それはとてもきれいな空で (ルシアン(通説))
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それはとても今更な資料で

資料です。
特に読む必要はありません。


「それはきれいな空で」世界観

 

いい加減原作からの乖離っぷりが半端じゃなくなってきましたし、本編にて書かれていないルシアンの脳内設定も数を増してきてしま

ったので、ここで纏めておこうと思います。

ただ、この設定も2011年10月9日現在での段階のもの。

後になって増えちゃったりするかもしれません。悪しからず。

 

 

『世界』

 

機動戦士ガンダムSEEDの世界観と地理面でも変化があります。また、SEEDでは地球に関してあまり深く触れられていなかったので、私が独自解釈している部分もあります。

 

・大西洋連邦

北米・中米・カリブ各国・アイルランド・イギリスなどによって構成されている。

主人公 ムルタ・アズラエルの所属国。

首都はワシントン・D.C.

 

WWⅢ時、アメリカ合衆国を核に結成された。

大戦初期に暴走していた中国に宣戦布告し、世界の警察たらんとした。が、欲を出してついでとばかりに南米各国に手を出してしまったのが運の尽き。

南米は南アメリカ合衆国を結成して、徹底したゲリラ戦術で対抗。EUを母体にして誕生したばかりの新進気鋭、やる気十分のユーラシア連邦とも対立。中国とはサイパン沖海戦で勝利を収めるも、結局はそれだけとなってしまった。

コーディネーターの出現により、一時期労働人口のバランスが崩れ大混乱に陥ったことは人々の記憶に新しく、反コーディネーターの気運は高い。

政界ではブルーコスモス派と呼ばれるアズラエルの派閥が多数を占めており、過激派は少ない。

 

ニューヨークに地球連合の本部が、アラスカには地球連合事務局並びに地球連合軍総司令部が置かれている。

マスドライバー施設をパナマに保有している。

 

 

・ユーラシア連邦

ヨーロッパからイランまでが領土。

ロード・ジブリールの所属国。

首都はブリュッセル。

 

かつてのEUを母体に、ヨーロッパ大陸の多くの国々が参加して結成された。

WWⅢ開戦の発端国の一つ。

WWⅢの引き金の一つでもあったロシアとの対立を武力でもって解決した後、エネルギー問題解決のため、中東へ遠征した。

そこまでは良かった。そこまでは良かったのだが、ロシアを併合したことで、当時ロシアと交戦中だった中国と戦わざるを得なくなり、中東方面でも汎ムスリム会議とぶつかることになり、苦戦。また、南米問題で大西洋連邦とも対立したために大戦の終結を模索し始めた。

ユーラシア連邦は世界で最もコーディネーターによる経済的、治安的損害を被った国であり、政界の多数を占めているジブリール派の影響もあって過激的思想が強い。

 

ブリュッセルに地球連合経済・社会理事会が置かれている。

マスドライバー施設をセヴァストポリに保有している。

 

 

・東アジア共和国

中国・朝鮮半島・台湾・東南アジアの大陸部の国々・ミャンマー・中央アジア各国を領土とする。

首都は南京。

 

国家として成熟しきりつつあった中国において、国家の拡大主義と軍部の権力争いが見事にブレンド。人民軍の長官候補であった3人がそれぞれ功をあげるべく開戦に踏み切った。実は党本部は開戦については承知していたが、三方面で戦うとは聞いていなかったりする。

1人はロシアを相手に、1人は東南アジアとインドに、1人は日本とアメリカに喧嘩を売った。…やめとけって。

結果、ロシアとは戦っているうちにいつの間にか相手がヨーロッパ全体になっており、インドとは戦っているうちにインパール作戦の再来になってしまい、日本には上陸はしたものの予想外の抵抗と、本国からの応援の少なさから継戦が難しくなった。結局、何とか制圧した地域だけで東アジア共和国を名乗ることにし、軍の長官には南方軍の司令官が就任した。

大戦で疲弊した国力を取り戻すべく、現在はプラント側に立って戦争中。

 

上海に地球連邦の本部が、

重慶に地球連邦軍総司令部が置かれている。

マスドライバー施設を高雄に保有している。

 

 

・日本国

大戦前の領土に加え、千島列島、樺太、マリアナ諸島を領土とする。

首都は東京。

 

特定の宗教に拘らず、単一民族による国家構成で、国境が海によって明確に分かっており、数少ない領土問題も解決しないことが深刻な国家対立を生まなかった。WWⅡからの長い平和の中で、ガラパゴス現象を国家レベルで見せてくれた国。

WWⅢ勃発に際して、ようやく自衛隊を国軍に改組。まさにおっとり刀

。中国による宣戦布告と奇襲攻撃が始まると、それまでの防衛意識の低さもあいまって、対馬が早期に陥落。次いで、若干粘ったものの九州北部が陥落。国内に衝撃が走った。

軍は直ちに九州中部の山岳地帯と山口市に二足歩行戦車を配備。それまで趣味で作られていた国防マニュアルに沿って戦闘を開始した。九州が陥落し、主戦場が中国山地に移行したところで中国軍は攻勢を止めざるを得なくなり、その後北海道方面から攻撃を仕掛けてみるも兵力不足から失敗。サイパン沖海戦で大西洋連邦軍に敗れたこともあって、中国軍は撤退を開始した。

戦後、大西洋連邦の国家方針の変化から日米同盟は解消され、太平洋方面軍を引っこ抜いた後のマリアナ諸島は日本に譲られた。

戦争には勝ったものの、少数ながら多民族国家となってしまった日本では国籍問題などが多数あり、法改正が急がれている。また、コーディネーターに対しては差別はされていないのだが、もともと年功序列型の社会では実力は高いがプライドも高いコーディネーターは暮らしづらく、国内にコーディネーターはほとんどいない。

今大戦では中立宣言を出しており、オーブを除く他の中立国とは相互防衛協定を結んでいる。

なぜか昔から公的機関のネーミングセンスが世界一無いと言われている。

 

 

東京に「中立国間の相互防衛に関する機関」本部が置かれている。

マスドライバー施設を松山に保有している。

 

 

 

・南アメリカ合衆国

南米各国を州とした合衆国。

首都はブエノスアイレス。

 

もともと反米感情が強かった国々が多かったこと、お国柄から英雄的な指導者が生まれやすかったことなどから強固な団結力を見せる。

パナマまでが発足当初の南アメリカ合衆国の領土であったが、大戦中に戦線がジリジリと後退していたこともあって、現在はコロンビア州が北限となっている。

ユーラシア連邦が発足当初の南アメリカ合衆国にフォークランド諸島の領有権を(勝手に)譲り渡したこともあり、ユーラシア連邦との仲は良好だった。

今大戦勃発後、ユーラシア連邦の推薦で1度は地球連合に加盟したものの、やはり大西洋連邦との仲が悪く、アズラエルがいない間に、ジブリールによってアフリカへ派遣していた虎の子の戦車師団を勝手に壊滅させられたこともあって地球連合から脱退しようとした。

 

 

 

・アフリカ共同体

スーダンとカメルーンより北側にある国々の連合。

首都はアルジェ。

 

WWⅢ勃発時、それまでのAU(アフリカ連合)の主導権争いがエジプトと南アフリカ共和国の間で表面化。

大戦の煽りでくしくも諸外国は仲介に入ることができず、ついにはアフリカを二分する大きな戦いとなった。当初首都はアレキサンドリアとされていたのだが、シナイ半島まで進出してきたユーラシア連邦を警戒して遷都。戦争の影響で都市機能が無に等しくなっていたカイロではなく、アルジェが新首都となった。

南アフリカ統一機構が地球連合側に付いた為、こちらは対抗してプラント側についた。WWⅢ勃発後の大西洋連邦軍の宣戦布告を受け、急遽発足。

 

 

 

・南アフリカ統一機構

エチオピアとコンゴ民主共和国を国境とするアフリカの連合国。

首都はプレトリア。

 

WWⅢ勃発後、AUの主導権争いの際に南アフリカ共和国側についていた国々が組織した国家。

もともと首都はナイロビとしていたのだが、今大戦でビクトリア宇宙港をザフトに制圧された関係で、遷都を余儀なくされた。

 

 

・スカンジナビア王国

ノルウェー・スウェーデン・フィンランドを領土とする。

首都はストックホルム。

 

EUがユーラシア連邦に改組された際、その軍事色の強さを嫌がって独自に国家を建設した。極力よその国のことに口を出さないようにしているが、この国家の外交力の強さは世界的にも認められていた。実際WWⅢ時にも中立宣言を出し、見事に無傷で乗り切った。

しかし今大戦では地球連邦から一方的な宣戦布告を受け、相互防衛協定加盟国の援軍と共に粘るも敗北。王族や政治家を始めとする多くの国民が国外に亡命した。

現在、スカンジナビア王国は地球連邦の統治下に置かれており、国内各所には連邦軍が駐留している。

 

 

・オーブ連合首長国

ニューギニア島周辺を領土とする。

首都はオロファト。

 

独立独歩を気風とする国家。新生国家であるせいか、その外交能力は非常にお粗末であり、協調性や空気を読むといったことが致命的にできないでいる。豊富なエネルギーと進んだ技術力を背景とした軍事力を持って世界の荒波を単独で渡ろうとしている。それが国是。国民はこのことに非常な自尊心を持っている。しかし忘れてはならない。いくら技術力とエネルギーがあろうとも、同盟国も無しに戦時中の国際社会を生き残るためには莫大な防衛費が必要とされるのだ。実際、この国は開戦もしていないのにすでに国防費が国家支出の25パーセントを占めるという恐ろしい事態を引き起こしている。

おかげで国債の格付けは年々下がっており、財政局のビルは毎日明け方近くまで明かりが灯っている。

 

マスドライバー施設をカグヤ島に保有している。

 

 

・プラント

コロニー92基によって構成されている。

首都はアプリリウス市。

 

今大戦を引き起こしたとも言える国。国と言っても未だ世界の過半数は承認すらしておらず、正式に国交を結び、大使館を互いに設置しあっている国は存在していない。

独立を叫んでは見たもののその相手は非常に大きく、コーディネーターの歪んだ自尊心だけで戦争を耐え抜けるのかどうかが最大の問題。現在、軍に治安局に勤めていた者の大半が徴集されており、最高評議会は急遽洗脳しやすい初等部高学年生を中心とした保安員を育成。子供が大人を追い掛け回したり、逮捕したりするというシュールな光景が各地で見られている。

食料と日用品の不足が深刻であり、同盟国である地球連邦からの輸入が唯一の頼り。人的資源も全く余裕が無く、アフリカ方面では輸送や補給といった後方任務を現地人にほぼ一任せざるを得なくなっているという。

 

 

・そのほかの国々は特に原作と比べて変化はありません。

 

 

 

 

 

『兵器』

 

ガンダムといえばやはりロボット兵器が花形ですが、当然のことながらその他にも兵器はいろいろとあるわけでして…。

特に大きな変化のある部分だけここでは取り上げようと思います。

 

 

○地球連合軍

ご存知の通りアズラエルとジブリールという二枚看板をそろえています。基本的には地球連合軍は統一された武器を使用しています。

 

 

・陸上兵器

 

リニアガンタンク…主力戦車。平原での戦いであればMSとも互角以上に戦える。

  

強化人間兵…ジブリール直属の部隊。強化人間の出来損ないによって編成されている。対東ロシアの戦線では数多くの戦果を上げている。

制御に難有り。

 

 

・海上・海中兵器

空母…Nジャマーが散布されて以来、燃料はメタンハイドレードとなった。

  

護衛艦…対ディン戦闘を追及し、ミサイルによる防空より弾幕での防空の方が良いと結論付けた。

  

潜水艦…未だグーンやゾノと戦える潜水艦は開発できていない。

 

 

・航空兵器

特に変化なし

 

 

○プラント(ザフト)

MSを決戦兵器にしてしまったため、それ以外をなかなか開発できないでいる。

原作との乖離点はほぼ無し。ただし、ディンの制空戦闘能力はお粗末にも高いとは言えなくなっている。

 

 

○日本国

ロボット大国。しかし実は力を入れて開発していたのはロボットだけではありません。

 

・二足歩行型特殊戦車…ロボット。現在「久遠」が主力とされている。後継機として「八千代」がある。

 

・ウォードレス歩兵…世界的に標準とされる機械仕掛けのウォードレスではなく、人工筋肉で作られたウォードレスを使用している。武装も非常にごつく、サブマシンガンやカトラスに加えて、レーザーライフルやら携帯式ミサイルポッドやらレールガンやらを装備している。これなら戦車とも互角に戦えてもおかしくは無い。

 

 

○その他の国々

基本的には地球連合ないしはプラントの兵器のライセンス生産やらコピー。

オーブについては原作と変化をつける予定はありません。

  

 

 

 

 

 

 

 

 




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それはとても意外な始まりで

「にじファン」にて規制対象となり消去されていたものです。
一部大幅な改編が為されており、投稿は不定期かつゆっくりとしたものとなりそうです。


目を開けるとそこは豪華な部屋でした。

 

 

……なんで?

 

 

いや、私は飛行機に乗ってたはず…。

貧乏ではなかったとはいえ、ここまでリッチな感じの部屋にいたこともない。

 

 

いろいろと不審、というか理解できないことが多く、自然と室内をきょろきょろと見回してしまう。

天蓋付の寝台に寝てること自体が信じられないが、それ以外にも何センチ厚みがあるのか分からない絨毯に、質の良さそうな優雅な照明、果ては見たこともないような巨大な鏡まである。

 

と、ふと鏡に映る部屋の光景に違和感を覚えた。

勿論部屋自体に違和感を感じてはいるのだが、そうではなく、ベッドに横たわる自分の姿に対して違和感を感じる。

 

有名な絵画の、背景や小物の絵はそのままに人物の部分だけ別の有名な絵画を入れているかのような…

 

そう、確か自分はこんな金髪ではなかった。

 

 

 

………

……

 

 

手をひらひらと振ってみる。

 

鏡の中の青年は同じように手を振っている。

 

 

頭をコテン、と傾ける。

 

かの青年も同じしぐさをした。

そろそろ年齢的に限界を感じるしぐさに見えた。

 

 

そろそろとベッドから降りてみる。

 

鏡の彼もそろりそろりとベッドから降りている。

 

 

 

………

……

 

 

 

気にしたら負けだ、そう訳も分からず呟くと、彼は別のものを見ることにした。

 

 

と、それまで何も映していなかった壁と一体化している画面に映像が映った。

左上には「A.M.6:00」と表示されているのでもしかしたらアラーム機能なのかもしれない。

 

 

 

「私たちはプラントに住むコーディネイターの意見を民主的に意思表明し、正当なる権利を確保するためにこの黄道同盟を設立した!」

 

 

中年、見ようによっては壮年ととれる男性が表面上は冷静に、だがどう見ても激情混じりな発言をしていた。

例えるならテロリストが犯行声明文を読み上げる感じだ。

 

 

 

コンコンッ

 

 

 

そんなことをつらつらと頭の中で考えていると、ドアのノックを受けた。

 

驚いたのと、結局自分がどうなっているのかが分からなかったので反応できないでいると外から声をかけられた。

 

 

 

「ムルタ様、よろしいでしょうか?」

 

 

 

どうやら自分は高木ではないらしい。




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それはとてもちっぽけな空で

結局あれから分かったことは

 

 

・私はムルタ・アズラエルなる人物である

 

・アズラエル家は大財閥を所有しており、自分はその総帥である

 

・第三次世界大戦の結果、世界はかなり大まかに再編された

 

 

といったところである。

 

 

財閥総帥としての仕事ができるかは心配だったものの、先代の会長が整理し直した組織構造はまだ正常に機能しており、陣頭指揮をする必要が無い。

よって、報告書を確認し、様々な組織と交流をし、財閥の方針を決めるだけですんでいた。

その報告書でさえもアズラエルのもとへ来るまでに三重四重のチェックがなされており、つまらない報告書などアズラエルのもとへは来ない。

 

無駄の無い、理想的な状態を現在のアズラエル財閥は維持していた。

 

 

 

 

 

 

 

「総帥、例の件の試算報告書が2つとも完成しました。来週の取締役会にて決定して欲しいとの事です。」

 

「…分かりました。そこに置いておいてください。」

 

 

 

現在アズラエル財閥は、大西洋連邦主導の「北米総合開発プロジェクト」における目玉となっている新エネルギー実用化を進めている。

技術革新の代償として高エネルギー、大エネルギーが多くの産業で必要となったことは、現在国際社会で主流の原子力発電に代わる大規模な発電システムを必要とすることになった。

 

北米総合開発プロジェクトは、全世界に先駆けてその問題に挑戦することから国際社会の注目を集めている。この問題を解決すればアズラエル財閥のエネルギー市場におけるシェアが大幅に増加することは明らかであった。

 

 

 

「それから、大西洋連邦事務次官、及びよりサザーランド海軍参謀官より面会の予約が入れられております。

映像通信で構わないそうです。」

 

「……2時間空けられる日はありますか?」

 

「…4日後の13時からでしたら16時まで問題ありません。」

 

「ではその日に入れておいてください。…それから、その後の予定をキャンセルして軍需部門の担当者との会議をいれて下さい。」

 

「かしこまりました。」

 

 

 

 

大西洋連邦による北米総合開発プロジェクトは、軍需のみならず全産業の生産力を底上げし、国力を増強することを目的としている。

来たるべくユーラシア連邦との決戦に備えているとの見方が大勢を占めており、実際に政府も大半がそれを目的としていたが、アズラエル含め一部の高官は別のことに関しても考えていた。

 

宇宙に存在する遺伝子改良人間の楽園、プラントへの警戒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョージ・グレンの演説以来急激に増えたコーディネーターは、その卓越した身体能力をもってそれまでの人間、「ナチュラル」の生活圏を奪っていった。

 

職場、恋愛、家庭、富の配分……それらのバランスを破壊したコーディネーターに対する憎悪、嫌悪は恐ろしい勢いで高まった。

 

加えて若すぎるコーディネーターが傲慢になったことで両者の溝は修復不可能なまでに深まる。

 

 

その結果地球各地ではコーディネーター排斥運動、過激な地域ではテロ活動が頻発。

コーディネーターは逃れるようにして新天地「プラント」へと移住していった。

 

プラントでは豊富なエネルギー、資源惑星からの資源、高い人材の質を背景に経済・工業力が拡大。

今では大西洋連邦とも張り合えるほどの工業力を持っていた。

 

…そして、それを背景に独立運動も盛んになりつつあった。

 

 

 

 

C.E.50年に結党された黄道同盟は、プラントにおける自治政治組織としてパトリック・ザラによって結党された。

コーディネーターという社会不穏分子が宇宙という辺境に集まることを当時の国際社会は歓迎し、彼らに一定の自治権をも与えた。

 

だが、当然のことながらそれは完全なものではない。

 

プラントという建設に天文学的な費用をかけた施設をタダで明け渡すほど地球の各国は甘い国々ではなかった。

 

黄道同盟、及びプラントの自治議会には多数の監査、監視員が地球から送り込まれ、議事録は微細にいたるまで国連に報告するよう義務付けられていた。

 

地球に反抗的であるとされた議決、例えばプラントの食料自給率を飛躍的に向上させるための提案など、は採決で賛成多数となった後で国連から議案撤回させられたりもした。

 

こうなってくると、プラントにいるコーディネーターとしては不満も募ってくる。

彼らの中には地球側の意識や態度を変えさせようと住み慣れたプラントではなく、地球へと舞い戻る者たちもいた。

 

ただ、黄道同盟トップのザラの考えは異なった。

ザラは、そしてその盟友たるシーゲル・クラインは地球がプラントに大幅な自治権、ないしは独立権を与えるとは考えていなかった。

彼らは表立っては地球に従順となり、裏では独立するための力を蓄え続けた。

彼らの行動は周到に隠されており、地球にはほとんどその情報は入ってこなかった。だからこそ、プラントに対する警戒は表立って、大々的には採る事ができなかった。

 

 

 

 

 

ふと、アズラエルは自らの執務室に貼られている世界地図の隣を見た。

そこには立体地図が表示されており、この広い銀河系の中のちっぽけな領域が再現されている。

 

地球、月、そしてそこからしばらく離れた位置に存在する砂時計形のコロニー群、プラント。

 

その距離感は、物理的な意味合いだけでなく今後の関係性をも表しているようにも思われた。




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それはとても大きな問題で

「報告書は読ませてもらった。

…それで、本当にこのプランを実行するつもりなのか?」

 

 

アズラエル財閥本社の総帥執務室。

 

そこにある2つのモニターは現在、2人の人物を映し出していた。

 

大西洋連邦事務次官、ジョージ・アルスター。及び同国海軍参謀官、ウィリアム・サザーランド。

 

アズラエルと同じくプラントに対して危機感を持っている人物であり、アズラエルの考えに共感を持つ人物としては最高ランクの政府内権限を持つ人物たちである。

現在はアズラエルから大西洋連邦議会に来週提出するはずの新エネルギープランを1通り読み終わったところで、画面越しにアズラエルに対して幾つかの疑問を述べていた。

 

 

 

「ええ、その通りです。

月面、アルザッヘル基地への巨大ソーラープラント及び赤外線変換・送信基地の建設。加えてアラスカでの受容基地建設。

この2つを3年以内に行えば、5年後に完了・始動する予定の北米総合開発プロジェクトのエネルギー源とできます。」

 

「しかし、このシステムはまだ実験的段階にあるものだろう。軍事使用であればともかく、より精密なコントロールが必要なエネルギー使用としては些か冒険じゃないか?

サザーランド参謀官もそう思わないか?」

 

 

アルスター次官はそう言うと、話をサザーランド参謀官にも振った。

 

 

アズラエルの2人に提出した計画案。

それはソーラー発電を地上ではできない規模で月面で行い、それを赤外線に変換して地球の受容基地に照射。それによって膨大なエネルギーを得ようというものだった。

成功すれば発電効率は現在の原子力発電の数千~数万になるとも試算されており、まさにプロジェクトが求めているような夢の新エネルギーと言えた。

 

だが、これには大きなリスクも伴っていた。

 

月面から照射される赤外線が万が一にでも都市にでも当たれば、そこは一瞬にして蒸発することとなる。

現在の技術力からすれば事故で起こることはありえないが、3人の考えるプラントとの戦争。それによってアルザッヘルが占領されれば人為的に行われる可能性はかなり高い。

アルスターはその点を気にしていた。

 

 

 

「……アルザッヘル基地の大規模な要塞化が必要となります。ですが、もしプラントと開戦となればもともと現在の基地では規模が小さすぎます。これを機に改修というのはありかもしれません。」

 

 

ただ、サザーランドはそう述べてアズラエルに賛意を示した。

もともと彼は現在の大西洋連邦軍の宇宙戦闘力の低さを憂慮しており、その状況を好転させるものであればなんであれ利用したいところなのだ。

 

 

「アルスター次官、言いたいことはわかります。ですが、レーザー核融合炉には15年前のビクトリア暴走事故という失敗例があります。しかも我々はあの失敗を恐れて今まで碌に研究を進めてきませんでした。

15年前と変わらない安全技術で同じものを作るなど、議会は許してくれないでしょう。」

 

「…確かにそうだ。

だが、現在のユーラシア連邦を仮想敵とする状況ではアルザッヘルの大幅な要塞化は困難だと思うぞ。

もともと北米総合開発プロジェクトにはそれこそ天文学的な予算が投入されているんだ。これ以上の予算追加は予算委員会が認めないだろう。」

 

 

アズラエル、アルスター、サザーランドはお互い情報を交換しながら議論を進めていく。

幾つかの関門、問題。

それらをある時は経済的に、ある時は政治的に、ある時は軍権で。どう解決するか算段をつけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、コーディネーターによる失業者対策に関してアズラエル財閥は主導権をとりましょう。これに呼応する形でアルスター議員、新党派の結成をよろしくお願いします。」

 

「分かった。…25議席を越えた辺りで参謀本部にもそれとなく声をかける。その辺りでサザーランド参謀官も動いてくれ。」

 

「分かりました。こちらはそれまでは宇宙空間におけるユーラシア連邦軍との戦闘を想定した戦闘研究班を中心に動きます。」

 

 

2時間半に及ぶ会議はそれをもって終わり、画面は切れた。

アズラエル自身もモニターカメラの電源を切ると、執務卓へと移る。

 

対プラント戦略はこうして小さな活動を始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.60年6月

 

大西洋連邦予算委員会はアズラエル財閥の提出した新エネルギーの実用化プランを承認。

これに伴って北米総合開発プロジェクトが実質スタートされた。

 

あまりに巨大な特需に世界中から労働、資本が集まったが、その中で労働に関しては深刻な問題が生じることとなる。

すなわち、コーディネーターとナチュラルによる確執である。

 

高収入が約束される仕事には能力の高いコーディネーターが雇われ、危険であったり低報酬の現場にはナチュラルが雇われる。

多くの企業がそれを行ったため、労働現場を中心に更にはその家族、彼らの住む住宅地区で人種的衝突が頻発するようになっていた。

 

コーディネーターを狙った無差別殺人、抗議デモ、そしてそれに対する報復テロが相次ぎ、自然と住み分けができ、それが一層彼らの対立を煽ることとなった。

 

 

この問題は世界中に飛び火し、日頃からコーディネーターを妬ましく思っていたナチュラルによるコーディネーターへの攻撃、更にはそれに対する報復攻撃が世界規模で起こることとなる。

 

各国政府は対応に苦慮した。

優秀なコーディネーターを失うのは国家の損失と言える。

しかし、国民の圧倒的多数はナチュラルなのだ。そしてその代弁者たる政治家もナチュラルである。

ではコーディネーターをどうするか?

その答えを多くの政治家は出せずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.60年9月

 

人種問題の混迷が加速する中で、アズラエル財閥は世界に先駆けて自らの立ち位置を明確にした。

アズラエル財閥はその参加の企業全体に「人種問題対策課」を創設させ、ナチュラルを優先した雇用の確保、及び既に雇用しているコーディネーターの監視を行うと発表。

世界はそのことに賛否両論となった。

 

人種差別を認めるのか?

ナチュラルの労働権をどこまで認めるのか?

コーディネーターは危険なのか?

 

そんな議論がなされる中、世界を震撼させるある事件が起こった。




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それはとても小さな歩みで

C.E.61年 1月18日 

 

年初の休日も明け、世界経済が静けさから動き出していたこの日、世界を震撼させる大きな事件が起こった。

 

フロリダ原発暴走・臨界事故。

 

高性能、30年間無事故・無トラブルの実績を誇ってきた原子力発電所の核融合炉が突如暴走。一切の制御を受け付けぬようになり、臨海爆発と言う最悪の展開にまで至ってしまった。

 

幸いなことに科学技術の進歩によって、放射能汚染に対する対応は迅速だったものの、それでも救急搬送者2万7千人。死者689名という大きな被害をもたらした。

 

更に同日、翌日、翌々日には同じ形でN,カロライナ原発、チュニジア原発、ライン原発、四川原発が暴走・臨界爆発。

あまりの現象にテロが疑われる。

 

全世界で生じたこの事故に対して、IAEAのみならずインターポールも捜査を開始した。

 

 

 

 

C.E.61年9月23日

 

IAEA、インターポールは共同で国際連合通常総会の場で事件の調査報告を行った。

 

「先の5事故においては多くの共通点が発見されており…<中略>…また外部からの不正なアクセス痕も認められ、…<中略>…よって外部の、特にコーディネーターのような情報工学等に特に秀でた者たちによる犯罪事件であると推測されます。」

 

 

その報告に市民は驚き、恐怖し、憎んだ。

核融合炉という危険なものに対して政府がどれだけ厳重な防御策を講じているかは、細かくは知らなくとも誰もが予想できることである。

その厳重な防御を易々と突破するコーディネーター。

彼らが自分たちに牙を剥いた時、果たして自分たちは身を守れるのか?

 

その機運が高まり、世論ではより一層のコーディネーター排斥運動が展開されていった。

 

 

 

 

 

そんな中、大西洋連邦議会で1つの党派が作られる。

その名も「ブルーコスモス」。

 

大西洋連邦の巨大財閥、アズラエル財閥の呼びかけに応え集まった議員が作った党派で、コーディネーターに対する監視を強め、ナチュラルの結束を更に高めることを目的としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「C.E.16年、私たちは国連の場においてコーディネーターを産み出すことを禁止しました。なぜか!?

それは彼らが社会に、世界に与える影響が大きすぎるからです。

自然摂理において、近親種が共存共栄できてきたことはありません。1千万年前に、私たちの先祖がそれまでの旧人類をどのように駆逐していったか、そして、先のバイオテロによって私たちナチュラルがどのように死んでいったか…

それを考えれば、コーディネーターがいかにわれわれナチュラルにとって危険であるかは明確でしょう!

既に産業界、労働界様々な分野においてコーディネーターによる我々ナチュラルの駆逐は始まっています。今こそ!私たちナチュラルは結束し、その生存を確保しなければならないのです!」

 

 

アズラエルによる演説は世論、政界に大きな波紋を呼び、各国で「ブルーコスモス派」と呼ばれる政治会派、結社が作られるようになる。

更にアズラエル財閥は同じ年に新型宇宙戦艦「アガメムノン級」、新型MA「メビウス」、MA運用大型母艦「ユグドラシル級」を開発。同財閥が何を仮想的としているかを明確に表明した。

 

…ところが。

 

 

 

 

 

 

 

「…どういうことですか、国防長官?」

 

「アズラエル総帥、君がコーディネーター、更にはその根拠地と化しているプラントを警戒しているのはよく知っている。

だが、今我々大西洋連邦軍が真に警戒すべきはユーラシア連邦なのだ。

確かに、プラントにいるコーディネーターにはお灸をすえるべきだろう。だが、いったい彼らにどんな兵器がある?

プラントからは既に兵員を撤収させている。宇宙には「世界樹」と月面両基地に存在する国連加盟国の軍事力しか存在しない。…であるならば、優先すべきは第4次世界大戦。ユーラシア連邦や東アジア共和国を仮想的にするのが当然だろう。」

 

「しかし、彼らの技術力には…」

 

 

「君が奴らを警戒する気持ちは分かる。だが、既にプラントで暴動が発生した際のマニュアルも完成している。

…何のために我々がプラントでの食糧生産を禁止しているか知っているだろう。

……今回の新型宇宙兵器は世論への対応、旧式化しつつあった宇宙軍の刷新ということである程度は発注する。だが、今後は国防産業連合で決定したとおりの生産を頼むぞ。」

 

 

そういったのを最後に、卓上にあったモニターは何も映さなくなった。

大々的に公表され、世論にも好意的に受け止められたアズラエル財閥による軍事方針への介入は失敗したのだ。

 

 

 

「アズラエル様、大西洋連邦軍参謀官、サザーランド中佐より映像通信が入っておりますが…」

 

「繋いでください。」

 

「かしこまりました。」

 

 

力なく俯いていると、そう間をおかずにサザーランドからの通信が入る。

 

現状分析も兼ね、すぐに通信をつなぐ。

 

 

 

「アズラエル様、申し訳ありません。参謀府内でも対コーディネーター戦略班の拡大は上手くいきませんでした。」

 

 

通信が繋がると直ぐ、まずはサザーランドが計画の進行に失敗したことについて謝罪した。

 

 

「そうですか…。やはり、上層部は第4次世界大戦の優先を?」

 

「その通りです。北米総合開発プロジェクトに合わせてユーラシア連邦内でも軍備拡大が行われているようでして…。現在は大西洋艦隊の強化、及びブリテン島防衛のためのロンドン要塞の強化が推進されようとしています。

加えて、私の階級が低く参謀府内での発言力がそこまで大きくないのも原因の一端かと…」

 

 

敗因をつらつらと挙げていくサザーランドに対し、アズラエルも特に怒ることなく頷く。

 

 

「アルスター議員からの接触はありましたか?政界との繋がりで発言力の向上を狙っていたのですが。」

 

 

「残念ながら上層部が政界による軍部への干渉を嫌っているようでして…。尉官、佐官クラスの支持者は増えましたが、将官クラスにはそれほど影響は無いようです。」

 

 

「なるほど…」

 

 

ここに来て、アズラエルらブルーコスモス派の弱点が浮き彫りになっていた。

世論や政界に多くの支持者を抱えるブルーコスモス派であったが、軍部にはその影響力が限られた範囲でしか発揮されていない。

しかもアズラエルが理事を務める国防産業連合では、急速に成長するアズラエル財閥の勢いを嫌った他の理事による反対が強く、軍需産業界から軍部へと圧力をかけることもできなかった。

 

 

「…ですが、アルザッヘル基地の拡大、要塞化は承認されました。巨大発電所を利用して新型戦艦の工廠をすべて月面基地でまかなう目的のようです。」

 

「それはそうでしょう。…まだ発注数こそ少ないとはいえ、500メートル級のユグドラシル宇宙母艦をいちいちマスドライバーで上げていたらコストが馬鹿にできませんよ。」

 

「はい。ですので、今後はアルザッヘル基地のユーラシア連邦艦隊からの防衛を目的とした内容で戦略研究班の活動を行い、ブルーコスモス派の拠点としていきたいと思います。」

 

「よろしくお願いします。こちらからも何か要望があれば可能な限り配慮はしますよ。」

 

 

そう言ってアズラエルは通信を切った。

 

思い通りには動かない。

焦燥ばかり募る。

 

それでも、アズラエルは一歩ずつ動いていくしかできなかった。

プラントが何歩ずつ歩いていて、連邦のアドバンテージが何歩ずつ減っているのか、神ならぬアズラエルには全く分からなかった。

 

 

 

 




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12/08/17 矛盾点解消の為改稿。


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それはとても不可解な異変で」

「アズラエル様、からの報告が上がってきておりま

すが…」

 

「わかった、そこに置いておいてくれ。」

 

 

C.E.63年

 

今から1年前にアズラエル財閥の支援によって作られた「ブルーコスモス」はその市民、政界からの支持をもってその活動を大規模化、多角化していた。

 

既存の労働組合を吸収し、ナチュラルの雇用を確保。

特定公共地でのコーディネーターの監視。

各国の国会に対する対コーディネーター法成立のための圧力運動。

 

それらは全て合法的、非過激的に行っていたのだが、その巨大になったネームバリューを利用せんとする者たちも多くいた。

 

「ブルーコスモス」を名乗る反社会団体によるテロ活動にはコーディネーターに対するものだけではなく、独立運動や国境地帯での挑発行為を目的としているものもあり、国際社会や世論にはアズラエル財閥による「ブルーコスモス」の把握、監督を強く望むものもあった。

 

そこでアズラエル財閥は「ブルーコスモス」をきちんとした組織に改組、トップをムルタ・アズラエル本人とし、その活動もアズラエルによって管理・監督することとした。

そしてブルーコスモスの活動にそれまでの活動に加えて組織内内偵、対外査察業務を加えたのであった。

 

 

 

 

「黄道同盟の勢力拡大…。中心人物はシーゲル・クラインとパトリック・ザラ…か。」

 

ブルーコスモスによる対外査察の目は地球各国のみならずプラントにまでも及んでいる。

その査察にはアズラエル財閥からも多額の支援が当てられており、下手をすると各国の諜報機関よりも正確な情報を手に入れてくることもある。そこからは様々な情報がアズラエルへと運ばれてくる。

 

プラント開発理事国によるプラント評議会に対する監督は残念ながら甘いとしか言えず、最近の報告書には「黄道同盟をはじめとするプラント独立派の活動は極めて低調になりつつある」とまで書かれている。

 

プラント開発に携わった国家と携われなかった国家との間の経済格差も深刻になり始めており、これらの持たざる国の中にはプラントが独立を図った暁には親プラント国になり、貿易による利益を独占しようと考えている国家も現れ出している。

 

北米総合開発プロジェクトは順調に進んでおり、計画通り3年後の60年にはGDP2.3倍が達成される見込み。

対抗するプランとして、ユーラシア連邦によるセヴァストーポリのマスドライバー基地周辺工業化計画、東アジア共和国による資源惑星「新星」の開発計画が進行中である。が、両者とも経常予算がこちらのプランと比べて非常に低く、効果はそこまでのものとはならない模様。

 

 

アズラエルが特に目を向けたのは当然、プラントの動向についてであった。

ここ1年ほど、確かにアズラエルが拍子抜けするほどにプラントの動向は落ち着いていた。

開発理事国による要請に対する反発も少なく、評議会の監督報告書にも大きな動きは書かれていない。各国政府が気を緩ませるのも無理からぬ話であった。

それどころか、各国は緩ませた気を使って隣国との争いに夢中になりだしている。

大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国。

いずれが地球の、いや太陽系内の覇権を握るかでしのぎを削っている。

東アジア共和国の「新星」開発に伴う形で宇宙群は強化されており、アズラエルとしては微妙な感覚であった。

 

 

 

 

 

 

CE65年。

 

北米総合開発プロジェクトの完了に伴い、アズラエル財閥は資源、工業衛星におけるエネルギー関連の業界でトップのシェアを誇るようになり、国防産業理事としての権限のみならずエネルギー業界においてもかなりの権限を持つようになった。コーディネイターとナチュラルとの間の摩擦は一層激しくなり、ブルーコスモス派という勢力が世界中の議会、更には軍の中でも一定の力を持つようになっている。

 

 

「アズラエル様、人種問題対策課から至急の報告が…」

 

「なに?」

 

 

ブルーコスモスの対外査察部からの報告にはシーゲル・クライン及びパトリック・ザラによる独立運動が本格化したことと、彼らがモビルスーツの軍事転用を推し進めているとの報告があった。

 

 

「モビルスーツ?確かあれは船外作業、ないしは資源惑星での重労働に用いるパワードスーツの一種だったと思いましたが…。」

 

 

パワードスーツであれば確かに各国の陸軍でも採用されており、歩兵でもそこそこの大型火器が扱えることで有名である。

だが一方で、宇宙空間の戦闘がメインとなるはずのプラント側が歩兵用の兵器を必死に開発するとも考えにくい。

 

 

「まさか宇宙戦艦というわけではないでしょうから、機動兵器なのでしょうね…。となると、日本のようなロボット兵器でしょうか。

…遮蔽物も無い宇宙空間で?」

 

 

いまいち想像がつかなかった。

やはり兵器のことは専門家に聞くべきだろうと考え、サザーランドに訊くこととする。

 

 

 

 

「アズラエル様、今日はどういった用件でしょうか?」

 

 

参謀府へ通信を繋ぎ、しばらくするとサザーランドがモニターに現れる。

 

 

「いえ、プラント側の動向で少し気になることがありましてね…。

どうやらMSの軍事転用を進めているようなのですが、いまいち利用方法が分からないんですよ。」

 

 

それまでの調査結果も合わせてサザーランドへと尋ねる。

フム、…と思案した表情になった彼はしばらく何かを考えている様子であった。

 

 

「…これは想像なのですが、プラントは地上でも利用可能な宇宙兵器を作ろうとしているのかもしれません。

コーディネーターは優秀ではありますが、いかんせんその数は我々ナチュラルと比べて圧倒的に少ないです。ということは、独立したければその戦争を短期間で終わらせなければなりません。」

 

 

そこでアズラエルが口を挟む。

ここまで説明されれば彼にもサザーランドの言わんとしていることは分かった。

 

 

「つまり、地上の重要拠点を素早く制圧するための陸上兵器としても運用可能な兵器がMSである…。そういうわけですね?」

 

「ええ、恐らくはそういうことでしょう。

また、コーディネーターの能力がどの程度かにもよりますが、機動兵器により汎用性を持たせることで兵器の潜在能力を上げ、数で勝るMAに対抗したいのかもしれません。」

 

 

サザーランドの説明には確かに頷ける点も幾つか存在した。

その一方で消えない疑問もある。

 

 

「ですが、やはり人型の兵器には欠点が多すぎる気がします。

障害物も特に無い宇宙空間はMSに不利に過ぎると思われるのですが…。」

 

「はい、その通りです。私にもその点は不可解に思われます。」

 

 

 

結局アズラエルにもサザーランドにもコーディネーターの意図していることは分からなかった。

彼らができるのは、ブルーコスモスの運動を拡大させることで地上のコーディネーターを宇宙へと追いやることぐらいであった。

 




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12/08/12 誤字修正 Needle様、ありがとうございました。


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それはとても激しい動きで

現在宇宙には17個艦隊存在し、オーブ艦隊の2を除くと大西洋連邦が5、ユーラシアが4、東アジアが3、日本が2、国際連合加盟国の混成艦隊が1となっている。

 

日本がどう動くかは分からないが、仮にユーラシアと東アジアが敵方につくと、大西洋連邦は劣勢となってしまう。

そして軍需産業をはじめとしたかなりの工場が月に作られているのだ。もうちょっとどうにかしたい。

 

そんな会話をサザーランド中佐つながりで紹介してもらったハルバートン提督と先日話し合った。

 

彼はどちらかというと反ブルーコスモスなのだが、コーディネイター憎しのみだと私のことを考えていたらしく、理路整然と愚痴りだす私にかなり驚いていた。ただ、話の分かる提督ではあったのだが軍内部の発言力はそこまで大きくないらしく、あまり役立つとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CE68年

 

「…であるからにして、プラントのそしてコーディネイターとしての種の繁栄をこれからもより発展させるべく尽力していく所存であります」

 

今テレビでは8年ぐらい前から報告書に必ずと言っていいほど名前の載っていた人物、シーゲル・クラインによるプラント評議会議長としての初心表明演説が行われていた。

 

今回の演説では今までの議長が必ず言ってきた「地球とプラントの共共栄」といった言葉が無い。

おそらくこれからのプラントの行動を如実に示しているということだろう。

 

演説内容を事前に把握したと思われる大西洋連邦国防省からは、新型宇宙戦艦であるアガメムノン級に加え、500メートル級超大型母艦のユグドラシル級、そしてMAのメビウスとメビウス・ゼロの発注が相次いでいた。

また、宇宙軍の規模がなかなか拡大されず最悪開戦時にパイロットが足りなくなるだろうと予測した私の命令で開発させた無人MA「ヴァルキュリア」などは恐ろしい数の発注があった。どうもパイロットの不足がかなり深刻らしい。

 

時を同じくしてパトリック・ザラはこれまでの軍事警察組織を統合しプラント独自の軍事警察組織ZAFT|(以降はザフトとする)を設立。MS「プロトジン」を主力兵器とした。

 

翌年シーゲル・クラインはコロニー群の一部を農業用プラントに改修することを宣言。

プラント理事国による武力介入をも文字通り打ち破り、プラントは完全に独立体制に移行してしまう。

 

また、この戦闘で圧倒的多数であった理事国連合軍のMAが少数のMSに敗北し、数少ない戦果の大半が無人MAヴァルキュリアによるものであったことが軍内部で大きな波紋を呼んだ。

 

短期間のうちに理事国の艦隊は大きな損害を受けてしまい、特に被害の大きかった東アジア共和国は「宇宙艦隊の再建に関しては全くめどが立っていない」と発表。

今後のプラント独立戦争には関与しないことを暗に示した。

 

 

 

そしてCE70年。

 

プラントに関する外交交渉の全権を担っていた国際連合の事務総長を含む首脳陣がテロによって殺されると、国際世論は反プラント一色となり、その年に行われた世界各地の選挙でブルーコスモス派が第一党に輝いた。

 

 

国際連合首脳陣が爆破テロされた事件、通称「コペルニクスの悲劇」は世界各国に強烈な衝撃を与えた。

 

連合の担っていた職務を継続できる人材がすべて失われてしまったことにより、国際連合はその真価がもっとも問われる時期に解散せざるをえなくなってしまったのだ。

 

 

CE70年2月7日

 

大西洋連邦、ユーラシア連邦、南アメリカ合衆国、南アフリカ統一機構は今回のテロをプラントによる陰謀であると断言。

これはプラントによる地球各国への宣戦布告に等しいと発表すると同時に、国際連合に代わる国際調停機関として地球連合を組織した。

 

また、地球連合加盟国での兵器の統一規格の作成などを目的として、軍需・エネルギー産業等の企業を中心とした企業連合「ロゴス」を結成。両産業界に多大なる発言力を持つムルタ・アズラエルが盟主として就任した。

 

 

翌2月8日

 

日本国、オーブ連合首長国、赤道連合、汎ムスリム会議、スカンジナビア王国は今回の戦争において中立勢力となることを宣言した。日本国のマキシマ首相の提案で中立国同士の相互防衛協定が結ばれたが、オーブのアスハ代表は「このような軍事同盟とも呼べる協定を結ぶことはオーブの建国理念である中立性を損ないかねない」として協定に加わらない。

オーブが国際関係において完全に孤立してしまった瞬間である。

 

 

同日、旧ロシア連邦のウラル山脈以東が「東ロシア連合」を名乗り独立を宣言。

これを東アジア共和国、大洋州連邦、アフリカ共同体が承認。同4か国はプラントの独立は当然の権利であり、また明確な証拠もなくテロをプラントの陰謀と断定することは間違っているとして地球連合に対して批難をした。

 

さらにこの4か国は、「国際連合の理念を正統に引き継いだ国際調停機関」として地球連邦を創設。

地球連邦内の軍需・エネルギー産業などの企業を中心に企業連合「ミュトス」をも創設し、地球連合に対抗していった。

 

 

 

2月10日

 

大西洋連邦大統領は「これまでのあらゆる批難に対してもプラントから謝罪・釈明は一切なされておらず、反省どころか問題意識すら持っているかうかがわしい。このような無法をほおっておくことは国際秩序云々以前の問題である。」と発言。

 

地球連合として正式にプラントに対して宣戦布告がなされ、すぐさまプラントの所有する資源衛星「ヤキン・ドゥーエ」に艦隊が派遣されることになった。

 

しかし、同時に地球連合に対して地球連邦から宣戦布告文が届けられたため、プラント派遣艦隊の一部は東アジア共和国の資源衛星「新星」の制圧に回されることとなった。

 

 

これまでの間、プラントが行ったのは国民に対する情報操作のみでありプラントの外交、情報戦に対する能力が非常に低いことが浮き彫りとなっていた。

 

 

 

 

 

 

「最近調子はどうだね、アズラエル君。」

 

「いや、もうロゴス盟主アズラエル殿と呼んだほうがいいかな?」

 

「いやはや、月日が経つのは早いものだ。」

 

「まったく、ちょっと前に父親から代替わりした新参の若造と思っ

ていたら。」

 

「今ではわれらより上の立場にいるというのだから、全くもって年月が経るのは早いものだ。」

 

 

 

………すごく頭が痛い。

だから私はこの爺ども、国防産業連合の理事どもが嫌いなのだ。だがそれも今日でおしまいだ。

連合に加わっていたもので地球連合勢力圏の企業はすべて「ロゴス」に所属しており、それ以外は地球連邦の「ミュトス」に加盟してこの連合から抜けていった。

 

つまり、役割のほぼすべてをロゴスが担っている今国防産業連合に存在価値はなく、だからこそ今日をもって解散することになったのだ。

 

…そのことでこの老人たちは盛んに愚痴を言っているのだ。

 

「甘い蜜を吸いづらくなってしまった。」と。

 

 

 

 

この爺どもの相手をしなくてよくなったとはいえ、仕事の量が減ったわけではない。

いや、どちらかというとロゴス盟主になったために仕事量は激増している。

やっぱりあの士官学校生を秘書として引っこ抜いておけばよかった。今じゃもう立派に士官をやってるだろうから引っ張り込むのは難しいだろうな…。

 

 

「アズラエル様、農業用プラントユニウスセブン周辺での戦闘で地球連合軍は戦術核を使用し、初期の任務を貫徹しました。

しかし迎撃にあたったザフトモビルスーツ部隊との戦闘で艦艇の7割、MAの6割を失ったためヤキン・ドゥーエへの遠征は見送りとなりました。」

 

「わかった、まあ予想通りですね。ブルーコスモス対外査察局局長とつなげてください。

 

…ああ、私です。今回の件でプラントの世論はどうなりそうですか?…まあその辺を突いてくるとは思っていましたが。そうですか、それくらいなら予想通りです。引き続き調査を頼みます。」

 

 

「大西洋連邦及びユーラシア連邦大統領から通信が来ていますが。」

 

「つないでください。…これはこれはお二方おそろいで。本日はどのような用件で?」

 

「決まっておる。今回の作戦だが、戦術核の使用を提案したのは君だそうじゃないか。

非戦闘員が核で大量に死んだとなればプラントどころか連合国内でも問題となってしまうぞ。現に地球連邦からは抗議文が届いておる。」

 

「はっ!カシミール戦線で最後に戦術核を使った国がよく言いますね。

そもそも、農業用プラントなんていう接収しても全然うまみのないものをわざわざ犠牲を払ってまで占領するわけないじゃないですか。

壊し方が通常弾頭での破壊か核を使った破壊かに違いはありませんよ。

宇宙ですから環境破壊云々もありませんし。

 

それよりもそのくらいのこと予測がつくだろうに民間人の退避をしていなかったプラントのほうがおかしいんです。

いっそ記者会見で行ってやったらどうです。『ザフトは地球連合に対して国民の憎悪を募らんがために24万もの民間人を見殺しにした』ってね。

 

そんなことよりも大統領、問題はわが軍の被害の多さですよ。『新星』をほぼ無被害で制圧したとはいえ、この調子では宇宙艦隊の補充が追い付かなくなるのは目に見えてますよ。パイロットのほうなんてもう底が見えてきたそうじゃないですか。」

 

「いつの間に…!

……そういえば君はブルーコスモスの盟主だったな。諜報力の、特にプラントに対してだが、高さにはCIAの長官が脱帽していたよ。

 

パイロットについてだが、ヴァルキュリアを拠点防御のみならず艦船にももっと搭載しようと思う。

それから開発中の小隊単位で遠隔操作できるという無人MA『ハルピュイア』はいつ量産可能になる?軍は結構期待を寄せていたよ。」

 

「月の両面を死守していただけるなら4月までにも…。先日の戦略会議ではMSの開発を決定したそうですが、ロゴスとしては全面的に協力します。議会の方を頼みますよ。」

 

「ふん、どうせ表立ってないだけで議員の大半に折り合いをつけておるくせに…。

当面の予算は戦争税を可決させれば何とかなる。早く目に見える戦果を出さねばならんからな。こちらからは以上だ。」

 

 

 

現在地球連合軍は「新星」に第3、第5艦隊、月裏側のプトレマイオス基地に第8艦隊、月表面のアルザッヘル基地に第1艦隊、そしてL1宙域の世界樹に第2艦隊つまりは計5艦隊が存在する。

 

逆に言うと、わずか2回の戦闘で地球連合軍は4個艦隊=戦力の半分近くを失ったのだ。

 

制宙権の維持は連合軍首脳部やアズラエルが予想していたよりも難しいことになりそうであった。

 

 

 




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それはとても新しい敗北で

「やはりナチュラルなどというのは野蛮で愚かな劣等人種でしかなかったのだ!!

民間人の虐殺に核を使うだと!?やつらは第3次世界大戦から何も学ばなかったのか!

 

おまけに『戦場となった場所で民間人と戦闘員を判別して攻撃することは非常に難しいことは自明の理であり、それを分かっていたうえで民間人を避難させずこちらを批難するプラントには作為的なものを感じざるをえない』だと!?

では私はレノアを、愛する妻を作為的に殺したとでも言うのか!

 

シーゲル、やはりプラントの独立だけなぞ生ぬるい。

われら新しき優等人種であるコーディネイターが愚かなるナチュラルどもを監督せねばならんのだ。早急に全力でナチュラルどもを叩き潰すのだ!!」

 

「落ち着け、パトリック。

私だってレノアやユニウスセブンのことはつらいのだ。だがまだ我々は地球連合軍と地球で正面から戦うのは無理だ。宇宙戦で我々が圧倒的なアドバンテージを保持しているとはいえまだ連合軍には艦隊戦力が半分以上残っているのだ。ここは慎重に…」

 

「シーゲル!お前が慎重であることは前から知っているがそれでも今攻めねばいつ攻めるというのだ。

ナチュラルどもが調子に乗って第2第3のユニウスセブンを作ろうなどと考えぬうちに我らの力を見せつけねばならんだろう。

さいわいMSジンは地上戦闘においてもナチュラルどもの陸上兵器を圧倒できるのだ。以前評議会に提出した作戦を実行すべきだ!」

 

「あの作戦にはまだ穴が多くあっただろう。地上で制空権をとれないうちはいくら地上軍を圧倒しても連合軍の圧倒的物量を誇る空軍

にやられるのがオチだ。

それに5個艦隊を好きにさせていたら補給線も維持できん。ディンがもう少し量産されるまで待て!

 

それよりもユニウスセブンが破壊されたことで食料の確保を考えねばならん。地上戦も楽になるだろうし、やはり地球連邦と同盟を結んではいけないのか?」

 

「なぜナチュラルなんぞと手を組まねばならない!?

ナチュラルなんぞ連合だろうと連邦だろうと皆同じだろう。食料の備蓄とて3年分あるのだ。それまでにナチュラルからいくらでも搾取できるわ!」

 

「3年分といっても民間人にとっての3年分と軍で作戦上必要な3年分とは桁が違うことぐらい君だって分かっているだろう!?

仮に3年分あったとしても補給線が守れなければ前線には届かない!」

 

「ではどうするというのだ!ただ座して待てとでもいうのか!

そのようなこと評議員もプラント市民も認めんぞ!」

 

「……L1の世界樹を狙う。」

 

「何?」

 

「世界樹を狙えば連合軍もうかうかとはできず、艦隊を派遣するだろう。

それに壊滅的損害を与えればしばらくの間制宙権を手に入れられ、地球への物資輸送も可能になるはずだ。

 

それから、戦地でNジャマーの性能を確かめる。」

 

「Nジャマー…。確か核分裂を阻害するなどと研究班が報告していが、使い物になるのか?

効果範囲が狭ければあまり意味がないぞ。」

 

「それを確かめるんだ。

効力があるのなら、宇宙空間はもちろん地球にも散布する。ユニウスセブンのような被害もなくなるし、連合との国力差もだいぶ縮まるはずだ。」

 

「そうか。それならば納得できる。

ではすぐに評議会で審議して準備を…。」

 

「準備はほぼ整っている。評議会も通るだろう。

パトリック、レノアの死、無駄にはしないぞ…!」

 

 

 

 

 

 

CE70年2月20日

 

その日L1宙域を出発し、長距離偵察任務を行っていた独立艦隊からプトレマイオス基地に通信が入った。

 

 

「プラント方面より大規模な艦隊が移動中。目標はL1世界樹の模様」と。

 

 

その後の報告から敵艦隊規模はローラシア級11隻、ナスカ級5隻と判明。

プラント本国の守りを含めなければ現在のザフトのほぼ全力といっていい戦力であった。

 

地球連合軍は直ちに世界樹周辺に艦隊の集結を命令し、接触することになるであろう22日には第1、第2、第8艦隊が集結することになった。

 

世界樹には通常のMAメビウス並びに少量ながらメビウス・ゼロが計50機。加えて無人MAヴァルキュリアが250機配備されていた。

 

 

同年2月22日

 

ザフト艦と接敵した連合軍艦隊と駐留部隊は、その後智将とまで言われたハルバートン提督の卓越した指揮もあり互角以上の戦いをしていたが、ザフト特殊工作艦に搭載されていたNジャマーが使用されると、核エネルギーを使用していた世界樹のレーザー要塞砲をはじめ、誘導ミサイルやレーダー連動式無人対空機銃、果ては無線通信まで使用が不可能となってしまい戦場は混乱を極めた。

 

迎撃システムの大半を使用できなくなってしまった世界樹は流れ弾や轟沈した艦艇の破片から身を守ることができず、戦闘の開始から6時間後、世界樹は地球連合軍の誰もが予想できなかった形で崩壊。

 

ハルバートン提督はその時点で艦隊の戦力が開戦時の3割に落ち込んでいること、世界樹からの指令を失った駐留部隊が飛び回る蚊よりもたやすくザフトのMSに撃墜されていることを確認し、撤退を決断した。

 

アルザッヘル基地にたどり着いた時、戦闘可能な艦艇は1個艦隊分しか残されておらず、それに対してザフトはローラシア級とナスカ級をそれぞれ1隻ずつ失っただけであった。

 

 

地球連合軍は制宙権をプラントに明け渡さざるをえなかった。

 

 

 

 

 

「サザーランド大佐、それは本当のことですか?あそこには確か最新鋭の要塞砲があり、ヴァルキュリアもかなり優先的に配備してあったはずなんですが…」

 

「事実です、アズラエル様。

初戦は強力な要塞砲と駐留部隊をうまく活用して優勢だったのですが、ザフトの特殊工作艦が何らかの物質をばらまいた途端、核分裂反応をはじめとして無線系統なども使えなくなりました。

 

その後は艦隊も混乱して戦闘らしい戦闘もできず、敗北しました。」

 

そんな馬鹿な…!核も無線も精密レーダーも使えないだと!?ヴァルキュリアは司令部のCPUに基づいて無線で指示が出されて飛んで

いるものだし、艦艇の対空火器の大半は精密レーダーと連動したものだ。

 

このままでは戦えない。

 

 

 

「レーザー通信は可能でしたか?デブリが多いと使えませんが長距離通信はしばらくそれで我慢するしかないでしょう。

それから、そのばらまかれた物をすぐに研究所に持って行ってください。ヴァルキュリアの改修もそれからです。」

 

「分かりました。早急に手配いたします。」

 

 

この戦いで連合軍の艦隊は残り3個艦隊となってしまった。

 

いくら国力のある大西洋連邦とユーラシア連邦とはいえ、2日3日で艦隊が再編できるわけではない。アルザッヘルとプトレマイオスには常に1個艦隊ずつ配備しておかなければならないから…。

 

 

 

アルテミスはともかくとして「新星」は距離的にもあきらめざるを得ないか?ハルピュイアも改修しなければならないし…。

 

何としてでも月だけは守らなければ…。

 

 

 

 

 

 




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それはとても小さな反撃で

「またお話しできて光栄です。智将ハルバートン提督。本来なら直接お会いしたいのですがあいにくと忙しくて…。」

 

「よしてくれ、敗戦の将でしか私はないのだ。それを智将などとは…」

 

「英雄が必要となったのでしょう…。今回の敗北は大きすぎたのです。

それに実際あなたの指揮した第8艦隊よりずっと被害が少ないのに戦果は一番大きい。製造側としてもうれしいですよ。」

 

「そうか…。

ところで、あれからあの物質については何か分かったかね。恥ずかしいことに私は軍内ではつてが多くなくてね、あまりわからんのだよ。対抗兵器はすぐにできそうかね?」

 

「残念ながらあまりいい情報はありません。

まずこの物質は…プラントではNジャマーと呼んでいるようですが、核分裂の阻止が主効果であり、無線の妨害や精密レーダーの妨害などは副作用です。

ですので、無線もレーダーも完全に使用が不可能になるわけではありません。今回の戦闘のようによほど高濃度でない限り前線で指揮を執ることは可能でしょう。

それからこのNジャマー、電波のようなものを放射しておりそれが核分裂の阻止などをしているようです。研究班の報告ではこの電波もどきを遮断する方法は当分見つかりそうもないようです。

現在ロゴスでは生産した兵器から無線誘導機能や精密レーダー連動装置を撤去し、赤外線自動追尾型を搭載しなおしています。無人MAも少し値が張りますが、小型化に成功した新型のOSとCPUを直接機体に搭載することで何とかなりそうです。」

 

「仕方ない…か。君には大分負担をかけそうだな。

……G計画はどうなりそうだ?」

 

「…内密のことですが、オーブのコロニーで研究する予定です。向こうのモルゲンレーテ側も結構乗り気のようです。」

 

「相互防衛協定すら拒否した中立国だぞ。本当に大丈夫なのか?」

 

「向こうも1枚岩ではないということでしょう…。私も何回か視察する予定ですので大丈夫かと。」

 

「頼んだぞ。

…ふふふ、あれだけブルーコスモス派嫌いで有名だった私がブルーコスモスの盟主を貴重な人間としているのだから、おかしなものだ。」

 

「私たちの願いは自らの生存と、敵対者からの防衛なのです。いざ戦争が始まれば、理解しあえるのも道理と言うものではありませんか?」

 

 

アズラエルの返しにハルバートンも確かに、と頷く。コーディネーターの脅威を唱え続けてきたブルーコスモスを無視してきたのは自分たちなのだ。

自分たちの意識が変われば理解しあえるのは不自然ではない。

 

 

 

世界樹攻防戦での事実上の大敗は大きな波紋を生んでおり、第3次世界大戦の際に築かれたウラル要塞周辺ではいったんはユーラシア連邦有利だった状況から、東ロシア連合の反撃が激しくなってきているようだ。

 

いまだにこの地域では表立って地球連邦が参入していないのでユーラシア連邦独自の国内問題ということで地球連合としては援軍を送ってはいないが、これ以上ザフトの勢いが強まれば地球連邦はすぐにでも地球連合に対して積極的に戦線を作ろうとするだろう。

 

ただでさえオホーツク海や北アフリカ各地で小競り合いが多発しているのに、ザフトと地上で戦うことになるのが現実となりそうとなった今、地球連邦との戦争が早期に解決できるとも思えない。

 

この戦争、勝てるのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球連合軍南アフリカ戦線総司令部 ケープタウン

 

「総司令官、コンゴ方面の0311戦車師団が後退許可を求めています。」

 

「ナイロビ国際空港を守備する0305並びに0307歩兵師団から援護砲撃と増援の要請がきています。」

 

「ユーラシアからの増援によって第3防衛ラインの構築が完了いたしました。」

 

「よし、これよりナイロビ空港を含む第1防衛ラインを放棄する。予定通り敵に出血を強いつつ後退しろ。」

 

 

……民間人のはずの私が何で南アフリカ戦線臨時総司令官をやって

いるのだろうか。

 

 

 

 

CE70年2月18日

 

世界樹を消滅させ、一時的にせよ地球連合軍宇宙艦隊を行動不能にしたザフトは若干の被害を出しつつも地球の衛星軌道上に到達。

南アフリカの中心都市ヨハネスバーグにありったけの要塞攻略用のミサイルを投下して司令部機能を完全に消滅させたうえで、強襲降下用カプセルを用いてジンを主力とした降下部隊がマスドライバーを擁するヴィクトリア宇宙港を占領した。

 

 

最初の爆撃で司令官クラスの人間をほとんど失ったこの戦線には代わりとなる総司令官を直ちに派遣しなければならなかったのだが、不利な戦局の中総司令官となり地上での戦闘の初の敗軍の将となることを皆嫌がり、人選が決まらなかった。

 

そんな中オブザーバーとして呼ばれていたハルバートン提督は、

 

「アズラエル氏ならばザフトについても精通しており、戦術、戦略両面においてそこそこの能力を持っており、開発側の人間として連合軍の新兵器の扱い方もよく心得ている。」

 

などと発言。

 

それにサザーランド大佐をはじめとしてブルーコスモス派の軍人が賛成。

大西洋連邦議会では民間人を司令官にすることに対する疑問の声が上がったが、与党にも野党にも多くいるブルーコスモス派の議員がアルスター議員を筆頭に賛成したため、賛成多数で議決された。

 

臨時司令官になってしまった私は瓦礫と化したヨハネスバーグからケープタウンに総司令部を移し、残存兵力で不慣れな地上戦をしなければならないザフト兵に対して時間稼ぎをしつつ、各地から集まってきた地球連合軍の増援を使って敵を包囲しつつあった。

 

ザフトが量産化を急いでいるらしいディンがいまだ実戦配備されていなかったこともあり、こちらが制空権を得ることはたやすく、戦闘が始まって2週間たった現在補給もままならないザフトは、主力兵器をジンから鹵獲した地球連合軍の旧式戦車に切り替えつつあるらしい。

 

食料の方も潤沢とは言えないらしく、占領下におかれた地域ではかなりひどい徴発を行っているようだ。

 

 

 

 

地球連合軍の増援は敵を包囲する形で展開を完了した。ザフト兵は長らく自分たちを苦しめ続けた連合軍の残存部隊を追撃することに必死なようで、陣形は乱れきっている。

 

 

「南アフリカ戦線にいる地球連合軍全軍に告ぐ。よく今日までの長い間耐え忍んでくれた。これより反転攻勢をかける。コーディネーターどもに地球が我々ナチュラルの物であることを教えてやれ!」

 

 

 

 

 

 




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それはとても大きな戦いで

 

「本日の地球連合通常総会では、南アフリカ戦線における先の戦闘で不利な状況から勝利を導き出したロゴス盟主、ムルタ・アズラエル氏に月華楯賞が授与されることが満場一致で可決されました。

これに伴い、大西洋連邦議会では特例措置としてアズラエル氏に名誉少将の地位に任ずる模様です。」

 

 

開戦以来の初の大勝利ということもあり、私は地球連合から英雄になることを望まれたようだ。実際ケープタウンから戻って以来講演の依頼はひっきりなしであり、ロゴス盟主としての溜まっていた仕事を片づけるという理由がなければおそらく現在私は世界中の士官学校の講堂に行っているだろう。

残念ながら現状は私にとって史上まれにみる忙しさを誇っており、いくつかの会談をキャンセルしつつ報告書や重要人物との会見をしていた。

 

 

「鹵獲したジンのOSを最優先でG計画の部署に送ってください。CPUの方はこちらの方でも解析します。ザフトの新型MSについての報告はありませんか?」

 

「こちらにまとめておきました。どうやらディンのみでなく地上戦用のMSなども開発されていたようで、現在量産準備に入っているようです。 

Nジャマーの研究報告ですが、特に芳しいものはありません。キャンセラーに関してはめどすら立たないようです。」

 

「交渉していた四菱重工ですが、リニアガンタンクの車体に使う合金のみライセンス生産の許可を得ました。MSの方は却下されました。」

 

「ユーラシア連邦国防大臣から会談の要請がきています。マスドライバー施設の防衛力強化に向けてアズラエル航空の次世代戦闘機AZ-7の優先的販売を求めているようです。」

 

 

……体があと2つ欲しい…

 

 

 

 

 

 

 

「やはり今回の作戦は強引過ぎたか…。」

 

「…。」

 

「いくら評議員の大半が賛成したとはいえ、国防委員長のお前が反対してくれればもうちょっと待てたはずだ。ディンやバクゥが配備されるまでぐらいなら…。

パトリック、なぜもう少し待てなかった。」

 

「…調子に乗ったナチュラルどもに我々の本気を見せつけねばならなかったのだ…。」

 

「それだけのためにお前はあれだけの同胞を死地に追いやったのか、パトリック!!

我々の第一の目的は復讐でもナチュラルの根絶でもなく、コーディネーターによる国家の建設なのだぞ!国民を湯水のごとく失っても良いわけではないのだ!指導者である我々が短絡的になるな!!」

 

「…すまない。確かに私は、いや我々は短絡的だったようだ。冷静にならねば、な…。」

 

「ここまで共に歩んできたのだ。冷静になってくれるのならそれだけでいい。

…今回のことで評議員はもとより国民も冷静になっただろう。私は今一度評議会で『オペレーション・ウロボロス』を提案しようと思う。次は賛成してくれよ。」

 

「分かった、あれならば時間はかかっても成功するだろうしな…。

だが本当にNジャマーを散布するのか?以前からお前が言っていた地球連邦との同盟が難しくなると思うが。」

 

「ジンのライセンスを与えることで取引しようと思う。シグーが量産化できればジンは旧式化してしまうし、連合の方は先の戦闘で鹵獲しているだろう。

なによりナチュラルではジンを生産することはできても操縦することが難しいだろうからな。」

 

「なるほど。後は核エネルギーを使えなくなった地球連邦がどの程度利用できるかだな。」

 

 

 

 

 

CE70年4月1日

 

ザフトはプラント評議会でひそかに可決されていた作戦、「オペレーション・ウロボロス」の発動を宣言。あらかじめ衛星軌道上に移動していた特殊工作艦より地上に、公式発表によると20000発ものNジャマーを打ち込んだ。

 

それと同時にプラントは地球連邦と軍事・経済同盟を結ぶことを宣言地球連邦構成国に多くのソーラーパネルと、シグーの正式配備によって在庫が増えつつあったジンを食料などの民生品と引き換えに提供した。

これらの動きを予想していた地球連合は、大西洋連邦の領土であったグレートブリテン島からユーラシア連邦にすでに大規模な送電線を敷設しており、若干の供給不足はあるものの深刻な事態に陥ることだけは避けることに成功した。

 

しかし連合、連邦共に海上・海中戦力の大半が原子力型のため、多くの空母、潜水艦、大型輸送艦が航行不能となった。

ロゴス盟主アズラエル氏はこれらの戦力の動力をバッテリーと化石燃料を組み合わせたものに現在改修しつつあると発表。遅くとも1ヶ月以内に海上戦力の半数を回復させることを約束した。

 

また、需要が急増することになった化石燃料の問題に対して、「当面は東ロシア連合との海上戦線で優勢な北極海でメタンハイドレードを採掘し、それによって補う。将来的には電力の供給を安定化させ、海水から水素を作り出して燃料としようと思う。」と発表。海上戦力の復活が一朝一夕にはできないことが判明した。

 

ザフトの陸戦、空戦、海戦用の新型MSが発表されたことに対抗する形で、ロゴスは新型CPU、OS搭載の無人リニアガンタンク「AZ70式」、無人MA「ハルピュイア」、新型戦闘機「AZ-70」、長距離衛星レーザー誘導式駆逐艦「ローレライ」を次々と発表。これらの大半はNジャマー影響下においても戦闘できる無人兵器で、激化する戦闘でのパイロットやクルーの不足を予想して開発された。

 

 

 

 

翌4月2日

 

軍事同盟の協定に基づき、大洋州連合のカーペンタリア湾にザフト軍基地を建設。地球連合軍は手持ちの旧式ディーゼル潜水艦を全て派遣。基地建設に協力していた地球連邦軍の数少ない重油エンジン搭載の大型輸送艦とその護衛艦を撃沈するも、ザフトの新型海中戦用MSグーンには全く抵抗できずに大敗してしまった。

 

 

 

CE70年4月5日

 

北極海のメタンハイドレード採掘地確保のために地球連合軍大西洋連邦所属空軍がウラル・北極海戦線に派遣されたことを理由に、地球連邦は地球連邦軍東アジア共和国所属部隊の派遣を決定。

同月12日から大規模な戦闘が開始された。この戦いの初戦で空軍に大きな損害を受けた地球連邦軍は北極海から一時的に後退することを決定

した。

 

結果、プラントではNジャマー散布による地球連合の国力減退の成果が予想以上に少ないとして取り上げられることとなった。

 

 

 

 

 

 

「アズラエル様、NSSC|(新型太陽光宙間発電システム)のアルザッヘル発電所2号機、3号機の建設状況についての報告です。

2号機は5月までに、3号機は6月までに完成しそうです。」

 

「そうですか、後は完成までに、いや完成した後もアルザッヘルを守れるかですね。大西洋連邦大統領にアルザッヘル基地の防衛力を強化するように要請してください。あそこが陥落したら工業力の10パーセント、電力の80パーセントが無くなるとも言っといてくださいよ。」

 

 

 

ユーラシア連邦は原子力発電所を使用できなくなったことで、電力の大半を大西洋連邦から輸入することになってしまった。

NSSCの運用には多額の資本はもとより、技術と運用経験が不可欠であるために自前で電気を作ることがなかなかできないのだ。ユーラシア連邦内では中央アジアに侵攻することでソーラーパネルの原料となるケイ素を確保しようという動きもあるが、燃料の不足から実現は難しいと言わざるを得ない。

今のところメタンハイドレードを燃料にできるのはエンジンの関係上艦艇のみなのだ。石油の枯渇の深刻な現在、長距離の陸上での行軍はコストがかかる。ゆえに、地球連合国構成国ということで割安価格で販売してくれている大西洋連邦から輸入しているのだ。

 

地球連邦各国にはプラントから大量のソーラーパネルが提供されており、さらに構成国が工場をフル回転させてソーラーパネルを増産させているのだが、ソーラーパネルの生産にも電力を消費してしまうためになかなかうまくいっていない様子だった。

 

 

 

 

 

 

CE70年5月1日

 

プラントの最高評議会は「Nジャマーの散布のみでは『オペレーション・ウロボロス』の初期の目標を達せえなかった。」として、地球連合の電力の大半を生産しているアルザッヘルを攻略する作戦「プロメテウス」の発動を採択した。

これに合わせてザフトは5月3日、ジンハイマニューバやシグーといた最新鋭MSによって固められた精鋭部隊をとりあえずの橋頭保として月面のローレンツクレーターに上陸させた。地球連合軍は残っていた第3・第5・第8艦隊のみならず編成途中であった第4艦隊まで投入。プトレマイオス基地にはヴァルキュリア300機、ハルピュイア200機、メビウス100機、メビウス・ゼロ50機を配備し徹底抗戦の構えを見せた。

 

 

5月3日

 

ローラシア級15隻、ナスカ級7隻に加え総MS数130近くのザフト軍は防衛線を敷いて待ち受けていた地球連合軍とエンデュミオンクレーターで激突。エースパイロットを数多く含むザフトMS部隊を前に当初、地球連合軍は不利な戦いを強いられていた。

しかし、ハルバートン提督に指揮された地球連合軍は粘り強く戦闘を続け、無人MAが生産拠点の近くということで、連日数多くMAが補充されたこともあり次第に戦線を持ち直していった。

 

コーディネイターの中の、さらにエースであったとしても所詮は人の子でしかないザフトMS部隊は次第に消耗の度合いが大きくなり、6月2日にはとうとう現地司令官は作戦の継続を断念した。

 

ザフトは月から完全に撤退することとなり、地球連合軍は宇宙戦で初勝利をすることができた。

が、連合軍の被害も非常に多く1個艦隊の壊滅に加え、無人MA897機、有人MA113機を失うこととなった。

 

 




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それはとても纏まった組織で

 

大西洋連邦領アラスカ。

 

その太平洋に面するとある場所に地球連合総本部JOSH-Aが存在する。実はここから10キロほど離れた場所にはNSSC|(新型太陽光宙間発電システム)の赤外線受容基地が存在し、この近辺は文字通り地球連合の心臓ともいえる。

JOSH-Aに隣接する形でロゴスの総本部も存在し、現在職員の大半は地球連合軍からの報告をもとにザフトの「プロメテウス」作戦による被害の事後処理などを行っていた。

 

 

MA損失1000機以上、1個宇宙艦隊の壊滅、その他の艦隊も無傷ではなく、地球連合軍の1年分の予算はこの戦いで底をついたと言ってしまってもいい。

月面に建設されていた工場は全て戦闘開始後から破損した艦艇の修理と無人MAの生産に全力を挙げており、生産したものは全てエンデュミオンクレーターに送っていたため、戦闘開始前に注文していた分の納期は守れそうもない。

 

とはいえ、月の防衛力を下げるわけにもいかないため、地上の生産ラインの一部を宇宙軍再建のために回すこととなり、結果として現在最も戦っていない海軍が割を食うこととなった。

新造される予定だった空母は全て1か月延期となり、補助艦艇の新造は2割減となった。

カーペンタリア近海での作戦行動は当面延期となり、それら全ての決定に何らかの形で関与しなければならなかったアズラエルはアラスカの地で睡眠時間を返上することとなった。

 

ここ1週間ほど自室の壁を見たことがない…。見えるのは書類だけ。

寝る時間をなくして頑張ると部屋が若干広くなり、疲労に負けて寝てしまうと急速に部屋が狭くなる。

報告書を届けに来る部下は悲痛な顔で書類を届けに来るし、以前は話すたびに嫌味を言ってきたあの頑固爺どもがテレビ通信越しにこちらに向けてくる顔には同情といった表情が読み取れる。

 

 

「アズラエル様!ザフト軍艦隊がカサブランカに現れました。連合軍艦隊は大敗したそうです!!」

 

「…ジブラルタルの防衛部隊に連絡。こちらに報告書を出さなくても良い。これ以上書類を増やすな!」

 

「わ、分かりました。」

 

 

……疲れた…。

 

 

 

 

 

 

連合軍艦隊が敗れた時点で誰もが予想した通り、地球連邦軍とすでに交戦を開始していたジブラルタル基地はザフト陸上部隊との戦闘に耐え切れず、スペイン方面に撤退することになった。

地球連合軍上層部はザフトの次の狙いをスエズ運河と予想。残った地中海艦隊と共にエルアラメイン近郊に防衛線を築いた。

 

 

この日、ユーラシア連邦大統領は地中海沿岸の各都市とに対して非常事態宣言を発令。コーディネイター支援団体に対して無期限の活動停止命令を出した。

ヨーロッパ各地では「ブルーコスモス」を名乗る勢力によるテロが頻発し、自らの近くに敵対勢力がいることに対する社会の不安が表面化しだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、ブルーコスモスの動きがよく分からないのですけど。」

 

「は?…活動報告は毎週提出されておりますが…」

 

「そうじゃなくてさ、アズラエル財閥傘下の『正式な』ブルーコスモスは制御下におけてるんだけど、最近『自称』ブルーコスモスが多すぎると思うのですよ。

よくよく考えるとブルーコスモス派の議員や軍人も大半とは接触とってないし…。一度、会議みたいなのを開いて組織としての上位者を決めなきゃいけませんね…。

下手にテロなんか起こされて『正式な』ブルーコスモスまで批難されたら手におえません。」

 

「なるほど…。では来月あたりとりあえずブルーコスモス派を表明している地球連合内の議員と軍人、それにある程度の規模を持つ団体の指導者を集めましょう。場所についてはどうしましょうか。」

 

「財閥本社に普段使ってない大ホールがありましたよね?そこで開催します。」

 

「分かりました、まとめておきます。」

 

 

 

 

 

 

 

「…では『世界ブルーコスモス連盟』盟主はムルタ・アズラエル氏

に決定します。本日はお忙しいところお集まりいただきありがとう

ございました。」

 

 

 

翌月、開催された会議ではブルーコスモス派を名乗っていた者たちの統合組織を作ることを決定し、盟主として僕が就任することとなった。

地球連合内ではサザーランド大佐やハルバートン提督、アルスター議員といった僕と個人的付き合いの深い人物たちが僕の人柄について語っていたらしく、各界の良識派といわれる人々の中にもかなりのブルーコスモス派が存在した。

 

どうやらビクトリア宇宙港防衛戦の際にザフト軍が現地住民にかなり高圧的であったことや、食料や作業員としての人夫をかなり強引に徴発していたことは有名らしく、コーディネイターの謳う「理性」とやらに不信感を抱いている人も多いようだった。

 

 

 

 

「アズラエル盟主、久しぶりだな。」

 

「これはハルバートン提督。直接会うのはずいぶん久しぶりですね。

月ではずいぶん忙しいようではないですか。」

 

「艦艇は新品なほど優秀だが、新兵は全く役に立たないからな。君のところが開発してくれたCPUがなかったら艦隊としての行動が全くとれなかったよ。それに、忙しさの上では君の方がずっと忙しいだろう。」

 

「最近、私の執務室が増えましてね。」

 

「…?どういうことだ?」

 

「一部屋丸々書類で埋まってしまったんですよ。…秘書を5人から15人に増やして対応しているんですがね。」

 

「今どきまだ紙を使っているのかね、君は。データにしてしまえば物理的量は減るだろう。…まあ仕事量は変わらんが。」

 

「データはどんなにきれいに消したつもりでも復元できてしまいますからね。その点、紙なら燃やしてしまえば無くなりますから。

…それよりここだけの話、宇宙軍は再建までどの程度かかりそうなんですか?最悪、アルザッヘルだけは何としても守らないと地球連合は負けたも同然なのですが。」

 

「月の防御だけなら今でも可能だ。だが、『新星』はあきらめざるを得んかもしれん…。ザフトの補給路の妨害もしばらくは厳しいな。

新兵が慣熟するまでもだしばらくかかる。それに護衛のMSを討つのにMAでは被害が出すぎる。

…君が期待するような働きを我々ができるようになるまでしばらくかかるだろうな。

 

…G計画の方はどうなっているんだ?あれができればまた話は変わるのだが…」

 

「まだしばらくかかりそうです。鹵獲したジンのOSとCPUを見たのですが、あれでは一般のナチュラルには扱えません。CPUなどで補えない部分を彼らは全てパイロットの技量に丸投げしているようで…。

適性のある兵士が最低でも6か月は訓練しないと宇宙では戦えません。現在、一般のナチュラルでも訓練次第で扱えそうなOSとCPUを開発させているのですが、まだまだかかりそうです。」

 

「…そうか。では、もう少し粘らねばな。」

 

「ええ、8か月もたてば制宙権は圧倒的物量を誇る我々の物です。

 

…それより、アルスター議員が最近やたらと結婚させたがるんですよ。提督からも何とか言ってもらえませんか。」

 

「ははは。君もだいぶいい年なのだ。アルスター議員のいうことも尤もではないか。それに、今の君の身分なら引く手あまただろう。なんせ若干30歳でロゴス盟主にして全国ブルーコスモス連合の盟主、そしてビクトリアの英雄である名誉少将閣下なのだからな。

大西洋連邦の大統領よりも偉いのではないかね?」

 

「それはそうですが…。しかしアルスター議員は自分の娘を紹介してくるんですよ。彼女はまだ14です。いくらなんでも…」

 

「…そうか、それは何とも何とい言うか…。まあ良いのではないかね?」

 

「良くないですよ!」

 

 

 

 




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それはとても緩やかな後退で

CE70年7月1日 地球連合軍ウラル要塞総司令部

 

「おはよう、何か異常はあったかね?」

 

「おはようございますクロイツェフ中将。現在戦線に重大な異常は発生しておりません。…ただ、最近連邦軍の航空攻撃が激しくなっている気がしますが。」

 

「北極海の航空戦力をだいぶこっちに回しているらしいからな。対空陣地にはあまり無理をしないように言っておけ。どうせこの辺りの守らなきゃならん戦車はほとんど隠蔽し終わっている。X線レーダーが使えるならともかく、Nジャマーの影響下で見つけることなどできんよ。」

 

「そうですね。…通信手、各対空陣地に通信、『こちらの…』」

 

「こちら司令部前警戒班!司令官!突然やつらが司令部まえに!!」

 

「どうした!?奴らじゃわからん、落ち着いて正確に報告しろ!」

 

「それが、大量のジンが突然!うわっ、く、来るな!」

  ザザザザザザ、プツッ

 

「おいどうした、応答しろ!……くそっ。」

 

「長官、ゲートに侵入されました!抑えられません!」

 

 

 この日、ウラル戦線総司令部が地球連邦軍の奇襲攻撃により壊滅。戦線にいた地球連合軍は混乱状態に陥り、3日にはウラル要塞線の放棄が決定される。

 同時に地球連邦加盟国の協力で北アフリカを横断することに成功したザフトは、新型MSのバクゥとザウート、ディンを駆使し、待ち受けていた地球連合軍スエズ運河防衛部隊と戦闘を開始した。

当初、機動力に優れつつも火力と鉄量で圧倒的に不利であったザフトは押されていたが、バルトフェルド司令官による機動力を生かした巧妙な罠に連合軍のリニアガンタンク部隊ははまってしまい、スエズ防衛に失敗してしまうこととなる。

 また宇宙では地球連合軍よりは損害が少なかったとはいえ、いまだ再建途中であったザフト宇宙艦隊が、国民の戦意高揚を求めた評議会議員たちの要請を受けて地球連合所有の資源惑星「新星」攻略を開始した。しかし、こちらは以前から「新星」の防衛を絶望視していた地球連合上層部によって駐留部隊をすでに全て撤退させていた。また、アズラエル氏の提案で無数のブービートラップまでも仕掛けていた。これにより強襲降下上陸を行ったザフトMS部隊は少なくない損害を受ける。

 

ザフトに少なくない損害を与えつつも、地球連合軍は緩やかに戦線を後退させ続けていた。

 

 

 

地球連合軍総司令部、JOSH-Aは荒れていた。

7月1日に狙って行われたとしか思えないザフト、地球連邦の各地での攻勢に対して全ての戦線で敗北を喫したことがその原因である。地球連合軍の宇宙軍、地上軍、海軍の各司令官たちは大ホールに集まり今後の戦略方針について丁々発止議論していた。

 

 

「宇宙に関してはしばらくザフトは動けないはずだ。こちらもそう余力はないのだから無理な攻勢を仕掛けるべきではないだろう。」

 

「海軍としては早急にスエズもしくはジブラルタルを地上軍に攻略してもらいたい。地中海の制海権を奪われたままではユーラシア連邦のドックの半数が使えないに等しい。」

 

「それは難しいだろう。ジブラルタルもスエズも渡河しなければ攻略できんのだ。砂漠で機動力の圧倒的に上回るザウートやバクゥを撃破できるほどのリニアガンタンクを渡河させようものなら無防備なところを一方的に攻撃されてしまう。せめて制空権が完全にこちらの物なら何とかなるが…」

 

「空軍は何とかできんのか?重力圏内ならばMSよりも戦闘機の方が圧倒的に有利だと豪語していたではないか。」

 

「それはそうですが…。盟主アズラエル、何かいい案はないでしょうか?」

 

「…なんで軍事の専門家が私に聞くんですか。無理なんだったらしょうがないでしょう。さいわいシナイ半島にもスペインにも対空火器を大量に配備しているんですから、しばらくは守勢でいいじゃないですか。ドックが使えないのは痛いですが無茶な作戦立てて負けるよりはましです。

…サザーランド大佐、ハルバートン中将、なに笑ってるんですか。分かってたんなら言ってくださいよ。まったく…。

それよりも東部戦線です。ウラル要塞線が敗れたとはいえ、地球連邦のジンは動きは悪いし、数も多くはないし、コーディネイターのOSとCPUをそのまま使っていますからナチュラルで操縦適性のある兵士なんてそんなにいませんよ。山岳戦でなければ絶対に負けません。いっそ中央アジア平原から攻勢を仕掛けたらどうです。リニアガンタンクなら平原で負けません。」

 

「だが、数が揃わん。スエズ攻防戦でかなりの数のリニアガンタンクを失ってしまったからな。グーンのせいで大西洋連邦からの輸送もままならんし。」

 

「シーレーンの防衛はどうなっているんです、海軍さん。もう駆逐艦に関しては新型艦も完成していると思ったのですが…。」

 

「大西洋に集中して頑張ってはいるのだが、やはりジブラルタルがとられたのが大きくてな。なかなか効果が上がらん。だがようやく最近ブリテン島経由での輸送に目途が立ちそうだ。たしか1週間もすれば大陸にかなりの物資が届く。」

 

「では今後1か月以内に中央アジア戦線で大攻勢に転じるということで。盟主アズラエルから何か要望はありますか。」

 

「できれば中央アジアのレアメタルを採掘したいので、そのあたりをよろしく頼みます。それから、これは極秘のことですが、モルゲンレーテ社がG計画に協力してくれることが決まりました。」

 

「おお!ではようやくわれわれもMSの生産に目途が立つということだな?」

 

「ええ。OSやCPUでは我々ロゴスが勝っているのですが、装甲や機関系統ではオーブが上ですからね。新型宇宙戦艦も共同開発する予定です。」

 

「どのくらいかかりそうなのだ?」

 

「来年までかかると思いますよ。私もできるだけ視察しようとは思っていますが。」

 

「そうか、一時はどうなるかと思ったが、この戦争の終末もようやく見えてきたな。」

 

 

作戦の大枠さえ決まれば後はそれは部下たちの仕事となる。将官らは一区切りついたとばかりに愚痴をこぼしだした。

何と言ってもこの戦争が予想外に大規模化してしまい、彼らもそれまで考えていた第4次世界大戦シナリオを泣く泣く破棄する羽目になったのだ。作りかけのレポートを燃やされた感覚に近いのだろう。…ただ、彼らはこのとき勝てることを確信していたからこそこのような会話ができていただけであった。

 

 

 

 

 

 

 

「最近の地球連合はなんじゃ!本当にプラントと戦う気はあるのか。」

 

「まったく、コーディネイター共と戦って負けたかと思えば、地球連邦にも負けるとは…」

 

「嘆かわしいことこの上ない!連合上層部はあの空のネズミどもにやられた被害を本当に理解しておるのか?」

 

「連邦も連邦だ。欲にまみれてよりにもよって地球共通の敵と組もうなどとは、何を考えておるのだ!」

 

 

ユーラシア大陸某所。そこにそびえ立つ立派な館の一室で、かつては経済界の一翼を担っていた老人達が盛んに愚痴を言っていた。彼らはコーディネイターによるNジャマー散布や地球連合軍のザフトとのたび重なる敗北に適応することができず、権勢を失いつつある老人達である。

影響力の低下を単純にコーディネイターによる弊害であると考え、少し前までは自称「ブルーコスモス」の過激派としてテロをも辞さない行動をとることで彼らは有名であった。しかしアズラエルによる「世界ブルーコスモス連盟」の設立と組織の意思統一によって彼ら過激派は政界から勢力を駆逐され、今では同志を集めての愚痴のいいあいしかできなくなっていた。

 

 

「だめですねー、皆さん。そんなんではいつまでも私たちの『青き清浄なる世界』は取り戻せませんよ。」

 

 

ひとしきり老人達の愚痴が話し終わったとき、まるでそれを見計らったかのようにそれまでわれ関せずとばかりに少し離れた席で黒猫をなでつつワインを飲んでいた若い青年がまるで小ばかにするかのような物言いで老人達に言った。

 

 

「…どういうことだね、ジブリール」

 

「僕たちナチュラルの共通の敵はコーディネイター共なんですよ。ちょっと負けたからといって本来の敵を見失っちゃっているんじゃあダメダメです。」

 

 

ロード・ジブリール。直訳すると「ガブリエル導師」になってしまうどう聞いても名前負けしていそうな人物だが、かつてユーラシアにおいて生命工学系統の企業では最高峰の財閥であった「ジブリール財閥」も総帥であり、その政治的手腕には世界中から一目置かれていた人物である。

しかしジョージ・グレンを始めとするコーディネイターの出現により生命工学部門での最高峰という地位を維持できなくなり、かつてのような権勢を誇れなくなってしまった人物の一人となった。ブルーコスモス内ではそこそこの地位に入るが、コーディネイターの絶滅をせんとする彼の考えは盟主であるアズラエルの方針に反しており、盟主の座を奪わんと考えてもいた。

 

 

「ですが最近のブルーコスモスの活動が甘いというのも事実ですしねえ。盟主は本当にコーディネイターを罰そうと考えているのでしょうか。」

 

「…あまり盟主のことは批判せん方がいいのではないかね?今や彼は地球連合の英雄だ。連合内最大の影響力を持っているといってもよい。それに彼子飼いのブルーコスモス諜報部門はプラント以外の諜報も行っていると聞く。」

 

「…そうですね。ですがここの防諜対策は現在万全です。皆様にお話しておきたいことがあるのでね。」

 

「ほう、わざわざわれら全員を集めたということはそうとうな事なんでしょうな。」

 

「ええ。実はザフト内部の、それも隊長格の人物から我々に対して接触してきた人物がいましてねえ。」

 

「何!?…罠ではないのか?それにコーディネイターの助力など受けるわけには…」

 

「ええ、それは分かっています。ですが罠だとは私は思えませんでした。どうも彼はコーディネイターではないようでしてねえ。それにありきたりな恨みがどうのとかではなく、純粋に利害関係を求めているようなんですね。」

 

「ナチュラルでザフトの隊長格だと?…それは本当なのか?」

 

「ええ、皆さんもご存知の方だと思いますよ。」

 

 

 

「名前はラウ・ル・クルーゼ。ネビュラ勲章持ちの英雄様だそうです。」

 

 

 




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それはとても早い変化で

地球連合軍が中央アジア制圧の準備に追われだし、ジブリールらが密談をしていたそのとき、ロゴス盟主にして地球連合軍名誉少将であるムルタ・アズラエルは追い詰められていた。

…主に精神的に。

 

 

CE70年7月5日 ワシントン N.A.プリンセスセンチュリーホテル

 

 

「…えー、ご趣味はなんでしょう?」

 

「小さい頃からピアノとバレエをやっていて、それが…」

 

「ほお、ピアノは私も聴くのは好きです。弾くことはできませんが…。」

 

 

おのれアルスター。まさか本当に娘と見合いをさせるとは、残念ながら「可能性はあるなあ」と思いつつも良識的にないだろうと願っていたのに。何で自分の半分にもならない子供と見合いをしなきゃいけないんですか.

ハルバートンもサザーランドも苦笑はしつつも止めてくれなかったし…。

 

 

「あの、どうかなさいましたか?」

 

「ああいえ、少し考え事を。アルスター嬢も大変ですね。普段お父上はとても忙しいでしょうし、たまの休日もこのようなおじさんと食事をすることになりますし。」

 

「いえ、そんなことはありません。正直、ロゴス盟主で地球連合軍でも偉い方って聞いて、『きっと脂ぎった権力の虜になってる気持ち悪いおっさんよ。なんでパパはそんなのと見合いをさせようとするの?』って思っていたんです。でもこんなスマートで優しい方だったんですから、パパが見合いをさせようとする理由も分かったわ。」

 

「嬉しいことを言ってくれますね。…ですが本当のところ、こんな年が離れてる人と結婚をしたいとは思わないでしょう。」

 

「あら、私は気にならないわ。年齢差以上に内面と地位が良すぎるもの。」

 

「嬉しいことを言ってくれますね…。今回のお詫びもかねて、1つ何か叶えてあげましょう。言ってくれませんか?」

 

「ふふ、そんな簡単に言っちゃっていいのかしら?…そうねえ、じゃあこれからアズラエルさんのことをおじ様って呼んでいいかしら。」

 

「構いませんが…。そんなことでいいのですか?一応、アルスター嬢のお父上の休暇をひねり出させることも可能ですが。」

 

「私のことはフレイって呼んで頂戴。…確かにパパのお休みはとても魅力的だけど、そんなことしたら他の議員さんから恨まれちゃうわ。それに…うちはパパ以外家族がいないから…。」

 

「そうですか…。ではそうしましょう、『フレイ』」

 

「ありがとう!」

 

「そういえば、学校のほうは今どこに通っているのですか?」

 

「オーブのヘリオポリスにある学校に行っているわ。月のアルザッヘルの学校がよかったんだけど、パパが『あそこは危ない』って言うから…。」

 

「そうですね、現在アルザッヘルはザフトに狙われていますからね。…ですが、ヘリオポリスですか…。」

 

「ヘリオポリスがどうしたのかしら?」

 

「いえ、何でもありませんよ。」

 

 

その後もフレイ嬢との和やかな話は続き、翌日にはマスコミに密会の真偽について問いかけまわされるのであった。

 

 

 

 

CE70年7月23日

 

カスピ海北岸にて小競り合いをしていた地球連邦軍機甲部隊に対し、突如として大規模な砲撃と爆撃が加えられた。

秘密裏に集結していた最新鋭のリニアガンタンクを配備してある4個戦車師団を核とした中央アジア突破作戦(作戦名は『マルス』)の作戦部隊が攻勢を開始したのである。司令官にはスエズで惜しくも敗北を喫したとはいえ、機動戦術に類を見ない才を持つモーガン・シュバリエ少佐がロゴス盟主アズラエルの後押しもあり、異例の大抜擢で作戦総司令官に任命されていた。

ロゴス盟主からの期待と名誉挽回のまたとない機会を感じ取ったシュバリエ少佐は、空軍と緊密な連携をとることでお手本のような電撃作戦を中央アジアで展開して見せた。地球連合軍の広報は大平原を戦闘機の援護を受けつつ整然と疾走するリニアガンタンクの映像を公開し、地球連合軍の健在振りをアピールした。

 

 

7月25日

 

中央アジアにおいて思うように戦線を再構築できず焦りを募らせた地球連邦軍は、モスクワのすぐ隣に位置する衛星都市ウラディミルがなかなか陥落しないこともあり、この方面での攻勢をしばらく凍結させることを決定。

配備予定だった師団や予備として残していた部隊、そしてパイロット適正の関係上1ヶ月あたり50機しか補充できない虎の子の部隊であるジン等をかき集め、北極海の制海・制空権を手に入れるためにスカンディナビア王国に対して宣戦を布告した。

若干旧式といえる戦車とはいえ、数において圧倒的に勝る地球連邦軍は瞬く間に旧フィンランドを制圧。スカンディナビア山脈にも攻勢を開始した。

日本の首相であり、中立国間の相互防衛協定において議長に就任していたマキシマ首相は地球連邦軍の行動に対して

 

「国際法・秩序を完全に無視した行動であり、直ちに撤収・謝罪・賠償が行われないのであれば相互防衛協定に基づいてスカンディナビア王国を支援する。」

 

と発言。協定加盟各国は地球連合の勢力圏である北極海経由で援軍を派遣した。日本軍にはMS部隊も含まれており、世界各国がMS同士の初の戦いに注目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

CE70年7月30日 スカンディナビア王国領キルナ鉄鉱山

 

ノルウェー側より上陸した協定加盟国軍は分散して前線に配置され、山岳戦闘にアドバンテージを持つとされる日本軍の特殊戦車師団(日本軍のMS部隊)は山脈において最前線となっているキルナ鉱山に配置された。

それまで戦闘を行っていたスカンディナビア王国軍山岳歩兵部隊によると地球連邦軍の側もMSジンの部隊の大半を山脈に投入しているようであり、日本軍のパイロットも初の対MS戦ということで緊張の度合いを高めていた。

 

 

「三佐殿、汎イスラム会議空軍より連絡。『上空のエアカバーを確保。但し支援するほどの余力は無い。』」

 

「そうか、ご苦労。一尉、どうやらMS同士の戦いだけですみそうだな。」

 

「そうですね。ロボットの戦いは日本が大先輩であるってことを教えてやりましょう。…ですが三佐、技術局が特殊装備でくれたビームサーベル、あれ付けるとなんか本当にアニメの世界みたいですよね。」

 

「…まあな。広報はあれを持った特殊戦車の戦闘シーンを次のポスターに貼る気満々らしい。こちらは接近戦をわざわざしようとは思っていないのだが…。」

 

「ですよね。ジンでしたっけ?のスペック見たんですが、あれの機動力で地上戦とか馬鹿でしょう。はっきり言って、ウラル要塞の陥落だって奇襲で司令部が潰れたからであって、ジン自体はそんなに活躍して無いでしょう?何でかスペック通りの性能も出し切ってないようですし…。」

 

「もともと宇宙戦の想定だからな。OSもCPUも宇宙空間での姿勢制御やら光量調整やらにほとんど使われてて、足りない部分は全部パイロット任せらしい。」

 

「うげ、よくそんな欠陥機に乗ってますね。連邦もザフトも。」

 

「決戦機に指定してしまっているからな。変えられんのだろうさ。

……全機に通達。全機、クールよりホットに移行。C装備にて待機。オペレーター、オペレーションアナウンスを開始せよ。」

 

「「「「了解」」」」

 

「オペレーターより全機へアナウンス。先行偵察部隊、ならびに航空班の情報より敵部隊の接近が判明。敵はMSジン25機、歩兵1個大隊、攻撃ヘリ1個中隊です。

ヘリに関しては会敵までに戦闘機で撃墜可能です。会敵予想は1時間後。サガミ三佐の指示に従い、迎撃してください。」

 

「聞いたな。各自、事前のシミュレーション通り行動せよ。この程度の敵、犠牲を出すなよ。」

 

 

 

1時間後、オペレーターの情報通り連邦軍のMS、歩兵と会敵。日本軍特殊戦車『久遠』12機は若干の小破機を除いて無傷でジン25機を撃破することに成功した。

 

 

 

 




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それはとても暗い澱みで

破竹の進撃で中央アジアを併呑していく地球連合軍。

その勢いはとどまることを知らず、すでにいくつもの都市とレアメタル鉱山を制圧していた。その膨大な利権を何とか得ようとロゴス内外の企業が蠢いており、いつの間にか地球連合最大の企業に急速成長していた

アズラエル財閥もその例にもれず活発に動きまわっていた。今日の競売で勝とうが負けようが明日もまたいずれかの利権が競りだされるわけであり…。

で、何が言いたいかと言うと…

 

 

「…何であれだけ秘書を増員したのに以前より仕事があるんでしょうね…。」

 

「仕方ありません。今回の利権分けに関しては、ロゴス盟主として競売の管理をし、アズラエル財閥総帥として競売で勝ち取った利権を管理しなければいけませんから。」

 

「どうりで似たような書類を複数回見ていると思いました。しかしあれですね。このムルタ・アズラエル邸、新しく改築しなおしたらついに地球連合事務局ビルより高くなりましたね。おかしいですよ、個人の邸宅が地球最大の公機関の建物より大きいっていうのは。」

 

「アズラエル財閥総帥とロゴス盟主、さらにブルーコスモス盟主の権力を足したらたぶん宇宙最大の権力者といえるかもしれませんよ。ロゴス盟主以外の役職に任期はありませんし。この邸宅だって、アズラエル様のプライベートの部屋より圧倒的に執務室と倉庫のほうが大きいじゃないですか。引っ越したときに招いたサザーランド大佐やアルスター議員の顔も引きつってましたよ。」

 

「あれは見ものでしたね。その後の『アズラエル様の仕事中毒はついにここまで…』とか『やはりフレイと結婚させて家庭の楽しみを教えなくては』とかは余分でしたが。仕事増えてるの私のせいではありませんし。

…ん?」

 

 

秘書と雑談をしつつ、高速で書類を片付けていくアズラエル。

そんな彼の執務机に置かれている通信端末が呼び出し音が鳴り、アズラエルはいったん作業を中断することにする。

 

 

「アズラエル様、サザーランド大佐より至急の通信です。」

 

「つなげてください。…どうしました、サザーランド大佐。まさかカザフステップにサイクロプスが仕掛けられていたとかじゃないですよね。」

 

「…そんな恐ろしいことを想像させないでください。アズラエル様、先ほど手に入れた情報なのですが、日本軍のMSが地球連邦のジンを半分の戦力で撃破したそうです。」

 

「そうですか。しかしその技術に関しては恐らく生半可なことじゃ手に入れられませんよ。日本が独立を維持できているのはその技術力によるものが大きいですからね。…しかし、地球連邦、特に東アジア共和国の動きが心配ですね。」

 

「技術力奪取のために日本に牙を向ける、と?しかしアズラエル様、地球連邦軍は全体的にこれ以上の戦線の拡大を行う余力は残っていないと思うのですが…。」

 

「地球連邦のみなら、ですよ。ザフトの戦略はアルザッヘルにある発電所の制圧だけではありません。彼らは地球連合内のマスドライバー施設全てを制圧ないしは破壊し、月を干すことも考えています。いつ地球連合よりになってしまうか分からない中立国のマスドライバーを残しておくとも考えにくいです。日本のマツヤマ宇宙センターにあるマスドライバー施設破壊を名目に、地球連邦の侵攻を援助する可能性もあります。」

 

「なるほど…。参謀本部でも提言してみます。ですがザフト地上軍の最初の目標は…。」

 

 

サザーランドの問いかけに対し、アズラエルは力強く答える。現状の情報を総合すれば、ザフトの次の作戦ぐらい誰にでも想像できるのだ。

 

 

「決まっています。ヴィクトリアです。」

 

 

 

 

 

 

 

地球連合軍と地球連邦軍がユーラシア大陸の覇権をかけて激闘し、アフリカではザフト地上軍と地球連邦軍が連携して地球連合軍からサハラ砂漠からナイル川沿岸にかけての支配権を奪わんと激戦を繰り返していたその頃、プラントにてザフト宇宙艦隊は順調にかつての戦力を取り戻しつつあった。

…訳ではなかった。

 

開戦当初に農業用プラントが失われ、食糧事情が悪化したプラントであったが、地球連邦と同盟を結び、地球連合軍の宇宙艦隊を撃滅一歩手前まで追い込んだことで地球から食料などの民生品を輸入可能になり、ここしばらくは市民の生活レベルも戦前の8割ほどに回復しつつあった。

しかし地球連合軍宇宙艦隊はプラントには無いその高い生産力を生かすことで戦力を急速に回復し、通商破壊作戦を行うことでここ1ヶ月の間プラントの食糧事情を悪化させ続けていた。食料を始めとして嗜好品や民生品の多くが配給制となり、好調な戦局と市民生活レベルのギャップに多くの国民は疑問を抱き始める。

そんなある日、プラント大手の報道企業に匿名でザフト地上軍が地上で食べきれないほどの食事を摂取しているという情報が寄せられ、プラント内で大きな反響を呼んだ。

政府がひた隠しにしてきたザフトの護送能力の低さが露呈してしまったのだ。しかも間が悪いことに評議会議員の1人が地球からたどり着いた数少ない輸送船に積まれていた嗜好品を横領していたことまで暴かれてしまった。

最高評議会は国民の信頼を取り戻すために再編途中の宇宙艦隊を護送任務に就かせなければならなかった。

 

 

 

「…本気で言っているのか、シーゲル。」

 

 

急遽シーゲルに呼び出されたパトリックは、友人から切り出された要請に苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

「本気だ。パトリック、直ちにザフト宇宙艦隊の全力をもってして輸送艦隊の護衛をしてくれ。これは最高評議会の決定でもあり、国民の意思でもある。」

 

「まだ再編成中なのは知っているだろう。パイロットやクルーの大半も兵学校を繰り上げ卒業させたばかりのひよっこだ。…あと2ヶ月、いや、1ヶ月待ってくれ。」

 

「それは無理だ。国民の不満はだいぶ高まっている。すぐにでも行動を示さないとまずい。…地球連邦から輸入し始めたときに配給制度をやめていなければ1ヶ月我慢できたかもしれんが、1度生活が良くなってしまうと水準を下げることはできんのだ。頼む、分かってくれ。」

 

 

シーゲルの言葉に拒否権がないことを知ると、パトリックは眉間に深いしわを浮かべながら戦力を計算し始める。

 

「…1度や2度なら可能だが、継続しての護送などできんぞ。総力を上げるのも無理だ。せいぜい精鋭部隊をまわすぐらいだろう。それならばできないことは無いが…。」

 

「すまない、頼んだぞ。」

 

「ウロボロスを早く完了させて宇宙からナチュラルどもを早く追い出さねばいかん。ヴィクトリアの作戦を急がせるぞ。」

 

「仕方が無い…か。分かった、議員にはこちらから説得しておく。」

 

 

ブルーコスモス諜報部隊の暗躍は意外な形で成果を現そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

光あるところに闇があり、秩序の裏に混沌があるように、アズラエルの権勢が増せば増すほど徐々にだが、それに反発する者の蠢動も大きくなっていった。

 

そもそもブルーコスモスはもともと一財閥が設立した慈善団体でしかなく、その恩を受けてアズラエルに憧憬の念を抱いている人物を含めてもあまり人数は多くない。政界や軍にいるブルーコスモス派も、アズラエルの持つ権力に危機感を全く持っていない人物は少数派であった。ロード・ジブリールを始めとする反アズラエル派は迷いを持ちだしたブルーコスモス派に接近し、少しずつ、少しずつ組織の規模拡大を図っていた。

 

そんなある日、ザフトにて情報提供を行っていたラウ・ル・クルーゼ自らが輸送船護衛任務に就くという情報をジブリールは手に入れた。

 

 

「これはチャンスですよ、皆さん。是非とも盟主様にご出陣していただき、とっとと退場してもらいましょう。」

 

 

ジブリールの声に、多くの老人たちは半信半疑の顔つきを浮かべる。

 

 

「馬鹿なことを言うでない。あれだけの力を持っているやつがそうそう前線に何ぞ出れるわけが無いではないか。だいたい、チャンスも何も今やつが死んで、スムーズにわしらに椅子が廻ってこれるとは思えん。根回しも終わっていないし、味方する議員も少なすぎじゃ。」

 

「そんなこと言っているからいつまでもアズラエルなんかに負けているんです。いいですか、勝負には潮時というものがあるんです。ここでやらなきゃいつまたこんなチャンスが来るか分かったもんじゃありません。根回しだって彼の派閥の議員だって核となっているアズラエルが死ねば烏合の衆でしかありません。いくらでもこちらに取り込めます。

…ああもう、そんなくだらないこと聞いてる暇があったら皆さん早く議会やら軍やらに働きかけてくださいよ。とろとろしてはいられないんですから。」

 

「…分かった。ではおぬしの言うとおりにしてみよう。…やれるのだな?」

 

「やれるかじゃなくって、やるんですよ。まあ実際に殺すのはクルーゼですが。彼だって伊達に勲章を持ってるわけじゃないでしょう。」

 

 

ジブリールの言葉に集まった人々はようやく動き出した。必ず勝てると踏んだわけではない。ただ、失敗してもデメリットが無いと計算されたからに過ぎない。彼らはアズラエルへの反感でこそ集まれど、自分たちのデメリットについては自己犠牲的精神を持ってはいないのだ。

 

 

 

 

月 地球連合軍プトレマイオス基地

 

「………なぜこうなった。」

 

地上の各戦線が膠着し、舞い込んで来る書類の数が減って仕事の合間にお茶をしたりたまの休日にたまたまJOSH-Aに現在勤めている人(基地司令部所属、女性)とお忍びでお茶をしたりと、ようやく自分の時間というものを持てるようになったと思ったら、いつの間にか新たな仕事が用意されていた。

 

曰く、

 

「地球連合軍名誉少将として第8艦隊と特殊教導部隊を率いてザフト輸送船団を撃滅せよ。」

 

何で私がただの通商破壊任務なんてしなきゃいけないんだ、そもそも私は軍人じゃあない、と文句を言ったのだがハルバートン提督は

 

「地上任務だけではなく宇宙戦でも箔付けをしてもらおうと思ってな。それに…ザフトも最近の輸送船の被害にそろそろ重い腰を上げざるを得ないはずだ。」

 

などとほざいた。箔付けをしたがる上層部の思惑は分かる。膠着した状況の中で国民に戦意高揚となる情報を与えたいのだろう。しかし、私の仕事を代わりに引き受けてくれるやつがいないのに勝手に仕事を増やさないでほしい。

 

 




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12/09/03 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございます。


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それはとても刺激的な戦闘で

「それで、艦隊司令官殿である名誉少将様がいったいどんな話をするって言うんで?」

 

第8艦隊旗艦というより、通商破壊任務指揮艦であるメネラオスのMA発着所にてアズラエルに対してその人物はふてぶてしそうに言った。

 

「やめてくださいよ。私は軍人なんて柄じゃないんですから、エンデュミオンの鷹殿。」

 

「…、分かった。で、アズラエル殿が俺に何か用でも?と、いうより教導任務についていた俺が何でひよっこ共ともどもこんな任務に就かされたのか謎なんだけど、どういうことだ?」

 

「ええ、あなたのガンバレルの、といよりも空間認識能力を生かしてあることをしてもらいたいんですよ。あなたの教え子については本当に観戦してもらうだけなんですが…。メビウス・ゼロは有線式のガンバレルを操って他方向からの同時攻撃を可能とする画期的機体なんですが、いい加減性能が旧式化しているといわざるを得ません。ですので、新たに無線誘導タイプの子機を使った機体を使っていただきたいのです。」

 

「無線誘導?Nジャマーの影響で不可能になった研究ジャンルだったろ、それ。ヴァルキュリアもハルピュイアも結局CPUによる完全自立型だから無人になっただけで、遠隔操作じゃないんだろ?どうやって動かすんだよ、その新型機体は。」

 

「基本的には既存のハルピュイア自体を子機としてもらいます。ですので操作系統もガンバレルと違ってほとんど子機のCPUでまかなえます。で、あなたには大まかな指示を子機に対して送ることで連携した攻撃をしてもらおうと思っています。Nジャマーも長距離誘導は不可能となりましたが、中長距離の単純な通信なら可能です。ようはノイズですからね。とはいえ、ガンバレルより格段に行動範囲は伸びますし、誘導は難しいかもしれませんが操作が楽になった分子機の数も増やせます。どうです?」

 

フラガからの質問に対しアズラエルはよどみなく答える。前線の兵士こそまだ知らないが、上層部では既に通達済みの情報となっている。この程度の話ならば問題はない。

 

「ああー…。まあ、それなら可能だわな。俺ももうちょっとガンバレルの数増やしたいと思ってたからそれはありがたいんだけど。…だがなぜそこまで俺にこだわるんだ?言っちゃ悪いが、メビウス・ゼロを使ってるやつはかなり少ないはずだ。特にグリマルディでだいぶ減っちまったからな…。それで、なんでメビウス・ゼロの発展機を作ろうとしてるんだ?それだったらハルピュイアの後継機とかMSとかを作るほうが先だろう。なぜだ?何を連合軍は考えている?」

 

「…鋭いですね。あなたも薄々気づいていると思いますが、今連合ではG計画というMS開発プロジェクトが進行しています。計画の終了は3ヵ月後となっていますが、困ったことにOSは戦闘記録を元に改良を続けなければ貧弱すぎるレベルと言えるでしょう。そこで、あなたに護衛機として新造艦に配属しパイロット、というよりも戦闘記録とOSを守ってもらいたいのです。」

 

「なるほどな。だがOSはどのぐらいのレベルなんだ?今は訓練だからジンのOSを転用しているが、もう少しましなレベルにはなるんだろう。」

 

「あまり期待はしないでください。機動戦は夢のまた夢になりそうだとは言っておきます。」

 

「…マジかよ。」

 

アズラエルの返答に、あー、クソッ、というボヤキを見せたフラガであったが、それでも彼に了承した。彼とて現在の戦況のままでは連合軍の負担が高すぎることは知っているのだ。どこかで新型兵器を導入しなければならないことは分かる。

 

「…分かった、3ヶ月以内にその新型機に慣れりゃいいんだな?」

 

「お願いします。」

 

フラガの返事を聞いたアズラエルはそのまま彼から離れていく。お飾りとはいえ軍人なのだ。仕事はまだ山のように存在していた。

 

 

 

 

 

「レーダーに反応!カオシュン発の輸送艦とその護衛艦隊だと思われます。数は恐らく20です!」

 

アルザッヘル基地を出港してから数日。通商破壊作戦への参加に向けて地球―プラント間の航路を巡回している最中、その報告はなされた。

即座にアズラエルを含むブリッジクルーに緊張が走る。

 

「20?若干多いような気もしますが…。まあいいです、砲戦可能距離までどのくらいですか?」

 

「恐らく20分くらいでしょう。MAを出しますか?」

 

「護衛艦隊は5隻ほどですよね。とするとMSは30機。やめときましょう、落とされるのがおちです。だったらせっかく艦数で勝ってるんですからアウトレンジから一気に攻撃してやりましょう。」

 

「…なるほど。全艦に通達!砲戦準備に移れ。その後にMAを出す。」

 

「了解、全艦に通達。砲戦準備に移れ、その後にMAを出す。」

 

「敵護衛艦隊、MSを射出しました。数、45です。」

 

「多いな。やつら、さては輸送艦にも無理やりMSを積んだな。」

 

「敵艦、MS射程圏内に入りました!射線上にいるMSの影響で敵艦は砲撃してきません。」

 

「よし。アズラエル少将、指示を!」

 

「分かりました。全艦、砲撃開始!5斉射後にMAを出せ!」

 

練度の高い第8艦隊の砲撃ということもあり、5斉射でMS8、ナスカ級1、輸送艦3隻を撃破することに成功し、他の艦にも多かれ少なかれダメージを与えることには成功した。しかし、やはりMSとMAの戦闘ともなると形勢は不利となり、無人MAを多数投入する物量策をもってしてもなかなかに敵にダメージを与えることはできない。

 

「MA損耗率30パーセントを突破!」

 

「アズラエル少将、敵はどうやらかなりの精鋭だったようです。このままでは敵MSを艦隊まで許してしまいます。」

 

「分かっています。ですが、もう少し待ってください。こちらもただやられるに任せているわけではないのです。」

 

「そうでしたな。しかし、間に合うのでしょうか。」

 

副官の心配に対し、アズラエルは内心の心配は押し隠して笑顔のみを向ける。歴戦の軍人であればポーカーフェイスで済むのだろうが、アズラエルは所詮商人でしかない。人を安心させるには笑顔が必須であった。

 

「少将!MSの内1機が突破してきました、恐らく指揮官機です!5分で防空射程距離内に入ってしまいます!」

 

「何!?直掩のメビウス50機を全て出せ!何としてでも防空射程圏外で食い止めろ!」

 

 

 

 

 

その頃、MS指揮官機に乗っているザフト軍隊長、ラウ・ル・クルーゼは状況に危機感を抱いていた。

 

(おかしい、確かにヤツの気配を感じはするのだが、どこにいる?それともまだ艦内にいるのか?…いや、それはない。ではいったいどこだ?どこにいるのだ、フラガ!)

 

因縁の敵の接近を感知し前線へと赴いてはみたものの、肝心のフラガ機を見出せずにいる。さすがの直感もフラガの位置を正確に教えてくれるわけではない。戦闘をこなしつつ探すしか方法はない。

 

「くっ、弾切れか。初戦の砲撃でMSを失っていなければ突破できたものを!…む?

……ふっ、どこまでも手の内で踊らされていたということか。ムルタ・アズラエル、私は貴様を甘く見すぎていたようだな。」

 

戦闘中に旗艦ヴェサリウスから届いたレーザー通信を見たクルーゼはそうつぶやくと、全MSに撤退するよう信号を上げるように旗艦に通信を送り、自らも撤退した。

 

 

 

 

「フラガ大尉よりレーザー通信!『ワレ奇襲攻撃ニ成功セリ。輸送艦12隻、ローラシア級2隻ヲ大破ニス。』敵艦隊旗艦の撤退信号を確認。敵MS、後退しています!」

 

「よし、MA隊にも後退するよう伝えろ。深追いすれば思わぬ反撃を食らいそうだ。

…やれやれ、何とか勝利できましたがあの指揮官機は化け物のようでしたな。まさか1機で有人MA21機を倒すとは…。」

 

艦橋ではフラガ機からの報告と敵の撤退を察知し、緊張を緩めていた。一時は敵の突撃にヒヤリとさせられたものの、何とか防ぐこともでき、作戦も成功と言える。

 

「ええ、結構危なかったですし、損害も想定以上ですね。…今回のように毎回毎回通商破壊に1個艦隊丸々出すわけにもいきませんし、やはり完全に物流を遮断することはできませんね。」

 

「ですが、たしかまだザフトの宇宙艦隊は回復しきっていなかったはず。この戦いの損害はザフトを苦しめるでしょうな。」

 

こうしてムルタ・アズラエルはジブリールらの陰謀に打ち勝ち、地球連合の英雄としてまた1個階級を上げられてしまうのだった。だが、地球に戻ってきて彼が1番に見る事となるのは賞賛の目で自分を見るマスコミ達ではなく、複数の秘書官たちが運んできた2週間分の報告書であった。

 




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12/09/09 誤字修正。黄金拍車様、ありがとうございます。


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それはとてもようやくの始まりで

「本当に次こそは大丈夫なんでしょうね?前回の二の舞だなんてことはごめんですよ、僕は。」

 

華美な調度品、質の良い家具などに囲まれた部屋にあるモニターに向かってジブリールは話した。

顔には若干の疑わしさを浮かべており、そのことを相手に隠そうともしていない。

 

「フッ、前回は情報が誤っていたからな。今回はこちらで掴んだ情報だ。失敗などありえんよ。」

 

それに対してモニターに映る仮面の男は特に反応しない。どころか、ジブリールに対して挑発をもしてみせた。

自分はお前の部下ではない。対等であり、またジブリールがどうなろうと関係はない…。そう言っているようにも聞こえる。

 

「…そうですか。じゃあ僕はせいぜい吉報を待っていますよ。……青き清浄なる世界のために。」

 

「…。」

 

ジブリールの言葉には答えず、仮面の男…クルーゼは唯一見ることのできる口元に笑みのみを浮かべ、通信を切った。

 

 

 

 

 

 

 

CE71年1月25日 ヘリオポリス オーブ軍港

 

通常であればオーブ軍仕官がいるはずの指揮官室には、オーブ軍の制服を着つつも、地球連邦軍の階級章を付けている軍人たちと、スーツを着ている長身の好青年が立っていた。

 

「……ではOSの方も順調に改良されているということですか。」

 

「ええ、現地の工業大学生に秘密裏に協力してもらっているということですが、恐ろしいスピードでシステムが構築されています。カトウ教授とやらは恐ろしい才を持つ生徒を持っているようです。」

 

オーブ軍の制服を着た壮年の軍人はアズラエルへ話す。階級は中佐となっているが、アズラエルに対する話し方は丁寧であり、軍とは異なるパワーバランスを意識していた。

 

「ふむ…。OSの内容がばれていないのでしたら問題は無いです。確かパイロットの方も今日来るはずですからその人たちとも連携して最適なOSを模索してください。

後、防諜の方はしっかりやっといてくださいよ。皮肉なことですが、より優秀なはずのコーディネイターよりも性能の良いOSを我々は作っているのですから。」

 

「はははっ、まったくですな。お任せを、防諜には最大限注意を払っております。」

 

「お願いしますよ。…では私は噂の新造艦を見ようと思うのですが……、君たちはパイロットたちを迎えに行くのでしたね。誰か案内のできるものはいませんか。」

 

一通り基地内、ドック内で確認すること、連絡することを話し終えたアズラエルはそのまま新型艦の査察へと赴くことにした。

ハルバートンに対する土産話にもなるだろうし、アガメムノン級と異なり量産型に改良されていない新造艦というのにはアズラエルも興味を持ってる。

 

「そうですな…。CIC担当なら今手は空いているはず…。…バジルール少尉!ちょっとアズラエル氏の案内をしてくれ!」

 

「はっ。それでは案内をいたしますので、こちらにおいでください。」

 

軍港内の指揮官と思われる人物からの命令を聞き、それまで書類仕事をしていた女性仕官がアズラエルの元によりドックへと案内する。

あまり人の通らない連絡通路に入ると、二人の間から公としての空気が薄れていった。互いにJOSH-Aで知り合っており、お茶をする程度の仲ではあったのだ。

 

「しかし驚きましたよ。まさかJOSH-Aに勤めていたはずの人物が急に新造艦に乗り組むことになるとは。いったいどうしたんです。」

 

「私にもどういうことかはあまり分からないのですが、閣下が中将になってしばらくした頃に人事課から通達が…。」

 

「そうですか、人事課の人からは何か言われませんでしたか?参謀本部からの意見だとか、議員からの圧力だとか、第8艦隊からの要請だとか。」

 

何となくいやな予感…というか最近妙に結婚を推してくる某政治家やら某提督の顔が脳裏に浮かび、思わず尋ねてしまう。

まだバレてはいないはず…というかそうであって欲しい、と思うアズラエル。

 

「は?…いえ、そのようなことは何も。私はてっきり閣下からの圧力かとでも思ったのですが…。」

 

「まさか。私でしたら船ではなく私の執務室に配属させていますよ。知っていますか?今私の部屋には地球連合事務局から5名、ロゴス総務部から5名、地球連合軍総務課から5名、大西洋連邦国務省から10名、ブルーコスモス事務課から5名の事務官の応援が来ていて、それでも秘書が足りないんですよ。」

 

実はアズラエルの下に各部門から応援が行くことで組織同士の横の繋がりができており、それに目をつけた権力者が組織運営の効率化を目的としてアズラエル及びその直属機関に多くの仕事を回しているのだとはアズラエルも知らない。

 

「それは…。仕事量が多いことも分かりますが、まるでかつての国際連合の総会のようですね。」

 

「笑い事じゃありませんよ。だから私はあなたに個人的な思いからだけでなく、切実に秘書になってほしいんです。後、閣下ではなく名前で呼んで欲しいのですが…。」

 

「無理です。これでも譲歩しているのです。普通ならば中将閣下と呼んでいるはずなのですから。後、秘書のお誘いに関しても難しいです。兄が生きていればうなずいたかもしれませんが…。」

 

表面上はきっぱりと、だが視線は明後日の方向に向けながらナタルは答えた。彼女も脳裏にはそろそろ結婚を…、と言ってくる家族の姿が浮かんでいた。

 

「そうですね、無理を言ってすみません。ところで、新造艦『アークエンジェル』の案内をしてもらいたいのですが…」

 

「分かりました。すでに連絡橋を通って艦内に入っているのですが、現在は船員室とブリッジをつないでいる連絡路を通っています。この先、ブリッジにてこの艦の火器類全てをコントロールしています。艦載機としてはMS5機に加えてMAを最大で5機搭載可能です。MAに関してはッ!」

 

 

ズンッ!ズズッ!!……ヴィー!ヴィー!ヴィー!

 

『非常事態発生、非常事態発生!ザフト戦闘艦ならびにMSが複数出現。各員、非常事態マニュアルNo.3に従って行動せよ。繰り返す…』

 

 

ナタルの発言を遮るように、突如として周辺が騒がしくなった。

非常サイレンが鳴り響き、スピーカーからは非常時にのみ使用される機械音声が訓練放送に似た内容を繰り返す。

 

「バカな!中立国のコロニーに攻撃を仕掛けるだとっ!?やつらは何を考えているんだ!?」

 

「恐らくここの開発がばれたのでしょう。…まずいですね、地球連合軍が管理していることをばれなくするためにここのMAはオーブ軍採用の有人機しかないはず…。

……バジルール少尉、ブリッジに向かい司令部と連絡を取りましょう。」

 

「そ、そうですね。……おい!誰かいないか!?」

 

「バジルール少尉!よかった、生きておられましたか!」

 

ブリッジへと駆け込んだナタルの下に青年が駆け寄る。ブリッジクルーなのだろうが、それにしてはブリッジ内の人数がかなり少ない。

 

「どういうことだノイマン?艦長達は無事か?」

 

「いえ、どうやらパイロット候補生たちを迎えに行ったところでちょうど襲撃されたらしく、艦長以下多くの仕官が生死不明です。ですので現在この場で最高階級なのはバジルール少尉です。」

 

「くっ、仕方が無い。CIC、引き続き連絡の取れていない乗組員の情報収集に当たれ!機関長!アークエンジェルの始動までどのくらいかかりそうだ!?」

 

「1時間ほどです!少尉、そちらの方は?」

 

そこまで話したところでノイマンはようやく、アズラエルに気が付いたようであった。まさかの非常事態ということで冷静さを失っていたらしい。

 

「彼は…「私はムルタ・アズラエルです。ちょうどこの艦とGの視察

に来ていたところ、巻き込まれたわけですが…。そうだ、バジルール少尉、Gの確認は?」

 

「Gは…確かモルゲンレーテ社の別のドックにあったはずです。っ!おい、だれかすぐにGの格納庫に連絡を取れ。敵の狙いはGの奪取かもしれん。」

 

 

ナタルの言葉にブリッジに数名残っていた通信員が関係各所に連絡をとり始める。…緊急事態のせいか、なかなかマニュアル通りには確認手順を踏めないでいる。

 

「……ダメです!敵にGを奪取されたようです。…あ、いえ、1機は奪われていないようです!コロニー内で戦闘を行っています。後、通

信が入っています。」

 

「入れろ。」

 

『こちら、特殊教導部隊のフラガ大尉だ。敵MS1機を落としたが、こちらも被弾しちまった。着陸許可を出して欲しい。』

 

通信からはアズラエルの記憶に新しい声が流れ出た。彼が生き残ったことに対してアズラエルは普段信じていない神に感謝した。とはいえ、アズラエルの内心の思いなどこの場にいる他の人間には分かるはずもない。

 

「アークエンジェル、バジルール少尉です。現在艦長以下仕官の大半がいないので臨時で許可を出します。それと大尉、戦闘中の味方MSの支援をお願いしたいのですが。」

 

『了解。それぐらいなら今すぐにもできそうだ…って何だ!?』

 

「っ!?」

 

突如、激しく揺れるコロニー。ストライク操縦者キラ・ヤマトが対艦用兵器アグニを使用した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と、言うわけでようやくの原作突入です。
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それはとても複雑な問いかけで

『アグニ』射撃後の混乱でザフト軍強襲部隊は一時的に後退し、アークエンジェル艦内では情報の整理が行われつつあった。

 

 

「コロニーの構造に深刻なダメージが加わっています。恐らく早急に応急処置を施しても1日持たないかと…。」

 

「司令部スタッフ及び艦内の仕官の大半の死亡を確認しました。引き続き調査を継続しますが、あまり期待は持てません。」

 

「フラガ大尉より通信です。これより帰投する。確認した友軍Gもこちらに向かわせた。だそうです。」

 

次々と伝えられる現状報告。ブリッジ内の情報機能が復旧しつつある証拠であったが、その報告に良いものはあまりない。報告を受けるナタルも顔の固さを緩めることができずにいた。

 

「そうか、ご苦労。…閣下、ザフトの攻勢は続くでしょうか。」

 

「そうですね、恐らく逃したG1機を確保または破壊するまでは攻撃してくると思いますよ。しかし…G計画の防諜にはかなり力を注いでいましたから、諜報力で圧倒的に弱いはずのザフトが察知できるとは思いません。最悪…。」

 

「内部からの手引き…ですか。信じたくは無いですが。」

 

アズラエルの予想にナタルは更に顔を顰めさせる。コーディネーターとの戦争の切り札候補の情報が筒抜けとなれば、地球連合軍としてはかなりまずい。加えて、これまで情報戦において圧倒的有利であったことからもショックは大きい。

 

「バジルール少尉!フラガ大尉のメビウス・ゼロが着艦しました。Gの方からも着艦要請が来ていますが。」

 

「分かった、Gにも許可を出せ。それと一応パイロットの確認ができていないのだから保安班からも何人か着てくれ。私も行く。」

 

「はっ!」

 

「私はここで待っています。会議をするのでしたらこちらにつれて

きてください。」

 

 

30分後、ブリッジに戻ってきたバジルール少尉が連れてきたのは地球連合軍の軍服を着た男女二人であった。

 

「一応揃ったってなら自己紹介をしようか。俺はムウ・ラ・フラガ。地球連合軍特殊教導部隊の大尉だ。といっても、ひよっこどもはみんな死んじまったけどな。」

 

「あなたが…!エンデュミオンの鷹って呼ばれていますよね、私も聞いたことがあります。あ、申し遅れました。私地球連合軍第8艦隊所属、マリュー・ラミアス大尉と申します。アークエンジェルの副長として先日配属されました。」

 

「ナタル・バジルール少尉です。ラミアス大尉と同じく、先日アークエンジェルCIC担当として配属されました。それから…」

 

「ああ、私はムルタ・アズラエルです。今回は視察ということで来ていたんですが、巻き込まれてしまったようです。」

 

アズラエルの発言を聞いたフラガ大尉は「あちゃあ…。どっかで見たことあると思ったわけだ。」と言い、ラミアス大尉は突然の大物の出現に呆然とした。予想通りではあったが、時間的余裕があまりない現在ラミアスの驚きに付き合ってはいられない。

 

「ま、私のことはさて置くとして…。この艦の責任者はどうするんですか。逃げるにせよ戦うにせよ責任者は必要でしょう。」

 

「はっ!そうだ、艦長達はどうなさったんですか、バジルール少尉。」

 

「艦長、いえアークエンジェル内の仕官の大半は先の襲撃で戦死なさいました。確認できている限りでは士官はここにいる人だけです。」

 

「そんな…。」

 

「あちゃあ。ってことは、司令部のほうもだめだったのね。」

 

「はい。司令部のほうは特に念入りに攻撃されたようで、スタッフで生き残った方はみつかっておりません。」

 

「んー、じゃあこの中で最高階級の人が艦長代理ってことか…。」

 

フラガの言葉にその場の人間が顔を見合わせる。

 

「フラガ大尉ですか?」

 

「まさか。もっとずっと偉い方がそこにいらっしゃるじゃないですか。アズラエル中・将・殿。」

 

「やめてくださいよ。私は名誉中将であって士官学校を出たわけじゃないんですから。」

 

振られたアズラエルは迷惑そうな顔をした。実際彼は兵士を一時的に指揮したことはあっても、指揮官としての通常業務を経験したことはない。加えて実戦においても有能な参謀官が多く周りにいたため、細かな指示を出すことはなかった。

 

「しかし、常に数百人の部下を直接指揮して執務を行っていると聞きます。それこそ今ここで必要な能力ではないでしょうか。」

 

「…ラミアス大尉ではだめなんですか?私はアークエンジェルのことは詳しくないんですが。」

 

「い、いえ。私なんてもともと技術将校ですから指揮なんてしたこともありませんし…。あの、艦の構造や武装については自信があるので私が副長で、中将が艦長ということではどうでしょう。」

 

「…仕方ありませんね。ではラミアス大尉、バジルール少尉、とりあえず武装についてだけでも今すぐに教えてください。最低限それぐらい知らなければ指揮なんてできません。それからフラガ大尉。」

 

事情が事情である、と自らに言い聞かせて話は受け入れるが、アズラエルは負担を自らで全て何とかする気はない。士官全てに通常以上の責任を持ってもらうことにする。

 

「あ?俺?」

 

「ええ、確かこの艦には以前お話した新鋭機の『アエロー』が格納庫にあるはずです。一緒に搭載した5機のハルピュイアも指揮できるようになっているはずなので、受領して一度チェックをしておいて下さい。」

 

「了.解。ようやく新鋭機に乗れるってか。」

 

こうしてアズラエルというイレギュラーを加えつつ物語は進みだし

たのだった。

 

 

 

 

 

 

「…ですから『ゴットフリート』のチャージが終わるまでが勝負かと。」

 

「ふむ…。おそらく敵も全力で攻撃してくるでしょうし、もう少し早くチャージできませんか?」

 

「難しいかと…。」

 

 

ひと通り自己紹介と作業分担を決め、士官は各自自分のやるべきことをすることとなった。

フラガ大尉はアエロー及びその子機となるハルピュイアのチェックへ。ラミアス大尉は生き残ったクルーへの今後の方針の伝達とMSパイロットへの事情説明と協力要請へ。そして私とナタルはとりあえずの直近的危機状態を乗り越えるための作戦会議を行っていた。

 

現在アークエンジェルはドック内におり、しかも出入り口がコロニーの崩壊の危機を察知したコンピューターの命令で閉じられてしまっている。このままではアークエンジェルまでコロニーの崩壊に巻き込まれてしまうのでアークエンジェルの主砲『ゴットフリート』で隔壁を吹っ飛ばして脱出するしかないのだが、問題は始動したばかりのアークエンジェルでは主砲を使えるようになるまで時間がかかるという所だ。ザフトだって馬鹿ではないのだからこちらが逃げるまで攻撃してこないはずが無い。しかもこちらは半ば密閉空間に近いドック内にいるのであまり派手に反撃はできないのだ。

 

「…。」

 

「やはり鍵はフラガ大尉とMSパイロットですね…。」

 

 

シュンッ

 

そんな会話をしていたとき、唐突にブリッジ内に入ってくる人影があった。

 

「とにかく僕は、そんな脅迫じみたことを言われたって乗りませんから!責任者にまずは会わせて下さい!」

 

「そ、そんなこと言われても…。」

 

入ってきたのはラミアス大尉と年若い、見たところ民間人の少年。

 

「どうしました、ラミアス大尉。」

 

「は、それが…「この人が僕にMSに乗れって強要してくるんです!責任者に、いえ、艦長に会わせて下さい!何で僕が人殺しの道具に乗らなきゃいけないんですか!」

 

ラミアス大尉はおろおろしている。この分では強要という言葉には若干の語弊があるようだ。

 

「まあまずは落ち着いてください。わたしはまだ君が誰かすら知らないんですから…。バジルール少尉、彼は?」

 

「はっ、彼、キラ・ヤマトはヘリオポリスの工業カレッジ生だそうで、先ほどの戦闘では偶然乗ったストライクで戦闘を行ってくれました。」

 

「バカな!Gはかなりの訓練を積んだ兵士でも満足な戦闘ができないものです。民間人に扱えるはずがありません。」

 

「彼はその、コーディネイターなので…。」

 

コーディネーター、という単語にブリッジ内の空気が若干固まる。何と言っても自分たちが戦っている相手の人種なのだ。緊張感が高まるのも仕方がないといえる。

とはいえ、これから自分がしなければならない交渉を考えればその空気は不都合だ、と考えたアズラエルのみはその表情から笑顔を消すことはしなかった。ホルスターに手をかけかけたナタルにも手振りで警戒を解くように伝える。

 

「なるほど…。ああ、申し遅れましたが私はムルタ・アズラエル。名誉中将で今はこの艦の臨時艦長を勤めています。…それで君はもうMSのパイロットをしたくないと言うことでしたっけ?」

 

「そうです!僕はもうあんな、あんな…。」

 

「人殺しをしたくないと…。まあ、気持ちは分かりますよ。好きで人殺しをするような人間はそうはいませんし。ですが私たちも今君がいないとちょっと困ったことになってしまうのですよ。」

 

「知りません、そんなこと!とにかく、僕は人殺しをしようとは思いませんから!」

 

いかにも一般人。いかにも子供といえる発言。…それ故に正しく、否定のできない言葉であった。人を殺すのは良くない。人を殺したくない。それを否定することはできないし、アズラエルとしてもそれを肯定する人間とは付き合いたくはない。だが、今のアズラエルはその純真な少年を兵士―殺戮者に変えねばならなかった。

 

「そうですか…。では、お友達を助ける手伝いをしてもらいませんか?」

「え…?」

 

「ですから、あなたのカレッジでのお友達、名前は聞いてませんが、もこの艦には乗っているんですが、私たちだけではこの艦は守りきるのは非常に難しいのです。ですから、力を貸してほしいと。」

 

それは、誰が聞いても分かるような稚拙な言葉のあや。守るために殺す。偽善、いや、それ以下でしかない言葉。だが、アズラエルはあえてその言葉を口にした。不安定な精神を持つ少年を不確かな言葉で、心構えで戦わせようものなら、敵に更なる偽善者がいた場合に寝返りかねない。

 

「そんな…。卑怯だ!あなたたちは結局僕の友達を利用しているだけじゃないですか!」

 

「ではこう考えたらどうです。『自分ひとりでは守れない友達を地球連合軍を利用してやることで助けるんだ。』とね。…同じことだと言いたそうですが、私たちが卑怯だろうとあなたがずる賢いのだろうと、結果が同じなら一緒です。考え方にこだわって友達を見殺しにすることほどあほらしい事は無いでしょう?…君のような年の子に言うことではありませんが、利用しなさい。大人であろうと、どんな組織であろうと。その上で自分の大切なものを守るのです。」

 

「……。」

 

「軍に利用され続けるのがいやでしたら、この戦いが終わった後に私の社にでも来なさい。お友達を含めて平均よりは高い給料で雇ってあげますよ。…納得できたのならパイロットルームへ行きなさい。…フラガ大尉、聞こえますか?」

 

『ん?どうしたんだ?』

 

「今から行くパイロットにいろいろ教えてやってください。技術はあっても子供ですから、お忘れなく。」

 

『わかった。…そうだな、子供…か。』

 

ヤマトとの問答が終わって30分ほどすると、索敵をしていたトノムラ伍長からザフトのMSの接近を伝えられた。

 

「ザフトMS5機接近!奪取されたG4機に加え、シグー1です!」

 

「そんな、もう実戦に使用するなんて!」

 

「おそらく実戦を通じてのデータが欲しかったんでしょうが、落とされない自信を持てるほどの技量はあるようですね…。フラガ大尉とヤマト君を出してください。副長、チャージは後どのくらいですか?」

 

「あ、えと、もう後20分かかりません!」

 

「ふむ…5対2ですが、ヤマト君の技量とアエローの子機をフラガ大尉が有効に使えるかが鍵になりそうですね。」

 

 

 

 

戦闘ではかろうじて互角を維持し続け、ついにゴットフリートのチャージが完了。アークエンジェルは外部エネルギープラグを解き放ち、ついに動き始めた。

 

「ゴットフリートで前面の隔壁を破壊してください。その後、最大船速で逃げます。両パイロットにはコロニー崩壊の危険性を通達してください。」

 

「了解。両名に通達後、ゴットフリートを使用します。オペレーター、急げ!…ラミアス大尉!」

 

「ええ、ゴットフリート照準、前面の隔壁へ…撃てぇー!」

 

瞬間、轟音とともに隔壁は吹き飛び、コロニーの骨格部までもが歪み始める。

 

「機関最大!急いで!!」

 

「オペレーター、急いで両機を誘導収容しろ!」

 

 

こうして、まずは目前の危機からアークエンジェルは逃れたのだった。

 

 

 




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それはとても焦った走りで

アズラエルらを乗せたアークエンジェルが無事ヘリオポリスから脱出し、最大船速で逃げ出していたその頃、地球連合軍にオーブ連合首長国経由でヘリオポリスの崩壊が伝わり、混乱状態に陥っていた。何せアズラエルが担っていた役職や権限は膨大すぎるものであり、しかもアズラエル本人が仕事の効率化のためにそれらの仕事を細かに連携させてしまっていたため、複数人での分担化さえも難しくなっていたのだ。連合軍上層部の人間はそのことをよく知っていたため、次なる生け贄をなかなか決められないでいた。だが、連絡の入って3日たったある日、欲にとらわれた英雄が現れた。

 

 

地球連合アラスカ本部 総会

 

「アズラエル氏の生死が不明な今、トップの不在は大規模な混乱を引き起こすのは確実じゃありませんか!僕たちは今こそ、憎きコーディネイター共から青き清浄なる空を取り戻さなければいけないんです!ロゴスの次期盟主は僕がやるべきです。」

 

「…。」

 

「ジブリール様万歳!」

 

「青き清浄なる空のためにっ!」

 

「…。」

 

「…。」

 

地球連合全加盟国が参加しているこの総会では、ロード・ジブリールが熱弁を振るい、それに対して事前に手を回しておいた議員からの反応もちらほらと見られた。しかしその数は決して多いとはいえず、されど対抗馬となろうとする酔狂な人物も見られなかった。

 

「…では皆さん、ジブリール財閥のロード・ジブリール総帥がロゴスの臨時盟主でよろしいでしょうか。」

 

「…。」

 

「…。」

 

「…特に反対意見も無いようなので、臨時盟主はロード・ジブリール氏とします。次に、今年度の戦略目標ですが、特に問題が無ければ戦力の拡充に注力し戦線を広げないようにするという前年度に決めた方針を遵守しようと思いますが。」

 

「東ロシアのベーリング方面への軍配備が増えつつあります。参謀本部としてはアラスカ防衛以外にも連邦の日本侵攻が気がかりです。」

 

「サザーランド大佐の言うとおりです。もし連邦が我々のG計画に感づいたら焦って技術を得るために日本へ攻撃を仕掛けるでしょう。…勝てるかどうかは別問題ですが。」

 

「…では海峡付近の艦隊とシベリア方面軍を増やしましょう。以上でよろしいでしょうか。」

 

「本気でそんなこと言っちゃってるんですか?」

 

会議が終わろうとしたとき、ジブリールは悠然と馬鹿にしたように各国の政府及び軍関係者に対して言い放った。

 

「…どういうことだね、ジブリール臨時盟主。」

 

「発言はできれば許可を得てからしていただきたいのですが。」

 

当然、周囲の彼に対する視線は厳しいものとなる。だが彼はその視線を無視して言った。

 

「私たちは一刻も早くこの清浄なる大地から害虫どもを駆逐しなければいけないんですよ。何を悠長なことを言っているんですか。攻勢に出るべきじゃありませんか。」

 

「攻勢に出るにしてもまとまった戦力がいるのだ。やつらを甘く見た結果が現状なのだ。無理な攻勢は取れん。大体、我々は宗教家ではないのだ。人種的偏見を公の場で言わないでくれ。」

 

ジブリールのあまりに浅はかと言える発言を一笑し、大西洋連邦の軍人が不愉快そうに彼の差別的発言の撤回を求めた。

 

「それはただ臆病なだけですね。私は考えも無く言っているわけではありません。今こそ、スエズを奪回し、あの空のバケモノどもを海に蹴落とすときなんです!!」

 

そう言って計画案をモニターに映し出していくジブリール。彼は名声を得て、その役職から「臨時」の字を取るためにも軍事的な成功を必要としていたのだ。

ジブリールが画面に映し出した地図。そこにはアラビア半島から南アフリカにかけての軍事拠点と駐在部隊をあらわした図が示されている。

 

「皆さんが無理だ無理だと言っているのはココ、スエズ運河の対岸からしか攻勢をかけないことを前提としているからです。僕は皆さんが何でそんなことを考えるのか全く理解できません。兵隊がいないんなら他の場所からも集めればいいじゃないですか。この、たくさん兵隊さんがいるビクトリアから!」

 

そう言ってジブリールは地図で表示される範囲でもっとも多くの防衛部隊を有している拠点、ビクトリア宇宙港を指した。

 

「バカな!ビクトリア宇宙港はアフリカで最も重要な拠点ではないか!その防御を疎かにするなんぞありえん!!」

 

「攻撃は最大の防御、ですよ。戦場で遊兵を作るなんて愚の骨頂じゃあないですか。攻めるのに防御なんていりません。要は勝てばいいんです。」

 

「どこに勝てる確証なんぞあると言うんだ!勝てると決まってもいないのに後に備えないのはおろかだぞ。!」

 

「フフフ、ハーハッハッハ!」

 

「何がおかしい!気でも狂ったか!?」

 

議場での反論に対し、突如笑い出すジブリール。当然周囲には不穏な目線を向けられる。だが、ジブリールはそのことを気に素振りも見せず、逆に彼らを弾劾し始めた。

 

「あなた達はいつから敗北主義者となったのですか!?ビクトリアの守備隊は最新鋭のリニアガンタンクを装備し、しかもそれと同時にスエズ運河を渡るんです。どこに負ける要素があるっていうんですか!…アズラエル盟主はあなた達大西洋連邦軍をずいぶん弱体化させたようですね。既にユーラシアさんはこの案に賛成のしているのですよ。」

 

「な、何?。」

 

「さあ、薄汚いコーディネイター共に地球の所有者が誰であるかをわからせてやりましょう!青き清浄なる空のために!!」

 

ジブリールの叫びは議場に木霊し、彼の強気な発言は多くのメディアでも取り上げられた。早期に大々的な勝利を得ることを国民が臨んでいることを知っていた大西洋連邦としては彼の作戦を拒否しづらく、後日行われた会議によって実行は可決された。

 

 

 

CE71年1月29日 アフリカ ザフト軍スエズ基地所属戦艦「レセップス」艦内

 

「バルトフェルド隊長!連合軍に動きが見られます。先日動き出したビクトリア駐留軍に加えて、対岸の部隊にも動きが見られます。ご命令を!」

 

気温50度を超える外部とは大違いの、26度で固定された艦内。そこでアフリカ方面の司令官であるバルトフェルドは副官から報告を受けた。

数日前から連合軍の動きは活発化しており、進行は予想されていたので驚きはない。

 

「思ったとおりだったね、ダコスタ君。……挟み撃ちは悪かないんだけど、敵に丸分かりじゃ意味無いんだよ。ふむ…、ダコスタ君、君部隊の指揮をやってみる気はない?」

 

「自分がですか?まあできなくはないですけど…。」

 

「よし、じゃあダコスタ君にザウートとディンの部隊半分をあげるから、対岸の敵を足止めしといてくれ。僕がもう半分のディンとバクゥの部隊をレセップスと一緒に連れてって南の敵を撃破するから、それまでは耐えてね。」

 

「は、了解いたしました。では早速準備の方を…」

 

「うん、それは頼んだから。…いこうか、アイシャ。」

 

「ええ、そうね。ふふ、浅はかな計略だけで虎に歯向かうとどうなるかを教えてあげましょ。」

 

「そうだな。」

 

それからの戦闘で特筆できるようなことはあまり無かった。ビクトリアから移動した部隊は、航空戦においてはディンと何とか互角の戦いをできたが、機動力が大きく損なわれる砂漠戦を強いられたリニアガンタンクの部隊はバクゥにいいようにあしらわれ、そこに更に出現したレセップスの艦砲射撃まで加えられては、地球連合軍に勝てるはずが無かった。

そして、ビクトリアからの援軍を失ったスエズ方面からの地球連合軍もあまり戦局を好転させられず、南方の戦闘から戻ってきたバルトフェルド率いる本隊の援軍を受けたザフト軍相手に敗北を喫することとなった。

 

 

 

「敗北ですな、ジブリール殿。…全部隊に連絡。後退せよ!」

 

「そんな…。バカな…。こんなはずでは!」

 

「ジブリール殿!そろそろここも危険です!お下がりください!」

 

「ありえない!なぜこんなことに!」

 

「ジブリール殿!!…チッ、しょうがない。失礼しますよ!」

 

ゴッ!!

「ガッ!!」

 

護衛の兵士によって気絶させられたジブリールは後方へと運ばれていく。すでに崩壊しつつある前線は司令部から5キロほどにまで迫っており、司令部要員は大慌てで撤退準備を進めていた。

地球連合軍による攻勢転移は完全に失敗することになった。




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12/09/17 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございました。


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それはとても異様な変化で

「…ふむ、では3日以内に何らかの形で補給を受けなければならないと言うことですか。」

 

「はい…。なにぶん急な出港だったので物資をほとんど積み込めませんでした。」

 

「まあ仕方ないでしょう。予定通りであったならばそもそも私はこの席に座っていませんよ。」

 

 

ヘリオポリスからクルーゼ隊の追撃を振り切り、サーモレーダーや重力波探知機に映らないよう低速で航行していたアークエンジェルであったが、消耗物資の量が心もとないと言うことが現状の一番のネックであった。

 

「バジルール少尉、ここから一番近い補給拠点はどこです?多少月まで回り道となっても構いません。」

 

「…アルテミスではないかと。ただ、あそこはユーラシア連邦の基地ですので地球連合船籍を得ていない我々が入港するのは難しいかもしれません。」

 

 

アルテミス。ユーラシア連邦が数年前に作った最新鋭技術の塊でもあるこの要塞は鉄壁と謳われているが、残念なことに主要航路からは外れたところに存在するため、大規模な戦闘の舞台になったことは無いと言う。

ラミアス副長が画面に出した宇宙図を見ていたアズラエルだったが、ため息とともに答えを出した。

 

「…まあここに行くしかないでしょうね。どうも近くに他の拠点はなさそうですし…。ラミアス大尉、進路をアルテミスに変更してください。それから…、バジルール少尉、デコイを月方面に射出してください。こちらの内情を知らなければ、敵はそれを追ってくれるはずです。」

 

「「了解!」」

 

…さて、私の知っている司令官だと言いのですが…。

 

 

 

 

アルテミス コントロールルーム

 

「ガルシア司令官!レーダーに敵味方不明の戦艦が!!」

 

「なに?…確かに不明だな…。通信可能圏内に入ったら誰何しろ。『傘』の用意もしておけ。」

 

「はっ!」

 

開戦以来どちらの陣営からも無視され続けてきた要塞。平時と変わらぬ監視体制だったとはいえ、さすがに所属不明間の接近に気付かぬほど愚かではない。レーダー担当官からの報告はマニュアル通りまず副官に伝えられ、ついでガルシアにも伝わる。

 

(敵味方不明の戦艦が1隻…。ザフトの罠か?いや、それにしても不自然だ。本国も最近きな臭くなってきたようなのだから、厄介ごとではないといいが…。)

 

部下に指示を出しつつ、久々に脳をフル回転させて事態の予測を図る。最前線で自らの命をベットして肩の線を増やすことは御免だが、先の読めない司令官になることはもっと御免であった。

 

 

 

 

「アルテミスより通信!所属と艦名を誰何しております!」

 

「応答しろ。」

 

「はっ、…こちらは地球連合軍……」

 

アークエンジェルではアルテミスからの通信も入り、入港許可を得る手続き段階に入っていた。事前の打ち合わせどおり、オペレーターがアルテミスとの交渉を開始する。

 

「ふむ…。ラミアス副長、アルテミスの指揮官はご存知ですか?」

 

「いえ、私も知りません。…1年ほど前に交代したような気がしますが…。」

 

「そうですか。」

 

オペレーターにはマニュアルや軍規に強いナタルが補佐についているため、アズラエルとマリューは雑談を交わしている。勿論完全な雑談ではなく、今後について考えつつの雑談だ。長らく無視され続けてきた要塞の情報など、さすがのアズラエルもあまり知らない。

だが、オペレーター間の交渉は長引くこともなく終わったようでアズラエルに報告が入る。

 

「入港許可がおりました!艦長!」

 

「分かりました。オペレーターの指示に従い入港するように。他は別命あるまで待機!」

 

 

 

 

 

 

アルテミス内ドック アークエンジェル ブリッジ

 

「艦長、武装解除してブリッジクルーのみ出てくるようにと通信が…。艦も包囲されているようです。」

 

「そんな!?」

 

「まあ当然の処置でしょう。こちらは艦籍も無い所属不明艦なんですから。とりあえず、外に出ましょう、話はそれからです。…一応フラガ大尉も来て下さい。」

 

「俺?艦長たちだけじゃダメなの?」

 

「ヤマト少尉はともかく、あなたは大尉なんですから仕方ないでしょう。…私と違って正規軍人なんですから文句を言わないでください。」

 

艦から出てきたアズラエルらに対し、ドックに来ていた副司令官は司令官室に来るよう伝えた。

これには包囲されている現状と待遇とのギャップに困惑するしかない。

 

「…警戒してたんじゃないのか?」

 

「私に聞かないでくださいよ。…バジルール少尉、分からないですか?」

 

「いえ…。」

 

司令官室では、まだ30ぐらいであろう司令官が大仰に出迎えていた。

 

「よく来てくれた、アークエンジェルの諸君。私はこのアルテミスの司令官を勤めているジェラード・ガルシアだ。聞けばあのヘリオポリスから逃げ切ったそうではないか。本国も驚くだろう!」

 

「ありがとうございます。怪しい艦であった我々を受け入れてくれたことには感謝しています。」

 

「ん?君はいったい誰だね?…軍服でないところから民間人だとは思うが…。私はブリッジクルーを招待するよう言ったぞ、副官。」

 

「はっ。しかしその…彼が艦長のようでして…。ムルタ・アズラエルだと名乗っております。」

 

「何!?…おお、どこかで見たことがあったかと思えば!!エンデュミオン戦では盟主のよこして下さったヴァルキュリアに救われました!それにそこにいるのはフラガ大尉ではないか!?覚えていないか、私だ、同じゼロのパイロットであったユーラシアのガルシアだ!」

 

「へ?いや確かにガルシアは戦友だったが、こんなに老けてはなかったような…。」

 

フラガの歯に衣着せぬ言い方にガルシアは豪快に笑う。その笑い方は元パイロットという言葉に相応しい、司令官というよりも一人の戦士としての笑い方であった。

 

「ハッハッハ!そうか、老けたか!あの後下らん政治闘争に巻き込まれたのだ…。中佐に昇進して司令官になったとはいえ、ここは僻地だ。左遷と変わらんよ…。どうも最近の本国の…というより地球連合の様子からするに巻き込まれないこの地に来れたのはある意味救いだったのかもしれんが…。」

 

「どういうことです?地上ではいったい何が?」

 

と、さすがにアズラエルに対して今までの口調ではまずいと感じたのか元の話し方に戻す。

 

「ああ、アズラエル盟主は地上と連絡が取れないのだったな。…閣下がいない間にかなりまずい状態になっているようです。」

 

 

 

 

 

 

 

スエズ運河奪回戦の敗北はジブリールに後が無いことを表していた。アズラエルから代替わりして以来、援助や権益といった甘い蜜をあげ忘れていた南アメリカがまずは反感を示しだし、次に無理矢理意見を抑えられていた大西洋連邦系の軍人や政治家たちが不穏な動きをはじめていたのだ。

ユーラシア連邦内でも一時的に大西洋連邦に主導権を握られることを嫌っていた議員の中から、良識派が現れだし、ジブリールの支持基盤は早くも崩れ始めていた。

 

焦ったジブリールはそれまでの計画を変更し、強引な手段を取り出す。

南アメリカでは大統領が謎の死を遂げ、ジブリールの傀儡となりつ

つあった国防長官が臨時大統領に就任した。彼は南米各地で起こっていたデモ活動の規制を強化し、場合によっては軍を投入することもためらわずに行った。

一方でジブリールはそれまでに掌握していた『ブルーコスモス過激派』を『清浄なる空』という新たに作った組織に編入し、横流しなどで手に入れた兵器を装備させることで私兵化した。『清浄なる空』にはジブリール財閥研究班が研究していた「強化人間」の採用されなかったパターンの「人間」も配属しており、その戦闘力は一般歩兵の比ではない。

ジブリールはそれらの私兵を強引に非常事態宣言地域での治安維持部隊として駐留させ、それ以外の地域でも「テロリストから政府関係者を守る」という名目で政敵の屋敷などに配属させ、不穏分子を監視させた。

 

大西洋連邦の大統領以下政府閣僚やアズラエル派の政治家及び軍人はこれらのジブリールの動きを警戒したが、ユーラシアとの協調なくしてこの大戦を乗り切ることはできないと言う事実に頭を悩ませていた。アズラエルの不在も彼らの動きを鈍らせる一因となっている。大西洋連邦大統領は決して無能ではなかったが、それまで堅密に協調してきたパートナーが急に消えたとなってはどうしようもなかった。

 

スエズ奪回戦から1週間たった頃、ジブリールはユーラシア連邦議会で『清浄なる空』を主力としたユーラシア連邦軍単独での、硬直した北部戦線を突破する作戦を強引に成立させ、翌週には開始させた。

ユーラシア連邦所属の軍が突然前進を始めるという事態に、現地を共同で守備していた大西洋連邦軍は驚き、作戦内容を知って失敗するであろうことを予想していた。

 

ところが作戦はジブリールの読みとは若干違う形で成功してしまう。

スカンディナビアでの戦いによって地球連邦軍は予想以上に弱体化しており、防御拠点としていた大小さまざまな都市では強化人間もどきが恐ろしい強さを発揮したのだ。

彼らは肉体的な限界をさまざまな薬や外科的改造によって破壊されており、知能や理性を著しく退化させることと引き換えにコーディネイター以上の戦闘力を持っていた。

勝利を重ね続けるユーラシア連邦軍の姿は大々的に宣伝され、ジブリールのユーラシア連邦内での地位は向上し、ついにはユーラシア連邦国防長官の地位をも手中に収めていた。

 

 

 

 

 

と、ガルシア中佐は地上の現状として語った。

 

「華々しい戦果を挙げ、議会の支持を集めたように聞こえるが裏では結構な反対派が暗殺されているらしい。私はたまたま前政権時に政争に巻き込まれてこのような辺境に赴任させられたから知らなかったが、どうも軍内でもかなりゴタゴタしているようだ。…噂では第1戦車師団よりも『清浄なる空』の方が威張っているらしい。」

 

「ウソだろ!?ユーラシアの第1、それも戦車師団と言えばエリート中のエリートじゃねえか!」

 

「確証は無い噂だが…な。…アズラエル盟主、あなたが居られないうちにかなり地上は混乱しているようです。ユーラシアや南米の勢力圏はへたをしたらザフト勢力圏よりも危険かもしれません。…お気を付けて。」

 

「ありがとうございます、ガルシア中佐。本国に無事戻れましたら何とか昇進と中央への復帰を掛け合ってみましょう。…ところで、ザフトの追っ手についてなのですが…。」

 

地上のあまりにあまりな情報に思わずそれまでの考えを払拭してしまっていたが、ようやくアズラエルは現状を思い出してガルシアに質問をした。地上で何が起こっていようと、今現在できることはない。それより現在の問題に対処することのほうが重要であった。

 

「ん?ああ、やつらか…。どうやら居場所を嗅ぎ付けたようでして、傘の外縁に居座っているようです。…これをどうぞ。」

 

「確かに…。厄介ですね。」

 

「ん.。しつこいね.。こっちから攻撃はできないのか?」

 

「ああ、傘は絶対的な防御力を誇るが、反面こちらから攻撃する手段もなくなるのだ。こちらからは要塞砲どころかMAもアークエンジェルも出せん。」

 

「…失礼ですが、それは防衛兵器として重大な欠陥では?」

 

ガルシアの明け透けな要塞設備の説明に、思わずナタルは質問をしてしまう。

 

「全くだ。だが今回に限っていえば敵は少数。しかも目標がこちらの中なのだから無視もできん。補給物資が尽きれば撤退するだろう。」

 

「なるほど…。急ぎ地上に降りたいところですが、仕方ありません。マリュー副長、クルーに3交代で休憩するよう伝えてください。」

 

「はっ。」

 

ガルシアの説明を聞き、焦りは禁物であると考えたアズラエルはマリューに指示を出す。今までの突然の出港、戦闘とクルーは疲れ切っている

。これから先地球までどこで休息が取れるか分からないのだ。ひとまず休息としようと考えるアズラエルに反対する者はいなかった。

 

 




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それはとても魅力的な誘惑で

「いなくなった!?」

 

アルテミスでの我慢比べを創めてから3日目。アズラエル達は信じられない言葉を耳にした。

 

「はい。と、言いましてもレーダーの圏内から逃れたと言うだけで、もしかしたらアークエンジェルがのこのこと出てくるのを圏外で待っているのかもしれませんがな。」

 

副司令官の言葉に考え込むアズラエル達。

 

「撤退した、と言うことでしょうか?」

 

「ありえません。いくら艦数が少ないとはいえ特殊作戦を追行するために万全の準備をしていたはずです。たかだか3日たった程度で引き下がるはずがありません。」

 

「けど実際に奴らはいなくなってるぜ。理由は分からんが本国に呼び戻された可能性もあるだろ?」

 

「そ、それはそうですが…。」

 

「ま、何にせよこっちの動きを決定するのは艦長さんの仕事だ。…艦長、どうでる?」

 

フラガが決断を促す。出るにせよ出ないにせよ、艦長が決断を下さねば実効できないのだ。

 

「…待ち伏せの可能性もありますが、私たちもいつまでもここに閉じこもっていれば良いというわけではありません。最大限の警戒をしつつ、急ぎ地球へ向かいましょう。ガルシア中佐、申し訳ありませんが無人MAで途中までの直掩を頼みたいのですが。」

 

「そうしたほうがいいでしょうな。…副長、ハルピュイア50機の発進準備をしろ!」

 

「分かりました!」

 

「ありがとうございます。ラミアス副長、バジルール中尉、出港準備を整えてください。フラガ大尉はヤマト少尉にこのことを伝えてください。」

 

「「了解」」「分かった」

 

「機関始動。アルテミス出発後は全速で地球へ向かいます。」

 

「分かりました。機関始動!」

 

「ハッチ及び隔壁開放されました!司令部より通信!『貴艦の航海に幸運あれ』」

 

「係留アンカー解除。艦長、いつでも行けます。」

 

「分かりました。アークエンジェル発進!」

 

アルテミスから出たアークエンジェルは進路を地球へと向け全速航行をしようとしていた。ザフトの奇妙な動きに対する懸念はあったものの、アルテミスから直掩として出されているMA50機の存在がクルーの気を緩めさせていた。

 

「ようやく出れましたね、艦長。」

 

「そうですね、ザフトの動きも気になりますが…。まあいない部隊に対して警戒し続けるのも難しいですから仕方ありません。」

 

「しかし艦長。Gシリーズには特殊兵装を搭載していた物も存在します。ザフトがその利用に気づけば、厄介なことになるかもしれません。」

 

「ミラージュコロイドですか…。」

 

確かにレーダーなどの警戒網を完全にすり抜けてしまうことが可能なミラージュコロイドはこの状況下では無視できない存在である。

しかし…。

 

「いかにミラージュコロイドがあるといってもブリッツ1機程度でしたらどうとでも対応できますよ。一見使い勝手がよさそうですが、そのまま使ってしまえば戦力分散の愚を犯すだけとなります。」

 

「そうですね…。」

 

だが、それは甘すぎる見通しだったのかもしれない。なぜクルーゼ隊が精鋭と呼ばれているのか。その事をアズラエルは忘れていた。

 

「直掩機、帰投していきます。」

 

「そうですか、ガルシア司令官には世話になりましたね。」

 

直掩機の帰投からわずかに30分後、突然事態は急変した。

 

「左舷後方に高エネルギー反応!敵襲です!!」

 

「レーダー員、何をやっていた!?」

 

「敵、見当たりません!」

 

「ミラージュコロイド…ですか。バジルール少尉、慌てずマニュアル通り対応してください。フラガ大尉、ヤマト少尉は出撃態勢を整えてください。」

 

「はっ!イーゲルシュテルン起動!CIWS、左舷を中心に弾幕を張れ!」

 

「敵MS発見!ミラージュコロイドを解いた模様!」

 

バジルール少尉による的確な対応により、PS装甲を使用せざるを得なくなったブリッツはその姿を現していた。ミラージュコロイドさえなければブリッツはそこまで恐れるほどの機体ではない。敵も攻撃をあきらめ、退くだろうと誰もが考えた。

しかし…。

 

「レーダーに反応!ザフト軍艦2隻発見!敵艦、MSを射出しています!」

 

「ちっ、思ったより早かったですね…。フラガ大尉、早急にブリッツを撃墜してください。ヤマト少尉は増援の敵MSの足止めをお願いします。」

 

「そんな無茶です、艦長!1対4ですよ!」

 

「ええ、だから時間稼ぎでも構いません。…頼みましたよ、ヤマト少尉。」

 

「わかりました。…アズラエルさん、これは貸し1にしていいでしょうか?」

 

「いえ、これも軍人としての義務の一つですから。とは言え、大変な任務ですから後で相応の報酬は約束しますよ。」

 

「分かりました。…キラ・ヤマト、ストライク出ます!!」

 

「ちょっと艦長、何の話ですか!?」

 

「ヤマト少尉も大人になったということですよ、ラミアス副長。」

 

「?」

 

アズラエルの言葉に首を傾げるも、アズラエルはそれ以上は何も言わない。釈然としない思いは残ったものの、マリューはキラ君本人の意思なら、と思うことにして業務に戻った。

 

 

 

 

 

ヴェサリウス艦内―アスラン―

 

「…では、彼とは仲が良かったのかね?」

 

「はい、キラはきっと連合の軍人たちに騙されているんです!俺が説得してみせます!!」

 

ザフト所属、クルーゼ隊旗艦ヴェサリウスの艦長室ではアスランがクルーゼに訴えているところであった。敵に友人がいることを打ち明け、更にそれが同胞であることを話す。説得が可能であると、クルーゼに訴えていた。

 

「ふむ…だが説得できなかった場合はどうするのかね?彼が銃を向けてきた場合は?」

 

「…その時は、その時は俺がこの手で討ち取ります…!」

 

「分かった、結構だ。そのパイロットのことは君に一任しよう。」

 

「ありがとうございます!」

 

彼、アスラン・ザラは焦燥の中に囚われていた。

物心付いた頃からの友であり、今頃はオーブのどこかで元気にやっているだろうと思っていた生涯の(といっても未だに人生の半分も生きてはいないが)親友であるキラ・ヤマトとヘリオポリスで偶然の再開をし、しかも次の瞬間から敵同士となってしまったのだ。

彼にとって、いつもぽやんとしていてどこかお人よしなように見えるキラは弟のようなものであり、だからこそ彼には、自分の親友が愚かにして狡猾なナチュラルに騙されて戦わされているように見えていた。

 

(…キラ、お前なら分かってくれるはずだ。今こそコーディネーターは団結して戦わねばならないのだということを)

 

アスランは自分にとって弟であるキラが、兄である自分の言葉に反するなどとは考えられなかった。忌々しいアルテミス要塞からこちらの思惑通りのこのこと出てきたアークエンジェルであったが、ザフト軍の追跡部隊であるクルーゼ隊の考えとは異なり多くのMAによる護衛部隊が随伴していた。

 

 

 

「隊長!あれくらいの羽虫共なんて敵ではありません!すぐにでも強襲しましょう!」

 

「賛成!やっぱナチュラルなんだから数だけだって!」

 

イザークとディアッカの発言に思案顔となるクルーゼ。

 

「アスラン、君はどう思う?」

 

「俺は、もう少し待った方が良いかと…」

 

「アスラン、貴様怖気付いたな!そんなに怖いならお前だけ船に残ってろ!」

 

「違う!…今強襲を仕掛けたら、俺たちがたどり着くまでにアークエンジェルに加えて護衛のMA50機までニコルに襲い掛かるだろう。最悪、ニコルが落とされるかもしれない。」

 

「はっ!コーディネイターであるニコルがたかだかナチュラルの作っMAごときに…。」

「アークエンジェルには凄腕のMAとMSもいるんだぞ。そいつらを一度に相手して勝てるとでも言うのか?」

 

「ぐッ…。」

 

アスランの言葉に詰まってしまったイザーク。どうやらあまり敵の戦力分析ができていなかったらしい。そこでクルーゼは結論を下す。若き隊員たちの意見は出揃い、それにて結論は固まったと考えたからだ。

 

「…アスランの言うことももっともだ。では、敵の無人MAがいなくなってから攻撃を仕掛けるとしよう。…ミーティングは以上だ。各自解散したまえ。」

 

と、そこでレーダーを睨んでいた策敵要員からの報告が入る。

 

「レーダーに感!!敵MA50機です。アルテミスに向かっている模様!」

 

「ふむ、どうやらアークエンジェルの護衛はいなくなったようだな。機関全速、パイロットは出撃態勢をとりたまえ。」

 

「「「了解!」」」

 

その号令に各自パイロットルームへと走り出す。アスランもキラの説得方法を考えつつ走り出した。

 

 

 

 

「パイロット、発進どうぞ!」

 

「アスラン・ザラ、イージス出撃する!!」

 

出撃命令が下り、発進したザフト軍MS部隊であったが、中でもイージスは最大速度で出撃し、後続部隊から離れていった。

 

(イザークやディアッカが来る前に説得しなければ…)

 

アスランが考えていたことはいかに早くキラを説得できるかであり、キラが説得に応じず攻撃してくるなどとは考えてもいなかった。だからこそ、連携などは二の次にして普段の彼からしてみればらしくない突出をしていたのだ。

 

「レーダーに反応…、こちらに向かってくるのはMS1機…キラか!」

 

アークエンジェルから増援MS部隊に廻されたのはストライクのみ。後続のイザークが到達するまでまだ5分あり、アスランは弟分の説得が成功することを確信していた。

 

「キラ、聞こえるか!?馬鹿なことは止めてこっちに来い!」

 

その一言で終わる。

そう、信じていた。

 

しかし…

 

「その声は…アスラン!?やっぱりあの時あそこにいたのはアスランだったんだね!」

 

「そうだ!キラ、なぜ連合にいる!?お前はナチュラルに騙されているんだ!早くこっちに来い!」

 

「騙されてるって…。アスラン、僕が連合のパイロットとして戦っているのは人に言われたからじゃない!自分で決めたことなんだ。」

 

「何を言っているんだ。だったらなぜコーディネイターとして共に戦わないんだ?キラ、お前も知っているだろう。ナチュラルによって俺たちが迫害されていることを!俺たちはまとまって、ナチュラルと戦わなければならないんだ!」

 

「アスラン…。僕は、コーディネイターに優遇されたことも、ナチュラルに差別されたことも無いよ。それに、アズラエルさんは僕を1人の対等な人として僕と交渉したんだ。コーディネイターだからとか、ナチュラルだからとかは関係ないよ。」

 

それはアスランが考えていたキラとは思えないような返事だった。

コーディネイターならば団結して戦うべきだし、キラなんだからアスランの言うことを聞くのは当たり前。そんなアスランにとっての前提が崩れ去った瞬間であった。

 

「なら…ならキラはどういえばこちらに来るんだ?そのアズラエルとかいうやつはキラにどんな条件を言ったんだ?」

 

混乱した中で、交渉という単語に反応できたアスランは当初は考えもしない形でキラを説得することとなった。

 

「えーと、まずは僕と僕の友達のアズラエル財閥での終身雇用の約束と、地球での衣食住を始めとした生活の保障、それからゼミで研究しようとしていたことの支援の約束と、連合軍兵士として戦ったときの特別危険手当。」

 

唖然とするアスラン。

 

「…それから条件とは違うけど、ヘリオポリスとは違って食糧事情なんかはずっと良いらしいし、毎日お湯をたくさん使ったお風呂にも入れるらしいし、重力がコロニーより強いらしいから運動をそんなにしなくても太りにくいらしいし、料理も地域によって千差万別なのが僕が暮らすことになるだろう場所ではほとんど食べられるらしいよ。」

 

キラの発言は、アスランに深い衝撃を与えていた。

あんなにも優しかったキラが、同胞の命よりも豊かな生活を送ることを選んだことが許せなかったからだ。

 

「ふざける「あ、後Nジャマーの影響で地球と月以外では見れなくなった『アニメ』も見れるって。」…何?」

 

しかしそのアスランの激情もアニメの前では無力だった。

 

「『魔電少女エレカル・このか』とか『機工兵士ドズダム』とか『クリミナル・ドール』とか見放題だって」

 

「そんな、そんな…。当選以来支持率90パーセント超だったクライン議長の人気が30パーセントも下がって、議長が変わりの娯楽として急遽自分の娘をアイドルにさせなきゃいけなくなる原因となった『アニメ』が!?コーディネイターの技術力を結集して、戦費の調達も忙しい時期に国家予算の5パーセントをも投入してプラントオリジナルのものを作ろうとして、「パクリ同然」と言われてしまったあの『アニメ』が、見れるだと!?」

 

「うん、毎日ね。」

 

その時、アスランは負けを悟った。

正義は自分たちにあったが、連合の人間はキラの胃袋と脳を握っていたのだ。

 

「アスラン、もしかしたら君の言っている事は正しいのかもしれない。だけど、正論だけで人の動きが決められたら、世の中の夫婦喧嘩はもうちょっと夫の勝率が高いはずだよ。」

 

「そうか…そうなのかもしれないな…。」

 

アスランは、説得をあきらめなければならなかった。

 

「ちょっと待てアスラン!『クリミナル・ドール』が何だって!?」

 

「いや、気のせいだイザーク。何でもない。」

 

今のアスランがやるべきことはキラの説得ではなく、同じ犠牲者が生まれないようにすることだった。

 




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12/09/19 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございました。


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それはとても大きな惑星で

アスランがキラの説得に失敗したその頃、アークエンジェル付近での戦闘は収束しつつあった。

 

「バリアント照準C4宙域!ブリッツをB4宙域に追い込め、撃て!!」

 

「ブリッツ、フラガ機及び子機4機より被弾!後退していきます!」

 

「ふむ、エネルギー残量に不安が出てきたのでしょう…。フラガ大尉、深追いせずヤマト少尉の援護に向かってください。」

 

「了、解。…援護助かったぜ。」

 

ブリッツを退け、キラの元へと向かうフラガ機。ラミアスは一安心する一方で、連絡の来ないキラに対して不安を覚えた。

 

「トノムラ伍長、ヤマト少尉の戦闘はどうなってるの?」

 

「それが…。」

 

言葉を切るレーダー員。その反応に不安の大きくなるラミアス。

しかし…

 

「…戦闘らしい戦闘を確認できません。どちらかというと、イージスがデュエルを羽交い絞めにしているような…。」

 

「え?」

 

予想外の言葉に一瞬思考停止状態となるラミアス。報告したトノムラも微妙な表情だ。

 

「え?え?」

 

「ラミアス副長、落ち着いてください。…ではヤマト少尉は何をしているんです。」

 

「そればかりは何とも分かりませんが…。ただ、激しい戦闘をしているというわけではなさそうです。」

 

「ふむ…。(仲間割れ、というわけではないでしょうし。どういうことですかね。…まあ考えても分からないことを悩んでも仕方ありません。後でキラ君に訊けば済むことです。)…ザフトの母艦の方はどうなっています?あちらが参戦しては有利とは言えなくなります。」

 

「レーダーの索敵範囲内にはいます。戦闘宙域まで20分といったとこでしょうか…。あ、信号弾を確認!敵、後退して行きます。」

 

作戦の失敗を悟ったのか、一時撤退を始めるザフト軍。アークエンジェル側としてもこれに付き合う必要は無いため、逃走に全力を挙げることとなる。

 

「ラミアス副長!いつまでも呆けてないでくださいよ。一応私と違ってあなたは正規の軍人なんですよ。」

 

「…はっ!す、すみません。フラガ大尉、ヤマト少尉の搬入を急いでください!機関最大!」

 

こうして、アルテミス宙域沖での戦闘はあまり締まらない形で終わりを告げたのであった。

 

 

 

 

 

アルテミス宙域沖戦から1週間。

アークエンジェルはその速力を生かし、何とかザフト軍の追撃から逃げていた。アルテミスで補給物資と共に受け取っていたセラミックス爆雷やデコイを時にはばら撒き、クルーゼ隊を慎重に行動させてきたのだ。

とはいえ、もともとクルーゼ隊はその任務の性質から速力に自信のある艦艇を用意していたのであり、懸命な努力むなしくまたも追いつかれそうになっていた。

 

「通信員、まだ連合軍宇宙艦隊から連絡はありませんか?」

 

「は、はい。まだ、通信ありません。…すみません。」

 

「バスカーク二等兵、艦長はあなたを叱っているわけではありません。そんなにおびえなくて良いんですよ。」

 

「はい…。」

 

(ヘリオポリスの陥落からすでに2週間以上が経過し、いい加減連合軍の艦隊は動き出しているはず。特にG計画を特に推進していたハルバートン提督はすぐにでも飛び出すと思うのだが…。)

 

ラミアス副長とバスカーク二等兵のやり取りを耳から聞き流し、アズラエルは考える。

 

自らの地球連合軍内における地位。

地球連合軍におけるG計画の重要性。

ハルバートン提督の発言力。

ブルーコスモス派議員の議会での勢力。

 

自らの考えている通りならば当の昔に捜索部隊を出しているはず。

しかし…

 

(ガルシア中佐の言う通り、ジブリールが暴走しているとしたら…。

まずい、かもしれませんね。)

 

そう、アズラエルの考える元となっている情報は古かった。ガルシアの言っていた情報が正しいのなら、ジブリールにとってアズラエルは何が何でも潰しておきたい人間のはず。

 

(ジブリールといえど私がまさか生きて、アークエンジェルの艦長をしているとは思いもしないでしょうが、ハルバートン提督を左遷させている可能性はある。)

 

情報が必要であった。的確な判断ができる程度の情報が。

 

(月に、寄るべきか?)

 

聞いた限りではジブリールは地盤固めにかかりっきりらしい。そのような状態ではとてもではないが月まで手が廻せていないだろう。そこで、一度自らの態勢を立て直すべきかもしれない。

 

「ふむ…。ラミアス副長、進路をアルザッヘルに変えてください。」

 

「え?ア、アルザッヘルですか?」

 

「ええ、月のアルザッヘル基地ですよ。」

 

 

アルザッヘルとは月の地球側に作られた基地であり、最も早く建設された月面コロニー施設でもある。

技術力の進歩と共に国際宇宙ステーションを経由せずとも直接月面まで資材を運べるようになると、老朽化した国際宇宙ステーションの代わりをも担うようになった。

人類の活動圏が月から更に延びると、経由施設としてのアルザッヘルはいささか不便となり、新たにL1宙域に世界樹が建設され、新たな宇宙経済の中心となったが、アズラエル財閥によってNSSCの発電所等施設が集中して作られ、その電力を求めて大量の工場群が建設されると、アルザッヘルは地球連合宇宙軍にとっての心臓となった。

更に、世界樹がザフト軍の攻撃によって文字通り粉砕されてしまったことで宇宙経済の中心も自然とアルザッヘルへと戻り、今やアルザッヘルは地球連合軍の重要拠点トップ3に入っている。

 

アルザッヘルの拡張に関わってきたアズラエル財閥は、当然のことながらその地へしっかりと権益、拠点を作っている。ジブリールがいかに地盤固めを急いでいるとはいえ、アルザッヘルがアズラエルの敵となる可能性はまずないのだ。万が一地上へ降りて拘束されてはたまらない、と考えた彼は、アルザッヘルへの上陸を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

アルザッヘル基地総司令部 司令長官室

 

コンコン

 

「入りたまえ。」

 

「失礼します。プトレマイオス基地よりヘリオポリス調査艦隊から送られたレーザー通信が転送されてきました。」

 

「ご苦労、そこに置いておいてくれ。」

 

「はっ。」

 

報告書を置き、退室する兵士。部屋には現在司令長官、ビラードしかいなかった。グリマルディ戦線ではムウ・ラ・フラガやガルシアといったメビウス・ゼロ部隊を率いた男で、戦闘勝利後はその功績から少将へと昇進。アルザッヘルの基地周辺一帯の総司令部長官へ任命された。そこにはアズラエルやハルバートンと言った能力主義の人間の意図しか介在しておらず、故に今まで下らない政治闘争とはあまり縁の無い生活できていた。

ビラードにしてみても今までしたことも無かった政治を自分ができるとは思えもせず、これから先しないですんで欲しいと思ってもいる。

しかし、そんな平穏は今まさに打ち破られようとしていた。

 

ビーッ

ガチャッ

 

「ビラードだ、どうした。」

 

「ビラードか、私だ、第八艦隊のハルバートンだ。」

 

通信に出た相手は地球連合軍宇宙第八艦隊提督のハルバートンであった。アルザッヘル基地司令官であるビラードは一応ある程度の駐留艦隊指揮権を持っているものの、だからといってそれを笠に着るような真似はしていない。相手もそれを知っている故に、互いに敬意をもって接し、且つあまり軍規から外れるような接触のし方もしない。

 

「どうしました、急に。秘匿回線を使うということはただの敵襲というわけではないのでしょう。」

 

「うむ…。第八艦隊の無人偵察艦が味方信号のみを出した艦籍不明の戦艦を発見した。」

 

「艦籍不明だと?敵の罠ではないのか?」

 

「いや、私も気になって無人MAを出したのだ。…あれはアークエンジェル級戦艦だ。」

 

その単語に息を呑む。ヘリオポリスでの秘密計画を知っていたビラードとしては、アークエンジェルだけでも生きているという知らせは非常に嬉しい。

 

「アークエンジェル級だと!?ではまさか!?」

 

「ああ、G計画の生き残りだ。」

 

「…それで、アークエンジェルはこちらに向かっているということだな?」

 

「そうだ。だがどうやらザフトの追っ手に追われているらしいのだ。これをどうにか援護しようと思うのだが、艦隊の出撃許可を出してはくれないか。」

 

「それぐらい構わないが…。なぜその程度のことで秘匿回線を使う?一般回線でも構わないだろう。」

 

お互い、こういった接触の仕方をあまり好んでいなかったため、そのことについて疑問を述べる。

 

「…あまりお前にこういうことを話す気は無いのだが、ジブリールがG計画、というよりアズラエル盟主の関わっていた計画に対して批判的なのだ。まだ明確に態度に表しているわけではないが、排除しようともしているらしい…。」

 

「…なるほど、政治の話というわけか。まあ私としても拾い上げてくれた盟主と中将には感謝しているし、どちらかというとジブリールのことはあまり気に入ってもいない。その程度のことだったらいくらでも協力しよう。」

 

「すまない、助かる。」

 

「提督、あなたの方が階級は上なのだから謝らないでください。…ではハルバートン提督、貴官及び傘下の第八艦隊にアークエンジェル級戦艦の救援命令を出す。これは極秘任務であるからして、2階級以上の上級憲兵及び命令者であるビラード少将以外に対して守秘義務が発生する。心して懸かるように。」

 

「はっ。命令承りました。…通信終わります。」

 

「うむ。」

 

ブツッ

 

通信が途絶えると、再び室内に静寂が訪れた。

 

「…アルザッヘル及び周辺宙域での戦闘は原則として禁止されている。と、いうことは…。」

 

宙域地図を眺めるビラード。そこには圧倒的質量を誇る惑星

 

「低軌道での戦いとなるだろうな…。」

 

地球が映っていた。

 

 




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12/09/20 誤字訂正 黄金拍車様、ありがとうございました。


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それはとてもありえない戦いで

その報告は、ちょうどアルザッヘルに着くまでにもう一度ザフトの追撃部隊と戦わなければいけないことが判明した際にあった。

 

「…だめですね。このまま全速で進んでも13時間後には追いつかれてしまうでしょう。」

 

「私たちがアルザッヘルに着く予定時間は15時間後ですから…。」

 

「それ以前にアルザッヘル周辺の宙域は特別防衛宙域ですから原則的に敵部隊を進入させられません。」

 

「駐留艦隊が援護に出てくることを期待するしか…。」

 

艦橋で私とラミアス副長、そしてナタルが今後の方針を話し合っていたとき、レーダーを監視していたバスカーク二等兵から声がかけられたのだった。

 

「ぜ、前方200キロに戦闘艦発見!艦籍照合……地球連合軍無人偵察艦です!!」

 

「そうか、ご苦労。…艦長、どうなさいますか。」

 

「おそらくアルザッヘル基地の哨戒部隊だとは思いますが…無人艦ですから連絡も取れませんしねえ。とりあえずこちらを発見した基地の動きを待つしかないでしょう。」

 

「では進路はこのまま?」

 

「お願いします、ラミアス副長。」

 

このやりとりから3時間後には今度は無人MAが来ており、基地もしくは艦隊がこちらの接近に気づいていることは判明した。

そしてそこから更に2時間後…

 

「か、艦長!地球連合宇宙軍第八艦隊からの通信が入りました!まだ不鮮明ですが第八艦隊なのは確かです!」

 

「ザ…ザザ…こ、こちら…ザザ八艦隊…ザ…ザザ、クエンジェル…ザ答せよ!…り返す…ザザ……。」

 

「ふむ、ようやく連絡が取れましたか。第八艦隊ということは追撃部隊程度ならすぐに壊滅できますね。」

 

「アーガイル二等兵、こちらからも続けて接触を図るように。通信が明瞭になり次第知らせろ。」

 

「分かりました。」

 

その後通信が正確に取れるようになると、ハルバートン提督自らが通信に出、追撃部隊とどこで戦うかについての指示を出した。

やはりアルザッヘル周辺は厳重防衛の関係上戦闘をできないらしく、だいぶ離れることとなるが地球のすぐ近くで戦うこととなる。

というのも、追撃部隊のMSの機動力を地球の重力で削ることができるからだ。MAも重力には弱いが、こちらは戦艦の砲撃力において圧倒的に分があるためそこまで気にする必要は無い。しかもいざとなれば地球へと降下すれば逃げられる。

後に低軌道会戦と呼ばれるようになる戦いの戦場はこのような理由から選ばれた。

 

 

 

一方そのころのザフト軍クルーゼ部隊

 

クルーゼ部隊でも当然のことながらアークエンジェルが援軍と合流しつつあることを察知していた。とはいえここまでわざわざ追撃をしていて「敵が強かったから逃げました。」では本国が許してはくれないだろう。開戦初期であればもう少し余裕のある状況だったのだが、最近のプラントの国民は長引く生活レベルの低迷から士気が低くなっていた。

「勝利の美酒を与え、短期終戦という希望を見せなければ現政権は終わる。」とはあるプラントのマスコミの報道だが、その言は当たらずとも遠からずであり、評議会議員たちは焦っていた。

 

「フッ、不利な戦況にも拘らず虚勢を張れる連合と有利な戦況にもおびえるプラント…愚かしいものだ。」

 

クルーゼは艦橋で呟いた。

幸いなことにアデスを始めとするクルーたちはアークエンジェルに早く追いつかんと動いているために先ほどの言葉を聞いてはいないようであった。

彼は現在考えていた。

援軍と合流したアークエンジェルに対して攻撃を仕掛けるべきか否か。かつてのクルーゼであれば迷わず攻撃を仕掛けたはずである。彼にとってナチュラルであろうとコーディネイターであろうと憎むべき対象であり、己が部隊といえど隊員が死ぬことに対しては特に思うことも無い。

では何が彼を考えさせているのか。それは最近のパイロットたちの戦闘意欲の減退によるものだった。

アルテミス宙域での一戦以来、アスランだけでなくイザークやディアッカといった面々まで顔色が悪くなったのだ。ナチュラルへの蔑視、自分たちの能力の過信。人間としてそれらがいいことかと問われれば首を傾げてしまうようなことだが、戦闘においてはそれらがあると無いとでは大きく異なる。自らに自信を持ち、勝利への確信を持たなければ兵士は臆病になってしまうからだ。

あの戦い以前の隊員はその自信を持っていた。ラスティやミゲルといった同僚の死も、憎しみへと変えることで力としていた。訓練にはより一層力を入れ、戦闘時には気炎を上げていたのだ。

それが今では、

今では…

 

 

「隊長、そろそろ警戒レベルをイエローにすべきかと…。パイロットを待機させるべきでは?」

 

「…視聴覚室に連絡をいれ、パイロットたちを集めよ。」

 

「はっ。」

 

何が起こったのかは分からないが、アスランの説得は失敗し、逆にイザークらは何らかの影響を受けたらしかった。彼らは非番の時間帯、視聴覚室に篭りアニメを見ては何かを羨むようになったのだ。

 

(これが戦闘にプラスとなる嫉妬であれば良いのだが…)

 

どうもパイロットたちに不安を禁じえないクルーゼだった。

 

 

 

 

 

アークエンジェルがハルバートン提督から告げられた宙域へたどり着いたとき、そこにはすでに整然と戦列を整えた第八艦隊の姿があった。

アガメムノン級戦艦8隻、ユグドラシル級超巨大空母4隻、防空巡洋艦6隻、その他艦艇12隻。総数30隻になる地球連合宇宙軍最強とも言われている第八艦隊は、搭載MA数も2360機と膨大で、普通に考えればせいぜいナスカ級とローラシア級合わせて4隻しかないクルーゼ隊など鎧袖一触殲滅できて当たり前だ。

しかし、ハルバートン以下第八艦隊の幕僚たちは皆緊張感に包まれていた。クルーゼ隊の隊長であるラウ・ル・クルーゼはかのグリマルディ戦線でMA100機以上を撃墜し、ネビュラ勲章を授与されたエースパイロットであり、その部下たちは連合から奪取した最新鋭機体であるGシリーズを使用している。

レールガンとミサイルを兵装としているMAではGシリーズを落とせなく、しかもこちらは何が何でもアークエンジェルを守り通さなければならないのだ。

 

…と司令部付きの参謀たちが考えていると、アークエンジェルは事前の通達どおり旗艦メネラオスの隣へとたどり着き、臨時で艦長職をやっているという盟主アズラエルから通信が入った。

 

「やれやれ、何とかたどり着きましたよ、ハルバートン中将。」

 

言葉とは裏腹にそこまで疲れた表情を見せないアズラエル。

 

「私としても盟主がこの場に来れたことには本当に感謝しているとも。」

 

「誰にですか。」

 

「もちろん、神にだとも。私はジブリールもアズラエルも信奉していないのだ。」

 

「そりゃそうでしょう。私はただの人間であって盲目的に依存されても困りますよ。」

 

「ジブリールは違うようだぞ。」

 

上官と雲の上にいるはずだった地球連合一の権力者との間で交わされる危険な会話に幕僚たちは嫌な汗をかいている。

 

「…まあその話はいったん置いておくとしましょう。現在直近の問題はザフト軍追撃部隊を追い払うことです。」

 

「そうだな。…今回の作戦の要はアークエンジェルを生き残らせることだ。最悪の場合、アークエンジェルにはアルザッヘルへ向かうのではなく大気圏降下をしてもらう。」

 

「当然でしょう。私は何としてでも生き残るつもりですよ。…言っておきますが、私は民間人であるのに戦闘に巻き込まれても危険手当は日当で50ドルしか出ないんですよ。死んでも生命保険しかおりませんし。」

 

「それはなんと言うか…。まあ、仕方ないのではないか?」

 

「どこがですか。…今回も火力でこちらが上回っているのですから、以前輸送艦隊を撃滅したときと同じ戦法でいいと思いますが。」

 

「アウトレンジで、だろう。当然そうするつもりだ。…そもそもGシリーズにMAをあてて撃墜できるとは思えん。」

 

「クルーゼ機はシグーですから落とせますよ。」

 

「混戦でもか?まず無理だろう。…ジンやシグー相手には優位だった防空巡洋艦も主力兵装は実態弾だからな…。バッテリーの消耗しか狙えん。…アズラエル、アウトレンジでGシリーズは落とせると思うか?」

 

「…難しいでしょう。どうやらあれに乗っているのはエースパイロットらしいですからね、ナチュラルには逆立ちしたってできない操縦技術を持っています。」

 

「…くそっ。仕方ない、やれるだけやってみるしかないか。」

 

その時、レーダーモニターを監視していたクルーからの報告があがる。

 

「レーダーに反応!戦闘艦4隻、ザフト軍のものです!!」

 

「話し合いは終わりのようだな。…主砲射程圏内までどれくらいだ!?」

 

「圏内まで30分!敵、MSを出した模様!総数20機!!」

 

「全力で来たようだな…。主砲射程圏内に到達したら全艦一斉射撃!5斉射後にMAを出せ!!」

 

「了解、5斉射後MAを出します。」

 

一方でアズラエルらアークエンジェルにもメネラオスからの指令は届いていた。

 

「旗艦より命令文です!敵、射程圏内到達後5斉射せよ。機動戦力については保留とす。」

 

「そんな!フラガ大尉とストライクも出すべきです!艦長から司令部に掛け合ってください!。」

 

「落ち着いてくださいラミアス副長。提督は我々がいざとなったら後退しやすいように計らっているのです。無碍にするものではありません。」

 

「ですが相手はかのクルーゼ隊です。戦力は可能な限り当てるべきだと思いますが…。」

 

「いざとなったらもちろん出しますよ。ですがそれは敵が防空ラインを突破してからです。…フラガ大尉、聞こえていましたね?そういうことですので、まだ出撃には時間がかかりそうです。」

 

「…わかった。友軍を見捨てるような気がするが…よくよく考えたら第八艦隊のMAって…」

 

「当然、直掩機を除いて全てハルピュイアです。あまり気にかけないでも構いませんよ。」

 

「…だよなー。じゃ、気にしないでのんびり待ってるよ。」

 

「ヤマト少尉にも伝えておいてくださいよ。」

 

「了解、了解。」

 

フラガとの通信を終えると、それを聞いていたナタルとマリューは少し拍子が抜けたような表情をしていた。

 

「…確かにわが艦の機動戦力はフラガ機の子機以外無人機がありませんね。」

 

「その通りですよバジルール少尉。ラミアス副長も分かってくださいましたか?」

 

「あ、はい。…申し訳ありませんでした。」

 

第八艦隊の5斉射は敵MSのうち8機を落とすことに成功した。

しかしその中にGシリーズは含まれておらず、また以前の戦闘を踏まえてMS部隊と距離を置いていた艦船にもダメージは与えられなかった。連合軍の砲撃をかわした12機は次に防空システムの射程圏外に布陣を終えた無人MA群との戦闘に突入する。いかに精鋭で知られるクルーゼ隊のパイロットとはいえ、彼我戦力は12対2000。ジンやシグーを乗りこなす彼らは櫛の歯が折れるように少しずつ減っていく。

 

 

 

カッ!

 

宇宙空間という無音世界で、そのまばゆい光だけが1人のパイロットの死を知らしめる。

 

「フィールズッ!!クソッ!」

 

MA部隊との戦闘が始まって20分。遅れてきた戦艦の援護を受けつつとはいえ敵MAを1000機程に減らすという偉業を成し遂げたクルーゼ隊のパイロット達は、しかしその数を4機にまですり減らしていた。

 

「ディアッカ、そちらのバッテリーはどうだ?」

 

「くそっ、ナチュラルのやつらちょこまかちょこまかと…。ああ!?バッテリーは…うげ、後30パーセント切ってやがる。」

 

「イザーク、ニコル、そっちはどうだ?」

 

「…20パーセントと少しだ。」

 

「僕も後30パーセントぐらいしかありません。」

 

「まずいな…。どうにかして態勢を変えないと…「アスラン、イザーク、ニコル、ディアッカ聞こえるか?」隊長?」

 

「これより私も出る。そこのMA群は私と戦闘艦でひきつけておく。君たちはアークエンジェルを落としてきて欲しい。」

 

「な!?隊長、いくらなんでもそれは無茶です!」

 

「む、君たちでは智将ハルバートンの陣形は抜けんか。」

 

「そうではなく、いくらなんでもPS装甲の無い隊長だけでMAを1000機も押さえるというのは危険です!」

 

「私だけではなくガモフやヴェサリウスも出るが…。」

 

「機動戦力ではないでしょう!」

 

「…イザーク、アークエンジェルを落とすのにどれくらい掛かるかね。」

 

「10分もあれば十分です、隊長!!」

 

「イザァークー!!!!」

 

「イザーク、いくらオレでもそれはカンベンだぜ…」

 

「イザークさん、僕もそれはちょっと…。」

 

「貴様ら隊長が期待してくださっているというに応えないのか!?もういい、俺だけでも行くぞ!!」

 

「ま、待て。…くそっ、しょうがない。…隊長、30分以内で戻ってきます。」

 

「ふむ、それぐらいであれば大丈夫だ。」

 

「はっ。行くぞ、ディアッカ、ニコル!」

 

「分かりました!」「おい、なんでアスランが仕切ってるんだよ。」

 

「お前がイザークの手綱を抑えていなかったせいだろうが!」

 

「俺のせい!?」

 

先ほどまでの悲壮感は消え、にぎやかにアークエンジェルがいる方向へと向かっていく4人。さすがはクルーゼ隊長、と思っていたヴェサリウス艦長アデスのもとにクルーゼから通信が入る。

 

「聞いていたな、アデス。各艦250機ずつ担当したまえ。撃ちもらしたのは私が抑えよう。」

 

その言葉に青くなるアデス。ブリッジクルーの顔にも悲壮感が漂う。

 

「…冗談だ。」

 

そう言って通信を切るクルーゼ。安堵するブリッジクルー。

そして、

 

(最近悪趣味な冗談を言うことが増えたような気が…)

 

パイロットらの調子が狂ってからストレスが溜まってるのだろうな…と考えると、隊長の健康が気になってしまうアデスであった。

 

 

 

 

 

「MS4機、防空ラインに進入しました!本艦に向かっています!!」

 

「艦長!」「分かりました、フラガ大尉とヤマト少尉を出してください。」

 

「イーゲルシュテルン起動、アンチビーム爆雷散布!!」

 

「フラガ機、ヤマト機、出ました!」

 

G4機のまさかのMA群突破を受け、アークエンジェルはにわかに慌しくなった。

第八艦隊は防空巡洋艦を筆頭に多くの戦闘艦が対空兵装を展開し迎撃に当たるが、G4機はそれらを無視し、一直線にアークエンジェルへと向かっていた。

 

「フラガ機とヤマト機、バスターとブリッツに拘束されています!!イージス、デュエルなおも接近!!」

 

「バリアント照準…撃てぇ!!…くそっ、駄目か…」

 

「メネラオスより直掩MA25機到来!…ダメです、抑え切れません!」

 

「無人MA900機…バカな!全機敵に拘束されています!!」

 

G4機の集中攻撃に対し、アークエンジェルと第八艦隊は有効な対策を打てないでいた。彼らの神業的操縦は多くの攻撃を回避・迎撃し、当たった攻撃もPS装甲によって防がれていた。

 

「ダメージ率10パーセント突破!!艦長!」

 

「敵もエネルギーに余裕がなくなっているはずです!もう少し耐えてください。」

 

とはいえG4機にも余裕は無く、また長時間の集中力の使用はパイロットたちに見えない疲労を与えてもいた。

まずはストライクと対峙していたバスターが、そしてアエローと戦っていたブリッツも後退することとなり、イージスとデュエルは苦境に立たされることとなる。

 

 

 

 

 

友のもとへ、仲間のために討ちかかるキラ。

 

「僕の就職先と衣食住を壊すなぁー!!」

 

訂正、若干自分のことも考えている模様。

 

「くっ!キラ、お前の言うことは俺たちの心を揺さぶるものだ!だが、それでも俺たちは、戦わなければいけないんだぁー!!」

 

若干言う人間が違うような気がするが、そう気炎をはいてターゲットをアークエンジェルからストライクへと変えるアスラン。そんな中イザーク操るデュエルは、致命的なダメージを負ってしまう。

 

「ローエングリーン照準!今度こそ当てろよ、撃てぇー!!」

 

「くそっ!当たってたまるかぁー!!!」

 

アークエンジェルから放たれた極太のレーザーを避けようとするイザーク。しかしその陽電子の奔流は僅かながらも致命的なダメージをデュエ

ルに与えていた。

 

「ぐあっ!…機体損傷…推進剤がっ!?」

 

デュエルの推進剤タンクに穴を開けてしまっていた。

 

「くそっ!このままじゃ重力にっ。おい、アスラン!キサマ助けろ!!」

 

しかし頼みの綱のアスランも現在キラと激闘中。どう頑張ってもデュエルを助けられそうに無い。

 

「おのれアークエンジェル!ヤロー!テメー!ぶっ殺すっ!!」

 

イザークは大気圏降下の覚悟を決め、それまでの間アークエンジェルをビームライフルで狙うのであった。

 

 

 

 

「…ふう、何とかなりそうですね。」

 

「艦長、イージス撤退していきます!デュエルも深刻な損害を負ったのか、先ほどから攻撃が散発的です。」

 

「重力圏から逃れられません!艦長、降下地点を決めてください。」

 

「フラガ機とヤマト機に直ちに戻ってくるよう伝えてください。…まさかここまで押し込まれるとはね。…降下地点はアラスカ、JOSH-Aにしてください。」

 

「い、いきなり本部に降りて大丈夫でしょうか…。」

 

「まあ何とかなるでしょう。私が乗っているんです、多少の無茶は何とかできます。」

 

「そ、そうですか。…降下目標、アラスカ、JOSH-A!!」

 

低軌道での戦いに何とか勝てたアークエンジェルは、戦闘終了によって一息ついていたハルバートンから通信を受けつつ、アラスカの地へと降りていった。

 

 

 

 




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それはとても待ち望んだ到着で

アラスカ 地球連合軍総司令部JOSH-A

 

低軌道会戦での戦況を見守っていたJOSH-Aは若干慌しい雰囲気に包まれていた。

 

「デュエル、大気圏降下中!!降下地点予測…これは、日本!降下予測地点は日本です!!」

 

「アークエンジェル、なおも高度を下げています!」

 

「第八艦隊、ハルバートン中将及びアークエンジェル副艦長ラミアス大尉よりJOSH-Aへの降下許可が申請されています!」

 

「司令!!」

 

そんな慌しい雰囲気の中、政治的采配によってのみ選ばれた基地司令のホアン・ウォーラック中将は、適切な決断を取れる自信が全く無かった。

 

(くそっ。何でジブリール様のいない時に限ってこんなことが起こるんだ!…どうする?下手なことをすれば責任問題だ…)

 

「司令!」

 

「えーい、クソ!副指令!君に全て一任する。適切に対処したまえ。」

 

「は?…分かりました。」

 

このときすでにホアンの頭の中はジブリールに判断を仰ぐことでいっぱいになっていた。

故にホアンは気づかない。

 

司令部内の空気がしらけたことも。

副指令であるサザーランド大佐の顔が笑みを作っていたことも。

そして、ラミアス大尉が副艦長でしかなく、アークエンジェルの艦長が誰なのかが分かっていないことにも。

 

 

 

 

「艦長、JOSH-A副司令のサザーランド大佐より入港許可が下りました。」

 

「副指令から?司令はどうしたんですか?」

 

「それが…司令より全権委任を副司令が受けたようでして…。」

 

「バカな!それでは有事の際にその司令はいったい何をするつもりなのだ?」

 

思わず通信員に対して怒鳴ってしまうナタル。怒鳴られた通信員は竦みあがってしまう。それに気付いたナタルは冷静さを取り戻し、「いや、すまない。」と謝った。

 

「バジルール少尉、…恐らくジブリール派によって政治的理由で抜擢されたのでしょう。ユーラシア方面での戦線は順調だと聞きます。派閥内の優秀な軍人をそちらに優先的に置いた結果…。」

 

「JOSH-Aみたいな後方基地にはアンポンタンを置くことになったわけね。しかしどうすんのかねー?ザフトが奇襲攻撃でも仕掛けてきたら。」

 

「まあ可能性は低いですからあまり考えていないのでしょう。…それより、サザーランド大佐が副司令にいるということは、JOSH-Aと大西洋連邦の掌握は思ったより早く済みそうですね。皆さんにも手伝っていただきますよ。」

 

「おいおい、俺たちは一介の連合軍人だぜ。そんな政治的な世界には縁もゆかりもないし、巻き込まれたくもない…な、副艦長?」

 

心底嫌そうな表情をし、マリューに振る。突然振られたマリューは驚いている。

 

「わ、私に振らないでくださいよ…。ただ、確かに私たちでは手伝えることは無いかと…。」

 

「ああ、別に特に政治的抗争で手伝ってもらおうとは思ってはいませんよ。しかし私がアークエンジェルの艦長をやっていたと知られれば、あなた方は今までどおりの政治的に中立な立場には立てなくなるということです。最近は第八艦隊自体もハルバートン提督がG計画を推奨しているだけあってブルーコスモス派に近いといわれていますからね。

…恐らくこの艦のクルーは皆人事異動されるはずです。次期主力艦として十二分な性能でしたから、そのクルーはかなり貴重ですから。それに振り回されるだけでも迷惑だとは思いますが…。その点だけはご了承を。」

 

「異動か…。大体どんな感じに振り分けられんだ?予想はついてんだろ?」

 

「ええ、まあ。恐らくフラガ大尉はパイロットの教導官に、ラミアス大尉は技術工廠に、バジルール少尉は昇進後に士官学校の教官、他のクルーもそれぞれ昇進して2番、3番艦で要職に着くと思います。」

 

「子供たちはどうなるんですか?彼らは野戦任官したとはいえ民間人です。」

 

「彼らはキラ君と約束したとおりアズラエル財閥に就職できるよう手配します。オーブへの帰国も、逆にオーブから家族を呼び寄せることも可能だと思います。」

 

「そうですか。よかった…」

 

その言葉にマリューは安堵の息をつく。強制に近い形で兵役を負わせていたことが気になり続けていたのだろう。やはり軍人というよりは学者だな、と思う。

 

「で、われらが艦長殿はまた雲の上に逆戻りってことか。」

 

「全くです。ここの艦長職の方が仕事が少なくて楽ではあるんですが、仕方がありません。」

 

「ま、せいぜい頑張って俺たちを楽にしてください。」

 

「フラガ大尉!先ほどから上官に対して…。」「高度2万フィート切りました!艦長!」

 

ナタルの声が響くのを遮り、高度計を注視していたクルーから報告が入る。

 

「無駄話はここまでですね。各員、配置についてください。」

 

「「「了解」」」

 

アークエンジェルは無事、JOSH-Aへと逃げのびることができたのであった。

 

 

 

 

 

 

無事JOSH-Aへと降下し、ドックに入港したアークエンジェルであったが、副司令からは上陸許可のみが許され、今後の任務については保留とされた。

臨時艦長であったアズラエルのもとには地球連合事務局から直々に専用車がまわされ、艦長としての業務をラミアス大尉に引き継ぐ命令のみを出すと、そのまま連合本部へと連れ去られていく。

 

 

 

地球連合本部 事務局ビル

 

「……これは本当のことですか?」

 

「はい、全くの事実です。」

 

久々に見た事務局に存在する自らの執務室。かつて自らと秘書15名が詰めていて、それでも仕事量をこなせるかと緊張感が漂っていたこの部屋からは一切の書類が消え去っており、一見するとまるで全ての懸案が片付いているかのように見えた。

しかし、どうやら事情は違ったらしい。

 

「この部屋にあったすべの書類は収納仕切れなかったため、全て電子化してこれらのメモリーディスクに保存されております。」

 

ロゴスの臨時盟主にして地球連合経済社会理事代理。そんな肩書きを持つジブリールは、当然のことながらそれに見合った仕事をこなさなければならなかった。ところが、意気揚々とアズラエルに代わって権力を手に入れたジブリールが見た寄せられてくる仕事量は、殺人的なものであった。しかもユーラシア連邦でも要職についてしまったジブリールには更に加えての仕事が廻された。故に、彼は彼から見てあまり重要そうに見えない仕事を切り捨てることにした。その結果が未処理の懸案事項が詰め込まれたメモリーディスクとして眼前に存在したのであった。

 

「…まあ良いです。1本に纏められているのがまだ救いなんでしょうね。これは何百ギガバイトですか?」

 

「…1テラバイトです。」

 

「………。」

 

「だ、大丈夫です。まだすべては埋まっていません。」

 

(これは…相当まずいですね…)

 

ひと通り溜まっていた懸案事項に目を通したアズラエルは、地球連合の経済事情が予想以上に悪化していることに気づいていた。

 

(ユーラシアのほうはまだ少しは手をかけているようですが、南米と大西洋連邦の事業はほとんど進捗していませんね…。全体的に企業倒産率が5ポイント上がっていますし、民間人の購買力が低下しています。軍需産業以外での資本投資額も低下していますし…ジブリール、あなたはまさに内憂といってふさわしいですよ…!)

 

特に追い詰められているわけでもないのになぜか経済が国家総動員体制に移行しつつある状態になっている地球連合。このままでは長期間の継戦能力が失われしまうため、アズラエルは急遽ロゴス主要メンバーと映像会談をすることにした。

 

「おお、アズラエル盟主!ご無事でしたか。」

 

「はい、まあ何とか生き残りましたよ。それにしても私がいない間にずいぶんとまあ国内情勢が悪化しましたねえ。」

 

「うむ、どうやらジブリールは戦果を挙げることに目を向けすぎて経済のことを忘れているようでしての。膝元のユーラシアですら経済の好転は軍需産業のみによって支えられている状況じゃ。」

 

「分かっているのなら何で止めてくださらないんですか。」

 

はあ、と溜息を吐く。それを見ても他の連中は特に何も思わないようだ。皆、よかったよかったと繰り返している。どうやらアズラエルの苦労より自分たちの苦労が無くなった事のほうが嬉しいらしい。

 

「…とりあえず、大都市部での戦争報道を規制しましょう。今みたいに四六時中戦争報道をされていたら購買意欲だってわきません。」

 

「まあ節約節制ばかりされていたら困りますからな。」

 

「アズラエル盟主、連合内での結束も高めてもらえませんと我々ロゴスメンバーとしても柔軟な経済活動が取れません。特に南米地域では反地球連合の感情が高まっているため、下手をすればプラントの策源地とされてしまう恐れもあります。」

 

「ジブリールの報告書には南米にはすでに手を打ってあるというようなことが書いてありましたが?」

 

「トップを入れ替えて、国民を恐怖政治で押さえ込んでいるだけじゃ。いずれ限界が来るじゃろう。その前に何とかして欲しいというわけじゃ。わが社も南米にはかなりの工場設備を置いているからの。」

 

聞いていて頭が痛くなる。なぜ対策会議で更なる問題が浮上するのか…。

 

「…分かりました。…それと、宇宙戦艦の新型艦を次期主力艦として建造してもらいたいのですが、レーンはどれくらい余っていますか?」

 

「どのくらいの数作ろうとしているんですか?まさかアガメムノン級を全て廃艦にしようとしている訳ではないでしょう?」

 

「今のところ一個艦隊あたり2.3隻配備しようと考えています。」

 

「それでしたら5、いや10はいけますかね?」

 

「ふむ、私もそれぐらいでしたら。」

 

「わしも今月からアルザッヘルのほうに工廠ができるからそのぐらいなら何とでもなるぞ。」

 

「決まりですね。ふむ…では一月あたり1隻のペースも不可能ではないですね。」

 

「ほう、アズラエル盟主はその新型艦にずいぶん期待しているようですな。」

 

その言葉に、ようやくアズラエルの表情に笑顔が戻る。彼は自信を持って頷いた。

 

「ええ、あれは戦艦としては初のMSに対抗できるものですからね。…それに、私はあれに乗って最新型MS4機と追いかけっこしてきたのですよ。」




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それはとても強い怒りで

いつもより少し長めです。


アラスカ 地球連合総本部臨時総会

 

アズラエルの帰還から8日後。

地球連合は異例の速さで臨時総会を開くこととなった。もちろんそれは非常事態という名目行われていたジブリールへの権力の集中を、元の状態に戻すということであり、未だにジブリール派がアズラエルが健在な状態のブルーコスモス派を超えられていないことの証明であった。

しかし、全てがアズラエル失踪前の状態に戻ったわけではない。

 

「ですので、私及びロゴス全体の総意としましては、現在の総動員体制に近い状態の経済体制を早急に元に戻すべく、提案いたしましたように国民の意識を戦争から逸らすべく、戦争報道への規制を行ってもらいたいのです。」

 

「ふむ、ではその規制というものは戦果の限定的報道ではなく、一切の報道を一律に規制するということですか?」

 

「その通りです。勝利、敗戦いかんに関わらず戦争への意識の集中は購買意欲の著しい縮小を招きます。今大戦が長期戦になろうとしているのが明らかな今、経済状態を過度に戦争に特化させるのは得策ではありません。」

 

「アズラエル盟主の提言、反対意見はありますか?」

 

「その提案は受け入れられませんね。」

 

「ユーラシア連邦代表…ロード・ジブリール国防・経済担当大臣。発言を認めます。」

 

そう、アズラエルがいない間にユーラシア連邦において政敵の排除に邁進し、ロシア方面での戦線では自らの派閥の軍人に功を立てさせていたジブリールは、ユーラシア連邦を半ば牛耳る存在にまでなっており、地球連合内でもユーラシア連邦の代表という立場を手に入れていたのであった。

 

「アズラエル盟主が言うように、経済体制の見直しが必要であるとは思います。ですが、僕はそれは地球連合が一律的に行うことではないと思うんですよね。なぜなら、前線から遠く離れてぬくぬくとしている大西洋連邦と、僕たちユーラシア連邦では事情が違うんですから。」

 

むっとする大西洋連邦の軍人たち。

 

「経済体制の見直しは、加盟国各国が独自に行うべきでしょう。」

 

「発言は以上ですね?…では採択を取ります。

賛成は…大西洋連邦の1票。反対は…ユーラシア連邦の1票。残り2カ国は棄権ですか…。よって本件を不採択とします。」

 

その後もこまごまとした案件が消化されていき、いくつかの案件ではユーラシア連邦との若干の対立を見せながらも臨時総会は無事に閉会となった。しかし、連合内に対立構造が生まれたことは、それまでに大西洋連邦が持っていた国際的求心力が低下したことを示すことになった。

 

 

2日後

 

―――南アメリカ合衆国各地で暴動発生!!―――

―――反ジブリール派、親プラント派、まさかの結託!!―――

―――合衆国軍地方部隊、続々離反―――

―――合衆国大統領、国外亡命の模様―――

―――プラント評議会、反政府軍支援を表明―――

 

アズラエルによる南アメリカ合衆国の懐柔策は一足遅かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

イザークにとってそれはあまり定かではない記憶。

コックピットの空調機能の限界を超え、上昇し続ける室温。

鳴り響き続けるアラート。

数を増やし続ける機体のレッドサイン。

耐久訓練で受けたどの想定状況よりも大きなG。

 

それらの悪条件が重なる中、イザークは意識を失うまいと必死であった。確かにこの状況下、はっきりといって意識を失った方が楽ではあったろう。

しかし、

 

「くそがっ!!降下予測地点の算出ぐらいとっとと終わらせろ、このポンコツがっ!」

 

おおよその概算地点が太平洋ではなく東アジアと表示された今、万が一にでも大都市に落下することを防ぐためにもイザークは意識を失うわけにはいかなかった。

 

ピピピッ!

 

「算出完了…降下地点…日本…東京だとっ!?」

 

ビーッ

 

――高度、10万フィート点突破

 

あわてて落下軌道を変えようとするイザーク。しかし推進剤が使えない現在、イザークにできるのは強襲降下時に使用するパラシュートを調整して、少しでも人が少ない地点を狙うことぐらい。

 

「何とか海上に……ダメかっ!他は、他にどこか人のいないところはっ!?」

 

そうして何とか人の少なさそうな地点へ降りるよう調整し終えると、イザークは気を失ってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

「………むっ…。ここは…。」

 

イザークが気がつくと、すでに機体は落下を終えているようであり、体を押さえつけるようなGはすでに感じられなかった。

 

「…アークエンジェルに叩き落されて…俺は…そうだ!周辺への被害は!?」

 

ナチュラルが憎いとはいえ、いくらなんでも開戦すらしていない国の、それも民間人を殺すことに罪の意識が無いわけが無く、イザークはデュエル周辺の状況を把握することにした。

 

「メインカメラは…確かアークエンジェルからの流れ弾で壊れていたな…。サブカメラは…熱に耐えられなかったか…。仕方が無い…。」

 

外部の情報を得る手段が無くなっている現在、残された手段はハッチを開けて直接見るしかない。

しかし…

 

(開けたとたんに暴徒に襲われなければいいが…。こればかりは運か…)

 

非戦闘員を大量に殺したとなれば、怒り狂った群集にイザークは殺されるであろう。いくらコーディネイターとはいえ、数の暴力に勝てるとは思えない。

 

「とはいえ、いつまでもここにとどまれるわけでもなし。しょうがない、一か八か…!!」

 

ロックを解除し、思い切ってハッチを開けるとそこには…

 

「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

 

制服姿やら背広姿やらの人間が大勢いた。上空を見上げると、多くのヘリコプターが飛んでいる。しかし、周囲には小規模なクレーターはできているが倒壊したビルやら、死傷した民間人やらといった姿は確認できなかった。

想定外の状況に混乱するイザーク。

とりあえず、一番自分から近いところにいた背広服に訊いてみた。

 

「ここは、どこだ?」

 

その後いくつか質問をした結果分かったが、どうやらここは都内にいくつかある森林公園の一つらしい。日本政府側も大気圏外から落下してくるデュエルの姿を確認しており、直ちに都内全域に戒厳令を敷こうとしたのだが、間に合わなかったそうで、現在も通常通りに経済活動が行われているそうだ。

で、ひと通り質問をして最後にイザークは尋ねてみた。

 

「俺はこの後どうなるんだ?」

 

と。

最後に質問をした途端、周囲の男たちが途端に騒ぎ出した。なにやらもめているらしい。

 

「おい、いったいどうなってるんだ!説明しろ!!」

 

「いえ、なにぶん今回のことはイレギュラーなことでして、管轄が決まっていないのですよ。」

 

「はあ!?そんなの軍が捕虜として引き取るに決まってるだろう?」

 

「しかし現在日本はプラントと開戦していませんので捕虜が取れないのです。となるとあなたの扱いは非合法工作員もしくは密入国者なのですが…。」

 

「私どもとしては超法規的措置としてあなたの身柄を拘束したいのですよ。」

 

「誰だキサマ。」

 

「内閣調査室のものです。ちなみにこちらの方は警視庁から、あちらの方は東京都入国管理局から来ています。そのほかにもあなたを拘束するために、厚生省検疫局、陸軍、東京都関税局、東京都陸運局、総務省通信課の方々等が動いています。」

 

ずらずらと並べ立てられる組織の名称に頭の痛くなるイザーク。最悪これらの組織の全てに引きずり回されると考えると、それだけで悲しくなった。

 

「何でそんな面倒なことに…。」

 

「なにぶん非常時ではないですので、平和時の法に基づいて動かなければならないんですよ。」

 

「…1時間前まで戦地にいたんだぞ。」

 

「ここは平和なんです。」

 

 

 

その後、関係各施設に行く羽目になりこの国のトップとは翌日に会うということになった。

 

「お疲れ様でした。明日までは指定されたホテルでお休みください。」

 

「…全くだ。そういえば俺のデュエルは?」

 

「…自然公園に置きっぱなしでは?」

 

「馬鹿かキサマは!」

 

公園にたどり着くとそこにはすでに機体がなくなっており…

 

――――レッカー移動告知書 最寄の警察署長からの許可証を得てから○○区○○の駐機場に取りに来てください

※レッカー代、駐機場代が掛かっております。所持金を多めにお持ちください。

 

 

「畜生!!」

 

平和の虚しさを感じたイザークであった。

 

 

 

 

結局一度尋ねた警視庁へともう一度足を運ぶことになり、事情を説明してレッカーの費用を免除してもらうこととなった。

 

「まあ仕方ないですね。不可抗力ということで裁判でも負けそうですし、不起訴という形で罰金を免除しておきましょう。」

 

「すまない。正直、払えといわれてもこちらの通貨は持っていなかったからな…。」

 

「大変ですねえ。…あ、罰金とレッカー代の免除はできますがデュエルの操縦は私有地以外ではできませんから。」

 

「何!?操縦資格であればこの部隊証に…。」

 

さらりと告げられた衝撃発言に慌てて部隊証を取り出そうとするイザーク。が、それに対する刑事の対応は非常にそっけなかった。

 

「いや、独立も認めてない国の部隊証では身分証にもなりませんよ…。それと人型の大型ロボットはわが国では特殊戦闘車両、つまりは大型特殊免許を必要としますからどちらにせよ運転できません。」

 

「大型特殊車両…。いやいや、どう見てもあれを車両というのには無理があるだろう!!」

 

「しかし道路交通法ではそう規定していますので…。あと、通信機系統も国内では特別な許可が無い限り使用すると電波法に抵触しますので。」

 

「無線もか…。ではそちらから本国に連絡を…。」

 

あれもダメこれもダメと言われ、自分が本当に外国にいるのだと言うことを強く噛みしめる。国家の加護がないということがここまで大変なのだとは、実際に体験するまでは思いもしなかった。

 

「いえいえ、警視庁にそんな権限ありませんから。もちろん、日本国内で捜索願が出されていれば別ですけど…。」

 

「では外務省にやってもらえばいいだろうが!そのくらい気を利かせろ!」

 

「うーん、ですがそれも難しいと思いますよ。何せ日本はプラントとの国交どころか独立すら認めてませんし…。戦争前にプラントにあった連絡施設は勝手に接収、破壊されちゃってますし…。中立宣言出していますから下手に連合や連邦に頭下げるわけにも行きませんし…。」

 

「…おい、俺は家に帰れるんだろうな?」

 

あまりにあまりな言い草にかなり不安になる自分の立場。

 

「…あ、国籍法は3年前に変更されまして、両親のどちらかが日本人でなくとも国民の権利の一部制限と一部の義務の負担によって永住権が得られるようになっておりまして…」

 

「おい!?」

 

どうやら不安で済む話ではないらしかった。

 

 

 

翌日

 

指定されていたホテルで目が覚め、今日の予定を考える。

 

(今日は…たしかマキシマ首相との会談があったな。)

 

国交どころか独立すら認められていない国の軍人なわけなのだから、今日の会談如何では強制送還すらされずに、この国で骨を埋めることになってしまうかもしれない。

…日本に永住してしまった自分を想像してみる。

 

(とりあえず学歴が無いから…大検を取得して、大学に行くか。学部は…法学部、いや、確か権利の制限で参政権と一部の職業選択が無くなっていたな…。となると理工系か…。電子工学系統の学部で、日本のロボット技術に関わるのも確かにありだな…。卒業後は民間企業に入って、プラントと違った終身雇用態勢の会社で会社のためにしっかり働いて、日本美人のきれいな奥さん手に入れて、戦争の危険のない静かな世界で子供を育てる…。…ありだな。)

 

…………はっ!何を考えているんだ、俺は。

俺はナチュラルに虐げられてきたコーディネイターのために祖国を作ると誓ったんだ。その決意を忘れて一人だけのうのうとなど…

いやしかし、どうしても帰れないのであればこれも仕方ないのか?

いやいやだが俺は…

 

ふと、部屋の時計が目に入った。

 

「な!?」

 

考え事に時間を取られすぎたようである。

 

 

 

何とか当初予定していた電車には乗れたものの、なんだか居心地の悪い思いをすることになったイザーク。今日の彼は、コックピット内にいざというときの備えとして収納されていたザフトの制服を着ている。(国際法上、捕虜に対する人権規約が適用されるのは制服を着ている軍人に関してのみだから)

 

つまり、あの斬新なデザインの、しかも赤服。

非常に目立っていた。

 

(…なあ、あれ誰?こんな平日の朝からコスプレ?)

 

(うわ、それってちょっと残念すぎない?)

 

(でもあの人、なんか外人っぽいよ.)

 

(今時日本に対してあんな偏見を持ってるっていうのも珍しいよな。)

 

…非常に目立っていた。

 

(…?なぜこちらのことを訝しげに…まあ確かに中立国とはいえ戦争中の国の軍人がいれば不審には思うか。しかし日本は平和ボケした国だと思っていたが…あの若者たちが着ている統一的なデザインの服。しかも何種類か存在するらしいな…。恐らく一定年齢までの若者に軍務を課しているのだろうな。…先の大戦で大国を相手にして生き残ったことだけはあるということか…。)

 

イザークはイザークで何か誤解をしていた。

 

 

日本国 首相官邸

 

なんとか時間通り到着できたイザークは、不審げな目つきで自分を見る警備員や官僚からプレッシャーを与えられつつ待ち合わせの部屋へと案内された。室内には既に首相がおり、こちらに気付くと直ぐに愛想よく握手を求めてくる。

 

「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。」

 

「お招きありがとうございます。ザフト、クルーゼ隊所属のイザーク・ジュールです。」

 

「日本国内閣総理大臣の牧島です。…どうぞおかけください。」

 

「はっ。ありがとうございます。」

 

勧められた椅子に腰掛け、目の前の人物をよく観察する。一国のトップにしては若そうに見えるが、どこか喰えない、狸のような底の深さを持っているように感じられる。

 

「…ふむ、まあまずは今回の件ですが、不幸な事故としか言えないでしょうな。まさかわが国の領土の、それもど真ん中に墜落するとはこちらは想定もできませんでしたからな。」

 

「仰るとおりです。低軌道会戦での戦闘の特性上、重力の影響は考えられてはいましたが、姿勢制御その他の落下修正装置が不能となることは完全に想定外でしたので…。ところで、私の扱いは今後どうなるのでしょうか?」

 

駆け引きの苦手なイザークは単刀直入、自らの最大の心配事を首相に尋ねる。それに対して首相は苦笑をもって答える。

 

「難しいところですな。…ご存知の通りわが国は今回の一連の戦闘行為に関して中立の立場を採っております。つまり、現在発足している地球連合側の声明も、プラントの独立勢力側の声明も、どちらか一方だけを受け入れるわけにはいかないのです。ですので現在わが国は臨時の措置として、開戦前の状況に加えて、プラントにおける現地住民が独立運動を武力を用いて展開しているという解釈をしているのです。

だからこそ、民放などの一部のメディアが使用している『戦争』は誤った表現であり、公式発表では今回の一連の戦闘行為は『紛争』としています。

……ここまではよろしいでしょうか。」

 

「…まあ、中立国としては妥当な判断かと…。」

 

「ああ、一つ言っておきますがこれはわが国に限った見解です。中立国全てが同じような解釈にのっとって動いているわけではありません。…現に、オーブ首長国連邦ではプラントは国家として承認されています。

さて、これらの前提にのっとってイザークさんの立場について説明しなければなりませんが、まず、国家の体制には『有事』と『平時』が存在します。平時の際にのみ効果を発揮する法律も存在すれば、有事の際にしか効果を発揮できない法律も存在します。『捕虜に関する法律』通称『捕虜基本法』も有事法の一つです。なので、イザークさんがいくらザフトの軍人であると主張しても、捕虜として対応することはできません。捕虜でない人物が不正の日本国内に侵入した場合に適応されるのが『入国管理法』です。ですが、こちらを採用するにしても問題があります。

現在わが国の公式的な見方をすると、プラントは地球連合加盟国各国の合同出資によって作られた旧国際連合の管理地域です。当然のことながらプラントの居留民は全て地球圏のいずれかの国家の国籍に所属していることとなります。イザークさんはプラント内でも中々の名族扱いだそうですね?恐らくご両親は大西洋連邦ないしはユーラシア連邦の国籍なのでしょう。イザークさん自身も開戦前に生まれたのでしょうから、地

球連合側に籍が置かれているはずです。

入国管理法に則るならば、不法入国者は国籍を保有している国に強制送還しなければならないのですよ。」

 

「しかし!先ほどあなた方は中立の方針を採っているといっただろう!?その対応をとるということはプラントを国家として認めず、地球連合側の意見に賛同するということになるだろう!?」

 

長々とした説明を聞きつつ、しかしあまりな発言につい声を張り上げてしまう。

 

「そこが難しいところなのですよ。私たちは中立的な方針を一貫したい。しかしあなたに対して何らかのアクションをとるとどちらかの意見に賛同することになってしまう。

……いっそわが国に移民という形をとってもらえれば有耶無耶のうちに誤魔化せるのですが。」

 

「ふざけるな!同胞が命を懸けて祖国を守らんとしているのに平和ボケした国に移民しろだと!?

 所詮は自分の命が可愛いだけの臆病な国家ということか!先の大戦を生き残ったのは形だけで、中の精神は腐りきっているようだな!この国は!!」

 

首相の軽い話し方に自らの立場を軽く見られたかのように感じたイザークは、現在の立場、状況を忘れ思わず怒りの声を上げた。

自分がどのような決意で戦っているのか。何のために戦友は死んだのか。それら全てが軽く扱われるなど、イザークには到底許しがたかった。

 

 




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それはとても不穏な動きで

地球軌道上 戦艦ヴェサリウス

 

「イザークさん、大丈夫でしょうか…。」

 

イザークが地上でマキシマ首相と会談を行っている頃、低軌道会戦終了後に補給を受け、現状維持の命令を受けたクルーゼ隊は地球上空にて暇を持て余していた。

 

「あいつがそう簡単に死ぬわけ無いだろ。それに落ちたって言っても中立国だぜ?大丈夫だって。」

 

艦長以下そこそこの地位にいるものは、まさに敵地のど真ん中とも言える場所にとどまることになったことに緊張しているが、クルーゼ隊の若きエース達はそのような感情とは無縁であった。

とはいえ、先の戦いで地球へと落ちていった戦友の存在があるため、全く気楽にしているわけでもなかった。

 

「ディアッカ、イザークが落ちたのは中立国の中でもプラントの独立を認めていない日本だ。身の安全は保障されているかもしれないが、無事に戻ってこれるかは分からないんだぞ。お前も少しぐらい心配したらどうなんだ。」

 

「だけどよ、俺たちが心配したって何にもならないだろ?本国のお偉方ですら日本の外務省には見向きもされないらしいじゃん。それよりも、日本の女の子は可愛いって有名だし、イザーク、案外いい思いしてるかもだぜ?」

 

「…はあ。お前は他に考えられないのか?それに日本人はナチュラルなんだからそんなに可愛いわけないだろ。」

 

「ええ.そうか.?…ニコル、お前はどう思う?」

 

「ぼ、僕にそんなこと聞かないでくださいよ。…ただ、女のこのことは良く分からないですけど、日本にいるってことはイザークさんの好きな『クリミナルドール』の最新版を見れるんですよね…。」

 

「ああ.!そうじゃん、イザークだけアニメ見放題かよ!?やっぱあいつのことなんか心配してやんねー。心配して欲しかったら艦に新しい映像を持ち帰れ!」

 

「イザーク…。(エレカル・まどか見放題か…)」

 

「ディ、ディアッカもアスランも、戻ってきてください!」

 

…いや、気楽であった。

 

シュンッ

 

「ここにいたか、アスラン、ニコル、ディアッカ、隊長が呼んでいたぞ。至急、ミーティングルームに集まるように。」

 

「「「はっ。」」」

 

しばらくそうして騒いでいたところに兵士がやってきて、パイロットたちは伝えられたことに従うため、動き出した。

 

「ようやく本国からの命令が来たってか?」

 

「恐らくはそうだろうな…。月方面にせよ輸送路の確保にせよ、本国もそう遊ばせていられるほどの戦力は無いはずだ。」

 

「イザークさんについて何かあればいいですけど…。」

 

ミーティングルームにはクルーゼやアデスといった独立艦隊の主要人物たちがすでに集まっていた。

 

「遅くなって申し訳ありません。」

 

「なに、構わんよ。」

 

そうアスランに告げたクルーゼは、今後について話し出した。

 

「さて、分かっているとは思うだろうが先ほど本国から通達が来た。明日来る予定の輸送艦と共にわれわれはカーペンタリアに降下することとなる。その後、私は現地部隊を指揮して南米へ派遣されることとなる。当然、君たちにも今回の作戦には参加してもらう。」

 

予想外の言葉に誰もが一瞬固まった。

 

「し、しかし我々の艦は地上へ降下することなどできませんが…。」

 

まず再起動したのはアデスであった。

 

「そうだ。故に今回の作戦ではパイロット、つまりアスラン、ディアッカ、ニコル、そして私だけが地上に降りることとなる。恐らく残った艦は輸送艦と共に本国の方へ一旦撤収することとなるだろう。今回の作戦でガモフとヴェサリウスはクルーゼ隊から一時的に除かれ、別の独立艦隊となると聞いている。隊長はアデス、君だそうだ。」

 

「は、はっ。それならば…。」

 

「パイロットたちに問題は無いかね?降下は明日だ。急がねばならんから質問は今しかできない。」

 

「そ、それではなぜ我々が南米に?我々は宇宙が専門だったはずです。」

 

次に復活したアスランも質問に加わる。

地球での作戦など、今まで経験したことも無ければ想定したことも無い。

 

「なに、それだけ余裕が無いということだろう。地上とてその大半は前線だ。あまり引き抜けないのだろう。」

 

「そうですか…。」

 

「あ、あのイザークさんについては…。」

 

「残念ながらイザークについて本国からは何も告げられなかった。恐らく向こうも何も把握していないのだろう。私としてもイザークのことは残念に思っている。分かり次第君たちにも伝えよう。」

 

「ありがとうございます…。」

 

「…ふむ、質問は以上のようだな。では、明日に備えて準備を急ぎたまえ。」

 

「各自、解散!」

 

結局、イザークについては不明としか伝えられないままミーティングは解散となった。それどころかクルーゼ隊自体がほぼ解散という形だ。隊長からの命令ということで従いはするものの、胸中に不安の立ちこめるミーティングになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

カーペンタリア基地にて編成されたザフト南米派遣軍はあまり大きな規模ではない。

 

水中母艦3隻

大洋州連合籍の輸送艦5隻

同護衛艦3隻

 

バクゥ5機

ザウート10機

ジン改(地上戦特化型)20機

ディン改20機

グーン10機

ゾノ5機

 

地上各地の戦線と本国からの補充部隊で編成された部隊であったが、クライン議長の決断とは裏腹に軍部では派兵そのものに懐疑的であった。

 

ナチュラルの国家である南米の支援をなぜ行わなければならないのか?

これ以上いたずらに戦線を増やす意味があるのか?

今回の作戦でプラント側に実質的メリットがあるのか?

 

 

このような質問に対し、クライン議長は言った。

 

戦後の外交のためにも、ナチュラルとの信頼関係を築かなければならない、と。

 

この瞬間、シーゲルとパトリックの溝は決定的となった。

 

 

 

ザフトの南米介入。

その報が知らされたとき、地球連合軍上層部は頭を捻らせた。

 

(南米に何か重要な拠点などあっただろうか?)

 

南アメリカ合衆国の国際社会における発言力は低くは無い。とはいえ、それが国力の大きさや国際社会における重要度の絶対的高さを表しているわけでないことは現在政治に少しでもアンテナを伸ばしている人間であれば当然のことであった。

WWⅢが終結し、世界のブロック化に一応の終止符が打たれると、世界地図に存在する国家は非常に少なくなっていた。だがそれでも、南米は国力において上位にいるとはいえなかった。現在の国際地位があるのは、単純に戦禍を直接被らなかったおかげで、戦前の国力を維持できている非常に珍しい国家となれたからであった。つまり、今回の内乱の規模が大きくなればなるほど南米の国力は低下するわけであり、戦前のレベルを維持できなくなった南米など、もはや重要拠点を持っているアフリカ共同体以下の存在と言ってもよくなるのである。

 

 

 

アラスカ アズラエル邸

 

「ザフトはいったい何を考えているんでしょうねえ?」

 

ちっとも理解できない。あいつらはいったい何を考えているんだか。

 

「サザーランド君、参謀本部の意見としてはどうなんだい?」

 

「は、実はこちらでもまだ決着は着いておりませんが、有力な見解としては反乱軍と協力して首都を奪回、その後マスドライバー施設を有するパナマまで攻勢に出る、という見方があります。」

 

「パナマはそんなに簡単に落ちるような軍事拠点なのですか?」

 

「いえ、とんでもありません。どちらかといえば南米方面には湿地やジャングルといった天然の要害を有する連合でも屈指の防衛拠点です。ジブラルタル要塞陥落の反省も生かし、パナマ周辺に築かれている要塞には大型のリニアキャノンによる要塞砲も3ヶ月前に設置されました。現在確認されている戦力だけでパナマを攻略できるとは到底思えません。」

 

「ですよねえ…。…軌道上から強襲降下部隊でも降ろすんですかねえ…。フム…。君、ハルバートン提督につないで下さい。」

 

「分かりました。」

 

さっぱり分からない現状に、アズラエルは首を捻りつつ秘書にハルバートンとの通信を繋がせる。

さほど間をおかず、ハルバートンは通信に応えた。

 

「私だ。アズラエル、唐突にいったい何のようだ?まさかプラント攻略命令かね?」

 

「やれといったらできる状態ですか、提督?」

 

画面に出てからいきなり用件を尋ねてくるハルバートン。アズラエルはそれに驚く様子も見せず、逆に問い返す。

 

「無理だ。数は揃っているが中の人間はまだ揃いきっておらん。今強引に出したら…まあコロニー群まで行くことはできるだろうが、ヤキンで全滅だな。」

 

「そうですか。まあそちらはまだです。こちらにしてもあなた方に遠征をしてもらうほどの物資は生産していませんからね。それより、プラントからの大型輸送艦は確認されていませんか?どうも地上で彼らは攻勢に出るようなのですが、確認されている兵力が少なすぎるようなのですよ。」

 

「そういうことか…。いや、そのような兆候は見られていない。定期的な物資輸送の輸送艦しか見られないな。」

 

アズラエルの用件が地球での出来事だと分かると、ハルバートンは露骨に安心した顔を見せた。どうやら宇宙軍の再建が不十分であるというのは冗談を全く含んでいないらしい。

 

「そうですか…。わかりました、ありがとうございます。」

 

「なに、わしらとしても殴りこみを仕掛ける前に家が落ちてもらわれると困る。地上は任せているからな。」

 

それっきり通信は切れ、アズラエルはまた考え込むこととなった。こうなってくるとザフトの狙いが全く分からない。

となると残るは…

 

「政治的混乱でも起こっているのか…?」

 

 

 

 

プラント アプリリウス市 

 

「シーゲル、この期に及んでナチュラルとの講和だと…?」

 

パトリック・ザラは今回の南米への派遣に反対し続けていた。十分とは言えない戦時体制で戦い続けてきたプラントには余分な継戦能力など無いことは、国防委員長であるパトリックが一番知っていたからである。

今回の戦争、地球連合を屈服させるには全てのマスドライバーを制圧し、アルザッヘルにある巨大発電所を破壊するぐらいをしなければいけないことを考えると、南米に派兵するなど愚の骨頂といっても良かったのである。

 

「お前はいつも理想ばかり語っていたからな…。」

 

シーゲルの言っていることは理想でしかなかった。地球連邦の国々と友好を深め、地球連合とは程ほどのところでお互いに矛を収め、国際社会の一員としてコーディネーターを認められるようにする。

それはかつて、血のヴァレンタイン事件が起こる前までによくシーゲルと共に語り合った夢であった。

だがしかし、

 

「そう、だがすでに理想ばかり見ていられる時は終わったのだ。」

 

開戦し、かの事件で国民のナチュラルへの憎悪は最高潮となり、五分というには厳しい戦いを強いられるようになった現状、程ほどの戦いなどというものにはできなくなっていた。

 

「国民の29パーセントを兵士にしているのだ。なぜお前はこのまま戦いを終わらせられると思っているのだ?」

 

シーゲルの娘、ラクス・クラインは反戦活動を始めているらしい。現状の戦時体制ですら維持が難しくなりつつある現在、いたずらに戦争を引き伸ばそうと考えているシーゲルに国政を任せていていいのか?

最近のパトリックは決断の時期が近づきつつあることを悟っていた。

 

「…仕方あるまい。時代が変わったのだ、シーゲル…。」

 

そう呟くとパトリックはアプリリウス市に存在する子飼いの部隊と、ある人物へ連絡を取った。

 

「…私だ。…ああ、そうだ、動かねばならんようだ。…分かっている。…分かった、では計画通りに動いてくれ…デュランダル。」

 

 

 

 

 




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12/10/01 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございました。


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それはとても意外な体制で

CE71年2月18日

その日、世界は驚きをもってそのニュースを聞き、同時に今次大戦が新たな局面に移行しつつあることを認識した。

 

同日 プラント アプリリウス市

 

この日、最高評議会に出席しようと執務室で仕度をしていたシーゲル・クラインは突如部屋に乱入してきた黒服の兵士たちと睨み合っていた。

 

「君たちは何者だ!?どこの指示に基づいて行動している?」

 

黙して語らない兵士たち。それに業を煮やし、再び声を荒げようとしたシーゲルの前に新たな人物が現れる。

 

「そう怒鳴らないでやってくれ、彼らは私の命令に従って動いているだけなのだ。」

 

「な!?パトリック、お前がだと?」

 

驚愕の表情を浮かべるシーゲル。そんな彼に向かい表情を変えることなくパトリックは言う。

 

「シーゲル、貴様はいったい何を目指しているのだ?」

 

「何を?…いったい何のことだ、私は今も昔もコーディネーターの地位向上と独立のために頑張っている。お前もそうだろう?」

 

「本当にそれだけか?」

 

「それだけだとも!当初こそ自慢していたがすぐに疎みだした親に見捨てられ、社会でも認められず、ただ迫害され続けていただけだったあの頃からずっと、私はそれだけを目指していた。パトリック、お前もそうだろう!?ともに立ち、ともに戦ってきたではないか!?」

 

そう激しく主張するシーゲル。しかしその話を聞いたパトリックは表情を変えず、いや、顔をしかめるだけであった。

 

「シーゲル、なぜ考えを改めない?状況の変化をお前も知っているだろう?」

 

「改める?パトリックこそ何を言っているんだ?迫害し続け、非道なる手段までをもためらいなく使用するナチュラルに一度目に物を見せてやり、独立し、対等な条件で講和する。何を変える必要があるというんだ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、パトリックの表情は豹変した。

 

「目にものを等と言っていられる時期がとうに過ぎ去ってしまっていることになぜ目を背ける!!」

 

「…!!」

 

「分からぬか、シーゲル!?ウロボロスが事実上失敗し、戦争が短期で終結できなくなり、戦線を拡大させ続けたのはお前だろう!?ここまで拡大した戦争で、目に物を見せて終わらせるなどという甘っちょろい結末がありえると思っているのか!?貴様のその甘い思考が、すでにプラントにとって見過ごせないほどの害になりつつあるのだ!!」

 

そう怒鳴りつけるパトリック。

浴びせられたシーゲルはもとより、まだ近くに所在無げに立っていた黒服たちも怯んでいた。

 

「シーゲル、お前の考えを聞いていると懐かしくなる。確かに私は、かつてお前とともに同じ理想を抱き、同じ目的に向かって行動をしていた。だが、だが今の我々は指導者となったのだ!かつての理想と、今の現状に不適合があるのなら、今に合わせなければならんのだ!

…シーゲル、私は今日お前に辞任要求を持ってきた。サインしてくれ。」

 

悄然としたシーゲルは力無く、その書類にサインをするのであった。

 

 

 

 

CE71年2月20日発行 プラント最高評議会発表 新規閣僚及び戦時法

 

本日をもってプラント最高評議会議長はパトリック・ザラとする。戦時法に基づき、最高評議会議員及び評議会議長選挙は終戦までの無期延期となる。

 

最高評議会議長兼国防委員長

パトリック・ザラ

内務委員長兼外務委員長

エザリア・ジュール

教育委員長

パーネル・ジェセック

開発委員長

マックス・ローデンス

人的資源問題対策委員長

ギルバート・デュランダル

 

戦時緊急特措法

以下に挙げられる改革は最高評議会で審議にかける必要は無い。

 

1.戦時体制の見直し、人的資源枯渇への対策としてのみクローン技術の使用を特別に許可する。

2.戦意鼓舞、勝利への国家的威信を目的として、最高評議会議員の子息のみで構成する部隊を創設する。管轄は国防委員長直轄とする。

3.旧来の戦時特措法を見直す。

 

 

同日 パトリック・ザラによる表明演説

 

20日午後に行われた記者会見で、パトリック・ザラは吼えていた。

 

「我々は、長らく続く戦いに多くの負担を受けてきた。特に、若き人材を、年端のいかぬものにまで戦争へと参加させている現在の体制を容認させ続けることには不満も大きいであろう。私とて、妻をユニウスセブンで失い残された息子までをも戦場に立たせている身であり、皆の心にも共感できるところは大きい。

また、物資不足からくる純粋な生活レベルの低下に加え、最近では都市インフラの維持に当たる人材の少なさからくる市民への負担も目をつぶれる数値とは言えなくなってきている。

そこで、我々進化した人類であるコーディネーターの英知を結集しこの問題の解決に当たろうと考える。人的資源問題対策委員長のデュランダル君に説明してもらおう。」

 

画面に現れるいかにも学者然とした人物。隣で先ほどまで覇気を示していたパトリックとは違い、温厚なイメージを人々に与えていた。

 

「このたび人的資源問題対策委員長に就任させていただきました、ギルバート・デュランダルです。今回ザラ議長の提案に基づいて行う解決策とは、端的に申し上げればクローン技術の使用です。

ご存知の通り、全ての生物が持つDNAを複製することで新たな生物を作り出すこの技術ですが、今回の政策に当たっては現在の人口を3倍にする方向で調整を進めております。もちろん、クローン技術には賛否両論があることは知っていますが、あれらは大半が間違った情報に基づいたもので、すでに時代錯誤といえる妄想の産物でしかありません。我々コーディネーターの技術を用いることで、将来的には人口減少の問題にも有用な効果を期待できると信じています。」

 

その後、再び画面中央に戻ったパトリックの話は続いた。

曰く、人口問題が解決できれば現在戦場に立っている市民の子息たちの大半が親元に帰れるであろうと。

曰く、人口問題が解決できれば、市民の権利を制限している婚姻統制についても撤回できるかもしれないと。

曰く、現在プラント本国で発生している問題の大半は人口増加で解決できるであろうと。

また、軍事の面でも前任のシーゲルトの違いを明確に出した。

 

・地球圏での積極的戦線の拡大は一時的に止めるが、すでにここまで広がっている以上、人口問題が解決し次第ヨーロッパ及び北米に進出する。

・地球連邦との関係は存続するが、中立国に関しては積極的友好政策は採らない。

・アフリカ、ユーラシア方面軍総司令官としてアンドリュー・バルトフェルドを、オセアニア、南北アメリカ方面軍総司令官としてラウ・ル・クルーゼを就任させるとした。

 

 

 

2月20日 南アメリカ合衆国派遣軍前線総司令部

 

そのニュースは、クルーゼにとって予想外以外の何者でもなかった。いや、パトリック・ザラによる政権交代劇自体は予想していたことであり、また自分の脚本に沿う良い流れでもあった。

しかし、

 

・親友?デュランダルのまさかの裏切り。(デュランダルはクルーゼとタリアを比べてタリアを選んでしまった)

・自らの地上軍司令官就任。(つまりは宇宙にしばらく戻れないことを意味する。)

・デュランダルから最近もらった薬の効き目が目に見えて良くなったこと。(パトリックの秘密指令でクローン技術の使用が認められたから)

 

これらの3つの事情がクルーゼの脚本に大きな波紋を浮かべていた。これでは人類の滅亡が今大戦中に起こせるかどうかは賭けとなってしまう。

 

クルーゼは悩んだ。

かつてないほど悩んだ。

 

脚本の初心を貫徹するかどうかで悩んでいた。なぜなら、薬の効果により、不都合に短すぎたテロメアが再生できると分かったからだ。

寿命がないからこそ、自らの命を弄んだ人類に復讐しようと考えていた。しかし、自分が生き続けられるのならば話は別である。しかも今の自分には生きる目的もあった。

 

「ラウー、ゴハンデキタヨー。」

 

寿命に余裕ができ、心にも余裕ができるとヒトは恋をする、と最近知ったからであった。

 

 

 

 

CE71年2月21日 ニューヨーク 地球連合本部

 

プラントが発表した突然の政権交代と、それに伴う戦略方針の転換は地球連合内で重要な問題として認識されていた。これまで対立的だったアズラエルとジブリールも、それぞれの立場からプラントに対して警戒心を強めたからだ。アズラエルは軍事的な側面から、ジブリールは敵性種族の数が増大するということからであった。

 

「コーディネーターの戦力が補強される前に、なんとしてでも攻勢に出るべきだ!」

 

「バカな!守勢にまわっている奴らを現有戦力だけで突破できるものか!」

 

「クローン人間などという非人道的行為を地球連邦は見過ごすというのか?」

 

「中立国の戦力をかき集めれば最低でもビクトリアとカオシュンぐらいは落とせるのではないか?」

 

軍内部でも、ザフトがクローン兵を用い、これまで以上の物量で攻め寄せてくることに対する不安は大きい。というのも、これまでアズラエルが主導で行ってきた兵器の無人化・多量化はザフトの部隊が少数であることを前提にしてからだ。圧倒的物量でなければ、性能面で劣る無人機などコーディネーターの前では壁にもならないだろう。

 

「直ちに空軍戦力を増大するべきだ!制空権さえ磐石であれば陸も海も多少の不利ぐらい何とかなるだろう。」

 

「馬鹿を言うな!シーレーン防衛こそ戦時下の経済で最も重要なのだ!沿岸しか飛べない空軍など当てになるものか。」

 

「空軍が使用する飛行場を確保しているのは誰だと思っているのだね?軍の主役は陸なのだ。脇役は黙っていたまえ。」

 

そんな紛糾する会議の中、映像通信越しに会議に参加していたハルバートン提督の発言がまた1つの勢力を作っていた。

すなわち、

 

「今こそG計画を実行するときではないか?」

 

というものだ。

 

G計画。

 

それは今回の戦争の比較的初期の段階でハルバートン提督によって唱えられた計画で、ザフトの決戦兵器であるMSを地球連合軍にも取り入れるという計画であった。

オーブのモルゲンレーテ社の協力の下作られた5機のMSは、内4機をザフトに奪取されてしまったものの、それでもかなりの戦闘力を示していた。実際、同時に作られた最新宇宙戦艦のアークエンジェル級はその戦闘力を認められ、2番、3番艦の着工が決まっていた。ところが、MSについては反対意見も多かった。

 

・地球連合よりも早期に取り入れた地球連邦軍のMSが大気圏内で目立った戦果を挙げられなかったこと。

・アズラエル推進の無人兵器による物量戦術が宇宙戦においてもなかなかの戦果を上げたこと。

 

これらがMS不要論を生み出していたのだ。ハルバートンとしてもパイロットが無駄死にすることがないのであれば、無人機でも構わないと考えてしまったために、現在までMSの開発は積極的には推進されてこなかった。あらかた意見が出揃った…というより議論が水掛け論になりつつあったそのとき、アズラエルは会議に出席しているメンバーに注目するよう言った。

 

「そろそろ皆さんの意見も出揃ったようですし、いったん話をまとめましょうか。…ジブリール氏、ユーラシアさんとしては今後の戦略方針をどうお考えですか?」

 

するとそれまで優雅に水を―当然のことながら公式会議なのでワインは置かれていない―飲んでいたジブリールが口を開いた。

 

「僕たちの当面の敵はモスクワ方面の連邦軍とアフリカ方面のザフトです。ザフトの攻勢転換がいつなのかにもよりますけど、それまで地球連邦軍を押せるとこまで押しちゃいたいですね。それから中立国は当然、連合側に加わってもらいます。」

 

周りではユーラシアの軍人たちが「おお、ジブリール様がアズラエルとまともに…」などと話しているが、当然のことながらアズラエルは無視した。

 

「なるほど、確かに連邦軍も無視はできませんからね…。後は中立国に関してですか…。おそらくですが、オーブ以外は組み込めると思います。なんといってもスカンジナビアが連邦に占領されているのですからね。クローン技術など、彼らの非人道的行為を前面に押し出せば連合への参加も認めるでしょう。…問題はオーブ、ですね。」

 

その言葉に議場がざわめく。

あの偏屈め、とか、引きこもりはこれだから、という声がそこかしこで聞こえたためだ。するとユーラシア側の席の一角で怪しげな笑い声が聞こえ始めた。

 

「ふふふ…ハーッハッハッハ!」

 

無視すべきか声をかけるべきかで迷うアズラエル。ちらりと議長のほうを見ると、

(司会役やるんだったら最後まで責任を取れ)

というありがたい目線が帰ってきた。ユーラシアの高官たちも「ジブリール様の病気が…」などと呟いている。覚悟を決め、アズラエルはジブリールに言った。

 

「どうしました、ジブリール氏。…癲癇であれば救急車を呼びますが。」

 

突如笑い出したジブリールに対し、議場の面々は若干引いていた。アズラエルとしても無視はしたかったが、仮にもユーラシア連邦の代表であるジブリールを無視するわけにはいかなかったのだ。

 

「オーブについてですが、僕たちに任せてもらえませんか?」

 

一通り笑った後、ジブリールはそう提案した。

 

「それは…。もちろん結構ですが、何か妙案がお有りで?」

 

「当たり前じゃあないですか!僕だって勝算もなしに何かをやろうとは思いません。」

 

(いや、お前ならやるだろう。)

 

このとき、議場の中にいる人たちは同じことを思ったという…。

 

「これを見てください。」

 

そう言ってジブリールがスクリーンに映し出したのは、砂漠地帯で撮られた現地民とザフトとの交戦風景であった。MSで固められたザフトを相手取り、バズーカとジープで戦う現地民は勇ましくあったが、彼らからしてみればおろかな行為以外の何者にも見えなかった。

 

「確かにザフトの占領統治に不満を持つ住民は多いようですが…、これが何か?」

 

議場の人間の感想を代表してアズラエルは訊いたが、ジブリールは自慢げな顔を崩さなかった。

 

「ふふ、確かに皆さんそう思うでしょう。…ここをよーく見てください。そう、このジープに乗っている人間です。ああ、このままだとよく分かりませんね。拡大して精度を上げます。」

 

自慢げなジブリールの言葉にイラッとしながらも、皆その映像を見ていた。すると、ある程度拡大したところで大西洋連邦国務省のある高官が叫んだ。

 

「こいつ!オーブの首長の一人娘じゃないか!!」

 

その言葉に議場は喧騒に包まれた。

 

「なるほど、では特殊部隊を投入してこの娘さんを確保し、その後にオーブに対して同盟を迫る…と。」

 

議場の騒ぎに収拾がついたところで、ジブリールは具体的にどのようにオーブと交渉を行うかを説明しだした。それはそこまで複雑なものではなく、

 

オーブの姫の確保

   ↓

オーブの姫の交戦映像と身柄を武器にオーブと交渉開始

   ↓

渋るオーブに先んじて交戦映像を世界に公開

   ↓

プラント側から信頼されず、泣く泣く連合側に立つ

 

というものであった。当然、

 

「国家の代表たるものがたかが娘1人のために政治を左右させるものか!」

 

という反対意見はあったものの、この結果ザフトに組するのなら堂々と宣戦布告し早期に攻め立てればよく、中立のままでも今までと変わることは無いとされた。ただ、どのように外交をするかによって戦後の地位が変わるだけである、と。

戦略についての話が終われば、後はとんとん拍子で話はまとまっていった。G計画を大西洋、ユーラシア共に推進し、定期的に技術交流を行うこと。有人兵器の配備を加速し、対ザフト戦が本格化するころまでには戦力を整えること。これらについてが決定し、その会議は閉会となった。

 

 

 

 

 

 




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それはとても大きな同盟で

アラスカ ジブリール邸

 

ブルーコスモス諜報班の報告を元に専門家と協議した結果、ザフトのクローン兵士投入時期はおよそ4ヵ月後ということが判明した。当然のことながら、パトリック・ザラは前々からデュランダルという学者と接触し、極秘にクローン体を量産化し始めていたらしい。

まずは1万。

その3ヵ月後から毎月5千ずつ量産されるらしく、ペースは速まることはあっても遅くなることは無いそうだ。

大西洋連邦は3ヶ月以内に南米戦を収束させると正式決定し、陸・海・空の3軍が合同で作戦を行うことになった。内乱鎮圧とは言えないほどの規模であった。

 

 

 

4月7日 南アメリカ ブラジリア

 

「クルーゼ総司令!アーデラ隊から後退要請が出ています。」

 

「彼には戦車中隊と歩兵大隊を預けていたが?」

 

「損害大で戦闘不能だそうです!」

 

総司令官に就任し、戦地でまさかの恋人を手に入れたクルーゼは、プラントから派遣された非常に少ない部隊に加えて、現地軍を独断で指揮下に収めることで勝利を重ねていた。当初こそナチュラルということで反発していたコーディネーターも、南アメリカ方面軍の8割以上が現地軍で占められ、連携が欠かせなくなると不満を口に出さなくなった。

3月中旬にはブラジル州の大半を勢力化に収め、コロンビア州に篭る地球連合軍と南アメリカ軍大統領派との戦いに向けて部隊配置を再編しだしていたのだ。

ところが、4月1日。

戦略方針を決定し、戦闘地域の限定化を行った地球連合は南アメリカ戦線の本格的な制圧のため、大西洋連邦軍に派兵要請を出した。

大西洋連邦が出した兵力は

陸軍8個師団、空軍2個飛行師団、海軍3個艦隊

という膨大な戦力であり、ブラジル州北部に展開していた部隊を鎧袖一触とばかりに撃破すると、圧倒的な戦力をもってして南下を始めたのだ。前線司令部をブラジリアに移していたクルーゼにも当然その情報は伝わっており、彼とその幕僚はその対策にてんてこ舞いといった有様であった。

 

「…密林地帯を中心に現地軍歩兵部隊を展開せよ。」

 

「ゲリラ戦ですか?」

 

「それしかあるまい。ジャングルと都市部でゲリラ戦を続け、出血を敵に強いつつ時間を稼ぐ。」

 

「…援軍は、来るのでしょうか?」

 

副官から不安そうな顔を向けられる。もともと派遣された部隊自体恐ろしく少数であり、クルーゼの独断と采配がなければ緒戦の勝利すら怪しかったはずだ。本国がこちらのことを本気で考えてくれているのかは甚だ怪しい。

 

「どこもかしこも兵士は足りていないはずだろう。…オーブが鍵となるのだろうな。」

 

「オーブ、ですか…」

 

こうしてオーブは自身の知らぬところで注目を集めつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

オーブ連合首長国

 

それは南太平洋に存在する小さな国。

四方を海に囲まれ、最も近い隣国は大洋州連合というこれまた小さな国。豊富なエネルギーを背景にした高い技術力は国を潤わせ、国土あたりのGDPは日本に次いで世界第2位である。建国間もないこの国には希望が満ち溢れており、それは世界が大戦に突き進んでいっても変わることはない、と国民は考えていた。国家理念である中立外交さえ保持していれば、と…。

 

 

オーブ首都オロファト 宰相府

 

その日、オーブ連合首長国の宰相ウナト・エマ・セイランはいつも通り宰相府に出勤し、いつも通り執務室に積まれている書類に出迎えられた。その量は一般社員が見たら気分を悪くするほどの量であるが、3月に財務決算のために連日徹夜していた頃と比べれば何ともない量だ、とウナトは考えていた。

大戦勃発以来オーブの財政はかなり厳しい状況にあり、細かく財政策を捏ね回すことで何とか収支を合わせなければならなかった。そのしわ寄せは当然のことながら財務局と行政のトップたる宰相府へ押し寄せることとなり、財務局と宰相府は連日徹夜となっている。オロファトの市民には「オロファトには不夜城が3箇所ある。1つ

はハウリン街(オロファト最大の歓楽街)。そして残りは財務局ビルと宰相府だ。」と言われていた。

それはともかく。

ウナトは今日も平和に過ごせるだろうと、束の間の平穏を楽しもうとしていたのだ。

 

 

A.M.10:00

 

ウナトが本日8枚目の書類にサインをしようとしていたその時、あわただしい駆け足の音と共に1人の官僚が部屋に飛び込んできた。驚き、その礼を失する態度に一喝しようとしたウナトであったが、彼のあまりの慌てように考えを改める。

 

「どうした、国債の格付けが下がったか?」

 

もしそうだったらかなり困ったことになるぞ、と思いつつ尋ねるウナト。返事は彼の予想の範疇を超え、かつひっ迫性の高いものであった。

 

「ウナト様!ち、地球連合が、オーブ連合首長国の参戦表明を喜びをもって受け入れる、と表明しました!」

 

 

 

 

「我々は、人道を顧みない非道なるテロリスト集団と共に戦うことを決意した勇敢なるパートナーとして、オーブに最大級の敬意を表したい。正義をなす剣を持ち、共に悪と戦えるよう今後一層の協力をしていく所存である。」

 

ウナトが慌ててつけたモニターには、朗々と語る大西洋連邦大統領と満面の笑みを浮かべるユーラシア連邦大統領、南アフリカ統一機構首相。そして、相互防衛協定加盟各国の外務大臣達もその隣に立っていた。

 

「彼らは一体?」

 

隣に立つ補佐官に尋ねるウナト。

 

「今回の発表を機に、彼らも中立宣言を破棄してプラント側に宣戦布告するようです。また、地球連合を国際連合の後継機関として正式に認めたようです。ですが…」

 

「分かっている、一番重要なのは我々に関してだ。なぜ中立宣言を出している我々を勝手にあちら側に仕立て上げているのだ…。」

 

「それは…。」

 

補佐官、いや、下手をすると1人の例外を除いて政府全体が事情を飲み込めていない現在、一介の補佐官に尋ねるのは酷というものだ。

 

「ウズミ様に聞かねばならないようだな…。」

 

誰とはなくそう告げると、ウナトは内閣府に向かい駆け出した。

 

 

 

代表首長の執務室を訪れたウナトは、そこにいたウズミに問いただした。

 

「ウズミ様、あれは一体どういうことですか!オーブは中立外交をもっとうとするのではないのですか!?」

 

怒鳴られたウズミは静かに、しかし何とも言い知れない感情を見せつつ一つの映像を見せた。そこには彼の1人娘であるカガリと現地人がザフトと交戦(と言ってもお世辞に言ってもレジスタンス活動程度にしか見えないが)している映像と、負けそうになっている彼らをどこからか駆けつけた地球連合軍が援護している様子。そして、生き残ったカガリ達が連合軍兵士に礼を言っている(ように見える)映像が写されていた。

 

「こ、これは一体…!」

 

思わずそう叫んでしまうウナト。これはマズイ。こんなものが流出してしまったら、プラントとの関係悪化はもちろん、王族の面子にも大きなヒビを入れてしまう。そういう思いがこもった、ウナトの叫びであった。

 

「今朝、地球連合とユーラシア連邦からの連名で届けられた。24時間以内に地球連合加盟と、プラントに対する宣戦布告を行わなければこの映像を公開するそうだ。」

 

一見すると冷静そうに聞こえるウズミの声。しかしその心の内に大きな怒りがあるのは、誰が考えても明らかであった。

 

「あんの、バカ娘がッ!!」

 

吼えるウズミ。甘く見ていた隙にとんでもないことをされてしまったのだから、それも仕方のないことだ。

 

「ウズミ様、それでカガリ様は今どちらに?」

 

怒れるウズミを見て、逆に少し落ち着いたウナトはそう尋ねた。もし今こちらの手元にいるのであれば、他人の空似とでも何とでも言って否定してしまえばよい。苦しい言い訳ではあるが、もともとこの情勢で中立国をやっていること自体が苦しいのだからしょうがないだろう。

 

「…こちらには居らぬ。」

 

「今、何と…?」

 

だが、その考えも甘かったようだ。

 

「地球連合軍本部、JOSH-Aに保護されているそうだ…!!」

 

八方塞。

そんな言葉がウナトの脳裏を掠めた。

 

「では、カガリ様のことは…」

 

見捨てるのか?

そう、尋ねようとした。国家と1人の人間。常識を考えれば、前者を取るのが当たり前だからだ。しかし、ウズミはそう考えなかったらしい。

 

「いや……。わが国は如何なる時にも『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』。プラントに事情を説明しつつ、中立の維持と引き換えに極秘裏にカガリ救出を依頼する。表立ってはどちらにも立たぬ。ウナト、プラント本国のザラ議長に繋いでくれ。」

 

「…分かりました。」

 

二つを得る。

それが吉と出るか、凶と出るか。ウナトには危険な賭けにしか思えなかった。

 

 

 

ユーラシア連邦首都 ブリュッセル

 

「ああ、もう!一体どこまで物分りが悪いんですか!?」

 

ジブリールは癇癪を起こしていた。結局のところ、オーブは地球連合加盟を全く表明せず、プラントの対しても宣戦布告を行わなかったのだ。カガリによる戦闘映像も公開されたのだが、プラントは気にも留めていないようであった。

 

「しかしジブリール様、他の中立国は連合へと参加しました。今さらオーブ単独では何もできないでしょう。」

 

そばにいた側近がそう嗜めるが、ジブリールの怒りは収まらなかった。

 

「そういう問題ではないでしょう!?あの汚らわしいコーディネーターは、小賢しくも悪魔の禁術を用いてその数を増やそうとしているのですよ!全人類が結束すべき事態だというのに、なぜオーブは我々に協力しないのだと思います!?」

 

興奮収まらぬ様子で一気にしゃべりまくるジブリール。側近は完全にのまれている。

 

「それは…。オーブが中立を国是としているからでは…?」

 

「違うに決まっているでしょう!頭が着いているのなら、もう少し考えなさい!!いいですか、あの国は汚らわしいネズミ共に媚を売ることで富を得ようと考えているだけなんですよ!私たちの持つ清浄なる空を売り、善良なる無辜の民を売り飛ばすことで、あの国は富を得ているのです!!これは人類に対する裏切りですよ!!」

 

そこまで一気に捲くし立てると、ジブリールは少し息を整えた。

 

「で、ではなぜジブリール様はオーブを味方につけようとなさったので?」

 

「ふん!今までの行いを恥じ、反省する機会を与えたに過ぎません。これではっきりとしました。かの国は敵でしかありません。ですが…」

 

そこで言葉を切るジブリール。その顔には黒い笑みが広がっていた。

 

「せいぜい利用させてもらおうじゃありませんか。オーブの軍事力、アズラエルの力を削ぐには十分でしょう!」

 

 

 

 

 

何台もの黒塗りの高級車と、それ以上の数のパトカー、白バイが首相官邸へと至る道を走っていた。高級車には小さな地球連合の旗が翻っており、その車に超VIPが乗っていることを示している。首相官邸前には日本国陸軍の儀仗隊が整列しており、その待遇は最上級のものであった。官邸前で止まり、ドアマンの開けたドアから降りる人物。

それはムルタ・アズラエルであった。

 

 

日本国 東京 首相官邸

 

「ようこそお越しくださいました、アズラエル閣下。」

 

「ご丁寧にどうも、マキシマ首相。こうしてお会いできること、嬉しい限りです。」

 

相互防衛協定加盟各国を地球連合に加盟させるに当たり、地球連合側は日本国に切り札たるアズラエルを送り込んでいた。アズラエルは彼の財閥独自の伝手からも日本と繋がりを持っており、また彼のネームバリューは地球連合内でも非常に高かったからだ。アズラエルとしても日本との交渉は望むところであり、戦後の地球連合内でのパワーバランスを考えれば日本との接点は多いに越したことは無かった。

ひと通り日本の地球連合加盟とプラントに対する宣戦布告協議がなされると、マキシマはアズラエルに対して思い切った質問をした。

 

「アズラエル閣下、単刀直入に訊きますが戦争はどの程度で終結できますか?」

 

「3年以内には片付きますが?」

 

3年。

短いようであるが、もし戦時経済に移行しなければならないのだとしたら、それは日本にとって非常に大きな負担であった。

 

「わが国としては、もう少し早く終わらせたいのですが。」

 

「もちろんそれは地球連合内のどの加盟国も願っていることです。ですが、だからといってそうそう簡単に早まるわけではありません。」

 

ただ、この数字はアズラエルが本当に掛かると思っている時間ではない。この数字は日本などが積極的に戦争に協力しない場合を想定して導き出した数字であるからだ。

マキシマもそのことには気づいている。

故に、問う。

 

「わが国は、1年で片付けようと思っているのですが?」

 

と。

自分たちはその気で戦争に参加する。お前たちも本気でヤレ、と。

 

「紳士は急がず、汗をかかず…とは言いますが、可愛いレディーの頼みごとであれば引き受けないわけにはいきませんね。」

 

「レディーですか。…確かヴァルキュリアは地球連合軍の主力機でしたね。かつての極東の憲兵の名、まだ捨ててはい無いことをお見せしましょう。」

 

「期待しております。」

 

その後は細々と取り決めをし、まずは日本軍が粘るクルーゼを砕く援軍として派遣されることが決まった。

パナマ到着は5月1日。戦禍は収まりを見せそうに無い。

 

 

 




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それはとても致命的な奇襲で

イザーク・ジュールの日常は充実していた。

結局あの後、することも無いので大検を受験して合格。調子に乗って大学受験に挑戦したものの、第1志望のT大には不合格であった。現在は滑り止めとして受けたS大の法学部政治学科に在籍し、母エザリア・ジュールの仕事を受け継げるよう努めている。開戦前後から軍幼年・士官学校に当たるアカデミーに入学し、卒業後はすぐに部隊に配属されたイザークは一般教養に致命的な偏りがあり、大学受験でもそれが響いていた。それを自覚したからこそ、プラントと比べて進度の遅い日本の大学でも、まじめに通っているのだ。

 

 

4月25日

 

その日、いつものように大学へ向かおうとしていたイザークのもとに、首相官邸からの連絡が入った。

 

「…珍しいな、役所ではなく官邸からなど…」

 

そう呟き、イザークは今日のスケジュールを変更する。指定時間はA.M.10:00どう頑張っても講義にはいけそうもない。

 

 

 

官邸では、以前会ったときと同じような表情をしているマキシマ首相と、この数ヶ月で何度か画面越しに見ることがあったシミズ外相、そしてその補佐官と見られる人物がいた。

 

「首相、何か私に伝えたいことがあるということでしたが…。」

 

「うむ、まあ少し待って欲しい。もう1人ここに来る予定なので…。」

 

15分ほど待つと、濃い緑色をした制服に身を包んだ壮年の男性が現れた。

 

「遅くなって申し訳ありません、首相。」

 

「なに、構わんよ。…さて、では話を始めるとしましょうか。ジュール君、君も知っているかとは思うが、わが国は地球連合に加盟することとなった。そして、その結果としてプラントを交戦団体として認め、宣戦布告をしている。」

 

「ええ、私もそのことについてはテレビで見ました。…それで私は、どうなるのですか?」

 

今回の話し合いの内容に見当が付いたイザークは、それが自らに密接に関係することだということもあり、積極的に質問をする。

 

「うむ、こちらとしてはいくつか案がある。

1つ目は、君を終戦まで拘留し、講和条約で捕虜に関する規約がまとまるまで現状維持とする案。

2つ目は、君が現在のプラント政府に反発する声明を出し、日本にプラント革命政府を樹立する案。

3つ目は、君が日本に帰化し、日本国籍を取得して日本人として生活する案。

…どれがいい?」

 

悩もうとし、ふとおかしな点に気づくイザーク。

 

「あの、私が本国に戻れる案が無いような気がするのですが…。」

 

「当然です。あなたをそのまま帰してもこちらにメリットはないですからね。」

 

「外務省としては2つ目をお勧めします。」

 

「防衛省としては3つ目をお勧めします。」

 

…結局帰れないのか。そう思うと、ともに戦った部隊の面々の顔が脳裏に浮かび………最後に、クリミナル・ドールのヒロイン、キャロルの顔が思い浮かんだ。

 

(まあしょうがないよな、最終回まで後4回だし。)

 

 

 

CE71年5月1日

 

その日、アズラエルはJOSH-Aにて地球連合軍の会合に参加していた。今日の午後には到着するであろう南米方面に派遣される日本軍に関する最終調整や、大洋州連合やオーブへの軍事活動計画、さらには地球連合全加盟国の軍が結集することになるであろう、スカンディナビア解放作戦など、解決しなければならない問題は無数にあるからだ。

 

「大洋州連合を攻めるにせよ、オーブを攻めるにせよ、太平洋の制海権を完全なものとしなければ話になりません。海軍は今すぐにでも行動に移るべきだと思いますよ。」

 

「しかしアズラエル様、現在ハワイとサンフランシスコにある艦船だけでは、とてもではないですが太平洋の維持などできません。せめて南米に派遣している艦船だけでも廻させていただかなければ…。」

 

「クルーゼの脱出を阻むには海軍の助力は不可欠です!陸軍では海の上には行けんのですよ!」

 

「空軍がいるだろう!」

 

「勝手に便利屋扱いされては困る!空軍の大部分は都市部のエアカバーで手一杯なんだ!」

 

いつもどおり怒号が飛び交う会議なのだが、そこはアズラエルもいい加減慣れてきたもので調整と提案に入る。

 

「日本と赤道連合を巻き込んでしまえば何とかなるでしょう。…ハルバートン提督の話では、半年以内にプラント本国への攻勢が可能となるそうです。それまでにザフトの戦力をできる限り地上にへばり付けとかなければなりません。戦争を1年で終わらせると日本と約束した以上、この流れを止めるわけにはいきません!戦時経済に移行させ、軍事予算は計画以上に増えるはずなのですから、しっかり働きなさい!」

 

「「「はっ!!」」」

 

 

 

同日 A.M.10:00 

プラント アプリリウス市 国防司令部

 

「指定時刻だ!各員、開封時刻指定命令を開封せよ!」

 

パトリックのその言葉と共に、司令部要員が一斉に持っていた封筒を開封する。その光景は国防司令部のみならず、ザフトに存在する全宇宙艦隊、全司令部、全指揮官室で見られた。その中には、クルーゼ隊解散後に構成された評議会議員子息のみで構成された組織、フェイスの面々もある。

パトリックは、吼える。

 

「オペレーション・スピットブレイク、始動!!!」

 

 

 

A.M.10:15

 

アズラエルらが一度会議を中断し、休憩を取っていた。もちろん休憩を取れるのはアズラエルと各軍の司令官クラスだけであり、参謀や補佐官クラスの人間は資料を集めたり、休憩前までに決定したことに関する書類の作成などの追われ、忙しそうに働いている。

そんな時間。

突然、けたたましいサイレンと共にその放送はされた。

 

『緊急警報!!未確認高速飛行体が無数接近中。マニュアルC-3に従って迎撃態勢に移行してください。直撃まで40秒。対ショック姿勢をとってください!』

 

1瞬、全ての時が止まる。が、すぐに基地要員が動き出す。

 

「総員、マニュアルC-3!!」

 

「マニュアルC-3!!直撃まで37秒!!」

 

会議室まで走ってきた連絡員は叫ぶ。

 

「対ショック姿勢をとって下さい!!第1派を凌いだら、地下施設までご案内します!!」

 

「何事ですか!?」

 

「不明です!大気圏外からのミサイル攻撃と推測されます!!」

 

「馬鹿な!宇宙艦隊は何をしておるのだ!?」

 

慌てるアズラエルと司令官たち。ただ、想定外以外の何ものでもない事態が起こっているのだった。

 

 

 

月面 アルザッヘル基地 A.M.10:05

 

JOSH-Aにミサイル攻撃がなされる少し前。アルザッヘル基地では異変が起こっていた。

 

「おかしいな…。」

 

しきりに首を捻っているレーダー員。それに気付いた基地副司令官が尋ねる。

 

「どうした?」

 

「いえ、さっきからなぜか受容基地との通信が取れないんですよ…。前の定期点検では問題がなかったのですが・・・。」

 

時計を見る副司令官。受容基地へ赤外線を発するまではまだまだ時間がある。

 

「うーん…。まあまだ時間が有るからな。とりあえず、簡易点検の8番まで試してみろ。それで駄目だったら司令官と発電所の所長と相談だな。…レーダーに敵影はないんだろう?」

 

「ああ、それは全く。工作艦も輸送艦隊も近くにはいません。」

 

「なら特に問題はないな。」

 

この判断が、直後の運命を決定付けていた。

 

 

 

 

アルザッヘル基地 第八艦隊旗艦メネラオス 司令官室

 

突如知らされた敵襲の知らせに艦隊のクルーが恐慌状態に陥る中、ハルバートンは冷静さを失っていなかった。

 

「提督!基地外に無数の高エネルギー反応、敵襲です!」

 

「そんなことは分かっておる!MSは確認できんのか!?」

 

「そ、それはまだ…。あ、今確認されました!…数は、およそ100です!」

 

「と、なると15隻か…。なるほど、ザフトの主力部隊が来たようだな・・・。」

 

「し、しかし艦影が確認されません!い、一体どこから…。」

 

「ふん!どうせミラージュコロイドを使っているのだろう…とりあえず基地司令官に出撃許可を出させろ!アルザッヘルには5個艦隊いるのだ!奇襲程度では落ちん!!」

 

ハルバートンの一喝に冷静さを取り戻すクルー達。そこに、新たな情報が舞い込む。

 

「JOSH-Aより緊急伝!!『地上各地にザフト現る。宇宙第八艦隊は何処にありや?全世界は知らんと欲す。』地上各地が攻撃されているようです!!」

 

その報告はハルバートンの想定を超えていた。

 

「バカな…やつらは一体どのくらいおるのだ!?」

 

 

 

 

 

 

オペレーション・スピットブレイクは4つの独立した作戦の集合体である。

 

1.地球連合全体の司令部能力を喪失させる目的の、JOSH-A強襲作戦。

2.大西洋連邦の士気低下、政治的・軍事的混乱を狙った、ワシントンD.C.強襲作戦。

3.ユーラシア連邦の政治的・軍事的混乱を狙った、ブリュッセル強襲作戦。

4.上記作戦を成功させ、地球連合のエネルギー事情を悪化させるための、アルザッヘル奇襲作戦。

 

更にこれらに付随し、地球連合軍の混乱に乗じたジブラルタル、スエズ、南米各方面軍の侵攻も予定されていた。

動員兵力およそ200万(後方支援兵を含む)

まさに今時大戦の趨勢を決定させようという、パトリックの意志を如実に表していた。

200万という数字は、当時の連合軍の誰もが考えてすらいなかった数字である。開戦前のデータではプラントの国民は1200万人。そこからかなり強引に戦力をかき集めたとしても、兵士は240万人程度にしかならないだろう。本国の防衛や輸送船の護衛、占領地の治安維持などを考えれば、200万もの兵力を作戦に投入できるわけがないのだ。だからこそ、ここまで大規模かつ大胆な作戦など、誰しも予想できなかった。

 

 

 

 

アルザッヘル宙域周辺 

 

かつてクルーゼ隊に所属していたアスラン、ディアッカ、ニコルの3人は揃って評議員子息のみで結成された特殊部隊、フェイスに配属されていた。パトリックが評議会内の反乱分子を押さえ込むために人質的に結成させた部隊であったが、思いのほか優秀な人材が揃ったので作戦に投入したのであった。というのも、評議会議員は所謂上流階級や資産家の人間が多く、息子や娘のコーディネートにもかなりの金額をかけているために才能豊か、かつ人間性に偏りの見られる人間が多いのだ。

現在、アスランらが見るイージスのレーダーモニターにはアルザッヘル基地から地球連合軍の戦艦やらMAやらが、さながら蜂の巣を突いたかのようにして飛び出している様子が映っていた。

 

「…まるで、巣を突かれた蜂のようだな。」

 

思わず内心を吐露してしまうアスラン。それに応えるのはやはり、ディアッカやニコルだ。

 

「へっ、ま、ナチュラルも羽虫も似た様なもんだからな。」

 

「もう、アスランもディアッカも戦闘前なんですからもっと集中してください!」

 

「へいへい、ニコルは固いねー。」「お、俺もか…。」

 

大部分の議員子息と違い、この3人はかなり緊張感が薄い。それが赤服であったことの自信からくるのか、生来の性格からくるものなのかは謎だが、部隊の緊張を緩めるには役立っている。

 

「…おしゃべりはここまでだな。ディアッカは右手を、ニコルは左手を頼む。」

 

「任しとけって。…行くぜ!!」「任せてください。」

 

アルザッヘルの戦いは、今まさに行われようとしていた。

 

 

 

 

 

アラスカ JOSH-A A.M.10:30

 

突然の大気圏外からのミサイル攻撃に対応が遅れた司令部であったが、2派、3派目からは重厚な対空火器が作動し始め、迎撃が可能となった。とはいえ、依然として敵の位置はつかめておらず、主導権は全く握れていない。前任者の更迭に伴いこのJOSH-Aの基地司令となったサザーランドは、この一方的な展開に苛立ちを隠せないでいた。

 

「また敵が分からんのか!?敵がミラージュコロイドを使用しているのは明白だろう!あんなもの三角測量でどうとでもなるのだぞ!?」

 

常の冷静さをかなぐり捨て、吼えるサザーランド。

 

「し、しかし、ザフトもそれを恐れてか、基地外のレーダーから優先的に破壊しており、なかなか判明しません!」

 

「クソッ!おい、B-2に沿った迎撃配置は完了しているか!?」

 

「はっ!すでに各部隊は展開を終了しており「司令!敵強襲降下カプセル多数確認!!並びに、海上早期警戒システムより、沖合いからの多数の水上母艦接近を確認しました!」

 

「数は!?」

 

「はっ、概算ですがMSおよそ500!艦船は不明です!」

 

「ご、500だと!?」

 

「バカな…多すぎる…!」

 

JOSH-Aは地球連合軍の最高司令部が置かれていることもあり、その常備守備部隊数もかなりの数となっている。

具体的には、

 

・2個戦車師団

・1個歩兵師団

・2個対空連隊

・防衛艦隊(15隻)

・1個航空旅団

 

となる。

この他にも、基地には基地付属の対空システムやら対艦システムやらが付いており、かなり大規模な攻撃にでも合わない限り、各地からの増援部隊到着まで十分に防衛可能とされていた。ただ、MS500機というのは、「かなり大規模な攻撃」に含まれるというのは誰に訊いても同意を得ることができるだろう。だからこそ、サザーランドはすぐに怒鳴っていた。

 

「今すぐ近隣部隊をかき集めろ!予備役、州軍、山岳警備隊、何でも良い!とにかく集めろ!!」

 

 

 

A.M.12:00

 

「リューベク、シアトル沈没!!」

 

「B15空域制空不可能!C15まで後退!!」

 

「第114戦車大隊沈黙!1133戦車中隊を充てます!!」

 

「防衛ラインを死守しろ!砲爆撃を海岸線に集中させ続けろ!!」

 

戦闘開始から1.5時間。

サザーランド指揮のもと、地球連合軍はかなり粘り強く抵抗を続けていたが、それでも戦線の後退を食い止めることはできないでいた。ゲートへと繋がっている湾上にいた防衛艦隊はほとんど沈黙しており、ゲート付近では戦車部隊が砲爆撃の支援のもと激闘を続けている。空中では数少ない航空部隊がディンと互角に戦いつつ地上支援を必死に行ってはいたが、その数は当初から比べると大分減らしていた。

 

「アラスカ州軍、カナダ準州軍到着!ゲート2守備に回します!」

 

「州軍にはカンフルと鎮静剤を投与しろ!」

 

「しかし鎮静剤は副作用が…「どうせこのままではいくらも生き残れん!副作用は死んでから気にするようなものではないだろう!」は、はっ!」

 

「ゲート1、ダメージ率40パーセント突破!もちません!!」

 

「80を超えたら中性子爆薬を設置してゲート2まで後退しろ!ゲートの1つが崩壊するぐらいで混乱なんぞするな!」

 

混乱する部下らを鼓舞し、威圧し、とにかく冷静に的確に指示を出すサザーランドはまさに守将の鏡といえるだろう。時間との戦いに苛立ちつつも、彼はひたすらに『耐えて』いた。

 

 

 

時は少しさかのぼる。

 

A.M.10:45 

ベーリング海峡 日本軍南米派遣軍

 

日本の派遣部隊は出港間際に起こった混乱のために計画より遅れていた。今回派遣される部隊は日本の今回の戦争に対する本気を表している。そのために国内各地、防衛協定加盟各国に配されていた部隊はかき集められ、国防ガイドライン担当者の有給を返上させたのだ。自然とそれを護衛する艦隊にも力が入れられ、空母2隻を含む正規艦隊とも勝るとも劣らない艦隊が護衛に当たっていた。

また、航海ルートも入念に考えられており、今だ大洋州、ザフト、地球連合のどの勢力も制海権を明確には握れていない中部太平洋ルートを避け、日本と地球連合によって安全の確保されている北太平洋ルートが選択されていた。

 

「カナギ陸将補!JOSH-Aからの救援要請は敵の欺瞞工作ではありません!」

 

現在その派遣軍の下にはアラスカからの必死のSOSが絶え間なく舞い込んできていた。その必死さたるや壮絶なものがあったが、万が一にもザフトによる欺瞞工作ということが無いよう確認を取ることは怠らない。

 

「なるほど…。戦況は?」

 

「情報が錯綜しているようでして…。アラスカ州軍本部によりますと、JOSH-Aに現れたザフトはかなり大規模なようです。」

 

「外務省でも混乱しているようです。未確認情報ですが、ワシントンやブリュッセルにも敵が現れたとか…。」

 

「そうか…。だがしかし、今からではニューヨークにもブリュッセルにも間に合わんだろう。……これより、作戦目標をJOSH-A救出作戦に変更する!!進路変更、JOSH-A!!」

 

「了解!進路変更、目標、JOSH-A!」 

 

 




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それはとても甘いささやきで

アラスカ JOSH-A

 

JOSH-A地下に存在する会議室では、10人近くの男たちが声を潜めて話し合っていた。別に潜める必要は無いのだが、脳裏に広がる漠然とした不安感が自然とそうさせていた。

 

「…予想外でしたな。」

 

「確かに…。だが不自然だ。今のプラントにあれほどの兵力は用意できないはず。」

 

「わしは科学のことはよく分からんのだが、クローンとか言うやつはこれほど早く兵士を調達できるのか?」

 

地球連合軍総司令部には、世界各地の戦局がほぼリアルタイムで伝えられるようになっている。彼らは情報をまとめ、今回のザフトの動員兵力をほぼ正確に算出していた。

 

 

「そんなわけがありません。」

 

陸軍の老将の疑問に対し、それまで何か考え込んでいたアズラエルは唐突に口を開いた。

 

「そう、そんなことはありえません。クローン技術は確かに人間を半人工的に作り出すことを可能とはします。ですが、それは簡単なことではありません。10ヶ月かけてようやく出産へと至る私たち人間を、ここまで短期に、ここまで大量に作り出すことなどできるはずがありません。」

 

「じゃが、実際に彼らはここにおりますぞ。閣下の仰ることは正しいですが、現実は異なっておる。」

 

「そうです、それが分からない…。…ですが、あまりこのことを考えても仕方がありません。…君、サザーランド君につないでもらえませんか?」

 

 

 

JOSH-A 工廠区

 

彼は走っていた。

真新しい制服に身を包み、真新しいプレートを胸に付けたその青年は、ただただ走っていた。

せっかく取り戻した、せっかく友達に渡すことができた、この平穏を守る。そう、決心して。

だから、別に彼はこんな展開を望んでいたわけではない。

こんな、

ビスケットを口に挟んだ女の子と通路の角でぶつかるような展開は…。

 

 

 

ゴチッ!!!

 

「☆★☆ッ!!?!」

 

全力で走っていた青年、キラ・ヤマトの前に視界外から急に飛び出してきた少女を、彼は避けることができなかった。少女のほうは少女の方で曲がり角から人が出てくることを考えていなかったようで、結局2人は思いっきりぶつかる羽目になった。

 

「つーッッ…ったいな!誰だよ!?」

 

「痛たた…。ごめん、大丈夫?」

 

とっさに気遣った相手を、キラはどこかで見たことがあった。

 

「あの、君はもしかして…?」

 

「ん?あれ、お前…どこかで…。」

 

「やっぱり!君、ヘリオポリスで会った!」

 

「ああ、あの時の!ん?でも何でこんな所にお前がいるんだ?」

 

それは、キラ・ヤマトとカガリ・ユラ・アスハの2度目の出会い。

 

 

 

 

「ふーん…。そうか、お前も苦労したんだな。」

 

「あはは、カガリほどじゃないよ。でも、そうだね。僕はこの生活を守りたい。自分で手に入れた、この快適な生活を。」

 

「自分で…か。」

 

キラとカガリはお互いの事情を話しながら、司令部に向かっていた。敵襲と聞いたキラは、もともと職と生活、そして戦友から同僚に変わった友人たちを守るために戦うつもりであった。司令部にはその許可を得るために向かっていたのだった。

カガリは、そもそもあまり基地の地理を把握していなかった。ゲストルームで午前のおやつの時間を過ごしていたところ、急に周りが騒がしくなったので、とりあえず様子を見ようと何も考えずに飛び出しただけだ。今頃ゲストルームでは、駆けつけた連絡員が途方に暮れているだろう。

 

「そういえば、何でカガリはヘリオポリスだったりアフリカだったりJOSH-Aだったり、変な所ばかりいるの?」

 

「へ、変だと!?アフリカはともかく、ヘリオポリスもJOSHAも変じゃないだろ!?」

 

「うーん…。でも、何の理由もなしに言ったわけではないんだよね?」

 

「当たり前だ!私だって暇なわけじゃないんだ。ただ、お父様が…」

 

「お父さん?オーブの首長の?」

 

「そうだ。…キラ、お前は、今のオーブをどう思う?」

 

そう問いかけながら、カガリはそう問いかけた自分に対して疑問を持った。自分の心、頭にある疑問、不安、猜疑…それらをなぜかこの男には隠す気にならない…そんな自分が、カガリには不思議で、だが、特に不安にもならなかった。

 

「オーブ?平和で、良い国だと思うよ。あそこには戦いも、湧き上がる憎悪も無い…。」

 

「そうだ!私もそう思っていた。オーブの理念、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。それを誇りに思っていた。だが!だが…実際には誇りなんてものは無い…!モルゲンレーテの件でお父様に疑念を持って、私は自分自身で外を見てみた。

アフリカで、私は見たんだ!

あいつらの武器は、オーブ製だった。

アフリカ共同体軍の埋めていた地雷も、オーブ製だった。

ザフトが物資輸送に使っていた地上車も、オーブ製だった!!

平和だ、中立だ、って言って、関係が無いって言って、私たちは、人を殺していた…!地球連合が戦争を終わらせるって、皆の犠牲を無駄にはしないって言ってる横で、私たちだけは、善人面して、他人面して、人の命をお金にしていたんだ…!!!」

 

「カガリ…。」

 

心に溜めていた感情を吐露しきったのか、カガリはその後ただただ泣き続けるだけだった。そんなカガリを、どう慰めれば良いのか、キラには分からなかった。ただ、司令部のスタッフに案内されて乗った、アズラエルらのいる地下会議室まで続いているエレベーターの中で、キラはカガリを抱きしめ続けるしかなかった。

 

 

 

「……どうも。」

 

「何をやってるんですか、キラ君。」

 

会議室の扉が開く音に気付いたアズラエルが視線を扉へと向けると、そこには1人の少女をお姫様抱っこで抱える少年が佇んでいた。思わず呆れてしまうアズラエル。キラとしても、今の格好はどうかな、と思ってしまうので何とも言えない。

 

「話はサザーランド君から聞きました。…君も戦いたいのですか?」

 

アズラエルの問いかけに対し、キラは何か考えているようだった。その様子をアズラエルは意外に思った。彼なら即座に否定し、守りたいのだと言うだろうと思っていたからだ。

 

「僕は…、僕は、守ります。でもこれは、契約ですよね?だから、僕は、戦います。戦って、お金を貰って、…カガリに何か買ってあげます。」

 

アズラエルの目をしっかり見て、キラはそう答えた。

 

「何でそこでカガリさんが出るかは知りませんが…どうやら完全に吹っ切れたようですね?」

 

「はい…。カガリに、オーブが綺麗ごとを言いながら人を殺しているって聞かされて、言葉で誤魔化すのは止めることにしました。お金を貰っといて、正当防衛なんて言えませんから。」

 

「ふっ…。なかなか言える事ではありませんけどね。……ではアズラエル財閥開発部SE課ヤマト研究員、あなたに1つの契約外契約を提案します。MS部隊を率い、増援部隊の上陸援護をしてください。」

 

「分かりました。…報酬はいつもの口座に、でしたっけ?」

 

「君、スイス銀行の口座なんて持ってないでしょう。」

 

「雰囲気は大切にしたいんです。」

 

にこやかに話すキラとアズラエル。駄々をこねる子供でもなく、言葉を飾ることで責任から逃れようとする半人前でもなく、1人の大人として対等な関係をアズラエルと結べるようになったキラには、気負うものは無かった。

その様子を、キラの腕の中でカガリはこっそりと見ていた。ヘリオポリスで見たときのようなおどおどした少年ではなく、1人

の大人となった青年に見えるキラ。そんな彼はカガリにはかっこよく見え、その彼に抱かれ続けている自分が無性に恥ずかしくなった。

 

「では、僕はこれで…。」

 

「お願いします。…日本軍上陸まで2時間ほどあります。君のストライクは023区にありますので、チェックして置いてください。」

 

「分かりました。」

 

そう言ってカガリを抱っこしながら立ち去ろうとするキラ。それに苦笑しながら、アズラエルは呼び止めた。

 

「そのままじゃパイロットスーツも着れませんよ。カガリさんを置いていきなさい。後でゲストルームに返しておきますから。」

 

「そうですね。…じゃあすみません、よろしくお願いします。」

 

そう言ってキラはカガリを会議室のソファーの上に置くと、アズラエルと会議室の面々に軽く会釈し、エレベーターへと走って行った。

 

「随分としっかりとした青年だったようじゃな。」

 

キラが部屋を立ち去ってしばらくすると、それまで2人の会話に口を挟んでいなかった会議室の面々が話し出した。

 

「若干綺麗好き過ぎるような気がしましたが、あのくらいの若さならちょうど良いぐらいでしょう。アズラエル殿、確か彼は?」

 

「ええ、最後のGを確保しててくれた少年です。コーディネーターですが、どちらかというと私たちの価値観に共感を持ってくれています。」

 

「ふむ…。ま、自分たちの家を壊した勢力に共感なんぞなかなかできはせんじゃろうな。」

 

しばらくキラについて話が続いたところで、アズラエル以外の面々が席を立ち始めた。恐らくアズラエルがカガリと話すに当たって気を利かせてくれるのだろう。

 

「では我々はしばらく別の部屋にでも移ります。…アズラエル殿、オーブに関してはやはりその少女が鍵だと?」

 

「ええ、まあそう思いますよ。ようやくかの国の歪さに気付いてくれた貴重なオーブ国民ですからね。」

 

「くくく…アズラエル殿も人が悪いですな。…では、我々はひとまずお茶でもしてきましょう。」

 

最後の1人も会議室から出て行き、この部屋にはアズラエルとカガリが残るのみとなった。

 

「さて、アスハ嬢。もう寝ているふりはしていただかなくても結構ですよ。」

 

「な、気付いていたのか!?」

 

そうアズラエルが声をかけると、カガリはソファの上でパッと身を起こし叫んだ。その様子に思わず笑ってしまうアズラエル。

 

「いえ、声をかけてみただけです。これでアスハ嬢が本当に寝ていたら、私は今間抜けな状態になっていたでしょうね。」

 

「な!鎌をかけたな!?」

 

「ご気分を害したようでしたら謝ります。」

 

「む…まあそこまでじゃないが…。」

 

どうやらカガリは単純すぎる己の行動に不満を持っているらしかった。それに関してはアズラエルとしては何とも言いようがないので、彼は黙っていた。

 

「まあいい。それより、ミスタ・アズラエルに対して聞いてみたいことがあったんだ。」

 

「アズラエルで結構ですよ、アスハ嬢。…一体どのようなことを聞きたいので?」

 

「ああ…こういう事を他人に訊くのはどうかと思うんだけどな、その…私は、どうすれば良い?」

 

抽象的な問いかけをするカガリ。恐らく彼女の中で渦巻く様々な疑問、葛藤を包括した結果なのだろうが、質問としては答えづらいものであった。

 

「と、言いますと?」

 

「キラは、ヘリオポリスであったときは何を考えていたのかは分からないけれど、今のキラは、戦うことの意味を知って、それで、それでも戦う道を選んでいた。私には、まだ戦う意味も、守りたいものもよく分からないし、何も知らないからキラを止めることはできなかった。キラも、自分でしっかり考えてたみたいだから、私が何か言えばいいってわけでもなかっただろうし…。

でも、私は今何をすればいいのかが分からない。お父様のもとで戦争についてただただ悪いことだ、って考えるだけじゃ駄目だとは思う。だけど、だったら今何をすればいいのかが分からない。」

 

もしこれをカガリが自分の父親にぶつけていたら、彼女の父親は彼女に親身になって、彼女の納得できる形の答えを探してあげていただろう。ただ、彼女は自分の父親に対して疑いを抱いていた。そして、アズラエルとしてはわざわざ自分たちに敵対するような答えをあげる気は毛頭無かった。

 

「カガリ嬢…どうやらあなたは私が考えていた以上に周りに目を向けてらっしゃったようですね。」

 

故に、アズラエルはカガリに麻薬を与える。

 

「あなたは今ようやく、ご自身の周りに存在する檻に気付き、そこから飛び立とうとしているのです。」

 

「檻?」

 

それは耳障りの良い、カガリが心のどこかで願っていた単純な答え。

 

「安全な地に閉じ込め続け、周りに対して目を向けられなくする檻です。

…その檻を、アスハ家といいます。」

 

 

 

 

 

 




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それはとてもぎりぎりの戦いで

「アスハ、家?」

 

カガリの意外そうな顔を見、アズラエルは頷いた。

 

「そうです。オーブという国家の姫であり、一人娘であるカガリ嬢は、好むと好まざると関わらず帝王学を学ばなければなりません。帝王学とは、国を統治し、国際社会を生き延びるための学問です。国家という単位で物事を考えなければなりませんので、世間一般の価値観では図りきれないことが多々あります。」

 

カガリは真剣に聞き入っている。今まで学んできたことが、世界を見る、と言って飛び出したアフリカで見たことと全くそぐわなかった理由として納得できたからだ。

 

「ここで重要なのは、アスハ家にいる限り、カガリ嬢が教わる帝王学はオーブ用の帝王学だけと言うことです。オーブと言う国はかなり特徴的です。国際社会での孤立、中立国でありながら巨大な軍事力、地球連邦に近いという立地…どれをとって見ても、スタンダートな帝王学では国を治められません。当然ですが、綺麗ごとだけで国を治めることもできません。そこでカガリ嬢のお父上は、あなたにオーブを現在の形のまま治めてもらうために、世界を見せると言いつつ、自分たちの国の悪いところは見せないようにしていたのです。」

 

「どういうことだ?確かにお父様はモルゲンレーテのことを隠してはいたが…。」

 

「モルゲンレーテの件もですが、オーブが武器商人であることは隠していたのでしょう?アフリカや紛争地帯でオーブ製の武器が使用されていること、地球連合、ザフト双方に準軍用物資を輸出していることは他国では有名なことですよ。その一方で、カガリ嬢には憎しみの連鎖を断ち切るためには中立が云々だとか、コーディネーターの差別がよろしくないだとか言っていたわけでしょう?

要するに、自分たちの国の良いところだけを伝え、他国と比べて自分たちの国には良いところしかないとカガリ嬢に錯覚させようとしていたわけです。」

 

「そんな…お父様が…。」

 

頑固なところはあっても、思慮深く、カガリが本当に困ったときにはいつも相談に乗ってくれていた父親。しかしアズラエルの話を信じるのであれば、自分の父親は卑怯なことを行っているように聞こえる。

カガリは考えていた。

オーブにいては考えることも無かった、オーブのあり方について。アフリカで、JOSH-Aで、オーブにも多くの欠点が存在することが分かった。…欠点は直さなければならない。だが、お父様は私にオーブをこのままでいさせようとしている。人の命をお金に代え、自分の国の兵器に変える国のままでいさせようとしている。それだけは、カガリには認められなかった。

 

深く考え込みだしたカガリを見たアズラエルは、通信で兵士を呼ぶとカガリをゲストルームに返すよう命じた。自分の言うことの大半を丸呑みしたカガリは、今後父親と敵対してでも国のあり方を変えようとするだろう。その時に、カガリの物事の考え方を変えるきっかけとなったアズラエルに好意的になることは目に見えているし、それは次世代のオーブが大西洋連邦贔屓になるということであった。

 

 

 

 

14:00

アラスカ沖 

 

「カナギ陸将補!上陸準備、完了しました!!」

 

「JOSH-Aより通信、地球連合軍MS部隊発進との事。上陸支援としてMS50機が出るそうです。」

 

JOSH-Aから少し離れた海域では、今まさに日本軍による逆上陸作戦が始まろうとしていた。当初の想定とは全く異なる上陸方法に兵員は緊張の表情を浮かべていたが、カナギ陸将補だけは落ち着いていた。

 

「よし、では戦闘爆撃機『震電』部隊を全機出せ。」

 

「了解、震電全機発艦!!」

 

「防空駆逐艦、装甲巡洋艦は上陸予定地点に行け。現地MS部隊と連携し、上陸点を安全化せよ。」

 

「「「了解!」」」

 

 

 

JOSH-A 023区

 

地球連合軍の極秘兵器であるMS『ストライク・ダガー』の部隊長となったキラ・ヤマトは、愛機『ストライク』のチェックを済ませ、今まさにゲートから出ようとしていたところだった。

 

『MS部隊発進30秒前より周辺対空兵器を集中させ、ゲート周辺の敵機を減らします。ですが、完全に安全ではありません。敵機襲撃には注意してください。』

 

「分かりました、ありがとうございます。…発信1分前、システムオール・グリーン。…副長、部隊に以上はありませんか?」

 

「問題ありません、全機全力を出せます。」

 

「ゲートを出たら、まずは一直線に上陸予定地点へ行きます。ゲート周辺の敵に引っかからないでくださいよ?」

 

出撃前にも拘らず、キラには緊張と言うものが無かった。副長やオペレーターとの会話もスムーズにこなし、周りにも気を配っている。

 

『発進30秒前!全防空火器、B23に集中します。MS固定器具解除!!』

 

 

『3,2,1…MS発進!キラ・ヤマト臨時大尉、どうぞ!!』

 

「了解、キラ・ヤマト、ストライク、出ます!!」

 

リニアカタパルトによる強烈なGを感じながら、まずキラが先陣を切ってゲートの外に出る。背中には強化スラスターと姿勢安定用のウィングが付けられており、その姿はさながら天使のようである。

ゲート外では、突然の防空火器の集中に対応し切れなかったザフトのMS達が黒煙を上げているところであった。その中をすり抜けたキラはビームライフルを取り出すと、部隊の部下たちがゲートを出終えるまでザフトのMSを狙撃し始める。当然ザフト側のジンやシグー、ディンがキラを狙うも、圧倒的な操縦性の良さを誇るストライクを撃ち落すことはできず、逆にその数を減らしていく。

 

「ヤマト大尉!全機ゲートより出ました!これより上陸地点に向かいます!!」

 

しばらくするとキラのもとに副長からの通信が入り、そこでキラの狙撃は一旦終わりを迎えた。

 

「分かりました!僕もこれから向かいますので、日本軍の戦闘機や防空艦との連携を重視してください!」

 

「了解!」

 

ストライクは強化スラスターの勢いを更に強くすると、部下達を追って上陸予定地点へと向かった。後には乱れたザフトの戦列と、それをすかさず利用して一時的な攻勢に転移した地球連合軍の航空部隊だけが残っていた。

 

 

 

日本軍が上陸に予定した場所はJOSH-Aから南に5キロほど離れた海岸である。5月ということで雪も溶けており、周辺に木々は新緑の風景を作り上げている。

そこでは1つの戦いが行われていた。

 

「ミツキ二尉!連合軍MSを確認しました!」

 

「分かった、地上の方はそちらに任せるとして、ディンは俺たちだけで落とすぞ!!」

 

「了解!」

 

空を乱舞する日本軍の戦闘爆撃機。その数およそ150。彼らは自由自在に空を舞いつつ、動きの鈍いディンや、重力によって地上に縫い付けられているジンやらバクゥやらを確実に減らしていた。もともとJOSH-Aから少し離れていることもありザフトの展開が少ないこの海岸線では、海上からの援護をも受けている彼らを止める存在は無かった。

 

『地球連合軍所属、キラ・ヤマト臨時大尉です!加勢します!」

 

「日本軍航空軍所属、ミツキ二尉です。地上の方をお願いしたいのですが。」

 

『分かりました!』

 

加えて少し前から地球連合軍のMS部隊も駆けつけており、ザフトにとっては踏んだり蹴ったりな戦場となっている。

 

『ミツキ二尉、そちらはどうだ?』

 

「順調です。敵の増援も確認できないので、上陸は可能だと思います。」

 

『よし、ではこれより強襲上陸艇を派遣する。引き続きエアカバーを保持せよ。』

 

「了解。」

 

防空駆逐艦からの散発的な対空ミサイルも今ではほとんど確認できず、この地域の敵が一掃されたことは明らかであった。

 

「ヤマト大尉、こちらの上陸準備は整ったがそちらはどうする?」

 

『上陸完了までにどのくらいかかりそうでしょうか?』

 

「そうだな…1時間で一次部隊の展開が終わるはずだ。その後は分からんが、とりあえずは一次部隊のみでJOSH-Aに突入をかける手はずとなっている。」

 

その返事に、キラは副長と相談することにした。

 

「シェリルさん、バッテリーはどの程度残っていますか?」

 

「そうですね…個人差はあるでしょうが、戦闘平均時間で1時間分程かと。」

 

少し考えるキラ。とはいえ、この状態では答えは決まっているようなものだ。

 

「では僕たちだけでJOSH-Aに戻っても難しいですね…。」

 

「…日本軍の方々と合同でJOSH-Aには行きましょう。サザーランドさんの手腕なら1時間程度守れるはずです。」

 

「分かりました。…全機、警戒態勢を保持しつつ散開!」

 

副長の命令が部隊に響く。

しばらくすると沖合いに空母を始めとした大型艦が現れ、次いで上陸艇が海岸に向かって動き出した。歩兵用の小型の上陸艇もあれば、戦車やロボット用の大型上陸艇もある。それらは海岸に部隊を上陸させるとまた輸送艦に戻り、部隊のピストン輸送を行っていた。

 

「なかなか圧巻ですね。」

 

しばらくその光景をぼうっと眺めていると、副長から通信が入った。

 

「ええ、これだけの部隊がいればサザーランド司令長官も喜びそうです。」

 

「あのMS…いえ、ロボット兵器はどれほど強いのでしょうか?スカンジナビアでの戦いの映像は見ましたが、ザフトの動きは連邦のジンの数倍早いです。」

 

「僕にもまだ分かりません。…ですが、かなりスムーズに動くことができるようですね。武装も結構充実していますし…。さすがロボット開発において一日の長があるだけのことはありますね。」

 

キラ達が眺めている前では、特殊戦車「久遠』が上陸艇から地上へ上陸し、背中に抱えていたアサルトライフルを構えつつ部隊展開を行っている姿があった。

ストライクやストライク・ダガーと違い空を飛ぶための追加パックは無いようだが、足の動きからして地形踏破性能や小回りはかなり優れているようだ。

 

『こちら日本軍南米派遣部隊、カナギ陸将補だ。地球連合軍MS部隊指揮官、応答を願う。』

 

「あ、こちら地球連合軍MS部隊指揮官、キラ・ヤマト臨時大尉です。」

 

上陸艦が何往復かこなし、海岸沿いにかなりの規模の部隊が展開を終える頃、キラのもとに空母から通信が入った。

 

『ヤマト大尉、こちらは一次部隊の展開が終了した。これよりJOSH-Aへ向かおうと思う。』

 

「分かりました。ではこちらもそちらに合わせようと思います。…戦闘機はどれほど頂けますか?」

 

『震電を100機出す。これは戦闘爆撃機なので、地上戦の援護も十分に行えるだろう。戦闘開始から30分経ったら残りの50機も出す。…よろしいか?』

 

「ありがとうございます。では早速…」

 

『ああ…一次部隊、JOSH-A救援に行け!』

 

その声を聞き、キラも通信を介して命令を下す。

 

「全機、日本軍に合わせてJOSH-Aへ!」

 

 

 

 

 

一方、JOSH-Aでは戦闘が佳境に入ろうとしていた。

 

「ゲート2、ダメージ80突破!中性子爆薬起動!!」

 

基地スタッフの声が聞こえるや否や、司令室にも響くような轟音が轟く。

 

「敵の損害は!?」

 

「現在集計中です…出ました!!MS12機を破壊、その他にも10機ほどが戦闘に支障が出ている模様!!」

 

後少しでゲートが壊せる。その思いから集まったザフトを狙い、わざとゲートが壊れきる少し前に爆薬を爆発させたことでかなり多くのザフト兵を道連れにする。サザーランドの周囲ではこの快挙に士官たちが喜んでいるが、サザーランドだけはそこまで喜んでいなかった。

 

「敵はもう同じ過ちはしないはずだ。かなり慎重になるだろう。」

 

「しかしそれなら、敵の進行が遅くなるはずでは…。」

 

そうある仕官が口を挟んだとき、オペレーターの声が響いた。

 

「A15区、急に敵の圧力が増しました!救援要請が出ています!!」

 

「敵はメインゲートだけを狙っているのではない。ここが危険だと分かれば、別地点への攻撃を強めるだけだろう。」

 

メインゲートは最も大きなゲートであるためにザフトに集中的に狙われているが、広大なJOSH-Aには当然ながら複数の小さなゲートも存在する。小さな分だけ守りやすく、攻めづらくはあるのだが、それ故にいざというときの爆破装置も存在していなかった。自爆を恐れるのならば、敵は被害が多少増えようともそちらを狙うに決まっていた。

 

「それでは…!」

 

サザーランドの話を聞き、絶望に顔を暗くする士官たち。そんな彼らに、サザーランドは続けて言った。

 

「だが、敵の侵攻が遅くなることに間違いは無い。増援部隊が来るまでこの基地を守ることぐらいならできるだろう。」

 

増援、という言葉に基地の雰囲気が明るくなる。数ヶ月前までまさか日本と隣り合って戦うとは思っていなかった彼らだが、今ではその日本が助けに来ることを心待ちにしている。

おかしな事ではあったが、良い変化ではあるので深くは考えないことにした。日本に対する自分の認識が変わろうと変わるまいと、自分たちの現在の敵がプラントであることに変わりは無いのだ。

 

 

 




ストックが切れました。試験も近いのでしばらくは更新できません。あしからず。

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それはとても不気味な兵器で

15:00

 

日本軍『震電』部隊及び地球連合軍ストライク・ダガー隊は激戦区であるJOSH-A一帯へと到着した。

既に海上には地球連合軍の艦船は1隻も残っておらず、制空権に関してもほぼザフト側に移っている。そのザフトのMSは現在JOSH-Aに複数存在するゲートを攻略せん、と戦闘を続けていた。

 

「隊長、どうやら敵はゲートに掛かりきりでこちらに気付いていないようです。チャンスですよ!」

 

「そうですね…。ミツキ二尉と連携して一気に決めましょう。恐らく二尉はまず敵艦船を優先すると思いますから、こちらはMSから攻撃します。」

 

と、キラ達と併走していたミツキ二尉の乗る震電が大きくこちらへバンクしてみせた。彼らはそのままザフト艦へと向かって急降下していく。

 

「どうやら二尉は一気に決めるみたいですね。僕たちも行きましょう!」

 

「了解。…全機、敵MSへ突撃せよ!」

 

その姿を見たキラ達もまた、敵へと突撃を開始した。その少し後方には日本軍の人型戦車やウォードレスに身を包んだ歩兵も姿を現している。

パトリックが予想だにしていなかった地球連合軍の反撃が始まった。

 

 

 

 

 

結果から言えば、地球連合軍はJOSH-Aの防衛に成功した。

日本軍の増援はそれ単体では勝利に持ち込むには少なかったが、今回の作戦でこれ以上の援軍を持っていなかったザフトと比べ、JOSH-A守備隊には時間が経てば経つほど増援が来るのだ。奇襲攻撃だけで勝利にならなかった段階でザフトは敗北していた。

 

 

「…酷いものですね。」

 

アズラエルがサザーランドから戦闘の終結を聞き、JOSH-Aの外に出たとき、地球連合軍総司令部の周りには激戦の爪あとが生々しく広がっていた。

地上部分にも巨大な建物を有していた司令部は大きく損壊しており、地下部へと繋がるゲートはその過半が捻じ曲がって崩れていた。司令部の直ぐそばには度重なる砲爆撃で作られたクレーターが多数存在し、その中や周囲には敵味方の戦車、砲、MA、MSが原形をとどめずに転がっている。湾にも多くの艦船が座礁、沈没していた。

 

「現在集結中の部隊と共に司令部機能を復旧中です。緊急回線を除く大半の通信網、レーダー網は破壊されております。基地防衛能力も大きく低下していますので…。」

 

「分かりました。…通信網の復旧を最優先に。幸い地下のファクトリーを破壊されなかったのですから、G計画は計画通り進めます。そのためにも通信は必須です。」

 

「了解しました。」

 

 

サザーランドの報告は途中で止め、アズラエルは指示のみを伝えた。未確認情報だが、ワシントンやブリュッセルにもザフトは奇襲攻撃を仕掛けたらしい。規模がここほど大きくなかったために撃退こそできたらしいが、双方ともJOSH-Aとは違い大都市である。被害はかなり甚大であろう。

 

アズラエルの視線の先では日本軍が連合軍や各地から集められた州軍と共に復旧作業に当たっている様子が見られた。ロボットを使って最優先でどかすべき瓦礫や戦車をどかしており、ウォードレスを着込んだ歩兵が身の丈以上ある仮説資材を運んでいる。

 

「アズラエルさん!」

 

物思いに耽っていたアズラエルの耳に、少年の声が聞こえた。振り向いてみれば、未だにパイロットスーツに身を包んでいるキラの姿が目に映る。

 

「どうしました?・・・ああ、報酬でしたら今月のお給料と一緒に振り込んでおきますよ。」

 

「いえ、その…。ありがとうございます。おかげで友達を守れました。」

 

「…?それでしたら私のほうが礼を言わなければいけませんよ。あなたのおかげでこちらも助かりましたからね。」

 

「でも、それでも僕に力を貸してくれたのはアズラエルさんです。僕だってMSがなければ守れませんでしたよ。」

 

アズラエルの言葉をキラは否定し、自分の気持ちを伝えた。その言葉に照れくさそうな顔をしたアズラエルは、視線をまた復旧中の軍人たちに戻し口を開いた。

 

「そういうことにしておきましょう。ただ今回は、本当に運が良かった…。私はその運を上手く利用できた、ということなのでしょうね。

…それはそうとキラ君、カガリさんはまだ中で君を待っているはずです。顔を見せてきてはどうですか?」

 

「あ…。分かりました。ちょっと行ってきます。」

 

キラはアズラエルに頭を下げ、そのまま走っていく。その様子をしばらく見ていたアズラエルは、キラと同じく司令部へと戻る。ただ、行き先は違う。彼が向かったのはMSが出撃していった秘密ゲートから程近いラボだ。そこには今回の戦いで鹵獲された比較的状態の良いザフトのMSが運び込まれ、調査が行われている。詳しいデータを得るには時間が掛かるが、最初の短時間で分かるデータも多いはずであった。

 

 

ブイーン

 

区画ごとに設置されているカードリーダーにカードを通し、部屋に入る。

MSの周りには多くの整備兵、技術官が取りついており、短時間で驚くほどの勢いでバラしていた。

彼らから少し離れたところには基地司令官であるサザーランドが立っていた。

 

「何か分かりましたか?」

 

アズラエルの問いかけに対し、そこでようやく気付いた、とでも言うような表情を浮かべてサザーランドは振り返る。その顔には驚きと不快、そういった感情が浮かんでいる。

 

「アズラエル様…」

 

サザーランドは何も言わず、MSの脇に存在する機材群を指差した。そこにはMSから取り出された様々な機器が置かれており、その詳細な調査が行われるのを待っていた。

サザーランドが指差したのはその中では異彩を放つ、1つの黒い箱であった。多くのチューブで繋がれたその箱は上部を開けられているのだが、ここからでは内部を確認することができない。アズラエルはサザーランドの様子に首を傾げつつも、箱へと近づいていく。軽快な足取りには躊躇いも何も感じられない。だがそれも、箱を見下ろすまでであった。

 

「ッ!!!」

 

息を吸い込み、目を見開く。彼の視線の先、箱の中には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月2日

 

未だ復興中のJOSH-Aではあったが、通信機材などが優先的に配備・復旧され、アズラエルは地球連合各国とテレビ会議を行った。会議には各国の軍・政トップが参加しており、先日のザフトによる強襲攻撃に対してどのような対応をとるかにつきそれぞれの意見を提示する。

まずはそれぞれの被害の報告。ブリュッセル、ワシントン、JOSH-Aの被害は大きく、また国民への衝撃も大きなものとなった。両国とも多くの議員を失っており、かろうじてアズラエルやジブリールといった大物こそ生き延びているものの政治力の大きな低下は否定できない。特にアズラエルにしてみれば盟友とも腹心ともいえるアルスター議員を失ったのが痛かった。

軍事的被害は首都防衛隊などの精鋭部隊の壊滅で済んだものの、こちらに関してはアルザッヘルの被害が甚大であった。

 

「提督、それは本当のことですか?」

 

「本当だとも!アルザッヘルは駐留艦隊の過半を失った!!第1、第3、第8艦隊を残して他は壊滅だ。その艦隊にしても損耗が激しい。…訓練中だったのが災いした。」

 

「馬鹿な、ハルピュイアは何をしていたのだ!」

 

「…それほど敵の数は多く、技量も高かったのだ。」

 

ハルバートンからの報告は地球連合軍の宇宙艦隊の事実上の壊滅を示していた。これで現状実働可能なのはプトレマイオス基地の第16、17、18艦隊だけになるのだ。通商破壊作戦の継続は艦隊の再建速度を落とすが、これを停止させるわけにもいかない。しかも今回の攻撃でザフトが圧倒的な数のMSを保有していることが判明したのだ。半年後の攻勢など、夢のまた夢と言っても良い。

 

「日本の艦隊が加わってくれますので、2個艦隊をアルザッヘルに加えられますが…また当面は攻勢は難しいでしょう。幸いG計画は順調ですので、ストライク・ダガーの配備も進めてください。…ユーラシアはどうですか?」

 

「こちらは軍事的には大きな問題は発生していない。一時的な情報網の混乱はあったが、幸い東部戦線で大きな問題はなかったようだ。…スカンディナビアの解放については亡命政府、及び日本、汎ムスリム会議との連携強化の上で行う。」

 

ユーラシア連邦大統領はそう発言する。同様に旧中立国がスカンディナビア優先の方針を発言し、大西洋連邦大統領もこれを支持すると発言した。そして今回の会議の目玉である情報を話すべく、アズラエルは立ち上がる。

 

「皆さんもお気づきだとは思いますが、今回のザフトの作戦には不可思議な点があります。…そう、動員兵力です。これまでに確認されたところ、ザフトはこの作戦で200万人以上の兵力を動員していますが。これがいかにおかしな数字であるかは皆さんご理解いただけるでしょう。

先日、JOSH-Aにてザフトの使用したMSの調査を行いました。…結果、彼らのMSが無人機であることが判明しました。」

 

馬鹿な!ありえない!アズラエルの言葉は列席者に衝撃を与える。MSはMA以上に操縦、戦闘が難しい。汎用性の高さ、機動力の高さは操縦者により高い技術を求めるため、CPUはおろか人間ですらもなかなか制御しきれないのだ。仮にCPUを搭載したところで、まともな戦闘は期待できないはずである。

 

「…お静かに。代わりにコックピット部分に厳重に保護、封印されていたブラックボックスが存在しました。これが操縦者の代わりをなしていたようです。…今映し出しましょう。」

 

アズラエルはそう言うと、モニターに映像を映し出す。

コックピットと何本ものチューブでつながれているブラックボックス。それには半透明状のジェルが満たされている。そしてジェルに包まれるようにして…

ヒトの脳があった。

 

 

 

 

謎は解けた。クローン技術は禁術であったが、パトリックとデュランダルは更なる禁忌を犯していたのだ。

クローンの難点は、人的資源を大量生産はできても、短時間生産はできないことだ。急速な成長は負荷をかけ、人の身を破壊してしまう。そこでデュランダルは考えた。

宇宙戦闘に首から下、いや脳以外は必要なのだろうか、と。

生身がなくとも、もともと脳はMSの機体が守ってくれる。逆に、機体が壊れれば生身があろうとなかろうと死ぬだろう。そう考えたデュランダルは脳の成長、特に反射など動物的本能を司る部分と命令を理解する機能の成長のみの完了を待って完成品とした。最後に作られる大脳新皮質など、物事の推理、論理的思考を司る部分はない。完全に動物、いやそれ以下の脳のままMSに搭載した。

かくして、数ヶ月で培養の完了する即席兵士は完成した。いや、兵士というより生体CPUといった表現の方が正しいかもしれない。優秀なるコーディネーターの動物的本能を持つ、機体から離れることすらもできない兵器。それが200万『人』の正体であった。

 

 

正体を知った地球連合は恐れた。強化人間という非人道的兵器を導入したジブリールですらも背筋を震わせたほどだ。

自分たちはこれから人間ですらないモノ達と戦うことになる。

人種という枠を超えた、未知の戦争が始まったのだと、生物の誇りをかけた戦争なのだと、決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71年 5月11日 

プラント アプリリウス市 

 

オペレーション・スピットブレイクはザフト側の大規模な軍事展開が同時多発的に行われた、今世紀最大の作戦であった。各国中核都市への攻撃は一定の成果を挙げ、また、アルザッヘルへの攻撃も目標こそ達成できなかったものの敵艦隊の壊滅という明確な結果を示した。

ユーラシア連邦首都ブリュッセルが立ち上らせる黒煙、大西洋連邦首都ワシントンに広がる大火、地球連合軍総司令部JOSH-Aの無残な破壊痕は連日プラント各都市の大型スクリーンで放送され、市民たちの戦意を高める。

加えて作戦終了からしばらくすると本格的な復員作業が行われ始め、戦地へと赴いた少年少女らが家族の下へと帰還。クーデターという非合法な手段で権力を得たはずのパトリックは市民の熱狂的支持を獲得した。

パトリックはその支持を背景にかつての盟友シーゲルを自宅軟禁させ、国内で一気に勢力を弱めていた和平派の鎮圧にかかった。

 

 

 

バタン!!

 

「二階制圧完了!対象いません!」

 

「探せ!まだ近くにいるはずだ!!」

 

アプリリウス市にあるシーゲルら和平派活動家の拠点では、パトリックの命令である人物の捕縛を急ぐ治安局が建物内を捜索していた。シーゲルは公の活動を全て停止させられ、自宅軟禁されているためにこの建物も閉鎖されている。それでも治安局がこの建物を捜索するのは、目的の人物が未だに発見されていないからであった。

 

「くそっ、どこに隠れたっていうんだ!」

 

治安局の一団を率いていた少年はそう言うと、ポケットから携帯端末を取り出す。そこにはこれまでに捜索した場所、現在他の部隊が捜索を行っている区画などが示されている。マップのポイントは大半が塗りつぶされており、どこにも対象が存在しなかったことが分かる。

 

「後いるとしたら…軍か政治家、か。誰が匿ってるのかしんねーが、馬鹿なことしやがって。」

 

建物の外に出て、上空から降り注ぐ光の下に立つ。その彼の直ぐそばを若い男女の2人連れが通り過ぎていったのだが、彼はそちらに注意を払うことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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それはとても異様な熱気で

「ラクス、一体どうしたって言うんだ?」

 

「しっ。…どこで聞かれているか分かりませんので、私の名前はあまり呼ばないで下さいませ。」

 

「聞かれてるって…。」

 

まるで追われてるみたいじゃないか、と続けようとした青年はそこで少女に口を手で抑えられた。思わぬ接触に赤面する青年にニコリ、と微笑んだ少女は口を耳元に寄せると囁いた。

 

「みたい、じゃなくて追われていますの。だからこうして変装しているのですわ、アスラン。」

 

「なっ!?」

 

少女―ラクス―の囁きに青年―アスラン―は驚く。つばの大きな帽子にゆったりとしたワンピースを着こなしているだけのラクスのどこが変装なのだ、というのもそうだが、ラクスが追われているということは初耳だったのだ。

アスランが先のオペレーション・スピットブレイクからアプリリウスへと帰還したのが昨日。司令部から休暇許可が下りたのが今朝。それまではフェイス隊長として様々な仕事を片付けていたため、ニュースなども確認していなかった。

 

「…どういうことです?」

 

「先日の作戦以来、私たち反戦活動家の取締が厳しくなっておりますの。お父様の自宅謹慎命令と一緒に私にも令状が出されましたの。」

 

「令状?ですがラクスは法に触れることは何も…。」

 

「治安維持条項が追加されたのだそうですわ。政府への集団的批判行為を一切罰するのだとか…。」

 

「…。」

 

婚約者であり、好きな女性を罰する法律に不快感を覚える。長らく前線にいたこともあり国内の情勢に疎くなっていたこともあるが、プラントはこんなにも違和感を感じる国だっただろうか。そんなことを考えるアスランを、ラクスはじっと見ていた。

 

「…。」

 

「アスラン。」

 

「!す、すまない。考え込んでいた。」

 

「いいえ、構いませんわ。…アスランにお見せしたいものがありますの。」

 

「見せたいもの?」

 

「ええ、付いて来てくださる?」

 

問いかけつつもラクスはアスランの手をぐいぐいと引っ張っていく。それに慌てつつもアスランはラクスに歩調を合わせた。目的地を知っているのはラクスだけなので、アスランとしてはおとなしく付いて行くより他はない。

その時、アスランは自分より背の低い制服保安官がある建物から出てきたのを確認した。自分たちが前線を守っている間銃後を守ってくれていた保安官を嬉しく感じ、よくその顔を見てみようと思ったアスランは驚いた。保安官は自分より、いや、隊内最年少のニコルよりも幼い顔立ちをしていたのだ。驚き、思わず歩みを遅らせてしまうアスラン。

 

「?」

 

急に腕にかかる力が増えたことに驚いたラクスであったが、その原因に気付くとアスランに向けて何とも言えないような視線を向けた。アスランはその視線に気付き、同じく視線を向ける。

 

ラクスが軽く頷くのを確認したアスランはまた歩き出した。この時アスランはラクスの見せたいものというのがそこまで大きなものだとは考えてもいなかった。ただ、彼女の反戦活動に関係するものであろうと漠然と考えていたに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71年 5月15日

 

地球連合、及び地球連合軍は合同記者会見を行い、それまで憶測や断片的情報しか飛び交っていなかった先のザフトによる作戦について公式発表を行った。衛星軌道上に存在する軍事衛星までも動員した発表であり、地球圏であれば全ての地域で見ることができた。

放送は2週間前にザフトによる大規模攻撃があったこと、軍総司令部や両大国の首都が大きな被害を受けたこと、ザフトの動員兵力が異常に多かったこと、彼らが生体科学の禁術中の禁術である技術を用いていたことを語った。連合軍の発表が終わると、加盟各国の意見表明がなされた。

 

「ヒトを兵器の材料にした団体を容認することはできない。」

 

ヒトを兵器とした国はこれまでにもあった。

戦争が悲惨になれば、抵抗勢力が弱小になれば、人権を正義で正当化できれば、多くの国・指導者はヒトそのものを兵器とした。対戦国はこれを非難しつつも、一定の理解は示してきた。だが、それは「ヒト=兵器」の関係だったからであり、「ヒト<兵器」の関係ではない。兵器に制御されるヒトを認めることはできないのだ。

当たり前のように聞こえる宣言であるが、この宣言は世界で初めて行われた、世界で初めての事象に対する人類の答えであった。

 

 

この放送が全世界に発信されると世界中、特に親プラントよりの地域・国家で混乱が起こった。

戦勝国側の勝ち馬に乗ることで国際社会のリーダーになることを望んだ国でも、人権の完全否定、いや、人の『ヒト』であることの否定をすることはできなかった。国家指導部が容認したとしても、国民はそのことに対する生理的嫌悪感を我慢することはできなかった。

 

地球連邦、ザフト支配地域では抗議デモが頻発し、各地の過激な宗教指導者、人権団体はテロ、ゲリラ戦を活発化させた。鎮圧する側の兵士にしても自分達の正義を確信できず、これらを抑えつけることができなかった。現地部隊は上層部に問いただし、連邦各国では離反部隊が現れるまでになった。

 

…地上からの問いかけに、プラントは沈黙のみを返した。

 

 

 

 

5月20日

 

ザフト総司令部は地上に展開する舞台の大半を、復員又は艦隊勤務へと交代させることを決定。地上部隊には生体CPU搭載兵器(クローン兵器)を配置することとなった。司令部スタッフや整備兵といった裏方以外を無人化することが目的であり、地上部隊の完全交代までに3ヶ月要することになっていた。

基地スタッフに加えて艦船に関しては生体CPUに対応できないため、今後も人による運用が継続される。それでも、プラントの国力は大幅な増強が見込まれる。

地球連合軍参謀本部はそのように見解をまとめると、戦略目標の優先順位として、ザフトによる人員配置転換を阻止すること、即ち地球―プラント間の連絡線を断つことを第1にすべきであると報告した。

 

地球連合軍総司令部は合議の末、マスドライバー奪還作戦を急ぐこととなった。

 

 

 

6月1日 アラスカ JOSH-A

 

「ウラル要塞線、完全制圧。」

 

「東ロシア共和国構成国で新たに4の地域で反乱。」

 

「アフリカ共同体陸軍より、ジブラルタル共同攻撃案が提起されています。」

 

 

地球連合によるプラントへの弾劾より2週間。地上では戦線に大きな変化が見られていた。親プラント陣営の各国家では軍人、市民による反乱やデモが多発。中には国家単位で地球連合軍へ旗を変える国まである。

地球連邦はまだ存続し地球連合との戦闘を続ける方針を示していたが、加盟国は事実上戦争の続行が不可能な状態にあった。

 

 

「ビクトリアのマスドライバーは?」

 

「アフリカ共同体軍と南アフリカ統一機構軍の共同作戦により奪回した模様です。ザフト残存部隊は軌道上を経由し、プラントへと撤退しました。」

 

 

そのような状態下でザフト地上軍は昨日までの友軍や地球連合軍から攻勢を受け続けており、戦線を後退させ続けた。

現在地上でザフト勢力下にある都市はジブラルタルとカーペンタリアのみ。南北アメリカ方面軍は解体が宣言されており、ザフト南アメリカ派遣軍は見捨てられている。

ザフトは地上軍の無人兵器転換が間に合わなかったのだ。

そのような状況下で、地球には国際社会の二局面化に未だ抗い続けている国家が存在していた。

 

 

 

 

「…オーブからの返答は?」

 

「…『我らは他国の争いに介入せず、常に中立国である。』との返答が大使館よりよせられています。正式な国書は各国の大統領へ送られたそうです。」

 

「まだそのようなことを言っているのですか…。ザフトへの弾劾決議にも同意していないんでしたよね?」

 

「はっ。経済的、その他各種制裁要請にも拒否しております。」

 

 

呆れたことに、オーブは国際情勢のここまでの変化を目にしても体制を変えないつもりらしかった。かつてのように中立国が多数存在していたならまだしも、唯一の中立国となってしまった現在では外交的対立をプラントも地球連合も恐れていないことに彼らは気づいているのだろうか。

地政学的にも、未だ親プラント体制をギリギリ堅持し、カーペンタリアへのザフト駐留を認め続けている大洋州連合攻略の際に邪魔な位置に存在するオーブを、もはや地球連合としては見逃すつもりはない。

 

 

「…彼女に問題はありませんね?」

 

「はっ。0607計画の準備は整っております。問題ありません。」

 

「サザーランド大佐、オーブ攻略作戦に変更はありません。予定通りお願いします。」

 

「了解しました。」

 

「勝利することは動きません。地球連合加盟国間の連携を取ることを忘れないでください。」

 

「はっ。」

 

 

こうして、オーブの未来は決定されたのであった。

 

 

 

 

 

 

6月7日

 

地球連合総会において、1つの国家が新たに構成国として認められた。

国名はオーブ連合共和国。カガリ・ユラ・アスハを臨時大統領とする亡命政権国家であった。

オーブ連合共和国はまず地球連合総会において全会一致で国家としての正式承認、更には地球連合加盟決議が採択された。そしてその場で、アスハ臨時大統領は『国土』を占有しているオーブ連合首長国に対し武力制裁を加えることを訴えた。

 

「オーブ連合共和国に存在する国民は、私を含め、この惑星で多くの人と共存してきたヒトである。にも関わらず、連合首長国政府は己の利のみを追求し、ヒトとしての義務を怠り、国民にその責務を忘れさせている。

今!国民は自らのことのみを考え、他人の痛みを忘れる恥知らずな存在になってしまっている。その責任は連合首長国政府にある!国としての誇りも、責任も失ってしまったオーブを、…お父様を!どうか、皆の力で取り除いて欲しい!」

 

涙ながらに訴える彼女の演説に、記者席から無数のフラッシュが焚きあがる。各国の代表は真剣な顔をして相槌をうち、ガラス窓越しではリポーターが大声でカメラに向かって喚いている。

アスハ臨時大統領の演説が終わると、アズラエルがスッと立ち上がり、壇上に登る。議長はまるであらかじめそう取り決められていたかのようにそれを咎めず、代表団も何も言わない。ただ注目のみが集まる中でアズラエルは口を開いた。

 

 

 

アズラエルの演説は普段のものと異なり、なかなか本題に踏み込まないものであった。地球連合に多くの国家が参加するようになったことの栄誉、人類の努力、地球連邦との不幸な争い。それらに言及し、それらを乗り越えた現在を賛美した上で、ようやく本題へと踏み込んだ。

 

 

「…これまでの争いは、地球連邦と地球連合、そしてプラントという幾つもの権利・権益の絡まりあった従来通りの争いと見ることも可能でした。確かに、私が以前言った『種としての争い』は言いすぎであり、過激なプロパガンダであり、中道を探すことこそが正道と見ることも可能でした。これに関して私は、批判することはあれど否定は致しません。万の人がいれば万の思想が有り、万の正義が存在しえ、全てに共通する正義が私の考えであるとは言いません。

しかし、今この局面に至り状況は大きく変わりました。ザフトはいかなる状況下でも使用の許されない『絶対的悪』である禁術を用い、プラントはそれを民意でもって許諾したのです。絶対悪を、私達は許して良いのでしょうか?絶対悪を、私達は見過ごして良いのでしょうか?絶対的正義を疑うことはありえても、絶対悪の阻止に疑う余地はないのです。いわばこの戦争は、コズミック・イラの十字軍なのです!

十字軍は、権利・利益に縛られてはならない。一方で!権利・利益を考えて参加を拒むことも許されない!絶対悪を取り除くまで、私達は戦わねばなりません。

今日この日から、アズラエル財閥は地球連合軍のために無利で兵器を提供しましょう!今日この日から、兵士たちには戦うための絶対的大義が与えられるでしょう!今日この日から、私達一人ひとりが十字軍であり、地球連合であるのです!」

 

 

アズラエルの演説は普段にない、感情に訴えかけるような演説であった。理を説くのではなく、利を与えるのではなく、ただただ圧倒するための演説。

1人でやれば、よほどの天才でない限り道化となる。だが、この舞台には役者を支えるための環境が揃っていた。即ち、予め演説内容に同意し、同調することを約していた代表団の一部、熱気を高めるためにわざわざオブザーバー席に多めに来てもらっていた地球連合軍軍人。そして、発せられた異様な熱気を瞬時に世界中に伝えるためのマスコミ陣。

結果、アズラエルによって地球は一気に熱せられた。企画者の中の目的には様々なものがある。それは例えば選挙支持率であったり、経済対策であったり、戦争の短期終結であったりだ。それでも地球は、人類は地球連合軍を彼らの『十字軍』へと変化させた。

そして『十字軍』には最初の任務として、異端審問という仕事が与えられた。




お久しぶりとなります。忙しかったのもありますが、話の流れに自分で混乱してしまい、書く気が激減し、遅れていました。これからもよろしくお願いします。


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それはとても苦い決断で

C.E.71年 6月28日

オーブ オロファト市

 

南太平洋に存在する国家、オーブ。

現在この国は建国以来最大のざわめきに包まれていた。地球連合によるオーブの弾劾、現オーブ代表首長の1人娘カガリ・ユラ・アスハの大西洋連邦亡命の公表、そしてその娘による亡命政権国家建国…。

地球連合軍広報部はあの日以来ザフト新兵器の情報を次々と公開しており、グロテスク且つ生理的嫌悪を催すような映像、専門家によるこの『新兵器』の非人道性の解説が連日報道されている。これら報道に国民は戸惑う。

 

中立とは何か?

中立は正義足りうるのか?

悪の存在を前に中立は許されるのか?

 

テレビに登場するアズラエルは言う。「正義の不作為は悪であり、悪を前にした不作為もまた悪である」と。

これに対してオーブ行政府は国民に訴え続ける。争いが起こったとき、中立機関がなければ争いは終われない。皆が戦争に参加したら、誰が戦争を止めるのだ?誰が戦争の被害者を救うのだ?誰が戦争下の真実を探るのだ?

 

国民よ、あなた方が世界の裁判官となるのだ、と。

 

 

一方でオーブ行政府はもっと切実な問題にも直面していた。…地球連合軍による最後通牒が届けられたのだ。

 

 

 

 

 

 

「ウズミ様、地球連合軍オーブ派遣軍なる組織より届いた文章によりますと、地球連合は我が国に武装解除と現政権の解体を求めているようです。」

 

「返答期限は72時間後…7月1日のこの時間までですな。拒否、又は無回答の場合はそれをもって武力制裁を行うと…。」

 

「既に公海上に地球連合軍の姿は確認されております。どうやら新たに地球連合に加わった各国の軍も存在するようで、数はかなりのものかと…。」

 

「…。」

 

 

オーブの各有力氏族長が集まって開催されているこの会議には次々と行政府から情報が寄せられている。その報告からは武力による抵抗が不可能であること、外交的にもオーブは完全に孤立していることが明らかである。

 

 

「事態は2ヶ月前より更に悪いです。カガリ様はかつてと違い国際社会上の立場を手に入れられており、地球連合の地球上での勢力はかつてと全く異なっております。」

 

「ではどうするというのだ!今この段になって地球連合に所属するというか!奴らは国家解体を条件としているのだぞ!」

 

「そも、国是を外圧で変えるなど許されようか!オーブは商人ではないのだぞ!」

 

「戦って最も被害を受けるのは国民なのですよ!民を守らずして何が国是か!」

 

「次の代に伝えるのだ!」

 

「犠牲の上の理念をですか!?」

 

 

若手、老齢、派閥、男女…その垣根を越えた議論が珍しく交わされており、常にない緊迫感が場に漂っている。誰もが国を率いるものとしての最善の道を模索していた。

その一方で全員がまた現実も見据えていた。

 

 

「…戦うのであれば、ここで議論に決着をつけねば。……動員体制を整えるのにも時間はかかろう。」

 

 

ウナトの発言に抗戦派は頷く。一方で降伏派は苦り切った顔をする。動員体制などをとれば地球連合はこちらが交渉を拒否するものと見るだろう。そうなれば72時間の期限など守られるかどうか甚だ怪しくなる。

つまり、期限があるとは言っても、交戦か服従かの二択については今この場で決めなければならないのだ。

 

 

「…アスハ様。」

 

 

ウナトの視線がウズミに向けられ、他の族長もそちらを向く。

常と同じく、最終的にこの議論を取り纏めるのは代表首長たるウズミだ。議会とは異なり賛成多数だろうがなんだろうが結論は最大首長が決める。宰相、及び他の族長は所詮は輔弼しかできない。

 

室内全員の視線が集まったことを見たウズミは、口を開く。その視線に自身を非難するものが含まれていることには気づいていたし、どのような弁明をしようと自らの娘が民に害を被らせていることは変わらないことも分かっている。それでも、自らの役職の責任として口を開いた。

 

 

「…オーブの国家理念は、『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』だ。これを曲げることはできない。…当然、多国間の争いの尖兵になることなどは以ての外だ。」

 

「ウズミッ!!」

 

 

思わず名前で呼んでしまうほど激昂したウナトには目もくれず、ウズミは他の族長に対して睨みを効かせる。それを受け、族長らは頭をたれた。代表主張の決定には、逆らえない。それが決まりだ。決まりを守らぬものには民を率いる資格はない。

 

 

「会議は終いだ。それぞれ持ち場に戻り、開戦のための支度をせよ。宰相府の機能は今後国防本部へと移す。…想定された通りの事態だ。マニュアルに沿って行動せよ。」

 

 

ウズミの声を合図に、族長たちは部屋から次々と出ていく。中には駆け足で出ていくものも見られる。

 

…部屋にはウズミとウナトのみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室内の人数が2人になりしばらく経つと、唐突にウナトは席から立ち上がり、ウズミへと近づく。

 

 

バキッ!!

 

 

 

初老と言える年になり、日々の激務でだいぶ痩せこけたとはいえ、ウナトの全力の殴打はなかなかの威力があったらしく、ウズミは大きくのけぞる。

が、大人しく受けたとはいえそれなりに備えていたらしく椅子から転がり落ちるようなことはない。

 

興奮気味に大きく呼吸をするウナト。

それをウズミはじっと見る。

 

 

 

「…なぜだ。」

 

 

呼吸が落ち着いた頃、ようやくウナトは口を開く。

ウズミは何も言わない。

 

 

「なぜ民を戦いに巻き込んだ!?貴様は代表首長だろう!民を守り、導く義務があるのだろう!なぜ、民を戦場に導く!?」

 

 

一気に捲し立てるウナト。

それにも何も言わないウズミに対し、ウナトは更に拳を振り上げる。

 

 

バキッッ!!!

 

 

先ほどよりさらに強い一撃だったらしく、ウズミは椅子から転げ落ちた。なおも拳を振り上げるウナトに対し、そこでようやくウズミは口を開く。

 

 

「…私とて、民を巻き込みたいわけではない。」

 

「ではなぜ戦う!?理念か?国是か?」

 

「そうではない!!」

 

 

立ち上がり、捲し立てるウナトより更に大声でウズミは否定する。

その顔に苦悩が浮かんでいることに気づき、ウナトは黙る。

 

 

「他国の争いに介入しない。結構だ!大層な理想だとも。だがそのような理念に民の命を捧げるほど耄碌はしておらぬ!…ウナト、分からぬか?地球連合に与し、プラントと戦う。コーディネーターと戦う。結構だ、私は結構だとも。この場にいる者も賛成するだろう。だが民は納得しないだろう。忘れたか、ウナト!この国には数多くのコーディネーターが暮らしていることを!!」

 

「…。」

 

「他国の争いに介入しないのではない、介入できぬのだ!オーブ建国の理念はそのことを婉曲に示しておるのだ。オーブは全てを受け入れる。人種、宗教、性別全てを受け止める。故に、オーブを害す国に対し民は立ち上がるであろう。だが、だからこそ外には干渉できぬのだ!コーディネーターを排斥する国に従う国に、コーディネーターはついてくるか?それではどうする?コーディネーターを我が国から追い出すか?…分からぬか、ウナト。オーブは理念を捨てた瞬間に、文字通り国家を維持できなくなるのだ。」

 

 

産業、労働、家庭構成…。この国ではその全てに平等にあらゆる民族が溶け込んでいる。例外は族長ぐらいであろう。そのような状態で特定の民族だけを取り除くことはもはや不可能と言っても良い。コーディネーターをオーブから取り除こうとした瞬間、国内の産業、労働、家庭は崩壊するだろう。

 

その事実に、ウナトは俯くしかなかった。この国は理想郷ではなかった。戦いか、無関心か。それしかできない、制約された国家だったのだ。その事実がウナトの心に重くのしかかる。

そんなウナトに、ウズミの声は続いた。

 

 

「…カガリの、あのバカ娘がやっていることはある意味では正しいのかもしれぬ。この国に民を守ることはもはやできぬ。新たな体制の下、新たな国家を作るべきなのやもしれぬ。…だが、」

 

 

そこで声を区切り、ウズミはウナトに笑いかける。

 

 

「だがその新しい国家で今のような楽園を作れると思っているから馬鹿なのだ。…ふん、気づく頃には結局どうにもならなくなっておるのだ。今の我らのようにな…。」

 

 

苦り切った、乾いたような笑みを浮かべるウズミに、ウナトは何も声をかけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71年 7月1日

オーブ近海 地球連合軍オーブ派遣軍総旗艦メルカトール 

 

「時間です。攻撃を開始します。」

 

「分かりました。」

 

 

総旗艦内に急遽設けられた豪奢な部屋で、アズラエルらは室内の武官から攻撃の開始を告げられた。

室内には今回の作戦参加国、要は地球連合加盟国の首脳級が集まっている。それぞれくつろいだ格好をしており、この3日間随分とゆったりしていたことが伺える。

今回の作戦は地球連合軍が初めて行う構成国全ての共同作戦ということで、常にはない体制が取られている。軍人も一作戦に参加する以上の階級のものが備えとして待機しており、本来であればいないはずの政治家まで待機している。…パフォーマンスという意味合いも多大にあるが。

アズラエルやジブリールもそのため参加しており、この部屋では3日前から地球連合の通常総会以上の勢いで様々な取り決めがなされている。一国の元首がこれだけ集まる以上、話し合うことはそれこそ無人MAの数ほどあった。とはいえ、3日も経つとさすがに話し合うことがらもだいぶ減り、雑談も多くなりつつあった。

ちなみにカガリは現在艦長席近くにいる。自らの国の最後を見たかったらしい。

 

「ほほう、ようやく『十字軍』が動きましたか。」

 

「アズラエル殿肝いりの作戦ですからな。」

 

「第1回十字軍ですから成功は間違いありませんな。」

 

「止めてくださいよ。私だって好きで言ったわけではないんですから。…まあさすがにオーブ相手に負けるとは思いませんけどね。」

 

 

2日ほど前からオーブ軍は動きを活発にしており、オーブ側が交渉拒否をすることは十分に分かっていた。一応「正義の軍隊」として期日は守ったが、2日前の時点でオーブの未来は決まったようなものと言える。

 

 

「まあザフトが動かないかが唯一の懸念事項ではありましたが…。」

 

「ふ、僕たち地球連邦軍の攻勢に手一杯なんでしょうよ。」

 

「ああ、カーペンタリアの方も順調らしいですね。」

 

「1週間後にはあるべき姿を取り戻していますとも。なんたって僕自ら育て上げた部隊を投入していますからね。」

 

 

オーブ攻略に向けて最大の懸案事項であったカーペンタリアからのザフトによる支援も、ユーラシア連合を中心とした部隊によって阻止されている。ジブリールの言葉を信じるのであれば、阻止どころか陥落すらも間近らしい。

 

 

「何にせよ、これで地球市民の団結した闘争が可能となるわけです。」

 

 

その言葉に、室内の全てが頷く。

開戦当初、このようなことになるとは誰も考えていなかった。今でも疑問はいろいろとある。それでも、団結は必要であると全員が考えていた。

 

 

 

 

  

 

 

 

 




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13/02/16 誤字修正 左東様、報告ありがとうございました。


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それはとても偉大な遠征で

オーブ攻略作戦は半日で終了した。

彼我戦力は1:5。短期決戦の構えを取ったとはいえ、オーブ軍に勝ち目はなかった。虎の子のM1アストレイも、日本軍のロボット部隊やキラ研究員によってOSを改良されたストライク・ダガーを前に苦戦し、そこを航空機に叩かれる。とてもではないが戦闘らしい戦闘は行えなかったのだ。

最終的にカグヤ島に立てこもった代表首長らがオーブの象徴とも言えるマスドライバー施設、モルゲンレーテ社を爆破し、自爆することで戦闘は終結した。オーブ連合首長国は国家の柱を自ら壊し、文字通り崩壊したのである。

ただ幸運なことにオーブ軍は市街地を利用したゲリラ戦を取ることはなく、非戦闘員に対する被害は最小限に抑えられている。予め避難勧告が出ていたのか、非戦闘員が集まっている区画にオーブ軍は兵力を全く展開しなかったため、彼らは戦闘に巻き込まれなかったのだ。

市民は、自らの楽園が失われていく様を見続けることしかできなかった。武器を手に立ち上がる時間も与えられず、新たな国家の宣言を受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

作戦後、地球連合軍は未曾有の勢いで軍拡を突き進んだ。壊滅的被害を受けた宇宙軍の再建なくしてプラント攻撃はありえないからだ。

アルザッヘル、プトレマイオスの生産ラインは勿論、世界樹再建や月面の新基地、各マスドライバー周辺での造船ラインの拡充など、地上はかつてないほどの活気に満ちている。新兵器の開発においても、職場を失った旧モルゲンレーテ社社員がロゴスの加盟各社に派遣されたことで開発速度が飛躍的に上昇していた。

 

 

一方でプラント側は地上拠点を次々に失陥。アフリカでこそ名将バルトフェルドの奮戦によって戦略的撤退が可能であったが、その他の地域では孤立した末の壊滅が目立っている。

南アメリカでは何をトチ狂ったか、クルーゼが部下と現地住民に祭り上げられ、南アメリカ合衆国正統派を名乗ってザフトとも敵対路線をとっているらしい。

事実上壊滅した地球連邦のこともあり、プラントの地上への影響力は事実上ゼロと言っても過言ではないだろう。

ザフトはその戦場を宇宙に移さざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

C.E.71年 10月15日

アラスカ JOSH-A

 

「それではC.E.71年、第4回地球連合総軍報告会を開催します。各担当者、報告をしてください。」

 

「はっ!東アジア方面軍より報告します。現在管轄区に戦線は発生しておりません。配備兵力に変更点なし。今後2ヶ月間のうちに予定通り宇宙戦艦4、同空母2、同防空巡洋艦6、…」

 

 

オーブ攻略から3ヶ月。地球連合軍の定例報告会では、各軍の復旧、回復が報告されていた。

地上軍はもとより、宇宙軍でも10個艦隊が完全戦力化。それまでの無人MAに加えて有人MS、無人巡洋艦も配備されている。世界樹の再建こそザフトとの熾烈な小競り合いの結果果たせなかったとは言え、無人巡洋艦を用いた通商破壊作戦はプラント側に対して効果を上げたらしく、今のところ宇宙での戦闘も互角に持ち込めている。もっともザフト側が戦力の転換を急ぎ、積極的攻勢に出なかったが故の互角であるために今後どうなるかは分からない。それでも、地球連合軍は着実にザフトとの最終決戦に向けて力をつけていた。

 

 

「宇宙軍より報告する。現在作戦行動可能な正規艦隊は10個艦隊。うち、日本軍より編入された第15、16艦隊を除き全艦隊の旗艦はアークエンジェル級となっている。また、各艦隊はそれぞれ無人MS800機、MS100機の搭載が完了している。完熟訓練には若干の難がまだあるが、実践は可能だ。」

 

「非正規艦隊に関しては、通商破壊艦隊が8個艦隊活動中です。こちらは消耗が激しいため、これ以上の増強は現状難しいと思われます。また、必要性も報告されていません。」

 

「なるほど。…ザフトの動きは?」

 

「ここ3週間大きな動きは見られません。旧世界樹宙域戦以来、長距離偵察を増強しているようですが、攻勢の兆しは見られません。ただ、MSの数がだいぶ多くなっていることは確認されています。食料プラントの開発が進んでいることから見ても、無人MSとの戦力変換は順調なようです。」

 

 

出席者の1人であるアズラエルの問いかけに答える形で、会議室のスクリーン上にザフトの要塞、ボアズ周辺の様子が映し出される。ボアズからは頻繁にMSが離発着する様子が見られ、その機体の多さを誇示しているようにも見られる。

 

ザフトに関する報告は出席者全員の顔を顰めさせるのに十分なものだった。

 

 

「なんにせよ…。」

 

 

それら一通りの反応の後、アズラエルはまた口を開く。

 

 

「なんにせよ、我々は長期戦を睨んでいるわけではありません。これ以上長々と軍拡を続けることは各国とも望んでいないでしょう。戦場が遠のいた現在、市民にも厭戦気分は発生しやすくなっている。」

 

「では…?」

 

 

傍らの武官の問いかけに答える形で、アズラエルは大きく頷いてみせる。

 

 

「計画の変更はありません。…今年中に決着をつけましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71年11月1日、地球連合軍はプラント本国攻略のため、艦隊を動かし始める。作戦参加兵力は6個正規艦隊+4個非正規艦隊。艦数170隻。MA5000機、MS600機。

まさに前代未聞の一大作戦になろうとしていた。

一方のザフト側も地球連合軍のこの動きを早期に探知。主力軍をボアズ要塞に集め、迎撃の構えを見せた。

 

 

 

「ボアズ要塞確認!ザフト艦隊複数確認!照合開始します!」

 

「敵戦力概算…ナスカ級20、ローラシア級30、MS200以上!ボアズより現在多数発艦しているもよう!」

 

「砲戦可能距離までおよそ30分!提督!」

 

 

ザフト発見の報が入り、地球連合軍艦隊が俄かに騒がしくなり出す。今回の作戦で総指揮官に抜擢された第8艦隊の提督でもあるハルバートンの元にも、続々と報告が入る。

 

 

「落ち着け!予定通りことを進めるのだ!…無人MAを艦隊側面に展開せよ。砲戦可能になり次第、予定通り斉射を行う!」

 

 

あまりにも膨大な数となったMAを効率的に運用するため、ハルバートンはMAを砲戦開始前に射出。MAを射線から退避させ、敵が砲撃により混乱したところに突撃させることを考えていた。勿論、事前の訓練は欠かせないが、もともと無人MAの運動はCPUに任されていることもあり問題はない。

一方で地球連合軍の切り札的機動兵器であるMS(こちらは有人)は艦隊の直衛として運用することとなっている。云わば予備兵力であり、敵が消耗したところで投入することになっている。ザフト側のようにパイロットがMSを運用できない以上、スペック的にもあまり強力とは言えない連合軍MSは宙間戦闘ではお荷物にしかならない。今回の作戦では、ボアズ要塞制圧の際の運用が注目されていた。

 

 

 

「敵艦隊、砲戦可能距離に入りました!」

 

「全艦、全砲門斉射!!」

 

「ファイヤーッ!!」

 

 

 

 

地球連合軍艦艇による砲戦から始まったボアズ攻防戦は、当初地球連合軍側の作戦通りに状況が変化していった。

艦砲の一斉斉射による急激な状況変化によって混乱したザフトに対する、圧倒的物量のMAの投入。これにより戦列の展開が遅れたザフト艦艇は一気に混乱に陥ったからだ。勿論、ボアズに存在する司令部からは随時的確な指示が出されるものの、雲霞の如く襲いかかってくるMAとの戦闘中に戦列を整えることなど並み大抵の努力では不可能だ。

 

 

「無人MA隊、新たにナスカ級1を轟沈!」

 

「戦線更に前進!提督、もう間もなくボアズが我が方のミサイル射程圏に入ります!」

 

「…勝ったな。」

 

 

ハルバートンはこの時、勝利を確信していた。オペレーターから次々に知らされる戦況はどれも地球連合軍の優勢、ザフト側の苦境を示すものであったし、そもそも圧倒的物量で奇襲攻撃が成功した段階で負ける方がおかしいと考えていたからだ。勿論、ハルバートンも伊達に智将と呼ばれる男ではない。コーディネーターの化物としか言い様がないスペックを過小評価することはなかったし、勝利を確信して気を抜くような真似はしない。それでも、この局面までくれば勝利を疑うことはできなかった。

しかし、それもオペレーターの発した新たな報告を聞くまでであった。

 

 

「…!?…て、提督!」

 

「どうした?…最後まで気を抜くなよ。」

 

「ち、違います。ボアズ要塞からのMS発艦量が変化していません!」

 

「何?…それは本当か?」

 

 

戦闘が開始されて既に3時間。いくら展開が遅れたとは言え、未だに戦力の展開が終わっていないということはあまりにも不自然だ。スクランブル発進が3時間もかかるようでは軍隊としてはお話にもならない。

…そう、普通であれば。

 

 

「予備兵力の投入ではないのか?」

 

「いえ、違います!戦闘開始からこの3時間、途切れずに発艦し続けています!」

 

「ありえん!ボアズに一体何機のMSがあったというのだ!!」

 

 

3時間発艦し続けているとすれば、仮に1機当たりの発艦時間が2分、ボアズのカタパルトが10本あったとすれば1800機MSが存在することになる。これに艦艇から発艦するであろう数を加えれば、総数は2000を超える。

そのことに瞬時に思い立ったハルバートンは、ぞっとした。今はまだ押している。敵は数を生かせない「戦力の逐次投入」という愚策を犯しているのだから。だが、これが2時間続いたらどうなるか?

未だMSを吐き出し続けているボアズが、今この瞬間にMSを吐き出し終わるのならいい。だが、そんな保障はどこにもない。ハルバートん指揮下のMAは5000。これに虎の子(というには甚だ疑問のある)MS600機を加えたところで、コーディネーター(の脳みそ)操るMS3000機を抑えられるとは到底思えなかった。

更に、

 

 

「て、提督!これ以上全力戦闘が続けば、無人MAの弾薬が不足します!!」

 

「各艦に問い合せましたが、既にMAの弾薬の50%、MA用の小型ミサイルに限って言えば60%を消費しているそうです!」

 

「推進剤のストック、現在確認中です!!」

 

 

そう。無人MAの大量運用は、戦闘物資を恐ろしい勢いで消費するという欠点があった。圧倒的物量を持って短時間で敵を圧倒する、がコンセプトのため、この点は仕方がなかった。物資運送のためだけの艦を建造することも検討はしていたが、今までザフトとここまでの長期激戦を繰り広げたことがなかったため、生産されていなかったのだ。(ちなみにこれまでは長期戦になる前に連合軍が壊滅するか、ザフト側の物量が限界に達するかしかなかった)

 

 

「敵兵力再確認!…ナスカ級8、ローラシア級15、MS…せ、1200!!」

 

「我が方機動兵力確認!…MA約3500、MS600!!」

 

「正面圧力増大!無人MA,戦力再転換中…ハウゼン参謀より、戦線を下げるよう具申が!!」

 

 

そしてそれらのことに気がついた瞬間、まさに狙っていたかのようにザフトの攻勢転移が始まった。数こそ未だ3倍を保っているが、つい先程までの攻勢で戦列が乱れだしている無人MAでは優秀なるコーディネーターのMSを抑えることはできない。ただ1つ、生身の人間と違い無人MAは疲労しないということだけが救いだった。

それでも、ザフトの攻勢を止めることはできない。

 

 

「チッ!…直ちに戦線を下げよ!戦列を整えるのだ!」

 

「ダメです!戦闘が激しすぎてMA動かせません!」

 

「敵MSの一部がMAを掻い潜りそうです!て、提督ッ!!」

 

「全艦、ミサイル発射管に装填中のミサイルを変更!対空ミサイルに変えろ!!」

 

「提督、艦艇も後退させましょう。このままでは危険です!」

 

「しかしそれではMAの援護がッ!」

 

「いや、…ホフマンの言う通りだ。MAは持つまい…。」

 

 

ハルバートンの言葉通りしばらくして、母艦へ補給を受ける余裕すらもなくなった無人MAは一気に壊滅。既に撤退行動に移っていた艦艇群にもMSは襲いかかってきた。

ハルバートンはこれを無人巡洋艦と連合軍MSを盾にすることで何とか迎撃。大きな損害を出しつつも、プトレマイオス基地へと撤退することに成功した。

 

最終的に確認されたザフトMS数は3200。

地球連合軍喪失戦力は艦艇の40%、機動兵器に至っては95%。

 

まさに大敗北となった。

 

 

 

 

 

 




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それはとても奇抜な協力者で

ボアズ攻防戦大敗北。

 

 

この報を受け、地球連合軍首脳部は皆机に突っ伏したという。

 

それほどまでの大敗北。許容量を遥かに超える損耗。想定外の敵兵力数。

そのどれもが、彼らにとって聞きたくのなかったものだった。

 

だが事実は事実。故に彼らは今後の協議のために集まり、計画の再考に向けて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

11月15日 アラスカ JOSH-A

 

「…損害は甚大であり、艦艇69隻、MA5000、MS330機を喪失しております。艦隊能力としてみれば、正規艦隊6、非正規艦隊4は完全に戦力外です。」

 

「ザフト側の被害も大きいようですが、戦力、特にMSの回復は順調なようです。」

 

「逆に艦艇は再建に手間取っているようですな。…やはり人的資源を多く要する船は数を揃えづらいのでしょう。」

 

 

地球連合軍総司令部であるJOSH-Aに集まった連合軍の高官達は次々と報告をし、現状の確認をしていた。命からがらプトレマイオス基地に逃げ帰ってきた今回の作戦に参加した艦隊の総司令官、ハルバートン中将がアルザッヘルに戻ったのが1週間前。そこから艦隊の状況やザフト側の情勢を収集し、纏められたものが現在報告されている。

再建されたJOSH-Aにてこれから再建しなければならない艦隊の報告をするのも皮肉な話である。

 

 

「…ですが、幸いなことに我が方の艦艇被害は無人艦に集中しています。」

 

「撤退の決断が早かったためでしょうな。あそこでズルズルと戦い続けていたら生き残りが存在したかどうか…。」

 

「そういう意味では、せっかく各艦隊に配備したアークエンジェル級の出番も少なかったですな…。」

 

 

報告すべき現状戦力の報告が終わると、今回の作戦の総括へと移る。会議室に多く設置されているモニターにはハルバートンを始めとする宇宙軍の高官、激務ゆえ任地から離れられない兵站・軍産部門の高官らが映るようになっている。

何とかして次からの作戦を考えるぞ、という気概が表情には浮かんでいた。

 

と、そのモニターの1つに映っていた男、アズラエルが口を開く。

 

 

「あそこまで機動兵器の数が揃えられるようであれば、今まで以上の防空能力を艦隊に備えなければいけませんね。」

 

「ですが、すでに無人MAの運用数は限界です。消耗物資についてもそうですが、既に限られた空間に展開できる限界数が艦隊には与えられています。」

 

「…それについては私も把握しています。」

 

 

アズラエル主導の下地球連合宇宙軍が構築した宇宙戦モデル。すなわち無人機動兵器の圧倒的数量運用は、これまで対ザフト戦で大きな成果を上げてきたといっていい。

戦争初期の大敗北を考えればこの短時間での戦況改善は驚異的と言えたし、コストパフォーマンスにしてもMAの低価格性によってそこまで問題になっていなかった。何といっても戦艦1隻の資源で無人MAが1000機作れるとも言われているのだ。人的資源が失われないことまで考えれば、まさにベストに非常に近いベターな戦術と言えるだろう。

 

だが、先の作戦はその戦術の限界を地球連合軍に突きつけた。

ボアズ宙域周辺という狭い空間に5000機のMAを数時間乱舞させる。それは第8艦隊を始めとする各艦隊の航空参謀が考えに考えて作り出した芸術的とも奇跡的とも言える部隊運用によって作り出された、まさに限界への挑戦の成果であった。

 

ただ飛ばすのではなく、戦闘行動を取らせるのだ。

ただ発砲するのではなく、敵にのみ発砲するのだ。

 

数が多くなればなるほど難しくなるということは、素人にでもわかる。そしてその限界が、ボアズ攻防戦であった。

 

 

結果は敗北。

どんなに弁明をしたところで、戦術的構造に限界があることは明らかであった。

故に、地球連合軍はこれからの宙間戦闘戦術について議論せねばならなかった。…それも短時間に、だ。

 

 

「無人MAの質的向上は暫く難しいでしょう。無人巡洋艦の数を増やすことで対応するしかないのではないでしょうか?」

 

「しかしアズラエル閣下、通商破壊作戦にも従事させている無人巡洋艦を全ての艦隊に配備するとなると、かなりの時間が必要ですぞ。」

 

「いっそ補給専門艦を艦隊に配備し、無人MAを今以上に配備してはどうか?一気に運用することはできなくとも、順次戦線に補充していけばよかろう。」

 

「バカな!戦力の逐次投入以外の何者でもない!」

 

 

だが、そう簡単に新戦術が考案できるのであればアズラエルも地球連合軍も苦労はしない。妙案も浮かばず、既存の戦術の塗り直しでお茶を濁すしかないのでは、と皆が考え出していたとき、その男が口を開いた。

 

 

「核を使うべきでしょう。」

 

 

と。

ユーラシア連邦の代表の一員として参加していたジブリールの発言であった。

 

 

「奴らが数を用意するのであれば、僕たちはそれ以上の力で迎え撃てばいいだけです。あるじゃないですか。あのクソ鼠どもを浄化するのに最適なものが…。」

 

「それが核、かね?もっともな言だがな、それが使えんから我々は開戦初期から苦労しているのではないか…!」

 

「だーかーら、その忌々しい制約を無くすべく研究しろって僕は言ってるんですよ!だいたい今まで使えなかったからって何でこれからも使えないこと前提なんですか、皆さんは!挙げ句の果てに負けた戦術の二番煎じで対応なんて、皆さんはアレですか?青き清浄なる空を蝕むクソ鼠どもの、スパイか何かですか!?」

 

 

ジブリールの暴言とも言える発言に、室内の面々の何人かは顔に憤怒と言っていい表情を浮かべた。だが、確かに正論。それ故に誰も面と向かって反論できない。

それに気を良くしたジブリールは一気に自論を展開する。

 

 

「いいですか、半年です!半年!それまでは僕がクソ鼠どもを宇宙に留めておいてあげます。その間に、皆さんにはNジャマーキャンセラーを開発してもらいますからね。そうすれば幾らでもクソ鼠を殺せますからね!」

 

「は、半年もどうやって時間を稼ぐつもりだ!だいたい、その作戦であれば今までの戦術での時間稼ぎでもいいではないか!」

 

「はッ!バカですか、あなたは!今いる艦隊で半年も時間を稼げるわけがないじゃないですか。無人MA?無人巡洋艦?…たかだか半年で作れる量で、本気でクソ鼠どもを止められると思ってるんですか?だいたい、作った分全部消費してたらキャンセラーの開発ができても護衛がいないじゃないですか!」

 

 

ジブリールは反論する大西洋連邦出身の参謀を一蹴すると、その挑戦的な目をアズラエルへと向けた。目には野心の炎が灯っており、ジブリールの考えは明らかであるがアズラエルとしては止める気になれない。アズラエルとしては戦争に勝てるのであれば正直今の地位は幾らか彼に押し付けたいぐらいだからだ。

だからと言って勝算が確定しないうちから認める気も、当然ない。

 

 

「ジブリール殿の仰ることは大変結構です。ですが、Nジャマーキャンセラーが半年で完成するという保証はあるのですか?。私の財閥でも未だに開発目処は立っていませんよ?それに半年もザフトを抑えられる手段はあるのですか。あなたご自慢の強化人間を使ったところで、あの物量を止められるとは思えないのですが…。」

 

「勿論!僕がその程度のことを考えなかった訳がないでしょう!」

 

 

アズラエルの疑問に対し周囲の軍高官らが、そうだそうだとばかりに頷く。一方でジブリールはそれに対しても余裕の笑みを崩すことはない。それどころかよく訊いてくれた、とばかりに更に声をヒートアップさせる。

 

 

「まずキャンセラーについてですが、僕はあれを一から作る気はありませんよ。糞忌々しい小道具ですが、それを作ったのはあのクソ鼠どもなんですからね。奴らが作ったものを奪えばいいんですよ…!」

 

「だが、Nジャマーキャンセラーはザフト共ですら開発できていないそうではないか!無いものを奪うことはできん!」

 

「だいたい、あったとして奴らがそれを簡単に漏洩させるものか!」

 

「そこが僕とあなた方の違いということです!あなた達は本当にあのクソ鼠どもがキャンセラーを開発できていなかったと思っているんですか?そんなわけがないでしょう!あの小汚い鼠どもは核を復活させることを恐れて開発しなかったに過ぎません。逆に言えば、状況が変われば開発するに決まっているんですよ!」

 

 

開戦以来地球各国が躍起になって開発しているNジャマーキャンセラーだが、未だに完成の目処は立っていない。しかし当然のことではあるが、開発側であればキャンセラーの開発は容易なはずである。

今までザフトがキャンセラーを開発しなかったのはなぜか?

それは開発するだけのメリットがなかったからだ。エネルギー十分のプラントでは、核の使用用途などMSのバッテリーや戦術兵器ぐらいしかない。そして、前線でそのようなものを使用すれば、いつの日かその兵器を鹵獲するであろう地球連合もキャンセラーを使用できるようになってしまう。それはザフト側にとって非常によろしくない未来といえよう。

 

 

「あのクソ鼠は禁断の兵器によって有利に立ったと思っているからこそ、キャンセラーを開発していないに過ぎません。だったら、そう思えなくすればいいんです!」

 

「無茶を言うな!アレを相手に互角な戦闘などできるものか!」

 

「だから、何度も言わせないでくださいよ。あなたの頭は帽子掛けなんですか?状況を変えると何度も言っているでしょう?」

 

 

ジブリールに嫌味っぽく言われ、反論した武官が顔を真っ赤にする。それを隣の初老の武官がいなすと、目線で続きを促した。

 

 

「今クソ鼠どもが有利なのは、禁断の兵器が相当量量産できることが前提になっていますよね?それを覆せば、…状況は変わりませんか?」

 

 

ジブリールの言葉に何人かが目の色を変える。

 

 

「…生産施設か。」

 

「そうです!僕の財閥はもともと生物・薬学系がメインでしたからね、分かるんですよ。クローンの大量生産にはそれ相応の施設が必要なんです。それも、他にはなかなか使えないような特殊な施設がね。そんな訳の分からない施設、プラントには開戦前に無かったじゃないですか。ってことはです!あるはずなんですよ、その施設が、プラント以外のどこかに!」

 

「ど、どこにあるんだ!?」

 

 

ジブリールの勿体ぶった口調をも無視して、ある事務官が問いただす。会議室の面々は程度の差こそあれ、ジブリールに話しの続きを促していた。

その注目を受け、満足そうに頷いたジブリールは室内の使われていなかったモニターを操作した。それまで待機していたのであろう、ある人物がすぐに映される。

 

 

「では、彼に説明してもらいましょう。…元ザフト軍人である、ラウ・ル・クルーゼ氏に。」

 

 

画面には仮面の男が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルーゼが会議室の面々に簡単な交渉を提案した。

クルーゼはザフトのクローン兵生産施設がある場所の心当たりを言う代わりに、会議室の面々は南アメリカ合衆国の正統政府としてラウ・ル・クルーゼ率いる勢力を認めること。そして新生南アメリカ合衆国の地球連合加盟を認めること。

両者はこれを認め、密約を結んだ。勿論、この場には国家元首が不在のために実行力はない。クルーゼはその点を指摘し、実際に密約が実行された後に情報を提供することを提案し、これもまた認められた。クルーゼが後に密約を履行しなければ武力制裁すればいいだけなのだから、地球連合側にしてみれば何の問題もない。

 

現在南アメリカ合衆国の正統政府を主張している大統領派の最大支援者であるジブリールが仲介した段階で、この交渉は決まったも同然であった。

 

 

 

 




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13/04/11 誤字修正。知ったか豆腐様、ありがとうございました。


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それはとても危険な作戦で

L4コロニー メンデル

 

 

「…はあ。」

 

「ザラ隊長?どうかしましたか?」

 

「ん、いや、何でもない。」

 

 

ボアズ攻防戦が勝利で終わり、アスランはフェイス隊長としてメンデルに配属されていた。任務受領当初こそ廃棄コロニーのはずの任地に首をかしげたものの、今では任務の重要性ははっきりとしている。

それでも、アスランはため息を吐かざるを得なかった。

 

 

(見てください、アスラン。これが、この戦争の真実なのです…。)

 

 

アプリリウスでの短い休暇以来脳内で木霊するラクスの言葉。そしてその際見せられたビデオ映像。アスランにはそれを頭から離れさせられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラクス、これは一体?」

 

 

ラクスに腕を引かれ、連れられたある建物内で見せられた映像は衝撃的なものであった。

隠しカメラで捉えられたのであろう、画質の荒い映像ではあるが、それでもそれが異常な映像であることはアスランにも分かる。

 

 

「…アスラン、あなたなら分かると思いますわ。本国に戻りつつある兵士と反対に、MSが次々と量産されている今の異常性。」

 

「議長がクローン兵士の導入を決断したと聞いています。…まさか、これがその?」

 

「そうです…。兵士を量産することだけを突き詰め、作り出された哀れな命。その成れの果てが、MSに乗っているのですわ。」

 

 

ラクスの淡々とした、しかし激情を秘めた声にアスランは呆然とする。画面では人間の脳を搭載し終わった箱をMSのコックピット部分に詰め込む作業が行われている。外からは中身をうかがい知れない黒い箱と、MSから伸びている多くのチューブが接続され、最後にハッチが閉じられ、ラインを流れていく。外見からはジンにしか見えない、『友軍』の完成だ。

 

 

「…アスラン、私はこの命を弄ぶ兵器を許すことができません。ザラ議長の言う、戦争による自由の獲得も、そのための犠牲も…。武器を捨て、平和を、子供たちにも誇れる平和を作るべきですわ。」

 

 

その言葉に答えられないアスランに対し連絡先を記した紙を渡すと、ラクスはその場を立ち去った。アスランは唐突にして衝撃的な情報に、混乱するしかなかった。

 

その後のボアズ攻防戦で奮闘したアスランであったが、無限とも言える友軍の正体を想像するだけで背筋を寒気が走りもした。

戦闘後の友軍MSのデブリからブラックボックスの中身が漏れ出しているのを見つけてしまった時など、思わず吐いてしまいもした。

今でもその光景は鮮明に覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

部下が立ち去った後の室内で、アスランは1枚の紙片を睨みつけた。そして大きく息を吸い込み、電子端末に番号を入力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.72年 2月15日 プトレマイオス基地

 

 

「第5艦隊出撃!」

 

「同じく第12艦隊出撃!」

 

 

オペレーターの叫びを聞き、アズラエルはため息をついた。この4ヶ月、プトレマイオス基地ではなんとか再編した艦隊が出撃し、ボロボロになって帰ってくることが続いていた。既存の地球連合軍宇宙艦隊で完全編成のものは既に殆ど無くなっており、司令部では「危険な状態」にあると判断されている。

 

 

「…はあ。」

 

「アズラエル司令、お疲れですか?」

 

「いえ、艦隊配置図を見てしまっただけです。…本当に、碌な状態ではありませんね。」

 

「ははは。…それでも戦い続けられているだけ、まだマシでしょう。ジブリール殿の言葉は嘘ではなかったようですな。」

 

 

士官の言葉にアズラエルは頷く。

そう、大敗北以来危機的状態にある連合軍であったが、未だにボアズからのザフトの圧力を跳ね返し続けてはいるのだ。ボアズ攻防戦でザフト側が艦艇を多く失ったことも一因ではあるが、それ以上にジブリール自ら率いる部隊が前線を支え続けている。

 

 

「強化人間、でしたか。数を揃えられないのが難点ですな。」

 

「それ以前に倫理や人道上許されませんよ。…たった3人の成功の裏に、一体いくつ死体が転がっているか分かりませんからね。…それに頼らざるを得ない、という私達は、あちらと何が違うのでしょうね。」

 

 

アズラエルの言葉に士官は黙る。分かってはいる。それでも、今は使わざるを得ない。

 

 

「…今の状態を許容しない、という点で異なります。我々は、彼らのように逃げません。」

 

「そうですね。そう、心に刻みましょう。」

 

「ええ。…それより司令、そろそろでは?」

 

 

士官の言葉にアズラエルが時計に目を向けると、会議をはじめる時間に迫っていた。

 

 

「そのようですね。では行きますか。…君、ありがとうございます。」

 

「いえいえ、閣下のご武運を祈っております。」

 

 

士官からの敬礼を背中に受けながら、アズラエルは会議室へと向かう。

会議室では既に参加者が全員揃っていた。

 

 

 

「皆さん揃っているようですね。それでは会議を始めましょうか。…メンデル奇襲作戦会議を。」

 

 

 

 

 

 

 

プトレマイオス基地 第4会議室

 

 

会議室前面に立ったアズラエルは、儀礼的に挨拶を述べるとすぐに作戦について話し始めた。

 

 

「皆さんもご存知のとおり、ボアズ攻防戦以来私達は劣勢に立っています。今でこそジブリール殿を先頭に残存艦隊で敵の圧力を抑えていますが、それもあまり長くはもちません。地球連合軍総司令部は敵の新型兵器生産施設を攻撃する作戦を立てました。それが私たちの従事する作戦です。」

 

 

そこまで一息に話すと、アズラエルは椅子に座る仮面の男に目を向ける。それを受け男は立ち上がる。

 

 

「幸いなことに、私達は敵の生産施設に関する情報を手に入れられました。…ミスター・クルーゼ。」

 

「クルーゼで結構。元ザフト南北アメリカ方面軍総司令官、ラウ・ル・クルーゼだ。故あって今回の作戦に協力することとなった。

…情報についてだが、敵生産施設はL4コロニー、メンデルにある。私がプラントにいたとき奴、ああ、デュランダルがそこで研究をしていた。まず間違いないだろう。」

 

 

仮面の男、クルーゼの発言に一同は驚かない。…どうやらクルーゼがいることに対する驚きからまだ戻っていないらしい。

その様子にアズラエルはため息を吐くと、説明を始めた。

 

 

「クルーゼ氏は南アメリカでザフトによる『切り捨て』をされた後、現地人からの支持で南アメリカ合衆国で活動していたのですよ。今作戦に協力することを条件に、地球連合側もクルーゼ氏を元首として認める取引を結んでいるのです。」

 

「プラント側に別に忠誠を誓っていたわけではないので、な。」

 

 

2人の言葉に一同は一応頷く。その反応にアズラエルは満足し、説明を先に進める。

 

 

「ともかく、これで作戦目標は判明しました。当然ザフト側も警戒しているでしょうから、少数部隊での奇襲を行います。ここにいるメンバーで、ですね。」

 

「ザフト側も隠蔽のためボアズのような防衛力は持っていないはずだ。問題はあるまい。」

 

 

クルーゼはアズラエルがスクリーンに映し出したメンデルの構造地図に自らの知っている防衛施設を書き込んでいき、説明した。元が廃棄された研究コロニーだったこともあり、軍事要塞として建設されたボアズのような防衛力はない。

 

と、そこで大人しく説明を聞いていたフラガが立ち上がる。

 

 

「アズラエルさんよ、そこまで分かってるんなら奇襲じゃなくてもいいだろ。少数で奇襲なんて博打もいいところだぜ。」

 

 

その言葉に会議室の面々は頷いた。

この場にいるメンバーだけ、ということから推察される戦力は艦艇3、機動兵力も少数となる。少数精鋭とばかりに、キラやクルーゼ、イザークといったエースが揃っているとはいえ、やはり博打の要素は高いと言える。

数を集めての正攻法こそ連合軍流なのだ。フラガの疑問は全員の疑問でもあった。

 

 

「質問は挙手をしてから…まあいいでしょう。フラが少佐の発言も最もですが、それができない事情がこちらにもあるのですよ。

まず1つ目の理由ですが、地球連合軍の総兵力は現在減少傾向にあります。ジブリール殿の奮闘で戦線の維持こそ出来ていますが、機動兵器も艦艇も損耗著しく現行の艦隊の維持すらできかねています。

そしてもう1つの理由ですが…。…これを見てください。」

 

 

アズラエルはそれまでメンデルの見取り図を映し出していたスクリーンを切り替え、ある巨大人工物を映し出した。

 

 

「これは…?」

 

「プラントにいる情報班より報告された、ザフトの切り札です。その名も『機動要塞ジェネシス』です。」

 

 

機動要塞を映し出す映像と共に別のスクリーンに情報班が手に入れたデータが表示される。その情報から、ジェネシスは大規模なMS格納力を持つ機動要塞であることが読み取れる。

 

 

「現在ジブリール殿らが戦線を維持できているのは敵の艦艇、すなわちMSの母船が少ないからです。それでも私達はジリ貧状態なわけです。そこにこのMS1000~2000機格納可能な機動力を持つ要塞が投入されたらどうなるか、皆さんならお分かりですよね?」

 

 

アズラエルの言葉に会議室のあちこちから呻き声が上がる。2週間前、急にこの情報を告げられた地球連合軍総司令部で見られた現象と全く同じ光景だ。質問したフラガ少佐も呆れたような苦笑いのような表情を浮かべている。

アズラエルも苦笑したが、それでも会議を先に進めた。ここで呻いていても仕方がないのだ。

 

 

「ですから、この機動要塞が本格的に運用される前に敵のMS生産力を奪う必要があるのですよ。…作戦開始は4日後です。とにかく時間との勝負ですからね。」

 

 

あまり良い反応はなかったものの、もともと少数部隊でのメンデル奇襲攻撃は予定されたものであったので質問などは見られない。変更点は期日が大幅に前倒しとなったことぐらいなのだ。

 

 

「…特に質問もないようなので、今日の会議はここまでとしましょう。解散して結構です。」

 

 

 

 

会議が解散されると、アズラエルは早々に部屋から出ていった。後に続く者もいるが、雑談をはじめる者もいる。イザーク等は真っ先にクルーゼの元へと向かう。

 

 

「隊長、政府から作戦後の出国許可が下りました!これで俺もまた隊長の下で戦えます!」

 

 

イザークの威勢のいい声に、クルーゼは仮面の下で微かに表情を緩める。

 

 

「そうか、喜ばしいことだな。君を頼ることも多くあるだろうからな。」

 

「はい!今回の作戦でも日本軍所属に一応なってはいますが、裁量行動が認められました。」

 

 

元ザフト組2人の後ろでも、久々に一同集まることとなった旧アークエンジェル組が会話に花を咲かせている。

 

 

「まあこうして集まってるとラミアス少佐を副長って呼びたくなっちまうよなー。」

 

「そ、そんな…。今回は私は一介の技術将校なんですよ。」

 

「少佐、フラガ少佐は冗談を言っているだけですので間に受ける必要はありません。」

 

「お、言うねー。そういう君もラミアス少佐に敬語を使ってるじゃないか、バジルール艦長?」

 

「そ、それは…。」

 

「あはは…。変わってないのは僕だけってことですね。」

 

「いやいや、お前が一番変わってるから…ヤマト大尉。」

 

 

懐かしい人との慣れない階級を使った会話にギクシャクしているものの、そこには素直に会話を楽しむ集団が存在している。

他にもオーブ戦では肩を並べられなかった各国の宇宙軍士官がお互いの国について話し合ったりと、困難な作戦を前にした良くない緊張感は漂っていない。精鋭の名に恥じぬ、心身ともに精強な部隊が会議室にいる面々なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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それはとても密やかな作戦で

3月5日 02:20 メンデル奇襲部隊旗艦 ドミニオン

 

 

 

ピーン……ピーン………

 

 

「アクティブ・レーダー、減少。敵MS、離れていきます。」

 

「機関始動、微速前進!」

 

「僚艦へ発光信号送れ!」

 

「コンディション、イエローに下げろ。」

 

「了解、コンディション・イエロー発令!無線封鎖解除!」

 

 

何度目かの緊張時間が過ぎ去り、ブリッジではそこかしこでため息が吐かれた。司令官として提督席に座るアズラエルも、無意識のうちに強ばっていた全身から力を抜く。

何度経験しても慣れない嫌な緊張感にため息を吐きつつ、アズラエルは今回の作戦方法の細部を詰めた会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月5日 アルザッヘル基地 

 

 

「動員兵力は3隻の戦艦と機動兵力のみ。……奇襲以外不可能なのは確かですが、問題はどのようにしてメンデルまでたどり着くか、ですね…。」

 

 

アルザッヘル基地内にある比較的小さな会議室にアズラエルの声が響き渡る。室内にはアズラエルとクルーゼしかいないが、いつもと同様会議自体にはモニター越しに複数人が参加している。

モニター越しの参加者は地球連合軍参謀本部にいるが、アズラエルと同じ宙域図を見ていることだろう。

 

 

「ザフト側はボアズ―月間の制宙権巡って我が軍と激戦を続けております。メンデル方面の警戒は薄いのでは…?」

 

「しかし全くの無警戒というわけではないだろう。奴らは船こそ足りていないが、MSは既に半ば量産体制を確立できているのだ。長距離偵察ぐらいしているはずだ。」

 

「偵察機を適宜迎撃すれば?」

 

「そんなに容易く落とせる迎撃機など見たことがないわ!」

 

 

アズラエルが提示した問題は切実であった。

何せ今回の作戦で連合軍は前代未聞の小戦力しか用意できないのだ。これまでのようにとにかく質より量、圧倒的物量で短期決戦という作戦は使えない。

 

悩む参謀たち。

それを救ったのはクルーゼであった。

 

 

「なに、奴らの道具を逆手に取ればよいのではないかね?」と。

 

 

 

ザフトの拠点宙域では、地球連合軍の核攻撃を恐れ常にNジャマーが散布されている。その副産物として無線や精密レーダーが封鎖されてしまう当該宙域では、警戒する方法が限られていた。

 

 

「奴らが見つけられるのは高温を発する物体と、自ら強力な電波を発している存在だけだ。逆に、我々からすれば偵察機は強力な電波を出しっぱなしの存在に過ぎん。」

 

「なるほど!では奇襲部隊はパッシブ・レーダーのみを起動させ、敵が接近し次第機関を停止させるだけで回避できるのか!」

 

「無論、一定以上近づけばレーダーに反応されてしまうだろうがね…。……機関を停止させればこちらは迎撃も満足にできん。」

 

「いえ、もともとこの作戦は奇襲でなくなった瞬間に失敗なのです。そしてこの作戦が失敗すれば、戦争の勝利も難しくなる。……失敗後の保険は不要です。」

 

 

アズラエルの発言に画面越しの男達も頷く。

かくして、地球連合軍の精鋭部隊をかき集めた作戦部隊は、目標までコソコソと這いよって行くことが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……確かに今のところ順調ではありますね。」

 

 

回想をやめ、現在に戻ってきたアズラエルは改めて現状を評価した。

これまでの道のりでザフト側の長距離偵察機を3回やり過ごしている。時間こそ通常航行より掛かっているものの、安全が保障されていることは何にも代えられない。

 

 

 

「アズラエル中将、目標ポイントまで残り15時間を切りました。」

 

「分かりました。パイロットに最後の休憩をとらせてください。艦隊は規定通りに。」

 

「了解しました。」

 

 

奇襲部隊は目標のすぐそこまで迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月5日 17:00

 

「アクティブ・レーダー感知!敵、こちらを補足しています!」

 

「迎撃態勢!……中将!」

 

 

メンデルに近づいた奇襲部隊は、戦闘行動へと移れる通常航行へ移行していた。当然、大規模な熱量を発する戦艦をザフト側が見逃すはずもない。クルーの報告はその動きを示すものだった。

 

 

「できればもう少し近づきたかったのですが……。仕方ありませんね。……予定通り、メンデル奇襲部隊を出してください。」

 

「了解!対空迎撃態勢!MS及びMAを出せ!!」

 

 

アズラエルの作戦開始命令を聞き、バジルール艦長はすぐさま指示を出す。

ドミニオンからの指令を受けた僚艦ローレライとウンモからもMSやMAが飛び出していく。

メンデル奇襲作戦は連合軍側の奇襲成功という形で始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「敵、続々とMSを排出中。……現状50機。毎分5機増加中。」

 

「敵MS照合……ゲイツです!」

 

 

奇襲部隊の存在に気付きつつも先手を奪われた形となったザフト側だが、それでも迎撃態勢を急ぎ完成させつつあった。

船こそないものの、メンデルは兵器と兵士の生産施設。そこらの都市やコロニーと比べて段違いの兵力を有しているのだ。時間さえ稼げば勝てるとザフト側指揮官は踏んでいるだろう。

 

当然、アズラエルとてその程度のことは分かっている。

 

 

「規定通りに!機動兵器はメンデルへ!ウンモを下げ、我々だけで敵MSを止めてください!」

 

「了解!対空火器システム、接続状態確認!」

 

「アイ・マム!ドミニオン対空火器システム、接続確認!ヘルダート、グリーン!ウォンバット、グリーン!バリアント、グリーン!イーゲルシュテルン、グリーン!……システムオールグリーン!」

 

「ウンモ感応頭脳と接続!……キララ、ユーハブコントロール!」

 

『こちらキララ。アイハブコントロール。ローレシアとの接続も順調よ。』

 

 

 

日本側の最新鋭宇宙戦艦ウンモには、スーパーコンピューターの化物と言える感応頭脳『キララ』が搭載されている。この人工知能を搭載するために戦艦としての兵装の大半を失っているため、ウンモ単体の戦闘能力は激減しているが、それでもアズラエルはウンモを今回の作戦に無理矢理参加させた。

……感応頭脳『キララ』は並のスーパーコンピューター以上の計算力を備えているからだ。

 

その『キララ』に、アズラエルは今回の作戦に参加する艦艇の対空兵装を全て委ねさせる。

結果は目で見える形となって現れる。

 

 

 

「敵MS接近!数、20!」

 

「対空兵装起動中!……迎撃5機!凄い、命中率2割です!」

 

 

最適射線の計算のみならず、未来予測をも最速で正確にこなす『キララ』の迎撃は対空兵器の物量を効率的に用いており、これまでにない艦船有利な状況を作り上げる。

 

 

「エゲツナイですねぇ……。」

 

『あら、そちらが頼んできたことよ?……それに、効率性には限界があるわ。このペースで敵が増えたら……そうねぇ、もって後2時間かしら…。』

 

「それまでにメンデルを潰せるか、ですね……。」

 

 

アズラエルが見やったレーダー・レンジではメンデル周辺での戦闘の様子が映し出されている。各艦を飛び立ったMSやMAは必死にメンデルを守ろうとするゲイツの相手をしつつ、次々と内部へと侵入していく。

敵の司令官はこちらから加えられる対艦ミサイルなどの攻撃にも翻弄されているらしく、防衛設備を用いた迎撃が散発的となっている。MSの防衛に余程の自信を持っていたのだろう。

 

 

「あなたを使えば短期戦には勝てるのかもしれませんねぇ……」

 

『無茶を言わないで頂戴。流石に5000機の無人MSなんて操りきれないわ。』

 

「ウンモ級は確か……」

 

『まだ1隻しかないの。この船の建造にいくらかかるか知ってるでしょ?』

 

 

ウンモ級はもともと外宇宙探査船として設計されていたらしく、量産性やコストパフォーマンスというものが度外視されている。今回の戦争の戦局を変えられるほどの数は揃えられない。

それでも、メンデルの攻略が成功し、ジブリールの言う戦略が成功するのであれば何も問題はない。

 

そう、アズラエルは頭の片隅で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻 メンデル 防衛司令部

 

 

ラクスから預かった番号との宙間連絡をとり、いくつかの話し合いをしたアスランは心を穏やか……という程ではないが、それでもそれまでのような強迫的な葛藤に苦しむことのない状態でいられた。

部下たちもそんな隊長の様子にほっとした様子を見せている。

 

 

(独立は悲願だが、そのために正義も志も失っては唯の野盗と同じ……。まずは父の説得。……そのためにも、状況を変える必要が有り、ちょうど都合がいいように連合軍がこの拠点に奇襲をかけてくる……か。)

 

 

アスランとしては前議長、シーゲル・クラインが目標としていた地球連合との講和による戦争終結というシナリオに別段文句はない。

彼が軍に入った動機は父の命令と、母のような犠牲者をこれ以上生み出さないという思いだけだ。ナチュラルに報復やら、正義のありかたとやらにはそこまで興味はない。……と、いうよりそんな事は分からない。何せ義務教育も中途半端に軍学校に入学したのだ。そこそこ頭の回ったアスランは、教官たちによる思想教育には染まらなかったが、だからといって独自の価値観なんてものは築けていない。

 

 

(……ともかく、まずは自然な感じで連合軍にここを破壊させる必要がある。接収されない程度の激戦……ラクスは厳しいな。)

 

 

ラクスからの『お願い』を思い出したアスランは思わず頬を緩ませる。

 

 

と、司令部内に慌ただしい雰囲気が流れ出したことに気づく。

 

 

 

 

ヴィーーッ!ヴィーーッ!

 

 

『コンディション・レッド発令!コンディション・レッド発令!全兵員は直ちに所定の配置に就くように。繰り返す……。』

 

 

警報とともに始まったアナウンスを聞いたアスランは、司令室へと走り出す。

ラクス所属のザフト兵として、戦う時が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況は!?」

 

 

司令室に駆け込んだアスランは手近なところにいた司令部付きスタッフに声をかける。

室内はてんやわんやといった感じで、司令官を始めスタッフは大声を上げ、走り回っている。

 

 

「ザ、ザラ隊長!敵襲です!」

 

「ああ、それはアナウンスから分かった。それで、敵の位置と規模は?」

 

「戦艦3隻と機動兵力だけのようですが、距離2千を切っています!」

 

 

兵士の指差すスクリーン上に映るレーダー・レンジを見ると、確かに敵表示の艦船3隻が、ここから非常に近い位置に表示されていた。

 

 

「なぜここまで近づかれるまで気づかなかったんだ!?」

 

「ふ、不明です~。」

 

 

思わず本気で怒鳴りつけてしまい、怒鳴りつけられた兵士は我がことのように萎縮してしまう。

そんなアスランの怒鳴り声に、ようやく彼の存在に気づいたらしい防衛司令官がアスランへ声をかける。

 

 

「おお、ザラ隊長!……ご覧の有りさまでして、ナチュラルのアホどもに見事に奇襲をかけられました。一体どんなペテンを使ったのやら……。」

 

 

眉間に青筋まで浮かべて忌々しげに言い放つ司令を見て、逆にアスランは落ち着くことができた。よくよく考えれば連合軍の兵力の少なさから言って奇襲でもかけられなければラクスとの約束は守れない。

 

 

「司令、ともかく連合を迎撃しなければ。」

 

「まったくこれだからCICは……はっ!そうでしたな!現在ゲイツのスクランブル発進を急がせております。なぁに、近寄られはしましたが奴らは少数。新鋭機ゲイツを前にすればすぐにも蒸発してしまうでしょうな。」

 

 

ウハハハハ!と、今度は一転して豪快に笑い出す司令官に、アスランは少しだけザフト上層部の未来を心配してしまう。

アスランも愛想笑いを返しておいたが、さてこれから自分はどうするかと悩む。前線へ出てしまえば乱戦を理由に味方の足を引っ張ることぐらいできるだろうが、ここにいては何もしようがない。

 

と、悩んでいたところでタイミングよくレーダーの監視を続けていた兵士から叫び声が上がる。

 

 

「し、司令!敵機動兵力、ゲイツの迎撃を振り切ってこちらに向かってきます!敵母船も対空攻撃力が異様に高いらしく、なかなか落とせません!」

 

「なに~ッ!!」

 

 

司令が慌ててレーダー・レンジを確認すると、確かに敵艦船から飛び出たであろう機動兵力がほとんど何の障害も無いかの様にここへと向かってくる様子が映っている。

追いすがるゲイツの数が減っていることからして、どうやら相当の手練が乗っているらしい。

 

 

「どういうことだ!ゲイツは我が軍の最新鋭機体だったはずではないか!」

 

「わ、分かりません!しかし実際に敵は接近しています!」

 

「ぐぐぐぐぐ……。」

 

 

歯ぎしりする司令官。そこにアスランは可能な限り真面目な顔をして声をかける。

 

 

「司令、私も出ましょう。」

 

「ザラ隊長!……そうですな、一騎当千と言われるフェイスの方々に出て頂ければ

安心ですな!」

 

「いや、そこまで言われるほどではありませんが……。」

 

 

パッと顔色を変えられ、ここまで単純に頼られると何だか罪悪感が湧いてしまうが、可愛いラクスとムサイおっさん司令など比べるまでもなく優先順位がつく。

 

ともかく、アスランはメンデル宙域へと飛び出すことに成功したのであった。

 

 

 

 




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