東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~ (酔歌)
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プロローグ
始まりであり、相違点。
*読了後に読むことをお勧めします。
紅魔館にて――
私、レミリア・スカーレットは大図書館に来ていた。理由は単純で、暇を持て余していたからだ。
魔法使いであるパチュリー・ノーレッジは、新しく仕入れた書を読んでいた。メイド長の十六夜咲夜に頼めば、香霖堂の古本をいくらでも購入してきてくれる。私と彼女は「レミィ」と「パチェ」で呼び合う仲ではあるが、決して相思相愛なわけでない。友人だ。
本人の言う事に書の内容は、魔法を使ってあるタイミングの未来を予測する方法を記した物らしい。
パチュリーは早速試すと言い、書を机から退けた。小さな丸鏡を置き、書の通りに詠唱を始めた。魔法を詠唱しているその姿は、真剣そのものだった。もっとも、私には何が書かれていたのか理解できなかったけれど。
「魔移りするわよレミィ」
パチュリーは私に注意を促したが、離れなかった。吸血鬼をなめるんじゃあない。しばらくすると、丸鏡の周りを漂っていた魔法陣が拡大し、一度止まったかと思えば今度は急に縮み始めた。
「わっ!」
丸鏡の中に消え、ある情景が浮かんできた。パチュリーは苦笑いし、「面白いことがあるかも」と私に伝えた。私は笑って、ふーんと言ってやった。
*
どのくらい後だったか。迷いの竹林に住んでいる元月人の永琳とかいう奴がやってきた。
客室に案内して、咲夜に紅茶を用意させた。決して綻ぶことは無かったけれど、覚悟を持った目をしていた。何を言うかと思ったら、「月を侵略してほしい。暁には半月をくれてやろう」と言ってきた。私は笑ってしまった。理由を問ったがそれの意味が解らなかったから、その場はパチュリーに理解を任せた。だから私は「そう」とだけ言った。
月を侵略。その言葉には胸を打たれた。響きではなく、月を侵略できることにだ。月の機動を変えてしまえば、太陽がこの「幻想郷」の地に昇ることは無いだろうし、私達吸血鬼の肌が焼ける心配も無い。本能的にその考えに至った。できるかどうかわからないけど、できるのだろう月人なら。
ただ妥協できなかったのは、そうすると咲夜や離れた所にある博麗神社の巫女、霊夢等人間が日を浴びることが無くなってしまう心配だけだった。冗談交じりの紅茶を飲み、口を潤した。私が笑うと咲夜も笑った。
「蛇の毒で死ぬわけがないわよ」
「客人がいらっしゃるのですから」
元月人は不気味なものを見る顔をしていた。それもヘビを見るように。どちらかというとコウモリだろう。
あくまで彼女は「元」月人なのだ、何か理由があるのだろう。
座っていたソファーをパチェに叩かれそっちを向いた。耳伝いにあの事を説明するように急かされた。
「受けてあげてもいいわ。ただ、一つだけ伝えたいことがあるの。パチェ」
パチュリーに説明を任せた。私が説明するよりもパチェに任せた方が適格だと考えたから。決して面倒くさいわけでは無い。パチュリーは一瞬呆気にとられた後、説明を始めた。
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一章 夏季
一話 まるで地獄のそれ
Google+で連載していた「東方月紅夜 第一話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
――晴天。
憎たらしいほどの光を浴びながらの掃除は、一層体への負担が大きい特に今日は。先日段差ですっ転んでしまった拍子に箒の柄を折ってしまい、魔理沙の過重なそれを借りる羽目になってしまったからだ。
一通り枯葉をかき集めて、巫女装束の袖を汗で濡らしたちょうどその時、神社後方の雑木林の中に血だまりがあることを発見した。前面にいる間に、野妖怪やらが心中したのかと思い、多少面倒くさい気持ちは有りながら放っておくわけにもいかず、確認だけすることにした。暑かったし。
いざ林内部へ掻き分け入ると、あたり一面は血だまりも血だまり、まるで血の池地獄だった。濡れたくなかったので、少し飛びながら進んでいくと、妙なものを見つけてしまった。うすうす感づいてはいたけれど、やっぱり、私の周りには面倒が渦巻いているようだ。
なぜなら、それは見知らぬ女性だったからだ。
面倒くさいと言いつつも、私は一先ず医者へ連れていくことにした。いつもの案内人と共に雑木林を抜け、例の月人の元へと向かった。ずっと見知らぬ女性を抱えていたから腕が疲れていた事と、月の人等が住処にしている屋敷へ行っても、人や兎一匹たりとも現れないので腹が立って、屋敷前で怒りを大声で叫んでやった。すると、姿現し兎がようやく顔を見せた。
「うるさいからやめなさいっての」
兎はしばらく腕中のそれを見つめていたかと思うと、にやりと笑みを浮かべた。
「中々面白いもの持っているじゃないの」
兎は段々と私に近づきながら言った。
「神の子供は神、巫女の子は巫女。ね」
私は訳が分からず瞬きをしたら、そこにはもう兎は居なかった。
さて置いて。私の怒号に反応したのは姿現し兎だけではなかった。ようやく医者の召使い兎が現れ、私を師の下へ連れて行ってくれた。
「あの、もう叫ぶのやめてくださいね」
兎はうっとおしそうに言うと、歩みを進めた。
「そうでもしないとあんたら迎えないじゃない」
「今日は休館日だって表に……」
兎の言には耳を貸さず、ただ少しの苛立ちを抱きながら血の付いた衣服を気にした。いくら巫女装束とは言え、一着一着が大事な持ち物だ。血で濡らされたとあれば、洗濯してもなかなか落ちることが無い。とにかく、今起こっている事象すべてに対して腹を立てているわけだ。
中々広大な屋敷を大体足が痺れ始めるくらい歩くと、そこは医者の部屋だった。
「これ、どうにかして」
隣接している診察床に血まみれのそれを寝かせた。
「随分と荒々しいご注文だこと」
医者は妙に汗ばんだ手を首に当て、脈を図り始めた。
「あら、生きているのね」
「生きてなかったら勝手に埋葬するわ」
医者は驚いたと同時に、不思議そうな顔を覗かせた。
「この女性、不思議ね」
妙なことを話し始めた。
「見たところ外傷がない割には大動脈をぶった切られたような出血量。世の中には三者三様の妖怪がいたものね」
医者はそそくさと薬箱を探り始めた。
「何よ。治療しない気かしら」
「外傷も何の無いのだから、内部で異常は起こらないのよ。意識が戻ったらこれ飲ませておきなさい。あ、それと、話があるから明日にでも来なさい」
薬小袋をかっぱらって、彼女を抱え上げた。
「次からはちゃんと休館日でも入口を示しておくこと」
「はいはい」
また屋敷を抜け、雑木林を案内人こと藤原妹紅と歩いているとき、不思議なことに気付いた。
「不思議そうな顔をして、どうした」
無知を装い質問を投げかけて来た訳だが、言葉に出さずとも、彼女は感づいている。
「……私の抱えていた身体。石ころくらいの重さしかなかったのよね。体内の血液があふれ出たとして、そんなに軽くなるものかしら
というか、貴女そんなに気楽に話しかけてくるような人だったかしら。少し不気味」
その長い白髪を振りながらこちらを向いた。
「人と話すことは好きだ」
彼女の頬とオーバーオールの紐は、林を燃やしそうなくらいに赤い。
結局、月人等からは彼女の正体をつかむことはできなかった。肝心の医者からのアドバイスは「外傷は無いから内傷もない」というもの。確かに端的だ。だけど、どこか引っかかって、どこか違いが思い出せる。
神社に着き、とりあえず彼女を脱がせた。水桶を用意し、血が付いている部分を洗い始めた。その後は風呂へ連れていく必要がある。意識がないだけだから、拭き取るのは容易だろう。
「疲れた……」
気が付いたら日が落ち始め、疲労もたまってきた。そういえば貰っていた薬小袋や、鍵言葉の事を思い出しながら畳上の布団に寝転がると、自然と瞼は落ちた。朝になれば布団の中の彼女も起きているだろう。眠りが深くなるに連れ、怒りやわだかまりが消えていくことを感じ取れた。
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二話 容姿端麗、男女。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第二話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
ゆっくりと瞼を開けば、布団の中だった。ほのかに薬香のようなにおいと、目の前の襖から零れた日光が、不思議と眼を癒してくれた。体をゆっくりと起こせば、布団が和室の隅にあることに気付いた。五分くらい瞬きと欠伸を繰り返していると、ただ一言だけが浮かんだ。
「ここ、何所だ」
なんだか意識がふわふわしていたから、一度立ち上がった。すると、何故か紫色よりも少し濃い、言うなれば色の長髪が顔を包んだ。訳が分からず、脊髄反射で謎の髪をかき上げたところで、ようやく感づいた。これは〈俺の髪の毛〉だと。
翌々思い返してみれば「ここ、何所だ」の一言の時点で、声色が全く違っていることに驚くべきだろう。腕を触り、首を撫で、頬をつねったところで、扉が開き女性が入ってきた。どこかで見たことのあるような服装。紅白入り乱れた色相で構成されたその服は、どこか民族的で、どこか佳愛らしかった。
「あ、起きたのね」
そういうと見知らぬ彼女は湯呑を、部屋中央に設置されている背の低い机の上に置いた。
「えっと……」
「博麗霊夢。この神社の巫女よ」
作り笑いのような笑顔には、どこか悪童の心情が混濁しているように思えた。
とにかくここが神社だということが分かったが、博麗の神社なんて聞いたことも見たこともないから、尋ねようと思った、が、そもそも自分の正体すら掌握できていないから、言葉に詰まった。
「えっと……貴女の名前を教えてくれるかしら」
少し俯いて必死に自分の名前を探した。だが、いくら深い深い脳の海を潜っても、自分の名前が出てこなかった。ただ、たった三つの言葉だけが浮かんできた。偽名ではあるが、自分の名前はそれにしておくことにしようか。
「ひ、ヒナギです」
「ヒナギ……ね。まあ初対面だもの」
ファーストネームで言ったつもりだが、苗字のみだと取ったらしく、少し落胆の表情を見せた。なので、小声で「ごめんなさい」と補った。すると彼女は、初対面相手だと思えないようなことを言った。
「敬語禁止。今から友人。その方がヒナギにとっても私にとっても、話しやすいわ」
何とも言えないが、妙に馴れ馴れしいと思った。ひとまず何を質問しようか考えた。今不思議に思っていることは大体……三つか。異様に長い髪。聞いたこともないような、俺にとって異様に甲高い声。そして、さっきから左腕に抱えた違和感――布団から起き上がって始めて目視できたが、包帯が二~三周巻かれている――この三怪のうちどれを話そうか。
考える時間なんてそうそうないから、とりあえず左腕の包帯のことについて聞くことにした。
「じゃあ、れ、霊夢。この包帯って……」
霊夢が目を丸くした。
「ああそれ…………貴方を医者を連れて行ったのよ。そうしたら左腕と右足に…………切り傷。切り傷があったのよ」
霊夢は時々言葉に詰まりながら回答した。俺の気を使ってくれているのだろうか。
「傷が深かったから、貧血の強めのやつが起こったのよ。そう医者が言っていたわ」
霊夢はそういうと、茶を一口含んだ。
「……そうだったのか」
彼女が立ち上がり、襖へ向かった。
「それじゃ、私は行かないというか余計というか。そんな一言を追加した。
「夏だから暑いけど」
そういうと彼女は外へ出た。障子から見える影がスッと外へ消えていった。とりあえず腕を挙げ、凝った肩を伸ばした。茶を飲んだら部屋を見渡し、衣服を探した。外に出るとしても、この寝間着ではどうしようもないだろう。探すと、机の後方に箪笥があることに気が付いた。恐る恐る引いてみると、たった一つの衣服のセットが折りたたまれていた。
着替えてみると、薄朱色のオーバーオールのような服とスカートのセットのようで、襟が付いていた。神社にあるまじき服装のようではあるが、由緒正しい制服のようにも感じた。ひとまずそれに着替えることで、俺の外出は可能になった。
神社の賽銭箱付近の階段まで廊下を歩き、綱を潜ると柱に大きな箒が寄りかかっていた。だけれどそんなことには目もくれず、出てきた言葉はやっぱり「何所だ、ここ」だった。ここは神社だから、当然鳥居から本殿への道のりは人道となっているが、それ以外は辺りを見渡してみたって、あるのは草木が漂っているだけ。ただ、俺には見たことのない異様な空間だったから、突っ立っていた。突っ立っていたら鳥居の中から妙にデカい帽子が一つ、ひょこっと顔を出したと思ったら、も一つ顔を、いや本当の顔を見せた。黒と白を織り交ぜた、霊夢の赤白と対をなすような白黒の、金髪の少女だった。彼女は真っ先に本殿入り口まで向かってくるかと思ったら、大声で叫んだ。
「おい! 霊夢! 箒返せ!」
衝撃にあっけをとられ、俺は少し距離を置いた。だがその数秒後に、柱に大箒が立てかけられていることに気付き「あっ箒」とあほを出した。
霊夢は今、ここにいない。だからそれを伝えないといけないから、弁解をした。
「あ、霊夢は今、いない」
彼女はまた「なんだ」というような顔をしたと同時に、「なんだ」と言った。
「……ところでお前、誰? 見たことのない顔だけど、ここら辺の奴じゃないな」
「ここら辺の奴というか……」
言葉に詰まりそうになったが、これは説明することを余儀なくされた。露出した廊下に座り、ここまでの出来事を話した。霊夢が知っているかは分からないが、彼女には記憶がないことを伝えた。特に意味はないが。
「時々そういう奴いるからな。大抵は無法者になってどっかの家の築地の下で死んでるんだけど」
「築地の下?」
「そう。前、香霖堂……って言っても分からないか。よくわからない物ばっかり売っている、古本屋みたいな外見の売店があるんだけど、そこで『羅生門』って本が売ってたんだ。その本の一節に「築地の下で死ぬ」って表現が出てくるんだ」
彼女は無駄にぺらぺらと自慢のように話し始めた。聞いたこともないような本の名前と、ただ聞いたことを伝えているきくらげのようなことばかり話していた。
「貴女はレアだね。霊夢に助けられて。ある意味名前以外知らないのもレアだけど」
本の話は嫌いではない。記憶の片鱗にはその経験が焼き付いているのかもしれないが、今は何とも言えない。ただ、その自慢話を永遠と聞いている自信はなく、俺は名前を訪ねてみることにした。
「あ、私は霧雨魔理沙だぜ」
妙に男らしい口調で話していた彼女こと霧雨魔理沙は、話をよく聞いてみると「魔法使い」だという。驚くというか呆気に囚われるというか、そんな気分は、なぜか起こらなかった。
「俺はヒナギ……としか覚えていない」
「まあそう卑屈になるなって。そのうちパッと思い出すさ」
霧雨魔理沙とは妙に話しやすい印象を持つ。彼女が男らしい口調だから、俺と同じような境遇を再現しているような気がするのだ。
「……ありがとう。男なのに、少女に慰められていたら格好悪いよな」
彼女はなぜか十秒ほど沈黙した。
「ん? 待てよ。お前男だろ?」
「えっ。いや。男だけど」
すぐに勘違いの要因に気が付いた。今、心は男で、体は女になっているわけだ。だから、魔理沙にとって俺は女で、俺にとっては男なわけだ。
「……やっぱり、女に見える?」
「女にしか見えないぜ……すっごい衝撃」
魔理沙が顔を近づけて見詰め、その後ニヤッと笑った。
「お前本当に男かよ」
手を叩きながら笑われ小恥ずかしくなり、手を少し上げ反論した。
「俺は男だ。勘違いするな」
その言葉は褒めているのかけなしているのかよくわからなかった微赤面した顔を手で覆い、小さくため息をついた。
「いや失敬失敬。私には小股の切れ上がった女に見えたのさ。ところで、どこで寝泊まりするつもりなんだ?」
「ここらあたりに宿泊できる場所はないのか? 神社があるなら人里もあるだろうし」
「あるにはあるが、いっその事霊夢に泊めてもらうのはどうだ?あれでも優しいやつだぜ」
「巫女が、自称雄の色女を泊めると思うか?」
魔理沙が両腕を曲げ、「無いな」と続けオチが付いた。だけれど俺は苦笑いするしかできなかった。
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三話 スキマの連れる地下霊殿
Google+で連載していた「東方月紅夜 第三話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
元々意識が戻ったのが昼頃だったのか、それとも魔理沙の本話が長々と続いたせいか、すでに空は夕焼け模様。薄い血の池のようだった。ただ、今は夏である。いくら魔理沙が長話をしようと、長時間睡眠をしようとも、太陽がわざわざ大きく旋回するはずがないから、今が夏だというのが信用できずにいた。悶々とした気持ちを抱きながらも、日頃の自然な行動(
やはり霊夢は、見知らぬ男を泊めるのは気が引けるだろうか。顎に手を添えて、机を中心に円を描くようにゆっくり回りながら考えた、が、答えはいまだ出ず、相変わらず悶々としたままだった。
そう悶えていると、駄々のように素早い足音がこちらへ向かってくるのが聞こえた。
「あ、まだいた。貴方泊まる部屋無いだろうから、奥の畳部屋使っていいわよ」
障子が開かれたかと思うとお方は霊夢。急いで神社へ向かったとされる多量の汗。そして霊夢は紅白民族衣装でそれを拭いた。
「・・・・・・おお、ありがとう」
妙な霊夢の態度に困惑した。
「あと風呂入れるから、ヒナギも入っちゃって」
ふーと吹くと、手であおぎながら手前の部屋へ入った。これを親切と捉えるか、不気味と捉えるか。俺は後者だ。
*
風呂に入ってまたあの布団で眠ると、新しい日が始まった。霊夢が昨晩洗濯してくれたオーバーオールを着ると、その後の行動に困った。
まず、何を行うべきだろうか。自分の正体、俺の記憶を思い出すためには……何はともあれ、外に出なければ事は始まらない。そう思い、外へ出た。
「あ、よおヒナギ」
そう声の主を目視すると、魔理沙だった。魔理沙が続きを話そうとすると、突如として砂煙が発生した。実際には砂煙ではなく、何か大きな物体が砂を切って、俺たちの方へホーバークラフトのように移動してきたのだ。魔理沙と俺は、驚きつつも本能的に一歩下がった。
包んでいた砂嵐が止むと、それは霊夢だった。霊夢は軽く舌打ちをするとゆっくりと立ち上がった。よく見ると、円柱棒状の木片に、紙片を組み合わせたどこかで見たことのあるようなものを持っていた。
霊夢が黙視している方向を見渡すと、空間を切って現れた二つの赤リボンが縦に広がり、スリットが広がった。何事だと眺めていると、そのスリットの中から、白と今度は紫を組み合わせた衣装を着た、これまた金髪の女性が現れた。
「まだまだね」
その金髪白紫嬢が呟くと、霊夢が彼女へ向かって歩み寄った。それに続いて俺たちも動いた。
「何でこんなこと、私がやらないといけないのよ」
「巫女なんだから、そのくらいの度量を持って叱るべきなのよ。まあ、今日はここらで…………」
彼女がしばらく口を閉じたと思ったら、俺のことを見つめ、ニヤリと笑った。だけれどそれは刹那的で、すぐ今までの顔に戻った。
「彼が噂の」
「スキマ妖怪のネットワークにはもうこいつのことが載っているのか」
今度彼女は霊夢のほうを向いて話し始めた。
「霊夢、ちょっと借り物を頼まれてくれないかしら」
「なんで、いやよ」
「違うわ。元々物品不足のこの神社から、金になりそうなものを物色したいわけではないわ」
霊夢は少しむっとなり、「じゃあ何よ」と答いた。
「彼よ」
ハッとなり、俺のことを言っているのだと気が付いた。少しだけ羞恥心が沸いた。
「あー……紫」
霊夢は、「紫」と呼ぶ女性へ耳打ちで何かを伝えていた。と同時に魔理沙が俺に近づいてきた。
「有名人は辛いなあ、ヒナギ。紫からプロポーズ貰うってどんな気分なんだ?」
魔理沙は少しにやけてしまっていた俺をイジリ、楽しんでいた。恥ずかしさからか言葉は無茶苦茶なものしか出なかった。
「別にそういう意味で言ったわけじゃない、と思うけど……」
話し合いが済んだのか、霊夢がこちら側へ戻り、「紫」さんが「さあ行きましょうか」と言った。霊夢に行くべきかどうか尋ねたら、こくりと頷
いたので「はい」と答えた。 すると「紫」さんはまた、例のスリットを開け、顔だけ出してその中へ入った。
「私は八雲紫と申します。さあ、入ってください」
「わ、分かりました」
スリットへ入って行く紫さんを見つめ、多少の恐怖心がありながらもその中へ恐る恐る入ってみることにした。彼女が言うに、このスリットは一種のワープ装置なのだそう。ある地点からそれを開け、目的の場所にも作ることによって著しく時間を短縮できるもの言うものだという。俺は今スリットと読んだが、霊夢を含め周りの人は「スキマ」と呼んでいるらしい。そこで大衆に混じって「スキマ」と呼ぶことにした。
ということだからあっという間に目的地に着いた。が、そこは今までいた博霊神社前のような明るみではなく、まったく明るさなど感じさせないような、まるで地下だった。それでいてカラス眼にしてみると、小さな橋がかかっていたり、民家なども見受けられた。
「こちらへ」
紫さんが歩みだす方向へ付いて行った。付いて行ったというよりは、童が母親の服を引っ張りながら、見知らぬ町を歩いていくような感覚に近かった。
「あの、ここどこですか」
「ここは、幻想郷の深い深い地下の空間。人目には一切触れないように工夫されているわけで、たぶん霊夢たちは知らないわ。だから、他言無用ね、彼女らには。民家も見えるでしょう。ここには幻想郷では住んで生きていくことができない妖怪等が有象無象しているわ。時に奴等が如何に阿呆事をやったのかと思うかもしれないけれど、彼女ら自信が望んでいるのよね。そうまでして凡著名妖怪等と交流を拒むかというのは、これから行く場所で自ずと見えてくるわ」
紫さんは事細かに説明してくれたが、まず根本的に「幻想郷」の存在を知らないので、俺は相変わらず反応に困っていた。が、もう十歩ほど往くとそこへ着いた。そこは、周辺の民家と比べてみるととりわけ大きく、ただその存在感が俺に威圧をかけている。
「さ、着きましたよ。「地霊殿」と呼ばれる場所です」
紫さんが大扉を開けると、俺を中へ誘導した。
「私は、貴方がここから出て行くときにもう一度来ます。住人が説明してくれますから、大丈夫ですよ」
そう言うと紫さんはまた、スキマを作ってどこかへ消えた。遅る遅る足の関節を動かしてみると、少しばかりではあるが徐々に光が現れてきた。進むと、その正体が見えてきた。靴で地面をたたいて歩いていると、一部だけ音が違う。――ふとみると、ガラス製のような、まるでステンドグラスのように配置されているものが見えた――つまり、そこの底から絶え間なく光が溢れていたわけだ。
「あの。すいません」
紫さんの言う「住人」を探すために声を出しながら、この異様なシャンデリアを見下しながら歩みを続けていると、遂に人声が聞こえた。
「いらっしゃい!」
その声に焦点を合わせ、目を見開くと、それが話し始めた。
「貴方、私に相談があってきたんでしょ。私知ってるよ」
「あの、貴女は?」
「私は古明地さとり。この「地霊殿」の主です」
地霊殿主である彼女……俺は、たいしたことでは驚かない自信があった。何しろ、見知らぬ土地の地下深くに屋敷を建てて暮らしているような奴だ。紫さんも言っていた通り、いったいどれだけ不気味で、おっかない奴が出てくるか分からない。だが、彼女の体型には驚いた。まさか館の主が、幼児さながらの体格だとは。
「あの、相談というかなんというか」
「うん。取りあえずこっちおいで」
紫さんが何故ここへ俺を送ったか。きっと、それはここでこの古明地さとりさんから、記憶を思い出すヒントになるものがいただけるからじゃないだろうか。そういう意味では相談であながち間違ってはいないし、むしろ正答性は高い。
さとりさんの向かう方へ歩み出した途端、別方向から声が聞こえた。
「こいし、どこへ行っていたの!」
見ると、さとりさんと瓜二つな容姿ながら、若干の衣装違いな少女が現れた。だが、彼女は「さとり」さんのことをなぜか、「こいし」と呼んだ。
「客人に失礼でしょう!」
訳のわからない俺は、ただ立ち尽くすしかなかった。後女が前女を奥へ促し、もう一度異様なシャンデリアが照らす空間に還ってきた。
「さて……私の妹が、とんだ迷惑をしてしまったようで、申し訳ありませんでした。私はこの〈地霊殿〉の主、古明地さとりです
どうやら、このお方が「さとり」のようだ。このお方が「さとり」ならば、先ほどの妹殿の名前が「こいし」なのだろうか。
「あの、ちなみに妹さんの名前は」
「古明地こいし、です。あの子からいろいろと言われたようですが、私が、本物の「古明地さとり」ですから。」
なるほどと心の中で相槌を打つが、ただそこに一抹の謎が生まれた。俺はこいしさんから「さとり」だと聞いた。だが、その最中にさとりさんは近くで聞き耳を立てるわけもなく、こいしさんを探していたわけだ。ということは、こいしさんが俺に「さとりだ」と名乗った事実を知る由はない。
「…………ふふ。いえすみません、不可思議そうに顔を歪ませていたものですから、つい。お教えしてもよろしいのですが、立ち話では心もとないでしょう。こちらへ」
七色の地下日が照らす部屋を出、薄暗い廊下を進む。
「暗いですね」
「そりゃあもう。ですが、私たちにはここが必要ですので」
大扉を開け、小部屋に入った。今度はしっかりと電気の日が灯っており、数個の椅子が、縦長のテーブルに寄り添っている。さとりさんは奥側の椅子へ進むと、対角の椅子へ俺を誘った。
「さて、まず何から話しましょう?」
「じゃあ、先ほどのトリックを」
「はい。その前に一つ忠告を聞いてもらいます。私は八雲からあなたのことをよろしくと頼まれているので、このことを知ることを許可しますが……私やこいしがここに居る理由は如何なるものか、分かっておられるとは思いますが」
先程紫さんから教えを受けた申を伝えると、頬を上げ話を続けた。
「そう。彼女はどこか自己中心的のように思え違和感がありますが、そういうことです。簡潔に言えば他言無用。でないと私たち引籠り妖怪の居場所がなくなってしまいます。築地に寄り添って一生雑品を売るなんてことはしたくありませんので。」
少し時が開いた。俺はもちろんさとりさんも脚を微動だとして動かさずに。そうしてようやく話し始めた。
「私は、心を読む程度の能力、なあんていうものを持っているのよ」
…………嘘だろう?
「嘘ではありません」
本当なのか
「本当です」
次々と心言を言い当てられ、「おお」と感嘆の表情と言葉を述べるしかできなかった。
「さ、次はあなたのターンですよ」
さとりさんのまさかの発言に戸惑いながら、俺は事細かにとはいかないが、現在までの流れを説明した。
「なるほどね」
それっきり彼女は言葉を発しないまま、ただひたすらに黙り込んでいた。
「あの……それで?」
「それで? と聞かれても。私はたしかに紫からあなたをよろしく頼むようには言われたけれど、あなたの悩みを解決しろ、とは言われていないわよ」
妙にさとりさんは厳しい口調で、俺を突き放した。
「そんなこと言われても……何故俺はここに来たんですか」
「知らないわよ。八雲の奴にでも聞きなさい」
なんだか腑に落ちず、紫色の長髪を触った。
「……そうね。何か言えることがあるとすれば」
つばを飲み込んだ。
「……そのうち思い出す、わ」
俺を安心させてくれようとしたのか、それは心を癒した。
そうするとさとりさんが急かし、あっという間に例の大ホールへ出た。そこには既に紫さんが居り、柱に背を付けて佇んでいた。
「何か面白い話でも聞けたかしら」
回答に困った挙句、「はい」と答えた
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四話 ティータイム・ウィズ・ヴァンパイア
Google+で連載していた「東方月紅夜 第四話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
空を切って飛ぶ、なんて経験が無い俺にとって、それはとても新感覚だった。
あの日紫さんと共に博麗神社へ帰った時、俺はこれから行くべき場所があるかを聞いた。幾つか大まかな場所と、そこの居人を教えてもらった。俺はこの「幻想郷」なんてところに居た人間ではないのだし、霊夢に迷惑をかけるべきではない。そう思い、未開の地を探り、少しずつにでも俺の正体を自ら理解することにした。
「突っ立ってるとアレだが、こうしてるとなかなか快適なもんだろ」
「そうだな。気持ちいいくらいだ」
霧雨魔理沙操る大箒に跨り、向うは「紅魔館」と呼ばれる場所だ。しばらく森林を越えて行くと、霧と言うべきか蜃気楼と言うべきか、とにかく辺りが白い靄で包まれた湖へ出た。
「ちょっとだけ休憩させてくれ」
ここまでかなり長い空を渡ってきたので、湖付近で休息を取ることにした。
下降して魔理沙が箒を立てると、突然湖から波飛沫を立てて物体が飛び出した。飛沫は俺と魔理沙を包んで濡らした。その物体は何事もなかったかのようにふわふわと下降し、着地した。
見ると、薄青の短髪の少女だった。定石に当てはめて衣装を見てみると、霧雨のせいかも知れないが、青と白で構成されたワンピースだった。
「あ、いつぞやの妖精。やけに濃霧で寒いと思ったら、またお前か」
魔理沙の妖精発言に戸惑いつつ、も一度薄水少女を見た。
「ふふっ。暑いよりかはマシじゃないの!」
「なあ、魔理沙。彼女は?」
「おてんば寒々小妖精さ」
彼女は足元に落ちていた氷塊を拾った。
「なんじゃそりゃ」
「昨日誰かが湖に投げ入れてきたわけよ。特定したら絶対氷漬けにしてやるんだから」
妖精は袋状のそれを開け、なかから粒のようなものを手のひらに出して見せた。俺はそれを見たが、何なのかわからなかった。
「薬剤の類かな。私は見たことが無いよ」
「そういえばあんた魔法使いだったわね」
魔理沙がしつこくそれを見ていると、また妖精が、ここまで言葉をまったく発していない俺に対して会話を仕掛けてきた。
「お二人さんはデート?」
「冗談。こいつは記憶が無いのさ。それで、観光ついでに思い出そうってことさ」
「まあ、そういうことかな」
妖精は目を輝かせながら「面白そう」と呟いた。
「あたしは今日付き合えないけど、また観光するときは呼びな!」
彼女は満面の笑み。ようやく魔理沙の「おてんば」の意味が分かった。
「で、今日は紅魔館に行くんだ」
紅魔館。ちょうどこの湖のほとりにひっそりと、それでいてどっしりと佇んでいる。主人は吸血鬼で、門番、メイ
ド、それの長が彼女を取り巻いている。紫さんによると、「見てくれはヘンテコ」だそうだ。
「血と一緒に記憶まで吸われた、なんてな。ほんじゃ」
そういうと妖精はまた水面を飛び、水しぶきを立てて、同時にそれを凍らせて消えた。
小一時間ほど休憩をとった後、再び箒媒介で紅魔館へ向かった。そこへ向かうに従って霧は消え、代りに晴天が広がった。湖の黙視可能面積が減り、青い草原が目に入り込んでくると、「紅魔館」は見えた。
それは紫さんの言う通りだった、ような気がした。洋風で、先日訪れた「地霊殿」とどこか似ている。
「降りるぜ」
また直線急降下し、門前に脚を下した。
「聞いているかもしれんが、ここには番人が居てね。以前領空を犯して侵入しようとしたら、攻撃されたもんでな」
「……それは攻撃されてしかるべきなんじゃない?」
二人でそこへ近づくと、噂の番人が姿を現した。というか、突っ立っていた。
「珍しく来訪者かと思ったら、貴女か」
番人は俺たちの顔を見るやいなや、不満一杯の顔色模様を見せた。
「悪いね。今回は盗みでも何でもないんだ。コイツの話は聞いているだろう?」
魔理沙は俺を指差してこう言った。番人はハッとした顔をして、門を開け始めた。
「お嬢様と咲夜さんが随分前から話し合っていたようだったよ。申し訳ないが私の地位は低くてね。貴殿の名前以外は特に知らないんだ」
「それは俺もです」
「そうだったな」と呟きながら門前に背を寄せた門番は、また詰まらなさそうな顔に戻った。俺たちはその中へと向かった。
「地霊殿」もそうだったが、やはりここも洋風な訳だ。だがここは少し作りが違う。「こちらへどうぞ」と館内に居たメイドと思われる方が主人の下へと連れて行ってくれた。ここは随分と管理されていた。一定の間隔で部屋が設置され、過ぎるたび、そこは常に清潔に保たれていた。
「以降はお嬢様がお話し下さいます。こちらへ」
扉を開き、メイドはそこから立ち去った。そこに立ち入ると、妙な雰囲気に襲われた。それは刹那的かと思ったが、しばらく俺たちの周りを風のように漂っていた。奥の椅子。朱く輝いているその椅子から立ち上がり、彼女はこちらへ近づいてきた。
「初めまして。わたくしはこの「紅魔館」の主「レミリア・スカーレット」と申します。こちらへ」
その自己紹介はどうやら俺にだけ向けられたもので、魔理沙へはこう言い放った。
「貴女も、お久しぶりね「楽しい人間」さん」
書物がいくつか見受けられるその部屋は、朱い椅子と小テーブル以外はそれ以外は特に特出すべき点は無かった。レミリアと呼ばれる主は、俺達を警戒することなくすんなりと椅子へ運んだ。
「さて、八雲の方から噂を聞いていたわ」
「本当に記憶ないんだぜ。驚くだろう」
そう言いながら魔理沙は深く腰掛けた。
「まあ、特事例ではないわ」
先程俺達を送ってきてくれたメイドさんが、紅茶を人数分持って再度現れた。それを啜りながらレミリアさんは話を進めた。
「一番重要な点は、貴方の登場方法。血の海で溺れていたなんて、ねぇ」
「あー、まあ確かにぐっしょりだったって霊夢が言うくらいだからなあ。相当な溺瀕死だったんだろう」
「本人としては、感覚等は残っているものかしら?」
思いだしてみようかと思って脳を探ってみたが、当然そんな状況のことを顧みることができるわけがない。
「自分では、何とも言えなくて」
「まあ、当然よね。人間ですもの」
会話、というか世間話に近いそれをしばらく拙く行っていた。
「覚えているわ、彼女の制空飛行。頭身の毛は太るどころか、むしろ虱が取れてデトックスよ」
レミリアさんの一言はどこか重みがある。誰かをピリリと刺激するような、味を持った言葉だ。だが、それが良く効くような気がして、彼女に対して嫌悪感を抱くことはなかった。
「荒々しい走行がウリだぜ」
「ウリ?「駄点」の間違いじゃないかしら」
「流行るかもしれませんね。霧雨魔理沙式デトックス法」
三人で笑いあった。
「あの、レミリアさんは吸血鬼だって本当ですか」
彼女は少し間を置いてから話し始めた。
「……そうよ。悪戯にいびられを受けることはあるけれど」
「ヒナギ。こいつは本当だぜ。本気と書いてオオマジメ、だ」
「弾幕戦で私に秀でる者はいない、とね」
「あんたとやっている姿は、ただの「殺し合い」に見えるからな」
二人が話す中、俺はとある疑問に興味を抱いていたが、何故か。何故か「殺し合い」というワードが、脳漿に媒体として入り込んでくのを感じた。だが再び抱いていた疑問を脳裏に浮かべた。
「弾幕…戦?」
レミリアさんは阿呆なものを見るような顔で言った。
「霊夢に聞きなさい」
来館までに余程時間がかかったのか、気が付くとガラス窓越しに見えるのは、曇天一歩手前の曇り空。
「そろそろお暇しないとなあ。神成に撃ち落とされるわけにはいかない」
魔理沙が窓をのぞき込んで発言した。それに俺も乗って、お礼を言うことにした。
「紅茶、御馳走様でした」
「ええ、いずれ会いましょう。想い出せるといいわね」
その部屋を出、廊下に出たとたんまた空気は入れ替わった。
「妙なプレッシャーというか、スマート感を感じるな。あいつから」
「でも、意外と安直な人かも。面白くもない言葉で笑っていたし」
「お前の「霧雨魔理沙式デトックス法」か? あれは普通に面白かったと思うが……」
俺は、舌で転がっている「魔理沙のセンスが微妙なだけでは」という言葉を外部に発信するわけにはいかなかった。
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五話 ケークタイム・ウィズ・マジシャン
Google+で連載していた「東方月紅夜 第五話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
結局雷に鉢合わせすることなく、安全運転で博麗神社前へ向かうことができた。魔理沙に礼を言い、そのまま博麗神社へ入った。
すると、ガスの燃える音と共に、簡素なにおいが鼻へ入った。まだ来たてで構造を理解していないから、自身の鼻を頼りにそこへ向かった。扉を幾つか開けて向かうと、バンダナを着けた霊夢が立っていた。見るとそこは台所のようで、フライパン片手に何かを炒めているようだった。
「ああ、帰っていたの」
よく見ると、霊夢の後ろに大きな袋と、入っている大量の大豆があった。
「炒り豆?」
「ほら、近々また宴を開くって言ったじゃない。って、ヒナギが知るわけないか。とにかく行うんだけど、一人一つ何か肴を持ってくることになったのよ。で、手っ取り早くて日持ちもする炒り豆にしたのよね」
「それ、物足りなさそうだな」
霊夢は笑って「そんときゃ塩と胡椒をぶっかければいいのよ」といい、また作業に集中した。
風呂場を拝借し、清潔にしてからあの部屋に向かった。
「どうぞ」
霊夢の声が聞こえたかと思うと、炒り豆が目の前に登場した。塩を振りかけてちょっとつまんでみると、意外と美味しかった。お茶を机に置いた後霊夢が隣に座り、一緒にポリポリと食べた。
「あそこはどうだったかしら」
せっかくだから、温めておいた質問をすることにした。
「なんで湖のほとりなんかにあるんだ?」
「そんなこと聞かれてもね」と言いながらまた食べた。
「本人らの供述とか、聞かなかったのかしら」
「うん。なんていうか、ただの世間話」と言いながらまた食べた。
「ふん」
「それじゃ、悪いけど私は炒り疲れたから寝るわ」
最後にちょっとつまんで食べた。
自室の扉を開け、入るとまたあの薬香が鼻についた。布団は丁寧に畳まれ、寝間着と共に宿主を待ち構えていた。これをすべて霊夢がやってくているのかと思うと、涙が出そうになる。
布団を見ていてふと思い出したのが、あの時の日光の暖かさと、髪を束ねるためのリボンが添えられていたことだった。あのときは考え尽かなかったが、以前の俺は束ね髪だったのかもしれない。壁にかかったそのリボンを見ていると、それ以外のものがかかっていることに気が付いた。
長剣。リボンと共に川の字のように並んでいた。霊夢の物かとも思ったが、霊夢は神社の巫女という役職。剣を扱うわけがない。妙なことに目が付いてしまったので、布団に潜り込み、癒されることにした。
朝になり、起き上がったところで別段暇だけがあるのみで、その暇を記憶を思い出すために使う。という名目で俺は今までこの「幻想郷」という場所を渡り歩いてきたが、今日は疲れた。こうも毎日茨の道を行くようでは、小さな記憶を取り戻すこともできないだろう。竹も、伸びて節ができるわけで。今日は休息ということで魔理沙宅へ招待された。
「お茶でもしようぜ。珍しい紅茶葉が入ったから、お互い菓子でも包んでもこよう」と魔理沙の言葉を思い出し、急いで何か探したが、あの炒り豆くらいしかなかった。
魔法の森をちょっと行けば霧雨魔法店はある。魔理沙の本業は、霊夢は「泥棒」だとか言っていたが、商売らしい。
教えてもらった通り往けば、小さな古民家が姿を現した。ノックをして入った。彼女曰く「泥棒なんて入ったもんじゃない」ところらしい。
「お、来たか」
いつもと同じ格好の魔理沙だが、屋外なので帽子を着けていなかった。部屋には意外と書物が多く、だが散乱していた。
「待ってて。とびっきりの紅茶を用意してやる」
俺は期待して待つことにし、彼女は奥の部屋へ消えた。その僅かな時間に、地面に乱雑している本を拾ってみた。表紙には「一般魔道基礎」だかなんだと書かれているその本は、よく見ればシミと折曲がりのある酷い姿だ。そう思い部屋全体を見渡してみると、片付いていると言えるのかどうか怪しかった。
本を棚に入れていると魔理沙が紅茶を運んできてくれた。机を囲んでいる椅子に座ろうとすると、その椅子が三脚用意されていることに気が付いた。
紅茶を啜ると、体が温まっていくのを感じ取れた。二人で一息つく。背もたれに支えられながら、ゆったりとそこの匂いを味わった。
「そうだ。お菓子なんだけどさ、貴方が迷浪人だってすっかり忘れていたんだ」
「うん。……一応は持ってきたけれど」
小袋を開いて炒り豆を見せると、魔理沙は申し訳なさそうに言った。
「ごめん、無理に持って来させて。私のを分けようぜ」
紅茶と一緒に運んできていた箱を開け、幾つかの甘菓子を取り出した。
「紅茶に合うかわからないけど」
「ありがとう」
一つ食べて飲むと、普通に味あわせは良かった。「おいしい」と伝えると、魔理沙は微笑んだ。
「そうだ。椅子が一席多いけど、他にも誰か呼んでいるのか?」
「あーそうそう。折角だから紹介しようと思ってな」
しばらくそのハーモニーを楽しんでいると、森の方からノックする音が聞こえた。魔理沙がドアを開けるところを後ろから覗きこんで、いったいどんなお方が来るのだろうかをソワソワしながら見守った。
「来たわよ」
なんと言うか、一言で言うと可愛かった。金の短髪で幼い顔立ちの彼女は、青と白が目立つけれどトリコロールカラーだった。
「紹介するよ。アリスだ」
アリスさんに軽く頭を下げると、彼女も下げた。
「取りあえず入れてくれると助かるわ」
「あ、悪い」
さっきまで座っていた場所に戻って、茶会を続けた。
「何、貴女にしては随分を片付いているじゃない」
「そ、そんなことないって。いつもこんなくらい」
俺の方を見てアリスさんは「いつもはこんなものじゃないのよ。魔法の森を一体化しているくらい」と言った。
「そんなになの?」
「あーもう。そ、そりゃ客人が来るんだから片付けくらいするさ」
何故か膨れっ面の頬を染めている紅色の紅茶を啜る、アリスさんが笑った。
「もー、笑うなよ」
俺はその話の流れが分からず、ぽかんとした。
「分かりやすくて可愛い」と魔理沙を証するアリスさんは、魔理沙と同じ「魔法使い」だそうだ。が、アリスさんによれば、魔理沙は「野良魔法使い」だそうだ。魔理沙が俺の記憶についての話に戻すと、アリスさんはよく耳を傾けたように見えた。
「もう物珍しいことでもなくなっているから、驚きはしないね」
「まあ、そうだな。皆が皆ヒナギと違って、元の場所での立場ばっかり気にして、可哀想だぜ」
「ちょっと前かしら、ヒナギさんが来る半年前ほど。以前はその国の当事者幹部だって大騒ぎして、結局消えてしまったわ」
「死んでしまったんですか?」
「さあ? 亀に捕まったり飢え死にしたり、泉に落ちて『貴方が落ちたのは金の泉ですか銀の泉ですか』なんて聞かれていたり」
魔理沙は鵜呑みにして「恐ろしいぜ」と言った。微量な恐怖心からか、つい紅茶に手が伸びた。アリスさんがまた笑う。
……ふと、気が付いた。こんな光景を以前に見たことがあると。
「どうしたの、ヒナギ。ボーっとして」
「あ、いや、前にこんな状況があったような、無かったような」
「たまたま記憶の断片を思いだしちゃったのね」
ただ、細かい情景は分からず、ぼんやりと俺を入れて三人一つ家の下、茶を飲んでいる。
「でも、三人以外はっきりとは分からない」
「少しずつ思いだせばいいんじゃないかしら」
「それにしても、三人ってことは今日アリスが来なかったら思いださなかったってことだな」
俺が詳しく聞くと、昨日紅館から帰宅する間にアリスさんに会い、俺と茶会することを話すと自分も混ぜてほしいと言ったらしい。偶然だろうと魔理沙に言うと、アリスさんも肯定した。
「ただの興味本位じゃない。私が何か企んでいるような言いがかりを、よくつけるものだわ」
「信じたくもなるぜ」
全員が完飲し、俺が腕を伸ばしていると魔理沙が話し始めた。
「さ、そろそろお開きだ。今日はありがとう」
「楽しかったよ。アリスさんも」
「またやれたらいいわね」
そうして霧雨店を後にした。その晩にまた霊夢から、先日と同様に内容を問われた。
「楽しかったよ。紅茶も美味しかったし、霊夢にも来てほしかった」
「そう。いかんせん急に大勢の宴参加者が、開催を早くしろ早くしろってうるさくて。急遽準備していたのよ」
「そうだったんだ。手伝えばよかった」
「いいわよ。貴方は自分の記憶を優先すべき」
霊夢の優しい心が、身に染みた。
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六話 熱中の魔法使い
Google+で連載していた「東方月紅夜 第六話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
暑く照り付く太陽。一向にこちらへ近づかない雲。麻布を広げてスペースを取ると、博麗指揮官が旗を挙げた。
「ちょい右」
魔理沙監督がダメ出しをする。
「いや、もっと左だぜ。もう一枚敷くんだろ?」
「だからって、もうそっちは林よ。周りをよく見て」
「分かったってば」
アリス官房長官の指摘が入る。
「大きめのタイプがあったでしょ、あれを敷けばいいわ」
二人とも「ああ」という顔をした後、倉庫の方へ向かった。何故こんなことをしているか、それはもちろん宴の準備である。博麗神社に居候させてもらっている以上、致し方ないことではあるし、もし宴参加者に過去の自分を知る者がいたら、それは埋蔵金だからだ。
一口に宴と言っても、酒を飲み渡るなんてものじゃない。霊夢によれば、酒を飲み〝まくる〟そうだ。約数十人のなかに数人暴飲者が居り、残りの者はその暴挙に耐えながらヤケ酒を飲む儀式だそう。一見すると修羅場のように聞こえる宴ではあるものの、最終的には皆なぜか笑って帰っていく、あくまで楽しい会だ。俺が布を広げ終わると、魔理沙が嘆いた。
「暑いぜ!」
「それは私も」と霊夢が続いた。
「まだ酒を持って来ないと」
二人はため息を大きくつく中、アリスさんは悠然と指揮した。
「取りあえず、魔理沙は樽、霊夢は瓶で持ってきましょ。人形で手伝うから」
「なんで私は重いんだよ」
「あんた、弾幕はパワーだとか言っていたんじゃないの」
「弾幕の話だぜー」
帽子を着けていても魔理沙には日差しが突き刺さり、彼女は参っていた様子だ。砕け散りそうな俺たちの心を、何とか保ちながらその後も準備を進めた。
「どこだよ樽は。ふう」
帽子で仰ぐ魔理沙を横目に、必死で樽を探した。魔理沙の目の焦点が合っていないような気がして、少し心配ではあった。
「こんな熱帯に置いて、腐らないのか」
「受注したのは昨日だから大丈夫だなんて、大丈夫なわけないんだよ」
なぜか置かれている棚や、神社で使うための神聖な道具まで置かれており、それをどかしながら進んだ。
「上見てくる」
魔理沙が二階へ続くための階段を一段ずつ登り始めたその刹那、「きゃっ」という声が聞こえたかと思うと、魔理沙が階段から、ちょうど胸を前に落ちてきた。危険を察知し、俺は大きく手を広げて魔理沙をキャッチし、成功した。床に倒れ込み、若干の痛みは感じるものの魔理沙の安否を確認することにした。
「魔理沙、大丈夫?」
「あ……ヒナギ……」
熱射病の弊害か、体温や吐息は異常に熱く、炬燵に包まれているようだった。倒れ込んでいるから致し方ないが、シャツの中に胸が見えた。
一先ず魔理沙を抱え上げ、霊夢の下へと急いだ。その間も魔理沙の息切れは止まらず、事態は急を要した。
博麗神社に入ると開口一番、炒り豆を升に入れていた霊夢が悍ましい顔をして魔理沙の名を読んだ。
「取りあえず、布団敷いて」
慌てている霊夢は意気消沈の表情で頷いてから、布団を敷き始めたが手がおぼついていない。魔理沙から伝わってくる異様な熱さを感じながら、不安と戸惑いが入り乱れる。だが、本人がそれを一番感じているだろうし、付き合いの長い霊夢も同様のはずだ。開かれたそれに魔理沙の体を預けたら、水枕を用意するために水道へ向かった。桶に大量の水を入れ持ってくると、布を濡らしてでこに敷いた。
「魔理沙! 大丈夫?」
アリスさんも、俺たちがいないことに気が付いて向かってきたようだ。
「霊夢、薬無い?」
霊夢があるわと答えると、既に錠剤を持ってきているところだった。飲ませてしばらく様子を見ることにした。
準備を着々と進めていると、魔理沙が目を開けた。というのも、飲ませた薬は幻想郷随一の医者によるもので、飲めばたちまち効果が出るなんて売り文句が付いているものらしい。
「あ、霊夢」
霊夢は心配そうな顔。だけれどそこには柔和な笑顔と円満な空気があるばかりだった。魔理沙を起こすと「ヒナギが助けてくれたのよ」と言うと、魔理沙はありがとうと言った。
とはいったものの。
「ふふふ、おい! これ空いたぞ!」
月夜に響くその声は、まさしくつい先ほどまでダウンしていた魔理沙によるものだった。驚くほど満面の笑顔を赤く染め酒を要求するその姿に、かなりの恐怖心を抱いた。神社の廊下で共に飲んでいた霊夢は、まるで「相変わらずね」なんて言いそうな顔で見つめていた。アリスさんは微笑み、俺は笑っていた。
「……ありがとう。あのままだと、私たちずっと魔理沙のこと忘れていたかもしれなかった」
「うん。俺も、魔理沙を助けたかったから」
霊夢の笑顔にどこかときめいている中、またその声が轟く。
「おーい。三人もこっち来てよー」
霊夢は、「やっぱり助けなくても良かったかも」と呟いた。
大衆には俺の見知らぬ幻想郷の有象無象が溢れていたようで、霊夢に、後で紹介しておくわと言われた。
注がれた酒をちょっと飲んで、何気なく見上げれば黄月。時期的に夏はそれらしい朱華色が見られるらしいが、今日は少し薄いらしい。
「月ね」
「うん」
霊夢の頬は、魔理沙ほどではないが薄朱色に染まり、ミステリアスを冷静さで覆った愛し顔でそれを見つめていた。俺の目線に気付くと、顔に何かついているのかどうか確認する動作を取った。
「あ、いや。別に何もついてない」
「何よ。じろじろ見てただけってこと? 私だって華麗なる乙女よ」
恥らってはいるが、少々酔いが回っているようで。いつもとは違う霊夢だった。
「その気になったら焼酎ぶっかけるから」
家鴨の様に唇を尖らせながら毒づく霊夢に、俺は笑ってしまった。だけれど、可愛いと思った。霊夢なのに。また酒を入れる。息に色はないけれど、透明な空気に色が付く。そしてそれは蒼い空に瞬き、最終的に月を染める。
そう、月に。
「月ばっかり見て」
「いや、つい」
月を見ていると不思議な気分になる。それは酔っているとか、美麗に酔いしれるわけじゃない。ただ、見とれるというか、ふいに目に入るような感覚だ。
霊夢はなぜかふてくされながら、こう言った。
「……ひょっとして、ヒナギの故郷は月かもね。月人もいるし。変なのばっかりだけど」
それは俺にとって意外な回答だった。だけれど、あり得るのかもしれない。こうまで俺を引き付ける月。
なんだか、あの時と似ている。そう、霧雨店で魔理沙とアリスさんで茶会を開いて笑い合っているとき。記憶がふわっと、水圧で持ち上げられた酸素のように浮かんでくるあの感覚。ひょっとしたら、とも思ったが、もう一つ嫌なことを思い出した。そしてそれも、同じ感覚を感じずにはいられなかった。
殺し合い。
たった五文字の中に深い意味があるのか、それともレミリアさん独特の威圧感によるものか分からないが、今でも脳の表面にこべりついている。
「ヒナギ、いくらなんでも見過ぎよ」
「え、ああ。ごめん」
酒を運びながら霊夢を見ると、膨れっ面だ。俺は、霊夢の考えていることが時々わからない。
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二章 冬季
七話 part1 其の恋
Google+で連載していた「東方月紅夜 第七話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
振り向くと、居るのはヒナギだった。
――如月時。幻想郷の新雪は積もるだけ積もり、今でも彼方此方に姿を残している。霧の泉は元々あり得たが、薄氷が張りついて鏡のように変化した。妖怪の若人等はそれで滑り遊びをしてるようだが、妖精に氷漬けされたという事例も相次いでいる。
魔法の森在住の小魔法使いは何の準備もしないけれど、私はマフラーを用意した。厚手の生地で卸しても良いのだけれど、外の風に当たる機会と言えば神社の廊下を歩くくらいなので今季はこれで済ますことにした。
忌まわしい夏に行った宴を、まだ覚えている。だけれどここの妖怪は酒好きで、飲みを止めることは無い。その孤独な飲みに奴等が飽きに飽きたとき、博麗神社に苦情は入る。ため息が出るわ――
そういう事だから、マフラーを着けて廊下を歩きながら宴用の道具を運んでいるときにヒナギに呼ばれたわけだ。
「これ、何処に持っていけばいい?」
賽銭箱を担いでいる。何だか滑稽で笑いそうになったけれど、奥の倉庫へ誘導した。ヒナギが歩く。揺れる長髪は何時見ても紫色だ。
思い返せばあっという間に半年が経った。独り気長に過ごしていた今までより、短く感じているのは確かなことだ。それはきっとヒナギのせいだろう。私にもよくわからないけど。
「夢中になっちゃって」
思わずわっと声をあげた。魔理沙のしわざだ。ニヤニヤにやけている、恨めしい顔が。
「そんなんじゃない」
すると魔理沙が、廊下を十分に使い語りかけてきた。
「いっつもあいつと、同じ屋根の下で? そんで毎朝飯作って? 正直怪しいぜ」
「勘違いも甚だしい」
そう。嫌な噂は流れて欲しくはない。ヒナギに迷惑はかけたくないのと、彼に逸早く昔の記憶を思い出してほしいから。
襟を掴んで境内を出て、大布を敷かせた。
……恥ずかしいからじゃない。きっと。
その後何度か魔理沙に弄られを受けながらそれを制し、時々ヒナギに直接問いただしそうになったりと、今日の彼女はテンションが狂っていた。後日それを肴に摘ままれることを、魔理沙は知らない。
「大分来たな」
「うん」
……。
「なんか、今日二人ともヘンだよね。霊夢は静かだし、魔理沙は高ぶっているし。あ、霊夢はいつもか」
大衆を見つめるヒナギの横顔は、私の目を引き付けた。でも、私の中で何かが言葉を抑えていた。ただ、廊下の太柱に支えられた太腿を見、髪を弄るくらいしかできなかった。蝋燭が神社と会場を照らして、酒を紅く濡らす。それを飲むと、私と、隣に座ったヒナギを暖めた。
何だか、何だか。そこに居られなくなって、あいつと飲んでくると言って降りた。
魔理沙になんて言われるかわからないけど。
気が付けば酒が回り、それが私の思考回路を滅茶苦茶にする。時間なんてものをしっかりと感じ取ることはできず、辺りはすっかり暗くなってしまい妖怪等も少しずつ解散していったので、飲み残しの瓶を集めつつ片づけを始めた。粗方もう不必要なそれを取り除いて、神社階段を上る。廊下の手すりにも一本添えられていたから胴を掴むと、それはいいと言われた。ぼやけた瞳で確認するとヒナギだった。
おかしい。ヒナギの顔が目に入るだけで顔が赤くなり、酔いはどこへやら。もう少し飲みたいとのことで、ごめんと言って小走りに離れた。すぐに瓶を置き壁に張り付いて、顔の「アカ」を取るように撫でたが、一向に収まることは無い。どれだけ撫でたって。手に当たる息が、暖かく白む。すると急に足音がして、奥へ逃げようとしたけれど私を呼ぶ声が聞こえた。
「やっぱり二人ともおかしい」
私よりも一寸も二寸も高い貴方は、そっとでこに手を置いた。
「そりゃ熱いか。酔ってるもん」
「……うん」
置いた瓶を拾ってすぐ部屋へ入った。
こういう表現かわからないけれど、一言で表すなら、愛しい。
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七話 part2 対鬼酒飲決戦
Google+で連載していた「東方月紅夜 第七話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
九つ時はあっという間に通り過ぎたが、もう時という感覚は忘れていた。酔いの回った瞳に映っているのは暗闇と、月くらいか。いかんせん廊下で胡坐なものだから、木の温かみを感じるよりも早く寒さが寄ってくる。その都度ちょいと足を浮かせて酒を飲めばわからなくなる。
「もう終わってしまったのかい?」
突如として発せられた声のする楼の下を向くと、真っ白な上着と赤青入り乱れるスカートの女性。何より一番驚いたのはその金髪を分け生える朱角だ。立ち上がって話した。
「あ、宴なら自然と解散しましたよ」
彼女は憂いの表情で、そうかいと言った。だけれど廊下に置かれた瓶を見て、奮起した。
「あんたはまだ飲んでるみたいだな」
すぐに上がってくるのかと思ったら、踏ん張って飛び、ついには手すりすら超えてしまった。下駄で着地すれば俺の隣に座って、平手で床を二度鳴らした。
「さあ、飲むぜ!」
彼女の、レミリアさんとは違った威圧感に負け、そそくさと胡坐に戻った。彼女は手に持った異様なほど巨大な盃で飲んでいた。その暴飲ぷりたるや鬼にでもあったかのようで…いや、鬼だ。
「随分神妙な面で」
「いや、そりゃねぇ」
一呼吸置いて話し始めた。
「噂にゃ聞いているよ。あんたの事」
俺に向かれた瞳はまっすぐで、何処までも見通せるようだった。またその大盃で飲めば、あっという間に無くなりそうだった。
「私は大抵地下にいるもんで」
「地下ってことは、さとりさんと同じか」
にやりと笑い、さとりを知っているかと言えば話を元に戻した。
「そういうわけだから時々地上に顔を出して、散歩をするんだ。そうすりゃ自然と話が集まってくるもんでね」
地下へは行き来できるのかと多少驚きながらも、彼女の話を信用した。すると、予想していた出来事が起きた。彼女の盃から酒が無くなったのだ。
「悪いが、それをもう一本もらえないかい?」
酒に貪欲な人だと思いながら、倉へ取りに行った。開けて彼女へ手渡すと、盃へ注いだ。するとあっという間に透き通り、上質な物へと変換された。魔法か?そんなことを思いながらまた飲み始めた。口へ運ぶと、また月が見える。
「俺の記憶は、いつ戻るんだろう」
もう一杯飲むと、彼女がまた話し始めた。
「あの月は朝にはどうなっている」
訳の分からないことを言い出したかと思い、隠れると単純に答えれば、その通りだと返ってきた。
「酒を飲めば酒が無くなるように、朝が来れば夜が終わる。夜が終われば朝が来るように、月が隠れて太陽が現れる。プラスとマイナスってのは、共存できない運命なんだよ。だから、記憶は時間任せでいい。時が思い出させてくれるさ」
話が終わると、俺は妙に納得した。ここまで的確なアドバイスを、今まで教わったことなど…いや、そういえばさとりさんも同じ様なこと言ってた。
「ついでに、私が仕入れたもう一つの噂を提供してやろうか」
「聞かせてくれますか」
彼女は得意げに話しだした。
「大湖の畔に城建てて暮らしてる奴を知っているか? レムリアだかなんだかっていうやつなんだけど、そいつが何かやらかそうとしているらしい」
紅魔館。レミリア・スカーレット。何故俺を、彼女らは招待したのだろう。
「そこに、一度行ったことがあります。招待を受けて」
「招待だ? 笑う笑う。正直、地下からしても奴らの行動が怪しいのは丸わかりだ」
見上げると、月が紅い。
「あたしは思うんだよ。そこであんた、一本取られてるんじゃないかってね」
紅月は、俺に、一つの、言葉を、思い出させる。
「いや、変な噂ばかり話しちゃってすまない。ほら、もう一杯飲もうじゃないか」
――「弾幕戦で私に秀でる者はいない、とね」
「あんたとやっている姿は、ただの「殺し合い」に見えるからな」――
脳漿から昇華してくる言葉。
「おい、どうした。もうギブアップか?」
「あ、いや」
俺は杯を置いて、廊下を進んだ。
「酔いが回ってきた。また今度で頼む」
「なんだい。じゃ、これ貰うよ。またな」
俺はなぜか、言葉を返せなかった。ただ、去り際に最後に聞こえた一言がこれだ。
「ここでプラスになるとはねぇ」
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八話 気付くは心、向うは紅魔。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第八話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
「重いぜ…」
樽を運ぶ魔理沙の呟きに、反応はしない。私をさんざん舐めた刑だ。
「元の場所に戻すこと」
「悪かったって…」
廊下を降り倉に急ぐ魔理沙をぼんやり眺め、さらに廊下を進んだ。木造のそれを歩く音は心地よく、黒空によく似合っていた。ちょうど縦に二畳ほど進んだ頃だろうか、そこはヒナギの部屋だったのだが、そこが開いた。中を覗いてみると、明かりが点いていない。体を全て出し舐めるように見たが、ヒナギはいなかった。
おかしいと思いながら細目でいると、嫌な雰囲気が漂う。明かりを点けると、その全容が明らかになった。布団の散らかり様、物の移動など不安要素が点々としていたが、私にとって最大のそれは、髪留めのリボンと長剣の行方が見当たらない事だった。
するとつい数秒前まで私が発していた音が聞こえ、慌てて廊下に顔を戻してみると、ヒナギが廊下を進んでいく姿がほんの少しだけ見えた。
「ヒナギ?」
嫌なイメージが浮かび、私は神社前まで走った。全力で。息を荒くしながら向かうと、そこにはもうヒナギの姿は無かった。冷や汗が垂れる中、肩に手が触れたかと思うと魔理沙だった。
「凄い汗だ」
だんだんと白に染まる空の中、ヒナギがと呟いた声を、魔理沙は聞いてくれた。何故か涙が現れ、魔理沙の服に押し付けずにはいられなかった。
「散歩」
魔理沙の口から発した三文字が、私を苛立たせたのは言うまでもないだろう。炬燵に潜りながら猫のように体を丸め、温もりの虜になっている。散歩なわけがない。夜も更けきって、もはや明けようとしている空の下へ出る必要が無い。異様な不自然さも、魔理沙は「散歩」の三文字で片付ける。
「向かう必要がある場所なんて、ヒナギにはないだろ」
「だから散歩っていうのは、少々欠伸が出そうだわ」
「だからって、何処へ足を運んでいるかなんてわからないだろ」
今すぐ箒の柄を折ってやろうかとも思ったが、それは止めた。魔理沙は大きな欠伸を掻いて、時計を指差した。時刻はちょうど、四時頃か。時計音が鳴り、メロディが溢れだす。
「ほら、ちょうど四時」
まるで他人事のように佇む魔理沙に、初めてディストラクションを抱いた。
「やっぱり、私は探しに行くわ」
「……霊夢さあ、ヒナギのことがそんなに心配か」
またヒナギを他人のように見下す、何が言いたいんだ貴女は。襖から日差しが差し込み、魔理沙の金髪が輝く中、彼女はこう言った。
「霊夢はさ、きっとヒナギのことが好きなんだよな」
「なっ」
何を言っているのかよく分からないような分かるような微妙な心理の境遇に押し込められたこの感覚は、羞恥心というやつか。いやいや、私は決してヒナギを恋うているわけではないわけだからこれはきっと違うはずだそうに違いない。ヒナギという未知の土地出身者に興味など沸くわけがあるもんか、ヒナギなんていう男女を好きになんてなるもんか。ヒナギを好いていないのだから…じゃあこの気持ちは何?
なんというか、魂の中枢から言葉が溢れ出す。ヒナギのことは好きじゃない、って。だからそうだ。これは私の感情ではない。
「顔、真っ赤だぜ」
「じゃあ、聞くけど」
「まずは私の質問に答えるのが道理ってもんだぜ」
何が「道理ってもんだぜ」だ、それは魔理沙も同じだ。
「本心を言えよ」
心臓が揺れる。真紅の心臓が、燃えて、火照る。ええい、忌まわしい感情よ……出すしかないか。
「……好きよ」
本心…を出した後は、妙にスッキリとした感情があるばかりだった。
「……そうか。納得したぜ」
そう言うとすかさず魔法使いの帽をかぶり、炬燵から出たスカートを伸ばした。
「行くぜ、霊夢」
私の心に今感情があるとすれば…友情か。
勢い良く襖を開けて、飛び込んだのは朝の世界。眠気は当の昔に吹っ飛び、体は心地よさであふれている。
「ヒナギ、今探しに行くわ」
「お暑いねえ」
「余計なお世話」
「と言うことは、目星は付いてるんだろうな」
当たり前だ。
「ヒナギが、夏の宴前最後に訪れた場所」
魔理沙は、私の家かと言ったがそうではない。魔理沙以外、そう。
「紅魔館」
魔理沙は納得のいかない顔をしたが、すぐに説明をした。説明と言っても、推測だが。
「確かに、ここ半年でヒナギはいろいろなとこへ行っただろうけれど、紫の誘拐以外の中で特に内容が無いのよ。本人に尋ねたら、ただの世間話だとか」
「ほー。それで言ったら私の家を訪ねたことが一番夏炉冬扇だと思うけれどな」
そう話しているわけにもいかないので、簡潔に片付けることにした。
「魔理沙も、噂程度に聞いたでしょ。紅魔館の連中の事」
「噂っていうか、そもそも直で聞いたけどな。門番に」
「門番?」
どうやら「お嬢様と咲夜さんが随分前から話し合っていたようだった」と門番が呟いたそうだ。この一言で、私の予想は確信に変わり、道を真っ直ぐに見据えることができた。
「決まりか?」
「そうね」
朝日の眩しさったらありゃしない。景気付けに一言呟いた。
「面倒くさい朝になりそうね」
「白昼な朝になりそうだな」
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九話 紅い怖色
個人的に大好きな話です。地の文会話文共に気に入ってます。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第九話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
鳴り響くのは局地的に降る豪雪の爆音。辺りの村町では決して起こらないであろうこれは、異変? まさか。
以前からここは気温が著しく低い場所として有名だった。地下住民の私でも知っているくらいに。
一瞥しただけでもそれの範囲は凄まじいものだ。湖を取り囲む雪原の高さは、私の足首を軽々と咥える。一歩ずつ足を抜き差しするだけで私のブーツは水浸しになり、それとともに間接的に足首を凍えさせる。降るそれを悴む手で触れると柔らかいどころか、ごつごつと流星のごとく。
首を上げれば、見受けられるのは白い流星群と、月紅。パッと見るだけでも、湖には紅い偽物が存在していた。
歩みを、いや踏みを進める中、私は半年前のことを思い出した。忽然と姿を現した、八雲紫を。どこからともなくスキマから現れる彼女は、その晩もふと気が付けば思考が近くへ寄ってくる。まあ、滅多に地霊殿には近づかないが。
確かその時、私は紅茶を飲んでいた。まだ私が地上にいた頃趣味としていた紅茶葉集めの際手に入れた、祁門という紅茶。これを勝手ではあるけれど、栽培し「深」祁門として流通を謀っている。
そしてその「深」祁門をちょうど好んでドリンク中に、彼女は現れたのだ。
「燻製でもしているのかしら」
祁門独特のピーエムツー・ポイント・ファイブ臭を嗅ぐ彼女は、そっと私の机に腰かけた。
ちなみに彼女の心はこうだ。
すっげえくせえ。
スキマを人差し指でつーと閉じると、足を組んだ。目を右に寄せていると、彼女は上目遣いで人差し指を咥えると、吐息を発しながら手袋を外していった。
「厭らし事の練習をしに来たわけ?」
啜り笑うと手袋を机に置いた。かと思えばすっと立ち上がって、両手を広げた。
「こういう人が来るわ。名前はヒナギ。よろしく」
分からないわけでは無いけれど、彼女の心だけは妙に見難い。取りあえず、私はめんどくさいことになると捉えた。
手袋を着け、またスリットを開いた。片足突っ込んだところで、一言加えた。
「次からはちゃんとケニアを生育すること」
あっという間にスキマは消え、地下特有の洞窟音がある世界へ転移した。「深」祁門をまた飲んだ。
「……おいしいのに」
ケニア。それ即ち地上へ、か。タイミングを計ることは容易でないけれど…ほら来た。「ヒナギ」さん。ゆっくり。確かにゆっくりではあるが高雪壁を踏み越え、湖を沿い私の方へ。
いや、紅魔館へ向かって来る。
袖が靡く中細目で見れば、剣を持っている。猫背だ。髪を縛っている。若干の相違が見受けられる。立ち止まると、段々と魂が近づく。私は恐怖心を感じずにはいられなかった。
これだけ雪が降り積もっているのに、冷や汗が出る。唾が出る。そうして私からわずか五メートルもない距離まで近づいてから、話し始めた。
「やっぱり」
私の呟きを聞いた途端、彼女は歩みを止めた。冷酷な瞳は、月紅よりも紅く鋭く、そして不気味に光る。そこに意思は無い。あるのはただ肉体とそれに憑る無垢なる魂。だけれどそれは無垢というより、無意識だ。こいしとは違う、仕向けられた思考。
しばらく「縣」のようにぐにゃと曲がり呆然としていると、傍に一つの思考が寄ってきた。この湖周辺を収集した寒度よりも冷気を帯びた魂が、ゆらゆら揺れながら近づく。発心を簡単に言えば、面白だ。
私の身体に近づくと、ようやく着地して膝を抱えた。心だけでは体格や容姿を判断できないから目視すると、濃水色のパーマが掛かった少女だ。何故か背中には氷も浮いている。
言葉を失っている私の頬を、彼女が突いた。もう一回。一突きされるたびに思考のインストールと冷気のダウンロードで顔だけが凍りそうで、頭無し幽人になりそうだった。
「おい。大丈夫かい」
至って冷静に、だけれどどこかおちょくっているような表情。こっちはとうの昔に心が読めているっていうのに。雪壁に手を突っ込んで、彼女に手を借りながらおもむろに足で踏み上がった。足は震えていた。
「ええ、いつから見てたのかしら」
豪雪のせいだろうか。初めから彼女の魂を確認できずにいたから、付近に来たときは驚いた。気温と魂の寒冷差が大体プラスマイナスゼロなのか、ただ紛れていただけなのか。
「あいつの知り合いかい」
頷くということは、私がただ単純に倒れていたから手を差し伸べたわけではないのか。何時からだ。少なくとも彼が私を押しのける情景を、直で見ていたのだろう。何所でストークしていたか、質問した。
「あそこだよ」
そういうと彼女は湖を指した。まさか、水中で?なら分からないはずだ。真冬の水中温度は大豪雪の雪崩をも凌駕する。自然の中に紛れることができるなんて、初めて見た。若干の感動がある。
「見ていたら分かるわね。状況」
「うん、まあ」
流れる雪が、彼女の十度くらい曲がった首に積もる。心にあるのはクエスチョンマーク。解っていないのか。ならば、ここで大きく公言しておく必要があるな。
「彼を追っては駄目よ。いくら友人だからと言って、今の彼に近づくのはあまりにも危険だわ。貴女にはそれを守る権利があるし、私にはそれを制止する使命がある」
彼女はもう四十度くらい曲げて言った。
「うーん。別に友達じゃないんだよなー」
彼女の心にはもう一個それが追加されたが、私の心にもそれが生まれた。雪による体温の低下と疲労からくる眠気で、私は考えることをやめた。
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十話 レミリア思慮
彼女に付加要素を加えながら本来の味を出したい。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第十話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
アヴァランチが起きそうな晩だ。私の吐息でさえ空中昇華して亜散開する。フレーム反応色が青になるガリウムのそれのような空には、濃度の低い塩水が漂う。唯一紅い月光だけが、部屋の灯だ。顎を支える手平が疲れるよりも早く、咲夜はティー・ポッドとカップを持って現れた。
「もう蛇毒入りはいやよ」
薬毒ならいいですねと言いながら咲夜は紅茶を淹れた。蛇毒は苦いが、薬は良配合黄金比で構成すればまだいい味が出る。どっちもどっちだけれど。
「宴はどうだったかしら。楽しかった?」
「それなりには。お酒も美味しかったですし」
紅茶を含むと、咲夜は不毛な質問をしてきた。
「何故、お嬢様は神社へ行かなかったのでしょう。あれほど巫女に泥酔していらっしゃったのに」
横目で見ると、彼女には珍しいただ単純な疑問を持った顔。彼女は人間だから、どこぞの式神とは違って成長するだろうけれど…教えないと成長しないのも面倒な物ね。
「こんなに月が紅いもの。どうしても恍惚してしまうわけ」
咲夜はそういうものですか、と言った。そういうものだ。
「まあ、霊夢には会いたかったけれどね」
「でしたら、神社から眺めることで解決するのでは」
「駄目よ、此処から見なければ」
紅茶に映る紅月は、私の心極地にある何かを目覚めさせる。目視できるほどそれは大きくないけれど、確実に私の心に命令をする。「とにかく紅魔館(ここ)で紅月を見よ」と。本能的なもので。
「B(ビィ)とV(ヴィ)よ」
咲夜は困惑したようだ。
「発音が似ている…と言うことですか?」
「Blood moon(皆既前紅月)とVampire(吸血鬼)。発音もそうだけれど、いわゆる対比的なものね。二番目のBと二二番目のV、世界各地で統合と分断を繰り返すBとV。そして」
「……吸血鬼の目覚め、ですか」
咲夜もようやく分かったようだ。肘をついて空を眺めながら、考える。いつ頃かしら。
「伝承的神話ではあるが、赤い月の夜。棺桶を雲気になってすり抜ければ、私の前に姿を現したのは吸血鬼だ。肩に入った牙の固さは、サイの角のよう。溢れる血が、新品の絨毯に染み込む……」
「それは?」
「創作スモールストーリー。図書館で読んだのだけれど、正直おもしろくなかったわ。このくらいは聞いたことあるでしょう?」
咲夜はあるようでないような顔をした。なんだ、せっかく説明したのに。全部説明しないといけないのかしら。
「あっ」
むっ。ポッドを持ちながら、咲夜は発した。
「血液毒の方がよかったでしょうか」
真顔の私を見て、咲夜が吹き出したのは言うまでもないだろう。そこは「生まれの紅魔館だから意味がある」とか言いなさいよ。せっかくキメの一言があったのに!
紅茶を飲み干して、立ちあがってから背伸びをした。ずっと暗闇の中にいたせいか、目がパッチリしている。
私は部屋を出た。
「お嬢様、どちらへ」
諦めが八十パーセントまじっているけれど、もう言う!
「だから、溢れるものを流しに行くのよ!」
「お嬢様……」
知らない。私に一瞬でも恥をかかせた、己を恨むがいいわ。歩いて、歩きまくる。
「お嬢様」
まだ何か言うか。
「お手洗い、そちらじゃありませんよ」
チェアに深く腰掛けて、気分を落ち着かせた。あれほどに湧き上がっていた怒りも消化したのか、肘をつけば眠気が襲ってくるくらい。紅のミラー・レイが眼に入ると、溢れ出る血ではないけれどそれに似たインスティンクを感じずにはいられない。というより、身体が自然と反応する。
「あいつはどうしているかしら」
「今もなおパチュリー様による水壁に守られています」
守られている、か。あれは完全に隔離、鎖国、幽閉の類だけれど。まあ、現在の措置を続けていくわけにはいかない。あいつならばたちまちにアレを壊すことができる。まどろっこしいことは抜きにして、いっそのこと意識不明にすべきだろうか。本人の興味にもよるが、「遊び」と捉えてしまったらこちらの負け。リアリスティキャリーに捉えるのなら、発破十日前だろう。
「現状維持を精一杯」
なんて言ったけれど、そのままでいい訳がない。精々火薬に点火寸前まではの話だ。ではなぜ、私が咲夜にそう言ったのか。当然、外界の外国大統領のバックヤードで静かにナチュラル・ロー・フードを淡々と食らう奴のような、ダークホースが存在するからだ。
「月男は?」
「大衆には紛れず、月を眺めていました」
ふーんと言ってやれば、私の得意な例え話を始めてやった。そのために椅子を回して咲夜を目視する。ちょうど、たまたま机に置いてある本を手にって、読み始めようとした。このために用意したとかそんなことはない。
「クライ・ウォルフの話は知ってるわね」
「…狼少年ですか? あの、お嬢様」
何よ。これからが格好良いのに。
「何故遠回しに他国語をお使いになさるのか、と思いまして」
……「己が主に対し、口頭で説明する際のワードコンバーションの訂正を求めるなど、愚の骨頂である。黙って聞け」を柔らかく伝えた。
「私の中でそれが流行りなの。素敵な表現になるじゃない」
「左様でございましたか。申し訳ありません」
再び表紙を示して、話し始めた。
「ザ・ボーイ~クライ・ウォルフ~(嘘つき狼少年)」
「はあ」
「ため息しない。どういう話かしら」
咲夜が話し始めると同時に、ページをめくった。
「…羊飼いの少年は暇潰しに、大声を上げました。
「大変だ! A wolf came! A wolf came!」と。
村人が駆けつけましたが、少年は大笑い。
少年はまた「A wolf came!」と叫びました。
また村人が駆けつけましたが、少年は大笑い。
ところが今度は本当に狼が来て、少年はまた「A wolf came!」と言いました。
けれども村人は知らんぷりで、羊は全部食べられてしまいました」
「分かった?」
顎に手を置いて考える。
「……本来の状態ではない、ということでしょうか」
正解。
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十一話 誰も知らない吸血鬼
レミリアの中身は、黄身よりも濃い。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第十話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
日が入る。それは朝を告げる日だ。博麗神社を発ってはや数時間経つ頃か、私達が到着したのは紅魔館。そう、書いて紅い魔が(吸血鬼の)住む館(住処)。粘っこい名前だと、口にするたび思う。
そんなことより、日だ。それは窓から差し込んでくる。これは、ある意味おかしい出来事なんだ。何が? なあんて魔理沙は質問を投げかけてきそうだけれど、さっきも口からこぼれたようにここは「吸血鬼の住処」なんだ。太陽光なんて入っちゃいけない。完全未開不可能出禁の黄泉地獄。
そんでもってここも月人等の住処同様お迎えが居ない。どうやら宿泊施設的名称には、マナーと言う言葉が存在しないようだ。
主室に少しずつ近づくにつれ、至る所に入る謎の亀裂が見え始めた。
「やけにぼろいな。まともな業者を呼ばなかったのか?」
「自リフォーム中なのよ」
「なんだそりゃ」
まあ、大方戦闘後というところか……ヒナギ。心配は募るばかりではあるが、私たちはようやく彼女の部屋の前の扉までたどり着いた。現在までの遍路と、亀裂と荒廃度が比べ物にならない。
「面白いもんみっけ」
箒を担ぐ魔理沙がそういうと、扉に挟まった物を引き抜いた。真紫の髪の破片。ヒナギか。
「じゃ、ここね」
「探し物が見つかりそうだな」
「探され者だけどね」
私と魔理沙は思い切って、魔理沙の帽子がぎりぎり入るか入らないかくらいの扉を押し開いた。
……光? 地上とも見間違えるほどの光量ということ、つまりは上。見上げただけでは、その状況を理解できなかった。
「…とんでもないリフォームをしたもんだ」
「そうね」
穴。大穴。開いているというより、破開口されたというイメージが強い。吸血鬼がこんなことをするわけがなければ、このような事をする人物なんていないだろう。……まあ、見りゃ分かるか。
「行くわよ」
「犯人探しはワクワクするなあ!」
片足浮かせて光大穴をすり抜ければ、私に焦点が集まって、熱い。光に強い、なおかつ破壊衝動のある……ヒナギとは断定できないか、是か。私の目がだんだんと縮まる。光が覚めれば、その正体が見えてくるだろう。
あれは、レミリア?
私と同時に箒を地に付けた魔理沙は、まだ気づいていない。次の一言でようやくそれを認識するとともに、私と顔を見合わせた。
「おはよう。霊夢」
「随分と派手なリフォーミングね」
「まあね」なんて笑顔を見せれば、私達へ近づいてきた。
……違う。何か違う。何か、説明し難い相違点を感じる。何故だ? 私の目に映る限りの情報量でそれは感じ取れるのに、具体性が皆無だ。彼奴はあんなに笑顔を絶やさずに、槍を持っている。
「本当か? 砂埃が撒き散る様を見る限り、結構最近の出来事っぽいけどなあ」
魔理沙の鋭い、実に鋭角的な一言が彼女の歩みを止めた。そう、これはどう見たって数時間。いや数分前の出来事だ。石の裂け様、瓦礫埃。ガスマスクでも欲しいか、と思うほどの悪環に立った私たちが抱く、当然の普遍的要素だ。
「何時か、なんて言ってないわ。欲求度数の高い」
「そうか。リフォームだったら宴に来れないのも頷ける」
その言葉が魔理沙の本真言なのか、それとも冗談なのか判別がつかない。
「お久しぶりね、といっても貴宅には何度かお邪魔したけれど」
1tの空気と太陽光が頭を包む中、私は可能な限り思考を凝らした。と言っても、レミリアが「じゃあ」と話し始めるまでの汗が乾くほどの時間ではあるけれど。考えることで、この場の相違点を発見しようと、しなければここでこの物語は終わってしまう。ヒナギは外世界のどこかへ消えたという話で、幻想郷では完結してしまう気がした。
レミリアの帽子、レミリアの顔、レミリアの腕、レミリアの……肌。
肌。
肌?
吸血鬼。どこで読んだかどんなタイトルだったかすら思い出せない、あの本に書いてあること。背後に映る小さな棟を見ながら、ぼんやりと思い出してきた。
――溢れる血が、新品の絨毯に染み込む……
ふいに差し込む朝日が、吸血鬼を私から離した。止血をしながら吸血鬼を見ると、焼け落ちる肌。みるみる内に骨格だけが残り、腰が地面から上がらなくなってしまった――
あー、面白くなかった本だ。
「それで、本日はどのような用件で
意気揚々と槍を構える彼女。戦闘態勢はとうの昔に準備しておいたようだ。
「ヒナギがここへ来なかったかしら」
「ヒナギ?」
鼻で笑う。私は何だか悔しくて、歯を噛みしめた。同時に魔理沙は八卦炉をスカートポッケから取り出した。
「居たわね。そんなの」
ちらつく雪と共に流れる風に翻る蝙蝠羽は、犬の尾のように垂れている。積もったであろう雪は、もう溶けてしまったのだろうか……ああ、リフォームか。
「ヒナギがどうしたって?」
「ここに邪魔してないかしら。随分と仲良くしてくれたらしいし」
「随分と勝手な理論で申し訳ないが、覚えはないか?」
五秒ほど待つ合間に感じる風の音、雪の匂い、火の気。それらは当然、私に恐怖を与えた。
「……さあ? 来てないわ。少なくとも紅魔館にはね」
魔理沙は顔を緩め腰に手を当ててやっぱりな、なんて呟いた。私はとにかく腑に落ちなくて、筋肉の硬直は収まらずにいた。
「霊夢、帰るぜ。館主に失礼だ」
「やっと揉め事が流れて面倒事が無くなった!」みたいな顔で魔理沙は回転する。一回転、二回転、三回転はしないけれどバレリーナのように。そして私の肩に手を置いた。レミリアはそれを見て苦笑するわ、魔理沙は強い力で肩を叩くわ。ストレッサ―のレベルが段違いだ。
「なんならお茶でもするかしら? 用意させるけれど」と、レミリアが言い終わったくらいで、私の黒髪と魔理沙とレミリアの帽に雪がどっと落ちた。あっという間に地面は白染めになり、歩くとシャクシャク鳴る。
シャクシャク……
「もー、湖で散々猛攻撃を食らったってのに」
シャクシャク……
「帽子を洗わなくちゃね」
レミリアの鳴らす雪音は、だんだんと私達の方へ向かう……ところで、私はこの爛れた館に流れる不条理を解決できたかもしれない。
私は魔理沙に耳打ちをした。彼女の理解できていない顔は滑稽で、少し笑いそうになったことはどうだっていい。大切なのは耳打ちした「内容」なのだから。そう。それと同時に、懐にあった小袋を彼女に渡した。
流れる雪群を歩きながら、私はおもむろにレミリアに近付いていった。また鳴る雪音を聞くと、レミリアは何かを察したかのようにこちらを睨んだ。それでいい。これが最適だと判断したのだから。
「ねえ、〈吸血鬼〉さん」
「何かしら、〈巫女〉さん」
「いえね、ちょっと気になったことがあるのよ」
レミリアはあくまで惚けた顔をする。そりゃそうか、彼女はリフォームしただけなんだから。
「貴女、ここにヒナギは来ていない……といっていた気がしたのだけれど」
「ええ、事実を伝えたまで。疑う余地はない、と思うけれど」
「そう」
流星群のような一雪が、レミリアを殴って頬を伝う。それは私も同じだ。だけれど魔理沙は違う。レミリアが疑問を持つ暇もなく壁面へ着いた。被る雪を払いながら魔理沙は待っている、はずだ。レミリアの視界は完全に私を捉えて、瞳だけで畏怖が襲う。背負った太陽が眩しい。瞳が焦げる。
立ち止まった。
「……まだ滑稽な顔を見せつけて……ふふ。疑問なら受理するけれど
「語ることすら面倒くさいわ。理解しているくせにね」
刹那的に瞳が紅く輝いた。戦闘態勢に入った証拠だろうか、プレッシャーが襲う。こちらも御幣を取り出す。そう、これは魔理沙への合図だ。
「折角なのだから、リフォーム記念。大々的に公表したらいかがかしら」
「たった少数の前で、ねえ」
また笑う。一般人間が忌み嫌うだろう恐怖の眼。吸血鬼の瞳。そう、ならば言ってしまおうか。
「……レミリア。貴女は、本物よね?
私の言葉をサインとして、魔理沙は箒と共に天高く舞い上がった。レミリアも私もそれに目を取られ、彼女は滑稽な顔をしていた。
懐から袋状の「モノ」を取り出したかと思うと、紐を緩めて中の「モノ」をばら撒いた。
「……あら、雪は止んだのに別のものが降ってきたわね」
「……何が言いたい」
レミリアは腕に包んだ一粒の「モノ」を凝視しながら、再び畏怖の瞳をこちらへ向けた。
「だから、聞いたじゃない。貴方は本物かってね」
片足から着地した魔理沙は、ようやくこの時に状況を理解したようだ。種明かしというか、粒明かしをしてしまえば「モノ」は何時ぞやの「炒り豆」だということだ。
どこで読んだかどんなタイトルだったかすら思い出せない、例のあの本に書いてあること。思いだしたあの一文。
――吸血鬼は炒り物に対して恐怖の念を抱くと言われているが、後に専門者に確認を取ると、まさにその通りだとのこと。今後、深夜帯にマンション・ビルディングへの侵入ミッション中は、簡易な炒り豆の所持を原則としよう――
「何が言いたい、と聞いたはずなのだけれど」
レミリアの顔が強張る。彼女はこの事実を知らないのか? 自身の事のはずなのに。まあ、言いたいことは魔理沙も解っているだろう。畳み掛けようか。私は徐に太陽を指した。
「吸血鬼は私の見る限り、伝記では太陽光によって肌が焼け落ちる。瞬く間に骨格がくっきりと残って、存在があるだけ。こんな、日中と言うわけではないけれど思い切り太陽が頭上に現れている時節に、吸血鬼は存在できない。
さらに言ってしまえば、レミリア。貴女が握っている「炒り豆」なんだけれど。吸血鬼は炒り豆を恐れるそうよ。どうやら、炒り豆と素肌が反応してぱっと燃えるらしいじゃない……まあ、貴女からは見えないようだけれど」
レミリアの顔は依然強張っていて、変化が見えない。いや、見える。少しずつ顔が暗く沈んでいく。彼女の要求通り、「言いたいことをそのまま伝えた」までだが、どうやらお気に召さなかったようだ。
私がため息を吐こうと瞳を閉じかけた刹那に、レミリアは炒り豆の上に槍を転送させてから私に向かって振りかぶった。刀身が体にぶつかる前にふわっと後進して避ければ、再び襲い掛かる。突いて突いて、だけれど、当たらない。慣れが感じ取れない動きに、私は唖然とした。彼女はこんなにも弱いわけがない。つまり。
「レミリア」
私の一言だけで彼女は歩攻撃を止めた。
「貴女は、偽者ね」
「……」
私の言葉以来、大体二分ほど沈黙は続いただろう。私は常にレミリアの垂れることのない眉と、鋭い瞳とを共に感じ、ほぼ完全に勝利の流れの中にあった。後方、魔理沙もきっと同様に緊張感を噛みしめながら、私たちの栄冠を確信したであろう。
だけれど、ここで終わりなわけではない。レミリアの正体が見破られることと、ヒナギの行方が分かることがイコールで結ばれるわけではないからだ。レミリアが自白次第、私は百八十度Y軸回転してヒナギを片っ端から探さなくてはいけないんだ。彼の行動自体に怪しい点だって見受けられるけれど、もっとも危惧しなければいけない点は、吸血鬼の彼女が一体全体何故虚偽行為を行っていたかということだ。
第一、ヒナギの至近的存在である私に嘘を言うということは、それ相応の謎っていうものがあるはずだ。
「……そうか」
その瞬間は、私の瞳が天を仰いでいたちょうどその時に訪れた。雪でも炒り豆でもない、私と魔理沙の感傷的な空気が流れる中で、その言葉はエアーバリアを貫いて通った。
「……」
再び黙った。一体なにが「そう」なのか私にわからないのに、魔理沙が分かるはずがない。だけれど、やっぱり何かしらの緊張感を感じ取ったようで、枝の擦れる音がする。左足を下げる、音がする。
だけれど、またしても瞬間がやってきた。
突如として光だけが溢れた。何もない城の上、レミリアの手が顔を塞いだだけで。もちろん、それだけではない。その光のような物質は、レミリア自体を包み込んでいった。細い腕、筋肉質な足、小さな胴。ショートヘア―から靴下まで、何から何まで包み込んで、私の瞳孔の対光反応は消え失せた。
それは光の存在だけではなくて、彼の存在が確認されたからだ。
「……そうだった。吸血鬼の弱点を忘れていた」
そうだ、あの長い菖蒲髪。女性のようにすらっとした体格。そして、長剣。ここにあるすべての事象が重なり合い、私はようやく彼のことを見つめることができた。
そう。
「……ヒナギ」
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