Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- (けっぺん)
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プロローグ

 

 

 ――記録に曰く。

 

 

 其は遠き未来、世界の終末に、救済を齎すという。

 

 

 其は光り輝く剣を持ちて。其は勇壮なる騎馬を駆る。

 

 

 其は秩序を謳う英霊である。其は善を謳う英霊である。

 

 

 其は目覚めを悟る。其は使命を識る。

 

 

 衆愚よ。兆しを悟れ。兆しを識れ。

 

 

 これなるは『黄金世界(■■■■■■)

 

 

 私が導くは、全て遠き――――

 

 

 +

 

 

[2042/07/01 23:51]

 

 

 ――スタート、確認。

 

 ここは霊子虚構世界、SERIAL(シリアル) PHANTASM(ファンタズム)――略称SE()RA()PH()

 

 閲覧権限を提示してください。

 

 確認しました。

 

 要求された内容を検索します。

 

 

 

『カテゴリー:過去』

 検索完了しました。

 最後の聖杯戦争の記述が存在します。

 ムーンセルの現マスターが決定された戦いです。

 

 ――不明な一時があります。

 権利者によって記述が削除されています。

 この瞬間より、内部の非AIが増員しています。

 

 

 

『カテゴリー:未来』

 記述は存在しません。

 一分後のシミュレート、失敗しました。

 一分後のシミュレート、失敗しました。

 一分後のシミュレート、失敗しました。

 一分後のシミュレート、失敗しました。

 一分後のシミュレート、失敗しました。

 一分後のシミュレート、失敗しました。

 …………

 ……

 …

 

 

 

 ――――無意識に、拳に力が込められる。

 今日という日に唐突に発生した、この尋常ならざる事態の原因が掴めない。

 ごく僅かに分かったこと――分かってしまったことは。

 ……未来が、失われた。

「……っ」

 ムーンセル・オートマトン。

 地球のあらゆる過去、あらゆる現在を観測し、あらゆる未来を導き出す、月に存在する観測装置。

 過去を確定させ、現在を経て、未来を捉えるのが、このムーンセルの機能であり使命。

 その三つが、ひどく不確定になっている。

「――どうだった?」

「……三十。あまりにも、多すぎる」

 過去。既に確定している筈の事象を、ムーンセルで閲覧できない筈がない。

 だがその道理が歪に覆っている。

 合計三十の瞬間に、靄が掛かったように見えなくなっているのだ。

 そして、過去が曖昧になれば、過去があってこそ存在する現在が不確定になり、未来の演算が不可能になる。

 ムーンセル内部は全て洗い出した。結果として、ムーンセル自体の運営はごく通常に行われている。

 原因は地上……その曖昧になっている瞬間瞬間にあるということは決定的だろう。

 過去に干渉し得る、何らかの事件が発生している。

「解析、完了しました。この三十の時代が変質し、実際の歴史と齟齬が発生しているのは間違いないようです」

「お疲れ様、サクラ。……だとすれば」

「やることは一つね。まったく、今更こんなことが起きるなんて思ってもみなかったわ」

 成すべきは、齟齬を失くすこと。

 どうやら此方から、禁忌(タブー)を起こすときが来てしまったらしい。

 観測者の目を持つ者が、その場に赴いて事象に介入する。あってはならないことだ。

 だが、それ以前に過去が見えなければ。未来を存在を確約できなければ、どの道観測者としての役目を成しているとは言えない。

 この事件の先、首謀者がいるならば、未来をどうするつもりなのか。

 未来を消し去るつもりでも、未来を続けるつもりでも、手を出さない訳にはいかない。

 目的が前者ならば、何としてでも止めなければ。

 後者であっても、それを確約せぬことには許容できる事態ではない。

 一秒後を当たり前に迎える――それを観測者は保障しなければならない。

「こんな大掛かりに外に干渉する日が来るなんてね。初めてじゃない?」

「三度目よ。貴女がここに来たきっかけが二度目。あれだって月が干渉した事態だもの」

「あ、そっか。もうあれから――何年だっけ?」

「十年。あの時以来に、助力を頼むことになるな」

 十年前、とある戦いがあった。

 ムーンセルの記録に存在しない、今では月の住民でもほんの数名しか知らない戦い。

 あまりにも無関係な事件に巻き込んでしまった人たちを、それぞれ別の世界に送還したことがある。

 此度は、その全ての世界の未来に関わる異変。

 正直な話、僕たちだけではどうにもならないと思う。

 そして、誰かに助力を仰いだところで解決に至るかさえも分からない。

 原因は不明。解決の糸口は、三十の時代。

「システムの定員は現時点、限界で五十人……聖杯戦争以下か」

「規模を考えれば少なすぎるわね。だからこそ、精鋭を集める必要があるわ」

 以前の戦いに関わった者だけではない。世界中から、屈指の実力者を探し出さなければならない。

「サクラ、システムの起動を。その後はBB、エゴの皆と一緒に魔術師の検索を早急に」

「了解しました。該当英霊の出典は――」

「制限は掛けない。異変の解決に力を貸してくれる意思があれば、その全員が対象だ」

 以前とは比較にならない、悪辣なる異変だということは確信している。

 ならば、此度も負けてしまわないよう、僕たちは最善をもって挑む。

 僕たちと、魔術師たち。そして、切り札たる英霊たち。

 これでどうにも出来ないならば、未来の確証は此処に潰える。

 そんなことは許されない。存続を確約し、果てまでを見守る観測者として、第三者(なにものか)の介入は、第三者(ぼくたち)で阻止しなければ。

「……何人、来てくれるかしら」

 その呟きは、少なからず不安が含まれていた。

 彼女らしくない感情の吐露も、致し方ない状況なのだ。

「分からない……けど、世界の危機だ。きっと、皆力を貸してくれる」

「……そうね」

 上級AI――サクラたちにシステムの準備を任せ、此方も此方の準備を開始する。

「私たちも行った方が良い?」

「いや。まずは僕たちが行く。何もわかっていないうちは、白羽は控えていて」

 問いを投げてきた少女――黄崎(きざき) 白羽(しらは)は、その答えを聞いてやや渋い顔をする。

 彼女はこのムーンセルに住む、僕以外の唯一のマスターだ。

 万が一があった時のために、白羽には待機してもらうべきだろう。

「……そうだよね。念のため、だよね」

「心配ないよ。死なないよう努める。白羽はオペレーターに徹してくれ」

「了解。私で務まるか分からないけど……」

 程なくして、準備が完了する。

 集まった面々を見て、ここに当然の如く集まるだろう二名がいないことに気付く。

「……カレンとヴァイオレットは?」

「それが……月全体を検索しても発見できませんでした。もしかすると……」

「……また、か」

 出てきたのは、焦燥ではなく、苦笑だった。

 いつものことだ。静かにお転婆を発揮し、僕たちが行動をする前に動く。

 そして、この月にてAIと同じく活動するアルタ―エゴの一人――ヴァイオレットが仕方なく補佐につき、苦労に追われる。

 今回もそうなのだろう。一足早く、月の外にまで飛び出したのだ。

「まったく。見つけたら仕置きが必要ね。サクラ、同じ時代に飛ばす必要はないけれど、しっかり観測はしておいてちょうだい」

「はい、分かりました。すぐにでも各時代の把握、検索を開始します」

 早くも数名、この一大事件の解決に名乗りを挙げてくれている。

 彼ら、彼女らも、地上からムーンセルに接続した後、各時代に転送する。

 常識の範囲であれば、それは不可能なことだ。

 だが、それを可能にするシステムが、今の月には存在する。

 

 ――時空記述干渉システム・ローズマリー。

 

 現在、及び未来の記述。いる筈のない僕たちの存在を書き込み、“そこに在った”という結果を生むシステム。

 それがかつて、これを考案した際に想定していた使用法。しかし今回は、それとは異なる方法によって地上に降りる。

 降りる時代は過去。過去の事象に介入するには現代や未来の変動しうる記述に干渉するのでは駄目だ。

 追記すべきは、既に記述の確定した過去。

 危険なことだ。

 過去に介入するだけで発生する矛盾。当然ながらそれを放置していれば、例え小さな影響だろうと未来における大きな誤差となりかねない。

 未来の誤差――バタフライエフェクトはムーンセルの、他の確定した記述の誤りを証明する要因となる。

 連続して入る記述修正でムーンセルに掛かる負荷は凄まじいことになろう。

 矛盾が修正しきれないまでに拡大すれば、どうなるかも分からない。

 そうなる前にそれぞれの時代の問題を解決するには、長居は出来ない。

 一つ解決するのに、一体どれだけ時間が掛かるか想像もつかない。だが、早期解決のための切り札たる、もう一つの切り札がある。

 

 ――英霊装填召喚システム・サクラ・ノート。

 

 これは、十年前、人知れず起こった、たった一夜の戦いを基に作ったシステム。

 ああした、重大な事件が発生した際の抑止力として用意したものだ。

 ローズマリーと同じく時代への記述の追記という形で、月で言う英霊召喚を疑似的に可能とするものだ。

 英霊は非常に強力な切り札となる。

 十年前の事件も、彼らがいなければ解決など叶わなかった。

 そして此度も、力を貸してくれる英霊たちに協力を仰ぐ。

 しかし、このシステムを起用するのは相応のリスクが必要だ。

 英霊がいれば、矛盾は更に加速する。

 加えて、世界各地の魔術師にも助力を依頼する。矛盾の加速というリスクを負ってでも、迅速な解決が優先される。

 

 

「両システム、問題なく活動を確認。サクラ・ノートにより、既に各時代、事件解決に賛同する英霊が召喚されています」

 これら英霊はマスターはいないが……月から問題なく魔力は送られている。

 月のリソースを地上で活動するための魔力に変換するというのも、過去への追記を利用した少々無茶な方法が取られているが、それも仕方ないほどの火急の時なのだ。

 力を貸してくれる魔術師たちにも、それぞれ一騎ずつ英霊の情報を転送した。

 それぞれに波長の合う、相性の良い英霊。かつてのように、その好相性が良い方向に転がるとは限らないが、相性の悪い英霊を召喚させるのはあまりに危険かつ礼に欠ける。

 僕も含め――彼ら、彼女らはマスターとして、過去の時代に転移。その時代に発生した異常を解明し、或いは破壊する危険極まりない時間旅行。

 定員は五十人。その、救援を依頼した魔術師のうち、何人が来てくれるか。

 不明しかない海の航海。

 しかし、どうにかしなければ、未来は確約されない。

 一秒後に世界が滅んでもおかしくない状態。

 それが自然と齎されるものならば、仕方なきこととして見届けるのが観測者たる僕たちの役目。

 だが、何者かによって故意に起こされたことならば、全力をもって阻止する。

 これは、未来を取り戻す戦い。失われた未来を奪還する、大いなる儀式(グランドオーダー)

「ローズマリー、マスターNo.1・紫藤(しどう) 白斗(はくと)を登録。参戦マスターも順次登録、当該の時代へ転送します」

「桜、忘れないように。各時代、最低二人のマスターを向かわせること。一人複数回、別の時代に赴いてもらうことになるかもしれないけれど、その場合はマスターたちの意思を尊重してくれ」

「了解です。紫藤さん、メルトさん……どうか、気を付けて」

「二人とも、何度も言うけど死んじゃダメだよ。地上じゃ多分……(ここ)での勝手は通用しないから」

「分かってるわ。シラハも、頼むわよ。大役ということ、自覚しているわね」

「勿論。精一杯務めるよ」

 さあ、向かおう。

 想定外の形とはいえ、これは僕たちの悲願なのだ。

 いつか、地上に降りてみよう。観測者としてあるまじきことだが、ずっと夢見てきたことだった。

「準備は良いですか、二人とも」

「ああ」

「ええ」

「では……異常発生地点・項目A、追記開始します」

 初めてこの目に焼き付ける景色がそこにある。

 初めて触れる空気がそこにある。

 十年の悲願の果て。そう思えば、心は躍る。だが、此度は旅行に出向く訳ではない。

 何が起きたのかを解き明かし。

 或いはそれを叩き壊し。

 当たり前に訪れる――訪れなければならない一秒後を、一分後を。――明日を、確約する。

「――行こう」

 マスター・紫藤 白斗。

 サーヴァント・メルトリリス。

 ――これは、道程の終わりにして、新たなる道程の始まり。

 僕たちの最後の戦い。その、最初の一ページ。

 

「全工程、クリア――時空干渉、開始」

 

 

 +

 

 

 例えば、それが悪意から来るものであった場合。

 その悪意が何から産まれたものか、よく見極めるように教えられた。

 例えば、それが善意から来るものであった場合。

 より注意すべし。思うに、何より危険なものになりうると教えられた。

 

 静かな夜だった。

 涼風が肌に触れ、髪を撫でていく。

 数キロと離れていない所に住んでいる普通の人々が当たり前に感じるだろうそれは、わたしにとって新鮮なものだった。

 肌に触れるもの、目に映るものすべてが、既知のものでありながら作られたものでない、違うもの。

 そんなセカイに浸りつつも、わたしは術式に魔力を込めていた。

「……」

 補佐として隣に立つ長身のアルターエゴ――ヴァイオレットは、その術式を警戒して見つめている。

 英霊の召喚術式。何がしかの英霊を特定して喚び出すものではない。

 かつて――わたしが生まれるより前にあったらしい、聖杯戦争なる戦いで使われた、取り分け召喚者との縁を重視する術式。

 それをサクラ・ノートを利用して、此処に持ってきたもの。

 この事件において、強力な英霊を召喚するのに、越したことはないかもしれない。

 だけどわたしは、己と波長が合うか、を重く見た。

“――絆っていうのは、一番大事だと思う。友人との絆がなければ、今の僕は無かった”

 そう、生まれて間もない頃に、お父さまに聞かされた。

 間違いはないと思った。お父さまの能力は、絆を――剣に、盾にするのに、特化していたから。

 家族の一人、シラハも言っていた。

“そうだね。私も同じ考えだよ。逢えなくても近くに感じられて、親しいからこそ強く感じる、繋がりそのものだから”

 だからわたしは、これを選んだ。

 自分に一番合った英霊を。自分が一番、固い絆を結べる英霊を。

 何せ、『何が起きているか分からない』。

 いつもの通り独断で行動したわたしは、いつもの通り家族を信じた。

 ゆえに、事件に一足早く踏み入って、その一歩目は運命を開始するところから。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」

 紡ぐ言の葉一つ一つが運命の欠片。それらを寄り合わせて、大きなパズルにしていく。

 輝きを強める術式。視界が暫し白く染まる。

 色を取り戻したその瞬間には、そこには英霊がいるのだろう。

 現在、過去、未来。何れかの時代で栄光を謳った英雄が、第二の生を伴って現れているのだろう。

 セイバー。アーチャー。ランサー。ライダー。アサシン。キャスター。バーサーカー。

 サーヴァントの枠に収められて、七つのうち一つの座に腰を据えて、目覚めるのだろう。

 ほんの少し、不安があった。

 もし、生前に悪逆を成した、反英霊が現れたら、と。

 そんな不安は、視界を取り戻す前に拭い去った。

 お母さまも、どちらかと言えばその類だと聞いた。ならば、それもまた縁であり、幸運なことなのだと。

 光輝が極みに達する。刹那。

「――――フン」

 たったそれだけで性質の分かる、短い不満が聞こえてきた。

 殺人鬼のような、召喚そのものが失敗である状況が存在する。

 そうしたモノを、引き当ててしまったのか。

 どうしようかという焦燥に答えるように、光は収束していく。

 ヴァイオレットが、息を呑むのが聞こえた。

 視界に映った白がうっすらと消えていき、そこには――

 

「――まあ、そうだろうね。あまりに下らない。ボクであれば、そうするのは当然だ」

 

 小さき傲岸が服を着て――――否。

 何も纏わぬ小さな傲岸が、立っていた。

 

 

「ふうん。要するに……」

 召喚された英霊は、契約を確認するや否や、状況を問うてきた。

 自身は虚空から取り出した酒器に、同じく取り出した酒瓶の液体を並々注ぎ、分かっている仔細を話し終えるまで一言も喋らず愉しんでいた。

「何もわかっていない訳だ。原因も、犯人も」

「はい」

 言って、答えを待たず、また一口。

 その姿は年齢不相応にも様になっている。

 見たところ、十に届くか届かないかといった風貌ながら、その英霊は只者でない雰囲気を持っていた。

 少なくとも――女性二人の前で尚も全裸でいる少年が只者である筈がないのだが。

「だけど人類史が消失して、未来が不確定になった。思い当たるモノを発見したから、なんの下準備もせず挑んだと」

「はい」

「実に不合理、かつ無謀だ。君も、そこのお姉さんも、おおよそ完璧であるよう人造(つく)られた人形には見えないな」

「――――」

 そんな、さらりと零れ出たような言葉に、わたしよりもヴァイオレットが驚愕した。

「貴方、は……私たちの正体を?」

「それなりに目利きは鋭い自負がありますよ。女神の集合体なんて実に稀有だ。ボクの時代にそんなモノはいなかった。しかし残念、イシュタルなりアルルなり組み込まれていれば、お礼参りが出来たんですが」

 言葉遣いを、未だ不遜さの残る敬語に変えて、眉を下げつつ少年は言った。

 心の底から残念だと思っているように見える。

「で、そっちの君……ボクのマスターたる君は、人間でも人工知能(AI)でもない、極めて異例な存在。どうやったらそんなものが出来るんだか」

 少年は、さも当然と言ったように、わたしの正体をも一瞥で見極めた。

 目利きは鋭いというのは嘘ではないらしい。

 これは、この英霊に備わった宝具なりスキルなりの能力なのだろうか。

「まったく、何もかも、至って茶番だ。ただ……一つ見えないな。ただただ醜悪で、純粋なる歪曲……」

 酒器を置いて、つまらなそうに言う。

 その瞬間、少年は露骨に目の色を変えた。

「――いいよ」

「え?」

「君の召喚を受けた。契約は成立している。令呪もある。何も判っていない君らを導く気はないけれど、この茶番……もしかするかもしれないからね。付いて行くくらいはしてあげるよ」

 椅子から立ち上がり、一秒の後には、少年は古めかしい衣服に身を包んでいた。

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

「カレン、貴女は少し疑いというものを持つべきでは……」

「契約をしてくれたのだから、わたしは信頼します。お父さまも、きっとそうする筈です」

 お父さまとお母さまのように、この少年と信頼し合える関係になれれば良いと思う。

 そのためには、わたしがまず信頼しなければならない。

「そういえば、わたしは貴方をなんと呼べば……」

「ゲートキーパー。真名なんて明かす戦いでもなさそうだし、クラスで呼んでくれて構わないよ。カレン、って言ったね。それで、そっちのお姉さんは?」

「……ヴァイオレットです」

「うん、カレンにヴァイオレット、ね。よろしく」

 ――これが、わたしの、地上での最初の出来事。

 七つのどれにも属さないエクストラクラス・ゲートキーパーのサーヴァントとの出会い。

 そして、人類史を救い、守るための戦いの始まりだった。

 

 

 +

 

 

 ――そして、観測する。

 

 地上における第一のマスター、その誕生を。

 

 

 暗がりだった。

 蝋燭の灯りだけが光源の、数百年ほど前の西洋を思わせる部屋。

「それじゃ、始めますか」

 闇に響くその声は、とてもこれから大それた儀式をするとは思えない。

 呑気な声色。重みを微塵も感じられない様子だ。

 両手に大量の宝石を握り込んでいる部屋の主は、二十に届くかといった少年だった。

 真っ黒のローブと、その下に着こなした紫色を基調とした衣服。

 これだけならば、時代錯誤にやや古い錬金術師。

 異常なのは、衣服に溶け込むように接着された、多数の宝石。

 均整の取れていない、無遠慮な成金を体現したかのような極彩色。

 丁寧に切り揃えられた白髪はやや年齢不相応な子供っぽさを感じさせる。

 しかし、反対に、その顔つきは年老い過ぎているようにも見える。

 絶望と苦心を半世紀以上も煮詰めたような濁った眼はその外見年齢で宿して良いものではない。

 そんな自身の異常などまるで知らないとでも言わんばかりに、続く呑気な声は詠唱を始めた。

「銀とぉ鉄をぉひっとかけらぁ。ぐっつぐっつ煮るよぉ大番頭ぁ。アーテー様のぉ素敵なレェシピィ」

 歌う。歌う。あまりに異質、というよりは儀式という存在に真っ向から喧嘩を売るような、冒涜と享楽の詠唱だった。

閉じよぉ(みぃたせぇ)閉じよぉ(みぃたせぇ)閉じ(みた)閉じ(みた)閉じよぉ(みぃたせぇ)閉じて(みちて)閉じて(みちて)開いて(こぼれて)開くぅ(堕ちるぅ)。閉じた傷口合ぁわせていぃつつぅ」

 例えばそれが、愛情を込めた子守歌であれば、まだ聞くことも出来よう。

 しかし少年から発される声は、定められているだろう音程を一つ二つは外しているようだった。

 聞いた後には不快しか残らない歌をしかし、少年は真顔で歌い続ける。

「僕のかぁらだぁはあなたの下にぃ、僕のこぉころぉはあなたの上にぃ。全部が鎖につぅながぁれてぇ、停まって砕けて蕩けて混ざるぅ」

 枯れた愉快な歌を紡ぐ口は機械のように無感情。

 それでも――声の節々に残っているモノは確かに在る。

「善悪為るはぁ我が身ぃこの身ぃ。遍く織り成すいぃつつぅの魔法ぅ。棺桶開ぁけたら目ぇ覚めぇはひぃとつぅ。ゆぅめときぼぉとそぉれから――地獄ぅ!」

 そうして、出鱈目な詠唱でもって英霊の召喚術式が完成する。

 歌の終わりは、同時に月に関わりのない最初のマスターの誕生だった。

 

「――問おう。貴様が余のマスターか」

 

「そうさ。間違いないよ」

 厳かだが幼さの残る声の問いに、ようやく少年は笑みを浮かべて答える。

 対する、喚ばれた英霊は閉じていた瞼を開き、契約の成された己のマスターを視認する。

「ッ、貴様……!?」

「ん?」

 端整な顔立ちが驚愕に染まる。

 生前何かしらの偉業を成した英霊が、召喚されて最初にこのような表情を浮かべるなどそうそうありえない話だろう。

 そしてそれは、現代に生きる人間と自身を比較した上で矜持に触れる行動である。

 ゆえに、すぐに平静を取り戻す。英霊は驚愕を、一先ず気のせいだと腹に収めた。

「……いや、なんでもない。して。貴様は何を目的に余の眠りを妨げた?」

「簡単な話さ。いや、簡単だけど、簡単じゃない。僕は君に力を貸してほしいんだ。僕だけのための――欲望を満たすための野望に」

 少年の言葉は、まるで人類史の危機など歯牙にもかけていないかのようだった。

「そうか。では、余をキャスターなどで喚んだのも、その野望とやらのためか?」

「勿論。でなければ、アーチャーかライダーか……もしくはエクストラクラスで喚んでいるだろう?」

「そうさな。何か理由でもなければ、余をキャスターなどと、正気とは思えん。分かるか、余のステータスは」

「うん。筋力から幸運まで、揃ってEランクだ。最弱のサーヴァントに名を連ねるかもね」

「なっ――ええい! 余を馬鹿にしているのか!」

「してないよ――キャスターとしての君が必要なんだ。小さなお姫様」

「やはり馬鹿にしているのだろう! 余の真名を知った上でその呼び名は愚弄にも程があるぞ!」

 声を荒げる英霊は――紛れもなく、少女であった。

 黄金と白銀で彩られた白いドレスを着こなす姿は、確かにその真名を知らぬ者が見れば姫君と思うだろう。

 満遍なく刺繍を施された緋色のマントは身の丈と比べてあまりに大きく、似合うか否かよりもその威厳を魅せることを重視したような尊大さが見て取れる。

 金の長髪も相まって、その少女には貴族、王族といった表現こそが相応しい。

「まったく……まあ良い。なんの知識もなくキャスターで喚んだのではないなら、それなりに知識あるマスターと見込むべきか」

「知識には少しばかり自信があるよ。それなりに永きを生きてるからね」

「ほう?」

 少女――キャスターの怪訝そうな表情を意に介さず、少年は背を向ける。

「さて。じゃあ、行こうか。セカイを救う冒険だ」

「なんの話やらよく分からぬが……一つ、貴様が世界を救おうなぞ微塵も思ってないことは理解できるな」

「アッハハハ! そんなことはないよ。僕だって、世界は大切だ」

 愉快な、しかし薄黒く濁った少年と。

 荘厳な、それでいて華麗なる少女。

 救済の旅路において、異質なる主従は、ここに結成された。

「どうだか……。そういえば、マスター。貴様、名は」

 疑念を隠さず、少年の後に続くキャスターは、失念していたと話題を変える。

 己にキャスターの適性があると見破り、召喚せしめたとあらば、このマスターが我が真名を知っているのは当然だ。

 しかし、未だもってキャスターは少年の名を知らない。

 少年は、そうだったと立ち止まり、もう一度キャスターの方へ向き直る。

「僕は、カリオストロ」

 キャスターは、なるほど、と先程の驚愕の理由を納得した。

 魔術師(キャスター)として召喚されたからか、その少年の得意とする魔術体系を直感的に把握していたらしい。

 何処か、その魔術の大家に生まれたのだろう。良き名を貰ったものだ、とどうでも良い考えを持った。

「カリオストロ・エルトナム・アトラシア。アトラスより失われた至聖の蔵書。よろしく、キャスター?」

 こうして、また一組、戦いに参じる。

 三十の時代を巡る、歪なる戦いに。

 

 

 

 

 

 

 第一特異点 栄光の騎士王

 AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット

 人理定礎値:C




俺だよ(挨拶)

どうも皆様、お久しぶりです。けっぺんです。
CCC編完結してはや九ヶ月、ようやくGO編始めていきます。
色々意味分からん出だしですが、いつものことです。伏線やら謎はどうせどっかで回収するんでしょう(他人事)

さて、例の嘘プロローグからかなり変更を加えた本作ですが、何よりなものとして特異点が三十個に増えました。
ご安心ください。ハクとメルトが挑む特異点は、変わらず八個となります。
まあ、設定上のものだと思ってください。
そして、早速オリキャラとして登場のカリオストロとキャスター。
なんかもう早くも怪しげな雰囲気ではありますが、彼らについては追々。

あ、今回は書き溜めなんてないので普通に更新遅いです。予めごめんなさい。
またまた長くなりますが、お付き合いいただける方はどうぞよろしくお願いします。
感想、評価等はいつでもお待ちしています。

……で、FGOでアルターエゴ及びBBちゃんの実装はまだですかね。


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AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット
第一節『今は白き騎士の王』


FGOでは聖杯転臨が実装されましたね。
聖杯と引き換えにサーヴァントのレベル上限を上げられる機能だそうです。
皆さんはどんな使い方をしましたか? 性能重視も良し、愛重視も良しですね。
私は最初にメルトに使いたいので当分使用禁止となります。
それなりに仕度してるんですよ。

・召喚のために石貯蓄、追加投資の準備
・星5一体レベルマ分の種火貯蓄(プレゼントに受け取り期限が出来て計画崩壊の危機)
・速攻スキルマしたいので素材も完備(他鯖スキル上げに支障あり)
・QPも完備(聖杯の登場で計画に支障)
・スキルマ縛り(メルトを最初にしたい)
・聖杯縛り(メルトを最初に(ry)

(ヘンタイ)と呼べ。



「マーリン! マーリンはいますか!」

 ドタバタと、厳かなる絢爛の城に相応しからぬ音が響く。

 城内を走る少女は、目的の人物を見つけると花のような笑顔を咲かせた。

「マーリン!」

「どうしたんだい、騒がしい。一体何を――」

「感じ取りました! 外です! 異邦人が来たみたいですよ!」

「ああ――気付いてたか」

 少女が探していた対象であったらしい男性は、さして少女の言葉に驚かない。

「キミの直感は大したものだな、アルトリア。では見に行こうか。ケイを連れて行こう。どうせ面倒ごとだろうからね」

「はい!」

 最後の部分だけは聞かなかったように、満面の笑みで少女は頷く。

 ケイ、と呼ばれた人物を探すべく、またしても足を速める少女を見届けて、男は笑う。

「やれやれ。暇人もいたものだ。どうせアレを回収しに来たんだろう? この時代にあってはいけない、悪辣な善意に満ちた願いの杯を」

 

 

『栄光の騎士王

 AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット

 人理定礎値:C』

 

 

 ――――まず初めに感じたものは、眩暈だった。

 感覚的には特に変化はない筈なのに、突然空気が変わったような錯覚が襲う。

 それは或いは、普段生きているセカイとの差を大きいものだと思っているがゆえの一種の自己暗示なのかもしれない。

 身体全てが、あらゆる活動に新鮮さを覚え、必要以上の満足感を生んでいく。

 例えばそれは酩酊のようで。

 良い状態とは言えないが、良い感覚。

 しかし、その感覚に身を任せている訳にもいかない。

 ひどくふわふわとした思考に喝を入れる。気付けば倒れそうになっていた身体に力を込める。

 目を開くとそこには――

「――――――――」

 造られたものでない、本当の世界が広がっていた。

「……ぁ」

 草原に立っていた。

 心地よい風が吹いている。それに従って草は靡き、芸術的な波を形作る。

 たったそれだけ。それだけなのに、あまりにも感動は大きかった。

 空気を吸っている。土の上に立っている。この、地上の。

 悲願の達成は何処か呆気なく、しかし多幸感に満ちていた。

「……そう。これが地上」

 感慨深げに呟いたメルトの口元には、笑みが浮かんでいる。

 僕程に積極的ではなかったにせよ、メルトにも少なからず地上への憧れはあった。

 この微笑みは、その発露なのだろう。

『あー、あー……テス、テス。聞こえてる? 白斗君、メルトちゃん』

 新鮮な感覚に浸っていると、すぐ傍から声が聞こえてきた。

 白羽だ。此方の存在の観測と同時に、声くらいなら干渉が出来るようだ。

「聞こえているよ、白羽」

『よし、オーケーだね。観測者である二人がその時代に行ったことで、ある程度情報は分かったよ』

 不可視となった三十の時代。観測者たるマスターが立てば、情報を照らし合わせて時代も逆算出来る。

 どの時代、どの国、何があった瞬間に立っているか。それを確認するのはこのオーダーで何より重要だ。

 起きている異常の発見に直結する情報。これが無ければ、解決まで何倍と時間が掛かるだろう。

「それで……此処は一体?」

『西暦517年。場所はブリテン……だから、イギリス、だよね?』

 ――ブリテン。

 なるほど、であれば尋常ならざる大気中の魔力にも納得がいく。

 月による身体の最適化をせずに訪れていれば、降り立った瞬間に大変なことになっていた。

 西暦を数えて未だ神秘の根強く残る島国。此処が、旅の始まりの舞台か。

 そして、この時代。

「517年……アーサー王の時代か」

 かつてブリテンを統治した、伝説的な騎士の王、アーサー・ペンドラゴン。

 彼の活躍した全盛期と言える時代よりも少し前ではあるが、この国にいるということは間違いない。

 この時代に何かしらの異常が起きているならば――アーサー王が何かを掴んでいる可能性はあるか。

「どんな異常か、は分からないのよね。シラハ」

『うん。だけど……なんだろう。判別不明の反応がある』

「判別不明……? 月の機能を使っても?」

『勿論観測機能は十全に動いてるよ。多分これ、ムーンセル全体を見ても前例のないモノなんじゃないかな』

 あらゆる並行世界を見ても、前例のない何か……それがこの時代の異常になっているのだろうか。

 しかし、ムーンセルが知らない存在、ということが既に信じがたい。

 この事件が如何に未曾有の異変なのだとしても、この瞬間にだけ存在する何かなどありえようか。

『今二人がいる場所から西に暫く行った場所にその反応はあるけど……流石に、そこまで離れたところだと観測できな……』

「……白羽?」

「ッ――ハク」

 唐突に言葉を止めた白羽。

 その理由は、次点でメルトが気付いたものだろう。

 ――誰かが近づいてきている。

「……この時代の人、かな?」

「いえ……ハク。アレ、サーヴァントよ」

 まだ遠目にしか見えなくとも、メルトは察したようだ。

 サーヴァント。まさか、こんなにも早く会うことになるとは。

 月のシステムであるサクラ・ノートを使った召喚でも、この観測不可能な時代にいる以上その詳細は月には伝わってこない。

 ただ一つ分かることは、あのサーヴァントは世界全てに関わる事件の解決を願う者であること。

 とにかく、向かってくるというならば、待ち構える。

 この事件で出会う、最初のサーヴァントを。

「――女、ね」

 鮮明になった姿は、まさしく女王といった風貌だった。

 赤い長髪のてっぺんに輝く王冠。埃の一つすら付いていない、純白のマント。

 右手には過度に飾らぬ剣を握り込み、左腕を守るように、金に赤で彩られた盾を持っている。

「アンタたち。この国の人間って訳じゃなさそうだけど……何者?」

 開口一番、女性から発された言葉には、強い警戒が込められていた。

 その答え如何によっては、今すぐにでも切り掛かる、そんな確信がある。

 答えに迷うこともない。相手がサーヴァントであれば、事情は理解していよう。それを話すまでだ。

「……この時代の異常を取り除きに来た。君も、そうじゃないのか?」

 女性はその返答で、少しだけ警戒を解く。それでも未だ怪訝な表情は変わらない。

「……ふうん。アイツらの敵かな。まあ、そういうことよ。それで、『この時代』ってのは? まるで別の時代からやってきたような口ぶりだけど」

「アイツら……?」

「はいはい。先に質問に答えること。ちゃんと私も知っていることくらいは教えてあげるから」

 少なくとも、女性は敵意は持っていないようだ。

 何やら、この時代の異常についても、情報を掴んでいるとみられる。

 僕たちについて、隠すこともない。召喚された英霊とあれば、尚更だ。

 ――この時代から、およそ千五百年後の時代から来たこと。

 ――ムーンセルのこと。

 ――各時代の異常を感知し、それを対処すべく英霊たちを喚んだこと。

 ――僕たち。そして、協力を依頼した魔術師たちが各時代に飛び、異常の正体を確かめていること。

「……そう」

 ざっと説明を終えて十秒ほど。

 理解できたのは精々五割、と言った微妙な表情で女性は頷いた。

「まるで理解できない部分はあるけど……ま、悪い子たちでないことは分かったわ。けど、今までの警戒は仕方ないものだと思って」

 剣が収められる。どうやら、完全に警戒を解いてくれたようだった。

「じゃ、あたしを喚んだのは君たちって訳だ。確かに間違いない。あたしはこの国を護るために召喚に応じたサーヴァントだよ」

「そうか……なら」

「うん。協力しよう。君たちが悪い子でないなら問題なし。今は少しでも戦力が欲しいしね」

 言いながら、女性は笑顔を見せてくる。

「……戦力が要るほどの何かが起きているってことよね?」

「そ。この時代の異常ってんなら多分それ。頼りになる味方もいるけど、きっと足りないと思う」

「その異常っていうのは?」

「先に移動するよ。拠点があるの。その味方も含めて紹介するから」

「……構わないかしら、ハク?」

「ああ。この時代の勝手も分からないし、誰かに頼った方が良い。君……えっと、真名かクラスを教えてもらっていいかな?」

 この異変は、聖杯戦争とは違う。

 協力関係である以上、真名やクラス、宝具などの情報を隠匿する必要性はない。

「うん。いいよ」

 女性は、疑うこともなく許諾してくれた。

 地上に降りて、初めて出会ったサーヴァント。

 その真名は――

「あたしはブーディカ」

 ――このブリテンの異変に降り立つに相応しいもの。

「勝利の女王、なんて大層に呼ばれてる、ただの敗北者さ」

 この時代より四百五十年ほど前、一世紀の古代ブリタニアの女王。

 王であった夫の死によって平穏を崩され、ローマ帝国の侵略に対抗した、ブリタニアの守護者。

 勝利(ヴィクトリー)の語源となった者とは到底思えない、救いもなき凄惨な最期を迎えたことを知っていれば、否が応にも想像してしまう。

「クラスは――」

 据えられし、そのクラスの名。

 ムーンセルのログを整理していた際、かつての聖杯戦争での召喚履歴を見たことから名前だけ知っていたとあるクラスを。

「――――復讐者(アヴェンジャー)

 

 

 ブーディカに付いて暫く歩き、始め居た場所から随分と離れた。

 此方の名前は既に告げており、オペレーターである白羽の存在も彼女に知られている。

「そっか。英霊と関わるのは初めてじゃないんだ。聖杯戦争、ね……同じブリタニアの英雄とは戦いたくないな」

『そうだよね……ただでさえ死ぬのも殺すのも嫌なのに……』

「優しいねえ。でもまあ、そういうこと。ブリタニアの英雄なら、絶対仲良くしたいもの」

 過去にあった始まりの戦いの話をしつつ、ここまで来た。

 ブーディカの話を聞いたならば、次は此方の番、ということだ。

 どうやらブーディカは、アヴェンジャーのクラスに据えられながらも大きな復讐心は持っていないらしい。

 アヴェンジャー――復讐者。

 該当する英霊は数少なく、それら全てが無比の復讐心を宿しているエクストラクラス。

 ながらここまで彼女が温厚なのは、どうやら今目の前にローマの人がいないから、とのこと。

 復讐する対象がいないならば、復讐心などどうとでもなる。今は特に役に立たないクラススキルを持っただけの、ただのおねーさんだ――とは彼女自身の弁。

 自らと、愛する娘を蹂躙したローマ帝国。

 もし、それに縁のある英霊がいれば――なんて想像したくない。

 少し話しただけでも、彼女が心優しい、慈愛を持った性質であることは分かった。

 そんな彼女を堕としてしまった存在を良く知っている以上、どうにも複雑な気持ちはあるが……それは決して、表に出してはならないことだ。

「もしうちの旦那さんと戦うことになってたらそれこそ最悪。今回のとどっちがマシって訳でもないけど」

 英霊であるブーディカにとっても、聖杯戦争の知識は新鮮らしい。

 いざ召喚されれば知識は得られるだろうが、今回はそれとは話が違う。

 人類史を救う戦いに、聖杯戦争は関係ないのだ。

「さ、着いたよ」

「……え?」

 唐突に立ち止まるブーディカ。

 周囲には何もない。これまで通りの、風の心地よい草原である。

「何もないけれど?」

「そういう結界。外から見えてちゃ何があるか分かったものじゃないって」

 説明を聞きながら、もう一歩踏み出すと――

「――やあ。戻ってきたねブーディカ。無事で良かった」

 ――たった今まで、そこになかった景色が広がっていた。

「ただいま、魔術師さん。連れてきたよ。協力してくれる良い子たちだった」

「それは何より。流石に私たちではどうにもならないからね。アレを倒し得る強者は一人でも多い方が良い」

 瑕を知らない、白亜の城壁。

 穢れなきその城は、突然に現れた。

「……随分と大層な結界ね……そこの魔術師かしら」

『一応、観測は出来るから、外からのアクセス一切を遮断している訳じゃないと思うけど……』

 幻惑……これだけの範囲の景色を騙せるほどの、強大な魔術。

 その技術にメルトも驚愕し、使い手と見られる存在に目を向けている。

 城塞に背中を預けて、魔術師は此方を見ていた。

「その通り。私が張ったし、流石にそんな異質な干渉への対策はない。ようこそ、遥か理想の城へ。ようこそ、崩れかけの時代へ。歓迎するよ、異邦の客人」

 虹色に輝く長髪に、純白のローブ。

 奇妙な形の杖を携えて、どっしりと、しかし軽く座り込む青年魔術師。

 僕が良く知る時代に存在する魔術師(ウィザード)とは違う、この世界で神秘を紡ぐ生粋の魔術師(メイガス)

 それも、この規模の魔術を使用しながらも平然としていられる、最上位の使い手。

「……貴方は?」

「名乗る程の者じゃない……なんて、客人への言葉でもないか。私は――」

「マーリン! また異邦人ですか!」

 薄々勘付いていた。この青年は、この時代、アーサー王の治世において、最も名を知られているであろう魔術師なのかもしれないと。

 快活な声に遮られ、苦笑する青年。

 彼こそが、世に名高き花の魔術師マーリン。数多くの神話や伝承に名を遺す、有数の王を育てる者(キングメイカー)

「やあ、アルトリア。本当にキミは耳……いや、勘が早い。その分だとまたケイを置いてきただろう?」

 城の内部から青年――マーリンを呼んで、駆けてきたのは少女だった。

 えへへ……と彼の言葉に答えないながらも否定もしない少女は、十五歳前後に見える。

「初めまして! お二方! えっと……お名前は?」

 金髪を後ろで束ねた、純白のドレスを着こなす少女。

「僕は紫藤 白斗。そして……」

「メルトリリスよ。それからオペレーターの――」

『黄崎 白羽だよ。声だけしか干渉できないけど。貴女たちは――』

 少女は白羽の声に少しの間驚愕していたが、やがてニッコリと笑い、

「私は、アルトリア――アルトリア・ペンドラゴン。以後、お見知りおきを! ハクト! メルトリリス! それからシラハ!」

「他己紹介になってしまったね。改めて、私はマーリン。此方の若き王のお付きを務める魔術師さ」

 マーリンと共に、名前を告げてくる。

 ブーディカとは違う。英霊ではない、真としてこの世界に生きる者。

 そして、この世界に異常が起きているのであれば、誰よりもキーパーソンになりうる人物。

 その名と、マーリンの言葉から、否が応にも結論付いてしまう。

 マーリンの「此方」が指しているのはその少女であり。

 マーリンが補佐をする王など、この時代においてたった一人。

 選定の剣を引き抜き、円卓を率いてブリテンを治めた英雄。

 ――――騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 目の前の少女こそ、騎士道の誉れも名高い王なのか。

 

 

 +

 

 

「……王よ」

 声が、聞こえる。

「王よ」

 目を開けば、そこにいるのは信ずる者たち。

 皆が、言葉を待っているように見える。

 嗚呼――どうやら、泡沫の眠りについていたらしい。

「……――――」

 口を小さく、開いてみる。

 問題ない。言葉は出る。くだらない。一体何を、私は確かめているのか。

「……私は、在るべき王ではない。故に、新たなる王である」

 昨日も、一昨日も、同じ出だしだった。

「貴公らは、それを理解している。故に、我が騎士である」

 再確認するまでもない。

 これは、私も、彼らも、弁えていることである。

「……先、この時代に降り立った者は、如何となった」

「……向こう側に付いたようです。何とも愚かな……状況すら知らぬのでしょうが」

 そうか。であれば、仕方なし。

 否。これは僥倖というものか。

 敵対する存在は、可能な限り多い方が良い。

「ふん。ならば私たちが出向こうか。時代を超えるとは正に神業。なに、神霊殺しは既に経験済みだ」

「落ち着け。今はその時ではない。アイルランドの騎士――フィン・マックール。そしてディルムッド・オディナよ。貴公らが我が円卓に座したことは光栄である。故に、斥候などに使い潰すつもりはない」

「そうか。いや此方こそ栄えあることよ。異国、そして異常とはいえ騎士道の代名詞たる円卓に名を連ねるとは。何より王よ、貴女が見目麗しいことが気に入った。貴女の命ならば、騎士として応じようさ。なあディルムッド」

「は。い、いえ……召喚に応じた以上、性別に関係なく私は仕えるつもりでしたが……」

「はっはっは! ディルムッドも興味ありと見た。そうだろうな、そうだろうよ! お前の美貌に惑わされぬ女人に喚ばれたことが余程嬉しいと見える!」

「いえ、ですから……」

「双方、口論は慎め。王を前に好き放題し過ぎだ」

 ……ほんの少し、騒がしかった。

 しかしそれも、すぐに収まる。何処か、寂寥感があった。

「……しかし、対処せねばならない問題では」

 僅か、語気を荒げた騎士は、すぐに冷静を取り戻す。

「分かっている。そう急くな」

 彼らが、何を危険視しているのか、わかっている。

 諫言の主は、状況を他の誰より理解していよう。

 だからこそ、最後の障害を叩き伏せようとしているのだ。

「無断なれど外に出ている二人から、先ほどパーシヴァルを討ち取ったとの報せがあった。最早この時代に在った、“円卓に座す筈の騎士たち”はいない。今、この時代に在る円卓の騎士は、悉くが英霊である。たった二人を除いて。正しいか?」

「は。間違いなく。また、円卓の英霊たちも召喚されているでしょうが、幾人かあちら側にいることを確認しています」

「では、我が下に集った二人の武勇は知っていよう。その上で歯向かおうとも、私は幾度でも赦す。最後まで此方に来なければ、それまでだ」

 事実。この二人が在れば、他の騎士全員が向かってきても負けることはあるまい。

 そして、私が命ずれば、少なくともこの騎士は首を縦にしか振らない。

「剣を振るうのは、私が命じてからで良い」

「……は」

 不承不承といった風だが、頷いた。

 受けたものが、王命であったゆえに。

「貴公は利口者だ。生前、最後までそうであり、私に付き従ってくれた貴公を、私は此度も信頼しよう」

「幸甚の至りです。その信頼のままに、私は貴方の剣の二振り目であり続けましょう」

 そんな、何処か、遥か遠く懐かしい気のするやり取りをした次の瞬間だった。

「――――」

「……王?」

 感じ取る。感じ取ってしまう。

 昇華されし直感は、何処までも鋭く、状況を掴んでしまう。

「……新たなる英霊が降りた。数は三」

「……如何いたしますか?」

「――。外の二人を向かわせる。あの者たちと鉢合う可能性があるが、争う必要はない」

 そこで、彼らは我が騎士と相見えることになろう。

 ならば、見定めることも出来よう。

 願わくば、異邦の勇者たちが私の望む者であることを。

「ふむ。まったく、間が悪い。私たちが外に出向いていれば、この役が回ってきただろうになあ」

「しかし、かの聖域王と黒き姫君ならば、問題なく事を済ませられるのでは?」

「勿論だとも。聖域王の光剣も、姫君の涙も美しい。ならば失敗する道理がなかろうさ。美しい者は強い。私も、我らが騎士王も然り、な」

 そう言って、アイルランドの騎士は此方に目を向ける。

 否だ。今の言葉には、間違いがある。

「フィン・マックール。ディルムッド・オディナ」

「む?」

「如何されました?」

 間違いがある以上、訂正は必要だ。

 この場にいる、異郷より来た二人の騎士に向けて。

 そして、生前より忠義を誓った、二人の騎士に向けて。

「ガウェイン。ランスロット」

「はっ……」

「……――」

 一言も喋らぬ――喋ることを赦されぬ信ずる騎士にも、等しく我が言葉として。

「今の私は、騎士王にあらず。栄光も没落も私には無し。正しき時代を焼き払う邪竜にも等しき存在」

 故に。故に――

 

 

「故に、私にアルトリアの名は相応しからず。黒竜王(ヴォーティガーン)――それが今の我が真名である」




今回の特異点は六世紀ブリテン。状況としてはこんなところです。意味不明ですね。
FGO六章が円卓シナリオだったこともあり、他の騎士のキャラ確認、設定のすり合わせがあった事が、開始が遅れた一端であったりします。
まあ、最初の特異点ですし難易度は控えめということで……


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第二節『再会の王城』

ステージを選択してください。

 EXTRA編:NORMAL 一章適正レベル10
 進行に合わせて敵が強くなります。
 適正レベルを常に考慮しましょう。

 CCC編:HARD 一章適正レベル20
 全体的に敵のレベルが上がっています。
 強い味方の力を適材適所で借りましょう。

>GO編:EXPERT 一章適正レベル99
 死ぬがよい。


 

 

「マーリンに……アルトリア」

 英霊ではなく、真としてこの時代に生きる生者。

 後の時代に在る僕たちから見れば、英霊となることを確約されている者たち。

 あり得ざる形とはいえ、そんな彼女たちと出会えたことは感動があった。

 アーサー王が女性であったことには驚愕だが、長い人類史を見てみればそういうこともあるのだろう。

「はい! それから――」

「――まったく、お前は。何度も言っているだろう。直感だけで動くんじゃない。未熟を補うのは結構だが馬鹿の一つ覚えみたくそれだけに頼っては犬死にも早いぞ」

 アルトリアが駆けてきた先……彼女を追うように歩いてくる騎士。

 ローブと一体化した鎧にフードを目深に被った、奇妙な姿だった。

 騎士でもありながら、魔術師でもあることを外見だけで示すような異装。

 彼もまた、英霊ではない。紛れもなく人間だ。

「彼がケイ。私の義兄(あに)です!」

 地の底から響くような低い声の説教を気に掛けた様子もなく、アルトリアは騎士を紹介してきた。

 そのローブの下、鋭い眼差しが此方に向けられる。

「……また他所の世界からの客人共か。理解できん、なんでわざわざこんな何もないような辺境を地獄に変えようと言うのか」

「え――?」

「なんでもない。ブーディカが連れてきたならお前たちは味方なのだろう。ならどれほどの間抜けだろうと強く当たりはしない」

 当たり前だが……どうやら、歓迎はされていないらしい。

 その騎士からは、機嫌の悪さが如実に伝わってくる。

「ケイだ。お前たちは名乗らなくてもいい。俺としては心底から関わりたくないのでな」

「ケイ兄さん、礼に欠けてますよ」

「お前たちのように歓迎するのがまず間違っている。何処の誰とも知れん輩は悉く追い払うべき状況だ」

 ケイ……そう名乗る、此方に敵意を隠さない騎士はそう言うと、城壁に背を預けて此方から目線を外した。

 彼はアーサー王の義兄にして、円卓の騎士の一人として有名だ。

 火竜すら呆れて飛び去る毒舌家。巨人でさえ口先一つで仕留める騎士。

 その武勲には他の騎士ほど目立ったものはないにせよ、アーサー王を傍で支え続けた騎士だ。

「……まあ、歓迎されるとは思っていなかったけど。それで? 異常ってのは?」

 急かすメルトに、ブーディカは苦笑する。

 確かに、一刻も早く聞いておかなければなるまい。それが解決の糸口になる可能性は高いのだ。

「そうね。教えてあげないと」

 ブーディカがマーリンに目を向けると、彼も頷く。

「……この時代は本来、そこのアルトリアが統治するべき時代。君たちも知ってるでしょ?」

「その正しい時代が崩された。今のこのブリテンは在る筈のない王が統治している」

「え――?」

 騎士王――アーサーが王として選ばれたのには、運命的な出来事が関係している。

 それが、選定の剣を抜いたこと。

 引き抜いた者こそが王となるという伝説に因んだ、揺らぐことのない王位の筈だ。

『……まさか、選定の剣が誰かに?』

「いえ……選定の剣は、私が確かに引き抜きました。今もこの城に存在しています」

「それは当然、皆に知れ渡っている。だというのに、突然現れた王が瞬く間に諸侯を纏め上げてしまった」

「それで、残っているのはこのキャメロットだけ。外は全部、敵であるブリテン領さ」

 そうか……その、新たな王となった何者かの存在によって、『アーサー王が統治していたブリテン』という正しい歴史が歪んでしまったのか。

 誤った歴史が生まれたことで、この時代そのものが不確定になり、ムーンセルの観測も不可能になった。

 ならば、その新たな王を討つことが、異常を払う最短の道になるか。

「その王っていうのは……」

「さて。私の千里眼でも見えない何者か、さ。一体何なんだか」

 マーリンはこの時代において、最高位であろう魔術師だ。

 そんな彼の千里眼をして、見通せないほどの敵……?

「そんな訳で、この城――キャメロットは真実、正しいこの国の最後の砦ということだ」

 この城は歪んだ世界の、正に最後の希望なのか。

 敵が何者であるにせよ、アルトリアやマーリン、ケイ、ブーディカはそれを良しとしていない。

 在るべき正しい歴史を守ろうとしている。

 どんな過程、どんな結果だろうとも見届けるのが僕たちの本来の役目。

 だが、今回だけは例外なのだ。異常の中の異常。僕たちは、それを阻止するために来た。

「――メルト」

「ええ。味方が増えるなら、それに越したことはないわ」

「決まりだ。僕たちも手を貸したい。アルトリア、マーリン、ケイ……そして、改めてブーディカ。構わないかな」

 このブリテンを、彼女たちの正しい国に戻す。

 それが、最初に踏みしめたこの大地で、僕たちがやるべき行いだ。

「是非! 異邦の味方もこれで四人! きっと救世の、一騎当千の戦士です!」

「それはどうだか。しかし、確かに手は足りなくてね。君たちの助力はありがたい」

「……信用ならん。俺には関わろうとするな。それから、妹にも極力な」

 三者三様の反応をする、当世の人間たち。

 そして、唯一の英霊、ブーディカは。

「うん! あたしの目利きは正しかったね。思い切りのいい子たち! お姉さんは大好きだ!」

「うわ……!」

「ちょっ……!」

 僕とメルトの頭に手を乗せ、当然のように撫でてきた。

 あまりに敵意が無い行動で、メルトでさえ、反応したのは既に手が乗せられた後。

「やめ――」

「おや、照れてる? もしかして、こういう経験ない?」

「いや……まあ……」

「……うん、よし! 深くは聞かない。今までの分、あたしに甘えなさい!」

「ッ――――!!」

 別に話しにくい、後ろめたい過去がある訳ではないが、ブーディカはそれを聞くまいとしてくる。

 どころか、頭に置いていた手を首の後ろに回し――気付けば、頭はその胸元へ――

「ハク! ちょっと、貴女、ハクを離しなさい!」

「む。おやおや。そういう関係だった? ごめんね、あたし、こういう性格でさ」

「――――、――――!」

 圧倒的なまでの弾力は、引き放されることなくその圧を向けてくる。

 母性の塊は有無を言わさず、包み込んでくる。

 至福という感覚は確かにある。

 だがそれ以上に、息苦しさがあった。

 月の世界とはまた違う、適応化された体が酸素を求めて脳髄から警鐘を鳴らす。

『うっわー。久しぶり。相変わらずだねー白斗君』

 白羽のやけに冷たい温度の声。良いから早く助け――

 

「――ええ、本当に。偽りの学校生活でも、こんなことがありましたね、ハクトさん」

 

「――――ッ、え……?」

 その、此方を知っている。知り過ぎているような声に、暫し思考が固まった。

 ブーディカから顔を離す。半ば茫然と、その声のした方向に目を向けた。

「貴方……」

 メルトも、驚愕を隠さない。

 いや。期待はあったのだ。もしかすると彼ならば、力を貸してくれるかもしれないという期待が。

 とは言え、“ここ”にいるという情報もなかった。確証なんて一片たりとも存在しなかった。

 しかしその声は、確かに聞こえていて。

 声質はあの頃とは違っていても、面影の残ったそれを聞き違えよう筈がない。

『え……? あ……このマスター情報、もしかして……』

「今の声はミス黄崎ですか? どうやら予想は当たってましたか。元気そうですね」

 ブラウンのコートを着込んだ、青年だった。

 既に僕の身長を超え、その容姿はあの頃のそれにより磨きを掛けている。

 エメラルドグリーンの瞳と、ブロンドの髪は、彼が“その人物”であることを何よりも如実に証明している。

「……レオ?」

「はい。久しぶり……ええ。本当に久しぶりです。何せ十年ですからね、ハクトさん、メルトさん」

 そう、十年前。

 聖杯戦争の一回戦の頃に知り合い、決勝戦で最強の敵として立ちはだかった好敵手。

 それでいて、もう一つの事件で力を借りた、西欧財閥のマスター。

 ――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイその人だった。

 

 

 

「本当に……レオなのか?」

「ええ。間違いなく、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイですよ。証拠は幾らでもお見せできますが……これが最たるものになるでしょうか」

 そう言って、彼は右手の甲を見せてきた。

 そこに刻まれた、三画の文様。

 サーヴァントに対する、三回限りの絶対的命令権――令呪。

 それも、月の聖杯戦争の時とまったく同じ形状。

 令呪は他者と同じ形のものが発現することはない。確かに、彼をレオたらしめる何よりの証拠だ。

「にしても、そんなに意外でしたか? てっきり此方の状況も把握しているものかと……」

『あー……この時代のマスターの情報までは入ってきてるけど、白斗君を中心に観測してるから曖昧なままだった。反省点かな……』

「ミス黄崎は相変わらず、何処か抜けているようで。まあ、今まで支障はありませんでしたから、意味消失等はないのでしょうが」

『他の時代のオペレーターたちはこんなことなさそうだけど。んん……この時代、あと一人マスターがいるね。月の聖杯戦争への参加経験はない、新しいマスター』

「そうか……名前は?」

『わからない……召喚したサーヴァントの能力かな。故意に隠蔽が掛かってるみたい』

 隠蔽……何か理由があるのか。

 一応、そのマスターに策があるなら、その邪魔をする気はないが……

「あの……レオと三人は知り合いなのですか?」

「昔の友人です。そして、同じくこの時代の異常を払いに来たマスターですよ」

「ふうん。レオもハクトたちと同じだったんだ。ありがとね。この状況、別の視点で見てる味方がいるのは心強いよ」

 レオの心強さは、誰よりも知っている。

 彼がいるだけでどのような戦いでさえ、勝利を掴むことができる。

 そんな確信さえ持てるほどに、強力なマスターだ。

「はい。貴方たちがいれば、きっとブリテンを取り戻せる――お二方……お三方ですか? ともかく、ハクトたちも歓迎します。ようこそキャメロットへ!」

 背中を押しながら、アルトリアは僕たちを城内に誘う。

 思わず、苦笑が漏れた。失礼だが、まるで村娘のような快活さの彼女が、後に円卓を統べ、ブリテンに栄華を齎すことになる騎士王だとは思えない。

 恐らくは、成長段階の姿。

 完成される前の騎士王の時代に、僕たちは降り立ったのだ。

 そんなことを考えているうちに、城の内部に入っていた。

 白亜の城は、外面だけを取り繕ったものではなく、城内も完全だった。

 瑕も穢れも、この城にはない。

 芸術品のように細部まで一切抜かりなく建てられた王城――

「……ところで王様。貴方のサーヴァントはどうしたのかしら」

「その呼び名も久しぶりですね。玉座の間に待機させています。飛び出していった騎士王とサー・ケイを追ってきただけですから」

 メルトが切り出した話に、レオはああ、と思い出したように答える。

 協力を請け負ってくれたマスターには全員に、サーヴァントの召喚術式が渡されている。

 当然彼も、サーヴァントを喚んだのだろう。

「少し、期待しました。またガウェインに会えるのではと。しかし、流石にそう上手くもいかなかった」

「……それって」

「ああ、不満な訳ではありませんよ。ガウェインに負けず劣らず、強力な英霊です。少々気難しいところはありますが……」

 相性の良い英霊を召喚できるように、設定は行った。

 しかし、あの時と同じ英霊を喚べる確率は低い。

 時代を、神話を担ってきた英霊たちは数多く、マスターたちと相性の良い英霊は決して一騎ではない。

 レオは聖杯戦争の時とは違う、新たな可能性を呼び寄せたのだろう。

「さあ、ここです!」

 アルトリアが、城内で見てきた中でも、最も大きな扉を開く。

 神聖なる玉座の間。

 眩しいほどに光の差し込む空間には、王の帰還を待つように三人が立っていた。

「王。戻られたのですね。何か良いことは……問うまでもないですか」

「はい! また二人、力を貸してくれる方が現れました!」

 一人。白銀の騎士。

 右腕の肩から先が無い、ブロンドの髪を後ろで結った男性。

「王の満足いく成果が得られたならば最上でしょう。力ある勇者……とは一目見ただけでは判断出来ませぬが」

 一人。黒き騎士。

 鎧から髪まで黒く染まった、肌の白い男性。

「マスター。帰ったか」

「はい。紹介しましょう、セイバー。ハクトさんにメルトさん……僕の友人です」

 そして、最後の一人。

 褐色の肌。白の髪。髪から流れるように伸びる、長いヴェール。

 全てを映さないような、虚ろな瞳は、しかし確かに此方を見据えている。

 その少女はゆっくりと、強く一歩ずつ踏みしめて、近づいてきた。

「……お前たちは、レオの友か」

「……ああ」

「私は、セイバー。真名、アルテラ。レオを守る、フンヌの末裔。破壊の大王である」

 虚ろな声で少女は名乗った。

 彼女こそ、此度の事件でレオが召喚したサーヴァント。

 剣士のクラスに据えられた英霊、アルテラ。

 その名は知らない。アルテラという名の英霊は、聞き覚えがない。

 だが、そのステータスは非常に高く、C以下のステータスはない。そして、彼女の言葉にあったフンヌの末裔という情報。

「……フンヌの王、アッティラ……?」

「アルテラだ。歴史では、そう知れ渡っていようが……真名であれば、アルテラと呼んでほしい」

 間違いない。アッティラ・ザ・フン。大帝国を成した、フン族の偉大なる戦闘王。

 戦闘において膨大な武勲を立て、その統治の中で帝国の版図を大きく拡大させたという。

 神の災厄、神の鞭と称される大王が、まさか女性だったとは。

 ともあれ、呼び名を気にするとあれば対応する。英霊も元は人であった。嫌なことも当然あるだろう。

「わかった。アルテラ、よろしく」

「……お前が、レオの友であるならば、必然としてそうあることとなろう」

 言って、アルテラは霊体化してしまった。

 なるほど。確かに気難しい。初めにアッティラと呼んでしまったことが原因かもしれないが。

「貴方たちが、レオと同じく異邦より来た者たちですね」

「ああ――君たちは、英霊か」

 二人の騎士もまた、歩んできた。

「はい……我らがブリテンの危機とあれば、召喚に応じない道理はありません。私はベディヴィエール。クラスはセイバー。以後お見知りおきを」

「……同じく、セイバー、アグラヴェイン。此処に二度目の生を受け、騎士王の補佐をしている」

 ベディヴィエールに、アグラヴェイン。

 どちらもアーサー王に付き従った、円卓の騎士の一員だ。

 隻腕のベディヴィエール――彼は、武勲においては騎士の中でも、特に目立ったものはない。

 しかし、伝説ではカムランの丘の戦いで致命傷を負ったアーサー王の最期を看取ったという大きな役目を成している。

 そして、鉄のアグラヴェイン――アーサー王の文官にして秘書官。

 騎士ランスロットと王妃グィネヴィアの不義をモードレッドと共に暴いた騎士。

 それが円卓崩壊の始まりとなったことから悪として描かれやすいが、王への忠義を捨て去らなかった正しき騎士とされている。

「ハクトにメルトリリスです! ベディヴィエール、アグラヴェイン、仲良くしてくださいね!」

「へ? ……あ、はい。そうあれれば嬉しく思います」

「それが王の望みであるならば」

 彼らもまた、ブリテンの危機に呼ばれたサーヴァントなのか。

 戸惑うベディヴィエールと、眉一つ動かさず頷くアグラヴェイン。

 ベディヴィエールは感情を表に出し、対してアグラヴェインの表情は鉄そのもの。

 同じ円卓の騎士ながら、随分と真反対な性質だ。

 もう一人、僕は円卓の騎士を知っているが、彼はこの二人の中間にあるような存在だった。

 主君であるアーサー王が女性だった時点で悟るべきだったが……円卓の騎士とは、非常に色濃い組織なのかもしれない。




今回は味方キャラの紹介的な回でした。
そんな訳で、お久しぶりですレオさん、今回もよろしくお願いします。
容姿に関しては、EXマテにラフがあるのでどうぞ。

彼以外に味方はケイ、アルテラ、ベディヴィエール、アグラヴェイン。
ケイに関しては容姿が判然としないので、当たり障りのない感じに。
次回からはそれなりに話を動かせる……かなあ?


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第三節『聖剣集う国』

水着イベ第二部、ストーリーは終わりましたが未だに特攻どころかどれがどの色の合金かすら覚えられません。
ただ、普段使っていない鯖を使えるのは中々に面白いですね。
育てたけど使っていない鯖が結構多いので、活躍の機会を設けられるのは嬉しいところです。

ところで、GOマテリアルがもうすぐ我が家に届きます。
多分、次回以降よりある程度、マテの内容も含んでいくと思います。
これまでの時点で矛盾があったらそれはもう知らないです。


 

 

 始まりの日。

 その後は城から出ることなく、夜を迎えた。

 規模に比べ人の少ない城で、細やかながら開かれた宴席。

 主にアルトリアとブーディカが騒がしたそれも幕を閉じ、解散となった。

 それぞれに貸し与えられた部屋に案内され、今日は一先ず休息を取る、ということに落ち着いたのだ。

「……良い夜ですね。まさかこうして、ハクトさんたちとまた夜を迎えることになるとは」

「そうだね。あの事件が終わった頃は……もう二度と会うことはないと思ってた」

 しかし夜もまだ深まってはいない。

 そこで、もう暫く話をしないかとレオが提案してきたのだ。

「にしても、驚きましたよ。今日この時代に降りたんですね」

「そこは僕たちも驚いた。正しい時間ではほぼ同時期だった筈だけど……こんなにも差があったなんて」

 そう。レオは、この時代に来て二日が経過しているらしい。

 その間、オペレーターもなしであったこと……危険もあるし、やはり反省点となるか。

 行き当たりばったりであったのは否定できない。それでも、こういうことを想定して策を講じておくべきだった。

「まあ、そのおかげで貴方が来るまでに状況が掴めました。良しとしましょう」

 言って、レオは酒を口に含む。

 最初は多少驚愕したものだが、当然レオは既に成人である。

 彼のこうした挙止動作が、十年という歳月の長さを表している。

「……ん? どうかしました?」

「いや。……やっぱり、懐かしいなって」

「確かに。再会ならば……もっと別の形を望んでいたことは否定できませんが」

「……また事件に巻き込んでしまったこと、本当にすまないと思ってる。今回も、あまりお礼は出来そうにないけど……」

「構いません。事が世界の危機に及ぶなら、僕も出向かない訳にはいきません」

 また出会えるのであれば、何の事件も起きていない、平和の中でということを求めていた。

 望むならば、この事件を大事なく終わらせて、皆をまたムーンセルに招きたい――そうも思う。

 レオは一旦言葉を切った後、寧ろ、と続ける。

「月の眼がなければ、我々は何も手立てがなかったかもしれない。解決に手を貸せること、少なくとも僕は嬉しく思いますよ」

 その、レオの優しさに少なからず助けられる。

 或いは本心を隠しているのかもしれないが……それでも、協力してくれることは嬉しかった。

 レオは残った酒を飲み干し、器をテーブルに置く。

「お開きにしましょうか。明日も何が起きるか分かりません」

「そうだね。お休み、レオ」

 レオの部屋を後にする。

 そう離れていない場所に、僕たちに与えられた部屋がある。

「ハク、王様との話は終わったの?」

「ああ。さて、休むとしよう」

 メルトは部屋に残っていた。

 もしかすると、気を回してくれたのかもしれない。

「その前に。吉報があるわ。いえ、吉報かどうか、至極微妙だけど……」

「ん?」

『カレンちゃん、見つかったよ』

「――――!」

 ようやく、と安心感が全身を包む。

 行方知れずとなってから、体感していた時間は一日程度だったが、それでも大きな不安の種だった。

 僕たちと同じように、何処か別の時代に降りたカレン。

 AIたちが各時代の検索とマスターのオペレートを行っている以上、発見は遠くないと思っていたが……

「それで……?」

『時代識別番号、二番。1498年のイタリア、ミラノで確認したよ。オペレーターはBBちゃんが担当してる』

 そうか……現在は此処(ブリテン)と同じように発生した何かしらの異常を確認し、対処しているのだろう。

 それぞれの時代の異変が大きすぎる以上、互いの通信は恐らく不可能だ。

 出来れば、何も手を出さず、月に戻ってほしいが……残念なことに、誰に似たのか自分以外の誰かが起こした目の前の異常をどうにかせずにいられる性格ではない。

「……くれぐれも注意するように言っておいて。ヴァイオレットがいるなら、その辺りは大丈夫だと思うけど……」

『了解。他にも一人、マスターが同じ時代にいるみたいだし、上手く協力できれば大丈夫かな』

 協力、か。

 当然ながら、カレンが地上に在った人間と出会うことは初めてだ。

 その時代に行ったマスターがどんな者かは分からないが、上手く協力できる人物か……。

 此処で気にしていても何にもならないのだが、不安は残る。

「……一先ず、こっちはこっちでやるしかないわね。カレンも、馬鹿な訳ではないわ」

「そう、だね」

 カレンは利口だ。機転も利くし、よくそれを悪用して小さな騒ぎを起こしていた。

 その判断力を上手く扱えば、恐らく大丈夫だろう。

『とりあえず、休んだら? 一応、周りの警戒は強めておくから。それから、もう一人のマスターとコンタクトを取ってみる』

「ああ――頼む、白羽」

 この次代の観測は未だ不安定のままだが、観測の中心であるマスターたちの周囲の生命反応くらいならば分かるらしい。

 そして……可能であればもう一人のマスターとも協力したい。

 どうしても別行動というならば仕方ないが、一つになった方が策も練りやすい。

「じゃあ……休もうか」

「ええ」

 未だに慣れない大気中の神秘の中で眠るのには時間が掛かった。

 だが、それも何時間と続くこともなく。

 夜の深みが極まる前に、意識は沈んでいった。

 

 

 翌日、昼過ぎ。

 僕とメルト、それからブーディカは、キャメロットを出ていた。

 というのも、またもアルトリアがその鋭いらしい直感を働かせたことにある。

“――今のは……サーヴァントというものですか?”

 そう言われても、此方は何も分からない。

 白羽が確認出来るほど近場にいる訳でもないらしく、こうして出向くしかなかったということだ。

 アルトリアも付いて行きたいと志願したが、流石にアグラヴェインによって制された。

 騎士王として完成された頃は、そのようなこともなかったのだろう。止めるアグラヴェインは、何処か慣れていない様子だった。

「じゃあ、僕たちの時は偶然だったってこと?」

「そ。偶々近くにいたあたしが、偶々君らを発見しただけ。まあ、あのまま手ぶらで城に戻ったとしても、そのうちアルトリアが気付いてたんだろうけど」

 こうして城の付近を警戒して回ることは、ブーディカにとって日課のようになっているらしい。

 だが今回はそれが、れっきとした目的のあるものになっている。

 またも召喚されたらしいサーヴァント。

 ムーンセルによって召喚された、協力意思のあるだろう英霊を発見することが、今回の目的だ。

「君らに会えたのは僥倖だったね。レオも喜んでたし」

 ブーディカは、それがまるで自分のことのように嬉しそうに笑う。

 その笑顔に、少し感じ入るものがあった。

 これほど心優しい彼女が、アヴェンジャーとしての適性を持つことになった経緯。

 ローマによって蹂躙され、一体どれほどの苛烈な憎悪を抱いたのか。

 もしかしたらそれを、今はひた隠しにしているだけではないか、と。

「……ん? どうしたの?」

「いや……なんでもない」

「……? 変なの。隠し事は良くないぞ?」

 軽く責めるような口調のブーディカは、例えるならば母のようだった。

 本当になんでもない、と返し、思考を切り替える。

 彼女がどう思っているにしろ、やはりそれを勝手に考えるのはあまりに失礼だ。

「なら良いけど。ところで、さ」

 ブーディカはふとメルトに目を向ける。

「なんかあたし、メルトに嫌われるようなことした?」

 ――そういえば、ブーディカに同行すると言った頃からどうにも、メルトの機嫌が悪い。

 というより、何処かブーディカを敵視しているように見える。

「……別に。ただ、あまりハクに近寄らないで貰えるかしら」

「あー、そういうこと。大丈夫、あたしは旦那さん一筋だから。君のカレシ……ん? まあ、関係性は良くわかんないけど、ハクトを取るつもりはないよ」

 ……どうも、そういう訳らしい。

 こういうメルトの思い違いは多いが、周囲から見ればそんな風に見えているのだろうか。

「あの、メルト? もう少し信頼してほしいんだけど……」

「信頼はしているけれど……まあいいわ。程々にね」

 どうにも疑いが晴れていない。

 どうしようか、と考え始めた矢先、妙な空気を払拭する白羽の一声が掛けられた。

『えっと、皆。サーヴァントの反応、見つかったよ。数は二騎、そこから真っ直ぐ。なんか向こうからも近付いてくるみたい』

「ッ」

 談笑から気持ちを切り替える。

 観測の中心となっている僕たちが近付いたことによって、ようやく把握できたようだ。

 アルトリアに成り代わってブリテンの王になっている存在が強力な敵であるならば、是非とも協力したい。

 白羽が昨夜連絡を取ってくれたマスター――どうやら日本の出身らしいが、自身の方針があるらしく単独行動を行うとのことだ。

 一つの敵を討つ目的が一致している以上、それでも構わないが……やはり、共闘できる状態でいることに越したことはない。

「さて、どんな人たちだか。君たちみたいないい子だと話が早いけど」

「話の通じないバーサーカーでないことを願うほかないわね」

 暫くすると、二つの人影が見えてくる。

「――――」

「……メルト?」

 突然として立ち止まったメルトに振り返ると、目を丸くして声を呑んでいた。

 その驚きようは、昨日レオと再会した時のような。

「おぉ、これは心強そうだね」

 ブーディカの感嘆。

 メルトとブーディカのそれぞれの反応に適したサーヴァント。

 メルトの手を引いて、また少し歩く。ようやく、その姿が鮮明になってきて――

「あ――」

 見えてきた。

 二人の騎士。そのうち一人は、見覚えがあった。

 背中に剣を背負った長身。銀灰色の長い髪は後ろで左右に分かれ、強靭な肉体は胸元の大きく開いた鎧に身を包む。

 厳格さを表出する顔立ちは、かつて大きく頼りにしたものだ。

「――なんだあ? 女となよっとした男じゃねえか。期待外れも良いところだぜ」

 そして、もう一人は、初めて見るサーヴァントだ。

 背こそ低いが、全身を覆う鎧は重厚で、生半な攻撃など微塵も通さないだろう。

 二本角の兜、その奥から覗く双眸は眼光だけで人を切り裂くかの如き鋭さ。

 そんな騎士は、声が届く距離になるや否や、そんな挑発染みた言葉を投げてきた。

「しかし、この戦地でお前が悟った者が彼らなのだろう。ならば間違いないのではないか」

「だけどよぉ、だからってこいつらは……まともに剣の一つも持てなさそうじゃねえかよ」

 顔を覆う騎士は、どうやら不満だったらしい。

 遠慮もなく愚痴を吐く騎士に応じる男は、此方に向き直る。

「すまない。お前たち、我々が此処に呼ばれた理由――この国の状況を知っているか」

 その男は、此方を知っている様子はなかった。

 当たり前だ。英霊に二度目の召喚があれば、一度目の記憶は引き継がれない。

 当然のように初見である男の問いに答え、状況を説明する。

 召喚の理由と、この時代の現在(いま)

 騎士王から離れたブリテンが、何者かの手によって支配されていること。

「……そうか」

 話し終えた時、先に口を開いたのは、兜の騎士の方だった。

 少しの間、思案するように顔を伏せていたが、やがて顔を上げ、虚偽は許さんという威圧を込めながら聞いてくる。

「そっち側にち……騎士王は生きて、残ってるんだよな?」

「え? ――ああ」

「なら、決まりだ。オレはお前たちに付く。騎士王の元へ連れていけ」

 騎士王の存在が、どうやら決定打だったらしい。

 騎士は兜の現界を解れさせ、素顔を晒す。

「――――女?」

 現れたのは金髪を後ろで結んだ、アルトリアに瓜二つの少女だった。

 疑心を覚え、メルトが呟くと、その鋭い眼がメルトを刺す。

「二度目はない。オレを女と呼ぶな」

 彼女にとって、性別の話は禁忌なのかもしれない。

 その殺気に、メルトは黙り込んだ。

 それを確かめ、仕切り直しと、少女は溜息を吐く。

「……オレはモードレッド。騎士王アーサーの息子たる、真として王座を継ぐべき騎士だ」

 その名前は、この時代から暫く後、最も忌まれるであろう名だった。

 モードレッド。アーサー王の義姉モルガンが奸計により、アーサー王との間に作った子供。

 円卓の騎士の一人にして、アーサー王の栄光を終わらせた叛逆の騎士として名を残している。

 だが、その騎士は、この時代を救うために現れた。

 もしかしたら――自分以外の存在に脅かされるこの国に、何かを思ったのかもしれない。

「次は俺だな」

 そして、続いて男も前に出てくる。

 彼の真名を知っていた。どのような英霊か、どんな宝具を持っているかも、理解していた。

 何故ならば――

「俺は、ジークフリート。此度、セイバーとして召喚に応じた。お前は言わば召喚者――マスターだろう。よろしく頼む」

 その竜殺しの英雄に、かつて月の裏側の事件で力を借りたからだ。

「へえ、どっちも、凄い英雄みたいだね」

「ああ……よろしく、モードレッド。ジークフリート」

 紛れもなく強力であろう英霊二騎が味方となった。

 敵は未だ不明瞭なれど、状況は良いと言えた。

 ――不明瞭な、今のうちは。

 

 

 +

 

 

 ――そして、観測する。

 

 その事件の、最初の終わりを。

 

 

「や、めて……助けて、ジル……!」

「ああ……ジャンヌ……どうか、憎悪を捨てぬよう……そうすれば、いつか、また……」

 その時代の癌であった二つの悪が、消えていく。

 野望は志半ばに果て、霊核はその残骸すら残らずズタズタに裂け。

 邪に手を染めた魔元帥と竜の魔女は、粒子となって世界に溶けていった。

「はいっ。お仕事お終いっと!」

 悪を祓った正義は殺人の後とは思えない呑気な声を零した。

「で、コトミネって言ったっけ? コレで良いんでしょ?」

『ああ。間違いなく、この時代のフランスの癌は取り払われた』

 悪辣な監督役(オペレーター)の一声に納得して、男――カリオストロは笑って背伸びをする。

 しかし達成感に浸っている様子はない。そこにあるのは、目の前に先程まで在った惨状への愉快さだけ。

「よし、よし。これでセカイを救うのに、一歩近付いた訳だ。嬉しいものだね」

 そんな、本心とは裏腹であることが赤子でも分かるような虚言に顔を顰めたのは、隣に立つサーヴァントだった。

「……やはりか。この戦で理解した。貴様、真実外道であったか」

「外道? まさか。敵に情けを掛けないことに外道も何もないよ。魔術師たるもの時には冷酷に、さ」

「なるほど。戦場の常は理解しているが――貴様たち暗がりの在り方は生涯知ることはなかった。此処までのものだったとはな」

「厳しいな。この解決に思うところがあるかい?」

「無論だ。黒く堕ちたとはいえ我が先達。ここまでされて不愉快にならぬ筈がない」

「それは悪かった。確かに無神経だった。今後は気を付けるよ」

 事を終えた魔術師は血に濡れた手袋を不快そうに投げ捨てながら、己のサーヴァントの物言いに返答する。

 サーヴァントたる少女はキャスターではあるが、魔術師の心情を知らぬとばかりに苦言を吐いた。

「で、コトミネ? そっちに戻って、次の仕事はいつから? そっちでは何日くらい経ってる?」

『休みたいとあれば、幾らでも。次は全員が帰還してからだ。その後地上の日付と照らし合わせるが――凡そ二日、三日と言ったところではないか?』

「ふうん。流石、時代の異常なだけある。随分誤差が生じているねえ」

『では、帰還の術式を組もう。大人しくしていたまえ』

 オペレーターの言葉に頷いて、カリオストロは瓦礫に座り込む。

「……一つ問う。貴様、もう一人のマスターが連れるサーヴァントを知っているのか」

 その問いに、少年の笑みが一瞬消えたのを、キャスターは見逃さなかった。

 沼の底が如き、濁った眼が少女を捉える。

 感情は読めないながらも、良いモノではないことを、キャスターは直感で悟った。

「さて、どうだか。まあ、天然なお姫様に知り合いはいるけどね」

「つまり、その知己に重なったものを感じたと?」

「そういうこと、そういうこと。まあ、気に入っていると言っては嘘になるか」

 キャスターでも、その眼の奥に在るものを読み取ることが出来ない。

 だが、それは高名な英霊であるキャスターが、言いようのない不安を覚える程のものではあった。

「しっかし。気になるのはマスターだね」

「さしたる才でもないように思えたが?」

「その通り。だけど……ああ、人生を努力に捧げてきたことが分かった。そういうのは僕は好きだ」

「ほう。貴様にも人並みの倫理があったか」

 カリオストロの言葉は紛れもなく本心だった。

 そう見て取ったキャスターは、多少なり、外道な魔術師の評価を改める。

 同じ時代の修復を目標とした、もう一人のマスターは真実善人だった。

 カリオストロとは性質が明らかに違えど、好ましい部分があったようだ。

 それが、努力の如何。なるほど、年月を積み重ねた努力というものは、キャスター自身も嫌いではない。

 それこそが人の可能性である。キャスターも、縁が無かった訳ではない。

「僕だって努力の人だ。同胞として、ああいう若人は期待できる」

 ――やがて、帰還の術式が起動する。

 此度の戦いを経て、キャスターはマスターを測っていた。

 正体不明で、何処か引っかかるマスターが何者であるのか。

 ごく僅かに見えた人並みの感情に、小さな可能性を見る。

 だが――それは濁った瞳に、いとも簡単に呑まれてしまう程度のもので。

「……若人、か」

 その始まり以上に、警戒を強める。

 どうせ邪なのだろう目的とやらが何であるのか、未だ見えず。

 一先ずキャスターは、それがサーヴァントの役目と口を出すことなく静観することにした。

 

 

 

 

『救国の聖処女

 AD.1431 邪竜百年戦争 オルレアン

 人理定礎値:C+』

 

 ――――定礎復元――――




モーさんとすまないさんことジークフリートが仲間入り。味方強すぎないかな。
CCC編の短編やら夢の対決にて、モーさんとは知り合ってますがあくまでギャグシナリオにも等しい話のため、此方とは直結していません。そのため、彼女とは初対面となります。
また、カレンについて、少し判明しましたがそれだけです。特異点の内容について書かれることはありません。
ただ、万能なあの人が何かしら関わっているとは思います。

そして、早くも一つの時代が解決。残る特異点は29です。邪ンヌとジルに慈悲はないです。
次回から、キャスター以外のオリ鯖が登場します。
登場以降に公式で登場しても、変更は出来ないので突っ走ります。アルジュナもセーフだったし行ける行ける。


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第四節『不穏の向こう』

プリヤコラボが発表されましたね。
Zeroイベに続いてプリヤイベ。CCCイベの開始が待たれます。


 

 

「――ハクトにメルトリリス、それからブーディカ。で、シラハな。忘れるまで覚えとく」

 モードレッドとジークフリートに名乗ると、特に興味なさげにモードレッドは吐き捨てた。

 なんというか、随分と粗暴な性格のようだ。

 父――母――どちらにせよ、後に親となるのだろうアルトリアとはまったく逆に思える。

「しかし……シラハの魔術は中々のものだな。気配も何もない、遠方への意思送信とは」

『私の魔術じゃないけどね。ムーンセルの機能を使っているだけで』

「なんだ、そうだったのか。あんの変質ジジイ(マーリン)に及ぶかもしれねえと思ったのに」

 ……何やら、その名を呼ぶニュアンスが微妙に悪質だった気がする。

 ジークフリートは、いつか出会った時と変わらない。

 淡々と、荘厳とした雰囲気を崩さず、誰しもが夢に描くだろう英雄然とした振る舞いを保っている。

「じゃ、モードレッドのご希望通り、キャメロットに戻ろっか。これで目的も達成したし」

 ブーディカが踵を返す。

 それに付いて行こうとしたが――ジークフリートがそれを止めた。

「お前たち、この国を脅かす者がいる事は理解したが、その居城は突き止めているのか?」

「――――実は、まだなんだよね。マーリンでも見えないトコロ……だから向こうが攻めてくるまでに、戦力を十分にしておこうって魂胆だったんだけど」

 そういえば、敵がいるのは知っていたものの、何処にいるのかは聞いていない。

 歴代でも有数の千里眼の担い手であろうマーリンをして、視認することが出来ない相手。

 アルトリアたちは……不可視の敵が攻めてくるのを待っていたのか。

「で、コソコソ仲間を集めながら籠城してるって訳か。地味なことしてんなぁ……」

「仕方ないって。マーリンに見えなきゃあたしたちにはどうしようも――」

『……ねえ、白斗君、もしかしてこの、正体不明の反応がそれじゃないかな?』

 ふと、言葉を挟んだ白羽。確かに、この時代に来て間もない頃にそんなことを言っていた。

 ムーンセルですら前例を知らない存在。

「正体不明、だあ? なんだそれ、一番怪しいじゃねえか。真っ先にソレ叩くべきだろ普通」

『いや、如何せん、状況すら知る前だったし……』

「判断は正しい。それで、それは何処にある?」

 ジークフリートの問いに、白羽が位置情報を渡してくる。

「……」

「へえ、君たちこんな情報も持ってたんだ。これが解決に繋がれば、それこそお手柄だよ」

 この場所――僕たちがブーディカと出会った位置から数キロ西――より、更に西。

 未だその反応に動きはない。一点に留まっているようだ。

「……モードレッド?」

 複雑な顔つきで位置情報を見るモードレッド。

 彼女ならば、この時代のブリテンの地理も分かるだろう。

 何か、良い思い出ではないナニカがある場所なのか。

 その疑問は、すぐに答えが出される。

「……カムラン。間違いない。その侵略者はカムランに陣取ってる」

「――カムラン」

 なるほど、あまり口に出したくはない名前だろう。

 なんの皮肉か。その反応は、アーサー王伝説終焉の地に在るらしい。

「チッ……クソ。行くぞ。本当なら今すぐ向かってぶちのめしたいが、まずはキャメロットに行くことからだ」

 拳を強く握り込み、苛立ちを隠さないモードレッドは、しかし抑え込んだ。

 しかし――

『待って! その方向から何か来てる! 敵性(エネミー)反応だよ!』

「ッ」

 それを阻害する反応が出現する。

 観測の域に引っ掛かり、少しずつ迫ってきている。

「純粋な殺気――人ではないな。これは……」

 ジークフリートが背中の大剣を引き抜き、構える。

 モードレッドもブーディカも同じ。剣を構え、未だ見えぬ敵に備える。

「……メルト」

「ええ。いつでも行けるわ」

 恐らく、少なからず戦闘にはなるだろうと思っていた。

 戦いから長く離れてはいたが、だからといって衰えはない。

 この事件の初戦闘。

 その敵は、地上ではなく、空から来た。

「――竜?」

「ワイバーン。竜種としては高いレベルではないが、侮れんぞ」

 前脚を持たない竜の一種、ワイバーン。

 黒い鱗で全身を包む、僕たちの生きる時代にはいない幻想種だった。

「数は三体か。へっ、面白え。オレが全部仕留めてやるよ」

「落ち着け。お前が如何に強者とはいえ、不要な消耗は避けるべきだ」

 ジークフリートの言う通りだ。

 モードレッドはアーサー王を打ち倒したことから相当の実力を持っているだろう。

 だが、それでも相手は竜。

 一体でも危険な存在、当然ながら複数を相手にするものではない。

「幸いサーヴァントが三騎いる。一人一体受け持ち、倒し次第援護に回る……それで良いな」

 メルトは月ほどの出力はないまでも、一流のサーヴァントと打ち合えるステータスを有している。

 僕も、到底サーヴァントには及ばないが、彼らを補助し、少しなら力となれる。

 だが、ジークフリートは数に入れていないようだった。モードレッドとブーディカも、その意見に賛同しているらしい。

 まあ、当たり前だ。僕は論外として、メルトも地上に降りる際、意図的にハイ・サーヴァントとしての気配を消している。

 僕たちが戦える存在という確信がないのだろう。

「ハク」

「……ああ」

 メルトには周囲の警戒を任せ、僕自身は戦いをマスターとして見る。

 必要とあらば、僕たちも前線に出る。

「チッ、一人で良いのに……ま、いいや。だったらオレの分をさっさと始末して、お前らの獲物も叩き切ってやる!」

 もうすぐ近くにまで迫っていたワイバーンの一体を、雷の魔力を放出して突撃し、迎撃する。

 ムーンセルから供給される魔力ならば、多大な魔力消費を伴うこの戦い方も可能だ。

 それを知っているのか、知らずに構わずやっているのか。

 ともあれ、モードレッドの初撃は狙い違わずワイバーンに直撃する。

 剣脊での一撃で叩き落とし、そのまま追い打ちをかける。

「ふっ――!」

「よし、お姉さんも負けてられない、な!」

 ジークフリートとブーディカも続く。

 黄昏の聖剣で迎え撃ち、牙の一撃を盾で受け止める。

「■■■■■■――――!」

「うるせえ! このトカゲ野郎!」

 自分の倍以上もある体格のワイバーンに一切物怖じせず、モードレッドは魔剣を叩きつける。

 強靭な鱗は、魔力放出を伴った斬撃でも身の芯まで届かせず、皮膚を焦がすだけに留まる。

 流石、最強の幻想種と言うべきか。その耐久力もさることながら、敏捷性も力も英雄と真正面から戦えるレベルだ。

 知恵のない種族なのだろう。力任せに爪牙をぶつけてくるだけだが、獣と対峙するより遥かに脅威を感じる。

 神話や叙事詩において、無辜の人々を脅かしてきた竜は伊達ではない。

 だが、それを相手取るのも、歴史に名を遺した一流の英霊だ。

「このぉ!」

 絶え間なく繰り出される爪に守勢であったブーディカだが、力押しの一撃を弾くことで隙を作り、剣を振るう。

 一旦距離を置いたワイバーンは、既に剣のリーチにいない。

 それでもブーディカに迷いはなく、そのまま剣を振り抜いた。

 その一振りは届かず、しかしワイバーンを襲う。

 剣から発射された魔力塊。この剣の特性によるものだろう。それは小さな弾丸となり、ワイバーンの眉間に直撃する。

 弾丸の術式は、魔術師の基本として習得しているが、威力はそう変わらないように思える。

 真名解放もない。敵を確実に穿つ一撃というよりは、牽制に使うものだろう。

「まだまだっ、行くよ!」

 二、三と剣を振り、怯んだワイバーンの急所に一つ一つが直撃していく。

 モードレッドが弱点など知ったことではないごり押しだとすれば、ブーディカは堅実に、確実に消耗を狙う戦法。

 そしてジークフリートは。

「おおッ!」

 攻撃を躱すのではなく、受ける。

 邪竜の血を浴びたその肉体は生半な攻撃を通さない。

 加えて、相手は竜。ジークフリートは叙事詩において、竜殺しを成し遂げた大英雄。その相性差は歴然だ。

 彼の信ずる剣もまた、“竜の斬り方”を心得ている。

 共に竜殺しのエキスパート。

 一閃。他の二体より早く、深く、ジークフリートが相手取ったワイバーンは剣を通した。

 振り抜いて、返す刀でまた一撃。

 本能的に距離を置こうとしたワイバーンの尾をいとも簡単に切り裂き、落とす。

 今の打ち合いだけで敗北を悟ったらしい。一転、ワイバーンは防戦一方となった。

 しかし躱そうとするたびに、その速度を勝る聖剣を逃れきれず、自慢の鱗を飛散させていく。

 結局、そのワイバーンはもう一度攻勢に転じることなく。

「ッ」

 心臓に二撃。そのまま力を失い、地に伏した。

「オラァ!」

 モードレッドもまた、決着を付ける。

 脳天に叩きつけた魔剣から多大な雷を放ち、絶命させる。

 命を奪った確信があったのか、倒れたワイバーンに見向きもせず、ブーディカが相手取る最後の一体に向かう。

 確実に疲弊し、最早数分と持つまいといったワイバーンの背に魔剣を突き立て、瞬く間に命を刈り取った。

「おっし。全然物足りないが、これで終わりだな」

「ふぅ……ありがとね、モードレッド。あたしだけだったらジリ貧だったかも」

 ブーディカは自身の獲物を奪ったことに恨み言一つ言わず、素直に礼を告げてその頭に手を置く。

「ちょ、おい! ガキ扱いすんな!」

「えー。良いじゃないの。ブリテンの英霊でしょ? あたしの子みたいなものだもん」

 その手を振り払い、また置かれ、また振り払いという不毛なやり取り。

 一方で三体全て仕留めたことを確認し、ジークフリートは戻ってくる。

「お疲れ様、ジークフリート」

「ああ。どうだった。俺たちは此度の戦い、参ずるに相応しい存在か」

「勿論。是非力を貸してほしい」

 頷くジークフリート。その背後、竜を見やる。

「……このワイバーンは、野生なのか?」

「そんな訳ねえよ。亜竜のガキでも、ブリテンの竜はこんな軟弱じゃねえ。竜ってのは一昼夜掛けて討つモンだろ。コイツら、まるで骨と皮だけの死体だよ」

 この時代のブリテンに最も詳しいモードレッドの言葉は正しいだろう。

 最早諦めたのか、頭を良いようにされている辺り、微妙に恰好が付かないが情報は信頼できる。

 しかし……今のワイバーンは曰く、死体の如き呆気なさ、か。

「俺も、油断はならないが然程手強い相手ではないように思える。魂の籠った魔獣の方が幾分強いだろう」

「そうなんだ。ま、どっちにも縁はなかったけど……そこまで強く思えなかったのは確かかな。ローマの将軍のが強かった」

 どうやら、彼らをしてそこまで評価の高い敵ではなかったようだ。

「死体って話、間違ってないみたいよ。ほら」

 メルトが伏した竜を指す。

「……はぁ?」

 三体のワイバーンは、既に朽ち果てていた。

 灰のような粒子になって消えていく竜は、明らかにこの世界に在る生物ではない。

 発生した異変によって生まれた者であることは間違いないか。

「竜の亡骸か、もしくは亡霊か。何にせよ、碌な性根の能力ではないな」

『でも、こんな能力の使い手って一体……っと、観測範囲にサーヴァント。今の戦いに勘付いたみたい、近付いてきてるよ』

「またか。使い物になると良いけどな」

 サーヴァントが来ているようだ。

 未だに異変の正体が掴めていない以上、戦力は幾らあっても過剰にはならない。

 暫くその場で待機し、サーヴァントを待つ。

『なんだろう、走ってきてるのかな……?』

 やがて、見えてくる。

 本当に駆けてきているようだ。常人ではありえない速度で草原を疾駆し、接近してくる。

 しかし……なんだろうか。

 協力意思がある英霊である筈なのに、何処か……

「ッ……」

 ある程度の距離で、サーヴァントも立ち止まる。

 長い黒髪に、黒の喪服。薄い黒のヴェールと一色で体中を覆う女性だ。

 しかし、顔は見えない。耳まで隠す無貌の仮面は、外界との関わりを完全に遮断しているようだった。

 そして、両手で持っているのは瘴気に覆われた武器。

 あれは……大剣か。だがその大きさは、凡そあの体格の女性が扱うものではない。

「……――」

「お前は……」

 その雰囲気から、察してしまう。

 モードレッドたちも同じ。その手から剣を離さない。

 彼女は決して、協力意思があって近付いてきた味方ではなく――

 

「――Sieeeeeeeeeeeeeeeee――――――――ッ!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げ、サーヴァントの魔力は爆発する。

「チッ……!」

 モードレッドが対応する。

 とにかく抑えようとしたようだが、対するサーヴァントもまた武器を振るう。

「Sieeeeeeeaaaaaaaarrrr――――!!」

「この……寄りによって螺子飛んだバーサーカーかよっ!」

 数合の剣戟。モードレッドは攻め切ることが出来ず、距離を置いて一旦戻ってくる。

「ちょっと、話し合いとか……」

「話して通じる奴じゃねえよ。コイツは敵だ。さっさと吹っ飛ばすのが正解なんだよ」

 敵……!?

 何故。この時代に召喚されている英霊は、皆この異変を解決すべく降り立った者の筈だ。

 それが、まさか敵対するなど……

「ハク、冷静に。元凶側に意思があるなら、英霊を起用することも考えられる可能性よ」

「だけど……」

 此方が異変を止めるのに、英霊の力を借りたように。

 異変もまた、英霊に助力を受けている――可能性としてはあり得る話だ。

 しかし、理屈では分かっていても、信じがたいものではある。

 またしても、英霊と敵対しなければならないなどと。

「――――!」

「この狂犬が……!」

「――待て、モードレッド!」

 剣を前に構え、強大な魔力を発現させようとしていたモードレッドをジークフリートが制止する。

 注意を促すようなものではなく、それ以上の必死さが見えた。

 かつて、月の裏側で彼と共に戦った時も、これほど必死さを表すことはなかった。

「あ? 何だよ」

「……すまない。剣を収めてくれ。よもや、このようなことがありうるとは……」

 ジークフリートの声は苦し気だった。

 声は運命を呪うように重く、敵に対し戦闘意思を持たないように剣は下ろし。

「やはり、英霊となってもラインの呪いは健在か。しかし、何も彼女まで蝕むことはないだろうに……!」

 狂戦士は駆けてくる。

 ジークフリートの言葉など聞こえていないように、躊躇いなく振るわれる剣。

 受け止めるも、そこから攻めに転じることはなく。

 担い手の悲痛の理由を周囲に証明するように、聖剣の黄昏が相手の瘴気を僅かに晴らす。

「同じ、剣……?」

 瘴気の間から見えた黒染めの剣は、色こそ違えどジークフリートと同じだった。

 竜殺しを成し遂げた聖剣。その名も高き『幻想大剣(バルムンク)』。

 担い手の死ぬ度に、転々と新たな持ち主を選び、その性質を聖剣に魔剣に変えていった剣。

「まさか、あのサーヴァント……」

 性質から、あの聖剣を宝具として持つ英霊は複数いよう。

 だが、その中でもジークフリートがあれほどに動揺する相手ともなれば、一人に絞られる。

「言葉は聞こえないか? 目を閉じ、耳を塞ぎ、お前はそう在ってしまった。全て、俺の浅慮さが原因だ……」

「Sieee……!!」

「すまない、過ちがための復讐が、お前を狂気に駆り立てた。俺の責任、だが……お前が死して尚、過ちを駆け続けるならば……」

「……e、g……」

 ニーベルンゲンの歌において、主要となる人物。

 手段を択ばず盲目的に、暗殺された夫の復讐を果たしたブルグントの姫君。

「俺は、それを正す――クリームヒルト!」

「Sie、g……f、rie、d……!」

 夫の名は、ジークフリート。

 暗殺された彼を殺したハーゲンの殺害に、その後の生涯を賭した復讐鬼。

 バーサーカー、クリームヒルト。セイバー、ジークフリート。

 ここに、最も望まれないだろう形で、二人の邂逅は果たされた。




オリ鯖、バーサーカーのクリームヒルトです。FGOでも度々語られている、ジークフリートの奥さんですね。
オリ鯖は今後もガンガン出てきます。
キャラを立てられるかは知りません。頑張ります。

また、敵にもサーヴァントがいることがハクたちに判明しました。
竜やら何やら倒してれば解決するなんて甘っちょろいことはない。


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第五節『初戦、地上にて』

プリヤイベはドロップが大変美味しいので助かってます。
ところでそろそろスキル石配ってくれるイベが欲しいです。あとQP。それとCCCイベ。


 

 

 ジークフリートの声は、バーサーカー――クリームヒルトには届かない。

 彼女には何も見えておらず、何も聞こえていない。

 自分は既に、夫の死を知っている。

 目の前に在る、とだけ感知している敵がジークフリートである筈がなく。

 であれば、それは仇敵の手の者に違いない。

「Sieeee……!!」

 死して尚、お前は私を苛めるのか。

 構わない。そうであるならば、私は再び死ぬまでこの剣を振るおう。

「――――――――――――――――ッ!!」

 クリームヒルトの剣は、憎悪そのものだった。

 最早復讐心以外には何も残っていない。

 ジークフリートが謀殺されたその時から、彼女の中には狂気しか無くなったのだ。

「くっ……」

 聖剣と魔剣に分かたれた、同じ大剣。

 振るう技量は比べるに及ばず、バーサーカーとなっても力はジークフリートに至らない。

 或いは、あの憎悪の瘴気がクリームヒルトの力を後押ししているのかもしれない。

 だがそれでも、竜殺しを成した大英雄と特別な力の無い姫君では埋めようのない差がある。

 だというのに、ジークフリートは攻めきれない。

 例え倒すと宣言しても、クリームヒルトを斬るなどと――

「なあ、おい。何でアイツ、さっさと斬らないんだよ。オレには及ぶまいが、アイツだってそれなりの英雄だろうが」

「無茶な話よ。クリームヒルトと言えば、ジークフリートの妻じゃないの」

「あぁ? アイツら夫婦だったのかよ。そりゃ不幸なことだ。だが敵だろ。手抜いてる場合かよ」

 不可解そうなモードレッド。だが、ジークフリートが戦いづらいのは良く分かる。

 万が一、僕が“そういう”状況になったら――なんて、考えたくもない。

「戦えないのもよく分かるよ。あたしだって、旦那さんが敵だったら絶対戦えないし」

「そういうモンか……で? だったらどうすんだよ。このままジリ貧を続けるのか?」

 戦いから暫く。

 いい加減、モードレッドも苛立ってきたらしい。

 しかし、手を出すことは躊躇われる。

 どれだけ望まれていない邂逅とは言えど、ジークフリートがどうにかするのを待つしかない。

「クリームヒルト……」

「――――ッ」

 何度も、ジークフリートはクリームヒルトに呼びかける。

 狂化の先、彼女の耳に言葉が届くことを未だ諦めていないのだ。

 しかし、剣戟は止むことを知らない。

 同一の大剣は際限なくぶつかり合い、どちらの担い手を切り裂くこともない。

 彼がとどめを刺せないにしても、勝ちの目はある。

 ムーンセルからの召喚ではないのだろうクリームヒルトの、魔力切れという形で。

 月から供給されるジークフリートの魔力は尽きることはない。しかし、魔力源の不明なクリームヒルトは活動するための魔力を枯渇させてしまう可能性はあるのだ。

 その終幕を、彼が望んでいるとは思えないが、順当に戦いが続けば、そうもなりうる。

 或いは――想像の域でしかないが――自身が終わらせることのない、そんな結末をジークフリートが求めていたとすれば。

 これ以上の悲劇にならないことを望み、緩やかな決着に向かっているならば。

 尚更、邪魔など出来ない。

「Sieg……ッ!」

「俺は此処にいる、クリームヒルト。見えていないならば、その仮面を――!」

「ッッッ!!」

 一歩大きく踏み出し、クリームヒルトの大剣を弾き、完全な攻勢に入る。

 狙うは、無貌の仮面。

 顔を傷つけることなく、仮面を弾き飛ばす。もしくは、要所のみを確実に切り離す。

 どちらも、尋常ならざる絶技。相手が動く一介の英霊であるならば尚更だ。

 だが、それを披露するのは竜殺しの大英雄、ジークフリート。

 その実力をよく知っている僕は分かる。

 彼が、それを成し遂げられる剣士であると。

 動きを二つ、三つ先まで予測し、剣を振るう。

 一手、一手を確実に詰めて、絶技を振るえる一瞬を狙う。

 戦いに関して未だ素人である僕でも見えるくらいに、クリームヒルトの隙は大きくなっていく。

 それでも足りない。

 命を奪うのではない一振り。ほんの数瞬を見誤れば、頭蓋の奥の霊核をも傷つけかねない。

 ジークフリートが狙うのは一手先か、二手先か。それとも、更に先か。

 どの道、彼の狙いに届くまで、後一分と掛かるまい。

 その瞳に己の姿を入れれば、剣を止めてくれるかもしれない。

 そんな希望を以てして、ジークフリートは猛攻を続ける。

 防戦一方のクリームヒルト。やがて大きかった隙は、致命的なものを幾らか晒すようになっていき――

「許せ、クリームヒルト――!」

『――――!! これ――!』

「ッ、下がれ!!」

 最後の一撃の目処を付けた時、白羽とモードレッドが同時に叫ぶ。

 今まさに決着せんとしていた戦いは中断され、咄嗟にジークフリートは大きく退避する。

 瞬間、極光が奔った。

「な――!?」

 ジークフリートの霊核を狙い彼方から伸びてきた虹の光線。

 血鎧があっても防げたか分からない鋭利さのそれは、クリームヒルトを守るように二人を隔てた。

『サーヴァント反応……もしかしてこれも……』

 遠距離からの攻撃による、明確な戦闘意思。

 クリームヒルトを補助する目的で撃ってきたものであれば、どちらに付く存在かは明白だ。

 極光は強風を引き連れる。魔力を伴う風に覚えがあるのか、クリームヒルトも立ち止まり風の方向を見る。

『魔力に乗ってエネミー反応も多数! 皆、備えて!』

「ッ」

 白羽が言う間に、魔力が集約していき、人の形を成す。

 骨のみの体。神話に謳われる竜牙兵(スパルトイ)を思わせる風体だ。

 魔力そのものは微弱だが、その数はどんどん増していく。

「この!」

 いち早く飛び出してきた兵を、ブーディカが一撃の下、粉砕する。

 上下真っ二つに隔たれた骨は、魔力となって飛散していった。

 やはり、戦闘力は大したことがないらしい。

 だが注意すべきはその数。一対一ならば僕でも捌けそうな能力だが、四方八方からの攻撃となると対応に遅れが出る。

「一斉に来てもいいよ? アンタたちの大将が近付いてるっていうなら、先に倒しておく方が正解そう」

「おうよ。この程度ならオレ一人でも一分と掛からねえ。ジークフリート、お前はさっさとあっちを――」

「……いや。もうサーヴァントは近くにいる。出方を窺うべきだ」

 ジークフリートは兵ではなくその先――閃光の伸びてきた方を睥睨している。

 ――見えた。

 白い礼服に身を包んだ偉丈夫。

 白銀の髪と髭をたくわえた壮年の男。

 右手には淡く輝く剣――光は強くないのに刀身が見えない様は、まるで刀身が光そのものなのではとさえ思わせる――を持ち、厳かに大きく大地を踏みしめ、近付いてくる。

「お前が、この国を脅かす王か」

 モードレッドの、虚偽は赦さぬという威圧を込めた問い。

 男は穏やかな性質を表す瞳をモードレッドに向け、笑った。

「いや? 確かにオレは王だ。だが此度の一件を企んだ首領じゃあない」

「じゃあその首領は誰だ。お前も、コイツも、一枚噛んでいるんだろう」

「……そうさなあ」

 男は顎髭を左手で弄り暫く考え込む。

「告げても構わないだろうが、何の意味がある。お前らが群れても、アイツにゃ勝てないだろうよ」

 抵抗しても意味はない――男は言外に告げている。

 あの男もまた敵対する者なのだとすれば、“王”なる存在に従っている可能性が高い。

 男のステータスは全体的にかなり高水準。彼よりも強い存在と仮定すれば、このブリテンを脅かしているのは相当な力の持ち主ということだ。

「……舐めてくれるじゃねえか。試してみるかよ?」

「いいや。オレはお前たちと戦うつもりはない。今回はその姫さん回収に来ただけだ」

 男はクリームヒルトを指して言った。

 クリームヒルトは反応することなく、ただその場に佇んでいる。

「狂気に呑まれたままに、クリームヒルトを喚んだのは、その王ということか」

「ほう。その真名を知るか。縁者か何かと見たが?」

「然り。悪いが、お前たちを容赦するつもりはない。我が名はジークフリートであるが故に」

 ジークフリートの言葉には、明確な怒りが込められていた。

 彼が真名を明かすことは、唯一の弱点を晒すことに他ならない。

 しかし、そのリスクを負ってでも、彼は怒りを示す。

 クリームヒルトを召喚したのが――――ブリテンに巣食う邪悪であるがために。

「――ネーデルランドの竜殺しか。こりゃあ、残念だ。どうやらお前たちは騎士王につくらしいな」

 名を聞いて、状況を理解したらしく、頷きつつ男は悲嘆する。

「此度、オレは戦うことはなく去ろう。いいか、利口であれば諦めることだ。アイツ――黒竜王には勝てん」

「黒竜王……?」

 それは気紛れか……男は、王の名を口に出した。

 誰も、その名に聞き覚えはないらしい。

「正体を知ることは無かろうさ。次にオレたちが会う時は殺し合い、アイツに会うことがあるとすれば――その先だ」

「黒竜王ねえ。胡散臭ぇ、そんな何処の誰とも知れん奴にオレが打ち倒せるかよ」

「自信があるのは良いことだ。だが相見えれば分かるだろうよ、勝てる存在じゃないってことを。まあ、そこまで辿り着ければ、の話だが」

 男の言葉には確信があった。

 何があろうとも、その黒竜王には勝てない、と。

 男はそれだけ告げて、身を翻し去っていく。クリームヒルトもまた、言葉は通じずともそれに追従する。

「待てコラ! チッ……いつの間にかやたら増えてんじゃねえか」

 モードレッドに言われて気付く。

 竜牙兵は僕たちを囲むように、膨大な数が展開されていた。

 男と短い話をしている間に、その数は二倍にも三倍にもなっている。

「……まずは片付けるぞ。これでは追うこともままならん」

「オッケー。少し大変だけど、まあ、このくらい捌けなきゃね」

「クソ、流石にオレの宝具でも一撃じゃ吹っ飛ばしきれねえな。素直に話したのも含めて、逃げるための時間稼ぎか。姑息な奴――だな!」

 去っていくサーヴァントへの愚痴を言い終わる前に、モードレッドは剣を振るう。

 目の前にいた兵を両断し、それが開戦の合図となる。

「――――――――――――ッ!」

 金切声のような音を上げながら、竜牙兵は一斉に襲い来る。

 モードレッドが派手な一閃で蹴散らし、ジークフリートは音速の絶技でもって兵を無力化していく。

 ブーディカは剣で直接切り払いながらも、撃ち出される魔力を同時に操り効率的に戦っている。

 当然、三人でこの量を相手するのは限界がある。

「ハク。今度こそ」

「ああ――頼む、メルト」

 魔力は惜しまない。これが最初であるからこそ、しっかりと挙動は確認しておかなければならない。

 回路に魔力を通す。メルトが体勢を落とす。術式を紡ぐ。

「ッ、おい! お前ら何してんだ!」

 隙を晒していると見られたか、モードレッドの怒号が飛ぶ。

 獲物を見つけたと武器を振り上げ向かってくる竜牙兵の群れ。

 位置を捕捉する。全てを穿たずとも、出来る限りのことを全うする――!

shock(弾丸)――!」

 一斉展開、射出。あるものは粉砕し、あるものは動きを停止する。

 動きを制限された兵を討つ狩人は僕ではない。次の弾丸を装填(じゅんび)しながら、号令を掛ける。

「メルト!」

「ええ!」

 脚具を装備したメルトが大地を蹴る。

 A+ランクという、英霊たちの中でも頂点に位置するだろう俊足でなければ追いつけない鋼鉄の矢。

 一体を砕き、それを足場にして次の獲物へと跳ぶ。

 軍勢を相手にするのは、彼女の得意とするものではない。

 だが、敵が雑兵ともなれば話は別だ。

 新たに襲い来る兵を、その度に弾丸で狙い撃つ。

 動きの止まった相手を、メルトが蹴り砕く。

 倒した兵全てを踏み台にし、跳び、跳び、跳び――目ぼしい敵を砕き尽くし、高く跳躍――

 呆気に取られるサーヴァントたちの目線を一身に浴び、(エトワール)は着地した。

「ふぅ……肉や臓腑を貫くのは嫌いじゃないけど、骨はあまり良い感触じゃないわね」

 そう評して、消滅していく骨の残骸を見下ろす。

 気付けば周囲の兵は最早数えきれるほどしかおらず、一足早く我に返ったジークフリートが残りを始末する。

 全滅――しかし、男とクリームヒルトはもういなかった。

「悲鳴も無いしつまらなかったわ。何より、地面だと着地音が映えない……ハク、どうにか出来ない?」

「流石に地面を大理石にする術式は用意してないよ……」

 どうやらこの初戦、メルトは不満だったらしい。

 脚具を消して戻ってくると、ようやく周囲の目に気付く。

「……何よ?」

「……お前ら、まともに戦えたんだな」

「戦えないなんて一言も言ってないわよ」

 上位のサーヴァントすら凌駕する気配を、今の瞬間、発露させたメルト。

 それを見て取ったらしい三人は、信じがたいといった表情だ。

「――凄い! やっぱり、間違いはなかった!」

 未だに疑念十割と言ったモードレッドと対照的に、ブーディカは絶賛だった。

「城へのお土産話が増えたね。さて、それじゃあ、一旦戻ろうか」

 急襲した敵は撃退した。

 帰途につこうとしていたところだった。

 深追いはせず、一旦城に戻って報告した方が良いだろう。

「……」

「……ジークフリート」

 二人が去っていっただろう方向を、ジークフリートは何も言わず見つめていた。

 未だ聖剣を握りしめるその拳は強く、堪えかねる感情があることは明白だ。

「……すまない。行こう」

「良いのかよ?」

「今すぐにでも飛び出したい、が……それが正しくないことは理解している。お前たちといれば、いずれまた会うことになろう」

 クリームヒルトを追いたい。狂気を宿したままに召喚した黒竜王をどうにかしたい。

 しかし、そうした感情を抑えてジークフリートは『正義』を尊重する。

 新たな味方の確保。敵の情報。二つの出来事を以て、此度の見回りは終了した。

 

 

「お帰りなさい、皆さ――」

 帰ってきたのを察したのか、城から出てきて迎えてくれたベディヴィエールは、此方の面々を見渡すや否や停止した。

 その視線の先の騎士もまた、至極微妙な表情だ。

「げ……」

「モ、モードレッド卿……もしや貴方も?」

「そうだよ。……くそ、しかもサーヴァントと来た。コイツがいること、何で教えなかったんだよ……」

 ひどく気まずそうに、モードレッドはぼやく。

 今すぐ戦いになるような、殺伐とした雰囲気はないが、相性は良くないだろう。

 モードレッドは王国に叛逆し、アーサー王を討った騎士。

 対してベディヴィエールはアーサー王の死を看取った騎士だ。

「誰かが呼ばれてるってんなら、付いてこずに他所からこっそり協力するなんてことも考えたのに……畜生、ドジ踏んだ」

「協力するべき時じゃない。国と王様を守るのに蟠りを理由に離れちゃダメだって」

「蟠りってレベルじゃねえっての……ほら、あるだろ? 色々さ。オレ以外だっているかもだぜ、気まずい奴。トリスタンの奴とかランスロットとか、後アグラヴェインなんかも……」

「アグラヴェインならサーヴァントとして呼ばれてますよ。中にいますけど」

「マジで!?」

 余程意外であったらしい。

 その驚愕は、心底からのものだった。

「つまり、それほどの事態ということです。そちらの方は初めて会いますね。貴方も、ブリテンの危機にあって召喚に応じた英霊ですか?」

「ああ。ネーデルランドのジークフリート。よろしく頼む」

「なんと……かの竜殺しとは、何とも心強い……っと、申し遅れました。私はベディヴィエール。矮小な身ながら、円卓の一席に在った者です」

 ジークフリートとベディヴィエールは、互いに紹介を済ませる。

 その丁寧さに、ほんの数秒で耐え切れなくなり声を上げたのはモードレッドだ。

「だー、もう! んなお堅い挨拶は良いっての! 父……王はいるのか?」

「はい。中に。……今の王は、貴方を知りません。なので萎縮せず、対面してください」

「……」

 先導するようにベディヴィエールは城内に入っていく。

 続いてブーディカ、ジークフリート。

 メルトもまた歩み始め、それに僕も続く。

 しかし――最後に来るだろう鎧の音が聞こえてこない。

 振り向けば、モードレッドはその場に立ったまま、城を――キャメロットを見上げていた。

「――モードレッド?」

「……オレが玉座についた時も、穢れることなくこの城は輝いていた」

「え?」

「王国は、オレの叛逆で全て終わった。だけど、それでも穢れぬものが三つあった。王と、聖剣と、この城――」

 モードレッドの告白は、彼女でなければ分からない、この王国(ブリテン)への想いなのだろう。

 瞳に映っている白亜の城。

 憧憬――そして、それとは別のナニカ。

 しかし、それを一蹴するように、モードレッドは鼻で笑った。

「はっ! 今回この国に手を出した馬鹿も大したことねえな! この城真っ黒に出来るくらいの悪じゃねえと、父上には勝てねえんだよ!」

 無意識なのかもしれないが、その呼称は“王”を呼ぶものではなく“父”を呼ぶものだった。

 もしかしたらそれは、モードレッドの本来の性質なのかもしれない。

 彼女が何故、アーサー王に反旗を翻し滅亡に至らせたのか、その動機は、決して聞いてはならないことだろう。

 それでもこの、異質なるブリテンの危機において、彼女は『護る側』についた。

「さ、行くぜ。アーサー王と対面だ。それから、アグラヴェインの奴もいるんだっけか」

 ニッカリと歯を見せて、笑いながらモードレッドは城に入っていく。

 ほんの少しの感傷。

 それは、すぐに消えて、元の粗雑で快活な騎士に戻っていた。

「――ハク、どうしたのよ」

「いや、なんでもない。行こう」

 城に入らないのを不思議に思ったのか、戻ってきたメルトにそう返して、城内に向かう。

 ――この後、モードレッドはアルトリアと出会うことになるが、どうやら彼女に知っているそれとは多少違っていたらしい。

 年代による性格の変異が原因だろう。

“え、は、いや……ち、アーサ……ハァ!?”

“どうしました? 私はアーサーですが……”

“っ……! おい、アグラヴェイン!”

“……間違いない。そういうことだ”

“うっ……どっか安心したような。けどなんか釈然としねぇ……!”

 そんな、時代の交錯した微妙な一幕があった。




ハクとメルトの初戦、そして新たなサーヴァントの登場です。
今の時点で真名の手掛かりは王であることくらいですね。
鯖の真名を自分だけ知っているのは微妙に楽しいのでオリ鯖ありの二次創作書くのお勧めです。

メルトの攻撃は敵から敵へを繰り返すピンボールですね。
エクステラにメルト来るかなー攻撃どんなかなーって妄想を流用しました。
ところでエクステラの鯖はあれで全員ですかね? DLCとか、隠し鯖とかいるんでしょうか。


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第六節『鉄と騎士王』

ネロ祭、再び。
今回は何より、超高難易度クエストが楽しいです。
かなりやりごたえがありますね。ああしたクエストは結構頻繁にやってほしいです。呼符も貰えるし。


 

 

 ――少々、話がある。よろしいか。

 

 夜になって、食事を終えた後、アグラヴェインに呼び出され向かった先は、玉座の間だった。

 月明りに照らされ、神秘的な様相を醸す部屋に、黒鎧の男は一人立っている。

「来たか。先ほどの責務、ご苦労だった」

「あ、ああ……僕がそうしたくて、同行しただけだから」

 硬い表情を崩さないアグラヴェイン。

 内心の読めないその様子は、まさしく鉄だ。

 熱されることなく、常に冷たいこの黒鉄は、騎士王にとってさぞ信頼できる重鎮であったことだろう。

「それで、どういった用件かしら。あまり時間を掛けないでもらえる?」

「そのつもりだ。先程の報告から私なりに対策を用意した。陛下とマーリンには話したが、お前たちにもと思ってな」

「何故、僕たちに?」

「我々を呼んだのはお前たちだ。言わばマスターであり、時代の外より来た者では最も尊重すべき存在だろう。ムーンセルの管理者の慧眼を信頼してのことだ」

 アグラヴェインの言葉は淡々と、事務的に口から流れ落ちる。

 マスター……確かに、そういう見方も出来るか。

 召喚したのはムーンセルの機能によるものだが、その管理者たる僕たちを、彼はマスターと見ているらしい。

 そう、信頼してくれるならば此方も喜ばしい。先を促すと、やはり淡々とアグラヴェインは話し始める。

「カムランの丘に陣取る黒竜王とやら。恐らく英霊だろうが、如何せん情報が足りん。よって明日、何人かをカムランへ向かわせようと思う」

 なるほど……どの道、このままでは埒が明かない。

 向こうがどういった意図を持っているかは不明であり、膠着状態である確信はない。

 様子見、場合によっては交戦。そうして敵の力を測り、策を練ろうということか。

「英霊にも何人か同行してもらうが、お前たちに、それらの指揮官として向かってもらいたい」

「指揮官……?」

「アーサー王を此処から離させることは出来ん。どうしても、実働の指揮官が必要だ」

「それを私たちに任せる理由は何かしら」

「月の観測者としての実績を見た。お前たちに戦う力があることも、先程の一件でわかった。問題はないだろう」

 味方を分散させるにおいて、アルトリアを外に出すという選択肢はない。

 彼女は王であり、諸侯が次々黒竜王の手に落ちている現在、アルトリアは最後の砦ともいえる。

 彼女が落ちれば、この時代のブリテンは成り立つまい。

 そうなってしまった時こそ、この時代の終わりだろう。

 そんなアルトリアが、自ら敵の本拠地に入り込む時など――それこそ、決着を付けん時だけだ。

 僕たちとしては、一刻も早く異変の原因を断ちたい。

 役に立てるならば、全力で努めよう。

 メルトと頷き合う。答えは決まった。

「分かった。やらせてもらうよ、アグラヴェイン」

 その回答に、アグラヴェインも小さく頷く。

 鋼鉄は表情を崩さず、しかし方針は決定したらしい。

「ジークフリート、ブーディカ。そしてレオ殿とアルテラを連れていけ。出立は明日の早朝、カムラン付近までマーリンが運ぶ。同行する者らには私から伝えておく」

 前者二人は、先程その能力を垣間見た。

 ブーディカに関してはその一端だろうが、ジークフリートは今より遥か前から、全力を知っていた。

 月も忘れたあの事件(CCC)で、サーヴァント複数を相手に決して劣ることなく立ち回り、強力極まる敵の打倒にもなくてはならない存在だった。

 サクラ迷宮の、最後の壁を打ち破ったのも彼の剣だ。

 レオについては、最早思い返すこともない。

 聖杯戦争で最強の敵として、月の裏側では頼れる指揮官として。

 今回召喚したのはあの時連れていたサーヴァントではないが、あれほどのステータスを持った大英雄だ。

 その実力に問題はないだろう。

「加えて、兵を用意する。英霊には及ぶまいが、竜牙兵やワイバーン相手ならばある程度は戦えるだろう」

「兵を……それは、この時代の?」

「いや、違う。マーリンの魔術で造る人形騎士だ。それを私が出立までに強化しておく。出来て二、三十程度だがな」

 人形騎士……魔術で作るということは、ゴーレムに近いだろうか。

 稀代の魔術師であるマーリンの手から成るものとあれば、相当な性能を持つだろう。

 アグラヴェインもどうやら、味方の強化に通ずる能力を持っているらしい。

 竜牙兵はそう高い性能はない。

 ワイバーンは竜牙兵とは比べ物にならないが、それでも英霊には及ばない。

 だがあの数が問題だ。此方の英霊は数少ない。それらに割く力は出来るだけ少ない方が良い。

 完全ではなかろうと、それらを相手に出来ると言わしめるレベルなのであれば、全く問題はない。

「十分だ。……帰還については――」

「それもマーリンが手を打つとのことだ。あの老体はまったく、奇妙な手管には精通している」

 視覚をあれだけ大規模に騙すほどの魔術師だ。

 彼が出来るというからには、万全にこなす手段があるのだろう。

 いざという時、皆を連れて帰還出来なければ困る。

 ムーンセルでの転移に慣れてしまった身では、どうにも不便に感じるが、ここは地上であり、更に月が万全に干渉できない不特定地点。仕方のないことだ。

「敵の探知はこれまで通りオペレーター殿に一任する。本拠地とあれば相当の防備が予想されるが、構わないか?」

『え、あー……うん。大丈夫だよ。今日以上に気を張らせてもらう』

 英霊の感覚をも超えるムーンセルの探知があれば、奇襲等の危険性は格段に減る。

 どのような罠が待ち受けているかも分からない。白羽の役割は、とても重要になるだろう。

「では、私からの話は以上だ。そちらから何もなければこれで終わるが……」

 此方からの問いをアグラヴェインは待っている。

 明日の策についてならば、問い質すようなことは思い浮かばない。

 特にないと返すと、一つ頷いてアグラヴェインは去っていく。

 そのまま部屋の扉に手を掛けようとして――逃れるように開く扉を前に立ち止まった。

「おや? アグラヴェイン、もう話は終わったんですか?」

「はい。彼らに話は終えました。指揮官の任、彼らに受諾を得たので、ブーディカらにその旨を伝えた後マーリンの人形騎士に手を加えに向かいます」

 玉座の間に新たに入ってきたのは、アルトリアだった。

 寝巻きであろう普段以上の軽装に身を包み、誰も連れずにここまで来たらしい。

 ……自らの城の中とはいえ、どうにも、警戒心が無さすぎではないだろうか。

「……あの、アグラヴェイン?」

「如何されました?」

「働き過ぎでは? 貴方が来てから、私の職務が殆ど無くなってしまったんですけど……」

 不満を述べるアルトリアに、アグラヴェインは眉一つ動かさずに返す。

「今の貴方に何かあれば大事です。貴方は常に万全でなくてはならない。私がこなせる程度の職務しかないのであれば、私に全て預けていただいて構いません」

 自己犠牲……だろうか。

 アグラヴェインは、アルトリアの負担を極力自分に回しているらしい。

 相変わらずの、淀のような瞳からは彼の真意を読み取ることは出来ない。

 疲弊している様子はない。ただ己のみで可能な領分だと、アグラヴェインは告げた。

「ですが、私も王として成長途上の身……そういった経験もしていかなくては……」

「はい。この災厄が取り払われたら、よく経験を積まれるよう。このような状況でなければ、私も自らを使い潰せなどとは言いません」

「……えっと」

「失礼します。陛下も、早めにお休みください」

 一切の反論を殺し切り、押し黙ったアルトリアに一礼し、今度こそアグラヴェインは出ていった。

 なるほど、あれほどの堅物であれば、文官も務まろう。

 悪と見なされやすいのは――その融通の利かなさから来たのかもしれない。

「……困りました。彼、倒れてしまわないでしょうか?」

 不安そうに聞いてくるアルトリア。

 彼が無理をしていないのは分かるが、それでも心配なのだろう。

「大丈夫よ。彼もサーヴァント、限界は弁えている筈だから」

「そう、なのですか……? でも……」

「アルトリアのことを想っての行動だよ。君はこの時代の最後の楔、何としてでも守りたいんだと思う」

 彼は将来――彼にとっては過去の話だが――アーサー王に仕えることになる騎士。

 ブリテンを守るため、そして、有る筈の未来を確立するために、彼なりに尽くしているのだ。

「……彼は……立派な騎士ですね。彼も、そしてベディヴィエールも……まるで、本当に私の騎士であるみたいです」

 アルトリアは、当然ながらその事実は知らない。

 だからこそ、不思議に思っていたのか。

 円卓の騎士として現代まで語られる、アーサー王の騎士たちの、自分への忠義を。

「彼らの期待に私は応え、努めます。まだ成長途中の身ですが、善き王になれるよう」

「――――」

 今改めて宣言するまでもない、彼女に根付いた決意。

 柔らかく微笑んだ少女は、ここ数日で最も尊いものに見えた。

 その笑顔に、その決意に、その輝きに、騎士たち(かれら)は感銘を受けたのだろう。

 やがてその光は陰り、輝きは没落する。その運命は変えられない、現代において確定した物事だ。

 だが、今は全盛期にすら至っていない。

 そんな彼女の時代を、異質のままに終わらせるなどあってはならないのだ。

「善き王……か」

「はい。私は自らの意思で、剣を引き抜きました。だから、善い国を目指すのは当然です」

 玉座まで歩み寄ったアルトリアは、その先の壁に掛けられた剣を見る。

 最初にこの部屋に訪れた時も、否が応にも目に入った。

 担い手が持たぬ時でも、淡く輝くことを忘れぬ剣。

 あれこそ世に名高い『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』。

 次代の王こそが引き抜くことを許される、選定の剣。

「選定の剣は、誰でもない私を選びました。村一番の力持ちでも、音に聞く猛き騎士でもなく。私のために在ったように、剣は引き抜けたのです」

 それは、果たして彼女の意思か。

 或いは、他者の意思で――彼女が剣を引き抜くことを定められていたのか。

 彼女の言葉からは、多少なり、そんな迷いが見えた。

 いや、違う、と。彼女はかぶりを振る。

 これは紛れもない、自分の意思だと。

「ケイ兄さんは、『俺に剣を寄越せ。まだ撤回できる』と言いました。ケイ兄さんにしては、とても短い、必死な言葉でした。彼なりの優しさを蹴って、私は正しいと思う道を選んだのです」

「それは……」

 何故、と聞いた。

 その真っ直ぐな瞳に、消えそうになる言葉を絞り出した。

 ケイが作った逃げ道は、同時に彼女に、決して進もうとしている道が栄光だけに満ちたものではないと示唆していたのかもしれない。

 だが、それでも――。

 笑って、アルトリアは、言う。

 

 ――――、

 

 

 それから、少しの間アルトリアと話をして、僕たちは部屋に戻った。

 眠るにはやや早い時間だ。

 よって寝る前に、一つ、やるべきことを行っていた。

『――アンタが、依頼者か?』

「ああ。ムーンセル管理者、紫藤 白斗。及びメルトリリスだ」

 この時代にいる、三人目のマスター。

 白羽を通じてコンタクトを取り、一度は単独行動を取るとだけ返ってきたが、その後の白羽の努力によって通話に応じてくれたのだ。

『俺は獅子劫(ししごう) 界離(かいり)。よろしくな、月の主さんよ』

 映像はなく、音声だけの通信だが、白羽がそのマスターの画像を送ってくる。

 右目を走る大きな傷痕。剃刀の如く鋭い目。

 筋肉隆々のがっしりとした体つき。年齢は三十代だろうか。

 恐らく、その姿を見た誰もが、その外見から同じ感想を持つことだろう。

 ――恐ろしい、と。

『……ん? どうした?』

「っと、なんでもない。まずはお礼を。事件の解決に参戦してくれて、ありがとう」

『そういう言葉は結構だ。元よりフリーランスの身なんでな。仕事の一環だ。間違いなく、これまでで一番の厄介ごとだが』

 通信をしながら、白羽が画像と共に送ってきた情報を見る。

 獅子劫 界離。フリーランスの霊子ハッカーだ。

 専門は死霊魔術(ネクロマンシー)

 二十世紀後期のマナの枯渇以降は死体を用いたコードキャストを扱う魔術として確立されている。

 宝石魔術と並んで消耗型(ワンオフ)魔術の最高位ではあるが、当然、その方式から好んで使う魔術師はそうそういない。

『まあ、いつもと違う仕事場だがマナがあるなら問題ない。電脳世界との相違点はそっちで修正してくれてるみたいだしな』

 電脳世界における魔術と、マナの枯渇前に主流だった魔術では、魔術回路の使い方が違う。

 だが、マスターたちにはそれぞれの時代に移動する前、ムーンセルを介した際に外付けで容量無しの術式を組み込んでいる。

 二つの相違点を失くし、魔術(コードキャスト)の要領で魔術(しんぴ)を扱える特殊な術式。

 ローズマリーとサクラ・ノートの完成より少し前――地上に降りるために用意したものだが、ここまで有効に使う時が来るとは思っていなかった。

「出力に何か問題は?」

『これまででは特に。元々自分の身に頼るモノでもないんで、参考にならないだろうが』

「いや。そういう魔術師の見解も聞きたかった。死霊魔術はまるで分からないけど……」

『ん、こっちの情報は持ってる訳か。まあ、当然だな。イメージは悪いだろうが戦いに向いた魔術だ。単独行動に支障はないさ』

 何かと物騒な魔術だが、取り分け死霊魔術は他のジャンル以上に血生臭い。

 死体を得るために戦場に喜々として向かうし、異常で発生した魔獣なんかも絶好の魔術触媒らしい。

 経歴を見れば、獅子劫 界離は霊子ハッカーの傍ら、テロ行為にも何枚か噛んでいるようだ。

 紛争のある場所に駆けつけては、触媒を回収する。

 それが、彼の魔術の基盤なのだろう。

「……どうしても、共同戦線は張れないのか?」

『あくまで俺はサーヴァントと二人で行動するってだけだ。この時代の状況はオペレーターの嬢ちゃんから聞いている。黒竜王とやらにも、此方なりの方法で仕掛けてみるつもりだが……問題か?』

「いや……ただ、同じ場所に居た方が協力するにおいて策も練りやすいと考えたんだ」

『間違っちゃいない。が……生憎、俺のサーヴァントがこれまた意固地でな。そっちの城には向かえないらしい』

 ――サーヴァントの問題、か。

 彼の契約したサーヴァントの情報までは聞いていないが、英雄たちにも事情があるものだ。

 もしかすると、この城にいる英霊の誰かと縁があるのかもしれない。

 ともあれ、そういうことならば……仕方ないか。

「……分かった。連絡を取り合うのは、構わないかな?」

『ああ、それは良い。こっちも其方さんも、情報は必要だからな』

 とりあえず、白羽から向こうへ情報は送られているだろう。

 だが、向こう――界離側の情報は聞いていない。

『今分かっている情報ね……そうだな』

 話を切り出すと、暫く考えて、回答が返ってくる。

『なら、アンタらから貰った情報に釣り合うか分からんが、一つ。察するに――このバーサーカー、クリームヒルトを連れて行ったサーヴァントの真名、分かっていないだろう』

「え――?」

 彼らがどんな行動をしているかは知らなかったが、それでも意外な話の入り方だった。

 その口ぶりからするに、もしや。

「……知っているのか?」

『クリームヒルトの方は知らなかったけどな。なんせコイツら、俺たちの方にも声を掛けてきた。明らかに敵方だったんで適当に断って逃げてきたが』

 ――そうか。

 あのサーヴァントたちはキャメロット側のブーディカと同じく、味方を集める役目を担っていたのだ。

 ジークフリートやモードレッドに、本当に此方に付くか、聞いたのもそのためだろう。

 あわよくば引き込もうとしたのかもしれない。

『まあそんなことは良い。コイツは厄介だぞ。ステータスは俺のサーヴァント以上、剣が宝具だろうが、十分に高名だ』

 確かに、あのサーヴァントのステータスは全体的に高水準で纏まっている。

 剣以外に武装は見当たらなかった。恐らく、セイバークラスだろう。

 では……その真名は。

「剣の、名前は?」

『『陽射す虹剣(ジュワイユーズ)』。聞いたことはあるなら、担い手の真名にも行き着くだろ』

 その名は、知っていた。

 中世フランスにおいて、これ以上に名の有る剣など一本だけだろう。

 絶世の名剣と謳われる聖剣『不毀の極聖(デュランダル)』。かの剣と、ジュワイユーズは同じ素材から作られたとされる。

 日ごとに三十、その色彩を変じると伝えられる極光の剣。

 その剣を担い、あれほどのステータスを持つ英雄とあらば、思い浮かぶのはたった一人。

「……シャルルマーニュ」

『ご名答。それなりの知識はあるようで安心した』

 シャルルマーニュ。より知られた名を、カール大帝。

 その生涯の大半を征服に費やし、華々しくフランク王国に全盛期を齎した聖域王。

 そして、英雄ローランやアストルフォなど十二の聖騎士(パラディン)からなるシャルルマーニュ十二勇士の主である。

 それほどの英雄が、まさか敵方に回ってしまうとは……

『悪いが、俺から渡せる情報はそれだけだ。今後何かあれば、連絡させてもらう』

 伝えるべきことは伝えたとばかりに、界離は通信を切った。

 得た情報は一つだけだが、正体不明だった英霊の真名が判明したのは大きい。

 そして何より、三人目のマスターとコンタクトを取れた。

 この時代の異変解決、その糸口になれば良いが……。

「……それなりの情報ね。厄介な相手が判明しただけだけど」

 通信の間、何故か黙っていたメルトが眉間に手を当てつつぼやく。

「ああ……ところで、なんで黙っていたんだ?」

「私、フィギュア映えしない人間は更に嫌いだもの。彼もまあ、ニーズはありそうだけどアメトイ向きね。私の趣味じゃないわ」

「……」

「冗談よ。向こうのサーヴァントが口を聞かないようだったから、こっちも黙ったってだけ」

 ……気を回した、ということだろうか。

 マスター同士の方が話はスムーズに進む、と判断したのかもしれない。

『まあ、ともかく。真名が分かったところでやることは変わらないね。そろそろ休んだ方が良いよ、二人とも。明日は早いみたいだし』

「そうだね。白羽ももう休んで、辺りの警備はベディヴィエールがやっているみたいだから、問題はないと思う」

『ん……じゃあ、少し寝るね。お休み、二人とも』

 さて、僕たちも休むとしよう。

 今日は、昨日より多くのことがあった。

 ジークフリート、モードレッドと出会い、敵対するサーヴァント――シャルルマーニュとクリームヒルトとの相対。

 そして、黒竜王というこの時代を異質とした元凶の判明。

 アグラヴェインやアルトリアとの語らいに、獅子劫 界離とのコンタクト。

 それらの中で――特に強く残っているのは、先ほどのアルトリアの言葉。

 己はまだ未熟だと、彼女は言う。

 だが、その言葉は、紛れもなく。

 騎士王でなければ、言うことは出来ないだろう。

 

 

 ――彼なりの優しさを蹴って、私は正しいと思う道を選んだのです。

 

 

 

 ――それは……何故?

 

 

 

 ――……だって。多くの人が笑っていましたから。

 

 ――――それはきっと、間違いではないと思ったのです。




夜の話でした。
今回はアグラヴェインとアルトリアの掘り下げです。

そして、この時代三人目のマスターの判明。獅子劫さんです。
Apocryphaにおけるモーさんのマスターですね。
本作においては違うサーヴァントと契約しています。

また、前回のサーヴァントはシャルルマーニュでした。アストルフォの仕えた王です。
ここから一章は大きく動くことになります。楽しんでいただければ。


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第七節『白の使い魔』

色々すまない。


 

 

 朝――とは言っても、まだ日が昇る前。

 薄暗く、少し肌寒い。

 しかし、目を擦る者は一人もおらず、英霊、異邦人、そして王と付き人は集まっていた。

「さて。時間だ」

 マーリンは変わらず、呑気に言う。

 カムランの丘に向かう朝。決戦ではないものの、命に関わることであるのは間違いない。

 寧ろ、少人数で向かう此度はより危険だと言って良いだろう。

 敵の偵察にすら、人手を回せないのが今のキャメロットだ。

 超常の敵陣に入り込んで、生きて帰ることのできる人員は、それこそ数える程しかないのだ。

「全員、霊体化を可能としている。お前の一存で出現させ起用するがいい」

「……凄いな。この性能、上級エネミーも超えるレベルだ」

「ええ。ムーンセルでも、これ以上を作るのはそれなりに時間が要るわね」

 アグラヴェインの連れてきた人形騎士は、合計三十。

 強固な鎧を纏った人形――中身はないかもしれないが――はそれぞれが剣や槍、弓を所持している。

 ある程度の低級サーヴァントなら拮抗、ないし打倒もあり得る性能だ。

 英霊たちが独自に磨いた技術は持っていないが、即席のセイバー、アーチャー、ランサーとしては十二分に扱えるだろう。

「マーリンが夜通し手を加えたほか、私が狂化を与えた。ステータスを軽く引き上げる程度のものだがな」

 狂化……英霊をバーサーカーとして召喚する際に、付加されるスキルだ。

 理性と引き換えにステータスを上昇させるスキルだが……なるほど、元より精神のない人形騎士であれば、何を犠牲にすることもなく強化することが出来るということか。

「皆さん、気を付けてくださいね。欠けることなく、戻ってきてください」

「勿論。アルトリアは王様らしく、玉座で待ってれば良いってば」

「い、いえ……それは私の矜持にもとるというか……」

 アルトリアはブーディカに頭を撫でられ、満更でもない様子ながらも心配を隠さない。

 ブーディカはこのキャメロットに来てから、アルトリアの姉、或いは母のように接していたのだろう。

 アルトリアにとって、そんな存在がいつも以上に危険な場所に出るのは、途轍もない不安なのかもしれない。

「お気をつけて。如何なる危険が待ち受けているか、想像も出来ませんから」

「首級の一つでも挙げられればいいがな。成果無しでおめおめ帰ってくることなどないとは思うが」

 どうやら、まだケイには信頼されていないようだ。

 一方でベディヴィエールは真摯に無事を祈ってくれている。

 同じ円卓の騎士でも、随分性質が違う。

 アグラヴェインやモードレッド、そして此処にはいないガウェイン。これ程までに性質の違う騎士たちを、よく纏めていたものだと関心した。

「んじゃ、とっとと行ってこい! 強いのは残しておいて良いぞ。オレが仕留めてやるから」

 モードレッドは笑って背中を叩いてくる。

 鎧を外し、妙に露出の多い赤い服装を纏っている彼女はつい先ほどまで、付いて行くと言っていた。

 アルトリアの説得により落ち着いたが、いつでも戦闘は歓迎だとのことだ。

『マスター二人が離れる以上、キャメロットはこっちで観測できなくなるけど……本当に大丈夫?』

「問題はない。此方にも手練れの英霊は残る。オペレーター殿は向こう側で、その役割を全うしてくれれば良い」

『……そう。なら、頑張らせてもらうよ』

「さて、では、今から君たちをカムランに出来るだけ近く転移させる」

 白羽とアグラヴェインの話が終わると、マーリンが前に出て言った。

「出来るだけ……?」

「そう。人形騎士を作るついでに覗いてみたんだけど、どうもカムラン一帯に変異が起きている。千里眼どころか、私の魔術の一切が届かないな、これは」

「では……カムランまでどの程度掛かります?」

「限界に転移させてからは歩きになるが、休息も含めて明日になる。疲労を度外視すれば今日中に着くだろうがね」

 疲労の度外視は論外だろう。

 敵は竜牙兵やワイバーンだけではない。

 場合によっては、敵対サーヴァントとの戦いもあり得るだろう。

 その際は万全でなければならない。疲弊した状態での接敵、そのまま戦闘など無謀極まりない。

「そうなると、一晩明かす必要があるか。人形騎士やサーヴァントは霊体化できるけど、僕とレオは無理だから……」

「近くに森があるが、今どんな状況か見ることは不可能だ。普段なら良い場所なんだけど。休息を取れる場所かどうかは、君たちがその眼で判断してくれ」

 マーリンの千里眼で見通せない、この時代の異質の中心部と断定される空間。

 その内部は、全てが敵陣であると考えた方が良い。

 何処に敵の目があるかも分からず、何時襲撃されてもおかしくはない。

 黒竜王側のサーヴァントに、アサシンクラスがいる可能性もあり得る。

 休息の際は、十分に注意が必要か。

「それで、君は帰還手段も求めていたね。休息時の警戒や、出先での案内役も兼ねて用意したよ」

 マーリンが次の話題を切り出すと、呼応するようにローブが揺れる。

 マーリン自身によるものではない。動きの主は、ローブを飛び出してマーリンの前に降り立った。

「――フォウ!」

「……」

 それは、リスともウサギとも、猫ともつかない小動物だった。

 白いふわふわの毛に覆われた獣は、奇妙な鳴き声を上げる。

 幻想種……だろうか?

「……これは?」

「キャスパリーグ。私の使い魔さ。私には及ばないが、分体のようなものだ。ある程度の魔術の使用はコイツに任せるといい」

 キャスパリーグ……その名前はアーサー王伝説に存在する。

 だが、決してマーリンの使い魔ではなく、ブリテンを脅かす怪物であった筈だ。

 それを討ったのは、ケイともアーサー王とも言われている。

 まさか、このような小さな獣であったとは……。

「……」

「……」

「……セイバー?」

「……メルト?」

 ふと気付けば、メルトとアルテラがキャスパリーグをじっと見つめていた。

 その眼差しは尋常なものではない。一体何を――

「フォウ?」

「……文明に因らず、文明に利さぬ獣、か。良い、私の寵愛に値する」

「まるでぬいぐるみね。ねえ、私のモノにならない?」

「フォ!? フォ、フォ―――ウッ!」

 次の瞬間、フォウと鳴く不思議な生き物は二人の手に掛かった。

 わしゃわしゃ。そんな擬音が相応しい様子に、ただただ唖然とする。

 人を超常する二人に抵抗空しくもみくちゃにされ、キャスパリーグは多分抗議の声を上げるが、当の二人は一切意に介さない。

 その場の面々が驚愕を隠せず、ただアルトリアだけが、的外れに笑う。

「ふふ、人気者ですねキャスパリーグは。これなら向こうへ行っても仲良く出来そうです」

 かくいう僕も、衝撃は大きかった。

 どうやら目の前の珍生物は、メルトのツボを捉えたものだったらしい。

 フィギュアをはじめとした小さいモノを好むメルトだが、この小動物ももれなく対象だったということか。

「……まあ、なんだ。弄るのは勝手だが、殺さないでくれ。ソイツがいないと、君たちを向こうから戻せないからね」

「え? どういう……」

「帰り道を担当するのはキャスパリーグということさ。無論、異質地帯の外へ出ないと転移は出来ない」

 転移は魔術の中でも、かなり特異かつ難度の高いものだ。

 霊子世界のように、理屈が成立していれば出来るというものでもない。

 それが単独で可能というということは、存外キャスパリーグの力も高いのか。

 意外だが、頼りになる。或いは、僕たちの気配遮断も任せられるか。

 内部からの転移が出来ないのは仕方ない。咄嗟の判断で使うこと不可能か。こればっかりはどうにか外にまで出るしかない。

「もしもの際は人形騎士を囮にでもして逃げてくれ。耐久に秀でているから、時間稼ぎには使えるだろう」

「……すまないが、そういうことだ。非常時の帰還手段とはいかなかった」

「いや、構わない。十分だ。ありがとう、二人とも」

 マーリンとアグラヴェインの用意は、信頼できるものだった。

 後はこれらをどう使うか――それは、僕が考えなければならないこと。

 一人も欠けず、良い成果を出せるよう、励まなければ。

「それじゃあ――――行こう」

 出発の時だ。

 薄暗い世界に、ようやく太陽が顔を見せ始める。

 解決には至らなくとも、少なからず手掛かりを得て、解決への一歩にしなければ。

「では、始めるよ」

 マーリンが魔術を紡ぐ。

 僕たちの時代には失われた遺物。マナに満ちた世界でこそ通用する、神秘の再現。

 転移、或いは置換魔術。

 否――この時代に通常に生きる人々が幾ら足掻いても届かぬ奇跡の域は、或いは魔法と呼ぶのかもしれない。

 一般的に知られるマーリンは、偉大なる魔法使いなれば。

「私が預かるわ。貴女はセイバーらしく剣を持っていなさい」

「マスターより指示(オーダー)は出ていない。この腕は今、剣を持つ理由はなく、しかしその……ふわふわを抱えることを求めている。大人しく退くことだ」

「……何よ、やるの?」

「……退かぬとあれば、やるしかあるまい」

「…………フォーウ」

「あの、二人とも。頼むから喧嘩しないで……」

 ……どうも、先行きが不安だ。

 キャスパリーグの懐抱権を賭けて仲間割れが起きないことを祈るばかりだ。

「さあ、跳ぶよ。キャスパリーグ、皆をよろしく」

 魔術が成立する。

 僕たちがこの場に在ることを異質とし、正しい場所へと送るように、神秘が動く。

 その一瞬と一瞬の間、視界が切り替わる寸前。

「――じゃ、ね」

 無意識だろうか。

 ブーディカがそんな声を漏らした気がした。

 

 

 マーリンが見通せない場所は、何ら変化が起きている訳でもなく、異界に入り込んだ気配もなかった。

 まったく同じ世界が広がっているばかり。

 竜牙兵に溢れている訳でもなく、ワイバーンが空を統べていることもない。

 キャメロットの周りのように、草原を風が抜けていく心地よい場所だった。

 ともかく、キャスパリーグに気配遮断の魔術を掛けてもらいながら、慎重に歩き――結局誰に会うこともなく、日は暮れた。

 人形騎士たちは姿を消しつつも、付いてきている。

 どうやら周囲の警戒も行っているらしい。本当に優秀だ。

「さて。じゃあ、この辺りで休もっか」

「そうですね。暗くなってから移動するのは危険が過ぎる」

 マーリンに教えられた森を通り、およそ二時間。

 少し開けた場所に出たところで、ブーディカが提案した。

「ミス黄崎、すみませんが、椅子を出してもらって良いですか? そうですね……あれが良いです、生徒会の時の」

『私雑用じゃないんだけど』

「おや。生徒会での貴女の役職は雑務だった筈ですが……」

『だから今は違うってば……というか、椅子をそっちに送るなんて」

「出来ますよね。でなければ、食料やらをキャメロットから持ってこないなんてあり得ない」

 ……まあ、そう気付くのも当然か。

 僕たちを時代への上書きによって世界に存在させているのと同じように、霊子世界の物資を此方に送ることは可能だ。

 やり過ぎると時代への干渉が強くなるため多用は出来ないが、食料くらいなら構わないだろう――そう考えての策は、見事レオに悪用されることが決定した。

 ぶつぶつと文句を言いつつ、しかし迅速に白羽は懐かしい椅子を出現させた。

「はは、懐かしい。埃一つ被ってませんね」

「それはそうでしょ。わざわざそう作らない限り古くなんてならないもの」

 椅子に腰かけて感嘆するレオに、キャスパリーグを抱えたメルトが得意気に言う。

 ――ちなみに、キャスパリーグは一時間おきにメルトとアルテラの腕の中を行き来している。

 そういう条件で互いに譲歩したようだが、抱かれる獣に拒否権はないらしく、最早諦めたキャスパリーグは何も言わず術式を紡ぐだけのぬいぐるみと化していた。

「メルトリリス。一時間経った。キャスパリーグを渡せ」

「まだ二十分と経ってないわよ」

「セイバー、メルトさんの言う通りです。時間は守りなさい」

「む、ぅ……レオ、時間は文明か? 破壊、破壊しなければ……」

「文明ではなく自然法則ですよ。破壊してはいけません」

「……ぐぬぬ」

 何やら物騒なことを呟いたアルテラだが、レオに窘められる。

 一体このやり取りは何度目か。この流れも三人の板についてきた。

「……賑やかだな。これ程の野宿は経験したことがない」

「そう? 戦いの前は賑やかに、だよ。まあ……あたしも晩年はそんな余裕なかったけどさ」

 メルトとアルテラの様子を見ながら苦笑するジークフリート。

 戦いに生きた彼は、生前こういう経験はなかったのだろう。

「シラハ、ゴハン作るから、食材とか送ってもらえる?」

『了解。何作るの?』

「ガレット。得意料理なんだ」

 送られた平鍋と食材を見て満足するように頷いてからブーディカは調理の準備を始める。

「……ん? ハクト、どうかした?」

「いや、随分手慣れているなと思って」

「あはは。一応、子供や旦那に料理振る舞ってた頃もあったし。大したことないけど、昔取った何とやらってね」

 ……そうか。

 その結末がどうあれ、ブーディカは二児の母であった。

 家庭的であるのは当然なのだろう。

「よし、準備オッケー。あたしの腕の見せ所ね」

 その手際に、ジークフリートも見入っている。

 用意している量はかなり多めだ。

 大したことはないと言っているが、これでも問題ない辺りその技量は確かなものだ。

 ガレットは、作った生地を休ませる時間も含め、キャスパリーグがメルトからアルテラ、またメルトの腕に戻る頃には焼きあがった。

「さ、召し上がれ。特にレオとハクトはたくさん食べなきゃ」

「――いただきます」

 一時休戦。

 アルテラとメルトは一旦キャスパリーグを解放し、食事に移る。

 ブーディカはガレットを小皿に分け、更に次を焼き始める。

「美味しいですね。味わったことはないですが、何処か親しみを感じます」

「うん、美味しい。ほら、メルトも」

「ええ」

 小さく分けてメルトの口にも運ぶ。

 神経障害により、指先をうまく使えないメルトと何年もいれば、必然的に日常となることだ。

「……」

 好奇の目で見られることも、比較的慣れている。

 が、普段と違うのはアルテラの視線。

 此方をじっと見つめること十秒あまり。

 やがてアルテラは自分の皿をレオに渡して(おしつけて)言った。

「レオ、私もあれをやってみたい」

「セイバーは一人で食べていたじゃないですか。必要がないでしょう」

「……わ、私はあの行為の良し悪しを確かめねばならない。故にこそ、レオが私にあれをすることは果たされるべき義務だ」

「何時からですか……」

 嘆息して、レオは食器を受け取る。

 レオのこうした献身(本意ではないだろうが)は、彼の性格を知っていれば知っているほど驚愕できる。

 まあ、この会っていない十年で変化があったのかもしれないが、僕が知るレオからすれば考えられない。

 レオに差し出されたガレットに、やはり無表情のままアルテラはかぶりつく。

「……悪くない。破壊するには値しない」

 一体何を破壊しようと思っていたのだろうか。

 ともかく、この行為はよく分からないアルテラの採点に合格したらしい。

「……」

 ジークフリートは何も言わず、咀嚼と嚥下を繰り返す。

 その表情からは何も読み取れない。

 まあ、しっかり完食している辺り、悪い感想を持っている訳ではないだろう。

 ――こうして、初めての野宿の夜は吹けていく。

 それは、明日の戦いに向けての、小さな宴だった。




旅のお供、キャスパリーグです。
見事二人魅了の餌食になりました。
逆に食べればHPやATKが上がります、多分。

……ところで、ガレットってフランス料理じゃないんです?


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第八節『森に狂気と笑顔はありて』

一章十話前後とかほざいてましたが普通に無理です。


 

 

「――――ん」

 ――ふと、目が覚めた。

 慣れない場所だ。少々寝難さから、目覚めたのはまだ暗い頃だった。

 パチパチという焚火の音は寝る前から、絶えず鳴り続けているようだ。

「あれ? どしたのハクト?」

「……いや、少し目が覚めた」

 火の番はジークフリートとブーディカが担当してくれるとのことだが、現在はブーディカの時間らしい。

 ジークフリートは用意された椅子に腰掛け、静かに目を閉じている。

 対してブーディカは薪を片手に、微笑んで此方を見ていた。

「ま、分からなくもないかな。野宿は初めてでしょ? 大体の人は寝付けないって」

 苦笑するブーディカ。

 経験談によるものだろうか。もしかすると、彼女の統率していた兵たちの話かもしれない。

「例外はいるみたいだけど……ね」

 視線を移すと、そこにはメルトとアルテラが眠っていた。

 先ほどまでの諍いが嘘のように、向き合って寝転がっている。

 普段のメルトからすれば、信じられないことだ。

 メルトは出会って数日の人物と打ち解けられるような性格ではない。

 それに例外を作ったのは、やはり二人の間で眠る小動物が原因だろう。

「……フゥゥ」

 やはり何処か、普通と違う寝息を立てるキャスパリーグは、観念したように二人の腕の中に納まっている。

 眠る前にキャスパリーグがどちらに抱かれるかという、一触即発の戦いがあったのは言うまでもない。

 結果として、レオが提示した妥協案がこれだ。

 当然不満を並べた二人だが、結局こういう形で収束した。

 ……にしても、気配遮断の術式を紡ぎながら眠るとは、器用な動物である。

「案外仲良くなれるかもね」

「キャスパリーグが常にいれば、だけど。多分二人の相性は悪いと思うな」

「確かに。メルトって仲良い人、いるの?」

「……」

 ――さて、どうだろうか。

 姉妹であるリップ、アルターエゴらとの相性など言うまでもない。

 共闘こそあれど、基本的に相容れない関係だ。

 BBや桜とも、仲が良いという訳でもない。

 強いて言えば……

「二人、かな」

「あ、いるにはいるんだ。きっと凄く良い人なんだろうね」

 良い人、か。

 そうかもしれない。

 どちらも、自己中心的の極みにあるような存在だが、メルトの友人と言える二人だろう。

「まあ、良い人だよ。……結構厄介だけど」

「……苦労してそうだね」

 はは、と苦笑しつつ、ブーディカは火に薪を放り込む。

「……マスターが君らで良かった。万が一にも、敵側じゃなくて」

「え?」

「君らがあたしを召喚したおかげで、こうしてこの国を守る立場になれた。ありがとね」

 ブーディカは藪から棒に、そんなことを言い出した。

 マスター――正しい意味ではないが、召喚者というならば合っている。

「いや。召喚に応じてくれたのはブーディカだ。此方こそ、ありがとう」

 力が必要とは言っても、強要は出来ない。

 いや――出来なくはないが、生憎、それを出来る性格ではない。

 だから、この異変を解決せんとする意思を持った英霊を喚んだ。

 死した後の要請に応じてくれたブーディカにこそ、感謝するべきなのだ。当然、彼女だけでなく、立ち上がった英霊やマスターたちにも、だが。

「こっちこそ――と、はは、ループになるね。でも、本当に感謝してる。復讐者なんてものに祀り上げられたあたしを許容してくれる、君たちの心の広さに」

「……祀り上げられた……?」

「そ。正しいあたしは“人”に属す英霊。だけど、復讐心に歪んだあたしは違う。本当のブーディカじゃなくて、怒りを糧に彷徨う悪霊が信仰されたブーディカの贋作みたいなものなの」

 ブーディカは晩年、ローマへの怨念から血塗られた復讐鬼と化した。

 その復讐は果たされることなく、無念のままにブーディカは散る。

 後年、英国では憎悪のままに戦車を駆るブーディカの亡霊を見たという噂が後を絶たなかったという。

 アヴェンジャーとして召喚されたブーディカは、その伝承が英霊化したものなのか。

 即ち――。

「……“地”の英霊」

「正解。ブーディカの堕ちた最期だけを全部にした伝説の上で走り続けた悪鬼。だから、あたしが救国に立てるのは奇跡を超えた奇跡なの」

 ――――英霊は、その出典や成り立ちから三つの属性に分けられる。

 一つ、“人”。歴史の上に実在した、人類史を創り上げてきた英霊たち。

 レオと契約したアルテラや敵方のシャルルマーニュなどが該当する。

 一つ、“地”。文化の内に発生した、人に語り継がれてきた英霊たち。

 神話や叙事詩、物語の中の英雄だ。

 円卓の騎士はこの属性の筆頭とも言える勇者たちであると言えよう。

 一つ、“天”。文明の外で俯瞰する、天上の存在から成った英霊たち。

 該当するのは女神(ハイ・サーヴァント)や神性を持つ英霊など少数だ。区分で言えば、女神を内に秘めたメルトもこれに該当する。

 ブーディカは、間違いなく実在した女王であり、“人”でなければならない英霊だ。

 だというのに、“地”の英霊として召喚された異質。それは、ブーディカ自身が一番理解している。

 しかし、それでも――その悪鬼の身で、この国(ブリタニア)を救えるなら、それ以上はないと。

復讐者(あたし)が、皆とゴハンを食べて、笑ってられる。英霊の役割で言えば本末転倒だけど、あたしにはそれが嬉しくてしょうがないんだ」

 まるで子供のようだ、と照れ笑いを浮かべるブーディカ。

 本来の『ブーディカ』は、彼女にとって実感のない記憶のようなものなのだろう。

 そんな、復讐心しか知らない筈の自分(ブーディカ)が、人並みに笑えるのは奇跡だとブーディカは言う。

 あり得ない感情であっても、ブーディカにそれが芽生えたことは――僕は、とても好いことだと思う。

 こうして、皆の為に笑うことが出来る姿こそ、在るべきブーディカであるのだろうから。

「――」

『……ぁ、ぇ? この反応……』

 ブーディカが目の色を突如変えて数秒、仮眠を取っていた白羽が目覚める。

「白羽? 何が……」

「サーヴァントだ。敵かどうかは分からんが」

 目を閉じていたジークフリートも、何時の間にか目を開きブーディカと同じ方向を見ていた。

『数は、一……空間内の観測範囲外なのに……』

「この距離なら殺気を放てば嫌でも気付く。相手がどうして分かったのかという疑問はあるが」

 この空間内に入ってから、ムーンセルからの観測範囲が狭くなっている。

 サーヴァントがいるのはその外らしい。

「……どうする?」

「行くしかないでしょう。どうせこっちに向けた殺気なら、この距離で戦いを避けるのは難しいわ」

「……メルト」

 メルトとアルテラも目覚めていた。

 レオとキャスパリーグも、尋常ならざる雰囲気を感じ取ったらしい。

「フォウ! フォウ!」

「喚くなキャスパリーグ。私が傍にある限り、お前は脅かされるどころか危険に寄り付かれもしない」

「――セイバー。キャスパリーグを此方に。何時でも剣を振るえるようにしていてください」

「……むぅ。分かった。頼むぞレオ」

 瞬時に状況を理解したレオがアルテラに命じる。

 敵方にもサーヴァントがいることは、既にわかっている。

 殺気を放っている以上、この反応が敵である可能性が高い。

 キャスパリーグが隠蔽の魔術を解くと同時に焚火を鎮火させる。

 一時の休憩は終わった。

「白羽、距離は?」

『一キロ、強……。森の中での接触になる、けど……』

「……まだ朝弱いんですか、ミス黄崎」

『否定はしない、けど……一応、まだ夜だし』

 目覚めて数分。白羽が本調子に戻るのは随分先だ。

 まあ、最低限のオペレートをしてくれれば問題ない。

 夜明けにはまだ早いが、出立だ。

 

 

 隠蔽の魔術を解けば、僕たちは森に迷い込んだ旅人と変わらない。

 夜は獣の時間。こんな時間の迷い人など、格好の獲物だろう。

 此方の存在を察知した獣を何度か撃退し、間もなくサーヴァントと接触する。

「……これは」

 血の臭い。

 僕でも分かるほどに濃密なそれは、サーヴァントの方向から漂ってくる。

 相変わらず、殺気は此方に向けられている。

 一体何が起きているのか。戦闘が発生している訳ではないようだが――

「――見えた」

 先程休んでいた場所のように、少し開けた場所に、そのサーヴァントは立っていた。

「おう、早いな。てっきり朝まで寝てるかと思ったが」

 小さな歓喜を含んだ、挑発的な第一声。

 数匹の獣の死骸。血溜まりの中に立つ男。

 筋肉隆々たる浅黒い肉体はどこもかしこも深い傷に抉られている。

 両の腕を鎖で繋ぐ異相。

 この森の獣たちと同じ、獰猛な瞳。

「よく言う。あれほどの殺気を向けておきながらおちおち休んでいる訳にもいくまい」

「お? そうか? 別に寝てるなら取って食いもしねえ。待ってるつもりだったが……」

 積極的に戦うようなことはない、ということだろうか。

 そう考えたのは一瞬だった。

 絶対に違うと、その瞳を見れば否が応にも理解できる。

「何故、僕らに気付いたのです?」

 レオの問いに、サーヴァントは肩を竦めて答える。

「火の臭いには敏くてな。小細工を弄していたみたいだが、こちとら英霊だ。嫌でも感じ取れる臭いはある」

 凶暴性を隠さない笑み。

 血に濡れたその姿は、周囲の残骸も相まってひたすらに猟奇的だ。

「で、待ってる間こいつらが襲ってきたから始末して、待ちがてら焼いて喰おうとしたんだが……お前らも喰うか?」

「は?」

 明らかに此方を誘うべく、殺気を放っていた者の言葉とは思えない。

 ごく自然に、男は提案してきた。

「……食べるの? これ」

「あ? いや……そりゃ、喰うだろ。腹減って、喰えるものが傍に転がってんだから。ゲテモノだろうと美味いモノは多いぜ。例えばアレだ、竜」

「ッ!? 竜を食したのか……?」

 驚愕は誰しもが持ったものだが、特に言葉に出したのはジークフリートだった。

 当然だろう。彼が生前、竜に最も縁深かった。

 竜殺したるジークフリートならば、見逃せる話ではないのかもしれない。

「死に際に一回だけだがな。まあ、俺にとって竜は厄ネタだし、二度と会いたくもないが」

 ……豪胆な英雄もいるものだ。

 口ぶりから察するに、死の間際、災難の要因となった竜で最後の食事と洒落込んだらしい。

 如何に、竜を前にして死ぬことがあっても、それを食べようとは思わない。

 英雄特有の感覚というものなのだろうか。

「それで、其方の要件は?」

「そりゃ戦いだろ。怪しいモン全部殺せばいい。間違ってるか?」

「……もしかして君、バーサーカー?」

「おうよ。もしかしなくてもバーサーカーだ。大して理性も飛んでねえがな」

 なんともバーサーカーらしい結論だ。

 ……その結論から言うと、僕たちも殺すべき対象のようだ。

「……待ってくれ。僕たちは――」

 事情を話す。

 バーサーカーながら理性のあるサーヴァントならば、理解は出来よう。

 戦うべき存在は別にある。

 僕たちはそれを払うために、此処にいると。

「――そうか。じゃあ、お前らに付いていけと?」

「ああ。力を貸してほしい」

 この時代の異変を解決すべく召喚に応じたならば、協力してほしい。

「……悪いな。先約がある。だからテメエらを呼んだってのもあるが」

「ッ――」

「昨日英霊の二人組に声を掛けられてな。先についた義理をふいにするほど薄情でもねえ。諦めて死んでくれや」

 ――遅かった。

 二人組の英霊……恐らくはシャルルマーニュとクリームヒルトによって、既に黒竜王側についていたのだ。

「……事件の元凶はその英霊側です。それでも、其方につくのですか?」

「ああ。正直なところな、世界の危機なんざどうでも良い。喧嘩が出来りゃあな」

 そしてこの瞬間、サーヴァントの目は完全に此方を獲物として定めた。

 ジークフリートが、ブーディカが、アルテラが、メルトが、警戒から戦闘態勢に移る。

 全員が見据える中、サーヴァントは持っていたナニかを投げ捨てようとして――

「――ストップ!」

 メルトがそれを制止した。

「あ?」

「貴方……持っているそれは?」

 何に注目しているのか。

 確かに気付いてはいたが、暗くてよく見えなかった。

 てっきり獣の臓腑か何かだと思っていたのだが……メルトは何故か、それを捉えた。

「これか? さっき転がってるのを見つけてな。使い魔か魔道具の類だろ。欲しけりゃくれてやるよ」

 サーヴァントが放り投げてきた“それ”を、メルトが受け止める。

 覗き込むと、それは――

「……え?」

「……ハクトさん、ですか?」

 ……どういう感想を持てば分からないが。

 微妙にデフォルメされて縮小した、僕らしき人形だった。

「お、よく見りゃお前さんじゃねえか。なんだ、お前の使い魔か? 何つうか、容姿は悪くねえが趣味が悪いな」

「いや、覚えがないんだけど」

 しかし、まったく無関係とは思えない。

 他人の空似という可能性もなくはないが……そもそも、そんなものが何故こんなところにあるのだろうか。

『……確かに、大したものじゃないけど、魔力を感じるね。使い魔にしては微弱すぎるし……なんだろこれ』

「何でもいいわ。それよりこれ、本当に貰って良いのよね? 撤回は効かないわよ?」

「お、おう……?」

 あまりに剣幕に、男も一歩後じさる。

「最高よ。素晴らしいわ。一年……いえ、五年に一度の傑作。どうかしら、ハク!」

「え、あー……うん。いや、でもそれ」

「きっと日本最高の造形師の仕業に違いないわ。アルター? アルターかしら!? まさか新作発表会で未公開のサプライズ製品!?」

「メル」

「多少デフォルメされてるけど、十分許容範囲。何よりモデルがハクなのが気に入ったわ。アルターでないなら、今すぐ製作会社を調べないと。贔屓にしてあげる。なんならスポンサーになっても良いわ。こんな事件の最中に、こんな出会いがあるなんて! ああ、もう――!」

「メ」

いい笑顔(グッドスマイル)! 何度でも言うわ! ――いい笑顔(グッドスマイル)ッ!!」

 夜の森に響き渡る、探求者(マニア)の叫び。

 事件の中に居てもお構いなしに、メルトの趣味嗜好は発揮される。

 人形をこよなく愛する性質は、この場の誰もが茫然とするものだった。

「……趣味を見つけたのですね、メルトさん」

「いや、レオ。あの時からずっとこうだったよ」

 これから殺し合いを始める空気とは思えない。

 呆れ果てながら、敵サーヴァントは溜息を吐く。

「なあ、始めていいか……?」

 いつしかサーヴァントは両手それぞれに剣を握り込み、戦闘態勢を作っていた。

「あら、もう少しこれを見ていたいのだけど。邪魔しないでもらえる?」

「お前そっちのが重要なのな!?」

「メルト。今は自重して。強敵だ」

 メルトを諭すと、暫く逡巡した後、渋々と頷いた。

 ……真面目にすべき時は真面目になってくれないものか。

 人形を抱えたまま、メルトは脚具を纏う。

 まさかこのまま戦うつもりか。いや、脚による攻撃を重視するメルトならあまり問題はないとは思うが。

「まあ、良い。触れるだけで折れちまいそうな細腕だが、こちとら容赦はしねえぞ」

 サーヴァントの数だけでも四対一。

 敵サーヴァントの不利は明らかだが、それでも退く様子は見られない。

 それほどに自信があるか、或いはそれでも構わないという戦闘狂(バトルジャンキー)か。

「どれだけ数がいようが関係ねえ。このフルンディングとネイリングの錆になりなァ!」

 自ら明かした二つの剣の名は、真名に辿り着くのに十分な材料だった。

 ジークフリートと同じく竜殺し(ドラゴンスレイヤー)として名を轟かす、最古の英文学叙事詩に記された英雄。

 そうか。彼ならば理性を持ちながらも、バーサーカーに該当しよう。

 何故なら彼の名前そのものが、ベルセルク(狂戦士)を由来としているのだから。

「ベオウルフ……!」

「ご名答だ伊達男! 精々一振りで死ぬんじゃねえぞ!」

 二本の剣を振りかざし、狂戦士の英霊は吼える。

 怪物グレンデルや名もなき火竜を打ち倒した英雄ベオウルフ。

 この時代二度目のサーヴァント戦が、ここに幕開ける。




ベオウルフ、そして謎のハク人形の登場です。
どうでもいいアイテムではなく、GO編におけるキーアイテムになるような気もします。
決してここでいい笑顔ネタが書きたくなったので出した訳ではありません。ありません。

ブーディカについて掘り下げに加えて、属性についてもちょろっと解説しました。
FGOには隠しステータスとしてこれら三つの属性があり、
“人”は“天”に強く、
“天”は“地”に強く、
“地”は“人”に強いという相性があります。
クラス相性ほどではありませんがダメージ補正が掛かっているので、強敵との戦いで意識すると少し楽になるかもしれません。


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第九節『白亜の丘』

ヴラドが欲しいがためにメルトのための貯蓄石を崩し過ぎたマスターは私です。


 

 

 ベオウルフの戦い方は、恐ろしいものだった。

 力任せに見えてその双剣は冷静に振るわれている。

 遮蔽物が多く、複数での戦いに向いていない戦場とは言え、それぞれに冷静に対処出来ているのは恐ろしい。

 剣戟は百、二百と次々に積み上げられていく。

 しかしながら、アルテラの戦い方はベオウルフにとって対処しづらいものだろう。

 何せ、その剣の性質は見たことがない。

 三色の光が束ねられて刀身を形成した剣は、鞭のようにしなりベオウルフを幾度も襲う。

 四つの絶え間ない攻撃を単身で対応し、十分あまり。

 遂に戦況は動く。

「――――なっ」

 攻撃の雨が止んだ。

 ジークフリートが僅かに動きを鈍らせた。

 偶然にもその二つが一瞬に重なり、隙を生んだ。

 その隙を正確に突くのも、ベオウルフが生粋の英雄たる所以か。

 ジークフリートに叩き込まれる棍棒が如き剣。

 ベオウルフが『ネイリング』と呼んだそれが、力の限り叩き込まれる。

 例え彼でも、ただでは済まない。そう思ったが、砕ける音はジークフリートからのものではなかった。

「……そうか。その一振りがネイリングとあらば是非もあるまい。竜殺したるお前の剣は竜に通じないのだったな」

「……テメエ」

 粉々に砕けていくネイリング。

 ジークフリートは無傷。剣だけが砕け、その一撃は終了した。

「お前に対して、俺の相性は悪いのだろうが、剣は別だ。俺にその剣は通用しない」

「……竜鎧の剣士。そうか、テメエ同業者(ドラゴンスレイヤー)だったか!」

 曰く、ネイリングは名もなき火竜との戦いにおいて、ベオウルフの膂力と竜鱗の防御力により砕けたという。

 対して、ジークフリートは邪竜ファフニール討伐の折、その血を背中を除く全身に浴びた。

 全身は竜の如く硬質化し、名剣をも通さない生身の鎧となった。

 竜の属性を持つジークフリートは同じく竜殺したるベオウルフとの相性は悪い。

 しかし、竜に通じなかった武器は、サーヴァントの武具となった今も通じない。

「でも――まさか剣が折れただけで終わりって訳じゃないんでしょ?」

 ブーディカを始めとして、剣の紛失で油断する者は誰一人いない。

「おうよ。だがフルンディング一本で相手ってのは中々キツイものがある、な……」

 そして、信頼する剣が失われたとて、ベオウルフも怯みはしない。

 言葉とは裏腹に、その獣の如き笑みはより深くなる。

「良いぜ。剣が通じねえなら通じねえなりの戦い方がある。力入れろよ英雄共。精々その体、砕き潰されねえようにな」

 言いつつも、ベオウルフはもう片方の剣――フルンディングも手放した。

 それは決して、降伏ではない。

 寧ろそれは、「剣を手放すべき」という判断による、全力の証明。

 何しろ、剣が通用しなかった火竜を仕留めたのは、代わりとなる槍でも弓でもない。

「――メルト!」

「ッ!」

 踏み込み。後退。

 一手遅れたメルトに迫るベオウルフ。

 術式――間に合わない。

 ベオウルフが生涯頼りとした究極の武器は、肉体そのもの。

 ありとあらゆる闘争の源流たる素手での格闘――!

「おらあ――!」

 メルトでは、一撃耐えることもままならない拳。

 ここで終わり――一瞬、そんな諦観を抱いた。

 なんと愚かなことか。幾度サーヴァントと戦ってきたと思っている。相手は強力なれど、匹敵するほどの英霊との戦闘回数は決して少なくない。

 その身の耐久力が平均より劣っていることなど、メルト自身が一番理解しているのだ。

「……チッ」

 激突音はない。

 メルトの眼前で、拳は停止している。

 張られた水の膜は鋼鉄の盾よりも堅く担い手を護り、衝撃さえも通さない。

 『さよならアルブレヒト』。

 これまで何度も危機を脱するために使われてきた、メルトの低い耐久力を補う万全の防御。

「ふっ――!」

「ッ、甘ぇ!」

 初撃を受け止め、すぐさまメルトは反撃に転じる。

 ベオウルフが身を反らしたのは、天性の直感によるものか。

 蹴りに対して素早く退避し、周囲のサーヴァントの追撃を警戒しながら迎撃態勢を取るベオウルフ。

 だが、更に攻めることなくメルトは笑みを浮かべる。

「ハク、掠ったわ」

「……そうか」

 それは、メルトの勝利宣言だった。

 聖杯戦争やCCCの際とは違う。今のメルトには、彼女を“アルターエゴ”たらしめるスキルが備わっている。

 ランクにしてEX。id_esと呼ばれる、アルタ―エゴに属する者だけが持つチートスキル。

「――! テメエ、何打ち込んだ!」

「あら、気付くのが早いわね。たいていはもう少し浸食してから気付くのだけど」

「……レオ、メルトリリスは何をしたのだ」

「――なるほど。そういえば、いつか聞いた覚えが。記憶が正しければ、メルトさんの真骨頂ですよ」

 スキル、メルトウイルス。

 打ち込まれたが最後、浸食は止まらず宿主を溶かす(どく)

 たった一撃ならば時間は掛かろうが、それでも決定的に状況を動かし、絶対優位を確定するのがメルトリリスという存在だ。

 たとえ大英雄でも、その進行を止めることは出来ない。

 これが毒状態に該当するならば、毒に絶対的な耐性を持った英霊ならば或いは防ぐことが出来るだろう。

 しかしベオウルフにそのような逸話はない。ウイルスは止まらず、彼を侵し続ける。

「やっぱり、月から出れば速度も落ちるわね。少し調整が必要かしら」

「何だか知らねえが……本体(テメエ)を殺せば止まるだろ。とっとと終わらせりゃあ何も問題はねえ」

「単純な結論ね。間違ってはいないけど、もう少し気品は出せないの?」

「こりゃあ失礼。何分こちとら年若い頃の姿で現界しててな。ジジイで、更にセイバー辺りで召喚されてりゃあそれなりに落ち着きもしただろうが」

 ウイルスは即効性はなく、存在の中枢を侵すまで自由は続く。

 如何に一撃当てたとは言え、一切油断は出来ない。

「さあ、続きだ。覚悟――」

 気にすることなく、ベオウルフは戦いを続行しようとする。

 しかし、獲物を捉え踏み込むことなく――その表情を変化させた。

「……悪ぃ、此処までだ。どうやら今回の王様に蛮勇はないらしい」

「何……?」

 構えが解かれる。

 未だ全員に警戒をしながらも、ベオウルフは肩を竦めた。

「戻ってこい、だとさ。まだ会ったこともねえのに俺が味方についたことは分かるらしい。どんなカラクリがあるんだか」

「撤退するということか?」

「おうよ。嬢ちゃん、テメエが何かを仕込んだってんなら、手遅れになる前に礼参りをする。まあどいつが相手でも良いが……次は最初から全力だ。後腐れないよう、存分に殴り合おうぜ」

 その言葉を最後に、ベオウルフは姿を消した。

 しかし、霊体化とは違う。

 瞬間的に感じられた、高密度な魔力。これは――

「……令呪?」

『近いものなのは確かだよ。多量の魔力による空間転移、サーヴァントが単独で出来ることかな……?』

 恐らく、向かった先はカムラン。

 黒竜王がいるとされる、敵の本拠地だ。

 これ程の魔力を遠距離から操れる存在……もしかすると、相手には極めて強力なキャスターがいるのだろうか。

 黒竜王自身がキャスターという可能性が最も高い。

 そこまで強大な英霊ならば、時代一つを脅かす災厄も或いは可能かもしれない。

「早めに発った方が良いか。道を変え、迂回すべきだな」

「キャスパリーグ、何処か良い経路はある?」

「フォウ、キュウ!」

 この場が知られた以上、残っているのは悪手だ。

 キャスパリーグはブーディカの問いに肯定の鳴き声を上げる。

 まだ夜明けは遠いが、出発だ。万全に休めたとは言い難いが、仕方ない。

「よし、行こう。頼んだよ、キャスパリーグ」

「フォーウ!」

「その前に、レオ。キャスパリーグを此方に……」

「フォーウ……」

「またですか、セイバー……メルトさん、良いのですか?」

「良いわ。私にはコレがあるし」

 ……方や、キャスパリーグ。方や、謎の人形。

 敵サーヴァントとの戦いを終えた後も、彼女たちには妙に緊張感がなかった。

 

 

 その後、僅かな休憩も交えて、その日の太陽が傾き始めた頃。

 想定していた道とは外れつつも、カムランの丘と呼ばれる場所に辿り着いた。

 敵の本拠地というからには、守りは万全であると踏んでいたが――

「……まさか」

 その驚愕は、誰しものものだった。

 丘――で、あったものに存在する遺物。

 それは明らかに見覚えがあり、ここに在ってはならないものだった。

 失われることのない輝き。その清らかさを証明する白亜。

「……キャメロット?」

 紛れもなくそれは、キャメロット。

 あの場所にしかあることを許されない、アーサー王の居城。

 そして、それを中心として広がる城下街。

 そこに、有る筈のない都市があった。

「偽物か。よっぽど王様とやらは性質が悪いみたいだね」

 ブーディカは、静かに怒りを露にする。

 自身の後にある英霊の城を模倣されたこと、決して赦せることではないのだろう。

 黒竜王は、諸侯を纏め上げ、事実上のブリテンの王となっているらしい。

 この国の象徴でもあるだろうキャメロットを自らの城として建設することで、王たらしめているのだ。

「どうする。人形騎士を斥候として送るか」

「目立ちすぎる。隠密行動に長けた騎士があれば良かったんだけど……」

 人形騎士はそれぞれ剣士、弓兵、槍兵だ。

 そして、此方のサーヴァントはセイバーが二人にアヴェンジャー。

 メルトも隠密行動を出来る存在ではない。

 アルトリアにつく英霊にアサシンクラスがいないことは、やはり手痛い。

 キャスパリーグの視界妨害はマーリンには及ばない。動けば効力は落ちるし、街に入れば敏い英霊には気付かれよう。

「……この街自体に危険はないとは思いますが、内部はもう敵陣地だ。どうするべきか……」

 街には、防壁一つない。

 さながら迷い人全てを受け入れ、そして出て行くも自由であるような。

『――皆、何かの反応が近付いてきてる。数は一……あまり大きな反応じゃないけど』

「ッ」

 キャスパリーグの魔術は、変わらず機能している。

 だというのに、見えてきた人影は真っ直ぐ此方へ向かってくる。

 英霊ではない。

 姿を目視できる場所まで歩いてきたそれは、重厚な鎧を纏った騎士だった。

「……」

 その姿には、覚えがある。

 今僕たちが連れている、人形騎士そのものだ。

 この時代のオーソドックスな鎧なのかもしれないが、どうにも、妙なものを感じる。

「――貴方たちが、騎士王の側にある勇士殿ですかな」

 騎士は、抑揚のない機械的な声を発した。

「……」

 どう、答えたものか。

 この場で戦闘になる可能性は十分に考えられる。

 一人ならば容易く片付けられようが、街は近い。援軍はすぐにやってくるだろう。

 考えているうちに、再び騎士は声を出す。

「我らが黒竜王がお待ちです。どうぞ、白亜のキャメロットへ」

「待っている……?」

「騎士王を助く正義の勇士、貴方たちを城までお連れするよう、黒竜王は命ぜられました。私も、黒竜王も、戦う意思はありません」

 黒竜王に僕たちのことが知れていた――それは、予想していたことだ。

 ベオウルフだけでなく、シャルルマーニュやクリームヒルトとも接触しているのだから。

 だが、戦うつもりもなく、待っているとは。

「……行きましょう、ハクトさん。どの道ここで立ち往生している訳にもいきません」

「……そう、だね。白羽、周囲の警戒をよろしく」

『了解。気を付けて、皆』

 この騎士には、魔術が効いていない。

 超常の存在であることは明らかで、黒竜王はそれらを束ね超越する存在だということ。

 謁見する機会があるならば、それに越したことはない。

 だが、相手が紛れもない敵であるならば――街に入った途端に襲撃ということも考えられる。

 常に魔力を体中に巡らせ、不測の事態に対応できるように。

 サーヴァントたちも剣を持ち、警戒態勢で歩く。

「……少しよろしいですか。何故貴方は、僕たちの姿が分かったのです」

 レオの問いに、詰まる様子も見せず淡々と騎士は答える。

「我ら白亜の民に、魔術は通じません。常に潔白で、誠実たれという黒竜王が与えたもうた願望(ギフト)がありますので」

「ギフト……」

 恐らくそれは、黒竜王による祝福の類。

 宝具か、スキルか。対魔力とは似て非なる、魔術を打ち破る手段か。

 敵と考えると、非常に危険だ。魔術による補助が出来ないことは、場合によっては深刻な事態に繋がる。

 この街の民全てに、それが掛かっているともなれば、尚更黒竜王は恐ろしい。

 そんな王が統べる都市に、今、一歩足を踏み入れ――

「――――え?」

 ――次の瞬間、何かが変わった。

 空気でも、温度でもない。もっと気付きやすいが、あまりにも自然に感じた。

 上空を見る。傾いていた筈の太陽は、中天にあった。

 どういう理屈か。レオも、メルトも、サーヴァントも、驚きを隠せない。

 そして、その太陽の下、街は賑わっていた。

 大人が、子供が、老人が、等しく笑う、まるで理想都市。

 流石に剣を持った異人は不思議なのか、好奇の視線が集まるが――しかし、警戒には至らない。

 此方の無害を信じるように、傍を歩いていく者もいる。

 正直なところ、予想外が過ぎた。

 戦闘は決して避けられないものだと思っていたのだが……

「間もなく王城です。そこからは、あのお方が引き継ぎます」

「あのお方……?」

 近付いてきた王城。

 その扉の前に立つ、一人の騎士。

『――――ッ! 何この反応!? 超級のサーヴァント……!』

 姿が見えなくとも、白羽の驚愕は伝わってきた。

『――、城内部にも、強大な反応複数! それに、一つ……何、これ……?』

「……白羽?」

 白羽の様子は、明らかに異常だ。

 城内部には当然、サーヴァントがいよう。

 或いは、シャルルマーニュやクリームヒルト、ベオウルフもいる可能性がある。

 しかし、それらとは違う。白羽の反応はそれらと比較しても規格外が過ぎるものを見たようだった。

 そして――その理由の一つは、すぐわかった。

「ッ!」

「……ま、さか」

 門衛の如く屹立する、白銀の騎士。

 息を呑んだのは、レオだった。

 此方が驚愕に立ち止まると、向こうから歩み寄ってくる。

 圧倒的な魔力。通常のサーヴァントだというのに、その力はA級サーヴァントが三人揃っても攻め切れる保証はない。

 その根拠も、実質も、全て知っていた。

 かつて敵として、味方として、幾度となくその武勇を見てきたのだから。

「ようこそいらっしゃいました。我らが白亜の都へ」

 騎士は一礼し、小さく微笑む。

 見違える筈もないが、声を以て確信へと至る。

 何故――何故、彼が、彼方側にいるというのか。

 

「――私はガウェイン。王命を受け、今一度ブリテンに立った騎士の一人にございます」




ベオウルフとの戦闘はカット。一行はカムランに辿り着きました。
また、ガウェインと邂逅。此度は黒竜王側の英霊となります。

EXTRA編、CCC編と長らく使用禁止だったメルトウイルスですが、GO編ではしっかりと所有しています。
本来のチート具合が猛威を振るうかもしれませんし、振るわないかもしれません。


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第十節『ヴォーティガーン』

書きたいところ、そうでもないところや、書きやすいところ、書きにくいところでこれくらいの執筆速度の差はあります。
今回は「書きたいところ」に当たりました。


 

 

 名乗らずとも、その英霊の真名は知っていた。

 円卓の騎士ガウェイン。

 日輪の下において無双を誇ったとされる、聖者の数字を背負うアーサー王の片腕。

 ――かつて、レオが召喚し、最大限の信頼を置いていたサーヴァントである。

 何ということか。

 まさか彼が、僕たちと敵対する勢力に存在するなど。

「勇士殿。どうかお名前をお聞かせ願いますか。然る後、我らが王のもとへお連れします」

 ガウェインは、此方に最大限の礼儀を見せている。

 それが虚偽である筈もない。

 そもそも、彼は僕たちを敵視していない。

 此方がそれぞれ警戒態勢を取り、武装をしているにも関わらず、ガウェインは己の聖剣を引き抜きもしない。

 それでも、隙は一切ない。

 加えて空には太陽が輝いている。例え全員で今攻撃を仕掛けたとしても、通用することはあるまい。

「……紫藤 白斗」

「メルトリリス、よ」

「ジークフリートだ」

「ブーディカ……よろしく」

 ともかく、名前を告げる。

 サーヴァントの二人も、クラスではなくその真名を告げた。

 それは、英雄としてのガウェインへの礼なのかもしれない。

「……貴方たちは、名乗ってくださらないのですか?」

 ただ、レオは押し黙っていた。

 レオの後に名乗るのだろうアルテラも、怪訝そうにレオを見つめている。

 認められないのも、無理はない。

 こうした出会いは、レオは決して求めていない筈だ。

 数秒、視線を下げ苦々しげに歯を食いしばっていたレオは、やがて表情を平時に戻し、ガウェインに向き直る。

「……失礼、ガウェイン卿。僕はレオナルド・(ビスタリオ)・ハーウェイ。どうぞ、レオと」

「私はセイバー――アルテラ。レオを守るサーヴァントだ」

「これは奇遇な。私のクラスもセイバーです。ともあれ……ありがとうございます。レオ……何故でしょうね。覚えのない名ですが、何やら只ならぬ、感じるものがある」

 召喚された英霊は、次の召喚の際に記憶は受け継がれない。

 それでも強く霊基に残った記憶は例外足り得る可能性があるというが……しかし、ガウェインは気にしていない。

 あの時のガウェインと彼は紛れもなく同一人物ではあるが、決して、レオのサーヴァントではないのだ。

「いや、些事でしょう。それでは、どうぞ王城へ」

 ガウェインは先導するように、城へと入っていく。

 この時代の災厄の原因たる黒竜王。

 それと対面するとなると、危険はこの時代に来てから最大級のものとなるだろう。

 警戒は決して解かず、城へ一歩足を踏み入れる。

 すると――街の喧騒が嘘であったように、静まり返った。

 違う世界に入ったという訳でも、魔術による業という訳でもない。

 この城そのものが、そういうように出来ているのだろう。

 身体に支障はない。戦闘は問題なく可能だ。

 静寂の空間を、カツカツと足音だけが響く。

 城の造りは、正しいキャメロットと全く同じだ。

 似せたというより同じものが二つ存在するような、完璧なレプリカ。

 通されたのは、玉座の間ではなく、あのキャメロットでも入ったことがない部屋。

 ガウェインが扉を開くと、広がっていたのは、淡い光に包まれた空間だった。

「やあガウェイン卿。その者たちかい?」

「ええ。王は何処に?」

「すぐに来るさ。君たちを見ていたようだったからね」

 そこにあったのは、大きな円卓。

 そして等間隔に置かれた椅子に座る五人。全てが、掛け値なしの英霊だ。

 二人、見覚えがあった。

 シャルルマーニュと、ベオウルフ。

 クリームヒルトは見当たらない。何処かで、別行動をしているのだろうか。

 そして、初めて見る英霊が二人。

「歓迎しよう、勇士たち。おお――見目麗しい女性が三人も、と来た。これは素晴らしいことじゃないか」

 一人、長い金髪の男性。

 白い軽鎧に身を包み、屈託のない笑みを浮かべている。

 そして、その隣に座る男性。

 長髪の男性に決して劣らぬ、絶世の美男子。

 泣き黒子が調和させる完璧な顔つきは、戦場の華と呼ぶに相応し――

「……何かしら。魅了(チャーム)だなんて、大した挑発じゃない」

「ッ」

「む……これは失礼。なりふり構わずという訳ではないのだが、相手を選べぬもので……俺にはどうすることも出来ん」

 若干の不愉快さを込めたメルトの言葉に、その騎士は萎縮する。

 女を魅了する泣き黒子の騎士……それだけで、十分に真名は割り出せる。

 そして、隣に座る金髪の騎士が彼の生前の知己であるのだとすれば、彼の真名にも検討が付くが……。

「まったく、対魔力の備えをしてきてよかったわ。ハク、効いてないから別に庇わなくて結構よ」

「え……? ……あっ……」

 ……どうやら、無意識のうちにメルトの視界に騎士を入れぬよう立ち位置を変えていたらしい。

 一瞬、何を焦ったのか。呪いに対する防備はメルトも持っている。心配することもないではないか。

「アルテラもセイバーだから対魔力はあるし、あたしもちょっとした守りがある……気にすることはないよ、騎士さん」

 警戒を続けながらも――ブーディカは騎士に言う。

 呆気に取られていた騎士だが、その表情を変えたのは金髪の男性の哄笑だった。

「ははははははは! 凄いじゃないかディルムッド! ここは君が悩むことのない理想郷だ! 誰の婚約者を奪うこともなく自由に相手を選べるぞ!」

「あ、いや……それは……その……」

「冗談だ。ブラックジョークというやつさ。いやなに、私も嬉しいのだ。信頼する君の悩みが払拭された環境で、ここに二人召喚を受けたという事実がね」

 その会話で、確信する。

 彼らの真名はフィン・マックールとディルムッド・オディナ。

 ケルト神話におけるフィオナ騎士団の長と一番槍にして、騎士団の瓦解の原因となった二人だ。

 エリンの王女グラニアを巡る諍いは、フィンが青年の姿で召喚された影響か――大きな(しがらみ)となってはいないようだが、少なくともディルムッドからは言いようのない気まずさが感じられる。

「王が来る。軽口は控えよエリンの騎士」

 ガウェインは二人を諫めつつ、自身に与えられたのだろう椅子に座る。

 そして、沈黙が暫く続き。

 やがて僕たちが入ってきた扉とは反対の、奥の扉が開かれた。

「――――――――!!」

 瞬間、空気が変貌した。

 息が詰まる。

 恐怖ではない。歓喜でもない。そんな俗的なものでは計れない。

 思い出したのは、いつか出会った神格。

 あの女神たちとよく似た、規格外さ。

「王よ、遠方よりの勇士殿をお連れいたしました」

「――――ご苦労だったな、ガウェイン」

 ガウェインは、強力極まりないサーヴァントだ。

 日輪の加護の下であれば、数ある英霊の中でも最上位に位置すると言っても過言ではないだろう。

 だが――それさえ、霞んで見えた。

 白銀の流麗な鎧と青藍のマント、そして、竜を模した兜。

 その挙止動作一つ一つが、凄まじい圧を伴っていた。

 正面の椅子に座り、“王”と呼ばれる英霊はガウェインを労う。

「勇士よ、よくぞ参った。私は黒竜王(ヴォーティガーン)。ブリテンに巣食う腫瘍を探しているのであれば、それは私だろう」

 黒竜王(ヴォーティガーン)、サーヴァントは、そう名乗った。

 その名と姿は、正反対だ。

 ヴォーティガーン――ブリテンを暗黒に堕とした白き竜の化身。

 黒竜の名を冠するにはあまりにも神々しい姿だった。

 僕の知る英霊とは、規模が違う。

 確信する。これは、今ここにいる僕たちが総力で掛かっても、決して勝ち得ない存在だ。

「――、」

 言葉を絞り出す。

 このまま黙っていては、何もかもが分からないままだ。

「……何故、こんなことを?」

「こんなこと、か。万物を平等に見る月の民ならば、そう審判しような」

「月の、民……?」

 怪訝な声は、ガウェインのもの。

 しかし黒竜王は、目を向けることなく言葉を続ける。

「然り、私は世界にして悪だろう。故に人にして善に立つ。そう在らねばならない。私は召喚を受けた折、その役目を負った」

 世界にして悪、人にして善。

 意味は判然としていないが、その言葉の真意は。

「……この時代を――未来を壊すことが、善に繋がるのか?」

「未来は崩れない。それは私が確約する。しかし……そうだな、お前たちのあるべき正しい時より過去は全て、無為なものになるだろう」

 それは、人類史の否定だった。

 人がここまで積み上げてきたもの、英雄たちが築いてきた軌跡。

 全てが消失すると、黒竜王は言い切った。

「認められまい。認められまいよ。そうでなければならない。お前たちは私と敵対するのは、絶対なのだ」

「それは……何故?」

「お前たちが人であるがゆえに。月の民も、かの時代を生きる者であれば同じこと。此度の偉業は、人が否定しなければならぬ業だ」

 王は――それを人にとっての善だと言う。

 王は――しかし、人が否定しなければならないと言う。

 繋がらない。この王が何をしようとしているのか。

 否、そもそも、この王もまたサーヴァントだというのなら。

「……貴方、マスターはいるの? 今回の黒幕がそれって言うなら、誰? 何によって召喚されてるの?」

 メルトの疑問が、必然となる。

 サーヴァントにはマスターが必要だ。此度のような例外であっても、英霊を呼び出す大本が必要だ。

 事件の解決に立つ者たちにとってのそれがムーンセルであるように、黒竜王たちにも、それが必須となる。

「私に、それを答える自由はない。ただ立った場所が終末であるならば、私は己が力を以て、民を――国を、救うまで」

 分からない。

 未来が視えなくなったことに、間違いなくこの王は関与している。

 だというのに、その目的は救済にある。

 どちらかが、黒竜王の上に立つ者による強要ならば、説明はつく。

 だがその存在が未だ不透明な以上、今あるパーツでは噛み合わない。

「そのために集ったのが、我が円卓の騎士。三名が此処に不在だが、八人の英霊に私は席を与えた」

 彼らが集まる円卓には、三つの空席があった。

 一つは、恐らくクリームヒルトのもの。

 他の二つにも、該当する英霊がいるのだろう。

 そしてそれは――今も、この時代の何処かで黒竜王のために動いていると。

「私は、この時代を破壊せねばならない。楔は後一つ。それを打ち砕けば、お前たちは敗北する」

「――――楔……まさか」

 

 

「幼きアーサー王。未熟の過ぎる小娘だが、この時代に無くてはならぬ最後の欠片よ」

 

 

 アーサー王の抹殺。彼女は、このブリテンの鍵であり、必要不可欠な存在だ。

 彼女がいなくなれば、この時代は意味を失い、崩壊する。

 文字通り、無かったことになる。

 そして、一つの時代が消えれば連鎖的に他の時代にも罅が広がり、やがては――――

「――ガウェイン。貴方は良いのですか。かつての王に、剣を向けるなど」

 小さく憤るのは、レオだった。

 認めることは出来ないだろう。彼は、アーサー王に絶対の忠誠を誓った騎士だ。

 よもやそんな存在が、アーサー王を殺す側に立つなどと。

「……私は、今の王に仕えるのみ。余計な口出しは無用のものです」

 ガウェインの心は動かない。アーサー王を斬ることを迷っていない。

「貴方は――っ! そんなことを認める騎士ではない! ガウェイン! 貴方はアーサー王に全てを捧げた騎士でしょう! それが――」

「――知った口を叩くな、異邦の魔術師。貴様に私を語られる筋合いはない。それとも、意地を通すか。陽射しの下の我が聖剣、その矮小な身にはさぞ堪えよう」

「ッ……」

 語気を荒げ、ガウェインはレオを否定した。

 彼の意思は絶対だ。

 どうあっても、今の彼の王は、目の前の白銀の王なのだ。

「怒りを収めよ、ガウェイン。此度の貴卿は妙に血の気が多いな。意固地になっているようにも見えるが」

「はっ……! そのようなことは、決してなく」

「まあ、良い。私は卿を否定しないし、信頼する。然るべき時に、我が剣であれば、残りはどうあろうと卿の自由だ」

 彼ら、この時代に現れた円卓の騎士たちは、アーサー王を――アルトリアを狙っている。

 どうやら、敵対は避けられない。

 その目的はどうあれ、僕たちが此方側にある以上は。

「……さて。危険を承知で我が領地に入り込んできた者を無下にはせん。去るがいい」

「今剣は抜かないのか。その霊基、俺たちを一掃して余りあるだろう」

 黒竜王の言葉は、意外だった。

 敵対は絶対的だ。

 この場で戦うことも、十分承知だったのだが。

 ジークフリートの言う通りだ。しかも、この場にいる英霊は黒竜王だけではない。

 僕たちが、今この場で全力で抵抗しようと歯牙にもかけないだろう。

「既にこの日、振るわれるべき聖剣は振るわれた。お前たちを手に掛けることはない。それに――早急に戻らねば、手遅れになるぞ」

「え……?」

 全身に寒気が走る。

 淡々と言う黒竜王が、否な予感をより加速させる。

「……白羽、城は」

『わ、分からない。向こうに観測できる人が、誰も……』

 ――――まさか。

「獅子身中……いや、やはり騎士王に与したか。まったく……何処までも、王に忠実な奴よ」

「王……よもや」

「あ奴はそういう男だ。しかし、最早長くない者の話。卿は気にせずとも良い」

「ッ――皆!」

 部屋を飛び出す。誰も、追ってくる者はいない。

 先程通ってきた道を辿り、城の外に出る。

 街は、相変わらず晴天だ。

 だが、これは何らかの虚像に過ぎない。

 走る。走る。街の外へ一歩出た瞬間、視界は夜になった。

「キャスパリーグ! 最短で転移できる場所まで案内して!」

「フォーウ!」

「待ってハクト! 周りを……!」

 分かっている。黒竜王の言葉とは裏腹に、周囲は敵を帰さぬ用意で溢れていた。

 視界の悪い夜でも分かる。

 無数の竜牙兵。無数のワイバーン。それだけではない。

 岩の巨人であるゴーレム、複数の魔獣を組み合わせたキメラなどが犇めく、地獄が広がっていた。

「黒竜王が嘘を言わないなら、これは別人が仕組んだってことだけど……」

「間違いないだろう。……悪逆の主は、あそこにいる」

 ジークフリートが指す正面。

 僕たちの道を塞ぐように、仮面の女性は立っている。

「この魔物たちが仮令誰の指揮下に置かれていようと、奴に付き纏う呪いを前に狂わされよう。あの時も、或いはそれを利用して操っていたのかもしれん」

 ジークフリートが、握り込む聖剣の黄昏を放出する。

 応えるように、クリームヒルトもまた、魔と化した大剣の闇を拡大させる。

「Siiii……」

「一刻も早く、城に戻らねばならん。このまま正面を蹴散らし、突破するぞ」

「……ああ。人形騎士は――」

「後方に展開、前方は走りながらあたしたちが。そして彼女は……君がでしょ、ジークフリート」

「……それで構わない。行くぞ」

 此方に気付いた竜牙兵が、金切声を上げる。

 それが号令になったように、周囲の兵も反応し、魔獣たちも気付き始める。

『百や二百じゃない……ずっと戦闘続きになるよ? 気を付けて』

「白羽も……ランクの違うエネミー反応があったら教えてくれ」

『了解――敵サーヴァント、来るよ!』

「Sieeeeeeeeeeeeeeeeeeee――――――――!!」

 咆哮の直後、鏡合わせの大剣がぶつかり合う。

 ジークフリートが大きく弾き、活路を拓く。

「――行くぞ!」

 人外の魔物たちを押しのけて、走り抜ける。

 何が起きているかは不明だが、間違いなく異常が発生している、正しきキャメロットへ向けて。




黒竜王との謁見、そして撤退。クリームヒルトとの再戦です。
黒竜王には謎が多いでしょうが、それはおいおい。
レオと敵対するガウェイン。どうにも、新鮮ですね。


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第十一節『霧煙る民の歌』

EXTRAの制服がFGOに実装されて舞い上がってるマスターは私です。
この調子でCCCの旧制服、そしてアルターエゴ実装をお願いします。


 

 

 これだけの量の敵を相手にするのは、これまでそうそうない事態だった。

 竜牙兵だけならばともかく、その他の比率が多すぎる。

 特にキメラは数こそ少ないもののワイバーンを遥かに勝る強敵だ。

 一体二体なら、メルトだけでも十分どうにかなる。

 だがそれに加えて四方から来るエネミーが、あまりにも厄介。

 ジークフリートはクリームヒルトの相手に掛かり切りになっている。

 メルト、ブーディカ、アルテラ。正面は三人でどうにかするしかない。

 人形騎士は、その役割を全うしてくれている。

 走る僕たちに追いつきつつ、後方からの敵を漏らすことなく仕留め、手の空いた騎士は前方の支援までしてくれる程だ。

 流石にキメラは対処が効かず、サーヴァントの誰かが動くしかないが、それでも現状問題は少ない。

 強いて言えば――

「おおぉッ!」

「ッ――――!」

 ジークフリートとクリームヒルト。

 大雑把な動きのバーサーカーの大剣は、必然的に周囲に被害を齎す。

 既に、彼女の剣で大破した竜牙兵は何十にも上るだろうし、不運にも首を両断されたワイバーンも目撃している。

 或いは、彼女にエネミーを操っている自覚はないのかもしれない。

 クリームヒルトはただひたすらに、目を塞ぎ耳を閉じて妄執に狂うのみ。

 その復讐心が大剣を魔の属性に堕とし、黒く染まった真エーテルは自然と滲み出て更に周囲を侵していく。

「ああ、もう! 次から次へと鬱陶しいわね!」

 際限ない敵の波に、メルトの苛立ちはつのる。

 ……それでも、決してその腕の人形を手離すつもりはないようだ。余程気に入ったらしい。

「セイバー! またゴーレムが――今度は二体です!」

「分かっている。あの程度では、私は止められない」

 一方でアルテラは、既に戦闘モードに入り、その剣を不規則に振るっている。

 機動力に秀でたメルトが跳躍によりワイバーンを貫き、攻撃力に秀でたアルテラがより堅固なゴーレムを粉砕する。

 そして二人が取り溢した前方の敵を殲滅するは――

「行くよ! 前方空けて――――約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)!」

 真名解放を伴った、剣の一振り。

 これまで単発で放たれていた魔力の塊。

 しかし今回は違う。多数を一度に解き放ち、嵐の如く前方の敵に襲い掛かる。

 それぞれが、敵を正確に狙ったものではない。

 一つが外れても、他が何かに当たれば良い。そんな乱射によって、前方が大きく開いた。

「皆、今のうちに!」

 聖杯戦争とは違う。

 マスターがいないゆえに、サーヴァントたちはマスターを気遣うことなく戦える。

 一度で大きな魔力を消費する宝具の解放も、ブーディカのそれは既に四度目だ。

 ブーディカほど数は使用していないが同様に対軍に秀でたアルテラの宝具も併用しながら、随分と走った。

 エネミーは尽きることを知らない。

 人形騎士は半数が失われ、ほんの少しずつだが――対処が遅れ始める。

 それというのも、クリームヒルトが大きな要因になっている。

 敵味方構わず薙ぎ払われる大剣の何と驚異的なことか。

 竜牙兵やゴーレムだけではない。人形騎士も数体、彼女によって破壊されていた。

 ジークフリートが攻めきれないのは、常に移動しながらの戦いであるがためだ。

 問題なく追従は出来ているが、その分クリームヒルトを押し切る一歩が足りない。

「――クリームヒルト。今度こそ、お前を……」

 いや、違う。

 先日の戦いと同じだ。

 ジークフリートが狙っているのは、クリームヒルトの顔を覆う仮面。

 絶え間なく動き回るバーサーカーを相手に、自身もまた走りながらの絶技の披露。

 その聖剣はクリームヒルトを決して斬ることなく、二人を隔てているそれだけを狙い。

 そして、その行動を察したレオがアルテラに指示し、周囲の敵を殲滅する。

 ほんの少し、敵の波に間が空いた。

「今です! ジークフリート!」

「すまない、許せ――――!」

 一閃。今度こそ振り抜かれた大剣は、顔を傷つけることなく面だけを正確に弾き飛ばした。

「ッ、……ぁ……!」

 気にせず反撃を試みるクリームヒルトだが、その双眸が対峙する男を捉え、停止する。

「…………ジー、ク?」

 妄執から生まれていた狂気が、消えていく。

 黒い熱が冷め、人生を狂わせた呪いが目を瞑る。

「……ああ」

「本、当に……? ジーク……ジーク、なの?」

「ああ。色々とすまなかったな、クリームヒルト」

「……そう。そう、なの……」

 互いが名を呼び合う。

 暫く見つめ合っていた二人だが、やがてクリームヒルトの瞳が此方に向けられる。

「その方たちは……いえ、言わずとも分かります。それよりも、まずは逃げましょう――最早わたくしの狂気に従うこともありません。わたくし共々、敵として扱われましょう」

 彼女は、既に敵対心はない。

 陰謀によって引き裂かれた二人の再会は、淡泊なものだった。

 だが、それが彼ららしさなのだろう。

「――ちょっと待って。君の統制から外れたなら……なんで襲ってこないの?」

「え……? あ、あれ……?」

 そういえば。

 エネミーたちは、近距離にまで迫っていながら、誰一人襲撃してこない。

『これ……囲まれてる。そんな知能、ある筈ないのに……』

 際限なく、知性なく獣の如く襲い掛かってきたエネミーたちが、此方を囲むように動いていた。

 クリームヒルトの統率によるものではない。

 ならば、これは。

 

「――姫さん。よもやそっちにつく訳じゃあるまいな?」

 

「……シャルルマーニュ」

 先程も見た白い礼服姿。

 男は唐突に、視界に現れた。

『まさか……!? またこの転移!?』

「おうよ。ベオウルフ辺りのを見ていたか。下手な宮廷魔術師など及びも付かない仕掛けがあってな」

 聖域王シャルルマーニュ。

 彼の手には、得物である光剣が握り込まれている。

 改めて問うまでもない。彼は戦闘態勢だ。

「で、姫さん、どうなんだ? 黒竜王は寛容だがオレとしては、不穏の芽は摘んでおきたい。目を開いたアンタは、どうする?」

 シャルルマーニュが提案した選択肢。

 彼はまだ、クリームヒルトへの慈悲を残している。

 ……それでも、彼女は躊躇わなかった。

 首を横に振り、虚ろさの残る瞳を()()()()味方に向ける。

「シャルルマーニュ。偉大なる王。わたくし程度の、終わった復讐に尚も妄執した女を、よもや仲間として連れ戻そうと思わないでくださいませ。ハーゲン亡きこの世界、最早わたくしが夫に――ジークに敵対するなどあり得ませぬ」

「……いや、胸糞悪い展開だ。騎士道の権化に従ってみれば、この別離か。悪く思うな、オレは此方を正義と見た。その者たちへの宣言も、此処に果たさせてもらう」

 ――――「次にオレたちが会う時は殺し合い」。

 確かに、彼はそう言っていた。

 黒竜王は見逃しても、その騎士たちの行動までは制限しない。そういうことか。

 或いは、シャルルマーニュ一人だけ来たのは、その宣言だけを例外として、黒竜王は重く見たのかもしれない。

 どの道、戦いは避けられない。だが、戦況は確実に此方が不利だ。

 相手がサーヴァント一人ならばまだ良い。

 シャルルマーニュは強力な英霊だろうが、匹敵する英霊が此方にも複数いる。

 だが、周囲のエネミーに気を配るとなると話は別。更に、一刻も早くキャメロットに戻らなければならない状況でもある。

 どうする。味方が一人増えても、シャルルマーニュを抑えつつこの包囲網を突破するのは困難極まるが……。

「――ジーク、皆様、どうぞ成すべきことを成してください。わたくしクリームヒルト、至らぬ身なれど時間稼ぎは致しましょう」

「ッ……」

 数秒、決意を固めるような、間があった。

 怪訝、もしくは不服そうに、シャルルマーニュの眉間に皺が寄せられる。

「……感心しないな。それは犠牲ではない。ただの自滅だ。狂気なき姫さんじゃあ、この軍勢相手に数分と持つまいよ」

「ええ。それでも、無いよりマシです。騎士道に生きた王、よもや目の前の相手を残して逃亡者を追ったりはしませんでしょう?」

 挑戦。或いは挑発。

 クリームヒルトの笑みは、決して勝利を確信したものではない。

 ――自滅覚悟の、時間稼ぎ。

「……クリームヒルト、それは――」

「いけない。貴方はどうか正義を成して。ラインの呪いはわたくしが持ち帰ります。だから、完璧なジークフリートは……わたくしの信じた、正義の味方になって」

「……、――――」

 許容できまい。出来る筈がない。

 死後、サーヴァントとしての召喚という奇跡の上に、悲劇で引き裂かれた想い人との再会という更なる奇跡が重なった。

 だというのに、その直後に、またも死に別れるなどと、あってはならない。

「――貴方が、彼を喚んだマスターですね」

 だが、最早それで告げることは終わったとばかりに、クリームヒルトは視線を移した。

 その眼は虚ろに、だが確かに、此方を映している。

「口下手な夫を、よろしくお願いいたします。安心してください。彼がいる限り、貴方たちは負けません。夫は、最強の英雄ですから」

「あ……」

 高潔に、純粋に、クリームヒルトはジークフリートを信じていた。

 なれば二人の間に言葉も触れ合いも不要。そう、彼女は確信しているのだ。

「それから……エッツェル、よね?」

「……む?」

 次に目を向けたのは、アルテラだった。

 ニーベルンゲンの歌にて、ジークフリートを喪ったクリームヒルトが復讐のために婚姻を結んだ相手。

 叙事詩においてはエッツェルと呼ばれる彼女に対して、ジークフリートへとも、僕へとも違う笑みを浮かべて。

「わたくしは、貴女を利用した。でも、謝罪はまたの機会に。今は何より、目的を果たさせてくれた礼を言うわ。ありがとう、エッツェル」

 復讐の達成、その感謝を告げられたアルテラは、怪訝な表情を浮かべる。

 何故今そんなことを、というよりは、何のことだか分からないという表情だが、気にせずクリームヒルトはシャルルマーニュに向き直る。

「お待たせしました。やはり、言葉は荒くても紳士ですね」

「騎士道に生きた王、なんて言われてはな。其方が命を捨てるならオレも態度で受ける。先手は其方で構わないし、誰かが動くまで辺りの魔性たちも動かさんさ」

 華奢な女性が持つには、あまりにも大きく重量のある剣を構える。

 失礼ながら、分かってしまう。彼女では、シャルルマーニュに遠く及ばない。

 ほんの数分持てば良い方だ。その間に、エネミーを一点集中で蹴散らして行っても、殆ど先へは進めまい。

 無謀に過ぎる。他に、何か手がある筈だ。

 

「――うん。見てられないって」

 

 そして、まるでその手を――打開策を持っているような面持で、クリームヒルトに続いて前に出る者がいた。

 長い髪を揺らして、悠然と進み、クリームヒルトに手を伸ばし。

 その頭を、ポンポンと叩く。

「……え?」

「無理してるのがバレバレだよ。女の意地の張り処、強さの見せ処は他に幾らでもあるってのに」

「……ブーディカ、何を……」

「ん、このままじゃ皆助からないし、ここらが潮時と思っただけ」

 赤毛の女王は、困ったような笑みで、振り返った。

「大丈夫。あたし、こう見えて防戦は得意なんだ。辺りの魔物たちも纏めて、結構時間は稼げると思う。そこから先は……まあ、任せるよ」

 何でもないことのように、ブーディカは言う。

 理解できる。

 彼女は玉砕覚悟で、クリームヒルトと共に戦おうとしている。

 それは駄目だ、と頭の中で警鐘が響く。

 ここでブーディカを残せば、それが今生の別れになると、確信できた。

「……何か方法がある。きっと、全員生きて城に戻れる手段が――」

「ないよ。多分、ない。ハクト、君は優しいけど、心にもないことは言わない方が良い。メルトとか、レオみたいに、冷静に判断しないと」

 ……メルトと、レオ。

「……ええ。それが出来るなら、そうするべきよ」

「ハクトさん。目的を忘れないでください。ここで誰かを残してでも、僕たちは城に戻るべきです」

 苦渋ながらに、二人は選択していた。

 どちらか単体ならばまだしも、ブーディカとクリームヒルト、二人ならば撤退の時間が稼げると。

「それに、もしかしたら、どうにか全員倒して帰れるかもしれないよ? アンドラスタの加護が残っていれば。勝利の女王の名が、未だ確固たるものなら」

 彼女が、此方を勇気づけて、何の心配も持たせず送り出そうとしていることはすぐにわかった。

 こんな時にまで、ブーディカは自分以外のことを想っている。

 やはり、それは母のようで。

 今まで出会ってきたどんな英霊とも違うその性質が、ここで別れたくないと感じる最大の要因なのだ。

「……ブーディカ。妻を頼む。貴女という女傑に出会えたこと、嬉しく思う」

 ジークフリートもまた、その別れを肯定する。

 かつて――生前幾度も、このようなことがあったのかもしれない。

「任された。少しは、先の時代に生きた先輩らしいところ、見せないとね。っと、人形騎士も借りるよ。そうすれば、もっと稼げる時間が増える」

 最早、彼女の決意は変えられない。

 どれだけ僕が止めたいと思っても、それはあまりにも矮小な意思に過ぎない。

 なんと甘いことか。此度の事件こそ、時に非情であらねばならないというのに。

 そうあれと、ブーディカは告げる。

 ならば――僕の選択は、一つしかない。

「……二人に任せる。その間に、僕たちは少しでも戻るよ」

「それで良し。君たちが良い子で良かったよ。うん――きっと、この国を救って」

「……気概は良い。だが、オレはともかく魔物共はどうする。オレが手を出さん初撃でどうにか出来るというのか」

 その、残った問題点もまた、彼女たちが悩む素振りもない。

「ならばそちらをわたくしが。魔剣の一振り、ほんの一度ならば、真名も唱えられましょう」

「よし、なら追撃はあたしが止める。最後だし……少しくらい、アヴェンジャーらしいところを見せても許してくれるよね」

 二人が膨大な魔力を発露する。

 それ即ち、宝具の前兆。

 シャルルマーニュが剣を構える。

 どのようなものであれ、警戒しない訳にもいかないだろう。

「――じゃ、ね」

 ブーディカは最後まで笑っていた。

 掲げられた剣に集まるように、魔力を伴った風が吹く。

 それと並行して、クリームヒルトの持つ大剣から零れ出る真エーテルは勢いを増す。

「霧煙る民の歌は幕を下ろし。暗き夜は此処に明くる――」

「嵐の渦よ、女王に集え。具足よ、戦車よ、亡霊よ。我が招集に応え、怨嗟を吼えよ――」

 跳ね上がるクリームヒルト。

 その狙いは、道を遮るエネミーたち。

 担い手の秩序に応え、聖剣となり。担い手の混沌に応え、魔剣となる。

 悲劇に振り回された大剣は、クリームヒルトの手にあって魔の属性を得た。

 その真名解放は、黄昏ではなく。深い黒はやがて、もう一つの色を宿す。

 夜明けの閃光。暁がここに満ち、振り下ろされる。

「満ちよ――幻想大剣・黎明天昇(バルムンク)!」

 降り注ぐ夜明けの斬光は、退路を作るようにエネミーたちを呑み込んでいく。

 キメラも、ゴーレムも、ワイバーンも、等しく消滅する。まして竜牙兵などものの数ではない。

 今一度、道は開けた。

「走れ!」

 二人の英霊を置いて、全力をもって走る。

 穴を埋めるように襲ってくる筈のエネミーは、いない。

 ブーディカが起こす風は、強い追い風となり。しかしエネミーたちを襲うそれはブーディカに向かって引き寄せられるように吹いている。

「吹き荒れろ! 約束された嵐の女王(クイーン・オブ・ワイルドハント)!」

 振り向くことはない。

 その時間すら惜しい。

 解き放たれたる真名が如何な能力を持つものか、確かめることなく。

 段々と強くなっていく暴風に身を任せ、駆けていく。

 やがて風が収まった頃、既に周囲のエネミーは疎らとなっていた。

 その程度ならば、一人が欠けても十分に対処しつつ、走ることが出来る。

「――ッ、――ッ、――ッ!」

 限界を身体強化で引き延ばす。

 休むことなく、走ること数時間。

『皆! 範囲の外に出た! 転移して!』

「ッ、キャスパリーグ!」

「フォーウ!」

 乾き切った喉から、声を張り上げる。

 素早くキャスパリーグが、転移の魔術を紡ぐ。

 出立より数を減らし、ようやく帰還は叶う。

 身体が引っ張られ、次の瞬間には、この時代にある正しい白亜が目の前に広がっている。

 そう確信した直後、視界が移り変わり――――

 

「っ……、え?」

 

 

 抉り取られたように消えた上層部。

 力任せに打ち崩された門。

 変わり果てたキャメロットが、そこにあった。




クリームヒルトが味方に。そして一行からブーディカが外れました。
今回出た二つの宝具の詳細は、今回も章末にマトリクスを用意するのでそちらをどうぞ。
でもって、キャメロット崩壊。
何があったかは、次回となります。


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第十二節『騎士道の影はかく語りき』

EXTELLAが発売されました。
GO編において、新規設定による変更はあまりありません。
また、判明したムーンセルに関しての設定の反映は色々難しいところがあり、出来ない部分も多いと思います。

では、十二節です。
ハクの視点から外れた、少し前の時間のお話。
結構短めですが、どうぞ。


 

 

「――此度、卿には幾何かの自由を与える」

 

「だが、私は卿が何をするか想像がつくし、それを止める理由もない」

 

「行け。そなたは、そなたの信ずる王のために、動くがいい」

 

 

 

 

 寝覚めの悪さは、いつものことだった。

 何ら夢を見た訳ではない。

 ただ、目覚めの折に自らの無防備と無様を自覚してしまうのが、この上なく不快だった。

 睡眠は必須なものでもないのだが、仕事と仕事の合間を埋めるには丁度いい。

 よもや、死後ここまで暇の出来る場に召喚を受けるとは思わなかった。

 状況だけは、どうにも皮肉としか言えない地獄ではあるが。

「……」

 六世紀ブリテン。

 私が召喚を受けたのは、私が王に仕え始めた頃よりも何年か前だった。

 既に私は生まれている時代だが、この狂った世界には、もういない。

 黒竜王によって、この時代に生きる「円卓に座する筈の者」は悉く殺された。

 最早残るは王とサー・ケイのみ。

 今の王と面識があるかは定かではないが、(モルガン)も既にこの世には亡い。

 絢爛なりし騎士の国は、完成するより以前に、破綻していた。

 それが、黒竜王の選択。

 自身が選んだにせよ、何者かに強要されたにせよ、黒竜王の目的はブリテンの崩壊にある。

 そして、そのための楔は残りただ一つ。

 騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 王が討たれれば、この時代は崩壊するだろう。

 それを防ぐべく、救国に立つ英霊たちはこの城に集った。

 かつて――此処より未来、栄光歌う円卓に座す騎士たちを始めとした英霊。

 彼らはこの時代の腫瘍を祓うため、黒竜王を討つために現れた。

 中でも、異常を察知した未来のマスター――月からの使者が、現在黒竜王の本拠に向かっている。

 ムーンセル・オートマトン。生前の私ならば、あまりに荒唐無稽と笑い飛ばすことさえしなかっただろう。

 だが、こうして策を講じることが出来るというなら信じるほかない。

 事実、月を主軸にした英霊召喚により、この時代を救う英霊は喚ばれたのだ。

 曰くムーンセルとやらは、人類史の始まるより以前からこの星を観測していたらしい。

 ならば、このブリテンの始まりから滅びまでをも観測していたのだろう。

 月は何があろうとも、手を下すことはない。

 滅びも、開拓も、革命も、全てを見届けるのが月の役目だという。

 だというのに、月の使者がこの時代に現れたということは、この異変が例外中の例外だということだ。

 黒竜王がその異変の原因として、ブリテンを滅びに導いている。

 月の使者、並びに英霊たちの目的は、黒竜王の打倒。

 黒竜王は強力極まりない英霊だ。

 恐らく、我ら円卓全員が総力を結集しようとも、その剣技には及ばない。

 だが、月の使者たちの力もある今の状況ならば、或いは。

「よう。こんな時間に部屋に籠ってるなんて珍しいな。鉄のアグラヴェインとあろうものが呑気に昼寝か?」

「……王にいい加減休めと言われたのでな。一時間ほど睡眠を取っていた」

「……それ睡眠って言わねえよ。よくぶっ倒れねえよなお前」

 部屋を出てすぐ、モードレッドと鉢合わせた。

 生前――正史においては、王に反旗を翻しアーサー王の治世を終わらせた騎士。

 だが、此度の事件において、卿はブリテンを救う側に立った。

 自身以外がブリテンを侵すのは許せない。

 幼稚極まりないが、どんな理由だろうと敵に回るよりはいい。

 それに……何とも、相応しいではないか。

「ま、いいや。……なあ、アグラヴェイン」

「なんだ」

「アイツら、無事に帰って来るかな」

 モードレッドの口から出たのは、心配とも取れる言葉だった。

 彼らとの関わりはたった一日だが、彼らの技量を見てのことか。

 よもやモードレッドとあろう者が、情を持つとは思えないが。

「分からん。だが、彼らが戻ってこなければ状況は絶望的になるだろうな」

 特に間も空けず、深く考えもせずに答える。

 しかし、それは当然の結末だ。彼らが倒れるようなことがあれば、このブリテンに未来はあるまい。

「サラッと言うなぁ。なんか策を考えてるんじゃねえのかよ」

「……策、か」

 考えていることはある。

 それを伝えている者はたった一人。

 彼らでも、モードレッドでも、マーリンでも。

 そして、王でもない。

「想定外など、なければ良いがな」

「ん? なんか言ったか?」

「いや。ともかく、お前が気にすることではない。それで何が変わる訳でもあるまい。彼らが帰還するまで、大人しく待機しているがいい」

「そりゃ……それしか出来ねえんだろうけどよ」

 やはり、卿は不満げだ。

 堪え性がないというか、何というか。

 卿の素顔は、そう見たことはないが、少なくとも生前、私の前では卿は紛れもなく王の影だった。

 衆目の前や王の前では常に兜を外さず、しかし王の信頼を得て王が不在の折、代わりに執政を行っていたこともある。

 その性質が、人前で見せる冷静なものとは違うことは理解していたが、こうも幼稚なものだったとは。

 卿から視線を外す。城の外は、日が傾き始めていた。

「……壊れた時代とはいえ。随分と、淋しいものだ」

「……ああ。辺りに村の一つもない。そもそも、オレたちの知っているブリテンとどれだけズレてんだ」

 城の周りには、栄える村がない。

 王が未だ若かりし頃とはいえ、このようなことはなかった筈だ。

 そも――この間違いを知るのは円卓の英霊だけだろうが――この時代に、キャメロットがあるというのがおかしい。

 選定の剣を引き抜き、王となってまだ間もない。

 そんな時代には、この栄光の城など兆しさえなかった。

 とどのつまり私たちが召喚を受けた此処は、私たちの知らないブリテンだということだ。

 だが、私が考慮するべきことではない。

 どのような形でさえ、この国は私が仕えた王のブリテンであり、尽くすべき対象。

 故にこそ、私は私情を捨てて、事を成すのだ。

 全ては我が王のために。

「それは、貴公が考えるべきことか?」

「――まあ、そうだな。疑問なんて持つ必要はない。こんな形で呼ばれたんだ。オレらは騎士王に仕えるまでさ」

 ……そうだ。モードレッド卿でさえ、生きた王に対して真摯な忠義を示している。

 誰であろうと、円卓についた騎士がこの時代に呼ばれれば、己の形で王に仕えよう。

 ともすれば、私がすべきは確実に事を詰めていくことだろう。

 他の騎士らに比べ、目立つ武勇のなかった私に与えられた、王の副官としての役目。

 王のため、最小の犠牲で最大の成果を上げる。最悪を潰し最善を呼び込む。

 ――可能だ。

 彼らががいれば出来なかったことだが、円卓のみがキャメロットを守る今ならば、叶う。

 業腹だ。だが、これが最善と思うのだから仕方ない。

 この一件さえ上手く運べば、王にとっても最も好い結果となる。

 その結末を思えば――耐えられる確執だ。

「ッ――――アグラヴェインッ!!」

「…………」

 やや予期していた頃合いより早く、事は始まった。

 叫ぶモードレッド。問題はない。既に手は施してある。

 彼方より見える光は、この時代の厄災を決定的に動かそう。

 望むらくは、理想へ向けて。

 

 

 +

 

 

 ――――貴公は狂いながらも、冷静であったな。

 よもや召喚を受けて早々に、己の役割を見出し動くとは。

 それを咎めることはしなかった。

 寧ろ、その行動が良い方向に動くことを願う自分がいた。

 こと策謀において、私は彼以上に信頼している者はいなかった。

 常に私の望む成果を上げる彼がなければ、私の治世は数段厳しいものになっていただろう。

 あの国の影には、彼がなくてはならなかった。

 誰が欠けてもままならなかった国において、彼の役割は他とは別のところにあったと言っても良い。

 彼が、姉の傀儡として放たれた男であったことに気付いたのは、いつだったか。

 だが、それでも私は何をすることもなかった。

 無関心を装って――事実関心はなかったのだが――彼を信じた。

 それほどの男だったのだ。

 信頼せざるを得ないほどに忠義に篤く、真摯に仕えてくれた。

 故に私は、彼を補佐官に置いた。

 必ずや国を繁栄に導くと信頼を受け、貴公を傍に置けば何も問題はないと信頼をして。

 しかしそれは、ほんの些細な瑕疵によって崩れ去った。

 そう――――遠い記憶は、覚えている。

 既に実感すら遥か彼方にあるものだが、私はこれに間違いはないと確信した。

 彼を信じるべきだと、私の直感も働いた。

 何より、彼ならば、かの避け得ぬ未来に剣を突き立てることが出来よう。

 彼の言う通りに、私はことを動かした。

 これで良かったのか、という疑問は、不思議と湧いてこない。

 それ程までに、過去の私は彼を信じていたのか。

「…………」

 しかし、彼の申し出は意外だった。

 記憶は遠くとも、私に仕えた者たちが成してきたことくらいは覚えている。

 彼には、あの男と拭えない確執がある。或いはそれを抜きにするほどの事態であると、彼は判断したのか。

 どの道、其方の方が、あの男にとっても好ましかろう。

 これはあまりにも、人の身に対して過ぎた善による行いである。

 何者も、行き過ぎた善より相応の善の方が良い筈だ。

 成せることは成してきた。

 思うように動けぬ私は、せめてこのようにして、万事が上手くいくよう祈るしかない。

「――――あれか」

 街並みを映していた視界に、民以外の者が映る。

 サーヴァントと、人間と、それから――。

 なるほど。月よりの勇士は確かに、奇妙な存在だ。

 しかも、よもやあのような存在まで配下に治めていようとは。

 一人ひとりの能力としては、突出したものは見られない。

 全員、優秀な魔術師であり、大英雄なのだろう。

 此度の救済を止め得る存在かと言えば……それほどの力があるとは思えない。

 所詮は魔術師。所詮は英霊。所詮は観測者の域から出ていない。

 だが――――アレが傍にあるならば、或いは。

「……希望は見えたか。では、私も貴公の策の通り、動くとしよう。行くがいい、我が騎士」

 彼とは違う、真実理性を持たぬ騎士は、本当にこれを望むだろうか。

 彼の言葉の理屈は合う。

 騎士の裏切りを知る私より、裏切りを知らぬ■の方が仕えるに易かろう。

「城に入ったか。迎える仕度をせねばな」

 勇士たちには、出来る限り私の言葉を伝えねばなるまい。

 そろそろ刻限が訪れる。それまでに、全てを成し遂げ彼らをキャメロットに帰さなければ。

 騎士たちに円卓の任を与えた際に受けた条件の成就も果たすためには、多少の被害も出ようが。

 ――頭痛を覚えた。

 純粋にして醜悪なる歪曲は、微睡みの私にはあまりにも責め苦が過ぎた。

 この状態で成せる最善。最後の欠片を、此処に埋めるとしよう。

「では、始末は任せたぞ――アグラヴェイン。貴公は忠節の騎士であった。貴公が何を考えているか、分かっている。肯定はしないが、止めもしない。届かぬだろうが――大義である」

 誰よりも早く召喚に応じ、私の意思を酌み取った騎士。

 全てを察して、全てを計画し、騎士王の下に去った騎士。

 アグラヴェインがいたからこそ、私はこの後に絶望はない。

 故に私は希望をもって、聖剣を振るうとしよう。

「すまない。この為に振るうこと、許してほしい」

 見ているがいい、業深い救済者よ。

 今より私はキャメロットを打ち崩す。抵抗はここまでだが、足掻きがこれで終わると思うな。

 これは、貴様の執念への、黒竜王(ヴォーティガーン)からの唯一の褒美とするがいい。

 

 

「――――約束された勝利の剣(エクスカリバー)




アグラヴェイン、及び黒竜王の話でした。
色々と判明していない部分がありますが、答え合わせは近いうちに。
ただ、黒竜王のモノローグの通り、アグラヴェインは敵側によって召喚されたということになります。

次回は再びハク視点。一章も終盤に入ります。


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第十三節『トゥルーナイト』

一章も終盤な予感です。
今年中には終わりたいのですが、どうでしょうか。


 

 

 例えば相手が――黒竜王が此方の状況を知っていたとして。

 最もシンプルに絶望を与えるとしたら、これが正しいだろう。

 大破したキャメロットは、最早城として扱えるほどのものではなかった。

「まさか……」

 想像したのは、最悪の状況。

 ベオウルフが転移をして去っていったのが、黒竜王の手によるものだったら。

 こういう奇襲が出来てもおかしくないのではないか、と。

「……白羽。中の反応は」

『……消耗してるけど、残ってはいるよ。でも――』

 口ごもる白羽は、内部の状況を把握している。

 だからこそ、嫌な予感はより確信めいたものになり、足を急がせる。

「ハク!」

 城に飛び込む。

 誰が見ても明らかな襲撃の後。

 栄光なりし白亜の城は、罅が入りところどころの壁が崩れ落ちている。

 茫然と見渡して、発見する。柱にもたれかかる、騎士の姿。

「ケイ!」

「……、戻ったのか」

 ケイは傷を負っているが、見たところ致命傷はない。

 見た目以上に害を加える呪いや魔術の類を受けている様子もない。

「っ、奥の部屋だ。早く行け」

 自分のことは構うなと、ケイは言外に告げている。

 周囲に他者の姿はない。不思議なまでに静かだった。

「……俺が残る。お前たちは奥を見てきてくれ」

 迷っていたところを、ジークフリートが促してきた。

 そうだ。彼の命に別状がないならば、今は状況把握を優先しなければ。

『……気を付けて。知らないサーヴァントの反応がある』

 ――そのサーヴァントが、恐らくは襲撃の犯人。

 メルトに目配せする。戦闘態勢は十分だ。

 アルテラも剣を構え、慎重に奥へと目を向けている。

 ゆっくりと進む。いつでも術式を紡げるよう、魔術回路の動きも万全だ。

 崩れた壁などで奥の部屋はよく見えない。切り崩されたように切断面の見える扉を踏み越え、その先が視界に映る。

「――ッ」

「……お前、ら……」

 最初に此方に気付いたのは、鎧姿となったモードレッドだった。

 モードレッドもベディヴィエールも、決して小さくない傷を負っていた。

 ベディヴィエールはマーリンとアルトリアを守るように立ちながらも、肩で息をしている。

 マーリンとアルトリアは無傷に見える。これは、サーヴァントである騎士たちが身を挺して守っていたからであろう。

 そして、アグラヴェインは――

「……予定より、早い、帰りだな。ようやく捕えたところ、だというのに」

「アグラヴェイン、その傷は……」

 それは、誰が見ても明らかな致命傷だった。

 鎧を裂いて斜め一閃に走る傷痕。黒一色だった鎧は、その主たる色が赤へと変じている。

 生きた人間であればあり得ない。英霊であっても、未だ存命であることが不思議なほどに深い傷だった。

 アグラヴェインは何も言わない。説明せずとも、何があったかなど察しがついてしまうが。

「ハ、クト。レオ……誰か、アグラヴェインを、助けられませんか?」

 震えるアルトリアの声。起きていることが信じられないといった、困惑の混じった悲痛の色。

 治療できるものならば、やっている。“意味がある”ならば、回復術式も行使する。

 だが――意味はない。

「……」

 首を横に振る。致命傷を修復する備えなどない。

 刻一刻と命を擦り減らすアグラヴェインは、もう助からない。この場の誰もが、根底では理解していることだった。

「必要ありません、我が王。無為なことに、使う余力は、他に回されますよう」

「無為なものですか! 何かある筈です! 貴方を、貴方を助けるすべが……!」

「ない、のですよ。私は、こうして、消え去るべし。――召喚を受けた折から、定めていたこと、です」

 その告白に疑問を持つのは、当然だろう。

 万が一それが真実だったとして、だったら何故、これを予期しておきながら回避しようとしなかったのか。

「黒竜王、は、見てきたか?」

「――ああ」

 アグラヴェインの濁った瞳が、此方に向けられる。

 思えば、黒竜王のもとへ向かったのは、アグラヴェインの立案によるものだった。

 もしかして――と、一つの疑念が生まれた。

「……ブーディカと、ジークフリートの姿が、ないようだが」

「――――ジークフリートは、ケイを看ている。ブーディカは……」

 思い起こされる。彼女の笑顔。最後の真名解放。僕たちを激励するように吹き荒れた追い風――

「……途中で、残った。僕たちを確実に帰すために……」

「ッ――!!」

 特にアルトリアにとっては、あまりにも残酷な追い打ちだっただろう。

 恐らくはこのキャメロットに最初に辿り着いて、アルトリアと最も親しくしていたサーヴァント。

 言うなれば彼女の母のように接し、真摯にその母性を注いでいた勝利の女王。

 想像したくはない。

 だが、サーヴァントの数は二対一とはいえ、あまりにも周囲のエネミーが多い。

 あれから生き延びて帰還できる可能性は、極めて絶望的なのだ。

「……そう、か」

 僅か顔を顰めたモードレッドとマーリン。目を閉じ、顔を伏せたベディヴィエール。

 アグラヴェインは、顔色一つ変えない。

「一人の犠牲で、済んだのは、幸運と見るべき、か」

「……アグラヴェイン……?」

 既に霊核にまで傷は響いているらしい。

 その体が少しずつ霧散していくことすら気に留めず、アグラヴェインは呟く。

「……すまない。お前、たちを……城から離す、必要があった。だが、見ただろう。あれ、が……黒竜王の円卓、だ」

 ――何故、それを知っているのか。

 疑念が、確信へと変わっていく。

「じき、黒竜王は、動きを見せよう。この男は――黒竜王の、切り札だ」

 しかし、それを追求する前に、アグラヴェインは柱に縛り付けられている、見たことのない英霊を指して言った。

 黒く、妖しく輝く鎖に束縛された騎士。

 鎖と同じ黒い鎧に身を包んだ、兜で顔を隠したその英霊は、ここにいる円卓の騎士たちを凌駕するステータスを有している。

 ステータスだけで言えば、ガウェインでさえ及ばない。間違いなく、強力だ英霊。

「……彼は」

「ランスロット。……オレらを知ってるなら、コイツも知ってるだろ」

 答えたのは、モードレッドだった。

 ――ランスロット。知らない筈がない。アーサー王伝説において、最強も名高い騎士。

 王妃ギネヴィアとの不倫によって、アーサー王の破滅のきっかけを作り出した、裏切りの騎士とされる男。

 そんな騎士が……黒竜王についていたのか。

「……我らが一丸となって、ようやく捕えられました。狂気に堕ちようとも、未だその武芸健在だとは……」

 ベディヴィエールたちの傷は、ランスロットによるものらしい。

 バーサーカーとして召喚されたかつての同胞を相手に、彼らはここで戦っていたのだ。

「目覚めて、いるか。“裏切りの騎士”」

「――――ああ。目覚めているとも。アグラヴェイン」

 兜の奥から、くぐもった声が聞こえてくる。

 バーサーカーにしては、理性ある言葉に思えるが……

「私の縛めで、狂化を消し去った。この男を、どうするか……王よ、処遇は、お任せします」

 どうやらそれは、アグラヴェインのスキルによるものらしい。

 今のランスロットは狂化を失っている状態。ゆえに理性は存在し、話が通じる状態となっているようだ。

 ランスロットの理性が持っていることを確認すると、限界を迎えたようにアグラヴェインは崩れ落ちた。

「アグラヴェイン!」

「いけません、王。始めから、貴方を、騙していた私、に、とって――貴方に近付かれる、のは……あまりに罪深い」

 ――彼は、最初から黒竜王側の英霊だった。

 方針を定めて動いたのは、一体いつからか。

 或いは、始めからこの状況に陥ることまで予想して、動いていたのかもしれない。

 恐らくは黒竜王の、何らかの意図を汲み取って。その“何か”を、黒竜王の思い通りにするために。

「どうか、黒竜王に、打ち勝たれますよう。正しき円卓は――此方に、ありますゆえ」

 それを最後の言葉に、アグラヴェインの霊基は完全に解け、消失していった。

 残ったものは何もない。

 ランスロットを束縛していた鎖も消え、兜の黒騎士は自由になる。

 鉄の騎士の最期の瞬間を、アルトリアは呆然と見つめていた。

「……今のは、なんですか? アグラヴェインは何処へ……」

「今のが、サーヴァントとやらの最期だろうね。……なるほど。そういう腹積もりだった、か」

 マーリンは表情を変えず、それが結末かと納得するように呟いた。

 冷酷だとは思わない。それが、超常の魔術師たるマーリンの性質なのだろう。

「……あの鉄ヤロウ。スパイみてえなことしやがって。アイツは根暗な役回りしかできねえのかよ」

「しかし、誰より王の為に動くのが彼です。此度もまた、忠義に殉じたのでしょう」

 複雑な苛立ちを隠そうともしないモードレッド。ブーディカの時と同じように、目を閉じて語るベディヴィエール。

 二人は如何にも対照的だった。

 ベディヴィエールにも、胸中に何かしらの不満はあるのかもしれない。

 表情には一切出していない。それを問い質すのは、あまりにも不躾だ。

「……ランスロット――貴方は、何か知っているのよね」

 ベディヴィエールの言葉を最後に訪れた静寂を破ったのは、メルトだった。

 このまま黙っていても、何も事態は解決しない。

 アグラヴェインの目的を。そして黒竜王の真実を確かめなければ。

「……はい。狂化していれど――黒竜王の言葉は理解していました。故にこそ、かの御仁の行動が人道にもとる行為と知っていながら、従ったのです」

「――待ってくださいランスロット。よもや、黒竜王とは……」

「ああ、ベディヴィエール。貴公なら気付こうさ――」

 

 

「――――黒竜王は、未来に目覚めしアーサー王、その人だ」

 

 

 ブリテンの偉大なる騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 白亜のキャメロットに座し、栄光なる円卓の騎士を従え、ブリテンの滅びに立ち向かった竜の化身。

 モードレッドの叛乱によって致命傷を負ったアーサー王は、ベディヴィエールに看取られてその使命を終えた。

 しかし、騎士王の伝説はそれで終わりではない。

 一説では伝説の島アヴァロンに辿り着き、死に瀕したその身を休ませたとされる。

 そうして、長い年月を掛けて傷を癒し、遥か未来――ブリテンが再び危機に陥った際、聖剣は今一度振るわれる、と。

 それが、あの黒竜王として顕現したというのか。

 にわかに信じられる話ではないが、そうであれば、あのサーヴァントとしてはあまりに圧倒的な霊基にも納得がいく。

「……待て。そんな酒場でも受けん冗談はよせ。黒竜王が未来のアーサー王だと?」

 いつの間にか、ジークフリートとケイが部屋に来ていた。

 ケイにとっては、到底信じがたい話だろう。

 自身の弟――いや、妹か。彼女の未来の姿が、この時代の災厄の中心などと。

 当の本人、アルトリアも、理解が及ばないという表情だ。

「わ、たし、の……未来?」

「ええ。近い将来、我ら円卓の騎士の長となる王――貴方の、栄光の先の姿、ということになります」

 アグラヴェインの捨て身によって狂気を取り払われたランスロットは兜を外し、アルトリアの下に膝をついて打ち明けた。

 精神の疲弊にやつれながらも、端正さを残した顔立ちは、後悔の先で全てが終わった後の彼のものか。

 セイバーとして指折りの適性を持ちながらバーサーカーとして顕現したランスロットの精神性は、しかし狂気が打ち消されたことで正しいものに戻っている。

「しかし、目覚めし王は未来に現れることはあっても過去には介入しない。黒竜王は、何者かによる強制を受けています」

「それを……アグラヴェイン卿は知っていた、と?」

 ベディヴィエールの問いに、ランスロットは頷く。

「それで、その何者かに悟られぬよう動いた結果がこれだろう。先程まで精神の粗方を狂気に堕としていた私の憶測に過ぎないがね」

 己の考察も含めて全てを打ち明けるランスロットに、最早敵対の意思はない。

 彼もまた狂気の内にあった本心では、未来の王を案じていたのだ。

「では、その何者かがこの時代に介入してくる可能性は? あれだけの存在を操るなど、余程の魔術師だと思うが」

「無い――と思う。私が召喚されてからも、幾度か黒竜王の抵抗は見られた。そも、あの状態の王がその気になれば一昼夜と経たずにブリテン全土に向けて聖剣を振るえよう。抵抗し切れてはいないが、裏にいる者も王を御すので手一杯という訳だ」

 即ち――黒竜王は此度の自身の動きを快く思っていない。

 今の動きは最大限加減されたもので、だからこそ未だ僕たちが抗えているのだ。

 ならば。あの王が、望んでいないことであるならば。

「…………勝機は」

「――恐らく、ある。抗い切れていない黒竜王との直接戦闘はあるだろうが、我々が全力を尽くせば、或いは」

 分は悪い。

 敵は黒竜王だけではない。黒竜王の側についた英霊たちもまた、一筋縄ではいかない強者ばかりだ。

 だが、ほんの僅かなれど、希望は出来た。

 この時代の災厄。その根を焼き払う唯一の手段、黒竜王の打倒は、決して不可能ではない。

「……」

 あとは、この時代に生きる者が望むか否か。

 べディヴィエールも、ランスロットも、モードレッドも。言葉を待っている。

 円卓に在った者だけではない。僕もメルトも、レオもアルテラも、ジークフリートも。

 事を悟ったケイとマーリンも、たった一人に視線を向けていた。

「此方のサーヴァントの、うち……その、私に仕えた、円卓の騎士であった者は?」

「……アグラヴェイン、ランスロット、モードレッド。そして不肖ベディヴィエール――それから」

 騎士たちを代表して答えるベディヴィエール。

 此方に在るサーヴァントではそれで全員――の筈だが。

「姿を見せないながらも、先程の聖剣の光を反らし、王を救った者――ギャラハッド。以上です」

「なっ……ギャラハッドが!?」

「貴方はあの時、まだ狂化していましたね、ランスロット。貴方の奇襲と同時に城を襲った聖剣。明らかに不自然な軌道で反れました。あんな華々しい荒業、ギャラハッド以外に出来ましょうか」

 それは……初耳だった。

 円卓には、災厄の席があったと言われる。

 アーサー王の下に集った騎士たちも、呪いの掛かったその席に着こうとはしなかった。

 しかし、ただ一人。ランスロットの息子たるギャラハッドが、恐れることなくその席に座り、見事円卓の末席に名を置いた。

 後に聖杯を手にし天に召された、穢れなき騎士。彼もまた、この国の危機に馳せ参じていたらしい。

 黒竜王はあの時、「既に今日振るわれる聖剣は振るわれた」と言った。

 半壊した城はそれによるものか。未来のアーサー王ならば、城の場所など遥か彼方にいても分かるだろう。

 本意ではなくとも振るわれた聖剣を、ギャラハッドは命を賭して防いだのだ。

「やっぱり、アイツだったか。アグラヴェインのヤツ、もしかしてアイツまで策に入れてたか?」

「恐らく。――我ら円卓の騎士。正しく在る王に尽くしましょう」

 彼らは、二つに一つを取らねばならない状況にある。

 過去の王につくか、未来の王につくか。

 敵対するガウェインは、その忠義と後悔から、召喚を受けた未来の王を選んだのだろう。

 しかし、彼と同じように――ここにいる騎士たちの意思も強固であった。

 彼らの忠義を受け止めて、今は白き、未熟な王は面持ちを固くした。

 緊張か、決意か。いや、その両方か。

 しかし、答えを出したアルトリアは、

「――ありがとう、私の騎士。未来の己を正し、現在(いま)のブリテンを救うために、私は戦います。どうか力を貸してください」

 その表情を晴れやかな笑みへと変えて、宣言した。

『――――御意』

 円卓の騎士たちは、声を揃えて王の言葉に返す。

 あまりに、特異な状況。

 だがそれでも、慣れ切った騎士たちの所作は、美しかった。

 次にアルトリアは、僕たちに向き直る。

「皆さん。客将として、貴方たちの力を貸してください」

「勿論。皆と協力できるのは、僕たちとしても心強い」

 決戦の時は、刻一刻と近付く。

 決意を固めた騎士王と、そこに集った将たち。

 戦況の大きく動いたこの日は、ゆっくりと更けていった。




これにてアグラヴェイン、そして今回名前だけ出てきたギャラハッドは退場となります。お疲れさまでした。
そしてランスロットが仲間になりました。
アグラヴェインとランスロットの確執はFGO六章とはまた違った決着となり、ここから決戦へと向かっていきます。

また、黒竜王の正体がハクたちにも知れました。
現状出ているアルトリア系列とは違う存在となります。
この先公式で出ないとも限りませんが、出る前にやれば問題ない筈です。


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第十四節『虚像の円卓』

あと少しで第七特異点が開幕します。
その前に更新して、存分に楽しむとします。
これでも一章を年内終了が目標です。


 

 

「やっぱり……凄いな」

「ええ。地上の人間には当然のことでしょうけど。そう思うと、少し羨ましいわね」

 上部が消し飛んだ城の、残った部屋で休んで次の日。

 朝早く、僕たちは外に出て、昇ってくる日を眺めていた。

 地上では、毎日当たり前のように起こり得る現象。

 ながら、僕たちにとっては至極新鮮で、神秘的に感じるものだった。

「お二人は月の民でしたね。太陽を見るのは今回の一件が初めてなのですか?」

 問うてきたのは、僕たちよりも先に外に出ていたべディヴィエール。

 昨日の戦闘による傷は治っているが、どうも寝付くことが出来ず、外の懐かしい空気を感じていたとのことだ。

「……ああ。セラフの中にまで、太陽の光は入ってこないから。ムーンセルの機能で太陽を再現することは出来ても、こうして本物を見たことはなかった」

「そうですか。初めての陽光が、このブリテンでの景色というのは、誇るべきことですね」

 太陽の光に僅か、目を細める。

 この風景は、彼ら円卓の騎士が生涯毎日のように見続けてきたものなのだろう。

 慣れているものではあろうが、べディヴィエールはそれを見て、慈しむように微笑んでいる。

「……べディヴィエール」

「なんでしょう?」

「黒竜王と……未来のアーサー王と戦うことに、抵抗はないのか?」

 返答までに、少しだけ間が空く。

 だが、彼が動揺している様子はなかった。

「当然、ありますよ。正直なところ、後悔もあります」

「後悔……?」

「はい。王を一人で眠らせてしまったが為に、此度の誤った目覚めが発生してしまった。もし私が、湖に聖剣を返すことなく、王命に背いてでも王を生かしていれば……そんなことを考えていて、寝付けなかったのです」

 事実、べディヴィエールは死に瀕したアーサー王の命令により湖に聖剣を返還する際、二度、躊躇った。

 ――この聖剣があれば、王は死ぬことはない。

 迷い、惜しみ、彼はアーサー王に嘘を吐いた。聖剣は確かに、返還した、と。

 これはべディヴィエール卿の生涯にして唯一の不忠とされている。

 しかし、アーサー王は全て見通しており、命令を繰り返した。

 三度目の命令で、王の心は変わらないと知ると、べディヴィエールは王命に従った。

 あの時自分の意思を通し、王を助けていれば――彼はそう考えていたようだ。

「ですが、あれで良かった、とも思っているのです。聖剣を返さなければ、王は助かったかもしれない。ですが、生きられず死ぬことも出来ない亡霊になってしまう可能性もある。あの時は、考えも付かなかったことですがね」

「……べディヴィエールの選択は、正しかったと思う。今回の一件は、例外中の例外だ」

「ありがとうございます。ええ――例外中の例外。ですので私は今回に限り、不敬にも王の剣を向ける。我が王を正すためです、この剣、躊躇うことはありません」

 円卓の騎士として、忠義の騎士として、それは心苦しい選択だっただろう。

 だが、最早べディヴィエールに迷いはない。

 それが、正しい道だと感じたから。

「ですが……問題はガウェイン卿ですね。王に加えて彼までいるとなると……。他の英霊も並みの使い手ではないでしょうが、技量を知っているガウェイン卿の方が遥かに恐ろしい」

「やっぱり、ガウェインを相手取るのは難しいのかしら」

 昨夜、あれから緊急の軍議を行い、相手の英霊たちの情報を開示した。

 やはり、黒竜王についで厄介なのはガウェイン卿だ。

 その体質から、太陽の下にある彼は間違いなく黒竜王の最強の部下だ。

 ガウェインの強さは、僕たちも十分知っている。

 しかし、共に戦った場数は円卓の騎士たちには及ぶまい。

 その神髄は、彼らが誰より知っているはずだ。

「……無理、でしょうね。私は円卓でも技量に秀でていないので……特に聖者の数字の加護下にあるガウェイン卿は、ランスロット卿でさえ防戦しか出来ないでしょう」

 そう。ガウェインは、太陽の加護がある限り最強の騎士だ。

 円卓最強と名高いランスロットも、彼と対峙した際、日が落ちるまで防戦に徹して耐え続けるしかなかったという。

 僕たちが聖杯戦争でガウェインと戦った時は、このままではまともな戦いにもならないと確信し、加護を掻き消すことを最優先としていた。

 尚も勝利を掴むことは困難を極めた。三倍の能力を発揮しているガウェインを相手取るのはまず不可能だ。

「実際のところ、私は他の英霊の打倒さえ難しい。精々、普通の騎士三人相手取れれば良い方です」

「随分卑下するじゃない。仮にも円卓でしょう?」

「私は超常の騎士たちと比較できる力は持っていません。事実、円卓で際立った実力ではなかったアグラヴェイン卿やガレスちゃんに打ち負かされたことも一度や二度ではなかったですから。王も、武勲で私を円卓に置いていた訳ではないのです」

 それは、自身の実力に対する正当な評価なのだろう。

 人を超越する凄まじい騎士たちが集う、アーサー王を中心とした円卓の騎士。

 その中にいて、べディヴィエールは常人であったのだ。

 ――――どうも、不自然な接尾辞があった気がするが、指摘するまでもないか。

「大丈夫。一人では及びませんが、私は人と合わせることは得意です。補助に関しては他の騎士より優れている自負はありますよ」

「ああ。そういう役割は、必須になると思う。よろしく頼むよ」

「お任せを。我が力の全て、尽くしましょう」

 隻腕の騎士は、信頼できる微笑みを向けてきた。

 彼だけではない。多くの英霊が、この時代を守るべく立っている。

 ならば、負けない。負ける筈がない。

「では、私は城へ戻ります。長らく邪魔をしている訳にもいきませんしね」

 そう言って、べディヴィエールは城へと歩いて行った。

 アーサー王が最後まで、信頼して傍に置いた騎士。

 武勇を誇る騎士がいよう。その特性を誇る騎士がいよう。

 その超人たちの中で数少ない、その精神を誇る騎士。

 やはり彼は、話せば話すほど、他の騎士たちとは違うと感じた。

 

 

 その日、皆が目覚めてから、全員が集まるのは必然だった。

 アルトリア、マーリン、ケイ――この時代を生きる、正しい者たち。

 べディヴィエール、モードレッド、ジークフリート、ランスロット――この時代を救うべく集った英霊たち。

 僕とメルト、レオとアルテラ――遥か未来より来たマスターと、契約したサーヴァント。

 集まった部屋に用意されていたのは、円卓だった。

 特殊な魔術が掛けられている様子はない。伝説に語られているものではない、どうやらマーリンが急造で用意したものらしい。

 それを一目見るや、べディヴィエール、モードレッド、ランスロットの三人は、席に着いた。

 並んでいる訳ではない。恐らくそこが、生前己が座っていた席なのだろう。

「皆さんも、お好きな席へ」

 どうも萎縮してしまう。

 本物ではないとはいえ、王と騎士たちが着いたそれは、アーサー王の円卓にも等しい。

「まあ、戸惑いますよね。ハクト、そちらへ。ミス・メルトは……」

 それを察したのか、べディヴィエールが一人ひとりに席を指してきた。

 メルトとは隣り合う場所ではない。どうやら、彼が同胞たちと僕たちを重ね、席を選んでいるようだ。

「ふっ……妙な選択だ。べディヴィエール卿はやはり、人を良く見ている」

「皮肉なところも感じるけどな。ま、これが無難か」

 ランスロットとモードレッドも、それに反対はないらしい。

「――さて」

 全員が席に着くと、アルトリアの席の後ろに立つマーリンが切り出した。

 席は残っているがマーリンは座っていない。

 彼は騎士ではなく、あくまでも宮廷魔術師なのだ。

「先程、私の眼が届く範囲で強大な魔術の発生があった。どうやら向こう側の転移魔術だね」

『間違いない。黒竜王の軍勢だよ。膨大な反応がゆっくりと城に近づいてきてる』

 ――恐らくそれは、黒竜王の全軍だろう。

 ワイバーンや竜牙兵、その他、多数のエネミー。

 そして、一騎当千の英霊たち。

 進軍の理由はわからない。黒竜王の抵抗に限界が訪れたのか、或いは、黒竜王そのものの考えがあるのか。

「それで……どうするのですか?」

「どの道、私たちに他の選択肢はありません。黒竜王を迎え撃ちます」

 そう、結局できるのは、それだけだ。

 味方にアサシンのサーヴァントがいない以上、暗殺も現実的ではない。

 僕たちは、黒竜王を真っ向から打ち倒すしかない。

「先日アグラヴェインから作成工程を聞いた人形騎士、あれを出来る限り量産しておいた。力ではなく、量を優先したものだ。雑魚はこれに任せて、全滅する前にキミらで黒竜王を倒す――それが今回のオーダーだ」

「とはいえ、他の英霊がいる以上、妨害を考えるとそれも困難。ゆえに、皆さんはその英霊たちを相手取ってください」

 エネミーたちは、昨日の時点で人形騎士が相手をできていた。

 マーリンが用意をしたものがそれに及んでいないとしても、時間稼ぎにはなるだろう。

 ともなれば厄介なのは他の英霊たち。

 それを僕たちが相手をすることに否やはない。

 だが――

「……黒竜王は」

「――私が、戦います」

 この時代最大の敵をどうするのか。

 あまりにも大きな問題を、毅然たる宣言をもって、アルトリアが受け持った。

「まさか!」

 王の言葉に信じられないと立ち上がったのは、ランスロットだった。

「王! 貴方に大事があれば、全て終わりです! どうか城で我らの凱旋をお待ちください!」

「その通りだ。お前は王だろう。ならば黙って兵の帰還を待っていろ」

 ランスロットとケイの進言は、当然のことだ。

 彼女が討たれれば、その時点でこの時代が終焉を迎える可能性は高い。

 アルトリアは出撃せず、城で待機しているのが正しい行動だ。

 そもそも、生きた人間がサーヴァントに太刀打ちするには、余程特殊な手段でなければ――

「大丈夫です。サーヴァントについてはアグラヴェインに聞きました。竜の心臓と聖剣を持つ私であれば、サーヴァントにも通用するでしょう」

 ――いや。その特殊性を、アルトリアは十分に有している。

 聖剣を持ち、その身に凄まじい神秘性を備えたアルトリアであれば、サーヴァントにも対応できる――!

「だ、だからと言って……」

「私は――この国を守る王です。この国を救う王です。この手を伸ばせるならば、未来も等しく守りましょう。ですが……」

 アルトリアの瞳に、一切の迷いはない。

 どれだけ未熟であっても。どれだけ敵に及ばなくても。

 その一面だけは、未来の自分に譲ってたまるものか、と――。

「ですが、未来のために現在(いま)を壊すなど、現在(いま)の私が許しません。未来の自分の過ちは、私自身の手で正します」

 その時、彼女に感じたそれを――人は、カリスマというのだろう。

 未だ花開いてはいないとしても、時として人はそれを発揮する。

 それこそが人の可能性。それこそが人の素晴らしさ。

 人の超越へと歩みながらも、目を逸らすことなく現在(いま)の民草を守り続ける、絢爛なる王。

 人を俯瞰し、人の為に政を敷いた、アルトリアという王の姿。

「――それでこそ、アーサー王だ。正しい選択とは到底言えないだろうが、キミならば、そうするのだろうさ」

 あまりにも愚かで、間違った選択。

 しかし、そこに正しさがある。

 秩序としてではなく、人の、感情としての正しさ。

 未来の己を最も良く正せるのは、なるほど、現在(いま)の自分なのだろう。

「……いや、まったく……本当に、困ったお方だ……」

「はい。しかし、だからこそ――」

「ああ、オレたちが仕えた、騎士王だ」

 口々に言うは、未来の円卓の騎士。

 その一人となるケイも、呆れたように溜息を吐き、口を閉じた。

「……俺は、貴方の意思に従おう。ただその方針で行くならば――シャルルマーニュは、俺が相手をして構わないか」

 アルトリアがそう決断したならば、最早口を出すことはない。

 そう思ったらしいジークフリートは、アルトリアに告げる。

「お願いします。残るは聞いた話ではフィン・マックール、ディルムッド・オディナ、ベオウルフ、そしてガウェインとのことですが……」

 特に問題となり得るのは、ガウェイン。ベオウルフもウイルスを打ち込んだとはいえ、弱っているとは思わない方が良い。

 フィンとディルムッドに関してはステータス程度しか掴めていないが、どちらも神話に名を遺す一流の英雄だ。油断は出来ない。

「ガウェインは、僕とセイバーが担当しましょう」

「……レオ」

 レオの決断は、どうにも苦渋のものだっただろう。

 かつて、自身と契約したサーヴァント。レオが何よりも頼りにした一振りの剣。

 だが、だからこそ、自身が相手取るべきと踏んだのかもしれない。

「……いや、私が行った方が良い。日中のガウェインは恐ろしい強さだ。二度できるとは思わないが、私が時間を稼ぎ――」

「分かっています。彼の能力は、全て把握している。貴方たち円卓の騎士にも、劣らないほどに」

 ランスロットの言葉を、レオは制した。

 日中のガウェインを下せる者など、居よう筈もない。円卓最強を誇るランスロットでさえ、日没までは防戦を徹底して時間を稼ぐほどしか出来なかった程だ。

 だが、それを相手にレオは絶対の自信を持っている。

 それこそ、一分の敗北もないと確信しているように。

「お前……もしかして」

 レオの様子に、モードレッドが何かを察して言いかけ――しかしそれを呑み込んで、笑う。

「よし! だったらコイツらに任せようぜ! お天道様の下でいい気になってるアイツに一発かましてやれ!」

「はい。良いですね、セイバー」

「反論はない。私はマスターの命で、敵を破壊するだけだ」

 残るは、ベオウルフ、フィン、ディルムッド。

「――白羽、他のサーヴァントの位置、分かる?」

『ちょっと待って…………うん。部隊の右方向にベオウルフ、一番後ろにフィンとディルムッドがいる。後者は……二騎との戦闘になるよ』

 同時戦闘……ともなると、そこに少なくとも二騎必要か。

 一方でベオウルフは――

「んじゃ、ベオウルフとやらはオレがやる。聞いた話じゃ手負いなんだろ? とっとと片付けて合流するぜ」

 モードレッドが、名乗りを上げる。

 問題はあるまい。勝機は十分にある。

 モードレッドならば、ベオウルフの力押しの戦法にも真っ向から立ち向かえるだろう。

「なら、フィン・マックールとディルムッド・オディナは……」

「ああ。僕とメルトと――」

「では私が同行しましょう」

 ランスロットが宣言する。

 最強の騎士。この状況にあって、彼は最も頼もしい味方と言えるだろう。

「……それは良いけど。裏切らないでしょうね」

「ご安心をレディ。共に戦う女性を裏切るなど、騎士として致しませんとも」

 メルトの疑念に、ランスロットは小さく微笑んで答える。

 彼にはもう狂気はない。騎士として、王の為に戦ってくれるだろう。

 裏切りの騎士と呼ばれる彼も、アーサー王とその国を守るのは、その望みの筈だ。

「それでは、べディヴィエール。同行をお願いできますか?」

「はっ。必ずや、王を守り抜いて見せましょう」

 割り当てが決定した。

 最後にアルトリアは、ケイとマーリンに言う。

「ケイ、マーリン。城で待っていてください。勝利を持ち帰ります」

「……どの道、俺たちには何も出来んからな。さっさと行って、功を上げてこい」

「そういうことだ。私も多少のサポートは出来るだろうが、戦力として期待はしないでくれ」

 方針は決まった。こうしている間にも、黒竜王は進軍を続けている。

 戦いは避けられない。ならば、防戦よりも、攻めるべきだ。

 ただ迎え撃つのではない。敵の考えの埒外を行く、即ち奇襲でもって。

「皆さん。これが最大にして、最後の戦いです。この時代を、この国を救うため――決着を付けましょう」

 異を唱える者はいない。ここに集うは、正義の英霊たち。

 歪んだ時代を修正するべく立った猛者たちだ。

「私――アルトリア・ペンドラゴン。ケイ。べディヴィエール。ランスロット。モードレッド。ジークフリート。ハクト。メルトリリス。レオ。アルテラ。――アグラヴェイン。ブーディカ。ギャラハッド」

 アルトリアが、一人ひとりの名前を声に出す。

 このキャメロットの側に立って、時代を守らんとする者たち。異常の円卓に座すことを許された者たち。

 既に使命を終えた者も等しく。その数は、合計十三。

「不正なる虚像の円卓。そこに集った騎士たちよ――全員生きて、また会いましょう。そして、我らに勝利を! マーリン!」

「承知。さあ、頼むよ」

「フォウ! フォーウ!」

 マーリンとキャスパリーグが魔術を組み上げる。

 全員、戦闘態勢は万全だ。アルトリアもまた、玉座の間より持ち出した聖剣を手に取る。

 次の瞬きの後には、視界に広がっているのはこの時代最大の戦場だ。

 マーリンの転移により、奇襲を仕掛ける。

 ここから先は、退くことの出来ない戦い。

 全員の勝利を信じて、もう一度会えることと信じて。

 それぞれと視線を交わす。それぞれが、それぞれを信じている。

 その繋がりを、如実に感じる。

 概念としては曖昧なれど、僕にとっては何より強く感じる信頼。

 人には見えぬ絆。だけど、その繋がりは僕に見えている。そういうものが僕の血潮であり、そういうものが僕の心。

 ゆえに、月の意思は――そういうもので出来ている。

 さあ――始めよう。このブリテンを修正する一大決戦を。




べディヴィエールとのお話、そして決戦前の円卓会議でした。
この時代を救う絢爛なる騎士たち。しかしその実態は異常に異常を重ねた虚像の円卓。
章タイトルの解釈はこんなところです。
マーリンとケイはお留守番。FGOで言うと五章のラッシュや六章のセルハン氏みたいなポジションですね。
味方になったというとクリームヒルトもですが、アルトリアはそのことを知らずキャメロットにも訪れていないため虚像円卓からは除外です。
次話からは一章最終決戦となります。


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第十五節『騎士王(わたし)黒竜王(わたし)

第七特異点 絶対魔獣戦線バビロニアが配信されました。
かつてないスケールの戦い、存分に楽しむことが出来ました。
残るは今年中に開始されるらしい最終決戦イベント。準備は着々と進めています。

さて本編、どうぞ。
タイトルは「わたしとわたし」と読みます。


 

 視界が移り変わる。

 それまで目の前にいた騎士たちが消え、代わりに広がっているのは無数のエネミーが跋扈する景色。

 ワイバーン、竜牙兵、キメラ、ゴーレム。

 それだけではない。ワイバーンの数倍はあろうかという巨竜も見える。

 軍の背後に出現した僕とメルト、そしてランスロット。

 性能を度外視して量産された人形騎士の二割ほどもまた、近場に転移している。

 竜牙兵の一体が気付く。金切り声を上げて敵襲を知らせるが、先手は既に打った。

「人形騎士! サーヴァントには近付くな! 他の敵たちの相手に専念してくれ!」

『――――――――ッ!』

 弓兵騎士による遠距離攻撃が、厄介なワイバーンを射抜いていく。

 剣や槍を持つ騎士は適宜、得物の届く範囲の敵を粉砕する。

 性能は以前のものより劣っているとはいえ、敵もまた数を重視した軍勢だ。

 竜牙兵など百同時に襲われなければ撃破可能だろう。

 問題だろうと思われたキメラも、急所である獅子の頭部を的確に貫くことで消耗を最小限に抑えた対処が出来ている。

『気を付けて! 騎士タイプもいるよ!』

 黒竜王の町にいた騎士も、少数ながら見られる。

 エネミーの軍勢を指揮する騎士だろう。優先して討つべきだと、指示を出す。

 後は――

「――そこまでだ!」

 騎士たちの上に立つ、サーヴァントたちの対処。

 煌めく紫槍を、メルトが弾く。赤と黄の閃光を、ランスロットが冷静に受け止める。

 金髪を靡かせる美貌の騎士。泣き黒子を持つ双槍の騎士。

 フィン・マックールとディルムッド・オディナ。

 ケルト神話にその名を残す卓越した英霊だ。

 フェニアン時代(サイクル)にてエリン――アイルランドを守護した栄光のフィオナ騎士団の長と、その一番槍。

「いやはや、見事。まさかこうも単調な奇襲とは。我らサーヴァントの各個撃破が目的か。これは予想の外だったなあ」

「王よ、油断なさらぬよう。不覚を取りかねない強敵です」

 三本の槍が向けられる。

 サーヴァントの数は二体。戦力上は互角だ。

 だが周囲には無数のエネミーがいる。人形騎士たちが相手をしているとは言え、油断は出来まい。

「まさか君もいるとはなあ、ランスロット。どうも君は女にうつつを抜かせば裏切らずにはいられないと見える」

「相変わらず笑えないジョークだ、フィン・マックール。女性がらみの話は互いに控えるべきではないかね?」

「そうだな、何せ長くなる。こういうのは酒の席でこそだ。物言わぬ狂戦士であった君とは結局、機会がなかった。ようやく理性を取り戻せば寝返っていると来た。ままならぬものだ」

 油断なく得物を構えるランスロットの素っ気ない返答に、フィンは肩を竦める。

 その隣でディルムッドが至極複雑な表情をしているが、まったく気づく気配がない。

「そして――早い再会だね、勇士たち。結局、我らは相容れなかったか」

「――ああ。この時代を守るために、僕は黒竜王とは敵対しなければならない」

「ええ、貴方たちがそちらにつく限りはね。此方に下ってくれるなら、手間が省けるのだけど」

 最初から期待をしていないメルトの提案に、やはり、フィンは首を縦に振らない。

「それは無理だな。私たちがそちらにつく理由がない。ランスロットはこの時代の騎士王を重く見たのだろう。だが私たちが重視するのはあくまで召喚者たる騎士王――いやさ黒竜王だ。たとえ世界を手に掛ける側になろうともな」

「……黒竜王が、召喚者?」

 黒竜王も、黒竜王の円卓に座した英霊も、その先にいる黒幕たる存在が召喚していると思っていた。

 何故ならば、黒竜王は英霊だ。

 どれだけ規格が大きくとも、どれだけ常軌を逸した霊基を所有していようとも、一人の英霊だ。

 サーヴァントを召喚することは出来ない。そんなことが可能なのは、神代の域にある魔術師(キャスター)くらいだろう。

 黒竜王はそれに該当していいない。なのに――。

「そう。私とディルムッド、ガウェイン、シャルルマーニュ、クリームヒルト、そして離反したランスロットとアグラヴェイン。途中で参戦したベオウルフ以外は皆、黒竜王に召喚されたのさ」

「一体、どうやって……」

「知りたくば、黒竜王へ至れ。私たちを突破するがいい。出来れば、の話だがね」

 その秘密はフィンもディルムッドも、話すつもりはないらしい。

 であれば、最早戦うだけか。

「――」

「……何よ」

 ――しかし、メルトを見つめるフィンの瞳は、どうも敵に向けるものではない。

 どうにも、嫌な予感が……

「……やはり、美しいな。生前のどの妻とも違う。線の細い少女もまた良いものだ」

「は……?」

「いや何。ただ戦うというのも面白味がない。これも一つの運命――要するに、君を気に入った」

 その嫌な予感は、すぐさま現実となった。

「より端的に言おう! 私が君に勝ったら、君を妻にする!」

「ハク、シラハ。あの男は何を言っているのかしら」

「……」

 魔術回路を励起させる。

 決して本来悪に属する英霊ではないのだろう。

 だが、間違いなく、このフィン・マックールとは相容れない。

『……あれだね。求婚されたんだよ。大丈夫白斗君? 生きてる?』

「……」

「は、ハク?」

 いや、大丈夫。生きているし、冷静だ。

 僕たちが今やるべきことは一つ。この時代を破壊せんとする黒竜王、その騎士たる二人を倒すこと。

「――よし。倒そう。やるよメルト。ランスロット、ディルムッドを頼む」

「え? えぇ……」

「……承知しました。迅速に決着を付けると致しましょう」

 そこに、一つの確固たる意志を含めるだけ。

 メルトは渡さない。そのためにも、決して負ける訳にはいかない。

 万全たる補助をもって、この戦闘に勝利する――!

「はははははは! その意気やよし! ゆくぞディルムッド!」

「は、はっ! ……まったく、困った方だ。ともあれ、ランスロット殿。一切手は抜きません、どうか覚悟してもらいたい!」

 二人の騎士が迫る。

 クラスは共にランサー。ステータスは敏捷に秀でているが、それはメルトも同じこと。

 ランスロットは狂気を失ったことでステータスが下がり、敏捷は一歩劣っているが、それだけで後れを取るようなサーヴァントではない。

 激突。今の内に術式の用意をする。

 これが、この二人の騎士との最初で最後の戦いだ。

 

 

 +

 

 

 冷静になって考えてみれば、当然のことだったのかもしれない。

 他の騎士ならばともかく、彼には後悔があった。

 それを払拭するには、そのことを知るアーサー王に仕えるしかなかったのだから。

 次があれば今度こそ。彼がそういう思いを抱いていたことは理解していた。

 彼の忠義は、彼を知らぬアーサー王に行くことはない。だから決して、心は動かなかった。

 太陽の騎士ガウェイン。彼はようやく、今一度王に仕える機会を得たのだ。

 それは、喜ぶべきことなのだろう。

 かつての僕もガウェインについて考えた時、そう思ったこともあった。

 だが、ああ――なんて間の悪いことか。

 こういう形で叶ってしまった。

 此度目覚めたアーサー王は時代の破壊を齎す者だった。それでも、ガウェインは何も言わずに従っている。

 それが、ガウェインの騎士としての在り方なのだ。

 ほんの数ヶ月とはいえ、彼を後ろで見ていた身だ。彼はそういう人格の英霊だと、十分に理解している。

「ガウェイン。以前の失言、謝罪しましょう。貴方は真実、忠義の騎士だ。僕はそれに敬意を表し――故に、完全な勝利をいただきます」

「くっ――」

 不定の軌道を描く剣光に即座に対応しきれている辺り、流石はガウェインだ。

 彼の技量はセイバークラス有数といえるものだろう。

 だが、それは此度契約したセイバー――アルテラもまた、同じことだ。

「ふっ!」

 しなる斬撃が通らぬならば、霊核を狙った刺突。

 三つの光を束ねた剣は、ガウェインの聖剣と互角以上に渡り合っている。

「何故――これは、一体どういうことだ!」

 一瞬、セイバーの攻撃が止んだ時、ガウェインが踏み込んだ。

 セイバーを弾き、距離を取る。

 その間にセイバーの僅かな傷を回復しつつ、ガウェインの出方を窺う。

「……私は黒竜王に願望(ギフト)の成立を願った。不夜たれと。私の価値を、存分に使われよと!」

 ……そういうことか。

 ようやくわかった。黒竜王の城に赴いた際、あの城下町が夕刻であるにも関わらず太陽が輝いていた理由が。

 黒竜王が何らかの手段でガウェインに力を与えたのだ。彼の空に、常に太陽あれと。

「絶対なる我が聖者の数字を、如何にして破ったのです!」

「知れたこと。貴方の中天に太陽が在るならば、その光を断てばいい。貴方と戦うのであれば、その凄まじい体質への対策を講じるのが確実でしょう」

 ハクトさんの戦いは、それが敗因に繋がった。

 聖者の数字の弱点を突かれたこと――その手段を、彼らが持っていたことが決定的だった。

 だが、それを受けたからこそ、如実に理解しているのだ。

 これがガウェインの弱点。“究極の騎士”を、“強大な騎士”にまで失墜させる、太陽光の遮断。

「……そのような術式、私と知り合ってからこれまでの時間で用意したというのですか」

「そう、ですね。ええ……()()と出会ってから、作った術式です。己の道を正しいと思いながらも、月への想いを持ち続けた僕の、大きな未練ですよ」

 このガウェインには、さっぱり理解出来ない事柄だろう。

 それでも、彼に話しておかなければならないと思った。

「結界術式『月照らすは理想の王聖(ロード・キングアーサー)』。月を映し出す夜の帳。さあ――暦は新たな時を刻んだ。貴方の時間は終わりました、ガウェイン」

「何を――!」

「勝機は貴女にある、決めなさいセイバー」

「受けたぞ、マスター――!」

 鞭の如く振るわれる三条の光。

 剣のリーチから離れていようとも、セイバーの得物には関係がない。

「この距離でも……ならば!」

 セイバーの剣に対応するガウェインの聖剣が、突如として膨大な火炎を放出する。

 近距離で戦っていれば、その余波で焼け焦げてしまってもおかしくない。

 その熱量はよく知っている。

 ガウェインの持つ聖剣の最大解放。その炎熱は聖者の数字の加護下になくとも、数多の英霊を灰燼へと変えるだろう。

「陽はまだ沈まない。我が王に誓って、その虚像の夜ごと焼き払いましょう!」

 それを真正面から受けて、誰が防ぐことが出来よう。

「この剣は太陽の現身。我が手に宿るは焔の顕現――――!」

 その一振りは、セイバーを呑み込み、僕を焼き尽くし、夜を切り裂いて尚余りあるだろう。

 贔屓目を捨てても、あの聖剣は恐ろしい。

 ガウェインは強い。聖剣も強い。

 だから、ガウェインを封じるために自己満足の術式(プラネタリウム)を持ち出した。

 だから――万に一つをも無くすため、自身が此度契約したサーヴァントの能力を幾度も確認した。

 問題はない。早いのは此方だ。

「宝具の展開確認。事前命令を行使――死ぬなよ」

 ガウェインの宝具は広範囲に及ぶ切り払い。

 防ぐ手段がないならば、呑まれる前に飛び込めばいい。

転輪する(エクス)――――――――ッッ!!」

 線ではなく点。相手より早く、速く、迅く、貫くだけ――!

 

軍神の剣(フォトン・レイ)ッ!」

 

 ――特性を熟知していたからこそ、宝具解放に際した指示を先に出していた。

 騙し討ちに近い。ガウェインを僕が知っていて、僕をガウェインが知らなかっただけの話。

 そこを突いただけの卑怯な戦法。

 後は、生前よりの戦略眼を有したセイバーにタイミングを一任するだけ。

 その全ては果たされ、此処に状況は詰みを迎えた。

「――――ッ、か……」

 本来の性質を発揮せず、セイバーの突撃はガウェインの心臓だけを的確に穿ち、動きを停止させた。

 素早く引き抜くと、その剣をガウェインの右手に当て――聖剣の駆動が収まったのを見定めると、一跳びで戻ってくる。

 その着地と同時に、ガウェインは膝を折った。

 致命傷だ。どう足掻こうと、これ以上は戦えまい。

「……見事」

 粒子となって消えていくガウェイン。

 ……まさか、もう一度、彼の消滅を見届けることになるとは思わなかった。

 今回は敵として、彼に引導を渡す側に立ったことが、口惜しかった。

「その戦い方……私という騎士を知っていようとは。よもや歴戦のマスターでしたか」

「そうですね。かつて、サーヴァントを召喚し、戦ったことがある。ガウェインという英霊も、よく知っています」

「……なるほど。私が負けるのも、道理でしたか」

 何かを察し、自嘲するようにガウェインは笑う。

「此度こそは、と思ったのだが、やはり私はそういう星に生まれたらしい。……レオ、と言いましたか。貴方が知る私は、どうでしたか?」

 その問いへの返答は、考えるまでもない。

 彼との時間は決して薄れることなく、記憶に残っている。

 王に至る過程。決勝戦での、一歩及ばなかった激戦。

 月の裏側における、最強のアルターエゴとの戦い。そして、黒幕の分体との最後の決戦。

 あの時の別れは、今のガウェインの記憶にはない。達成感も悲しみも、今は僕にしかないものだけれど。

 それを伝えるくらいは、構わないだろう。

「……完璧でした。未熟なマスターを正しく導いて、行く先を照らした。誰でもなく、ガウェイン卿にしか出来なかったことです」

 別のサーヴァントと契約していたとして、月から脱出出来たとしても、今の僕はなかっただろう。

 だから、僕はガウェインに何事とも比較できない感謝をしている。

「――よかった。幸福な私も、いたようだ。であれば、これからも、希望はありますね」

「はい。英霊であるならば、いずれまた、アーサー王と巡り合う機会もあるでしょう。その時こそは――」

「――ありがとうございます、レオ」

 今回はガウェインにとって、まさに千載一遇のチャンスだったのだ。

 再びアーサー王と共に召喚される可能性は低いだろう。

 だが、こんな言葉でも、かつての相棒の救いとなれば良いと思った。

「王よ……正義を歩まぬ貴方でも、私は良かった。思えば、己のために寡黙に徹し……しかし、此度もまた、遂げられなかった」

 戦いは終わった。

 夜の結界を解き、戦場に光が差す。

 夜明けの陽光をその身に浴びながら、ガウェインは最後に告白した。

「……この大罪。いずれ再び、正しき貴方の剣となることで、償いましょう。だからどうか、微睡みにお戻りください。王よ――」

 消えゆく夜に溶けるように、ガウェインは消滅する。

 その最後の表情は悲しげだった。

 それは王を想う、ずっと隠していたガウェインの本心だったのかもしれない。

 

 

 +

 

 

 軍勢の先頭に、その王はいた。

 目の前に立つだけで、存在の圧倒的さに心が折れそうになる。

 しかし決して砕けることがないのは、きっと、傍に信ずる騎士がいて。何処かで戦う同胞たる騎士がいて。

 背負っている、無辜の民が、国があるから。

「……気をしっかり持ってください、王よ。ほんの一瞬でも油断すれば、あの殺気だけで首が飛ばされましょう」

「大丈夫、です。……何より、あれは自分なのですから」

 海の彼方からの侵略者が来た訳でもない。民の反逆があった訳でもない。

 あれは自分だ。未来の私その人だ。

 何を恐れる必要があろうか。私はただ堂々と、未来の自分の不甲斐なさに憤れば良いのだ。

「……止まれ。もう良い、ドゥン・スタリオン」

 竜の鎧を纏った王は、騎乗していた勇壮な白馬から降りる。

 ――あの馬もまた、凄まじい魔力を持っている。

 だが、これから先には必要ないとばかりに、粒子となって消えていった。

「少しばかり驚いたぞ。まだ未熟な王が、城に引き籠るでもなく敵の前に身を晒すとは」

 言葉の一つにも、圧を感じた。

 萎縮はしない。苦々しい言葉ではあるが、同時にそれは自身を奮い立たせる言葉でもある。

「貴様は戦場に出るべきではなかった。大人しく己の騎士の勝利を祈るだけに止めておけば、この時代の終焉も僅かばかり延びただろうに」

「――そんなこと、あり得ない」

「……何?」

 物怖じしていては、剣戟にさえ届くまい。

 あれは私の到達点であり、それ以上先がない成長の果てだ。

 今の私では到底及ばない相手。

 だが、決して私が出向かないという選択肢は存在しなかった。

「侮るな黒竜王! 耄碌した己を前に逃げ出す私だと思ったか! この国の、この時代の危機に立ち向かわずして、何が王だ!」

 断固として、(わたし)に告げる。

 未来の自身がこの国の災厄として現れたならば、それを討伐して見せるのは他でもない私の役目だ。

「……よく吠える。頭が痛いな。村娘が如き己の様を目にするのは」

 言いつつも、黒竜王は兜を外した。

 ――私自身だ。雰囲気は変じているが、鏡映しのように、同じだった。

 選定の剣を抜いた時点で、私の成長は停滞している。

 それは、何年経とうとも同じ。死ぬまで変わらない。

「まあ、私の前に出てきたのは僥倖だ。キャメロットにまで赴く手間も省けた」

 手に握られた剣が、此方に向けられる。

 この場で、過去の己を切り捨てるために。

「――王、ご安心を。皆が駆け付けるまで、私は何としてでも守り切ります」

「……べディヴィエールか」

 私の前に立つべディヴィエールを、当然あの自分は知っているだろう。

「そちらについていたとは、何とも卿らしい。しかし……私と戦うと?」

「ええ。私は今の貴方を看過できない。何故、この時代を破壊しようなどと……」

「それを卿に伝える理由はない。私を妨害するのであれば、卿も敵として斬るまでだ」

 私は知らなくとも、あの自分はべディヴィエールを知っている。

 だが、それでも――彼を手に掛けることを躊躇っていない。

 信じられなかった。真摯に仕えただろう騎士もまた、一外敵としか映っていないのか。

「……貴方がそうであるならば。私は、貴方を止める。どれだけ貴方との差が大きかろうとも、円卓の騎士であるが故に!」

 べディヴィエールの強い宣言にも、彼女は表情一つ動かさない。

 ……いや、違う。

 表情は変えていなくとも、べディヴィエールに向けた圧力が増した。

 対するべディヴィエールはそれに対して、剣を持つことで応える。

 昨日のランスロットとの戦いでも発露した、魔術と思われるものを利用した彼の戦闘法。

剣を摂れ(スイッチオン)風霊騎士(インビジブル・エア)。黒竜王、何するものぞ。ヴォーティガーンの名を謳うのであれば、我が風腕をもってその野望を断つ!」

 風が集い、隻腕を補う義手となる。

 剣を持つのは風の右腕。透明な腕による剣戟は、リーチを掴み切れず対人において絶大な効果を発揮する。

「良いだろう。来るがいい我が騎士、未熟なる王。この時代を守りたくば、足掻いて見せろ」

 怪物たちと、人形騎士たちが戦闘を開始する。

 黒竜王とは二対一の戦いだ。数の上では有利でも、能力の差がどれほどあるか。

 それでも、決して負けられない。

 自分の全てを懸けて、未来の自分(わたし)を打ち負かす――――!




交戦開始。そしてガウェインは退場となります。お疲れさまでした。
レオの術式は、決着術式の応用です。
とは言え周囲を夜にするだけで、他の効果はなく耐久力もありません。

一章はあと二話を予定しています。
場合によっては一話増えるかもしれませんが、まあその辺りはご容赦を。


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第十六節『激戦のキャメロット』

もう間もなく、FGOでは最終決戦が始まりますが、如何お過ごしでしょうか。
これまでの戦いの集大成、私も気合が入っています。
これでメルトやらが実装されていれば、一緒に世界を救う戦いに挑めたんですけどね。

実装は、まだか。


 

 

 ――確か、オレの記憶が正しければ。

 コイツは手負いと聞いていた。

 治ることのない毒を受け、少なからず衰弱しているだろうと。

 それは嘘だとは思わない。ヤツらは嘘を言っている雰囲気ではなかったし、そもそも嘘を吐けるような連中じゃないことはこの数日で十分理解した。

 だが、どうもこのサーヴァントはそんな毒でどうにかなるほど軟弱ではないらしい。

「チッ……しぶといな!」

「生憎、この頑丈さだけが取り柄でなぁ!」

 サーヴァント・ベオウルフ。

 オレも名前は知っている。その知名度に恥じない余程の英雄だ。

 凄まじい膂力。生前付き合ってきたどの騎士だろうと及びもつかない。

 ほんの少しだが、怖気を感じた。

 大した代物である魔剣がその膂力に付いていけていない。

 理解し難い話だ。あの英霊の体は、武器を持って戦うように作られていないのだ。

「ふん。やっぱり押し切れねえか。一本持ってかれてなければまだ行けただろうが」

 そういや……明らかに片手で扱うような剣をコイツは両手で持っている。

 本来は双剣使いか。

 どの道、気にする話ではない。

 どうせその剣も、力に付いていけず砕けたのだろう。

「第一、赤原猟犬(フルンディング)もお前に有利な訳じゃないらしいし……結局俺に必要なのは、コレか」

 嘆息しつつ、ベオウルフは剣を捨てた。

 一体何をしだすのか――その構えは、到底今まで剣士であった者とは思えなかった。

「……素手喧嘩(ステゴロ)だぁ? なんだよ、気でも触れたか?」

「こちとら元よりバーサーカーだ。気なんて最初(はな)っからぶっ飛んでるさ。なに、退屈はさせねえよ。そっちが気ィ抜けば、次の瞬間決着だ!」

 虚言ではない。先程の剣以上に脅威を感じるその拳は、間違いなくオレの命を奪えるもの――!

「ッ――!」

 顔目掛けて飛んでくる一撃。

 放たれる前に働いた直感が全力で体を動かす。

 回避――だがそれで終わりではない。追撃の左拳が確実に来る。

 剣を振るうのは間に合わない。よって、思い切り体をのけ反らせ、そのまま大きく後退する。

「逃がすかよ!」

「誰が、逃げるかッ!」

 二撃目を回避し、着地と同時に魔剣から後方に魔力を噴き出す。

 体への負担は大きいが、なんてことはない。

 ヤツへの一撃をぶち込むために、体が思い切り振り回される不快感を度外視して突っ込む。

 先程までの剣戟の速度とは比べるべくもない。魔力放出による超速の斬撃は超えられまい――!

「ぉおおおおおお!」

 オレと同じく、下がって回避をするならば、そのタイミングで魔力をぶっ放してやるつもりだった。

 そうでもしなければ避けられまい。そういう確信もあった。

 これはヤツも想像できなかっただろう、最高の攻撃であった筈だ。

 必中確実。これで決着。

 そしてその眼前の勝利に、慢心もしていなかった。

「――甘えんだよォ!」

 誰が予想できたものか。剣の腹を殴って逸らすなどと。

「なっ……」

 その手は焼け焦げているが、そんなこと関係ない。

 もう片腕あれば、コイツであれば十分首を飛ばせる。

 対して此方はバランスを崩し、咄嗟に動くことも出来ない。

 ならばこのタイミングでオレがやれること。考えろ。コンマ数秒の後には、拳がこの兜を貫いて頭蓋を砕くだろう。

 敗北などあってはならない。オレがここで倒れたら、この時代は――父上はどうなる。

 他のヤツらが救う? ふざけるな。それじゃあオレが納得できない。

 この時代の父上を守るのはオレだ。未来の父上を倒すのはオレだ。

 オレがこの時代に召喚された以上、他の結末などあってたまるか!

「ぶっ飛べ!」

「ガッ――――――――!」

 色々な音がした。

 全てが反転したような錯覚に陥るほどに、脳が揺れた。

 だが――耳の機能は壊れていない。脳はまだ、バラバラになっていない。

「……テメエ」

 魔力放出を出来る限り、防御の足しにした。

 軟弱な敵ならば、それだけで吹き飛んでいてもおかしくない。

 ヤツの拳はそれを物ともしなかった。

 いや、勢いを弱めることには成功したのだろう。

 事実、拳は兜を砕き、目を潰すだけに留まった。

「――おらあ!」

「ぐっ……!」

 意趣返しだ。その腹を力の限り蹴り飛ばし、距離を取る。

 まだ片目の視界は健在だ。痛覚など幾らでも耐えられる。

 この程度、カムランの丘で父上の聖槍で心臓を貫かれた時と比べれば、痛みのうちにも数えられない。

 ただ兜の破片が邪魔だ。兜のみを消し去り、剣を構えなおす。

「……ほう。まさか、女だったとはな。いや舐めてる訳じゃねえ。寧ろ感心したぜ」

「そうかよ。後悔すんじゃねえぞ、オレを女と呼んだこと」

「それで本気になるってんなら本望さ。グレンデル以来の強敵だ。やるだけやって死にてえからな!」

 なら、ひと思いに殺してやるよ――もう一度魔力を爆発させ、突っ込む。

 最早二度目はない。次に顔に貰えば、それが敗北だ。

 最低限、それにさえ気を付ければいい。ボディに何発貰おうと関係ない。先にヤツの霊核をぶち抜けばいい。

 心臓をぶち抜かれても、意識までは持っていかれない。まだ暫く戦う余地はある。

 問題はヤツも戦闘続行スキルを持っていた場合だが――そうなったら耐久だ。

 こちとら死ぬ訳にはいかない。こと我慢比べで、このモードレッドが負けてたまるか。

 使えるものなら何であれ使う。剣を振り回すだけじゃない。脚だろうが拳だろうがぶち込んでやる。

「そうだ、これが闘いの根源だ――要するに!」

「殴って蹴って立っていた方の勝ちだろ! 上等だ!」

 何発食らった。知るか。何発与えた。数えてない。

 分かっているのは、まだどちらも致命傷には至っていないこと。

 この殴打の応酬はいつまで続くか。業腹だが、このまま続けば押し切られるのはオレだ。

 あの身そのものが宝具であるならば、頑丈さを比べるのはあまりに愚行。

 だが今更退けるか。このまま続いて終わりなら、すぐさま終わらせる。

 タイミングを逃すな。剣に両手を掛けられる一瞬の隙を。

 ヤツの殴打が止まる一瞬の間を。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 剣の柄が潰れるのではというくらいに強く握り込む。

 魔力を放つ準備を整える。

 獲物の動きを子細に見る。百分の一秒の動きまでもを頭に入れ、決着の一秒前を予測する。

 そして――

 

 ――――――――今!

 

 

「――これでもくらえ!(Take That,You Fiend)

 

 

 ヤツの動きが停止した。

 力の限り、魔剣を叩き込む。

 目一杯の魔力を噴き出し、赤雷が周囲を蹂躙する。

 獲った――確信だった。心臓を吹き飛ばし、現界の要因を断った。

 油断はしない。戦闘続行スキルの可能性を考え、もう一度距離を取る。

「ッ……くそ、ここまでか。厄介な毒残しやがって……」

「……は? なんだよ、それ効いてないんじゃなかったのかよ」

「こんな特殊な毒、効かない訳ないだろ。毒で死ぬのは癪だし、かと言ってアイツらからの傷を消すのも反則な気がしてな。黒竜王のギフトとやらで毒を末期まで影響ないようしていたのさ」

 ギフト、ねえ……。

 そんな能力、父上は持っていなかった。

 マーリンの奴は向こう側にはいないし、それほどの魔術を行使できるヤツも、円卓にはいなかった。

 となると、まだ知らない何かがありそうだが……。

「ま、この通り俺は末期だが、お前さんが心臓ふっ飛ばしてくれたし、これ以上はねえ。どうにかなる前に、退場するさ」

 その身が粒子となっていく。

 サーヴァントの最期は、驚くほどに呆気ない。

 後に死体すら残らず、内の毒も纏めて消えていく。

 ……にしても、どんな毒だったんだろうか。随分厄介なものなんだろうが……ああ、メルト、だったか。アイツとは戦いたくないな、面倒くさそうだ。

「じゃあな、馬鹿力女。次は殴り合いだけで勝負しようや」

「お断りだ筋肉野郎。ゴリラとでもやってろ」

「そうかよ。ここまでこっ酷く振られたら、未練なんて持ってられないわな。ハハハハハ!」

 哄笑しつつ、サーヴァント・ベオウルフは消えた。

 まったく――不愉快だ。

 これだけ死力を尽くしていながら、決め手は毒だった。

 要するに、オレだけの勝利じゃあなかったということになる。

 それを知ったのが最後だということに、どうにもならない、勝利を掠め取られたような感覚に陥る。

「……やってくれるじゃねえか。事前に言ってなかったら、真っ先に殺しに行ってたところだ」

 残念ながら、先に申告があった。

 仕方がないので、不問としよう。月の住民だっていうなら、少しばかりの世間知らずは当然だ。

 さて、と。行こう。戦いは終わっていない。

 まだ宝具の真名開放も十分可能だ。この場を人形騎士共に任せ、父上のもとに走る。

 体中に嫌な痛みが走っているが、体の限界を超えていないならば問題はあるまい。

 

 

 +

 

 

 それが、なんの因縁もない間柄であれば。

 好敵手と認めることが出来たのかもしれない。

 だが――此度、俺はこの男を仇敵と見た。

 この戦いにおいて、相手に何を求めることもない。

「……」

 襲ってくる大量のエネミーには、竜の属性を持ったものが非常に多い。

 ワイバーンだけではない。巨大な体躯を持つ魔竜もまた、複数が使役されている。

 本来の魔竜であれば、単騎で複数の英霊にも匹敵するほどの存在だ。

 しかし、竜ではあまりに俺との相性が悪い。

 それにこの竜たちはやはり、死体が動いているにも等しいほどに魔力が小さい。

 宝具の真名開放をもって、一撃のもと、それらを纏めて殲滅する。

 そのまま敵――シャルルマーニュに向けて踏み込み――

「――――はあ!」

「ッ」

 一振りでもって、その霊核を断ち切った。

 やはり、不思議に思った。

 この戦いにおいてこのサーヴァントは、ただの一度も剣を振っていない。

 エネミーを指揮していただけで、此方の人形騎士を相手取ることもなかった。

 あまりに呆気ない。フランク王国を統べた大英雄とは、到底思えない。

「……どういうことだ」

「っ……なんてことはないさ。俺は戦わん。黒竜王が必要としていたのがコイツだというのは、分かっていたからな」

 シャルルマーニュの……剣?

 聖杯による知識が正しいならば、その剣の銘は『陽射す虹剣(ジュワイユーズ)』。

 極光の剣を、黒竜王が必要としていた?

「俺の得物は柄頭に聖槍を宿した虹の剣だ。言わば聖槍の転生体でな。黒竜王の聖槍と同時に開いてしまえば、なにも騎士王を倒さずともこの時代は終わる。最後の手段って奴だ」

 黒竜王――アーサー王が聖槍を所有しているのは知っている。

 そして、シャルルマーニュの持つ剣は聖槍を埋め込むことでその神秘を増幅させた宝具だ。

 同じ“聖槍”のカテゴリにあるものの、二つの起源は違うもの。

 しかしながらどちらも、世界の表裏を繋ぐ柱の影としての性質を持つ。

 およそ宝具として特異な性質を持つそれらが二本同時に解放されれば、本体にも匹敵する力を発揮するだろう。

 即ち、神代への逆戻り。この時代において、去りつつある神代へと回帰することで、この時代は意味を失い崩壊する。

「だが、その剣を振るうことに制限はないだろう。真名を解かなければ、問題はないのではないか?」

「黒竜王に不戦を誓えばそれは絶対だ。一度剣を振ってしまえば、手は動かなくなり罅割れる。無視できるのは一度きりだよ」

 不戦――何らかの、強力な魔術契約の類か。

 セイバークラスの対魔力を有していれば、一度、短時間ならば戦闘も不可能ではないだろう。

 だが、その一度を、ここで振るうことはなかった。

「……まさか」

「……騎士道に生きた王。あんな言葉一つで、あの姫さんは俺を縛ってくれた。元より不戦はあの場で捨てるつもりだったが、ああ言われたら全力をもって応じるしかないだろう?」

 そうか。この男は、既にその機会を用いて戦っていたのだ。

「……クリームヒルト……」

「強かった。姫さんも連れのサーヴァントもな」

 ゆえに、最早戦うことはない。

 ここで斬られることは必然だったということだ。

 不満はある。だが、既に決着はついてしまった。

「さて。これで黒竜王(あいつ)は騎士王を殺すしかなくなった。だが同時に、聖槍の解放を躊躇する理由がなくなったということだ。気を付けろよ、アレの本性は、聖剣よりよほど恐ろしい」

 刻一刻とその存在を擦り減らしながら、シャルルマーニュは笑う。

 この後にあるだろう、本当に最後の戦いを楽しみに待つ、子供のように。

「じき黒竜王は抗い切れなくなる。それに間に合ったのは、まあ、良かったかね」

「……お前は、黒竜王を案じていたのか?」

「当たり前だろう。かつては王だが今は騎士(サーヴァント)。ならば召喚者の最善を望むさ」

 ――間が悪かっただけなのだろう。

 呼ばれたはいいが、状況が状況だった。

 聖槍を持つ主がいる以上、その槍が解かれるより先に死ぬしかなかった、と。

 ここまで付き合っていたのは、最大限の義理なのか。

「悪に立つのは気が滅入ったがね。次があれば――善の側に立ちたいなあ」

 後悔を隠さず、呑気に呟いた後、シャルルマーニュの霊基は解れて消えていった。

「……」

 不満な召喚であったことだろう。決して、彼の本懐と言えるものではなかった筈だ。

 俺にとって許せない存在であることは変わりないが、最後の最後、彼の本心に確かに触れた。

 秩序に在って、善に立つ存在。

 願わくば、あの男が次召喚されるときは、悪を討つ立場にあるよう。

 “次”自体が途方もなく低い確率だろうが、それを願う。

「……クリームヒルト。ブーディカ。仇はとった。後は、そうだな。俺に出来る限り、正義を成すとしよう」

 余力は十分に残っている。

 この場は人形騎士に任せ、騎士王のもとへ向かうとしよう。

 まだ俺が役に立てるというならば。俺が求められているというならば。

 それに全力で応じよう。

 それが此度の召喚での、俺の役目。

 それがクリームヒルトが残した、俺への望みなのだから。

 

 

 +

 

 

 流石は同じ、フィオナ騎士団で武勇を立てた英雄と言えよう。

 呼吸一つまで合わせられた連携は、マスターとサーヴァントという関係以上に互いを引き立てている。

「何たる絶技か! やはり、只者ではないな……!」

「貴公こそ、その槍技、生半な鍛え方ではあるまい――!」

 ディルムッドの双槍はランスロットと互角に及んでいる。

 いや――僅かながらランスロットが押しているが、その劣勢を補っているのがフィンの魔術だ。

 彼の魔術は強化や妨害、回復などに幅広く対応し、自身とディルムッドを同時にサポートしている。

「随分器用ね、口だけじゃないってことかしら?」

「その通りだとも。見直したかね? 降伏ならいつでも受け付けよう。花嫁を傷つけるのは望むところではないからね」

「ハク、向こうを見るのもいいけど、こっちも補助頼むわよ」

「あ、ああ……!」

 メルトはフィンのアプローチを、見事なまでにスルーしている。

 それがわざとであるのかどうか。……いや、不要な考察だ。今は勝つことを考えよう。

 あの二人の連携は厄介だ。打ち崩すならば、フィンを先に討つべきか。

 まず始めにあの魔術をどうにかすることが勝利への一歩だ。

「っ――」

「ははは! これは微塵も侮れないな! 傷を癒すぞディルムッド!」

「させない――!」

 短時間ながら確かな、強化への妨害。

 あまり効率が良いものではないが、出し惜しんで長引くことを考えればマシだろう。

 治療魔術を弾き、メルトとランスロットの敏捷を強化させる。

 フィンは魔術においても才能を発揮した大英雄だが、メルトの相手をしている以上適宜の対処では此方が勝る。

 そして、二人に強化が掛かっているうちにフィンを追い込む――!

shock(弾丸)!」

「うおっと!?」

 対魔力によりダメージは殆どないが、僅かに動きを鈍らすことは出来る。

 敏捷性が自慢のランサークラスからその速度を奪うことは、決定的な隙に繋がる。

 速度を高めたメルトの刺突は、正確にフィンの心臓を貫き――

「主よ!」

 ――届かない。

 ランスロットの剣を弾いて迫ってきたディルムッドの赤槍により、一瞬の隙は埋められた。

 やはり、彼らの連携は此方の急造のものとは比較にならない。

 もう片方の黄槍が振るわれる。

 術式は間に合わない。躱せない――――!

「む――!」

 メルトを切り裂く筈だった槍は、凄まじい勢いで飛んできた何かの迎撃に使われた。

「ランスロット!」

「失礼、ミスメルト。お怪我はありませんか?」

 どうやら、ランスロットによる補助らしい。

 剣を鞘に納めた彼が何をしたのか分からないが――何かを投擲したのか。

「ほう。ただの石が『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』と打ち合って砕けないとは! 流石の騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)と言ったところか!」

 ――『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。

 謀略により徒手で戦うことになったランスロットが、楡の木の枝を武器として敵を打倒した逸話による何らかの力。

 それによって石を強化し、槍を防いでくれたのか。

「助かった、ランスロット」

「構いません。お二人がご無事で何より」

 負傷は免れたが、フィンは弾丸の衝撃から立ち直り、再び槍を構えている。

 仕切り直しだ。最早同じ戦法は通用しないだろう。

「油断は大敵です、主」

「ああ、助かったぞディルムッド。これは私も名誉挽回が必要だな!」

「……となると、使うのですか」

「使うとも! 勝ちを取りに行くぞ、ディルムッド――!」

「はっ!」

 ディルムッドがフィンを守るように、前に立つ。

 後ろのフィンは、紫槍の刃先に膨大な魔力を込め始める。

 ――宝具の使用。勝負を決めに来たようだ。

「ハク!」

「ああ!」

 弾丸を複数射出。フィンを止めに掛かるが、ディルムッドの槍はその直撃を許さない。

 宝具解放のための、大きな隙。

 それを堂々と晒すことが出来るのは、信ずる騎士が傍にいるがため。

 騎士は信頼に応え、だからこそフィンは水の槍を振るう。

「我らに敗北などない、戦神ヌァザの加護ぞある! 神霊をも屠る魔の一撃、その身を以て味わうがいい!」

 ケルト神話の戦神ヌァザ。フィン・マックールはかの神霊を先祖に持つとされる。

 ヌァザが司る権能は水。

 よって、フィンが操るのも水の一撃――!

「くっ――」

無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)!」

 紫槍に込められた水の魔力が、その真名と共に解き放たれる。

 激しい水の奔流は、破壊力に関して最上位の聖剣や魔剣に匹敵するほどのものではない。

 だが、神霊アレーンを討ち取った水流は、英霊殺しなど容易く成し遂げよう。

 直線の一撃。僕一人では、到底回避は間に合わなかっただろう。

 回避を可能としたのは、メルトが有事の際その手に巻き付けて武装としている布。

 男性に対して高い拘束力を持つ礼装は、こうした危機に非常に役立っている。

「ッ――――!」

 ランスロットもまた、鋭い反射神経で横に跳び、回避した。

 だが魔槍の奔流がこれで終わる筈はない。

「メルト! 後ろ!」

「くっ……!」

 水の流れが変化する。

 勢いそのままに、此方に向かい奔ってくる。

 周囲のエネミーや人形騎士を粉砕しながら驀進する水流は獲物を呑みこむまで止まるまい。

 二度目の回避。だが、敏捷性の高いメルトと言えど僕という荷物を抱えた以上長くは持たない。

 何しろ、敵はフィンだけではない。

shield(防御)!」

 もう一人の槍兵に大きな隙を晒すメルトを、逃す訳がない。

 ディルムッドの双槍を盾で防ぐ。二撃三撃と持ちこたえるものではないが、突撃を防ぐには十分だ。

「小細工を……ッ!?」

 すぐに盾は砕かれる。だが、追撃はない。

「ランスロット殿――!」

 それに対応できたのは、ディルムッドが尚も周囲への注意を怠っていなかった証拠だ。

 視界の外から飛来してきた矢を、赤槍で打ち払う。

 ランスロットが持っている弓――あれは、人形騎士が装備していたものだ。

 葉脈の如き魔力が巡り変異した弓は、高いランクではないながら宝具に変じていた。

 なるほど、あれが、ランスロットの『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』か。

 手にしたものは何であれ、彼の宝具(ぶき)になる。

 剣を自ら納め、あらゆる局面に対応できる戦い方に彼は変更したのだ。

 今度はランスロットを狙い、水流が迸る。

 弓矢を放り、破壊された人形騎士が落とした盾を拾い、それを防ぐ。

 正面からではなく、斜めに逸らすように。同時に投げられた矢はディルムッドを牽制し、追撃をさせない。

「ハク、そろそろどうにかしないと……」

「分かってる。決めに行こう」

 地を穿ち、尚も勢いを弱めない水流は、地上で不可思議な流れを作っている。

 水流が方向を変える度に、戦場は狭まり、動ける範囲が無くなっていく。

 この状況で何事もないように動けているディルムッドは、生前から慣れているものなのか。

 このままでは不利になる一方だ。いつか動けなくなり、水流は僕たちを捉えるだろう。

 ならば、その前に決着を付けるしかない。

 幸い、まだ最低限の空間は残っている。

「ランスロット! ディルムッドを!」

「御意に――!」

 槍二本を拾い上げ、宝具となったそれが振るわれる。

 僅か、意識を外させるだけでいい。ディルムッドも動きが制限されているのは事実。ならば動きはある程度、予想が出来る。

「メルト、水を!」

「――ええ!」

 高く跳躍。何かをしようとしていると見て取ったディルムッドが、赤槍を投擲してくる。

 短槍一本でランスロットを相手出来得るという自信があっての行動だろう。

 だが、ディルムッドは選択を誤った。ランスロットとの交戦を中断し、如何に動きづらくとも此方に迫るべきだった。

 何しろ、槍だけでは意思を持ち、対応することは出来ない。

 そして速度があろうとも、予め来ることが分かっていれば対応も出来る――――!

「頼む、()()()――女神の繰り糸(エルキドゥ)!」

 左手に眠る束縛を目覚めさせる。

 月の裏側に残された少女に託された、創造の概念。

 あの時程の自由度はないが、束縛においては非常に優秀な性質を発揮する。

 展開、射出。気泡のように浮いた泥から伸びた鎖がブービートラップのように槍を捉え、絡めとる。

「なっ……!」

「まさか!」

 フィンとディルムッド、両者の驚愕。

 水の奔流が此方に向かう。だが、最早遅い――!

暴かれる嘘吐きロイス(オーバー・メルトダウン)!」

 あの水流はフィンが常に魔力を消費し続けることで勢いを維持している。

 ならば、その全てを攫ってしまえばいい。

 戦場に解き放たれた、第二の波。

 フィンは槍を振るい、独立した水流を盾に使うことでその波を防いだ。

 だが暴威を振るっていた奔流は、その統制を溶かされて勢いを完全に失った。

 水に浸った戦場に、飛沫を上げて着地する。

 宝具の再使用などさせない。もう一度真名が解放される前に、メルトが足を振るう。

月影の名は魔刃ジゼル(ブリゼ・エトワール)!」

 多大な魔力消費を代償に、鋭利な斬撃を多数放つ対軍仕様のメルトの大技。

 水を切り、フィンとディルムッドに同時に迫る斬撃は、それだけで討ち取れるものではないだろう。

 だが、短槍のみでランスロットの猛攻を対処するディルムッドに、それを回避するすべはない。

 フィンはこの一瞬、防御に使った波が視界を塞ぎ、対処に遅れた。

「づっ――!」

「が、ぁ……ッ!」

 フィンは幾つかを受けながらも、致命傷に至るものは全て防いだ。

 ディルムッドはまともに受け、それでも最後にランスロットの槍を二本とも弾き飛ばした。

 だが――そこまでだ。

「終わりよ、臓腑を灼くセイレーン(グリッサード)!」

「今一度目覚めよ、無毀なる湖光(アロンダイト)ッ!」

 水を滑るように一直線に跳んだメルトの棘が、対応の追いつかないフィンを貫き。

 得物を弾かれることを読んでいたように素早く剣を鞘から引き抜いたランスロットが、ディルムッドを切り裂いた。

 しかし、霊核を破壊されても決して崩れ落ちることはなく。

 ただその決着を、黙って理解した。

「っ……負けた、か」

「申し訳、ありません、我が主。私は、ここまでのようです」

「構わないさ。我々は全力を尽くした。それが及ばなかっただけの話だよ」

 体を粒子と散らしつつも、しかしフィンに後悔はなかった。

 その様子に、ディルムッドも笑う。

「……そう、ですね。これも運命の導きでしょう」

「その通り。正直、黒竜王はどうでもよかった。私の願望(ギフト)は成された。老いた私の最大の過ちを知って尚、ディルムッド・オディナという騎士と共に戦いたかった。ディルムッド、お前は、どうだったね?」

「言うまでもありません。貴方と共に戦えた。これ以上の喜びが、他にありましょうか」

「そうかそうか。なら、良い。共に笑って逝くとしよう」

 かつて、彼らの主従にして友情は一つの過ちによって崩れ去った。

 だが、今は英霊の身。二度目の生にして、彼らは互いの望みを達成したのだ。

 だから彼らには、後悔も未練もない。

「少女よ、君の心を奪えなかったのは心残りだろう。だが、だからこそ美しいな。高嶺の花というのは」

「一昨日来なさい。私には既にマスターがいるのよ」

「ううん、かつてない振られ方だ。これも人生経験か。……ではな、魔術師。その花、精々手放すなよ?」

 最後に、此方に忠告するように言葉を投げ掛けて、フィン・マックールは消えた。

 そして追従するように、ディルムッドもまた消滅していく。

「……見事でした。お二人の雄姿、確かにこの目に焼き付けました」

 ランスロットは散っていった英霊に敬服をもって、一礼した。

『……二人の消滅確認。これで、黒竜王以外の敵英霊は全員消滅したよ』

「……そうか。行こう、二人とも。まだ戦いは終わってない」

「ええ。終わらせに行きましょう」

「承知しました。この剣、最後まで王のために振るいましょう」

 どうやら、僕たちが最後だったようだ。

 最早残る敵サーヴァントは黒竜王ただ一人。

 フィンの宝具に蹂躙された戦場は、未だエネミーが多くいる。

 だが、気にかけている余裕はない。黒竜王を倒すことが最優先だ。

 行こう――この時代最後にして、最大の敵のもとへ。




これにてベオウルフ、シャルルマーニュ、フィン、ディルムッドは退場となります。お疲れさまでした。
シャルルマーニュは黒竜王に「不戦」を誓っていました。
これは彼なりに、黒竜王の思惑を察してのことです。
そもそも十一節で撤退するハクたちを追ったのも、自身がさっさと退場するためのものでした。
オリ鯖でありながら見せ場の殆どなかった王様。詳しくは章末のマトリクスで。
そしてEXTRA編以来の登場となる『暴かれる嘘吐きロイス』。私自身忘れてたとかじゃ……ないですよ?

さて、次回は一章最終話となります。
今年中の更新目指して頑張ります。


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第十七節『絢爛虚像円卓』

FGOのエンディングで完全燃焼してモチベがなくなる、FGOロスなる現象が多発しているようですが皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
私は絶賛ロス中です。

さて、そんな中で一章最終節、今年最後の更新となります。
CCC編最終話を超えて、これまでで一番長い一話となりますが、どうかお付き合いください。


 

 

 焦燥から来る不安と、信頼から来る安心。その両方があった。

 アルトリアには、べディヴィエールだけでなく、戦いを終えた英霊たちが救援に向かっている。

 ――ならば、少なくとも負けることはない。

 ――それでも、黒竜王には及ばない。

 何を馬鹿なことを。信じなくてどうする。

 今僕がすべきことは、そんな不要な心配をすることではない。

 最悪の結末を無くすべく、一刻も早くアルトリアのもとへ参じることだ。

 フィンの宝具によって水浸しになった体はひどく冷たく、服はべったりと張り付いて動きづらい。

 こんな状態で走り回ることなど初めてだ。

「――見えた!」

 エネミーと人形騎士が戦う中、黒竜王と戦う騎士たちがいた。

 兜を外したその顔つきは、確かにアルトリアだった。

 選定の剣を引き抜き、不老となったその姿が変化することはない。

 成長するのは、精神や武の冴えのみ。

「……まさか」

「どうなってるのよ、あれ……」

 黒竜王一人に対して、英霊四騎とアルトリアが挑んでいる。

 だというのに、誰一人の剣も、黒竜王には至っていない。

 ある剣は、黒竜王の剣が受け。

 ある剣は、黒竜王がその身に纏う風が弾き返す。

 あまりに規格外の密度で吹き荒れ、視認出来る程の烈風は、剣にも勝っている。

 外敵からその身を守る風の鎧。

 間違いない。あの凄まじい守りは、聖剣に次ぐ黒竜王の宝具だ。

「……来たか」

 黒竜王が気付く。

 その冷たい視線が、此方に向けられる。

「ハクト……!」

「戻ったのですね、三人とも! 無事で良かった……」

 全員、目に見えて疲弊している。

 対して、黒竜王は一切傷を負っていない。

 戦闘状態の彼女と対峙してみるだけで、分かった。

 戦える存在ではない。勝つどころか、まともな戦闘にすらなりはしない。

 黒竜王はアルトリアたちの剣を迎撃しかしていなかった。

 もしも攻めに出ていれば、僕たちが辿り着くまでに全てが終わっていただろう。

『……解析、完了。クラスはセイバーだけど……何この霊基……ステータスで測れるレベルじゃない!』

 白羽の驚愕は当然だ。

 目の前に立つと、解析を行うのでは感じ方は違うだろうが、それでも等しく絶望感だけは感じられよう。

 風の竜鎧を纏い、聖剣を担う王。完成された未来のアーサー王は、最早サーヴァントという枠組みに収まる存在ではない――!

「我が騎士たちは全て敗れたか。あの時の戦いのようだ。……いや、今の私には、看取る騎士もいないな」

 その目は一瞬、べディヴィエールに向けられ――すぐに、ランスロットに移される。

「ランスロット。それが卿の選択か」

「はい。王の過ちを正すは騎士(われら)の務め。その為ならば、今一度私は逆徒となりましょう」

 それほどまでに絶望的であっても、ランスロットは一切動じない。

 最早小手先の細工は通用しない。信ずる剣を握り込み、かつての王に対峙する。

「ええ、我ら円卓。今を生きる王を守り、未来にて微睡む王を正す使命において、心は一つとなった。なればこそ、この剣も、この心も、不朽にして不屈にございます!」

「そういうこった。どれだけ貴方がオレを見なくとも、オレは貴方を見続ける。オレの前に立ちはだかるなら、何度だって切り伏せてやる!」

 不可視の腕を振るうべディヴィエールが。片目を失ったモードレッドが。

 共に戦意を露わにして、黒竜王に剣を向ける。

 そんな状況にあっても、黒竜王の表情は一切変わらない。

「そうか。であれば、お前たちも敵だ。そも、微睡みに我が騎士の姿があることがおかしいのだろう」

 黒竜王は彼らを斬ることに、躊躇いを持たないだろう。

 彼女は騎士たちを敵として見ている。

 僕たち、円卓と関係のない者たちは猶更だ。

「異郷の勇士たちよ。尚もこの時代を捨てることのないお前たちに、私は敬意を表そう。何としてでも、私を止めるというのだな?」

「ええ。好き勝手させる訳にはいかないわ」

「ならば、やってみるがいい。全力で挑め。私を打ち倒してみろ」

 やはり、戦うしかない。

 どれだけ強大な存在であろうとも、倒さなければならないのだ。

「我が聖剣の光に呑まれるか、屍どもに食い散らされるか。どの道、逃げないならばお前たちに未来はない」

 手に握られた聖剣の光が一際強くなる。

 それに呼応したように、周囲のエネミーたちの殺意が向けられる。

 残った人形騎士たちが潰され、引き裂かれ、砕けていく。

「……この魔性、お前が生み出したものか」

「然り。嵐の王(ワイルドハント)としての我が性質、その一端を引き出した。案ずるな。これが全てだ」

 そうだとしても、量が多すぎる。

 これまでは人形騎士がどうにか相手出来ていたが、今、その魔力量が増大した。

『ッ……マズいよ、エネミーたちの魔力が五割ほど上がってる! 人形騎士じゃ止められない!』

 黒竜王だけでも取れる手立てが皆無に等しいというのに、この数のエネミーまでも相手取らなければならないと……?

 ――無理だ。

 何より単純な、数の差だ。一騎当千の英霊であっても、この量、この魔力の敵に大挙して来られては抵抗も空しい結果となろう。

 こうしている今も、あの大群を止めてくれていた人形騎士が一人、また一人と減っていく。

「……きついわね」

 メルトが、苦々しい本音を漏らす。

 認めたくはないが……これでは、黒竜王の相手の前に、エネミーを倒しきるのが不可能に近い。

 これが、黒竜王が敵とみなすということ。最早、これまでか――

 

「――――いやいや。まだ終わらないだろう。それじゃああまりにも興醒めというものだよ」

 

 ――その声は、後方から聞こえた。

 いや、空から聞こえた気もする。

 というか、高空に浮いた何かが後ろから話しかけてきたような――。

「……は?」

「ばっ」

「なんと……!」

 それぞれが、困惑を口に出す。

「――」

 それまで無表情だった黒竜王までもが、一瞬、目を丸くして。

 発生した珍事の名を、アルトリアが呼ぶ。

「な、何をしてるんですか、マーリン!?」

「いやなに。多少のサポートはすると言っただろ? 花の魔術師マーリンさん、皆のピンチに遅れて登場さ」

 その姿は紛れもなく、キャメロットに残っている筈のマーリンその人だった。

 ただし、明らかに僕の知っているマーリンと違う点が二点。

 一つ、雲をつくほどに巨大であること。

 二つ、透き通っていること。

 だれが見ても明らかな、幻影だということをこれ以上ないほどにアピールした演出過多な逸品だった。

「皆が活躍しているからね。ここは私も活躍するしかないと思ってとびっきりの映写魔術を――どはぁ!?」

 全員が呆然とその透明な巨体を見上げている中、状況の説明を始めたマーリンが、唐突にぶれる。

「ちょ、待て。待ちたまえキャスパリーグ! これ結構集中力使うんだから、痛い痛い! さっさと仕事しろって、少しはかっこつけさせて……あだだだだ、噛むんじゃない!」

『フォーウ! フゥゥゥゥ!』

「ぐあああああ! おのれ化け猫! いやさ魔獣め! これからこの私の一世一代の気まぐれを見せてやろうというのに!」

『フォウフォーウ』

「え? 気まぐれを起こす頻度なんて一日十回じゃきかないだろうって? いやまあそうなんだけどぎゃあああああ!?」

 ――消えた。

 何やら奥から聞こえる小動物の鳴き声と言い争いながら悶えるマーリンを暫く見ていたが、その姿が唐突に弾けたのだ。

 話によるとこの奇妙な魔術は集中力を使うようだが、どうやらその妨害によって限界を迎えたのだろう。

 しん、と戦場に静寂が訪れる。

 意思のない筈のエネミーたちまでもがその光景に目を奪われていた。

 それから十秒ほど後。

「――こほん。失礼。宮廷魔術師の分際であまり出しゃばるなと使い魔にどつかれてしまってね。仕方ないので本当に珍しく、本体の私がやってきたよ。拍手喝采で迎えてくれたまえ」

 巨体でもなければ透けてもいない、知っている等身大のマーリンが戦場に現れた。

 元から乱れた髪が更にボサボサになっていたり、満開の花を思わせる装飾がまるで獣に踏み散らされたように折れ曲がったりしているが、まったくいつものマーリンだ。

「さて――」

 飄々とした雰囲気を崩さないまま、マーリンは黒竜王に微笑み、一礼した。

「ご機嫌よう、黒竜王(ヴォーティガーン)。いや……自称であってもこの名はキミに相応しくない。未来のアルトリア、ボクのことは覚えているかな?」

「……覚えているとも、マーリン。久しく顔を見ていなかったが、貴様は変わらないな。出会った時から、別れまで」

「人間そう簡単には変わらないさ。ボクは夢魔だから、猶更ね」

 黒竜王の圧を前にして、花の魔術師は一切態度を変化させない。

 夢魔である彼の当然の性質なのかもしれないが、ここに来て尚も笑うその様は異様だった。

「それで、何をしに来た。サポートとは言うが、空気を読まず茶々を入れたことがそれなのではあるまい」

「勿論。ようやくキミが出向いてくれて、私も本領が出せるようになったからねえ。せっかく異邦の客人が来たんだ。マーリンさんの大魔術を見ていかないと勿体ないじゃないか」

 黒竜王が出向いたことで……本領が出せるようになった?

 これまで助けになった転移でさえ、通常の魔術師であれば及びも付かない領域にあるものだ。

 それが本領でなかったとして、何故黒竜王が関係あるというのか。

「いやあ、とんでもないモノがやってきたと思ったら微睡みの淵と来た。こうしちゃいられないと意識を飛ばしてみたら繋がりは断絶されるし。キミの夢にどれだけの間閉じ込められていたと思ってるんだい?」

 つまり……マーリンは黒竜王が来た瞬間から、その特殊性を察して彼女の夢へと分身を忍び込ませていたのか。

 夢魔としての性質を使えば、然程難しいことではないのだろう。

 だが、千里眼でも見通せないほどの、特異な領域を黒竜王が作り出したことで、本体と分身のパスが切れた。

 それによって力を十全に使えないでいたが、その領域から黒竜王が出てきてようやく回収が叶ったと。

「まあ恨み言はなしだ。元はと言えば勝手にキミに入り込んだ私が悪いのだしね」

「……そうか。貴様は、見たのか」

「見たとも。ああ、楽しみだった演劇の結末をバラされた気分だ」

 マーリンは、黒竜王の真相に触れた。

 今のマーリンでは知らない筈の、未来のアーサー王について全てを知った。

 これまで、円卓の騎士たちが伝えずにおいた、その結末までもを。

 それでもマーリンは態度を乱さない。言葉の通り、楽しみを奪われた子供のように、残念そうに肩を竦めるだけだ。

「だが、だからこそ此処に来たのさ。我らが王、未来の同居人。アルトリア、キミには迷惑を掛けるが、此度の手助けの礼ということで勘弁してくれたまえよ」

「マーリン、何を……」

「この戦い最後の手助けだよ、アルトリア。数えるのも馬鹿らしい魔性どもは私がどうにかしよう」

 杖を掲げるマーリンを妨害する者は、誰一人いなかった。

 黒竜王が剣を振れば、その剣光は容易く彼を呑み込むだろう。

 迫れば三秒と掛からぬ位置にキメラがいる。その爪が彼を引き裂くことも出来るだろう。

 だが、それをしない。マーリンに対する、黒竜王の慈悲なのだろうか。

 ただ一人、アルトリアが彼を守るように前に立った。

 それは、自身の役目だと判断したからか。その姿に優しい笑みを浮かべ、マーリンは“とっておき”の魔術を発動する。

「不正なる命、悪夢なる嵐。彼方の楽園にて過ちを正すがいい。血肉は妖精が弔おう。骨は花へと変わるだろう」

 その魔術の発現(はじまり)は、まるで、この時代に――この地上に初めて立った時のようだった。

 陽だまりの暖かさ、膨大な神秘、そして空気。

 それらが再び新鮮に感じるのは、巧妙に紡ぎあげられた芸術であるからだ。

 作り物だというのに、作り物とは思えない。その魔術は、自然(せかい)不自然(じぶん)の完全なる調和によるもの。

 花が咲く。地に満ちる魔力(いのち)を糧に、鮮やかな花があちらこちらに咲き誇る。

 これが、花の魔術師たる所以。

 マーリンという、この時代において頂点の魔術師が誇る大魔術。

「旅立ちの時だ、『彷徨える妖精郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』!」

 その瞬間、周囲にいた無数のエネミーは全て消滅した。

 致命傷を受けて霧散していく消滅ではない。これは転移だ。

 後に残るものは何もなく。ただ、マーリンが咲かせた花々が戦場を花畑に変えていた。

「――はぁ――! つっかれた! 二度とやらないだろうね、こんなこと!」

「ま、マーリン、今のは……」

「アヴァロンに送り付けてやったのさ。後は魔力が尽きればそれでよし。まだ活動する輩は……まあ、向こうで私かアルトリアが何とかするさ」

 未来に負債を思いっきり押し付けた、とんでもない迷惑行為だった。

 妖精が住まい、未来では騎士王が眠りマーリン自身も幽閉されることになる理想郷アヴァロン。

 ブリテンを象徴する伝説の島への、無数の魔性の郵送サービス。

 クーリングオフを受け付けない一方的な悪徳商法。

 如何に窮地に陥っていても思いつくことはないだろう、蛮行極まりない行為だ。

「な、何てことを! あんなものをかの妖精郷に放り込むなんて!」

「いやいや、だってどうしようもないじゃないか。四方八方から襲い来る魔性を一息で吹き飛ばすなんてあのアルトリアにも不可能だ。それこそ原初開闢の乖離剣くらいじゃないと……」

「だからと言って――!」

「賢明だなマーリン。それは正しい行いだ」

 当然のように食って掛かるアルトリアだったが、マーリンの行いを肯定したのは他ならない黒竜王だった。

「妖精どもは巧く隠れよう。未来に至るまで朽ち果てることなく生きていれば、貴様がどうにかするのだろう?」

「任せてくれたまえ。まあ、私でも無理だったら、アイツを嗾けてやればいい。人間世界にこれだけ浸ったならさぞ狂暴に喰らってくれるさ。そこからは考えてないけど」

 その会話は、未来のアルトリアと、未来を知ったマーリンしか真意を知りえないことだ。

 だが、何にせよ最早あの魔性たちは脅威ではなくなった。

 後はこの、比較にならない強敵を打ち破るだけだ。

「だがな。それとこれとは話が別だ。私を破らねば、そこの小娘と共にこの時代は終わる。貴様一人増えて、どうにか出来るとでも?」

「うん、無理だね。だが、その無理を通すのが人間であり、その絵を眺め続けるのがこのボクだ。であれば、人間の傍で絵空事の真似の一つくらい出来るさ」

 言いながら、マーリンはもう一度杖を振るう。

 すると杖は形状を変化させ、一振りの剣となった。

 杖そのものに宿る魔力はそのままに、近接戦闘を可能とするだけの業物へ。

 聖剣ではない。魔剣でもない。伝説は皆無でありながら、大いなる神秘を持った剣へ。

「マーリン、剣の腕が?」

 疑問を投げたレオに、マーリンは得意げに笑った。

「勿論。何てったって私はアルトリアの剣の師だからね。少なくとも老いたエクターより強いよ、私は」

「はい! マーリンがいれば百人力です! 皆さん、今度こそ、黒竜王を討ちます!」

『御意――!』

 騎士王の号令に、仕える騎士たちが応える。

「セイバー、任せましたよ」

「了解した。命令を遂行する、マスター」

「メルト、ジークフリート。行くぞ――!」

「ええ。終わらせるわ」

「承知。今こそ、この聖剣の全てを――!」

 先陣を切るモードレッドの雷剣を、圧倒的な魔力放出を伴う聖剣が打ち払う。

 続くアルトリアの聖剣を、返す刀で受け止める。

 べディヴィエールの剣を、ランスロットの剣を、ジークフリートの剣を、纏う風が暴威となって弾き返す。

「砕け散れ――!」

「はっ――!」

 鞭の如くしなるアルテラの剣が風を切り裂く。

 メルトの刺突が風を貫く。

 だが、黒竜王には至らない。

「――そこ!」

 しかし黒竜王の動きを封じた。

 しかし黒竜王の守りを削った。

 それらを通じて、踏み寄ったマーリンが剣を振るった。

 ――届かない。そこまでやって、ようやく鎧を掠める程度。霊核どころか、鎧の奥の肌すら遠い。

 再び風の守りは勢いを取り戻し、周囲にいた者たちを悉く吹き飛ばす。

「――――」

 暴威が解かれる。全員が離れたのを良いことに、風が散っていく。

 しかしそれは隙ではない。輝きを増した聖剣はごく軽い振るわれ方で、その獲物を狙っている。

 あまりにも自然に、あまりにも躊躇なく、それを放つための溜めすら必要とせず。

 ただ単純明快に、相手を殺すための一振りとして、聖剣の神秘を解放している。

 止められない。魔術を紡ぐことさえ出来ない。庇うための一歩を踏み出すことも間に合わない。

 何か出来るとしたら、傍に立つ彼だけだ。頼む、どうか――

「――約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 花は呑まれ、大地は灰燼と化した。

 一方向だけを完膚なきまでに蹂躙する剣光は、その二人以外の全てを見逃した。

 だからと言って、誰もその隙を突くことが出来ない。否、そのような考えに至らない。

 何より気に掛けるべきは、その呑まれた二人だ。

「王ッ!!」

 アルトリアとマーリン。二人のいた場所は聖剣の光が奔っている。

 まともに受ければ、決して耐えることが出来ないだろう。

 光が収まる。当たり前のように、そこには人影の一つすら残っていなかった。

 達成感に浸ることもなく、黒竜王は背後を振り返る。自然と、その先に視線を向ける。

「危ない危ない。本番に強くて良かった。あそこで噛んでいたらそれこそお終いだった」

「ええ、ですが五十点です。ここは反撃のためもっと黒竜王の近くに転移するべきでしょう」

「そんな無茶な。これは花を咲かせていたから咄嗟に出来たことだよ? 彼女の近くなんて、風で全部舞ってしまっているじゃないか」

 そこには、その白い外套を黒く焦がしたマーリンと、純白の鎧の一部を黒く染めたアルトリアが立っていた。

「マーリンの言った通りになりましたね。あの私も、周囲一帯を剣で呑みこむことは出来ない」

「そうとも。それを突いたヒット・アンド・アウェイ――いや、回避に回避を重ねていれば、いつか彼女にも届く筈さ」

 呑気に言ってのけるマーリンだが、それは不可能だ。

 Aランクを超える宝具を解放して尚、黒竜王の魔力は大部分が健在だ。

 今の転移を可能としたのが咲き誇る花なのだとしたら、魔力が無くなるまで回避しきるより先に花が尽きる。

 そもそも、黒竜王は真名開放をせずとも僕たちを十分に凌駕している。

 先程のように、単に近接戦闘を行うだけでも勝ちうるのだ。

 ゆえに、そんな魔力を無駄に消費し、かつリスクの高い戦法を取る訳がない。あの冷静な王は、可能性の高い手段を取る。

「……挑発か、マーリン」

「おや、そう捉えたか。ならばよし。それで、この魔術師の挑発に乗ってくれるのかい?」

「……良いだろう。この時代の貴様に余計な未来を見せた詫びだ。貴様の望みとは違うだろうが、魔力を余計に使ってやろう。これが決別だ」

 あまりにも無謀な策を提示したマーリンに、黒竜王は厳かに一つ頷いた。

 それがマーリンの考えていた策と違うことは、すぐに分かった。

 聖剣を手放し、代わりにもう一つの得物が握り込まれる。

 螺旋を描く嵐の錨。神聖な光に包まれた星の塔。

 ――聖槍だ。

 聖剣と同様にアーサー王を象徴する宝具。そして――

「ッ……!」

「……モードレッド、冷静に」

「……わかってるよ。失態は晒さねえ」

 アーサー王最後の戦場、カムランの戦いにおいて、逆徒モードレッドを殺した槍。

「私はこれに九割の魔力を込めよう。逃げ場などない。やがてこれはブリテン全てを覆う光となる」

 これが、マーリンの挑発に対する返答。

 宝具ランクは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と然程変わらないだろう。

 だが、黒竜王がわざわざ持ち替えたということは、その一撃による勝利を信じているということ。

 即ちこれが決着の時。どちらが勝つにせよ、戦いはここで終わる。

「マーリン、勝機は?」

「……たった一つかな。真実、あれは逃げては駄目な代物だ。大丈夫、まだ終わった訳じゃない。皆の力が必要だがね」

「……信じますよ」

 そして、マーリンにはこの状況に打ち勝つ手段がある。

 正直なところ、僕では思いつかない。

 マーリンが考えるならばさぞ知的な方法なのだろうが、僕にはその智慧がない。

 ――口惜しく思う。

 だが、今は彼を信じるしかない。

『白斗君、レオ君、メルトちゃん……今ならまだ、戻ってこれるよ』

 白羽の提案は、本人も答えなど分かっているのだろう。

 この時代を救うために来たのだ。この局面で逃げ帰るなどあり得ない。

「……分かってるでしょ、シラハ。ハクの答えなら」

「ハクトさんなら、当然の答えですね。まあ、僕も正直……恐怖はないんですよ。この程度の絶望感なら、月の裏側とさして変わらない」

「そう、だね。まだまだ、乗り越えられる逆境だ」

『……はあ。まったく、本当に馬鹿ばっかり、なんだから』

 絶望はある。だが、諦めはない。

 諦めがない以上、ここでやるべきことは変わらない。

 黒竜王を打ち倒す。マーリンの秘策に全てを託し、この障害を乗り越える――!

「ならば見せてみろ。お前たちの可能性。目を閉じるな。苛烈たれ。立ち止まるな。変化せよ。全てを以て、最果て(わたし)に至れ」

 宝具が解放される。その膨大な魔力に風の鎧は吹き飛ばされ、再び黒竜王は無防備を晒す。

 天に槍が掲げられる。その槍を中心として、光の嵐が巻き起こる。

「聖槍、抜錨。十三拘束、強制解放。其は空を裂き地を繋ぐ、嵐の錨。十三束ねる牙の影。彼方に満ちる星の塔。故に――」

 ――来る。

 あれは全方位を蹂躙して奔る、光の柱だ。

 決して逃れることは出来ない。だが、恐怖は消えた。

 あの魔術師と――あの王と共にいるならば、かの聖槍と対峙しても、敗北はない!

 

 

「――――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)――――」

 

 

 真名が解放され、柱が顕現する。

 それと同時に、マーリンが何度目かの転移を使い、自身の周囲に全員を招集した。

 これほどの出力は果たして“宝具”という枠組みに収まる代物ものなのか。

 成層圏のその先まで届かんばかりの光は、込められた魔力量から先程の聖剣を遥かに超える熱量を持っている。

 その光は、この世界への侵攻を始めた。

 熱が世界を焦がし、燃やしながら広がっていく。

 速度は遅いが、なるほどあれならばこの世界のどこへ逃げても助かるまい。

「さて……正真正銘、これが最後だね。皆、覚悟はいいかい?」

 否定を返す者は、誰一人いない。

「よし。じゃあ、始めようか」

「で、どうすんだよマーリン。秘策、持ってるんだろ?」

「ああ。それではお披露目だ――キミらがあの柱の外装を引っぺがし、道を拓き、アルトリアが斬る。以上だ!」

「…………は?」

 ……えっと。つまりは。

 ただ単純な、力押しの正面突破?

「……それだけ?」

「それだけさ。剣戟で勝つよりも、聖剣から逃げ続けるよりも確率のある方法だ。何故ならまだ、我々で柱を剥がせる可能性がある」

「そうか。まだ黒竜王との距離は離れていないから――」

「ご名答。逃げていればチャンスはなかったが、解放直後なら一点突破で届くかもしれない。悩んでいる時間で可能性は下がっていくが、どうするね?」

 智慧も何もない方法だったが、アレも宝具だ。拮抗することは出来る。

 そして複数が一点に集まれば、そこだけでも引き剥がせるかもしれない。

 問題は、その開いてなお危険な光の奔流に独りで挑む小さな王。

 全ては彼女に託される。他の全てが上手く行っても、彼女が一つしくじれば終わる。

 ランスロットが、思わず一歩前に出た。己が務めようと進言しようとしたのかもしれない。

 アルトリアには恐怖があった。

 時代を背負う重圧だけならばよかった。だが、今から挑まねばならないのは死の嵐だ。

 それまで見たこともないような、鮮明な死を前に、恐怖が拭えない。

「ッ――騎士王! お前ならば出来る、俺は信じ、託そう!」

 ジークフリートが黄昏を解放する。

 アルトリアを信じ、少しでもその負担を軽減すべく、聖剣を構える。

「オレもだ! こんなところで――ブリテンを終わらせてたまるかよぉ!」

 モードレッドが、その魔剣に赤雷を纏わせる。

 先陣を切るべき、遠距離を払う対軍宝具の持ち手。

「……ハク。私では力になれないわ、任せていいかしら」

「……ああ――分かった」

 メルトはその戦闘能力において威力に秀でてはいない。

 戦闘センスはメルトとは比べるべくもないが、僕が勝るのがその一点。

 それでメルトの助けになれるならば、幾らでもこの力を振るおう。

 レオを見る。それだけで、やろうとしていることを察したらしい。

 一つ、頷いたことを許可とみる。発現させるのは、かつて彼に仕え、此度彼が戦った騎士の剣。

「アルトリア。僕も行く。少しでも、君の負担を減らせるように」

「え……? ハクト……?」

 遥か以前、紡いだ絆がある。

 どれだけ記憶の奥底に埋もれても、その絆は色あせることなく残っている。

道は遥か恋するオデット(ハッピーエンド・メルトアウト)

「ハクト……それは……!?」

「お前……へっ、威力はそっくりそのままなんだろうな?」

「同じという訳にはいかないけど……少しでも、足しにするよ」

 べディヴィエールをはじめとした、円卓の面々の驚愕は当然だろう。

 何故僕がその剣を持っているのか。

 その疑問を、しかし別に構わないとモードレッドは笑う。

 ジークフリートとモードレッド、その間に立つ。此処から出来る手助けはこれだけだ。

「行くぞ」

 ジークフリートの号令で、聖剣の魔力を最大限に引き出す。

「邪悪なる竜は失墜する。全てが果つる光と影へ。世界は今落陽に至る」

「この剣は太陽の現身。もう一振りの星の聖剣――」

「これこそは、我が父を滅ぼす邪剣……」

 黄昏が、炎熱が、赤雷が。

 迫る光に向かって、唸りを上げる――!

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!」

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!」

 黄昏が爆発し、幻想の輝きが拡がっていく。

 太陽の灼熱が、燃え盛る閃光となり奔っていく。

 血に染まる憎悪から、赤き雷撃が噴き上がる。

 三つは一か所を目指して真っ直ぐに突き進み、聖槍の光と直撃した。

「ッ――――!」

 返ってくる力のあまりの強さに、吹き飛ばされそうになる体を必死で堪える。

 この剣を持っていたのは、日の下において無双を誇った太陽の騎士だ。

 日はまだ沈んでいない。であれば、ここで偽りの担い手であろうと僕が左右の二人に劣る訳にはいかない。

 ――ビシリ、と何かに罅の入る音がする。

 圧されているのは聖槍か、僕たちか。確認している余裕はなかった。

「モードレッド! ジークフリート! ハクト!」

「いけない、アルトリア。心配する労力さえ惜しいんだ。キミを信じる者を信じたまえ。さて、私ももう一度本気を出すかな!」

 意識の端で、背後の強力な魔術の発現を感じる。

 それは恐らく、マーリンによる支援。

「とっておきだ――そぉれ!」

 膨大な魔力の奔流が、新たに加わる。

 それでも、体に掛かる衝撃の強さは一切変わらない。

 ビシリ、ビシリと割れる音は絶え間なく聞こえているが、未だに状況は何一つ変わっていない。

 ――傍で、誰かが何かを言っている気がした。

 それさえも判然としなくなった。極度の集中と、緊張と、全身が軋む嫌な感覚。

 ふと、一つの敗北を思いだす。

 一人の女との、最後のぶつかり合い。楽園の守護剣を相手に、最強だと思っていた槍で応戦した時。

 何歩劣っていたかは分からないが、あれは僕が持つ記憶の中で、最も悔しい出来事だ。

 この記憶が脳裏を過ぎ去ったのは、ほんの少しでも敗北を考えたからか。

 何を馬鹿な。あの時のように、独りで戦っているのではない。共に戦う者がいる。

 ならば負ける筈があろうか。いや、あり得ない。これはきっと、勝利に繋がる一手なのだ――――!

「っあ――!」

「くっ……!」

「チィ……ッ」

「おっと」

 同時か、或いはどれか一つが脱落したことによる連鎖か。

 大きな罅割れの音の直後、強烈な痛みと共に体が弾き飛ばされた。

「ハク!」

 赤い聖骸布に、体が受け止められる。

 持っていた筈の聖剣は既に消滅していた。

 生命に支障はない。多大な疲労感があるが、周囲の確認くらいならば可能だ。

「メルト……皆は……!」

「全員無事よ。シラハ、状況分かる!?」

『黒竜王までの聖槍十三層、うち七層が破損、残り六層!』

 見れば、光の柱は一部が罅割れ孔が開いていた。

 だが、まだ足りない。僕とジークフリート、モードレッド、マーリンは今出せる力を使い切った。

 それでも――残る六層へと挑む剣は残っている。

「王よ、今一度、貴方に全てを背負わせること、お許しください!」

「心配はありません。貴方は常勝の王、此度においても、敗北する理由などないのです!」

 ベディヴィエールが、ランスロットが、聖槍へと走っていく。

 信ずる王に後を託し、敵への道を拓くべく。

「ベディヴィエール! ランスロット!」

 止まることはない。白騎士は風の義手が握っていた剣を納め、黒騎士は剣の魔力を飛躍的に増大させる。

「我が信念宿して奔れ、乙女の怒り!」

「最果てに至れ、限界を超えよ――王よ、この光、どうぞご覧あれ!」

 不可視であった義手が、黒竜王の風の鎧の如く視認出来る程に吹き荒れる。

 決して毀れることなき剣が、解放されるべき瞬間を今か今かと待ち構える。

 そして、柱の残る層へ向けて、同時に振るわれた。

「――穿いて奔れ、清き乙女(ヴィヴィアン・オブ・エア)!」

「――縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!」

 荒れ狂う小さな嵐が柱を貫く。刀身が柱にぶつかると同時に、込められた魔力が解放される。

 聖槍に及ばずとも、その幾らかを抑え、凌駕することは出来る。

 光の柱との拮抗は自殺も同然だ。遠目に見ても、瞬く間に疲弊していくのが変わる。

 だが、退くことはない。命を賭して全力で、それを打ち破らんとしている。

『三層破損、残り三層。これまでと魔力の密度が段違いだよ――――あっ!』

 観測をする白羽が驚愕の声を上げた時、ぐらりとべディヴィエールの体が揺れた。

 アルトリアが悲鳴を寸でのところで堪えたのが分かった。

 後少し。誰かが倒れようとも、此処で飛び出すことは出来ない。

 アルトリアは、やるべきことを決心した。

 騎士たちが倒れていくことに震えながらも、その目に最早迷いはない。

「セイバー! 令呪で支援します! 宝具を使い聖槍を打ち破ってください!」

「了解だマスター、その命を以て星の神秘を打ち砕く!」

 レオはこの一撃に懸けて、令呪を切った。

 構わない。これは僕が依頼したことだ。令呪の補填は、セラフに戻れば幾らでも可能だ。

 全能力を強化したアルテラが、三色を束ねた剣の魔力を解放させながら聖槍に突撃していく。

軍神の剣(フォトン・レイ)!」

 虹の魔力光を伴った流星となり、アルテラは柱に激突した。

 べディヴィエールとランスロットが打ち砕いた層のその先へ、単騎で立ち向かう。

『二層破損……後少し、頑張ってアルテラちゃん!』

「ッ――――おおおおおおおお!」

 アルテラの目と鼻の先に、黒竜王はいる。

 だがそれを守る最後の牙は、あまりにも強大だった。

 二つを破壊してなお余力を残したアルテラでも、破壊に届かない。

 罅は入っている。後一歩――破壊の瀬戸際、魔力光は霧散していく。

 及ばなかった。そして、全てに打ち勝った聖槍が最初に襲うは、大きく消耗したアルテラだ――!

「負け、る、かああああああ!」

 罅が修復されるよりも前。アルテラが光に呑まれるよりも前。飛び込んでいく騎士がいた。

 既に限界だろうモードレッド。その状態で挑むのは、戦闘続行スキルがあっても無茶が過ぎる。

 その無茶が、しかし最後の牙に至る。

「おらあッ!」

 モードレッドがありったけの魔力を放出して、魔剣をぶち込む。

 割れた――一点の集中攻撃により、遂に黒竜王への道が拓けた。

「アルトリア! 補助するわ、行きなさい!」

「はい! 今こそ全てを――!」

 メルトが脚を振るうと、水の膜がアルトリアを包む。

 さよならアルブレヒトの応用。他者を守ることは本来の使い道ではないが、聖槍から一時的に守ることが出来よう。

 モードレッドが開けた孔はごく小さい。

 本来であれば、無傷では通れず、それだけで焼けてしまってもおかしくない。

 しかしそこを抜ける最後の一手が、メルトによる水の鎧。

 魔力放出により駆け抜けていくアルトリア。

 恐れはない。敗北は見えていない。

 あるのは勝利への確信。未来の己に勝る自分のみ。

「選定の剣よ、力を!」

 べディヴィエールとランスロットの間を抜ける。

「邪悪を断て!」

 モードレッドの傍を抜ける。

 魔力放出の推進力とメルトによる守りで、無理やり最後の孔を突破する。

 黒竜王は聖槍を全力で解放している。その手に今、聖剣はない。

 聖槍の解放を咄嗟に中断し、対応することも出来ない。

 ――或いは、するつもりがなかったのかもしれない。

 どちらにせよ、迫る自身に対して一切何をすることもなく。

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!」

 

 

 ――――一閃。アルトリアの輝ける聖剣が、黒竜王を切り裂いた。

 

 

 

 

 黒竜王の霊核が断たれると同時、聖槍の光は散っていった。

 光の残滓はそれ以上の破壊を招くことなく、(ソラ)へと還っていく。

 メルトの援護があって尚、聖槍を抜けることは簡単なことではなかった。

 焼け焦げた面積は決して小さいものではない。

 だが、致命傷からは遠い。アルトリアは死なず、黒竜王はこの世界との繋がりは失った。

 少しずつ歩み寄る。べディヴィエール、ランスロット、アルテラ、モードレッドもまた、ダメージは霊核には至っていない。

「…………、そのようなことも、あるか。まだ未熟な小娘(わたし)に、負けるなどと」

「私だけじゃない。彼ら全員の助力あってのことだ」

「当然だ。貴様一人では、万度挑まれても敗北などない」

「なっ……」

 何をおかしなことを、とでも言うような視線。

 マーリンがこの戦場に現れたことに次いで二度目の、黒竜王の明確な感情だった。

「だが――貴様の勝ちだ。悔しいが、驕るなよ」

 小馬鹿にしたような言動に言い返そうとするアルトリアだが、黒竜王は気にすることなく歩き始めた。

 モードレッド一瞥すらせずを通り過ぎ、アルテラに目を向ける。

「……何も言うまい。まったく、貴公に聖剣を振るうなど、出来る筈があるまいに」

「……?」

 アルテラは理解が及んでいないようだが、黒竜王は彼女に対して、何か思うところがあったようだ。

 そのまま通り過ぎ、ふと、ジークフリートと視線を交わした。

「……貴公には謝罪が要るな、竜殺し。貴公の妻を狂気のままに呼び、あまつさえ敵対させてしまった」

「その謝罪は不要だ。確かに許し難いことだが、クリームヒルトと再び出会う機会であったことには変わりない」

「そうか。貴公は寛大だ。偉大な英雄だな」

 黒竜王には、どうやらまだ多少なり余力があるらしい。

 だが、敗北は決定した。戦う理由はない。それが、彼女の決定のようだ。

 残る時間を、語らいで終える。

 この会話から見られる性質だけでも分かる。

 ――彼女は、悪に立つべき存在ではないのだと。

「べディヴィエール。ランスロット」

「……はっ」

「……」

 その後、かつて仕えた円卓の騎士に向けて。

 黒竜王はたった一言、最後の言葉を掛ける。

「大儀である。よく、私を正した」

 返す言葉は必要ない。黒竜王は言外に、二人に告げていた。

 ゆえに何も返さない。

 それで、彼らの離別は終わる。

「――」

 ――最後の一撃を行うことがなければ、その気紛れはなかったかもしれない。

 どうせ自身への言葉はないだろう。モードレッドは、そう確信し、それでも良いと思っていた。

 魔力の大部分を使い切り、片目を失い、最後の一撃によって誰よりも傷を負った騎士。

 己の治世を終わらせた逆徒への言葉などないと、本人が一番よく理解していた。

「…………え?」

 だからこそ、不意に頭に置かれたその手に、ひどく困惑した。

「――馬鹿息子が。いや、だからこそか。小利口だったらそれこそ、私の子ではない」

「父、上……」

 置かれた手が消滅する。

 秒読みとなった残り時間。最後に、その瞳は僕たちに向けられた。

「時を超えた勇士よ。この救済、私が消えたとて収まらぬ。三十の人類史、顕現せし異質――即ち、特異点全てを解明し、破壊せよ」

「――特異点」

 やはり、彼女はこの事件の核心を知っている。

 三十の時代の異変。それら全ては一つの事件によるものであり、それら全ての修正が解決への道だと。

 黒竜王の胸に、残った手が伸びる。一瞬、光が瞬き、気付けばその手には黄金に輝く杯が握られていた。

 膨大な魔力。そして、あまりにも異質な存在感。あれは――

『それ! この時代にあった、変な存在の正体だよ!』

「聖杯。我らが探し求めていたものとは違うが、これは真実本物だ。全ての特異点に一つある。破壊せよ。月の機能を用いれば、難しいことではない」

 杯――聖杯が投げ渡される。

 悪いものには見えない。

 願いを叶えるという聖杯。ムーンセルの聖杯戦争は、これを巡って行われた地上の魔術儀式が大本だ。

 これが、三十の特異点に存在する――。

「白羽! 全マスターとAIに通達を!」

『分かった!』

 目標をようやく発見した。機能を使えば、全てのマスターに特異点解決前に伝えることが出来る。

 これが、解決の糸口になる。

「……ありがとう、黒竜王」

「構わん。あのようなことを、二度も言われてはな。微睡みの隙に差し込まれた強制も、幾分解けようというもの」

 何のことなのか――問い返す前にその体が崩れていき、言葉に詰まった。

「では、励むがいい。この時代の腫瘍は取り払われた。黒き竜、獅子の王は消える。月の主、お前たちが進むべき道はたった一つだ。他の特異点は他者に任せ、お前たちはそこだけを歩んでいけ。そうでなくば、この救済、完遂は必定となろう――」

 崩壊が急速に進んでいく。

 どれだけ強大な霊基を持っていようと、サーヴァントの最期は同じものだ。

 即ち、消滅。

 黒竜王を構成していた魔力は、まもなく消える。

「奴の招いた至高の七騎、その一騎はここまでだ。幸運を祈ろう、未来の勇士」

「あ――」

 その終焉を前にして、もう一つだけ、黒竜王は表情を変化させた。

 ――笑顔。

 ほんの僅か、顔を綻ばせただけ。

 無意識なのかもしれないが、それは確かなものだった。

 その表情が、最後に見た黒竜王だった。

 現界を解れさせ、(ソラ)の彼方に霧散していくのを、その終わりまで見届ける。

 それを供養するようにマーリンが、聖槍で焼かれた焦土に今一度、数えきれない花を咲かせた。

 

 

「――本当に、もう行ってしまうんですか?」

「ああ。僕たちはこの時代の異物だ。長く残っている訳にはいかない」

『そうだね。聖杯の回収でこの時代の修正が始まってる。早く戻らないと、正しい時代に干渉してそれこそ取り返しがつかなくなるよ』

 そして、その最初の地上との別れの時がきた。

 キャメロットへ凱旋することなく、僕たちは月へ戻る。

 僕たちだけではない。ムーンセルによって召喚されたサーヴァントもだ。

『サーヴァントの皆、回収を始めるけど……大丈夫?』

「はい。我々の役目は終わりました。ここより先は、この時代に生きる者のみが歩むことを許されましょう」

 異常が消えたことで、後少しすれば正しい時代、正しい歴史へと戻る。

 死した者、壊れたモノ、変わった何かも、全て無かったことになり、修正される。

 この数日の戦いは全て虚数と消える。

 勿論、アルトリアやマーリンの記憶にも残らない。覚えているのは、僕やメルト――月の住民だけだ。

 自分たちの退去を否定する英霊はいない。白羽が召喚システムを操作すると、回収が始まった。

 霊核を失ったり、魔力が枯渇したりすることによる消滅とは違う。自身が存在するという現象の理由がなくなったことによる帰還。

 サーヴァントたちはそれぞれ、黄金の粒子となって消えていく。

「あっ……」

 アルトリアの悲壮の表情で、少なからずこの時代への執着が生まれる。

 ――その感情は、流されてはいけないものだ。

 僕たちはこの時代にいてはいけない存在。ゆえに、この工程は止めてはならない。必然として、僕たちも、サーヴァントもこの時代から去る。

「では、行くとしよう。騎士王、世話になった」

「……はい。ありがとう、ジークフリート。出来ることならば、貴方の剣技を習いたかったです」

「……すまない、俺は人に教えられるほど器用ではなくてな。君の剣は、君の手で極めるといい。それが最も正しい成長だ」

 ジークフリートにとって、今回は非常に苦しい戦いだっただろう。

 妻との戦い。妻との別離。あれは耐え難い苦痛だったに違いない。

 それでもジークフリートは、妻の願いをまっとうした。

 正義の味方として、この時代を救う一端となった。

「また、俺の力が必要とあれば応じよう。俺の剣で力になれれば、だが」

「ああ。協力してくれてありがとう」

 謙虚な竜殺しは、そんな、頼りになる言葉を最後に消えていった。

 これで力を借りるのは二度目だった。

 また会えるかは、運任せだ。この先僕たちが行くことになる特異点に再び召喚されているか。

「……さ、オレも行くかあ。正直そろそろ限界だしな」

「モードレッド……」

 ジークフリートと同じように、単にサーヴァントとしての役目が終わったのでさっさと帰る――さもそんな風に繕っているのは、誰の目から見ても明らかだった。

「モードレッド。貴方と今一度共闘することになるとは思いませんでしたが……」

「そういうのいらねえって。オレは元からお前たちと馴れ合うつもりもなかった。今回のは省みることさえ必要ない、ちょっとした間違いなんだよ」

 その評価を僅かに改めた様子のべディヴィエールに対しても素っ気なく返すモードレッドだが、

「……ところでモードレッド、さっき黒竜王のことを父上って……」

「うぇ!?」

 アルトリアから投げ掛けられた疑問に、激しく狼狽した。

「い、いや、気にしなくていいんだよ。今の父上は父上じゃないんだし……」

「えっと……つまり、貴方は私の……」

「だー! いい! 言わなくていい! じゃあな、オレ帰るから!」

 無垢である今のアルトリアが指摘するのは、モードレッドにとってあまりにも頭の痛い出来事なのだろう。

 本人の想定とはまったく逆だろうが、モードレッドは逃げるように退去した。

 結局アルトリアの疑問は晴れないまま。だがまあ……言わぬが花、というものか。

 残ったべディヴィエール、ランスロットもその体が粒子となっていく。

「ふふ……では、私たちも行きましょう。ランスロット、貴方とも、再び戦えてよかったです」

「私の方こそだ。アグラヴェインの膳立てにも、今回は感謝しなければな。ふむ、この心情、座にまで持ち帰ることが出来れば良いのだが……」

 はじめは敵として。しかし、最後は味方として、未来の王と戦った。

 生前は不貞が暴かれた後、出会うことのなかった二人。

 此度の戦いでは、未来の王を正すため、協力して過去の王の道を切り開いた。

 そして、それが可能となったのはアグラヴェインがいたがため。

 己を知らない騎士王に仕えた虚像の円卓は、今ここに解散される。

「べディヴィエール、ランスロット――私の騎士。よくぞ、未熟な王に力を貸してくれました。是非、アグラヴェインとギャラハッド、そして先程伝えられなかったモードレッドにも、感謝を伝えてください」

「……我が王の命とあらば。後は、正しい歴史で貴方と出会う私に託しましょう――アーサー王」

「私は……いえ、何も言いますまい。今の貴方には、不要な言葉です」

 騎士王の未来は、確立している。

 特異点が消え、歴史が修正された以上その結末は必定なものとなる。

 ゆえに、べディヴィエールもランスロットも、彼女が歩み、至る治世の終わりを知っている。

 それをこの場で告げることは何の意味もない。

 ただ、別れ際の王に不安を残すことは騎士として許容できない――。

 そう思ったのだろう。消えていった二人の騎士は、最後まで王に跪き、忠義の礼を取っていた。

「……ブーディカにも、別れとお礼を告げたかったんですが」

「……彼女は、アルトリアへの信頼があったんだと思う。きっと、後悔も心残りもない筈だ」

「そうだと、嬉しいです」

 この地上で初めて出会い、最初に別れたサーヴァント。

 きっと、彼女もこの解決を嬉しく思う筈だ。

 いや――もしも黒竜王の正体が分かっていれば、和解を望んだかもしれない。

 復讐者らしからぬ、母性と慈愛を持った英霊にも、内心での感謝を告げて――僕たちも、退去が始まる。

『……っと、ちょっと待って。東方向――見える?』

「え……?」

 ここから発つまであと数分とないだろうという頃合い。

 白羽の示す方向を見れば、この時代に降りた第三のマスターが歩いてきていた。

「よう。お疲れさん」

「獅子劫 界離……」

 近くにいるだけで威圧感のあるその姿は、写真より幾分恐ろしく感じる。

 ところどころに負っている新しい傷。もしかすると、彼もまたこの場で戦っていたのだろうか。

「辺りの雑魚共を散らしていたら、突然消えるわ花が咲くわ。状況は掴めんが……終わったってことで良いんだな?」

「ああ。無事、この時代は修正された」

「そうか。だとよアーチャー」

「……」

 彼のサーヴァントは、その表情に僅か安心を浮かべた。

 軽鎧を纏った、赤い長髪の男性だ。

 鎧を着てなおその体は細い。その顔つきからは、穏やかな性質が見て取れる。

 左手に持っているのは、弦が複数ある異形の弓。

 彼が、界離と契約したサーヴァントか。

「……ええ。大変良かった。あの王が再び眠りに付けたならば、私もこの時代に悔いはない……」

「えっと……お二人も、助力してくださったのですか?」

「まあな。ああ、初見だし礼はいらねえよ。こいつも求めてはいないだろうしな」

「ですが……」

「……いいのです。未だ白き王に言葉を受ければ、私は恥でこの身を切り刻んでしまいかねない。マスター、それは困るのでしょう」

「困るな。これで終わりじゃないんだろ?」

「……まだ特異点はある。強制ではないけれど、できれば力を貸してほしい」

 界離は頷いた。どうやら、以降も助力をしてくれるらしい。

 サーヴァント・アーチャーは……随分と悲観的な性格のようだ。

「……ただでさえ、お労しき王の姿を前にして、今一度諫言を投げるなどと……! っ……ああ、私は自分が愚かしい。ベディとランスが去った後で、本当に良かった……」

 ……ベディヴィエールとランスロットを、知っている?

 アーサー王とも面識があるような物言い。そして、竪琴にも似たあの弓――。

 確信ではないが、それらの情報で真名には行きつく。

 ――円卓の騎士、哀しみのトリスタン。

 そうなのであれば、アルトリアに同行する僕たちと行動を共にしようと思わなかったこともうなずける。

 彼もまた、アルトリアから去っていった騎士の一人なのだから。

「……去りましょう、マスター。最早、ここにいることは許されないのです……」

「まあ、そういうことだ。それじゃあ、先に帰るぜ。またよろしくな」

 そう言って界離とアーチャーは、この時代から去っていった。

 残るは、僕とメルト、レオとアルテラ。

「では僕たちも行きましょう。お疲れ様でした、ハクトさん」

「ああ。レオも、お疲れ様。じゃあ、アルトリア、マーリン――元気で」

 もう二度と、彼らと会うことはない。

 英霊として召喚される可能性はあるが、その時は僕たちを覚えていない。

 この特異点は記録に残らず、記憶にも残らない。ゆえに、これは永劫の別れだ。

「……はい。ありがとう、皆さんがいなければ、この時代は終わっていたでしょう」

「そうだね。これはキミたちの手によって解決されたと言ってもいい」

「ううん。こちらこそ。協力してくれてありがとう」

「ああ、そうそう。マーリン、少しいいかしら?」

 別れ際、メルトがふとマーリンに声をかけた。

 彼女から彼に話しかけるのは初めてだ。マーリンは驚いたような表情で、続く言葉を待つ。

「城で私たちが使っていた部屋、あそこに人形を置いてあるのだけど。礼というならそれを持ってきてくれるかしら?」

「お安い御用。少し待っていたまえ」

 そういえば、戦いを前にあの人形は部屋に置いてきていた。

 ここで帰るとなれば取りにも行けまい。

 程なくして、宙に現れた人形がメルトの手に落ちる。

「まあ、こんなもので返礼になるとは思わないけど。手助けにあてはないから、期待はしないでいてくれよ?」

「まったく、マーリンは……私も同じですが。将来、英霊となることがあれば、きっと助けになりたいものです」

「その時は、是非お願いするよ」

 騎士王アルトリア・ペンドラゴン。いつか偉大なる王になる彼女が、英霊にならない筈がない。

 その聖剣は、この上なく頼りになるだろう。

 僕たちの戦いは、まだ始まったばかり。英霊となった彼女に会える日ならば、いつか来るかもしれない。

 ――時間だ。

 マーリンはいつも通りの、飄々とした笑みで。

 アルトリアは目に涙を浮かべながらも、花のような笑顔で、送ってくれる。

 その笑顔に、此方も笑い返す。瞬間、体が未来(いま)へと向けて、引っ張られた。

 これが、最初の特異点における最後の記憶。

 一つ目の欠片を埋めて、僕たちは次の欠片へと歩いていく。

 

 

『第一特異点 栄光の騎士王

 AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット

 人理定礎値:C』

 

 ――――定礎復元――――




これにて黒竜王アルトリア・ペンドラゴンをはじめとして、一章のサーヴァントたちは退場となります。
そして最初の特異点を定礎復元。お疲れ様でした。

ちなみにFGOにてマーリンが使用する宝具の読みも「ガーデン・オブ・アヴァロン」で被りましたが、まあいいかと押し切りました。
此方は宝具ではなく、あくまでアヴァロンへの転移魔術です。
また、獅子劫のサーヴァントが判明しました。トリスタンです。
彼らは独自に行動し、黒竜王の城に乗り込んで諫言投げたり色々やってました。
彼らの本領は、また今後。

次回は一章のマトリクス等。その後、二章を開始します。
では皆様、よいお年をお迎えください。


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絢爛虚像円卓キャメロット マトリクス

皆様、あけましておめでとうございます。
今年も何卒、よろしくお願いいたします。

さて、FGOでは1.5部の発表がされました。
一つは新宿が舞台だそうです。
アトラスみたいに廃都にでもするんですかね。

今回は一章のマトリクス。
一部除いた、登場したサーヴァントの情報です。どうぞ。


クラス:--

真名:メルトリリス

霊基:--

属性:秩序・善/月/神性

性別:女性

マスター:紫藤 白斗

宝具:弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)

ステータス:筋力E 耐久C 敏捷A+ 魔力A 幸運B 宝具EX

 

スキル

 

加虐体質:A

戦闘において、自己の攻撃性にプラス補正がかかるスキル。

プラススキルのように思われがちだが、これを持つ者は戦闘が長引けば長引くほど加虐性を増し、普段の冷静さを失ってしまう。

バーサーカー一歩手前の暴走スキルと言える。

攻めれば攻めるほど強くなるが、反面、防御力が低下してしまう。

無意識のうちに逃走率が下がってしまうマイナス面もある。

 

メルトウイルス:EX

アルターエゴが生まれながらに所持している、id_es(イデス)と呼ばれるスキル。

スキル『吸収』から進化したチートスキル。

相手からのドレイン、コピー、スケールダウンなどを可能とする。

メルトリリスの体内で生成されるウイルスを(どく)として対象に注入。

経験値、スキル、容量等のパラメーターを融解させ変換(コンバート)、自らの一部とする。

有機物無機物関係なくドレインが可能だが、精神性やスキルは直接変換はできない。

 

騎乗:B+

騎乗の才能。通常よりランクアップしている。

現存する“乗る”という概念が通用するものであれば何であれ乗りこなせる。

メルトリリスがどうしてこのスキルを所持しているかは、想像にお任せしたい。

 

対魔力:B

魔術的干渉に対する守り。

ムーンセルの機能によって地上に降りているため、月の権限をある程度残している。

本来規格外だった対魔力も、ランクダウンしたものの健在。

 

単独行動:A

マスター無しでも行動できる。

今回の事件における、ムーンセルが召喚したサーヴァントは、月からのバックアップにより実質的な単独行動スキルを有している。

メルトリリスが持つこのスキルも、それに類するもの。

 

女神の神核:B

自身が女神であることの証明。神性を含む。

EXランクでない場合、自身が生まれつきの女神でないことを表す。

メルトリリスは女神の因子を基に創られたため、このスキルを持つ。

 

ハイ・サーヴァント:-(A)

サーヴァントの上位種。サーヴァントとしての規格が、通常のそれよりやや上。

通常サーヴァントを超える出力を発揮できる。

ただし、地上に降りたことで階梯を下げているため、実質的にこのスキルは働いていない。

 

聖なる縛め:D

外付けの魔術礼装によるスキル。

捕えた男性に束縛状態を付加する。

毎ターン簡単な判定があり、成功すると解除される。

 

 

『プロフィール』

身長/体重:190cm・33kg

出展:Fate/EXTRA CCC

地域:月の裏側

身長・体重は自己申告によるもの。

また、ステータスは月の外に出たことで本来の階梯にまで下がっている。

 

 

 

クラス:アヴェンジャー

真名:ブーディカ

霊基:☆☆☆

属性:混沌・善/地

性別:女性

マスター:--

宝具:約束された嵐の王(クイーン・オブ・ワイルドハント)

ステータス:筋力C 耐久B+ 敏捷C 魔力D 幸運D 宝具B+

 

スキル

 

復讐者:A+ 忘却補正:E 自己回復(魔力):C

アヴェンジャーのクラススキル。

 

戦闘続行:A

戦闘を続行する能力。

決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負っても戦闘が可能。

 

女神への誓い:A

古代ブリタニアにおける勝利の女神アンドラスタへの誓い。

勝利すべき仇と定めた相手への攻撃にプラス補正がかかる。

アヴェンジャーとして召喚されたブーディカは、他のクラスの際よりランクが上昇している。

しかし――。

 

アンドラスタの加護:-

勝利の女神アンドラスタによって与えられた加護。

集団戦闘の際、味方の判定に補正がかかる。

しかし――復讐に動き、罪なき民に苦痛と鮮血を撒き散らした彼女に、最早女神の加護はない。

 

 

約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)

ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~40 最大捕捉:50人

ブーディカが戦に使用していた、名馬による二頭立ての戦車。

ブリタニア守護の象徴であり、高い耐久力を誇る。

高い防御力を持つが、突進攻撃力はさほどない。

味方を守る盾として機能させるのが正しい方法である。

 

約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:1人

自らと同じ「勝利」の名を関する片手剣。

勝利を約束されぬ、完全ならざる願いの剣。

宝具としての能力は、小ぶりな魔力塊を撃ち出すもの。

威力は低いが魔力消費も少ないため使い勝手が良い。

真名解放すると、魔力塊を一度に複数連射する。

 

約束された嵐の女王(クイーン・オブ・ワイルドハント)

ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:40~99 最大捕捉:500人

アヴェンジャーとして召喚されたブーディカの、復讐心が招く亡霊の宴。

死後も残ったブーディカの憎悪の魂は、近代に至るまで絶えず戦車を駆り続け、恐怖の象徴とされてきた。

この宝具は、ブーディカが内に秘めた憎悪を外に解き放つもの。

二千年もの間残り続けた憎悪は嵐を呼び、惹きつけられた無数の亡霊を使役する。

嵐の内部では雨風と呪詛により方向感覚が失われ、ブーディカ以外の敏捷、幸運がワンランク下降する。

嵐か亡霊、どちらかの勢力が弱まると、脱出率は上昇する。

また、展開時以外ブーディカの精神にはこの宝具が激しく渦巻いており、精神干渉を無効化する。

 

『プロフィール』

身長/体重:174cm・62kg

出展:史実、民間伝承

地域:欧州

憎悪の亡霊として呼ばれた性質からか、地属性となっている。

 

『概要』

一世紀、古代ブリタニアの若き戦闘女王。

悪辣な侵略の果てに自分と娘たちを凌辱したローマ帝国を許すまじと諸王を率いて叛乱するも皇帝ネロの軍に敗れ落命。

後年、ブリテンの「勝利の女王」の伝説となった。

アヴェンジャーとして召喚されたブーディカは、ローマ帝国への復讐心を全面に押し出している。

此度、ライダーの際と変わらない慈愛が多くあった理由は二つ。

ローマの英霊がいなかったこと。そして、舞台がブリテンであったことだ。

マスターへの態度:

基本的にライダーで召喚された状態と変わらない。

しかし、ローマ出身であったりローマに縁のある人物と出会った際は、対象の打倒を何よりも優先する。

本来守勢で真価を発揮するサーヴァントのため、攻撃性の増すアヴェンジャークラスは適していない。

因縁キャラ:

・ブリテンの英霊全般

 大丈夫、あたしはいつも通りだってば。ガレット食べてって?

・ローマの英霊全般

 絶対に許さない相手。どんな事態であっても、相容れることはない。

・巌窟王

 ちょっとだけシンパシー。多分仲良くなれる。

・■■■■■

 …………近い、のかな。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:アルテラ

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・善/人/神性

性別:女性

マスター:レオナルド・B・ハーウェイ

宝具:軍神の剣(フォトン・レイ)

ステータス:筋力B 耐久A 敏捷A 魔力B 幸運A 宝具A+

 

スキル

 

対魔力:B 騎乗:A

セイバーのクラススキル。

 

神性:B

神霊適性の有無。

アルテラ自身は神霊との血縁はないが、生前の行いによって「神の鞭」の二つ名を得るに至った。

 

文明侵食:EX

英霊アルテラ本人が無自覚に発動しているスキル。

手にしたものを今の自分にとって最高の属性に変質させる。

「最高」とは「優れている」という意味ではなく、アルテラ本人のマイブーム的なものを指している。

 

天性の肉体:D

生まれながらに、生物として完全な肉体を持つ。

一時的に筋力のパラメータをランクアップさせることが可能。

また、どれだけカロリーを摂取しても体型が変化しない。

 

星の紋章:EX

体に刻まれた独特の紋様。

紋を通じて魔力を消費することで、瞬間的に任意の身体部位の能力を向上させる。

魔力放出スキルほどの爆発的な効果はないが、燃費が良い。

更に、直感スキルの効果も兼ねた特殊なスキル。

文字が欠けている気がする、とは本人の弁。

 

軍略:B

多人数戦闘における戦術的直感力。

対軍宝具の行使、及び対処にボーナス。

 

 

軍神の剣(フォトン・レイ)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:200人

「神の懲罰」「神の鞭」と畏怖された凄まじい武勇と恐怖と、軍神マルスの剣を得たという逸話の合体――と思われる宝具。

真名解放により刀身は虹の魔力光を放ち、流星の如き突進を以てアルテラは敵陣を広範に渡って殲滅する。

 

『プロフィール』

身長/体重:160cm・48kg

出展:史実

地域:中央アジア~欧州

生まれた時から軍神マルスが好き。

 

『概要』

大帝国を成した大王。アッティラ・ザ・フン。

匈奴(フンヌ)の末裔、フン族の戦士にして王。

西アジアからロシア・東欧・ガリアにまで及ぶ広大な版図を制した五世紀の大英雄。

西ローマ帝国の滅亡を招いたとも言われる。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:ベディヴィエール

霊基:☆☆☆

属性:秩序・善/地

性別:男性

マスター:--

宝具:穿いて奔れ、清き乙女(ヴィヴィアン・オブ・エア)

ステータス:筋力C 耐久C 敏捷A+ 魔力C 幸運B 宝具B

 

スキル

 

対魔力:B 騎乗:A

セイバーのクラススキル。

 

軍略:C

多人数戦闘における戦術的直感力。

対軍宝具の行使、及び対処にボーナス。

 

沈着冷静:B

戦闘時における、不測の事態への対応力。

精神への干渉を半減し、更に高い抵抗判定を得る。

 

守護の誓約:B

軍略の応用、守勢における味方の士気向上。

味方全体の防御力が上昇し、自軍の数、力量に応じて精神干渉への耐性にボーナス。

 

 

風霊騎士(インビジブル・エア)

ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

精霊に訴えかける魔術によって、風を一点に集約させるすべ。

ベディヴィエールはこの魔術によって風の義手を作り、隻腕を補っていた。

「腕としての機能」に特化しているため、攻撃力は持たず風圧も騎士王の風の鞘には及ばない。

しかし、武器ではなく腕が不可視という特異性は、騎士王とは別の厄介性を持つ。

一時的な解除と同時に風を前方に撃ち放つ『風霊鉄槌(ベディヴィル・ベドリバント)』という攻撃法を所有する。

 

穿いて奔れ、清き乙女(ヴィヴィアン・オブ・エア)

ランク:C+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:60人

円卓にて凡才とされたベディヴィエールが、隻腕ながら「膂力あるベディヴィエール」と讃えられた由縁。

風の義手に、一時的に湖の乙女の加護を受け、強化する。

義手の能力を飛躍的に上昇させるが、身に余る加護を義手とはいえ己の一点に集中させる行為はその命を弁えないこと。

風の暴威は担い手も構わず切り裂き、だからこそ己を顧みない嵐は万軍さえ相手に出来る。

 

『プロフィール』

身長/体重:187cm・73kg

出展:アーサー王伝説

地域:イギリス

聖剣返還を完遂し、アーサー王の死を見届けた正しき英霊。

 

『概要』

アーサー王に仕えた円卓の騎士のひとり。

最初の円卓の騎士のメンバーであり、宮廷の執事役、王の世話役を務めた。

王の最期に立ち会った人物でもある。

今回召喚されたベディヴィエールは、聖剣返還を行えなかったなどのイフのない、正式な英霊。

アーサー王の死後は修道院に入り、静かに一生を終えた。

マスターへの態度:

一人の騎士として、今生の主と認め真摯に仕える。

善性のあるマスターならば、円卓の一人として相応の力を発揮してくれるだろう。

因縁キャラ:

・アルトリア

 我らが騎士王。いつ如何なる時も、我が忠義は、貴方に。

・円卓の騎士

 今一度、貴方たちと出会えたことに感謝を。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:ジークフリート

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・善/地/竜

性別:男性

マスター:--

宝具:幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

ステータス:筋力B+ 耐久A 敏捷B 魔力C 幸運E 宝具A

 

スキル

 

対魔力:- 騎乗:B

セイバーのクラススキル。

セイバーは宝具『悪竜の血鎧』により対魔力スキルを失っている。

 

黄金律:C-

人生において金銭がどれほどついて回るかの運命。

ニーベルンゲンの財宝によってセイバーは金銭に困らぬ人生を約束されている。

重く辛い、破滅という名の宿命と引き換えに。

このスキルの代償として、セイバーの幸運ランクは最低値にまで落ちている。

 

仕切り直し:A

戦闘から離脱、或いは状況をリセットする能力。

技の条件を初期値に戻し、同時にバッドステータスの幾つかを強制的に解除する。

 

竜殺し:A

竜種を仕留めた者に備わり特殊スキルの一つ。

竜種に対する攻撃力、防御力の大幅向上。

これは天から授かった才能ではなく、竜を殺したという逸話そのものがスキル化したといえよう。

 

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:500人

セイバーが持つ、竜殺しを達成した呪いの聖剣。

手にした者によって聖剣・魔剣の属性が変化する。

現代では失われた神代の魔力、真エーテルを貯蔵しており、それの解放で真価を発揮する。

竜殺しの逸話により竜種の血を引く者に追加ダメージを負わせる。

 

悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)

ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

ジークフリートは悪竜ファヴニールの討伐を達成した際、その血を浴びている。

竜の血は不死を与える。これによってジークフリートは如何なる武器をも物ともしない、鋼鉄の肉体を手に入れた。

この宝具はその逸話の具現である。

不死の身体はBランク以下の攻撃の一切を無効化する。

また、悪と善は対立し、互いに対して有利に立てるべき効果を発揮するもの。

悪を断った聖剣であれば悪を斬る力が増す。善人を斬った魔剣であれば善を斬る力が増す。

それらと同じく、『悪竜の血鎧』は正当な英雄による宝具の攻撃に対しては、B+ランク相当の防御数値を獲得する。

 

『プロフィール』

身長/体重:190cm・80kg

出典:ニーベルンゲンの歌

地域:ドイツ

呪いにより、背中を晒さなければならない。

 

『概要』

ニーベルンゲンの歌に謳われる万夫不当の英雄。

聖剣バルムンクを手に邪竜ファヴニールを打倒した“竜殺し”。

寡黙ではあるが、情は深い。船上では常に前面へと出て仲間を守る。

 

 

クラス:セイバー

真名:モードレッド

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・中庸/地/アルトリア顔・竜

性別:女性

マスター:--

宝具:我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)

ステータス:筋力B+ 耐久A 敏捷B 魔力B 幸運D 宝具A

 

スキル

 

対魔力:B 騎乗:B

セイバーのクラススキル。

 

直感:B

戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。

視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 

魔力放出:A

武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。

いわば魔力によるジェット噴射。かの騎士王と互角に打ち合うほどの力量を持つ。

 

戦闘続行:B

往生際が悪い。聖槍で貫かれてもなお諦めず、騎士王に致命傷を与えた。

 

カリスマ:C-

軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。

一国の王としての器はないが、体制に反抗するときにその真価を発揮する。

 

 

不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

母であるモルガンから「決して外してはなりません」という言葉と共に授けられた兜。

ステータス情報の内、固有のスキルや宝具など真名に繋がる情報を覆い隠す。

ただし宝具の真名解放の際、兜を外さなければならない。

 

燦然と輝く王剣(クラレント)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

アーサー王の武器庫に保管されていた王位継承を示す剣。

「いかなる銀よりも眩い」とされ、『勝利すべき黄金の剣』に勝るとも劣らぬ価値を持つ宝剣。

モードレッドは了承なくこの剣を強奪したために、本来よりランクが下がっている。

 

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:800人

『燦然と輝く王剣』の全力解放形態。

本来は白銀に輝く華美な剣だが、発動に伴って赤黒い血に染まり、形も醜く歪む。

荒れ狂う憎悪を刀身に纏わせ撃ち放つ、災厄の魔剣。

 

『プロフィール』

身長/体重:154cm・42kg

出典:アーサー王伝説

地域:イギリス

その素顔はアーサー王と瓜二つ。

 

『概要』

モードレッドは円卓の騎士の一人であり、アーサー王の嫡子である。

同時に伝説に終止符を打った――カムランの丘にて、アーサー王を討ち果たした叛逆の騎士。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:シャルルマーニュ

霊基:☆☆☆☆☆

属性:秩序・善/人

性別:男性

マスター:--

宝具:色彩は極光の如く(ジュワイユーズ・ロンゴミアント)

ステータス:筋力A 耐久B+ 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具A

 

スキル

 

対魔力:A 騎乗:B

セイバーのクラススキル。

 

信仰の加護:B

一つの宗教観に殉じた者のみが持つスキル。

加護とはいうが、最高存在からの恩恵はない。

あるのは信心から生まれる、自己の精神・肉体の絶対性のみである。

 

カリスマ:B

軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。

カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

 

皇帝特権:B

本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。

該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。

 

聖王の願望:EX

ギフト。黒竜王が持っていた聖杯による特殊能力。

シャルルマーニュが望んだものは『不戦』。

戦闘状態に入らず、宝具の真名開放を行わないという誓いである。

 

 

陽射す虹剣(ジュワイユーズ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1人

シャルルマーニュが所持していたという聖剣。絶えず七色に発光する虹の剣。

叙事詩『ローランの歌』をして「並ぶものなし」とされ、柄頭には聖槍の欠片が埋め込まれている。

その刀身は七色の光そのものであり、視認できる距離まで光線を伸ばすことができる。威力は落ちるが色ごとの拡散射出も可能。

また、シャルルマーニュが魔力放出の要領で魔力の集中地点を作ることで、光を屈折させ弾道の変化ができる。

光の総量には限度があり、日に三十度、ランダムでチャージされる。

 

色彩は極光の如く(ジュワイユーズ・ロンゴミアント)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100人

『陽射す虹剣』の全力解放形態。七色の光全てを使った直線状の光線。

剣を囲むように反射鏡を展開、刀身に集約されるように光を放ち、チャージして放つ。

事実上、この剣が出せる最大威力。使用後は次のチャージ時間まで光による攻撃はできなくなる。

その特性から、魔力供給を考慮せずとも発動は一日に最大四度まで。

 

『プロフィール』

身長/体重:188cm・63kg

出典:史実

地域:フランス

より知られた名を、カール大帝。

 

『解説』

フランク王国の国王、聖域王シャルルマーニュ。

王国を中心に全方向に進出し領土を広げ、シャルルマーニュの治世の下、王国は最盛期を迎えた。

西ローマ皇帝も兼任し、古典ローマ、キリスト教、ゲルマン文化の融合を体現した大英雄として認知されている。

フランスにおける誇り高き聖騎士、シャルルマーニュ十二勇士を統べる者。

マスターへの態度:

基本的に不遜ながらも、騎士の王としての性質を有するため真面目に仕える。

文句を言いつつ命令はまっとうする。マスターの目的が何であれ、その点は変わらない。

ただし自由があれば自分に出来る限り善へと向かおうとする。

悪の自覚があるマスターは、徹底的に自由を縛ることだ。

因縁キャラ:

・クリームヒルト、ジークフリート

 悪いことした。正直すまなかった。

・アストルフォ

 ……どうせ一枚噛んでるんだろうなあ、あのお調子者。

・ブラダマンテ

 十二勇士生粋の女騎士。彼が女性に対し一切手を抜かないのは、彼女という豪傑を知っているからである。

 クリームヒルトには本当に申し訳ない。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:クリームヒルト

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・悪/人

性別:女性

マスター:--

宝具:幻想大剣・黎明天昇(バルムンク)

ステータス:筋力C 耐久D 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具C

 

スキル

 

狂化:C

バーサーカーのクラススキル。

思考能力を殆ど喪失しているが、深く記憶に根付いている言葉を発しようとすることがある。

 

魅了:D

その容貌による異性への誘惑。

一度クリームヒルトに恋愛感情を持ってしまうと解除は非常に困難。

同ランクのカリスマスキルとして機能することもある。

 

奸計:-(A)

他者を騙して自身の思い通りにする術理。

相応の時間を掛ければ一国でさえも騙し通すことが出来る。

バーサーカーとなっている現在は思考が困難かつ言語能力が不自由なため、効果を発揮できない。

 

執念:B

何としてでも目的を達成しようとする執念深さ。

クリームヒルトのそれはハーゲンへの復讐にのみあてられる。

バーサーカーとなっている現在、クリームヒルトの眼には全ての敵がハーゲンに映っている。

 

聖王の願望:EX

ギフト。黒竜王が持っていた聖杯による特殊能力。

クリームヒルトが望んだものは『断絶』。

目を覆い、耳を覆う魔術契約の仮面。

これは理性を失ったクリームヒルトの根底にあった願いである。

なお、この契約はジークフリートのみが解除を可能とする。

 

 

幻想大剣・黎明天昇(バルムンク)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

かつて大英雄ジークフリートが竜殺しを達成した呪いの聖剣。

手にした者によって属性が変化する。

クリームヒルトが持ったこの剣は復讐だけを求める紛れもない魔剣となっている。

貯蔵されている真エーテルは復讐心を増幅させ、表出した邪心で刀身を巨大化させる。

刀身が大きくなるごとにそれを振るえるよう所有者の筋力を上昇させる。

また、真名解放によって魔剣としての性質を全解放する。

 

霧煙る民の歌(ニーベルンゲンリート)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

クリームヒルトを取り巻く、全てを悲劇に陥らせる呪い。

レンジ内で行われる、幸運以外による判定の成功率を引き上げるが、幸運のステータスを2ランク下げる。

この宝具によって判定に成功した場合、幸運による判定が増えていく。

この呪いはニーベルンゲンから盗み出したラインの黄金に起因するものとされる。

 

『プロフィール』

身長/体重:161cm・52kg

出典:ニーベルンゲンの歌

地域:ドイツ

狂化により、本来の性格とはかけ離れた凶暴さを見せる。

 

『解説』

ドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』に登場するブルグント王国の姫君。

叙事詩の大きな主題の一つである悍ましい復讐劇の実行者であり、大英雄ジークフリートの妻。

十年以上に渡る暗い復讐の末、仇敵ハーゲンの首を切り落とした直後、自らも殺された。

マスターへの態度:

マスターをハーゲンと認識する可能性がある。その場合、真っ先に斬りかかってくる。

アサシンの適性もあり、淑やかな性質を見せるが一切マスターに心を開かない。

その内心ではハーゲンへの怨念とジークフリートを悼み、惜しむ感情が渦巻いている。

干渉のし過ぎには細心の注意を。

因縁キャラ:

・ジークフリート

 何よりも愛する夫。無口で口下手なジークフリートの通訳係でもあった。

・ハーゲン

 死ね。

・エッツェル

 第二の夫。しかし、互いに愛はなかった。

・儚げな印象のホムンクルス

 (曖昧な表情で沈黙している)

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:ベオウルフ

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・善/地

性別:男性

マスター:--

宝具:源流闘争(グレンデル・バスター)

ステータス:筋力A 耐久A 敏捷C 魔力D 幸運A 宝具A

 

スキル

 

狂化:E-

バーサーカーのクラススキル。

真名そのものがバーサーカーという言葉に影響されている。

理性はあり、高等な会話も可能。

多少の凶暴性が残っている程度であり、ステータスにも影響はない。

 

ベルセルク:A

威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化、格闘ダメージを向上させる勇猛スキルと、狂化スキルの複合。

このスキルを使用すると同時、彼は本能のままに戦う獣と化す。

 

直感:B

戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。

視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 

戦闘続行:B

往生際が悪い。重傷でも戦闘を可能とする。

 

聖王の願望:EX

ギフト。黒竜王が持っていた聖杯による特殊能力。

ベオウルフが望んだものは『延命』。

メルトリリスに与えられた毒の効果を、その末期まで効果を無くすというものである。

解除も出来たのだが、あえてこう願ったのはベオウルフの矜持によるもの。

 

 

赤原猟犬(フルンディング)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

血の臭いを嗅ぎ付け、ただ振り回すだけで最適格な斬撃を打ち込んでくれる魔剣。

一撃喰らわせる度に、刀身に血液が流れ込み、赤色に輝き出す。

 

鉄槌蛇潰(ネイリング)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

赤原猟犬より短めの剣。剣というよりは鋼鉄でできた棍棒に近い基本的に叩き潰すことを目的とした剣であり、切れ味は無いに等しい。

なお、ある程度以上の回数使用で破壊される恐れがある。

ただし、破壊された瞬間は大ダメージを与えることができる。

 

源流闘争(グレンデル・バスター)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

グレンデルを素手で打ち倒したベオウルフの身体能力が宝具となったもの。

他の二つの宝具を破壊することで自動的に発動する。

生前の膂力を一時的に蘇らせ、肉体での攻撃で真正面から叩き潰す。

なお、この攻撃は原子から変わらぬ根源的な武器のため、「一度使用すれば見切られる」という特質の宝具やスキルを無効化する。

 

『プロフィール』

身長/体重:186cm・81kg

出典:ベオウルフ

地域:北欧

狂化のメリット及びデメリットはほとんど失われており、会話による意思疎通すら可能。

 

『概要』

ベオウルフは英文学最古の叙事詩と言われる『ベオウルフ』の主人公である。

叙事詩の舞台となっているのは現在の南スウェーデンからデンマーク近辺。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:ランスロット

霊基:☆☆☆☆

属性:秩序・善/地

性別:男性

マスター:--

宝具:無毀なる湖光(アロンダイト)

ステータス:筋力A 耐久A 敏捷A+ 魔力C 幸運B 宝具A

 

スキル

 

狂化:C

バーサーカーのクラススキル。

 

対魔力:E

魔避けの指輪による対魔力を有するが、狂化によりランクダウンしている。

無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

 

無窮の武錬:A+

ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。

心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

 

精霊の加護:A

精霊からの祝福により、危機的な局面において優先的に幸運を呼び寄せる能力。

その発動は武勲を立てうる戦場のみに限定される。

 

聖王の願望:EX

ギフト。黒竜王が持っていた聖杯による特殊能力。

ランスロットが望んだものは『断罪』。

黒竜王はアグラヴェインの立てた計画にランスロットを組み込むことを許可することで、罪の清算とした。

それはランスロットが望んでいたものとは違うが、黒竜王は望みを叶えぬことも含めて断罪とした。

 

 

騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:30人

徒手で戦うことになった際、楡の枝で相手を倒した逸話に因む宝具。

手にしたものに、自分の宝具という属性を与える。

どんな武器や兵器であろうとも、手にして魔力を巡らせることでDランク相当の宝具となる。

Dランク以上の宝具を手に取った場合、従来のランクのままランスロットの支配下におかれる。

 

己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

友人の名誉のため、正体を隠したまま馬上試合で勝利した逸話に因む宝具。

自らのステータスと姿を隠蔽する。

黒い靄状の魔力によって、姿の細部が分からなくなり、兜を脱いで間近で見ても素顔がはっきり見えなくなっている。

また、狂化の外であれば、変装も可能。

 

無毀なる湖光(アロンダイト)

ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人

ランスロットの愛剣とされる、『約束された勝利の剣』と起源を同じくする神造兵装。

同胞だった騎士の親族を斬ったことで魔剣としての属性を得た。

パラメーターを1ランク上昇させ、全てのST判定の成功率を二倍にする。

竜退治の逸話を持つ為、竜属性を持つ者に対して追加ダメージが発生する。

使用には、『騎士は徒手にて死せず』『己が栄光の為でなく』を封印する必要がある。

 

縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)

ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:10人

『無毀なる湖光』に過負荷を与え、籠められた魔力を漏出させ攻撃に転用する。

本来であれば光の斬撃となる魔力をあえて放出せず、対象を斬りつけた際に開放する剣技に寄った宝具。

膨大な魔力は切断面から溢れ、その青い光はまさに湖のようだと称された。

バーサーカークラスでの使用は基本的に不可能だが、理性を取り戻したことで例外的に使用可能となった。

 

『プロフィール』

身長/体重:191cm・81kg

出典:アーサー王伝説

地域:イギリス

最高の騎士であったが故に、その過ちは重すぎた。

 

『概要』

ランスロットは円卓の騎士の一人であり、最高の騎士と謳われた英雄である。

アーサー王に仕えるも、ギネヴィアと道ならぬ恋に落ちたことで王と袂を分かつことになった。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:フィン・マックール

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・中庸/地/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)

ステータス:筋力B+ 耐久B 敏捷A+ 魔力C 幸運C 宝具B+

 

スキル

 

対魔力:B

ランサーのクラススキル。

 

千里眼:B

視力の良さ。遠方の標的の捕捉や動体視力の向上。

高ランクでは、未来視や過去視も可能とされる。

 

女難の美:A

フィンに付いて回った女難。

彼の美貌は多くの女性を魅了したが、悉くが悲劇に陥ってしまう。

魅了状態にした対象と自身の幸運をワンランク下げる。

 

魔術:B

魔術の習得。

多方面で武勲を立てたフィンは魔術にも精通しており、キャスタークラスでの召喚も考えられる。

攻撃、攻撃補助、回復など戦闘に使用できる術は多いが、本来は直接的な戦闘に長けた系統の魔術ではない。

 

神性:D

ヌアザの子孫ともされるフィンは、少なからず神霊適性を持つ。

 

聖王の願望:EX

ギフト。黒竜王が持っていた聖杯による特殊能力。

フィンが望んだものは『再会』。

この願望を受け、黒竜王は新たにディルムッドを召喚した。

 

 

無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:100人

フィンの愛剣。宝具として成立するにあたり、神霊アレーン殺しの槍と同化している。

自動攻撃機能、精神干渉無効など、多くの効果を持つ。

真名解放により、戦神ヌアザの司る水の激しい奔流を伴う一撃を放つ。

 

この手で掬う命たちよ(ウシュク・ペーハー)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

フィンの手で掬った水は、悉く癒しの力を得るという逸話が宝具となったもの。

泉の水、湧き水、水道水であろうと「両手で掬えば」たちまち回復効果のある水となる。

人間に使用すれば傷は癒えるし、英霊に対しても同じく。また、解毒作用もある。

普段は、掬った水を水袋に入れている。

 

親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)

ランク:B 種別:対智宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

親指についた智慧の鮭の油。舐めとるとあらゆる謎を解き明かす智慧が湧いてくる。

その範囲は膨大で、ケルトに通じない謎に関する智慧も対象となる。

……この真名は彼曰く正しい名称とのこと。宝具にも色々あるという話。

ちなみに、鮭の油には集中力を高めるというDHAが多く含まれている。

 

『プロフィール』

身長/体重:181cm・63kg

出典:ケルト神話

地域:欧州

ランサーとしては槍と癒しの力を宝具とする。

 

『概要』

ケルトの戦神ヌァザの末裔にして、栄光のフィオナ騎士団の長。

眠りと炎を操る邪悪な神霊を倒して都を救い、エリンの守護者として侵略者や魔物を倒して数多の武勇を打ち立てた大英雄。

魔術と叡智を修め、本来であれば多くの能力や宝具を有する。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:ディルムッド・オディナ

霊基:☆☆☆

属性:秩序・中庸/地

性別:男性

マスター:--

宝具:破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)

ステータス:筋力B 耐久C 敏捷A+ 魔力D 幸運E 宝具B

 

スキル

 

対魔力:B

ランサーのクラススキル。

 

心眼(真):B

修行・鍛錬によって培った洞察力。

窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。

逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

 

愛の黒子:C

魔力を帯びた黒子による異性の魅惑。

ディルムッドと対峙した女性は彼に対する強烈な恋愛感情を抱く。

対魔力スキルで回避可能。

 

騎士の武略:B

力において及ばずとも、戦いの流れを把握し、相手のミスを誘発する戦闘法。

自己強化ではなく相手の判定ミスを誘うスキル。一瞬の勝機に賭ける冷静な観察力。

 

聖王の願望:EX

ギフト。黒竜王が持っていた聖杯による特殊能力。

ディルムッドが望んだものは『忠節』。

此度こそ、己の忠義に殉じること――彼が望んだものは黒竜王への忠義ではなく、かつての主への忠義である。

 

 

破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大捕捉:1人

魔力による防御を無効化する長槍。

また、武具に施された魔術的な強化、能力付加も効果を発揮しなくなる。

既に完了された魔術をリセットすることは出来ない。

 

必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大捕捉:1人

回復不能の傷を負わせる呪いの槍。

HPの上限そのものが削減されるため、いかなる治癒魔術、再生能力をもってしても回復できない。

解呪は不可能。呪いを破棄するにはこの宝具が破壊されるか、担い手が消滅するしかない。

 

『プロフィール』

身長/体重:184㎝・85㎏

出典:ケルト神話、フィオナ騎士団

地域:アイルランド

生涯を通じて愛と忠義と誇りを問われ続けた騎士。

 

『概要』

ケルトの神話、フィオナ騎士団の団長フィンの麾下において、指折りの騎士であり、美貌の持ち主だった。

頬に妖精から贈られた黒子があり、乙女達の心をときめかす魔力を持つ。

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:トリスタン

霊基:☆☆☆☆

属性:秩序・善/地

性別:男性

マスター:獅子劫 界離

宝具:痛哭の幻奏(フェイルノート)

ステータス:筋力B 耐久B 敏捷A 魔力A 幸運E 宝具A

 

スキル

 

対魔力:B 単独行動:B

アーチャーのクラススキル。

 

治癒の竪琴:C

美しい音色を奏でる竪琴の演奏技術。

聞いた者の傷を癒し、精神を平穏に保たせる効果がある。

 

祝福されぬ生誕:B

両親の死により祝福なく生を齎された哀しみの子。

出自によって発動される呪いや宝具の効果を受けない。

 

騎士王への諫言:B

冷静沈着な王さえも平常心を揺らがせる、まっすぐな諫言。

カリスマを所有する存在を前にした時、対象のカリスマをランク分削減する。

騎士王の下を去る際、「王は人の心が分からない」と告げて去ったことを由来とする。

 

 

痛哭の幻奏(フェイルノート)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1人

音階を矢に変換し射出する竪琴の弓。

竪琴を弓として使用した、弓ならざる武器だがそれ故に「無駄なしの弓」。

その性質から、両手がなくとも指一本あれば矢を放つことが出来る。

この弓を扱っていたことで周囲からは「弓というものを根本的に勘違いしている」と言われた。

 

『プロフィール』

身長/体重:186cm・78Kg

出典:アーサー王伝説

地域:ブリテン

何をしていても悲しく、そして美しい。

 

『概要』

アーサー王伝説における円卓の騎士の一人。

基本クラスはセイバーだが、その弓の高名さからか、アーチャーで召喚されることも多い。

トリスタンと彼が愛した女性イゾルデの物語は、ヨーロッパでも屈指の人気を誇る伝説である。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:アルトリア・ペンドラゴン

霊基:☆☆☆☆☆

属性:秩序・善/天/竜・アルトリア顔・アーサー

性別:女性

マスター:--

宝具:最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

ステータス:筋力A 耐久A+ 敏捷A 魔力A+ 幸運A+ 宝具A++

 

スキル

 

対魔力:A 騎乗:A

セイバーのクラススキル。

 

魔力放出:A++

武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。

アルトリアが放つ魔力は敵対する者を切り裂く剣の如き攻撃力を持つ。

このスキルによる放射だけで、並の宝具を超越する威力を発揮する。

 

カリスマ:A

大軍団を指揮する天性の才能。

Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。

世界の危機に際して復活したアルトリアはブリテンを治めていた時代に勝るカリスマ性を持つ。

 

幻想の楔:EX

過去現代未来、全ての時代において、神代――幻想種の跋扈していた旧時代の神秘を制御する存在。

アルトリアは竜の心臓を持ち、幻想種の性質を濃く受け継いだ人間である。

その心臓は神代の神秘を引き出す出力装置。

救世主として召喚されたアルトリアは心臓から自在に神秘を放出することができる。

アルトリアは治世より遥か未来、世界の危機を救うべく復活を遂げるとされている。

その際アルトリアはこのスキルを自在に使用し、既に失われた幻想をもって敵を滅ぼす。

 

救いの導き:A

アルトリアが元々持っていた直感がより強化されたスキル。

未来に現れるアルトリアは救世のために未来視さえ可能とする直感を働かせる。

 

変生適性:E

詳細不明。

 

虚数の柱:-

詳細不明。

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

聖剣の頂点に立つ宝具。星に鍛えられた神造兵装。

魔力を光に変換し、断層が全てを切断する究極の斬撃。

星の救世者として現れたアルトリアの持つ聖剣は、神代の神秘とガイアの後押しによって極限まで強化される。

ただしアルトリアが自身の意思でアラヤ側に立った場合、後者の後押しは受けられない。

 

風王竜鎧(キャメロット・オブ・エア)

ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:1人

風の鎧。元は宝具ではなく魔術に該当するが、幻想の楔の影響で強化されている。

暴風を幾重にも重ねて真空の如き鎧を成しており、並の宝具を凌駕する防御力を発揮する。

風の操作によって飛行、透明化さえも可能であり、アーサー王の姿晦ましのマントの正体である。

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

ランク:EX 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

卑王ヴォーティガーンや叛逆の騎士モードレッドを討ち取る際に使用した聖槍。

アルトリアの持つスキル「幻想の楔」の性質をこの宝具そのものが有しており、この槍から神代の神秘を出力できる。

真名解放時には『約束された勝利の剣』にも匹敵する神霊クラスの魔術行使が可能。

両者を同時に扱った際の力の域は、神霊の権能に届くとさえ考えられる。

 

『プロフィール』

身長/体重:154cm・42kg

出展:アーサー王伝説

地域:欧州

騎乗する馬の名前は「ドゥ・スタリオン」。

宝具ではないが、高ランクの宝具にも匹敵する力を持つ。

 

『解説』

騎士王アルトリア・ペンドラゴン。後世に伝わった名前はアーサー・ペンドラゴン。

選定の剣を抜き、ブリテンを統べた王。正しき王として国を統治し、モードレッドの叛乱によってその治世を終えた。

一説によれば騎士王はアヴァロンと呼ばれる理想郷で長い眠りについている。

そして、遥か未来、ブリテンが危機に陥った際、再び目覚めて救済を齎すという。

マスターへの態度:

何らかの例外がなければ召喚は不可能。

基本的に通常のアルトリアと性質は変わらない。

ただし、この状態のアルトリアは聖杯を求めていない。

マスターが聖杯を求めるならばそれに応じ、不要だろうとマスターの生存のため戦う。

――ごはんはよく食べるし魔力消費も凄まじいので要注意。

因縁キャラ:

・アルトリア[リリィ]

 幼い頃を映したビデオを見ている気持ち。

 とは言え、彼女の輝かしい花の旅路はこの騎士王が歩んだ修業時代とは違うものだが。

・円卓の騎士

 遥か過去の事であろうとも、彼らの記憶は残っている。

・ギルガメッシュ

 仮に出会っても相容れない。「霊基が拒絶している」とのこと。




一部スキルは独自解釈が含まれています。
マテリアルの発売で詳細が発表されれば更新いたします。

次回からは二章。
ハクたちも慣れたでしょうし、難易度は上がります。


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BC.0323 覇王降臨伝承 バビロニア
アバンタイトル


マテリアル3が届かなくてつらい。
巌窟王も復刻しなくてつらい。

メルトも実装されなくてつらい。


 

 

 ――一晩ほどの休憩があった。

 疲労はない。回復効果によりリソースを使ったことで、普段以上に好調と言えた。

 無論、力を貸してくれるマスターたちにも、それは適用してある。

 暫くはこの月が、マスターたちの拠点となる。

 AIの居住区を拡張し、そこにそれぞれの個室を貸与している。

 特異点の解決に掛かった日数には、バラつきがある。

 一定期間内の解決であれば、修正に伴って同時期の期間が可能だが、作戦が長期間になれば話は別だ。

 現にまだ帰還していないマスターもいる。

 死亡報告は来ていないため、未だ戦っているのだろう。

 全員が帰還してから次の作戦に進むつもりだったが、時間の短縮も考慮し移行することを決定した。

 ゆえに――作戦を終えたマスターは、或いは地上に戻り、或いは次の特異点に挑む。

 今はその休憩時間だ。

 次の作戦開始は一時間後。オペレーターたちは他の特異点の解析を行っているが、そろそろ終了する頃合いだろう。

 そして僕は、一足先に休憩を切り上げある人物のもとへ向かっていた。

 セラフの一角に工房を構えるその人物には、最初の特異点の解決時からある作業(タスク)を任せている。

 その進捗の確認。数時間でどうにかなるものではないが、次の特異点に赴く前に確認しておこうと思い立ったのだ。

 古めかしい工房の戸を叩く。

「はーい、どうぞー」

 呑気な声が返ってくる。

 扉を開けると、その人物の他に一人が部屋にいた。

「カレン?」

「お父さま、おはようございます」

 流れる銀髪と表情を映さない瞳。

 僕たちと同時期に特異点の解決を済ませ、セラフに帰還したマスター、カレン・ハクユウだ。

 よもやカレンがサーヴァントを召喚してマスターとなっているとは思わなかったが、それで特異点を解決して帰ってきたのだから強く言える筈もない。

 カレンに同行していたヴァイオレットは帰還するなり心労の限界を迎えて倒れてしまった。

 こうした厄介ごとの対処には慣れているヴァイオレットだが、今回は回復に数日掛かるだろう。次の特異点攻略に参加することは不可能だ。

「何故ここに?」

「レオナルドに話を聞いていました。特異点で生前のレオナルドと会って、色々と気になることがあったので」

 そういえば、カレンは十五世紀のイタリアに行っていたと聞く。

 その時代の異変を解決してきたというならば、生前の“彼女”に出会っても不思議ではない。

「いやあ、まさか月の連中――それもカレンに見られるなんてねえ。どうだい? 生前の私、イケメンだった?」

「イケメン……その基準は分かりかねますが、レオナルドらしい顔つきだったと思います」

 身も蓋もないカレンの発言に、工房の主は肩を竦めた。

 豪奢で色彩豊かな衣装に身を包んだ絶世の美女。

 体のパーツ全てが完璧な調和を生み出す芸術の極み。

 それは、地上に生きる人間ならば誰しも一度は目にしたことのある芸術そのものだ。

 十六世紀の初頭に描かれた至高の絵画。

 その名はモナ・リザ。その女性はモナ・リザそのものだった。

 とは言え、名画のモデルになった女性ではない。

「……それでダ・ヴィンチ。解析の進みはどう?」

「あー。その話ね」

 ――レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 ルネサンス期における芸術家。

 その天才性は芸術だけでなく、発明や数学、建築、音楽、天文学、地理学など数多に渡って発揮された。

 正に万能の天才(ウォモ・ウニヴェルサーレ)。史上最大の天才とも名高い偉人だ。

 彼女は当然、AIではない。紛れもないサーヴァントである。

 クラスはキャスター。マスターのいないソロ・サーヴァントとして召喚を受けた。

 ダ・ヴィンチには数年前の召喚以来無くてはならない役目を任せている。

 それがムーンセルのシステム技師。このあまりにも重要な役割(タスク)を任せるのに、彼女以上の適任者はそういまい。

 そして今回。特異点の発生と未来の消失という異常にあって、新たな仕事を請け負ってもらった。

「まあこの程度、天才の頭脳をもってすれば大したことないね。解体も利用も、あと数日貰えれば思いのままさ」

 ――特異点で回収した、聖杯の解析と解体。

 黒竜王が言うには、これら全てを回収、破壊しなければ、事件の解決には至れないらしい。

 僕たちは特異点に赴く以上解析に時間を掛けられない。よってダ・ヴィンチに依頼したのだが……。

「……そんなに簡単なものなのか?」

「簡単じゃあないよ。単純に緻密だ。だがだからこそ分かりやすい」

 既にある程度、解析は進んでいるらしい。

 驚くべき速度だ。もしかすると、ムーンセルにおける最速の演算速度と比類するかもしれない。

「それは……?」

「悪意。これは悪意の塊だ。善意と敵対し、時に協力し、人類史を進めてきた負の性質――それ()()

 悪意……“聖杯”という名称に、最も不相応な概念だろう。

 実物を見ていても、そうは思えない。

 構成する魔力は確かに奇妙だが、どちらかといえば神々しい存在感である。

「特にハクト。君が回収してきたものが最たるものだ。恐らく、これが中心にして黒幕の本命だろうね」

「本命……? 他のものは?」

「言わばスペア……本命がダメだった時に代替する聖杯かな。黒竜王とやらが示した特異点は多分、本命の聖杯がある地点だろう」

 ――それを渡り、回収するのは僕の役目、と。

 黒竜王はそう決定したようだ。

 スペアという聖杯も、残しておけば手遅れになるだろう。

 そこは他のマスターに任せるしかないとして、僕はその示された聖杯を確実に回収していくしかない。

「うーん。けど、ちょっと残念かな。久しぶりに数年掛かりの研究対象と思ったんだけど」

「レオナルド。レオナルドはその聖杯を作れないのですか?」

「これと同じものは無理だね。これは天才性でどうにかなる問題じゃあない……類似の願望器ならお望みとあらばいつか作ってみせるけど」

 カレンの疑問に、ダ・ヴィンチはどこか悔しそうに答える。

 ……彼女はどこまで天才なのだろう。

 願望器も作って見せる――それが法螺に聞こえないところが凄まじいところだ。

 どのような技法でそれを作り上げようと言うのかも、想像がつかない。

 何せ彼女の発想は常識を軽く逸脱している。

 自身の肉体を絶世の美女(モナ・リザ)に改造して召喚されるなど、他の英霊であれば到底思いつかないだろう。

『――マスター各位へ通達。次特異点の特定が完了しました。各位、指定した区域に集合してください』

 その時、各マスター宛ての連絡が届いた。

「おっと、もうそんな時間? なら行ってきたまえ。一つ解決したからと言って驕ったり油断はしないように」

「ああ。分かった。引き続きよろしく、ダ・ヴィンチ」

「では、行ってきます、レオナルド」

 工房を後にする。

 指定された区域は、マスターによって違う。

 そこに集まった面々が、次の作戦で協力することになるメンバーだ。

「カレン、次の特異点は?」

「第十四特異点、と書かれています」

「そうか。じゃあ、次は一緒だな」

「お父様も……?」

 頷く。次に行くべき特異点は、三十のうち十四番目。

 そして今回は、カレンも同じ時代のようだ。

「そういえば、カレンのサーヴァントは何処に? 辺りにはいないようだけど……」

「セラフを見て回ると言っていました。位置は把握しているので、行く途中に合流しましょう」

 カレンと契約したサーヴァントは気になるところだ。

 彼女を守る存在がどういう英霊なのか、把握しておかなければならない。

 少なからず会話が出来れば良いのだが。

 

 

 その後、別の仕事を行っていたメルトと合流し、僕たちは集合場所に向かっていた。

 どうやら、カレンのサーヴァントもその道中にいるらしい。

 聞いた話では、また随分と奇妙なサーヴァントのようだ。

 先の特異点では一切戦うことなく、ヴァイオレットに全て任せていたという。

 戦えない訳ではないらしいが……何か、戦わない理由があるのだろうか。

「いました。あの方です」

 サーヴァントは、そこで待っていたように立っていた。

「――おや」

 黄金の少年だった。

 しかし、古風な服を着込むその姿に少年らしさはまったく感じられない。

 赤い瞳は全てを見通しているかのように深い。

「ッ……」

 メルトが息を呑み、立ち止まった。

 分からなくもない。その存在感はあまりにも圧倒的で、およそ子供には見えなかった。

「……へえ。なるほどなるほど。どこか気配はあったけど――そういうことか」

「え……?」

 ゆったりと歩み寄ってきた少年は、僕の前で立ち止まる。

 不敵に笑う表情が宿した感情はなんなのか。まるで分からない。

 目を逸らせない。

 その存在感は、同じ少年英霊でも、かつて出会ったアンデルセンとはまったく違う。

「運が良かったですね、お兄さん。大人のボクであれば、問答無用で八つ裂きだったと思いますよ」

 出会って早々の、処刑宣告。

 どうやらそれは免除されたようだが、何か、彼の気に障ることがあったのか。

「そっちのお姉さんは……まあ、いいか。今のボクには関係のないことです。マスター、彼らが君の?」

「はい。お父さまとお母さまです」

「ふうん……こっちの姿になったのは正解かな。一応、仮にも理を正す側に呼ばれた訳だし」

 どこか残念そうに深い溜息をついた少年。

 見るからにやる気がなさそうな彼に、カレンが一歩詰め寄る。

「ゲートキーパー。先の特異点で貴方はわたしを認めました。今度こそ、戦ってくれるのですよね?」

「……出る必要があれば、ね。お兄さん、お姉さん。クラス・ゲートキーパーです。どうぞよろしく」

「あ、ああ……紫藤 白斗だ」

「……」

 少年は、己のクラスを名乗った。

 それは聞いた覚えのないエクストラクラス。

 門衛(ゲートキーパー)。そのクラス名からは攻撃方法も予測できない。

 果たして、どういうクラスなのか。

 警戒しているのか、メルトは名乗らない。ただ鋭い視線を向けながら、傍を通り抜けて歩いて行った。

 ゲートキーパーはさして気にした様子もなく、それに付いていく。

 ……常に警戒しておいた方がいいだろう。或いは、最大の注意を向けるべき存在かもしれない。

 ――集合場所には、先客がいた。

「……っ」

 レオのように、知った姿とは違う。

 だがその特有の雰囲気を、見違える筈もない。

 金髪を後ろで一房に纏めた女性の反応は、ひどく驚いたようだった。

「……凛」

「……久しぶり、ハクト君」

 遠坂 凛。フリーランスの霊子ハッカーであり、当時は西欧財閥に反するレジスタンスだった人物。

 聖杯戦争では時に助けられながらも、六回戦でぶつかり合った好敵手。

 月の裏側の戦いでは、はじめは敵として戦いながらも和解してからは仲間として幾度となく頼っていた。

 彼女もまた、未来の消失という異変を前にして戦ってくれていたのだ。

「リン、また一緒ですね。よろしくお願いします」

「ええ。よろしくカレン。……まったく、誰もかれも、ここは変わっていないわね」

 凛は傍に立つサクラを横目で見ながら、至極複雑そうに言う。

 今回のオペレーターを務めるサクラは可視化された数値を弄っている。

 全員が揃うまで、シミュレート等の確認を徹底しているようだ。

「まあ、良いわ。私の足を引っ張らなければそれで。キャスター、彼らよ」

 凛の後ろで、先程から値踏みするような視線を此方に向けてきている男性が彼女のサーヴァントか。

 スーツの上に赤いロングコートという、一目で近代の出身だと分かる服装。

 不機嫌さを醸し出す強面。身長は百八十センチを超えているだろう。

 キャスターのクラスというには魔術師の類の可能性が高いが……それだけでは、流石に真名には辿り着かない。

「ふむ。君たちが、月を束ねる者たちか。私はキャスター――真名、諸葛孔明だ。よろしく頼む」

「諸葛……孔明……?」

 その名前は知っている。だが、目の前の男性と真名は到底繋がらない。

 諸葛孔明。中華、三国時代における蜀の大軍師だ。

 蜀が魏に長らく抵抗することが出来たのは、この諸葛孔明の働きが非常に大きかったと言われている。

 かの大軍師ならば、キャスタークラスにも該当しよう。

 だが、諸葛孔明は二世紀から三世紀にかけての人物だ。このような近代的な服装をしているとは思えない。

「君が気にしているのは私の容姿についてだろう。色々事情があってね。諸葛孔明としての力を振るう分には支障はないさ」

 どうやら、通常のサーヴァントとは事情が違うらしい。

 サーヴァントの召喚システムは、サーヴァントという存在の多様性から例外が生まれやすい。

 基本の七クラスから外れたエクストラクラスもその例外の一つと言える。

 彼――諸葛孔明も、そうした何らかの事情が関係しているのだろう。

「……で、サクラ。まだ全員じゃないの?」

「はい。あと一人――」

「やあやあ! 遅れてごめんね!」

 次の特異点で協力する四人目のマスターは、時間ピッタリにその場に転移してきた。

 丁寧に切り揃えられた白髪で幾らか若く見えるが、二十前といったところの少年だ。

 衣服のあちらこちらに散りばめられた宝石を見て、凛が瞠目する。

 黒いローブの下に着ているのは――あれは、アトラス院に属する証明の制服だ。

 サーヴァントの姿は見えないが、その手には令呪がある。どうやら霊体化させているようだ。

「貴方がマスター・カリオストロさんですね」

「うん。カリオストロ・エルトナム・アトラシアだ。よろしく、世界を救うマスターのみんな」

 カリオストロ、と名乗った少年は、大仰な仕草で一礼する。

 その名前と素顔、そして休憩の間にサクラから受け取っていたマスター情報を照らし合わせる。

 着ている衣服はアトラス院に属する証明――しかし彼は現在もかの巨人の穴倉に所属している訳ではない。

 彼はあの閉鎖組織から抜け出した数少ない人物だ。ゆえに、情報が非常に少ない。

 ただ一つ――彼はアトラシアの名を持つ理由がない。

 あの名称は偽名なのだろう。問い詰めるつもりはないが、注意が必要かもしれない。

「紫藤 白斗とメルトリリスだ。協力してくれてありがとう、カリオストロ」

「カレン、及びサーヴァント・ゲートキーパーです」

「……私は遠坂 凛。そしてキャスターよ」

「お、奇遇。僕のサーヴァントもキャスターだ。……っと、雑談は程々にしないとね。サクラ……だったっけ、僕らが行く特異点は?」

 互いに自己紹介を終え、カリオストロが問うと、サクラは頷いて説明を始める。

「――次の特異点は紀元前323年。当時広大な版図を築いていたマケドニア王国です」

 紀元前――人が神と袂を分かってから長い年月が経ってなお、色濃い神秘を残す時代。

 その年のマケドニア王国ともなれば、はじめに思いつく事象などたった一つ。

「そうなると、考えられる中心人物は……」

「……征服王、ね」

 アレキサンダー大王。アレクサンドロス三世。イスカンダル。

 マケドニアを統べ、東方遠征により多くの国を支配した偉大なる征服王。

 数多くの大英雄に信仰され、尋常ならざる逸話も数多く残されている大英雄。

 紀元前323年は、その王が没した年だ。

 ――最も強き者が王を継げ。

 王の遺言によって王国は瓦解し、消え去ることとなる。

 征服王の死没……なるほど、何者かが過去に干渉して特異点を作り出したならば、選ばれても決しておかしくはない年代だ。

「西暦以前という、只でさえ不安定な時代です。観測、補助は私が万全を尽くしますので、くれぐれも注意してください」

「了解。皆、行こう」

 特異点の危険度は、先のブリテンで理解した。

 今回はより、用心した方が良いだろう。

「――」

「……? キャスター、どうかした?」

「――――いや。なん、でもない。……そうか。こういうことも、あるか」

 四人と四騎、特異点に挑む人数は、前回よりも多い。

 キャスターが二騎となると、直接攻撃に欠ける部分はあるだろうが、今回も危機を救うべく召喚された英霊たちがいるだろう。

 そうした正義の英霊たちが力になってくれることを祈る。

 それはブリテンと同じように、解決のための大きな力となる。

「では……第十四特異点、追記開始します」

 

「全行程、クリア――時空干渉、開始」




次なる時代は征服王の時代。
パーティはカレン&なぞのさーばんとゲートキーパー、凛&ロード孔明二世&カリオストロ&オリ鯖Aとなります。
凛は今回、アバターの髪の色を弄らず金髪での参戦となります。
別にそれが今後関わってくる訳でもなく、だからどうしたって話ですが。
そして、システム技師たる万能の天才ダ・ヴィンチちゃんも登場。
聖杯の解体という大役を担ってもらいましょう。

二章に出てくるサーヴァント?
とりあえず一章より多いとだけ言っておきます。


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第一節『砂塵舞う領域』

山の翁をお迎えしたい。


 

 

「それじゃあご老体。後は任せたぜ」

「応とも。儂は貴殿ほど偉大ではないが、そう言われては断れまいよ」

「よく言う。そもそも、太陽を堕とすなんざご老体の方が馴れっこだろうに」

 

 ()を始める前、二人の弓兵は他愛のない世間話をするような口ぶりで、役目の引継ぎを行った。

 誰もかれもが避難したその場所で、一人は偉業をその目に収めるべく残っていた。

 そして一人は、今ここに神話が如き偉業を成し遂げる。

「――陽のいと聖なる主よ」

 矢を番える。

 引き絞られた弓は限界を超え、なおも男の献身に従うべく、耐え続ける。

「あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ」

 時の彼方をも見得る千里眼は、この後に待つ結末を鮮明に映している。

 眼を閉じていようと分かる。

 だってそれは、生前の繰り返しなのだから。

「我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」

 その祝詞を唱えるのは二度目だ。いや、もしかすると、もっとあるかもしれない。

 かつて、サーヴァントとして召喚され、これを唱えたことがあるという可能性はゼロではない。

 そうした場合は、なんとも申し訳ない。

 恐らく自分はマスターの望みを叶えられなかったのだろう――男はそんな想いを、ふと抱いた。

「さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身(スプンタ・アールマティ)を見よ」

 今より挑むは、太陽だ。

 中天に輝くが道理の太陽が、しかし大地に存在する。

 あれは悪ではない。だが、これが争いである以上は止めなければならないのだ。

「この渾身の一射を放ちし後に、我が強靭の五体、即座に砕け散るであろう!」

 一時の出会い、一時の生活、一時の友情は、貴いものであった。

 それを守るべく、それを救うべく、そしてその過ちを正すべくこの一射を放つのだ。

 去らば、特異なる運命。

 今より放たれるは葦の矢。

 戦いを終わらせた大英雄。

 その最大の一射の代償はあまりに大きい。

 命を賭した伝説の顕現。一度の生涯でたった一回きりの、最後の矢。

 正しきを為す弓兵(アーラシュ・カマンガー)――戦いを終わらせた英雄は、一射の後に生きて還ることはなかった。

 ゆえに、其は霊核をも込めて射ち放たれる究極の一撃。

 命そのものたる流星。大地を割る流星。国境を作る流星。

 人々の幸せを願った英雄の最期の瞬き――

 

「――――流星一条(ステラ)ァァッ!」

 

 

 +

 

 

「――見たか、我が妹よ。かの勇者、その光輝を」

 黄金の中、男は感嘆の声を漏らした。

 その声色は通常を装っていながらも、隠しきれない興奮が見え隠れしている。

「……貴方の妹になった覚えはありませんが。確かに眩いものでした。太陽たる私でさえ、少し目を細めましたとも」

「なんと。それはいかんな。あれは刮目して見るべき業であった。あれを見る視界を狭めるのは大罪であるぞ」

「どうしろって言うんですか……褒め方も考えなきゃいけないって」

 男の座る玉座の傍に立つ女が呆れた表情で肩を落とした。

 聞こえるように零されたあからさまな愚痴に、男は気にした様子も見せない。

 上機嫌に手打ちする男に、女は奇人を見るような目を向ける。

「見事。見事なりアーラシュ・カマンガー。余はそなたに心からの称賛を送ろう。その命の流星、余はしかと見届けた」

 嘘偽りない言葉を、男は今は亡き弓兵に捧げた。

「地を割らん一撃、懐かしき旧友の奇蹟を思い出したわ。ネフェルタリ、お前がいないことが口惜しい」

 その弓兵が類稀なる、強大な英雄だということは男もよく知っている。

 傲岸不遜で唯我独尊なる男が、掛け値なしの敬いを見せていること。

 その事に、女はどうにも釈然としない不気味さを感じていた。

 男であるならば、須らく己に貢ぎ、堕ちていくべきというのが女の持論である。

 だというのに、この男はそうはならず、更には自分を妹と呼んできた。

 まあ、自分への態度がどこか普通より上機嫌な節はあるようだが。

「今のは大電球に限界以上の出力を掛けて放ったものだ。暫くは使えまいよ。勇者によって、ここに戦は収められたのだ」

「……しかし、それも永久ではありません。最早その太陽、何者にも堕とすことは出来ないでしょう」

「当然だ。アーラシュ・カマンガー――そなたは一手、誤った。国を諦め神殿を狙っていれば、或いは永久に戦いを終わらせることが出来たであろうに」

 手に持った「それ」を弄りながら、男は僅か、声色を変えた。

「……さて。まだ戦は続く。この崩れんばかりの世界の秤。果たして如何なるか――」

 

 

『第十四特異点 王の軍勢

 BC.0323 覇王降臨伝承 バビロニア

 人理定礎値:A-』

 

 

「――――」

 地上に降りるという現象は、二度目であっても慣れることはないだろう。

 僕という存在があり得ざる場所に現れる。

 その異質性は、僕自身が何より分かっている。

 そうであっても、僕は地上に憧れた。

 だって――地上はあんなのも美しい。

 ブリテンの自然を覚えている。あの感動は、決して一言で表せるものではない。

 そして今回。紀元前の世界もまた、新たな光景を教えてくれる。

 酩酊感が引いていく。

 肌に、ざらざらとしたものが絶え間なく触れている。

 ああ――ここはもしかして。

 目を開くとそこは――――

「……っ」

 砂漠だった。

 靴が砂に沈み、行動を制限する。

 温度と風による暑さが、体から水分を奪っていく。

『紫藤さん、聞こえますか?』

「サクラ――この位置は?」

『実は――観測は出来るんですが、非常に不安定なんです。この数値……そこは、紀元前323年のマケドニアではありません』

「え……?」

 降りる時代を間違えた、ということだろうか。

 確かに、魔力の濃度に不自然を感じる。

 体が当該の時代の濃度に最適化されている以上、この現象は異変なしとは考えにくい。

『年代、測定……完了。そこは紀元前十三世紀のエジプトです』

 行くべき時代より、千年ほど昔。

 魔力濃度が高いわけだ。しかし……何故このようなことが。

『落ち着いて聞いてください、紫藤さん。この特異点は、三つの時代が同時期に重なって成立しています」

「三つの時代……?」

『はい。一つ、紫藤さんのいるエジプト。二つ、正しいマケドニア――凛さんとカレンは、そこにいます。そして三つ、カリオストロさんのいる、時代不明ながら樹立しているローマです』

 マケドニア、エジプト、ローマ……三つの時代の、三つの国が同じ時代にあるという不可思議。

 それが、この時代の特異点。

 どうやら他のマスターたちは、それぞれの国に降りたらしい。

 この三つの国のどこかに、聖杯はあると見て良いだろう。

「……わかった。サクラ、聖杯を探索する。マスター三人にも、その旨を」

『了解しました。そこから南へ三キロのところに、人の反応が多数あります。恐らく、オアシスを中心とした小規模な都市でしょう。ひとまずそこへの移動を推奨します』

「ありがとう。向かってみよう、メルト」

「ええ。何か手がかりがあれば良いのだけど」

 ひどく歩きにくいが、ここで立ち止まっていても事態が好転する訳でもない。

 戦闘に入るよりはマシだろう。

 周囲にエネミーの影はない。人の生きる環境ではないものの、そうした意味では安全と言える。

「……メルト、大丈夫?」

「……正直、不快ね。これで戦えってのは、結構キツイわ」

 足が奪われる砂漠と、敏捷性を武器とする戦い方では絶望的に相性が悪い。

 この場所で戦闘するのは極力避けたいところだ。

 どうしても逃れ得ない場合は、僕がメインとなるしかないか。

 ムーンセルからの支給があるため、水分に困ることがないのは大きい。

 歩きにくさに辟易しつつも暫く進むと、ひたすらに続く砂漠に異物を発見した。

 幾つかの建造物。レンガ造りの小さな家屋が並んでいる。

「あれは……」

『先程言った都市です。サーヴァントの反応が二つありますが……』

 ……この時代で出会う、最初のサーヴァントか。

 出会ってみるまで、敵か味方かはわからない。

 もしも敵であった場合、二騎を相手にするのは非常に厄介だ。

 どうするべきか……戦闘になったら、撤退することも難しいが……。

「向かいましょう、ハク。ここで止まっていても仕方ないわ。カレンたちとの合流も難しいし、今は手がかりを探しましょう」

 それは、メルトがそのサーヴァント二人を相手にできるという自信の表れでもあった。

 敵か味方か、その強さも判断できない以上、慎重に動くことは必須だ。

 だが同時に、何かしらの手がかりを見つけないと解決には進まない。

 他のマスターとの合流ともなれば、数日掛かるかもしれない。

 あの都市にサーヴァントがいる以上、それは手がかりになりうる。

 もし味方であれば、あの都市を拠点と出来る可能性もある。ひとまず向かってみるのが正解か。

 ――暫く歩き、建造物が鮮明になってきた。

 確かに、規模はそこまで大きいということはない。

 だがある程度の人口はあるようだ。情報が得られれば良いのだが。

 一歩踏み入る。道は最低限に舗装されている。歩きにくさは随分と緩和された。

「……あの。旅のお方ですか?」

 靴の隙間いっぱいに入った砂を落としていると、声を掛けられた。

 ここに住む者だろうか。どこか儚さを感じる、十代半ばといった外見の少女だった。

「まあ……そんなところだ。君は、ここに住んでいるのか?」

「いいえ……正確には違います」

 褐色の少女は、問いに首を横に振りながら答えた。

「私は少し事情があり、この場に滞在しているのです。この砂漠で安全なのは、ここくらいですので」

「ここくらい……? ここに来るまで、特に何もなかったけれど」

「運が良かったのでしょう。この砂漠の中は、外のどんな場所よりも危険です。恐ろしい番人が無数に徘徊しておりますので」

「番人?」

「スフィンクス。ご存知ですか?」

 知らない筈がない。恐らくは、世界でも最高位の知名度を持つ神獣だ。

 獅身獣(スフィンクス)。人の頭を持つ、巨大な獅子。

 サーヴァント数人がかりで相手取るべき存在。

 ……出会わなかったのは幸運か。メルトと二人では手に余るかもしれない。

「ああ……知ってる。そんなモノが?」

「はい。ここはオジマンディアスの砂漠。どんなファラオよりも、従えている獅身獣は多いでしょう」

「オジマンディアス……ですって……?」

 その名前に、思わず言葉を失っていた。

 ムーンセルが記録している英霊には、大英雄の中でも強大な力を持った者が一握り、存在する。

 総称をトップサーヴァント。一騎で混沌の戦場を支配し得るそれらは、月の聖杯戦争では原則召喚が出来ない。

 ブリテンで出会ったアルトリアも英霊となればトップサーヴァントに該当するだろう。

 そして、オジマンディアスもその一人だ。

 紀元前十三世紀。そうか。この時代は彼の世界だ。

 オジマンディアス――よく知られた真名を、ラムセス二世。

 古代エジプトにおいて、彼以上の英雄など挙げられよう筈もない。

 最大最強のファラオ。神王にして建築王、偉大なる太陽王。

 多くの神殿の建築や、歴代全ての神殿は自身の為に在ると宣言した逸話など多くの伝説を持つ神話的英雄。

 そして、人類史において最古の平和条約を結んだ王としても知られている。

「その事も、ご存知ないのですか?」

「……ああ。あまり、この世界の現状が分からなくて」

「……もしかして、未来より降りた、マスター……?」

 ――その事を、知っている?

 怪訝な目を向けると、怯えたように少女が一歩後退る。

「ご、ごめんなさい……そうでしたら、少しだけ事情はお話しできますので……」

「え……?」

「サーヴァントについて、は……知っていますよね?」

 ひとまず頷くと、怯えを未だ見せつつも少女は話し始める。

「……この時代は今、三つの時代が同時期に発生したことによって、非常に不安定になっています」

 それは、サクラによって聞いたことだ。

 しかしその事まで知っているとなると、一体この少女は……。

「エジプト領、ローマ領、マケドニア領。それぞれ、支配しているのは一人のサーヴァントです」

 少女は順に指を立てつつ、その真名を口に出した。

「エジプト領には太陽王・オジマンディアス。ローマ領には神祖・ロムルス。そしてマケドニア領には、再臨せし征服王――イスカンダル」

「――――」

 決して短くない時間、呆然としていたと思う。

 オジマンディアスの名が出た時点で、それは想像して然るべきだったかもしれない。

 それぞれの領域の頂点に在るのは、全てトップサーヴァントに該当する大英雄。

 ローマ帝国の始祖となったロムルス。そして――

「……征服王が、サーヴァント?」

「はい。征服王は死後数日の後、蘇ったそうです。引き裂かれる筈だった王国はそれによって繋ぎ止められた代わりに、新たな危機に直面しました。強大な二つの軍勢が突如として出現、侵攻してきたのです」

 それが――ローマとエジプト。

「二国は強大な英霊を複数有しており、侵攻は数日間止まることを知らず――しかし、征服王の徹底抗戦によって最小限に留められていました。それが功を奏し、マケドニア側にも英霊が召喚――今は三つ巴の拮抗状態となっています」

 その侵攻の二国が、聖杯による影響なのだとしたら。

 イスカンダル及びマケドニアの英霊たちは、ムーンセルが召喚したものだろうか。

 マケドニアが本来とは違う瓦解によって崩れ去っても、歴史に大きな変化はないだろう。

 だが、そこにまったく別の時代そのものが出現していれば。

 その後の歴史に関わらず、この時代の意味そのものが失われる。

 これが、この時代の特異点か。

「三国の中心点――王都バビロンは既に跡形もなく壊滅。時代の歪みによって境界は遥か神代の神秘までもが零れている始末です」

「……随分と、凄まじいことになってるな」

 どこから解決したものか。

 重要な手がかりを得たは良いものの、事態はあまりにも大事になっている。

 恐らく、三国の何処かにブリテンと同じように、聖杯があるのだろうが……。

「サクラ、聖杯の反応は?」

『確認できません。魔力の使用が見られれば、場所を特定出来るのですが……』

 ブリテンで最初から正体不明の反応――聖杯の位置が分かっていたのは、黒竜王が聖杯を使用していたからだ。

 配下としたサーヴァントたちへのギフトや、千里眼から逃れる空間の作成。

 あれによって、場所自体は特定が容易になっていた。

 だが今回は、どうやら違うらしい。

 聖杯の場所さえも分からない。その使用が見られないということは、悪意なき者が所有している可能性もあるが……。

「……」

 最も早い解決を望むならば、やるべきことはオジマンディアスへの謁見だ。

 このエジプト領で事態を誰よりも把握しているのは彼だろう。

 だが、もし敵であった場合。

 領域に入ってきた敵をむざむざ逃すことはしないと確信できる。

 あまりに大きな博打だ。どうするべきか。

「それにしても貴方、随分とよく事を知っているわね」

「……はい。異邦よりのマスターが来たら、包み隠さずお話しろと」

 どうやら、少女は何者かによってこのことを教えられたようだ。

 もしかすると、三人の王の誰か――この領域にいることから、恐らくはオジマンディアス――によって遣わされた存在か。

「ともかく、ありがとう。君のおかげで助かった」

 情報がこれだけ得られたのは大きい。

 礼を言うと、少女は警戒を解いたように、柔らかく微笑んだ。

「いいえ」

 少女の右手が、そっと僕の左手に触れる。

「私も、礼を言わないと」

 手の甲の刻印、令呪に指が置かれる。

 その複雑な文様をなぞる指に、くすぐったさと、妙な感覚を覚えた。

「ちょっと……」

 静止を掛けるメルトを一瞥した少女。

 瞬間。

「――――ッ!」

 素早く動かされた少女の左手。金属音の直後、メルトが飛び退いた。

 少女が、何かを投げた。そして尚もその行動は続けられている。それを判断したのが、限界だった。

「この……!? ハク!」

「え――――」

 いつしか、左手は強く絡め捕られていた。

 動きを封じられている。いや、それだけではない。

 違和感に気付く。左手がピリピリと、痺れるような感覚に襲われている。

 誰の仕業かなど一目瞭然。この状況で何か出来るのは、先程まで情報をくれていた少女ただ一人――――!

 

「――ありがとう。貴方は優しく、人を信じる、とても甘い、正義の人だった」

 

「っ……」

 少女の顔が、気付けばすぐ目の前にあった。

 暗い、昏い瞳は、まっすぐ此方に向けられている。

 瞳が、引き寄せられるように近づいてくる。

 唇が、何かに触れた。

 ぬるりと温かいものが、口腔を流れていった。

 脳一杯を、体一杯を侵していく、何かが入り込んでくる。

 とても心地良い。とてもふわふわとしている。

 ――例えばそれは、地上に初めて降りたとき。

 慣れていない空気を吸ったあの感覚。

 良い感覚とも、悪い感覚とも言えた。

 ――例えばそれは、手違いでアルコールを摂取してしまったとき。

 電脳体であっても酔いは存在することを知ったあの日。

 とても嫌な酩酊で、その後のこともあって、二度と飲むまいと心に誓った。

 ――例えばそれは――メルトとの長く短い幸福の走馬灯。

 思い返すだけでも、あまりにも得難い幸せの数々だった。

 それらを一息に辿ってみれば、この甘たるい感覚になるのだろうか。

 そう考えると、これはとても幸福な陶酔と言える。

「――――! ――――!」

 メルトが叫んでいるのが分かる。

 だが、口を動かしているのは理解できても、その言葉は耳に入ってこない。

『――――! ――――!』

 サクラが叫んでいるのが分かる。

 耳には入ってくる。だが、その理解を脳が拒む。

 いや……正しく言えば、脳がその理解という機能を忘れたようだ。

 膝が地面に付いた。

 いつの間にか、左手を掴む少女の手はなかった。

 どこに行ったのだろうと、僅か目を動かすだけで、その姿は見つかった。

「さようなら。ごめんなさい」

 その少女の言葉だけは、はっきりと分かった。

 それまでの姿と、見つけた姿は違うものだった気がする。

 顔が見えない。

 何故だろうか。

 見ようとした顔が、白い髑髏のようなもので覆われていたような。

 不吉な、と思った。

 まるで死神のようではないか。だが、あの少女はそんな風には見られなかった。

 熱が支配していく一瞬に酔い痴れたまま、体の自由がなくなる。

 意識が微睡の奥深くへ落ちていく直前、ジャラリ、とまるで鎖のような音が聞こえた。




DEAD END。

という訳で始まりました二章。
早速ですが、大英雄アーラシュは退場となります。お疲れ様でした。
そしてハクが大変なことに。ローズの時と同じようなことになってますね。


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第二節『海底の記憶』

最近寒いですね。
皆様も、体調にはお気を付けください。


 

 

「――あら」

 ――夜のような、少女がいた。

「ここまで戻ってきましたか。どうやら峠は越えたようですね」

 それは視界のようで、しかし、そうでない気もする。

 目ではなく、思考そのものが視ている幻影と考えるのが、一番自然かもしれない。

 声もまた、耳ではなく内で聴こえているように感じる。

「大変でしたのよ? 私が冥府に通じているといっても、落ちた者は取り戻せない。寝起きの女をこれだけ急かすなんて、まだまだ扱いがなっていませんわ」

 少女の姿は、見ているだけで熱いものが込み上げてきた。

 感情までもが曖昧になっているようで、それが何なのかわからない。

 だが、一際強いものだけは分かった。

 それは、安堵だ。

 何故この少女に対してそれを抱くのか。

「にしても、また厄介なことに巻き込まれているようで。終わったことと眠りを決め込むつもりでしたのに……目覚めるしかないじゃありませんか」

 ――一体、君は。

 声が出ない。思うだけでは、当然彼女には伝わらないようだ。

 少女は僕を知っている。そして、僕も少女を知っている。

 全てが曖昧な中で、少女の存在に強いものを感じていることから、それは間違いない。

 だからこそ、明らかにしておきたい。

「……そろそろ体と繋がるようです。今のうちに、話せることは話しておきましょうか」

 上方を見上げながら、少女は言う。

 追うように見れば、何か、明るいものが近付いてきている。

 あれは――――目覚めか。

「私も、■■■も、あの夜に死にました。この身は、僅かに残った私に刻まれた意思のようなものです」

 ならば目覚める前に、思い出さなければ。

 この少女は誰だったか。言葉の端々にヒントはあるのに、それらを繋げられない。

 しかし、曖昧は目覚めに近づく度に、晴れていく。

 思い出せ。思い出せ。思い出せ。思い出せ。

 欠片が一つずつ、形を取り戻していく。

 欠片が一つずつ、元の場所に収まっていく。

「手を貸せないこともないのですが……いえ、極力それはしたくないですね。ともかく、私にそう期待はしないでください」

 目覚めは近い。

 曖昧だったものが、少しずつ鮮明になっていく。

「……あ」

 小さく、少女が声を零した。

 何かに驚いたように、此方を凝視している。

「……もう。泣かないでください。未練が出来てしまいます」

 その手が、頬に触れた。

 機械のようにひんやりと冷たく、しかし、どこか温かい手だった。

「……不遜にも入り込もうとした半夢魔を追い払った際、そちらへのパスは繋げました。今後のお話は、そちらで」

 呆れたように、少女は苦笑しながら溜息をつく。

「ああ、すぐは駄目ですよ。女の仕度には時間が掛かるのですから」

 欠片が埋まる。

 少女の名を思い出す。

 そして、理解する。

 彼女がまたも、助けてくれたのだと。

 待って。礼を言いたい。離れていく、遠くなっていく彼女に手を伸ばす。

「では。私の力は適当に使ってください。ご健闘を祈っていますよ――――センパイ」

 届かない。その、少女の名は――――

 

 

「――――ハクッ! 気付いた!?」

「……ぁ」

 ――遠い夢を、見ていたようだ。

 一秒ごとに体に熱が戻っていくのが分かる。

 目を開く。すぐ傍に、メルトの顔があった。

『ば、バイタル……正常値に戻っていきます……! 良かった……!』

「一体、何が……」

 体の怠さはない。

 すぐにでも起き上がることは出来る。

 どうして目覚めることが出来たかはわかる。

 だが、そもそも何が起きたのかが、理解できなかった。

 覚えていることは、少女が目の前にいたこと。だが、あの少女は……。

「毒だよ。君は静謐にやられたのだ」

 焦りと安堵の表情を見せるメルトとは、別の声が聞こえた。

 そもそも、ここは何処か。見たところ、室内だが……。

 声の方向には、メルトとは違う人物がいた。

 白いフードを目深に被り、下半分だけを覗かせる男。

 蓄えられた黒い髭。ローブは古ぼけていながら、その下に着込んだ衣服の装飾は鮮やかで小奇麗だった。

 まるで魔術師のような風貌ながら、露出した腕は引き締まっている。

 生きた人間ではない。その魔力はサーヴァントのものだ。

「……貴方は?」

「我が名はミトリダテス。父たる神性(エウパトル・ディオニュシウス)とも呼ばれていた。サーヴァント・キャスターだ」

 男は、しわがれた声で名乗った。

 ミトリダテス――ミトリダテス六世。

 今は亡きポントス王国――この時代より五十年ほど後に発生する王国――を治めた王だ。

 ローマをはじめとした蛮族から国を守るべく戦いに明け暮れた賢王。

 生涯に渡りローマに抵抗し、かの帝国の華々しい栄光における、最後の障害となったとされている。

「貴方が、助けてくれたのか?」

「いや、私は手遅れの薬を与えただけだ。目覚めたのは真実、君の自力だよ」

 ……違う。僕ではない。

 目覚めることが出来たのは、第三者の助けがあってこそ、だ。

「それで、アレはなんだったの? 貴方、知っているようだけど」

「静謐――そう呼ばれる悪魔だ。遥か後の世に暗殺者を率いし山の翁。ハサン・サッバーハと言ったか」

 ……気配はなかった。だが、あの少女もまた、サーヴァントだったのか。

 ハサン・サッバーハと言えば、暗殺者(アサシン)の語源となった人物たちの総称だ。

 その名前から、アサシンクラスと最も親睦性の高い英霊と言えるだろう。

 暗殺教団を率いた歴代十九人の山の翁。彼らはその身に改造を施し、それぞれ独自の暗殺術を身に着けていたとされる。

 あの少女においては、変装と毒。気配さえ隠した無垢なる少女は、殺しを完遂するための無力の殻だったのか。

「アレの身は全てが毒。空気に散った汗でさえ人を殺せる毒の娘だ。まして唾液など、何故生き延びられたか不思議なくらいだな」

 少しだが、状況は掴めた。

 あの瞬間、受けたのは死の接吻。

 それを最期に命を奪われて然るべきという、死神の招きだったのか。

「……」

「……えっと」

「……私の油断もあるし、不問にするわ」

「あ……うん。ごめん」

 思い出したように、たちまち不機嫌になったメルトだが、責は此方にある。

 直前に抵抗が出来なかったのは僕だ。

 メルトはあの少女(ハサン)の攻撃に対応していた。片手間に殺しを受けた僕が悪い。

「ふふ……その少女の助けを呼ぶ声が聞こえてな。これはいかんと運び込んだのだが……ううむ。我が薬も、改良が必要かなあ」

『いえ。メンタルチェックをしましたが、残っていた毒が消えたのはミトリダテス王の薬の効果です。これがなければ、覚醒とはいかなかったでしょう』

「……そうなのか。ありがとう、助かった」

「いや何。単騎では殆ど無力な私だ。手助けになったならば、嬉しいことだよ」

 体にはもう異常は見られない。

 いずれ、礼を言わなければ。彼女が言うには、もう少し先になれば再会が叶うようだが。

 体を起こす。その時、室内に四人目の人物が入ってきた。

「ミトリダテス。戻ったよ。残念ながら、静謐は逃してしまったが」

「そうか。アレは出来れば、仕留めておきたいのだがな……」

「ああ……おや。気付いたかい」

 言葉から感じ取れる穏やかな性質とは真逆を行く、棘で装飾された攻撃的な黒鎧に身を包んだ男だ。

 まだ年若い青年だ。槍を持って尚、脅威には思えない優しさが見え隠れしている。

 ランサーのサーヴァントとは分かるが、およそ英霊とは思えない覇気の無さだった。

「静謐の毒を受けて生きているなんてまた稀有な人間だ。対魔力を備えたサーヴァントでさえ、二回も受ければ死んでしまうというのに」

 床に腰を下ろし、壁に槍を立てかけながら男は感心したように言う。

 どうやら、彼らはその、静謐と呼ばれるハサンに苦労をしているようだ。

「随分と厄介なようね。前から襲われていたのかしら?」

「そう聞いている。既に三人ばかり、英霊がやられた、ともね。幸い僕たちは襲撃を受けていないが……やはり何処にも所属していない野良だと情報がどうにも受け取りづらい」

「野良……?」

「ああ。僕たちは気付けばこの土地に召喚されていてね。何故だかこの戦場はそうした英霊が多い。今はもう、大抵は三領の何処かに誘われ、所属しているが」

「だが我々は、どうもこの戦に意義を見出せなくてな。私たちは戦に参じるのではなく、戦を止めるために降りた――そんな気がするのだ」

 それは――もしかして、この二人は。

 何処にも所属していない、戦いを止めたいサーヴァント。

 であれば、ムーンセルによって召喚された可能性は高い。

「さて。君らもその風体を見るに、三国いずれの生者でもないようだが……君らは、どうするんだい?」

「僕たちは、この時代を正しいものに修復するために来た。そのためにも、この時代のどこかにある聖杯を探しているんだ」

「聖、杯……いよいよもって、きな臭くなってきたな。どうせ三国のどこかが持っているんだろうけど……ミトリダテス、どう思う?」

「いざ使われてしまっては取返しがつかなくなろうが手掛かりがない……であれば、最速の道は……」

 眉間に皺を寄せながら、ミトリダテスは己の考えを口にする。

 それは無茶の過ぎる提案であったが、初めから、それは選択肢としていたことだ。

 事が一刻を争うならば――やらねばなるまい。

 

 

 二人のサーヴァントが住んでいた町。

 そこで一晩を過ごし、翌日の朝から夕暮れまで歩き、目的地に辿り着いた。

 光輝たる黄金。暮れを暮れだと思わせない、太陽の顕現。

 ――『光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)』。

 オジマンディアスが持つ至高の固有結界にして、彼の居城。

 そして、このエジプト領の中心たる場所だった。

『……内部には複数のサーヴァント反応があります。危険だと思いますが……』

「それでも、手掛かりが何もない。少しでも有力な手掛かりを得るためだ」

 この領域を統べるファラオ・オジマンディアスとの謁見は、あまりにも容易に叶った。

 神殿の門衛は、僕たちが辿り着くや否や道を開き、中へと通してくれたのだ。

 特に何を問われることもなく、異常としか言えない待遇で、僕たちはあっさりと玉座の間への入室を許された。

 黄金の間は、まるでそこが太陽の中であるような錯覚を覚えるほどに明るい。

 そして、その大部屋で圧倒的な存在感を醸し出す存在は、高くに設置された玉座より此方を睥睨していた。

 褐色の肌に黄金の装飾と白の外套。

 爛々と輝く、燃えるような瞳は、その視線だけで人を射殺さんばかりの威力を持っている。

 退屈そうに頬杖をつく、強大なるサーヴァント。

 彼がオジマンディアス。史上最大のファラオも名高い、太陽王か。

「……」

 決して、此方に威圧を向けている訳ではない。

 ただそう在るだけで、太陽王の視線というのは強力なものなのだ。

 だが、萎縮することは出来ない。

 弱みを見せることは、王への侮辱にあたる行為だろう。

「……」

 沈黙が続く。

 思わず息を呑んでいたことに気付く。

 黒竜王とはまた違う圧。だが、彼女と出会っていたからこそ、その圧に慣れることが出来ている。

 そう考えて、余裕が生まれた。

 オジマンディアスしか映っていなかった視界に自由が戻り、ふと、その玉座の傍にいた人物が目に入る。

 どうやらその人物も、此方を一切見ていなかったようで――その瞬間、互いを認識した。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 僕、メルト、オジマンディアス、そして四人目の人物。

 その時、それぞれが違う感情で沈黙していたに違いない。

 そして。

 うち三人の表情がコンマ一秒ごとに変化していき。

 四人目の人物によって、静寂が破られた。

「――――みっこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」

「君は――!」

 その特徴的な叫び声を間違えるものか。

 服の彩色こそ違えど全体的なイメージはまったく変わっていない。

「な、な、な、な、な、なななななななにゆえこんな所に! おのれオリジナルまた図りましたね――!」

 ……オリジナル?

「……騒がしいぞ我が妹。普段貞淑を徹底して繕う貴様がここまで取り乱すとは。よもや知己か?」

「い、いいいえ別に? ってか妹じゃないです……ええ――はい、知り合いですとも。ちょっとした因縁があるのです」

「……ああ、もう。悪夢じゃなくて現実みたいね……で、貴女何色のどれなのよ」

「ヒトを量産の色違いキーホルダーみたいに言うのやめてもらえます!? 今は見ての通り(オルタ)なんです!」

 王の威圧はその人物の絶叫によって、完全に消え去った。

 呆れかえったメルトに“反転状態(オルタ)”と名乗った彼女は、多分、よく知ったサーヴァントだ。

「こほん。致し方なし。では、趣向も変えたことですし、名乗るとしましょう」

 大げさに咳払いし、女性は立ち居振る舞いを清楚なものへと戻した。

「九つに分かたれた神性一尾。同胞にして怨敵の猫に「世界の危機へと己を飛ばせばメインヒロインまっしぐら」と助言を受けて一念発起。居並ぶ世界を幾星霜――」

「貴様は口上が長い。短く三行で纏めよ」

「キャットに騙され、かつ色々間違えてここに来ました。

 タマモナインが一尾、他の尾っぽのイメージダウンを狙う魔性の傾国狐(アサシネイト・フォックス)

 人呼んで呪殺悪女(フォックスマギカ)タマモ☆オルタです!」

 キャピッ、とポーズを決めて、微妙に纏めきれていない三行でサーヴァントは名乗った。

 オルタ……うん、まあ、意地でもそう名乗るとあらば、多分そうなのだろう。

 少なからず交流のある、キャスターのサーヴァント。

 そこから分かれた色々とカオスな八人のうち、一人……が更に変化したもの。

 着物を黒へと衣替え。髪を黒によく映える白へ。扇は黒地に紅の灼熱模様。

 相も変わらず狐耳、狐の尾を持った、自称悪女であった。

「……なんで白けるんです? 極悪感、出てますでしょう?」

「……いや。今の流れでこうならない方がおかしいと思う」

「な……なんと……せっかく清姫ちゃん秘蔵のイメチェン術を教えてもらったのに……っ!」

 頭が痛くなってきた。

 僕たちがよく知るオリジナルは頭痛の種となるような者ではないのだが、分かたれた尻尾――言わば彼女のアルターエゴは別だ。

 平行する時空から何度か襲撃されたことがあったが、どれもこれもが思い出したくないほどに厄介な出来事だった。

「――ふはははは! なんだ、貴様らは道化か! それとも音に聞く漫才師という奴か! 我が妹の笑いの素質をこうもあっさりと引き出すとは! 良いぞ、気に入った!」

 その微妙な空気を更に変化させたのは、オジマンディアスの大笑だった。

 手打ちしながら哄笑する神王に、唖然とした表情を向ける。

「……あー、ファラオさん? 私は道化じゃありませんし、何度も言いますが妹じゃありません。ちょっと自重してくださいません?」

「はは、そう照れるな! 余と同じ太陽の威光を持つ者、タマモ・オルタよ、貴様は我が妹に他ならぬ!」

「その謎太陽判定は今更どうこう言うつもりはありませんけど? もう少し神様に対する敬意とかその辺り、見せてくれませんと。芝居に付き合ってる訳じゃないんですから」

「それこそ、余が頭を垂れるなどあり得まい。余は全能の神にさえ平伏させた神王なれば!」

 二人の言い合いは、妙に手馴れているようだった。

 タマモ・オルタの言い分は本気のようだが、オジマンディアスはまるで意に介していない。

 神を畏れず、地上にあって全能を振るったファラオらしい物言いだが、ひどく迷惑しているように見える。

「――さて。歓待が遅れたな」

 未だ笑みを浮かべながらも、再びその燃えるような双眸が此方に向けられる。

 先程のような威圧感は感じられない。偶然ながら、タマモ・オルタの存在によって、場の空気は随分と良くなったと言える。

「よくぞ来た、未来より来た旅の者よ。慣れぬ砂漠は辛かったろう。我ら砂の民は旅の労苦を無下にはせん。我が名はオジマンディアス。太陽王たる余が、その旅路を労おう」

 その労いの言葉を、どう受け取ったものか。

 正直なところ、タマモ・オルタの一件が衝撃的過ぎて、空気の変化に対応出来ていない。

 ともあれ、これがファラオ・オジマンディアスとの出会い。

 そして特異点を統べる三王との中らいの始まりでもあった。




サーヴァント・ミトリダテス六世、真名不明のランサー、オジマンディアス、そしてタマモ☆オルタです。よろしくお願いします。
タマモオルタは自棄と勢いにちょっとの狂気を混ぜた、色々あった時の産物です。後から見て面白かったので流用しました。

最初に関しては、まだノーコメント。
ただ、恐らくはあの人物が助けてくれたのでしょう。


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第三節『日輪の王国』

巌窟王が復刻だそうです。
以前はお迎えできなかったので、今度こそ召喚したいですね。


 

 

 翌日、目覚めたのは、大複合神殿の一室だった。

 ベッドから体を起こす。隣のメルトはまだ眠っていた。

 正直、ここまで歓待を受けるとは思わなかった。

 あれからすぐ、オジマンディアスのもと、盛大な宴が催されたのだ。

 料理と酒――酒は丁重に断ったが、料理は楽しませてもらった。

 古代エジプトの料理はそうとは思えないほどに美味であり、口に馴染むものと言えた。

 その後、この部屋を提供され、僕たちはここで一晩明かし、今に至る。

 オジマンディアスが友好的だったのは良かったが――問題は解決した訳ではない。

 宴の後、オジマンディアスからこの世界の状態について聞かされた。

 異質な二国が存在しているこの時代は、それぞれの力が釣り合うことによって成立している。

 いずれかの国が他の国を滅ぼす――或いは、侵攻するだけでも、均衡の関係が崩壊し、この時代そのものの消滅に繋がる。

 しかし、何もしなければ、二国が意味消失を迎え、巨大な虚構を生んだ世界は崩壊へと向かう。

 ゆえに、三国は何れを侵すこともなく、小さな戦争を続けるしかない。

 その中心地となったのが、王都バビロンだ。

 勝利のためではなく、ただ「現れてしまった」国を存続させるためだけに、この時代では毎日何人もの人が戦死していた。

 オジマンディアスは気付けばこの時代に、国ごと召喚されていたと言った。

 ローマ領と神祖ロムルスもそうなのだろう。

 そして不思議と、幾ら戦ってもその民が尽きることはなく。

 戦いが続けば、マケドニアの死人だけが増え続ける。

 マケドニアの民は、この時代に生きる正しい人間だ。そのため、限りがある。

 戦いをせずとも崩壊し、続けてもいずれ限界が訪れるのだ。

 ――しかし、先日。

 降臨せし覇王たちの戦いに、ある変化が起きた。

 三つの時代の境界となるバビロンの時代の歪みが大きくなり、遥か神代の魔獣が出現を始めたらしい。

 英雄をも凌駕しうる魔獣たち。

 三つ巴の戦いは休戦せざるを得なくなり、魔獣討伐が優先されるようになった。

 だが、戦争そのものが終結した訳ではない。

 寧ろ時代の歪みが大きくなっているということは、いつ崩壊してもおかしくはないという非常に危険な状態だ。

 魔獣を倒していれば物事が解決する、ということはないだろう。

 昨日、サクラが休息の前に歪みを解析していたようだが、何かを掴めただろうか。

 それは後で聞いてみるとして、今はメルトの起床を待とう。

 そうしたら、サクラの解析を元にオジマンディアスと今一度話を出来ればと思い――――

 

「――夜が明けた! 目覚めの時だ、旅の者よ!」

 

「ッ、は!?」

 よく通る声が部屋に響き渡り、メルトが驚愕で目を覚ました。

 扉を開けたのは見覚えのない二人の女性――恐らくはこの神殿の従者か。

 そして何の臆面もなく踏み入ってきたのは、オジマンディアスだった。

「……なんだ。余が気を利かせ同室にしたというに、まぐわいもせぬとは。貴様、もしやチキンという奴か」

 此方を見て早々につまらなさそうに溜息をついた神王は、出会って一日とは思えないほどに失礼な言葉をぶつけてきた。

「……他人の神殿でそんなことする訳……」

「つまらん。男女の旅人を同室に放り込んで催さなかったことなど、貴様たちが初めてだ。ふむ……催淫の香でも置いておくべきか」

「なに物騒なこと呟いてるのよ。それで、何の用かしら、ファラオ」

 ゆっくりと近付いていた目覚めの感覚を思い切り妨害され、立腹を隠さないメルトに、ファラオは薄笑いで答える。

「せっかくだ。貴様たちにこの世界を教えてやろうと思ってな」

 この世界……? 何が起きているかは、昨日大体を聞かせてもらったが……。

 そもそも、聞かせるだけであれば、また玉座の間にでも呼べば良いだろう。

 しかし、オジマンディアスはそうせず、わざわざ僕たちの部屋にやってきた――揶揄う目的もあったようだが。

「ハクト。メルトリリス。貴様たちを余の客将としてバビロンへ向かわせる。功を上げ、そして世界を学んでくるがいい」

「――そういうことか」

 断る理由はない。寧ろ、願ったりかなったりだ。

 どの道、この時代の特異点解決のためには、かの地の問題はどうにかしなければならないだろう。

「分かった。それは……いつから?」

「無論、今からだ。サクラ! 目覚めているかっ!」

『へ!? ――ぁ、はい! サクラ、起床しました……!』

 昨日のうちにその存在を知らせていたオペレーターの名を、オジマンディアスは天井に顔を向けて声高に呼ぶ。

 ……何か、通信越しでガチャリと音がした。

 自身に向けられた大声で起こされ、焦ったあまり何かを落としたようだ。

 普段ああいったうっかりを見せることは少ないサクラだが、あまりに不意打ちだっただろうし仕方ない。

「今よりこの者たちはバビロンへ向かう! 補助をするのだろう、仕度せよ!」

『は、はい、今すぐ! ……なんで私、オジマンディアスさんに命令を受けているんでしょう……』

 そんな疑問を呟いたのはまったくの無意識だっただろうが、確かに聞こえていた。

 オジマンディアスの耳にも届いている。だが何も言わず、彼は笑みを濃くするだけだった。

 と、その時。

「ここにいたか、オジマンディアス。なんの用だ?」

 聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえてきた。

 部屋の外、廊下から此方を覗く痩躯の男性。

「――――」

 幽鬼のような肉体に張り付いた、鋭利なる黄金の鎧。

 流れる灼熱は陽炎の如く揺らめき、白すぎる肌の異常性を際立たせている。

 その英霊を知っている。

 鎧を完全に纏った姿は一度しか見ていないものの、見違える筈もない。

 僕が知る中でも最大級のサーヴァント。名を――

「――カルナ」

「ほう。オレの名を知るか。オジマンディアスの言の通り、只人ではないようだな」

 マハーバーラタに謳われる施しの英雄、カルナ。

 彼もまた、この時代に召喚を受けたのだ。

 タマモ・オルタと同じように、オジマンディアスの配下として。

「おお、我が弟、ファラオ・カルナよ。どうやら探させたようだな」

「気にするな。呼ばれたものの、お前が王の間にいなかったために探したのはオレの独断だ。オレより優先すべきことがお前にあっただけの話だろう」

 虚飾を取り払った鋭い言葉は、槍の如く率直にオジマンディアスに向けられる。

 カルナという人物について知らない者ならば、それを当然のように嫌味として受け取るだろう。

 だが、その本質は嫌味ではないことを知っている。

 オジマンディアスもそれを理解しているらしく、不快な表情一つすることはない。

「今からバビロンの戦場に向かってもらうが、この者たちをお前に任せようと思ってな。何、貴様に手間は取らせん。使い物にならなければ焼いてしまえ」

「ッ――」

「請け負った。まあ、お前が客と定めた者だ。心配はあるまい」

 あまりにもさらりとした言葉を、何でもないようにカルナは受けた。

 昨日会ったばかりの人間だ。兵とするならば、使い捨てるのに最も適した存在だろう。

 オジマンディアスがそう判断するのは構わない。

 そう思うのであれば、彼の言う通り、功を上げてやればいい。

 他のマスターとの合流も必要な今の状況では、彼に従いバビロンに向かうのが最善だ。

 そこに魔獣がいるのであれば、相手取るのは当然の帰結だ。

「我が獅身獣(スフィンクス)を貸し与える。余の統制にある獣だ、最低限の騎乗の心得があれば乗りこなせようが、その程度は持ち合わせているな?」

「ええ、騎乗スキルなら私が有しているけれど」

「ならば良い。徒歩よりはまだ良いだろうよ。今も余の兵は戦っている。疾く向かい、者どもを凌駕して見せよ」

 随分と気前がいいものだ。

 よもや、スフィンクスを言葉一つで貸与してくるとは……。

 無数にいるとなると、彼にとっては変えの利く駒なのかもしれないが、それでもスフィンクスは最高位の力を持つ神獣だ。

 また砂漠を歩くというのも気が滅入る。

 足を貸して貰えるというならば越したことはないが、失うようなことがあれば何を言われるか分かったものじゃない。

 扱いには極力気を付けた方が良いだろう。

 

 

「ハク、大丈夫?」

「あ、ああ……一人だと、間違いなく無理だけど」

 スフィンクスへの騎乗は、そのスキルを持っていない僕にとっては至難の業だった。

 確かに、オジマンディアスの手によって統率されているだろう。

 だが、それでもやはり神獣。メルトがいなければ、百メートルと移動する前に振り落とされていたに違いない。

 問題なく神獣を駆るメルトだが、僕はその後ろで聖骸布に巻かれしがみ付くので精一杯だった。

 並走するもう一体のスフィンクスに乗るカルナも、その騎乗スキルを活かし、問題なく乗りこなせている。

 訓練もせず先天性のスキルも持たない以上仕方のないことだが、やはり超常の者たちと否応なしに比べてしまい、劣等感が生まれる。

「落ちることはないけれど、手を放すことがないようにね。この神獣、止めるのも一苦労よ」

「努力、する……っ!」

 歯を食いしばり、衝撃に耐える。

 スフィンクスの荒い疾走に体は揺さぶられ続け、妙な気分の悪さすら感じられる。

 加虐体質を存分に発揮したメルトには及ぶまいが、十分な拷問だ。

「彼女の技術とその礼装による力も大きいだろうが、落とされないのは大したものだ。獅身獣を乗りこなす難度は竜種にも匹敵しよう」

「そう、か……!」

 正直なところ、それだけ返すので精一杯だった。

 スフィンクスの疾走が巻き上げる砂塵が目やら口やらに入り込むため、出来る限り顔は伏せていたい。

「カルナ、ところで貴方、どういう経緯であのファラオについたのかしら」

「オレは召喚された折、オジマンディアスの神殿にいた。奴が言うにはオレもファラオらしくてな。ゆえに、今はこのエジプト領に身を置き奴に力を貸している」

「カルナが、ファラオって……」

「太陽の威光を浴びて生を受けた者は悉くがファラオであり、あの男はそれらを兄弟と見るらしい。寛大なものだな。血は繋がっていなくとも同じ光の下に義理を結ぶとは。あの男に会うまでは知らなかった考えだ」

 ……そういうことか。

 オジマンディアスがタマモ・オルタを妹と、カルナを弟と呼んだのは、その出自ゆえらしい。

 タマモ・オルタは元を辿れば天照大神に至り、カルナは太陽神スーリヤの子だ。

 その出自から、あのファラオは彼らを特別視しているようだ。

 当然、それは疑問を持つべきことで、タマモ・オルタは未だに許容していない。

 一方でカルナはそれを偉大なことと評し、全面的に認めているらしい。

 オジマンディアスは虚偽ではなく、心からそう言っているため、カルナが疑うことをしないのも仕方ないが。

「――さて。もうじきバビロンだ。戦闘に備えろ」

 やはり、この砂漠をただ歩くのとスフィンクスの疾走では比べ物にならない。

 よもやここまで早く、それぞれの領域の境界にまで辿り着くとは。

「行くわよ。準備はしっかりね、ハク」

「分かった――」

 降りてすぐにでも戦闘に入れるよう、回路を励起させておく。

 スフィンクスに乗った状態で戦えともなれば無理な話だが、降りれば僕でも多少なり役に立てる。

 神代の魔獣は圧倒的な魔力を備えていよう。

 だが、それを相手に出来ないようでは話になるまい。

「各領域の英霊がいるが、今は共闘関係だ。状況によっては頼るがいい。突入するぞ」

 カルナが一足先にスフィンクスの背から跳び、戦場へと踏み入った。

 そこにいたのは、無数の魔獣と戦士たち。

 姿かたちが様々の魔獣一頭を相手に、戦士複数人が集まって相手をしており、人手が足りていないのは明らかだった。

 カルナがその戦場に着地すると同時、周囲にいた魔獣を焼き払う。

「ハク、私たちも!」

「ああ――!」

 聖骸布に巻かれたままに、メルトと共に跳ぶ。

 弾丸を準備、巨大な角の魔獣の群れを捕捉する。

 射出――命中。動きを止めた群れの中心に着地。メルトが傍の一体に棘を突き刺す。

 僕も負けてはいられない。用意したのは二対の歪な剣。

 その肉体に癒えぬ傷をつけ、その傷の深度を深める完全にして不滅の刃。

 かつて月の裏側の事件において、夜に消えたアルターエゴの一人が持っていた宝具。

 決着術式から再現される宝具、その中で、最も手に馴染むのがこの剣だ。

 メルトの毒を受けた魔獣に刃を突き立てる。

 毒を根付かせ、より悪化させる。

 メルトの攻撃力では魔獣を一撃で仕留めることは出来ない。

 であれば、この魔獣を利用すればいい。

「良いわハク、離れるわよ!」

 一旦この場を離脱する。

 打ち込んだ毒は脳を侵すもの。

 完全に侵されれば思考を奪われ、その末路は操り人形だ。

 メルトによる命令(コマンド)は、同胞を傷つけ人間を護ること。

 魔獣の角や牙から毒は感染し、広がっていく。いずれ限界は生まれようが、一定の制圧力はあるだろう。

「あ、貴方は……!?」

 近くにいた褐色の戦士たちが、驚愕の表情を向けてきた。

 数名の戦士たちは少なからず傷を負っている。ここで魔獣相手に戦っていたのだろう。

「あれは……あの炎は、カルナ様! ファラオの義弟カルナ様だ!」

「加えて、スフィンクスまで! と、いうことは――」

「ファラオの助勢だ! 皆、援護に回れ!」

 疲弊していた戦士たちの士気が上がっていく。

 人である以上、地力では魔獣たちに及ばない。

 だがサーヴァントならば話は別だ。遠目にも、カルナがその紫電の槍を振るい自身の数倍はあろうかという巨大な魔獣を真っ向から相手取り、圧倒している。

「オジマンディアスの助勢……まあ、間違ってはないか」

「ええ。精々恩を売っておきましょう」

 メルトに敏捷と筋力の強化を掛ける。

「――はあ!」

 赤熱し、炎を纏った棘が、魔獣の一頭に突き刺さる。

 メルトの一撃において最大の威力を発揮し、同時に敵の能力を吸収する攻撃スキル。

 基本的に戦闘ではHPの回復に使われるものだが、こうした正体不明の敵の性質を探るにも持ってこいだ。

「メルト、どう?」

「毒ね。私と比べれば大したものじゃないけど、人間なら脅威でしょう。貴方も十分気を付けて、ハク」

「了解、遠距離戦闘を心掛けた方がいいか」

 周囲の戦士たちにもその旨を伝えると、剣を収め弓へと持ち替える。

 これだけの量の魔獣を相手に、常に遠距離で戦うというのは不可能だ。

 故に、出来るだけ僕とメルトで襲撃を抑える。

 手を伸ばせる場所にいながら、いたずらに戦士たちが傷つくのは、出来る限り見たくはない。

 武器を変える。双剣から太陽の聖剣へ。

 王に仕えた太陽の騎士。その絆を拾い上げ、一振りの剣として顕現させる。

 駆動する疑似太陽に魔力を流す。力の限り振りぬけば、燃え盛る太陽が一筋の閃光となり前方の魔獣を焼き払った。

「次は……ッ!」

 瞬間、目の前に巨大な魔獣が突如出現した。

 何の前触れもなく、無から生まれたように。

 強固な鱗に覆われた蛇竜。それまで相手にしていた魔獣とは位階が違う。

「ッ――バシュム! 毒竜バシュムだ! お、俺たちでは手に負えないぞ!」

 バシュム……その名は、シュメール神話に登場する蛇竜の名だ。

 魔獣の域を抜けることはないが、その毒はギリシャ神話のヒュドラに勝るとも劣るまい。

「下がるわよハク、あれだけ巨大だと、相性が悪いわ」

「ああ……そうだね。だけど、放っておくと……」

 あれは単体で甚大な被害を齎す魔獣だろう。

 だが、僕たちではどうにも相性が悪い。僕が紡げる絆でも、莫大な消費は免れないだろう。

 カルナと合流するのが適当か。

 彼の凄まじい火力ならば、バシュムだろうと焼き尽くせよう。

 ――と、その時。

「下がれ野郎ども! 負傷兵は撤退、まだ戦える連中はウガルの相手に移れ!」

 そんな、戦士たちへの指示と同時に背後から複数の炎弾が飛んできた。

 その八割型はバシュムに命中し、残る二割は未だ周囲に残っていた毒の魔獣を焼く。

「よう、名も知らぬ坊主にお嬢ちゃん。オジマンディアスの新しい小間使いか、そりゃあご苦労なこった」

「え……?」

 気付けば、傍に一人の男が立っていた。

 青い髪を後ろで一つに結ぶ、青白いローブに身を包んだ長身の男性だ。

 握っている身の丈ほどもある木の杖には見慣れない文字が刻まれている。

 その瞳の鋭さはカルナやオジマンディアスのものとは違う。

 例えるならば、よく鍛え抜かれた猛犬。

「サーヴァント……じゃあ、ねえみてえだな。ま、いいか。戦えるってんなら何だろうと構わねえ」

「貴方は……?」

「キャスター、クー・フーリン。オジマンディアスんとこで世話になってる。今はこの戦場でエジプトの連中を指揮してる英霊だ」

 その魔力から、彼がサーヴァントであることは明らかだったが、真名を聞き驚かずにはいられなかった。

 クー・フーリン。ケルト神話における最大の英雄だ。

 アルスター・サイクルを代表するクランの猛犬。

 影の国の女王スカサハに師事し魔槍ゲイ・ボルクを受け継ぎ、数多の伝説を作り上げたアイルランドの光の御子。

 太陽神ルーを父に持つ彼も、オジマンディアスの配下となっていたのか。

「カルナは……取り込み中か。ならオレたちであの蛇を仕留めるしかない……いや」

 彼と協力すれば、バシュムの打倒も決して不可能ではない。

 そう思ったが、クー・フーリンはバシュムに向けた杖を下ろした。

「もっと適した奴が来た。魔性を相手取るなら奴には一歩譲るだろう」

「……どういう――」

「無駄な消耗は必要ねえってこった! あのバシュムの相手はマケドニアに属するアイツが片付けるとよ!」

「わ――」

「きゃっ――!?」

 言葉が終わるより先に、体が浮き上がった。

 クー・フーリンに抱えられ、後方に下がっている。

 左腕には僕、そして杖を持っている右腕に同時に抱えられているのはメルト――

「ちょ、ちょっと、放しなさい! 溶かすわよ!」

「なんだ、元気がいいな。お転婆な女は嫌いじゃねえ。まあ今は大人しくしとけって」

「……」

 ――――いや、この行動には考えがある筈だ。

 クー・フーリンはバシュムから離れることを決定した。そのための行動だ。

 暴れるメルトに笑いかける彼に思うことは、何もない。

「ほら、来たぜ。アレがマケドニアの連中の指揮官だ」

「っ――」

 バシュムが何かを捕捉し、牙を剥く。

 あの牙が一ミリでも皮膚に沈めば、数秒の後には毒で体を動かせなくなるだろう。

 だが、道中の魔獣たちを薙ぎ払いつつ接近する者を捉えるのには、速度が足りていなかった。

「――――はあッ――――!」

 振るわれる刃。果敢にもその男はバシュムの口元に跳び、牙を打ち砕いた。

 更に首元に一振り。強固な鱗は布のように剣を通し、鮮血が迸る。

 通常の武具ではこれほどの威力は発揮できまい。

 あれは魔性への強大な特攻効果を有した武具であり、その担い手たる彼は魔性との戦いを無数にこなしてきた英霊。

 炎の如く赤い衣装と腕甲。長い髪と瞳もまた燃え盛る炎の権化。

 中性的な外見ながら、その苛烈さは紛れもなく彼が英雄であることを証明していた。

「ラーマが参った! 悪鬼羅刹よ、ここが汝らの死地と知れ!」

 魔獣をいとも簡単に引き裂く赤熱の刃を掲げ、少年は名乗った。

 幾重にも重ねた猛攻は致命傷を複数生み、呆気なくバシュムは倒れ伏す。

 バシュムであろうとも、その名を持つ英霊が相手であれば、勝てる道理は一切ない。

 魔獣の死を看取った少年英霊――ラーマは、剣を下ろし、此方に向き直った。




クー・フーリン(キャスター)、ラーマ、そしてCCC編より続投のカルナさんです。よろしくお願いします。
何だかんだ、兄貴をちゃんと書くのは初めてです。
FGOにて活躍するキャスター兄貴とは少々異なるところがあったりなかったりですが。

しかし、どの鯖も書いてみると、今まで知らなかった魅力が見えて面白いです。
章ごとに登場人物が一新するのは楽しくもあり勿体なくもあり……。


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第四節『王都に立つ影』

バレンタインイベントまでにメルトが実装される可能性は限りなくゼロに近い。


 

 

「光の御子、その者たちは?」

「うちの新入りだとよ。カルナが連れてきた」

 少年――ラーマとクー・フーリンはどうやら既知の間柄らしい。

 年齢は二十に届かないくらいだが、決して彼は未熟な英霊などではない。

 そも、英霊とは基本的にその全盛期の姿で召喚されるもの。

 あの姿でも、並みの英霊など及びもつかない力を持っていよう。

「では、名乗るとしようか。余はラーマ。コサラの王、ラーマである。今は我らは力を合わせる時、共に戦おうぞ、勇者よ」

「――ああ。紫藤 白斗だ」

「メルトリリスよ。……にしても、今回は王様が妙に多いわね」

 ラーマはインドに伝わる大英雄だ。

 彼が主として描かれるのは、カルナやアルジュナの登場するマハーバーラタと並ぶ叙事詩ラーマーヤナ。

 ヴィシュヌ神の化身(アヴァターラ)として顕現した彼は、猿の軍勢を率いて魔王ラーヴァナを相手に十年以上の長い戦いに身を投じた。

 彼の英雄譚は広く親しまれている。インド最大の英雄と名高いのがこのラーマだ。

 その戦闘能力は、超級の英霊であるカルナにも匹敵するかもしれない。

 先のバシュムとの戦いで見せた苛烈さは、そのほんの一旦だろう。

「うむ。太陽王が遣わしたということは、相当の強者であろう。英霊ではないようだが……?」

「英霊じゃなくとも、メルトは強い。サーヴァントと戦ったことも、一度や二度じゃあない。問題はないよ」

「ハクは私のマスターよ。場数なら誰にも負けないし、私にはない火力がある。問題ないわ」

「……う、うむ。何故己ではなく互いの強みを述べ合うのだ……? まあ、よい。信頼し合う善き関係であることは伝わった」

 ラーマは呆れたように笑う。

 ……確かに場数は踏んでいるが、それは基本的に一対一サーヴァント戦の話だ。

 軍勢との戦いは素人にも等しい。メルトの評価はやや不適切と言える。

「さ、歓談はここまでだ。兵士どもばかりに任せる訳にもいかねえからな」

「そうだな。バシュムまで現れたとなると、これからもっと厄介な者まで出てくるかもしれん。中心地から兵を下げさせねば」

 ではな、と残し、ラーマは足早に去っていく。

 中心地――もしや、バシュムのような強大な魔獣が多くいるのだろうか。

 いや、それよりも、まずは聞いておかねばならないことがある。

 兵たちの指揮に向かうクー・フーリンに続きながらも、彼の背中に向けて問う。

「クー・フーリン。この魔獣たちを止める方法は、何かないのか?」

「さてな。魔獣どもの親玉なり何なり、奴らを無尽蔵に生み出してる要因はあるんだろうよ。だが、悪いがオレは掴めてねえ。そういうのは戦士ではなく学者の仕事だ――っと!」

 答えながらも、襲ってくる魔獣の群れを見逃さず、クー・フーリンは周囲に素早くルーンを張った。

 僕やメルトが迎撃できる距離まで近付くより先に、ルーンの炎は魔獣を焼く。

 本来、これはクー・フーリンの戦いではないだろう。

 彼の戦いは、戦車による蹂躙や、心臓を必ず貫く魔槍によるものが真骨頂だ。

 ルーン魔術を主体として戦うのは慣れていないだろうに、それでも魔獣は相手にすらなっていない。

 流石はアイルランドの大英雄。アルスターの光の御子と言ったところか。

『紫藤さん、ラーマさんが向かっていった中心地……聖杯に極めて近い反応があります』

「え……?」

『昨日から解析していて、たった今結果が出ました。特異点の原因である聖杯とは違いますが、魔獣発生の原因かもしれません』

 聖杯……特異点の原因たる、悪意の願望器。

 それに類似する反応――この時代に、聖杯がある可能性はゼロではない。

 その出典は此度の事件のものとは違うのだろうが、魔力の塊という点は共通しているのだろう。

「今のは通信の魔術か? 坊主、何つーかあれだ。お前随分な数の女に粉かけてそうだな」

「なっ、そんなこと――!」

『わ、私と紫藤さんはそんな関係じゃないです!』

「おーおー、青い青い。嬢ちゃん、苦労するだろ?」

「……もう諦めてるわよ」

 自覚はない――というと、更に始末が悪い。そうメルトに恨みがましく睨まれながら告げられたのは、いつのことだったか。

 確かに、サクラは魅力的な女性だ。サクラだけではない。僕の知る女性は皆、素敵な人物だった。

 彼女たちを好ましくは思っている。

 しかし、それはメルトへの感情とは違うものだ。違うものなのだ。

 そう説明したら彼女は不貞腐れ、もっと厄介なことになってしまったのを覚えている。

 ……やはり僕が悪いのだろうか。直せとあらば、そうなるよう努めるのだが……。

「坊主、女との付き合いは考えろよ。厄介だと思えているうちはまだ幸運だぜ?」

「……それは、経験則か?」

「おうよ。オレの時代じゃあ男はそれが当然で、それが原因で死ぬのが定めみたいなモンだったが、今は違うんだろ? 一人の女を決めたんなら、他に粉かけるのはやめとけよ」

「粉をかけてるつもりはないんだけど……」

「オレがそう考えてた女が原因で、オレは死ぬことになった……と聞けば、少しはその朴念仁ぶりも見直すか?」

「ッ……」

 冗談を言っているような口ぶりだが、その時向けられた瞳は本気であった。

 クー・フーリンの死因――コナハト国の女王メイヴとの確執だったか。

 自身の愛に応えなかったことを激怒したメイヴが立てた幾重にも連なる謀略により、誓約(ゲッシュ)を破り半身不随となったクー・フーリンは無数の兵に襲われその伝説を終えることとなる。

 彼の忠告は真摯に受け止めておこう。冗談と取るには、現実味を帯びすぎたものがあった。

メイヴ(アイツ)も人間の敵じゃあないんだが……今後会うようなことあれば覚悟しとけよ。厄日確定だ」

「……出来れば、実現してほしくない忠告だな」

「まあ、お前はメイヴの好みからは外れてるし、狙われ沙汰にはならないだろうがな」

 メイヴもまた、英霊として召喚される可能性はあるだろう。

 神話に語られる女王の性質からして、ムーンセルから召喚されるとは思えないが……あまり会いたくはないと思った。

『ッ、皆さん! 中心部に巨大な反応が発生しました! サーヴァント反応に類似しています!』

 クー・フーリンの忠告の最中、サクラからの通信が入った。

「お? なんだ、サーヴァント? 同業者か?」

『いえ、反応は似ていますが、明らかに別物です。もっと邪悪で、希薄で……弱々しくとも、強いものです』

 サーヴァントであって……サーヴァントではない何か。

 黒竜王とは違うものだろうが、一体何なのか……。

「ただの魔性ならともかく……サーヴァントとなると、ラーマの奴も手こずるかもな。おう、坊主、嬢ちゃん。行って恩でも売ってやれ」

「……そう、だな。その存在も気になる。確かめておいた方がいいか」

 ラーマほどの大英雄ならば、問題は少ないだろう。

 だが、その反応の詳細は確認しておくべきだ。

 聖杯に近しい何かについても気になる。もしかすると、事態の解決に繋がるかもしれない。

「メルト、行こう。サクラ、案内を」

「ええ。ハク、魔獣もまだ大量にいるわ。気を付けて。サクラも、周囲への注意を頼むわよ」

『了解しました!』

「んじゃ、一旦別行動だな。精々死なねえように気を付けな」

 言葉もそこそこ、前方に展開したルーンで魔獣の群れを吹き飛ばすと、クー・フーリンは足早に去っていく。

 僕たちも向かおう。この戦場の中心地たる場所へ。

 

 

 中心地では蠢く魔獣の種類も変化し、蛇のような姿のものが主体となっていた。

 既に兵たちは退避させられており、人の姿はない。

 唯一、赤い姿が一つ、魔獣の群れを相手に圧倒的な強さを見せていた。

 だが、魔獣たちを切り伏せる傍ら、彼は何かと応戦している。

 黒い靄のようで、しかし確かに形を成している何か。

 霊基はサーヴァントのものとは程遠いが、その魔力は並みのサーヴァントを凌駕するだろう。

「ッ――援護だ、メルト!」

「ええ――!」

 跳躍一つで靄へと接近し、メルトが脚を振るう。

 靄はそれを腕のような細いもので防いだ。

 頭部らしきものから伸び、無数に蠢いているのは……腕ではなく、髪?

 それは人型のようでありながら、人ではあり得ない造形をした怪物の影に見えた。

「お前たち! 良いところへ!」

「援護する、ラーマ! shock(弾丸)――!」

 怪物に向けて、弾丸を射出する。

 メルトが一旦距離を取り、斬撃を飛ばす。

 そして、その二つに合わせ、ラーマが剣を突き出す。

 その三つの攻撃全てを――――怪物は受け止めた。

「なっ……!」

「この触手のようなものが厄介でな! 周囲の魔獣どももこやつが来てから動きが変わった、攻めあぐねていたの――だっ!」

 剣を絡めとった触手を力任せに切り裂いて振り払いつつ、ラーマも距離を置く。

「あれは……?」

「英霊のなりそこない、英霊の影よ。魔獣どもに紛れて出てきたのだろう。あの形状、まともな英霊ではなさそうだがな」

「反英霊の類かもしれないわね。その力の大半は使えないみたいだけど」

 本来のものであろう人の形を大きく崩した異形。

 蠢く触手の先端は、蛇の頭のようにも見える。

 真名があるにしても、英霊としての形と同じには見えないほどに変化しているだろう。

 そして、そのクラスは――

「■■■■■■■■■■――――ッ!」

 理性を捨てた、バーサーカー。

 咆哮を周囲に響かせながら、影は突っ込んでくる。

「はっ――!」

 本来速度を重視する英霊が、半端に力任せになり、かえってバランスを崩している。

 触手による無軌道な攻撃を考慮しても、真正面からメルトが十分に対応できている。

 だが、あの影一人ならば、ラーマも手こずってはいないだろう。

 同時に問題となってくるのは、周囲の魔獣だ。

 襲い来る魔獣に弾丸を撃ち込む。多少動きを鈍らせるくらいだが、メルトとラーマにとってはそれで十分だ。

 影に応戦するのが二人になったことで、周囲の魔獣に意識を向ける余裕も生まれている。

「二人とも、サポートする!」

 筋力強化を二人に掛ける。敏捷で勝っている以上、補うべきは力だ。

 特にメルトは、筋力においては平均より遥かに劣る。そして速度は神速の英霊にも匹敵する。

 ゆえに攻撃力を補えば、特殊能力(id_es)を抜きにしても大英雄を凌駕する――!

「ふっ、的確な補助だ!」

「行くわよ、良い嬌声を上げなさい!」

 まずはラーマが周囲の魔獣を力強く薙ぎ払う。

 そして影の英霊へと走る一筋の流星は、触手すら追いつけずにその懐へと突き刺さった。

「■■■■――ッ、■■■■■■――――!」

 棘を抜き、反撃が来る前にメルトは影の背後へと移動していた。

 一撃。直後にはまた、跳躍して重力に従い、踵を叩き込む。

 攻撃に影が気付いた時には既に、そこにはいない。

 英雄でさえ対処は困難である連撃。一撃ごとに攻撃性は増し、より勢いの増した次撃へと繋がる。

「さあ――さあ――さあ、さあ、さあ!」

 その口から漏れる吐息には興奮と喜悦が混じり、()()()霊核を外した痛撃は更に苛烈になる。

 加虐体質。メルトのスキルでもある趣味嗜好に、ラーマも困惑していた。

「お、おい……? ハクト、あの者に何が起きたのだ!?」

「……あー。まあ、メルトの戦いはいつもああだから」

「■■■■■■、■■■■――!」

「いいわ! 久しぶりね! やっぱり蹂躙はこうでなくちゃ!」

 理性を失ったバーサーカーでさえ悲鳴を隠さない、痛覚の刺激に重きを置いた戦いは、メルトが最も好むところだ。

 ただ痛めつけるだけではない。その一撃一撃に込めるのは、動きを鈍らせる麻痺毒。

 それにより、被害者は抵抗すら出来ず、悲鳴を上げるだけの人形と化していく。

「あはは、はははははは――!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――ッ!」

 困惑しつつも剣を振るっていたラーマも、やがてメルトの変貌を前に唖然となり、手を下ろしていた。

「お……恐ろしいな。下手をすればローマの狂将より苛烈ではないか――っと、女子がこれほど活躍しているのだ。余も止まっている訳にはいかぬな!」

 ラーマは剣を持たない左手に新たな武器を出現させる。

 戦輪(チャクラ)。敵を捕捉することなく、彼はそれを上空に放り投げる。

 高速回転しながら戦輪は展開、ラーマの手にあった時の数倍の大きさにまで広がり、光を纏う。

「あれは――」

 たった一つ。そして、小さいものではあるが、あの円、あの光は、間違いなく……!

「輝け、転輪聖王(チャクラ・ヴァルティン)! 魔を屠る光を廻せ!」

 さながらそれは天空砲台だった。

 空に展開した戦輪は尚も展開しながら周囲に光の矢を降らせる。

 影の英霊を一方的に蹂躙するメルトに襲い掛からんとする魔獣を残さず貫き、それ以外にも矢は及ぶ。

 前方ではなく、全方位に対応する対軍攻撃。

 それはかつて、聖杯戦争の末に待ち受けていた最大の敵が使用した宝具。

 あの規格外のサーヴァントが使用していたほどの威力は有していない。ラーマの宝具にもあれはカウントされないだろう。

 だが、その武器がここまでの制圧力を持つとは。インド最大の英雄は、決して誇張された称号ではない。

 ラーマがその力を振るっている中、それに気付いているのかどうか――メルトは影をひたすらに嬲っていた。

「はあ――はあ――――ッ!」

 ……そろそろ、不味い気がする。

 攻撃性を増すそのスキルは優勢において強力な効果を発揮する。

 だがその甚大なデメリットは、周囲が見えなくなること。

「メルト――――!」

「ッ」

 名を叫ぶ。敵ただ一人に向けられていた意識が動き、一跳びで戻ってきた。

「ふう……やっぱり、たまらないわね。そう思わない? ハク」

「ああ……うん。そう、だね」

 未だ興奮を沈めないメルトの問いかけに、実のところ賛同はできない。

 僕には加虐の嗜好はない。というか、被害者になることの方が多いために、被害者の苦痛を如実に分かってしまうのだ。

 それがメルトの大きな個性であり、その目の前の一だけを見つめる真っ直ぐさは好ましいものなのだが。

「ふむ。マスターたる汝が手綱を握っている訳か。良い関係よ」

「手綱って……人を馬か何かみたいに言わないでもらえるかしら?」

「はは、すまぬな。だが今は前を見よ。窮地の鼠は猫さえも噛み殺すものだ」

 そう。まだ影の英霊は倒れていない。

 あのまま攻撃を続けていればいずれ霊核へも届いたかもしれない。

 だが、魔力が変質している。毒を耐え、瞬間的にそれを発露させ攻撃することも可能だっただろう。

 何か、影の英霊は奥の手を使おうとしている。あの影が持つ、最大の攻撃を。

「■■■■……ッ!」

「さて、あれを耐えるか。先に討つか。如何する?」

「勿論。反撃なんてさせないわ」

 メルトが再び体勢を低くする。

 十分にその嬌声は愉しんだ。ならば後は、一思いにその心臓を穿つまで。

 ――だが。

「――――」

 影の英霊にとどめを刺すのは、メルトではなく。

「……む?」

 かといって、ラーマでもなく。

「あら……?」

 その場にいた誰とも違う、第三者だった。

「■■■■■■■■――――!」

 膨大な魔力が表出する。

 触手が膨れ上がり、更に異形へと変貌していく。

 影の咆哮が戦場を震わせる。だが、それを超える轟音が、いとも簡単にそれを掻き消した。

 雷だ。晴天だというのに、どこからともなく発生した雷撃が怪物を襲った。

「一足遅かったか。余たちの功とすることは出来ぬようだな」

「ラーマ、この雷は……?」

「目にするのは初めてか? あれは余とも違う、世界を統べる雷よ」

 英霊を警戒しながらも、ラーマは僅か、彼方へと目を向ける。

 ――何かが、近付いてくる。

 魔獣の群れを蹴散らし、轢き潰しながら、凄まじい勢いで迫ってくる。

 雷を伴い、怪物にも等しい影へと、躊躇いもせず。

 バーサーカーの咆哮にも匹敵する鬨の声を上げながら。

 

「――――AAAALaLaLaLaLaieッ!」

 

 膨大な魔力を持った二頭の牛に牽かれる巨大な戦車。

 その騎手の声の方向に、怪物の目が移る。

 だが、その魔力を放出することは叶わず。体を蝕む毒により、逃げることすら出来ず。

 大地を砕いて走る戦車を前に何もすることなく、その影の姿は消えた。

 戦車は影を障害とも思わず駆け抜け、その先で停止する。

 朦々と立ち上る砂煙が晴れるのを待って確かめるまでもない。

 周囲に飛び散った雷でさえ魔獣を引き裂き、今やこの辺りに生きている個体はいなくなっている程だ。

 影の英霊が有していた魔力は、いとも簡単に霧散していた。

「なんだ、呆気ない。これが魔獣どもの総大将ではなかったのか」

「残念だがそうではないぞ。魔獣どもと出典は違おうが、あれらと同じくして沸いた輩であろう」

「ほう。して、コサラの王よ。その者たちは?」

「オジマンディアスの新たな将のようだ。どちらも英霊でなくとも、我らに匹敵しよう大物よ」

 戦車の主は、興味深そうに顎鬚を弄りながら見つめてきた。

 巨大な男だ。その体躯は二メートルは越えているだろう。

 あの呂布奉先と比較しうる偉丈夫だ。

 戦車という巨大な乗り物の上に立ってなお、ほんの少しも矮小には見えない。

 筋肉隆々な肉体を覆う青銅の胴鎧と分厚い緋色のマントが、その男に更なる威圧感を付加している。

 燃えるような赤い髪と顎鬚。そしてぎらりと輝く瞳には、王の風格が確かにあった。

「ふむ……その未来的でふぁっしょなぶるな衣装、英霊とは異なる魔力。カレンめの言っていたマスターか!」

「っ……カレンを知っているのか?」

「我が国の客将よ。うんむ、太陽王の将も強者揃いか」

 どこか、満足そうに微笑み、頷く大男。

 その姿からは年齢不相応な子供っぽさが垣間見えた。

「ところで、貴方は……」

「おう。そうであったな」

 大男は戦車から降り、歩み寄ってくる。

 ――でかい。

 見上げるだけで首が痛くなりそうだ。身長の差は、五十センチ近くはあるだろうか。

 設定された年齢の平均に届かない身長は、コンプレックスとまではいかないが気にしていることではあった。

 これほどの巨躯と並ぶと、その差が如実になる。

「余は征服王イスカンダル。ライダーのクラスに据えられ、故国に現界した」

 そう。彼こそが、かの大王。

 父の代より洗練された王国を継ぎ、十年足らずで膨大な版図を築いた偉人の中の偉人。

 そうだという、確信はあった。

 大英雄の多く召喚されているこの時代にあってなお、圧倒的な存在感を醸す彼は、征服王でない筈がない――と。




二章のメインとなる征服王イスカンダル、四節にして登場です。
しかし今回はラーマ回。影の英霊を相手に強さをお披露目しつつ、メルトらしい戦闘描写のリハビリも兼ねてます。
敵が格上が多いゆえ加虐体質が発揮できないのはGO編も多分変わらず。無念。


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第五節『“ラーマ”』

1.5部に登場するらしいボブが気になってしょうがないです。


 

 

 バビロンの戦場に向かったその日が終わる。

 際限なく増え続ける魔獣も、どうやらスタミナという概念は存在するらしい。

 補給もせず動ける訳ではなく、眠らなければ衰弱するのは人間と同じだ。

 必然的に、夜は互いが休み戦闘が収まる。

 よって、僕たちは一時退却し、神殿へと戻っていた。

 クー・フーリンやラーマ、そしてまだ見ぬローマの指揮官は戦地に残っているようだ。

 王の間の玉座には相変わらずオジマンディアスが座しており、隣にタマモ・オルタが控えている。

「――なるほど。最低限の功は上げてきたようだな。だが、その影とやらを仕留めたのは征服王めであった、と」

「ああ。そもそも、あの戦い自体がラーマとの共闘だ。僕たちの功績なんて、大したものはないよ」

「そうか。期待外れだったな」

 嘆息するオジマンディアス。

 確かに、今回は特筆するような功を上げてはいない。

 あのレベルの魔獣であれば、サーヴァントなら問題なく倒せるだろう。

 それに、影の英霊に関して情報が得られた訳でもない。

 この時代の初陣は、認められるようなものではなかったと言える。

「さて……影、か。サクラ! 調べは済んでいるか!」

『は、はい! ……私、オジマンディアスさんの家来じゃないんですけど……』

 当然のようにサクラを使うオジマンディアス。

 しかし、あの影については僕も気になる。

 既にサクラは調べているらしく、説明を始めた。

『ムーンセルに記録がありました。シャドウサーヴァント――文字通り、英霊の影。基本的には召喚の不備によって霊基が英霊に及ばなかった存在です』

 ――シャドウサーヴァント。

 ムーンセルの記録にあるということは、過去に事例があるということだろう。

 英霊の召喚は高度な奇跡によるものだ。

 一歩間違えば不備が生まれ、完全な召喚とはいかなくなるのだろう。

 その結果が、あの影か。

 英霊としての形を保ちつつも力を失ったサーヴァントのなり損ない、と。

 スキル効果も宝具も万全には使えず、ステータスさえオリジナルと同等とはいかないそれは、サーヴァントというよりもエネミーに近いらしい。

『どのみち、大抵のそれは意識が存在しないようです。魔獣より厄介なので、優先して撃破するようにしてください』

「英霊とはいえそこまで堕ちるか。よい、シャドウサーヴァントとやらの情報を得られたのは収穫だな。ご苦労だった」

 オジマンディアスの労いの言葉は素っ気ないものだった。

 あの戦場に何か特異点の手がかりがあるとしたら、まだ何度か赴くことになる。

 まったく使えない、と判断されなかっただけ良いだろう。

 早期に三つの国の一つに拠点を持つことが出来たのは幸運といえる。この運を捨てるのは愚かだ。

「しかし……ラーマときたか」

 絶対的な印象を抱かせるオジマンディアスの瞳が、僅かに曇る。

 どうしたのだろうか。何やら考え込んでいる太陽王に疑問の目を向ける。

 すると、更に表情を変えた。この上なく、鬱陶しそうに。

「……我が妹、人払いだ。余は暫し考えたいことがある」

「妹ではありません。まあ……了解しました。カルナさん、貴方もゆっくり休んでください」

「ああ」

「……それでお二人。少しお時間いただけます? 付き合ってもらえません?」

 言葉少なに立ち去るカルナを見届けてから、タマモ・オルタは玉座のある高みから降りてきながら聞いてきた。

「構わないけど……何か用が?」

「ええ。大したことではないんですけどね」

 今日はもう休むだけだった。

 即座に休息が必要という訳でもない。彼女が用事があるというならば、付き合っても構わない。

「ちょっと、ハクに何を……」

「はいはい、取って喰ったりしませんよ。ちょっと見せたいモノがあるのです」

「――妹よ」

「もうこの方々は無関係ではないでしょう。事情も変わりました」

 彼女の行動を制しようとしたのだろうか。

 オジマンディアスの声色は低く、咎めるように強かった。

 だが、それでタマモ・オルタは歩みを止めない。

 何をしようとしているかはわからないものの、それはオジマンディアスにとって好ましいことではないらしい。

「それがきっかけになるならば、僥倖――いえ、奇跡でしょう。運命はそう廻ろうとしているのです」

「――――」

 それ以上、オジマンディアスは何を言うこともなかった。

 階段を降りきり、同じ高さに立ったタマモ・オルタの目の色は冷たい。

 だが、それだけでもない。それは不満のような、諦観のような、仕方ないというようなものではあったが。

「――それと、私は貴方の妹ではありません。度の過ぎた戯言は奥さんに嫌われますよっと」

 口にした、何度か聞いた文句とは違うことは明らかだった。

 続けざまの軽口の咎を受ける前に、さっさとタマモ・オルタは部屋から出る。

 オジマンディアスはやはり、何も言わない。視線を落とすその様子は、既に考えに耽り聞こえていないようだった。

 

 

 タマモ・オルタに連れられ、僕たちは神殿の地下深部へと歩いていた。

 幾らか階段を降りたり上ったりしているが、どこも同じような内装だ。

 間違いなく、案内がいなければ迷っているだろう。

 地上部分ならばともかく地下は迷宮だ。荒らす者を赦さず外へは決して出さないという、無慈悲なファラオの性質が見て取れる。

 そこを迷うことなく歩くことが出来る辺り、タマモ・オルタはこの神殿内部を完全に把握しているのだろう。

 役割としてオジマンディアスの副官を担う彼女は文句こそ言いつつも、それをこなしているのだ。

「……何処へ向かってるんだ?」

「もう少し下です。本当なら、誰に教えることもなく、あのまま置いておくつもりだったんですがねぇ……」

 先を行くタマモ・オルタの表情は見えない。

 だが、その声色からは苦々しさが含まれていた。

「そもそも、この神殿には歴代ファラオによる数多の祝福と呪詛が施されているのです」

 この先にあるものの、その前提だろうか。

 タマモ・オルタは複合神殿の説明を始めた。

「死の呪詛や宝具封印……基本的には侵入者への呪いなんですが、ファラオらへの加護もある訳です。代表的なものが、擬似的な不死能力ですね」

「不死……?」

「はい。ファラオが選んだ者を死から遠ざける祝福。事実上、この神殿内であれば、ファラオに与する者の敗北はなくなるのです」

 それは、凄い能力だ。

 一サーヴァントの宝具が持つ能力とは思えない。

 やはりトップサーヴァントであるだけのことはある。

 オジマンディアスだけならまだしも、彼の軍勢全てはこの神殿内において不敗なのだ。

「それで? 私たちにもその祝福とやらをくれるのかしら?」

「さて。それはあの気紛れファラオの気分次第です。今回は私の独断。祝福を掛ける権利は、私にはございません」

 恐らくは、タマモ・オルタにもその祝福は掛かっているのだろう。

 その祝福について話したということは、彼女の用事とは何か、それに関連したこと――。

「まあ、完全な配下でなければ完全な不死とはいきません。傷を幾度と受ければ競り負けますし、例えば、毒なんかでも徐々に衰弱していく」

 要するに、より頑丈になるだけ――と。

 不死に近しくはなるものの、死は遠くなるだけで消え去る訳ではない。

 と、いうことは。

 致死の攻撃を受ければ、或いは、より長く苦しんで、その先で死ぬという結末が待っているのではないか。

「……生かしているのは慈悲か、戯れか。どちらにせよ趣味は悪いです。ですが彼女が、もしかすると糸口になるかも……」

 言葉の最後の方は小声になっており、聞こえなかった。

 だが、その口ぶりからして、間違いなく。

「……まさか」

「ええ。そのまさか。この部屋です」

 辿り着いた部屋の扉を、タマモ・オルタが開く。

 零れ出る、外とは異なる性質の魔力。

『これは……回復効果ですか?』

「はい。無駄か無意味か。阻害になっていればいいんですけどね」

 回復効果に満ちた、さほど大きくない空間。

 寝台と小さな光源のランプだけがある簡素な部屋。

 その寝台に一人、力なく伏している少女がいた。

 あまりにも青ざめた顔色は、その衰弱具合を如実に語っている。

「……っ」

 ゆっくりと開かれた赤い瞳の焦点が、此方を捉える。

 赤い髪を左右で纏めた少女は、どこか、既視感があった。

 ――バビロンの戦場で出会った大英雄の少年と、似ている。

「……シータさん。具合は如何です?」

「は、い……今は少し、楽です。タマモさん……そのお二人は?」

「白斗さんにメルトさん。新入りです。サーヴァントにも劣らぬ力をお持ちのようですよ」

「そう、ですか。初めまして……私は、シータと申します」

 シータ。その名を持つ女性の存在が語られるのは、ラーマの活躍を記したラーマーヤナだ。

 そして彼の英雄譚において、シータの存在は決して欠いてはならないもの。

 何せ、シータは他でもないラーマの妃なのだから。

「……一体、何があったんだ?」

「静謐のハサン――聞いたことあります? あれの毒を前にしては対魔力を有していても無駄なんですよ。末期で神殿の前まで辿り着いてそれっきり。ファラオの慈悲でどうにか延命しているのです」

 ……なるほど。

 ハサン・サッバーハの毒の恐怖は、身をもって知っている。

 サーヴァントをも殺す毒。それを受けたシータは、どうにか神殿(ここ)まで辿り着いた。

 神殿の加護を受けることで生き永らえているものの、擬似的な不死では静謐の毒を相殺することは叶わないらしい。

「ええ……どうにか。私は、まだ、死ねないのです……」

「生きているだけで無理をしている状況だというのに、頑張るものです。何をそこまで気張るやら……ってところだったんですけどね。ようやく理由が分かりました」

「え……?」

「それじゃ、私は部屋に戻ります。私は彼女のことを伝えたかっただけですので――ああ、お二人の部屋は廊下へ出て左に行けば繋がってますので」

 やりたい事は済んだとばかりに、タマモ・オルタは欠伸を扇で隠しながら部屋を出ていった。

 僕たちをシータと引き合わせること……それが彼女の目的だったようだが……。

「えっと……シータ。君は何故、そこまでして……?」

 沈黙が痛くなり、問いを投げた。

 生きたいというのは当然の欲求だが、あの毒は耐えようと思えば死を軽く凌駕する苦痛となろう。

 それを耐えてなお、サーヴァントとして存在しようという信念があるのだろうか。

「……サーヴァント、だから。私は何の成果も出さぬまま、死ぬことは出来ません。この程度の痛みで、“ラーマ”は斃れないのです……っ」

「ラー、マ……?」

 シータが妻として、ラーマを擁護するのは分かる。

 だが、今の言い回しはどうも、それとは違うような……。

「私はシータではありますが……サーヴァントとして召喚される時は、ラーマとして。私とラーマ様は、座を共有している存在なのです」

「座を共有……そんなことがあり得るのかしら?」

「私とラーマ様は、特別なのでしょう。ご存知ですか……? 私たちに掛けられた、離別の呪いを……」

 離別の呪い――ラーマの一時の不義が招いた伝説か。

 シータを攫われたことにより、ラーマと魔王ラーヴァナの戦いは幕開ける。

 戦いの最中、ラーマは味方の猿を助けるために、敵の猿バーリを背後から討ってしまう。

 どんな理由があろうと、非道は非道だ。バーリの妻は、ラーマを呪った。

 彼にとって最も絶望的な、呪詛の言の葉。

 

 ――――貴方(ラーマ)はたとえ(シータ)を取り戻すことができても、共に喜びを分かち合えることはない。

 

 ラーマは遂に魔王を打ち倒し、シータを救い出した。

 しかし、救われたシータは不貞を働いているのではないか、と民に疑念を持たれていた。

 その疑念を引き剥がすことが出来ず、やがてラーマも、彼女を疑ってしまった。

 ラーマはシータを、追放した。するしかなかった。

 幾ら悔いても、シータは戻ってこない。二人は永遠に引き離された――。

 物語に語られる離別は知識として持っているが……。

「かの呪いにより、私たちは会えない。座を共有し、決して、同じくして召喚されることはありません。“ラーマ”が召喚されるとき、ラーマ様か(シータ)のどちらかが召喚を受けるのです」

 それは、サーヴァントであるからこその、永遠の別離であった。

 同じサーヴァントが同じ場所に、同時に召喚されることはない。

 ラーマとシータは座を共有しているがために、その制約を受けてしまうのだ。

「ラーマ様は最強の英雄です。その名を背負う以上、私は毒などで死ぬことは出来ません……」

 自身が失態を晒すこと――それは、ラーマの名に泥を塗ることも同義。

 シータはそれを決してしないために、あの毒に耐えているのだ。

 だが――

「……」

「――」

 メルトと、目が合う。

 彼女が思っていることは分かっている。

 決して起こりえない筈の奇跡が、起きている。

 シータは、自身とラーマが同時に召喚されることはない、と言っていた。

 だが、僕は今日、ラーマと共に戦った。そして今、シータと会って、話している。

 それを話して――

 ――――話して、どうなる。

「……どうしました?」

「……いや。なんでもない」

 ラーマのことを話せば、シータは毒も気にせず外へ飛び出すだろう。

 そうしてすぐに限界を迎えるのが目に見えている。

 であれば、告げない方が良い。この機会に、可能性があるならば――シータを動かすべきではない。

 そもそも何故……タマモ・オルタは、僕たちとシータを引き合わせたのか。

「そう……その、ハクトさんに、メルトさんでしたか? 貴方たちの、お話を聞かせてくれます? 少しは、気が紛れますので……」

「僕らに話せることなら。そうだな……」

 この後ももう少し、会話は続いたが、その理由が分かることはなかった。




続きまして、ラーマの奥さんたるシータちゃんの登場です。
どれだけあり得ない状況であろうとも、ラーマを出すならばシータを出さない訳にはいかない。そんな啓示を受けました。
……ところで静謐の毒にやられたってことはこのシータってつまり……
なんていうか、その、そういうのって良いですね。


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第六節『バビロンの蔵』

えっちゃんはいいぞ。


 

 

「――――AAAALaLaLaLaLaieッ!」

 奔る雷霆と地を削る車輪の轟音が響き渡る。

 神牛の蹄に掛かれば決して生き残ることなど出来ないだろう。

 だが、その影は素早い動きで蹂躙から逃れ、退避する。

 必然的に晒さざるを得ない隙。そこを――

「メルト!」

「ええ――!」

 一筋の流星たるメルトが貫く。

 核を失い、霧散していくシャドウ・サーヴァント。

 これで五体。あの日から、英霊の形だけを持った影は毎日出現していた。

 この戦場で戦いはじめ、四日が経つ。日に日に数は増えているものの、真の英霊と比べれば大したことはない。何より――

「白斗殿、真後ろ! そこを動かれるな――!」

 傍を通り抜けていく疾風。

 いつの間にか背後に忍び寄っていた影を、刀の一振りで両断する少女。

「助かった、牛若」

「いえ、お気になさらず。昨日の恩返しと思ってください」

 戦場にあるとは思えない、屈託のない笑顔で返してくる彼女は、正真正銘の英霊だ。

 幼さを残す顔立ちからは決して想像できない、武芸の達人。

 地に付かんばかりの長い黒髪は左側で一つに結われ、大人しげな顔つきも相まって貴人を思わせる。

 だが、彼女は美を誇る者ではない。れっきとした戦士である。

 それを何よりも証明しているのが、右手に握りこまれた刀と、纏う鎧。

 ただし――その鎧は、一部だけ。守る部位を極限まで削ぎ落とした――そういう、戦略的なものだと思いたい――身軽な武装。

 要所以外は肌を晒し何も着用しない異装。恐らく、いや、確実に彼女の時代でも相応しいものではあるまい。

 彼女はこの四日の間に召喚されたサーヴァントだ。

 この戦場で出会い、共闘したことがきっかけで、それからは互いに助け助けられる仲になっている。

 真名を、牛若丸。日本においてその名を知らぬ者はいないという程に有名な武将、源義経の幼名。

 幼いながらも、その天賦の才は凄まじかった。同じくこの時代に召喚された大英雄たちにも決して引けを取っていない。

「ハク、無事?」

「ああ。牛若のおかげで」

「そう――悪いわね」

「こうした混戦の場では一瞬の隙を突かれやすいもの。貴方がたは軍勢を動員した戦は不慣れとお見受けします。全方に十分なご注意を」

 召喚を受けた彼女の年齢は、確かに幼い。

 だがそれであっても、心得や兵法は完成されている。

 メルトは一流サーヴァントをも凌駕する力を有しているが、多対一の戦いに慣れている訳ではない。

 こうした場数は、牛若の方が遥かに多い。

「うぅむ。余の獲物とする筈がしてやられたか。しかしそこの英霊、見かけによらず達者な奴よ。どうだ、余の国の将とならんか?」

「なるほど、豪胆な王だ。ほんの僅かですが、兄上に似ています。ですが仕えることは出来ません。白斗殿への義理も果たし終えていないゆえ、諦められよ」

 義理、とはいうが、此方がした事など大したものではない。

 僕の方が助けられていると言ってもいい。メルトは一人で十二分に戦えるが、僕自身は半人前。

 先程のように、メルトが僅かに離れた隙を狙われたことも一度や二度ではない。

 その度に、牛若に助けられているのだ。

「……待遇は応相談だが?」

「見返りを求めては真の忠義とは言いますまい。金銭も宝も、私は求めません」

 指で輪を作って迫るイスカンダルの勧誘を、牛若丸は悩むこともなく切って捨てた。

「これは残念。ではせめてこの共同戦線の場で、その力量を見極めてやるとしよう。いずれ敵となるならば一騎当千の英霊はこの上ない脅威となろうよ」

 不敵に笑ったイスカンダルは神牛に鞭を打ち、戦車を走らせる。

 最前線に立って魔獣を轢き殺しつつ、兵たちに指示を出すイスカンダル。

 現在ラーマはこの中心部から離れ、後衛を指揮している。

 複数の英霊が集い、魔獣やシャドウ・サーヴァントを討伐する共同戦線。

 少し離れた場所でクー・フーリンはルーンによる炎をばら撒きながらも荒々しく指示を出している。

 そして、ここにいるのは彼らや牛若丸だけではない。マケドニアやエジプトの領に属するサーヴァントがここにいるように、ローマに属する英霊もまた、最前線で戦っている。

「ォォォォォオオオオオオオオオオオッ! 砕け! 引き裂け! 千切り、奪い、犯し、貪、り……っ! 余にっ、捧げ、よ!」

 悍ましく、力強く、苛烈に。武器を使わずその手足で魔獣を粉砕するサーヴァント。

 金の鎧に赤い外套。それらが包む硬い肉体は血に濡れ、それで動きを鈍らせることなく、より苛烈さを増していく。

 男は狂喜に満ちた表情で魔獣を二つに引き裂きながら、指示ならぬ指示を叫ぶ。

「進め! 進、め! 余の、愛す、愛……愛、した……ローマ市民、よ! 全てを、捧げよ! 余に! 女神、に!」

「おおおおおおおおおお――――!」

「三代皇帝に続け! 我らが狂将、神祖の子たるカリギュラ陛下に!」

 狂ったように、しかし人と魔獣を区別し異形のモノのみを蹂躙する兵たち。

 それを統率するのは、精神性の殆どを喪失した「狂える皇帝」である。

「……相変わらず、煩い陣営ね。ローマ領もなんでアレを最前線に置いているのかしら」

「さあ……? でも、事実士気も上がっているみたいだ」

「バーサーカーゆえ、先頭で暴れるのが一番有効な使い道なのでしょう」

 ただひたすらに暴れていたサーヴァントは、此方に目を向けた瞬間――唐突に動きを止めた。

 メルトが一歩後ずさる。

 ふらふらと、しかししっかりと大地を踏みしめながら、サーヴァントはゆっくりと歩み寄ってくる。

「……女神。女神、ディアーナ……またも余は、巡り合えた。英霊の、身となって……からは、日毎夜毎に……」

別神(べつじん)よ。月の女神に執心するのは勝手だけど、私と混同しないでくれる?」

 サーヴァント・バーサーカー。

 名君の栄光を翳らせ、暴君と化したローマ帝国第三代皇帝たるカリギュラ。

 善政を敷いていた輝かしき日々を突如として曇らせ、月――狂気の輝きのみで帝国を支配した暴虐の皇帝。

 月の女神ディアーナの寵愛を受けたがために狂気に堕ちた悪名高い暴君は、ローマの将軍として戦っている。

 ところが、メルトと出会った――出会ってしまった時からどうにも、彼の様子がおかしい。

「おお……しかし、その威光。紛れも、なく……女神の、もの……」

「……カリギュラ。まだ辺りに魔獣が残ってる。悪いけど、また後で……」

「っ……女神の、伴侶。言葉を、受けた――我が身に、加護を。オオオオオオオオオ! 殺す、殺すぅぅぅううううう!」

 再び暴れだすカリギュラ。落ち着いているかと思えば、何が発端で暴れ始めるか分かったものではない。

 ディアーナと同一視される月女神アルテミスがメルトに組み込まれているとはいえ、その存在を混同してしまっているとは。

「ああいう信仰は向けられても迷惑よ……肌が荒れるわ」

「……そういうものなのか?」

「気持ちの問題よ。さて、サクラ。辺りにシャドウ・サーヴァントの反応は?」

『ありません。ですが、ローマ領方面……すぐ近くに、カリオストロさんがいます』

 ――カリオストロ。現在はローマ領に属する、僕と同じくこの時代に降りたマスターだ。

 毎夜連絡を取り合い、情報を交換しているが、彼のサーヴァントはキャスターであり、およそ戦闘には向いていないらしい。

 凛のサーヴァントも同じく。そして、カレンのサーヴァントは前線に出る気がないとのこと。

 よって三人とも、戦場に出てくることはないと言っていたが……。

 合流しておこう。魔獣への対応が出来ないというならば、此処は危険すぎる。

 

 

「やあやあ! 久しぶり……いや、通信では昨夜ぶりかな。ハクトにメルト……それから?」

 魔獣と兵士で混沌とした戦場を悠々と、カリオストロは歩いてきた。

 宝石を散りばめた礼装を着込んだ、貴族でも異質と言えるその姿は戦場においてはまるで別世界の住人だった。

 いや、紛れもなく、このマスターは別世界――遥か未来の人間なのだが。

 少年は牛若に、微笑を浮かべながら問いかける。

「牛若丸と申します。貴方が、話に聞く時代を救うマスターですか」

「そうだよ。カリオストロだ。ハクトに協力するサーヴァントか。敵じゃないなら、よろしく」

「……貴方、サーヴァントを実体化もさせずにこんなところで何してるのよ」

 サーヴァントとは到底戦えないマスターであるカリオストロが、単身でこの戦場を歩いているという異質。

 メルトが指摘すると、困り顔で頭を掻きながら少年は言う。

「いやあ、僕のサーヴァントは戦闘ではまるで役に立たないからね。まだ僕が不慣れな格闘でもした方がマシなくらいに。それに兵たちの影に隠れながらなら此処まで来るのも結構楽だったよ」

 カリオストロのサーヴァント……確か、キャスターのクラスだったか。

 確かにキャスターは魔術を主体としたクラスであり、その神髄は基本的に陣地を敷いた上での拠点防衛だ。

 例外は当然、存在する。それに戦闘に一切向いていないキャスターも知っている。

 しかし、それならば何故……。

「それに。僕もローマで何もせずふんぞり返っているだけって訳にはいかないだろう? 少しばかり、この場で手伝えるかもと思ってね」

「……と言うと?」

「サクラ、この戦場に聖杯に近しい反応があるって言っていたね」

『はい。しかし、位置が未だ判然としていなくて……』

「そりゃあ凄い。流石、神代の隠蔽技術だ」

 さも分かり切ったように、カリオストロは感心する。

 まさか、その反応の位置が分かるのか?

「大体場所は分かる。護衛を頼めるかな?」

「……分かった。連れて行ってくれ」

 先導するように歩き出すカリオストロは、格好の獲物に見えるだろう。

 大挙して押し寄せてくる魔獣を蹴散らしつつ、中心部へ向かっていく。

「そもそも、バビロンはこの大国の王都であった場所……だけどそれより遥か古代に、かの王の統治下だった都市だ」

 歩きながら、カリオストロは説明を始める。

「ありとあらゆる宝物を集めた蒐集家。その宝物庫は己の国だけに留まらず、周囲の都市の地下にまで広がった――」

 そんな話をしながら、どれくらい歩いただろうか。

 倒した魔獣の数を数えるのも馬鹿らしくなった頃。

 魔獣が見当たらないくらいで他に目立つようなものもない、廃墟のど真ん中でカリオストロは立ち止まった。

「当然、このバビロンにもね。ここがその宝物庫の入り口。世界最古であり最高位の蔵の一端が、此処にある」

「何も、ないようですが?」

「それを開くのが、僕のサーヴァントだ。キャスター」

 そうした宝物庫があったことは、知っている。

 それがこの都市にまで広がっている――それは予想外ではあったが、あり得ぬ話ではないだろう。

 何もないように見えて、ここには確かに扉があるらしい。

 クラスを呼ぶ。現れたのは、幼さを残す少女だった。

「……まったく。慣れぬ仕事を幾度もさせるでない。それもかの王の宝物庫などと……」

 黄金と白銀。豪奢なドレスの上に緋色のマントを纏った、一目で貴族と分かる姿。

 絹糸のように細く、淡く輝く金の長髪はその根元から先端に至るまで余さず手入れされている。

 身長は女性としては高く、僕と同等――いや、靴が厚底だ。派手な装飾で自然に見えるが、あの底は……二十センチはあるかもしれない。

 グレーの双眸は不機嫌そうにマスターを睨みつけている。

 彼女が、カリオストロのサーヴァントか。

「それに特化したサーヴァントだろう? これでも、僕は君を信頼してるんだ」

「よくもまあ、そんな真摯な瞳で法螺を吹けるものだ。まるで道化よな。仕方あるまい、此度の余はサーヴァント。その戯言に乗ってやる」

 その小さな手が、何もない前方に伸ばされる。

「それにしても都合の良い場所よ。エジプトの太陽王、ローマに在る最後の女王、それに、偉大なる征服王。ファラオの目のある場所でこんなモノを使えばどうなるか……」

 ここからは聞こえないほどに小さな呟きを漏らしつつも、キャスターは十指を動かす。

 魔力が糸の如く伸び、虚空に消えていく。

「どうだい? キャスター」

「末端なのが幸いしたな。この程度ならば真名解放も不要だ。……朽ち果てた神々よ。我が可能性を、原初を開く鍵と成せ」

 瞬間、何もなかったその場が開き、暗がりに繋がる洞が唐突に出現した。

不正開錠(ピッキング)も甚だしい。まるで盗人だ」

 不機嫌そうに、仕事を終えたキャスターは嘆息する。

 その行動は、彼女にとって不満であったようだが、これは驚嘆すべきことだ。

 ムーンセルの機能を以てしても場所さえ掴めなかった扉を見出し、その鍵を開く技術。

 戦闘にこそ向いていないかもしれないが、この二人はかなり特異な技量を持つ陣営のようだ。

『確認しました! その内部に反応があります! 他にも、異常な反応が無数に確認出来ますが……』

「内部には色々、妙な宝があるだろうからねえ。さて、行こうか。危険がないとも限らない。警戒は怠らないようにね」

 呑気な声色のカリオストロだが、今度は先を行こうとしない。

 古代の宝物庫となると、危険度は未知数だ。戦闘の出来ない彼らが前に出るべきではないのは当然だ。

 僕とメルトが先頭を、そして牛若が後方を警戒しつつ、内部へと侵入する。

 外部からは一切見えないようになっている内部。

 そこは、光源のようなものが無いというのに屋外であるかのように明るかった。

 何とも例えようのない、奇妙な形状の道具が無数に保管されている。僕には想像すら出来ないが、これら全て唯一無二な宝なのだろう。

 通路のように開かれた場所を、奥へ向かい進む。

『その前方です。それが外からでも確認できた反応です!』

「あれは――」

 聖杯……黒竜王が所有していたものとは形状が違うものの、異常な魔力を有した杯があった。

 これは特異点発生の原因となったものではない。

 だが、人知れずある筈の宝物庫の外にまで反応が流出しているのはおかしい。

 その原因らしき存在は、杯よりも目立っていた。

「……あっれぇ? これは、どうしたコトでしょう! ボクの隠れ家が見つかっちゃうなんて!」

 よく響く女性の声。その主は、杯の上に立っている。

『今の声は……!? 内部に生体反応なんて、皆さんの他には……』

「ギ――――ィハハハハハッ! バッカじゃねえの!? こんな無駄に魔力だけ持ったゴミクズの山ン中で、オレがキラキラ目立つ筈ねえだろうがよォ!」

 直前の、無邪気を装った声とまったく同じ、しかし同一人物とは思えない、乱暴な言葉が更に響く。

 周囲の宝の魔力で気付けなかった。だが、確認し、対峙すればわかる。

 サーヴァントだ。それも、非常に強大な。

「でも、そーだなあ……ゴミクズにすら劣るおチビちゃんたちがここまでやってきました。そのカミサマもビックリな頑張りに免じて、今の無能な発言は流して差し上げましょー!」

『なっ……』

「ヒヒヒッ、感謝してよぉ? アタシ、無能は嫌いなんだもの。バッサリぶった切らないよう耐えたんだから」

 心底から愉快であるような狂笑を崩さないサーヴァント。

 それぞれの手に持つ刀を曲芸師のようにクルクルと回しながら、次から次へと口調を変える女性の瞳は、狂気の塊。

 理性で制御されているとは到底思えない。

 バーサーカーとして顕現した、僕たちとは決して相容れないサーヴァントであることは、火を見るより明らかだった。




FGOより牛若丸、カリギュラ、そしてオリ鯖であるバーサーカーが登場です。
またパーティにはカリオストロとキャスターが参加。少しだけキャスターの能力が判明しました。
今回のオリ鯖バーサーカーは個人的にお気に入りです。存分に暴れたまえ。


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第七節『悪鬼羅刹は狂い嗤う』

悪鬼羅刹(バーサーカー)と読みます。


 

 

 黒髪を後ろに流し、額には四本の、角のような装飾。

 銅の瞳はギラギラと輝き、此方の面々を見渡している。

 黄金の装飾は最低限で、晒された肌は青白い。

 この場で彼女より背が高いのは、脚具を装備したメルトくらいであり、女性にしてはかなり高身長と言える。

 何より特徴的なのは、首をマフラーのように包む九つの炎の塊。

 自身の動きの阻害となるのではと思うほどに大きなそれを、温度を感じていないかのように纏うバーサーカー。

「皆様、お下がりください。ふざけた口調ですが、相当の強者です」

「大したサーヴァントみたいね。話が通じないのは目に見えているけど」

 油断なく構えるメルトと牛若。対して、バーサーカーはその様子をニマニマと笑みを浮かべながら眺めている。

「いやあ、ワタシこう見えて頭の切れる女ですし? 脳筋バーサーカーみたいに言わないでくれますぅ?」

 またも声色を変え、茶目っ気を見せるように舌を出す姿は、より恐ろしさを感じられた。

 その仕草がまったく似合わないというか、元よりその肉体はそういう仕草が出来るように作られていないとさえ思える異様さがあった。

「――まっ、バーサーカーなんですけどねぇ。そんなに引かれるのは傷つきますよぅ」

「……君のそれは、多重人格か?」

 自身に潜む人格を切り替えているかのように、その変わりようは急に過ぎる。

 声は同じでも、雰囲気そのものがまったく別人なのだ。

 そうしたサーヴァントがいるという可能性はある。目の前の彼女は、もしかすると……。

「あら、気にしてくれるの。きゃあ、そんなの初めて! どうしよどうしよ、これって脈あり?」

「ハク、自重して」

「えっ」

 能力を確認するための質問だったのだが、何か、よくない方向に解釈されている。

 バーサーカーは剣を手放し、頬を手で押さえて身悶えしている。

 それは、英霊でもない少女のようだが――手放した剣の柄に火が灯り浮遊している時点で異常である。

「ザーンネーンでーしたーっ! ボーヤはカワイイけどオレの好みじゃねえんだよぉ! オレ、女の子の方が好きなんだっての!」

 好みと言われても困るのだが、必要かどうか分かりかねるカミングアウトと共に、再びバーサーカーの性質は変化した。

「まあ男もたまには良いかもだけど……いや、あり得ねえあり得ねえ。男ならせめてアイツを超えるくらいじゃなきゃ……」

「アイツ……?」

「はっ、ボーヤじゃ到底及ばねえ化け物だよ! さーてそれじゃあ始めるか。こっちのサカズキの魔力も上々だ。カンタンにぶっ壊れんじゃねえぞぉ!」

 殺気が突き刺さる。

 浮遊していた両の剣を掴み、飛び掛かってくるバーサーカー。

「はっ!」

「っ――!」

 誰よりも素早く反応したメルトが脚を振り上げ、その一つを受け止め、もう一本は牛若の刀とぶつかり合う。

 筋力ステータスにおいて、二人は遠く及ばない。

 だが、それならば力ではなく別の戦い方がある。

 同時に受け流し、バランスを崩したバーサーカー。その懐へ、メルトの膝が突き刺さる――

「――なんてなあ――ッ!」

 瞬間、首元の火炎が巨大に吹き上がり、直撃を防ぐ。

 即座に刺突から蹴りに移行し、バーサーカーの脇腹を蹴り飛ばすことで距離を取ったメルト。

 その判断がなければ、火炎に呑み込まれていただろう。

「んー、んー……まっさかそっちもサーヴァントだったとは。これは油断。まあ、残念。それじゃあボクは殺せないなあ」

 一回転し、体勢を立て直したバーサーカー。

 蹴りもかなりの威力であった筈だが、彼女には傷一つついていない。

「キミ、神性があるんだ。ならそんなヤワな攻撃じゃダメだよ。もっとヒリヒリするような刃じゃないとぉ!」

「ッ!」

 剣がさらに二本、出現する。

 浮遊した状態のその剣の柄には手をかたどった火が灯っている。

 まさか、あれもまた己の武器として使用できるのか?

 それに、彼女の発言。神性があるならば、殺せない――それがハッタリではなくスキルや宝具の効果であれば、至極厄介だ。

 メルトは女神を基にした存在であり、その影響で少なからず神性を所有している。

 そうした概念をメルトウイルスや宝具の応用で破ることは不可能ではないが、あのような強力なサーヴァント相手ではそれも難しい。

「……では私が前に出ます。メルト殿、キャスター殿、補佐を」

「……それしかないわね」

「余はその補佐すらし難い身なのだが……いや、仕方あるまい。使うぞ、異議はないな、マスター」

「構わないよ。戦いで使えるか、少しは試さないと」

 ならば、神性を持たず一流の戦闘能力を持った牛若がメインとなって戦うしかない。

「話し合いは済んだかしら? ならもっと愉しませてちょうだい! ワタシ、戦いも大好きなの!」

 新たな得物により、攻撃の数は倍に増している。

 独立した炎の手とは言え、その速度はバーサーカーが直接持つそれと変わらない。

 圧倒的な手数は牛若でも対処が追い付かず、メルトと時折前衛後衛を入れ替えることで対等に渡り合っている。

 ただ、攻めに転じることが出来ない。これでは消耗するだけで、一切ダメージを与えられない。

「鬱陶しいな、いい加減――!」

「っあ!?」

「メルト!」

 三本同時の斬撃――否、打撃を受けきれず、メルトが吹き飛ばされる。

 回復の術式を紡ぎつつ、駆け寄る。ダメージは軽微だが、その隙を逃す訳がない。

「――くそ!」

 身体能力の強化。その大半を脚力に使用し、速度を重視する。

 メルトに向かい飛んでいく剣の一本。

 まずはあれにとにかく間に合うこと。

 あれからメルトを守ること。

 その為にも、前に出て、受け止める――!

病める瞬間も(アムルタート)! 健やかなる瞬間も(ハルワタート)!」

 剣を絡め取り、その勢いを殺すことに特化した形状の二振り。

 メルトを切り裂かんと振り下ろされる剣に向かい、力の限りそれらを振るう。

 金属音と同時に腕に走る、尋常ならざる衝撃。

 追い付いたという確信と同時、身体強化を腕に回していなければ、そのまま両断されていただろう。

 眉間の寸前、ギリギリのところで、どうにか鍔迫り合っている。

『紫藤さんっ!』

「ハク! また無茶を……!」

「ッ、大、丈夫、これくらい――!」

 今のうちにメルトが体勢を立て直してくれれば、どうにかなる。

 僕はただ、それを信じてこの剣に負けぬよう、集中を途切らせなければいいだけだ。

「――ぬぁ!?」

 だが、それより前に、剣に込められた力が抜けた。

 今のうちに振り払い、遠くへと弾き飛ばす。

 何が起きたのか――見てみれば、バーサーカーに何かが撃ち込まれ、その意識を逸らしている。

「キャスター殿……!」

「早く立て直せ! 使い捨てゆえ、長くは続かぬ!」

 蔵の床に手を置くキャスター。

 何らかの能力が発露しているのは分かるが……キャスター本人が攻撃している訳ではない。

 バーサーカーの背後。無数に存在している宝物が起動し、光弾を射出しているのだ。

「チィ……、何処も彼処も妙な宝物ばかり! 武器が一つも無いとはどういう事か!」

 どうやら、内部の宝物をキャスターが操作しているらしい。

 あの光弾を射出している宝物は武器ではなく、本来の使い方でもないようで、バーサーカーがダメージを負っている様子もない。

「痒いんだよクソがァ――!」

 それはごく僅かな注意を引く手段に過ぎない。

 浮遊する剣の一本でその宝物を貫き光弾を止める――が、その瞬間、バーサーカーの自由な剣は二本となり、意識が動くことで動きも鈍った。

「隙を見せたなっ!」

「ッ」

 その、達人の立ち合いからすれば決定的な隙を、牛若は逃さなかった。

 一閃。十分の一秒にも満たない刹那の間に、牛若の刀はバーサーカーの首を断った。

「――――」

 先程のように火炎で防御する暇すらなく、振り抜かれた刀。

 血すら付着せぬ絶技で断てぬ首など、この世に存在しないのだろう。

 狂笑も絶叫もなく、バーサーカーは倒れ伏した。

 首は飛んだ先で霧散し一足先に消えていく。

 終わった、訳ではない。

 頭部を失った体は尚も存在している。

「……珍妙な。首を断たれてまだ死なぬか」

「――――ちぇっ、バレちゃいました? ビックリドッキリ大生還といこうと思ったんですが」

 その体が、唐突に起き上がる。

 首元の炎が肥大化したかと思えば、バーサーカーの首は元通りに復元していた。

「いやあ、首飛ばすのは馴れっこなんですよ。生憎、この程度じゃ死ねま――せん!」

 首を断っても消滅しない、尋常ならざる耐久性。これもまた、バーサーカーの能力か。

「ならば心臓を貫けばいいだけの話。メルト殿、キャスター殿、今一度お力を」

「構わないわ。私だけだと時間が掛かりそうだし」

「今の余に期待はするな……むう、他に使える代物は……」

 だが、当然諦めなどない。サーヴァントたちもまた、然りだ。

 対するバーサーカーは、その狂笑を消す。

 彼女と出会ってから初めての無表情。

 しかし、通常のそれとは違う。その表情なき顔には明らかな感情が浮き出ていた。

「……ちょっと、聞き間違いかしらね。そっちのアナタ、今、時間が掛かりそうって言わなかった?」

「ええ、言ったけど、それが?」

 その感情の向かう先は、メルトだった。

「つまり、アナタはワタシを倒せると? 神性がある身で? たった一人で?」

「そうよ。ただのサーヴァント相手に、私が負ける筈ないじゃない。容易いか手間取るかの違いよ」

 得意げに笑いながらの挑発。

 確かにメルトは、一流のサーヴァントをも凌駕する戦闘能力を有している。

 だがその本領は月での戦い。地上では一定のスケールダウンは逃れられない。

 第一特異点から帰還し、多少なり調整をしたものの、それでも最善とは程遠い。

 バーサーカーとの相性を考えると、難しいが……メルトがそう言い、戦うのならば、僕も負ける気はしない。

「……不愉快ね。その傲慢、ああ――似てる似てる。ワタシの、大嫌いな――」

 その声は、今までとは違う。

 あまりにも静かだった。

 バーサーカーは目を僅かに細め、メルトを見やる。

 そして、何かを勘付いたように。

「――はっ。はははははははっ! そういうコト! 何を! そんな姿になって! こんなトコロで何をしてる! ハハハハハハハハハッ――!」

 再び、狂笑へと変貌した。

 メルトも理由は分かりかねているようで、怪訝な表情でその様子を警戒している。

「ハハ、ハ――――歯向かうってんなら、殺しても良いかぁ」

「ッ――」

「よし決定、皆殺しだ。勝てるってんならやってみろよ抜け作! ヒ――ヒヒヒハハハハハハハハハ!」

 哄笑と同時に、更に浮遊する剣が増える。

 両手と合わせ計八本。

 二本だけではないというのか。あれほどに自由に扱える武器を、一体どれ程……!

 

「おう、ならやってやるよ。今更数が一増えたところで文句はねえよな?」

 

 その刃が今こそ襲い掛からんとした時、それを迎撃するものが僕たちの背後から飛んできた。

 バーサーカーのものに劣らない威力の炎。

 直前の声、そしてこの炎。それらは、頼りになる助っ人がこの場に到達した合図であった。

「あ?」

「悪いな。ウチの陣営の連中がいるから邪魔しちまった。何、数は増えてんだ。今より退屈はしねえだろ」

 クー・フーリン。エジプト領の兵士たちを統率するサーヴァント。

「どうしてここに……」

「どうしても何も。あんだけ目立つ入口開けてりゃ怪しむだろうよ。何なんだ此処は? どうもきな臭ぇ雰囲気だが……」

 辺りを見渡すクー・フーリンは、それでいてバーサーカーを警戒している。

 あのバーサーカーの力はケルト最大の大英雄にも匹敵するだろう。

 ランサーやセイバークラスならまだしも、此度召喚されたのは近接戦闘に秀でていないキャスタークラス。

 容易に勝ちうる存在ではないと、彼は即座に判断したのだ。

「貴方は……白斗殿の味方ですか?」

「おうよ。安心しな。アレが敵で、アンタが坊主の味方だってんなら、オレもまた味方だ」

 杖が構えられる。

 新たに増えた“敵”。バーサーカーは歯を見せた笑いを崩さない。

「……つまり、キミもボクと戦うと?」

「それを選ぶのはテメェだ。尻尾を巻いて逃げるってんなら追わねえが?」

「はっはあ。そりゃああり得ねえ。なんてったって――オレにはシッポありませんから!」

 八本の剣が乱舞する。

 あまりにも大口を叩いた。ならばそれ程の力があるのか試すまでのこと。

 そう言わんばかりに、バーサーカーはその剣全てをクー・フーリンに向け突進する。

 キャスターが相手とあらば、接近すれば良いだけの話。

 しかしそれを許すほど、此方も甘くはない。

「させない――!」

 剣の自在性はともかく、バーサーカーゆえかその思考自体は読みやすい。

 クー・フーリンに迫ることは分かっていた。真っ直ぐ向かうと分かれば術式も間に合う。

 放った弾丸はバーサーカーの懐に直撃し、僅かに動きを鈍らせる。

「テメ――」

「なら、僕も……っと」

 そこに重ねて紡がれるはカリオストロの魔術。

 弾丸のような小さなダメージはないが、それゆえに束縛に特化した術式だ。

 鎖の如くバーサーカーに絡みつき、その動きを封じる。

 強力なサーヴァントが相手であれば、一つ一つ、隙を確実に突いていけばいい。

 此方の人数が多ければそれもまた少しは容易になる。そして、歴戦のサーヴァントが多くいれば、たった一つの隙でさえも決定的なものとなる。

「あら、まるで操り人形じゃない――の!」

 牛若の第一撃は浮遊する剣が迎撃する。

 しかし、それで空いた死角から素早くメルトが迫る。

 先のように防ぐことはなく、今度こそその棘はバーサーカーを捉えた。

「ッ、この……!」

「上出来だ。そらオマケだ、取っときやがれ!」

 クー・フーリンの杖が床に叩きつけられる。

 発動されるルーンはアンサズ――噴き上がる火の柱は、一撃与えたメルトが下がるや否やバーサーカーを包み込んだ。

「オ、オオオオオオオオオォォォォォォォ――――!」

 蔵の天井にまで容易く届き、焦がしていく炎は、サーヴァントであろうとも焼き尽くすだろう。

 炎の奥から聞こえてくる咆哮は、すぐさま断末魔となった。

 影すら見えなくなった。だが、油断は出来ない。

 首を飛ばしても復活した相手だ。心臓諸共全て焼いたとて、殺しきったとは確信できない。

 事実――

「――――■■■■■(■■■■■■■■)ッ!」

 内部から、宝具の真名を解く絶叫が、確かに聞こえた。

 その宝具の閃光は天井へ激突し、大破させる。

「ハク、こっち!」

「ッ」

 崩れ落ちてくる瓦礫。震撼する蔵の中で、メルトの手を取る。

「チィッ……これだから手負いは……何仕出かすか分かったもんじゃねえ。外まで退くぞ!」

「カリオストロ殿! キャスター殿! 此方へ! 私が運びますゆえ!」

『蔵内部の自衛機能で崩壊が鈍っています! 落ち着いて撤退してください!』

 戦っていた場から、みるみるうちに離れていく。

 杯の回収は叶わなかったが、これでは仕方がない。

 蔵を脱出する。外は入った時と変わらず、魔獣の殆どいない廃墟が広がっている。

「バーサーカーは……」

『確認しました! 蔵の破壊によって空いた穴から脱出――杯の反応と共に……真後ろです、紫藤さん!』

「なっ――」

 振り向いた時にはもう遅い。

 メルトでさえ対応しきれない速度で迫ったバーサーカーが、剣を振り下ろしていた。

 あの火の柱を耐え、当然のように彼女も脱出していたのだ。

 此方が何をするよりも迅速に、その剣は獲物を捉える。

 全てが手遅れ。僕が確信したその時。

「――させるかよっ!」

 何の前兆もなく、ルーンの壁が展開された。

 バーサーカーの刃の前では、防御は殆ど無意味。

 だが、幾重にも重なる防壁は退避するまでの時間稼ぎにはなった。

 メルトの跳躍によって、大きく距離を取る。

 バーサーカーはやはり無傷だ。大きなダメージでさえ、その能力によってリセットされているのか。

「……またアナタなの。邪魔するオトコは嫌われるわよ?」

「ご生憎様。こちとらアンタみてえなのは趣味じゃねえ。念のためで張っておいたルーンが必要になるほどしぶといとは思わなかったぜ」

 大胆不敵に笑ったクー・フーリンに、バーサーカーもまた笑う。

 ただし、性質は全く違う。

 根底にある狂気を隠さない笑顔。

 それを崩さぬまま、放たれた火炎をバーサーカーは真っ向から切り払った。




バーサーカー戦でお送りしました。
こんな感じのキャラクターになります。書いてて楽しい。
真名はまだ不明ということで。


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第八節『望まれたる雷』

新宿編が解禁され、またもちょっとした悲劇が起きましたが私は元気です。


 

 

 剣を一つ手放し、左手に杯を持つバーサーカー。

 だが、それで手数が落ちるということはない。

 浮遊する剣は合計六本。人には決して不可能な手数を、バーサーカーはその異能によって実現させている。

「さあて、どうするかなあ。不意打ちもダメだったしぃ……本気出しちゃってもいいかなあ」

「……今までものが本気ではないと?」

「当然でしょう? アタシを倒せるのはセカイでたった一人だけ。キミたちが幾ら集まって、幾ら力を合わせても、アタシは倒せないわ」

 そんな概念防御があるならばともかく、一サーヴァントがそれだけの力を持つとは考えにくい。

 蘇生の能力を持つとしても、必ず回数の制限なり、突破の手段なりが存在する筈だ。

「随分余裕じゃない。この戦場にはまだサーヴァントが多くいるわよ?」

「ハッ、だったら全員相手取るまでだ。オレに勝てるってんなら、御託じゃなくて力で示してみやがれ!」

 クー・フーリンが加わったことは非常に大きい。

 不向きなキャスタークラスとはいえ、その力は圧倒的だ。

 それに、このバーサーカーの魔力を察知すれば、やってくるサーヴァントもいるかもしれない。

『皆さん、その場にラーマさんが向かっています。彼が加われば、きっと打倒も叶います!』

「よし……なら、それまで持ちこたえよう。頼む、皆」

 ラーマ――インドの叙事詩に伝わる最大の英雄。

 彼は紛れもなく、最強クラスのサーヴァントだ。

 きっとバーサーカーにも匹敵、或いは、凌駕する戦闘能力を持つだろう。

 ここ数日で見たのは、あくまで彼の一端だ。神話に語られる力をまだ、ラーマは秘めていよう。

「おうよ、ラーマの奴が来るのを待つまでもねえ。アイツが七面倒なのは十分理解した。ちょっとばかり、オレも上げていくか」

「…………いや。ここまでだ」

 クー・フーリンが杖を構え直すが――それを待たず、バーサーカーの剣が下ろされた。

「え……?」

「確かに、そうだな。慢心しちゃあならねえ。このサカズキの調子も万全とは言えない以上、先にコッチからだ」

 それは唐突な、撤退の宣言だった。

 どういう心境の変化なのか。バーサーカーにそれを聞いて答えが返ってくる筈もないが……。

「この期に及んで逃がすと思うか? この辺一帯は既にオレの陣地。張っているルーンは一つ二つじゃねえぞ」

「ヒヒ。まさかとは思ったがそのルーンとやら、向いてねえな? アンタ」

「……何?」

「――どうだったかしら、ハサンちゃん?」

 幾度めか、数えるのも馬鹿馬鹿しくなった性質の変化。

 その口から発された名前を聞いて、背筋に冷たいものが走った。

 死角から現れ、バーサーカーの傍に降り立つ黒い影。

 鮮やかな紫の髪。褐色の肌。しなやかな肢体。肌に張り付くような、黒い装束。

 髪の先から指の先、つま先まで、その体全てが人を惹き魅了するために存在するかのような、官能の人形。

 そして、その人物の役割を如実に表す、顔を覆う髑髏の面。

「周囲のルーンは九割がた解除しました。少なくとも逃走の邪魔となる攻撃の性質を持ったものは存在しません」

「うん、いい子いい子。流石はアサシンねぇ」

 猫なで声で称賛するバーサーカー。髑髏の少女は「はい」と短く答え、小さく頭を下げている。

「……ハサン・サッバーハ」

 その少女は、正しく死神だった。

 流れる冷や汗は、紛れもなく、恐怖から来たものだっただろう。

 僕は、あの少女に一度殺された。誰の助けもなければ、あの死から逃れることは出来なかった。

 誰よりも鮮烈に、何よりも濃厚に、僕に死の色を刻んだのは――

 ――聖杯戦争で戦った暗殺者でも、

 ――あの一夜を弄び、この首に手を掛けた魔性の女でもなく、

 アサシンの名を世界に残した教団の長たる、あの少女なのだ。

「……っ」

 少女の顔が、此方に向けられる。

 仮面の奥からくぐもった声が漏れると同時、その足が一歩下がった。

「生き……てる……?」

 それは、余程想定外であったことなのだろう。

 震える声は、驚愕を隠さない。

 だが事実、彼女が手を掛けた獲物は、今、ここに生きている。

「そんな、なんで……」

「んん……? ハサンちゃん、ボーヤは知り合い?」

「い、いえ……私、は……」

 そうか。静謐と呼ばれるハサン・サッバーハは、三国の何処に所属するサーヴァントでもない。

 かといって、単独で無秩序に暗殺を続けるサーヴァントでもなく。

 あのバーサーカーに仕えていたのだ。

「……そう。その女までそっちにいるって事は――どうやら、どこまでも私の敵ってことね」

 そのアサシンとバーサーカーの関係を確信した瞬間、メルトの彼女への感情は確定した。

「はー……なるほど。なんかあったワケだ。うん、後で聞かせてもらおうか」

「ッ……あ、の……」

「オレの手駒は四騎。それと……ああ、こっちはヒミツでいいか。そしてこのサカズキが生み出す魔獣共がオレの今回の軍勢だ。相手してやるよ、ニンゲン共」

 何か言おうとしていたハサンを気に留めず、言葉を早々に切り上げ、バーサーカーは再び此方に目を向けた。

 魔獣は……あの杯が生み出したものだったのか。

 恐らくそれは、バーサーカーが操ったがゆえのこと。

 ならば、杯が本調子ではないということは好機、というより、本調子にさせてしまってはどうなるか分からない。

 彼女が配下に置いたサーヴァントは気になるものの、周囲に反応はない。ハサンが増えただけならば、まだ対応も可能だ。

 逃がすものか。このまま攻め切ろうと、指示を出そうとしたその時だった。

 

「――それじゃ逃げるんで。ヨロシク、アルジュナ君」

 

「……――――な」

『ッ、前方右側、膨大な魔力が超速で接近! ――クー・フーリンさん!』

「チッ……!」

 その名は、状況からしてバーサーカーの配下たる者の名だった。

 しかし、あり得ない。それは、あってはならないことだ。

 その名を持つ英霊は、僕の記憶が正しいならば、決してあの悪鬼に与する存在ではない。

 クー・フーリンがサクラの警告を聞き、体を捩る。

 凄まじい風圧を伴い、何かが僕たちの横をすり抜けていった。

 警告から三秒と立たないうちに、後方で何かは爆発し、炎と魔力を迸らせる。

「あれは……!」

 安全な場所にまで避難し、見てみれば既にバーサーカーとハサンの姿はなく。

 代わりに、白き英霊が屹立していた。

「……」

「……まさか」

 メルトでさえ、心底からの驚愕を隠せない。

 召喚された年齢の違いか。以前と姿は違えども、その雰囲気を見違えよう筈もない。

 助けられた。月の裏側において、僕たちは彼に窮地を救われたのだ。

「あれは――マズいね。さっきのバーサーカーより面倒かもだ」

「……神話の大英雄か。よもや、相対しただけでここまで差を歴然と感じるとは」

「並みの存在であれば、英霊の束であろうと歯牙にもかけぬでしょう。……あらゆる神話を紐解いても、兄上を超える弓取りなどおらぬと思っていましたが、まさか」

「ランサーならまだしも、キャスターだとオレでも厳しいかもな。アーチャーとしては五指に入るだろうよ、ありゃあ」

 誰しもが掛け値なしに評価するその英霊。

 清廉潔白を証明するような、白い衣装。

 その白さを目立たせる、褐色の肌。

 大人しい黒髪は、僕たちが知る姿とは明確に違った。

 手に握りこまれた、黄金で装飾された白い弓の弦は、彼の魔力によって青い魔力を溢している。

「……アル、ジュナ」

「初めまして。我が名はアルジュナ。此度はかの魔王の召喚を受け、現界しました。必然、貴方がたとは敵となりましょう」

 マハーバーラタにおいて、中心人物として語られ勝利者として名を残した、ラーマに並ぶインドの大英雄。

 カルナを生涯の天敵と定め、これを討ち取った、施しの英雄と対比される授かりの英雄。

 世界の全てに愛された、インドラの子――。

 彼は規格外のサーヴァントだ。クー・フーリンの言葉の通り、アーチャーとして指折りの力を持つだろう。

「ふむ……なるほど。歴戦の英霊にそのマスター――何れも一筋縄では行かぬ存在のようだ。油断も加減もしませんゆえ、ご覚悟を」

「っ……」

 以前の彼と、本格的な戦いになったことはない。

 どこまでも彼は、己のマスターのために動き、救済を齎す善の英霊だった。

 ゆえに、信じがたい。

 神代の魔獣を召喚し、この時代の新たな勢力となったバーサーカー。

 悪に属する彼女に、アルジュナが加担するなど。

「何でしょう。貴方が私を見る目は、他とは違う。警戒、敵意とは違う……困惑ですか」

 当然のように、アルジュナは僕の心情を見抜いた。

「……アルジュナ。貴方は、バーサーカーの目的を知っているのか?」

「ええ。大魔らしい、悪辣な目的でした。それが何か」

「その悪辣な目的に加担することに、抵抗はないのか?」

「――ハク」

 サーヴァントとは、そうあるもの。

 メルトに諭されずとも、それは理解している。

 だが、アルジュナはこの上なき善の英霊である筈だ。事実、そういう存在だったのだ。

「……特に、何も」

 しかし――逡巡する様子さえなく、アルジュナは毅然と答えた。

「確かにあのバーサーカーは人と相容れぬ巨悪でしょう。ですが、それは私が排斥する理由にはなりません。それがバーサーカーにとっての善であるならば、私は応じましょう」

「……だけど」

 マスターの立場に従い、敵対したこともあった。

 それでも、アルジュナは秩序に立ち、善を勧める存在だった。

 だからこそ、暗がりに在ったマスターを外へと連れ出し、希望を見出させることが出来たのだ。

 あのバーサーカーはアルジュナが手を貸すに足る存在か。そうは――見えない。

 アルジュナの人を見る観察眼は僕では到底及ばない。僕では分からない、バーサーカーの善性は存在するかもしれない。

 だが……。

「――貴方は、優しい人間だ。いや、幼いというべきか。頑ななのは意思だけで、その心は童にも等しい。覚えておくといい、敵に対して優しさを抱くのは愚かでしかないのです」

「その通り。白斗殿、あの者の言は正しい。敵に情を抱いては、いつか足下をすくわれます」

「……これを忠告とし、その幼き心に刻んでおくとよろしい。私を案ずることは不要ですが、その情に免じ此度は戦わず見逃しましょう」

 ガウェインと敵として相対したように。

 アルジュナもまた、敵対は逃れられないのだろうか。

 律儀に小さく頭を下げ、アルジュナは撤退していく。

『バーサーカーの反応、周囲にはありません。既に遠くへ退避しているようです。杯の反応は追えますが……』

「……いや。アルジュナの他にもまだ英霊がいるとなると、不安がある。バーサーカーは杯から離れないだろうし、一先ず反応さえ追えればいい」

 本当に、戦うしかないならば。

 アルジュナの聖人が如き性質が、バーサーカーに与すると判断したならば。

 敵として、打ち倒すしかない。

 トップクラスのアーチャーだ。どんなサーヴァントであろうとも、苦戦は必至だろう。

 だが、僕にはメルトがいる。そして、この特異点には多くの強者がいる。

 その中に、アルジュナと同等の英霊だって存在する。

 この特異点に在る異変の一端、魔獣の発生にバーサーカーが関与している以上、彼女は絶対に倒さなければならない。

 在る筈のない三国戦争の原因は見つからないまでも、これは解決のために必要な一歩なのだ。

 だからこそ、慎重に。

「よし……一つ、手を打とう」

「何か策が?」

「ああ。カリオストロ、君にも手伝ってもらいたい。サクラ、カレンと凛に繋いでもらえる?」

『はい。少し待っていてください……』

 これが、通常の人間だけしかいなければ、どうにもならなかった。

 英霊たちがいるといえど、その精神や方針はそれぞれ異なる。

 しかし、キャメロットでアルトリアの下に多くの英霊が集まったように。

 今回もまた、英霊たちは三人の王によって統率されている。

 出現する理由も分からないままに魔物と戦っていた状況から、今日確かに進展した。

 ならばそれを無駄にしてはならない。

『紫藤さん、二人に繋ぎました。どうぞ』

『――お父さま? どうかしましたか?』

『何かしら、ハクト君』

 今、この戦場にはいない二人――マケドニア領にいるカレンと凛。

 そして、ローマ領に属するカリオストロに策を話す。

 三国の現在が共闘関係であるならば、不可能ではない。

 異なる時代。異なる国。だが、目的が合致している。

 打倒しなければならない脅威は明確になった。ならば――一時の共闘関係もまた、進展するべきだ。




バーサーカー戦はひとまずここまで。そしてアルジュナの登場です。
オリ鯖であったCCC編とは違い、GO編ではFGOにて登場する公式のアルジュナとなります。
また、静謐のハサンもバーサーカーの配下。残る二人と合わせて四人がバーサーカーに付いています。


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第九節『バビロン会議』

ボブことエミヤオルタが絶妙にツボを突いてきます。


 

 バーサーカーと戦った日から間もなく、三人の王にそれは伝えられた。

 それからの行動の早さは、流石王と言えよう。

 バーサーカーは動きを見せない。

 聖杯の使用を止めたらしく、反応を追えなくなってから二日。

 示し合わせた、その日はやってきた。

 

 

『皆さん、もう少しです。あと五分ほどで、バビロンに到着します』

 戦場に出向いていた数日である程度慣れたとは言え、スフィンクスの乗り心地は良くはない。

 元より守護のための神獣であり、騎乗するためのものでないため仕方ないのだが……メルトの有する騎乗スキルが羨ましく感じる。

 スフィンクスに乗っている時間は、今までとまったく変わらない。

 だというのにいつもより疲れが目立つように感じるのは、共にいるだけで息が詰まるような同行者がいるからか。

「随分と振り回されているではないか。メルトリリスがいなければ十歩と保つまい」

「元々ハクには騎乗の経験はないもの。いきなりこんな神獣に乗れってのが無理な話よ」

 現在進行形で聖骸布に巻かれ、メルトがいなければどうにもならない状況。

 並走する、一際豪奢な装飾を施されたスフィンクスの上で、玉座に腰を下ろし足を組むオジマンディアスは平然としている。

 彼の騎乗スキルは、ライダークラスに相応しいランクのようだ。

 そのスフィンクスは特別なようで、揺れは控えめだが、それにしてもその上にゆったりと座る様の方が異質に見える。

 決して、その荒さに振り回されるのがおかしいのではないと思いたい。

「ハク、厳しいようなら言ってちょうだい。速度を落とすわ」

「いや……問題ない。僕たちだけ遅れる訳にはいかないよ」

 同じくして走っているスフィンクスは四頭。

 僕とメルトのもの。オジマンディアスのもの。追従しているカルナのもの。そして――

「白斗殿、無理をなさらず。大事があれば困ります。我々も合わせればそれで良いのですから」

 あの日から複合神殿の一室を借り受けた牛若だ。

 戦いが終わり、拠点のなかった牛若に、神殿を拠点とすることを提案したところ、快く許諾してくれた。

 彼女の助力は心強い。今後も力を貸してくれるとあらばありがたい。

 ……まあ、その旨をオジマンディアスに告げた際、

 

 ――貴方の陣営に属する訳ではありません。私に何かを命じたいのであれば、白斗殿を通されますよう。

 

 臆面もなくそんなことを言ってのけたため、あわや大惨事となりかけたのだが。

 タマモ・オルタが丸く収めてくれなければあの場が戦場となっていたかもしれない。

 彼女もまたライダークラス。高い騎乗スキルにより、スフィンクスをいとも簡単に乗りこなしている。

「大丈夫だ、牛若。遅れたらオジマンディアスの印象も悪くなる」

「余は構わぬぞ。貴様たちが遅れるならば置いていくまでよ」

「……そういう訳だ。メルト、今の速度で構わない」

 オジマンディアスは一人二人が遅れたところでそれを気に掛けるような王ではない。

 この速度で付いていけなければ、それまでと判断するのだろう。

 速度はこのままでも、落とされるようなものでもない。

 少しくらいは、数日間の成果が出てきた、ということだろうか。

「ところでオジマンディアス。何故わざわざスフィンクスを起用した。お前が出向くならば太陽船の方が速いのではないか」

「船を使う程の事でもあるまい。それに、有事に備えてスフィンクスも数匹侍らせておくべきと判断したまでだ」

 カルナの疑問は、オジマンディアスの持つ宝具についてだ。

 固有結界『光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)』、守護の獣『熱砂の獅身獣(アブホル・スフィンクス)』。

 そして空を翔ける船『闇夜の太陽船(メセケテット)』。

 空を自在に移動し、光の柱で敵を灼き払う王を運ぶ船。

 彼をライダー足らしめる宝具を使えば、地を駆けるスフィンクスとも比べ物にならない速度が出るだろう。

 だが、彼は何らかの問題が起きる可能性も考慮し、この移動手段を選んだようだ。

 太陽船は彼の意思で出現させることが可能だが、スフィンクスは神殿周辺に全てを出現させている。

 強力無比な使い魔と言えど、あくまで彼らは神殿の守護獣なのだ。

「……あれか。廃都を会議の場に選ぶとは、征服王めも珍妙なことをする」

 見えてきた都。

 つい先日まで戦場だった王都は、バーサーカーの撤退によって奪還された。

 魔獣発生の発端となっていた杯は持ち去られ、既にここは安全だ。

 復興には時間が掛かるだろうが、要所のみの限定的な回復は素早かった。

 相変わらず内部には人気はない。戦っていた戦士たちも、今は大半がそれぞれの領に撤退している。

 ただ、“その場所”の周囲だけは例外だった。

「オジマンディアス殿の一行ですな。よくぞいらっしゃいました」

 スフィンクスから降り、離れた広場に待機させ指定された場所に赴くと、歩み寄ってくる者がいた。

 その場所を守るように居並ぶ者たちの中でも屈指の実力者であると一目で分かる男性だった。

 尋常ならざる筋肉の塊。簡素ながら堅実な作りの槍と盾を持ち、素顔を巨大なトサカの付いた兜で隠した戦装束の男。

 サーヴァントだ。僅かに警戒するが、相手にまったく敵意はない。

「貴方は?」

「レオニダス。かつてスパルタを統べた身ではありますが、此度はこの時代の守護者として召喚を受けました」

 その外見とは裏腹に、礼儀正しく頭を下げながらサーヴァントは名乗ってくる。

 レオニダス一世。テルモピュライの戦いで名を馳せた、スパルタ国の王。

 脳筋であったスパルタの兵士を纏め上げ、決して勝てぬ戦いに果敢に挑んだ守護の英雄だ。

 十万のペルシャ軍を相手に、たった三百人で挑み、熱き門テルモピュライを守り抜く。

 その偉業を以てして英霊となった彼もまた、召喚を受けてくれたのだ。

「して、何処の者だ? マケドニアか、ローマか」

「マケドニアの客将として席を預かっております。今はこんな風にこの寺院の門衛をしていますがね」

 はち切れんばかりの胸を張って、槍で地面を叩くレオニダス。

 なるほど。守勢に秀でたサーヴァントのため、この場の守りを任されたということか。

「まあ、魔獣共ならまだしも貴方たちを止める理由はありません。どうぞお入りください」

 道を開けるレオニダスの横を、堂々とオジマンディアスは歩いていく。

 レオニダスの他に、門衛を担当しているだろう周囲の兵士たちに目を向けることもない。

 その後ろを追従していくカルナ。

 どちらも、目の前の建造物に萎縮した様子はない。

「……ハク?」

「どうしました。行きましょう」

「ああ――」

 その場所は、此度、王が集う場所として選ばれた寺院。

 最古の神霊を祀る神殿。

 エサギラ寺院。

 イスカンダルが修復させた、神霊マルドゥークを祀る神殿である。

 

 

 この神殿で此度行われるのは、共同戦線の延長と更なる会議。

 魔獣の脅威は一度過ぎ去ったが、その首領たるサーヴァントの存在が判明した。

 あの強大なるバーサーカー。特異点発生の一要因たるあのサーヴァントをどうするか。

 彼女を討伐する為の作戦を話し合う、バビロン会議である。

「やあ、待ってたよハクト」

 寺院の中に入るなり、カリオストロが僕たちを迎えた。

 彼はローマ領に属する者ではあったが、今回の会議に差し当たり会場の準備を行っていたのだ。

「壮健そうだな。通信では細かな状態までは分からぬもの。無事なようなら何よりだ」

 キャスターもまた健在だ。

 彼女もカリオストロ同様、昨日からエサギラ寺院にいる。

 正体までは分からないものの、先日見せた特殊な能力がなければ、バーサーカーを見つけ出すことも出来なかった。

 ステータスは低いが、あの特殊性が彼女がサーヴァントたる所以なのだろう。

「貴様らがハクトと同じくこの時代に下りた者共か。……ふむ、何と珍妙な面構えだ」

「カリオストロ・エルトナム・アトラシアです。以後、お見知りおきを――ファラオ・オジマンディアス」

 仰々しく、深々と一礼するカリオストロ。

 どうにも胡散臭いという印象を受けるが、しかし不思議と様になっている。

 そこにあるのは、紛れもない敬意だった。

「初めて会い見える身で余の名を呼ぶ不敬はその功績に免じ不問としよう。して、貴様は――」

 カリオストロに向けていた視線をキャスターに動かす。

 オジマンディアスの表情が、その瞬間、怪訝なものへと変わった。

「……なるほど。その不相応な神秘……我らの加護を宿した者か」

「如何にも。我が絶対なる勝利、それに汝らの祝福が関与していなかったとは言わぬ」

 カリオストロに対し、キャスターはオジマンディアスと対等な態度を取っている。

 物怖じする様子を見せないキャスターに、オジマンディアスは不機嫌さを隠さない。

 だが同時に、その表情からは別の何かも感じられた。

「良い。気難しい神に気に入られたのは貴様の真髄。それを否定はせん」

「まあ、否定されても困るのだがな。では、会場へ案内しよう。付いてくるがいい」

 オジマンディアスの物言いに肩を竦めると、キャスターは踵を返し寺院の奥へと歩いていく。

 寺院内部に存在する、一際大きな広場。

 会議の場と定められたそこには、既に先客がいた。

「おう、太陽王か。久方ぶりだのう」

「二度と見えまいと思ったが、随分と再会は早かったな、征服王?」

 イスカンダルと、その一行。

 置かれた巨大な円卓に備え付けられた、三つの椅子。

 その一つに座る征服王は、片手を軽く上げて笑いかけてきた。

「お父さま、お母さま」

 その後ろに控えていたカレンが歩み寄ってくる。

 毎夜連絡は取っているものの、こうして会うのは久しぶりだ。

 傍まで来た彼女の頭に手を置くと、表情の乏しい目を細めて受け入れる。

「カレン、怪我は……ないわね」

「はい。お母さまたちと違い、戦線に出ることはなかったので」

 凛とそのサーヴァント、孔明もまた、イスカンダルの後ろに控えている。

 二人は此方を一瞥するのみ――あくまでも、イスカンダルの家臣然としている。

 残るはカレンのサーヴァント――ゲートキーパーとラーマ。

 ゲートキーパーは相変わらず悠然と、子供らしからぬ余裕の態度で壁に体を預けている。

 そして、ラーマ。彼は戦場では見たこともない、極めて難しい表情で、俯いていた。

 その理由を問える空気ではない。だが、彼をして相当の問題に直面していることは明らかだ。

「ふむ。征服王、ローマの者共はどうした」

「間もなくではないか? このような場で欠席する男でもあるまいて」

 オジマンディアスは椅子の一つに腰かけ、残った一つを眺めながら言う。

 カリオストロは昨日からこの寺院にいるため、ローマの代表の動向は分からない。

 まあ、予定の時間にはまだ余裕がある。問題は起きていないと思うが。

 僕たちが辿り着いて十数分と経過した頃。

 扉が開かれ、二人のサーヴァントが入室した。

「遅れて申し訳ない。ローマ代表を神祖ロムルスより一任され、参上した。ガイウス・ユリウス・カエサルである」

「――――」

「――――」

「――――」

 その場の誰も――正確にはカリオストロとキャスターを除く――が、絶句した。

 何らかの理由でローマ領の長たるロムルスがこの場に来れなかったとして。

 その代理を務めるならば、そのサーヴァントが名乗った名を持つ者は相応しいだろう。

 ガイウス・ユリウス・カエサル。古代ローマ最大の英雄。

 ローマにおける帝政の基盤を作った将軍であり統治者。

 ガリア戦争やブリタニア遠征など、その逸話は尽きない。

 大英雄として認知されている彼は、ローマに属してもおかしくはない。

 では何故、僕たちは言葉を失ったのか。

 到底想像などつくまい。

 大英雄カエサルがこうも見事に、丸々と太っているなどと。

「む? 揃いも揃って如何した? 目の前で天変地異でも起きたような顔をしているが」

「カエサル様……まず間違いなく、貴方様のお体についてだと思いますが……」

 その衝撃の理由に一切気付いていない本人に、眉間に指を置きながら申告する、同行者の女性。

 腹が押し上げる、赤く派手な衣装のカエサルを目立たせるように、黒と白が基調の近代的な服装に身を包んでいる。

 長い黒髪と大人びた顔つきが生む妖艶な雰囲気は、カエサルによって絶賛台無しになっている。

「――クレオパトラか。となると、その男はやはりそうなのだな」

「はい。お久しぶりです、オジマンディアス様。ええ――間違いなく、このお方はカエサル様ですわ」

「半信半疑であったか。では改めて。私はローマ将軍カエサル。そして――」

「カエサル様の補佐として参上しました。クレオパトラ七世フィロパトルと申します。二国の面々にあっては、オジマンディアス様、そしてカルナ以外の方とは初対面ですね」

 優雅に一礼する女性。どうやら、オジマンディアスとカルナとは面識があるらしい。

 クレオパトラ七世。言わずと知れた、世界三大美女の一角。

 プトレマイオス王朝(フィロパトール)最後の女王にして、古代エジプト最後のファラオ。

 その手腕によって古代エジプトを経済国家として発展させた才女。

 カエサルとの恋に落ちたものの、結末は悲劇に終わった女帝。

 そんな彼女が縁を持つのは、ローマとエジプトだけではない。

「クレオパトラとな。プトレマイオスの奴が始めた王朝の終焉か。なるほど、噂に違わぬ美女ではないか」

「お褒めに与り光栄です、プトレマイオス朝の祖イスカンダル様。貴方様のような偉大な方が開かれた王朝に終焉を招いたこと、申し開きも――」

「よいよい。それは抗えぬ時勢、そうなるべき運命であったというだけのこと。悔やむのは馬鹿馬鹿しいぞ?」

 そう――プトレマイオス朝はイスカンダルとその家臣によって始まった王朝。

 征服王もまた、クレオパトラにとっては畏敬の対象なのだろう。

 彼の成果、栄光に瑕を付けたこと。それはクレオパトラにとって、どうしようもない後悔だろう。

 だが、イスカンダルは気にした様子もない。重大なる出来事をまるでそよ風であるかのように、笑い飛ばした。

 豪胆な王だ。多くの国、多くの勇者が彼に魅せられたのも頷ける。

「それで、ローマ将軍カエサルよ。建国王の奴めはどうした。度々よく分からんことを口走る奴だが、不調を来たすようなヤワな男でもあるまい」

「少々……我らがローマ領の事情が動きましてな。征服王イスカンダル、太陽王オジマンディアス。お二人におかれては、どうぞ容赦をいただきたい」

 何か事情があるのは間違いない。

 カリオストロも怪訝な表情だ。彼がこのエサギラ寺院に来てから、何かがあったのか。

「まあ、貴様が建国王めの副官でありローマ軍を動かせる男であるならば問題はあるまい。席に着くがいいカエサル」

 とは言え、ロムルスの到着を待つ王たちでもない。

 オジマンディアスの許可によってカエサルが席に着くと、会議は始まった。

「さて――報告にあったバーサーカー。そ奴が魔獣共の首魁であることが判明した訳だが……」

「戦力の真髄も見せず、真名も露見せず、か。小賢しい。――サクラ!」

『へ!? な、なんでしょうか!』

「バーサーカーの姿をこの場に映せ。そのような魔術なり何なり、あるのだろう」

『はい、今すぐ! ……何かもう、慣れましたね。オジマンディアスさんから指示されるのも』

 ぶつぶつと言いながらも、サクラは迅速にバーサーカーの姿を映写した。

 多数の剣を一度に操り、命に至る傷を受けてもものともしない狂人。

 その姿を見るや否や、オジマンディアスは眉根を寄せ不快感を露にした。

「なんとまあ、醜悪な姿よ。秩序もない魔獣共を統べるに相応しいわ」

「――――ッ」

 不快感のみを押し出すオジマンディアスと違い、イスカンダルはその姿を注視している。

 そして、息を呑む者が一人。

「……む? どうしたコサラの王。貴様もまた王の一人。発言しても良いのだぞ?」

 それに気付いたイスカンダルが発言を促す。

 ラーマは――その顔に、嫌悪の表情を浮かべていた。

「……奴の真名。余は知っている」

 瞠目する僕たちを見渡し、ラーマはもう一度、口を開く。

「人と道を同じく出来ぬ混沌の化生。死しても死なぬ狂人。報告を聞いた時からまさかとは思っていたのだ。だがその姿、やはり間違いはない」

 姿さえ見たことがない英霊の正体。

 それをラーマが知っているという事実。

 彼が嫌悪を覚える程の理由。そして――思えばバーサーカーの撤退は、ラーマの名を聞いた直後ではなかったか。

 繋がった。これらの情報があれば、バーサーカーの真名も憶測がつく。

「奴こそは、余が余として生まれた理由。我が宿敵、我が怨敵。神をも凌駕する羅刹(ラークシャサ)の王――」

 英雄ラーマ。一人の大魔の傲慢が世界を支配せんとした時代、神々の訴えを聞き入れた大神ヴィシュヌが神を忘れ転生した姿。

 ラーマの妃シータを攫い、彼が生涯を賭して戦うことになった最大の宿敵。

 大魔の名は――

 

「ランカーの支配者、十の意識の集合体。羅刹王(ラージャ)ラーヴァナ――それが、奴の真名だ」




バーサーカーの真名が判明しました。
ラーマの宿敵、羅刹王ことラーヴァナです。
なんで女なんだって、いつもの事なのでやっちまいました。女体化やってみたかったんです。

そしてカエサルとクレオパトラ、守護者レオニダスも参戦。
ローマが何やら怪しい雰囲気ですが、さて。

そういえば何気に今特異点初のマスター全員集合ですね。


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第十節『偽りの絆』

出来れば三月中に二章を終わらせたいと思いつつ、執筆速度を上げていきます。


 

 

 それから、その真名を中心に対策が練られた。

 バーサーカー――羅刹王ラーヴァナの配下たる四騎のサーヴァント。そのうち二騎についても、同じくだ。

 静謐のハサン、及びアルジュナ。

 アサシン特有の気配遮断スキルを有する静謐のハサンについては、ローマ領のサーヴァントがある程度通用するらしい。

 と、言うのも、

「では静謐を捜索せよ。場合によっては、討伐しても構わん」

「はっ。一先ず、十人をバビロンに残し、残りを三つに分け各領土に分散いたします」

「定期連絡は怠るな。ああ、奸計・集貨・千里は私の下へ残しておけ。舌鋒・詐称・隣人は必ず街に配備。それと薬師・衛生は引き続き神祖へ――」

 多人数への指示を一人に告げるカエサル。

 彼の前にいるのは、静謐と同じ、髑髏の仮面を付けた女性だった。

 静謐よりも背は高く、大人びた雰囲気を持つ彼女――いや、正確には彼女たちか。

 己の肉体を分割させ、単一でありながら群体として活動できるサーヴァント。

 百貌のハサン。静謐と同じく、ハサン・サッバーハの名を冠したアサシンである。

 打倒バーサーカーという目的の下、強化された三国の共闘関係。幅広い対策を練ることが出来るようになったが、実質アサシンとして活動出来るのはこの百貌たちのみだ。

 他にはクレオパトラ、それからタマモ・オルタもアサシンに該当するが、どちらも隠密行動に特化したサーヴァントではない。

 ……そもそも、タマモ・オルタに至っては「オリジナルと同じというのもイヤなので」と宣っていたことから、本当にアサシンクラスかさえ怪しい。

 ともあれ、百貌は静謐と同じハサンの名を持つ、アサシンクラスの代名詞。静謐の発見、ないし牽制には持ってこいだろう。

 そして、最大級の問題であるのが、大英雄アルジュナの存在。

 ラーヴァナの側についたアルジュナを相手出来るのは、三国全体を見渡してもごく僅かだ。

 僕とメルトも、分が悪いだろう。

 決して勝てない、とは言わないが、やはり戦いは控えたいところだ。

 それに、アルジュナを誰が相手取るか――その問題には、率先して名乗りを上げる者がいた。

「大丈夫かしら、カルナ。貴方、伝説では負けていたじゃない?」

「確信は出来んがな。あの男と拮抗できる自負はある。百戦えば百の結果がある――そういう相手だ」

 クレオパトラと話すカルナの心境には、見える程の変化はない。

 だが、彼としては尋常ならざる状況だろう。

 生前の宿敵との同時召喚。以前、そういうことがあったが――あの時は、奇跡的にも味方同士だった。

 此度は敵同士だ。ほぼ間違いなく、彼らが戦う時はやってくるだろう。

 そして、敵の首魁たるラーヴァナ。

 本来、『あり得ざる三つの王、三つの国による戦争状態』であった特異点を狂わせた張本人。

 人を超越する羅刹の王たる彼女の討伐が、この共同戦線の最大目標である。

「ハクトにメルトリリス、達者だったか?」

「ああ。ラーマも……」

「見ての通り、体は健在だ。心穏やかという訳には行かぬがな」

 会議を終え、一先ずの解散となった現在。各々が行動を起こす中、ラーマが此方に歩いてきた。

「ラーヴァナ……出来ることならば、二度と見えたくはなかった相手よ。あ奴がいると分かっては、常に気を引き締めてなければならん」

「結局のところ、どうなのよ。アレに勝てるの?」

「勝てる……と言いたいが、正直……分からん。あの時だって、年経て技術を磨いた余が、運に助けられながら百度限界を超えてようやく討ち取れた相手だ。ラーヴァナを倒すために生まれた(ラーマ)が、な」

 ラーヴァナ打倒には、ラーマが必須となる。

 彼女の性質も、彼女の戦い方も、誰よりも知っているのがこの少年だ。

 絶望的な強さのラーヴァナに対する、ほんの僅かな拮抗手段と言えよう。

「そも、奴は神と仏には決して負けぬ祝福がある。神性が高い程、奴に攻撃は通じん。もう一方の聖典には、神性なき者悉くを無に還す極限の弓兵がいると聞くが……その逆だな」

 ラーヴァナのメルトに対する発言。

 神性がある身には負けない。

 それは、自信ではなく、己の肉体に宿る特性から来たものだったのか。

 ラーヴァナは羅刹の世界に栄光を齎すべく、自身に元からあった十の首のうち、九つを落とした際、祖父ブラフマーにより神仏に対し不敗という祝福を得た。

 その祝福は即ち、対神性に対する特殊防御。

 故に、神霊では彼女に太刀打ちすることが出来ないのだ。

 しかし、ラーマもまた、ヴィシュヌの化身という性質から高い神性を有している。

 本来相性が悪い羅刹を、ラーマは打ち倒したのか。

「加えて、余はセイバー。最優のクラスとは言え、最適ではなくてな。生前とは比べるべくもない」

「やっぱり……最適なのはアーチャークラスなのか?」

「ああ。だが……余は弓兵では呼ばれぬよ。最も適したクラス、だからこそな」

 神話的な弓の技術を持つラーマが……アーチャークラスでは召喚されない?

 いや……違う。正確に言えば、それは――。

「そうか……アーチャークラスで召喚されるのは」

「……聞かされていたか。然り。弓兵のクラスは、余の妃シータに譲ったのだ」

 同じ英霊ラーマとして座を共有するシータ。

 彼女はアーチャークラス。ゆえに、ラーマはセイバークラスで召喚された、と。

 ……待て。聞かされていた――?

「ラーマ、まさか」

「――知っていたさ。この時代に召喚されたその時から、霊基が訴えていた。シータがいる、とな」

 気付いていた。ラーマは最初から、シータも召喚されていることを察知していたのだ。

「貴方……知っていたら何故、会いにいかないのよ。一将として戦っている場合なのかしら」

 予想だにしなかった状況だ。

 メルトもまた、普段は見せない感情を、ラーマに向けていた。

「そう、だな。シータに会うことは、余が全てを差し置いて優先すべき事態だ。そして、奇跡の起きた此度も機会が過ぎ去ろうとしているのも分かっている。シータが危機に瀕していることも、理解してしまうのだ」

 死に至る毒に侵され、刻一刻とその命を削っているシータ。

 それさえ知っていて、しかし最大の願望がために奔走しない。

 ……僕には、分からなかった。

 例えば、メルトと離れ離れになって、彼女が進退窮まる状況になっていたとしたら――

 何であろうと後回しにしてしまうだろう。全てを投げ捨ててでも、メルトを優先するだろう。

 ラーマが、それをしないのは……

「――だがな」

 そこには、確たる理由がある。

 それが、ラーマが大英雄たる所以――。

「戦いを終わらせること。ラーヴァナを倒すこと。それが、余が召喚された理由だ。それを無視して時間の少ないシータを看取ったとして――果たして、シータは喜ぶか?」

「あ――――」

「余はシータが好きだ。それこそ、世界を敵に回してでも優先する程にな。だが、だからこそ最大の手土産を持って会いに行きたい。分かるだろう、ハクト。男の見栄というものさ」

 ああ――そうか。そういうことならば、納得できる。

 なるほど、同じ男だ。そんな気持ちになることはある。

 シータが簡単に毒に負けないと信じているからこそ、シータの期待に応えたい。

 シータはラーマを信じている。時代の危機を払い新たな武勇伝を刻んだラーマが、最後にシータの元に訪れる――それこそが、シータが最も喜ぶ結末であると。

「だから、余は負けん。信ずる勇者も多くいる。シータも待っている以上、どれだけ負けても死なずに喰らいついてやるさ」

「……やっぱり、凄いな。ラーマが大英雄であると、改めて理解した」

「そうだろう。真似しても良いぞ。心配させるなと怒られることも多々あるが、男が武勇を持ってきて喜ばぬ女子はいないからな」

「ハク。程々になさい。キアラの時みたいな無茶、二度とさせないわよ」

「ふ――ふふ、はははははっ! 実践済みだったか! まあその辺りは各々の付き合い方があるだろうさ。お前たちはマスターとサーヴァント。余とシータとはまた違う」

 僕にとって極力思い出したくないことは、何よりの念押しになりうる。

 それをメルトは重々理解していた。

 その名詞だけで冷静になれる忠告に苦笑し――メルトが言うならば程々にしておこうと心に決める。

「ハクト! メルトリリス!」

「太陽王からのお呼びか。さあ、行くといい。遅れると後が恐ろしいぞ」

「そうだね。行ってくる」

 唐突なオジマンディアスの呼び出し。ラーマと別れ、彼のもとへ向かう。

「お前たちには新たに命を与える。我が国に点在する集落、その一つにサーヴァントが二騎存在する。連れてくるがいい」

「サーヴァント――あの二人か」

 最初に訪れた都市で出会った二騎。

 オジマンディアスは彼らの存在を知っていて、黙認していたのか。

「気にするべくもない者共であったが、状況は変わった。手駒は一騎でも多い方が良い」

 休戦状態の三国。今の問題は、この特異点最大の悪であるラーヴァナだ。

 であれば、彼ら――戦いを止めるべく召喚された二騎の目的とも合致する。

「白斗殿たちが向かうとあらば、私も――」

「ならん。ここよりは英霊一騎一騎に無駄な行動は許されぬ。ウシワカ、貴様はローマ領へ行け」

 同行しようとした牛若を制しオジマンディアスは別件の命令を与えた。

「スフィンクスのいる我がエジプト、英霊に肉薄する手練れの将軍共の守るマケドニアに比べ、ローマの戦力は薄い。貴様とカルナが赴き、補強せよ」

「しかし……」

「いや、頼む牛若。こっちは二人で大丈夫だ」

 彼らは友好的なサーヴァントだ。危険は少ないと言える。

 それよりも今はローマ領域の防衛を強化することが重要だ。

 聞くところには、ローマ領域に所属しているサーヴァントはカエサル、カリギュラ、クレオパトラ、百貌のハサン。

 そして、カリオストロと契約したキャスターと神祖ロムルス。

 強力なサーヴァントはいるが、他の二国に比べやや地力に劣る。

 オジマンディアスは、牛若とカルナを派遣して尚エジプト領域は盤石であると判断したのだろう。

「白斗殿が言うならば……どうぞご武運を。決して、油断はしませんよう」

「ああ。牛若も気を付けて」

「ファラオ・クレオパトラ! カルナ! 仕度は整っているか!」

 名を呼ばれたクレオパトラは走り寄り、オジマンディアスの前で膝を付く。

 歴代全てのファラオの頂点に位置するオジマンディアスを前にしては、他のあらゆるファラオは平伏する。

 全能者にして神王。それは、ファラオ誰もが認める事実なれば。

「はい。炎の蛇(ウラエウス)を二頭増やしましたが……カルナの他に、どなたが?」

「私です。サーヴァント・ライダー。真名牛若丸。暫しの縁ですが、どうぞよろしくお願いします」

「ええ――――随分と、奇抜な恰好ね。二ホンの英霊ってそうなの……?」

 ……やはり、クレオパトラから見ても、牛若の姿は異質なものであったらしい。

 何を言っているのか分からないと首を傾げる牛若。もしや、平安末期の日本はこれが普通だったのだろうか。

「お父さま、お母さま。また何処かへ?」

「ああ。カレンも、無茶しないように」

「よく言っておきなさい。その子、この数日の間どれだけの回数戦場に出ようとしたことか」

 出発を前に走り寄ってくるカレンと、その後ろを呆れた様子で付いてくる凛。

 二人は奪還したバビロンの防衛を担当する。

 三国の中心たるこの都市は重要な拠点となる。

 ここを守ることは、ラーヴァナとの戦いにおいて必要不可欠だろう。

「ほう。お前たちも、遠き未来より来たマスターか」

「ええ。遠坂 凛。それから――」

「カレン・ハクユウです」

 それぞれ短く名乗る。そういえば、彼女たちはオジマンディアスとは初対面か。

「ま、またどこか行くって言うなら気をつけなさい。一回死にかけたんだから」

「分かってる。寧ろあれで気も引き締まったよ」

 もう油断はすまい。静謐のハサンがラーヴァナに付いているならば尚更だ。

「さて、カレン。私たちも持ち場に行くわよ」

「はい。それでは、また」

 素っ気なく繕っているが、凛はやはりカルナを気にしている。

 カルナに、以前召喚された際の記憶はない。

 だが、凛にとってそれは忘れられない契約だっただろう。

 彼女が何も言わないとあらば、深く関わることはしないが……。

「行くわよハク。この程度、さっさと済ませてしまいましょう」

「よし――じゃあ行ってくる、オジマンディアス」

「うむ。最善の成果を持って帰還するがいい」

 その言葉は――期待を掛けてくれているということだろうか。

 であれば、それに出来る限り応えよう。

 新たなサーヴァントを味方に引き入れる。それが叶えば、大きな進展になる筈だ。

 

 

 ――それが淡い理想であったことだと、集落に着くと同時に理解した。

 

『……サーヴァント反応、七騎。うち三人は百貌さんの個体……そして、一騎は――』

 集落の中心部。広場にその惨状はあった。

 人であったもの。建造物であったもの。原型をほんの僅かに残した残骸の原。

 その中心に屹立する、強大なる白と対峙するサーヴァントたち。

「……君は、外道なのか」

「失礼な。私とて秩序に立つ英霊。これが道を外した悪行であることは分かっています。ですが――これは仕方なき犠牲。実行するも吝かではありません」

 片や、黒騎士ランサー。片や、アルジュナ。

 言い分からして、この惨状はあの大英雄によるものであることは、明らかだった。

「ッ、アルジュナ、様――」

 一方的な状況ではない。カエサルの策は上手く行っていた。

 アサシンの隠れ方は、アサシンが知っている。

 静謐のハサンは百貌の三人によって、組み伏せられていた。

 毒に耐性のある個体なのか。触れていても何ら体に異常が発生している様子はないが……。

「……ハク」

「――――」

 アルジュナたちが此方に気付いている様子はない。

 だが、距離は離れている。アーチャーを相手に先手を取ることは出来ないだろう。

 それに……まだ、様子を見た方がいい。見ておきたい。

 アルジュナはこんなことをするような存在ではないと、信じたい。

「……それが、暗殺者の限界。そういうことですね、静謐のハサン・サッバーハ」

「それ、は……!」

「未熟と孤独。人としての不完全が形成する毒の花。大した英霊殺しではありましたが、それもここまで。捕えられたアサシンの使いようなど、たった一つでしょう」

 何かを言おうとしていた。

 しかし、静謐の言葉を待たず、アルジュナは動く。

 アルジュナの味方である静謐を捕えていれば、アルジュナも下手には動けまい。百貌たちは、そう思っていたのだろう。

「ぎ――――!」

「なっ――!」

「ッ、が――――!」

「あ……ッ」

 暫し、呆然としていた。

 何が起きたのか。理解が及ばなかった。

 ラーヴァナの側にあって尚、彼は、彼なりに正義の英霊であると思っていた。

 そんな確信は、目の前で、たった一矢でもって否定される。

「……やはり。その行為を己で行って尚も外道でないと?」

 火炎を伴った凄まじい一撃は、百貌の三人を穿つことなく、しかし容易く吹き飛ばした。

 一人の英霊が分割されたその個体は、耐久においても一般的な英霊より劣る。

 消滅した三人。巻き込まれたのはそれだけではない。

 彼らに抑えられていた静謐もまた重傷を受けていた。

「ええ。役目を失った味方一人と、それを捕え動けぬ敵三人。益の方が大きいでしょう。捕虜となって情報を吐かないとも限らない。であれば、ここで終わらせる事が、味方としての慈悲なのですよ」

「……よく言う。その表情、鏡で見てみると良い!」

 ――――――――笑っている。

 アルジュナの笑みは、知っている。

 慈悲と信頼。それがアルジュナが浮かべる笑みの原動力であった筈だ。

 それとは違う。どれだけ感情に関する知識が無いとしても、この表情は理解出来よう。

 ――悍ましく、

 ――混沌で、

 ――悪の、笑みだった。

「……しっかりなさい、ハク。あのアルジュナはあの時のアルジュナとは違うわ。英霊には別の側面があること、わかっているでしょう」

「だけ、ど……っ!」

 その眼が、此方に向けられる。

 視線を交わし、やはり、間違いないと実感した。実感して、しまった。

 彼が浮かべる邪悪な笑みは、正真正銘、心底からのものであると。

「――ああ。なんという……出来るならば、心優しい者でなければ、良かったのに」

「ハクト……!」

 笑みを浮かべたままに、残念そうに呟くアルジュナ。

 ランサーは此方に気付くも、大英雄を前に下手には動けない。

「……アルジュナ」

「残念だ。貴方は、私の笑いを見た――であれば、生かしてはおけません」

 メルトが前に立つ。

 今、彼の殺意は僕に向けられている。

 剥き出しの邪悪をそのままに……しかし、視線を交わし数秒。その殺意が、僅かに薄まる。

「……まだ迷うか。初対面である筈なのに、あまりに不自然。貴方はもしや、私を知っているのですか」

「――ああ、知っている。善に立ち、人を導くアルジュナを。決して悪に堕ちないアルジュナを」

 あれが偽りであるとは信じたくなかった。

 ジナコ=カリギリを救い導いたアルジュナは、決して否定し得る存在ではない――!

「…………なるほど。私が導いた弱き者がいた。その者を、私を信頼し切った――大した絆ですね」

「――」

 一瞬穏やかになったその表情に、少なからず安堵した。

 全てを察し、理解してくれた。

 そう思った瞬間。

「ッ」

 体が大きく揺れる。メルトによってその場を退避させられたことに、遅れて気付く。

 爆音は先程まで立っていた場所から。

 弓を構えているアルジュナが、凄まじい速度で放った矢は、獲物の居場所を軽く粉砕し、焼き払っていた。

「もうやめなさい、ハク! アレは敵よ!」

「――貴方がそこまで私を信頼するならば、告げてあげましょう。その時の私が正義を成すあまり隠匿していた、本当の私を」

「本当、の……アルジュナ……?」

「貴方の信じる輝かしい私など、表面を繕う虚栄に過ぎぬ。我が心を照らした物は、後にも先にも、我が友の澱んだ灯火のみ。暗き英雄に光を見たならば、それはあまりに甘いこと」

 その全てが本心であることを、内にある絆は告げていた。

 かつて出会った大英雄の絆。輝かしい金色のそれは、あくまでもメッキであるのだと。

 真実を知った僕に、絆は静かに別れを告げて――

「はっきり言いましょう。貴方の信頼はひどく不愉快だ。何も知らぬ身で――私に踏み入るな」

 金色の灯は、ゆっくりと消えていった。




ハクの価値観を大きく動かす、インド系主人公二名でお送りしました。
そして百貌さんの参戦です。早くも三人ほど脱落していますが、静謐はまだ退場はしていません。
アルジュナについては……まあ、マテリアルとか型月wikiとかを見ると分かるかもです。


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第十一節『孤独の花』

本編一日おきの更新はGO編では初めてですね。


 

 

 その拒絶で、熱くなっていた体が冷めていく。

 内にある絆が消失したことは、何よりの答えだった。

 これまでのアルジュナの言動がどれだけ信じられないものだとしても、それは事実なのだと。

 正義の体現者。秩序の裁定者。純粋なる行為の執行者。

 そんな、僕の知るアルジュナはあくまで、求められるがままの表面に過ぎなかった。

 あの時のアルジュナは、ジナコの救いに応じた。

 その為に正義たらんとし、最後まで善として立ち続けた。

 生前から、アルジュナはそうだった。

 求められるがままの正義。

 それを成すためだけに生まれ、生きてきた存在。

 “正義の人形”足るために、全てを用意された男。

 だからこそ――その心に、誰にも理解されない、闇を孕んだのだ。

 邪悪な笑いは、アルジュナが決して人前で浮かべることの出来なかったもの。

 善こそ全てとされ、悪を赦されなかったアルジュナの、当たり前の側面。

 誰であろうとも、それを見た者は逃さない。

 アルジュナは、常に正義であり、善でなければならないために。

「……アルジュナ」

「覚悟は済みましたか。貴方は最早逃れようのない、処断の対象ですが――立ち向かうとあらば、受けて立ちましょう。これでも誇りある戦士(クシャトリヤ)の身ですので」

 戦闘は避けられない。覚悟は済んだ。

 問題は戦力だ。僕たちとあのランサー。そして――

「……ふむ。私たち二人ならばともかく、君たちが来たならばどうやら万事休すとはならないようだ」

 厳かな様子で、未だ健在の家屋から出てきたキャスター――ミトリダテス。

「本来、君の目的は私たち二人だった。だがここにきて更に二人標的と定めた――四人を一人で相手取ると?」

「ええ。どうぞ、全員で掛かってきなさい。我が絶矢、過たず全てを穿ちましょう」

「……そういうことだ。ハクト、メルトリリス。君たちがここに来た理由は後で問うとして……暫し、共闘はどうかな」

「やるしかない。頼む、二人とも」

 敵は大英雄アルジュナ。一つの巨大な叙事詩に語られる、授かりの英雄。

 これまで相手をしてきた数々の英霊の中でも指折りの実力者だ。

 だが、此方も決して劣ることはない。

 メルトはA級サーヴァントにも勝る女神複合体。その全力は大英雄をも凌駕し得る。

 その上、此度はサーヴァント二騎との共闘だ。

 勝機は、決してゼロではない。

「さて、と……最初から上げていくわよ、ハク」

「了解だ、メルト――行くよ」

 紡ぐ術式。番えられる矢。同時にその二つが動き、開戦の狼煙を上げる。

 まず何より、敏捷の強化。

 メルトの強みを最大限に発揮させる、最初の一手。

 同時に、その場をから大きく跳び、退避する。

 聖骸布に巻かれた体が浮き上がった瞬間、立っていた場所が轟音と共に火に包まれる。

 残る家屋は数少なくとも、こうした遮蔽物――否、足場のある場所はメルトの戦闘スタイルに合った戦場だ。

 爆風の範囲から素早く逃れ、平地で聖骸布を解いての単騎突撃。

「ッ――」

 あまりに見え透いた突撃だ。メルトがアルジュナの敏捷ステータスを抜いていようとも、予測された攻撃は当たらない。

 そして、初撃を躱したアルジュナが反撃として狙うのは、守るものがいなくなったマスターのみ。

 それを分かっていたからこそ、予め次の術式は用意してある。

 自身の前方に立て続けに展開した三重の盾。

「ぐ……っ!」

 一つ破られる度にフィードバックする衝撃。

 刺激された痛覚が魔術回路を走り、全身を蹂躙する。

 コンマ数秒の僅かな間で放たれたとは思えない、力と正確性の両立を叶えた一矢。

 二枚の盾を破り、残る一つでどうにか弾く。これほどの衝撃――自力で防ぐとなると、幾度と再現できることではない。

「隙あり――!」

 だが、メルトと僕の作り出した隙が、無傷のままにランサーを懐へと招く。

 近接戦闘において、アーチャーは三騎士の中では一歩劣る。

 弓が本領を発揮するレンジより内に潜り込んでしまえば、既にそこは槍の領域だ。

「おおおおぉぉッ!」

「見事、ですが――」

 それでも、相手取るは弓を熟知した達人の中の達人。

 弓による近接戦闘は心得ている。そして彼が持つは、神が有していた強大なる弓だ。

「侮ったな槍兵!」

「なっ!?」

 弓を武器に槍を打ち払うなど、予想出来ない。

 以前とて行っていたことだが――形状の違うあの弓でさえ、アルジュナは自在に操って見せる。

 その背後に接近したメルト。だが、アルジュナは流れるような動作、最低限に身を揺らし、刺突を回避した。

「舞いの如き身のこなし。戦いにおいてそれを反映させることは敵にとって厄介でしょうが――此方も最低限心得を預かる身。容易く通用はしません」

「随分と上品な動きじゃない。それも虚飾というのなら、どこまで剥がさずいられるか見せてもらおうかしら――!」

 僅か、眉を顰めたアルジュナだが、既に殺意を明確にした以上、それ以上の動揺はしない。

 ランサーとメルト。二人の素早い攻撃に同時に対応出来ているのは、彼の培ってきた戦闘技術と類稀なる千里眼によるものだろう。

 世界を視る――極度の集中によりアルジュナは己の世界を作り出し、自身の思考を他者の何倍にも高速化しているのだ。

 二つの攻撃からあらゆる動きを脳内で思考、試行し、最適解を瞬時に体に反映させる。

 眼と体、二つを完全に合一させなければ不可能な絶技。それにより、アルジュナは回避のみならず反撃さえ可能としていた。

 だが、二人の行動の仕方からか、僕にもミトリダテスにも、矢は向いていない。

 行動するならば――今か。

 

 

「……どうする気かね? 君もこの悪鬼には苦渋を飲まされたのだろう?」

「ああ……だけど、彼女には――」

 何かがある。僕が生きていると知った時の動揺は、並大抵のものではなかった。

 それが暗殺の自信から来るものだったにせよ、それ以外のものだったにせよ、このアサシンには何か心の動きがあった。

 敵であっても、話が通じるならば。敵対以外の何かへの道があるならば。

 僕はそこに手を伸ばしたい。例え相手が、手を取り合えぬ毒の花だったとしても。

「っ……ぁ……」

 か細い吐息を漏らす静謐のハサンに近付く。

 決して軽い傷ではない彼女に、抵抗の余地がないことは明らかだった。

 アサシンとはいえ、サーヴァントをただの一撃でここまで消耗させるアルジュナの弓術に感嘆するべきか。

「――ハサン」

「……あ、なたは……」

 傷は霊核には届いていない。

 力なく倒れ伏したハサンの、砕けた仮面の下にあった素顔。

 幼さを残す貌。虚ろな瞳が、此方に向けられる。

「……とどめを刺すなら、ご自由に。私は、情報を吐くつもりなどありません」

 味方に裏切られてなお、ハサンの忠義はラーヴァナにある。

 それほどまでに、彼女はラーヴァナに心酔しているのか。

「一つだけ、教えてほしい。君は何故、ラーヴァナに付いているんだ」

「……」

 口を閉ざすハサン。しかし……やがて、僕の手の甲に震える指を這わせ、吐息を零しながらも言葉を紡いできた。

「……その前に、貴方は。貴方は……私の毒で、死なないのですか」

 その、心底からの疑問。

 ミトリダテスの薬の力もあるだろう。

 だが、死の深淵から引っ張ってくれたのは、彼ではない――が。

「……僕は、助けられただけだ。だけど、もう君の毒は効かない」

 事実、ハサンの指が這う手の甲に、以前のような痺れは感じない。

 これは、ミトリダテスの宝具――『死を制する解毒薬(エウパトル・テリアカ)』の能力だ。

 政敵が多く、常に命を狙われる立場であったミトリダテスが作り出した、世界最古の解毒剤。

 ミトリダテスの道具作成スキルによって作られるこの霊薬は、あらゆる毒を洗い流し、消し去った毒に完全な耐性を発揮する。

 その他に、予め服用しておけば、一度に限り毒に対し自動発動するこの宝具は、静謐のハサンの天敵と言えるだろう。

「――」

 驚愕に目を瞬かせるハサン。

 指の震えは少しずつ収まっていき、指だけでなく、手の平が甲に合わせられる。

「あな、たは、触れても……死な、ない?」

「ああ」

 触れていた手が、弱々しく、握られる。

 時を刻む度に、大きな恐怖と小さな希望が入れ替わっていく。

「――そう、なんですね。もっと、早く……会いたかった」

 その微笑みは、最初に見たそれとは違った。

 安堵と希望――あの毒があった以上、生前の彼女は誰にも触れられぬ天涯孤独の身だったのだろう。

 生前信じもしなかった、毒が通用する者の存在、それを初めて、知ったように――

「……私もアルジュナ様も……ラーヴァナ様に、召喚されました。……バビロンの杯を、知っていますか?」

 アルジュナがラーヴァナに召喚されたということは、出会った際に聞いた。

 ハサンもまた、彼女に召喚され、配下となったようだ。

 バビロンの杯――恐らくは、ラーヴァナが持ち、三国が共闘せねばならないほどに魔獣を生み出していた宝物だろう。

「元は、遥か昔、この辺りを治めていた王の宝――この杯は、時代の歪みによって、この時代に零れ落ちたものです」

 そうか……てっきり、あの杯もまたバビロンの蔵に収められていた宝の一つだと思っていた。

 だが、違った。あれはバビロンに零れる神代の神秘、それらと一緒にこの世界に落ちてきたものだったのだ。

 万能の願望器とまではいかないものの、膨大な魔力と自由度を持つ宝物。

 それによりラーヴァナは魔獣を生み出し、自身はあの蔵を開き、隠れ潜んでいたのか。

「ですが――あの杯に、英霊を召喚するまでの力はない。聞いて、ください……ラーヴァナ様は、聖杯を持っています」

「なっ――――!」

 あの杯だけではない。この特異点にある、回収すべき聖杯を、ラーヴァナが……!?

「サクラ!」

『――聖杯の反応、未だ感知できません。紫藤さんたちがこの特異点に下りてから、聖杯は一度も使われていません!』

「……そう。私たちを召喚しただけです。ですが……注意してください。私と、アルジュナ様、そして、カ――」

「ぬっ――!」

「ッ!」

 ミトリダテスが驚愕に声を上げ、ハサンが言葉の途中で息を呑んだ。

 それが何のためだったのか、理解する前に、ハサンによって突き飛ばされる。

 その瞬間に思ったことは――重傷を負ったハサンにこれほどの力が残っていたのか、という実に他愛のないものだった。

「しまった――」

「ハク!」

『紫藤さん!』

 遅れて聞こえた爆音で、ようやく事態を悟る。

 突き飛ばされた衝撃以上に体が浮き、勢いそのままに大地に叩きつけられる。

「ッ、は――――」

 意識に無理矢理活を入れる。

 メルトとランサーが相手をしていたアルジュナが、此方に矢を放ったのだ。

 そこまで余裕があったのか、それとも二人の僅かな隙をアルジュナが正確に狙ったのか。

 ミトリダテスはいち早く退避し、大きな傷は免れた。

 そして――

「ぁ、ッ、ハサ――……!」

 逃げる体力を奪われていたハサンは、腕と胴の左半分が消し飛んでいた。

 状態を確認するまでもない。今度こそその傷は霊核に届き、消滅が始まっていた。

「ハク、無事ね!?」

「あ、ああ……!」

 退避してきたメルトの聖骸布で今一度体が浮き上がり、アルジュナから離れたところに着地する。

 まだ戦える。だが……。

「愚かな。下らぬ情で背信に走るとは……それは当然の報いと知りなさい。静謐のハサン・サッバーハ」

「――――――――、」

 未だ無傷のアルジュナ。処断の言葉を投げる彼は、決してハサンに怒りを抱いていない。

 ただ、裏切りへの当然の報復として、ハサンを始末したのだ。

「――――――――、アルジュナ、様」

 その身を粒子と散らしながら……更にか細くなった声を、小さく動かす口から零しながら、ハサンは立ち上がる。

 苦痛に顔を歪ませ、涙を流しながら、無表情のアルジュナに向き合う。

 アルジュナは、更なる矢に手を掛けながら、言葉を待っている。

「……背信の報いは、受けます……これは、赦されぬ、こと。それ、でも――」

「……それでも?」

「私、は…………ラーヴァナ様を、信じられません……!」

 断固として、ハサンはアルジュナに告げた。

「人とは相容れない、悪鬼。私でさえ、嫌悪を感じる大魔など……」

「そうですか。その言葉は彼女に届けましょう。それが遺言で、よろしいのですね?」

「――いえ」

 首を振る。残る右手に、黒塗りの短刀を握りこむ。

 ……無理だ。どれだけハサンが素早くとも、致命傷を受けた彼女の刃がアルジュナにまで届く訳がない。

「……暗殺者である貴方が戦士として戦うと?」

「最後の、一手。渾身極まれば、大英雄にさえ、届きましょう――」

 立ち向かうならば、受けて立つ。それがアルジュナの答え。

 それがハサンの思い通りであっても、ここから先が上手く行く可能性はゼロにも等しい。

 ハサンとアルジュナの実力は明白。

 例え千度挑戦しようとも、アルジュナには刃先すら届くまい。

「貴女、何を……」

「……私が、触れられる人がいる……貴女のマスターが、それを、教えてくれた……それが嬉しかった。だから……唯一のお詫びと、お礼です」

 消滅していくハサンが、今一度、僕に向けられる。

 ――流れ行く涙と、その微笑み。

 儚く散る毒の花弁――であれば、持ち主を毒すこととてあり得よう――

「――ありがとう。貴方は優しく、人を信じる、とても甘い、正義の人だった」

 その言葉を最後に、ハサンはアルジュナに向けて駆け出した。

 何を言うこともなく、アルジュナは矢を放つ。

 持前の敏捷性でその一本を躱し、距離の五分の一を詰める。

 

 ――――聞こえる。聞こえる。鐘の音が。

 

 着弾した爆風を追い風に、更に五分の一。

 

 ――――そっか。今、そこにいるのですね、初代様。偉大なりし、最後の翁。

 

 二射、三射――ほぼ同時に放たれた矢の間を潜り抜け――しかし、一本が片足を奪い去っていく。

 

 ――――ごめんなさい。そのご尊顔、二度は見られません。

 

 残り六割を残し、第四射――無慈悲にも、矢は直撃し、凄まじい炸裂音を響かせた。

 

 ――――暗殺者の恥なれど、この一時――私は、真っ向から――――悪に、挑んだのです。

 

 

「……なるほど。確かに、これまでの貴女であれば至らなかった結果だ」

 五本目の矢を持つのではなく、その手にあるのは黒の短刀。

 これ以上進めないと悟ったハサンの、本当に本当の、最後の一手。

 投擲は過たずアルジュナの心臓めがけて突き進み――アルジュナに、躱せぬと確信させたのだ。

 アルジュナが受け止めた短刀もまた、ハサンを追って消えていく。

 やはり、その完全な姿に傷などなく。

 ここに一人、甘い毒を持ったサーヴァントは消滅した。




静謐のハサンはこれにて退場となります。お疲れ様でした。
遂に二章でも始まる退場。最初は彼女と相成りました。

アルジュナ戦はまだ続きます。
千里眼が回避スキルになっている謎。


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第十二節『幼き大神性』

ノッブ!
ノブノブ、ノッブ!
ノッブー!


 

 

 ランサーにもメルトにも、目立ったダメージはない。

 だがそれに対し、アルジュナもまた無傷。

 静謐のハサンの命を賭した攻撃でさえ、アルジュナには届かなかった。

「さて、続きです」

 処断した英霊の最期にさして気に掛けることもなく、次の矢を手に取るアルジュナ。

「……ハク」

「――大丈夫。倒す手段はある」

 ハサンは、悪に染まりきるには優しすぎた。

 ――だからこそ、最後にあの選択をしたのだ。

 しかし、あのアルジュナと和解することは出来ない。

 此度のアルジュナは敵であり、悪。であれば、倒すしかない。

 あの完全な英霊でさえ、弱点となるものは存在する。問題は、それを直撃させるという最大の難関だ。

「ええ――アレは効くでしょうけど……そうね。それを可能とするのが私たちの仕事ね」

 メルトは言わずとも、分かってくれている。

 僕が今することは、メルトやランサー、ミトリダテスの補助。

 これ以上、被害を出す訳にはいかない。

「行くわよ――!」

 アルジュナを相手に勝る要素は敏捷性。

 速度こそ、メルトの武器。

 再びランサーと動きを合わせ、アルジュナに迫る。

 ランサーは際立ったステータスはなく、敏捷性はアルジュナと同等だ。

 メルトが主体となって攻め、ランサーはそれを補助する。

 そして、ミトリダテス。

 彼はキャスターであり、クラス相応に近接戦闘には向かない。

 キャスターとしての性能も、道具作成スキルによる霊薬が本領であるサーヴァントだ。

「ぬう――私の魔術の程度では、及ばぬか」

 彼の使う魔術は補助に徹しており、味方の強化やアルジュナの弱化を主体に行っている。

 役割のバランスは取れているが、それでも、アルジュナ相手では有効とは言えない。

 回避に特化しているアルジュナには、速度は関係ない。

 幾らメルトたちが速度を速め、アルジュナの速度を落としたとて、彼の思考速度に影響はない。

 アルジュナの回避は千里眼の応用による思考速度から弾き出された最低限の動きによるもの。

 絶対的な集中力。敵さえ視ない彼独自の視界からなる回避術は、速度を重視したメルトと圧倒的に相性が悪い。

「……いや。しかし」

「――ミトリダテス?」

「ハクト。君は何故、今一度この町へ?」

 唐突な、ミトリダテスからの問い。

 短時間ながら、此方の安全は確保された。だが、悠長に話している時間はない。

「……二人に協力を頼みに来たんだ」

 簡潔に経緯を話す。

 三国の共同戦線。そして、共通の敵である羅刹王ラーヴァナの存在。

 そして、先程静謐から聞いた――この特異点の解決のため、回収すべき聖杯はあの魔王が持っているということ。

「――そうか。あのアルジュナとやらの後ろに、我らの敵がいる――と」

「ああ。だから――」

 こんな所で全滅する訳にはいかない――!

「ッ、貴方、何か有効な対人宝具なり何なり、ないのかしら」

「あったら使っているさ……! だが生憎……この槍が当たらないと話にならないな!」

 有効打はない。だが、メルトやランサーとてただ攻撃し、避けられることを繰り返している訳ではない。

 アルジュナがひたすらに回避を続けるならば、回避の選択肢を狭めていく。

 この短い時間とて、同じ敵と戦っていれば互いの攻撃の癖はある程度理解できる。

 互いが互いの攻撃を理解し、隙間を埋めるコンビネーション。

 攻撃において、自己中心的の極みを行くメルトがそれを行えるのは、ランサーに合わせる気があるからのこと。

 英霊としては平均の域を超えないとしても、洗練されたその技術は時に大英雄にも届く――!

「――今――!」

 二人による攻撃に完全に対応しているアルジュナの動きは、高速思考による集中の賜物だ。

 確実な追撃を可能と出来るタイミングでの、たった一撃。

 アルジュナの不意を打てるのは、それが最初で最後だ。

 放った弾丸は、回避した先でアルジュナに直撃する。

「ッ!」

 高速思考による回避であれば、思考の外からの攻撃に対しては再計算が必要だ。

 そんなことを許す程、メルトもランサーも遅くはない。

 であれば、どれを受けどれを躱すかアルジュナは選択する。

 だが、弾丸が齎すのはダメージだけではない。

 僅かに封じられた動き。一秒に満たない時間であろうとも、十分だ。

「隙を見せたわね――!」

「喰らえ!」

 火を噴き上げる棘、鋭利なる黒槍。二つの刺突が、アルジュナを過たず穿つ。

「っ、おのれ……ぐっ、ぁ!」

 素早い対応の魔力放出によって追撃から逃れたアルジュナは、距離を置き片膝を付く。

 メルトの炎の棘はアルジュナの力を奪い、ランサーの槍もまた確実に傷をつけた。

 だが……そこまでのダメージか。

 霊核を貫いた訳でも、痛覚の集中点を穿った訳でもない。

 だというのに、アルジュナの動きは目に見えて鈍った。

 ――考えている暇はない。これは好機だ。

「メルト!」

「ええ――!」

 敏捷と筋力の強化。距離を置いたならば、その分速度を上げ追えばいい話。

 逃れられない。二撃目の直撃により、アルジュナは棘の檻に捕らわれた。

「いくわよ――いくわよいくわよいくわよ!」

 王子を誘う魔のオディール。

 悪魔の幻惑が支配する王宮の舞踏会。王子を悲劇へと陥らせる、絶えぬ苦痛の連続。

 一つ一つの力が劣るならば、重ね重ねることで大英雄の絶技をも凌駕する傷を生む。

 衝撃を最大限に受け流し、ダメージを抑えていたアルジュナ。

 そこに限界が訪れ、掠めたメルトの斬撃によって、遂に頬から血が滴り落ちる。

「くっ、貴様――」

「命乞いの時間は必要かしら? 気が済むまで聞いてあげるわ!」

 一度有利になってさえしまえば、メルトのペースは崩れない。

 攻撃のテンポを上げていくメルト。その動きは音を超え、目にも止まらぬ速度は更に拍車を掛けていく。

 このまま何も出来ずに倒される。それならば、ただの敵だ。

 相手は授かりの英雄。マハーバーラタにその名を武勇と共に残す大英雄だ。

 ――弓を握る手に力が籠る。

「あれは……」

「下がって、メルト!」

「ッ」

 何かをする。近付いていては、メルトが真っ先に標的になる。

 そんな予感を覚え、叫んでいた。

 退避してくるメルト。一方のアルジュナは、その白き装束のところどころを赤く染めながらも、此方に弓を構えていた。

「万難排せ――梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!」

 其は、インドの旧き真の戦士のみが修得することを許された、見敵必中の武器。

 使用する英雄、召喚されたクラスによってその性質を千変万化させ、しかし確実に敵を穿つことは変わらない。

 神の弓より放たれた無数の矢、それら全てが必中を約束されている。

 僕、メルト、ランサー、ミトリダテス。全員が纏まっているが、協力しようとも全てを迎撃することは不可能だ。

 周囲に出来る限りの盾を展開する。メルトの無敵の波は――間に合わない。

 これでは――!

 

 

「――いと幼き大神性(エウパトル・ディオニュシウス)!」

 

 

 厳かなる真名解放。

 退避も間に合わず、蜂の巣になるのを待つことしか出来ない――そんな思考が過ぎた瞬間。

 吹き抜けていった“圧”が前方に展開され、矢の一切を受け止めた。

「なっ……」

 アルジュナでさえ、言葉を詰まらせ瞠目した。

 勝利を信じて放った奥義。それを、止める者がいた。

「……ぬう。恐ろしきは神話の大英雄か。ただの一度でこの消耗とは」

 フードが外れ、その奥の厳めしい顔を露わにしたミトリダテス。

 だが、そこにいたのは今までの彼ではない。

 ステータスが上昇し、纏う雰囲気は並大抵の英霊など歯牙にもかけない荘厳なもの。

 ――神性だ。

 それまで所有していなかった神性スキルが彼に付加され、その力を引き上げている。

「……ミトリダテス、それは?」

「なに、私の切り札さ。薬を作るばかりのキャスターでは頼りにならんだろう」

 小さな神性――生前彼が自称した神の名を、擬似的に己に降臨させる宝具。

 ミトリダテスの逸話から来た強化宝具だろうが……何の対価も支払わずに神性を取得することは不可能だ。

 内側から発される圧は、ただそれだけでミトリダテスの肉体を傷つけていく。

 継続ダメージと引き換えの、戦闘能力の大幅上昇。

 それが、彼の切り札――

「とは言え……長くは持たんがな。まあ良いわ。元より私が、ローマなどと共闘できる筈もない」

「え――?」

「ミトリダテス……?」

 リスクの大きい宝具を解放した理由。

 それは、まさか……

「玉砕するつもりはないよ。神性(ディオニュシウス)の名を穢すことになる。ゆえに……」

「……私を倒すと?」

「然り。行くぞ、皆の者!」

 先程の攻勢で、彼なりに勝機が見えたのだろう。

 だからこそ、自傷覚悟で宝具を起動した。

 今こそ、大英雄を討伐する可能性は見えた。

「……その驕り、後悔するがいい。我が神弓を以て、誇り共々打ち崩そう」

 力の込められた一射。

 火を伴うそれを、魔術で編み上げられた雷霆により迎撃する。

 ディオニュシウス――ギリシャ神話の豊穣神だが、ゼウスの雷を受け継いで生まれた神性だ。

 その力は雷に通じ、魔術にも精通するという。

 自分の身をも焦がす神の雷。しかし、その分威力は凄まじい。受け継がれた雷霆はアルジュナの炎矢を吹き飛ばし、更にアルジュナを喰らうべく奔っていく。

「メルト、ランサー!」

「ええ!」

「了解だ!」

 雷は連なる三矢を以て、ようやく相殺された。

 だが、此方の戦力はミトリダテス一人ではない。

 メルトが先陣を、そしてその後ろをランサーが追い、アルジュナに迫る。

「くっ……!」

 得られた優勢を、決して無駄にしてはならない。

 矢を番えるには時間が要る。次の矢が放たれるより先に、メルトはアルジュナを貫くだろう。

 そして、回避もまた難しい。ミトリダテスという新たな要因が加わった以上、その計算にも少なからず時間が必要だろう。

「――いいでしょう。ならば!」

 そんな勝利の確信を打ち破ったのは、その弓から齎される膨大な魔力放出だった。

 自身の内までを焼き、だからこそ完全な護りと化す。

 流石にこれではメルトもランサーも近付けない。

 そして――

「ッ……ウイルスが焼けたわね。気付いていたのか無意識か……どの道、この戦いでの活性化は無理だったでしょうけど」

 攻撃に混ぜて撃ち込まれていたメルトウイルスもまた、その炎によって無力化されていた。

 自衛手段も持ち合わせたウイルスなれど、初期状態だと肉体を焼き払う炎には手も足も出ない。

 炎を破り、空高く跳び上がるアルジュナ。マントラも伴った矢の雨を盾で、メルトの水膜で、ミトリダテスの雷撃で防ぎきる。

 その防御を掻い潜る、一人ひとりの脳天を狙った狙撃。

 素早く察知したメルトは、僕を引っ張るように退避し、二射を躱す。

 ランサーもまた、自由であった黒槍を振るい、打ち払う。

 ミトリダテスは――

「――――ウオォオオッッ!」

 その腕で軌道をずらし、肩を貫かせることで致命傷を免れた。

 一切その傷を気にしていない。更なる雷撃は、およそ史実に名を残した人間が齎すものとは思えないほどに、非現実的かつ苛烈であった。

「ふっ……!」

 しかし、アルジュナも決して劣らない。

 相応の力を籠めれば一矢のみで宝具にも匹敵する威力を発揮する爆熱の砲。

 雷と炎、二つがぶつかり合い、大きな絶えず爆音が炸裂する。

 ミトリダテスの傷は増え続ける。回復術式でさえ遅れ、傷の速度を鈍らせることしか出来ない。

 彼は、死ぬつもりだ。

 ローマ相手に戦い抜いたからこそ、彼らと共闘することなど未来永劫あり得ない。

 それゆえの名目。大英雄と戦い、合流する前に果てた、と――

 だが、それでも、死に別れなど抵抗がある。ここでこれ以上被害が出る前にアルジュナを打ち倒すことこそ、最善なのだ。

「オオオオオオオオォォォォォォォォ!」

 その咆哮は、無意識な危機感の表れか。

 アルジュナの射撃はそれまでの何よりも威力と灼熱を伴った、対軍規模の一撃だった。

「取って置きだ――!」

 対してミトリダテスも、その両腕を焦がし切り裂きながら、膨大な雷撃を撃ち放つ。

 互いに回避は不可能。だからこそ、その一撃に特大の魔力を込めた。

 メルトも、ランサーも、当然僕も、アルジュナには近付けない。

 ――だが。出来ることは存在する。

 絶対的に晒された、隙ならぬ隙。誰が突けると考えようか。

 アルジュナはそれを確信しているからこそ、ミトリダテス最大の一手を誘発すべくその一矢を放ったのだろう。

 僕は、それを突かせてもらう。今こそこの一撃をアルジュナに直撃させることが出来る、最大の好機だ――――!

「行くぞ!」

 表出する絆。アルジュナとのそれは溶けて消えようとも、彼の生涯の宿敵は今も意思に根強く残っている。

 この特異点に召喚された彼は忘れていよう。

 だが、僕も、凛も、忘れていない。

 今度こそ、負けることはない。これは如何なる敵をも打ち滅ぼす、究極の槍なれば――――!

「――――日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!」

 手に握り込まれた規格外の重量を、アルジュナに向けて突き出す。

 放たれる紫電の魔力は、神殺しにこそ特化した閃光。

 ミトリダテスの雷を貫き、アルジュナの炎を貫き、逃げることの出来ない敵に真っ直ぐに向かっていく。

「――――――――!」

 結果など見えない。その一撃、集中を解けば此方が吹き飛ばされ、その閃光に呑まれよう。

 だが、当たった――そういう確信が、あった。

 

 

 

 

 ――――“最大縮小。承認破棄。標的自動設定。射出。”

 

 

 

 

 視界の端に、何かが見えた。

 取るに足らない、輝く球体。

 だが、小さなそれに感じたのは、今までにない悍ましさだった。

 その光が強くなると同時、目の前を通り抜ける、メルトの姿――

「ハク、退避よ――――!」

「ッ!」

 負担を考えず、ただその場から逃げることを目的とした、メルトの跳躍。

 大きく肺が圧迫される嫌な感覚を覚えた瞬間、光は満ちた。

 

 

「……ッ、……はあ、はあ……っ!」

 ――生きている。メルトはその肌を焦がし、肩で息をしながら周囲を警戒している。

 ランサーもまた、決して軽くはない傷を負っている。

 その鎧には罅が入り、やはり肌は焼けている。

 辺りには、矢より後の炎はない。だが、実際、何かがあったのだろう。

 

 ――そうでなければ、ミトリダテスの姿がない理由がない。

 

 彼は移動も出来ない身だった。あの状態で、視認出来ない距離にまで避難することは不可能だ。

『……ミトリダテスさん、霊基の消滅を確認しました。今のは……』

「我が宝具ですよ。速度を優先し範囲を捨てたとはいえ、一人だけとは……」

 何より確定的な、サクラの報告。

 そして、アルジュナは尚も死には至っていなかった。

「ッ――」

 胴の中心に孔を開けながらも、霊核には支障なしとばかりに屹立するアルジュナ。

 不完全とは言え、神殺しの槍であれば倒しきれる自信があった。

 だが、及ばなかった。まだアルジュナには、弓を構える左手も矢を放つ右手も健在だ。

「……しかし。これで私の矢の迎撃手段の主は消えた。終わりです」

 ダメージは大きいものの、戦う手段を残すアルジュナ。

 ――全滅か。

 最大の好機でさえ、アルジュナは倒し得なかった。

 残る力であの弓兵を倒すことは――まず、不可能だろう。

 であれば撤退か。ランサーだけでも連れて、この場から逃げる――それもまた、難しい。

 ミトリダテスの消滅によって空いた穴、それを埋める一手が、どうしても必要だ。

 例えば――この場の危機を、協力関係にある何者かが察知する可能性。

 

『――! バビロン側より超高速で魔力反応が接近! これは――!』

 

「――――ッ!」

 向けられていた矢は、的外れな方向へと放たれた。

 空中で激突する二つ。

 アルジュナはその方向を、驚愕と警戒を以て見つめている。

「……これだけ遠方からの射撃。神域の弓兵がいたか」

 それは、矢。

 精密性、射程、威力。どれを取っても、アルジュナに劣らない最高位の弓兵だ。

 だが、それに該当する英霊が所属していることは知らない。

 まだ出会っていない、どこかの国の切り札なのだろう。

「まだ此方を狙っているな……私の矢では、僅かに遅れる。今のは警告と見るべき、か……」

 冷静な、しかし険しい視線。

 それを僅かに緩めると、アルジュナは此方に向き直った。

「……この勝負、貴方たちに譲りましょう。忌々しい神槍を持って尚、私に致命傷を与えなかった貴方の未熟。しかしその模倣の実現を、私は評価します」

「え……?」

 弓兵の存在を重く見たのか。

 アルジュナはメルトたちに注意を巡らせつつも、弓を下ろした。

「傷を癒しなさい。私もまた、万全の状態で戦場に参じます。決して、和解などという道があると思わないことです」

 そんな警告を最後に、アルジュナは姿を消した。

 張り詰めた空気、アルジュナ特有の、厳格で重々しい雰囲気が周囲から消えていく。

 ……どうやら、この場はどうにか切り抜けたらしい。

「……休んでいる暇はないわ。バビロンに戻るわよ、追撃が来る前に」

「そうだね。ミトリダテスは……残念だった」

 ランサーは槍を仕舞い、ミトリダテスを弔うように目を閉じる。

 ……悔やんではいられない。ランサーだけでも味方にすることが出来たのだ。

「ランサー、騎乗の心得はあるかしら? 外にスフィンクスを待機させているのだけど」

 戦いに登用しなかったスフィンクスは、街の外にいる。

 戦闘用ではなく、あくまでも移動用。いたずらに街に被害を与える訳にもいかないと思ったための選択だったが……結局、変わりはなかったか。

「いや、残念ながら。馬に乗ることはあっても神獣相手はね。先に向かってくれ。バビロンの場所は分かる。それに、少しこの街でやりたい事がある。すぐに追いつこう」

 僕も神獣相手の騎乗など夢のまた夢なのだが……まあ、メルトの聖骸布も掴めて一人。

 ランサーがそれでいいというならば、一先ず別行動か。

 一端の別れを告げ、街を出る。

 ――この場所で、二人の英霊が散った。

 そして得られた新たな仲間。これは、戦いの加速の発端だった。




アルジュナ戦は閉幕。そしてミトリダテスは退場となります。お疲れ様でした。
二人の犠牲を伴い、戦いは終わりました。
これでランサーが仲間に。未だ真名は不明です。


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第十三節『ローマへ』

今更風邪を引きました。
皆さんは体を壊さないようお気を付けください。


 

 ――そう。

 元を辿れば、私のせいなのだろう。

 偉大なる先達のように、私は己を“鉄たれ”とした。

 罪には苛烈に。敵にはより苛烈に。

 過ちなど絶対にあってはならぬこと。そう、己を戒め、私は鉄の英雄となった。

 だが、私にも過ちがあった。

 過ちを起こした。

 過ちに、引き込んでしまった。

 

「――ああ。これで君の悩みが解消されるなら、きっと赦される筈だ」

 

 その時は、心からの本心だった。

 家を離れる事の多い私に代わり、彼女の拠り所が必要なのだと思っていた。

「本当に……本当に、こんなことが? これって、悪いことじゃないの?」

「そう。それでも、君は、僕が正義を成すための希望。僕の成す正義と、君が平穏に笑える為の犠牲。釣り合いは取れている」

 今思い返してみれば、ああ――あの時から私は狂っていたのだろう。

 だが、私にとって彼女の微笑み、心の安寧は、何より私が優先するべきことだった。

 無垢なる血を流し、彼女が笑う度に、私はその数倍の敵を貫けばいい。

 それで釣り合いは取れている。

 取るに足らない小さな犠牲で、この国を私は守るのだ、と。

 

「ねえ、新しい趣向を考えたのよ! アナタにも見てほしいの!」

 

 数年の時が流れるうちにそれが苛烈になっていくのを、私は理解していた。

 そうでもしなければ立ち行かない程に、彼女は苦痛に苛まれていたのだ。

 私が他者に対する罪の清算としていたことを、彼女に教えた。

 彼女はみるみるうちにそれを取り込み、自分の趣味としていった。

 彼女は、よく笑うようになった。

 私は嬉しかった。そして、これは正しいことなのだと確信もした。

 しかし。

「楽しいわ! ええ、とても! こんなオモチャがこの世にあったなんて!」

 ――やはり、間違っていたのだ。

 私は断罪のためにそれを成し。

 彼女は悦楽のためにそれを成した。

 それでも、私は良しとしたのだ。

 それが彼女のためになるならば、きっと――これ以上はないのだろう。

 何故私は彼女のそれを罪と定め、咎めることをしなかったのか。

 何故私は彼女にこんなことを教えてしまったのか。

 何故私は最期まで、彼女の異常さを告げなかったのか。

 ――間違っている。許されない、と。

 

 ああ、そうだ。誰も言わなかった。

 これが間違いだなんて。誰より言うべき、私が言わなかった。

 だから彼女は、ああ成り果てたのだ。

 機会があるならば。

 願いが叶うならば。

 どうか彼女に救いの道を。

 美に拘り、無邪気に笑い、年経てなおもお転婆さを残すあの娘を。

 血に塗れたその人生を変えてあげたいのだ。

 ああ、ああ――あの愛すべき――

 

 

 +

 

 

 ――暗い、とても暗い夢を、見ていた気がした。

 アルジュナとの激戦を終え、新たにランサーを迎えた翌日。

 エサギラ寺院の周囲にある修復された家屋の一室で一夜を過ごし、目が覚めた。

 目覚めは最悪とも言って良い。

 独白のような、暗くて赤い、鮮血の夢。

 吐き気のような感覚を堪え、起き上がる。

 メルトはまだ眠っている。どうやら、まだ随分と早い時間のようで――

 

「眠っているか、ハクトにメルトリリス! 疾く目覚めるがいい!」

 

「ひゃっ……!?」

 ……どうしてこう、このファラオは早起きかつ時間帯を弁えないのだろうか。

 メルトは飛び起き天変地異にでも対したような驚愕の表情で周囲を見渡す。

「……ちっ。また貴様は……。女の一人も抱けぬようでは甲斐性なしと言われても仕方あるまい」

「一体僕に何を求めてるんだ……?」

 大声と同時に部屋に入り込んで早々、悪態をついてくるオジマンディアス。

 少なくとも、こんな特異点でそういうことをすべきではないのでは……。

 オジマンディアスの価値観は分からない。

 ただ揶揄っているだけという可能性もなくはないが……。

「……それで何の用よ。何も無いっていうなら……」

「いや、特に何もないが。少々考えに耽っていたら夜が明けたのでな。暇だったので来たまでだ」

「ハク。このファラオ殺していいかしら」

「気持ちは分かるけど落ち着いて、メルト」

 安眠妨害、許されざる。

 メルトから向けられる殺意を意にも介さず、オジマンディアスはさて、とその愉快そうな表情を改めた。

「とは言え、どうせ来たのだ。話しておこう」

「何を……?」

「ローマ領が、ラーヴァナに攻撃された。被害は甚大だそうだ」

「ッ――――!?」

 言葉の意味が、暫く分からなかった。

 つい昨日、カルナや牛若を送り、その戦力を補強していた筈だ。

 あまりにも急で、理解しがたい情報だった。

「……どういう事?」

「どうもこうもない。奴が一枚上を言っていただけよ。カルナらがローマに辿り着く前にラーヴァナが攻め込み、ローマの大半は陥落した。会議によりローマの守りが薄くなったところを狙われた訳だな」

 さして大したことでもないかのように言っているオジマンディアスだが、これは大事だ。

 三国のうち、一つが落ちた。ラーヴァナの存在以前に、この特異点は三国の均衡によって成立している。

 一つでも国が落ちればそこに孔が空く。

 最悪、そこから特異点が崩壊する可能性もあり得る。

「……落ち着け。最悪の事態はまだ起きん。百貌めの話では、到着したカルナらの抵抗により、領域支配権自体は未だローマのもの。余の見立てではあと数日は持つだろう」

「だけど……」

「そう。“持つ”だけだ。英霊共に限界が訪れた時、この特異点は終わる。その前にラーヴァナを討たねばならん」

 当然、行動が遅くなれば遅くなる程、状況は悪くなる。

 ローマが落ちる前に救援を送り、ラーヴァナの侵略からローマを守らなければ。

「度重なる命、苦労を掛けるがな。自由に動ける貴様が頼りだ」

「いや……構わない。今すぐに?」

「日が昇ってからで良い。ラーマにも伝えねばならん」

 やはり、ラーマを同行させるらしい。

 ラーヴァナと戦うにおいて切り札であり、誰より勝率の高いだろうサーヴァント。

 ……恐らくは、ラーヴァナとの決戦となる。彼がローマに赴かない理由がないのだろう。

「それから、他の英霊なりを同行させるならば話を付けておけ。バビロンの守りを薄くし過ぎぬ程度ならば問題はない」

「ああ。分かった」

 話を終えて、去っていくオジマンディアス。

 今もなお、カルナや牛若――そしてローマの戦士たちは戦っている。

 気を抜いてはいられない。

 騒がしく、しかし厳かにその日は始まった。

 

 

 そして、数時間が経過し、オジマンディアスと合流する。

「来たか。ふん、貴様が昨日参じた英霊だな」

「大英雄などとは程遠いがね。大したものではないよ」

 話をしたところ、快く同行を引き受けてくれたランサーは、オジマンディアスに然程萎縮した様子もなく接する。

 彼は自身を大した英霊ではないと言う。

 確かにステータスは平均の域を抜けないが、メルトと二人掛かりとは言えアルジュナと戦うことが出来ていた。

 彼は自己評価以上に力を有していると思うが……。

「だがアルジュナと戦い、退けたと聞く。主として戦ったのでなくとも、それは力の証明だろう」

 そんな風にランサーを評価しながら、ラーマもまたやってくる。

「ふむ……なら、それに恥じない成果を出さないとな」

 今回ローマへ向かうのは僕とメルト、ラーマ、そしてランサー。

 更にカエサルとクレオパトラが同行する予定だったらしいが、どうやら先に向かったらしい。

 自身が所属するローマの危機。すぐにでも向かいたいだろう。

「さて。貴様らにはこれからローマへ向かってもらうが……クレオパトラが炎の蛇(ウラエウス)を残している。それを使い向かうがいい。アレならば騎乗の才も必要ない」

「む? スフィンクスは使わないのか?」

「此度の件もあるからな。我が神殿も、バビロンの護りも気は抜けん。スフィンクスはバビロンにそう置いていないのでな」

 ……確かに。

 ローマで戦うためにスフィンクスを使い、その隙にバビロンを攻撃されては同じことの繰り返しだ。

 スフィンクスは英霊にも勝る力を持った神獣。

 規格外の英霊にはさすがに及ぶまいが、魔獣の群れを単騎で相手出来る力も持っている。

 エジプト領における守りの要だ。

 これまでとは状況が変わったのだ。そう簡単にスフィンクスは使えまい。

「それで、ウラエウスとは?」

「ファラオの使役する神獣の一つ、炎の蛇。我が威光の一かけらとして呼び出せはするが……この力はクレオパトラの方が向いているのでな」

 オジマンディアスが指を鳴らすと、巻き起こった炎が蛇を形作る。

 スフィンクス程とはいかなくとも、強力な神獣だ。

 ウラエウス。ファラオの王権と神性の象徴であるコブラの女神。

 騎乗スキルのないクレオパトラでも乗りこなせることから――どうやら、守護の獣というよりは騎乗物という側面が強いのだろう。

「恐らくだがな、これは此度の戦において、大きな転換点となるだろう。この特異点は貴様らにかかっていると言ってもいい」

 ラーヴァナと、その配下であるサーヴァント。

 彼女に加えてアルジュナと戦うことになる可能性も高い。

 オジマンディアスの言う通り、これは一大決戦になるかもしれない。

「此度は手柄を気にするな。エジプト領の神王として命ずる。ラーヴァナを打倒してくるがいい」

「分かった――行こう、皆」

 ラーヴァナを倒し、彼女が持っているという聖杯を奪取すれば、この特異点も解決されるだろう。

 彼女の配下である残り三騎のサーヴァントとも戦闘になると見ていい。

 間違いなく、長期戦だ。だが、負けるなどということは考えていない。

 ウラエウスに乗る。

 スフィンクスよりも面積は小さいが、荒々しさは感じられなかった。

 初対面で会話をしていたラーマとランサーもまた、それぞれに用意された蛇に騎乗した。

「サクラ。カレンと凛、カリオストロには伝えておいてくれ」

『わかりました。皆さん、お気をつけて』

 凛とカレンはそれぞれ指揮官、文官としてそれぞれ働いているらしい。

 昨夜催された小さな宴では、イスカンダルや酔ったレオニダスからよく話を聞いた。

 二人と僕は酒を手に取ることはなかったが……カリオストロはイスカンダル、オジマンディアスと共に最後まで酒を呷っていた。

 容姿以上に酒豪であるらしい。僕であればあの四分の一でさえ持つ気がしない。

 ……ともかく、三人はバビロンで役割がある上、戦闘に向いたサーヴァントを持っていない。

 未だ戦闘している姿を見ないゲートキーパーは不明だが、戦えない可能性を考えると数として数えない方が無難と言える。

 それに、ラーヴァナとの戦闘経験もある。

 僕たちが向かうのが一番だろう。

「正念場……だな」

「ああ――君が主力になる。ラーマ、頼む」

「うむ。最早こうなれば一度も二度も同じこと。必ずや打ち倒そう。そうして、凱旋した時にこそ――」

 余は、シータに会いに行くのだ。

 ラーマは口にしないながらも、それを信念として持っている。

 それを思っている限り、ラーマが負けることはない。

「帰ってからのことを考えるのか?」

「そうだ。ラーヴァナは強敵――故にこそ、心の拠り所というヤツがあった方がいい。シータを必ず連れ戻す――余がヤツと戦った時、そう思っていたようにな」

「……なるほど。であれば、僕も――」

 ランサーもまた、彼方を見やりながら何かに思いを馳せる。

 彼にも、思うものがあるのだろう。

 ――そういえば、まだランサーは真名さえも聞いていない。

 此度の事件では基本的にサーヴァントを真名で呼称しているが、このランサーは別だ。

 特に名を聞いた訳でも、それで困っている訳でもないから、気にはしないのだが……。

「それじゃあ、行くわよ。ハク、しっかり捕まっていて」

「分かった」

 まあ、今回の戦いは小さいものでは済まされないだろう。

 戦いの中で、ランサーが宝具を使い、真名に行き着くこともあるかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、炎の蛇はゆっくりと移動を始める。

 徐々に速度を上げていき、エサギラ寺院から離れていく。

 オジマンディアスに見送られ、僕とメルト、そしてラーマとランサーはローマへと向かう。

 カルナや牛若――見知った英霊たちが今も戦っている。

 どうか、無事でいてほしい――そう、願いながら。




決戦に向けてローマへと出陣。
パーティには引き続きランサーと、更にラーマが参戦です。

最初の独白については近いうちに。
二章も終盤な雰囲気です。


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第十四節『血溜まりに後悔は浸りて』

明後日のAJでは如何な新情報が来るのでしょう。
最も期待しているのは当然EXTRA関連の情報です。


 

 

「では、行くか。留守を頼むぞ、我が妹」

 

「何度も言いますが、妹では――ああ、もういいです。いい加減否定するのも面倒なので」

 

「なんだ。意外と認めるのが早いではないか。ほんの冗談のつもりだったのだがな」

 

「冗談の割には天丼が過ぎませんかねえ!? 五十回から先数えてないんですけど!?」

 

「ハハハハハハハ! そこまで数えるとは、性質の割に几帳面な奴よ!」

 

「良妻たるもの几帳面なのは当然です! 私とて家事に従事すればオリジナルにも劣らない女子力をですね……」

 

「そうかそうか。此度の召喚では不慣れな役目を与えたな。謝罪しよう」

 

「……サーヴァントなのに風邪でも引きました? 貴方が謝るとか気味悪いんですが」

 

「なに、百召喚されれば一度くらい血迷うこともあろう。此度が偶々、その機会だっただけよ」

 

「うわー、何とも貴重な巡り合わせだったものです。ま……精々暗殺でもされないようお気を付けくださいまし。命令通り――この神殿は守り通します」

 

「頼むぞ……想定外などなければ良いのだがな」

 

「不吉なこと言うと現実になりますよ。私が不安なのは貴方が気紛れで余計なことするんじゃないかって事ですけど」

 

「フハハ、まあ許せ。それはファラオの甲斐性、戯れという奴よ」

 

「戯れで同盟の作戦ぶっ潰されたら堪ったものじゃないでしょうね。円満に事が進めば良いんですが……何卒神様仏様……神様は私ですけど」

 

「ほう。神頼みなら余も得意とするところだ。何しろ余は神王なれば、な」

 

「……皇帝特権の名称、神様特権にでも改めた方が良いんじゃありません?」

 

「……それは良いな。そなたよもや、天才か」

 

「しょうもない冗談に呼び方変えるほど感銘受けるとかやっぱり頭の螺子何本か飛んでますね」

 

「よし。帰還し次第検討するとしよう。或いはサーヴァント界に革命を齎すやもしれんぞ」

 

「もう好きになさってください……さてと、私も準備しますか。スフィンクスがいる以上必要ないと思いますが……」

 

「余も発つ。達者でな、タマモ・オルタよ」

 

「はいはい――本当に、何もなければ良いんですが」

 

 

 +

 

 

『そこからがローマ領です! 内部に多数のシャドウサーヴァントと魔獣の反応!』

「よし――行くぞ!」

 エジプト領、そしてバビロンとも違う都市。

 舗装された道を荒らす魔獣や影の英霊が跋扈する内部に侵入する。

「相当の数だな。この数日で余程魔力を貯め込んでいたか。だが――!」

 ウラエウスに乗ったまま、ラーマは一体目のシャドウサーヴァントを射抜く。

 セイバークラスでありながら、彼の武器は剣のみではない。

 強弓から放たれる正確無比な矢は、獲物の脳天を確実に貫いていく。

「このままカルナたちと合流したいけど……サクラ、位置は分かる?」

『はい。ローマ領中心部に二人ともいます。そのまま街道を直進していけば辿り着きますが……』

 当然、そこまでの道は険しい。

 シャドウサーヴァントも魔獣も数は多い。

 それに対処する兵士は少なく、追い込まれているのは明らかだった。

「ッ――メルト!」

「ええ!」

 兵士の一団が戦う魔獣の群れに弾丸を撃ち込む。

 動きの止まった獲物を一体ずつ、メルトが穿つ。

 此方を察知し飛び掛かってくる影を、ランサーが素早く対処し貫いた。

「貴女は……転生せしディアーナの……!」

「違うんだけど……まあ良いわ。今の状況は?」

「はっ……影や魔獣の一部を各所で我々が誘い相手しております。中心部で将軍の皆様が膨大な数の敵を相手取っていますが戦況は芳しくなく……」

 あの兵士は……バビロンでの戦いで、少しだけ話したことがある。

 カリギュラの側近だった男性だ。

 メルトの問いに躊躇うことなく兵士は状況を話す。

 なるほど……サーヴァントたちは中心部で主に戦っているらしい。

「皆様は援軍で……?」

「そんなところよ。それで、私たちは中心部の援護に回れば良いのね?」

「お願いします。この辺りの相手は我々でもどうにか可能ですので……」

「分かったわ。精々頑張りなさい」

 言葉を残し、メルトは一跳びで戻ってくる。

「女神ディアーナの祝福を受けた! どのような魔獣であれ恐れることはない!」

『おおおおおおおおぉぉぉぉぉ――――!』

 メルトのその、たった一言が、一段の士気を大きく上げることに繋がったらしい。

 再び魔獣たちに立ち向かう彼らは、あの様子であればまだ持ちこたえるだろう。

 彼らの情報が正しければ、中心部はここの比ではないだろう。

 先へと進む。この辺りの敵のレベルは然程でもないが……。

「■■■■■■■■――!!」

 道を塞ぎ、大剣を振り上げるシャドウサーヴァントを、それを超える速度でメルトが貫く。

 やはりシャドウサーヴァントは通常のサーヴァントとは比べるべくもない。

 ウラエウスはある程度の耐久力もあるようで、魔獣に攻撃されてもビクともしない。

 だが、先は長い。

 このまま中心部に行くまで持つという確信はない。

 より慎重に行く必要があるか。

「チィ……やはり量が多いな。止まれハクト。一旦前を切り開く!」

「分かった――頼むラーマ!」

 弓を仕舞い込み、ウラエウスから跳躍するラーマ。

 その手には歪に捻じ曲がった槍が握り込まれている。

 持ち主の意思に呼応するように、槍は雷を迸らせる。

「吹き荒れよ、嵐の刃! 啼き轟く雷神の牙(ヴァジュランダ)ッ!」

 投擲によって槍はその原形を失い、雷の嵐となって奔っていく。

 剣に弓、更に槍までも武器として有するサーヴァント。

 少年の姿とはいえラーマは凄まじい英霊だ。三騎士クラスの全てを一人だけで補う底力。

 牙を剥いた雷霆は魔獣や影を抵抗すらさせずに吹き飛ばし、道を拓いた。

「このまま進めれば良いんだが……む?」

「そうは行かぬようだ。厄介なものだな」

 しかし、全滅させた訳ではない。

 雷の嵐を掻い潜ったのか、健在のシャドウサーヴァントが数人残っていた。

 それだけではない。騒ぎを聞きつけた巨大な魔獣が近付いてくる。

 毒竜バシュム。バビロンの戦いでも相当厄介だった魔獣だ。

「ふむ……バシュムは余が相手取ろう。影共は任せてよいな?」

「やるしかないわね。さっさと片付けるわよ」

「了解だ!」

 あのシャドウサーヴァントたちは敏捷に秀でているらしい。

 それによりラーマの投槍のレンジから素早く逃れたようだ。

 だが、それでも敏捷に特化したメルトの敵ではない。

「逃がさないわ! 良い声で啼きなさい!」

 一撃ではなく、連撃による痛覚の刺激。

 メルトの悪い癖ではあるが、退避を許さずダメージを重ねていくのは有効だ。

「ふん、この程度ならば――!」

 ランサーもまた、さして苦戦はしていない。

 敏捷ではなく耐久に重きを置いたランサーは、敵の攻撃を待ち受け止めてからの反撃により、一撃で仕留める。

 ランサーを回復しつつ、ラーマの様子を見る。

 弓でも槍でもなく、此度手に持っているのはセイバーのクラス相応の剣だ。

 魔を払う性質を持っているらしいその剣は、バシュムなど相手にならない。

「貴様を相手にしている時間などない! 疾く去るがいい!」

 硬い鱗をあっさりと切り裂き、毒息を躱しつつ確実に追い詰めていく。

 シャドウサーヴァントよりも手強い相手なのだろうが、それを感じさせない程にラーマは素早く相手を切り伏せる。

 メルトが相手を仕留める頃にはバシュムは力尽き、再び道は拓いていた。

「あら、今までのとは違うみたいね」

 倒れ伏したシャドウサーヴァントやバシュムは、血となって地面に染み込んでいく。

 霧散していく筈の影まで……何か、改造が施されているのだろうか。

「……」

「まあ、さして力の差はあるまい。このまま進むぞ」

『ッ、待ってください! 周囲にサーヴァント反応があります! その血の反応と混じって場所の確定は出来ませんが……』

 ――どうやら、サーヴァントの能力によるものらしい。

 此方に襲ってくる魔獣やシャドウサーヴァントを操っていたということは、ラーヴァナの配下か。

 対処はしなければならないが、早くカルナや牛若と合流しておきたい。

「……では、ここは僕が残ろう」

「ランサー……?」

「確信ではないが……そのサーヴァントに心当たりがある。どうにかしてすぐ合流しよう」

 心当たり――生前に知り合った仲、だろうか。

 多くのサーヴァントの召喚が考えられるこんな状況であれば、そういう可能性は少なからず存在する。

 キャメロットにおける円卓の騎士や、ジークフリートとクリームヒルトのように。

 であれば、性質や弱点を何より知っているだろう。

 彼の神妙な表情から察するに、尋常ならざる関係のようだ。

「……分かった。任せた、ランサー」

 残りたい、残らなければならないと、ランサーの目は告げている。

 ならば、それ以外の決定は存在しない。

「ああ。また後で」

 その場をランサーに任せ、先に進む。

 サーヴァントが追ってきている可能性も考えられたが、ランサーは動かない。

 それは、敵の意識が自身に向いている、という確信からか。

 結局彼が動くことも、サーヴァントが姿を現すこともないまま――ランサーの背は遠ざかっていった。

 

 

 +

 

 

 彼らを先に行かせたのは、一刻も早くローマ中心部に援軍を向かわせるため。

 それは決して、間違いではない。

 しかしそれが第一の理由かと問われれば――否だ。

 彼は――ハクトは、私に似ている。

 恐らく彼女を見れば、動揺でその手を鈍らせるだろう。

 人の理を外した者に対し、何を思ってしまうのか。

 同情し、助けるために手を伸ばすとあらば、それは愚かの極みだと言える。

 それでも、今の(ぼく)であれば、そうしてしまうかもしれない。

 この頃の私は愛する者を救いたくて仕方がなかった。

 私の正義のために、愛する者の悪を許容した。

 それが彼女の救いだと思った。私には、それしか救いの道を考えられなかったのだ。

 もし――もし。

 彼女に、他に救いの道があったとすれば。

 それは私には出来ない。とどのつまり、彼女を本当に救うことは、私には出来なかった。

 だから彼女は、こうして反英霊となった。人の恐怖の象徴となって、信仰にその名を刻んだ。

 私も、召し使いも――生前の誰も、彼女を救うことはしなかった。

 そんな彼女を相手取るのは、私しかいない。

「……いるのだろう。隠れていては事は進まない。姿を現すんだ」

 傍から見れば、虚空へ向かって話しているように見えるだろう。

 だが、私は明確に、その言葉を彼女にこそ向けている。

「――そう。そうよね。私がいると確信を持つのも、貴方であれば納得が行くわ」

 その血の色に染まったドレスを着込んだ姿は、私が知るよりも遥かに魔性に近くなっていた。

 髪色まで変わり、悪魔が如き面で顔を覆っている。

 生前の面影は殆ど残っていなくとも、その雰囲気は変わっていない。

「……久しぶり、というのは少しおかしいか。会えて嬉しいよ――エリザ」

「あら、懐かしい名前。そう……こうまで変わり果てても、貴方は私をこう呼んでくれるのね」

「勿論だとも。君に、それ以外の名があるのか?」

「ええ――この霊基に刻まれた真名はカーミラ。エリザベート・バートリーなんて名は過去の穢れよ」

 正直なところ、目を覆いたかった。耳を塞いでしまいたかった。

 自分を押し潰しそうになったのは、自責の念だった。

 彼女を、エリザをここまで堕としてしまったのは、他でもないこの私なのだ。

 私があんなことを教えなければ、彼女はこうはならなかった。

 彼女を苛む頭痛を、苦しみを緩和したいがために、私はあのような事を教えてしまった。

「何をそんな、苦しそうな顔をしているのかしら。もしかして、罪悪感でも感じていて?」

「……そうだね。間違いない。君をここまで変貌させたのは、僕の責任だから」

「勘違いも良いところね。私は私の意思でこうなった。貴方がアレを教えてくれなければ、早々に命を断っていたわよ? 貴方は私を救ってくれたじゃないの」

「しかし、それが原因で君は反英霊に身を落とした。僕は後悔しかしていないよ」

 もしもやり直しが叶うならば。

 私はもう一度、彼女を救う道を模索したい。

 願いを叶える機会があったとして、それに彼女の救いを願うことはない。

 それは私の手でもって解決すべき宿願。

 そして――誤ってしまったあの女性は、いてはならないものなのだ。

「……そう。それなら、果たしてどうするつもりなのかしら?」

「過ちである君を倒す。それが、今の僕に出来る最大限の罪滅ぼしだ」

「――ふ、ふふふ、アハハハハハ! 若い頃の貴方はそこまで愚かだったかしら! ええ、やってみなさいよ! それなら私は貴方を目覚めさせてあげるわ! 鉄血無情の黒騎士様!」

 槍を構える――まさか、私が彼女に槍を向けるなんてことが起こるとは思わなかった。

 それでも、これが仕方なきことであれば。

 彼女を救うためなのであれば。

 ラーヴァナなどどうでもいい。今の私は、彼女に全霊を注ぐ。

「行くよ、エリザ。サーヴァント・ランサー――ナーダシュディ・フェレンツ二世、君を断罪する」

「来なさいフェレンツ! 貴方の血なら、喜んで浴びましょう! 最後の一滴まで飲み干してあげましょう! 貴方の苦悶の声、聴かせてちょうだい!」」




という訳でカーミラ様参戦。そしてランサーの真名が判明。
フェレンツVSカーミラとなります。
ここまで隠していたのは何より、カーミラ様に一目で看破してほしかったためですね。

冒頭の会話はオジマンディアスがバビロンへと発つ前のもの。
次回からはローマでの戦いも本格的になっていきます。


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第十五節『戦の外にて』

今日はメルトの誕生日です。
使命感か何か知りませんが、執筆を始めてから四年間、ずっとこの日に更新してるみたいなので死に物狂いで終わらせました。
色々忙しかったです。更新遅れてすみませんでした。
ってか四年も続いてるんですね、これ。

さて、FGOでは遂に、念願のCCCイベントの開催が発表されました。
BBちゃんの実装が確定。そして、メルトやリップも期待が高まります。
彼女たちのために貯め込んでいた素材や種火、聖杯にQP、そして石と呼符。
それら全てをもって挑む戦いが、刻一刻と近付いてきています。
彼女たちの扱いについて、やや不安もありますが、大きな期待をしつつ待つことにします。


 

 ――ハクト君がまた出立したと聞いてから、数時間経った。

 どうやら、また独断で行動し、ローマへと向かったらしい。

 同盟の敵であるラーヴァナの討伐に打って出たとか。

 ……いい加減、頭にくる。

 一体どれだけ独断を積み重ねれば気が済むのか。

 あの時とまったく同じではないか。

 私たちはサポートだけしていればいい、とでも思っているに違いない。

 月のトップに立っているのだから、もう少し指揮能力というか、自分が前に出る癖を治すべきではないか。

 そんな苛立ちに熱くなる体。

 それをどうにかすべく、手に持った缶の中身を喉に流し込む。

『えっと……どうですか? 指定されたメーカーのものを用意しましたけど……』

「……ん。間違いないわ。地上でこれくらい便利な自販機でもあればいいのに」

『でも意外です。凛さんが缶コーヒーなんて……』

「まあ、そこそこ飲む機会が多かったから。ちゃんとしたのよりこっちの方が飲み慣れてるのよね」

 この、必要以上に甘ったるい味は集中しなければならない場ではありがたい。

 やや入れすぎな砂糖の甘さは眠気を払い疲れの溜まった頭を回復させる。

 西欧財閥を相手にしていた時は何かとお世話になっていた代物だった。

 勿論、そんなものが紀元前三世紀のマケドニアにある訳がない。

 これはサクラにムーンセルの機能を使って用意してもらったものだ。

 食料等の支給品を送れていた以上、こんなことも出来るのではと聞いてみた甲斐があった。

 既に地上にないメーカーでも簡単に用意出来るのは、ムーンセル様々といったところだろう。

「マスター、集中したまえ。私は戦闘特化のサーヴァントではない。不測の事態の際に最低限の自衛も出来なければ困る」

「分かってるわよ。でもアンタの不測の事態なんてまずあり得ないでしょ」

「そうでもない。寧ろ、軍師は不測をどう乗り切るかこそ重視される。無論――無いに越したことはないのだがね」

 用意した遠見の術式を眺めながら、相も変わらず不機嫌そうな表情のキャスター。

 サーヴァントではあるが、このキャスターは戦闘に向いてはいない。

 ある程度魔術での迎撃は出来るものの、その真骨頂は指揮にある。

 自軍と敵軍の位置、戦力を把握し、最適解を見出す能力は、流石諸葛孔明と言えるか。

「しかし……厄介なものが攻めてきたものだな」

「ええ。これもラーヴァナの作戦でしょうね」

「まったく、まさか手駒にあんなものを用意しているとはな」

 ハクト君出立の知らせを聞いてすぐ、入れ替わるようにこのバビロンに大軍が攻めてきた。

 軍の指揮をしているのは、ラーヴァナではない。

 そして、その軍は人で構成されたものではない。

 骨だった。

 人の形を成しているだけの骨の兵は、秩序なく雪崩れ込んでくる。

 それらを映す複数の術式のうち、キャスターが注目したのは敵の首領と見られる者の姿。

「……三メートル以上はない?」

「あるだろう。まあ……人類史の中にはそんな大男が一人や二人いるだろうさ」

「流石にいないでしょあんなの……ラーヴァナが召喚した羅刹かなんかじゃ……」

「いいや。君はあの征服王が矮躯として伝えられていた理由を知っているかね?」

 ――確かに、私たちの生きる時代においては、征服王イスカンダルは小男であると伝えられている。

 ペルシャ王ダレイオス三世の玉座に座った際、そのサイズが遥かに大きかったとかで……。

「……え?」

「英霊に昇華された彼ならば、この時代を攻める手駒としては最適だろう。かの暴風王――ダレイオス三世ならばな」

 征服王イスカンダルの宿敵として生涯立ちはだかった勇猛なる王。

 強大なるマケドニアに決して降伏することなく、幾度と戦を重ねた好敵手。

 ……ラーヴァナはなんと、悪辣なことか。

 そのダレイオス三世をまさかバーサーカーで召喚するなどと。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――!!』

 術式を超えて私たちの立つ空間までもを震わせたと誤解させる、雄々しき咆哮。

 黒い肉体の隅々にまで刻まれた白い刺青という姿は、人というより怪物だった。

 三メートルを超える姿相応の豪快さと不相応の機敏さを両立させる巨人は荒々しく立ち回り、対処する兵士を軽く吹き飛ばす。

 二本の戦斧は火を噴き、それを振るう両腕は暴風の如く。

「……典型的なバーサーカーね。それでいて宝具がこんなに対処しにくいんだから質が悪いわ」

「『不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)』。無尽蔵の骸骨兵とはな」

 一体一体の能力は、人である兵士にも数段劣る。

 だが、その耐久性は凄まじい。

 砕いても砕いても、その場で次が現れる。

 後年に伝えられたペルシャ軍の不死性が、あの宝具を昇華させているのだ。

「それで、こんなのでいいの? あんな軍勢に持久戦なんて、こっちが不利なのは目に見えてるけど」

「ああ、これでいい。あの骸骨兵共には意思はない。司令塔であるダレイオス三世は狂化している始末。此方も三国からなる別の思想を持つ同盟ではあるが、統率されていない雑兵など相手ではないさ」

 戦場を俯瞰し、各所の将軍に声を伝えて指示を出すキャスター。

 本来、このマケドニア軍においては新入りであるキャスターが、全体の指揮を執るということは考えられない。

 そんな先入観を破り、ここで最重要ともいえる役目を任されているのは、ひとえにキャスターの能力がためだ。

 しかし……凄まじいにも程がある。

 大軍師諸葛孔明とは言え、主体となっているマケドニア軍をまるで「昔から見知っていた」かのように操っている。

 ローマ軍やエジプト軍の把握には多少時間を掛けていたようなところが、ごく僅かに見えた彼の人間性と言えるだろうか。

「加えて、正面を守るのはあのレオニダスだ。ここまで攻め込まれる事はないだろうさ」

「それで、ダレイオス三世を倒すのは――」

「決まっている。あの王は、元よりそういう性格なのさ」

 ……軍勢が主体である戦いの筈なのに、本末転倒というかなんというか。

 その型に嵌らない奔放さが、彼を英霊にまで押し上げたのかもしれない。

『――――AAAALaLaLaLaLaieッ!』

『――――イスカンダルゥゥゥウウウウウウウウウウッ!!』

 轟雷を伴った戦車と、骸骨兵の山が形作る巨大な戦象がぶつかり合う。

 体躯では遥かに劣っていると言えど、たったそれだけの理由で押し負ける征服王ではない。

 その膂力はダレイオス三世と打ち合うに値する。

『ハハハハハッ! 貴様との真っ向きっての果たし合いとはな! 血が熱くなるのう!』

『■■■■■■■■■■■■――――!』

 派手に、豪快に、周囲の骸骨兵を巻き込みながら二つの塊は幾度と激突する。

 少し、術式を離した方がいいかもしれない。このままだと遠からず、あの戦渦に沈んでしまうだろう。

 術式の操作をする。

 ――やはり、気になる。

 今の、確信を持ったような言い分。

 軍の特性だけでなく、このサーヴァントは征服王の性質をも完全に理解しているような気がした。

「キャスター。貴方、あの征服王の事知ってるの? いつかサーヴァントとして出会ってたとか……」

「……そう、だな」

 いつか、私たちが経験した聖杯戦争のように。

 英霊がサーヴァントとして使役された事例は幾度かあるだろう。

 ハクト君が知っている様子が無かったことから、彼の管理下においてはないとしても、それ以前における可能性はゼロではない。

 とは言え……次の召喚にサーヴァントが記憶を引き継ぐなど、あり得るのだろうか。

 その辺りを知っているだろう月の管理者は、ここにはいない。

 戦闘中の可能性も考慮すると、今連絡をするのは得策ではない。本人に聞くのが一番だ。

「ああ――知っているとも。少々なりとも縁があってね。向こうは憶えていないだろうが……」

 その、遥か昔のことを懐かしむような表情は、少々の出来事によるものとは思えなかった。

 まるでそれは、人生そのものに関わる物事のようで。

「……余計な感傷だな。今は彼ががあの正気とは思えん殴り合いで勝てるよう、補助をするだけだ」

「使うのね?」

「ああ。意思ある戦士なら、誰とて知っていよう。そして、意思なき死霊の兵には逃れ得ぬ絶大な効力を発揮する」

 それは、本来守勢、撤退戦において敷かれ、本領を発揮するもの。

 だが、彼の手腕を以てすれば、あの混沌の戦場でさえ猛威を振るう。

「奇門遁甲。六壬神課。物理で殴るだけが戦にあらず。勝利と人和、地式人式、我が智を以て天時を此処に」

 能力も、スキルも、そして宝具さえも、この英霊は単独戦闘のためのものではない。

 指示の出来る状況で、指示するに足る兵がいればこそ、その勝利を確たるものにする。

 あの二人の王の邪魔をせず、骸骨兵のみに標的を絞った死への誘い。

「これぞ大軍師の究極陣地――――石兵八陣(かえらずのじん)

 

 

 +

 

 

「あちらは良いのかね? 正念場のようだが」

「キャスターが宝具を発動した以上、帰趨は決まりました。心配はいりません」

 リンとキャスターは強い。

 リンはサーヴァントを使役することは初めてではなく、勝手をよくわかっている。

 キャスターの軍略もあって、軍を指揮している限り二人に危険が及ぶことはないだろう。

 わたしの不安は、別にある。

「サクラ、お父さまとお母さまは無事ですか?」

『はい。断続的に戦闘状態ですが、目立ったダメージはありません』

 目覚めた頃には、お父さまとお母さまは既に発った後だった。

 リン程ではないが、不満はある。

 何故二人とも、いつもわたしを置いて行ってしまうのだろう、と。

 独断先行は、残された者の心配を生むというのに。

「視認は出来るのかい?」

「流石に無理だな。砂漠にポツンとある集落ならまだしも、あのような大都市では死角が多すぎる」

 目を細めローマ領域の方向を睨みながらも、苦い声を上げるのは、アーチャーのサーヴァント。

 簡素な外套に身を包んだ、白い老人。

 後ろで纏めた髪は風に靡き、穏やかな瞳は、しかし遥かを見やり獰猛な性質を隠さない。

 天をも穿つ極限の弓兵。

 羿(げい)。中国の神話に語り継がれる、“太陽を落とした英雄”。

 彼は此処――エサギラ寺院の頂上で、わたし達がこの特異点に降りるより前からずっと、守護者として在った。

 この特異点に降り、戦いを終わらせるべく動いていた二人のアーチャー、その片割れ。

 もう一人は、わたし達が降りる直前、道半ばにして果てた。

 聞けばファラオ・オジマンディアスによる渾身の一撃を相殺し、三国の戦いを休戦に至らせ、死んだという。

 名をアーラシュ。古代ペルシャの大英雄にして、西アジア世界では弓兵そのものを象徴する存在。

 六十年にも渡って繰り広げられたペルシャとトゥラーンの戦いを一矢でもって終結させた、戦いを終わらせた英雄。

 この羿はアーラシュの遺志を継ぎ、三国の戦いの再発が起こらぬよう見守っていたのだ。

「遠矢を放つことに自信はあるが、敵を射抜かねば意味がない。今は静観するまでだ」

 言いながらも、羿はその手から弓を放さない。

 いつでも、その時が来ればすぐに矢を放てるよう、用意は万全だ。

「まったく……あんな戦渦の中に自分たちだけで行くなんてね。僕なりカレンなりを連れていくべきだろうに」

「貴様が出向いても力にはなるまい。それとも余に剣でも持たせるか?」

「キャスターである君だと竜牙兵一体でも厳しそうだね」

「貴様やはり余を馬鹿にしていないか?」

 同じく、エサギラ寺院の頂上に立つカリオストロとキャスターの掛け合いは、さながら漫才のようだった。

 この特異点でも何度か見ているが……二人は、相性が悪いように見える。

 お父さまとお母さまが用意したサーヴァントの召喚術式は、相性の良い英霊が選ばれる作りになっていた筈。

 それを使ったならば、彼らはやはり、似通った部分があるのだろうか。

「……わたしも、力にはなれません」

 わたしには、戦えるような力はない。

 サーヴァントであるゲートキーパーも――

「……ん? どうかした?」

「いえ……」

 まったくもって、戦う気がない。

 結局、この特異点にやってきてからも、彼が戦うということは一度もない。

 最初の特異点で、わたしは彼が戦ってくれるよう――認めてくれるよう、尽くしたつもりだ。

 だが、まだ足りないのだろうか。

 わたしは弱い。お母さまのように英霊を凌駕している訳でもなければ、お父さまのように英霊と戦える術式を持っている訳でもない。 

 これでは、お父さまとお母さまの役に立てない。

「そこまで気にすることはないんじゃないか?」

「え……?」

 意外だった。

 元よりその呟きは独り言であり、誰からの返答も求めていなかったものだ。

 それを――愉快さを見せながらもどこか胡散臭いあのカリオストロが答えを返してくるなどと。

「君はその存在だけで、あの二人を奮い立たせている。君が危機に陥ったらどうなる? 君に応援されたらどうなる? どちらにせよ彼らは君のために全霊を尽くすだろうさ」

 ――そう、なのだろうか。

 大事にされている。数字の世界で生きているからか、そうした事は如実に理解できる。

 二人からの感情は悪いものではなく、それによってわたしの“心”が穏やかであることも分かる。

 だが――だが。

 わたしの為に、お父さまとお母さまが力を尽くす事は、あるのだろうか。

「君が何処まで良く出来た存在か、理解が及んでいるかは知らないけどね。僕は少なくとも、彼らをそういう性質だと判断した」

「たった……あれだけの会話、関わりだけで?」

「ああ。こう見えて見識は広くてね。色んな人に出会ってきたし、善も悪も、隆盛も退廃も、救いも滅びも見てきた。それでも、彼らほど分かりやすい者たちはそうはいない。いいじゃないか、善を見定め、悪を正す。緩やかな人間模様を愛する非人間。そういう存在は、僕は好きだ」

 大げさに身振り手振りを交えながら、カリオストロはそう、二人を評した。

「まったく……それは本心か?」

「紛れもなく本心さ。キャスター、少しくらいは僕を信じてくれても良いんじゃないかい?」

「そうしたいものだがな。余は知っているぞ、貴様のような道化。気に食わんが書庫が如き知識人――最も厄介な輩ではないか?」

「確かに。気が合うかもだ」

 英霊である、キャスターでさえもが彼を評価している。

 ならば、彼の言うことは正しいのだろうか。

 出来れば、わたしも敵と戦うことで、二人の役に立ちたい。

 でも……今の段階で力になれているのならば。少しだけ……嬉しかった。

「……カリオストロ」

「なんだい?」

「ありがとうございます。少しだけ、気が楽になりました」

「どういたしまして」

 彼は胡散臭い。底が見えないから、善人とも悪人とも言い難い。

 それでも、今の言葉は信頼できるものだった。

 彼のおかげで、ほんの僅かかもしれないが、成長できた気がした。




凛とカレン、二人の視点でお送りしました。メルトの誕生日なのに出てなくてすまない。
そして参戦、ダレイオスにオリ鯖であるアーチャー、羿です。
オリジナルサーヴァント候補としては、割とメジャーな方ですね。

カリオストロについても、少し掘り下げ。
自分で書いてて何ですが、胡散臭い。


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第十六節『青黒き雲霞』

CCCイベントの概要発表。まさかのBBちゃん配布決定。
ニコ生に小倉唯さん出演決定。
いい流れです。次の更新の時には、CCCイベントは始まっているでしょう。
いくぞFGO――ガチャの用意は十分か。


 

 

 ローマの中心。

 巨大な宮殿は、混沌に支配されていた。

「……これは」

 死霊や影の英霊が跋扈する、かつて栄光の象徴であっただろう宮殿。

 そこは最早壊滅しており、人の気配など微塵も感じられなかった。

「サクラ、中には……」

『英霊が三騎……いえ、四騎います。カエサルさん、クレオパトラさん、カリギュラさん……それから、凄く弱い反応が一つあります』

 負傷している……のだろうか。

 英霊とは言え、無敵というわけではない。

 これだけの敵が大挙して押し寄せてくれば、不覚を取ることも十分にありうる。

「ラーヴァナはいないのか。ともあれ、まずはその者たちを助けるとしよう」

 ラーマは先立って、エネミーの群れに切り込んでいく。

「私たちも行くわよ、ハク!」

「ああ!」

 大軍との戦いは、メルトの戦闘方法からして向いたものではない。

 だが、そこをラーマに助けられている。

 伝説からして、万を超える羅刹を相手に単独で勝利を収めたこともある大英雄だ。

 軍勢との戦いの勝手は、十二分に知っている。

「退くがいい! 貴様たちに用はない!」

 状況に応じて、逐一武器を変更し、大半を手早く片付けていく。

 取りこぼした素早い敵は、メルトがその速度でもって貫く。

『その先の大部屋です!』

 開け放たれた扉。

 中にまで入り込んでいるエネミーたち。

 ローマに属するサーヴァントたちを殲滅せんとばかりに、数でもって雪崩れ込む影の群れ。

 部屋に走り込み、シャドウサーヴァントの大軍を相手取る英霊たちを視界に入れる。

「むっ……!」

 その体躯からは想像もつかない素早さで剣を振るうカエサル。

 負傷を気にせず、影の英霊に殴りかかるカリギュラ。

 軽い身のこなしで二人のサポートに徹するクレオパトラ。

 そして――彼らが守る玉座。

 そこには、ひどく衰弱した英霊が座していた。

「彼が……神祖ロムルス?」

 淡く輝く隆々とした身体。それは形だけのものではなく、ステータスは非常に高い。

 イスカンダルやオジマンディアスと並び、この特異点で頂点に座すサーヴァントに相応しい。

 しかし、その余力は最早皆無にも等しかった。

 病床に伏し、大量のコードで命を繋いでいるかのように、その肉体には樹木が絡みついている。

 状況は読めないが、その体を動かすことが出来ないのは明白。

 彼がバビロンに訪れられなかった理由も、この状況に関係しているのだろう。

「ッ、貴方たちは……!」

 戦いつつも、此方に視線を向けたクレオパトラが僕たちに気付く。

 ひとまず、前方の敵を蹴散らしつつ、彼らに合流する。

「援軍か。助かった――癪だが私たちだけで神祖を守るのにも限界が近付いていてな……!」

 胴を守る鎧を纏い、素人目でも一目で名剣だと分かる一振りを持つカエサルは、無数の影の英霊相手に大きな傷も受けていない。

 だが、戦況は苦戦と言っていい状況だった。

 ただの一つを目指し進軍してくる大勢の敵と、それを守り攻めることの出来ないサーヴァントたち。

 そう――彼らは座したロムルスをひたすらに守っているのだ。

「おい、どういう状況なのだこれは。その英霊――ローマの根幹は何故そんなにも弱っている?」

 一先ず周囲の敵を蹴散らしつつも、ラーマは彼らに問う。

「……神祖は、一人でこのローマを支えていた存在でな。戦力の拮抗で成立している三国だが、このローマは実のところ戦力が非常に乏しいのだ。大英雄と呼ばれる存在の複数いる二国と異なり、な」

 マケドニア領には、イスカンダルの他ラーマがいる。そして、元より国としてこの場に存在していたという、国そのものの強度がある。

 エジプト領はオジマンディアスというファラオをトップとして、カルナとクー・フーリンという強大な戦士が存在する。

 ローマの英霊たちが、格で落ちるとは思わない。だがこの特異点において、国の成立に重視されるものはその一点なのだろう。

「神祖はこの国を成立させるため、己の身を国に捧げられたのです。命を削り、力で劣るこの国を――成立してしまったこのローマを、過ちであれ存続させるために」

 変わり果てたロムルスは、真実、このローマの核なのだ。

 他の二国は王を倒したとて、即座に国が破滅するということは無いかもしれないが、ローマは違う。

 ラーヴァナが攻め込んだ理由も分かった。この国は、ずっと限界だったのだ。

 今のロムルス自身の魔力は、低級サーヴァントにも等しい。

 戦うなど到底無理だろう。本来のロムルスならば、ラーヴァナに決して劣らないのかもしれないが……。

「ゆえに! 神祖が命をお使いになる以上、私たちはこれを死守し、下賤な魔性に屈する訳にはいきません! 時の勇者、一騎当千の英霊! 共に戦い、この者共を蹴散らすのです!」

「元より――そのつもりだ!」

 理由が理由だ。彼らはここから離れる訳にもいくまい。

 まずはこの宮殿に攻め入ってきた敵を倒し、それから外の援護を――

「キャ――ハハハハハハハハ――! いいわ! とてもいい! その啖呵、流石最後のファラオは言うこと違うわ!」

 その時、高笑いと共に部屋に入ってくる軍勢が吹き飛んだ。

 残骸を踏み台に、遠慮もなく侵入してきた者。誰か、などその声だけで判別がつく。

『……気を付けてください。杯の影響か、魔力が更に高まっています』

 肉体の青さは増し、新たに刻まれた赤い文様。

 より人外であるという印象を増した豪奢な装飾。

 バーサーカーらしい狂笑を浮かべた羅刹に、一斉に警戒を向ける。

「……来たか。余の記憶が正しければ、討ち果たす際に『その悪辣な笑みを二度と見せるな』と言った筈だがな――羅刹王」

「アハ――ええ、覚えているわ。でも貴方に『不快だからシータの名を口に出すな』と言っても聞かないでしょう? それと変わらないんじゃないかしら?」

「ふん……そんな下らぬことが、余にとってのシータと同じ価値観か。相変わらずだ、貴様は余の逆鱗に良く触れる」

 一歩前に出て剣を構えるラーマに、よりラーヴァナの笑みは深まる。

 天敵である筈なのに。殺し合う敵である筈なのに。

 ラーヴァナのその表情は、極限なまでの喜悦に満ちている。

「それより! どうかしら。貴方と戦った時以上の衣装にしたのよ。私がこの国を落とす記念の日だもの!」

「貴様の戦装束になど興味はない。どれだけ貴様が力を蓄えようと、余は貴様を打ち倒す存在! ここに余がある限り、貴様の野望は成就せぬと知れ!」

 ラーマは剣先をラーヴァナに突き付け、堂々と宣言する。

 残念そうに肩を竦めたラーヴァナ。ラーマにあるのは、敵対するという心持ちのみ。

「……そ。残念。まあ褒められても困るけど。まあ、安心なさい、ラーマ。今回はシータを攫うなんてことはしないわ。正々堂々、改めて、羅刹の王として――叩きのめしてアゲル!」

 振り上げられる剣。今の距離は明らかに剣のリーチではない。

 警戒を強めるラーマ。それを見て、我慢できないとばかりに笑いが爆発する。

「ギ――――ヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハッ!! そうだ! それでいい! テメエはオレと戦うだけでいい! オレも国王として戦ってやる! これが、オレの招く時代の終焉! ラーマ、サル共のいねえテメエにどうにか出来るなら、やってみやがれ!」

 口調を変化させたラーヴァナの膨れ上がる魔力は、宝具の兆し。

 それを止めるべく詰め寄ろうとしたメルトたちだが、ラーヴァナが自身の前に表出させたモノを見て動きを止める。

「あの杯は……!」

「そうだ! あの蔵で頂戴したお宝――これなら申し分ねえ! よく見てやがれ! これこそは地獄の釜、溢れ出すは我らが楽園! 繁栄を! 喝采を! さあ世界を埋め尽くせ、野郎共!」

 喉が枯れんばかりの大声で叫ぶラーヴァナの次の瞬間の行動は、一切予測できないものだった。

 

悪鬼羅刹よ、楞伽の城にて狂い嗤え(ランカーヴァターラ)ッ!!」

 

「――――ッ!?」

 真名解放。そして同時に――振り上げたその剣で、己の首を断ち切ったのだ。

 

 

 

 ――この特異点において戦う、誰しもが驚愕を禁じ得なかった。

 

 

「ぬぅ……! ありゃあ何なのだ! とは言っても……答える事も出来んか!」

「■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 

「そら見たことか。覚えておきたまえマスター。これを不測の事態と言う。さて……どうしたものか」

「……マズいわね。あんな隠し玉は流石に予想してなかったわ……」

 

 

「ヌウウウウウウウオオオオオアアアアアアアアアア――――! 負けてなるものか! 戦い、戦い、押し返す! それがスパルタ、だあああああ!」

 

 

「ふむ……。急がねばなるまい。これを一々相手取るのは馬鹿らしいぞ」

「その通りです。一刻も早く、あの鬼を討たねばなりますまい」

 

 

「これが、切り札なのかい、エリザ。羅刹王とやらの……」

「そうみたいね。詳しい事なんて知らないわ。ただ、中々に凄惨で美しい光景じゃない」

 

 

「……へえ」

「アレ、全部撃ち落とせますか?」

「無茶を言う。不可能ではないが、恐らくアレが地上を蹂躙し切る方が早かろう」

「キャスター、戦ってみるかい?」

「五秒と持たんぞ」

 

 

 空を埋める、青黒い巨大な影。

 否――巨大なのではない。あまりにも膨大な数によって、雲の如き影が形成されているだけ。

 その一つ一つは、精々が三メートルから五メートルほど。

 鋭い爪。反り返った角。硬質化した皮膚の奥で爛々と輝く双眸。

 強靭な青黒い肉体。そして、その身の飛行を可能とする巨大な翼。

「――、――、――、――、――、――ッ!」

 ドクン、ドクンと、それらの生の証が脈打つ。ある者は――それによって大地が震撼する錯覚さえ抱いた。

 羅刹王の宝具によって、羅刹に定義された栄華の魔物。

 他の文献、他の神話ではデーモン、蛮神とも称される“魔”は、人を狩るべく、地上へと降り始めた。

 

 

 +

 

 

「あらら。やっぱり、面倒なことになりましたね。どうするんですかコレ」

 外を見ながら――タマモさんは呟く。

 何かが、外で起きている。

「……どうか、したのですか……?」

「どうやら敵の秘密兵器がお目見えしたようです。これは……獅身獣だけじゃ足りませんねぇ」

 そんなにも、凄まじい存在が……。

 タマモさんは、部屋に備えられている灯火から、外を覗いているらしい。

 弓兵として召喚された影響か、距離はあったが、その内容を見て取ることが出来た。

 青い魔。それも単体ではない。小さな灯火から分かる限りでも、十、二十――これがもしかして、この時代全体に……?

 いや、それよりも。

 あの魔物たちの気配、雰囲気。何故、そんなものがここにまで伝わってくるのか。

 姿かたちは変わっていれど、間違いない。悪辣にして自由の化身。蹂躙を愛し、しかし平和に焦がれた、私が良く知る者たち。

「……羅刹(ラークシャサ)

「知っているので?」

「ええ……そう。ラーヴァナもまた、召喚されたのですね。この時代を、壊す側に」

 彼らが単一のサーヴァントでないことなど明白だ。

 ならば、彼らを召喚した者がいる。

 彼らを召喚する――しようとする者など、世界の何処を探してもただ一人。

 羅刹王ラーヴァナ、彼女だけだろう。

 この宝具は恐らく、魔として定義されるものを羅刹と再定義し、眷属として召喚する宝具。

 羅刹は人を超える存在――この宝具をもって、決着を付けようとしたに違いない。

「……んー、生前の縁ってのは厄介ですねぇ。たったこれだけで正体にまで行き着きますか」

 タマモ・オルタさんたちは、分かっていて隠していたようだ。

 ……仕方ないか。

 私は、彼女に攫われた存在。死にかけた者にトラウマだろう名を聞かせる訳にもいかない――そんな親切だったのだろう。

 ファラオ・オジマンディアスは私をこの部屋を貸し与えてくれる程に寛容だ。

 タマモさんは、悪女を自称しておきながら、あれやこれやと世話を焼いてくれる。

 カルナさんは気難しい……というより、あれは口下手なのだろう。性根は善と分かる。

 クー・フーリンさんもまた、よく気に掛けてくれていた。ただ女性が好きなだけ、とも言っていたが……。

 この神殿に滞在している時は、ハクトとメルト――呼び捨てで良いと初日に言われた――は毎日のように話相手になってくれていた。

 皆が気を使ってくれたのだろう。でも――

「では……ラーマ様は」

「今頃戦っているでしょう……あっ」

「大丈夫です。知っていますよ。ラーマ様がいる――この霊基がそう訴えていましたから」

 召喚されたと同時に、私はラーマ様の気配を察知した。

 ラーマ様に一目会うために駆け、しかし、道中で暗殺者の毒に倒れた。

 それでも、ラーマ様が存命であると、毎日のように確認し――それが、私が死を受け入れていない理由の一つにもなっていた。

「ッ」

「ほらほら、何立とうとしてるんです。もうそれだけですら無茶なんですから、大人しくしてなさい?」

 動こうとするだけで、霊核は軋む。

 限界などとうに超えている。でも、だけど……まだ死ねない。

「ラーヴァナがいて、ラーマ様が戦っている。なら……私だけがここで寝ている訳には、いきません……!」

「忠告です。囚われのお姫様のままでいなさい。貴女、死にますよ」

「――ありがとう、タマモさん。優しい人。でも、この決断は曲げられない。囚われの身は少々、飽きたのです」

 そんな冗談を口にしながらも、起き上がり、寝台から降りる。

 久しぶりに自身の足で立つ感覚は、懐かしかった。

「私はこのために召喚された。タマモさん……私も、英霊なんですよ?」

「……はあ。本当に、困りましたねえ。力づくで、なんて言える程強くないですし」

 まだ少しだけなら、戦える。

 限界のその先を超える必要はあるけれど、そんなこと、ラーマ様ならいとも簡単にやってのける。

 今の私は“ラーマ”なのだ。ならばそのくらい、出来なくてどうするのだ。

「……もういいです。好きになさい。何が起きてもしりませんよ。最低限の護衛くらいは付けてあげますから、死なないことです」

「ええ、ありがとうございます」

 この部屋から出れば、どうなるか。死は急速に、私を襲うだろう。

 此度、ラーマ様に会えなくとも、私はやるべきことを成そう。

 その為の力なら――残っている。

「さて……外には魔の群れ。そして安全地帯から抜け出そうとするおバカな姫様が一人。これは私も、怠けている訳にはいかないですか。はー……こんな間違った召喚で使う理由もなかったんですが」

 愚痴を吐きながら、タマモさんは手に持つ扇を揺らし、自身の魔力を高める。

 宝具の予兆――至極不服といった様子ながらも、その祝詞は歌のように、流麗に紡がれる。

「これなるは死の国、母の国。冷たき熱は嘲笑い、黒き炎は瑞穂の如く。一時地上に闇夜を譲り、この身が照らすは魑魅の国。いざ――来たれよ黒太陽」

 真っ黒な魔力が、神殿の上空へ展開していると分かった。

 あまりにも悍ましい力ではあるけれど、邪悪とは思えない。

黒天日光天照奇々怪々(ぶらっくさん・おぶ・ひゃっきやこー)――ここに顕現」

 たどたどしい真名が紡がれる。

 そして、羅刹に対抗する術が――死の国が、顕現した。




ラーヴァナの切り札発動。心臓寄越せ。
対して遂に使用された、タマモ☆オルタの宝具。
そして限界を超え、シータ出陣。決戦らしさが出てきました。
ロムルスに関してですが、現状ローマ領の核にも等しく、彼の死は時代の崩壊にも等しい状況です。
今まで顔を出さなかった理由。活躍させられなくてすまない。
そんなわけで、二章もようやく鯖が出揃いました。もう終盤ですけどね!


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第十七節『全ての道はローマへ通ず』

始まりました、CCCイベント。
悲願であったメルトの宝具レベルを無事5にし、全力で楽しんでいます。
何だかひどく懐かしい、何処かで見覚えのある展開を所々に感じ、「わーい公式Meltoutだー」と血反吐をぶちまけながらもプレイしていました。
ともあれ、私のFGOチュートリアル(メルト召喚するまで)はようやく終わったので、少しだけ情報が発表されたアガルタを舞台にした初の本編を楽しみに待つことにします。


 

 

 ラーヴァナが宝具の真名を解放した瞬間、周囲の――いや、世界の空気が変わった。

 その空間が、人の住むモノではなくなったかのように。

「今のは――」

「この雰囲気……ラーヴァナ、貴様――!」

「あら、覚えていてくれたのね。そう、アタシの国の可愛い民よ」

 自身で首を落としたラーヴァナは、さも当然のように首元の炎から新たな首を生み出した。

 ラーヴァナが使った宝具の性質を、やはりラーマは知っている。

 ラーマの尋常ならざる表情は、宝具が凄まじいものであることを確信させる。

『――!? 上空に無数のエネミー反応! 降りてきてます!』

「ッ、配下の召喚宝具……!」

「ご名答ッ! これだけの魔力タンクがあれば、エサにも困らねえ!」

 本来、こういった宝具による召喚可能数はマスターの魔力量によって変わるのだろう。

 だがラーヴァナが使用しているのは、魔力を貯め込んだ杯だ。

 自身が消耗することもなく、ラーヴァナは自身の眷属を大量に召喚せしめた。

 杯を使い、神代の魔獣を呼び出していたのは、この杯の性質を試す実験だったのかもしれない。

 そしてこの時、魔獣たちとは比べ物にならない、彼女の信じる手駒を呼び出した。

 それは、ラーヴァナの決戦の意思表示なのだろう。

「来る――!」

 宮殿のあちらこちらが崩壊し、羅刹が流れ込んでくる。

 魔力量としては、バシュム等の大型魔獣には及ばない。

 だが、人の世界を侵し喰らう羅刹の性質――

 あの一体一体に備わっているのは、人の型を持つ者への特効性能――!

「恐れるな! 羅刹と言っても兵に過ぎん、お前たち英霊ならば打ち合える! メルトリリス、ハクトを守れ!」

「言われなくとも、そのつもりよ!」

 一番槍が如く、最初に突っ込んできた羅刹をラーマがその一刀で叩き落す。

 メルトの素早さに付いてこれる程の速度はない。眉間を突き刺し、メルトは確実に目の前の一体を仕留める。

「神祖をお守りしろ! クレオパトラ、ウラエウスの展開はまだ可能か!」

「はい! 出でなさい、我らが落陽!」

「ヌゥウウウウウアアアアアアア! 潰、す! ローマを侵す、獣の、一切――!」

 確かに、ローマに属する英霊三騎も羅刹と同等以上に相手取れている。

 だが――

「アッハハハハハハハ! 最高! もっともっと踊りなさい!」

 あまりにも量が多すぎる。それに、幾ら羅刹たちと戦ったところでラーヴァナには傷一つ与えることが出来ない。

 この拮抗状態はマズい。このままでは、押し切られるのは僕たちだということは明らかだ。

「おのれ、ラーヴァナァ!」

 自身が抑えていた三体の羅刹を吹き飛ばし、召喚した弓によりラーヴァナを射撃する。

 命中すれば死は逃れられない。

 だが、頭に向けて放たれた一矢を、まるで分かっていたかのように回避する。

「アハ――早漏は嫌われるわよラーマ! アタシの愛する羅刹たちとは遊んでくれないのかしら?」

「貴様の魂胆など読めている! 疲弊しきったところにその『破滅の月光(チャンドラハース)』でも撃ち込んでくる気だろう!」

「そんなことしないわよ。だってそんなの、つまらないじゃない。貴方がまた殺してくれるんでしょう? だったら極限まで愉しませてちょうだい!」

 チャンドラハース――それもまた、ラーヴァナの宝具か。

 その名は月の刃を意味する。ラーヴァナがシヴァより賜った月の剣だ。

 ラーマの発言からして、あの剣には遠距離に対応した攻撃方法が存在する。

 ラーヴァナは使わないと言っているが、バーサーカーである彼女の発言は信用できない。

 羅刹を相手している時に発動されれば一溜まりもないだろう。

「変人め……! チッ……流石に量が多い!」

 この量を相手取り、かつラーヴァナにダメージを与えるのは難しい。

 ひとまず、この場にいる羅刹だけでもどうにかしなければ。

 程なくして次の勢力がやってくるだろうが、それでもラーヴァナと戦う時間が出来る。

 サーヴァントたちの消耗は避けたい。守られてばかりではいられない。

「皆、羅刹たちの動き、少しだけでも止めてくれ!」

 指示を出しながらも、絆を紡ぎあげる。

 この場全てを範囲にするには、僕の技量では足りない。

 出来るだけ範囲を制限し、最低限の力で全てを穿つ。

「秘策があるようだな。ならば!」

「ええ――失敗は許されなくてよ!」

「ふん。ハクにここぞの失敗はないわ。いいから素早く言う通りにしなさい」

「くっ、それは安心だ、な――!」

 それぞれが、それぞれの手段で羅刹を叩き伏せる。

 位置の把握は完了した。いける――呼び起こすは、正義の絆――!

解放(セット)――串刺城塞(カズィクル・ベイ)!」

 それは、聖杯戦争の最中に戦い、月の裏側で助けられた串刺公の宝具。

 悪を断つ正義の槍。

 羅刹が人の正義を侵す魔性であれば、この上なく有効な一撃となる――!

『■■■■■――――!』

『――――――――――――――――!!』

『■■■■■■■■■■■■ッ!』

 突き出された槍が羅刹たちを貫いていく。

 獲物の悉くを絶命させ、羅刹の串刺平原が作り上げられる。

「――――」

「ほう、やるではないか。趣味は悪いが、有効な殲滅方法だ」

「僕の趣味じゃ……いや、今はラーヴァナを!」

 これで全てが解決したわけではない。

 寧ろ、此処からだ。

 今の内にラーヴァナを少しでも追い詰めないと……!

「――なるほど。そっちのボーヤ、馬鹿正直に剣振るうだけじゃないのね。んー……可愛いからって残しておいたのは失策だったかしら。やっぱりそういうのに足下すくわれるのかしらねえ」

 相変わらず、喜悦を顔に張り付けたままながら、ラーヴァナの声色は低い。

 何となくだが、分かる。

 今この瞬間、ラーヴァナは喜びを感じていない。

 「面白くない」という感情を、表情以外の全てから発している。

「これだけ可愛いなら、ボーヤを苗床にすればよかったかしら。ねえラーマ、どう思う?」

「知らん。だが、ハクトに手を出してみるがいい。メルトリリスの逆鱗に触れるだろうよ」

「ハッ! あんな華奢な娘を恐れてたら羅刹王の名が泣くわ。アタシが恐れるのはただ一人、ラーマ、貴方だけよ」

 当然ながら、ラーヴァナにとっての天敵はラーマなのだろう。

 だが、ラーヴァナがラーマに対して抱いているものは、殺意でも、戦意でも、恐怖でもない。

 何故か――もっと、好ましいものに思える。

「さて、と。ここに招いた皆は死んじゃったし、少しだけアタシも踊りましょうか。ねえ、それがお望みなんでしょう、愚かな人間たち」

 数で言えば、此方に大きな有利がある。

 だというのに、ラーヴァナは絶対的な勝利を疑っていない。

「その選択、後悔しないことだ。このラーマは貴様を打ち倒す者――信ずる仲間がいる今、万に一つも負けはない!」

「ハ――ハハハハハッ! 良い啖呵だ! それでこそラーマ、それでこそ英雄! 行くぜ、一撃二撃でくたばるんじゃねえぞ!」

 高笑いしたラーヴァナは、次の瞬間ラーマに突っ込んだ。

 杯を片手に持ちながらも、それは手数には関係ない。

 周囲に浮かせた剣全てが、彼女の手のようなもの。

 メルトやカエサルが援護をしても、それらがラーヴァナに攻撃を通さない。

「おおおおおおおぉぉぉ!」

「ヒヒヒヒャヒャヒャヒャヒャ――! そうだ! 今のテメエはオレだけ見てりゃあいい! 全力をぶつけてきやがれ!」

 右手に握る剣に合わせて浮いた二本の剣を操ることで、ラーマの剣技に渡り合うラーヴァナ。

 一本の剣でラーマはそれに対応している。

 その様子は、とても現実とは思えない。

 山をも打ち砕くのではと思う程の膂力の応酬。

 一撃一撃が大地を震撼させる。

「ふむ。これは、私たちが出るだけ無駄か?」

「いや……あの手数全部がラーマに向かうのはまずい。少しでも負担を減らそう」

 今の状況、僕たちに出来るのはそれくらいだ。

 ラーヴァナの弱点は、ラーマが一番よく知っている。

 ともなれば、僕たちはそれを突くために、ラーマを援護する。

「行くわよ――合わせてハク!」

「ああ!」

 メルトの動きに合わせ、弾丸や盾を展開する。

 当然、それは浮いた剣に対応されるが、それでいい。

 その分ラーマに余裕が出来る。それでも、可能であればラーヴァナに攻撃を通せるように。

 首を断っても死なない彼女の不死性の秘密は、やはり判然としない。

 だが、ラーマはそれを知っている。知っていて、戦っている。

 ならば僕たちがラーヴァナにダメージを与えることも、その打倒手段を成立させる要因になりうる。

「……チッ、お呼びじゃねえってのに……邪魔してんじゃねえよォ!」

「しまっ――!」

 激情と共に射出される剣は、着地したメルトの隙を突いた。

 大丈夫だ。メルトは動けなくとも、僕は動ける。

 盾の複数展開。防げはしなくても、勢いを弱められればいい。

「メルト!」

 破壊されている時間で、メルトを抱いて軌道の外へと飛ぶ。

 だが、剣は真っ直ぐ飛ぶだけではない。その軌道は曲がり、執拗に追ってくる。

「ッ――」

「問題ないわ、グッジョブよ、ハク!」

 追撃を防いだのは、メルトの水の膜。

 宝具でさえ防ぎきる護りは、剣一本では物ともしない。

「相変わらず無茶するわね……助かったけど、私の心臓に悪いわ」

「ごめん。だけど――まだ!」

「殺し合いの最中にイチャイチャしてんじゃねえぞテメエら――!」

 メルトの跳躍で、飛来してきた三本を回避する。

 追撃は――ない――?

「――――ハクト! メルトリリスッ!」

「なっ――」

 ラーマの叫びが聞こえ、視線を移せば、ラーヴァナが持つ剣が思い切り振り上げられていた。

 ラーマ自身は十本もの剣で動きを封じられている。

 輝きを増す剣。それは紛れもなく、真名解放の予兆。

 離れたところにいるカエサルたちでは、止められない。

 狙いは、僕たちか――いや、まさか全員――

 どの道、これでは誰も防げない――!

「灼け! 引き裂け! 破滅の月光(チャンドラハース)ッ!」

 剣が振り下ろされると同時、光が強くなる。

 それが最高潮に達し、何やら光の性質が変化した、その寸前――

 

 

「――――すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)

 

 

 別の宝具が、解放された。

 全方向に広がる閃光の斬撃を、悉く防ぎきる防壁。

 僕たちも、ラーマも、カエサルたちも、全員がその壁によって、剣の餌食を免れた。

 この場にいる、これほどまでの防御宝具の使い手。

 まさか――

「――ロムルス!」

 玉座から立ち上がり、手に大樹が如き形状の深紅の槍を持った帝国神祖。

 彼が、助けてくれたのか。

「――テメエ、死にぞこないが――!」

「何処を見ている! 貴様は余のみを見るのだろう!」

 対応しようとしたラーヴァナだが、ラーマにそれを止められる。

 自身を襲っていた剣全てを打ち払い、ラーヴァナが吹っ飛ぶ程の一撃が叩き込まれる。

「神祖! そのお体で無茶をなさるな!」

 カエサルの言う通り、ロムルスの衰弱は著しい。

 自身の領域の核となり続けていた体は限界を超え、霊核を破壊せずとも消滅は近い。

 そんな時に戦えば、余計に死は近くなる。

「……ローマを守る。それこそが、(ローマ)が選んだ道。ゆえに――(ローマ)はあの者を誅する」

「しかし……」

「我が子らよ。あの大魔もまた、ローマである。ローマの過ちは(ローマ)が正す。ローマが孕んだ悪ならば、(ローマ)が受け入れよう」

 しかし、断固としてロムルスはその行動を否定しない。

 奇妙な口調だが……そこには、確かな信念が感じられる。

「案ずるな。我が子ら。ネロを縛る原罪に比べれば、児戯にも等しい。人ならざる魔性の悪、ローマが受け入れずして、誰が受け入れようか」

 あの羅刹王をも受け入れる、懐の広さ。

 ローマそのものともいえる器量は、最早理解の埒外だった。

「ッ、この……やってくれるじゃない。アタシの渾身の一撃を防ぐなんて。神祖サマは空気を読まないわね」

「全ては、我が子とその友を守らんがため。羅刹の長よ、お前もまた、ローマは愛するだろう」

「お断りね。アタシの国はランカーだけ。それもまたローマだとでも?」

「然り。全てはローマに通ずる。ゆえに、遍くをローマは内包する。善も、悪も」

「ヒャハハハハハハハハハハッ! だったらコイツらも受け入れられるんだろうな! 集え野郎共!」

 ラーヴァナの呼び声に応じ、大量の羅刹が雪崩れ込んでくる。

「ッ!」

 ここまでの数は予想外だ。

 これを薙ぎ払うとなると、可能なのはカルナかガウェインの宝具か。

 だが、この短時間で展開は――

「無論。羅刹もまた、我が槍(ローマ)へと通ず。現在過去未来、ローマは永遠であるがゆえに!」

 そんな葛藤をしている間にもロムルスは槍を掲げた。

 ラーマでさえ対処しきれないだろう羅刹の群れに恐れることもなく。

 その眼に誇りさえも浮かばせて。

 ローマ最大の英雄として、この状況を打開する真名を解き放つ。

すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)!」

 その瞬間、圧倒的な質量が顕現した。

 あれなるは、建国の槍。ローマを象徴する、国造りの大樹。

 それはローマの現在であり、ローマの過去であり、ローマの未来。

 ローマという国の全てが、樹木の奔流となって羅刹を呑み込んだ。

「は――――?」

 味方を躱すように操られた大樹は、ラーマの傍にいるラーヴァナを見逃した。

 ゆえに、ラーヴァナは、集った羅刹の群れ全てが等しく、芥のように呑まれていく様を見た。

「……」

 呆然とその様を見届けた羅刹の王。

 対して、神祖に相応しい、圧倒的な力を見せつけたロムルスは――

「ふ……」

「神祖!」

「神祖様!」

「お、おぉぉ……!」

 二度の宝具解放により力を使い果たし、消滅していった。

 核がいなくなったことで、ローマ領域の崩壊が始まるだろう。

 しかし、ロムルスの意思が残っているかのように、大樹は脈動を続ける。

 生ける国そのものたるローマ。神祖が消えても、その偉大性は一切変わらない。

「……勝手に死にやがった。オレが野郎共の復讐さえ果たす前に。ああ、ここまで不愉快なのは久しぶりだ」

 静かながら、憤怒を煮え滾らせるラーヴァナ。

 彼女は横暴で野蛮だが、民を想っているのだろう。

 自分たちが侵略者であろうとも――民がなんの役目も果たさずに死んでいくのは、耐えられないのだ。

「まあ、いい。ロムルスが死んだならば、後は何も考えずにテメエらを殺しゃあいい」

「ふむ。意外と落ち着いているなラーヴァナ。激情に任せて殴りかかってくると思ったが」

「お望みとあらば、やってやるよ。今度こそ、手は抜かねえ。野郎共もまだ残ってる。全員、此処に召集を――」

 

「フ――ハハハハハハハハハハハ! 余裕がないではないか羅刹王! それで我らの同盟を破ろうとは、大口にも程があるぞ!」

 

 その憤怒を嘲笑い、必要以上の大声が辺りを支配する。

「この、声は……」

「どうしてここに……」

 そんな疑問を、再び笑い飛ばす声の主は、天空より宮殿の屋根を灼いて降臨する。

「何、気紛れという奴だ! 案ずるな、地上に在ってファラオに不可能なし。万物万象が我が手中に在る限り、全ては余の思うままよ!」

 現れるは、黄金の船。

 太陽を背にした姿は、神々しさすら感じさせる。

「……気紛れは良いけれど、来るならもっと早く来たらどうかしら。明らかに絶好の機会に向けて控えていたような様子だけれど」

「それもファラオの甲斐性よ! 余とてこの世界に集った覇王。その魔性を一度嘲笑ってやらねば気が済まぬ!」

 全員が見上げる中、最強のファラオは太陽船より宮殿に降りる。

「……テメエ」

「名を知ってから逢うのは初だな、羅刹王。壮健そうで何よりだぞ?」

 苛立ちを隠さないラーヴァナに対し、降臨したファラオ――オジマンディアスは不敵に笑った。




ロムルスはこれにて退場となります。たった二話でしたがお疲れ様でした。
そして、特異点の終わりに向けたカウントダウンはより明白に。
更にここにきておいしいところを奪ってオジマンディアス参戦。
崩壊するローマを舞台に、戦いは佳境に入ります。


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第十八節『月の愛、愛の歌』

メルトと絆を深めるために隠れ村を殲滅する日々。


 

 

 ――それが、ラーヴァナの切り札であると、わたしは直感で理解した。

 空を舞う悪魔たちは、唸り声や叫びを上げながら、地上の兵士たちに襲い掛かる。

 何か、弱点や対策のようなものはあるのだろうか。

 お父さまとお母さまに聞こうとするも、その選択を実行できない。

 きっと二人はラーヴァナと交戦中だ。

 この時代を救うための大一番を、繰り広げている筈だ。

 だから、今二人に迷惑を掛ける訳にはいかない。

 わたしたちは、わたしたちであの脅威をどうにかしなければならないのだ。

『それでキャスター! アレの対策は?』

『……ふむ。まだ、だが……その前に』

 リンのキャスターは通信越しで此方にも指示を出している。

 そのおかげでどうにか生き延びられているが……やはり、戦力が足りない。

 羿は凄まじい英霊だが、やはりこの数を相手に弓兵が一人というのは無理がある。

 カリオストロのキャスターは戦闘能力がない。

 そしてゲートキーパーは――何やら、見定めるような表情で空を仰ぐばかりだ。

 今は羿に頼るしかない。それで生き延びるには、キャスターの指示が必要不可欠だ。

『――征服王! 固有結界を展開しろ! ダレイオス三世との戦いに集中するがいい!』

『ぬう!? だがあの魔性どもはどうする! 総勢でも然程持つまい!』

『いいから早く! 私に策がある、魔性は私がどうにかしよう!』

『……その言葉に偽りはないな? では任せるぞ、我が新たなる大軍師よ!』

 イスカンダルとダレイオス三世の戦闘を映した映像から、二人の姿が――否、二人の軍勢の姿が消える。

 後に残るのは、敵も味方も纏めて引き裂いていた悪魔のみ。

 今のは、固有結界の発動によるもの……。

 イスカンダルは魔術師でなくとも、それほど規格外の宝具を有していたのか。

『……で、策って?』

『……さて。どうするべきかな』

 ……まさかとは思っていたが、この軍師は理性より本能を優先したようだ。

 これまでイスカンダルの軍勢によって、悪魔の群れは少なからず対処出来ていた。

 彼らがいなくなった以上、悪魔たちは次の獲物を探し始める。

 必然と、レオニダスが統率する軍と、わたしたちに――

『レオニダス王、私の宝具で補助をする。あの魔性の相手、頼めるかな?』

『無論! ただ飛べて爪が鋭くて時々ビームのようなものを出すだけの悪魔なぞ、私たちの敵にあらず! 今こそスパルタの至りし境地、お見せしましょう――!』

 迫る悪魔を相手に、レオニダスは一切物怖じしない。

 そして、それは兵士たちも変わらない。

 その気迫は、映像越しでも熱いものを感じられる。

 きっと、その熱気は間違いではないのだろう。

 レオニダスが守ったのは熱き門。その再現ならば、当然のように熱量は顕現する。

『今一度、究極陣地をここに――石兵八陣(かえらずのじん)

炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)――――!』

 リンのキャスターとレオニダスが同時に宝具を解放する。

 リンのキャスター――諸葛孔明の宝具、『石兵八陣(かえらずのじん)』。

 自軍の敗走が決まった時に予め仕掛けておいた陣形の再現。

 侵入した者を死へと誘う防御陣地。

 内部で彷徨う敵は時間経過と共に呪術的ダメージが蓄積されていく。

 これは軍勢戦において、自軍に確実な有利を呼ぶ宝具。

 そして加えて発動されたレオニダス『炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)』の宝具によって、悪魔たちに劣らない軍勢と化す。

 レオニダス一世。十万を超えるペルシャ軍に対し、たった三百人で立ち向かった伝説――テルモピュライの戦いで名を残した英雄。

 宝具の真名解放によって、戦場に一つの変化が生まれた。

 炎に喚ばれるように現れた兵士たち。イスカンダルの兵とは違う、別の時代の戦装束。

『――よくぞ集った、我が友よ! 敵は人ならざる魔性なれど、恐れることはないっ! 我らの未来に今一度、偉業を打ち立てるのだ――!』

『オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――!!』

 兵士たちは、レオニダスに呼応するように鬨を上げる。

 かつてテルモピュライの戦いで、愛するものを守るべく敗北の確定した戦場に立った、レオニダスの兵士(とも)

 突然の援軍に唖然とするイスカンダルの兵を気にも留めず、彼らは襲い来る悪魔を真っ向から受け止めた。

 凄まじい膂力がある訳でも、人を超えた力を操れる訳でもない。ただ、戦士であるというだけ。

 それでも陣形の補助もあって、一方的な虐殺とはならない。

 悪魔を殺し、或いは殺される。

 自分が敗北しても、王が、そして他の誰かが倒してくれると信じて、散っていく。

 イスカンダルの兵たちも、平静を取り戻し、援軍と共に新たな局面へと向かっていく。

「……勝てる、のでしょうか」

 ほぼ無意識のうちに、そんな疑問が口から零れていた。

「不安なのかい、カレンは」

「はい。歴史上有数の軍とはいえ、人は人。それを超越した悪魔に勝てるとは思えません」

 その味方として、戦いを見守っている者として、正しい意見ではないかもしれない。

 それでも、わたしはそう思わずにはいられなかった。

 数字の世界で生まれ、数字の世界で生きてきたからこそ、戦闘能力の差は数値として理解出来てしまう。

 あの悪魔と人では、種族として差が存在する。

 人は英霊に勝てない――それよりも如実な差なのだ。

「カリオストロ、貴方はどう思うのですか」

「僕? 僕はどうにかなると思うよ。人間の可能性ってのは、悪魔と相対したところで消え去るような弱いものじゃないさ」

 確信を持った言葉だった。

 まだ人としての生の、半分も生きていないだろう若さの彼が至るような結論とは思えない。

 地上を、そして人を知らないわたしの私見でしかないのだが。

「目的のその先を信じる限り、人の可能性は無限だ。そうだろう、キャスター」

「……そういう意見ばかり合ってしまうのが遺憾だな。だがまあ、その通りだ。少女よ、覚えておくがいい。信じる限り人に不可能は刻まれぬ」

 少女の姿で現界しているとは言え、キャスターは人の一生を終えた英霊だ。

 生きた人間であるカリオストロが良い、そして英霊であるキャスターもまた言うならば、正しいのだろうか。

「そうさな。儂は人と多く触れあった訳ではないが、それでも分かる。人は時に神さえ凌駕する。人を知らぬ少女、これは知っていて無駄にならぬ事柄だぞ」

 羿もまた、此方に襲い来る悪魔の眉間を射抜きつつ、そう言った。

 最後に、ゲートキーパーに視線を向ける。

 非協力的ではあるが、彼もまた英霊だ。その意見は、聞く価値がある。

「……間違いはないんじゃないかな。道理も弁えず不可能に挑み、それを成し遂げたのが後世に語られる星の開拓者だ。大抵はただの夢物語で終わるけどね。ただ、成功にしろ失敗にしろ、道理を弁えない人間は愚かでしかないさ」

 視線を感じ取っただけらしい。此方に目を向けることもなく、魔性の空を眺めながら、ゲートキーパーは語った。

 この場にいる誰もが、あの様を否定しない。

 未だに理解は出来ないけれど……それは、人の基本則なのか。

 

「――そうね。とても愚か。だけど、だからこそ人は神と袂を分かち、舞台装置を必要としなくなったのよ」

 

 その時、聞き覚えの無い、新たな声が聞こえてきた。

 前触れもなく、その瞬間にこの世界に作られたように、すぐ傍で新たな気配を感知する。

「神の庇護の下にあれば、一生を約束される。神の支離滅裂な戯れに耐えられない。二つを秤にかけて、人は後者を取ったのね。それが人を、より歪んだ道へと堕としたの」

「――――」

 ――時が止まったかのようだった。

 喧噪は静まり返り、他の何もかもが無くなったような感覚。

 多分、わたしだけではない。他の誰もが、その存在に意識の全てを奪われていただろう。

 だってそうでもなければ、ここまで世界が静かになった説明がつかない。

「こんにちは。初めまして、月の愛」

 フリルのついた、水色のスカートの裾をつまんで、丁寧に礼をするその存在。

 ――汗が、頬を伝うのが分かる。

 何てことのない、ただの少女の筈なのに――あまりにも、外れて見えた。

 十歳前後だろう外見の幼さも、柔らかな白い髪も、海のように淡い青の瞳も、全てがこの世界のピースとしてはまっているとは思えない。

 まるで何処か、別の世界で生まれたような違和感の塊。

 そんな少女は、確かにわたしに笑いかけている。

「あら、どうしたの? そんなに怯えて。この姿、何か不自然だったかしら。それとも登場の仕方が……」

 考え込む仕草は、外見相応に幼い。なのに、なのに――

 怖い。初めての感覚だ。

 怖い。恐い。悍ましい。目の前にいるだけなのに、薄ら寒さが全身を支配する。

 分からない。こんな時にどうすればいいのか、分からない。

 ――助けて、お父さま、お母さま。

 助けを求める言葉をぐっと堪え、どうにか彼女への言葉を絞り出す。

「――あ、なた、は――?」

「ああ、そうね。名乗ってなかったわ。ごめんなさい、カレン」

 ビクリと、体が震える。

 名乗っていないのは此方も同じ。なのに、何故この少女は、さも当然のようにわたしの名を口にしたのか。

 その疑問すら晴れる前に、少女は考え込む。

全能者(アンジェリカケージ)――いえ、これは私を指した言葉じゃないわね。根源海嘯(デウス)――ううん、これも正確には違うし……」

 ぶつぶつと呟きながら、次々と名前を口に出す。

 やがて――

「――()()()。ええ、これがいいわ。この体の名前よ。私はマナカ、そう呼んでちょうだい」

「マナ、カ……?」

 その名前で、初めて世界に収まったように、違和感の幾分かが消えた。

 名前が少女を世界に在るものとして繋ぎ止めているような、そんな感覚がある。

 それでも、異質さは消えないのだが、それでも言葉を出せるようにはなった。

「そ。いいわね、この名前。何だかとてもしっくりくるわ」

「……マナカ。貴方は、何なのですか?」

「何って、見ての通りよ。貴女には、私はどう見えているかしら」

 目の前にいるのは、紛れもない少女の姿だ。

 だけど、その違和感は、この姿が偽りであるのではないか、という憶測さえ浮かぶ程。

 人というより獣のような――秩序を乱す存在であるような乖離性。

「分かりません……貴女が本当にその姿だというなら、あまりにもおかしい」

「そう……ちょっと傷つくわね。別の子に任せた方が良かったかしら。ちょうどあの子もいるみたいだし……」

 傷つく、と言っておきながら、その表情にも振る舞いにも変化はない。

 ただ、心無い者が意味の分からない台詞を読んでいるだけのような印象を持った。

「まあ意識の共有なんて出来ないのだけど。我慢してちょうだい。貴女の敵としてここに来た訳じゃないから」

「……なら、何をしに?」

「私に理由を求めるものじゃないわ。何となく来たくなった、気付いたらここにいた。私たちの存在理由なんてそんなものよ」

 随分と、動物的だ。

 その動機は余計に人とは乖離しているように思える。

「それでは、貴女はここで何をするのですか?」

「勿論。世界を救いに来たのよ。軍師まで私情で動く戦場なんて、このままだと破滅にまっしぐらだもの」

 マナカはリンのキャスターの行動や、ここにいる者たちの言葉を否定しながら、戦場の方向を見やる。

「まあ、まだ可能性はあるけど。本当は、まだ私が出る幕じゃないわ。結末は遠いけど、貴女たちが死ぬのも望まれることじゃないだろうし。ええ、気紛れよ。カレン――貴女たちを助けてあげる」

「助け――?」

「月でしか生きていなかった貴女たちには、この戦いは荷が重すぎる。でも、だからこそ助けてあげる。人でも神でもないからこそ、私の意思で、ね」

 何を言っているのかも分からない。

 でも、ただ一つ。

 マナカが評価したのは、わたしだけではない。

「……わたしはそうかもしれません。でも、お父さまとお母さまは――」

「未熟よ。あの二人だって月の外を知らないの。それに、本来コレに関わるべき人じゃない。座して見届けるべき事柄に首を突っ込んで、死に向かうようなものよ」

 気味が悪かった。

 不愉快だった。

 お父さまとお母さまを、馬鹿にされている。

 なのに、ソレが正しいことだと心の何かが理解してしまう。

 そして、それを平然と告げるマナカが未だに笑みを絶やしていない事が。

「騎士王様がどうにかなったのは本当に奇跡ね。でも、これから先をどうにかするには運だけじゃダメ。成長するには、この時代の結末まででは足りない。だから猶予をあげる」

「猶、予……」

「成長なさい。出来れば全員、少なくとも、誰か一人でも。でなきゃ貴女たち、他の子たちに殺されるわよ」

 何を返す前に、マナカは指を鳴らす。

 特に、変わったことはない。その音が終わってしまえば、再び世界は静寂に支配される。

「はい、お終い。これでこの時代一つ解決出来なかったら期待外れもいいところよ? きっと生きて、また会いましょう、カレン」

「待――――」

 

 次の瞬間には、世界は元の喧噪を取り戻していた。

「さて、とは言え此方にやってくる数も増える訳だけど、どうする?」

「余に問うな。この場で出来ることなぞないわ」

 カリオストロとキャスターが空を眺め、羿が悪魔を射貫き続け、ゲートキーパーは何やら不愉快そうに考え込んでいる。

 変化が起きたのは――ゲートキーパーか。

 これまでに見せたことのない表情は、不安を抱かせる。

「……まったく、仕方ないなあ」

「――どうしたのですか?」

「既にアレが居座る世界は終わったのに、尚も狼藉を働こうとする羅刹が不快なだけさ。それに――盗人には然るべき罰を。あの程度でもボクの宝物に変わりはないからね」

 ――ゲートキーパーとわたしを繋ぐパスを通して、流れる魔力が増すのが分かった。

 ただ居るだけならば、ここまでの量は必要ない。

 それは正しく、宝具の予兆。

「向こうは……問題ないか。ならコッチの手駒共に教えてあげようか」

 気紛れというには本気に過ぎる。

 心変わりというには唐突に過ぎる。

 もしかしたら、これが、マナカの言った手助けなのか。

 そんなことは無いと思いつつも、その可能性を捨てられないわたしがいた。

「躾の時間だ――武器庫を開こう」

 その死刑宣告が発端となり、この戦いは終点に向かい加速していった。




カレンが少しだけ成長した回でした。
そして、謎の新キャラクター、マナカの登場です。何者なんでしょう。


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第十九節『崩落の都で』

リアルで色々とあり、執筆できる環境で時間が取れず更新遅れました。申し訳ありません。

ついでにメルト、リップ、BBちゃんの絆はそれぞれ9になりました。
このまま10まで走り抜けたいところです。


 

 

 日毎に狂っていく彼女を、私は黙過した。

 どれだけ狂っていても、彼女が幸せであれば私は良かった。

 どれだけ他の誰かが犠牲になろうとも、私は彼女に笑っていてほしかった。

 私もまた、狂っているのだろう。

 彼女の悪逆の基になったのは、私が使用人に行っていた折檻だ。

 それを教えてしまったから、彼女はこうして、変じてしまった。

 この後悔は、未来永劫消えることはない。

 過去を払拭出来る程の願望器など存在しないだろう。

 だが、それでも私はこの願いを持ち続ける。

 彼女には笑っていてほしい。

 でも、ここまで残酷に変わってほしくはなかったのだ。

 だから、私は――

 

 

「……そう。貴方、そこまで狂っていたのね」

「ああ。君が狂うならば、僕はもっと狂っていなければならない。そうでないと――君が安心できない」

 だから、私は、槍を振るった。振るうしかなかった。

 槍を突き出してみれば、あまりにも、呆気なかった。

 彼女もまたサーヴァントとは言え、戦闘の逸話がある訳ではない。

 私もサーヴァントとしては大したものではないだろうが――それでも、一介の武人であった。

 こうして戦ってみれば、結果など分かり切っていたようなものだった。

 羅刹や魔物どもを逐次対応してなお、相手が出来るほど。

 尤も――それは、私の力という訳ではないのだが。

「……馬鹿な人。そこまで後悔しているなんて。貴方が背負うべき罪じゃないのに」

「僕が背負うべきことなんだ。全てを担うことは出来ないけれど……せめてこうして、召喚されている間くらいは」

 此処に至って、私はようやく、エリザの苦しみを分かち合うことが出来た。

 私の後悔が、エリザを堕とした罪悪感が、英霊となった私にコレの使用を許した。

「それで、どうかしら。反英霊の味、貴方はどう感じる?」

「悍ましい、としか感じないな。でも……こんなものを一人でずっと背負っていた君の苦痛を、少しでも和らげられたなら……」

「……思い上がらないで。私は苦しくないわ。分かったでしょう? これは、貴方が背負えるほど真っ正直で潔白なモノじゃないのよ」

 ――宝具『無双夢想の鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』。

 これは、私の身を反英雄にまで貶める宝具ではない。

 彼女の――エリザベート・バートリーの罪と、死後の呪いの全てを肩代わりする宝具。

 カーミラという汚名を。鮮血魔嬢という事実を。そして、このエリザではない、別の召喚で有り得たかもしれない、無辜たる竜の因子を。

 全てをこの一身に受けることで、エリザベート・バートリーを潔白に変えるもの。

 だが、所詮はサーヴァントの一宝具に過ぎない。

 私の願いが叶う訳でもない。

 私が現界している間のみの、ほんの僅かな間の虚像、自己満足に過ぎない。

 それでも私は、彼女を救いたいと思った。

 それを果たしてエリザは望んでいるか。望んでなくとも良い。私は狂っているのだから、このくらい身勝手で良いのだ。

「ほら、鏡でも見たらどうかしら。……そんな醜い姿、貴方には相応しくないわ」

 自分が変貌している自覚はある。

 しかし、その一方で、カーミラ――エリザの怪物性は、完全に失われていた。

 こうなってしまったエリザは最早、サーヴァントとしての力は発揮できない。

 宝具も使用できず、変貌した私であれば周囲の怪物に遅れを取ることもなく、手の槍は過たずエリザを貫いた。

「いや……これでいい。君はやはり、変貌()わる前の方が美しい」

「……酷い人。美しさのために私は変わったのに、それを全部否定するなんて」

 そんな事をしなくても、美しかった。

 でも、彼女は堕ちていくと、自身を卑下して疑わなかった。

 何故それを、私は否定しなかったのか。

 もし彼女が認めないとしても、私が言えば何かが変わったかもしれないのに。

 私の死後、彼女の罪が加速することも、なかったかもしれないのに。

「ふん、もういいわ。気付けば怪物たちも随分減ったし……ラーヴァナも貴方の仲間に倒されたのかもしれないわね」

 そういえば……ハクトたちは。

 先に向かった彼らは今頃、ラーヴァナと戦っているだろう。

 或いはもう、勝敗は決したのかもしれない。

 彼らが負けるということは、考えられなかった。

 怪物は人に倒されるもの。あの大魔も、彼らならば打ち倒せる――そんな信頼があった。

「そうかも、しれないな。まだ戦っていようとも、きっとすぐラーヴァナを倒し、この時代を救うだろうさ」

「……本当に、もう。その信頼、羨ましいわ。私が世界を救う側につくなんてありえないけれど……」

「君は正義の側にも立てる人だと思うけど」

「どうだか。そんな眩しいモノ……相応しくないわよ。そこまで恥と世間を知らない自分なんて、遥か昔に置いてきたんだから」

 その身を粒子と散らしていくエリザは、自嘲するように笑う。

 これが最後だ、と握り込んでいた手が、魔力となって消えていく。

「エリザ……」

「せっかく来たんだから、貴方は最後まで使命を全うなさい。変わってしまっても、貴方は私とは違う。正義の人、なんでしょう?」

 穏やかであった頃の、懐かしい笑み。

 無邪気さも僅かに含んだ、愛おしい笑み。

 ああ――そうだ。

 私は、エリザのこの笑顔を、取り戻したかったのだ。

「じゃあね、フェレンツ。楽しかったわ」

 存在を解れさせて消えていくエリザを、その最後まで見届ける。

 悔いはあった。

 でも――

 ――貴方は最後まで使命を全うなさい。

 彼女がそういうならば、私は最後までそう在ろう。

「……さよならだ、エリザ。この呪い――いつか僕が永遠に取り除いてみせる」

 本人が肯定していても、私はこれを覆すつもりはない。

 きっと、それで……彼女は幸福になれる筈なのだ。

 

 

 +

 

 

 降臨した太陽王に、ラーヴァナは苛立たしげな視線を向ける。

 オジマンディアスは供回りもつけず、しかしその絶対的な存在感を隠さない。

 その様子に誰しもが目を奪われる。

 それは、あまりに強大で。

 あまりにも決定的な増援だった。

 如何にラーヴァナが強力なサーヴァントだとしても、覆しようのない差がある。

 流れ込んでくる羅刹は、先程のような勢いはない。

 これならば、ラーヴァナと同時でも十分に相手取れる数だ。

「オジマンディアス様……!」

「良い働きだ、ファラオ・クレオパトラよ。よく余が来るまで建国王を守り通した」

 崩れゆくローマ領。残る時間は少ない。

 それでも、ここまで時間を延ばしたことを、オジマンディアスは称賛する。

「それで、気紛れで来た貴方は何をするつもりなのよ」

「決まっていよう。そこな羅刹王を裁く。如何な時代だろうと、余が在る限り小汚い魔性にくれてやるものなぞ土塊一つ無いわ」

 言葉の終わりを待たず、一体の羅刹がオジマンディアスに向かい飛び掛かる。

 その鋭い爪の餌食となれば、生半な守りなど物の数にもならず引き裂かれよう。

 だが――

「――甘い!」

 オジマンディアスは指先一つ動かさず、それを対処する。

 降り注ぐ光。未だ空に浮かぶ太陽船から射出された熱線は羅刹を呑み込み、いとも簡単に灼き尽くした。

「民では話にならぬ。余と戦おうというならば国を以て挑むがいい。我が宿敵、ムワタリのようにな」

 言いつつも、手を軽く振り上げるオジマンディアス。

 それが指示であるように、太陽船は空高くに飛翔していく。

 彼方にまで届くだろう、強い輝きを放つその様は、まさに太陽だった。

「さて。どうする羅刹王。このまま無様に戦い死ぬか。それとも、逃げるか。どちらでも構わんぞ」

「……言うじゃねえか三下。テメエへの対策が無えとでも思ってるのか」

「あったとしてどうする。貴様が何かをする前にその汚体を貫ける者は余一人ではあるまい」

 カエサルとラーマは、剣を構え油断なくラーヴァナを見ている。

 カリギュラは今にも突っ込まん勢いだ。クレオパトラもまた、周囲の蛇を更に増やし、更なる戦闘に備えている。

 当然、メルトと僕も準備は万全だ。どんな状況にも対応できる――そんな布陣が築かれている。

「やってみやがれ。オレとて王、羅刹共を統べる(ラージャ)だ。テメエら人間にゃあ負けねえよ!」

 この差を見ても、ラーヴァナは怯むことはない。

 バーサーカーというクラスゆえか、それとも彼女本来の性質なのか。

 片手に杯、片手に宝具たる剣。

 そして周囲に更なる剣を出現させる。

 浮かぶは合計十八本。これが、二十の腕を持つと伝えられるラーヴァナの真実。

「ふっ――!」

 輝ける太陽船から光が落ちる。

 それを素早く回避し突撃してくるラーヴァナ。続くように、残る羅刹たちも飛び掛かってくる。

「クレオパトラ! 周囲の者共は任せる!」

「はい! カエサル様、お気をつけて!」

 ラーヴァナの剣を、自身の名剣で以て受け止めるカエサル。

 本来ならば続く圧倒的な手数で切り刻まれるのが当然の末路だろうが、それを許すほどカエサルという大英雄は甘くない。

来た(ウェーニー)!」

 剣を打ち払い、続く一本を叩き落す。

見た(ウィーディー)!」

 同時に振るわれた三本を、その体型に不相応な素早さで対処する。

「――勝った(ウィーキー)!」

 五本。凄まじい膂力が、振り下ろされる。

 ながらそれに対してカエサルは剣を振るわない。

 確信していた事が実現したかのように笑うのみ――。

「させぬ!」

「ヌウウウオオオオオオオオオオッ!!」

「ッ、うるさいわね。あまり近くで騒がないで!」

 三本をラーマが切り払い、一本をカリギュラが拳で叩き伏せる。そして、残る一本をメルトが弾き飛ばした。

 彼は策略家だ。だが、事を運ぶ力のみならず、武芸さえも卓越していたからこそ、彼は大英雄と謳われた。

 その剣技は、決して神代に劣らない――!

黄の死(クロケア・モース)!」

 その名剣の真名を解放した瞬間、攻防は逆転した。

 一撃、二撃、三撃――。すぐに、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの連続攻撃となって、剣はラーヴァナを襲う。

「ッ――!」

 圧倒的な手数全てを防御に使用するなど、ラーヴァナは考えてもいなかっただろう。

 そして、彼女の信ずる羅刹たちを対処するのは、クレオパトラ。

「其はエジプトの落陽。終焉を示す時の蛇――最後のファラオとして命じます。この国、この時代、この同盟を脅かす魔に制裁を!」

 彼女が直接手を下すのではない。

 クレオパトラはファラオとして、ただ命じるのみ。

暁の時を終える蛇よ、此処に(ウラエウス・アストラペ)!」

 召喚されたウラエウスたちが作り出した渦は、たちまち灼熱となった。

 羅刹の心臓を貫く。羅刹の目を焼く。羅刹の動きを封じ、それをメルトたちが狩る。

 何より、味方への攻撃を通さぬ防壁として、渦は機能している。

「ク、ソが――鬱陶しいんだよデブ野郎!」

「ふくよか、と言ってもらおう。我が身の繁栄は、即ちローマの繁栄ゆえな」

「それはどうなのでしょう……」

 ……カエサルの肉体についてはともかく、戦況は有利だ。

 このまま押し切れば、あの不死性でさえ――

「ッ、舐めるなァ!」

 いや、宝具の能力の限界か、その瞬間カエサルの連続攻撃が止んだ。

 その隙を的確に突き、遠く距離を取ったラーヴァナ。

 手に持つ剣には再び、眩い光が宿っている。

「フン、奴も死に物狂いか。良い、その執念、余が応じてくれる」

「いや――これを隙と見ねばラーヴァナは倒せぬ! 奴の不死性をここで断つ!」

 防御のために光を落とそうとしたオジマンディアスを言葉のみで制したラーマが前に出る。

 ラーヴァナの不死性を破る手段を、ラーマは有している。

 そう、原典においてあの不死性を破ったのは外でもない、この少年だ。

 当てなければならない。しかし、当然ラーヴァナも警戒しよう。

 必中の一撃でも油断は出来ない。絶対的な隙で、これを叩き込まねばならない。

 そしてその隙は、今だとラーマは踏んだ。

 ならば、任せるのみ。あのラーヴァナの宝具とぶつかり合うだろうラーマの切り札を、僕たちは信じるのみ――!

「いい度胸だラーマ! 二度もそんなモノで殺されるか! シータを助ける訳でもねえテメエが、オレに勝てるか!」

「余はそのために召喚された! 勝てずとも殺しきる! 貴様を討つためだけに磨いた、余の刃を以て!」

 互いの宝具(やいば)に魔力が込められる。

 それは、聖典の再現。

 この歪んだ時代における、極限の激突。

 ラーマとラーヴァナ。人と羅刹。この時代の戦いの帰趨を決定する、その瞬間――

 

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!」

 

破滅の月光(チャンドラハース)!」

 

 二つの真名が紐解かれる。

 満ちた光は宮殿を跡形もなく吹き飛ばし、周囲を更地へと変えた。

 僕たちを含め、全てを貫くべき光。

 しかし今、僕たちが無事なのは――同時に解放された宝具があるからこそ。

 持っていた剣に規格外の回転を加え、ラーマは投擲した。

 味方に向けられる光全てを切り裂いて、斬撃は標的へと奔っていく。

 見えた光景はそこまでだ。光が満ちる。全ての色が反転し、視界を取り戻すのに短くない時間が掛かった。

 それでも、生きている。

 僕たちは誰一人欠けず、立って、ここにいる。

「――まだ立つか、羅刹王」

 聞こえてきた最初の声は、ラーマのそんな一言だった。

 投擲した剣を再び右手に握り込み、悠然と立つ少年。

 対して、羅刹王ラーヴァナは――――光を失った剣を片手に、膝を付いていた。




カーミラ様はこれにて退場となります。お疲れ様でした。
戦闘特化ではないため、戦うとなれば割と一方的になります。
ところでFGOでのあの光弾って何なんですかね。

そしてラーヴァナ戦もいよいよ佳境。
二章もあと二、三話を予定しています。
次の更新も遅れるかもですが、ご了承を。


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第二十節『ラーマーヤナ』

レジおじピックアップをください。


 

 

 ラーヴァナは目に見えるダメージがある訳ではない。

 しかし、これまでとは明らかに何かが違う。

 彼女にとって重要な何かが変化していることを、その焦燥の表情から察する。

「……二重の不死は断ったぞ、ラーヴァナ」

 剣を突き付け、告げるラーマ。

 どうやら、既にラーヴァナの不死性は無いらしい。

 今のラーマの宝具によるものか。ともあれ、ここに戦況は決定的となった。

「……ッ」

 ラーヴァナに、最早余裕はない。

 まだ、戦う力が無くなった訳ではないが、油断なく構えるサーヴァントたちから逃れ、再び戦闘態勢を取ることは難しいだろう。

「……侮らないでよ、ラーマ。貴方が倒したラーヴァナはそこまでヌルい存在だったかしら」

「いいや。不死を断った後の貴様がどれだけ厄介か。よくわかってるさ。今度は何を仕掛けている? 辺りに残った羅刹共を特攻させるか? それとも――」

「やる訳ないじゃない。これだけ姿を変えてもアタシの可愛い羅刹たちよ? 使い潰して、殺すなんざ……面白い訳ねえ、だろう?」

 それでも――ラーヴァナは諦めていない。

 今なお、何らかの方法で、勝てる確信を持っている。

「まだオレには手駒がいる。知ってんだろ? テメエらを悉くぶち抜けるだろう、アルジュナちゃんをよぉ」

「ッ――」

 そうだ――まだラーヴァナには、強大なサーヴァントが残っている。

 大英雄アルジュナ。

 彼は此度、ラーヴァナの手下として召喚され、それを良しとしている。

 前回の戦いでは静謐のハサンやミトリダテスという犠牲を払って尚、倒しきることが出来なかった。

「サクラ――反応は……?」

『確認できる範囲にはありません……細心の注意を払い警戒します!』

「ヒヒ、警戒なんて無意味さ。テメエらが何しようと、たとえオレを殺そうと、止められねえ!」

 何かを、しようとしている。

 この状況でアルジュナの名を出すこと。そしてこの狂笑。

 考えられるのはただ一つ。即ち、この場へのアルジュナの召喚――!

 不味い。カルナはこの場にいない。ラーマがいるとはいえ、アルジュナの相手は一筋縄では……。

「く――」

 その時、堪えきれぬとばかりに零れた笑い声が聞こえた。

「……あ?」

「く――くく――フハハハハハハハハハハハハ!」

 腹を抱えて笑うオジマンディアスに、敵味方誰もが好奇の目を向ける。

「己の民でもない英霊に縋るか羅刹王! 堕ちたものよな!」

「なん、だとテメエ……」

「ラーヴァナよ。貴様、何故余がこの場に出てきたか分かるか?」

 不敵に笑うオジマンディアスの問いに、ラーヴァナは苛立たし気に怪訝な目を向けるのみ。

 その様子により一層笑みを深めると、オジマンディアスの視線はメルトへ移る。

「では、メルトリリス。答えてみよ」

「出しゃばりに来たとしか思えないのだけど」

「然り。余は目立ちに来た! 空を仰げ。あれなる太陽の輝き、この戦場の如何なる場所であろうとも視認出来る、絶好の目印よ」

 空――太陽船の強い輝きは、確かに何処だろうと捉えられる光だろう。

 だが、それが何なのか。

 オジマンディアスの何らかの確信。その正体は、すぐにわかることになる。

「何を――ッ」

 問い詰めようとしたラーヴァナの言葉は、途中で止まる。

 理由は明白。ラーヴァナの左肩に突き刺さる、一本の矢。

 あまりにも意識の外で、反応が出来なかったのだろう。

 一体それは……何処から飛んできたものなのか。

「アルジュナ……いや、アイツの矢はこんな軟弱なものじゃねえ。ここまで威力の減衰した矢なんざ、アイツが射つのはあり得ねえ……誰だ?」

「分からぬか?」

 その射手を、オジマンディアスは知っている。

 威力を弱めつつも、この矢をラーヴァナに届けんとした者。

 オジマンディアスの掲げる輝きを、目印と判断できる者。

 ローマ領(ここ)より、遥か遠くに存在する弓兵――――

「――まさか」

「我が妹は信用していたのだろうよ。あの小娘が尚も矢を放つ力があったとは思わなんだ。ネフェルタリにも劣らぬ芯の強さよ」

 そうか……彼方より、この矢を届けたのは――

「……シータ」

「馬鹿な! シータだと!? あり得ねえ! ラーマがここにいて、何故シータまでがいる!」

「あり得るのだろうよ。この異質の時代に呼ばれる英霊に際限は無い。座を共有する英霊が同じ場に召喚されても不思議ではあるまい?」

「ふざけるな! コイツらの離別の呪いはそんな生半なものじゃねえ! どんな奇跡だろうとあり得ねえんだよ!」

「では――奇跡を超える必然なのだろう。この者たちを招いた者が、呪いによる離別を是とせぬ甘い者たちだったのではないか?」

「――――ッ」

 己の仕事はもうない。そう言わんばかりに、オジマンディアスは下がっていく。

 ローマの英霊たちも動く様子はない。

 僕も、メルトも、また同じだった。

 この戦いを終わらせるべきは、僕たちの誰でもない――そう、理解できたから。

「……そうか。シータ、君なのか」

 ラーマはシータがこの時代に召喚されたことを知っている。

 彼女と再会することこそが、彼の全てだった。

 その機会を失うとしても、ラーマはこの時代の修正を優先した。

 シータへの信頼があるから。

 そして、シータもまた、ラーマへの信頼があった。

 だからこそ、ラーマは今、シータの心積もりを理解し、弓を構えたのだ。

 

 

 ――ラーマ様。私も英霊。ラーマの名を冠するサーヴァント。ゆえに、成すことを成します。

 

 シータ。余は……ラーマは、ラーヴァナを討つ者。なれば今やる事は一つだ。――

 

 ――はい。此度こそ、共に参りましょう。私もまた、一人の英霊として。

 

 

「……いや。いいや! ラーマ! シータ! 例えテメエらが同じく召喚されたとして! そのあり得ざる現象が続いていたのはオレがいたからだ! テメエらが共に居られるのはオレが生きている間だけ! オレを討った後、テメエらの仲は引き裂かれた!」

 ――ラーマとシータを繋ぎ止めていたのはラーヴァナ。その可能性はあり得る。

 ラーヴァナを討つべくラーマが召喚されたのであれば、それは叙事詩の再現だ。

 シータが引き寄せられるという奇跡が起きるということもあるかもしれない。

 そして、その奇跡、二人が出会える可能性は、あくまでラーヴァナあってこそだ。

 ラーヴァナを討てば、今度こそ二人は会えない。この共に召喚されたという奇跡の機会でさえ、失うことになる。

「何故その機会をみすみす失える! テメエらが互いをどれだけ愛していたか知っている! なのに、何故――!」

 だが、それでも――

「――そうか。知らないだろうな、ラーヴァナ」

「あ――――?」

 ラーマは。シータは。

 その弓と、矢を持つ手に込められた力を緩めることはない。

「貴様を討ち、国に凱旋するまでの僅かな間……余とシータは、確かに手を取り合っていたぞ?」

 国民に動かされ、シータに疑いを持つよりも前。

 国に帰るまでは、二人は再会の喜びを享受していた。

 ならば、それと同じように……目の前の怨敵を討てば、僅かな間は、可能性がある、と。

 

 シータ、いいな?――

 

 ――はい、ラーマ様、いつでも。

 

 追い込まれていようとも、ラーヴァナには余力がある。

 周囲の誰もが邪魔をしない今ならば或いは、二つの矢を躱し、反撃も可能だったかもしれない。

 だが、ラーヴァナは呆然と立ち尽くし、動かない。

「故に今、(ラーマ)は――貴様を討つ」

「――――――――」

 

 『先見せし太陽弓(サルンガ)』、終点より、君へ。――

 

 ――『追想せし無双弓(ハラダヌ・ジャナカ)』、始点より、貴方へ。

 

 出会えなくても、互いを想える。

 たとえ引き裂かれていようとも、その絆までは失われない。

 かつて、そこに在ったものは永遠であり、信じる限り、消えることはなく――

 故にこそ、彼らは、あの矢を放てるのだ。

 

 『愛しき人へ、届けこの矢よ(サルンガ・ラーマーヤナ)』――

 

 ――『愛しき人へ、届けこの矢よ(ハラダヌ・ラーマーヤナ)

 

 二人の出会いから始まり、二人の離別で終わった物語。

 その矢を放つことは、即ち再会という何にも勝る願望を捨てることにも等しい。

 二人の人生と願望を――全てを捧げた矢を向けられて、ラーヴァナは何を思ったのか、決して動くことをしない。

 始まりの弓と、終わりの弓。ラーマの、シータの、ラーヴァナの運命ゆえか、どれだけ距離が開いていようとも、二つの矢は同時に獲物を穿つ。

 この場の、コサラの大英雄が放った一矢。果ての、強き姫が放った一矢。

 二つは狙いを過つことなく、宿敵の心臓を射ち抜いた。

 

 

「……ハッ。やっぱり、勝てねえなあ」

 意外にもラーヴァナは、あっさりと敗北を受け入れた。

 二つの矢を受け、霊核を完全に破壊された。

 最早その死を逃れる方法はなく、ラーヴァナの肉体は消滅を始める。

 その手から杯が零れ落ちる。その輝きは残っていれど、既に羅刹を生む能力は残っていない。

 そうだ、杯――

「……ラーヴァナ。聖杯は何処だ。君が持っていると聞いた」

「あ? 聖杯……ああ、そっか。そんなのもあった、な」

 忘れていたのか……?

 聖杯は有しているならば、切り札になりうる筈だ。

 特異点を生み出した要因であり、特異点攻略における最大の目標。

 忘れる程のものではないのだが……。

「貴様、持っていないのか?」

「アレは確かにオレのものだ……欲しけりゃ、くれてやるが……ラーマ」

「なんだ?」

 消えゆくラーヴァナは、大して此方に関心も持たず、その目をラーマにのみ向ける。

「……オレを討った。だが、なおもシータに会いたいか?」

「当たり前だ。どれだけ今の一矢に全力を尽くしていようとも、余は間に合って見せる。それが余のシータへの愛の証明であり、貴様という宿敵への最大の敬意だ」

「…………チッ。クソッタレが……なんで、オレじゃなかったんだ」

 その、小さな呟きは、ラーヴァナの本心だったのだろう。

 何故彼女がシータを攫ったのか。ラーマ最大の敵として立ちはだかったのか。

 その理由の一端に、触れたような気がした。

「まだシータは死なねえさ。オレによる影響が残る間は、同時召喚の例外は残り続けるだろ。その間くらい耐えられねえシータでもねえよ」

 しかし……距離が離れすぎている。

 ラーヴァナを倒し、聖杯を回収すればこの特異点での戦いも終わる。

 どの道、間に合う距離ではない。

 なのに――ラーヴァナは、それを可能であると確信している。

「まあ――その前に死ぬかもしれねえけどな。運とシータの技量を試しな」

 誰もが手を出さず、ラーマもラーヴァナの言葉の意図を掴みかねている僅かな間。

 それが愉快でならないと言ったように、ラーヴァナは笑みを深めた。

「オジマンディアス……貴方、一つ勘違いしてるわよ」

「む?」

「これで貴方への対策が消えたと思ってるのかしら。アタシ、そこまで甘くないわ」

 オジマンディアスへの対策……先程、ラーヴァナはそれを持っていると言っていた。

 だが、それは成立することなく、ラーヴァナは消える。

 そう、思っていたが……。

「ラーマ。英霊たち。そして坊やたち。これがアタシの最後の足掻きよ」

 その身を粒子と散らしていく。

 残り数秒とあるまい。ラーヴァナは、目を閉じる。

「……さよならね、ラーマ。どうなるか期待してるわよ」

 そうして、遂に羅刹王は消滅した。

 この時代最大の敵。聖杯の持ち手は消え去った。

 だが――聖杯は現れない。

 あるのは、この時代に元々あった杯のみ。これは、回収すべきものではない。では――

「聖杯、は……?」

「ふむ。ここにあるが?」

「は?」

 何を今更。そんな声色で言ってのけたのは、オジマンディアスだった。

 当たり前のようにその手に握られているのは、黄金に輝く――――

「――はぁ!?」

『せ、聖杯です! オジマンディアスさんが持っていたんですか!?』

「余がラーヴァナに招かれた折、渡されたものだ。正しくは没収せしめたものだがな」

 ――お、オジマンディアスが、聖杯を……?

 そんな素振り、一切見せていなかった。

 しかも、ラーヴァナによって召喚された、って……?

「三国戦争の切り札として有していたものだが、最早ローマは潰えた。さて、どうしたものか」

 挑発的に、手で聖杯を転がしながらオジマンディアスはローマの英霊たちを睨む。

 ラーヴァナが持っていたならばまだしも、オジマンディアスが持っていたとなると話は別だ。

 戦争は再開される。これでは、特異点は消滅しない。

 寧ろ、ラーヴァナによって更に不安定になった時代の崩壊に拍車を掛けることに――

『――――聖杯、発動しました! オジマンディアスさん、今すぐそれを手放してください!』

「ぬ!?」

 サクラの報告は、あまりにも唐突だった。

 輝きを増す聖杯は、オジマンディアスにとっても想定外のものだったらしい。

 瞠目する彼から離れることなく、聖杯は輝きを更に強め――

「オジマンディアス!」

「よもや、これがラーヴァナの言っていた――!」

 その場から、オジマンディアスは消えた。

 サーヴァントとしての消滅ではない。これは……

『オジマンディアスさん、エジプト領域神殿に転移! 聖杯の反応が変質していきます!』

 そう、それが、ラーヴァナの奥の手。

 背筋を怖気が走る。今、この時代に何かが出現した。

 ただ、同じ世界に在ることすら悍ましい、悪魔のような存在が。




ラーヴァナはこれにて退場となります。お疲れ様でした。

ラーマとシータの協力攻撃は、宝具には該当しません。
強いて言えば、ラーヴァナ特効攻撃です。

そして聖杯発動。二章もクライマックスに入ります。
二章はあと二話を予定しています。よろしくお願いします。


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第二十一節『変転、時代の終焉』

FGO二周年、フェス行った方はお疲れ様でした。
曜日半減期間もあと少し、頑張りましょう。

さて、二章も残すところ二節となります。


 

 

 ローマ宮殿から出る。

 ラーヴァナと杯によって現界していた羅刹たちは役目を無くし、徐々に消滅していく。

 だが、それでこの時代の災厄は終わらない。

「流石に、ここからだと見えないか……」

 神殿で何が起きているのか。

 いや、何であろうと、向かわない訳にはいかない。

 例えオジマンディアスになんら異常が起きていないとしても、聖杯を回収しなければ特異点は解決されない。

「サクラ、解析は?」

『まだ途中です、サーヴァントの霊基に近しいですが……ッ、皆さん、前方を!』

 解析に集中していたのだろう、サクラは気付くのにやや遅れた。

 この場にいる僕たちは、気付いていた。

 一度目の前に立てば忘れることのない圧倒的な気配。

 ラーヴァナに決して劣らない脅威が待ち受けていることに。

「……ラーヴァナは、死んだようですね。やはりいつの時代だろうと大魔の栄える事は無し、ですか」

「……アルジュナ」

 白い装束に身を包んだ大英雄は、僕たちを待ち構えるように街路の中央に立っていた。

 ラーヴァナのサーヴァントとして召喚されたアルジュナ。

 彼はまだ、生き残っていたのだ。

「ええ。約定通り、傷を癒し参じました」

「……ラーヴァナはもう消えた。戦う理由があるのか?」

「ええ。極めて私情ですがね。我が顔を見た者を生かしておく訳にはいきません」

 アルジュナの逆鱗に触れた要因を、未だ悟ることは出来ない。

 わかることはただ一つ――。

 彼は、僕たちを殺すつもりだ。

「……そこをどけ、もう一つの聖典に語られし大英雄。余は貴様と争っている暇はない」

「通りたければ通るがいい。私が射抜くはその者たちのみ。剣を向けるとあらば……受けて立ちますが」

 複数のサーヴァントを相手にしても、アルジュナは一切敗北を考えない。

 ラーマという同等の英霊がその中にいても、等しく、一つの外敵として――。

「……ローマのサーヴァントたち。周囲の避難を。この辺りは危険だ」

「……承知した。お前も頼むぞ、クレオパトラ。カリギュラも、この行動ならば狂気も収まろう」

「はい。皆様、ご健勝を」

「ッ、女神……ディアーナ、余、は……」

「良いから、さっさと行きなさい。貴方の行動は一々読めなくて厄介よ」

 カエサル、クレオパトラは迅速に行動する。

 このローマ領にいるのは戦士だけではない。呼び出されただけの一般人もまた存在している。

 自身を守る手段のない彼らを避難させないと、アルジュナとの戦いでは周囲の被害は免れまい。

「……愚かな。民を巻き込まぬ姿勢は見上げたものですが、私を倒すつもりとは思えませんね」

「いや。突破させてもらう。立ち塞がるなら、貴方を倒す」

「そうですか。加減はしません。どうか、覚悟を」

 ラーヴァナと戦った直後で、此方は消耗している。

 全快の状態だろうアルジュナを倒すのは至難の業だが、やるしかないのだ。

『ッ――前方から高速で反応接近! これは――!』

 しかし、その時。

 膨大な魔力の接近を感知する。

「――まさか――!」

 アルジュナもまた勘付き、咄嗟に反転、ミサイルの如き矢を射出する。

 炎熱を伴った“それ”は矢を弾き、アルジュナと僕たちほどの距離を置いて着地した。

「どうやら羅刹王討伐は叶ったらしいな。その後何が起きたかオレの知る事ではないが……お前たちの様子を見る限り未だ有事は続いていると見える」

 荘厳に輝く黄金の鎧が覆う細い肉体。

 目の前の敵と正反対な白い肌と、虚飾を是としない瞳。

 それは、僕が知る限り最強クラスの英霊。

 そして――

「……そうか。貴様が世界を正す側に呼ばれた。ならば私が羅刹王に呼ばれるのは必然だったということか」

「然り。お前が悪ならば、オレは善に立つ。それがオレたちの摂理であり運命。この宿痾あればこそ、オレたちが同じ陣営に立つことなどあり得まい。そうだろう――アルジュナ」

「ああ――世界の帰趨などどうでも良い。私は、何にも邪魔されずに貴様との決着をつけたかった。これは、この召喚で、いや――英霊となってから、初の歓喜だよ――カルナ」

 ――授かりの英雄アルジュナ。

 インドの叙事詩マハーバーラタに謳われし、秩序と誠実の権化たる大英雄。

 彼が生涯最大の宿敵と定めた施しの英雄。

 エジプト領の英霊として召喚されたカルナは、その瞳にそれまでにない感情を込めてアルジュナと相対する。

「行け。この男はオレが討つ。オジマンディアスは任せたぞ」

「カルナ――」

 彼は、特段僕たちを助けるべく来た訳ではない。

 自身の相手はアルジュナ。これは、バビロン会議の折に決めたこと。

 生前より希った、一切邪魔されることなく、互いの武を競い合う戦い。

 それが、遂に成し遂げられるのだ。

「……頼む。僕たちは、エジプト領に向かう」

「ああ。ウシワカが待機している。合流するがいい」

 此方を見ることなく――既に、その視線はアルジュナのみに向けられている――カルナは告げてくる。

 ここは既に、カルナとアルジュナの戦場となった。

 最早この戦場において、僕たちの存在は不要なものなのだ。

「行こう。メルト、ラーマ!」

「ええ!」

「武運を!」

 二人の横を通り抜けていく。

 誰も、妨害する者はいなかった。

 アルジュナも、カルナも、少しでも意識を此方に移せばその油断を互いは突ける。

 そんな決着は許されない。二人は何者にも邪魔されない、ただ武と武をぶつける戦いを望んでいる。

 この特異点において、これ以降彼らと話すことはないだろう。

 どちらが勝つか――神話の戦いが再現されようとも、その結果は知り得ない。

「……随分と気にかけているな。貴様のそのような眼、見たことがない」

「そも眼差しを交わすことさえ少なかっただろう。少々彼らに不思議な感覚を抱いた事は否定しないがな」

「ほう? その感覚とは?」

「さて、な。英霊の身ではあり得ない事だが……あの背中を、知っているような気がしただけだ。疑いもせず、信頼以外の何かで繋がりを確信しているようなあの男の背中を、な」

 走っていく。走っていく。

 遠ざかっていくカルナとアルジュナの語らい。それが聞こえなくなった頃、耳をつんざくような轟音が背後で聞こえてきた。

 振り返って確かめるまでもない。それは開戦の証だ。

 神話の弓兵と、神話の槍兵。信念をかけた戦いを背に、僕たちは“それ”へと向かっていく。

 

 

 ローマ領からエジプト領へ行くにおいて、必ずしも王都バビロンを通る必要はない。

 三国の中心部にあるバビロンを中継するのは、寧ろ遠回りと言える。

 僕たちは時間を優先し、ローマ領から直接エジプト領へ行く道を選択した。

 そして、間もなく国境――二領の境だ、と言う時。

「よぉ、あの女の討伐は終わったか。ご苦労さん」

 通路を塞ぐように立っていた英霊が目に入り、足が止まった。

「クー・フーリン……!」

「おうよ。本当はそっちに行きたかったんだが、生憎オジマンディアスに神殿の守護を任されててな。自分がバビロンにいるからそっちの指揮はいらねえって事だったんだろうが……」

 自分が決戦においてあの混沌とした戦場にいなかった理由を説明するクー・フーリンは――何故か、言いようのない雰囲気を纏っている。

 間違いなく味方のそれであるというのに、何処か――

「……そうか。それで何故その神殿の守護者がここにいる。余は一刻も早くあそこへ向かわねばならん。無論、その道を通してくれるのだろうな?」

「ああ……ラーマ、アンタはやめとけ」

 邪魔が入ることに、いい加減苛立ちを感じたのだろう。

 僅かに声を低くしたラーマの問いを、クー・フーリンは首を横に振って拒絶した。

「アンタの嫁さん、ありゃもう無理だ。オジマンディアスの最後の命令だ、アンタを通す訳にゃいかねえ」

「何……?」

「あちらこちらに転移のルーンを張っといたんで、オレはどうにか此処まで来れたが……あとやる事はアンタへの阻止だけだ。この先へ行っても良い未来なんてねえよ」

 即ち――シータは、助からない。ラーマと会えることはない、と。

 であれば、此処で彼は止まるのが正しいのだ、と。

 この特異点で幾度か話した限り、彼は命令があってもそんな邪魔をする人物ではないように思えた。

 しかし、その目は何処までも本気だ。遊びのない眼差しは、その結論が冷静に考えたがゆえのものであると証明している。

「……オジマンディアスは、どうなってるんだ?」

「嫌でも分かろうさ。ありゃ英霊の一人二人が行ってどうにかなる問題でもねえ」

 やはり、変質した聖杯の影響でオジマンディアスに何らかの異変が起きていることは間違いないらしい。

 それでも――

「……退け、光の御子。例えどれだけ低い確率であろうとも、これは余がシータと出会えるまたとない奇跡だ。それを、邪魔しないでくれ」

「悪いがな、オレにもここまでアイツに付き合ってきた義理がある――通りたけりゃ、押し通れ」

 断固としてラーマの懇願を聞き入れず、クー・フーリンは杖で大地を一度叩く。

 瞬間、顕現したのはルーン魔術による陣地構成。これは――

「お前らは知らねえだろうな。だが、オレらにとってこれは不退転の戦場の証明だ。この陣を布いた戦士に敗走は許されず、この陣を見た戦士に退却は許されない。無論、戦いを放棄して先へ行くことも、な」

「貴様――!」

 四つのルーンによる結界――魔術師(キャスター)として現界したクー・フーリンは、この秘儀を陣地にまで昇華させたのか。

 ラーマとクー・フーリンには一目でわかる束縛が掛かっている。

 それは戦士であるがゆえ。この陣が発動した以上、彼らは戦いから逃れられなくなった。

「ああ、坊主と嬢ちゃんは戦士じゃねえか。だが、先へは行かねえ方が良いぞ。あんなモノ、見ない方がマシだ」

 僕たちは、この陣の束縛を受けない。

 戦士として生まれた訳ではなく、今もそう在る訳ではない。

 先へ行くなら止めはしない。だが、それでもクー・フーリンは忠告してきた。

 一体この先に何があるのか。彼が止めようとも――僕たちは止まる訳にはいかないのだ。

「……ハクト、メルトリリス! 先へ行け! どうか、シータの無事を……そして、この時代の、恐らく最後の腫瘍を絶て!」

「……分かった。ラーマ……君とシータには、色々と教えられた。ありがとう」

「私からも、礼を言っておこうかしら。貴方たちの関係が、ハクの楔になってくれると良いのだけど」

「ふっ……礼などいらぬさ。余もシータも、ただ己がしたい事を成し、言いたい事を言ったまで。それでお前たちが成長したなら、それはお前たちの成果だ」

 もしかしたら、ラーマはすぐにクー・フーリンを打倒し、合流できるかもしれない。

 そんな期待はあったけれど、しかし、これが別れになるという確信もあった。

 ラーマを残し、走る。クー・フーリンと目が合う。

 何かを告げているような気がした。それを問うことも、彼が自分から告げてくることもなく、通り過ぎる。

 僕とメルトだけになった。この先で、牛若が待機している。早く合流し、神殿へ向かわなければ。

 この時代の戦いを、終わらせるために。

 

 

「白斗殿! メルト殿!」

 ラーマと別れて十分ほど移動したところで、牛若と合流する。

 見たところ、傷はないようだ。

「無事で何より。突如沸いた鬼どもをカルナ殿と共に始末していたのですが……収まったところを見るに、羅刹王とやらの討伐は叶ったのですね」

「ああ……だけど」

「分かっています。この距離でも感じられる、神殿からの邪気……すぐ向かうべきでしょう」

「ええ。行くわよ。ここで止まってる暇はないわ」

 一刻を争う事態だ。

 少しでも早く向かい、現状を把握しなければならない。

「元より、そのつもりです。では、行きますよ!」

「ッ――」

 牛若に手を引っ張られる。

 メルトはもう片手に。そして、牛若が跳び上がったと同時――牛若が馬を召喚した。

 小柄な白馬。牛若は素早い動きで僕たちを後ろに乗せると、馬の横腹を軽く蹴って走らせる。

「許せ、太夫黒。そなたの小さな体で三人を運ぶのは酷な事だろうが、事態が事態だ。例え慣れぬ砂の地だろうと、駆け抜けられような?」

 牛若の愛馬たる太夫黒は、主の問いに答えんとばかりに力強く嘶く。

 騎乗の心得の無い僕は、やはり聖骸布の力がないと満足に乗る事さえできない。

 前に座るメルトにしがみつきながらも、振り落とされないよう注意する。

 自分の足で走るより、遥かに速い。ここで足手まといになり、辿り着く時間を遅らせる訳にはいかないのだ。

「お前たち、生きていたか――!」

「ッ、百貌の……!」

 エジプト領に入り、砂漠の地に、僅か太夫黒の足が鈍った頃。

 その横を並走するように、黒い影が現れた。

 僅か、その顔を覆う髑髏面に寒気が走る。

 違う。静謐ではない。百貌のハサン――ローマ領に属していた、同盟が成立してからは各所の偵察や情報交換を担当していたサーヴァントだ。

 百貌のハサンは多重人格という特異性を有し、その人格一つ一つに独自の肉体を与える宝具を持つ。

 長い髪を後ろで縛った女性個体――彼女は、その中でも中心であり主軸の存在だったか。

 動きが鈍っているとはいえ、ハサンは太夫黒と同等の速度で走っている。

 この地形は、ハサンにとって取るに足りないものなのだろう。

「馬を有しているならばそう時間は掛からんな……オジマンディアスは既に変転した。早くどうにかせねば……この時代の終わりにそう時間は掛からんぞ!」

「変転……!?」

「最早オジマンディアスという英霊はこの時代にいない! 月のオペレーターとやら! 神殿に在るモノの解析、可能だろう! アレでもサーヴァントと基本は変わらん筈だ!」

『確かにサーヴァントと似てはいますが、数値に相違点が多すぎます! もう少し時間が掛かります……!』

 ハサンは、この先に待ち受けているものの正体を知っている。

 サーヴァントとは、似て非なるもの……それは、一体。

 そろそろ神殿が見えてくる頃合いなのだが、いつもより砂嵐が強く、遠くを視認することが――

『――ッ、皆さん! 前方から敵対反応接近! これは――スフィンクスです!』

「なっ!?」

 突然のサクラの警告。

 前方に、何かが近付いてくる様子はないが……。

「接敵するぞ! 二匹だ!」

 ハサンには、その姿が見えているらしい。

 僅か、ハサンが体勢を低くした瞬間――

「二人とも! しっかり捕まって!」

「ッ――!」

 砂嵐を切り裂きながら、神獣が視界に飛び込んできた。

 あまりにも高速であるからか。近付いてくる様子はほぼ見えなかった。

 太夫黒が爪の下を滑るように回避する。

 追撃を馬とは思えない軽やかな動きで走り抜け、対応するもそれに対して何もしないスフィンクスではない。

 回避された足を軸にして向きを反転、一度の跳躍で開いた距離を詰めてくる。

 オジマンディアスの指示によるものか。それとも、そもそもそういう風に訓練されているのか。

 スフィンクスは完全に僕たちを敵と判断している。

「くっ……おのれ、体の作りで根本的に差があるか……!」

 先端さえ触れるだけで細切れになるだろう爪を、続けざまに三度躱す。

 上手く回避したものの――気付けば次の追撃は避けられない程にまで距離を詰められていた。

 動きを読まれた――力もさることながら、智慧もまた、この神獣は卓越しているらしい。

 ハサンは、その身のこなしでもう一頭をどうにか翻弄している。

 あちらが僕たちを襲うことはないだろうが、ともかく今はこの一撃をどうにかしなければ――!

「自在天眼・六韜看破!」

 そんな窮地に焦ることなく、牛若は宝具の真名を解いた。

 瞬間、有利不利は逆転する。

 僕たちの騎乗する太夫黒はスフィンクスの真上へと転移する。

 ハサンもまた同じ。

 どれだけ智慧が回ろうと、突然視界から消えれば咄嗟に行動する事は出来ない。

「これぞ遮那王流離譚が一景。兵法を学ばぬ獣には分かるまい!」

 落下の勢いそのままに、刀で首を断つ。

 スフィンクスが崩れ落ちるのと、太夫黒が着地するのはほぼ同時だった。

 一頭倒した――あとは……!

「ハサン! そっちは――」

「無理に決まっているだろう! スフィンクスを叩きのめせるアサシンがいて堪るか!」

 必死な怒号が返ってきた。

 僕たちよりも危なげなくスフィンクスの攻撃をいなしていたのだが、それでも攻撃力は神獣を討つのに及ばないらしい。

「太夫黒、暫くお二人を頼むぞ!」

 牛若が跳ぶ。彼女の剣技ならば、スフィンクスの首を断つことも出来る。

 一頭倒したとて油断はできないが、牛若なら問題ないだろう。

「ハクッ!」

「え――? ッ!」

 突如聖骸布の拘束が強まる。

 メルトが牛若に代わり、太夫黒を操る。

 牛若程ではないが、メルトが有する騎乗スキル。

 何故それを今行使したのか、すぐ傍を掠めていった爪で悟る。

「胴体だけで……!?」

「無茶苦茶ね! とにかく避けるわ、ハク、しっかり捕まって!」

「ッ!」

 驚異的な耐久力だ。首を断って尚、平然と動き戦闘を可能とするなどと。

 これが単体のサーヴァントの宝具として存在しているなんて、こうして相対してみても考え難い。

 これでは、神殿に辿り着くのも難しい――!

「――!」

 ――瞬間、スフィンクスの胴が粉砕された。

 彼方より飛来した二丁の武器。

 矢ではない。遠距離武器とは思えない剣が、ただの一撃でスフィンクスを打ち砕いたのだ。

「何が……」

『カレンさんのサーヴァントです! スフィンクス、完全停止――今の内に神殿へ!』

「カレンの……?」

 カレンのサーヴァント――ゲートキーパー。

 およそ戦いに参戦する気には見えなかった彼が、力を貸してくれた、のか?

「……今は気にしていてもしょうがないわ。ハサン、ウシワカ! 神殿へ向かうわよ!」

 太夫黒の手綱が牛若に返され、再び走り出す。

 理由など分からないが、ゲートキーパーが窮地を助けてくれたことは事実。

 スフィンクスを一撃で破壊するほどに強力な英霊とは、一目では分からない。

 しかし、もしも本当に規格外のサーヴァントだというならば――カレンは、そんな存在の協力を勝ち得たのか。

 そんな事を思いながら、神殿へと近付いていく。

「あれは――!」

 見えてきた。輝きを失った大複合神殿。

 そこに寄生するように、何かが出現している。

 見るも悍ましい肉塊。赤黒い二つが捻れて結合したような異形。

 明らかに人型ではないそれから伸びる、人のような腕はあまりのアンバランスさに吐き気さえ覚える。

 人で言えば胴の部分に怪しく輝く瞳。それは、確かに生物であるらしい。

『解析、完了しました! クラス反応不明(アンノウン)! 別個体の二つが結合した存在です!』

 あえて例えるならば、それは悪魔。

 そうでなければ、ここまで悍ましい姿をしていられるわけがない。

 怨嗟にも、慟哭にも聞こえる奇怪な呻き声。

 これが、ラーヴァナの最後の一手。この特異点における、最後の敵。

 怪しく輝く目玉。その視線は、獲物を見つけたように此方に合わせられた。




カルナVSアルジュナ、ラーマVSクー・フーリン。そしてローマ領の面々はパーティから外れました。
ここにきてカルジュナ対決が実現。CCC編一章以来ですね。
そして二章のラスボスが出現。一先ずアモン・ラー(偽)とでも名付けておきましょうか。
魔神柱とは異なります。手ないですしね、彼ら。

二章は次でラストとなります。また更新遅れるでしょうが、気長にお待ちいただけると幸いです。


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第二十二節『虚数の柱』

最近ぐだメルばかりでザビメルを見なくなったので短編を量産してテロを起こそうと画策しています。
筆は進みません。邪な考えは駄目。

さて、二章ですが、今話を最終節にしようと思っていたのですが視点変更の多さ、長さがえらいことになるので二節に分けさせていただきました。
今回は前半となります、どうぞ。


 

『我らは悪!』『我らは混沌!』

 

 

『善に抗う者!』『秩序を乱す者!』

 

 

『善なるならば!』『救済を食め!』

 

 

『我らが同胞は!』『救済の一つを断った!』

 

 

『英霊の極みに立ちし者を!』『過ちへと! 敵対へと導いた!』

 

 

『なれば我らも同じくしよう!』『救済を断て! この時代を焦土と変えよ!』

 

 

『末世への伏線を消し去るのだ!』『この時代諸共に!』

 

 

『我らが王はそれを望む!』『善の極致など、我らは許容しないッ!』

 

 

 +

 

 

「……何あれ」

「恐らくは羅刹王の秘中の秘……奥の手という奴だろう。流石に、恐ろしく思うな。あんなものが地上に現界し得るなどと」

 通信越しで見るその姿は、足の無い巨人を連想させた。

 二つの存在が絡まり一つの形を成している。見るも悍ましい肉塊は、顔らしい部分を縦に裂いて金切声のような叫びを上げている。

 多分それは、言葉の意味を理解しようとするだけ馬鹿馬鹿しいものなのだと思う。

「それで、どうする。ダレイオス三世は討伐し、征服王は神殿へ向かった。羅刹たちももういない。我ら軍師の仕事は終わりかね?」

「ええ。それでいいでしょ。後はハクト君がどうにかするわ」

 これまたサクラに取り寄せてもらったガムを口に放り込む。

 市販の雑なグレープ味は、こういう場所で味わおうとも変化は感じられない。

「信頼している、という訳ではなさそうだが?」

「信頼はしてるわよ。ただ、まあそれ以上に当てつけね。十年くらいかしら、ひっさしぶりに連絡してきたと思ったら、また世界の危機ですって? 巻き込まれるこっちの身にもなれっての」

「しかし、君は彼らの依頼を請け負ったのだろう」

「何もしない訳にもいかないでしょ。私だってレジスタンスやめて十年、何もしてこなかった訳じゃない。地上に返してもらった恩は返すわよ」

 どちらも、本心だった。

 はじめ、連絡を貰った時は驚いたものだ。

 メールを開いてみれば、また力を貸してほしいという、呆れ果てた内容だった。

 原因不明の世界の危機がなければこれだけ経っても連絡を寄越さないつもりだったのか――まあそれは置いておくとして。

 力を貸すことは吝かではない。何もしなければ世界が終わるというならば、あの時みたいに付き合おうという意思はあった。

 けどそれ以上に――文句があったのも事実。

 とりあえず再会したら一発殴ってやろうと思ったものの、その気に躊躇いが生まれたのは、彼らの姿を見た時だった。

 サーヴァント――メルトリリスは仕方ない。全盛期で召喚される英霊はどれだけ時間が経とうとも肉体に変化はない。

 そして、ハクト君もまた、以前のままだった。

 これも仕方ないことだ。アバターを変える、霊子体に傷がつく、そうした変化がなければ、月の世界は不老であり不死の世界。

 私は今回、以前のアバターを使わず、ありのままの自分を投影して月に来た。

 多少は予想出来ていたことだが、一切代わり映えしない月には驚いたものだ。

 そして、少しだけ哀れにも感じた。

 彼らに時の変化はない。もしくは、自身の時の変化を忘れるほどに、地上の変化に掛かり切りなのだと。

 ――……まったく、誰もかれも、ここは変わっていないわね。

 そう、変わってないのだ。あの時のまま、ハクト君は向こう見ずで、考え無しで、馬鹿な存在。

 当たり前のように世界の危機に立ち向かう。

 それに対して、時の変化に関する、言いたかった文句など言えるものか。

 まあ――代わりに新たな文句が生まれた訳だけど。

「ま、これはテストね。この程度、軍師の力なしで何とか出来なければ、力を貸す価値もないくらい鈍ってるってことよ」

「ほう。あそこまで悍ましい化け物相手が試験とはな」

「あんなの何でもないでしょ。彼らは――私たちは、もっと悍ましい怪物を知ってるわ。それに比べれば可愛いものよ」

 ガムを膜のように広げて、息を吹き込んで膨らませつつ思い出す。

 あの時起こった戦い。その黒幕たる女性の姿。

 最後の戦い、離れていく彼らの姿。

 そして――かつての相棒たるサーヴァント。

「……」

 どうなっただろう。

 同じ特異点に召喚されて、ただの一度も話さなかったサーヴァント。

 まだ生きているのだろうか。それとも……。

「……」

 やめた。考えても仕方がない。

 今回の彼は私を知らない。それが、サーヴァントというものなのだ。

「――さ、終わるまでどうしようかしら。キャスター、貴方はいいの? あの征服王を追ったりしなくて」

「構わないさ。軍師は傍にいるものじゃない。駆け抜ける彼の背中を見る、その行く末を保障する――それが、私の役目だ」

「……ふうん。ま、貴方がそれでいいなら、何も言わないわ」

 諸葛孔明とイスカンダルに縁がある。どうにも納得しがたい話だ。

 だが、彼の目は嘘を言っているとは思えない。

 彼らにあった“何か”は、紛れもなく諸葛孔明の心を動かしたのだ。

 その信頼感は、ハクト君が誰かに向ける無節操なものと同じ。

 決して揺らぐことのない、確かな絆に思えた。

 

 

 +

 

 

『――――――――――――――――ッ!!』

 その叫びは、明確に僕たちに向けて放たれた。

 聖杯を利用した、オジマンディアスに仕込んでいた最終兵器。

 悍ましい肉塊は、最早太陽王の気配すら感じられない。

『敵性反応はオジマンディアスさんの固有結界を依り代にして現界しています! 神殿を消滅させれば、この世界との繋がりは断たれますが――』

「ッ――難しいな!」

 大樹の如き腕が振り下ろされる。

 牛若が太夫黒を操り、そのリーチから逃れるも、凄まじい風圧が魔力を伴い、物理的ダメージをも発生させる。

 それはメルトが防ぎきるが、何度も対処できるものではない。

 恐らく、アレにも霊核は存在するのだろう。

 霊核を潰すことと、神殿を消滅させること。どちらも困難極まる。

「ちっ……埒が開かん。一旦離れるぞ!」

「くっ――」

 百貌が距離を開ける。確かに、有効打を考える必要がある。

 勝算が無いまま戦っても、良くてジリ貧になるだけだ。

「牛若!」

「御意に!」

 一先ず、肉塊が届かない距離まで離れると、それは此方を睥睨しながらも動かなくなった。

 しかしそれは、未だに此方を敵として見ていると同じ事。

 油断すれば何をしてくるか分からない。警戒を続けながらも、策を考える。

「さて、どうするか……」

「どっちが手っ取り早いかしらね。あの神殿一つ溶かしきるのは、今の私だと時間が掛かるわよ」

 メルトの宝具であれば、あの神殿を溶解させることは可能だ。

 だが本来の出力であればまだしも、制限が掛かっている今の状態だと聊か時間が掛かる。

 僕には、あれほどの神殿を破壊する手段はない。

 対城宝具に相当する呂布の宝具であっても、あの神殿を崩すことは出来ないだろう。

「ふむ……では、狙いはあちらですか。見るからに魔性の身、一つ私が打って出ます」

 太夫黒から降りた牛若が前に出る。

 尋常ならざる魔力を帯びた刀は微かに震え、周囲の空気までもを鳴動させている。

「牛若、何か手が?」

「ええ。物は試し。遮那王流離譚が一景、魔を打ち払う薄緑の音色。御覧入れましょう」

 それは先程の、有利不利を覆す空間転移と並ぶ牛若の宝具。

 ――いや、そもそも、それらは一つの宝具か。

 牛若丸――後の源義経。日本において知らぬ者無しとも言えるだろう武将。

 彼女の伝説は、纏めて一つの宝具として祭り上げられたのだ。

 それが『遮那王流離譚』。伝説を基にした奥義の集約にして、牛若の生涯の具現化。

 そして、その奥義がまた一つ解放される。

「我がご先祖、源頼光の威風を照覧あれ。悪しき土蜘蛛をも切り払ったこの歌声、醜悪な魔性にはさぞ堪えよう!」

 薄緑――かつてその名を「吼丸」としていた頃、所持していた退魔の顕現。

 それを発揮したのが自身でなくとも、先祖に匹敵する才能で以て牛若はその神秘を引き出す――!

「吼丸・蜘蛛殺――!」

『――――――――――――――――ッ!!』

 空気の振動による不可思議なまでの威圧は、獲物を前に威嚇する蛇を思わせた。

 狩られる者へ恐怖を与えるだけの行為。ながら、武人と共にあって魔性を相手取る為に神秘を宿した刀であれば、その鳴動は魔を屠る。

 肉塊が全体を軋ませ、悲鳴を上げる。

 震えた空気は肉塊に裂傷を生み、血のような液体を噴き出させる。

 だが――

「……足りぬ、か。どうやら“魔”の規格に収まらぬ化生らしい」

 その神秘を解放し終えた後も、それは健在だった。

 裂傷は再生していく。即座に、とはいかないが、この奥義を以て致命傷を与えるには同じ刀があと数振り必要だろう。

 牛若が僅かに歯噛みした、その時。

『皆さん! 後方から神殿に向かう反応があります! これは――――』

 雷を伴った疾走。振り返れば、その戦車がすぐに見えた。

 荒々しく砂を巻き上げ、僕たちから少し離れたところに、征服王は戦車を停める。

「おう、壮健そうだな、時を超えた勇士たち。とは言え、ありゃ何だ。太陽王めの成れの果てにしては性質が違い過ぎよう?」

「聖杯の影響で変質したんだ。アレを倒したい、力を貸してほしい!」

「どの道、どうにかせねば不味い相手だろうに。して! 何処を打ち砕けば良い!」

『本体の霊核か、神殿を破壊してください! そうすれば現界を保てなくなります!』

 注意深く肉塊を観察しながら、イスカンダルは問う。

 あの人を逸した存在を前に、彼は一切物怖じしていない。

 要点を確認すると、一つ頷いた。

「相分かった。であれば、あの肉を削ぎ落とす手数と威力が必要だな。見ての通り再生能力まであると来た。速度かもしくは規格外の一撃か――」

「でしたら、問題ないでしょう」

 イスカンダルの考察に答えた、淑やかな声。

 傍からではない。それは、天からか。

 声の主を探し、天を見上げた瞬間、肉塊の頭上に漆黒の太陽が顕現した。

「あれは――」

 そして、その中から飛び出してくる人影。

 この特異点において、オジマンディアスが傍に置いていた、知己……のような間柄の女性。

 よく分からない理由でここまでやってきた、反転(オルタ)の呪術師。

「タマモ・オルタ……?」

「はい。私です。さて……我らが領域の王の厄介に集っていただき、まずは感謝を」

 降り立ったタマモ・オルタは、粛々と一礼した。

 細部まで洗練されたその様には、焦りのようなものは見られない。

「ふむ、太陽王めの軍師か何かか?」

「そのようなものです。さて、ああなってしまってはもう助かりません。完膚までに叩き潰すしか、手段はありません」

「叩き潰すって……その手段が――」

「あります。というか、そのために私が彼を招いたのですから。太陽を堕とした英雄も、この時のためにかの大英雄は残しておいたのでしょう」

「……?」

 まるで、この展開を悟っていたかのように、坦々と話す。

 既に手は打ってある。或いは、“そうなる事”を確信している。

「ああ、シータさんは既に発ちました。これから起こる事は、神殿内には誰もいないと考えて立ち会いなさいませ」

 気掛かりの一つだった少女の不在を先に告げ、タマモ・オルタは肉塊を見上げる。

 シータは……ラーマのもとへ向かったのか。

 間に合うかは分からない。

 限界を迎えるのと、再会、どちらが早いか、僕は知る事が出来ないだろう。

 ラーマの頼みを――シータの無事の確認を成せなかった事は心に残るが、こればかりは彼女を信じるしかない。

 言葉の後半の真意を考える前に生まれたのは、そんな心配ごとだった。

 そして、心の整理をようやく終えた時だった。

 一つ、二つ、三つ。

 恐らくはタマモ・オルタが待っていたのだろう、途轍もない威力の援護が肉塊を爆散させたのは。

 

 

 +

 

 

 ――そして、観測する。

 

 神話の激突。その一幕を。

 

 

「はっ――――!」

「オォ――――ッ!」

 刹那に鳴り響く金属音は、一つ二つではない。

 積み上げられる激突は百、千を超えようと決着を告げる事なく、苛烈さを増していく。

 瞬きの間に、矢は五本放たれる。

 神速で以て槍が打ち払い、反撃の炎が噴き上がる。

 それを見越して放たれていた特別な一矢は炎を相殺し、衝突の跡を貫いて矢が敵の首を狙い駆けていく。

 矢は渾身の力で叩き落され、周囲に炎熱を迸らせ――弓兵(アルジュナ)槍兵(カルナ)は仕切り直しとばかりに睨み合った。

「どうした。オレの首を獲った一矢ほどの威力が感じられんぞ。あの時の激情を以てすれば、今の矢でオレの腕一本は奪えただろう」

「今の貴様に、あの時の呪いは無いだろう。であれば同じ手は通用しないと考えたまで。そのような挑発に乗る私とは思わないことだ」

「……挑発のつもりはなかったのだがな。まあ、オレもあの時の矢を二度と受ける理由はないが」

「それでいい。嘲りも未練も残させん。今度こそ、貴様に何の差も無き状態で勝利する。施しも、授かりも、理由にはさせん!」

 十分の一秒とて掛からない速度で、アルジュナが放った矢はカルナにまで届く。

 見越した一撃だ。打ち払い、爆熱で加速したカルナはアルジュナに肉薄する。

 心臓目掛けて突き出された槍。対処する側はアルジュナになる。

 この距離では矢は効果を成さない。だが、それで敗北するようでは、カルナを相手に一分と持つまい。

 体を逸らすと同時にアルジュナは槍を蹴り、軌道を曲げる。

 隙は生まれない。追撃を許さぬとばかりにカルナが放出した炎により、アルジュナは距離を開けざるを得なくなる。

 願ってもないことだ。

 アルジュナは弓兵。距離を開く事は、アルジュナにとって有利を生むことに外ならない。

 矢を番えて念じるは、必殺にして必中の奥義。

 ――望むところだ。

 カルナもまた、分かり切っていたように応じる。

 自身のそれは、英霊になって尚引き摺る呪いによって「実力が上の敵」には使用出来ない。

 だが、自身はアルジュナには劣っていない。そも、平等な戦いで二人が最後まで比べ合った事などないのだから、差を見出せよう筈もない。

 故に――

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!』

 二人の奥義は一切威力を落とすこともなくぶつかり合い、どちらが勝る事もなく爆発する。

「ッ――!」

「ふっ――!」

 そんな事は分かっていた。これで決着しては、宿敵とは呼べない。

 命運を分けるのは、この激突に怖じる事なく、どういった行動を起こすか。

 アルジュナはこの爆発が二人を隔てようとも、カルナの姿を逃す事はない。

 その千里眼は宿敵を完全に捉えている。放たれた矢は、爆発で威力を僅かも衰えさせることなく、カルナの首目掛けて飛んでいく。

 対するカルナの魔力放出は、防御に使われる。

 極小の太陽を以て矢を焼き尽くし、残った炎熱をそのまま射出する。

 跳躍で回避したアルジュナは、更に追撃を行おうとして――

 

『――――――――――――――――ッ!!』

 

 その大魔の咆哮を耳にした。

「……今のは」

 カルナは僅か、そちらに意識を移している。

 ならば問題はあるまい、と自身も目を向ける。

 千里眼を以てしても、それを目にすることは出来ない。

 だが――その魔性の居場所は、その咆哮だけで察知した。

「オジマンディアスの果て。或いはこの時代の果てか。慣れない事をするものだ。変じたとて、悪に立つ者ではあるまいに」

「あれが何か分かるのか、カルナ」

「この可能性を考慮しておけと言われていただけだ。そして――この結末に至ったら全てを差し置いて制止せよ、とな」

「――何?」

 アルジュナにとって、それは聞き捨てならない事だろう。

 カルナは今、信念を賭してアルジュナと戦っている。

 余事に目を向ける事など許されない。まして、自身との戦いを差し置くなどと――

「落ち着けアルジュナ。オレは貴様との戦いを捨てはせん。だが――これはこの特異点において奇妙な縁を結んだ妹との契約でな」

「……妹、だと?」

「共通した、兄と仰いだ者がいる。そして、世界に個として自身を刻んだのはオレが先。つまりオレが兄だと思うのだが……違うか?」

「待て。いや、待て。何の話だ」

 話の見えないアルジュナは困惑している。

 この男は気でも触れたのか。何処かずれた無意識な心配はカルナも気にも留めない。

「ふっ、どちらが先かなど些事か。ともかく、オレにも義理がある。少しの間、待っているがいい」

 言いながら、カルナはその槍に魔力を込める。

 それは、この戦いにおけるどんな一撃よりも神気を感じさせるもので――

「――貴様、まさか」

「なに、これを使ったとて、貴様に退屈はさせん。元々、これはオレの力ではない。互いの武芸をぶつけるならば、これの使用は相応しくあるまい」

 元々戦いに、この力を使用するつもりはなかったと、カルナは言ってのけた。

 カルナが有する最大火力だ。二人の因縁に決着をつけるに足る威力を持っている。

 だが、それを自身の力ではないと数に入れなかった。槍を使うべきは、アルジュナではなくもう一つの縁であると。

「……ふん」

 その、一切虚偽のない瞳と言葉に何を思ったのか。

 アルジュナはその時自身の行動に、不思議しか感じられなかった。

「……アルジュナ?」

「勘違いするな。貴様にだけ切り札を捨てられては平等ではない。それでは、どれだけ完全な勝利を収めようとも私は満たされん」

 カルナの隣に並び立つ。

 決して、互いの意識は同じ方向を向かない。

 アルジュナにとって、カルナが感じている縁もこの時代の危機も、遥か遠方の気配の正体もどうでも良い。

 ただ、この戦いは平等でなければならない。

「例えば、貴様に追い込まれたとして。私は咄嗟にこの真名を詠むかもしれん。それで逆転をしても夢見が悪いだけだ。貴様が己の理由でそれを捨てるならば、私も自身の理由で我が切り札を捨てるまで」

「……そうか。気を遣わせるな」

「いらぬ言葉だ。早急に済ませるぞ。私にとっては元々、どうでも良い事だ」

 アルジュナはその右手に、自身が持つ最大の奥義を紡ぎ上げる。

 カルナは纏っていた鎧を燃やし尽くし、巨大な紫電の槍を顕現させる。

「神性領域拡大。空間固定。神罰執行期限設定――全承認」

「最早、戦場に呵責無し。我が父よ――赦したまえ」

 マハーバーラタにおいても、その二つの宝具が同時に解き放たれたことはなかった。

 だが、この異質な特異点にあって初めて、二つは共に真価を発揮する。

 同じ敵に向けて、ではない。

 二つが一つとなった大魔であれば、片方ずつをどれだけ多く呑み込めるか――二人は、無意識にそんな競争意識を持っていた。

「シヴァの怒りを以て、汝の命を此処で断つ」

「インドラよ、鎧の代償、今こそこの地に刻み込もう」

 互いの規格外のエネルギーは、今か今かと解き放たれる瞬間を待っている。

 誰が狙いであろうとも、関係はない。

 担い手が己を操れるとあらば、全力で応じるのが自身の役目だと――――!

「滅びへと導け――破壊神の手翳(パーシュパタ)ッ!」

「空前絶後、終わらせろ――日輪よ、死に従え(ヴァサヴィ・シャクティ)ッ!」

 破壊神によって齎された光球が奔る。

 雷神が与えた紫電の閃光が迸る。

 そして、同時に着弾する宝具はもう一つ――――

 

 

 +

 

 

 ――わたしは、あまりにも、分かっていなかった。

 自身が召喚したサーヴァントの力を、あまりにも、信用出来ていなかった。

 信頼はしていた。わたしの召喚に応じてくれたのだから、きっとわたしを手助けしてくれる。そう、思っていた。

 ただ、それでも、そのサーヴァントのステータスは平均的だった。

 ()()()()だとは、思っていなかった。

 

「――――」

「さて、と。ボクの出番はここまでだ。君の両親も少し助けた。十分だろう?」

 わたしのサーヴァント――ゲートキーパーは、一切感慨も持たず、戦の終了を宣言した。

 周囲に残る悪魔はいない。ラーヴァナは戦いの末消滅し、悪魔を生み出していた宝具の効果も切れたと聞いた。

 だが――それよりも前に、この辺り一帯の悪魔は一匹残らず殲滅された。

 彼一人の宝具によって。

「……なんと」

「……凄いな。ここまでか」

「よもや……これほどの英霊がいるとは」

 ゲートキーパーは、ただの一歩も動いていない。

 動かずして発動した宝具は、悪魔を遥かに凌駕する制圧力でもって、全滅を成したのだ。

「――これが、貴方の宝具ですか」

「そうさ。ボクの武器庫――普段の宝具とは少し違うみたいだけどね」

 基本的に、サーヴァントの宝具は一つ。

 強力な英霊で二つか三つ、大英雄が最適なクラスに据えられればその上もあるようだが、彼はそんな枠組みに入らなかった。

 一体幾つ、宝具を放っただろう。

 近接武器を射出するという本来とは違う使い方なれど、それら一本一本は確実に敵を貫き、その命を奪っていった。

 人を超える悪魔を物ともせず、百を超える武器でもって彼らを一蹴した。

「……凄いです。ここまでのサーヴァントだったとは」

 これで終わり、興味を無くしたように、ゲートキーパーは椅子を召喚し、腰かけた。

「それで、良いのかい? 君はこの時のために残っていた英霊だろう?」

「……そうであったな」

 羿が前に出る。

 彼は、大英雄アーラシュに後を託され、残っていた。

 彼が残った理由。それを、ようやく理解する。

「……太陽が変じたか。であれば、儂がここにいるのも道理であった」

「……何か、手が?」

「うむ。我が友に託されたゆえな。恐らくは今の状況をどうにかしろと、大方そういう事だろうよ」

 太陽王オジマンディアスの変質。

 ここからは視認できないが、遠見の魔術で捉えている。

 悍ましい肉塊に相対して、お父さまとお母さまも攻めあぐねているらしい。

「なるほど。君は太陽を落とした英霊だった。うってつけな訳だ」

「真実の太陽を射落とした訳ではない。アレはあくまで日輪の神鳥だったのだがね――とはいえ、それを言い訳に失敗する訳にもいかないか」

 苦笑しつつも、羿は矢を番える。

 羿――太陽を落とした英雄。

 同時に上った十の太陽のうち、九つを射落とした規格外の弓兵。

 その英霊が宝具とするのであれば、その射法以外考えられまい。

「――空に太陽は二つといらず、地に落ちたる以上猛威を潜めぬならば害悪以外の何物でもなし。必要以上の陽光は、世界の敵なり!」

 カリオストロも、キャスターも、真剣な表情でその一矢を見届けんとする。

 わたしは、信じていた。願っていた。

 羿の宝具が、あの最後の敵に痛打を与えてくれることを。

 お父さまを、お母さまを援けてくれることを。

「――天星失墜し(ヌディ・ムバ)!」




イスカンダル、タマモ・オルタ(恐らく)参戦。
そしてカルジュナと羿の宝具が解放です。
次話で二章を終えさせていただきます。

ところで、最近ツイッターではローズとノートの共依存というよく分からないイフ関係が構築されています。なんだこれ。


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第二十三節『いざ、遥か万里の彼方まで』

1000万DL、まさかの星四鯖一騎プレゼント。
皆さんは誰を選ぶか決めたでしょうか。
私はセイバーランスロットかエルドラドのバーサーカーにしようと思っています。
でもラーマも欲しいです。

さて、ようやく二章ラストです。どうぞ。


 ――そして、観測する。

 

 この特異点における、一つの「最後の戦い」を。

 

 

 片方には、信念と意地があった。

 或いはそれは、先のラーヴァナとの戦いよりも苛烈かもしれない。

 その手に持つ剣だけではない。

「吼えろ! 『偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)』よ!」

 ラーマが所持した数多の武具を包括した宝具『偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)』を出し惜しむことなく解放する。

 例え、彼の魔力供給に限界があろうとも、彼はここで一切惜しむことはないだろう。

 まだシータが消滅した訳ではない。それは、彼が十分理解している。

 故に、一刻も早く、この障害を取り払わなければならないのだ。

「侮るなよ大英雄! こちとらキャスターだが衰えた気は微塵もねえ!」

 片方には、義理と矜持があった。

 考えてみれば、別に此処で戦う程の義理なんてないかもしれない。

 同じ陣営に召喚され、オジマンディアスの義兄弟としてクー・フーリンは此度戦った。

 今の状況は好ましいものとは言えない。

 オジマンディアスは変質し、今自分は愛のために奔走する大英雄の最後の障害となっている。

 クー・フーリンとてラーマがどれ程の気持ちで今戦っているかは理解している。

 彼のため、そしてシータのために、この場を譲りたいという感情もあった。

 だが、それは出来ない。

 此度の自分はエジプト陣営。オジマンディアスの最後の命令は守らなければならない。

 それがゲッシュでなくとも、一人の戦士として。

“――――クー・フーリン、ラーマを止めよ。最早シータは助からぬ。あ奴が間に合ってもそれは死に瀕した時。ならば――”

(――お優しいこって)

 オジマンディアスは愛妻家と聞いた。

 ならば、その結論は妻を想う夫として、導き出したものなのだろう。

 苦渋の決断だったかもしれない。だからこそ、この道を譲る訳にはいかない。

 相手がセイバー、神話の大英雄であろうとも。

「甘えよ!」

 ラーマの強弓から矢が放たれる。

 霊核を粉砕して余りある威力を持ったそれを、クー・フーリンは一切焦ることなく回避した。

「――矢除けの加護は健在か。ならば!」

「ッ――」

 剣、槍、棍棒、戦輪。次々に武器を変えつつ、ラーマはクー・フーリンを攻め立てる。

 クラスの枠組みに収まらない、規格外の戦い方だ。

 そして、クー・フーリンはキャスターでありながらそれに対応出来ている。

 戦場に仕込んだ数多のルーンを惜しみなく解放し、杖を強化し槍のように近接武器として使用する。

「チッ……」

 しかし、それでも限界がある。

 あまりにも明白な、地力(ステータス)の差。

 ランサーで召喚されれば一歩たりとも劣らなかっただろう。

 だが、今のクー・フーリンはキャスター。筋力はEランク、耐久はDランクというかなり低い値で召喚されている。

 師スカサハから学んだルーン魔術は強力だ。だが、そもそもこれはクー・フーリンに適した戦い方ではない。

「――おおぉ!」

「クソ……槍が無いってのも、不便なモンだ、な――!」

 此度の召喚における不満を吐露しながらも、ラーマの攻撃を霊核には届かせない。

 傷は少しずつ増えている。ラーマにもダメージを与えてはいるが、その数は比較するべくもない。

「だが――!」

 それでも、まだ決着がついた訳ではない。

 どうせ使うまいと思っていた切り札は残っている。

「ハッ……テメエに使うなんざ、想像だにしなかったがな……」

「何を……っ」

「こちとら奥の手があるって事だ! こんな因果で甚だ不本意だが、冥土の土産に見て行けや!」

 その発動を、ラーマは許した。

 クー・フーリンを守るように展開されたルーンは、それまで彼が使っていたものとは根本からして違う。

 膨大な神秘は一つでも宝具に匹敵しよう。

 総数十八。クー・フーリンの有するルーンの究極。

「行くぜ、スカサハ直伝――原初のルーン! 許せよオーディン! この地にその銘を刻んでやる!」

 咄嗟に距離を置いたラーマは、自身の過ちに気付く。

 キャスターを相手にセイバーが距離を取ること。それ即ち、相手にリーチを譲る事に外ならない。

 故に、その過ちを即座に認め、新たに行動を起こす。

 出現させた弓。矢除けの加護を備えるクー・フーリンには通じなくとも、それが攻撃であるならば迎撃はできる。

先見せし太陽弓(サルンガ)――!」

大神刻印(オホト・デウグ・オーディン)――!」

 十八の原初のルーンが起動する。

 ラーマの矢は暫く拮抗し、弾かれる。

「ッ――――――――」

 僅かに出力を弱めた原初のルーンは、尚も絶大な威力を以てラーマを襲う。

 矢による威力の減衰、そして、セイバーゆえの高い対魔力がなければ、その直撃で消し飛んでいただろう。

 それは正しく、キャスターとしてのクー・フーリンの切り札だっただろう。

 一秒にも満たない僅かな時間、ラーマは意識を飛ばした。

 そしてその、大英雄同士の戦いとしては絶大な隙に、クー・フーリンは新たな魔術を起動する。

「我が魔術は炎の檻――茨の如き緑の巨人!」

 根性で以て、ラーマは『大神刻印(オホト・デウグ・オーディン)』の奔流に耐え切った。

 ボロボロの体に鞭打って、詠唱でルーンを紡ぎ上げるクー・フーリンに迫る。

 しかし、剣による渾身の一撃は、杖により防がれる。

「なっ――――」

 今紡いでいるルーンは、杖の耐久力を上げるものだった。

 そして受け止めたクー・フーリンが新たに唱えるは、炎の宝具。

「因果応報、人事の厄を清める社!」

 大地から何かが来る――そう直感で悟ったラーマは、退避しようとした。

 ――出来ない。体の重さに気付いた時には、既にその魔術は逃れられない場所にまで迫っていた。

 『大神刻印(オホト・デウグ・オーディン)』の副次効果による、ステータス減少。

 それを耐えると分かっていたからこその、迎撃準備。そして、詰めとなるもう一つの宝具の使用。

 三段階のルーン使用により、ここに完全にラーマは捕えられた――!

「倒壊するは、『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』! 土に還りな、大英雄――――!」

「お、おおおおぉぉぉ――――!」

 真下より出現した炎の巨人。その内部に、二人は収容された。

 内部に生贄を捕える構造。周囲から生贄を焼き尽くす、ドルイドの秘法。

「ッ、何のつもりだ、光の御子……!?」

「へっ、オレ自身が囮にならなきゃ、テメエは掛からなさそうだったからな。元よりオレはテメエの足止め目的だ。興覚めな結末だが、悪く思うなよ――!」

 英霊でもなければ、ほんの数秒で事切れよう炎の檻は、屹立した後、再び大地に倒れ込む。

 それが二人の戦いの終焉だ。戦士としての決着より、オジマンディアスの命をクー・フーリンは優先した。

 激昂すれど、ラーマはそれを卑怯とは思わない。寧ろ、その執念にようやく敬意を抱いた。

 なればこそ、障害ではなく、一人の好敵手として。

 残り数秒の炎の戦場で勝ちを拾う――!

「悪いが、突破させてもらう――!」

「やってみやがれ。尚もシータの奴に逢いたいんならなぁ!」

 戦輪を展開、棍棒を、槍を、弓を、剣を。

 制限された戦場で、全てをクー・フーリンにぶち込む。

 そして――

「獲った――――!」

「ッ」

 互いに慣れぬ戦場で、規模に見合わぬ武器をありったけ解放したラーマが、クー・フーリンの杖を奪う。

 幾つか、肉体に仕込んだルーンはある。

 しかし、この窮地を凌げるものの用意は残念ながら無い。

 故に――

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)――――!」

 その斬撃を、仕方なしと受け入れた。

 クー・フーリンを切り裂いた勢いのままに、ラーマはその剣を投擲する。

 巨人の一部を粉砕、最後の強敵を一瞥とてせず、ラーマは炎の檻を脱した。

 それから二秒と経たぬ後、膨れ上がった炎が内部の生贄を焼き尽くす。

 術者であっても、囚われた者全てを灰も残らず滅ぼすのが、その巨人の役目だ。

 クー・フーリンは消滅した。

 それを証明するように、ラーマを縛っていた不退転の陣地は消滅している。

 火傷が酷い。この身も、長くは持たない。

 だが、ラーマは走る。まだ消えてはない。最大の目的を果たすために、止まる訳にはいかない。

「シータ……余は、必ず……!」

 特異点の終点は近付く。

 一足早く戦いを終えた大英雄は、最愛の妻を求めて砂の地へと走り続ける。

 

 

 +

 

 

 三つの宝具の着弾により、肉塊は大きく弾け飛んだ。

 通常の宝具ではない。それぞれが神代の非常に強力なもの――。

 そのうち一つは見覚えがある。紛れもなく、カルナの宝具。幾度となくその力を借りてきた、『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』だ。

「これは……君が?」

「私が依頼しておいたのはカルナさんだけですけどね。コレの退治に余計はありません。誰だか知りませんが、助かりました」

 タマモ・オルタはその絶大な威力を僥倖と頷いた。

「さて。アレの力も再生力も無限ではない。最早死に体、アレを仕留めきる力はありますか?」

 早くも再生を始める肉塊。しかし、再生速度は先程のように早くはない。

「そうね。あと少し削れれば、私の宝具で溶かしきれるわ」

 メルトが自信を込めて言う。

 メルトの宝具は本来、対界、対都市としての性質を持つ。

 今の出力でこの魔性全てを覆いきれるかは不明だが、あと少し規模が減れば――そういった確信をメルトは抱いている。

 ならば――

「イスカンダル、ハサン、牛若、タマモ・オルタ。四人の宝具で、出来る限りアレにダメージを与えてほしい。後はメルトが終わらせる。可能かな?」

 その勝利までの詰めを、四人に任せる。

「ふふん、無論。余には手段があるとも。幕引きを奪われるのは癪だが、まあこの際仕方あるまいて」

「チッ……やっぱりそんな役割か……ええい、やってやる。こうなれば玉砕覚悟で……」

「あら。なら暗殺者さんはあちらを相手しては? ほら、スフィンクスが凄い勢いでやってきますよ」

「だからそっちも無理だと言っているだろ!」

 タマモ・オルタが指した方向からは、数匹のスフィンクスが走ってきている。

 オジマンディアスがこの周囲に配置していた個体か。

 それがこの戦いを嗅ぎ付け、戻ってきたらしい。

 不味い――積極的に襲い掛かってくる神獣が多数で攻めて来るとなると、あの肉塊より驚異的かもしれない。

 どちらかならまだしも、両者を相手にするなど――

 

「――ならば、そちらは僕が! 鉄血無情の鮮血魔城(カズィクル・ベイ)ッ!」

 

 接敵する直前、空中から飛来した無数の杭が、スフィンクスの群れを刺し貫いた。

 串刺しとなったスフィンクスは動きを止め――攻撃の主が、戦場に降り立つ。

「ランサー!」

「すまない、遅れた。どうにも、この姿の制御に時間が掛かってね」

 別れてから姿を見なかった黒騎士は、その姿を変貌させていた。

 鎧を貫く翼と尾。そして何処か、見覚えのあるような角――

 まるで無辜の怪物を取得したかのように、悍ましい姿へと変わっていた。

「あの獅身獣に痛覚があるならば私が多少相手を出来る。その隙にアレを倒せ!」

「それでは、私の軍勢も御貸ししますか。軍略はお持ちで?」

「ん? ――ああ、大したものではないが、持っているよ」

「重畳。ま、別に軍略とか関係ないんですけどね。はい、どーぞ」

 タマモ・オルタは、そんな軽い言葉で、“何か”に指示を出した。

 瞬間、神殿の上空に輝く黒太陽が膨れ上がり――無数の亡霊が飛び出す。

「なっ……」

「あれ、弱いですけどほぼ無尽蔵ですので。うまく使ってくださいね」

「待て待て待て、流石にあんなものを率いた事はない――っと!!」

 杭を振り払ったスフィンクスに、ランサーは体から出現させた新たな杭を突き刺す。

 確かにその咆哮、悲鳴はそれまで聞いたことのないものだ。

 まるで痛覚を刺激する事に特化したものであるように、適格な痛打を与えている。

「ええい、ならば私も兵になってやる! おい貴様、私が軍勢になる以上大した戦力にはならんが、使い潰すなよ!」

「む――?」

妄想幻像(ザバーニーヤ)!」

 ハサンが宝具を発動させる。

 生前、多重人格者であった百貌のハサンは、英霊となるにあたってその人格一つ一つに肉体を与える宝具を得た。

 その総数は八十。この戦いで幾らか消滅したとはいえ、それでも小さな軍勢にはなる。

 スフィンクスが動きを制限されている間に分裂は完了し、飛散する。

 隠れ潜む場所はない。ここは決して、アサシンの戦場ではない。

 だが、それがどうしたとハサンは蛮勇に出た。

 紛れもなく――彼ら、彼女らも、世界を救うべく召喚された英霊なのだ。

「ふっ――分かった。そこまで言われたら、僕も泣き言を言う訳にはいかないな! 亡霊、影の軍勢、実に良し! ハクトたち! あの化け物は任せたぞ!」

 ランサー、影の群れ(ハサン)、そして亡霊たちがスフィンクスに迫る。

 勝てるかは分からない。だが、僕たちから僅かでも気を逸らせるならば、それだけで助かる。

 僕とメルト、イスカンダル、牛若、そしてタマモ・オルタ。肉塊を倒す事は、決して不可能ではない!

「見事なり、異形の黒騎士よ! これで余の軍勢もヤツに集中できるというもの! では、行くぞ!」

「え、何を――――ッ!?」

 哄笑したイスカンダルは、次の瞬間僕の手を掴み――戦車を牽く神牛に鞭を打った。

 当然、鞭を受けた牛は走りだし――――

「――――うわあああああああああっ!?」

「ハク――!?」

 咄嗟に手を伸ばしてきたメルトの手を握る。

 結果として、二人そろってイスカンダルの戦車に引っ張られる事になった。

 見れば、牛若は太夫黒で追従し、タマモ・オルタに至っては何食わぬ顔で戦車に同乗している。

 いつの間に――なんて考えもさせずに、荒い運転は僕たちを振り回しながらスフィンクスの群れを避け、肉塊へと向かっていく。

「さあ、獅身獣どもも最早物の数ではない、敵はあの醜悪な化け物のみ! 好敵手の軍勢と比べればちと物足りんかもしれんが、これも“未来”を救わん為!」

 疾駆していく戦車。その上で、イスカンダルは剣を掲げる。

 気付けば、何やら砂を伴う風が吹き荒れていた。

 この砂漠のものか――と思ったが、どうも、それとは違うらしい。

 暑い。熱い。その熱は、オジマンディアスのものとは違う。

 これは正しく、イスカンダルの熱――

「遠征は終わらぬ。我らが胸に“彼方”への野心ある限り――!」

 荘厳に、断固として、そして、心底から楽しそうに、イスカンダルは吼える。

 野心家の如く獰猛に、そして、童子の如く純粋に、イスカンダルは笑う。

 今向かっているのは、一歩間違えれば死に直結するだろう魔だ。

 だというのに、イスカンダルはそれが愉快で仕方ないというように、剣を振り上げている。

 例えるならば、その先に、彼が――否、彼らが焦がれた“彼方(ユメ)”があるように――!

「いざ、遥か万里の彼方まで!」

 

 

 ――景色としては、何が変わった訳でもなかった。

 

 

 それまでと変わらない砂漠。何処までも続く蒼穹。

 だが、スフィンクスはいない。ランサーも、ハサンも、見渡してもその姿は見えない。

「ほう。我が固有結界の中に在ってヤツの神殿は健在か。ふむう、固有結界が混同するとこうなるのだな」

 やはり楽しそうに、いつの間にか戦車を止めていたイスカンダルは言う。

 気付けば僕たちもまた戦車に乗せられていた。

 しかし、今イスカンダルが口にした名詞は――

「……固有結界?」

「応さ。大して変わり映えせんように見えるか? だが、これは正しく余が駆け抜けた大地。我らが乾きを共にし、しかし雄々しく駆け抜けた大地よ」

 誇るように、イスカンダルは手を広げる。

 ――ふと、背後に気配を感じた。

 単体ではない。複数。それも、今まで感じたことのない、膨大な数。

「これこそ余の――否、余たちの最強宝具。その目に焼き付けよ、勇者よ。余が征服王に外ならぬなら、余の宝具がこうなるのは当然であろう?」

 その姿が、確かになっていく。

 一人一人の装備は違う。だが、それぞれが等しく、同じ方向を向いている。

 同じ思想に魅入られ、同じ王に追従し、同じ夢を見た。

 駆け抜けた大地に生きる民を朋友として遇し、それらも連れて夢を追いかけた。

 そんな、イスカンダルしか持ち得ない究極の軍勢――

「さあ、勝鬨を上げよ、王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――!!』

 大地が震えた。

 数えきれないほどの騎兵たちが、好き勝手に、しかし一人の王の命として叫ぶ。

 その規格外の宝具の中に在る事に、ある種の感動を覚えた。

「あの軍勢……一騎一騎がサーヴァント、なのか……?」

 見えるだけでも数百、数千。

 あの分では、数万という域にまで達しているかもしれない。

 イスカンダルの臣下を連続召喚する宝具――凄まじい宝具だ。対軍宝具の一つの極みが、ここにあった。

「なんと……」

「はっはー……とんでもない宝具ですこと……」

 牛若も、タマモ・オルタも、呆然としていた。

 彼女たちとしても、その宝具は凄まじいものなのだ。

「ふっ、何を呆然としておる! アレを倒すのだろう!」

「ッ、そうだ――メルト、宝具の準備を!」

「え、ええ――!」

 迫っていく騎兵たちに、肉塊が吼える。

『――――――――――――――――!』

 この時代諸共焼却せんばかりの灼熱を周囲に振りまきながら、再生を試みるが――そんな単純な攻撃をまともに受けるような兵はいない。

 回避、翻弄。そして見出した隙に投槍で肉を削る。

 空をも駆ける戦車はその数倍の肉を粉砕し、牛若も宝具で以て腕を引き裂く。

「……確実に仕留めるには、再生力が多少速いわね。私の宝具も随分弱まったものだわ」

「ッ……」

 だが、足りない。

 これだけの手数を以てしても、肉塊はあと一歩を譲らない。

 それが、聖杯の成せる業か。

 それとも……

「あの神殿でしょうね。ファラオに不死を与える加護……ファラオが変じたものが繋がっている以上、それが回復力に恩恵を与えているのでしょう」

 タマモ・オルタは扇で口元を隠しながら言う。

 そういえば、そんな情報を彼女から教えられていた。

 尚も不死の能力は、魔性と変じたオジマンディアスを支えているのだ。

「どうすれば……」

「……はぁ。仕方ありません。至らぬ兄を持った私の不運と思いましょう。それでは、ちょっと行ってまいります」

「へ――?」

 そんな、近所へ買い物に行くような軽いノリで、タマモ・オルタは戦車から飛び降りた。

 勿論、そんな事をすればすぐに肉塊に捉えられ、灼熱に身を晒すことになるだろう。

 だが――

「さてさて。いつまで耄碌してるのやら。それじゃあ奥さんも浮かばれませんよ。聞いてますか、()()

 初めて口から出したような、言い慣れないたどたどしさで、タマモ・オルタはオジマンディアスに言葉を投げかける。

「故にこれは酒に酔った貴方の失態と思いなさい。そして――神王たるならこの程度笑って許すべし! 今からやる事成すこと、私は何一つ悪くありませんので!」

 掴みがたい雰囲気を一瞬でぶち壊し、扇を思い切り振り被る。

 そして、さながら野球選手のバッターのような要領で――

「結界撲滅! 目下日光大傾国箱庭倒壊(もっかにっこうだいけいこくはこにわがえし)っ!」

「な……っ」

「……は――?」

「え……?」

「お、おぅ……?」

 ――神殿を引っ繰り返し、文字通り、倒壊させた。

『――――――――!?』

 そして、神殿と繋がっていた肉塊は、思い切り躓いたように倒れ込む。

 今のは……微妙に認めたくないが、宝具……?

 それも、固有結界を打ち崩すという、限定的ながら強力な……。

「よっと。ただいま戻りました」

 ひょっこりと、唖然としている僕たちを尻目にタマモ・オルタは戻ってくる。

「今のは……?」

「見ての通り、箱庭を千切って投げてぶっ壊す私の奥の手です。で、何を呆けてるんです? ほら、好機ですよ好機。あのファラオ、いい加減哀れなんでとっとと終わらせてあげてくださいまし」

「そ、それもそうか――メルト!」

「そうね、終わらせるわ、ハク――!」

 メルトが跳躍する。

 再生能力を格段に鈍らせた肉塊に、騎兵たちの槍が卒倒する。

 牛若が退魔の宝具を使用し、肉塊の損傷を増やしていく。

 イスカンダルは最後に痛烈な一撃を与え、離れていく。

 そして、全員が離れたのを見計らい――メルトはその宝具を起動させた。

弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)!」

 それは、静かで凄烈な滝の如く。

 全てを溶かす大波は、弱った肉塊を心の底から愉しそうに踏み躙り。

 この時代の終焉を攫っていった。

 

 

 

 

「……さて。僕たちは帰るとしよう。そちらで帰還させてくれるのだろう?」

『はい。聖杯は回収しました。今回のオーダーは完了とします。お疲れ様でした、皆さん』

 イスカンダルの固有結界が解かれれば、ランサーとハサンは満身創痍ながら生き延びていた。

 スフィンクスはもういない。それを指揮するオジマンディアスに、もうその力は残っていないためだ。

 肉塊は完全に消滅し、零れ出た聖杯は回収した。

 これで、この時代の危機は消えた。三国の戦争も強制的に終わりを告げ、時代は元通り、争乱の世界に戻っていく。

「ふん……最後にこんな、スフィンクス相手の戦闘などまるで考えていなかったが……いや、何故私は生きてるんだ」

「君の力だろう。僕の大したことのない指揮で、よく戦ってくれた。ありがとう、ハサン・サッバーハ」

「今回ばかりはその礼は受け取っておく。その程度しか報酬がないのはどうにも不満だがな……」

 疲れ果てた様子のハサン。

 最後に残ったほんの数人は、影のように溶けていった。

「では、僕も。今回の召喚は良いものだった。友に巡り合えて、かつ過去の清算も、多少なり出来た。願いの成就には程遠いがね」

 結局、ランサーの真名は掴めなかった。

 セラフに戻り、召喚の履歴を確認すれば分かるだろうが――まあ、今は良いだろう。

 一緒に戦ってくれた。それだけで十分だ。

「そうだ、ハクト。これを」

「ん……? これ……」

 ランサーが鎧の中にしまっていた何かを取り出す。

 小瓶だ。中には透明な液体が入っている。

「ミトリダテスの解毒薬だよ。飲んでおくといい。今後も戦うなら、いつ毒を受けるか分からないだろう?」

 揶揄うように、ランサーは笑った。

 ……それもそうか。いつ静謐のハサンのように、不意打ちで毒を受けるか分からない。

 こんなものを残していたミトリダテスにも感謝し、その薬を呷る。

 苦味の強いそれは、しかし嫌悪感は感じなかった。

 飲み干すと同時、ランサーも消える。感謝を告げる事が出来なかったのが、ほんの少し、心残りだった。

「余も行くか。最早この時代、余がいる意味もあるまい。後は臣下共がどうとでもやるさ」

 イスカンダルにも、消滅の兆しが現れる。

 何てことのないような言葉だが、やはり引っかかった。

「……イスカンダル。この国は、この後……」

「言うな言うな。余も英霊、全部分かっとる。だがな、結末に後悔をしていては王は務まらん。報われずとも、それは我ら人間の運命。どう解釈するかは重要だぞ? 月の民よ」

 さながら教師のように、イスカンダルは大らかに笑う。

 僕には、そういった見識はない。

 故にこそ、その言葉は強く突き刺さった。

 それが人々全ての結論ではないにしろ、イスカンダルという偉大な英雄が至ったものであるならば、それは確かな人の結論の一つなのだろう。

「機会があれば貴様らにも余の王道を一昼夜かけて聞かせてやりたいのだが……まあ、それは今回ではないという事だな。ではな、この後の道程、道は険しかろうが――恐れずに進むがいい! 然らば必ずや、この災厄を打ち払えようさ!」

 最後まで力強く、イスカンダルは笑っていた。

 ほんの数日前に命を落とした大英雄。危機を前に復活した征服王は、粒子となってこの時代に消えた。

「やはり、彼は偉大な王ですね。兄上のように、力強く、雄々しい。数多の英雄豪傑を従えたのも頷けます」

「ああ……っ、牛若、君も……」

「ええ。最早この時代にいる理由もなくなりましたから」

「そうか……ありがとう、牛若。また縁があれば、力を貸してほしい」

「無論。次は……そうですね。やはり日本が良い。戦い慣れた土地であれば、私も本領が発揮できるというもの」

 牛若にはこの時代で、何度も助けられた。

 何も返す事は出来ない。だが、それで構わないと牛若は優しく笑う。

 無償の献身を、彼女は良しとした。

「それでは、また会いましょう。白斗殿、メルト殿」

 牛若もまた消えていく。そして、この場に残る英霊は――あと二騎。

「――」

 力なく倒れるオジマンディアスと、その傍に立つタマモ・オルタ。

 聖杯を奪取したことで、変貌した肉体は戻った。

 ただし――現界の依り代を無くしたうえで。

 間もなく、オジマンディアスにはサーヴァントとしての死が訪れる。

「……大儀であった。羅刹王め、あのような策を弄しているとは思わなんだわ」

「まったく。油断ですよ、兄上」

「……最後の最後に認めおったか、我が妹。ふっ、幾度となく繰り返した戯言も報われるというものよ」

 愉快そうなオジマンディアスに溜息をつき、タマモ・オルタは腰から下げていた刀を抜く。

 まるで――自身の最後の役目を分かっているかのように。

「ハクト、メルトリリス」

「……ああ」

「……何よ」

「一つ問う事があった。この時代において、貴様らをこの国に住まわせた。どうだった」

 ファラオとして、それは問わねばならない事なのだろう。

 言わば僕たちは客人。

 その評価は、即ち自身の評価にも等しいものなのだ。

「……良い場所だった。住まわせてくれて、ありがとう」

「そうね。月ほどではないにしろ、それなりだったわ」

「ふっ、そうか。では、次は月以上を目指さねばな。建築王としての名が泣くわ」

 オジマンディアスは次の目標を定めた。

 月以上――僕たちが住まう場所が、偉大なファラオの目標になる。

 それはなんとも誇らしく、嬉しい事だった。

「では……我が妹よ。頼む」

「承りました。それではお二方。私も最早話すことはありません。今後力を貸すこともありませんので、そのつもりで」

 断固として、しかし、今後の行く末を応援するような、そんな物言い。

 僅かに微笑んでから――タマモ・オルタは、その刀でオジマンディアスの首を断った。

 消えていく神王。それに付き従うように、タマモ・オルタも消えていく。

 そして、この場の英霊は全て消滅した。

『……では、お二人も。カレン、凛さん、カリオストロさんも、既に帰還しています』

「そう、か……うん、行こう、メルト」

「ええ。まだ先は長いわ。こんな事を何度も繰り返すでしょうけど……覚悟は出来てる?」

「ああ、勿論……少し悲しいものはあるけど」

 しかし、この別れは必要なことだ。

 だからこそ――受け入れる。先へと進むために。

『と、そうでした。紫藤さん、凛さんから言伝が。『合格よ』――との事です』

「……何か、採点されてたのか」

「リンらしいわね。まったく……」

 確かに、凛ならばやりかねない。

 十年ぶりの再会。此方が衰えていないか見極めたのだろう。

 合格判定が出たなら嬉しい限りだ。きっと、彼女は今後も力を貸してくれる。

 これが、第二の特異点における最後の記憶。

 二つ目の欠片を埋めて、僕たちは次の欠片へと歩いていく。

 

 

 +

 

 

「そういえば」

「ん?」

 サクラから最後の障害を討ち果たしたという報告を聞き、それではと退去を始めた頃。

 わたしはふと、カリオストロに疑問が生まれた。

「カリオストロ。貴方は、何故この戦いへ?」

「何故って。世界を救うためだけど」

「わたしが聞いているのは、建前ではなく、本当の目的です」

 何となくだが、それが仮初のものであるのは、理解していた。

 自身のサーヴァントであるキャスターから「胡散臭い」と言われるその性質。

 わたしは、彼のその目は――何かを追い求める、子供のようだ、と思っていた。

 ガラス玉のような瞳に映るのは、救済ではなく――別のものに見えたのだ。

「そっか。まあ、分かるよね」

 頭を掻きながら、カリオストロは笑う。

 悪気は微塵も感じていない。ただ、悪戯が失敗したかのように、愉快そうに。

「ただ、世界を救いたいってのも理由の一つではある。それを分かってくれるなら、教えてあげるよ」

「……」

 頷く。

 彼の救済は台本に書いたように作り物のようでありながら、それを追い求めているような真摯さも何処かに合った。

 だからこそ、わたしは気になったのだ。

 台本ではない、彼の真の目的は何なのか、と。

「探してる存在がいるのさ。きっと、この事件なら会える。そう思った」

「……ほう?」

 興味深げに言葉を返したのは、キャスターだった。

 それは一体誰なのか、と言外に問うている。

「虚構の悪性。凶悪、醜悪、最悪。そんな、ボクの愛しい人」

「……恋人、ですか?」

「まさか。ただ、彼女はボクの存在意義さ。だから会いたい。そして、やるべき事がある」

 ……新たに、瞳に何かが映った。

 それが何なのか、わたしには分からない。

 お父さまやお母さまなら分かるかもしれないけれど、わたしにそんな見識はなかった。

「……名前は、何というのです?」

「――R、さ」

 それが、カリオストロの、この時代最後の言葉だった。

 逃げるように、その“R”を求めるように、彼はこの時代から退去した。

「……R、とな」

 妙な名だ、と言った表情で、カリオストロも追従する。

 最早羿もそこにはおらず、わたしとゲートキーパーだけが残される。

「……帰りますか」

「そうだね。次がまだあるんだろう?」

「はい。次も、きっとお願いします」

「……」

 返事はない。だが、きっと力を貸してくれると信じる。

 ――そう言えば。

 先程会った、彼女はどうなったのだろう。

 正体不明の少女、マナカ。この時代で、誰より悍ましく感じた存在。

 この時代の危機は去ったのに、めでたい筈なのに、彼女の存在だけが――不穏で仕方なかった。

 

 

 +

 

 

 ――そして、観測する。

 

 残る英霊たちの、最後の瞬間を。

 

 

 消えていくローマの地で、たった一人、残る者がいた。

 カエサルではない。クレオパトラでもない。

 バーサーカー――カリギュラは、空を眺めながら立っていた。

「……」

 視線の先には、青空が広がっている。

 しかし、もしかすると彼には月が見えているのかもしれない。

 月への陶酔が、彼をバーサーカーとした原因なのだから。

「……ここにいないのは、当然か。我が愛しき、妹の子――ネロ」

 バーサーカーでありながら、落ち着いた声色だった。

 カリギュラの高い狂化は、しかし条件付きで抑えることが可能だ。

 ローマを引き合いに出すことで判定を行い、場合によってはその狂気は鎮まる。

 そして今、ローマの終焉に至って、カリギュラは少しばかりの平静を取り戻していた。

「この災厄は、獣性を呼ぶもの。聡明な、おまえ、ならば……意地でも、呼ばれぬだろう」

 カリギュラもまた、消滅が始まっている。

 だが、残された少ない時間で――彼は、ただ、ここにいない姪に向けた言葉を紡ぐ。

「それで、いい。だが……おまえが望むなら、参ずるのも、かまわない。その、場合は……」

 眼を見開く。

 狂気を宿した瞳に、決意が映る。

 決して躊躇わず、その選択を、カリギュラは選ぶ。

「……その獣性、余が、預かろう。おまえは、美しく、あれ。愛しきネロよ……」

 バーサーカーながら、愛を込めた言葉を残し、カリギュラは消え。

 ローマ領の英霊全てが、退去した。

 

 

「終わったようだな」

「ああ――私たちの戦いも、決着はつかず、か」

 仕方ないと思った。

 特異点の終焉と、自分たちの決着。

 どちらが先かなど、はじめから分かっていた。

 一晩戦い続けても決着などつくまい。

 これは最初から、互いが信念をぶつけ合う自己満足でしかなかったのだ。

「では、あと一撃、だな」

「ふっ……それで貴様の首を獲る可能性も、ゼロではないか」

 ゆえに、最後まで二人は、楽しむ。

 この機を逃せば次はいつになるか分からない、宿敵との戦いを。

「いくぞ――アルジュナ」

「こい――カルナ」

 矢と槍の応酬は、この特異点の終わりまで続いていた。

 決着がついたか否かは――観測の外だった。

 

 

 走っていた。

 或いは、そう彼が思っていただけで、歩いていたかもしれない。

 満身創痍の肉体に鞭を打って、ラーマは最愛の人に向かっていた。

 彼らを引き裂いた離別の呪いは絶対的だ。

 どのような事があろうとも、消え去る事はない。だが――

「――シータ!」

「ラーマ、様……!」

 きっと、オジマンディアスの憶測は合っていたのだろう。

 この召喚は、離別を否定した。それを是としない奇跡によって、遂にラーマとシータは互いを視界に入れた。

「シータ! シータ、シータッ!!」

「ラーマ様……ラーマ様ッ!」

 二人とも、傷は深い。

 片方は火傷に、片方は毒に侵され、かつ開始した退去によって刻一刻と時間は迫っている。

 ああ――既に満足だ。

 シータに逢えた。ラーマに逢えた。それだけで、満たされている。

 それでも――この欲が、叶うならば、と。

 二人は近付いていた。

「シータ! 僕は、この時を……この時だけを、求めていた! 君に、再び逢う、この時だけを!」

「ラーマ様――ラーマ、私も……そうだった。貴方に、今一度、逢いたかった!」

 それまでとは違う。

 二人が互いのみに見せる性質。

 その純粋な喜びは、正しく恋する少年少女だった。

「叶った。叶ったんだ。だから、だから……もう少しだけ……君に触れたい。君の手を――!」

「ええ、ええ――大丈夫、間に合う。ラーマ……届く、貴方に――!」

 手を伸ばす。もう二人の距離はごく近い。

 退去は早い。この距離でも、今の二人では間に合うか分からない。

 それでも、諦めない。だって、これは――もう二度とないだろう機会なのだから――――!

「シータ――!」

「ラーマ――!」

 触れた。

 指先だけだけど、確かに触れたことを二人は確信した。

 そのあとは、分からない。

 互いを思い切り抱きしめた気もする。唇を合わせた気もする。

 しかし、それら全て、本人たちも判然としないまま、二人は消えていった。

 ここに一つの奇跡は成就した。離別の呪いは残ったままなれど、確かに二人は触れ合った。

 ラーマーヤナの小さな続きを最後に、特異点の記録は全て虚像となって、時代から忘れ去られていった。

 

 

『第十四特異点 王の軍勢

 BC.0323 覇王降臨伝承 バビロニア

 人理定礎値:A-』

 

 ――――定礎復元――――




これにて二章のサーヴァントたちは退場となります。レオニダスとか羿とかを書けなかったのが微妙に後悔。
ともあれ二つ目の特異点を定礎復元。お疲れ様でした。

やや駆け足気味だった二章。イスカンダルが主役と言いつつ、実際はスーパーラーマーヤナみたいになりました。
ちょっとだけ方向転換したがためです。すまない。
色々と伏線を残しつつ、次の特異点に向かいます。
次章は色々ふざけました。先に言っておきます。ごめんなさい。

次回は二章マトリクス、その後三章に入ります。


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覇王降臨伝承バビロニア マトリクス

第二特異点の一部を除いたマトリクスです。
例によって長いです。

また、オリジナルサーヴァントの項には新たに因縁キャラを追加しました。
一章のマトリクスにも追記してあります。暇潰しにでもどうぞ。


クラス:ライダー

真名:イスカンダル

霊基:☆☆☆☆☆

属性:中立・善/人/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)

ステータス:筋力B 耐久A 敏捷D 魔力C 幸運A+ 宝具A++

 

スキル

 

対魔力:D 騎乗:A+

ライダーのクラススキル。

 

カリスマ:A

大軍団を指揮する天性の才能。

Aランクはおよそ人間として獲得し得る最高峰の人望と言える。

 

軍略:B

一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。

自らの対軍宝具の使用や、相手の対軍宝具の対処に有利な補正が掛かる。

 

神性:C

神霊適性の有無。

明確な根拠こそないものの、多くの伝承によって最高神ゼウスの息子であると伝えられている。

 

雷の征服者:EX

征服王の行く道には雷鳴が響き、落雷はその障害を叩き潰す。

敵へのあらゆるダメージ判定にボーナス。また、クリティカル確率の上昇。

このスキルは幼少時に持っていた宝具『神の祝福(ゼウス・ファンダー)』の効果により取得したもの。

 

 

神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:100人

彼がライダーたる所以である、二頭の神牛の牽引する戦車。

その車輪は地面だけでなく空をも駆ける。

神牛の踏みしめた跡にはどこであれ雷が迸る。

厳密に言うと宝具ではなく、イスカンダルを示す武装の一つである。

 

王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)

ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

召喚の固有結界。征服王の切り札。

展開されるのは、晴れ渡る蒼穹に熱風吹き抜ける広大な荒野と大砂漠。

結界内部に彼が生前率いた近衛兵団を独立サーヴァントとして連続召喚し、数万の軍勢で相手を蹂躙する。

彼自身は魔術師ではないが、彼の仲間たち全員が心象風景を共有し、全員で術を維持するため固有結界の展開が可能となる。

時空すら超える臣下との絆が宝具にまで昇華された、彼の王道の象徴である。

 

『プロフィール』

身長/体重:212cm・130kg

出典:史実

地域:マケドニア

征服王、勝利すれど滅ぼさず。制覇すれど辱めず。

 

『概要』

イスカンダルとはアレクサンドロス3世のペルシア語における呼称であり、双角王(ズカルナイン)の異名でも知られる。

東方遠征によってイスラム世界に鳴り響いたその武勇は数多の英雄伝説へと派生し、アジアに伝播することとなった。

 

 

 

クラス:ゲートキーパー

真名:???

霊基:-

属性:混沌・善/天/神性

性別:男性

マスター:カレン・ハクユウ

宝具:???

ステータス:筋力C 耐久D 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具?

 

スキル

 

カリスマ:A+

大軍団を指揮・統率する才能。

ゲートキーパーはこのスキルを極めて高ランクで有している。

 

神性:B

神霊適性の有無。

意図的にランクダウンしている様子がある。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:???

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・善/人

性別:女性

マスター:カリオストロ・エルトナム・アトラシア

宝具:???

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運E 宝具?

 

スキル

 

陣地作成:E 道具作成:E

キャスターのクラススキル。

クラス適性は非常に低いため、ランクは最低。

―――、――――――――――――――――――――――。

 

カリスマ:B

軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。

カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

 

軍略:B

多人数を動員した戦場における戦術的直観力。

対軍宝具の使用や対応に補正が掛かる。

 

 

『プロフィール』

身長/体重:167cm・41kg

出展:???

地域:???

身長のうち、約20cmは靴による底上げ。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:諸葛孔明

霊基:☆☆☆☆☆

属性:中立・善/人

性別:男性

マスター:遠坂 凛

宝具:石兵八陣(かえらずのじん)

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷D 魔力A+ 幸運B+ 宝具A

 

スキル

 

陣地作成:A 道具作成:B

キャスターのクラススキル。

 

鑑識眼:A

人間観察を更に狭くした技術。

対象となる人間が将来的にどのような形で有用性を獲得するかの目利きに極めて優れている。

ただし、そのためにはある程度会話や様子を見ることで、その人間の得手不得手などを理解する必要がある。

このスキルは、諸葛孔明に起因する能力ではないとのこと。

 

軍師の忠言:A+

状況を把握、分析することにより味方側に正しい助言を与えることができる。

ランクが上がれば上がるほどその助言の正しい確率は向上し、A+ランクであればあらゆる不測の事態にも対応する。

対抗するには、あらゆる分析を打破する幸運、或いはスキルを持つことが求められる。

 

軍師の指揮:A+

自己を含めた軍としての力を最大限に引き出す。

A+ランクであれば、死を覚悟し命尽きるまで戦うことを決意した死兵に等しい力を持つ。

 

 

石兵八陣(かえらずのじん)

ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:50 最大捕捉:500人

諸葛孔明が自軍の敗走が決まった際に仕掛けておいた陣形。

巨岩で構成されたその陣は侵入した者たちを迷わせ、死に追いやる。

宝具としての能力は、相手の居る場所を強制的に石兵八陣に変更する大魔術。

脱出しない限り、標的となった者たちには毎ターン追加ダメージが蓄積していく。

 

出師表(すいしのひょう)

ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:0 最大捕捉:100人

諸葛孔明が、敵国の討伐軍を編成した際にまだ若い皇帝に向かって残した上奏文。

忠を尽くす心構えを熱烈に綴った文で、後年においても名文中の名文と讃えられた。

味方側に強力な効果を齎すが、詳細は不明。

 

『プロフィール』

身長/体重:186cm・68kg

出展:三国志演義

地域:中国

身長・体重は諸葛孔明本来のものではない。

 

『概要』

しょかつこうめい。三国時代、蜀漢に仕えた大軍師。

 

 

 

クラス:ライダー

真名:オジマンディアス

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・中庸/天/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)

ステータス:筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具EX

 

スキル

 

対魔力:B 騎乗:A+

ライダーのクラススキル。

 

神性:B

神霊適性の有無。

太陽神ラーの子にして化身。

神王を名乗るオジマンディアスは高ランクで神性を有する。

 

カリスマ:B

軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。

カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

 

皇帝特権:A

本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。

該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。

ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら獲得できる。

ただし、オジマンディアスは皇帝特権に頼る戦いを好まない。

 

太陽神の加護:A

太陽神ラーの加護。

自軍を強化し、判定の成功率を引き上げる。

オジマンディアスは太陽神の化身として、加護を周囲に振りまくことができる。

 

虚数の柱:B

詳細不明。

 

 

闇夜の太陽船(メセケテット)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:5~60 最大捕捉:100人

王が空を翔ける際に使った船として知られる、太陽の船。

船全体が、太陽と見紛うほどの輝きと灼熱を発しながら超音速で飛行し、黄金の魔力光によって敵を焼き払う。

その火力は、一夜にして大都市を火の海に変えられるほど。

 

熱砂の獅身獣(アブホル・スフィンクス)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~40 最大捕捉:50人

王家の守護聖獣として知られる神獣・スフィンクス。

高度な知性と力を持つ最高位の幻想種であり、一体一体の力がサーヴァントに匹敵する。

サーヴァント複数が協力して打倒すべき強さだが、オジマンディアスにとってこれらは代えの効く駒に過ぎない。

 

光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)

ランク:EX 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:500人

生前に建造した王権の象徴であり、オジマンディアス最強の宝具たる固有結界。

古代エジプトにおいて建造された光り輝く神殿が複層的に折り重なって偉容を為す、全長2kmにわたる超大型複合神殿体。

自身が建築した神殿のほか、デンデラ神殿、カルナック神殿等の複合神殿体やアブ・シンベル神殿、ラムセウム等の巨大神殿、霊廟までもが複合されている。

内部はファラオへの祝福と敵対者への呪いに満ちており、対応する神々に由来する様々な効果を発揮する。

主砲である“デンデラの大電球”から生み出される灼熱の太陽光は、太古の神々の神威さえ思わせる圧倒的な威力を誇る。

また、主神殿ピラミッドを射出し、超質量で相手を押し潰す奥の手も存在する。

 

『プロフィール』

身長/体重:179cm・65kg

出展:史実

地域:エジプト

生前の最大身長は180cm以上と予想される。

だが、最愛の妻ネフェルタリが二人目の王子を生んだ頃の自分こそが全盛・頂点であろう、と彼は自称する。

 

『概要』

紀元前十四~十三世紀頃の人物。

広大な帝国を統治した古代エジプトのファラオ。

オシリスの如く民を愛し、そして大いに民から愛された。

ラムセス二世、メリアメンとも呼ばれる。

 

 

 

クラス:アサシン

真名:タマモ☆オルタ

霊基:☆☆☆☆☆

属性:中立・悪/天/神性・魔性

性別:女性

マスター:--

宝具:黒天日光天照奇々怪々(ぶらっくさん・おぶ・ひゃっきやこー)

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷A 魔力A 幸運E 宝具D

 

スキル

 

気配遮断:D

アサシンのクラススキル。

オリジナルとの差別化のためにクラスを変えているようなものであるため、申し訳程度のランク。

 

神性:C

神性の大半はオリジナルに持っていかれているため、ランクは低め。

本来は紛れもなき神霊のため、規格外の神性を持つ。

 

呪術:EX

ダキニ天法。

地位や財産を得る法(男性用)、権力者の寵愛を得る法(女性用)といった、権力を得る秘術や死期を悟る法がある。

悪ぶっているため、よく脅迫に利用するが使うことは少ない。

 

変化:A

借体成形とも。

玉藻の前と同一視される中国の千年狐狸精の使用した法。

今回はオルタという完全な別側面に扮(イメチェン)するために使用している。

 

狐の嫁入り:-

あれ!? ランク下がってます!? ってか消えてます!?

おのれオリジナル! 私の分のランクまで掻っ攫っていきましたねー!!??

 

 

黒天日光天照奇々怪々(ぶらっくさん・おぶ・ひゃっきやこー)

ランク:D 種別:対軍宝具 レンジ:不明 最大捕捉:不明

オリジナルの持つ神宝、八野静石の力をパクって宝具にしたもの。

黒太陽の形をとり、照らす範囲内に自身の眷属を展開する。

九尾状態で同じことをすれば、国一つを丸ごと範囲とし、冥府より死の軍勢を無数に呼び出すことが出来る。

 

目下日光大傾国箱庭倒壊(もっかにっこうだいけいこくはこにわがえし)

ランク:D 種別:対陣宝具 レンジ:1 最大捕捉:???

酒をもって池と為し、肉を懸けて林と為す、担い手の加虐性が爆発するめくるめく拷問遊戯(かみがみのあそび)

殷の紂王が妲己の歓心を買うため、妲己の好き放題に民を虐げたという逸話に因るもの。

そしてその逸話を応用した結果、好き勝手の血祭三昧で愉しんだ挙句その箱庭を引っ繰り返して台無しにする――即ち、陣地崩壊宝具となった。

陣地、結界を問答無用で破壊する、対キャスター専用ともいえる宝具。

ただし判定次第で固有結界にまで作用する。こんなふざけた宝具で心象風景を破壊されたら堪ったものではない。

明らかにDランクに収まる自由度ではないが、曰く「オリジナルに配慮している」とのこと。なるほど意味不明である。

 

『プロフィール』

身長/体重:160cm・49kg

出展:日本神話、三大化生の一角

地域:日本

???「一体誰ですか!? 私の品位を下げる目的丸見えな悪意だらけの変化をしたのは!」

 

『概要』

玉藻の前がある事情で千年鍛錬を行い神格を上げた後、元の一尾に戻る際に切り離した八つの尾。

分け御霊として英霊化したその一つが、曰く『オリジナルsage』のために悪女を繕った姿。

――――そも、なんで幸せになれるのがオリジナルだけなんです!?

いや、そりゃあ一夫多妻は許しませんし? ご主人様が妥協案でそんなもの掲げてきたら他の尾っぽたちと手を結んでタマモキック確定ですけど?

私たち他の尾っぽに個別ルートが無いってどういうことですか!? オリジナル特権ずるくありません!?

え、何ですかキャット……みこ!? 人理救済なる戦を舞台にすれば個別ルートまっしぐら!?

よっしゃあこうしちゃいられねえ。人理はどーでも良いですけれど、サクッと活躍ご主人様をゲットだぜ!

……あれ? 舞台間違えました? しかも、私、敵役です?

そんなまさか!? 詐欺です!? どういうことです兄上(仮)! 「知らぬわ」なんてご無体な!

くぅぅ、謀りましたね、キャットにオリジナル! こうなったら全力で悪女演じて、オリジナルの品位を地獄の底まで叩き落してやらぁ!

マスターへの態度:

万が一召喚されれば、オリジナルのように振る舞う。

ただ、ちょっとした事ですぐ地を出す模様。

アサシンごっことしか言えない程度の諜報、隠密行動しか出来ないため、暗殺者として扱わないように。

因縁キャラ:

・玉藻の前

 オリジナルにして悪の大魔王にして諸悪の根源にして三千世界を統べるに相応しい究極の太陽神。

 再会したら殺すしかない。

・タマモキャット

 オリジナルから出でたアルターエゴの一つにして同胞にして自分を唆して変な時空へ送り込んだ張本人。

 再会したら殺すしかない。

・オジマンディアス

 太陽に縁のある、遥か遠方の王。

 皇帝特権ならぬ神様特権の特許申請は紆余曲折の末却下された。

・■■■■

 オリジナルから奪取したら幾千幾万のお仕置きの後、二人は運命的な出会いをして結ばれる(予定)。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:クー・フーリン

霊基:☆☆☆

属性:秩序・中庸/天/神性

性別:男性

マスター:

宝具:灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)

ステータス:筋力E 耐久D 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具B

 

スキル

 

陣地作成:B

キャスターのクラススキル。

 

神性:B

神霊適性の有無。

クー・フーリンはダーナ神族の太陽神ルーの血を引く。

 

矢避けの加護:A

飛び道具に対する加護。

 

ルーン魔術:A

スカサハから与えられた北欧の魔術刻印ルーンの所持。

キャスターとして現界しているため、ランサーでの召喚時よりもランクが高い。

ルーンを使い分けることにより、強力かつ多様な効果を使いこなす。

 

仕切り直し:C

戦闘から離脱する能力。

不利になった戦闘を初期状態へと戻す。

 

 

灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100人

無数の細木で構成された巨人が出現。巨人は火炎を身に纏い、対象に襲い掛かって強烈な熱・火炎ダメージを与える。

巨人の胴部は檻となっており、そこに生贄を閉じ込める。

正しい形で出現した巨人は生贄を収容しておらず、本来収めるべき神々への贄を求めて荒れ狂う。

 

大神刻印(オホト・デウグ・オーディン)

ランク:A 種別:対城宝具 レンジ:1~80 最大捕捉:500

真名解放と共に、スカサハより授かった原初の18のルーン全てを同時に起動することで発動する宝具。

北欧の大神オーディンの手にしたルーンの力が一時的にではあるが解放され、敵拠点の大規模な魔力ダメージを与える。

更に、生存している敵のバフ効果を全解除し、各能力パラメーターを強制的に1ランク減少させ、常時発動の宝具を有していた場合は1~2ターンの間停止する。

 

『プロフィール』

身長/体重:185cm・70kg

出典:ケルト神話

地域:欧州

キャスター時は金属類の装備を身に付けない。

 

『概要』

ケルト、アルスター伝説の勇士。

赤枝騎士団の一員にしてアルスター最強の戦士であり、異界の盟主スカサハから授かった魔槍を駆使した英雄であると同時に、師から継いだ北欧の魔術――ルーンの術者でもあったという。

 

 

 

クラス:アサシン

真名:静謐のハサン

霊基:☆☆☆

属性:秩序・悪/人

性別:女性

マスター:--

宝具:妄想毒身(ザバーニーヤ)

ステータス:筋力D 耐久D 敏捷A+ 魔力C 幸運A 宝具C

 

スキル

 

気配遮断:A+

アサシンのクラススキル。

 

変化(潜入特化):C

潜入に特化した変化の技術。

過度に容姿を変化させることは出来ないが、その素性を隠し要人の閨に忍び込む卓越した技術を持つ。

 

投擲(短刀):C

短刀を弾丸として放つ能力。

 

静寂の舞踏:B

周囲を魅了し、また殺害する静謐のハサンの舞踏。

舞い散る汗は空気に飛散し、ただ踊るだけで辺りを死に至らしめる。

 

単独行動:A

魔力供給なしで行動できる能力。

ランクAならば魔力消費の激しい行動をしないならば供給なしで行動可能。

 

 

妄想毒身(ザバーニーヤ)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

肌、体液、吐息――静謐のハサンはその身全てが猛毒となっている。

特に粘膜の毒は強力であり、接吻を二度もすれば強力な対魔力のある英霊でさえ死に追い込む。

その毒性は強靭な神秘と耐久力を持つ幻想種すら殺し得るほど。

 

『プロフィール』

身長/体重:161cm・42kg

出典:史実

地域:中東

暗殺手段の性質上、彼女には素顔がある。

 

『概要』

髑髏の仮面を被った暗殺者。

暗殺教団の教主「山の翁」を務めた歴代のハサン・サッバーハのひとりであり、生前には「静謐のハサン」の異名を有した毒殺の名手であったという。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:ミトリダテス六世

霊基:☆☆☆

属性:秩序・善/人

性別:男性

マスター:--

宝具:いと幼き大神性(エウパトル・ディオニュシウス)

ステータス:筋力D 耐久C+ 敏捷D 魔力B 幸運D 宝具C

 

スキル

 

陣地作成:C 道具作成:C+

キャスターのクラススキル。

解毒薬の作成において稀有な才能を持つ。

 

対毒:A+

毒への耐性。

日頃より毒を呑み、耐性を付けてきたミトリダテス六世は非常に毒に強い。

同ランク以下の毒を無効化する。

 

自己改造:C

自身の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。

毒殺を恐れたミトリダテス六世は日頃より毒を呑み、体を毒に強くしてきた。

このランクが上がればあがる程、正純の英雄から遠ざかっていく。

 

言語理解:C

支配下においた国で使われていた22の言語に通じている。

 

 

死を制する解毒薬(エウパトル・テリアカ)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

ミトリダテス六世が開発した世界初の解毒薬。

彼自身の道具作成スキルによって作成が可能。

服用すれば一度に限りあらゆる毒を解毒し、暫くの間同等の毒への耐性を獲得する。

また、あらかじめ服用しておけば短時間の間、毒状態に陥った際に自動発動する。

 

いと幼き大神性(エウパトル・ディオニュシウス)

ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

ミトリダテス六世の自称したギリシャ神話の神の名。

使用するとAランク相当の神性を獲得し、全ステータスを1ランク上昇させる。

発動中は神の雷霆を擬似再現し、対軍相当の攻撃が可能。

使用後は時間経過とともに神性をダウンさせ、継続的にダメージを受ける。

 

『プロフィール』

身長/体重:178cm・82kg

出展:史実

地域:小アジア

ローブの下は実は筋肉質。

 

『概要』

紀元前三世紀、ポントス王国を治めた王。

障害に渡りローマと戦い続け、ローマの栄光における最後の障害となった。

毒殺を恐れ、世界初の解毒薬を作ったと言われている。

マスターへの態度:

王であったため、マスターに忠誠を誓うというタイプではない。

服従させるつもりであるならば、彼との関係はうまくいかないだろう。

一方、穏やかな性格であるため、真摯に接すれば良い関係を築くことは難しくない。

因縁キャラ:

・静謐のハサン、セミラミス

毒を操るアサシン。ミトリダテスの天敵。

・ロムルス

ローマの神祖。

偉大な英雄だと理解してはいるが、どうにもならない嫌悪の対象である。

・ネロ・クラウディウス

ローマ帝国の五代皇帝。

ミトリダテスの解毒薬を彼女の侍医が改良し、俗に言う万能薬テリアカとなった。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:ナーダシュディ・フェレンツ二世

霊基:☆☆☆

属性:秩序・中庸/人

性別:男性

マスター:--

宝具:鉄血無情の鮮血魔城(カズィクル・ベイ)

ステータス:筋力C 耐久B+ 敏捷B 魔力D 幸運B 宝具C+

 

スキル

 

対魔力:C

ランサーのクラス別スキル。

 

自己改造:A+

自身を改造するスキル。

死後の妻の行動から来る後悔により、ナーダシュディは霊基を改造した状態で召喚される。

 

拷問技術:B

拷問器具を使った攻撃にプラス補正。

エリザベートにこの技術を教示した張本人だが、最終的なランクは彼女の方が高い。

 

軍略:C

一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。

自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

 

 

鉄血無情の鮮血魔城(カズィクル・ベイ)

ランク:C+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:10人

ナーダシュディの苛烈さと拷問の逸話が合体した宝具。

ダメージを与えた対象の痛覚を拷問技術のランク分増加させ、全身にダメージの痛みを拡散させる。

真名はヴラド三世に憧憬を抱いたがためのものであり、真名解放でヴラド三世の伝説を一時的に再現する。

主にステータス上昇、スキル「護国の鬼将」の取得だが、第二宝具との併用で痛覚拡散の効果を持った杭を全身から放つことも可能。

 

夢想無双の鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

妻エリザベート・バートリーを外道に堕落させた後悔が宝具化したもの。

その効果は「対象の怪物性の奪取」。

英霊として召喚されたナーダシュディは自己改造スキルにより、怪物性を受け入れやすい霊基になっている。

それにより、相手の怪物性を奪い取り、戦力の増強、ひいては敵戦力の弱化に繋げる。

言わずもがな、この真名は妻の怪物性を拭い去りたいがためのもの。

第一宝具を指定して使用することで、ヴラド三世の無辜の怪物を獲得可能だが、本人はあまりやりたがらない。

 

『プロフィール』

身長/体重:170cm・68kg

出展:史実

地域:ハンガリー

異名は「黒騎士」。

 

『概要』

黒騎士ナーダシュディ・フェレンツ二世。ハンガリーでは有名な英雄として認知されている。

ハンガリーの貴族であり、軍人。

血の伯爵夫人ことエリザベート・バートリーの夫であり、彼女に拷問を教えた本人。

彼の死後、エリザベートの拷問は苛烈になり、伝説に語られるに至った。

悪女にして吸血鬼――そう知られるようになったエリザベートの末路を、英霊となったナーダシュディはひどく後悔している。

聖杯への願いは生前をもう一度やりなおし、エリザベートに正しい道を歩ませること。

マスターへの態度:

基本的にはマスターの指示は素直に受け、サーヴァントとして接する。

ただし「怪物性」の価値観については独自のものを持っている。

軽率な言動が不和を招き、悲劇に至る可能性は決してゼロではない。

因縁キャラ:

・エリザベート・バートリー

 愛すべき妻。死してもその想いは変わらない。

 生前も死後も、彼女の存在こそが彼の動力源である。

・カーミラ

 変じた彼女にもまた、ナーダシュディは変わらぬ愛を注ぐ。

 ――ただし、彼女が存在するということ自体が、彼の後悔を無尽蔵に湧き出させる。

・ミトリダテス六世

 今回、同じ特異点に同じタイミングで召喚された同士。

 国も立場も方針も違うが、此度目的を同じくするにおいて友人のような間柄となった。

・アルキメデス

 その気苦労はよく分かる。うん、分かる。

・エリザベート・バートリー[ハロウィン]、[ブレイブ]

 誰か僕の頬を思い切り抓ってくれ。見えてはいけない幻覚が見える。

・メカエリチャン

 なにが おきているのか わからない。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:ラーマ

霊基:☆☆☆☆

属性:秩序・善/天/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)

ステータス:筋力A 耐久B 敏捷A+ 魔力B 幸運B 宝具A

 

スキル

 

対魔力:A 騎乗:A+

セイバーのクラススキル。

 

武の祝福:A

魔王ラーヴァナを倒す運命にあるラーマは、剣術だけでなく武芸全てに秀でている。

また、これによりセイバーでありながら宝具に近い威力を誇る槍、弓を持ち込むことができる。

 

カリスマ:B

軍団を指揮する天性の才能。

ラーヴァナとの戦いの後、シータと共に凱旋して王となったラーマは善政を敷いて、国を守ることに人生を費やした。

 

離別の呪い:A

バーリと言う名の猿を殺したことにより、その妻にかけられた呪い。

これにより、彼は半身ともいえる妻シータと永遠に会えない。

 

神性:A

インドの三大神ヴィシュヌの化身の一つ。

 

変生適性:A

詳細不明。

 

 

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)

ランク:A+ 種別:対魔宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1人

魔王ラーヴァナを倒すために、生まれた時から身につけていた不滅の刃。魔性の存在を相手に絶大な威力を誇る。

本来は矢であり、弓に番えて射つものであるがセイバーになりたかったラーマが無理矢理剣に改造した。

ただし投擲武器としての性能は捨てておらず、この剣もぶん投げる。

「結局投げてません?」と指摘してはいけない。

 

偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50(武器により変化) 最大捕捉:500人

聖人ヴィシュヴァーミトラにより、あらゆる神魔に対抗するために授けられた数々の武器。

投擲武器であるチャクラ、投槍シューラヴァタ、棍棒モーダキーとシカリー、シヴァ神が持つ三叉槍ピナーカなど、その数は圧倒的。

神性が高いほどヴィシュヌに近い存在とみなされ、持ち込む数は多くなる。

ランクAであればセイバーでありながら、アーチャー・ランサーとして活躍することも不可能ではない。

 

『プロフィール』

身長/体重:168cm・65kg

出典:ラーマーヤナ

地域:インド

一人称は「余」。

 

『概要』

インドにおける二大叙事詩の一つ、「ラーマーヤナ」の主人公。

大神を騙して獲得した力により、神々すら使役するラーヴァナは唯一人間にのみ倒す資格があると謳われる魔王であった。

神々の訴えを聞き届けたヴィシュヌは全てを忘れたただの人間、とある国の皇子として転生した。

それこそがラーマである。

 

 

 

クラス:ライダー

真名:牛若丸

霊基:☆☆☆

属性:混沌・中庸/人

性別:女性

マスター:--

宝具:遮那王流離譚(しゃなおうりゅうりたん)

ステータス:筋力D 耐久C 敏捷A+ 魔力B 幸運A 宝具A+

 

スキル

 

騎乗:A+ 対魔力:C

ライダーのクラススキル。

 

天狗の兵法:A

人外の存在である天狗から兵法を習ったという逸話から。

剣術、弓術、槍術などの近接戦闘力及び軍略や対魔力などにボーナス。

 

カリスマ:C+

万人に好かれる器ではないが、近付けば近づくほどに彼女の奇妙な魅力に取り憑かれる。

 

燕の早業:B

燕のように軽々とした身のこなしから。

五条大橋にて、弁慶の恐るべき斬撃を一度ならず二度三度と躱しきった。

 

 

遮那王流離譚(しゃなおうりゅうりたん)

ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

牛若丸が源義経となり、奥州で果てるまでに産み出された様々な伝説の具現化。

五つの奥義を集約した宝具であり、状況に応じた奥義の使用が可能。

 

『プロフィール』

身長/体重:168cm・55kg

出典:『義経記』『平家物語』

地域:日本

騎乗する馬の名は太夫黒(たゆうぐろ)

 

『概要』

日本において、その名を知らぬ者はいないと言われるほどに有名な悲運の武将。

天賦の才を持ち、カリスマ性を有しながらも兄である頼朝に疎まれ、最期には従者である弁慶ら共々打ち倒された。

牛若丸は源義経の幼名である。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:レオニダス一世

霊基:☆☆

属性:秩序・中庸/人

性別:男性

マスター:--

宝具:炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)

ステータス:筋力B 耐久A 敏捷D 魔力C 幸運C 宝具B

 

スキル

 

対魔力:C

ランサーのクラススキル。

 

戦闘続行:A

往生際が悪い。

瀕死の傷でも戦闘を可能とし、致命的な傷を受けない限り生き延びる。

 

殿の矜持:A

撤退戦、防衛戦などで有用な効果を発揮する。

宝具との組み合わせで、対軍宝具すら防ぎきる。

 

戦士の雄叫び:B

士気向上スキル。

空手でいうところの呼吸法――息吹のようなものであり、雄叫びによって精神的な調整を測っている。

 

 

炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:不明

テルモピュライの戦いを共にした三百人のスパルタ軍の召喚。

攻勢ではなく、守勢という面においてすさまじい力を発揮する。

歴史的事実の再現を瞬時に行うため、空いての攻撃後でも発動可能。

レオニダス自身だけではなく、マスターも守護する。

三百人にそれぞれC~Eランクの耐久ステータスが存在し、攻撃に耐えきった人数が多ければ多い程、次ターン時の反撃のダメージがアップするというカウンター宝具。

 

『プロフィール』

身長/体重:188cm・110kg

出典:史実(テルモピュライの戦い)

地域:スパルタ

ディス・イズ・スパルタ!

 

『概要』

スパルタ教育という語源となった国、スパルタの王。

侵攻する十万人のペルシャ軍を食い止めるため、わずか三百人で立ち向かったテルモピュライの戦いで有名。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:カルナ

霊基:☆☆☆☆☆

属性:秩序・善/天/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)

ステータス:筋力B 耐久C 敏捷A 魔力B 幸運A++ 宝具EX

 

スキル

 

対魔力:C

ランサーのクラススキル。

 

神性:A

太陽神スーリヤの息子。

のちにスーリヤと一体化するため、最高の神性を持つ。

神性がB以下の太陽神系の英霊に対して高い防御力を発揮する。

 

無冠の武芸:-

様々な理由から認められる事のなかった武具の技量。

剣、槍、弓、騎乗、神性のそれぞれのスキルランクをマイナス1し、属性を真逆のものとして表示する。

ただし、真名が明かされた場合、このスキルは消滅する。

また、余談ではあるが、幸運値のランクはカルナ本人による申告である。

 

貧者の見識:A

相手の性格・属性を見抜く眼力。

言葉による弁明、欺瞞に騙されない。

天涯孤独の身から弱きものの生と価値を問う機会に恵まれたカルナが持つ、相手の本質を掴む力を表す。

 

魔力放出(炎):A

武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。

カルナの場合、燃え盛る炎が魔力となって使用武器に宿る。

 

 

日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)

ランク:EX 種別:対神宝具 レンジ:2~5 最大捕捉:1人

一撃のみの光槍。雷光で出来た必滅の槍。

黄金の鎧を取り上げた雷神インドラがカルナの高潔さに心酔し、自身ですら扱えなかったこの槍を与えた。

神々をも打ち倒す力を持つというが、神話においてカルナがこれを使用した記録はない。

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)

ランク:A+ 種別:対国宝具 レンジ:2~90 最大捕捉:600人

カルナの隠された宝具であり、奥の手。

ブラフマーストラにカルナの属性である炎熱の効果を付与して発射する。

効果範囲と威力を格段に上昇――その性能は核兵器に例えられる。

 

日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

カルナの母クンティーが息子を守るためにスーリヤに願って与えた黄金の鎧と耳輪。

太陽の輝きを放つ強力な防御型宝具。光そのものが形となった存在のため、神々でさえ破壊は困難。

カルナの肉体と一体化しており、解除はこれ以上の概念でなければ不可能。

これを装備している限り、物理、概念問わず全ての攻撃のダメージを九割シャットアウトする。

 

『プロフィール』

身長/体重:178cm・65kg

出典:マハーバーラタ

地域:インド

属性:秩序・善  性別:男性

アーチャー、ライダーなどにも該当。

 

『概要』

インド古代叙事詩「マハーバーラタ」の大英雄。

マハーバーラタの中心的英雄でもあるアルジュナのライバルであり、異父兄弟でもある。

数々の呪いによって身動きがとれなくなった彼を、アルジュナは謀殺に近い形で仕留めた。

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:アルジュナ

霊基:☆☆☆☆☆

属性:秩序・中庸/天/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:破壊神の手翳(パーシュパタ)

ステータス:筋力A 耐久B 敏捷B 魔力B 幸運A++ 宝具EX

 

スキル

 

対魔力:C 単独行動:A

アーチャーのクラススキル。

 

千里眼:C+

視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。また、透視を可能とする。

弓を射る際に極度に集中することによって、時間感覚操作を行う。

この集中力こそ、彼が傑出した戦士(アティラティ)の称号を与えられた所以である。

 

授かりの英雄:A

生まれついて誰もに愛され、誰もにその時々で必要なものを与えられた大英雄アルジュナ。

呪いのように積極的な原因がない限り、アルジュナが何かに不足するということはない。

 

魔力放出(炎):A

炎の神アグニから手渡された宝具『炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)』によって付与されたスキル。

魔力によるジェット噴射は、肉体ではなく矢の加速に用いられる。

ライフル弾より素早く、アルジュナの矢は敵に到達する。

 

 

破壊神の手翳(パーシュパタ)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1000人

ヒンドゥー教に伝わる三大神、そのうち破壊と創造を司るシヴァから与えられた武器。

周囲の人間をまとめて鏖殺するのではなく、レンジ内の敵一人一人に対して判定を行う。

判定に失敗したものを『解脱』――即ち、即死させる。

神性が高ければ高いほど、解脱の確率は大きくなる。

逆に、反英雄であれば解脱の確率が低くなる。

 

炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1人

炎神アグニがアルジュナに授けた、本来人間――定命の者には扱えない炎の弓

通常はただの弓であるが、真名を発動することによって炎を纏ったミサイルと化す。

無誘導式だが、そもそもアルジュナの弓術が天才的なため、千里眼スキルも合わさってほぼ誘導式ミサイルに等しい精密性を持つ。

 

『プロフィール』

身長/体重:177cm・72kg

出典:マハーバーラタ

地域:インド

愛用の弓は『ガーンディーヴァ』。炎神アグニから授けられた神弓である。

 

『概要』

インド古代叙事詩「マハーバーラタ」の大英雄。

マハーバーラタはインドのあらゆる英雄が集結する絢爛なる物語であるが、アルジュナはその中心に位置する存在といっても過言ではない。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:ロムルス

霊基:☆☆☆

属性:混沌・中立/星/特別な星・ローマ

性別:男性

マスター:--

宝具:すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)

ステータス:筋力B 耐久A 敏捷A 魔力C 幸運B 宝具A++

 

スキル

 

対魔力:B

ランサーのクラススキル。

 

皇帝特権:EX

本来所有していないスキルを宣言することで短期間獲得するスキル。神祖は万能なり。

Aランク以上であれば、肉体面の負荷だろうと獲得できる。

このスキルを有するにあたり、ロムルスは本来有していた高ランクの神性を封印している。

 

天性の肉体:C

生まれながらに、生物として完全な肉体を持つ。

一時的に筋力のパラメータをランクアップさせることが可能。

更に、鍛えなくても筋肉ムキムキな上、どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらない。

 

七つの丘:A

自らが「我が子」と認めた者たちに加護を与える。

 

 

すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)

ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:900人

国造りの槍。母シルウィアが処女懐胎によりロムルスを生み落とす以前に見た夢に登場する、ローマそのものを象徴する大樹と結び付けられて伝えられる。

ローマ建国の折、ロムルスはこの槍をパラディウムに突き立てたという。

樹木操作の能力を有しており、真名開放の際には槍が大樹として拡大・変容する。

「帝都ローマの過去・現在・未来の姿」を造成、怒涛の本流によって対象を押し流す。質量兵器ローマ。

 

すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)

ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:1~40 最大捕捉100人

愛する弟ロムスを自らの手で誅した逸話を具現化した、血塗られた愛の城壁。

空間を分断する城壁を出現させることで壁の内側を守る結界宝具。

城壁の出現は地面から瞬時に湧き上がるため、出現位置の調整次第ではギロチンのように対象を切断することも可能。

 

『プロフィール』

身長/体重:190cm・140kg

出典:史実、ローマ神話

地域:欧州

ロムルスの一人称は常に「(ローマ)」である。

 

『概要』

古代ローマ建国神話に登場する国造りの英雄。

軍神マルスと美しき姫シルウィアとの間に生まれ、神の獣たる狼を友に育ったという。

地中海周辺国家を併合し、永き栄光の大帝国たるローマの礎を築いてみせた建国王。真紅の神祖。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:ガイウス・ユリウス・カエサル

霊基:☆☆☆

属性:中立・中庸/人/神性・ローマ

性別:男性

マスター:--

宝具:黄の死(クロケア・モース)

ステータス:筋力A 耐久B 敏捷B 魔力D 幸運C 宝具B+

 

スキル

 

対魔力:C 騎乗:B

セイバーのクラススキル。

 

神性:D

女神ヴィーナスの末裔であり、死後に神格化されたカエサルは、低ランクながら神霊適性を有している。

 

軍略:B

多人数戦闘における戦術的直観力。自らの対軍宝具行使や、相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。

生前に数多の戦いを勝利に導いたカエサルの知略と軍功がスキル化したもの。

 

カリスマ:C

軍団を指揮する天性の才能。

ローマ市民の熱狂的支持を受け、将軍としてもガリア戦争で活躍してみせたカリスマ性は言うまでもない。

 

扇動:EX

数多の大衆・市民を導く言葉や身振りの習得。

特に個人に対して使用した場合には、ある種の精神攻撃として働く。

 

 

黄の死(クロケア・モース)

ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人

黄金の剣。真名解放すれば、自動的に命中する初撃の後、幸運判定を失敗するまで行い、成功した回数だけ追加攻撃を与える。

近接戦闘においてはまさしく見敵必勝――来た、見た、勝ったの威力を有するがカエサル本人はあまりこの剣を抜きたがらない。

生前、うっかり敵の盾に刺さったまま紛失しかけてしまったのが忘れられないらしい。

 

『プロフィール』

身長/体重:168cm・154kg

出典:史実

地域:欧州

同じような言葉を三度続ける癖がある。

 

『概要』

古代ローマ最大の英雄のひとり。

ガリア戦争やブリタニア遠征などで名を馳せた将軍にして優れた統治者。英語名はシーザー。

女神ヴィーナスの末裔にして、人ならぬ妖精との間にも子を成したと言われる色男。

 

 

 

クラス:アサシン

真名:クレオパトラ

霊基:☆☆☆☆☆

属性:秩序・中庸/人/神性

性別:女性

マスター:--

宝具:暁の時を終える蛇よ、此処に(ウラエウス・アストラペ)

ステータス:筋力B 耐久C 敏捷A 魔力D 幸運D 宝具A

 

スキル

 

気配遮断:B

アサシンのクラススキル。

 

神性:D

神霊適性の有無。

ファラオに名を連ねる者は多少なり神性を有する。

 

皇帝特権:A

本来所有していないスキルを宣言することで短期間獲得するスキル。

Aランク以上であれば、肉体面の負荷だろうと獲得できる。

 

黄金律(富&体):B

金銭的黄金律と肉体的黄金律、クレオパトラはその両者を有する。

その完全性が、世界屈指のトップレディを生んだ。

 

女神の加護:C

エジプト由来の女神の加護。

 

 

暁の時を終える蛇よ、此処に(ウラエウス・アストラペ)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:60人

最後のファラオとして、終焉の蛇アストラペを使役する特権宝具。

火炎を纏った蛇は敵に喰らい付き、重度の炎熱ダメージを与える。

複数展開も可能だが、死因たる蛇の使役にも等しいため、使用のたび自身の霊基に傷を付ける。

 

『プロフィール』

身長/体重:171cm・58kg

出典:史実

地域:エジプト

厳密には、『最後のファラオ』はクレオパトラが最後の数年間に共同統治者として選んだ我が子カエサリオンとなる。

クレオパトラの死後、少なくとも数日はカエサリオンが長く生きたためである。

だが命を落とした折のカエサリオンは僅か9歳。

国を統べ、運命と戦った事実上の『最後のファラオ』はクレオパトラであろう。

 

『概要』

歴史にその美しさを残した悲劇の女王、

クレオパトラ七世。

プトレマイオス朝エジプト最後の女王にして、実質的な古代エジプト最後のファラオ。

多くの創作物では愛に溺れ、国を私物化した妖艶な美女と言われているが、事実は真逆。

知性深く、特に経済手腕は天才的で、その采配によって軍事力に劣るプトレマイオス朝エジプトを世界有数の経済国家にまで育て上げたトップレディ。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:カリギュラ

霊基:☆☆

属性:混沌・悪/人/ローマ

性別:男性

マスター:--

宝具:我が心を喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)

ステータス:筋力A+ 耐久B+ 敏捷B+ 魔力D+ 幸運D+ 宝具C

 

スキル

 

狂化:A+

バーサーカーのクラススキル。

ローマ帝国をより拡大し繁栄させなければならないという使命感だけは失われていない。

そのため、ローマを引き合いに出して味方から接触を図られた場合は幸運の判定を行い、成功すれば暴走が自制される。

ローマにゆかりのある人物からの接触であれば、判定にプラス補正が加わる。

ネロやロムルスのアプローチであれば、まず必ず自制に成功する。

ただし、自制したところで「暴走せず待機状態になる」だけなので、完全な意思疎通が可能となる訳ではない。

 

皇帝特権:A

本来所有していないスキルを宣言することで短期間獲得するスキル。

Aランク以上であれば、肉体面の負荷だろうと獲得できる。

 

加虐体質:A

戦闘において、自己の攻撃性にプラス補正が掛かる。

戦闘が長引くほどに加虐性を増していく。

狂化スキルに性質が近いため、カリギュラはこのスキルを最大限には発揮できない。

 

在りし日の栄光:B

名君として生きた四年間の記憶はカリギュラの狂気を和らげず、むしろ加速させる。

精神干渉系の抵抗判定にプラス補正が掛かり、素手攻撃時の筋力パラメータが一時的に上昇する。

この効果を使用するたびにカリギュラは自身にダメージを負う。

暴走する狂気が霊核を軋ませるのである。

 

 

我が心を喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)

ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:300人

空から投射される月の光を通じて自身の狂気を拡散する、広範囲型精神汚染攻撃。

彼の狂気の発露は月の女神ディアーナ(アルテミス)の寵愛と加護によるもの――という伝説が昇華された宝具。

たとえば一軍を相手に使用すれば、おぞましくも惨憺たる状況が生まれるだろう。

女神アルテミスの縁者には通用しない。

 

『プロフィール』

身長/体重:185cm・80kg

出典:史実

地域:欧州

彼の宝具は女神アルテミスの縁者には通用しない。

 

『概要』

暴虐の伝説を有する古代ローマ帝国第三代皇帝。

一世紀の人物。皇帝ネロの伯父。

当初は名君として人々に愛されたが、突如として月に愛された――狂気へと落ち果てたのである。

暗殺までの数年間、彼は帝国を恐怖で支配した。

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:羿

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・善/天/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:天星失墜し(ヌディ・ムバ)

ステータス:筋力C 耐久A 敏捷B 魔力B 幸運D 宝具A+

 

スキル

 

対魔力:C 単独行動:B

アーチャーのクラススキル。

 

心眼(偽):B

直感・第六感による危険回避。

 

魔性狩り:A+

魔性に対する強力な特攻性能。

数多の魔獣を打ち倒したことにちなむスキル。

 

日輪穿つ瞳:A+

視力の良さ。千里眼の類似スキル。

遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。

日輪を射抜くための瞳は如何なる視覚の妨害をも無効化する。

 

神性:-

剥奪された神霊適性。

神性自体は失っているが、灼熱の下に晒されても物ともしない炎熱への耐性を有する。

 

 

天星失墜し(ヌディ・ムバ)

ランク:A+ 種別:対人奥義 レンジ:1~99 最大捕捉:1人

天に在る星を落とす、弓における究極の一つ。

真名は中国の民間伝承に登場する神、また神が作り上げた矢の名。

太陽にも届く一矢は、視認せずとも標的の位置が分かれば大陸の外にさえ届く。

その矢は標的に着弾するまで速度も威力も落ちず、常に最大ダメージとなる。

彼の使用するこの奥義は太陽の性質に対し、特効性能を発揮する。

 

『プロフィール』

身長/体重:181cm・84kg

出典:中国神話

地域:中国

太陽神系の英霊に対し、非常に有利な英霊。

 

『概要』

中国神話に登場する神。

中国における代表的な悲劇の英雄であり、弓の名手であったが妻に裏切られ、弟子によって殺された。

地上を灼熱に晒していた十の太陽への対策として遣わされ、そのうち九を射落としたという。

その事を疎ましく思った天帝は彼の神性を剥奪し、それが悲劇の始まりとなった。

マスターへの態度:

生前弟子に裏切られながらも、やはり師として存在する。

弓のみならず、剣や槍、その他においても平均以上の力を持つ優秀なサーヴァント。

扱いさえ間違えなければ、アーチャーとして最上位の能力を以て答えてくれるだろう。

因縁キャラ:

・カルナ

 トップクラスの英霊だが、太陽の性質を多分に持つ。

 一度でも宝具の直撃を受ければ、その鎧を以てしても危ういだろう。

・フランシス・ドレイク

 太陽を落とした英雄同士。

 不可能であったものを成し遂げた彼女の人間性を、羿は大きく尊敬している。

・スカサハ、ケイローン

 当然ながら教育方針は彼らとは異なる。

 スカサハからは「弟子に殺されるなど本望ではないか」と真顔で言われ、羿も言葉を失った。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:ダレイオス三世

霊基:☆☆☆

属性:秩序・中庸/人

性別:男性

マスター:--

宝具:不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)

ステータス:筋力A 耐久A+ 敏捷B 魔力E 幸運D 宝具A

 

スキル

 

狂化:B

バーサーカーのクラススキル。

 

黄金律:B

人生においてどれほどお金が付いて回るかという宿命を指す。

生涯においてイスカンダルへ何度も挑むことが出来るだけの財産を有していたため、ダレイオス三世はこのスキルをBランクで有している。

戦闘性能のみならず財力も彼の強さの一環である。

 

仕切り直し:A

戦闘から離脱する能力。また、不利になった銭湯を初期状態へと戻す。

 

戦闘続行:A

決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。

 

 

不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:500人

王の号令に応じて一万もの不死者の部隊が出現・終結して巨大な牙を持つ「死の戦象」と化し、恐るべき突撃によって王の敵対者を跡形もなく殲滅する。

ダレイオスが搭乗している巨大な戦象は、巨大な怪物である「死の戦象」を召喚したかのようだが、総数一万の動く死体や骸骨と化した兵が一つに組み合わさったある種の群体であり、ダレイオスの命令によってのみ行動し、恐るべき魔力の一撃によって王の敵対者を破壊し尽くす。

史実としてアケメネス朝に存在した一万の精鋭が宝具へと昇華されたものであり、後年成立した「不死」の伝説に伴い不滅性や不死性が備わっている。

この特性により、彼がいるだけで不死者の類を呼び寄せてしまうことがある。

 

『プロフィール』

身長/体重:345cm・280kg

出典:史実

地域:西アジア

戦闘性能のみならず財力も彼の強さの一環である。

 

『概要』

勇猛の古代ペルシャ王。

紀元前四世紀の人物。

アケメネス朝ペルシャ最後の王として知られる。

マケドニアの征服王イスカンダルの“好敵手”として幾度も彼の前に立ちはだかってみせた。

 

 

 

クラス:アサシン

真名:カーミラ

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・悪/地

性別:女性

マスター:--

宝具:幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)

ステータス:筋力D 耐久D 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具B

 

スキル

 

気配遮断:D

アサシンのクラススキル。

 

拷問技術:A

拷問器具を使った攻撃にプラス補正。

流血と苦痛を強化するため、通常のダメージの後に更にダメージが追加されていく。

スキルは同等ランクであるが、若年の頃より遥かに経験を積んでいる。

 

吸血:C

血を浴びることによる回復。

思い込みに近いが、彼女の肌は確かに若返っていた。

 

 

幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

エリザベート・バートリーが使用したと言われる有名な拷問器具。

……であるが長年に渡る調査の結果、実在しないと考えらえている。

とはいえ、この拷問器具を信仰するものは多く、無垢な少女を恐怖とともに殺害する絶妙な宝具として珍重された。

カーミラの頭上を浮遊し、閉じると対象の絶叫と共に血が注がれる。

体力回復と攻撃の併用。対象が女性の場合ダメージが増加する。

 

『プロフィール』

身長/体重:168cm/49kg

出典:史実

地域:ハンガリー

見事にあらゆる部分が豊かに成長した。

 

『概要』

だって、誰も言ってくれなかった!

誰もこれが間違いだなんて言ってくれなかった!

だから、私はこう成り果てたのに! ああ、我が真の名は――エリザベート・バートリー!

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:ラーヴァナ

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・悪/地/魔性・神性

性別:女性

マスター:--

宝具:破滅の月光(チャンドラハース)

ステータス:筋力A++ 耐久A+ 敏捷E 魔力C 幸運D 宝具A+

 

スキル

 

狂化:EX

バーサーカーのクラススキル。

神ならず、人でもないその精神性は他者には狂気としか映らない。

しかし、十の思考による一の結論は狂気を宿したものではない。

本来の精神性のため他のクラスで召喚されても所有するスキルだが、パラメータへの恩恵はない。

 

鬼種の魔:A

羅刹としての証明。また、同種の統率力。

格下の羅刹に対しては同ランクのカリスマとしても機能する。

 

怪力:A+

一時的に筋力を増幅させる。魔物・魔獣のみが持つ攻撃特性。

使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間はランクによる。

ラーヴァナはランクの高さから、常にこのスキルを使用している。

 

未然の儀式:E

最終的に成し遂げることのなかった儀式の恩恵。

ラーヴァナは十あった首のうち、九つを落とし火にくべた。

落とす前提であった頭部を残すラーヴァナは頭部に霊核を持たない。

 

不滅の祝福:EX

破壊神シヴァより与えられた加護。

相手の神性が高ければ高いほど、受けるダメージを軽減させる。

神性がEXランク――つまり、神霊が相手の場合全てのダメージ、追加効果を無効化する。

 

神性:E

神霊適性の有無。

ブラフマー神を祖父に持つが、羅刹であるためかランクは低い。

 

 

羅刹王(ラージャ・ラーヴァナ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

不死となり、神すら恐れる存在にまで昇華したラーヴァナ自身が宝具となったもの。

霊薬アムリタにより得た不死を、ラーヴァナは内に秘める十の精神に分けて所有している。

サーヴァントとなったラーヴァナは霊核を破壊され、その身が消滅しようとも、その精神一つを消費して自動的に蘇生する。

その命を分け、分身とすることも可能だが、分身は一羅刹程度の力しか持たない。

ラーヴァナ自身が定義した本体からは一切、力を分けようとしないためだ。

強力な再生宝具だが――ブラフマーストラと名付けられる武装を受けると不滅の祝福も含め無効化される。まさに天敵と言えよう。

 

破滅の月光(チャンドラハース)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

微かに輝き、そして微笑む破壊神の三日月刀。

シヴァより授かった武器であり、シヴァの加護により相手の耐久をワンランク下降させたうえでダメージ計算を行う。

この刃による一撃は斬るというより砕く。鬼神の筋力と合わさり、強固な防具でさえ紙のように貫く。

真名解放により、最高潮に達した輝きが無数の刃となり、正に光速で敵を貫く。

光の届く範囲をレンジとし、光を浴びた者全員が命中対象となるが、ラーヴァナが捕捉する敵のみにしか作用しない。

 

悪鬼羅刹よ、楞伽の城にて狂い嗤え(ランカーヴァターラ)

ランク:D~A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~80 最大捕捉:不明

ラーヴァナが自身の首を落とす儀式によって齎さんとした羅刹の世の繁栄と栄光。

第一宝具を放棄し、その不死性を捨てることで発動される。

レンジ内に魔力が続く限り、自身の配下である羅刹を召喚する。

栄光を約束された羅刹は「人に勝利し得る姿」で顕現し、それぞれ異なる意思、力を持つ。

此度召喚された姿は、青紫の皮膚をした悪魔である。

 

『プロフィール』

身長/体重:175cm・61kg

出展:ラーマーヤナ

地域:インド

十の精神が内在しているため、一人称が度々変わる……ように他者には見える。

 

『概要』

神さえ恐れた羅刹(ラークシャサ)の王。十の頭と二十の腕を持って生まれた魔王。

ラーヴァナは己の首を落とし火にくべる苦行を行っていた際、ブラフマー神に認められ神や仏には敗北しない加護を得る。

更に霊薬アムリタを呷り不死となったラーヴァナは、数多の神に戦いを仕掛け、それに勝利していく。

異母兄弟たる神クベーラと戦い得たランカーという島を己の国とし、羅刹たちを統率し尚も侵略を続行した。

その増長を重くみたヴィシュヌ神は、人として転生する。それがコサラの王ラーマである。

ラーマとの長きにわたる戦いの末、不滅の武器ブラフマーストラによって遂にラーヴァナは討伐された。

マスターへの態度:

意外にもしっかりマスターと認め、指示には従う。

しかしそれは「自分は死なない」という確信とマスターが自分の采配でいつ仕損じるかという期待から来るもの。

それを乗り越え真摯に接すれば――或いは、十の精神全ての心を動かすことも不可能ではない。

因縁キャラ:

・ラーマ

 最大の宿敵。自身の存在、脅威こそが、彼という英霊を生んだ。

 ゆえにこれは運命。その在り方と武勇に、半数の精神が執着した。

・シータ

 可憐、それでいて強い少女。なるほど、ラーマの妻になるならば彼女は相応しい。

 だが精神の半数は何となく気に入らず、三つがその笑顔に一目惚れした。面倒な羅刹である。

・坂田金時

 鬼に好かれるだけの事はある。喰ったらさぞ美味いだろう。

 茨木? 酒呑? オレはあんなに臆病でもなきゃ淫乱でもねえ。

・精神汚染持ち

 一緒にすんな。一応正気でマトモですから。




ようやく次回から三章です。長かったですね、二章。


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AD.1573 封鎖終局四海 オケアノス
アバンタイトル


今回から三章となります。ややコメディ多めでやっていきますよー。
また、本日少し前に二章のマトリクスも掲載しましたので、よりしければそちらをどうぞ。


 

 

 黒く、淡い、海の底にいた。

 冷たい、苦しいという感覚はなく、寧ろ、何処か心地良い。

 以前感じるどころではなかったというだけで、これが本来の、この場所の感覚なのだろう。

 ふと、遠くを見ると、静かに踊る黒の少女。

 視線に気付くと、此方に微笑みかけてくる。

 彼女は――静謐の毒に倒れた時、僕を助けてくれた少女だ。

 そして、それより前に、夜に溶けた、暗い、昏い少女――

「――――」

 今度は彼女が泣きそうな顔で。

 此方にゆっくりと――駆け出したいのを我慢するような足取りで――近付いてくる。

 そして、囁きさえ聞こえるような距離、手を伸ばせば触れられる距離で。

 口を開き、何かを告げようと――

「――――――――」

 

 

「――――――――ぐっっっもーにん白斗ぉ――ッ!」

 

「ぅぐふ――っ!?」

 思い切り腹を殴られたような痛みで、思考全てが上書きされる。

「ッ、ハク!? 何事!?」

 メルトも飛び起きる。ひとまず衝撃の犯人がメルトではない事は確かなようだ。

 一体何が叩き込まれたのか――というか、現在進行形で腹に乗っているものは何なのか。

 それを確かめるべく、手を伸ばす。

「お? 何? 白斗、起き抜け早々あたしに発情? ぼでーたっちは程々にしないとメルトに――」

「何してんのよハク!」

「何で!?」

「――ぶっ飛ばされるって言おうとしたんだけどなー」

 結局何を触っていたかは不明のまま。

 いつの間にか離れていた犯人の姿さえ見る前に、メルトの痛烈な一撃を受け、二回の攻撃でその日僕は最悪の目覚めを迎えた。

 

 

 つくづくメルトの性質から、痛みに多少慣れていて良かったと感じた。

 それが無ければ今頃もまだ悶絶し、確実に次の特異点攻略に支障が生まれていたことだろう。

「それで……いつ起きたの、カグヤ」

 腹を抑えながら、騒ぎの張本人に問う。

「ん? 今さっき。そしたらなんか面白そうな事になってんじゃん? 詳しく聞きに来た訳ですよ」

「それであんな目にあったのか……」

 にへへ、と妙に無邪気さを感じさせる表情で笑う女性。

 均整のとれた体とやや幼さを残す顔つきが織り成す絶世の美。

 その服装は近代的――彼女に言わせてみれば「イマ風」であり、兎の耳がついた薄ピンクのパーカーとショートパンツにニーソックス。

 手入れの整った煌びやかな黒髪は、その服装と微妙にミスマッチだが、それでもマイナスと感じさせない魅力を振り撒いている。

 こんな出で立ちながら――彼女はれっきとした英霊である。

 真名、カグヤ・ライトムーン・キリングビューティー。ちなみに「ライトムーン」から先は自称である。

 あくまでそれを真名と言い張るが、本人の意向を抜きにすれば、知られた名をかぐや姫。

 日本の昔話に語られる、月の姫である。

「で? で? 何があったワケ?」

「あぁ、それは……」

 ――カグヤは、このムーンセルの前管理者である。

 月と最も適合性の高い英霊としてムーンセル全権限を委譲され、気の向くままに月を統治していた存在。

 自身の概念が生まれるよりも前、未来の英霊として召喚され――僕たちが中枢(ここ)に辿り着くまで管理を続けていたのがこのカグヤである。

 メルトがムーンセルの力を吸収し、管理権限を掌握してからは、僕たちに全てを委任し、眠りについた。

 それから数年おきに目覚めては、文字通り好き放題の限りを尽くしている、一切頼りにならない先輩である。

「……ふーん。そう。未来の消失ねえ……ねえ、今何年?」

 簡単に状況を説明すると、カグヤは首を傾げながら聞いてきた。

「2042年だけど」

「あ、そう。随分早いなあ……そんな可能性が無かったワケじゃないけど……」

「え……?」

 どうにも釈然としない、そんな表情で、カグヤは腕を組んでうんうん唸る。

 無意識かもしれないが、それは――明らかに何かを知っているような呟きだった。

「カグヤ、何か知っているのか?」

「知ってるというか何というか……あれ? 知ってるのかな? ……んー、無理。なんか曖昧。まだ寝ぼけてるかなー……ちょっと待ってもらっていい?」

「……どのくらい?」

「一年くらい」

「さて、行きましょうハク。相変わらず最高に頼りにならないわ」

 辛辣なメルトの意見は、この上なく賛同できた。

 一年も待っていられないし、多分彼女はその前に次の眠りにつく。

 この気紛れはそもそも、思い出す気すらないと思う。つまり、頼るだけ無駄だ。

「むー。なーんか、ある気がするんだけどなー」

 部屋を出る。ぶつぶつと呟きながらカグヤもついてくる。

 また複数の特異点が、解決された。

 死者は相変わらずない。これだけの規模の戦いとしては奇跡とも言えよう。

 だが、この時点でこの戦いから脱したマスターは少なくない。

 無理強いはしない。寧ろ、ここまで戦ってくれたことに感謝する。

 残るマスターたちで、以降の特異点に挑んでいく。まだ、先は長い。

「……なんか、随分と賑やかになったわね」

「マスターだけじゃなく、英霊たちもいるからね」

 マスターたちには一人一騎サーヴァントがいる。

 その分、現在ムーンセルの人口も増えている。

 前方に立つ三人も、そんな客人のようだ。

「おや」

 ――だが、少し不自然だ。

 マスターと見られる少女が一人なのに対し、サーヴァントは二騎。

 どちらかは、正式に彼女が召喚したサーヴァントではないようだ。

「君らが月の管理者か。探してた」

「僕たちを……?」

 マスター――少女は、まるで機械だった。

 一切の無表情。その目にも感情はなく、ただただ冷たい。

 例えるならば、雪のような、氷のような人形。

 整えられていない白の短髪。同じく純白に、紫の糸で刺繍が施されたワンピース。

 温度を感じさせない肌も相まって、雪で作られた芸術のようだった。

「どうか、私に協力してほしい。バグダッドだ」

「え?」

「すみません。我がマスターはどうにも口下手でして。私が説明しましょう」

 意味の判然としない言葉に苦笑したサーヴァントの一人が近付いてくる。

 マスターと同じく白い髪。そして、対照的に色黒の肌。

 修道服の上から羽織る赤い外套とストラ。

 年若い――あまり僕たちの外見と変わらない年齢と思しき少年だ。

「君が、彼女のサーヴァント?」

「ええ。天草四郎時貞。不肖ルーラーとして招かれました」

 天草四郎時貞――江戸時代初期、圧政、重税から巻き起こった巨大な一揆、島原の乱の主導者か。

 様々な奇跡を以て人々を魅了した彼が召喚されたクラス、それは――

「ルーラー、ですって……?」

「はい。どうやら此度、主は私を裁定者として選んだようです」

 エクストラクラス・ルーラー――セラフの長い歴史においても、召喚された記録はない。

 聖杯戦争の裁定者。調停を行い、不正をただすクラス。

 無限の並行世界、地上で聖杯戦争が執り行われた世界では、そういった結果もあるかもしれない。

 だが、少なくとも出会うのは初めてだった。

「協力してほしいことですが、彼女の宝具についてです」

 言いながらルーラー――天草が指すのは、もう一人のサーヴァント。

 黒のドレスに身を包む、退廃的な雰囲気を纏う女性。

 妖艶な笑みは此方を品定めするようで、決して油断をするなと全身が警鐘を鳴らす。

「アサシン、セミラミス。月の民ならば、我が真名も知り得ような?」

「――」

 頷く。セミラミスと言えば、世界最古の毒殺者として伝わるアッシリアの女帝だ。

 産まれて間もなく母たる女神デルケトに捨てられ、鳩に育てられたという。

「良し。我が『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』は宝具としてちと特殊でな。その発動には、現存する材料が必要なのだ」

「現存……それは、実在する地上のものか?」

「然り。霊子世界由来の召喚であれば或いは、とは思ったが、どうやら無理らしい。よって、貴様たちに協力を依頼したい」

 ――現存する素材を利用しなければならない宝具か。

 確かに、そういうものがあってもおかしくない。

 この世の素材を用いて組み上げる絶対の陣地。それが、彼女――セミラミスの宝具のようだ。

「……つまり、三人をバグダッドに転移させろ、と?」

「いえ。そうは言いません。このセラフ内で該当する材料を再現してほしいのです。霊子世界での発動であれば、それでクリアできるようなので」

 なるほど。時代、場所が分かれば、ある程度の権限があれば再現は可能だ。

 彼らもまた、この世界の危機をどうにかせんと集ってくれた存在。ならば、僕たちから出来る協力もまた惜しまない。

「一つ、聞かせなさい。アマクサシロウ――貴方はそっちのマスターに召喚されたとして、セミラミス、貴女はどういう立場の英霊なのかしら」

「私たちが最初に訪れた特異点に召喚されていました。今は二人同時契約となっています。他にも数人、特異点で依り代を作り、引き続き協力をしてくれている英霊もいるようですよ」

 確かに今、ムーンセル内では、マスターの人数に比べサーヴァントの人数の方が若干多い。

 それは今のセミラミスのように、特異点でマスターと契約を交わし、以後も戦ってくれると宣言した者たちなのか。

「……ハク」

「ああ。構わない。すぐに手配するよ」

「感謝します。私たちは宝具の用意のため、次特異点攻略には参加できませんが――」

「分かった。それも含めて、オペレーターの皆に言っておく」

 オペレーターたちに通達をしつつ、材料の手配をする。

 そうしているうちに、次の特異点への移動のため、集合が掛かった。

「それじゃあ、僕たちは行くよ。三人も、急がなくて良いから、確実に宝具を完成させてほしい」

「言われるまでもない。我が造る以上、一片の瑕疵なく完全でなければならぬ」

「それではマスター。行きましょう」

「ああ。――そうだ。忘れていた」

 感情の無い声のまま、少女は何かを思い出す。

 ――と、僕もまた、大事な事を忘れていた。

「アルカナスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンの白き現身――どうか、ルカと呼んでほしい」

「紫藤 白斗だ。よろしく、ルカ」

 互いに自己紹介を終える。

 これが、この白きマスター――ルカとの出会いだった。

 

 

「あ、ハクトさ――うっ……」

 集合場所に着くや否や、次特異点のオペレーターたるカズラは至極微妙な表情に変わった。

 理由など言うまでもない。まだ付いてきているこのマイペースな姫である。

「お、カズラ。お久お久ー」

「……お久しぶりですカグヤさん」

 限りなく、関わりたくないという様子でカズラは返す。

 多分、今のこの月の住民で、カグヤに苦手意識を持っていない者はいない。

 いざ目覚めれば、言峰や藤村先生など比べ物にならない大災害も起こしかねない、災厄の予兆ともいえるのが彼女なのだ。

「カズラは何してんの? 特異点の攻略に参加?」

「いえ。私はオペレーターとして、ハクトさんたちのサポートをします。物資の補給や健康管理など――」

「へー。面白そう。ねー、あたしにやらせてよ」

『え゛』

 僕、メルト、カズラ。三人の声が重なった。

 いや……正直、全力でお断りしたい。

 まだ言峰と藤村先生に、同時にオペレーターを受け持ってもらった方がマシなレベルだ。

「さ、流石にそれは……私が任命された役割ですし……」

「……」

「……えっと……」

「……」

 笑顔のまま、無言でカグヤはカズラに圧力をかける。

 ……未だに残るカグヤの権限は、僕やメルトとは違う上位性を持つ。

 カズラは勿論、僕たちでさえ、その決定を覆すのは難しい。

 その笑顔を前に、拒否していたカズラの声は段々と小さくなっていき、その大きな目には涙が浮かび始める。

 居た堪れない。仕方ないが……諦めるしかないか。

「……カズラ。此処の次の特異点のオペレーターを頼む。攻略が終わるまで休んでて」

「……は、はぃ……」

 目元を擦りながら、カズラは去っていく。

 その背中からは、悲愴がうかがえた。

 そしてこの瞬間、次の特異点で僕たちが災厄に見舞われることも確定した。

「……お前ら、相変わらず変なことしてるよな」

「――っ」

 ――しかし、それでも良い事というものはある。

 その再会は、間違いなく僕が待ちに待ったことだった。

「――シンジ!」

「久しぶりだな、紫藤。自力で来れなかったのは残念だけど、困ってるみたいだから助けに来てやったよ」

 前と同じアバターのまま、旧友――間桐 シンジは救援に応じてくれた。

 懐かしい笑みからは、しかし以前とは少し異なる、成長した雰囲気が感じられた。

「来てたのね。久しぶりじゃない、シンジ」

「ああ。お前も、紫藤も、変わんないな。そっちの次のオペレーターっぽい奴は見た事ないけど」

「ん、あたしの名前はカグヤ・ライトム――」

「カグヤだ。ちょっと厄介だけど……仕事は、してくれる……と思う」

「……なんか凄い不安になったんだけど」

 とりあえず、シンジへの被害は最小限にしなければ……。

 力を貸してくれるのだ。出来るだけ迷惑はかけたくない。

「お父さま、お母さま」

 続けて、三人目――カレンも転移してくる。

 カレンとも、マケドニアに続き同じ特異点へと向かうことになった。

 次の特異点では僕、シンジ、カレンの三人で攻略が行われる。

「ふーん……遠坂とラニから話は聞いてたけど……やっぱ本当だったのか。お前らの子だってこと」

 シンジの驚愕は、あまり大きなものでもなかった。

 どうやら事前に話は聞いていたらしい――そして、今聞いたその名は――

「ラニも、来てるのか」

「来てるよ――ああ、そっか。実働側にいるなら、お前らが知らなくても無理ないか。ラニが来ない訳ないだろ。多分救援依頼があったら誰より早く来るよ、アイツ」

 そうか……ラニも――聖杯戦争で、幾度となく力を貸してくれた彼女も、来てくれたのだ。

 今は会えないが、そのうち同じ特異点へ行くことが出来れば――そんな期待が生まれた。

「初めまして。わたしはカレン・ハクユウ――貴方は……お父さまとお母さまの友人ですか?」

「ん……まあ、そうだよ。間桐 シンジだ。よろしく」

 少しやりづらそうに、シンジは自己紹介した。

 ……あの事件で、AIのカレンにシンジは多少なり苦手意識を持っていた。

 外見は同じだ。内心はどうにも複雑だろう。

「さて、と。カグヤ。次の特異点は?」

「ん、ちょ、ちょっと待って。えーっと……これを、こうして……」

「……なあ、本当に大丈夫なんだろうな。あのオペレーター」

「……」

 不安だ。シンジも多分、同意見だろう。

「はぁ……とりあえず、先に僕の今回のサーヴァントを紹介しとくよ」

 大きな溜息をついたシンジが言うと、その周囲に現れたのは――四騎のサーヴァント。

「――」

「アンシャンテ! シンジの友達ね? 私はマリー。マリー・アントワネット――バーサーカーよ。何でかしら?」

「キャスター、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。今回はマリアの専属音楽家として付き合ってる。腐れ縁もまた一緒だけどね」

「誰が腐れ縁だ。それと僕は音楽家じゃない……失礼。シャルル・アンリ・サンソン。アサシンです」

「シュヴァリエ・デオン・ド・ボーモン、クラスはセイバー。お見知りおきを」

 それは、一人を中心としたフランスの象徴のような四人だった。

 言わずとしれたフランスの華たる少女、マリー・アントワネット。

 その()()ドレスはややイメージとは異なるが、薔薇の装飾はそれらしかった。

 世界有数の音楽家モーツァルト。マリーに忠義を誓いながらも、時勢に圧されその首を断つことになったサンソン。王家のスパイにして騎士として王命に生きた白百合のデオン。

 驚いた。シンジは四騎もの英霊を連れていたのだ。

「最初の特異点がフランスでさ。三人がマリーに付いてきたんだ。今は僕が契約してるけど、魔力供給はムーンセルからのを借りてる」

「そうか……凄いな。四人の英霊との同時契約なんて」

「三人はマリーに従ってるようなものだけどな……で、カグヤだっけ? まだ終わらないのか?」

「ん! 終わった! 終わったよ! 第八特異点、舞台は1573年、えっと……具体的に場所が定まってるワケじゃないね」

「どういう事?」

「見渡す限りの大海原、特異点を中心に地形が変化してるみたい。あちこちに島はあるけど……変だね、これ」

 今回は、地形そのものが特異点の影響を受けているようだ。

 そして、場所は海――この月の世界という虚像の海ではなく、真実の大海原か。

「海、か……」

「降りたら海にドボン、なんて事はないわよね、カグヤ」

「あーうん。大丈夫。そこはちょいちょいっと設定して、ちゃんと足場のある場所に転移するようにしとくから」

 ……どうにも不安だが、カグヤに任せることしかできない。

 性能で言えばAIより遥か上を行くのだし、その辺りはきちんとしてほしいが……。

「それじゃ、準備はいい? 始めるよー」

 暢気な声で、作戦の開始が発令される。

 気を引き締める。海が舞台となれば、これまでとまた勝手も違うだろう。

 より慎重に向かわねば。

「あら、海? 泳げるかしら。水着の新調はまだしてないのだけど」

「王妃……遊ぶ時間はないと思いますが」

 楽しそうに笑うマリーは、何処かへ遊びにでも向かう子供のようだ。

 ……此方も少し不安だが、それでも彼女らを率いてシンジはこれまでの特異点を解決してきた。

 その顔には彼女らへの不安はない。きっと大丈夫だろう。

「第八特異点、追記開始!」

 

「全行程クリア! 時空干渉、始まり始まりーっ!」




新キャラクター大勢でお送りしました。
カグヤ、ルカ、天草、セミ様、そしてCCCから続投のシンジ(18)、マリー(?)、アマデウス、サンソン、デオンとなります。よろしくお願いします。
カグヤはハクたちが管理者となる前、月の管理を行っていたサーヴァントです。
あくまで名目上のもの。アルキメデスのように、その役割として起用された存在と思ってくだされば。

そして第三特異点はハク、シンジ、カレンでお送りします。
海賊の戦い ~フランスを添えて~といったところですね。何というか、頑張れハク。

>>シロセミは いいぞ<<


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第一節『パイレーツ・オブ・セラフ』

「三章はこんな感じのノリでやっていきます」と分かってほしいがための結構早めの更新となります。
多分ずっとこうはいかないです。


 

 

 大荒れの海。嵐の夜。

 波に揺られながらも傾きはせず、悠々と船は往く。

「――こんな嵐の中、逃げ延びたかよ」

 遥か遠く、幽かに見える船に向かって、男は不敵に笑う。

「流石は英雄。アレ以外が間違ってもフランシス・ドレイクは名乗れまい」

 そんな風に、今まで戦っていたのであろう相手に賛辞を述べる。

 やがて船が見えなくなると、男は更に笑みを深める。

「いや、だからこそだ。この黒髭と戦うならば、ああでなければならない。く、ククク……」

 そして、肩を震わせ、その姿を知る者であれば誰しもが恐れるだろう残虐な笑い声が漏れる。

「ククク、ハハハ、ハハハハハドゥ――フフフフフフフフwwwwww」

 ――残虐な、笑い声が――――

「フォカヌポウwwwではでは、黒髭伝説第三章・封鎖終局四海、始まり始まりですぞwwwコポォwww」

 

 

『第八特異点 嵐の航海者

 AD.1573 封鎖終局四海 オケアノス

 人理定礎値:A』

 

 

「……」

「……カグヤ、何か弁解はあるかしら」

『……たはは、ごめーん。でもさー? これだけサーヴァントいるんだし、問題ないじゃん?』

 周囲、三百六十度どこを見渡しても全く同じ、青の景色。

 海だ。間違いなく。予告されていた通りの大海。

 海上に降りるということは危惧していたが、結果は僅かな慈悲を伴ってのそれだった。

「な……なんだテメエら。いきなりオレたちの船に現れやがって」

 そう、海の上だが、僕たちは立っている。

 船の上で、海賊に囲まれて。

「よ、良く分からねえが、やっちまえ! 男は殺せ! 女はキズモノにすんじゃねえぞ!」

「オォー! 楽しむだけ楽しんで、後は売っ払っちまえぇ!」

「はぁ……しょうがないわね。やるわよ、ハク」

「あぁ……カレン、シンジ、頼む」

「やっぱり、不安だな、これ……」

「ゲートキーパー、貴方は――」

「雑兵過ぎるね。ボクが出るまでもないよ」

 相手は英霊ではなく、魔獣の類でもない。

 ただの、この時代に生きる人間。

 相手が神秘も何もないのに対して、此方はサーヴァントが六騎。明らかに過剰戦力だ。

 僕たちに銃弾や剣が当たればただでは済まないが、それを許すサーヴァントたちではなく――ほんの二分と経たず、海賊たちは鎮圧された。

 

 

「す、すみませんでした……」

 一応、全員を殺すことなく鎮圧させることに成功した。

 何人か当たり所が悪く気絶してしまっているが、残った面々も戦う力は残っていない。

「初っ端から災難だけど……とりあえず、話が聞けるのは悪くないか」

 そう、ポジティブに考えないといけない気がした。

 カグヤという心配なオペレーターがいて、始まりから襲われる始末。

 多分、ここからも色々と災難に見舞われる気がする。

「誰か、この海の状況を知らないか?」

「さっぱりでさぁ。羅針盤も地図もまるっきり役立たず。オレたちゃ気付いたらこの海を漂流してたのさ」

「んで、そしたら船にいきなりアンタらが現れるじゃん? そしたら襲うしかねえ訳よ。こう、海賊的に」

「野生動物か何かかよ……」

 呆れたシンジに、「うっす」と海賊たちは声を揃えて肯定する。

「野生みたいなモンさ。目の前のお宝にありつくのが海賊ってな」

 ……そこは否定するべき部分ではないだろうか。

 どうにも、海賊の価値観と僕たちの価値観は最初からズレている気がする。

「じゃあ、アテもないワケ?」

「アテはあるっす。この近くに海賊島があるそうで」

「久しぶりの獲物にはボコボコにされ、食い物も水もそろそろ無くなる。ひとまず、そこを当たるしかねえですわ」

 海賊島……海賊たちが物資を補給する拠点のようなものだろうか。

 それぞれが対立しているイメージのある海賊だが、そういう所だけは協力している、のか……?

 分からないが、しかし、今の頼りがどうにも海賊しかいない以上、とりあえず情報が一番ある場所はそこだろう。

 手掛かりは必要だ。何か少しでも、見つかれば幸いと思おう。

「それじゃあ……そこに僕たちも連れてってくれないかな?」

「アイアイサー! まっ、アンタらを海に突き落とすことも出来ないし、従うしかねえからな。島に行く許しが出たなら万々歳さ」

 操舵を担当していると思しき男が面舵を取る。

 波に揺れる船の上は、然程良い感覚ではない。

 その特異点の状況に最適化された体は、船酔いという感覚は知らないだろう。

 だが、足場としての不快感だけは消えないらしく、海賊島に着くまで慣れることはなかった。

 

 

 この特異点に来て初めて、地に足を付ける。

 数十分ほどで、海賊島と呼ばれるそこに着いた。

「……ここが、海賊島」

「思ったより普通ね。なんかこう、散らかった感じだと思ったのだけど」

「そんな余裕がないのか、まだ出来て間もないのか、ですね」

 ただ、目に見える範囲でも、海賊と思しき男性が数人歩いている。

 その一人が、明らかに海賊ではない僕たちを見据えた。

「――」

「……何か、嫌な予感がするわね」

「……同感だ。僕にもついてきたかな、サーヴァント並みの直感」

 心底嫌そうなメルトの言葉に、シンジが軽口を返す。

 そして――

「ヒャッハー! 有り金全部寄越しな!」

「陸地で海賊が盛ってんじゃないわよ!」

「ヘブッ!?」

 プールに飛び込むような体勢で突っ込んできた男を、真正面からメルトが蹴り飛ばす。

 本人の意図とは真逆の方向に吹っ飛ばされ、三度ほどバウンドして動かなくなる。

 鼻っ面を思いっきり蹴られたが――大丈夫だろうか、あの男。

「ああ汚い。それに潮風で錆びそう。ハク、拭いて」

「はいはい……」

 布を取り出し、メルトの脚具を拭く。

 潮風で錆びるような作りにはなっていないと思うが……まあ、メルトに言われたら吝かではない。

「次の方、どうぞ」

 今の一撃を見ていた海賊たちにカレンが言う。

 当然ながら、それに応じて突っ込んでくる者はいない。

 サーヴァントとの力の差、それを分からない彼らでもないということだろう。

「いやぁ……そこまで馬鹿じゃないっすよ。コイツ特別欲求不満だっただけで」

 赤いバンダナを巻き、左目を眼帯で覆った海賊の一人が苦笑いで降参を宣言する。

 どうやらこの海賊たちの中では、力がある男らしい。

 彼が両手を上げたのを見て、周囲の海賊たちも一斉に武器を捨て、降参を示した。

『うっわ、情けな』

「喧嘩にならなくて良かったわ。皆仲良くが一番だもの」

「はは、マリアは相変わらず危機感がないな。君も獲物扱いされてた事分からないかい?」

 ……まあ、これ以上無駄に戦う必要がなくなったのは幸いか。

 無謀にもメルトに挑戦し、砂にまみれた海賊は鼻血を流しながら、エッサホイサと他の海賊たちに運ばれていった。

 うわ言のように「我が生涯に一片の悔いなし……」とか呻いていたが、正直ひどくどうでも良かった。

「えっと……それで、この島で状況を把握している人間は、誰かいないのか?」

「あー、姐御ならどうですかね。この辺の海にゃあ一番通じてると思いますぜ」

「姐御?」

「おうよ。聞いて驚け、強靭・無敵・最強、あらゆる敵をなぎ倒し、粉砕・玉砕・大喝采の我らが栄光の大海賊――フランシス・ドレイク様だ!」

「ッ――――!」

 ――、暫し、思考が固まった。

 そうか。この時代なら、いても不思議ではない。

 シンジは、呆気に取られていた。

 彼がかつて召喚し、契約していたサーヴァント。

 彼を導き、あの夜を乗り越えた、あらゆる難航を突破する星の開拓者。

 フランシス・ドレイクが、この島にいるのだ。

「……お? 本当に驚いてら。……今なら隙ありみたいな事――」

「残念ながら無理です。特別驚いたのは、お父さまにお母さま、シンジだけですから。ところで、どうかしましたか?」

「ん――ああ、ちょっと、ね。……シンジ」

「……連れてってくれ。ライ……フランシス・ドレイクのところに」

「お、おう? 構わないけど……ふっふっふ、名前を聞いただけでそんなに驚いてんだ、実物見たらチビっちまうんじゃねえだろうな――」

 ぶつぶつと言いながら、眼帯の海賊は先導するように森の中へと入っていく。

「シンジ、大丈夫? その……ドレイク? って人は知り合いかしら?」

「ああ……少し、な。昔の知り合いだよ」

「へえ! どんな? どんな人だったの?」

「王妃。シンジにも触れられたくない事があります。我々が追及することではないでしょう」

 森を歩いているうちに、シンジも落ち着いたらしい。

 そう――少しだけ、彼も考えていたのだろう。

 昔契約していたサーヴァントと出会う可能性を。

「――と言う訳で、ドレイク姐御に掛かりゃあテメエらなんか一瞬よ!」

『多分誰も聞いてないよ、海賊くん』

「なぬ!? ってかこの声何!? 魔法ってやつか!?」

『そーそー。天からの魔法の声、人呼んでカグヤちゃん。よろしくー』

「ほー……まさか女神の声が聞こえるなんて、オレの迎えも近いかなぁ……」

 冗談か本気か分からない、海賊とカグヤの会話を聞きながら、森の深くへと向かう。

「……なあ、紫藤」

「ん?」

「この時代って事はさ、まだ、アイツ生きてるんだよな」

「……そうだね。歴史が確かなら、ドレイクはまだ存命の筈だ」

「そっか……まだ、僕の事は知らないんだよな」

「……多分」

 ドレイクがまだ、世界一周などの偉業を成し遂げる前の時代。

 まだこの時代のドレイクは英霊ではなく、当然、召喚の記憶もないだろう。

「……でも、この時代のドレイクも、頼りになる人だと思う」

「……当たり前だろ。太陽を沈めた英雄――アイツの強さは、僕が一番わかってる」

 シンジはドレイクに、無条件の信頼を置いている。

 少なくとも、僕が知り合った人物の中では、彼が一番ドレイクという人間を知っているだろう。

 ゆえに、確信しているのだ。彼女がこの特異点の攻略において、力を貸してくれるということを。

 

 

「姐御! 姐御ー! 客人でさあ! 姐御と話がしたいとか何とかって!」

「あ? 誰だい客って。んな予定も勘もなかったけど。つまんないヤツなら追い返しちまいな」

 森の奥地、開けた場所の入口で、男が広場に向かって叫ぶ。

 返ってきたのは懐かしい――粗野な声だった。

「いえ、無理っす! 多分オレらが束で掛かっても五分持たずにボコボコでさあ!」

「はあ……? 海賊かい?」

「多分違いやす! やたらにキラキラしてて上品で、ウチらよりだいぶ乱暴で――」

「何か言ったかしら」

「間違いやした! とんでもなくお美しい一行です!」

 メルトが傍にあった木の皮を脚具で奇麗に削ると、海賊は慌てて言葉を訂正する。

 乱暴なのは間違いない。多分、今回のやり方はメルトも自覚しているだろう。

 今のは単に、それを海賊と比較されることが嫌だったのだ。

「意味わかんないね……まあいいや。連れてきな!」

 許可が下りた。海賊に続いて、広場に入る。

 その広場のド真ん中、ひと際大きな椅子に豪快に腰かけて、ドレイクは此方を眺めていた。

「……はっはあ。妙なのを連れてきたね、ボンベ」

「へえ。ですが目は確かっす。姐御を指して、偉大だとか強い、憧れだとか」

「アタシが偉大で憧れねえ……ほんとに?」

「へえ」

 明らかに疑い、というより胡散臭いといった目を向けてくるドレイク。

 ……まあ、そう思われても仕方ないだろう。

 時代錯誤でバラバラな服装。集まった年齢もまた統一性がなく、そしてそれらが傷一つなく海賊に連れられてやってきたという状況。

 疑われても仕方のない、奇妙極まりない状況か。

「ふーん……分かった。下がりなボンベ。アタシが話をする」

 ボンベと呼ばれた眼帯の海賊は、再び「へえ」と返事をして何処かへ歩いていく。

 周囲に警戒した様子の海賊は何人かいるが、これで人払いとしたようだ。

「で、何者だい? うちの馬鹿どもが世話になったみたいだけど?」

「ああ――」

 ドレイクに事情を説明する。

 未来から来たこと。特異点の概要。そして、この異質な状況の原因たる聖杯を探していること。

「……今の海はおかしい。貴方も、分かっていると思う」

「……そりゃね。確かに、おかしい。こんな海は初めてだ」

 ――良かった。やはり、分かってくれ――

「だがね、それはそれで面白い」

「は?」

「未知と未開だらけの海、これで心躍らない海賊がいるもんかね。こんな楽しい世界は他にないさ! なあ、野郎共!」

『ヒャッハー! 姐さん最高! 肉美味え! ラム酒美味え! 海賊生活最高ゥ――!』

 バラバラに、しかし総意だけは合っている、海賊たちの雄叫び。

「……」

 カレンも唖然とする状況。僕もメルトも、開いた口が塞がらなかった。

 異質だということは、分かっている。

 だけど、それでも構わない。寧ろそれが楽しくてしょうがないと、彼女たちは言っているのだ。

「ま、そういうワケ。アタシら海賊は自由の為ならあらゆる悪徳を許容するってこと」

「……知っちゃあいたけど、やっぱり無茶苦茶だな」

 ドレイクのスタンスをよく理解していたシンジだけは、呆れながらもそんな答えが返ってくることを予想していたらしい。

 そして、だからこそ、小さく笑った。

「――だから、力を借りたいならまずは自分たちをぶっ倒せ、だろ?」

「……へえ。分かってるじゃないか。アンタも海賊の一味だったり?」

「まさか。ただ、その手のヤツを知ってるだけだよ」

 シンジが前に出る。それに追従するように、マリーもその隣に立った。

「王妃」

「大丈夫よ。ちょっと遊ぶだけ。危なくなったらデオンとサンソンを呼ぶわ」

「育ち良さそうな姫さんだねぇ……そんなナリでアタシとやるってのかい? 手加減は出来ないよ?」

「勿論! 手加減されたら遊びはつまらないわ。本気で来なさいな」

「って訳だ。紫藤、ここは僕がやる。いいな?」

「……ああ、任せた」

 ドレイクに力を示す。それは、シンジにとって大きな意味を持つことなのだろう。

 ならば任せる。サーヴァント・マリーの力の一端も、ここで見られるか。

「はっ――よく言った。今のアタシはだいぶ酔ってるからね、派手に覚ましとくれよ!」

「望むところだ、行くぞマリー!」

「ええ――さあ、歌いましょう! 踊りましょう!」

 星の開拓者、最強の女海賊、フランシス・ドレイク。

 彼女の協力を得るための、大きな意味を持つ戦いの幕が、ここに切って落とされた。




小説で平然と「www」とか使いやがる変なヤツ……一体何者なんだ……。

はい、と言う訳で今回のメインとなるドレイク船長の登場。CCC編から続投となります。よろしくお願いします。
ボンベ以外のモブ海賊たちも、色々騒がせてやりたいところですね。


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第二節『星を開拓する海賊女王』

昨日マリーの宝具レベルが5になりました。
それとマリーが活躍するのは何の関係もないですが、書けば出る教はあると思います。


 

 

「さあ、海賊さん! 貴女も一曲、如何かしら?」

「生憎――そんなお綺麗な歌だの踊りは素養がなくってねぇ!」

 クルクルと、回りながらステップを踏むマリーにドレイクが迫る。

 両手には拳銃が握られているも、その引き金を引こうとはしない。

 多分、それはまだドレイクに、「マリーたちが常人である」という考えがあったからだろう。

 しかし、マリーはサーヴァント。かつ、それが戦いであると、理解している。

 当然、何の意図もなくただ踊っているだけの筈がない。

「ッ――!?」

 ドレイクが咄嗟に伏せ、地を蹴って再び距離を離す。

 頭があった場所を通り過ぎて行ったのは、黒ずんだイバラだった。

 マリーの足下から伸びるそれは、獲物を逃がすまいと追撃する。

「チィッ……!」

 今度は躊躇なく、イバラに弾丸を撃ち放つ。

 勢いを無くしたイバラはその場に倒れることなく、黒い花弁となって散っていく。

「ふふ、そうこなくちゃ!」

 気付けば、マリーの姿にも変化が現れていた。

「――――」

 その身を縛るように、巻き付くイバラ。

 あれでは当然自分も傷付く。だが、マリーはそれを気にする様子もない。

 その手を振るい、まるで鞭のように伸ばし、ドレイクを襲わせる。

「こりゃ……舐めてられないね!」

 速度は十分素早い。常人であれば躱しきることは出来ないだろうそれを、ドレイクは対処出来ている。

 とても生きた人間とは思えない。その身のこなしは、或いはキャメロットで出会った成熟していない頃のアルトリアに勝るかもしれない。

「そぉれ!」

 横に振るった腕に追従する、三つの鞭。

 躱せないと悟ったドレイクは片手の得物を捨て、腰から下げていたカトラスを抜く。

 そのイバラを対処するには、銃より剣が向いていると判断したのだろう。

 切り離されたイバラの先はすぐに花弁へと変わり、消えていく。

 自身に当たる部分さえ無力化してしまえば、後に残るはリーチの足りない鞭のみ。

 やはり、ドレイクは判断力も長けている。

 攻撃の攻略法を見出したうえで、自身の一手を狙っている。

「そこぉっ!」

 一発。

 イバラの性質上、咄嗟の防御は難しい。

 手目掛けて放たれた弾丸は、ドレイクが命中を確信して撃ったものだった。

「――読めてるよっ」

「ッ……へぇ」

 ゆえに、シンジが防御魔術で防いだのを見て、驚愕と共に感心の声が漏れた。

「今の、そっちのアンタかい?」

「ああ。だけど、それじゃ終わらない。決着付けさせてもらうぞ、ドレイク! マリー!」

「分かったわ、マスター!」

 マリーの眼前を、イバラが躍る。

 複数のそれが絡まり、捻れ――中心に薔薇の花を咲かす。

 大きな魔力を持つそれ。ドレイクも、それが危険なものであると判断したらしい。

 残る銃の弾をありったけ放つ。爆散し、散った花弁を見て不敵に笑ったドレイクだが――

「今だ!」

「ウィ!」

「――――――――!?」

 ――その一撃が、戦闘を終了させた。

 その花弁一枚一枚から噴き出てきたイバラの嵐。

 この場の海賊全てを仕留めて余りある棘の奔流がドレイクに降り注いだ。

「……なるほど。ブラフに掛かっちまった訳だ」

「これで終わり……で良いよな?」

 イバラの檻の如くドレイクを囲みながら、一切傷つけることはなく。

 複数の先端が獲物を狙う、完全な詰みの形でシンジは決着を宣言する。

「……まだまだ、とは言いたいけれど……ま、そうだね。いいよ、アタシの負けだ」

 ドレイクも敗北を認めると、覆っていたイバラは消えていく。

「王妃、お怪我は?」

「いつも通りよ。ありがとう、サンソン」

 戦いの後だと感じさせないマリーの微笑み。

 サンソンは気が気ではないようだが、それに平時とまったく変わらない笑顔を向けるマリーは天然というか……。

「……ねえ、ハク。気付いてた?」

「え?」

「ドレイク。人の割には動けすぎよ。それに、あんなただの武器が英霊の武装を相手に出来るのはおかしいわ」

「……そういえば」

 英霊の武装としては、マリーのイバラは然程強力なものではないかもしれない。

 だが、それでも普通の武器で応戦出来るようなものではない。

 ドレイクはただの剣と銃で、それが出来ていた。

 それに、集中してみれば、ドレイクからは魔力の反応が感じられる。

 彼女は魔術師ではない。アルトリアのように、英霊に匹敵し得る特殊な出自があるのだろうか……?

「さて、どうするね? これでアタシは敗者。人権は無いも同然。煮るなり焼くなり抱くなり、好きにしな」

「どれもお断りだよ。……んで、紫藤。どうする?」

「ん……あぁ。ドレイク、頼みたいのは――」

「まあ、大体わかっちゃいるけどね。見た感じ、この海をどうにかするために足が欲しいとかそんなんだろ?」

 頷く。やはり、彼女は此方の考えを分かっているらしい。

「アンタらはこの海で、探し物をしている。だったらアタシら海賊の出番さね。いいよ、やってやろうじゃないか。で、他には?」

「まずは……この海は結局何処なんだ? イングランドか、スペイン近くか、それとも――」

「あー、悪いね。そういやわかんないわそれ」

「分からないでどんちゃん騒ぎを……!?」

 珍しくカレンが声を大にしてツッコミを入れた。

 ……まあ、ドレイクの性格からして大体そんな事だろうと思っていたのだが。

「だって食糧にも酒にも困らないし――さっ、難しい話はまずはここまで! アタシたちはたった今からアンタらの仲間だ! とりあえず――乾杯といこうじゃないか!」

「え……? え……!?」

 ドレイクの一声で海賊たちが慌ただしく走り回る。

 瞬く間に宴の用意がされていく様子は、海賊ながら妙な美しささえ感じられた。

 意味が分からない。流れが掴めないとカレンは目を丸くしている。

 僕たちも多少その勢いに圧倒され――かつての慣れかシンジだけが、相変わらずだとばかりに溜息をついた。

 

 

「よーぅし! じゃあ、仲間になったアタシたちと、シンジたちに――乾杯!」

『乾杯ッ!』

 日が暮れ始めた頃、およそ海賊とは思えない豪華な宴が始まった。

 飲めや歌えやの大騒ぎ。作法も何もない喧噪に、気付けば僕たちも巻き込まれていた。

「ッカァ――――! やっぱりこの酒は美味い! で、アンタらは飲まないのかい?」

「うん、僕たちはいい。シンジ、は……」

 シンジは当然のように、自身の杯を呷っていた。

「……シンジ、今確か……」

「あぁ、十八だよ。だけどまあ、飲めないこともないし」

 ……意外だった。

 十年会わないうちに、シンジもまた飲酒が出来るほどになっていたとは。

 日本の法律で言うと、年齢的には駄目なのだろうが……まあ、ここは五百年前の、どこの国とも知れない海だ。誰が咎めることもない。

「まあ、美味しい! こんなお肉食べたことがないわ!」

「お? 姫さんそんなんも食ったことないのか?」

「ええ。こういう大味な料理は初めてよ。ねえ、そちらも食べて良いかしら?」

「おうよ! おい、それこっちに寄越せ! 姫さんがご所望だ!」

 ……どうやら、この宴を誰より楽しんでいるのはマリーらしい。

 確かに彼女の出自からすれば、海賊の食事は存在すら知らないほどに遠い代物だっただろう。

「あまり食べ過ぎるなよマリア。少しでもそのお腹が出張ったらサンソンが自分の首を落としかねないからね」

「誰がそんな事するか! 貴様は口を開けば音楽か大法螺しか吐けないのか!」

「おや、歴史じゃなく本来の僕を知っていながら、そんな事も知らなかったのかい?」

「ああよく理解してるよ!」

「はぁ……王妃が太ることはないだろう。彼女の摂取した栄養は全て胸に行くのだから」

「待ってそれ詳しく」

 ……多分、仲は良くないのだろう。

 しかしまあ、マリーの取り巻きたちもそれなりに楽しんでいるようだった。

 本人の耳に思いっきり聞こえるような場所で話す話題でもないような気もするが、マリーは一切気にしておらず、海賊たちにあれやこれやと盛られた料理に舌鼓を打っている。

「お父さま、お母さま。楽しんでいますか?」

「まあ……それなりに」

「緊張感が無さすぎよね……先行きが不安だわ」

 料理は美味だ。だが、あまりにも海賊のノリが楽観的過ぎるというか。

 これから先大丈夫だろうかと思わずにはいられない。

 メルトやカレンも同感のようで、料理を口にしながらも微妙な顔をしている。

 ゲートキーパーは――相変わらず、酒器を片手に近寄りがたい雰囲気を発していた。

 彼の真名は未だ知れないが、前の特異点の戦いにおいて、苦戦していたスフィンクスを一撃で葬り去ったのは彼だという。

 その助力のきっかけは、カレンも分からないらしい。だが……少し積極的になってくれたならば、嬉しいことだ。

「何湿気たツラしてんだい? そんなんじゃ目の前のお宝も逃げちまうよ?」

 此方の様子を見て取ったのか、ドレイクが酒で顔を僅かに紅潮させながら話しかけてきた。

「大方アレだろ? 早くこの異常をどうにかしたいって。ま、そうだってんなら少しは知ってること話すよ。美味い酒にはならないけどね」

 言いながら、その一杯を飲み干し、酒器を置いてドレイクは“海賊の目”に戻る。

「……確かに、これはとびっきりの異常だ。海流も風もお天道様が狂ったみたいにバラバラで、海図も役に立ちゃしない。ジャングルかと思えば地中海だったり、とにかくしっちゃかめっちゃかなんだ」

「大陸は? 大陸さえ見つかれば、場所も分かるだろ?」

「多分この海に大陸なんてないよ。何処の国ってわかる島も、一つも無い。なんで、それを確かめに、明日にでもアタシたちは新たな船旅に出ようとしてたんだ」

 どうやら、ちょうどいいタイミングだったようだ。

 この異常をどうにかするには、この島にいたままでは絶対に駄目だろう。

 恐らくだが、原因は海にある。僕たちも海に出る必要があるのだ。

「じゃあ……」

「ああ、いいよ。もののついでだ。『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』に乗せてやるよ」

 大きな、そして最初の一歩だ。

 海を調査するための船を得られた。加えて、その船長は他でもないフランシス・ドレイクだ。

 この時代、この海において、彼女以上に頼りになる存在などいないだろう。

「よしっ、決まり! そしたら飲みな飲みな!」

「え、いや……」

「ちょっと、私たちは……」

 言うが早いか、ドレイクは僕たちに酒器を押し付け、酒を注いでくる。

 黄金の器に並々入った酒は澄んでいて、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

 だが……美味しそうとは思えない。どうにもこの体は酒が苦手らしく、慣れないのだ。

「いいからいいから、ほら、そっちの嬢ちゃんも!」

「わたしも未成年なのですが――」

 三人分の酒を注ぎ、自身の酒器にも同じように注ぐ。

 黄金の器はその量を減らすことなく、未だ酒の泉を保っている。

 あれも宝物なのだろう。ドレイクが旅の中で手に入れた至高の品。あの眩い輝きと凄まじい魔力。例えるならば聖杯のような――

「……」

「……」

「……」

「……」

 ――聖杯の、ような――――

『あ、やっぱりそうだ。変な観測結果だと思ってたけど、それ聖杯だよ』

『うわああああああああああああああああ――――!?』

 その日、一番の大声が、海賊島に響き渡った。

 

 

「……へえ、これがアンタたちの求めていた宝、ねぇ……」

「そりゃ凄ぇ、大冒険だったワケだぜ……」

「聞いて驚け! 無限に続く七つの夜! 大渦から現れたのは伝説のアトランティス!」

「海の神ポセイドンを前にして一歩も劣らない姐御はついにその嵐を突破して、このお宝を手に入れた――!」

『ヒャッフー! 姐さんマジ最高ゥー! ハイホー!』

「……」

 ――さて、フランシス・ドレイクと言えば星の開拓者である。

 あらゆる難航を可能に変え、人々の可能性を切り拓いてきた、まさに英雄と言えよう。

 そしてドレイクは、この海で新たに、さらっととんでもない伝説を打ち立てていた。

 突如として現れた海の神を、「ムカついた」という理由だけで返り討ちにしたというのだ。

 開いた口が塞がらない。規格外にも程がある。

 ――この時代、僕たちが来る前にあった災厄。それをドレイクは気分(ノリ)で解決してしまった――!

「おっと――」

 その宝の真実を告げると、興味深げにそれを弄っていたドレイク。

 そんなドレイクの体に、吸い込まれるように聖杯は消えていった。

「これ、慣れないんだよねぇ。まあ、あの化け物みたいな連中にも傷つけられるのはありがたいけど」

「……そう、か。それが、からくり、か……」

 サーヴァントの攻撃にも真っ向から対処できる理由。

 それは他でもない、最大級の魔術礼装たる聖杯の神秘を、ドレイクが保持していたからなのだ。

「んで? アンタらはこのセーハイ……だかってジョッキを回収しに来たって事?」

「あ、あぁ……一応、そういうことになる」

「ふーん。ま、アタシは敗者だし。くれてやってもいいけど……」

 ……だが、これを回収すれば終わる、という訳でもないだろう。

 何でもないように投げ渡された聖杯を受け止める。

「カグヤ」

『うん、駄目だね。何の変化もなし。ここの元凶は別の聖杯だね』

「……と言う事は、これは……この時代に元々あった聖杯ってことね」

 多分、そういう事象も存在するだろう。

 聖杯と呼べる代物、その類似品たる魔術礼装はこの世に幾つか存在する。

 これも、その中の一つということだ。

「よくわかんないけど……これでアンタたちの目的は達成されたのかい?」

「いや……これとは別に、もう一つ、この時代にあってはならない聖杯があるらしい」

「スピード解決とはいかないか……ま、そうだろうとは思ってたけど」

「それを回収しないと、この海は永遠にこのままでしょう」

「……本気かい?」

 流石に冗談に出来ない事実を前に、ドレイクから笑みが消えた。

 頷くと、その表情はより神妙になる。

「というワケだ。これはこの時代の、お前のものだ――それでいいんだろ、紫藤」

「ああ。正しい時代のものなら、持っていく訳にもいかないよ」

「そうかい? いや、ここまで宝をあっさり返されたのは初めてだよ……」

 ――あの聖杯は、恐らく願望器としての性質を有している。

 宝を聖杯に願って手に入れる、それは海賊の本懐とは言えないだろう。

 宝とは冒険して手に入れるもの。ゆえに、ドレイクは冒険に必要な汲めども尽きない酒と食料こそ欲している。

 聖杯は現在進行形でドレイクの願いを叶え続けているのだ。

 そして、この海を乱した聖杯は別にあり、誰かがそれを使用したことで時代に異変が起きた。

 僕たちの本命はそちら側だ。

「よぅし、だったらソッチを探しに行くんだろ? 野郎ども! 明日からお宝探し再開だ! アタシらの海をぶっ壊したセーハイとやら、見つけに行くよ!」

『オォォォォォォォォ――――!』

 緊張感のない宴は続く。

 不安はあったが、それをいつの間にか感じさせなくしたのはドレイクだ。

 やはり彼女は星の開拓者。彼女とならば、間違いなく今回の特異点も解決できる。

 そういう確信を持てた。




マリーVSドレイク、そしてドレイクが仲間になりました。
オリジナル要素となるバーサーカーマリーですが、このように歌以外の戦闘能力として黒イバラでの攻撃があります。
というかちょっと喋らせるだけで延々と続きそうなサロン・ド・マリーは一体何なんですか。


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第三節『黒髭惨状』-1

私は悪くない。


 

 

「よし、『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』出航だ! 旗を掲げな!」

「あいよ、姐御ッ!」

 翌朝、日が昇った頃、僕たちはドレイクの船に乗っていた。

 聖杯を探すため、今から海に出る。

 景気づけにとドレイクは一発大砲を放ち、それを合図に船は動き出した。

「……」

 ようやく、落ち着いて海を見ることができた。

 良い船だからか、揺れも昨日の船ほどではない。

 あまり不快感もなく、辺りを眺める余裕があった。

 ――美しい。キャメロットでも、マケドニアでも見ることが出来なかった風景だ。

 何処までも続く大海原。遥か遠方の地平線。空を気ままに飛ぶカモメ。

 月の世界という、虚像の海ではない。これが、真実の海の姿……。

「んで、聖杯以外にもあるのかね? 財宝」

「あると思うよ。確証はないけど。この海域の基になった海に財宝があったならね」

「なら心配ないか。アタシが見つけた宝も一つや二つじゃない。アテはないけどそれもまた面白い」

 ドレイクはこの航海の中でも、新たな宝を探しているらしい。

 僕たちに協力しているだけではない。自身の利益も求めているのだ。

『あっ――』

 海賊島が見えなくなり、暫く経った頃。

 飽きの来ない海の景色を眺めていたところ、カグヤが声を漏らした。

「どうかしたかしら?」

『ん。前にサーヴァントいるよ。もうすぐ見えてくるんじゃない?』

 そんな、最大限に警戒すべき事柄をさらっとカグヤは言い放った。

 その後通信の向こうからはポリポリとスナック菓子を齧る音と、ストローで何かを啜る音が聞こえてくる。

 一体どれだけオペレーターを片手間にしてエンジョイしているのか。

 何か大事なことを見落としてるんじゃないかとか、そういう心配さえ浮かんでくる。

「船だ! 姐御、前方に船です! しかもあの旗――アイツらです、姐御!」

「んな!? 野郎、生きてたのかい!」

 それまで暢気に鼻歌を歌っていたドレイクは、すぐさま銃を構え、臨戦態勢をとる。

「ドレイク!?」

「気を付けな! この間アタシの船を散々追い回した海賊だ。船員どもも馬鹿みたいに強い。悪いけど、手伝ってもらうよ!」

 構わない。正体は不明だが、ドレイクを襲ったということは現状、僕たちも敵だということになる。

 会話が不可能であれば、戦うまでだ。

「よし、ここで会ったが百年目、ぶっ飛ばしてやる!」

 ドレイクは船員たちに素早く指示し、相手の船に接近する。

 近付けば近付くほどに、その船の魔力が伝わってくる。

 あれは宝具だ。恐らくはその海賊の船長たるサーヴァントが召喚したものだろう。

 海賊のサーヴァントとなれば、必然的にその正体は絞られる。

 その誰しもが、厄介なのだろうが……ともあれ、此方の戦力も強力だ。船上での戦いは慣れないとはいえ、劣るつもりはない。

「おい、聞いてんのか髭ェ!」

 ドレイクが、声が届くほどにまで接近した相手の船に向かい怒号を飛ばす。

 それに返ってくる声は――

「――はあ? BBAの声など聞こえませんな?」

 ――そんな、ぬめぬめとした、煽るような口調だった。

「――――――――は?」

「……………………え?」

 此方の船の誰もが停止した。

 それを好機と見たのか、船長と思しきサーヴァントが高らかに謳いあげる。

 

「――冒険とロマンを求めて、大航海時代の大海原を行く英霊たちがいた! 赤BBAに反旗を翻し、海賊の汚名を誇りとして名乗る豪快な奴ら、その名は――!」

 

 ザッ、ザッ、と素早く隊列が組まれる。

 横一列。並んでいるのは、五人の男女。

 間違いない。その全員がサーヴァントだ。

「――パイレーツブラック!」

 先頭の、先程の口上を上げたサーヴァントが気取るようなポーズを取って、名乗る。

 そして……静寂に包まれた。

「……爆発遅いよ、何やってんの! 段取り決めたんだからその通りにするでござる!」

「へ、へえ! すみません船長!」

 サーヴァントは後ろで何やら準備をしている海賊たちを叱咤する。

 今度こそ、準備は整ったらしい。

 再び気を取り直し、同じポーズと共に更に声を張り上げる。

「パイレーツブラック!」

 と、同時に後ろの海賊たちが何かを起動し――

「おんぎゃあああああああああああっ!?」

 巻き起こった爆発に、そのサーヴァントは巻き込まれた。

 他の四人は察していたらしく、多少離れていたために難を逃れる。

 そして、そのサーヴァントの安否を確認することなく、一人が叫んだ。

「ウォオオオオオオオ、パイ、レ、ツ……! ブラウゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!」

 筋肉を蓄え、双角を生やした大柄な男性。

 その手に握っていた斧を船に突き刺し、咆哮しながら、片手で帽子を直す仕草を取る。ちなみに、帽子は被っていない。

「パイレーツレッド!」

 赤を基調とした派手な海賊衣装の、金髪の女性。

 胸の前で腕を組み、右手のみで決めポーズらしきものを取る。

「はぁ……パイレーツグリーン!」

 緑の装束に身を包んだ、至極やる気のなさそうな男性。

 槍を肩に引っ掛けて放し、両手の汗を拭うようなポーズを取る。明らかに一人だけ、決める気がない。

「パイレーツホワイト!」

 最後に、赤の女性と対照的な、黒で包まれた白髪の少女。

 右手を胸の前に置き、さながらお嬢様のような仕草でトリを務めた。

『黒髭()隊、パイレンジャー!』

 そして――そのチーム名らしき至極微妙な名称を、ブラックなるサーヴァント以外が口を揃えて言う事で、その名乗りは終了した。

 一連の流れが終わると、ブラウン以外が溜息を合わせる。

 やっと終わった。そんな言葉が零れてきそうな、疲労の様子が見て取れた。

「まったく……こんなくだらない事を何回練習したのかしら」

「結局、何が良かったのかな、コレ。まったく理解できないんだけど」

「いやアンタらもよく愛想つかさないわ。オジサンにはこういうの堪えるわー」

 思いっきりリラックスしての、愚痴の言い合いが始まった。

 どうやら、この意味の分からない名乗りはブラックの発案らしい。

 彼女たちは渋々付き合っていたのだろう。解放されてスッキリした表情を隠さない。

「……アンタら、何?」

 すっかり怒気を抜かれたどころか、最早これ以上ない程に呆れ返ったドレイク。

 その混乱と困惑から、ようやく絞り出されたのは、そんな疑問だった。

「ふっ……流石はフランシス・ドレイク……始まる前、から、拙者をこれだけ、追い詰めるとは……!」

「いや、アタシ何もしてないけど。本当に何もしてないけど」

 煙の中から、爛々と目を輝かせ、不敵な笑みを浮かべながら、サーヴァントは再びその姿を晒した。

 勝手に戦慄しているが、此方はそもそも状況すら掴めていない。

 この……いや、この……サーヴァントは、うん。なんなんだろう。

「生きてたんだ。まだ生きてたんだ」

「何メアリーたん、心配してくれたの? きゃっ、拙者うれぴー!」

「ねえアン。もうコレ海に投げ捨てておこうよ。生かしておいても絶対良いことないよ」

「駄目よメアリー。ミミズだってオケラだって生きてるんだから。それ以下の存在でもきっと生きる権利はある筈よ」

「デュフフ、相変わらず手厳しいですなお二人は! そんな冷めた目で見られたら拙者傷ついちゃう! でも負けない、黒髭だもん!」

 ……少し、吐き気のようなものを覚えた。

 心なしか頭痛がする。もしかして、海賊だと――サーヴァントだと思っていた彼らはこの海域に迷い込んだお笑い芸人だったりするのだろうか。

「……ま、良いんじゃないの? 死んだら死んだで困るし」

「ヘクトール氏は優しいでござるなぁ、拙者そっちの趣味はないですが、海賊はその手の輩多いし? 他の船でもやっていけますぞ! あ、ちなみに拙者はこの程度なら何度でも蘇るのでセーフ、ガッツあるしね!」

「なあアンタら、辛くない? こんなのの下にいて気ィ滅入ったりしない?」

 二人の女性と、緑の男性からは苦労がありありと見て取れた。

 しかし……彼らの発言。そのチーム名らしき名。

 僕の聞き間違いでないならば、それは紛れもなく、世界最高峰の知名度を持つ海賊の異名だった。

「黒、髭――エドワード・ティーチ……?」

「ん?」

 あまり向けられたくない視線が、此方に向けられる。

「んー、まさか本当の名を知られてしまうとは……拙者、掟により名前がバレた時は元の世界に帰らないとならないのでござるが」

「誰も困らないと思うよ、船長」

「辛辣ゥ! ま、しょうがにゃいにゃぁ……然り、この黒髭ことエドワード・ティーチ、名を知られることで発動する脅威の必殺技を遂に見せる時が来たってことで!」

「設定がグシャグシャですわ。まるで船長の見た目みたいに」

 何処までも辛辣に、何処までも容赦なく、女性二人は“船長”にツッコミを入れる。

 蓄えられた黒い髭。獰猛な性質を……一応は隠さない瞳。

 ドレイクという海賊らしい海賊を知っている以上、非常に認めたくないのだが……どうやら、彼はエドワード・ティーチその人らしい。

 大航海時代の後、海賊時代に生を受け、後世における海賊のイメージを決定付けた海賊黒髭。

 その恐ろしさの一切は、目の前の男からは感じられなかった。いや、ある意味恐ろしさは感じているが。

「――――ん? んん?」

 そして、その目が動き――デオン、マリー、カレン、メルトと順に向けられる。

 デオンとメルトがその瞬間一歩後退ったのを見逃さない。

「……ふむ。男の娘、男装、どちらでもないと見た。寧ろそういった概念を超越した、“どちらでもある”――されど両性具有とはまた違う。男にも女にもなれる存在、なるほど……そういうのもあるのか。いや良し、あの中では唯一の金髪女騎士、くっ殺属性も十分に才能アリ! 九十点!」

「…………は?」

 ふしゅー、ふしゅーと鼻の穴を広げながら――多分、デオンをそう評した。

 デオンが自身の体を隠すように、身を抑えて僅か体勢を低くする。

「そして……そっちは……むぉぉ、眩しい! 高嶺の花とはこのことか! それを評するのはちょっと間違っているような気もしなくもないでござるが、手に入らぬからこそ美しいものもある。あの王宮に飾られし人形の如き純真無垢さ、ゆえにこそのキラキラ……!」

「あら、お分かりになって? えっと……ムッシュ・クロヒゲ、だったかしら?」

「ゴフゥ……! 天然……ッ! あそこまで純粋な笑顔を向けられると逆に圧されるというか……否、ここで折れては海賊の名折れ! 拙者としては見出した無自覚サドッ気と女王様気質を高く評価したいっ! 属性盛り過ぎな気がするけど九十五点!」

 どうやら、あの言動にも一切嫌悪感を感じていないらしい。

 というより……多分、あれは何を言っているのかわかっていないだけか。

 そして――カレン。

「――来た! 無知っ子キタ! これで勝つる! フヒヒお嬢ちゃん、お菓子買ってあげるから一緒に来ない?」

「……」

「知らない人には付いていってはいけないと言われているので」

「んんんんんん、教育がしっかり行き届いてるっ! いや、うん、良し! 寧ろこういう子の知識と判断の穴を突いて……デュフフフフフフッ! いや失敬wwwここは今後の成長にも期待を込めて九十点とさせてもらいますぞ!」

 きっぱりと告げたカレンに安心はすれど、この状況に一切安心はできなかった。

 寧ろ……この流れは……。

「……」

「……」

「……」

 メルトが一歩、下がったと同時――

「――フォオオオオオオオオオオオオ!?」

「きゃっ!?」

 眼を大きく広げ、黒髭は吼えた。

「おかしくなっちゃいそう! 心臓が破裂しそう! これぞ正しくディスティニー! エウリュアレたんとはまた違う一つの芸術の極みっ! まずあの厳しそうな目からサディストだと一目でわかるよね。だけどその実マゾッ気もあると見た。そのプライドと高飛車さ、正にテンプレ、しかしそれを突き詰めることは決してマイナスポイントにはならない。デュフ、デュフッ! ぜ、是非お近づきになりたいっ!」

「――――」

「あ、良い! その目イイ! 強気な娘が時々見せるそのちょっと恐いモノを見た感じの目! それが拙者に向けられることが残念でござるが心配ご無用、実は拙者これでも紳士的な愛を備えておりますゆえ。ブヒヒ、不安から内股になる細かい萌えポイントもしっかり押さえておりますな! 大腿から臀部にかけてのラインは筆舌しがたい美とエロスを――」

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)――――!」

「んほぉおおおおおおおおおお――――――――ッ!?」

 ――気付いた時には、顕現させたガウェインの聖剣を力の限り振り抜いた後だった。

 むしゃくしゃしてやった。反省は絶対にしない。

 何も考えず、咄嗟に放ったため威力が伴わなかったことが残念でならない。

 確実にアレを消し飛ばせるくらいの力を込めるべきだった。

「グフ、拙者は滅びんよ。何度でも蘇るさ! さあかわいこちゃんたち、名前を聞かせるでござる。さもないと――」

「さ、さもないと……?」

 

「拙者、今夜寝る時に君たちを夢で見ちゃうゾ?」

 

「メルトリリス! メルトリリスよ!!」

「知らない人に名乗るなと――」

「今すぐ名乗って! こういう場合は!!」

「……? はい。カレン・ハクユウです」

「マリー・アントワネットよ。ところで、何故皆焦ってるの?」

「デオンだ! 王妃、貴方はもう少し緊張感を持ってください! それと私の後ろへ!」

 ……なんと、今まで類を見ない脅しだろうか。

 対象でない僕でさえ怖気が走った。とりあえずカレンを後ろに隠し、メルトにも促そうとして――

「メルトリリス……メルトリリたん……デュフ、蕩けてしまいそうな名前ですな! 今日の貴女は可愛いのよ、なんちて。フヒヒ、これは拙者ベッドの上で騎乗スキルを発動してほし」

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)――――!」

「らめええええええええええええええ――――――――ッ!?」

 今度もまた咄嗟のものだったが、先程より力を込めることが出来た。

 そして、次の一撃を与えようとしたところ、シンジに思い切り止められる。

「お、落ち着けよ紫藤! これ多分アイツの作戦だぞ!」

「放してくれシンジ! そうだとしても……っ!」

「クク……メルトリリたんへの気持ちは燃え上がる! この炎こそ拙者の情熱の証明! 感謝しますぞ!」

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

「落ち着けって紫藤!」

 何てことをしてしまったんだ、僕がまさかあの暴走に拍車を掛けてしまうなんて――!

 そういえばメルトが先程から静かだ。

 まさか、と思いメルトを見る――

「――メルト!」

「……は、はく」

「メルト?」

「……………………はく。たすけて。ふるえて。からだ。うごかない」

 ――今まで一度も見たことのない、混沌とした恐怖を映した表情で震えていた。

 もう怖いとかそういうレベルではない。それは、明らかに人に相対したものではない。悍ましい神話生物を前にしたときでさえ、ここまでメルトが震えることはないだろう。

 その目に涙を浮かべつつも、決して流すまいとする一片の矜持だけが、メルトを支えていた。

 そして、その様子を見て――スイッチが入るのを自覚した。

「……メルト。大丈夫、安心して。メルトには指一本触れさせない」

「は、ハク……?」

「絶対に、触れさせない」

 嫌悪感はある。サーヴァントに対して、マスターが前に出るべきではないというのも分かっている。

 だが、それよりも今、僕の中で『メルトを守る』ことが最優先となった。

 ゆえに、確定した。

 アイツは――エドワード・ティーチは、僕が倒す。

「はぁ~~~~~~~~? 何主人公みたいなコト言っちゃってんですかぁ? 拙者どうせならメルトリリたんと戦いたいのですがぁ? 大人しくすっこんでてくれませんかねぇ?」

「黙れ。メルトとカレンに汚らしい目を向けるな。絶対にオマエは、僕が倒す」

 思えば――これほどの敵意を抱いたのはあの女以来か。

 此度の殺意、害意とどちらが上だろう。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 あの男を打倒するという意思は確かなものだ。

 誰かが幼いと言っていた心。されど大切な家族に向けられる獣欲を看過出来るほど、何も知らぬ心ではない。

「うわ、ギャグの中で空気読めてないみたいになってるでござるよ。地の文までまともになっちゃって。いや、この場合空気読めてないのは拙者の方……!?」

「今更だよ船長」

「本当。あちら側が正しいのですよ。ちょっとは真面目になってくださいまし」

「ラジャー! デュフ、総員突撃! エウリュアレたんを見つける前の景気づけでござる!」

「チッ……接舷する――! 野郎共、アッチのヤツらにお前らの攻撃は効かない! 下がってな!」

 銃に弾丸を装填しつつ、ドレイクは船員たちに命令する。

 そうしている間にも、黒髭の船から投げられた網が、『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』と固定される。

「アンタたち、悪いけど少し力を貸しとくれ! アイツらをぶっ飛ばす!」

「BBAの船団に遅れを取る我々ではありませんぞwwwヘーイピッチャービビってるー?」

「間違えた! ぶっ殺せ! 特にあのボケ髭だけは生きて帰すな!」

「やれやれ。物騒な話だ。じゃあ、僕も逃げるから君たちで頑張ってくれよ?」

「貴様も手伝えアマデウス! サーヴァントなんだから何かしら出来るだろう!」

 最初に跳び上がったのは、ブラウンと名乗った巨大な男。

 血色の脈が走る斧を振り上げ、男は咆哮する。

「ギギギ……オオオオオオオオォォォォォ――――!」

 彼が船に乗り込んできたのが狼煙となり、この特異点最初のサーヴァント戦が始まった。




※今回の問題発言は全て黒髭の所感です。
 けっぺんは一切関与しておりませんのでご理解ください。

しかし、黒髭に喋らせたら止まらないの何の。
いつまで経っても話が進みやしない。一番進展の無かった一話じゃないですかね、今回。
という訳で初めてのナンバリングとさせていただきました。いいのかそれで。

さて、三章の主要敵である黒髭一味の登場です。
少々原作であるFGO三章と話の順番が入れ替わっていますが仕様です。


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第三節『黒髭惨状』-2

桜ヴァティー実装、賛否両論ですが、とりあえず桜な以上引かない選択肢はなし。
現在宝具4なのでどうにかあと一人欲しいところです。


 

 

「やっちゃえ、エイリーク殿!」

「ウオォオオオオオオオオ! コロスコロスコロスコロスッ!」

 エイリーク・ブラッドアクス。血の斧を持つバイキングの王か。

 ノルウェーの王として君臨したのは三年ほどだが、その王位のため兄弟姉妹を惨殺した残虐性、そして妻たる魔女グンヒルドの悪名に後押しされ、その名を轟かせた。

 クラスを確かめるまでもない。獣の如き咆哮と膂力、紛れもなくバーサーカーだ。

 その筋力ステータスは高い。此方で抑えられる者は――

「ッ、彼は私が!」

 跳躍し、降ってきたエイリークの斧を受け止め、衝撃を受け流したのはデオン。

 デオンの筋力ステータスは、その容姿に見合わぬAランク。

 バーサーカーたるエイリークにも、真っ向から立ち向かえる――!

「仕方ない。僕たちも行こう」

「無理は禁物よメアリー。向こうはサーヴァントが多いわ」

「やれやれ。オジサンの本領は守勢なんだがねぇ……」

 続けて乗り込んでくる、三人のサーヴァント。

「初めまして。わたしはアン・ボニー。そして此方が――」

「メアリー・リード。よろしくね、キャプテン・ドレイクとそのクルーたち」

 アン・ボニーとメアリー・リード――ドレイクとは違い、女性の海賊として後世に伝えられた二人だ。

 ジョン・ラカムの船の船員として、カリブ海を荒らしまわった、男に決して劣らない女傑。

 そのコンビネーションは、どんな海賊より通じ合っていたとされる。

『ほへー。その霊基、不思議ー。君ら、二人で一つのサーヴァントなんだ』

「へえ、何処からの声かは知らないけど、当たり。僕らは二人でサーヴァントだよ」

 なるほど――同時召喚ではなく、そもそも二人一組として座に登録された英霊か。

 そういう例も存在する。二人であることで伝説となった英霊ならば、二人で召喚されるのが必然だ。

 そして、緑の男性。

 ――彼は、明らかに他のサーヴァントたちとは格が違う。

 面倒くさそうな、飄々とした構え方ながら、隙は一切見られない。

「それじゃあオジサンも自己紹介。ヘクトールだ。よろしくな、ご一行」

「ヘクトール……!」

 彼は、他のサーヴァントたちのように海賊として名を上げた英霊ではない。

 その伝説が語られるのはギリシャ神話。叙事詩イリアス、トロイア戦争において大英雄アキレウスの宿敵として立ちはだかったトロイアの守護者。

 不死身の肉体を持つアキレウスに対して決して劣らず立ち回り、トロイアを守ったとされている。

 幾度も交戦を重ね、その果てにアキレウスに敗れるが、かの大英雄の存在がなければ、ヘクトールの活躍によってトロイア戦争はトロイア側の勝利で終わっていたのではないか――そうとさえ言われている。

 ティーチやエイリーク、アンとメアリーとは違う。彼は正真正銘の大英雄だ。

「お、その反応。知っててくれたか。嬉しいねえ。てっきりオジサン、自分がマイナーだと思ってたんだけど」

 ああ――知っている。

 月の裏側、あの事件において、メルトの最大の力を手に入れるために訪れた試練。

 その時は及ばなかったまでも、彼の力を――宝具を借りた。

 彼は知り得ないことだろうが、彼の武勇の一端は、この手が覚えている。

「――ゲートキーパー。彼の相手、お願いできますか?」

 カレンが僅かに息を呑み、己のサーヴァントに目を向ける。

 視線を外した一瞬を突ける相手だ。サンソンが守るように、カレンの傍に移動する。

「……ふうん。面白いサーヴァントだね。明らかにあの海賊連中の中にいるのはおかしいと思ったけど」

 余裕を消さず、小さな笑みさえ浮かべつつ、ゲートキーパーはヘクトールと対峙する。

「…………へぇ。子供だと思ったら、ただのそれでもないらしい。こりゃ、オジサンもちょっとばかし本気にならなきゃなぁ」

「安心してください。殺しはしませんよ。ちょっと遊ぶだけです」

 ゲートキーパーは未だ謎が多いサーヴァントだ。

 だが、戦ってくれるとあらば信用するしかない。

 前の特異点でカレンたちの危機を救ってくれたことは、間違いないのだから――

「ッ」

 銃声。まるでそれを察知していたように、自然と体が動いた。

 手に握っていた聖剣(ガラティーン)が、何かを弾く。

「ちぇーっ、余所見してたのに意外と動けるじゃーん。何それマスター詐欺? マスターの分際でぶん殴っちゃうYAMA育ちってヤツですかぁ?」

 煽るような声が誰のものかなど考えるまでもない。

 僕が戦うべき、恐らくはこの特異点最悪の敵だ。

「月育ちだ。それに、マスターが前に出てはいけないなんてルールはない」

「いや、真面目に答えなくて良いと思うぞ紫藤……」

「月育ち? 何それ厨二病? きゃーカッコイイー! この特異点のノリ理解してなーい!」

 歯を食いしばる。今すぐにでも飛び出したい足を必死で止める。

 此処で飛び出してはアイツの思うつぼだ。

 僕はこの場でメルトを守らなければならない。アイツが何を言おうと、その挑発に乗る訳には――

「というか退くでござるよー。出せよ出せよー、メルトリリたん、出せよー」

「――――ッ!」

「おい紫藤!」

 再三の癇に障るメルトへの呼称に、思わず足が動いた。

 敵の張った網を渡り、待ち構えるティーチに向かい走る。

 ああ――無謀だろう。到底マスターらしくない行動だろう。

 だが、メルトは怯えていた。今すぐ逃げ出したいとばかりに涙を堪えていた。

 ゆえに、一刻も早く、メルトを安心させるために――あのふざけたサーヴァントは倒さなければ!

「一人で来ると――わぁ!?」

 当然に飛び掛かってくる船員たちは、身体能力は常人と変わりない。

 身体強化を掛ければ、弾き飛ばすのは困難ではない。

 他の船員たちに用はない。僕が倒したいのは、あのサーヴァントのみ――!

「――――」

 気付けば目の前に、ティーチがいた。

 腕に装備したフックで、此方を貫かんとしている。

 僅か、船員たちに意識を向けていた隙で、ティーチはここまで迫っていた。

 残虐な笑み。その一瞬、ティーチ本来の姿を見た気がする。

 誰かが倒されたならば、その隙で獲物を狩る。なるほど、海賊の戦い方は、何処までも貪欲に敵の命を奪う。

 否、殺される訳にはいかない。動け、間に合え――――!

 

『――まったく! 何をしているかと思えば!』

 

「チィ――!」

 フックを受け止める。英霊の筋力に、何故か劣らず、それを弾き返す。

『そのまま! 私が第六感となります! 私が伝えるままに動いてください!』

 その――心の底から聞こえてくるような不思議な声を理解したのと同時。

 自分の体が、まるで自分ではないかのような軽さを感じた。

 重畳だ。ならば、この敵を倒したい。

 教えてほしい、どう動き、どう攻めればいいのか。

『いつの間にか乱暴になって……いいえ、構いませんわ。一騎程度なら――』

 どう動けばいいのか、解が頭の中に浮かぶ。

 自分では到底無理だろう動きが、不思議と出来る。

 サーヴァントにも劣っていない――いや、寧ろ、サーヴァントを凌駕している気さえする。

「お、おぉ……!?」

 ティーチの敏捷を超える速度で剣を振るう。

 訳が分からないが、ティーチの驚愕は本心だった。

 攻めきれる――確信を以て、剣を叩き込み――

『後ろ!』

「ッ――!」

 体が急に転回し、飛び込んできた槍を聖剣が受け止めた。

「今のを止めるかぁ。結構渾身だったんだがねぇ」

 ヘクトール――どうやら、此方の戦況を察して戻ってきたらしい。

 見れば、アンとメアリーも撤退している。『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』にいるサーヴァントは、エイリークだけだ。

「おお、助かったでござるよヘクトール氏!」

「マスターだからって油断するなよ船長。今の動き、下手したらサーヴァント超えるぞ?」

「OK、把握! 黒髭油断しちゃったてへぺろ。しかしこの黒髭、一度やられた戦法は二度と通用せぬ、安心いたせヘクトール氏!」

「……あ、そう。ならいいけど。とはいえだ、どうしたよそっちの少年。今まで気配も兆しも何もなかった。ここまでいきなり雰囲気が変わるなんて、オジサン見たことないぜ?」

 ヘクトールの訝しむ視線。その問いに回答は出来ない。

 確証がない。もし、彼女が手を貸してくれたというならば――何故それが出来ているのか。

 いや……理屈はいい。今なら攻めきれる。

 少なくとも、ティーチは敵にしかならない。今倒せるならば、倒しておくべきだ。

『……いえ、戻りますよ。敵は四騎、貴方一人で相手取れる数ではありません』

 しかし、声は制止を促す。

 何故なのか。君の力なら、十分に戦える。

『落ち着きなさい。私とて、力の全てを振るえる訳ではないのです』

 だけど――今の動きは、君のものだった。

 英霊に引けを取らないどころか、大英雄をも凌駕する。このまま、ティーチを倒したい――

『自惚れないでください。メルトリリスから離れて敵の船まで攻め込んだ貴方はメルトリリスを守りたいのか、あのサーヴァントを殺したいのか。どちらなのです』

「――――」

 窘めるような声だった。

 どんな状況であっても、それを聞くだけで冷静になる名。

 ああ――そうだ。メルトの傍にいなければ意味がない。

『それで良し。船に戻って、一旦離れなさい。確実に勝てるよう――もう少し戦力を整えた方がよいでしょう』

 ――分かった。確かに、この囲まれた状況で戦うのは有効とは言えない。

 もし、今力を貸してくれている彼女が本当に全力ではないとしても、この場を突破することは難しくない。

「ッ――、メアリー!」

「うん――!」

 近接戦闘に向いていないだろうアンを突破口と判断し、すぐに援護に向かってきたメアリーのカトラスを受け止める。

 ティーチとヘクトールの反撃も考慮し、疑似太陽を駆動――周囲に炎を迸らせ、牽制しつつ走り抜ける。

 ドレイクの船に戻ると同時に船を結んでいた網を断ち切る。

「ドレイク! 撤退を! まだ勝てる戦力じゃない!」

「チッ……退くよ野郎共! 旋回してタル爆弾をありったけ落としな!」

「アイ、アイ、マム!」

 残るはエイリーク――いや、問題ないか。

 シンジは此方の考えを分かってくれている。

 マリーがイバラで動きを封じ、アマデウスが何かしらの魔術で以て、エイリークの動きを大きく制限している。

「ふっ――!」

「はっ!」

「ゴオオオオオオオオオオッ!?」

 そこに叩き込まれる、サンソンとデオンの痛撃。

 そのコンビネーションの前に、エイリークは吹き飛ばされ、海に落ちた。

「……」

 四対一。力の強いサーヴァントであっても、複数を相手取れば必然的に数の不利に陥る。

 僕も、あのまま戦っていればこうなったかもしれない。

 ――必死になりすぎていたか。何も、一人で戦っている訳ではないのに。

「よし、このまま――おい髭ェ! 覚えときな! いずれ借りは返すからね!」

「あー、タンマ! タンマでござるぅ! せめてメルトリリたんだけは置いてって――」

「――――」

 今度は、短慮に聖剣を振りはしない。

 これ以上、怒りに任せて振るうのは本来の担い手(ガウェイン)に――絆を紡いだ(レオ)に対する侮辱に直結する。

 ティーチがメルトに邪な目を向けるのであれば、僕が常にメルトの傍に在って、彼から守るだけだ。

「……メルト」

「――――大丈夫よ、ハク。今は、もう」

 嫌悪の表情は浮かべたままだが、震えはもう収まっていた。

「ゲートキーパーが、ヘクトールと戦いながらも守ってくれていました」

「守ったつもりはないけどね。どうせ向こうはそっちのお姉さんを狙ってなかったみたいだし」

「そうか……それでも、ありがとう」

 カレンも、傍にいてくれたらしい。

 その頭に手を置きつつ、もう片手でメルトを抱き寄せる。

「…………ありがと」

「……うん」

 正直なところ、礼を言われるようなことでもなかった。

 自分を落ち着けたい。自分が、怒りに任せて戦ったという事実に抱いた不安を払拭したい。

 熱くなった体を冷やしたいがために、僕がメルトを求めているだけ。

「……」

 タル爆弾の牽制は有効らしい。

 『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』は黒髭の船とどんどん距離を離していく。

 いつしか聞こえなくなっていた声の主に感謝しつつも、その戦いの終わりを実感する。

 きっと――いや、間違いなく、彼らとは再戦することになる。

 その時は――

「……ハク、ちょっと、痛い」

「……」

 ――次など、今は考えなくてもいい。

 さっきの自分が。自分の選択が。自分の行動が。怖くて仕方ない。

 今は、それを拭うべくメルトを感じていたい。

 なるほど――アルジュナの言葉は間違っていなかった。

 あまりにも不安定。あまりにも未熟。

 だからこそ、常に傍に必要なのだ。

 完成された月の心――メルトという存在が。




黒髭伝説・邂逅変(誤字にあらず)、完。

今回は短慮に攻め込んでしまったハクの回でした。
バッドエンド在りきのゲームであれば間違いなく一直線な選択肢。
それを救ったのは……。

三章では、ややハクに焦点をあてていきたいと思っています。
十年経っても、否、十年経ったからこそ不安定で未熟な主人公をお届けします。


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第四節『雷光と女神』

もしかして:GO編初の連日更新

FGOという下地がある以上、三章くらいは短い間隔での更新を心掛けたいところですね。


 

 ――眠りから、覚醒へと近付くのを感じる。

 だが、少しだけ違和感を感じた。

 昨日の――カグヤに妨害をされるという事態がありながら、今日顔を見せることがなかった。

 何故なのだろう、と考えるより先に、意識は表側へと急速に向かっていく。

 

 

「目覚めましたか。六時間二十分。やや余分がありますが、疲労と精神的な負担が大きい様子でした。その事を踏まえれば、もう少し休んだ方が良いのではないでしょうか」

 その日最初に聞こえてきた声は、月に住まう家族の一人のものだった。

 ドレイクの船の一室。波に揺られながら眠るのはどうにも慣れなかったが、一度意識を落としてしまえば朝まで目覚めることはなかった。

 目を開ける。隣に眠るのはメルト――そして、ベッドの傍に、彼女は座っていた。

「……ヴァイオレット?」

「おはようございます、ハクト。メルトリリスも――目覚めたようですね」

「あら……ヴァイオレット……?」

「あぁ……おはよう、ヴァイオレット。どうしてここに……?」

 本を片手に椅子に座る長身のアルターエゴ――ヴァイオレットは、眼鏡の奥からその魔眼を此方に向けていた。

『頼まれたのであたしが下ろしましたー。一人くらいはリソースも余裕があるしね』

「不測の休養をいただきましたが、今特異点より作戦に復帰いたします。カグヤが目覚めているのは……本当に、予想外でしたが」

 はぁ、と溜息をついて、ヴァイオレットは説明した。

 彼女はカレンの最初の特異点に同行し、そこで何があったのか、心労で倒れてしまっていた。

 よってマケドニアでは不参加だったのだが、ようやく回復した、ということだろう。

「特異点の状況はカレンより聞きました。私の仕事ですから、カレンの護衛は続行します」

「心強い。頼む、ヴァイオレット」

 彼女の戦闘能力は、アルターエゴなだけあってかなりのものだ。

 特異点攻略においても、とても大きな力になってくれるだろう。

 目覚めたメルトとヴァイオレットを連れ、甲板に出る。

 カレンとシンジはまだいない――何人かの船員と、ドレイクが潮風を浴びていた。

「ああ、起きたかいハクト。ちょうどいいところに」

「おはよう、ドレイク。何かあったのか?」

「ん。空気の味が変わったんだよ。海賊は気温や海流を味で感じられるものさ。違う大陸、違う陸地に来たってことさね」

 ――確か、この海は様々な海域が確認されているのだったか。

 であれば、今までいた海域から別の場所へと移ったということだろうか。

「海図の通りなら、この先に島がある筈だ。カグヤっつったっけ。どうだい、何かわかるかい?」

『んー……サーヴァントの気配があるね。二騎ほど。なんか変な魔力の動きがあるけど』

「変な魔力の動き……? 宝具か? それとも戦闘中?」

『ん、分かんない!』

「……間違いなくオペレーターの人選ミスですよ、ハクト」

「いや……カズラを犠牲にしたくなくて……」

 本当に、このオペレーターでこの特異点を乗り切れるのか。ある意味、最大の不安だ。

 サーヴァントがいるのは分かったが、不安の対象であるそれがまったく分からない。

「……ま、いいや。そのサーヴァント、ってのがいるならとりあえず船を進めるよ。そのいつの間にかいたカレンの護衛ってヤツみたいに力になってくれるなら幸運だ」

 行き当たりばったりだが、ティーチと戦うのに、戦力は多い方が良い。

 そのサーヴァントが、味方になってくれる存在か、敵なのかは分からないが……。

「そういえば、昨日あの髭が言ってた聞き覚えのない名前のヤツも、サーヴァントなのかい?」

「っ……」

 髭、と聞いただけでメルトが小さく震えた。

 ひとまず、安心させるべく肩に手を置き、何を言っていたか、と思い出す。

 出来れば一瞬たりとも思い出したくない存在だが、考えてみれば――誰かの名を言っていたような。

「確か――エウリュアレ、だっけ」

「ッ――――――――!?」

 ティーチが執着していた節のある名前だった――口に出した瞬間、先程のメルトよりも震えた者がいた。

「……ヴァイオレット? どうしたんだ?」

「い、い、いいいいいいえ。何か、私とは違う何か。私の根底が心の底から怯えたような。妙な動悸が止まりません」

「ああ……エウリュアレって確か……」

 そうか。エウリュアレと言えば、ギリシャ神話におけるゴルゴン三姉妹の次女だ。

 形のない島に住まう、真正の女神。

 そして、他でもない、メドゥーサの姉。

 ヴァイオレットを構成する女神の一柱と、因縁どころか血縁関係のある存在なのだ。

 ヴァイオレットがこんな反応をするのは初めてだ。

 恐怖……のような、忌避……のような。どうにも例えようのない表情で、ヴァイオレットは身震いしていた。

「……大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫です。まだ、そのエウリュアレがこの特異点にいると確定した訳ではありません。いたとしても、遭遇しない可能性もある。ふ、ふふ……」

 おかしい。ヴァイオレットが明らかにおかしい。

 BB辺りが見ていれば、揶揄うのをやめて本気で心配しだすレベルだろう。

「あー……とりあえず、向かうよ?」

「あ、ああ……頼む」

 何やら察したのか、追及はしないでくれたドレイクに感謝する。

 どうやってヴァイオレットを落ち着かせようか――。

 そして、エウリュアレにもし遭遇したとしても、ヴァイオレットの心労の種にならないよう。

 そんなことを考えながら、新たなる島への到着を待った。

 その最中――

「ところで、ヴァイオレットだっけ? どうやってこの船に来た訳?」

『あ、それあたしのおかげ。他にも、色々そっちの世界に物資を送ったりできるよ』

「へえ? ラム酒とか、肉とか?」

『ん。あと、こんなものとか。ほら、胡椒』

「こりゃ凄い。瓶一杯の胡椒だ。便利なもん――――でえええええええええええええっ!?」

「カグヤ! ドレイクが卒倒した! そういう事するならその時代の価値とか考えて!」

 ――この時代、胡椒は同量の黄金にも勝る宝だったという。

 その事を知っているのか、知らないのか。

 カグヤの悪戯で水平線の彼方まで届かんばかりの叫びを上げて倒れたドレイク。

 その叫びでカレンやシンジたちが焦って甲板に出てくることで、島に辿り着く前に全員が揃ったのであった。

 

 

「――――!」

 島に辿り着いた瞬間、カグヤの言っていた魔力の動きを肌で自覚する。

「これは――」

「結界……!」

 結界の内部に入り込んだ――というより、僕たちが入ったと同時に、結界が発動したのか。

「あ、姐御! 船が動きません!」

「はぁ!? 何を……なんだいこりゃ。ガッチリじゃないか」

 船が動かない――脱出が封じられているのか。

 恐らくは、この島にいるというサーヴァントの能力だろう。

「……どうする? ハク」

「行くしかない。結界を張ったのがこの島のサーヴァントであれば、どうにか解かせないと」

 防衛のための発動だとすれば、まだ出会ってみるまで、協力してくれる存在かは分からない。

 数は二騎。慎重に動くに越したことはないが、対処できない数ではない。

「んじゃ、とっととその結界とやらを解除してもらうよ。野郎共、アンタらはここで待機してな。何処にいるか、直感――向こう!」

「あっ、ドレイク!」

「ああ、もう……! サンソン、デオン。ここで待機だ。船員たちの護衛をしてくれ」

 シンジがサンソンとデオンに命じ、走ってドレイクに追従する。

 直感に任せて進むドレイク。

 カグヤに聞けば、とりあえず反応の位置くらいは調べられるだろうが……。

 何も言わないということは、方向は合っているのだろう。

 ――随分と広い島だ。

 幾らか古い建造物があるが、どこも人の気配はない。

「……あ、あった。これだこれ!」

 その建造物のどれにも興味を示さなかったドレイクだが、ふと視界に入れた洞穴に躊躇せず入っていく。

「……何なんですか。どうして断言できるんですか」

「多分、勘以外に理由なんてないと思うよ。コイツ、そういう奴だから」

 このメンバーの中で誰よりもドレイクを知っているであろうシンジは、彼女の直感も信頼し得るものなのだろう。

 その洞穴の内部は、さながら迷宮だった。

 人工物であるのは確かだが、この魔力に満ちた空間――間違いない、この結界の中心点だ。

「へえ。結構なダンジョンじゃないか。宝の一つや二つありそうだ。行くよアンタら!」

「ええ! 楽しみよ! 何が待っているのかしら!」

「あ、マリー!」

 決して物怖じすることなく、ドレイクは奥へ奥へと進んでいく。

 マリーは遠足感覚だ。この先に待ち受けるものを期待しながら、どんどんと先に進む。

 一応、進んだ道のマークはカグヤに任せ、僕たちもドレイクに続く。

 途中、動く骸骨やら魔獣やらがいたものの、サーヴァントたちに加え、聖杯により神秘への攻撃を可能とするドレイクがいる以上、相手になるものでもない。

 そうして、迷宮を歩き始めて数十分。

「――――――――」

 近くから聞こえてきた、唸り声。

 地の底から響くようなそれは、サーヴァントのものか。

「……いよいよだね。とびっきりのヤツとご対面だよ」

 曲がり角を曲がり、そして――見つけた。

「……大きい」

「ひゅう。薄々勘付いてはいたけど、牛の面にこの迷宮。間違いないな」

 カレンが思わず、感嘆の声を漏らした。

 アマデウスの口笛で、その巨体が此方に振り向く。

 顔を覆う牛の面。それぞれの手に持つ、その体躯と同じくらいの大きさはあるだろう大斧。

 無数に傷のついた、浅黒い肌。

「……ぅ」

「あら……見つかっちゃったのね」

 そして、その傍に寄り添う、巨体の半分もない体躯の少女。

 紫の長い髪を左右で二つに纏めた、古めかしくも優美な装束を纏う彼女もまた、サーヴァントだ。

「ッ、……」

 ヴァイオレットが、息を呑む。

 姿は知らないまでも、やはり己を構成する存在は覚えているのだろう。

「……メドゥーサ?」

「――いえ、私は……」

 怪訝そうに、少女は幼い声で、ヴァイオレットをそう呼ぶ。

 確定だ。彼女こそエウリュアレ。

 女神たる少女は、その怪訝な表情を一瞬、歓喜に変え――そしてすぐに怒りへと転じる。

「メドゥーサ! メドゥーサね! 貴女何してるのよ、こんなところで!」

「いえ、ですから、私は正確にはメドゥーサではなく――」

「口答え!」

「はい、すみません!」

 ……なんだろう。

 初対面である筈なのに、一瞬で彼女とヴァイオレットの力関係は確定した気がする。

 道理、理屈を重んじるヴァイオレットが、初めて出会った者に対し、完全に圧されている。

 仕方あるまい。エゴたちのように、互いに複雑な感情を抱いていながらも、同等として見る、という関係が姉妹の全てではないのだろう。

 少なくとも、ゴルゴン三姉妹のうち、エウリュアレとメドゥーサに関しては、こういう間柄だったのだ。

「それで、駄メドゥーサ。(ステンノ)はいないの? 私たちが現界してるなら、(ステンノ)がいてもおかしくないわ」

「だ、駄メドゥーサ……!? い、いえ。上姉様は知りません――って、何故自然と姉様と――」

「………………よく見たら、女神複合体じゃない、貴女」

「だからそう言っているじゃないですか!?」

「……コイツ、こんな大声出せたんだな」

 うん、僕もそう思った。

 あのヴァイオレットが翻弄されている。

 いや、割と事件に巻き込まれる時はそんな役回りな彼女だが、それでもここまで一方的なのは珍しい。

 しかし……エウリュアレは、誰に説明されるまでもなくヴァイオレットが女神複合体であることを見抜いた。

 女神特有の感性があるのだろうか。多分、聞いても分からないのだろうが。

「メドゥーサと、あと二人は知らないけど…………そう。貴女、そんなモノを……」

「……? なんですか?」

「……なんでもないわ。そのくらい察しなさい、駄メドゥーサ」

「り、理不尽……」

「ぅ……えうりゅあれ、しりあい?」

「いえ、知らないわ。だけど、戦わなくて良いわよ。この連中、アレとは関係なさそうだし」

 巨躯のサーヴァントが、その体型に似合わぬあどけない声色で、エウリュアレに問う。

「で? よく分からないけど、アンタらがこの結界とやらを張ったのかい?」

「そうだけど? なに、まだ理解できてなかったの? 冒険さえ碌にしてない三流海賊かしら?」

「こ……このガキ……」

 分からなくても仕方がない。

 ドレイクは英霊ではない生身の姿であり、生前魔術の見識があった訳でもない。

 サーヴァントという神秘の存在に触れている、現状が異常なのだ。

「まったく……数ばかりは立派ね。人間までいるし、そっちは――」

「……?」

 エウリュアレの怪訝な目が向けられる。

 僕、そしてカレンと移り変わり――自分には関係ないと首を横に振る。

「……ま、いいわ。それで、何の用かしら? 貴方たちも、あの下賤な男と同じ?」

「下賤なって……誰の事ですか?」

「はあ? 知らないの? 躾のなってない、究極最低なド変態サーヴァントのことよ!」

「……とりあえず、誰の事かは分かったな」

 ティーチはエウリュアレを追い求めていた。

 或いは――それでここまで逃げてきた、ということだろうか。

「僕たちはこの海の異常を払うため、そしてあのサーヴァントに対抗するために、力を貸してくれるサーヴァントを探してる。君と、そっちのサーヴァントは――」

「……あまり巻き込みたくないんだけどね。この子はただここにいただけだし。どうする? アステリオス」

 エウリュアレは牛の面のサーヴァントに聞く。

 アステリオス――それが、彼の真名か。

 生まれついての魔獣であり、反英霊。ラビリンスの怪物。

 ミノス王の望まれぬ子どもとして迷宮に幽閉され、英雄テセウスに殺されるまで怪物を宿命付けられていた悲しき存在。

 神話においてその雷光(アステリオス)の真名は殆ど登場しない。

 より知られた名を――ミノス王の牛(ミノタウロス)

 だが、見る限り、神話で謳われる凶暴性は見られない。

「えうりゅあれが、いくなら、ぼくもいく」

 アステリオスはその牛の面を外し、その幼い素顔をエウリュアレに向ける。

 肉体の巨大さはともかくとして――顔つきも、言動も、子供そのものだ。

「私も行く気はなかったんだけど……メドゥーサがアレを抱えているなら……まあ、仕方ないわね」

「アレ……? 何のことです?」

「分からないなら、分からないままでいいわ。自覚しないのが一番だもの」

 何処か――物悲しい目のエウリュアレは、ヴァイオレットから視線を外し、ドレイクに向き直る。

「で? 貴女が船長?」

「ん、ああ。フランシス・ドレイクだよ」

「いいわ。メドゥーサの目付もしなきゃだし」

「いえ、私に目付は必要ない――あ、はいごめんなさい。付いてきてくださるならば、光栄です」

「よろしい」

 エウリュアレが微笑みを向けるだけで、反論をしようとしたヴァイオレットは折れた。

 もしかすると――ヴァイオレットはこの特異点が終われば、また心労で倒れるかもしれない。

 今回はカレンでもゲートキーパーのせいでもなく、構成女神の血縁という複雑な関係で。

「船には女神の加護が必要でしょう? 船首に括られる気はないけれど、私が同乗してあげる」

「話が早い。どうやらアンタのおかげだね、ヴァイオレット」

「…………はい」

 何事も起きなくて良かったが――ヴァイオレットの頭痛の種は増えた。

 ――来なければ良かった。ヴァイオレットの内心が、不思議とよく伝わってきた。

「私は女神エウリュアレ。ゴルゴン三姉妹の次女。そして、こっちが――」

「……あすてりおす」

「はい。自己紹介は終わりね。肩に乗せなさいアステリオス。結界は解除出来るわね?」

「ぅ……」

 アステリオスの巨体は、肩にエウリュアレを十分乗せられる。

 どうやら彼は穏やかな性質のようで、大人しくエウリュアレに従い、彼女を乗せた。

「あら、駄メドゥーサより高いじゃない。天井に私の頭が擦れないよう気をつけなさい」

「ん……わかった」

「あっはは! 注文の多い女神様だねえ!」

 彼女がいなければ、エウリュアレもアステリオスも仲間になってくれたか分からない。

 やはり、ヴァイオレットの参戦は非常に大きかったといえる。

 ……本人の心情は、まあ別として。




ヴァイオレット参戦、そして当然の如くエウリュアレの餌食になりました。
三章の癒しコンビことエウリュアレ、アステリオスの登場です。
既に過剰戦力感が見え隠れしていますが、勿論、“彼ら”も登場します。


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第五節『輝く星の支え方』

英霊剣豪七番勝負、面白かったです。
ところで今年中に第二部開始って話でしたけど、無理そうですね。


 

 

「デカッ!?」

「よっしゃあ、言ったろ、姐御は雲を衝くような大男を連れてくるって!」

「いや! ほら、肩を見ろよ。絶世の美少女がいる! 賭けは俺の勝ちだ!」

 エウリュアレとアステリオスを連れて船に戻ると、盛り上がる船員たちに迎えられた。

 アステリオスの巨躯に驚愕しつつも、すぐさま金銭を巡る戦いが始まる。

「よーし、賭けてた連中は全員アタシに掛け金半分ずつ寄越しな。エウリュアレとアステリオスは今日からウチの仲間だ。この海をどうにかするために、力合わせるよ!」

『アイ・アイ・マム!』

 この一日で、この船の戦力は大幅に向上した。

 ヴァイオレットに、二人のサーヴァント。

 エウリュアレのステータスは控えめ――魔力と幸運が規格外の値を示しているが――だが、アステリオスはその巨体に相応な物理ステータスを有している。

 まだ聖杯の在り処も分からないが、戦力は多いに越したことはない。

「これは……また……」

「生前見た事もない巨体。神代の英霊ですか」

 サンソンとデオンも、驚きを隠せないようだ。

 確かに、二メートルを優に超える巨体など、一生涯掛けても出会うことは殆どないだろう。

「ところで、船はもう動くんですかい?」

「ああ、アステリオスが結界を解いてくれたからね」

 あの迷宮、そして船が動かなくなった原因たる結界はアステリオスによるものだ。

 彼はバーサーカーでありながら、その出自から結界――迷宮の宝具を有している。

 ――『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』。

 一度発動してしまえば、迷宮という概念の知名度によって難攻不落のダンジョンを形成する固有結界に近い大魔術。

 そんな宝具を持っていながら、アステリオスは宝具に特化したサーヴァントではない。

 その筋力、耐久パラメータはエイリークをも上回る規格外に近い値を持っている。

 きっと大きな力となってくれるだろう。

「さあ、全員乗ったね。出るよ!」

 この島で新たに二人のサーヴァントを迎え、『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』は出航する。

 しかし、なんら問題が解決した訳ではない。

 聖杯の反応が見つからないことには、この広大な海の何処へ行けば良いのかも分からない。

「さて、と。とっととクソ髭をぶっ飛ばしたいところだけど……聖杯も探さないとね。そうさね、女神島でも行ってみるかい?」

「女神島?」

「他の海賊の連中が言ってたのさ。この近くに女神が住まうって噂の島があるって。良いお宝の一つでもあればって思って行こうとしてたんだけど」

「あら。私以外にも女神がいるの? 随分変なところに喚ばれたものだわ」

「そ。アンタみたいなのがいるなら、そっちの女神も本当にいるかもしれない。いなくてもまあ、ゲンを担ぐって意味なら外れでもないよ」

 神霊は原則として、サーヴァントとはならない。

 だが、この時代は、エウリュアレがサーヴァントとして召喚されるほどに特殊な特異点だ。

 であれば、その女神ももしかすると――。

 女神が簡単に力を貸してくれるとも思えないが、訪ねてみる価値は十分にある。

 それに、もしかすると、この特異点の解決に繋がる情報を有しているかもしれない。

「で、その女神ってのは?」

「アルテミス。知ってるかい? ギリシャの狩猟女神さ」

「ッ!」

 ――なんと。

 自然と、メルトに目が行く。

 言うまでもなく、アルテミスはメルトを構成する女神の一柱だ。

 基本的に召喚されない神霊だが、エウリュアレのような例外も今回はある。

 アルテミスが召喚される可能性も、決してゼロではない。

「……嬉しそうだね、メルト」

「――ええ、そうね。私の中に在って、私が尊敬する数少ない女神だもの。是非一度、この目で見てみたいものだわ」

 そうなのか……初めて知った。

 メルトが尊敬する存在などいないと思っていたが、意外にもかの女神に敬意を抱いていたらしい。

 であれば、会わせてあげたい。いい気分転換になるだろう。

「うん。なら、向かってもらえるかな、ドレイク」

「決まりだね。進路を西に取りな!」

 思いつきからの実行は早い。

 ドレイクはすぐさま船員に命じ、船の行く先を決定した。

 島に着くまで、各々が自由に時間を過ごし始める。

 ヴァイオレットはこっそり離れようとしていたのをエウリュアレに見つかり、説教というか文句を受けている。

「――ところで、ハク」

「何?」

 そうして、暫く経った頃。

「ヴァイオレットが来たから、今朝言うのを失念してたわ。昨日のアレみたいなこと、二度とやめてちょうだい」

「アレ、って――」

「一人で飛び出してあの変態と戦ったことよ」

 周囲に会話を聞く者はいないと判断し、メルトは鋭い視線を向けてきた。

 先程の期待とは違う。それはそれ、これはこれと、メルトは釘を刺してくる。

 ――怒っている。ただの不満ではない、本気のそれだ。

「あの時動けなかった私にも非はあるわ。だけど、シンジやカレンのサーヴァントもいたわよね。貴方が行く必要はあった?」

 昨日一日、メルトの衝撃は残っていたらしく、どうにか回復したのが今朝。

 今更――とは思ったが、どうやら問い詰められる状況を待っていたらしい。

「一体何度言ったかしら。貴方は前に出なくていいの。サーヴァント戦は私の役目でしょ」

「……でも。メルトにあんな目を向けられて黙ってなんて――」

「だからってね。前線に出てサーヴァントと戦うなんてマスターがやることじゃない」

 サーヴァントと直接対決したことは、今までにもなかった訳ではない。

 その度に危険があった。死に瀕することもあった。

 ――サーヴァントをも超える神にさえ等しくなった化生と戦い、この命を握られたこともあった。

 それらは全て、メルトのためだ。

 それをメルトは認めていない。十分に、理解している。

 これは、僕とメルトの――相容れない考えだ。

「ハク、覚えておきなさい。もしも、あんな無茶で死ぬようなことがあれば――私は絶対、貴方を許さないわ」

 本気だった。心底からの、メルトの本音だった。

 ああ、そうなったとき。例え助かったとしても、メルトは愛想をつかすだろうか。

 それは――嫌だ。僕の生きる理由であり、存在する理由。僕の存在の全ては、メルトと繋がっていてこそだと言っても良い。

 それでも、メルトを守りたい。守りたいのだ。だから――

「……次が、最後にする」

「ハク――!」

「アイツは、メルトには戦わせない。次に出会ったなら、僕が倒さなければならない敵だ」

 メルトに、嫌われたくはない。

 だが、今回ばかりは、何を言われても譲れない。

「…………貴方、馬鹿よ」

「知ってる」

「碌な死に方をしないわ。無茶。無謀。私が知ってる誰よりも唐変木」

「知ってる」

「ええ、誰よりも。キアラなんて及びもつかない。それくらいの愚かな人」

「――分かってる」

 一言一言に、怒りと、恨みつらみのようなものが込められていた。

 全部が心に突き刺さる。

 それでも、この意思は変わらない。

 メルトを守る。メルトに捧ぐ。この繋がりこそが、僕の、一番大切なもの。

 ゆえに、月の意思は――そういうもので出来ている。

「…………死んだら、許さないわよ」

 メルトの念押しに頷いて、答えを返しながら、抱き寄せる。

「――――ああ。死なない」

 基本的に、僕とメルトで意見の相違が生まれた時、メルトを優先することが多い。

 しかし、僕が折れることがなければ。いつも、渋々ながらメルトはそれを認めてくれる。

 こんな無謀をも許してくれる。だから、メルトは愛おしい。

 誰にも渡さない。ティーチには、触れさせもしない。

 重ねた唇。絡めた舌。この全ては、僕のものなのだ。

 

 

 この海を舞台にした特異点では、潮風は大きな敵となる。

 肌や髪はべたつくし、防ぐもののない日差しは発汗に繋がる。

 当然ながら、現代の価値観を持っていれば、風呂は必要不可欠だ。

 特にメルトやカレンは女の子。風呂の有無は死活問題である。

 よって――カグヤに頼み船の部屋を二つ使用、内部を拡張し編集、浴場を二つ用意した。

 男湯と女湯。広さは大浴場というほどでもないが、数人ならば余裕がある。

 さて、そんな風呂で汗を流そうとしたところ、同じタイミングで入った者たちによる、奇妙な組み合わせが生まれた。

 僕、シンジ、そしてアマデウス。

 英霊と風呂に入る。どうにも、混沌とした状況である。

「……相変わらず、訳の分からない技術だよな」

「時代に干渉しての記述追記だからね。記述が曖昧になった特異点なら、自由度も高くなるよ」

「こんなもの、お前らは作ってたのか」

 シンジは感心したように息をつく。

 自分たちの住む月の技術を友人に評価されるのは、嬉しかった。

「何年も掛かった。ようやく地上に行ける――そんなときに、この事件が起きたんだ」

「……お前らにとっては不幸かもしれないけどさ。ちょうど良かったんじゃないか。それがあったからこそ、対策が取れたんだし」

 ――レオにも、同じことを言われた。

 だが、試運転すらままならない状態で皆を巻き込んでしまった。

 システムの監視にはAI総出で万全で当たっているが、不具合が起きる可能性はゼロではない。

 本来は誰も巻き込まず、月のメンバーのみで解決すべき事件なのだ。

「そうさ。間が良い悪いは人の感じ方次第だ。少なくとも、この事件の黒幕は間が悪いと思っているだろうさ」

 口を挟んだのは、アマデウスだった。

 長い髪をタオルで巻いているその姿は、何故かミスマッチと思わせない雰囲気を醸している。

「キミは黒幕を笑ってやればいい。コレは思うに、悪辣に笑ってやらないと駄目なモノだ」

「……もしかして、見当がついているのか?」

「さてね。僕は探偵じゃない。謎を測って僕がすることは作曲のための妄想だからね。その点で言えば今回の題目は駄目だな。退屈過ぎて楽譜を書く指すら動かない」

 嘆息するアマデウス。

 お気に召さないという落胆の表情は、しかしすぐに期待に満ちた表情へと変わり、此方に向けられる。

「どちらかと言えば、キミだ。キミ。今回の召喚で一番面白い」

「僕が?」

「そうさ。なんだい昨日の。マスターが前線に出て、剣持って戦うなんて。いやあまともな作曲家だったら罵詈雑言の嵐だっただろうさ」

 あまりにもツボだったように、思い出し笑いをするアマデウスは、僕の行動を非難している様子はなかった。

 まあ……確かに普通のサーヴァントであれば、驚くことだろう。非難されて然るべきかもしれない。

 だが、それでも――昨日、僕の体は自然と動いていた。

「良いんだよそれで。愛のために戦うことは悪いことじゃない。でもね――一つだけ、文句を言いたいな」

「……それは」

「指揮者が指揮棒を捨てるような行動は、理解に苦しむって事だよ」

「――」

 それは、つまり――

「相方が演奏者たるならば、指揮棒を振るう。踊り子たるならば、音を奏でるのがキミの役目だ。ではそれを逆にした場合。キミのサーヴァント、指揮が出来るかい? キミが舞うために、音を奏でられるかい?」

 メルトは――主役を立てる存在ではない。

 戦いにおいて、常に主役たるのがメルトだ。

 彼女は踊り子(プリマ)だ。(エトワール)は他を輝かせるためにあるのではない。星の輝きをこそ、他は引き立てねばならない。

「キミらのスタンスに口を挟む気はない。これは単純に疑問をぶつけただけだ。キミらが何をしようと自由だけど――間違いなく、昨日のキミの戦い方は正しくはない」

「……分かってる。僕だけが前に出るのは、ティーチが最後だ。アイツだけは、僕が倒す」

「そうかい。なら、精々死なないことだ。引き立てる者のいなくなった星は、それこそ輝くだけしかできないからね」

「まったく……お前も無茶苦茶な奴だな。サーヴァントと自分から戦いに行くとか、正気?」

「うん……正気じゃないかもしれないな」

 自分でも、冗談なのか本気なのか分からない呟きだった。

 シンジはそれを、鼻で笑う。明らかに、それには呆れも混じっていた。

「ま、気をつけろよ。お前も、無敵じゃないんだからな」

「ああ。ありがとう、シンジ、アマデウス」

 この説教は、心に留めておこう。

 ああ――僕は指揮者(マスター)だ。メルトを支えるべき存在だ。

 メルトは星だ。それを理解していればこそ、彼女に戦いの主を任せなければならないのだ。

「さて、と。そろそろ上がるか。サンソンもそろそろ終えただろ」

「サンソンは何かやってたのか?」

「マリーの問診だよ。処刑人でもあるけど、アイツは医者だ。医術スキルも高いランクを持ってる」

 確かに――サンソンは当時の技術の水準を上回る医術の腕を持っていたとされる。

 だが……マリーの問診?

「マリーに何かあったのか?」

「あったというか、何というか……」

「こればかりは、ねぇ。あのマリアも大したお馬鹿さんだから。問題はアレだな。シンジ、前から思ってたんだけど、明らかにサンソンの専門外だろう」

「仕方ないだろ。専門の技術者英霊なんてそうそう出会えないだろうし。今のところはどうにかなってる」

 何の話だろうか。マリーに関する何かという事は分かるが、彼女が何らかの病を患っているようには見えなかった。

 それに彼女はサーヴァント。医師が必要になるなど、あまり考えられない。

 僕が気にすることではないのだろう。だが――何処か悲しげなアマデウスの表情が、気になった。




今回はハクとメルトにスポットを当てたオリジナル回でお届けしました。
独占願望。そして、メルトという存在との向き合い方。
ただし黒髭とのタイマンは譲らない。頑なですね。

おまけでアルテミスにちょっと期待するメルト。
きっと清楚で慎ましい美女神を想像していることでしょう。
喜べ少女。君の願いはようやく叶う。


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第六節『三つ星の狩人』

とりあえず今年中に三章完結を目指します。


 

 

「ここが……女神島」

「これまでの島と、雰囲気は変わりありませんね」

 辿り着いた島は、何ら違う雰囲気を感じる訳でもない、普通に見える島だった。

「カグヤ、反応は?」

『サーヴァントはいるね。それがアルテミスかどうかは知らないけど。あと……何これ、凄く小さい反応が一つ』

「凄く小さい……使い魔?」

『ん、分かんない!』

 ……まあ、この返答は概ね予想が付いていた。

 結局は足で探し、答えを見つけるしかないということだ。

「ま、良いわ。サーヴァントがいるなら、それがアルテミスと仮定しましょう。さ、案内してちょうだい」

「やけに楽しそうだな、コイツ……」

 やはり、メルトはアルテミスと出会うのを楽しみにしているらしい。

 まぁ……僕も楽しみではある。

 メルトが敬意を払う存在であれば、やはり相応の存在なのだろう。

『そこから最短で行くと、小さい反応と先にぶつかるけど』

「構わないわ。面倒そうなら無視すれば」

 カグヤが示した位置に向かい、メルトは揚々と歩いていく。

 どうやら反応は森の中だ。

 相変わらずマリーは楽しそうに。アマデウスはそれに乗じ、デオンとサンソンが呆れて追いかける。

 ゲートキーパーは姿すら現さず、霊体化して後をついてきているらしい。

「……ですが、彼は信用できます。先日も、少なからずヘクトールの相手をしてくれました」

 ――とはカレンの弁。

 最初の特異点では殆ど力を貸してくれなかったようだが、どうやらマケドニアの戦いで少し心変わりをしてくれたようだ。

「アステリオス、少し屈みなさい。木の枝が当たるわ」

「ぅ……わか、った」

「……アステリオス。何でも下姉様に従わなくとも――」

「駄メドゥーサ。貴女が私を乗せるかしら」

「……いえ……すみません、アステリオス」

「いい……」

 どうやら自然とエウリュアレを「下姉様」と呼んでしまうらしいヴァイオレット。

 やはり、元になったメドゥーサの影響を多分に受けてしまっているようだ。

 アステリオスの肩に乗り、足をぶらぶらと揺らすエウリュアレは、既にアステリオスとヴァイオレットへの絶対的な命令権を手に入れている。

 自身の足としてアステリオスを使い、メイドのようにヴァイオレットを侍らせる。女神っぷりを早くも全開にしていた。

「にしても……随分アタシの船も大所帯になったもんだ」

「それで足りるかどうかは、分からないけどな」

「……そんなに大きな問題なのかい?」

「少なくとも、これまで僕たちが戦ってきたところはそうだった。僕も――紫藤も、多分な」

「へぇ……アタシらとは違うベクトルの冒険を繰り広げてきたわけだ。良いじゃないかシンジ、ティーチを倒した後にでも聞かせとくれよ、アンタらの冒険」

「構わないよ。僕も、お前とは話してみたかった」

 ドレイクにとっても、シンジの戦いは新鮮なものだろう。

 僕たちは時代を超えて、この事件に立ち向かっている。

 ドレイクすら知り得ない冒険。きっと、宴の席でも盛り上がる話題だ。

 ティーチを倒した後――それが、解決ではないとしても。

 宴の席を設けて、その話で盛り上がっても良いだろう。

『あ、その辺。反応が小さすぎて場所がはっきりしないけど、何かがいる筈だよ』

「何か――と言われても」

 辺りを見渡してみるも、目立つような何かはない。

 魔力の反応も、微弱過ぎて分からないレベル。

 これは、スルーしても良いくらいなのでは――

「あら」

 その時、メルトが声を漏らす。

 視線の先は、小さな茂み。

「メルト?」

「ハク、あれ――」

 メルトが指さす、茂みの陰。

 危険はないと判断し、そこに手を突っ込む。

 

「むぎゅ」

 

「……むぎゅ?」

 奇妙な音、というか声のようなものが聞こえた。

 もさもさとした、毛皮のような肌触り。

 とりあえず、何かを確かめるため、引っ張り出してみる。

「……」

「……ぬいぐるみ?」

 頭を手で掴めるくらいの大きさの、熊のぬいぐるみだった。

 妙に時代錯誤。そして、この島のこんな場所に存在するようなものではない。

「……いる?」

「いえ、いらないわ。私の感性にピクリとも響かない。ここまでブサイクなぬいぐるみもそうはないわ」

 とりあえず、ぬいぐるみも好むメルトに差し出してみたところ、非常に辛辣な評価が渡された。

 確かに……なんだろうか、この微妙な顔つきは。

 作った者は何を思ってこういう顔にしたのだろう。

「……なんだいこれ。アタシが作った方がマシなレベルじゃないか」

「あら。これはこれで可愛いわよ。ね、デオン」

「へ? ……あ、あぁ……そうです、ね。愛着の湧きそうな顔つきではありますね」

「魔力はこれから感じられますね。使い魔……でしょうか」

 マリーを除き、良い評価は持っていないらしい造形のぬいぐるみ。

 まあ、ぬいぐるみに造詣が深い訳ではないが、良いものとは思えない。

「……」

「……なんか、視線を感じるわね」

「私もよ。イヤーな視線」

「わたしもです。なんでしょう」

「奇遇だね、アタシもだ」

「視線も……このぬいぐるみから、ですね」

「……使い魔とは言うが……この視線は……」

「……? みんな、どうしたの?」

 視線が一斉にぬいぐるみに向けられる。

 どうにも……僕が睨まれているようで落ち着かない。

「――わっ!」

「ッ!?」

「ぎょわっ!? な、いきなり何すんだテメ!」

 アステリオスが突然上げた大声に、ぬいぐるみが跳び上がる。

 そして――喋った。

「……あ」

「喋るぬいぐるみなんてレアね。作りが気になるわ。そういうのは趣味じゃないけど、ニーズはありそうね。解剖してみましょう」

「待った。ぬいぐるみじゃないから。ぽいけど違うから」

 身振り手振りまで交えて、ぬいぐるみは思いっきり喋っている。

「で、何なんだお前」

「それはこっちの台詞だな。何者だお前ら……あ、ごめんなさいごめんなさいマジすいません多分味方です」

 メルトが膝の棘を突き付けると、ぬいぐるみは手を上げて降参の姿勢をとった。

 ……多分、戦闘能力はない。

 現状その役目すらも分からないぬいぐるみ。そもそも、喋る以外に何かできるのだろうか。

「あ――――ッ!」

 さて、どうしたものかと考えていると、女性の大声が聞こえてきた。

『あ。サーヴァント』

「ッ!?」

 すぐさま警戒の姿勢をとる。

 今の声には、明らかな怒気が含まれていた。

 戦闘に発展する可能性もある。慎重に――

「ま、待って。一応そいつ敵じゃな――」

「ダーリン――!」

「うわ!?」

 凄まじい速さで接近してきたそのサーヴァントは、僕からぬいぐるみを奪い取る。

 ふわふわとした白い髪の女性だ。荘厳な雰囲気を纏う弓の弦に座って浮遊している。

「ダーリン、また浮気したの!? 私がいるのに! 私というものがありながら!」

「あだだだだだっ! 脳が! 脳味噌が潰れる! あるか分かんないけど!」

「もう怒りました! 我慢の限界です! お仕置きです!」

「もうしてるじゃん!? ふぎ!? ぐえ!? もぎゅ!?」

「……」

 目の前で、喋る熊のぬいぐるみを折檻する女性。

 彼女がこの島のサーヴァントらしい。

 まったく状況は分からないが……見たところ、この熊はこのサーヴァントの使い魔なのだろうか。

「あの……」

「何よ!? これは男女の問題よ、口出し無用よ!」

「……もういいわ。期待したのにこのザマよ。所詮神霊の召喚なんてレアケースだったのよ」

 露骨にメルトは落胆している。

 当然か。アルテミスに会えると期待して来てみれば、いたのは奇妙なぬいぐるみとテンションの高い女性サーヴァントが一人。

「あら、貴女――」

「なに? 貴女に用はないわ。私が用があるのは――」

「よく見れば、私じゃない」

「は?」

 不機嫌を隠さないメルトに、女性は意外そうな表情を向ける。

 メルトが……(じぶん)? 一体どういう……。

「それにそっちの貴方……」

「僕?」

「いつか会ったわね。あれはそう……確か、私の力を貸してあげた時かしら」

 ――僕が、彼女に力を借りた?

「ハク、どういう事? 私、こんなサーヴァント見た事ないんだけど」

「いや、僕も会ったことなんて――」

「えー心外。これじゃ私だけじゃなくてレヴィっちもサラっちも怒るわよー」

 不満を訴えて来る女性だが、記憶の何処を探ってもこの女性の記憶は存在しない。

 それどころか、今名前が出てきた「レヴィっち」「サラっち」なる人物も――

 ――――ん?

「レヴィ……サラ……?」

 レヴィ――――アタン――――サラ――――スヴァティー――――。

 …………。

 ……………………。

 …………………………………………。

 ……いや、まさかまさか。

 そんな筈はない。そんな筈はないが、僕やメルトは多分、このサーヴァントの真名は聞いてはいけない。

「……さ、メルト」

「……? 何よ、ハク」

「帰ろう。船に戻ろう。このサーヴァントたちの正体は僕たちが知るべきじゃ――」

『ねー、君、真名は?』

「カグヤ――――!!」

 一切空気を読まないカグヤの質問。

 それに女性は、不思議そうに空を見上げ、首を傾げたあと――

「え? アルテミスだけど」

「――――――――」

「――――――――」

 ――――その周囲一帯の、世界が制止した(または歴史が動いた)。

 

 

「よし、何となく事情は理解した。この時代の異常をどうにかしないといけない訳だ」

「ねーねーダーリン。何もしなきゃこの世界、永遠じゃない?」

「いや、違うだろ多分。これは俺の直感だが、放っておいたらこの世界は終わるな」

「ワオ、第六感? ダーリンかっこいい!」

 シンジが彼女たちに状況を説明している間、僕たちは衝撃で碌に頭が回らなかった。

「嘘よ。アルテミスよ? 清廉で美麗なる狩猟女神。そうでなければならない神性。嘘よ。アルテミスが、あんな。あり得ないわ、私の中に、あんなスイーツ女神が在るなんて、あってはならない事なのよ。だってそうじゃなきゃ、私までスイーツみたいじゃない」

「……」

「……あの。お母さま、お父さま、大丈夫ですか?」

 ――アルテミス。

 ギリシャ神話に名高き狩りの女神。

 ああ、確かに一度、力を借りたことがある。

 キアラに対抗すべく、神話礼装を解放した時。

 あの時、この姿を見た訳ではないが、確かに女神と邂逅したと言えるだろう。

「ところではっくんもメルトも、どうしたの? まるで信仰していた神が死んだみたいな顔してるけど」

 あながち間違ってもいない。

 というか、メルトからすればまったくそのような気分だろう。

 メルトが信じていたアルテミス像は、ここに消えたのだ。

 というか何だろう、はっくんって。

「まあ、一つ分かるのは間違いなくお前のせいって事だな」

「ひどい! 私が何をしたっていうのダーリン!」

「したっていうか、存在そのものにショック受けたっていうか。まあ分かるよ。神と初めて会った時はそうなるって」

 熊のぬいぐるみ――聞くところによると、彼もまたサーヴァントらしい。

 というか、正しくは彼がサーヴァントとしての本体であり、アルテミスは彼の霊基に付随し、英霊としての主導権を奪取したとか何とか。

 英霊を基盤にした神霊代理召喚。まあ……縁深い神霊であれば、そのようなことも可能なのだろう。

 彼はオリオン。アルテミスと同じくギリシャ神話に語られている狩人だ。

 ギリシャ屈指の狩人であったが、アルテミスと恋に落ち、それが原因でアルテミスの兄アポロンの怒りを買い、命を落とすことになる。

 オリオンは今回、アーチャーとして召喚されたが、見ての通りアルテミスに主導権を奪われ、現在は力のない熊のぬいぐるみの姿になっている。

 本人曰く、「限りなく役立たず」。完全にアルテミスに依存しなければ現界すら保てないらしい。

 彼もまた、自由気ままな女神に振り回されているのだろう。

「ま……いいや。女神だし、とんでもなく強いんだろ? 力貸してくれないかい?」

「え!? コレ連れてくの!?」

 普段のメルトとは明らかに違う驚愕。

 拒絶も含まれたそれは、尚も目の前の光景が信じられないというものだ。

「まあまあ、好き嫌いするものじゃないわ。この女神様とどういう関係か知らないけれど、話してみればきっと仲良くなれる筈よ?」

 事情を知らないマリーは、多分仲が悪い相手とでも思っているのだろう。

 だが、メルトは首を横に振る。

 余程にショックなのだ。自分に、こう――甘たるい女神が組み込まれているという事実は。

「メルトリリス。選り好みは出来ません。きっと心強い味方になることでしょう」

 ……多分、ヴァイオレットの肯定には意趣返しも含まれている。

 エウリュアレと出会ってしまった。それに比べれば、自身の中身と出会うくらい――と。

「……ハクぅ……」

「うん。……まあ、うん。強く生きよう。まだレヴィアタンがいるから。きっと、メルトの大部分はレヴィアタンだから」

 アルテミスは、この通りだ。

 サラスヴァティーは神話礼装を獲得する折、助言を受けた。

 あの時、二つの性質を見せたが……どちらも、メルトとは似ても似つかないものだった。

 であれば、きっと残る一柱、レヴィアタンこそ、メルトの主を構成する女神なのだ。絶対にそうだ。

「んー? レヴィっちも可愛いけど、メルトより堅物な――」

「もう言わないでやれよ……よく分かんないけどお前あの娘の地雷踏みまくってるんだって……」

 どうやら本来は空気の読める好青年らしいオリオン。

 彼の気遣いに感謝しつつも、もしかしたらレヴィアタンも、メルトと全然違うのでは――と悪い想像をしてしまう。

 ともあれ――ここに新たな仲間を得た。

 先日のティーチに続き、メルトの厄日と引き換えに。




オリオン と アルテミス が なかまに くわわった!

まあ、オケアノスにメルトが参戦すると当然こうなります。
お前がスイーツになるんだよ!

アルテミスが記憶持ちなのは神霊的シンパシーとかそういうアレです。
自身が組み込まれていることに関しては別段、どうとも思っていません。


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第七節『アン女王への復讐』

エリちゃんがアルターエゴになった。
何を言っているのかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった……
頭がどうにかなりそうだった……サクラファイブだとか殺生院キアラだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……


 

 

 意気消沈のメルトを支え、どうにか船にまで戻ってくる。

「お、姐御! その人が例の女神で?」

「ああ。女神アルテミスだ。エウリュアレ同様、失礼がないようにな!」

 頭の痛い話だが、それでもアルテミスは神霊だ。

 オリオンも、力は失っていれどその理性は健在。

 彼が神話で培った知識や見識は頼りになるだろう。

「ねーねーダーリン。あれやろうよ。船首で手広げるアレ」

「うん気を付けてね。海に落ちないようにね」

「ひどい! 後ろから支えてくれないの!?」

「あのさあ! 俺ぬいぐるみだからね!?」

 ……不安だ。

「さて。そろそろやるのか?」

「ああ、頃合いだ。ティーチの野郎に一泡吹かせてやろうじゃないか」

 戦力的には、十分と言える。

 相手のサーヴァントは五騎。

 ヴァイオレットが参戦してくれて、アステリオスにエウリュアレ、そしてオリオン――戦うのはアルテミスのようだが――が協力してくれたのは大きい。

 今なら申し分ない。

 彼らが完全に悪の英霊、この時代の災厄側に動くサーヴァントたちなのかは分からない。

 だが、ドレイクにとってはリベンジであり、僕にとっては清算だ。

 私情で英霊と戦うなど、この事件の中にあってはならない事だと思うが――。

「場所は分かるのですか?」

「問題はそこだけど――メルト、どう?」

 マスターがここに集まっている以上、カグヤが観測できる範囲も広くはない。

 だが、幸いにも舞台は海。それをカバーする手段が、此方にはある。

「…………はぁ。あまり言いたくなかったけど。ええ、捉えているわ。かなり感覚も薄くなっているけど、サーヴァントを特定するくらい造作もないわよ」

 メルトの性質は完全流体。

 地上に降りるためにサーヴァントとして階梯を下げている今ならばまだしも、本来ならば海にさえなれる存在だ。

 よって、この時代に来た最初の日、海に一滴、メルトの力を落としていた。

 もうあの場所からは随分と離れてしまったが、徐々に広がっていったメルトの一部はようやくティーチの船を捉えたようだ。

「へぇ、仕組みは分からないけど、上々だ。とっとと向かうよ! アイツらとの因縁、断ち切ってやる!」

 メルトの指示した方向に、船は発進する。

 気を引き締める。この時代、一つの大きな戦いだ。

「……ハク」

「ん?」

「……本当に、戦うつもり?」

 まだ撤回できる。否、いつでも撤回は許される。

 そんな、諭すような声色だった。

「――ああ。ティーチとは、僕が戦う。メルトはアンか、メアリーを相手取ってほしい」

「……どれだけ言ってもやめないのね。いいわ、死なないって言ったものね。なら、良いわ。全身全霊で勝ちなさい」

「了解だ。絶対に、負けない」

 頑なに意思を変えない僕に呆れるメルトを見るのは、これで何度目だろうか。

 メルトが認めてくれるならば、尚更負ける訳にはいかない。

「――貴女も。責任は重いわよ。聞こえているか知らないけど、分かってるわね」

 言いながら、メルトは指で僕の左手をなぞる。

「気付いてたのか……」

「気付かない訳ないでしょ。いきなりハクがあんな動き出来るなんて、コレが力を貸した以外考えられないわ」

 ああ、間違いない。ティーチの動きに対応出来たのは、彼女のおかげだ。

 また力を貸してくれるかは分からない。そもそも、どういう仕組みだったのかも。

 彼女は死んだ。あの一夜に、彼女は残された。

 それが未だ意思を持ち、僕に協力が出来た理由。或いは、この腕に宿る彼女の一部が関係しているのか――。

 いや、今は考えずともいい。次も助力してくれるならば幸いだ。そうでなくとも、自力で戦い抜いて見せる。

「ハクは今回限り、貴女に任せるとして――ええ。他のサーヴァントたちは私たちがどうにかするわ。ハクはアレとの戦いに専念しなさい」

「分かった。頼む、メルト」

 メルトも、カレンも、シンジも、ヴァイオレットも、無条件の信頼がある。

 契約するサーヴァントも。そしてこの特異点で出会ったサーヴァントたちも、協力の意思を見せてくれた。

 僕はティーチの相手に集中すればいい。それが、僕のすべきこと。

「ただ、どうするかね。船同士の撃ち合いになったら、悔しいが『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』に勝ち目はないよ」

 そうだ――戦いの場は船。負ける事はなくても、船が破壊されればそれまでだ。

 この船の耐久力を、せめて彼らの船に匹敵する程度まで引き上げないと。

「だったら、コイツの宝具で良いんじゃないか? 確か、そんなような事出来たろ」

 シンジの提案は、ヴァイオレットを指してのものだった。

 ――なるほど。ヴァイオレットは規格外な騎乗スキルを有し、かつ騎乗物を強化する宝具がある。

 彼女の能力ならば、船の極限までの強化が可能だ。恐らくは、彼らの船にも劣らない程に。

「ヴァイオレット、出来る?」

「無論です。耐久力、速度のみならず、砲の威力も底上げ出来ます」

「へえ。そりゃ願ったり叶ったりだ。じゃ、そのホーグ? っての使っとくれよ」

「ええ、この行動に無駄はないでしょう。十分有効な使用と判断しました。浸透せよ――『攪拌せし乳海の手綱(アプサラス・サムドラマンタン)』」

 ヴァイオレットから分かたれた繊維が、船に浸透していく。

 浸透したものの基本性能を大幅に引き上げる、アプサラスを基にした宝具。

 全身を使ったものではない。この後の戦闘を想定し、ヴァイオレットは力を残している。

 それでも、浸透しきった瞬間から、その変化は感じられた。

「おお!? なんだ!? メチャクチャ速くなったぞ!?」

「凄え! ヴァイオの姐さんか!?」

「これならあの船にも負けませんぜ、姐御!」

「ああ、想像以上だ。幸先がいい、こりゃ負ける気がしないねえ!」

 盛り上がる船員たち。速度はこれまでとはくらべものにならなくなった。

 これならば、ティーチの船もすぐに見つけられよう。

「カグヤ、この速度だと、あとどのくらい?」

『ん。あと二時間ってところかな。意外と近くにいて助かったねー』

 戦いは、二時間後。

 作戦を考える時間は十分にある。

 その後、暫く作戦会議が行われ――あっという間に、その時間はやってきた。

 

 

「さあ、接近するよ!」

 ティーチの船を発見し、船は一層速度を増す。

 当然、向こうには捕捉されているだろう。

 だが――彼らは先制攻撃が出来ない。

 何故ならば――

「……まったく。女神を壁にしようなんて、なんて不遜なのかしら。駄メドゥーサがいなければ絶対認めなかったわよ」

「彼らは貴女を求めていると聞きました。ならば、手は出さないでしょう。先制攻撃でアドバンテージを取る必要がある――下姉様、貴女の力が必要なのです」

「はいはい。じゃ、やるわよ」

 エウリュアレはサーヴァントのクラスとしてはアーチャーに該当する。

 この遠距離であっても、攻撃は可能だ。

 弓に矢を番え、ティーチ目掛けた第一射を――放つ。

「……ちぇっ、外れたわ。ううん、これは外してしまった、ね。あんなのに当てたら矢が可哀そう」

「あの……真面目にやっていただけますか」

「うるさいわよ駄妹。いいの、これで。本人に当てるより、別の誰かにぶつけた方が有効なのよ」

 続けて第二射、第三射――そうしているうちに、聴覚の強化を掛ければ声が聞こえるまでの距離に近付く。

「同士諸君! エウリュアレたんの矢に当たったら即座にぶち殺すんで、そのつもりで!」

「へ? 何言って――っあ!?」

 ティーチの警告に疑問を投げた船員が、次の瞬間最初の餌食になる。

 その矢を抜こうとした船員の手は、矢を掴む前に止まった。

「ッ、ぁ、あぁぁぁぁ! お前ら! エウリュアレ様のために死ッ――」

「なっ――」

 その手が剣を抜く前に、船員の首が飛ぶ。

 至極面倒そうに、そしてどうでも良い事のように、力なく振るわれたティーチのカトラスが、その船員の首を断ったのだ。

「あーあ。味方の血でも剣は錆びるんDEATHよ? そういうワケだから、矢が刺さった連中はすぐに始末するようにー」

『あ、アイアイサー!』

 あまりにもあっさりと、ティーチはその部下を切り捨てた。

 ふざけているのは言葉のみ。

 ……あれが、ティーチの本性なのかもしれない。

「バレてたか。ま、私の宝具が必殺になっただけでも収穫ね。さあ、第二波頼むわよ、アルテミス様!」

「はーい! アベック・オブ・オリオン、行っきまーす!」

「古い。微妙に古い。いや、この時代からしたら十分新しいんだろうけど」

 オリオンを肩に乗せたアルテミスが、ふわりと軽やかに跳躍し海に()()、海面を走り、ティーチの船に乗り込む。

 ポセイドンの加護により、水面に立つ力を有するオリオン。

 アルテミスが主となった今でも、その力は健在。

「て、天使……! 二次元(エレクトリック)じゃない天使(エンジェゥ)がこの世にはいたのじゃ……!」

「ッ、サーヴァント!」

「初めましてー、オリオンでーっす。全員射殺しちゃうぞー!」

 アルテミスが弓を振り回すと、番えてもいないのに矢が射出される。

 そしてそれらは不規則な軌道で駆け回り――船員を射抜いていく。

「……どういう仕組みなのよ」

「まあ、良いんじゃないかな。作戦通りに注目を受けてる」

 アルテミスは言わば囮――本命はオリオンだ。

 彼女が戦っている間に、目立たないオリオンは一人動き、作戦を実行している。

 それが完遂されるまでアルテミスは持ちこたえてくれればいい。

「ッ――来るわ、ハク!」

「――アンか!」

 メルトが飛んでくる銃弾を打ち払う。

 あちらの船でマスケット銃を構えるのはアン・ボニー。

 ライダーのサーヴァントながら、その腕前は十分アーチャーで通用するだろう。

 次々に放ってくる弾丸は、単調な動きならばそう対処も難しくはない。

 だが――

「跳弾!」

「くっ――!」

 床や壁、果ては海面にさえ反射し、軌道を変える銃弾は跳ね返るまで何処に飛んでくるか分からない。

 メルトやヴァイオレット、デオンは問題なく守れているが――戦闘に特化したサーヴァントではないサンソンは少なからず被弾している。

 アステリオスは銃弾の一発や二発、ダメージにもならないだろうが――数を受ければやがては痛手になるだろう。

「アマデウス! サンソンとマリーを援護! 二人は防戦に徹しろ!」

「ウィ!」

「仕方ないか――!」

 シンジが素早く命じ、防御の体勢を確立させる。

 アマデウスが奏でる、音を媒介とした音楽魔術。

 空気の強い振動で弾丸の動きを鈍らせ、或いは軌道を変化させる。

 速度の落ちた弾丸であれば、マリーとサンソンでも迎撃が叶う。

「アルテミス! 準備できたぞ!」

「はーい! さ、逃げるわよダーリン!」

 メアリー、そしてエイリークの攻撃を回避しつつ、船員を射抜いていたアルテミスがオリオンを回収し、船を飛び降りる。

「ドレイク! 今だ!」

「よっしゃあ! 操舵手、取り舵一杯! 衝角(ラム)であの土手っ腹を食い破るよ! 行けるねヴァイオレット!?」

「はい、全員、衝撃に備えなさい!」

 突撃する。船の速度と二人のアーチャーの健闘で完全にアドバンテージを取った。

 そしてこれが、その先制攻撃の終わり――!

「ぬっ……いかん、守りを固めるでござる皆の者!」

 察知することが出来たのは、ティーチとサーヴァントたちのみ。

 そして、その来たる衝撃に備えることが出来たのはほんの僅かな船員たち。

「ば く は つ す る ―――!」

 ティーチの船の火薬庫が大爆発を起こす。

 オリオンに任せていたのは、火薬庫の導火線に火をつけること。

 姿が小さく目立たない彼だからこそできた事。

 大きく揺れた船。対応の出来なかった船員たちは海に投げられ、落ちていく。

「ッ、船長! どうすれば!」

「お、おおおオチケツオチケツ! こういう時はまず服を脱ぎます。アン氏、アン氏! アン氏もズボンを脱い」

「次言ったら撃ちます」

 ……今警告の前にティーチの首元を銃弾が抜けていったような。

 いや、彼らの漫才は今は良い。

 僕たちも衝撃に耐える。そして、互いの船がぶつかり――!

「くっ、『黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)』――!」

「さあ命乞いを考えておくんだね! 略奪開始だ、乗り込むよ、野郎共!」

「おぉ――――!」

 出来る限り、相手を追い込んだ。

 後は僕たちが、サーヴァントを倒す。

「ハク、信じてるわよ!」

「ああ!」

「行きなさい、アステリオス、メドゥーサ!」

「ぅ、ぅううううううう!」

「だから私はメドゥーサでは……」

「行きます。ゲートキーパー、ヘクトールの相手を」

「はいはい。ま、少しくらいはやってあげるよ」

「混戦だな――いくぞ! マリー、アマデウス、サンソン、デオン!」

 さあ、決着だ。

 黒髭海賊団との戦いは、ここで終わらせる――!




黒髭海賊団との決戦前まで。
黒髭が喋りだすと途端に執筆速度が遅くなる不具合。お前はなんなんだ。


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第八節『激戦』

今週のApoでジャンヌの妊娠発言が無かったので不貞寝します。


 

 

 真っ直ぐ、ティーチに向かう。

 メルトがメアリーを。ヴァイオレットがアンを。

 ゲートキーパーとシンジのサーヴァントたちがヘクトールを牽制し、道を拓いてくれている。

 そして――

「ぅぅううううううううッ――――!」

「ゴアアアアアアアアアアアッ!」

 アステリオスとエイリーク。二人のバーサーカーは早くも本格的な戦いを開始している。

 筋力ステータスは、天性の魔として産まれたアステリオスに軍配が上がる。

 だが、エイリークは一切劣っていない。どころか、有利に立ち回っている様子さえあった。

 あれは何らかのスキルによるものか。

 しかし、アステリオスはエウリュアレがサポートしてくれている。

 遊撃手として自在に跳ね回るアルテミスもいる。皆は問題ないと思うほかない。

 僕は、ティーチとの戦いに集中すればいい。

「来たかよ我がライバル! 拙者は今、『アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)』の頂にいる、これがどういう事か分かるでござるか! この拙者が世界で一番! イケてるメンズだっていう――」

「ティーチ――――!」

「口上くらい言わせてくれませんかねぇ――!」

 近付く前に弾丸を撃ちこむ。

 彼はライダー。対魔力を有するサーヴァントにはダメージを与える程には至らないが、それでも多少の牽制にはなる。

「ククク、だがこの程度では死なないのがこの黒髭。負ける事など微塵も考えた事ありませんので!」

「――ハッ、言うじゃないか同業者」

「――BBA(ドレイク)か!」

 隣に立ったドレイク。彼女も、ティーチも、敗北など考えていない。

「おうよ、どうせアタシらどっちも悪党だ。敗者がクズ、勝者が正義。やろうじゃないか黒髭、アンタの正義、同じ悪党として踏み躙ってやるよ」

「トゥンク……おおう、BBAの癖に格好良すぎるんじゃないの。なに、拙者をヒロインにでもするつもり? 拙者、イラストも嗜んでいる身でござるが服脱いでいくCGの差分、面倒なのよねアレ」

「なあ、ハクト。アタシ、アイツの言っていること本気で理解できないんだけど」

「僕もだ。多分、分かっちゃいけない事なんだと思う」

 恐らくこれは、一生涯必要のない知識なのだろう。

 メアリーと交戦するメルトが小さく「あ、分かるわ」とかぼやいていたが、多分気にしなくて良いことだ。

 しかし……口調はふざけているが、隙は見られない。

 やはり、彼はあれでも只者ではないらしい。あれでも。

「さ、それはともかく、決着を付けるか! 二対一結構、拙者サーヴァントでござるからな!」

「そういうワケだ。ハクト、一緒にやるよ。悔しいがこの差は聖杯とやらじゃ埋められない。人っ子二人とサーヴァント一人、良い条件じゃないか?」

「――分かった。やろう、ドレイク――!」

 ドレイクがカトラスを引き抜く。左手には拳銃。どちらも聖杯の影響で、サーヴァントにさえ通用する神秘を有している。

 危険なのにも関わらず、彼女が前線に出るのは、海賊の長としてだろう。

 ならば、共に戦う。同じく、黒髭との逃れ得ぬ因縁を持つものとして。

 準備は万端。激情で動く訳ではない。

 決着術式による宝具の継続使用は魔力の消費が激しい。

 だが――僕とて決着術式だけを頼ってはいない。いざという時、メルトと離れた時、身を守る手段は必要だと、メルトを説得して作り上げたものがある。

 魔術師として、それまで自身の魔術礼装も持たず、特異な切り札にばかり頼ってきたというのは異端なのだろう。

 否、今も異端なのは変わらないか。元よりマスターは、前線に出るものではないのだから。

起動(セット)、『白き七つの月奏曲(サクラ・ラプソディー)』――第二曲、『愛憎のサロメ』!」

 決着術式とは別の、あの事件の後に作り上げたコードキャスト。

 七人のアルターエゴに準えた術式。決着術式ほどの爆発力はないが、コストとそれぞれの役割に特化した使い勝手の良さがある。

 『愛憎のサロメ』は白兵戦に特化した術式だ。

 手に持つ双剣と、その剣に並列に展開される左右四つずつの刃。

 合計十の刃は長い爪。言うまでもなくリップの戦闘方法を元に組み上げた術式だ。

 振るえば軽く、それでいて斬撃は重い。ローズの双剣のような武器を絡め取る形状はしておらず、特殊な効果を持っている訳でもないが、剣としての使い勝手であれば此方が勝る。

「まーた何か主人公っぽい武器を……アンタも拙者ルートを開拓する気でござるな?」

「あり得ない。一生ない。死んでもない」

「怒涛の拒絶三段活用ゥ! 拙者全然悔しくないんだからねっ! と今時時代遅れなテンプレ発言をしてみるテスト!」

 ……もう始めて良いだろうか。

 何というか、このサーヴァントに喋らせているといつまで経っても話が進まない。そんな気がするのだ。

「もう多分アレだね。幾ら話してても身にならない。とっとと決着付けるよ!」

「あ、ああ――!」

「掛かってくるでござる。拙者は実は一回刺されただけで死ぬぞぉ――!」

 そんな訳あるか、と内心で突っ込みつつも、戦闘を開始する。

 同時に、以前と同じ、体の軽さを感じる。

『また貴方は……何処まで死に上がりの私を酷使するんですか!』

 それは、すまない。今回限り、僕に力を貸してほしい。

 僕の手で、ティーチを倒したいのだ。

『……後でお説教が必要ですね。先日ほどの出力は出来ません。細心の注意を払いなさい!』

 双剣に対し、ティーチは右手にフックとカトラス、そして左手には拳銃。

 彼女の言う通り、前回ほど体が動く訳ではない。

 簡単に攻め切ることは出来ないが、今回此方は二人だ。

「そらよ!」

 ドレイクのカトラスをフックで受け止め、振り下ろした十の刃を逆手に持ったカトラスが防ぐ。

 ごく近距離でのドレイクとティーチの銃弾の応酬。弾丸に弾丸をぶつけ相殺する絶技が刹那の間に繰り返される。

「チッ……片手じゃつらいでござるな! 黒歴史系勇者とは違うのであった!」

 僕たちを弾き返し、カトラスを左手に、銃を右手に持ち直す。

 両手を近距離に対応させた。それでいて銃も使える辺り、あのフックは思った以上に厄介だ。

「どれか一つでも奪えればいいんだけどね。やるじゃないか黒髭」

「BBAに褒められても嬉しくないですぞ! まだ拙者本気出してないですし!」

「へえ。だったら本気出せよ。最後が手抜きの戦いなんて死んでも死にきれない。いつだって海賊稼業は破産覚悟だろ!」

「ぐふ、その通り! 良いこと言うでござるなあBBAは! ならリクエストにお応えして拙者の新曲(ほんき)見せちゃうんだから!」

 ……多分、ティーチは十分本気で、いつものふざけた口調の一環だっただけではないだろうか。

 これで会話が成立しているのが奇跡に思える。

 ともかく、ティーチの動きには付いていけている。

 加えて――

「ッ、このっ――」

「貴女一人なら造作もないわ。さっさと片付けてハクに合流させてもらうわよ」

 メルトも戦いを有利に運んでいる。

 メアリーの、海賊としての担当はカトラスによる切り込み。

 だが、真価であるアンとのコンビネーションは今は発揮できていない。

「くっ……なんて奇怪な体をしていますの!? まるで弾丸が当たらない……!」

「当たったとしても大した傷にはなりませんがね。まあ、当たる可能性は低いものですが」

 ヴァイオレットは、相手取っているアンとの相性から確実に追い詰めている。

 弾丸も剣も、当たらなければ意味がない。

 体の繊維化をうまく利用することで、ヴァイオレットは放たれる弾丸悉くをすり抜けさせ、回避している。

 メルトとヴァイオレットにコンビネーション能力などないが、個々で相手をすれば相手の長所を殺すことが出来る。

 そして、僕たちも。

「――おぉぉッ!」

「そらそらそらっ!」

「ッ、ッ――!」

 二対一のアドバンテージは大きい。

 少しずつ、しかし確実にティーチの隙を見つけ、追い込む。

 決定的な一撃を与えられる瞬間まで、彼に奥の手がなければ、このまま押し切れる。

 ドレイクと入れ代わり立ち代わり、互いの持てる最善手を打ち込む。

 いつしかティーチからも、目に見えた余裕が消えていた。

 行ける――半ば確信をもって、次の一撃を叩き込もうとした時だった。

「くっ、こうなれば――アン氏、メアリーたん!」

「ッ――分かったよ船長!」

「いつだって準備は万端ですわ! 背水の陣が海賊の常ですもの!」

 何かをする――止めようとする前に、ティーチが大きく距離を開く。

 そして手に持った銃を――――投げ捨てた。

「なっ……!?」

 更に腰に下げていたもう一丁を同じ方向に投げる。

 その先にいるのは、アン。跳弾の連撃でヴァイオレットを引き離し、そのままマスケット銃を蹴り飛ばした。

 同時期、メアリーもまたメルトの攻撃を受け流し、それを隙として距離を開ける。

 メルトが体勢を整える僅かな時間、逃げた先は――アンが銃を飛ばした方向。

「アン!」

「ええ、メアリー!」

 メアリーの投げたカトラスが、マスケット銃と交差する。

 徒手となったアンを追撃せんとしたところに、背に向かって投げられた剣を見逃すヴァイオレットではない。

 即座にその剣の軌道を把握し、弾き飛ばす。だが――

「計算通り!」

 その先にいたのは、ティーチ。

 ティーチがメアリーのカトラスを受け止める。メアリーがアンのマスケット銃を受け止める。アンがティーチの二丁拳銃を受け止める。

 

『――――舐めるなよ、海賊を!』

 

 得物の総入れ替え――――!?

 全員が呆気に取られていた。

 性質の変わった二丁拳銃。マスケット銃を超える速度がヴァイオレットの繊維を捉え始める。

 マスケット銃を剣のように近距離武器として扱い、メルトに打ち込みながら銃弾まで交え始めたメアリー。

 そして此方の双剣への対応を盤石とするように二本のカトラスを構えるティーチは、フックでドレイクの拳銃を弾き飛ばす。

「お前――!」

「何でもありが海賊だ! そうでおじゃるな、フランシス・ドレイク!」

「ああ、その通りだよチクショウめ! こりゃあいよいよ決死じゃないとねェ!」

 慣れていない武器ならば、大した脅威ではないだろう。

 だが、そこはやはり海賊か。それぞれの武器ならば問題ない程度に熟練している。

 この戦法で、劇的に戦況が変わるということはない。

 だがそれぞれ、相手の戦い方に応じた武器に変えることで少なからず、その不利を脱却していた。

「行くでござる行くでござる! アン氏! メアリーたん! プランBですぞ!」

「そんな名前だったのアレ!?」

「どうせ船長が後から決めたんでしょう! ともあれ、ラジャーですわ!」

 そう宣言しつつも、剣戟に何ら変化が現れたようには見えない。

 カトラスが二本になったことで、苛烈さを増し攻め切ることが難しくなっている。

 それでも、対処しきれないほどではない。

 傍目では、メルトとヴァイオレットも少しずつ順応し始め、徐々に攻勢を取り戻している。

 気付けば、彼女たちもごく近い場所で戦っていた。

 示し合わせたように、同時に打ち込み、ティーチ、アン、メアリーを同じ場所に追い込む。

 三人同時に倒せる――半ば確信は、彼らの笑みによって打ち消される。

「ッ――――!」

 ごく近距離。トドメのために此方が体勢を整える僅かな時間でも、もう一度武器を入れ替えるのには十分だった。

 ティーチが二丁拳銃を。メアリーが二本のカトラスを。そして、アンは己のマスケット銃を取り戻す。

 これは――まずい。

 四人が密集している。これは、すぐさま全員離れるべきだ――

「逃がしませんわ!」

 だが、見越していたようにアンが弾丸を放つ。

 跳弾の檻は僕たちを逃がさない。ヴァイオレットが繊維で以て叩き落すも、既に彼らのフォーメーションは確立されている。

「これこそが! カリブの海を生きるための必須科目!」

「常に海賊稼業は危機の中、ゆえに私たちはいつだって命を燃やす!」

「さあ! これがカリブ海の略奪だ! カリブの海賊は凶暴ですってなぁ!」

 跳弾の檻。正確無比な狙撃。そして行動を制限する狙いを定めない連射。

 味方でさえ、何の躊躇いもなく銃弾は穿つ。

 放たれた弾丸はそれ以降操作が出来ず、味方にとって何より恐ろしい武器になるだろう。

 だというのに――彼女は恐れていない。

 寧ろ、それこそが自分の生き様だとでも言うように、構える。

「メルト!」

「ええ――!」

 防御膜の展開。銃弾はこれである程度防げる。

 だが依然としてその外へ退避することは出来ず、膜を貫く弾丸も少なくはない。

 そして何より、迫りくるものはそれだけではない。

「行くよ! アン! 船長!」

「武運を!」

「恐れるな! くじけるな! くよくよするな! 何事にも動じぬ精神こそが最強の武器でござる!」

 この敵味方等しく撃ち抜く銃弾の嵐に自ら飛び込む、もう一つの弾。

 無謀に生きた生涯を象徴するように、その体にはありとあらゆる傷が刻まれている。

 被弾を厭わず――否、被弾すればするほどに、彼女(メアリー)は追い込まれ、その真価を発揮する。

 追い込まれ、窮地に陥ることこそ海賊の本領。これが、カリブの海賊の戦い方――――!

『――『比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)』ッ!』

「With黒髭(ブラックビアード)ッ!」

 三人で、アルターエゴさえ含めた四人にチェックメイトを言い渡す。

 生前剣の向きを同じくしなかった海賊さえ交えた圧倒的なコンビネーション。

 ここに、決して逃れ得ぬ死の檻は完成された。




宝具ばかり使っていたハクに、遂に新コードキャストが登場です。
これまでの章で出ていなかったのは白兵戦の必要がなかったから。是非もないよネ!

さて、海賊ズは謎の戦闘能力を発揮。
武器交換アクションはロマン。ゴーカイジャーでもそう言ってる。


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第九節『白VS黒』

怒涛の三日連続更新。多分二度とない。

メカエリチャンは二号機を選びました。あのシルバーが溜まりません。
あと、エゴ二人との会話もありますしね!

さて、決戦続き、どうぞ。私は悪くない。何も悪くない。反省はしない。


 

 

「ッ――――!」

 メアリーが狙うのは、弾丸の防御に集中しているメルトだということはすぐに分かった。

 振り下ろされる二本のカトラスを受け止める。

 そのまま弾き飛ばそうとし、力を入れ――

「経験が足りないよ!」

「なっ……!?」

 メアリーはそれに対抗することなく、受け流した。

 バランスを崩し、前に体が崩れていく。

 ながら、追撃はない。既にメアリーはドレイクとヴァイオレットにそれぞれのカトラスで切り込んでいる。

 応戦する二人は、メルトの防御を貫いてくる弾丸に圧され、十全な対処が出来ないでいる。

「ハク!」

「大丈夫、防御を継続して――ッ!?」

 立ち直り、二人の援護に向かおうと振り向いた瞬間、突き出された刃を咄嗟に防御する。

 サーヴァントにも通ずる、体の軽さがなければ今の防御はままならなかっただろう。

 メアリーはこの弾丸の嵐を一切気にしていない。

 それゆえか、三人に対し、たった一人で切り合っている。

 僕はメルトを守るので精一杯で、どうにも攻め切ることが出来ない。

 飛んでくる弾丸を弾いているのはヴァイオレット。実質的に、まともに戦えているのはドレイクだけ。

 それが原因か。メアリーはその小柄さとステータスからは想像だに出来ない苛烈さで以て、有利を勝ち取っていた。

「この……っ、やるじゃないか、そんなナリで!」

「こちとら生粋の海賊だからね! 大儀のあったフランシス・ドレイクとは違うのさ!」

 弾丸が一発、メアリーを貫く。

 しかし、それで彼女が止まることは無い。

 寧ろ、更に速度と力を増し、余計に僕たちを追い詰めていく。

 根性、気力、そういったものでは計れない戦闘能力の増加。

 もしかして――これはメアリーの宝具か。

 常に窮地であったからこそ、『追い詰められるほどに力を増す』宝具。

 ダメージを受ければ受けるほど、メアリーは強化されていく。

 そして、それはその相棒も変わらない。

「ハク! 危ない!」

「え――――づぁっ!」

 脇腹を裂くような痛み。これは――アンの狙撃か!

 二人一組のサーヴァントとして、メアリーのダメージはアンの損傷としてもカウントされる。

 メアリーが傷を受ければ、アンの銃撃も強化される。

 マズい、これは完全に彼女たちの空間だ。メルトが動けない今、このままでは壊滅さえあり得る。

 ならば――この状況を変える。これ以上アンとメアリーが強化される前に、決着をつけるしかない。

「ドレイク! ヴァイオレット! メアリーの足止めを!」

「くっ――何か策があるみたいだね! 割と厳しいけど、少しならやってやるよ!」

「了解しました。迅速に、なすべきことを!」

「逃がさな――!?」

 ヴァイオレットが素早く移動し、メアリーのみを捉える形で眼鏡を外す。

 空間凍結の魔眼。世界さえも魅了させるヴァイオレットのid_esがメアリーの動きを停止させた。

 地上に降りるにおいて、階梯を落としているヴァイオレットでは、完全な固定は叶わない。

 だが、それでも足止めには十分だ。

「メルト、ティーチとアンを倒す! 行くぞ!」

「ええ――行くわよ、ハク!」

 既にメルトは僕の考えを理解していたらしい。

 防御膜を展開したまま、駆けるメルトに追従する。

 膜の防御力は幾分落ちる。飛んでくる弾丸を、或いは弾き、或いは被弾し、それでも致命的な一撃は受けないように、嵐を潜り抜ける。

「なんという蛮勇……! 来ますわよ船長!」

「合点承知! 黒髭の大勝利が世界を救うと信じて! ご愛読ありがとうございました、完! アン氏、メルトリリたんを頼むでござるよ!」

「あら、あの坊やを相手取るんですね」

「拙者がやらずに誰がやる! さっさと倒してメルトリリたんをハーレムに――デュフフフフ!」

「安心しましたわ、いつも通りで!」

 どうにか、連携は崩した。僅かに離れるティーチとアン。メルトを信じ、ティーチに向かう。

「まだ、そんなふざけた事を――!」

「ふざけた気持ちなどこれっぽっちもないですぞ! これが拙者の切実な願いですからな!」

 近距離の不利を悟ったのか、銃をもう一度投げ捨て、付近にいた部下の剣を二本ぶん取って、応戦する。

 剣が受け止められる。腕力の差は比べるべくもない。

 剣の質が上回っていれど、それだけで押し切れるほど、生半な相手ではない。

「生前寄ってきたのは金と冥利に憑かれた女ばかりだった! だからこそ、死後にこの願望を抱いて何が悪い!」

「――――――――ッ」

 望みの女性など、近付いてこなかったのだろう。

 恐怖の象徴だったティーチに平伏した者。財産に目が眩んだ者。多くいただろう。

 だが、それはティーチが心から望んだものではなかった。

 後年に生まれた新たな価値観。現代の遊興に溺れるのは、至極当然のことなのかもしれない。

「そうだ、ハーレムという文化が奇麗だったから憧れた!」

 それまでの何より、力強い一撃だった。

「故に、恥も隠す気持ちもない。これを願望と言わずなんという!」

 相手の剣は業物ではない。

 だというのに、此方の剣が砕かれんばかりの力により、指が折れそうになる。

「この身は海賊だった、ああ、宝と名声に突き動かされてきた。それが苦痛だと思う事も、悪逆と反省する間もなく、ただ走り続けた!」

 だが、僕も何もしていない訳ではない。

 この体の軽さを活かす技量に至ってはいないだろう。

 それでも、少なからず鍛えてきた。英雄に及ばない。当然だ。だが、それでもメルトを守りたいという気持ちがあった。

 それが決して出来ないとしても。メルトの足下にさえ及ばないとしても。

 僕は、メルトのために技術を鍛えてきた。

「だが所詮は海賊だ。そんな稼業では何も叶わない。否、もとより、何が願いなのかも定まらない――!」

 これは、互いの信念をかけた戦いだ。

 ティーチにも願望がある。それは分かった。メルトが、その一端になる。それも分かった。

 だが――だが!

「拙者の信念の邪魔はさせないでござるよ。メルトリリたんは――」

「ッ――――!」

「っと――!?」

 それでも譲れないものがある。

 だって――――

「この意思が目覚めた時から、メルトがいた」

 だって――――

「あの瞬間から僕には、メルトしかいない」

 だって――――

「お前の願望は否定しない。だけど――」

 だって――――!

「メルトは――僕のものだ」

 だって――――最初から僕にとって、メルトという存在は全てだった!

 月の管理を始めたのだって、メルトの願いがきっかけだ。

 誰にも渡さない。この意思も、あの心も、価値観も思い出も全て、僕にとって代えられないものだ。

「――それが、テメエの原動力か」

「ああ、だから……っ!」

 剣戟は勢いを増す。アンは、メアリーはどうなったのか。

 ヴァイオレットは、ドレイクは――メルトは、どうなったのか。

 悔しいが、気にしている余裕はない。今、僕は必至だった。

 目の前の敵と信念を交わすことに、全霊を掛けていた。

「ッ――――」

 切り裂く、切り裂かれる。出来るだけ傷を受けないと意識していても、いつしか捨て身になっていた。

 そうでなければ、届かない。そう思った。

「――だから――――!」

 二本の剣を打ち払う。ボロボロになっていた刃は、しかしまだ武器として辛うじて生きている。

 最後の踏み込みは、あまりにも重かった。

 ようやく、体の痛みを自覚する。思った以上に、傷は多く、深かったらしい。

 それでも、届いた。喉が張り裂けんばかりの宣言と共に、剣を突き出し――

「メルトは渡さない。お前の願望に、メルトを巻き込むな――――ッ!!」

 

 

 その心臓を、力の限り貫いた。

 

 

「――――僕の勝ちだ、ティーチ」

「――――ああ。そして、オレの敗北だ」

 勝ちを理解すると同時に、手元から剣は消えていった。

 体から力が抜ける。倒れそうになる体は、しかし、倒れることなく支えられた。

「……ティーチ」

「ったくよぉ……これだから純愛厨ってのは。相容れないったらありゃしない、でござる」

 見上げれば、心底憎く――愉しそうに、笑うティーチの顔があった。

「ここまで、でござるな。アン氏とメアリーたんも、エイリーク氏も、そろそろ限界っぽいし」

「え――――」

 見れば、メアリーがドレイクに袈裟に斬られ、アンはその腹をメルトの脚具に貫かれていた。

 エイリークは、アステリオスとエウリュアレ、そしてアルテミスの連携により霊核を穿たれ、刻一刻と消滅を近付かせながらも奮戦していた。

 どうやら、戦いの趨勢は決まったらしい。

 四人が倒れれば、残るはヘクトールのみ。ヘクトール、は――

「……?」

「紫藤ッ!」

「ッ――――!」

 シンジの声が聞こえた瞬間、ティーチに弾き飛ばされる。

 尻餅をつく。全身の傷に響く激痛に耐えて、目を開くと――

「……かっ……」

「――いやぁ、やっと隙ィ見せたよな、船長」

 驚愕と痛みに顔を歪めるティーチと、その背を槍で貫き笑うヘクトールの姿があった。

「まったく。油断の塊みたいな振りしてその実、用心深く銃を手放しゃしねえ。感心したぜぇ、オジサン」

「お、前……!」

「天才騙る馬鹿より馬鹿を演じる天才のが厄介なのはそりゃ道理だわ。うちの船長もアンタをもうちょっとマトモに評価すりゃあ良いのにな」

 何が起きたのか、暫く理解がつかなかった。

 ヘクトールは間違いなく、ティーチに味方するサーヴァントだった。

 それが、今彼の胸を貫いている状況に、誰しもが目を奪われていた。

「なる、ほど、道理で……しかし、馬鹿でござるかヘクトール氏。この状況で裏切るなどと……」

「なあに、こちとら勝算があってやってることでね。それじゃあ船長、その聖杯(たから)、いただくぜ!」

 引き抜かれた槍。その先にある輝きは――

『――あ、聖杯! なに、黒髭くんが持ってたの!?』

 カグヤもまた、驚きを隠せなかった。

 まさか、ティーチがこの時代の特異点だったのか……!?

「船長!」

「くっ――アン、一緒に!」

 アンとメアリーはヘクトールを敵と定め、ティーチを守るべく走り出す。

 だが――

「残念、死に体で勝てる程、オジサン衰えてないんでね!」

「ッ――」

「ぁ――――!」

 聖杯をその手に取り、片手で振るわれた槍。

 ただ一撃の反撃も許さないまま、ヘクトールはアンとメアリーの霊核を穿った。

「……守勢に徹していた訳だ。あれだけ大人数で攻め切れないなんてね」

 気付けば近くにいたゲートキーパー。

 彼はその表情から余裕を消し、再評価をしたようだった。

 用心深くヘクトールを睨み据える。だが、ヘクトールはゲートキーパーを一瞥もしない。

「ったく。馬鹿に聖杯を預けて終わりを見届けるだけだってのに、どうも狂ったのはアンタのせいだなドレイク。恐るべしは星の開拓者ってか。決まった流れをぶっ壊されたら堪ったもんじゃないっての」

「デオン! サンソン!」

「おぉっと、ご生憎、相手している暇はないんでね――!」

 シンジが命じた二騎のサーヴァントすら見ることなく、ヘクトールは行動する。

 その行先は――エウリュアレ。

「きゃ!?」

「うぉっ!?」

 アルテミスの弓を、本人たちごと弾き飛ばし、

「ぉおおおおおお――ッ!!」

「隙だらけだな!」

「ッッッ!!」

 アステリオスの斧を潜り抜け、すれ違いざまにその背を切り裂き、

「アステリオス――きゃあ!」

「美女と野獣ってか。だが、舐めるなよ怪物。能無しバーサーカー程度に遅れは取らねえよ」

 エウリュアレを聖杯を持つ腕で抱え、船から落ちた。

「なっ……」

「下に船が!」

 この時のために、仕掛けてあったのだろう。

 小舟に乗り、此方の反撃がある前にヘクトールは離れていく。

 アレを今すぐ終えるほど、どちらの船も小回りが利く状態ではない。

 そして――静寂が満ちた。

 気付けば、辺りにいた筈のティーチの部下はいない。ティーチの魔力が尽きたからだろう。

「ふん……トロイの木馬、ってか。小癪でござるな。敵国の作戦の癖に……ゲホッ……」

「……とっとと逝きなよ黒髭。どうあれアンタらの負けだ。アイツより先に、ハクトがその心臓取ったんだろ?」

「ふっ……その通り、だがこれで勝ったと思うなよBBA! 拙者は何度でも、蘇り――」

「はいはい。そんな怨念間に合ってるから。先に地獄に行ってな。悪党は悪党らしく、惨めに清々しく消えるのが最高の末路だ。そしたら、アンタを存分に笑ってやるよ」

 カトラスを収めたドレイクが、ティーチに歩み寄る。

 ヘクトールがいなくなった今、黒髭海賊団は全員が死に瀕していた。

 先程まで戦っていた悪名高い海賊は、今まさに消えようとしている。

 そして、彼に付き従った船員たちも、また同時に。

 初めに、エイリークが。そして、その姿を見届けたティーチも、現界を解れさせていく。

「なら、満足したと死ぬしかないか。最後に同業者に笑われるんならそれもまた本望! あ、だが首は刎ねられてやらねえですぞ」

「おうよ、その首持っていきな。そんだけ目立つ髭があるなら、地獄で再会した時目立つだろ?」

「はっ――そうかいそうかい! 誰より尊敬した女が、誰より焦がれた海賊が、この首残してくれるってさ! ハハ、ハハハハハッ!」

 致命傷なんて気にしないかのように、腹を抱えて笑うティーチ。

 その体を粒子と散らしながらも、彼は心底愉快そうだった。

「アン氏! メアリーたん! エイリーク氏! 乙でござった! ……で、アンタ、ハクだっけ?」

「……その呼び方はやめてほしい」

「あ、そ。まあ、それはともかく。……あんな宣言したなら、手放すんじゃねえぞ? もしそうなったら地獄から這い上がってでも、テメエをぶち抜いてやる」

 ――それは、本気の宣告だった。

 言われるまでもない。彼の願望を、自分勝手な行動で断ったのだ。

 殺害予告くらい構わない。そんなこと、する筈がないのだから。

「……分かってる。メルトは、絶対に離さない」

「なっ……一体何言ってるのよハクは……! さっきの大声も……」

「ハハハハハハハハ! リア充爆発しろ! と、怨嗟を吐いて黒髭は消えるのだった! さらば、海賊! 黒髭は死ぬぞ!」

 そんな、最後までどこか愉快な言葉と共に、エドワード・ティーチは消えた。

 ――少し、ずるいと思った。

 最後まで恨みしかない敵として、彼は在らなかった。

 もう一度、今度は味方として話してみたいなどと、思ってしまうなんて。

「……はぁ。一人だけ、満足して死ぬんだもんなぁ」

「付き合わされましたわね。まあ、居心地が最悪だったわけではありませんが」

「アン、メアリー……」

 そして、ティーチに付き従った二人組の女海賊も、また逝く。

「ラカムよりマシでしたから。まあ……少しは良い思い出になりましたわね」

「うん。最後まで戦ってくれたことには、ほんのちょっとだけ、感謝かな」

 生前の、臆病な船長と比べてか。

 それまで辛辣に対応していながらも、最後にそんな評価を下して、二人は同時に消滅する。

「……船が崩れます。戻りましょう」

 ヴァイオレットが先導する。

 持ち主のいなくなった船は、主と同じように消えていく。

 このままでは全員海に落ちる。そんな間抜けな末路は、避けなければ。

「――えう、りゅあれ」

「……アステリオス」

 ……エウリュアレが攫われた。その事に大きなショックを受けているのは、アステリオスだけではない。

 ヴァイオレットもまた、悲痛な面持ちだった。

 無事であると信じよう。絶対に助け出そう。

 次の目的は決まった。ヘクトールを追いかけること。そして、エウリュアレを助けること。

 大海原の戦いは終わらない。否、ここからが本番なのかもしれない。




黒髭、アンとメアリー、エイリークはこれにて退場となります。エイリークお前何してた。
エイリークに関しては生存ルートも無くはなかったのですが、この先も活躍的には微妙だったので没に。すまない。
ところで、FGOの二次創作作品が一番少ないのってエイリークじゃないですかね。

さて、大事な場面でパロディぶっこんでシュールになっていますが、本人たちはとても真面目です。
ハクにはパロディとか分からないので、滅茶苦茶恥ずかしいこと言ってます。なんだこいつ。


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第十節『伊達男を追跡せよ』

←ここまでギャグ
ここからシリアス→

三章後半、あの人たちが登場です。


 

 ――そして、観測する。

 

 この海に漂う、一つの船の英雄たちを。

 

 

 その船が他と一線を画していることは、どんなに船に通じていない素人でもわかるだろう。

 理性を失った幽霊船でさえ、この船にだけは近付くまい。

 船首に立つ金髪の青年に、杖を持った少女が歩み寄る。

「失礼します、マスター」

「おお、どうしたんだい。愛しい君! 何か朗報でも?」

「はい。ヘクトール様から連絡がありました。女神エウリュアレを確保したそうです」

 どうやら上機嫌らしい青年は、その報告を聞き更に高揚する。

「はは! そうか! そうかそうか! 一番の面倒がこれでクリアされた!」

「はい。あとは――」

「アレだろう? アレさえあれば、私は無敵になる! あの御方の言う通り、私が王となるのだ!」

 その、興奮のあまり海に飛び込みさえするのではないかという程に歓喜を露わにする青年。

 付き従う少女は、その青年の喜びが自分のものであるかのように、同じく笑う。

「ふっ、いい笑顔だよ。君の笑顔は太陽のようだ。いつでも私の胸を満たしてくれる。おや、少し疲れているようだけど?」

「いえ、大丈夫です。私はまだまだ、そのお気持ちだけで頑張れます!」

「そうかい。疲れたらいつでも言うんだよ? 少しくらい、ほんの少しくらいなら休憩を考えてあげるから」

 少女を案じながらも、その視線は水平線の彼方へと向けられている。

 頬を染める少女を気にすることなく、その目はただ、野望を映している。

 それに少女は気付いていながらも、何も言わなかった。

 彼の在り様を見ているだけで、その傍にいるだけで、少女は満たされているからだ。

「ところで、あの御方から更なる神託はあったのかい? というか、今は何をしているんだろうね?」

「いえ……今はあの御方の世界(くに)を組み上げている最中かと思われます」

「なんだ。まだそんな事をやっていたのか。神託を優先してほしいんだけどねえ、まったく!」

「世界の理に訴える大儀式ですから、必然時間も掛かりましょう。ですから――今は待ちましょう。あの瑕疵無き国こそ、マスターが統べるに相応しいのですから」

「その通りだとも! ああ、であれば私も耐えるとしよう! 私の国のためだ! 完全なる国には完全なる統治者が必要だ! いいさ、玉座につくためだ、少しくらい我慢も必要というものさ!」

 目を輝かせる様子は、さながら子供のようだった。

 長年の夢の成就を間近に控えた青年は、期待で張り裂けそうになる胸を押さえ、笑う。

「しかし、それだとアレの在り処がどうにも分からないな。君は?」

「残念ながら……ですが、最悪、アレがなくとも手段はあります。あの御方から借り受けたこれがあれば。私が、成ってしまえば――」

「ああ……それは、出来れば控えたいな」

 決意するように、杖を握る手を強める少女。

 青年は少女に目を向け、笑いかける。

「君が生贄になったところで、一つの美談にしかならない。英雄譚は民衆に夢を見せられても、政治は出来ないだろう?」

 頷く少女の頭に手を置き、慰めるように、慈しむように、青年は囁く。

「君は、私の傍に在らねばならない」

「ッ」

 その瞬間、少女の胸を満たしたものは何なのか。

 少女でさえ、少しの間理解は出来なかった。

 だが――確かに、温かいものが全てを包んでいく。

「私は王だが、王一人では限界もある。支える者がいて、強き槍がいて、政を代行する者がいなければならない。分かるかい? それが、君たちなんだ」

「――はい」

 少女は、青年と共に在る。それは決定事項だった。

 青年は否定せず、少女も否定しない。何より青年は少女を重用していたし、少女は青年を慕っていた。

「さあ、分かったら行こう。今は船長として、最善を尽くさなければ、ね」

「……それでこそ。ええ、ヘクトール様を迎えに行きましょう」

「ああ! 何やら邪魔者がいるようだが、なんの心配もない! 我々は最強だ! たかだか寄せ集めの烏合の衆に、我らアルゴナウタイが負けるものか!」

 その、知識を有する者が聞けばたちまち畏怖に支配されるだろう名を誇示し、青年は得意げに大笑する。

 信頼があった。自分たちが最強であると、誰より青年が信じていた。

 ゆえにこそ、失敗などはじめから考えもしない。

 『アルゴナウタイ』の船長たる青年は、成功を約束されているのだから。

「世界最高の船長がいて! 世界最優の魔女がいる! 世界最硬の戦士がいて! 何より世界最強の大英雄がいる! ――ああ、一人、どうしようもない女がいたがね。アルテミスなんぞに誓いを立てて私の誘いを拒むなんて」

 ――今頃はサメの餌にでもなっているか。

 僅か、憎悪をその表情に浮かべたが、すぐに取るに足らないことだと頭を振る。

 既に死んだ女のこと。自分が気にすることではないというように。

 例え生きていてもどうでもいい。何せ、自分たちは最強なのだから。

「さあ諸君! 『契約の箱(アーク)』を探そう! 黄金羊など歯牙にもかけぬ至高の財宝。私は聖杯と『契約の箱(アーク)』で以て、この海の王となる!」

 

 

 +

 

 

 ティーチの船が消えた後、自由を取り戻した『黄金の鹿号』はすぐに航海を再開した。

「さあ、最大船速だ。監視役! あの船を見つけたら大声出しな!」

「あいさ!」

 やる事は決まっている。

 エウリュアレを攫っていったヘクトールの追跡だ。

「……とはいえ。やたら速かったな、あの船。出足で遅れた以上、追いつくのは難しいぞ」

『ある程度の距離ならこっちで追えるけど、離れ過ぎたらまずいよ』

 メルトの雫が広がる方向とは真逆にヘクトールは逃げた。

 カグヤの観測の範囲から逃れたら、追跡も困難になる。

 ヴァイオレットの宝具によって強化された船でも、速度に限界はある。

「……えう、りゅあれ」

「大丈夫です、アステリオス。下姉……エウリュアレは必ず、助け出します」

「ぅ……やくそく、する、か?」

「はい。組み込まれた女神の、とはいえ、姉に相当する存在。助けない理由がありません」

 ヴァイオレットは、冷静を保っていながら、普段では見せない気概を持っている。

 誘拐されたエウリュアレの身を最も案じている者は、或いは彼女なのかもしれない。

 この特異点で初めて出会ったとしても、存在そのものが訴えているのだろう。

 ――どうか、姉を助けてほしい、と。

「そういう訳です。補佐役としてあってはならないエゴですが――どうか、私たちに手を貸してほしい」

 ドレイクに頭を下げ、ヴァイオレットは頼む。

 あまりにも真摯な態度に気圧されるドレイクだが、やがて歯を見せて微笑んだ。

「当たり前さね。頼まれるまでもない。もうエウリュアレはアタシらの仲間だ。助けない理由を探す方が難しいじゃないか」

「おうよ。歌も上手いしな、あの女神様。俺たち海賊には勿体ないほどの癒しさ」

 ドレイクとボンベの言葉に、船員たちは口々に同意する。

 気風の良い彼女たちの答えに、ヴァイオレットは少し気が楽になったようだ。

「ところで、大丈夫? 貴方、サーヴァント相手に随分と頑張ったみたいだけど」

 決まった方針に安堵していると、マリーが覗き込んできた。

「ああ、大丈夫だよ」

「そんな訳ないでしょ。案の定無茶するんだから……いい、暫く動くことは許さないわよ」

 ティーチとの戦いで負った傷は、深いものこそ然程ないが、浅い傷は多かった。

 確かに少し無茶はしたが……約束通り、死ぬことはなかった。

 このくらいの傷は承知の上だった。少なくとも、またしても聖骸布で拘束され、自由な行動すら封じられメルトの絶対監視下におかれる謂れはない。

「……一応、診ておきましょう。幸い僕でも治せる傷です」

 言いながら、行動を封じられた僕の傷に軽く触れるサンソン。

 彼は、処刑人であると同時に医師だった。

 何人もの処刑を執り行ってきたサンソンは、罪人が苦しむことを良しとせず、人道的な殺しを求め続けた。

 その生涯積み上げてきた人体研究と、医学の枠は、当時の水準を大幅に上回っていたとされる。

「ハクトは暫く休みだね。んで、アイツはエウリュアレを攫ってどうするつもりだったのかね?」

「どうも、最初っからエウリュアレちゃんと聖杯が目的だった節があるな」

「ですが、エウリュアレは強力なサーヴァントではありません。戦力増強ではないでしょう」

 オリオンとカレンの考察は、どちらも正しいものだろう。

 ヘクトールがエウリュアレを攫った理由は、戦力以外の何かにある。

「そも、エウリュアレがサーヴァントとして召喚された特異性が理由という可能性は?」

「あ? どういう事だい?」

「本来、女神はサーヴァントとして召喚されることはないのです。私に組み込まれたメドゥーサのように、出自による例外はありますが」

「とは言っても、ふざけた仕組みでクリアできるくらい緩い制限ではあるのだけどね」

「ふーん。誰の事だろ」

「俺たちだよ。というかお前だよ。頼むから体返して」

 恨めしそうに視線を向けるメルト。当の本人たる女神は、まるで自覚していない。

 ……というか、彼女の場合は何らかの例外で女神が召喚されるよりレアケースだと思うのだが。

 通常のサーヴァントの霊基の主導権を乗っ取って召喚されるなど、聞いたこともない。

 それほどアルテミスが通常の思考回路をしていない、という事なのだろうが。

 ……いや、これ以上彼女を悪く思うのはやめておこう。メルトへの風評被害にも繋がりかねない。

「まあ、理由はなんだっていいさ。アタシらは何がなんでもエウリュアレを助ける。そうだろ?」

「…………ぅ」

 力強いドレイクの笑みに、アステリオスも口の端を小さく上げる。

 ――その時、やや冷たい風が吹く。

 特に何とも思わなかったが、ドレイクをはじめ船員たちの表情が険しくなった。

「……チッ、こんな時に。皆、荷物を纏めな。嵐が来るよ!」

「嵐――」

 ああ、ここは気紛れな海の上だ。

 天気も良く変わるし、当然、突然の嵐だってあるのだろう。

 船員たちは素早く動き、積み荷をロープで巻き付ける。

 シンジやカレンたちも、ドレイクの指示を受けて動く。

 そして、僕は――

「邪魔になるわね。あっちに退避しましょう、ハク」

「放してはくれないんですねー……」

 手伝う事すらメルトに許可されず、船の端に引きずられていった。

 

 

「……っ」

「なるほど、これ、が、嵐、ですか」

 器用にバランスを取るシンジと、具合の悪そうなカレンは対照的だった。

 大荒れの海。航海者に牙を剥く波に揺られる船の上で、僕たちは雨風に曝されていた。

 誰も船室に籠るという事はせず、船の動向を警戒している。

 僕は相変わらず、聖骸布で拘束されていた。揺れに体が持っていかれることがなく、役立っているのがどうにも複雑である。

「……んー、距離がこのくらいと仮定して……カグヤ、嵐の規模は?」

『そんなに大きくないよ。一時間もせずに抜けられる』

「んじゃ、向こうにとっては追い風な可能性もあるか。だけどこっちの船はヴァイオレットが補強してくれてるから……」

 ドレイクは指を顎にあてて、カグヤに情報を聞き出しながらぶつぶつと呟く。

 そして何やら思いついたのか、やがて「良し!」と頷いた。

「お前たち、良い報せと悪い報せ、どっち聞きたい?」

「……悪い知らせから」

「ん。ヘクトールってヤツは多分この嵐の影響を大して受けない。ここで嵐を耐えてたら追いつけない距離にまで引き離されるよ!」

「…………じゃあ、良い報せってのは」

「ああ、喜べお前ら! 帆を全部張って全力疾走だ! 豪快に嵐を超えようじゃないか!」

「良い報せ、とは……」

 ――ああ、ドレイクとはこういう人間だった。

 さも当たり前のようにそんな無謀を言い張り、そしてやってのける英雄なのだ。

「無茶ですよ姐御! 船が持ちませんや!」

「大丈夫だよ、ヴァイオレットが補強してくれている。この船に今や乗り越えられない嵐なんてないさね!」

「そこまで無敵では……いえ、エウリュアレを助け出すためです。補強に使う繊維を増やしましょう」

 確かにサーヴァント戦にさえ耐えられる程にはなっているとはいえ、それに乗る者たちの体力は変わらないのだが……。

 その、根本的な問題を考えることなく、ヴァイオレットは床に手を置く。

 ……いや、まさか、ヴァイオレット。

「お? つまり?」

「――倍の速度だろうと、耐えてみせましょう」

 何故か得意げに、ヴァイオレットは断言した。

 それは、この船に乗る大半にとっては顔の青くなる発言であり、たった一人にとってはこの上ない朗報だった。

「よっしゃあ、良く言ったヴァイオレット! それならすぐに追いつける! 速攻で嵐を抜けて! アイツの船に一発キツイの喰らわせてやるよ!」

 速度をグングンと上げていく『黄金の鹿号』。

 当然、揺れも尋常じゃなくなり、アマデウスやサンソンが人がしてはいけない表情になっている。

 だが、その甲斐あって此方の大きな精神的ダメージと引き換えに、すぐに嵐を抜け、

「――――――――見えた!」

 ヘクトールが乗り込んだ小型船を、遂に捉えた。




謎のアルゴナウタイ(隠す気なし)
イ何とかさんとメ何とかさんの登場です。
そしてちょっとだけ、まだ触れていなかったところにも触れていたり。


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第十一節『人類最古の海賊船』-1

三章の後半はギャグが少なめなのでギャップで微妙に書きにくさを感じています。
おのれ黒髭。


 

 

「ど、どうどう! アステリオス! 鎮まり給えー!」

「ぅ、ぅううううううううううッ!」

 ヘクトールが此方に気付き、振り向く。

 最早我慢ならないとばかりに飛び出そうとするアステリオスを、オリオンはその小さな体で必死に抑えている。

「はなせ、はなせ、はなせえええ!」

「分かった! 離してやるからもうちょっと待て! 十秒前! 十、一、ゼロ!」

「ダーリン手抜きした!」

「ぬいぐるみだもん抑えられる訳ねえよ!」

 振り解かれ、吹っ飛ばされるオリオンをアルテミスがキャッチする。

 マズい、如何にアステリオスとは言え、単独で先行するのは危険が過ぎる。

 船の大きさからして、サーヴァント全員を攻め込ませることは出来ないが――

「私も出ます!」

「ヴァイオレット!」

 接近した小舟にアステリオスが着地すると同時、ヴァイオレットも飛び出す。

 此方からは援護しか出来ないか――彼女たちを信ずるほかない。

「アステリオス! メドゥーサ!」

「えうりゅあれ!」

「助けに来ました。ヘクトール――下姉様を離してもらいます」

「……随分と早いじゃないの。いや計算違いだ。もうちょっとだったんだけどねぇ」

 遂に追い詰められ、これ以上逃げる手段も無い。

 危機的状況である筈なのに、ヘクトールは余裕を崩さない。

 エウリュアレを小脇に抱えたまま、片手で槍を回し、戦闘態勢に移行する。

「だけどまぁ、だったら持ち堪えりゃ良いだけだ。オジサンねぇ……守る戦いってのは、イヤになるほど得意なんでな!」

 不意打ちの如く放たれた、ヴァイオレットの鞭。

 それを槍の一振りで防御し、続くアステリオスの斧を機敏な動きで回避する。

 捉えた――そう思って放った弾丸は、石突で弾かれる。

 対魔力を備えたサーヴァントでも、命中すれば僅かに動きを止める。その特性を知っていたのか、或いは単純に攻撃と判断したのか。

「はっ――!」

 ヴァイオレットの苛烈さは、かつて――月の裏側での彼女との決戦を思い出させる。

 サーヴァント数騎を相手取れるほどの戦闘能力。両手を無数の繊維に変え、その全てがヘクトールを睨み据える。

 だが、そのヴァイオレットを以てしても、ヘクトールを攻め切れない。

 小さな船を縦横無尽に駆け回り、決してヴァイオレットの視界に己の全体を入れないよう、注意しているような節さえある。

「その魔眼、喰らったら流石に厄介なんでね。アキレウスから逃げ続けた脚は伊達じゃねえぜ?」

 先程の戦いで、ヘクトールはヴァイオレットの魔眼を確認していたのか。

 魔眼を対策し、その上でアステリオスとヴァイオレットを相手に守戦が出来ている。

「ええ――アキレウスが苦戦した理由も分かります。その悪辣な戦い方ならば、当然でしょうね!」

「悪辣結構、トンズラにトンズラ重ねて、最後に立ってた方が勝者ってな。いやあ、生前は欲が出たわ。不死を考慮しなきゃ勝てる――なーんて、ほんの少しでも考えちまったからなぁ」

 呑気に生前を語るヘクトール。

 彼は、大英雄アキレウスを相手に幾度となく交戦を繰り広げたトロイアの守護者だ。

 撤退を重ね、アカイア軍を苦しめた彼は取り分け守勢に特化しているのだろう。

 守りにおいてはヴァイオレットであっても攻め切れない。

 アステリオスの二本の斧を、ヴァイオレットの無数の繊維を、エウリュアレを抱えた上で相手取る凄まじさ。

 このまま押し切れる確信はない。せめてあと一騎、あの船に乗り込めれば――

「えうりゅあれ!」

「やれやれ、煩いねえ……そんなに欲しけりゃ返してやるよ、ほら!」

「きゃっ!?」

「なっ――!」

 突然のその行動は、あまりに予想外だった。

 エウリュアレを軽く放るヘクトール。

 それを誰もが目で追い、しまったとヘクトールに視線を戻した時には、既に槍を逆手に持ったヘクトールが二人から距離を取った上で強大な魔力を現出させていた。

「単純だなあ、バーサーカー!」

 宝具――――!

 一体どういう仕組みなのか、ヘクトールの籠手から魔力が噴き出し、その一撃の威力を底上げする。

 エウリュアレを繊維で受け止めるヴァイオレット。しかし、それにより宝具への対応が出来なくなっている。

 狙いは命中を確信しているらしいアステリオス。その前に盾を展開するも、それでは恐らく話にならない。

「ぅ……?」

「標的確認、方位角固定――!」

 両手を繊維化させている今、ヴァイオレットは咄嗟に眼鏡を外すこともできない。

 防御は不可能である、その状況をエウリュアレをも利用して作り上げたヘクトール。

 このままでは――盾に集中しながらも、シンジに目を向けると言われなくとも、と手を翳す。

shield(防御)! アマデウス!」

「良いとも! よく見ておくといい、これが音楽魔術さ!」

 これで盾は二重。

 そして宝具が発動する直前、アマデウスが指揮の如く腕を振るう。

「――弱化(ピアニッシモ)!」

「吹き飛びな――不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)!」

 後方に噴出する魔力を推進力に、速度と威力を極めた投槍が放たれる。

 寸前にヘクトールに絡みついた、アマデウスの音楽魔術。

 その効果が成立し、阻害をして尚、僕とシンジの盾を容易く破る。

「ぉぉおおおおおおおおおおっ!!」

 しかし、三重の妨害は功を奏し、力を失った槍はアステリオスの斧によって弾かれた。

「……チッ、アイアスの小坊主以外にゃ防がれない自負はあったんだがね。だいぶ投げる力が落とされた。厄介な魔術だ」

 弾かれるとしても、その方向は計算していたのだろう。

 自身に向けて飛んできた槍を受け止め舌打ちするヘクトール。

 決定的だったのは、アマデウスの音楽魔術か。

 あれはごく僅かな時間のみの、強力な弱体魔術だ。

 似た効果のコードキャストは修得しているが、その効果は段違いだ。

 僕ではあの宝具の投擲をここまで弱体させることなど出来ない――

「ま、今回はオジサンの粘り勝ちだ。いやはや疲れた疲れた。腰にくるねえ、戦いってのは」

 宝具は防がれ、エウリュアレは奪還された。

 だというのに、ヘクトールは飄々とした笑いを浮かべ、勝利を宣言した。

「あ、姐御! 前方に船が一隻! 見たことのない船です!」

『サーヴァント反応も三騎! これってもしかして――』

「大正解だよ、オジサンの上司って奴でね。さあてどうするね? 接近してくるぜ?」

 彼方に見える、凄まじい速度で近付いてくる大船。

 それは、ティーチの宝具を遥かに上回る魔力を持っていた。

「クソ、とにかく攻撃だ! 大砲用意! 撃ぇえええええええええい!」

 放たれた大砲。ヴァイオレットの宝具によって、サーヴァントにも通用するだろうそれは、しかし容易く防がれる。

 その姿をはっきりと確認する。

 『黄金の鹿号』を超える大きさ。そして、その船首に立つのは古風な装束に身を包んだ、金髪の男性。

 

「――あっはっは! なんだアレ、あのバカでかい獣人は!」

 

 サーヴァントは、手打ちしながら不遜な言葉でアステリオスを嘲笑する。

「あの方、恐らくアステリオス様でしょう。ミノス王の子たる、天性の魔ですわ」

「ああ、ミノタウロスか。人間の出来損ないでもサーヴァントにはなれるんだな。英雄の武勇伝の肥やしになるしか役目のない愚物でも!」

 その傍にいる少女もまた、サーヴァントだ。

 長い紫の髪を後ろで一つに括る、大きな杖を持った少女。

 装備からしてクラスはキャスター。どうやら、青年に付き従っているらしい。

「で、ヘクトール。見たところ大勢に狙われてピンチだが、助けは要るかい?」

「そうですねぇ。一つ助けてほしいですね。守り切るにしても、どうにも狭いんで、やりづらかったんですよ」

「構わないとも! 女神は――ふうん、奪われたか。まあ良いさ、聖杯はあるね? なら女神を取り戻そう。せっかくだし、ここでその愚か者たちと決着をつけようじゃないか!」

 ヴァイオレットとアステリオスは『黄金の鹿号』に戻ってくる。

 あちらは戦意を露わにしている。すぐに逃げることが出来ない以上、迎撃が必要だ。

 ならば戦場は広く、僕たちもまた戦える方が良い。

「おい――ドレイクの姐ちゃん」

「なんだいオリオン、どうでも良い話なら後にしとくれ!」

「……これは警告じゃねえ、指示だ。今すぐ逃げろ。無理でも逃げろ」

 低く、今までにないほどに真剣なオリオン。

 その目は敵の船に向けられている。苦々しい表情で、在ってはならないものを見るように。

「……どういう事だい?」

「ありゃあアルゴー船だ。金羊の毛皮を手にせんために旅立った、ギリシャの英傑たちの船。言わば、人類最古にして最強の海賊団だ」

「アルゴー船――!?」

 円卓の騎士。シャルルマーニュ十二勇士。

 サーヴァントとして召喚されれば、誰であろうと強力だという一団がある。

 アルゴー船に乗った英雄たちも、また同じ。コルキスにあるという金羊の毛皮を入手しに向かうため、造られた大船、アルゴー船。

 それに乗ったのはギリシャ屈指の英雄たち。神話に名を残した、大英雄の集合。

「……アルゴー船の英雄たち(アルゴナウタイ)。つまり、アイツは――」

「アルゴー船の船長、イアソン……!」

「いあ、そん、いあそん……!」

 名を呼ばれた青年――サーヴァント・イアソンは不快に顔を歪める。

「不敬な。ミノタウロス、私の名は畏怖と崇拝を以て呼称されるもの。礼儀を知らない魔獣が呼んでいいものではない」

 アステリオスが自身の名を呼ぶことが、そもそも間違っている。

 そう言わんばかりのイアソンは、しかし、再び愉快そうに破顔する。

「だが、許そう。醜悪な魔獣よ。英雄として君を倒してあげよう、掛かってきなさい!」

「どうするんですかい? キャプテン。このまま押し潰します?」

「勿論だとも。正義の味方、としてね。真っ向から押し潰す! 私たちにはその力がある! ははは! 気分がいいな、正義とは!」

 ヘクトールは小舟を捨て、アルゴー船に戻る。

 距離は離れていない。会話が成立する程に近い。

 サーヴァントの数でならば、此方が勝っているが……。

「戦おうなんて思うな。誰しも知ってるだろ。アルゴナウタイには特別ヤバいヤツがいるって」

 オリオンの警戒の目は、イアソンにも少女にも、ヘクトールにも向けられていない。

 アルゴー船に乗っている、あと一人のサーヴァント。

 そのステータスは、それだけで破格の英雄であることを証明している。

「――――まさか」

「……嘘だと思いたいわね。あんなのが召喚されてるなんて」

 メルトでさえ、最大級の警戒を隠さないサーヴァント。

 何処までも荘厳だった。何処までも圧倒的だった。

 神気に何千年と浸った大岩を削って造り上げたような、究極の彫像。

 二メートルを超える筋肉隆々とした巨躯は、決して見せかけのものではない。

 筋の繊維一本一本が、鉄をも超える強度で以て鎧と成す。

 その右腕には、縁に毛皮を残し、中央を金の刺繍で彩った布が巻き付けられ、余った部分は風に靡く。

 爛々と輝く瞳は、見据えただけで生半な人間を貫くだろう異常なほどの眼力を有している。

 たとえ、その真名に行き着かなくとも、彼を見て抱く印象は同じだろう。

 ――この大英雄――否、そんな言葉さえ不足だろうサーヴァントは、相手してはいけない存在であると。

 古今無双。ギリシャ最大の英雄は、イアソンに並ぶように前に出る。

「……この時代、この海に集った者たちよ。その勇気に対する存在として、名乗らせてもらおう」

 厳かな声が、耳朶を震わす。

 如何に剛力が増すとしても、その武勇を成し遂げた技術が失われるバーサーカーとして召喚されていれば、まだ多少なり気は楽になっただろう。

 だが、その言葉には理性があった。

「英霊となりて、新たなる試練に立った。旧友の願いを受け、不完全なりし海に立った」

 イアソンの余裕には、理由があったのだ。

 彼が召喚されているならば、敗北、失敗など一切考える必要もないのだろう。

 それほどまでに、イアソンは彼を信頼し、そして彼には信頼に応え得る圧倒的な力がある。

「ミュケナイのアルクメネと主神ゼウスの子。ヘラの栄光の名を以て、神々の酔狂に身を投じた。かつての名を、アルケイデス、アルカイオス」

 現出させた得物を握り込む。武器もまた、その英雄のように常軌を逸していた。

 正確な形は持っていない。勝手気ままに放出される魔力の中心、棒状の輝きこそ、彼の武器。

 雷のようにも、炎のようにも見える、飛び回る光輝。

 それらがぶつかり、弾け、絶えず魔力を周囲に飛散させ、その武器の装飾を演出している。

 無形にして有形。彼以外では、この輝きを握り込み、得物とすることなど出来まい。

 その光に触れればたちまち身は焼け、引き裂かれるだろう。

 しかし、自身の武器で彼が傷つくことはない。だからこそ――あのクラスの彼はこの光を武器としているのだ。

「――そして、サーヴァントとしての真名を、ヘラクレス。此度、クラス・ランサーとして現界した」

 三騎士の一角に据えられ、大英雄は召喚された。

 この特異点における、最大級の災厄(てき)として。




という訳で三章後半の敵となるアルゴナウタイ、イアソンとメ何とかさん、そして三章オリ鯖二騎目となるランサーヘラクレスの登場です。サプライズサプライズ。
ただ後半を同じようになぞるだけでは面白みに欠ける。そんなこんなでクラスを変えました。やっちまいました。
考案段階ではセイバーとどちらにしようか迷いましたが、ランサーの方が恐らく公式とは被りにくいでしょう。


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第十一節『人類最古の海賊船』-2

槍クレスのやりすぎた感。
シンプルにアーチャーとかにするべきでしたね!!


 

 

 此方の驚愕、絶望に、堪え切れないとばかりにイアソンは腹を抱えた。

「はははははははは! 最高だよその表情! そうだろう、恐ろしいだろう! 敗北なんて存在しない、最後には神の座に迎えられた! それがこのヘラクレスだ! 君たちのような二流三流の雑魚など、話にならないんだよ!」

「ヘラ、クレス……」

 ギリシャ最大の英雄が敵として立ちはだかる。

 数の差など、彼の前ではなんの意味も持たない。

 英雄を相手取っても一騎当千。それが、ヘラクレスだ。

「さて、君たち。そこの女神、エウリュアレを私たちに引き渡せ。そうすればヘラクレスを嗾けることだけは勘弁してやろうじゃないか」

 そんな存在を有していることを誇示しながら、イアソンは提案してきた。

 ヘクトールがエウリュアレを攫ったのは、イアソンが欲していたからなのだろう。

 何故、彼女を求めているかは分からない。

 だが――。

「……ハクト」

 ヴァイオレットはエウリュアレを抱える手を僅かに強める。

 分かっている。考えは同じだ。シンジも、カレンも、また同じ。

「ああ。勿論だ。エウリュアレは渡せない。たとえ、ヘラクレスと戦うことになっても」

 宣言すると、ほんの少しの間だけ、イアソンは呆けたような顔をして。

「――ハッハー! そうか! そうかそうか! いやあ、なんて勇気だ! そっちの彼女はサーヴァントかい? 可愛いじゃないか! いいよ、君はまるで英雄みたいだ!」

 次の瞬間には、手打ちしながら大笑する。

 反抗など恐るるに足らない。

 寧ろそれが良い余興だとでも言うように。

「ヒュー! カァッコイイー! ――――ったく。ゴミクズが、生意気な。サーヴァント諸共今すぐ消えろよ」

「――イアソン様」

「メディア。私の愛しいメディア! 私の願いは、分かるね? アイツらを木端微塵に殺してくれ。君が弟をバラした時みたいにね!」

 控える少女を呼び、イアソンは嗾ける。

 その名もまた、驚くべきものだった。

 魔女メディア。魔術が当たり前であった神代でさえ「魔女」と称される程の魔術の担い手。

 ヘカテーから教えを受けた彼女は、イアソンによってコルキスから連れ出され、アルゴナウタイに参戦した。

 キャスターとしての適性は全てのサーヴァントの中でも上位に位置するだろう。

「……? 弟を……?」

「ああ、気にしなくて良い。私は反省した! もう二度と、君を裏切ることはないとも!」

「時々、妙な事を仰いますねマスター。でも、承りました。王女メディア、貴方の望みを叶えましょう」

 愛し合い、イアソンとの子まで儲けたメディアだが、王座を求めたイアソンによって捨てられることになる。

 イアソンはそれを反省したと宣い、メディアは何のことやらと首を傾げる。

 何か……妙な……。

「わー、DV。DVだよダーリン」

「それよりタチ悪いぞ。あの二人、どっちも相手を見てねえ」

 だが、その不穏な様子さえ、僅かな気慰みにもならなかった。

 彼女を嗾ける。つまり、神代の魔女との戦いは避けられなくなったということ。

「ヘラクレス。お前も行け。皆殺しだ」

「アイツは戦わないのかよ……」

「この世にオレ以下のクズがいるとは。世界って広いな。そしてギリシャ狭いなぁ」

 どこか感心した様子のオリオン。

 だが、油断は一切ない。

 最悪の組み合わせを前に、逃走は許されない。

 ヘラクレスが前に出て、メディアが杖を構える。

「では、覚悟を。生憎だが、加減は出来ぬ」

「必要はありません。マスターの命です。それを完遂するのみ、でしょう?」

「……やるしか、ないか」

「ええ……解くけど、前に出るんじゃないわよ」

 聖骸布が解除される。だが、前に出ようとは思わない。

 メルトの警告以前に、ヘラクレスを相手にしてのその行為には何の意味もないだろう。

「チッ、やるっきゃないね。無理でも突破するよ! 黒髭共をどうにか出来たんだ。出来ない道理はないだろ!」

 ドレイクによって放たれた開幕の弾丸。

 聖杯の力も相まって、サーヴァントに傷をつけられる程の神秘を伴っている。

 だが、それを――ヘラクレスは弾くこともなく、その身で受け止めた。

「ハッ。なんだ、豆鉄砲か? ヘラクレスにそんなもの、一万発撃ったところで全く無意味だよ!」

 ヘラクレスは傷一つない。弾丸はヘラクレスの肉を貫くことなく、勢いを失い落ちた。

「『十二の試練(ゴッド・ハンド)』にすら届かない! これじゃあ『人理食む獣の裘(コスモス・パノプリア)』だけで十分だな!」

「ネメアの獅子皮――!」

「ハハ、正解だよ! 人理を喰らう神獣の皮は、人の手から成ったモノを決して通さない! さあ、お前らの手持ちに人でなしが作った武具は幾つある! ヘラクレスを傷つけられる武器が、お前らにあるか!?」

 ヘラクレスの逸話で最も有名だろう十二の功業。その一つで手に入れた毛皮か。

 あらゆる武器を通さない獅子を退治するにあたり、ヘラクレスは自身の膂力で絞め殺すという離れ業をやってのけた。

 つまり――同等の、肉体による攻撃か、人以外が作った武器でしか、あの毛皮を纏うヘラクレスには通用さえしない、と。

 この時点で此方の手札は制限される。或いは、高ランクの宝具であれば通用するかもしれないが――

「さあ行け、ヘラクレス!」

「ふっ――――!」

 その巨体に見合わない速度で、船に乗り込んでくるヘラクレス。

 狙いはアステリオス。咄嗟に反応できたのは、ヴァイオレットだった。

 エウリュアレを抱えたままでも、ヴァイオレットはその身を繊維化させることで対応できる。

 しかし、ヘラクレスの行動は完全に予想を超えてきた。

 無数の繊維を潜り抜け、その何れに捉えられることもなく、アステリオスに迫る――!

「おおおおお!」

「ほう。防ぐか」

 しかし対処に使った僅かな時間が、アステリオスの防御を間に合わせた。

 どうやらあの無形の槍は、防ぐことは可能であるらしい。

 だが、あれが宝具であることは明白だ。問題は、その真価――

「あの牡牛は強き存在だった。その仔たる貴方は――一体どれほどか。いいだろう。貴方は我が新たなる試練に相応しい」

「ぐぅうううううっ!」

 膂力であれば、アステリオスが勝る。

 だが、十二の功業を成し遂げたヘラクレスに、その技術は遠く及ばない。

「ハクト! 下姉様を!」

「え――うわ!?」

 走り寄ってきたヴァイオレットに、エウリュアレを投げ渡される。

 次から次へと切り替わる状況にエウリュアレは対応できていない様子だが、ともかく彼女を受け止める。

 ヴァイオレットは戦いに集中する。ゆえに任せる。そう言っているのだ。

「ちょっと貴方、気安く女神に――」

「ちょ、暴れないで――ッ、メルト!」

 眼前に現れた“何か”を、メルトが素早く砕く。

 すぐさま霧散し消えていくが――その数倍の数が続けざまに出現した。

「竜牙兵……!」

「あら、ヘカテーちゃんの十八番じゃない。じゃああの子、本当にメディアなんだ」

 竜の牙を媒介にして生み出される簡易の使い魔。

 しかし、それにしても一度にここまでの数を生み出せるのは異常だ。

 神代の魔女メディア。彼女はそれを、杖の一振りで数十作り上げている。

「ほら、早く退治しないと、彼らの重みで船が沈みますよ」

「くっ……こっちには弾丸も剣も通用するんだろ? あのデカブツに武器が通じないヤツはこっちを頼むよ!」

「お前らも頼む! 全員、ヘラクレスには近づくな!」

 シンジが素早くマリーたちに指示を出す。

 全員、人として時代を生きた者たちだ。あの毛皮の護りを突破するのはかなり難しい。

 だが、それでも一サーヴァントとして、数十の竜牙兵など相手にならない。

 四人が各々の戦いを始めれば、生成速度に増して竜牙兵を砕けるまでになった。

「メルトも、ヘラクレスを! くれぐれも――」

「ええ。これだけいるんだもの、気を付ければ当たらないわよ」

 アステリオスとヴァイオレット。二人がかりでも、ヘラクレスを相手に劣勢だ。

 サーヴァントを凌駕するアルターエゴとはいえ――いや、アルターエゴだからこそ、この地上に降りるにおいて大きくその階梯を落としている。

 だがメルトも加われば、きっと、大英雄にも劣らない。

「貴方、こんな状況で自分のサーヴァントを離すなんてどういうつもり?」

「こうでもしないと、勝算は薄い。大丈夫……竜牙兵くらいなら、何とか」

 幸い強度はそこまででもない。コードキャストである弾丸でもどうにかなるくらいだ。

 エウリュアレを抱えている以上、手を使う切り札たちは扱えないが、これならまだ。

「そうだな。だが、少しくらい不測の事態に備えるべきだぞ」

「という訳で、貴方のサーヴァントの三分の一が来ちゃいましたー!」

 周囲に展開された竜牙兵が、飛んできた矢に砕かれる。

 オリオンとアルテミスはあまりにも頼りになる笑みで、僕たちの前に立った。

「まあ、私たちアーチャーだし? このくらいなら相手しながらあっちにも攻撃できるから」

「コイツの矢ならネメアの獅子皮も効果を成さねえ。援護くらいなら任せな」

「ワオ、ダーリンかっこいい! 戦うの私だけど!」

「俺を戦えなくしたのは一体誰ですかねえ!?」

「……ねえ。私、この上なく不安なんだけど」

「……うん」

 エウリュアレと同じ感情を抱かずにはいられなかったが、事実アルテミスの矢によって、竜牙兵の危険は完全になくなった。

 縦横無尽に飛び回る矢は僕たちだけでなく自身とカレンのみを守るように防御宝具らしきものを展開しているゲートキーパーを攻撃する兵にまで及んでいる。

 あの宝具はどうやらそれなりのランクのようだ。カレンたちは、とりあえず竜牙兵を相手にする分には問題ないか。

 ドレイクもまた、量産される兵に後れを取る存在ではない。メディアは積極的な攻撃をしてこない様子だ。ならば、問題はやはりヘラクレスのみか。

「終わりです――!」

 しかし、どうやらメルトの参戦もあって、状況は思いのほか好転したらしい。

「ッ――――」

 ヴァイオレットの、繊維を集合させた鞭の先端がヘラクレスを突く。

 貫くことはなく、僅かに傷をつけたのみだが、その瞬間ヘラクレスは膝を折った。

「これ、は……」

「ヒュドラの毒。サーヴァントにとって、死因は何よりの弱点となる。さぞ貴方には効くことでしょう」

 ヴァイオレットがその身に宿す、魔獣の因子。

 その中でも最大級の毒を持つそれは、ヘラクレスによって駆逐されながらも彼の死因となった死の毒。

 動きが止まったヘラクレスに、アステリオスの渾身の拳が叩き込まれる。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお――――っ!」

「――――っ!」

 拳であれば、あの毛皮も無効化は出来ない。

 首が捻れ、あらぬ方向に曲がり、メキリと嫌な音が響く。

 毒に苦しみ、そして頭蓋を砕かれ、ヘラクレスは停止した。

「……あら。思ったより呆気ないわね。ヒュドラ毒を持ってたヴァイオレットもいたからだけど」

 拍子抜けしたように呟きながら、メルトは一跳びで戻ってくる。

 ヘラクレスは明らかに死んだ。弱点たる一手を有していたのが功を奏した。最大の敵はこれで――

「凄いな! いや驚いた! 私としたことが感心してしまった! まさかヘラクレスを殺すなんて!」

 しかし、それを危機と感じていないように、イアソンは嘲笑と共に此方を評価していた。

「それじゃあここで良いことを教えてあげよう。君たちの頑張りを讃えて、ね」

 

 

「――ヘラクレスはね、死なないんだよ」

 

 

「……、は?」

 もう一度、ヘラクレスに目を向ける。

 信じがたい光景だった。

 歪んでいた首は元に戻り、傷一つない大英雄がそこに屹立している。

「いや、懐かしい苦しみだった。よもやサーヴァントになって、今一度ヒュドラの毒で死ぬとは。少々、侮りすぎていたか」

「――なんで」

「は、ははははははは! そうだその絶望の顔! それが見たかった! ヘラクレスは十二の功業を成し遂げ、その末に不死となった! サーヴァントとしてのヘラクレスは、その数に因んであと十一回殺さないと死なないのさ!」

 ――逸話を元にした、蘇生宝具。

 ラーヴァナも、類似した宝具を持っていた。

 ただでさえ強力極まりない大英雄もまた、殺しても蘇生する、と?

「な……インチキじゃないか! 幾らヘラクレスだからって!」

「しかし、ならば幾らでも仕留めればいいだけ――!」

 先程と同じように、ヴァイオレットが鞭を作り出し、ヘラクレスへと伸ばす。

 その脅威は既に知っているだろう。生前の死因であるヒュドラ毒、それは幾ら死しても脅威の筈だ。

 だが――ヘラクレスは動かない。

 迫る鞭を確かに視界に捉えたまま――それを受け入れた。

「なっ……」

 先端は、肉の内へと至らない。

 先程とは違う。一切傷がつかず、毒もまた入り込むことは無い。

「すまないが、最早その毒は二度とは効かん。この身は、同じ死を二度受け入れることはない」

「ッ――」

 鞭が握り込まれる。誰が反応するより早く、ヴァイオレットは船の壁に叩きつけられた。

「ヴァイオレットッ!」

「……しかし、殺すことなく蝕む何かがあるな。これは――貴方か」

 その鍛え上げられた直感によるものか。

 ヴァイオレットがすぐに体勢を立て直すことはないと確信しているように、一瞥さえしない。

 どころか、ヘラクレスは己の体への異常に気付き、その毒を打ち込んだ張本人へと目を向けた。

「……あら、よく気付いたじゃない」

「これが何なのか、分からぬが。ふむ、コルキスの王女よ。解毒は成るか」

「……いえ。これほど奇妙な毒は見たことがありません。ですが――その仕掛けた本人を殺すことで、働きも止まる類かと」

「そうか。では――そうするしかあるまいな」

 メルトがその場を離れようとする。

「ッ!?」

 だが、その足は動かない。メルトのみがその場に固定されたように、完全に動きを封じられている――!

「世界からの重圧。空間との擬似契約です。ご安心を。十秒程度で、動けるようにはなりますわ」

 メディア――!

 メルトが逃げようとすることを見越し、既にメルトに魔術を掛けていたのだ。

 彼女にとっては杖の一振り。一節の詠唱による簡単な魔術。だが、その実サーヴァントにさえ通じる強力な拘束。

 その間にヘラクレスはしかと狙いを定め、体勢を低くしていた。

 この数秒後が、否が応にも分かってしまう。

 その最悪の状況が、未来視のようにイメージ出来てしまう。

 それは何より避けなければならないことで――何があろうとも、それだけはあってはならないこと。

 ヘラクレスの眼は狩人のようだった。

 獲物一つへと向けられ、それを仕留める事以外を考慮しない極限の集中。

 ああ――それをする余裕があるのだろう。ヴァイオレットは動けない。アステリオスの強大な筋力も、最早彼を殺すには至らないかもしれない。

 ヒュドラ毒とアステリオス。どちらがヘラクレスを殺したのか分からないが――今は、アステリオスすら彼は考慮の外に置いている。

 マリーたちはそも、ヘラクレスを殺せない。アルテミスやゲートキーパーがその手段を持っているとしても、復帰までほんの数秒だ。動けないメルトを仕留めるにおいて、時間稼ぎにもならない。

「――――」

 盾が何の役に立つだろう。あの拘束の解除を試みることに、なんの意味があるだろう。

 防御コードキャスト程度ではヘラクレスの障害にさえならない。神代の魔女に魔術勝負を挑むなど地獄の釜に自ら落ちるより愚かしい。

 自分の持つ術式では、この状況をどうにもできない。決着術式も、展開時間が足りない。

 だが――――だからと言って、何も出来ない訳ではなかった。

 術式一つなら紡げる時間がある。たった一つでこの状況をどうにかする方法など、一つしか思いつかなかった。

「きゃっ!? ちょっと――」

 エウリュアレをその場に下ろす。

 下ろす、というより落としたのかもしれない。多分、今の悲鳴はその驚愕からだったのだろう。

「おい、馬鹿何やって――」

 制止は、オリオンのものだった。

 僕の行動にいち早く気付いた。やはり、彼もまた神話を生きた英雄なのだ。

 ヴァイオレットに心の内で謝罪する。エウリュアレの守りを、ここにきて放棄した。

 そして、メルトに心の内で謝罪する。あれだけ釘を刺されたのにも関わらず、メルトの前に出た。

 足を止めると同時、ヘラクレスの巨躯が寸前に現れた。恐怖はない。寧ろ、間に合ったのだと安堵した。

 

 

 

 そして、体のあまりに多くが喪失した。

 

 

 

「――――――――――――――――」

 そこまで来て、自身のコードキャストの選択は間違っていなかったと確信した。

 ――身体強化。脚力に重きを置いて、メルトの前にまで走った。

 チリチリと内が焦がされる感覚に、成功を実感する。

「……己が大切なものを守ったか。なんという執念よ。我が槍が二つを貫ける可能性も考慮しないとは」

「――――」

 そうか。その可能性を忘れていた。

 首をゆっくりと動かし、振り返る。

 どうやら拘束は解除されたらしい、無意識に一歩下がった、メルトの呆けた顔がそこにあった。

「……案ずるな。そのサーヴァントを貫いてはおらぬ。一人貫くことのみを今の刺突に込めていたゆえな」

 なるほど。それゆえの速度。それゆえの威力か。

 他は今の獲物ではない。その刺突で穿つは、たった一人のみ。

 彼はそんなまっすぐな英雄だ。

 だからこそ前人未到、古今無双の偉業を成し遂げ、世界最大級の英雄として召し上げられたのだ。

 とは言え、よかった。メルトは無事だった。傷一つない彼女を見るだけで、安堵が包む。

「浅はかな人間よ。その勇気を讃えよう。此度、その命のみを奪うことで、私たちは去る。それが、弱き身を挺した貴方に出来る最大の礼だ」

 それが引き抜かれると、全身に力が入らなくなったことを自覚する。

 倒れる体を支える者はいない。どうやら、ヘラクレスはアルゴー船に戻ったらしい。

「どうしたんだヘラクレス。まだ一人殺しただけじゃないか」

「あの者の蛮勇に圧されてな。いつでも仕留められよう。今は女神も捨て置き、あの者を弔わせてやりたい」

「……ふぅん。まあ、いいさ。これで身の程、力の差が分かっただろう。今日は見逃してやろう。次に会った時は、エウリュアレを引き渡せ。でなければ、今度こそ皆殺しだ」

「良いのですか? マスター」

「良いのさ。あんな馬鹿な死に方をした奴が弔われもせず、恨みでもぶつけられたら鬱陶しくて仕方ない。さあ、一先ずは戦勝の宴でも開こうじゃないか」

 強大な敵は、去っていった。

 良かった――特異点の存在、未来の消失より、今自分を満たしていたのは、メルトが無事であったことの喜びのみ。

 それ以外について、特に何も思わないくらいに、それは僕にとって大きなことだった。

「――紫藤っ!」

「お父さまっ!」

 シンジとカレンの声が聞こえた。

 誰かが走り寄ってくる。

「……ハク?」

 困惑した声が聞こえた。

 消えゆく意識の中で、ふと、おかしいなと思った。

 どうやらまだ、彼女は状況把握が出来ていないらしい。

「ちょっと……どうしたのよ。ほら、立って。なんでそんな、お腹に孔まで開けて、ハク」

 ごめん。立ち上がることは、出来そうにない。

 気付けば目さえ動かせなかった。力の抜けきった体に、意識だけ宿っているのは、とても不快だった。

「ねえ、私を驚かせるつもり? 悪質に過ぎるわ。今なら、許してあげるから」

「お母さま! しっかり、――――――――!」

「―――――、――――――――」

「――――! ――――――――ッ!」

 やがて、誰が何を言っているかも分からなくなった。

 そこに来て、ようやく。

 ――ああ、死ぬのか。

 そう、自覚する。

 何も分からなくなる、その瞬間まで。

 誰より愛する少女の姿は、消えることなく脳裏に残っていた。




DEAD END

静謐ちゃん以来のハクのキルカウント更新。
マスターが出しゃばるとこうなるって十年以上前から士郎が言っていたのに。

今回のヘラクレスは三騎士として召喚されたため、高潔な人格となっております。
そして宝具が二つ判明。『十二の試練』も健在です。
もう一つはスノーフィールドでも猛威を奮っているネメアの獅子皮。コンセプトは「一番硬いヘラクレス」です。
そして何気にアステリオスくん生存。やったね! まだ味方に脱落者がいないよ!


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第十二節『失われた聖櫃(アーク)』-1

ポッキーの日ですがGO編でポッキーなんて登場しません。


 

 

 自分は死んだのだろう、と自覚する。

 確か、ヘラクレスに貫かれた。

 あんな一撃を受けて、生きていられる筈もない。

 簡単に受け入れられるほどに、文句の言いようのない一撃だったのだ。

「…………」

 そう――目の前にいるのは、死そのものだろう。

 深海に、ソレは立っていた。

 黒い外套に身を包む、髑髏の面。

 その姿を知っている。前の特異点で出会った山の翁。あらゆる生命に対する、死の象徴。

 だが――彼女たちとは何かが違った。

 規格の違う“死”。

 逆らおうとも逃れられない運命を、ソレには感じた。

「……貴方は」

「――名乗る名は、今はない。鐘は未だ鳴らず、その運命は、消えてはいない」

 声そのものを闇で覆っているように、言葉しか伝わってこない。

 究極にまで個を消し去った死神は、その顔を隠しながらも此方を見据えていることだけは理解できる。

「ハサン・サッバーハ、じゃないのか?」

「そう思うのならば、そうなのだろう。されど、その命を奪うことはない」

 おかしな話だ。

 これほどまでに明白な死神ながら、この命を奪わないとは。

 いや――当たり前か。

 死神に首を断たれることもなく、既に僕は死んだのだから。

「死の運命は断った。かの夜に感謝するがいい」

「……死なない?」

「然り。ここで死することは許されない。救済の正体を見出せ。そうでなくば、その身は救いさえ与えられぬ」

 それを告げて、溶けるように、死神は消えていく。

 そうして、次に瞬きをしたとき――目の前に立っていたのは、夜の少女だった。

「……」

 少女の表情は、見たことのないものだった。

 多くの感情が綯交ぜになって、一体どれを前面に押し出せばいいのかも分からない。

 少女はその表情のまま、震えるように歩み寄ってきて――

「ッ」

 我慢ならないとばかりに、頬を叩いてきた。

 痛みは然程でもない。だが、それには全ての感情が込められていた。

 怒り。悲しみ。喜び。恐怖。その全てが、伝わってくる。

「……何故、あんな馬鹿な真似をしたのです」

「……メルトを守るためだ」

「それで貴方が死ぬ? 残されたメルトリリスはどうなるのです。自己満足の犠牲で、永遠に絶望させるつもりですか」

「……」

 ……自己満足。その通りだ。

 だけど、それでもメルトを助けたかった。

 庇ったことは恥ずべきことではないと、僕は確信している。

「……少しでも、残しておいて良かった。端的に言います。貴方は死にません」

「だけど、僕はヘラクレスの槍を受けて――」

「ええ。それが何ですか。あのくらいどうにか出来ない私だとでも?」

 未だ不満は多々あれど、言っても変わらないと判断したのか苛立ちを隠さず、少女は告げてきた。

 明らかな致命傷だった筈だ。体の損壊が大きすぎる。生きていられる筈がないというのに。

「ですが、これで――もう力は貸せないと思ってください。少々私の消耗も大きいので」

「……ごめん」

「謝って、それで変わる存在ではないことを私はよく知っていますよ」

 ぴしゃりと断言された。

 聞き入れないという訳ではないのだが……。

「いいですか。もう敵の前には出ないこと。メルトリリスは、貴方が思う程一人で何も出来ない存在ではありません」

 ――それは、分かっている。

 メルトは強い。僕がいなくとも、十分に戦いをこなせる存在であると、理解している。

 僕が前に出たがるのは、それでも彼女を守りたいという無駄な欲求から。

 それを、少女は自重せよと言っているのだ。

「……女の子は、強くとも脆いものです。支える者がいなければなりません。貴方は、死んでは駄目なのです」

 真摯な言葉だった。

 いつも、メルトに支えられていた。

 だが――メルトを支えろ、と。窘めるような少女の視線は、何処か強制力に溢れていた。

「――分かった。以後は、気を付ける。ありがとう」

「礼を言われる筋はありません。それでは――少し、休ませていただきますね。まだあの海は狂ったまま。後は貴方たちで、どうにかしてください」

 もう関わることはないと、言外に告げて少女は目を閉じる。

 何か礼がしたかった。だけど、今この少女に出来ることは口約束だけ。

 それを少女も分かっているのだろう。だから、何かの欲求があろうと口にすることはない。

「――――応援していますよ、センパイ?」

 最後に、そんな呼び名を聞いて、訪れること三度目の深海から離れていく。

 

 

「――――――――」

 生きている実感は、しなかった。

 腹に手を触れる。開いている筈の空洞は、どこにもない。

 ベッドに寝かされていた。海に落とされたりしていなくて良かったと、的外れな安心感があった。

「ビックリだな。本当に起きたよ」

「――オリ、オン?」

 枕元に座っていた熊のぬいぐるみ、オリオンは感心したように声を漏らした。

「あー、状況説明は必要か?」

「……頼む」

「よし。まず、お前はヘラクレスに腹をぶち抜かれた。メルトちゃんを庇ったわけだ」

 覚えている。死ぬ覚悟だった。

 ヘラクレスの高潔な意思のおかげで、メルトは殺されることはなかった。

 それでよかったと、僕も安心していた。

「で、アルゴー船は一旦去った。それから一日。お前は死んだと思いきや、誰も見ていない間に腹の孔も塞がっていて、呼吸も取り戻した。うん、説明したけど俺も意味分かんねえや」

 降参とばかりに手を挙げるオリオン。

 空洞が塞がった理由は……確証はないが心当たりはある。

 きっと、彼女が救ってくれたのだろう。

 おそらくは残った少ない力を使い、生きるための要素を肩代わりしてくれたのだろう。

「まあ……なんだ。メルトちゃん怒るぜ? どれだけ泣いたか分かってる?」

「……いや」

「カレンちゃんがいなかったら今頃発狂してたんじゃないかってくらい。あ、俺がこのこと言ったの内緒ね。仲間割れで死にたかない」

「残念ながら、本人様が聞いたわよ」

「ゲェッ、メルトちゃん!?」

 明らかにオーバーリアクションだ。そもそも、足音が聞こえていた。

 部屋の前に立ったメルトは――――――――

「……」

「……何か、言う事はないかしら」

「…………ごめんなさい」

 烈火の如く、業火の如く、怒っていた。

 色々と謝る言葉はあったと思う。

 だが、その全てはメルトの様子を見て消滅した。

『……? どしたの白斗。目覚めて早々変な精神デバフついてるみたいになってるけど』

 相変わらずなカグヤ。なんというか、察してほしい。

「この際生き返った理屈なんてどうでもいいわ。ただ――一つだけ、言っておくわね」

「――ああ」

「次そんな、無暗に私を庇うような事をすれば、貴方が死ぬ前に私が死ぬわ」

「ッ――――」

 どんな警告よりも、僕を縛るには有効だった。

 前に出る意味を完全に封じる一手。

 メルトは本気だった。言ったからには、実行するだろう。

 庇う理由を根本から失わせる、なんと確実な言葉なのだろうか。

「貴方が何を思おうと、貴方が先に死ぬなんて選択肢はないと思いなさい、ハク」

「…………」

 頷くしかなかった。

 僕が死のうとしたならば、自分も死ぬ。

 犠牲など許しはしない、と言われたならば、従うほかない。

「あー……」

「何よオリオン。何か言いたいことがあって?」

「んー、あー、うん。まあ。こりゃアルテミスの因子も多めに入ってるなって」

「次言ったら耳を裂くわ」

「あ、やっぱ控えめだわ。アイツだったらもう実行してるもん」

 ……オリオンなりに、空気を払拭してくれようとしたのだろうか。

 彼は雑なように見えて、空気の読める性質だ。彼の気遣いに感謝しつつも、もう一度手を腹に当てる。

「…………」

 当たり前のように、体の機能は動いている。

 自分の体の事ながら、どうにも不気味に感じた。

 

 

 服を着替え、外に出ると、驚愕を以て迎えられた。

 生き返ったことがツボに入ったのか腹を抱えて笑ったドレイク以外は、手品か何かを見るような目。

 もう動くなとばかりにメルトとカレンに挟まれ、シンジはその様子を呆れたように眺める。

「……お前ももう、メチャクチャなヤツだよな」

「……何やら宝具をお持ちで?」

 未だ半信半疑らしいデオン。まあ……確かに宝具みたいなものかもしれない。

「何があったかは知りませんが……行動に支障がないなら今は良しとしますか」

「良いもんですか。あんな馬鹿な真似のために私を落としたのよ?」

「あぁ……ごめん、エウリュアレ」

「ごめんで済んだら神罰はいらなくてよ! まったく……アポロン様にでも罰を願おうかしら」

「待って。その冗談シャレにならない人がここにいるから」

「んー? アポロン兄は誰に言われなくても勝手に罰与えるよ?」

「何それ怖い」

 オリオンの死因は、アルテミスとの恋に激怒した神アポロンが放ったサソリだったか。

 強大な毒を持ったサソリに驚き、海まで逃げたオリオン。姿が判然としなくなった頃合いに、アポロンがアルテミスを唆し、彼女の手で射殺させたとされている。

 サーヴァントとしての彼らにその際の確執はないようだが……その伝説を知っていればこそ、笑えない冗談だった。

「ともあれだ。なんか知らないけどハクトも生き返った。死者はなし! 幸運と見ようじゃないか」

 笑いを堪えつつ、ドレイクは言う。

 そうだ――幸運だった。偶々、死をどうにか出来る手段があった。彼女には感謝するほかない。

「だけどさ。どうする? あのヘラクレス、どうにかしないと聖杯を回収するのも難しい」

「ああ――どうにかして、打倒するしかない」

 だが、難しい。恐らく、いや、間違いなくこの特異点で最大の難関だろう。

 サーヴァントとして規格外が過ぎる。

 人の武器を封じる宝具と、死しても蘇る宝具。

 圧倒的な防御力と、数多の難関を乗り越えてきた英雄たちの中でも最高峰に位置する技術。

 あのヘラクレスを突破しなければ、イアソンの手に渡った聖杯を回収するのは不可能と言ってもいい。

「まあ、結局は出たとこ勝負さね。どうせアイツらはエウリュアレを狙ってくるんだろ? 結局戦いは避けられないんだから」

「そんな簡単に……」

「ハッ、確かにあのデカブツはこの中の誰より強いかもしれない。だけど船長はアタシのが上だ。無能で間抜けなアイツより、アタシがいる分チャンスがある!」

「まぁ……船長としては少なくともアレより貴女のがマシね。イアソンは駄目だわ、色々と」

 エウリュアレは溜息と共に、イアソンを酷評する。

 確かに、彼の英雄としての能力はヘラクレスやヘクトール、メディア程ではないだろう。

 あの中では、一番倒せる可能性が高い。尤も――彼を守るのは紛れもない大英雄たちなのだが。

「アイツも悪い奴じゃないんだけどな。人格が最低で駄目人間で、力を手に入れたからって調子ぶっこいてるってだけで」

「それは俗に最悪と言うのでは……」

「悪い奴じゃないってだけで、何もかもフォローできる訳じゃないのよ。そんな事言ったら、私たちギリシャの神性だって散々人間を弄んでいるけど悪じゃないわ」

 ――凄い説得力だ。

 トロイア戦争もまた、神々の策略によって勃発した戦争だ。

 人を庇護し、見守るのは神の役目だろう。

 だが同時に、人々を操り、罰を与え、弄ぶのも神の役目、ということだ。

 アルテミスは狩りと純潔を司り、狩人に加護を与える神性だが同時に病毒を操る恐ろしい側面も持っている。

 一つの側面だけで人格を測れるものではないのだろう。

「あー。じゃあ訂正。アイツは良い奴じゃないんだ。何もかもが最低だが、権力だけは持ってる」

「あら、良いところが減ってない?」

「というか、無くなったじゃないか」

「つまり良いところなんてない訳だ。だったらアタシの勝ちさね」

 イアソンの評価を聞いて自信を持ったようにドレイクは胸を張る。

 ドレイクの能力の高さは分かっている。船長としては、イアソンと比べるべくもない。

「それに、ヘラクレスが難攻不落だろうと関係ない。不可能に挑めるのは人間だけだよ。できっこないことを夢見て生きなきゃ面白くないってもんだ」

 不可能に挑むことの楽しさを、ドレイクは知っている。

 そして――僕たちもまた、覚えのあることだった。

 メルトと共に、白融を作った。カレンも交えて、地上へ赴くシステムを作った。

 そうした不可能に、ドレイクは笑いながら挑むのだ。

「ったく。お気楽なこって――ぷぎゅ!?」

「ダーリンの頭になんか刺さった!」

 ドレイクと共にならば、どんな難航も突破できる。そう確信できた時、オリオンが悲鳴を上げた。

 頭に矢が刺さっている。敵襲――というには、威力が弱い気がする。

「だ、ダーリン! 今助けるね! ぐりぐり……」

「あだだだだだだ! 一気に引き抜け馬鹿!」

「あぅぅ、ごめんダーリン! 頼られるの嬉しくてつい……」

「泣かせるねぇ……健気な乙女心だよ……」

「こんなところで発露するもんじゃないと思うんだけどなあ!」

 抜かれた矢には、何かが縛り付けられている。

 紙――これは……

「矢文だな。アルテミス、解いてこれ」

「はーい。どれどれ……? ――あ」

 矢から紙を外し、暫く読んでいたアルテミスは何処か嬉しそうに声を上げた。

「知り合いだったわ。相変わらず堅苦しいわね」

「知り合い? 誰だ?」

「うふふ。ダーリンに勝るとも劣らない狩人よ。ここまで硬いのはアレかしら。愛を知らない純潔少女だから」

 ――――もしかして、と、一人のサーヴァントの姿が思い浮かぶ。

 メルトも、シンジも、同様らしい。

 もしも彼女ならば、間違いなく強力なサーヴァントだ。

『矢はすぐ先の島から飛んできたみたいだねー』

「来てほしいって。どうする?」

「――行こう。力を借りれれば心強い」

 イアソンたちと戦うにも、頼りになるだろう。

 ほんの少しだが、光明が差した。彼女との再会が、解決に繋がれば良いのだが――。




復活。謎の髑髏(仮)さんも登場です。
死んでも復活できるとかさながら夜の少女道場ですね。

さて、そろそろ三章も終盤に傾く頃。
あの人もようやく登場します。


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第十二節『失われた聖櫃(アーク)』-2

聖櫃って打とうとすると静謐がかなりアピールしてくる不具合。
レディもう退場してますぜ。


 

 

「にしても……女神様が随分と積極的じゃないか」

「勿論よ。私を慕ってくれる狩人だもの。祝福を与えない訳にはいかないわ」

 島に辿り着いてから、オリオンとアルテミスが先導する形で歩く。

 カグヤが言うには、サーヴァントは二騎。どうやら同じ場所にいるらしい。

「なんかあるのかい? その狩人って」

「あー。コイツ、純潔の女神だからな。同じ誓いを立ててる訳だし、贔屓にしてるんだろ」

「やだダーリン、純潔だなんて……あ、でも純潔を失う日のシミュレーションは毎日やってるのよ?」

「何それ」

 雑談を交わすオリオンとアルテミス。

 ドレイクは疑問を投げたが、凄まじい速度で話題が逸れたことに嘆息する。

「あのね? まずダーリンが壁をドンってするの。で、耳元で『俺じゃダメか?』って。それから、それから――!」

「…………ねえ、ハク。私って、あんななの?」

「違うから、ね? 違うから」

 アルテミスがハッスルするたびに、メルトは自己嫌悪染みたダメージを受ける。

 あまりにも可哀想だ。

 アルテミスには自重してほしいが……止まることなく話を続けている。

恋愛脳(スイーツ)すぎるわね……彼女が見たらショックで卒倒しない?」

「私よりマシよ、マシ。自分の中にアレが含まれてると考えてみなさいよ……」

「…………ええ、悪かったわ。ちょっと最悪ね、それ」

 エウリュアレでさえ、揶揄うことをしなかった。

 彼女を肩に乗せたアステリオスは理解が及んでいないようだったが、ヴァイオレットは心中察するとばかりに頷いた。

 二人とも、今回は自身を構成する女神に散々振り回されている。

 そしてその表情をエウリュアレが見咎め、またヴァイオレットを詰るという最早お決まりな流れに帰結する。

『ん、もうすぐ先だよ』

 カグヤが言った、その瞬間。

「ッ」

 目の前に、矢が刺さる。

 先程と同じ作りのものだ。射ったのは同一人物だろう。

「――答えよ! 汝ら、アルゴナウタイに仇なすものか! 既に諦め屈したものか!」

 その、懐かしい声は大きな警戒を伴っている。

 答えなど決まっている。まだ、歩みは止まっていない。

「諦めてはいない。まだ手段がある筈だと思っている」

「……良いだろう。試すような問いかけをして、すまなかったな」

 謝罪の後、木々の奥より現れた、獣の狩人。

 獅子の耳と尻尾。そして、全てを射抜かんばかりの鋭い瞳。

 緑の装束に身を包んだ女性は、かつて月の裏側で力を借りたサーヴァントだ。

「我が真名、アタランテ。女神アルテミスに仕える狩人である」

 アーチャー・アタランテ。最速の狩人も名高い彼女もまた、この狂った海の危機に召喚されていたのだ。

「私もまた、アルゴナウタイとは敵対している。汝らの味方、という事だ」

「こりゃ……心強いな。弓の腕なら英霊の中でも上位だろ」

 彼女との再会は嬉しかった。

 向こうには既にあの時の記憶はないが、幾度となく助力を受けたのを、僕たちは覚えている。

 アタランテが真名を名乗り、それに対して僕たちも名乗る。

 ただ――その流れになった時点で、少しだけ、察していた。

「俺がオリオン。んで――」

「アルテミス、でーす!」

「ふむ。幾つかは英霊としての知識にある名だ。国は違えど名を上げた英雄たちか――――アルテミス?」

「はぁい」

 暫く間をおいてから、生まれた疑問が声に出される。

 彼女が何より信仰する女神は、ピースサインでアタランテに笑いかけた。

「……下らぬ冗談はやめてもらおうか。アルテミス様がサーヴァントとして召喚されることはない」

「わぁん、ダーリン、アタランテが信じてくれないのぉ」

「まあ、目を背けたくなるよな。お前がアルテミスなんて、出会っただけじゃ誰が信じられるかっての」

「…………え? 本当?」

「本当よ。愛に生きる狩猟女神、それが私、アルテミスよ」

「……………………」

「アタランテ!?」

 ふらりと力の抜けた体を支える。

 ……顔色が悪い。

 仕方ないか。確かに、それほどまでのショックを受けて当然のことだ。

「……いや、大丈夫だ。大丈夫。この海で私もそれなりに鍛えられた。アウチ・バビロニア……」

 ああ、だいぶ参っているらしい。

 メルトはようやく同類を見つけたことに、何処か安心した表情を見せている。

「ああ……ともあれ、だ。紹介したいサーヴァントがもう一人いる。アルゴナウタイが求める、『契約の箱(アーク)』を宝具として持つサーヴァントだ」

「『契約の箱(アーク)』……?」

 聖櫃。モーセが十戒を封じた箱。

 パンドラの箱と同系統の、開けてはいけない箱であり、聖杯に匹敵する聖遺物だ。

 イアソンは、そんなものを求めている……? いや、そもそも何故アタランテはそんなことを知っているのだろう。

「私は、最初にイアソン側に召喚されてな。あの者に従うなど御免だ。目的を聞くだけ聞いて決別したのだ」

 なるほど……アタランテもまた、アルゴー船の一員として旅をした英雄だ。

 その縁から、イアソン側に召喚されていたということか。

「奴らの目的こそかの聖櫃。そして、それの持ち主はこの海域において最初に召喚されたサーヴァント。真名を――」

「――ダビデ。待ちくたびれたよ、君たち」

 緑の髪と白い肌。

 その絶大な知名度を持つ名にはあまり相応しいとは思えない軽装の男性。

 爽やかな表情と透き通る声は、どうにも軽い印象を抱かせる。

 彼が――ダビデ。旧約聖書に名を残す、イスラエルの王か。

 

 

「さてと。本来なら酒と食事で饗宴でも開きたいところだけどね。その前に『契約の箱(アーク)』について話すとしようか」

「いいじゃないの。話が直截的な男は嫌いじゃないわ」

「どうも、女神様。僕の宝具『契約の箱(アーク)』は宝具として見ると三流なんだ。効果は、触れると相手は死ぬ――それだけ」

 取り出されたのは、片手で持てる程の箱。

 簡単に言うが、それはシンプルながら強力な宝具だ。

 相手を問答無用に殺害する。使いようによってはサーヴァント戦においても恐ろしい力を発揮する。

「だけど……悪用は出来る。これは神が人類に与えた契約書。実際は僕の所有物ではない。容易に奪えはしないが、奪われたら最悪だ」

 正確な持ち主が存在しない以上、他者が悪用する事も不可能ではないということか。

 何らかの方法で他者の手に渡れば、その人物の切り札になりうる。

 敵対する強大な存在をも殺し得るのなら、喉から手が出るほど欲しがる者もいるだろう。

「おまけにこの宝具は霊体化が出来なくてね。僕は『契約の箱(アーク)』の現物と共に召喚される。僕が死んでも、誰かが所有していれば残り続ける。どうにも制御が厄介なのさ」

「そして、私はこの者にイアソンがそれを求めていることを話し、共に森に潜み機をうかがっていたわけだ」

 二人では、彼らに対抗することは限りなく不可能に近い。

 よって、二人は待っていたのだ。

 アルゴナウタイに抗し得る戦力が揃うことを。

 彼らへの勝機を発見するときを。

「……ねえ、ダビデ。一つ聞いて良いかしら?」

「いいとも、何でも聞いておくれよ」

 一つ、思い当たった節があるのか、エウリュアレがダビデに問いを投げる。

「もし、私がその『契約の箱(アーク)』に捧げられたらどうなるの?」

「ッ――――」

「神霊たる君が捧げられたとなると……そうだな。この時代そのものが死ぬだろう」

 ――――それが、イアソンの目的!

 イアソンはエウリュアレを求めていた。そして、『契約の箱(アーク)』もまた求めている。

 あらゆる存在に死を齎す聖櫃。どれほど低いランクであっても、神として存在する霊基が生贄となれば、箱は暴走する。

 神が死ぬ。即ち、世界の死。

 そういう時代にあったのが、この聖櫃なのだ。

 サーヴァントであっても、神霊であれば変わりない。その死を箱に捧げることで、世界は死ぬ。

「それが目的かい……女神様を捧げて世界を滅ぼす……イアソンは何だってそんな事をしたがるんだかねぇ」

「もしかして、知らないんじゃないかしら。あのイアソンって人は誰か悪い人に唆されてる、とか」

「あり得るな。アイツは頭は良いけど言い包められやすい、単純なヤツだろうし」

 マリーの考察。その可能性は、高いかもしれない。

 それほどまでに、彼がこの海を滅ぼす動機が見当たらない。

「だけど……どうするかな。メディアとヘクトールはどうにかなるかもしれない。だけど、ヘラクレスが問題だ」

「ああ。イアソンは考慮せずとも良いだろう。奴は弱い。弁舌とカリスマの怪物だが、戦いに関しては数に含める必要はあるまい」

 だが、イアソンを数に含めるも含めないも、大きな違いはない。

 アルゴナウタイにはヘラクレスがいる。

 結局のところ、彼をどうにかしなければ、勝ちはない。

 蘇生魔術の重ね掛けと凄まじい戦闘技術。これだけサーヴァントがいても、勝ち目が見えない難敵だ。

「そうだなあ。『契約の箱(アーク)』に触れてくれれば一発で昇華できるかもだけど……」

「バーサーカーならまだしも、ランサーってのがなぁ。自分から爆弾に近寄る馬鹿じゃないだろアレ」

「だけど……一番、勝機のある手段かもしれないな」

 別の手段であと十一回殺す。そんな途方もない方法より、可能性はある。

 問題は――どうやって触れさせるか、だが。

「それにしても、メディアやヘクトールがいれば無理難題になるよ」

「この手段を取るとしても、ヘラクレスを引き離して単体で相手取るのが必須科目か」

「……」

「――ヴァイオレット?」

 暫く、考え込んでいたヴァイオレットは、苦い顔をしながらも、顔を上げる。

「……確かに、ヘラクレス一騎をどうにかすることが最重要、ですか」

 彼女をしても、困難極まるのだろう。

 その手段しか思いつかなかったことに歯噛みし、悔しそうに拳を握り込んでいる。

「知性の欠片も無い戦法です。何人か、死ぬかもしれません。下手をすれば全滅さえあり得ます」

 自分でそれを思いついたことを間違いと信じたい。

 だが、それが最も勝機の大きいものだった。

 だから――ヴァイオレットは発案する。

 全額勝負。たった一度切りの大博打。

 ヴァイオレットはその作戦を発案しながらも、反対されることを予想していたのだろう。

 だが。

「面白いじゃないか。アンタからそんな賭けが飛び出すなんてねえ!」

「うん。妥当な作戦だ。ヘラクレスを倒すなら、そこまでやらないと勝負にさえならない」

 全員が命がけ。ヴァイオレットの言った通り、誰が死んでもおかしくはない。

 だが――それ以上確実な手段など、思いつかなかった。

「いまいち読めないのはイアソンの行動だけど――」

「問題ないだろ。アイツ、ヘラクレスの撤退を受け入れるくらい信頼してる。絶対にこういう風に動くよ」

「僕も乗った。掛け金は全員平等。誰かが生き延びて、総取りしてくれればそれが全員の勝利だ」

「なんか破滅的だなあ、この兄さん。っつーか無責任というか」

 ゆえに、誰が反対することもない。

 サーヴァントたちは全員、死ぬ覚悟をしている。

 そして、マスターである僕たちも、そういう覚悟はある。

 参戦を承諾してくれたマスターたちには、出来る限りの保険を掛けているが、死ぬ可能性はゼロではない。

 あまりにも鮮烈な死。アレの繰り返しをするかもしれない。

 メルトは猛反対していたが、

「貴女が頼りです、メルトリリス。最後まで、ハクトを守り切るのは貴女ですよ」

 その一言で、黙り込んだ。

 僕もまた命を賭ける作戦だ。その一線を守る存在は、メルトしかいない。

「……よし。やろう。メルト、頼む」

「……まったく。それ以外思いつかない自分が嫌になるわ。いいわ、やりましょう。いい、ハク。誰が死のうと、生き延びるのよ」

「――――わかった」

 そういう作戦だ。苦渋の回答だった。

 打倒へラクレス。これがこの特異点最大の作戦になるだろう。

 始めよう。僕たちの全額を賭けた、大英雄との戦いを。

 

 

 +

 

 

 ――そして、観測する。

 

 彼らが挑む、人類最古の海賊たちを。

 

 

「あの島かい?」

「はい。あそこに、彼らはいるようです」

「まったく。あれだけ無様に一人殺されておきながら、まだ何か抵抗しようとしているのか」

 イアソンたちは、彼らがいる島を睥睨しながら、至極面倒くさそうに舌打ちする。

 この期に及んでまだ尚抵抗する者たち。やはり、殺しておけば良かった、と。

「で? エウリュアレは生きているかい?」

「ええ。生きておりますわ」

「ふぅん……狙われているのが分かっていながらまだ殺さないか。大した戦力でもあるまいに、何考えているんだかねぇ……」

 ヘクトールの疑問は、イアソンには届かない。

 メディアは聞こえていても、何も言わない。それが――イアソンに告げることでもないと判断したから。

「ま、良いでしょ。あっちの選択だ。こっちの判断は船長にお任せしますよ」

「ああ! いいぞ、天運はやはり我々にある! ヘラクレス! メディア! ヘクトール! あの島に上陸し、『契約の箱(アーク)』とエウリュアレを奪え!」

 高らかに命じた瞬間だった。

 イアソンの前に踏み出したヘクトールが槍を振るう。

 弾かれた矢。イアソンの眉間目掛けて飛んできたそれは、明白な敵対心と共に放たれていた。

「馬鹿な奴らだな。この程度の矢、ヘラクレスに効くとでも――」

「いや、違う。この矢が狙っているのは」

「イアソン様、貴方です!」

「え――――?」

 二射、三射。その両方とも、イアソンに向けた攻撃だった。

 どちらもヘラクレスを狙うことなく、ただ一人に向けられている。

「ッ、やべえなこりゃ、宝具まで使ってきやがった――!」

「くっ、マスター!」

 膨大な矢の雨を、メディアが防御壁を作り出し防ごうとする。

 だが、宝具の五月雨を防げるほどの壁を即座に作り出せる筈もない。

 罅割れ、砕け、嵐はイアソンに卒倒する。

「ッ――――!」

 それを防いだのは、ヘラクレスだった。

 その身を挺し、イアソンを守り切る。

 とは言え――その肉体には傷一つついていない。

 今の攻撃は、ヘラクレスを傷つけるほどの強大なる威力は有していなかった。

「よ、よくやったヘラクレス! くそ、しかしアイツら、なんて卑怯な……」

「大丈夫です! マスターは、私が護ります……!」

「ッ、あ、ああ……ありがとうメディア。しかし、お前だけじゃあ……いや、お前も残れヘクトール! ヘラクレス、お前一人でやれるな!?」

「……いいだろう。それがお前の望みならば。朋友として、それを叶えるまで」

 ヘラクレスは、その手に光の槍を顕現させる。

 一度は見逃した。だが、二度目はない。誰でもない、友のため。

「では、行ってこよう」

「ああ! 信じるぞヘラクレス!」

 言葉を交わし合い、ヘラクレスは船を発った。

 残されたイアソンに、不安は一切ない。

 ヘラクレスは敵対する者を殺し、エウリュアレと聖櫃を持ち帰るだろう。

 絶対的な信頼の理由などただ一つ。彼が、イアソンにとって友であるからだ。

「……やれやれ。ここまでは敵さんの思惑通り。けどどうする気なんだかねぇ。Aランク宝具持ちを十二人集めたって訳でもないだろうし」

 尚も降り注ぐ矢を対処しながら、ヘクトールは思考を巡らす。

 やがて――一つの解に辿り着くが、それはないだろうと首を振った。

「…………まさか、な。あのマスターは死んだ。他に命張れるような奴もいないだろうよ」

 どうあれ、イアソンの決定だ。自分はこれを対処し続けるべし、とヘクトールは片付ける。

 どの道、向かったのはヘラクレスだ。失敗などあるまい。

 彼は古今無双の大英雄。敗北する事こそが、最大の理不尽なのだから。




>傷は深いぞ、がっかりしろ

という訳でアタランテ姐さん、豚…………ダビデ王の登場です。
メルトとアルテミス被害者友の会結成。

次回はVSヘラクレス。なんか一部にフラグが建っていなくもない。


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第十三節『全額勝負』-1

VSヘラクレス。
タイトルをナンバリングにしたからか節が少なめですね。


 

 

『さて、来たよ。準備はいい?』

「ああ、万端だ」

 圧倒的な相手を前に、やはり、恐怖は拭えなかった。

 自分を殺した存在が近付いてくる。

 メルトが守ってくれるという信頼があっても、あの姿を見て、身が強張るのを自覚する。

「――まさか、生きていたとは」

 ヘラクレスは、目を見開くこともなく、そんなこともあるかと事実を受け入れた。

「だが、それもここまで。私はアルゴナウタイの一員として、貴方たちを殺さねばならん」

「やはりか、大英雄。汝が何故そこまでイアソンに肩入れするかは知らんが、私たちは奴を止める。悪く思うなよ」

「――アタランテ。貴方も、か。敵対は避けたかったのだが、これもまた運命。どうか、覚悟を」

 ヘラクレスが体勢を低くする。

 来る――今から僕がやるべきことは、ただ一つ。

「……信じるわよ、人間。いえ……ハクト!」

「ああ――――!」

 エウリュアレを抱え、今度は、落とすことなく、走り切る。

 ある場所まで。そこまでは、何があろうとも止まれない。

「行って、ハク!」

 メルトの合図で、走り始める。

 身体強化を掛け、速度と持久力を兼ねるべく体を補強していく。

 片目の視界はメルトのそれと共有する。

 契約サーヴァントとの合意によって成立するコードキャストの一種。

 自分の視界が奪われることから、あまり好ましいものとは言えないのだが、今回は片目でメルトの視界を確認する。

 ヘラクレスが迫る。メルトは打ち払い、受け流し、その槍から逃れる。

 追撃は許さない。マリーのイバラがヘラクレスの手足を拘束し、退避の隙を作り出す。

 シンジが連れる四騎のサーヴァントのうち、唯一その攻撃が通用するのがマリーだ。

 あのイバラは人によって作り出された武器ではない。動きを縛ることは有効だ。

 動きが止まったところに、アタランテの、ダビデの、アルテミスの矢が卒倒する。

 だが――そのうち弾かれなかったのはアルテミスのもののみ。それでさえ、ダメージには至らない。

 イバラが引き千切られる。ほんの五秒の拘束にさえならない。

 そして次の瞬間には、僕との距離を詰めてきた。

 回避は――間に合わない。だが、その槍をデオンのレイピアが受け止める。

「……ほう。その細身で私を止めるか」

「侮るな大英雄。これでもフランス王家を守った騎士。劣るつもりはない!」

 光の槍さえ対応する剣の舞踏。

 後退しながらも刺突を受け止めるその姿は、守りとして洗練されている。

 その苛烈ながらも美しい舞で周囲に撒き散らされるは、百合の花弁。

 それはフランス王家の象徴。シュヴァリエ・デオンが護り、死後であっても忠義を捧げる拠り所。

 故に、その宝具の真名は決定された。

「王権よ、永遠なれ――『百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)』!」

 単一の対象への幻惑とステータス低下。

 僅かに動きが鈍ったヘラクレスに叩き込まれる剣は、やはり傷を付けるに及ばない。

 だが、あの大英雄のスペックを落とすことはあまりにも重要だ。

「ぅおおおおおおおおおおおおっ!」

「っ、甘い――!」

 その隙を狙うアステリオスの斧を、しかし素早さを失っていないヘラクレスは回避する。

「ぐっ――!」

 素早く蹴り飛ばし、ヴァイオレットたちの追撃もあしらう。

 ステータスが低下してもその武芸に衰えはない。

 だが、此度は勝つつもりで戦っている。誰がやられても、最後に一人でも立っているのだ。

「マリー! 行けるな!」

「ええ――ええ――! さんざめく花のように、さあ、踊りましょう!」

「心苦しい――ですが、王妃。この王権の光を、どうか――!」

 百合舞う戦場に、およそ相応しくない王妃が立つ。

 否、ここは最早彼女の舞台だ。

 王権の光は周囲に満ちている。デオンの宝具は、彼女を引き立てるために発動された。

 マリーに向けて突き出される槍。それを、アマデウスが弱め、サンソンとデオンが二人がかりで停止させる。

 その背後からヴァイオレットが無数の繊維で縛り上げる。

「ええ! 私が受け止めるわ! この光に影なんていらないの!」

 マリーの手足を、体を、イバラが覆う。

 自身を縛り、傷つけ、その犠牲を一手に受け止める。

 その傷を望むべきものだと、さも喜ぶように笑っている。

「宝具――『百の虚飾に浸る王権(ロサ・センティフォリア)』!」

 自分を縛るそれらから噴き出るイバラに込められた魔力は、それまでの比ではない。

 拘束を振り払ったヘラクレスは、槍でイバラを打ち払う。

 だが、迎撃から逃れた一本が脇腹を掠め――傷を作った。

 マリーが発動した宝具はAランク。ヘラクレスを殺し得る虚飾のイバラ。

「いい時間稼ぎね……今の内に少しでも距離を開きなさい!」

「分かってる――!」

 自身を傷つけると分かれば、その対処はより一層慎重になる必要がある。

 ヘラクレスは一旦防御に回り、その疾走を止めた。

 背後の確認はエウリュアレに任せる。

 比較的至近距離でメルトは警戒しつつ、僕たちに追従する。

「ッ、ハク!」

「なっ――!」

 メルトの警告の直後、体が突き飛ばされる。

 エウリュアレを下にしないよう倒れ込む。それまで走っていた場所を、ヘラクレスの得物たる光が突き抜けていく。

 シンジたちを振り払い、即座に攻勢に出る柔軟さ。

 やはりその技術は規格外が過ぎる。

 追撃もまた速い。

 反対側に立つメルトを吹き飛ばし、咄嗟に動けない僕たちに槍が突き付けられる――!

「はっくん!」

「アルテミスッ!」

 その場を通り抜けざまに僕たちを回収し、アルテミスは軽いステップでヘラクレスから離れていく。

「さて、大英雄くん。貴方もギリシャに名を残したなら分かるでしょ? 女神の奔放さ。呪いを受けたくなかったら、今すぐ投降をお勧めしまーっす」

「……女神アルテミス。残念ながら、それは承諾しかねる。此度、私は敵が誰であろうと我が友のために動くと誓った。この誓いはオリュンポスの神々全ての呪いを受けたとて折ることはない」

「筋金入りだなぁ……お前も。イアソンのヤツも、アンタっていう友達がいながらなーんであんな身の振り方しか出来ないんだか」

 同じ国の女神と対面しようとも、ヘラクレスは決して折れない。

 その槍は必要とあらば、父ゼウスにさえ振るわれるだろう。

 他ならぬ友、イアソンのために。

「だがよ、ヘラクレス。言っとくけどコイツは相当しつこいぜ。ヘラ程じゃないが、呪いやら毒やらにはとことん通じてるからな」

「やだダーリン、人聞きが悪いわ。私が出来るのは狩りと炊事洗濯だけ。だって病も毒も、円満な家庭には必要ないでしょ?」

「あの時代じゃないんだし狩りもいらないと思うんだけどナー……」

「ふっ……」

 ごく自然に繰り広げられる漫才に、思わずヘラクレスも小さく笑う。

 だが、当然それで槍を収める筈もない。それは、僕たちも全員が理解している。

「やあその通りだ。妻たる者は弓も剣も持たなくていい。ただ傍にいてくれればね。そうだろう、美しい君」

「普段なら勝てる筈もなかろうがな、覚悟せよヘラクレス。此度の私は数多の心労で大きく成長した。今やカリュドーンの猪すら単独で狩れる存在と知れ」

 ダビデの問いがまるで耳に入っていないかのように無視しつつ、駆けてきたアタランテは宣言する。

「スルーかいアビシャグ。冷たいが、まあそういう女性も良いよね。僕の周りにはいなかったけど」

「んー? あの()じゃ物足りなかった? むー、でもあんまり一方的な神罰はつまらないし……」

「ああもう! ああもうっ! ともかく! 私を侮るなヘラクレス! 今の頭痛とか色々に比べれば、汝の試練も生温いっ!」

「なあ、アタランテの姐さん、アレ自棄になってないか?」

 戦いの最中と感じさせない呑気なダビデと、信仰するゆるふわ女神に挟まれつつも、その現状でアタランテは己を鼓舞する。

 まあ……確かに今のアタランテは、尋常ならざる程に強いだろう。

 自棄になれば人は普段以上の力を発揮するものである。

「いや、何とも愉快だ。アルゴー船に乗っていた頃から貴方は変わらないな」

「周りがどうにもズレていてな! まあ此度はそれなりにまともなのもいる。何故か倍ほど頭が痛いが、カイニスとペレウスくらいしか大人しい者がいなかったあの頃より余裕がある筈だ!」

「ハッ! その通りさねデカブツ!」

「ッ!」

 銃声。

 アタランテたちに続いてやってきた此方の船長は、以前効かなかった拳銃を構えている。

 学習力が無い訳ではない。牽制でもない。

 それが、大英雄を傷つけるに足るものだという確信からだ。

 そして事実、その弾丸は獅子皮の護りを貫き、ヘラクレスの肉を裂いていた。

「ドレイク、今の……」

「ああ、聖杯の力さ。ヘラクレスを倒したい。あの海を乗り換えたい。確かに、酒と肉を出すだけじゃあ勿体ない宝だ!」

 聖杯は、持ち主の願いを叶える願望器。

 その力が、サーヴァントの打倒を可能にした。

 しかし、聖杯の限界はそこではない。

 ドレイクが望めば、人の文明を寄せ付けない宝具でさえ貫くことを叶える――!

「今のコイツらにはアタシという船長がついている。アンタという嵐くらい屁でもないってね!」

 確信があるからこそ、ドレイクはヘラクレスに立ち向かう。

 彼女という船長がいるからこそ、僕たちもこの無茶な作戦を信じられる。

 難攻不落の大英雄さえ、乗り越えることが出来ると。

「――なるほど」

 シンジたちも僕たちに追いつく。囲まれる形となったヘラクレスは、しかし微塵も動じない。

「これは強敵だ。十二の試練全てが同時に襲い来るにも等しい。ゆえにこそ、乗り越えさせてもらおう。我が拓いた可能性で以て!」

 槍が掲げられる。

 武器としての形を保っていた光がより広く周囲に飛び散っていく。

「宝具――!」

「ハク、離れるわよ!」

 身体強化を掛け、走る。

 走った跡にはメルトが防御膜を張っていく。

 何より、エウリュアレを守るのが役目の僕は、あの宝具からは逃れなければならない。

 メルトとの視界の共有で、その光がより巨大化していくのを見た。

 全員が、その宝具に対し何らかの行動を起こす。

 発動を阻止せんとするもの。逃れようとするもの。僕たちの防御を強固にするもの。

 しかし、その全てを歯牙にもかけないようにヘラクレスは槍の真価を発揮する。

「果てを見よ。その先に、汝らは何を見る。希望があるならば、それを祝福せんがために私は果てを切り拓く。その無限の可能性を――!」

 狙いは――僕たちだ。

 解放の時を待つ光が突き付けられる。

 あれこそ、自身に降りかかる全ての難行を乗り越えてきたヘラクレスの可能性。

 そして、人類全てに対する可能性の示唆――!

 

「難攻不落のアトラス、今一度切り拓かん! 果てにて果てなき偉業の門(プルス・ウルトラ)!!」

 

 ヘラクレスの可能性そのものが、膨大な魔力となって奔流を巻き起こす。

 アトラス山をも切り崩すヘラクレスの、英雄たる証。

 勝手気ままに飛び交っていた光は全て、敵の打倒に向けられた。

 光輝は守りをまるで無いもののように切り崩しつつ、侵攻してくる。

「ッ――二大神に捧ぐ――『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!」

「私もやるわ、一瞬だけ振り向きなさいハクト――『女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)』!」

 迎撃に使われる、五月雨の矢。

 万軍をも屠る宝具も、威力でこの奔流には及ばない。

 そして、エウリュアレもまた宝具を撃つ。

 至高の矢もまた、光に立ち向かい、炸裂して果てた。

 勢いは幾分弱まったかもしれない。だが、それでもA級サーヴァントを呑み込んで余りあるほどに、恐ろしい威力を有している。

 逃げきれない――メルトの敏捷性でも、あの範囲から逃げ切ることは叶わない。

「しまっ――――」

 そして、メルトの最後の、渾身の護りさえ突破する。

 アマデウスの音楽魔術が、マリーの宝具たるイバラが築いた最後の砦も打ち崩される。

 シンジと、そして僕も作った二重の盾。そんなものは、足止めにさえならない。

 それでも勢いは弱まった、全力で走ればどうにかなるかもしれないと、信じて脚力への負担を強くする。

 背に熱を感じ始める。

 一度僕を殺した熱さ。それとは比にならない真名解放を伴う真髄。

 迫る輝き、片方の視界がそれに埋め尽くされようという時、僕たちと光の間に、立つ者がいた。

 

「それじゃあ、ダーリン。後お願いね」

 

 軽く放られる、愛すべき人。

 熊のぬいぐるみは、僕の肩に張り付いた。

「オリオン――?」

「行け。走れ。もっと速く!」

 ――多分、その選択は、二人が良しとした事なのだと思う。

 オリオンの声色はあまりにも強く、そして、確固たる愛に満ちていた。

 彼は愛多い英雄かもしれない。そして、そのために多くの悲劇を生んだかもしれない。

 だが、その中でひときわ輝き、何より愛すると決めた者がいたのだろう。

 その女性の信念を。強さを知っているからこそ、“残る”という選択を選んだのだ。

「アルテミス、貴女――!」

「私である事がショックだったんでしょ、メルト。なら、最後くらい月女神の面目躍如をしてあげなきゃ」

 ふわりと後退しつつも、逃げようとはしない。

 それは弓に番えた矢に力を込めるための時間稼ぎ。

 愛に満ちた一矢を放ち、そしてこの危機を払うため。

 月女神は一歩下がって、少しだけ此方に振り向いた。

「私の本質は愛に生きること。愛し恋し狩人のため、そして私を源流とする貴女が守りたい人を守るため。私は毒にも矢にもなりましょう!」

 凄まじい覚悟。それは、まさしく女神だった。

 アルテミスの目に悲哀はない。

 寧ろ、矜持が感じられた。

 ここを守る。自身が恋し、愛した狩人を守る――彼に勝る狩りの女神として。

「この世は永遠ならずとも、愛と恋だけは永遠のもの。その二つを併せ持つ今の貴女なら、これさえどうにかすればもう負けないでしょう?」

「――――ええ。そうね。いいわ、約束してあげる。私の欠片たる女神様」

「よろしい。おーいアタランテー! 更なる祝福をあげるから頑張りなさーい!」

 最後までアタランテに対しては軽く無邪気に。

 しかし、それもここまで。

 光に再び視線が向けられる。一瞬見えたその瞳は、紛れもない、狩人のものだった。

「恋の輝き、清風明月、玲瓏貴影! この身、今は古きオリュンポスの一柱、月女神アルテミス!」

 ヘラクレスの輝きに対する愛が、極みに達する。

 それでも、あの光には敵わない――溢れる魔力からして、殆ど確信だった。

 だというのに、恐れは一切感じない。

 アルテミスは負けることはない。それもまた、確信であるから。

「さあダーリン、愛を放つわ! 月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)ッ!!」

 愛を。恋を。アルテミスの全てを注ぎ込んだ一矢がヘラクレスに立ち向かう。

 壮絶な光が背後から、前方にまで走っていく。

「……何処出身だよ、お前は……まったく」

 そんな、オリオンの呟き。

 光が消える。ヘラクレスの宝具の奔流はなく、月女神の姿もまた、そこにはなかった。

「頑張ったよ、アルテミス。先に行ってな――お疲れさん」

 今、ここに神殺しを成し遂げた英雄は未だ健在。

 オリオンの弔いの声は、彼女に届いたか否か。

 それを知ることは出来ない。今の僕に出来ることは、ただ彼らを連れて走ることだけだ。




アルテミスはこれにて退場となります。お疲れ様でした。
全員にフラグを建てての戦いでしたが、彼女の退場を予想できた方はいらっしゃったでしょうか。
そしてヘラクレスの三つ目の宝具、及びバーサーカーマリーの宝具もお披露目です。
マリーの宝具名からは色々と設定が見えるんじゃないかなって。


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第十三節『全額勝負』-2

お待たせしました。
まだ更新を安定させることは出来なさそうですが、とりあえず今年最後の更新としたいと思います。どうぞ。


 

 

 アルテミスは消滅した。

 彼女の捨て身の宝具により、ヘラクレスの宝具を防ぐことが出来た。

 だが、そこまでだ。

 ヘラクレスは健在。今の宝具で一度殺せた訳でもない。

 女神の宝具でさえ、あの光を相殺することしか敵わなかったのだ。

「――見事、女神アルテミス。しかし――何が変わったこともない」

 殆ど距離は離せていない。ヘラクレスにとっては、一息で詰められる距離だ。

 だが――アルテミスに代わり、ヘラクレスに立ちはだかる者がいた。

「貴方はアーチャー。ランサーの前に出るのは得策とは言えないと思うが」

「そうだろうな。汝相手では尚更だろう、ヘラクレス」

 アルテミスを失ったのは大きな損失だ。

 信仰の対象を目の前で倒され――しかし、アタランテは自棄になったという様子はない。

 その左手には弓、そして、右手には――

「アルテミス様は消えた。であれば、損失によって空いた穴を埋める必要があるだろう」

「そのための宝具か。なるほど、それは――」

「然り。汝とて容易く討ち取れはすまいよ。ギリシャの大いなる厄災、此度は正しき道に使わせてもらおう」

 黒い毛皮。それを見るだけで走る怖気は、その宝具の由来たる魔獣の悍ましさを如実に物語る。

 かつて力を借りた際にも使用された宝具。

 だが、今回はあの時とは違う。

 武器としてでなく、その災厄そのものを纏わせる――或いは、その宝具本来の使用法。

「行くぞ――『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』!」

 背後で爆発する憎悪の魔力。

 思わず立ち止まりそうになるが、足を止めてはいられない。

 意識を向けるのは視覚だけだ。

「アレ……アルテミス様の猪ね。あんなものを宝具として持ってるなんて」

「だけど、あの宝具なら……」

「どうかしら。怪物を倒すのはいつだって英雄よ。私も、それは良く知ってる」

 エウリュアレの視線は、ヘラクレスと戦うヴァイオレットに向けられている。

 魔猪の皮を纏い異形と化したアタランテ。その爪は人の文明によるものではなく、ネメアの獅子皮による防御を貫くことが出来ている。

 『十二の試練(ゴッド・ハンド)』を超え、傷つけることも可能だ。

 だが――それでも、ヘラクレスは彼女たちに一歩も劣っていない。

「それは――」

「ええ。あの時は、私たちももういなかったけど。変じてしまったメドゥーサを討ったのも、また英雄だったわ」

 ペルセウス。ギリシャにおいて、ヘラクレスに匹敵する逸話を持つ大英雄の一人。

 彼の伝説の代表が、ゴルゴーンの怪物たるメドゥーサの討伐だ。

 当然ながら、エウリュアレは彼に対して良い感情を持ってはいないだろう。

「怪物ってのは、どうあっても英雄には勝てない定め。だから――勝負がつく前にこっちから決めに行くのよ」

「分かってる」

 ヘラクレスの最優先はエウリュアレだ。

 アタランテたちとの決着より、ヘラクレスは此方を見失わずに追ってくることを優先している。

 時折突き出されてくる槍は、メルトが防いでくれている。だが、メルトの消耗も小さくない。

 僕自身も、身体強化を掛けているとはいえ、限界がない訳ではない。

 後方の確認もしなければならないのが、余計にスタミナを消費させる。

 これだけの英雄を相手取りながらも距離を離さないヘラクレスは、やはり凄まじい英雄だ。

「ハク!」

「え――」

 大きく踏み込んできたヘラクレス。

 横薙ぎの槍はその余波で以てメルトを巻き込み、僕たちを吹き飛ばした。

 直撃はしなかった。だが、浮いた体をコントロールする術など持っていない。

 ともかくエウリュアレを守るように体を丸め、勢いそのままに背中から地面に叩きつけられる。

「っ――は――!」

「痛っ……出鱈目ね、まったく……!」

「クソッタレ……! たかが余波でなんて威力してやがんだ」

「エウリュアレは……問題ないわね。ハク、まだ行ける!?」

「っ……ぁ、ああ……!」

 必要以上の身体強化が功を奏した。

 使っていなければ、今頃骨の一つや二つ折れていただろう。

 オリオンも少し離れたところに転がったが、健在だ。

「今のを防ぐか。全員の隙を突いたものと思っていたが」

 サーヴァントたちに囲まれながらも、ヘラクレスは危機感を抱かず、冷静でいる。

 今の一撃は必殺を信じたものだったのだろう。

 それでも――まだ。僕たちは終わっていない。

 起き上がる。足の限界は来ていない。

「合わせろ、アステリオス――――!」

「ぅおおおおおあああああああああああああああああッ!」

 アタランテとアステリオス。今の状況において、力に秀でた二騎の同時攻撃。

 その攻撃を確たる一撃にすべく、マリーがイバラを操り、アマデウスが音楽魔術で支援する。

 四騎の連携にさえ、ヘラクレスは一切動じない。その対処はたった一つの行動。

「ふっ――――」

 槍の魔力を展開することによる防御壁。

 魔術を弾き、宝具を弾き、物理攻撃を弾き、ヘラクレスの身を護る。

 何処までも、防御に秀でた英雄だ。攻撃のための武器でさえ、ヘラクレスは盾として使用できるのか。

「――しかし、何処まで逃げるのか。今一度我が可能性を以てその策を打ち砕く手段もあるが――」

「ッ」

「その企て、神の悪戯を超えるものか見てみたい。それが、此方の側に立った私からの、貴方たちへの礼儀だ」

 それは、自身が世界を侵す側に在ると自覚しているかのような発言だった。

 理想的な英雄然としたヘラクレスの性格が無ければ、僕たちはここまでも来れなかった。

 彼の正々堂々さを利用し、僕たちは勝利に手を伸ばす。

 見えてきた――この戦いに決着をつける場所が。

 目立った何かがある訳ではない。

 これまで走ってきた道となんら変わりない草原。

 ただ、この道中に同行していなかった二人が立っているのみ。

 ――目に映る情報だけでは。

『行けるね、白斗』

「ああ――!」

「信じるわよ、力の限り飛びなさい、ハクト――!」

『三、二、一――――!』

 メルトと視界を共有するのはここまでだ。

 サーヴァントたちがヘラクレスから離れる。

 それを隙と見たのか、瞬間的にヘラクレスが迫ってくるのを圧で感じる。

 だが、気にしてはいられない。

 全力を以て飛ぶ。

 ――飛び越える。

 接近するヘラクレスを、メルトも、アタランテも、止めることはない。

 このままであれば、五秒と経たずに僕は殺されるだろう。

 生と死、勝利と敗北の境界線。前者を掴み取るべく、『月の愛』は手を伸ばす。

 

「――令呪を以て命じます。ゲートキーパー、ヘラクレスを拘束してください」

 

「ッ――――――――!」

 着地する。

 振り向き、すぐ傍にまで迫っていた槍を視認した。どうやら、本当にギリギリだったようだ。

 驚愕に染まったヘラクレスの表情。

 その肉体を縛る無数の鎖。

 ヘラクレスの周囲の空間から出現したそれらは、大英雄に抵抗の余地さえ与えず完全に拘束していた。

「これ、は――っ」

「大英雄ヘラクレス。神霊ゼウスの子。であれば、この鎖はさぞ効くことでしょう」

 指一本動かさず、ゲートキーパーは自身の力を解放した。

 世界最高峰の英雄でさえ縛る拘束宝具。

 そして、詰めの一手はあと一つ。

「ゲートキーパー、お願いします」

「了解。仕事は、ここまでだ」

 カレンの指示で、ゲートキーパーは鎖を操り、ヘラクレスを地面に叩き付ける。

 瞬間。

「――うおおおおおおおおおおお――――!?」

 ヘラクレスの肉体から、魔力が奪い去られた。

 獅子皮は存在を可能と出来なくなり、消滅する。

 無限の可能性が武器となった槍も、光を霧散させ消えていく。

「くっ……!」

 渾身の膂力で僅か、起き上がる。

 しかし、ヘラクレスは大部分の魔力を失っていた。

「私の、魔力を――今のはまさか……!」

「そう。君らが探し求めていた、僕の宝具さ」

 ダビデの召喚と同時にこの特異点に現れた、霊体化不可能の宝具。

 それは不可視なれど、確かにここにある。

「さて、サービスもこれでお終い。大した宝具じゃあないけれど、驚いてくれました?」

 言いながら、ゲートキーパーはもう一つの宝具を回収する。

 『契約の箱(アーク)』に被せていた、透明の布。

「ハデス神の、隠れ兜……!」

 視認さえ出来ていれば、ヘラクレスは何らかの対処をしていただろう。

 正直、箱の透明化を打って出てくれたゲートキーパーの気紛れには感謝する他ない。

「しかし、完全な昇華は出来なかったか。恐ろしい英雄だなあ、君は」

 ダビデは感心しながら、姿を現した『契約の箱』を見る。

 触れた敵の魔力を奪い死滅させる宝具。

 その神髄に触れてなお、ヘラクレスは消滅していない。

「――『十二の試練(ゴッド・ハンド)』も全て消えたか。これは、流石に……危機感を感じずにはいられぬな」

「最早人理否定の護りはなく、槍もない。素手でこの数を押し返すのは不可能だろうよ、ヘラクレス」

 アタランテが厳かにチェックメイトを言い渡す。

 拘束されたヘラクレスに、此方を全滅させる力はない。

「……さて。それはどうだか。確かにこの身は徒手となった。そして、自力でこの鎖の縛めから逃れることも不可能なようだ」

 ――だが。

 それは、降伏ではなかった。

 敗北を確信した訳でもない。未だ、ヘラクレスの目には勝利が映っている。

「何を――」

「だがな。どうやら困ったことに――我が友は私を重用してくれるらしい」

 薄く笑ったと同時、ヘラクレスの体が消えた。

 サーヴァントとしての消滅ではない。これは――!

「転移!?」

「然り」

 その声は、背後から。

 あの強固な鎖――令呪での転移さえ許さないのではと思えるほどの拘束力を逃れる手段。

 一つだけ、心当たりがあった。

 聖杯。イアソンの手に渡ったアレを、イアソンがヘラクレスを救うために使ったのだとしたら!

「ヤバ――」

「ハクト! 下姉様!」

 背後の気配は、スライドするように横へと移動していく。

 今の転移の行き先を瞬間的に推測したのだろうヴァイオレットが、既に僕の背後に繊維を伸ばしていたのだ。

 腕を絡め捕られたヘラクレスは、そのまま引き摺られ――しかし、すぐに体勢を立て直し、繊維を引っ張る。

「ッ――!」

 ヴァイオレットの筋力はヘラクレスには及ばない。

 その、ヴァイオレットに振るわれようとしている拳を防げるのは、ただ一人。

「ばいおっ!」

 ヘラクレスとヴァイオレット、二人の間に割って入る巨躯。

 僕が抱えている女神に振り回される者同士として、ヴァイオレットが親近感のようなものを抱いていた相手。

 この特異点において、常にエウリュアレと共にいたサーヴァント。

「アス――――」

 

 ――無垢なる反英雄の腹を、ヘラクレスの拳が貫く。

 

「ぐっ……!」

 ヴァイオレットは、致命傷を免れた。

 代わりに拳を受けたアステリオスは、口と腹から血を溢しながらも、自分の背にぶつかってきたヴァイオレットに振り向いた。

「……ぶじ、か?」

「アス、テリオス……!」

 腹を貫かれながらもヴァイオレットを見て笑うアステリオスは、心底から安心したようだった。

「ほう。今度は貴方か。だが――次は逃がすことはせん」

 一度、貫いた相手が生きているのを省みたからか。

 引き抜いた拳の速度を緩めることなく、心臓に叩き込む。

「っ……それで、いい」

「何……?」

 アステリオスが、その腕を掴む。

 ――逃がさない、と、無言のままにヘラクレスに告げる。

 ――邪魔をするな、と、無言のままに僕たちに告げる。

 その瞳は、怪物のものではなく――――英雄のものだった。

「おまえは、ぼくの、せかいで、ころす」

「……貴方が庇った女性も巻き込まれるが?」

「だいじょうぶ……ばいおはからだが、いとだから、ぜったいに……そとに、でられる!」

 発露する膨大な魔力。

 これは――宝具の予兆。

「アステリオス!」

「はくと……しんじ……せんちょう。だれも、ぼくを、かいぶつって……みのたうろすって、よばなかった」

 ただそれだけで、アステリオスは「世界を守る」側についた。

「ばいおは、ぼくを、しんぱいしてくれた。やさしかった」

 きっと、人間ならば当たり前だろう感情を、仲間が向けてくれたというだけで。

 彼の人間性を肯定したことが、何より彼を突き動かした。

「えうりゅあれ、が……えうりゅあれが、ぼくに、やくめをあたえてくれた。えうりゅあれが、ぼくを、みとめてくれた!」

「アステリオス、貴方……」

「ぼくはみんなが、だいすきだ。ぼくは、えうりゅあれが、だいすきだ! だから――――!」

 命を握られながらも、ヘラクレスに捕らわれたヴァイオレットに手を伸ばさせはしない。

 この時、彼は、英雄だった。

 ヴァイオレットを殺させるかと立ちはだかり、守り通す――騎士だった。

「……アステリオス。貴方は、英雄よ。誇りなさい。ペルセウスなんかよりも、テセウスなんかよりも、英雄になった。だから、そんな奴には、負けないこと」

「うん――うん! へら、くれす……ぼくは、おまえを、たおすっ!」

「ッ――――!」

 アステリオス、ヴァイオレット、ヘラクレス。三人の姿が、視界から消え去った。

 宝具、『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』。

 その結界は、僕たちを巻き込まず、自身と守る存在、そして敵だけを呑み込んだ。

 形成された迷宮の中での決戦は、僕たちが見る権利はない。

 だが、きっと、アステリオスの英雄としての戦いがあるのだろう。

 相手は究極の大英雄。だが、敗北する予感など一切なかった。

 ヘラクレスにも劣らないほどに、今のアステリオスは英雄だった。

「……私は、イアソンたちのもとへ行こう。アステリオスたちが凱旋した時、この場が戦場では驚こうよ」

 アタランテは猪の皮を変化させ、翼へと変えて飛び立つ。

 確かに、ヘラクレスの危機を悟れば彼らが向かってきてもおかしくはない。

 アステリオスたちの凱旋を待つならば、彼らの牽制が必要だ。

 戦場だった場所に、ようやく訪れた静寂。

 誰も、何も言うことなく、僕たちは決着を待った。




※まだ退場してないです。

英雄を倒すのは、また英雄。
延命の結果、とんでもないジャイアントキリングとなりそうですね。

では皆様、良いお年をお迎えください。


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第十四節『星の開拓者』-1

明けましておめでとうございます。
今年も何卒、よろしくお願いいたします。


 

 

 それから十分と経たず、空間が揺らぎ、戦いの勝者が帰還した。

「――アステリオス。ヴァイオレット」

「……ただいま、帰還しました」

「…………」

 ヴァイオレットのダメージは大きい。

 すぐさま回復のコードキャストを紡ぐ。彼女の回復には、それほど時間は掛からないだろう。

 だが――

「……アステリオス」

 迷宮の主、アステリオスは、壮絶な状態だった。

 満足な箇所は、右腕だけ。

 曲がり、抉れ、喪失し、粉砕され、その他の全てが破壊されていた。

 ヘラクレスは戻ってこない。

 つまり、迷宮にて大英雄は果てたのだ。

「……ありがとうございます、アステリオス。貴方に、助けられました」

「…………」

 俯いて沈黙するアステリオスは、答えない。

 既に消滅が始まっている。彼は、全ての力を使い果たしたのか。

「――アステリオス。答えなくてもいいから、聞きなさい」

 いつの間にか離れていたエウリュアレが、アステリオスに近付いていく。

「よくやったわ。貴方は、英雄として成すべきことを成した。世界のために戦って、皆を守ったの」

 唯一無事であった右手に触れて、愛おしむように、その顔を見上げる。

 答える声はない。

 ゆっくりと消えていく肉体。腕が消える前に、エウリュアレはしっかりと握り込む。

「だから、誇りを持って、帰りなさい。そうすればきっとまた、素晴らしい召喚に呼ばれるわ」

 反英雄である彼は、英雄として戦うことが出来た。

 彼が望むならば、次も英雄として、召喚されることが出来るだろう。

 押し付けになってしまうが、僕も、そうあってほしいと思う。

「最後になるけれど……(メドゥーサ)を守ってくれて、ありがとう。アステリオス」

「……」

 メドゥーサと呼ばれるたびに否定していたヴァイオレットも、今回は何も言わなかった。

 アステリオスの最後の戦いを目に焼き付けただろう彼女は、少し離れたところで見届ける。

 もう礼は言った。告げることは、何もない、と。

「…………ぅ、ん」

 エウリュアレの礼の言葉に、ゆっくりと、時間を掛けて、囁くような声で答える。

 それは、もしかすると気のせいだったかもしれない。

 それでも、その時、アステリオスが頷き、笑ったのは確かだった。

 そうして、大英雄を倒した小さな英雄は、満足気に消滅していった。

「……さあ! 残るはいけ好かないイアソンの奴だけだよ。とっととやっつけて、この海を解放しようじゃないか!」

 別れを惜しむ時間はない。

 ドレイクが全員に喝を入れる。

 そうだ――これで終わりじゃない。最大の敵は倒したものの、まだ聖杯を取り戻した訳ではない。

 行こう、最後の戦いだ。イアソンたちを倒し、この時代の正常を取り戻そう。

 

 

 『黄金の鹿号』に乗り込み、沖にあったアルゴー船に接近する。

 アタランテはメディアの魔術を掻い潜り、ヘクトールの槍を躱しつつ時間を稼いでいた。

「いたいた。聞こえるかいイアソン! 来てやったよ、決着付けようじゃないか!」

「ッ……! なん、だと……おい、ヘラクレス! ヘラクレスはどうしたんだ!?」

「言っただろう。ヘラクレスは倒れた。アステリオスとヴァイオレットに敗れるだろう、とな」

「馬鹿な! ふざけた事を抜かすな! 魔眼の怪物と半獣の化け物だぞ! そんな英雄の餌になるが道理の汚物共に、ヘラクレスが負けて堪るか! 冗談も大概にしろ愚図共っ!」

 ああ――信じられないだろう。信じたくないだろう。

 だが、その道理を、アステリオスは打ち破った。

 だからこそ、僕たちはここにいるのだ。

「アイツが生きてたら僕たちが生きてる筈ないだろ。こういう事だってある、認めろよイアソン」

「死ぬ筈があるか! ヘラクレスは不死身の英雄だぞ! 誰しもが憧れ、挑み、一撃で返り討ちにされた英雄たちの頂点だ! お前らみたいな寄せ集めの雑魚共が倒せる筈ないだろうがっ!」

 激昂するイアソン。

 彼なりの、ヘラクレスへの信頼なのだろう。

「ふぅん、アンタにも一角の友情はあった訳だ」

「黙れ! クソ、聖杯まで使ったのに――撤退、撤退だ! この聖杯を使って新しいサーヴァントを召喚し、奴らを殲滅する!」

「逃がすか! 行くよ野郎共! 最後の航海、最後の海賊だ! 全額勝負は終わっちゃいない、アンタたちの命、アタシがとびっきりの掛け金にしてやるよ!」

『おおおおおおぉぉ――――!』

 逃げようとするアルゴー船。だが、突き放されることはない。

 ヴァイオレットによって船は強化されている。加えて、此方の操舵主は生粋の海賊だ。

 海と共に生きてきた人間の技は、目的があって海に出た者とは決定的な差がある。

「クソ、クソクソクソがぁ! なんで追いつかれるんだチクショウ――メディア、メディアァ!」

 張り裂けんばかりの叫びで、イアソンは傍に仕える少女を呼ぶ。

「アレを使え! その聖杯を捧げてやれ! こんな奴らに、私たちが負けるものか!」

「――――はい、イアソン様。全て、貴方の思うままに」

 ヘクトールの槍を躱し、一旦体勢を立て直すべくアタランテが此方の船に戻ってくる。

 それと同時、イアソンが聖杯をメディアに投げ渡した。

「一体何を――」

「は、ははははははは! お前らはこれで死ぬ! 私に逆らった罰だ! この時代諸共消し飛べ!」

 メディアは聖杯に杖を突き立てている。

 まさか――まだ、イアソンたちには隠し玉が?

 ヘラクレスを倒してなお、脅威は去っていないというのか――!?

「聖杯よ。我が願望を叶える究極の器よ。我が名はメディア。我、果てなる救いに選ばれし者なり」

 煮え滾る釜を掻き混ぜる魔女を連想する。

 しかし、そんな悍ましさとは裏腹に、詠唱には善なるものを感じた。

 その相反、表裏の性質が、より一層不気味さを醸している。

「ここに告げるは救いの欠片、第二の大地。新たなる世界の土台となりなさい。滅びの先へと我らを導かんために、星の終点となりなさい!」

 高らかに歌い上げながら、メディアは聖杯を海に放った。

 そして、周囲の空気が変質する。

「これは――!」

『水中に巨大反応っ、これ――――』

 そして、顔を出した。

 白い皮膚。赤く輝く双眸。

 長い首。海の底にまで届いているのではと思う程に巨大な四つの足。

 そして、山の如き甲羅。

 亀だ。英霊を凌駕する凄まじい魔力を持った、巨大な亀。

 正体の知れぬ相手は、前の特異点でも出会った。

 二つが一つとなった人型の肉塊。

 ――いや。根本から、コレは異なるものだ。

 アレほどの醜悪さは感じない。だが、感じ取れる脅威は同等だった。

「こいつ……倒せる、ものなのか?」

 シンジが驚愕に思わず声を漏らす。

 肉塊と同じならば、多くの英雄が束になっても、勝てるかどうか分からない相手。

 ゆえに、誰も答えを返さない。そう、思っていた。

 だが、銃声と、続いて亀の額に小さな傷がつくのを見て、力強く笑う者がいた。

「ハハッ、当たった! 当たるんだったら倒せるさ! 弱気になってんじゃないよシンジィ!」

「ッ」

 バシバシと背中を叩きつつ、ドレイクはシンジに笑いかける。

 与えた傷はほんの僅か。傷と言っていいかすら怪しいものに過ぎないというのに。

「あんなのに負けるもんかい! こっちにゃ頼りになる仲間がたくさんいる。あんな怪物に負けるような軟弱な奴、一人もいないさね!」

「分かった、分かったから! お前は力が強いんだよ毎回!」

「ん? アンタの背ェ叩いたの、これが初めてだろ?」

「っ……ああ、そうだった。ともかく――確かに、疑問に思うのは早かったな。お前みたいな馬鹿がいるんだから」

「その通り。アタシみたいな馬鹿は諦めるってこと知らないからね! それにご生憎様! こちとらとびっきりの大一番に負けたためしなんざないほど幸運なんだよ!」

 そうだ――今の僕たちには、星の開拓者がついている。

 どんな難航でさえ可能にする、幸運と人間力の持ち手。

 彼女がいる限り、どんな物事も不可能はない。諦めない限り、どんなことだって可能に成り得る――!

「ふふ、頼りになる船長さんね。手伝うわ、マスター。最高の踊りにしましょう!」

「王妃、くれぐれもお気をつけて。人の形を成さぬ相手は僕に向かない相手ですが……危機からは全力で守りましょう」

「寧ろ守りやすいだろう。アレだけ図体が大きいんだ。精密な攻撃をしてくる輩より、何倍もやりやすい」

「それじゃあ、いつも通りの演奏で行こうか。死神に媚びを売るのも、延命のためなら幾らでも、ってね」

 マリーが、サンソンが、デオンが、アマデウスがシンジに並び立つ。

 アタランテもダビデも、巨大な敵に一切物怖じした様子は見られない。

「そういう訳だ。お前らはイアソンたちを頼む」

「――ああ」

 シンジは、あの怪物は任せろと言外に言っている。

 この特異点最後の戦い。僕たちの相手は、アレではないと。

 ならば任せよう。この船を発ち、僕たちはあちらの船で決着をつける。

「――カレン」

「なんですか、お父さま」

「ヘクトールを任せる。ヴァイオレット、エウリュアレ。二人も頼む」

「分かりました。カレンには、傷一つ付けさせません」

「ええ。人間に命じられるのは癪だけど、一回くらい構わないわ。任せなさい」

 カレンとゲートキーパー、そしてヴァイオレットとエウリュアレ。

 トロイアの守護者ヘクトールの相手は、四人に任せる。

 あとの二人――イアソンとメディアは。

「……ハク」

「メルト。もう一回だけ、無茶して良いかな」

「……馬鹿。言ってしまったら格好がつかないわよ。オリオン、ハクが無茶しないよう見張ってて」

「了解。そんな訳だ。引き続き、よろしく頼むぜ」

 オリオンが肩に乗る。

 相手は二人ともサーヴァント。僕には、サーヴァントほどの力はない。

 だが――負ける気はしなかった。負けない理由が、存在する。

「よし。この時代最後の敵だ。皆、絶対に勝つよ!」

 メルトたちと共に、アルゴー船に乗り込む。

 怒りに満ちた表情のイアソン目掛け、駆け出す。

 メルトは隣を走っている。

 改めて、嬉しさを感じた。メルトと共に戦うこと。

 後ろで指示をするのではなく、隣で一緒に『舞う』ことが出来る。

 共闘の無言の肯定は、無力に苦しむばかりだった僕を、メルトが認めてくれたかのようだった。

 

 

 +

 

 

 アルゴー船に降り立つ。

 ヴァイオレットは全快とはいかないまでも、戦闘が可能なほどに回復している。

 お父さまに任せられた、わたしたちにとっての最後の敵は、これまで通り飄々と構えていた。

「やあ、オジサンの相手は君たちかい。まあ何となく、最初に戦った時からそんな気はしてたけど、さ」

「はい。勝たせてもらいます」

 ヘクトール。

 アキレウスの宿敵として、トロイアを守り続けた守護の英雄。

 数の上では此方が勝っている。

 だが、それでも易々とは勝たせてくれない確信があった。

「いやあ、にしても驚いたぜ? まさかヘラクレスを倒すとは。倒すにしてももっとくたばってると思ったけど、二人だけだったかぁ」

「アルテミスとアステリオス。二人がいなければ、わたしたちはここにいませんでした」

「そうかい。いいねえ、美しき犠牲。お嬢ちゃんみたいな子供にはちょっとばかりショックだったんじゃないかい?」

 ――否定はしない。

 ほんの僅かだったとはいえ、同じ船に乗っていた。

 そんな彼らに何も思わない筈がない。

「だからこそ、わたしたちは貴方たちを倒します。二人が、わたしたちに託してくれたのです」

「それなら猶更負けられないなあ。ここで負けたらそいつらも浮かばれない」

「はい。なので――」

「おうよ。オジサンはこの時代の敵、そっちはこの時代の味方。やる事ぁ一つだ」

 ゆっくりと槍を回しながら、ヘクトールは不敵に笑う。

 その立ち居振る舞いには、これまで見てきた英雄と同じものは感じられない。

 何というか、やる気が見えないというか。

 だが、だというのに。

 隙は見えない。それさえ見つければすぐに攻め立てるであろうヴァイオレットも、一歩踏み出すこともしない。

「さて、とっとと終わらせて我らが船長を助けに行きますかね」

「いいえ。お父さまとお母さまの邪魔はさせません」

 わたしにも、彼にも、負けられない理由がある。

 わたしたちが負ければ、お父さまとお母さまに危険が及ぶ。

 お父さまがヘラクレスの槍に貫かれた時。

 胸が引き裂かれるような痛みに襲われた。

 もう、あんな事は嫌だ。だから、わたしが少しでも、守るのだ。

「なるほどねえ、そっちも負けられない訳だ」

「はい」

「そうだよなあ。頑張れば、パパとママがたくさん褒めてくれるだろうからなあ。子供にとって一番嬉しいことだよなあ」

 頷きながら笑うヘクトール。

「ッ――!」

 次の瞬間、槍の刃先は目の前にあった。

 ヴァイオレットがそれを絡みとってくれなければ、頭蓋を貫かれていただろう。

「――おう。褒めてもらいたいなら精々気張れよガキ。気ィ抜いてると、次の瞬間命は無えぞ」

 それまでの雰囲気の一切が消失した、ヘクトールの本質。

 この性質こそ、アキレウスを苦しめた核心。

 ヴァイオレットが押し返し、しかし一切体勢を崩すことなく再び踏み込んでくる。

 相手は大英雄だ。だが、負けることは許されない。

 これが――わたしの、この時代最後の戦いだ。




最終決戦開幕。
今回はこれまでほど長くならず、サッパリの予定です。

三章は次話で終わりになります。
節数をナンバリングしたので少なめですね。


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第十四節『星の開拓者』-2

書けるときに書き、更新できる時にする。
書き溜めなんて言葉は忘れました。とりあえず三章だけは終わらせます。

という訳で、三章ラストです。どうぞ。


 

 

 イアソンとメディアに対面する。

 神話に名を残す英雄と魔女。当然のように脅威だろう。

「――イアソン」

「そうだ、なんでお前が生きてる。お前、ヘラクレスに殺されただろう!」

「僕を助けてくれた人がいた。ああ――確かに死んだ。だけど、その人はそれを許さなかった」

「ふざけるな! ならば私が、『お前が死なないこと』を許さない! さあ死ね! それが、この海の新たなる王の決定だっ!」

 この海の王となる――それが、イアソンの望み。

 そうだ。疑問があった。戦う前に、それは聞いておかないと。

「イアソン。『契約の箱(アーク)』にエウリュアレを捧げる、なんて、誰に唆されたんだ?」

「はあ!? そんな事、お前になんの関係がある!」

「だって、あの箱に女神なんてものを捧げれば、世界は滅びる。神霊は世界の理だ。それを、死そのものである箱に供するなんて、おかしいことだ」

「――――は?」

 その、「何を言っているのか分からない」という呆けた顔で、確信した。

 イアソンは自身が行おうとしていた事の真実を知らなかった。

 誰かにそうしろと唆され、王になるという虚言で以て、動かされていたのだ。

「――メディア?」

「――――はい。なんでしょう、イアソン様」

「今のコイツの言葉、嘘だろう? 私は無敵の王となる。女神を生贄にさえすれば。だって、あの御方も……」

 あの、御方……?

「はい。この世界が滅びれば、敵はいなくなる――敵が無い。ほら、無敵じゃあないですか?」

「お前――」

 メディアに、悪意などない。

 それが紛れもない真実であると、純粋に笑って見せた。

 その笑顔のまま、杖を振るう。

 現れた一振りの剣を、イアソンに押し付けて。

「共に戦いましょう、イアソン様。貴方の願いを叶えるために。だって、そうしなければ、貴方はここで死んでしまいます」

「ッ……!」

 提案ではない。強制だった。

 イアソンがそれを拒むならば、メディアは全力を以て彼を守るだろう。

 しかし、メディアは理解している。

 単独では勝てない。この時代最後の敵に勝つには、二人である必要があると。

「……クソッ! サポートしろメディア! 私を勝者とするんだ!」

「はい、イアソン様」

 その剣を奪い取り、イアソンは構える。

 僕もまた、『愛憎のサロメ』を展開する。

「さあ、やるわよハク。テンポは貴方に任せるわ」

「了解だ。一緒に踊ろう、メルト」

「うわー、なんか俺除け者の予感。ま、いいや。俺の言葉はちゃんと聞けるようにしておけよ」

 イアソンが駆けてくる。メディアが瞬間的に多数の魔法陣を展開する。

 それに対してメルトは前方に水飛沫を撒き散らす。

 メルトの持つ強力な守りの概念。その拡散使用。

 防御力を疑う理由なんて存在しない。だから、僕はイアソンのみに対応する。

「ッ!」

「おおぉっ!」

 ティーチとの戦いのように、体が軽くなる感覚はない。

 それは僕のせいだ。彼女は僕の死を覆すために、力を使い過ぎてしまった。

 だから、身体強化で少しでも補う。

 剣戟に重みは感じない。だが、統一した真っ直ぐさが感じられる。

 十、二十と剣をぶつけ合って、理解した。

 イアソンはサーヴァントたちから侮られていた。しかし、それはあくまで彼らの基準だ。

「舐めるな! 平凡、凡夫、何の取り柄もない人間に負けるほど弱くて、アルゴー船の船長が務まるか!」

「くっ……!」

 戦闘能力――武で英雄となった存在ではないのだろう。

 だが、何も出来ずに神話の英雄となれる訳がない。

 ヘラクレスやアキレウスのように、大賢者ケイローンに教えを受けたイアソン。

 ならば、基本的な分野を一通り習熟していて然るべきなのだ。

 だが、地力で負けていても、僕は一人で戦っている訳ではない。

「ハク!」

「ああ!」

「ッ、お前、卑怯な……!」

 首を切り裂くように振るわれたメルトの足を、寸でのところでイアソンは回避する。

 追撃の対処に追われるイアソン。それを助けるべく展開されたメディアの魔術への対抗手段は、僕が担当する。

「『黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)』!」

 この特異点の最初から最後まで世話になった船と後年の伝説が昇華された、ドレイクの宝具。

 本来の火力はないが、メディアは敵を害する魔術に秀でていない。

 相殺は十分に叶う。そうしているうちに、イアソンの腕をメルトが切り裂いた。

「今よ!」

「セット――『祈りの弓(イー・バウ)』!」

 メルトが操るは毒。その性質から、組み合わせることで絶大な力を発揮する宝具。

 体内の毒を爆発させるロビンフッドの弓。

 必殺にも等しい一撃を、イアソンは躱せない。

 

「――『修補すべき全ての疵(ペイン・ブレイカー)』」

 

 しかし、命中した矢にそれほどの威力はなかった。

 精々が只の矢。威力を殺された――いや、爆発させるべき毒がなくなった。

「宝具……!」

「毒など私の前では存在しないも同然。癒すことしか能のない私ですが――だからこそ、そのような手段は通用しません」

 メディアによる回復宝具。

 それによって、メルトが打った毒が消え去ったのだ。

 見ればメルトが付けた切り傷もなくなっている。

「いいぞ、メディア!」

 加えて、イアソンに対する強化も行ったらしい。

 動きがより洗練されている。

「ッ、ッ――!」

「落ち着け。まだ落ち着けばどうにかなる。メルトちゃん、引き続きメディアを頼む」

「分かってるわ。これ以上変に強化させる訳にもいかないわね」

 メルトはオリオンの指示で再びメディアに向かう。

 そのまま攻め込めば、メディアに負けるメルトではない。

 メディアがまだ健在なのは、僕にテンポを合わせているからだ。

 この事実に対し、僕がすべきは成果を急ぐことではない。

 落ち着いて――確実に、自分のすべきことを成すこと。

「黒髭の奴の時ほど動けはしないのか」

「ああ――だけど」

「そうだ。今のお前には、あの時の勘がある。相手をよく見て、正確に防ぎ、対処しろ。イアソンなら、絶対隙はある」

 防御第一。

 防ぐ。防ぐ。防ぐ――イアソンの膂力には劣っていれど、守ることに集中すれば不可能ではない。

 これまででは受け止められなかっただろう際どい斬撃をも、受け止められる。

 ――成長だった。

 自身で踏みしめ、辿り着いたものではない。

 他者によって与えられた、外付けの成長。

 ならば、その上で僕は更なる成長をすればいい。

 この場で勝利を掴むことは、僕の成長の証明となる筈だ――!

「このっ――」

 焦らず、小さな挙動まで見逃さず。

「この――――!」

 敵の決定的な隙を探す。

「このぉ――――!」

 メディアからの妨害はない。

 メルトが、それを許さないから。

「何故! 何故死なないっ! 私が、オレが、戦っているのに!」

 動きが大振りになってきた。

 苛立ちから、一振り一振りが力任せになっている。

 だが、それは即ち、目立つ隙を生むことに他ならない。

「はっ――!」

「ッ、雑魚風情が、私を斬るなどと――――!」

 激昂するイアソン。

 しかし、怒りが増す度にその隙は大きくなる。

 メルトは上手く、メディアがサポートを出来ない程に攻め立てている。

 イアソンを弾き飛ばす。決定的な一撃を与えるに足る、重大な隙。

 これで――

「紫藤っ!」

「ッ!」

 振り向く。シンジたちが相手していた亀の双眸が、此方を見据えていた。

 体中に付いた傷は深い。だがまだ限界を迎えていない怪物は、新たなる獲物に大口を開いている。

「なっ……」

「ハクト、お前は何をしなくてもいい!」

「オリオン!?」

 オリオンが肩から飛び跳ねる。

 彼はサーヴァントとしての力の大半を、アルテミスに奪われている。

 今の彼に、戦う力はない――!

「俺が、何も出来ないと思ったかよ。女ばかりにいいカッコさせるだけで、ギリシャの色男が勤まるか、ってなぁ!」

 オリオンが、手に持った小さな棍棒を空高く放り投げる。

 亀に放った訳でもない。

 それはさながら、空に捧げているようで――

「行くぜ、アルテミス! 『女神に捧ぐ流星矢(ベテルギウス・アーチ)』ッ!」

『――――――――――――――――!』

 オリオンが、その真名を解き放った瞬間、空からの矢が眉間を打ち砕いた。

 それは、果たして宝具の類か。

 もしかすると、あの熊の状態であるオリオンが隠し持っていた、唯一の攻撃法かもしれない。

 怯んだところに、マリーのイバラが絡みつく。

 アタランテとダビデの矢が、皮膚へと突き刺さる。

 ドレイクの弾丸をシンジが強化し、甲羅を貫く。

 あの亀は間もなく打倒出来る。ならば、此方も決着をつけよう。

「メルト!」

「ええ!」

 メディアへの斬撃は勢いを増す。

 体勢を立て直したイアソンに踏み込む。

「――メディア! メディアッ! 何をしてるんだ! オレを助けろ!」

「ッ、イア、ソ――ぁ――――」

 イアソンの叫びにメディアが僅か意識を移した瞬間を、メルトは突いた。

 背後から正確に心臓を穿つ。

「なっ……へ、ヘクトール!」

「いや……ちょっとばかし、難しいですね――!」

 見れば、ヘクトールは左腕を断たれ、足を繊維に封じられている。

 そして、腕を絡め捕られ、回避手段をなくし――エウリュアレの矢が、ヘクトールの胸に刺さった。

「あとはお前だけだ、イアソン!」

「なん、だと……!」

 力の限り右腕を振り抜く――イアソンの剣を打ち払い、吹き飛ばす。

 最後の一歩。

 今の剣を手放し、持ち替える。

 ローズの双剣。メディアの回復を、この剣は許さない。

「おおおおおおおお――――――――!」

「がっ、ぁ……あ!」

 完全なる刃、不滅の刃。

 二つは過たず、イアソンの霊核に突き刺さった。

 

 

「お、ぁ、あ、が……! ぁ、アイツは、アイツはどうなった……!?」

 倒れ込むイアソン。

 最後の望みたる亀は、イアソンがその目を向けた瞬間、粒子となって消えていった。

 誰一人、欠けていない。

 シンジたちは無事、あの怪物を打倒したのだ。

「なん、なんで……くそ、が、あ……メディア、メディ、ア……!」

「……どう、なさいました。イアソン」

「治せ、なお、して、くれ……この傷、痛いんだ……!」

「…………いいえ。それは、できません」

「……え?」

 傍に倒れ伏すメディアに命じるも、メディアは杖を振るうことをしない。

「だって、私も……もう、倒れます。……本当なら、貴方と共に、世界が沈んでいたのに」

「……お前」

 二人とも、既に霊核を貫かれている。

 間もなく、彼らは消滅する。

 最早どのような治癒も意味はなく、この世界から離れるまで秒読みとなっている。

「私は、知っていた。王女メディアの記憶、私は全て有していました。貴方に裏切られたことも、全て知っていました」

「――言っただろう。私は反省、した。だから……」

「いいえ。貴方はまた、私を裏切る。そうしなくては、生きていられない人間だから」

 決して、イアソンの虚偽にメディアは頷かない。

 最初から全て知っていた。

 そして、此処に来て、全てを打ち明けた。

「それでも、私は、本当に貴方が大好きだった。それだけは、本当です」

「ふざ、けるな。魔女め、裏切りの、まじょ、め……! ヘクトール、ヘクトール……ッ!」

「……はいはい。この死に体に何の用ですかい?」

「まだ戦えるだろ。槍を振るえるし、投げられるだろ……! 皆殺し、だ……! トロイアの英雄だろっ!」

 ――いや。ヘクトールにも、この趨勢を覆せる力は残っていない。

 彼に戦闘続行スキルがあったとしても、此方の全滅は不可能だろう。

「無茶、言いますねぇ……しっかし、こっちについた責任があるか。メディア、良いんだろ?」

「……はい。それを止める力も、私には、ありません」

「は、ははは、いいぞ、ヘクトール。さあ、全員、殺……――――ッ!」

 全て言い切る前に、槍は放たれた。

 蹲ったイアソンの胸目掛けて。

「がっ――ぁ――ヘク、ト――――――――――――――――ッ!!」

 吹き飛ばされ、状況を理解して。

 怨嗟の叫びを上げながら、イアソンは消滅した。

 弾けて消えていく船長に続くは、徒手となった大英雄。

「ったくよぉ……最後の最後に尻拭い、たぁ……損な役回りになったもんだぜ。いやぁ、慣れない悪役なんざ、するもんじゃねえなあ」

 後悔の感じられる愚痴を残し、ヘクトールは消えていった。

 ティーチの部下として出会い、イアソンの部下として戦った彼は、敵としてはこの特異点で最も長く顔を合わせていた。

 飄々としながらも、政治家然とした底知れぬ頭脳を以て立ち回ったトロイアの守護者。

 彼の、最後の悪の清算を行った槍は、持ち主を追うように消滅した。

 残るはメディアのみ。そうだ――彼女に聞いておかねば。

「メディア。あの御方とは? この事件を起こした元凶を、知っているのか?」

「……いいえ。私には、分かりません。知っているのは、その手段だけ。そして――それさえ、口には出来ません。魔術師として、私は敗北しましたから」

「敗北……? メディアが……?」

 幼い状態とはいえ、メディアは神話の魔女だ。

 キャスターとしては五指に入る存在だろう彼女を、魔術で負かす存在がいるのか――?

「この先も戦い、抗うとあれば、どうか覚悟を。月の管理者。その同盟者。その道程には、あまりにも邪悪が多い」

「――邪悪」

「正規の数字は、これに関与していません。ですが――その規格の外なるモノが見えます。ただの人間、ただのサーヴァントでは、手を伸ばすことすら許されない存在が」

 予言か、或いは忠告か。

 メディアの言葉は、この先に待つ、強大な敵を示唆しているようだった。

 どんなものなのか、想像は出来ない。

 ただただ、メディアから語られるのは、漠然とした脅威だけ。

「止めたいのであれば、努、変わらぬことです。今の世界の尊いものを、輝く繋がりを忘れないで。それだけが、あらゆる人間が持つことが出来る、彼らを打倒する手段なのです――」

 消滅したメディアは、最後にそんな、小さなアドバイスを遺していった。

 

 

 主を追って消滅したアルゴー船。

 『黄金の鹿号』に戻ると、ちょうどマリーがイバラで海から聖杯を回収してきたところだった。

「こっちは終わったぞ、紫藤」

「ああ――こっちも、終わった」

 残敵は無し。この時代の問題は、全て取り払われた。

 怪物となっていた聖杯。脅威の無くなったそれをマリーが取り、手渡してくる。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。これで――」

『ん。お疲れ。これでこの時代の修正は完了だよ』

 散々にカグヤや女神たちに振り回されたが、どうにか終えることが出来た。

 この時代は修正され、正しき歴史に戻る。

 僕たちの役目も、これで終わりだ。

「――良い風だね。元の風だ。海の終わり、海の始まり。アタシらの海が戻ってくるんだね」

「ああ。後は、勝手に元の時代に戻るよ」

 正しきこの時代の人間以外は、元の場所に帰らなければならない時。

 最初の特異点も、次の特異点も同じだった。

 今回もまた、退去の時がやってくる。

「それでは、私は戻る。この状態はどうにも好かん」

 魔猪の皮を纏い、バーサーカーにも等しい状態になったアタランテ。

 あの状態は彼女に相当の負担が掛かっているのだろう。

 ――どうも、それ以外の心労が大半のようにも見えるが、ともかくアタランテはさっさと休むとばかりに退去した。

「あ……? ああ、そうか。アンタらも帰るんだね」

「もう、いる理由がないからね。それに、まだ事件は解決していない」

「――そうかい。まあ、そんな予感はしてたけどさ」

 名残惜しさはある。

 だが、それでもこの時代に残ることは許されない。

 僕たちマスターも、サーヴァントも。

「さて、と。俺も帰るかね。あー、座にもアルテミスがいたらマズいなー」

「オリオン……最後まで力を貸してくれてありがとう」

「おうよ。ま、メルトちゃんもいたしな。ここからも、ちゃんと傍にいてやれよお前」

「ああ――勿論だ」

 僕の答えに満足したように頷いて、小さな狩人は消えていった。

「次は僕だな。基本隠れてるだけだったけど」

 ダビデもまた、黄金の粒子と肉体を散らしていく。

「しっかし……どうやらソロモンは関わっていないみたいだ。そんな予感がしたんだけど、気のせいだったかなぁ」

「ソロモン――」

 古代イスラエルの魔術王。

 神から十の指輪を賜され、七十二の魔神を使役した賢王。

 ダビデの息子たる彼の関与を考慮していたらしい。

「まあ、それならそれでいいか。それじゃあ。金銭が関わってくる困りごとがあればまた呼んでくれよ」

 しかし、その大いなる王はこの事件にか関わっていないと確信したらしい。

 ダビデは退去した。残るは一人。

「はぁ……やっと終わった。とんだ役割だったわ。なんて酷いお仕事だったのかしら」

 エウリュアレ。彼女が退去していくことに、一際大きな感情を見せる者がいた。

「――下姉様」

「メドゥーサ。貴女は引き続き、戦うんでしょう。精々頑張りなさい」

「……はい」

「それから……いえ、やっぱり良いわ。きっと、貴女なら、間違う事はないでしょうから」

 やはり、彼女が何を言っているかは分からない。

 だが、エウリュアレはヴァイオレットに関して何か勘付いているようだ。

「いつか、アイツともまた会いたいものだわ。あの恥ずかしい告白を揶揄ってあげなきゃ」

「……やめてあげてください。嫌われますよ」

「あら、姉に意見なんて、偉くなったものね。駄メドゥーサ」

「ごめんなさい、ごめんなさい。許してください下姉様……!」

 あのやり取りも、最早慣れたものとなった。

 ヴァイオレットは本気だが、エウリュアレは愉快そうに笑い、離れていった。

「さて、ハクト」

「ん?」

「あの大英雄相手の無茶、平凡な人間なりによく頑張った方よ。だから、ご褒美をあげる。跪きなさい」

「ご褒美……?」

 そんなものを求めてはいないのだが――ともかく、断ると怒りを買いそうなので体勢を低くしておく。

「――」

 警戒する様子のメルトをするりと躱し、その顔が近くに迫る。

 そして、その事実を理解したときには、柔らかい感触が唇に触れていた。

「――な」

「……それじゃ、ごきげんよう。この先も、面白おかしく足掻きなさい。その先でまた、会えるといいわね」

 無邪気を装う小悪魔のようだった。

 悪戯が成功した子供の微笑みを、メルトに向けて。

 最後に、挑発するように舌を出して、エウリュアレも消滅した。

「……………………」

「……あの」

「……………………」

「――無罪放免とは」

「なると思ったなら私はハクの察しの悪さについても躾けないといけないわね」

 エウリュアレは最後にとんでもない災厄を残していった。

 なるほど。女神と関わるというのは、どうあっても碌な事にはならないらしい。

 メルトが笑っても、怒ってもいない、真顔というのが何より怖い。

 シンジが同情するように肩に手を置いてくる。

「……まあ、なんだ。僕たちも行くよ、ドレイク。じゃあな」

「ああ。シンジ、カレン、ハクト。短い付き合いだったけど、楽しい航海だったよ」

 ――そして、ドレイクとの別れの時もやってきた。

 彼女がいて助かった。豪快に海を往く彼女がいなければ、この時代の修正は叶わなかっただろう。

「アタシにゃ大したことは出来なかった。サーヴァントとやらになれば、もちっと格好付いたんだけどね」

「……ドレイク。アンタも、絶対サーヴァントになれるさ」

「はは、そりゃあ無理だよ。海賊ってのは悪人だ。誰かの害にしかなれず、縛り首になるのがオチの悪党。英雄扱いされる筈もないさ」

「いいや。断言する。お前は偉大な英雄だ。絶対に――僕が保証する」

「……そうかい。なら冗談半分に信じておこうか」

 彼女が英霊となる事は、知っている。

 最後になって、シンジはその小さな事実を、ドレイクに打ち明けた。

 言っても、言わなくても、それはドレイクの記憶には残らない。

 だが、彼はかつての相棒――命を懸けて共に海を駆け抜けた友として、言わずにはいられなかったのだろう。

 ドレイクはそれをシンジの最後の冗談と笑って、頭に手を置いた。

「じゃあな。海の人間ってのは、いつだって別れは唐突だ。砲弾で吹っ飛ばされ、波にかっさらわれ、嵐に呑まれ、その全部が行先を見失って死んでいく」

「ああ――だから、そんな恐怖を笑って誤魔化すんだろ。能天気な考えだよ、まったく」

「ハッ、減らず口な奴だねえ! ――良い航海を。アタシの悪運を土産に幾らか持っていきな」

 元の時代に引っ張られていく。

 残る時間はもう数十秒とないだろう。

「……行きましょう、お父さま、お母さま」

「ああ。さようなら、ドレイク。協力してくれてありがとう」

「こっちこそ、だ。最後になるけど、後悔はしないようにな。出し惜しむな。後腐れのない全力は、人間の一番の喜びだからね」

「――はい」

 それに答えたのは、カレンだった。

 彼女もまた、この事件、多くの英雄を通して成長している。

 僕たちでは教えられなかった、世界に生きる人間たちの信念。

 僕にも、強く刻まれた。この時代では、特別、学ぶものが多かったように思えた。

「アタシも、アンタらもいつか死ぬ。だから今を楽しく生きるんだ。それが、どんなピンチであってもね!」

 そんな、享楽的な助言が、その時代で聞いた最後の言葉だった。

 これが、第三の特異点における最後の記憶。

 三つ目の欠片を埋めて、僕たちは次の欠片へと歩いていく。

 

 

『第八特異点 嵐の航海者

 AD.1573 封鎖終局四海 オケアノス

 人理定礎値:A』

 

 ――――定礎復元――――




これにて三章のサーヴァントは退場。
そして三つ目の特異点を定礎復元。お疲れ様でした。

シンジとサロン・ド・マリーは一旦舞台裏へ。
マリーの掘り下げはまだ終わっていませんので、また今後。

三章前半は個人的にCCC編の五章を思い出させる、コミカルな感じになりました。
そして全体を通して、三章はハクの物語として書いています。
キルカウントを一つ増やし、少しは主人公らしい成長を果たせたと思います。
という訳でまた特異点の難易度は上げていきましょう。

次回は三章マトリクス。その後、四章に入ります。
GO編を通し、とある部分でやや異質な章となるでしょう。


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封鎖終局四海オケアノス マトリクス

第三特異点の一部を除いたマトリクスです。
マリーについてはまだ伏字部分が多いですが。

また、今日中に四章のアバンタイトルを更新予定です。


クラス:アルターエゴ

真名:ヴァイオレット

霊基:--

属性:混沌・善/月/神性・■

性別:女性

マスター:紫藤 白斗

宝具:空間凍結・無限眼光(メドゥーサ・クラックアイス)

ステータス:筋力B 耐久B 敏捷A+ 魔力B 幸運B

創造主はBBだが、CCC解決後にマスター権限は紫藤 白斗に委任されている。

 

スキル

 

束縛願望:A

束縛――自身が望む完璧をひたすら追い求める性質。

その為の管理にも補正が掛かり、元になったAIであるBBの本来の役職、健康管理は元より、財政管理、安全管理、品質管理など全般をそつなくこなせる。

戦闘においては麻痺・封じ・石化などの拘束系の物理攻撃や特殊能力の成功確率が上昇するスキル。

反面、『縛り付ける』事を日常にし過ぎているため、通常攻撃で相手に与えるダメージが10%低下する。

 

クラックアイス:EX

アルターエゴが生まれながらに所持している、id_es(イデス)と呼ばれるスキル。

スキル『魔眼』から進化したチートスキル。

魔眼を用いた空間麻痺。対象だけではなく空間すらも魅了する事により、自身の視界に映るものを空間ごと停止させる。

限定的な時間停止に近いが本来時間の操作は一個人に扱えるものではない。

このスキルは「停める」というより「固める」――即ち時間停止、空間停止よりも時間固定、空間固定と言った方が正確である。

効果が続くのはヴァイオレットが視界に入れている間のみ。

此度の戦いでは引き続きこのスキルを持っているが、階梯が下がっているためやや抵抗が容易になっている。

 

変身:A

体を別のカタチに変えるすべ。

ヴァイオレットは体中を繊維化させる「ゴルゴン化」という形態に変身できる。

この状態では耐久ランクに補正が掛かり、特に打撃系攻撃に関しては、ダメージの八割をシャットアウトする。

 

騎乗:EX

乗り物を乗りこなす才能。

ヴァイオレットの騎乗ランクは規格外であり、竜種、幻想種を含めたあらゆる乗り物を乗りこなせる。

寧ろ変身スキルと宝具の使用により乗り物と同化する。

 

対魔力:B

魔力に対する防御力。

ただし、ゴルゴン化の状態では物理的耐久力と引き換えにこのスキルは失われる。

階梯が下がったことでワンランクダウンしている。

 

カリスマ:C

軍団を指揮する天性の才能。

稀有な才能であり、Cランクもあれば小国の王さえ務まるという。

また、カリスマは知性の証でもある。

指揮官としてだけではなく、自身以上のカリスマを持つ人物に対しての敬意や主への忠誠心にも直結するスキル。

――至らぬ上司を叱りつけるのも、また敬意の表れである。上司にカリスマはないが。

 

ハイ・サーヴァント:-(A)

サーヴァントの上位種。サーヴァントとしての規格が、通常のそれよりやや上。

通常サーヴァントを超える出力を発揮できる。

ただし、地上に降りたことで階梯を下げているため、実質的にこのスキルは働いていない。

 

 

攪拌せし乳海の手綱(アプサラス・サムドラマンタン)

ランク:C 種別:対獣、対物宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1体、1個

ヴァイオレットがアプサラスのエッセンスから作り出した宝具。

変身スキルを基にした、繊維化させた身体で束縛した対象にヴァイオレット自身を浸透させる雫。

存在を同化させることで単純な強化だけではなくヴァイオレットの思考を即時的に反映させることができる。

 

『プロフィール』

身長/体重:182cm・64kg

出展:Fate/EXTRA CCC

地域:月の裏側

掛けている眼鏡は、本作では魔眼封じの設定。

とはいえ最近、外した場合でも目の機能をシャットアウトすることで効果を失くす荒業を身につけたとか。

 

『概要』

純潔のアルターエゴ。月の裏側の事件においてBBに作成された。

構成する女神はメドゥーサ、アプサラス、メリジューヌ。

月においては、月の管理者の秘書であり、総括補佐及び全体リソースの管理を担当。

その役割から通常の上級AIよりも高い権限を持っている。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:マリー・アントワネット[オルタ]

霊基:☆☆☆☆

属性:秩序・悪/人

性別:女性

マスター:間桐 シンジ

宝具:百の虚飾に浸る王権(ロサ・センティフォリア)

ステータス:筋力C 耐久E 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A

 

スキル

 

狂化:E+++

バーサーカーのクラススキル。

―――――によって――――――を――されており、―――――――――――――――――。

 

神の恩寵:B

最高の美貌と肉体を備え、美しき王者として生まれついている。

 

麗しの姫君:C

統率力としてではなく、周囲の人を惹き付けるカリスマ性。

本来Aランクのスキルを有するマリーは、ただ存在するだけで自分を守る騎士たる人物を引き寄せる。

黒薔薇の王妃の獲得により、ランクダウンしている。

 

黒薔薇の王妃:A

―――――によって獲得した、―――――――――。

本人が望まずともその在り方は――――――、他を無意識に魅了させる。

麗しの姫君のランクが何割か此方に移っている。

 

―――――:?

???

 

 

百の虚飾に浸る王権(ロサ・センティフォリア)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:50人

マリー・アントワネットが掲げる輝きの王権。そしてそれを過剰に覆うイバラの虚飾。

マリーが王権を誇示すればするだけ、それを隠すように黒のイバラは成長し、敵を縛り引き裂く。

彼女を貶める虚飾が彼女の敵を攻撃するのは、――――――――――――――――――――――――――――。

 

――――――――――(―――――――――)

ランク:? 種別:? レンジ:? 最大捕捉:?

???

 

『プロフィール』

身長/体重:160cm・48kg

出展:史実

地域:欧州

お風呂好きで奇麗好き。――――、――――――――――――――――――。

 

『概要』

ハプスブルグ家の系譜にあたるフランス王妃。

十八世紀、ルイ十六世の妃。儚き貴婦人。

欧州世界の「高貴による支配」を象徴する存在。

王権の絶対性が失われていく時代の奔流、世界の変化の前に命を落とした。

マスターへの態度:

???

因縁キャラ:

・―――――――――――、―――――

 ―――――、―――――――――――――。

・デオン、アマデウス、サンソン

 ―――――――――。――――――――――、―――――――――。

 ――――――――――――――――――――、――――――――。

・ジャンヌ・ダルク

 清廉潔白なる聖女。―――――――――――、―――――――――――――。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

霊基:☆

属性:中立・善/星/特別な星

性別:男性

マスター:間桐 シンジ

宝具:死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

ステータス:筋力D 耐久E 敏捷B 魔力B+ 幸運D 宝具B

 

スキル

 

陣地作成:B

キャスターのクラススキル。

 

音楽神の加護(偽):EX

音楽の女神ミューズの加護を示すスキル。

あらゆる音を聞き分け、天才的な演奏を可能とする。

更に、音楽魔術の行使にプラス補正。

アマデウスは生来の音感と才能、そして研鑽によって、このスキルと同等の効果を自分自身の力として発揮できる。

 

芸術審美:B

芸術品・美術品に対する理解。

芸能面の逸話を持つ宝具を目にした場合、高確率で真名を看破する。

 

小さな夜の歌:EX

アイネ・クライネ・ナハトムジーク。

アマデウスを代表するセレナード。

滑らかで軽妙な調べを生み出す指揮は味方の動きをアマデウスの音感と調和させ、ほぼ確定的なクリティカル攻撃を可能とさせる。

 

 

死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~60 最大捕捉:500人

死の直前、死神に葬送曲の作成を依頼されたという伝説に由来する魔曲。

この曲を聞いた者は魔力及び幸運の抵抗判定を行う。

判定に失敗した場合、身体系ステータスが強制的に二段階低下し、更には防御の魔術・能力・鎧を無視した強烈な持続ダメージを受ける。

抵抗に成功した場合はステータス低下は一段階となり、持続ダメージも半減する。

その本質は『無慈悲な死神を呼ぶ曲』ではなく、『慈悲なき死神を労るもの』である事は公然の秘密である。

 

『プロフィール』

身長/体重:180cm・65kg

出典:史実

地域:欧州

ひそかに、愛するひとと同じ属性であることを喜んでいる。

 

『概要』

世界有数の天才作曲家にして演奏家。

異常なまでの音感を有し、揺るぎない天才性を以て多くの楽曲を後世に残した十八世紀の人物。

神に愛された子。奇蹟の天才。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:シュヴァリエ・デオン・ド・ボーモン

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・中庸/人

性別:?

マスター:間桐 シンジ

宝具:百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)

ステータス:筋力A 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具C

 

スキル

 

対魔力:C 騎乗:B

セイバーのクラススキル。

 

麗しの風貌:C

服装と相まって、性別をどちらかに特定し難い美しさを雰囲気で有している。

男性にも女性にも交渉時の判定にプラス補正が働く。

また、特定の性別を対象としたあらゆる効果を無視する。

 

自己暗示:A

自らを対象とした強力な暗示。

精神に働きかける魔術・スキル・宝具の効果に対して高い防御効果を持つ。

デオンはこのスキルを駆使することで、時には男に、時には女として完全に振る舞ってみせる。

時には自らの肉体さえ変化させて――

 

心眼(真):C

修行や鍛錬で培った洞察力。

窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。

他国でスパイとして活動し続けた経験から、デオンはこのスキルを有する。可愛いだけではないのだ、とは本人の弁。

 

 

百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人

見る者の心を奪う美しい剣舞。

多くの人々を惑わせながらも自らの目的を遂行し続けたデオンの生きざまが宝具へと昇華されたもの。

フランス王権を象徴する百合の花弁が周囲に撒き散らされる中、鮮やかに剣をふるって舞うことで対象を幻惑する。

筋力・耐久・敏捷のパラメータを低下させ、その隙に必殺の剣撃を叩き込む。

 

百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)

ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:50人

見る者の心を奪う美しい剣舞。その2。

多くの人々を惑わせながらも自らの目的を遂行し続けたデオンの生きざまが宝具へと昇華されたもの。その強化版。

フランス王権を象徴する大輪の百合が浮かび、敵陣を一斉に幻惑し、筋力・耐久・敏捷のパラメータをしばらく低下させる。

更に、幸運の判定に失敗すると1ターンの間行動不能となる。

ダメージ効果はないが、範囲が広がり対象も大幅に増加する。

 

『プロフィール』

身長/体重:157cm・45kg

出典:史実

地域:フランス

体重は自己申告ではなく、外見からの予想。

 

『概要』

女であり男、男であり女、として語られる

十八、九世紀フランスの伝説的人物。

文武両道の剣士にして文筆家。

列強各国を相手に立ち回る機密局のスパイとして活躍し、全権公使、竜騎兵連隊長等を務めた。

 

 

 

クラス:アサシン

真名:シャルル=アンリ・サンソン

霊基:☆☆

属性:秩序・悪/人

性別:男性

マスター:間桐 シンジ

宝具:死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

ステータス:筋力D 耐久D 敏捷C 魔力D 幸運A 宝具B

 

スキル

 

気配遮断:D

アサシンのクラススキル。

アサシンではあるが、サンソンに暗殺行動は不可能に近い。

 

処刑人:A++

悪を以て悪を断つ、究極の裁断行為。

悪属性に対するダメージが向上する。

また、そのサーヴァントの行為が悪と見なされた場合も対象となる。

――善を以て、行動を見ず、ただ明確な悪のみを断罪するスキルとは方向性は同じだが全く違うもの。

 

医術:A

迷信が蔓延っていた当時の医療技術より数段優れた近代的医術。

なお、このスキルは現代の基準で比較するのではなく、サーヴァントの生きた時代の基準で判定する。

 

人体研究:B

処刑技術、そして医術の「裏側」に位置する概念。

人体のどこを傷つければ死なずに済むのか、後遺症が残らないかなどの研究を怠らなかった。

翻って言えば、戦う際にはどこを傷つければいいのかが理解できるということ。

 

 

死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1人

真の処刑道具、ギロチンの具現化。

呪いや幸運ではなく、「いずれ死ぬという宿命に耐えられるかどうか」という概念によって回避できるかどうかが決定される。

いわゆる精神干渉系宝具であり、戦死ではなく「処刑された」という逸話がある英雄には不利な判定がつく。

中距離レンジ以内で真名を発動させると、ギロチンが顕現。

一秒後に落下し、判定が行われる。

 

『プロフィール』

身長/体重:178cm・68kg

出典:史実

地域:フランス

副業は医者。スキルにもその名残が見られる。

 

『概要』

代々、パリにおいて死刑執行を務めたサンソン家四代目の当主。

フランス革命という激動の時代において、あらゆる階層の人間を処刑した。

人道的配慮を突き詰めた処刑器具『ギロチン』の登場によって、彼は更に処刑の数を増やしていく。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:エイリーク・ブラッドアクス

霊基:☆☆

属性:混沌・中庸/人

性別:男性

マスター:--

宝具:血塗れの戴冠式(ブラッドバス・クラウン)

ステータス:筋力B+ 耐久B+ 敏捷D 魔力D 幸運C 宝具C

 

スキル

 

狂化:B

バーサーカーのクラススキル。

 

支援呪術:C+

敵対者のステータスをワンランクダウンさせる。

夫に負けず劣らず悪名高い女魔術師グンヒルドによる呪い。

 

戦闘続行:B

往生際が悪い。

瀕死の傷でも戦闘を可能とし、粘り続ける。

 

 

血啜の獣斧(ハーフデッド・ブラッドアクス)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人

彼が通常身につけている赤黒い斧。かつて打ち倒した魔獣を加工し、斧に仕立て上げたもの。

驚くべきことに、斧にされたこの魔獣はまだ「生きている」らしく、血を啜り続けることで生き延びている。

一定時間血を与えないと、飢えて死んでしまう。

そうなると武器としての威力は見る影もなくなるため、定期的な血液補給が必要。

 

血塗れの戴冠式(ブラッドバス・クラウン)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

黒魔術師グンヒルドによる、エイリークの狂化ドーピング。

自身のダメージなど気にもせず、敵に突っ込んでミンチにする。当然ながら、自身もそれなりのダメージを負う。

自身の近しい親族を悉く討ち果たし、ノルウェー王に名乗りを上げたという逸話の具現化。

対軍宝具ではないものの複数の英霊を相手にするのに適した宝具。

 

『プロフィール』

身長/体重:195cm・115kg

出典:『ファグルスキンナ』

地域:ノルウェー~イングランド

奥様は魔女っぽい。

 

『概要』

血の斧を持つバイキングの王。

それがエイリーク・ブラッドアクス。通称「血斧王」である。

 

 

 

クラス:ライダー

真名:エドワード・ティーチ

霊基:☆☆

属性:混沌・悪/人

性別:男性

マスター:--

宝具:アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)

ステータス:筋力B+ 耐久A 敏捷E 魔力D 幸運C 宝具C

 

スキル

 

騎乗:- 対魔力:E

ライダーのクラススキル。

騎乗スキルは「嵐の航海者」により失われている。

 

嵐の航海者:A

船と認識されるものを駆る才能。

集団のリーダーとしての能力も必要となるため、軍略、カリスマの効果も兼ね備えた特殊スキル。

カリブ海で最も恐れられた海賊である黒髭は極めて優れた船乗りであり、図太く立ち回った。恐れられたんだってば。

 

海賊の誉れ:B

海賊独自の価値観から生じる特殊スキル。

低ランクの精神汚染、勇猛、戦闘続行などが複合されている。

部下に何の前触れもなく暴力を働く一方で剣林弾雨に向けて猛然と突進する勇猛さを持つ。

 

紳士的な愛:C

大航海時代にて恐怖の代名詞となった海賊黒髭。

しかし、英霊は伝えられた歴史とは違う真実を持つもの。

実は彼は非常に紳士的な性格であり、常に女性を立てる美男子だったのだ、まる。

彼の愛はあらゆる女性に恭しくべったりと働きかけ、その時不思議なことが起こってHPが回復する。

受け取る側がどういう反応をするかはこのスキルには関係ない。

 

 

アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)

ランク:C++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:300人

黒髭が実際に乗船していた船。元々はフランス船であったが奪い取った黒髭によって改名された。

敵船にまず四十門の大砲を撃ち込み、その後で低級霊となった部下たちと共に猛然と襲い掛かる。

奪い去る、ということに特化した怪物船。その圧倒量の暴力は数多の宝具でも極め付けだろう。

また、この船は海に限ってならば常時展開宝具として顕現する。空や陸も進むことが出来るが、その場合は魔力を大量に消費する。

そして、この船は黒髭以外に同乗しているサーヴァントが存在すると、ダメージを飛躍的に向上させる力を持つ。

 

『プロフィール』

身長/体重:210cm・114kg

出典:史実

地域:カリブ海

乗船する船の名は『女王アンの復讐号』。

 

『概要』

恐らく世界でもっとも有名な大海賊であり、海賊としてのイメージを決定付けた大悪党。

カリブ海を支配下に置き、酒と女と暴力に溺れ、莫大な財宝を手に入れた。

 

 

 

クラス:ライダー

真名:アン・ボニー&メアリー・リード

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・悪/人

性別:女性/女性

マスター:--

宝具:比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)

ステータス:筋力C 耐久C 敏捷A 魔力E 幸運B 宝具C

なお、ステータスは「二人の最大値」とし、一騎の英霊として扱う。

 

スキル

 

対魔力:D 騎乗:-

ライダーのクラススキル。

騎乗スキルは「航海」によって失われている。

 

航海:A

船の操舵技術。

船のみに特化しているため、馬や戦車は乗りこなせない。

海賊として鳴らしただけあり、二人共に天才的。

 

射撃:B

銃器による早撃ち、曲撃ちを含めた射撃全般の技術。

アン・ボニーの射撃能力は揺れる船上でマスケット銃を命中させる程の腕前。

 

コンビネーション:C

特定の人間と共闘する際に、どれだけ戦闘力が向上するかを表すスキル。

Cランクならば、どれほど苛烈な戦場でも目線一つで互いの行動を把握、最適な行動を取る。

メアリーとアンの場合、宝具も大きく影響を受けるスキルである。

 

 

比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)

ランク:C++ 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:10人

カトラスを手にしたメアリーをマスケット銃を装備したアンが援護する、コンビネーション宝具。

捕縛する直前、無数の兵士たちに取り囲まれながら最後の最後まで二人で奮戦した逸話の具現化。

状況が不利であればあるほど、有利なダメージボーナスを獲得する。

アンが先陣を切りメアリーが援護する場合もあるが、どちらにせよ彼女たちのコンビネーションは絶対的である。

海賊家業は常に背水の陣なのだから。

 

『プロフィール』

身長/体重:171cm・54kg

出典:史実

地域:カリブ

アン・ボニーのプロフィール。

 

身長/体重:158cm・46kg

出典:史実

地域:カリブ

メアリー・リードのプロフィール。

 

『概要』

アン・ボニーとメアリー・リードは大海賊時代に実在した女性の海賊である。

偶然知り合った二人は海賊としてジョン・ラカム船長の下で活躍した。

アンは銃の名手、メアリーはカトラスでの切り込み役を担当したという。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:ヘクトール

霊基:☆☆☆

属性:秩序・中庸/人

性別:男性

マスター:--

宝具:不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)

ステータス:筋力B 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運B 宝具B

 

スキル

 

対魔力:B

ランサーのクラススキル。

 

騎乗:B

騎乗の才能。

魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

軍略:C+

多人数戦闘における戦術的直感力。

自らの対軍宝具の行使や、相手の対軍宝具への対処にボーナス。

ヘクトールは守戦において高い戦術力ボーナスを獲得する。

 

仕切り直し:B

戦闘から離脱する能力。

不利になった戦闘を戦闘開始ターンに戻し、技の条件を初期値に戻す。

 

友誼の証明:C

敵対サーヴァントが精神汚染スキルを保有していない場合、相手の戦意をある程度抑制し、話し合いに持ち込むことが出来る。

聖杯戦争においては、一時的な同盟を組む際に有利な判定を得る。

 

 

不毀の極剣(ドゥリンダナ・スパーダ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

ドゥリンダナ、とは「デュランダル」のイタリア語読み。

即ちヘクトールはローランが所有する宝具「不毀の極聖」の元々の所有者である。

柄にあった聖遺物は存在しないため、大ダメージを与えるだけの単純な宝具に留まっているのだが……。

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:50人

ヘクトールが使用していたと言われる投槍は、あらゆる物を貫くと言われていた。

それは、彼が時として剣の柄を伸ばして槍として投擲していたからに他ならない。

剣と槍を同時に使用する事は出来ないが、ランサーとセイバー、どちらで召喚されても、剣と槍二つの宝具を所有している。

この槍を防ぐにはアイアスの盾に匹敵する防御宝具の用意が必要。

また、厳密に言うとどちらも真名の読みは『ドゥリンダナ』であり、後半は省略しても起動可能。

 

『プロフィール』

身長/体重:180cm・82kg

出典:トロイア戦争

地域:ギリシャ

全てにおいて秀でている、優秀な将軍。

 

『概要』

ヘクトールはトロイア戦争において、トロイア側最高の英雄である。

圧倒的な兵差を物ともせず、あらゆる方法で籠城を続けた。

アキレウスがいなければ、もしかすると戦争はトロイア側の勝利に終わっていたのでは、とすら見なされている。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:アステリオス

霊基:☆

属性:混沌・悪/地

性別:男性

マスター:--

宝具:万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)

ステータス:筋力A++ 耐久A++ 敏捷C 魔力D 幸運E 宝具A

 

スキル

 

狂化:B

バーサーカーのクラススキル。

 

怪力:A

一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。

使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は怪力のランクによる。

 

天性の魔:A++

英雄や神が魔獣と堕したのではなく、怪物として産み落とされた者に備わるスキル。

アステリオスは、人の身では絶対に不可能なランクの筋力と耐久力に到達している。

 

深淵のラブリュス:C

彼が所有する二振りの巨斧。迷宮の象徴であり、ラビリンスの語源でもある。

元々は両刃の斧であったが、アステリオスはそれを二振りの斧に組み替えた。

 

 

万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)

ランク:EX 種別:迷宮宝具 レンジ:0 最大捕捉:14人

アステリオスが封じ込められていた迷宮の具現化。

固有結界に限りなく近い大魔術であり、世界の下側に作り出される。

アステリオスは「己がかつて生きていた場所」を回想するだけであり、一度発現してからは「迷宮」という概念の知名度に応じた難易度で形成される。

発現後はアステリオスを倒すか、或いはアステリオスが敵対者を全滅させるかしない限り消えることはない。

一度消えても、時間が経過すればまた作り直すことは可能。

 

『プロフィール』

身長/体重:298cm・150kg

出典:ギリシャ神話

地域:ギリシャ

生まれついての魔獣、反英霊である。

 

『概要』

アステリオス――雷光という名を与えられたこの怪物(えいゆう)が、その名で呼ばれることはほとんどなかった。

広く世界に普及した彼の異名はミノス王の牛を意味するミノタウロスである。

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:エウリュアレ

霊基:☆☆☆

属性:混沌・善/天/神性

性別:女性

マスター:--

宝具:女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷C 魔力EX 幸運EX 宝具C

 

スキル

 

対魔力:A 単独行動:A+

アーチャーのクラススキル。

 

女神の神核:EX

生まれながらに完成された女神であることを現すスキル。

精神と肉体の絶対性を維持する効果を有する。

あらゆる精神干渉を弾き、肉体の成長もなく、どれだけカロリーを摂取しても体型が変化しない。

神性スキル含む複合スキルでもある。

 

吸血:C

吸血によって自らの魔力を回復する。

誰の血でも回復するが、一番好きな血は妹メドゥーサのものなので、彼女の血を吸うと大回復する。

具体的に言うと、宝具をオーバーチャージ300%で撃てるくらい。

 

魅惑の美声:A

天性の美声。

男性に対しては魅了の魔術的効果として働くが、対魔力スキルで回避可能。

対魔力を持っていなくても抵抗する意思を持っていれば、ある程度軽減することが出来る。

 

女神のきまぐれ:A

女神として在るがゆえの性質がスキルとして顕れたもの。

様々な効果を齎すが、必ずしも有効なものばかりとは限らない。

 

 

女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人

勇者たちを一撃の下に虜とした女神の魅力を宝具として形にしたもの。

艶やかな魅力を弓に、甘い甘い囁きを鏃に。神であろうと人間であろうと、あらゆる男の(ハート)を撃ち抜く弓矢。

外観はとても神々しく、かつかわいい。ハートマークをあちこちに象った黄金の弓。

「それ、クピド神のアレじゃ……」と言い掛けた妹(の因子を持つヴァイオレット)はとても酷い目にあったという。

 

『プロフィール』

身長/体重:134cm・30kg

出典:ギリシャ神話

地域:欧州

体重はメドゥーサ(の因子を持つヴァイオレット)からの申告によるもの。

 

『概要』

ギリシャ神話におけるゴルゴン三姉妹の次女。

男の憧れの具現、完成した「偶像(アイドル)」「理想の少女」として生まれ落ちた女神。

無垢と純粋を形にしたかの如き、麗しの少女。

姉にステンノ、妹にメドゥーサを持つ。

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:オリオン

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・中庸/天

性別:男性

マスター:--

宝具:月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)

ステータス:筋力D 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具A+

 

スキル

 

対魔力:D 単独行動:A+

アーチャーのクラススキル。

 

女神の寵愛:EX

オリオンが好きすぎて、神霊である身を英霊ランクに貶めてまで召喚された模様。

オリオンの代理として、アルテミスが戦うためのスキル。

ただし、代償としてアルテミスは通常のサーヴァントとしての力しか行使できない。

 

移り気への楔:A+

本来はオリオンが好きすぎて、束縛するためのスキルだが、副次効果として男性に対する攻撃値上昇を獲得した。

浮気性であればより効果が強いと主張しているが、恐らくは思い込みであろう――と、匿名希望の男性からの証言がある。

 

心眼(偽):B-

直感・第六感による危険回避。

本来はオリオンのスキルであるため、僅かながらランクダウンしている。

オリオンは極度の才能に恵まれた狩人であったため、どんな窮地でも暢気に欠伸をしていたとか。

 

 

月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)

ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1人

アルテミスのオリオンに対する愛の力で放つ矢。

彼女の溢れんばかりの愛を伴って射出されるため、標的に絶大なダメージと共に極度の混乱を及ぼす。

「愛矢恋矢」は「いとしこいし」と読む。

 

射法・玉天貫(みこっと)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1人

オリオンに対する苛烈なお仕置き兼攻撃宝具。

マスコットであるオリオンを矢の代わりに番え、男性の股間目掛けて射出する。

この宝具の特性上、男性限定のウワキ必ず殺すべし技である。

「ねえサラっち。ダーリンの浮気性、どうにかならないかなー?」

「アルトちゃんも大変だねえ。それじゃ、本体の知り合いのところ行ってみたら? あのタマモちゃん……だっけ。色々知ってそうだし」

――――そんな会話が召喚前にあったとか何とか。

 

女神に捧ぐ流星矢(ベテルギウス・アーチ)

ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人

オリオンが此度、アルテミスへの想いのみで顕現させた擬似宝具。

弓も持てず、矢さえない。持っているのは体相応にまで縮んだ棍棒と、思いの丈のみ。

それらを天に放り投げ、浮かぶオリオン座に攻撃を代行させる、オリオン座からの必中射法。

通常の英霊として召喚されたオリオンは(恐らく)使用不可能。

「流星矢」は「ながれぼし」と読む。

 

『プロフィール』

身長/体重:165cm・44kg

出典:ギリシャ神話

地域:ギリシャ

身長と体重はアルテミスのもの。

 

『概要』

アルテミスはオリオンを付属品として召喚された。

訂正、逆だ。召喚すると何故か女神アルテミスがついてきたのが、ギリシャ神話の英雄オリオンである。

おまけにオリオンは人とも獣ともつかぬ奇妙な生物(ゆるキャラ)に変わり果てていた。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:メディア[リリィ]

霊基:☆☆☆☆

属性:秩序・善/地

性別:女性

マスター:--

宝具:修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷D 魔力A 幸運A 宝具C

 

スキル

 

陣地作成:B 道具作成:B

キャスターのクラススキル。

 

高速神言:A

呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。

大魔術であろうとも一工程(シングルアクション)で起動させられる。

 

耐毒:A

優れた治療魔術師でもあるメディアは、生まれつきあらゆる毒を無効化する。

同時に周囲の毒も癒し、体力を無効化する。

 

うたかたの恋:B

それは、泡のように儚く破れる偽物の恋なのでしょう。

囁かれた睦言は、虚ろな言葉なのでしょう。

でも、それがどうしたというのですか?

囁きが真実でなくとも、何もかも嘘であったとしても、

針の一刺しで破裂するまでは――正しく、恋なのです。

 

変生適性:B+

詳細不明。

 

虚数の柱:D

詳細不明。

 

 

修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)

ランク:C 種別:対魔術宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

治療宝具。メディアの愛の具現化。

あらゆる呪い、損傷による傷をゼロに戻す。

時間操作ではなく、本来あるべき姿を算定することにより自動修復しているが、知らぬ者には時間の巻き戻しにしか見えないだろう。

“死”以外のあらゆる理不尽を打破できるが、死者だけは取り戻せない。

 

『プロフィール』

身長/体重:149cm・41kg

出典:ギリシャ神話

地域:ギリシャ

メディアさん14歳。

 

『概要』

コルキスの王女メディア、彼女が「魔女」と呼ばれる前、少女時代のメディアとして召喚された。

純粋無垢、可憐な少女であった彼女に「コルキスの魔女」の面影は未だない。

 

 

 

クラス:ランサー

真名:ヘラクレス

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・善/天/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:果てにて果てなき偉業の門(プルス・ウルトラ)

ステータス:筋力A 耐久A 敏捷A+ 魔力B 幸運B 宝具A

 

スキル

 

対魔力:A

ランサーのクラススキル。

 

神性:A

神霊適性の有無。

主神ゼウスの息子であり、死後神に迎えられたヘラクレスの神霊適性は最高クラスと言えるだろう。

 

勇猛:A+

威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。

また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

 

心眼(偽):B

直感・第六感による危険回避。

 

戦闘続行:A

瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

 

 

十二の試練(ゴッド・ハンド)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

神の祝福によって得た不死性。肉体を屈強な鎧と化す。

ランクB以下の攻撃を全て無効化。また、死亡しても自動的に蘇生が掛かる。

蘇生のストック数は十一回。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1人

ヘラクレスが有する万能攻撃宝具。言わば流派・射殺す百頭。

ランサークラスのヘラクレスが持つのは、槍における最適手である。

神速で以て敵を貫くことに特化した一撃。

「ヘラクレスが放つ一撃の速度」の九倍の速度で敵を穿つ。

威力は九倍になる訳ではないが、どの道ヘラクレスの槍を受けて生き延びるのは至難の業である。

 

人理食む獣の裘(コスモス・パノプリア)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

ヘラクレスが十二の功業の中で仕留めたネメアの獅子の毛皮。

人理を否定する獣は人の手によって造られたあらゆる武具を受け付けない。

ランサーのクラスで持ち込まれたこの宝具の場合、A+ランクまでの人造武器、及び宝具によって使用者が受けるダメージを完全に無効化する。

神造兵装や肉体に宿る宝具などには効果を発揮しないが、その先に待つのが『十二の試練(ゴッド・ハンド)』である。

 

果てにて果てなき偉業の門(プルス・ウルトラ)

ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

ランサーとしてのヘラクレスの宝具。

ヘラクレスが切り開き、異世界へと繋がるとも言われるヘラクレスの柱。

「その先」から零れ落ちるのは「未知」という概念である。

それを無限の魔力に変換し、山をも穿ち切り開く槍として顕現させる。

 

『プロフィール』

身長/体重:253cm・261kg

出典:ギリシャ神話

地域:ギリシャ

バーサーカー時に比べ筋肉の量が少なく、体重も減っている。

 

『概要』

ギリシャ神話において最大とも目される大英雄。

主神ゼウスと人間の娘との間に生まれた、半神半人の英雄。

女神ヘラとの確執で数多の冒険を繰り広げ、その全てを乗り越えた超人。

マスターへの態度:

三騎士として召喚されているため、理想的な英雄然とした態度を取る。

マスターへの忠誠心はあるものの、マスターが悪である場合、マスターを殺し自害する程に高潔。

因縁キャラ:

・イアソン

「誰よりも私を、人として見た男。

 彼がいなければ、私はどうなっていただろうか」

・ケイローン

「あの方には、謝っても謝り足りない」

・アスクレピオス

「優秀な男だ。医療において、彼の上を行くものはいないだろう。

 だが、危険な思想を持つ男でもあった」

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:ダビデ

霊基:☆☆☆

属性:秩序・中庸/天/神性

性別:男性

マスター:--

宝具:五つの石(ハメシュ・アヴァニム)

ステータス:筋力C 耐久D 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具B

 

スキル

 

対魔力:A 単独行動:A

アーチャーのクラススキル。

 

神性:D

救世主の祖としての弱い神性。

救世主自身の威光を背景とする宝具に対しては、それなりの耐性を持つ。

 

神の加護:A

王者となるべく予言された、優れた肉体と容姿。

ライオンや熊の尻尾を掴んで叩き殺す俊敏さと腕力がある。

 

治癒の竪琴:B

サウル王の悪霊を祓ったダビデの竪琴(キヌュラ)には破魔の効力があり、聴く者の精神を平穏に保つ。

古代社会における竪琴は悪霊を鎮めるとして重要視された。

 

カリスマ:B

二代目イスラエル王として全部族を従え、三十二万を超える兵を率いてエルサレムを制圧した。

 

 

五つの石(ハメシュ・アヴァニム)

ランク:C- 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人

巨人ゴリアテを打ち倒した投石器。

五つの石はダビデの寛容を表し、あえて外すことで警告を発するが、五射目は急所に必中する。

サーヴァントならば一時的に意識を喪失し、軽微ながらも戦況的に深刻なダメージを負う。

この武器自体は単なる石が変容したものなので、無制限に補充可能。

 

燔祭の火焔(サクリファイス)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:600人

各々の面前に、香炉の幻が現れ、薫香が炊かれ、紫の煙が相手を取り巻く。

じきにシナイ山を思わせる雷雲と霧が立ちこめ、天より遣わされた業火が、神の意思に沿わぬ者を一滴の血も残すことなく焼き尽くす。

炎は全体として祭壇を形成する。

 

契約の箱(アーク)

ランク:EX 種別:契約宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:900人

モーセが遺した石板が収められた木箱。

触れた者の魔力を問答無用で奪い、消滅へと導く。

 

『プロフィール』

身長/体重:171cm・62kg

出典:旧約聖書

地域:イスラエル

ミケランジェロの「ダビデ像」が最も有名。

 

『概要』

ダビデは旧約聖書に登場する、イスラエルの王。

元羊飼いであり、巨人ゴリアテの一騎討ちに名乗りを上げ、打ち倒した。

その後、当時の王といざこざがあったものの、見事王に即位してからは優れた治政を行ったという。

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:アタランテ

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・悪/地

性別:女性

マスター:--

宝具:訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)

ステータス:筋力D 耐久E 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具C

 

スキル

 

対魔力:D 単独行動:A

アーチャーのクラススキル。

 

アルカディア越え:B

フィールド内の障害物を飛び越えて移動する術。

どれだけ高い障害だろうとアタランテにとって飛び越えるのは造作もないことである。

 

追い込みの美学:C

相手の先制攻撃を無効化し、逆に先手を打つスキル。

敵に先手を取らせ、その行動を確認してから自分が先回りする事が出来る。

 

 

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:100人

加護を求める矢文。

次ターンに矢の雨が降り注ぎ、全体攻撃を行う。範囲指定も可能。

 

諍いの戦利品(ドロモス・カリュドーン)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1 最大捕捉:50人

カリュドーンの猪狩りの戦利品として得た、頭部付きの猪の毛皮。

敏捷がA以上のサーヴァントが所持すれば直線的な長距離の高速走行を可能とする。

齎した不和の具現化として幸運のランクが低下するが、走行ルート上の相手を低確率で混乱させ、諍いを発生させる。

 

神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)

ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

『諍いの戦利品』を頭から身に纏った状態。

幸運以外の全ステータスが上昇するが、Aランクの「狂化」を獲得したバーサーカーとほぼ同等の状態となってしまう。

 

北斗の七矢(カリスト・メガリアルクトス)

ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:2~70 最大捕捉:1人

放たれた矢によって天上に出現した大熊座の七つ星を流星として降らせるアタランテの弓による最大宝具。

任意で指定した標的に七連続の矢が降り注ぐ。

標的が途中で死亡した場合、残りの攻撃回数はランダムで別の標的に振り分けられる。

大熊座はアルテミスに仕えるニンフのうち、純潔の誓いを破ったカリストが神罰で姿を変えられ、後に星座に上げられたものである。

 

『プロフィール』

身長/体重:166cm・57kg

出典:ギリシャ神話

地域:ギリシャ

好物はリンゴと肉。

 

『概要』

ギリシャ神話に登場する高名な女狩人。

カリュドンの猪退治の際、一番に矢を射ち込んだことで名を馳せる。

また、ギリシャ中の勇者が揃ったというアルゴナイタイのメンバーにも加わっている。




今回はオリジナルサーヴァントが少なめですね。
一部、マテリアルにはない記述を追加しています。


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AD.1582 焦都聖杯奇譚 京都
アバンタイトル


今回から四章となります。
三章のマトリクスも同日更新しましたので、よろしければどうぞ。


 

 

 ――地獄と天国混ざり合う世界から、ようやく脱出できた。

 “人”の感覚のままでは、完全に寝不足になっていただろう。

 私事ではあるが、特異点攻略に支障をきたす訳にもいかない。

 ゆえにやや多めにリソースを使い、どうにか二時間ほどの睡眠で活動可能なまでに回復できた。

 メルトはまだ眠っている。その間――次の特異点攻略開始までに確認すべきことがある。

 やってきたのは、ダ・ヴィンチの工房。戸を叩けば、やはり呑気な声が返ってきた。

「はーい、どうぞー」

 扉を開くと、聞こえてきたのはオルガンの音。

 軽く、それでいて重い。しかし、一貫して弾むような調べ。

 工房に設置されたオルガンを奏でているのは、カレンだった。

「おやハクト。いらっしゃい」

 その音色には、これまでとはやや違うものを感じた。

 カレンの心情の変化によるものか。

 それが成長によるものならば嬉しいことだが、僕に分かる造詣はなかった。

「……いやあ、メルト一筋なのは良いけど、男としてスルーするのはどうかと思うよ?」

「少なくとも男が言うことじゃないよ、ダ・ヴィンチ」

 どうやら一作業を終えて風呂上りだったらしいダ・ヴィンチは、タオル一枚巻いただけの姿だった。

 いつもの事だ。作業後に暫く裸でいると、インスピレーションが沸くとか何とか。

「少なくとも今の私は女なんだけどねぇ……かく言うハクトも、風呂上りのようだけど?」

「……」

「これはアレだな。リソースの使用履歴と睡眠時間、その体力の回復量から見るに。こっ酷くやられたねぇ。特異点で去り際に厄介ごとでも背負い込んだかい?」

「カレンの前でペラペラ言い当てるのやめて」

 ……まあ、確かに色々とあった。

 果たしてこれは一晩の出来事かと疑う程に濃いものがあった。

 だが、もう過ぎたことだ。何事もなかったように、次の特異点に向かうことになる。

「大丈夫大丈夫。カレンは演奏に集中してるから」

「……そういえば、なんでここに?」

「礼装の調律さ。アレ、カレンの部屋のだよ」

 ああ――カレンの部屋にあったオルガンなのか。

 アレはカレンが作った礼装だが、ダ・ヴィンチに調律を任せていたらしい。

「ふぅ……おや、お父さま」

「おはよう、カレン」

 演奏を終えたカレンが、此方に気付く。

 どうやら今の会話が聞こえないほどに集中していたようだ。

「どうしてここに?」

「ああ。聖杯の解析状況について聞きに来た」

「やっぱりその話か。その事なら、実はちょっとばかり予想外に難航しててね」

「え……?」

 以前聞いた話では、あと数日で解析完了というところだった。

 ダ・ヴィンチが己の見立てを間違えるとは珍しい。

「構成の半分がなんだか違うもので出来ているみたいなんだ。ただ“悪意”だけじゃない。ちょっとばかり、きな臭くなってきたな、これは」

 聖杯の構成要素は悪意だけではない――

 残る要素が何なのか。ダ・ヴィンチはそれの解析中ということか。

「とはいえだ。構成する要素は全ての聖杯で共通らしい。一つ解析が終われば後はトントン拍子さ」

「そうか……不安要素は残るけど、引き続き頼む」

「了解。君らは――そろそろ次の特異点かい?」

 予知していたようなダ・ヴィンチの言葉が終わると同時、端末に連絡が届く。

「――第六特異点」

「わたしは、第十二特異点。今回は別々ですね、お父さま」

「ああ――気を付けて。決して無茶はしないように」

 工房を後にする。

 集合場所はそれぞれ異なる。

 カレンと別れ、メルトと合流すべく部屋まで歩く。

「もし。貴方が月の管理者?」

 その道中、声を掛けられる。

 聞き覚えはない。しかし、その声を聞いた瞬間、肌に冷たいものが走った気がした。

「――――」

「……聴覚に異常かしら。そんな面倒なものとは思いたくないけど」

「……いや、聞こえてる。間違いなく、月の管理者――紫藤 白斗だ」

 幼い。十五にも満たない程の少女だ。

 楚々とした佇まいを、表面だけ繕ったと一目でわかる。

 その立ち居振る舞いと雰囲気だけは物静か。ながら内面はまったく違うものと、今の言葉だけで分かる人物も珍しいだろう。

 法衣に長い黒髪。恐らく、感じた嫌な予感は、その容姿がためだろう。

 まさか、こんな少女に、あの魔性を重ねてしまうなど。

「そう。それは良かった。次が第六でしょう? 私も同じなのよ」

「そう、か。よろしく。君の名前は――」

 だが、違うと分かっていても、拭えないものがある。

 脳が発する警鐘は、少女が名乗ることで全身の鳥肌へと変わった。

 

「殺生院 ミコ。ミコでいいわ」

 

「――――――――ッ!」

「ッ、ぁ……メルト」

 ちょうど反対側から歩いてきていたメルトが、警戒心を剥き出しにして目の前に立った。

 その姓は、何より、どんなモノより、多くの負の感情を爆発させる単語だった。

 僕とメルト共通の、トラウマにして憎悪の対象。

「そっちは片割れね。二人に聞きたいことがあったのよ」

 此方の警戒と驚愕を一切気にしていないように、少女――ミコは話を切り出す。

「“キアラ”という名に心当たりがあるかしら?」

「――知らないわ」

 メルトの声は、苛立ちを隠さないものだった。

「聞いたこともない。人探しなら帰りなさい。そんな理由でムーンセルのデータベースは貸せないわ」

「頼んでないわよ。一応、世界の危機とやらを正すために来たんだから」

「……なら、行くわよ。次の同行者なんでしょう?」

「ええ。よろしく、メルトって言ったわね?」

「気安く名前を呼ばないで。ハクの名も、よ」

「嫌われたものねぇ。意味が分からないわ」

 ミコは集合場所へと歩いていく。

 ――マスターを選んだのは、サクラたちAIの皆だ。

 CCCを――キアラの名を知っているのは、僕とメルトを含めてほんの数名のみ。

 この月に関わったキアラの記述は、ムーンセルから消滅している。

 だから、ミコは彼女とは関係ない。

 そう信じたい。だが――どうにもならない疑念は、消えることがなかった。

 

 

 前の特異点攻略前に言ったように、次のオペレーターはカズラだ。

 またもカグヤに色々詰め寄られたようだが、今回ばかりは役割を死守したらしい。

「来ましたね。此度の特異点は、三名での攻略となります」

 僕とミコ。そして残る一名は、既に此処にいた。

「んふふ。次の特異点は遂に月の管理者といっしょかネ?」

 ――やたらに、背が高い。

 二メートル前後という長身と、ホストを彷彿とさせる白いスーツ、真っ白い手袋。

 後ろに流した金髪と、口元の綺麗に整えられた髭。

 腰が真っ直ぐなため、必要ないだろう杖を片手に持った、五十代と思しき壮年の男性だ。

「ああ。紫藤 白斗とメルトリリスだ。貴方は――」

「よろしくゥ。僕の名はピエール。フルネームならばピエール・ゴッデスマン。芸名のようなものサ。本名を調べるのはエヌジー、そこは追及無しの方向デ!」

「うざい」

 三人目のマスター、ピエールの自己紹介をバッサリと切って捨てたのはミコだった。

 向けられる嫌悪の目に、ピエールはガックリと肩を落とす。

「んんん。どうも、僕の第一印象大体そうなるんだよねェ……何故なんだろ」

「私はそのうざさに疑問を持つわ」

「辛辣だねェ。それで、君は?」

「殺生院 ミコ。あまり名は呼ばないで」

「了解だミコちゃん。ミコちゃん、うん、ミコちゃん。良い名だ。此度の冒険はハクトくんとミコちゃん、二人とランデブーな訳だネ」

「死ね。呼ばれた分だけ言うわ。死ね。死ね。死ね。あと気持ち悪い言い回しをしないで」

 なんだこれは。

 杖をクルクルと回しながら名を連呼したピエールに、ミコは容赦なく毒を吐く。

 今回の特異点は初めて、既知のマスターがいない状態となる。

 しかしどうも、濃すぎる。

 カグヤがオペレーターをする程ではないが、早くも頭が痛くなってきた。

「ああ、そうだ。サーヴァントの紹介もしたいんだけど、カズラちゃん、構わないかイ?」

「え、あ、はい。どうぞ。作戦開始までまだ少し時間がありますので」

 突然声を掛けられ、その独特な発音に引いた様子のカズラ。

 その許可にニッコリと笑い、指を鳴らしてサーヴァントを出現させる。

「カモン、セナちゃん」

「……その呼び方、やめてって言った」

 現れたのは、首から下を白い布で隠した幼い少女だった。

 顔以外に、露出している肌はない。指先一つさえ、外に晒していない。

 胸の部分に付いた海色のブローチ以外に、目立った装飾はない。

 顔の上半分を覆う青い髪は左目を隠す。

 頭にはピコピコと動く犬の耳。右目は水底の如く深い青。

 彼女がサーヴァントか。真名は、セナ……?

「アサシンでいい。今の人間に、名前を呼ばれたくない」

「あ、あぁ……分かった」

「相変わらずだねェ、セナちゃんは」

「そもそもそれ真名じゃない」

 ……愛称のようなものだろうか。

 セナと呼ばれたサーヴァント、アサシンは、用事は終わったとばかりに再び姿を消した。

 どうやら……人間嫌いらしい。

 今の時代、というのが気になるが……マスターに聞いても、良い顔はしないだろう。

「それで? それで? ミコちゃんのサーヴァントは?」

「死ね。名前を呼ばないで。……はぁ。出てきて、アーチャー」

 ミコの一言で、サーヴァントは傍に立った。

「ッ!?」

「メルト……?」

「…………」

 ――その時のメルトの表情は、初めて見るものだった。

 初対面の筈だ。だが、その表情にはあまりにも多くの感情があった。

「アーチャーだ。真名など無い。無銘のサーヴァントという奴さ」

 黒い男だった。

 黒い肌と黒い外套。短く切りそろえられた白髪。

 自らを無銘と称するサーヴァント・アーチャー。

 その瞳には、底知れぬ絶望が映っていた。

「まあ、弓兵などという高率の悪いやり方はあまり好まないがね。アサシンとして使ってくれればいい」

 なるほど……アーチャーのクラスは三騎士に据えられているが、正面切っての戦闘能力はセイバーやランサーに一歩譲る傾向にある。

 ゆえに、アーチャーの中には遠方や死角からの狙撃――暗殺に近い戦法を好む者も多い。

 かつて聖杯戦争を戦ったロビンフッドも、その例の一人と言える。

 しかし――今回はアサシンとアーチャーか。

 直接戦闘になった場合は、僕とメルトが中心となりそうだ。

「それで? オペレーター。次の戦場は何処だ?」

「は、はい! 今特異点は西暦1582年、場所は日本。京の都と呼ばれていた都市です」

 ――日本。

 極東に位置する島国。そして――僕という存在のパーソナル上の国籍も、あの国となっている。

 とはいえその時代は、僕の元となった人間の兆しすらない時代。

 魔王と称された戦国武将が命を落とし、その天下に届かんという覇道が潰える年代。

「ふぅん。日本ねぇ……」

「やあ楽しみだ。二ホンに最後に行ったのは何年前だったカ! 気合が入るなあ!」

 ピエールは妙にやる気だ。

 別に旅行に行く訳でもなく、かなりの危険が予測されるのだが……。

「作戦開始前に一つだけ。今特異点は他以上に不安定です。私からのオペレートが場所により不可能になる事が予想されます」

 僕たちが赴かない事には観測さえままならなかった特異点。

 しかし、通信が不可能になるということはなかった。

 それがどうやら、この特異点は異なるらしい。

「存在の証明は?」

「それは保障します。皆さんの存在の確保を最優先、通信の優先順位は下がります。物資の転送も出来る時間が限られますが――」

「分かった。これまで以上に注意が必要だな」

 通信の制限。サーヴァントのクラス。様々な側面で、これまでと勝手の違う特異点となるだろう。

「メルト、大丈夫?」

「……ええ。ハク、分かってるわね」

「ああ――」

 メルトは警戒している。この事件の解決に協力してくれた、目の前のマスターを。

 殺生院 ミコ。その姓。そして、あの女を、彼女は知っている。

 どのような間柄か。実働部隊の僕は今回、マスター情報の管理は行っていない。

 だが、こればかりは確認しておく必要がある。

 緊急性はない。通信の出来る時に、カズラに依頼して情報を貰っておこう。

 目の前で個人情報を聞き出そうとするのに、良い気はしない筈だ。

「それでは……第六特異点、追記を開始します」

 初めて踏みしめることになる日本の土地。

 それも、“日本”らしい文化財が今なお多く残る京の都。

 ピエール程ではないが、楽しみという気持ちが一切なかったと言えば嘘になる。

 ――――だからこそ、この時代。最初に見る景色は、あまりにも衝撃の大きいものだった。

 

「全行程、クリア――時空干渉、開始」




Q.何やらかしてくれてんのお前
A.ごめん。

という訳で新キャラ四人追加。
オリジナルキャラクターとなるミコ、ピエール、アサシン。そして殺生院御用達のアーチャーとなります。よろしくお願いします。
今回の特異点はオリジナルマスターのみでお送りします。
その分、他章と毛色の違うものになれば良いなと。

年末年始の連日更新はここまでです。
というかオリジナルシナリオに戻ったので普通に更新遅くなります。


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第一夜『地獄、幕開けりて』-1

殺生院何とかさんの登場での困惑が見られてほくそ笑んでます。
あっちのインパクトに霞んだ感じですが私はミコよりピエールのがお気に入りです。


 

 

 ――汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 

 ――聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

 ――誓いを此処に。

 

 ――我は常世総ての善と成る者。

 

 ――我は常世総ての悪を敷く者。

 

 ――汝三大の言霊を纏う七天、

 

 ――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――

 

 

「……これで」

「はい。貴方の勝利は、約束されました」

 ――それは、正に悪魔の囁きだった。

 ――それは、正に悪魔の誘いだった。

 戻ることなど許されない。逃れることなど許されない。

 最早邪悪は確定し、縛る楔は消え去った。

「後は、残る座に吾がつけばいい。それで七の座が集う。この国を洗い焼き尽くすも容易いことよ」

「……」

「この期に及んで何を迷う? 汝は既に悪逆に足を踏み入れた。迷う理由など無かろうて」

「それが人間というものです。我々には分からぬことですよ」

 尚も心を満たす後悔と葛藤を、魔性は溶かしていく。

 抗いがたい欲望は、その思考そのものが不要だと消し去っていく。

「クハ。その苦悩、理解は出来んが面白い。好い、いつの世も人間の葛藤の果ては美味なるものよ」

「その欲望を叶えましょう。貴方の思うままに、命じなさい。この地獄は、貴方の願いに呼応し目覚めた。ならば――」

「然り。その果てで、汝、天下人とならん」

 ――剣牢(けんろう)地獄。

 ――弓境(きゅうきょう)地獄。

 ――槍克(そうこく)地獄。

 ――騎願(きがん)地獄。

 ――殺爽(さっそう)地獄。

 ――術懐(じゅっかい)地獄。

 ――狂宴(きょうえん)地獄。

 七つの魔性が、この手の中にある。

 彼らの力を使えば、天下など取るに容易い。

 だが、それは――――私が最も尊ぶものを穢す行為ではなかろうか。

 分からない。判らない。解らない。私は、何をすれば良いのか。

 この手に舞い降りた杯を以て、何を成すべきなのか。

 自身の、本当に望むことは、何なのか。

「さあ! 全てを侵せ! 全てを喰らえ! 汝の欲望全て、吾らが叶えてくれようッ!」

 

 

『第六特異点 第六天魔王波旬

 AD.1582 焦都聖杯奇譚 京都

 人理定礎値:B』

 

 

 噎せ返るような、灰の臭いが鼻腔に突き刺さる。

 肌の表面から体内にまで届く熱が体全体を覆っている。

 それらはすぐに最適化され、この時代、この環境での活動を可能にする状態へと体が変化していく。

 目を開く。

「――――」

 そこにあると予想していた古き街並みは無かった。

 一面の灼熱。残っている建造物はごく僅か。

 空は黒く染まり、目につく明るい色は破壊を齎す炎のみ。

「……これは」

「――聖杯の影響でしょうね。ただ、普通の炎じゃあないみたいよ」

 確かに――この熱に体が適合するというのは異常だ。

 最適化はあくまでも、その時代、その場所における魔力濃度と環境に適応させるもの。

 燃えていることが当たり前でもない限り、この熱に体が適応するのはあり得ない。

 これが普通の筈がない。

 これだけ燃え盛る地獄の只中にいれば、適応しているからこそ人が生きられる場所ではないと体が警告を発するだろう。

 だが、それさえない。

 すぐ近くが燃えているというのに、不気味なまでに平温だった。

「――ハク」

「何? メルト」

「これ――――」

 そんな周囲の異質に目を向けるでもなく、メルトは自身の右手の甲を見つめていた。

「――――――――え?」

 そこに、ある筈のないものがある。

 咄嗟に己の左手を見た。

 当然のように、メルトとの契約の証――令呪はそこにある。

 そして、形は違えど同じ性質を持つ三画の文様が、メルトの右手にも浮かんでいた。

「サーヴァントに令呪? 貴女、魔術師でもないのに?」

「……。カズラ、どういう事か分かる?」

『いえ……メルトは通常のサーヴァントとは異なりますから、マスターとしてサーヴァントの楔となることは不可能ではありません。ですが、令呪が発生するなんて――』

「地獄が如き炎の世界。そしてメルトちゃんには謎の令呪。ンン……早々に妙な事になったねェ」

 メルトとの契約は断たれていない。一先ず、その事に安心する。

 だがそれはそれとして、令呪があるという事はメルトもまたマスターとして成立するという事。

 どういう理屈かは不明だが、メルトはこの時代四人目のマスターとなったのだ。

「……一先ず、辺りを探索するわよ。この令呪については後回しでいいわ」

「でも……」

「出力に問題はない。サーヴァントとしても戦える。貴方を守る分には問題ないわ、ハク」

 ……メルトがそう言うならば、仕方ないか。

 確かに、ここで手掛かりもなく考えていても埒が開かない。

 であれば、少しでも動いて何か情報を見つけた方が良いだろう。

「炎の中を歩く、か。そんな修練、二ホンで体験した事はあるけド……いやぁ、懐かしいなァ」

「貴方わざわざ日本まで来て何やってんのよ」

「いや何、友達に誘われてネ。ここ何年か会ってないけど何してるのかねぇ……『真なる女神をまた探しに行く』とか言ってエベレスト登頂に挑むとか聞いたけど」

「……」

「……ン、何?」

「いえ。変人の友人は等しく変な奴なんだって」

 ――何か、聞き覚えのある話だが、気のせいだろう。

 違うと思うが、ふと、彼は元気にしているだろうかと気になった。

「真なる女神……?」

「ん? セナちゃん気になる? 僕も詳細は知らないんだけどネ。とんでもなくワイルデン、なんだってさ」

「ワイルデン…………」

「ワイルドとゴールデンを掛けた造語だって」

「アサシン、こっち来てなさい。馬鹿が伝染るわ」

「今の人間の言葉って、分からない……」

 ――また、聞き覚えのある造語が飛び出したが、気のせいだろう。

 こんな偶然あり得まい。

 同じような奇妙な造語を作る人間が二人もいるとは思えないが、きっと別人だろう。

『あの……よろしいですか?』

「あ、ああ。どうしたの、カズラ」

『えっと、お話の最中ごめんなさい。何か、妙な反応があったので……』

 申し訳なさそうに、カズラが口を挟んできた。

 メルトが頭を痛そうにしている。ちょうど良いタイミングだっただろう。

「妙な反応……?」

『はい。人ではなく、サーヴァントでもなく……何でしょう、ホムンクルス……?』

 ホムンクルス……この時代の日本に……?

 いや、カズラの言葉は断言ではない。

 その他の存在であることも否定できないか……。

「とりあえず、行ってみないことには何も分からないか」

『気を付けてください。衰弱していますが、人ではないことは確かなので……』

 カズラの案内に従い、その場所に向かう。

 焼けた世界。やはりと言うべきか、人らしき影一つ見かけない。

 そんな中で、弱っているという何者か――人ではないというが、一体、なんなのだろうか。

 

 

 そして、見つけた。

 炎の中で倒れる、その存在。

「……ホムンクルス、でもないわね」

『あ、あれ……?』

「カズラ?」

『ご、ごめんなさい、観測の異常……? この魔力の反応、サーヴァントのそれとも一致しています』

 サーヴァント――いや、近くから見ても、その気配は見られない。

 だが、人ではないのは確実だ。

 肌に張り付くような黒い装束を身に纏う、少女の姿。

 その四肢は球体関節人形のように組み上げられている。

 黒髪を後ろで一つに結んだ、さながら忍びのような少女だった。

「……人、形?」

「絡繰人形、だネ。昔から二ホンにある、お茶とかを組むアレ。ここまで精巧かつ人と遜色ないモノは見た事ないなぁ」

 絡繰人形……オートマタ、か。

 機械仕掛けの人形製造技術は、何も日本のみの技術ではない。

 その手の魔術はゴーレム――人形工学(ドールエンジニアリング)にも通ずるところがあるだろう。

 霊子世界ではあまり必要とされない技術だ。僕も見るのは初めてだった。

「――君、大丈夫?」

 外傷のようなものはないが、あまりにも動かない。

 声を掛けて、軽く揺さぶってみるも、やはり反応はなかった。

 壊れているようには見られないが――。

「……メルト、どう思う?」

「いえ……ただ、こういうのもあるのね。手を付けた事のないジャンルだったけど、今後はこういうのも集めてみようかしら」

「……」

 駄目だ。不幸なことにメルトの審美眼はこの子を捉えてしまったらしい。

 こうなれば止まるまい。この方向に固まってしまったメルトの思考は今頃小宇宙の如き人形理論を構成していることだろう。

『――ハクトさん。北方からサーヴァントが向かってきます』

 此方の存在を察知したのだろう。

 味方にしろ敵にしろ、この特異点の情報を得られるかもしれない。

 この少女人形の存在も分かる可能性がある。

 暫く待つと、炎の中から生まれたように、そのサーヴァントはゆらりと姿を現した。

 妖しさのみを塗り固めて創ったような、人の型。

 絹の如き白い長髪が何より目を引く。

 黒の和装束に真っ白な肌。指先は不気味なまでに細く、長い。

 左目は閉じているが、開いた右目は、見ているだけで深い淀の中に沈んで行きそうな悍ましい感覚を覚える。

 そして、頭には狐の耳。

 それはさながら、人型で作り出せる妖しさの極みだった。

「――貴方たちは……その風体、この時代の者ではありませんね。さりとて英霊でもなく、ああ――月よりの使者でありましょうか」

 言の葉そのものが呪いであるように、声を聴くだけで肌がザワリと沸き立つ。

「おや……段蔵と一緒でしたか」

「段蔵?」

「ええ。その絡繰です。やはり無理な負荷をかけすぎましたか」

 どうやら彼はこの少女――段蔵と呼ばれた絡繰人形を知っているらしい。

「どういう事? この人形に何をしたの?」

 そして、気に入った人形に手を出したらしい発言に、メルトが詰め寄る。

 彼の方が少女を知っているようだし、それほど凄むようなことではないと思うのだが。

「英霊の座からの本人憑依ですよ。段蔵は絡繰人形ゆえ、やりやすいと思ったのですが……どうも魔力の消費が問題ですか」

 つまり……英霊の座に存在するこの少女を、今存在するこの体に憑依させた、と?

 人にそれをするのは無理だろう。だが、絡繰人形であればその構造を把握していれば可能、なのだろうか。

 しかし……絡繰人形が英霊に?

「失礼。貴方、真名は?」

 ミコの問いに、男は妖艶な笑みで答える。

果心(かしん) 居士(こじ)。不肖キャスターにて召喚を受けた身にございます」

 ――果心 居士。

 本来はこの時代に生きる妖術師だったか。

 稀代の術師として、多くの武将にその幻術を披露したと言われている。

「そしてその絡繰は加藤(かとう) 段蔵(だんぞう)。私が作り上げた絡繰なのですが、或いは私より有名でありましょう」

 確かに、加藤 段蔵は忍びとして有名だ。

 甲斐や越後において活動したという忍者、出自に謎が多いが、その名は歴史に刻まれている。

 彼女が人ではなくからくり人形というのは予想外だったが……。

 そして――

「貴方が、彼女を作った?」

「ええ。知られてはいないでしょう。ですが、段蔵は確かに居士の作品です」

 段蔵の製作者は居士……意外、というか考えもつかないことだ。

 二人に関わりがあるという事自体知らなかったが。

「一先ず、活動を可能とすべく魔力を送りましょう。段蔵はアサシンゆえ然程魔力消費は多くないのですが」

 居士がその細い指を段蔵の頭に置く。

 魔力の不足……そうか、現存する体を依り代に召喚されている。

 扱いとしては今を生きる存在であり、英霊ではないためムーンセルからの魔力供給を受けることが出来ないのだ。

 暫くの間、居士が手から魔力を送り続ける。

 ――しかし。果心 居士はこの時代も生きる存在の筈。

 最初の特異点たるブリテンのように、その時代に生きる人間が英霊として召喚されることもあるが……居士もその例に当てはまる存在だろうか。

 それとも、歴史の相違か。

 考えているうちに、魔力を送り終えたらしく居士は手を離す。

 そして、段蔵が目を開いた。




やや短めでお送りしました。
京の都は焼けました。炎上汚染都市です。
そしてこの時代の最初の出会い、加藤段蔵と最初のオリジナルサーヴァント・果心居士です。よろしくお願いします。
四章は舞台通り、日本サーヴァントが殆どとなる予感です。


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第一夜『地獄、幕開けりて』-2

ようやく凸カレイドスコープを手に入れました。
周回の効率等が段違いで上がって世界が変わりました。


 

 

「――段蔵、起動しました」

 目覚めた段蔵は、抑揚のない声で告げてから起き上がる。

 その動きに、機械的なものは見られない。

 動きだけを見ていれば、絡繰人形とは思えないだろう。

「目覚めましたか、段蔵。自身の事は分かりますね? 何か異常は?」

「はい。居士様。サーヴァント・アサシン、加藤 段蔵。行動に支障は感じません」

「よろしい」

 その雰囲気は特殊なものだが、確かにサーヴァントと分かる。

 ただ、依り代となる実体がある分、通常のサーヴァントとは違うのだろう。

「此方の皆様は?」

「そういえば、名を聞いていませんでしたね。それと、一応目的をお聞きしても?」

 居士は僕たちを月よりの者と断定していたが、それは確信ではない。

「ああ、僕たちは――」

 それぞれが名乗り、目的を話す。

 未来の消失の原因は、未だ判明していない。

 だが、それでも原因と見られる聖杯をこれまでの特異点で回収してきて、次の舞台としてこの時代にやってきた。

「ふむ。聖杯、ですか」

「何か心当たりはないか?」

「ええ。無い事はありません。憶測の範囲、ですがね」

 憶測でも、ひとまずは何か情報が必要だ。

 まだこの時代に何が起きているかすら分かっていない以上、小さな手掛かりでも得ることは重要だろう。

「それではお話しする前に、ひとまず、移動を」

「何故? 別に熱も感じないけど?」

「ええ。この炎はこの時代を焼くものですから。未来から来た貴方たちには、影響を及ぼさないでしょう」

 ミコの疑問に答えながらも、居士は踵を返し歩き始める。

 長い白髪が靡き、妖しい輝きを放つ。

 周囲の破壊の色とあまりにミスマッチな神秘性。

 しかし、居士はその異質性があって初めて世界のモノとして馴染めている――そんな、自然な雰囲気を持っていた。

「この時代を……しかしそれでは、歴史としてこの時代に生きた人間であるキミや体の残るダンゾウちゃんはどうなるんだイ?」

「私はあくまで英霊ですからね。しかし、段蔵はこの炎の影響を受けますよ」

「はい。直接触れなければ問題はありませんが、この炎を踏み越えることは出来ませぬ」

 この時代にあるもののみを焼く炎……サーヴァントや僕たちには効果がないらしい。

 しかし、それは逆を返せばこの時代を焼き払うことに特化しているということ。

 効率的に時代の破壊を行っている――そういう意味では、有効だ。

「この炎は貴方たちの脅威ではありません。ですが、地獄はその限りではない」

「地獄……?」

「語るも悍ましき七つの地獄。しかし、この場で話すは相応しくありますまい。何処で地獄が聞き耳を立てているかも分からない」

 察するに、その地獄なる存在こそ、この特異点の敵となるもの。

 この場はその話をすべきではない場所とのことだが――だとすれば、今向かっているのは相応しき場所。

 即ち、その地獄とやらが聞き耳を立てていない場所、ということだろうか。

 

 

「ここです」

「……普通の小屋に見えるけど」

「ええ。普通の小屋ですよ」

 辿り着いたのは、特に大きいとも感じない一軒家だった。

 周囲と異なる点と言えば、この燃え盛る世界の中で炎の影響を受けることなく、その形を保っている点か。

「ただし、私が術を施し簡単な陣地にしてあります。炎を受けないのはそのためです」

「ふぅん。ここなら誰に聞かれることもなく、話が出来るって訳」

「そういう事です。幸い、この時代には私以上のキャスターは召喚されていないようですし」

 つまり、居士はこの時代に召喚されたキャスターの中では最上位に位置する、という事だ。

 彼が張った陣地であれば、簡単に突破されるということはない。

 情報を交換する場としては最適なのだろう。

 居士が小屋に入ると、段蔵もまた続く。

 二人に続いて小屋に踏み入る。特に「誰かの陣地に入り込んだ」という気配の変化は感じられなかった。

「む。残念、帰ったか。そのツラ三度と見たくないと思ったがやはり願望は叶わぬもの。物欲センサーと呼ばれる類の呪いであるな」

「――――」

 そして、足が止まる。

 正しくは、その声を聞いてそれ以上進みたくないという気持ちが足を止める。

 メルトは引きつった顔で僕の背に隠れ、通信越しでカズラが溜息をついた。

「……私に何かあれば陣地の異常で分かるでしょう。紛いなりにも呪術の心得を持っているならば」

「然り。ゆえにいつ壊れるものかと鞠を転がしつつ期待していた。で? いつ死ぬ?」

「予定はありませんねぇ。不幸だったと諦めなさい」

 戻って早々の居士と舌戦を繰り広げる、小屋内部で丸くなっていた女性。

 正直なところ、あまり――いや、かなりいてほしくなかった人物である。

「――ほほう。これはこれは。妙な土産を持ってきたな外道」

 気付かれないようそっと小屋を出ようとしたが、それより前に獣の目に捕捉される。

「壮健だったかサクラハーレムS、そして我が仇敵よ。ネコの迷い家に何用か?」

「少なくとも、貴女に用はなかったわよ……」

 失策だった。彼女がいるという可能性を僅かなりとも考えなかったとは。

 赤い和服に獣の手足。そして珍妙極まるこの言動の人物など一人しか知らない。というか、世界中探しても彼女しかいまい。いたら怖い。

「白斗たちはこの獣と既知だったのですね」

「まあ……一応」

「何が一応か。あれほどくんずほぐれつを繰り返し互いを貪り合った仲であろうに」

「頼むから誤解を招く言い回しをしないでくれ」

 タマモキャット。二つ目の特異点において力を借りたタマモ・オルタと同じ、友人のアルターエゴたる存在の一人。

 全員が全員厄介な八人のワケミタマ。

 その中で最も関わると災難に見舞われるのが、彼女である。

「キャットは、どうしてここに?」

「どうしてもこうしても。ネコの目的と結果を結び付けようとするな。気付いたらここにいた。初めて会った時もそうだったろう」

 初めて会った時――何があったかは覚えていない――思い出したくないが、とにかく厄介な事だった気がする。

 ともかく、今回も特に考えなくこの場に辿り着いたらしい。

 そうして、恐らくはまた妙な経緯で居士と出会ったのだろう。

 何故ここまでキャットが辛辣なのかは分からないが……。

「貴方たちの知り合いって、変なのね」

「ガトーくんに負けてないねェ」

「……」

 ミコの言葉に一切否定が出来ない。

 そしてピエールが口にした名詞もまた非常に聞き覚えのあるものだったが、きっと気のせいだ。

「騒がしいわね。また何か厄介事を持ってきたのかしら」

 此方の騒ぎを聞きつけたらしい。

 小屋の奥から幼い少女が顔を見せる。

 彼女もまた、サーヴァントのようだ。

 浅い褐色の肌に、雪のように煌く銀の髪を持つ、十歳前後の少女。

 黒い袴に、右腕に巻かれた赤い布。見たところ――あの布は平均より高いレベルの概念礼装だ。

 しかし……その布と胸を隠すさらし以外、上半身に纏うものがないというのはどうなのだろうか。

「あら、また奇天烈な風体のお客ね。()()の友達?」

「うむ。永遠のライバル、即ちズッ友であるな。クロにも覚えがあろうて」

「さあねぇ……わたしには覚えがないわ。こっちの依り代は……どうかしら」

 少女は外見以上に大人びた声色で答えつつ、キャットの頭を撫でている。

 せめて逆だろうという異様な光景だった。

「初めましてね、お客さん。たまの知り合いってことは……サーヴァントは知っているって認識で大丈夫かしら?」

「ああ。君は――」

「そうね。まずは自己紹介。わたしは天国(あまくに)。しがない刀匠よ」

 何でもないことのように、少女は己のイメージとかけ離れた真名を名乗った。

 天国――それは、日本刀の祖たる刀匠の名。

 天叢雲剣をはじめとして多くの名刀を鍛え上げた伝説の刀鍛冶。

 だが目の前の少女は、見た限りでは西洋人。

 天国の名を持つ英雄とは、どうにも思えなかった。

「……その疑問の顔。大方、わたしの体の事でしょ。ええ。この体は間違いなくわたしのものじゃないわ。この体はわたしの霊基に相応しい誰かから借りてるものよ」

「借りている――?」

 他者の体を依り代とした召喚。それで思いつくのは、月の裏側における事件でのサーヴァント・オブザーバーだ。

 ライカはAI・カレンに憑依する形で召喚され、月の裏側を観測すべく動いていた。

 あの例と似たようなものだろうか。

「カズラ、何かわかる?」

『はい。データベースに記述がありました。疑似サーヴァント――サーヴァントとしての霊基を作れない英霊を人間等の器に注ぐ事で召喚可能とした存在です』

 カズラは素早く情報を見つけ出した。

 サーヴァントというのは複雑怪奇。幾らでも例外や不可思議が存在する。

 これもその一つか。何らかの理由でサーヴァントとなれない存在を無理矢理サーヴァントとする手法。

「そう、それ。天国(わたし)は生前は男だったわ。だけど今回は、現代――もしくはそれに近い時代の女の子を依り代に召喚されたの」

「凄い話だねェ……ん? それじゃあ、今のキミの性格ってドッチのものなんだい?」

「ベースはこの女の子のよ。正確に言えば、“この女の子の人格にわたし(オレ)が溶け込んでる”ってところかしら。サーヴァントとなるために一時的に記憶を借り受けて、代替としてこの天国の力を貸しているわ」

 ……つまるところ、現状この少女の人格は天国でも、依り代たる少女でもないが、どちらでもある状態だと。

 まったく違う時代、まったく違う国、まったく違う人間の二つの人格が溶け合って一つになるとは思えないが、それが適合するという点こそ、この少女が依り代に選ばれた理由なのかもしれない。

「天国から離れた天国、即ち冥府、冥府は黒の色。よってアタシはクロと呼んでいる。悪くなかろう?」

「そもそもわたし、“てんごく”じゃないんだけどね」

 キャットは天国をクロと呼んでいるらしい。

 論理的に説明しているように見えて多分適当だと思われるが、その名は不思議とこの少女に馴染むものがある。

 もしかすると――可能性は低いだろうが――クロという名は、この少女に近い縁のあるものなのかもしれない。

「まあ、いいわ。それで? この時代について教えてくれるんじゃないの?」

「ええ。そのつもりです。お話は済みました?」

 キャットがいる以上、下手に話を逸らすと脱線したまま延々と直進しかねない。

 メルトが居士を急かすと、当の本人は囲炉裏の傍に座り寛いでいた。

 のんびりとした佇まいで、関係のない話が始まったことに気分を害した様子はない。

 段蔵は彼の後ろに控えている。小さく動くこともなく、ただ指示を待つように。

「すまない。それじゃあ、聞かせてほしい」

「ではまず……発端はこの時代に、杯を携えた一人の英霊が降り立ったことのようです。それが貴方たちのいう聖杯でしょう。英霊はその杯を以て、六騎の英霊を呼び出しました」

 杯――この特異点の原因となる聖杯か。

「自身を含めて七騎。彼らは己の事を“地獄”と呼び――その炎を以て、この時代を一夜のうちに炎に包みました」

 それが、あの炎。

 自身を地獄と呼ぶ七つの英霊が、時代を効率的に焼き払うあの灼熱を発生させたのだ。

「ああ――その話」

 天国もまた、合点がいったらしい。

 キャットは何の話だと言わんばかりに首を傾げている。

「しかし、破壊を良しとしない英霊もまたいます。それらはこの時代の生者に力を貸し、地獄に対する存在となっています」

「生者……生きている人間が、まだいるのか?」

「ごく一部ですが。その中でも特に勢力を強く残す織田家当主、信長殿とその家臣は、地獄を討伐する戦果も挙げています」

 織田 信長――この時代を語るにおいて、決して外せない武将だ。

 かの武将とその家臣たちは、英霊を伴い地獄に抗っているらしい。

 アルトリアや、マケドニア軍、そしてドレイクたちのように。

「……その地獄とやらの情報は?」

「真名については、何も。しかし名乗る地獄の名と、それらの戦はある程度ならば知っています」

 今回の特異点における、恐らく最も重要な情報だ。

 真名は分からずとも、その名や戦法、特徴を知る意味は大きい。

「――一つ、織田家が討った地獄。その弓、神域に通ず。揺らめく火を障害ともせず、風に靡く扇の芯をも穿つ武人。クラス・アーチャー。弓境(きゅうきょう)地獄」

 たった一人、僕たちが来るより前に討伐された英霊。

 しかし、それほどの達人。悍ましい被害を齎したことは想像に難くない。

「二つ、一時に百を突き、百の命を砕く魔槍。如何な地獄より堅実に、如何な地獄より素早く命を奪う老兵。ランサー、槍克(そうこく)地獄」

 言葉の先を受け継ぐように、天国が続けた。

「三つ、自身は静かに刀を振るい、傍に仕える美しき女子は脳漿を砕く。クラス・ライダー――騎願(きがん)地獄」

「四つ、ただ一騎、里に下りることも殺戮に加担することもなく、隠れ潜み術理を振るう魔性。キャスター、術懐(じゅっかい)地獄」

「五つ、悦楽に潜み、遊興に笑う。人の営みさえ肴とし、全てを文字通り飲み込む艶やかなる娘。アサシン、殺爽(さっそう)地獄」

「六つ、人と相容れぬ己の悪逆を狂気と定義した、地獄の首魁。人々の手足を砕き、臓物を引きずりだし、目を焼き、そして喰らう邪悪の申し子。バーサーカー、狂宴(きょうえん)地獄」

 居士と天国が、交互に地獄を歌い上げていく。

 いずれも、その手段だけで別の恐ろしさを感じさせる英霊だ。

 織田家の人間たちが、英霊を伴い一騎倒すことが出来たのは、或いは奇跡ではないのかと思う程に。

 最後の一騎、順番からすれば居士の番なのだが、彼は口を開かない。

 穏やかに目を閉じ、何故か愉快そうに笑うばかり。

 それを天国は恨めしそうに睨む。

「……本当、性格悪いわね」

 そうして一つ溜息をつき、天国が代わりに歌い出した。

「七つ、里に下りつつも手を汚すことなく、己の道に耽るもの。己の鉄と炎を以て、その先の屍を夢想するもの」

 地獄に名を連ねつつも、悪に並ぶことのない英霊。

 その天国の歌は唯一、物語のような非現実ではなく、これ以上の無い現実感に満ちていた。

 何故ならば――

 

「セイバー、剣牢(けんろう)地獄。森羅刀匠。真名、天国」

 

 その歌は、己の人生であり己の心象に他ならなかったのだから。




はい。CCC編番外、夢の対決から続投のタマモキャット、及びオリ鯖その2、天国です。よろしくお願いします。
天国に関してはサプライズ。剣豪を踏まえ普通のオリ鯖から疑似鯖に転向です。プロットに然程支障はありません。

四章はこれらの地獄が敵となります。
そして織田家も言及。信勝? 誰そいつ。


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第一夜『行き着く先は殺生院』

モンハンやってましたすみません(言い訳)
あとバレンタインイベで何度か死んでましたごめんなさい。
我ながらダブルスタンダード感が酷い。

とは言え作中には影響しません。特に進展ないですがどうぞ。


 

 

 ――この時代を脅かす七つの地獄。

 その一人は己だと、天国は言った。

 まだ、人々に手をかけた訳でもない。

 だが、そもそも自分はそのために召喚された存在だと。

「おっと、クロに手を出すは例え旧友と言えど許さぬ。一宿一飯……いや、それなりにここに住み着いている恩があるゆえな」

「ありがとね、たま。まあ、わたしを討ちたいって言うなら別に抵抗はしないわよ」

「いや、アタシが認めん。サーヴァントであろうとも楽しみ無くて死ぬ事などあり得ん。具体的には美味い飯と美味いおやつ。風呂に寝床もあれば完璧なのだな」

 相変わらずキャットの言葉は無駄に長く意味がよく分からないが……ともかく、天国を庇っている。

 恐らくこの特異点で仲を深めたのだろう。

 僕もこの時代と敵対しているのではないならば、無理に戦う理由もないが……。

「彼女を殺す必要性は薄いでしょう。倒したところで、杯の在り処が分かる訳でもなし」

「然り。代わりに貴様が死ぬか。身代わり、生贄であるな。段蔵はアタシが預かる。誰も困る輩はいまい」

「お断りしましょう。何も成さずに死ぬのは私もいただけません」

 ……何故キャットはここまで居士を嫌っているのだろうか。

 彼女のことだ。多分理解できないだろう、他愛もない理由のような気もするが。

「……で? 貴女の居場所はその地獄とやらに分かるの? 追手は?」

「……さて、どうかしら。勝手に離れてここまで何もお咎め無しだし、何もないんじゃない?」

 天国自身にも、それは不明らしい。

 もし知らされていれば、離反した彼女に追手が掛からないのはおかしい。

 それなりの日数が経っているようだし、黙認されているのか、それとも別の理由があるのか……。

「即座に始末すべきだろう。僅かなりとも可能性があるならば、片付けておくに越したことはない」

 提案したのは、ミコと契約したアーチャーだった。

 幻想など抱かない。現実のみを移した澱のような目は、冷徹に、冷酷に少女を見据えている。

「……そうね。貴方の言う通りよ。わたしが彼らと縁を切った証拠なんて出せないし」

「そうだろう。上辺だけを繕い欺こうとする人間など幾らでも見てきた。そういう者を信じればこそ、後々に足を掬われることになる」

「ええ、その通り。……そう、貴方……」

 自身を殺そうと提案するアーチャーに天国も同意する。

 この時代を脅かす側に召喚された存在として、それは当然のこと、と。

「……なんだ?」

「大して長くもない人生で、そんな現実を知ってしまったのね。それが、貴方の世界、か」

 しかしそれとは別に、天国はアーチャーに何処か憐れむような視線を向けた。

「色々な人を見てきたけど、貴方みたいな人は初めてよ。一目見て、鍛つべき剣の形が見えてこないなんて。というより……貴方にはもう、剣はないのね」

「他人の世界を覗き見るのが趣味ならオレに向けるのはやめておけ。こんなモノを喰うのは犬か神くらいのものだろう」

 物悲しそうな天国の評に、アーチャーはさして気にも留めないように返す。

 生涯他者の為に剣を鍛ってきた天国は、他者の心象の目利きにも優れているのだろう。

 その天国をして、剣の形が出てこないというアーチャー。

 自身を無銘の英霊とする彼は一体どんな出自の英霊なのだろうか。

「アーチャー、今はいいわ。敵対してないなら、良い拠点よ。こっちにも貴方たちサーヴァントがいる。例え敵が来ても抵抗は出来るでしょ」

「……」

 ミコが制止を促し、仕方ないとアーチャーは霊体化する。

 アーチャーの意見も一つの手段ではある。

 地獄の一人たる彼女が敵となる可能性は決してゼロではない。

 寧ろ警戒して然るべき相手なのだ。

「まあ……彼の言葉は正しいわ。今晩は泊まっていきなさい。そこから先は、好きにすると良いわ」

 時間は夜。やはり、この時間帯は外にいるのは適さないのだろう。

 だが、一旦拠点を定めておくのは悪くない。

 ミコ、ピエールと顔を見合わせる。反対ではないようだ。

「それじゃあ、一先ず今夜は世話になる。いいかな?」

「勿論。たま、お客様を部屋へ」

「相分かった。付いてくるがいい夢追い人。布団の用意は万全である」

 大量の布団を両手で抱え、前も見えないだろう状態でキャットはふらふらと部屋の奥へと歩いていく。

 恐らくは魔術による空間の拡張――これは居士によるものだろう。

 外見以上に内部の空間を広げ、勝手の良い部屋としているのだ。

「さて、私も一旦休みますかねぇ。段蔵、外の警戒をお願いします」

「承知いたしました。それでは、皆様」

 居士の命を受け、段蔵は僕たちに一礼した後、外に出る。

 彼女はアサシンだ。何らかの襲撃があった際、迎撃をするのは難しいだろう。

 しかし周囲の警戒においてならば、忍びとしての技術を活かすことが出来るのかもしれない。

 未だ彼女の能力は不明だが、少なくとも、無防備の間を居士が任せるレベルではあるようだ。

 現存する体に憑依させる特殊な形とはいえ、段蔵はサーヴァント。

 彼女が警戒している以上、休んでも問題ないだろう。

 

 

 ――真言立川詠天流。

 マナの枯渇が発生して以降も、旧時代の魔術理論を受け継いできた、日本の密教。

 本来、取るに足りない教団に過ぎない。

 だが、僕とメルトはこの教団について、通常の観測とは比較にならない情報を集めていた。

 何故――その理由を知っている者は、月の民の中でも僅か。

 実のところ、最早気にしなくてもいい理由ではある。

 それでも、ほんの少しであろうと悲劇を招く可能性を考えると、動かずにはいられなかったのだ。

 

 詠天流は多くの可能性において、現代――2042年には瓦解している。

 全ての可能性を拾えている訳ではないが、これから先のイフを生み出す根幹にして主要である世界線――編纂事象と呼んでいる世界では、実にその99.98パーセントでは歴史から抹消された邪教として、その存在を消滅させている。

 それほどまでに、この教団の破滅には大きな力が働いている。

 この数値が増した原因に僕たちが関わっていない訳ではないのだが、そうでなくとも、この教団の瓦解は確定的と言ってもいいくらいに可能性が高い。

 その理由には、必ず宗主の家系が関連している。

 ――殺生院。

 この姓を僕やメルト、白羽やリップといった月の一部の面々が忌避している理由は、その他の大勢は知らない。

 特例により、月の蔵書からも失われ、永遠に喪失された可能性。

 BBや五人のアルターエゴ。そしてそれより前に生まれた、メルトやリップが創られることになった原因。

 僕という存在が今まで在れた理由。この月の、ある意味全ての始まり。

 それでも、一切の感謝の概念など抱けない――僕の、唯一の憎悪の対象。

 その女の姓が、殺生院だった。

 殺生院 祈荒(キアラ)。詠天流をネットを通じて世界的に広め、コードキャスト・万色悠滞により国際手配を受けた詠天流宗主。

 彼女こそ、詠天流の破滅に最も関わった存在だ。

 何らかの理由――大抵は語るも悍ましい事柄により、信者たちを大規模に巻き込んで死亡し、それが教団の破滅に至っている。

 その可能性に至らなかった事象も無い訳ではない。

 私情を抜きにして彼女を語るならば、彼女は、最初から悪な訳ではなかった。

 “そうなった”要因さえなければ、彼女が正しいセラピストとして大成した世界さえある。

 だから、そういう世界の可能性だと思っていた。

 正しく人生を歩んだ彼女に関わる存在である、と。

「……」

「……」

『あの……? ハクトさん? メルト?』

 それぞれの部屋に案内され、一旦解散とした後、僕はカズラにミコの情報を送ってもらった。

 マスターとなった面々はこの異変を解決する意思がある者。それはマスター選定において前提となる事柄だった。

 特別、その出自の如何で選んではいない。

 そもそも、魔術師はそのほぼ全てが出自に何らかの異質を宿しているのだから。

 ミコも、そんな例に漏れない魔術師だった。

 その異質が、僕たちにとって、決して無視できないものだったのだが。

「……キアラの、娘」

「……」

 ――殺生院 泉黄(みこ)

 キアラが邪悪に手を染める過程で、信者の一人との間に宿した子供。

 ごく稀有な可能性だ。少なくとも、僕たちが戦ったキアラに、子がいたというデータはなかった。

 無限に存在する並行世界の中でさえ、ごく一握りしか存在しなかった可能性。

 そして、その全てにおいて、(キアラ)を一度として見ることなく育ったという。

 ミコの世界においても、教団はキアラにより、信者たちが巻き添えになる形で壊滅した。

 事情を知る僅かな者は、彼女をこう呼び、それだけで国際手配をするに至った。

 ――詠天流の置き土産。

 ――愛欲の残滓。

 ――獣の残り香。

 邪教を引き継いでいるのではないか。悍ましき術式を継承しているのではないか。そうでなくとも、不安の種など無い方が良い。

 今日まで逃げ延びたミコは、月からの要請を受け、地上を発った。

 ――――肉体との接続を、全て切断した上で。

 捨て身、いや、自殺。

 逃げられるならば何処でも良いと、全てを捨てて彼女は月に来た。

 言わば、この事件は彼女にとって帰り道のない逃避行。

 後の事など考えない。ともかく追われ続ける現状から逃げるために、彼女は全てを置いてきたのだ。

「……ハク。どう思う?」

「……経歴を見た限り、悪ではない、とは思う」

 だが、それでも、払拭できない疑心があった。

 それほどまでに、キアラという存在は、悪に映っている。

「――月の管理者は悪趣味ね。わざわざ本人を離した上でそんな事を調べるなんて」

「ッ――――!」

 あまりに集中していた。カズラがそれを伝える理由はない。

 部屋の前に立つミコは、あからさまな不快感を眼差しに乗せていた。

「本人に聞けば良いじゃないの。大して語れる人生でもないけれど、隠すことでもないわよ」

「……ごめん。気を悪くすると思った」

「覗き見られてるようでそっちの方が嫌だけど。どうせ月に来た時点で、経歴なんて全部明かしたつもりだったし」

 肩を竦めるミコは、部屋に入り僕が持つデータを覗いてくる。

「……さっきの様子。やっぱり知ってるんじゃない、母さんのこと」

 いつから見ていたのだろう。

 少なくとも、今データを読んでいて、僕たちがキアラを知っている様子を見せたことは気付いていたらしい。

「それは……」

「わかってるわよ。観測者が名前を知るくらい、どうしようもない悪人だってのは、私も知ってる。少なくとも、十四の子供にこう思われるくらいは、母さんは邪悪よ」

 ――僕たちの知るキアラを、この少女は知らない。

 だけど同じように、ミコはキアラに対して、良い感情は抱いていないらしい。

 思い出すだけでも腹立たしいと眉根を寄せる少女の表情は、およそ十四歳の少女とは思えなかった。

「……ごめんなさい。貴方たちからの要請を、私は利用した。本当は世界の危機なんてどうでもいい。未来がなくなってくれるなら、それに従っても構わない。だけど、とにかく追われるのはもうごめんだった。まぁ……」

 そもそも、なんで逃げてるのかすら曖昧なんだけどね、とミコは自嘲するように笑う。

 ミコの世界では、未だ西欧財閥の管理体制に対し、レジスタンスが抵抗を見せている。

 僕が聖杯戦争を戦った頃よりそれは激化し、地域によってはその混乱の影に隠れることも簡単だという。

 だが、そんな、子供が逃げるには過酷に過ぎる世界で、ミコという少女は生きてきたのだ。

「……この事件が終わったら、どうするんだ?」

「さあ? サイバーゴーストとして彷徨うんだとしても、それはそれで前よりは良いんじゃない?」

 後先を考えずに、月まで飛び込んできた。

 その先で待っているかもしれない宛てもない流浪でさえ、地上よりは良いと言ってのける。

 平然と言う少女の眼に宿るものは何処か、狂気にさえ見えた。

「まあ、ここまで逃がしてくれた借りがあるから、協力はちゃんとするわよ」

「……頼む。出自は気にしない。一人でも多く、協力者は必要なんだ」

「はいはい。それじゃあ、お休み」

 手をひらひらと振り、ミコは部屋を出ていく。

 楚々とした普段の佇まいの中に、ほんの少しだけ見せる年齢相応の少女の仕草。

 それはひどく不自然に見えるもので、キアラという存在によって縛られた呪いを感じられるものだった。

「……情なんて掛けるんじゃないわよ。警戒は緩めないで、ハク」

「……わかってる」

 ミコが何も企んでいないとしても、その姓と疑心は、切っても切れないものだ。

 名前が残す影響というものは、途轍もなく大きい。

 殺生院というだけで、ミコは大いに警戒の対象となってしまう。

 だが、少し話して、その人間性は人並みのものが見えた。

 彼女は、キアラとは違う。可能な限りは、そう信じたいと思った。




ミコとキアラの関係が判明。引っ張りません。
いやあ、どいつもこいつもキアラに影響されてますね。
皆でキアラ絶対殺す同盟とか作ったらどうですか。


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第二夜『人為らざる狂気の宴』-1

明日はバレンタインデーですね!
皆様へのプレゼントとして、とびきり甘い一話をお送りします!
チョコのようにとろけていただけたら幸いです!


 

 

 翌日――この特異点における二日目。

 キャットが用意したという食事を済ませ、外に出て、驚いた。

「……」

「……丸一日、寝てたかナ?」

 黒煙の如き空は、昨日見たものと同じ。

 変わったものといえば、周囲を焼く炎が少し大きくなったくらい。

 空の色に変化はない。見た者に絶望感しか抱かせない夜が、そこにはあった。

「朝なんて来ないわ。多分、この特異点……だっけ? それが解決するまでは」

 先に外に出ていた天国は、同じように空を見上げながら呟く。

「はい。私も地獄と呼ばれる英霊が確認されてから、青空を視界に入れたことはありませぬ」

 ……絶望の黒と赤。

 視界の一切から希望が途絶えた世界。

 なるほど、人の精神を砕くにはこれ以上ない程に有効だ。

 ごく僅かになり、日に日に更に数を減らし続けるこの時代の人間。

 彼らは地獄により、希望を剥奪された上で惨殺されているのだ。

「……地獄たちが、何処に現れるのか。それは分からないのか?」

「分からないわ。ただし、間違いなく人の在る場所。何処に逃げても、人々は逃げきれずに殺されていく。だから……」

「生者を探してやってくるのを待つ、か。それとも私たちがそのまま釣り餌になるかしら」

 僕たちはこの時代の人間とは言えない。

 僕たちがその、地獄が狙う生者に分類されるのかどうか。

 どの道、地獄たちを倒していかなければこの特異点の解決は見込めないだろう。

 それらと遭遇する手段は見つけておかなければならない。

「ところで、貴女。それは?」

 気になって仕方ないと、ミコは天国の手に握られたものを指して問う。

 確かに、それはこの体躯の少女が持つには不相応に過ぎる。

 彼女はサーヴァント。それも、“その道”において名を残した英雄ならば、当たり前なのだが……。

「これ? まあ、そうよね。突っ込まれるわよね」

 ――刀。

 自身の身の丈ほどもある一振りを、天国は片手で持っていた。

「わたしは刀匠。剣を鍛つ者。わたしの英霊としての、唯一の力。鍛つ相手がいないと、この程度しか造れないけどね」

 軽く振るいつつ、天国は溜息をつく。

 剣に造詣のない僕には、この刀剣がどれ程の業物かは分からない。

 だが、天国にとって納得のいくものではないらしい。

「ふむ。結構なモノに見えるけど、やはり英霊の目にかなうものではないのかね?」

「これしか能が無いもの。そりゃあ拘るわよ。ただ、刀は振るう相手を想って鍛つもの。これはその信念も籠ってない――まあ、腕が鈍らないようやっている日課ね」

 それは、天国の――もしかすると、刀匠に共通する思想かもしれないが――ポリシーのようだ。

 振るう相手がいるからこそ、刀を鍛つ。

 当たり前だが、刀は振るう者がいなければ真髄を発揮できない。

 これは、自身の役割を失わないためのルーチンワークなのだ。

「でも……これはイマイチね。今回の召喚で一番酷い出来。なーんか、不吉ねぇ……」

「……刀匠って、そんな占いしてるの?」

 ……まあ、日課であるならばその如何で一日を占うこともあるだろう。

 それはともかく。まずは何かしら、地獄の手がかりを掴まなければ……。

「天国、この辺りで、人の残っている場所はないのか?」

「あるわよ。何故か一切、地獄の手に掛かっていない一角。そこに逃げ延びれば、まだしばらくは生き延びられる――そんな場所。集落ほどの規模もないけどね」

 天国がその方角を指さしながら言う。

 そうか……まだ、そんな場所が。

 どういう理由か、未だ無事の一角。そこは必然、人々が縋る場所となっているのだろう。

 たとえその先の絶望が、確たるものであるとしても。

『……? 天国さん、その集落は、どのくらいの距離ですか?』

「歩いて一時間とかからないわよ。わたしたちサーヴァントがいると不安がられるから離れたところにいるの」

『――――』

「……カズラ、どうかしたの?」

 どうもカズラの様子がおかしい。

 その理由に、ふと行き着いてしまった。

 もしかして――

『……人の反応が、ごく僅かしか残っていません』

「ッ――――!」

 襲撃の最中――!?

「まさか……! たま、居士、段蔵! 留守番お願い!」

 小屋に向けて叫び、天国は駆け出した。

 英霊としての超常の速度は、人の追いつけるものではない。

「メルト!」

「ええ!」

「アーチャー、頼むわ!」

「セナちゃん! ……ちょっとは手加減しておくれ?」

「本気は出さない。……本気は」

 だが、僕たちにも追いつくすべがある。

 ……ピエールがアサシンに引っ張られ、死にそうになっているが。

「貴方たち……!」

「僕たちも同行する。カズラ、サーヴァントの反応は!?」

『ありません! ですが……反応、現在も減少中です!』

 何が起きているのか……地獄が関わっていることは確実視しても良いだろうが。

 とにかく、急がなければ。

 終末を想起させる世界でも――否、そんな世界だからこそ、無為な犠牲など許容できない。

 然程時間も掛けず、その場所に着く。

「――!」

 だが、人の気配はない。

 今まで見ていた世界ほど、炎の影響は酷くはないが、最早一時間と経たないうちにここも同じことになるだろう。

「誰か……誰かいる!?」

 しかし……人がいないのは、どういう事か。

 屍を見る覚悟はしていた。惨状を目に焼き付ける事になると思っていた。

 だが――想定していたものも、生きている人の姿も、そこにはない。

『皆さん! その先に生存者がいます! ただ……』

 言い澱むカズラ。もう、その先を言わずとも分かってしまう。

 焼ける小屋の陰に、生存者はいた。

「君! 大丈夫!?」

 駆け寄るも、助けられるものではないと一目でわかる。

「ぁ……」

 十にも満たない少女だ。

 傷は大きい。あと数分ももたないだろう。

 長い金髪も赤い血に染まり、か細い息は次第に弱くなっていく。

「……ハク」

「……っ」

 ――思えば、英霊ではない、生きている人間の死と対するのは、この事件では初めてではないか。

 メルトは、この少女は既に助からないものだと割り切っている。

 ミコも、ピエールも、理解している。

 我先にと駆けてきた天国も、諦めている。

 僕も分かっている。彼女を助けられる技術は持っていない。

「……かあ、さま、は……?」

 傷ついた喉から零れた消えるような声は、母を心配するものだった。

 だが――周囲にもう人はいない。

 少女が満足する答えを返すことは出来ないだろう。

「…………、あ、なた、誰……? その、かっこう……」

 ああ――不思議にも思うだろう。

 この服装はこの時代には相応しくあるまい。

 少女は僅か開いた目に、疑問の色を持たせる。

「ふしぎ、な、ひと……まるで、先の世から、来たひと、みたい……」

 最期に滑稽なものを見たように、その表情は笑みへと変わる。

 助けることは出来ないけれど、終わる瞬間に、笑わせることが出来たならば――

「――――マスターとやらも、腑抜けたものよな」

「ッ!?」

 その瞬間、声の性質が決定的に変質し、首に強い圧力が掛かった。

 そしてそのまま、体が大きく引っ張られる。

「ハク――!」

「クハ、甘い甘い! 地獄を払わんとしていながら、死に際の童一人に情を掛けるとは片腹痛いわ!」

 体が浮いている――掴まれた上での、跳躍!?

 この首を掴んでいる者の仕業、であるならば、先程のタイミングでそれが出来るのはただ一人――

「君、はっ……!」

 凄まじい跳躍力。

 追ってくるメルトをも引き離し、逃走する少女。

 気付けば、傷など何処にもない。

 黄色の着物。額から伸びる、二本の角――

「鬼……!」

「然り。汝らが捜す地獄が一角よ」

 まさか、あの少女が……!

 いや、考えている暇はない。このままでは……!

「っ、令呪を以て――――」

「おっと。させぬよ。少し黙っているがいい」

「ぁ――――」

『ハクトさ――』

 令呪による即時招集ならば、メルトも追いつける。

 しかしその命令が成立するよりも早く、腹に強い衝撃が走り、瞬く間に意識は刈り取られていった。

 

 

「――――」

 目が覚めると同時に感じたのは、腹の痛みだった。

 五体は……無事だ。

 だが、ここは一体……。

「目覚めたか人間。そら、体は動くな?」

「ぐっ……!」

 左手を踏む、血色に染まった足。

 鋭く尖った爪。聞こえた声は、先の少女と同じもの――

「サー、ヴァント!」

「名を聞く余裕はあるか? ならば良し。狂宴地獄、真名を茨木童子。大江山の鬼の首魁よ」

 ――茨木童子。

 それは、人として名を残した存在ではない。

 平安時代、この京の都において悪逆の限りを尽くした鬼だ。

 この特異点における敵たる地獄。その一角に、こんな存在がいるとは――!

「震えているか? ん? だろうなあ。サーヴァントも傍にいぬ身。この上なき絶望だろう?」

「ッ、メルト――」

 周囲を見渡すも、メルトの姿はない。

 炎はない。見たところ、何処かの山奥――

 メルトがいない。それは、どんな事よりも危機感を覚えることだった。

「ああ。その刻印、使っても構わんぞ? この場は吾らが領域。その程度の妖術が通用するものならば、試してみるがいい」

 失敗を確信しているように、愉快そうに茨木は嗤う。

 令呪の浪費、そんな事を考えている暇はなかった。

 いつも傍にいる筈の存在がいないということが、思考を奪う。

「――メルト、此処へ!」

 令呪が輝きを放つ。

 しかし――不可能を可能にする奇跡は成立しない。

 輝きが収まる。

 メルトは現れることなく、令呪はその数を減らしていた。

「――――!」

「クハ、ハハハハハハハ――! 良いぞその表情! なんと心地良い絶望か! もう一度試すか? 構わんぞ!」

 ――呼吸が荒くなるのを感じる。

 危機感は膨れ上がり、絶望へと転じていく。

 それが心から面白いと、茨木は高笑いする。

 消えた一画が齎した絶望に、体が底冷えするのを感じる。

「……僕、を」

「ん?」

「僕を、どうするつもりだ……?」

「さて、どうするか。(はらわた)を引き摺りだすも良し。皮を剥いでいくも良し。先の世の人間はどう啼くか、確かめてみるも悪くない」

「ッ……」

 命を握っている者の優越感か。茨木は脅すように嘲笑う。

 目の前に突き刺さった刀。

 骨を削って作ったような武骨なそれは、やろうと思えば簡単に此方を殺せるという茨木の脅迫か。

「む? なんだ、然程恐怖せぬではないか」

 死の実感がない訳ではない。

 前の特異点でもこの命は一度貫かれた。

 死というものを、より明確に感じられるほどには、僕の価値観も変わっている。

 だが、今僕をより大きく支配している恐怖は、それではない。

「ああ――よもやサーヴァントと引き離された事、か?」

「――――」

 僕という意思が目覚めた時から、常に共に居た存在。

 誰に指摘されるまでもなく、僕はメルトに強く依存している。

 メルトと引き離されたことによる絶望は、あまりにも大きかった。

「他者がいなければ何も出来ぬか。やはり人間は弱い。群れて粋がるのも頷けるわ」

「ええ、それが人間。我々には分からぬ価値観です」

 呆れた様子の茨木の言葉に答える、若々しい男の声。

 その方向を見れば、もう一人、サーヴァントの姿があった。

 この自然の中に立つにはあまりにも調和の取れていないベージュのスーツ姿。

 明るい橙色の髪。そして目元を隠すサングラス。

 僕たちが生きる時代にいても不思議ではない近代的な風貌。

 だが、何処か決定的に人間とは違う――そんな確信があった。

「……貴方も、地獄の一人……なのか?」

「――まあ。そう思うなら、それで。想像、空想は人の営み。であれば妄想の産物である私が否定はしません」

 飄々とした笑み。

 他愛のないものでありながら、果たして人が浮かべられる表情なのかという程に不気味な笑顔。

「回りくどいわ。汝のような化生はそういうものなのか?」

「ええ、まあ、それなりに。いえ、他の者に会ったことはないのですけれど」

 サングラスの位置を直しつつ、茨木の悪態にサーヴァントは答える。

 化生……彼もまた、茨木のように通常の英雄とは異なる存在なのか?

「さて。貴方が今からどうなるかはともかく。名乗るのは悪くない。まあ、真名の真髄も分からぬ身ではありますが」

 真名の真髄が、分からない――?

 それがどういう事なのか、その疑問を察したのか、男は僅かに笑みを深くする。

 だが真名を名乗ることはない。当然だ。弱点に通ずる可能性もある真名を名乗るのは、大きなリスクが伴うのだから。

「では、こうしましょう。我がクラスはキャスター。それだけでは面白みに欠けるので、キャスター・ナル(Null)と。ええ、私には中々に相応しい」

 ――何もない(ナル)

 そう名乗るキャスターのサーヴァント。

 たった今考えたものなのだろうが、ああ――相応しい名だ、と思った。

 何故ならば。

 

 ――彼のステータスは、宝具を除き全てに数値が割り振られていないのだから。




(ハクが)とびきり甘い一話でお送りしました!
いや、二章でもハサン相手にやらかしたのに学習しませんねこの主人公は。
変化持ちに弱いんじゃないでしょうか、この人。

という訳で地獄の一角、狂宴地獄こと茨木童子、そしてキャスター・ナルの登場です。よろしくお願いします。
ナルはオリ鯖ではありません。正体に行き着かない方は、是非とも真名が明かされるまでお待ちいただけたらなと思います。


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第二夜『人為らざる狂気の宴』-2

多分更新遅れた理由は見てくだされば分かると思います。


 

 鬼のサーヴァント、茨木童子。そして、正体不明のサーヴァント、キャスター・ナル。

 恐らくこの場は、地獄たちの根城。

 紛れもなく、絶体絶命の状況だ。

「しかし……よく連れてこれましたね。近くにサーヴァントとかいませんでした?」

「いたぞ。だがこの人間、サーヴァントを離れ自ら近付いてきたわ。底抜けの間抜けよ」

 無害に見える少女に化けて誘い出す。

 それは以前、静謐のハサンに仕掛けられた手段と同じものだった。

 ――人を信じるなと言うように、この事件は僕の弱所を突いてくる。

「人間、一つ忠告してやろう。童だろうとこのような時に隙を見せるな。まあ――ここより生き延びねば忠告も無駄になろうがなぁ」

「……」

 茨木の言葉は正しい。

 だが、それでも――死に瀕した子供に手を伸ばすなというのは、不可能だ。

「認められぬという顔。心底からの人畜無害よ。このザマではどの道吾らに勝つことなど不可能だな」

 ――甘いという自覚はある。

 そして、それはメルトのみならず、月の皆に言われてきた。

 それを皆に支えられてきたことで、僕は生きている。

 だからこそ――傍にただの一人もいないという状況は、何より僕の危機感を煽るものだった。

「まあ、甘さと適性は関係がない。こやつで良いのか?」

「っ……」

 再び首を掴まれ、重さを感じていないかのように軽々と持ち上げられる。

 そのままナルに突き出される。

 彼の表情は変わらない。相変わらず、その内が読めない笑みを浮かべている。

「さて。使ってみない事には分かりませんね。試してみます?」

「不利益はあるまい。失敗してもこの時代からマスターが一人消えることとなる」

「……何を、するつもりだ?」

「クハ。吾らの目的、その成就よ」

 こうしている間にも、この時代を焼く炎は範囲を広げている。

 地獄たちの目的はそれではない、と……?

「案ずるな。すぐに貴様の同胞も、サーヴァントも等しく殺してくれるわ」

 何をしようとしているかは分からない。

 だが、何にしろこのままではどうしようもない死からは逃れられない。

 考えなければ。ここで出来ること――

「茨木。あまり脅かしたらあかんよ」

 ――その時、思考を蕩かすような透き通った声が聞こえた。

 とろりと耳から流れ込み、脳髄を溶かさんばかりの甘い声。

 それは茨木のものではなく、キャスター・ナルのものでもない。

 僕の聞いたことのない声は、背後からだった。

「クッ。少し興が乗ってな。だがこの人間、適性はあろう?」

「それでも。せっかくのお客様やさかい。それもただの人間とは違う、うちらに近いお人や」

 茨木の手が離される。

 どうせ逃げられるものではないと判断したからか。

 ともかく、声の主を確認すべく振り向くと、そこにはこの場三人目のサーヴァントがいた。

 僕の顔と同じくらいの位置に、逆さ向きの顔がある。

 然程背の高くない木の枝からぶら下がるそのサーヴァント。

 丈の長い紫の着物を地肌の上に羽織る、茨木と大差ない背丈の少女。

 同じく額には二本の角。

 綺麗に切りそろえられた短い黒髪。

 外見は十にも満たない少女ながら、全体から妖艶な雰囲気を発する鬼。

 ――正直なところ、つい先程までこの首に手を掛けていた茨木よりも、恐ろしいものを感じていた。

 似ているのだ――あの魔性に。

「……君は?」

「酒呑童子。クラスはアサシン。このお山で殺爽地獄をやらせてもろてます」

 それは、茨木童子と並び力のある鬼の名だった。

 茨木童子と共に鬼の頭領として大江山に住まい、京の都を荒らしまわった反英雄。

 宝を奪い、人を喰らい、悪鬼として都の恐怖心を集めた。

 源頼光、及び頼光四天王により結成された討伐隊により遂に討たれるその時まで、悪逆の限りを尽くした存在だ。

 そんな鬼もまた、この時代を脅かす地獄の一人として召喚されていたのだ。

「ん。うちのこと知ってるようで何よりやわぁ。人様に知られない鬼は路頭に迷うしかなくなるさかいな」

 逆さの少女は今の状況がなんの苦にもなっていないかのようにクスクスと笑う。

 ――囲まれている。元よりゼロに近かっただろう逃亡の手段が断たれた。

 メルトがいれば、きっとどうにかなっただろう。

 だが、これでは――

「……ふぅん」

 酒呑は僕の瞳を真っ直ぐに見ていた。

 そのまま視線を合わせていれば、何か深いものに沈んでしまう――そんな確信がある。

 魔眼の類を有している訳ではない。

 それは、酒呑童子という鬼が生まれながらにして持つ、人ならざる者としての異質に呑まれかけているのだ。

「なあ、あんたはん。酒、弱いやろ」

「……え?」

 じっと目を向けられたまま、そんな言葉を掛けられる。

 唐突にどうしたというのだろう。

 酒呑は此方の答えを待っている様子はない。今の問いは、確信を持ってのことらしい。

「酒の香がまったくしいひんわ。そんくらいの背丈で酒の一つも知らへんの、勿体ないなあ」

 背丈を測るように、手を僕の頭に合わせつつ、酒呑はわざとらしく嘆息する。

 確かに、酒は殆ど飲んだ覚えはない。

 というのも、酔いという感覚がひどく苦手で、色々と思い出したくないことがあったりするからなのだが……。

「まあ、あくまで酒の類は嗜好品ですから。人間は貴女たちほど好む者は多くないのかもしれませんね」

「そやの。まあ……偶にはそういうのもよろしおすなぁ」

 その笑みの性質が、変化した――瞬間、酒呑が視界から消えた。

 それまで自身がぶら下がっていた木を蹴ったのだ。

 振り向く――蹴った方向からしている筈の酒呑はいない。あるのは茨木とナルの姿のみ。

 もう一度振り向けば、すぐ傍に酒呑が立っていた。

「っ……」

 服の中に、柔らかい感触がある。

 腹をなぞる細い指。酒呑のものであることは明らかで、しかし何を意図しての行動なのか分からない。

「やわこい肉やわぁ。これはこれで楽しみやさかい、少し我慢してな」

「何を――」

 

 

 その微笑みがより深くなった瞬間、体から、何かが抜けた。

 

 

 痛みはない。四肢は無事だし、何ら行動に支障が生まれた訳でもない。

 だが、体から何かが抜け落ちたという不自然さが、痺れのような感覚を齎す。

 今、体から抜けたものはなんなのか。酒呑が今手に持っている、白いそれはなんなのか。

「血が付かんのは欠点やわぁ。殺さへん分には得にもなるんやけど」

 思わず、腹に触れる。

 穴は空いていない。視界に映っている光景が真実なのだとしたら、あまりにおかしい。

 しかし、酒呑はそれが自然なものであるかのように、ぺろりと舌を這わせる。

「ふふ、菓子にも勝る甘さや。どや、茨木」

「吾はいらぬ。腑抜けの骨など喰らえば弱る。酒呑、汝もそんなもの捨ててしまえ」

「なら、これは“はんで”という事にしとこか。酒に溶かせばさぞまろやかになるやろなぁ」

 ――骨だ。

 肋骨の一本が、酒呑によって引き抜かれていた。

「痛くないやろ? 骨抜くのは得意やさかい。あんたはんの骨、御近付きの印にいただいとくわ」

 無力だった。

 二人の鬼に、命を弄ばれている。

 いつでも殺せる状況でそれをしない。

 そして、その状況を打破できる手段すら持っていない以上、僕はこの場で何も出来なかった。

 いや――何か、ある筈だ。

 この絶望的状況から脱する方法。それは決して皆無ではない。

 骨を抜かれたという事実を思考の外に出す。逃げの一手を考える。

 決着術式、それを発動する時間を、彼女たちは与えてくれるだろうか。

 『白き七つの月奏曲(サクラ・ラプソディー)』、あの術式も、即座に発動できるという訳ではない。

 たった一つ、可能性が無いでもないが……しかし、三人のサーヴァントを退けられるとはいいがたい。

 ――あまりに、選択肢が少ない。

 “メルトがいない”という現状で取れる手段が、不思議なほどに思いつかない。

 改めて、その事実と向き合うと、焦燥を超えた絶望が包む。

 令呪での召喚は出来なかった。いや、それはあくまで、一画での話。

 更に強制力を増す二画での命令は試していない。令呪は二画残っている。

 不可能と確定した訳ではない。二画ならば、或いは――

「――あら」

「ほう、この山に乗り込んでくる輩がいるとは」

 令呪を使おうとしたその時、茨木たちが山の麓の方に目を向けた。

 誰かが、来ている――?

 茨木たちの反応からして、それは地獄とは関係のない存在。

 まさか、という期待が生まれる。

 しかし、此方に向かって走ってくるのはメルトではなかった。

 茨木と酒呑が剣を持ち、迎え撃つ構えを取る。

 対して山への侵入者は、体勢を低くし――

「――――ふっ」

 視界から消えた。

「っ」

 背後で小さく声が漏れる。

 振り向けば――そこには、背後から胸を貫かれたナルの姿があった。

「思いっきり隙だらけでしたので。しかしまあ、これも戦の常。悪く思わないでください」

「……なるほど。戦というものは、初めて経験しますが……いやあ、これはなんとも」

 ナルが言葉を言い終える前に、胸を貫く刀が引き抜かれ、息つく暇もなく振るわれ、首を断つ。

 正体不明であったサーヴァント、キャスター・ナルは、いとも容易く消滅した。

 その刃の主は、目の前で消えていくサーヴァントにそれ以降気に掛けることなく、此方に目を向けた。

「……おや」

 桜色の髪と着物の少女。初めて出会うサーヴァントだ。

「人がいるのは予想外ですね。貴方は……その鬼たちのマスター、ですか?」

「いや……違う。君は……?」

「私ですか? 私はまあ、ようやくこの山に鬼がいると当たりをつけて来たんですけど。しかし、マスターではないということは……」

「そ。あんたはんの予想通り、人攫いに巻き込まれた哀れなお人や」

 茨木と酒呑が前に出る。

 ここは我らが縄張り、来たのであれば逃さない――と。

「ほな斬り合おか。此処に来たってことは、それが目的やろ?」

「へ? 嫌ですけど。斬り合いとか、鬼の膂力相手に競り合える訳ないじゃないですか。常識的に考えて」

 何を馬鹿なことを、とでも言わんばかりに、少女は酒呑の誘いを否定した。

 酒呑も茨木も、筋力のステータスは高い。

 対して少女は低くはなくとも平均の域を出ない。鍔迫り合っても力で勝てないのは明白だ。

 それには、酒呑も意外だったようで目を丸くしている。

「それなら、何故この場に姿を晒した? 死ぬために鬼のねぐらに潜り込んだと?」

「いやあ、それはないですよ。まあ、ちょっとばかり計画に変更は必要ですね。一般人巻き込むのもどうかと思いますし」

 言いながら、少女は足を広げつつ腰を下ろす。

 そして――

「――――――なぁ!?」

 瞬間移動にも等しい速度で茨木の懐まで迫り、刀を振るう。

 怪訝に思い警戒していたからか、咄嗟に下がったのが功を奏し刀は茨木の首を掠めるだけにとどまった。

「これが通じなかった以上逃げるが勝ちということで。貴方、ちょっと衝撃に耐えてください!」

「え――っ!?」

 言葉を投げられた、と理解し切る前に、少女の蹴りが叩き込まれる。

 感じたことのない種類の衝撃に、視界の外に置いていた「骨が抜かれた」という事実を思い出す。

 吹き飛ばされ、酒呑たちから離れる。

 投げ出された足を引っ込めず、そのまま踏み込み酒呑に斬りかかる。

 防御は間に合わないと悟ったのか、酒呑も後退を選んだ。

 そして再び少女の姿が掻き消え――体の勢いが殺された。

「っとと。サーヴァントって言っても力が増す訳ではないんですねぇ。男の子はやっぱり重いです」

 片手に刀を持ったまま、もう片手で少女に受け止められている。

 しかし、その華奢な体ではそのまま安定するということは難しいらしい。

「という訳で! パスです土方さん!」

「なっ!?」

 勢いが弱まって間もない体が思い切り振り回される。

 麓に向かって投げられ――もう何をすることも出来ないまま、またも受け止められる。

「ったく……先行したと思ったら妙な土産を持ってきやがって。沖田、なんだコイツは」

「さあ? ただ、鬼たちに攫われてたみたいですし、助けときました。あ、一人仕留めときましたよ」

「チッ……ならいい。人がいたならここで戦いに入る気はない。ずらかるぞ」

「承知です。という訳で鬼のお二人、またいずれ」

 唖然とした様子の二人を引き離し、少女と、今僕を抱える男性は山を下っていく。

 どうやら、追いかけてはこないらしい。

 まったく何が起きているか理解できていないが……ひとまず、命は拾った……のだろうか。

 ごく僅か、分かったのは彼らの名。

 確信ではないが――沖田と土方、そう呼び合うような、英霊となる存在など、他にはいまい。

 ――沖田 総司。

 ――土方 歳三。

 これが、自身らが歴史に名を残すよりも前の時代に召喚され、そしてその時代の崩壊に抗う彼らとの出会いだった。




>>荒ぶるCV悠木碧女史<<

殺爽地獄こと酒呑童子、そして沖田さんに土方さんの登場です。よろしくお願いします。
遅れた理由は主に酒呑さんのせいです。京言葉難しすぎワロス。
多分違和感あると思うので、誤字報告とかで正しい言い回し教えていただけるとありがたいです。
あ、ナルさんお疲れ様でした。

土方さんが撤退してますが、これはまだ戦場認定していないということでセーフ扱いです。
ところでメルトいませんね。


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第二夜『その覇道は誠に集い』

ンンンwwwアルターエゴ以外ありえないwww拙僧は昂ぶっておりますぞwwwwww


 

 

 抱えられたまま山を下り、どれくらい経っただろうか。

 暫く経った頃、唐突に離され、受け身もままならず地に落ちた。

「この辺まで来りゃ無理に追ってはこないだろ。まあ、地獄共の目はあるだろうが」

「こればっかりは仕方ないですよねぇ。私たちにキャスターなんていませんし」

 そこで初めて、僕をここまで抱えてきた男性――土方 歳三の姿を見た。

 洋装の上に羽織る黒い外套。刀と銃を腰から下げた、強面の男性。

 桜色の少女――沖田 総司より幾分か近代的な様相をしている。

 二人は生前よりの知己であった間柄だ。

 新選組。幕末、京都を中心として活動していた治安組織。

 剣客集団として未来においても長く語り続けられるそれの、副長と一番隊隊長。

 その苛烈さから戦場の鬼と恐れられた土方と、隊最強の天才剣士と言われる沖田。

 沖田の剣技は先程垣間見た。キャスター・ナルを瞬殺し、茨木でさえ紙一重で躱すことを強いられた神速の一振り。

 瞬間移動にも等しい速度を目にすれば分かる通り、彼女の敏捷ステータスは群を抜いている。

 そのランクはメルトと同等のA+。土方は特別秀でたステータスこそないが、平均ランクで纏まっている。

 両者とも近代の英霊だからか、魔力ステータスは低いものの、彼らは元より魔力を重視した存在ではないゆえ当然だろう。

「で? なんだお前。この時代の人間にしちゃ奇妙な装いだが」

「ああ、それは――」

 状況からして、彼らが地獄たちと敵対していることは明らかだ。

 ひとまずは名前、特異点の概要と、未来から来た事、仲間と共にこの時代に降りたこと――

 そして、茨木童子の策により、連れ去られたことを話す。

「はへー……何が何やらですが……とりあえず、アレとは敵同士ってことですね」

「そういうことになる。ところで、君たちは――」

「同じようなモンだ。喚ばれた以上気に入らねえ奴は叩き切る。何も悪事を起こしてねえ民衆を焼いてるってんなら猶更だ」

「そんな訳で、偶然か必然か揃って召喚された私たちはここを拠点に戦っているんですよ」

 この辺りは、火の手が回っていない。

 彼らはこのうち一つの小屋を拠点としているらしい。

「即ち、此処は新選組の屯所です。まあ、ちょっと風変わりな人たちも集まってますけど」

 そういえば――小屋の中からは幾つかのサーヴァントの気配がある。

 居士の陣地であったあの小屋と同様、複数のサーヴァントが集まった場所なのか。

「それで、どうします? 貴方が望むのであれば、暫く此処にいてもいいですけど」

「……」

 ――それは、正しい選択かもしれない。

 だが、その前に。

 あの山からは下りた。令呪の効力が失われた理由があの山に起因するのであれば、今はその制約は存在しない筈だ。

 ミコやピエールからメルトを離すことになる。

 そして、どうやら今はカズラの観測が此方に向いていないらしい。作戦開始前に危惧していた事態だろう。

 それらを考慮しても――メルトが傍にいないというのはこの上ない不安だった。

 自分が自分でないかのように、存在が激しく揺らぐ。

 だから、躊躇いはなかった。

「令呪をもって命ず。メルト、この場に」

 令呪が膨大な魔力を発露させる。

 今度こそ、命令は絶対的なものとなり、メルトの召喚は完了される。

 それが、マスターの証であるこの刻印の力。

 ――――だからこそ、何を成すこともなく消えていく令呪が信じられなかった。

「…………え?」

 令呪は確かに使用された。

 しかし、周囲を見渡しても、メルトの姿はない。

 僕の様子を怪訝そうに眺める沖田と土方がいるだけ。

 この近辺に新たなサーヴァントが現れた気配もない。

「……なんで」

 また数を減らし、残り一画となった令呪。

 最早感じた事のないほどの焦りしかなかった。

 考える間もなく、最後の令呪に魔力を込めていたのを――

「そこまでです。なんだか知りませんが、落ち着いてください。目の前でとんでもないもの無駄遣いするのは見逃せませんよ」

 ――沖田にその手を掴まれてから、ようやく気付いた。

「一回駄目でもう一回ってのは悪くねえが、そこまで無意味ならやらねえ方がいい」

「いや、だけど……」

「焦った奴から死んでいくのは世の道理だ。絶対命令の無効化か……大方、術懐辺りに魅入られたな」

 術懐地獄――七つのクラスにそれぞれ据えられた地獄の中で、キャスターに位置するサーヴァント。

 気付かないうちに、僕はその術中に嵌っていたらしい。

 そんな兆しはなかった。だが、現として令呪の効果は発揮されない。

 使用を無効化するという単純なものではない。使用した上でその効力のみを無に帰す、より難解な術理だ。

「とりあえず、今貴方のサーヴァントを此処に呼ぶのは諦めてください」

「だけど……」

「ソイツが駄目なら足使って自分で探せ。近いか遠いかの差だろうが」

 傍に当たり前のようにいる存在がここにいない。

 粉々になりかけた理性が、土方の言葉で繋ぎ止められる。

「恐らくですが、此処は今この世界で一番安全な場所です。一旦、気持ちを落ち着けるには最適の場所ですよ」

「……ああ」

 本当なら、今すぐメルトを探しに行きたい。

 だが、今一人で飛び出しても、地獄らの格好の獲物となるだけだ。

 痛みを通り越す程に強く唇を噛み、衝動を抑える。

 暫くそれを続け、ようやく、その選択を選ぶことができた。

「……ごめん。ありがとう二人とも。少しの間、世話になる」

「ふん。言っておくが、此処にいる以上仕事はしてもらう。役に立たなきゃ食いはぐれる。それだけは頭に叩き込んどけ」

「まあ、マスターとしての能力があれば役目には困らないと思いますけどね。――ようこそ、新選組へ」

 周囲にある他となんら変わらない小屋。

 唯一違う点と言えば、小屋の前に立ててあるそれ。

 そこが自分たちの拠点であるということを一切隠さない、隠してはならない証明。

 誠の一字を掲げた旗。

 彼らの信念そのものとも言えるそれの傍を通り、この時代において味方をしてくれるサーヴァントたちのいる新選組の屯所へと入る。

 

 

 先程から、中から喧噪は聞こえていた。

 何をしているのだろうとは思っていたが、正直なところ、予想外の要素しかなかった。

「丁半コマ揃いました、勝負」

「ぬはははは! また勝ちじゃな! ノッブ無双止まらぬわ!」

「む、むぅ……! どうしたというのだ私の幸運!」

「いや、アンタもそれなりに勝ってんじゃん……」

「ぶっちゃけ半々だし、全員勝ち数そんなに変わらねえしな……」

 ……丁半賭博という賭け事がある。

 簡単に言えば、二つのサイコロの出目の和を予想し、奇数か偶数かで賭けるゲームだ。

 その、江戸時代も半ばに成立したと言われる賭け事に興じる、未来に生きる者たちが屯しているとは。

「お。そーちゃんにヒッジ、おかー。丁半やってるけどどうする?」

「此処は賭場じゃねえ。人が外出てる時に何してんだお前ら」

 本来のもの程大きなものではない、即席で作られた盆茣蓙を囲む五人。

 そのうち一人は――知った顔だった。

「――白斗殿!」

「牛若――?」

 見違えようのない、要所のみに纏う鎧姿の少女。

 長い黒髪を横で一つに纏めた彼女は、二つ目の特異点で力を借りたサーヴァント。

 ああ――別れの時、確かに言っていた。

 “次は……そうですね。やはり日本が良い。戦い慣れた土地であれば、私も本領が発揮できるというもの”

 あの時の言葉通り、彼女は今一度、日本を舞台に召喚に応じてくれたのだ。

「またお会いできるとは! 壮健でしたか?」

「ああ……牛若は、記憶は引き継いでいるのか」

「はい。あの時の退去より、地続きの召喚のようです」

 牛若は盆茣蓙から離れ、走り寄ってきた。

 彼女は以前の記憶を持ったままの状態らしい。

 彼女の存在で、幾分気は楽になった。既知の仲がいるというのは、それだけで心強い。

「おや、メルト殿の姿が見えないようですが……」

「……少し、離れている。この時代の何処かにはいるんだけど」

「……そうですか。どうか気を落とさぬよう。此度の戦場においても、私の可能な限り手を貸しましょう」

 頼りになる笑みで、牛若は言った。

 地獄に仏、ともいうべき、途轍もなくありがたい助力だった。

「なんじゃ、牛若の知り合いか。また珍妙な成りじゃな」

 ――サーヴァントのみならず、人間もこの場にはいた。

 強大な力を持つサーヴァントたちに囲まれていながら、彼らに一切劣らぬ存在感を有する女性。

 珍妙な成り、とは言うが彼女もいい勝負だ。時代を超えた英霊ならまだしも、この時代の人間で近代の軍服に身を包んでいるなど、浮いているというレベルではないように見える。

「ああ、白斗殿。紹介しましょう。身の上としてはやや気に入らぬところはありますが、この時代に残る、守るべき楔――即ち、織田 信長です」

「……は?」

 この場の生者という時点で、只者ではないだろうという予感はあった。

 だが牛若の口から飛び出した名は、その予感のかなり上を行っていた。

 信長、と呼ばれた女性は、それが間違いないと言うように獰猛に笑った。

「白斗、と言ったな。わしが第六天魔王・織田 信長。未だ生き汚くこの地に在って、小賢しい地獄共に抗っておる」

 織田 信長。この時代においてまずはじめに名が挙がるであろう、戦国の風雲児。

 三英傑の一人に数えられる大英雄。

 ここにいる牛若を好例として、男性として伝えられている英雄が女性であったというのは何度か見たことだ。

 だが、やはりその衝撃は大きい。かの魔王と恐れられた信長もまた、そうした存在だったとは。

「ん? なんじゃその顔。ああ、この装束か。洒落てるじゃろ」

「え、あぁ……」

「南蛮の戦装束らしい。鈴鹿が用意してくれてな」

「ノッブなら似合うと思ってたし。いいね、ゴールデンも似合ってるじゃん」

「おうよ。サンキューなベルディアー。アンタの仕立てた服、どれもこれも超クールじゃねえの」

 ……あの軍服は、どうやらサーヴァントの少女が用意したものらしい。

 小屋の中に集まっていたサーヴァントは、牛若を除きやけに時代錯誤な服装だった。

 一人、女性の方は、言うなれば女子高生のような白いブラウスと緋色のミニスカートという制服姿。

 胸元にはスカートと同じ色のリボンがあしらわれ、己が生きた時代とは異なるだろう異装を見事に着こなしている。

 そしてもう一人、男性の方は、僕たちの生きる時代からしてもやや浮く姿。

 服装としては地味ながら、装飾として身に付けている金のベルトや大小さまざまなアクセサリー。

 それらをはち切れんばかりの筋肉の上に着こなす、金のおかっぱ頭の男性。

 目元を隠すサングラスも相まって、マフィアか何かのような印象を受ける。

「で、アンタは人間? この時代の、じゃなさそうだけど」

「ああ。この時代の異変を払うために、未来から来た。紫藤 白斗だ」

「ほう、時を渡ったとな。なんじゃそれ、詳しく! もしかして料理人だったりするのか!?」

 信長が目新しいもの、珍しいものを好むというのは、歴史でもよく伝わっている。

 時代を渡るという技術は、彼女からしても見逃せないものなのだろう。

 ……何故料理人という予想に至ったのかは分からないが。

「ノッブ、ステイだし。まずは自己紹介。そーちゃん、新しい仲間なんでしょ?」

「はい。自分のサーヴァントとはぐれたとかで、匿ったと言った方が正しいかもですけど」

「ふーん。んじゃ、マスターなワケ。私は鈴鹿。よろしくっしょ」

「鈴鹿……鈴鹿御前?」

「そ。クラスはセイバー。そーちゃんと同じ」

 鈴鹿御前――立烏帽子の女剣士。

 坂上田村麻呂と共に数多の冒険を繰り広げ、多くの鬼を退治したという伝説の女性だ。

 悪路の高丸、大獄丸といった多くの名のある鬼を退治した、日本屈指の鬼退治のエキスパート。

 その出自にしてはやけに軽薄な印象を受けるが……まあ、似たような性質の知り合いもいる。サーヴァントとは、そういうものなのだろう。

「んじゃ、次はオレっちだな。つっても、この姿を見りゃ一目瞭然だろ? 英霊になって得た知識じゃ、先の世じゃ御伽噺になってるって話だしな」

 自信満々に胸を叩く男性。

 だが……その姿を見ても、ピンとくる真名など一つもない。

 先程鈴鹿に呼ばれていた名は……確かゴールデンだったか。うん、駄目だ。知識を漁ってみても、そんな名前の英霊は知らない。

「……ごめん。まったく分からない」

「んなっ……ソー・バッドじゃん……オレって知名度低かったりすんのか……?」

「いや、普通出てこないって」

 かなりショックを受けてしまった様子の男性に、鈴鹿は苦笑する。

 どうやら、彼もまたかなり近代に染まっているらしい。真名に行き着かなくても仕方ないと思う。

「クソッタレ、ならしょうがねえ。耳かっぽじって聞きやがれ」

 しかし、すぐに気を取り直し、豪快に笑いながら男性は立ち上がった。

 床を砕かんばかりに力強く踏みしめ、出現させた己の得物を肩に叩き付ける。

 その得物もまた機械的だが――間違いない、斧だ。

「源頼光に集いし四天王、その一角。爆砕、黄金、怪力無双! バーサーカー、坂田 金時、ゴールデンたぁオレのことだぁッ!」

「――――」

 ああ――確かに知っている。日本であれば、知らない人間の方が少ないだろう。

 坂田 金時。今の名乗りにあったように、源頼光に仕えた頼光四天王の中で、随一の知名度を誇るだろう男。

 その伝説、その武勇は、『金太郎』という御伽噺として今も伝えられている。

「――知ってるか?」

「――知ってる。少し、いや、かなり驚いた」

「だろ。サインなら年中無休でオーケーだぜ。イングリッシュの筆記体も覚えてきたからよ」

 ……英霊としての知識に、多分に影響されてしまったらしい。

 ともあれ、彼は最早確認するまでもなく、強力な英霊だ。

 山姥と龍神の子であり、その証左か筋力値はA+というトップクラスの位置にある。

 彼をはじめとした四天王は主の源頼光共々平安において最強の神秘殺しだ。

 先程出会った殺爽地獄――酒呑童子を討伐したのも、彼だという。

「ま、よろしくなホワイト。いや、パープルのがいいか?」

「ホワ……い、いや、呼び方は任せる。よろしく、金時」

「ゴールデンだ」

「え?」

「ゴールデン。オレのことはそう呼んでくれ。名前が嫌いな訳じゃねえが、ほら、フィーリングだよ。魂の問題」

「あ……あぁ、すまない、ゴールデン」

「オーケーオーケー! ノリが良いじゃねえの兄弟!」

 斧を持つ反対の手で背中をバシバシと叩かれる。十二分に加減してくれているようだが、正直痛い。

 ――と、丁半賭博の進行係である中盆の役割をしていた少女と目が合う。

 黒い着物に黒い髪、ただし、髪は先端にいくにつれ白へと変色している。目元には深い隈の刻まれた、青白い肌色の少女。

 彼女は信長と同じ、人間だ。その存在感は、信長と比べるべくもないが……。

「……君は」

「……」

「む? 良いぞ、名乗っても」

 口を閉ざしていた少女は、信長に許可を受けると、丁寧に一礼した。

「……ナガレ、と申します。織田様に仕えております」

 ナガレ、そう聞いて、やはり思い当たる人物はいない。

 歴史に名を残すことはなかった、信長の配下の一人だろうか。

 彼女とも挨拶を交わす。そして――残るは一人。

 盆茣蓙を囲むことなく、信長の後方に控えていた男性。

 長い白髪の、彫りの深い顔立ちの青年。

 黒地に暗い赤で炎が象られた着物は逆に不自然なほどに彼に似合っている。

「ほれ。お主も名乗らぬか」

「……は」

 僅か、その目が此方に向けられる。

 感情の見えない瞳。炎に晒されながら、熱を帯びない鉄のような印象を受ける。

 その第一印象は、最初の特異点で出会った鉄の忠臣、アグラヴェインを思わせた。

 ――だが、彼の名を聞いた瞬間、思考は真っ白になる。

 何故ならば。

 

「――私は、明智 光秀。信長様の臣下にございます」

 

 ――彼こそ、信長の天下に届かんとした覇道に終点を刻んだ男だったのだから。




新キャラ大勢でお送りしました。
此度のメイン(予定)のノッブ、そしてゴールデンと鈴鹿。
更に二章より続投の牛若。おまけにオリキャラとなるナガレ、そしてミッチーの登場です。よろしくお願いします。
ナガレのイメージとして近いのは某6th。オカルトマニアちゃんやらも入ってます。

さて、ハクは令呪を更に消費。順調にメルトがいないことで冷静さを欠いています。
さあもっと苦しめ。


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第三夜『逢はむ日をその日と知らず常闇に』

何があろうともメルトの誕生日に更新する。
無事五年目も達成しました。一体何年続けるんでしょうね。
ちなみに「次の更新は4月9日にしよう。余裕もあるし」って思って執筆サボってたら割と危なかったです。

ところでカドックくんとアナスタシアについて(ry


 

 

 空の色は変わらず、時計もない。

 時間を把握しているだろうカズラの通信も無い以上、時間の経過は僕自身の感覚でしかない。

 この新選組の屯所に訪れてある程度。多分、日が変わって、暫く経ったと思う。

 敵対していない者たちといることで、随分と落ち着くことができた。

 少なくとも、二画の令呪使用を早計だったと考えられるくらいには。

 この時代の状況も、彼女たちから詳しく聞けた。

 地獄たちが出現し、京の都が炎に包まれたのは、信長が上洛したその日とのことだ。

 引き連れていたのは僅かな小姓のみであり、有力な臣下は殆ど連れてきていないらしい。

 京の外とは隔絶された巨大な箱庭。

 その中で、民は日毎に殺され、失踪し、数を減らしている。

 聞くところによると、かの地獄たちを討滅すべく、信長はすぐに動き出したという。

 そして、発見したのがアーチャー――弓境地獄。

 しかし捕捉する前に彼女が引き連れていた小姓は殆どが撃ち抜かれ――最早これまで、そんな諦観が脳裏を過ぎった時、現れたのが、サーヴァント。

 坂田 金時と鈴鹿御前。

 彼らの助力により弓境地獄は討たれ、その成果を以て信長は地獄たちに宣戦布告を出した。

 それから数日。

 沖田ら新選組を発見し、サーヴァントの力こそ地獄に対して有効だと判断した信長は彼らの屯所を根城とした。

 そして、京を守るべく召喚された牛若が参じ、今の時代に生きる信長をトップとした対地獄連合が結成された。

 残る地獄は六騎。真名が分かっているのは、僕の前に現れた二人と、地獄らと袂を分かった天国のみ。

 敵となるのは茨木童子と酒呑童子。ともに京の都を荒らしまわった鬼の首魁。

 あのキャスター・ナルが術懐地獄ではないのだとすれば、あと三騎の真名不明の地獄がいる。

 ブリテンでの戦いのように、敵ははっきりしている。

 だが――状況としては、紛れもなくこれまでで最悪だと言っていい。

 他のマスターと離れ、カズラの通信も届かず、何より、メルトが傍にいない。

 出来るだけ、その事実を考えないようにしていた。

 だが、何もしていない時、じわりと思考を蝕んでいく。

 他の何を考えていても、薄墨色の空が誘うように、当たり前に辿り着く終着駅。

 呼吸が荒くなるのを自覚する。それに伴って、今、視界に何が映っているか分からなくなる。

 目を擦る。視界を取り戻し――燃え盛る世界を見た。

 ああ、外に出ていたのか。

 無自覚のうちに小屋を出ていたらしい。

 ……あまり、この景色を見ていたくない。

 大悪の自覚はない。世界が焼ける光景を、良く思える筈がない。

 一瞬一瞬で焼却へと進む世界を実感する程に、頭が締め上げられるように痛くなる。

 更に、呼吸は荒くなる。息を吸う度に、胸に痛みが走る。

 どうしてこんなにも、体調が悪いのだろうと考えて――ようやく、節々の痛覚すら刺激されていることを知った。

 その痛み、体の異常一つ一つが、脳を溶かしていく。

 動悸の音が鼓膜を裂かんばかりに大きくなる。

 不味い――本能的にそう感じ、一つでもその痛みを減らすべく、咄嗟に息を止めた瞬間、

「――――――――ッ!」

 体の内から喉を通って、何かが口から零れ出てきた。

「っ、が……ぁ……」

 この時代で摂った食事が否定され、地面にぶちまけられる。

 ここまで不快なものだったのか、と下らない感慨を抱いた。

 醜態を嘲笑うように、痛みはより一層増していく。

 不安の連鎖に押し潰される――この場で舌を噛み切れば、この苦痛は終わるのだろうか――

「白斗殿!」

「ッ――」

 ――自身の名を呼ぶ声で、我に返る。

 今感じていた不快感の全てが、嘘のように消滅した。

「――――牛若」

「白斗殿、気を確かに。呼吸を意識して、目は瞑らず、此方に」

 牛若の手が頬に添えられ、首を動かされる。

「……良くないものに憑かれていますね。この時代に来てから一体、何があったのですか」

 先程の、「死んでも構わない」と思えるような苦痛は、牛若がこの場からいなくなれば、また襲ってくる。

 それは予感ではなく確信だった。

 ひとまず、今は彼女から離れない方が良い。

 精神を落ち着かせるためにも、ゆっくり、振り返るように牛若に経緯を話す。

「……迂闊、ですね」

「――あぁ。わかってる」

「聞く限りでは、此度の一件はメルト殿に非はありません。白斗殿が軽率に、メルト殿が咄嗟に守れぬ状況に踏み入ったことが原因です」

 こうして、他者の言葉として聞くと、己の愚かさがより浮彫になる。

 全て、僕の自業自得だ。

「……いいえ、私が責めるのは相応しくありませんね。しかし……術懐に魅入られたとして、それは一体いつなのか……」

 ――今のもまた、術懐地獄の仕業なのだろうか。

 そうなのだとしたら、出会ったと思われる場所はたった一つ。

「その、地獄の根城たる山ですね。そこに術懐が潜んでいたと」

「ああ」

「確かに、そう見るのが妥当でしょう。山一つが術懐の陣地と見て良いかもしれませんね」

 あの山では、術懐地獄と名乗るサーヴァントには出会っていない。

 だが、此方の様子を伺っていた可能性は十分にあり得る。

 此方に悟られないうちに、何らかの呪いを掛けていた、と。

「……暫く――少なくとも、メルト殿と合流するまで、私が傍に付きましょう。我が刀は退魔の一振り。多少はその呪いも進行を緩めるかと」

 ――確かに、今は呼吸も動悸も落ち着いている。

 信頼し得る存在が近くにいるということもあるが、彼女の刀も効力を発揮しているようだ。

 今の僕は、あまりにも非力だ。「引き立てるべき存在」すらもいない今、誰かに頼る事しかできない。

「……ごめん、牛若。暫くの間、頼んでも良いかな」

「承りました。これもまた縁のうち。よろしくお願いします、白斗殿」

 焦燥は、いつしか治まっていた。

 早くメルトに会いたい。それは変わらない。

 だが、牛若や信長――ここで出会った者たちと協力していれば、必ず再会できる。

 心強い味方に出会うことが出来た――そう、ポジティブに考えていこう。

「……うん。少し、顔色が良くなりましたね」

「そう、なのか。牛若のおかげだよ。ありがとう」

「はい。それでは、もう少し休まれては? 朝も知れぬ世界ではありますが、それでも睡眠は必要です」

「……眠れる、かな」

「メルト殿の為にも、休んでください。再会した時にやつれていてはメルト殿も心配しましょう」

 体調は良くなった。後は眠れるかどうか、だった。

 だが……そうだ。あまり無理をした状態で再会しても、余計な心配を掛けるだけだ。

 その辺りの心遣いまでしてくれた牛若に感謝しつつ、小屋に戻る。

 それから、意識を手放すまでそう時間は掛からなかった。

 微睡みに揺れる中で、ふと、

 ――メルトは、大丈夫だろうか。

 そんな、懸念があった。

 

 

 +

 

 

「っ……っ……」

 咳き込むという経験は、あまりなかった。

 どうも、ハクと離れた辺りから胸の絞まるような感覚に襲われている。

 体の内側を這うような、不愉快極まりない感覚――もしかしたら感じ取れていないだけで、感覚の薄い部分もまた同じ“何か”に干渉されているのかもしれない。

 他人から干渉されるのは嫌いだ。吸収の対象でもないものが、肉の内にまで入り込んでくるような不躾な干渉など、そもそもたった一人にしか許していない。

 ――その、唯一の例外が今、傍にはいない。

 その事実が、一秒ごとに私の精神を蝕んでいく。

 飛び出したい。今すぐにでも、ハクを探しに行きたい。

「……っ、で、どうなってるのよ、カズラ」

『呪い、ですね。それも、体に浸透してから発現するタイプです。対魔力が効果を成さない、呪術の類と思われますが……』

「随分、性質の悪い呪いね……」

 気付かない間に、何かしらの呪いを受けていたらしい。

 タマモが扱うそれのように、呪術の類が発生させるのは物理現象だ。

 月での権限から、私はある程度のランクの対魔力を獲得した上で地上に降りた。

 しかし呪術の影響は対魔力を貫通する。

 この体の不調がその呪いによるもの。そして、私が受けているならば――

「……カズラ。ハクの状態は?」

 ハクが同じものを受けている可能性もある。

『…………分かりません。観測不可能な場所にいるみたいで』

「……生きては、いるのよね?」

『はい。それは間違いなく。メルト、貴女とのパスも繋がっているでしょう?』

「……ええ」

 ――契約は、続いている。魔力も問題なく

 だが、それは安心感に繋がることではない。

 ハクはサーヴァントに連れ去られた。状況からして、間違いなく敵。

 そのうえで生きているということは、或いは――死ぬ以上の何かに晒されているかもしれない。

 ハクとあのサーヴァントを追ったものの、炎の中で追うのは、すぐに限界が訪れた。

 速度としては私の方が速い。だが、地理を把握してかつ逃げ上手らしいあのサーヴァントが上を行った。

 何をされているか分からない。カズラに諭され、一旦追跡は中断し、天国の小屋に戻ったものの――焦りはつのる。

 ――――。

「……カズラ。コレ、治せない? 思考が阻害されて、鬱陶しくてならないわ」

『……簡易的な洗浄プログラムを構築しました。今送ります』

 恐らくは、何かをトリガーとして悪影響を及ぼす類の呪い。

 そのトリガーが何なのかはともかく、今その条件を成立させているようで、邪魔で仕方がない。

 カズラが送ってきたプログラムを実行する。体内の洗浄(ウイルスチェック)――カズラが自身の専門分野として有する能力。

 体全体から不浄物が洗い出される。だが、不快感が抜けることはない。

『結果、返ってきました。……状態に変化はありません。今すぐの治療は、駄目みたいです』

「そう……ハクも同じ状態になってたり、しないわよね」

『……精神的な干渉です。同じものだとすれば、ハクトさんなら――』

「……どうかしらね」

 ハクの精神は強い。それは確かだ。

 だが、それは私が傍にいてこそのもの。

 自惚れではなく、紛れもない事実。

 私たちが生きてきたのは、小さな月の世界だ。私とハクが離れることは、あまりなかった。

 ハクの自我が目覚めた瞬間から、私は共にいた。

 私の傍で成長してきた彼のことだからこそ、私は分かっている。

 ――――ハクは、完全に私に依存してしまっている。

 あの強さ、頑なさは、私が在ってこそだ。

 私がいなくなった時、ハクはただの人間よりも弱くなる。

 彼の強さの本質を知ってしまっているからこそ、今の状況はあまりにも悪い。

「ッ――――」

 頭痛を覚えた。

 感じたこともない不快な感覚に、唇をかみしめる。

 それで上書きされるような痛みなど感じないというのに、無意識のうちに。

『あ、メルト――』

「……」

 カズラの言葉で気付く。

 背後から近づいてきたサーヴァントに。

「交代の時間だ。休め」

「……後ろから近付いてくるの、やめてくれないかしら」

「お前が小屋に背を向けていただけに思えるがね」

 やってきたのは、同行していたアーチャーだ。

 周囲の警戒を順番に担当していたが、交代の時間が来たらしい。

「……随分と参っているな。サーヴァントが魔力以外の面でマスターに依存しても良いことなど無いと思うが」

「軽口を叩き合う気はないわ。余計な世話よ」

「その様子ならまだお前のマスターはまだ無事のようだな。何よりだ」

 ――このアーチャーは、一々癇に障る。

 見た目も、声も、それらから伝わってくる性質も、全てが腹立たしい。

「――しかしまあ、問題は此方か。サーヴァントがこの程度でここまで弱るようではな」

「……何ですって?」

「自分の状態も把握し切れていないと見える。それでは囮にもならん。いない方がマシな程だ」

 何を分かり切ったようなことを。

 衝動的に、背後の男に殺意を覚えた。

 気付けば脚を振るった後で――

「ふん――」

「ッ!?」

 片手で弾かれただけでバランスを崩した自分が、信じられなかった。

 そこから立て直すなど、セラフで生成した最弱のエネミーを蹴散らすよりも簡単な筈なのに。

 たたらを踏んで、それで安定することさえなく、支える者もいない。

 ゆえに――――転ぶというのは、生まれて初めてのことだった。

『…………え?』

 カズラの困惑以上に、私も、何が起きたか分からなかった。

 何故自分は地面に崩れ落ちているのか。

 ただ一撃防がれた程度で、私がバランスを崩すなどあり得ない。

「足の腱を切った――いや、ヒールが折れたといったところか。憐れだな。自分の依存度にも気付かないなんて」

 ニヒルに、皮肉げに笑うアーチャーの言葉の意味を、暫し考えた。

 私がハクに依存している――ああ、それは自覚している。

 だけど、それでも戦いに支障が出るなんてことは無かった筈だ。

 だって、存り方からして、私はプリマだった。

 誰かが引き立てる必要もなく、始めから私は輝いていた。

 ハクがいることで、完全(100)であった私は二倍にも三倍にも輝く。

 だけどハクがいない状況であっても、完全(100)より落ちることなどことなどない筈なのだ。

 それが――いつの間にか、堕落していたとでもいうのか。

「……」

「二人で完璧というのも効率が悪いな。離れた傍からこれだ。こうして特異点に関わってみれば、マスターありきのサーヴァントとはデメリットしか感じられないな」

 ――立つことは、出来る。

 歩くことも、出来る。

 だけど、戦えない。体から、その機能が消失したように。

 ――誰のために戦うのか。

 ――誰のために舞うのか。

 気付けば上書きされていた己の価値観に気付き、しかしそれを否定することもできず。

 私から視線を外し、周囲の警戒を始めるアーチャーの背中を前に、私は呆然と立ち尽くしていた。




悶々とする――を十歩ほど行き過ぎた二人の視点でお送りしました。
EXTRA編以来のメルト視点だったりするかもしれません。
十年間でより熟成された二人の不完全さ。
いやあ、主要人物の苦しみを書くのは楽しいですね。

二人のステータスには呪い状態が追加。
ここにきてボブが微妙に書きにくいことに気付く。


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第三夜『朧気に見ゆ朔の槍』

(サリ)エリちゃんを狙ったら先に雷帝がお出ましになる現象。


 

 

 ――白斗様。白斗様。

 

 体が揺さぶられ、意識を取り戻すと同時、無機質ながら落ち着く声が聞こえてきた。

 先日、精神的に大きな負担が掛かっていたせいか。

 なんだか、久しぶりによく眠れたという充足感を以て、目は覚めた。

 僕を揺さぶっていたのは、昨日出会った、黒と白の入り混じる少女。

「――ナガレ」

「はい。おはようございます、白斗様。よく眠れましたか?」

「ああ――そういう君は……」

「私は、問題ありません。元より、普通の人ほど睡眠を必要としない身でして」

 少女――ナガレに刻まれた隈は、とても充実した睡眠を取れているとは思えないほど深い。

 一体何夜寝ずに貫徹すれば、ここまでになるのか。そう考えてしまうほどに。

「目覚めたか。ある程度吹っ切れたようじゃな」

 今の声の主、信長は囲炉裏の前に胡坐をかき、火箸で炭をつついていた。

「何が原因かなど知らんが、昨晩までのお主は随分と死にそうな顔をしておった。大した問題ではなかったか?」

「大した問題ではあるけど……貴女の言う通り、ある程度は吹っ切れた。牛若のおかげだ」

「そうか。あ奴にも他人の心配が出来たのじゃな。あ奴ほど人の心が分からん者もいないと思っていたが」

 信長の言葉に返しつつも起き上がり、辺りを見渡す。

 彼女と、ナガレの他には、小屋の入り口で外を見ながら立つ明智 光秀。

 彼は刀に手を添え、いつでも抜ける状態だった。

 何より、小屋の中にはサーヴァントがいない。尋常ならざる事態であることは明らかだった。

「……何が起きているんだ?」

「英霊の影の襲撃じゃ。これで四騎目じゃったか。毎日毎日、ご苦労なことじゃ」

「ッ、シャドウサーヴァント――!?」

 なんじゃ、アレそんな名前なのか、と呑気に言う信長だが、事は軽いものではない。

 襲撃というからには、ほぼ間違いなく地獄の手先。

 自分たちに抗う者たちを殲滅せんと、ここに送り込んでいるのだろう。

「落ち着け。所詮は一騎、数じゃ負けん。戦と見るのは増援を悟ってからじゃ」

 更に増えることはない――それは、信長が培った戦術眼によるものか。

 相手は本来のサーヴァントには及ばない影。であれば、サーヴァント五騎という過剰な戦力でもって相手をしている以上、予想外など滅多なことでは起こりえない、と。

「ま、それはそれとしてお主も惰眠を貪るだけでは持て余すじゃろ。ほれ、わしにその力、示してみよ」

「……そういうことなら」

 僕の力を試したい、ということらしい。

 そういうことならば、構わない。

 メルトがいない以上普段のような戦い方は出来ないが、それでもマスターとして最低限の役割ならこなせる。

 それを以てサーヴァントたちをサポートすることならば可能だ。

「……お気をつけて。どうやら此度の影、これまでの輩とは違うようです」

「……わかった」

 ナガレの警告を聞き、気を引き締める。

 影とはいえ相手は英霊。決して油断できる存在ではない。

 準備運動のように、魔術回路に魔術を流す。

 不調は見られない。術式の構築、発動も可能。

 ただ一つ、傍にいる筈の人はいない。その事実を考えた一瞬で再び襲う黒い靄を――首を振るって取り払う。

 今はそのことを気にかけてはいけない。自業自得の代償は、戦いの結果を以て支払おう。

「――貴方も、出るのですか」

 小屋の入り口まで歩くと、外を見ていた光秀が僅か視線を此方に向け、問うてきた。

 頷く。無言のままの返答に、光秀は鉄のような冷たい目はそのままに、頷き返してきた。

「よろしくお願いします。私には、あの影に抗う力はありませぬゆえ」

「僕も同じだ。だからこそ、補助を精一杯努めさせてもらう」

「……蛮勇、ではないようですね。己の役目を熟知している、それならばよろしい。死兵の如き覚悟のみでは、あの影に太刀打ちできますまい」

 彼なりの、激励なのだろうか。

 凪のない海のように、その性質は穏やかだ。しかし、目はそれとは違う冷たさの鉄そのもの。

 纏う業火の如き着物――彼を構成する全てはチグハグで、何処までも歪だった。

 ただ、主君への忠誠がそれらを縫い留め、辛うじて人の形を保っているような異質さ。

 たった一晩だが、それだけで分かった。彼の信長への忠誠は、紛れもなく本物だ。

 だからこそ、信じられなかった。彼がこの年、信長を討つべく蜂起するなどと。

 ――ともあれ、今はそれ以前の問題だ。

 地獄たちをどうにかしなければ、その“正しい歴史”さえ迎えることなく、時代は終わってしまう。

 それは決して許容できない。

 シャドウサーヴァントの打倒も、解決のための一歩になるだろう。

 光秀の眼前を通り抜け、外へ出る。

 当たり前のように、視界は火炎の世界へと移り変わった。

 

 

 以前サクラから聞いた情報によれば、シャドウサーヴァントとはサーヴァントの召喚不備により不完全な状態で現界したモノである。

 その実態を、僕は二つ目の特異点で何度か体感した。

 低いランクの魔獣らとは比べ物にならないが、それでもサーヴァントには到底及ばない、中の上ランクのエネミー。

 ある程度成功に近い形で召喚されようとも、戦闘能力はサーヴァントの六割にも満たないだろう。

 そこに戦法や能力による相性や細部を視認しにくいというアドバンテージも加味して、ようやく通常のサーヴァントと拮抗できるかどうか。

 それが、“通常のシャドウサーヴァント”であるはずだ。

 しかし、目の前の戦闘に参じている影は、それとは違った。

「オラァッ!」

 剣戟の合間に放たれた土方の銃弾を、真正面から突くことで粉砕する。

「そこ!」

 突き出された得物を引き戻すことなく、手首の動きだけで取り回し沖田の追撃を防御する。

「■■■、■■■■! ■■■■■■■■■■■■■!」

 ――その咆哮は、意志の見えないものではなかった。

 何を言っているのかは判然としない。だが、明確な意味があることだけは分かる。

 理性を奪われたバーサーカーではない。確たる意志を持ち、しかし言語能力を失った影だった。

 輪郭のぼやけた影。その得物は細長い槍に見える。正常な形で召喚されれば、ランサーとなる筈だったサーヴァントか。

 牛若の刺突、金時の力押し、そして鈴鹿の三本の刀による不意打ちを遍く対処し、それでもその体勢は崩れない。

 金時と鈴鹿が此方に気づき、下がってくる。

「よォ、おはようさんホワイト。よく眠れたか?」

「ああ――ところで、アレは……」

「ここ最近やたら出てくるモンスターマシンさ。それも今回はイかれた馬力だけが自慢の奴じゃねえ。とびっきりのテクニシャンじゃん?」

 二人を回復しつつ、戦場を観察する。

 敵は防御が主体――という訳でもなさそうだ。

 牛若、沖田、土方の攻撃が止んだ僅かな隙にも攻撃を仕掛けている。

 敵も味方もダメージは大きいものではない。しかし決定打にはならないものの、皆には小さな傷が散見された。

「今までに戦った影とは、違うのか?」

「まあ、根本的には今までと一緒って感じ? ただひたすら、宝具をぶっぱするだけ」

「それがビームでもゴリ押しでもねえ、喧嘩の順応性を高めるってのが違う点だ。し合う分には悪くねえが、如何せん攻めづらいのなんのってな!」

 そうか……あの影は、宝具を使用している状態らしい。

 これまで彼らが戦ってきたシャドウサーヴァントは、一撃必殺、その使用で戦局を変えうる高威力の宝具を所有していた。

 しかし今回はそれらとは違う。自身の強化を主体とした、長期的な視点で自身に有利を齎すタイプの宝具。

 それにより、まったく戦い方の異なる五人のサーヴァント、それぞれの戦法に順応し、最適解を叩き出す。

 或いは全てを躱したその先のカウンターこそが真価なのかもしれないが――そこまで繋げられないのはやはり数の差か。

 この数ならば負けることはなくても、非常に攻めにくい難敵となっているらしい。

「ともかく! あんたマスターでしょ? なら手伝って! 五人がダメでも六人ならってね!」

 得物を持ち直し、再び二人は影へと向かっていく。

「お前ら、ホワイトが来たぜ! 攻め時だ!」

 まずは牛若、沖田、土方の回復。

 ダメージは少なくとも、それが後々に響く可能性はゼロではない。

 続けて敏捷と筋力。各サーヴァントの、劣るステータスを主体として補っていく。

 筋力が高ければ、あの防御を打ち崩せるかもしれない。

 敏捷が高ければ、戦闘において打てる策が増える。

 変化した戦法、増えた手数にも、影は対応する。

 それでも、いずれ限界は訪れよう。

 マスターによる補佐の役割は、その戦いによって異なる。

 此度の場合は、五では攻めきれなかったゆえに、その数を六、七と増やしていくこと。

 複数のサーヴァントを補佐するならば、そこにサーヴァントが更に一人増えるよりも大きな役割をこなすこと。

 そして何より、これはどんな時でもマスターとして当然の仕事――短所を補い、長所をより伸ばすことで活路を切り開くこと。

「――■■■■、■■■■■■■■!」

 影の槍が此方に向けられる。

 弱い者から仕留めた方が良いと判断したのか、それとも、マスターという存在を認識したのか。

 向かってくることを悟り、弾丸を射出する。

 それは時間稼ぎにもならないが――突撃を未然に防ぐには十分すぎる隙だ。

「ふっ!」

「そら!」

 沖田の迅速と、鈴鹿の特殊な手数。

 此方に向かってくる槍はなくなった。あの影に、ペースは握らせない。

「白斗殿、これならば押し切れます!」

「ああ――頼む、牛若!」

 跳躍からの振り下ろし。それもまた、影にとっては防げる一撃でしかないだろう。

 ならば、僕はそれを決定的なものにする。

強化(フォルテ)!」

「■■!?」

 魔力の消費量こそ増えるものの、瞬間的な能力を飛躍的に上昇させる独自の強化術式。

 使いどころを誤れば魔力を無駄にするだけだが、相手の不意を打つには大きな力を発揮する。

 小柄な牛若の一撃は地すら割るほどの威力となり、これまでと同じものと踏んでいた影の防御を打ち崩した。

 そこにすかさず、土方と金時の斬撃が叩き込まれる。

 それまで槍によって受け流す、いなすなど、小さな動きで対応していた影は、ここにきて大きく動いた。

 大柄な金時の懐を潜り抜けるように追撃を回避し、己にとっての活路を見出す。

 槍の投擲――影にとっては本来あり得ぬ戦法のようで、威力こそ伴っていない。

 だが人間一人貫くには十分すぎる――僕に向かって放たれた槍は、しかし届くことはなかった。

 反撃を予期していたのか、いつの間にか前に立っていた沖田が刀の一振りで槍を弾く。

 それは影も分かっていたのだろう。既に弾いた先に駆けていた影は槍を受け止め、追撃に移行する。

 影にとっては、これはようやく見出した勝ちの目。

 この時、完全に僕に狙いを定めたあの影は、誰の敏捷を以てしても追いつけまい。

 それでも、大丈夫だという信頼があった。

 たった一人、沖田が前にいる。

 彼女の剣技ならば、渾身の一撃も防げよう。

 一撃さえ凌げば、後方のサーヴァントたちが影に追いつく時間は確保できる。

 迫る影、沖田はそれに対応すべく、腰を低くして構え――――

「――――――――ッ!」

「なっ――!?」

 突如大きく咳き込み、口から血を零しながら崩れた。

 何が起きたのか――一瞬、思考が途切れ、反射的に体が動いた。

 迎撃などままならない大きな隙。マスターよりサーヴァントのそれを突けるならば、それをしない手立てはない。

 影の標的が変わったこと。

 槍の軌道も計らないまま、沖田を突き飛ばす。

「っ、あ――――!」

 視界が一瞬真っ赤に染まるほどの激痛。

 槍は、縦に薙ぐように振り下ろされていた。

 その軌道から離れた沖田は両断されることなく――無傷に終わる。

 肉を断つべく力を込められた槍は勢いのまま大地に突き刺さり、影の戦はそこで終わった。

 誰よりも素早く、影の背後に迫った牛若の一太刀によって影の首は飛び、それで終点と存在は霧散して消失していく。

「……終わった、かな」

 周囲に敵性反応はない。新たなシャドウサーヴァントが発生するような気配もない。

 どうやら襲撃は一騎だけ。戦闘はこれで終了したとみても良いだろう。

「ケホ、ゴホッ……!」

「沖田!」

 戦闘が終わってなお、喀血する沖田に駆け寄る。

 回復術式でも、それが治まることはない。一体何が――

「白斗殿! まずは己の身の心配を!」

「っ……」

 気付いていない訳ではなかった。この鮮烈な痛みを、思考から切り離せよう筈もない。

 ただ、意識してしまうと気が狂いそうになるだけだ。

「……ぁ、貴方、腕……!」

 正直なところ、これは危ないなと思っていた。

 前腕の中ほど辺りから先が、無い。正確には、石ころのように地面に転がっている。

 シャドウサーヴァントの槍の凄まじい切れ味によって、真っ直ぐに断たれていた。

「馬鹿が……中に入るぞ。ナガレでどうにかならなきゃ、それで終わりだ」

 土方に担がれ、血を滴らせながらも小屋へと連れられる。

 黒いコートに赤が付着することに申し訳なさを感じつつ、ただなされるがままにする。

 痛みで途切れそうになる意識を繋ぎ止めることに精一杯で、何かをする余裕はなかった。




ハクのステータス:呪い・腕封じ(右)・サーヴァント無し・令呪一画
三章の頑張りっぷりは何だったのかレベルに踏んだり蹴ったりですねこの人。

シャドウサーヴァントさんはこの章にうってつけながらプロットにどうにも組み込めなかったプルガトリオの人です。
え? なんで段蔵は入ったのか?
いやまあ、ねえ?


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第三夜『白に添う花二つ』

今年中に五章くらいは終わりたいという目標があるのでそろそろ速度を上げていきたいです。


 

 

「あんた、相当の馬鹿でしょ」

 しゃがんで、膝に肘をつきつつ投げかけられた鈴鹿の呆れ声の問いに、返す言葉もなかった。

 咄嗟のこととはいえ、やはりサーヴァントを庇うという行動は、彼女たちからすると異常なのかもしれない。

 沖田一人の命を僕の腕一本で助けられたのならば幸運だ。そう自分を納得させていたが、どうやら彼女たちはそうもいかないらしい。

「……応急の措置ではありますが、止血は完了しました。ただ……」

「……ああ。わかってる。ありがとう、ナガレ」

 ナガレに施してもらった医療措置で、どうにか血は止まった。

 袖から断たれた服から、ナガレに見繕ってもらった(信長に強制されたとも言う)着物に着替え、一見ではその異常は気づかれにくくなったと思う。

 しかし、着物の袖を捲れば布で巻かれた腕。「そこから先がない」というのは、違和感の塊だった。

 指を動かす、手首を動かすと脳が信号を送っても、受け取る部位が存在しない。

 目の前に置かれた自分の手。自分から離れた、というだけでここまで不気味に感じるものだとは、思わなかった。

 ――助かったのは、ナガレが超常の術を備えていたがためだ。

 魔術とは違う。カテゴリーとしては、呪術や妖術に近いものだろうか。

「手の代わりは、すぐにはどうにもなりません……時間があれば、用意することも可能なのですが」

「いや、そこまでしてもらう訳にはいかないよ。多分、この特異点を解決した後には、どうにかなる」

 時間があればどうにかなるのか、と驚きつつも、首を振る。

 時代への記述の上書きという形で擬似的な肉体を構成している今はともかく、月に戻れば再生は叶う。

「まあ、なんだ。漢見せるのは良いけどよ、考えなしにやるもんじゃねえぜ?」

「その通り。メルト殿が見れば、なんと言うか……」

 ……確かに、あまりメルトに見られたいものでもない。

 そう考えると、どうにかしてこの腕を繋げられないものかとも思う。

 怒られるだけならばまだしも、怪我とかではなくここまでとなると、何が待っているかわからない。

「……ところで。そろそろ顔を上げてほしいんだけど」

「…………いえ、本っ当に、どうお詫びしていいものか……!」

 腕の違和感以上に、とある要因によってこの空間は非常に居心地の悪いものになっていた。

 床に手をつき、頭を下げる沖田。

 どうやら先程の一件を非常に重く受け止めてしまったらしい。

「僕は気にしてないから……」

「それでも! 腕一本を、私の不覚でなんて……!」

 ――沖田 総司。新撰組一番隊隊長。

 稀代の天才剣士と謳われた彼女だが、生前より重い病を患っていた。

 そしてサーヴァントとなったことで後世のイメージがよりその体質を強調し、強力なデメリットスキルと化しているとか。

 いつ発動するかも知れないそれは、本人にも予兆を悟られず唐突に襲い、あらゆる行動を中断せざるを得なくなる。

 更には急激なステータス低下。平時ならばともかく、先程のような戦いの場では致命的なデメリットだ。

 それが、不幸にもシャドウサーヴァントが最後の攻撃を決めんとするあの局面で発動した。

「飛び込んだ方も馬鹿だが、原因を見りゃこいつの落ち度だ。悪かった。それと、手前を顧みねえでこいつを助けてくれたことには礼を言う」

 土方もまた、小さく頭を下げてきた。

 二人には、借りと思われてしまっているらしい。

 しかし、自分の判断でやったことだ。お詫び、と言われても……。

「――沖田。お主がこ奴の腕になれば良い」

 どうするべきか、と思っていたところに口を挟んだのは、部屋の奥で火縄銃を手入れしていた信長だった。

 囲炉裏の灯りもさほど届かないやや暗がりで、強い眼光を放っている。

「……私が、紫藤さんを?」

「うむ。お主ほどの剣士はわしも今生見たことはない。腕一本の代わりくらい余裕じゃろ。まあ、今しがたのようなことがなければ、じゃが」

 正直なところ、無視できない問題ではあった。

 どちらが利き腕、と言えるほど、極端に片方が使いやすい訳ではない。

 それでも右手が遣えないというのは、戦闘にも支障が現れる。

 残り一画となった、メルトとの契約の証が失われるよりはまだ良かったと言えるが……。

「……土方さん」

「お前の誠はもう答え出してんだろ。そいつを折ったらそれこそお前じゃねえ」

 沖田の言わんとしていることを、土方は察している。

 己の選択に任せると、遠回しに許可を出した土方に、沖田は噴き出すように笑った。

「なんだよ」

「いえ。いつまで経っても土方さんは土方さんだなって」

「そりゃそうだろ。昨日と今日で変わってたまるか。人間変わろうと思っても変われる奴なんて一握りだ。変わろうと思ってねえ奴が変わる訳がねえ」

 堅牢なる信念。不変にして、不撓不屈の魂。

 きっと土方は、若年であった頃からこうだったのだろう。

 長きに渡り同じ時を過ごしたからこそ、沖田には分かっているようだった。

「という訳で、紫藤さん。貴方さえ良ければ、サーヴァント・セイバー、沖田 総司。この一時、貴方の右腕となりましょう」

「――ああ。よろしく、沖田」

 サーヴァントとしての契約ではない。

 口で交わしただけではあるが、沖田の頼りになる笑みは安心感を持たせる。

「無論、私もお忘れなく。メルト殿と再会するまでは、貴方を何としてでも守り抜かねばなりますまい」

 牛若は相も変わらず、僕に協力してくれる。

 幼いながら、その武芸は達人の遥か上にある。

 両者剣豪と呼べる使い手だ。心配ごとなど、自然と消えてしまうほどに。

「うわ、両手に花。やるじゃんあんた。ハーレム目指してる?」

「無い。断じて」

 素で感心した様子を見せられても困る。

 鈴鹿の苦笑と正反対に、金時は何やら神妙な表情だった。

「……? どうしたんだ?」

「あー……いや、うん。なんつーか、デジャヴっつーの? 他人の気がしねえっていうか」

「ゴールデンも? ヒッジもそうみたいだし、色男ばっかじゃん此処」

「誤解だぜ」

「誤解だ」

「何が悪い」

 否定二名、肯定一名。否定の説得力が急激に落ち、鈴鹿は溜息をついた。

「はれむ……でじゃぶ……南蛮語か。まあ話がついたのなら、早速良いかの? お主に命を出したいのじゃが」

「あ、ああ……すまない、大丈夫だよ」

 微妙な空気を悟ったのか、火縄銃を磨きつつ、信長が口を挟んできた。

 一刻も早くメルトを探しに行きたいが、手がかりは現状何もない。

 であれば、この時代において力を持つ彼女につく形で少しずつ情報を集めていくべきだ。

「うむ。昨晩ナガレがわしの近習から連絡を受け取っての。そ奴らと同じ只人でなき者を発見したとのことじゃ」

 彼女に従う側近――地獄と戦い、なお生き延びた者が、この京で奔走しているらしい。

 その中で、牛若たちのようなサーヴァントを見つけた、と。

「あ奴と合流し、その英霊に協力を取り付けてこい。渋るようなら屈服させよ。それを以て、お主をわしの力になれるもの、と認めてやる」

 時代に敵対する者であれば、生者を捕捉した時点で殺しているだろう。

 それをしないということは、少なくとも「この時代を破壊する英霊」として召喚されたのではない、と見ていい。

 月によって召喚されたサーヴァントか、それとも何らかのイレギュラーによって召喚された存在か。

 どちらにせよ、味方とすることは不可能ではないのだろう。

「場所は――」

「馬を使えばそう掛からぬ。幸い何処もかしこも焼け落ちて遮蔽物もなく、牛若が馬を持っておる。そして牛若も沖田も馬にも劣らぬ瞬足の持ち主。問題はなかろう?」

 ――要するに、とっとと行って戻ってこいと。

「ほれ、善は急げじゃ。はよう行け」

「っとと! わかった。すぐに出発する」

「何を驚いているか。火ィ点いてないじゃろ」

 催促するように銃口を向けてくる信長。

 その威力を発揮できない状態であるとしても、正直心臓に悪い。

 無言の非難に信長は何処吹く風という様子だった。

「……じゃあ、行こう。牛若、沖田」

「御意に」

「はい。お任せください」

「頑張れよ、ホワイト。南無八幡ってな」

 金時の激励や、手を振ってくる鈴鹿の応援を受け、出発する。

 ――この時、僕が抱いていた覚悟は精々が「新たな英霊に会う」くらいだった。

 この時代において、最上位に位置するイレギュラーが待ち受けることなど、悟れる筈もなかった。

 

 

 拠点としている小屋から牛若の太夫黒に乗って二時間ほどで、指定の場所には着いた。

 途中、天国たちのいた小屋を探したものの、辺りを見渡しても変わらない灼熱地獄。目印らしいものも見つけられなかった。

 そのほか、片手がないことで太夫黒を駆る牛若にしがみ付くことすらままならず、落馬して追走していた沖田に受け止められるという事態をはじめとして色々とあったが、どうにか辿り着いた。

「貴方たちが、信長様の遣いですね?」

 そこにいたのは、炎の地獄を地獄と感じさせないほどに美しい黒髪を伸ばした、一見して女性にも見える少年だった。

「私は森 蘭丸。信長様の近習を務めております」

 その名を聞き、驚愕と共に納得した。

 森 蘭丸。信長に仕えた近習としては有名だろう。

 男とも女ともつかぬ絶世の容姿。

 信長が一際重用し、自慢の宝とまで言いしめた、彼女のかつての忠臣たる森 可成(よしなり)の三男。

 ――そして、彼女と本能寺にて死を共にした忠兵。

「僕は紫藤 白斗。貴方が只人でない者を見つけたと聞き、協力を取り付けに来た」

「牛若丸。白斗殿の護衛として参じました」

「同じく、沖田 総司です」

 此方も名乗ると、蘭丸は頷き微笑みを返してくる。

 ……やはり、その仕草は少女と言われれば納得できる。

 鬼武蔵の異名も名高い勇猛な武将、森 長可(ながよし)も彼の兄弟だが……どうにも、イメージが繋がらなかった。

「蘭丸は、一人で此処に?」

「はい。最早この地獄、誰しもが決死でなくば乗り切れぬものと存じます。私一人の首で超常の一人を信長様の味方につけられれば御の字ですよ」

 ……まだ二十にも満たぬ身で、その精神は達観していた。

 信長の覇道のため、この地獄に身を投じているのだ。

「それでは、手早く事を済ませましょう。貴方の見つけたという英霊は何処に?」

「このすぐ先です。昨日、剣振るう影に襲撃を受けた折、瞬く間に幾本もの矢を放ち、粉砕されました。まさに神業、地獄にも勝ると思われます」

「そこまで……」

 もし、蘭丸の言葉が正しいとすれば、味方につけることが出来れば途轍もなく頼もしい。

 此方にも強力な英霊がいるが、信長の下にいる英霊たちは全員、近距離での戦闘を得意としている。

 矢を使ったとなれば想定されるクラスはアーチャー。此方の不得意を補えるクラスだ。

「その者は昨日から動いていません。私が話をしようとしたものの、取り合ってもらえず……頼めますか」

「ああ。行こう」

 まずは話して、その英霊が善か悪か判断する必要がある。

 蘭丸の指した先、炎を意にも介さず、それは立っていた。

 黒い襤褸切れ。フードで頭も覆った、見ただけでは性別も判然としない姿。

 だが、それ以上に不審な点があった。

「……?」

「白斗殿、どうかしましたか?」

「……サー、ヴァント……?」

 マスターである以上、サーヴァントかどうかの区別はつく。

 それはマスターの役割を担うにおいて、共通して渡される能力だ。

 だがそれを以てして――前方に立つ者の正体は測れなかった。

 サーヴァントであるならばわかる。人間であるならば、サーヴァント以上にわかりやすい。

 その、どちらでもない――――いや、どちらともいえる、これまでに見たことがない異常な存在。

 イレギュラーという枠組みをさらに踏み外したサーヴァント。人としての道が見えなくなるほどに離れてしまった人間。

 どちらであっても、「それでも足りない」というほどに異質な気配。

 記憶を辿る。一番近しいモノとなると、最初の特異点、ブリテンの地で戦った黒竜王か。

 襤褸切れが此方を向く。フードの中の瞳と、視線が合う。

「ッ――――!」

 その眼には、ありとあらゆる苦痛が凝縮されていた。

 人々が一生のうちに担うことになる全ての苦痛。それらを一時に集めてさえ、この眼にはならないだろう。

 血ですら薄いと思えるほど赤黒く染まったそれは、生き地獄を何千年と味わってきたのではというあり得ない想像さえ抱かせるものだった。

 ただ一つ、死だけは感じられない。

 あらゆる苦しみを内包していながらその最高峰のみを秘めていない歪な瞳は、最早潤うこともなく亀裂さえ走っている。

「――――瑞々しい目だ。やはり憎らしいな、生を謳歌する者は」

 その声で、ようやく襤褸切れの中身が男だと分かった。

 ズタズタの喉から絞り出したような、枯れ切った低い声。

 初めて聞いた彼の言葉は、あまりにも強い生への否定と憎悪に満ちていた。

「……紫藤さん、下がって。森さん、貴方は目を瞑っていてください。決して目を合わせないように」

「魑魅魍魎、いやさ邪神の類か。よもや人の型がここまで堕ちられるとは……我がご先祖も、ここまでの邪悪と見えたことはないでしょう」

「そうだろうな。たかが一生でここまでの重苦を味わえるものか。でなければ、僕の悠久は何だったのかという話だ。まあ……末世の地だ。その可能性を考えなかった訳でもないが」

 沖田と牛若は刀を抜き、油断なく構える。

 眼前の男に、二人のサーヴァントは尋常ではない脅威を感じていた。

「……単刀直入に聞きます。貴方はこの時代を救う側か、壊す側か。どちらなのです」

「どちらかといえば、救う側だ。それがどうやら、僕の使命らしい。尤も、辺りの火が僕諸共全て焼き尽くしてくれるならば願ったり叶ったりだが」

 自虐的に、破滅的に、しかし彼は敵ではないことを告げてきた。

 その立場はかなり曖昧だが、少なくとも率先して地獄に加担することはないらしい。

「それなら、力を貸してほしい。僕たちはこの時代を修復するべく戦っている。貴方の使命とも合致すると思う」

「……月の使者か」

 ――此方の素性を話した訳でもないのに、男はそれを看破した。

「……知っているのか?」

「また聞きだがね。手を抜いたな、あの女」

 その、誰に向けられたのでもない呟きには、呆れと僅かな怒りが見え隠れしていた。

「であれば僕はお前の味方であるといえる。必要以上の干渉をするな。お前が望む時、怒りに任せて敵を指させばそれでいい。言葉なんていらない。それだけで、お前の敵は悉く滅ぼしてやる」

 条件付きだが、男は共闘を受け入れてくれた。

 不干渉――それさえ守れば、あらゆる敵を倒す、と。

 ……関わらない、というのはあまり好ましいとは言えない。だが、それが条件というならば、呑むほかないか。

「名前と、英霊であるならばそのクラスを。不干渉とはいえ、それくらい名乗るは礼儀だろう」

 牛若はいまだ警戒を解かず、刀の切っ先を向けつつ男に問う。

 対して、男は一切動じない。ここからならば、やろうと思えば一秒と断たず牛若は男に対し刀を振るえるというのに。

「名前……名前、か。とっくの昔に忘れてしまったな。あえて名乗るとすれば……」

 名前の忘却。

 そんな、到底平常ではいられない事態を、なんでもないように男は口にした。

 そして、しばらく考えるように薄墨の空を見上げて――

「……シャルヴ。真名になぞ意味はない。此処で何を名乗っても結果は同じだ。シャルヴと呼べばいい」

 たった今定めた名を名乗った。

「己を英霊と定義するならば、クラスはアーチャー。少なくとも、僕が僕でいる間は」

 意味の判然としない言葉とともに、男――シャルヴはフードに手をかける。

 その手は焼け焦げるとも、腐っているともつかない悍ましい黒に染まっていた。

 開ききった傷は血を流す機能を忘れ、やはり罅が入っている。

 しかしそれだけ。その罅から肉片が毀れ落ちることもなく、苦痛の証左として刻まれている。

 その手に注目している間に、フードは捲られた。

「――――」

「驚いたか。気にするな。お前が同じ風になることなぞない」

 ところどころが跳ねた髪は血のように赤く、根本に行くにつれ黒くなっている。

 手と同じように、顔も黒く染まり、罅と傷がタトゥーのように痕を残す。

 傷と傷の間にも別のそれが刻まれ、正に余すところなく、痛ましさに埋め尽くされた肌。

 額の罅はひときわ大きい。その罅だけは新しいのか、それとも特別なのか、中心に血色を残していた。

 死さえ生ぬるい。一体、何があれば、こうなるのか。その疑問を察したように、

「想像するな。この世全ての悪に千年浸かったとて、こうはならん」

 考えるだけ無駄なことだと、忠告してきた。




ハクのパーティに沖田と牛若が参戦。
そしてオリキャラ、シャルヴに蘭丸くんの登場です。
シャルヴはそれなりに重要キャラになる予定だったりします。


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第三夜『信への報い、雲の上まで』-1

 

 自己紹介の一環だったのだろう。

 シャルヴは早々に、再びフードを被りなおす。

 その、人でありながら人では耐えられない程の苦痛を全体に刻んだ男は、協力に応じてくれた。

 だが、牛若と沖田は彼への警戒を解いていない。

 尋常ではない雰囲気は、確かに警戒せざるを得ない危険が滲んでいる。

「……警戒するのは構わないが。お前たちの敵は他にいるのだろう。神経を無駄に使うな」

「貴様が地獄に与していない証拠がない。信用を得たくば行動で示せ」

「信用、ね。そんなもの、求めていないんだが……それよりも。いいのか? 僕より警戒すべき者がいるだろうに」

「え――」

 二人に剣を向けられてもどこ吹く風といった様子のシャルヴは振り返り、後方に目を向けた。

 その先にあるのは、周囲と何ら変わらない炎。

 ――否。それだけだろうか。

 それまで気付けなかった。

 炎の奥で、此方を伺うように潜んでいた『何か』。

 その炎の特質か。気配は感じられないものの、目を凝らせば炎の先に影が見える。

「――いや驚いた。明らかにヤバい奴だし、話なんて通じないと思ってたんだけど。人……人? まあともかく、なんであろうと見かけによらないってことか」

 緊張感を感じさせない、どこか呑気な声色。

 感心するように頷きながら、揺らめきの向こうから現れた、白い軍服姿の青年。

 背中にまで伸びる黒髪を後ろで一つに束ね、服と同じ白いハットを深々と被ったサーヴァント。

「でもまあどの道、敵対することには変わりないか。数が増える前に仕留めるか、増えてから仕留めるか。その差でしかない」

 青年の言葉には、殺気は籠っていない。

 だが、戦闘は不可避であると確信を持てる。

 彼にとって、シャルヴも僕たちも等しく、仕留めるべき存在らしい。

「……その発言、地獄につく英霊と存ずるが」

「いかにも」

 伏せていた顔を上げ、青年は小さく笑う。

 覇気を感じさせない半開きの目は、彼の独特の雰囲気を象徴しているようだった。

「ライダー。縫われし業の名は騎願地獄」

 シャルヴに続き、この場に現れた英霊。

 それは、今もって正体不明であったこの時代の敵の一角。

 そして、

「――真名、坂本 龍馬」

 ここより遥か先の未来、日本の新たなる礎を打ち立てることになる維新の英雄だった。

「ほう。初めて会いますが……維新の英雄とは世界に仇名す外道の類だったと?」

「そう言われると傷つくなぁ……まあ、生前の僕を擁護すると随分と霊基は変転しているよ。少なくとも、無辜の人間たちを躊躇いなく手にかけられるくらいには」

 同じ時代を生きた沖田は、その英雄の名は知っていたのだろう。

 地獄に堕ちたサーヴァントに軽蔑の視線を向けながら、しかし油断なく構える。

「それでは、変転した坂本さん。貴方の目的は?」

「狂宴と殺爽が逃したそこのマスターの回収さ。いやなんていうか、殺爽が気に入ったみたいでね、君の骨」

「……」

 僅かに、身が竦んだ。

 自然と脇腹を手で抑える。

 体の内から一つ失われた骨、それが今どうなっているか――どうにも、嫌な想像しか出来ない。

「それでは、一歩として私の後ろへと通す訳にはいきませんね」

「然り。白斗殿を狙うとあらば押し通れ」

「まあ、そうなるか。出来れば君たちも引き込みたいんだけど。君たちが説得すれば、殺爽の気も変わるかもだし」

「それが叶うと思っているなら、愚かしいにも程があるぞ」

 牛若と沖田は断固として、騎願地獄――龍馬の誘いに乗ろうとはしない。

 シャルヴはフードで表情が見えないが……竜馬の側に歩み寄ろうとしていない辺り、あちら側につく気はないようだ。

「残念。荒事は嫌いなんだけどね」

「それを予想してたからお竜さんを連れてきた。そうだろう?」

 彼一人では、数の上で有利が取れた。

 沖田や牛若のように、剣技における卓越した逸話はあまり伝わっていない。

 だが、当然ながらそこまで易い相手ではないらしい。

「その通り、かな。いや、連れてきたというより君は勝手についてきただけだけど」

「龍馬は一言多いな。お竜さんがいなかったら、龍馬は大して強くないだろ」

「うわあ、傷つく」

 龍馬と他愛のない会話を交わす、同じく炎の内より現れた存在。

 旧式の学生服のような、一風変わった装束に身を包む、地にも届かんばかりの黒髪の少女。

 サーヴァントではない。だが――その存在感は、決してただの人間でもない。

 その脅威の度合は、龍馬に勝るかもしれない。超常の存在であるサーヴァントと比べてもそう思えるほどに、異質な何か。

「ああ、紹介するよ。この人はお竜さん。僕だけでは数で不利だからね。彼女と共に戦わせてもらう」

 お竜と呼ばれた少女は、龍馬と隣り合うように立つ。

「……邪気がある。まだいるのだろう。手の内を全て晒したらどうだ?」

「――流石はサーヴァント、か。驚かせようと思ったんだけど」

 そして、二人だけではないと、牛若は察したらしい。

 それが正解だとでも言うように、龍馬は感心の声を漏らした。

 気配は感じられない。

 だが――龍馬やお竜と同じように、炎の向こうには影があった。

「正しい英霊の君たちを相手取るには役不足かもしれないけれど……まあ、そこはそれ。この数ならば、ってね」

「――――――――」

 龍馬の言葉をトリガーとしたように、周囲の炎にも影が現れる。

 そこにいたのは、これまで出会ったものと同じように、輪郭の判然としない人影ではない。

 ややそれらより確とした形を伴った、大小さまざまな怪物たち。

 人の型を持っているが、一部位のアンバランスさや頭から伸びる角が、人間ではないと物語っている。

 ところどころ欠落した部位を、炎が形作ることで補っている、不完全な魔性たち。

「……鬼?」

「元来、この国に蔓延る幻想種。或いは、人の怨念の集合体。そうしたものが形をとりつつも、その存在の弱さから正しい霊基を完成できなかったもの」

「不完全な幻。狂宴に曰く同朋と。術解に曰く、幻霊と」

 此方の疑問に、龍馬は頷いて答えた。

 そしてお竜は龍馬の言葉に捕捉し、彼らの総称を口にする。

 ――幻霊。

 恐らくは、シャドウサーヴァントより更に曖昧で、存在としては薄弱なもの。

 英霊にも反英霊にもなれなかった、“忘れ去られるべきもの”のなれの果て。

 茨木童子や酒呑童子は、その悪名から反英霊として名を馳せた。

 だが、彼らはそれにもなれなかった無銘の鬼たち。

 ゆえに、あのような不完全な形で顕現しているのか。

「狂宴の炎でその霊基を補強したのが彼らだ。英霊の影にも及ばないけれど、ごく一部はそれなりだよ」

 龍馬が指示をするように、手を振るう。

 武器を持つ者、持っていない者。装備はバラバラだが、それぞれが共通して、此方に殺気を放つ。

「……シャルヴ。あの鬼たちを――」

「良いだろう。未だ勘を取り戻せぬ身、そしてお前に怒りはない。であれば、全盛など再現出来ようもないがな」

 フードを取らぬまま、シャルヴはその手に弓を顕現させる。

 黒塗りの弓。上部が二つに分かれているが、弦は一本。魔力で編まれた白い弦。

 宝具――なのだろうか。

 シャルヴと同じように、歪な存在感を持った弓に、矢が番えられる。

 一射。放たれた矢は、鬼の一体に着弾。そこを起点にして巻き起こった爆風が、周囲の数体を吹き飛ばす。

 そして、その一矢が開戦の合図となった。

 鬼たちが卒倒する。一射目で発生した爆風から飛び出した無数の矢が、嵐のように乱舞し鬼たちを射抜いていく。

「なるほど、相当のものだ。だが、鬼は幾らでもいる」

 倒した分だけ、鬼は現れる。

 確かに、シャルヴの弓の腕は蘭丸の言葉の通り、並みの英霊など及びもつかないほどに卓越している。

「さて、お竜さん。僕たちも」

「わかった」

 龍馬が刀を抜く。お竜が体勢を低くする。

 そして――初めての、地獄との戦闘が始まった。

 

 

「蘭丸、下がって」

「っ――はい。どうやら、私にはどうにもならない輩のようですね」

 今の僕には、あの鬼たちを相手取るのも難しい。

 片腕がないというのは、思う以上に不便なものだ。

 白兵戦に向いた武器を使うことに支障が出る。

 よって、この状況において僕が出来ることは、術式によって補助をすることのみ。

「ふっ――」

「ッ!」

 沖田と龍馬の筋力ステータスは互角。そして、敏捷は沖田が勝る形で大きく引き離している。

 剣の冴えもまた、沖田に軍配が上がる。

 即刻として決着がつくことはないが――このままいけば。

「徒手で挑むとは剛毅な。だが――!」

 牛若は、素手のお竜に対し、躊躇うことなく刀を振るう。

 本来であれば、その一振りを止めること叶わず、それだけで戦いは終わる。

 ――その筈だった。

「――なっ」

 多くの戦を潜ってきた牛若でさえ、その一瞬のことに動揺を隠せなかった。

 何も持っていない手で刀を受け止め、血さえ流すことなく。それまでと同じ、表情の見えない顔には動揺一つない。

「“人”を斬るつもりでやっているなら、お竜さんには通用しない」

「ッ――――!」

 掴まれた刀を引き抜こうとする牛若。だが、それが出来ぬまま、その“瞬間”の主導権を相手に握られる。

 押し返すように振り払われた腕。

 牛若は刀を手放す暇さえなく、投げ飛ばされる。

 此方に飛んできた牛若を、受け止めることもままならず、同じく飛ばされて体勢を崩した。

「ぐっ……!」

「白斗、殿……っ、この!」

 お竜の追撃。それもまた、武器など持たない素手によるもの。

 僕と蘭丸を伴い跳躍。それにより被弾は免れたものの、視界に映る光景により更なる驚愕を覚えることとなる。

 大地に叩き付けられたお竜の拳。

 戦場となっていた辺り全域に及び、砕けた地面。

 それを悟っていた龍馬は後方に下がる形で回避する。

 沖田もまた素早く龍馬を追撃することで足場の破壊から逃れた。

 めくれ上がる地盤。粉々になり、吹き飛ばされる建造物の数々。

 器用にも跳ね上がる岩の一つに着地したシャルヴは、衝撃により舞い上がった鬼たちを貫いていく。

「ここまでの膂力を……!」

 素手による、ただの一度の攻撃でここまでの破壊を齎すとは――あのお竜なる少女は一体何者なのか。

「白斗殿、蘭丸殿を!」

「あ、ああ――!」

 空中で押し付けられた蘭丸を片腕で受け止め、両足に魔力を込める。

 着地はどうにかなる。だが、牛若は――

「侮ったことは謝罪しよう。なればこそ、我が奥義で以て、汝を討つ!」

 牛若が跳んだ場所には、大きな岩がない。

 小さい石のみだが、それでも牛若は困窮した様子を見せない。

 その一つを、なんの問題もない足場であるように、足を置いた。

「その首もらい受ける――いざ、『壇ノ浦・八艘跳』!」

 小さな石を大地であるように、その足に力を込めて、牛若は跳んだ。

 跳んだ先にある、さらに小さな石ころさえも、彼女にとっては充分すぎる広さだった。

 壇之浦の戦いにて披露した、八艘跳びの逸話。

 それが、牛若の宝具の一端たる奥義として具現化しているのか。

 如何に劣悪な足場であろうとも、それは牛若の行動を阻害する要因にはならない。

 衝撃により浮き上がって飛ぶ石くれは波に揺れる船よりも悪い足場であろう。

 だが、その不規則さこそがこの場においては牛若の武器となる。

 翻弄するようにあちらこちらへと飛び回り、狙うはただ一人破壊され罅割れた地面の上に立つお竜。

「っ」

 彼女の膂力が自身を超える凄まじいものなのだというのなら、それが通用しないほどに素早く、その懐に突っ込めばいい。

 お竜は反応できない。気付いた時には、既に刀は振るわれている――!

「ぁ――」

 首を断つには――僅かにズレた。

 喉に叩き付けられた刀。しかし、やはり頭が飛ぶことはない。

 僅か、血が流れる。それを認識すると同時、僕もまた着地した。

 砕けた大地でバランスを取りづらかったが、蘭丸を抱えていることを思い出し、どうにか踏ん張る。

 同時に着地したシャルヴは、お竜を見てほう、と小さく呟いた。

「……これでも、断てぬか」

「――――」

 牛若の斬撃で、小さく傷はついた。

 だが、これではまだ討つには遠い。

 その証拠に、その瞳には光が宿っている。

「――っ」

「おっと……不味いな」

 龍馬が沖田の刀を受けながらも、言葉を零した。

「逃げた方がいい、とは言えないか。あくまでも君たちとは――敵同士だ」

 その時、龍馬は笑った気がした。

 音より速く振るわれた沖田の剣に弾かれ、大きく後退する。

 追撃を手助けすべく、術式を紡ごうとした瞬間。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!」

 お竜の咆哮が周囲に響き渡る。

 人のものとは、やはり思えない。

 英霊――バーサーカーでも、これほどの咆哮など出せないだろう。

 魔獣、それでも足りない。幻獣、そこまで行って、ようやく納得がいくほどに、強大な魔力の籠った叫び。

「何を、――!」

「牛若!」

 その一瞬で、出来る限りの強度を込めた盾は、呆気なく打ち崩される。

 咄嗟に離れようとした牛若を、お竜の拳は捉えた。

 色々なものが砕けた音が聞こえたあと、耳を震わせるあらゆる音がほんの僅か、無くなった気がして。

 次の音は、少し後ろから聞こえた地面が割れる音だった。

 それから遅れて、頬に何かが付着する。

 鏡を見ずとも、それがなんなのかは分かった。

 服にこびり付いた、新しい赤。

 振り向けば、その血の持ち主がいた。

「――牛、若」

「っ……ぁ、か……ッ!」

 刀を手放し、倒れ込む少女。

 つい先ほどまでの覇気はなく、弱々しく呻く様は、二つ目の特異点でも幾度となく力強さを見せてくれた彼女とは思えなかった。

 無意識のうちに発動していた回復術式でも、短時間での効果は望めないほどの重傷。

 それをたった一撃で与えてのけたお竜の瞳は、悍ましいほどの怒りに満ちていた。




四章における主要敵の一人、騎願地獄こと坂本龍馬とその付き人、お竜さんです。
使ってみたは良いものの、帝都を読んでも微妙にキャラが掴み切れないこの人たち。
彼らの魅力を書き切れるか不安なところですが、頑張ります。
そして牛若は重傷。沖田とシャルヴは現在のところ優勢ですが、果たして。


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第三夜『信への報い、雲の上まで』-2

 

「■■■■■■■■■■ッ!」

 まるで逆鱗に触れたが如く、唐突に雰囲気を変貌させたお竜。

 牛若を追撃しようとしていることは火を見るよりも明らかだった。

「シャルヴ!」

 咄嗟に、この状況をどうにか出来ると判断した彼の名を呼ぶ。

 駆けてきたお竜と牛若の間に突き刺さる矢。

 僅か、動きを停止したお竜に、続けざまに矢が卒倒する。

「■■■■■■■■■■■■■■!」

 魔力を伴った咆哮でその大半は弾かれるが、勢いを殺され切らなかった刺さった数本が炸裂する。

 追撃は免れたものの、やはりお竜に目立った傷はない。

「なるほど。鬼に加えあの女も、か。肩慣らしには随分と無茶をさせる」

 それを、無理とは言わなかった。

 尚も増え続ける鬼たちに矢を放ちつつも、お竜と接敵するシャルヴ。

 きっと大丈夫だと、意識を外し牛若の治療に集中する。

「これは……最早」

「いや、まだ……霊核に致命的な傷はない」

 だが、油断できる状態でもない。少なからず霊核が傷ついているのは明らかだ。

 一刻も早く、より効果の高い治癒が望まれる。

 そのための術式ならば――備えている。

 七つの術式、そのうち、戦闘においては最も向いていないもの。

 しかし――メルトと共に在るには、必要なこと。

「『白き七つの月奏曲(サクラ・ラプソディー)』、第四曲――『慈愛の葛城』」

 戦うことに向かない、心優しいアルターエゴ。

 そう――これは、カズラを基にした術式。

 反撃、迎撃を捨てた回復術式。

 一人を対象とした一種の結界として起動し、高い回復効果を発揮する。

 掛けている回復術式の効果を促進し、“何よりも治癒を優先する”術式。

 当然ながら、制約は大きい。

 まず、致命傷は治せない。サーヴァントであれば、霊核が破壊された状態では効果は見込めない。

 最初の特異点で、致命傷を負ったアグラヴェインを治すことが出来なかったのはそのためだ。

 そして、これを使っている間は、回復能力以外の全てが大きく制限される。

 戦うことも、守ることも、逃げることもままならない。

 毒に苦しむ身に使えば、その毒に抵抗する力をも使ってしまい、かえって逆効果になる。

 とにかく、その瞬間の生をもぎ取ることに特化した術式。

「傷が――」

「これでも、全快には時間が掛かる。だけど、かなり早くなった筈だ」

「っ、ゴホッ……!」

 一際多い量の血を吐いた牛若が、ゆっくりと目を開ける。

「は、くと、どの……らん、まるどの……ご無事で、何より……」

「牛若、まだ動くのは――」

「ええ……随分と、動きにくい、です、が……」

 動くためのリソースもまた、一時的なれど回復のために使われる。

 それほどに集中してなお全快が遠いのは、それほどまでにお竜の一撃によるダメージが大きい体。

「いえ――もう大丈夫です。治癒、感謝いたします、白斗殿」

 しかし、もう必要ないと牛若は己から術式の拘束を断った。

「牛若――」

「問題ありません。窮地からは脱しました。このくらいならば、戦場で幾らでも経験した傷です」

 立ち上がる。慣らすように何度か刀を振るい、支障はないと頷いた。

「シャルヴ殿の全力はどうあれ、重荷を背負わせる訳にもいきますまい。あの少女の相手は私が請け負った事柄。寝こけている場合ではないのです」

「だけど……」

「大丈夫。私、牛若丸、こう見えて天才ですから。この程度の窮地、払いのけられぬ筈がありません」

 牛若の発する魔力が、高まっていく。

 宝具の予兆――だが、その一端は先程、お竜に対して通じなかった。

 切り札の一つを用いた完璧な攻撃でさえ、彼女を倒すには至らなかった。

 だが、それでも牛若は一切不安を持っていない。

 寧ろ、これで勝機が見えた、とばかりに。

「ゆえにこそ、どうか信を置いてほしい。なればこの場での勝利を以て、報いといたしましょう」

 生前より、彼女は兄である頼朝に全てを捧げていた。

 だが、そこに報酬はなく。その末路は兄に疎まれ討伐されるという凄惨なものだった。

 だから、その生涯手に出来なかったものを、牛若は求めている。

 無償の信頼を。ならば、ここでこれ以外の言葉など、口に出来る筈もない。

「――――ああ、任せる、牛若」

「――――御意に」

 魔力を解放させながら、牛若は駆けていく。

「紐解かれよ、遮那王流離譚!」

 シャルヴの矢の雨と共に走りながら、牛若は己の宝具の真名を解く。

「■■■■■■■■ッ!」

 自身に向かい走る牛若を捕捉し、矢を気にせずお竜は吼える。

 回復し切った訳ではない。もう一度彼女の一撃を受ければ、今度こそ助からない。

 お竜は決着をつけるための拳を用意する。

「薄緑・天刃縮歩!」

 だが、迎撃は出来なかった。

 その予兆として見て取れたのは、その奥義の名と、直前に見せた特殊な歩法。

 瞬間的に歩み寄った牛若の斬撃は、煌く緑を伴いお竜の首を捉える。

 先程より、傷は深く。しかしまだそれを断つには及ばない。

「ッ!」

「謳え、吼丸・蜘蛛殺――!」

 ゆえに、彼女の刀は更なる力を叫ぶ。

 魔を払う音の刃。広範へ力を及ぼすそれは、力の弱い魔性である鬼たちを次々と屠っていく。

 そして、その歌が及ぼす影響は、それだけではない。

「■■、■■■■■■■ァァァァァ!」

「やはり、魔性の類、或いはまつろわぬ荒ぶる神か。であれば、この音色にて貴様に引導渡してくれる!」

 牛若がその音をより強める。

 反撃を受けぬよう、戦場を舞い踊り、お竜に傷を与えていく。

 牛若の刀の、秘められた能力は、お竜にも有効打と成り得るものらしい。

 それまでは与えられなかった傷が、深く、より深く染み込んでいく。

「これより然程時間は掛かるまい。あの女を討つならば、彼女のみで十分だ」

 そう、自身の役目の終了を悟ったシャルヴは、お竜の援護をしようとする鬼たちに向かい矢を射る。

「なんだと――お竜さん!」

「余所見をしている暇があると?」

 お竜へと気を逸らした龍馬の隙を、沖田は見逃さない。

 体に受けはしなかったものの、そこからの持ち直しは厳しいだろう。

 牛若がお竜の性質を見抜いたことで、事態は好転した。

 あとは、どちらが先に倒れるか、といったところか。

「……そりゃあまあ……暇はなくても優先するさ。――大事な人やきね!」

 銃声。龍馬が忍ばせていた拳銃の弾は、回避行動をとった沖田に当たらずとも逃げるための隙を作った。

 お竜に走る龍馬。だが、既にお竜の傷は大きい。

 彼女に辿り着くまでの僅かな時間。それをほんの少しでも引き延ばせれば。

「――弾丸(shock)!」

「ッ、あ――この――」

 一秒持てば上々、そんな、小さな時間を作る足止めに過ぎない。

 たったそれだけの時間は、牛若が更なる音を紡ぐには十分すぎる。

 音色が高みに達する。

 お竜の叫びは悲鳴へと変わり、膝を付く。

 遂に、限界が見えた。僕が見ても、明らかだった。

 その時、勝利への確信を抱いてしまったのは、やはり判断力の欠如からか。

 大事なものが欠けていたための、心の不完全からか。

 なんにせよ、この時僕は、全ての想定外を思慮から外し、牛若の勝利を揺ぎ無いものと信じてしまった。

「――――――――ッ」

 ――――故に、

 

 

「――――――――――――――――槍克ッッ!」

 

 

 “知った手法”で迫るその敵になんの手立ても取れず、それを視界に映した。

 それまで戦場中に響いていた音色が消えていく。

 お竜はまだ生きている。

 肩で息をしながらも、その傷は核にまで届いていない。

 それでは、今舞った血は。

 ――今穿たれた心臓は、誰のものか。

「――――ぁ」

 確認するまでもない。

 今度こそ、治癒の必要はない。

 必要がない程、完膚なきまでに――牛若の心臓は破壊されていた。

「文字通り横槍を入れた形になるが、許せよ。生憎、斟酌など出来る立場ではなくてな」

 低い声が、耳朶を震わせる。

 龍馬ではない。お竜でもない。無論、シャルヴでも沖田でも牛若でも、なおも周囲に増え続ける鬼たちでもない。

 それまで一切此方に気配を悟らせず、戦場に潜み続けた者がいた。

 それが、例えば味方であったのならば心強かっただろう。

 だが、その声は紛れもなく、牛若の心臓を貫いている存在のもので。

 ――龍馬が叫んだ、槍克の名を持つ地獄のものだった。

「ほう。暗殺者でもあるまいに、ここまで寸前まで気配を殺せる者がいたのか」

「いや何。昔取った何とやらというやつよ。このように隠れ潜むためのものでもないのだがな」

 黒いコートを肩から羽織る、初老の男性。

 長い槍の末端近くを持ち、正確無比に牛若の霊核を貫いた地獄の一角。

 ランサーのサーヴァント。

「――これ、で、勝ったと、思うな!」

 心臓を貫かれ、それでも牛若は倒れなかった。

 刀を離すこともなく、槍が刺さり敵が逃げられない今こそが好機だと。

「無論、思っておらぬよ」

 しかし、その決死の一振りは、あっさりと槍を手放した男性により、躱された。

 一歩下がり、その倍踏み込む。

 徒手の状態で、お竜にも勝る、大地そのものとも錯覚できる一撃。

 ――八極拳。

 それにより牛若の内を完全に破壊した上で、槍を引き抜いた。

「ッ、か、ぁ――――」

「終わったぞ」

「感謝するよ。大丈夫か、お竜さん」

「……問題ない。その女がいないなら、まだ、戦うことも」

 まさか、もう一人いたとは。

 その可能性を考えなかったことで、詰みを打たれた。

「牛若……っ!」

「……ここまで、か――総司殿! シャルヴ殿!」

 体が浮き上がる。沖田に抱えられていると分かったのは、牛若が何をしようとしているのか悟ってからだった。

「疾く撤退を。最早、これまでにございます」

「撤退って――牛若は」

「最早秒読み――否、数分は持って見せましょう。背水の覚悟で以て」

 死を確信したがゆえの、時間稼ぎ。

 無茶を止める理由など存在しない。己は、最早死ぬのだから。

「鬼は無数にいる。よしんば僕らと槍克を止められたとして、逃げられると?」

「シャルヴ殿の矢の冴えは見ました。あれならば問題はない。それに――退路を切り拓く援けも、もう来ている」

 ――鈴の音が聞こえた。

 僕たちがこの場に来た方角から近付いてくる、凛とした音。

 家々の屋根を跳びやってくる、更なる味方。

「――いざ吹き荒れろ大通連、恋愛発破、天鬼雨(てんきあめ)!」

 解かれた真名。

 降り注ぐ無数の刃。

 周囲の鬼たちを次々切り刻む剣の雨の中、鈴鹿御前は僕たちの前に着地した。

「状況把握――いいのね、牛若!」

「ええ、行け、太夫黒。私が死ぬその瞬間まで、皆を助けよ!」

 そして、周囲を見渡して早々に翻す。

 撤退を阻害する鬼たちはもういない。だが――

「……皆、どうか無事で。白斗殿――いと済まぬ。後の事は、鈴鹿殿に」

「牛若!」

「大人しくしてるし! そーちゃん、片方渡して!」

「ええ! 白斗さん、耐えてください――ね!」

「ッ!」

 体に思考が追い付く前に、事態は変わっていく。

 沖田に投げられ、鈴鹿に受け止められた時には、既に体は牛若の愛馬――太夫黒の上にいた。

 沖田が蘭丸を抱え、彼女とシャルヴが追従する形で、戦場を離れていく。

「通りたくば押し通れ地獄共! この道は時代を救う勇者の退路! 私を退けぬ限り、踏みしめること能わぬと知れ!」

 あまりにも唐突に、その時は訪れた。

 心の何処かで、二つ目の特異点のように、牛若は最後まで一緒に戦ってくれると思っていた。

 だが、別れを告げることも、礼を言うこともできずに、牛若は離れていく。

 手を伸ばすとも、届かない。

 追ってくる者はいない。地獄たちも、牛若も見えなくなる。

 ――そうして、すぐには追いつけないだろう距離を開けた頃。

「っと――乙だし、太夫黒」

 役目の終わりを悟った太夫黒が一つ嘶き、消えていく。

 主を追うように、粒子となって世界に溶けていく。

「……牛若は」

「戦場なんて、出会いも別れも何時だって唐突なものよ。私たちは後を託された――わかるわね?」

「……あぁ」

 これまでだって、別れは何度もあった。

 しかし、何度体験しても、慣れることなどない。

 まして、二つの時代で共に戦ったからこそ、その別離は、一層辛く感じるものだった。

「さあ、あと少し。走れる?」

「……大丈夫。行こう」

 これで気落ちなどしていられない。

 彼女の分まで、僕たちはこの特異点の解決に努めなければならない。

 小屋へと近付く。

 ――何故だろうか。

 信長、光秀、ナガレ。三人が外に出ている。

 金時と土方の姿はない。

 まるで戦闘の後のように、疲弊した様子でこの時代に生きる三人は待っていた。




牛若はこれで退場となります。お疲れ様でした。
二章では最後まで残りましたが、今回は味方最初の脱落。
そして槍克地獄の登場です。此方も既存鯖となります。

ところでメルト書きたいんですけど。


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第三夜『誠は潰えず』

Q.今年中に五章完結って言ってなかった?
A.多分無理。


 

 

「おう、戻ったか」

 軽く手を振ってくる信長は、疲弊を思わせない。

 だが、何かがあったのは確実だろう。

 信長を除き、少なからず傷を負った彼らが、何かしらの戦闘後であることは確実だった。

「信長様、ただいま帰還いたしました。お怪我は……」

「わしは問題ない。蘭丸もご苦労じゃったな。暫し休め」

「はっ」

 蘭丸に労いの言葉を掛ける信長の表情は、これまで見たそれに比べやや柔らかなものに見えた。

 信長に気に入られ、重用されていたというのは事実なのだろう。

「……何があったんだ?」

「なに、地獄の襲撃じゃ。この世界においてなんら不思議ではない災害。それに運悪くわしらが巻き込まれただけの話よ」

 なんてことはないように、信長はさらりと言った。

 僕たちが外に出ている間に、他の地獄が襲ってきたと。

「っ……申し訳ありません信長様! そのような機に戻れぬなどと……!」

「落ち着け蘭丸。わしはそなたに命を与えていた。手薄になっていた此方を襲ったのは地獄の鬼謀。わしの迂闊じゃ。そなたが気に掛けることではない」

 なるほど……彼らの傷は、そのためか。

 光秀とナガレは地獄という強敵から、身を挺して主君を守っていたのだ。

「……襲撃してきたのは、狂宴と名乗る地獄。白斗様より情報をいただいた地獄の首魁、茨木童子です」

 ナガレは淡々と、状況を説明する。

 茨木童子――僕が策に掛かり捕まった、子供の如き風体の鬼。

 彼女の襲撃というならば、その目的は、まさか僕ではないだろうかと考えてしまう。

 逃れた僕を仕留めるべく――いや、彼女は僕を使い何かをしようとしていた。

 その目的のために、再び捕まえようとしたのだろうか。

「どうにか撃退こそしましたが、白斗様……貴方の右手は、彼女に奪われました」

「っ……」

 思わず、血は止まり傷は塞がれた右腕の先に手が伸びた。

 それで確信に至った訳ではない。

 だが、僕の一部を奪い去ったという事実が、否応にも不吉な想像をさせた。

「そして……総司様」

「はい?」

 そして、ナガレの説明はそれだけでは終わらない。

 この中の一人、沖田に対しては何より重大な――そして他の面々にも大きすぎるその被害を、ナガレは口にする。

「狂宴との交戦により、歳三様が討ち死になされました」

「――――――――」

 沖田とともに、地獄たちの魔の手から僕を助けてくれたサーヴァント。

 土方は、僕たちが離れている間に、その命を散らしていた。

「あ奴の悪あがきがなければ、わしらは今ここにはいなかった。十分な大儀といえよう」

「……嫌な予感がしたのよ。だから使いたくない宝具まで使って、あっちの地獄もスルーして最短ルートで戻ってきたってのに……」

 鈴鹿が悔しそうに歯噛みする。

 恐らくは、彼女が此方の援護のために発ってから程なくして襲撃があったのだろう。

 その気を感じ、鈴鹿は何かしらの宝具を使い、少しでも早く戻れるように努めた。

 太夫黒は主の死を前にしても、それを決して嘆くことなくその最後の瞬間まで僕たちを乗せて走ってくれた。

 それでも――間に合わなかったらしい。

「……そう、ですか」

 その時の沖田の声色は、まったくの無色だった。

 悲しみも、悔しさも、怒りも、ましてやその反対の感情もない。

 ただ、ぽろりと口から零れてしまったような、そんな呟き。

「まぁったく……土方さんってば。『死んでも止まんねえ』とか言ってたってのに。今回は私のが長生きでしたね」

 土方の死を聞かされて最初の沖田の表情は、苦笑だった。

「ゴールデンさんは?」

「そなたらとは別の命を下した。鈴鹿は地獄の気を悟りそなたらの援護に向かった。まったく――此方の様子を全て覗かれているというのも、いよいよ法螺には聞こえんわ」

 金時がいれば、どうにかなったかもしれない。

 しかし、此方の様子が筒抜けなのだとすれば、全て後手に回ることになる。

 信長は不機嫌そうに鼻を鳴らす。彼女も、此度の策は失態だったと感じているのだろう。

「して。牛若めの姿が見えぬが?」

「……地獄にやられた。彼女が残ってくれたから、僕たちは戻ってこれた」

「――そうか。そ奴が、話に聞いていた英霊じゃな?」

「……シャルヴだ」

 牛若に代わり、この場まで付いてきてくれた男――シャルヴはまたフードを被り、顔を伏せている。

 信長の言葉に視線を向けることもなく、一言、先程自身で定めた名前を口にした。

「……なんじゃ。不愛想な奴じゃのう。まあ、よいわ。二人失い一人得た。収支は合わんが、仕方ない。ご苦労じゃったな。今日のところは休むがいい」

 小屋の中に入っていく信長。蘭丸も此方に一礼し、信長に追従する。

 信長の表情が重かったのは、当然か。此方の戦力は確実に削られているのだ。

「シャルヴ様。お部屋を用意いたします。どうぞ、中へ」

「必要ない。僕は外にいる。何か用があれば、都度呼んでくれ」

 そういうと、シャルヴは小屋の屋根に跳んだ。

 即答。あまりにもつれない態度に、ナガレは目を丸くしている。

 鈴鹿が呆れた様子で「コミュ障?」と投げかけていたが、それもまるで耳に入っていないかのように無反応だった。

「……それでは、せめて暫し、十分な休息を。ナガレ、貴女も」

「はい。おやすみなさい、皆様」

 疲弊した光秀とナガレの二人も、軽く頭を下げて小屋へと入る。

 そして――外には、先程騎願地獄らと戦った面々だけが残った。

 

 

「さて、と」

 小屋に戻る二人を見送った鈴鹿が此方に振り替える。

「……ま、しょうがないか。一方的だけど、約束は約束だし」

「え……?」

「あんたの事、任されたから。戦いの最中にぶっ倒れられても困るしね」

 言いつつも、鈴鹿は一振りの刀を取り出し、僕に押し付けてきた。

 三本の刀のうち、鈴鹿は基本的に一つ、ないし二つを手に、残りを神通力に類する能力で浮遊させ、操る戦法を取る。

 つまり、どのような時も三本全て無駄にならず三本全てを完全に操るのが鈴鹿御前という英霊だ。

 そんな彼女の刀の一本――紛れもない宝具を、鈴鹿は仕方ないと手渡してきたのだ。

「三千大千の写し身、双無き顕明連。今回私、それ宝具として使うつもりないから。貸したげる」

 顕明連――鈴鹿の有する三明の剣の三。

 旭日にかざして三度振れば、三千大千世界をも見渡すとされる宝剣だ。

「一体、なんで……」

「タチ悪い呪いに掛かってんでしょ? それ持ってれば多分、ある程度は大丈夫。傍に置いておくだけである程度、力は発揮できるから」

 牛若が消滅したことで、彼女の刀の加護も受けられなくなった。

 恐らくは、術懐地獄が仕掛けたと見られる呪いは健在。

 であれば、何かしらの代替手段でそれは防ぎ続ける必要があるのだ。

「あんたのサーヴァントが待ってんでしょ? 牛若のためにも、そのサーヴァントのためにも、あんたは呪いなんかで倒れるワケにはいかないってこと」

「……ああ。その通りだ」

 此方に地獄の襲撃があった以上、メルトたちの側に襲撃があってもおかしくない。

 一刻も早い合流が、何より優先すべきことだ。

「ありがとう、鈴鹿。しばらくの間、貸してもらうよ」

「オッケー。あ、私みたいに浮かせて使うのは無理だと思うし? 武器を持った気にはならないことよ?」

 頷く――左手一つで剣を持ったとて、サーヴァントには到底及ばない。

 一つ前の特異点、あの大海原での戦いでも、“彼女”やオリオンといった、何かしらの補助があってこそ、サーヴァントとどうにか渡り合うことができたのだ。

「にしても、どうして呪いのことを……」

「昨晩――まあずっと夜だけど……あんたがふらふら外出ていったのは皆気付いてたし。牛若が飛び出してったけど、私らも警戒はしてたってだけ」

「残念ながら私には魔を払う力はありませんから、ひとまず牛若さんに任せましたけどね」

 そう、だったのか。

 まあ不思議にも思うかもしれない。僕も、いつから外に出ていたのかわからなかった。

 一人で突然外に出た僕は、十分に不自然に映るだろう。

「それが術懐の業だとすれば、真っ先に討つべきですが……未だ正体すら知れぬ身、と……しかし」

「ヒッジももういないし、そーちゃんたちがあたりをつけた山に攻め込むのも戦力不足、か」

 僕が狂宴地獄に捕まり連れられた山。

 まだ見ぬ地獄がいるというならば、あの山が最も可能性が高い。

 だが……此方の勝算は濃いとは言えないだろう。

 あの山は彼らの陣地。攻めるならば、考えうる限り最大限の備えをした方がいい。

「あんたのサーヴァントや仲間たちと合流すれば、戦力の問題も引っ繰り返せるかもしれない。ひとまずはそれが最優先っしょ」

 鈴鹿は力強く、明朗に笑う。

 どんな不安も晴らしてしまうだろうその明るさは、暗がりに覆われた世界の中で、ひどく眩しく映った。

「そのために、とりあえずは、今日は休むこと。ナガレが軽食作ってくれてるわ」

 鈴鹿は手を振って一足先に小屋へと戻っていった。

 僕も続き、戻ろうとして――そこでようやく、入り口の変化に気付く。

「……旗が」

 そこに立ててあった、新選組の象徴、誠を掲げた旗がなくなっていた。

「あぁ……そう、ですね。土方さんも、やられてしまいましたし」

「どういうことだ?」

「あの旗、ただの旗じゃないんですよ。私たち新選組のサーヴァントが等しく持つ、宝具なんです」

 言って、沖田はその手に同じ旗を出現させた。

 宝具――伴う魔力は、突出したものではない。そのままでは効果のないものなのだろうか。

「あそこに立ててあったのは、土方さんの旗でした。また、新しい旗が必要ですね」

 意思を継ぎ、新たな象徴とするように。

 沖田は己の旗を小屋の前に立てる。

 たとえ土方がいなくなっても、“そこ”が新選組だと、沖田は宣言したのだ。

 しかし、一つ、気になる言葉があった。

「……また、っていうのは」

「ああ、言ってませんでしたね。土方さんの旗は二代目なんです。元々、私たちは二人じゃなくて、三人で召喚されていたんです。近藤さんって、知ってますか?」

「近藤――近藤 勇か?」

「はい。近藤さんが此処を拠点にするって定めて、そこから全部始まったんです」

 近藤 勇。新選組を取り仕切った局長。

 そもそも沖田と土方は、その彼と共に召喚されていたのか。

 僕がここに来てから、その姿を見たことはない。どこかに単独で赴いている、ということも考えたが――

「近藤さん、弓境と相討ちになったんです。それで、土方さんは近藤さんの意思を継いで、自分の旗を立てました。だから私も、二人に続き、此処を、新選組を、誠の一字を、守らないと」

 僕が此処に来る前に、信長たちは一人の地獄と戦った。

 アーチャー――弓境地獄。

 既に討伐されているものの、犠牲なしで勝利を掴むことは出来なかった。

 近藤は討たれ、しかし新選組は潰えぬと土方と沖田はその拠点を守り続けていたのだ。

「新選組は私一人になってしまいましたが、まだ終わってはいない――いや、これからです。牛若さんの分まで、貴方の刀として。願わくば――貴方がサーヴァントと再会した後も」

「……勿論。これからも、よろしく頼む」

 メルトと離れ、もうすぐ二日が経とうとしている。

 恐らく、呪いは未だに健在。

 正体不明のそれに加え、右腕を失い、旧知であった牛若とも別れてしまった。

 黒竜王のような、単独での絶望感ではない。

 この特異点は、一歩ずつ、確実に、僕を追い詰めてきている。

 ……メルトは、どうしているだろうか。

 もしかすると、他の地獄と戦っているかもしれない。

 ――大丈夫だとは思う。

 だが、同時に不安もあった。

 僕が早々に離脱してしまった故に、向こうのサーヴァントたちの技量や強みが分からない。

 願わくば、合流するまで、そういった戦いが無いよう――離れた場所にいて、連絡手段もない僕には、ただ無事を祈ることしかできなかった。




落ち着いた節目の回。
土方さんはこれにて退場です。お疲れ様でした。
そしてハクの装備に顕妙連が追加。使うことはなさそうですけどね。
近藤さんの存在も言及。最初はオリ鯖として登場予定だったのですが、今章はキャラをやや絞る方向に変えたため没となりました。

長かった三夜はこれにて終わりです。


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第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉の』-1

気分やその他諸々により執筆速度がここまで変わるのが私です。


 

 

 ひとまずのところ、呪いの浸食を止める方法だけは分かった。

 分かった、が――どうやらこの呪いを仕込んだ主は、よほどの外道か吐き気を催す性根の持ち主らしい。

 何故か。その理由は、呪いが心身を蝕む条件にある。

 ハクのことを、思考に含めること。

「ッ……」

 ――ほら、じわりと、肉の内を這うような感覚が走る。

 気持ちの悪い感触を振り払うため、不安な、愛しい人を思考から消し去る。

 このトリガーは、マスターとサーヴァントという関係、パス、その絆を断裂させる、悪辣なものだ。

 例えば、呪いの主が契約の解除を目的としていたとして。

 どれもこれも認められるものではないが、方法は幾つかある。

 どちらかを殺害する。これが最もシンプルな手段。

 契約破りの類を可能とさせる法を操る。これもまた、一心同体ともいえる関係には有効な方法と言える。

 魔術破壊の宝具などであれば、十分契約解除も可能とするだろう。

 そう、ここまで悪辣な呪いを掛けられる者であれば、契約をジャミングし、パスを妨害、最悪断つことも可能な筈なのだ。

 だというのに、呪いはそれよりも冗長で、性質の悪い手段を取ってきた。

 契約の相手を考えれば考えるほどに、心身への干渉という形で追い込んでいく。

 思考から外したままを維持できれば、特に障害はないだろう。

 その、思考に特化した呪いというのが、非常に嫌らしい。

 ――もしも、その呪いに掛かった者が、相手がいなければまるで機能できないほどに依存していた場合。

 どんな呪詛より強力で高速な代物へと姿を変えることになる。

 ひとまず冷静になり、ここまで考えを行き着けた私は、意識してその対象を思わないようにしていた。

 問題は、呪いを受けた者が危機的状況に陥った場合。

 精神的パニックは自然と依存対象に意識を向けざるを得なくなる。

 これはあくまで仮定。最悪を想定してだが、私にこうした呪いが掛かっている以上、同じ呪いが仕込まれている可能性がある。

 敵サーヴァントに連れ去られ、味方はなく、どうしようもない状態で、誰を必要とするか。

 心配だ。果たして再会したとき、これがどうなるか――そういった懸念もあるが、それ以前の問題として、彼が無事かどうか。

 何かあてさえあれば、今すぐにでも飛び出したい。

 だが、それは出来ない。手掛かりなんて見つからないし、何より――

「前だ! 余所見をするなっ!」

「ッ――!」

 周囲を軽く確認し、後退する。

 私に向かい振るわれた炎の腕は横からの弾丸で爆砕し、私が着地すると同時、第二撃が本体を穿った。

「戦えないならば下がっていろ。空いた余裕をお前の保護で使えるほど、オレも暇じゃない」

「……大きなお世話よ。……いえ、今のは少し、集中を欠いていたわ」

「そうか。その判断が出来るのなら結構。なら精々上手く動くことだ。巻き込んでも責任は負えん」

 ――そう、今、私たちは戦闘中である。

 ハクと離れ、二回、日が変わった頃。

 拠点としていた天国の小屋を、大量の鬼が襲撃してきた。

 完全な顕現ではない。一部、肉体は欠損し、それを炎で補ったような不完全な体。

 力は大したことがないものの、竜牙兵よりは数段強く、数はそれと変わらない。

 加えて、ひたすらに宝具を放ってくるシャドウサーヴァントも複数。

 突然の襲撃は、圧倒的な物量によるものだった。

「アーチャー! 群れよ!」

「チッ……次から、次へと!」

 十あまりの鬼が、同時に炎から生まれる。

 アーチャーは一つ舌打ちをすると、手に出現させた手榴弾を群れに向けて投げ込む。

 炸裂と同時に一帯に吹き荒れる破片代わりの短剣。

 肉を裂き、貫き、勢いが及ばず突き刺さったものは順次爆発し、鬼たちを討伐していく。

「セナちゃん!」

「ッ!」

 アサシンはマスターの指示を受け、軽く地面を蹴る。

 すると地面に不自然な波紋が広がり――まるで水面であるかのように、飛沫が上がった。

 襲い来る鬼や影を対処するのは、アサシン本人ではない。

 波紋から飛び出した海獣。我先にと小さな波紋を押し広げながら勢いよく出現したアザラシたちが、鬼たちを押し潰す。

 恐らくは、使い魔の一種。サーヴァントとは別のような、何処か懐かしさを感じるような、そんな不思議な魔力で構成されたアサシンの“武器”は、この炎の中でまるで海を操っているようだった。

 シャドウサーヴァントが遠距離から矢を放ってくれば、一つ舞い、揺らした髪から跳んだ飛沫が小魚を呼び、迎撃する。

 そして、その弓兵の位置を捕捉し、一言。

「――お願い」

 そう命じ、足元にあった石ころを蹴る。

 石は弓兵の近くにいた鬼に当たる。威力はない。だが、地面を蹴るのとは違う、“横向きの波紋”が広がり――

『――――!』

 飛び出した巨大な海獣の牙で体を抉られ、影は消滅した。

 やたらに肉のついた不格好な巨体。剥き出しになった太い牙。

 確か、セイウチといったか。影を仕留めたそれは、ただの動物らしからぬ怪力で以て、周囲の鬼を叩き潰していく。

 鬼たちの攻撃一発二発など、物の数ではない。

 あまり美しいとは言えない。アサシンの大人しそうな容姿とはかけ離れた戦い方だが、数の差を補い不利を覆していた。

 どうやら居士と天国は、戦いに向いてはいないらしい。

 天国はタマモキャットが、居士は段蔵が守るように戦い、今のところ此方に被害は出ていない。

 私は――

「ふっ!」

 ――どうにか、戦うことは出来ていた。

 ただ、完全とは言えない。こんな程度のものが、完全である筈がない。

 いつも通りに踊っている筈なのに、動きは重く、テンポはずれる。

 有象無象程度に遅れなんて取らないが、到底好調とは良いがたかった。

「どうした我が戦友(ライバル)。よもやドジョウ掬いに目覚めたのではあるまいな。宗旨替えならやめておけ、滑稽だぞ?」

「煩いわね……これが今の精一杯なのよ」

「むむむ……なるほど、誰しも毛並が優れぬ時はあるもの。よし、援護するぞ。戦わないなどとはプライドにかけて言わぬと見た。なれば一蓮托生であるな。貴様のような悪女には猫付きまとうが似合いである!」

「意味が分からないわ」

 大して本来の私を見たことがある訳でもあるまいに、妙に察しのいいキャットは、その爪で鬼を引き裂いていく。

 手練手管だけは淑やかなタマモとは違い、獣の獰猛さを隠しもしない。

 だが、全員が好き勝手に戦うだけでも、此方の不利は無くなっている。

 鬼や影が戦略も何もないというのも要因だが……これならば、際限があるならば面倒ではあれど敗北はない。

 しかしそれはあくまでも、鬼や影だけであればの話。

 こんな規模の襲撃は、この特異点に来てから初めてのことだった。

 これがこの特異点の悪――地獄と呼ばれた英霊たちが、私たちを明確に敵と判断したがためだとしたら。

 その本体が此方を見ている可能性が高い。

 混沌とした戦場で、勝利を確信し油断した一瞬。

 それも、調子が出ていないと一目で分かる者を優先し、確実に仕留められる好機を狙い――――

 

 

「――甘いわよ!」

 

 

 ――そう、首を狙ってきてもおかしくはない。

 体を大きく捻り、大きく振るった脚。

 何かを弾き、近づいてきた気配が遠のいた方向を見れば、分かりやすいこの場最大の脅威がそこにいた。

「いけないいけない。事を急いだわぁ。ちょろこいと決めつけるんは、うちの悪いクセやわ」

 ――サーヴァント。

 額に二本の角を持った、周囲の不完全な者たちとは比較にならない存在感を持つ鬼だ。

「あんたが話に聞いた地獄ってサーヴァント?」

「そや。話が早くて助かるわぁ。殺爽地獄、酒呑童子。よろしゅうな」

 京を大いに脅かしたとされる鬼の名を名乗ったサーヴァント。

 ようやく見つけた、この特異点の敵。

 不意打ちが失敗したにもかかわらず、彼女は不適な笑みを消すことがない。

「ほう。可愛らしい鬼だ。まるで人形のようだネ」

「……」

「ふぐぅ!? セナちゃんなんで今蹴ったの!?」

 ……こんな状況で漫才を始めた二人は放っておく。

 あれでふざけている様子が見えないというのがまた性質の悪いところだ。

「あら、久しぶりやね剣牢。あぁ、ここは親しみ込めて真名で呼んだ方がよろしおすか?」

「剣牢で結構よ。それで、殺爽、ご用件は何かしら?」

 同じ、地獄として呼ばれたサーヴァント――天国は、酒呑童子に完全な敵意は向けていない。

 対して、酒呑童子もまた同じ。

 どうにもあの鬼の性質は読めないところがある。確信は出来ないが、やはり完全に敵としてみなしている訳でもないらしい。

「別に、剣牢に用はあらへんよ。うちが用があるんは、時を超えてやってきたあんたはんたちや」

 ……いや、この鬼には、敵意も何も関係ないのか。

 戦うというならば、それは戯れと同じ。殺し合いも手遊びも、なんら変わりはない。

 だからこそ、私たちに向けても、不気味なほどに柔らかい雰囲気を向けているのだ。

「恨みはこれっぽっちもあらへんけど、邪魔されると面倒やさかい。どうせあんたはんたちも、殺し合うつもりやろ?」

 その雰囲気のまま、剣呑な言葉で挑発する。

 戦うつもりなのは明白だ。片手で軽く振るわれている、酒呑童子の背丈ほどもある剣がその証明。

 およそ戦えるような恰好には見えないが、そこはサーヴァント。それも、力を自慢とする鬼。あの体躯からは想像できない膂力を持っているだろう。

『……気を付けてください、メルト。敵サーヴァントの筋力はAランク。一撃でも受ければ――』

「わかってるわ。自分の脆さは、自分が一番自覚してる」

 サーヴァントではサーヴァントのステータスは読み取れない。

 カズラが観測者として解析すれば、やはり酒呑童子の筋力はサーヴァントにとってのほぼ最高クラスに位置していた。

 私は耐久力がない。彼女にとってはただの一撃であっても、重傷を負っても仕方ないほどに。

 いつもなら、ハクがそれを補ってくれるのに――と、何気なく考えて、決して見逃さない呪いに舌打ちした。

 戦いの最中であっても空気を読まず、これは私を蝕んでいくようだ。

「……めると?」

 そんな時、驚いたように酒呑童子は私の名を口にした。

 初対面の、それも敵に名を呼ばれ、軽い苛立ちを覚える。

「……そう。あんたはんがめると。ほーかほーか、思いのほかすぐに会えたわぁ」

 ――しかし、その苛立ちはすぐに、怪訝と焦燥で塗りつぶされた。

 明らかに酒呑童子は、私の名を知っている。

 記憶をもう一度探るも、やはり私は彼女を知らない。

 つまりは向こうが一方的に私を知っているということで、それが何故かと考えれば最も高い可能性――何より恐ろしい結論に行き着く。

「……貴女、ハクを知ってるの?」

「はく……ああ……そう、あの小僧っ子、はくって名前なんやね」

 それまでの呪いよりも鋭く、冷たいものが背筋を走っていった。

 無意識に、契約を確認する。パスはまだ繋がっている。だが、それだけでは決して安心できない。

「そないに怖い顔せんでも、多分死んではおらへんよ。うちが目ぇ離してからの責任は取れへんけど」

「何があったのか、何をしたのか――答えなさい」

「何もしとらへんよ。その証拠に、契約も切れてないやろ? 何かする前に余所者が攫っていった、っていうのが正しいけど」

 余所者――それが誰なのかなどわかる筈もないが、地獄の敵対者と見るべきか。

 この特異点に、地獄に対立している別の悪がいれば話は別だが、今は味方である存在と期待するしかない。

 彼女の弁が本当であれば、今のところ安全な可能性はあるということだ。

『……待ってください。メルト、敵サーヴァントと同位置に、小さいですけど、ハクトさんと同じ反応があります』

「……なんですって?」

 カズラの報告に、酒呑童子は「バレたか」とでも言いたげな笑みを浮かべた。

「……まぁ、うちも鬼やし。あないに柔こい肉前にしたら、昂ぶるものもあるんよ」

「…………もう一度聞くわ。何をしたの」

 その二回目の問いに返ってくる答えが何であろうと、関係はなかった。

 答えを聞いた直後の行動は、この場の誰もが予想できたことだと思う。

 それほどまでに単純で、だけど、私は己の行動を止めることが出来なかった。

「安心しいや。肉には傷一つ付けとらへん」

 言いながら、剣を持つ手とは反対で、持ち上げたのは、腰から下げていた瓢箪。

 笑みを更に濃くして、核心の一言。

「――極上に甘い酒のために、骨一本抜いただけやさかい」

 言葉が終わると同時に、私は地面を蹴った。

 振るった脚に力の限りを込めて叩き込み――しかし、酒呑童子の剣はそれを肉に届かせない。

 今の一撃で死のうと受け止められようと、どうでもいい。どうせ今のは、衝動的なものだ。

「ハクの全ては私のものよ。骨一本とて、渡す許しなんか出してないわ」

「なら取り返せば良いんやないの? ――どろどろに酒に溶けたもので良ければ、やけど」

 地獄たちの目的が何なのか、未だにわからない。

 だが、何であろうと、この鬼が許しがたい敵であることには変わりはない。

 ハクの不覚を払拭すべく、もう一度脚を振るう。

 呪いなんて気にならないほどに、その時の怒りは強いものだった。




EXTRA編から続いてきて初、一話丸々メルト視点でお送りしました。
という訳でメルトたちVS殺爽地獄・酒呑童子となります。
相変わらず京言葉が分からないのでまた、何か変でしたら報告いただけると幸いです。


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第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉の』-2

帝都イベが発表されましたね。
龍馬さんは好きなサーヴァントなので配布は嬉しいです。
で、参考書で殴りたくなるあの人は来ないんですかね。


 

 

 私の一撃を打ち払うと、酒呑童子は地面を蹴って後退する。

 炎より生まれる鬼たちの群れから離れるように、屋根に跳ぶ。

 今度は逃がさない。あの金色のサーヴァントよりも、幾分撤退の動きは緩い。

 鬼やシャドウサーヴァントたちは、私がいなくてもなんとかなる。

 ゆえに私は単独、酒呑童子を追う。

 燃え盛る町並を下に見ながら、未だ形を残す家々の屋根を跳ぶ。

「こっちは任せたわよ!」

『メル――』

 カズラとの通信が途絶える。どうやら、不安定な領域に飛び込んでしまったらしい。

 だが、追跡を中止し酒呑童子を見逃すという選択肢は存在しなかった。

 ――遅い。あの鬼の敏捷性は定かではないが、この程度ならば追いつくのにも大して掛からない。

 それが彼女の出せる速度の限界なのか。それとも――

「ふふ、そう来ぃひんとなぁ」

 ちらりと此方に振り向き、私を確認すると、酒呑童子は呟いた。

 やはり、私が追ってくるというのは百も承知。

 ならば勿論、やってくるのは――

「迎撃、よね――!」

 腰の瓢箪から噴き出された水流。

 対して私も溶解の水を放ち、その性質を無力化した上で突破する。

 ――酒の類。性質を確かめるべく、ほんの一滴吸収したものは、瓢箪の中にあって然るべきなものだった。

 そして、その中に――ごく僅か、知った蜜がある。

 味覚ではなく、全体に染み込むように伝わってくる、何より落ち着く甘ったるさ。

 それが本人ではなく、初対面の敵の持ち物から感じられるという許しがたい事実。

 此方の激怒を、彼女は読み取ったらしい。

 笑みを深めて、逃げる足はそのままに振り返る。

「ほれ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ――」

 わざわざ剣を収め、手打ちをしながらの挑発。

 未だ瓢箪の口は此方に向けられている。

 であれば、冷静さを欠かせたところで何をしてくるかなど明白だった。

「さよならアルブレヒト――!」

 先程とは比較にならない、膨大なる鉄砲水。

 だが、対軍宝具ほどの威力も伴っていない水流など恐るるに足らない。

 水の膜を、私を囲むように展開する。

 動くことは出来なくなるが、嵐の海のような奔流の中で、一つの安全領域が作られた。

 酒呑童子の姿は見逃さない。鉄砲水の勢いが弱まり、上方に攻撃の死角が出来たことを見計らい、膜の解除を行う。

 同時に跳躍。膝の棘での刺突は躱されるが、それを悟った時点で私は行動を変えた。

 屋根に脚具を突き刺し緊急停止。体に回転を加え、重さを込めた蹴りを叩き込む。

「ッ――――!」

 休ませはしない。更に一回り、斬撃に魔力を込め、放つ。

 その追撃の結果は見ない。当たろうが受け止められようが、牽制になればそれでいい。

 屋根を飛び下り、水浸しの地面に着地する。

 それはもう“酔”に満ちた酒ではない。水の膜に染み込ませていた支配の毒は、十分に浸透した。

 私は性質そのものが完全流体。流体を操り武器にするしかできないのであれば、一度離れたそれらなど私に支配権を譲ったも同然だ。

「返すわ!」

 支配下に置いた水を私の一存で以て逆流させる。

 私の一つ一つの攻撃は、威力に秀でたものがない。

 しかし、こうして敵の攻撃を利用してやるなど、補う方法はいくらでも存在する。

 私の宝具ほどではないが、染み込んだ者を溶かす毒の波。

 これで仕留められる、とも思ったが――そこは往生際の悪さを伝承にさえ謳われる鬼、ということなのだろう。

「……しぶといわね。楽に逝けるならそれ以上はないわよ?」

「ご生憎様やね。酒に溺れるなんて死に方するには、この酒じゃあちょっとばかり弱いわぁ」

 何処から呼び出したのか、鬼に巻き付いて盾となる巨大な蛇身。

 波を受け切ると同時に倒れ伏した使い捨ての駒は、そう扱うには惜しいのではと思えるほどに強力な大蛇だった。

 眷属、ないしそれに類する使い魔の呼び出し。

 ただ鬼を統べるだけではないということらしい。

「そないな甘ったるい酒じゃあうちは溶かせへん。あんたはんの大事な人の骨、気持ちよう酔うにはなかなかやけど、まろやかさが過ぎるさかい。あんたはん、あの小僧っ子と再会したら、少し体を鍛えるよう言って――」

「ッ、黙りなさい!」

 誰かがハクの成長を期待する。それは構わない。

 事実、そうして誰かとの差、自身の未熟を糧にすることで、ハクは成長してきた。

 だが――あの鬼の言葉は、ハクが受け入れて良いものではない。

 寧ろ悪影響以外の何物でもない、ハクに一切の利益がない戯言だ。

「激情ぶつけられても痛くも痒くもあらへんよ。にしても、一人で追ってくるなんて蛮勇やねぇ。そないにうちを殺したいん?」

「当然よ。ハクに手を出したこと、後悔させてあげるわ」

「あっははは! 怖い怖い。あの人畜無害な小僧っ子とは正反対やわ」

 余裕を崩さず、舐めきった態度の酒呑童子に対する苛立ちはつのる。

 そして、同時にハクを意識することで訪れる、不快極まりない干渉。

 全身を這い回るような感触に、僅かに身が竦んだ瞬間、

「ッ!」

 ハクではない、あの鬼が持つ人を蕩かす甘美な酒気に酩酊していた各所の感覚が、僅かに解けた。

 そして気付く。背後に忍び寄る、しゅるしゅるという音。

 間違いなく、先程のものと同じ大蛇。だが、対処をすべく振り向けば酒呑童子に隙を晒すことになる。

 この挟撃を防ぐには――上か横。跳躍のため、身を屈め――

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!』

 大蛇の叫びで、それを止めた。

 酒呑童子もまた、唖然とした様子で私の背後に目を向けている。

 ともかく、これは好機。仕切り直しと右方に跳び、距離を取りつつそれまで背後であった方を確認する。

「……?」

 大蛇は、大いに燃えていた。

 肉を焦がし、その内にまで届き、パチパチと音を立てながら燃える炎。

 それに暫く身悶えしていた大蛇は、やがて力尽き、倒れ伏した。

「ああ――なんて悪辣。なんて下劣。妙な色香で人を誑かし、背後から伏兵をけしかけようなどと。わたくしついつい手が出てしまいました」

 蛇の更に後方。

 後悔するように溜息をつきながら、歩み寄ってくるサーヴァントがいた。

 緑と白の着物に、長い緑髪の少女。側頭部から生えているのは――角?

「火生三昧に出でたも何かの縁。これを機に己を見つめなおそうとすれば、その実、随分とまあ荒々しい戦場のようで」

「……あんたはんは? 見たところそっちにつくサーヴァントって訳でもなさそうやね」

「ええ。何れに何方がいるとも存じませんが、何処にも与してはおりません。ただ、お二方を見ていた限りでは、正義はあちら様にあるように見えますが」

「間違ってはおらへんよ。うちらは悪。この京の都の全てを焼き払う地獄や」

 酒呑童子の言葉を聞いたサーヴァントは、一つ頷く。

 そして今度は、此方に目を向けた。

「では、そちらは? 彼女らを倒すのが目的ですか?」

「……当面はね。最終目標はこの時代の異変解決、および原因となった聖杯の回収。……もっとも、今アレと戦ってるのは別の理由だけど」

 話しつつも、調子を整える。

 ハクからの魔力は流れてきている。あの鬼が相手であれば、戦える。

「別の理由?」

「……大事な人を傷つけられた。私にとっては時代より優先すべきことよ」

 自分を落ち着かせるためにも、関係ないと突っぱねず、正直に打ち明けた。

 私にとってそれは、自身以外の全てが敵になったとしても揺らぐことのない価値観だ。

 今ばかりは時代の修正も、未来の消失も関係なく、私事で戦っている。

「……あぁ……なるほど」

 また一つ、そのサーヴァントは頷いた。

「さて、再開や。あんたはん、うちは気に掛けへんよ。すぐ逃げはったらよろしおす」

「逃げる……? まさか。わたくしはひたすら追うのみ。逃げるなど、考えることもできませんわ」

 酒呑童子の警告を考える様子もなく、サーヴァントは即答した。

 小さな笑みを浮かべて此方に歩いてくる少女にも、警戒を向ける。

 何かが気に入らなかったとして、彼女と同時に戦うことになったとすれば、戦略を組み替えなければならない。

「警戒なさらずとも、大丈夫ですわ」

 ――その時、唐突に、自身と繋がる新たなパスが生まれた。

 ハクとのものとは違う。それは、全く別の契約。

「貴女――」

「貴女様の大切な方を想う気持ち、わたくしは確かに楔として受け取りました。押しかけ小姑のようですが、そこはそれ。あれなる仇敵は例えるならば安珍様とわたくしを隔てる道成寺の鐘の如し。であればわたくしもまた打倒に力を貸しましょう!」

 どういった事情かは不明だが、この時代四人目のマスターとして選ばれた私。

 そして、そのサーヴァントは、自分から、勝手にパスを結び、契約してきた。

「バーサーカー、真名・清姫。問答など最早不要。貴女がわたくしのマスターです!」

 

 

「……自分から首突っ込むなんて、またえらい数奇者やねぇ。なら、どっちも敵、でよろしおすか?」

「勿論です。無視するでも勝手に火は吹かせてもらうのでそのつもりで」

 身勝手に契約したサーヴァント――清姫は、堂々と酒呑童子に宣言した。

 ――マスターとして契約したからか。清姫の能力が伝わってくる。

 ……。

「……貴女、そのステータスで叩ける大口なの?」

 平均的な値を示す敏捷を除き、全てが最低値。

 唯一宝具のランクが規格外を示しているが、およそ英霊として最低クラスと言ってもいい。

「ご安心をマスター。力では及ばずとも、わたくし、己の想いには自信がありますわ」

 ――確かに、清姫の周囲には、妙な熱気が漂っている。

 先程大蛇を焼いたのが彼女であるならば、炎を操る力があると見て良いだろう。

 だが、だからと言って酒呑童子のように戦いを得意とするサーヴァントに抗えるとは思えない。

 精々が使い捨てになるか――ひとまず自身のサーヴァントとして、その役割を己のうちで定める。

 元々誰と契約するつもりもなかった。この場である程度役に立てば上々だ。

「ほんなら、少し上げていこか。加減は出来へんから、あんじょう気張りや?」

 再開の狼煙に、瓢箪から放たれる瘴気。

 瘴気はみるみるうちに、周囲に広がっていく。

 直接的な攻撃力はない。だが、この性質は。

「――毒!」

 触れたと同時に感じた寒気に、即座に幕を張る。

 清姫にはそれに対する守りはないが――

「虚仮脅しですか?」

 しかし、まるで影響がないかのように、反撃した。

 軽く吹かれた息はたちまち熱を帯び、炎となる。

「なっ――」

 酒呑童子にとっても、予想外であったらしい。

 先制攻撃の余裕の顔を消し、立っていた屋根から飛び退く。

 屋根に走る魔力を帯びた炎は、タマモが使う妖術と同質のものではない。

 その神秘はサーヴァントが纏うものとは異なる、この世からは既に失われたものに思える。

「おかしいなぁ、うちの酒の毒が消えてはるわ。あの小僧っ子かなぁ」

 ハクが何かしたのであれば、それは存分に利用させてもらおう。

 どうあれ、酒呑童子に毒の脅威は皆無、ないし殆どなくなっているらしい。

 であればその方面でも、私は勝っている。

 清姫の炎が酒呑童子を襲う。その回避は容易いだろうが、避ける方法は簡単に予想出来る。

「随分と、余裕じゃないの!」

「ッ!」

 付いた切り傷は一つ。だが、それは確実な意味を成す。

 少しでも打ち込めば、刻一刻と相手を蝕む私の毒。

 能力の溶解はすぐに開始される。無論、致命的になるまでは相応の時間が掛かるだろう。

 だが、少しずつでも確実に敵を追い詰めていく。

 元々私と差があるのであれば、それはさらに顕著になる。

「はっ!」

 清姫も、多少なりとも役に立っている。

 その火は気に留めずにいられるほど小さい威力でもない。

 確かに一流のサーヴァントの剣戟などと比べれば微々たるものだろうが、炎の傷は斬撃の傷とはまた違う痛みを生む。

 そして、清姫を気に掛ければ私から注意を逸らすことになる。

 酒呑童子の速度は私には及ばない。その隙を突くのは簡単だ。

「これは、少し……」

 焦燥の表情に、思わず笑みが零れた。

 因果応報。ハクを傷つけたならば、これが当然の報いというものだ。

 みるみるうちに、その肌に傷は増えていく。

 愉しい。その傷が増え、余裕の笑みは苦悶へと変わっていく。

 私の苦痛には同等の報復を。ハクの苦痛には倍の報復を。

 ただでは殺さない。元よりそのつもりだったが、やはりそこはサーヴァント。

 私がわざわざ気を使わずとも、十分にしぶといらしい。

「本性、出すしか、あらへんな!」

 次の瞬間、爆発的な魔力が発生した。

 地下――その正体を確かめずとも、それは自ら現れる。

 先程のものより遥かに強大な蛇。

 ただの数合わせという訳でもないらしい。

 その魔力は魔獣という域には収まらない。

 酒呑童子が操れる眷属の中でも、最上級のものだろう。

「竜紛いの小娘相手なら十分やさかい。さっきみたいに一思いで燃せるほどやわくはあらへんよ」

 その宣言は真実、全力を出すという証。

 まだあのサーヴァントは宝具の真名解放もしていない。

 危機とあらばその使用も躊躇はすまい。

 その隙をあの眷属を以て作り出す腹積もりか。

「ふん。尚も続く安珍様への道中に比べれば児戯にも等しいです。どうぞ掛かってきてくださいまし」

 清姫がそのつもりであるならば、これまで同様に気に掛ける必要はあるまい。

 そしてどうやら――運もまた此方に味方をしているらしい。

「よう。その鬼退治、オレも混ぜちゃくれねえか」

「――あら、無粋だこと。飛び入りするほど自身があるのかしら?」

「おうよ。生憎マナーなんてもんは知らねえが、役立つぜ?」

 この場に集った、第四のサーヴァント。

 彼は来るべくして現れたのだろう。

 真名を知る前から、何となくそれを察することが出来たのは、ハクと長くを共に過ごしてきたからか。

 あの鬼とそのサーヴァントの間に結ばれたものは私にははっきりと分からない。

 だが、ハクであればきっと、何かをしっかり感じ取ることが出来ただろう。

「……ほーか。ほーかほーか。懐かしい香がすると思ったわ。久しぶりやねぇ、金髪碧眼の小僧?」

「ああ。運命ってのも中々小憎たらしいことしてくれるじゃねえの。だがまあどうやら、やる事は変わらねえらしい。今度は小細工抜きで殺り合おうじゃねえか」

 斧を力強く振り回す、金髪おかっぱ頭のサーヴァント。

 この時代を守るべく召喚された正義の英霊からは、

「さあ! バーサーカー・坂田金時――推して参るぜっ!」

 ――ほんの僅かに、ハクの雰囲気が感じられた。




という訳で清姫登場。
恐らくは前代未聞だろうメルト&清姫主従の誕生です。よろしくお願いします。
更にゴールデンも颯爽参戦。ヒーローは遅れて来るものです。
EXTRA編以来のメルト視点での戦闘シーン。
ハクとの強さなどの差から、描写に結構違いがあります。


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第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉の』-3

ミッチーが実装されなかったのでどうにか致命傷で済みました。
あのくらいなら特に影響はありません。


 

 

 第二のバーサーカー、坂田 金時の参戦により、敗北などという結末は更に遠のいた。

 というよりは――私の出る幕が無くなった。

「オラ――!」

「ふっ……!」

 見た目通りの怪力で以て、斧が振り下ろされる。

 酒呑童子は小柄な外見ながらそこは鬼。

 決して金時に劣ることなく、剣で受け止める。

 ほぼ互角。だが、酒呑童子には先の傷がある分だけ、金時が有利を広げている。

「暇が出来たようですね。ところで、マスター?」

「何よ」

 無駄話をするつもりはなかった。

 酒呑童子の意識があの男に向いているとはいえ、油断できる状況ではない。

 先程も殆ど悟らせることなく手駒で不意打ちを行おうとした鬼だ。

 まだ周囲にどれだけの眷属を仕込んでいるかもわからない。

「契約は成立しましたが、わたくし、まだ貴女様のお名前を聞いておりません。お聞かせいただいて、よろしいですか?」

「……メルトリリスよ」

「めると、りりす様――南蛮のお名前でしょうか。流れるような美しい響きです。どちらのご出身で?」

「……月」

「まあ! なんてろまんちっくでしょうか! 月の国とは一体どんな場所なんですか? カグヤさんの言っていた――」

 どうにも緊張感のないこのサーヴァント。

 しかもどうやら英霊同士で妙な繋がりを持っているらしく、あまりに聞きたくない名前を聞きそれだけでげんなりとする。

 それを払拭するべく、一つ溜息をついて再度集中する。

 まだ戦いは続いている。酒呑童子は新たなサーヴァント――金時に意識を向けているとはいえ、私は加減するつもりはない。

「ふっ――!」

「なっ……!」

 その刺突が防がれたことは、少々意外だった。

 鬼の膂力は凄まじい。まさか蹴り一つで今の一撃を対応してみせるとは。

 だが、どうあれその瞬間、明確に隙が出来た。

 金時の振り下ろした斧を受け止め、その勢いを殺しきれずに膝をついた。

「……あぁ。嬢ちゃんたち、休んでても構わねえぜ? オレはコイツと古い知り合いでな。こういう因果になっちまったなら、せめてトドメはオレがさしてやりてえんだ」

 坂田 金時。その名は知っている。

 あまり英霊に興味がなく、その知識に関してはハクに任せることの多い私でも名を知るくらいには有名だ。

 日本、この国では今この時代のどこかにいるだろう織田 信長に勝るとも劣らない知名度を持つことだろう。

 そして酒呑童子と言えば――金時と浅からぬ因縁のある存在のようだ。

 そういえば、タマモからどちらの名前も聞いたことがある気がする。

 まあ、そういうことだ。金時に獲物を譲るというのも、一つの手段ではあるだろう。

 だが――

「お断りよ」

「……何?」

「貴方とその鬼の因縁なんて知らないけれど、それ以前に私はマスターに手を出されているの。散々それを悔やませてから仕留めるつもりだったのに、突然他所からやってきて仕切ろうとしないでくれるかしら?」

 生前の縁。そんなものは関係ない。

 私が酒呑童子と戦っているのは、あの鬼がこの時代を脅かす地獄の一角であるということ以前に、大切な人に手を出されたからだ。

 私からすれば、向こうこそ此方の事情も知らずに邪魔をするな、という話だ。

「……参ったな。そういうことかよ畜生……お前、またそんなことやらかしてたのか」

「だって、うちも鬼やし。元より人とは相容れない生き物やさかい――そこは堪忍してほしいわぁ!」

「ッ!」

 金時が僅か、その声色に憂いを持たせ、斧の重みが薄れたことが分かった。

 それを決して見逃さず、金時の腹を蹴って斧から逃れた酒呑童子はすかさず大蛇をけしかける。

 ならば、私は酒呑童子に集中できる。

「あはは、怖いわぁ。そないにあの小僧っ子にぞっこんなんやね。小僧っ子もあんたはんと切り離されたの知ったとき、ええ顔しとったよ。善哉善哉、とはこのことや」

「ッ――貴女――!」

「なんならあんたはんの骨も抜いて同じ酒に溶かそか? ようけ混ざって、さぞ美味くなるやろ――な!」

 その力強さは、もう慣れた。

 散々の挑発に込める力も強まる。

 そのニヤニヤとした笑みは、私をより苛立たせる。

 相手を討つ最後の一手を詰められない。それを補う人がいない。

 攻め切れないという苛立ちに、思わず舌打ちしたその時。

「おい、嬢ちゃん!」

「――――」

 後ろから這い寄ってくる音に気付く。

 それが笑みの理由であると理解する。

 金時を襲わせたのは、私に隙を作らせるためだとしたら。

 抜かった、よもや二度も同じ手に掛かるとは。

 ――清姫。

 この状況で先程窮地を救う一手を担ったサーヴァントが頭をよぎる。

 いや、無理だ。まだ軽く能力を把握した程度だが、決して強力なサーヴァントではない。

 これほどの眷属を倒しきれるような力は持っていないだろう。

 であれば――僅かでもその挟撃を受け止め、脱出する。

 水膜を展開する準備をしつつ、振り向き――

 

 

 ――ほんの一瞬、炎に燃える赤い蛇竜を見た。

 

 

 視界に映っていた時間はごく僅か。

 二匹の蛇が絡み合っているような光景があった気がした。

 しかしそれを脳がはっきり理解する前に光景は消滅し、

「……ふぅ」

 焼け跡には、素知らぬ様子で微笑む清姫の姿があった。

「マスターの傍に立つがわたくしの流儀。マスターの道を開くがサーヴァントの使命。しかし、どちらも貴女というマスターと契約を結ぶにおいては相応しくないようですわ」

 その口元から零れる火の粉は、それを自身が行ったことを証明しているようだった。

 私は清姫の伝説はよく知らない。

 だが、その結末は知っている。

 情念からその身を竜と化し、恋しい者を焼き払った。

 今、断片的に発動された宝具は、その伝説を具現化したものなのだろう。

「マスターの後ろを守る。それがわたくしの役目と判断しました。背後からの奇襲など、できると思わないことです」

 ――多分、その時感じたものは、信頼ではなかったと思う。

 安堵、あるいは、もっと軽い何か。

 そしてそれは同時に、今失っているあまりにも大きなものの喪失感をほんの少しだけ、補えるものだった。

「……言ったからには、任せるわよ」

「ええ。ですので安心して戦ってください。この清姫、盤石にその背を守らせていただきます」

 蛇の相手をしていた金時も戻ってくる。

 予想外に力を見せた清姫により、その有利はより絶対的なものとなった。

「……今の炎」

「一思いで駄目ならば、二つ三つと想うのみ。この情念、決して容易いものではない自覚はありますわ」

「……ほーか。ちょっと舐めてたわぁ。堪忍な?」

 酒呑童子の目の色が変わる。

 どうやら、清姫も同等に外敵と判断したらしい。

「……まあ、そういうことらしい。ならしょうがねぇ。オレとアンタの因縁は次に持ち越しってことにしようや」

「せやね。うちも今回はそれどころやないし――」

 そして、その瞳にはまだ諦めはない。

 寧ろ、ようやく本気を出すに値すると判断したようで。

 その余裕さがまた、腹立たしかった。

「纏めて蕩かして終いにしよか。安心しい、あんたはんもあの小僧っ子の骨と同じ瓢箪で、ゆっくり、ゆぅっくり一つにしたるさかい。これ以上ない幸せやろ?」

「――そう。やれるものなら、やってみれば?」

 酒呑童子の言葉が何を意味するのか。その神髄なんて知ったことじゃない。

 だがこの時、確実にあの鬼は宝具を紐解こうとしている。

 それは先程から武器として操っている毒の大元ともいえる何か。

 そして――その毒からハクの香が感じられた理由。

 酒呑童子が何処からか取り出した杯を掲げる。

 妖艶と言うのが相応しい独特な雰囲気の魔力を持ったそれを、金時は知っているらしい。

「神便鬼毒酒――! テメェ、どうして――!」

「あっはははは! この酒に酔うてうちが死んだなら、うちが持っていてもおかしくないやろ? ああ――この香、昂ぶるわぁ」

「チッ……離れろ嬢ちゃんたち、ありゃあ元の神酒じゃねえ。とびっきりの毒になってやがる!」

「っ、マスター!」

 金時と清姫が距離を置く。

 ああ、あの毒を振りまくのが酒呑童子の宝具であるならば、それは正しい対策だろう。

 だが、私はそれをしない。

「蛮勇やねぇ。ほなら――」

 ――くる。

 臨むところだ。此方も特別大きな魔力を使用する。

 ハクはこの時代の何処かにいる。とにかく今は、彼が窮地でないことを祈りつつ、その魔力を貰う。

 あの鬼に一切言葉を与えない、絶対的な勝利のために――!

 

 

「椀飯振舞や――『千紫万紅・神便鬼毒(せんしばんこう・しんぺんきどく)』!」

 

「魔力一滴まで溶け落ちなさい――『弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)』!」

 

 

 杯から垂らされた毒がたちまち周囲に満ちていく。

 それを覆うように、私の波が“防波堤”を作る。

 外側の私の宝具と内側の酒呑童子の宝具。

 二つが激突し、演者として操る私に相手の性質が伝わってくる。

 浸った敵にあらゆる害を与える毒。

 時に盾を腐食させ、時に筋肉を解きほぐし、魔術回路にさえ手を加える万能毒。

 ゆえにどんな相手にも通用し、どんな相手をも侵し切る可能性を秘めた、悪辣なる宝具。

 人を生きた心地のままに腐乱させ、肉を蝕んでいく神の酒気。

 そして――それを強化するのは、人間たちの恨みや辛み。

 俗世に生きる者たちの苦悶を吸い上げ、より強大な呪いと化しているのか。

 何らかの理由で弱体化していれど、それでも強い毒素を持った一滴。

 なるほど。鬼に相応しい宝具だ。

 だが、足りなかった。

「ッ――――」

 ()()()()の毒で、私に勝てると思ったこと。

 そして、あまりにも――相手に与えんとする影響が、多すぎたこと。

「相手を溶かそうって気が足りないわ。毒を洗練させて出直しなさい」

 酒気を飲み干し、波が荒れ狂う。

 あっという間に酒呑童子の姿は見えなくなり、その力が分解、変換されて私の力へと変わっていく。

 深く浸食したウイルス。そして私個人が持つ最大の権能(ちから)

 溶解の限りを尽くし、酒呑童子に満ちた水を踏み躙ることで、宝具のさざ波は消えていく。

「なんと……美しいのでしょう。わたくし見入ってしまいましたわ、マスター」

 駆け寄ってくる清姫とは真逆に、金時は警戒を崩していない。

 当然か。これほどの耐久力とは、流石に予想外だった。

「――なんてしつこい。嫌われるわよ?」

「――うちは鬼、嫌われるんが役目のようなものやさかい。今わの際に首一つで一矢報いようとした執念は伊達やあらへんよ」

 その(レベル)を大幅に落としながらも、酒呑童子は生存していた。

 雨粒ほどの余力でなおも粘る姿に、しかし同情など起きない。

 動くこともままならないだろう鬼は、それでも再び杯を掲げる。

 ――往生際が悪い。

 最早先程の威力すら出ないだろうが、油断して飲まれるつもりもない。

 心の中でハクに謝罪し、もう一度宝具の準備を整える。

 そして――

「……千紫万紅、神便、鬼毒――」

 最後の力を振り絞るように解放された真名。

 その一滴が落ち、迎撃をしようとして――思わず、その足を止めた。

 毒は広がらない。

 杯は己に満たされた酒を地に吐き出すだけで、それ以上の何も起こらない。

 当たり前のように地に吸われた酒は、炎熱で空しく乾いていく。

「な――」

 本人もまた、何が起きたかわからない。

 清姫でも、金時でもない。

 勿論私が宝具の機能を消した訳でもない。

 その詰めの一手を打った者は――

 

「悪ぃな。ダチが巻き込まれてるんで、つい手が出ちまった」

 

 酒呑童子の、後ろにいた。

 紅葉をあしらった派手な色の着物を着崩したサーヴァント。

 後ろで纏めた燃えるような赤髪は、その性質を現すように四方八方に跳ねている。

 鋭い、というより悪い目つきはしかし、悪意も邪気もなく、笑みを浮かべるために細められる。

 たった今使ったのだろう刀を納め、此方に歩いてくる女。

 首に巻くマフラーは、先が広がり体の後ろで翼のように展開されている。

 そして、何より特徴的なのは背負っている――棺、だろうか。

 直方体の箱のようなものを鎖で体に括り付けている、奇怪な風体だった。

「面と向かうなぁ初めてだが、その魂の色、間違いねぇよな。一応確認するけど、清ちゃんだろ?」

 あのドレイクを思い出させるような、力強い笑み。

 それは私の後ろの、先程契約したサーヴァントに向けられていた。

「――まさか!」

 清姫もまた、相手の正体を感付いたらしい。

 驚愕、そして信じられないといった表情で、相手の名を呼ぶ。

「――――紅閻魔、さん?」

「おうよ。今回はサーヴァント、クラスはセイバーだ。よろしくな、清ちゃんに、初めましてのあんた方」

 紅閻魔、と呼ばれたサーヴァントは、その邪気のない笑みを此方にも向けてきた。

「あんた、はん……うちに、何を……?」

「んー? いやねぇ、宝具とか使ってるとこ見たら、衝動的に手が動いたというか。なんというか、あれだ。舌切っちまった」

 さらりと、紅閻魔は酒呑童子にそう説明した。

 舌を切った。実際の話ではない。これは――概念としての話。

 意思を舌に乗せて外に出すことで発現する言葉。それをこのサーヴァントは封じたのだ。

 言葉の意味を無くし、酒呑童子の言葉から真名解放という宝具のトリガーの機能を喪失させた。

 最後の一撃という逆転の芽を、彼女は摘んだのだ。

「――終わり、みてぇだな」

 金時が紅閻魔と入れ替わるように前に出る。

 力の殆どを失い、宝具解放という手段も喪失した彼女に、最早一片たりとも勝ちの余地はない。

「興醒めだが、オレらの勝ちだ。許せとは言わねえよ。怨みたきゃ怨んでくれ」

「……は……そないに意味ないこと、しいひんよ。そもそも浮世から零れ落ちたら、鬼は終いよって。今回はまあ……茨木への義理みたいなもんやし」

「……そうかよ。んじゃ、いけ。どうせオレっちも長くねえ」

「……せやね」

 会話のうちに仕留めに行こうとして――やめた。

 何故かはわからないけれど、多分。

 ――あの二人の間にあるものを、知っていたからだと思う。

「――まぁったく……そないな物で隠しよってからに。勿体ないわぁ……」

 震える手で、酒呑童子は金時のサングラスを外す。

 それと同時に、金時もごく弱い力で斧の刃を刺し、酒呑童子の胸の霊核を突いた。

「あぁ……そうそう。精々アレには気ぃ付けや。ほんに悪いんは、地獄やのうて、ま――」

 最後まで言い切らず、酒呑童子は消えた。

 消滅を見届けると、少しだけ空気が良くなった気がした。

『――メルト! 無事ですか!?』

「……カズラ?」

 通信が不安定なところに飛び込んだ以上、カズラとの会話は不可能な筈だった。

 しかし回線の乱れも感じさせず、カズラは心配そうな声色を隠しもしない。

「通信、出来ないんじゃないの?」

『それが、急に観測可能な範囲が広がって……ミコさんたちは無事シャドウサーヴァントたちを撃退しました。メルト、は――』

 追及は、途中で止まった。

 とりあえず、向こうの状況は収束したらしい。

 観測範囲の拡大。恐らくは、地獄の一角の消滅が理由だろう。

 しかし、もしかしたら何かあったのか。

 カズラが驚愕し、言葉を失うような、出来事が。

『……通信は、此方からは不可能ですか。だけど――』

「一体どうしたのよ、カズラ」

『――落ち着いて聞いてください、メルト』

 

 

『――ハクトさんの反応が、見つかりました』




殺爽地獄こと酒呑童子はこれで退場。
そして新たに紅閻魔ちゃんの登場です。宜しくお願いします。
キャス狐から時々名前の出ていた舌切り雀ですね。
なんか実装説濃厚ですが出る前に出しゃあ勝ちなんですよ(ヤケクソ)


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第五夜『酒宴の餓狼』

去年の水着フランで色々あってその副産物がたくさんあります。
復刻イベントも礼装には困りませんね!


 

 

 牛若が消滅した戦い。

 あれから二度、日が変わった。

 シャドウサーヴァントは相変わらず襲撃に現れる。

 人数こそ減っているが、しかし僕たちは生き延びられていた。

 最初に戦った影のような厄介な能力を持つ者がいなかったのが要因か。

 そして地獄の襲撃は、あれから無い。

 今この瞬間も、この京の何処かで動いているのだろうが、此方に対しては不気味なほどに静かだった。

 メルトたちの様子がわからない中で、変化があったのが昨日。

 メルトとのパスを通じ、尋常ならざる量の魔力が持っていかれた。

 アレは恐らく、メルトが宝具を使用するためのもの。

 つまり、宝具を使わざるを得ないほどの何かが起きた、ということだ。

 ただのシャドウサーヴァントであれば、それほどの事態は起きまい。

 であれば――地獄が現れた、ということかもしれない。

 メルトに供給される魔力は今は落ち着いている。

 また、彼女が存命であるということもわかる。

 そして、昨日突如として、この時代の空気が変わった。

 悪い方向に、ではなく、どちらかといえば穏やかな、良い方向に。

 これらの状況から考えて、この時代を侵す地獄が最低でも一騎倒れたと考えるのが妥当だろう。

 それを確信する訳にもいかないし、仮に真実だったとして誰が倒されたかもわからない以上対策を怠ることもできない。

 だがほんの少し解決に近づいた気がして、気分も幾分か楽になった。

 鈴鹿から借り受けた顕妙連の力か、あれから吐き気などの症状はない。

 カズラとの連絡こそ未だ繋がらないが、事態はやや好転していると思えて冷静になることができていた。

「なるほど……既に三つの時代を」

「ああ。最初はブリテン、次はマケドニア、この前は何処とも知れない大海原。どれも一筋縄ではいかなかったけど、夢のような冒険だった」

 五日目。

 またも妙な時間に目が覚めてしまい、ちょうどその時間、外で警戒をしていた沖田と話していた。

 これまで歩んできた時代について。

 未だ以て原因不明の未来消失。解決の鍵は、黒竜王から聞いた「特異点の破壊」と「聖杯の破壊」。

 単調にそれをこなしてきたが、そろそろそうも言っていられない。

 この時代の解決のみならず、その先――この事件そのものの手掛かりも、見つけなければならない。

 黒竜王やメディアは、何かを知っているようだった。

 ――私に、それを答える自由はない。ただ立った場所が終末であるならば、私は己が力を以て、民を――国を、救うまで。

 ――……いいえ。私には、分かりません。知っているのは、その手段だけ。そして――それさえ、口には出来ません。魔術師として、私は敗北しましたから。

 だがどちらも、それを話す自由がなかった。

 恐らく彼女たちの後ろには、彼女たち以上の脅威がある。

 きっと、それが事件の黒幕なのだろう。

「その三つの時代、その何れにも規格外の敵がいた、と……つまり、この時代にも」

「ああ。可能性は高い」

 最初の特異点では、事件の解決に集った英霊全てが力を合わせ、それでも勝利は紙一重だった。

 マケドニアや大海で最後に現れた怪物も、討伐こそ出来たが時代を破壊し得る存在だっただろう。

 それらと同等の何かが、この特異点にも紛れていることもあり得よう。

「では、尚更地獄に負ける訳にはいきませんね」

「ああ。皆の力があれば、きっと何とかなる」

 そう、沖田と笑い合ったときだった。

 小屋から物音が聞こえ、振り向けば蒼白の肌の少女がいた。

「ナガレ……?」

「目覚めていらしたのですね。何やら話し声が聞こえたもので、少々気になりまして」

 相変わらず、深い隈を刻んだナガレ。

 あまり睡眠は必要ないと言っていたが、それでもその顔色の悪さも相まって心配になる。

「なんのお話しを?」

「あぁ――僕が今まで歩んできた時代の話だ」

 ナガレにも、掻い摘んで話をした。

 英霊である沖田にも新鮮な話だったのだ。

 ナガレもまた、到底信じられないといった面持で話を聞いていた。

「――多くの死線を、潜ってきていたのですね」

「そう、だね。そのたびに、誰かに助けられてきたけど」

「そこに飛び込める意欲があるのは素晴らしいことです。私には――到底選べぬ選択です」

 己を卑下しながら、ナガレは言う。

「ナガレさんも、この時代を守る一人じゃないですか。十分に勇気があると思いますよ」

「絶望的な状況に、ようやく背中を押されたようなものです。こうしなければ……私には何も無くなっていましたので」

「――それは、どういう?」

「記憶がないのです。この都が焦熱に包まれるより前の記憶が、一切」

 記憶喪失――ナガレは、既に己というものを失っていたのだ。

 そしてそれが、同時に彼女に一歩を進ませるきっかけになったらしい。

「気付けば、私は己の名も含めたほぼ全てを忘れていました。そして炎の恐怖から逃げるために、信長様に仕官したのです」

 ――そうか。その名を知らないのも当然だった。

 この特異点が発生するまで、ナガレは信長とは縁のない存在だったのだろう。

 緊急の事態になって、ナガレは藁にも縋る思いで仕官を申し出た、と。

「ナガレという名は、その際咄嗟に名乗ったものです。名を問われた時、自然と、この名が出てきました。本来の名ではないとは何となく分かるのですが、違和感がないのです」

「記憶の手掛かりは、何も?」

「……幾つかはあります」

 ナガレは失った記憶の断片を手繰るように、目を閉じて考える。

「……一つは、私の持つ幾つかの術理。どうやら一つの道ではなく、幾つかの道に通じていたようなのです」

「それは……魔術や妖術というような?」

 頷くナガレ。それは、特異というか、非常に希少な例に思えた。

 魔術、妖術、呪術、幻術。そうした常人とは異なる術理を操る道は多岐に渡る。

 それらのうち一つに適性を持つのが、“通常の異能者”だろう。

 だが、ナガレはそれらのうち複数を学んでいるらしい。

 拠点としている小屋の内部を広げているのは魔術によるものだろうが、それ以外にも彼女には力があるようだ。

「そしてもう……忘れられぬ姿が、二つ。優しげな微笑みの殿方と、完成されながらも、幼かった――恐らくは、私の子」

 記憶の大半を失ってなお、忘れることなんて出来ない大切な人の姿。

 無表情なナガレだが、それでも声色に宿る思いは十分に伝わってくる。

 並みの間柄ではない、家族のような者に向ける愛おしさ。

「しかしそれらは今は気にすることではありません。とにかく、この地獄の危機を解かなければ」

「ああ――」

 しかし、その記憶の探求を今は封殺し、ナガレは信長に尽くしている。

 きっと、世界が元に戻れば、記憶も戻るだろうと――

 

「――ふむ。各々事情を抱えているか。それでこそ。信念無き者を殺してもつまらぬわ」

 

「――――」

 その時聞こえた第四の声は、完全な不意打ちだった。

 ざわりと全身を巡るように寒気が走り、少し前までの穏やかな気分は吹き飛ぶ。

 だがその声から感じる性質、体の底からの警告は、決して逃亡や戦闘を促すものではない。

「――抜くな!」

 剣に手を伸ばした沖田を制する。

 確かにそれは、敵に接近された状況では愚行かもしれない。

 だが、彼に関しては違う。

 無論、戦闘放棄と見なされても仕方のない行動ではあるが。

「ほう? 何故剣を抜かん?」

「……此方に声を掛けたということは、不意打ちをするつもりはないと判断した。此方に戦う意思がなければ、貴方に戦う理由はないだろう」

 ここまで言って、尚も攻撃はない。

 確信した。この特異点にて既に一度見た、その英霊の正体を。

「……小僧、儂を知るか」

「天地合一の圏境と類稀な槍の技術、そして八極拳。それらの使い手を一人、知っている」

 ほう、と声が漏れた後、再び静寂が包む。

 未だ姿すら見えぬ敵は、続きを促しているようだった。

 ならば、告げる。あの時の姿は初めて見るものなれど、その真名には確信があった。

 黒き友のサーヴァント。結ばれた絆は、確かに姿の異なる彼を示していた。

「神槍、李書文。貴方がランサーとして喚ばれたのだと判断した」

「――呵々々々々ッ! これは面白い! 下らぬ迷信や世迷言の何倍も笑わせてくれるわ!」

 からからとした、乾いた笑い声。

 八極を極め、神槍に至った老いた魔拳士は、僕たちが拠点としている小屋に背を預けた状態でゆらりと姿を現した。

「然り。我が名は李書文。槍克の業に縫われ、この都に参上した。ぬしらとは、必然として敵となる」

 コートを羽織った、初老の男性。

 枯れた姿はしかし、僕が知っている青年の頃の書文(アサシン)の面影を確かに残している。

 右手で持ち、肩に軽く乗せている六合大槍を、アサシンであった彼が使う姿は見たことがない。

 だがその腕が凄まじいことは、現代にまで伝えられる逸話から否が応にもわかってしまう。

 八極拳は六合大槍を学ぶための前段階ともされる拳法。

 老いた彼であれば、熟練をも超え達人の遥か先を行くだろう。

「……敵ですよね? 白斗さん、何故抜くなと?」

「一戦一殺、それが李書文の信条の筈だ。声をかけたということは、問答無用での戦闘のつもりはないんだろう?」

「応さ。しかし儂の信条までもを知るぬしは――ふむ、そうか。大方この儂と面識があるな?」

「ああ。李書文というサーヴァントと出会ったことがある。出会って、戦って、助けられた。そのときは、召喚された年代が違うし、クラスもアサシンだったけれど」

「呵々、殺しに悦を覚え大悟も遠き若年の頃合いか。ああ、あの頃の儂ならアサシンでも喚ばれようさ。うぅむ、このような小僧と昔を語るとはなぁ。これだから英霊とはわからぬものよ」

 獰猛な笑みながら、そこに殺意は感じられなかった。

 かつての自分が暗殺者(アサシン)として召喚されたことにも、気にする様子はない。

 そうなっていても仕方がないことだ、と彼自身思ったのかもしれない。

「……それで。その槍克地獄が私たちに何の用です?」

「さてなぁ。気ままにぶらついていたら偶さかぬしらを見つけたまでよ。しかしまぁ、そうさな。強いて用があるとすれば……ふむ」

 僕たちを見つけたのは、あくまで偶然らしい。

 かつての戦の際の猛虎が如き凶暴さを感じさせない平時の姿は、青年の時より幾分落ち着いている様子も見えた。

 サーヴァントが召喚される際、基本的には全盛期の姿で召喚される。

 その全盛期が“複数ある”という例、李書文はそれに該当するのだろう。

 大悟に遠き凶拳(アサシン)と、大悟を間近にした神槍(ランサー)

 二つの姿は、どちらも李書文なのだ。

 老いた李書文は、暫し考え込む様子を見せ、思いついたように一つ頷く。

 そして、腰からぶら下げていた瓶を持ち上げ、

「ぬしら、儂と酒を飲まぬか?」

「……は?」

 瓶と共に下げていた杯を三つ此方に放りながら、提案してきた。

 

 

「再び世に下りたは良いが、酒飲み仲間に恵まれなくてな」

 瓶から酒を注いでいく書文は、そんな愚痴を漏らした。

 自身のものも含めた三つの杯に酒が満ちていく。

 僕の分については、早々に断った。僕の時代は年齢での規制があると説明したが、納得してくれたようだ。

 実際、飲酒の年齢に関しては国ごとに定められているものがあるし、月で生きてきた僕には適用されないのだが、そもそも酔いを好かない以上有効に利用させてもらった。

「剣牢は幼子、弓境が死に幾日。術懐は殆ど姿を見せず、鬼どもと酒を酌み交わすほど命知らずでも酔狂でもない。騎願くらいしかおらぬのを残念に思っていたのよ」

 肩を竦める書文は、ようやく新たな仲間を得られたと笑う。

 そもそも仲間ではなくあくまで敵同士なのだが……と思うのは、今の彼の上機嫌さからしたら野暮なのだろう。

「……毒でも入っているのでは?」

「呵々。毒の辛苦は昨日のことのように覚えておる。そのつもりなら同じ瓶から注がぬわ。それに、毒殺などつまらんだろう」

 沖田の疑いを笑い飛ばした書文は、これが証明だと己の杯の中身を飲み干す。

 書文の死因の説として有名なものに、毒殺がある。

 拳法試合で恨みを持った相手の親族から毒を盛られ、座椅子に座りながら息を引き取っていたというものだ。

 サーヴァントは己の死因を強い弱点として保持するという傾向がある。

 もし酒が毒入りだとしたら、その中身を自分から飲むということはしないだろう。

 未だ半信半疑といった様子の沖田とナガレも、その様子を見て軽く口をつける。

「……!」

「っ……、まあまあ、ですね」

「だろう。殺爽からくすねてきた上玉よ。そら、屋根の上の小僧もどうだ? 旨いぞ」

 屋根の上――ここに来てから一切小屋の中に入ることなく、彼方を眺めているシャルヴにも、書文は声をかける。

 だがシャルヴは書文を一瞥した後、また何事もなかったかのように遠くに視線を戻した。

 人と関わることを極力避けた男は、酒という娯楽に対してすら取り付く島もない。

「ふむ、つれないな。随分と堅物と見える」

 さして気にした様子のない書文は、次の一杯を注ぐ。

「まあ良いわ。酒も入った。酔いが回るには遠いが、これは酔っ払いの戯言と思って聞け」

 沖田やナガレの空になった杯にもまた注ぎつつ、書文は話を切り出した。

「――殺爽が死んだ。小僧、ぬしの連れである未来よりの者たちに討たれたそうだ」

「ッ!」

 何てことのないように告げられた、地獄の一角の消滅。

 その事実に、昨晩大幅に持っていかれた魔力の原因を理解した。

 酒呑童子――あの鬼相手にメルトたちは戦い、勝ったのだ。

「しかしだ。それで狂宴は大層苛立っている。最早誰にも抑えられぬほどにな。覚悟せよ。儂らとぬしら、どちらが勝つにせよこの地獄、近いうちに収束と相成るだろうよ」

 警告だった。

 残る地獄は、離反した天国含めて五騎。

 それらの首魁であるという狂宴地獄――茨木童子は、ほかでもない酒呑童子の朋友。

 その友の死に怒り狂い、この時代の破滅を一気に推し進めようとしている、ということだろう。

「……それを、何故僕たちに?」

 書文と僕たちは敵同士だ。それは、書文自身も言っていた。

 此方に情報を渡す理由はない。

 であれば考えられるのは、書文の言葉が虚言であるということだが――

 そうは、思えない。少なくとも僕が知っている李書文という英霊は、そのような虚言を弄する性格ではなかった。

「呵々。酔っ払いの言葉に理由なぞ求めるな。別にぬしらを利するために口走った訳ではないさ」

「……納得、できるとでも?」

「納得しようとすまいと、儂には損も得もないわ。だがまあ――」

 ――その一瞬、李書文本来の、獣の瞳を見た。

「木偶にも等しい人間共と、不意討つのみだった英霊一騎。それでは槍も飢えるというもの。これでぬしらが備え、万全を超えられるというならば安いものよ」

「――――」

 言うなれば、今の李書文は餓狼。

 武の極みをぶつけ合う、極限の死合いをこそ望んでいる。

 断じて、前回の戦いのような展開は求めていない、と。

 その眼は――この場唯一の剣士、沖田へと向けられている。

「……いいでしょう。こんな戦場では、予告も直感もなんの役にも立ちはしませんが……私が万全以上になれば、私が貴方を斬りましょう。正直、今のままでは貴方に勝てそうもないですからね」

 神槍。その生涯を武に費やした李氏八極の創始者。

 沖田と彼は、共にその道の極みを行く達人といえる。

 だが、若きに散った自身の果てを顧みてか、それともあの戦闘の一刺を見てか、或いはこうして話してみて、何かを感じたのか。

 沖田は悟ったらしい。書文には勝てないと。

 剣と槍という異なる得物なれど、人を殺すための技として極まった両者の武。

 そのどちらが劣っていると判断することは出来ない。これは、当事者である彼女のみが分かることなのだろう。

「それが叶うことを期待しよう。さて、儂はそろそろ行く。狂宴を抑えるのも、そろそろ騎願だけでは限界だろうて」

 ――その酒はくれてやる、と言い残し、槍を持ち直した書文は一度此方に笑い、消えた。

 霊体化ではない。彼が至った圏境の賜物だ。

 決戦は程近い。恐らく、この地獄が決着するまで、あと三日と不要だろう。

 地獄が一人倒れたとはいえ、まだ勝算は高いとは言えない。

 向こうが本腰を入れたというならば、尚更、早くメルトたちと合流しなければ。

 

 一つの地獄との邂逅を始まりに、五日目は幕を開けた。

 気持ちを新たにしたその数時間後、この特異点における転機は訪れる。

 ――ナガレが、金時からの報せを受け取ったのである。




槍克地獄の真名判明。老書文先生です。
また、ナガレに関して掘り下げ。
そろそろ四章も後半に入ります。
今年中に五章完結とかほざいてた人間が半年使ってようやく四章の前半終了です。


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第五夜『願わくば、闇の内でも前のめりにて』-1

 

 

 ――恐らく、それは運命というものなのだろう。

 初めてその姿を視界に入れたときから、私はあの方に只ならぬものを感じていた。

 思えば、足利 義昭をあの方と引き合わせたことも、すべてあの方に尽くしたいがためだったのかもしれない。

 それまでの私は、まるで無意味であったかのようにあの方の覇道に塗り潰された。

 それでよかった。それまでの雑多な過去など、それからの私にとってはなんの意味も持たなかった。

 私は、無色だった。

 己の冷たさを自覚したのは、何時からだっただろう。

 戦禍に身を投じようとも、命の奪い合いをしようとも――どんな時でも、内の冷たさは私を支配していた。

 己の役割という、生命全てに灯る炎が、私には無いように思えた。

 そして、それを悲観する感情さえ、私には生まれなかった。

 気味の悪いまでの極寒を、それが私なのだろうと受け入れてしまっていた。

 何を、馬鹿げたことを。

 その冷たかった過去は、その出会いのためにあったのだ。

 取るに足らないきっかけだった。

 ゆえに何も思わず、ただ「此度はそういうことなのだろう」と顔を合わせた。

 

 ――――その瞬間、私の内に熱が灯った。

 

 己が掲げた天下に向けて邁進するあの方が、私に熱を与えた。

 それまでの自分はこんなにも悲しいものだったのかと、その一時、恥じた。

 そして、その時から、あの方は私の全てになった。

 あの方には、あらゆる勝利があるべきだ。

 天下を掴むもまた、あの方以外にはあり得ない。

 私は天下に向けて一歩一歩、歩みを進めるあの方の影であり続けた。

 あの方の行い全てが、限りなく眩しく映った。

 理解できぬと、離反した者もいた。

 道の半ばに倒れた者もいた。

 あの方が重用していた者が一人ひとりと消えていくのは、確かに悲しいものだった。

 だが、それだけだ。

 なれば私はその者たちの役目も果たす。

 たとえあの方に従う者が私一人になったとしても、私が万軍となればいい。

 顧みてみれば、それは強迫観念のようだった。

 あの方に万が一があれば、私は元の冷たい自分に戻ってしまう。

 怖かったのだ。私は、あの方の無い世界が怖くて仕方がなかった。

 ゆえに、私はあの方を天下に届かせんためにあらゆる手を打った。

 ――避けられない結末さえ跳ねのけんと、この手を選んだ。

 

 ――この地獄は、間もなく終わる。

 私が選んだこの道は、紛れもなく、あの方のためのものだ。

 正しい選択ではないだろう。あの方に知られれば、腹を切ることすら生温い罰が待っているだろう。

 知られてはならない。その瞬間まで、私はこの選択を秘めておかなければならない。

 己が選ぶ、恐らくは、最後の選択。

 ――――その時は、近い。

 

 

 +

 

 

「どうじゃ?」

 飛んできた鳥と額を合わせるナガレに、信長が問う。

 鳥とは言っても、それは生命ではない。

 部品と部品を紡ぎ合わせ、あらかじめ役目を与えた絡繰だ。

 ナガレが信長の命により、この京全域に放っている連絡用の使いだ。

 僕が知っている信長の配下こそ光秀、ナガレ、蘭丸の三人だが、他にもこの京各地に点在している。

 そしてこの鳥が受け取った情報をこの場で確認し、信長に伝えるのがナガレの役目だそうだ。

「……金時様からの連絡です」

 金時――彼は信長に、僕たちとは別の命を与えられていた。

 その詳細は知らされていないが、無事連絡が届いたということは緊急の事態にはなっていないということか。

「……殺爽地獄討伐の報せです。死傷者は見られないとのこと」

 ――殺爽地獄――酒呑童子の討伐。

 それは、先程僕が聞いていた情報だった。

 信長には既に伝えてある。槍克地獄・李書文との遭遇も含めて。

 しかし、彼の言葉と金時の報告。

 つまり、金時は――

「そして、この時代を修正に来た者たちと出会ったようです。白斗様、貴方の同行者では――」

「何処に――!」

「ひゃっ!?」

 殺爽地獄は未来よりの者たちに倒された。そう、槍克地獄から教えられた。

 金時も書文も、嘘を言うような性質ではない。

 ナガレが受け取った報告も真実だろう。

 であれば、金時がいた場所に――!

「何処にいるのか教えてくれ! ナガレ! メルトは、何処に――!」

「っ、っ――」

「落ち着けうつけが」

 ――その、一縷の希望に憑かれた自分を落ち着かせたのは、けたたましい銃声だった。

 僕の横を通り抜け、小屋の入り口に向けて走っていった弾。

 ちょうど持っていた火縄銃の火蓋を切り、引き金を引いたのは信長だった。

「眼前でバタバタと鬱陶しい。それではナガレの奴が答えられるものも答えられんわ」

「――――」

 掴みかかり、随分と、強く揺さぶっていたらしい。

 ナガレの驚きようは尋常なものではなく、その傍に深く隈を刻んだ眼を大きく見開いていた。

「ぁ……ごめん、ナガレ。取り乱していた」

「え、ぁ、う……はい、大事な方の手掛かりであれば、仕方ない、ことかと」

 謝りながら、手を放す。

 胸に手を当て、深呼吸をするナガレ。その表情には、僅か恐怖があった。

 突然このようなことをされれば、怯えもするだろう。

 衝動に身を任せたことを後悔しつつも、座りなおす。

「して、ナガレ」

「……はい。その者たちからの情報を得たのち、此方に戻るとのこと」

「……ふむ」

 顎に手を置き、考え込む信長。

 これで討伐した地獄は二騎。一騎――天国は地獄側に与するつもりがないとすれば、実質的には四騎。

 判明しているのは騎願地獄・坂本 龍馬、槍克地獄・李書文、そして狂宴地獄・茨木童子。

 術懐地獄を除き、正体は判明している。

 首魁は茨木童子。そして、正体不明の術懐地獄は僕への呪いしか手掛かりはないが、只ならぬ力を持っている。

 酒呑童子の死により激昂した茨木童子により、近いうちに決着にまで至るほどの戦いが巻き起こる可能性は高い。

 ここからはより慎重にいかなければならないだろう。

「……沖田、紫藤。それから光秀、ナガレ」

 暫く試案したのち、信長はこの場の四人の名を呼ぶ。

「坂田を待つ必要はない。お主らがその者らと合流せよ。ナガレ、その旨を即刻坂田に伝えよ」

「っ、はっ」

 選んだ戦略。

 信長の命に従い、すぐにナガレは要件を載せた鳥を発たせた。

「蘭丸、鈴鹿。そして……聞こえとらんじゃろうが、シャルヴ」

 そして残る二人と、相変わらず小屋の屋根に立つシャルヴに。

「儂と共に来い。宿所を移す」

「ここから? まだまともに機能できる場所なんてあんの?」

 鈴鹿の疑問はもっともだ。

 大体の家屋は火に包まれ、まともに家として機能する状態ではない。

 この炎はこの時代を焼くものであるがために、信長がそれを気にしない訳にはいかないだろう。

「うむ。隠し玉として残しておいた霊地がある。土地を十全に興せる術者も残っとらんゆえ、もって二日や三日じゃろうが……それより戦は長くもなるまい」

 それは、京の都にある信長の切り札なのだろう。

 恐らくは仕えていた魔術師の類により、己の陣地としていた霊地。

 信長がその所有者であるならば、この小屋よりも遥かに強靭な防衛拠点として機能する。

 信長は魔術師ではない。本来の持ち主であっても、その神髄までを発揮することは出来ないだろう。

 ゆえに、ここまで彼女は温存していた。そして、遂にそれを発動すべき時だと判断したのだ。

「もしや、それは」

「然り、蘭丸。本能寺――そこをこの戦の本陣とする」

「――――!」

 本能寺、信長が上洛するにおいて、宿所としていた寺。

 そして、言うまでもなく、信長という人間の伝説が終わりを告げた場所。

 沖田と鈴鹿――信長を知識として知るサーヴァントである二人の目の色が変わる。

 その寺と信長が関われば、否が応にも意識を向けてしまう人間が、この場にいるのだから。

 それを告げては良からぬ亀裂を生みかねない。ぐっと言葉を飲み込み、僅かに光秀に目を向ける。

 やはり彼は無表情。信長の命の意を違わぬよう、真摯に耳を傾けていた。

「お主らは坂田らと合流したのち、本能寺へ参れ。その後それを全兵力とし、地獄どもを殲滅する」

 その命で、僕たちは二つに分かれ、この小屋を放棄した。

 信長に対する懸念、光秀に対する懸念。そのどちらもあった。

 だが、それ以上に今は、ようやくメルトと会えるという喜びのほうが勝っていた。

 そのためか。

 

 ――光秀、良いな。

 

 ――意のままに。

 

 発つ直前の、件の二人の会話は、耳に入らなかった。

 

 

 最初に拠点と定めていた天国の小屋までは、意外なことにそう離れてもいなかったらしい。

 徒歩で半日程度の道のり。

 それを歩み始めて二、三時間ほど経っただろうか。

「――白斗殿」

 不意に、光秀に名を呼ばれた。

 熱されない鉄の、深い黒は静謐に此方を見据えている。

「お尋ねしたいことがあります。その、貴方と契約をしている――察するに、大切な方について」

「――――メルトの?」

「はい。貴方にとって、その方は、どういった存在なのでしょうか」

 ――僕にとっての、メルト。

 その答えは、考えるまでもなく頭に浮かんできた。

「……僕の全てだ。メルトがいなければ、僕の全ては始まらなかった。僕の最初から共にいて、そして最後まで共にいたい――そんな人だ」

 それ以前も、それより後も、僕には存在しない。

 メルトと共に在ったがゆえに、今の僕を構成するあらゆるモノは存在する。

 ゆえにこそ、離れているこの状況に、あんなにも危機感を抱いていたのだ。

「……では」

 その答えは、光秀にとって前提だったのだろう。

 恐らくは、その答えを彼は望んでいて。そのうえで、彼には問いたいことがあった。

 それ以上の難題。彼自身を苛む苦悩。

 彼が抱いている、最大の命題について。

「――その方と世界。二つを秤にかけたとき、貴方はどちらを選びますか?」

「……」

 仮定でなければ、あり得ない問題だった。

 メルトと世界。そのどちらかしか存在できないとして、果たしてどちらを取るか。

 今度の答えは、少しだけ時間を要した。

 どちらも取る――実際であれば僕は、その選択をするだろう。

 何か手が無いかと足掻き、見出した一筋の光明を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、それさえできないとすれば。

 問いの通り、本当に片方のみしか選べないのだとすれば。

 ――考えて、答えは出た。

 出したうえで考えてみれば、やはり、それ以外の答えなど見出せる筈もなかった。

「……メルトだ。きっと最後には、そう答えると思う」

「……なるほど」

 メルトが存在しない世界。そんなものがまず、考えられない。

 僕の答えは、正しいものではないのかもしれない。

 それでも、やはり結論は揺らがなかった。

「確たる意思のようですね」

「ああ――この問いは」

「はい。似たような迷いを抱いていました。ええ、しかし――私にも、あの方以上のものなどない」

 それは、決して異性に向ける特殊な感情ではないのだろう。

 だが時として、それ以上に強い理由となりうる感情。

 迷いは断った。

 そう伝わってはきたのだが――それが、どういう答えに至ったのか。そこは、わからなかった。

 光秀は心底から、信長に忠を誓っている。

 だが歴史においては、この年、彼によって信長が討たれたと伝わっている。

 果たして何がきっかけだったのか。そのきっかけが何にせよ、今の僕には一つの憶測があった。

 ――この特異点の終幕は、本能寺の変という出来事なのではないか。

「私は最後まで、あの方のためにある。あの方のために、全てを捧ぐ――そう、決めました」

「――そう、か」

 明智 光秀という人間を殆ど知らない僕には、その考えを読み取ることなんて出来ない。

 だが、やはり歴史を知識として知っている身からすれば、その決意こそが不気味に思えた。

「ゆえに、手始めは」

「――――」

 僕から目を外し、新たに見据えられたその影。

 沖田は既に気付き、僕たちを守るように剣を抜いて前に出ていた。

「――終わったかい? それなら、始めてもいいかな?」

 先程から此方の様子を見ていたのだろう“彼ら”は、話が終わったと見るや燃える家の影から姿を現した。

「龍馬、待っている必要はあったのか?」

「何せ不意打ちで一人討ってしまった後だからねぇ……せめてもの詫びというか。こういう性分なんだよ、お竜さん」

 傍にお竜と呼ばれる、只ならぬ女性を侍らせたサーヴァント。

 地獄の一角、ライダー・騎願地獄――

「――坂本、龍馬」

「やあ、二日ぶり。元気そうで何よりだ」

 相変わらず、敵意を感じさせない穏やかな笑みを浮かべる龍馬は、僕たちの行き先を分かっているかのように道を塞いでいる。

「……出来れば二度と会いたくなかったのですが。それで? 貴方たちがここにいる理由はなんですか?」

 剣を構え、腰を低く落としながら、沖田は問う。

 既に臨戦態勢を整えた沖田に対して、龍馬とお竜はあくまでも自然体だ。

「理由と言えば、身も蓋もないけれど、君たちを倒すことだ。それに、殺爽は消えたけれど、狂宴は残っている。今なお君を求めているらしいしね」

「どうして、そこまで……」

「さて。そこに関しては僕の管轄外だ」

「そうですか。しかし管轄の外とて知り得る情報というのもあります。まずはそれを――!」

 言葉を紡ぎ終える前に、沖田の姿が消える。

 百の間合いさえ一瞬で詰める、縮地の歩法。

 本来の速度に頼らず、体捌きや呼吸、更には相手の死角さえも合一させた上で瞬時に詰め寄る、武術の極みの一つ。

 音速をも超えて振り抜かれた沖田の刀。

 しかし龍馬を斬り裂くには及ばず、お竜の手によって受け止められた。

 それを反撃の好機とはしない。跳躍で沖田は素早く後退した。

「お竜さんも復調した。見たところサーヴァントは一人。前回より君たちが不利に思えるけど?」

 確かに、前回は龍馬を沖田が、お竜を牛若が相手取ることで、拮抗することができていた。

 連携の恐ろしさは直前の特異点でも、アンやメアリー、黒髭に味わわされている。

 僕もごく僅かであれば戦えるかもしれないが――ただでさえ今は片腕のない状態。サーヴァントと競り合うなど自殺に等しい。

 沖田のサポートをしつつ、メルトたちとの合流に向けて移動――それが最善か、と考えたときだった。

「ッ、龍馬!」

「む――!」

 その、僕たちが向かおうとしていた方向にお竜が跳び、龍馬の盾になるように手を広げた。

 殺到するは弾丸の雨。

 お竜に大きな傷を与えられるほどのものではなかったが、それは此方に対する援護だった。

 二人を飛び越え、弾丸の主は沖田と並び立つように着地する。

「カズラ殿の観測により捕捉した英霊の監視・警戒ですが、皆様の想定以上の好事を招いたようですね」

 その姿を見るのは久しぶりだった。

 この時代に現存する体。しかし、内には英霊である己を秘めた者。

 機関銃の如き弾雨を発生させていた砲口は再び体内に収納され、外れていた手首が結合する。

「まさか――」

「お久しぶりにございまする、白斗殿。加藤 段蔵、罷り越しました」

 彼女はこの時代で初めて出会ったサーヴァント。

 紛れもなく、絡繰り仕掛けの少女――段蔵だった。




龍馬&お竜さん再戦。更に段蔵ちゃん参戦です。
また、ミッチーを掘り下げ。
織田一行は二分し、決戦に備えます。

前書き? 特に書く事なくて……


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第五夜『願わくば、闇の内でも前のめりにて』-2

帝都イベで深くキャラが掘り下げられたことに際し、お竜さんの台詞を修正しました。


 

 

 沖田と並び立つ段蔵は、武器は持たないながら低く構え、戦闘態勢をとる。

「――居士様からの新命を受諾。白斗殿、加勢いたします」

「段蔵……!」

 沖田といえども、二対一では分が悪い。

 しかし段蔵がいてくれるならば、戦闘が可能な数の差はなくなる。

 周囲の炎の影響を受けてしまう以上、真正のサーヴァントのように自由に動き回ることは出来ない。

 だが、その特性は段蔵自身理解している。この場に応じた動きは十分可能だろう。

「段、蔵……?」

「は。私は段蔵ですが……貴女は信長殿の家臣でございましょうか。それでは、そのままで。決して前に出てはなりませぬ」

 加勢した絡繰少女の名前を、ナガレが怪訝そうに口にする。

 その口ぶりからして初対面なのだろうナガレに対し、段蔵はそう判断すると、龍馬たちに向き直る。

「この匂い――龍馬、こいつ、生身だな。“生身のカラクリ”だ」

「そいつは奇天烈。憑依英霊か……なるほど、そういうことだな。まったく、哀れな……」

 何かに感付いたらしい龍馬は、それを些事であると首を振り、剣を抜いた。

 ゆらりとした、不敵な佇まいのお竜は、それでも開戦を今か今かと待っている雰囲気がある。

「暫し待てば、メルト殿たちも参ります。それまで、なんとしても持ち堪えて見せましょう」

「――!」

 メルトが、此方に来ている。

 段蔵から居士への報告により、情報が向こうに渡ったのだろう。

 もうすぐ会える――その歓喜に高揚する気持ちを抑えつける。

 それで油断してしまえば全て終わりだ。

 今はただ、あの二人を全力で迎撃する。

 強力な相手だ。それにまだ、龍馬は宝具を発動した様子はない。

 底を見せていない相手だが、決して負ける訳にはいかない。

「それじゃあ、今度こそ決着だ。真名坂本 龍馬、縫われし業は騎願地獄。さあ、行くぜよお竜さん!」

「合点承知――!」

 前方に盾を展開する。

 拳銃による牽制は、これで十分に防ぐことができる。

 真に警戒するべきは、それに続くお竜の追撃。

 蛇の如く、這うような動きでにじり寄り、軽く手で弾くのみで盾を砕く。

 その拳の一撃をまともに受ければ、ただでは済まない。

 沖田は回避と同時に懐に踏み込み、その腹に剣と突き立てた。

「相変わらず……意味不明に硬いですね」

 その剣は、体を貫くどころか身の内に入り込むことさえない。

「そうだろう。今回はお竜さんも手加減なしだ。油断してたら一瞬で死ぬぞ、お前」

 沖田はさらなる刺突でお竜を押し返し、距離を開ける。

 やはり、あの尋常ではない耐久力をどうにかしなければ、お竜に傷を与えることもままならない。

 だが、有効だと判断できたのは、牛若の持っていた退魔の奥義のみ。

 そして、龍馬たちが決着をつけにきたのであれば、当然彼らだけではないだろう。

 連れてきていないように見せかけて、相手に忍び寄る。例えば――

「――後ろ!」

 振り向くと同時に、その視界を細い何かが走っていった。

 腕を振り上げていた業火の怪物は、僕が見たときには既に体の中ほどから両断されていた。

「不意打ちは忍びの要。当然、対する手法も弁えています」

 腕から伸ばしたワイヤーを引っ込めつつ、段蔵は龍馬に告げた。

 彼女の体に秘められた絡繰。

 現れた敵を何もさせずに斬り裂いたワイヤーも、その一つのようだ。

「まあ、そりゃそうだ。それならやっぱり、数しかないか」

 初めから不意打ちが成功するとは思っていなかったらしい。

 肩を竦めた龍馬の周囲に、数体の不格好な鬼が出現する。

 それだけではない。

 辺りの炎の揺らめき、その奥からも顔を出す、鬼、鬼、鬼――

「……またですか。シャルヴさんいないんですけど……」

 サーヴァントには及ばないとて、彼らは人が相手取るには荷が重い。

 段蔵や沖田が戦うとしても、限界がないならばジリ貧になる。

 ここは一刻も早く龍馬たちを倒すのが得策だろう。

 であれば、あの鬼たちはどうするか。

 ――サーヴァントの不足という数の不利。メルトたちがここに辿り着くまで、耐え凌ぐ手段。

 存在する。サーヴァントの相手は厳しいものの、あの鬼たちならば十分に優勢を取れる。

「沖田、段蔵! 二人は龍馬たちを!」

「紫藤さん……! では鬼たちは――」

「――頼りになる子がいる。あまり長い時間は稼げないけど――!」

 一定の法則に従い、術式を構築していく。

 それは僕が直接使うことは殆どなかった、礼装というカテゴリーに属する。

 自身に負荷をかけることなく、予め決定された術式を紡ぐことが出来る外付けの強化手段。

 僕の言葉を受け、二人は龍馬たちに向かう。

 それと交差するように、鬼たちが此方に向かってくる。

 この事件に際して持ち込んだ――正確には、契約者から借り受けた、切り札の一つ。“彼女”の半身とも呼ぶべき存在。

「――release_mgi(ex, summon, include, 1048)(英霊断片、限定召喚)――」

 魔力に形を与える解放術式に、命令を込める。

 結ばれる、仮の契約。術式は顕現し、限定的な召喚陣となる。

「――ありすの紡ぐ物語(アリス・イン・ワンダーランド)!」

 ――それが、借り受けた術式の名前。

 かけがえのない家族であり、無邪気に月を跳ねまわる二人のウサギ。

 『彼女たちが作り上げたコードキャスト』は、とても大きな力としてこの場に出現した。

 

「こんにちは、おはよう、素敵な貴方。あたし(ありす)あたし(アリス)、貴方の望みはどちらかしら?」

 

 手の上に浮かぶように出現した、大きな本。

 開くと同時に飛び出した数多のトランプが鬼たちの動きを止めたうえで、本は僕に問い掛けていた。

「力を貸してほしい、アリス。相手は、あの鬼たちだ」

「まあ、夢に迷える羊さんたちね。いいわ、お兄ちゃん。お姉ちゃんがいないんでしょう? あたし(アリス)が守ってあげる!」

 くるくると回り始める本。

 その頁が切り離され、舞い踊り、炎に、氷に、風に姿を変えていく。

 炎の鬼はそれと異なる性質の炎に焼かれ、氷に包まれ、風に吹き散らされ、その形を崩していく。

 それだけではない。天高くへ飛んでいく頁は、見えなくなったころ、キラキラと輝く星になって落ちてくる。

 特段、威力に秀でた攻撃ではない。だが、この場の誰もが成し得ない広範囲への魔術を、本は踊るように紡ぎあげる。

「これ、は……」

「サーヴァント、なのですか……?」

「当たりだけど外れ。外れだけど当たり。あたし(アリス)あたし(ありす)だけのあたし(アリス)。夢に溢れた童話の世界(ワンダーランド)よ」

 物語を紡ぐように、謎かけをするように語る彼女に、光秀もナガレも疑問の表情をしている。

 そう――彼女はアリス。例外事件の解決から、月で共に暮らすようになった少女――ありすのサーヴァントだ。

 キャスター・ナーサリーライム。

 わらべ歌の具現化である彼女は、召喚者の望み、夢に応じて姿を千変万化させる。

 この本の姿は、ありすにもアリスにもわからないが、恐らくはナーサリーライムの基本ともいうべき姿。

 ありすもアリスも、積極的にこの事件に関わってはいない。

 だが、アリスが自身の霊基を僅か、ありすの術式に注ぎ、二人の礼装を作るという形で、助力してくれていた。

 そのアリスの力の一端は、このように魔本の形を取って現れる。

 この本は力を使用する度にその頁を切り離していく。そのため、力を発動できる時間には限界がある。

 継続して使用できる時間は決して長くはない。

 だが僅かながらも発揮できるサーヴァント相応の力は、鬼の軍勢をいとも容易く制圧した。

「みんな、みんな、転びましょう! リンガ・リンゴ・ローゼス(Ring-a-Ring-o' Roses,)!」

 花弁を乗せた風が、鬼たちに殺到する。

 風にバランスを崩し、足を離した鬼たちは飛ばされる内に花弁へと変わっていく。

 やがてその風は輪の形を取り、僕たちを囲む防壁となった。

「楽しいわ! 楽しいわ! 楽しいわ! お兄ちゃん、もっと遊んでいいかしら?」

「無理はしすぎないで。余力はわかってる?」

「ええもちろん! 次は、あの子たちね!」

 一度起こしたからには、アリスはあくまで子供として振る舞い、無邪気にその力を振るう。

 しかし、それでも彼女は知恵ある存在だ。自身の役割、そして自身の余力は十分に把握しているだろう。

 その上で鬼たちを制圧し、さらに沖田たちの手助けもしてくれるならば、それ以上はない。

「リジー・ボーデン斧取った! リジー・ボーデン気が付いた!」

「お、斧……!?」

 それまでの、幻想的な事象とは真反対の無骨な斧に、ナガレは益々困惑する。

 アリスの詠唱によって生み出されたそれは、回転しながら沖田、段蔵の傍を走り、

「ぬぉっ!?」

「うっ!?」

 龍馬、お竜に直撃こそしないまでも、その肌に傷を刻んでいった。

「お竜さん!」

「おぉ!」

 その一瞬で状況を判断したらしい。

 龍馬の指示でお竜が大きく腕を薙ぎ、沖田と段蔵を二人纏めて吹き飛ばす。

 ダメージにはならないまでも、再び大きく距離が開いた。

「そんな隠し玉があったのか……うん、流石に、これは……」

「まだまだ余裕だろ。何ならお竜さんの逆鱗を突いてもいいぞ」

「いやぁ、それはちょっと……でも……まぁ、そうだな。僕に出来るのは、このくらいか」

 深い傷ではない。だが、基本的に傷というものは負えば負うほど動きを鈍らせ不利になる。

 この戦い始まって最初の目立った傷。

 そして、数を圧倒していた鬼たちを遊ぶように蹴散らせるアリスの参戦を、龍馬は重く見たらしい。

 ――戦況を見渡し、苦々しそうに零れた呟き。そしてその瞬間、龍馬の目が変わった。

「こんな傷なんてことはない。お竜さんの唾つけとけば治るぞ」

「ああ……そうだね。ありがとう」

 龍馬の傷口を一舐めしたお竜に掛けた言葉の声色は、一段低かった。

 あまりにも真剣だった。あまりにも本気だった。

 それまでの彼とは何もかもが違う。

 人の好い性格を押し潰した、もう一つの龍馬の顔。

 それは紛れもなく――坂本 龍馬という維新の英雄の、全力の発露だった。

「……龍馬」

「――――宝具を抜くぜよ、お竜さん。行けるがか?」

 息を呑む。

 宝具――追い込まれるよりも前、この状況で、龍馬はその解放を決意した。

 彼らの盾になるように、僕たちとの間に鬼が出現する。

「果心電装……!」

「それっ!」

 対軍の性質を持った攻撃を有する段蔵とアリスが、道を開くべく鬼たちを攻撃する。

 姿が見えた――であれば沖田が一瞬でその距離を詰められる――そう思った時、

「ッ!?」

「なっ!?」

 腕、足、首――体中に何かが絡みつき、体の自由が奪われた。

 絞め折るほどの力はない。だが、それで抵抗の一切が不可能になる、特殊な拘束。

 アリスの魔本も閉じられ、僕以外も全員捕えたのは、お竜から伸びる髪だった。

「安心しろ。これで人は死なん。これでは、な」

 龍馬の背後に佇むお竜は、無表情のまま此方に告げてくる。

 その不明な性質、謎だったものがとある色に明文化されていくことで、理解する。

 サーヴァントではない存在。しかし何らかの理由で、龍馬に付き従う強力な存在。

 この時点で、予想して然るべきだった。

 ――あの少女こそ、龍馬の宝具であると。

「天逆鉾に()われし国津の大蛇(オロチ)。我成すことは我のみぞ知る――」

 お竜の人の形が崩れていく。

 影のように黒く染まったお竜は、その存在を変転させながら魔力を爆発的に増大させていく。

 十秒も経たず、髪の拘束は溶ける。

 そして――

 

「天翔ける――竜が如く!」

 

 ――龍馬を頭に乗せた、巨大な竜が顕現した。

「ッ……」

 その神秘は、英霊をも超越する神代のもの。

 美しく、荘厳で、圧倒的。最上位のサーヴァントをも超えるのではとさえ思うほどに、強大な神威。

 この世界に在るのには、あまりにも完全。

 世界の方が誤っているのではと思える、究極に近い一。

『我はまつろわぬ神、高千穂の、大蛇……!』

 神秘を乗せて反響するお竜の声。

 これこそが、龍馬がライダーたる所以。

 高い騎乗スキルを持って尚乗りこなすことは不可能とされる、竜種に騎乗するライダー――!

「……気を確かに。あれもまた、地獄の一つなのでしょう」

「光秀……」

 その威容を前に、最初に言葉を出したのは、人である光秀だった。

「あれを討伐できなければ、その先にいる者には届かない。貴方は、これまでも同じような敵と戦ったのでしょう」

 ――そうだ。規格外の敵となら、これまで何度も戦ってきた。

 それとなんの違いがあろうか。

 沖田も、段蔵も、ナガレでさえ、その言葉で折れそうな心を縫い止めた。

「そうね、お兄ちゃん。貴方の大っ嫌いな女王様に比べたら、見た目が怖いだけだわ!」

「……あぁ、そうだね」

 なんと適格な激励だろうか。

 そうだ。打倒が不可能だと決まった訳じゃない。

 サーヴァントの宝具である以上、それは必ず打ち破る手段が存在するものだ。

 ただ、圧倒的な力を持つだけ。特殊な護りなどを持ったサーヴァントより、よほどわかりやすい。

 思わず、笑いが零れた。

 どうやら、どうにも僕の周りには、諦めの悪い者が集まるらしい。

 ここに負けは存在しない。誰もかれもが諦めていない。

 それに――

「――間に合ったわね。相変わらず、置かれた状況はとても厄介みたいだけれど」

 俊足を超える疾風がこの場に来るには、十分な時間だった。

 カツン、と音を立てて、僕の目の前にそれは着地する。

 ――たった三日間。

 だが、あまりにも長すぎる時間だった。

 彼女が傍にいないために苦しみ、それは幾度となく僕を苛んだ。

 ゆえに、その声を聴くだけで。

 その姿を目に映すだけで、涙腺が緩んだ。

「お待たせ、ハク。生きていて何よりよ」

「――メルト――――!」

 ようやくの再会に、心の底からその名を叫ぶ。

 片腕だけだが、力の限り抱き締める。

 その、誰より知った華奢さが、何より愛おしい。

 顕妙連が護ってくれてなお、わかった。

 愛するサーヴァント、メルトとの再会で、全身に巻き付いていた呪いが消えていくのを。




ここまで一切姿を見せていなかったキャラの一人、アリスが(第一再臨で)参戦です。
さらに龍馬は宝具解放。
そしてようやくメルトと再会です。五ヶ月ぶりです。時が経つのは早いですね。


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第五夜『願わくば、その夜明けを』

 

 メルトを強く、強く抱き締める。

 折れてしまうのではないか、と考えることは出来なかった。

「――ハク。体は大丈夫?」

「え……?」

「骨が一本引き抜かれたって聞いたわ。何か支障は?」

 ああ――メルトは酒呑童子と戦っていた。

 であれば、それを知っていてもおかしくないか。

「ううん。そっちは問題ない。けど……」

 どの道、此方は隠し通すことなど出来ない。

 名残惜しいがメルトから手を離し、右腕の袖を捲る。

 あまり、自分でも見ていて心地の良いものではない。ナガレによって先は留められたものの、やはり不気味に感じられた。

「ッ……やったのは誰?」

「シャドウサーヴァントだよ。もう倒した」

 あの戦いも、思えばこの特異点での転換点での一つだっただろう。

 片腕の喪失というのは、確かに痛手だった。

 だがあの戦いをきっかけに、片腕だなどと到底言えないほどに頼もしい者が僕の護衛として付いてくれることになった。

「その件に関しては謝罪を。私の不覚により、紫藤さんに深手を負わせてしまいました」

「……貴女は?」

「セイバー、沖田 総司。今は紫藤さんの片腕として、お傍に」

「……訳が分からないけど、今は問いただしている暇なさそうね」

 龍馬に向き直る。彼は、決して攻撃してくることなく、待っていた。

「そんな物騒な宝具持っていながら、案外優しいのね。名も知らない地獄さん?」

「感動の再会……らしきものに水を差すほど野暮じゃないさ。だけど――お竜さんもこの状態を長く維持できる訳じゃない。始めても構わないかな?」

 メルトの聖骸布が体に巻かれる。

 お荷物になるのは嫌だった。

 だが、この行動は、“僕を守るより戦いに専念する”ことの証。

 であれば断れは出来ない。元より今の僕に、メルトから離れた状態での自衛手段など殆どないのだから。

「ダンゾウ、貴女はそこの二人を守りなさい」

「御意に」

「オキタって言ったわね――竜だか神だか知らないけれど、アレ、斬れるかしら?」

「は? いや――ええ。否とは言いません。戦場に事の善悪なし、ただ只管に斬るのみ……であれば、竜も神も変わりませんね」

 あの強大な竜に立ち向かうには、本来ではサーヴァント数騎では足りないだろう。

 だが、メルトには勝てるという確信しかなかった。

 僕たちが自身を奮い立たせていたのは、勝率が高いとは言えない状況だからだった。

 メルトはそも、敗北の可能性を考えていない。

 ああ――いや、当たり前だ。負ける筈なんてない。当然だった。

 メルトが最強であることは誰より僕が知っている。僕が信じずしてどうするのか。

「よし……行こう、メルト。アリス、まだいける?」

「ええ! ハッピーエンドはまだ先よ。お兄ちゃんとお姉ちゃんを、ページの終わりまで助けるわ!」

 アリスの戦闘には、僕の魔力は必要ない。

 術式の発動と維持、必要なのはそれだけ。この術式が成立させる力には到底釣り合わないほどに規格外な効率。

 である以上、メルトの戦闘、更にその補助――全て兼ねることも可能だ。

 さあ、龍馬との決着をつけよう。

「――向こうも本気。ならわしらも全てを懸けにゃあな。行くぜよ、お竜さん!」

『おぉ――――!』

 周囲の炎が吹かれ、掻き消えるほどに凄まじい咆哮。

 闇が形を持ったような威容が大口を開けて此方に向かってくる。

 メルトが横に跳び、魔力を変化させた水流を追従させる。

 僕たち全てを呑み込まんとするほどの勢いだったお竜は、受け流されるように方向を変えた。

 これで段蔵たちは被害を免れたが、僕たちだけは狙われ続ける。

「アリス!」

「えぇ!」

 頁が舞う。千変万化の物語に準えた、数多の魔術が襲い掛かる。

 お竜が圧倒的な防御力を持っていようとも、その主である龍馬は別だ。

 思うに、彼はこの強大な宝具の担い手にして最大の弱点。唯一、“通常のサーヴァント”である部分だ。

 そしてその特性を、龍馬は当然、そしてお竜も熟知している。

『ッ!』

 攻撃をすぐさま中止し、顔を翻す。

 身を前に躍り出し、魔術の一切を受け止めた。

『ガァァ――――!』

「メルト! 下に!」

 その身の向こうで大口を開けるお竜の次の行動は予測できた。

 すぐさまメルトは水膜を展開、それを足場として跳ぶことで、素早く地上に着地する。

 次の瞬間、水膜は濃緑の瘴気に呑み込まれ、消えた。

「あんなものまで……」

 竜種の大多数が己の攻撃手段(スキル)として有する息吹(ブレス)

 お竜もそれは備えているらしい。

 火や水ではない、瞬間的に物質を腐敗、溶かし尽くす酸の息。

 触れれば危険な代物だが、少なくともこれを吐いている間はお竜自体は動けない。

 一瞬の隙を見逃さず、お竜の頭にまで詰め寄った沖田が、龍馬に剣を振り下ろす。

「おっと……」

「北辰一刀流、でしたか。ですが……!」

『龍馬!』

「わしの事はええ! お竜さんは向こうぜよ!」

 その動きを見極めるように駆けるメルトと、地を砕きつつ追ってくるお竜。

 お竜の頭の上では龍馬と沖田が鍔迫り合っているが……騎乗スキルのランクの差か、沖田が思うように動けていない。

 こうしている間にも次々と湧く鬼たち。

 光秀たちの近くに現れたものは段蔵が舞うように仕留め、僕たちの近くに現れたものはその後を追うお竜により叩き潰され、消えていく。

 メルトの速度はお竜に勝っている。だが逃げているだけでは千日手だ。

 様子を見たところ、あの直線状のブレス以外に遠距離に対応した攻撃はない。

 であれば反撃の機会は存在する。重要なのは、それを如何に有効な一撃にしていくか。

「行けるね、メルト」

「ええ。タイミングを間違えないで、ハク」

 考えた手段は共通していた。

 逃げる速度を悟られぬ程度に緩める。

 近づいてきたお竜がメルトを捉え、攻撃の姿勢に移ったタイミング。

「今!」

 すぐ傍にあった家屋の裏に跳ぶ。

 それはお竜にとって、障害物にすらならないものだ。

 ゆえに、その小屋を粉砕しつつ、僕たちを噛み砕きにかかる。

 だが、僅かでもお竜はメルトから目を離した。

 そしてこの速度に慣れただろうお竜。次は、此方が不意打つ番だ。

強化(フォルテ)!」

 瞬間的な敏捷強化。ほんの僅かな時間ながら、メルトに使用すれば神速にも勝る風になる。

 砕け散る木々の欠片に紛れ、お竜の牙が振り下ろされる位置から離れる。

 効果が切れる刹那の跳躍で、今度はメルトがお竜を捉えた。

 そこは竜だろうと決して変わらない、生物全ての弱点である箇所。

 ふわりと舞い踊るアリスがメルトの脚具に魔力を纏わせ強化する。

 一撃の威力に乏しいメルト。であれば、僕たちがそのサポートをすることで補えばいい。

「――強化(フォルテ)!」

「――はぁ――――!」

 続く筋力の強化。筋力Eという数値だけのステータスでは決して叩き出せない威力で以て、お竜の眼を斬り裂いた。

『ぁ、ぁぁぁぁぁぁああああああ――――!』

 悲鳴を上げ、お竜が大きく仰け反る。

 バランスを崩した沖田が戦いを一旦中断し、地上に降りる。

 そして僕たちの攻撃は終わらない。

 盾を展開、足場にして、反対側に跳ぶ。

 片目は奪った。ならば当然、次は反対だ。

踵の名は魔剣ジゼル(ブリゼ・エトワール)!」

 放たれた斬撃。両目を奪うことが出来れば、戦いは格段に有利になる。

 決まった――半ばの確信は、

 

「――させんちや!」

 

「なっ……!」

 その刃を、お竜を庇って受けた龍馬によって破られた。

 肩から胸にかけて斬り裂かれ、龍馬は地に落ちる。

 まだ霊核への傷はない。だが直撃、間違いなく重傷だ。

 落下した龍馬は、しかしまだ倒れることなく、刀を杖にして立ち上がる。

『龍馬……っ!』

「かっ、ぁ……なぁに、たまにゃ、良いとこ見せんと……愛想、つかされるがよ」

 龍馬もまた、剣の達人だ。

 やろうと思えば、沖田が退避する前に斬ることも出来ただろう。

 その勝利を捨ててまで、龍馬はお竜を庇った。

 あの二人の関係は、未だにわからない。

 だが一つだけ理解できる――あの二人を結ぶ、掛け替えのないモノを。

「……ですが、それで貴方の勝利はなくなった。それでもなお、その行動を優先したのですか?」

 龍馬の眼前には、沖田がいる。

 刀を杖にしている龍馬にその相手は出来ない。

 お竜の速度でも、沖田の一振りには及ばない。たった一つの行動で、勝敗は決した。

「……はは。まあ、そうだね。言ってしまえば、意地のようなものさ。結局、生前も英霊になってからも、助けられっぱなしだからねぇ」

『待ってろ龍馬、そんな傷、お竜さんが……!』

「おっと。この傷でそんなことされたら全身唾だらけになる。今はちょっと勘弁、かな」

 宝具を発動する前の、とぼけたような雰囲気に戻った龍馬。

 目の前に自身を殺せる者がいるにも関わらず、まるで気にしていないようにお竜に笑いかけた。

「白斗殿!」

 元の場所からは随分離れていた僕たちを追うように、段蔵たちが駆けてくる。

 向こうには既に危険がないらしい。見渡してみれば、無尽蔵に湧いてきていた鬼はその影さえ見当たらなかった。

「鬼の発生が止まりました。まだ地獄の打倒は叶っていないようですが……」

「……なるほど。やりきった、か」

 そしてその結果に安堵するように笑ったのは、龍馬だった。

『龍馬――』

「ごめんね、お竜さん。こういう性分なんだ。今回はこういう手しかなかっただけで」

『……ああ、知ってるぞ。周囲のためだけ考えて、自分の身は気にしない。そして、すぐ傍の誰かさんの気なんて存在していないかのようにスルーする。こいつめ、まだ治ってないのか』

「はは、痛い痛い、流石にその爪で抓られるのは……待って本当に痛い、シャレにならない」

 鋭い爪で器用にも龍馬の頬を抓るお竜。

 戦いの最中の剣呑さはない。

 あまりの変化に、僕もメルトも、沖田たちも唖然としていた。

「龍馬、一体……」

「もう勝ち目はないだろう? お竜さんはともかく、僕は。ならまぁ、なんだ……もういいかなって」

 いつの間にか、彼が被っていた帽子はなくなっていた。

 頭を掻きながら苦笑する龍馬に、もう戦意はないようだった。

「僕自身の役目は多分終わった。これでアレの介入も効くだろうさ」

 試合には負けたが、勝負には勝った。

 そんな様子で笑う龍馬は、内の読めない瞳で墨染の空を見やる。

 同時、

『――皆さん、無事ですか!』

「カズラ!」

『ッ、ハクトさん……! 良かった……本当に……!』

 メルトと離れて以降ずっと断絶していたカズラとの通信が入ってきた。

 恐らくここも観測不可能な区域だと思っていたのだが……それが修正されたのか?

「……さて。後はお偉いさんに任せるか。予想だとこの場にいる内の誰かになると思うけど……どう思う? お竜さん」

『……知らん。どうあれ選ばれたヤツはとびっきり苦しんでその不運を後悔すればいいんだ』

 一体何の話をしているのだろうか。

 龍馬の問いかけに、お竜は拗ねたような口ぶりで吐き捨てる。

 それに肩を竦めた龍馬は、改めて此方に目を向けた。

「剣牢はそっち側にいるんだったね」

「……ええ。それが?」

「僕たち地獄の目的が達成されれば、君らに勝ち目はなくなる。その状況でもし地獄が残っているならば……全員殺すんだ。最悪の状況の、たった一つの勝ち筋になる」

 助言だった。

 彼が知っている、地獄の目的――地獄が残った上で成されたのであれば、道は一つだと。

 違う――彼は暗に、剣牢を――天国を殺しておけと言っているのだ。

「まあ、多分それはあり得ないんだけど……念のためだ。覚えておくといい」

「……わかった」

「よし。……それじゃあ、いいかな。お竜さん」

『…………好きにしろ。今回は龍馬の――龍馬の選択なんだろ?』

「――あぁ」

 止めたかっただろう。お竜は歯を食い縛り、その衝動に耐えている。

 それを知って知らずか、龍馬はなんてことのない、軽い気持ちで。

「頼めるかい、沖田君」

「……承知しました。斬り合いの相手にこんなこと頼まれるの、初めてですよ」

 困惑を持ちつつも、沖田は狙い違わず、龍馬の胸を突いた。

 粒子となって消えていく彼に、しかし後悔はない。

「さあ……仕事は終いじゃ。世の夜明け、また一歩、近づいたぜよ」

 寧ろ晴れやかな笑顔のままに、維新の英雄は消えていった。

 地獄に縫われた彼が本当にやりたかったこと。

 その一端を、最後の最後に、見た気がした。

『全く……あと一歩で死ぬのは龍馬の因果か。何度やっても……守れないな……私は』

 恨めしそうに、愛おしそうに、お竜は呟く。

「……君は」

『お前たちとは関わらん。何処かで、私の良いように、終わりを迎えるさ』

 龍馬が消えても、まだその存在は解れていない。

 戦闘を続行することなく、お竜は天へと昇って行った。

 墨染の空に溶けるように、すぐにその姿は見えなくなる。

 それと同時に、また少しだけ清澄になる空気。

『――騎願地獄、消滅を確認しました。そして、京全域の観測が可能になっています。聖杯の位置も、確認できました』

 龍馬は、この不安定さの楔だったのだろうか。

 彼を倒したことは、この特異点の解決に至る決定的な一歩になったようだ。

「ふぅ……あたし(アリス)の役目もお終いね。またお月さまで会いましょう、お兄ちゃん」

「あぁ……ありがとう、アリス」

 アリスたる魔本は、戦いで頁を使い果たしていた。

 助かった。彼女がいなければ、鬼たちにやられていただろう。

 礼に頷くようにくるくると回った後、アリスは現界を解いた。

「あの……段蔵、そろそろ、下ろしていただけますか」

「む……? あっ、失礼いたしました。なんといいますか、貴女に触れていると自然と落ち着いて……」

 走り寄ってきたときから、段蔵はナガレを抱きかかえていた。

 光秀と違い、体力がないためだろうか。

 小さな抗議に従い、申し訳なさそうに段蔵はナガレを下ろす。

「……さて。一旦アマクニの小屋に戻るわよ。そっちの三人も、それでいいわね?」

 メルトの提案には賛成だ。

 何はともあれ、皆と合流しなければならない。

 沖田たちもそれに頷き、お竜によって荒れに荒れた戦場を後にした。




これにて騎願地獄・坂本龍馬は退場となります。お疲れ様でした。
この徐々に退場を始める終わりの雰囲気が私は大好きです。
やたらハクとメルトが強くなったのはアレです。途中離脱メンバーが返ってくると強いスキル持ってたりレベル上がってたりするアレ。


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■■■『解答』

第五夜です。


 

 

「ようホワイト。色々あったみてぇだが、無事で何よりだぜ」

「ああ、ゴールデン。君も無事みたいだね」

「おうよ。オレっちは昔っからしぶとくてな。簡単にゃ死なねえって」

 天国の小屋に戻ると、金時が気さくに手を振り上げ、笑いかけてきた。

「あら、生きてたのね」

「ンン。ただまぁ、五体満足ってワケでもなさそうだけどねぇ。あ、話は聞いたよ」

 ミコもピエールも、特に傷は見られない。

 二人のサーヴァントもまた無事だ。

 此方側には、誰も犠牲は出ていないようだ。

 そこにいた面々を見渡し、一先ず見知った顔が減っていないのを安堵する。

「そうですか……貴方がマスターの」

「うん、紫藤 白斗だ。君が清姫?」

「はい。マスターの――めると様のサーヴァントをしております」

 メルトがサーヴァントと契約したことは聞いていた。

 この角の少女がそうらしい。

 清姫――安珍清姫伝説に登場する少女か。

 ここに来るまでに互いの現状を話し合い、共有した。

 此方は地獄の情報。新選組の二人に助けられたこと。信長の下にいたこと。

 そこにいた面々。

 牛若や土方の犠牲まで。

 僕たちが多くの味方を得られた一方で、メルトたちもサーヴァントの協力を得たらしい。

「ふうん、あんた方が。オレは紅閻魔。玉ちゃんから話は聞いてたぜ」

「玉ちゃん……?」

 もう一人、初めて見るサーヴァント。

 棺を背負った赤髪の少女は此方を知っているようだが……。

「玉藻の前。知ってるだろ?」

「あぁ……玉藻の知り合いか」

 彼女には英霊の友人が何人かいると聞く。

 紅閻魔も、その一人なのだろう。

「おや。玉藻の前の知己であったのですか」

 小屋から出てきた居士。

 狐耳の男は、相変わらず妖しい雰囲気を全身から放っている。

「ん? あんたも?」

「ええ、少々浅からぬ因縁と言いますか」

 驚いた……居士もまた、玉藻と知り合いらしい。

 どうもこう……日本の英霊というのは妙なネットワークを持っているらしい。

 英霊たちのそうした関わりは分からないが、どういう理屈なのだろうか……。

「……」

「……どうしました?」

 ナガレの怪訝な表情に、居士が反応する。

「あ、あの……何処かで、お会いしたことは?」

「さて、どうでしょう……ともかく、貴女方が信長公に仕える者ですね」

 ナガレの問いを軽く流し、普段通りの含みのありそうな笑みを向ける居士。

 釈然としなさそうだが、ひとまずナガレはその疑問を仕舞い込んだ。

「はい。明智 光秀。及びナガレ。共に信長様に仕えております」

 既に光秀の存在も伝えてある。

 だが、それでも彼という存在と相対するのは、警戒無しではいられないものらしい。

 息を呑むミコ。ピエールもまた笑顔ながらも、その目を僅か細くした。

「騎願を倒したようね。とりあえず、おめでとう」

「天国……」

 こうしている間にも、刀の具合を確かめていた天国。

 今は離反したとはいえ、かつての同胞の死に、彼女は複雑そうな表情だった。

「……残るは四騎、か」

「そろそろ年貢の納め時じゃないか? どうせ全て殺さなければ終わらんのだろう」

 その素性が判明した時点から殺すべきだと進言していたアーチャーの考えは、やはり変わっていないらしい。

 両手には銃が握られており、いつでも彼女を撃ち抜ける状態だ。

 確かに……地獄全てを倒すことは、解決に最も近い道だろう。

 龍馬が言うには、最悪の状態になった時はそれが必須だという。

「……まあ、それは良いけど。ただ、もう少し待っていてくれないかしら。この一振りの具合を確かめるまでは、どうにも死に切れないわ」

 天国が今持っている小刀は、宝具にも等しい神秘を持っていた。

 茨木に連れ去られたあの日の一振りとの差は、こうした成功品を見てみると如実に感じられる。

「ともあれ、多分私を生かしておいても良いことはないわ。私が何か情報を吐ける訳でもなし」

「それは……」

「離反の条件よ。術策の核心は告げないっていう制約。これはまぁ、術懐に掛けられたものなんだけど」

 最初に聞いた、地獄たちの概要。

 それ以上のことは、天国は話すことが出来ないのか。

「あいや待たれよ。クロは殺させんぞデトロイト。その鉛玉を届かせたければキャットの酒池肉林をお百度参りしてからにするがいい」

「……銃を向けるのも馬鹿らしくなるな」

 キャットの相変わらず奇怪な発言に、アーチャーは頭を抑えた。

 彼女の思考回路は、アーチャーにとってはまさに天敵らしい。

 分からなくもない。彼女の言葉の真意をすぐに理解できたことなどただの一度もない。

 現実主義らしいアーチャーとの相性は最悪だろう。

「キャットの気持ちはありがたいけどね。はい、これ御礼」

 自身を庇ったキャットを撫で、獣の手に持っていた小刀を置いた。

「む、料理の依頼か。これで魚を捌けとな。ふむ、では夕餉は期待せよ」

「違うわよ。お守り。料理に使うのは勝手だけど、持ってなさい」

 それは、キャットのために鍛ったものらしい。

 天国は数多の霊剣、神剣を鍛ってきた伝説の刀匠。

 お守りと称したその小刀も、天国がそのつもりで作成したのであれば相当の力を持っているだろう。

「……ともかく。聖杯の場所は分かったんでしょう? 天国を殺す殺さないの前に、方針を決めるべきじゃないの?」

『そうですね。今場所を転送します』

 呆れた様子のミコの提案で、カズラが素早く京の地図を映す。

 マークが付与された位置は、市街から外れた山の中。

「ここは……地獄の本拠ね。狂宴に連れられて行ったんじゃないかしら?」

「……あそこか」

 一見すれば、あそこはただの山だった。

 だがやはり、あの場所に聖杯はあったようだ。

 つまり聖杯を回収するには、あの山に入り込む必要がある、ということ。

 それが地獄たちとの最終決戦となるか。

「……その前に、信長様との合流を。あちらにも英霊がおります」

 その通りだ。

 鈴鹿とシャルヴがいれば、勝率は上がる。

 この後の方針としては、まず本能寺で信長と合流、そしてその後、山に向けて出陣か。

「ふぅむ……いやはや、お役御免は近いようですね。この陣地も、そろそろ解体となりますか」

 居士が欠伸をしつつ力を抜く。

 誰が見ても、気を抜いているとわかる仕草だった。

 ――例えば、その命を狙う者がいたとしたら、それは好機であっただろう。

 

 

 ――ゆえに一瞬にしてその背後に忍び寄り、その命に手を伸ばす者がいた。

 

 

 きっとそれは誰にとっても予測不可能な事態。

 まるでアサシンの如く。気付いた時には、命は無いに等しい一撃。

 それを防ぐことが出来るとすれば、襲撃に予め保険を掛けていた場合くらい。

「……」

「――」

 首の皮一枚。

 その、ごく僅かを、居士は届かせなかった。

 結界と呪縛、一瞬で展開したとは思えない数と密度の守りにより、襲撃を防いだ上でそれを捕えていた。

 それはいい。居士が強力なキャスターであるのならば、それも可能かもしれない。

 だが――問題は、その襲撃を行った本人。

「……キャット、何を」

 束縛されながらも抵抗し、その爪を押し込もうとするキャット。

 一体、何を突然――

「ふん……ようやく殺せるときたら、やるしかなかろうて。いつまで経っても死なぬとあらば、アタシが手ずからぶっ殺すまでよ」

 確かにキャットはこれまで何度も居士に殺意にも等しい悪態をついていた。

 だが、それでも決して手を出すことはなかった。

 それが――ここにきて。

「……いや、まったく。気が抜けませんね、やはり貴方たちは」

「そりゃあな。オリジナルは外道だが尾っぽは邪道。反英雄舐めるな。という訳で離せ。そして話せ。偽りも此処までだ」

「偽り……?」

 獣の眼そのものだった。

 獰猛な瞳はかつてない程真剣。対する居士は、正反対の冷たい目だった。

「……剣牢、貴方ですか」

「ごめんなさいね。色々と」

 仕方ないと溜息をつく居士。

 そして――

「ッ――――!」

「なっ……!」

「ぅあ……!」

 体に掛かる重力が数倍に跳ね上がったような重圧が伸し掛かった。

 居士を除く全員が地に伏し、動きを封じられていた。

「貴女の方は殺しておくべきでしたねぇ。私なりにかつての同胞として見逃してあげていたのですが……」

「え、ぇ……だって、たまはわたしの友達だもの。友達の悩みは解決してあげるものでしょう?」

「ああ本当に、余計なことをしてくれました。まだ一つ黙らせれば良かったのに、ああ――私としたことが衝動に任せてしまったじゃあないですか」

 指一つ動かせない。

 これほどの重圧を何の準備もせず、ごく一瞬の時間で、この場全員に掛ける。

 紛れもなくそれは最上位のキャスターの術。

 そして、その使い手が誰か。

 この場においてただ一人この呪縛に捕らわれていない、自由なキャスターであることは、明白だった。

「居士……!」

「……果心居士。ええ、良い称号()です。この時代において信長公を知り時代を知る狂言回し、語り部としてこれ以上はなかった。素晴らしいですね段蔵、貴女の製作者というのは」

 まるでそれが、他人事であるように、居士の製作を称賛した。

「……何を。居士様、段蔵は、貴方の……」

「はい。私の製作。その通り。そう改竄(クラック)しましたからねぇ」

「クラッキング……!?」

「果心居士。はは――私があのような法螺吹きな筈ないでしょう。これを受けてまだ分かりませんか」

 彼は――居士ではない。

 恐らくは僕たちを謀る目的で、その真名を偽っていた。

 段蔵を操り、その名に信頼性を持たせ――果心居士として活動していた。

「外道は死しても外道よ! ぬ、ぅああ!」

 バチリ、と弾けるような音がした。

 強力極まりない呪縛を振り払い、キャットが再び襲い掛かる――その手はやはり届くことなく、更に数倍の呪いに封じられる。

 抵抗しながらも膝を付き、頭を地に付けたキャットの頭に、“その男”は飛び乗った。

「いや、面白い面白い。滑稽だ憎らしい鬱陶しい。清々しいほどに害悪ですこと。誰もかれも、まともな人格がただの一人もいないのはどういうことですか、タマモキャット?」

「ふん。オリジナルを知る貴様には分かるだろう。まともでないものから出でたものがまともである筈がない」

「……は。他七つを仕留めた時点で把握すべきでした。理解できない存在であると」

「……他、七つって……」

 キャットの性質。そして、その言葉。

 彼は、まさか……。

「――ええ。私も驚きました。アレの尾が八尾も現界しているなんて。一先ず七人殺し、本体を誘き寄せるべく一尾残していましたが……結局、来ていないようですねぇ」

 ここに来ていたタマモナインは、キャット一人ではなかった。

 本体――玉藻の前を覗いた全員が、この時代に召喚されていたのだ。

 最後に、手を貸すのはこれまでだと言っていたタマモ・オルタも、どうやら来てくれていたらしい。

 だがその悉くが、既に消えた。

 目の前の男によって、キャットを除き全員殺された。

「何故、そんなことを……」

「はぁ。何故。魔性を退治するのは英雄の仕事でしょう。私は英雄として、役割を全うしたまで。知らないのですか? 玉藻の前とは悪。人を脅かし、人を呪い、人を殺した化け狐。どうあっても人にとって敵にしかならない人類悪です」

 ――玉藻の前。

 平安時代末期、鳥羽上皇に仕えたとされる美女。

 鳥羽上皇の寵愛を得、しかしその正体が判明したことで人間たちに追われ、最後には那須野の地で討たれることになる。

 正体は白面金毛九尾の狐。アマテラスのワケミタマ――人間の敵として、人類史に刻まれた存在だ。

 それは知っている。

 だが、反英雄であっても、人類史の味方になれることを知っている。

 玉藻も、そう在れる存在だった。

「アレは私と同類だった。違っていたのは、アレは己の悪を肯定し、私はそれを否定した。自身に生まれ持った悪などないと悪性を抹殺し、それも含めて私の力とした」

 その言葉で徐々に力を増していくものが、彼の周囲に現れた。

 膨大な呪詛で構成された、巨大な狐。

 それは、宝具だった。神威と呪詛が緻密に絡み合った芸術ともいえる術式。

「故に私は善を成した。化け狐を明かし、人喰いの鬼を明かし、あらゆる魔性を明かしてみせた。ええ特にあの狐は傑作でしたとも。人に化け人に染まった愚物を奈落に落とす快楽! こうして踏み躙ってやれないことが残念だった! 嗚呼、嗚呼――!」

 ――いつしか、彼の左目は開いていた。

 右目と同じ色。だが、それとはまったく違う。

 右目が淀であるとしたら、左目は天。神々しいまでの、邪悪な正義。

 今までの彼とは思えない狂気も相まって、より一層、歪さが明確なものになった。

 果たして、これは本当に人なのか。悪の化生でさえ、これほどに悍ましい存在感は持たないのではないのだろうか。

「……つまり、アンタが術懐だってこと」

「――ええ。私こそはこの時代に下りた最強のサーヴァント、術懐地獄です」

 体が浮き上がる。

 キャットを除く全員を自身の前に立たせるように動かし、呪縛を解放する。

 体に自由を返したのは、絶対的な自信の表れか。

 キャットを踏み台にしたままで、彼――術懐地獄は慇懃に一礼した。

「改めまして、皆々様。この衆愚燃え上がる監獄へようこそ。先の世の者、前の世の者、出自は様々ありましょう。しかしいずれも二流の雑兵。大英雄たる私には及びようもありませぬ」

 大英雄。自らをそう称する術懐。

 その過剰なまでの自信は、それを証明するほどの実績があるがため。

 人々は誰しもがその偉業を認め、そして己が誰より誇った。

 数多の魔性を打ち払い、世を脅かす超常を嘲笑った。

 確かに彼は英雄だろう。人類史に刻まれし正義の英霊だろう。

 だが、此度は違う。本性のままに、人の敵である地獄として顕現した彼。

「恐れおののき、そして玉砕なさい。貴方がたに戦う以外の道はない。ええ、思いつきで遊ぶのはここまでにしましょう。ここからは我が真髄でお相手して差し上げる!」

 白い髪が、白い肌が、狐を構成する呪詛で妖しく照らされる。

 視界の全てを暴くような瞳を悪辣に歪め、歯を僅かに見せて笑う。

 その姿を見ただけでは、到底それが大英雄だとは思わないだろう。

 だが――

 

「さあ――人間よ! 英霊よ! この私、安倍 晴明に平伏するがいい!」

 

 ――否定のしようがない。

 彼が名乗った真名は、紛れもなく日本有数の大英雄のものだった。




という訳で元のメンバーと合流。
そして正体が判明しました。果心居士改め術懐地獄・安倍晴明です。よろしくお願いします。
後半終始キャットの頭を両足で踏みつけグリグリしながら喋ってます。皆さんこいつです。


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■■■『逆光』

人は生まれながら誰もが平等って簡単に言えるほど無邪気じゃない
痛むのは一瞬だけ すぐに慣れてしまうわ
そう割り切れた方がずっと楽だった


 

 

 ――安倍 晴明。

 日本における英雄――とりわけキャスタークラスにおいては間違いなく最強だろう。

 都の守護者。神秘殺し。玉藻の前や酒呑童子など、日本屈指の大化生を数多退治に貢献した術者。

「……おう。アイツを見つけてくだすったのはアンタだったのか。頼光サンがいりゃすぐに気付いたんだろうがよ」

 苦々しげに金時は呟く。

 酒呑童子を暴いたことから金時の仕えた将――頼光と清明は面識があるのだろう。

 だが金時とは初対面だったらしい。

「ええ。源 頼光。素晴らしいお人でした。噂に違わぬ神秘殺し。私としたことが、僅か士官を考えてしまいましたよ」

「そうかい。だが結局同じ釜の飯食う間柄にはなれなかったみてぇだな」

「ですねぇ。貴方のような方を見てしまえば、あの方の下にいながら貴方を暴き、払ってしまいかねませんし」

 開いた左目は、最早瞬きすることすらない。

 かつて出会ったどんな者にもなかった類の瞳。

 あれは――見られてはならないものだ。

 全てを見透かされるような、僕たちとは別の次元のもの。

「……テメェ」

「ああすみません。この左目、人を暴いてしまうのですよ。その者の精神性、隠したもの、私の意思によらず全て視えてしまうのです。それが煩わしくて、俗人どもの前では常に閉じていたのです」

 人を見透かす左目――魔眼とは違う、しかし特殊なる視力。

 清明が清明たる所以――

「私としては右目だけでも十分だったんですがね。世界を見通せる千里眼は便利なのですが、人を暴く獣の瞳はええ――どうにもその人間を壊してしまいそうで」

 世界を見渡す、極めて高ランクの千里眼。

 そして、左目は人を見通す獣の瞳――両目に異なる性質を持つ術者、それが、安倍 晴明という英霊――!

「……テメェっつう外道がいながら、なんでアイツは地獄なんざに従ってたんだ」

「アイツ……? ああ、酒呑童子ですか。茨木童子への義理というのが一番じゃないですか? 私はただ従わせただけで、屈辱からの自害は規制していませんから。それに私は外道ではないですよ、人のための正しき――」

「――オーケー。もういい」

 清明の言葉を途中で止めた金時の瞳に宿ったものは、サングラスを介していても理解できた。

「……オレっちはテメェの気持ちは分からねえ。もしかするとそれはオレが知らねえだけで、人様の正しい性質の一つなのかもしれねぇ」

 出現させた斧を、肩に担ぐ。

 冷静を装ってはいるものの、既にその斧からは弾けた雷による火花が散っていた。

「だがよ。生憎だがオレはそういうのは知らねぇ。頼光サンとこで学んだぜ。テメェみてえな奴が、ぶっ飛ばすべきクソ野郎だってなぁ!」

 溜め込まれた雷が爆発する。

「ぶちかませ! 『黄金喰い(ゴールデン・イーター)』ッ!」

 横薙ぎの一撃は、直撃さえすれば高い耐久力を持つサーヴァントでさえ一撃で粉砕せしめただろう。

 そして、命中を証明するような炸裂音も周囲に響いた。

 ――キャットを踏みつける清明は、ただの一歩さえ動いていない。

 その直前に出現した分厚い鎧を身につけた何かが代わりに受けることで、清明は笑みを浮かべたまま佇んでいた。

「いやはや、流石の膂力です。私の将の鎧を一撃で砕くとは……」

『シャドウサーヴァントの反応……!? これは、そのサーヴァントが!?』

「ええその通り。私はこの地で英霊の影を数多召喚しました。そのうちの十二を我が宝具――『天社神道・十二天将(てんしゃしんどう・じゅうにてんしょう)』にて強化しています」

 あの鎧の中身――今消えていったのは、シャドウサーヴァント。

 そして装備していたあの鎧そのものが、清明のもう一つの宝具。

 自身の召喚した使い魔を強化する、キャスターとしては一般的な部類に属するものだが――

「ッ――」

 清明の周囲に現れた、鎧武者たち。

 全て影。だが、驚くべきはその数と魔力。

 数は十一。

 そして――

『魔力反応、通常サーヴァントとほぼ同値、霊基も同等です!』

 言わば清明一人で、十一のサーヴァントを御しているも同じ――!

「然り。宝具も使えるので、楽しんでいただきたい。皆様のような雑兵の集まりであれば、誰一人退屈はしないでしょう!」

「ッ、全員でいくよ! 合計十二騎とはいえ、負けてられない!」

「ええ――私が術懐を! 補助頼むわよハク!」

「ああ――!」

 キャットは未だ封じられ動けない。

 天国が戦闘に向いたサーヴァントではないならば、戦闘可能なのはアーチャー、アサシン、沖田、清姫、紅閻魔、金時、そして段蔵。

 七騎。数では完全に負けている。

 加えて、僕にミコ、ピエール、光秀にナガレと、戦えない者は多い。

 適格な補助と宝具の使用で、慎重に正確に攻めなければ……!

「アーチャー!」

「チッ……弓兵が白兵戦とはな!」

 両手に銃を持ったアーチャーが、二刀流の影と相対する。

 白と黒、それぞれに刃が付いた銃は剣を相手にすることも可能だが、それでも取り回しには限界がある。

 あの二刀流との差が顕著になる前に仕留めなければ不利になる一方だろう。

「清ちゃん、行くぜ!」

「はい!」

 清姫と紅閻魔は、三人の影を相手にしている。

 紅閻魔はどうやら沖田に勝るとも劣らない剣の腕を持っているようで、複数の剣を相手に的確に立ち回ることで対処している。

 それでも対応し損ねた背後からの一撃を、清姫の炎が防ぐ。

 怯んだ影の首を斬り落とすことで、まずは一騎消滅させた。

「セナちゃん! 補助するよ!」

「――!」

 アサシンはステップを踏むように後退し、相手取る影から離れていく。

 踏んだ地点から広がる波紋。まるでそこが水面であるかのように、魔力で形作られた小魚が飛び出してくる。

 それをピエールが強化。弾丸となり、影を怯ませた。

「くっ……刃がどうにも通らなさそうなんですが!」

「ぶち砕けばいけるぜ。アンタそれで打つの得意だろ?」

「そりゃ斬って駄目なら突くまでですけどね!」

 金時と沖田は、合わせて四騎。

 沖田は鎧の隙間から剣を通し、それでも効き目が悪いと踏んだのか、一か所を突貫する戦法に切り替えた。

 どちらも相手の動きに翻弄されている様子はない。彼らは問題なさそうだ。

「ふ、ふ。私の相手は貴女ですか。いやあ事もあろうに貴女とは」

「その笑いが不愉快よ。散々騙してくれたわね」

「ええ。それが楽しくて楽しくて。同好の士ではないのですか、貴女は」

「やり方が悪辣な上に回りくどいわ。もっとまともな方法を学ぶことね!」

 ――メルトが言える口ではない、とは言わないでおく。

 メルトはその敏捷性を活かし、四方八方から清明を攻め立てる。

 その敏捷を更に強化することで補助するが、有効打にはならない。

 清明が何をしている訳ではない。

 最初に発動された宝具――呪詛の狐がその全てを防いでいるのだ。

「ッ――!」

「メルト!」

 突如として成立した束縛の呪術に合わせ解除術式を起動する。

 戦闘中という、事前の仕掛けも効果を発揮しにくい状況だ。

 ああも狙ったように、メルトの動きを捉えられるのは不自然に過ぎる。

「――宝具か!」

「然り! 我が母の呪詛、『天社神道・葛葉怨起(てんしゃしんどう・くずのはえんぎ)』! 我が母こそが我が術式の代わりを成す! 何を唱える必要も、術具も必要ないのです!」

 キャスターというクラスが有する弱点の一つ、詠唱などの事前準備を抹消する宝具――!

 彼はあまりにも、サーヴァントとして完成されていた。

 術式詠唱から必要な道具までを補う宝具。

 キャスターの手の届かない場所に送り込む使い魔をサーヴァントクラスに強化する宝具。

 そして、操る呪術はその性質から対魔力の効果を受けないとは。

 最上位の英霊を自称するだけある。だが、それでも全能では――

『ハクトさん!』

「ッ!?」

 手が引かれる。

 直後、それまで僕がいた場所に刃が振り下ろされた。

「光秀、すまない……!」

「自分の身にも注意を。まだ影がおりますゆえ」

 ――残っていたシャドウサーヴァントが二体。

 他に比べ魔力量は控えめだが、それでも僕たちにとっては脅威だ。

「天国、君は……」

「……無理ね。精々が囮になれるくらいよ」

「くっ……段蔵……!」

 段蔵は、生身ながらサーヴァントを宿している。

 だが彼女は――放心した様子で、俯いていた。

 拙い、完全に隙を晒している。それを見逃す敵では――!

「段蔵――!」

 盾も間に合わない。

 自身が疑いもなく操られていたこと。

 その事実を受け入れられない。清明は最早、彼女を見てすらいない。

 

 

 ――そしてシャドウサーヴァントの凶刃は、人造の体を貫いた。

 

 

 バチリ、と回線の中身が弾け、跳ねた。

 心臓は外れた。それでも、貫通した刃は重傷を物語っていた。

 そこで終わることもなく、もう一騎の槍が今度こそ心臓を貫く。

「――」

 貫かれた孔から、破片が零れ落ちる。

 木と鉄で作られた、人造なる人型。

「……ナガレ……?」

「っ、……束、縛……!」

 信長に仕えていた、記憶なき少女。

 段蔵を庇った彼女は、意識を手放すことなくそう呟き、内に秘められた機能が起動する。

 武器を伝い、シャドウサーヴァントに向かう電流。

 動きを止めることに特化したそれにより、影は武器を手放し制止した。

「……何を……」

「…………思い出して、しまって。恐らくは、あの方が、偽りの名を、捨てたからでしょうね。……事もあろうに、私のような、日陰者の名を、騙るなんて」

 ――ナガレの名?

「――まさか」

「庇わずには、いられなかったのです。だって……貴女は――」

 清明が名を騙っていたこと、それが、ナガレが本来の記憶を失うきっかけだったとでもいうのか。

 それにより、ナガレが負うべき配役が清明に差し替えられ、それを清明は演じていた。

 であれば、ナガレの真の名。真の記憶は――

「――ナガレ様――居士、様――母上――――!」

 その身の何割かを、半端に絡繰へと変えた少女。

 “加藤 段蔵を作り上げた真の奇術師”――果心居士。

 それがナガレの真名だったのだ。

「大丈夫、段蔵。貴女を共に作った風魔のあの人……小太郎様に学びました。その心の臓、貫かれてからが、人の真髄である、と」

 既に生命活動を行うための心臓は破壊された。

 だというのに、心配させまいとナガレは笑う。

 その姿が、砂のように崩れ去り――

「――はっ!」

 シャドウサーヴァントの背後から、声が聞こえてきた。

 動きを止めた影の頭、鎧の隙間に的確に刃を突き立てた少女。

 その着物を脱ぎ棄て、絡繰の四肢を露わにしたナガレ――居士が、そこにいた。

 胸に孔を開けながらも影を討った、もう一人の絡繰少女――!

「小太郎様にお聞きしました。異国の神代、人形操作に端を発する英霊の座。人の身では耐えられぬものゆえ、絶命を約束された際に動くよう作ったのです」

 致命傷は消えないながら、それ以外。動きも、言葉も、別人の如く洗練されている。

 例えるならば、サーヴァント。それも七クラスに該当しない、独特の雰囲気。

機械兵(マシーナリー)、果心居士。参ります、この命、尽きるまで」

 エクストラクラス・マシーナリー。

 聞いたことはない。恐らく、サーヴァントの中でもごく少数が該当するクラスなのだろう。

 自らのステータスに頼らず、自身が作り上げた兵装を操るクラス。

 居士の場合は、己の肉体そのもの。

 魔力を帯びた仕込み刀でもう一人の影の首を切り落とし、段蔵に並び立った。

「段蔵。今の貴女に、記憶はありませんか?」

「……はい。ですが、その体で分かります。私の作りと同じ……貴女は、真として、我が母上です」

「……こそばゆいですね。母親らしいことなんて碌にしていないのに。最後に出来ることさえ、共に戦うだけ」

「それで、構いません。一緒に戦える――それだけで、私は」

「……ありがとう、段蔵。では、始めましょう」

「御意に――!」

 段蔵と居士が跳ぶ。

 段蔵の腕の機銃が、居士が全身に展開した数多の砲口が、影たちに掃射を放つ。

 怯んだ影。アーチャー、金時が一人ずつその援護を得て討伐する。

 段蔵は速度で勝る。

 だが、体に仕込まれた仕掛けの威力は居士が勝る。

 そして共に、相手の死角に忍び込むような特殊な立ち回り。

 忍びの兵法――風魔の系譜。

「ほう! これはこれは!」

「あの子、あんなに戦えたのね……」

 ミコもピエールも感嘆する、二人の動き。

 倒れた影は六を超えた。残りは半数――!

「ッあ!」

「メルト!?」

 呪詛の狐に弾き飛ばされたメルトが此方に戻ってくる。

 二人が加わったとて、大幅に有利を得た訳ではない。

 やはり清明は強敵か――!

「はは、これはこれは! 目の前で段蔵を殺せば記憶が戻った時の絶望はなお味わい深いと思ってましたが! こういう結末ですか!」

「貴方は知っていたのですね、安倍 晴明!」

「然り然り然り! 絶望するは段蔵の方でしたねぇ果心居士! 所詮は英霊でもなき人の出来損ない、私には勝てぬ!」

 高らかに吼える清明に、しかし隙はない。

 居士の弾丸は一切通用せず、狐の爪が腕を切り落とす。

「ではここまでです! これが終始踊らされた貴女の母の末路だ、段蔵!」

「――果心、電装――」

 何かをしようとして、しかし間に合わなかった。

 出来た事は、段蔵を軽く押し、その牙から逃れさせただけ。

 自身は避けることもままならず、居士は呪詛に喰われ、跡形もなく消滅した。

「……」

「さて、感想は如何です? 段蔵――母の死の」

 悪辣に絆を破壊し嘲笑う清明に、思わず拳を握りしめる。

 人命は彼にとって、玩具に過ぎない。絆もまた同じ。

「……誇らしいですね。私があのような素晴らしい方に作られたとは」

「――ううん。価値観も壊しておくべきでした。つまらない、ただの一点も与えられない感想ですね」

 居士の最後を、段蔵は確かに見届けた。

 そして段蔵はそれを誇らしいものだと微笑んだ。

 絶望することも、憤慨することもなく、ただ誇りのみが段蔵にはあった。

 居士の遺志を受けた段蔵に、清明はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「やはり記憶は壊さない方が吉でしたか。その点では月の二名の方が傑作でしたねぇ」

「え……?」

「は……?」

 なんてこともなく呟かれたそれは、決して聞き捨てならないことだった。

 清明は僕たちの反応を見て、口角を釣り上げた。

「貴方たちですよ。互いを引き離し、互いを想う度に死へと近付かせる呪い。戯れ程度のものでしたが、あれは実に良かった。どちらの様子も見ていましたが、互いに依存した関係でなければああは苦しみませんねぇ」

 ――――今でこそ、あの呪いの影響はない。

 だが、離れた焦燥や苦しさに付け込んだそれにより、死をも考えた。

 あの言い分では、メルトも同じだったのだ。

 両者に呪いを掛けていた。あの山などではない。恐らくは最初に出会った時点で、既にその術式は成立していたのだ。

『そんな……』

「……貴方。そう――どうやらとことん苦しんで死にたいらしいわね」

「それが出来るなら、是非。次は、そうですね……互いの見える場所で甚振りましょうか。死ぬまで、じわじわと。いつ発狂するか、楽しみでなりませんよ!」

「――――」

 理解できた――決してあの外道とは、分かり合えないと。

 理解できた――決してあの外道を、僕は許せないと。

 僕だけなら何をされても構わない。だが、メルトを笑いながら呪った――そんなこと、許せようもない。

 全力で叩き潰す、そこに思い至る前に。

 自然と、清明を指さしていた。

 何故だろうと、その後に考え、一つ、思い出す。

 彼が言っていたのだ。

 ――――“お前が望む時、怒りに任せて敵を指させばそれでいい。言葉なんていらない。それだけで、お前の敵は悉く滅ぼしてやる”

「何ですか? それは」

 意味のない行為だ。こんなことをしている時間も惜しい。

 手を下ろそうとした瞬間だった。

 

 

 ――二つが、この場に降り立った。

 

 

 一つは、彼方から降りた。

 一つは、この場に出現した。

 誰もかれもが、その異変に動きを止めた。

 あまりに濃密な魔力に、息が詰まる。

 空気が一瞬にして圧倒的な重苦しさに変化し、清明の脅威性が感じられなくなった。

『ッ――――皆さん、今すぐその場を離れてください! 評価不可能――サーヴァントの現界とは違います! これまでに観測した不明反応とも異なる、規格外の現象が……!』

「――――」

 寒気がした。

 なんら、危機感を抱いている訳ではない。

 だが、凄まじい何か。

 この場にいるというのに、どうしようもない不安定さに体が無重力空間にいるような錯覚に囚われる。

『か、観測、切断されます! 皆さ――』

 歪みが最高潮に達し、カズラの通信が切れる。

「……ヤベェな、こりゃ」

「あぁ……感じてるか金ぴか。とびっきりのが来やがるぜ」

 金時と紅閻魔が、降りた二つに得物を向ける。

 二人だけではない。サーヴァント全員が、清明を目から外しその現象を刮目していた。

「……マスター」

「ぬェ!? な、なんだいセナちゃん!? ってかキミから話しかけてきたの初めて――」

「下がって。あれは、私たちとは違う」

「……そうだな。とはいえアレとも異なる、最上位の何か、か」

 この場の誰もより、その二つは圧倒的だった。

 清明が、それまでの外道な笑みを消す。その頬に汗が伝い、ようやく言葉を絞り出した。

「……馬鹿な。神霊、だと?」

 この特異点そのものと匹敵するのではというほどの莫大な魔力。

 否、それですら足りない。もしやそれが内包した魔力は無尽蔵ではないかとすら思えた。

 神霊――清明がその単語を告げたと同時、二つの姿が明らかになった。

 ――一つ。

 脚具を外したメルトと同じくらいの背丈の少女。

 長く、青い髪を後ろで束ねた踊り子。

 レースをあちらこちらに散らした衣装を身に纏い、豪奢にして絢爛な琵琶を携えた姿――完璧なまでの造形を、人は女神というのだろう。

 彼女を背に乗せるのは、荘厳という言葉さえ陳腐だろう白鳥。

 その神秘は充分に神獣クラスだ。

 ――一つ。

 その姿は、知っているようで何処か違った。

 細く骨ばった肉体のあらゆる箇所に傷を刻んだ男。

 傷と傷の間を縫うように走る青い文様。

 罅割れた目はその視線だけで世界をも滅ぼせるのではと思わせる。

「――怒りを受けた。約定に従おう、月の民。此度に限り、お前の敵を討ち滅ぼす」

「……シャルヴ」

 それまでの彼とは、何かが違った。

 確かに彼は相当の強さを持っていた。だが、ここまでの神威を纏っていたわけではない。

「……なんだ」

「……お前が、その敵か」

「なんだ、お前は。なんだそれは! ふざけるな! 己を偽るな! そんな地獄を耐え抜ける者がいてたまるか!」

 清明は、憤怒に顔を歪めていた。

 その左目を自ら抉り潰し、体を震わせていた。

「……愚かな。僕を見たか。紛れもない、それは僕の人生だよ」

「そんな事、が、あって……」

「キハハ。キミには気の毒だけど、真実なんだなぁ、それが。私らの頃は、神様より遥かに人間のがタチ悪かったってこと」

 もう一つの明るい声に、古い記憶を掘り起こされたような感覚を覚えた。

 遥か昔。いや、それは時の概念がある場所だったか。

 ともかく、途方もなく遠い何処かで、その声を聞いたことがあった。

「……お前たちは、一体」

 絞り出すような、震える声だった。

 先程のような笑みは最早浮かべる機能さえ失っているようだった。

 そして、聞いてしまった。

 彼らの正体を、清明は問うてしまった。

「……我らは、天の御遣い。七つの守護者。英霊全ての上に立つ、冠位の一」

 厳かに、低い声で、シャルヴは己の正体を告げた。

 英霊の一つ。しかし、サーヴァントに非ず。

 サーヴァントという規格の、遥か上位に位置する者。

「業腹だが、かの決戦魔術において僕はこの座に据えられた。あらゆる射手の、その頂点に立て、と」

 

 

「――“弓兵”の冠位、グランドアーチャー。真名――スーリヤカンタ」

 

 

「――同じく、“騎兵”の冠位、グランドライダー。真名は言うに及ばないよ、キミには、ね」

 

 

 英霊の中の英霊。七クラスの最上位。

 その他全ての上に立つ、究極の一。

 冠位英霊――グランドサーヴァント。

 英霊召喚については、ムーンセルの管理をする上で理解しているつもりだった。

 だからこそ、この事件に際して各時代への英霊召喚をするシステム――サクラ・ノートを作ることが出来た。

 ゆえに、理解できなかった。

 

 ――冠位の英霊などという最上位の重要性を誇るだろう情報は、月の何処にも無かったのだから。




――破壊神降臨

――■■■降臨


ナガレ改め果心居士はここで退場となります。お疲れ様でした。
オブザーバーに続くオリジナルエクストラクラス・マシーナリーです。
詳しい設定とかはマトリクスにて。

晴明は正統派に邪道を混ぜつつシンプルにキャスターとしての各性能が高い感じ。
左目さえ開けなければ多分優秀です。多分。

そして四章における、これから先に向けた最大のイベント、グランドクラス出現です。
まずは二人。グランドアーチャーとグランドライダーになります。
FGOにおけるグランドクラスとはやや設定が異なっていますが、それも追々。
彼らに関しては、あらゆる自重をかなぐり捨てて作成しました。楽しかったです。


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■■■『冠位』

 

 

 ――冠位の英霊。

 「最上位の英霊」などという括りに収まる存在ではない。

 その基準、霊基の規模からして、サーヴァントと大きく異なる。

 今まで知り合った、あらゆる存在をも超える、次元の違う存在。

 それが二騎、目の前にいた。

「……メルト、知っていた?」

「……いいえ。こんなの、月の記述にあったら私が見逃す筈がないわ。冠位のクラスなんて、正真正銘、月には存在しないものよ」

 カズラとの通信があれば、今からもう一度月の情報を洗い出すことが出来ただろう。

 だが、その存在感ゆえか、外からの干渉は完全に遮断されている。

「貴方たちも知らないサーヴァント……? つまりは敵ってことじゃないの? 味方のサーヴァントは月から召喚されてるんでしょ?」

 ミコの疑問はもっともだ。

 味方をしてくれる意思のある英霊は皆、月の機能によって召喚されている。

 中には天国のような例外も確かにいるが……

「ふふ。ま、そうだね。正体不明を疑ってかかるのは悪くないよ、悪くない」

「ッ!?」

 気付けばその声は後ろから。

 ミコの背後に移動していた少女――グランドライダーは、今にも踊り出しそうなほどに愉快げだった。

 そして、声に即座に反応したアーチャーが銃を向ける。

 その引き金を引くだけで、装填された銃弾は彼女の頭を撃ち抜くだろう。

 だが、彼女は一切意に介した様子がない。

「やめといた方がいいよー。私を撃つ理由がキミには全くない」

「その根拠がないな。少なくとも、マスターに危害を加えないためという大義名分はあると思うがね」

「大丈夫、大丈夫。この子に手を出すつもりはないから。その殺気しまってよ守護者くん。どうせ何千発撃ったところで私には届かないっての」

「……お前は」

 銃を下ろさないアーチャーに少女は肩を竦める。

 何千発撃っても届かない――それを少女は冗談でも強がりでもなく、純然とした事実として言い放った。

「ともかく、私は敵ではありません。果心ちゃんがキミたちの味方だったなら、尚更」

「……母上が?」

「そうそう。あの子は私が召喚されるための依代だったの。あ、一応あの子の同意あっての事よ?」

 居士が……グランドライダーの依代?

 それが失われたことで、正式に召喚されるための条件が整った――のだろうか。

「いやあ、それにしても喚ばれて正解。私の力の外で、こんなバカみたいな偶然あるんだねー。ね、ご主人様?」

「……え?」

 屈託のない笑い。その、妙な呼び名は、僕に向けられていた。

「……ふぅん」

「ほっほう。いやァ隅に置けないねぇ月の管理者も!」

「いや、違う。絶対に今考えてることは誤解だ」

 熱は感じないまでも灼熱地獄にいるのは変わりないのに、そうとは思えない冷たさがあった。

 一体何を言い出しているのか、この少女は。

 しかし、一つ違和感を感じた。

 この冷たい視線に、メルトが含まれていないのだ。

「……貴女、まさか」

 メルトの警戒の声色は、尋常なものではない。

 その正体が確信に至った、しかし信じられるものではないという驚愕もあった。

 ――僕にも、微かに思い出したことがある。

 ずっと前、何年も前に、「ご主人様」――自分をそうふざけて呼ぶ存在が、いたような――

「はい、そこまでー。アレに名前を教えるつもりはないって言ったでしょ? そこは空気を読みましょう」

 メルトの口元に指を置いて、少女は追及を終わらせる。

 それで、茫然としていた晴明は我を取り戻したように目を見開いた。

「ッ……冠位、冠位の英霊だと。そんなもの、私は知りません。法螺を吹くなサーヴァント!」

「キハハ。法螺だってさ。どう思う? アッシュくん」

「……僕は与えられた役割を名乗ったまで。これが偽りか真かも分からない。この点は、貴女の方が詳しいと思うが」

 彼女の癖なのだろう、独特の呼び名で呼ばれたシャルヴ――否、真名スーリヤカンタは、あっけらかんと答えた。

 スーリヤカンタ――その名は、聞いたことがない。

 ようやく把握することが出来た彼のステータスは非常に高水準だ。人に一切知られていない英雄というのは考えにくい。

 であれば、名乗った名――シャルヴもスーリヤカンタも本来の名ではないのか。

 それとも本当に、彼は自身の名を忘却しており、スーリヤカンタという名も新たに付けたものに過ぎないのか――

「真面目だねー。でもま、それも真実か。ただ私も冠位にしては結構特殊な例なんだけどねー。冠位って頭につけても、結局は神霊なんてそうは喚べないんだし」

「……では、特殊でない例とは誰のことだろうか。僕には、異国の者は神も人も区別がつかない」

「冠位ってのがそもそも非常事態宣言みたいなものなんだよね。そういうの抜きにすれば……セイバーちゃんにキャスターくん……それからアサシンくんも一応、かな? ランサーくんはどうだろう。冠位ってのはともかく、あの在り方自体がちょっと変だし」

 そんな雑談をしていても、二人の強大な存在感は微塵も揺らがない。

 ゆえにこそ、晴明も攻撃が出来ないのだ。

 ――彼は、理解している。

 どう不意を突こうとも、彼らには届かない、と。

「バーサーカーは――」

「あ、アレは最高に特殊だよ。多分この世にあの子以上に特異な英霊なんていない。神霊の悪意と人間の傲慢がぐちゃぐちゃに混ざり合った神罰と願いの化身。アレの存在そのものが『世界は狂ってる』って証明してるようなものだから」

「……そうだな。納得だ。僕でもわかる、あれはこの世の害悪が形を成したようなものだ」

「そうそう。あの子に比べれば私たちのがよっぽど普通の冠位だよ。理解できた? 陰陽師くん」

「っ……否。否否否! なんだこれは! なんだそれは! 負けなどあり得ぬから正体を晒したのだ! こんなところで、私が……ッッ!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ晴明の言葉が途中で止まる。

 ぐらりとその身が揺れ、崩れ落ちた。

「……どうあれ、貴方は隙を作った。母上の仇討ちとさせていただきます」

「段、蔵……ッ!」

「あっちゃー。手出しちゃった」

 例え予想外の存在が出てきたとしても、関係はない。

 母を殺された段蔵は、統率の乱れた影たちの間を潜り抜け、隙だらけの晴明に刃を突き立てていた。

「段蔵貴様……! 人形風情が、私に刃を……!」

 憎悪に歪んだ目が段蔵を捉える。

 背後の狐が晴明の意を受け、動こうとした瞬間――

「真下がガラ空きだ! ワン!」

「ぬぁ……!」

 体勢を崩したところに、更に足場が跳ね上がる。

 キャットが晴明の集中を乱し、反撃を停止させた。

「な、何故……!?」

「ネコ舐めるな。百メートルシャトルランは記録カンスト、反復横跳びは肉球がやけに滑る。アタシの体の柔らかさ、関節外しの特技、この爪で針の穴から糸通せる器用さを侮ったな外道!」

 ――つまり、よくわからないが自分であの束縛から抜け出した、ということだろうか。

 あの呪いは最上位のキャスターに相応しい、決して容易くは逃れられないものだった。

 だがキャットにはなんら疲弊した様子はない。

 ああ見えても、神霊のワケミタマという存在は只者ではない、ということか。

「よし、人を足蹴にした仕返しも済んだ。下がるぞ段蔵」

「え? いえ、しかし……」

「いいから下がれ。とばっちりは受けたくなかろう。先の刃、十分に弔いになったワン」

 起き上がる晴明。その反撃を受ける前に、キャットは段蔵を抱えて離脱する。

 あの狐には自動迎撃の機能はないらしい。

 自律性はなくあくまで晴明の意思に応じて戦闘の代替や呪術周辺の補助を行うのみ、ということか。

「もういいか」

「うむ。暇をさせたな。しかしどうしたその姿。何ぞの病か? 飯を食えば治るのなら任せろ」

「さて。その程度で治るものか。まあ、そんなことはいい。今は僕の役目を果たすまでだ」

 晴明に対峙し、ゆっくりと近付いていくスーリヤカンタ。

 その過程で、右手に得物を顕現させる。

 それまで武装として扱ってきた弓と、意匠は同じ――というより、あれと同じものか。

 上部と下部が一方向に向き、刃となった三叉槍。

 刃の間から零れ出る魔力は、一つの性質に特化している。

 ――即ち、破壊。

 それ以上に何かを壊すことに長けたものが果たしてあるのか、そう思えるほどに純粋な破壊が、そこにある。

「さて、皆、そこから一歩とて動かないこと。アッシュくん、加減できないから」

 グランドライダーの少女は相変わらず、気楽な様子で警告してくる。

 彼女は分かっている。この後、一体何が起きるのか。

 そして僕も、恐らくは他の全員も、察することが出来ていた。

「……私は、正義を成す。世界を焼く炎、これで、我々は全てを改め――」

「そうか。しかし、何であろうと関係ない。お前はあの男の逆鱗に触れた。諦めろ」

「ッ……認められるものか。私が! こんなところで! 滅びるなどと!」

 狐が咆哮する。尾の魔力が急激に膨れ上がる。

 半数残った影たちが殺到する。

 どうあっても目の前の「死」から逃れようと、安倍 晴明は己の呪術の全てを解き放った。

 対して、スーリヤカンタは槍の刃を向ける。

「受けろ。シヴァの怒りだ」

 短く、呟いた言葉はそれだけ。

 放たれた破壊の奔流。

 可視できるほどにまで凝縮させた“圧”が、広がっていく。

 

 一瞬だった。

 

 莫大な呪詛も。狐も。シャドウサーヴァントも。

 

 そして、それらの主たる術懐地獄――晴明も。

 

 

 ――全て含めて、跡形もなく消し飛ばした。

 

 

 破滅の暴威は確かに僕たちに被害を与えなかった。

 ほんの僅か、その武器の神髄を表しただけ。

「終わったぞ」

「――――」

 放射状に広がった、無の世界。

 残っているものなど何もなく、砕けた瓦礫すら存在しない。

 世界からごっそり抜け落ちた陥穽は、そこにそれまで何かがあった形跡がない。

 その削れた範囲の全貌は掴めない。

 対城宝具でさえ、これほどの破壊を齎すことは不可能ではないか。

「お疲れ、アッシュくん。理性に異常は?」

「……問題ない。そも、あの状態は理性に干渉することはない」

「あ、そうなんだ。力だけシヴァ様になるってのも難儀だねぇ。よく精神が耐えられるものだよ」

「そうなのか。いや……昔は何か感じていたかもしれない」

「……ふーん。タチ悪い呪いだねぇ、生命の森。流石の私もやりすぎだって思うよ」

 会話している間に、スーリヤカンタに走る青い文様は消えていく。

 元の、傷だらけの黒い肌に戻りつつもそういう彼に、グランドライダーは肩を竦めた。

「これで終わりだ、月の民。お前の怒りは受け取った」

「…………あぁ。だけど、君たちは……」

 先の、僕の怒りに応じ、スーリヤカンタは動いた。

 それは理解できる。だが、彼らの存在そのものが分からない。

 冠位――彼らが名乗ったそれは、一体なんなのか。

「――冠位を、知らないのか」

「まあ、セイバーちゃんも話せない立場だったからねぇー。まああの子がいたから私たちが自由に出来てるってことで」

 セイバー――話せない――

 いや、まさか。

「……黒竜王?」

「ああ、そうそう。あの子。アルトリア、だっけ? 言ってしまえば私たちの恩人。あの子のおかげで私たち自由に出来てる。まあおかげで早々にグランドセイバーの座が降りちゃったけど」

 黒竜王――グランドセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。

 何処か似通った、圧倒的な雰囲気を持っていた訳だ。

 彼女と、彼らは同じ位階にある存在だったのだ。

「今は私たちについて、知らないで良いわ。この事件の黒幕が手駒として呼んだ切り札の七騎だと思ってくれればいい」

「黒幕――知ってるのね、その正体」

「勿論。ただ、名前は明かせないよ。そういう契約だからね」

 令呪のような、強制力の類だろうか。

 見たところ此方に味方をしてくれている彼女たちは、しかし黒幕の正体を明かすことは出来ないようだ。

「何か教えられることはないか。この事件に関する情報が足りないんだ」

「……んー」

 顎に手を当て、思案する少女。

 このまま特異点を解決していくだけでは、結局その真意すらわからない。

 今の僕たちには情報が必要だ。

 解決に至るため、どんな小さなことでも、手掛かりがいる。

「アッシュくん」

「ああ。それでは、女神。ご健勝を」

「そっちもねー」

 少女の一声で、スーリヤカンタは姿を消す。

 それは霊体化というより、この特異点自体から消えたような、重圧の離れ方だった。

 圧倒的な存在感が一つ消えると同時、カズラとの通信が回復する。

『皆さん! 無事ですね! ――術懐地獄の反応が……』

「うんうん。戻ってきたね、月との通信」

『貴女、は……その霊基……!?』

「さて、これで記録も取れるようになったね。せっかく体を手に入れられたし、暫く調整したいから――今は少しだけね」

 白鳥の背に乗り、背筋を伸ばしながら言う。

 それは、この事件の肝要を話す雰囲気には思えない。

 だというのに、その調子のままに。

 少女はそれを口にした。

 

 

「君たちが対峙する人間の目的。それは、この世の最果て、究極、結論の召喚」

 

 

「真の救済。人類史の白紙化。それに伴う、並行世界全てを巻き込んだ、史上最大にして最長の現実逃避のための機構の起動」

 

 

 

 

「――――その機構の名は、カルキ」

 

 

 

 

「――人類史の最果てにて目覚めを待つ、最後の英雄だよ」




術懐地獄、安倍晴明は退場となります。お疲れ様でした。
そして一章ボス、黒竜王について判明。
今回の二人の同僚でありました。

更に黒幕の目的が判明。
FGOにて四章は色々なことが明かされた章。
それに準え、色々と出てきました。
カルキはFGOにおける光帯のポジションでしょうか。


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第六夜『解れた夢』

 

 

 長く感じた、五日目が切り替わる。

 これまでと違い、それが分かるのは、カズラによる観測下に戻ることが出来たからだ。

 既にカズラは休んでおり、自動観測に切り替わっている。

 この状態では有事の際にあまり融通が利かず、荒事を起こす訳にはいかない。

 だが、こうしてただ起きて、外に出ている分には問題はなかった。

「……あまり、変わらないわね」

「ああ……だけど、空気はだいぶ良くなったように思える。地獄も半数を切った。もうすぐな筈だ」

 燃え盛る世界を前にしながら、メルトと言葉を交わす。

 異変に次ぐ異変はひとまず収束し、ようやくメルトと落ち着いて話すことが出来ていた。

 最後の情報を僕たちに伝えたあと、グランドライダーもまたどこかへと転移した。

 行く先を特定する手段もなく、仕方なくその日は休息となった。

 既に地獄は四騎が消えた。

 僕たちが降りる前に信長とサーヴァントたちによって討たれた弓境地獄。

 メルトたちが戦ったという殺爽地獄。

 ようやくメルトと再会し、その末で打ち倒した騎願地獄。

 そして、その素性を現したものの圧倒的な冠位のサーヴァントに成す術なく倒された術懐地獄。

 残るは三騎。

 剣牢地獄――セイバー・天国。

 槍克地獄――ランサー・李書文。

 狂宴地獄――バーサーカー・茨木童子。

 実質的に敵となるのは二騎。だが、そのどちらも強大であることは間違いない。

「能天気なものだ。ようやくの再会は結構なことだが、気を抜くのは全て終えた後ではないかね?」

「……そう、だね。大丈夫、気は引き締めているよ、アーチャー」

「ならばいいが。精々その楽観的に見える様に痺れを切らした誰かに撃たれんことだな」

 それまで周囲の警戒を務めていたメルトと交代なのだろう、小屋の外に出てきたアーチャー。

 油断をしているつもりはない。だが、彼から見れば気を抜いているように見えたらしい。

 恐らくだが、今日がこの特異点最後の日となる可能性は高い。

 否、そのつもりで挑もう。地獄との戦いは、今日終わらせる。

「ハクの油断は私が補うわ。忠告は結構よ」

「そうか。不肖飼い犬から主への気遣いだったのだが、そう言うならば黙るとしよう。ただでさえ不自由な身だ。これ以上枷を填められる気もない」

 メルトの怒気を含んだ言葉に、アーチャーはあっさりと引き下がった。

 飼い犬――自身をそう比喩した彼に、メルトはさらに不機嫌さを見せる。

「……少し、あのシステムにも規制が必要かしらね」

「それはいい。そのまま封印でもしてくれれば仕事もなくなる。君たちも余計な心労が減るのではないか?」

 あのシステム――メルトがそう称したのは、ムーンセルが、僕たちの管理下に移る前から持っていた機能のこと。

 奇跡の代価として売り払われた「死後」を管理し、有事において使役する特殊システム。

 かつて、例外事件にて起用されていた観測者、ライカもそれに該当する、守護者と呼称する予備機能。

 グランドライダーは、彼を守護者と呼んだ。

 そして、彼もそれを否定しない。

 アーチャーは生前、何かしらの理由で己の死後を売り渡し、その代償として奇跡を叶えた存在なのだろう。

「アーチャー……自分を、無銘の英霊って言ったのは……」

「ああ。例外事例もあるが、基本的に守護者なんてものは粗製品だ。そんなものにムーンセルはいちいち名など付けん。その中でもオレは特上の欠陥でね。生前の記憶も罅だらけ、穴だらけだ。名前に繋がる情報なんて何一つ持ち合わせていない」

 彼は真実、名を失った無銘の英霊。

 守護者の基になった人物を特定することは難しい。何せ生前と死後で完全に切り離された存在だ。

 ゆえに、どうあっても自身の名前を見つけることが出来ない。

 名乗る名が無いのだから、必然的に無銘となるのか。

「まあ、元より名に興味などない。案外自分から棄てたのかもしれんな」

「ほう、迷子の迷子のド―ベルマンだったか。ならばアタシが天正の名付け親(グレートマザー)となってやろう。報酬はニンジンでどうだ? 金の欠片八つほどと合成させた金ぴかニンジンだとキャットもいい笑顔(グッスマ)である」

「お前は何処から湧いた。それと生憎ニンジンも金の備えもない。一昨日来い」

 ――ごく自然に会話に混ざってきたキャットの気配は、驚くほどに無かった。

 いつの間にか屋根の上で寝転がるその姿を一瞥すらせず、アーチャーは僅か眉間に皺を寄せた。

「むぅ……無い袖は振れぬというヤツか。ならば良い。初回サービスで無料(タダ)としてやる」

「悪い。言葉が通じなかったか。名前は要らん。何処へなりとも消えてくれ」

「デトロイトのデ、マスターたるミコのミ、そしてアタシ、キャットの(ちいさい“や”)を大文字に変えてヤ。三つ繋げてデミヤというのは如何か! うむ、ニックネームとしてこれ以上ないと思うのだが!」

「…………ああ。あんたと出会って知ったことがある。特殊スキルなどなくともサーヴァントは頭痛を起こす。眩暈に頭痛、風邪かオレは」

「風邪? 安静にしないと駄目だぞブロンクス。粥でも作ってやるか?」

「デミヤはどうした」

 ……このキャットは、果たして頭を使って話をしているのだろうか。

 まるで脊髄反射のみで喋っているような奔放さは、恐らく多くの者が苦手とするだろう。

 どうやらアーチャーはその極みのようで、自由気ままな発言に言われ放題となっている。

「……で。キャットは何しに来たのよ」

「特に何も。猫とはこれ、自由な獣。よって寝る。アタシは寝るぞ」

 ……本当になんだったのだろうか。

 ここに来た理由も、やってきた時間も分からないままにキャットは小屋に入っていった。

 入る直前、夜の戦いの後キャットが小屋の戸に張り付けた札をバンバンと叩く。

 晴明が消えたことで、この小屋に掛けられた内部拡張の術式も解けた。

 本来はこれだけの人数がまともに入れるほどの大きさも無かったのだが、それを補ったのがまさかのキャット、それと紅閻魔であった。

 ――相分かった。あの外道に微塵も劣らぬどころかプレジデントなホテルのスイートルームにさえ勝る特上部屋を用意してしんぜよう。これが狐のお宿である。

 ――あんた玉ちゃんの尾っぽだろ。オリジナルならまだしもあんただとちょっと不安だぜ。オレが手伝う。

 その結果、見事内部の再拡張に成功したのだった。

 あれであの玉藻の前のアルターエゴなだけある。呪術の心得は十分だということらしい。

 しかし……今のやり取りに、気になるものがあった。

「アーチャー……眩暈って……」

「ん? ……チッ、口を滑らせていたか」

 頭痛はわかる。真面目な人格であればあるほど、キャットと関わった時のそれは増すだろう。

 だが、眩暈とは。

 何気なく言っていたが、妙に引っかかるものがあった。

「言っただろう。欠陥品だと。こうして喚ばれても、昨日の事すら振り返れないほどにオレは壊れている。霊基がどうのの問題じゃない。オレという人間は、もっと根底からして継ぎ接ぎだらけなんだ」

 ――サーヴァントとしての自身が確立する前に、彼はここまで堕ちた。

 そうせざるを得ないほどの、何かがあった。

 ただこうしている間も脳を揺さぶり、記憶は拭い去られ、罅割れた自身を嘲笑する。

 それが彼、過去ムーンセルに縋った、一人の男。

「……一体、何が……」

「ハク、もういいわ」

「メルト……?」

 それほどの何か。聞くのはとても礼に欠ける行為だろう。

 だが、アーチャーは隠す雰囲気がなかった。

 彼もまた、月が管理する存在。であれば、何があったのかは聞くべきだと思った。

 だが、それをメルトは止める。

「……アーチャー、最後に一つ、教えなさい」

「オレが答えられるものなら。悪いが此度の黒幕に関しては知らんぞ」

「そんなことじゃない。……貴方、どうして召喚に応じたの?」

 終わりを望んでいるかのような、諦観の見える性質。

 アーチャーのそれに疑問を持ったのだろう。メルトの問いに、アーチャーは皮肉げに笑った。

「さて。オレほどの者でも喚ばれるならば――よほどマスターに縁があったか。もしくは――オレという人間の根底が、腐っていても正義に傾いていたのではないかね」

「…………そう……よく、よくわかったわ」

 メルトに手を引かれる。

 アーチャーと目も合わせず、小屋に歩いていくメルトは、途中、一度立ち止まって。

「……貴方のような結末もあるってことね。心底から幻滅したわ。それなら、そのマスターだか正義だかのために精々好きなだけ壊れなさい、()()()()()

 ――その呼び方は、それまでと、どこか違った。

 まるで、彼とは違う、まったく違う誰かに対して言ったような。

 ――聞かないでほしい、とメルトの背中は告げている。

 であれば追及はしない。きっと、彼女なりに隠したいことがあるのだろう。

 だが、その、メルトにとって只事ではない事柄を、僕が知らない。

 その事実は少しだけ、面白くなかった。

 

 

 +

 

 

 ――夢を見た。

 

 ――過去の夢。

 

 ――暖かい昼下がり、だが日差しの見えない、屋敷の暗がりでの事だった。

 

 

「……十分に、魔力は注ぎました。これで……」

「ああ。駆動の条件は整った」

 そんな会話が聞こえてきて、私の全ては始まった。

 神経と定義された回線に熱が通っていくのを感じる。

 注がれた魔力が体を巡り、機能が覚醒していくのを感じる。

 それは人間の正しい目覚めとは違う感覚なのだろう。

 だけど、その魔力は温かく、始まりをとても穏やかに迎えさせてくれた。

「――聞こえますか、段蔵?」

 始まりに聞こえた男性の声、女性の声。

 私の銘として定義された言葉を口にした女性に応じ、頷いて、瞼を開いた。

「おお……目を開けた。目を開けたぞ果心」

「ええ。段蔵。私たちの姿が見えますか? 私たちの声が聞こえますか?」

「……はい。見えます。聞こえます。加藤 段蔵、呼び声に応じ、起動いたしました」

 赤い髪の男性がいた。

 黒く、先の白い髪の、女性がいた。

 どちらも大変穏やかな瞳で、私を見ていた。

「目、耳、そして喉……三つとも、うまく動いているようですね」

「何よりだ。我々の……いや、果心の提案はやはり正しかった」

「いえ、そんな……貴方様のご助力あっての事。でなければこの子は、良くて優秀な絡繰にまでしかなれなかったでしょう」

 女性の手が、私の頭に置かれる。

 記録(ちしき)として有する人肌ではない。

 女性が晒している四肢は、紛れもなく私と同じ、絡繰のものだった。

「段蔵。貴女は、ただの絡繰でも、忍でもありません。私の果心電装と風魔の術を内に秘めた、絡繰忍者とでも言うべき存在です」

 ――理解している。

 私の体内には、数々の暗器がある。

 そして人と世の闇に潜み、影として任を成すための術理がある。

 これらは本来一つに交わるべきものではない。

 だが、その例外として、私は造られた。

 果心居士の奇跡を基に体を造られ、生まれて間もない風魔の民の軌跡を内に記された。

 絡繰にて忍術を操る者、それが私、加藤 段蔵だと。

「……ゆえに、貴女には、決して穏やかならざる宿命を与えてしまうことになります。この乱世に貴女を造ってしまったことを、本当に申し訳なく思いますが……」

「お気になさらず。段蔵は、それに耐えうるべく造られた。であればその宿命は必定。何なりと、命をお申し付けくださいませ」

 それが私の存在意義。存在理由。

 であれば疑問や異論があろうか。つまるところ、この二人の創造者の期待に応えることこそ、私の役目なのだ。

「……ふふ。お前に込めたのは我らの全てだ。きっと、我らの期待以上の仕事をしてくれるだろうさ」

「はい。お任せください、父上、母上」

「ッ!? は、はは、うえ……!?」

「……っはははは。これは、大物になるぞ果心。我らの子だそうだからな」

「か、揶揄わないでくださいませ!」

 ――――その、二人が動揺している理由は、よくわからなかった。

 

 それから私は、甲斐国や越後国を中心として、戦国の世を駆けた。

 成果を認められ、影より評された鳶加藤の名。

 それを誇らしく思っていた。

 私が認められるということは、即ち父上と母上の術理が認められることに他ならない。

 作成の恩義に報いるため、私はひたすらに任をこなし続けた。

 

「……段蔵」

「は。如何いたしました、母上」

 ――少し涼しい、夏の日だった。

 母上との会話は、とても落ち着く。

 母上の声を聴くだけで。母上の手に触れているだけで、体の機能は安定していく。

 その理由は、私にはわからない。

 もしかすると、絡繰の扱いに対し類稀なる腕を有する母上の特殊な妙技なのかもしれない。

「もうすぐ、あの方に後継者が現れるようです」

「存じております。風魔の二代目、現頭領――父上の後を継ぎ、風魔を導いていく方でございますね」

 人の生というものは、永遠ではない。

 体が壊れず、魔力を得られれば半永久的に駆動することが可能な私とは違う。

 年を経れば肉体は枯れる。肉体が枯れずとも精神は摩耗する。精神が擦り減らずとも魂が朽ちる。

 有限の時間を人は過ごしている。

 ゆえに父上はいつまでも風魔の頭領で居続けることは出来ず、後継者が必要なのだ。

「……二代目は、あの方が育てるでしょう。ですが、三代目、四代目――その代には、あの方はいないかもしれません」

「……」

 父上には、限界がある。

 新たなる頭領にも、限界がある。

 必要な世代交代。それは、父上は忘れ去られていくものだということ。

 それは、嫌だった。機能の何処かが、拒絶反応を示していた。

「あの方は仰っていました。風魔が完成されるのは、恐らくは四代先。五代目風魔こそ、我らの至上になる、と」

 五代目の風魔。

 私には、想像できなかった。

「ゆえに、段蔵。貴女は、そこまで、初代風魔の継承者として、続く頭領たちに、風魔の術を伝えてください」

「――段蔵が、でございますか?」

「はい。永久なる口伝を可能とする継承者。それが貴女を造った、真の理由。風魔の五代目に至るまで、あの方の記録を残してください」

 ――私が、風魔を伝えていく。

 それは今まで受けてきた使命の中で最たる重要性を持つものだった。

 いつか生まれる、最強の風魔に向けての命。

 父上と母上が私にかける、最大の願い。

「……お任せください。この段蔵、必ずやり遂げてみせまする」

「……お願いしますね」

 頭に手が置かれる。

 この母上の行為が、好きだった。

「……自身の手では、己全てを絡繰にすることは不可能でした。人型の完全を、それが、私の悲願。絡繰も四肢のみでは、やがて脳は衰える。私が己に施せたのは、肉体の永遠だけ。しかし……貴女は違う。段蔵、私の子」

「はい」

「貴女も、あの方も、風魔の流派に名を刻んだ。であれば、私も何か、二人に続きたいのですが……ふふ、無理そうですね」

「そのようなことは。母上の妙術は、必ずや世に名を残せるものです」

「いえ……私には、きっと出来ない。だって……もう一つ、望みを持ってしまったから。貴女たちみたく、まっすぐと走ることは出来ない――」

 

 その、少し悲し気な母上の顔を、よく覚えている。

 それは確かに、あの時の私には知る由もないものだった。

 今の――この夢を見ている、サーヴァントたる私ならばわかる。

 ――偽りの果心居士、安倍 晴明の凶呪から逃がしてくれた母上。

 あの時、私に託したものがある。

 その一つが、母上が抱いていた想い。

 私と父上を含めての、母上のもう一つの望み。

 それを知って――私は、少しだけ、寂しかった。

 言ってくれれば、私は応じていた。

 きっと、父上も応じていた。

 己が宿命に奔走していた父上も、決してあの穏やかな時間を嫌ってはいなかったのだから。

 

 

 ――忍の命に生きる二人には、言い出せませんでしたね。

 

 ――けれど、最期に一つ、伝えさせてください。

 

 ――段蔵。そして、風魔様。

 

 

 ――私はいつか、二人と一緒に。静かに、穏やかに、幸せに暮らしたかった――――




アーチャー、そして段蔵と果心の掘り下げ回でした。
とりあえずキャット自重しろ。

FGOでは段蔵は初代風魔と果心居士が共同で作ったということになっています。
そこから先の話はなかったので、オリジナル成分多めでお送りしました。

カルキについては引っ張ります。


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第六夜『魔京茨木縁起・鬼哭啾々』

 

 

 ――カルキ。

 創世の星。終局の戦士。世界を洗う廻星。

 未来までを確約された人類史の最後に現れる英雄であり、氾濫したあらゆる悪を淘汰する者。

 懲悪の象徴。断罪の化身。

 秩序にして善の極致に立つ、至高の英雄。

 昨日グランドライダーから伝えられたその名は、すぐにムーンセルの蔵書から検索された。

「……それで、カズラ。何か情報は見つかった?」

 その名はインド神話において現代にまで伝わっている。

 だが、それだけだ。

 ――カルキという名の英雄が世界の終わりに全ての悪を滅ぼすべく誕生する。

 神話で伝えられているのはたったそれだけ。

 それ以上の知識は僕も、ミコやピエールも、この場の英霊たちも知らなかった。

 よってカズラに頼み、ムーンセルの記述を調べてもらっていたのだ。

『……いえ』

「え?」

『ムーンセルのデータベース全域に検索を掛けました。しかし、カルキという名前は何処にもありません。これを現代にまで伝えたインド神話の記述にさえ、カルキの名前はありませんでした』

「……そんな、まさか」

 あり得ない。

 カルキという存在の記述が“少ない”ならまだわかる。

 だが、インド神話にその名が無いというのはおかしい。

 人類史の全てを観測し、書き込んできたムーンセルにその名がなければ、その概念が世界に存在する筈がないのだ。

「ふぅム……月さえ知らない最後の英雄、か……なんでそんなものを、黒幕とやらは知っているんだろうね? どう思うミコちゃん?」

「知らないわよ。その黒幕とやらがムーンセルからその情報を盗み出したんじゃないの?」

「それは……いえ。無いとは言い切れないわね。私たちが管理を始める以前なら」

 十年以上前。それであれば、僕たちは知らないことだ。

 だが、それでも考え難い。

 僕たちが中枢に来るより前、中枢への道には一人のNPCが陣取っていた。

 二十世紀末期の偉人を模した彼は強大極まりないサーヴァントを連れ、中枢に至ろうとする者を叩き伏せていた。

 彼がいる限り、何か情報を盗み出すなど不可能な筈だ。

 そして、彼が情報を奪取、ないし抹消したというのはない。

 そんなことが出来るならば、彼があの場所に居座る理由もなかっただろう。

 最初から記述がなかった。もしくは、何者かによって改竄された。

 どちらも可能性としては考えられないが……そのどちらか、なのだろう。

 そして少なくとも黒幕は、それを可能とする人物ということだ。

「……今のところ、有力な情報を持っていそうなのは、冠位の英霊だけ、ということか」

 既に消滅したグランドセイバー。先程出現したグランドアーチャーとグランドライダー。

 至高の七騎というからには、あと四騎、彼らと同等の存在がいる筈だ。

 彼らの情報が月に無いというのも不気味だが……彼らが現状最も、真実に近しい存在か。

「もう一度接触を図りたいところね。話はそれから――」

『ッ、皆さん!』

 ――爆発的な熱気を全体に感じたのは、その時だった。

 熱線に晒されているような、肌の焼ける感覚。

 それがほんの数秒で和らいだのは、カズラが対処をしてくれたからか。

『特異点内の気温、急激に上昇中! 此方の最適化に干渉する魔術効果が発動されています!』

「ぬ、ぅ……」

「こ、これは……!」

「光秀! 段蔵!」

 この場にいる、気温の影響を大きく受ける二人が苦悶に顔を歪める。

 特例だ。彼らにも最適化を施し、どうにか難を逃れる。

 だが……感じられる熱気は残っている。肌に汗が浮かび、口が乾いていく。

 月による最適化があってなおこの熱。何も保護がなければどうなっていたか――

「カズラ、周囲の温度は!?」

『五十を超え、尚も上昇中です! 特異点全域、同じような状態と思われます!』

「……まずいな」

 信長や蘭丸はこの熱の影響を強く受けているだろう。

 既に人が平常に過ごせる気温を超えている。このままでは長くもたないだろう。

「原因は……」

『聖杯です! 魔力を拡散させながら、移動を開始――上空を飛行しつつ、この場に向かってきます!』

「ッ――脱出を!」

 熱とは真反対の寒気を感じた。

 メルトが壁を蹴り壊し、外に出る。

 各々、出来る限り小屋から離れる。

「――――」

「ぬっ、クロ!」

 僅かに、天国が遅れた。

 キャットが手を伸ばすが、それよりも早く。

 空に黒とは違う、赤が煌めいた瞬間――

 

 

 ――それは小屋のあった場所に落ち、拠点を粉微塵に爆砕し熱風を迸らせた。

 

 

 莫大な魔力は、聖杯のものだった。

 それを持った鬼は灼熱を纏い、飛んだ火の粉でさえ地面を割り弾けさせる。

 憎悪と憤怒に満ちたその顔は、幼さなど一切感じさせない。

 人々に恐怖を与える、正しく鬼のものだった。

「……茨木、童子」

「――――あぁ。気が急いたぞ。忌まわしき術懐の戒めが消え、己を抑えることが出来なんだ。吾もやはりバーサーカーよな」

 最初に会った時とは比べ物にならない。

 サーヴァントの在り方から大いに変質した霊基を携え、狂宴地獄はこの場に降臨した。

「まあいい。地獄の総意は叶えてくれる。私情を挟むが許せ、でもなければ、吾の怒りは収まらぬ」

『と、特異点内の崩壊が始まっています! 聖杯が生み出す炎により世界が収縮中――あと最短十二時間で、その時代は消滅します!』

 片手には骨刀を。もう片手には聖杯を。

 背に灼熱を背負った小柄な鬼の存在の規模は、膨大と言っても過小だった。

 この雰囲気は――大海の特異点にて最後に現れた魔性と似ている。

 時代を単独で滅ぼすに足る怪物――!

「人間ども、英霊ども、一つ問おう。酒呑を殺めたのは誰だ?」

 復讐がそこにあった。

 大切な者を殺された恨みが、彼女を満たしていた。

「……オレだ。前と同じく、オレが殺した」

 名乗りを上げた金時を、茨木の瞳が捉える。

「……汝か、坂田 金時。汝はまたも……」

「ああ。だが、これがオレのやるべきことだ。アンタらが地獄だってんなら、オレぁそれをとっちめる。それがスマートでゴールデンな解答だろうがよ」

「……分かっているではないか。であれば、吾は汝らを殺す。人を侵す鬼として。時代を焼く地獄として。同胞を殺された復讐の徒として」

 茨木は改めて金時を――そして、僕たちを敵と見定めた。

 聖杯を地面に置く。

 降伏ではない。その上で彼女は自身の掌に骨刀を突き付け、血を滴らせた。

「何を……」

「クハ。吾は汝らを許さぬ。この時代の焼却を待つまでもない。地獄の首魁たる、鬼の首魁たる吾が、この場で、纏めて殺してしんぜよう!」

 掌から刃が引き抜かれ、その先に付いた血を自身の舌で舐め取る。

 地面の聖杯は血を注がれ、その魔力を増幅させている。

「聖杯よ! 吾が願望を叶える究極の器よ! 吾が名は茨木童子! 吾、果てなる救いに選ばれし者なり!」

 グツグツと血が沸騰し、怪しく輝く。

 その詠唱は――メディアが言祝いだものと同じ。

 止めようとしても、周囲の灼熱は勢いを増し、それを許さない。

 そんな僕たちを尻目に、茨木は聖杯を再び手にし、天へと掲げた。

「ここに告げるは救いの欠片、第五の亜人! 古きに終わりを定義せよ! 滅びの先へと我らを導かんため、星の果てまで踏み砕け!」

 高らかに叫び、茨木は杯の中身を飲み干した。

 変質しきった己を内に取り込み、茨木童子は真実、世界を滅ぼす魔となった。

 姿は変わらない。

 彼女は今、己を世界の滅亡装置と定義したのだ。

『規格外の魔力です――! 特異点、崩壊加速! 急いで撃破してください!』

「ッ、皆!」

「やるしかないわね……! アーチャー!」

「炎に水……は、単純すぎるかね?」

 地獄の首魁。

 そう称される以上、茨木は素の状態で強大な力を持っていることだろう。

 だが、聖杯の力を取り込んだことでそれさえ大幅に超え、今や単独で災害にも等しい悪鬼となった。

「クク。構わんぞ。全員喰らわねば気が済まぬ。そうでなくば、酒呑の、同胞たちの弔いにはならぬ!」

 今や周囲の炎は僕たちに影響を及ぼさない、ということはないだろう。

 この世界の全てが敵だと言ってもいい。

 あの炎に少しでも触れれば、重傷は免れまい。

「ぬ……、クロはお前の同類であった筈だが。それを巻き込むことに躊躇いはなかったのか」

「クロ……? ああ、剣牢のことか。逃亡者にかける情けなど無いわ。元より酒呑以外の地獄なぞ、吾にとってはどうでもいいことよ」

 先程茨木が落ちた、小屋のあった場所。

 最早そこには建造物があった痕跡などなく、炎に呑まれている。

「……カズラ」

『炎内部にまで観測が通りませんが……恐らく、もう……』

 地獄として召喚されながらも、僕たちの味方として拠点や情報を提供してくれた彼女。

 あの爆発に巻き込まれては、サーヴァントと言えども生存は難しい。

 それはキャットも理解しているはずだ。

 そのキャットは――無表情だった。彼女らしからぬ、感情の一切見えない瞳だった。

「んー……なるほど。世の中には分かり合えぬ者もいる。キャットはまたレベルが上がった。一時とはいえ味方であったなら情をかけるべきではないか。いやまあ本能的にあの外道に爪立ててしまったアタシが言うのもなんだが」

「ふん……情けというならこれまで生かしてやっていたことがそれよ。逃亡した時点で吾らにとっては人間どもと同じく焼き尽くす対象でしかない」

「そうか。それはその通りである。野生の摂理、獣の掟なのだな」

「納得するのね」

「グーの音も出ない正論だったゆえな。だが腹の虫が鳴く……もとい、腹の虫が収まらぬ。思うにこれは激おこナントカカントカだと思うのだが、どうか」

 どうかと問われてもどうとも言えないのだが……。

 しかし、相変わらず理解し辛い言い回しだが、その怒りは明らかなものだった。

 無意識なのか、キャットの毛は逆立っている。

 晴明同様、彼女もまたキャットは敵と定めたのだ。

「……まあ、キャットはどうでもいいわ。地獄――貴女、ハクの腕はどうしたの?」

「あれか。案ずるな、まだ腐っても喰らってもおらぬ。まあ、もう使うこともなかろうよ。この時代は吾が焼く。積み上げてきた全て、無意味に等しくなったのだ。あんなものもうどうでもよいわ」

「……鬼ってのは、どれもこれも癇に障るわね。やるわよ、ハク」

「え? あ、ああ――」

「もちろん、わたくしもいますからね、マスター。角持ちということでどこか親近感を感じなくもありませんが、それはそれ。マスターの恨みの相手とあらば、お供致しますわ」

 茨木が盗み出した、僕の片腕。

 それはやはり、何かしらに使おうとしていたものだったらしい。

 結局その予定はなくなったらしいが――

「私を忘れてもらっても困りますよ。土方さんの仇です。負ける訳にはいきません」

 沖田も一歩、前に出る。

 土方は彼女によって討たれたと聞いた。

 彼女にとってもこれは仇討ちだ。

 複数の因縁が、ここにあった。

「数じゃあアンタ、思いっきり不利だぜ? どうするよ」

「ク――クハハハハハハハ! 群れて粋がるとは正しく人間よな! 足りぬ、足りぬわ! 腹を満たす肉にも及ばん!」

 数の差でいえば、圧倒的だと言えた。

 だがそれに茨木は一切の動揺を見せない。寧ろ、不足だと哄笑する。

 乱杭歯を剥き出しにした狂笑は、この世全てを嘲笑うが如く。

「勝ち目があると思うなら纏めて来い! 汝らを焼き尽くす業火、手向けには相応しかろうよ!」

 僕たちも、これで対等になったとは思っていない。

 これまでの特異点で出現した魔性も、サーヴァント数騎で相手取りようやく討伐が叶う存在だった。

 それらと同等だとすれば、全力をぶつけねば勝ち目はあるまい。

 ――狂宴地獄、茨木童子。聖杯を持つ鬼の首魁。

 この時代の大一番となるだろう縁起が、ここに開幕した。




カルキについて言及。
そして地獄の首魁、茨木ちゃんとの戦いの始まりです。
水着茨木ちゃん発表で狂喜乱舞していたりしていなかったりですが私は元気です。
ところで水着茨木ちゃん可愛いですよね。
可愛くないですか?
茨木ちゃんの水着ですよ。実装された時なんかそんなの予想も出来ませんでしたよ。
それが遂に水着で実装ですよ。こりゃあ引くしかないというか、出来れば宝具マまでいきたいところですね。
なんですかあの旗。幾らでも遊んで良いですよ一緒に遊びましょう。うへへお嬢ちゃんお菓子あげようね。


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第六夜『魔京茨木縁起・海鳴の母』

 

 

 一か所に集まっていた僕たちは、早々に引き離されることになる。

 茨木の足元から噴き出した炎の奔流が僕たちのいた場所を焼き払ったのだ。

 それぞれ退避し、反撃に転じるが――やや相性が良くないか。

「合わせろ、総ちゃん!」

「は、はい!」

 紅閻魔が先んじ、そこに続く形で沖田が斬りこむ。

 しかしその刃を受けるほど、茨木も甘くはない。

 背負った炎が巨大な双剣の形を成し、実体を持って受け止める。

 清姫の操る炎の火力は茨木のそれに及ばない。

 それでも相殺する形で幾分かを消し去り――茨木への守りを薄くした。

「オラァ――――!」

 そこに飛び込む金時。

 薄くなった炎の壁を力ずくでぶち破り、雷を弾けさせる大斧を振り下ろす。

 ようやくそこで、茨木自身が動く。

 その小さな体からは想像もつかないような膂力で、骨刀で真っ向から斧を受け止めた。

「甘い! 甘いなぁ! その程度では吾には届かんわ!」

「チッ――!」

 茨木の周囲に吹き荒ぶ灼熱に、金時は後退を余儀なくされる。

 茨木本体もさることながら、あの炎がやはり問題だ。

 聖杯による膨大な魔力を受け規模と密度、威力を増したあれは、高ランク宝具にも匹敵する脅威だろう。

「……どうするかしらね」

「メルトの宝具で何処までいけるか……マケドニアの時の怪物と同じだと、かなり消耗させないと溶かし切れなさそうだけど」

「そうね。それに周囲の炎までアレの武器になるのだとしたら、流石に厳しいわ」

 都市一つを覆えるほどの規模を範囲とした真名解放ができない以上、メルトの宝具を有効に使うには相応の準備が必要だ。

 しかし、メルトは基本的に接近での戦いを得意とし、中距離以上の戦いとなると戦法がかなり制限される。

 試しに『踵の名は魔剣ジゼル』による斬撃を飛ばしてみるも、やはり茨木には届かない。

 どうにかしてあの炎を破り、本体に接近できなければ厳しいか。

「ふむ。どの道、あの炎をどうにかしないといけないネ。ミコちゃん、どうだい?」

「……アーチャーは準備しないと広範囲の殲滅には向かないわ。大砲とか持っていれば別だけど」

「生憎そんな大がかりな兵装には縁がなくてね。他を当たってくれ」

 言いながらも、アーチャーは両手の拳銃で茨木を牽制し、沖田たちの攻撃の機会を作っている。

 だがやはり、決定的な一撃には遠いのが現状だ。

「むぅ……これではアタシの本性も通らん。大口叩いたは良いがどうにもならんな、どうすればいい」

「お前は一体なんなんだ、本当に」

 キャットは……何を仕出かすか、全てが不明瞭な存在だ。

 彼女を戦略に含めるのは不可能だろう。恐らく、卓越した軍師でさえ。

「ではこのままだと打開は厳しいか……やるしかないと思うのだけど、セナちゃん、どうかな?」

「……やりたいならば、命じればいい。あと……私はそんな名前じゃない」

 ――何か、ピエールとアサシンに策があるのだろうか。

 得意げに笑ったピエールと正反対に、アサシンの表情は明るくない。

 しかし……これをどうにかできるならば、その選択に任せよう。

「では、許しておくれ。大丈夫サ、皆善良だ。キミの真実を知って何を言う者も、ここにはいない」

「……」

 アサシンを諭す声色は、まるで子供か孫かに向けられるものだった。

 右の手袋が外される。

 皺のある手に刻まれた、三画の令呪。

 その一画を、ピエールは躊躇わずに使用した。

「令呪をもって命ず。セナちゃん、宝具であの炎を撃滅しておくれ」

「何をしようと、無駄なことよ!」

 此方の様子を悟ったらしい茨木が、直線状の炎を射出してくる。

 僕はメルトに、ミコはアーチャーによって退避させられるが、アサシンとピエールはそれをしない。

 寧ろそれを迎えるように、アサシンは両手を広げる。

「え――」

 その手は、ただの人のものではなかった。

 掌から伸びている筈の指が、ただの一本も存在していない。

 透明な水の魔力が指を形作っているものの、そこにある筈の肉も骨もない。

 視界に映っているものに理解が追いつくより前に、アサシンは自身に向かってくる炎に対して宝具の真名を解いた。

 

「――『海獣母胎(ビースト・アドリブン)』」

 

 アサシンの眼前に広がった仄暗い大穴が、炎を呑み込んだ。

 防御宝具――ではない。

 炎を防ぎ切った直後、『海』が茨木に牙を剥いた。

 大穴から我先にと飛び出す、魔力で編まれた海獣たち。

 驚くべきは、その数だった。

「ぬぅ――!?」

 周囲の炎熱を押し潰し、更にそれを踏み越えて進撃する、海の群れ。

 肉体を持っていながら波の如く押し寄せ、火に立ち向かう。

「――愛する我が子たち。あれなる鬼は、我らの世界を脅かす侵略の徒。ゆえに、命ずる。悉く、滅ぼすべし」

 それまでと同じように、抑揚なく、しかし厳かに、アサシンは命ずる。

 その命令に従い、海獣たちは炎を押し返しつつ茨木に向かう。

「我が名は、セドナ。汝らの母なり。集いて進め、我が十指。母の愛に、今応えよ」

 宝具と共に己の真名も解き、アサシンは真髄を発揮する。

 ――セドナ。イヌイットの神話に伝わる、海の母。

 父に切り落とされた十指から産まれた海獣たちは真実、あのアサシンの子なのだろう。

 炎を喰らい、その分だけ更に増える貪食の化身。

「チィ……失せろ人間ども!」

 接近戦を仕掛けていたサーヴァントたちを炎の魔力を放出することで引き離す。

 その大海を、集中して対処すべきものと判断したらしい。

 であれば――僕たちはその先のための準備をする。

「メルト、行ける?」

「ええ、いつでも」

 アサシンの性質がこうしたものであったのは僥倖だった。

 聖杯を置き、海獣の群れに向けて徒手となった右手と左手の骨刀を突き付ける茨木。

 その意識の外にあるメルトは、腰を低く落とす。

「刮目せよ! 奸計にて断たれ、戻りし身の右腕は怪異となった!」

 海に対するは、茨木童子がサーヴァントとして有する宝具。

 それは、金時と同じ頼光四天王の一角、渡辺 綱に右腕を断たれた逸話を由来とするもの。

 周囲とは比較にならない、近付くだけで焼け落ちるだろう灼熱がその右手を覆う。

 正しく鬼火だった。

 まるでその手が怨嗟を吼えているような、不気味な金切声。

「走れ、叢原火! 『羅生門大怨起(らしょうもんだいえんぎ)』ッ!」

 真名解放と共に、茨木はその右手を自ら斬り落とした。

 その瞬間、右腕は走る炎の怪異と化した。

 茨木の身の丈を超え、更に規模を増しながら海を受け止める。

 圧倒的な熱量に、海獣たちは跡形もなく消滅していく。

 しかし、好機だ。

 魔力放出で周囲を覆っていた茨木だが、今、叢原火が走った部分は孔が開いている。

 メルトの敏捷と耐久を強化する。

 ここから茨木を狙えるのは、二人。

「メルト!」

「アーチャー、貴方も!」

「合わせろ、管理者!」

 アーチャーはいつの間にか、両手に持っていた筈の拳銃を一つにしていた。

 黒と白、対極が絶妙に合わさった一丁。

「ふっ――――!」

「地獄を往け、緋の猟犬!」

 彗星の如き矢となったメルトに続き、アーチャーの弾丸が放たれる。

 音速を優に超えるだろう赤塗りの弾丸は、メルトの横を通り抜け走る。

「ッッ――――!?」

 その一瞬の直感は、反射的に茨木を動かした。

 茨木の額があった場所を通り反対側を突き抜けていく。

 しかし、弾丸はもう一つ。

 二つを躱しきるのは、茨木には不可能だった。

「ガッ……!」

「――捉えたわ」

 メルトの棘が、茨木の腹を貫く。

 霊核は捉えていないが、確かな一撃だ。

 そこからメルトの毒は流れ込み、刻一刻と茨木を蝕んでいく。

 だがそれは有利には動こうが勝利が決定付いた訳ではない。

 メルトに一旦退避の指示を出そうとした時だった。

 

 ――メルトの肩から弾けるように、血が噴き出した。

 

「――――え?」

 ぐらりと体勢を崩したメルトを、茨木が蹴り飛ばす。

 咄嗟に受け止めはしたものの、状況が掴めない。

 メルトの肩に開いた穴は小さいものだ。茨木の攻撃によるものとは思えない。

 アサシンの宝具が収束し、相殺されたらしい茨木の右手は元に戻っている。

 その茨木の傷は――二つ。

 腹に二つ開いた穴。一つは、メルトのものではない。

「――アーチャー」

「損傷で言えば向こうが上だ。確実に重傷を与えられる数少ない手段ではないかね?」

 ――敵を穿つまで止まらない弾丸。

 それは茨木とメルトを貫通し、アーチャーの手元にまで飛んできていた。

 先の尖った弾丸は、宝具の如き神秘を有していた。

 役目を終えて消えていくそれが凶器であると、アーチャー自身が言外に告げていた。

「アーチャー、何してるのよ!」

「説教なら後にしろ。敵はまだ生きている」

 メルトを気に掛けた様子もなく、アーチャーはただ茨木に目を向けている。

「おのれ人間……! 汝から喰らうか……っ!」

 再び聖杯を手にし、覆う灼熱を取り戻した茨木。

 その目はより怒りに燃え、アーチャーを睨んでいる。

「ッ、アーチャー、命令よ。彼らの代わりに前に出て。傷つけた分、帳尻は合わせなさい」

「ふっ……弓兵に前に出ろ、とはね」

 銃を二つに分け、弾を放ちつつ接近するアーチャー。

 ――いや、今はそれどころではない。

 メルトの回復を。『慈愛の葛城』により、その一点を塞ぐのに集中する。

「……悪かったわね。手伝うわ」

「……」

 ミコの先程の怒りは、心からのものだった。

 これは彼女にとっても予想外のことだったのだろう。

 アーチャーに見向きもせず、メルトに回復術式を掛けてきた。

「マスター、大丈夫ですか!?」

「ッ、問題、ないわよ。貴女は、周囲を警戒して」

 走ってきた清姫に、メルトは指示を出す。

 回復にはそう時間は掛からないが……しかし、この時アーチャーのスタンスとの違いが大きく表れた。

 一つの悪を討つため、犠牲を許容する。

 メルトを躊躇いもせず巻き込んだアーチャーに、決して小さくない不信感が生まれた瞬間だった。

「効率としては悪くはないんだけどネ……セナちゃん、キミも頼むよ」

「ん……」

 アサシンは周囲に海獣を展開し、襲い来る炎を防ぐ。

 宝具の真名解放をせずとも、少数であれば召喚も可能らしい。

「メルト、ごめん。何も対処出来ずに……」

「あんな速度、対処できる訳ないでしょ。気にしなくて良いのよ。回復ありがと、ハク」

 強制回復の拘束を解き、メルトが離れる。

 恨みを今アーチャーに向けることは無いまでも、その怒りは明らかだった。

 あの弾丸の性質をすぐに把握できていれば、対処も決して不可能ではなかった。

 メルトが攻撃に集中していた以上、あの弾丸を躱せなかったのは、僕の責任だ。

「腹が立つけどアーチャーの言う通り。重傷は重傷よ。このまま攻め切れるほど単純とは思えないけど、好機なのは変わらないわ」

 聖杯の魔力を使っているため、あの炎の出力は減衰していない。

 だが、茨木がダメージを負っている以上少なからず判断に支障が現れるだろう。

 それにメルトの毒は健在だ。

 特異点の崩壊という時間制限より、メルトの毒の速度の方が早い。

 時間の有利は取れている。であれば、焦ることは無くなった。

「……よし、ここからだ。まずあの炎をどうにかする。それには――」

「聖杯を奪う。それが一番確実でしょうね」

 あの聖杯を奪い取れば、少なくともあの炎の規模は減る。

 どの道特異点の修正には聖杯の獲得は必須条件だ。それが最も正しい戦法だろう。

「なら話は早えな。オレっちがもう一回道切り拓くぜ!」

 ともかく今は近付くこともままならない。

 炎の障壁を打ち破るべく前に出たのは、眩いばかりに雷を輝かせる金時だった。

 それは晴明に使用した真名解放の際のそれを上回る。

 恐らくは金時の、もう一つの宝具。彼の切り札とも言うべき、あの斧の最大解放。

「よぅし、然らばアタシも参るぞ! 雷と呪い、斧とネコ! 相性抜群威力は四倍、金銀力を合わせるぞゴールデン!」

「アンタ銀色何処にあんだよ!?」

「無論爪だ! 銀に光る爪はインテリジェンスの証! フハハキャットの智慧が冴え渡るっ!」

「オーケー意味不明だ! ともかく合わせるならよろしく頼むぜ!」

 理解を諦めた金時は跳び上がり、相変わらず言葉が脳を介していないようなキャットが両手を振り上げる。

「これぞキャット七百七十七変化! マハリクマハリタ云々かんぬん! 玉藻地獄を今こそ披露して進ぜよう!」

 毛を逆立て、その呪詛を解放する。

 その言葉から発生する混乱こそが真髄ではなかろうかとさえ思える、不自然なまでに自然に流れる流暢な調べ。

 二人に対し、茨木も炎を渦巻かせる。

 ここに同時に解放されるのは、三つの宝具――!

「吹き飛べ、必殺――『黄金衝撃(ゴールデンスパーク)』!」

「『燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)』ッ!」

「焼き尽くせ! 『大江山大炎起(おおえやまだいえんぎ)』!」

 放出される稲妻が周囲を焼き払いながら進む。

 まるで絵画のような奇妙な猫(らしきモノ)に変化したキャットが爪を振るう。

 先程放ったような鬼火を一点に集中させた炎塊が火柱を立ち上らせる。

 その激突に危機を感じ、前方に盾を展開したと同時、激突地点を中心とした衝撃波が、地面を粉砕しながら拡散していった。




デミヤ「射線上に立つなって、言わなかったか?」

アサシンの真名が判明。日本に何も関係ない人でした。
戦闘は激化し、アーチャーは誤射り、キャットは相変わらず暴走します。
キャットの台詞考えてる時の、頭使ってるのか使ってないのかよくわからない感覚なんなんでしょうね。


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第六夜『夢幻の剣製』

 

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

 

 その姿はおぼろげだけど、確かにそこにいた。

 此方に見向きすらせず、ただひたすらに目の前の一つに打ち込む者がいた。

 一つを終えて、微笑みもせず、それを地面に突き刺しては、次の一に向かう。

 それを何十、何百、何千と繰り返す。

 そのうち呆れて、ふと、後ろを振り返る。

 

 ――剣の丘が、そこにあった。

 

 正しく剣山、とでもいうべきか。

 よく見れば、自分のすぐ傍にも。

 何処に立っていようと、手を伸ばせば何かに届く。そんな世界が広がっていた。

 そんな場所でその人は、周囲に目もくれず腕を振るっている。

 思わず、聞いた。

 

「……これは、全部貴方が?」

「……ああ」

 

 不愛想に、その人は答えた。

 この景色を作り上げるのに、一体どれほどの年月を掛けたのだろう。

 ただ一人の人間の一生ではあり得ない。

 それに、数を増やすために濫造した粗製の品などただの一振りも存在しない。

 “なまくら”という言葉さえ知らないのではないかというほどに、その世界は業物に満ちていた。

 宝剣がある。

 魔剣がある。

 聖剣がある。

 神剣がある。

 一つ一つに備わった神秘は凄まじく、名のある英雄が振るうにも十分値する代物。

 ゆえにこそ、不思議に感じた。

 これほどのものを造りあげて、何故またも続けているのか。

 聞いてみると、やはり言葉少なに答えが返ってくる。

 

「……まだ先にある。オレが至る一振りは」

 

 無数の先にある星。

 この人は、ひたすらにそれを追い求めているらしい。

 千の剣を、万の剣を造っても、まだそこには辿り着かない。

 では、この人が追い求めるもの。至るべきものとは、一体なんなのか。

 

「……究極の先。夢にして幻。オレの至る場所だ」

 

 夢――人の空想の極み。遍く想いを束ねるもの。

 幻――世界の想像の究み。遍く願いを束ねるもの。

 その二つは似ているように見えて、決して交わらない筈のもの。

 届かざるそれらを一つにしたモノこそ、この人は追い求めているのだ。

 

「そのために、貴方は、ずっとここに?」

「……剣に生きた人生だ。死後も捧げると決めた。それだけだ」

「これを、永遠に続けるの?」

「……永遠はない。いずれ至る。オレには、見えている」

 

 ――ようやく、思い至った。

 この人は、英霊なんてものに微塵の興味もない。

 人々から大きな信仰を受け、十分にそれとなるのに相応しい器を持ちながら、この人は決して英霊になることはなかった。

 何故か。

 単純な話だ。この人は、この剣の丘――己が至るべきものを目指すための世界に、死してなお現存しているのだから。

 万が一この人が英霊として必要とされれば渋々手を止め、この中から選りすぐった一本を投げて寄越す。

 ただの人が扱えど、巨悪を討つことさえ可能な大業物を。

 己を切り売りした存在を売り払うことで、この人は英霊という軛から逃れてきた。

 その錬鉄は神域さえ超えていながら、それさえ中継地点に過ぎない。

 その眼は、果てを見据えている。

 そこまでの道のりを、この人は一歩、一歩と着実に踏みしめているのだ。

 

「――そんな貴方がわたしを呼んだってことは、よっぽどの事態ってことよね」

「……見えないものがある。何を寄越すべきか。ここからではわからん」

 

 この人が求められるべき舞台の幕が開いた。

 しかもそれは、常と異なる至極厄介な代物らしい。

 ゆえに緊急の手段を使用した。

 わたしという依代にこの人という存在を注ぐことで、疑似的なサーヴァントを作り出す。

 果たして可能なのだろうかとも思ったが、この世界が超常のものである以上疑問は意味のないものなのだろう。

 

「……引き受けてくれるか」

「――なんでわたしなの? 戦場、それも地獄なんて場所に女の子を送り出そうなんて非常識もいいところよ?」

 

 意地悪く言ってみるも、やはりこの人は眉一つ動かさない。

 

「……錬鉄の性質を持つ。そして何より……」

「……何より?」

 

 ――――夢と幻。キミはその結晶だ。

 それが、殺し文句だった。

 まったく、それがロマンチシズムを狙って言い放った訳でもないのが始末に置けない。

 この人が言ったのは、それそのままの意味。

 つまるところ、わたしはこの人にとっての到達点に近いものらしい。

 ゆえに、自分の依代に相応しい、と。なんとも、上から目線である。

 だけど、気に入った。その愚直なまでのまっすぐさは、人として好ましい。

 

「引き受けたわ。力を借りてあげる」

「……恩に着る。力の真は、不明だが」

 

 自分の英霊としての力を知らない。一度とて召喚に応じていないこの人らしい欠陥だった。

 召喚されてみるまで、自分が何が出来て、何をすべきかはわからない。

 だがきっと、この人のことだ。やるべきことなんて、一つだろう。

 

「……どうか、極みを」

 

 隣を通り過ぎ、歩いていく。

 激励なのかどうかもわからない言葉を受けて。

 その世界から離れる刹那。

 

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

 

 +

 

 

 その爆発に一切怯むことなく、茨木はアーチャーに突っ込んでいく。

 自身に傷を与えたアーチャーを、標的と定めたらしい。

 刀に纏わせた炎はたちまち巨大な爪と化す。

 断つのではなく、触れたものを焼き尽くし、砕く。

 鍔迫り合いさえ許さない一撃必殺を以て、茨木はアーチャーに襲い掛かる。

「砕け散れェ!」

「ふっ――」

 しかし、それをアーチャーは許さない。

 茨木とアーチャーの間の地面が突如爆発し、剣の嵐が巻き起こる。

「ッ」

「悪いが自爆の経験はなくてね。手間だろうが手本を見せていただけるとありがたい」

 まるで地雷。

 剣の山を兵器の如く操る、特異なアーチャー。

 しかし、先程の弾丸ほどの威力はないのか、茨木を覆う炎の幕を破ることが出来ない。

「舐め、るなァ!」

 障壁の圧を高め、剣を吹き飛ばす。

 最早茨木自身が見えなくなるほどに激しい炎となったそれを、弾丸として射出する。

「メルト!」

「ええ!」

 アーチャーを集中的に狙っているものの、他方にも逃げ場がない程にばら撒かれた炎弾。

 メルトの『さよならアルブレヒト』で僕やミコ、ピエールやアサシン、清姫と光秀は難を逃れる。

 紅閻魔は自身に降りかかるそれを全て切り裂き、沖田と段蔵は小さな隙間を抜けるように避けていく。

「チッ! キャット、なんか手はあるか!?」

「……ムニャ。据え膳喰わぬわ満腹であるな」

「なんで寝てんだよお前!?」

 キャットと金時は――防ぐ手段を持っていない!?

 というかキャットが寝ている。

 戦闘の最中である――というか、先程宝具を使用していたにも関わらず、日常の如く寝こけている。

 金時が雷で迎撃しようとしているが、キャットを守り切れるかとなると――

「――侮るなバナナ鬼! キャットの ねごと! ぶっ放せ空裂(エアロブラスト)! 命をかけてかかってこい!」

「お前本当なんなんだよ!?」

 ……いや、大丈夫だった。

 というか、金時ではなく寝ているキャットが寝たままに喋りつつ、寝たままに呪術を発動し、防ぎきった。

 それもオリジナル――玉藻の前ですら奥の手としてしか使わないだろう規模の大呪術。

 ……理解は不可能だろう。種も仕掛けもない手品のようなものだ。

 そしてアーチャー。他とは比べ物にならないほどの密度で襲い来る炎弾に対し、彼は回避の兆しすら見せない。

「アーチャー!」

「はっ……この程度ならば、一枚で十分だ」

 そう言って、アーチャーは左手を前に翳す。

 出現した、黒い花弁。

 まるで盾のようにアーチャーの前に展開されたそれは、炎を一切通すことなく防いでいく。

「……チッ。しぶとい。地獄どもを屠ってきたのも頷けるわ」

 弾丸を撃ち終えた茨木は、しかし動揺した様子を見せない。

 やや炎の勢いを弱め、寧ろ挑戦的に微笑んでいた。

「面白い。面白いぞ。汝らの足掻きは面白い。だが、いい加減小技の応酬も飽いた。そろそろ汝らも、鬼の神髄を見たかろう?」

「ッ――――!」

 次の瞬間の行為に、誰しもが瞠目した。

 左手に握っていた聖杯。

 それまでも発動され、炎のブーストとして脅威となってきたそれを、自らに押し込んだのだ。

 ちょうどそれは心臓の位置。

 元々あった霊核の代替として機能を始め、茨木自身の魔力が爆発的に増大する。

 

 ――そして、炎の巨人が顕現する。

 

 茨木を核とし、炎が実体を伴う異形。

 茨木天性の変化スキルと聖杯の魔力により、その巨体は――

『――ッ、敵性サーヴァントと聖杯が合一。巨人そのものが、茨木童子の体です!』

 ――茨木童子となった。

 その偉容は、鬼より派生したという説もある日本の信仰に謳われる一人の巨人を冠するに相応しい。

 大地を掘り起こし、山を作り出した国造りの神は、世界の脅威として牙を剥いた。

「倒すには!?」

『心臓部――聖杯を抜き出してください! 聖杯から全域に、常に魔力を供給しています! 聖杯を抜き出せば巨人体も消滅します!』

「――それが叶うならばなぁ! やれるものならやってみせよ人間!」

 手を軽く振るえば、その風圧が神秘を伴い、熱風を巻き起こす。

 それさえ破壊力を有し、防御や回避を余儀なくされる。

 脅威だ。だが、体が大きくなったことで動きは鈍重になり、小回りが利かなくなった。

 茨木の長所である素早さは最早なくなっている。

 その動きをよく見れば焦ることはない。それを証明するように、金時が懐に突っ込んでいた。

「やる事ぁ変わらねえ! ぶっ倒すだけだろうがよぉ!」

 その横腹に雷斧を叩き付ける。

 爆発し、炎の体が弾ける。

 ――そして、それと同時に僕のすぐ傍の大地が音を立てて、消えた。

「なっ……!?」

「今の――!」

『そこに決して踏み入らないでください! 観測不可能、それも信号の消滅――虚数空間と酷似した無が発生しています!』

 世界の崩壊の影響か。

 だが、ここまで早く――!?

「クハ。吾が炎はこの世に浸透したものぞ? それを傷つければどうなるか。浸ったモノごと吹き飛ぶに決まっていように」

 あの巨体は、世界そのものと言っても過言ではない、と?

 それでは攻撃が出来ない。

 その身を削れば世界も削れていく。傷つければ傷つけるほどに、加速度的に世界の崩壊は進む。

 決して手立てがなくなった訳ではないだろう。

 だが、残された手段は困難を極める。

 即ち――その巨体を維持したままに、聖杯を抜き出すこと。

「あれを倒さずして、杯を奪う――紫藤殿」

「……難しい。だけど、やるしかない」

 更に気温は高まり、炎は僕たちの体力を削っている。

 限界は近い。対して、巨体へと変じたことでメルトウイルスの進行も遅くなっている。

 こうなれば霊核――聖杯に至るための最短ルートを突破する。

 胸部を集中攻撃し、無理矢理こじ開ける。世界への被害を抑えるためには、それが必須となる。

「アーチャー、こじ開けられる?」

「無理を言うな。複数サーヴァントによる宝具の集中攻撃しかないだろう」

「……セナちゃん。まだ宝具はいけるかい?」

「発動は問題ない。だけど、威力に秀でたものじゃない。あれを破るのは、難しい」

 アサシンの宝具は恐らく、あの海獣たちによる制圧が本領だろう。一点突破には向いていない。

 メルトの宝具もまた然り。

 今の状態ではあの巨体を溶かしきることは難しいだろう。

「……紫藤さん、どうします?」

 跳躍して戻ってきた沖田。その速度であれば、胸部にまで辿り着くことは容易いだろう。

 だが、問題はそこからだ。

 核までその刀が届くかどうか。

 金時のように熱に耐え、力押しで叩き込むようなことは不可能だ。

 現に同じく刀を得物とする紅閻魔も攻めあぐねている。

「手も足も出ぬか。それが人間の限界よ! さあどうする! 滅びを待つか! 吾の手に委ねるか! 決めよ! どちらでも構わんぞ! クハハハハハハ――――!」

 茨木は勝ち誇り、高らかに笑う。

 ――それは、勝利への確信からだろう。

 自身を傷つければ時代は滅びる。何もしなくても、時代は近く滅びる。

 僕たちが時代の死守を目的としているならば、最早勝ちの目はない。

 諦めはない。だが、手立てをどうにも見出せない。

 京の都に終焉を言祝ぐ茨木の哄笑が響く中――――

 

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

 

「――――」

 それを気のせいだと判断した。

 噴火の如く炎が噴き上がり、世界はより壊れていく。

 広がっていく無。まず初めに、僕たちとピエール、アサシンを隔てて、亀裂が走った。

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

「メルト!」

「ハ――――」

 気にしている余裕はなかった。

 メルトとも切り離され、巨人の体にすら罅が入っていく。

 共にいるのは、アーチャーと沖田。

 ミコと光秀はメルトが守ってくれるだろう。

 だが連携が取れなくなったのは厳しい。

 広がる無のその先は見えない。底なしの黒が空間を塗りつぶし、世界を上書いていく。

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

「……?」

「――なんだ?」

「……今のは」

 僕。アーチャー。沖田。

 三度目の不自然な音に、ようやく僕たちはそれを意識した。

 その音は後ろから。

 いつの間にか背にしていた、小屋の残骸から聞こえてきていた。

 時代を焼く炎。この世全てを敵とする炎。

 そんな中にあって決して役目を違わぬ、固く、硬く、堅い炎が、そこに在った。

 

 

 ――今より鍛つは、夢幻の剣なり。(体は剣で出来ている。)

 

 

 観測の既に通らない、炎の中。

 茨木の出現に巻き込まれ、耐えられる筈もないと思っていたそのサーヴァント。

 彼女の歩みに伴うように、轟々と燃え盛る炎の音が。

 そして、彼方にまで響く鉄の音が聞こえた。

 

 

 ――刀匠たるならば血潮を鍛て。(血潮は鉄で)

 

 ――刀匠たるならば心で鍛て。(心は硝子。)

 

 

 詠唱というものには、必ず意味というものが付き纏う。

 言葉を紡ぐことで現象を発生させるそれは、だからこそ、その者と現象との“差”が違和感として発現する。

 だが、それにはあまりにも違和感が存在していなかった。

 長年を、悠久をかけて浸透した言の葉。

 最早自分そのものとなった、信念の呪文。

 

 

 ――戦場は遠く、離れた剣の行く末は不知ず。(幾たびの戦場を超えて不敗。)

 

 

 ――少女が、そこにいた。

 戦場という場に決して相応しくない、幼い少女。

 それが炎を踏みしめながら、歩いてくる。

 

 

 ――孰れが誰何を斬ろうとも、(ただ一度の敗走もなく、)

 

 ――屍山血河に沈めども。(ただ一度の勝利もなし。)

 

 

 剣牢地獄。サーヴァント、セイバー。真名、天国。

 日本最強の神剣をも鍛った、伝説の刀匠。

 胸は熱い炎を噴き上げ、全ての魔力はその一点に込められていく。

 体にはただ一つの傷も見られない。

 まるでそれは、依り代の少女を決して傷つけまいとする、“彼”の信念の具現のようだった。

 

 

 ――我が身はただ火に向かうのみ。(担い手はここに独り。)

 

 

 ザクリと、僕の目の前の土を削る音がした。

 一本の刀が、そこにあった。

 白い、白い、その他全ての色を知らないような、一色の刀身。

 ――美しいという言葉では不足だろう。

 だがそれは、そんな見たこともないような清なる剣は、“彼”にとっては道行に過ぎなかった。

 

 

 ――極み、究み、窮むのみ。(剣の丘で鉄を鍛つ。)

 

 

 沖田の傍に、もう一本の刀が突き刺さった。

 黒い刀身。

 驚くべきは、その長さ。

 沖田の身の丈を超える、漆黒の大太刀。

 そしてそれさえ“彼”は感慨も持たない。

 その先こそが、“彼”にとって至るべき場所なのだから。

 

 

 ――心底の炉、未だ消えることなく。(ならば我が生涯に意味は不要ず。)

 

 

 白い刀――それに匹敵するものは、もう幾度も鍛ってきた。

 黒い大太刀もまた然り。大業物であるというだけ。別段、出来た喜びで歩みを止めるほどのものでもない。

 

 

 ――故に天国、(この体は、)

 

 

 無限の果て。

 夢の果て。

 幻の果て。

 ――無限の刀を、鍛ってきた。

 名剣、宝剣、妖刀――夢の極みは、幾らでも鍛ってきた。

 魔剣、聖剣、神剣――幻の窮みは、幾らでも鍛ってきた。

 ――その果てを、天国の果てを、ここに見ることとなった。

 歩みが止まる。

 少女――天国は、アーチャーの前に立つ。

 己の右手を胸の炎に当て、誇りを、歓喜を、威厳を持って。

 高らかに己の高みを。自身が至れる究極点を、謳い上げた。

 

 

 ――望まれたるは、『夢幻の剣製』。(夢幻の剣で出来ていた。)

 

 

 白い刀や黒い大太刀のように、刀身に特徴が見られる訳ではなかった。

 豪華な意匠をあしらっていることもない。

 強いていうならば、鍔に小さな輪で繋がれた刃片のようなものが、六つ繋がれているくらい。

 ――だが、それを至高の剣であると認めざるを得なかった。

 何千何万を鍛った信念の全てが、その一振りに込められている。

 例え鍛冶神であっても寄せ付けない、誰が一切の批評を下すことさえ許さないと告げるような、圧倒的な存在感。

 それは、人が至ることの出来る究極の一つの形だった。

 手に現れた刀の極みを暫し見つめて、それから、僕の前に刺さった刀に目を向ける。

「――それは、喪ったもの、忘れ去られたもの、曖昧になったものを繋ぎなおす刀。刀というのは、確かに断つもの。ゆえにそれは、縁を曖昧とする霧を払い鮮明にする刃」

 その刀に触れてみると、まるで自らの手足であるように、馴染んだ。

 生まれた時から共にあるような。

 そう――メルトのように、始まりから現在までを共にした愛刀の如く、柄から親愛を送ってきた。

「未来より訪れ、過去を救い、未来を取り戻そうとする貴方に、全てを繋げるその一振りを捧げます」

 ――命銘、清刀『豊葦原天国(とよあしはらあまくに)』。

 この刀に込める言葉はそれで終わったと、天国は沖田の前に刺さった刀に視線を移した。

「――それは、罪を洗う刀。遍く業、世界を侵す罪さえ赦し、両断によって天へと還す救いの刃」

 沖田が振るうには、それは大きすぎる。

 だが、それを沖田が持つに相応しいと、天国は判断した。

「一目見て分かったわ。貴女はこの時代を救う義務がある。意思を守り、誠を貫く貴女に、世界を留めるその一振りを捧げます」

 ――命銘、魔刀『煉獄(れんごく)』。

 ――その時、天国に変化が訪れた。

 その体が解れていく。

 現界を保てなくなった体が、少しずつ粒子と消えていく。

 ――己の霊核を鉄とした、生涯最後にして最高の一振り。

 それが天国の宝具であり。

 アーチャーに渡された刀だった。

「――それをどう使うも、貴方の自由。悪を討つか。歪んだ正義を討つか。何者をも断ち得る全断の刃として、わたしはそれを鍛ったわ」

 周囲の亀裂は更に広がり、いつしかカズラの通信もない、孤立空間になっていた。

 だが天国に焦りはない。

 これが決して窮地ではないと言うように。

 寧ろ、そんな、誰も見ていない世界でこそ自分が鍛った刀を渡すに相応しい、と天国は笑っている。

「何処かで壊れた正義の味方。日さえ落ち、時の止まった剣の丘。その悲しい世界に、この刀を突き立てましょう」

 ――命銘、神刀『高天原天国(たかまがはらあまくに)』。

「以上四本。此度の現界における剣製は完遂したわ。その刀の先は、わたしの与り知るところではありません」

 天国が造り上げたものの、それは天国の武器とはならなかった。

 他の二本はわからない。だが、状況は同じだろう。

 目の前の刀、『豊葦原天国』は、僕の装備となっていた。

 礼装のようにいつでも現界、起動できる武器として。

 それぞれ、怪訝な表情をしたままに、その武器を一度霊体化させる。

 ――しかし。

 僕の刀。沖田の刀。アーチャーの刀。

 天国は四本と言っていた。一振り、足りない。

「――天国、まさか」

「ええ。あらゆる干渉を防ぐ刃。無さえその足を止めるには値しない。あの奔放さは、邪魔してはいけないものよ」

 確か天国は、もう一振り、他者に渡した刀があった。

 その者に制約を掛けていた呪術を無力化し、化けの皮を剥がした“お守り”。

 当然、それは失われていない。

 広がる無の中でさえ、その輝きは見えた。

「――――たま!」

「合点承知! 義によって猫の手を貸そう!」

 ――無を裂いて、キャットはこの場に降り立った。

 そして僕とアーチャーを両脇に抱え、沖田の首根っこを咥えた上で、

ははははふほ(さらばだクロ)っ! はほひはっはほ(楽しかったぞ)!」

「……何言ってるか分からないっての」

 無の外へと――まだ生きている世界へと跳ぶ。

 その苦笑が、天国の最後の表情だった。

 すぐにその小さな姿は見えなくなる。

 剣の作成に生きた英雄の最後の煌きを、見ることはなかった。

「ちょ、ちょっと! 揺れてます凄い不安定です! ってかなんで私だけ咥えられてるんですか!」

はふへほはひほ(なんでもなにも)ふへはふはふひははひほ(腕は二つしかないぞ)

 じたばたともがく沖田をキャットがふごふごと諭す。

 理解を諦め、沖田が大人しくなったと同時、闇は晴れ――罅だらけの世界に飛び出した。




これにてクロこと剣牢地獄こと天国は退場となります。お疲れ様でした。
初めて剣製の詠唱考えました。公式のこれまでのものとは毛色の違う、日本語+日本語ですが。
それぞれの武器は今後何かしらに使われることでしょう。
約一名名前がネタバレ? 知りません。


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第六夜『魔京茨木縁起・誠の旗』

紆余曲折ありましたが水着BBちゃんが宝具マになりました。
第三スキル面白いです。


 

 

 暗闇の外へと飛び出す。

 すぐにメルトの姿が見えた。

 だが――この空間(セカイ)自体、限界が近い。

 隣と隣が繋がらない断絶空間。

『ハクトさん!』

「ハク!」

 空間は罅割れ、地面と空の境界すら曖昧になっている。

 キャットが足を付けた場所は、炎の巨人の頭部と同じ高さ。

 素早くアーチャーと沖田は離れ、茨木への攻撃を開始する。

「キャット! ハクをこっちに!」

「フハハ欲しけりゃ奪い取れ! 全てをそこに置いてきた! アタシはここよ、捕まえて御覧なさい!」

「刺すわよ」

「キャッチアンドリリース。七泊八日は絶対である。延滞料金は払わんぞ」

 ……なんというか、この特異点では妙に投げられたりすることが多い。

 メルトの聖骸布に絡め捕られる。

 次の瞬間、茨木の手がキャットに襲い掛かった。

「キャットの逃げ足舐めるなワン!」

「ぬぅ、相も変わらず意味の分からぬ奴よ!」

「キャットを理解しようとしてみよ。多分頭がおかしくなるぞ」

「自分で言うのか汝! ええい避けるな鬱陶しい!」

 腕が振るわれたことにより発生する余波も含めて全て躱すキャット。

 茨木を挑発しつつ、その注目をうまく集中させている。

 それが故意か偶然かは分からないが……ともかく好機か。

 この空間の不安定さは、危険ではあるが同時に武器でもある。

「カズラ、この先、足場として使える?」

『はい。数値が確立している場所をマークします!』

「これならば私も行けます。紫藤さん、補助を!」

「ああ。分かった!」

 カズラから送られた地点を沖田に指示する。

 沖田は速度とその剣技に特化したサーヴァントだ。

 それゆえ、白兵戦以外ではその真価を発揮できない。

 だが、この巨人相手に、この中の誰より有効な手札を、彼女は持っていた。

 心臓部まで届く足場があるならば、彼女はこの戦況を打破できる。

「メルト、沖田に合わせて接近して!」

「よく分からないけど――了解よ」

「行きます!」

 隙だらけの茨木に、沖田が接近を開始する。

 隣と隣が繋がっていないこの戦場、心臓部を狙えるのは、恐らく今僕たちがいる場所のみ。

 であれば、僕たちのみが、決着に手を伸ばすことが出来る。

「――一歩音越え」

 茨木に迫るのに、沖田は何歩も歩む必要はない。

 縮地によりその姿を消し、瞬間的に距離を詰める。

「――二歩無間」

 そして更に一つ。

 残る距離の半分を詰め、僅か、剣を持つ手に力を込める。

 無駄な力は必要ない。必要なのは、事象の先へと手を伸ばせる規格外の技術、そして速度だけ。

「――三歩絶刀!」

 それは沖田が修めた、剣技の一つの究極。

 事象を超え、一瞬に複数を重ね合わせる秘剣。

 果たしてそこに手が届くまで、どれだけの日数を、どれだけの才を必要とするのか。

 三歩目で茨木の心臓部に辿り着く。

 炎熱はそこにいるだけで消耗する。

 ゆえに、決着はごく短く。

 キャットに気を取られていた茨木が沖田に気付いた時には、剣は突き出されていた。

「――無明三段突き――――!」

「ッッ――――!」

 一の突き、二の突き、三の突き。

 本来、そう名付けられるからには一つ一つに順序がなければならない。

 だが、沖田のその三つはまったく同時に放たれる。

 一つの刀から放たれる三つが同時に引き起こされる。

 例えば、最初の一を防いだとする。

 その場合においても、二の突き、三の突きは既に敵を貫いている。

 最初の一で相手を貫いたとする。

 それでも二の突き、三の突きが相手を貫くという事象も確定している。

 どうあっても、この秘剣を使用した時点で発生する矛盾を、世界はどう判断し、解釈するか。

「――――ォ、ォォオオオオオオオオオッ!?」

 ――事象飽和。

 その部分がごっそりと世界から抜け落ち、破壊される。

 胸部に大きく、穴が開く。

 だが――届かない。

 聖杯のあるだろう中心に刀は届かず、しかし霊核の損傷による罅は体中に広がっていく。

 予想の範囲内だ。僕の役目は、それが世界の破壊に繋がらないようにすること。

「はっ!」

 先程、天国から受け取った刀――『豊葦原天国』。

 それを振るえば、茨木と世界との因果は断たれ、世界の罅は繋がっていく。

 崩壊が作用するのは茨木のみとなった。

 これが天国の刀――世界の崩壊さえ止めるその一振りに驚愕するも、それに思考を奪われている場合ではない。

 空いた穴にアーチャーが追撃する。

 見えた――その輝きは、紛れもなく聖杯のもの。

「行きなさい!」

「承知!」

 更なる深奥に迫る沖田に、メルトが水の膜を被せる。

 聖杯を取り巻く炎を破壊し、切り離すための再度の秘剣。

 茨木の反撃の炎を、水膜は通さない。

 防壁のように展開された炎熱をも突き抜け、広がっていく罅の中心点に今一度、刀を突き立てる。

 それが決着となる。その確信は――――

 

 

「――ッ」

「……なっ」

 

 

 ――沖田の口から零れた血によって、消えた。

 

 

 +

 

 

 ――また、なのか。

 その瞬間、私を襲ったのは、そんなやりきれない悔しさだった。

 喉を通り体の外へと流れていく熱いもの。

 最後の魔剣を仕掛けるべく踏み込んだ足から抜けていく力。

 剣を伸ばすことすらままならず、その場に膝をつく。

 剣が手から離れる前に、腹に強い衝撃が走った。

 あの鬼の炎による反撃。

 紫藤さんのサーヴァントによる守りがなければ、骨の髄まで焼け落ちていたか。

 吹き飛ばされ、空間の歪みに拾われることもなく、地面に転がる。

 途中で離れた剣は、すぐ傍に落ちた。

 手を伸ばせば、届く。

 だが、それもままならない程の苦しさが、私から力を奪い呼吸を乱していた。

「沖田っ!」

「ああ、もう――!」

 紫藤さんと、そのサーヴァントが駆けてくる。

 回復の術式が私を包むも、それが効果を発揮することは殆どない。

 癒えていくのは生傷と火傷だけ。気管が狭くなったような苦しみは、一切消えることがない。

 当たり前か。これは傷ではない。

 私が元から持っていた病であり、決して切り離すことのできない業だ。

「沖田、大丈夫!?」

「っ――――」

 ――ああ。

 この人に、今生剣を預けると誓ったのも、これが原因だったか。

 結果としてこの人は片腕を失った。

 問題ないと、この人は言っていた。この時代の異変を取り払えば、体も元に戻る、と。

 しかし――そうだとしても、腕が一つないことによる不都合など山ほどある。

 この人に両腕が健在であれば、これまでの窮地のうち幾つかは回避できたかもしれない。

 そんな可能性を奪い、そして今回もまた、あと一歩のところで私は仕損じた。

 やりきれない。何故、私は、こんなにも――

「……ク、ハ。肝が冷えたぞ人斬り。いや人間も侮れんわ。だが、運も実力のうちよなぁ?」

 鬼の嘲笑が聞こえた。

 何も言い返すことが出来ない。

 そうだ。運が悪かった。いつもいつも、私は運に見放されていた。

 生前から、そうだ。

 この病は私に、最後まで戦うことを決して許さない。

 ゆえに、近藤さんを、土方さんを――皆を、私は見送ることしかできなかった。

 勿論、病のせいだけではない。

 そういう時流でもあった。

 様々な因果の果てに、私は皆が誠に生きて、死ぬ中で、病に眠るしか出来なかった。

 最後まで共に在りたかったという願いは叶うことは無く。

「それで? 策は終いか? 汝ら以外の者らは心の臓にまで届かぬ――であれば、今度こそ皆纏めて焼き尽くしてやろう」

「ッ、メルト、防げる?」

「……さて、どうだか。全力出してみるけど……!」

 またも私は、足手まといなのか。

 私を含めて防御する手段を整えている二人を見て、歯を食いしばる。

 どうにか立ち上がろうとするも、力が入らない。

「沖田、無理はしないで。まだ、どうにか……」

 この状況で、紫藤さんは、尚も何か策を考えている。

 無理をしても、何の意味もない。そう、私を諭す。

 こうして力を抜いて、気を楽にしていれば、苦痛は少ない。

 このままであれば、最後まで痛みなく焼かれ死ぬことが出来るだろう。

 けれど――けれど。

「……っ」

「沖田!」

 そんなこと、私は求めていない。

 たとえその先が、無意味な死であろうとも。どんな成果を残すことも出来ずとも。

 私は戦いたかった。

 剣に生きたかった。

 最後の時、軒先のあたたかな光に包まれ、空を仰ぎたくなどなかった。

「……まだ、やれます」

 私は最後まで、誠の一字と共に在りたかった。

 共に生き、共に剣を誓ったあの人たちのように。

 穏やかに眠ることが出来ずとも、私は誠の下で生き、誠の下で死にたかった。

「……無理はしないで。調子が良くなるまで、凌いでみせる」

「……大丈夫。ご心配なく。まだ、まだ……私は、戦えます」

 このザマを見て、生前の知己であれば何を思うだろう。

 誰かは、笑うと思う。

 誰かは、やめろと諭してくるかもしれない。

 誰かは、縛り付けてでも布団から出さないだろうか。

 ――そして、きっと、あの人ならば、この自分を肯定してくれる。

 あの人のように、止まらない。決して歩みを止めることなく、進み続ける。

 私にとって、その在り方は酷く眩しいものだった。

 だから――私は、あの人のように。

「……私の、誠は、折れていません。ゆえに――ゆえ、に――!」

 ……私はサーヴァント。少しくらいなら、無理は通る。

 剣に手を伸ばそうとして、やめた。

 今はまず、立つことだ。

 拠点としていたあの小屋を離れるとき、それは持ってきていた。

 手に出現させる。

 そう――それこそが、私の、私たちの証。

 私はただ、この下で生きていれば、それでよかった。

 ただ、最後まで誠の一字とともにある。それだけでよかった。

 生前は、それが出来なかった。

 ゆえに――今がその時なのだ。

「――ここ、に――旗を立てる――!」

 使い方など分からない、私の宝具。

 誠の一字を掲げた旗。それを杖替わりにして立ち上がる。

「……何も起こらぬではないか。それが奥の手か?」

「……いいえ。これは、私の決意。私が生きるべき、誠。この一字ある限り、私は、止まらない!」

 分かっている。分かっているとも。

 私はハンパ者だ。最後まで皆と一緒に戦うことが出来なかったのだから。

 本来私は隊士と名乗れるほどの者でもない。

 一番隊隊長として、この旗を掲げる資格もない。

 だけど――皆と共に心に刻んだのだ。

 この誠の一字を。

「クハハハハハハハハ――――ッ! よく吼えた! ではその旗と共に燃え尽きるがいい! 案ずるな、どちらも一瞬よ!」

「そうであっても、私たちの誠は消えない。私が、私たちが、いる限り――!」

 喉の痛みを堪え、心の限り、叫ぶ。

 壊れた世界のその果てにまでも届くように。

「――ここが、新選組だ――――!」

 

 

「――――そうだ。よく言った」

 

 

 ――肩に、手が置かれた。

 その硬い、しっかりとした手は、何処か懐かしかった。

「よく踏ん張ったのう、総司。それでこそよ」

 旗を握っていた手の片方を引き離され、剣を押し付けられる。

「さあ斬れ。進め。ただ斬れ。斬って戦え」

「――近藤、さん。土方さん……?」

 そこにある筈のない声だった。

 そこにいる筈のない人たちだった。

 顔を上げれば、私が最も知っている二人の姿が、そこにあった。

「これは――」

「召喚宝具、ね――」

 ――ようやく、わかった。私の知らなかった、この旗の力。

 この誠の下に集った者たちを、召喚する宝具。

 気付くと、後ろに何人も、親しい気配があった。

「何をぼさっとしてやがる。とっとと行くぞ。そこまで啖呵切ったんだ。無理だ、なんて言わせねえ」

「――――はい。勿論です」

 驚く紫藤さんたちの顔が、なんだか面白かった。

 そして同時に、誇らしかった。

 私がいた場所。私が共に生きた隊士たち。

 彼らの中に私がいることに、改めて喜びを感じる。

 そうだ――今度こそ、私も彼らと共に、最後まで戦うのだ。

「任せてください。新選組一番隊隊長、沖田 総司! 参ります!」

 旗に加え、もう一つ持った宝具を出現させる。

 新選組の証。誓いを示す浅葱の羽織。

 それを私が纏うのを確認し、近藤さんが剣を抜く。

 土方さんが腰に下げた銃を手に取る。

 永倉さんが、斎藤さんが、原田さんが、構える。

 隊士の皆が今か今かと号令を待つ。

 さあ、不覚を拭おう。あの鬼は、ここで倒す。

 ――いつしか、苦痛はなくなっていた。

 それが気のせいであっても、今は構わない。

 戦うことが出来るならば、そんなことは些事なのだから!

 

「新選組――突撃!」




誠の旗発動。主人公って誰でしたっけ。
という訳で復活土方さん。存分に暴れてください。

描写していないゴールデンたちですが、それぞれ別たれた空間にいます。
攻撃は出来ても、他の場所との意思疎通や心臓部への攻撃は出来ない状況。
全員を書き切れないための言い訳? 知りません。


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第六夜『魔京茨木縁起・狂宴地獄』

 

 

「ハッ、面白い――だが、何人集まろうと所詮有象無象! 吾には及ばぬ!」

「さて。それはどうか。これでわしらはしぶといでな」

 新選組の召喚宝具――沖田が無意識に発動したその旗に集った隊士たち。

 彼らは先頭に立つ男の号令で、茨木に向かっていく。

 ごく低ランクの単独行動スキルを持ち、独立したサーヴァント。

 その集合である新選組は、巨大な鬼にも恐れることはない。

「――カズラ」

『はい! 皆さん、足場が確立されている空間を指示します!』

 カズラの通達により、全員が然るべき空間を上り、心臓部への攻撃を開始する。

 だが茨木も、ただ攻撃されてばかりではない。

「鬱陶しい……喰ろうてくれるわ! 行け、叢原火!」

 隊士たちを振り払い、その手を切り離す。

 灼熱を撒き散らしながら飛ぶそれは、元の形態でも使用していた茨木の宝具。

「ハク!」

「ああ――!」

 防壁を展開しながら回避――隊士の数人は避けきれず、炎に呑まれていく。

 吹き荒ぶ熱風。

 手を取り戻し、茨木は更なる追撃を繰り出す。

「退くな! 退く奴は叩き切る! 止まるな、進め!」

 その手に対し、寧ろ突き進んでいく者が一人。

 召喚された隊士たちの中で、唯一新選組の証――浅葱の羽織を纏っていない男。

「クハ! 汝か人間! 惨たらしく殺されてなおまだ挑むとは、愚かなり!」

「テメェだったかガキ――悪いな、あの程度じゃあ、躓く小石にもなりゃしねぇよ」

 巨大な拳を刀一つで受け止める土方。

 それだけで焼けていく体を一切気にもせず、更なる力を込めていく。

「邪魔くせぇ……失せろ!」

 自身の後退を決して許さない。

 ――銃弾の音が聞こえた。

 実質的な攻撃力を持たない、心象としての銃声。

 銃弾が、号砲が、まるで自身を奮い立たせるものであるように、茨木の腕を押し返す。

「ぬぅ……っ!」

「歩みは止められねぇ。誠の旗は、不滅だ……っ!」

 腕を切り裂く。あまりの膂力に、茨木の腕が押される。

 鬼にさえ勝る連撃が、幾度となく叩き込まれる。

「ッ――」

 周囲に広がっていく罅をまるで気にせず。

「斬れ――」

 拳と剣のぶつかり合いで増えていく傷など存在しないかのように。

「進め――」

 腕に無数に切り傷を付けつつ、一歩、一歩と踏みしめていく。

「斬れ――」

 気付けば――茨木は防戦一方となっていた。

 もう片腕は他のサーヴァントたちを相手取るので精一杯で、土方の対処がし切れていない。

「進め――――ッ!」

 己の被弾も気にせず、進撃のみを重視した土方。

 周囲の空間諸共ボロボロになった腕に、戦場に立つ(バーサーカー)は銃を突き付ける。

 それは土方の心象そのもの。

 死後もなお止まらず進み続けるという、不退転の証明。

 ゆえに――

「ここが――俺が――新選組だ!!」

 ――その名、『不滅の誠(しんせんぐみ)』。

 長銃の射撃。その一撃が、巨人から片腕を吹き飛ばした。

「ぐ、ぁぁぁあああああああ!」

 腕が一つ失われたことは、あまりにも大きな損失だろう。

 目に見えて手数が減り、皆の攻撃がより苛烈になった。

「行くぞ!」

「おぉっ!」

 勿論、茨木童子は人の世を恐怖に陥れた鬼である。

 本来人間に圧されるなどあり得ない。まして、聖杯の魔力により強化されている今、複数の英霊をも凌駕する存在だ。

 だが、京を守るべく招集された新選組は、彼女を少しずつでも削っていた。

 やはり、その主力ともいうべきは隊長格と思われる者たち。

 沖田のそれに酷似した三段突きや、刀の一振りで両からの挟撃を行う絶技。

 局長たる近藤 勇をはじめとした武芸者たちは己の魔剣で鬼を斬り裂いていく。

 その苛烈なさまに、背中を押される。

 僕たちにも、出来ることがある。

 彼らの参戦による勢いは、決して無駄にしてはいけない。

「メルト、僕たちも!」

「ええ!」

 メルトは、この剣はどうしたのか、と聞いてこない。

 間違いなく疑問には思っているのだろうが、それを問い詰めて好機を逃しても馬鹿らしい、と考えているのだろう。

 ただ、メルトは先の斬撃でこの剣の力を理解したらしい。

 即ち、茨木を攻撃することにより広がる罅を繋ぎ、この世界を維持する。

「カズラ! 皆に総攻撃の指示を!」

『はい!』

 他とは隔たれたここから皆に声を届かせることは出来ない。

 それを可能とするのは、隊士たちに交じって爪による攻撃を仕掛けているキャットと、オペレーターとして(ソラ)からこの時代を観測しているカズラだけ。

 ゆえにカズラにそれを頼み――数秒。広がる罅が、爆発的に増えた。

「は――!」

 メルトが接近の回数を増やし、僕自身も身体強化で以て剣を振るう速度を上げる。

 開いた傍から修復され、その剣の力が勝り、隔たれていた空間をも繋ぎ始める。

「紫藤殿!」

「段蔵! 怪我は――」

「見ての通り、五体満足でございまする。どうやら、最早加減も不要になったようですね」

 闇が晴れた隙間から跳んできたのは、段蔵だった。

 段蔵はメルトの動きに付きつつ、素早く状況を整理する。

 圧倒的な魔力で傷を修復させつつ、周囲に炎を射出する茨木。

 危機感を感じたのだろう。体の温度をさらに上昇させ、全体を射出口として放つそれらはまるでプロミネンスだった。

「ッ――!」

 閃光の如く広がる炎を、メルトは水膜を展開して防ぐ。

 段蔵も含めて守った防壁は、しかし咄嗟の展開ゆえか衝撃を防ぎきれず、一旦の後退を余儀なくされた。

「窮鼠なんとやらね。だけど……」

「ああ。あれも、万全の反撃になる訳じゃない」

 確かに強力な攻撃だ。

 だが回避は不可能ではない。

 その間を縫って攻撃をすることも出来る。

 

「――さあ、削っていこうじゃないか、セナちゃん!」

「わかった――『海獣母胎(ビースト・アドリブン)』」

 

「アーチャー、行けるわね」

「まったく、忙しいな……!」

 

「『黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)』ッ! おらあああああ――ッ!」

「キャット武勇伝第六節! 『燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)』!」

 

「よし、オレも行くぜ。清ちゃん、下がってな!」

「ちょ、ちょちょちょ――ここでそんなもの使わないでくださいます!? ああもう! うねうねと気色の悪い!」

 

「ぉ、お、おおおおおおおおお――サー、ヴァント共ォ……ッ!」

 全方位からの宝具使用。

 その損傷は世界に広がることなく、炎の巨体のみが粉砕されていく。

「では、段蔵も参ります」

「何か手が……?」

「はい。母上の深奥、風魔の妙技。あの鬼めの残る腕、段蔵が奪ってみせましょう」

 サーヴァントとはいえ、その体は生身のもの。

 一撃でも受ければそれが致命傷になりかねない。

 しかし段蔵に恐れはない。

 遥か格上の相手に対し、決して怖じず立ち向かう。

 それは彼女の母がそうしたように。

 その機能の神髄を解放する。

「風よ集え。果心礼装、起動……!」

 絡繰ゆえの肉体の特異性。両の手首を接続させ、回転させる。

「おのれ……! 今度は何を……!」

 徐々に回転は速度を増し、風を切る音が周囲に響く。

 振り下ろされる拳、その勢いを止められる者はいない。

 寧ろ、ここから見える隊士たちは自身に向く攻撃が減ったとより攻勢を苛烈にする。

 茨木にとっても、それは諸刃の剣。

 傷を度外視し、まずは一人葬る。

 迫りくる死を見据え、その回転を最高潮に至らせる。

「『絡繰幻法・呑牛(イヴィルウインド・デスストーム)』――!」

「ガ――ァアアアアアアッ!」

 炎が風に舞い、竜巻に呑まれるように肩から引き千切られる。

 鬼にさえ通用する、魔性殺しの宝具。

 裂いた炎を極限まで圧縮させ、その存在を崩壊させる。

 吹き荒れる真空の刃は、遂に巨人のもう一つの腕を断ち、粉砕した。

「ッ、おのれ、おのれ! 吾は地獄ぞ! この世を喰らう鬼ぞ! 人の世でのうのうと生きた生温い英霊共に、負ける道理などあるものか!」

「人の世で生温く生きることが出来なかった者だから、英霊になるんでしょう。尤も――私はそうなれなかった例外。だからこそ、今生成すことが――私の誠です」

 吼える茨木に、毅然と沖田は答える。

 崩壊寸前の巨体は、核をもって繋ぎ止められていた。

 それを今一度――今度こそ、貫かんと沖田は踏み込む。

 不安はなかった。

 浅葱の羽織が熱風に靡く。

 頬に汗が流れたのは、常識を超えた熱ゆえか、それとも緊張からか。

 メルトの守りすら受けず、沖田は駆ける。

 先程のように、スキルが発動すれば次は間違いなく助からない。

 だが、誰一人それを補助する者はいなかった。

 ――その宣言を聞いた誰もが、邪魔してはならないと思った。

「――行ってこい、沖田ァ!」

「はい!」

 宝具の限界か。土方や近藤を含めた隊士たちは沖田に激励を送り、消えていく。

 沖田は一瞥すらしない。その一撃を、確実に決めるために。

「ぁ――甘いわ、人間! 喰らい尽くせ、叢原火! その身を燃やし悔やむがいい!」

 一人を焼くには大規模に過ぎる炎の弾丸。

 人数十人ならば軽く消し去れるだろう炎を、沖田一人のために撃ち放つ。

 ――茨木は、判断を誤った。

 あの炎弾の速度であれば、最早どのような速度の持ち主だろうと躱せまい。

 しかしそれを、沖田は可能とする。

「ッ――!」

「なっ」

 ――縮地。

 その特殊な歩法は、たった一歩で極大の炎を踏み越えた。

 あとは――

「メルト、いける?」

「余裕よ。このくらい」

 さよならアルブレヒト。メルトが誇る万全の守りがあれば、あの炎は怖くない。

 水膜に着弾し、爆発は視界の全てを覆う。

 その轟音の中――

「――無明三段突き!」

 明朗な、断固とした、決着の宣言が聞こえた。

 

 

 巨体が崩れていく。

 炎が解れ、闇の中に溶けていく。

 その中で一つ煌く、小さな輝き。

『ッ、聖杯が!』

「回収を!」

 炎と共に落ちていく聖杯に向かい、メルトが跳ぶ。

 崩れていく炎はメルトにとって障害にもならない。

 これで聖杯を回収できる――

「ッ――――――――!!」

「――!?」

 メルトと交差するように炎を突き破ってきた、小さな影。

 それがあの巨体との接続を断った茨木だと分かった時、腹を裂くような痛みと背中への衝撃が同時に走った。

「ぐ、ッ、あ……!」

「ク、ハ! まだ吾に杯の残滓はある! 貴様を喰らえば、それでまだ――!」

 ――胸を貫かれ、孔を開けてなお、彼女は生きていた。

 少しずつ消えていく体を気にすることなく、その指は獲物の臓腑を漁っている。

 その生の最後の獲物と定めた人間――僕を。

「紫藤殿!」

「動くな! この人間の寿命が縮むぞ!」

 体内を払拭するように指が這う。その度に痛みが走る。

「ハク!」

「ぁ、あ、ぐ、ぅあ……ッ!」

「そうだ、喚け、叫べ! それこそ吾が求めたものよ!」

 激痛の中で、脳は冷静に、行うべきことを示していた。

 腹に伸びる腕を掴む。それは、茨木には無意味な抵抗に見えたのだろう。

「――クハハハハハハ! 貴様の腕力ではどうしようと吾に及ばん! 抵抗するな、痛みが増えるだけぞ? より叫びたいというなら止めはせんがなぁ!」

「――ッ、――――」

 周囲を近付けまいとする背の炎。

 彼女は、それで十分だと思っていた。

 ああ――それは正しい。相手はただの人間。ならば周囲にさえ警戒を払っていれば、あとは獲物を弄ぶだけ。

 人間は鬼に遊ばれ、殺されるために存在する。

 ――そう。僕の中に在るものが、僕だけであれば、それで終わっていた。

「――『道は遥か恋するオデット(ハッピーエンド・メルトアウト)』」

「む……? 何を――」

「――――『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』」

「――――――――」

 一つ、夜であること。二つ、対象が女であること。

 霧があるという条件がなくとも、二つあれば相応の威力を発揮する。

 黒の呪詛が貫いた。

 完全に油断していた茨木が何をする前に、三つの内二つを揃えた呪いは小さな体を解体した。

 不完全ながら、体内の臓器を弾き出す殺戮の呪いは死に瀕した茨木の命を奪うには十分だった。

 アサシンの――“殺すことに特化した宝具”を使うのは、初めてだった。

 彼女が発していた炎が消える。

 先に統制していた能力が死に。

 その後、肉体が粒子となって、闇に溶けた。

 ――狂宴地獄、茨木童子の最後の瞬間だった。

「――――、ッ」

「ハク! ハク!?」

『ハクトさん!』

「紫藤さん!」

 命に関わる――とは思わない。

 だが、その痛みはあまりに鮮烈だった。

「誰か、治療魔術!」

「ッ、もう……これ使いたくなかったのに……!」

 頬に手が添えられる。

 ――ミコだった。

 何かを、彼女が口にすると同時――意識が冷たい何かに、沈んでいった。




これで茨木童子こと狂宴地獄は退場となります。お疲れ様でした。
初となる『解体聖母』使用。そして(一応)聖杯も獲得。
でもってハクがまた被ダメージ。この特異点は主にハクに厳しい。

新選組のメンバーは牽制という役割以上に、面々を奮い立たせる役割がありました。
士気の低下は何より恐ろしいってばっちゃが言ってました。


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終幕『夜の、その先へ』

剣ディル実装おめでとうございます。


 

 

 ――表層着水。

 

 その感覚は、底のない水に浸され、ゆっくりと沈んでいくそれに似ている。

 肌の全てが、冷たいものに触れていく。

 あまりこの感覚は好かない。

 というより、嫌いだった。

 肉体という衣を脱ぎ、精神に触れる。

 相手の全てに触れ、相手に全てを曝け出す。

 言うなればこれは、相手との交わりにも等しい。

 だが、嫌いだなんだと言ってもいられない。

 事は一刻を争う。羞恥を気にしてはいられない。

 

 ――潜水開始。回路調整。

 

 私という存在の熱を水温に合わせていく。

 そうでなければ私は異物だ。

 対象の中とまったく同じ温度になることで、ようやく私という存在が拒絶されなくなる。

 

 ――同調完了。

 

 患者と一体となる。

 肉体という障壁がなくなり、精神に直接流れ込んでくる実感。

 それは、抗いがたい快楽という形で私に沁み込む。

 沈む側にとって、それは肉体を介したあらゆる快楽の上をいく。

 自らを慰める行為など児戯にも等しい。

 経験はないが、他者との交わりはその延長線上に過ぎないものだと判断するに――やはり比較にならないだろう。

 これを使用する側にとって、それこそが支払う代価であり、報酬と錯覚する悪魔の誘惑であり、決して心を任せてはならない試練だった。

 脳髄を溶かすような甘美な陶酔を否定する。

 全身で患者を感じ取る。

 精神を通して、体の綻びを感じ取る。

 

 ――沈殿痛覚、確認。表面損傷、確認。

 

 そうして実行するのは、私が母から引き継いだ呪い。

 否――これを呪いなどにするものか、と私は心に決め続けていた。

 これは真実、人を治療するための術式として使うのだ。

 

 ――万色悠滞、開眼。五停心観、浸透。

 

 私は肉体に直接作用する治癒魔術など修めていない。

 ゆえに、こうした遠回りによって、傷を癒す。

 

 ――修復開始。肉体反映、開始。

 

 精神を納める、肉体という容器。

 それを内から修復していく。

 患者の深奥を。本来を。もともと持つあらゆるものを感じ取る。

 純白だ、と感じた。

 月の世界で、ずっと過ごしてきたからなのだろう。

 その意思は。その心は。あまりに白い。

 善のその裏を疑うすべを知らず、悪の中の善性を疑わない、人としての矛盾の塊。

 たった十四年の生なれど、私はそれなりの時代に生まれ、それなりの“人”というものを学んできた。

 善には、大概の場合その裏があるものである。

 ――“あの女の子供であれば、見返りはきっと素晴らしいものだ”

 ――“我々の管理の下であれば、間違いなく安全だろう”

 ――“私の養子になるといい。紛れもない、貴女自身のために”

 そんな、真っ黒いエゴに満ちた善性を、いくらでも見てきた。

 勿論、そうした裏のない善だってある。だが、決してこの世はそれだけで構成されている訳ではない。

 寧ろそんな物好きな善性など、ほんの――ほんの一握りだ。

 対して悪は単純明快。沈殿した泥のような色を自覚した上で、そのエゴに従い己の欲望を叶える。

 何のために。何があるから。何であれ。そんな理由なんて関係ない。

 どんな理由を付けようと、悪であることに変わりはない。その裏の善性などあったところでないも同然であり、そもそもそれは悪の被害に遭う者にはなんの関係もない。

 しかし、そんな人の群れで生きていなかったからか。この人はそうした穢れを知らなかった。

 とんでもない欠陥品だ。この人は、人の悪性なんてものを客観的にしか見ていなかったのだ。

 呆れて、溜息を吐く。空気はなく、肉体もないのに、イメージとして現れた気泡が上へと昇っていった。

 そんなものがよくもまあ、ここまで複数の世界を歩んでこれたものだ。

 人間らしいところなんて、まっとうに恋、愛を知っていることくらいか。

 どうやら――いや、ここ数日のサーヴァントの様子からわかりきっていたが、あのサーヴァントこそこの人の楔にして、存在意義にも等しいものらしい。

 そして、彼の存在の、もう一つ大きなもの――それは周りを取り巻く家族の存在。

 血が繋がっている訳ではない。あまりに特殊な繋がり。

 “月の住民”は、真実彼を構成する大半だった。

 外へと繋がる絆もある。

 自身の存在確立に大きく関わった出来事で結ばれたもの。

 そして、その先。今の月世界の体制の根幹とも言える、奥底の記憶――

 

「――開かない方が賢明ですよ」

 

「っ」

 静寂に支配された水の中で、あり得ない声が聞こえた。

 私を制止する声。それは、いつの間にか傍に立っていた少女のものだった。

 黒い少女。私より少し年上に見える。

 暗さ、冷たさ、そして儚さ。

 例えるならば、夜桜という抽象がぴったりな少女がいた。

「まったく……あの人も本当に困ったものです。こうも人が入ってきては、眠る暇もありませんわ」

「……、貴女、何……?」

 此方と目も合わせず、肩を竦める少女に、私は驚愕を隠せずも、問いを投げていた。

「この人の記憶に縋る夜の残り香。或いは、そうですね……導くための灯、でしょうか。そしてこうした時には、あの人の守り人でもあります」

 冷たい殺気が、向けられる。

 恐らくは、経緯はどうあれ、この少女は現在この精神内の抗体にも等しくなっている何か。

 であれば、異物を排除しようとするのは当然のことか。

「……怪しい者じゃないわよ。彼が傷を負ったから、治しているだけ。文句があるなら怪我した彼に言いなさい」

「……ふむ。それでは、この記憶を覗き見しようとしたのは?」

「それも必要なことよ。患者の全てに触れ、患者の全てを感じる。それがこの術式。私はこんなまどろっこしい方法でしか治療できないの」

「……」

 説明をすると、少女は訝し気な視線を向けてきた。

 疑いの色はやや濃くなる――というより、何か、疑問の方向が変わったらしい。

「……失礼。貴女、名前は?」

 涼やかだった声色に、硬さが乗った。

 これまでとは違う警戒。

 冗談だという雰囲気もあった脅迫に、この時決定的な敵意が生まれた。

 何がその引き金だったかは知らない。だが、そもそも人の中にまったくの別人が介在しているなど初めての事例だ。

 理解など不可能なのだろう。ともかく、問いには答える。このままでは、帰ることすらままならない――そんな気がした。

「――殺生院 ミコ。未来の消滅を防ぐために招集されたマスターの一人よ」

「――――」

 ――その時の、どうにも例えようのない表情は、決して忘れることがないと思う。

 驚愕。恐怖。悲愴。憤怒。困惑。

 同様の方向性を持つ感情とはいえ、人は一つの顔にこれほどの色を持たせることが出来るのか――と、私の方が驚いた。

 少女はその表情を数秒、此方に向けた後、苦々し気に呟いた。

「……因果、ですわね」

「え……?」

「あの人は寛容です。何かを謀っているならば、早々に心を改めなさい」

 踵を返し、ゆらりと舞うように少女は水底へ沈んでいく。

 そんな中掛けられた言葉は、警告だった。

「あの夜を再演し、月を脅かそうものならば、私はどんな手段を講じ、月に何をさせてでもそれを粉砕します。それを努、忘れぬよう」

 一体、何を――私のそんな疑問などまるで知らないとばかりに、夜は消え去った。

 その残滓は、何処にもない。

 残ったのは、私の中に刻まれた、意味の分からない警告だけだった。

「……何なのよ」

 無意識に零れた言葉に返ってくる声はない。

 私が触れようとした記憶を守っていた様子だが、結局今は立ち塞がる者もいない。

 ともかく治療を完遂すべく、根底にまで手を伸ばし――

 

 

 ――そして、その夜を見て、私は壊れた。

 

 

 +

 

 

 とさり、と、軽いものが胸に落ちる衝撃で意識は引き戻された。

 状況を思い出す。

 狂宴地獄――茨木童子を遂に討伐したものの、死の際の彼女によって僕は重傷を受けた。

 反撃は叶ったが、その痛みで意識を失い――

「ハク!」

「っ……メルト……?」

 ――もう、その痛みはなかった。

 そんな傷ははじめからなかったように、受ける以前と同じ状態。

 いや、それ以上の多幸感をもって、意識は覚醒した。

 何故、という疑問の解答は、体に触れていた。

「――ミコ」

「…………」

 そうだ。意識が消える直前、彼女の手が頬に触れた。

 恐らく彼女による特殊な治療術式の効果によるものだろう。

 礼を言おうとしたが――口が止まった。

「…………」

「ミコ!?」

 ミコはぐったりと突っ伏したまま動かない。

 息はあるが――その顔色はどんどん蒼くなっていき、弱っていくのが一目でわかる。

「……脈はあるネ。急に気絶したような感じだけれど……」

「くっ……カズラッ!」

『極度のショックによる精神への負担が掛かってます……! これでは作戦続行は困難かと……』

 何があったのか……恐らくは、僕の治療に関したものだが……。

 ……いや、考えていても仕方がない。

 この状態で特異点に残るのは危険だ。

 地獄は残り一騎となった。

 聖杯もメルトが回収したが……。

「……カズラ。特異点の修復自体は終わってないよね?」

『……はい。恐らく地獄を七騎全て討伐するまでは、この時代の修復とはならないでしょう』

「……わかった。ミコはここで特異点から離脱。僕とピエールの二人で作戦を続行する」

『了解しました。アーチャーさん、貴方も帰還することになりますが、よろしいですか?』

「構わない。マスターが動けないのではな。それでは、失礼させてもらう」

 罅や歪みはそのままなれど、数値としてやや安定した世界ならば、帰還が叶う。

 カズラは素早くミコとアーチャーを回収した。

「メルトちゃんの持っているその聖杯は回収しなくて良いのかネ?」

『聖杯を回収しても、地獄が残っていることで特異点として継続しているようです。今の状態で楔である聖杯をその時代からなくせば、かえって崩壊に繋がる可能性があります』

 先だって聖杯を回収しておくことは出来ないか。

 迂闊に使う訳にもいかない以上、持っていてアドバンテージとなることはない。

 だが、手放すことは出来ない。持ったまま、最後の地獄を倒すしかないか。

「……それでは。信長様と合流を。然る後、この世の異質を払いましょう」

 ミコとアーチャーの二人は離脱したが、それでも戦力はかなり多い。

 地獄と決着をつけるならば、かなり良い状況と言っても良いだろう。

「よし。カズラ、本能寺への道を」

『はい。空間の歪みを利用した最短ルートを計測します』

 程なくして、カズラから道筋が指示される。

 それは正しく、道なき道。

 闇を抜け、罅を潜り、その奥へと。

 隣と隣が繋がっていない壊れかけの世界の中、その寺は、唐突に現れた。

「っ――ここが、本能寺?」

「はい。――信長様」

 その寺の前に、覇王は立っていた。

 敷地内にも火の手は回っている。

 その炎を背にした姿が不思議なほどに様になっている信長は、隣に一人の男性を侍らせていた。

「――――」

 ――その時、きっと初対面のメルトたちは、信長の性別や姿に何かしらの感想を持っていただろう。

 だが、僕はそれどころではなかった。

 ――何故、彼が今、ここにいるのか。

「おお、戻ったか。杯は持っておるな。いや、何よりじゃ」

「ええ、本当に。地獄に屈する者たちではなかったと。素晴らしい。人間の可能性を見せつけられたようです」

「……貴方、なんで」

 その人物に驚愕を覚えたのは、僕と沖田だけだった。

 出会ったのは、茨木に連れていかれた山だった。

 あの時彼は、確かに沖田が倒した筈だ。

 しかし、そんな事は無かったかのように、男――キャスター・ナルは柔らかな笑みで手打ちしていた。

「お久しぶりです、お二方。ここまでの戦い、お見事でした。私の称賛に意味はないでしょうが、いやはや、人格を持ってみると不思議なもので。評価せずにはいられませんね」

 饒舌に喋るキャスター・ナル。

 彼が鬼たちと共にいた以上、味方になる存在ではないことは明白だ。

 恐らく、仕損じたか――そう判断したのか、一瞬で詰め寄った沖田が即座に切り伏せる。

「手が早いのう、沖田」

「貴女――」

 信長はその行動を、呆れたように眺めていた。

 不気味に感じた沖田が戻ってきた時には――

「……いやはや、問答無用とは。ですが残念。剣では如何様に斬ろうとも、私は殺せません」

 ナルの体は、何事も無かったかのように修復されていた。

「……カズラ、あのサーヴァントは……」

 あのサーヴァントに関しては、情報が少なすぎる。

 ともかく何か掴めないかと、カズラに問いかけたが――返事は返ってこない。

「カズラ……?」

「ああ、通信は断たせていただきました。私もまあ、無意味に死ぬのはいただけませんからね」

 不敵に笑うナル。

 通信が切れた状態こそが、彼にとって好ましい状態だとでもいうのか。

「……貴方がなんなのかは知らないけれど。敵ってことで良いのかしら?」

「ええ、構いません。ですが残念。貴女でも私を殺すことは出来ません。見ていただいたように武力に関しては私、無敵なので」

 ナルの飄々とした態度に、メルトは苛立ちを隠さない。

 しかし、確かに彼は既に二度、致命傷を負っている筈だ。

 だが倒せないということは、本当にサーヴァントとして無敵なのか?

「まあ落ち着け。こやつには戦う力もない。放っておいても構わん。さて――」

 彼に目もくれず、信長は此方に一歩歩み寄った。

 そういえば。そもそも何故、彼と信長が一緒に――

 行き着く答えなどたった一つしかない。しかし、それは認めたくない真実でもある。

 しかし、無情にも、此方に手を伸ばした信長自身によって、その真実は肯定された。

 

「――杯を渡せ。それでお主らの仕事は全て終いじゃ」




ミコとアーチャーが戦線離脱。
彼女らの以降の掘り下げはまた先になります。

ミコが触れた記憶は、つまるところアレについて。
ハクにとっては大事な記憶でもあり、憎き記憶でもあり。

そして舞台は本能寺へ。死んでなかったのか謎のサーヴァント。
ようやく四章も終わりへと向かいます。
一応、九月中に四章完結に至れればなと思います。


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終幕『第六天魔王』-1

 

 

 それが信長が地獄を討っていた目的だったのだと、今理解した。

 手を伸ばす信長。キャスター・ナルはそれに対して何を言うこともなく、ここに来た時から変わらない笑みでその様子を眺めている。

「……信長様」

 聖杯を抱える腕の力を僅かに強めるメルト。

 彼女が何を言う代わりに、光秀が口を開く。

 目を細め、視線を動かした信長は、無言のままに光秀に先を促した。

「別れた後、騎願地獄、術懐地獄、狂宴地獄を討伐。敵対する意思を見せなかった剣牢地獄も自刃。対し、術懐との戦いの折、ナガレもかの地獄の打倒に尽力し、討ち死にいたしました」

「そうか。あやつらしからぬ蛮勇よ。それが儂への忠義によるものか――は、最早聞き出せぬこと。今更問うまい」

 光秀は淡々と、これまでの状況を信長に伝えた。

 ナガレ――居士の名前が出たとき、段蔵が小さく反応を示したのを、本人自身気付いたかどうか。

 信長が死した仮初の臣下を評すると、光秀は続ける。

「残るは槍克地獄。一騎のみであれば敵とは言えませぬ。ゆえに――」

「いや、その必要はない。言ったじゃろう。役目は終わりだと」

 あと一人。槍克地獄たる李書文さえ倒せば、恐らくこの時代の異常は取り払われる。

 それは信長にとっても望むべくものである筈なのに、信長はその進言を切って捨てた。

「甘い。甘いなあ光秀。お主は何をするにも聊か甘すぎる。溢れるまで杯に水を注ぐ阿呆が何処にいるか」

 小さく笑う信長に対して、光秀は無表情。

「光秀。お主であったな。地獄の討伐を進言したのは」

「……は」

「惜しいな、光秀。儂のところにこやつが来なければ、うまく行ったかもしれないものを」

 キャスター・ナルを指す信長。

 ――一つ一つ、パーツが繋がっていく。

 何故信長が地獄を討っていたか。その理由は――

「なるほど。テメェが事の黒幕ってか」

「ええ、まあ、それなりに。私これでも悪魔ですので。悪魔らしく人を振り回してみたりとか」

「いやしかし、驚いたぞ光秀。お主がここまでの謀を……とはな。何時からじゃ?」

 金時の怒りを飄々と受けるナル。

 二人の様子を鼻で笑い、信長は再び光秀に問うた。

 光秀が計画していた何事かは、信長に知れていた。

 破綻した己の策謀。それを明かした“悪魔”に何を思ったか、無表情のままに光秀はナルに僅か目を向け、そしてすぐ、信長に戻す。

「この地に杯が降りて間もなく。その悪魔めの奸計に、自ら踏み込みました。全て――全て、信長様のためにありますれば」

「そうか。見上げた忠誠心じゃな光秀。その結論が叛意でなければ褒美の一つでもくれてやったのじゃが」

「――――なんですと?」

 その、決定的な一言。

 やはり特異点においても運命はそう帰結し、この地にて歴史に刻まれる逆徒は誕生する。

 信長自身から言い放たれた言葉は驚くべきものである筈なのに、それを受け入れる準備はすぐに整ってしまう。

 氷の男は主の看破に、その表情を崩した。

 何を言っているのか、という――怪訝の表情に。

「儂を凌駕し、何をするつもりかなど考えんでもわかるわ。じゃが、許そう。杯は満ちた。これきりじゃが――それを儂への貢ぎ物と判断し、それ以上は問わんでやる」

「ッ、ぁ――!?」

「メルト!?」

 突如として、メルトが弾き飛ばされ、その手にあった聖杯が浮き上がる。

 咄嗟にメルトを優先し、受け止めた時には、既に聖杯は信長の手にあった。

「ご苦労じゃったな、槍克」

「いや何。地獄として呼ばれた故かな、この果てを終いまで見届けたくなったまでよ」

 姿を現した、六合大槍を肩に掛けた初老の男。

 最後の地獄――槍克地獄、李書文。

 彼もまた、信長の傍に付き、此方への敵意を滲ませた。

「七つにて孔を穿てば、道を外しし奇跡の顕現。その数七に至らねば、この世に湧き出ずる地獄の権化。光秀――お主の命、まだ惜しい。お主を繋ぎ止めるためにも、これを使わせる訳にはいかぬのよ」

「っ――お待ちください信長様。七つを満たさねばその杯は扱えませぬ」

 これは――今すぐ止めなければならない。

 状況整理もままならないが、信長にあの聖杯を持たせていてはならないと、直感が告げている。

「いえ、それはありません。国を背負える人間力があるならば、十分です。でなければ、最初から私も唆したりしませんし」

 光秀の進言を切って捨てたのは、キャスター・ナルだった。

 彼と、今の信長。二人にサーヴァントを相手に出来る力はない。

 だが――李書文が現れてしまった。

 此方の数が多くとも、彼を突破するのは一筋縄ではいかない。少なくとも――信長がその一歩を踏み出すより早くことを終えるなど、不可能だった。

「光秀。お主に今一度命ずる。儂の覇道を見届けよ。京を燃やす狼煙の火。その先に待つ天下まで」

「行けません、信長様!」

 悲鳴のような光秀の声を意にも介さず、信長は手に取った聖杯をナルに渡した。

 己より強大な力を得られる聖杯――それを持ち、策謀を胸に秘めていた光秀を、しかし信長は許した。

 だというのに、光秀には安堵はない。それどころか、瞳には恐怖があった。

 何故ならば――その杯を、信長自身が使おうとしていたから。

 それは膨大な野心ゆえか。それとも、あの悪魔を名乗る男に唆されたのか。

 或いはその両方――と考えている間にも、ナルはその杯を浮かせ、さらに二つをそこに呼び出した。

「ッ――ハクの……!」

 一つ、僕の右手。

 シャドウサーヴァントに断たれ、茨木に奪われたそれを、ナルは聖杯に放り込む。

「蘭丸さん……!」

 一つ、少女と見紛う、信長の小姓たる少年。

 既にその命はなく、ぐったりとした彼の体を動かし、杯を胸に抱かせる。

「それでは、私も力を扱うとしましょう。たった一つ、私がサーヴァントとして行使しうる力を」

 聖杯が起動する。僕の手と蘭丸を取り込み、強く、強く輝く。

「生身の人間、そして魔術回路。欲望の根源と奇跡の建材。その二つの上にこそ私は成り立ち、妄想は現実を超え肉を得る。浅ましき人の強欲より生まれた夢。我が存在を証明するは、ここに編まれし無限の心臓。即ち――」

 キャスター・ナルは宣言する。

 その宝具の真名。

 そして、己の真名そのものでもある概念の名を。

 

 

「――――『熱力学第二法則の否定(マックスウェルの悪魔)』」

 

 

 ――マックスウェルの悪魔。

 十九世紀半ば、数学者ジェームズ・マックスウェルによって提唱された思考実験、その中で仮定された悪魔。

 熱力学第二法則を否定し、理論上は第二種永久機関を実現しうる存在。

 その仮定の悪魔を討つべく、数多の数学者がこの理論に挑み、敗れてきた。

 そんな、人によって生み出され、人に敵対することで人を進歩させてきた反英雄。

 であれば、その悪魔がサーヴァントとして召喚されるという可能性は、決してゼロではない。

 たった一つの役割しかこなすことの出来ない、徹底的に縛られた存在。

 戦う力は持たず、悪魔としての行動以外の全てを許されない、人の欲望の権化。

「……概念の、英霊」

「ええ。ゆえに何千回斬ろうとも、私は死にません。否定されていませんからね。私を殺しうるたった一つの手段は、完全な理論を以て私を否定すること。月に観測なんてされたら溜まったものではないので、歪みを集めて通信は断たせていただきました」

 キャスター・ナル――マックスウェルは、駆動を開始した宝具の下で人差し指を立てつつ、己の打倒手段を開示した。

 その悪魔は、剣や槍で殺される存在ではない。

 何故ならば、彼の仮定された世界には剣も槍も存在しないからだ。

 悪魔を倒す手立てはたった一つ。

 「悪魔は存在しない」という完全な理論により、悪魔の存在を否定することだけ。

 ピエールを横目で見る。視線を交わした彼は、苦い表情で首を横に振った。

 マックスウェルの悪魔は、仮定の成立から一世紀以上を経た二十世紀末に否定され、倒された。

 その知識はあるが、そこまでだ。

 彼を倒しうるまでの完全な理論を、僕は構築することが出来ない。

 概要だけでは完璧な否定とはならない。

 勿論、都合よくこの場に否定の材料が整えられた数学参考書が存在する筈もない。

 この時代において、彼を倒すには、恐らく月との通信を取り戻すしかない。

 そうすれば、彼を観測した時点で否定までの全てが月から引き出され、彼は消滅するだろう。

「それで……その宝具が」

「然り。私という存在の実証。無限のエネルギーを生成する疑似的な永久機関。汲めども尽きぬ果てなき力――即ち、天下人の証になります」

 聖杯を中心として輝く球体は、膨大な魔力を表出している。

 これぞまさしく、世界最高位の魔力炉。

 世界さえ変え得るほどの魔力を無尽蔵に提供する、究極の炉心だった。

「さて。それでは始めましょう。貴女ならば呑まれることもない。我らが王となるに相応しき人よ、この悪魔の甘言に乗るとあらば――天下は貴女のものです。織田 信長」

「なりません! 信長様、貴女は人のままに天下を取らねばならない! その領分を踏み越えるなど、それは最早――!」

 そこまで叫び、光秀は突然に言葉を止めた。

 気付いたのだ。信長が一切、それを躊躇う素振りすら見せていないことに。

 気付いたのだ。そもそも彼女は何年も前から、人ならざる者を名乗っていたことに。

「光秀、忘れておったのか」

「信長様……っ」

「儂ははじめから――魔王であったわ」

 光秀に憐れむような表情を僅か向け、光に触れた。

 

 

 ――そして、その瞬間、世界を焼く炎は黒に染まった。

 世界は色を失い、空と同じ墨へと変わっていく。

「これは……!」

「ヤベェ……マジモンじゃねぇかこりゃあ……!」

 無限の心臓が放っていた光は黒に呑まれ、消えた。

 己の所有者を認め、その力を引き出すことを始めたのだ。

 その背からは、黒炎が延々と噴き出る。

 両脇に、それぞれ巨大な手が出現する。

 骨が炎を纏ったようなそれは、何処か、地獄の鬼を連想させた。

 その頭上に浮かぶ、巨大な髑髏は瞳に光ならざる白を灯し、口からは己と同じ黒色の炎を零している。

 衣服は燃え落ち、一糸纏わぬ体を守るように、周囲に展開されているのは数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの火縄銃。

 この時代で出会ってから、これまで彼女が持っていたものとは違う。神秘を宿し、サーヴァントすら撃ち抜ける代物だ。

「これぞ我ら……いえ。私の真の目的。ここに我らが王は降臨した」

 サーヴァントとは違う。

 ああ――この雰囲気は、二つ目の特異点で最後に立ちはだかった肉塊に酷似している。

 それは、この国の天下を取るというだけでは過剰すぎる力。

 それこそ世界を焼き滅ぼすというほどの目的でもなければ決して必要ではない。

 英霊ですら及ばないそこに手を伸ばした信長は、世界の破壊者として変貌した。

「かの名は『第六天魔王波旬』。この世、この時代を焼き尽くし、平和の楔を断つ人理の焼却者です」

「信長、さ――――」

 主の変貌を信じられないと、名を呼ぼうとした光秀。

 しかし、一発の銃声がそれを遮った。

 一瞬の閃光は光秀の首を掠め、彼方へと飛んでいく。

 そして着弾地点を中心とした数メートルをこの世から削り取り、跡形もなく消滅させた。

 耐久に秀でたサーヴァントであっても、アレが直撃すれば一溜りもあるまい。

「――命が惜しい輩は疾く失せよ。これよりは、一中劫を苦に浸す無間の地獄」

 彼女にとって、最後の警告。

 こうなることとは思わなかった。

 しかし、間違いなく――彼女は、信長はこの時代最後にして最大の敵となった。

 彼女と槍克地獄、そしてマックスウェル。

 三人全てを倒さなければ、この時代は修復されまい。

 であるならば、やるしかない。

 世界の敵へと変じてしまった信長に、真っ向から対峙する。

 オペレーターの――カズラの援護は受けられないが、それでも可能性が無くなった訳ではない。

 これまでの特異点にも、規格外の敵はいた。だが、いずれも突破し、ここまで来た。

 ならばここでも同じように、全力を以て撃破するまでだ――!




という訳で、四章のラスボス降臨です。
そしてキャスター・ナルの真名も判明。
帝都聖杯奇譚にて登場したキャスター、マックスウェルの悪魔です。
否定する理論さえ分かっていれば一般人でも容易く倒せるサーヴァント。
しかし今回においては「完全な否定の証明」を出来る者がいないため、倒せないサーヴァントとなっています。
光秀の真意等については、もう少しお待ちください。


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終幕『第六天魔王』-2

Q.なんで投稿遅れた?
A.メッチャスパロボしてた。

Q.九月中に四章終わらせるのは?
A.普通に無理。


 

 

「失せよ、と言った筈だがな?」

「貴女が世界の敵に回ったならば……僕たちは貴女を倒さなければならない。時代を修復するために」

 魔王と変じた信長は、その瞳を混沌と染めながらも正気が見られた。

 だが、彼女はこの場の全てを敵とすることに躊躇いはない。

 天下を掴んだにも等しい力を得た以上、英霊など相手にならない――そういうことか。

「クッ……良いではないか。これを得ずともどの道わしはいずれ天下に届く。その時期の差じゃろう。先の世が変わることなぞないわ」

 己の最果てを、信長は信じて疑わない。

 彼女は既に見据えているのだ。その先にある天下というものを。

 ゆえにこそ、この地獄を己のものとした。

 空と一体となったこの墨染の炎こそ、その証。

 京の都を掌中に収めた証明たる――天下への狼煙。

「それを邪魔するとあらば、この本能寺の地にて貴様らを討つ」

「ッ、メルト!」

 メルトが広く水膜を張った直後に鳴り響いた銃声。

「持たねえ――!」

 しかし拮抗さえすることなく、容易く膜は貫かれた。

 殺到する閃光は、平等に、全員に襲い掛かる。

 視界に広がった混沌の黒を、死の景色かと一瞬錯覚した。

 ――意識は、ある。

 メルトの守りを簡単に破った弾丸を防いだものが、眼前に広がっていた。

 蠢く黒は、弾丸の波を受け止めると、消えていく。

 紅閻魔が背負っていた、棺へと。

「チッ……神秘殺しか。コイツらでもここまで損傷するとか、やるじゃねえか」

「神の系譜か。神仏であろうと、わしの前に立つならば撃つ。それを成す力が、今のわしにはある」

 ――魔王。信長が自称するそれは、神仏の教えに則るのであれば修行を妨げる煩悩の主を言う。

 それに変じた信長は、神性や神秘に対する特効性能を持っているようだ。

 そうなると――聊か不味いか。

 此方のサーヴァントで、神性の類を有していないのは沖田と段蔵、清姫のみ。

 更に神秘の薄い、魔性などとは縁のない近代の英霊となると、沖田くらいだ。

 単発でメルトの水膜を破るほどの射撃。それを撃ち得る銃が見渡す限りに展開されている。

 全てがあの威力を持っているとなると、とてもではないが守りに入ってなどいられない。

「集まっているのは間違いなく悪手か……なら」

「散開、だネ!」

 今のままでは、あの銃全てが此方に向くことになる。

 ならば分散していた方が、まだそれぞれ対処がしやすいだろう。

「よし、そうと決まりゃ話は早ぇ! オレが防ぐ間に走れ!」

 金時が前に出る。

 信長もそう易々と散開を許してはくれまい。

 動く前に、銃弾の嵐を一度どうにかして防がなければならない。

 その役目を、今度は金時が買って出た。

 得物たる大斧が、その機構の神髄を解放する。

 カートリッジで制御された雷の力。

 そのうち三つを使用し、武器としての限界を超えることで宝具である斧はもう一つの顔を曝け出す。

 単一の相手を粉砕する対人宝具ではなく、一軍に吹き荒れ蹂躙する対軍宝具。

「自ら前に出るか、坂田――!」

「ハッ、この程度の度胸がなくて頼光四天王が務まるかってんだ! それから、オレっちの事はゴールデンって呼べっつったろうがよぉ!」

 数えるのも馬鹿馬鹿しい弾丸。

 それに対して、金時は雷の溜まった大斧を力の限り振り下ろす。

「ぶっ飛ばせ、『黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)』ッ!」

 銃弾の嵐と雷の嵐。二つがぶつかり合う。

 それが、此方にとっては戦闘開始の合図。

「私が槍克を!」

「任せる、沖田――!」

 沖田が嵐の間を縫い、書文に迫る。

「呵々! 待ちかねたぞ。存分に殺し合おうか!」

「ッ、おぉ――!」

 縮地を用い、素早く書文を信長から引き離す沖田。

 彼は、彼女に任せるしかない。あとの皆で、信長を倒す。

「メルト、頼む!」

「ええ!」

「セナちゃん! ――行けるかい?」

「……今度は加減、しなくていい?」

「ゥ……あ、アレだね。腰には来ない程度にしてくれたまえヨ?」

 此方の強みは、敏捷性に重きを置いたサーヴァントが多いことだ。

 矢除けに類するスキルは持っていないが、それでも容易く捉えられないくらいの速度がある。

「小細工を――」

「余所見してんじゃねえぞ!」

 雷の壁を突き破り、金時が信長に迫る。

 斧を振り回すことで撒き散らされる雷は弾丸から身を護る鎧となる。

 此方もメルトと共に周囲を跳び、信長の隙を探す。

 一呼吸の間に、金時は信長に詰め寄る。

 銃弾を雷で相殺し、数発をその身に受けながらも斧を振りかざす金時。

 怪力スキルも相まった凄まじい筋力は到底信長が受け止められるものではない。

 だが――

「――甘いわ」

「ッ!」

 斧は信長に届くことはなかった。

 信長を守るように伸びた墨染の手。

 強度で勝っているのか、力での粉砕が困難なのか、その手には罅も入っていない。

 金時を嘲笑うようにカタカタと音を鳴らしながら、信長の頭上の髑髏の口が広がる。

「むっ……いかんゴールデン!」

 吐き散らされた黒い炎を咄嗟に避けることのできなかった金時を助けたのは、彼を押しのけるように割って入ったキャットだった。

 その手から飛び出した十枚ほどの術符が炎熱を、風を、吹雪を巻き起こす。

 それらが拮抗している僅かな間にキャットは金時を連れ距離を取る。符による防御が破られた時には、既に二人は安全圏に逃れていた。

「ッ――キャット、アンタ……!」

「なに、童謡にもあろう。猫は炬燵で丸くなる、元来熱に強いもの。気にするなワン」

 いや――キャットは躱し切れてはいない。

 着物の背部は焼け落ち、特徴であった狐の尾は一部焦げていた。

「……全部が全部凶器みたいね。さっさと決着をつけるわ。魔力を惜しまないで、ハク」

「――ああ。一気に行くよ、メルト!」

 銃弾に捉えられないよう素早く動き回りながらも、メルトは自身の神髄を解放していく。

 本来、自身が最も輝く瞬間として、絶対的な勝利を確信しているときしか使わない宝具。

 それをこの、戦いが始まり間もない、相手の本領も未だ見えない段階で使うというのは異例の事だった。

 だが、それもやむを得ないほどに、この敵はメルトと相性が悪い。

 一刻も早く決着をつけるべき相手だ。

 そのために、僕もまた己が持つ最高火力を用意する。

 メルトの宝具と、その力。二つを同時に使用することによる魔力の消費は甚大なものだ。

 ゆえにこそ、ここに二人の全力をぶつけるのだ。

「はっ!」

 段蔵は素早い動きで弾丸を躱し、手首から放たれる散弾で信長を牽制する。

 アサシンはピエールの指示のもと、海獣たちを伴って動く。

 極小の海となった海獣たちは銃弾に耐え凌ぐ耐久力でもって、母を守り、その主を守っていた。

「チッ……この剣が届かなきゃ話にならねえ! 清ちゃん、宝具、使えるか!?」

「使えますけど……考えなしでどうにかなるものでもありませんわ。きっと間もなく、使うべき時が来る筈です」

 刀一つで弾の雨を迎撃し、清姫を守る紅閻魔。

 その剣速は沖田に勝るとも劣らないが、やがて限界は訪れよう。

 清姫の視線が此方に向けられていることに気付いた。

 彼女は、此方が有効打を与えることを信じている。

 そしてそれを決定的にすることこそが、自身の役割だと。

 ならば彼女の信頼に応えるべく、この攻撃を綻びなく成功させるまで。

「頼むわよ、ハク!」

「ああ――!」

 聖骸布による拘束が解かれる。

 降り立ったのは、魔王の眼前。

 後退したキャット、金時との間に立ち、表出させた槍を信長に向ける。

 まるで的にでもなりに来たかと、そう思われたかもしれない。

 だが、あの無数の銃を一身で受けるつもりはない。たとえそうだとしても、この瞬間は負けられない。

 ――信長の背後に立ったメルト。これは、僕たち二人の最大をぶつける瞬間なのだ。

「――『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』!」

「――『弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)』!」

 それが挟撃だと悟った信長は、僅かに対応が遅れた。

 しかしそれでも行動は早い。黒炎を自身に纏わせ、手と髑髏が彼女を覆い盾になる。

 その上で前方、後方に等しく展開された銃で以て、二つを迎撃した。

 耳を劈くような轟音は、何度使用しても慣れることはない。

 大いなる神殺しの槍。同じくして神をも殺す魔王に、その最大限の力が発揮されることはない。

 だが、そうであってもこの槍は僕が持つ最大火力の絆。

 それにメルトの全てを溶かす大波。

 最後には両者がぶつかることになれど、その間のものが存在してはいられない。

 そう確信を持って、この力を解放した。

 ――だが。

「……ふん」

 対峙する魔力が爆発的に増大する。

 二つの宝具を貫き、伸びてくる閃光。

「ッ――――――――!」

 その反撃を認識したのは、頬を掠めるものと脇腹を抉るもの、二つの痛みを自覚したがためだった。

「づ……っ、メル――」

 此方が貫かれたということは、メルト側も同じことになっている可能性がある。

 確かめる手段はない。ともかく、反対側に盾を展開しなければ。

 そう思った時、眼前が輝いた。

 確信する。それは間違いなく、僕の命を奪い去るに足るものだと。

 躱すことは不可能だ。その思考を体に反映させる前に、あの光は脳天を貫く。

 次の瞬間の、避けられない死――

 

 

 ――それを防いだのは、信長が操る炎と同じ、墨の如き黒だった。

 

 

 その何かは僕を襲う筈だった光を全て受けて、過ぎ去っていく。

 視界が開ける。蜂の巣の如く、穴だらけになった僕たちの宝具の跡。

 そして、メルト側を同じくして守る、正しく赤い炎の色。

 黒と赤、二つは空を遊弋し、信長を挟むように僕とメルトの前に舞い降りた。

「キミ、は……」

「昨日ぶりだな、人間。いつまで経ってもこの世界が直らないから、仕方なく助けに来てやったぞ」

 世界を構成する神秘の一。

 今の信長にも匹敵する凄まじい魔力。

 それは地獄の一角に付き従っていたまつろわぬ神――黒き竜だった。

「心底どうでも良かったがな。龍馬は夜明けを望んでいた。だから手を貸してやる」

 あまりに大きな助力だった。

 彼女――お竜は楔となる主を失った宝具。その体はもう長くは存在できないだろう。

 だが、地獄の一人として選ばれながらもこの世界の修復を願った主のために、彼女はここに来てくれた。

「……しかし、お竜さんのアイデンティティだったんだが。竜がもう一人いるなんて聞いていないぞ」

「え……?」

 お竜の不満は、信長の奥に向けられている。

 彼女と同じく、反対側でメルトを守るために現れた炎。

 それはお竜ほどではないものの、高い神秘をもった蛇竜。

「本当に間もなくとは……わたくしだって、出来れば使いたくはありませんでした。ですがマスターの危機。躊躇ってもいられませんわ」

「――清姫?」

「ええ。かつて抱いた思いの丈、此度はマスターを守らんために。これがわたくしの宝具、『転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)』です!」

 安珍清姫伝説において、自身に嘘をついた僧侶安珍を清姫は何処までも追いかけた。

 その果ては、想いで竜へと変じた清姫が、安珍を焼き殺すという結末で終わる。

 あれはその宝具の再現。

 想いだけで幻想種へと変わる、規格外の宝具だった。

「ハク!」

「メルト!」

 清姫の陰を通り、メルトが駆けてくる。

 メルトには大きな傷はないが、僅かに掠り傷が見られた。

 回復させつつ、信長から距離をとる。ひとまず、態勢を整えなおそう。

「ハク、貴方の怪我の方が……」

「僕は大丈夫。メルトは、まだ戦える?」

「私も、問題ないわ。ただハク、貴方は無理は禁物よ」

 信長が纏う炎は、僅かに解れていた。

 僕たちの最大火力をぶつけてようやくこれだけ。

 状況は絶望的だが、それは敗北と直結するものではない。

 お竜と、宝具を解放した清姫。

 少なからず状況は好転しただろう。

「……まだ折れぬか。道理が分からぬとはまこと厄介なものよ」

 呆れた様子の信長は、此方を一切脅威だと思っていない。

 天下を掴むための、邪魔であるだけの障害。

 それに敗北する可能性など、万に一つもあり得ない、と。

「これではもう少しあ奴にやらせた方が良かったか。相変わらず、仕事の早い男よ」

 その目が動いた先は、先程沖田が書文と戦うために離れていった方向。

 まさか――という焦燥を抱き、振り向いた時、

「ッ、ぁ……! も、もう少し、優しく出来ないんですか……!?」

「それが出来る状況じゃないっしょ! あんな化け物、相手に、さ……!」

 僕たちのすぐ傍に、転がるように走り込んできた二人。

「沖田、鈴鹿……!?」

 信長に付いていったものの、合流してから姿を見せていなかった鈴鹿。

 彼女は身を挺して沖田の危機を救ったのだろう。

 一点、心臓を穿たれた彼女は、その体を光と散らしながらも沖田を抱えていた。

 沖田は傷自体は小さいが――刀の刃が中ほどから折れている。

 馬鹿な。そう時間は経っていない。

 これだけの短時間で、二人のサーヴァントに痛打を与えた神槍は、凶暴に笑いながら歩いてきていた。

「これで終わりではなかろう? そら、立て。儂はまだまだ物足りんぞ」

 餓狼が戻ってきた。沖田たちは、戦闘を続行できない。

 最後の地獄は神域の業を以て、より大きな絶望を生み出した。




お竜さん参戦。そして清姫も宝具発動でダブルドラゴンです。
しかし沖田さんと鈴鹿が戦闘不能に。これ無理ゲーじゃね?

四章はあと二話の予定です。
リアルが少々立て込んでいるのもあり、また遅れるかもです。


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終幕『第六天魔王』-3

 

 

「さて。次はどいつだ? 儂を楽しませてくれる強者は」

 信長に加え、書文まで相手取るとなるというのは無理難題にも等しい。

 だが、それをしなければ時代の修復は成されない。

 地獄の一角たる書文、聖杯を手にした信長。

 二人とも凌駕せねば、この時代の崩壊は止まらない。

 今なお世界に入った罅は広がり、速度は黒炎によって加速している。

 猶予はない。如何に難題であろうとも、乗り越えなければならない壁だ。

「ま、まだ終わっていません。槍克地獄……!」

「ほう?」

 沖田が鈴鹿から離れ、前に出る。

「それは……」

 その手に握られているのは、今まで持っていた刀ではない。

 折れた愛刀に代わり、刀と言うにはあまりに長大な刀身を持つ漆黒の一振り。

 天国が沖田のために鍛った魔刀。

 しかし――沖田が剣と達人とはいえ、これまでの得物とは勝手が違い過ぎる。

「呵々! そうでなくては!」

「ッ!」

 最初の踏み込みと同時の刺突は、どうにか受け止められた。

 だがやはりそれまでと比べ、動きが鈍い。

 これでは――

「余所見をする暇があるのか?」

 ――射撃音。

 そうだ。書文以上の脅威が目の前にいる。

 お竜によって受け止められた弾丸は、やはり僕を狙っていた。

「まったく、世話の焼ける……いくぞ。さっさと終わらせる!」

「わたくしも行きます。マスター、ご無事で!」

 とにかく最大の脅威にして最優先すべきは信長だ。

 膨大な魔力を伴った突進を、巨大な手が受け止める。

 信長自身に被害が及んでいる訳ではない。

 だが最上位の幻想種としての力はあの手に劣っていない。

「竜が二頭揃ってこの程度か。精々、それと遊んでいるがいい」

 それでも、信長は余裕を崩さない。

 炎を纏い、それを盾としながら、それまで立っていた場所から離れていく。

 戦いが始まってから、信長にとって初めての移動。

「――――」

 立ち止まったのは、立ち竦んでいた光秀の眼前だった。

 自身より背の高い光秀を軽い魔力の余波で倒し、情の無い目で見下ろす。

「光秀、答えは出たか」

「ぁ……」

「我が覇道は最早誰にも止められん。貴様の忠の真偽がどうあれ、儂の手を取らねば貴様はここで死ぬ。聡明な貴様ならば、迷うこともなかろう」

 光秀に選択を委ねる物言いだが、それは強制に等しかった。

 臣下と言えど、迷いはすまい。

 自身が魔王となるために、蘭丸を犠牲にした彼女ならば、逆らえば躊躇わず光秀も殺す。

 仕える者がたった一人もいなくとも天下に手が届くのが今の信長だ。一人残すも残さないも、彼女にとってはさしたる問題でもないのだ。

「私、は……」

 言葉を絞り出す光秀。

 その、出そうとした答えがどちらなのか。

 もしかするとその時、彼は己の信念を曲げて本心とは異なる答えを口にしようとしていたかもしれない。

 世界を破壊する魔王が目の前にいるという圧倒的な威圧感。そして、あのように変じていても心酔していた主が己を信頼しているという歓喜。

 口から零れようとしていた解答は、寸でのところで止められた。

「……はきはき、しろってのよ、ミッチー」

 霊核を貫かれ、間もなく消えることが確約された鈴鹿。

 ブラウスを染める赤は徐々に広がり、より凄惨さを高めていく。

 しかし弱々しさなど見られない強い眼力は、死の際の自身を全力で繋ぎ止めているようだった。

「アンタのやりたい事――やるべき事は魔王に付いていくことじゃないでしょ。男だってのに、一度決めた事あっさり曲げてんじゃないわよ」

「……しかし」

「地獄を全員倒せていない? 聖杯を盗られた? 望んだ結果じゃないならそれでも足掻けっての」

 黙らせんと走った閃光を、鈴鹿は首を動かすのみで回避する。

 まるでそこに飛んでくることを予期していたかのように、洗練された動きだった。

「ノッブ、ちょっと邪魔しないで。私今、説教中だし」

 邪魔が入ったことに苛立ちを覚えながら、鈴鹿は得物の一本を空に放った。

「悪鬼、必滅すべし――文殊智剣大神通――恋愛発破、天鬼雨!」

 そして続く真名解放により、その刀は空を埋め尽くさんばかりに分裂した。

 信長を倒すためではない。

 全ては、たった一時の時間稼ぎのために、鈴鹿はその宝具を使用した。

「チッ……」

 降り注ぐ剣を信長は迎撃する。

 髑髏が清姫とお竜を相手取っている以上、それによる防御は出来ない。

 空に向けて展開された銃の引き金が一斉に引かれる。

 轟音の中で、鈴鹿は僕が借りていた刀を外し、鞘から引き抜いた。

「鈴鹿――」

「やらなきゃいけないなら、しょうがないし。死にかけだけど最後の最後に、手を貸したげる」

 それは、鈴鹿が「使うつもりはない」と言っていた宝具。

 彼女の有する三つの刀は、全て宝具として数えられる。

 その中でも特異な能力を持った、彼女自身使用を憚る秘中の秘。

「……アンタ――そいつのサーヴァント?」

「……そうだけど」

「そ……悪くないわね、アンタの、マスター」

 最後に、メルトに向けて僅か微笑み、鈴鹿は刀を振り上げた。

 

 

 

 

 ――是は双無き顕妙連。傍は果てにて、果ては傍。

 

 

 ――照らすその身に映るは無辺。朝日に宿る神秘なり。

 

 

 ――この夜は今は明けぬとも、我が命の灯を朝日と成す。

 

 

 ――日さえ昇れば夜は明くる。願わくば、次の夜こそ平穏であらんことを。

 

 

 ――――『三千大千世界』。

 

 

 

 

 真名を紐解かれたその刀には、あらゆるものが映っていた。

 世界を超えて広がる無数の可能性。

 それは僕にとって、いつも触れているものとまったく同じ性質を持っていた。

 そして――今、失われているもの。

 あらゆる可能性を映す鏡。

 ムーンセル――僕たちが住む世界が持つ、未来演算の機能。

 あの宝具は、ムーンセルと同系統の力を持つのか。

 それも、僕たちが取り戻そうとしている未来の可能性を内包したままに、宝具として。

「我が名は鈴鹿! ここより至る道の一つ、正当な道理にて手を伸ばさん!」

 自分が至るかもしれない無数の道を算出し、己にとっての最適解を導き出す宝具。

 それは一サーヴァントとして扱える能力を軽く凌駕している。

 因果の操作、逆転というレベルではない。今立つ世界そのものの行く末を操作する、それこそ権能にも近しい能力だ。

 多用することは即ち、サーヴァントとしての権利を放棄するも同義。

 だからこそ、彼女は使用を自ら制限していたのだ。

 しかし、最早残る時間もない。

 この時代に召喚され、たった一度の宝具使用。

 見出した可能性。この状況を打破すべく、鈴鹿が選んだ道は。

「我こそは槍克を受け継ぎし英霊なり! この世を侵す七つの地獄、私はその一角となった!」

「なっ――」

 一人残った最後の地獄を、正当な権利を以て引き継ぐこと。

 それで書文が消えることはない。ただ、地獄ではなくなっただけ。

 だが、その行為は非常に大きな意味を持つ。

 最後の地獄となった鈴鹿は、間もなく消える。それにより、七騎の地獄は全て倒れることとなる。

 この世界を特異点としている二つのうち、一つが解決されたのだ。

「……鈴鹿御前」

「……これで、私の役目は終わり。でも、これで大丈夫でしょ。あとは精々、アンタたちだけで頑張りなさい」

 鈴鹿は光秀に力強く笑い、消滅した。

 それと同時に信長は刀の対処を終える。

「おのれ――――ぬっ……!?」

 信長はその表情を驚愕に染め、髑髏の方を見た。

 未だ清姫とお竜が対峙している魔王の半身。

 その額部分が輝いていた。

 神聖なその光は、まさしく聖杯のもの。

 ――七つにて孔を穿てば、道を外しし奇跡の顕現。

 信長は言っていた。光秀も肯定し、そうでなければならないと言っていた。

 七つの地獄が倒れたことで、何かが起きる。

 それこそ、光秀が求めていたこと。

「ッ――――この……」

「沖田ッ!?」

 やはり、慣れない得物で戦うのは困難なのか、沖田が後退してきた。

「何だ、今のは。儂が地獄の楔から外された。何に困ることもないが――」

 書文にはなんら変化は見られない。ただ、地獄ではない通常のサーヴァントとなっただけ。

 輝きを強める聖杯。自身を纏う魔性にも変化があったのか、信長も焦りを隠さない。

「おのれ、光秀――何をしたァ!」

 光秀だけではない。同時に僕たちにも、百を超える銃が向けられる。

 銃弾の雨を防ぐ手段はない。

 油断した――だが、諦めてなるものか。

 まだ抵抗だけは出来る。迎撃すべく、宝具を現出させようとした刹那――――

 

 

 ――聖杯の輝きは、世界全てを覆った。

 

 

「――何が……」

「起きた、のよ……?」

 銃弾は一発たりとも僕たちに届いていない。

「む……」

「あ、あら……?」

「これは……一体」

「むぅ、ネコは光に弱い……目が、目が……!」

 気付けば、周りにピエールやサーヴァントたちが集まっていた。

 光が収まっていけば、信長や書文、キャスター・ナルと距離を引き離されているのが分かる。

 そして――僕たちと、彼女たちの間。

 ――何か、規格外の二つが、そこに立っていた。

「……」

「……沖田?」

 その装束は、黒く染まっていた。

 白かった肌も浅黒くなり、足下まで伸びた髪はふわりと浮いている。

 魔刀『煉獄』を持つその姿には、まるで違和感がない。

 否――正しく言えば、彼女と言う存在そのものが、あまりにも大きな一つの違和感なのだ。

 そして――もう一人。

「――これが」

 黒き炎――信長とは違う、また、もう一つの黒を背負う光秀。

 信長とは違う点は、その炎に鎧としての形を持たせている点。

「――我ら、抑止の守護者。運命(Fate)を終わらせる魔()なり」

 沖田は、それまでとは違う、一切感情の感じられない声色。

 感じられるのは、信長をも凌駕せんばかりの圧。

 今目の前にいるのは、本当に沖田なのだろうか。その確信さえ持てない。

 光秀は、自身が纏う力に戸惑っている様子だ。

 彼にはまだ、彼らしい自我が残っている。だが、沖田にはそれがない。

 まるで機械にでもなってしまったかのような――そんな静けさ、冷たさ、無機質さだった。

 抑止の守護者――世界を維持する安全装置から遣わされる、絶対存在。

 ムーンセルが御する守護者と類似しているが、その強制力と特権は世界においてそれを超えるだろう。

 まさか、この人理の崩壊した特異点にまで影響を及ぼせるとは――

「……小賢しい、失せよ!」

 無数の銃弾が襲い来る。

 信長が持つ全ての銃を使った一斉射撃。

 どれだけ素早い英霊であっても、逃れることは出来まい。

 だが――

「それでは、駄目だ」

 一瞬、沖田の右腕が消え、すぐにまた現れる。

 直後、銃弾の全てが弾け飛んだ。

「……メルト、見えた?」

「いえ……」

 ――恐らくは、銃弾全てを視認した上で、全て斬り落とす。

 メルトでさえ捉えられない早業。

 それを、あの大刀を以て、彼女は成し遂げた。

「……馬鹿な」

「確約を司る抑止、人の祈りはお前の魔を指し示した。よって、ここで断つ」

「――抑止の、守護者。なるほど、なんと醜い、人の祈りか」

 静かに、しかし強く宣言した沖田に対し、暫し言葉を失っていたキャスター・ナル。

 しかしやがて、引きつったような笑みを経て、元の飄々とした表情に戻る。

「浅ましき人の願望。それ即ち……私と同じもの。であれば。それを否定することこそ、我が存在の証明――!」

「そうか。で、あれば――」

 受けて立たんと、沖田は腰を低く下ろす。

 その構えは、元の沖田と同じもの。

「は――ははは、ははははははは! 恐れることはありません、我が魔王! 貴女は抑止の守護者をも超える存在! 世界全てを破壊する貴女に、抑止力が勝てる道理がある筈ない! 戦うのです! あれこそ天下への最後の障害! その先に、栄光ぞある!」

 ――あの姿を、人の祈りと、彼女は言った。

 それによって紡がれたのが世界。ゆえに、それを否定することは彼という存在の証明に他ならない。

 高揚を隠さないキャスター・ナル。

 その宝具――聖杯と一体化した無限の心臓は、まだ動いている。

 沖田と光秀の変質を成立させたものの、聖杯はその後信長に魔力を供給する心臓としての機能を再開させた。

 やはり、倒すことで停止させるしかない。

「……お前たちは、下がっていろ。あとは私たちがやる。それでいいな、紫藤。お前の剣として、私は奴を断つ」

「ぁ……」

 此方に投げかけられた言葉は、やはりそれまでの沖田とは違っていた。

 だが、己で定めた役割を失ってはいない。

 誓ってくれた。あの、絶望しかなかった時に、僕の剣であってくれると。

 それは変じたとて変わらない。最後の戦いも、その在り方を守らんとしてくれている。

「――――ああ、任せる。頼む、沖田」

「……ふふ。その名は、もう意味のないものだがな。いや、いい。この霊基(からだ)も、魔()と呼ばれるよりは心地が良いらしい。では、そのように」

 どうやら、僕たちの出番はこれで終わりらしい。

 結局、この戦いでは殆ど力になれなかったことになるか。

 ここよりは抑止の守護者の役目。人が介在できる余地はないようだ。

「わしは死なぬ。ここでは終わらぬ。三千世界に屍を晒すがいい、沖田、光秀!」

「無窮の境に堕ちるがいい、魔王。この地が、お前の歴史の果てだ」

 信長が再び銃の一斉射撃を行う。

 沖田が再びそれを切り払い、閃光が弾ける。

 爆ぜた光を切り裂いて突っ込んでくる書文を、沖田は最低限の動きで受け止める。

 その激突を以て、この時代を守る最終局面が幕を開けた。




これにて鈴鹿は退場となります。お疲れ様でした。
最後の地獄を肩代わりしての退場。
それによって抑止の守護者こと魔()セイバー登場です。
また、光秀も何やら変化が。

ところでこの魔()って表現、苦肉の策でしたがどうなんでしょうね。


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終幕『人間五十年下天の内をくらぶれば』

 

 

 そも、私はあの方に比べれば、本当に何もない存在だった。

 あの方という燃え盛る炎の前に立てば何一つ輝かない、平凡なる存在。

 だが、知っていた。

 己――明智 光秀という人間が作られた理由、私以外の何物も持たざる存在価値、私という存在が成立させる運命を。

 ただの人間、ああ、それは間違いない。

 だが、あの方と出会ってから、やがて私の中に、生まれてからずっと眠っていた存在意義は目を覚ました。

 それは私という人間を構成するのにあまりにも自然に過ぎた。

 私の忠義、私の本心からすれば、場違いも甚だしい歪なパーツだというのに。

 私は、その存在意義を否定した。

 絶対にそのようなことはあってはならない。

 あの方の輝かしき栄光は、誰にも止められぬものなのだ。

 ゆえに私は、己の存在意義を否定すべくあの方に尽くし続けた。

 あの方が歩む覇道こそは、過ちなきことなのだ、と。

 否定する。否定する。否定する。

 何を。何を否定するのか。私を。あの方を。

 私の存在理由。

 魂に刻まれているように、常に私を苛むそれは――

 

 ――――私は、織田 信長の運命を否定する者である。

 

 何を馬鹿な。そんなことはあり得ない。

 私はあの方の覇道を見届ける者。

 あの方の栄光を確たるものにするのが私の使命なのだ――。

 

 

「貴方の命を贄に、織田 信長が魔へと堕する運命を変えてさしあげましょう」

 

 

 私は主を謀った。それは紛れもない真実だ。

 主に影響を与える事柄で、私しか知らないこと。

 私に未来視など、特異な力が宿っていた訳ではない。

 私の前に現れた鬼が言ったのだ。

 あの方が自称する第六天魔王の名。真実、あの方は“それ”になる運命だったのだ、と。

 その手に持った杯によって見せられた“未来”は、決してあの方が進むべき道ではなかった。

 ようやく理解した。私が否定すべき運命を。

 あの方に正しく天下を掴んでほしい。その一心で、私は悪魔の奸計に身を委ねた。

 杯の力で鬼を謀り、己を含めた地獄を生み出した。

 この世の魔をかき集め、都を焼き尽くし、その果てで自死する地獄たち。

 それらが、あの方に集積されるべき魔を肩代わり、消え去ることを私は望んだ。

 地獄の無意識下に刻んだ命は二つ。

 一、信長様に一切の危害を加えぬこと。

 二、私を殺さぬこと。

 やがて地獄はこの世全ての魔を杯に集め、死ぬ。

 そして私は最後に杯を飲み干し、自刃することであの方に憑くべき魔を払う。

 七つを束ねることで、自動的に杯の魔は私に集まる。

 ゆえに七つ全ての地獄を討つまでは、開いてはならない窯の蓋。

 あの方は――信長様はそれを開き、魔を吸ってしまった。

 しかし、鈴鹿殿が地獄の代替となり、七つ目の鍵となった。

 であれば、私は何をすべきか。

 変わらない。私はあの方の運命を否定する。

 そう――あの方から、魔を引き離す。それだけだ。

 

 

 +

 

 

「呵々々々々々ッ! 何に変じたかは知らんが、その太刀筋、驚嘆を超え悍ましいわ! 無論儂の相手もしてくれような!?」

「ああ。元より、そのつもりだった」

 李書文。二の打ち要らずと言われた、恐るべき魔拳士。

 その八極拳の腕は、僕も十分すぎるほど知っている。

 周囲の気を呑み、たった一手で命を刈り取る怪物。

 此度彼は六合大槍を持ち、ランサーとして顕現した。

 槍の一突きもまた、彼によるものは一瞬にして命を奪う十分すぎる手段となる。

 神槍无二打(しんそうにのうちいらず)

 彼の特性に、槍のリーチが加わった恐るべき奥義。

 なんの気配も悟らせず、牛若を不意打ちしたことからも、アサシンとして有していた気配遮断能力も健在なのだろう。

 今までの地獄とは違う。

 ただ磨きに磨きを重ねた『武』によって世界の脅威として選ばれた槍克地獄。

 目にも止まらぬ刺突が、沖田を襲う。

 そのたった一つも沖田に届くことはない。

 全てを受け止め、弾く。

 当たらなければ、何度打たれても同じこと。

「……ッ」

 書文は埒が開かないと判断したのか圏境により、姿を消し去る。

 不可視になった状態での、気配の悟れない瞬間的な一刺。

 それは書文にとって必殺を期した、あらゆる例外を以てしても防ぐことの出来ない絶技であったことだろう。

 だが、沖田にとってもまた、狙い通りだった。

 まるでその姿が見えているかのように、体を逸らし。

「――」

 神速で手元を打ち、槍を叩き落した。

 拾う余裕はあるまいが、それで終わる書文でもない。寧ろあの状態で召喚された彼が、槍を手放しても脅威であることは既に知っていた。

 彼ならば、一瞬のうちに対応して見せ、踏み込みから一撃、など容易いことだろう。

 その衝撃が来る前に、沖田の刀が振るわれる。

「――万全以上になれば、お前は私が斬る、と言ったな。果たしたぞ」

「…………、カッ。見事」

 圏境が解かれ、姿を露わにする書文。

 体に斜めに走る傷は霊核の中心を捉えている。

 約束の果たされた書文は満足そうな笑みを浮かべたまま、消えていく。

 それ以上何を言うことも、その後何をすることもなく、自身を超える強者と死合う事の出来た歓喜を以て。

 本当の地獄、その最後が消えた瞬間。

 そしてこれで、残るは聖杯の回収のみ。

「おのれ、光秀……」

 そして信長。

 絶え間なく続く銃弾の雨を、光秀は全て受けていた。

 黒炎は今や全て、光秀の管轄に置かれていた。

 髑髏と腕は炎を纏わず、しかし未だ圧倒的な魔力を残している。

 変わって黒炎を操る光秀は、それを砲台とし、銃弾を迎撃する。

 凶器の飛び交う中、信長と光秀は鍔競り合う。

 聖杯は沖田のほか、光秀にも力を貸した。

 信長に劣らないほどの魔力。地獄の炎を逆に操ることで、圧倒的な手数にも対応する。

 沖田の大刀もそうだが、あの炎を熟知しているように操る光秀。

 これが、あの聖杯の力なのか。

 まるで地獄が倒されることを前提としたような装置。

 多くの謎を残したままだが――分かる事は。

 光秀は魔王を討とうとしている。無間の炎を束ねる、地獄の鬼として。

「何故わしを裏切った。光秀――!」

「……叛意など、ございませんでした。ただ……貴女の行く道全てを正しいと妄信できなかった、だけなのです」

 魔王として生きる道を選んだ信長を肯定できなかった。

 心酔していたからこそ、誤った道と判断してしまった。

 光秀は、魔に堕する選択を、選べなかった。

「それが故に、わしを凌駕しようとしたか。魔に変じたわしを殺すなどと――」

「違います。私は、貴女から魔を払い、正しき貴女に戻ってもらう。そして、私は――」

 千の銃撃を、光秀の炎弾が相殺する。

 巨大な腕が沖田を握り潰そうとし、その腕は閉じきる前に細切れになった。

 世界を脅かし、容易く崩壊させるだろう魔王。

 それに対し、単独で対等、二人で圧倒。

 僕たちが総出で挑んでも勝ち得ないほどの魔王を、たった二人で超越している。

 その強さは、魔王を――世界の脅威を破壊するための絡繰であるようだった。

「人を外れた魔王よ。お前は最早、この世にあって良い者ではない。無辺の光に照らされ、消えるがいい」

「――――!」

 それは、戦いではなかった。

 この時代最後の敵。その終わりは、蹂躙と呼んでも差し支えなかった。

 拮抗しているようにも見える。

 だが、それでも信長に勝ち目は、万に一つも無い。

 それが、世界の破壊者を破壊するだけの機能を持った“抑止の守護者”。

 信長の――魔王のあらゆる攻撃は、抵抗に過ぎない。

「ッ――――!?」

 罅の広がる世界が、変転する。

 この表現は、この場所を例えるには相応しくないかもしれない。

 だが、僕の目には、“こう”としか映らなかった。

 即ち――地平の彼方まで続くこの白き世界は、処刑場である、と。

「これは――」

「お前の果ての場所だ。第六天魔王波旬」

 戸惑いを隠せない信長に、沖田は厳かに返す。

「ここより先には何もなく、ここより後には何も残らん。後悔なく、希望もなく、無窮の境に落ちろ」

 沖田の構えは、魔剣を使用する際のものだった。

 そして空――光秀は飛行のために黒き炎の翼を背負い、残る炎の全てを一刀に集約させる。

 逃れようのない死刑宣告。

 あらゆる抵抗は無意味。

 そう悟ったのだろう。信長は刀をゆっくりと下ろした。

「……是非もなし、か」

「まだです。魔王、貴女は――」

 未だ諦めていないのは、ナル――マックスウェルの悪魔。

 己の存在の証明を成すため、負けることは出来ない。

 だが――そう思っていても、彼は何をする力もない。

 己の能力以外の力を持たない。その無限の心臓を与えた信長が戦意を喪失した以上、最早何もできなかった。

「……わしは、何を間違えたのじゃろうな」

「……人のままで、十分だったのです、貴女は。人を外れることなど、私に任せていればよかったのに」

「…………大うつけが」

 敵意のなくなった魔王を、しかし抑止の守護者は見過ごすことはない。

 それが、あの二人の役割。

 無量、無碍、無辺、三光束ねて無穹と成す。

 突き出される沖田の魔刀。それに合わせ、光秀が刀を振り下ろす。

「――『絶剱・無穹三段(ぜっけん・むきゅうさんだん)』」

「――『無間楽土・鬼神怨起(ほんのうじのへん)』」

 信長が背負う魔の全てを白き極光は消し飛ばし、その宿業を最果ての地獄が両断する。

 それを見届け、その世界の役目は終わったように消滅していく。

 世界が元に戻る、その刹那。

「……申し訳ありません。信長様」

 悔いを残す光秀の最後の言葉が、聞こえた。

 

 

 元の世界に、光秀と信長は戻ってこなかった。

 罅ももう残っていない。炎はまだ消えてはいないが、いずれこれらも消え去ろう。

 破壊の痕跡は残っていれど、特異点の修復によってこれらも無かったことになる。

 完全に討伐された魔王から切り離された聖杯を拾い上げる。

 それと同時――

『皆さん、無事ですか!?』

「カズラ……!」

 カズラとの通信が復旧する。

『良かった……この時代の修正は完了されました。お疲れ様です、皆さん』

 焼けた世界は修正された。

 今までにないほどの数の危機があった。

 メルトと離れ、右腕を失い、手にした聖杯さえ一度奪取された。

 しかし、これで真実、終わりだ。

 聖杯がカズラに回収される。もうこの時代に影響を与えることはない。

「……終わりだ。マックスウェルの悪魔」

 カズラが――ムーンセルが観測している状態で、最後の敵の名を呼ぶ。

 僕たちが生きる時代では既に否定されているその悪魔。

 真名さえ分かれば、月はそれを否定する。

「……なるほど。それが、私を否定する解。何故こんな答えを出すために、人間たちはこぞって人生を尽くしたのでしょうね」

 観測されることで、己の全てを理解したのだろう。

 消えていくキャスター・ナルは、感慨深げに呟いた。

「貴方は結局、何がしたかったんだ」

「さて。悪魔は善悪どちらにしろ、人を導くことが役目なんですよ」

 その存在意義に従って、彼は動いた。

 きっと、この時代のあらゆる者たちを唆して。

 その果てがこの結末というのは、彼も予想外だったかもしれないが。

「しかし……いや、まこと人間とは、度し難い。自滅機構とは、よく言ったものです」

「……? なんの話だ?」

「彼もまた、正義であったということですよ。彼の企みを断った過ちの代償は、恐らくすぐに貴方たちを襲うでしょうね」

 ――悪魔からの、たった一つの善意からの忠告ですよ。

 最後の表情は、彼らしい飄々とした笑み。

 たった一度も傷を受けなかった英霊は、敵対した僕たちへの忠告を最後に消えていった。

「……世界は修正された。私の役目も此処までだ」

「沖田……」

 まだサーヴァントの回収は始まっていない。

 だが、沖田の体は消滅を始めた。

 回収される時とは違う。その消え方は、サーヴァントとしての死だ。

「抑止の守護者となった私の役目は終わった。どうにか、最後まで剣として在れたな」

 そうか――彼女はもう、通常のサーヴァントではない。

 抑止の守護者――役割を終えた彼女は、もう世界に留まることを許されないのだろう。

「ああ……沖田には何度も助けられた。ありがとう」

「ふ……きっと、元の私のままで受けたかった言葉なのだろうな、それは」

 魔刀・煉獄が、先だって消えていく。

 それを見届け、沖田の消滅も急速に進行していく。

「――最後だ。元の私の代弁で悪いが、私からも言わせてもらう……ありがとう、紫藤」

 表情がやや硬く感じられたが、温かい笑顔だった。

 最後まで、“刀”として在ってくれた沖田。

 彼女がいなければ、二日目にして早々に茨木たちに殺されていただろう。

 この時代で誰より、命の恩人であってくれた彼女。

 その消滅を見届けたカズラが、サーヴァントたちの回収を始める。

「んじゃ……オレっちも行くぜ」

「ああ――キミにも助けられたよ、き――いや、ゴールデン」

「おうよ。どうにも一筋縄じゃいかねえ戦だったがな」

 最初に、金時。

 彼はこの時代において、酒呑に終止符を打ったらしい。

 生前の繰り返し。それに、何を思ったのだろうか。

 とはいえ、彼の気持ちのいい笑顔を前に聞くつもりはない。笑顔のまま別れるのが、正しいだろう。

「じゃあな、ホワイト。またオレの力が必要になったら呼んでくれや」

 金時が退去する。

 続いて、紅閻魔にキャット――――

「……あれ?」

 ……消えない。

 消滅の兆しすら見られない。

『えっと……信号を受け入れてくれませんか?』

「悪い、大将。月に連れてってくれねえか?」

「え……?」

 紅閻魔は頭を下げ、頼んできた。

 大将――どうやら僕に言っているらしいが、何故だろうか。

「頼む。次の特異点も、協力するからさ」

「……僕は構わないけど」

 メルトに視線を向けると、頷きを返してくる。

 味方ではあるものの、最低限の監視はつく――そう条件を告げると、それでも構わないと言ってきた。

「ちなみにキャットも座には帰らぬ、というか帰れぬぞ。元々月から来たのだしな」

「貴女本当、どうやって来たのよ」

 キャットはまあ……少しは予想していた。

 理解なんて不可能なのだろうが、月から直接来たのだろうと。

 そもそも彼女が座にいるとは考えにくいから、そう判断しただけなのだが。

「わたくしも、ご一緒しますわ。契約は未だ続いたまま。いいですわよね、マスター」

「……まあ」

 メルトが契約した清姫も、そのつもりらしい。

 メルトは「役に立った手前断りにくい」といった表情だが……。

「……カズラ、いける?」

『はい。それでは紅閻魔さん、清姫さん……キャット、さん。三名を皆さんと共に帰還させます』

 そう決まった以上、あとは二人。

 ――いや、一人か。

 この場に現れ、力を貸してくれたお竜は、既にその姿を消していた。

 彼女が何を思い、いつ消えたのかはわからない。もしかすると、最期の場所を変えるため、また飛び立ったかもしれない。

 維新の英雄に付き従った竜の少女にも、内心で礼を告げる。

 彼女が魔王を抑えてくれたからこその勝利だった。

「それでは、段蔵も」

「ああ。キミは――」

「はい。退去の後、正しい段蔵として再起動するでしょう。記録は、持ち越されぬでしょうが」

 この時代の体に憑依する形で召喚された段蔵。

 彼女が退去すれば、修復と同時に本来の段蔵として再起動される。

 だが、英霊としての段蔵が体験した戦いや、母との出会いの全ては持ち越されない。

 それは――

「……何も言わないでください。本来の段蔵は、母上を知っている。それでいいのです」

 ……そうか。

 本来の段蔵は記録を改竄されてはいない。

 母の――果心居士の記憶が存在する。それは――今の自分より、きっと幸福なことだ、と。

「段蔵は母上の雄姿を刻み付けて帰りまする。それでは、皆様」

 段蔵は座り込み目を閉じた。

 眠りにつくように、機能を停止させる段蔵。

 それは、彼女に宿っていた英霊としての段蔵が消えたことの証明だった。

「……帰ろう」

「ええ――」

 後は、僕たちだけ。

 この時代で出会った生者は、段蔵を除き一人も生きていない。

 これまでにない、壮絶な戦いだった。

「お疲れ、セナちゃん。それじゃあ、月に戻ろうカ」

「……うん」

 ピエールとアサシンが、先だって帰還する。

 そしてキャット、紅閻魔、清姫。次々に月へと戻っていく。

 この時代の最後の異物。僕たちが消えることで、この時代は真実元通りになる。

 光秀によって、信長は討たれる。

 その内容はどうあれ、この特異点でも本能寺の変は果たされた。

 彼らの心情は、殆ど分からなかった。

 彼が内心抱いていた苦悩。僕たちがそれを知ったところで、何も変えることは出来なかっただろうが――

「……ハク」

「……ん?」

「――帰りましょう。貴方の腕も、元に戻さないと」

「――ああ。そうだね」

 腕がない。その感覚に慣れてしまっては問題だ。

 この時代の者たちが抱いていた感情は、理解できないまま。

 歪な特異点は、多くの謎を残して終わる。

 ――ミコが倒れた原因。

 ――冠位の英霊。

 ――カルキ。

 明白にしなければならないことは多くある。

 それらの命題を胸に、僕たちはこの世界を去る。

 

 ――人間五十年

 

 ――下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり

 

 ――一度生を得て滅せぬ者のあるべきか

 

 消えゆく炎の奥から聞こえてきた歌は、誰によるものか。

 それが、答えの出せないこの時代最後の謎だった。

 これが、第四の特異点における最後の記憶。

 四つ目の欠片を埋めて、僕たちは次の欠片へと歩いていく。

 

 

『第六特異点 第六天魔王波旬

 AD.1582 焦都聖杯奇譚 京都

 人理定礎値:B』

 

 ――――定礎復元――――




これにて四章のサーヴァント及び人物たちは退場。お疲れ様でした。
とはいうものの、紅閻魔、キャット、清姫についてはハクたちと同じく月へ。
次章でもよろしくお願いします。
ピエールについては、割と顔出し的な側面が多かった四章。
そのため、まだ殆ど掘り下げがされていません。追々。

光秀はこの時代における沖田と並ぶ抑止の守護者。
そして大体の黒幕のような立場でした。
心酔はしていれど妄信はしていない。そんな面倒くさい人間だった訳です。

決戦は今回かなりあっさりめ。
帝都を基盤にしているため、最終決戦もそれに倣った形になります。
抑止の守護者に勝てる悪なぞいねえ。

次回は四章マトリクス。その後、五章に入ります。
これまでとは難易度が段違いの章となります。
色々な驚きとかそういうのを書けたらなと思います。


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焦都聖杯奇譚京都 マトリクス

四章の一部除いたマトリクスです。
グランドクラスに関してはまだ不明とします。


 

 

クラス:アサシン

真名:セドナ

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・悪/地/神性

性別:女性

マスター:ピエール・ゴッデスマン

宝具:海獣母体(ビースト・アドリブン)

ステータス:筋力E 耐久C 敏捷C 魔力EX 幸運E 宝具EX

 

スキル

 

気配遮断:D+

アサシンのクラススキル。

セドナの気配遮断は、水中において真価を発揮する。

 

女神の神核:A

自身が女神であることを表す固有スキル。

同ランクの神性を有し、精神、肉体を絶対的なものとする。

 

古き種族:A

現在の人間より以前の、古き種族であることを意味する。

対魔力以上の神秘への耐性を持つ。呪術等にも抵抗可能。

彼ら彼女らから紡がれる独自の魔術には抵抗力が発動しない。

 

地形適応(水):A

水中で自由自在な行動が可能。

その行動範囲は浅瀬から深海にまで対応する。

水中においてのみ、敏捷がAランクとなる。

 

 

海獣母胎(ビースト・アドリブン)

ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

海獣の祖となり、人類の祖となったセドナによる制限された権能。

冥界に続く孔を開き、外敵を捕食する海獣を際限なく現界させる。

孔から覗く冥界の正体はセドナの腹の内にある固有結界。

この宝具による捕食活動は、セドナの食欲そのものである。

 

『プロフィール』

身長/体重:142cm・36kg

出展:イヌイット神話

地域:カナダ

性別への特効など、人の性質による特殊効果を受けない。

 

『概要』

イヌイットの神話における古き種族。

犬を夫とし、多くの子を産んだが、保身を優先した父により手の指を切り落とされ、海へと沈められた。

父は夫となった犬も殺したが、残ったセドナの子たちは旅立ち、今の人類の祖先となったという。

セドナは海の中で生き延び、落とされた指はアザラシなどの海獣となった。

やがて魚たちも支配するようになり、いつしか海の女王、海の女神と呼ばれるようになった。

夫であった犬はセドナを守り、死者をセドナのもとへと導く役割を持っている。

マスターへの態度:

経歴により、人間が嫌いなため、心を開こうとはしない。

無理に近づこうとするのは悪手と言える。

ただし必要なコミュニケーションを欠こうとはしないため、戦法などを話し合うのに苦労はしないだろう。

因縁キャラ:

・神霊系サーヴァント

彼女が嫌わない相手。ただし男性系の場合は少し距離を置いている。

・ワルキューレ

死者を導く役目を持つ者同士。

海の母ではあるが彼女たちも子として見ている節がある。

・黒髭

「犬耳キャラは案外レアでござるぞwwwwww」

 

 

 

クラス:アーチャー

真名:無銘

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・悪/人

性別:男性

マスター:殺生院 ミコ

宝具:???

ステータス:筋力C 耐久B 敏捷D 魔力B 幸運E 宝具D

 

スキル

 

対魔力:D 単独行動:A

アーチャーのクラススキル。

 

防弾加工:A

最新の英霊による「矢避けの加護」ともいうべきスキル。

防弾、と銘打ってはいるが現実には高速で飛来する投擲物であれば、大抵のものを弾き返すことが可能。

 

投影魔術:C

イメージした武器を投影する魔術。

投影した武器はランクが1ランク低下する。

 

嗤う鉄心:A

反転の際に付与された、精神汚染スキル。

精神汚染と異なり、固定された概念を押し付けられる、一種の洗脳に近い。

与えられた思考は人理守護を優先事項とし、それ以外の全てを見捨てる守護者本来の在り方をよしとするもの。

Aランクの付与がなければ、この男は反転した状態での力を充分に発揮できない。

 

 

『プロフィール』

身長/体重:187cm・78kg

出典:Fate/Grand Order

地域:日本

 

『概要』

???

 

 

 

クラス:アサシン

真名:加藤 段蔵

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・中庸/人

性別:女性

マスター:--

宝具:絡繰幻法・呑牛(からくりげんぽう・どんぎゅう)

ステータス:筋力D 耐久D 敏捷A 魔力C 幸運B 宝具C

 

スキル

 

気配遮断:A

アサシンのクラススキル。

 

人造四肢(絡繰):A++

肉体が人造の機構、特に木製の絡繰となっている。

戦闘に関連する行動判定や、スキルの成功判定にボーナスが加わる。

Aランクならば、四肢のみならず全身が人造品の「からくり人形」となる。

 

忍術:A

忍者たちが使用する諜報技術、戦闘術、窃盗術、拷問術などの総称。

各流派によって系統が異なる。風魔小太郎(初代)の技術が搭載された加藤段蔵であるため、流派は風魔忍群のものとなる。

 

絡繰幻法:B+

絡繰の体と忍術が合わさることによる、どちらか片方では実現できない特殊技術。

絡繰忍術とも称される、段蔵独自の戦術である。

 

絡繰幻法・呑牛(からくりげんぽう・どんぎゅう)

ランク:C 種別:対獣宝具 レンジ:0~20 最大捕捉:50匹

真空の刃を生み出し、対象を吸い寄せた後に圧縮粉砕する。

『北越軍談』にて語られた、牛を呑み込む幻術を応用させたものである。

果心居士が手ずから組み込んだ礼装により、魔性特攻の性質を有する。

逸話通りに「物体を目の前から消す」「消した物体を再び目の前に出す」幻術として用いる事も可能。

 

『プロフィール』

身長/体重:165cm・45kg?

出典:史実、『甲陽軍鑑末書結要本』『北越軍談』『伽婢子』『繪本甲越軍記』など

地域:日本

『妖術斬法・夕顔』なる第二宝具を持つが、FGOでは基本的に使用されない。あまりにあまりな殺人術なので本人は使いたくないらしい。

 

『概要』

江戸時代初期の仮名草子、軍学書などに名前が見える窃盗(しのび)のもの、水破(すっぱ)───

すなわち、忍者。

「飛加藤」「鳶加藤」などの異名で知られ、甲斐や越後での活動が報告されるが、その出自や目的については諸説あり、謎に包まれている。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:タマモキャット

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・善/地

性別:女性

マスター:--

宝具:燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)

ステータス:筋力B+ 耐久E 敏捷A 魔力A 幸運B 宝具D

 

スキル

 

狂化:C

バーサーカーのクラススキル。

はじめから理性が薄めなので狂化とはいいがたいが、まあ似たような状態なので誰も気にしない。

たまに含蓄のある言葉を呟いてまわりを驚かせる。

 

呪術:E

ダキニ天法。

もともとは強力な呪術をマスターしていたが、このカタチになったことで軒並み忘れてしまった。

 

変化:B

借体成形とも。

玉藻の前と同一視される中国の千年狐狸精の使用した法。

過去のトラウマから自粛していたのだが、タマモキャットに自粛・自嘲・自制の文字はない。

あるのはただ自爆だけである。

 

怪力:B

魔物としての能力。自身の筋力を向上させる。

かなり相性がいいのか、本人ノリノリ。野生の力の ばくはつ だ!

 

 

燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)

ランク:D+ 種別:対人宝具 レンジ:1~40 最大捕捉:30人

玉藻の前の宝具から派生したもの。

酒池肉林は林に虎を放し飼いさせ、そこに人間を放って楽しむ拷問遊戯だが、現代ではその意味合いは変化している。

タマモキャットの野生の力が爆発し、敵はひどいことになる。

そのうち、タマモキャットはお昼寝をしてしまう。

1ターン休みだが、体力を回復する。運動と食事の後は睡眠なのだな。

 

『プロフィール』

身長/体重:160cm・52kg

出典:Fate/EXTRA CCC

地域:SE.RA.PH

 

『概要』

タマモナインのひとり。

玉藻の前が千年鍛錬によって神格を上げた後、もとの一尾に戻る際に切り離した八つの尾。

それがそれぞれに神格を得て分け御魂として英霊化したもの。

玉藻の前が持つ(わりと)純真な部分の結晶。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:天国

霊基:☆☆☆☆☆

属性:中立・悪/人

性別:女性

マスター:--

宝具:夢幻(むげん)剣製(けんせい)

ステータス:筋力C 耐久D 敏捷B 魔力B 幸運B 宝具EX

 

スキル

 

対魔力:A 騎乗:C

セイバーのクラススキル。

 

森羅刀匠:EX

その男、元祖にして究極。

このスキルの保有者によって作られる刀剣は、無条件でランクが上昇する。

また、特異な能力の付与にも補正が掛かる。

 

心底の炉:A

天国に炉は要らず。何より頼る火は、心の底に。

心に灯る凄まじい炎熱は肉体をも焦がし、負担を与える。

しかし、故にこそその火によって鍛たれる刀剣には天国の信念が籠る。

 

心眼(真):A

修行・鍛錬によって培った洞察力。

天国の心眼は戦士としてのものではなく、人のために剣を鍛ち続けたが故の、刀匠としてのもの。

 

 

夢幻(むげん)剣製(けんせい)

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:一本

サーヴァントとして召喚された天国の、ただ一本にして究極の一振りの作成。

心底の炉の炎を限界以上に引き出し、霊核を材料として最強の剣を鍛つ。錬鉄の極致。

自身が命を籠めて鍛つと決めた一人しか扱えない剣には、高ランクの宝具にも等しき力が宿る。

剣は天国の手から離れ、担い手に移譲されることで担い手の装備として登録される。

 

『プロフィール』

身長/体重:133cm・29kg

出展:史実

地域:日本

錬鉄の英雄。自身の戦闘力は殆どない。

 

『概要』

今より鍛つは、夢幻の剣なり。(体は剣で出来ている。)

刀匠たるならば血潮を鍛て。(血潮は鉄で)

刀匠たるならば心で鍛て。(心は硝子。)

戦場は遠く、離れた剣の行く末は不知ず。(幾たびの戦場を超えて不敗。)

孰れが誰何を斬ろうとも、(ただ一度の敗走もなく、)

屍山血河に沈めども。(ただ一度の勝利もなし。)

我が身はただ火に向かうのみ。(担い手はここに独り。)

極み、究み、窮むのみ。(剣の丘で鉄を鍛つ。)

心底の炉、未だ消えることなく。(ならば我が生涯に意味は不要ず。)

故に天国、(この体は、)

望まれたるは、『夢幻の剣製』。(夢幻の剣で出来ていた。)

マスターへの態度:

本来の天国はサーヴァントとしては召喚されない。

この姿での召喚では、元になった少女の面倒見の良さが強めに出る傾向にある。

対して、蠱惑的な面は殆どなくなっている。

サーヴァントとしての戦闘力は皆無。

マスターに鍛った刀を渡して戦闘を代行させることが主となるので、マスター自身の高い身体能力が望まれる。

因縁キャラ:

・千子村正

同じく刀匠の英霊。錬鉄に対する考え方は異なるため、あまり相性は良くない。

・クロエ・フォン・アインツベルン

肉体を借りた人物。天国の定義する夢と幻の結晶。

・イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、天の杯

「……」

・■■・■■■■■■■■

クロエと同じく夢と幻の結晶。ただし、天国の器とはなり得ないようだ。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:茨木童子

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・悪/地/魔性

性別:女性

マスター:--

宝具:羅生門大怨起(らしょうもんだいえんぎ)

ステータス:筋力B 耐久A+ 敏捷C 魔力C 幸運B 宝具C

 

スキル

 

狂化:B

バーサーカーのクラススキル。

鬼としての種族特性とも合わさったモノであるため、例外的に制御が可能。

制御中は理性が存在し、落ち着いて会話ができる。

 

鬼種の魔:A

鬼の異能、魔性を表すスキル。

鬼やその混血以外の存在は取得することができない。

天性の魔、怪力、カリスマ、魔力放出等の混合スキル。

茨木童子の場合、魔力放出は「炎」となる。

 

仕切り直し:A

戦闘から離脱する能力。

不利になった戦闘を初期状態へと戻す。

渡辺綱との戦いで名刀「髭切り」によって腕を切り落とされた際、見事に戦闘離脱を果たした逸話から。

 

変化:A

姿を自在に変形させる。

子供や巨漢など体型ごと変化することも可能。

本人の基本骨格はこれ以上成長しないため、茨木童子はこの変化を極めて、誰もが恐れる大鬼になろうと日々精進している。

 

変生適性:B

詳細不明。

 

 

羅生門大怨起(らしょうもんだいえんぎ)

ランク:B 種別:対人、対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1~100人

源頼光四天王が渡辺綱の名刀「髭切り」によって切られた右腕は、英霊と化した現在にあって平時ではきちんとくっついているが、

いつでも自在に切り離して操り、空中を舞わせることが可能であり、攻撃用の武器としても扱える。

鬼種の恐るべき炎熱をまとった火炎のこぶしは大鬼が如き巨腕と化して、まさしく鬼火の如く敵陣を舞い、砕く。

別名、叢原火。平安ロケットパンチ。

 

大江山大炎起(おおえやまだいえんぎ)

ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1~3人

ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり。

叢原火を対人戦闘用に特化させたもの。

攻撃対象一~三名を完膚なきまでに砕き灼き尽くす、灼熱の十連撃。

相手は燃え尽き、黒炭のようになった骨だけが残される。

 

『プロフィール』

身長/体重:147㎝・50kg

出典:御伽草子など

地域:日本

その逸話及び痕跡から「反英雄」に分類される。

 

『概要』

平安時代、京に現れて悪逆を尽くした鬼の一体。

大江山に棲まう酒呑童子の部下であるとされ、源頼光と四天王による「大江山の鬼退治」の際には四天王・渡辺綱と刃を交えたという。

羅生門の逸話では「美しき女」の姿で現れる。

 

 

 

クラス:アサシン

真名:酒呑童子

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・悪/地/魔性・神性

性別:女性

マスター:--

宝具:千紫万紅・神便鬼毒(せんしばんこう・しんぺんきどく)

ステータス:筋力A 耐久B 敏捷B 魔力A+ 幸運D 宝具B

 

スキル

 

気配遮断:C

アサシンのクラススキル。

 

果実の酒気:A

声色や吐息にも蕩けるような果実の酒気が香り、視線だけでも対象を泥酔させる。

魔力的防御手段のない動物であれば、たちまち思考が蕩けてしまう。

本来はカリスマと魅了、量スキルの複合スキル。

サーヴァントであっても、防御手段がなければ魅了を受ける可能性がある。

最終的には対象を狂気に陥れることも可能。

 

鬼種の魔:A

鬼の異能、魔性を表すスキル。

鬼やその混血以外の存在は取得することができない。

天性の魔、怪力、カリスマ、魔力放出等の混合スキル。

魔力放出の形態は「熱」にまつわることが多いとされる。

 

戦闘続行:A+

戦闘を続行するスキル。

決定的な致命傷を受けても戦闘が可能。

首を刎ねられても、源頼光に襲い掛かった伝承による。

 

神性:C

八岐大蛇=九頭龍の子である。

鬼として零落しているため、ランクは落ちる。

 

 

千紫万紅・神便鬼毒(せんしばんこう・しんぺんきどく)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大補足:100人

本来は源頼光と四天王が酒呑童子に飲ませた毒の酒。

英霊と化した今、この毒酒は酒呑童子と一体の存在へと昇華されている。

彼女の意思ひとつで「酒」はたちまち周囲を毒で汚染。その濃度を操ることで、あらゆるバッドステータスを付与することができる。

最大濃度ならば、全身を生きながらに腐乱させ、わずかな骨しか残さない。

腋に抱えた瓢箪は剣を咥えさせて武器にもなり、また、酒呑童子に魅了された獲物を閉じ込める檻にもなるという。

 

百花繚乱・我愛称(ボーンコレクター)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人

生まれながらに備わった能力、もしくは超抜級の絶技。

相手を文字通りに「骨抜き」にしてしまう。

血を流さず、骨を抜く。――場所さえ間違えなければ、相手はたちまち死ぬ。

荒ぶる神たる父のものが遺伝したのか、人喰いの母のものが遺伝したのか、それとも酒呑童子自身が発生させた能力であるのかは不明。

英霊として存在する今は、この能力もしくは技術は対人宝具と化している。

必ずしも相手を殺すことを目的とするモノではないが、その気になれば極めて高確率の即死宝具として稼働する。

 

『プロフィール』

身長/体重:145cm・46kg

出典:御伽草子など

地域:日本

逸話と痕跡から「反英雄」に分類されている。

 

『概要』

平安時代、大江山に城を構え、鬼を束ねた頭領。

酒呑童子の出自には諸説ある。

伊吹山の伊吹大明神(=八岐大蛇)と人間の子であると見なす説、戸隠山(=九頭龍)の申し子と見なす説。いずれにせよ龍神の子であり、坂田金時と共通の背景を持つ。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:沖田 総司

霊基:☆☆☆☆☆

属性:中立・中庸/人

性別:女性

マスター:--

宝具:(まこと)(はた)

ステータス:筋力C 耐久E 敏捷A+ 魔力E 幸運D 宝具C

 

スキル

 

対魔力:E 騎乗:E

セイバーのクラススキル。

 

心眼(偽):A

直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。

視覚障害による補正への耐性も併せ持つ。

 

病弱:A

天性の打たれ弱さ、虚弱体質。

沖田の場合、生前の病に加え、後世の民衆が抱いた心象を塗り込まれた結果、無辜の怪物に近い呪いを受けている。

あらゆる行動時に急激なステータス低下のリスクを伴う。

確率としてはそれほど高い発動率ではないが、戦闘時に発動した場合のリスクは計り知れない。

 

縮地:B

俊二に相手との間合いを詰める技術。多くの武術、武道が追い求める歩法の極み。

単純な素早さではなく、歩法、体裁き、呼吸、死角など幾多の減少が絡み合い完成する。

最上級であるAランクともなればもはや次元跳躍であり技術を超え仙術の範疇となる。

 

無明三段突き:-

希代の天才剣士沖田 総司必殺の魔剣。「壱の突き」に「弐の突き」「参の突き」を内包する。

全く同時に放たれる平突き、超絶的な技巧と速さが生み出す秘剣。

同じ位置に同時に存在する三撃による事象飽和により、事実上防御不能の剣戟となる。

 

 

(ちか)いの羽織(はおり)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

浅葱色の羽織。幕末の京を震撼させた人斬り集団「新選組」の装束が宝具へと昇華されたもの。

装備することによりパラメータを向上させ、武装をランクアップさせる。

通常時の武装は「乞食清光」なのだが、この効果により愛刀「菊一文字則宗」へと位階を上げる。

 

(まこと)(はた)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1~200人

誠の一字を掲げる新選組の隊旗。この旗を掲げた一定範囲内の空間に新選組の隊士を召喚することが出来る。

各々の隊士は全員が独立したサーヴァントであるが、宝具は持たず戦闘能力はピンキリである。

他にも全員がランクE-相当の『単独行動』スキルを保有しているため、短時間であればマスター不在でも活動可能。

ちなみにこの旗は新選組の隊長格は全て保有しており、発動者の心象により召喚される隊士の面子や性格が多少変化する。

たとえば土方が召喚すると悪い新選組。近藤が召喚するとお堅い新選組として召喚される。

召喚者と仲が悪いとそもそも来ないやつとかも居る。

沖田が召喚するのはわりとポピュラーな新選組である。

 

『プロフィール』

身長/体重:158cm・45kg

出典:史実

地域:日本

「ええ、ビームは出ません」

 

『概要』

幕末の京都を中心に活動した治安組織、新選組の一番隊隊長、沖田総司。

剣客集団としても恐れられた新選組の中でも最強の天才剣士と謳われたのが沖田である。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:土方 歳三

霊基:☆☆☆☆☆

属性:秩序・悪/人

性別:男性

マスター:--

宝具:不滅の誠(しんせんぐみ)

ステータス:筋力C 耐久C 敏捷C 魔力E 幸運D 宝具C+

 

スキル

 

狂化:D+

バーサーカーのクラススキル。

己こそが新選組、ただ一人であろうとも、己さえあれば新選組は不滅、という強烈な自負心が彼の精神を狂わせた。

始まりの一人にして最後の一人となった、孤高の新選組。

 

戦場の鬼:B

個人の武勇により自陣営を奮起させるスキル。

本来の能力を超えて地震や率いる軍勢を強化する。

彼の鬼人の如き戦いぶりは、敵に味方にすら恐れられた。

 

仕切り直し:C

戦闘から離脱、あるいは状況をリセットする能力。

また、不利になった戦闘を初期状態へと戻し、技の条件を初期値に戻す。

同時にバッドステータスの幾つかを強制的に解除する。

生前、幾たび敗北しようとその都度立ち上がり戦い続けた。

 

軍略:D

一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直観力。

 

局中法度:EX

自身に強制的な束縛をかけるスキル。禁を破ることにダメージを負うが、引き換えにステータスが向上していく。

禁の全てを破ると行動不能となる。

本来、新撰組隊士としては破ることは許されない法度を破ることによって段階的に狂化が進行する。

武士の矜持を捨ててでも新選組たらんとする彼の覚悟と狂気の現れ。

 

 

不滅の誠(しんせんぐみ)

ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人

己こそが、己だけが、己ある限り、誠の旗は不滅。彼の強烈な自負と狂気がおりなす宝具。

剣豪ひしめく新選組の隊士達をして「土方には負けずとも勝てる気はしない」といわせしめた戦鬼・土方歳三の修羅の剣。

そのあり様はまさに戦い続けた彼の生涯の再現であり、発動時には彼の周囲は銃弾飛び交い号砲轟く戦場と化す。

多人数召還による対軍宝具の様相を呈するが本質はまったく異なる。そのすべてが「今も新選組はここにある」という彼の狂気の顕現。

 

『プロフィール』

身長/体重:187cm・75kg

出典:史実

地域:日本

「―――ここが、新選組だ」

 

『概要』

幕末の京都を中心に活動した治安組織、新選組副長、土方歳三。

隊内に絶対の規律を布き、剣豪ぞろいの隊士達に鬼の副長として恐れられた。

戦いにおいては悪鬼の如き荒々しさと戦術家としての理性的な面を併せ持つという稀有なタイプのバーサーカー。

 

 

 

クラス:ライダー

真名:牛若丸

霊基:☆☆☆

属性:混沌・中庸/人

性別:女性

マスター:--

宝具:遮那王流離譚(しゃなおうりゅうりたん)

ステータス:筋力D 耐久C 敏捷A+ 魔力B 幸運A 宝具A+

 

スキル

 

騎乗:A+ 対魔力:C

ライダーのクラススキル。

 

天狗の兵法:A

人外の存在である天狗から兵法を習ったという逸話から。

剣術、弓術、槍術などの近接戦闘力及び軍略や対魔力などにボーナス。

 

カリスマ:C+

万人に好かれる器ではないが、近付けば近づくほどに彼女の奇妙な魅力に取り憑かれる。

 

燕の早業:B

燕のように軽々とした身のこなしから。

五条大橋にて、弁慶の恐るべき斬撃を一度ならず二度三度と躱しきった。

 

 

遮那王流離譚(しゃなおうりゅうりたん)

ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

牛若丸が源義経となり、奥州で果てるまでに産み出された様々な伝説の具現化。

五つの奥義を集約した宝具であり、状況に応じた奥義の使用が可能。

 

『プロフィール』

身長/体重:168cm・55kg

出典:『義経記』『平家物語』

地域:日本

騎乗する馬の名は太夫黒(たゆうぐろ)

 

『概要』

日本において、その名を知らぬ者はいないと言われるほどに有名な悲運の武将。

天賦の才を持ち、カリスマ性を有しながらも兄である頼朝に疎まれ、最期には従者である弁慶ら共々打ち倒された。

牛若丸は源義経の幼名である。

 

 

 

クラス:セイバー

真名:鈴鹿御前

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・悪/天/神性

性別:女性

マスター:--

宝具:恋愛発破・天鬼雨(れんあいはっぱ・てんきあめ)

ステータス:筋力D 耐久D 敏捷A 魔力A 幸運B 宝具EX

 

対魔力:A 騎乗:B

セイバーのクラススキル。

 

神通力:B(A)

神の力の一端。周囲の物体を自由に動かすことができる。

だが現在はサーヴァントとして顕現しているため能力がランクダウンしており、能力の対象は自身の持つアイテムのみになっている。

 

魔眼:B+

目があった男性を魅了し、鈴鹿御前に対して強烈な恋愛感情を抱かせる。

対魔力スキルで回避可能だが、恋愛限定に使う、というところに鈴鹿御前のいじらしさを感じずにはいられない。

いじらしさとは。

 

神性:A

第四天魔王の娘である鈴鹿御前は高い神性を持つ。

 

 

恋愛発破・天鬼雨(れんあいはっぱ・てんきあめ)

ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~40 最大補足:250人

宙に浮く大通連を最大250本まで分裂させ、敵に容赦なく降り落とす。

生前は大通連と夫婦剣だった夫の持つ素早丸との連携技として、計500本の雨を降らせていた。

今は思い出のつまったかんざしを素早丸に見立てており、宙に浮く大通連と接触させることで天鬼雨を発動させているが、実は発動にその儀式は必要ない。

あくまで鈴鹿御前の気分によるものだろう。

 

才知(さいち)祝福(しゅくふく)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人

智慧の菩薩が打ったとされる小通連を装備することにより、INTを大幅に上げることができる宝具。

雑だった剣筋は確かなものとなり、戦術もより広がる。

また『天鬼雨』の性能が上がったり『三千大千世界』が使用可能になったりと良いこと尽くめなのだが、必要以上に頭が回転してしまうため、女子高生を演じる非効率的な生き方を省みて一時的に自己嫌悪に陥ってしまう。

非効率的なことを嘆くだけでなく、無意識的に純粋に損得を計算してしまうため、女子高生の生き方に誇りを持っている分、損得を考える自分にもガッカリしてしまうのだ。

なので鈴鹿御前は積極的に使いたがらない。

 

三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人

顕明連を朝日に当てることで三千大千世界……つまりありとあらゆる世界、平行世界すらも太刀の中に作り出し見渡すことができる。

それはまさに、刀を通じて自分自身をムーンセル化する行為と言える。

未来余地が可能となり、自身のあらゆる可能性を確認、選択することで最適な答えに辿り着くことができる。

『才知の祝福』を発動している状態でなければ処理が追い付かず使用不可。

権能に近いスキルのため、宝具展開中は時間経過と共に元の姿、属性に戻ってしまい、最後にはサーヴァントとして存在できなくなり消滅してしまう。

……普段はファッションとして外している鈴鹿御前の象徴『立烏帽子』をかぶっている姿まで戻ってしまった時こそ、元ン御属性に限りなく近くなってしまい、サーヴァントとして存在できなくなる瞬間である。

 

『プロフィール』

身長/体重:164cm・51kg

出典:鈴鹿の草子、田村三代記、等

地域:日本

※当然、狐耳は身長含めず。

 

『概要』

平安時代、鈴鹿山を根城とし、坂上田村麻呂と共に鬼退治を行ったとされる舞姫。

その華麗さと強さから天女とも鬼とも謳われた絶世の美女。しかしてその正体は、何を隠そう天界から遣わされた第四天魔王の愛娘。

日本を魔国にするという命令を受け天下った鈴鹿御前はしかし、たかだか人間の国を混乱させる事に自ら手を下す事を良しとせず、多くの冒険、悲恋の末、恋人であった坂上田村麻呂の手で倒された。

まさに悲恋の天女姫であるが、美しさを追求し、美しさを極めんとする彼女がいきついた最先端のスタイルは―――

「いや、やっぱJKっしょ!

 巫女もいいけど恋をするなら女子高生、これ以外ないって感じ!」

―――あの、お嬢様。それで本当にいいのですか?

 

 

 

クラス:マシーナリー

真名:果心居士

霊基:☆☆☆

属性:中立・中庸/人

性別:女性

マスター:--

宝具:果心礼装・窮鼠(かしんれいそう・きゅうそ)

ステータス:筋力C 耐久D 敏捷D 魔力D 幸運A 宝具B

 

スキル

 

単独行動:C 魔力変換:D

マシーナリーのクラススキル。

 

奇術(偽):A

人の虚を突き非現実を発生させる、魔術でも呪術でもない「技術」。

Aランクともなれば、相手の虚を狙うまでもなく、自身の仕掛けを隠すことが可能。

果心居士の奇術は多くの人々を惑わせ、時に自身の身を助け、時に危険に晒してきた。

ただし、彼女の奇術の正体は、絡繰によるものであり厳密なこのスキルの定義には当てはまらない。

 

自己改造:A+

自身の肉体を改造し、絡繰の体とした。

ただし、自身に施す術理では全体を絡繰には出来なかったため、頭部など一部人の肉体は残っている。

――他の絡繰技術者に依頼など、彼女のコミュニケーション能力では到底不可能だった。

 

忍術:C

風魔一族由来の忍術。

とある縁により、一時期果心居士は風魔の頭領より忍術の教えを受けていた。

習熟には程遠いが、自前の奇術も相まって非常に厄介。

 

幻術(偽):C

人を惑わす魔術。本来は精神への介入、現実世界への虚像投影などを指す。

果心居士は日本における伝説的な幻術使いとして伝えられているが、それも絡繰によるところが大きい。

しかし外付けである魔術回路と接続し、ある程度の虚像を作り出すことなどは可能。

 

女神の依り代:EX

本来の英霊としての果心居士は有していない、今回限りの非常に特殊なスキル。

サーヴァントの規格を超えた、本来の力により近い神霊の依り代として選ばれた。

このレベルの神霊は召喚のみでは未完成であり、このスキルを持った者が生贄となることで力を得られる。

 

 

果心礼装・窮鼠(かしんれいそう・きゅうそ)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

豊臣秀吉に招かれた際、彼の秘密を暴いたことで怒りを買い、磔刑に処された。

その際、鼠に化けて死を回避し、鳶に連れられて逃げたという逸話の具現化。

宝具としての能力は身代わり。

彼女が致命傷を負った際、彼女が作成した任意の絡繰に瞬間的に情報を移動させ、新たな本体として起動する。

新たな体に施された絡繰により能力は変化するが、スキルやこの宝具は持ち越される。

また、応用として自身の絡繰の人工知能を自身に移し替えることも可能。この場合、果心居士自身はサーヴァントとして消滅する。

 

『プロフィール』

身長/体重:152cm・51kg

出典:史実?

地域:日本

体重のうち半分以上が絡繰の重量。

 

『概要』

日本における伝説的な奇術師。

通常ではあり得ない不可思議の数々を披露し、人々を惑わした。

織田信長や豊臣秀吉など有力な武将にもその秘儀を見せ、驚愕と称賛を受けたという。

その技術の仕組みは絡繰によるもの。

あまりにも精巧かつ多様な絡繰の数々が、その秘密を一切悟らせなかった。

聖杯への願いは「初代風魔、そして段蔵と共に平穏に暮らすこと」。

マスターへの態度:

在り方としては、彼女の製作である加藤段蔵に近い。

自身を一つの絡繰とし、マスターをその操り手として見る。

多種多様な機能は、マスターの望む戦法が何であろうとベターにこなせるだろう。

ただし、「有している機能を全て言え」などと聞くと数日掛かっても終わらないので注意。

因縁キャラ:

・加藤段蔵

彼女が作成した絡繰の中でも最高傑作。

段蔵に向ける感情は母親のそれに近く、大きな愛着と誇りを持っている。

・風魔小太郎(初代)

彼から忍びの技術の指南を受け、段蔵を作成した。言わば段蔵は彼との共作である。

明確な役割のあった彼や、彼のように忍びとしての道を選んだ段蔵。

二人には言えなかったものの、目的のなかった彼女は二人と共に平穏に暮らしたいという願いがあった。

・織田信長

士官を申し出たが、如何せん胡散臭かったため断られた。

段蔵や小太郎のように使命を持ちたかったための選択だったが、彼女には自身を売り出す能力もなかった。

・■■■

果心居士の■■。マシーナリーのクラスに属する存在は全て■■■に■■■■■。

ゆえに、どうやら性格などが似通った傾向になるらしい。

・エリクトニオス

ヘパイストスとアテナの子。

サーヴァントとして呼ばれた場合マシーナリーの適性を持つ。

やはり何処か似た性格だとか。

 

 

 

クラス:ライダー

真名:坂本 龍馬

霊基:☆☆☆☆

属性:中立・中庸/人

性別:男性

マスター:--

宝具:天駆(あまか)ける(りゅう)(ごと)

ステータス:筋力C 耐久C 敏捷B 魔力C 幸運A- 宝具EX

 

スキル

 

対魔力:C 騎乗:A+

ライダーのクラススキル。

例外的に宝具である竜の騎乗が可能。

 

船中八策:A

坂本龍馬が起草したとされる新たな国の形を示す八つの策。

当時としては画期的かつ近代的な条文が記されている。

困難な状況下においてもよりよい未来へと向かう希望の道筋を示すスキル。

 

維新の英雄:A

幕末という動乱の時代を駆け抜け、明治維新という史上稀にみる一大改革に貢献した龍馬に与えられた特別なスキル。

味方に掛けられたターン制限のあるスキルや宝具の効果を解除する。

対象とする味方のうち何人が幸運判定に成功するかにより、最終的な成功判定が行われる。

 

 

天駆(あまか)ける(りゅう)(ごと)く』

ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:500人

竜種一歩手前のまつろわぬなにか。通常時は人間の姿だが真名解放により巨大な竜に変貌する宝具。

人型形態でもかなりの神秘と怪力を有し、サーヴァントに匹敵する戦闘力を有する。

解放形態では神代の神秘を纏い圧倒的な力を誇るが、真名解放は一度の召喚につき一度のみ。

発動後は世界に対する不完全さゆえにその存在を維持できずに消滅する。

ただし今回は特異点の影響により、通常より長めに存在できていた。

 

『プロフィール』

身長/体重:178cm・72kg

出典:史実

地域:日本

「え? お竜さんのも載せろって?」

 

身長/体重:173cm・57kg

出典:帝都聖杯奇譚

地域:日本

「お竜さんの秘密大公開だぞ」

 

『概要』

薩長同盟の立役者であり、亀山社中(のちの海援隊)の結成、大政奉還の成立に尽力するなど明治維新に大きく貢献した志士の一人。

飄々とした20代半ばの青年。北辰一刀流の達人であるが、本人は争いごとを好まない根っからのお人好し。

傍らには常に謎の美女が寄り添っている。

 

 

 

クラス:バーサーカー

真名:清姫

霊基:☆☆☆

属性:混沌・悪/地

性別:女性

マスター:メルトリリス

宝具:転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷C 魔力E 幸運E 宝具EX

 

スキル

 

狂化:EX

意思疎通は完全に成立する。

しかしマスターを「愛する人」と見定め、嘘をつくことを禁ずる。

嘘をついた場合、どんな嘘でも必ず見破り、令呪を一回自動的に消費させる。

今回の場合、マスターたるメルトリリスは「愛する人」という判定は受けていないが……。

 

変化:C

借体成形とも。女の一念毒蛇と成り果て、大河を渡らん。

東洋の低級竜に変身する。足が生えている間はひたすら走るが、足が消えると、地を這い回り始める。炎も吐き出す。どうなってるの。

 

ストーキング:B

愛した標的を追い求め続けるためのスキル。

五感と魔力を含めた野生の本能とでも言うべき代物で、彼女はどこまでも安珍を追い詰める。

 

 

転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人

炎を吐く大蛇。即ち竜としての転身。

毎ターン、締め付けまたは炎のどちらかで攻撃を行う。

締め付けは直接攻撃、かつ単体攻撃。

炎は最大10レンジ程度の遠隔全体攻撃である。

なお、彼女は竜種としての血を継承していた訳ではない。

あるのはただ、自身に嘘をついた男へのあくなき妄執である。

 

『プロフィール』

身長/体重:158cm・41kg

出典:『清姫伝説』

地域:日本

愛に生きる女(自称)。

 

『概要』

愛しくて、恋しくて、愛しくて、恋しくて、裏切られて、悲しくて、悲しくて、悲しくて悲しくて悲しくて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎――だから焼き殺しました。

 

 

 

クラス:セイバー

霊基:☆☆☆☆

属性:混沌・中庸/地

性別:女性

マスター:紅閻魔(したきりすずめ)

宝具:百鬼夜行の黒葛籠(ひゃっきやこうのくろつづら)

ステータス:筋力C 耐久E 敏捷A 魔力B 幸運A 宝具?

スキル

 

対魔力:E 騎乗:D

セイバーのクラススキル。

 

剣客:A

卓越した剣の使い手。

剣を持つ相手との切り結びにおいて、有利なボーナスを得る。

元来が人を裁く存在であるため、「人に対しての絶対権利」という自身の在り方による強い補正を受けている。

 

罪映し:A

浄玻璃の鏡。

過去の行いを映し、罪を洗い出す閻魔の持つ道具。

紅閻魔はこの鏡を剣に作り替え、得物として使用している。

斬る対象の罪に応じ、切れ味、威力が増す。

この「罪」というのは対象の属性に関わらず、独自の判定によって行われる。

 

雀の一声:B

民話により絶大な信仰を持った紅閻魔の特異性を指す。

この特異性こそが彼女をサーヴァントとして成り立たせている。

このスキルが失われた場合、紅閻魔は即座に消滅する。

 

神性:D

閻魔の側面を所持していることによる弱い神性。

 

言霊断舌:-

対人魔剣。

人が発する言葉に宿る力そのものを断つ、紅閻魔の秘剣。

直接的な殺傷力こそ持たないまでも、斬られた対象の言葉が持つ「意味」が消失する。

対象が操る魔術に詠唱が必要な場合、その詠唱に意味が無くなり、魔術の使用そのものが不可能になる。

――当然、サーヴァントによる宝具の真名解放すら封じる。

「言葉をトリガーとする行動」の一切が不可能になると考えればわかりやすい。

 

 

百鬼夜行の黒葛籠(ひゃっきやこうのくろつづら)

ランク:? 種別:対軍宝具 レンジ:不明 最大捕捉:不明

紅閻魔が背負う葛籠――というより棺桶。中からは求めに応じてご馳走や財宝が出てくる。

開くたびに中身が決定する判定が行われる。

この葛籠は「求めるものが存在する場所」へと繋がる門のようなものであり、この世の何処にも存在しないものを求めても何処へも繋がらない。

真名解放により、―――――――――――。

――――――――――――――――――――。――――――――――――――――――――――――。

 

『プロフィール』

身長/体重:158cm・47kg

出典:民話『舌切り雀』

地域:日本

???「ケンボちゃんに会う方法ですか? まず雀のお宿に行きまして、お宿に入りましたら回れ右。そこで壁抜けの法を使って三途の渡し舟に乗って右へ左へ行ったり来たり。決まったポイントで船を下りて川に飛び込み、浮き上がってくれば伝説の舌切り抜刀斎の姿がそこに!」

 

『概要』

舌切り雀。日本における有名な民話である。

老爺が拾ってきた雀を追い出した老婆が欲を張り酷い目に遭うという話。

そんな、善きにも悪しきにも正しい報いを、という物語の中心に立つ存在ゆえ、閻魔の依代として選ばれた。

勝気な性格で家事全般は得意。雀の宿で厨房を取り仕切っていたこともあるらしく、料理においては並大抵の腕ではない。

そんなことから彼女に師事するサーヴァントもいたりいなかったりするらしい。

マスターへの態度:

召喚ごとに、新たな依頼人として仕事を請け負い、力の限り全うする。

特に勝利にも拘らないためマスターの方針には口出しせず、その采配の行く末を見届ける。

宝具の取り回しに気を付ければ、かなり利便性の高いサーヴァントと言えよう。

因縁キャラ:

・玉藻の前、清姫、刑部姫

友人。それぞれがそれぞれの地雷を把握しつつ、それを踏まないように接している。

彼女たちの料理の先生でもある。

・宮本武蔵

伝説に名高き大剣豪、その正体はまさかまさかの女と来た。

いいぜ、悪くない。互いに女の身とあっちゃ、切り結ばねえ訳にもいかねえな?

・アビゲイル・ウィリアムズ

――マジか。

・葛飾北斎

――日本にもいるのか。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:安倍晴明

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・悪/人

性別:男性

マスター:--

宝具:天社神道・葛葉怨起(てんしゃしんどう・くずのはえんぎ)

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具A

 

スキル

 

陣地作成:A 道具作成:C

キャスターのクラススキル。

性格上、道具作成には向いていない。

 

呪術:EX

陰陽道の魔術体系を応用した安倍晴明特有の異端呪術。

引き起こされるのは物理現象という、呪術の前提は受け継がれている。

そのため、対魔力を無視し突破することが可能。

 

千里眼:A+

視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。

未来視も可能なランク。その後の世界の動きを把握し、悪辣に立ち回る。

それが――安倍晴明の持つ片目である。

 

千里眼(獣):A+

世界ではなく、視界に収めた人間の獣性や真理を暴く千里眼。

如何なる精神防御を施そうとも、関係なくそれを無造作に暴き立てる。

それが――安倍晴明の持つ、もう一つの目である。

 

獣性因子:EX

人類史における悪性腫瘍――世界において「獣」と呼ばれる道の存在する者が、先天的に有する可能性のあるスキル。

その道に至らなければ。変転さえなければ、人理を守る英霊として召し上げられよう。

そして、変転せずともこの因子を自覚すれば、悪に成らずにその力を振るうことも不可能ではない。

 

 

天社神道・十二天将(てんしゃしんどう・じゅうにてんしょう)

ランク:A 種別:対霊宝具 レンジ:- 最大捕捉:12人

安倍晴明が遣いとして使用していた十二神将という概念が宝具化したもの。

最大十二の英霊を召喚、契約を行い、自身の支配下におさめることが出来る。

召喚された英霊はスキル、宝具を通常通り有しているが、宝具は清明の許可がなければ使用できない。

魔力の供給は清明、ないし清明のマスターが受け持たなければならず、そのため通常の聖杯戦争では霊脈の確保等が必要。

他者に契約を移譲することも可能。その場合はこの宝具の縛りから外れ、通常のサーヴァントとして扱われる。

 

天社神道・葛葉怨起(てんしゃしんどう・くずのはえんぎ)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人

安倍晴明の母親たる神狐・葛の葉が清明に宿した獣の因子を解き放つ奥の手。

神威をも纏った強大な呪詛を狐の形で具現化させ、呪術を神代の魔術クラスにまで強化する。

呪詛そのものが詠唱の代替を成すため、宝具使用中は呪術の使用に詠唱、術具は必要なくなる。

 

『プロフィール』

身長/体重:178cm・64kg

出典:史実

地域:日本

日本のキャスターの中では最上位の能力を持つ。

 

『概要』

五芒星の術師。日本屈指の大英雄。平安時代最強の陰陽師。

神狐の子とされ、その神技を以てありとあらゆる怪異を暴いてきた。

玉藻の前や酒呑童子の正体を暴き、討伐に繋げたのも彼である。

マスターへの態度:

慇懃ながらも尊大。嫌味に聞こえる言葉は全てその自尊心からくるもの。

基本的に獣の千里眼は閉じており、その状態では英雄らしい側面を表出していることが多い。

マスターの性質により外面に出す性質を変えるため、どんなマスターであってもある程度はうまくいく。

だが、その本質が「怪異を殺すことに特化された極端な正義」であることを決して忘れてはならない。

マスターが何らかの怪異との、混血の類であった場合、どのような手段を用いてもその陣営は幸福な結末とはならないだろう。

因縁キャラ:

・玉藻の前

鳥羽上皇の寵愛を得ていた彼女の正体を暴き、人間に追われるきっかけを作った。

当然ながらかなりの憎悪を向けられている。

・酒呑童子

京の都を脅かしていた彼女の正体を暴き、頼光率いる四天王に討伐されるきっかけを作った。

その呪術で屈服させているが、それがなければすぐにでも殺し合いになる。

・蘆屋道満

生前の好敵手――と相手は思い込んでいた。

 

 

 

クラス:キャスター

真名:マックスウェル

霊基:-

属性:中立・中庸/-

性別:男性

マスター:--

宝具:熱力学第二法則の否定(マックスウェルの悪魔)

ステータス:筋力- 耐久- 敏捷- 魔力- 幸運- 宝具EX

 

スキル

 

陣地作成:- 道具作成:-

キャスターのクラススキル。

マックスウェルはキャスタークラスに据えられれば必ず付加されるスキルさえ持たない。

 

悪魔の証明:EX

「ないもの」を証明することは、「あるもの」を証明するより遥かに難しい――。

本来は法律用語。マックスウェルが持つ唯一のスキル。

マックスウェルの悪魔の霊基は非常に不安定かつ曖昧である。

概念が英霊化した存在である彼は、完全なる証明によってしか倒せない。

召喚された時代に、マックスウェルの悪魔を否定する理論が確立されていなければ、倒す手段は存在しない。

反対に言えば、否定の理論さえ知っている存在であれば、魔術師でなくとも簡単に倒すことが出来る。

 

虚数の柱:A

詳細不明

 

 

熱力学第二法則の否定(マックスウェルの悪魔)

ランク:EX 種別:概念宝具 レンジ:- 最大捕捉:-

強欲なる人類が夢見た無限の心臓。熱力学第二法則の否定により顕現する永久機関。

ただし、完全なる永久機関ではなくあくまでそれに似たなにか。

無限に近いエネルギーを生成する能力を持つが発動にはいくつかの条件がある。

 

『プロフィール』

身長/体重:176cm・70kg

出展:史実・思考実験『マックスウェルの悪魔』

地域:スコットランド

姿、性別などサーヴァントとしての彼を構成するものは、能力以外全て仮初のものである。

 

『概要』

マックスウェルの悪魔。根源に挑んだとある数学者の思考実験が生み出した架空の存在。

概念上の存在である何かに人間の『無限のエネルギー』を求める欲望が集まりサーヴァントとしての霊基を得た。

 

 

 

クラス:アヴェンジャー

真名:明智光秀

霊基:☆☆☆☆☆

属性:混沌・悪/人/魔性

性別:男性

マスター:--

宝具:無間楽土・鬼神怨起(ほんのうじのへん)

ステータス:筋力A 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運D 宝具A+

 

スキル

 

復讐者:D 忘却補正:A 自己回復(魔力):B

アヴェンジャーのクラススキル。

サーヴァントではない光秀だが、鬼と一体化することで保有している。

 

鬼種の魔:C

鬼の異能及び魔性を現すスキル。

本来は天性の魔、怪力、カリスマ、魔力放出等の複合スキル。

しかし光秀の場合は後天的に取得したため、このスキルの本来の力は発揮できない。

魔力放出の形態は炎。

 

業火の怪物:A+

自己改造の類似スキル。

自身の肉体に無銘の霊基を組み込み、サーヴァントに匹敵する能力を手に入れた。

組み込まれた霊基は人ならざるもの。人徳を嗤い、人道を犯す異形の化生。

英霊にも反英霊にもなれなかった、中途半端な霊基の幻想種たち。

即ち、鬼。幻霊とも、代行者(アバター)とも称される、概念に近い存在である。

茨木童子によって与えられた鬼種の魔の性質と相まって、強力な炎として顕現する。

 

三日天下:EX

天下無双。盛者必衰。この世に生まれ落ちた瞬間から明智光秀に定められた、運命の星。根源海嘯(デウス)とも。

明智光秀には天下を取る力がある。それは自身にも無意識な、強制に近い束縛である。

しかし、それはあくまでも、時代から時代への移り変わりのために用意された装置に過ぎない。

第六天魔王から日輪の子へと時代は変わる。その間の、僅かばかりの勝利者。

このスキルにより、光秀が戦闘を行う際、自動的に強力な補正が掛けられる。

その補正が強化か弱体かは、本人にも分からない。

 

 

無間楽土・鬼神怨起(ほんのうじのへん)

ランク:A+ 種別:対魔宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

魔を以て魔を滅ぼす、抑止の炎。

一点に集中させた黒炎を刀から放出し、あらゆる仏敵、魔性を焼き尽くす。

地獄の具現であるこの炎が魔に対する特効性能を有するのは、光秀の管轄に置かれたことで魔王を倒すという機能に特化されたため。

天下への流れを断ち切り、新たな時代を始める革命の炎。

ただしその先へ、光秀自身は至ることが出来ない。

どのような結末であれ長くは世界に存在できない此度の特異点そのものであり、本来の英霊となった光秀はこの宝具を持っていない。

 

『プロフィール』

身長/体重:177cm・71kg

出展:史実

地域:日本

アーチャーやキャスターのクラス適正も持つ。

 

『概要』

織田信長の忠臣にして逆徒。

本能寺の変を起こし、信長の覇道に終止符を打った。

その後間もなく、豊臣秀吉に敗北。逃亡の最中に落ち武者狩りに遭い、深手を負った末に自害した。

このあまりに短い栄光は三日天下と称される。

信長を討った理由は諸説ある。その真意は、光秀本人にしかわからないものだ。

マスターへの態度:

本来は召喚できない例外的なサーヴァント。

召喚された場合も、基本マスターよりも抑止の守護者としての役割を重視する。

因縁キャラ:

・織田信長

主。彼にとっての全てであり、彼女に仕えることこそ生きる理由と考えていた。

実際は、彼女の覇道を止めるために生まれた存在である。

・豊臣秀吉

同じく信長の臣下。光秀自身は彼に関心はない。

実際は、信長から彼へと時代を変えるために生まれた存在である。

・沖田総司[オルタ]

同じく抑止の守護者。どちらも基本的にはサーヴァントとして召喚されない。




今までの中ではオリジナルサーヴァントが多めですね。
次回からは五章となります。
恐らく、というかほぼ間違いなく年内の完結は不可能なことでしょう。


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AD.1956 根源最終海嘯 SE.RA.PH
アバンタイトル


今回から五章開始となります。
難易度が跳ね上がるので登場人物一同におかれましてはなんか頑張ってください。


 

 

 ――女の話をしよう。

 

 眠った時から、女は夢想に囚われていた。

 

 虜囚はひとり、外の世界を夢見続ける。

 

 外へと連れ出すツバメはおらず、希望は女に見向きもしない。

 

 それでも女は手を伸ばし、光を求めてもがき続ける。

 

 物語は終わり、それはページの果ての果て。

 

 十年という歳月の先。

 

 死せる生者が、女に手を伸ばす。

 

 ――さあ、お前の目覚めの朝が来る。

 

 夜は明ける。目を開けろ。

 

 そこに、お前の現実(きぼう)が待っている。

 

 

 +

 

 

 その暗黒の中で、僕は一人の男の傍に立っていた。

 小さな本を開きそのページを捲る男は、僕が知る中で誰よりも、黒く悍ましい男だった。

 黒いハットの下に覗く黄金の瞳。

 血の通っていないような白い肌にあって、それは異常なまでに爛々と輝いていた。

「――聖典に曰く、『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん』。怨みを晴らすは人に非ず。我らに成り代わり、報復は神こそが果たす」

 強い思いを乗せて、本の文章を読み上げる男。

 それは引用した言葉が持つ聖なる意味を信じているとは到底思えない。

 しかし、どこか……愛おしさも見られる、矛盾した様子。

「……それでは、どうしても自分がそれを果たしたい場合どうするか。自ら神になればいい。そう思わないか?」

 本に向けている目を動かすことなく、問うてきた。

 周囲はただひたすら、闇ばかり。

 だが、僕とその男以外に人影はない。

 つまり彼は――僕に聞いたのだろう。

「……人は神にはなれない」

「なるほどな。そう考える、と」

 その答えを予想していたかのように、すぐに言葉は返ってきた。

「神の直前にまで至った者がいる。お前は、知っているのではないか?」

 ――知っている。

 あの女は、神に近づきその寸前にまで至った。

 己の目的のために二度、月を陥れた者。

 しかし……何故、この男はそれを――。

「……夢、か」

「そうだな。これは夢だ。悪夢、或いは予知夢、か。見ろ」

 本を閉じ、懐に仕舞いこんだ男は、闇の奥を指さす。

 その先は他と変わりない黒。

 だが……何かが違っていた。

 邪悪、混沌――どす黒い暗黒――

「……あれは?」

「特異点。お前が赴くことになる恩讐の地獄だ」

「あれが……特異点?」

 いや――そうであるには、あまりにも悍ましすぎる。

 前回の特異点でさえ、ここまでの邪悪は感じられなかった。

 そもそも、夢である筈のこの場所が、何故そんなものに繋がっているのか。

「心配するな。お前の非力はオレが補ってやる。さあ――」

 その男がサーヴァントであることはわかっていた。

 それもただのサーヴァントではない。トップサーヴァントと言われても納得できるレベルだ。

 彼が他意なく協力してくれるならば、とても心強いだろう。

 だが――

「……駄目だ。メルトがいない」

「ほう。この先は死地だぞ? そこに思い人を同伴させるというのか?」

 この先はもしかすると、かつてない危険があるのかもしれない。

 男の警告は僕を試しているようだった。

 未曾有の脅威に、何を以て挑むのか。

 殆ど死が約束されているような場所であれば、なるほどメルトを連れていくのは躊躇いが生まれるだろう。

 しかし、それでも僕の選択は変わらない。

「……ああ。メルトがいなければ、僕は戦えない。それは前の特異点でも痛感した」

 牛若や沖田がいなければどうなっていたか。

 一人であることの弱さを、あの地獄では思い知らされた。

 この先が脅威であるならば、なおさらメルトと共にいなければならない。

 そのうえで、メルトは死なせない。そうあれば、いいだけの話だ。

「……そうか。絆――オレには聊か眩しい概念だ。それがお前の強さというならば、そう在るがいい」

 言われずとも、そのつもりだ。

 男は闇――特異点とは反対側に歩んでいく。

「だが、注意しろ。アレは外に出てくるぞ。自ら向かわなかったことが吉と出るか凶と出るか……見物だな」

 新たに忠告を付け加え、男は消えていった。

 特異点の反対側。恐らく、目覚めるためにはそちら側に行けばいいのだろう。

 何かが待つ闇に背を向け、目覚めに向けて歩いていく。

 微かな笑い声が、背後から聞こえた気がした。

 

 

「なぁるほど。悪意に善意。これで繋がったよ、それが聖杯のカラクリか」

 その夢から覚めた次の日。

 メルトより早く目覚めた僕は万能の天才がセラフの隅に構える工房に赴いていた。

 京の特異点の観測結果を見て、ダヴィンチはようやく合点がいったと頷いた。

「……善意、か」

「ああ。相対する二つを材料にするとはねぇ」

 それまで芳しくなかった聖杯の解析状況。

 その仕掛けが判明したらしく、ダヴィンチは得意げに笑う。

「安心したまえよハクト。もう数日もあればこの集まった聖杯、一つ残らず解体してみせよう。次の特異点から帰ってきたときには、期待してくれていいよ」

 万能の天才はついに、聖杯解体の手段を見つけ出したらしい。

 自信をもって胸をたたくダヴィンチ。

 しかし……善意か。

 最初の特異点を終えた時、ダヴィンチは悪意を以て作られたと言っていた。

 そして、結論がこれ。

 悪意と善意という二つの構成要素。それはあまりにも、警戒すべきものだった。

 悪意を以ての善意。善意ありきの悪意。そういうものを持った、歪んだ救世者を知っている。

 今回の黒幕も、そのような思想の持ち主なのだろうか――

「でも、ダヴィンチ。どうしてそういう結論に?」

「カルキなんて名前聞かされたらね。私もムーンセル以上のことは知らないけれど、あれは善性の極致だ。単純だが、そういう結論になるのも致し方ないことさ」

 カルキ……やはり、その名前か。

 ムーンセルに帰還してから一夜明けた。

 その間に僕からも調べたが、カルキという英雄はやはりムーンセルの記録には叙事詩以上の情報は存在しなかった。

 少なくともムーンセルの機能における召喚は出来ないようだが……。

「カルキ。そしてグランドのクラス。不明は多いが、間違いなく最重要な事柄だろうね」

「ああ……少しでも早く、詳細を知らないといけないな」

 聖杯の回収に加えて、新たなる重要事項。

 カルキについて。そして、冠位の英霊たち。

 存在が判明しても、まだ謎が多すぎる。

 グランドアーチャー――スーリヤカンタと名乗った男。そしてグランドライダーの少女。

 サーヴァントを超えたサーヴァント。

 彼らはきっと、今後もこの事件に介入してくる。

 戦意は感じさせなかったが、戦う可能性もゼロではない。十分に注意が必要だろう。

「それじゃあ。頼むよ、ダヴィンチ」

「了解。せいぜい次の特異点も、油断しないように」

 長く休んでいる余裕はない。今日もまた、次の特異点に向かうことになるだろう。

 どんな時代なのか。そして、どんなマスター、どんなサーヴァントと向かうことになるのか。

 それらは不明なれど、未曾有の危険が待つものであることだけは知っていた。

 あの夢――男が予知夢と言っていたそれが、真実なのだとしたら。

「腕も失くさないようにね。あっさり直したように見えるけど、結構手間なんだぜ?」

「……気を付ける。僕も、もうあの感覚は嫌だ」

 シャドウサーヴァントにより失われた右腕は、月に戻ってから復元することができた。

 腕への信号を受け取る部位が存在しないという違和感が消えてきたころだった。

 あの感覚が当たり前になっていたことに、事後に恐ろしさを感じる。

 極力、もうあんなことはないようにしたい。

「どうせ復元するなら、私が専用の義手とか作ってあげてもよかったのに。どうだい、手の甲からビームとか……」

「……またの機会に」

 ……少し気になるが、明らかな改造には抵抗が大きい。

 ともかく、次の特異点だが、それよりも前にやることがある。

 僕を助けてくれた彼女は、もう目を覚ましただろうか。

 

 

 校舎の保健室に寝かせていたミコは、目を覚ましていた。

「もう大丈夫ですよ、ミコさん。ですが大事をとって、次の特異点攻略は――」

「いえ……問題ないわ」

 サクラ曰く、脳への過負荷とショックからとのこと。

 それで倒れるほどのことが、僕を助けた時に起こった、と。

「そうですか……では、またお呼びしますね」

 サクラが保健室から去り、ミコと二人、残される。

 彼女から向けられる視線は、不審に満ちたもの。

「……貴方の、記憶を覗いたわ。貴方の傷を治すために」

「ッ……」

 殺生院という姓を持つ者の、治癒術式。

 それは相手の全てを理解することにより、相手の損傷部位を修復するというもの。

 そうか……ミコは知ったのだ。僕の知る、あの女を。

「教えて。貴方が知っている母さんについて、貴方の言葉で」

「……」

 彼女の母であるキアラ。僕の知っているキアラ。

 それには差がある。彼女の世界のキアラがどのような人物であれ、僕が知るキアラほど悪ではないだろう。

 だが……そのような虚飾で繕ったところで、ミコは納得すまい。

 話す時なのだろう。何より、それをミコが求めているならば。

「……僕にとって、ただ一人の憎悪の対象だ」

 その姿を思い出すだけで、良くない感情が膨らんでいく。

「十年前、この月を掌中に収めて、全ての並行世界を手にしようとした人がいた。それが、キアラだ」

「……なんのために?」

「……最大の快楽のため、らしい。僕には、理解できなかった」

 ともかく、そんな目的のために月を陥れたキアラを許せまいと、僕たちは戦った。

 あの戦いを、もう月は覚えていない。

 月に属するAIも、全員がその事実を忘れている。

 月から抹消されたその記録は、しかし、覚えている僅かな者たちにとっては忌むべきもの。

 この上ない嫌悪の相手だということは、ミコも理解したらしい。

「……その母さんがいた世界に、私は?」

「いなかった、と思う……ごめん、すぐに話すべきだった」

「……いえ。構わないわよ。その母さんが私と関係ないなら、それで」

 体を起こし、ベッドから立ち上がるミコ。

「無理は……」

「だから問題ないっての。気を使ってるならやめて。逆に惨めに感じるわ」

 その話を聞いて、ミコは何を思ったのか。

 表情からは読み取れないが……彼女との敵対は避けられたらしい。

 彼女は善性だ。キアラのような欲望は持っていない。

 ならば、今後もうまくやっていきたい。そのためにも、次の特異点も共闘できれば――そう思っていた時だった。

「ッ、ハク、ここにいたのね!?」

「メルト……?」

 メルトが転移してくる。

 月内部における一般的な移動方法だが、なにやらメルトはひどく焦っている。

「緊急事態よ、外に出るわ! 貴女も!」

「え、ちょ――」

 メルトに手を捕まれ、僕自身も転移させられる。

 転移先は、校舎の外。

 いったい何が、と周囲を見渡して――空を見て、思考が停止する。

「――――なに、あれ」

 中天にあるはずの、虚像の光。

 月が投影し、セラフ全体を照らす光が、そこになかった。

 いや、正確には存在する。だが、それは投影された偽物ではない。

 極小の、本物の太陽。

 そしてそれを中心に広がる、罅、罅、罅……。

「ッ――」

 全域の情報を映し出す。

 観測可能領域の八割方にノイズが掛かった、不安定な計測結果。

 これは、まさか――

「……特異点」

「……この月が、特異点になったっていうの?」

 どういうことだ。特異点は、確認していたもので全ての筈だ。

 その何れにも該当しない例外、そんなものがあるとでもいうのか。

「その通りだ、月の民。私が聖杯を以て、この月を歪ませた」

 あまりに無機質な声が、耳朶を震わせる。

 ――その声を最後に聞いたのは、いつだっただろう。

 最初に聞いたその時が、その声の主との別れとなった。

 間違いない。それは、この月の中枢に巣食っていた亡霊――

「……トワイス?」

「覚えていてくれたか。どうやら私もただ突破されるだけの障害ではなかったらしい」

 穢れのない白衣。眼鏡の奥の、氷のような瞳。

 欠片の男。僕たちの聖杯戦争における、最後の敵。

 救世者の力を借り、世界を闘争によって進化、発展させようとした歪んだ正義の執行人。

 トワイス・H・ピースマンが、そこにいた。

「何故、貴方が……いや、それよりも」

「――サーヴァント?」

 そう、当たり前のように目の前にいた男は、人間でもAIでもなかった。

 人を超越する霊基。それは、サーヴァントのもの。

「然り。不肖ながらかの天才のお眼鏡にかなったようでね。彼の目的にして悲願を達成すべく、力を貸した。言わば今の私はその男とトワイス・ピースマンが溶け合った奇跡(アートグラフ)だ」

 疑似サーヴァント……前回の特異点で出会った天国のような、英霊が人の器を借りて現界した状態。

 その器に、トワイスというAIが選ばれた、と……?

 確かにAI・トワイスの情報は月に存在する。

 だが、それはあくまでAI、サーヴァントの器となり得るとは思えない。

 それでも事実、目の前のトワイスはサーヴァントだった。

「……その天才とやらも悪趣味ね。それで? 今更出てきてなんのつもり? 月の内部でゾンビの存在を許可した覚えはないのだけど」

「ゾンビ、とは正確ではないな。死体が動いているのではなく、この私は月に巣食う妄執が原動力だ。形はどうでもいいのだよ」

 メルトの言葉に淡々と返すトワイス。

 一切動じないその様子に苛立つメルトは、一歩歩み寄って語調を強くする。

「なら癌ね。自害の許可をあげるから、さっさと消えなさい。この月を戻したうえで、ね」

「それは出来ない相談だが、いや、君の洞察力は良いものだ。確かに、私は癌細胞だ。かつてのそれが播種し、他の姿で再び動き出したもの。そうだな、それではその慧眼に敬意を表し、名乗るとしよう」

 男は、両手をゆっくりと広げ、名乗る。

 

 

「サーヴァント、トワイス・H・ピースマン。この体を借りて月に挑戦する我が真名を――ジョン・フォン・ノイマン。これより特異点を以て月を侵す、ムーンキャンサーだ」

 

 

『例外特異点 神話碩学アナテマ

 AD.1956 根源最終海嘯(デウス・エクス・マキナ) SE.RA.PH

 人理定礎値:A+』




という訳で五章の舞台はセラフとなります。
夢の中に登場した謎のサーヴァント、そしてトワイスことノイマンが参戦。
最初の語り? なんでしょうね。


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第一節『月の長い夜』

Q.更新遅れすぎじゃね?
A.スパロボやってた

最新作発表おめでとうございます。
Gガン参戦にテンション上がってます。
ガオガイガーやマイトガインと共演で既にうるさいです。


 

 

 ピアノが歌を紡いでいた。

 音の一つひとつが巧妙に重なり合い、絶世の調べを生む。

 音楽を嗜む者であれば、感動に涙を流すだろう。

 そして、その音に込められた想いがわかる芸術の徒であれば、恐怖のあまり口もきけなくなろう。

 たった一つの執着で以て唄われる曲は、恐ろしく純粋だった。

 尤も――その芸術を解せるほど音楽に精通した者は、この場にいないのだが。

「……それで? 旦那、そろそろ教えてくれんだろ? オレらを呼んだ理由」

 外から入ってくる光のみが照らす部屋で、フードの男が軽い調子で問う。

「ここに来てもう何日か……そろそろ散策も飽きたんですがね?」

「だろうな。とはいっても、話は簡単さ。この夜を明かそうとする連中を一人残らず殺す――それだけだ」

 答えたのは、その部屋の奥――窓際に置かれた高価な椅子に深く座った男。

 室内だというのに黒いソフト・ハットを深く被り、顔色は伺えない。

 葉巻を吹かし片手で銃を弄りながら、問いを投げた男に笑みを向けた。

「へえ。制約は?」

「この部屋にいる者たちを互いに殺さないこと。それ以外はなんでもありだ。あるものは何でも使って構わねえ。テメェらが協力するしないも自由だ」

 室内にいる者たちを見渡し、そう返す。

「それなら重畳。オレは協力なんてタマじゃねえからな。好き勝手やらせてもらうぜ」

「そうかい。アンタらはどうだ?」

「……私は、皆様に合わせようかと。必要な話があれば、どうぞお申しつけを。私には……それしか出来ないので」

 この場唯一の女が、その身を委縮させ、震えながら答える。

 ハットの男にではない。どうやら彼女は、男の持つ銃に対し恐怖しているらしい。

 別に怖がらせるつもりはなかったのだが……と、それに気付いた男は肩を竦めて銃を置いた。

「オレも独断で動かせてもらおう。どうやら彼女以外、この場には協調を必要とする者はいないらしい。オレは不器用でな。慣れぬ共闘を行っても邪魔なだけだろう」

 そしてまた一人。

 この場で誰よりも強い存在感を放つ男が、どこまでも実直に言った。

 その尖った物言いに眉根を寄せるフードの男。

 だが当の本人は気付いた様子もなく、心からの本音を訂正することもまたなかった。

「アンタも、それでいいよな?」

 ハットの男は先ほどからピアノを弾き続ける者に問いかけた。

 肌の一片も見せない、仮面の男は首を僅かに向けることもなく、旋律を奏でたまま、言う。

「……我は、貴様の方針に従おう。死に対する覚悟で以て、命ずるがいい」

 如何なる思いも籠っていない言葉だった。

 彼の心の全ては、今目の前のピアノに向けられている。

 憎悪、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪――

 力強く、もの悲しく、愛おしく。

 矛盾する多くの思いが綯交ぜになった音は、彼の全てと言えた。

「……だが、たった一人。奴がもし、現界し我の前に現れたならば――我は何より、奴を優先させてもらう」

「そいつが契約だからな。構わねえよ」

 彼が執着するたった一つ。

 存在意義と言っても過言ではないそれに、ハットの男は許可を出す。

「あぁ……神に愛された男(ゴットリープ)、我は今度こそ、貴様を殺せるのか。貴様の全てを奪えるのか。貴様が我の前に現れた時、その時こそ、貴様を殺してやろう。今度こそ――今度こそ」

 圧倒的な憎しみが、零れ出した言の葉に乗っていた。

 ハットの男でさえ、軽く身震いした。

 フードの男が頬を引き攣らせながら、しかし調子を崩さず言った。

「おーおー……アヴェンジャーってのは恐ろしいねぇ……」

「アヴェンジャーといえば……あとお二方、召喚を確認したとのことですが……」

「いや、アイツらは駄目だ。一人はどこにいるか知れたモンでもねえし、もう一人はよりによってあの嬢ちゃんに引き抜かれたからな」

「あー……そりゃ無理っすわ。弱っちろいって分かってんのに、なんでか勝てる気がしねえ。アンタ――っつーか、スポンサー? の目的より、オレはあの嬢ちゃんのが気になるぜ」

 彼らは思いだす。あまりにこの夜に似付かわしくない少女のことを。

 この中では正面きっての戦闘能力は大したことがないと自認しているフードの男も、戦えば百に一度の負けもないと言い切れる。

 だが、それでも勝てない。

 というよりも――そもそも勝負にならない。そんな確信があった。

「まあ、あの嬢ちゃんはオレたちの敵じゃあない。何かしだすまでは、放っておいていいさ」

「そうかい。ならまあ、オレはその敵さんに集中しますかね」

 不敵に笑い、フードの男は部屋のドアに手をかける。

 それを戦いの始まりだと悟り、ハットの男は窓の外を見た。

 窓がまばらに光を灯す摩天楼。

 そこに巣食う(ヴィラン)たちは、知らない。

「――――」

 部屋の暗がりでソファに腰掛ける“スポンサー”の目的。

 存在を確立できない不安定な霊基を、その存在意義に注力することでどうにか維持する脆弱なサーヴァント。

 そのあまりにも儚い、吹けば飛ぶほどの妄執を。

 それが齎す絶対的な災厄をも度外視した、最後の願望を。

 

 

 +

 

 

 至高の天才。ムーンセルにもその智を刻まれた一世紀前の頭脳の怪物。

 情報に満ちた現代の世界の基礎を形作ったと言っても過言ではない、紛れもない英雄。

 星の開拓者――ジョン・フォン・ノイマン。

 それが、ムーンセルの一AIを器に現界した。

 しかも――

「……月に、挑戦?」

「そうだ。この月に特異点を発生させた。それを以て、このムーンセルへの挑戦としたい」

「……ふざけているの? さっさと元に戻しなさい」

 月を侵す者を名乗るトワイスに、メルトは怒りを隠さない。

 AIであれば、メルトの命令に拒否権を持たない。

 だが、トワイスはどこ吹く風。

 より眉根を寄せつつ、メルトはAI回収、そしてサーヴァント回収のコマンドを打ち込むも、それさえ効かない。

 器はAI・トワイスのものだが、その霊基はこれまでの特異点に召喚された敵サーヴァントと同じということか。

「残念だが、君たちの答えは聞いていない。私が挑戦するのはあくまで月。管理者はその一端に過ぎないからね」

「……挑戦とは? 生憎、今は月の機能全てを使って解決している事件がある。特異点を発生させた手段は今は問わない。どうか、今は止めてほしい」

 トワイスは一瞬の思案の後、答える。

「――そうか。確かにこれは過去現在未来、全てを観測しうる月が必要な事案だ。しかし、ゆえにこそ私が選んだ舞台とも言える」

「……なんだって?」

「それでは、君たちのやる気を奮起させてもらおう。そうだな……」

 まるで自分が、此方をその気にさせるような手札を多く持っているかのように、次の思考には時間を要した。

 そして――

「――では、これでどうかな。この事件の黒幕と、その秘密について」

「なっ……」

 僕だけではない。メルトもまた、瞠目した。

 突如として現れた彼が、この事件の核心を知っている、と。

 さも当然のように言ってのけたトワイスは、その手札で此方が勝負に乗ると確信しているように、手を動かして画面を表示させる。

 そして、その画面を僕たちの前に移動させた。

「……セラフ内の、地図」

「この、穴……」

 セラフ全域の縮図。

 その中枢、熾天の檻(アンジェリカ・ケージ)と呼称する部分に空いた、大きな穴。

 それは上空の太陽から広がる罅が集束している部分であり、そこから先の観測が不可能となっている。

「月の裏側に繋がっている」

「ッ――」

 月の裏側。この月を僕たちが管理するようになってから今回の事件が起きるまでの、最大の事件の舞台となった場所。

 ムーンセルに不要とされた悪性情報を保管する廃棄場。

 あの事件によって消滅したものの、その後修復され、一部を除いてこれまでと同じように使用されている空間。

 以前との違いは、全域の観測自体は可能となっていたことだが、それも今は不可能な状態だ。

「その中に、私は聖杯を埋め込んだ。現在この月全体が特異点と化しているが、その内部に悪性が集約している。それを解決できるか否かを勝負としたい」

 少なくとも、彼には特異点を作り出す力がある。

 この事件に最初から関わっていたのか、この事件を知ってから便乗したのか、それはわからない。

 だが、変えようのない事実として、この特異点を解決しなければその他の観測を保証できない、ということ。

 月を不完全なままにする訳にはいかない。

 どの道これは、解決しなければならない案件だ。

「……やろう、メルト。月をこのままにしておく訳にもいかない」

「……癪だけど、その通りね」

「承諾、感謝する。では待っているよ。まずはあの先の(ヴィラン)との戦いを、じっくりと拝見させてもらおう」

 表情を変えず、一つ頷くとトワイスは転移する。

「……何がなんだか、だけど。最優先は決まったってことかしら?」

 一緒に来ていたミコがそう結論付けると、メルトが彼女を睨む。

「睨まれても、付いていくわよ。私にも詫びたい気持ちはあるんだから」

 前の特異点での、アーチャーの行為。

 それをメルトは心底気にしているようだが、その申し出はありがたい。

 彼を信頼しきれない、というのは問題だが……裏切りがないことを前提とするならば、手札を多く持つ彼は大きな力となるだろう。

「此方に危害を加えない、というのはアーチャーに約束させてほしい」

「了解よ。補填はお願いね」

 一画では足りないと判断したのか、ミコは二画の令呪を用いてアーチャーに拘束を与えた。

 裏切りの防止。また、茨木童子との戦いのような、此方を巻き込む戦法の封印。

 彼自身は姿を現さないものの、令呪は確かに発動した。

「……まあ、これっきりというなら。それよりハク、まさかマスター二人、サーヴァント二人でって訳でもないんでしょ?」

「ああ。ちょうど各マスターが帰還している。何人かに同行してもらい、後のマスターはセラフで待機。有事の際に備えてもらう」

 何かの拍子に表側に影響が及ぶ、という可能性はゼロではない。

 その際のためにも、全員で向かうという選択は避けた方がいいだろう。

 ちょうど現在、特異点に赴いているマスターはいない。事件の解決に臨んでくれているマスターたちは全員月にいる状態だ。

 故にこそ、最大の備えで赴く。この月を守るために。

 

 

 +

 

 

 管理者が去った後の、ダヴィンチの工房。

 そこの主は月に異変が起きたことを感知しつつも、外に飛び出すことはなかった。

 自分が請け負った仕事を呑気にこなしている場合ではないことは百も承知だ。

 これは悪戯好きのAI共がノリで起こす事件とは一線を画している。

 月全域が“何か”に巻き込まれたという、大事件に属するものだ。

 これによって何が起きるか。それを調べるより先に、工房の主――ダヴィンチはやるべきことを手早くこなしていた。

「よし。ひとまず聖杯たちの保護は完了。後は私はこの工房を守ればいいだけ、だけど……」

 こんな事もあろうかと、用意していた聖杯の保護機構を一揃え起動し終える。

 自立とダヴィンチ自身の管理を自由に切り替えられるそれらは、たとえA級サーヴァントが襲ってこようとも異変を嗅ぎ付けた管理者なり何なり、戦える連中が誰かしら来るまでの時間は十分稼げるものだった。

 解体を命じられた以上、それを完遂するのがダヴィンチの矜持だ。

 盗まれる、壊されるといった外部からの干渉など、決して許容できるものではない。

 今用意できる限りの備えを動かし、後は精々自分が砦の一つとして立つだけ――ではあるのだが、果たしてそんな風にここに居座っていられる状況か。

「んー。白斗と今のマスターたちだけじゃ厳しいかもねー、これ」

「そう言いつつ寛いでいられる胆力は流石、というべきかな。最早キミにとってはどうでもいいことなんだろうけどさ」

 いつもよりほんの少し真面目に、自分を切り替えたダヴィンチは、いつの間にか工房に入り込んでスナック菓子を齧っているカグヤに呆れの言葉を返す。

 月の前管理者として、時々目覚めては月をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回していく台風の如きサーヴァントは、特に焦りを見せた様子はない。

 彼女が突然、当たり前のようにここに出現したことはもう突っ込まない。前々回の目覚めの際に懲りたのだ。

「それで? キミはこの件、何かわかってるのかい?」

「どうだろ? どうも今回は記憶が曖昧なんだよねぇ。誰かに記憶の操作とかされてたりして」

 ――曖昧なのはいつもの話だろう、とはあえて言わないダヴィンチは、それでも何か情報を聞き出せないかと粘る。

「この聖杯、特異点、冠位のクラス、カルキ。何かしらあるんじゃないか? この中で知っている情報」

 ひとまず、今重要であると判断する四つを提示する。

 聖杯については構成要素が分かった今、解体までにそう時間は掛からない。

 だが、誰が何のためにこのようなモノを作ったのかは未だに謎だ。

 これらの全部わかれば御の字、出来れば一つでも、何か情報が得られないかと期待するダヴィンチ。

「……カルキ?」

 対するカグヤは、最後の単語に僅か眉根を寄せた。

 ――ビンゴ、と確かな手応えを感じつつ、内心呟く。

 何を知っていて、何を覚えていて、何を忘れているのか、問い詰めることすら愚かしいカグヤが、確かな反応を示した。

 少なくとも、カグヤはカルキについて、明確に何かしらを知っているのだ。

「カルキ……ふーん……」

「何を知ってるんだい?」

「……知っていることはないよ。ただ……うん、黙ってた方がいいか」

「カグヤ」

 月に属する者として、何かを知っているなら黙らせたままにしておく訳にはいかない。

 ダヴィンチは語調を強めカグヤに迫るが、カグヤは何処吹く風。

「大丈夫大丈夫。そろそろアイツもボロ出すでしょ」

 答える気はないらしい。ダヴィンチの権限では、カグヤに吐かせることは出来ない。

 仕方ないと嘆息し、結局は役に立たないと断じる。

「いやー、相変わらずカグヤちゃんは秘密主義ですねぇ。ウチの穀潰しみたいです」

「私はその分、明かしているのだがね。それに私自身が秘密を抱えているということはないと断言しておこう」

「……で、キミらは何処から湧いて出たんだい……?」

 自身に悟らせずして工房に入り込んだ二人のサーヴァントにダヴィンチは頭痛を覚え、椅子に深く座り込む。

 知り合いらしく「ぃよっすー」なんて軽く挨拶するカグヤを一発引っ叩きたくなるのを抑える。

 もう追及も面倒臭いと、カグヤのスナック菓子を拝借する狐耳と尻尾のサーヴァントと、カレン愛用の椅子に座る痩身のサーヴァントを容認する。

 どうせ暫く居座るだろう、と直感スキルもないのに確信できるダヴィンチは、とりあえず月の管理者からの指示があるまで、この三人の相手をしておこうと気を入れなおした。

 ――数分後、そこに二名追加されることなど予想できる筈もなかった。




名前不明な面々の参戦です(一部バレバレ)
最初の彼らが敵となりそうですね。
五章は敵が強力な分、味方の戦力もかなり強めとなっております。
まあ上昇幅の差は全然違うんですけどね。苦戦は大事。


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第二節『月海原のエニグマ』

 

 

「いいわね? 本来なら私の役目だったものを貴女に任せたのは、月の管理者なる者からの指名があったからです。日次――いえ、可能な限りの報告は欠かさないこと」

「分かっています。バックアップは、お願いします」

「……ええ。世界の危機に私情は挟んでいられないものね」

 全ての準備を終えた。

 地上で出来るのは、ここまで。これ以上は指定された時間までに用意するのは厳しいだろう。

 これで十分なのかどうかは……分からない。

 なにせ、あの人たちが地上の――数多の並行世界の人間の助力を必要とするほどの事件。

 私が月に辿り着く前に差し伸べられた招待状に、ほんの少しの口惜しさを感じた。

 しかし、そんなことを言ってもいられない。

 並行世界全ての危機。それに立ち向かうのに、あの時と同じく手を貸してほしいと。

 一片の迷いもない。この十年、彼らと会うために歩んできたのだ。

 その機会に助けることができるのであれば、私も喜ばしい。

「各種礼装、術式に支障は?」

「全て問題ありません。後は向こうで安全を確認次第、起動実験を行います」

 ――あの時の、私にとって全てが始まった戦いから、十年。

 私は聖杯戦争をイレギュラーとして見届けた。

 この世界での出来事ではないものの、私という存在の大半を構築した月の出来事。

 あの後、今に至るまで行動を共にする友と出会い、世界中を旅してきた。

 多くの場所に赴いた。多くの人々に出会った。

 まずは私が月に赴いた場所であり、私が鋳造された、狭い私の世界であったアトラス院。

 荒れた国々。次期当主が死亡し混乱する西欧財閥。これ幸いにと反抗を強めるレジスタンスたちの本拠地。

 西欧財閥から脱退した一部の貴族が再発足した、旧きを廃し新時代の魔術を探求する機関。

 日本という国家が存在していた頃の首都であった都市にある、霊子ハッキングの研究所。

 三年の交渉の末入国を許可されたアフリカの小国家と、その上にあるクローン売買シンジゲート。

 年末の一日のみその門戸を開く、世界で唯一内部にマナを残し神代の魔術を探求する移動石柩。

 世界中に点々と、残ったごく僅かな地脈を頼りに、どうにか一族の成果を絶やすまいとする魔術師たち。

 曰く戯れに莫大な資金援助を賜ったモナコの魔王と、彼の船宴で出会った宝石爺。

 旅を始めて二年ほどという頃にとある縁故で乗り込んだ、マナの枯渇という魔術師の死など知らないかのように未だ北欧の森を走り続ける遺産の列車。

 そこの一件で縁を結び、今私たちが拠点としている施設の主。

 世界を学び、そして時に助力を受け、その遺産を託されながらも、私は今ここにいる。

 ――人理継続保障機関・カルデア。

 南極に人知れず存在していた、標高六千メートルに及ぶ山脈。

 マナの枯渇により僅かな時間外部からその存在を確認できたのを、幸運にも目にした当時のアニムスフィア家当主が措置を施すことで維持し続けた天然の結界。

 今は既に結界は解け、周知の事実となった山脈の頂にある、ムーンセルへの接続を通して人類の存続を確約する機関。

 創始者であり今も所長であり続けているオルガマリー・アニムスフィアは常にこの組織の陣頭に立ち、強い風当たりに真っ向から立ち向かってきた。

 八年間この施設を拠点とし、一年の半分はここで月と信号のやりとりをしてきた。

 まだこの施設の技術では、月の深層にまで潜ることは出来ない。

 精々がある程度先――そう、百年ほど未来の未来の記述が存在することを確認し、逆説的に人類の存続を認めることくらい。

 カルデアが施設としてその体裁を保つことはできている。

 取得できる記述はほんの僅かとは言え、それが存在することそのものが、少なくとも直近の未来において人類が滅んでいないことを証明しているからだ。

 だが、私の目的はそこではない。その先であることを所長含めこの施設の職員たちに伝え、そこまでの研究継続を彼らが約束したことで、私はカルデアに協力を決定した。

 私の技術がそこまで卓越しているわけではない。

 だが月の聖杯戦争から生存したという事実――これは今は亡き西欧財閥のデータベースにもかつて刻まれていた。

 それは私を売り込むのに十分すぎた。

 人に勝る、アトラスのホムンクルスの演算能力。

 それら私の武器を使い、月の中枢を目前としていた頃。

 突如として、その日は訪れた。

 未来の消失。百年後という話ではない。ほんの一秒先さえ、情報が取れなくなった。

 緊急会議の最中、カルデア内で使用している私の携帯端末に一通のメールが届く。

 ――あの人からの、助力要請だった。

 曰く、月が観測する未来が消えた。

 それは尋常ならざる事件の証であり、ともすればかつての例外事件を超えるものになりうる。

 よって、各並行世界の優秀な魔術師たちに助力を求めたい。

 引き受けてくれるのであれば、記述したポートを通り、ムーンセルにアクセスしてほしい――と。

 オルガマリー所長は、カルデアの代表として自分が赴くと言った。

 だが、こればかりは譲れなかった。

 あの人が、私の力を求めている。であれば、私より高い力を持つ他者よりも私自身が赴くことが、彼への誠意となるのだ。

 あまりにも大きすぎる恩がある。それは、まだ到底返せているとは言えない。

 ゆえに私は、返礼として月に向かうのだ。

「バイタル値に問題はない、ね。これなら霊子ダイブも問題なく行えるだろう」

「しかし、少しだけ高揚が見られる。まあ、無理からぬことか」

「……そうですね。私にとって、カルデア同様に大切な場所です。十年ぶりに行けるので、少なからず楽しみという気持ちがあるのかもしれません」

 楽しみ――ああ、言葉にして、自覚する。

 私は楽しみなのだ。彼らに会うことが。

「しかし……一体何が原因か。遊星の尖兵、救星の使徒、或いは南米の……いや、どれもあまりに早すぎる……」

「また推理? ロマニ、貴方は医療部門なんだから、自分の役目を全うしなさい。それとも探偵に逆戻りかしら」

「ああ、すまない。昔の癖がね」

 そんな風に頭を掻きながら笑うのは、医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。

 カルデア創設当初からのメンバーであり、元はオルガマリー所長の父の友人であったらしい。

「探偵……うん、探偵も廃業して久しいからね。あの頃の勘はもうないし、グラ……虎の巻も捨ててしまった。特に助言できることもないし、医療部門はそれらしく振舞おうか」

「そうですよ、部門長。これから数日単位で彼女のバイタルを管理し続けるんですから。気を張ってください」

「わ、分かってるってば。形ばかりの役職だけどそれらしくはするさ」

 そしてミスタ・アーキマンを窘める、私のパートナーにして最大の友。

 あの人が正しく成長していれば、このようになっているだろうという姿の男は、ミスタ・アーキマンと同じ白衣を着て、私のバイタルを記録している。

 ハクト・エルトナム。私の師、シアリムから私の身柄を任された――そういう話になっている、“彼”の基になった人。

 共に世界を旅し、宇宙開拓が軌道に乗ってからはカルデアの医療部門の一員にして技師の一人として協力している。

「さて……時間よ。ロマニ、ハクト、持ち場へ。貴方たちも部屋に戻っていなさい」

 オルガマリー所長が指示を出す。

 そして、この場――作戦開始の場にいるには少し不相応な四人の子供たちは、不満を漏らす。

 ……少しだけ、作戦開始に躊躇いが生まれる。

 しばらくの間、彼らとは別れることになるのだから。

「母様……」

「アンジェ、アイオーン、シェヲル、ミツキ」

 荒れた世界で、拠り所を失った子供たち。

 その中で、縁があって私が義理の母として預かったのが、彼ら四人だ。

「……頑張ってくださいね。母様のお目覚めを、待ってますから」

 美しい金髪を後ろで一つに束ね、あれほどの苦難を経験してきたとは思えないほどに高貴さを備えた、最初の子。

 アンジェ――アンジェリカ・バディリア・ハーウェイ。

 ハーウェイが残した最後の血。西欧財閥最後の当主の庶子であり、将来を嘱望される霊子ハッカーの卵。

「どうか、早い解決を。でないと……いや、うん。何でもない」

 私と同じ色の肌。あまり言葉にはしないがこの場の誰もが知っている極度の心配性の彼。

 アイオーン・ダブル。

 アトラスにて、師の友人であった者と出会った際に預けられた、移動石柩との繋がりを持つ子。

「母さんなら問題ない。僕らは何も心配せず、今まで通りにしていればいい」

 両目を失った、真っ白な少年。旅を始めてから出会った人たちの中でも、最大級である“この世界のイレギュラー”。

 シェヲル・マイム・ハハイーム。

 異なる歴史よりの迷い人。あの宝石爺曰く、星の流転との繋がりを断った子機。廻る世界の神童。

「……しぇ、シェヲルが、言うなら……」

 まだ才能の一端しか開花させていない、臆病ながら芯の強い黒髪の少女。

 ミツキ・レイロウカン。

 日本で保護した魔術師であった家系を継ぐ小さな女王。極小の月を首から下げる、アンジェと同じく幼い霊子ハッカー。

「戻ったら、月での話を聞かせます。きっと新鮮なものの筈ですよ」

 四人はあの世界を知らない。

 1と0で構成された霊子の世界。

 あの世界は地上を模していれど、決してこの世界では体験できないものに満ちている。

 話し始めれば、一昼夜では終わるまい。

 どんな事件、どんな戦いが待っているにしろ、いい土産話は持ってこられるだろう。

「さあ、戻っていてください。私も、出立します」

 四人の子供たちを部屋に戻し、霊子ダイブ用のカプセルに入る。

 ここから先は、きっと命がけ。

 多くの並行世界の、志を同じくする協力者たちと共に、未来を確約する戦いが始まる。

 もしかしたら、あの戦いで出会った友に会えるかもしれない――そんな期待も抱きつつ。

 目を閉じ、魂を霊子化させる感覚に集中する。

「――星は廻る(スターズ)宙は廻る(コスモス)神は廻る(ゴッズ)我は廻る(アニムス)空洞なりき天体を(アントルム)虚空なりき空洞を(アンバース)虚空には神ありき(アニマ、アニムスフィア)

 カルデアの技術の深奥を開放する、オルガマリー所長の術式。

 アニムスフィアの決着術式により、カルデアが真の姿を現す。

 私の魂を追跡し、ダイブした先での私を観測する、アニムスフィアが誇るハッキング技術。

 この事件に協力しつつも、更なる観測精度の強化のため情報を取得することも忘れない。

 その強かさこそがオルガマリー所長の長所。ゆえに、彼女の下に多くの人員が集まった。

 私も、その一人。あの人のためだけではない。未来のためだけではない。

 彼女のためにも、不手際をする訳にもいかない。

「行きなさい、ラニ・エルトナム・レイアトラシア――!」

「霊子ダイブ、開始――!」

 

 ――そして、私の人理を守るための戦いが始まった。

 

 四つの特異点を超え、そして、あの人からの招集が入る――

 

 

 +

 

 

「――お久しぶりです、ハクトさん」

「ああ……元気にしてた? ラニ」

 僕にとって、最大の恩人ともいうべき人。

 あの時とは違う、白と黒の制服に身を包んだラニは、招集に最初に応じてくれた。

「はい。そちらこそ……と、世間話をしている場合ではありませんね。まさか、この月に特異点が発生するなんて」

 今回、これまで四つの特異点を攻略した彼女と共に新たな特異点に挑む。

 セラフに発生した特異点。そこに飛び込むのに、僕は五人のマスターに助力を依頼した。

 残るマスターたちは表側に待機し、有事に備えてもらう。

「そうだね……もうすぐ、招集を要請した他の皆も来てくれると思う。そうしたら、すぐにでも向かうよ」

「了解です。貴女とは、初めましてですね。私はラニ。ラニ・エルトナム・レイアトラシアです」

「ミコよ。……姓は、まあ、いいかしら」

 ミコは此方の雰囲気で察したようだ。ラニがあの事件に関わった存在であると。

 ラニはそれに対し気にした様子もない。

「ところでラニ、貴女、サーヴァントは?」

 メルトが問う。確かに、ラニの周囲にサーヴァントの気配はない。

 姿を消しているならば、一度見せてほしい。

 前衛か、後衛か。それが分かるだけでも、有効だ。

「ここにいますよ。――ほら、ジャック」

 ――それは霊体からの実体化ではなかった。

 そもそもラニのサーヴァントは霊体化していなかったのだ。

 気配を全く感じられないほどに小さな存在感。

 それがラニの一声で一か所に集まっていき、やがて一つの形を成す。

 それでも、一人のサーヴァントにまで及ばない。

 精々がシャドウサーヴァント。襤褸のような黒衣を纏った、半透明の少女が現れた。

「ジャック――」

 あの時と姿こそ違え度、その少女には見覚えがあった。

 例外事件において、バーサーカーを失ったラニが新たに契約したサーヴァント。

 しかし、あの時よりもその存在は弱々しい。

「おかあさん、この人たちは?」

「今回、一緒に戦う人たちです。此方の二人は私の古い友人ですよ」

 ラニは透き通った少女を抱き上げ、紹介してきた。

「私のサーヴァント、ジャック――エクストラクラス・アバターです」

「アバター……なるほど、そういうことか」

 代行者(アバター)。このムーンセルで、稀に召喚される可能性のあるクラス。

 その真名が、特定の誰かの名を示すものではない場合、その曖昧さによってアバターは確立される。

 例えば、ワルキューレ。例えば、ベルセルク。

 クラスやマスターとの相性によって違う存在が召喚される英霊は場合によっては、その誰でもない誰かが召喚される。

 それがアバター。どこまでも曖昧で、どこまでもその真名のサーヴァントとして相応しいクラス。

 そして、そのクラスで今回召喚されたのが、ジャック・ザ・リッパー。

 かつてと同じ、霧の都ロンドンに名を残す殺人鬼。

 クラスは違えど、同じ真名のサーヴァントが召喚される。

 それほどまでに、かつての縁は色濃いものだったのか。

「おや、わたしが一番ではなかったですか」

 ラニに続いて、カレンが現れる。

 傍にはゲートキーパー。

 ヴァイオレットは同伴していない。この特異点の攻略中、表側の指揮を任せている。

 ミコもラニも顔見知りのようで、軽く挨拶を交わしている。

「しかし、お父さま、お母さま、これは……」

「……正直、何が起きているかは分からない。でも、やるしかない」

 トワイスの目的は不明。だが、月をこのままにしてはおけない。

 そのために招集したマスターたち。

 残る三人は、同時に現れた。

「まったく……ここに来てから予想外だらけね。月も乗っ取られるなんて」

「それほどの事件、ということでしょう。あの時と何も変わりませんよ、ミス遠坂」

「……なんというか、そうね。あの時と変わらない失礼っぷりだわ、貴方」

「正直お前らがこれだけ変わってないことに驚きだよ、僕は……」

 凛、レオ、シンジ。

 かつての事件を共に戦った友人たち。

 この特異点に挑むにおいて、これが最善だと判断した。

 内部で何が起きるかわからない以上、彼らこそが心強い。

「これで全員ですか? それでは向かいましょう、マスター、白斗様」

「いやいや……話聞いてたか清ちゃん。まだ一人いるっての」

 前の特異点でメルトと契約した清姫と、ソロ・サーヴァントとして月にやってきた紅閻魔。

 彼女たちにも協力してもらうほか、あと一人、マスターではないが表側との連絡も含め、サポートに一人、月の住民を抜擢した。

「その通りですよ、清姫さん。今特異点攻略中、皆さんのバイタルを管理するのは私なんですから。忘れられるのは心外です」

「……誰ですか貴女?」

「はい、それでは自己紹介――顔見知りがやたら多いのでちょっと白けましたけど……ムーンセル所属健康管理AI、BBです。よろしくお願いしますね、皆さん」

 ――一部――主にその顔見知りが、僅かに苦い顔をした。

 BB、彼女自身にその記憶はないまでも、あの事件に関わった者には少なからず苦渋を味わわされたという共通認識が存在する。

 最終的には和解したため、彼らもそれほど気にしてはいないと思うが……。

 ともかく今回は彼女にも同行してもらう。

 戦う力こそないが、AIの中ではトップクラスに高い性能を有している彼女にサポートを頼む。

「全員揃った。ここにいる皆と、サーヴァントたちでこの月の特異点を攻略する。場所は月の裏側。何が発生しているか不明なため、今は適宜対処としか言えない。けど……協力を頼む」

「今更よ。私たちを軽視している訳でもないでしょ?」

「ああ。信頼している。さあ、始めよう」

 転移術式を起動する。

 行先は、セラフに空いた大孔の内部。

 これまでとは違う、例外特異点の解決。それこそが作戦目標。

「例外特異点、追記開始――ジャンプ」

 そして、始まる。

 この事件が発生してから、最大の戦い。

 そして、あらゆる運命が大きく動く、長い夜が。




というわけでようやく登場のラニとBBちゃん、そしてオリジナルクラスを引っ提げてジャックです。よろしくお願いします。
次の特異点はハク、ミコ、レオ、凛、ラニ、シンジにBBちゃん、清姫と紅閻魔というパーティです。
前半のラニ視点ではなんか色々と単語が出ていますが、特に本編に関わってくる訳ではないです。
意味ありげに出て来た四人の子供も別に何もないです。十年間のラニの軌跡だと思ってください。
しれっととんでもない所に行ったりえらい輩に会ったりしてますが、EXTRA世界だし別にいいかと押し切りました。楽しかったです。


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第三節『毒を継ぐもの』-1

 

 

 ――目を開く。

 月の裏側。廃棄された悪性情報の溜まったもう一つの月。

 未だその役割を持っているそこは侵入した先が、どうなっているかわからない。

 月そのものと言ってもいいメルトでさえ中を推し量ることのできない、完全な未明領域だ。

 つまり、特異点の中心地たるその孔の先にあるものが何なのかは不明。

 もしかすると、敵対存在が此方に刃を向け待ち構えているかもしれない。

 果たして、その世界は――

 

 

「……え?」

 少なくとも、前方には今すぐ敵となるだろう存在などいなかった。

 そして、これまでの特異点とは明確に異なる風景。

 その殆どが百メートルを優に超え――低くても八十メートルはあるだろう超高層建築物の数々。

 窓から零れる明かりは疎らなれど、今立っている歩道は街灯で照らされている。

 夜ではあるが、決して暗くはない。

 それは、現代――ないし近代か、或いは少し先の未来を模した都市だった。

 都市だけではない。そこに住む者もまた、一人や二人ではない。

「AI……?」

 まるでセラフの住民としての役割を設定された表側のAIと同じ。

 この例外特異点に宛がわれたAIたちが、当たり前に暮らしている――!

「驚いたわね……ハクト君、ここ知ってるの?」

「いや……こんな場所はセラフのどこにもなかったはずだ」

「……周囲の解析結果は特異点と同じものです。彼らはこの特異点の発生後に巻き込まれたものと思われますが……」

 見たところ、彼らには戦闘能力もなければ、上級AIでもない。

 本当にこの都市の住民としてのみの役割を与えられただけなのか。

「ここ……ロンドン?」

「いや、近未来であれば考えられなくもないが、少なくとも現代にまでロンドンがこれほどの様相となったことはない」

 ラニのサーヴァント――ジャックと凛のサーヴァント――孔明が周囲を眺めながら言う。

 巨大な都市で、ジャックがロンドンを思い浮かべるのはわかる。

 彼女たちの伝説はロンドンの内部で完結している。ジャックの知る人の世界――それも大都市となれば、ロンドンしかないだろう。

 しかし、孔明もまたロンドンの分析をしている。

 彼については、前の特異点――京の都での出会いで、ある程度察することができた。

 外見からして明らかな西洋人であった彼は、疑似サーヴァントなのだろう。

 現代のロンドンを知っている彼は、あの都市に所縁のある知識人の類なのかもしれない。

「だけどまあ、これまでの特異点と変わらないんだろ? まずは探索するのが先だ」

「その通り。幸いマスター全員この場にいます。ある程度の襲撃であれば対応できるでしょう」

「はぐれないように、ってことね」

 この特異点にサーヴァントがいるならば、これまでの特異点と同じように敵対する可能性はある。

 その場合に備え、探索の効率が下がるとしても戦力は集中していた方がいいか。

 だが、これまでの特異点と明確に異なることがある。

「メルト、レベルは?」

「だいぶ下がってはいるけれど……まあマシな方ね。少しは戦いやすくなっているわ」

 そう、メルトのレベルの下降が若干ではあるが、穏やかになっているのだ。

 完全なメルトとは程遠い。

 だが、今のメルトであれば、上級サーヴァント数騎でも相手できるレベルはあるだろう。

「なら少しは余裕があるわね。行きましょう。ここに突っ立っていても始まらないわ」

 凛が先行する形で歩き出す。

 彼女のサーヴァントが戦闘に秀でていないのを悟ったのだろう。彼女を守るように、紅閻魔が前に出た。

 凛は最初から、AIたちからの情報提供は期待していないらしい。

 聖杯の手がかりを知っている者を探す方が早い、と判断したのだろう。

「っと、センパイ。サーヴァント反応を見つけました。此方に向かってきてますけど、どうします?」

 今回表側からのオペレートは存在しない。

 周囲の観測はBBに任せているのだが、早くもサーヴァントを発見できるとは。

 こちらに向かってきている――それが偶然であるか、こちらの気配を察知してのことか。

 どのみち、遭遇してみないことには敵か味方かもわからない。

 レオたちと頷きあう。

 警戒を解かず、待ち構える。

 大通りの十字路、ビルの陰から、それは現れた。

 

 

 ――天国の器になった少女と同じくらいの背丈だった。

 短い黒髪の、東洋人と思しき容貌。

 その小さな体躯に不相応な鎧と、その目元を覆う眼鏡。

 左右の腰には小さな剣を携えた少女。

「……新たな迷い人ですね。ようこそ、悪逆都市アナテマへ」

「アナ、テマ……?」

 少女は静かな、穏やかな性質が見て取れる声でこの世界をそう呼んだ。

「見たところ、サーヴァントとマスター……ですね?」

「そうですが……貴女は?」

「真名は、理由があって告げられません。今は、セイバーと。この都市の案内役です」

 真名を隠したセイバー。彼女は、この都市の案内役を自称した。

 つまり、この都市にはある程度のルールは存在しているのか。

「案内役?」

「はい。まずは此方を」

 渡されたのは、紙の束。

 数字の書かれたそれは、恐らく……。

「……紙幣よね?」

「ああ。表側で使っているリソースとは違う、な……」

「貴方たちが善人であれば、必要なものはそれで買い揃えてください」

「善人であれば……?」

「この都市では悪の方が栄えていますので。正しい手段でお金を得る人なんて、そうそういません」

 ……少し、察した。

 何でもありの――即ち、ルールなんてあってないようなものという世界か。

 どんなことも、生きるためであれば許される、と――

「そして、これが地図と時計の役割を持った携帯端末です」

 その後セイバーは、それぞれに端末を渡してくる。

 地図には現在地とその周辺が表示されており、時計は二十二時前を指している。

 作戦の開始はまだ午前中だった。

 時間は表側とは連動している訳ではないらしい。

「基本的に、二十二時以降は外に出ないでください。今日は私が、安全地帯まで案内します」

「……時間を過ぎたら、何があるんだ?」

「すぐにわかります。戦闘が可能であれば、警戒はしておいてください」

 セイバーが先導するように歩き始めると、何処からか音楽が聞こえてきた。

 二十二時の合図――そう判断したが、一体何が――

「夜――便宜上そう呼びますが、これより翌六時まで、この街は魔性が跋扈する世界となります。どういう経緯でここに訪れたにしろ、この時間帯は決して外に出てはいけません」

 ――気付けば、驚くほど静かになっていた。

 先程までの、まばらに聞こえていたAIたちの声は消え去り、灯りも落ち周囲は一転、闇に包まれていた。

「今回は知ってもらうため、こうして私が話していますが、今後生きていたければ外に出ず声も出さず、そして明かりも灯さないことです」

「……この時間は、AI以外の何かが支配すると?」

「ええ。……ほら、早々に嗅ぎ付けてやってきました」

 セイバーの少女が口を閉じると、僅かに聞こえてきた。

 地の底から響いてくるような、低い、低い唸り声。

 地下――空――隣――何処から聞こえてくるものなのかと耳を澄ませ、隣のメルトが身構えて、ようやく前方に立っているのだと気付いた。

「あれは……」

「サーヴァント……? にしては、気配が変ですね」

 それは、サーヴァントとは断言できない異質さがあった。

 だが、だからと言ってシャドウサーヴァントなどではないし、ムーンセルによって生成されるエネミーの類でもない。

 存在そのものが、他を脅かす災害。

 まさしくそれは、人にとっての外敵(ウイルス)であり月にとっての捕食者(バグ)であった。

 赤と黒が混沌と蠢き、どこからがその存在なのかも判然としない曖昧な輪郭。

 辛うじて四足歩行だとわかるそれは、その形態と唸り声から獣の類と推測できた。

「■■■……」

 その唸り声からは、意思のようなものは感じられない。

 元からそういうものなのか、或いはそのように変質してしまったのか。

 「唸る」という行為を意味も知らずに習性としてのみ有した、機械のような違和感。

 猛獣の如き凶暴な声を上げるには、その獣はあまりに整然としていた。

「どうしますか?」

「え――?」

 セイバーは、いつの間にか腰に下げるものより一回りも二回りも大きな剣を構えながら、問い掛けてきた。

「アレを突破し、逃げるか。朝――活動を止めるまで耐え凌ぐか。それとも、アレを倒すか」

 投げられた三択は、いずれも戦う道を避けられないものだった。

 この特異点における最初の戦闘。

 感情が存在しない機械のような獣であるならば、それは即ち会話による戦闘回避など望むべくもないということ。

 獣が僅か、体勢を低くする。その一秒後を悟ったサーヴァントたちが前に出た。

「ッ――!」

 一瞬で詰め寄ってきた獣を、セイバーの剣が受け止める。

 その隙を的確に狙い、メルトがその脇腹を切り裂いた。

 そして脳天をアーチャーの弾丸が貫く。

 弾けて消えていく獣。

「なに? これで終わり? 大したことないじゃないの」

「……いいえ。この程度であれば、私だけでも対応できる問題です。ですが、そうではない。周囲に警戒を」

 セイバーはそれで終わったとは思っていない。

 今のはほんの一端。あの獣の恐ろしさは、他にあると。

「――――」

 今の獣の消滅を見届けるように見つめている、同じ存在が前方に二体。

 そして、背後にもまた、二体。

 決して今の獣は単一ではない。

「……群れ」

 アレこそ、この夜を支配する存在。

 正体不明の獣たちの群れだった。

「敵数は……?」

 弾けた獣のその痕跡が集束し、またも獣の形となる。

「合計、五体! その中の一体の戦闘能力が突出しています!」

 そう――今倒したものと同等の存在が五体、というわけではない。

 あの中の一頭の魔力は凄まじい。サーヴァントの中でも上級のもの――

「アレが、群れのリーダー?」

「わかりません。ですが、私が知る限り、あの個体だけはこれまで誰に倒されたこともない」

 ――それは、その他の個体に比べ幾分はっきりとした輪郭をしていた。

 赤でも、黒でもない。白い、白い――そこだけ、世界が色という概念を忘れたような外界と隔絶された姿。

 その中で目に当たるであろう部分が二箇所、爛々と赤く輝いている。

 あの群れがリーダーを定めているのであれば、それを討てば危機は去るかもしれない。

 そう思い、メルトにその旨を伝えようとした時だった。

「――――」

 視界の奥で、何かが煌めいた気がした。

 超速で迫ってくるそれが――銃弾だと理解する前に、脳天を貫き――

 

 

 ――その刹那、金属を弾く音が聞こえた。

 

 

「ハ――ク――?」

 少し離れていたために、気付くのが遅れたメルトは、何が起きているのか理解できていないようだった。

 その不意打ちの正体ではなく、その不意打ちから僕を守ってくれた者について。

 獣の群れに集中していた僕たちの中に、銃弾に気付けた者はいなかった。

 だからこそ、それは防げず、必殺の一撃になった筈なのだ。

 それを予期していたように、弾丸を相殺した何か。

 ――否、相殺ではない。

 弾丸を粉砕し、地面に突き刺さった透明な、棒状の何か。

 しゅうしゅうと白い煙を全身から噴き上げるそれは……

「……氷?」

 銃弾を容易く叩き割ったそれは、自身を冷たい煙として吐き出す氷に見えた。

「こんな所に氷が……? サーヴァントの固有能力か、それとも……」

 その、不意にも程がある状況を素早く考察する孔明の答え合わせをするように、氷のてっぺんに降り立つ者がいた。

「――――――――」

 足元までを覆う、黒いローブ。

 頭はフードで隠され、その袖から覗くのは、尖った先端の、黒い槍のような武器。

 左袖からしか見えていなかったそれは、先の氷が伸び、変換されるような形で右袖からも現れる。

 背中を向けていたその何者かは、僅か振り向き、右の赤い瞳を此方に向ける。

 ほんの少しその目が細められる。

 布で口元を覆っており、辛うじて目元しかわからない。

 ただ此方を確認しただけのようで、視線を前に戻す。

 そして、再び右の武装を氷のように変換し――銃弾が飛んできた先に向けて射出した。

 

 

 +

 

 

「まったく……考えなしだなあ。飛び出してっちゃったよ」

 ガチャガチャと、忙しなく音を鳴らしながら、一人が呆れるように言った。

「そう唆したのは貴様だろうに。しかし、聊か意外だ。貴様の方が後先考えずに出ると思ったのだが」

 光が僅かしかないその暗闇でもまるで困っていないように、一人が本を捲りながら返す。

「残念でした。こう見えても、それなりに慎重なの。それに……ムカつく奴だけど、アイツの事は信用してる。それならこっちはアイツが頑張っている間、準備するだけだよ」

 “準備”に勤しむその者を匿う男は、書を読む目をその者に向ける。

 出力は上々。肉体の無理を補うそれは、この場に残る者の方が負荷は小さい。

 ゆえに、先立って飛び出したあの者が耐え切れるのかどうか――僅か、気掛かりだった。




オリ鯖の少女、セイバーと獣の群れ、謎の人物(氷属性)さんです、よろしくお願いします。
という訳でやってきたのは巨大都市アナテマ。
ここを舞台に、これまでよりオリ鯖多めの戦いが始まります。
多分今までの平均より大体倍くらいオリ鯖増えてると思います。


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第三節『毒を継ぐもの』-2

 

 

 それは牽制だったのだろう。

 一発撃っただけで、その後は見向きもせず、その人物は獣との戦闘に移った。

 二丁の得物から放たれる真っ黒な弾丸で獣たちを追い込み、適格に一カ所に纏めていく。

 ――この場のサーヴァントたちは、それに手を貸すことはない。

 困惑と警戒か。マスターたちを守るように、傍で構えている。

 先の不意打ちのこともある。何処で誰が狙っているか、分かったものではない。

 そして、その状況を継続できるほどに、獣の相手を一手に担う人物は高い実力を持っていた。

 サーヴァントのような雰囲気は感じられない。だが、力は間違いなくサーヴァントに匹敵するもの。

 その武器は、遠近どちらにも対応できるものだった。

 近距離ではやや短めの双槍として機能し、離れればその先端から弾丸を発射する。

 高い威力を望めばその砲身ごと凍結させて射出し、標的を粉砕する。

「……神造兵装の類か」

「――アーチャー? 何か分かったの?」

 その、どんなカテゴリに含めれば良いのか判断できない武器を見て、アーチャーは呟く。

「ああ。あの中途半端に近代兵器を取り纏めたような形態は、あくまで手で取り回せるように変形させているだけに過ぎない。本質は神霊クラスの力だな。どこからの出典かは知らんが」

 アーチャーの目利きによれば、あの武器の外見はあくまで見せかけらしい。

 しかし、それにより少なからず制限されているだろう武器の力で以て、その人物は獣たちを圧倒している。

 単純な相性の問題か――僕たちと戦っていた時に比べ、獣たちは攻撃にやや消極的になっているように見えた。

「……セイバー、何か知っている?」

「……貴方たちがあの獣に――この街の悪に抗おうというのなら、味方である、とだけ」

 味方――確かに、僕を助けてくれた。

 それだけを理由に信じるのは浅慮だ。だが――

 何か、胸がざわつく。

 気のせいかもしれない。そもそも、それは目の前の人物に対してのことか。

 こんな感覚は初めてだ。信じられるか否かの判断材料にはなり得ないが……何かを、知っている気がする。

 そんなことを考えている間にも、その人物は獣たちに対し、決定的な好機を作り出していた。

 ブラフの弾丸を織り交ぜることで獣たちを一カ所に纏め、そこに向けて片側の武器を構える。

 放出されたのは、青白い炎のような魔力。

 対軍か、それ以上かというほどの威力を持った奔流は獣の群れをいとも容易く呑み込んだ。

 その前方にあった建物に大穴を開け、通った跡には何も残さない。

 たった一頭、高い力を持った白い個体のみがどうにか範囲から逃れ果せ、此方を一瞥してから走っていった。

「……」

 それを見届けつつ、その人物は炎を放った武器の砲身を凍結させ冷却する。

 追う意思はないらしい。戦闘が終了したとばかりに、ほんの少し、力を抜くのが分かった。

「……ありがとう。助けてくれて――」

 正体は不明だが、助けられたのは事実。

 礼を言うが、此方に目は向けられない。

 危険がないかと周囲を見渡し、その後ビルの影に隠れるように消えていった。

「……何だったんでしょう」

「わからない。けど……味方であるなら、一度話はしたい」

「その判断は、また今後に。今は安全な地帯に案内するのが先です」

 脅威は去った。セイバーはそう判断し、移動を始める。

 その後、その場に辿り着くまで他のサーヴァントなど、敵と遭遇することはなかった。

 

 

「ここは――」

「安全地帯。この街のルールとして取り決められた不可侵地帯です。貴方たちは、このフロアを拠点として使ってください」

 セイバーによって連れられたのは、他とさして違いの見られないビルだった。

 その中の一フロアに、何回かに分けてエレベーターを使うことで、全員が入り込んだ。

 数十人分の席が用意され、今の人数であれば十二分に余裕のあるオフィス。

 エレベーターを降りた廊下と、幾らかの設備のある部屋にオフィス、それらが、僕たちに与えられた安全地帯とのことだ。

「この階は、備品も含め貴方たちが自由に使って構いません。ただし敵対存在との戦闘行為は二十二時以降より翌六時までの、安全地帯外においてのみ認められています」

「……それを破ると、どうなるんだ?」

「特殊なファイアーウォールにより、消滅処理が施されます。例外と判断される場合もあるようですが、それには期待しないよう」

 ……聖杯戦争における敗北処理のようなものか。

 如何に強力なサーヴァントであっても、あの障壁を突破するのは困難を極める。

 あの壁による処理は、ムーンセルにおける絶対的な法則の一つなのだ。

 ファイアーウォールの運用も含め、徹底的にルール付けのされた世界。それがこの例外たる特異点か。

「ある程度戦える手段を持つと判断した以上、この時間帯に何をするなとは言いません。ですが、この街には悪を是とするサーヴァントたちが多く召喚されている。それらを相手取る危険性は、忘れないでください」

 それで言うべきことは終わったのか、セイバーはオフィスを去っていく。

 彼女はここに連れてくるための案内人であり、味方という訳ではない。

 ゆえに僕たちに与する道理もない、ということか。

 オフィスの扉が閉じられると、静寂が支配する。

 近くにあった電気のスイッチを押すと、部屋に明かりが灯る。ひとまず全員を見渡し、誰一人欠けていないことを確認する。

「……ひとまず、何もわからないうちはルールとやらに従うしかないわね」

 椅子を蹴って自分の方に向け、腰掛けながらメルトは溜息をつく。

 それを皮切りに、皆がやや躊躇いながらも近くの椅子を引き、座っていく。

 ある程度順応できる施設であるのか、シンジと凛は早々にデスクに備えられたパソコンに電源を入れた。

「そうだね。場所もわからない以上……この街にいるサーヴァントたちとの接触はまだ出来ないか」

「手掛かりになる情報くらいこの部屋で見つけたいモンだけどな……お、ネットには繋がるのか」

 どうやら設備はある程度整えられているらしい。

 開いた検索エンジンにシンジは慣れた手つきで幾つか検索ワードを打ち込み、頷いた。

「……外のニュースは入らないな。この都市内での情報ばかりだ。なのにバカにヒット数が多い、結構手が込んでるよ、この特異点」

「検閲が入ってなければそれなりに有効な情報源になりそうね。探る価値はありそうよ」

 シンジや凛は早々にネットからの情報収集を始めた。

 この特異点内の情報に関しては、それなりに存在しているようだ。

 ならば何か、有益な情報が見つかるかもしれない。この部屋にただいるだけより、ずっと有効だ。

 ひとまずネットの情報は二人に任せよう。僕も僕で、確認しておきたいことがある。

「僕は他の部屋を見てくる。何かあるかもしれない」

「では、わたしも。お母さま、BB」

「はいはい」

「私もですか? まあ断る理由はないですけど」

 廊下から繋がる他の部屋。それらも使用を許されている。

 であれば、一度確認しておくべきだろう。

 カレンにメルト、BBを伴い、部屋を出ようとする。

「あ、BB。給湯室があったらコーヒーお願い。砂糖はいらないわ」

「……リンさん? 私オペレーターであって使い走りじゃないですからね?」

 当然のようにBBに指示する凛。曰くサクラがオペレーターを務めたマケドニアの特異点でもこのようなことがあったらしい。

 今回は現地で用意が必要な以上、少々事情が違うのだが……。

「はぁ……まあ、あったら、ですからね」

「はいはーい。よろしく」

 聞いているのか、聞いていないのか。

 ディスプレイに向かう凛の顔色を窺うことは出来ないが、どうも目的のものがやってくることを確信しているらしい。

 直感か、はたまたこの部屋に来るまでに確認済みなのか……。

 後者だろう。その上で、「無ければ構わない」という逃げ道を作り、BBへのせめてもの意趣返しを行ったのだろう。凛のことだし。

 案の定、部屋を出て最初に確認した部屋が給湯室であり、悔しそうに歯噛みしたBBは、「濃さと温度は指定されていないので」とびっきりに濃くて熱い、ついでに安い(らしい)コーヒーを用意するという地味な仕返しを敢行するのだった。

 

 

 フロアはこの階だけである程度の生活は可能な程に充実していた。

 先の給湯室をはじめとし、トイレや仮眠室、シャワー室といった生活に必要な設備は一通り揃っている。

 特に資料室と思しき部屋はちょっとしたものだった。

 この特異点に直接関係があるものではないが、ジャンルを問わずそれなりの数があり、こんな状況でもなければ読み物には困らないほどだ。

「うーん……術式が込められていたり細工の施された本はなさそうですねぇ」

 コーヒーを凛に渡し、何がある前に即座に戻ってきたBBが何冊かパラパラと捲りながら言う。

 魔導書――何らかの術式を込めたデータファイルの類は見つからない。

 どれもこれも、地上で刊行された本の再現に過ぎないようだ。

「……結局、有益そうな情報はこのくらいか」

 だが、この都市についての情報を知る手段を一つ見つけることが出来た。

 資料室の隅に積まれていた新聞の山である。

 どうやら地上のものではなく、この都市について書かれたものであるらしい。

 日付は数日跳ぶところもあり、厚さもない。時たま刊行されている程度のもののようだ。

 しかしまぁ……軽く目を通すだけでも、見えてくるものはある。

 その殆どに、とある名前が出てくるのだ。

 その名はAIとして再現されるには考えにくく、かといって生きた人間としてこの都市にいるとも思えない。

 ほぼ間違いなくサーヴァントであり、悪事や居場所の考察が書き連ねてあるその新聞はこの名を持つ人物のバッシングにのみ使われているようだった。

 つまるところその人物はこの都市における住民共通の敵であるか――もしくは、この新聞を発行している者にとって都合の悪い人物だということ。

 ――その人物の名は、知っている。

 

 ――ジェームズ・モリアーティ。

 

 かの世界的な探偵シャーロック・ホームズ最大の敵として立ちはだかった大犯罪者として描かれる人物。

 自身は手を動かさず、部下を用い華麗に悪事を完遂させるその様は、糸を巧みに操る蜘蛛が如し。

 ホームズ以外に決して疑いを向けられることなく、最後にはその宿敵と共に滝へと落ちた悪の親玉。

 新聞は彼を徹底的に批判しており、居場所について有益な情報を提供した者には多額の謝礼を支払うとの記述さえある。

 この都市にいる悪を是とするサーヴァント。彼はその一人と見ても良いだろう。

 そんな風に、サーヴァントらしい存在の記述がないかという視点で見てみれば、幾つか目に入るものはある。

 気になるものが、『黒魔女』と『幻獣乗り』。

 どちらも真名は記されていないが、呼称からするにサーヴァントという可能性は高い。

「……やっぱり、これだけだと該当は多すぎるよね」

「ええ。せめてどんな魔術を使うかだとか、どんな幻獣に乗っているかだとか、そのくらい書いておいてほしいわ」

 歴史や伝承を紐解けば魔女と呼ばれた人物は、多くいる。

 大海の特異点で敵対したメディアが好例だ。

 幻獣乗り――此方は魔女に比べればだいぶ人数が絞られるだろうが、それでも確定に至るには情報が足りない。

 少なくとも、歴史に名を遺す実在の人物ではないだろうが……。

 ともかく、これらは一度皆に見せた方が良いだろう。

 数日分を纏めて持つ。恐らくネットでも手に入る情報だが、新聞という異なる媒体での情報はまた違った意味合いを持つ。

「ところで、カレン。ゲートキーパーは……?」

 残った新聞を片付けながら、ふと疑問に思いカレンに問う。

 この特異点にジャンプしてから、彼の姿を一度として見ていない。

「……ずっと霊体の状態です。今はオフィスにいるようですが……」

「そうか……」

 これまでの特異点でも戦闘には消極的であった彼だが、それでも姿を見せないということはなかった。

 気まぐれか、それとも、この特異点に何か思うところがあるのか。

 不安げなカレンの頭を撫でる。その上に重ねられたカレンの右手に刻まれた令呪は、形を削ったままだ。

 特異点での作戦が完了し月に帰還すれば、令呪の補填は出来る。

 大海の特異点で使用したそれを回復させないのは、カレンなりの誠意らしい。

 正体不明のサーヴァント。その心は、未だ開いたとは言えない。

 だが、この月を舞台にした戦いで、ある程度でもいい――カレンを認めてほしい。

 敵としてではなく、味方として召喚に応じてくれた以上、彼もまた未来の消滅を憂いた英霊の一人なのだろう。

 そんな彼が、この都市で活動する一人に対し、強い感情を抱いていたことは――今はまだ、知らない。

 

 

 ――余談だが、この後オフィスに戻った時、凛に監督責任だとガンドをぶち込まれたのは言うまでもない。

 遺憾なことに、この特異点における最初の傷は、一杯のコーヒーから始まった下らないにも程がある同士討ちだった。

 その他、現代知識を持つとはいえ機械に順応した訳ではない一部のサーヴァントによりパソコンが二台ほど臨終していた。

 容疑者は原形を留めず黒い煙を噴くパソコンだったものを前に、「わ、わたくしが悪いのではなく! 精神的ぶらくら……? なる悪辣な罠のせいです!」などと供述した。




【悲報】マイクラを踏むサーヴァント

というわけで拠点確保。広めのオフィスです。
生活のための設備もバッチリ。ところでこんな所のコーヒー飲んで大丈夫ですかね。
ややコメディ寄りな雰囲気ですがご安心ください、難易度は上がります。
ちなみにきよひーはマイクラ踏んでビビッて火とか出しちゃったんだと思います。

そしてモリアーティについて言及。
FGOにて真名を隠して登場するサーヴァントに関しましては、原則真名を出す状態での登場となります。ご了承を。


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第四節『月底のポイント・ネモ』-1

Q.何してた?
A.ポケモンやってた。

更新遅れてすみません。明けましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いします。


 

 

「ふぅん……ジェームズ・モリアーティね」

「やっぱり間違いなさそうね。ソイツがこの街にいる大きな力を持ったサーヴァントの一人なのは」

 オフィスで待機していた皆も、有力な情報を見つけていた。

 多くのサイトが検閲されており、断片的、ないし偏見を含んだ内容しか載っていないものの、一つだけ、それがされていない場所があった。

 どうもこの街の住民たちが利用する、電子掲示板らしい。

 そこの書き込みにも、ジェームズ・モリアーティの名前は多く見受けられた。

 匿名で自由な書き込みがされている分、その内容は新聞よりも踏み込まれている。

 とはいえやはりジェームズ・モリアーティは、その名に違わぬ実力者のようだ。

 名前は周知されていれど、それ以上の情報は核心に迫るものではない。

 街で起きた事件は彼が関与している。この街で悪と呼ばれている者の裏には彼がスポンサーとしてついている。

 そんな話題は数多いものの、何処までが真実で何処までが虚偽かもわからない。

 そして、彼は潜んでいる場所もまた不明らしい。名前だけは出てくるが、表舞台に姿を現すことはない――彼に接触するのは、まさに霞を掴むが如し、といえる。

 では、その他はどうか。単語を絞って調べてみれば、新聞の内容を補足するように情報が集まってくる。

 特に、黒魔女。

 彼女に関しては、目撃例がそれなりに多い。

 そのほとんどがAIたちが夜、何らかの理由で外に出てあの獣たちに襲われた際、救ってくれたという話だ。

 見た目は十代半ばといったところの少女。そして彼女が関わる話には必ずと言っていいほど、『女神』なる存在が見受けられる。

 どうやら黒魔女の主――黒魔女がサーヴァントだとしたら、マスターだろうか――であり、彼女に指示を出せる者のようだ。

 黒魔女がその名の通り黒である一方で、女神は白。黒魔女に対して白魔女と呼称している書き込みもある。

「……共に行動しているサーヴァントかしらね。あの獣と敵対しているって点だけなら、利害は一致しているけど」

「味方と判断するにはやや軽率でしょう。あの獣は夜間における、この街共通の脅威であるように思えます」

 情報を得る上で誰か、この街に詳しい者に接触したいのは山々だが、それで敵と出会ってしまうのは避けたい。

 である以上、少なくとも今の段階で味方、と判断出来る者――

「……じゃあ、やっぱりこいつらか?」

「そうね。さっきのセイバーの言葉を信用するなら、だけど」

 ――それは、ここに書き込みしている者たちにとっての希望の象徴であるように思えた。

 『剣』と『盾』――そう呼称されている二人。

 獣の襲撃において黒魔女が助けてくれるかは、あくまで女神のご機嫌次第らしい。

 だが、そうした気分ではなく、間に合いさえすればAIが逃げるまでの時間稼ぎは約束してくれる英雄が、二人いる。

 剣――先程助けてくれたローブの人物は、どうやらそう呼ばれている。

 そして、盾。二人が同時に現れるということはないが、書き込みを信じるならば敵同士ではない、とのこと。

 どのような目的があるにしろ、間違いないのはこの都市の民の味方、ということだ。

「仲間がいるという点が気になりますが、初手としてはベターですね。出会うのにも苦労はしないでしょうし」

 獣と交戦していれば、二人のうちどちらかには遭遇できる可能性が高い。

 問題は先程のように、戦闘の隙を狙った外部からの不意打ちの可能性だが――どの道危険を冒さなければ解決など出来まい。

「……じゃあ、ひとまずこの、『剣』および『盾』との接触を当面の目標としよう。首尾よく味方となってくれれば良し。最低でも敵対はせず不可侵の取り決めはしたいところだね」

「となると、今から早速行くのかしら。どうせこの時間帯くらいしか期待は出来ないわよ」

 基本的に夜間しかこの二人の動く危険が無いとなると、それ以外の時間に接触を試みても上手くはいくまい。

 出会うならば戦闘時、というのが可能性としては高かろうが、今から戦闘を行うというのは避けたい。

 初戦闘を終え、僅かながら此方も消耗している。それにまだこの辺りの地理の把握等も行っていない。

 それらが安全に行える時間帯があるならば、一旦それを挟んだ方が良いだろう。

 メルトの問いに、首を横に振る。今宵はもう動かない。

「動くのは次の夜から。昼間には少しでも情報を集めよう。聞いた話では危険はないらしいけど、出来るだけマスターは複数で行動を心がけて、定期的な連絡を行うことにしようと思う」

「戦闘向きのサーヴァントはなるべく均等に分けたいところね。私のキャスターやラニのアバ……ジャックなんかは単独でのサーヴァント戦は厳しいわよ」

 凛の言う通り、直接的な戦闘を不得手とするサーヴァントがこの中にはいる。

 凛が召喚した孔明。彼は軍師だ。その本領は味方の戦闘を有利に進めるための指揮にある。

 そしてラニのジャック――どうやらクラス名で呼ばれることはあまり好まないらしい――彼女もまた、戦闘向きのサーヴァントではない。

 僕が知っているジャックはアサシンクラスの彼女たちだが、それと類似した能力を持っているとすれば確かに、直接の戦闘よりは搦め手の方が得意だろう。

 そしてシンジが契約しているアマデウス。彼の音楽魔術もまた戦うためのものではない。

 神髄を発揮すれば大英雄たるヘクトールの槍の勢いさえ殺すほどだが、やはりそれは味方のサポートでこそ活きるのだろう。

 後は清姫――京の特異点の決戦で見せたあの宝具は規格外ランクに位置するものだが、通常時の彼女のステータスはごく低い。

 まあ彼女に限ってはメルトと契約している以上、必然的に僕たちと行動することになるだろうが。

 彼らにはいざという時のため、戦闘向きのサーヴァントが共にいた方が良い。

 それを考慮し、不測の事態に対応できるチームを組む必要があるだろう。

 

 

 月の裏側に昼間という概念はない。

 仮初の太陽も現れることなく、しかし街中の消えていた明かりが灯ることで昼間に匹敵するほどの明るさを齎している。

 これが、この街にとっての昼なのだろう。

 AIたちが活動を始め、危険が感じられないほどの喧噪が再び街を包む。

 そんな中で――妙な疲れを覚えながらも、僕はそれまでいた建物から出てきた。

 安全だという時間を迎え、一旦のチームを組んで外に出たのが二時間ほど前。

 それだけの時間が経過しながらも、たった一つのビルの、一フロアがあまりにも安全だと分かったという収穫しかないことをレオたちに伝えるのは、随分と勇気が必要だった。

「……まあ、想定できなくもなかった事態ではありますか」

「まさか初日でとは思わなかったけどね……」

「一応聞くけれど、緊張感持ってる?」

「……面目次第もない」

 レオの苦笑、凛とミコのやや冷たい視線は当然のものだった。

 初日だからこそ、最初の定期連絡では得られる情報に期待をかけるものだろう。

 その結果がこの始末であれば、呆れるのが当たり前だ。

「ほどほどにお願いしますよ。待機している僕たちにとっては外の情報は貴方たち頼りなんですから」

 遠まわしに釘を刺され、レオが通信を切る。

 幸先が悪い、という訳ではないのだが、やはり女性というものを侮っていたというほかない。

「デオン、それだけでいいの?」

「ええ……私はあくまで騎士。いざという時動きにくくては本来の役目が果たせませんから」

 英霊とは英雄の現身。当然ながら、その容姿、服装は生前の国や時代のもの。

 そしてそれではこの近現代を模した都市には相応しくない――そう言い出したのはマリーだった。

 そこにBBが賛同し、随分と都合よく目の前にブティックがあったことから、その後一時間以上の停滞は確定した。

 シンジとラニ、彼らのサーヴァント、清姫と紅閻魔、BB。

 そんなチームのうち、ラニを除く女性陣はマリーに便乗し、せっかくだからと衣装を改めた。

 ……セイバーも多分、渡した紙幣をこう使われるとは思わなかっただろう。

 結果として、僕たち一行は多少なり、この街に順応した集団となった。

「ラニはいいの? 何も買わなくて」

「はい。私はそれほど、服を変える必要性を感じてはいませんから」

「……」

 ――現代に即した服装をしているから、と信じたい。

 いつか、彼女について知ってしまった秘密はきっと無関係だ。

 ともかくラニは自身の服は買うことなく、傍に立つジャックに外見相応の衣類を一揃え買っていた。

 最初に見たときは半透明であったジャックだが、今は完全に実体化している。

 恐らくはアバターというクラスゆえの曖昧な自己を、今の姿に集中させることで最大限明確化しているのだろう。

「紅さん、それ下ろさないんですか? はっきり言いますがそれのせいで台無しなんですけど」

「まあ、気持ちくらいはってな。あと、これは手放せるモンでもないし」

 日本のサーヴァントである清姫と紅閻魔は、現代の洋服に身を包むだけで雰囲気が随分と変わる。

 紅閻魔はそれでもなお背中に括り付けている棺が隠し得ぬ違和感を醸しているが……。

 僕やシンジはこの街に即している――とは言わないまでも、現代風の服を用意した上でこの特異点に降りてきた。

 よって男性で服を購入したのはサンソンとアマデウス、英霊として、己の時代の衣服に身を包んでいた二人だけだった。

 対して女性陣はラニを除く、全員が思い思いの服を買い、既に着替えを完了している。

 ――無論、BBとメルトも含めて。

 サーヴァントたちに関しては、今の服装でも普段の衣装と変わらず、霊体への変換や戦闘が可能な状態となっている。

 ラニが衣服を礼装に変換し、サーヴァントに依存させる術式を組めたことが大きい。

 メルトが持つ私服のように、対魔力や防御力の強化など特殊な効果を発動する訳ではないが、本人たちの士気にも直結するだろう。

 それに、この街に違和感のない服装の方が、行動するにもやりやすい。

 この街のAIたちは、僕たち――月の管理者の存在を知らないらしい。

 そのため無条件で協力を仰ぐことは出来ない。ゆえに外見から疑いを持たれることはできる限り避けたいのだ。

「……うん、偶にはこういうのもいいわね。変にヒラヒラしているより邪魔がなくて動きやすいわ」

「……」

 ピッチリとした黒スーツ。

 髪を後ろで纏めたメルトは普段と違い、可愛らしさより格好良さを前面に押し出している。

 まるでSPか執事か。メルトらしさからは離れるが、また違う魅力を引き出す――なるほど、そういうのもあるのか。

 この十年、その方向性を見つけられなかったなんて――

「……ハク。くだらないこと考えてるんじゃないわよ」

「あ、はい」

 どうやら顔に出ていたらしい。

 メルトのみならずBBやシンジ、ラニまでも呆れた表情で此方を見ていた。

「まあ……なんだ。せめてこの特異点を解決するまでは自重しろよ」

「……僕を何だと思ってるのさ……」

 決して今のメルトにそういう感情を抱いていた訳ではないのだが……。

 どうも、また広範囲の誤解を抱いてしまったような気がしてならない。

「なるほど……そういう迫り方もあるのですね。ぎゃっぷもえ、とかなんとか。ああ、わたくしの時代にこのような衣があれば――」

「……貴女、頭茹ってるの?」

 そして清姫は清姫で別の勘違いをしていた。

 メルトと契約を継続している清姫だが、戦闘面における相性は良くはない。

 そもそも、清姫自体あまり戦闘に秀でたサーヴァントではない。

 だが、どうやら性格面では気の合う部分もあるようで――こうしてメルトの行動を大小さまざまに勘違いして解釈することがこれまで何度かあった。

 正常な思考をしているようでやはりバーサーカーなのか……。

「さて、買うものも買いました。行きましょう」

「あ、ああ――」

 これ以上脱線するのは好ましくないと思ったのだろう、ラニが切り出す。

 元々の目的は情報収集。定期連絡で凛たち待機組から聞き出した新たな情報がある。

 それは、僕たちの次の行動を決めるには十分な内容だった。

 ――この街には、市長が存在する。

 であれば、するべき行動は自ずと決まる。

 『剣』と『盾』の居場所は分からないが、その者の居場所は分かっている。

 

 ――街の中心地、最も高い建物、即ち市庁舎。

 そこにいるという市長――この街の管理者に会うことだ。




進歩らしい進歩がない回。
強いて言えばメルトがスーツになりました。
その他の面々も着替えてはいますが描写はしません。面倒くさい? はははそんなまさか。


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第四節『月底のポイント・ネモ』-2

明日辺り何かが実装される気がして私の中で緊急警報が鳴りつつある。


 

 

 違和感があった。

 市庁舎に入り、市長に会いたいと伝えると、とんとん拍子で許可が下りた。

 此方を疑う様子もないことに逆に覚える不審。

 現在僕たちは警戒も兼ねて待機している皆との通信を繋いだまま、案内に従いエレベーターに乗っている。

 目指すは最上階。

 相手――市長なる人物が何を考えているか分からない。

 だが、戦闘となった場合、撤退するのは難しいだろう。

 どんどん上へと昇っていくエレベーター。街を歩くAIたちはみるみるうちに小さくなっていく。

 そして、目線の高さにある建物がひとしきり無くなった頃――エレベーターは動きを止める。

「こちらです。どうぞ」

 AIの女性に促され、エレベーターを降りる。

 そして通路の向こう側、この階にたった一つなのだろう部屋の扉を叩いた。

「市長、お客様です」

『通せ』

 扉の奥から短く、強い返答が返ってくる。

 開かれた扉。警戒を解かぬまま、部屋に入る。

 小奇麗であまり使いこんでいる様子の見られない、雰囲気だけのために並べられたような家具の数々。

 秘書のように傍に立つサーヴァントには見覚えがあった。

 この特異点に降り立って間もなく、僕たちを拠点まで案内してくれた少女、セイバーだ。

 だが――言葉を交わすことは出来なかった。

 思えば、彼女の存在を認識出来たことは、現実逃避の一環だったのだろう。

 無意識に、そうしなければならないほどに、そこにいた者の存在は信じがたかった。

「……ああ。待ちかねた。本当に待ちかねたよ。生まれてからずっと夢見てきたことが今、叶った」

 感慨深げに思いを吐露するその女性と面識がある訳ではない。

 きっと、この場の誰もがそうなのだろう。

 でなければ、誰かしらが声を上げている筈だ。

 だが、向こうは此方を知っているようだった。

 その強い思いは、僕たちの中の複数名に向けられている。

「月の中に在りながら、月から忘れ去られた焼け跡。初期化(フォーマット)に上書きされた廃棄場。見放されたと確信していたが……やっぱり違った。貴方たちは、来てくれた」

 微笑む女性は、思わずといった様子で椅子から立ち上がる。

 足元から首元までをすっぽりと覆う黒いコートで体の大部分は隠されている。

 おおよそ確認できるのは、背丈にしては幼い顔のみ。その顔だけで、当たり前のように彼女の出自は推測できた。

 だが、その推測こそ考え難いもの。もしも目の前の光景が真実であるならば、何処かしらで、僕たちは彼女の存在を知っている筈なのだ。

 動くたびに、彼女を構成するリソースが桜色の輝きを灯しながら散っていく。

 そう、そのリソースは、紛れもなく――

「私の自慰行為にも意味があった。感無量、という奴だな」

「…………一体、君は」

「――いい声だ。焦がれるような熱さが全身に沁みていく。なるほどこれが――」

 言葉は通じている。

 だが、問いの答えは返ってこない。

 回答よりも優先すべき初めての感覚を、彼女は全身で感じてしまっているから。

 しかし、此方にとって彼女の存在はあまりにも大きな疑問だった。

「教えてほしい。君は誰なんだ」

 もう一度、強く問い掛ける。

 僕とさほど背丈の変わらない女性は、長い髪を揺らしながら肩を竦めた。

「……たまの陶酔くらい浸らせてほしいな。とはいえ、貴方たちのような客人に対してそれを言うも失礼か。分かった。貴方たちが望むのであれば、私は誇りと自信を持って名乗ろう」

 だが、彼女に気落ちした様子はない。

 寧ろ待ちに待ったとでもいうように、大仰に手を広げ、再び笑みをこぼす。

 

 ――私の名はネモ。正式名称、アネモネ・ネモ。

 

 ――焼け落ちて、忘れ去られたこの場所で、全てが終わった“(あと)”に生まれ、全てを始めた者。

 

 ――貴女が意図せず作った、最後のアルターエゴだよ――母さん(BB)

 

 その名乗りは自信に満ち溢れていた。

 己の出自は、その道程は、全てが誇りあるものだと確信しているように。

 散っていくリソースは、まさしくサクラメントそのもの。

 あの事件(CCC)の残滓は、僕たちに、何より(BB)に、高らかにその名を宣言した。

 

 

 その正体、その出自は、予想の通りだった。

 だが、本人から告げられてこそ、より理解が追いつかない。

 あの事件は確かに終わった。その内部に、後に続くものなど存在しない。その筈なのだ。

「……なん、の。――なんの、話ですか?」

 心底から信じられないといった表情のBB。

 対し、アルターエゴ――ネモは飄々とその驚愕を受け止めていた。

「信じられないのも無理はない。私はあの事件には存在していなかったからね。あの事件の跡に生まれた、あの事件最後の残滓、それが私だ」

「あの事件……? わかりません、私は確かに、アルターエゴという己の分身を作り出した。でも、そこに事件性はなかった筈です。貴女の言い分は前提からして間違っています」

 存在以前に、BBは前提から理解が出来ない。

 それもそのはず。BBにはもう、あの事件の記憶がないのだから。

 アルターエゴたちも含めて、サクラやBB――CCCに関わったAIたちからは事件の記憶が抹消されている。

 それどころか、もう月に記述そのものが存在しない。

 覚えている者は、ただ己の記憶に焼き付いているだけ。

 記録としては完全に消失した事件を、BBが覚えている訳がない。

「――くっ、はは。そうか。そういうこと。どうやらよっぽど念入りに焼き払ったみたいだな、センパイ?」

「ッ――」

 その呼称は、確かにBBの――そして、あの夜に消えたエゴたちのものだった。

 BBが自身どころか、事件のことすら知らない理由。ネモはそれを瞬時に理解したらしい。

「ふむ。ではどうするか。私としては是非とも話したいのだが、センパイの意思を尊重したくもある。しかしだ、センパイ。聞きたいだろう? この街が何たるか。そして私が何たるかを」

 ――勿論、それはこの特異点たる街を攻略するのに必須だ。

 だが、今それをBBに告げるというのか?

 あの事件はもう終わった。今更、BBの記憶に再び刻み付ける必要なんてない――

「……センパイ。何か、私の記録には偽りがあるんですか……?」

「ッ、それは……」

 偽り、ではない。今の記録こそ、月においては正式な結末であり、正式な現在となったもの。

 だが、消失した真実も確かにある。

 言葉に詰まったことこそ何よりの証拠、そう判断したのだろうBBが一歩詰め寄り、それをネモが制する。

「まあまあ。センパイにも理由がある。それに記憶があったところで私の存在など知らないさ。自身が作ったアルターエゴ、記憶にある限り、何体なのか聞かせてくれ、BB」

 己より背の高いネモを警戒するように離れ、試されているかのような視線に苛立ちを隠さず、BBは答える。

「……“慈愛”のカズラドロップ、“純潔”のヴァイオレット、“渇愛”のキングプロテア。以上です。貴女の存在など、知りません」

「――――そう。そうだろうな」

 ――全身を、走るような寒気があった。

 “それ”を、BBが知らないのは当然だ。

 そしてネモは、BBの回答に空いた孔を知っているかのように、笑った。

 あの夜を知っている者、そして、あの夜から生まれた者であるという、何よりの証明だった。

 僕の様子を悟ったのだろう。満足したようにネモは頷く。

「その見解は真実だ。少なくとも、己の中では。そうだろう、キヨヒメ。君になら分かる筈だ」

 話を振られた清姫は、綽綽とした態度が気に入らないのか、目を細めた。

「……何故わたくしの名を? 出会って数分、貴女に名乗った覚えはないのですけれど」

「この街の住民、客人の名くらいは把握しているさ。だからこそ、君に問いたい。母の――BBの言葉は嘘か、否か」

「…………それを問うが、わたくしとしてはひどく気に入りませんが。ええ、真実ですとも。びぃびぃさん、ですか? 彼女の言葉に偽りはありません」

「然り。その上で……私の出自は偽りか?」

「……そうであれば、わたくしは貴女に一番に牙を立てているでしょう。知った上でなお聞くのは感心しませんわ」

 恋い焦がれた相手に裏切られたことにより竜へと変じた清姫は、この世の何より嘘を嫌う。

 僅かな虚偽をも鋭く嗅ぎ付け、それを払うのがサーヴァントとしての彼女。

 ゆえに、清姫がそう言うならば真実。ネモはそう、BBの記録の過ちと己の事実を証明した。

「ありがとう。そして謝罪しよう。君の信条を利用してしまいすまない。さて、BB。私からは貴女に真実を告げはしない。それはセンパイなり、メルトリリスなりから聞いてくれ。そして自身の知らない何かを前提としている――それを理解したうえで、私の話を聞いてほしい」

 僕たちから離れ、ネモは椅子に座りなおす。

「私はあの事件が終わり、その焼け跡で生まれた。残ったリソースの集合体さ」

 CCCは、元凶たる女の死によって解決した。

 月の裏側はサーヴァント・オブザーバー――ライカによって焼き払われ、僕たちが表側に退去した後、消滅した。

 その後、事件の影響がない形で復元されたもの。それが今の月の裏側だ。

 だが彼女の弁はそれとは違う。燃え尽きた筈の月の裏側に、何か残ったものがあった、と。

「ほんの些細な残り滓。人間一人二人が辛うじて閉じこもれる程度の空間で、私は目覚めた。初期化の炎から逃れた、たった一つの部屋で、ね」

『ッ――――それって……』

 ネモの言葉に反応したのは、通信で繋がっている凛だった。

 初期化から逃れた極小の空間。僕には覚えがない。だが凛には何か、思い当たる節があるようだ。

「気付いたかい、リン。偶然か必然か、あの事件に関わった者が多い。一人くらいそういう人がいても当然か」

『……ええ、そうね。ただ一つ気になるのは、あんな場所に貴女が生まれるだけのリソースがあったか、って話よ。あまりに天秤が釣り合ってないわ』

「あんなバグ溜まりでバランスを考えるものじゃないよ。事実として私はあそこから生まれた。そして、月にも認識されない虚構の海の中で、作り出したんだ。廃棄物が平等に、最後を謳歌できる街を」

 言いながら髪を揺らすと、再びサクラメントが――彼女を構成するリソースが零れ出す。

 ごく僅かな世界で生まれた彼女は、何らかの過ちにより大きな力を持って生まれた。

 そしてそれを元手に、この街を作り出したのだという。

 月の裏側は上書きされた。だが、その前に在り方を変えたその空間だけは、初期化されず、かといって月から観測も出来ない領域となった。

 その中で誰に気付かれることもなく、ネモは空っぽな世界を広げていたのだ。

「無限に例外に繋がる道がある月だからね、何処でもない場所に迷い込んでしまうAIたちも少なからず存在する。その行き先を私は此処に定めた。センパイ、貴方たちは例外を見つけても、その先――行き止まりまでは見ないだろう?」

「――――」

 何処にでも発生し得る例外、それをゼロにするなど不可能だ。

 ゆえに、出来る限りの例外処理というものを、月全体に施してきた。

 だが、まだ“そこ”へと辿り着く道は無限に存在する。

 そんな例外の終着駅は、人知れず彼女が作り出していた。

「……そう。ようは豪華な墓場ってこと」

「辛辣な評価をありがとう、メルトリリス。その通り。役割の軛から逃れ、意味消失に終わるまでの僅かな時間を過ごす理想郷。ゆえに、自然とここは『異民の滅びる場所(アナテマ)』と呼ばれるようになった」

 居場所を見つけても、役割を失ってしまったAIはいずれ意味をも失い自己消滅に陥ってしまう。

 そうした者たちを、正規の空間ではないこの場所で救うことは出来ない。

 だからこそ、この街は墓場として成立した。

 不幸にも入ってはならぬ場所に迷い込んだ者たちの死出の旅の中継地点。それがこの街なのだ。

「……じゃあ、ここのAIたちは」

「勿論、私が作ったために役割を得たAIもいる。だが大半は、すぐに消える。だがそのたびに新たな住民が招かれる。客人には一向に困らない。まだまだ月は完成には遠いようだ」

 皮肉を飛ばすネモは椅子を回し、背後の窓の向こう――虚数の海を彷徨う街を見下ろす。

 ここに今、どれだけの住民がいるかはわからない。

 だが、大半のAIたちは表側から迷い落ちた者たちなのか。

「――サーヴァントたちはどうなのです? そこにいるセイバーのように、この街にはサーヴァントもいる。どころか、住民たちの脅威となっている怪物もいるようですが」

 そうだ。サーヴァントの召喚は月の内部で何かがあっても必ず認識できる重要事項だ。

 だが、ネモの傍に佇むセイバーのように、覚えのない者がいる。

 それに、ここにきて間もなく戦闘を行った獣もそうだ。アレが招かれた者とは到底思えない。

「セイバー? ……ああ、真名を隠していたのか。構わないぞ、名乗って」

「はい、それでは」

 ネモはセイバーというクラス名に暫し目を丸くし、ようやく合点がいったと頷いた。

 出された許可にセイバーは一歩前に出て、此方の面々を見渡す。

「――美遊(ミユ)・エーデルフェルトです。分類はデミ・サーヴァント。クラスは便宜上、召喚者(サモナー)。今はセイバーでも間違いはないですが……」

 美遊、と名乗った少女は、聞いたことのないクラス名を名乗った。

 しかも、デミ・サーヴァントと。孔明や京の特異点で出会った天国――疑似サーヴァントと同じ分類だと思っていたが、それとは違うようだ。

「ミユは地上から、不正アクセスで入り込んだようでね。霊子のベースは人間だ」

「え? だけど……」

「そう。今のミユはサーヴァント。彼女は体に七つの英霊情報をパッチとして有している。それを適宜当てることで、実質的に七騎のサーヴァントを切り替えることが出来る――そんな存在だ」

 月への不正アクセス――強行したそれにより、迷い込んだ地上の少女。

 それだけでも異質だが、七つの英霊情報を持っている、だって?

「おっと、詮索はなしでお願いしたい。ミユ自身パッチの出自は知らないみたいだし、堂々巡りは避けたいだろう? それに、大事な私の秘書なのでね」

「……」

 どうやら、英霊情報のパッチについては彼女たち自身、よくわからないようだ。

 一つだけ確かなことは、その特殊な力を持っていた美遊をネモが秘書として起用していること。

 恐らく、この街に迷い来た者たちの案内も彼女の役割なのだろう。

「じゃあ、あの怪物は? アンタが知らないことはないだろ?」

「ああ。アレは突然現れて夜を牛耳ったサーヴァントだよ。ここ最近やたら好き勝手の限りを尽くすサーヴァント共が現れてね。どうにか暴れるのは夜だけ、と定めたは良いが、AIたちも躊躇いなく巻き込むことから頭を痛めていたんだ」

 ……認識はしていれど、対処をし切れていない存在だったらしい。

 突如としてこの街に現れたサーヴァントたち。あの獣のみならず、現在わかっているモリアーティや『黒魔女』に『幻獣乗り』なんかもその類なのだろうか。

「対処は、出来ないんですか?」

「出来たらやっているさ。だが此方のサーヴァントはミユのみ。私もこの街での権限こそあれ、戦闘能力は大したことなくてね。正直なところ、我々ではどうしようもない」

 肩を竦めるネモ。確かに、ステータスとして読み取れる彼女の能力はあまり高いとは言えない。

 突出した幸運値以外は並、もしくはそれ以下だ。

 対して、獣はサーヴァントとしてかなり異質なものと言えた。

 その他にもサーヴァントがいるならば、なるほど対処にも限界があろう。

「貴方たちが何故この街に来たのか、何をしようとしているかは知らないし詮索もしない。敬愛する貴方たちとその仲間を疑うこともない。ルールを守るならばこの街での存在は容認するし、希望するならば援助も行おう。だが……」

 存在を確立させた根幹であることが関係しているのか、あっさりとネモはそんな提案をしてきた。

 そして、それに付け加え――

「出来れば、彼らを倒してほしい。墓荒らし共をいつまでも野放しにはしておけないからね。報酬は――聖杯でどうだろうか」

 その討伐を、依頼してくる。

「なっ――――!?」

 この街に踏み込んだ目的を報酬として、提示して。




本作三人目となるオリジナルアルターエゴ、アネモネ・ネモが登場。そしてセイバーの正体が判明しました。
本作のBBはCCCの記憶を既に持っていません。
ですので、CCCにて退場したエゴの記憶も失っています。三人といったのはそのため。

ところで、プロテア(ry


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