことは許さんぞ」


 ただ、土下座をしたまま、ムサシは顔を上げなかった。
 自分の祖父が作り、両親が愛し、ムサシ自身の全てでもあったシンセン組。
 その誇りを守るために、自身がシンセン組を追放されることになった。
 俺が巻き込んだとはいえ、俺自身も少しだけ心が痛まなくもなかった。

「さてと、ヴェルトと言ったな」
「えっ?」
「次はおぬしの番だ」

 あっ、やっぱりそこは覚えてるわけね。
 でも、俺に何をする気だ? 

「ヴェルトよ。おぬしは、戦争に対する理解がまるでなかった。察するに、戦う力や度胸がありながら、これから先も戦争に参加せず、英雄への道も進まず、この世界の流れも静観するということで間違いないか?」

 また始まった。さっきからこのジジイは俺に何を言わせたいんだ。

「戦争? 参加するわきゃねーだろ、危ねーし。つーか、どいつもこいつも戦争を神聖化するのはいいが、参加しねーやつをイチイチ見下してんじゃねえよ、うっとおしい」

 俺自身の正直な感想を言ってやった。さあ、本音を言ってやったぞ。何か文句あんのか?
 すると、イーサムはまた、

「ガーハッハッハッハッハ、聞いたかバルよ! こやつ、こんなアホヅラで、悠久の時より繰り広げられる戦国の伝説を、アッサリ小馬鹿にしおったぞい! ガーハッハッハッ!」

 なんか、また豪快に機嫌良さそうに笑った。
 何なんだよ。こいつはどういうポイントで怒って、どういうポイントで爆笑するんだよ。

「いや、悪くないぞ、小僧。何故なら、おぬしは戦争を馬鹿にすることのできる資格があるからじゃ」
「はあ? 別に資格なんてねーよ。俺はただ、俺が戦争に参加したくねーって思ってるだけだ」
「いいや。戦争で死ぬのはアホらしいと考えている時点で、馬鹿にしておる。そして、おぬしには確かに資格がある」

 資格? 何でだ? 何で戦争にも参加したことのねえ俺が、そんな資格を持っているんだ?

「のう、ヴェルトよ。なぜ、この世界は戦争を続けていると思う?}
「今度は歴史の授業かよ! シラネーヨ、神族大陸の縄張り争いとか、あとは仲が悪いからじゃねえの?」
「ガーハッハッハッ! 大正解じゃ!」

 当たったよ。つか、ファルガやウラどころか、ムサシも、もはや何が何だか分からないといった様子で呆けている。

「もちろん、過去のしがらみ、政治、種族間の問題、利権、恐怖、大義、正義、信念、野望、単純な戦好きとか一言では語り尽くせぬ理由があるが、極論してしまえば、異種族同士で仲が悪いということに尽きる。結局は過去も水に流せず、平和的に話し合うことも、問題を打開することもできずに、最後は血を流す選択しかない。だから争いは続いている」

 ああ、その通りだ。結局は互いに分かり合えないもの同士だから、戦争は終わらない。
 終わらせるには、三つに分かれた種族のうち、二つが滅ぶしか道はないだろう。

「仲が悪い。それだけで終わらぬ戦を続けている連中が、アホらしいじゃろ、ヴェルト」
「はあ? 何でだよ! 俺は一言もそんなこと言ってねーよ!」
「いいや、思えるはずじゃ。何の疑問もなく、人間、魔族、亜人という異なる種族と手を取り合うおぬしからすれば、今の世界は阿呆にしか見えんじゃろう!」

 ………?

「あ………!」

 そーいやー、意識したことなかった。

「そっか、あ~、そういえば、ムサシ! お前って亜人だよ! 途中から、宮本の孫っていうことしか頭になかったよ!」
「な、何を今更申すか、ヴェルト殿!」

 そうだった。言われてみれば、今この瞬間は、この世の三種族が揃ってんだよ。
 俺たちは互いに見合い、何だか「今気づいた」と同じ顔をしていた。

「ムサシよ。人間は薄汚いとか言っていたおぬしも、ヴェルトに対してそんな考え、忘れておっただろう?」
「それは、その、た、確かに」
「魔族の娘よ。おぬしはもー、人間だろうとヴェルトにゾッコンじゃろう?」
「むっ、い、今更何を。五年も前から私とヴェルトは、ラ、らぶらぶだ」
「槍使いの男よ。おぬしはそんな怖い顔をしながら、ヴェルトを家族のように大切にしているだろう」
「愚弟だ」

 一人一人に確かめるように尋ねるイーサム。何だか照れ臭かった。
 別に、こいつらと出会ったのは偶然だと思うけど。

「ヴェルトよ。おぬしは自覚しとらんじゃろうが、この三人は偶然ではなく、おぬしが居たからこそ集まったのじゃ。そして、気づいた頃には種族の壁というものなど忘れてしまう。何故か分かるか?」
「知らねーよ、人徳とかカリスマとか言うんじゃねーだろうな? 寒いぞ?」
「何故おぬしの回りに集まるか。それは、おぬしが種族というものに執着がないからじゃよ」

 いや、執着がねーんじゃなくて、良く分かってねーだけなんだが。

「まるで茶番じゃ。伝説が茶番にすら感じる。こんな何でも無さそうな小僧が、誰も越えられなかった種族の壁をのう」
「おい、貶すのかベタ褒めすんのか、どっちかにしろ! つーか、お前はさっきから何が言いてーんだよ」

 まどろっこしすぎる。俺に落とし前つけるとか言って、結局俺に何をさせてーんだ?

「変わらずにいろ! これから先、何があろうと今のお前のまま世界を渡れ!」
「………はっ?」
「これから先、何を見ようと、何を感じようとも、今の貴様のまま変わらずにいろ。もし、貴様が世界を渡り、ありふれた人間のように変わったのなら、その時は死を持って償え!」

 め………め………

「め、メチャクチャにも程があんだろうが! 変わらずにいろって、何で俺がどうなるかをテメエに決められなきゃなんねーんだよ!」
「黙れ! 今殺さないでやるだけありがたいと思え!」
「こ、この、て、テメェ………」
「ムサシ! おぬしは監視役じゃ! 監視役としてヴェルトたちと今後行動するのじゃ!」
「えっ、えええ! ちょっと待てジジイ、なんでこいつも!」
「おぬしがヴェルトは変わったと感じたら斬り捨てろ! 拒否は許さぬ!」

 おいおいおいおい、ムサシも唖然としてんじゃねえかよ。
 ファルガは頭を抱え、ウラは絶句してやがる。

「くく、なるほどのう。イーサムよ。おぬしは、新たな景色に懸けたか」

 でー、おいおい、宮本! テメエは何を一人だけ状況を理解した的にほくそ笑んでるんだよ!
 つーか、ムサシはお前の孫娘だろうが!


「分かったのう。武運を祈るぞ。今度会った時も変わっとらんかったら、褒美でワシの娘を嫁にくれてやる」


 そう言って、言いたい放題勝手なことを言ったイーサムは俺たちに背を向けた。
 って、そんなもん納得できるか。

「ふざけんじゃねえ! 大体、変わるとか変わらないとか、テメエはそもそも俺の何を知って言ってるんだよ!」
「おい、クソ亜人は連れて帰れ」
「というより、何故そのような流れになる! 理由を言わぬか! って、嫁とは何だ、嫁とは! サラッと私の前で何を言う!」
「局長! 拙者のこれは一体どういう流れでこうなったでござるか? 大ジジも何を笑っておるか!」

 俺たちは腹の奥底からイーサムに向けて罵声を浴びせてやったが、どこ吹く風。
 まったくピクリとも反応しなかった。
 それどころか、

「あっ、ヴェルトよ。ちなみに、おぬしに言っておくことがある」
「今度は何だコラァ!」
「ワシはこれからシンセン組を引き連れて、『撤退』する。それの意味を重々理解することじゃ」

 撤退の意味? そもそもあんたの気まぐれじゃねーのかよ。

「国に帰ったワシは当然報告せねばならぬ。シロム国の完全壊滅を目前としながらも、撤退せねばならなくなった。その報は、瞬く間に種族を問わず全世界中に広まるであろう。ワシのような超有名人の戦は尚更のう」
「だ、だから、それがどうしたんだよ」
「つまりじゃ。四獅天亜人のイーサムを撤退させた。その偉業を成し遂げたおぬしら四人組の存在は、明日にでも全世界に広まることになるじゃろう」

 ………!

「「「「はあああああああああああ?」」」」

 えっ………はっ? う、うそだろ?


「全世界より注目を集めながらも、それでも変わらぬ貴様らであり続けよ! ではのっ!」


 最後の最後に大爆弾を放り投げて、四獅天亜人のイーサムはシンセン組と共に姿を消した。
 宮本も最後に、「孫娘をよろしく」とだけサラっと言い残して消えやがった。

 結局、シロム国の城下町はほぼ崩壊し奴隷もほとんど解放されてしまったものの、国の滅亡とまではいかなかった。

 競売組織がその後どうなったのかは知らない。
 ジーエルたちと会わないまま、俺たちは速攻でシロムから逃げるように離れたからだ。
 加賀美のことも謎のままだったが、俺はもうそのことは忘れることにした。

 とにかく色んなことがありすぎて、うん、………今日はちょっと疲れた………

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第36話 名を上げる

 イーサムとの戦いで、正直何度も死にかけて、いつも以上に魔力を振り絞ったために全身がヤバイぐらいに悲鳴を上げている。
 ボロッちい穴だらけのカーテンの隙間から日の光が射し込んで、もう朝なのかと気が重い。
 本当はいつも早起きが習慣として身に付いている俺とウラも、今日ばかりはダラダラとベッドの中で過ごしたいと思っていた。
 だが、

「殿との! 朝でござる。朝食も既に御用意できているでござる!」

 なんでこいつはこんなに元気なのか分からないが、虎娘が勢いよくカーテンを開けて俺たちを無理矢理起こした。

「ちょ、ま、待て、ムサシ」
「さあ、殿。いつまでも寝ていては困るでござる。朝は一日の始まり、その始まりを疎かにすることは怠惰な道への始まりとなります。さあ、起きてください、殿!」
「う~ぬ~」
「ウラ殿も早く起きられよ。ファルガ殿など既に朝の鍛錬のために外で槍を振っているでござるよ?」
「あんな、戦闘狂と一緒にするな! というより、もう少し寝かせろ」
「なりませぬ! ささ、無駄な抵抗はやめられよ」

 おかしい。ついこの間まで死んだように塞ぎ込んでいたムサシが、イキイキとしだした。
 正直、ウザイぐらいに構ってくる。
 やはりあれか? 捨てられた虎猫を同情で拾ってやったのがダメだったか?
 シンセン組を追放されて途方に暮れてたこいつを、宮本の孫娘という手前放置することも出来ずに構ってやった結果、何だかこいつはいきなり俺のことを「殿との」とか言いだしやがった。

「あのな~、ムサシ。殿はやめろ。なんか、スゲー恥ずかしいぞ」
「いいえ、人の身でありながらも我らシンセン組の誇りを守るために命を懸けて戦い、あの四獅天亜人のイーサム様にまで臆せずに立ち向かった勇気。この、ムサシ、種族の壁を越えて、殿に感服いたしました」
「いや、おめーらも一緒に戦ったじゃねえかよ」
「あまつさえ、途方に暮れて同種族からも追放され、自害するしか道の無かった拙者に手を差しのばしてくださった。この、ムサシ! この恩義は一生忘れませぬ! この刃と心を捧げ、生涯を殿と共に歩むことを許されよ!」

 おかしい。こいつってアレか? かなり思いこみの激しい天然か?
 俺の気まぐれに対して、そこまで目を輝かせて一生を捧げられても、正直困る。

「ささ、殿、お召し物を御用意致します」
「あ~、分かったよ。ほれ、着替えるから外に出ていろ」
「なりませぬ! 殿の手を煩わせるわけにはまいりませぬ! 僭越ながら、拙者がやらせていただきまする!」
「はっ?」

 寝ぼけた俺の頭が一瞬で覚醒した。
 ムサシはいきなり何の躊躇いもなく、俺の衣服を脱がし始めた。
 ちょっ、

「貴様!」

 ちょっと待てよと俺が言う前に、隣のベッドで寝ていた眠り姫が覚醒した。

「虎娘。貴様、私の目の前でヴェルトに何をしている!」
「はっ! お召し物をお取り替えしようとした次第でございまする!」
「何故、貴様がそんなことをする必要がある。ヴェルトの裸を見て良いのは、家族だけだ!」
「何を申される! 拙者の武士の誓いとしていついかなる時も殿のお側にお仕えする身。いかに奥方殿といえども、その役目を放棄するわけにはゆかぬでござる!」
「え、エッチなことはダメに決まってるだろ! 大体、お前だって年頃の亜人なんだ! ヴェルトを見て発情したらどうするつもりだ!」

 やべえ、フォルナとウラの喧嘩よりもメンドくせえ。
 何が一番メンドくさいかというと、ムサシは全部大まじめというところだ。
 なんかこー、使命感的な想いが溢れて、想いが重い。
 床板が、ギシギシいって、今にも穴が空きそうだ。

「おい、クソ共。天井が揺れてクソうるせえ。何を騒いでやがる」

 ギギギと音のする壊れかけのドアをゆっくり開けて、朝の鍛錬を終えた上半身裸のファルガが汗を拭きながら部屋に戻ってきた。
 戻った直後の、女同士のキャットファイトを目にして、何だかかなりため息をはいていた。

「クソくだらねえ。盛りのついた異形種共が。たかが数年か数日愚弟と過ごした程度で、テメエの所有物扱いか? ウザッてえ」

 いや、おま、それ言い過ぎ。

「ファルガ、お前もお前だ! そもそもこの旅は私とヴェルトの二人旅だったんだぞ! ここで、こー、あの女と決定的な差をつけて、高まる二人の愛で一つになって、イチャイチャして、エルファーシア王国ではメルマさんやハナビたちが家に居たために出来なかったことをいっぱいしようと思っていたのに! 五年間も我慢したのだぞ!」

「拙者は殿と出会うまで、小さな世界しか見ていなかったでござる。そんな拙者に広く深い世界を見せてくださり、誇りと拙者の命をお救い下さった殿への忠義は、色恋に劣るほどの弱さではないと自負しているでござる! 過ごした時間など関係ないでござる!」

「クソバカだな、クソ共。そもそも愚弟が伴侶にするのは俺の愚妹だと十年前から国家の方針で決まってんだよ。それを愚妹がいないことを良いことに、品のねえメス猿どもが、身の程をわきまえずに、キーキー鳴くな」

 こいつら、どんだけ俺のこと好きなんだよ。
 てか、ジャレ合ってるのか? こいつらは。

「アホらしい。付き合ってらんねー。俺は寝るぞ。宿をぶっ壊すなよな」

 結局二度寝した俺が次に起きた頃には、縄でぐるぐる巻きにされて正座しているウラとムサシが、「おのれ」「不覚」と悔しそうに泣いていた。
 ファルガの一人勝ちのようだ。
 俺たちが朝飯兼昼食を口にできたのは、既に日が真上に登った頃だった。

 昨日のうちにシロムから北へと爆走した俺たちは、山岳地帯の麓にある小さな村にたどり着き、安宿の狭い部屋を借りて雑魚寝していた。
 魔族や亜人という異種族が帯同しているが、シロム国の近くということもあり、奴隷を帯同されていると思ったのか村人もそれほど過剰な反応は見せなかった。
 むしろ、俺とファルガを見て、「なかなかいい奴隷連れてるじゃねーの、具合はどうだ?」などとゲスな笑みを浮かべてきたが、面倒なので無視した。

「見ろ、シロム国について記事が載っているぞ」
「へ~、あのジジイの言った通りだったな。見せてみろよ。俺たちについてはどう書いてる?」

 ブランチの目玉焼きとカリカリベーコンをベランダで頬張りながら、俺はファルガに渡された朝刊の一面を開いた。
 そこにはデカデカとシロム国が亜人に強襲されたことが書かれており、さらに四獅天亜人のイーサムの名が、事の深刻さを余計に際立たせていた。

「ほお。四獅天亜人のイーサム率いるシンセン組の強襲により、シロム国商業地区及び港町に大損害。一方で、シンセン組はシロム国軍以外とも交戦し、王都壊滅目前に撤退。生存者からの情報では謎の四人組がイーサムを撤退させたとのことだが、真偽は定かではない。ん、これだけか?」

 だが、実際に新聞を読んでみて、俺は少しだけガッカリした。 
 それは、イーサムが俺たちの名前がすぐに世界中に広まるだろうと言っていた割には、新聞には俺たちの名前も詳細も一切書かれていなかったからだ。 

「ふむ、私たちのことは特に書かれていないな」
「まあ、そうでござろう。イーサム様の思惑がどうであれ、亜人族側が情報を公にしなかったのでござろう」

 俺的には少しドキドキしていたのに、どういうことだ?

「殿、考えてみてください。これだけ戦乱の世が続く中、あの四獅天亜人を撤退させる力を持った、世界が知らぬ英雄がまだ存在したということが明るみになることで、亜人の誰が喜ぶでござる?」

 確かに言われてみりゃそうだ。
 亜人側がこれで俺やファルガの存在を公にすれば、それは人間側にとっては希望になるが、亜人側にとっては四獅天亜人という絶対的な称号の格を落とすことに繋がり、それは亜人側にとって大きな不安を生むことになる。
 シンセン組創設者の孫娘であるムサシが裏切ったことや、さらに、亡国の魔族の姫が生存したことが知られれば、人間だけでなく魔族にとってもこれ以上ない朗報となる。
 つまり、俺たちの存在を明るみにさせることは亜人側には何のメリットもないということだ。
 シロムの連中に俺たちの存在を知られなかった以上、謎の英雄は謎のままの方がいい。そういうことだ。

「なーんだよ。ちょっとガッカリだな。自分から売名するのは嫌だが、自然と名が轟くことは楽しみだったのによ」

 俺は新聞を放り投げて、椅子の背もたれに寄りかかった。
 自分からシロムでイーサムを撤退させたのは俺ですなんて名乗り出るのは恥みたいなもんだったが、人知れずに名が売れることはまったく期待していなかったと言えば嘘になる。
 ちょっとガッカリした気分だった。

「意外だな、愚弟」
「あん?」

 その時、俺の様子を見て、ファルガが珍しそうに訪ねてきた。

「いや、お前は戦争にまるで興味のない男だ。それゆえに、名前が世界に広まることも好まないやつだと思っていたが」
「あっ、それは私も思ったぞ、ヴェルト。お前はそういうのに興味ないやつだと思っていた」

 ああ、そう思われてたのか、俺は。
 確かに、ファルガやウラがそう思うのも無理はないが、俺だって男だ。

「あのなあ、俺は戦争には興味ねえけど、別に平和主義者ってわけじゃねーんだ。こういうのは興味ある無しじゃなくて、不良の本能みたいなもんなんだよ」
「本能? どういうことだ?」
「簡単なことさ。頭が悪くて、人に好かれる才能もねえ。人に誇れるのは喧嘩の腕ぐらい。そんなバカが腕っ節で名前を上げて人に認められる。それが人生の生きがいで全てでもある。そういう時代が俺にもあった」
「そういう時代? あったか? お前に、そんな時代」
「まあな。それこそ中学時代~あ~、とにかく昔の誰からも認められなかった時代は喧嘩に明け暮れて自分を認めさせることだけを生きがいにした時代があった。まあ、今じゃあ自分から貪るようにそんなことをする気はなくなったけどな」

 やべえやべえ。五歳の頃から会ってるファルガからすれば、「いつの時代にそんなことあった?」と思われても仕方がない。
 ウラですら十歳の頃から俺と出会ってるわけだしな。
 にしても、言っていて俺自身の懐かしくなった。
 中学時代。それこそ今のヴェルト・ジーハと同じ歳の頃だ。
 あの頃は本当に、自分よりツエー奴は許せねえ。最強になって全員に俺を認めさせるとか、痛いことをしてたな。
 喧嘩の腕を認められるのなんか、ガキの時だけの話だっていうのによ。

「なら、なぜだ? 自分から貪るように名を上げる気もなくなったのに、何故、名が上がることを期待したんだ?」
「大した理由じゃねえよ。ただ、不良は何年たっても、痛い中二病を再発することができるってことだ。そんな俺としては、名前が売れて有名になるのは悪い気分じゃねえってことだ」

 ようするに、自分が認められることは悪い気はしないってことだ。

「そうか。お前は目立つのがクソ嫌いだと思っていたが」
「くだらねえことでチヤホヤされるのは嫌いだが、誇れることで目立つことはそれほど悪い気もしねえよ。英雄とか勇者とかってのは勘弁だけどな」

 まあ、俺もかなりの俗物だと思いたければそう思えばいい。

「戦争には参加しないが、名を上げるか。まあ、ヴェルトが人気者になるのは面白くないが、ヴェルトが認められるのは悪い気がしないな」
「殿ーっ!分かりますぞ、拙者には殿のお気持ちがよく分かるでござる! そう、自分で名を売り込むのは二流三流のすること。名前を上げることに興味がないなどと申すのは枯れた老人のすること。真の武士は名を語らずにその名を天下に轟かせてこそでござる!」

 いや、天下っていうのはさすがにな~。
 中坊のころ、俺が目指していたのは、狭い街の中でのナンバーワン争いだしな。
 すると、俺の考え方に何かを思ったのか、ファルガは少しだけ笑みを浮かべた。
 これは、機嫌がいいときのファルガだ。
 すると、

「ならば、愚弟。少し名を轟かせてみるか?」
「はっ?」
「テメェがこの旅で、何を探しているのかは未だによく分からねえが、少なくとも誰かを探すならテメェの名前が有名になることは悪い事じゃねえ」

 どういうことだ? そう思った俺の前に、新聞のページをめくったファルガが、ある一面を俺に見せた。


「あ~、なになに~、シロム国の競売組織より、競売予定だった、『カラクリドラゴン』? が、廃墟の街より発見されず、北の山岳地区へ飛び立ったという目撃情報も~って、なに?」


 何だそりゃ? 初めて聞いたぞ、そんなドラゴン。
 ドラゴンだから一応、亜人に分類されるのか? でも、ムサシも首を横に振って知らなそうだ。

「俺もクソ少ない噂しか聞いたことがない。それは、魔の力で作られたのか、亜人の御神体か、それとも人工的に生み出されたのかは一切不明。しかし、全身を物質で作られたドラゴンが、過去に神族大陸でも数頭確認されたそうだ」
「全身を物質で? そんなもん、機械~いや、だからカラクリか? んなもん、本当に存在するのかよ」
「ハンターの中で、特にドラゴンスレイヤーの間では、宝石竜種や竜王種と並ぶレア度だ。正直俺もクソ興味がある」

 シロム国の北の山岳地区か。うん、ここだな。
 そうか! それで機嫌が良かったのか、このドラゴンマニアめ!
 なんか、いつもは怖い目で睨んでいるファルガが、やけに目を輝かせている。

「いや、俺は興味が」
「あ゛あ゛?」

 やばい、今のファルガは恐ろしいほど怖い。いつもなら、何だかんだで俺を甘やかしてくれるブラコンなのに、今日はマジだ。
 断ったら、ぶっ飛ばされそうだ。

「ま、まあ、ちょっとだけなら」
「クソあたりめーだ。」
「う~む、しかしドラゴンか~、私もなんか嫌だがな」
「ご安心を! 殿は拙者が守るでござる!」

 しかし、何か胡散臭い名前のドラゴンだが、一応はドラゴンだ。
 四獅天亜人の次の日くらいは、少しマイルドなものにして欲しかった。





 人類大陸には、『ハンターギルド』という組織が存在する。
 実は俺も詳しくは知らないが、ハンターのことを「永遠の冒険者」と呼ぶものも居れば、「取り柄のない奴らの何でも屋」と呼ぶ者も居る。
 その仕事は、怪物や賞金首の討伐や捕獲、遺跡や財宝の発掘や保護、未知なる土地への探査など、職種は様々だ。
 ハンターになるには特に試験などはなく、登録制で誰でもなれることから、ハンターの質も正直ピンからキリだ。
 職に困ったチンピラなども居れば、自由な探求に魅せられた本物の実力者も居る。

 人類大陸の国家に所属する領土内なら、どんな小さな村や里にでも、ハンター専用の換金所や仕事を斡旋する掲示板を兼ねた施設が備わっている。
 大きな都市や街になるにつれて、それが大きな酒場だったり、娯楽施設と併設されていることもある。

 俺たちが今いる『ヨウルミチ村』は人も少なく、景色は綺麗だが周りが山と森と小川に囲まれた不便な村。それゆえ、換金所は掘っ立て小屋のように小さいものだったが、少し様子が変だった。
 
 それは、小さな掘っ立て小屋の前に、武装した旅人風の男や女たちが列を作って並んでいたからだ。

「おいおい、すげー人だな」
「全員がカタギとは思えぬな。それに腕が立つ者もチラホラ居る。ハンターか?」
「ほほう、彼らがハンター。これまで人攫いの商業ギルドしか見たことなかったでござるが、なるほど。これがハンターというわけでござるな」

 のどかな村で人もそんなに居ないと思っていたのに、余所者がやけに多い。
 それにしても、巨大な大剣とか、弓とか、大斧とか、それっぽい武器をいっぱい担いで、こいつらどうしたんだ?

「クソが。どうやら新聞記事に飛び込んだらしいな」
「どういうことだよ、ファルガ」
「俺たちと同じだ。カラクリドラゴンの噂を聞きつけ、クソどもが飛んできたんだろ」
「えっ、マジで? あれって、今朝の朝刊だろ? 俺たちはたまたまこの村に来てたからいいものの」
「ふん、ハンターを侮るな、愚弟。新聞に載ってから動き出すのは、二流三流以前にクソ一般人のやることさ」

 なるほど。チンピラみたいな顔してる奴らもいるが、こいつらも一応はプロなんだな。
 確かに、新聞に載って一般人でも知ってしまうようなニュースを、一般人と同じタイミングで手に入れても仕方がねえ。
 お宝や犯罪者に対する仕事は情報とスピードが命。
 全員、どういうルートでかは知らないが、昨日のうちにカラクリドラゴンがこの近くにいるかもしれないという情報を手に入れて飛んできたわけか。

「おい、愚弟。とりあえずここで待ってろ。道具屋で必要になりそうなもんを買ってくる。順番が来たらハンター登録だけしておけ」

 そう言われて俺たち三人はハンター達の集まりの中にポツンと残されたわけだが、当然浮いている。
 てか、みんな二十代から三十代ぐらいか? 同世代は一人も居ねえ。
 なんか、緊張するな。

「おお? なんだ~? やけに、獣くせえ匂いと、うす汚い魔族の匂いがするな?」
「本当ね? ちょっとやだ、どこから?」

 急にハンターの人ごみがざわつきだした。
 慌ててウラは白い帽子を深く被り、ムサシは編笠を被って、獣や魔族の耳を隠そうとする。ってか、ムサシ、その編笠はいつから持ってた?
 だが、相手はプロ。誤魔化しは………というより、頭隠して尻隠さずなムサシの虎の尻尾のおかげですぐにバレた。

「おい、亜人がいるぞ!」
「本当だ。へえ、おい、坊主の奴隷か? ハンターの仕事で亜人を使うとか、分かってるじゃねえか」
「そうそう、こいつらの嗅覚は人間よりもすぐれてるし、運動能力は人間以上だ。おまけにいざとなったら囮や捨て駒に使えるしな」

 何か、当たり前のような顔で感心された。三十代ぐらいのおっさんたちだろうか?
 そこそこ鍛えられた肉体と、旅慣れていそうに着こなしているジャケットなどを見れば、そこそこのベテランということが分かる。
 ただ、唯一俺が「マジか?」と感じたのは、亜人に対してそういうことを言う奴らの目は腐ってると思ってたけど、特に陰りもない目でそんなことを言われた。
 だから、微妙に反応に戸惑ってしまった。

「あ~、あ~、………可愛いだろ?」
「と、殿ォ!」

 亜人が奴隷だと常識的に思ってる連中に怒っても仕方ねーし、俺はそう言うことにした。
 奴隷ではなくお側仕えであると言いたげなものの、俺に可愛いと言われたために、怒っていいのか喜んでいいのか分からずに、ムサシはただ「う~ん、う~ん」と唸るだけだった。

「はっはっは、何だよ、坊主。その歳で亜人を「そういうこと」にも使ってるんじゃないだろうな?」
「ダメだぜ、男はそんな安易に童貞捨てちゃ。十代二十代のうちは真剣に惚れた女を追いかけて、三十代でも童貞だったら、そんときゃお金払って誰かにお願いしな」
「ところで、見ねーツラだが、お前さんの出身は? 新人か? それでもここに来てるってことは、例のドラゴンが目的か?」

 品のない話になりそうになって、ウラがさらっと俺の腰をつねるが、少し大人しくしていてくれ。メンドクセーから。

「あ~、まあ、ドラゴンが目的だな、一応」
「だよな、分かるぜー、男のロマン。だって、カラクリドラゴンを本当に捕獲できりゃ、死ぬまで使いきれね莫大な金になるって話だからよ」
「何? そんな高いのか? そんなの誰が買うんだよ。シロムのオークションだってしばらく無いだろうしよ」
「坊主、なんも知らねーんだな。カラクリドラゴンなんて、神族大陸のみにしか生息しないと言われている超希少種なんだから、当然だろ? 生息は確認されても捕獲はシロムの競売に流された一頭のみ。正に伝説のドラゴンだよ」
「ふ~ん」
「心配だな~、坊主。なんなら、おっちゃん達と組むか? 報酬は山分けしたって構わねえ。どうせ、捕獲できたら、金だけは腐る程余るからよ」
「いや、そういうのは俺たちの大将に聞かねーとな」

 なるほど、そりゃーハンターが群がるわけか。

「ちなみに、いくらぐらいになるんだ?」
「ん~、シロムでの最低落札価格は五十億に設定する予定だったって話だ」
「はあああああああああああああ? マジかよ、桁のレベルが全然違ェ!」

 というか、あんまカネカネ俺も言う気はなかったが、それぐらいの額になるとやる気が出るよな。
 五十億って、そんなもん使い道を考えるだけでも時間がかかる。
 お姫様だったウラですら卒倒する金額だ。てか、戦争している世界でそんな金をどっから用意してんだ?

「おお、お前はバウンティングハンターのライポーじゃねえか! 俺たちと組もうぜ!」
「お前、いいガタイしてんじゃねえか、どうだウチらと。ウチらのチームには探索魔法使いのサーチが居るんだぜ?」
「ちょっ、あそこの金髪の巨乳ビキニアーマーの二人組! 妖艶絶技コンビのクリとリスじゃねえか! 欲しい情報もハントも身体使って手に入れる二人組だ。く~、仲間に欲しいぜ」

 それに、よく見たら集まったハンター達はそれぞれバラバラに集まったようだが、何か色々とハンター同士で話し合って交渉しているように見える。
 確かに、一生かかっても使い切れない金が手に入るなら、山分けしても痛くないだろうし、むしろ捕獲の確率も上がる。

「おい、ヴェルト見ろ」
「どうやら他の者たちも徐々に仲間を集めているようでござるな」

 俺たちはどうするか? まあ、腕っ節なら正直問題はないだろう。
 ざっと見る限り、結構な腕前の奴らもチラホラ居るが、俺たち四人よりも劣るだろう。
 だが、探索とかそういう関連になると、その手の魔法は使えないからどうしたものか。

「おい、愚弟、登録は終わったか?」
「ん? いいや、まだだ。買い物は終わったのか? ファルガ」
「ああ。こんなクソ小さな村じゃ手に入るもんも限られるが、最低限のもんはな」

 巨大な布袋とカバンを担いで、買い出しから帰ってきたファルガの名前を何の気にもせずに俺は呼んだのだが、次の瞬間、ハンター達の表情がかたまり、それにつられて他の連中もファルガの姿を見た瞬間ザワつきはじめ、しまいには大声が上がった。


「「「「「ひ、緋色の竜殺し・ファルガ!」」」」」


 おお、ナイスザワザワ。

「おいおいおいおい、あれがあのファルガか!」
「やっぱ、ファルガまで参加すんのかよ」
「まあ、当然だよな」
「マジかよ。こうなったら、あいつと組んで………」
「バカ。ファルガは誰ともパーティーを組まないことで有名だぞ? 断られるに決まってんだろ?」
「お、おい、坊主、てか、お前はファルガの知り合いなのか?」

 ベテラン勢までがスゲエ驚いた顔をしてる。
 やっぱ、ファルガは有名なんだな。まあ、そもそも人類最強ハンターとか言われてるんだから当然か。

「へ~、あんたがあの有名なファルガなの~、本当にラッキ~」
「ねえ~、ファルガ様~、私たちを~、あなたの~、仲間に~、いれて~、ねえ、いれて~」
「そー、そー、いれていれて~、そしたら何でも挿れていいからさ~」
「私たちのコンビネーション~、すごいよ~、もうやみつきになるからさ~、ね~、いいでしょ~」
 
 速い。さっそく、さっきから実は視界でチラチラ気になっていたビキニアーマーの二人組がファルガにしなだれかかった。
 まあ、ぶっちゃけ、今回のドラゴン捕まえるなら、ファルガと組んだほうが絶対に高確率だからな。
 だが、ファルガは顔色一切変えねえ。それどころが、まとわりつく二人の姉ちゃんの顔面を鷲掴みにした。

「失せろ、クソアバズレ共」

 うおおおおおおおお、お、男だあああああ。

「つっ、た、な、何すんのよ!」
「も~、痛いじゃない~。何よ、私たちを仲間に入れたら、すっごいのよ~」

 まあ、確かに仲間に入れたらすごそうだ。
 他のハンターたちもメチャクチャ羨ましそうに見ているからな。
 だが、ファルガはただ舌打ちして、俺たちの背中を蹴った。

「パーティーなら間に合ってる。俺の愚弟と、愚弟の愛人と、愚弟の子分だ」
「ま、待てファルガ! 愛人とは何だ! 勘違いされるだろうが! 愛人ではなく、せ・い・さ・い・だ!」
「ファルガ殿! こ、子分では、子分では安っぽいでござる! 拙者は、拙者は!」

 ギャーギャー騒ぎ出すウラとムサシだが、騒いでいるのはハンターたちも同じだった。

「なっ、ファルガがパーティーを組むだと! そんな話、聞いたこともねえ!」
「ファルガの愚弟だと? そんな奴が、居るのかよ!」
「ちっ、弟? じゃあ、弟を堕とせばいいんじゃないの? 食っちゃお~」
「ふ~ん、歳下の童貞なんて初めて~。やば、燃えてきた~」
「おい、坊主! 頼むから、おっちゃんを仲間に入れてくれよ~!」

 ちょ、ちょ、何かスゲー俺にまで注目と群がりが! 
 おっさんたちがガチな目で俺に懇願するし、何かエロい姉ちゃんが俺の股間をまさぐってくるし、ウラとムサシが蹴散らすし、出発前からすげえ大騒ぎだ。
 こんなに騒がしくなるのは、恐らくこの村始まって以来のことかもしれない。

 だが、その村の騒がしさも、あるたった一言で収まった。


「へ~、それが噂の弟くんなのね、ファルガ」
「な………ッ!」


 若い女の声だった。振り返ったそこに立っていたのは、ある意味ビキニアーマーより異質な格好をした女が居た。
 なんか、朝倉リューマの時代にテレビで見たことあるぞ。
古代ローマ人だかエジプトだかギリシャだかのお姫様が着てそうな服、トーガだっけ?
 すごい薄くて簡単に破けそうで体のラインが丸分かり。だけど、不思議とエロさは感じない。
 いや、それどころかどこか神々しさを感じる。
 
「こんにちは、弟くん。初めまして!」
「あっ、う、おう、ども」

 童顔の可愛らしい顔だが、多分歳は俺より少し上ぐらいだ。十代と二十代の境目、ファルガと同じぐらいか?
 ベージュ色のロングヘアーを頭の後ろで結わえているピンクの巨大リボンが少しガキくさいが、思わず「お姉ちゃん」と言いそうになる不思議な雰囲気を醸し出している。

「おい、ファルガ、この女一体………」

 一体誰だと訪ねようとした瞬間、ファルガが舌打ちした。

「テメェは………『モンスターマスターのクレラン』」
「久しぶり、ファルガ。ここに居たら絶対に会えると思っていたわ。も~、今までどこに居たの?」

 モンスターマスター? クレラン? どっちも初めて聞いたな。
つーか、ファルガにこんな美人な姉ちゃんの知り合いが居たとは思わなかった。
 しかも、あのファルガ相手に頬を膨らませて怒るよう仕草をする女がこの世に居るとは思わなかった。
 だが、普通なら「あれあれファルガさん、僕はこんな人知りませんよ~紹介してください~」とかって、茶化すんだが、そんな気分はしなかった。
 俺はこの女から言いようのない黒い何かを感じたからだ。

「………ここ数年は………故郷に帰ってた」
「え! そうなの? だって、あなたは家族と喧嘩してるって………もう、私心配したんだからね!」
「ちっ、クソうざってえ」
「あっ、そんな汚い言葉を言っちゃいけません! でも、良かった。元気そう!」
 
 このニッコリとした美しく優しい微笑みから感じる、妙な違和感はなんだ?
 どこかで、似たような雰囲気を感じたことがある。

「そうだ、ファルガ。この五年………どう? 素敵な恋人でもできた」

 ちょっと不安そうに上目遣い。あら、可愛い………

「クソくだらねえ」
「ふふふ、もう、変わってないね、でも良かった。そんな人が居たら、ズタズタに引き裂いて肥溜めに捨てていたところだったもん」

 ………ん?

「あっ、それとね、さっきのクリとリスって人たち。あとで解体して脳みそと臓腑をドラゴンの餌にしておくから、安心してね。あんなに他の男の白濁液にまみれた便所女のくせに、ファルガにベタベタするんだもん。私、ちょっと嫉妬してるんだからね」

 あ~、思い出した。
 五年前の俺のトラウマ。
 変態ゆるふわ肉食系将軍・ギャンザと同じ、人間としてどこか大事な感覚が致命的なほどに欠けた女だ。
 もう、衝撃的すぎてウラもムサシも口を半開きで開けている。

 そして、俺は、この時、このメンツで今から狙われるドラゴンが気の毒で仕方がないと思った。




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第37話 みんなで仲良くハンティング

 国境を越えたあたりでの、カラクリドラゴンの目撃情報はない。
 ゆえに、まだドラゴンはこの山中付近に居る可能性が高い。
 金と浪漫に目がくらんだ冒険者たちが、早い者勝ちのように森の中へとなだれ込む。

「おい、占術使って、場所を特定できるか?」
「まずはこの村で猟師をやっているものが居たら、生息している野生動物や魔獣の生態系の情報を入手しようぜ」
「おい、この山の中は高レベルモンスターはいないらしいが、結構広い。捜索範囲と、目印を決めておこうぜ」
「森と山のルートも調べておこうぜ」

 意外だった。全員が手当たり次第というわけではない。
 それぞれのスタイルや作戦があるのか、ハンターたちは各々のやり方でカラクリドラゴンを探そうとしている。
 一方で俺たちは? ファルガは無言のまま先頭を歩くだけで、特に俺たちに指示はない。

「おい、ファルガ、これでいいのかよ?」
「ふん、ああいう魔法はテメェの勘や感覚が身についてねえ奴らが身につける能力だ。俺には必要ねえ」
「いや、そんな感覚的な話をされてもだな~」
「長年経験していけば、ただ森を歩く、落ち着いて呼吸をして天と地を虫や鳥の息遣い一つ一つを感じ取る。それだけで、クソみてえに小さな違和感すら目につくようになる」
「ああ、ダメだこの兄貴、素人に優しくねえ。本能型の天才すぎるわ」

 俺たちも何か作戦を考えた方がいいんじゃないか? すると、ファルガは後ろを振り返らずに淡々と話した。

「カラクリドラゴンの生態はクソ解明されてねえ。ただ、そういうドラゴンを神族大陸で目撃されたという情報だけだ。目撃した連中も余計な戦闘を避けるためにやり過ごしたため、カラクリドラゴンの力がどの程度かも分からねえ。だからこそ、今回のオークションに出品されると聞いたとき、クソ驚いた。誰が、どうやって、いつ、捕獲できたかは分からねえ。正直分からねえことだらけの敵をあれこれ考えても仕方ねえ。テメエの勘を信じて歩くしかねえ」

「つまり、手がかりなしだけど、テキトーに歩いて見つかればラッキーってことか? テメエはそれでもハンターかよ」

 だが、それも仕方ねえ。
 今、改めて俺たちのパーティーを見ると、槍使い、格闘家、剣士というあまりにも攻撃に特化したメンツばかりだ。
 正直、万能な魔法使いでも居てくれれば楽だから、集まってるハンターと協力すりゃいいのに、ファルガは断固として断りやがった。
 まあ、元々群れるのがガキの頃から嫌いな奴ではあったけどな。
 そういうところは、朝倉リューマと似ているかもしれねえな。

「ファルガよ、例のクレランという女はどうなんだ? モンスターマスターと呼んでいたが、居たら相当助かるのではないのか?」
「うむ、少々怖い方でござったが、モンスターマスターとはこの世の動物や魔獣などの言語を全て理解して、時には自分の仲間にする、『生物界の突然変異体』。これまで、魔族や、亜人、人間でも何人か確認されているが、それほど数の居ない貴重な存在でござろう?」

 モンスターマスター。
 俺もよく分からないが、そういう職種というよりも体質を持った者をそういう総称で呼ぶらしい。
 その体質に、種族は関係なく、才能の一つとして備わるもの。
 朝倉リューマの世界で言う、絶対音感みたいなもんかもしれねえ。
 ただし、その能力は訓練で身につけることはできない、先天的に備わるものらしいが。

「あのクソ女には関わるな。まあ、向こうから関わってくるんだろうがな」
「くははは、何だよ、随分とテメエがビビってるじゃねえかよ。何か昔にあったか?」
「あのクソ女は、確かにモンスターマスターではあるが、本質は違う」
「本質?」
「そもそもテメェらは、モンスターマスターってのをクソほども分かってねえ。あれは、ただ動物やモンスターと意思疎通ができるとか仲間にするとか、そういうもんじゃねえ」

 興味本位で聞いてみた。
 すると、


「お姉ちゃんとファルガはね~、まだ駆け出しの頃に出会ったのよ」


 いつの間に! いつの間に俺の肩を組んで歩いている女が居て、柔らかい微笑みを見せていた。

「ッ、クソ女が!」
「ヴェルト!」
「くっ、下郎! 殿から離れるでござる!」

 誰も気づかなかった。
 それゆえ、その姿を見た瞬間、誰もが即座に攻撃動作に移った。
 だが、

「あは! も~、怒っちゃダメなんだからね、ぷん・ぷん♪」

 ファルガの槍が、ウラの拳が、ムサシの剣がクレランを捉えたかと思ったら、その攻撃が全て通り抜けた。

「ちっ」
「な、す、すり抜けた!」
「なっ、お、お化けでござる!」

 気づけば、俺の肩に回す手にも感触がない。この女、実体がねえ?

「うふふ、弟くんの家来さん、すっごくかわいいね。お化けなんてね! それにしてもひどいぞ~、仲間に入れて欲しいのに、無視してどんどん先に行っちゃうんだもん」

 声がした。気配も感じる。見上げると、木の枝に座ってニッコリと微笑んでいるクレランが居た。
 今のは、一体?

「ふふ~ん、不思議そうな顔してるね、弟くん。知りたい? 知りたいでしょ~、仕方ないね、うんうん。お姉ちゃんが教えてあげよう!」

 別に聞いちゃいないが、自分からベラベラ喋ってくれるようなので黙っていた。

「魔虫のミラジュって知ってる? ミラジュは小さく戦闘能力もない最弱クラスの魔虫。でもね、野生においてその生存率は他の魔虫に比べて格段に高い。それは、天敵に襲われそうになったとき、ミラジュは自身の体温を変化させて蜃気楼を起こすことが出来るの」

 学校の先生のように解説しだす、クレランだが、正直それとこれに何の関係が?
 すると、その説明が全て終わる前に、ファルガが飛んでいた。

「クソ死ね」
「も~、ファルガ~、今は弟くんにレクチャー中なんだからね!」

 だが、

「うふふ、ピューっとね!」
「ッ、クソが!」

 次の瞬間、クレランが口から白い何かを吐き出した。

「ファルガ!」
「触るな、ヴェルト!」
「な、なんでござる! 殿、拙者の後ろに!」

 咄嗟に避けるファルガだが、その白い何かが地面に着弾したとき、俺たちは目を疑った。
 それは、巨大な蜘蛛の糸。

「すっごい、反応だね、ファルガ」

 何でこの女は口から蜘蛛の糸を吐き出せるんだよ!


「これも、魔虫の一種なんだけど、エレファントスパイダーって知ってる? 魔族大陸にしか存在しない巨大で凶暴な肉食蜘蛛。人間なんてこ~、パクッて丸飲みしちゃうほど怖いんだよ~。でもね、一番怖いのは、体内から魔力を内蔵した弾力性や伸縮性に優れながらも半端な攻撃では決して切ることのできない糸を作り出すことなの」


 だから、それはいいとして、何でそんなことをあんたが出来るんだよ。
 そう思った瞬間、ファルガがため息をはいて答えた。


「これが、この女の正体だ。モンスターマスターにとって、生物の声が分かるのは、おまけみたいなもんだ。その本質は、食った生物の能力を自分のものにできることだ」


 く、食う?


「食うとは文字通りだ。始末して焼くか、それとも戦闘中に生きたまま喰らいつくか、それともバラバラに解体して料理して食うか、そんなところだ。この世の全てのモンスターの能力や体質をマスターすることができる。だからこそ、モンスターマスターだ」


 食うとは比喩じゃねえ。ましてや、エロイ意味でもねえ。

「ファルガと一緒に居れば、まだまだ食べたことのないモンスターと、い~っぱい出会えるかもしれないからね。以前食べたドラゴン、美味しかったな~」

 正真正銘、食うってことだ。

「ちょっと待て、ファルガよ。モンスターマスターにそんな能力があるなど、私は知らないぞ! モンスターマスターの能力は、動物や魔獣と意志疎通が出来るだけではないのか?」

「そうだ。だが、その能力が知られていない理由は他にある。それは、ほとんどのモンスターマスターは能力を自覚した瞬間、菜食主義者になるからだ」

 菜食主義者? ああ、ベジタリアンのことか。

「テメエは食用でもない魔獣を、ましてや会話をすることも出来る魔獣を食うことが出来るか?」

 た、確かに。
 俺もウラもムサシも心から納得できた。
 そういえば、似たような話をどっかの誰かが言ってたな。
 もし、牛や豚と会話することが出来たら、食べることが出来ますか? とか。

「こいつは食う。動物が泣き叫ぼうが血肉を喰らい、時には臓腑を解体して美味の部分を自分で漁り、平らげる」

「ファルガ、人を異常者みたいに言わないで! それは、自然界の弱肉強食に沿った習わしよ! それに、私はただ、倒した魔獣たちの死を無駄にしないよう、血の一滴から骨の髄まで平らげるのが礼儀と自然の摂理だと思っているだけなんだよ?」

 いや、まあ、残酷な調理法とか食い方をいちいち議論する気はねえ。
 牛乳なんて常に牛を妊娠させてるし、魚の活け作りとか、躍り食いとか、フォアグラの製造方法とか、別に人間はいくらでもやるし、俺も美味しく頂いている。
 問題はそこじゃねえ。
 俺に出来るか? 意志疎通が出来る相手を食うことか?
 多分、無理だ。精神が犯される。
 そりゃあ、モンスターマスターがベジタリアンになる気持ちも分かる。
 それをこの女はやる。

「なるほどな。ポワポワした姉さんかと思ったが、随分とワイルドな姉さんじゃねえか。まあ、それはそれで、イカしてんじゃねえの?」

 まさに文字通りの肉食系。精神を犯されることもなく肉を喰らう。
 ただ、この女は異常者とは微妙に言い難い。
 異常者とは、俺からすれば、動物の泣き叫ぶ悲鳴とか血を見たりするのが単純に好きだと言う様な奴らだ。
 多少の感覚は狂ってるんだろうが、あくまで食うのが目的である以上、それを異常っていうのもどこか違う気がした。
 ギャンザのような思い込みの激しすぎる会話の通じないバカ女とは違う。
 むしろ、随分と豪快な女だなと思えなくもなかった。

「あら」
「おい、愚弟」
「いやいやいやいや、待て待て、ヴェルト」
「とととととと、殿! 何を仰いますか!」

 ん? なんだ? ファルガたちどころか、クレランまで驚いた顔してる。
 何でだ?

「殿は怖くないでござるか! このお方が」
「あ? 別にいいんじゃねえの? どうせ殺すなら食おうが捨てようが、こいつの勝手だろ? まあ、人間とかまで食うって話になったら別だけどな」
「い、いやいやいや、しかし!」
「ベジタリアンになって半端な動物愛護精神振りかざされるより、自分の能力最大限に使って前向きに生きてる方がいいんじゃねえの?」
「そ、それはそうとも言えるでござるが」
「まあ、俺は死んでも身につけたくねえ能力ではあるがな」

 まあ、趣味でハンティングしたり、毛皮作ったりするのと大差ねえ。
 こいつはただ、その動物の声が聞こえるってだけだ
 もっとも、俺にはできねえ、生き方だがな。
 しかもそれを隠す気もなくオープンに生きてる。
 それはそれで悪くねーんじゃねえの?

 いや、違うな。違くはねえけど、多分それだけじゃねえ。
  
「いや、ムサシ。それだけじゃねーかもしれねえな」
「殿?」

 少し前までの俺なら、そんな考えをすることはなかった。
 多分、この女ともっと前に出会ってたら、ソッコーで拒絶していただろう。
 だが、今の俺は微妙に違う。

「この数日、ヒデェ奴隷商人やら蹂躙されるシロムを見て、何度もゲロを吐きそうになったり、実際に吐きまくったりして、俺の感覚も狂ったのかもな」

 おぞましいほどの人間の汚さや、虐殺を繰り広げられる地獄のような光景を見たばかりだと、モンスター食うぐらいなら、いいんじゃね? て思えるようになった。

「まあ、イーサムよりは怖くねーだろうし、ギャンザよりバカじゃなさそうだから、もう、俺はどうでもいいぜ」

 すると、クレランは、ニコニコを通り越して、何だかニンマリとした笑みを浮かべた。

「いいじゃない、弟くん! ファルガがブラコンになる理由が分かるな~、じゃあさ、ファルガにお願いしてよ~、お姉さんを仲間にしてって」

 あ、いや、ちょっと待て。

「いや、どーでもいいってのは、あんたに興味がねえってことで、仲間にする気なんかサラサラねえよ」
「えーっ! なによそれ!」

 ソレとコレとでは話が違う。

「俺もファルガと同じで、そこらへんは何でもかんでも群れるのは嫌いなんでな」
「ちょっ、なによー! 群れるの嫌いって群れてるじゃない!」
「いや、俺も元々一人旅の予定だったけど、色々あったんだよ」
 
 俺のこの返答に頬を膨らませてむくれるクレランだが、ウラたちは安心したのか何度も頷いている。
 いや、そこは俺だって嫌だよ、こんな変な姉さんを仲間に入れるのなんか。
 すると、

「ぶ~、弟くんのイジワル~、ちょっとお姉ちゃん怒っちゃうよ?」
「あ? なんだ、テメェ、怒ったらどうなんだよ」
「内蔵、ちょっとだけ取っちゃおうかな?」

 やる気か? ちょっと顔がマジになってきてる。
 気づけば森の木々が揺れ、鳥たちが慌てて飛び立っている。
 何だか嫌な空気だな。
 だが、喧嘩売った身としては、あんま怖くなかった。
 それはさっき言ったように、この女がイーサムよりは怖いとは思わなかったからだ。
 だが、

「ふふ、なーんてね!」

 次の瞬間、クレランが宙へと飛んだ。
 飛行能力? 少なくとも魔法じゃねえ。

「動物的本能。相手の実力ぐらい分かるよ。ファルガも居るのに、そこの魔族ちゃんや亜人ちゃんも相当な手練。『今の私』じゃ勝てないね」

 やっぱ、この女は完全に狂ってない。
 冷静に相手の力を判断することだってできる。
 だが、次の瞬間告げられた言葉に、俺たちは全員凍りついた。

「そう、今の私じゃ勝てない。でも、『カラクリドラゴン』を食べたらどうなるかな~?」

「「「「ッ!!」」」」

 しまっ!

「また後でね、イジワルなファルガと弟くん。もし今度会った時も生意気だったら、ファルガを食べちゃうからね」

 山の頂上へと飛び立ったクレラン。
 その背を見つめながら、俺たちはハッとなった。
 カラクリドラゴンの力や能力は不明だが、さすがに弱いってことはないだろ?
 そんなドラゴンの能力をあの女が手に入れたら?

「クソが!」
「ちょっ、まずいぞ! ヴェルトが無駄に挑発するから!」
「やば、ちょっと調子に乗りすぎた」
「うおおお、殿ォ、追いかけましょう! 早く追いかけないと、殿が、殿がー!」

 かなりメンドーな展開になっちまったな。
 これは楽しいハンティングとはいかなそうだぜ。


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第38話 逆に驚いた

 森を歩いても、特に変わった様子はない。小川も静かに流れたまま。
 神経を張って鳥や虫の様子を伺っても変化無し。
 この土地自体も麓に小さな村があるが、村人も獣やモンスターの被害があるわけでもない。
 いたって、普通の森。

「おい、ファルガ~、ぜんぜん見つからねーじゃねえかよ。本当に、ドラゴンなんて居るのか? そもそも、どんだけデケードラゴンか分からねえけど、居れば結構簡単に気づくんじゃねえか?」

 ファルガは何も言わずに無言で歩いたまま。正直、疲れてきた。

「確かに手当たり次第とはいえここまで痕跡がないと疑いたくなるな」
「殿、喉が渇かれたのでしたら、こちらに水筒があります。どちらかで一度休憩でも?」

 今のところ、あのクレランという女がドラゴンを見つけて食べたとも思えない。
 他のハンターたちだって、見つけたらもっと大騒ぎしているはずだ。
 俺は何だか疲れて、飽きて、やる気も微妙になってきた。大体、そのカラクリドラゴンがこの近くに居る確証なんてそもそも無いからである。
 木に寄りかかって一息つく俺を見て、ウラとムサシも足を止めた。二人とも声には出さないが、微妙に飽きてきたと分かる。

「クソ軟弱共め。仕方ねえ、休憩するか」

 俺たちのテンションを見て、ファルガもここらで一息つこうと休憩を促す。
 大きめの鞄から水筒とサンドウィッチを俺たちに放り投げ、俺たちもホッとためいきついた。

「ったく。愚弟が、まだ五時間程度しか探してねえのに、バテやがって」
「いやいや、五時間って相当だぞ? しかも、ただ歩いたわけじゃなくて、周りに気を配って神経使うわでもう」

 モンスターとの戦闘でもあれば違ったか? いや、別に戦いたい訳じゃねえけど、これだけ森を歩いていたら遭遇してもおかしくないが、特にトラブルもなく平和そのもので、なんだか拍子抜けした。

「ふん、なら覚えておけ。ハンターってのはこんなもんだ。獲物がかかるか、財宝が手にはいるかどうかじゃねえ。まず、その獲物が居るかどうかすらも確証がねえ。だがな、確証があるから動くんじゃねえ。財宝だってそうだ。そこに財宝が埋まっていると確証があるから穴を掘るんじゃねえ。ハンターを突き動かすのは確証じゃねえ。ただの本能だ。その結果、空振りに終わろうと、それが俺たちの仕事だ」

 少し珍しかった。
 ガキの頃、ファルガは王位を継ぐのが嫌で、ハンターになったのだと思っていた。
 だが、事実は、ファルガはハンターになるために、王位を捨てて家を飛び出したんだと思う。
 ファルガはファルガで分かりづらい性格だが、それなりにハンターに対する思い入れがあるんだろうなと感じ取れた。

「ハンターでござるか。拙者は複雑でござるな」
「ああ、そういやー、ムサシの両親と仕えてたエルフはハンターにやられたんだっけ?」
「はい。あっ、その、もちろんあれから拙者も考えて、人間全てを恨むという全てを一括りにする考えは間違いだと思うようになったでござるが、やはり、ハンターというものはまだ複雑な気持ちでござる」

 そうだった。シロムでは色々ありすぎて、こいつの過去はすっかり忘れていたが、ムサシが人間嫌いになった理由は、ハンターが原因だったんだ。
 高値で売買されるエルフや亜人をハンターに乱獲され、それを防ごうとした両親もハンターに殺された。
 そりゃー、複雑だよな。

「その話だが、恐らくそれを実行したクソ共は、『ラブ・アンド・マネー』が雇ったハンターだろうな。俺がまだ駆け出しの頃にシロムで大量のエルフや人魚が取り引きされた時期があった。ほとんどがセリ落とされたようだがな」

 ラブ・アンド・マネーか。
 その名前は微妙に引っかかった。

「ジーエルたちの、そして、宮本、いや、ムサシの爺さんが潰そうとしていた組織か」

 シロムでの別れ際に宮本が告げた言葉。
 ラブ・アンド・マネーのボスが、朝倉リューマのかつての同級生だということ。
 
「なんだ、愚弟。興味あるのか?」
「いーや、全然」

 正直、気にならないと言えば嘘になる。
 だが、それを進んで関わって、加賀見をどうにかしてやりたいか? と言われれば、そうでもない。
 宮本の時に関わったのは、その場の状況ってのがあったが、加賀見に関しては今の時点でどうしようとも思わない。
 奴がこの世界で何をしようが、俺の関わる範囲で何かがねえかぎりは、俺も正義の味方面する気はねえ。

「で、ムサシ。実際のところ、テメエはどうすんだ? 人間への恨みは綺麗さっぱり流して、俺の後ろにくっついてくるのか?」
「それは、今の時点では何とも言えぬでござる。殿やファルガ殿は特別であって、人間に対しては何とも」
「だろうな。まあ、そう簡単に割り切れるもんじゃねえ」
「正直、拙者自身も戸惑っているでござる。だからこそ、殿はどうなのでしょうか? ご両親を亜人に殺されながら、同じ亜人である拙者を割り切ることは簡単に出来たでござるか?」

 割り切る? いや、多分、それは俺も微妙なところではあるな。
 実際に、親父やおふくろを殺した亜人を目の前にしたら、どうなるかは想像できねえ。
 亜人って聞いただけで微妙な気分になる。
 だが、だからといって、ムサシや宮本たちに拒絶反応が出るほどでもねえ。

「割り切ったつうより、俺は単純に運が良かっただけだと思う。俺は、恨みや憎しみや悲しみで狂っちまうほど墜ちなかったから」
「それは、あの、まさか、ご両親を殺されて…………それほど悲しくなかったと?」
「いいや。泣いたよ。後悔したよ。亜人をぶっ殺してやろうと思ったよ。でもな、俺が狂う前に救い上げてくれた奴が居たからな」
「救いあげてくれた?」

 そう、俺は運が良かったんだ。鮫島よりも。宮本よりも。
 大切なものを失って、憎しみに囚われるようなことはなかった。

「一人は俺の先生だ。本当の俺を理解して、俺自身が何も隠さずに語り合うことが出来る人。もう一人は…………少しマセガキだが、ガキなりに、本気で俺のことを好きだと言って、本気で俺のために泣いたりしてくれた奴が居たからな」

 先生。そして、フォルナだ。俺は二人が居たから、今でも俺のままで居れるのかもしれねえな。

「愚弟。お前、それを愚妹に言ってやれ。この世のものとは思えねえほどクソ喜び狂うぞ?」
「…………ふん…………私だって、同じ状況に居たら絶対に…………」

 いや、フォルナには言わねえよ。言ったら、すげえ調子に乗りそうで、なんかムカツクから。
 あと、ウラ。そこで競っても仕方ねーから、あんまむくれんなよ。

「とにかく、俺は今言ったように運が良かったんだ。今も前世も、何故か手を差しのばしてくれる奴が居た。だから、あんま参考にはならねえよ」

 前世。そうだ、朝倉リューマの時もそうだった。
 一人で何の意味もなく反発して、そんな俺に手を差しのばした女が居た。
 もっとも、その女と出会わなければ朝倉リューマが修学旅行に行って死ぬこともなかっただろう。
 まあ、そうなるとヴェルト・ジーハの人生もなかったわけなので、何とも言えないところではあるが。
 まあ、そんなの考えるだけ無駄なことだ。物事はもっとシンプルでいい。

「ウラ殿はどうでござる?」
「私も微妙だな。母上はイカれた人間に殺され、父上も、昔からの馴染みも皆殺されて人間に対していい感情はないが、それでも戦争であるという前提でのことだから、無理やり割り切ろうとはしたがな」

 そう、だから、ムサシもウラもウダウダ考えすぎなんだよ。

「割り切るとかどーでもいいだろ、そんなもん。嫌いなもんは嫌いで、好きなもんは好きなもん、好きになったら仕方ねえ。そんなんでいいんだよ、俺たちはよ」
「殿~、しかし、世の中はそんな単純に好きと嫌いでは分けられないでござるよ」
「だったら、分けられない奴は好きでも嫌いでもない。つまり、敵でも味方でもねえってことでいいだろ」

 難しい顔をしていたムサシも、何だか考えるのがアホらしくなったのか、木に寄りかかって上を見上げた。
 俺の言ったことで、こいつが何を感じたのかは分からない。
 だが、目の前でグズグズ考えられるよりは、どこかスッキリした顔をしていた。
 
 何だか空気がまったりとし始めた。
 しかし、その時だった。


「ギャアアアア、た、助けてくださいっすー!」


 その時、恐怖の入り交じった悲鳴が森中に響いた。

「や、やだ、殺される! 喰われる! 誰か、誰か助けてくれえ!」

 声の主は一人のようだが、無我夢中で叫んでいるのだろう。
 鬼気迫る驚異を感じ取ることが出来た。

「おい、ファルガ、この当たりは、凶暴なモンスターとか動物は居ないんだったよな?」
「少なくとも、プロのハンターが恐れをなして逃げるようなのはな」
「ただし、ある例外を除いて……でござるな……」

 自然と俺たちにも緊張感が走った。

「やれやれ、人が真面目な話をしてる時に」
「無粋な奴だ」
「まったくでござる」

 俺にとってはドラゴンなんて初めて見る。
 まずい、かなり緊張してきた。てか、大丈夫だよな? 
 いきなり喰われたりしないよな? 
 だが、この悲鳴は「喰われる」とハッキリ言ってる。

「ふん、クソが。向こうから出ててきやがったか」

 ファルガの口角がつり上がる。全身から突き刺さるようなプレッシャーを感じる。
 本気だ。

「ヴェルト、少し下がっていろ。援護を頼むぞ」
「殿には指一本触れさせないでござる!」

 前衛にファルガ。ニ列目にウラとムサシ。最後尾に俺がその辺に落ちてる岩でもなんでもいつでも浮かせてぶつけられるように待機。

「ったく、ウザってえファンタジーの天然素材が! 来るなら来やがれ!」

 さあ出てこい。覚悟も決まった。いつでも相手してやるぜ。


「いやああああ、誰か助けてくださいっすー!」


 そして、深い林をかき分けて現れたその姿を俺たちは見た。

「なっ!」
「なんだと!」
「なんと!」
「こ、こ、これが、カ、カラクリドラゴン!」

 飛び出してきたのは、両翼を羽ばたかせ、二本の角、二つの腕とかぎ爪に二本の足。
 典型的なありふれたドラゴンといえばドラゴンだが、その皮膚は目玉に至るまでが全て灰色の鉄なのかステンレスのように見え、部分的に繋ぎ目が見られる。
 確かに、生物というよりは、物質が動いているように見える。

 だが、俺たちが驚いたのはむしろそこじゃなかった。
 驚いたのは二点。

 まず一つ目は大きさだ。

「こ、これは、本当か?」
「うむ、かわいい?」
「なんと、ちい、ちい、ちい、ちいさ」
「ちっ、ちいせええええええええええええ!」

 そう、林の奥から飛び出してきたカラクリドラゴンは、メチャクチャ小さかった。
 なんか、猫や小型犬ぐらいの大きさしかねえ。

「うわああああ、殺される~!」

 そしてもう一つ驚いたのは、これだ。
 てっきりハンターの誰かがカラクリドラゴンに追いかけられて悲鳴を上げているかと思ったが、違う。

「まちなさーい! 大人しく、食べられなさーい!」

 悲鳴を上げて逃げていたのは、カラクリドラゴンの方。
 カラクリドラゴンは鳴きながら、いや、泣きながら、捕食者となったクレランに追われていた。
 そう、


「うわああん、もう、人間ってこえーっすよー!」


 カラクリドラゴンは人間の言葉で悲鳴を上げていた。


「「「「「しゃ、しゃべった!!」」」」」


 ドラゴンて喋る? いや、ファルガも絶句している。
 俺たちは一体、この状況をどうすればいい?
 何が起ころうと即座に動き出せるように身構えていたのに、俺たちは誰一人として一歩も動けないままだった。

 こいつが敵なのか味方なのか、どちらでもないのか、この時ばかりは判断できなかった。

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第39話 今からただの敵だ

 どっちも敵でも味方でもないが、さすがにこれはどう捉えていいか分からねえ。
 
「うわああん、オイラ、オイラが何をしたっすかー! 助けてくださいっすよー!」
「うふふ、うふふふふ! 予想外よ、まったく予想外よ! まさか、カラクリドラゴンがこんなに小さいなんてね! も~、どんな味がするか楽しみ!」

 泣き叫びながら逃げまどう、すげえ小さなカラクリドラゴンと、満面の笑みで追いかける女。
 ドラゴンが人間に食われそうで追いかけられるって、普通逆だろうが。

「いやああ! お姉さん、マジやめて! オイラ、オイラ、多分うまくないっす!」

 こ、これが、ハンターたちの間でも伝説と呼ばれたドラゴンか?

「おい、ファルガ、どうなってんだ」
「シロムの競売にかけられるカラクリドラゴンは、競売直前まで生態について何も情報公開してなかったから、どんな図体の奴かまでは知らなかったが………」
「まさか、あれほど小さいとは。どうする? あれ、倒すのか? それとも食われるのを見ているか?」
「あれだけ泣き叫ばれると、心が痛むでござるな」

 まったくだ。俺の覚悟を返せ。
 つーか、どこから驚いていいのか分からない。
 まず、カラクリドラゴンって、本当に体は物質で出来てそうだ。
 しかし、こんな小さいのは何でだ? 子供だからか? いや、そもそも子供とか大人とかあるのか?

「もー、オイラが何をしたっすかー! 変な連中に攫われるし、攫われた先は破壊されたり火事になったり、怖いお姉さんに食べられそうになるし、オイラが何をしたっすかー!」

 いや、それ以前に、何で人間の言葉を喋れるんだよ。
 気になる点がありすぎる。

 まあ、とりあえず。


「ふわふわ回収」


 試しにやってみた。

「お、おわああああ、なんすか! オイラの体が引き寄せられるっす!」
「あら?」

 クレランに食われる寸前だったカラクリドラゴンに、俺の魔法をかけてみた。
 浮遊(レビテーション)の魔法は基本的に生物には使えない。
 だが、試してみたら、見事にカラクリドラゴンは俺の魔法にかかって、引き寄せられた。

「こいつ、マジか? 生物じゃねえのか? ここまでキャラ丸出しなのに」

 引き寄せたカラクリドラゴンをキャッチしてみた。

「こ、これが、カラクリドラゴン。やはり、人工物で出来ている」
「何とも、摩訶不思議な生物がこの世には居るでござるな」

 そこそこの重みは感じたものの、俺の手で持てる程度の重さ。
 そして、体は固い。明らかに人工的な物質で作られたものだ。

「ぎゃあああ、な、なんすか、あんたまで! オイラを食うっすか? いやだー、助けてーご主人様―!」

 何かジタバタ暴れられた。こんだけみっともなく騒がれると何か哀れになってきた。

「今の弟くん? 獲物の横取りはハンターとしては常識だけど、食事の邪魔は人としてマナー違反だよ?」

 後一歩のところでカラクリドラゴンにかぶりつけそうだったクレランは、ちょっと怖い笑みを浮かべながら近づいてきた。

「いや、ちょっと気になったから、確かめたかっただけだ」
「あら、そうなの? それじゃあ、それ、おねーちゃんにくれる?」

 ニッコリと微笑んで小首を傾げてお願いしてくるクレランだが、俺がここでウンと言えば、同時にこのカラクリドラゴンはペロリと平らげられてしまうことを意味する。

「いやあああああああ、やめてくださいっす! オイラ、オイラ食われたくないっすよー! 助けてくださいっす!」

 さて、どうするか?
 いや、その前にこいつは一体何なんだ?

「あ~、結局お前は何なんだ? お前が競売予定だったカラクリドラゴンってことでいいのか?」
「カラクリドラゴン? ああ、人間たちが言ってたオイラの総称っすね? いや、オイラ知らないっす。オイラはご主人様に作ってもらったんで」
「はあ? 作った? お前みたいな変なのを? いや、作るって、お前みたいなの作れるもんなのか?」
「変てなんすかー! オイラはご主人様の傑作集の一つなんすから!」

 これが物質? そう呼ぶのが憚られるほど感情豊かなドラゴンだ。
 ファンタジーの世界ならこれぐらい居るのか? だが、ファルガたちの様子を見る限り、不思議そうな顔をしている。

「お前、傑作集と言ったな? お前みたいな奴が他にも居るのか?」
「えっ、ええ。オイラより大きい体の先輩が居たっすよ。ご主人様曰く、オイラの体が小さいのは、小型化実験とか節約言ってたっすけど」
「ひょっとしたら、神族大陸で目撃されていたカラクリドラゴンは、こいつのご主人様が作ったもんかもしれねーな」

 多分その可能性が大だろうな。
 しっかし、こんなのをこの世界で作れるんだな。ファンタジーも奥が深いな。まあ、体が小さい理由が節約ってのが笑えるが。

「クソが。まあ、伝説を暴いたら真実がこんなもん………珍しいことじゃねえ」

 何だか、ファルガは既にガッカリして興味を失っている。
 もう、どうでも良さそうな顔してる。

「ねえ、まだ~、お姉ちゃんお腹ペコペコなんだけどな~」

 それに、ここで俺が拒否した場合は、この姉ちゃんは何するか分かんねーし、その方が面倒だ。

「あ~、もういいや。物が喋るのも、別にファンタジーなんだからありえなくもねーだろ? だから、もう食っていいぞ」
「おお! さっすが、弟くん! 話が分かるな~」

 別にいいか。
 俺は大人しくクレランにカラクリドラゴンを放り投げようとした。
 だが、

「ぎょわあああああ! ちょ、兄さん、マジで助けてくださいっす! ほんと、マジ、オイラなんか食ってもお腹壊すだけっすよ!」
「だろうな。でも、この姉ちゃんは肉食通り越した雑食だから大丈夫だろ」
「ちょちょちょちょちょー!」
「あー、なあ、クレラン。正直、この場で食われるとさすがに心が痛むから、食うなら俺らが見てないところで食ってくれ」
「ぎゃあああ、に、兄さん! 心が痛むなら後生の頼みっすから、助けてくださいよー!」

 すげージタバタ暴れて俺の腕からしがみついて離れようとしない。
 しかもかなり身体を震わせている。本当に怖いんだな。

「お願いっす! オイラ、オイラは離れ離れになったご主人様のもとに帰らなくちゃいけねーんすよ! どうか、見逃してくださいっす!」
「つーか、何でお前は人間に捕まってるんだよ。大体、神族大陸に居たんだろ?」
「それは、人間がオイラの姿を見るなりいきなり攫ったんすよ! 普段屋敷の外に出れないオイラが、勇気を出して外の世界を探検しようとして歩いてたらいきなりっす!」
「屋敷? てか、神族大陸に住んでるは、お前みたいな変なの作れるわ、お前のご主人様は何者だ? 人間? 魔族? それとも亜人か?」
「知らないっすよ! ご主人様はいつもお面とローブを被ってたから分からないっす! あ、でも、抱っこされた時におっぱいの感触あったっすから、女の人っす!」

 ますます、謎だな。
 それに、こいつのご主人様とやらも、お面とローブを常にしていたとか怪しさ満載だな。
 まんま、怪しい魔法使いの魔女って感じがする。

「はい、それまでー! も~、焦らしちゃいや~。おねーちゃん、プンプンなんだからね?」

 その時、いい加減にしろと、クレランが俺の手からドラゴンを取り上げた。

「い、いやっすううううううう! 誰かー!」

 また暴れだしてジタバタするドラゴン。正直、哀れだな。

「う~ん、なあ、クレラン、ここまでおびえているとさすがに可哀想であろう? 逃がしてやれぬか?」
「うむ。ここは寛大な心で見逃してやってはどうでござろうか?」

 さすがに気の毒に思ったウラとムサシが擁護に回る。
 だが、クレランはニッコリ笑ったままだった。

「ダーメ。二人はこのドラゴンくんの言葉が分かるから今はそう思うんだろうけど、牛や豚だって食用にされる前はそうやって泣き叫んでるんだよ? 私はいつもその悲鳴を聞きながら美味しく頂いてるんだから、今回も例外は認めません」

 なるほど、確かにそれはスゲー精神力だ。
 食事の度に毎回こんなに泣き叫ばれたら、さすがに俺もベジタリアンになるかもしれねーな。
 どっちにしろ、クレランは見逃す気は無いようだ。まあ、仕方ねえか。

「俺らが帰った後で食ってくれよ」
「ヴェルト! 良いのか?」
「いや、だって、助ける義理もねーし」
「う、うう、と、殿がそう仰るのでしたら、拙者は何も、望みませぬ」

 まあ、同情はするけど、クレランを怒らせるほうがメンドくさい。
 変に情が移る前にとっとと終わらせてもらおう。
 ファルガも特に意見もなく、クレランが食っても食わなくてもどっちでも良さそうだ。

「ちょっとー、銀髪お姉さんに虎耳お姉さん、もっとガンバっす! 兄さん説得して、この姉さんから助けてくださいっす!」
「じゃーな。来世では捕まんなよ」

 俺は、そのまま背を向けて、その場からさっさと立ち去ろうとした。
 ドラゴンの断末魔が聞こえないように。
 しかし、その時だった。



「ぎゃああああ、嫌っす! もう、人間なんていやっす! おこっす! てーやんでーべらんめーっす! 激おこぷんぷん丸っす!」



 その瞬間、俺の身体は自然と動き、クレランの手から再びカラクリドラゴンを奪い取っていた。

「ッ、お、弟くん? どういうことかな? かな~? ねえ? かな~? お姉ちゃん、怒っちゃうよ?」

 いや、おい、ちょっと待てよ。
 何でカラクリドラゴンの口から、「そんな言葉」が出るんだよ。

「おい、鉄くず」
「し、しどいっす!」
「テメエ、てーやんでーべらんめーって、どこでその言葉を覚えた?」
「えっ?」
「質問に答えろ。答えなければ、もう一度あの女に食わせる。だが、答えれば、ちょっと考える」
「言う、言うっす! オイラのご主人様っす! オイラのご主人様が、ある日、怒ったときに言ってた言葉で、なんかオイラも気に入ったんで真似ただけっす!」

 ご主人様が言った言葉? ファンタジー世界の?

「おい、ウラ! ムサシ! 『おこ』、『てーやんでーべらんめー』『激おこプンプン丸』とか、どういう意味か知ってるか?」
「………? なんの呪文だ、それは?」
「申し訳ありません。拙者、そのような言葉は存じ上げぬでござる」

 知らない。一応は十代の若者である二人が知らない。
 試しに、ファルガやクレランを見ても、首を横に振っている。
 つまり、この世界では一般的ではないということだ。

「おい、鉄くず」
「ちょ、兄さん、さっきから鉄くずって酷いっす! そもそも、オイラにはご主人様がつけてくれた、『ドラウエモン』という名前があるっす!」

 ………おい、それを先に言えよ。

「おい、ドラちゃん」
「あっ、何でご主人様がよく言ってたオイラのあだ名を知ってるっすか!」

 何か、聞いたことのある名前だな。
 朝倉リューマの時代、日本に住む日本人なら大人から子供まで知っていた。

「なあ、ウラ、ムサシ、ファルガ、未来からやってきたドラ猫型任侠ロボット、ドラウエモンって知ってるか?」

 知ってるはずがない。ウラたちは余計に首を傾げている。
 この世界ではありえないはずのもの。それが何を意味するか?
 つまりは、そういうことだろう。

「おい、ドラ。お前のご主人様、どこに居るんだ?」
「わかんねーっす。神族大陸のどこかってことしか。さっきも言ったように、オイラ、屋敷から出たことなくて、コッソリ外に出て探検していたら、人間に捕まって連れてこられたっす」

 神族大陸か。よりにもよって。
 
 だが、こいつのご主人様は、ほぼ間違いなく、俺や宮本たちと同じ存在だ。

 何よりも、あの世界でも廃れかけたギャル語を使用していた奴は限られる。
 そして、俺は実際に、クラスメートのある女から、言われたことがある。

―――朝倉くん、修学旅行は行かないってどういうこと! てーやんでい、べらんめーだよ! いこ、みんな楽しみにしてるよ

 お前なのか?

「神乃………」

 まさか、こんなところで、こんな短期間に手がかりを見つけるとは思わなかった。
 だが、もしそうなのだとしたら? 
 
「事情が変わった」
「えっ?」
「ドラ。テメエを助けてやるよ」

 だったら、俺のやるべきことは一つしかない。

「ええええええええええ、ま、マジっすか! にいさああああああん!」
「愚弟?」
「ヴェルト、どうした、いきなり!」
「殿! あっ、いえ、殿がそう判断されるのでしたら、拙者も協力しますが!」

 今、こいつを死なせるわけにはいかねえ。
 同情でも優しさでもねえ。ただの手掛かりとして。

「弟くん、どういうつもりかな? 私、怒っちゃうよ?」
「ああ。そこを見逃してやれねえか? あとで、うまいメシを食わせてやるよ。俺の手作りラーメンでもな」
「………できないよ………さっきから食べたくて、食べたくて、我慢できないの。もし、まだイジワルするなら………ファルガの弟くんでも許さないよ?」

 まあ、当然話し合いでどうにか助けられるとも思えねえがな。
 だが、それでも助ける、いや、助けなきゃなんねえ理由ができた。

「ああ、かまわねーぜ。どうしてもこいつを食いてえっていうなら、今からテメエはただの敵だ。ぶっ殺してやるよ」
「はっ? ぶっ殺す? なにそれ? 血の匂いなんてまるで染み込んでないお利口さんの弟くんには似合わない言葉だよ?」
「だからどうした。雑食この上ないお嬢様を、俺が料理してやるよ」

 こればっかりは引くわけにはいかねえ。
 たとえ、目の前の美人な姉さんの顔が、恐ろしい鬼のような表情に変貌しようとも。


「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」


 どうやら、腹を好かせた獣の逆鱗に触れたようだな。

「ちっ、愚弟が。メンドクセーことしやがって」
「も~、ヴェルトは何でこ~突発的に意味の分からぬ行動に出る!」
「どちらにせよ、一度、殿と崇めたからには、拙者はどこまでも付き従うでござる」

 俺の突然の行動にもかかわらず、文句を言いながらもファルガたちはクレランと対峙するように構える。
 今の俺たちなら、このメンツなら正直、この女が何者でも負ける気はしなかった。


「弟くんが強気なのは、四人がかりだからかな? 確かにさっきも言ったけど、四人がかりで戦われたら、さすがに私でも勝てないわ………四人がかりなら………ね」


 クレランの全身から眩いまでの光が溢れ出た。

「ッ、なんだ、この光は」
「ヴェルト、気をつけろ」
「拙者が相手をいたす!」

 何をする気だ? 
 その瞬間、ファルガが叫んだ。

「ちっ、おい、下がってろ、テメェら!」

 ファルガには何が起ころうとしているのか分かったのか?
 頬に一筋の汗が流れている。

「メンドクセーことになった。モンスターマスター三つ目の能力」
「なっ、三つ? モンスターマスターって能力がそんなにあんのかよ!」

 俺たちが驚愕する中、輝く発光の中で笑みを浮かべたクレランが語り始めた。

「モンスターマスターはね、三つの能力を持っているの。一つ目は生物の言語は何でも分かる。二つ目は食べた生物の能力を会得することが出来る。そして三つ目は、食べたことのある生物を自分の魔力と引き替えに生み出すことが出来る」

 それは、あまりにも悍ましい能力だった。
 光が天を穿つほどの柱を作り出し、その光の柱がやがて三つに分裂し、徐々に何かの形を型どり始めた。

「昔、ファルガと一緒に始末してペロリと平らげた。うふふふ、死にかけたよね、私たち」
「テメェ、クソ女!」
「この子達と会うの、久しぶりだよね、ファルガ」

 ああ、これは違う。
 カラクリドラゴンのドラなんかとは全然違う。
 家よりも遥かに巨大な図体、強固な皮膚に、鋭い鉤爪と牙に、刺々しい角。
 そして何よりも、その圧迫感は、正に本物と呼ぶにふさわしいもの。
 
 これが、正真正銘ファンタジーの代名詞。


「炎竜! 氷竜! 風竜!」


 ドラゴンの中のドラゴン。
 それが、まさかの三体も、森林を踏み潰して目の前に出現した。

「あら、これで四対四だね」

 やってくれるぜ、このお母さんは。
 まあ、俺が自分で蒔いた種でもあるんだがな。


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第40話 名の名乗る

 朝倉リューマの時代に腐る程ケンカを売って来て、買われた相手がナイフやスタンガンを出したことはあった。
 でもまさか、ドラゴン出してくる奴が居るとは、さすがはファンタジー。
 ファルガでなくても言いたくなるぜ、クソッタレってな!

「この女、なんちゅうもんを出しやがって!」

 鬼が出るか蛇が出るか? もっと恐ろしいものが出てきやがった。
 船並みにデカイ胴体に、羽ばたかれるだけで突風で飛ばされそうになるほど巨大な翼。
 恐ろしい牙や爪で撫でられただけで、簡単に紙くずのように裂かれるだろうな。

 それが、三体もか!


「ごめんね。恨むなら、世間知らずな弟くんを恨むんだよ? さあ、私の可愛い子供達、やっちゃえー!」


 クレランの指示に呼応するかのように、三頭の竜が迫ってくる。
 どうすりゃいい?

 だが、こっちが対応を考える前に、ドラゴンたちはその巨大な口を開けて、体内から膨大なエネルギーを放出する。


―――灼熱の息吹

 全身赤い皮膚に覆われた炎竜の生み出す炎の息吹は森林を焼き払い

―――絶対零度の息吹

 全身透明感のある皮膚に覆われた氷竜が世界を凍らせ

―――颶風の息吹

 白い皮膚に覆われた風竜が全てをなぎ払う風を巻き起こした。

 常識を超えた非常識の存在。世界の終わりを感じさせる、人智を遥かに超えた圧倒的な力だ。
 だが、俺は不思議と思ってしまった。
 なんか、人智を超えた力ばっかに出会ってたから、もはや反応に困ると。

 そして、何よりも、俺と一緒にいる奴らも十分人智を超えている。


「光の女神の微笑みは、天地を生み出す創造の光。時に闇を消し去る護符となり、時に闇を穿つ刃となる。エレメントランス・アウローラトライデント!」


 禍々しかった槍が、三叉の矛へと変化し、オーロラのような神秘的な光を放ち炎を包み込み


「終わりへの終わり。世界を眠らす暗黒の闇は、希望も届かぬ深淵と知れ! 魔道兵装・暗黒戦乙女(ブラックヴァルキリー)」


 その瞬間、魔王の娘が纏っていた衣服は全て砕け散り、砕けた衣服の破片が渦巻く黒い霧となって、世界を、そして迫り来る氷にまとわりつく。


「空を道とし、道を空とみる。掲げし刃の矛先が、天下無双へと通ずるなり! ミヤモトケンドー・二天一流剣!」


 木刀の刀身が砕け散り、中から真の伝家の宝刀が顔を出した。吹き荒れる暴風を切り裂く天下無敵の斬撃が、全てを沈黙へと変えた。

「何だお前ら、そんなことまで出来たのかよ」
「うおおおお、すげえっす! 兄さんの仲間、マジすげえっす!」

 光り輝く三叉の矛へと武器を進化させた、ファルガ。
 闇の魔力で生み出された黒く光る金属の鎧を纏った、ウラ。
 木刀が砕けたと思ったら中から抜きみの刃が顔を出した、ムサシ。

「あらあら、すごーい。これじゃあ、弟くんが調子に乗るのも、わかるかな~」

 俺でも初めて見る、まさに三人の奥の手だろう。
 つーか、そんなのが使えるんだったら、イーサムの時に使えよ。

「クソが。これを使うのは六年ぶりだ。俺は魔法が苦手なうえにスグにクソバテるから、あんまり使いたくねーんだがな」

 己の魔力と大気や自然の中に存在する風や炎の力を借りて放出するのが属性魔法なら、自身の武器を媒介にして戦うのが『精霊兵器(エレメンタル・アームズ)』という、上位魔法闘技。
 昔、シャウトもやってたが、極めて優秀な奴しか習得できない技術だ。


「私は出来るようになったのはつい最近だ。たまに失敗するのでとてもまだ実践では使いこなせぬと思ったが、今回はうまくいったな………ヴェルト、その………あまり見るな。いや、二人の時なら見て良いが」


 そして、『精霊兵器(エレメンタル・アームズ)』よりも更に進化させた、『魔道兵装』。自身の武器を媒介にするのではなく、自分自身を媒介にして戦う最高位魔法闘技。
 昔、フォルナもやっていたが、選ばれた天才にしか習得できず、むしろ使い手も少ないためにその方法すらあまり解明されていない技術だ。
 ただ一つ、今のウラに言うことがあるとすれば、闇の鎧を纏って凄そうなのはいいんだが、鎧も胸や尻など僅かに覆う卑猥な鎧で、ヘソや腿など完全に露出している。

「うおおお、兄さん、兄さんの彼女さん、エロいっす! エロ美人っす! やばいっす! なんかオイラの下半身が固くなってきたっす! ビンビンっす!」
「お前は全身固いだろうが。てか、そんなギャグも言えるのか? カラクリドラゴンは」

 さらに、結構きつめに肉体を締め付けているのか、胸が盛り上がってるというか、つまりかなりエロい。


「拙者は元服後、拙者が真に使えるべき殿と出会うまではと封印しておりましたゆえに」


 木刀であれだけ強かったムサシが真剣を握った。それだけでゾッとする。
 触れるものなら世界すら切り裂きそうだ。
 
 どいつもこいつも、何とも頼もしい限りだ。


「ふふふ、うふふふふふ、その昔、ドラゴン一匹の力で、何千人もの騎士が犠牲になったという話があるわ。しかし、ある日、そのドラゴンがたった一人の人間によって滅ぼされた。ゆえに、『ドラゴンスレイヤー』という称号はハンターにとっての最高位の称号。それに匹敵する力がファルガ以外にも居たなんて驚きよ」


 もはや、笑うしかないとばかりに、素直に賛辞を送るクレラン。
 そして、三人に問う。

「改めて、私は『モンスターマスター・クレラン』よ。あなたたちの名前は?」

 これはもはや、喧嘩を超えた神聖なものだと感じたのか。
 ただの食いしん坊だった女が、真剣な目で自身の名を告げた。
 だからこそ、三人も答える。

「俺は、『緋色の竜殺し・ファルガ』だ」

「私は、『銀の魔閃光・ウラ』だ」

「拙者は『双剣獣虎のムサシ』でござる」

 おお、何かカッコイイ。と同時に、何か俺は嫌な予感が過ぎった。
 念のため、俺は黙っていた。
 しかし、すぐに三人が、そしてクレランまでもが、「早くお前も名乗れと俺を見てきた」

「えっ………………俺も?」

 ちょっと待て。俺も名乗るのか? お前らみたいにスゲー中二病丸出しなあだ名だけど、ここまで堂々と名乗られたらむしろかっこよくさえ思っちまう名乗りの後に、俺も名乗るのか?


「兄さん、兄さんの番っすよ」


 目を輝かせたドラが、俺の番だと小声で諭してくる。
 嫌だ、言いたくねえ。
 あれを?

「弟くん?」
「愚弟」
「ヴェルト」
「殿」

 なんで、何で言わなくちゃいけねーんだよ、畜生が!
 くそ、言いたくねえのに、言いたくねえのに、言いたくねえのに!


「お、俺は、リ、『リモコンのヴェルト』………だ………」


 畜生、ダセエ! 今ほど、今ほど俺にあだ名を付けたやつをぶっ殺したいと思ったことはねえ。
 

「そう。覚えておくね、その名前を」


 せめて、笑われなかっただけでも救いだった。
 クレランが微笑みながら、手を天に掲げる。

「ハンター同士の戦いは狩りで決める。そうだよね、ファルガ」
「そうだ。これは、狩るか狩られるかの戦いだ。クソ女、テメエが愚弟とクソチビドラゴンを見逃すなら、俺たちも引き下がってやるが?」
「冗談だよね? 未知への浪漫を忘れずに突き進むのが、ハンターなんだから」
「そうか。じゃあ、それでいいんだな?」
「ええ、もちろんだよ。それに、弟くんも、もう待った無しだからね」

 ああ、もう止まらないわけか。
 俺も中々の罪な男だぜ。こんなチビドラを生かすために、仲間も命懸けの戦いに巻き込むわけだから。
 まあ、それを謝ったら、馬鹿野郎と殴られそうだから、絶対に俺は謝んねえけど。

「それじゃあ」
「ああ」

 そして、森に静寂が走り、ドラゴンたちもその合図を心待ちにし、ついに

「いくわよ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアア!」
「クソが!」
「ヴェルトの敵は、私が滅ぼす!」
「拙者の刃の錆にしてくれよう!」
「俺をぶっ殺してみろよコラアアアアアアアアアアアア!」

 モンスターマスター一人とドラゴン三匹。
 人間のハンターと不良と魔族と亜人。
 随分とバラエティに富んだ種族が………

「うっほほーーい! フレッフレッ、兄さん! 姉さん、ガンバルンバッす! ファイトっす!」

 こんな奴のために生死をかけて戦うわけか。


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第41話 革命開始

 四対四なら、少なくとも俺だけは戦う相手は限られる。
 特に衣類や鎧などの物質を纏っているわけでもないドラゴンに、俺の魔法は通用しない。

「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!」
「クソが。生まれたてのガキを始末するのは気が引けるが、クソ瞬殺させてもらうぞ」

 ファルガが炎竜。

「ブワアアアアアアアアアアア!」
「闇が世界を凌駕するところを見せてやろう」

 ウラが氷竜。

「ギシャアアアアアアアアア!」
「その驚異が我が殿へと届く前に斬り捨てる!」

 ムサシが風竜に。
 別に示し合わせたわけではないが、自然とそういう形になった。
 ならば俺は?
 残り物じゃない。そういう組み合わせになっただけ。
 というより、そもそもは俺があんたに売った喧嘩だ。
 だから当然俺の相手は一人しかいない。

「いくぜ、クレランお姉さんよ!」
「いただきます、弟くん!」

 警棒を構え、周りの環境、相手の姿を見て、俺の力がどうやって活かせるかを確認しながら、俺たちはぶつかる。

「死ねええええ!」

 まずは、百キロ警棒を二本まとめてフルスイング。
 相手は女? 関係あるか。綺麗なツラをグシャグシャにする気でやんねーと、俺が喰われる。 
 だが、

「見せてあげる。トランスフォーメーション、『ラバースライム』」

 全力で振りかぶった警棒。クレランに避ける様子もなく、顔面を普通に捉えた。

「げっ! な、何でよけねえ!」

 しかも避けないだけじゃねえ。顔面が恐ろしいぐらい変形して、美人だったツラが面影もねえ。
 
「ッ、いや、こ、これは!」

 すぐに異変に気づいた。何だよ、この感触は。人間をぶっ叩いた感触じゃねえ。
 まるで柔らかいゴムでも殴ったかのような感触だけが手に伝わってきやがる。

「最弱の攻撃力でありながら、最高クラスの防御力。ラバースライム。全身が柔らかいゴムのような体質を持ったラバースライムは、いかなる打撃や衝撃が通用しないの」

 変形した顔のまま、優しく解説してくるクレランに寒気がした。
 そして、ゴムも伸びればすぐに元に戻る。変形した顔が、何事もなかったかのように、そして傷一つなく元に戻った。
 さらに、俺が戸惑った一瞬で、クレランは即座に反撃に移った。

「トランスフォーメーション、『サーペントマン』!」
「げっ、うおおおおっ! ふわふわエスケープ!」

 クレランの首が……伸びた!
 まるで、ろくろ首の妖怪みたいに、首だけ伸びて、俺に噛み付こうとする。
 瞬間的に後方に高速で俺自身を浮遊で飛ばして避けられたが、微妙にチクリとした痛みが俺の腕に残っている。
 見たら、二本の牙での噛み跡から血が止めどなく流れていた。

「いって、な、なんだ今のは」
「へ~、よく避けられたね、弟くん」
「つか、首が蛇みたいにな…………んだそりゃ」
「ふふふ、二足歩行の蛇、サーペントマン。その特徴は、首を自在に伸び縮みさせること。面白いでしょ?」

 いや、全開で気持ちわりいよ。

「弟くんの血………けっこう美味しいよ」

 すげえ、鳥肌。
 ここ数日で人間がグチャッと潰されたり殺されたり蹂躙されたりのグロい光景を見て多少の免疫がついたが、これはストレートに気持ち悪くて、また吐き気がしそうだぜ。
 だが、今更吐くのは特に問題じゃねえ。
 問題なのは、クレランの能力が多過ぎて対処ができねえ。

「うふふふ、おとーとくーん! まだまだいくよ~!」
「ちっ、ふわふわ飛行!」
「がぶー! がぶー! がぶうううう!」

 歯、牙、あぶな! 
 縦横無尽にうねりながら伸びてくる首から逃れるべく、俺は全力で飛行を駆使して飛び回る。

「あはははは、弟くん早い早い! にっげろー!」
「けっ、バカが! ふわふわブーメラン」

 カウンター気味で警棒を回転させてぶん投げる。まあ、首を捻ってアッサリと回避されるわけだが、狙いは顔面じゃねえ。
 それだけ胴体から離れたら、自分の体に何が起こったって反応が遅れるはず。
 俺はぶん投げた警棒を更に加速させ、クレランの胴体めがけて命中させた。
 だけど、

「あはははは、ざーんねん!」
「げっ、ご、ゴムの体になって衝撃が…………テメェ、複数の能力を同時に出すこともできんのかよ!」
「おねーちゃん、出来ないなんて一言も言ってないんだけどな~」

 しまった。てっきり、一個の能力使ってる最中は他の能力は使えないなんて根拠もなく勝手に思い込んでいた。
 つまり、こいつに俺のふわふわ技の打撃は一切通用しねえってことだ。
 だけど、それならそれでやり方はある。要するに、打撃による衝撃じゃなくて、脳みそぐるんぐるん回すような衝撃を与えりゃいいってことだろ?

「なら、世界を暗転させてやるよ!」
「うん?」
「見せてやる。デートでカップル定番で見る景色」
「ん? あれ? あれれ? 私の体が浮いてる! なんで?」
「ふわふわメリーゴーランド!」

 服でも着てりゃ、それを本体ごと浮遊させることができる。
 俺はクレランの胴体を浮かせて、その場で超高速回転させてやった。


「うおおお、に、兄さん、すげっす! すげっす! あの姉さん、ヒモパンっす!」


 てめえ、このドラ野郎。神乃の手がかりじゃなけりゃ、普通にクレランの口の中にぶち込んでやってたところだ。
 回転させてヒラヒラとめくれるクレランのトーガの下を目に焼き付けてやがる。
 もっとも、見られている本人にそんな余裕はねえだろうけどな。

「っしゃあ、百回転! どうだ、世界が違って見えるだろうが!」

 意識がブッ飛ぶほどの回転だ。目を回してゲロ吐いてフラフラになりやがれ…………と叫ぼうとしたら…………

「あ~、楽しかった」
「なっ、なんだと!」
「も~、それにしても、弟くん! 私のパンティ…………見たでしょ?」

 な、なんともねえだと? ケロッとしてやがる!

「弟くん! グロイのはいいけど、エッチなのはダメなんだからね! 彼女さんに言っちゃうぞ?」

 回転不足? いや、そんなはずはねえ。
 人間なら、絶対に目を回してたはずだ。
 何でだ?

「ふふーん、ひょっとして、私が目を回すと思ったのかな? 弟くんは」
「…………回んなかったのか?」
「へへ~ん、ざーんねん。それはあくまで人間での話でしょ? 三半規管の優れたモンスターの体質になりさえすれば、私には楽しいお遊戯だよ」

 対人型の身体の力を持っている奴にしか、通用しない?
 今、正にそう突きつけられたようなものだ。
 打撃も、脳や器官への揺さぶりの攻撃も、通じない?

「トランスフォーメーション、『パンサーリオン』!」
「や、やば、ふわふわエスケーッガッアアア!」

 反応が一歩遅れた。
 強靭な瞬発力と、鉤爪が、俺の胸の皮を切裂いた。

「つっ、あああ、いて、くそ!」

 血が! やべえ、傷がスゲエ熱い。

「うおおおお、に、兄さーん! 血が、血が! ああ、オイラ、血はダメなんす~!」

 完全に回避できなかった。だが、掠っただけでこの威力かよ。
 まいったな。

「う~ん、残念。今、絶対に仕留めたと思ったんだけどね。さっきから見ていたけど、どうも弟くんの動きは変だよね。体の筋肉の動き方とは別に体が動いてる。まるで、外から誰かに操られているみたいに」

 おまけに、俺の力にまで何かを感じ取り始めてる。

「それと、弟くん。君、属性魔法は使えないんでしょ? 普通は、私と戦うなら能力を恐れて遠距離からの魔法で様子を伺うはずなのに、まるでそんな様子が見られないもん」

 正解。

「最初、弟くんは無詠唱で飛行(フライ)の魔法を使ってると思ったけど、違うみたいだね。基礎的な属性魔法も使えないのに、そんなことができるはずがないもん」

 それも正解。俺は基礎の浮遊(レビテーション)をとことん極めただけ。
 使えるのは、それ一つだけだ。
 そう、一つしか使えない。だからこそ、本来ならクレランと戦うために色々あるはずの手段が俺にはない。

「弟くん、さてはよっぽど勉強嫌いだな~、学校の勉強を疎かにするなんて、ダメな子だぞ」

 はあ…………ほんと、恐ろしい姉さんだぜ。でもな、残念だが…………

「残念だが、それは不正解だな」
「ん?」
「俺は勉強嫌いで学校の勉強をしなかったんじゃねえ」

 そう、そこだけは違う。

「全部、俺が自分で選んだ道だ!」

 疎かにしたんじゃねえ。自分で退路を断ったんだよ! 
 才能ねえ俺は、一個のことだけを極めることしかできねえと分かったから。
 他の魔法を覚えられなかったんじゃねえ。覚えることをやめたんだ!

「一つ教えてやるぜ、クレラン。属性魔法が使えないから、あれこれ色々対策考えて戦うことが俺にはできない。でもな、それは言い換えちまえば、俺にできることは限られてるから、ウダウダ考える必要はねえってことさ!」

 こういう時に、火とか氷とか属性魔法使えりゃ、確かに他にやりようがあるんだろうけど、仕方ねえ。
 どうせ、出来ることは限られてるんだから、出来ることだけで戦ってやるよ。

「違うよ弟くん、出来ることだけをやるんじゃダメなんだよ? だって、出来なきゃいけないことが出来ないんだから」
「んな、言葉遊びには興味ねえ! どっちにしろ、やるしかねーんだよ!」

 ここが街の中なら、色々と選択肢はあった。
 だが、森の中だと俺の魔法で武器にできるもんは限られる。
 木とか植物は根っこから抜き取った後のものなら魔法で浮かすことが出来る。だが、根っこに生えているものは生物と同じ扱いなのか、俺は浮かせることが出来ない。だから、俺が自然界の中でどうにか動かせるのは、石や岩ぐらいしかなかった。

「ふわふわ世界(ヴェルト)!」
「おや、なによ弟くん! 属性魔法使えるじゃない」

 四方八方から襲いかかる石と岩。逃げ道は完全に塞いでる。

「でもー、ダメだって。ラバースライムの体になれば、そういうのは効かないんだって」

 分かってるよ、そんなこと。

「ふふふ、何を狙ってるのかな? 何回やってもダメージないよ?」

 でも、それでも攻撃の手は休めねえ。何度も何度もぶつけてやる。
 反撃の隙間すら与えねえ。こうやって相手に攻撃させずに、攻め続ければ何か活路が見出せるはずだ。
 すると、さすがにウザくなったのか、クレランはまた変化した。


「トランスフォーメーション、トルネードフェアリー」


 竜巻がクレランを包み込み、襲いかかる石や岩を全て粉々に砕きやがった。

「か、風の妖精だと!」
「うふふふ~、この子も美味しかったよ。そして今でも、私の血となり肉となり、生き続けているの」

 まずい! 目に写る全ての石や岩が無くなっちまった。 
 今この場に、俺が出来ることが何もない! 

「生き続けているのはこの子達もね。トランスフォーメーション、『ニードルキャット』!」
「げっ、か、髪の毛針!」
「そう。ニードルキャットの能力は、体毛を針に変えて相手に飛ばして攻撃するんだよ」

 やべえ! 目ん玉が父親だった昔の日本のアニメで出てきたキャラと似た技だ。
 防ぎきれねえ!

「いっ、いてええええ、くっ、こんのおおおおお!」

 髪の毛一本一本は小さいが数が多すぎる。無数の針が俺の全身を串刺しにしていく。
 腕や足に刺されば、いとも容易く貫通しやがる。

「くそが。人を穴あきにしやがって」

 やべえ、だんだん感覚がやばくなってきた…………この女…………強すぎるだろ!

「トランスフォーメーション、ジャイアントフット!」

 腕だけ…………巨人の…………腕に…………

「悪い子には~、ゲンコツ!」
「ふわふわエス――――――――」

 ああ、くそ、あとゼロコンマ数秒反応が早ければ、こんなデケーだけのパンチは避けられた。
 だが、逆にあとゼロコンマ数秒遅ければ、肉体が木っ端微塵だったな。

「げぶぅっ」

 知らなかった。人間の体って勢いよく飛ばされたら、木々も貫通するんだな。
 もう、背中が、殴られた全身が、骨が、内蔵が、頭の中身までもう完全にイカれちまってる。

「にいさああああああああん! ああ、血が、血がー! う、腕も足も変な方向に曲がって、やばいっす! 誰かー、兄さんが死んじまうっすよ!」

 ああ、五月蝿いはずのドラの声すら掠れて聞こえる。
 ウラやファルガたちにはこの状況は? まあ、無理だろうな。
少し離れたところで地響きとともにスゲエ戦いが繰り広げられてる。
 ドラゴンと戦って、こっちにまで気を回せねえんだろうな。

「うふふふふ、勝負あったね、弟くん」

 這い蹲る俺の傍らには、クレランが微笑んで見下ろしてやがるのだけは確認できた。

「狩るか狩られるか。それがハンターの勝負。でもね、本当は違う。ハンターとモンスターの戦いは、喰うか喰われるかの勝負よ。つまり、そんな世界で生き続ける野生の生物と常に戦い続けてきた私に、弟くんが勝てる道理はないんだからね」

 喰うか喰われるか。
 たとえ鍛錬は続けていても、平和な人間環境の中でヌクヌクと育った俺とは見てきたものが違うってことだ。

「あんまり、野生を舐めちゃいけないよ、弟くん!」

 くそ、イキがってみせても所詮この程度かよ。
 何やってんだよ、俺は。
 本当に、何もかも半端なままで。

「兄さん! 兄さん! 起きるっす! 起きるっすよー!」

 ああ、神乃に会えないまま…………

「ったまるかよ!」
「えっ!」

 会えないまま、良い訳ねえだろうが、クソが!

「そうだろ、先生! 鮫島ァ! 俺が死ねるわけねえだろうが! 神乃と会う前に、死んだらヴェルト・ジーハの人生何も意味がねえじゃねえかよ!」

 神乃と会う。たったそれだけ。それだけのためを生きる目標として、俺は生き方を決めた。
 学校もやめた。決意をした。同期やフォルナが戦場に行く中でも、その背中を見送るだけだった。

「何が野生だ、一度も死んだこともねえやつが、命懸けを俺に語るんじゃねえ!」
「なっ、お、弟くん、君は!」
「テメエこそ、人間を、つうかこの俺を舐めんじゃねえよ、クレラン! ワリーが、朝倉リューマもヴェルト・ジーハも、反逆し続けることが存在証明なんだよ!」
「ば、た、立った! なんで? 両足が砕けているはずなのに?」

 立ってねえよ。浮いてるだけだよ。ただ、心の中では完全に立ち上がってファイティングポーズしているぜ。

「にいさあああああああん!」

 うるせえ、ドラが泣いてんじゃねえよ。黙って見てろよ!

「ッ、でも、立ったからって君に何ができるのかな?」

 知るかよ、そんなもん! 

「なら、こいつでどうだ!」

 石も岩もなけりゃ、テメエが砕いた石と岩でできた、砂ならどうだ!

「くっ、目、目が!」
「どうだ、ふわふわ砂遊びだ!」

 目を保護する能力がなかったのか、それとも咄嗟に能力を使えなかったのかは分からねえが、とにかく目潰しにはなった。
 だが、これで逆転したわけじゃねえ。むしろ、状況は最悪のまま、いつ俺の意識が途切れるかも分からねえ。
 今のうちに何かをするしかねえ。

「お、とうと、くん、やってくれるね。石を操ったり、砂を操ったり、君は土魔法を使えるのね」

 使えねえよ。また下手な勘違いを…………いや…………待てよ? 土?
 なんだ、何かが引っかかる。
 土魔法? 土? どこか引っかかる…………

―――あら? 人間の世界は大地があってこそ存在するのよ? 土の属性とは、正に人間そのものを表している、とても素敵な属性じゃない

「あっ…………」

 思い出した。俺がまだ、学校に通っていた頃だ。
 属性魔法の授業で、俺の属性が土だと分かったとき、担任が俺に言った言葉。
 大事なのは、俺が土属性かどうかじゃない。世界は大地があってこそ存在する。

「植物は浮かすことができなかった。でも、石や岩や砂は浮かすことが出来る」
「なにをぶつぶつ言ってるのかな? 弟くん! もう、トドメをやっちゃうんだからね! 食べちゃえ! 血のジュース、生肉、内蔵、そしてデザートは脳みそプリン!」

 できるのか? 俺に。
 いや、やるしかねーんだ。
 できるさ。
 逆転のためのメイクミラクル。文字通り、世界をひっくり返してやろうじゃねえか!

「見せてやるよ、人間も野生も、所詮は世界が存在しなけりゃ生きていけないもんだってことをな!」

 浮け。
 浮くのは、俺が今、見えている全ての物…………じゃない!
  

「ふわふわ世界(ヴェルト)革命(レヴォルツィオーン)!」


 浮くのは、俺が今、見えている世界そのもの!
 そのためなら、全ての魔力も、気力も、体力も、なんなら命すら懸けてやるよ!
 その先にあるんだろ? 俺の越えるべき、限界ってやつがよ!

「えっ、な、なに? なに! 地面が、森が揺れて、地震? いえ、ちが、えっ、う、嘘!」
「ちょおおおおおおおお、に、に、にいさああああああああああん、なんすかこれええええ!」

 ああ、その顔だよ。その顔が見たかった。
 マジでビビったその顔を見たかった!

「地面が、森の一部が…………だ、大地が浮いている!」
「砂嵐だろうと、地割れだろうと、土石流だろうと、いや、いっそのこと、地の奥底深くからマグマでも浮かせてぶっかけてやろうか?」
「お、おとうとくん…………君は…………一体…………何者!」

 さあ、反撃開始といこうじゃねえか!
 


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第42話 ヤルかヤラれるか

「すげえ、すげえっすよ、兄さん! オイラ、興奮して涙ちょちょ切れっすよ!」

 本当に何かが掴めた気がする。
 そもそも、こういうことをやる前に、「出来るかもしれない」「それをやるしかない」という考えにもこういう状況でなければならなかった。
 まさにこういうことなんだろ。

「ふわふわ地震!」

 テメェの限界を超えるってのは。

「ふわふわマントル!」

 地割れ。地の奥底、惑星の奥深くの核まで堕ちな!

「嘘でしょ、この子。トランスフォーメーション、ジャイアントフット!」

 割れた大地が意思を持っているかのように、クレランを落として挟み込んで潰そうとするも、クレランは身を捩って暴れて、地割れから脱出。

「トランスフォーメーション、スカイウィング!」

 今度は鳥の羽か? 巨大な翼を生やして空へと逃げる。
 大地が敵となって攻めるなら、当然逃げるなら空だ。
 そう、逃げたんだ。テメエは、今、俺の力にビビった。
 でも、残念だな。

「俺から逃げたけりゃ、セクハラじゃねーけど、素っ裸にならねえとな。ふわふわ回収!」

 どこに逃げようと関係ない。俺の力で引き寄せる。

「なっ、体が勝手に引き寄せられて!」
「くはははは、残念でした! 覚えておきな、不良の驚異は無視できねえってな!」
「どういうこと? 体が、いえ、衣服ごと引っ張られているようなこの感覚は!」
「ふわふわ砂嵐!」
「ちょっ、どうして! これだけ立て続けに、しかも無詠唱で魔法を、ぐっ、砂の竜巻まで!」

 ああ、何か、「入った」ような感覚だ。
 不思議だ。なんか、何でもできる気がする。負ける気がしねえ。
 大地に広がる砂を全て上空に集めて渦巻くように操れば、あたかも俺が魔法で砂嵐を放ったと思われる。
 翼で自由に羽ばたけない鳥に、何の意味もねえ!

「ふわふわ隕石(メテオ)!」

 地割れと砕けた大地から生まれた岩石。それを立て続けに真上から落とす。
 逃しゃしねえよ、テメエが負けを認めるまではな。
 揺れ浮く大地に叩き落とし、その上からまた、岩石を落とす。落として潰して挟み込む。
 だが、

「ふふ、ラバースライム」
「くははは、ゴム化か。こんだけやってノーダメージだとヘコむな」

 肉体をゴムのモンスターにして、衝撃すべてを吸収したか。
 だが、手応えがねえわけじゃなさそうだ。

「ふふ、あはははは、もう、驚いたわよ。こんな奥の手を隠し持ってたなんて」
「くははは、すまねえな~、なんせ未だに女を抱いたことのない奥手なもんでな」
「ははは、面白いね、弟くんは。でもね、二つだけ分かったことがある」
「あっ?」

 ノーダメージとはいえ、纏ったトーガが破けて全身もかなり汚れている。
 笑って見せているが、少なくとも精神的にダメージはくらってそうだ。

「弟くんは土属性の魔法を極めた者………というわけではないみたいね。もっと根本的な何かが違う。そうでなければ、これほど大掛かりな魔法を無詠唱で唱え続けられるわけがない。たとえ君が、光の十勇者クラスだったとしてもね」

 正解。つーか、魔力は思いの他減ってねえ。
 まあ、ただ重いものを浮かせてるだけだからな。

「それと君、そんなボロボロになるまで隠してたなんて、嘘っこでしょ。本当は、さっき出来るようになったんじゃない?」

 なんだよ、ちゃんと分かってんじゃねーかよ。
 
「ああ。人間出来ることだけで何とかしようとすると、意外となんとかなったりするもんさ」

 まあ、バレたところで、大地と違って今の俺の心は揺れ動かねえ。
 根拠もねえのに、俺の奥底から自信って奴が溢れ出てきやがる。

「そう、野生のモンスターにはない、こういうことがあるんだよね」
「はっ?」
「野生のモンスターは自身の能力や特徴を最大限に活かすことに長けている。でもね、人間は時より、自分の能力の限界を超えた力を引き出すことがある」

 今の俺の様子を見て、クレランがそう言い放った。

「才能あるものが覚醒するときは、『開花』と呼ぶ。でもね、弟くんみたいに才能とか天才からかけ離れた子が覚醒したときは、『殻を破る』って言うのよ」
「くはは、殻を破るか。いいじゃねえか! 型破りとかそういうのは、不良にとっちゃ褒め言葉だ」
「ふふ、どこまで破って飛び立てるかは、君次第だけどね!」
「じゃあ、どこまでもかな? くははははは!」
「うふふふ、だからこそ勿体無いわね。君を食べるなんて、すごいもったいなく感じるわ」
「もったいない? 逆さ。百害あって一利無しな俺を喰らったところで、健康被害程度じゃすまないぜ?」
「もう、カラクリドラゴンは二の次ね! 本日のメインディッシュは弟くん! どんな能力や魔法を使ってるか知らないけど、おとーとくんのお肉ちょーだい!」
「くはははは、近寄るんじゃねえ! ふわふわ衝撃波!」

 再びかち合う俺たち。
 単純な殴り合いとは言い難い、それぞれの能力を互いに駆使したぶつかり合い。
 でも、俺はこんなビックリドッキリな技の応酬なのに、高揚感が止まらねえ。
 何でもできる自分が、こんな命懸けの状況なのに楽しいとすら感じた。

「くくく、うふふふふふ、うふふふふふ! 欲しい! 食べたい。食べたいわ! おとーとくんが!」
「はあ、はあ、はあ、ったくしつこい食いしん坊だぜ。ほどほどにしねーと男が引くぞ?」
「食べる女は健康的なんだから」
「ちっ、そーいやー、朝倉リューマの時代じゃ、草食系の男ばっか増えたから肉食系女子が増えたなんつってたが、これは度を越えすぎだろ。いいかげん、お腹いっぱいになれっての!」

 ああ、もう、森の地形が変わっちまったな。
 美しい森だったのに、自然破壊が行き過ぎた。
 大地は荒れて木々は伐採されて、おだやかだった野生生物の住処が完全に奪われたな。

 俺の所為で。

 くはは、知るかよ。俺は環境保護者じゃねーんだ。
 そんなもんに興味はねえ。

 今はただ、この女をぶっ殺すこと以外はどうでもいいんだよ!


「ふわふわ洪水!」
「ッ、今度は何!」


 俺にはちゃんと見えてるぜ。近くに小川が流れているのは。
 流れは緩やかだ。でもな、その全ての水をかき集めたら、どんだけの、何トンの水の量になると思う?

「か、川の水がうねりを上げて、鉄砲水のように!」

 ああ、出来るもんだな。
 まさか、液体を自由自在に浮かせることが出来るとはな。
 川のありたっけの水を滅茶苦茶に浮かせて、集めて、壁のようにクレランを押しつぶす。

「ト、トランスフォーメーション、ドルフィンマン!」
「ほ~、魚人か。ほんとに色々変身できるやつ」

 水の圧力や波に負けじと、泳げるモンスターに変化。これでも仕留めきれねえ。
 だが、

「だが、忘れんなよ? 地盤が完全にガタガタになった土砂に大量の水をぶっかけたらどうなるか!」
「えっ、ちょっ、嘘っこでしょ!」

 大地が再び激しく揺れる。これは、地震じゃねえ。
 人間の意思で人工的に起こした………

「ふわふわ土石流! 魚人で泳ぎきれるかどうか試してみな!」
「こ、この子、な、何者………怪物………」

 物を浮かせる。その魔法だけを貫き通した。
 他の魔法を覚えるためのキャパを全部それだけに注ぎ込んだ。
 五年間十時間以上毎日欠かすことなく、日常生活すべてをそれに注ぎ込んだ。

「テメエには分かんねーだろ? 他の能力ばっかに手を出しまくったグルメ家には、一つの味だけを追求し続ける料理人の気持ちはな」

 土石流に飲み込まれるクレラン。いかに野生の生物でも、自然界の災害や天変地異の前には無力だ。
 全身を土砂で包み込み、団子のように丸めてガチガチにする。
 このまま圧迫させるか? それとも窒息させるか?


「こ、の、トランスフォーメーション、爆竜!」


 クレランを封じ込めた土砂の団子が突如爆発した。

「うおっ、この女、まだこんな能力が!」

 爆発を起こすドラゴン。そんな怪物がまだ残っていたか。
 大地が壊れ、自然が火を吹き崩壊する。
 もう、世界の破滅を見ているような気分だ。

「ちっ、やべえな………そろそろ………体力と意識が………」

 浮遊の魔法にそれほど魔力は使わねえ。使うのは、せいぜい微量な魔力と体力。
 だが、その体力すら全身ズタボロの今の俺には底が見えかけている。
 対して、クレランはまだまだ元気………

「ふー、ふー、ふー、負けないわよ、弟くん! 捕食者は私だよ!」
「くそ、はあ、はあ、しぶとい奴だ」
「これまで喰らってきた全ての生命を糧に私は立っている! 今、ここで、私が負けることは全ての生命に対する侮辱! ぜーったいに負けられないんだから!」

 ああ、必死な顔してやがる。殺意と気迫が伝わってくる。
 最初はただ喰われるしかなかったはずの俺を、今ではこの女は喰うか喰われるかを競う敵として見てやがる。
 俺は血まみれに、クレランは泥まみれになりながらも、俺たちは互いに引くことはねえ。
 だが、一つだけ教えてやる。

「狩るか狩られるか………喰うか喰われるか………だけじゃねえ」
「はあ、はあ、はあ、じゃあ、なに?」
「ヤルかヤラれるかだ!」
「ッ、言ってくれるじゃない」
「ハンターだろうが、捕食者だろうが関係ねえよ。俺はテメェらの想像を遥かに超えてるんだよ!」

 もう俺たちは、命をすり減らす戦いをしているんだから。

「テメエを狩って、喰らって、ヤって、俺はそれを糧にさらにデカくなってやるよ!」

 そして、もう、これで最後だろうな。
 
「そうだね………弟くんの言うとおりだよ………でも、ヤルのは私だよ!」

 俺はまだまだ強くなる。
 そして、クレラン。テメエは本当に最初から最後まで自分を曲げねえ、イカしたヤバイ奴だったぜ!


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第43話 スゲエ女ばかり

 出し尽くした。もう、欠片も何も残っちゃいねえ。
 お互いにな。

「ま、あ、魔力、切れ、空になっちゃった」

 終わった。

「ふう、ようやく倒れやがって。つーか、ファルガたちの足止めにドラゴン三匹も生んでんだから、先にバテんのも当然か」

 荒野と化した大地に倒れこむクレラン。
 俺は、倒れないまでも座り込み、もう立ち上がることも出来なかった。

「あ……ダメ……もう動けないや……ほんと、君ってば、屈服しないんだね~」

 よくよく考えれば、俺と戦う前に弩級のドラゴン三匹も魔力を使って生んでいるため、かなりの魔力を消耗しているはず。
 俺たちの戦いは結局互いに決定打を浴びせることはなく、最後はクレランの魔力切れで幕となった。
 とは言うものの、俺も大量の血を失い、骨も無数に砕けて、ぶっちゃけ意識がヤバイ。
 本当は俺も気持ちよく倒れ込みたかったが、勝敗を明らかにするためにも、クレランが倒れている以上、俺が倒れるわけにはいかなかった。

「で、どうするの、弟くん。私を喰べる?」

 既に敗北を受け入れてスッキリとした表情を見せる、クレラン。
 その表情は、今から何が起きようとも覚悟している表情だ。
 身を差し出している。
 
「どうせ喰べられるなら、ファルガに喰べてもらいたかったけど、弟くんの勝ちなんだから、仕方ないよね」

 破れたトーガや、少しだけ股を開いて肌を出しいている艶かしい太ももや、その先にあるものをチラつかせながら、俺を誘うように微笑んでいる。
 その魅力的な誘いを前にして、俺も思わず唾を飲み込んでしまった。

「くはは、魅力的なお誘いだな。首とか伸びなきゃ、あんたは良い女なんだ。筆下ろしの相手をしてくれんなら、最高だね」
「そっ……うん……いいよ……もう、何でもしていいよ。はい、召し上がれ。お腹いっぱいになるまで、どーぞ」

 本当に潔すぎる、男前な女だな。
 危うく本気で野外で初体験と行きたくなった。
 だが、不良でありながらも俺の中にまだ残ってる理性が、それを止めた。

「残念だよ。俺の旅は、ある一人の女を探すための旅だ。その女が見つかる前に浮気しちまったら、俺のこれまでの人生無駄になっちまうからな」
「……いいの?」
「ああ。据え膳は喰わずに、テメエとヤリ合った過程だけ喰らって前へ進むさ。微妙に悶々としちまった気持ちは、夜中に一人寂しくセンズリでもして開放するさ」
「ぷっ、くくく、あはははははは、なにそれー! もったいないな~、私、けっこー美味しいと思うんだけどな~」
「ああ。それにまー、すぐ近くに、こんなクソ野郎が初恋だなんて言ってくれる可愛い女が居るもんでな」
「ふ~ん、まっ、そーいうことにしておこうかな? 弟くんって、一途なの? それともヘタレ?」

 傷も痛みも超越して、この戦いでは得るものは多かった。
 出来ないと思っていたことが出来ることだとわかったことだ。
 そしてなによりも、俺自身でも初めてだった。
 本物の命をすり減らす戦いで、一対一の戦いで勝ったことは。

「うおおおおお、にいさああああああああああん、さいっこうす!」
「へぶあおあ!」

 ドラ……おま……今の俺は僅かな衝撃でダウンするんだから、マジで飛びつくんじゃねえよ。
 いきなり飛びついてきたドラに、俺の全身は痺れが伝わり、結局俺はそのまま倒れ込んじまった。

「にいさあああん、だだ、大丈夫っすか!」
「いや、おま、ああ、も、もう、マジで、神乃を見つけたあとにぶっ殺す」

 本当につくづくだよ。そもそもが、こんな奴を助けるために始まった戦いで、俺は森林を破壊しまくったわけだからな。
 てか、ああ、やべえ……マジで……意識が……


「しっかりしろ、坊主! 今、回復薬を飲ませてやっからな」
「……あ?」


 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
 それは、今朝、麓の村で出会ったハンターたち。

「おい、クレランの方も手当しとけ」
「え~、こいつは、私たちがファルガに擦り寄ったとき~、すごい殺気飛ばしたんだよ~? やだな~」
「坊や~、すっごいかっこよかったよ~、おね~さん~、濡れちゃった~、ねえ、触って~」

 朝、俺たちに色々教えてくれたり仲間に誘ってくれた、おっさんたちから、ビキニアーマーのエロい姉さんたち、さらに他の連中と組んだり誘われたりしていたハンター達もみんな集まっていた。
 どうしてだ?

「あんたら、どうして?」
「まあ、こんだけ森の中で大暴れしたら、そりゃー集まるさ」

 ああ、そりゃそーだ。

「実はな、俺たち、お前らが喧嘩始まる頃から見てたんだ」
「そーそー、みんな隙を見て、カラクリドラゴンを奪って逃げようとしてたんだよ~?」

 あっ、そうだったんだ。全然気付かなかった。
 でも、何故だ? それなら俺たちは隙なんていっぱいあったし、今こそ千載一遇のチャンスじゃねえか。
 俺たち放置してカラクリドラゴン持って逃げれば、子孫の代まで遊んで暮らせるってのに。

「あ~、坊や~、私たちを~、バカにしてるでしょ~金の亡者~とか思ってるんでしょ!」
「ほんとだぜ、坊主。俺たちはよ~、ハンターなんだ。そんな誇りもねえやり方はしねえよ」
「ああ。今回のクエスト達成者は君こそふさわしい」

 何だか、照れくさくなった。声を出せない代わりに自然と顔が熱くなった。
 ひょっとして、俺って今、褒められてんのか?

「しっかしな~、坊主は面白いやつではあるが、ハンター失格だな」
「………………はっ?」
「自然と野生と人間の調和を守るのがハンターの仕事でもあるんだぜ? こんな取り返しのつかないほど自然を破壊しまくるとはよ」

 いや、そもそも俺はハンターじゃねえし。
 つか、ほとんど暴走状態で暴れまくったから、確かにこの森はどうする?
 この、滅茶苦茶になった自然は、まるで天変地異が通ったあとに見えるな。
 朝倉リューマの世界なら、叩かれまくってたかもしれねえな。

「まあ、俺に興味はねえよ。テメエがいかに環境にとって害悪なのかは良く分かってるからな」
「おいおいおいおい、開き直ったよ、この坊主は」
「俺はただ、敵をぶっ倒せりゃそれでいいんだから、それ以外のことに興味ねえよ」

 むしろ、ここまでやらなければ、俺が喰われていたからな。

「でも、そのおかげで兄さんが勝てたんすから、いいじゃないっすか!」

 で、なんかスゲー馴れ馴れしくなったけど、こいつ大丈夫か?

「お~、これがカラクリドラゴンか~、近くで見るとやっぱ不思議な身体してやがるな~」
「しかも、流暢に喋ってるし」
「どういう構造なんだ?」
「ねー、固いし~、てか、固いね~、固くて~熱くて~、バッキバキ!」
「これが~、何十億? やったね~坊や、もうお金持ち~」

 奪い取ろうとはしないものの、ハンターとして非常に興味深そうにカラクリドラゴンのドラを覗き込んだり触ったりするハンターたち。
 ドラもビクビクしているものの、こいつらがクレランよりは怖くないとは分かっているのか、最初の頃みたいに騒いだりしない。
 というより、危ないのはむしろ俺だったりする。

「ね~、坊や~これで~、君は~、もう、大金持ちで~、何でもやりたいことやり放題~」
「おっきい家に住んでさ、毎日美味しいもの食べてさ、欲しいもの買って、そんで好きな女の子も~、にひひひひ」

 なんか、エロコンビ姉さんが寝ている俺を挟み込むようにしなだれて来た。
 微妙にビキニアーマーがギリギリまでズレて、露出している肌がピトリと左右から俺に触れて体温が伝わってくる。
 って、まずい! さっき、クレランにモヤモヤした誘惑された直後だから、まずい!

「うおっ、坊主~、羨ましいぞ~! あとでおっちゃんたちに感想聞かせろよな!」
「くっ~、俺もカラクリドラゴン捕まえてたら、マジで天国だったな!」

 いや、止めろよお前ら! いや、俺もなんかやばい気持ちになってくるけども!
 だが、エロハンターのクリとリスの二人は、やらしい笑みを浮かべてペロリと唇を舐め、なんだかクレランとは別の捕食者に見えた。

「ちょっと、そこの二人! 弟くんにエッチなことしたら、そのユルいお股を引き裂くからね!」
「はあ? 私たちが股ユルかどうかなんて、あんたに分かんの? モンスター食いまくってるけど、人間の男を食ったことのないあんたがさ」
「黙って~、見てなって~、坊やは~、私たちが~、食べちゃうからさ~」

 手つきが何かスゴイ手馴れてやがる。俺の下半身を絶妙な力加減でさすったり、俺の耳たぶを両方向から舐めたり息を吹きかけたり!

「ねえ、坊や~、私たちを坊やの愛人にしてよ~」
「そうそう。テクニックは保証するよ~? ぜーったい飽きさせないから、毎日いつでもどこでも好きにしていいからさ~」

 あっ、やべえ、何だか元々遠のきかけていた意識が余計に遠くなりかけて、何だかも~どうでもよくなるような…………


「魔極神空手・水平線五連突き!」


 その時、ちょうど俺たちの真上を巨大なドラゴンがぶっ飛ばされていた。


「ガ、ブアア、ブワアアアア」


 ちょっと待て、ぶっ飛ばされたドラゴンの顔面や胴体が変形するほど殴られた跡があるんだけど、どうなってんだよ! 
 つうか、ドラゴンがスゲエ怯えてるんだけど。


「ふう、ふう、ふう、…………強かったぞ、氷竜。ここで引き下がるのであれば、これ以上はしないぞ?」


 森の奥から荒野と化したこの場に現れたのは、ウラ。
 闇の衣が何箇所か欠け、片腕が氷に包まれていたり、頬に切った血の跡がある。
 その姿を見ただけで、激戦を予想させる。

「お、おい、あの嬢ちゃん、な、ドラゴンと一人で戦ってたのかよ!」
「うそ、とっくにやられたと思ってたのに!」

 人間の何倍もの図体のあるドラゴンが、女のか細い腕で殴られたり、死闘を繰り広げたりしていたら、そりゃープロのハンターでもビビるか。
 そして俺も、ウラの才能は凄いことは知ってたのに、やっぱ驚いた。

「ブワアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 最後っ屁のつもりか? 傷ついた氷竜の口から猛吹雪が放たれる。
 だが、ウラはそれに対して避けようともせず、真正面から迎え撃つ。
 そして、

「魔極神空手・廻し受け!」

 吹雪がウラを避ける。いや、ウラの闇を纏った掌が美しい舞を見せ、それが絶対的な防御を作り出す。
 そして、そのまま氷竜に徐々に近づいていき、懐に入り込んだ瞬間、強烈な拳を天まで突いた。

「魔極神空手・昇龍(しょうりゅう)亜牙(あげ)突き!」

 闇が渦巻いて、巨大な氷竜が天高らかに舞い上がる。
 空を一瞬闇で覆ってしまうほどの膨大なエネルギー。
 完全に力を失った氷竜は、そのまま受身も着地もせずに、その体重と勢いをモロに乗せて落下した。
 地面が激しく揺れるほどの衝撃。
 誰もが言葉を失った。

「ウ、ウラ……」

 思わず俺がそう呟くと、拳を突き上げたまま固まっていたウラが振り返り、必死の形相で俺まで駆けつけた。


「ヴェルトォ、無事であったか~…………ヴェルト! ッ、その、その傷は!」


 あっ、いつの間にかクリとリスが下がって、「何もしていませんよ~」的な顔で口笛吹いてやがる。
 早い。だが、同時に身の危険を感じたんだろう。

「ヴェルト、何という傷だ……あの女にやられたのか!」
「あ、ああ、まあ、勝ったけどな」
「くっ、許せ、ヴェルト! 私が、私がドラゴンごときに手を焼かなければすぐに駆けつけられたものを! 幼い頃、私がお前の代わりに戦って、お前の敵は全て私が滅ぼすと誓ったのに、すまない!」

 ドラゴンごとき…………チラッとハンターのおっさんたちを見ると、ゾッとした顔で首を横に振っていた。
 そう、「ごとき」ってお前。
 とにかく、今のでハッキリした。もし、クリとリスとヤバイことしてる現場を見られたら、俺たちがあのドラゴンと同じようになっていた。
 ウラの近くで他の女とふざけるのはやめよう。

 あっ、そういう女がもう一人いた。


「ミヤモトケンドー・二天一流・十字斬り!」
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアア!」

 
 なんだろ、この世界では女がメチャクチャ強いのは珍しくないのか?
 何で、俺の周りにはタイマンでドラゴンと戦える女が集まってるんだよ。


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第44話 ミッション・コンプリート

 俺はウラに膝枕されながら、天上の決闘を眺めていた。
 その時、ハンターのおっさんが顔面を蒼白させながら呟いていた。

「なあ、坊主。ある国の兵士が百人の兵士を動員して、パンサーリオン一匹を討伐しようとしたら、その一匹に百人の兵士が全滅させられたって事件が過去にあったんだ」

 聞いたことはある。プロのベテランハンターも徒党を組んで対処するような怪物だ。

「風竜とか氷竜ってよ~、その十倍以上の図体とパワーとエネルギー持ってて、パンサーリオンを丸呑みしちまうぐらいの怪物なんだぜ?」

 ある国の兵士が千人がかりでも敵わなかった。それがドラゴンというものだ。
 
「ミヤモトケンドー・二天一流竜巻切り!」

 人型の生物は、脳は優れていても、その身体の力は野生のモンスターよりも劣っている。
 そのモンスターを倒すために、人は軍を作り、連携を使い、鍛え上げた魔法と剣を使って立ち向かう。
 だかこそ、本当はあってはならないんだ。
 一対一でドラゴンと戦う人型の生物の存在は、チームや軍という存在そのものを否定することになるから。

「ギシャアアアアアアアアアアアアア!」
「ふう、流石は誇り高き竜族。生まれたばかりの子供とて、拙者、その力と潜在能力に感服いたす」
「ギシャ! ギシャッ! ギシャアアアアア!」
「しかし、負けられぬのは拙者も同じ! 我が殿が待っている! 誰にも邪魔はさせぬ!」

 場を埋めつくすほどの、殺気? 闘気? いや、これは剣気だ。
 ムサシの体から抑えきれぬ程の剣気が飛び出し、空気に触れただけでも斬り刻まれそうだ。
 ドラゴンは、野生の本能で危険を察知したのか、闇雲に飛びかかってこない。
 だが、それでも逃げないのは、誇りの表れでもある。
 ドラゴンは、体勢を低く構え、その肉体を強烈な竜巻で覆う。

「その勇気、見事なり! 貴君の名は、何と申す!」
「ギシャアル!」
「覚えておこう、ギシャアルと申すか!」

 いや、今のはただ鳴いただけだろ。てか、お前は馬鹿か? 会話が通じるわ