I will give you all my love. (iti)
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Otokonoko ha kawaii.

 初めて出会った時に決めた。

 

 たとえどんなことが起きようとも、私だけは必ず、貴女の味方でありつづけようって――。

 

 

 +++

 

 

 何の変哲もないただの学生だった私はある時、何の前触れもなくその人生を終えることになった。

 死因は私の最後の記憶を辿るなら、おそらく信号無視をしたトラックの衝突なのだろう。()()()()新たな人生を送ってる今の私の身からすれば、確認する手立てはもうないし、仮に確認できたところで今更どうこうなる話でもないのだが。

 

 そう。女として――。私は死んだと思った次の瞬間、前世とは違う性別である女性としての生を受けていた。死んだ人間がみな前世の記憶を保持したまま生まれ変わるのかどうかは解らないが――おそらく――いや、きっと、普通のことではないイレギュラーなことなのだろう。

 

 そんな前世の記憶を思い出したのは、五歳の誕生日を迎えた時のことだった。突然の記憶の混流に私は三日三晩うなされ、生死をさ迷った。

 熱が治まり、一命を取り留めた私は己の前世の記憶を思い出し、同時にその前世の記憶から、今の自分の立ち位置を知った。

 

 ある程度、読書を親しむ者であるならば一度は読んだことがある――たとえ読んだことがないにせよ、一度くらいは耳にしたことがあるだろう『アーサー王伝説』、もしくは『アーサー王物語』でもいい。かつてのイギリス――ブリテンを治めた伝説の王であるアーサー・ペンドラゴンを中心とする騎士道物語である。……正確に述べるならアーサー王伝説、アーサー王物語も騎士道物語という一大ジャンルのうちの一作品でしかないのだが、ここでは重要なことではないので割愛する。

 

 重要なのは私は、その物語に登場する人物の一人だったということだ。ギネヴィアと聞けば、ピンと来るだろう。

 アーサー王の王妃――ギネヴィア。アーサー王という伴侶が居りながら、湖の騎士であり、円卓の中でも最も誉れ高き最高の騎士であるサー・ランスロットとの禁断の恋に落ちた女性。禁断の恋と言うのは要は不倫だが、それが元凶で円卓に亀裂が走り、結果としてブリテンの崩壊に繋がるのである。

 

 何の冗談かと思った。ありえないとも思った。なぜならギネヴィアもアーサー王伝説もあくまでも架空の話であり、実在した話ではなかったはずだからだ。

 しかし現実にギネヴィアという女性はここに存在していて。アーサー王も噂に聞いただけだが現に存在しているらしい。無論、アーサー王の愛剣である聖剣エクスカリバーも。よく解らなかったのは魔術の存在や……異民族の侵攻を招いていた卑王――ヴォーティガーンが魔竜であるということだが、魔術に関しては魔女たるモルガンや魔術師のマーリンがいることから当然存在するのだろうし、私自身、アーサー王伝説をしっかりと読み込んだ訳ではないから、詳しいことは解らない。原典ではヴォーティガーンが魔竜だったのかもしれないし、そうではないのかもしれない。とにかく言いたいのは、今、私が生きている現実はありえない『神秘』が平然と実在する世界だということだ。

 

 私はそんな神秘に満ちた世界で、過剰なまでの愛情を注がれて育ってきた。五歳の誕生日に三日三晩寝込んだと言ったが、それが原因で親が過剰なまでに私の心配をするようになってしまったのだ。

 だから私は生まれながらにして一度たりとも外の世界を見たことがない。外の世界は危険でいっぱいだと親は頑なに私を外の世界に連れ出そうとはしなかった。精々城の外にある城下町が限度だ。まぁ、自分の愛娘が三日三晩原因不明の高熱で生死をさ迷ったとなればここまで過保護になってしまうのは仕方がないとは思うし、現に外の世界は異民族の侵攻で危険が一杯なのだが。

 

 私に婚約の申し出があったのは、そんな生活が十年以上続いた時のことだった。

 世間では卑王であるヴォーティガーンがアーサー王によって討たれ、暗雲の時代に終わりを告げようとしている時のことだ。

 

 正直に言って、私は乗り気ではなかった。

 これが前世の記憶を思い出したことの弊害なのかは解らないが、前世の男の時の記憶が影響したのか、私は男に好意を寄せることができなくなっていたのだ。

 無論、友情と呼ばれる好意とソレは別モノではあるが……男性に友情という好意を向けることはあっても恋愛としての好意を向けるのは、正直言って苦痛だった。今までの生活で女性としての振る舞いに慣れたし、その事については苦痛ではないが、それでも、男性を異性としてみることができなかったのだ。

 

 国を救うべく戦ってきたアーサー王の事は尊敬する。そんな時代の救世主に婚約を申し立てられたのがとてつもなく名誉なことであることは言うまでもなく解る。

 しかしそれでも前世の記憶が正しければ、アーサー王は男なのだ。

 

 そんな私がその婚約の申し出を受けることに決めたのは、民が、国が、理想の王には気高く貞淑な妃が必要だということを、私もまた理解していたからだ。

 

 はっきり言おう。私には何の力もない。

 国を守る騎士たちのように剣も振るえなければ、皆を幸せにする魔術も使えない。未来を見通すこともできなければ、何か特別な力を持っているわけでもない。

 普通の一般の民と同じく、前世の学生だった頃の自分と同じく、平凡な、ただの人間の()だった。

 

 外の世界を見たことがない。あるとしてもせいぜい城下町程度だ――。私はそう言った。でもそんな狭い世界の中でも人々は苦しんでいた。それでも前を向いて必死になって生きようとしていた。ただ温室育ちで、安全な城の中でちやほやされているだけの私にも挨拶をしてくれた。明るい笑顔を向けてくれた――。

 

 ずっと悔しかった。何の力も持たない自分自身が。そんな私が初めて誰かの役に立てる――たとえ婚約者が男だとしても――前世も合わせて人生で初めての相手が男だとしても――それは本望だった。

 

 だから私はその婚約の申し出を受けることにした。一度も見たこともない伝説のアーサー王がいったいどんな人なのか、ちょっとだけ緊張しながら。

 ようやく人々の役に立てる事に胸を高鳴らせ――理想の王に相応しい理想の妻を演じようと、心の奥に誓いを立てた。

 

 そうして私が出会った()の姿は。

 

 王としてあまりに厳格でありながらもあまりに可憐で。

 凛然とした私と同じ色の双眸はどこか憂いを帯びながらもジッと私を捉えて離さなかった。

 

 「あ……」

 

 思わず頬が熱くなる。

 こんなの聞いていない。かのアーサー王がこんなにも小柄だっただなんて。

 一見すると少女にしか見えない。こんなにも可愛らしい存在が王であっていいのか。

 

 その姿はまさに私がかつて()だった頃に思い描いていた理想そのもので――。

 

 とどのつまり私は。

 

 「う……ぁ……あ……」

 

 生まれて初めて出会ったアーサー王に一目惚れした。

 




 ・主人公はアーサー王物語を知っていても、Fate/は知りません。
 ・前世の記憶を思い出した際、高熱を発症。三日三晩生死をさ迷ったため親が過保護に。自分の城の城下町くらいにしか顔を出したことがないため、アーサー王との面識はなかった。
 ・前世の男の記憶が影響して、性の対象は完全に女になってます。ここまで言えば後はいいたいことはわかるな? (なお男の娘は許容範囲の模様)



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Otokonoko ha honntou ni otokonoko nanoka?

 男の娘って、いいよな――。

 

 かつて私はそんなことを友人に言われた記憶がある。それが前世の記憶であることは言うまでもないことなのだが、かつて私はどこか悟りを開いたかのように語りかけてくるその友人を冷めた目で見ていた記憶がある。

 

 男の娘(Otokonoko)というのは簡単に説明するならば女装した美少年のことだ。一見すると本当に美少女にしか見えないのだが、少しだけ角ばった身体つき、そのスカートの向こうに隠されたパンツを押し上げるもっこりとした――ってイカン、私も大分、友人に毒されていたんだな。

 

 とにかく、どんな金髪のイケメン――白馬の王子様が出てくるのかと思っていたら、アーサー王とはなんと可愛らしい男の娘であったのだ。

 

 私の至上は金髪緑眼美少女であるのだけど、今ならかつての友人が言っていた気持ちも解かるかもしれない。少なくとも、下手に金髪イケメンの王子様と結婚するくらいなら、こういった可愛らしい男の娘が相手の方が、幾分か気が楽だ。見た目は完全な美少女である分、抵抗が少ないというか。……もちろん、たとえアーサー王が金髪イケメンの王子様だとしても、結婚し、結ばれる覚悟はしていたし、理想を抱く王の貞淑な妻として、民の模範となるようできる限りの務めを果たそうと心の底に誓ってはいたのだが。

 

 それでもイケメンか男の娘かと問われれば、相手は男の娘であることに越したことはなく――いや、女の子であるのが一番の理想なんだけどね――見た目はどストライクなアーサー王に私の心は不甲斐なくキュンキュンとトキメキ――トキメいている間に婚約の儀は終了してしまった。ちなみに婚約のキスは柔らかくて、いい匂いがしたとだけ言っておく。

 

 国の状況が状況なだけに盛大とは言わなくても、それなりの規模の祝賀会が開かれ、祝賀会が終われば言うまでもなく流れは夜の流れに移行する。

 

 「……」

 

 アーサー王の居城、キャメロット。その寝室にて私は大きなキングサイズのベッドの上で正座していた。ちなみにこのキャメロットは本来、あのヴォーティガーンの拠点だったらしい。八割を妖精が作ったのらしいが、詳しいことは解らない。というか、私自身、妖精すら見たことない。魔術のことといい、とことん私は神秘的なモノとは無縁であるらしい。

 

 とそんな宛もない思考を繰り広げているには理由がある。王の妃となったらもちろん跡取りである子を産まなければならないのだが、それは即ちアーサー王の夜伽の相手をしなければならないということだ。

 

 (だからっていきなり過ぎるっしょ!!)

 

 私はベッドの上でダラダラ冷や汗を掻きながら、心の中でそう叫ぶ。私とアーサーは今日初めて出会ったのだ。噂でアーサー王のことを知っていても基本的には初対面で。初対面で婚約すること自体、驚きであるはずなのに、いきなりS○Xするなんて、本当にいきなり過ぎる。心の準備期間というものを切実に要求したい。

 

 「――待たせてすみません」

 「……!!」

 

 寝室に響くのは、空間を引き締めるような厳格さがありながらも可憐な凛とした声。言われるまでもなくアーサー王である。

 解りやすく背中を仰け反らせた私は、いよいよこの時が来たかと、腹を括り、夫であるアーサー王と向き直る。動揺が悟られないよう、穏やかな笑顔を浮かべてだ。……はぁ、前世で童貞を捨てる前にまさか処女を捨てる時がこようとは、夢にも思いませんでした。

 

 「あ、あの、これから寝るん……デス……よネ?」

 

 あれ、おかしいな。今、喋ったのは壊れた機械なのだろうか。膝のガクブルが止まらないんですけど。

 

 「え、あ、そうですが、その前に話をしたいと思いまして……」

 「ハ、ハナシ?」

 

 ハナシって何語だっけ? もしかしてアレか。自分のエクスカリバーはこの可憐な見た目と裏腹にかなり凶悪なものであることを予め伝えておこうという話だろうか。破瓜の痛みってかなり痛いって耳にしたことあるし。って何を言ってるんだ私は。

 

 そんなことを考えている間にアーサー王はベッドに静かに腰を下ろした。ギシッという軋み音が異様なほど耳に響き渡ってくる。

 

 その音に私の頭はさらにパニック状態になろうとしたが――寸でのところで私はベッドに腰掛けたアーサー王が項垂れていることに気付いた。目元にかかる金髪のその向こうに秘められた宝石のような瞳に、憂いが帯びていることにも――。

 

 「……」

 

 何かただ事ではないことを感じ取った私は、ゆっくりと、アーサー王の隣に、少しだけ距離を開けて座る。いくら馬鹿な私でも、それなりに空気は読むほうなのだ。その眼をみれば、目の前の少女――じゃなかった少年が、何か大事なことを自分に伝えようとしていることはなんとなくだがわかる。

 

 しばしの沈黙。私はただアーサー王の言葉を待つ。

 

 「……貴女は、納得しているのですか。此度の婚約に」

 「え?」

 「今日出会って初めての相手と婚約は普通ではない。貴女はそう思わないのですか?」

 「……」

 

 語られた内容は意外な内容だった。……いや、ある意味当然といえば当然の疑問なのだが。

 

 しかし実際どうなのだろうか。確かに婚約の話自体は前々から聞いていても、アーサー王と出会ったのは、今日が初めてだった。前世の記憶から照らし合わせてみても、今日初めて出会った相手と婚約するというのは異常なことなのかもしれない。

 ただ、それでも受け入れなければならないことなのだと私は思うのだ。今のこの時代だって上流階級の間では許嫁や、政略結婚その他諸々いろいろとあるだろう。

 正直、私も男と結婚するのは……それも噂の中でしか聞いたことのない殿方と結婚するには抵抗があったが、それでも結局は民の役に立てるならと婚約を受け入れたし。

 

 そんな一連の私の言葉を静かに聞いていたアーサー王は、その瞳に僅かに憂いを秘めながらも儚げに笑った。

 

 「……貴女は、私と同じなのですね。民のためを想い、理想のために自分の心を殺してまで私との婚約を受け入れてくれた。……本当に、私にはもったいないほどの麗しき女性だ」

 「あ……」

 

 アーサー王のその言葉に不覚にも私の頬が熱くなる。顔を俯け、私はアーサー王に告げる。

 

 「ほ、本当は今日この日、恐くて仕方がなかったのです。自分の受け入れるべき宿命を理解しつつも、私などが貴方に相応しい妻となれるのか。一度も出会ったことのない御方と上手くやっていけるのか不安で……」

 

 何とも情けない話だが、これは事実だ。私の言葉にアーサー王の膝に固められた握りこぶしが僅かに震える。

 

 「けれど、貴方と出会って、その不安が杞憂に過ぎなかったのだということを悟りました。初めて出会った貴方はとても優しくて……美しくて。私は瞬く間に貴方に引き込まれました。……少しふしだらかと思うかも知れないですが、一目見たその瞬間から、私は貴方を支えていきたいと、心の底から思ったのです」

 

 本当に出会って一日で何を言っているのだと思う。現金な奴だと。ただ、事実なのだから仕方ないだろう。

 

 はにかんだ私はそう言ってアーサー王を見る。するとそこには。

 

 「……ッ!」

 

 悲痛なほど顔を歪めたアーサー王の顔があった。一瞬、目が合い、すぐに視線を私から逸らした彼は、今にも泣きそうなほどだった。

 

 「……すみません……私なんかのために……本当にすみません……」

 「え……あ……?」

 

 唐突に謝り始めたアーサー王に、私は戸惑った。なぜ謝るのか。今の話の流れから、アーサー王が何か悪いことをした覚えはない。もしや、好意的に思っているのは私だけで、彼からしてみれば、私は嫌だったとか?

 

 「いえっ! そんなことないです!」

 

 ぼそっと思わず漏れ出たその言葉をアーサー王はすぐに否定した。しかしそうなると尚のことわからない。なぜ貴方がいきなり謝る必要があるのか。

 

 「……」

 

 アーサー王はしばし、涙で潤んだ瞳で私をじっと見つめた後、やがて意を決心したかのようにベッドから立ち上がった。

 何事かと見守る私を余所にアーサー王は――なんと自らの身にまとう寝間着に手を付け始めた。

 

 「なっ、何をしているのですか!? やっぱりそういうのはまだはやっ――」

 「いいから見ていてください!!」

 「ッ!」

 

 アーサー王のいきなりの奇行を慌てて止めようとした私の言葉を、他でもないアーサー王の言葉が途中で遮る。

 その迫力に押された私は思わず押し黙ってしまう。

 

 「……」

 

 シュル、シュルと布の擦れる音のみが寝室に響き渡る。尚も私は自分の顔の前に手をやり、それでも好奇心からその隙間からアーサー王の行動を覗き込んでいた。

 しかし、やがてアーサー王がその身にまとう全てを脱ぎ捨てた時、私はその光景に目を見開いた。

 

 「えっ……」

 

 そんな私にアーサー王は、そのそばかす一つない頬を僅かに赤く染めながらも、しっかりと私の目を捉えて告げる。

 

 「これが……私なのです」

 

 そこには一糸まとわぬ華奢な……少女の身体がそこにあった。

 

 え、待って、これってどういうこと? 男の娘は実は本当に女の子だったっていうこと? ははっ、自分で言っておいて訳が分からないやー。

 

 そうして視界に飛び込むあまりに膨大な情報量に飲み込まれた私は。

 

 「ッ!? ギネヴィア!? しっかりしてください!」

 

 どうやら意識を失ったようだ。

 




 ・前世の友人は男の娘至上主義だったようです。ちなみに主人公は金髪緑目美少女至上主義。
 ・前世において主人公は童貞を捨ててなかった模様です。それでいて魔術を使えないとは不便ですね。
 ・人は直視できない現実と向き合うと意識を失うようです。
 ・アーサー王はやっぱり女の子でした。


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Artoria・Pendragon.

 目の前でプツンと人形の糸が切れたかのようにベッドに倒れ混むギネヴィアを慌てて抱きかかえながらも、私は激しい後悔と自己嫌悪に襲われていた。

 

 (……やはり婚約など……するのではなかった!)

 

 私が追い求める理想。乱世に荒れ果てた国を救うには理想の王が必要だった。

 選定の剣(カリバーン)を引き抜いたあの日から――私は己の――そして民が描く理想のために戦い続け、ついに異民族の侵入を手引きしていた卑王であり邪竜ヴォーティガーンの討伐に成功した。

 

 これから先も異民族の侵入は続くことは目に見えてはいるが、それでもヴォーティガーンを討伐したことでその勢いは弱まる。これからは戦いだけではなく、その治世においても王としての責務を果たさなければならなかった。

 

 では国を治める王に必要なモノは何か。当然、民に、そして従える騎士達に慕われる統率力はもちろん、よりよい国策を提示するための知識も必要だ。当然、途切れることのない異民族の侵攻から民を守るための力も必要となる。

 そして、何より王を支える、そして民に夫婦としての模範を共に示してくれる妻の存在が――必要だった。

 

 王の傍らには気高く貞淑な妃が必要であるということは諸人が求める統治の形だった。私が民の追い求める理想の王であり続けるならば嫁を向かい入れることは、必須事項であり――だからこそ私は隣国で美しいという評判が絶えない女性――王女ギネヴィアに婚約の申し建てをした。

 

 この時の私は達観していたのだ。国を救うという美しき理想を実現するためなら、一人の女の人生など取るに足らない代価であると。

 本当の意味で理解していなかった――否、覚悟していなかったのだ。一人の人間の人生を奪う、その愚かさを、その罪の重さを。

 

 ギネヴィアは評判通りの――否、それ以上の麗しい女性(ひと)だった。

 

 細い絹糸を幾重に紡ぎあわせたかのような美しい金髪は僅かながらにウェーブがかかっていて、私と同じ金髪であるはずなのにどこか高貴なものを感じさせて、上品だった。

 翡翠の宝石をそのままはめ込んだかのように潤んだ双眸は見ているだけで引き込まれるようで。

 鼻はスッと通っており、雪のように白い肌には少しだけ赤みが刺していて、シミ一つ存在しない。

 選定の剣を抜き、身体の成長が止まってしまった私と違って彼女の身体は女性であるならば誰しもが羨むような理想の体躯を描いていた。

 民から聞いた限りの話ではギネヴィアはそんな神々から祝福された美貌を――一国の王女であるという自分の地位を一切ひけらかすことなく、常に民と同じ立場に立って物事を考えてくれていたのだそうだ。時には人手の足りない店の手伝いをしたり、戦争で親がいない街の子供の面倒を見たりしていたのだそうだ。一国の王女がだ。

 

 その美貌のみならず、心においてもギネヴィアは美しい女性(ひと)だったのだ。

 

 そんなギネヴィアであるならば……おそらく――いや、きっと貰い手など引く手数多だっただろう。

 私さえ……私さえ、婚約の申し込みをしなければ。

 

 「……」

 

 ベッドに横たえたギネヴィアの、その目蓋にかかった柔らかい金の髪をそっと払う。

 その寝顔は天使――いや、聖母そのもので……彼女であるならば、きっと女性としてのこの上ない幸せを掴めるはずだったのに――。

 

 「私は……最低だ……」

 

 こんなにも美しい女性(ひと)の幸福を――未来を奪った。

 目が覚めたら、いったい私はどれだけ彼女に罵られるのだろう。責められるのだろう。

 

 しかし、それでも私はそれらを全て受け入れた上で、突き付けなければならないのだ。国のために……理想のために、己の未来を捨ててくれと。

 

 気づけば私は吸い寄せられるように、眠り続けるギネヴィアの、陶磁器のように滑らかな頬に手を添えていた。

 

 「貴女は……それでも貴女は……こんな私を受け入れてくれますか……?」

 

 掠れた声でそこまで告げた次の瞬間。

 

 「え」

 

 ぱちり、と。目が覚めたギネヴィアと目が合っていた。

 

 +++

 

 目が覚めたその瞬間、私は不安げにこちらを覗き込むアーサー王と目が合った。

 

 「え」

 

 一瞬、お互いがお互いを魅入ってしまってから、ハッと気づいたアーサー王が慌てたように私から距離を取る。むくりと上半身を起こした私は……とりあえずアーサー王がまだ裸のままであることに気付いたので、とりあえず服を着るよう促す。一国の主が風邪でも引いたら大変だろう。っていうか、それ以前にその恰好は私からしてみたらあまりに目に()だっただけなのだが。

 

 「はい……」

 

 か細く頷いたアーサー王は静かに床に散らばった衣服を再び身にまとった。着替え終えた所で部屋には何とも言えない微妙な空気が流れる。

 

 「……」

 「……」

 

 はっきり述べよう。今日出会って初めての相手と婚約するというだけでも異質なことであるのに、その婚約者が性別を偽り、自分と同性であった場合、人はどのような行動を取ればよいのだろうか。とにかく混乱して、思考が停止するのは間違いない。

 

 それでも、私はこの微妙な雰囲気を少しでも和らげたくて、できる限り明るい声でアーサー王に語り掛ける。

 

 「あはは……いきなり気を失ってしまってすみませんでした」

 「いえ……私が悪いのです。いきなりこのような事実を突き付けられれば、誰だって驚いてしまうのは無理もない」

 「……」

 「……」

 

 ダメだ。あまりに突発的な事過ぎて話が続かない。美少女だと思った男の娘が本当に美少女だったという事実は私にとってはウェルカムなことであるはずなのに、それでも動揺が隠し切れない。

 それは私の知るアーサー王伝説におけるアーサー王は男であり、前世の記憶と照らし合わせてもアーサー王が実は女性だったという文献を見たことがなかったからかもしれない。もう当たり前の認識としてアーサー王は男だと、予め意識に刷り込まれていたから、その分ショックが大きいのかもしれない。

 

 「すみません……本来なら、予め、貴女には秘密を告げておくべきだったのでしょう……否、告げておくべきでした」

 

 それでも、いくらショックが大きくても……頭が混乱していても、アーサー王が心の底から私に申し訳ないと思っていることは分かる。それだけ今の彼――否、彼女の顔は罪悪感に歪められていた。

 

 「しかし……それでも、貴方には理由があったのでしょう?」

 

 私は改めてベッドに腰掛け、項垂れるアーサー王の隣に腰掛ける。今度は先ほどよりも距離を詰めてだ。血の気が消え失せるほど握りしめられたその拳をそっと優しく包み込む。

 

 「話してくれませんか? 私に婚約を申し立てた理由を。貴方が、その心の内側に秘めた、その憂いを」

 「!!」

 

 そう告げると、アーサー王はなぜか驚いたように私を見た。あれ、何かおかしなことを言っただろうか?

 きょとんと彼女を見返すと、アーサー王は尚更その表情を戸惑いのものへと変えた。

 

 「貴女は……怒っていないのですか?」

 「え?」

 「取り乱さないのですか? 罵らないのですか? 私は貴女にそれだけのことをしたと言うのに……」

 

 一瞬、アーサー王の言葉の意味がわからなかったが、すぐに思い至る。

 

 そう。普通なら一生を共に添い遂げるはずの相手が実は女性だったと知らされたならば、もっと取り乱していておかしくはないのだ。ヒステリックに喚き散らし、口汚く罵っても、それは何らおかしい反応ではなく、むしろそれが普通の反応なのだ。()()()()()()()()()ならば。

 

 しかし私は普通ではない。五歳の誕生日で前世の記憶を思い出し、三日三晩寝込んだ際に私の中の価値観は大いに変わってしまった。

 だからアーサー王が男ではなく女である事を知って驚きこそすれど、怒りは湧かない。先にも述べたが、相手が女性であるというのは私にとってはウェルカムであるし、前世の記憶の影響がある分、精神的にもある程度、成熟している(つもりだ)。冷静に考えてみれば、彼女は今まで身を粉にして国のために尽くしてきたのであり、そんな彼女が面白半分に同性に婚約を申し込むわけがない。何か必ず訳があるはずなのだ。

 

 そして何より、こんなにも目の前で辛そうに顔を歪める少女の姿を見れば、そんな考えとか何もかも関係なしに、力になってあげたい。そう思ってしまうのはおかしいだろうか? 否、断じてそんなことはないはずだ。

 

 それでもそんな私の心情など知るはずもない彼女からしてみれば、今の私の対応は、温かいと感じるよりは、戸惑いを抱いたのかもしれない。そんな彼女の不安を取り除こうと、私は再度、微笑みかける。

 

 「たしかに驚きもしました。今も混乱していないと……そう言ったら嘘になります」

 

 その言葉にアーサー王の視線がわずかに俯けられるが、それに構わず私は続ける。

 

 「しかし、それ以前に既に私は貴方のパートナーなのです。どんな形であれ、婚約という儀を結んだ以上、妻は夫を支える義務があると、私は思うのです。……それとも、あれですか? 私では貴方のパートナーには相応しくないから、貴方は私に話してくださらないのですか?」

 「そんなこと――ある訳がありません! 貴女は私が想像していた以上に素晴らしい女性(レディー)でした!」

 

 そう勢いよく告げてから、いきなり大きな声を出してしまったのが恥ずかしかったのか、アーサー王は僅かに頬を赤く染めながら、再び顔を俯ける。

 

 「ただ、私は……私にはこんな風に優しくされる権利などないと……そう思って……。……罵られることを……怒鳴られることを覚悟していたというのに、このように優しくされたら私は……どうすればいいのか……」

 「……」

 「どうして……どうして貴女はこんなにも私を想ってくれるのですか?」

 

 申し訳なさそうに顔を歪ませながらも、私の対応にどうすればいいのかわからないようにもじもじするアーサー王の姿がヤバい。真面目に対応しなければならないことはわかっているのだが、顔の筋肉が緩んでくるのが抑えられない。

 

 ここで話を整理すると、正直に言って私は男だと思っていたその段階でアーサー王に惚れていた。まさに一目惚れだ。男性とは思えないその可憐さに心を打たれ、これだったら相手が男性でもいいかなと思ったりもした。そんなアーサー王が女性だと分かった今、私の彼女に対する好感度は上昇することはあれども減少することはありえない。外見だけで物事を判断して内面の事などまるで見ていないかもしれないが……外見で判断することにいったい何の問題があるというのか。私は今日、初めて彼女に出会い……初日でその内面を知ることなど、エスパーでもない限り、できるはずもないのだ。相手の内面というのは長い付き合いを経て理解していくものだと、私はそう思っている。

 

 そんな中で唯一、初対面でも相手のことを判断できる基準が外見であり、私は一目見ただけで彼女が好きになった。私が彼女を想う理由は今はそれで十分だ。

 

 それに元より私は――

 

 「……生まれつき身体が弱く、あまり外の世界に出たことがない私ですが……それでも、貴方の……アーサー・ペンドラゴンという王の噂は絶え間なく耳にしていました。荒れ果てた国を……苦しむ民を救うために日々戦い続ける貴方のことを私はずっと尊敬していたのです。そしてその心は……たとえ貴方が女性だと分かった今でも揺らいだことはありません」

 

 私はずっとアーサー王に憧れていた。王族という同じ立場でありながら、魔力も何も力を持たない私は無力でしかなく、国を……民を、自分の手で守ることができる彼女が羨ましかった。私も城下町にある店の手伝いをしたり、戦争で親がいない子供たちの面倒をみたりと自分のできることをできる限りやってきたつもりだったが、それでもそんなことはたかが知れていたのだ。

 

 だから私は――

 

 「貴方の隣に並び立てると知って、私は嬉しかったのです。こんな私でも誰かの役に立てるのだと――ようやく、私にもできることが見つかったのだと――嬉しくて、嬉しくて……」

 「……」

 

 だからこそ私は――

 

 「あなたが理想のために己の全てを捧げようというのなら……私もその理想に全てを捧げます」

 

 この胸の内に秘めた想いは全て、自分の中に閉じ込めよう。私にとっての普通は、彼女にとっての普通とは限らないのだから。

 

 私が貴方を愛していていも、貴方が私を愛してくれるようになるとは、限らないから――。

 

 「ギネヴィア……」

 

 胸を打たれたかのように、本当にいいのかと私に問いかけるように見つめてくるアーサー王に私は心の内側を読み取られないよう微笑んでから、頷く。

 

 「だから私に、本当の名を教えてくれませんか? アーサーではない、あなた自身の(女性としての)本当の名前を――」

 

 アーサー王は私をじっと見つめて――最後に一瞬だけ、憂いに顔を歪ませた。

 静かにベッドに腰掛ける私の前に片膝を着き、まるで主君に忠誠を誓う騎士のように凛々しく顔を上げた彼女は力強い意志の込められた瞳で私に向けて告げた。

 

 「慈悲深い貴女に最大級の感謝を――。私はアルトリア・ペンドラゴン。今ここに、あなたの想いと、この名にかけて誓います。必ず皆が幸せに暮らせる国を造ることを」

 

 儚き誓いと共に告げられたその名が、彼女の――アーサー・ペンドラゴンの本当の名前だった。

 




 ・主人公は自分の抱く愛情が異質であることを理解しているため、敢えてアルトリアに自分の愛情を告げませんでした。アルトリアは国のために自分と婚約しているのであり、愛しているから結婚したのではないと思ったからです。
 ・簡単に説明するなら、自分が百合OKでも相手も百合OKとは限らないでしょということです。自分の愛情を伝えることで普通の性の価値観を持つであろうアルトリアに迷惑をかけると思った訳です。
 ・前世が男だったくせに思考は乙女チックですね。


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Epic of Mordred.
Artoria ni soltukuri na otokonoko.


*注意! 前回と直接的な繋がりはありません。


 この数年は大変だった。まず貧困の極みにあったブリテンの食糧事情の改善。その対策としてアルトリアは主な手段として他国から食糧を買い上げ、それを民衆に配給する手段を取っていたが、それではやがて必ず限界が来るということは一目瞭然だった。彼女自身、その事は理解していたが、まずは侵略してくる異民族を制圧しなければ、政策を打とうにもどうにもできなかったのだ。

 

 私は考え、アルトリアに異民族の侵略には制圧するという手段でしか、解決できないのかということを告げた。異民族が略奪・侵略それ自体が目的ならどうしようもないが、大国に生きる場を追われ、自分たちの生きる場を確保するためにやむをえず侵略せざるをえない状況に陥っているのだとしたら……戦わずして場を収める手段があるのではないかと問うたのだ。

 

 それは前世において平和ボケした私の甘ったれた考えだったのかもしれない。しかしアルトリアは真剣な眼差しで私の言葉を聞いてくれて――そうして今、ブリテン島に侵略している異民族が海の向こうに広がる大陸に存在する大国――ローマ帝国の侵略に生きる場を追われ、押し出される形でこのブリテン島にやって来ていることが分かった。

 

 その事実を知っても、アルトリアは迷っていた。無理もない、私が提案した異民族の受け入れとはあまりにもリスクがあった。ただでさえ貧困した土地に住まう人が増えればさらに民衆に負担がかかる。文化の違い、そもそも言語の壁もある。一国を治める王として、軽い考えで決断していいことではなかったのだ。

 

 そんな迷う彼女の背中を押すべく私はアルトリアに言った。

 どちらの道を選ぶにせよ、一国を治める王が迷っていてはならないと。

 こうしている間にも、民衆は苦しんでいるのだと。

 

 そして。

 

 弱きを助け、強きをくじく――それが騎士の在り方ではないのかと――。

 

 その一言が決め手となったのかはわからない。とにかくアルトリアはそれから間もなくしてブリテン島全体で異民族の受け入れを行うことを決めた。

 無論、アルトリアの背中を押したのは私なので、私もできる限りの手助けはした。幼少期は親の過保護で中々外の世界に出たことがなかったが、それでもただ単に温室育ちでまったりしていたわけではないのだ。時間を見つけては城の書庫で勉学に励んでいた。おかげで異民族が話す言語の通訳くらいはできた。……もっとも、マーリンの魔術で言語の壁は呆気なく取り払われてしまったのだけど。

 

 そうしてアルトリアは異民族を率いる長との邂逅を果たし、話し合いの末に異民族側にも受け入れは了承してもらい、ひとまず戦火は避けられた。

 

 と同時に私も何もしていなかった訳ではないのだ。アルトリアが異民族の受け入れに関する事項を進める傍ら、同時進行で私はフランスに領を持つランスロット卿に協力してもらい、大陸で技術の進んだ農具や、荒んだ土地でも育つ作物の種の調査を行い、農業の改善と発達に務めた。

 その過程でランスロット卿とは色々と距離が縮み、まさかの告白されるというブリテン崩壊フラグが立つまさかの事態に陥るのだが、そこのところは何とか私が如何にアルトリアを愛しているのかということをこれでもかというほど捲し立て、「だからお気持ちは嬉しいのですが、この告白を受ける訳にはいかないのです」とか何とか言って、どうにか乗り越えた。「いつか貴方には私などよりはるかに素晴らしい意中の御方がきっとあらわれますよ」とも言ったかも知れない。あの時のことは慌てすぎてよく覚えてない。幸いにもランスロット卿は若干、残念な笑みを浮かべていたが「貴女が王の妃であってよかった」と最後には納得してくれた。私の知る物語では裏切りの騎士とか言いたい放題だったけど、実際のランスロットは本当に理想の騎士というか――とにかくいい人だった。

 

 そしてその告白の一幕をまさかのアルトリアに目撃されており、そこから恋心を自覚したアルトリアが若干病んで、一悶着あったのだが、その話を語るのはまた今度にしよう。

 

 とにかくこうした皆の努力もあり、国の事情は僅かずつではあるが、けれども確実に改善されていった。始めのうちは新たに加わった異民族たちとのいざこざもあったのだが、人手が増え、土地を耕す者が増えたことにより、結果的に衰退した土壌の回復も進むこととなった。その頃にはランスロット卿と共に調査したブリテンの土地に適応する作物の種の流入も終わっており、数年は貧困の時代が続いたが、耕した土地に撒いた種が芽吹き、作物が穫れるようになるにつれて食糧事情は改善された。

 

 

 

 

 そうして私とアルトリアが婚約して、数年の年月が経ったある日。国の事情もある程度安定し、想い人であるアルトリアとも本当の意味で結ばれていたその日のことだった。

 

 今までずっと兜で顔を隠していた円卓の騎士の一人が、ある時何を思ったのか、その兜を脱ぎ捨て、私の夫であるアルトリアに、告げたのだ。

 

 私は、貴方の息子だと――。

 

 「うぇ……?」

 「……」

 

 私は素っ頓狂な声をあげて、彼を見た。それは彼の言葉の内容に驚いたからという訳では――いや、無論それもある。

 ただ、私がもっとも驚いたのは、兜を脱ぎ捨てた彼の顔が、私の想い人にまるで瓜二つだったことであった。ち、ちょっと、アルトリアが二人いる!?

 

 その円卓の騎士は私の知る物語において、アーサー王や、あのガウェイン卿、ランスロット卿に並んで、重要な立ち位置にいる存在だった。

 アーサー王とその姉、モルガン・ル・フェイとの間に生まれたとされる不義の子。アーサー王が最後に出向いた戦場であるカムランの丘。その場所でアーサー王に最後に討たれる反逆の騎士—―モードレッド。……ちょっ、あれ、待って。今まで食糧事情の改善とか色々と忙しくて、うっかり忘れてたけど、物語の通りならアーサー王――アルトリアって浮気してたってことにならない? しかも実の姉と。あれ、でも年齢的にどう考えても私との婚約前に生まれてるだろうし、そう考えると浮気っていうよりは隠し子がいたって言うべきなのか? ……なんか訳わからなくなってきたぞ?

 

 「……あなた、浮気していたのですか?」

 「!?」

 

 無意識のうちに思わず漏れ出たその言葉にアルトリアが不意を突かれたように目を見開き、慌てたように弁解してくる。

 

 「し、してません! してませんから、ギネヴィア!」

 

 えー、でもモードレッドって物語ではあなたの息子だったし。現に今、目の前のこの娘――じゃなかったこの子もあなたの息子と名乗りを上げてるんですよ? 私、あなたの子供を生んだ覚え、ないんですけど。

 

 ジト目で私に睨まれるアルトリアを不憫に思ったのか、モードレッドがアルトリアを庇うようにおずおずと告げてきた。

 

 「あ、あの、たしかに私は息子ですが、自分は父上の血を使って母上(モルガン)が造り出した存在(ホムンクルス)……らしいので、実際に父上と母上(モルガン)が交わって生まれた訳ではないというか、なんというか……」 

 

 そう告げたモードレッドの眼差しはどこか寂しげで……悲しげであった。

 

 「母上(モルガン)はこの国を崩壊させる為に私を造り出したと……そう言っていました。けれど私は――そのような事を起こす気など毛頭ありません」

 

 そして、モードレッドはアルトリアに今度はおずおずと照れくさそうな……けれどもとてもキラキラした尊敬の念を込めた眼差しを向けた。

 

 「父上。自分はあなたの唯一の息子です。これからもあなたのために剣の腕を磨き、この国のために尽くします。だから……だから自分を……息子である自分を……あなたの後継者として……認めてくれませんか?」

 

 それはまるで純真無垢な子供のような……ただ父親に認められたいという純粋な想いが込められた言葉だった。不覚にも可愛いと思ってしまった。いや、本当にアルトリアにそっくりな顔でそんな顔するのは反則でしょ。……まぁ、一番、愛しているのはアルトリアであることに変わりはないんですけども。

 

 心の中で惚気る私を余所に、アルトリアは押し黙ったまま暫く言葉を発しなかった。いったいどうしたのだろうと、隣の玉座に腰掛ける彼女を見ると、ちょうどこちらを横目でさり気無く見つめるアルトリアと目があった。

 

 「……っ」

 

 私と目が合うとアルトリアはすぐに目を反らしてしまった。そして「……父上?」と首を傾けるモードレッドに向き直ると。

 

 「貴方の出自は理解した。……しかし、だからといって、私は貴方を息子と認めることはない」

 

 ――従って、貴方を私の後継者と認めることもない。

 

 そう告げたアルトリアの言葉は、寒気がするくらい感情が込められていなかった。

 

 「……え?」

 

 言われた言葉の意味がわからない。そういったようにぽかんと口を開けるモードレッド。その瞳は見開かれ、見ているだけで痛々しいほどだった。

 

 「ど……どうして……なんで……」

 

 やがて徐々に言葉の示すその意味を理解し始めたのか、ぽつりぽつりと掠れた声が漏れ出てくる。

 このままじゃ、ヤバい――。私の直感が、そう告げていた。

 

 ここで話を整理しよう。とりあえずこの少女――じゃなかった少年の名前はモードレッドで、私の知る原典の通りだとすると、ブリテン崩壊に一枚噛んでいる……言うところの反逆の騎士だ。

 

 モードレッドが反逆する理由としては様々な諸説があるが……たとえばアーサー王物語における話の中には、『5月1日に生まれた子供がこの国を滅ぼす』という予言を受けて、5月1日に生まれた子供は皆、海に流されたという話がある。この子供たちの中にモードレッドも含まれていて。命からがら生き延びたモードレッドが、自らを海に流したアーサー王に恨みを抱いたということも考えられるが……今、モードレッドは母上(モルガン)から造り出された、と言っていた。勿論、アルトリアが大勢の子供を島流しにしたという話も聞いていないので、十中八九その線はないだろう。

 

 とにかく、先ほど名乗りを上げた彼からはアルトリアに対する尊敬の念は感じられど、怒りや憎しみといった負の感情は感じられなかった。ただ父親に(実際は母親なのか……?)に認められたいという思いがひしひしと感じられた。とてもこんな純真な眼差しを向ける少年が、国を裏切る反逆の騎士になるなんて、私には考えられない。

 

 ()()()()()()と、モードレッドは言っていた。自分はブリテン崩壊のために、造り出された存在なのだと。

 その造り出される過程に母親からの愛情はない。そして今、モードレッドは拒絶された。憧れていた騎士王にも。認められたかった、父親にも。

 

 アルトリアにも認められない言い分があるのだろう。アルトリアの反応からして、モードレッドが自分の息子である事は今、知らされた事実であるのだろうし、今まで認識していなかった存在からいきなり息子と名乗られても、「じゃあ、認めよう」と二つ返事で了承することなどできないだろう。私が同じ立場だったらきっとうろたえ、取り乱し、まともに言葉を発することすらできないだろう。

 

 だけど……それでも――。

 

 「別にいいではないですか、あなた」

 「ギネヴィア!?」

 

 目の前で泣きそうになっている子供を見捨てられるほど、私は非情になれなかった。如何なる時もアルトリアの味方であり続けると、そう誓ったのに私は――。

 

 驚いたようにこちらを見つめるアルトリアに心の内側でごめんなさい、と謝ると、私は捨てられた子猫のような表情をしているモードレッドに優しく話しかけた。

 

 「モードレッド」

 「っ……はい……」

 

 ビクン、と身体を竦ませたモードレッドは、おそるおそるといったように私を見た。そんなに恐がらなくていいのに。そう思いながら、私は言葉を続ける。

 

 「あなたのことを認めます。あなたの剣はこの国に必要です。これからもその剣を、この国、そして救いを求める民草のために振るってくれると、私は嬉しいです」

 「ギネヴィア!? 勝手に何を言っているのです! この者は姉上が差し向けた刺客だ! この国の崩壊を招くかもしれない輩を……そんな簡単に信用していいものではない!」

 「あら、そうですか? 私にはこの者が国の崩壊を招くような輩にはどうしても思えないのですが」

 

 モードレッドはそんな私とアルトリアのやり取りを、ぽかん、と呆気にとられたように見つめていた。 

 

 自分たちの目の前で兜を脱ぎ去り、そして憧れに満ちた瞳でアルトリアを見据えたモードレッドの希望に満ち溢れた笑顔はしっかりと脳裏に焼きついている。

 そして、アルトリアのため、そしてこの国のために剣を振るうと、そう誓いの言葉を告げたのだ。自らの正体を全て、明らかにして。国を崩壊させる為に産み出された存在だということを、国を治める自らの父に告げて。

 

 それだけでは、信頼に値すると言えないのだろうか。いや、信じたい。信じるのだ。

 

 これまでだって、ずっと――異民族の受け入れを決めた時からずっと――この国(ブリテン)は、相手を信じる、そうして育んできた絆で築き上げられてきた国なのだから。

 

 「もう一度言います、モードレッド」

 「は゛い゛っ゛!」

 

 涙で気づけばぐじゃぐじゃになった顔で、モードレッドは私を見据え、私もまた彼を見据え、言った。

 

 「私はあなたのことを――認めます。……だからそんなに泣かないでください。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」

 「え゛っ、あ゛っ……」

 

 私はアルトリアの隣の玉座から立ち上がるとモードレッドの傍に歩み寄り、ハンカチ――は生憎持っていなかったので、仕方ないのでドレスの裾で涙と鼻水を拭ってやる。

 

 「……」

 

 この時、私は気づいていなかったのだ。

 私のこの言葉に、アルトリアがどれだけ傷ついていたかということを。

 

 否、傷ついているのはわかっていた。彼女が認めないといった存在を、私は認めると言ってしまったのだから。

 

 アルトリアが傷ついた原因はきっと、そうだと思っていた。

 だから後でいっぱい、いっぱい謝ろうと思っていた。

 

 そうして、いっぱい謝って。心優しいアルトリアは、その蒼い瞳に憂いを僅かに残しながらも「まったく、ギネヴィアは仕方がないですね」と笑って許してくれた。

 

 その笑顔で私は愚かな事にも、終わったのだと思ってしまったのだ。アルトリアは許してくれたのだと。

 

 時間を遡るなら今日この時。

 この時から私の後悔は始まっていたのだ――。




・何やら不穏な空気…。ランスロット編は後々、投稿したいと思います。時間軸どおりに書こうとして、無理だったです。理由はなく、ただ単に作者の力量不足です、申し訳ありません! 投稿遅れたのもただ単にひたすら順序通り書こうとしてウンウン唸ってたからです! アーサー王物語を一から順に追ってくのはほんとマジでキツいんです!
・とりあえず主人公の助言で異民族の受け入れの方向でいきました。現実はこんなにうまくいかないと思いますが、皆の努力の結果ということで。そこのところの詳しい経緯はランスロット編で明らかになるかと。ちなみにアルトリアが恋心を自覚するのもランスロット編です。
・ほんとなんで肝心な所書かずに最終章的なの投稿してんだよ俺。
・故にこのモードレッド編では既にギネヴィアとアルトリアが真の意味でゆりゆりになっているという前提で進んでいきます。
・モードレッドはまだ反逆してないので一人称は『私』、言葉遣いも丁寧です。
・主人公はどうやらモードレッドも男の娘と思ってるようですね。
・予想できる方もいるかもしれませんが、アルトリアがこうまでモードレッドを認めようとしなかったのも理由があります。原作の方向とは大分違う感じで。
・異民族に関してはドラマCD(Garden of Avalon)を参考にしてます。

・最後に投稿遅れて申し訳ありませんでした。


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