この素晴らしき世界にハーレム女王を。 (鮫島龍義)
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一章
あの世界へ転生を


 今日がいつなのかはわからない。

 今どこにいるのかもわからない。

 だけど、どうやら私は死んだらしい。

 

「志尾明日香さん。貴女は不幸にも短い生涯を終えてしまいました」

 

 目の前にいる白いワンピースに黒いローブをまとい、白くて長い髪にチャームポイントとなりそうな、目にかかりそうなくらいの前髪と美白が特徴の少女が冗談みたいな話を、淡々と告げられた。

 ……正直、そんなことを急に言われても実感がわかなかった。

 まず、いくつもの疑問が浮かび上がり、私は混乱してしまう。

 目が覚めたら壁が見えない黒い部屋の中、もはや暗黒の空間とも言えるような場所で美少女が対面式で椅子に座っていることに、私は思わず内心ながらもテンションが上がった。

 美少女がいることに喜びを隠しきれない状況ではいるけど、不思議と良い気分でいられなかった。

 頭に浮かぶのは、疑問。どうしても死んだ実感が私にはない。そもそも私はどうしてこんなところにいるのか? 少なくとも見覚えのない白髪少女など知らない、こんな美少女が会っているのなら、私は絶対に記憶しているはずだ。それなのにも関わらず、あの子は私の名前を知っていた。私に内緒で調べたって言えばそれまでなんだけど……。

 あ、そうだ。ここに来る前のことを思い出せばいいんだ。確かあれば……。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………ん?

 あ、あれ? う、うそん。全く思い出せない。うんともすんとも頭の中に記憶が浮かび上がらない。彼女が言うことが本当なら私はもう死んでいるはずなのに、死ぬ前どころか昨日歩いたこととか、何時に起きたこととか、何一つ覚えていない。これって、まさか記憶ソウシツってやつなのか!?

 いや、待て。全部が消えていない。そうだ、確か私は女の子にモテたいからわざわざ女子高に入学して、演劇部に入ってモテようとして、それからそれから……。

 

「あ、あの……」

 

 必死に思い出そうと頑張っているところに白髪美少女が伺ってきた。

 

「私の話……聞こえていたでしょうか?」

 

 いや、聞こえていたから冷静に死んだ原因を思い出そうと……あ、そうだ。

 

「ねぇ、ちょっと」

「ひっ」

 

 ひっって、なんで声をかけられてビクッと震えたのよ。そんな威圧かけた覚えないんですけど。まぁ、そんな些細なことよりもだ。

 

「私は……本当に死んだんだよね?」

「え、あ、はい。志尾明日香さんは現世でお亡くなりになりました」

「それがさ、死んだ記憶が一切ないんだよね。なんで私死んじゃったの?」

「っ!?」

 

 それを彼女に訊ねると、ガタッと椅子を揺らす勢いで立ち上がり、謝り始めた。

 

「ごめんなさい。私の配慮が足りませんでした!」

「え、いや、ちょっと……」

「ごめんなさいごめんなさい。急に貴女はお亡くなりになりました、と言われても本当がどうかわからないことを配慮せず、ごめんなさい」

「いや、その……」

「怒っていますよね。当然ですね」

「いや、怒ってないよ」

 

 いきなりペコペコと謝り始めると、勢いに乗り、美白の肌と裏腹に表情が暗くなっていった。

 

「やはり駄目で根暗でネガティブしか取柄のないろくでなしの私が志尾明日香さんの死後の案内役をまかされるのが間違いでしたのね。当然です、私なんて何もない、どうしようもない根暗でしかないのですから……」

 

 そして自虐を卑屈なことを口にしては、

 

「こんな私、生きていることが間違いです。ここで死んで償いましょう」

「ちょっと待ったー!!」

 

 死後の世界?で彼女は自殺しようとし始めたので、私は全力で彼女を止めた。

 

「怒ってないから卑屈になるのはやめなさい!」

「ご、ごめんなさい」

「もう謝らなくていいし、許すから私の死因を教えて」

「あ、は、はい! ごめんなさい!」

 

 また彼女の卑屈が始まり、ループになりそうだと、危機感を覚えた私は力づくで本題に入らせた。許すもなにも、許されるようなこと訊いた覚えはないわよ。

 

「志尾明日香さんの死因は……頭部による強打によってお亡くなりになりました」

「え、私、誰かに殺されたっていうの?」

「えっと、そうですね……明日香さんの記憶が曖昧になっているのは、そのせいなのかもしれません」

 

 そういえば、どこから死後の世界でも頭からやられた影響で最初は記憶喪失になっていた設定あったな。ということは、本当に私は死んでしまったということか。

 ……なんてこった。しかも誰かに殺されたのか。怨まれるようなことはしていないはずなんだけど。私が憎くて殺したとも限らない、不幸にも通り魔に巻き込まれて死んだということだってあり得る。そしてどんな理由であっても、私が死んだことには変わりない事実。

 ……そう思うと、母さんや父さん、演劇部やクラスメイト、思い出せない人達に申し訳ないな……。

 ……やめよう。私が死んだ後、どんな気持ちを抱いているのかなんて、想像すればするほど申し訳ない気持ちで溺れそうだ。

 死んだことを無理矢理でも受け入れよう。

 

「じゃあ、ここは死んだ人の世界ってことでいいの?」

「あ、はい。そうです。ここはですね、現世、つまり生きていた地球の人々が亡くなった時に送られる世界。正確に言えば現世で亡くなった人を異世界に転生させるためにある受付みたいなところです」

「……転生?」

「え、あ、はい。そうです、転生です」

 

 ……いつから私は異世界主人公になったんだろうか。もしかしたら、私という存在が現実ではなく、一つの物語の思考かもしれない。

 ……自分でわけわからないことを言ってしまった。どんな形であれど、私は異世界小説みたいに、別世界で生きていられるようになるようだ。

 しかし、異世界に転生できるなんて、死んで…………死んでは、良くはないわね、うん。ともかく、転生できるのはありがたい話だ。

 

「えっと、具体的に何をするの?」

「そうです、ね……あ、ちょっとすみません」

 

 彼女は黒いローブのポケットから紙を取り出すと、何か読んでいる様子だった。よく見ると紙の裏側には黒い文字が浮かび上がっている。もしかしなくてもカンニングペーパーだった。

 え、そんなんでいいのか? こういうのって、もっと神々しくやるもんじゃないの? なんか思っていたのと違うけど……この際、転生できるのであればなんでもいいか。

 数分か数秒経ったかわからないが、長く感じた時に彼女の暗記は終わり、話を再開した。

 

「えっと、ですね。まず、志尾明日香さんには転生した世界で一から始めるか、今の年齢で始めるかの二つを選んでいただきます」

「一から始めるかの選択ってなに?」

「高年齢の方々や一から始めたいという30代から40代、志尾明日香さんの年齢でも一から始めたい人がいるんです。そうじゃないと、高年齢の方はずっと高年齢のまま転生することになってしまうので」

「……そこは天国に逝かないの?」

「天国?」

「死んだ人が行く世界っていうか……地獄ってところもあると思うけど、普通は死んだら天国や地獄、またそのどちらでもない死んだ世界っていうのがあるんじゃないの?」

 

 生きていた頃、ふと死んだ人はどうなるんだろうという疑問を彼女に伝える。反応はというと、少し戸惑っているように感じで、どう答えたらいいのか、どう言葉を使おうか戸惑っているように見える。

 

「えっと、その……天国も地獄もないんです」

「ない?」

「志尾明日香さんが言う、どちらでもない世界が今ここなのです。死んでしまった人は必ずここに来て、異世界に転生されるんです。その後のことはわかりませんが……わ、わかりづらかったですか?」

「いや、大丈夫よ。理解できたから」

 

 彼女が嘘つくとは想定思えないし、嘘つくメリットもなければ、嘘だと思って考えれば考えるほど訳がわからなくなるので、彼女の言葉通りに受け入れよう。それにどっちにしろ転生する気でいるから、天国があろうかなかろうが、私にはどっちでも良かった。

 

「一からやるのもなんだし、今の年齢で転生するよ」

「わかりました。では最後に」

 

 そう言って彼女はどこから出してきたのが、自宅にある電話の下ら辺に置いてあるであろう黄色い分厚い本を取り出した。

 

「なにそれ?」

「えっとですね……志尾明日香さんの転生先はですね、魔王という恐るべき存在がおりまして、現世以上に死ぬ確率が多いのです」

 

 それを聞かれて、私はファンタジーとかRPGみたいな世界を想像した。転生物としては定番の行き先に私は内心、テンションが上がった。彼女が言う台詞もおおよそ予想できる。

 

「その世界で簡単に死ぬのは後悔が残ると思うんです。ですので、その本に載っている能力や武器を一つだけ持っていくことができます」

 

 きたあああああああああああああああああああああああっ!!

 能力授かりシステム。私だけのマイフェイバリット能力。これで私は何者にも勝てる。そんでもって、無双物、私TUEEEEEEEEの誕生、さすあすみたいなことが現実でもできる。そうなれば、私は女の子にモテモテだ!

 つまりだ。日本ではできなかったハーレム女王になれるのかもしれない。

 

「ありがとう。ほんと助かるよー!」

 

 さっそく私は迷わず分厚い黄色い本のページをめくる。とりあえずペラペラとめくって後でじっくり見よう。

 やっぱり能力者なら無効化する能力は鉄板よね。ザ・主人公の特権としてはそそるものがある。でも単純な火力だけならこのエクスカリバーという伝説の武器を持つのも悪くない。私もビームぶっぱなし剣を振ってみたい。あーでも、全てを反射されるリフレクトっていう魔法は、どことなく無さそうな強者を感じさせられる。いろいろあるからスキルコピーっていう相手の能力をコピーするのもいいのかもしれない。魔法を使えるのなら、あえて身体能力を上げて二刀流や拳だけで相手を倒すっていう無双も最近の主人公感があっていい。うーん、どれもこれも良い感じのチート能力とチートアイテムがたくさんあるから、そう言う意味では贅沢な悩みをしてしまう。私としては、女にモテそうな物ならなんでもいいけど、これは選べ切れないなぁ……。

 

「あ、あの……」

「ん?」

「ご、ごめんなさい! 決めているところに声をかけてしまいすみません! お詫びに息しませんので」

「しなくていい! 謝んなくていいから話して!」

「あ、はい」

 

 彼女は一呼吸ついてから私に訊ねた。

 

「あ、あの……よろしければ、私が事前に志尾明日香さんに似合う能力を揃えてきたのですが……もしかして、余計なお世話でしたでしょうか? ごめんなさい」

「そんな不安な顔しなくていいから! 余計なお世話じゃないから、むしろ助かるよ!」

「ご、ごめんなさい。では、さっそく……」

 

 彼女はいくつもの用紙を取り出し、一枚一枚丁寧かつ一生懸命に相手に伝えようとする気持ちを表すように説明しながら私に合う能力を薦めてくれた。

 

「明日香さんは女性が好きということなので、どんな攻撃を防ぐパーフェクトなんてどうでしょうか。これはですね……」

 

 彼女が一生懸命にも薦めている最中、私は失礼にもそれどころではなくなっていた。

 ……彼女、良く見ても本当に美少女だよねー……白髪と美白が良く似合う。死後の世界っていうから、神様か天使ポジションなのかもしれない。だとしても、それに合わない臆病なところとか、おとなしいところがグッとくる。

 正直、武器とか能力よりも彼女がほしい。私の彼女にしたい。彼女を私のメインヒロインとして勧誘したい。

 …………ふと、思う。

 一つだけ能力や武器を持っていけることができる。それはどこまで許せられるのか?

 

「……ちょっと質問がある」

「なんでしょうか?」

「持っていくことができるのは、別に本の中から選ばなくてもいいの?」

「そうですね……本に載っているもの以外ですと、主にケータイ、パソコン、サッカーボールや車や飛行機に魚雷、核兵器、丸太など持っていくこともできます。ただ、異世界で通用しないものもありますので、あまりおすすめしないです」

 

 なるほど、能力も武器も、異世界によっては相性っていうのもあるのか。確かに戦国時代にスマフォを持って行っても役に立たないだろうね。

 だけど、それらを持っていけることをわかればそれでいい。

 ……どうしよう。そう思っちゃうと、思わずにやけてしまう。

 

「一つだけなら、“なんでもいいんだよね”」

「一つだけならなんでもいいです」

「……そっか。ところで貴女の名前教えてくれるかな?」

「私ですか? あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでした。私はイザナミと申します」

「イザナミだ」

「?」

「あ、ごめん。そういうネタがあってだね……」

「ごめんなさい! そういうネタをわからなくて、ごめんなさい! 知識のない愚かなバカ野郎ですよね。お詫びに、私は今からそのネタを調べに現世にて修行し直しに行ってきます」

「私が悪かったから行かないで!」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 イザナミっていう子はビクビクと謝り続ける。こちらが許しても彼女は止まらない。つか、イザナミって、日本神話の死を司る女神、つまり死神でもあるよね。死神にしては……謝り過ぎじゃないか? 威厳がなくなってしまうし、大丈夫なのだろうか?

 でも、いいだろう。そんな彼女を……私は愛してやろう。

 

「決まったよ、イザナミ」

「き、決まりましたか。何を持っていかれますか?」

 

 私は精一杯の笑顔で持っていく“者”を口にする。

 

「イザナミ」

 

 そして目の前にいる死神である白髪美少女を指す。

 違う、後ろではない。貴女だよイザナミ。

 

「わ、私?」

「他に誰がいる?」

 

 戸惑う気持ちもわからなくはない。なにせ自分を持っていくなんて絶対に思わなかったのだろう。でも、別に女神を持っていく決まりなんてないでしょ?

 

「え、そ、その、わわ、私を持っていくって……まさか、私をサンドバック変わりするんですね」

「なんでそうなるのよ!」

「なら、私をモンスターの餌変わりに持っていくんですね。そうじゃなきゃ、私を選ぶなんてありえないです」

「だから、どうしてそんな自分を咎めるようなことしか考えられないの!?」

 

 そんな時だった。

 

「お話のところ悪いけど、後が詰まっているからさっさと異世界に行ってもらうよ。志尾明日香にイザナミ」

 

 真っ白な空間に白いローブ……というよりかは、コートみたいなのを羽織った金髪の美少女が現れる。それと同時に私とイザナミを囲むように真下に夕日色のような魔法陣が作り出した。

 

「だ、誰っすか?」

「別に名乗るほどでもないわよ」

 

 いやいやいや。私達人類にとっては名乗るほどの名前でしょ。

 というかさ、この流れって、マジで異世界に転生さちゃうんだよね? 知らないけど、絶対にそんな流れだよね? いいの? 自分で言っておいてなんだけど、マジでイザナミ連れていっちゃっていいの?

 

「あ、あの、ね、姉さん!」

「姉さん?」

 

 イザナミがいう姉さんは十中八九、あの異世界に飛ばそうとしている金髪美少女のことだろう。

 

「こ、これ、本当に私も明日香さんと一緒に異世界へ転生されるですよね? あの、私、まだ仕事が残っているのですが、ど、どうなるんですか? これから私、ど、どうなるんですか? え、え、あま、まさか、私は用済みで、生きる価値もないゴミだから丁度良い機会として捨てるんですね! きっとそうに違いありませんうよね!」

 

 イザナミは涙目になりながらオロオロと慌てふためき、またも卑屈なことを口にして決めつける。そのイザナミにお姉さんはやれやれと、慣れたように返答する。

 

「後半はあんたの加害妄想でしかないじゃん。そこは安心しなさい、捨てるわけではない。ただ、あんたはもう死神でもないから、仕事を続けることができない。変わりにあんたの仕事は全部あたしが引き受けることになるから安心しろ……どっかのバカな誰かさんのせいで、仕事が増えたけどね!」

 

 そう言うと、イザナミのお姉さんはこちらをギロッと見つめる。それはまるでヤンキーにガンを飛ばず、ヤンキーのようだった。もしかしても、もしかしなくても、私のせいでイザナミのお姉さんが仕事増やされたって事は、実上の私がイザナミをクビにしたことに……なるよね?

 …………多少ね、多少本気だったけど、冗談なところもあるんだよ? あ、どうしよう、罪悪感がハンパない。イザナミちゃん、困惑しながら泣いちゃっているもん。イザナミのお姉さんは平気な顔をしているけど、妹と離れ離れになっちゃうもんね。

 ……思った以上に、私はやらかしてしまった!

 

「と、取り消すことは」

「取り消すことができるならとっくにやっているだよ、バカ!」

 

 手遅れだった。

 私はこのまま死後世界の神様に迷惑をかけたまま異世界に転生される。

 

「ともかく、志尾明日香! せいぜい魔王がいる世界で短い生涯を終えないように足掻きなさい。それと持っていくなら、イザナミをよろしく頼むわよ」

 

 ぶっきらぼうながら旅立つ者へのお言葉を送ると、私とイザナミは光に包まれていく。全てが包まれて消える前に私はお姉さんにお願いをしなければならない。

 つまりそういうことを言われたからには、こういうことを言ってもいいっていう合図だよね。

 

「妹のイザナミをください」

「駄目に決まっているでしょ」

 

 即答で断らちゃった。



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この卑屈死神と共に転生を

 気がついた時には、私は異世界にいた。

 異世界という明確な判断はできないけど、周りを見渡し、街の造り並や人物と雰囲気でここが異世界だと察しができた。思いのほか、目の前に広がる異世界に驚きはしなかったが、生きている感覚が全身に伝わってくる。夢を見ている感じでもなく、先ほどいた死後の世界にいた独特な感覚もない。

 そうだ。私が日本にいたころと同じ感覚に似ている。

 

「異世界か…………異世界」

 

 本当に、本当に私は異世界に来ている。他のことなんて考えられない。今まさに異世界物小説の主人公が現実となっている。

 ……どうしよう。

 これからなにをしようか。

 やりたいことも、やってみたいこともたくさんある。日本ではできなかったこと、ファンタジー世界でしかできないことがたくさんあるはずだ。

 そして最終的には、異世界物でおなじみの多数ヒロインの続出。そしてハーレムを作り上げ、ハーレム女王へ私はなるんだ。

 それを現実で実現するように、冒険を繰り返して強くなって、魔王を倒せばきっと世のヒロイン候補達が私の好感度はMAXになる。……いけない話ではない。

 そんな単純であり、夢広がる妄想ができるだけでも楽しい。日本と違って、本当に実現できる可能性が広がっているのだから。

 

「ねぇイザナミ! とりあえず勇者になるためには、この街でどうすればいいの?」

 

 死後の世界から連れてきてしまったイザナミに相談しようと声をかけるも返事はない。

 

「イザナミ?」

 

 返事がないどころか周りにイザナミが見当たらない。

 ……おかしいな、異世界に持っていく“者”として一緒に転生されているはずなんだけど……。

 

「イザナミー」

 

 今度はよく周りを見渡してみる。

 

「あ」

 

 木陰から黒いローブが少し出ている。それに良く耳を立てれば、泣き声が聞こえる。もしかしたらと思って確認してみると、イザナミが涙目に地面にのの字を指でなぞり書きをしていた。それはもう、この世に絶望したかのように気が沈んでいる。

 彼女の境遇を考えれば、絶望するのもわからなくはないわね。いやー……まじで悪いことしちゃったなぁ……。

 

「い、イザナミ」

「なんでしょうか? こんなゴミクズ以下に話しかけてくる神様、いいえ元神様も違いますね、愚かでゴミ以下の存在である私になんのご用ですか? 私に話しかける価値などありません。他をあたってください」

「なにもそこまで卑屈にならなくても!?」

 

 イザナミはかなり重症だった。これが日常茶飯事なら病院に行ってカウンセラーに見てもらった方がいい。いや、こんな風にさせてしまった私が思うのもなんだけどさ。

 

「さ、さっきの件は悪かったよ。独りじゃ寂しいと思うし、なによりもこの世界のこと、私は知らないし、イザナミは知っているじゃなかと思ってさ」

「ごめんなさい、この世界のことは知らない役立たずの石ころ以下です」

 

 あ、しまった。余計に落ち込ませてしまった。そして見る見ると落ち込み度が下がり続ける。このまま闇に飲まれそうなくらい、暗くなっていた。

 

「私なんて力になりません。どうぞ煮るなり焼くなりサンドバックにしたり餌にして役に立ててください。もっとも、本当に私を使って役に立つとは思いませんが……」

「役に立たないと自分で思っているなら、なんでいうのよ」

 

 なんとなく初対面とか、会話とかして察していたけど、この子はめんどくさい系女子だ。自分で勝手に思い込んで落ち込んでは自分を責める続けるような人であり、女神だ。

 もっとも、ここまで言わせてしまう原因を作ったのは私なんだけどね。ポジティブになれっていう方が無神経であり、失礼なことなっちゃうのかな。

 

「あのさ、別に私はイザナミをサンドバックにすることはしないからね。とりあえずさ、これ以上のの字をなぞり書きし続けるのはやめてほしいかな。こすって傷んで、血が出てしまったら、持ち前の美白が汚れ傷ついてしまう」

 

 まずは少しずつネガティブな思想を削ることから始めることにした。そんでもって、イザナミが私を頼りにすれば、少なくとも今より暗くことはないだろう。私に頼れば傷ついた心を癒してみせるわ。

 

「それに大丈夫だよ、イザナミ。私がこの世界で幸せにしてあげるから……難しいと思うけど、私を信じて、落ち込まないでほしい。それと君は、泣いたり沈んだりする姿は似合わない。……君は、笑った方がとても魅力だよ」

 

 演劇部であった私は劇のように、ヒロインを落すようなイケボを意識しつつ、私はイザナミに告白する。文化祭でこういうこと言って、黄色い声援は体育館に鳴り響いたのをちょっとだけ思い出した。イザナミは死神だけど女の神で女神、女であることには違いない。これで告白に成功しなくても、私に少しでも心を開いてくれれば、少しは元気を出してくれるはずだ。

 

「……そうですね」

 

 よし、来た。

 

「つまり私の存在否定、いいからお前は笑え、笑わないと不幸にするぞという脅しですね」

「あんたは捻くれ者か!」

「そうですよ。私は生きる価値のない捻くれ者なんですから……」

「私のせいでそうなっているところもあるんだろうけど、そこまで自分を非難する必要はないからね。というか、私に対して怒ってもいいんだよ?」

 

 そうでもしないと、このままどんな言葉をかけても永遠にループするぞ。そうか、これがイザナミか。この永久ループを抜け出すには、己の現実をちゃんと受け入れないといけないんだ。……なわけあるか。

 

「でも、そうですよね」

 

 おや? イザナミの雰囲気が変わり始めた。そして指でのの字を書くことをやめてくれた。

 

「……いつまでも、くよくよしていても明日香さんが困りますよね。私のせいで、困るのでしたら今すぐやめます。そして死にます」

「お願いだからそう簡単に死なないで。じゃないと私が罪悪感に溺れて死んじゃう」

「あ、はい、ごめんなさい……」

 

 自分を責める態勢は変わらないけど、先ほどよりかは大分軟化された感じだ。取りあえず一安心でいいのかな。

 

「やっぱりさ、イザナミは笑った方が似合っているから笑顔でいようよ」

 

 私がにこっと笑う。

 

「……そうやって」

 

 おや? どうしてか、イザナミが私のことを警戒し始める。

 

「そうやって……いつも口説いていますね、明日香さんは……」

 

 おどおどしながらもイザナミは私との壁を作り始め、一歩後ろに引いた。

 いつもはともかく、な、何故、私が女の子に対して口説いていることがわかったの!? そんなバカな!? 自然に振る舞っていることを見破ったというのか!? 出会って数時間も経ってないんだぞ。

 わ、私は認めない!

 

「い、いつも口説いてないよ! 可愛い女の子と私の好みの人にしか口説かないって。ちょ、ちょっと、青ざめてひかないでよ! まだ手を出していないじゃない!」

「わ、私みたいなゴミクズブスに口説くよりも、他に素敵な人を口説いた方がいいと思います……私は普通がいいです」

「自分を卑屈しつつも、振っているんじゃないよ」

「ごめんなさい」

「謝らないで! その謝罪は今逆効果だから!」

 

 どうやら、イザナミは自虐ネガティブ死神だけじゃなかったようだ。案外、面白い子だと私の中での好感度は上がる。その分、イザナミの塩対応で傷ついてしまったけど、新たな発見は十分な成果だからプラマイゼロ。なにも問題ない、はずだ。

 

「そんなことよりも、まずこの街のことを調べに聞き込みに行こうよ」

「聞き込みですか?」

「この街のことや、この世界がどういった世界なんて、イザナミから説明された以外なにもわからないのよ」

「ごめんなさい、私の配慮不足ですね。罰として今から聞き込みをします。そうしたら私を新聞紙のように破り捨てて構いません」

「そんなことできるか」

 

 元気になったのか元気にならないのか、これが普段通りなのかはわからないが、心配なのでイザナミを連れて街の中を歩き周った。

 そこでわかったことは、この街はアクセルという駆け出し冒険者の街という、私みたいな冒険始めましたという人にはありがたいチュートリアル的な街だってこと。そして冒険者ギルドという、冒険者になるためのハロワ的な場所があるってことを知ることができた。

 そんなわけで、私はイザナミを連れて冒険者ギルドに向かった。

 

「いらっしゃいませー! お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いているお席へどうぞ」

 

 金髪のウェイトレスのお嬢ちゃんが、お客様に優しい笑顔で出迎えてくれた。

 ギルドっていうと、某なんとかなんちゃらのRPGでお馴染みのゲームで思い出したんだけど、ここは酒場なのかと言うくらい、目の前にいる人達はお酒を飲んでいた。ざっきのウェイトレスのお嬢ちゃんも両手にビールみたいなの持っていたし、顔を左右に向ければおっちゃんが宴会のようにお酒を飲んでいる。一瞬、間違えたかと錯覚しそうになるもの、ここがギルドであることは再確認したはずだから間違っていない。それに、酒を飲んでいる人だけではないのも見渡せる。

 

「こ、こっち見ています……わ、私が目障りなんですね、きっと」

「ただ珍しい客人が来たからだよ」

 

 目線を合わせないようにフードを被ったイザナミを取りあえず一言で落ち着かせた。一々イザナミが不安になると、連鎖してこっちも不安になるよ。

 とはいえど、私たちが物珍しさで見えてしまうのも事実だ。そしてそれは私の服装とイザナミが可愛いからなのだろう。この世界に紺色のブレザー制服に黒色のパーカーを着用という、校則違反のスタイルはこの世界にとっては物珍しいに違いない。言わずとも、イザナミは可愛いから注目されるのは仕方がない。絶対野郎共に手は出させん。

 

「おい! あんた」

 

 ヒィッと小さな悲鳴を上げイザナミは私の後ろに回る。どこのどいつかわからないけど、地味に良くやった。

 

「見かけねぇ顔だな! どこの者だ?」

 

 私達に声をかけてきたのはモヒカンとヒゲに半裸にサスペンダーという、某世紀末に出てきそうなかませ犬っぽいおっちゃんだった。

 

「ごめんなさい! やはり私みたいな声だけで驚くほどの雑魚がここにいていいわけないですよね」

「え、な、なんの」

「ちょっとあんた! なに怖がらせているのよ、この世紀末!」

「誰が世紀末だ! 俺はただ声をかけただけだ!」

 

 私はおっちゃんのサスペンダーを掴んで怒鳴ってみるも、おっちゃんに冷静に放されてしまった。

 それと、イザナミは雑魚って言うけど、貴女の場合は女神やら死神のポジションなんだから雑魚ではないでしょうよ。しかも神様好きの人にとっては割と有名な名前を持っているじゃないか。

 

「で、おっちゃんは私達になんかご用ですか?」

 

 おっちゃんから話しかけると、またイザナミが怖がるので私から声をかけた。

 

「あんた達、どこの者なんだ? 妙な恰好をしている」

 

 その質問に、やっぱりこのパーカーインブレザー制服はこの世界とっては妙な恰好っていうわけなのね。この世界の服装もいいけど、今の恰好の方は異世界に転生したっぽくていいのかもしれん。いっそこのままでいくか。

 で、どこから来たと言われても……日本から転生されました! なんて伝えてもチンプンカンプンでしょうね。

 

「いやーちょっとね、ここでは物珍しい恰好かもしれないけど、遠くのところから来たのよね…………魔王退治をするために」

「ほう……」

「そういうわけだから……今後ともよろしくね」

「ふっ……命知らずな奴め。ようこそ、地獄の入口へ! ギルド加入の入口はあそこだ」

 

 あながち間違っていないことを世紀末のおっちゃんに伝えると、その意気や良しと言わんばかりに世紀末のおっちゃんは歓迎してくれた。見た目とは裏腹に良い人だった。

 私はお礼をして、イザナミを連れてギルド加入の手続きをしよう。

 

「すみませーん」

 

 私はギルドの受け付け嬢に声をかける。うむ、良いおっぱいをしている。

 

「はい、今日はどうされましたか?」

「私たち、冒険者になりたいんですが……ちょっと遠いところから出てきたもので、ここでどうすればいいのかわかんなくて」

 

 これもあながち嘘ではないことを正直に告げる。そうすれば、きっと一からちゃんと教えてくれるはずだ。

 

「そうですか、ではまず最初に登録手数料がかかりますのでがよろしいですか?」

「いくらですか?」

 

 私はパーカーのポケットに手を突っ込んで財布を取ろうとした。

 

「一人千エリスとなってますので、後ろの方を含めれば二千エリスとなります?」

「……エリス?」

 

 聞きなれない言葉に戸惑うし、いつもの調子で財布を取り出そうとするも、そこに財布がなかった。というか、日本のお金では支払えることができないという事実も知ってしまった。

 

 

 私たちはこれからの作戦会議を始めた。今回の議論はお金を集めるかについてだ。

 

「ねぇイザナミ、二千エリス持ってない?」

「ごめんなさい、持っていないです。お詫びにお金持ちの家に侵入してお金を盗んできますので、それで許してください」

「そんなことしたら泥棒になるからやめよう。いきなり脱獄ENDを迎えるなんて嫌だよ」

「そうですよね……ではバレないように偽物を」

「同じだって」

 

 またも案外冗談としては面白いことを言うイザナミに感激しつつもツッコミを入れる。

 

「……なんか持ってない?」

「持っているものといえば……この大鎌だけですね」

 

 どっから取り出したんだ!? 今、イザナミはRPGのように大きな武器をなんにも疑問もせずに取り出したぞ。

 見た感じ中々高級そうな大鎌だ。

 

「……それ売って、お金にするっていうのはどう、かな?」

「う、売るんですか?」

「うん。イザナミが良ければそうしてほしい、かな。」

 

 だって、そうでもしないとお金が入らないんだもん。私の手持ちでは売ったところでお金にはならないし、服は流石に売りたくない。すっぽんぽんで街中をうろうろするとか、恥ずかしくてできるか。

 だから唯一売れそうな、イザナミが持っている大鎌でお金にしてほしいと、提案してみるも、

 

「こ、これは私が初めて仕事をするためのお祝いとして姉さんから貰った物なんです」

 

 申し訳なさそうに、大鎌を大事そうにギュッと握りしめる。

 姉さんって私たちを異世界に転生させた金髪の美少女のことだよね。

 ……そうなると、売るわけにはいかなよね。イザナミにとっては大切な物になるんだし。

 ……それを私が冗談半分、多少本気でイザナミの仕事を奪ったのよね。あ、どうしよう罪悪感で押しつぶれそう。本当にごめんなさい。

 

「ですので、この大鎌を売るのであれば、私を売ってください」

「女の子がそういうこと言わないの!」

「そうですよね。私なんか売ったところで何も価値はありませんよね。私の価値なんかサンドバックにしか……」

「価値はちゃんとあるし、売る気もないから!」

「ま、またそうやって私を口説こうと……」

「していないから! それに関しては思い込みだって」

 

 あ、あんまり信じていないや。警戒されている。悲しいなー辛いなー。

 

「……ちょっとそこのあんた」

 

 イザナミに警戒され、悲しんでいる中、強気な声が聞こえる。……もしかして私なのか?

 そう思って顔を見渡す。すると、金髪ツインテールで釣り目をした少女が視界に入る。もしかして、この子が私に声をかけたのか?

 

「べ、別にあんたが困っているから声かけたわけじゃないんだからね!」

 

 ……金髪の少女はそう言うと私は視線をイザナミに戻した。イザナミは可愛いなー……。

 

「ねぇイザナミ、これからどうしよっか?」

「ちょっとあんたー!」

 

 ……私は再度金髪少女に顔を向ける。

 

「べ、別に無視されて悲しいわけじゃないんだからね、でしょ?」

「あんたあたしをバカにしているのかぁ!?」

 

 私の発言が金髪少女に油を注いだっぽいのか、先ほどよりも怒りは倍増して掴みかかり、怒り始める。ちらっとイザナミを見ると涙目になってビクビクと怖がっていた。

 でも、しょうがないじゃん。急に声をかけられたと思ったらツンデレキャラを作ったようなツンデレ台詞はね、いくら可愛くても恋が冷めてしまうことだってある。まさにそれだったのよ。

 

「ご、ごめんね。私、基本的に女の子にはそれぞれの魅力があると思うんだ。けどね、そのツンデレを作ったキャラは私には合わないわ。ごめんなさい」

「誰がツンデレだ! しかもなんでフラれたみたいになっているのよ!」

 

 ついには息を荒げながら怒鳴り散らす。まるで闘牛のようだ。

 

「そっか、君は闘牛系女子なんだね」

「意味解んないことで納得しているんじゃないわよ!」

 

 怒りが頂点に達したのか、はたまた一周ぐるっとしたせいか、急に落ち着きを取り戻し、掴みかかっていた手を放してくれた。

 

「……まったくもう。せっかくお金に困っているから貸してあげようと思ったのに……」

 

 ……なんだと? 

 今、このツンデレキャラを作っている金髪少女が、お金を貸してくれるっていうのか?

 

「も、もう一度お願いします」

「しょうがないからもう一回言ってあげるわよ。お金に困っているらしいから、貸してあげるって言ってるのよ。感謝しなさい」

 

 ツンデレのテンプレのように最後には顔をそっぽ向いた。

 聞き間違いじゃなかった。見知らぬ相手だっていうのに、ツンデレキャラを作っているから好みじゃないと拒んだのにも関わらず、この人はお金を貸してあげるっていうのか……。

 それはとっても……。

 

「明日香さん。騙されてはいけないです」

「そうね。絶対に裏があるわ」

「ハァ!? なんでそういうことになんの!?」

 

 だって怪しいんだもん。

 とってもとっても怪しいんだもん。

 見知らぬ相手にお金を貸すなんて……絶対に裏があるに決まっている。私達を未来栄光借金生活を送らせる程のお金を巻き上げるに違いない。見ろ、卑屈なイザナミが警戒しているんだぞ! 怪しいに決まっている!

 

「お金を貸せるほど立派でもなければ、仕事をクビになってこの世に絶望した私にお金をくれるわけがありません。私くれるものは罵倒だけです。ですので信じられません」

 

 警戒はしているけど、それは自分に対する評価への警戒心であった。

 

「ねぇ……あの子、嫌なことでもあったの?」

「……嫌なことあったと言えばあったし、なかったと言えばないのかもしれない」

「どういうこと? ちゃんと説明しなさいよ!」

 

 言えるわけないでしょ。

 日本で死んでしまった私に転生させる係であるイザナミを持ち物の一つとして持って行った結果、彼女は神という存在から外され、事実上の強制的にクビにされて、私と一緒に転生した。そんな話を誰が信じるのだろうか。世の中にはそんなバカな話を信じられる人もいるかもしれない。でも、このツンデレキャラ作りの人が信じられるとは到底思えない。

 それに、別にあながち間違ってないもん。あの卑屈さはずっと前にあったはずに違いない、はずだ。

 

「で、なんで私達にお金を貸してくれるの?」

「困っているからよ」

「本音は?」

「本音よ! やましいことも企んでなんかないわよ!」

「またまた、素直になっちゃいなよ」

「いい加減に信じなさいよ、バカ!」

「じゃあ、私のハーレムにしたら信じてあげる。そんなツンデレキャラを作らない方が君にはぴったりだよ」

「作ってなんかないし、ツンデレキャラでもない! それにあんた女でしょ!」

 

 興奮してバンと強くテーブルを叩く。それに驚いてイザナミはごめんなさいを連呼して自分を責め立てる。それに対して金髪少女は「元気出しなさいよ」と、本気で心配をし始め、励ましの言葉を送った。……なんだこれ。

 

「いいからお金を貸してあげるって言ってんのがわかんないの!? 貴女達のことを想って言っているのよ! 素直に受け取りなさいよ!!」

 

 必死になって声を荒げてまで、どうして私達にお金を貸してくれようとしてくれるの? そこまでくると必死過ぎると逆に可哀想になってくる。

 わかったよ。そこまでしてお金を貸したいのなら、受け取った方が報われるのだろう。

 

「じゃあ、貰います」

「貰うんじゃなくて貸すの! ちゃんと返しなさいよ!」

「私の孫の代になるまで清算とかないよね?」

「一体、あたしをなんだと思っているのよ……っ!」

 

 そろそろ堪忍袋の緒が切れ、ぶるぶる震えている拳で殴りかかれそうなので、茶化さず疑わずにお金を貰っておこう。

 

「ふん、感謝しなさいよ」

 

 こうして私は五千エリスも貰った。登録するなら二千エリスでいいのに三千エリスも貰えた。今後の生活のためのお金だろうか? だとしたらありがたい。怪しいけど、これ以上言うと取り上げられるわ、殴られるわ、怒られるわで良いことなさそうだから終わりにしよう。

 

「じゃあ、あたしは行くから」

「ありがとうございました。どうぞお気をつけて」

「冷たいわね……まぁ、いいわ」

 

 金髪ツインテール少女がここを去ろうとした時、私の方へと振り返る。

 

「べ、別にあんたのためにやったわけじゃないからね!」

「いいよいいよ、そんな作りキャラなんか無理しなくていいから。早く行きなさい」

「もう少し情熱込めなさいよ!」

 

 こうしてツンデレキャラを作っている彼女はぷんすか怒りながらどこかへと行ってしまった。

 …………本当に私達のためにお金を貸してくれたのか? いわゆるお人好しか、バカなのか、そのどっちなのか? もうね、彼女の好感度とか上がる前にいろいろと怖いよ。あの子、一体なにが目的なの? 得体の知らないお人好しが恐怖に感じる。

 

「あ、アスカさん……」

 

 イザナミが未だにびくびく怯えている。

 

「わ、私……あの方と会いたくないです」

 

 それは私も同意だ。

 いろんな意味を込めて、ツンデレキャラ作りの彼女とは会うことないように願おう。

 それでも会ってしまったら、私のヒロインとして、ハーレムの一員として向かい入れよう。

 

 

「では改めて説明を……と言っても、冒険者を目指すお二人はある程度知っているとは思いますが」

 

 いいえ、知りません。日本人も死神も知らないことですので説明をお願いします。

 

「まず冒険者とは、街の外に生息しているモンスター、人に害を与えるものの討伐を請け負う人のことです。といっても、基本は何でも屋みたいなものですが、それらの仕事を生業にしている人達の総称なんです」

 

 日本で言うところのフリーターみたいなものかな。そもそも冒険者も勇者もゲームでは定番だけど職業とはちょっと違うしね。

 

「そして冒険者には各職業がございます」

 

 先ほどのおっぱいが大きい受け付け嬢は私とイザナミに免許書みたいなカードを差し出した。

 

「こちらにレベルという項目がありますよね? ご存知の通り、この世のあらゆるものは魂を体の内に秘めています」

 

 いいえ、存じ上げないです。

 

「どの様な存在も生き物を食べたり、殺したり、他の何かの生命活動にとどめを刺すことで、その存在の魂の記憶の一部を吸収することができます」

 

 ゲームではレベルアップに必要な経験値のことを言っているのだろうか? 日本にはなかった明確な経験値という存在とレベルアップ。本当に私、異世界に来たんだと改めて実感する。

 そう思い浸っていると、受け付け嬢はカードの一部を指さした。

 

「このカードを持っていると、冒険者が吸収した経験値が表示されます。レベルが上がると新スキルを覚えるためのポイントなど、様々な特典が与えられます。レベルを上げれば自然と強くなっていきますので頑張ってください」

「が、頑張る価値もないんです私なんて。頑張っていいのは一生懸命の生きている人だけですので……」

「あ、あの……」

「えっと、気にすると長くなるので、話を進めてください」

「あ、は、はい……」

 

 こんなこと言われると思わなかったもんね。私もそうだったよ。

 受け付け嬢は戸惑いながらも話を続ける。

 

「まず、お二人にはこちらの書類に身長、体重、年齢、身体的特徴等の記入をしてもらいます」

 

 そう言うと私達に書類を渡された。

 これに書けばいいのね、えっと……。

 身長162センチ、体重45キロ、年は17歳、高校二年生は……書かなくてもいいよね。

 で、身体的特徴は……髪は茶髪にしていたんだけど、なんか赤いな……今は赤髪なのか? じゃあ、それで……。

 で、次は……。

 

「あ、すみませーん、鏡貸してもらえませんか?」

「はい、どうぞ」

 

 受け付け嬢に手鏡を借りて自分の瞳を見る。眼は黒のままなのね。というか、この世界に転生して髪が赤くなっているってどういうこと? まぁいいや、黒目っと……あとは、スリーサイズぐらいかな。

 ふと私は真剣に書類を書いているイザナミに目をつける。

 ……どうしよう。イザナミのスリーサイズがすげぇ気になる。一見、同じ歳に見えて平均的な少女体系に見えるが、私の目は誤魔化せない。

 イザナミは隠れ巨乳に違いない!

 知りたい。どれだけあるか知りたい。腰周りとかお尻のサイズが知りたい。

 …………バレないよね? いや、バレないようにすれば全てが平和のままでいられる。

 私はイザナミの項目欄を覗いてみる。

 身長は152センチ、体重はまだ書いてないのか、おしいな。で、年は16か……。

 

「……明日香さん?」

 

 イザナミに声をかけられる。

 

「あの、見ないでください……」

 

 気づいてしまったか。おしいなぁ……なら仕方ない。

 

「私にスリーサイズ、特におっぱいのサイズを教えてください!」

「い、嫌です……」

 

 普通に、嫌そうに断られた。

 ……ごめんなさい。そんな軽蔑するような目で見ないでください。

 

「というか、16歳って、私と一つしか変わらないんだね」

「えっと、どういう意味ですか?」

「神様、女神様、死神様?じゃん。てっきり四桁ぐらいの年齢なんだと思っていたけど……」

「えっと、神界(しんかい)での年齢は違いますが、人間年齢でいうと16歳ですね」

 

 神界って聞きなれない言葉が出てきたけど、あれかな? 死後の世界であり、イザナミが住んでいた世界のことだろうな。それをここで書かれても向こうが困るだけか。

 とりあえず断られてしまったので、スリーサイズは攻略した後で知るとしよう。

 そう割り切って、受け付け嬢に書類を渡して進めることにした。

 

「ではお二人共、こちらのカードに触れてください。それで貴女のステータスが分かりますので、その数値に応じてなりたい職業を選んでくださいね。経験を積む事により、選んだ職業によって様々な専用スキルを習得できるようになりますので、その辺りも踏まえて職業を選んでください」

 

 などと受け付け嬢の方は言うけど、それってその職業に似合うパラメーターがないと選ぶことすらできないってことになるよね。

 私はラノベ主人公みたいな活躍できて、モテそうになるのならなんでもいいや。俺TEEEEでモテモテになるなら願ったり叶ったりだけど。

 

「はい、ありがとうございます。シオ・アスカさんですね。ええっと……筋力、生命力、魔力、起用度、幸運はどれもそこそこですが、敏捷力はとても素晴らしいですね! これでしたら、ギリギリ上級職のゲイルマスターという職業につけることができますよ!」

「げ、ゲイマスター?」」

「ゲイルマスターですよ。最近追加された新しい上級職業でして、攻撃や防御に置いては見劣りしますし、魔法は一応使えまずが、一部の風魔法しか使えまん。ですが、敏捷力だけなら他の職業の中で一番を誇ります」

「じゃあ、それで」

 

 よくわからないが、上級職業って言うからそれになった方がいいだろう。おそらく薦められた中では一番強いのかもしれん。

 にしても……なんともいえない微妙さがある。贅沢は言わないけど……もうちょっと上級職の中からいくつか選べるくらいの能力を期待していたけど……転生しても、こんなものか。

 颯爽と駆け抜けて美少女を助ける……そして私に惚れる。この流れを組み込めば完璧にハーレム女王になれるはずだ。よし、それで行こう。

 

「え、ええええええ!?」

 

 受け付け嬢は突然大声を上げていた。そしてそれに反応するようにビクッとイザナミは怯えてしまった。

 

「そんなに声を上げなくても……」

「驚きますよ! 起用度、体力と幸運が平均よりも低い以外は残り全てのステータスが大幅に平均値を超えていますよ!」

 

 な、なんですってー!?

 しゅ、主人公は私ではなくイザナミだっていうのか。いや、死神補正があるかもしれない。後、ヒロインは主人公よりも能力が高いっていうのも定番だから、イザナミがヒロインなら当然の結果なのかもしれない。

 さっきから怯えたり自分を責めたりグチグチとネガティブな発言が目立っていた女神だけど、やっぱり神様、女神様、死神様だけあって能力で圧倒している。

 

「すごいじゃないイザナミ。これだったら、なんでもなれますよね?」

「はい! 体力的には最高の防御力を誇るクルセイダーにはなれませんが、強力な攻撃魔法を操るアークウィザード。最高の攻撃力を誇るソードマスター。プリーストの上級職であるアークプリースト。先ほどシオ・アスカさんがなったゲイルマスターにだって、ほぼ全ての上級職になれますよ!」

 

 私はギリギリ上級職になれたゲイルマスターをあっさりとなれるのね。まるで私が引き立て役のかませ犬みたいだ。

 え、もしかして私って、主人公の悪友ポジション? ヒロインたちにぞんざいな扱いにされるポジションなのか!?

 お、落ち着け、私! 主人公がヒロインよりも能力に劣るのは自分で決めつけたことじゃないか。能力は生まれた時に決まっているものだ。凡人は凡人の能力を受け入れるしかない。だからこそ、いかに上手く立ち回れるかということが本題なのだ。

 

「えっと、私は…………」

 

 それからイザナミは考え込んだ。神様とはいえど、この世界のことは何もわかってないし、いろいろなれる職業があるから、どれが正解なのかわからないはずだ。バランスを考えれば、後衛のアークウィザードが丁度良いかもしれない。あと、多分後衛のアークプリーストもそうだろう。

 んー……でも、せっかく大鎌を持っているなら、それを使える上級職が彼女に合っているのかもしれない、でもそんな上級職はあるのかな……?

 どっちにしろ最終的に決めるのはイザナミだ。

 

「決めました」

 

 イザナミは決断した。心なしかどこらスッキリしていて決心した良い顔つきになっている。

 

「サンドバックでお願いします」

 

 ズコーっと、私はお笑いのベタな転び方をした。

 

「さ、サンドバックという職業はありませんよ」

 

 受け付け嬢はちゃんと返答するも困惑していて苦笑いだった。

 

「おい、イザナミ。なんでいろいろなれる上級職があるのに、ないもの選ぶんだよ」

「だ、だって……私みたいなニートになり果てた役立たずが、いろいろな上級職になれるなんておこがましいです。傲慢です」

「傲慢でもなければおこがましくもないよ! むしろその考えが傲慢だよ! それに似合ったパラメーターを持っているんだから、堂々となりたいものに就けばいいじゃないか!」

「私がなりたいもの……神様です」

「あ、うん、それはおこがましいって言いたいけど…………ごめんなさい」

 

 そうだよね。元の仕事に戻りたいもんね……。

 

「……気を遣わせしまいましたね。やはり私は迷惑をかける厄病です。こんな私の職業は厄病しかありませんね」

「ないわよ、そんなもんは……」

 

 これはもう無理矢理にでもイザナミに自信をつけるために、前衛の上級職業に就かせたほうがいいわね。

 

「すみません、上級職で大鎌を使う前衛職ってありますか?」

「はい。それでしたらデスサイザーという魔法や耐久度に関しては特に優れていませんが、攻撃力はそこそこ強く、そして何よりも一部の攻撃スキルにはモンスターを即死させる強力なスキルをお持ちの上級職はどうでしょうか」

「じゃあ、それで」

「ほ、本人に確認を取らなくてもいいのでしょうか?」

「いいんです。またサンドバックとか言い換えないので」

 

 それに、そうしないといつまでも話が進まない気がする。こっちで決めた方がイザナミにとっても前を進めてくれるだろう。

 

「では改めて。アスカ様、イザナミ様、ようこそ冒険者ギルドへ。スタッフ一同、今後の活躍に期待しています!」

「期待されるほどできていません。私のことはゴミ同様に扱っても」

「イザナミは私達と同様に扱ってください」

「は、はい……」

 

 こんなんで大丈夫なんだろうか……にこやかな笑顔で迎え入れてくれた受け付け嬢が一瞬で苦笑いに変わるんだよ。

 でも、そんなめんどくさい卑屈な性格を私は愛してあげよう。可愛いは正義。性格なんて神様だろうが女神だろうが死神だろうが変わるものさ。

 とりあえずそうだな……いちいち卑屈なことを言わないようにさせた方がもっと可愛くなるだろう。

 

「イザナミ」

「は、はい」

「次から自分を責めること言ったら……キスしちゃうぞ」

「それはやめてください。もしキスしたらこの鎌で切ります」

「なんでそういう時はハッキリと対抗できるんだよ!」

「これからも堂々と自分を責め続けます」

「そこは堂々としちゃ駄目でだろ……」

 

 行く先は不安だろうけど、なんとかなるのかもしれん。多分、きっと……必ず。

 そんでもって、ハーレム女王に私はなる!




原作の職業がよくわからなかったので、アスカ達にはオリジナルの上級職にすることにしました。

次はあの原作の人気キャラが登場します……一人を除いて。


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 お金の問題はなんとか解決でき、私たちは冒険者となった。これからゲームのチュートリアルのように簡単なクエストをこなしつつ、魔王退治へと徐々に物語が進んでいく。だから最初はこの街での稼ぎ方やレベル上げを学んでいくと思っていた。

 だがしかし、異世界に転生したといえど、今となってはここが私の現実の世界だ。

 そんでもって、現実はそう甘くはなかった。

 

「どういうことなの…………」

 

 ゲームでの最初のクエストに関しては、本当に簡単なクエストで行うことで、この世界での戦い方、この世界での採収を教えてくれそうな優しいものがあるはずなんだ。しかし今、掲示板に貼ってあるクエストに目を通してみれば、ゲームのような比較的に簡単なクエストというものはない。

 例えばこのクエスト。……森に悪影響を与えるエギルの木の伐採、報酬は出来高。そういうのは冒険者ではなく専用の業者に頼みなさいよ。冒険者に頼むにしても、森が悪影響与える程ってどれくらいの危険なんだよ。

 他には……息子に剣術を教えて欲しい。ルーンナイトかソードマスターの方に限る。役職限定されちゃっているよ。私ら受けれないじゃん。

 そんで……魔法実験の練習台を探しています。強靭な体力か強い魔法抵抗力がある方に限る。……私たちを殺す気か!

 結論。ゲームとリアルは別。現実はハードモードだった。

 採収クエストもドラゴンのタマゴを取ってこいなど、幻の薬草を取ってこいなど、明らかに最初のクエストとは思えないクエストばかりが並べてある。駆け出し冒険者の街とはなんだったのか……。

 しいて簡単と言えるのなら、ジャイアント・トードっていうモンスター退治っていうのがある。しかし油断大敵、駆け出し冒険者はレベルを上げてから、十分な装備を整えるべしとか書かれている。というか、ここのクエストって注意事項多くないですかね?

 生活費のことを考えると、できるだけ初期装備だけでお金を稼ぎたい。だからこそ簡単なクエストを行いたい。

 でも現実は厳しい。この世界でも甘えは許してくれないんだ。

 

「あ、アスカさん、これからどうすれば……」

 

 イザナミも何をどうすればいいのか困っている。とりあえず一番簡単そうなジャイアント・トードの討伐からやればいいのだけど、私たちのレベルで倒せるかどうかすらわからない。

 

「ねぇ、イザナミ」

「は、はい」

「いざとなったら、野宿する気ある?」

 

 最悪、節約のために野宿する提案をイザナミに訊ねてみる。

 

「大丈夫です。私みたいな枯葉以下の存在は一生野宿でかまいませんから」

「そういうことを当たり前のように言うなよ、悲しいよ私は」

 

 贅沢は言わないから、せめて安定な生活をまず送りたい。それから徐々に魔王退治に進んでいけば……いいよね? 王道的だよね?

 

「……とりあえず聞き込みしに行こう。なにか得られるかもしれない」

「そ、そうですね」

 

 私とイザナミはとりあえずここから離れようとした時、ふとパーティ募集の張り紙に目がいってしまった。

 ……いっそのこと、誰かと一緒にやっていった方が上手くいくかもしれん。それに、この世界のことを知らない二人で行動するよりかは効率がいいのかもしれん。

 ……取りあえず目を通してみてから考えよう。

 とりあえず一枚目を見ている。

 

「えっと、なになに……」

 

 そこに書いてあったのは、胡散臭いパーティの内容と条件が上級職の冒険者に限りると書かれていた。提供者みたいな名前にはアクアという文字が書かれている。

 ……うん、胡散臭い。なんだよ、アクア様とパーティになったことで病気が治り、モテモテになっては宝くじの一等が当たった? 今時の詐欺広告でもこんな胡散臭くはないぞ、知らんけど。

 これ絶対なんかの宗教だろ。そうじゃなくても絶対借金の肩代わりされるだろ。そんな感じがにじみ出る募集だ。

 しかし、募集条件は当てはまっている。私とイザナミは共に上級職に就いている。ここなら私達は仲間に入れてくれるはずだ。

 ……正直、嫌な予感しかしないけど、今の私達に選べる余裕がない。せめて安心できる環境は整えたい。仲間もできれば欲しい。

 あれ、安心できるのなら、こんな宗教のパーティーに入らない方がいいんじゃないか?

 …………最悪逃げればいっか。

 

「とりあえず、これを書いた冒険者に会いに行こう」

「だ、大丈夫ですかね?」

「なにが?」

 

 イザナミがなにか怯えた表情で口にする。

 

「お前なんか目障りだから消えろって、殺そうとしないですよね?」

「そんなクレイジーな奴がわざわざ募集するわけないでしょ」

 

 と思ったけど、内容が胡散臭いからどうなるかわかんない。同人誌の18禁みたいな展開になってもおかしくはない。

 そうなったら逃げるよう。なんだって、ゲイルマスターは上級職の中でも一番速いんだ。イザナミ一人だけなら持っていくのも簡単だ。

 腹を括り、私達はこのアクア様?のところへ行き、仲間に入れてもらうことにした。もうどうなっても知らん。自分とイザナミの幸運にかける。

 あ、私達の幸運、そんなに高くはなかった。

 

 

 特徴と居場所が書かれていたのでイザナミと共に向かう。その特徴っていうのは、一人は一目瞭然の美しい女神様みたいな美少女と、茶髪のヒキニートの少年ということが書かれていた。ヒキニートって……この世界にもニートってあるんだね。

 その特徴を捉える人物を探すのに苦労はかからなかった。もっとも、ギルド内はそこまで広くはないし、なによりも書いてある通りに、本物の女神様のような美しい美少女は自然と目を行ってしまう。そしてその隣にはいかにも平凡な茶髪の少年がいた。オシャレじゃないジャージ、ヒキニートって言われても違和感ないからあの人達で間違いない。

 ……というか、この世界にもジャージってものは存在するんだね。

 

「すみませーん。冒険者募集を見てやってきたんですが、ここであっているでしょうか?」

 

 私がそう訊ねると、美少女の方が目がキラキラに輝いていて、自信満々そうに歓迎のお言葉を送ってきた。

 

「よく来てくれたわ、選ばれし勇者達よ! アクシズ教団が崇拝する水の女神アクアに訪れたこと、歓迎するわ!」

 

 それを聞いた途端、私は不思議と全てを察した。

 あ、この子、残念系美少女だ。

 そんでもって、この人がアクアなら、あの宗教みたいな募集条件もこの人が書いたってことになる。

 …………うん。

 

「やっぱり間違いだったかなぁ……」

「ちょっと! やっぱり間違いってどういうことなの!? 明らかにこの私に会えただけでも正解でしょ!」

 

 おっと、思わず漏れてしまった。大声出したから、イザナミが私の後ろに隠れる。かわいい。

 いやぁ……だって、さっきの言葉だけで貴女がどういう人物なのかって、びっくりするくらい察することができたんだもん。

 同人ネタになることはないと安心できるけどど、かなり苦労する未来が見えた気がするわ。

 それと平凡な少年が呆れた目線でアクアを見ていたんだもん。あれ明らかに、こいつまたやっているよっていう、叱るのを諦めた感じだったもん。

 それら含めて、このアクアという人物は良く言えばギャップのある美少女。悪く言えば黙っていれば美少女という評価が出来上がった。

 とはいえ、残念系だが美少女であることは間違いはない。残念系は残念系で萌える物がある。それはそれでいいじゃない。苦労を得て手に入れるものがあるからこそ、その心という宝に価値があると思うわ。

 よし、ということだから下手に怒らさず、穏便に行こう。

 

「ごめんごめん、私はアスカ。後ろにいるのはイザナミ」

 

 私の背後に隠れているイザナミはちょこっと顔を出して小さく頷く。

 

「私たち二人共上級職ついているから、条件満たしているよね。ここの仲間に入れてほしいな」

 

 私がそう告げると、アクアは平凡な少年に満悦そうに話しかけた。

 

「ほら見なさい! このアクア様がちょっと本気を出して募集をかければ、仲間なんかすぐ集まるのよ。もっとも、カズマと違って私には仲間を集める才能があるからしょうがないわね!」

 

 だけどそれは、少女から溢れる年相応の喜び方ではなく、職場の人達にはうざがれるような自慢するだけ上司のようだった。やっぱりあの自称女神様は残念系だ。

 

「……本気出している割りには、一日募集をかけて二人しか来ないよな。つか、むしろ二人も来たこと事態が奇跡だろ」

「そ、それは本気の本気じゃないからよ。それに少人数の方が動きやすいから二人ぐらいに調整したのよ」

 

 カズマと呼ばれている平凡な少年は、冷めた目線でアクアの自慢を指摘をする。それに対しアクアは自分の発言を修正するこなく、上手いこと誤魔化していた。

 それを聞いたカズマという平凡な少年は視線をこちらに向ける。

 

「ようこそ、こんなところに入ってくれて助かる。俺はカズマ。もう察していると思うが、このアクアっていう可哀想な奴は、調子に乗った発言が多いけど、そっとしてやってくれ。そうでもしないと、この世界では生き残れないんだ」

 

 その目はこちらに同情を向けている。私達に同情するというよりも、このパーティに入ったことへの同情なのかもしれない。

 やっぱり間違いだったかなぁ……。

 

「上級職の冒険者募集を見てやって来たのですが、ここで良いのでしょうか?」

 

 後悔しそうになった時、私達と別に一人の少女がやってきた。

 その少女はロリッ子な魔法使い。黒いマントに黒いローブと黒いブーツに黒いトンガリ帽子、そして眼帯に加え、不思議な形をした杖は一目見ただけでも魔法使いだという恰好をしていて、すっごく可愛いなーと素直な感想が浮かび上がった。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

「冷やかしに来たのか?」

「ち、ちがうわい!」

 

 めぐみんという魔法少女は我が来たと言わんばかりにマントを翻して自己紹介をするものの、カズマは冷めた目でつっこむ。あーはいはい、そういうのいいからいいからみたいなノリでね。そう思えるのもわからなくはないけどさ……。

 よし、ここは私の出番ね。

 

「ごめんね、めぐみん。急にびっくりしたから驚いちゃったよ……それよりこれから時間ある? 良かったら私とって、イザナミ?」

 

 人がせっかくおでかけに誘うとしたら、背後にいるイザナミが服を掴んでぐぃっと引っ張ってきた。

 

「アスカさん、子供に不埒になことしてはいけません……」

「不埒なこと前提で言わないでくれるかな!?」

「……信じられません」

 

 ここぞと言わんばかりに退かない姿勢と強気な発言、ボソボソ声だけど。

 

「ねぇ、その子の赤い瞳……もしかして、紅魔族?」

 

 こうまぞく? なにそれ、難民族みたいなの? 

 アクアから口にした単語に理解できていない中、その問いにめぐみんはこくりと頷き、冒険者カードをアクアに手渡す。その直後、高らかに声を発した。

 

「いかにも! 我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺の魔法は山をも崩し、岩を砕く!」

 

 アークウィザードはイザナミの上級職を選ぶ時に受け付けのお嬢さんが軽く口にしていた。強力な攻撃魔法を操る上級職。つまり上級職の中で、一番攻撃魔法が優れているということだろう。その中で随一の魔法使いが仲間に入れてくださいと言ってくれたのか?

 可愛い可愛いめぐみんがこのパーティに入ってくれるのか? 私はこのパーティに入ることを心から感謝した。

 

「……と言うわけで、優秀の魔法使いはいりませんか?」

「いります! 是非!」

「おい、勝手に決めるな」

 

 うるさいですね、カズマ。私も仲間になったからには、新参者だろうが仲間を引き入れる権利はあるんです。

 

「そして図々しいお願いなんですが、もう三日も何も食べてないのです。で、できれば、面接の前に何か食べさせて頂けませんか!?」

「喜んで! 面接なんていらないから、もう君は私の仲間だ!」

「だから、なんであんたが勝手に決めるんだよ!」

 

 騒がしいですね、カズマ。私も仲間になったからには、新参者だろうが飯を食わせる権利ぐらいあるんです。

 見てよ、めぐみんの悲しげそうな目。まるで子猫のような可愛らしい子を見捨てるとでもいうのか? 私にはできないわ!

 今からめぐみんのご飯をおごろうとした時、またもイザナミが背後からグイッと服を掴んできた。

 

「……ご飯に変な物を入れないでくださいね」

「いれないし、そんなもん手持ちに持ってない。つか、私をなんだと思っている」

「……獣です」

「なんか誤解してない?」

「いいえ、アスカさんが人間の皮を被った獣です」

 

 どうしてこの子は私が女絡みの時だけ強気でいられるのだろう。卑屈でネガティブで謝っているよりかは良いけどさ……。

 

「ところで、紅魔族ってなんだ?」

「しょうがないわね。この世界のことを知らないカズマさんに私が丁寧に説明するとしましょう」

「なんでもいいから教えろって」

「紅魔族は生まれつき高い知力と強い魔力を持ち、大抵は魔法t改のエキスパートになる素質を秘めているわ。その特徴は名前の由来となっている紅い瞳と、変な名前よ」

 

 え、めぐみんって、あだ名じゃなかったのか!? DQNネームも真っ青のへんてこな名前だ。

 名前のせいでいじめられていないのか心配になった。

 

「変な名前とは失礼な。私から言わせれば、街の人達の方が変な名前をしていると思うのです」

 

 なにその、自分の出身では当たり前なのに、他所の県では全くあるあるじゃない県民ショー的な認識は。

 

「ちなみに、両親の名前を聞いてもいいか?」

 

 カズマはめぐみんにそう訊ねると、

 

「母はゆいゆい、父はひょいさぶろー」

 

 なにも疑問に思わずめぐみんは答える。あれ、私達が間違っているのかな?

 ……まぁ、ともかく。めぐみんがすごい魔法使いだってことはわかったことだし、とにかく可愛いし、可愛いから何も問題はない。例え県民ショー的な認識の違いはあれど、可愛いは世界共通だ。

 やっぱり私、このパーティに入ってよかったー!

 

 

 仲間が増えたことで私達はクエストである、三日以内にジャイアント・トードを計六匹を討伐しに平原地帯へとやってきた。そもそもカズマ達が仲間を募集したのは、二人ではジャイアント・トードを討伐するのは難しいからそうだ。

 カズマ曰く、たかがカエルだと思わない方が良いとのこと。

 なんでも、繁殖の時期に産卵をするために体力をつけ、体力をつけるには餌の多い人里に現れては農家の飼っている山羊を丸呑みするらしい。当然、私達人類も例外ではなく、毎年繁殖期には人里の子供や農家の人が行方不明になっているらしい。

 それとジャイアント・トードのから揚げはちょっと固いが意外と美味しいらしいとのこと。……マジか。

 ともあれ、カズマとアクアは昨日ジャイアント・トードを二匹倒しており、残るカエルは四匹。

 どれだけ強いのか弱いのかはわからんが、上級職が五人も集まればどうってことないだろう。

 でも食べられたくはないから油断はしないようにしよう。なにせ、これがリアル初戦闘。カエルに食べられてゲームオーバーとかシャレにならんからね。

 

「爆裂魔法は最強魔法です。その分、魔法を使うのに準備時間が結構かかります。準備が調うまではあのカエルの足止めをお願いします」

 

 めぐみんは遠く離れた一匹のカエルに指し、私達に伝える。

 

「こっちにも来たわ」

 

 アクアが指す方もカエルがいる。めぐみんが見つけたカエルの逆側だ。

 にしても、随分とリアルカエルながら随分とパステルカラーだね。実は毒カエルとかじゃないよね? 触れたら死ぬとかないよね?

 うわーカエルがぴょんぴょんするんじゃー。あんまり可愛くねぇし、地響き結構鳴ってるよー。

 

「近い方は俺達にまかせて、遠い方のカエルを魔法の標的にしてくれ」

 

 カズマがそう伝えると、めぐみんはこくっと頷き承知した。

 

「おい、行くぞアクア。今度こそリベンジだ。一応は元なんたらだろ? たまには元なんたらの実力を見せてみろ元なんたら!」

「もともとうるさい! 元って何!? ちゃんと現在進行形で水の女神アクアよ!」

 

 なんか知らないが、アクアは元なんとかと言われたことに不満に感じたのか、涙目になりがらカズマの首を絞めようとしていた。

 それを聞いためぐみんは「女神?」と首をかしげる。

 

「そうだよ。女神と自称している可哀想な子だよ。アスカ達にも言ったけど、たまにこういった事を口走ることがあるんだけど、できるだけそっとしてやって欲しい」

「……可哀想に」

 

 カズマの言葉にめぐみんはボソッと呟いてはアクアに同情の視線を送った。

 

「な、何よ。打撃系が効き辛いカエルだけど、今度こそ」

 

 今、涙目になった時の顔が可愛かったなー。そう素直に思っていると、アクアはジャイアント・トードに向かって駆け出した。

 

「見てなさいよカズマ! それと新入り達! 今度こそ女神の力を見せてやるわよ! 『ゴットレクイエム』!」

 

 よく耳に通るような声で発しながら、アクアは必殺技みたいなのを発動させた。右手に持っていた杖が螺旋状に輝く光を纏いながら突進する。

 おおぉ……RPGの必殺技が生で見られる。カズマ達はバカにしていたけど、私は今のアクアを見て、心の底から凄いと感心してしまった。

 

「ゴットレクイエムとは、愛と悲しみの鎮魂歌! 相手は死ぬっ! へぼっ!?」

 

 よく通る声で説明するも、あっさりとカエルに食べられた。そしてカエルは顔を上げ、アクアを飲み込むように下半身を少しずつ口の中へと入れていく。

 ……なんか、シュールだなぁ……。

 

「そういうことじゃないわよ!」

 

 いつまで背後にいるイザナミが、小さな声で短めな悲鳴を上げていたけど、今はアクアを助けなければ胃の中で消化されてしまう。そんなリョナ展開は今いいんだよ! 大事なのはアクアが恋愛フラグを立たずに消化されてしまわないことなんだよ!

  私はスタートダッシュをするようにクラウチングスタートの構えをする。後ろから見れば、丸見えだけど、そこは後ろにイザナミがいるから大丈夫だ。イザナミなら見られてもいいや。

 

「おい、アスカなにをするんだ?」

 

 意外にもカズマは落ち着いている。仲間を食べられたっていうのに、なんて白状者だ。私がアクアをもらってやろう。そこで取られて永遠に悔しがっているがいいさ。

 

「カズマには言ってなかったけど、私の上級職はゲイルマスター。上級職の中ではトップクラスの敏捷力を誇る者よ!」

 

 見せてやる。きっとゲイルマスターでしか習得できなであろうスキル。一瞬で相手の間合いを詰める私の必殺技……。

 

「『アクセルダッジュ』ッ!! おべっ!?」

 

 …………。

 …………今、何が起こったんだ?

 アクセルダッシュを使ったら青空とカエルの顎とアクアの足が見えているんだけど、どうなったんだ?

 ……あれかな。カエルに激突してした衝撃で仰向けになってしまったことに気が付かない程、速すぎたのかな?

 最初だから、張り切り過ぎて勢い良く失敗したのね。今にして思えば足がもげるかと思った。

 速くなりそうだからスキルを取ったんだけど、速すぎて何もできないわね。

 あのスピードのまま駆け抜け続けていたら、どこで止まるかわからなかったかもしれん。それを止めてくれたのはカエルのお腹だ。カエルのお腹が弾力じゃなかったら、私はどうなっていたのかわからない。

 ありがとうカエルさん、私を助けてくれて。君は私の恩カエルだよ。

 カエルに感謝すると、そのカエルは私のことを見下ろした。

 ありがとうじゃねぇよ! こいつ私も食べる気じゃないか!

 

「『アクセルダッシュ』!」

 

 さっきは力み過ぎたので、加減してスキルを発動させる。

 そうやって上手く調整したら、カズマの手前でなんとか止まることができ、戻ることもできた。

 その変わり足でおもいっきり急ブレーキをしたから、めちゃくちゃ足が熱いし痛いし、もげそうになるし、靴底めっちゃ擦れた。

 ……結論を出そうか。

 

「このようにアクセルダッシュは一瞬で駆け抜けたり、すぐに戻ってこれたりできる、素晴らしい走力を発揮するのがゲイルマスターよ」

「お前すごいことしてるようで、なにもしてないだろ」

 

 カズマの明確なツッコミに私はぐうの音も出なかった。

 いや、私もこんなはずじゃなかったんだよね……いや、本当だよ。想定外だし、想像も遥にぶっ飛んだ結果になるなんて思ってもみなかったんだって。

 そんなことを思っていると、空気が一変した。いや、世界が混沌の闇に飲まれたとでも言うのだろう。それに伴い、めぐみの周囲が禍々しくて光りが杖に吸収している。

 めぐみんが唱えようとする魔法が危険だっていうことは、初めて本物の魔法を見ることになった私でも理解した。

 

「……これが、人類が行える中で最も威力のある攻撃手段。これこそが、究極の攻撃魔法!!」

 

 強力な魔法を放つために長い呪文を響きかせ、紅い瞳で相手を定め、そして……。

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 めぐみんの杖の先端から放たれた光は一匹のカエルの頭上へと放つ。一旦、光は吸収され消滅したかと思ったその刹那、強烈で強大な焔の光がカエルの真下へ降り注いだ。

 目を眩ませる強烈な閃光、辺りの空と大地を震わせ、轟音と共にジャイアント・トードは跡形もなく強大な焔に飲まれて逝った。

 

「ひっ」

 

 あまりにも凄まじい爆風から守るように背を向けてイザナミを抱きしめる。こちらが踏ん張らないと、あの爆発に吹き飛ばされそうだ。

 空が晴れ、爆煙が無くなってから振り返ると、カエルがいた場所は見事に強大なクレーターが出来上がっていた。

 

「「すっげー……」」

 

 初めて見る強大な魔法に思わずカズマとシンクロして言葉を漏らしてしまう。

 そりゃそうだ。私にとっては日本で見ることもない非現実的な現象。ゲームという画面の向こう側の必殺技集でしか見たことなかったものを、この目で確かめ、自分の肌で伝わる衝撃を味わったんだ。

 ……まぁ、ちょっとオーバーキル気味かもしれんが、それはそれで魅力があるじゃないかな?

 私がめぐみんの爆裂魔法に感動していると、一匹のカエルが地中からぬるっと現れた。

 

「え、なんでカエル出てくるの!?」

「おそらく、さっきの魔法の衝撃と爆音で目覚めたんだろう」

 

 私の疑問にカズマが答える。あれ、カエルって地中に住めるものだっけ? いや、そんなことはいいさ。とりあえず一旦距離を取って、まためぐみんに魔法を放ってもらおう。

 アクアも当然、助けないと。

 

「めぐみん! 一旦離れて!」

 

 カズマも同じことを考えてたらしく、めぐみんに指示を送る。

 そんなめぐみんは地面に倒れていた。

 

「「え?」」

 

 またもカズマとシンクロする。その疑問はめぐみんの口から語られた。

 

「ふ……我が奥義である爆裂魔法は、その絶大な威力ゆえに、消費魔力も絶大。要約すると、限界を超える魔力を使ったので、身動き一つ取れません」

 

 …………。

 な、なにかしら代償はあるかもしれないとは思っていたけど……ま、マジか。

 

「ち、近くからカエルが湧き出すとか予想外です」

 

 私達は貴女が倒れるなんて予想外でしたよ。

 

「やばいです。食われます。すみませーん、ちょ、ちょっとお助けを……うわぷっ……!?」

 

 こうしてめぐみんもカエルに食べられましたとさ。

 

「お前ら、食べられているんじゃねー!!」

 

 カズマが絶叫している中、私は腰から短剣ダガーを取り出して標的を定める。

 要領は掴んだ気がする。どれくらいの力加減で使えばいいのか、さっきのでわかった気がする。

 よし、今度こそ決める。

 

「『アクセルダッシュ』!」

 

 相変わらずの凄まじいスピードだし、足がもげそう。だけど先ほどよりも抑えらている気がする。このまま駆け抜けて二人を助ける。

 そんな時、私の目の前に急にカエルが現れた。

 

「ほばっ!?」

 

 またも気がつけば視界は青空、そしてカエルが大きく口を開いている。

 

「『アクセルダッシュ』!」

 

 すぐさま起き上がって、振り返る。そしてアクセルダッシュを使う。

 完璧に自分のものにできたらしく、またもカズマの手前で止まることができた。でもやっぱり足はもげそうだし、靴底が擦れる擦れる。

 

「どう、完璧に使いこなせているでしょ」

「どこかだよ! なにかしろよ! そんなピンポンダッシュの神技を見せられても、ここではなんも役に立たないだろ! せめて攻撃しろよ!」

 

 カズマの的確で怒涛なツッコミを受けてまたもぐうの音もでない。

 

「いや、今度はちゃんとやろうとしたって」

 

 気が付かなかったけど、もう一匹カエルが湧き出たんだね。正面にはカエルが三匹。そのうちの二匹が口をもぐもぐしていてそれぞれの足が出ている。一匹は同類のお食事を邪魔するんじゃねぇと言わんばかりに堂々と立ち塞がっていた。

 まずいな……早く助けないと、リョナ展開どころじゃ済まされなくなる。

 ……というかさ、普通に考えて二人食べられているのって……やばくない?




後半へ続きます。


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この戦いに必殺技を

「俺に良い考えがある」

 

 カズマが提案を出してきた。

 ……その台詞に嫌な予感がする。

 

「あのカエル、アクアたちが飲み込もうとすると身動きしないんだよ」

 

 そういえばさっきからアクアを食べたカエルは、めぐみんの爆裂魔法を放った時も一歩も動かなかったきがする。そんでもって、めぐみんを食べたカエルも一歩も動かない。今が助けるチャンスになるんだろうけど、それを阻む一匹のカエルが邪魔。

 

「だからアスカ、あのカエルの餌となって動きを止めてくれ。その間に俺とイザナミで助ける。良いな?」

「よし、わかったって、いやいやいや。全然良くない、良くないよ! 普通そんなことを思っていても言うのか!?」

「さっきから神技ピンポンダッシュしかしてねぇじゃんか。それくらい大丈夫だろ」

「大丈夫なわけないしょ! アホなのか? アポなのか? さてはバカでしょ!」

 

 カズマの口からチッと、舌打ちするのを捉えた。

 こ、こいつ平気で私を囮にしようとしていた。お、恐ろしい男だ、きっとカズマは血も涙もない外道になり得るかもしれん。

 

「というか、カズマは何ができるのよ。このパーティーにいるのだから、何かしらの上級職に就いているでしょ? それを活かして」

「上級職じゃない」

 

 …………聞き間違いかな? いや、気のせいかな? 

 カズマがなんかボソッと口にしたけど、ちゃんと聞き取れなかった。

 

「……なんて言ったの?」

「上級者じゃない。俺の役職は冒険者だ」

「ぼ、冒険者?」

「……職業の中では最弱の役職、それが冒険者なんだよ。そんくらいわかるだろ、言わせているんじゃねぇよ……」

 

 カズマはガックリと肩を落とされずにはいられなかった。

 だったらカズマが囮になればいいじゃないかな? 多分一番役に立たないし、最弱職なんだからね。

 ……それを言おうと思ったけど、カズマから悲愴感が漂ったので、胸の奥にしまうことにした。流石に可哀想だ。

 

「こうなったら、イザナミ!」

「は、はい!」

 

 さっきから居たのかわかんないし、存在感を薄くしていたようだけど、

 

「あんたに人働きをしてもらうわよ」

 

 大鎌を持ちながらビクビク震えて怖がっているけど、受け付け嬢がお墨付きを与えた才能の持ち主。そんでもって、イザナミの名を持つ神様であり死神だ。たかが巨大カエルなんて容易く葬るに違いない。

 そもそも、こういうのは最初からイザナミにまかせれば良かったんじゃなかろうか。

 ふと、怯えているイザナミがカズマと目と目が合うと……。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! さっきから一言も喋らなくてごめんなさい! 失礼極まりないですよね、ゴミクズブスですよね。当然ですよね、仲間に入れさせてもらったのにも関わらず、コミュニケーションを一切取らないただのクズ壁ですよね。どうしてそんな私が今生きているのでしょうか、お詫びとしてカエルの中で消化されて逝きます!」

「え、い、ちょっと待った! お、おいアスカ!」

 

 その目と表情はイザナミを説明しろという必死なアピールですね。まぁ、最初は動揺するよね。その前にイザナミを止めよう。

 

「私もついさっき会ったばかりで詳しくは知らないんだけど、どうやら加害妄想って言うべきか、とてつもなくネガティブで卑屈なのか、あんな感じでとにかく自分を否定したがるような美少女……美白と少しだけ目隠れしている前髪がチャームポイント、それがイザナミ。可愛いでしょ?」

「可愛いとかは今聞いてないから」

 

 カズマはもう一度イザナミを見る。今こいつ、めんどくさいって思ったな。確かにめんどくさいところはあるかもしれないが、そこは愛で乗り越えようよ。

 

「とりあえずイザナミ、お詫びをするのなら、あのカエルを倒して来てくれるかな?」

「え、あ……」

 

 私がそう言ってイザナミはカエルの方へ視線を向ける。

 

「む、無理です怖いですでかいです。あんなのどうやっても勝てません。お役に立たなくてごめんなさい!」

「あんた仮にも女神やら死神のポジションじゃないの!?」

「む、無理な者は無理です! あんなの神でも勝てません! ごめんなさい、お詫びとして私はあのカエルを倒してくれる強者を寝ずに探し続けます」

「そんなことする前に戦闘終わっているから!」

 

 そんな中、カズマは冷めきった目でこちらを見ている。あ、こいつ、絶対めんどくさいし使えないみたいなこと思っているな。まぁ、確かにその通りかもしれないけど……そこはご愛敬ってことで。あれ、意味違ったかな?

 

「……やっぱりここはアスカに囮を任せるしかないな」

「いやいやいや、そこはカズマに任せた方がいいんじゃないかな? 最弱職だし、私の方が上だし」

「ピンポンダッシュしかできていない上級職に任せられないって、少しはなんか役に立ってみせろよ、な?」

「私だって好きでピンポンダッシュを往復しているわけじゃないからね。……というか、こんなことで言い争ってないで、他の方法を考えようよ」

「だからあんたが囮を」

「それ以外で!」

 

 ここでカズマと口論し合っても、アクアとめぐみんが消化されるだけで終わってしまう。私もカズマもカエルの口の中に入れられるのだけは、絶対に避けたい。

 

「そうだ。さっきイザナミがカエルの中で消化されに行くって言ったから、ここはイザナミに……」

「はあぁ!?」

 

 私はとっさにイザナミを抱え、後ずさりした。

 

「あんた何考えているの!? めちゃくちゃ怯えていた少女をカエルの囮にするとか正気!? さっきもそうだったけど私達をなんだと思っているの!? この悪魔の生まれ変わり! 人間のフリをしたゴミクズだな!」

「おい、いくらなんでも暴言すぎるだろ!」

 

 確かに、人間のフリをしたゴミクズは言い過ぎたけど……それはお互いさまでしょ。ほら見なさい、イザナミがカズマを恐怖の塊を見るかのように怯え切っているじゃない。いくらめんどくさくて役に立たなければ、卑屈なことばっか言っているからって、この子を囮にしては人として駄目だよ。

 

「ちょっとー! なんでもいいから早く助けてよー! このままじゃ死んじゃう、死んじゃうから!! お願いします助けたらなんでもするから助けてください!」

 

 ん? 今なんでも……じゃなくて。

 未だに、カエルの口の中で必死に飲み込まれないようにと、アクアは抵抗している。そしてアクアの切実な悲鳴が良く耳に通った。

 ああだこうだ言っている場合じゃなかったわね。というか、よくまだ飲まれないでいられるよね。カエルも諦めて吐き出してしまえばいいのに。それと、お食事中のカエルを守っているカエルは死んじゃっている? さっきから微動だにしていないじゃない。

 もうめんどうだ。さっきの爆裂魔法みたいじゃなくても、一気に三匹のカエルを葬る方法…………う、うそ、私ってすごいひらめきを思いついた。

 

「私に考えがある」

「嫌な予感しないんだが……」

 

 カズマの言葉にここはあえて否定しないでおく。

 

「アクアとめぐみんがどれだけ耐えられるのかわかんないから、手短に話すね」

「めぐみんは知らんが、あの元なんたらは意外と大丈夫だぞ」

「あんた仲間なんだからもう少し心配しなさいよ」

 

 カズマがアクアに対してぞんざいな扱いは置いとくとしよう。

 

「まずカエルを倒してもらうのは、イザナミにお願いしよう」

「む、無理です」

「無理じゃないからやる!」

「ひっ」

 

 とりあえずイザナミの卑屈スキルは強制的にキャンセルさせといた。

 

「イザナミは倒せないって言っていたけど、どうやって倒すようにするんだ?」

 

 カズマの言うことは先ほどのイザナミの発言で証明されている。本気でジャイアント・トードというカエルに恐怖を感じている。

 

「イザナミはあのカエルを見て怯えている……なら、簡単な話だよ。カエルを見なければいい。目を閉じてやればいいのさ」

 

 恐怖の対象を見ずに大鎌で攻撃すれば倒せるはずだ。

 

「どうやって目を閉じて戦えだって?」

「言ってねぇよ。まぁ、その通りだったけど、どうするんだよ?」

 

 カズマの言いたいことはわかっている。目を閉じてカエルに向かって攻撃しろなんて難しすぎるだろう。そしてなにより、イザナミがそうすることが無理難題になってしまう。

 

「イザナミは目を閉じて攻撃すればいいだけ。足は私が担当する」

 

 カズマは理解し難い顔をしているので、実際やってみることにした。

 

「え、ちょっ、ちょっとアスカさん?」

 

 イザナミをおんぶすることで二人で一人分になり、私が足でイザナミが腕となる。まさに二人で一つの冒険者。

 それがダブルフォーメーション。

 

「こうすれば、ゲイルマスターの弱点である攻撃力をイザナミのデスサイザーで補うし、イザナミの弱点も私脚力でカバーできる。それにこうしておんぶすることで、イザナミに恥じらいを味合わせ、可愛くさせる。どう、完璧でしょ!」

「最後ものすごい好みの問題だったな」

「だが一つだけ問題がある。イザナミの顔が見づらい」

「そこはどうでもいいだろ」

 

 どうでも良くないんだよ! って言いたいけど、ここはアクアとめぐみんのために我慢しよう。

 

「つか、本当にそんなんで上手くいくのか?」

「大丈夫でしょ。イザナミのデスサイザーっていう役職は、相手を即死させる効果があるんだから一度に三匹やっつけられるはずだよ」

「マジかよ……」

 

 きっとカズマは、どうしてそんな強力な上級職に就いていながら怯えているんだよ、みたいなことを思っているのだろうなー。しょうがないじゃない、性格なんだもの。

 

「……本当に上手くいけるのか?」

「上手くいくしかない。囮を誰もやらずに敵を一掃させるなら、今のところこれぐらいしかないのよ」

 

 とっさに思いついたんだし、これで出来なかったら、仕方ないから囮でもやってやるわよ。

 

「イザナミ、大鎌スキルみたいなの取っているよね」

「は、はい。あの」

「アクセルダッシュは想像以上に速いから気を付けてね。私もなるべく引き離さないようにしっかり支えるからね。大鎌を振るタイミングは口で言うつもりだけど、難しいからギュッと力強く握った時に発動してね。それで多分、上手くいくはずだから」

「あ、あの、私…………」

「私なんかと一緒で上手くいくはずがない……みたいなこと言いたいんでしょ?」

「え、あ、ち、違います」

 

 違うのかよ。なんかイザナミのことを知っているみたい感じなのに、ただの知ったかぶりになっちゃったじゃん。

 

「私が言いたいのは……できなかもしれないです。アスカさんの期待に応えられないかもしれない」

 

 そこまで違くはなくね? いいけど、さ。

 

「……それでいいと思うよ。上手くいくかもしれないって口にしたところで、成功するなんて約束されていないわけじゃん。でも逆に言えば、上手く行く可能性はいくつも広がっていて、それがあるだけでも成功に導くと思うんだよね。私はそう思っている。だから……もうちょっとポジティブに考えてもいいんじゃないかな?」

「アスカさん……でも……」

 

 不安なのは仕方ない。私だって不安があるんだもん。この世界に転生しても不安だらけだよ。この世界で上手くやっていける自信もなくはないし、ついでに言えば、卑屈でカエルにビビっている死神と上手くやっていけるとは絶対に言えない。

 それでも、そんな死神でも、独りでやるよりかはマシな気がする。

 

「半人前以下の私達二人で、一人前の冒険者でやっていこうじゃないの」

「一人前の冒険者……」

「そんでもって完成させようじゃない、私たちの必殺技」

「む、無理です」

「無理じゃない。私達にならできる!」

「は、はい」

 

 まずはジャイアント・トードを倒して、私達は前に進む。

 

「私と一緒ならどんな困難も無理難題も超えられる……行くよ」

「…………」

 

 私はイザナミの返事を待つ。例え自分に自信がなく、自分の力を信じない死神だけど、私は信じて待つ。

 大丈夫。本当に無理だったら、良く考えてから無理っていうタイプだと私は思う。

 

「……アスカさん」

 

 顔は見えないけど、声が先ほどまでと違うのが分かった。

 

「…………お願いします。」

 

 うん。いい返事と覚悟だ。

 まずお食事中のカエルを守るように立ち塞がっているカエルをイザナミの大鎌で即死させ、そのまま食事中の二匹のカエルも仕留める。

 アクセルダッジュはもうどれくらいの力加減で踏み込めばいいのかもわかった。そこまで速くしすぎなくていい。速くしようとしなくていい。むしろ突っ立っているだけで勝手に颯爽と走り出してくれる。

 ただ、何回も使えるわけではないと足の感じの秘められた力的なものからして、一回で決めたい。

 

「『アクセルダッシュ』!」

 

 うおっ!?

 やっぱり速い。でも、さっきよりかは……っ! 抑えられて、いるっ!

 

「い、いま!」

 

 同時にイザナミの背中をギュッと握る。

 

「えい!」

 

 イザナミが大鎌を振った感じはしていたが、実際はどうかわからない。確認する暇もなく、アクア達を捕食しているカエルに近づいた。

 

「いま!」

「えい!」

 

 次もイザナミが大鎌を振った感じはしていたけど、実際どうなったかわからない。爆発的な瞬発力を手に入れた変わりに、制御するのが難しくなる代償を払ったのだ。

 ……そのせいなのかな? どうしよう、止まれない。

 止まろうとしているんだけど、何故か上手くいかない。というか下手に止まったら足がもげて勢い良く転びそう。イザナミが何か言おうとしているのはわかっているんだけど、風の抵抗が速さと比例して上手く喋れないんだろう。私だってこんなつもりはなかった。まぁ、そのうち止まるよ。きっと……。

 

 

 どれくらい走ったのかわかないけど、カズマ達が見えなくなるくらいまでは走っていたのは間違いなかった。

 なんとか一回止まれたところで、もう一度アクセルダッシュを使ってカズマたちの所へ戻った。

 戻ってみると、泣きじゃくっているアクアと、疲れ切っていてうつ伏せになっているめぐみんと、ようやく戦闘が終わったことに、安心よりも疲労がのしかったような顔をしているカズマがいた。

 そして周りにジャイアント・トードはいなかった。

 

「カズマ、私達の必殺技どうだった?」

「あれ、必殺技なのかよ……。でも、そうだな……正直不安しかなかったけど、すごかったよ。俺から見たら一瞬でカエルを倒している。もしかすると、魔王もあっさり倒すんじゃないかと思うくらいだよ」

「それは流石に大げさじゃないかな」

 

 そう言いながらも褒めてくれたことに嬉しかったりする。二人で一人分の力となって、それが必殺技となって成功する。それが何よりも嬉しいんだ。

 

「やったね、イザナミ」

 

 私はできるだけ顔を後ろに向けて、イザナミに喜びを分かち合う。

 

「…………はい」

 

 そしてイザナミは笑顔、というほど笑ってはいなかったけど、口元が吊り上がっていて嬉しそうに見えなくもなかった。

 この世界に転生して、初めてのモンスター討伐で慣れないことも多いし、失敗もあったけど、私とイザナミ、そしてカズマ達と力を合わせていければ、とりあえずなんとかなることが証明された気がする。そんな自信がつけられた。

 

「ふふっ」

「どうかされましたか?」

 

 思わず笑いが込み上げてくる。大変だけど、大丈夫だという安心感が溢れたかもしれない。

 

「改めてだけど、これからよろしくね、イザナミ」

 

 日本で死んじゃったことは残念だし、申し訳ないことをしてしまった。だからこそ、この世界で精一杯、イザナミ達と共に歩いていくよ。

 さようなら、日本。

 そんでもって、改めてよろしくお願いします、この異世界。

 

「……なんか良い感じで終わろうとしているところ悪いけど、あんた達が倒したのは、ただボーっと立ち止まっているカエルでだけであって、アクアとめぐみんを食べているカエルは倒してないからな」

 

 …………。

 ……ん?

 今、なんて言った? カズマがなんか戯言を口にしたようだけど、気のせいかな?

 

「え、アクア達を助けたの私達じゃないの?」

 

 まさかと思うので一応確認を取ってみるも、カズマは顔を左右に首を振り話を続けさせた。

 

「俺が見た時はカエル一匹は倒れ、もう二匹のカエルは何事もなくアクアとめぐみんをのんびりと食事中だしていた。お前達はどっか行っちゃうし」

「……当たってなかったの?」

「当たってないんじゃないの? 速すぎてなにが起こったのかわかんないから、なんとも言えないけどな」

 

 カズマの顔を……見ても本当がどうか嘘かもわからない。でも、嘘つく理由なんてないよね。

 

「……どうやって残り二匹の倒したの?」

「食事中の時が隙だらけだから普通に剣で倒した」

「そ、そっか……ありがとう」

 

 ……なんだろう、この気持ち。このやり切れない気持ち、喜んでいいの悔しいのかもわからない、中途半端な結果。成功したと思ったら、一応成功で失敗になった、この微妙な結末。正直、今どんな反応をすれば戸惑っています。

 こ、これは、し、失敗なんだから落ち込めばいいんだよね。きっとそうだよね。だったら最初からそう言って欲しかったよ! てっきり成功したと思ったんじゃないか。

 

「なんか中途半端だな」

「言うな! 私が一番わかっているんだよ、そんなこと。カズマに言われなくてもわかり切っているんだよ!」

「でも、成功したんだからさ、喜べよ」

 

 私、このカズマという男がいろんな意味を込めて一番の問題児なのかもしれない。カズマの意地悪そうな笑みを見て、そう思った。

 こうして、私とイザナミの異世界での初のモンスター討伐はなんとも言えない気持ちのまま終えることになった。

 日本に生きていた頃も思っていたんだけど思い通りにいかないんだと多々思うことはあったけど、それは異世界でも同じだった。

 例えるなら、高校デビューする前の中学生のように高校に入学したら変わると勘違いしているように、私が異世界に転生しただけで簡単に変わるわけがないんだ。だって、私という人格が変わらない限り、変わらないんだ。思い通りにいかないのも当然の結果だ。

 それに、今回の戦闘では結果的に私はカエルを倒してもないし、戦うことらしいことはしていない。神技のピンポンダッシュしかしてないよ……。

 …………帰ろう。もう、帰りたい。 

 この日、三日以内にジャイアント・トード六匹討伐を無事成功させた。

 そして私とイザナミの異世界での生活は始まったばかりである。



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この仲間達と共に歩む道を

「うっ、うぐっ、ぐすん。生臭いよぉ…………生臭いよぉ…………」

 

 なんとも言えない気持ちのまま、ジャイアント・トードの討伐を終えた帰り道。液体まみれのアクアは未だにめそめそと泣いていた。

 それもそうだ。カズマに助られるまで、カエルの口の中にいたんだ。人間、そう簡単に本当の意味で食べれらることなんてあるはずもない。だからこそ、その得体の知れない恐怖を味合ったんだから泣きたくなるトラウマになるのも仕方がないかもしれない。

 というか、すぐ助けられなくてごめん。

 

「カエルの体内って、臭いけど良い感じに温かいんですよね……」

 

 カズマに背負らせれている液体まみれのめぐみんが、落ち着いた口調でしみじみに言う。まさに経験者は語る言葉。けど、知りたくもないトリビアであった。

 

「……とりあえず、めぐみんは今後爆裂魔法は緊急の時以外は禁止だな」

 

 これにはカズマと同意せざるを得ない。威力は申し分ないけど、そこまでやる必要はないし、なによりも使うたびに毎回毎回倒れてしまっては効率も悪かろう。

 

「これからは他の魔法で頑張ってくれよ」

「使えません」

 

 めぐみんは即答する。

 

「……何が使えないんだ?」

 

 カズマはめぐみんに訊ねる。それに対してめぐみんは真面目な顔で答えてくれた。

 

「私は爆裂魔法しか使えないです。他の魔法は一切使えません」

「…………マジか」

「…………マジです」

 

 ……めぐみんはまさかの一点特化型の魔法使いさんでしたか。

 場の空気が静まった中、ようやくアクアが泣き止んで会話に参加してきた。

 

「ちょっと待って。爆裂魔法を習得しているのなら、他の魔法も習得しているはずだから、使えるはずでしょ?」

「そういうものなの?」

 

 私の問いにアクアは答えた。

 

「うん、私なんて宴会芸スキルを習得してからアークプリーストの全魔法を習得したし」

 

 宴会芸スキルって、何に使うだよ。

 というか、そもそも宴会芸スキルがあることに驚きだよ。

 ……あれかな? 幹事になれる優先権とかお酒の半額サービスとかつくのかな?

 

「爆裂系の魔法は複合属性って言って、火や風系列の魔法の深い知識が必要な魔法。……つまり、最低でも火と風の魔法が使えないと爆裂系魔法は習得できないのよ」

「だとすれば、めぐみんは爆裂魔法を習得しているから、それに関連する魔法が使えない訳じゃないってこと?」

「その通りよ、アスカ! ちなみに職業や個人によって習得できる種類が限られているけど、私は超優秀だからアークプリーストとしての魔法は全部できるわ」

 

 今のアクアは、なんか自分が先頭に立っていて、自分が一番だと錯覚しているように見えたけど、きっとそれは気のせいじゃないね。最後だけ凄い活き活きしてた。ようするに自慢話か。

 そう言えば、受け付け嬢のお姉さんがゲイルマスターは風魔法しか習得できないみたいなことを言っていたっけ。つまり、私の個人能力によっては習得できないこともあるってことか。

 その点に関しては、最初からスキルポイントで風魔法にも振り分けたから、全くないわけじゃないけどね。

 アクアの話をまとめると、最強の攻撃魔法を唱えることができるめぐみんは優秀に違いなく、そしてその関連する魔法が使えない訳ではない。だったら。それを習得することだってできるはずだ。何故それを今までやらなかったのか……。

 

「もしかして、めぐみんは他の魔法を覚える気ないでしょ」

「その通りです!」

 

 ドヤ顔で肯定をするめぐみんに、それを背負っているカズマが「威張っているんじゃねぇ」とぼやいた。けど、めぐみんは気にせず語り始めた。

 

「私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード。爆発系統の魔法が好きなんじゃないです。爆裂魔法だけが好きなんです」

 

 ここで爆発魔法と爆裂魔法は何が違うのかって訊くのは野暮ですかね?

 

「アスカの言う通り、私は爆裂魔法以外の魔法も習得すこともできます。そして爆裂魔法以外の魔法を使えば楽なところもたくさんあったでしょう。でも、駄目なんです。私は爆裂魔法しか愛せません。例え他の魔法を使ってほしいと頼まれても、例え今の私の魔力では一日一発が限界だったとしても、例え魔法を使った後に倒れるとしても、私は爆裂魔法しか愛せない! だって私は爆裂魔法を使うためだけに、アークウィザードの道を選んだのですから!」

 

 めぐみんが語る爆裂魔法の愛と熱意は伝わった。正直、めぐみんが爆裂魔法を習得するまでの過程に、どれだけの苦労と努力を重ねてきたのかはわからない。魔法というものを現実で目の当たりにした私がわかるはずもない。

 だけど、好きな物を突き通す気持ちは、私も共感できた。他に賢い方法だってあることぐらいわかっている。わかっているはずなのに、歩むことを止めない。その気持ちは私にもあるんだよ。

 

「素晴らしい! 素晴らしいわ! その非効率ながらもロマンを追い求めるその姿に、私は感動したわ!」

「ありがとうございます」

 

 アクアもめぐみんが求めるロマンに共感してお互いに握手をした。美しい友情……これぞアクめぐ。

 

「自分のものにしようと思わないでください」

 

 ようやく背後にいるイザナミが喋ったと思ったら、釘を刺すようなお言葉。

 

「そんなんじゃないって。……というか、イザナミはアクアやめぐみんになにか言いたいことはないの?」

「え、その…………お二方は前向きで素晴らしいですね。私みたいな、いつまで経っても後ろ向きでろくでなしと違いまして……」

「そんな悲しいことは求めてないよ」

 

 とは言いつつも、アクアとめぐみんの残念な部分を含んでもいいから、もうちょっと前向きになってほしいところはある。

 

「ろくでなしだと思っているのなら、ちょっとはコミュニケーション取ってみたら?」

「え、えっと……そう、ですね……」

 

 アクアとめぐみんに至っては未だに会話すらしていないからね。仲間と一緒に冒険するんだったら、コミュニケーションは必須だ。これはイザナミにとっても良いことであり、成長するべきことであるんだ。

 一応カズマと会話はした……いや、あれは会話でいいのか?

 

「そっかー。多分茨の道だろうけど頑張れよ、めぐみん。ギルドに着いたら報酬を山分けしよう。そんでもって、また機会があればどこかで会う事もあるだろう」

 

 こいつ、ちょっと目を離したら、とんでもないことを口にしやがった。

 あいつ! 遠回しにめぐみんを脱退させようとしやがった!

 当然、めぐみんはカズマに脱退をされることに気づき、カズマの肩をがっしりと握り直した。

 

「我が望みは爆裂魔法を放つ事。報酬などおまけに過ぎず、なんなら山分けではなく、食事とお風呂とその他雑費を出して貰えるなら、我は無報酬でもいいと考えている。そう、アークウィザードである我が力が、今なら食費とちょっとだけ済みます! これはもう、長期契約を交わすしかないだろうか!」

「いやいやいや、その強力な魔法は俺達みたいな弱小パーティーには宝の持ち腐れだ。俺達の様な駆け出しは、普通の魔法使いで十分足りている。というか、もう仲間に関してはアスカ達で足りているんだよ。あの時は言いづらかったけど、アスカとイザナミが入った時点で募集は終わったんだ」

 

 めぐみんは必死に追い出されないようにカズマにしがみつく。

 そのお返しに、カズマは必死に追い出そうと、なるべく優しい言葉でめぐみんを追い出そうとしている。……もうそこまで来たら、ストレートに言った方が折れてくれるんじゃないの?

 とはいえど、めぐみんに抜けられると私のヒロイン候補が遠のいてしまう。イザナミのことを考えれば、ちょっと尖ってキャラが立つ人と関わった方が良くも悪くも今後に影響するだろう。カズマには悪いが、私はめぐみんの味方として保留にさせてやろう。

 

「カズマー、めぐみんをこのまま仲間に入れてもいいじゃない。弱小だからこそ、強力な魔法を使えるめぐみんを仲間に入れた方が楽じゃん?」

「簡単に言ってくれるけどな、誰が面倒見ると思っているんだ! 仲間を入れることに軽々しく考えているんじゃねぇ! めぐみんを仲間に入れるってことはな、相当の覚悟と責任と長きに亘る付き合いが重要なんだぞ!」

 

 あんたは野良犬を飼うことに反対する親かよ。つうか、募集したのはそっちなんだから、そこの責任持ちなさいよ。

 

「ほら、アスカがそう言っていますから、私を入れてください。それに上級職ですけど、まだまだ駆け出しのレベル6なんです。あともう少しレベルが上がれば、きっと魔法使っても倒れなくなりますから」

「いやいやいやいや、一日一発しか使えない魔法使いとか、かなり使い勝手悪いからな!」

 

 これいつまで続くんだろう……。

 カズマとめぐみんの壮絶でちょっと醜い争い。そこに入ってきたのは誰もが予想外のあの人だった。

 

「あ、あの」

「「なに!?」」

「ご、ごめんなさい……本当にごめんなさい」

 

 カズマとめぐみんは段々と苛立ちを募らせ。そして元死神であるイザナミに向けてしまった。

 するとイザナミは反射するように謝罪して消えようとしていた。胃さ那美→イザナミ

 

「だ、大丈夫だから。ちょっと興奮しているだけでお邪魔じゃないよ。い、言いたいことあるでしょ? ほら言いなさいって」

 

 そういうわけだから、一旦争うのやめてもらおう。

 せっかくイザナミの主張が聞けるというのにも関わらず、肝心のお二人が争いを止めず、聞いてくれないとなんも意味もなく、イザナミの勇気が無駄になる。

 そういうわけだから……。

 

「話を終えるまで黙ってよね」

「「えー」」

「えーじゃありません!」

 

 無理矢理にでも休戦させた。

 一旦、めぐみんにはカズマから離れてもらい、カズマは逃げないように私が責任を持ってガッシリと腕を掴んで防ぐ。

 

「さ、どうぞ」

「え、あ、あの…………めぐみん、さんは……私たちに必要だと、思います」

 

 一度は怖気づいてしまい、またも怖気づこうとするイザナミであったが、このままではいけないと思ったのか、勇気を出して相手に伝えた。

 

「え、えっと……カズマさんの言う通り、めぐみんさんが使う魔法は勝手が悪い、と、私も思います。でも、私達に足りない攻撃力を、持っています。使いどころは難しく、限られてきますが……ここぞっていう時にめぐみんさんの力が必要になると、思います。私がこんな性格だから、恐れもなしにデメメリットが多いこともわかっていながら、そのデメリットを恐れずに使うめぐみんさが羨ましく、とても頼りになります。……私にとっては、めぐみんさんが必要なんです。カズマさん。めぐみんさんを仲間に入れさせてくれませんか……?」

 

 イザナミ……。貴女、ちゃんと言えるじゃない。ちょっと感動しちゃったよ。

 きっと臆病な性格だからこそ、相手に気持ちを伝える恐怖を誰よりもわかっているはずなのに、怖気づけずに、ちゃんと言葉で伝えたことに私はイザナミの成長を見れた気がする。

 まだ出会ってから一日も経ってないのに、気分はイザナミの親のようだ。

 カズマも心に響いたよね。ほら、笑顔になっているもん。カズマはめぐみんを仲間に入れるに決まっているよね。

 

「嫌だね」

 

 こいつ無情にもバッサリと切り捨てやがった。最悪だ。

 これにはイザナミも大きなショックを受けてしまう。心なしか燃え尽きたわけでもないのに、持ち味の美悪よりも全身真っ白に見える。

 

「俺には必要ないし、何よりも本当に使い勝手が悪い。狭い中では使えないし、音も凄かったからモンスターが集まってきそうだし、爆裂魔法に巻き込まれたら死にそうだし、役に立たない方が多い。きっと他のパーティーにも捨てられた口だろうしな。それと、めぐみんをお手本にしない方がいい。きっと今よりも駄目になる」

 

 こいつイザナミの精一杯の意志をバッサリ切り捨てた挙句に追い打ちをかけてイザナミの気持ちを否定しやがったよ。

 そこは諦めてしょうがないと腹を括って仲間に入れる展開じゃないの? わかったよって、やれやれとため息つくも、しょうがないって割り切った顔をして認めるものじゃないの?

 くそう、なんて野郎だ。本当に血も涙もないとは思いたくもなかったよ。

 

「……そうですよね。私みたいなゴミ以下で存在価値がないに等しいゴミクズは、発言する権利なんてありませんよね。でしゃばってすみませんでした。これからは私は喋りません。なんなら、私のことを見捨てても構いません」

 

 ああぁ、そんなぁ……。

 イザナミがまたしゃがみ込んで、指でのの字を書き始めちゃった。勇気を出した分、否定されたんだから、普段よりもショックを受けているよね……。

 

「大丈夫、私は無駄なことじゃないから、ね。だから、元気出して、ね?」

 

 とりあえず後でカズマをぶん殴ろう。これは暴力ではない、イザナミの意志を否定した報いだ。

 

「お、おい放せ!」

 

 そう覚悟した途端、いつの間にかめぐみんは再度カズマの背中にのしかかって掴みかかった。

 その勢いでか、私もカズマの腕を掴んでいる手を放してしまった。

 

「見捨てないでください! もうどこのパーティも拾ってくれないのです! ダンジョンの探索の際には荷物持ちでも何でもします! お願いです、見捨てないでください!」

 

 もはや藁にも縋る思いでこのパーティの仲間に入れようとしていた。あまりにも必死過ぎていて、なんだか可哀想になってくるのは、いけないことなんだろうか。

 それはともかく、何でもしますって言ったよね?

 

「カズマ、やはりめぐみんを仲間に」

「なんでお前が勝手に決めるんだよ!」

「それを言ったらカズマだって勝手に脱退させようとしているじゃないか。ついでにイザナミを泣かしやがって、このクズマ! いいから私にめぐみんをくれ!」

「いろいろツッコミたいところではあるが、めぐみんが欲しいなら引き離すのを手伝ってくれ!」

 

 めぐみんって意外と握力があるのね。握力だけの力だけではないのかもしれないけど。

 もうこの際、めぐみんを引き入れて、私とイザナミも脱退しようかな。無理にカズマに付き合う理由はない。

 

「やだ……あの男、小さい子を捨てようとしている」

 

 通行人のひそひそ声が耳に入った。

 あ、そっか。ここはもう街の中だから、私達以外の人達も当然いるわけであり、それを聞いてしまった人もいるのは必然か。

 おまけに、残念だけど外見は抜群の美少女のアクアがいて、指でのの字をなぞり書きしているも美少女なイザナミがいて、結構騒いでいるのもあったから、私達が注目されるのはしょうがないことなんだね。

 

「隣には、なんか液体まみれの女の子を連れているわよ」

「あの小さい子も液体まみれよ」

「泣いている女の子もいるわ。まさか、あの男が泣かしたのかしら?」

「とんだクズね。きっと女の子二人にヌルヌルプレイというものをして、泣いている女の子もやろうとしたに決まっているわ」

「最低だわ、あの変態クズ野郎」

 

 そしてどこかの奥様方は騒ぎを起こした光景を見て、カズマにあらぬ誤解を生んでしまった。誤解だけどある意味間違ってないこともあるけどね。

 …………。

 あ、そうだ。良いこと思いついた。

 ふと、めぐみんと目が合うと口元がにやりと吊り上がっている。どうやら私と同じことをひらめいたようだ。

 

「そっかー。だから私とイザナミにも囮と称して、カエルの舌でヌルヌルプレイをさせようとしていたのね!」

「お、おいアスカ! なにを」

「カズマ! 私はどんなプレイでも大丈夫ですから! 先ほどのカエルを使ったヌルヌルプレイだって耐えて」

「よーし分かった! これからよろしくな、めぐみん!」

 

 こうなることならイザナミの発言の時点で諦めなさいよ。

 カズマに誤解を与えてしまったものの、こうしてめぐみんが改めて仲間に入った。

 

 

 その後、アクアとめぐみんは液体まみれだったので大衆浴場へ向かった。そして残った私とイザナミとカズマとで冒険者ギルドの受け付けに報告を終え、規定の報酬を貰った。

 

「ジャイアント・トード三匹の買い取りとクエスト達成した報酬を合わせて十四万エリスね……」

 

 どうやら討伐したモンスターを買い取って、それを売って料理にすることができるらしい。

 私達はあの巨大カエルを運ぶのは無理難題だったために、ギルドに頼んで倒したモンスターを移送してくれるサービスに頼むことで、一五万エリスを手に入れた。

 

「一匹税込みで五千円程度、カエルを六匹倒した報酬が十二万五千円。五人パーティーだから一人……二万八千円。…………割りに合わねー……」

 

 机にうつぶせになったカズマがぶつぶつと口にする。疲れ切ったのか、顔を上げる気が全くなかった。

 

「そうかな。一日で二万八千円は稼いでいる方じゃないの?」

「あのな、こっちは命懸けでお金を稼いでいるんだぞ。カエルに食べられて死ぬかもしれない恐怖と戦っても一人二万八千円だぞ。しかも俺とアクアは二日かけても三万八千円だ。稼ぎにしては割りに合ってないだろ……」

「た、確かに……」

 

 私の疑問にカズマの絞り出てくる労苦話に納得した。

 一見良い稼ぎに見えるが、それは今回がアクアとめぐみんが奮闘してくれたおかげと、単純にカエルが食べるスピードが遅いおかげで全員無事に帰還できた。少しでも違っていたら、私達はカエルに食べれて、死んでおかしくない状況だった。

 それにカズマとアクアが残り二匹を倒してくれたから一日で達成することができたけど、これを一日から二日かけて達成するとすれば、今回の報酬にしては釣り合わないのも納得できる。

 

「異世界に来ても、お金のことで悩まされるのは全世界共通なのね……」

 

 あ、しまった。カズマの前で異世界のことを……。

 …………さっきお金のこと、円って言ってたな。

 それに、異世界と思わず漏らしたのも、無反応だ。単純に一々反応する気になれないだけか、聞こえていないだけかもしれないけど。

 日本にある名前に、日本で売ってそうなジャージ、この世界での知識が足りてない様子。

 これらを見る限り、間違いない。

 

 カズマは私と同じ、異世界に転生した日本人だ。

 

 …………まぁ、知ったところでどうもしないけどね。

 共通点はそこしかないし、聞いたところで新しい発展とかないし、カズマもカズマで、私の恰好を見れば私と同じ異世界の転生者だってことは察していると思うしね。それでそのことを訊かれないとなると、確認する気もなければ興味もないってところだろうな。

 そんなことよりもだ。私にはやるべきことがある。

 

「イザナミ、今日は大変だったけどお疲れ。今夜は私と一緒に」

「お断りします」

 

 まだ何も言ってないのに断られた。しかも割とガチめなお断り方のトーンだった。イザナミは特定の人物だけは強気でいられるのか? 

 もうこうなったら、めぐみんかどこかの美少女と今夜を過ごそうかな……。

 

「他の人と一緒になるのも駄目です」

 

 私って、顔に出やすいタイプなのかな……。

 

「……すまないが、ちょっといいだろうか」

 

 声に反応して顔を向ける。それと同時に、カズマも声に反応して顔をむくりと上げる。

 そこにいたのは紛れもない金髪碧眼美女で、見た目からして女騎士と呼べるような萌え要素の塊かつヒロイン候補の逸材とも言えるような存在だった。雰囲気からして真面目クール系かな。せっかく声をかけてもらったんだ。ここで逃しはしない。

 

「はい、なんでしょうか」

 

 笑顔で対応すると、イザナミがぼそっと何か呟いていたが、聞こえないふりをして話を進める。けしてイザナミに「露骨……」とぼそっと言われても傷つかないんだからね。

 

「うむ。募集の張り紙を見させてもらったが……まだパーティーメンバーの募集はしていないだろうか」

 

 自分で入ったのもなんだけど、あんな宗教みたいな募集の張り紙を見てきたのか。というか、めぐみんを追い出そうとしたのにも関わらず、募集は続いているのか。

 それはいいとしてだ。ここは当然、

 

「どうぞどうぞ。今日から君も私の仲」

「ちょっと待った」

 

 言い切る前にカズマに遮られ、私の隣へと来た。

 これはあれか、私の邪魔をする気だな。良いだろうかかってこい。

 とりあえず金髪美女に聞かれないように、私とカズマはこそこそ話をすることになった。

 

「ちょっと、なんで止めるのよ」

「なんでお前が勝手に決めるんだよ」

「別にいいでしょ、仲間に向かい入れて何が悪いのよ。それとも、カズマは美女が仲間に入ってくれるのは嫌なの? そっち系なの?」

「そっち系ではない、断じてない。別に、嫌じゃないっというか……とりあえず、様子を見てから決めたい。いいな」

「えー」

 

 一体何を迷っているんだこの男は……。

 こいつあれだな、童貞だな。人のこと言えないけど……。

 

「わ、私もカズマさんの意見に賛成です」

「イザナミもこう言っているんだ。多数決でアスカは黙ってろよな」

 

 こそこそ話を聞いていたイザナミまでもがカズマの味方になるとは、なんて理不尽だ。しかも仲間を入れるか見極めてから決める流れなのに、なんで私が黙らなきゃならないんだ。

 不満はあるものの、とりあえずカズマに従ってみよう。

 カズマは女騎士に話かける。

 

「えっと、まだパーティーメンバーは募集していますよ。と言っても、あまりオススメはしないですけど……」

 

 こいつ、様子見と言いながらやんわりと断っている。やっぱりこの男に任せるのが間違いだった。

 せっかくの私のハーレム一員の候補を逃してたまるか。童貞カズマなんかに負けてたまるか。

 

「ぜ、ぜひ私を、このパーティーに入れさせてほしい!」

 

 と思った矢先、女騎士はカズマの手を勢い良く掴みかかった。

 これには私も予想外の展開だった。

 

「いやいやいや、ちょっと、ちょっと待った。色々と問題があるパーティーなんですよ。仲間四人のうちはポンコツだし、一人はピンポンダッシュしかしないし、もう一人は謝ってばっかだし」

「そういう本人は仲間二人をヌルヌルプレイにさせては、私とイザナミにも囮というヌルヌルプレイをさせたクズ男だしね」

「おい、それは間違いなく誤解だ。嘘つくんじゃねっていだだだだ」

 

 急にカズマが痛がったのは女騎士が握る手に力を入れていたかららしい。そして心なしか、女騎士は喜んでいる。

 

「やはり! 先ほどの液体まみれの二人は貴方の仲間だったのか! 一体何があったらあんな目に……う、羨ましい!」

「「え!?」」

 

 女騎士の言葉に思わずカズマとシンクロする。

 

「ハッ。い、いや違う。あんな年端もいかない二人の少女があんな目に遭うなんて、騎士として見過ごせない……。そこでどうだろうか、守りに強いクルセイダーという上級職に就いている私を仲間に入れさせてもらえないだろうか?」

 

 …………なんか誤魔化しているだろうけど、私はちゃんと聞いたからね。

 聞き流したとしても、貴女の表情で危ない人だってことを悟ることができそうだからね。目がちょっとやばいし、なんか興奮している。

 ヒロイン候補だと思っていたけど、まさかエロゲーのヒロイン枠の方だったとはね。これには驚いたわ。

 というか場所変われよ、カズマ。

 

「い、いやー先ほども言いましたけどオススメはしないですよ」

「というのは照れ隠しで」

「ちげぇよ。なんで勝手に決めるんだよ」

「からの~」

「やめろ、そんなノリはいらん!」

 

 だって、あんた様子見って言いながら切り捨てようとしているじゃん。言っていることが違うわ。

 そんな裏切りにあったんだから、今からここは私が仕切ってやるからね。

 

「お嬢さん。うちのパーティーは今日決まったばかりの弱小なんですよ。それでもうちに入ってくれるのですか?」

「なら尚更都合が良い!」

 

 カズマがいででと声を漏らす。また女騎士が握力かけて握りしめたのかな。

 

「いや、実はちょっと言い辛かったのだが……私は力と耐久力には自信があるのだが、ぶ、不器用で……その……全く攻撃が当たらないのだ」

 

 …………それ駄目じゃん。

 

「なので、上級職だが気をつかわなくていい。ガンガン前に出るので盾代わりにこき使って欲しい!」

 

 女騎士がそう発するとカズマの顔に近づけた。おい、なんでカズマばっかりヒロイン候補とのドキドキイベント発しているんだよ。ずるい!

 

「こうなると私はサンドバック以下の何者でもない、ただのゴミクズですね」

 

 そんでもって、なんでイザナミが卑屈になるんだよ。別のところで役に立てばいいじゃんか。

 

「い、いや、女性が盾替わりだなんて駄目だ」

「私達に囮をさせようとしてたくせに」

 

 カズマはキレたかのように表情が強張り、ギロッと睨んできた。

 なにさ、本当のこと言ったのに黙れってことかよ。

 

「うちのパーティーは、このピンポンダッシュしかできないアスカが言ったように弱小なんですよ。ですから本当に貴女が攻撃を食らい、毎回袋叩きにされるかもしれないですよ?」

「望む所だ」

「いや、あ、あれですよ。今日なんて仲間二人がカエルに捕食されて液体まみれにされたんですよ。それが毎日続くかもしれないんですよ?」

「むしろ望む所だ!」

 

 あ、この女騎士あれだ。

 変態ドM騎士だ。



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この右手に殺意を

 この世界に来てからの二日目。

 入学式が終えた翌日の朝目覚めた時のように、わくわくと未知の領域に入り込むような、ドキドキ感を膨らませる希望に満ちたような気分だった。

 モンスターがいて、エルフがいて、冒険者がいて、魔王がいる、漫画やアニメ、ゲームに小説に出てくるような鉄板のジャンルであるファンタジーの世界。

 その世界が今の私にとっての現実世界なんだ。

 一日目は冒険者となり、仲間が増え、そして共にモンスターを倒す。言葉にすれば簡単だけど、その一日は案外濃い一日だった。

 そして二日目は、

 

「ねぇ、お嬢ちゃん。この街、昨日来たばかりで良くわからないんだ。だから、勝手なわがままになっちゃうけど、私にこの街を案内してもらえないかな?」

 

 私は可愛い女の子と口実を作ってデートしようとしていた。やっぱりファンタジーの世界に転生されたんだ。日本でもできることだけど、この世界でもできることならやるっきゃないでしょ。

 冒険者になったからとはいえ、目指すのは魔王退治でも救世主でも英雄でもない。

 いろんなヒロインを虜にするハーレム女王。ハーレム女王に私はなる!

 

「えーどうしようかなー……なーんてね。うん、大丈夫だよ」

 

 デートのお誘いに結構満更だったショートカットがお似合いの冒険者は、意外とお茶目だった。

 よし、貰った。この機会に交流を続け、いずれかは私のハーレムの一人にさせようではないか。

 日本では知人に止められることは多々あったけど、この世界なら私を知るものなどいない。

 もはや私を止められるものは、存在しないのだ。

 

「こんなところにいたんですね、アスカさん」

「この声……げえっ、イザナミ!?」

 

 私のデートを阻止するように、黒いフードを深く被り、顔を見せないようにしているイザナミが現れた。心なしか、少し強気に見える。死神の名残りなのか、外見だけだと不気味さを増している。今にも相手の命を刈り取りそうだと思われてしまいそうな恐怖がある。

 そんな外見で威圧をしているイザナミはデート相手の冒険者に近寄り、ご丁寧に頭を下げた。

 

「ごめんなさいごめんなさい。アスカさんが迷惑をおかけしました。お詫びとして、私のことを罵っても虐めてもかまいませんので、それで許してください」

「え、い、いいよ。許すもなにもこの子悪いことしてないよ」

 

 雰囲気は変わっても、中身は変わるはずがないってことを改めて認識できた場面だった。にしてもショートカットの冒険者さんは良い人だ。ドン引きしてしまいそうなイザナミの卑屈対して、気にしていない様子を偽っていない。

 とはいえ、イザナミが現れたってことは、先ほど謝った通りに私を止めに来たのだろう。つまり、ここにいると、イザナミの口で私の性的指向がバレてしまう……いや、バラさなきゃ認識してはくれないけども。だから、そういうものを計算して、気持ちを告げないと彼女は私のことを意識しない。そしてそれを告げる気持ちは今ではない。

 今ここで知らされるのは違う。まだ出会ったばかりで誰とも接点のない人に知られたら、きっとヒロイン候補から、ただのモブへと降格させられてしまう。相手はそんなことを気にしないけど、私にとっては重要なことだ。

 ……仕方がない。チャンスはまだある、はず。ここは引こう。

 

「ごめん。恥ずかしかったんだけど、実はさ、この子を探していたんだ」

「……そうだったのですか?」

 

 ごめん嘘。イザナミが何も疑わず、首をかしげる仕草に可愛いと思いつつ、そのピュアな心で罪悪感が沸く。

 すまん、イザナミ。今だけ、心を鬼にする。

 

「そういうわけだから、私達は行くね。また会おうね!」

 

 ヒロイン候補の冒険者に別れを告げ、私はイザナミを連れてこの場から去ることにした。

 さようならは……言わない。何故なら、また逢えるから……。

 だから君の声は再会した時にたっぷりと訊こう。

 また逢うことを願う冒険者が見えなくなったところで、私はイザナミに問い詰めた。

 

「ちょっとイザナミ! なんで私の邪魔をすんの!」

「ご、ごめんなさい……でも、そうしないとあの人が可哀想です……」

「それを言われている私が可哀想だとは思わんかね、君は」

 

 確かにちょっとズレた恋愛に発展せざるを得ないから、そういう意味では可哀想なのかもしれないけど、そこまで言わなくてもいいじゃん。

  説得力がないから言わないけどさ、普通の恋愛が幸せになることはないし、普通じゃない恋愛が幸せになることだってあるかもしれないよ。

 にしても、本当に私が女の子と絡む時は性格が変わるように強気になるよね。普段もそれでいてくれれば自分のことを非難しなくても済むのに……。

 

「……まぁ、あれよ。イザナミは可哀想だと思っているけど、それは勘違いだ」

「勘違いじゃないと思います……」

 

 一体どこからその特定を否定できる自信があるのだろうか……。

 

「確かに、女の子と同士の恋愛はいつか衝突が起こり、そして不幸にさせてしまう難題だって理解している。でもね、それは間違いではなければ、けして無理なことじゃないんだ。諦めたら何も導かないし、手に入れることができない。そして幸せにすることだって絶対に無理になってしまう。私が諦めたら、幸せを掴むことはできない。そして必ず幸せにさせる。目指すは、幸せのハーレム女王。私のハーレムのヒロイン全員は必ず幸せにさせるわ!」

 

 自分でも良い宣言だと絶賛しつつ、イザナミが被っているフードを取り出て顔を晒し出す。

 出て来たイザナミの表情は可愛いと思いつつ不満そうだった。

 

「もう私のことをわかっているなら、隠さないわ。イザナミは必ず、私の嫁の一人にさせるからね」

「そ、そういうのは、い、いいです……ご、ごめんなさい」

 

 ……なんとも言えない塩対応された。苗字の志尾だけにね。

 普通に困っているし、謝り方も精一杯な感じがしない。それがなんともリアルで結構心にグサッと刺さるものがある。

 ぶっちゃけ落ち込みます。何がいけないのかなぁ……。

 イザナミは中々手強い相手だ。てっきり優しくすれば、コロッと私にキュンキュンな恋を抱くと思っていた私が甘かった。きっと何年かけてもイザナミは私を好きになることはないのかもしれない。

 でも逆に考えれば、デレた時の破壊力は凄まじく、攻略し甲斐がある。

 希望はまだ堕ちていないんだ。

 

「まぁ、今のイザナミなら断ると思っていたよ。今日の所は諦めるとして、とりあえずカズマ達のところへ行こう」

「この先も私が断り続けると思いますが……カズマさん達がどこにいるのかわかるのですか?」

 

 さらっと私の挑戦に釘を刺しやがったよ。

 

「おそらく冒険者ギルドにいるでしょ。いなかったらいなかったで別にいいじゃん」

「……デートはお断りですよ」

 

 ずっと告白とかしていれば、イザナミはずっと強気でいられるんじゃないかな?

 

 

 冒険者ギルドへやってくると酒場では大変盛り上がっていた。

 

「アクア様! もう一度……もう一度どうか、どうか『花鳥風月』を!」

「お金なら払います。なにとぞ、なにとぞ『花鳥風月』を!」

「ばっきゃろ! アクアパイセンは金よりも食い物だ! そうですよね、アクア様! 好きな物を奢りますので、もう一度『花鳥風月』をお願いします!」

 

 大の大人達がアクアを囲んで花鳥風月というものを懇願していた。

 

「花鳥風月?」

「美しい自然の景色や、自然の風物を題材と詩歌や絵画などの風流を重んじる四文字熟語のことですね」

 

 その四文字熟語の意味をイザナミが答えてくれた。

 ……つまりいろんな自然の美しいさを表す言葉かな……? それを残念系であり、自称女神系であるアクアがその才能を持っており、大人達が嘆願するほどの魅力があるのか。

 ……それはちょっと見てみたいな。

 

「いい? 芸って物はね、請われたからって何度もやる物ではないの! 私は芸人じゃないし、芸でお金を受け取る訳にはいかないの! これは芸をたしなむ者への最低限の覚悟よ!」

「おおぉ……流石アクア様だ」

「お、俺達が間違っていました! それと感動したっす!」

「金儲けに使うことはせず、お稔りも受け取らないその姿勢に自分は一生ついていきます!」

「アクアパイセン、マジ感動したっす!」

 

 大人達がアクアの格言を受けて感動している。ある者は期待の眼差しで、ある者は希望の光を浴び、ある者は感動して号泣する者もいる。そして満更でもないアクアが降臨していた。

 ……初めてアクアが輝いてみえる。これが本来の姿なのか?

 

「おや、アスカにイザナミ。来ていたんですね」

 

 紅魔族にして随一の爆裂魔法使いのめぐみんが声をかけながら寄ってきた。

 

「……アクアは凄いですよね」

 

 めぐみんは人だかりを作っているであろうアクアを見て関心していた。

 

「確かにアクアが輝いているけど……何が凄いことなの?」

 

 この世界の住人であるめぐみんなら知っていると思って訊ねてみた。

 

「そうですね……宴会芸スキルであそこまで人だかりできるのは初めて見ました」

「…………宴会芸?」

「はい。宴会芸です」

 

 宴会芸とは、一発芸からモノマネ、コントに歌や踊りなど盛り上げるために披露するもの。

 つまり、あの人達はアクアの宴会芸を素晴らしい才能と証して懇願していたといのか。

 思っていたのと違う!

 花鳥風月って、なんかこう……もっと静かな感じで、日本古来の風流を感じさせるようなものだと思っていたよ。そうしたら、みんなでわいわい盛り上がるような真逆なものだなんて……っ。

 そういえば昨日、他の魔法よりも宴会芸スキルを真っ先に取ったようなこと言ってたな。真っ先に宴会芸スキルって、やっぱ残念系だ、あの自称女神は。

 

「ちなみに花鳥風月を習得するのに5ポイント取ります」

 

 思ったよりも高いよ。

 私は……いいや、習得しない。

 花鳥風月が宴会芸だと知ってしまった私は、気を取り直してめぐみんとイザナミと一緒に、近くにあったテーブルに座ることにした。

 

「そういえばカズマ見ないね。めぐみん何か知ってる?」

「カズマなら金髪の人と盗賊の人に盗賊スキルを教えに出て行きました」

「……ちなみに女?」

「女です」

 

 畜生、羨ましいっ! カズマのくせに、私達をカエルの囮にさせようとした人間のふりをしたゴミのくせに、女の子とイベントフラグを立てるなんて、卑怯にも程がある! こっちなんてな、イザナミのせいで一人ヒロイン候補が遠のいたっていうのに!

 ……帰って、恋人作っていたら別れさせるか。

 

「あれ? 人からスキルを教えることができるのだったら、めぐみんの爆裂魔法を私に教えることもできるの?」

「爆裂魔法に興味あるんですね。わかります!」

「うおっ!?」

 

 めぐみんが食いついてきて嬉しそうな顔をするも、すぐに悲しそうに変化してしまった。

 

「アスカに教えて共に爆裂道を歩みたいと思いましたが悲しいことに、爆裂魔法を使えるのはアークウィザードか全てのスキルを習得できる冒険者しかいないのです。そもそもゲイルマスターは魔法では風魔法しか覚えられませんから、どっちにしろ無理なのです」

 

 落ち込んでいるめぐみんにこんなこと言えないけど、別に爆裂魔法が使いたいわけじゃないんだよね。教えてもらうイベントが欲しかっただけなんです。

 イベントは進めなかったけど情報は手に入った。最弱職と言われている冒険者でも爆裂魔法を含め、私のゲイルマスターやイザナミのデスサイザーでしか習得できないスキルも覚えれば使用できるのか。

 それだけ聞くと、一番強い役職は冒険者であり、どこが最弱なんだと……某劣等生のお兄様並に嘘くさいと思ったけど、最終的には器用貧乏になりそうな予感がする。

 

「あ、カズマが帰ってきましたね」

 

 噂をすればなんとやらか。ちぇ、せっかくめぐみんとイザナミとでキャッキャウフフなトークでもしようと思っていたのに……。

 不満があるもののカズマに近づく。恋人作ったら、即行で別れさせてやる。

 

「ちょっとカズマ、どこ行ってたのよ。私の華麗な芸を見ないでって……その人どうしたの?」

 

 人だかりから解放してきたアクアが合流してくる。

 戻ってきたカズマの隣には、軽装で顔に切れ傷が特徴の銀髪美少女。何故か泣いている。

 そして銀髪美少女の一歩後ろには昨夜仲間入りを申し込んできたクルセイダーである金髪美女。何故か顔を赤らめていた。

 

「ねぇ、カズマ。その人達、どうしたの?」

 

 思わず状況が読めなかった故に私は訊ねてしまった。

 

「ああぁ、実は……」

「うむ。クリスはカズマにパンツを剥がされた上に、有り金を毟られて落ち込んでいるだけだ」

 

 金髪美女の証言で私はカズマがゴミに見えてしまった。

 

「カズマ……あんた……」

「お、おいアスカ、そんなゴミを見るような目で見るな! それは誤解なんだ! つか、あんた何口走っているんだ!」

「財布返すだけじゃ駄目だって……じゃあいくらでも払うからパンツ返してって頼のんだら……自分のパンツの値段は自分で決めろって」

 

 おそらくクリスであろう銀髪美少女の新たな証言により、私達はドン引きしてしまう。

 

「か、カズマさん。私よりも生きている価値ないんですね……」

「お、おい、待った! それは流石に心が抉られる! これも誤解だ!」

 

 イザナミの卑屈っぷりにツッコミたいところだけど、そんな卑屈なイザナミすら非難するカズマもどうなのよ。

 カズマも言っていたけど、心が抉られてしまい顔が真っ青になっていた。

 

「それだけじゃないんだ。提示する値段に満足しなかったら、あたしのパンツを我が家の家宝として奉るって」

「ちょ、それも誤解だ! 間違ってないけど、ほんと待てって!」

 

 さらに続く銀髪美少女の証言により、カズマの仲間である私達だけではなく、周囲の女性冒険者から同性の冒険者までもカズマに冷たい視線を送っている。それは当然の結果であった。

 

「カズマ……いえ、クズマ」

「クズマ!?」

「そうよ、あんただよクズマ。それだけのことをしでかしているのに何を仰天しているのか、私には理解し難いよ。昨日自分がまともなことを言っていたようだけど、人間的に一番まともじゃないってことがよ~くわかったよ。やっぱり正真正銘の人間のふりをしているクズだったとはね! 冗談のつもりが本物になるとは思った通りだったよ」

「思った通りなのかよ……。そうじゃなくて、ほんと誤解なんだって!」

「でも、間違ってないってことは、やったんだよね?」

「いや、だからな」

「やったんだよね?」

「い」

「やったんだよね?」

「そ」

「やったんだよね?」

「……はい、スティールって言う盗賊スキルを使ったら、クリスさんのパンツを盗むことになりました」

 

 うむを言わせず、カズマことクズマの口から言わせることに成功させた。

 やっと罪を認めたか、これで誤解だと言い続けていたらゴミのように燃やそうかと思ったよ。

 

「そのスティールでクリス……という美少女のパンツを盗んなんだ。言葉にしてみると本当にクズなことしているよね」

「言い逃れはできないし、確かに結果そうなったけど! 俺は最初からパンツを盗もうとやってない!」

「ふーん……」

「……その目は信じていないようだな……」

 

 そりゃそうだもん。クズマなら平気でパンツを盗み出そうだし、パンツを振り回して狂喜乱舞しそうだもん。

 

「……わかったよ。自分の潔白は自分で証明する。俺がけして、最初からパンツを盗もうとしたわけではないってことをな!」

 

 カズマは右手を突き出す。

 

「『スティール』ッ!」

 

 そしてスキル叫ぶと右手が煌いた。きっとあの右手には誰かのパンツを盗んだんだろう。それとも本当に故意じゃないのか? それだったら……普通に謝ろう。

 ……それにしても、なんか下あたりが違和感あるなぁ……。

 なんというか、風通りがよくなった。そう、なんかスース―する。

 スース―する?

 …………まさか。

 

「……あれ、なんだこれ」

 

 カズマの両手には赤色のパンツをびよーんと伸ばしている。公衆の場で、みんながいる中で、ヒロイン候補達の前で、パンツをお披露目している。私のパンツで。

 それを理解した私は、不思議と恐ろしいくらいに冷静になれた気がした。

 同時に、何かが切れた気がしなくもない。

 

「……クズマ」

「あ、あれ、おっかしいな……クリスが言うにはランダムで盗めるはずなんだけど……」

「懺悔の準備は、もうできているよね?」

「え、ちょっ、まっ」

「いいよ。まずはその戯言を」

 

 私は右手に殺意を込め、腕を思いっきり振りかぶって、

 

「すみま」

「ぶちのめす!」

「ぼふぁっ!?」

 

 土下座しようとしているカズマを阻止するように右ストレートで殴り飛ばした。

 人間、怒りが頂点に達すると逆に冷静になれるんだね。

 

 

「反省した?」

「はい、反省しました……」

 

 カズマは自分のやった罪に対し、深く反省してもらった。

 ……本当はまだ許さないし、もっと殴りたかったけど、私もそこまで鬼ではないから今回だけは一発だけで許してやろう。

 ……許したところで、周囲の評価が下がったままなのは変わりないけどね。それはカズマの自業自得だ。

 それにクリスが「パンツ盗られたからって、めそめそしてもしょうがないね。じゃあ、あたしは下着を人質にされたおかげでお金を失っちゃったから、稼ぎが良さそうなダンジョンに行ってくるね!」と、些細でカズマの評価にダメ押しをするかのようなことを言い残して行ってしまった。今思えば、カズマにセクハラされて傷ついたんだろうけど、心に余裕を感じられた気がする。むしろ弄っていたかのような発言もしていた感じがする。

 また彼女と会ってみたいなぁ……その時は、私がクリスを盗もう。そう、貴女の心という……スティールを。

 ……絶対こんなこと言わない方が良いわね。

 

「やはり間違いではなかった!」

 

 金髪騎士……クリスが言うにはダクネスという名のクルセイダーが何故か、目を輝かせながら私とカズマの間に入ってきて、テーブルをバンッと叩いてきた。ついでに隣に座っているイザナミがヒッと小さな声を漏らして驚いてしまったようだ。

 

「こんな健気な少女の下着を公衆の面前で脱ぎ取るなんという、なんて鬼畜だ許せない! だが、是非とも……是非とも、私をこのパーティに入れてほしい!」

「いらない」

「あはんっ! くっ……!」

 

 カズマの即答に、ダクネスは頬を赤らめては快感を味わうかのように身を震わせ、喜んでいた。

 やっぱりこの人、本物のドMだ。そんでもって変態だ。だけど美人だから許せる!

 

「ねぇ、カズマ。この人誰? 昨日言ってた、私とめぐみんがお風呂に行ってる間に面接に来たって人?」

「そうだね」

「だからなんでお前が答えるんだよ……」

 

 だってカズマのことだ、またおかしい人が増えるのはごめんみたいな感じで入れさせないようにするじゃん。

 

「ちょっと、この方クルセイダーではないですか。断る理由なんてないのですか?」

「そうだよねーめぐみん。私も入れた方が良いって言っているんだけど、カズマがねー……」

 

 ちらっ、ちらっとカズマに視線を送る。きっとカズマのことだ、アクアとめぐみんには会わせたくないと思っていたようだったし、昨日カズマが上手いこと理由をつけて、あの場から去って回避したつもりだったようだね。しかし、残念ながらそれも無駄のようだったね。

 さあ、カズマはどうやって回避しようと無駄に足掻くかしらね。

 

「みんな聞いてくれ。俺とアクアはこう見えて、ガチで魔王を倒したいと考えている」

「……その割には土木作業していたらしいじゃん」

「言うな。それは俺も自覚している」

 

 昨日アクアに聞いたんだけど、最近までクエストせず土木作業していたらしい。

 転生して異世界に来たのにも関わらず、冒険しないで土木作業の一日を送るって……それ、全国の異世界転生に憧れる人々に、厳しい現実を突きつけているじゃないか。

 躓きそうになったけど、カズマは話を続け始めた。

 

「昨日、一昨日はカエルに苦戦していたけど、それでも魔王を倒したい。そうなると、俺達の冒険は過酷な物になるだろう。特にダクネス、女騎士であるお前は、魔王に捕まってしまったらそれはもうとんでもない目に遭わされるかもしれない」

「ああ、そうなるかもしれないな。昔から魔王にエロい目に遭わされるのは、女騎士の仕事と相場が決まっているからな。それだけでも行く価値はある! 尚更私を仲間に入れてほしい!」

「え?」

「え? なんで驚くんだ? 何かおかしなことを言ったか?」

 

 おかしなことを言ったって言えば、おかしなことは言った。カズマが求めそうな答えじゃないもんね。

 

「めぐみん、相手は魔王だ。この世で最強の存在に喧嘩を売ろうとしているんだぞ。そんなパーティに無理して残る必要はないんだ」

 

 こいつタグネスを後回しにしてめぐみんをやんわりと追い出そうとしやがった。

 そう思っていたら、めぐみんはガタンと勢い良く立ち上がる。そして右足をテーブルに乗せ、バサッとマントをひるがえす。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者! 我を差し置いて最強を名乗る魔王という存在は我が最強魔法で消し飛ばしてみせましょう!」

 

 良い笑顔と良いドヤ顔で発する。

 カズマは追い出そうとしたどころか、めぐみんにやる気をさせてしまったようだ。

 

「アスカ」

「私は抜ける気ないから」

「まだ何も言ってないだろ!」

 

 いや、だってこの流れだと、私も追い出そうとしているから、断るのは当然じゃないかな。

 

「そもそも、私も魔王を倒すために仲間が欲しくてカズマの仲間になったんだから、抜けるわけないじゃん……ここ女いるし」

「お前、絶対魔王退治なんて二の次だろ」

 

 フッ、この男はなにを言っているだ。まるで魔王退治がおまけみたいなこと言っているじゃないか。

 そんなの当然じゃん。私の目的はハーレム女王だもの。

 

「……そんなんでいいんですか?」

 

 左隣にいるボソッとイザナミに言われる。別にそんなんでいいんです。誰がどう言われようが、魔王退治は二の次で、真の目的はハーレム女王なんですもの。

 なんのために日本から転生した。

 そんなの決まっている。

 ハーレム女王になるためだ。

 

「……イザナミ」

「え、あ、はい……仲間なのにも関わらず、皆さんとあんまり会話してなくてすみません……」

「いや、そこで謝ってもらいたいわけではなくてだな。むしろこっちから謝りたい。何度も言うようだけど、俺達は魔王退治に行くんだ。きっとその道はかなり厳しいものになっていくだろう。例え乗り越えたとしても、あの恐ろしい魔王と戦って生きていられるかわからない。だから臆病なイザナミが無理して俺達についていく必要はない」

「え、その……」

「抜けたという罪悪感を抱く必要もない。これは重要なことなんだ。だからけして、俺はどんな選択をしようがイザナミを責めない。俺としては、こんなところにいない方がイザナミのためになると思うが、決めるのはイザナミなんだ。考えてくれ……」

 

 おい、こら。まるで私達と一緒にいると、イザナミのためにならないこと言っているんじゃねぇよ。

 いい加減諦めなさいよ。むしろ、みんなのやる気を上げさせているだけだって。

 

「……そうですね」

 

 ダクネスとめぐみんと違って、イザナミが魔王退治にやる気を上げさせることはない。つまりそれはイザナミが説得しやすいってことだ。万が一でも、イザナミはカズマの言われた通りにチームを抜けてしまうのかもしれない。

 イザナミが出す、答えとは……。

 

「つまりカズマさんは私が役立たずのゴミクズだから、さっさとここから出て行け。さもなければ、スティールでパンツを盗むという脅しですね。当然ですね、実際私はいらないゴミなんですから」

「い、いやそういうわけじゃないよ!?」

 

 ……うん。

 なんとなく、そんな風に返ってくると思っていた。

 一方のカズマは地雷を踏んだかのように、しくじったという言葉を顔で表していた。そんでもってカズマが顔でどうにかしろと、訴えてきた。

 

「へーカズマって、イザナミのことをそんな風に思っていたんだー! あ! だから遠回しに私達のことを」

「よーし、イザナミ! 俺が言いたいことはな、大変だけどこれからもよろしくってことなんだ。これからもよろしくな!」

 

 笑顔でイザナミに伝えると、ギロッと私を睨んできた。

 なによ、カズマの表情通りにどうにかしたじゃない。私は悪くありませ~ん。

 

「言葉には気を付けないとね」

 

 そして私は笑顔でカズマに言ってやったった。するとカズマは、ブルブルと震えさせるように右手を握りしめていた。

 悔しいでしょね、自分の思い通りにならなくて。これを機に追い出そうと考えないことね。

 

「……あの、アスカさん」

 

 イザナミが小さな手で左腕を摘まんできた。かわいい。

 

「わ、私……カズマさんには残っていていいと言ってくださりましたが……なんか、誤魔化している感じがしました。もしかしなくても……気を遣われてしまいましたか?」

 

 イザナミがそう思われるのも無理はないだろうね。だって、私がわざとみんなに聞こえるように声を張って、カズマを悪者扱いにさせようとしたもの。ただでさえ、先ほどのスティールの件で外道であることを知れ渡ってしまったんだ。カズマとしてこれ以上、自分を悪者扱いにされたくはないだろう。

 ざまぁみなさい。異世界に転生したからといって、思い通りに行くと思ったら大間違いなのよ。

 

「カズマも本気で言っているわけじゃないから気にする必要はないよ。深く考えず、ここで私達と一緒に魔王退治を目指したらいいんじゃないかな」

 

 イザナミの頭をポンポンと、優しく叩こうとしたら振り払われた。

 ……もう一回、イザナミの頭をポンポンと、優しく撫でるように手を置こうとしたら振り払われた。

 

「……イザナミ?」

「き、気安く触らないでください……」

 

 そのうちイザナミから酷評をされそうね。

 そんな風に思っている時だった。

 事件は唐突に発生した。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は至急正門に集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は至急正門に集まってください!』

 

 その警報は、この世界が異世界であり、日本ではないことを強く痛感させることになるものだった。



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このキャベツ炒めに祝福を

 雲行きが怪しくなった。すぐにでも雨が降りそうな予感がする。

 この世界に天気予報というものがないから、その点は日本と比べると不便なところはある。

 そんでもって強制ではないものの、緊急クエストというものを受けることになってしまった。言葉通り緊急だから、何をすればいいのかわからなければ何の準備もしていない、そんでもって何が起こるのかもわからない。

 緊急クエストのアナウンスを聞いた私達は他の冒険者と共に正門へと駆けつける。そして正門には、アナウンスを聞きつけてきた冒険者がぞくぞくと集まってきている。

 何が来るのか、何をすればいいのか、何を皆が集まって来ているのか、そういうのが一切わからず、不安と緊張が募ってくる。私がこんなんだから、イザナミは私以上に不安を全面に漂わせていて、ビクビク怯えていた。

 

「皆は私が守る。なるべく私から離れないように」

 

 ダクネスは私の前に立ち、そう言ってきた。

 ……どうしよう、その言葉に私はキュンとしそうになった。こちらが攻略するのではなく、ダクネスに攻略されそうだわ。

 

「こんな時でも変なこと考えているんですね……」

 

 先ほどまで不安がっていたイザナミは、私の心を読んできて釘を刺された。

 あの子のメンタル、特定だけど揺れ幅大きいな。

 

「なぁ、ダクネス。緊急クエストってなんだ? モンスターの襲撃なのか?」

 

 カズマは私とイザナミが秘めていた疑問をダクネスに訊ねた。でも、その答えを返してきたのはダクネスではなく、大きな背負いかごを持っていたアクアだった。

 

「あれ、言ってなかったっけ? キャベツよ、キャベツ」

 

 キャベツ。緑色の丸い形をした野菜。またはある作画崩壊のことを示す。

 キャベツは煮たり焼いたり漬けたりとできる。個人的にはロールキャベツと焼き肉屋に出てくるごま油と塩で味付けした塩キャベツが美味しい。ま

 そのキャベツの緊急クエスト? 

 キャベツのために街中の冒険者が集まり、そしてキャベツに挑もうとしているのか?

 …………まるで意味がわからない。

 

「キャ、キャベツ?」

「なんだ知らないのか。緑色の丸い野菜で、噛むとシャキシャキする歯ごたえと、煮たり炒めたりすれば甘味を増す美味しい食べ物だ」

 

 いや、そんなのわかっているんだよ。キャベツが緊急クエストってどういうことだよ。収穫祭みたいなのを冒険者達だけでやるのか?

 

「来るぞ!」

 

 一人の冒険者が発すると、遠い先の方から淡い緑色の龍のような生き物。

 いや、違う。…………大量のキャベツが空を飛んでいた。

 ……わぁーファンタジーっぽいなー。キャベツが空を飛ぶなんて、私、初めて見たよにょろー。なんだかとっても嬉しいぴょーん。

 …………私が想像していたファンタジーの世界と、なんか違う。

 

「この世界のキャベツは飛ぶわ」

 

 飛ぶな。野菜が飛んでたまるか。

 

「味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかといわんばかりに飛び回る。街や草原、大陸を渡り、海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で、誰にも食べられずにひっそりと息を引き取ると言われているわ」

 

 それは寿命と言っていいのか? それとも賞味期限が過ぎて腐り果てたとでも言えばいいのか?

 

「それならば、私達は彼らを一玉でも多く捕まえて美味しく食べてあげようって事よ」

 

 普通に収穫すれば、皆美味しく食べられるんじゃないかな?

 アクアによるキャベツの謎の進化の発達とこの緊急クエストの意味を教えてもらった。

 人が食べられるように作った野菜の一つがキャベツなんですけどね。なんで無駄な進化を発展するんだよ。

 

「皆さん、今年もキャベツの収穫時期がやって参りました! 今年のキャベツは出来が良く、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕まえて、納めてください!」

 

 まるで大会の宣言みたいなことを受け付け嬢の人が冒険者達に告げていた。

 すると、それを聞いた周りにいる冒険者達は高らかに歓声を上げる。パッと見て、一部除いて皆気合いが入っているように見える。

 そして門の隣には、大きな鉄格子とキャベツを冷やすために冷水を入れてあるでっかい桶がいつのまにかあった。

 

「行くぞお前ら、収穫だー!!」

『おぉー!!』

 

 一人の冒険者を筆頭に、数多くの冒険者は勇敢にも立ち向かう。キャベツという空飛ぶ野菜を収穫するために駆けていく。

 ……なんだろう。お祭り男の芸人が世界の祭りに向い、何かしらアカンを口にする番組を見ているような感覚だ。でも、流石に世界でもキャベツは飛ばないわね。

 ツッコミ所満載であるが、一玉収穫するだけで一万エリスも貰えるか。それはなかなか良い稼ぎになる。

 どうせいつかは魔王を倒すんだ。ゲームみたいに、ひたすらメインストーリーを進めて行ったら体を壊しそうだ。案外、こういうバカっぽいイベントでお金を稼ぐのもありなのかもしれない。

 そんでもって、このイベントを期に新しいヒロインを捕まえる、もしくはヒロインの好感度を上げることだってできるはずだ。それを存分に利用していこうではないか。

 

「ナンパしてはいけない、です……」

 

 違う、ナンパじゃないよイザナミ君。私のヒロインにさせるのさ。

 ……振り返って見ればイザナミは呆れている。その呆れた表情も可愛いね。

 

「なぁ、俺もう馬小屋に帰って寝ていいかな?」

「いいんじゃない」

 

 カズマは勝手に落胆しているがいいさ。その間に、私は君よりも上に行っているからね。

 

「カズマ、アスカ、二人共丁度良い機会だ。私のクルセイダーとしての実力をその目で確かめてくれ」

 

 ……確かダクネスの実力って。

『いや、実はちょっと言い辛かったのだが……私は力と耐久力には自信があるのだが、不器用で……その……全く攻撃が当たらないのだ』

 などと言っていたけど…………大丈夫? 実力を見せるどころか、自ら無能さをお披露目されることになるかもしれないんだぞ。そうしたら、いらないと追い払われるだけじゃないかな?

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 女性ながらも勇ましく、なおかつ耳に透き通っていくような声で叫びながら立ち向かう。キャベツに向かって。

 ……言葉だけなら、めちゃくちゃシュールだな。

 しかし、いかにも敵を一刀両断で倒しそうな勢いだ。もしかすると、ダクネスは自分の実力を謙遜しているだけかもしれない。

 そんな期待を込めていると……。

 

「とりゃああああああ!!」

 

 ダクネスは両手剣をおもいっきり振り下すも当たらない。

 あーっと、外してしまった。

 

「はあああああああっ!!」

 

 ダクネスは両手剣でおもいっきり振りかぶるも当たらない。

 これも外してしまったー。

 

「くっ、せいっ、はっ!」

 

 ダクネスは何度も両手剣を振り回すも当たらない。

 またも外してしまったー!

 ちょっと心境を変えて某ポケットのスタジアム風にダクネスの実力を見せてもらったけど、酷いね。かすりもしないっていうか、もはや不器用というレベルを通り越して才能を感じるよ。キャベツがまだ素早く飛び回っているならわかるよ。でもさ、キャベツはそんなに素早い動きはしていないし、あんまり動いていないキャベツにも当ててないのよね。

 結果として、ダクネスの言葉通りとなってしまった。これはもう「私、全然上手くいかなかった~」が本当に酷くてフォローできない感じと一緒だ。

 残念ながら、これはもう不採用決定かな。

 それならばせめてお土産を差し上げよう。恋愛フラグという、お土産をね。

 私を腰から短剣を取り出しては手に取り、ダクネスに駆け寄る。

 

「ダクネス、下がってて」

「断る!」

 

 いや、そこ断るなよ。あと何気に大剣振っているけど、また当たってないじゃん。

 

「言ったはずだ。……私のクルセイダーとしての実力をその目で確かめてくれ、と」

「あ、うん、見たから……ちゃんと見た、見たからさ、もういいよ下がってても」

「まだだ。まだ私の騎士としての……クルセイダーの実力を発揮してはいない!」

 

 そう言うと、ダクネスは両手剣を手放して両手を広げた。その体制と私の視点からすれば、ダクネスは私を守ろうとしている形となっている。

 そうか、今度は長所となる防御をお披露目するのね。

 

「クルセイダーとは最強の防御力を誇る冒険職、いかなる攻撃をも凌ぐためのもの。さぁ来いキャベツども、少しずつ鎧を砕いていき、肌に衝撃を与えてみせよ! そして最終的に私を喜ばしてくれ!」

 

 駄目だこの変態。早く何とかする以前に最早手遅れだ。最後はクルセイダーの質力ではなく、ダクネスの願望でしょ……。

 ……これはカズマから追い払われるのも無理はないかも。ぶっちゃけ、私もダクネスにドン引きしている。別に性格にこだわるわけじゃないけどさ、それとこれとは別だし、ダクネスのマゾ発言を素敵と捉える程、私の思考は変態に達していないわ。

 

「……とりあえずキャベツを捕獲しよう。いや違う、収穫か」

 

 改めて違和感を覚えるこの世界の野菜事情に疑問を持ちつつも、短剣でキャベツを刺して捕らえようと腕を振った。

 そこでふと思ってしまった。

 これって、傷つけでいいものなのか?

 そんな迷いが生まれた瞬間、お腹から痛みが走った。

 

「ぐふっ!?」

 

 痛みの正体はキャベツだった。何を言っているのか自分でもわからないが、今さっき自分はキャベツにやられたんだ。本当に言葉だけにしてみれば何を言っているんだろう……。

 でも、痛みは紛れもなく現実であり、キャベツのせいでお腹から痛みが走ったのは事実だ。

 そんでもって、キャベツが体当たりを仕掛けてきているのだ。

 

「うわっ」

 

 キャベツが体当たりをしてくるように飛び回っている。立ったままだと、またキャベツに体当たりされそうなので、とりあえず回避に専念する。

 甘く見ていた。いや、キャベツ相手に警戒できるわけがなかった。

 キャベツに敵意はないが、適度な速さに飛び回っていれば必ず人のどこかに当たってしまい、それが痛みに変わる。キャベツであるものの、それなりの大きさの緑の丸い塊はそれなりに重さがあり、それが攻撃力へと変わる。

 そんなキャベツが大量に飛び回っているのだ。

 軌道が読めない緑色の砲弾。我々冒険者達はその餌食にされ、地面へと倒れ込んでしまうのだろう。

 …………冷静に考えても危ないのだろうけど、同時に自分で何を思っているんだろうと、思い込みの激しさに呆れてしまった。

 

「あ、アスカさん」

 

 イザナミがこちらにやってくる。同時に二玉のキャベツがこちらに向かうように飛び回っていた。

 

「来るな! キャベツが体当たりしてくるぞ!」

「え、え、その、きゃっ」

 

 自分で何言っているんだろうと思った。あんな言葉、生涯一度も使うこともないこと言われても戸惑うだけだよね。私もちょっと混乱している。

 

「ひっ、きゃ、キャベツが空を飛んで……恐い」

 

 私達からすれば非現実的でそういう恐さはあるのだろうけど、あなた仮にも神様死神様でしょうよ。

 相変わらずの臆病を出してしまうイザナミ。そんなイザナミを私が守ってあげよう。そんでもって好感度を上げさせる。

 

「イザナミ、下がってて」

「え、でも」

 

 キャベツが螺旋を描くようにこちらへと飛んでいる。軌道が変わらなければ私に体当たりをする形になるだろう。

 モンスターでもなければ巨大カエルでもない。人間に食べられないように空を飛ぶキャベツなんか、相手ではない。

 

「危ない!」

「「え?」」

 

 そう叫んで、私の目の前に現れたのはダクネスだった。そして体制は私達からキャベツを守ろうとしていた。

 急に現れたダクネスに私とイザナミは疑問に感じた。

 

「大丈夫か、ぐっ」

 

 次々と数多くのキャベツ達がダクネスに体当たりするように飛びつく。キャベツであるがそれなりの重さがある緑色の丸い物だ。それなりのスピードで体に当たれば痛いも当然、自分も一回食らって痛かった思いがあった。

 無数の緑色の弾丸がダクネスを襲い掛かる。重量感のある音が鳴り、次々とダクネスの鎧の一部分が壊れていく、そして肌に衝突する。

 いくら防御力が誇る上級職のクルセイダーが身を挺して守っても、限界が来て耐えられない気がする。少なくとも、見ているこっちからすれば、キャベツ達がボコボコと体当たりしてくるのを体で衝撃を耐えるダクネスが心配で仕方がない。

 

「もういいダクネス! 早く逃げるんだ!」

「バカを言うな! ここで見捨てることなんて、できない!」

 

 騎士らしい精神でダクネスは叫ぶ。

 確かに、ダクネスが身を挺して守ってくれるおかげで私とイザナミはキャベツに傷をつけられることはない。それは当然、ダクネスが変わりに傷だらけに負おうことになっている。

 鎧が壊れ、剥がれてしまってはダクネス自身を守る物はなくなり、上着が徐々に破れていき、肌は傷を負っている。

 ……普通に考えてさ、キャベツに傷をつけられるってどういう意味だよ。よくわかんないことでダクネスが傷ついていいのか?

 当然、いいわけがない。

 

「だったら力づくで……!」

 

 ダクネスの腕を掴んで引っ張ろうとした時だった。

 

「それに見ろ、男達が私を見ている!」

「え?」

 

 思わず飛ばした腕を止めてしまい、呆然としながらも周りを見ていた。

 一応、一応私も空気は読んだから思わないようにしていたけど、鎧が砕かれて、上着が所々破れていて、そしてなによりも、豊富なおっぱいがキャベツの衝突で上下に揺れる様は見応えがあるものであり、しばらく観察したいものだ。

 それを考えているのは私だけではなく、周りの男達も同じようにダクネスを観察している。更にその姿がエロさを増しているダクネスに凝視している男達は興奮している。

 

「汚らわしい……だが、たまらない! ここでやめてしまったらこの快感を味わえない!」

 

 そんでもって興奮しているのは男達だけではなく、ダグネス自身も。

 普通に心配していた私の気持ちを返してください。

 そしてこの変態は放置でも構いませんよね。

 あ、きっとこれが百年の恋も一時に冷めることなんだね。

 

「わ、私、ダクネスさんが恐いです……」

「そうね……同じ気持ちだわ」

 

 イザナミが怯えながらボソッと呟く。それは恐がっていい正しい反応だよ。あの子の精神はもう既に末期なんだ。

 ……にしても、急に暗くなったなぁ……本格的に雨でも降るのかな?

 そう思いながら、ふと街の方へと視線を向ける。すると、めぐみんが何か詠唱しているように見えていた。

 魔法でキャベツでも捕らえたりやっつけたりするのかな? それともお得意の爆裂魔法でぶっ飛ばすのかな。キャベツに爆裂魔法は贅沢な上にオーバーキル過ぎない……って、あいつ広範囲に爆発するエクスプロージョン放つ気かよ! 空が急に暗いのって、絶対にそれじゃないか。

 

「イザナミ、避難!」

「わ、私よりも非難する相手などいません。むしろ私が非難される存在です」

「そっちの非難じゃなくて、安全な場所へ避難する方だよ!」

「す、すみません! お詫びに、私を非難してください」

「そんなことはいいから避難訓練の非難! ひ・な・ん!」

 

 とにかく街の中、もしくは正門付近に避難しておけば安全……なはずだ。

 めぐみんもそんなバカじゃない、自分の魔法を放ったとしても私を含めた冒険者を巻き込むことはしない、はずだ。

 イザナミが避難したところを確認した後、次にダクネスに避難させるように告げる。流石にダクネスを放置するわけにもいかないからね。

 

「ダクネスも避難するよ」

「何を言う、これからが本番じゃないだろうか!」

「待っていましたといわんばかりにワクワクしてんじゃないわよ! 小学生でも爆裂魔法を放つと思ったらすぐさま避難しているわよ! ここにいたら巻き込まれて死ぬぞ!」

「確かに、いかにも強力そうな魔法に巻き込まれたらひとたまりもないだろう。けど、それがたまらないじゃないか!」

「なにがたまらないのか、全然わかんないんですけど!?」

「とにかく安心してくれ、頑丈だけの取り柄の私ならきっと耐え抜いてみせる。それに、ここで死んでは魔王に捕らわれてエロいことに遭わされないからな!」

「ごめん、全然安心じゃないんですけど!」

 

 もうこの変態は放っといてもいいかな。多分生きていられるだろうし。

 

「『エクスプローション』ッ!!」

 

 詠唱を終え、めぐみんは杖の先端から協力は閃光を空へ放つ。そしてダクネスと私を覆う炎のような魔法陣が引かれていく。

 本当にダクネスを置いて避難してもいいんじゃないかと思うけど、それでも放って置くわけにはいかない。当人はお預けプレイを味わって快感するのかどうかは知らん、想像もしたくはないがそれでもやらせてもらう。

 上手くいくかはわからん。いきなり本番上等、唐突な思いつきで世界が変わることだってある。

 漫画のように突然パワーアップして大逆転な程、現実は甘くはないのは知っている。私にはそんな力も主人公力もない。

 けど、私は漫画のような転生をしているんだ。だったら嘘みたいな現実を実現することだって、絶対にないとは言えない。

 ダクネスの腰を両手で挟んで、

 

「『アクセルダッシュ』!」

 

 強制連行および無理矢理アクセルダッシュでダクネスを無理矢理連れていくことには成功した。ついでに、タイミング良くめぐみんのエクスプローションの爆風が後押しするような形で、加速が上がって速さが増した。

 結果としては、なんとか直撃は免れたし、ダクネスを救出することには成功した。だけど、アクセルダッシュを制御仕切れないのと、タイミング悪くめぐみんの爆風がダメ押しとなって、すごい速さで地面に激突した。

 無事で生きていることは良いことではあるが、痛いのは普通に嫌だった。あと、地味に顔を地面にぶつけて汚れるというのも嫌だった。

 癖があるヒロインも愛で補うつもりだけど、直してほしいところはちゃんとあるからね!

 

 

 ダクネスの露出ドMプレイ問題と、めぐみんの爆裂魔法問題があったものの、キャベツ収穫祭を無事に終えることができた。

 そして今晩はみんなでキャベツ料理を食べることになった。

 

「何故たかがキャベツの野菜炒めがこんなに美味いんだ……納得いかねぇ」

 

 文句を言いながらもキャベツ炒めを一口食べ、素直な感想を口にするカズマだった。

 何気にカズマも参加していたじゃない。不満があるのはわからなくもないけど、私もキャベツと戦うために異世界に来たわけじゃないしね。

 それはともかく、本当にキャベツ炒めは美味しかった。今までで一番キャベツが美味しいのかもしれない。キャベツが飛ぶという無駄と思える進化は、実は旨味を増してくれる栄養とかが発達して、美味しい野菜になっているのかもしれない。

 いや、マジで美味いなこのキャベツ炒め。

 

「貴女、流石クルセイダーね。あの鉄壁の守りには流石のキャベツ達も攻めあぐねていたわ」

 

 アクアがダクネスを褒めているけど、多分防御力だけが問題じゃない気がする。キャベツにもダクネスの変態度が伝わってきて、攻めたくないと思ったかもしれない。私だったら、そうしているのかも。

 

「いや、私など動きが速くもなければ、剣を振ってもロクに当てることもできない不器用者だから、誰かの壁になって守ることしか取柄がない、ただの硬いだけの女だ」

 

 ……言っていることは間違ってないし、実際守りに関しては頼もしいのだけど。その守ろうとするのをやめてほしいと願いたい。

 

「アクアの花鳥風月も見事なものでした。冒険者の皆さんの士気を高めつつ、収穫したキェベツを冷水で保つとは、思いつきませんでした」

「まーねー、みんなを癒すアークプリーストとしては当然よねー。それにアークプリーストの水はとても清いのよ」

「それ、大事なのか?」

 

 めぐみんが言ったようにアクアによる花鳥風月で士気を上げたことで、心なしか冒険者達に活気が上がり、活き活きとキャベツを収穫していたように見えた。それが本当なら、サポートとしては凄いことなんだろうけど、アークプリーストの仕事ではない気がする。カズマも疑問に思っているしね。

 

「めぐみんの魔法も凄まじかったぞ。キャベツの群れを一撃で吹き飛ばしていたではないか」

「ふふっ、紅魔の血の力、思い知らされましたか」

「ああぁ凄かったぞ。しかし残念ながら、その凄まじい魔法を余波でしか味わえなかった。次こそは直撃で!」

「やめなさい」

 

 もうほんと、ダクネスは末期だと思うんだ。それでもツッコミせざるを得ない。

 私はダクネスのために言っているんだからね。助けた時に残念そうな顔をしたけど、これからも助けるつもりだからね。

 

「すまない、アスカには感謝している。助けくれてありがとう。あえて私を焦らせて、次回にお預けするようにしてくれたんだな」

「なわけないでしょ」

 

 そして最初の純粋な感謝が台無しになったよ。

 次からは本当に命に関わること以外は放置しておこう。いや、めぐみんのエクスプロージョンも命に関わることだったけどね。

 

「アスカといえば、魔力を使い果たした私をゲイルマスターの長所を上手く使いこなし、私を素早く回収したら背負って安全な場所まで連れていったのは流石です。イザナミとの連携プレイも凄まじかったですね」

「確かにあれすごいわね! あんな風に凄いスピードでキャベツを収穫していた初めて見たわ」

 

 アクアとめぐみんが言っているイザナミとの連携プレイと言うのはそのまんまの意味で、イザナミと協力してキャベツを収穫したのだ。

 やり方は普通だと思う。めぐみんを安全な場所に連れて行った際に、一回街に戻って大き目で長めの網を購入。あとはイザナミを軸にして私が円を描くようにアクセルダッシュで回るだけ。めちゃくちゃな方法だけどそれで大量のキャベツを収穫することができました。

 

「ほんとやるじゃないイザナミ、なんかウジウジしているだけかと思っているけど見直したわ」

「こ、こんなんでいいんでしょうか……」

「この私が言っているのよ、もっと自信持ちなさい!」

「は、はい、すみません……」

 

 イザナミと正反対の性格であるアクアが褒めてくれた。それでも謝ってしまい、喜ぶ顔をしてはいないけど、イザナミにとっては言わないよりかは言った方が効果的だ。自称神様と元神様であり正反対の二人は意外と相性が良いのかもしれない。

 

「あと、カズマもなかなかのものだったよ」

 

 アクアが隣にいるカズマの頬をツンツンと指で触りだした。なにそれ羨ましい、私にもしてほしい。それなのに、なんでカズマはうんざりそうな顔をしてんのよ。だったら私と変わりなさいよ!

 

「確かに潜伏スキルで気配を消し、敵感知で素早くキャベツの動きを補足、そして背後からスティールで強襲するその姿は、まるで鮮やかな暗殺者のごとしです」

「カズマ。私の名において『華麗なるキャベツ泥棒』の称号を授けてあげるわ」

「やかましいわ! ああもう、どうしてこうなった! こんなはずじゃなかったはずだ!」

 

 アクアとめぐみんが語るキャベツ祭りでの出来事、特にアクアから不名誉な称号を授けられたカズマは頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。おそらく、私とイザナミよりもキャベツを収穫しているのにもこの扱い。そんでもってカズマは何一つ喜びを感じていなかった。

 

「みなにクルセイダーの実力がわかってもらえてなによりだ」

 

 …………ここでどこが?ってツッコミを入れるのは野暮なんですかね。どうしてそれを普通に言えるんだよ。ある意味ポジティブ過ぎるでしょ、この変態騎士。

 

「では改めて自己紹介を……名はダクネス。職業はクルセイダーだ。一応両手剣を使っているが、戦力は期待しないでくれ。なにせ、不器用過ぎて攻撃がほとんど当たらん。だが、壁になるのは大得意だ!」

「おい、待て。いつから仲間になった!?」

 

 強制加入となったダクネスに、カズマはすかさず顔を上げ始めた。私も仲間に入った流れになって困惑しているが、同時に断念した。

 

「カズマ、諦めようよ。多分この人、断っても毎日来るタイプの人だと思う」

「……マジで?」

 

 カズマも同じようなことを思っていたけど、やり切れない思いのまま、仕方なしに断念することになった。

 

「うんうん、うちのパーティーもなかなか豪華な顔触れになってきたじゃない。アークプリーストの私に、ゲイルマスターのアスカとデスサイザーのイザナミ、アークウィザードのめぐみん。そして、クルセイダーのダクネス、六人中五人が上級職なんてそうそうないわよ」

 

 確かに職業だけ見ればこのパーティーはすごく強いのだろう。あらゆる回復魔法を操つる者、最強の爆裂魔法を放つ者、鉄壁の守りを堅める者、即死効果を与え者、目に見えぬ速さで駆け抜ける者である私を含めた五人、そのうち四人はとても魅力的なヒロイン達。そしてそこに加えるのは最弱職である冒険職のカズマ。それだけ聞けば、欠点はカズマくらいなものだろう。

 しかし、蓋を開けてみれば理想なんて無いに等しい。一言でまとめるなら、残念の一言に尽きる。

 実は宴会芸の自称残念女神と、一日一発しか魔法を使えない魔法使いに。攻撃が当たらないメイン盾に加えて、臆病で加害妄想の死神に、人間のふりをしたパンツを盗むクズマさんだぜ。見た目に反して戦力が不安定過ぎるでしょ。

 そして改めて思うと色々と濃いメンツだね。

 ダクネスに関して言えば、正直ヒロイン候補に入れるのは迷っていた。多少残念なところもあったとしても受け入れる私としては、本当だったら迷う必要はないんだ。

 だって美人だし、可愛いし、最高じゃない。

 でも変態なんだよ。ただのドM騎士なんだよ。それを受け入れるのと、その変態を肯定するのとは別物なんだよ。私だって引く時は引くよ。贅沢かもしれないけど、例えダクネスに告白されても、受け入れ切れないよ。

 

「カズマ、アスカ、遠慮なく私を囮や壁代わりに使ってくれ。なんなら、危険と判断したら捨て駒として見捨てて貰っても構わない。くっ、んんっ! そ、想像しただけで、む、武者震いが……っ!」

 

 今の状態が危険なので、見捨ててもいいでしょうかね。

 あと、それは武者震いではない。武者震いに謝って。

 

「それでは二人とも。多分、いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は遠慮なく強めで罵ってくれ。これから、よろしく頼む」

「嫌です」

「そうだ、もっと言ってくれ!」

 

 罵ったらこの反応だよ。誰か助けてくれ。



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このアンデッドとの出会いを

「『アクセルダッシュ』!」

 

 それを口ずさむと、一気に巨大カエルの間合いを詰めていることができ、そして素早く短剣で巨大カエルのお腹辺りを斬り裂いた。

 そんな世界陸上に出場している選手でさえも軽々と超える爆速に慣れている自分がいた。

 そしてどのタイミングで止まることも、短剣で敵を斬れることも、ある程度は制御できるようになってきた。

 そんなこの頃、私は繁殖期に入っているジャイアント・トードの討伐をイザナミと二人でやっていた。

 他の仲間は連れてきていない。そのうちの二人はカエルを拒んでいるし、そのうちの一人は自ら飛び込んでリョナプレイをされていきそうで後々大変なことになりそうだし、そんでもって唯一の男は囮にさせられそうだからだ。

 

「『アクセルダッシュ』」

 

 私はワープするように一瞬でイザナミのもとへと駆けつけた。

 

「きゅ、急に現れないでください……」

 

 どうやら遠くにいた私が一瞬で近くに来たことにイザナミは怯えてしまったようだ。いや、急に遠くにいる人が一瞬で近くに来るのはびっくりするのも当たり前か。

 

「それともあれなんですね。私なんていない方がいいのかもしれないですね。今度から私に気にしないでください。それが私のためになるのですから……」

 

 なんでまた卑屈なことを……仕方がない。

 ここはひとつ、私の言葉で慰めようではないか。

 

「ごめんごめん……でも、この速さがあればいつでも君に駆けつけ」

「あ、そういうのはいいです……」

 

 言い切る前にまたもイザナミに塩対応されてしまった。慰める気持ちは本当だったのに、失礼しちゃうわ。

 ……と言うか、

 

「前から思っていたんだけどさ、なんで私が女好きなこと知っているの?」

「え?」

「だって、そんなこと言ったつもりはないのに出会ってから一日も経たずに私の趣向を理解していたみたいじゃん」

「それは、その……アスカさんがわかりやすいのです」

 

 自分がそんなにわかりやすいのかはともかく、その問いに対しては納得できなかった。

 

「でもさ、普通同性に対して好きって言われても、意味合い的にはラブじゃなくライクの方だと解釈するのが普通だと思うわけですよ」

「それはつまり、普通じゃない勘違いゴミブス普通以下の無能以下の私が間違っているといいたいんですね」

「そこまでは言ってない」

 

 思えば、イザナミを異世界に拉致されたことで、落ち込んでいる彼女を慰めただけなのにいつも口説いていると見破ったのだ。人の価値観や、私の欲情が滲み出て悟られてしまったとかあるかもしれないが、それでも私が女好きだってことをそう簡単にわかるものだろうか? それも私のことを知っているかのように……。

 というか、実はイザナミもそっち系だから理解できたのかもしれない。なんて聞かれたら、怒られそうだからこれは言わないでおこう。

 

「イザナミはどうやって私が女好きだってことを知ったの?」

 

 原因を知ったところで警戒されるのは変わりないし、状況が変わるわけではないけど、一つだけモヤモヤと雲かかった悩みを解決したい。

 それとイザナミのことも知っておきたかった。だってイザナミもヒロインだから過去のこと知りたいじゃん。

 

「えっと、その……」

 

 イザナミは困った表情で恥ずかしそうに答えてくれた。

 

「か、神様ですから…………」

「……なるほど」

 

 一息ついて、決断する。

 

「なら仕方ないね!」

 

 可愛いからもういいや。どうせ知らなくても知ってもイザナミの好感度が上がるわけではないもんね。むしろ予想外かつ、可愛いのを聞いて見たりすれば他はもういらないや。

 過去も大事だけど、何よりも今を生きることが大切だ。

 

「よし、次は私とイザナミの愛のタッグプレイをするわよ!」

「愛はいりませんが、また“あれ”をやるんですか?」

「いざと言う時のための練習なんだから、やらないわけにはいかないでしょ。そしてそれを成功させるために何度もやるの、私とイザナミのためにもね」

 

 そう言い聞かせると、イザナミは難しそうな顔をしながらも、仕方なしにと私の背中にのしかかったるように乗って来た。

 

「お、お願いします……」

「まかせてよ。ついでに今夜も」

「ご遠慮しておきます」

 

 今夜も私にお願いしますね……それを言わせる前に断られてしまった。

 ……ほんと、なんで私の考えていることがわかるんだろう。

 

 

「ほう、見違えたではないか」

「おおーカズマがようやくちゃんとした冒険者みたいに見えるのです」

 

 今日もいつもの場所であるギルドに来てみれば、ダクネスとめぐみんがカズマの恰好を見て感心していた。

 昨日まではおしゃれでもない緑色のジャージ姿であったカズマだったが、今はめぐみんの言葉通りに冒険者っぽい恰好をしている。と言ってもダサくはないけど、おしゃれでもないけどね。パッと見て勇者みたいな服装かな。

 

「ところでアスカは服装変えないのですね」

 

 めぐみんに言われたが、私はカズマと違い日本から着ていた服装をそのまま使っている。

 

「ゲイルマスターの特徴考えれば、なるべく装備は変えない方が良いかなって思うし、服装もあんまり変える必要はないかなって。とりあえず武器と靴だけは変えたけど」

 

 それに、今のブレザー制服にパーカーを着用している服装だと、なんか自分が異世界に来た主人公っぽいじゃん。周りと違って目立つじゃん。そういうのって、意外と主人公として大事だと思うんだよね。

 目立ってナンボ。ヒロインを掴むには自分が主人公であることをアピールしろ、そうすれば必ずヒロインが興味を惹かれることを信じるんだ。

 そんなことを思っていることを知らずに、めぐみんは納得していた。

 

「確かにゲイルマスターは鎧もそうですが、胸当てすら敏捷力を落ちる原因となってしまいますからね、防御力を上げるくらいなら敏捷力を上げた方が合理的かと思います」

 

 そ、そうだったんだ……それは知らなったな。

 胸当てすら装備を許されないってことは、私の防御力は無いに等しいのね。まさに当たらなければどうってことない戦法を要求される上級職、速さこと防御ってことなのか。

 そう言えば、単体でアクセルダッシュを使う時とイザナミを背負っている時では制御が安定しないし、スピードも違っていたのはそういうことなのか。

 

「よし、装備も調えたし、スキルも覚えたんだ。せっかくだから簡単なクエストでも行おうぜ」

「ふむ、ならジャイアント・トードが繁殖期に入っていて街の近場まで出没しているから、それを……」

「「カエルはやめよう!」」

 

 カズマのリクエストに応えるように、ダクネスが提案する途中でアクアとめぐみんに拒絶されてしまった。

 

「何故だ? カエルは刃物が通りやすく倒しやすいし、攻撃法も舌による捕食しかしてこない。倒したカエルも食用として売れるから稼ぎもいい」

 

 ダクネスの言う通り、駆け出し冒険者にしては割と良いクエストなんだ。最初は苦戦したものの慣れれば簡単に倒せるようになった。そんでもって稼ぎは良いし、食用としても問題はなく美味しい。それでもイザナミは怖がっているが、なんとなやっていけるほど簡単な方だと私も思う。

 それでもアクアとめぐみんが拒絶しているのは……カズマがダクネスに教えてくれた。

 

「この二人はカエルに頭からパックリと食われ、液体まみれにされたことがあるからトラウマになっているんだ。しょうがないから他を狙おう」

 

 それもあって私はアクアとめぐみんは誘えない。誘おうとしても今さっきみたいに拒絶されるだけだからね。

 

「あ、頭からパックリ……そして、液体まみれ……」

 

 カズマの説明を聞いたダクネスは頬を赤らめる。

 

「お前、ちょっと興奮しているだろ」

「し、してない」

 

 カズマに訊かれたダクネスは目を逸らし即答するも、誤魔化しきれないもじもじした態度で顔が赤らめている。流石マゾ騎士、言葉にしなくても願望が漏れ出している。

 うん、誘わなくて正解だったね。

 

「緊急クエストのキャベツ狩りは除くとして、このメンツでの初クエストだ。楽に倒せる奴がいいな」

 

 カズマの意見にとりあえず、私とイザナミとめぐみんとダクネスで掲示板へ行き、手頃なクエストを探すことにした。

 正直、ジャイアント・トード以外に手軽なクエストがあると思えないんだよね。最初から上級クエストみたいな理不尽なクエストがあったんだし、近場にスライム級なモンスターがいないんだもん。

 そんなことを思いながらクエスト選びに関してわかったことがあった。

 めぐみんもダクネスも変なところを除けば常識ある方だってことだそれでも私情で選んだものはあったけどね、死の森とも言える森林に爆裂魔法を放ちたいとか、大量のモンスター討伐に蹂躙されたいとか、それはカズマが言っていた楽なクエストではないものであったため、却下した。

 そういうことを含めて、そんな中から簡単そうなクエストを決め、一回カズマに訊いて通してもらえるかどうかと戻ってみたら、何故かアクアが手テーブルに突っ伏して号泣していた。

 

「……またカズマか」

「またってなんだよ、またって」

 

 だって何かしらカズマが原因だってことあるじゃない。どっちが悪いのかはともかく、アクアが泣いているのもカズマがなんかやったからに決まっている。

 

「カズマは結構えげつない口攻撃がありますから、遠慮な本音をぶちまけていると対外の女性は泣きますよ?」

「カズマよ。ストレスが溜まっているのなら、アクアの代わりに私を罵倒してくれ。なんなら、直接罵っても構わない。クルセイダーたるもの、誰かの身代わりになるのは本望だ」

「か、カズマさん。これも私のせいなのですね。お詫びにここから消えますので、アクアさんを許してください」

 

 めぐみんは良いとして、ダクネスとイザナミは普通におかしい。

 

「こいつのことは気にしなくてもいい」

 

 きっぱりとカズマが一蹴する。その時、ふとアクアを見ると、顔を埋めた両腕の隙間からチラッと一瞥しているのを見えた。……この自称女神さんあれか、泣いていれば許してもらえると思っているタイプか、小学生かよ。

 とりあえず私達が選んだクエストをカズマに報告でもしよう。

 

「いろいろ話し合った結果、クエストはアクアのレベルが上げられるものにしようと思うんだけど」

「どういうことだ? そんな都合のいいクエストなんてあるのか?」

「なんかあるみたいだよ。そうだよね、ダクネス」

「うむ。ここからは私が説明しよう」

 

 ここからは私よりもこの世界の住人であるダクネスに話をした方がいいだろう。

 

「プリースト及びアークプリーストは一般的にレベル上げが難しい。なにせ攻撃魔法なんてものがないからな」

 

 それじゃあ、カエル戦で見せたゴットレクイエム、相手は死ぬは攻撃ではないというのか? それを聞いちゃったらまずいのか?

 

「そこで、プリースト達が好んで狩るのがアンデット族だ。アンデットは不死という神の理に反したモンスター。彼らには神の力が全て逆に働く。故に普通なら回復魔法で回復するのが、アンデットに対しては回復せず、身体が崩れるものだ」

 

 ゲームではアンデットに回復系魔法を使うとダメージを受けるっていうやつはやったことあるけど、それはこの世界でも通用するらしい。

 この世界の勝手がよくわかってない私としては、そのクエストを受けることに問題はない。あとはカズマとアクアが承諾するかの話だ。

 

「うん、悪くないな。問題はダクネスの鎧がまだ戻ってきてないことなんだが……」

 

 あえてスルーしていたけど、この前のキャベツ収穫祭クエストでキャベツに袋叩きにされた際に鎧が壊れてしまったのだ。だから今は修理に出していて鎧は着ていない。

 今のかっこうはというと、タイトな黒のスカートと黒のタンクトップという締まるところは締まったボンッ、キュッ、ボンッなエロい体付きになっている。うん、マジでエロい。どことは言わないけど、二つほどムチムチして触りたい。

 

「む? アスカは今、私の事を『エロい身体をしやがってこのメス豚、触らせろ』と言ったか?」

「言ってません」

 

 失礼な。そんな妄想を口にできるわけがないだろ。

 

「でも、少しは思っていました……ですよね?」

 

 イザナミの問いに私はノーコメント。

 

「まぁ、私なら問題ない。伊達に防御スキルを特化しているわけではないさ。鎧なしでも耐えてみせるさ。それに殴られた時、鎧なしの方が肌に伝わりやすく気持ち良いからな」

「お前今殴られると気持ちいって言ったな」

「言ってない」

 

 カズマのツッコミにダクネスは否定しているけど、私もちゃっかり聞いているので私がそのことを話せばダクネスは言い逃れができない。話したところで、ダクネスが変態ドMなのは変わりないから言わないけどね。

 

「じゃあ、あとはアクアにその気があればいいね」

 

 私は視線をアクアに向けると泣き止んだものの未だにテーブルに伏せている状態だった。

 

「おい、いつまでもめそめそしてないで会話に参加しろよ、今、お前のレベルの事を……」

 

 カズマはアクアの肩を叩こうと手を伸ばして止めた。

 何故なら……。

 

「すかー……」

 

 アクアは泣き疲れて眠っていたからだ。小学生かよ。

 ……なんか、アクアが泣いた経緯がわかったような気がする。頑張れ、カズマ。

 

 

 街から外れた丘の上には共同墓場が存在していた。お金のない人や身寄りのない人達がまとめて埋葬され土葬にする。そんな場所で私達はクエストを達成するためにやってきた。

 内容は共同墓場に湧くアンデットであるゾンビメーカーの討伐。及び、アクアのレベルアップ。

 

「ちょっとカズマ! その肉は私が目をつけたやつよ! ほら、こっちの野菜が焼けているんだからこっちを食べなさいよ!」

「うるせー! 俺はな、キャベツ狩り以来どうも野菜が苦手なんだよ! 焼いている最中に飛んだり跳ねたりしないか心配なんだよ!」

「そりゃあ食べられてたまるかいう野菜の抵抗があるんだから、ちゃんと焼かないと飛んだり跳ねたりするわよ!」

「普通、野菜は飛んだり跳ねたりしないんだよ!」

 

 時刻は夕方に差しかかろうとする時間帯、私達は墓場の近くでバーベキューをしていた。

 当然っちゃ、当然なんだが、夜にならないとゾンビが現れないので夜が来るまで近くてキャンプをしつつ待機するしかない。

 といつつ、気分は完全にBBQだ。後は花火があれば最高ね。

 

「クリエイト・ウォーター!」

 

 カズマはこの世界の野菜事情に頭を悩ませながらも、マグカップにチョコレート色の粉末を入れ、詠唱を口にすると、水が注ぎ出される。そして今度は「ディンダー」と唱えると炙り出し始めた。

 あれがこの世界でいう初期魔法というものか。聞いていた通り攻撃用魔法ってわけじゃなさそう。

 だって見るからにしょぼい。ゲームのスライムでさえも効くかどうか曖昧になるほどしょぼい。でも、生活には便利だ。だからこれは生活用の魔法なんだ。

 

「カズマ、私にも水を頂戴」

「私にもお水をください」

 

 私に続きめぐみんもマグカップを差し出すと、カズマは「クリエイト・ウォーター」と唱えてくれて、水を注いでくれた。

 

「ありがとうございます。……何気に私よりも魔法を使いこなしていますね。初級魔法なんてほとんど誰も使わないものなのですが」

「え、生活用じゃないの?」

「違いますよ。初期魔法は本当に役に立たないものなので中級魔法からが本番みたいなものですよ」

 

 めぐみんの返答に私はなんとなく納得した。言われてみれば、初級魔法を使わなくてもなんとかやっていけそうだし、覚える必要はそこまでないのか。

 

「なんだ、俺もアスカの言う通り元々そういう使い方ではないのか? あ、そうそう。『クリエイト・アース』」

 

 カズマが唱えると手のひらに粉末状のサラサラした土を出現させた。

 

「なあ、これって何に使う魔法なんだ?」

「えっと、ですね……その魔法で創った土は畑などに使用すると良い作物が穫れるそうです」

「……それだけか?」

「他にも使いどころはあると思いますが、基本的にはそれだけです」

 

 それを横から聞いていた私は、わーなんて、農夫に優しい魔法なんだーと……深く考えないことにした。

 

「じゃあ、『ウインドブレス』……これは何に使うの?」

「……少なくとも、スカート捲りに使うものではないです。というか、何故使ったのですか……」

 

 いや、だって……こんな風に使ったら、手を使わずして捲れたらなーっと思って、つい出来心でやってしまいました……。だ、大丈夫だよ。いきなり全開で捲ってないから、見えてないのよ。カズマがいるところで見せつけようなんてするわけないじゃない。

 

「……アスカさん、そんなことに使うのなら、アスカさんの黒歴史を噂にして流しますよ」

 

 ボソッとイザナミから警告された。ちょっと待って、黒歴史ってどういうことだよ。やっぱり私の過去、知っているじゃないですかやだー。

 

 

 時刻はようやく深夜を迎えた。

 

「カズマ、最終確認を」

「それいるのか……えっと、今日はゾンビメーカーを一体討伐。そして取り巻きのゾンビもちゃんと土に還してやる。そしてとっとと帰って馬小屋で寝る。計画以外のイレギュナーな事が起こったら即刻帰る。以上だ」

 

 カズマの言葉に私達はこくりと頷いた。

 そしてカズマを先頭に墓地へと歩いて行く。カズマを先頭にしているのは最終的にカズマを囮にさせるためではなく、カズマは敵感知スキルを持っているため、いち早く敵を知る事ができるからだ。

 

「ねぇ、なんか冷えてきたんだけど……なんか大物のアンデッドが出てきそうな予感がするんだけど」

 

 アクアはぽつりと呟く。

 

「その時はカズマが言っていたように即刻帰ろう。最悪カズマを囮にして帰ろう」

「それもそうね」

「おいお前ら、聞こえんぞ」

 

 だって聞こえるように言ったんだもん。

 

「冗談に決まっているでしょ」

「なになに? カズマは冗談を真に受けちゃったの? 冗談に決まっているのにねー」

「お前らは冗談でもやりそうなんだよ」

 

 失礼なことを言うよ。カズマと違って、私は人間なんです。

 そう言えば、さっきアクアがフラグみたいなことを呟いていたけど、現実はそう簡単に甘くはないし、フラグ通りになるなんてそうそうない。あまり気にすることはないでしょ。

 

「ん? なんだ、ピリピリ感じる……敵感知に引っかかった。……いるぞ、一体、二体……いや、三体、四体……?」

 

 あれ、なんか多くない? ゾンビメーカーって二、三体ぐらいじゃなかったっけ? まさかアクアのフラグが成立しちゃったのか?

 でも、カズマがそんなに慌てていないからイレギュラーな事態ではないっぽいな。そう判断した私はあんまり深刻考えないようにした時、墓場の中央で青白い光が走った。妖しくも幻想的な青い光が大きな円刑の魔法陣が描かれている。

 そしてその魔法陣の隣には黒いローブの人影が見える。その周りに蠢く人影が数体見えた。

 なんかの儀式でもやっているのだろうか。なんかそんな感じだった。

 

「ねぇ、めぐみん。あれがゾンビメーカー?」

「いえ、あれは……ゾンビメーカーでは……ない、気が…………どっちでしょうか……」

 

 このパーティーでは比較的な常識人かつこの世界の住人であるめぐみんに訊ねてみたものの、彼女もよくわかっていないようだった。

 

「どうする、突っ込むか? ゾンビメーカーじゃなかったとしても、こんな時間に墓場にいる以上、アンデッドに違いないだろう。なら、アークプリーストのアクアがいれば問題ない。どうする、突っ込むか? 突っ込むべきだと私は思うのだが」

「取りあえず落ち着け」

 

 ソワソワしているダクネスにカズマが制止させた。

 

「ああああああああああああああ!!」

 

 今度はアクアが突然叫び出した。そんでもってローブの人影に向かって走り出したではないか。

 

「ちょ、おい待て!」

 

 保護者の立場であるカズマの制止も聞かず、アクアはローブの人影に駆け寄る。そしてビシッと指さしする。

 

「リッチーがノコノコとこんなところに現れるとは不届き者! 成敗してやる!」

 

 アクアが言う、リッチーとは。

 アンデッドという種族の中でも最高峰かつ、アンデッドで有名なヴァンパイアと並ぶアンデッド界のエリートの名称。一度死んでアンデッドとなってしまったゾンビ、スケルトンなどと違い、不老不滅のためにアンデッドとなって強大な魔法使いでもある。

 作品によっては最強のアンデッドと呼ばれる存在。そんなアンデッドがどうしてこんなところにいるのだろうか。ゲームでいう裏ボス的な存在に私達は不運にもエンカウントしてしまったのかな……。

 

「や、やめてえええええええ!」

「うっさい! ちょっと黙っててアンデッドの分際で!」

「だ、誰なの!? いきなり現れて、私の魔法陣を壊そうとするの!?」

「黙りなさいよ! どうせこの妖しげな魔法陣でろくでもない事を企んでいるんでしょ! なによ、リッチーのくせに生意気よ!」

 

 そんな不安を他所に、リッチーと呼ばれる最強のアンデッドはぐりぐりと魔法陣を踏みにじっているアクアの腰に泣きながらしがみつき、食い止めようと必死だった。

 ……私の思っているリッチーと違うのは、知識が偏っているせいなのかな。

 

「お願いです、やめてください! この魔法陣は未だに成仏できない迷える魂達を天に還してあげるためのものです!」

「リッチーのくせに善行なことしてんじゃないわよ! そんなのはアークプリーストである私がやるから、あんたは引っ込んでなさい! まったく、悪のくせに良い人ぶってんじゃないわよ」

 

 アクアが気弱で大人しい子が一生懸命に花を咲かせた花壇を踏みあらず悪ガキにしか見えない。どっちが悪のくせに良い人ぶってんだって言いたいよ。

 

「それに、そんなちんたらやるより、まとめて浄化した方が効率良いわよ!」

「え、ちょ、やめっ!?」

「『ターンアンデッド』!」

 

 慌てて止めようとするリッチーであったが、構いもせずに大声で唱えた。

 すると墓場全体がアクアを中心に白い光に包まれる。そしてその白い光は、リッチーが天に還すために呼び寄せた人魂、その周りにいる取り巻きのゾンビ達が消えていく。

 そしてそれはリッチーも例外ではなかった。

 

「きゃー! か、か、身体が消えていく!? やめて! 私の身体が失くなっちゃう!! 成仏しちゃう!」

「アハハハハハハハハハッ!! 愚かなリッチーよ! 自然の理に反する存在、神の意に背くアンデッドよ! さあ、私の神の力で欠片も残さず消滅するがいいわ!!」

「「やめてやれ」」

 

 もはや悪としか見えなくなったアクアに、私とカズマは頭を引っ叩いて止めさせた。

 

「い、痛いじゃないの! あんた達なにしてくれてんのよ!」

 

 だって、こうでもしないと止めないんだもんカズマと同じこと考えていたとなると、私のやったことは間違いではないはずだ。じゃないと流石にリッチーが可哀想だよ。

 それに、アクアを止めたおかげで白い光が消えていく。とりあえずこれでリッチーが成仏することはないだろう。

 

「お、おい大丈夫か? えっと……リッチーで、いいのか?」

 

 カズマはリッチーの声をかける。そのリッチーはフラフラしながらも応えてくれた。

 

「だ、大丈夫です……危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

 

 リッチーはそう言うと深々と被っていたフードを上げる。現れたのは月夜に舞い降りた、かぐや姫のように美しい茶髪で人間としての美女だった。

 

「えっと、リッチーのウィズと申します」

「ウィズさんですか……良かったら、今夜私と……」

「アスカさん……」

 

 イザナミがジト目で割りは入ってきた。見た目は人間で、中身はアンデッドである彼女すらヒロインにしてはいけないのか。くそう、ここでもイザナミに阻まれるのか。

 

「ちょっとアスカ! こんな腐ったみかんみたいなのと喋ったら、アンデッドにされるわよ!」

 

 その言葉を聞いてしまった私は、思わず……。

 

「こんな腐ったみかんってどういうことだよゴラァ!! 私にとっては幸福だよ! 中身はアンデッドかもしれないけど、見た目は完全に美女じゃない! 存在するだけでも幸せ、いるだけで十分満たされるのよ! というか、ウィズさんに謝れ! 腐ったみかんではなく、果汁が詰まり詰まったみかんだと訂正しろ自称女神!!」

 

 声を張って言うと、アクアは一瞬ビクッと怯えるもすぐさま睨みつけてくる。

 

「い、言ってくれるじゃないの、誰が自称女神ですって!? 私は正真正銘の神であり、水を司る女神よ! アスカがこんな奴に肩入れするんだったら、先ほどの台詞を含めてただでは済まされないわ! 私に刃向かったことに懺悔しなさい!」

 

 アクアはポキポキと拳を鳴らす。これは完全に私をシメ上げる気でいるわね……。

 

「私の知る女神はこの世でただ一人しかいないわ。自称女神及び、宴会の神様よ。その間違った価値観を正してあげるわよ!」

 

 例え仲間であろうと、ケンカを売ってくるなら上等。全力で応えさせてもらうわよ。

 私が短剣を構えて先制攻撃を取ろうとした時だった。

 

「二人ともやめろ」

 

 カズマに剣の柄で私の後頭部を小突いてきた。そしてアクアにも同様に突く。地味に痛かった。

 アクアはカズマに文句を言っているが、私はカズマの一撃おかげで頭を冷やされて落ち着くことはできたけど、地味に痛かったからいつか覚えてなさい。いつか軽い復讐はさせてもらうわよ。

 

「えっと、ウィズ。あんた、こんな墓場で何してるんだ? 魂を天に還すとか言ってだけど、リッチーのあんたがやる事じゃないだろ」

 

 カズマがそのことを訊ねると、アクアはムスッとした顔で「どうせろくでもないことに決まっているわ」と不満を漏らす。アンデッドは確かに私達冒険者の敵かもしれんが、そこまで嫌うのはどうしてよ。

 そんな疑問は置いといて、ウィズの返答を聞くことにしよう。

 

「えっと、その……私には迷える魂達の話が聞けるんです。この共同墓場の魂の多くはお金がなく、ろくに葬式すらしてもらえず、天に還ることもなく毎晩墓場を彷徨っています」

 

 土に埋めればそれでお終いではないらしい。ちゃんと葬式をやってこと、魂は天へと還るのかな。

 そうなると、私も葬式をやらないと彷徨っていたのかもしれない……。今更、日本のこと思ってもどうにかなるわけじゃないけど。

 

「ですので、一応はアンデッドの王として、定期的にここを訪れて、天に還りたがっている子達を送ってあげているのです」

 

 ……まさか敵側が良い人、良いアンデッドだとは思わなかった。おそらく、この世界では唯一のまともな存在かもしれない。

 やばい、どうしよう……ハーレムの一員にしたい。

 なんて考えていると、どうせまたイザナミに釘を刺されそうだから、今度は私がウィズに訊ねてみよう。

 

「まぁ……その……ウィズさんがそれをすることに否定しないけど、それはこの街のプリーストに任せてばいいんじゃないの?」

 

 その疑問に、ウィズが言いにくそうに答えた。

 

「ええっと、その……この街のプリーストさん達は、拝金主義……いえ、その、お金がない人達は後回し、と……言いますか、その、つまりですね……」

 

 さっきから歯切れが悪いし、チラチラとムスとした態度をとっているアクアを一瞥している。

 あーそうか。アクアもプリーストだから変なこと言ったら、また変に絡まれるそうだから言葉を選んでいるのか。

 

「要するに、この街のプリーストは金儲けに優先していて、ここに来ないってことでOK?」

「え、その、はい。そうです……」

 

 私の発言でウィズが答えると、その場にいる全員がアクアに視線を向ける。当人は決まりが悪そうにそっと目を逸らした。

 

「……それならしょうがない、が。ゾンビを呼び起こすのはどうにかならないか? 俺達がここに来たのも、ゾンビメーカーを討伐してくれってクエストを受けたからなんだが……」

 

 カズマの言葉にウィズは困った表情で答えた。

 

「あ、そうでしたか……。その、呼び起こしているわけじゃなくて、私がここに来ると、まだ形が残っている死体は私の魔力に反応して目覚めちゃうんです」

「だったら、このリッチーを退治すれば解決できるわけね。成敗!」

「そ、そんなぁ……」

 

 再びアクアがウィズを殴り倒そうとポキポキ鳴らしてやったので、襟を掴んで止めさせた。アクアがじたばたしているが気にせず話を続けさせた。

 

「つまり、ウィズさんがここに来なければ解決できそうってこと?」

「そう、なりますね……。私としては、この墓場に埋葬される人達が迷わず天に還ってくれれば、ここに来る理由もなくなるんですが……」

 

 ……だったら、もう……。

 

「ちょっとアスカ離しなさいよ! そんなことしなくても退治すれば全てが解決できるのよ! ちょっと聞いているの!?」

 

 おそらくカズマも似たようなことを想っているだろう……。

 うん。これで行こう。

 

 

「納得いかないわ!」

 

 墓場の帰り道、アクアは未だに怒りっぱなしだった。

 

「しょうがないだろ。あんな良い人を討伐する気にはならないだろうに」

「正確に言えば良いアンデッドだけどね。討伐なんて罰が当たるわよ」

「罰なんか当たるわけないでしょ!」

 

 アクアの正論がどうなのかはともかく、私とカズマはリッチーであるウィズを見逃すことに決めた。

 そんでもって、これからは毎日暇を持て余しているアクアが、定期的にウィズの代わりに浄化しにあの墓場へ行くことで折り合いをつけることに成功した。

 自称女神と言い張っているだけあって、アンデッドや迷える魂の浄化は自分の仕事だと理解しているらしい。まぁ、睡眠時間が減るとか駄々をこねるって不満げに言うあたり、アクアらしいけど。

 めぐみんと、ダクネスはモンスターを見逃すことに若干抵抗があったらしいけど、ウィズが今までに人を襲ったことがないと知ったら、同意してくれた。

 イザナミはアンデッドに怯えているし、さっさと終わらせてほしいかので、話を決めずに同意してくれた。仮にもリッチーよりも各上の死神なんだから、もうちょっと堂々としなさいよ。

 

「それにしても、あのリッチーが普通に生活しているとか、この街の警備はどうなってんだ」

 

 カズマがぽつりと一枚の紙切れを見ながら口にする。そこに書かれているのは、ウィズが暮らしている住所を示すもの。そこには小さなマジックアイテムの店を経営しているのこと。

 そうなのだ。なんと、あのウィズことリッチーは私達が住む街で普通に生活しているらしい。

 つまり、どういうことか。いつでもあのリッチーに逢えるってことだ。そうなれば、いずれ彼女を私の物に……。

 

「でも、穏便に済んで良かったです。いくらアクアがいると言っても、もし戦闘になっていたら全滅でしたね」

 

 思考を制止させたのはイザナミではなく、何気ないめぐみんの言葉だった。

 ……今、なんて言った? 戦っていたら全滅になっていた?

 

「やっぱり怖いアンデットなんですね……」

「怖いどころじゃないですよ、イザナミ。リッチーは強力な攻撃魔法と防御魔法を使い分け、魔法にかかった武器以外の攻撃は無効化。相手に触れるだけで様々な状態異常を引き起こすのもそうですし、防御とか関係なく即死系を使い、そしてその魔力や生命力を吸収する伝説級のアンデッドモンスター」

「ひぃ……っ」

 

 めぐみんのここがすごいよリッチー講座にイザナミは怯えてしまう。無理もない、臆病者であるイザナミじゃなくても、それを聞いていた私とカズマも怯えてしまうんだ。

 

「こ、こっちにはアクアがいるから……」

「確かにターンアンデッドは効いていたのですが、むしろ、なぜあんな大物のアンデッドモンスターに効いていたのか不思議でならないです」

 

 ……良かった、ウィズさんがイザナミみたいな性格で穏便に済ませて本当に良かった。

 

「アスカさん……アスカさんが言う、攻略はやめたほうがいいと思います……」

「……そうかもしれない」

 

 残念だけど下手をしてウィズを怒らしてしまったら、殺されかねない。なんだって最強のアンデッドだ。私みたいなペーペーな冒険者などゴミクズなんだろう。仮に攻略しようとしても理不尽に選択死になることだってあるんだ。

 一旦、ウィズを攻略するのは置こう。日本で死んだばっかなのに、この世界ですぐに短い生涯を終えたくない

 ……でも、良いアンデッドだから普通に接していれば殺されることないだろう……急に街を襲撃して冒険者達を虐殺みたいな展開がないことを願おう。

 私がそんなことを思っていると、ダクネスがぽつりと口にする。

 

「そういえば、ゾンビメーカー討伐のクエストはどうなるのだ?」

「「「「「あ……」」」」」

 

 そう言えばそんなクエストだったね。つい忘れてしまったわ。




次回はギャルゲーで言うルート分岐?になります。


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この廃城に爆裂魔法を

一カ月更新していませんでしたが、今日からちょこちょこっと更新できたらいいなと思います。


 今日もとりあえず冒険者ギルドへやってきた。ここに来なければ私は何も始まらないわけであって、私のハーレム女王への道も基本的にはここから始まる……気がする。

 さて、どうしようか…………今日は珍しいことに、隣にはイザナミがいない。

 つまり、厄介な監視がなくなり、攻略が自由になることを意味する。

 よし、ここはギャルゲーでは重要なヒロイン達との仲を深めることにしよう。

 交流を深めて好感度を上げさせられる大事な選択肢。当然目指すのはハーレムルートだ。皆幸せにさせる。

 さて、と…………私の選択は五つ。

 一、イザナミを探す。

 二、アクアに逢う。

 三、めぐみんに逢う。

 四、ダクネスに逢う。

 五、カズマに逢う。

 カズマはヒロインではないし、私からすれば単なるヒロイン達に不憫な目に遭う悪友ポジションだ。それでも学ぶことはあるかもしれない、が……。

 

「決めた」

 

 私はあの子に逢おう。何気にそんなに話したことはないからね。

 

 

「アスカ、丁度良かったです。早速討伐に行きましょう。それも沢山雑魚モンスターがいるやつです。新調した杖の威力を試すのです!」

 

 今回はめぐみんと逢う選択をしたから、探して逢った途端にこの発言……。

 ……選択ミスったかな? なんか面倒そうな気がするけど……まぁいっか。

 

「新調した杖って……この前のキャベツ狩りの報酬で買ったやつ?」

「そうです! このマナタイト製にこの色艶……たまらない、です……ハァ……ハァ……」

「めぐみん。女の子なんだから、その興奮と誤解されそうな手つきで杖を摩るのはやめた方がいいよ」

 

 どうして私達のパーティーは残念系が多いのだろうか。

 

「……とりあえず、掲示板の依頼を見てから決めよう」

「フフフ、今なら……どんな相手だろうと爆裂魔法の試しがいがあります」

 

 あんなオーバーキルな魔法にこれ以上威力を上げてどうするのだろう。めぐみんは世界征服でもしたいのかな?

 少しめぐみんの将来に不安を覚えながら掲示板を見ると……。

 

「あれ、なんでこんなに少ないの?」

 

 いつもなら所狭しと簡単なものから難しいものまで大量に貼られているクエストの紙が、今は数えても一桁しか貼られていなかった。

 

「アスカ! これにしましょう! 山に出没するブラックファングと呼ばれている巨大熊に爆裂魔法を……!」

「嫌だよ! こんな高難易度のクエスト受けたら死ぬ! 私はまだ死にたくない!」

「そうは言いますが、これくらいのものしか貼っていませんよ」

 

 めぐみんの言う通り、どれもこれも駆け出し冒険者にとっては無理難題な高難易度のクエストしか残っていなかった。

 ……おかしくね? なんで転生初心者なのに無理難題な難易度を押し付けるの? ハッキリ言っておかしいよ。絶対に誰かが意図的に、しかも集団でやらない限りこんなことにはならないはず……だと思いたい。

 するとそこへ受け付け嬢の人がやってきた。

 

「……申し訳ございません。最近、魔王の幹部らしき者が街の近くの小城に住み着きまして。その影響で、この近辺の弱いモンスターは隠れてしまい、仕事が激減しておりまして……」

 

 えー……そんなリアルな弱肉強食いらないよ……。もうちょっと駆け出し冒険者に優しくしてもいいんじゃないですかねー……。

 

 

「つまり、国の首都から腕利きの冒険者や騎士達がここに来るまでの間はまともな仕事はできないってこと?」

「そういう事になりますね。ここまで来るまでは約一ヶ月ですかね」

 

 受け付け嬢とめぐみんの説明を受けて私は改めて思う。

 ほんと、もうちょっと駆け出し冒険者に優しくしてもいいんじゃないですかね。つか、魔王の幹部さんは何しに来たんですか。私という主人公に沿った物語に従ってくれはしないのですかね。

 文句言ってもしょうがないし、何も解決できないけど……普通になんか嫌だ。

 

「アクアさん、魔王の幹部が来ることを知ったら怒っていました……」

「あー……想像できるね」

 

 途中で合流したイザナミが言う。

 アクアが怒るのも無理はない。この前に起こった緊急クエストで、キャベツではなく対象外のレタスを多く捕まえてしまったことに気がつかず、そのせいで報酬は少なかった。しかもキャベツで期待していたせいで、前から持っていた有り金を全部使ったそうだ。これは計画性の無さのアクアが悪い気がしなくもないが、その結果を含めてアクアはお金がないに等しい。お金を稼ごうにも、魔王の幹部が近くに来たせいで簡単に稼げる方法を一ヶ月分取り上げられてしまったのだ。

 アクアだけではなく、他の冒険者達も同じように思っていたらしく、普段より多くの冒険者達が昼間から飲んだくれている。放り投げて酔って気分でも晴らそうとする気持ちは良くわかる。

 

「そういうわけですので、クエストがない間はしばらく私に付き合って貰いたいです」

 

 そういうわけで、途中で合流したイザナミと一緒にめぐみんについて行くように街の外へと出ていた。

 その目的と言うのは、爆裂魔法を撃つこと。

 どうやら、このめぐみんと言う子は一日一回爆裂魔法を撃たないと気が済まないようなのである。

 

「……この機会に爆裂魔法を一日一回撃つことをやめる気は?」

「ないです! 爆裂魔法を撃つことは日課なんです。一日一回以上食事をするのと同じで一日一回爆裂魔法を撃つことは日常において当たり前なんです」

 

 私、この子が行っている日課は止めるべきだと思うんだ。

 

「……そういうことみたいだから、イザナミは無理に着いて来なくてもいいよ。私だけで十分だから」

 

 おそらく、私の役目はめぐみんが爆裂魔法を撃つ後だろう。倒れためぐみん運ぶという、タクシーみたいな感じだ。それだけなら、私一人で十分だ。

 

「えっと……そ、それは……」

「私の役目って、多分倒れためぐみんを運ぶことだろうと思うから、一人でも十分なのよね。だから」

「要するに、私がいると邪魔だ、さっさと消えろ、このクズが……ってことですね」

「違います」

 

 受け取り方が酷かったので、速攻で否定した。

 

「イザナミはもうちょっとポジティブに考えた方がいいですよ」

 

 ほら、めぐみんにも言われているじゃない。

 私はこんなことに付き合わず、自分のやりたいこと、好きなことでもしたらいいんじゃないのって伝えたつもりなのに、伝えなくてもそんな風に考えないわよ。

 

「じゃあ……私なんていると邪魔なので、さっさと消えろってことですね」

「さっきと変わんないじゃないか」

「私なりのポジティブです……」

「ポジティブのハードルが低すぎるよ!」

 

 もはやポジティブって何?って哲学に発展しそうなくらい、低かった。

 というか、普通にネガティブ発言だよね。

 

「でも、私はアスカさんとめぐみんさんが二人っきりになる方が心配なので……私もついていきます」

「どうしてそれを最初から言わないんだよ……」

 

 それを最初から言いなさいとイザナミに言うのは野暮になってしまうのか?

 余計な遠回りをした気もしなくないけど、理由があってついていくのね。

 

「あと、アスカさんはめぐみんさんに何をするのかわかりませんから……見張ります」

 

 ポジティブがあるかはともかく、君絶対に弱くはないでしょ。というか、めぐみんになんかする前提で言わないでよ。

 

「……前から思っていたんですけど、アスカとイザナミはどんな関係なのですか?」

 

 めぐみんに訊ねられた。

 

「どんな関係? そんなのき」

「決まってないです」

「……まぁ、あれよ。今は友達だけど、イザナミはいつか」

「ありません」

「……あの、せめて言ってから否定してくださいな」

 

 とは言いつつ、私が言いたいことをわかっていて拒んでいるに違いない。でも友達ってことに否定していなかったから、私とイザナミは友達であることは間違いない。

 よし、ポジティブに行こう。友達ってことは嫌われていないことであり、まだまだ可能性があるっていう見込みなんだから。

 

「めぐみんさん、アスカさんには気をつけた方がいいです……本当に気を付けたほうがいいです。ハーレム女王とか口にしている時点でろくでもない人なのは間違いありません。後、無駄にポジティブでめげないところが厄介です」

「無駄って言うなし、ろくでもないとか言うな」

「……よくわかりませんが……そうします」

「いや、警戒しなくても大丈夫だからね!? この私を信じて!」

「……なんかその言葉が信用できないですね」

「えーそんなー……」

 

 ヒロイン候補であるめぐみんにも警戒心の芽が生まれた。常に上手く行かないことはわかっているつもりだけど、世知辛いなぁー……。

 だけど、ここはポジティブに考えよう。無駄とか言われているし、無理に空回りしているだけかもしれないけど、無駄なことではないはず。ここはめぐみんとの仲を少しでも深まったと考えよう。そういう意識って大事なはず、だと信じたい。

 

「あ、もうここらへんで爆裂魔法を撃っても良いんじゃない?」

 

 とりあえず話を変えるつもりでめぐみんに魔法を放つようにと促してみる。街からちょっと離れているし、ここなら爆裂魔法の影響も受けないだろう。

 

「駄目です。もう少し街から離れた所じゃないと、また守衛さんに叱られます」

「……それ、音がうるさくて迷惑だから?」

「そうです」

 

 またってことは、何度もやったことあるんだ。

 めぐみんはきっと大音量で音楽を聴きたいとタイプだと私は思う。それも隣の家が騒音で訴えられる音量で。

 仕方がない、もう少し歩こう。人に迷惑かけるのは普通に良くないし、そう言えばこの世界に転生されてから遠出することもなかったから丁度良いのかもしれない。

 こうして私とめぐみん、私がめぐみんに手を出さないよう監視役としてイザナミと遠出すること数分。

 

「……あれは何でしょうか?」

 

 めぐみんが遠く離れた丘の上に佇む、朽ち果てた古い城を見つけた。

 

「廃城……ですかね?」

 

 イザナミが口にした通り、一見丘の上にある建物は廃城ぽかった色合い的にも古びえていて、形状もどこか偏っている。そんでもって全体的に薄気味悪い。

 

「よし、あれにしましょう! あの廃城なら、盛大に破壊しても誰も文句は言わないでしょう」

 

 そうと決まったら、めぐみんはさっそく爆裂魔法の詠唱を始める。待ってましたと言わんばかりのウキウキである。

 

「本当に大丈夫なんですよね……」

 

 イザナミはあの廃城に爆裂魔法を撃ってもいいのだろうかと思っているのだろう。

 

「まぁ、廃城だったら多分大丈夫でしょ。流石に人が住んでいるとは思わないし」

 

 そんな心配事を他所にめぐみんは爆裂魔法を放つ。

 

「『エクスプローション』ッ!」

 

 心地よい風と穏やかな日差しの丘の上、パッと見て観光スポットになりそうな廃城に降り注がれたのは、爆裂魔法という強大な魔法だった。

 

 

「相変わらずすごい威力だね……」

「当然ですよ……さぁ仕事ですよ、アスカ」

 

 めぐみんがうつ伏せみたいに倒れながら言っていた。

 

「やっぱりそうだと思っていたよ」

 

 ……こうして、私とめぐみん、そしてその監視役であるイザナミで奇妙な三人の新しい日課が始まった。

 お金の管理ができていないアクアは、クエストでの収入が期待できないのか、毎日アルバイトに励んでいる。

 ダクネスは何故か実家で筋トレをしてくると言って行った。

 カズマは……わからなん。聞く気もなければ聞かれる気もない。

 めぐみんは毎日廃城に爆裂魔法を放つ日々を送ろうと現在進行中。

 私は爆裂魔法を撃つことでの魔力切れによって動かなくなっためぐみんを背負う日々を送り、イザナミは私がめぐみんに手を出さないように見張る日々を送っていた。

 それは、強風によりスカートが捲れそうな日のこと。

 それは、傘をさすまでもない、妙に涼しい小雨の日のこと。

 それは、快晴で風が心地よく、ピクニック気分に向かった日のこと。

 カズマが暇そうだったので、気まぐれに誘った日のこと。

 

「……お前らなにやってんだよ」

「何って……めぐみんの爆裂魔法日課に付き合っているの」

「なんだよ、その毎日家を焼こうぜみたいな理由は……」

「あの廃城、結構撃っているけど、全然崩れないから爆裂魔法を撃つのに最適だって」

「別にそういうこと聞きたいわけじゃねえよ」

 

 途中からカズマが加わっても環境が変わることなく、めぐみんはどんな時でも毎日、廃城に爆裂魔法を放ち続けた。

 

「60点。音圧が物足りない」

「いーや、もうプラスして70点。物足りないなさはあるかもしれないけど、後から響いてくるものがあるでしょ……つか、カズマはちょっと爆裂魔法に厳しんじゃないの?」

「アスカは甘すぎるんだよ。今のどう聞いても70はないだろ」

 

 めぐみんの傍で爆裂魔法を見続けていた私達は、その日の爆裂魔法の出来が分かるようになり、更には点数もつけるレベルへと達した。そのことで毎度カズマとの爆裂魔法の出来で口論し合うようにもなり、それがもう当たり前の日々となっていった。

 ちなみに、イザナミはというと……。

 

「アスカさんと一緒に毎日毎日見届けているのにも関わらず、爆裂魔法の点数がつけられず、何が良いのか悪いのかわからなくてごめんなさい。お詫びに、私に爆裂魔法を撃っても構いませんので」

「昨日も言いましたが、イザナミはわからなくてもいいですって。それより、アスカの代わりに私を運んでください……」

 

 めぐみんが爆裂魔法を撃つ度にイザナミは謝罪をしていた。私とカズマのように爆発魔法の出来がわかるようになるのが普通だと思っているらしく、未だにそれがわからないために申し訳ないと思っているのだろう。でも、めぐみんはそんなこと気にしてはいなかった。それどころか、徐々に仲良くなっていっているようだった。

 そして……。

 

「『エクスプローション』ッ!!!」

 

 今日も廃城に爆裂魔法を放つ。

 

「お、今日は良い感じだな。爆裂の衝撃波がズンと骨身に浸透するかの如く響き」

「それでいて肌を撫でるかのように、空気の振動が遅れてくる」

「そ、そして、廃城に降り注ぐ煌く焔の形が美しかったです……」

 

 カズマと私、そしてついに爆裂魔法の良し悪さがわかってきたイザナミが驚きつつも評価を口にする。

 

「「ナイス爆裂」」

「ナイス爆裂……」

 

 めぐみんの返答を得て、私は視線をイザナミに向けて訊ねた。

 

「ほら、イザナミ。めぐみんに言うことがあるでしょ?」

「え、えっと……」

 

 困った顔をしながらも、めぐみんに向けて口にする。

 

「な、ナイス爆裂……」

「はい、ナイス爆裂……ついにイザナミもわかってくるようになりましたね。友として嬉しい限りです」

 

 力尽いて仰向けになっているめぐみんはイザナミに向けて微笑む。

 

「わ、私……めぐみんさんと、友達になれたのですか……?」

「そうですよ。というか、もうとっくに友達ですよ……」

 

 その言葉を聞いたイザナミは感極まって思わず涙が零れ出した。

 そんなイザナミを私はポンポンと優しく背中を叩いて上げた。

 

「ふふっ、イザナミもそうですが、二人とも今日の評価はなかなか的を射ている詩人でしたよ。どうです? 冗談ではなく、いっそ本当に爆裂魔法を覚えることを考えてみては?」

 

 爆裂魔法を覚えるには今の上級職を捨て、アークウィザードになるか冒険者にならないと爆裂魔法は覚えられない。

 

「私はいいや。今の職業、結構気に入っているからね。まぁでも、なんかの気まぐれで転職して魔法が使えるのなら、爆裂魔法を覚えようかなとは思っている」

「そうですか、残念です。ではカズマは?」

「うーん……爆裂道も面白そうだけどなぁ、今のパーティ編成だと、魔法使いが二人っていうのもなぁ……。まぁ、でも余裕があったら最後に爆裂魔法を習得するのも面白そうだな」

 

 そしてめぐみんはイザナミに向ける。言葉に表さなくてもイザナミにも爆裂道を誘っているのだ。

 それを理解したイザナミは、

 

「わ、私は……ごめんなさい。爆裂魔法をとてもじゃないですが、扱えません……それに、めぐみんさんの爆裂魔法が……私、好きです」

 

 申し訳なさそうに、だけど照れながら口にするイザナミにめぐみんは笑顔で「ありがとうです」と伝える。

 ただ、めぐみんの爆裂魔法を見届ける一日一回の出来事、そこで私達は確かな友情を結ぶことができた。そんな日々の中での一日に実感しながら、今日は帰って行った。

 

 

 あの廃城に爆裂魔法を……そんな日課が始まってから何週間が経ち、その日の朝のこと。

 

『緊急! 緊急! 冒険者の皆さんは直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください! 繰り返します! 冒険者の皆さんは直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!』

 

 街中に緊急アナウンスが響き渡った。

 なんだろう……またキャベツ収穫祭みたいなのを開催するのかな? それとも、ようやくモンスターが襲撃してくるのかな。

 とにかく、私達はアナウンス通りに装備を整えて現場に向かった。

 街の正門に多くの冒険者が集まっている。

 そしてその先の向こうにいたのは、がっしりとしての漆黒の鎧を纏う西洋の騎士が乗馬して待ち構えていた。だけど、その騎士と跨る馬の首が存在しない。顔と呼ばれるヘルムは首に繋がらず腕に抱えている。

 そう、あれはデュラハンと呼ばれるモンスター。首なし騎士と呼ばれ、妖精でありながらもアンデッドとしても扱う者であり、死を予言する恐ろしいモンスターだ。

 私が知っているデュラハンは池袋の都市伝説であり、猫耳ヘルメットを被った漆黒のライダーなんだけど。どうせなら、そっちの方が良かったわ。

 

「……俺はつい先日、この近くの城に引っ越してきた魔王軍の幹部の者だが……」

 

 おそらくヘルムからくぐもった声でデュラハンは口にする。そして首がプルプルと小刻みに震え出し、勢い良く発する。

 

「ま、ままままま、毎日毎日毎日毎日、毎日!! お、おれ、俺の城に爆裂魔法を討ち込んでくる、あ、ああああああ頭のおかしいい大馬鹿者は誰だああああああああああああっ!!」

 

 魔王の幹部が、まるで隣の家の騒音がうるさくて苦情をつけてくるおばさんのように、もの凄いお怒りのご様子だった。



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この死の呪いに守護を

「も、ももももも、もう一度言うぞ! 毎日毎日、俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでくる、あ、あああああ頭のおかしいい大馬鹿者は誰だあああああああっ!!」

 

 まるで堪忍袋の緒が切れたと言うべきか、ついに我慢できずにとうとうブチ切れている感じでデュラハンは怒っていた。誰に向けての叫びなのかはわからないけど、周りの冒険者達は心当たりがないのかざわつき始める。

 デュラハンが怒っている原因ってさ……もしかしなくても、いつの間にか日課となった廃城に爆裂魔法を撃ち込んでいることだよね。つまり爆裂魔法を撃ち込んでいたあの廃城がデュラハンの城だってことだよね。

 そう言えば魔王軍の幹部が近くにやってきたってフラグが立っていたじゃないか。

 今思えば、あの廃城もなんかボスとかいそうな雰囲気だったし、爆裂魔法を何発も撃っているのにも関わらず全然形は崩れなかったね。

 そうとは知らずに毎日爆裂魔法を撃ち込まれていれば、騒音に耐えきれず近所のおばさんのように激怒するのも無理はないわね。…………どうしようか。

 

「……そう言えばあいつ、爆裂魔法って言ってたな」

「爆裂魔法を使える奴って……」

「この街で言えば……」

 

 私の隣に立つめぐみんに自然と周りの視線が集まった。

 それに対して、周囲の視線を寄せられためぐみんは思わず目を逸らして、近くにいる魔法使いの女の子へ一瞥した。するとそれに釣られるように、周りの冒険者はその魔法使いの女の子に視線を向けてしまった。

 

「ええっ!? あ、あたし!? なんで皆あたしを見ているの!? 爆裂魔法なんて使えないよ! それにまだ駆け出し冒険者だし、あ、あの、信じてください! あたしじゃないです! 本当なんです、信じてください!」

 

 ……あの魔法使い、可愛いしお胸が素晴らしい……じゃなくて、めぐみんのせいで濡れ衣を擦りつけれて困っているじゃないか。

 そういうことをするってことは、めぐみんは自分がしでかした事に気がついていることになる。そして思わず自分でないことをアピールするように目線を逸らしたら別の魔法使いの女の子が冤罪になってしまったんだ。

 めぐみんが困っていると、魔法使いの女の子も困っている。

 本来なら、この原因を作り上げためぐみんが謝るべきであるけど、相手はあの世界を滅ぼしそうな魔王の配下であり、その幹部だ。自分でないと避けるのもわからなくはない。

 ……仕方がないわね。今回の件に関して言えば、めぐみんに付き合った私にも否があるし、私も同罪になる。

 

「『アクセルダッシュ』」

 

 私は一気にデュラハンとの距離を詰める。でも、いきなり斬りかかっても困るのでちょっと距離を空けて対峙することにした。

 

「お前か……毎日毎日、俺の城に爆裂魔法をぶち込んでいる大馬鹿者は!」

 

 流石デュラハン。存在感だけでも人を恐怖にさせる威圧感がある。思わず軽く失禁しそうになっちゃうわ。けどね、そんなことで臆するわけにはいかないんだ。

 なんだって私はハーレム女王になる女。ここでかっこ悪いところは見せつけられないわ。

 

「我が名はアスカ! この街随一の爆裂魔法を操る者!」

 

 私はめぐみんの台詞をパクり、某ニチアサのかっこいいポーズを決めて名乗った。

 ……実は一度やってみたかった。異世界に来てから自分(ヒーロー)が現れたぞ……っていうのがやりたかったのよね。演劇でも特撮系はやらないから本物の敵の前で名乗るのは最高に気持ちが良いね。

 

「おい、なにポーズ決めてドヤ顔しているんだ。こっちは叱っているんだぞ!」

 

 なんか説教中に「お前聞いているのか!」って、更にお怒りになった先生のように言わないでよ。こっちにだっていろいろ考えているんだから。

 というのも、派手にポーズを取り、大げさに自分が爆裂魔法を操る者と言えばデュラハンは私が犯人だと思い込むだろう。そう認識させればめぐみんにも、あの魔法使いで可愛くてお胸が良い女の子にも被害が出ない。

 ただ問題があるとすれば、ここからどうすればいいのかわからない。

 

「……あれ? お前、さっきアクセルダッシュ使ってたよな。ということは、お前ゲイルマスターで爆裂魔法なんて使えないってことじゃないか!」

 

 あ、どうしよう。それ以前にバレてしまった。

 い、いや、まだ騙せる。正直者のフリをして、デュラハンの間違いであることを指摘させるんだ。

 

「み、見間違いじゃないかな……? ほら、よくあることだし、さ……私はどこからどう見ても爆裂魔法を撃てるじゃん?」

「いいや、見間違いじゃない! 一気に距離を詰める技を使えるのは貧弱な冒険者かゲイルマスターしかいないことは知っているんだぞ! 小娘よ、本物の爆裂魔法をポポポポンっと討ち込んでいる頭のおかしい奴はどこにいるのだ!! 知っているのなら連れて来い!!」

 

 駄目だ。完全に私のこと爆裂魔法を討ち込んでいる頭のおかしい人だと思ってくれない。急に冷静になりやがったと思えば怒りを再燃しやがって、なんて迷惑な首なし騎士だ。せっかく私が出た意味がなくなったではないか!

 そんで、どうしよう……めぐみんの代わりに出てきたのにそれが意味もなくなった今、デュラハンは再びめぐみんを探し出すのだろう。しかも彼は私の言葉に聞く耳も持たなくなった。

 なんてことだ! これではめぐみんとあの魔法使いの好感度があんまり上がらないじゃないか! くそっ! 流石魔王軍の幹部だけあって、人に嫌なことをさせてくれるわね!

 

「……まったく。私を差し置いて街随一の爆裂魔法を操る者と名乗るとはいい度胸ですね、アスカ」

 

 後ろから声がしたので振り返って見ると、めぐみんがこっちにやって来たのだ。

 

「誰だって……まさか、お前が……」

 

 デュラハンに訊ねられためぐみんは、肩のマントをバサッと翻して名乗った。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして本物の街随一の爆裂魔法を操る者!」

「……めぐみんって何だ。バカにしてんのか?」

「ち、違うわい!」

 

 せっかく紅魔族特有らしい名乗りをしても相手からすれば茶化していると思われてしまい、台無し感を漂わせてしまった。

 ……というか。

 

「なんでめぐみんが出ちゃうのよ……」

 

 めぐみんの代わりに出たのに、本人登場しちゃったら本当に私が出た意味がなくなっちゃうじゃないか。

 

「……それはこっちの台詞です。どうして爆裂魔法に遠慮していたアスカがデュラハンの前に出るのですか? しかも、人の台詞をパクっては私を差し置いて街随一の爆裂魔法を操る者と名乗った意味がわかりません。そこは遠慮してくれないと私が困ります!」

 

 この子、私がめぐみんを庇って出たことよりも爆裂魔法を操る者と名乗ったことに疑問を持ってそうだな。

 理由はまぁ……庇っただけだから言わなくてもいいだろ。

 

「……なるほど、お前が本当に毎日俺の城へ爆裂魔法をぶち込んでいく大馬鹿者か」

「大馬鹿者とは失礼ですが、事実ですね」

 

 めぐみんが肯定すると、プルプルと身体を震えさせながら溜まっていた鬱憤を吐き出すように怒鳴り出した。

 

「お、俺が魔王幹部だと知っていてケンカを売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい! その気がないなら、街で震えているがいい! ねぇ、なんでこんな陰湿な嫌がらせをするの? 毎日毎日ポンポンポンポンポン撃ち込んできて迷惑なんだよ! 正気の沙汰じゃねぇ、頭おかしんじゃないのか貴様!」

 

 ……要約すると、こちらからは特に何もしないから毎日爆裂魔法を城に撃たないでくださいと、悲願しているってことかな。

 ……本当にすみませんでした。

 ここは素直に謝った方がいいかな。そうすれば丸く収まってくれるだろう。

 

「フッ、我が爆裂魔法を撃ち続けていたのは、魔王軍の幹部であるあなたを誘き出すための作戦。……こうしてまんまとこの街へ一人で出て来たのが運の尽きです!」

 

 めぐみんの言葉に私は衝撃が走る。

 な、なんだって!? 爆裂魔法を撃たなきゃ死んじゃうとか、日課ですとか駄々をこねていたのも、実は作戦だったとは思いもしなかった。

 明かされる衝撃の真実……全てはデュラハンを倒すため……。

 私はデュラハンに聞こえないようにボソッとめぐみんに訊ねる。

 

「……それ、本当に作戦なの?」

「……今さっき思いつきました」

 

 そんなことだろうと思った。そうじゃなきゃ、他の冒険者に罪を擦り付けるようなことなんかしないもんね。

 というか、めぐみんの言葉でこちらに敵意があることを示されたじゃないか。時間的にもレベル的にもまだボスと戦うのは早い気がするから一旦引きたいんだけどなぁ……。

 

「なるほど、俺はまんまと作戦にかかってしまったわけか。だが、まあいいだろう。俺はお前ら雑魚にちょっかいをかけにこの地に来た訳ではない。この地にはある調査に来たのだ。しばらくはあの城に滞在する事になるだろうから、これからは爆裂魔法を使うな。いいな?」

 

 お、このままデュラハンに同意してもらえば帰ってくれる。今はそうしておこう。

 ……と思った矢先だよ。

 

「それは無理です。紅魔族は一日に一回、爆裂魔法を撃たないと死ぬのです」

「お、おい、そんな事、聞いた事ないぞ! 適当な嘘をつくな!」

 

 全力で折りに来やがったよ、あの爆裂魔! これから毎日爆裂魔法を撃とうってか? そんな嘘というか、変なこだわりを出さなくていいんだよ、今だけは!

 

「その嘘はともかく、どうあっても爆裂魔法を撃つのを止める気は無いのだな。俺は魔に身を落した者ではあるが、元は騎士。弱者を刈り取る趣味は無い。だが、これ以上、城の近辺で迷惑行為をするのなら、こちらにも考えがあるぞ」

 

 ほら、デュラハンさんが殺る気満々になったじゃないか。明らかにめぐみんを懲らしめようとしている。相手は魔王軍の幹部だからボスクラス……お尻ペンペンレベルでは気が済まない恐ろしいことをされてしまう。

 よし、まだ間に合うことを諦めないで、ここは話し合いで解決しよう。

 

「あのー……私達、あの城に住んでいるってわからなかったんですよ。ですので、ここは一つ……デュラハンさんが引っ越すっていうのはどうでしょうか?」

「こっちは被害者なのに、なんでそっちに合わせて引っ越さなければならないんだ! お前達が爆裂魔法を撃たなければ全てが済むのではないか! 俺、間違ったこと言っているか!?」

 

 デュラハンの正論に私は何も言い返せなかった。

 ごもっともな話です……。

 

「アスカのせいで怒っていますね」

「あんたのせいだよ!」

 

 一割私のせいだったとしても、九割私のせいでデュラハンが怒っているのだけは違うと断言できる。

 それにしても我ながらツッコミが早く言えたことにちょっと感動している。

 

「まったく、めぐみんが余計なこと言わなければせっかく平穏に終わりそうだったのに、なんで引き留めるようなことを言ったの?」

「アスカもあんまり人のこと言えませんが……あのデュラハンは私に死ねと言っているのです」

「人間はそれくらいで死にません」

「私は死にます」

 

 そんな真顔で言われても死なないって……。

 

「そういうことなので、あのデュラハンには痛い目に遭ってもらいますから」

 

 めぐみんは不敵な笑みを浮かべる。デュラハンを誘きだす作戦だととっさに思いついたわりに実はちゃんとした攻略方法を練っていたり、思いついたりしたのかな。

 

「デュラハン! 迷惑なのは私達の方です! 貴方があの城に居座っているせいで、私達は仕事もろくにできないんですよ! 余裕ぶっていられるのも今の内です。こちらには、対アンデッドのスペシャリストがいるのですから。では、アクア先生、お願いします!」

 

 まさかの他力本願。

 そんなんでいいのか、紅魔族随一の魔法使いよ。

 

「しょうがないわねー! 魔王軍の幹部だが知らないけど、この私がいる時に来るとは運が悪かったわね!」

 

 めぐみんに呼ばれたアクアは満面な笑みを浮かべでこちらにやってくる。先生って呼ばれたのが嬉しいんだろうなぁ……。

 

「やいやいやい! あんたのせいでまともなクエストが請けられないのよ! アンデッドのくせして私に嫌がらせをするとは良い度胸ね! さぁ、浄化される覚悟はいいかしら?」

 

 アクアが杖をデュラハンに向け、堂々と発言する。怖いもの知らずというか、自信が全面に表しているのか、こういう時のアクアは妙に頼もしい感はある。

 それに対してデュラハンは興味深そうに自分の首をアクアの前に出し、言葉を発した。

 

「ほう、これはこれは。プリーストではなくアークプリーストだな。この俺は仮にも魔王軍の幹部の一人。こんな街にいる低レベルのアークプリーストに浄化されるほど落ちぶれてはいないし、アークプリースト対策はできているのだが……」

 

 デュラハンは人差し指をめぐみんに向ける。

 

「ここは一つ、紅魔の娘を苦しませてやろう」

 

 やっぱりそう来るか。

 何をしてくるかはわからないが、めぐみんを持ち上げてアクセルダッシュで避ければ、なんとかなるかもしれない。そうなるとアクアに標的されるかもしれないけど、わざわざ指名しておいて急に変えることはないと願う。

 

「何をしようと、私の祈りで浄化してやるわ」

「浄化できるものならやってみな。できたらの話だけどな」

 

 デュラハンの左手に禍々しいオーラみたいなのを纏ったその瞬間、

 

「汝に死の宣告を、お前は一瞬間後に死ぬだろう」

 

 今はともかく、めぐみんを持ち上げて……。

 

「アスカさん!」

「イザナ、ミっ!?」

 

 急にイザナミが駆け寄ってくれば視界が空を向け、地面へと倒れていた。

 

「イ、イザナミ!?」

 

 めぐみんがイザナミの名を叫んでいた。

 その反応を伺うようにすぐさま顔を上げ、視線をイザナミに向ける。

 いったい何が起きたのかわからなかった。パッと見ても何かが変化したとか、何かしらの状態を負う感じには見られなかった。

 

「イザナミ、大丈夫か!? 痛い所は無いか?」

 

 カズマもここへ駆け寄ってきて、ダクネスに訊ねていた。

 

「は、はい……私は無事です……」

 

 イザナミは平気そうにカズマに告げた。

 私から見ても、カズマから見ても、イザナミは正常だ。

 でも、めぐみんがイザナミの名を叫んだ感じが、何かを受けてしまったように聞こえた。その何かは、デュラハンが放った死の宣告という技。それを受けたとなると、イザナミは一週間後に……死ぬ。

 

「紅魔の娘を苦しませようとしたが、まあこれでもいいだろう。むしろ仲間同士で庇い合いを行い、固い絆で結ばれている貴様ら冒険者には、こちらの方が応えそうだな」

「ちょっと、それどういうこと!?」

 

 私はデュラハンに訊ねると、勝ち誇ったようにデュラハンは答えた。

 

「その呪いは今はなんともない。だが、あのデスサイザーは一週間後に死ぬ。ククク、紅魔の娘よ、これより一週間、仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい。素直に俺の言う事を聞いておけばよかったのだ! クハハハハハッ!」

 

 デュラハンの言葉にめぐみんは青ざめてしまう。私もなんだか急に寒気が走った。

 理解したくはなかったけど、当然そんな風になってしまう。一週間後にイザナミが死ぬと言われて、それが本当になってしまうことを受け入れたくない。

 私達はデュラハンを怒らせてしまった。その結果がイザナミの余命一週間という呪いだ。私たちが犯してしまった過ちだ。

 でも、だからって……イザナミが死んでいい理由にはならないんだ!

 よくもやってくれたわね。イザナミに呪いをかけた罪は、爆裂魔法よりもはた迷惑な罰を与えてやる。

 例え敵わないかもしれないけど、何もやらずにデュラハンの思惑通りの一週間に苦しんで待つ気はない。今、ここで魔王幹部であるデュラハンを討つ! 

 私は短剣を構え、アクセルダッシュを使おうとした時だった。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 イザナミが突如、声を張って謝り出した。これには周りのみんなもポカンと呆気に取られる。

 なんで急に謝っているんだろうと思ったけど、自分が一週間後に死んでしまう事に対しての謝罪だと理解する。

 

「……デュラハンさん」

「え、お、俺?」

 

 デュラハンは自分に謝られていると思わなかったらしく、ちょっと慌てている。

 そして私もデュラハンに謝ると思っていなかった。

 

「あの……このことは、もっと早く伝えるべきか、それとも一応私達の敵なので言わないでおこうかと迷っていましたが、ごめんなさい。実は……効いてないんです」

「……何が?」

 

 デュラハンは素で返し続ける。こんなことを言われるなんて、微塵にも思わなかったんだろう。処理が追い付いていない感じに見える。

 それよりも、効いていないって……まさか。

 

「ご、ごめんなさい。私、死の宣告……効いてないんです」

「……は?」

「ごめんなさい! 私には効かないんです!」

「…………マジ?」

「……はい」

 

 ヘルムで顔を覆われているけど、デュラハンは信じられないような顔が浮かんでいると思うんだ。きっと頭の中は疑問とクエスチョンマークで詰め込んでいて戸惑うことしか表せないんじゃないかと思う。

 でも、イザナミは嘘なんかついていないと思うんだよね。本当に効いているのか、そうじゃないかの判断はわかないけど、なんとなく嘘ついているとは思わない。

 それに効いていたら、イザナミは一週間後に死んでしまってごめんなさいって謝ってきそうだ。

 

「う、嘘だ! どうせ強がっているに決まってる! だって、死の宣告が効かないなんて聞いたことないんだもん! お、お前は何者だ!?」

「わ、私は……」

 

 デュラハンはイザナミに訊ねると、申し訳なさそうに……。

 

「た、だだの……使えないゴミクズです」

「もっと生きる希望を持とうよ!?」

 

 まさかの敵のデュラハンからも慰めのお言葉を送るとは、そしてツッコミもしてくる。もしかしたら敵が一番の常識人なのかもしれないね。

 

「……なぁ、これってギャグなのか?」

 

 カズマが呆れてこちらに訊ねるように呟く。

 

「私に聞かないで」

 

 私もカズマも、なんか思っていたファンタジーと違うことに改めて戸惑ってしまった。

 

「……どうでもいいんだけどさ。イザナミは本当に何もないみたいだし、要がないのなら帰ってくれない? それかおとなしく浄化されてよ。早く終わらせて、帰りたいんですけどー」

 

 アクアがイザナミの身体をペタペタと両手で触りながら、デュラハンを煽る。ほんと、アクアのそのマイペースさと怖いもの知らずのアホさは見習いたいところだよ。

 

「お、おのれ……バ、バカにされたまま、引き下がってたまるか!」

 

 まずい、プライドを傷つけられた男……首なし騎士がこの後やる事と言えば……。

 

「汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬだろう!」

 

 先ほどよりも早く死の宣告を唱え、アクアに向ける。

 イザナミが呪いを受けない体質でよかったけど、他の者にはそういう耐久なんてないのだろう。今度こそ食らってしまえば本当に一週間、苦しんで死んでしまう。

 標的はアクア。アクセルダッシュなら間に合わない距離でもない。下手なミスさえしなければ助けられる。

 

「アクセル」

「危ない!」

 

 アクセルダッシュを使用する前に突如現れたダグネスがアクアの前に立ち、死の呪いから庇ったのだ。

 

「おい、ダグネス! なにやってんだお前!」

 

 カズマがダグネスに駆け寄って心配する中、デュラハンは今度こそ勝ち誇ったように宣言した。

 

「あのデスサイザーが本当に効いていないのかは定かではないが、そのクルセイダーも一週間後に死ぬ。せいぜい苦しむがいいさ。グハハハハハハッ!」

 

 くそっ、イザナミが呪いを無効化させたのに、ダグネスがかかってしまえば向こうの思うつぼじゃないか。

 イザナミもそうだけど、私達のせいでこうなったのにも関わらず、ダグネスが死んでいい理由にはならない。

 今度こそ、ここでデュラハンを倒す!

 

「これで私は貴様の言う事を聞くしかなくなったということだな! そうだろ、デュラハン!」

「えっ?」

 

 ダグネスの言葉にデュラハンはまたも素で返していた。そんなことを言われるなんて思えるはずがないもんね。デュラハンはなんで嬉しそうな顔が隠しきれていないダグネスに理解したくないのだろうね。

 なんか……デュラハンが本当に可哀想に思えてきた。

 

「なに? 呪いを解いて欲しくば俺の言う事を聞けと言うことじゃないのか!?」

「え、えっと……」

 

 心なしか、デュラハンはイザナミよりも困惑しているっぽい気がする。いや、しているね。

 

「くっ! 呪いぐらいではこの私は屈しない。したくない! ど、どうしようカズマ! アスカ! このままでは凄まじいハードコア変態プレイを要求されてしまう! あのデュラハンの兜の下に見えるいやらしい眼、あれはまさしく変質者の目だ!」

 

 …………その、デュラハンさん。本当に申し訳ございません。私達があの廃城に爆裂魔法を撃ち続けていなければ、変質者呼ばわりもせず、プライドを傷づけず、ましてや数週間、騒音被害にも遭わずに済んだはずなんだ。

 本当にごめんなさい。

 

「カズマ……どうする?」

「俺に訊くな。考えたくもない」

 

 私達は考えるのを放棄してしまった。

 

「や、やっぱり私が言わなければ……デュラハンさんがあんな不憫な目に遭わずに……」

 

 イザナミはイザナミで自分の告げたことに後悔してしまい、デュラハンに謝っている。でもその謝罪は逆効果だと思うけどな。

 

「この私の身体は好きにできても、心までは自由にできるとは思うなよ! 城に囚われ、魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士とかっ! ああ、どうしよう! どうしようカズマ! アスカ! 予想外に燃えるシチュエーションだ! 二人ともそう思うだろ!?」

 

 私達に聞かないでください。

 

「行きたくない。行ってしまえば私は確実に汚される! 行きたくはない、が……仕方がない! ギリギリまで抵抗してみせるから邪魔、じゃなくて手助けしないでくれ! では、行ってくる!」

「止めろ! ワクワクが止まらないような顔をして行くな! デュラハンの人が本気で困っているだろ!」

「は、離せカズマ。全力で振り切ろうとするから、もっと強く握りしめてくれ」

「お前の頭はどうなっているんだよ、このドMが!」

 

 流石にこのままダグネスの暴走、もとい通常運転を放置しておけなくなったみたいで、カズマはダグネスを羽交い絞めにして引き止めてくれた。

 そしてなんかデュラハンがほっとしているように見えた。流石の物語に出てくるような存在でも、ドMは恐れるものなのね。

 

「と、とにかく! これに懲りたら俺の城に爆裂魔法を撃つのは止めろ! そして紅魔の娘よ! そこのクルセイダーの呪いを解いて欲しくば、俺の城に来るがいい! そうしたら呪いを解いてやろう! と言っても、城には俺の配下のアンデッドナイト達が待ち受けている。それを乗り越え、最上階にある俺の部屋までたどり着けるかどうかの話だがな! せいぜい頑張ることだな、ひよっ子冒険者達よ。クククククッ、クハハハハハハハッ! ハッ!」

 

 デュラハンは大笑いしながら城へと帰って行ってしまった。

 …………ダグネスの誘い受けみたいな恐怖からさっさと逃げるようにも見えたけど、情けない姿をさらけ出すわけにはいかないから威厳を見せつけたというところかな。

 ダグネスのおかげというか、そのせいというか、急に緊張感がなくなってあっさりした感があるけど……普通に考えたら深刻な問題よね。

 今、ダグネスがくっころフラグを折られて落ち込んでいるけど、そのダグネスの生死に関わる問題を与えられてしまったのだ。

 今のところ、ダグネスの命は一週間しか持たない。

 でも逆に言えば一週間も余地がある。その間になんとかすればいいだけの話だ。

 

「イザナミ」

「あ、はい」

「ちょっと散歩してくるから、めぐみんの運ぶ係お願いね」

「ア、アスカさん!?」

 

 とりあえず、あの廃城に行ってデュラハンに呪いを解いてもらおう。奴はめぐみんに来てほしいと言っていたけど、適当な理由つければ話をわかってくれそうだし、なんとかなりそうだ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ……わかっていた。わかっていたけども、やっぱり君もあの廃城に向かうのね、めぐみん。

 そりゃあそうだよね。君はデュラハンに呼ばれたから行くしかないもんね。こっちはめぐみんに危険な目に合わないようにするために置いて行ったのが駄目だったね。

 ……無駄だと思うけど、引き留めてみるか。どうぜ数秒後にめぐみんから訊かれると思うしね。

 

「……なんでついてくるのかな?」

「ついてくると言いますが……私からすれば、何故アスカもデュラハンの所へ向かおうとしているのですか? アスカは呼ばれていませんよね?」

「それは私にも責任があるからよ」

「ですが、元々の原因は私なのですよ。先ほどのデュラハンの呼び出しといい、本来私が出たり向かったりしようとすると、どうして先にアスカがいるのかがわかりません。あと、やっぱり私を差し置いて随一の爆裂魔法の使い手と名乗ったのは解せません。あ、わかりました! アスカが廃城に向かうのも、私を差し置いて爆裂魔法の使いと名乗るためなのですね!」

「別に差し置いて名乗ったわけでもなく、これ以降名乗ることなんてないと思うけど……」

「なら、どうしてアスカも行くのですか? 教えてくれないと爆裂魔法を撃ちますよ」

「脅し方がオーバーキル過ぎるよ!」

 

 そんなことをやったら関係ない人も巻き込むからやめてほしいよ。

 それにめぐみんは理由を訊きたいようだけど、そんな大した理由しかないし、今さっき言ったことが理由なんだけどね。

 

「……アスカさんはめぐみんさんに危険な目や嫌なことを庇うために行こうとしているのですよ」

「ちょっ、じゃなくてイザナミ!」

 

 的確に本音をバラされて焦るよりも、イザナミがそのことをめぐみんに伝えたことに私は動揺してしまった。

 だって怖いじゃん。なんも前触れもなく、本心をバラされるんだもん。というか、そんなところまで私はわかりやすい人間だったのか? え、私って、ガチで単純人間だったの?

 い、いや。まままままままだ、まだまだまだごま、誤魔化せる。ここは落ち着いて、冷静に対処だ。

 

「へ、変なこと言うねーイザナミ。確かにそう見えるけど、真実は違うよ。本当の目的はめぐみんの好感度を上げさせるためよ!」

「そういうこと、全然思ってもいませんでしたよね? 普段は本当に女の敵でろくでもないことばっか口にしていますけど、人のためなら、ためらいなく守ろうとしますよね」

 

 …………私は、イザナミが何よりも一番怖いです。

 なんでこういう時に限って貶してくれないのよ。あ、一応貶しつつ言っているのか。

 そうだよ、その通りだよ! こんな時に限ってそんなこと忘れていたよ!

 

「私のためにアスカは庇ったのですか? なんでその必要があるんですか?」

「…………イザナミが言った通りだよ。聞くなって」

「そうですか……なら、余計なお世話です。そんなことしなくても結構ですので」

 

 ごもっともです。

 庇った結果がこれ。好感度が上がったかもわからず、余計なお世話で済ましてしまう。そこまで良いことをしているわけではないんだ。そんなことやった本人が一番わかっているんだ。

 でも、それでいいだ。見返りを求めないと決めているからこれでいいんだ。そして私のことをもっと好きになってほしいとも思わなかった。

 とはいいつつも、ちょっとは傷ついた。自分で言い聞かせているつもりで、毎回やめようとはちょっと思っているけど、性分だから一生やめられないのかもしれないね。

 

「……まぁ、でも。そうしたのも私がさっさと名乗らないのがいけないのですね。それは申し訳ないです。それと、私を庇ってくれてありがとうございます」

「めぐみん……」

 

 ……人間って、好きな人から礼を言われると、素直に嬉しくなっちゃうのね。見返りがあるとすれば、生きているだけで十分だと言い聞かせているのにね……。

 よし、心を入れ替えよう。

 

「なら、一緒に行こうよ。あの廃城に」

「それも余計なお世話です。今回の件は私の責任なので、ちょっとあの廃城に行ってダグネスの呪いを解かせていきます。……私が我慢すれば、こんなことにはなりませんでしたので」

 

 ……確かにその通りかもしれない。なんで余計なこと言ったのって思ったよ。あんなこと言わなければこうならなかった確率は高いだろう。

 でも、それはもう終わったことだ。一人で解決する問題でもない。

 

「だったら尚更一緒に行こうよ。そういう話なら、私ももっと前に止めていればこんなことにはならなかったんだし、責任はあるよ」

「ですが……」

「それに爆裂魔法しか使えないめぐみんが、どうやってデュラハンのところまで行けるの? 一人で行くには限度があるんじゃない?」

 

 それでも渋るめぐみんにもう一声、説得の言葉を送った。するとめぐみんは諦めたように肩を落とした。

 

「……わかりました。では、一緒に行きますか」

 

 説得を受けためぐみんと改めて廃城へ向かおうとした時だった。

 

「わ、私も行きます」

 

 イザナミが止めて来た。

 

「いや、イザナミはついて来なくていいよ」

「それはつまり、存在が邪魔でいるだけでも罪になるという意味ですねですが、それでもいかせてください」

 

 強気なのか弱気なのか激しいな。あと、そこまで言ってないわよ。

 ……まぁ、イザナミにも何かしらの責任があるかもしれない。なんだかんだで、結構押しが強いから、断られても諦めずについていきそうね。

 

「……ちなみに、ついていく理由はあるの?」

「私が言わなければダグネスさんに死の呪いはかからなかったはずです。やっぱり私は人に迷惑をかけ、死を招いてしまうゴミクズ以下の存在ですね。……こうなったら死にましょう」

「こらこら、急に自己嫌悪になるなって」

 

 それに死んだところでダグネスの呪いが解けるわけでもないでしょうに。

 わかっていたけど、やっぱダグネスに死の呪いをかけられたことに責任を持っているのね。

 

「……あと、アスカさんがめぐみんさんに手をかけないかを監視するためです」

 

 そしてそんなことも言うと思っていたよ。信用されていないっぽいけど、そこまで空気読めない女じゃないわよ。

 なんか、ハーレム作る前にイザナミを最初に攻略させて納得しないとできない気がする。見た目と性格に反して、厳しいよ。

 

「アスカもイザナミも頑固ですね」

「めぐみんも中々だと思うけどね」

 

 主に爆裂魔法とか。

 

「それもそうですね。では似たもの同士で一緒に行きましょうか」

 

 めぐみんを先頭に今度こそ廃城に向かおうとした時だった。

 

「おい、待てよ」

 

 今度はカズマに止められた。

 

「……なんですか、カズマ。いい加減、デュラハンに爆裂魔法を撃ち込んで行きたいので、邪魔しないでください」

「めぐみんの言う通り、こちらにもテンポがあるんだから止めないでよ。ついていくんだったら、こっそりついて行けばいいじゃない」

「なんで仲間に対して尾行みたいについて行かなければならないんだよ」

 

 だって、もう流れでわかるんだもん。どうせついていくか、そんなの放っとこうみたいなことを言うかのどっちかでしょ。

 

「俺も一緒に行く」

「カズマもですか……もう、これ以上いらないんですが」

 

 めぐみんがうんざりした顔で告げる。めぐみんも予想していたみたいで、どこかしら諦めている感じにも見える。

 それに対し、カズマは怒るわけでもなく余裕しゃくしゃくそうに自分が如何に必要なのかアピールした。

 

「そういうなって。俺の敵感知スキルで場内のモンスターを索敵できるし、潜伏スキルで隠れて行けることもできる。力は足りないが他で補うことならお前達に負けないからな」

 

 確かに、ここにはカズマのようなスキルを覚えている人はいない。カズマがいれば選択肢は増えて一週間以内にダグネスを呪いから解放できるかもしれない。

 というか、そういう点では出し惜しみとかしている場合じゃない。カズマも連れて行こう。

 

「でも以外だね。カズマだったら俺関係ないからいかないと思っていたけど」

「見くびるなよ、俺はそこまでゲス野郎じゃねぇって。それに途中から俺も一緒に廃城付近へ向かっておきながら、幹部の城だって気づかなかったわけだしな」

 

 カズマなりに責任とか罪悪感とかあると思うけど……。

 

「あんたはゲス野郎でしょ」

「お前もうちょっと言葉選べよ」

 

 しょうがないんじゃん。公衆の場で私のパンツを盗むわ、クリスという素敵な人のパンツを盗んでは相手に買い取ろうとした人間のフリをしたクズのゲス野郎しか浮かばないんだもん。

 思い出したら無性にカズマを殴りたくなった。でもここは抑えよう。理由なき暴力は嫌われる原因の一つだ。

 よし、これでやっと行けるわね。初のボスダンジョン攻略に1面ボスとなりそうなデュラハン退治。私達はそれをクリアしてダグネスを救い、好感度を上げさせて、魔王退治への一歩を踏み出そう。

 あ、そうだ。ダグネスに一声かけてから行こう。

 

「ダグネス! 呪いは私達がなんとかするから、安心して待って……」

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 私が声をかけているのを遮るようにアクアが魔法を唱え、ダグネスに淡い光を浴びさせる。ダグネス本人はなんともないように見えている。

 一体、アクアは何をしんだ?

 …………まさか。

 

「ふっふーん。この私にかかれば、デュラハンの呪いの解除なんて楽勝よ! どう、どう? 私だって、たまにはプリーストとして活躍できたでしょ?」

 

 アクアは自慢げに言っていた。

 …………まぁ、うん。ダグネスーから呪いが解かれたのは良いことだと思うんだ。ここは素直に喜ぶべきだよね。

 でもね、今からボスダンジョンであろう廃城に向かう代表として、これだけは言わせてもらいたいんだ。

 

「私達のやる気を返して……」

 

 というか、先にそういうことできるなら言うかもっと早くやってよ。



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この水の女神様に耐久チャレンジを

 デュラハンの騒音の訴え襲撃事件から数週間。特に何事もなく、ダグネスが呪いで死ぬこともなく、至って平和ながらも仕事がない日々を送ったある日のこと。

 カズマに連れ出され、街から少し離れた所にある大きな湖へやってきた。

 そこで見た光景は、濁り切った大きな湖に檻に閉じ込められたアクアがぽつんと置いている。

 ……なんか、シュールな光景だな。

 

「……で、これはどういうこと?」

「どういうことって、見ての通りだけど」

「いや、これまでの過程みたいなのを話せよ」

 

 こっちは説明も受けずに連れてかれたんだ。見ようによってはカズマの性癖によるなんかのプレイをアクアさせているようにも見えなくもないんだぞ。

 

「まぁ簡単に言えば……」

 

 カズマから簡単に説明された。

 まず、アクアから唐突にクエストを請けると言ってきたので、その中から湖の浄化を請けることになった。どうやらアクアには水の浄化ができるらしく、半日ぐらいで水を綺麗にできるとのこと。ただ、ブルータルアリゲーターというワニモンスターがいるため、それを守るために檻の中で水を浄化させようと今に至る。

 ……説明されてもシュールな光景は変わらないわね。頭の中の靄みたいなのは晴れたけど、なんか納得できない。

 

「本当にあんなんで浄化できるの?」

「本人が言うには湖に浸かっていれば浄化できるってさ」

「いや、それでも水に浸かるのって大変じゃないの?」

「これも本人が言うには、一日水たまりに沈められても、呼吸にも困ることもなければ不快も感じることないってさ」

「……本当に檻の中は安全なの?」

「一応、モンスターの捕獲用の檻をギルドから借りて来た物だから、大丈夫だろう」

 

 別にカズマのことを信じていないわけではないんだけど、なんか不安に感じる。身の心配もそうだけど、成功できるイメージが何にも思いつかないのは私だけなんだろうか。だって今までのことを考えたら、予想外のことが起きそうだもん。

 でも、想定外、予想外、最悪なことが起きたら、借りて来た馬に檻に繋いである鎖を引っ張らせて逃げるのでしょう。この際、アクアの無事は生きているかの判断だけで済まされそうだけど。

 

 

 アクアが湖の浄化もとい、放置してからようやく一時間が経った。何も起こることもなく、アクアを除いた私達五人は約二メートル程の陸地で見守り続けていた。

 

「カズマ―、暇なんですけどー」

「しょうがないだろ。浄化に半日もかかるんだから、俺達は待機してアクアを見守るしかないんだから」

 

 その通りかもしれないけど、暇過ぎて暇しか言えないこの状況はなんとかしてほしい。アクアに申し訳ないけど、帰ってくだくだとくつろぎたいよー。

 あ、そうだ。暇だからカズマと日本トークでもしよう。この世界だと日本の話はカズマしか話せないから、こういう機会と思いつかない限りは話さないからね。

 でも、なんの話題から始めればいいのかな。……おそらくだけど、カズマは私の日常と被らなすぎると思うから会話になるかな。

 よし、ここは明確に共通がある話から切り込もう。

 

「ねぇ、カズマはどうやって死んだの?」

「急に強烈な不謹慎なこと訊いてくんじゃねぇよ」

「……だって、私とカズマの共通点それしかないんだもん」

「嫌な共通点だな」

 

 流石にブラックジョーク過ぎたか。それに訊いてみたものの、私は頭を打って死んでしまったこと以外思い出せないから話にならないね。それでカズマが納得するとは思えない。

 

「じゃあ、なんでカズマは異世界に転生しようと思ったの?」

「なんでって……選ぶとしたら転生一択な気がするが……まぁ、アクアに提案されたからだな。ゲーム好きだから異世界に行けるだけでも楽しみだった」

「アクア?」

 

 私は湖に浮かぶ檻の中で体育座りしているアクアに視線を向ける。

 ……どういうこと?

 

「ああそっか、信じられないと思うけど、あいつ本当に女神なんだよ」

「女神!?」

 

 私は思わず驚愕した。

 

「え、嘘、じゃあ女神って名乗ったのは自称じゃなかったの!?」

「……いや、自称でもあっている」

「どっちだよ!」

「けど、事実だけ言うのなら、あいつは本当に女神だからなー……知っている俺からしても嘘っぽいけど」

 

 信頼性ない女神っているんだね。いや、ほんとどう見たって宴会の女神でしか見えないじゃない。それとも自称を司る女神様なんだろうか。あ、それじゃあ女神だから女神と自称する人間が正しいのか。

 けど、カズマの言葉には嘘がないというか、嘘であってほしいような感じだから本当にアクアは女神なのか……。

 というか、女神ってなるとイザナミと同じじゃない。どうなっているんだよ、このパーティー。色物過ぎるでしょ。

 

「……じゃあ、カズマはアクアのおかげでこの世界へ転生できたってことだよね」

「今となっては不本意ながらもな」

 

 贅沢な奴だな。俺TUEEEも所詮は小説の中でしかなく、現実はないってことか。小説のような異世界転生しているのにも関わらずね。

 そしてその女神であるアクアもそこまで戦力は……ん?

 

「あれ、なんで女神であるアクアがここにいるの?」

「それはだな。アスカもそうだと思うけど、一つだけ何者にも負けない力を授かると言われただろ」

「あーうん、そうね」

 

 その一つがイザナミだなんて、言えるわけないよね。

 

「何を間違えたのか、俺はアクアを選んでしまった。本当に今思えば人生最大の選択ミスだったなー」

 

 あんたも神様を物扱いして持ってきたのかよ。

 

「アクアを持っていく物なんかせず、反則級な武器や能力にすればこんな苦労しなくても済んだはずだったんだろうなぁ…………で、アスカは何を持っていったんだ?」

 

 やっぱり流れで聞かれるよね。

 どうしよう、なんか言いたくない。だってカズマと発想が同じってことを認めてしまうことになるじゃない。異世界で持っていく物が被るって、そんな奇跡な被りって全然嬉しくないわよ。

 でも嘘ついてもすぐバレるだろうしなぁ……努力系チートって言っても納得してくれそうもない。私だったら信じない、かも。

 ここは無難にさらっと言って話を流すのがいいのかな。

 

「私も同じだよ」

「同じって」

「ところで、カズマは一からやり直そうと思わなかったのよね」

「おい、誤魔化そうとしてもだいたいわかったからな。お前もかよ」

 

 というか、知ったから待遇が良くなるとか仲が深まることもなさそうだから、別に知られてもいいか。

 

「で、一からやり直そうと思わなかったので」

「これってそんなに聞きたいことなのかよ……つうか、さっきも言っただろ、ゲーム好きだから異世界に行けるだけでも楽しみだったって」

「単純な奴」

「そういうお前は?」

「一からやり直したくないから」

「普通だな」

 

 カズマも異世界転生理由としては普通なほうじゃね?

 言葉足りずだったけど、今の私でヒロイン達からモテモテになってハーレム女王を目指したいって気持ちもあったけど、別に言わなくてもいいね。

 

「でも、そうだよなー。あの時は一からやり直して新しい人生を送るか、天国で暮らすか、異世界で転生されるんだったら、三択のうち異世界の一択しかないよな」

「そうだけど、天国ってところはないから二択のうちの一択じゃないの?」

「いや、間違えてはないぞ」

「え?」

「え?」

 

 …………。

 あれ、私おかしなこと言った? イザナミの言葉通りなら天国はないはずだ。しかも私と同じ異世界転生者なら、同じところを通っているはずだし、そこで一通り説明を受けるはず。流石に死んだ世界で人によって説明が違うとかないと思うんだけど……。

 

「……天国ってどんなところだっけ?」

「覚えていないのかよ。確かアクアが言うには、俺達が想像しているような素敵な世界ではなく、ひなたぼっこでもしながら世間話しかすることのない退屈なところだってさ」

 

 やっぱり。そんなこと言われてもいない。

 でも、イザナミはそもそも天国もなければ地獄もないって言っていた。

 ならどうして同じ女神の立場であり、死者を迎え、新たな生命を管理して、誕生と転生をさせる神様からの言葉を受けた私達は共通のはずなのに、何故食い違っているのか。

 ……普通に訊いた方がわかるな。

 

「一番理解できそうならイザナミに訊いた方がいいね。よし、そうと決まればカズマなんか置いといて、イザナミと会話しよっと」

「おい、心の声漏れているぞ」

 

 私の不注意でカズマにちょっと秘めていたものを聞かれてしまったが、事実であることには変わりない。さっそくイザナミのところへ行くとしよう。

 

「イザナミー!」

 

 私は私のヒロイン達である三人の輪っかに寄って声をかける。

 

「ご、ごめんなさい! 私のようなものが人と話すなんて傲慢です。罰として唇を剥がします。それでも許さないのなら」

「許すも許さないもないから、もう言うな」

 

 出オチならぬ出シャザイをしてきた。毎回毎回思うのだが、君は一体、何に怯えているのだ。

 

「アスカも何気にカズマと同じくらい女泣かせしてますよね」

「いや、私が原因みたいなこと言っているけど、イザナミが勝手に怯えているだけだからね」

 

 めぐみんにジト目で見られたので、私は冷静に否定した。

 

「そういえばアスカ。いつになったら私をカズマみたいに罵ってくれるのだ?」

「自然な流れで罵倒を欲求するな」

 

 ダグネスはダグネスで相変わらずである。

 そんなことはどうでもいいんだよ、今に始まったことではないんだし。

 

「イザナミ、ちょっと来て」

「か、カツアゲ……」

「今更カツアゲなんかするか!」

 

 とりあえずイザナミをめぐみんとダグネスから離させた。今回は二人には関係ないことであり、知ってはいけないことではないが、二人にとってはわけのわからない話だから聞かせる必要もないでしょう。訊かれたら聞かれたで別になにも変わることがない、よね。

 ダグネスとめぐみんから適当な距離を空けてから、私はイザナミに訊ねた。

 

「イザナミ。あの時、天国も地獄もないって言っていたよね。それ本当だよね」

「え、あ、はい……天国も地獄もありません」

 

 若干、前髪で覆われた瞳からは綺麗だった。

 いや、そうじゃないでしょ。直観だけど、やっぱり嘘ついている様子はない。

 

「私もそうだと思っているよ。でもさっきね、同じ転生経験を持っているカズマは天国はあるみたいなことを言っていたの」

「えっ、そ、そんなはずは…………あ」

 

 オロオロし始めたと思ったら、何か気がついたようだ。一瞬、謝罪して自己嫌悪になっては自責でもするかと身構えてしまったけど、その前に頭の中で解決して良かったとホッとした。

 

「……もしかしたら、カズマさんは私達の神界で転生されていないのかもしれません」

 

 …………。

 …………ん?

 一瞬、何を言っているのかわからない。冷静に考えてもイマイチわからない。とりあえず、こういう時は……。

 

「どういうことだってばよ?」

 

 これで全て解決してくれる流れに乗ったはずだ。

 もうちょっとなんかなかったのか、私。

 

「え、えっとですね……アスカさんとカズマさんは地球で生まれ、日本で育ってきた共通がありますが、同じではありません。いわゆるパラレルワールドです」

「そんなことわかるの?」

「は、はい。カズマさんがアスカさんと同じ地球で生きていたのなら私達の神界へ召されるはずです。そして神界にもパラレルワールドが存在しますので、カズマさんは違う神界へ召されたかと思います」

「……あーなるほど。そういうことか……」

 

 死後の世界と呼ばれる神界と呼ばれる死後の世界は全て共通だと思い込んでいたけど、死後の世界も複数存在していて、天国があるところもあれば、ないところもあるように違いがあるのもんだと思ってもみなかった。

 アクアのいる神界でカズマは召されて、アクアを物として異世界へ転生した。

 私はイザナミがいる神界でイザナミを物として異世界へ転生した。

 ……そう思うと、奇跡的な被りなのにも関わらず無駄な被りだよね。嬉しい感情が全く湧かないんだもん。

 

「ご、ごめんなさい! そのことを転生する前に教えるべきでした! お詫びに、一からやり直して、あらゆる知識を全て教えます」

「ちょ、か、鎌を自分の首にかけようとしないで!」

 

 カズマとは奇跡的で無駄な被り、いろいろと共通してしまったけど、一つだけ明確に違うところがある。

 私の場合は今でもイザナミを正解だと思っている。基本的に神様を持っていく“物”としてではなく、異世界で共に歩む“者”として私はイザナミを持ってきた。

 と、思ってみる。でも失敗とは思っていないのは事実だからね。

 それを含めると……。

 私はちらっとカズマが持ってきた物である女神アクアに視線を向ける。

 そこは湖にぽつんと浮かぶ檻に閉じ込まれている美少女。しかしとても女神と呼ばれるような扱いをしてはいなかった。

 ……どうしてこう女神がこんな不遇な待遇をさせられているんだろう。

 

「ひぃいぃ、むむむむしっ。あ、ごめんなさいごめんなさい。虫様に虫って偉そうに呼び捨てしてごめんなさい。虫様に横に立っていてごめんなさい。生きてすみません!」

 

 どうして共通して二人とも女神らしくないんだろうか。

 

 

 そんなこんなで、計二時間経過。

 

「おーいアクア! 浄化の方はどんなもんだ?」

 

 水に浸かりっぱなしのアクアにカズマは遠くから声をかけた。扱いは雑だけど状態悪くさせるわけにはいかないから時々声をかけて確かめているのだ。

 

「浄化の方は順調よ!」

 

 アクアはカズマに叫び返す。まだ元気でなによりだ。

 

「わかった! でも水に浸かりっぱなしだと冷えるから、トイレに行きたくなったら言えよ? 檻から出してやるからな!」

「心配はいらないわ! アークプリーストはトイレなんて行かないのよ!」

 

 なんだその昔のアイドルみたいな設定。

 

「何だか、大丈夫そうですね。ちなみに、紅魔族もトイレなんて行きませんからね」

 

 なんか訊いてもいないことを言っているんですけど、この中二病少女。

 

「わ、私もクルセイダーだから、トイレは、トイレは…………うう……」

「別に対抗しなくてもいいからね」

 

 てっきり自信満々に言うと思っていたダグネスは以外にも恥ずかしそうだった。ちょっと新鮮である。

 

「わ、私は……」

「もうトイレ行かないはいいよ!」

 

 イザナミの発言を終える前に止めさせた。

 なんなんだよ、この流れ。

 

「よし、トイレに行かないって言い張るめぐみんとアクアの二人には、日帰りじゃ終わらないクエストを請けて、本当にトイレに行かないかを確認してやる」

「そんなことしたら、またクズマエピソードが追加されるだけだと思うけど、いいの?」

「なんで結果的に俺が被害受けるんだよ。こいつらが変なこと言うから確かめようとしているだけじゃねぇか」

「そんなことしなくても、わかりきっていることでしょうよ!」

 

 この男なら、本気でやりかねない気がする。

 

「ちなみにお前は?」

「答えません」

 

 この男は生まれ変わったほうがいいのかもしれない。

 

 

 浄化を始めてから四時間。

 

「にしても来ないね……」

 

 この依頼の難題であるブルータルアリゲーターが一向に現れない。こっちとしては現れない方が楽だからいいんだけどさ。

 

「このまま何事もなく、終わってくださるといいですね」

「おい、イザナミ。それはフラグだ。言うんじゃない」

「ご、ごめんなさい! 現れないでください現れないでください! 私の命をかけてもいいので、現れないでください」

「そんなことで命をかけないの」

 

 カズマに指摘された女神であるイザナミが神頼みをし始めた。女神様だろうと人間だろうと神頼みしたところで願いが叶うわけもないんだから、やめた方がいいわよ。

 

「か、カズマー! なんか来た! なんかいっぱい来てるよ! ねぇ、カズマー!」

 

 あ、来ちゃったよブルータルアリゲーターさんが。

 

「……私のせいだ」

「自分のせいにするなって」

 

 とりあえず絶望して青ざめているイザナミを冷静にツッコミを入れ、落ち着かせた。

 その間にアクアはワニの恐怖に怯えながら奇声を上げていた。それもそのはず。群れで檻に閉じ込められているアクアを囲んで、噛み砕こうとしているのだから。

 だから、その……が、頑張れ!

 

 

 浄化を始めてから五時間。

 

「『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケ―ション』! 『ピュリフィケ―ション』!」

 

 ブルータルアリゲーターがガジガジと鳴るように噛り付く。その恐怖に怯えるアクアは、一秒でも早く解放されたいがために、一心不乱に浄化魔法を唱えまくる。例えるのなら、モンスターボールで捕まえる時にA連打するように。

 その……頑張って。私達は見守ることしかできないんだ。

 

「ピュリ、ひぃっ!? い、今なんか変な音した! ひいいいっ、なんかギシギシ鳴ってる! ミシミシいってる! 死んじゃう! 私死んじゃう!」

 

 私も今すぐ助けに行きたいけど、今向かったところで自殺行動でしかないし、この状況でめぐみんに爆裂魔法でぶっ放すわけにはいかないんだ。

 だから、頑張って。

 

「アクアー! ギブアップなら我慢せずに言えよ! そしたら鎖を引っ張って、檻ごと引きずって逃げるからなー!」

「い、嫌よ! ここで諦めたら今までの時間が無駄になるし、何よりも報酬が貰えないじゃないの!」

 

 カズマはワニが檻に噛みついて以降、何回もアクアに伝えるも頑なにリタイアを拒んでいる。度胸があるのか、そのわりにはすごく必死で今すぐにでも助けてもらいたいそうな表情をしている。

 

「アクアー! お金と命、どっちが大切なのー!?」

 

 こんなところでアクアを死なせるわけにもいかないので、リタイアを推してみるも……。

 

「そんなのお金に決まっているでしょ!」

 

 これでも本当に女神だったのね。

 

「わあああああっ!? 今、メキッっていった! 今、檻から鳴っちゃいけない音が鳴った!!」

 

 欲望に充実かつ、居座る度胸を見せつけながら浄化を続ける。だが、やっぱり怖いことには怖いので泣き叫んでいた。

 そんなアクアの心をどうしてもポキポキと折りたいのか、ブルータルアリゲーターどもは一切、私達を襲おうとしなかった。それはもう、眼中にはないってくらいに。

 それを見た、ダグネスは……。

 

「あの檻の中、ちょっとだけ楽しそうだなぁ……」

「「……行くなよ」」

 

 私とカズマは一緒にダグネスを制した。

 

 

 湖の浄化を始めてから七時間が経った。

 ようやく濁り切った湖は浄化され、鏡のように透き通った湖を取り戻した。しかし、その代償にボロボロになった檻と膝を抱えているアクアがぽつんと残されていた。

 一時間前くらいから何も言わなくなったから、気絶しているかと思えばそんなことはない。でも、それよりもある意味酷くなっているのかもしれない。主に精神面でね。

 

「おーいアクア、無事か? ブルータルアリゲーター達はもういないぞ」

 

 代表してカズマが様子を伺う。その後に私が続いて反応を伺ってみた。

 

「あのワニ、浄化したら山の方へ泳いで行ったし、もう戻ってこないから安心しなさいよ」

「…………ぐすっ、ひっく」

 

 ……よっぽど怖い思いをしたんだね。それでもやめなかったのは凄いと思うし、偉いわ。

 

「さっきね、カズマ達と話し合ったけど、私達は今回の報酬はいらないことになったから、報酬の三十万はアクアのものよ」

 

 そのために頑張ったアクアはぴくりと肩が動く。だけど、アクアは喜ぶことはなかった。あれ、そのために頑張ったのに嬉しくないの?

 

「おい、いい加減に檻から出ろよ。もうアリゲーターはいないんだし、お金も手に入れたんだぞ」

 

 カズマが声をかけるとアクアが小さな声で呟いていた。

 

「連れてって……」

「「なんだって?」」

「……檻の外の世界は怖いから、このまま街まで連れてって……」

「「…………」」

 

 アクアは欲しかったお金を手に入れた変わりに、何かを失ってしまったようだ。



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この異世界転生者に不意打ちを

「フフッ、この中こそが私の聖域、外の世界は怖いものだらけよ……フフフ」

 

 女神だったアクアはただの引きこもりになってしまった。

 そしてトラウマを抱えた引きこもりを連れて、私達は無事に街へ帰って来た。

 馬を引き、アクアが檻の中にいるから街の人達が嫌でも注目を集める中、ギルドへと向かっている。これから闇市場みたいなところに行き、アクアを奴隷市場みたいなところで売るわけじゃないけど、誤解されるのは目に見えている。

 そこはなんとかして信じてもらうしかない。

 でも、できれば何事もなくこのまま安全に帰りたい。

 

「め、女神様!?」

 

 そんな願いをへし折るように男のような叫びを耳にする。

 

「女神様じゃないですかっ! そんな所で何をしているのですか!」

 

 そして急に現れた男は檻に引きこもっているアクアに駆け寄り、鉄格子を掴む。そしてその男はアクアを出そうと、腕力だけでグニャっと捻じ曲げたのだ。

 

「ちょっ」

 

 あまりの非現実で衝撃的なものを目にして口から言葉が漏れそうになり、慌てて口を抑えた。

 う、嘘でしょ。ブルータルアリゲーターが群れで何時間もかけても壊れなかった鉄格子をいとも容易く破るとか……普通にドン引きです。イザナミなんかドン引き通り越して、恐怖と驚愕で気絶しそうだよ。

 というか……どちらさま?

 

「……おい、私の仲間に馴れ馴れしく触るな」

 

 私がドン引きしている中、唯一ダクネスはアクアの手を取ろうとしていた男に詰め寄ったのだ。

 その姿は皆を守るクルセイダーとして凛々しく、かっこよかった。かっこいいよダクネス。普段もそんな感じだったらいいのにね。

 ……ちょっと冷静になれたところでふと疑問に思う。

 あのドン引きした男、アクアのことを女神様と言っていたっけ? 一目見てアクアのことを女神と言えるのは、アクアが女神であることを知っているのかな? そうじゃなきゃアクアのことを女神と言えないはずだ。

 それともアクアに一目惚れになって、彼女のことを女神だと例える偽善者ならぬ、勇者を気取った危ない人かもしれない。

 まあ、アクアに訊いてみたほうが解決するわね。

 

「おい、アクア。お前、あれの知り合いか?」

 

 カズマも同じことを思っていたのか、私よりも先にアクアに訊ねていた。

 

「……知り合い?」

「お前のことを女神とか言っていたし、早くなんとかしろよ」

「……女神…………ああっ! そう、そうよ! 私は女神! なになに、女神である私にこの状況をどうにかして欲しいの? しょうがないわね!」

 

 この女神、引きこもっていたせいで自分が女神であることを忘れていたな。私は女神と言われた時にポカーンとクエスチョンマークを浮かべていた顔を見逃さなかったよ。

 ともあれ、アクアがようやく引きこもりをやめ、檻から出て来た。

 そして、その男に対して、

 

「あんた誰?」

 

 知り合いじゃないのかよ。

 

「何を言っているのですか、女神様! 僕です、僕、御剣響夜ですよ! あなたに魔剣グラムを頂いた!」

「え?」

「え?」

 

 きっとアクアが普通に忘れているだけだろうけど、知り合いであるそうだ。

 そしてさらっと言っていたけどあの男、日本人にある苗字と名前……み、み……みなんとかさんは、カズマがいた世界でアクアによって転生された者かな。だとすれば辻褄が合う。

 ……それにしても。みなんとかさんはカズマと比べると、イケメンで勇者っぽく、まるで小説サイトかつ異世界者系に出てきそうな主人公みたいな容姿をしている。おそらく理想に近い異世界転生者だ。

 ……そんで、みなんとかさんの後ろには二人の美少女が……畜生、パッと見ても、あの二人がみなんとかさんに惚れているのがわかるのがムカつくな。

 

「……ああ、思い出したわ! そういえばいたわね、そんな人も。ごめんね、すっかり忘れていたわ。だって結構な数の人を送ったし、忘れたってしょうがないわね!」

 

 アクアにとっては異世界転生者などコンビニの店員が一回来たお客さんのような捉え方でもしているのかな。

 

「あ、お久しぶりです、アクア様。あなたに選ばれた勇者として、日々頑張っています。職業はソードマスター。レベルは37まで上がりました」

 

 レベル高っ!?

 やっぱりカズマと違って、こっちの方が断然勇者っぽい。あとイケメン。

 

「……ところで、アクア様。どうしてこんなところにいるのですか? というか、どうして檻の中に閉じ込められているのですか?」

 

 やっぱり誰がどう見てもアクアを奴隷市場に送っているように見えるよね。鉄格子をねじ曲げて助けるのも主人公にとっては当然な行動か。

 実はクエストでアクアを檻の中で閉じ込めて湖を浄化しました。

 なんて言ったところで、この男が信じてくれるわけがないね。

 こうなってしまったら事実を話してもらったほうが一番平和的だろう。平和と言ってもどの程度の平和なのかは計りきれないけど。

 それを察したのか、カズマは自ら、ここまでの経緯や、今までの出来事をみなんとかさんに説明した。

 

 

「……バカな。ありえない、そんな事! 君は一体何を考えているのですか!? 女神様をこの世界に引き込み、しかも今回のクエストでは檻に閉じ込めて湖に浸け、ワニの囮にさせただと!?」

 

 それだけ聞けば、本当に何を考えているのかって、怒りたくもなるわよね。

 事情を聞いたみなんとかさんは案の定、怒りを露わにして、カズマの胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっちょ、いや、別にね、私としては結構楽しい毎日を送っているし、ここに一緒に連れてこられた事は、もう気にしていないんだけどね? それに魔王を倒せば帰れるんだし、今日ののクエストだって、怖い思いもしたけど、結果的には誰も怪我せずに無事に終わったし、なんと言ってもクエスト報酬三十万が、私に全部くれるって言うのよ!」

 

 その言葉を聞いたみなんとかさんは同情するかのようにアクアを見る。気持ちはわからなくもないけども。

 

「……アクア様、こんな男にどう丸め込まれたかは知りませんが、今のあなたの扱いは不当ですよ。そんな目に遭って、たったの三十万ですよ」

 

 命に比べるとたったの三十万かもしれないが……今の私達にとって三十万はたったで済まされないと思う。

 ……どうもこの男は、アクアのことをよく知らない故に美化している気がする。だからいかにも悪役そうな男であるカズマに吹き込まれたと思っていそう。

 

「……ちなみに、今はどこに寝泊まりしているのですか?」

 

 みなんとかさんの言葉に圧がかかっているのか、アクアはおずおずと答えた。

 

「え、えっと……馬小屋で寝泊まりしているけど……」

「は!?」

 

 みなんとかさんはカズマの胸ぐらを掴む手に力が込められたのがわかった。

 

「ギブギブギブギブギブ!」

 

 流石に止めないと、カズマ死んじゃうわね。

 そう思っていたら、みなんとかさんの腕を横からダクネスが掴んできた。

 

「おい、いい加減にその手を放せ。さっきから何なんだ。カズマとは初対面のようだが、礼儀知らずもほどがあるだろ」

 

 ダクネスが珍しく怒っている。てっきり、その手を自分に掴んでくれと要求しそうだと思っていたけど、誰でも良いっていうわけではないのね。

 

「ちょっと撃ちたくなってきました」

 

 それは止めて、私達が死んじゃう。

 

「……これも、全部私のせい……っ!」

「「「それは絶対にない」」」

 

 一体、何をどう思ったらイザナミのせいになるっていうのか。私もめぐみんもカズマもそう思ってツッコミを入れた。

 

「君達は……アークウィザードにクルセイダー、それにゲイルマスターとデスサイザー……。なるほど、君はパーティーメンバーに恵まれているんだね。だったら尚更だよ。君はアクア様やこんな優秀そうな人達を馬小屋で寝泊まりさせて、恥ずかしいとは思わないのか?」

 

 みなんとかさんはカズマに説教しているが、この世界の冒険者は馬小屋で寝泊まりか、みんなで雑魚寝が基本じゃないのか?

 ……ああ、そうか。わかった。

 この人は恵まれた環境にいる人間だから、そう言えるだ。

 きっと魔剣グラムというチート装備でお金に苦労せずに生きてこられたのだろう。私とカズマはみなんとかさんは基本がズレているから、ぞんざいに扱っていると思われているのね。

 それとパーティーメンバーに恵まれているですって。確かに私は恵まれているわ。でもね、みなんとかさんが思っているほど、恵まれてはいないわよ。

 

「君達、今まで苦労したみたいだけど、これからは僕と一緒に来るといい。もちろん、馬小屋なんかで寝かせないし、高級な装備も買い揃えてあげよう」

 

 イザナミを連れて来たことには後悔と罪悪感はあるし、苦労はしている。でも、少なくとも私は今の生活に不満などはない。カズマはあるんだろうけど。

 きっと、みなんとかさんのパーティーに入れば、苦労もせずに魔王を退治できるのだろうな。みなんとかさんの自己中、裏を返せば私達を救おうとているのだ。そのみなんとかさんのところに入るのは悪くはない。

 

「……ちょっと話し合うわね」

 

 カズマを除いて私達は会議を始めた。

 

「じゃあ単刀直入で聞きます……彼の仲間に入りたい人、挙手」

「「「「…………」」」」

 

 誰も手を上げなかった。

 

「ちょっとヤバいんですけど。マジでヤバいんですけど。本気でやばいんですけど。怖いんですけど」

 

 語彙力はないアクアはとりあえず入りたくないことがわかった。

 

「どうしよう、あの男は何だか生理的に受けつけない。何だか無性に殴りたい」

 

 マゾなダクネスでもやっぱり誰でも言いわけではないようだ。逆に言えばカズマになら生理的に受け付けられるってことかよ。ざけんなよ。

 

「撃っていいですか? あの苦労知らずのスカしたエリート顔に、爆裂魔法を撃ってもいいですか?」

「よくないです」

 

 気持ちはわかるが、やめてくれ。私達が死ぬって。

 

「イザナミは……」

「…………こ、怖いです……」

 

 案の定、拒むよね。みなんとかさんとの相性も悪いし、あいつの仲間に入らないほうがいいだろう。

 総じて不評、誰もみなんとかさんの仲間にはなりたくないようだ。

 

「アスカは、どうなのですか?」

 

 めぐみんに訊ねられたので、正直に答えた。

 

「待遇としては悪くないけど、カズマの仲間でいるよ。せっかくめぐみんの爆裂魔法を評価できるようになったし、イザナミを放っておくわけにはいかないし、ここ女の子多いし」

「……最後だけで本音丸出しなのがわかりますね」

「そうですよ。アスカさんはそういう人です」

 

 何故かイザナミが答える。でも、間違ってはいない。当然のことだからね。

 よし、決まったことでさっさとギルドへ帰ろう。

 

「カズマー、全員残るから早く帰ろうよー」

「そっか、わかった。そういうわけだから、俺の仲間は満場一致で貴方のパーティーには行きたくないみたいです。俺達はクエストの完了報告があるので、それじゃあ」

 

 カズマがそう伝えると、馬を引いて立ち去ろうとする。

 

「ちょっと待った」

 

 と、そこへみなんとかさんが立ち塞がった。

 

「……すみません、どいてくれます? ギルドへ向かいたいんですが」

 

 カズマが若干苛立ちながらみなんとかさんに伝えるも、彼は話を無視して言葉を発した。

 

「悪いが、僕に魔剣という力を与えたアクア様をこんな境遇の中に放ってはおけない」

 

 何となく、この後の流れがわかる気がする。

 

「……僕と勝負しろ」

 

 やっぱり、勝負で解決しようとする展開だ。

 結局力づくで解決するところも、なんか日本にはない展開で新鮮な気もするけど、良くはないよね。

 カズマはクズマで人間のふりをしているゴミかもしれないが、最弱の冒険者だ。まともにやったら絶対に勝てない。公平に見せかけた不平等で弱い者いじめだ。

 私はふとカズマとの視線が合った。すると、彼はコクッと頷いた。

 それに対して私も頷いた。

 

「えっと……みなんとかさん」

「御剣響夜です」

「み、みつるぎさんでしたね。では御剣さん。もし、御剣さんが負けたらどうなるのですか?」

「そうだな……僕が負けたら何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか」

「よし乗った『アクセルダッシュ』」

 

 からの、足払い!

 

「あべっ!?」

 

 不意打ちかつ神速な足払いは、いくらチート武器かつ高レベルな勇者でも反応できまい。彼はそのまま地面へ倒れ込む。

 その隙にカズマの左手が光り出す。

 

「『スティール』!」

 

 カズマの左手にいかにも強そうだとわかる剣を持っていた。そう、カズマはスティールで御剣の魔剣グラムを奪ったのだ。

 御剣が驚く暇もなく、カズマは魔剣グラムを平らにして、おもいっきり頭部に強打をした。

 

「あばんっ!?」

 

 それはもう、あっさりとチート武器を持っていた御剣を倒した瞬間だった。

 

「「イエーイ」」

 

 見事なコンビネーションで高レベルな御剣を倒し、カズマとのハイタッチを決めた。

 

「ひ、卑怯者! 最低、卑怯者!」

「最低! 悪魔! 鬼! クズ! 二対一なんて卑怯よ! 正々堂々と一対一で勝負しなさいよ!」

 

 案の定、御剣ハーレムの美少女二人は私達を激しく非難する。これは想定内だから、仕方のないことだ。

 

「悪いね、お嬢ちゃん。正々堂々と戦っても勝てないから、こちらが勝つように仕向けて奇襲させてもらったよ」

 

 このことはカズマも理解しているようだ。彼にとっては卑怯もクソもない、勝てばいいみたいなことを思っているから反論はしない。

 まあ当然、御剣ハーレムの少女達は納得してもらえないだろうが、私も、カズマも、貴女達の主人である御剣さえも、一対一で戦うなんて決めてないんだよね。無論、こちらが二人で戦っていいとは禁止していないし、不意打ちもありとかなしも決めてはいない。そして、私はそれを決めつけないようにした。アクセルダッシュ足払いもしたのもそのためだ。

 と、そのことを説明すると。

 

「なによ! そんな方法で勝ったことに恥ずかしくないの!?」

「別に恥ずかしくないよ」

「開き直っているんじゃないわよ! 自分が弱いことを認めている証拠じゃない!」

「そうだよ、私達は御剣さんと比べれば弱いわよ。それに負ければ仲間が失うじゃん。卑怯とも言われようが私は確実に勝つ方法をとるに決まっているでしょ」

 

 それに御剣さんが勝ったところで、あの残念女神様を相手にするのはしんどいと思うし、幻滅もするだろうし、無理じゃないかな。そうだな……三日以内にこちらへ返却してくると思うな。

 さて、上手くこっちが勝ったところで……なんでも一つ言う事ができる権利、どうしよっか。

 

「カズマー、言う事聞く権利を決めていいよ」

「お前はいいのか?」

「とどめさしたのは、カズマなんでまかせます」

「……それじゃあ、この魔剣を貰っていきますか」

 

 カズマのその言葉に、取り巻きの一人がいきり立った。

 

「ば、バカ言っているんじゃないわよ! そんなの認めないわ! それに、その魔剣はキョウヤにしか使いこなせないわ!」

 

 ……いや、そんなわけないでしょ。そんなクレジットカード(実際使ったことないけど)みたいな剣があるわけないでしょうよ。

 でも自信満々に言っていて、特に嘘をついている様子もない。

 えっと、魔剣グラムを与えた女神様は……。

 

「残念だけど、マジよ。魔剣グラムはあのヤバい人専用武器になっているわよ。ヤバい人が使えば、人の限界を超えた膂力が手に入り、石だろうが、鉄だろうがザックリ斬れるんだけど、カズマが使ったところで野菜ぐらいしか切れないわ」

 

 そっか……カズマが盗んだ魔剣グラムは名ばかりのぼろくそ剣でしかないのか。

 

「でも、せっかくだから貰っとけば?」

「そうだな、なにかに使えるかもな。……というわけで、そいつが起きたら、これはお前が持ちかけた勝負なんだから恨みっこ無しだって言っといてくれ」

「じゃあね、お嬢ちゃん達。機会があれば私とお茶しに行こうね」

 

 私とカズマは別れを告げ、今度こそギルドへ向かおうとするも、御剣の仲間がそれを認めず、武器を構え始めた。

 

「待ちなさいよ! 認めるわけないでしょ!」

「そうよ! 私達はこんな勝ち方を断じて認めないから! キョウヤの魔剣、返して貰うわよ!」

 

 参ったな……女の子と戦うの、私あんまり好きじゃないんだよね……。

 私が躊躇っている中、この男はというと……。

 

「別にいいよ、受けて立とうじゃないか。ただし、俺は真の男女平等主義者だから、君達が相手でもグーパンするし、ドロップキックもするからな。手加減してもらうと思うなよ?」

 

 あんたはどっかの悪役ですか? とても味方サイドにいるような台詞だと思えないよ。

 

「そうだな……まずは、公衆の面前で俺のスティールをお見せしようではないか。さぁ、どうする?」

 

 カズマのいやらしい手つきと指の動かし方を見た、御剣さんの仲間達は違う意味で身の危険を感じたのか、恐怖に怯えて逃げてしまった。

 

「「「「うわぁ…………」」」」 

 

 一名を除いた私達はそんなカズマにドン引きしてしまった。

 ……御剣さんの方がマシだったのかもしれない。

 

 

 翌日。

 

「何でよおおおおおおおっ!」

 

 アクアの喧しい声が朝から始まった。

 なにかと騒ぎを起こすアクアさん。中に入ってみると、涙目になりながら、職員に掴みかかっていた。

 

「だから、借りた檻は私が壊したんじゃないって言ってるでしょ!? ミツルギって人が檻を捻じ曲げたんだってば!」

 

 あーなんとなくわかった。弁償されることに納得していないから訴えているのか。

 とりあえず私はカズマ達と合流して、アクアを見守る。そしてしばらくして、アクアがこちらへやってきた。

 その表情はしょんぼりしている。

 

「……どうだった?」

「粘ってみたけど、駄目だった。今回の報酬、壊した檻のお金を引いて、十万エリスですって……」

 

 今回の報酬が三十万だから、あの檻自体が二十万……って、高いな。あれ、そんなにするのかよ。

 でも確かに、あの強度でブルータルアリゲーターから一度も噛まれずに済んだんだからそれくらいなのは妥当なお値段なのかな。いや、それでも高いでしょ。

 今回ばかりはアクアに同情するよ。完全に御剣さんの善意がとばっちりになってしまったんだからね。

 

「あの男、今度会ったら絶対にゴッドブローを食らわせて、檻の弁償代を払わせてやるんだから!」

 

 御剣さん、貴方の善意でアクアを救おうとした気持ちはあったんだろうけど、結果的にアクアからは嫌われ、恨みを募らせ、怒りを燃やしてしまったね。

 ……あ、噂をすれば……なんて、運の無い人。

 

「探したぞ、佐藤和真!」

 

 御剣さんが、仲間である二人の少女を連れてやってきた。そして私達がいるテーブルにカツカツと歩み寄り、バンッとテーブルに手を叩きつけた。

 

「佐藤和真! 君の事は、ある盗賊の女の子に聞いた。ぱんつ脱がせ魔だってね」

「え?」

「えって、なに驚いているの。間違ってないでしょ」

「いやいやいや、間違っていないからな!」

「他にも女の子を粘液まみれにするのが趣味な男だとか、色々な人の噂になっていたよ、鬼畜のカズマだってことをね!」

「待て! 誰がそれを広めたのか詳しく!」

「別に否定できるものではないでしょ。あと、私達をトイレに行かせないようにすることも考えていたじゃん」

「おおい、語弊がある! これ以上、俺のイメージをぶち壊すな!」

 

 今更、皆に愛される正義のヒーロー・サトウカズマみたいなのを浸透させようとしているの? もう諦めなさい。人の流行は、一度回ればインフルエンザのように浸透するから手遅れだわ。君はすでに人間のふりをしたクズであり、鬼畜のカズマだってことはわかり切っているのよ。

 

「それに、志尾明日香!」

「え、私?」

 

 何故か御剣さんに私のフルネームで呼ばれる。

 

「見た目からは想像つかなかったけど、日頃から常に女の子を見つけたらナンパして彼女にしようとする、レズビアンだって噂が広まっている。それは本当かい?」

「ちょっと待った! それこそ誰がそれを広めたのか、詳しく!」

 

 確かに一日一回以上は可愛い女の子を見つけては、ナンパというお茶を誘っていることは事実だ。でも、それだけでレズビアンだってことが知らされるなんて普通思うか? ナンパする女ならまだしも、それだけでレズビアンって噂を広められている。つまり、私のことを知っている人物が噂を流した確率は高い……。

 私は思い当たる人物、イザナミに視線を向ける。

 

「……こうでもしないと、アスカさんは誰に構わず毒をかけようとするので、未然に防ぎました」

 

 やっぱりあんたかよ! 余計なことしやがって……っ。これでは今度、私のヒロイン候補達が警戒するではないか! 噂だろうが、私がレズビアンであることの可能性を思い浮かぶだけで、最大の障害ができてしまった。

 やられた……しかし、やるなイザナミ。流石私のヒロインだけある。

 

「アスカ……」

 

 何故かカズマに肩を叩かれた。しかも優しく。

 

「そう、落ち込むな。常識人の皮が剥がれただけだろ」

 

 カズマの表情はとても人を慰めてあげるような顔ではなく、ざまぁ見ろと言わんばかりの挑発する顔で言ってきた。

 ……こいつだけは、地獄に送るべきだと私は思うんだよね。あと、殴っていいよね。すげぇ腹が立つんですけど!

 そんな中、言うだけ言った御剣さんはというと、アクアに近寄り始めた。

 

「アクア様。僕はこの鬼畜な男から魔剣を取り返し、必ず魔王を倒すと誓います。ですから、この僕と」

「ゴッドブロオオオオオオオオオオッ!!」

「ぐぶへぇ!?」

「「キョウヤ!!」」

 

 見事にアクアの光る右手が御剣の頬を抉るかのように殴り飛ばした。アクアを助けようとしているのに殴られるなんて、ついていなさ過ぎ男君だね。

 床に転がる御剣に追い打ちをかけるかのように、アクアは詰め寄ってからの胸ぐらを掴み上げられる。

 

「ちょっとあんた! 檻を壊した金払いなさいよ! あんたのせいで私が弁償する事になったんだからね! ふざけんじゃないわよ! 三十万よ、三十万! なんか知らないけど、あの檻は特別な金属と製法でできているから無駄に高いんだって! おかげでこっちは報酬十万しか貰えなかったわよ! 今すぐ払いなさい! とっととお金を出して、早く!」

 

 あの檻、本当は二十万って言ったくせに、ちゃっかりと十万を巻き上げやがった。

 金を要求された御剣さんはアクアに気圧されてしまったのか、素直に財布から三十万を出してしまった。

 

「すみませーん!」

 

 お金が手に入ったことで上機嫌になったアクアは、メニューを片手に店員を呼んで注文をしていた。

 そんな女神であるアクアのことをなかったかのように、御剣さんはカズマに話しかけた。

 

「……佐藤和真、あんなやり方でも、僕の負けは負けだ。そして何でも言うことを聞くと言ったのも事実だ。それを取り消すことつもりはない。それを含めて、こんな事を頼むのは虫がいいのも理解している。頼む! 魔剣を返してはくれないだろうか? 代わりと言ってはなんだろうが、店で一番良い剣を買ってあげるから、頼む!」

 

 本当に虫のいい話だよね。

 でも、あの魔剣グラムはカズマが持っていたところで名前ばかりのただの剣でしかないのは事実だ。御剣さんの話を受け入れ、買ってもらって強化するのも手だろう。

 それに彼はちゃんと謝っているから、悪い人ではないんだろう。嫌われやすい人であるけどね。

 だからここは……無慈悲に伝えようではないか。

 

「えーっと、みつるきんさん」

「御剣です」

「……ちょっと噛んだだけだよ。カズマはもう魔剣を持っていないのよ」

「…………え?」

 

 御剣さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。そして注意深くカズマを見始める。

 

「さ、佐藤和真。ま、魔剣は? ぼ、ぼぼぼ僕の魔剣はどこへ?」

 

 顔中に脂汗を浮かべる。事実を受け入れたくないのだろう。

 それでもカズマは無慈悲に一言告げる。

 

「売った」

「ちっくしょおおおおおおおお!!」

 

 御剣さんは泣きながらギルドへ飛び出して行った。

 ……御剣さん、ドンマイです。

 

「……一体何だったのだ、あいつは」

「……何だったんだろうね」

 

 だからね、ダクネス。彼のことは……そっとしようではないか。

 

「ところで、カズマ。昨日もそうだけど、先ほどからアクアが女神だとか呼ばれていたが、一体何の話だ?」

 

 ああ、そっか。ダクネスもアクアが女神であることは知らないのか。あんだけ御剣さんが女神女神って言っていれば気になるのも当然か。

 この辺はカズマとアクアにおまかせしよう。

 

「今まで黙っていたけど、貴女達には言っておくわ。私はアクア。アクシズ教団が崇拝する、水を司る女神。女神アクアは私なのよ!」

 

 真剣な表情でダクネス、そしてめぐみんに伝えるも、

 

「「という夢を見たのか」」

「違うわよ!」

 

 声がハモってしまう程。直観で信じることはなかった。今までの素行を見ていれば信じられないのもわかるけどね。実際、私がそうだったわ。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください!』

 

 突如鳴り響く、緊急アナウンス。今日は一体なんなの、さっきから騒がしい展開が続くなぁ……。

 

『繰り返します! 全冒険者の冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください! ……特に、冒険者サトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします』

 

 ……なんか名指しされたんですけど。

 …………まさか。

 名指しされたので、私達は慌てて正門に駆けつけた。ダクネスが重装備なので、遅れるものの到着する。

 やはり正門の前に現れていたのは、予想通りの首なし騎士、デュラハンだった。

 

「なぜ城に来ないのだ! この、人でなしどもがああああああああっ!!」

 

 魔王の幹部が、罪を認めない不良に怒鳴るような先生のように、もの凄いお怒りだった。



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この最初のボスに開戦を

 「なぜ城に来ないのだ! この、人でなしどもがああああああああっ!!」

 

 ……どうしよう。魔王軍の幹部であるデュラハンさんがいきなり怒っていらっしゃる。もしかしなくても、私達があの廃城に来なかったからキレているのか? というかそう言って怒っているんだよね。

 でもさ、もうあの廃城へ行く理由がなくなったんだよね。だって、もう呪いが解けたんだもん。

 ……とりあえず、ここは穏便に行かせてもらおう。

 

「えっと……こちらとしては城に来る理由が、解決しましてですね……行く理由がなくなりました」

「大いにあるだろう! 行かなければならない理由がさ!」

「それが解決したんですよ。それだけで人でなしって言われるのもちょっと……」

「人でないしであるだろうがああああああ!!」

 

 勢いにキレたデュラハンは自分の頭であるヘルムを地面に叩きつける。そしたら、自分の頭であることに気づき慌てて抱え直した。

 

「……ちゃんと首につけた方がいいですよ」

「やかましい! 俺はな、もの凄く頭にきているのだ! あれほどやめてほしいと伝えたのにも関わらず、そこの頭のおかしい紅魔の娘が、あれから毎日欠かさず爆裂魔法を撃ちに通っているのだ!」

「え?」

 

 わざわざ魔王軍の幹部であるデュラハンが自ら訴えに現れ、咎めとしてダクネスに死の呪いでやめさせようとしたのにも関わらず、懲りずに爆裂魔法を撃ち込んでいるの?

 私はめぐみんを見つめる。すると自分はやっていませんと言わんばかりに、ふいっと目を逸らした。

 

「ねぇ、めぐみん。あれほどのことがあったのにも関わらず、毎日行っているの? バカ? バカなの? バカでしょ。本当にバカだな!」

「いだだだだだだだ、いひゃい、いひゃいです!」

 

 私はめぐみんの頬を引っ張って叱った。

 

「ち、違うのです! 聞いてくださいアスカ! 今までは何もない荒野に魔法を放つだけで我慢できていたのですが……」

「いや、まず爆裂魔法を撃たないことに我慢しなさいよ……」

「つまり、死ね……と」

「言ってない。それで今はどうなの?」

「今はですね……。城への魔法攻撃の魅力を覚えて以来、大きくて硬いモノじゃないと、その……我慢できない体になってしまったのです」

 

 もじもじしながら意味深な台詞を言ってんじゃないわよ。ちょっとエロいと思ったじゃないか。

 うかつだった。あんなこともあったから、もうやらないと思っていた私が甘かったわね。というか、そんなこと思ってもいなかったよ。普通はそんな恐れ多いことできないわよ。

 私が頭を悩ませていると、隣にカズマがやってきた。

 

「……おい、めぐみん」

「カズマならわかってくれますよね!」

「わかんねぇよ、そんな快感方法なんかわかりたくもない! つかお前、魔法撃ったら動けなくなるんじゃないのか? てことは、一緒に通った共犯者がいるだろ」

 

 あ、そういえばそんな設定あったね。カズマ本人が問いだ出しているあたり、連れて行ったわけじゃないのはわかっている。イザナミはほとんど私が攻略しようとするのを阻止するために監視していたから、イザナミでもないだろうし、ダクネスはドMだろうが防音騒動を起こすとは思えない。

 消去法でめぐみんと共犯している奴といったら……。

 私はちらっともう一人の犯人に視線を向けると、吹けない口笛をして目を逸らしていた。

 

「お前かあああああああ!」

「わああああああああっ! だ、だってだって、あのデュラハンのせいでろくなクエスト請けられないんだから腹いせがしたかったんだもの!」

 

 共犯者であるアクアを見つけたカズマは怒鳴り、私がめぐみんにやったように頬を引っ張り始めた。

 

「あいつのせいで、毎日毎日店長に叱られるはめになったのよ! そんなの許せないじゃない!」

 

 いや、それはアクアがちゃんと仕事をしていないせいで、デュラハンは関係ないでしょ。

 

「爆裂魔法のこともあるが、本当に頭にきているのは貴様らが仲間を助けないということだ! 貴様らは助けようとする気はないのか?」

「え? いや、あるに決まっているでしょ」

 

 私がデュラハンに対して当たり前のことを口にした。

 するとデュラハンはもう一度、自分の頭を地面に叩きつけようと……する寸前でやめ、怒りを燃やした。

 

「嘘つけ! それなら、なぜ俺のところへ来ないんだ! 不当な理由で処刑され、怨念により、こうしてモンスター化する前は真っ当な騎士だったつもりだ。その俺から言わせれば、仲間を庇って、呪いを受けた騎士の鏡である、あのクルセイダーを見捨てるなど……」

「あーそのことですが、デュラハンさん……」

 

 デュラハンが言い終わる前に、私は誤解を解こう言葉を挟んだ。そしてちょうど良いタイミングで、ダクネスがようやく正門へたどり着いていたのだ。

 

「…………あ、あれぇ――――っ、なんでぇええええっ!?」

 

 ダクネスが生きていることを確認したデュラハンは甲高い声で仰天した。まぁ、呪いをかけた本人からすればダクネスが生きていること微塵にも思っていなかったから、当然と言えば当然の反応なんだろうな。

 

「そ、そんな……騎士の鏡などと言われても……」

 

 気まずそうながらも、ダクネスは褒められて照れている。

 可愛かった。

 

「え? なになに? ダクネスに呪いをかけて一週間が経ったのに、ピンピンと生きているのが驚いているの? 私達が、呪いを解くために城にやってくると思って、ずっとワクワクしながら待ち続けたの? 帰った後、あっさり呪いを解けたことも知らずに? ワクワクしちゃったんだ! プークスクス! うけるんですげど! ちょーうけるんですけど! アハハハハハハハッ!!」

 

 アクアはここぞというばかりに心底楽しそうに煽っていた。とても女神とは思えない煽り方である。笑い方もゲスだ。

 ヘルムのせいで表情は見えないけど、ポーカーフェイスで常に冷静を保つような奴じゃないし、今物凄くプルプルと身体が震えている感じからすれば、怒りの頂点が爆発しちゃったのかもしれない。

 ……この後の展開が、なんとなく予想できる。

 

「……おい、貴様ら。俺がその気になれば、この街の冒険者を一人残らず斬り捨てて、皆殺しをする事だって出来るのだ。調子に乗って、いつまでも見逃して貰えると思うなよ? 疲れを知らぬ不死の身体を持つ俺に、お前らひよっ子冒険者どもでは傷もつけられぬわ!」

 

 やっぱり、今に交戦しようと奮い立ててしまった。あれだけバカにされたら、ブチ切れるのもわからなくはない。わからなくはないけど、やめてほしいです。

 そんなデュラハンのことなど気にせず、アクアは場の空気を読まずに強気の姿勢を保ち、右手を突き出した。

 

「見逃してあげる理由がないのはこっちの方よ! アンデッドの分際で注目集めようとしているのなんて生意気なのよ! あんたなんか消えて無くなりなさい! 『ターンアンデッド』!」

 

 アクアが突き出した右手から、白い光が放たれる。

 

「フンッ、魔王の幹部がプリースト対策も無しに戦場に立つとでも思っているのか? 残念だったな、この俺は魔王様の特別な加護を受けた鎧と、俺自身の力により、神聖魔法なんか効かないものぎゃああああああああああああっ!?」

 

 デュラハンはひよっ子冒険者だから、アクアごときのプリースのなんか効かないと自信満々に立ち尽くしていたものの、体のあちこちから黒い煙を立ち上げ、身を震わせながら持ちこたえていた。

 

「ね、ねぇ、カズマ! 変よ、効いてないわ!」

「いや、結構効いてた様に見えたけど、ぎゃーって悲鳴を上げていたみたいだし」

 

 あんた達、わざと煽っているわけじゃないよね?

 

「……ク、ククク……説明は最後まで聞くものだが、まぁいい」

 

 デュラハンはよろめきながらも言葉を口にする。

 

「俺は魔王幹部が一人、デュラハンのベルディアだ。本来はこの周辺に強い光が落ちて来たのだと、うちの占い師が騒ぐから調査に来たのだが……もう、面倒だ。いっそのこと、この街ごと無くしてやる!」

 

 なんかもの凄い理不尽で滅ぼすような宣言された。

 そんでもって、いよいよ本格的なボス戦の始まりか。気を引き締めていかないとここでゲームオーバーになってしまうわね。

 

「だが、わざわざ俺が相手をしてやるまでもない」

 

 そう言うと、デュラハンのベルディアは左手で自分の首を抱え、空いた右手を払うように振る。するとベルディアの周辺の地面が黒く染まっていき、そこから不気味な人型、アンデッドを数多く出現させた。

 

「アンデッドナイトよ! 俺をコケにしたこの連中に、地獄というものを見せてやるがいい!」

 

 まずは前哨戦と言わんばかりに数多くのアンデッドを戦わせようとしているのね。こっちには多くの冒険者がいるから、なんとかなるはずだ。

 

「あっ! あいつ、アクアの魔法が意外に効いてしまったからビビったんだ! 自分だけ安全な所に逃げて、部下を使って楽しようとしているんだぜ!」

 

 私が戦闘態勢を取るなか、カズマはここぞとデュラハンを煽っていた。なんか戦う気満々の私が恥ずかしいじゃん。

 

「ち、違うわい! いきなりボスが戦ってどうるす! まずは雑魚を片付けてから」

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!!」

「ひああああああああああ!?」

 

 RPGでありそうな流れを逆らって、アクアは言いかけているベルディアに魔法をかけた。

 畜生だな、アクア。

 効果は抜群。悲鳴を上げ、痛みを和らげるためなのか、体中から黒い煙が撒きつつ、地面をゴロゴロ転げ回っていた。

 

「ど、どうしようカズマ! やっぱりおかしいわ! あいつ、私の魔法がちっとも効かないの!」

「ひあーって、言ってたし、すっごく効いている気がするけどな」

 

 別にゲームのようにやれとは言わないけど、もうちょっと緊張感はもってもいいんじゃないの? なんかコント見ている気分になっちゃったじゃないか。

 にしても、女神であるアクアの浄化魔法を耐えるとは……結構、ベルディアの鎧の耐久力は並ってわけじゃなさそうだ。それともアクアがそこまで凄くないだけなのか?

 ともあれ、なんとか行けそうな気がしなくもない。

 

「こ、この……っ! せ、せめて台詞は最後まで言わせろ!」

 

 ようやくベルディアはよろめきながら、立ち上がった。

 

「ええい、お前ら! 街の連中を皆殺しにしろ!」

 

 右手を振り下ろすと、数多くのアンデッドナイトが私達を襲いかかり始めた。

 

「ぷ、プリーストを、プリーストを呼べぇ! 早く!」

「誰かエリス協会に行って、聖水をありったけ貰ってきてー!」

 

 あちらこちらから、切羽詰まった冒険者の叫びが響き渡る。というのも、アンデッドナイトという存在がそれほど恐ろしい存在なのだからだろう。

 作品によってはいろいろあるけど、特殊能力を持ったワイトよりも遥に協力で極めて恐ろしい存在なのは確かだ。それが今、私達冒険者を蹂躙させようと襲ってきている。冷静でいられるのは難しいのだろう。

 それをわかっているのか、その光景を見たベルディアは嘲笑った。

 

「クハハハハ! さぁ、お前達の絶望の叫びをこの俺に……ん?」

 

 と思った矢先にトラブルが発生した。

 

「ちょっと! なんで私ばっかり狙われるのよー!? 女神なのよ、私! 神様だから日頃の行いも良いはずなのに!」

「ず、ずるい! ずるいぞ! 私は本当に日頃の行いは良いはずなのに、どうしてアクアの所ばっかりアンデッドナイトが!?」

 

 何故かアンデッドナイトの皆さんはアクアを狙って追いかけていた。そしてその光景を見たダクネスは羨ましそうに叫んだ。日頃の行いが良いからって、望んだことにはならないでしょってツッコミを入れるのは野暮ですかね。

 これには私達を含めて、ベルディアも困惑するしかなかった。

 

「こ、こらお前達! そんなプリースト一人を相手にしないで、他の冒険者や街の住人を襲いなさいよ!」

 

 焦りつつも呼びかけてみるも、言うことを聞かずアクアを追い続ける。上官の命令すらも聞く耳も持たない程、アンデッドナイトはアクアに惹かれているのだろうか? それとも、ベルディアの威厳が足りないから、聞かないだけなのかな?

 理由はなんであれ、一応アクアのおかげでヘイトは稼ぐことができ、襲われずに済む。そしてそれはチャンスでもある。

 

「よし、めぐみん。今のうちに爆裂魔法をアンデッドナインの群れに撃ち込めて一掃できない?」

「えっと……そうしたいのは山々なんですが、このままではアクアを巻き込んでしまう恐れがあります。それに今のアクアは冷静ではないので、下手をすれば外して終わりってことになりかねませんよ」

「あ、そっか……」

 

 確かに、アクアに指示を与えても言う事を聞くとは限らないしなぁ……。

 

「いっそのこと、アクアごと吹き飛ばせばいいだろ?」

「あんた、それでも神様を異世界の所有物にした転生者か!? 流石、鬼畜のクズマ! 考えが私達と違う!」

「ハハッ、ジョークだよ、ジョーク。本気にするなって」

 

 それでも私はとてもジョークには聞こえません。だってこの男ならやりかねないし、目が笑っていない。

 

「わああああああ、カズマさーん! カズマさーん!」

 

 先ほどの会話がアクアに聞こえていたわけでもないようだけど、アクアがアンデッドナイトの大群を引き連れて、カズマに擦り付けるように寄ってきた。

 

「このっ、バカ野郎が!!」

 

 案の定、カズマもアクアと共にアンデッドナイトの大群から追われる身となってしまった。

 コントかよ。

 でもこれは、ある意味チャンスかもしれない。

 

「カズマー、良い策を思いつたから、ちょっと頑張ってねー!」

「うるせー! わかってるよ、そんなこと! そのかわりちゃんと始末しろよ!」」

 

 おそらくカズマも私と同じ策を考えついた、はずだ。あんまり信じたくはないけど、なんだかんだ仲間であるから、信じてみる価値は十分にある。

 

「めぐみん、爆裂魔法を唱えて待機して。そしてカズマの合図で撃って」

「え、え……っと、わかりました」

 

 私はめぐみんに指示を、カズマはアクアに指示を出しているはずだ。

 上手くいけば……全てを一掃できる。

 カズマとアクアはアンデッドナイトの大群を引き付けて逃げ回りながら、アンデッドナイトの主であろう、ベルディアに向かう。

 やっぱ、そう来るよね。私も同じことを考えていたわ。

 

 「めぐみん、やれーっ!」

 

 カズマの合図で二人は左右に逃げる。同時に魔法を唱え、待機していためぐみんの紅い瞳が光る。

 

「なんという絶好のシチュエーション! 感謝します、深く感謝しますよ、カズマ!」

 

 ……カズマだけかよ。

 

「お前ら、散れ!」

「もう遅いです! 魔王の幹部、ベルディアよ! 我が爆裂魔法に果てろ!」

 

 めぐみんの言葉通り、ベルディアが指示を出す頃にはすでに爆裂魔法の範囲内を捉えており、天から降り注ぐ業火の輝きによって、消し飛ばされるだろう。

 

「『エクスプローション』ッ!!」

 

 めぐみんが放つ爆裂魔法は、アンデッドの大群とベルディアを巻き込むように炸裂した。

 無駄に威力が高くて効率は悪いけど魔法の最強技により、巨大なクレームを作り上がった。その成果を十分に与えるようにアンデットナイトの大群は一体残らずして、消し炭にされていたようだ。

 誰もが爆裂魔法の威力とその成果に静かり返る中、めぐみんが勝ち誇った。

 

「名乗れなかったのが残念ですが、致し方がないですね。我が放った爆裂魔法の威力を目の当たりにし、誰一人として声も出せない様ですね……次こそは、完璧な名乗りを入れ、気持ちよく撃ちたいものですね……」

 

 そして力尽きるように倒れ込んでしまった。

 

「お疲れさま、おんぶいる?」

「……変なことしませんか?」

「警戒しないで、素直に頷きなさいよ」

 

 イザナミの影響を受けているのかもしれないが、流石に空気ぐらいは読むからね。

 というわけで、めぐみんに警戒されているので、変な事はせずにおんぶした。

 

「うおおおおおおおお! やるじゃねーか、あの頭のおかしい子!」

 

 一人が声を発すると、次々と歓声が沸き上がる。

 

「やった! 頭のおかしい奴のおかげで助かった!」

「名前と頭がおかしいだけで、やる時はちゃんとやるじゃないか、見直したぞ!」

「本当に頭のおかしい奴だけど、流石、頭のおかしいことを言うだけ違うな!」

 

 冒険者達の歓声? に対するめぐみんの反応は。

 

「すみません。ちょっとあの人達に爆裂魔法をぶっ放したいので、近くまで連れてってください」

 

 静かに怒っていた。

 

「気持ちはわかるけど、ここは我慢して。彼らだって悪気があって言ってるわけじゃないと思うし……」

「……だったら、あの人達の顔を覚えてください。今度、万全を期してあいつらをぶっ放しますので」

「それこそ本当に頭のおかしい奴だと思われるからやめてあげて」

 

 めぐみんをたしなめつつ、地面に転がっているカズマに近寄った。

 

「……カズマ、君のことは忘れない」

「勝手に殺すな」

「なんだ、生きていたのか」

「こんなことで死んでたまるかよ」

 

 爆裂魔法に巻き込まれたかと思っていたけど、思ったよりも元気そうだった。

 

「死ぬかと思ったぜ……これであいつも……」

 

 カズマはそんな生存フラグを無意識に呟いているタイミングで、ベルディアが立ち上がった。

 え、嘘でしょ。あの無駄に威力の高い爆裂魔法を食らっても立ち上がられるのか。

 いや、それが当然なのかもしれない。魔王軍の幹部であれば最強の魔法が当たったとしても仕留められるかどうかは別なんだ。そんなことを私は認識していなかっただけなんだ。

 

「クハハハハハハ! 面白い、面白いぞ! まさかこの駆け出しの街で、本当に配下を全滅させられるとは思わなかったぞ! では約束通り、この俺自ら、貴様らの相手をしてやろう!」

 

 どこから取り出したのか、背丈ぐらいの大剣を軽々と右手に構え始めた。

 めぐみんはもう魔力はない。アクアの回復魔法は効くけど致命打にはならない。残っている私達、私とカズマの攻撃力では貧弱過ぎて歯が立たない。ダクネスは攻撃が当たらないから論外。イザナミは……。

 イザナミ?

 ……そういえば、イザナミはどこにいるの?

 

「どんなに強い存在だろうが、後ろには目はついていない。囲んで同時に襲い掛かるぞ!」

 

 そんなことを思っていると、一人の戦士っぽい人が指示を出しつつ、多数の冒険者達がベルディアを囲み始めた。

 

「ほーう? 俺に勝てると思っているのか。クク、万が一にもこの俺を討ち取ることが出来れば、さぞかし大層な報酬が貰えるだろうな。一攫千金を狙う夢見る駆け出し冒険者達よ。まとめてかかってくるがいいさ」

 

 囲まれているものの、魔王軍の幹部である貫禄なのか、不利な状況になっていても慌てた様子がなければ、油断している様子もない。

 

「おい、相手は魔王軍の幹部だぞ、そんな単純な手で簡単に倒せる訳がねーだろ!」

 

 カズマは囲んでいる冒険者達に警告するも、彼らが引くことはなかった。

 

「例え俺達が倒せなくても時間稼ぎができれば十分だ! 緊急放送を聞いているはずだから、すぐにこの街の切り札がやって来るさ!」

 

 ……この街の切り札? そんなのあるんだ。

 なら、出し惜しみしないで早く来てくださいよ!

 

「おい、お前ら、一度にかかれば死角ができる! 四方向からやっちまえ!」

 

 そんな叫びと共に冒険者達はベルディアに襲いかかかる。

 それに対して、ベルディアは慌てる様子もなく、自分の首を空高く放り投げる。

 その時、背中がゾクッと悪寒が走った。

 私だけではなく、カズマも、他の冒険者も気づいたらしい。

 その悪寒の正体は、頭上からベルディアのヘルムから見通す悪魔の瞳だった。

 その悪魔の瞳で私達を見下ろすように捉えている。見られているという感覚ではない、睨みのような強い視線が私達に突き刺さる。

 この感覚は間違いなく、恐怖だ。そしてそれは現実へとなってしまう。

 

「止めろ! 行くな!」

 

 カズマがベルディアを襲い掛かる冒険者達を止めようと声をかけるが既に手遅れだった。

 ベルディアは一斉に斬りかかってくる冒険者達を軽くかわす、まるで背中に目がついているような動き方をしていた。

 そして、片手で握っていた大剣で冒険者達を一掃。

 気づいた時には斬りかかっていた冒険者達全員を、逆に斬り捨てていた。

 そう。いとも簡単に、あっさりと終わっていたのだ。

 ……あれ、あいつらは死んじゃったの? 全然実感が沸かないんだけど、マジで死んでしまったの? あっさりしすぎじゃない? 死って劇的なものじゃないのか?

 死というに対して、私は全然実感が湧かなかった。それなのにも関わらず、今にも気が遠のいてしまいそうなくらい、目の前がテレビの砂嵐のような感覚で何も見えなくなっていた。

 

「あ、アスカ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、大丈夫……ちょっと考え事をしていただけ」

 

 めぐみんの言葉でなんとか立ち直れた。

 ……そうだった。

 ここは日本じゃない。

 ましてや、ゲームでやるようなファンタジーでもない。

 ここは私の現実。人の命を奪うものを持つことが当たり前であり、簡単に死を実感させられる理不尽な世界なんだ。

 しっかりしろ、私。せっかく一度死んで転生してもらった人生だ。ハーレム女王になるまでは死ぬわけにはいかない。

 

「さて、次は誰がお相手だ?」

 

 ベルディアは気楽に言う。そしていつのまにか頭上に投げていた自分の首を左手で抱え直していた。

 なんとか立ち直れたけど、状況は好ましくない。あんな光景を見せられてしまっては誰もが怯んでしまう。

 そう思っていたら、一人の女の子が叫び上げた。

 

「あ、あんたなんか! 今にミツルギさんが来たら一撃で斬られちゃうんだから! 良い気にならないでよね!」

 

 …………ミツルギ?

 えっと……なんか聞いたことあったような……ないようなぁ……。

 

「めぐみん」

「何です?」

「この街にミツルギって言う人が切り札なのは知ってる?」

「この街の切り札がミツルギという方なのは知りませんが、私が知る中でミツルギは、カズマに魔剣を売られた可哀想な人だとしか知りませんね」

 

 …………え?

 この街の切り札であるミツルギが、私達に不意打ちで負け、カズマに魔剣を奪われた挙句に売られてしまった可哀想な御剣と同一人物?

 …………。

 あ、そうだ。そうだった。普通にド忘れしちゃった。

 そうじゃん、あのみなんとかさんこと御剣さんじゃないか。

 あれ、てことはつまり……。

 

「おう、少しだけ持ち堪えるぞ! あの魔剣使いの兄ちゃんが来れば、きっと魔王の幹部だって倒せるはずだ!」

「ベルディアとか言ったな? いるんだぜ、この街にも! 高レベルで凄腕の冒険者であり、この街の切り札っていう奴がよ!」

 

 ごめん、その頼りになるはずのミツルギさんを私達のせいで弱体化してしまいました。 だから例え来たところで倒せるかはわかんないんだ。つまり、絶体絶命なんだよね! 凄い困ったことをしてしまった!

 うわ、最悪だ! 最悪のタイミングでこんなことになるとは思わなかった。予知していたら、普通に魔剣返していたよ。なんで魔剣売ったんだよ、バカカズマ!

 急にカズマに怒りが湧いたので、ふとカズマに視線を向けると、彼は真っ青になっていた。

 ……こんなことになるなら、意地悪しないで魔剣をとっといておくべきだったね。

 後悔したところで状況が変わることはないし、過去に飛ぶこともできない。そんでもってピンチなのは変わりない。この状況を打開する秘訣はないのか? 

 なんでもいい。なんでもいいけど、命を失わないくらいに時間を稼げれば…………一つ。

 一つ思いついたことで、なんとかなるのかもしれない。

 

「……ほう? 次はお前が俺の相手をするのか?」

 

 ベルディアに立ち塞がったのは一人。そしてその一人は私達の仲間であるダクネスだった。

 クルセイダーであるダクネスならベルディアの攻撃に耐えられるのだろうか? 先ほどやられた冒険者の中には鎧を着用していたのにも関わらず、一撃でやられてしまった。

 護ることでしか取り柄の無いと自信満々に言っていたダクネスは大丈夫なのだろうか?

 

「大丈夫なの?」

 

 万が一のことがあっては駄目だ。私はダクネスを止めようとするも、首を振って断られてしまった。

 

「あのベルディアは強力な攻撃スキルを持っているのだろう。だが安心しろ、アスカ。前も言ったと思うが、頑丈さでは誰にも負けない自信はある。それに防御スキルを習得しているからそう簡単にやられはしない」

 

 珍しくダクネスがかっこいいことを言っている。

 そしてダクネスはベルディアに視線を向け、話を続けた。

 

「聖騎士として、護ることを生業とする者として、どうしても譲れない者がある。だから私にやらせて欲しい」

 

 私にはダクネスが言う護る意志というものはわからなかったけど、私がハーレム女王を目指すように、ダクネスにも譲れないものがあるのだろう。

 それに……私もヒロインのためなら護るからさ、全部わからないわけじゃないんだよね。

 

「行くぞ、ベルディア! 斬られた冒険者の敵を取らせてもらう!」

 

 ダクネスは大剣を構え、ベルディアに向かって駆け出した。

 

「フッ、面白い。やれるものなら、やってみろ!」

 

 それに対してベルディアが迎え撃つ。

 先に仕掛けたのはベルディア。大剣を振り下ろした。

 だが、それをダクネスは受け止める。力いっぱい踏ん張り、ベルディアの大剣を受け止め切っていた。

 

「どうした、ベルディア。こんなものなのか?」

 

 これまた珍しく、ダクネスが相手に挑発をしていた。

 

「この私を蹂躙させ、皆の前で淫らでみっともない屈辱を遭わせるつもりなんだろうけど、そんな軽い気持ちでは私は屈服しないぞ! 本能を抑えず、むき出しにしてやってみせろ!」

「変な妄想はやめろ! そんなつもりはさらさらない!」

 

 うん。いつものダクネスだった。

 もう台無しだし、敵側からつっこまれているじゃんか。

 そんなことを言われたベルディアは一旦気を引き締めるように、ダクネスの大剣を払って距離を開けた。

 それを逃がさないように、ダクネスが攻める。そしてそれは私でもわかるような好機と言える展開だった。このままダクネスが大剣を振りかざして一撃を与えられる。それが見えた。

 

「ハアアアアアアアッ!!」

 

 ダクネスはベルディアに大剣を振りかざして斬りつける。

 しかし、ダクネスは大きく外してしまい、大剣を豪快良く地面に叩きつけてしまった。

 

「…………は?」

 

 ベルディアが気の抜けた声が耳に届いた。そしてそのまま呆然とダクネスを見ている気がしていた。

 同時に、私を含めた周りの冒険者も呆然とダクネスを眺めるしかなかった。

 ……ダクネスさ。立っているだけの相手すら外すとかないわー。倒せなくても返り討ちもされるならともかく、あそこで外すとかないわー。

 ……なんか悲しいよ、私は。

 

「あれ、私達の仲間ですよね……」

「そういうこと言わないの、めぐみん。余計可哀想だから……」

 

 本人も恥ずかしがっているんだ。余程、自信満々に決める気でいたんだろう。その結果があれだからね。

 ベルディアに豪快に外したダクネスは、恥ずかしながらも気を取り直して一歩下がってから、大剣を横に払った。

 

「なんたる期待外れだ。もういい!」

 

 ベルディアはその攻撃を軽く避ける。そして軽く一蹴するように大剣を一閃させた。

 あまりにも簡潔すぎる流れに、私はダクネスがやられたことに関して認識が遅れるほど、あっさりしていた。

 

「さて、次の相手はどいつだ?」

 

 ベルディアの視線は私達に向けられるも、すぐ何かに察したのか、ダクネスに向けていた。

 ダクネスはベルディアに斬られたのは事実であるが、死んでもなければ倒れてもいなかった。鎧に大きな傷をつけられたぐらいで済んだのだ。

 

「ああっ!? わ、私の新調した鎧が!?」

 

 斬られた直後にその心配かよ。……いや、むしろ鎧に心配しているぐらいはまだ大丈夫ってことになる、よね? 見た感じでは身体に届くような傷もつけられていない。

 

「ダクネス! お前ならそいつの攻撃に耐えられる! 攻撃は任せとけ、援護してやる!」

「任せた! だが、私にもこいつに一太刀浴びせる機会を作ってくれ。頼む!」

 

 カズマとダクネスのやり取りで、私がふととっさにひらめいた作戦を思いついた。上手くいけば、一撃で倒せるはずだ。

 それには、まず一旦離脱する必要がある。

 

「カズマ! 悪いんだけど、しばらく時間稼いで!」

「おい、どこに行くんだ!?」

 

 伝えたいことだけ伝えた私は、カズマに返答はせずに正門付近まで下がった。まずはめぐみんを安全な場所へ置く必要があった。とりあえずベルディアに目を付けられず、冒険者に近くて、いい感じに隠れられそうなところに置かした。

 

「悪いけど、ちょっとここにいてよね。あのデュラハンを倒してくるから」

「一体何をする気なのですか? カズマに時間稼ぎしてってお願いしたから、何か策でも思いついたんですか?」

「……まぁ、策というか、こうなったらいいな~みたいな感じかな。やることはシンプルな奇襲だし」

「奇襲ですか。確かにアスカのゲイルマスターなら、あの無駄に速い足で近寄るのはできると思いますが、その分の攻撃力が弱いで撃破することは不可能だと思いますよ」

 

 無駄に威力が高く、無駄に消費する魔法を使うめぐみんもあんまり人の事言えないけどね。言っていることは事実なんだろうけどさ。

 それに関しては私も十分に理解している。

 

「そう。その攻撃力の問題を解決しなければ成功できない。そのために、まずはイザナミを見つけないといけない」

 

 気がついたらいなくなっていたイザナミがいなければ、この奇襲作戦は成功しない。

 なので、まずはイザナミを探さないと話にならない。どこにいるのかは……大まかに検討できるけど、この街って結構広いから正門付近にいければ、街中を探さなければならない。

 ここは自分の足の速さにかけるしかないわね。ちんたらしていて、時間を稼いでいるカズマがやられてしまうことがないようにしないと。

 

「イザナミですか……それなら、そこで地面で何か書いていますよ」

「え?」

 

 めぐみんが指す方向に、顔を向ける。そこには、地面にのの字を指でなぞり書きをしているイザナミがいた。まるで世界が終わるのは自分のせいと思い込んでいるように彼女は自己嫌悪になっていた。

 ……すぐ見つかったけど、予想通りの展開。

 なんでそうなっているのかはわからないし、ブツブツ何を言っているのかはわからないけど、自分のことに対して淡々と責めていそうなのは一目でわかった。

 どうせ、デュラハンが攻めてきたのは自分のせいだと思い込んでいるんだろうなぁ……それしか理由が思いつかない。

 よし、いつも通りに励まして立ち直らせよう。 

 

「イザナミ」

「ひっ、ごめんなさい! 邪魔ですよね。こいつ生きているだけでも迷惑な私がこんなところにいていけないですよね。今すぐに地面に埋まります」

「大鎌で土を掘らなくてもいいし、埋まらなくていい」

 

 姉から貰った大切な大鎌をシャベル代わりにするイザナミを止めさせた。

 

「あ、アスカさん……どうしてこんなところに?」

「それはこっちの台詞だって。なんでこんなところで自分を責めていたの?」

「それは当然です。私のせいでデュラハンがやってきました」

 

 ……わかっていた。わかっていたけれども、捻ったり違ったりして欲しかったよ。

 

「私に償いができるかを考えていました。そこで思いついたのが、私がデュラハンの生贄になれば皆さんが救われるかと」

「それはない」

 

 私はイザナミの案を軽く一蹴した。今更イザナミが生贄になったところで、ベルディアが戦いをやめるとは思えない。

 

「それだけでは償えないのですね」

「そうじゃないわよ! 償いもなにもイザナミのせいじゃないでしょ。悪いのはあの頭のおかしい爆裂娘だし」

 

 そう言って私はめぐみんに指を指した。

 それに対し、めぐみんはムスッとした表情で、

 

「アスカは一番に私が万全を期して爆裂魔法をその身で体感させてあげますので、安心してください」

 

 あ、やべ、死亡フラグを立てちゃった。

 いや、そんなことよりも早くイザナミを連れてデュラハンに仕掛けないと、カズマ達が危ういんだ。

 

「そんなことよりも、手伝ってほしいことがある」

「えっと……何をですか? あ、アスカさんの彼女を作るとか、アスカさんの言うハーレム女王計画みたいなのは手伝いませんので」

「なんでもかんでもいちいち彼女になってほしいとは言わないからね」

 

 イザナミからハッキリと予防線を張られてしまった。別に言う気はなかったけどさ、そんなこと言われると意地でもそっちに持って行きたいが、ここは自分の衝動を抑え、やるべきことを優先しよう。

 

「あのデュラハンに奇襲を仕掛ける」

「ごめんなさい」

「早いよ! せめて内容を言ってから断ってよ」

「アスカさんのことですから、カエルを倒す時にやった時に背負って攻撃する方法のことですよね。そうじゃないのですか?」

「……いや、あっているけど」

「……当ててしまって、空気を読めなくて、ごめんなさい」

「そこに謝られても……」

 

 案の定、断られた。そして複数の意味で謝られた。

 その理由はデュラハンの存在だけで証明されているのだろうね。

 イザナミはデュラハンが怖いから断っている。

 先週と違って、本気で私達を襲撃しにやってきたベルディアに立ち向かう勇気がないのもそうだ。

 デュラハンが怖いのはわかる。普通に考えたら、デュラハンという存在に怖がらない私がどうかしているかも。それに人が死んだかもしれない衝撃的なものを目撃したというのに、死という恐怖を実感していない気がする。そういう意味では、本当の意味でイザナミが抱いている恐怖というものを理解していないのかもしれない。

 カエルの時は一緒にやってくれたけど……いや、カエルの時のノリをデュラハンと一緒にさせるのは無理があるか。

 ……だけど、可能性の一つを示すためにもイザナミには協力してもらわなければならない。

 

「私に協力しないと、君の唇を奪っちゃうわよ」

「嘘です。こういう時のアスカさんはそんなこと考えていません。普段からそうしてください」

「だから、なんでそういうことだけ警戒しないんだよ!」

「アスカさんがわかりやすいのです……」

 

 毎度毎度思うけど、本当にそれだけなのか?

 つうか、今はそんなことはどうでもいいんだって。

 

「……ねぇ、イザナミ。これまでにジャイアント・トード相手に愛のタッグプレイをやってきたよね」

「そう、ですね……その名前はともかく、アスカさんが最初の闘い以降からやり始めようと誘ってきました“あれ”ですよね。それがどうしたのですか?」

「それはね。デュラハンみたいな強敵が現れ、そのピンチを打開するための必殺技が成功するために、これまで練習してきたんだよ」

 

 物凄いスピードで駆け抜ける技であるアクセルダッシュ他、多数の速さに関するスキルを扱うゲイルマスター。しかし、その裏を返せばスピードしか取り柄がない非力で貧弱な職業だ。

 ゲイルマスターである私がどうやって攻撃力を上げればいいのか、決め手に欠ける短所を補う方法を探ったと結果、ジャイアント・トード戦でお披露目したイザナミをおぶって、足りない攻撃力をイザナミに任せることだった。

 この方法が本当に良いのかはわからん。むしろ、他に効率的な方法があるに違いない。

 でも、私はそれしか思いつかないから、効率悪かろうがそれを通すまで。

 最初は中途半端に終わってしまったけど、失敗には終わっていない。だったら後は単純に練習を重ねて、結果につながるように繰り返していけばいい。

 そして強敵を倒せるような必殺技が完成すれば、少なくとも死なずに済む確率が上がり、相手も倒せる。

 こんなところで死んでたまるかって話よ。私にはやるべきことがたくさんあるわ。主にハーレム女王計画よ! まだ誰も攻略が完了していないわ!

 

「イザナミ、私は死にたくない」

 

 死んだ記憶は覚えていないから、どんな気分で死んだのかはわからない。

 いきなり死にましたって言われても実感がなかった。きっと自分が死んだ時の想像が思っていたのと違っていたのと、死んでも生きている実感が微かにあったのかもしれない。

 というか、そんな理屈とか屁理屈とか関係ないしに、死にたくない気持ちでいっぱいよ。

 いろいろと道別れがあって、どれが正しいのか、どれが死に繋がるような落とし穴があるのかもわからない。そもそも人生という、正しい道をずっと歩いてきたわけでもない。

 確かに間違いなんて嫌だし、後悔が残るようなことはできるだけしたくはない。

 でもぶっちゃけ、そんなの私にはよくわからない。

 こうなったら開き直ろう。きっと上手くいくって楽天的に考えてもバチなんか当たらないさ。

 一度死んだんだ。そう簡単に二度も死ぬような不運なんか訪れないと信じ込もう。

 うだうだ考えって、説得しようとするのはやめた。

 イザナミの気持ちを共感しようとするのもやめた。

 私がやりたいことを伝えるまでよ。

 わがままに、傲慢に、そして自分勝手に、言葉をぶつけさせる。

 

「ハーレム女王になるまでは死にたくないから、必殺技をやろうよ」

「…………」

 

 イザナミの表情が変わった。

 そう、私がヒロイン候補を口説こうとする時とか、ヒロインの素晴らしさを熱弁する時とか、私のヒロイン候補だと口にする時のように……呆れていた。

 

「……なんかちょっとかっこいいこと言うかと思って少し期待していましたけど、やっぱり良くも悪くもアスカさんらしいですね」

 

 やっぱりそうなんだけど、私に期待してたんだ。だったら、もうちょっとかっこいい言葉を言えばよかったかな。

 私を信じて、友に戦ってほしいみたいな。

 

「……わかっているなら、手伝ってよ」

 

 私はイザナミに向けて、手を伸ばす。

 

「ごめんなさい。私はアスカさんのハーレム女王計画だけは手伝いませんので」

 

 謝られた。

 そして断られた。

 良いことなんてないよ。

 でも。

 それでも。

 イザナミは私の手を掴んでくれた。

 

「イザナミ……」

「お願いします」

「……うん」

 

 きっと最初の謝りは、自分に対しての申し訳なさなんだろう。

 ……そして私のハーレム女王に対しての二つの意味なんだろうね。

 嬉しかったけど、そのスタンスは変わる気はないのね。

 いいよ、もう。解り切ったことだし、いきなりデレてくれるのもそれはそれで面白くはない。

 そう解り切った私はイザナミの手を引っ張り、立ち上がらせた。



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この最初のボスに決着を

 私達の必殺技は王道ではなく、むしろ悪役がやりそうな不意打ち技。そのためにはまず、デュラハンに気づかれないように冒険者達がいる中へと紛れ込んだ。本当はベルディアの死角であり、隠れそうなところから奇襲を仕掛けたいが、パッと見てなさそうだった。

 でも、肝心なのはベルディアが今どうしているのか。ダクネスは無事でいられるのだろうか、カズマも大丈夫なのか?

 私はその現実に直視する。

 

「…………良かった」

 

 私は胸をなでおろした。ダクネスもカズマも生きている。ただ、ダクネスは何回かベルディアに斬られたのか、鎧には所々無数の刀傷が刻まれている。頬には切れ目から血が流れている。無事とは言い難いし、ピンチであるのだけど、それでも死んではいない。

 ありがとう。おかげで準備は整った。

 ここから反撃であり、ベルディアを仕留める。

 

「イザナミ。練習してきた通りに、私がアクセルダッシュっと口にしたら加速する。そして、デュラハンでありベルディアを捉えたら、掴んでいる手を強く握りしめるから、安心して目を閉じて」

「その必要はありません」

「え?」

 

 私は顔を後ろに向け、イザナミの顔を見た。

 

「正直に言いますと、怖いです。今すぐに逃げたいです。こんなこと、本当はしたくありません。でも、もっと怖いことになりたくないです。だから、私は目を閉じません。目を逸らしません」

「イザナミ……」

 

 ……自分のことのように、嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 

「よし、行くわよ!」

「はい」

 

 イザナミのデスサイザーしかない即死スキル。その大鎌の振りと、もの凄いスピードを持った必殺技でおしまよ、ベルディア。

 正面に障害物がないかを確認。丁度、ベルディアが立ち止まっている。

 今しか、ない!

 

「『アクセルダッシュ』ッ!」

 

 目標をとらっ、

 

「あぐっ!?」

「おああああっ!?」

 

 ベルディアを捉え、そのまま駆け抜け、合図を兼ねて、イザナミを抱えている両手に強く握りしめた。

 そしたら、なんか視界が真っ暗になった。あと主に顔と膝とお腹が痛い。なんか泥臭いし、足が冷たいんだけど……なにが起こった?

 なんで……私は倒れているの?

 

「アスカ!」

 

 あ、ダクネスの声がする。

 

「急に来たと思ったら物凄い勢いで転んだけど、大丈夫か!?」

 

 その言葉を聞き、不思議と冷静に暗然とした。

 ……私、転んだのかよ。

 大事な場面で転んだのかよ。

 王道的にも成功できる流れで、転んだのかよ。

 イザナミとの必殺技をボスに与えるという大事な場面で、転ぶというオチをつけてしまったのかよ。

 …………。

 …………。

 なんか情けなくて、恥ずかし過ぎで…………このまま地面に顔を埋めたままでいいです。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 でも、起きないとダクネスに迷惑をかけるから起きなきゃ。

 顔を上げると、ダクネスが手を差し伸ばしてくれた。

 改めて見ると、ダクネスの頬に切れ目があり、髪もなんだかボサボサに見える。おまけに自慢の鎧は何か所か削られているし、生傷もある。

 私が準備している間に、結構痛い目に遭ったんだな……。

 

「ダクネスの方こそ、大丈夫なの?」

 

 私はダクネスの手を取りながら訊ねた。

 

「私は大丈夫だ。例えどんなに傷つけられても、背にカズマ達がいる以上は引くわけにはいかない。なにせ、守ることしか取り柄がないのだ。これくらいどうってことないさ」

 

 ダクネスは少々照れくさそうに言う。

 ……ダクネスはそう言うが、それが嫌だって言う人もいるんじゃないのかな。

 

「それにだ!」

 

 急にダクネスの頬の色が濃くなっていった。

 

「あのデュラハンは、私の鎧を少しずつ削り取るのだ! 全裸に剥くのではなく、中途半端に一部だけ鎧を残すんだ。流石、魔王軍の幹部。公衆の面前で、裸よりも煽情的な姿にして、辱めようとするなど、なんたる外道だ! いや、流石だ!」

 

 私は時と場合を考えないダクネスのマゾ発言に頭を抱えてしまった。

 取りあえず無事であり、いつも通りで何よりです。

 

「というか、イザナミは? ベルディアは?」

 

 視線をキョロキョロと辺りを見渡すと、ベルディアと一緒に地面に倒れているイザナミを発見した。

 

「イザナミ!」

 

 私はすぐ様、イザナミのところへ駆け寄って、無事を確かめる。

 

「イザナミ、大丈夫!? 無事ならキスするよ!」

「……酷い、起こし方ですね……」

 

 イザナミがゆっくりと立ち上がった。呆れつつも、ちょっと笑っていた。自分の身を削っても、最善で確かめる術はこの言葉をかけたら読み通りにすぐに確かめられた。

 それで起きなかったら白雪姫のようにキスで起こそうとしたのになー。

 

「大丈夫? 痛い所はない?」

「痛いところは、ありますが大丈夫です。急にびっくりしましたけど、なんとかデュラハンを刈ることができましたので……結果的に問題はないかと思われます」

「あ、当たったんだ……」

 

 てっきり転んで失敗したかと思ったけど、そっか……当たったんだ。

 …………締まらねぇ……。

 成功したんだけど、締まらねぇ……。

 私が成功するイメージは少年漫画のような王道よ。なんで四コマのギャグ漫画みたいになっちゃっているのよ! なんか恥ずかしいわ! イザナミとのくだりを返して!

 私はとんだ結末にがっくりしていると、イザナミが口を開く。

 

「あ、あの……一体、何があったのですか?」

「え? 何があったのって……」

 

 あ、きっと私がこけた理由か。多分、というか絶対に、いつのまにか出来ている水溜りのせいだよね。こんなのあったか? 

 この場にはダクネスと、少し離れたところにカズマがいる。聞いてみるのが一番。

 

「ダクネス。なんでこんなところに水溜りがあるの?」

「それはカズマが私にクリエイト・ウォーターを唱え、放って出来たものだろう。ああぁ……時と場合を考えずに私に水をかけるだなんて、なんという鬼畜な男だ」

 

 ダクネスの頬が火照らせているのは置いといて、私はその話を理解して、カズマに詰め寄った。

 

「よ、よおぉ、元気して」

「おい、カズマ。何してくれてるの? ダクネスに水をかけるって、なんなの? 空気読めずにそんなプレイをさせたの? このゲス野郎! あんたの欲望のせいで、私達の友情を踏みにじりやがって! 返せ、私とイザナミのやり取り!」

「誤解だ! 俺だって時と場合ぐらいは考える! それにダクネスのはたまたま当たってしまっただけで、本当の狙いはベルディアだ!」

「なんでベルディアに水? 水が弱点なの?」

「それはわからんが、俺はベルディアに水をかけて、フリーズで足場を凍らせ、その隙にスティールで大剣を奪う作戦だったんだよ! 間違っても、ダクネスに妙なプレイはしていない!」

 

 どうだろうなぁ……カズマには前科がある。その気じゃなくても、結果的にそうなったというのはありそう。

 

「そのスティール作戦は成功したの?」

「いや、失敗した」

「…………」

「そんなことだろうみたいな目で見るな。結果的にお前達のおかげで倒せたんだからいいだろ」

「妙なプレイをしなければ、かっこよく決まったけどね」

「だから、してねぇって」

 

 カズマの作戦事態は良かったけど、そのスティールの成功例を私は見たことがない。きっとベルディアのパンツを取るだけで終わったか、そもそも魔王幹部にスティールが効かないのかだろう。

 どっちにしろ、締まらないだろうが不格好だろうが、終わり良ければ総て良しということでいいだろう。

 …………そう思っていたら、

 

「……クククッ」

 

 突然、笑い声が聞こえた。

 そして気が付いた時には、

 

「クハハハハハハハッ!!」

 

 倒したはずのベルディアが、哄笑しながら立ち上がっていたのだ。

 じょ、冗談でしょ。締まらない上に仕留めていないとか、本格的に私達ギャク扱いじゃない。

 

「カズマ!!」

「俺のせいじゃないからな!」

 

 まだ何も言ってないのに私の感情を理解したカズマだった。

 

「……なるほど、ゲイルマスターの走力とデスサイザーの攻撃力を合わせて俺を倒そうとしたのだな。確かにあのスピードで奇襲されていれば、俺は反応できずにやられていたのだろう。悪くはないが、俺はこの程度の攻撃ではやられはしないし、即死スキルで俺を殺すことなど不可能だ!」

 

 カズマに怒っている場合じゃなかった。左手に抱えているヘルムからは何も表情が見えないからわからないけど、まだまだピンピンしているっぽい。良く見れば、ベルディアの鎧に大きな切れ目を残しているけど、それだけだ。

 というか……。

 

「即死スキルを持っていても、倒せないのか……参った」

 

 ボス戦となるベルディアにはお約束である即死系は無効化されるらしい。もしくはアンデッド系に即死スキルは通用しないらしい。

 その現実が、その事実が、ゲームと違う感覚で絶望に追い込まれてしまい、思わずボソッと口にしてしまった。

 流石、魔王軍の幹部であり、私達の最初のボスとなる存在がそう簡単に倒せないわけない、か。

 そもそもベルディアというボスは最初のボスで済まされるのだろうか。本当は私達が想像しているよりも遥かに強力で、可能性の希望さえも打ち砕くような絶望的な存在なのかもしれない。

 …………いや、落ち着け。倒せなくても、イザナミの攻撃で傷を入れられているのは確かだ。けして勝てない相手ではないはずだ。

 

「駆け出し冒険者である貴様らが俺に傷をつけたのは褒めてやろう。だが、それが限界だ!」

 

 考える時間は与えてくれない。そんなもん承知にしてやる!

 可能性はまだ、なくなっていない。なら絶望するのも、諦めるのもまだ早い!

 ベルディアが抱えている頭を頭上に投げ、空いた左手の指を私に指した。

 死の呪いか。

 

「私の仲間に手を出すな!」

 

 その前にダクネスが勢い良く、大剣を振りかだし、ベルディアを払い斬りをしようとする。

 

「お前はもういい」

 

 だけど、ベルディアはそんなダクネスの気合いの一振りも、大剣で受け止めた瞬間に軽く一蹴した。軽い感じに見えるのに、ダクネスは勢い良く地面へ叩きつけられる。

 

「ダクネッ」

 

 違う。叫ぶよりも、最善な方法を!

   

「カズマ! なんか策を!」

「え、お、おう!」

 

 ダクネスが倒れてしまった。イザナミはベルディアに対して恐怖を抱き、なにもできないのだろう。カズマでは守ることも避けることも難しい。なら、一つでもベルディアからの被害を抑え、時間を稼ぎ、勝利する可能性を考えるなら、私がベルディアを引き付ける必要がある。

 

「やはり、貴様が俺の相手になるのだな」

 

 気が付いた時にはベルディアが私に詰め寄ってきていた。

 反応が早い。最初から私を狙っていたのか。

 

「アクセッ!?」

 

 距離を空けつつ、回避しようとしてアクセルダッシュを使おうとした直後、ベルディアの大剣は私のお腹を狙うように大剣を横へ振ろうとしていた。

 この、野郎っ! 私がアクセルダッシュを使えば、勝手に体が真っ二つになるような振り方しやがって。しかも牽制にもなるから、使えない状況でこのまま斬られてしまう。

 

「終わりだ」

 

 畜生、こんなあっさり死んでしまうのか!?

 

「させませんっ」

 

 お腹が真っ二つにされそうだったけど、イザナミの精一杯の声と共に大鎌の刃でベルディアの大剣を受け止めてくれた。

 た、助かった……。

 

「甘いわ!」

 

 安心している場合ではなかった。ベルディアはすぐさま、標的をイザナミに変える。

 大剣を力強く振り上げ、イザナミの大鎌を宙へと飛ばす。その弾き飛ばす勢いでイザナミはふらついてしまう。

 ベルディアはその機会を見逃すはずもなく、ここぞとばかりに振り下ろそうとした。

 遅れをとってしまったが、間に合え!

 

「『アクセルダッシュ』!」

 

 グッ!?

 アクセルダッシュを使って、イザナミを巻き込んで強引にも距離を空けようとした。それに成功したものの、私がイザナミを庇う形となり、背中から痛みが走った。幸いに思っていたほど激痛ではなかったけど、始めて背中から斬られる感触は気持ち悪かった。

 

「っ……だ、大丈夫? 怪我解かない?」

 

 私はイザナミに声をかける。

 取りあえず助けることだけためにイザナミを勢い良く巻き込んでしまったから、怪我をしているのかもしれない。

 

「あ、はい。ごめんなさい、助けてくださり、ありがとうございます……」

 

 どうやら衝突したダメージがあるものの、無事だそうだ。まだ安心するのは早いけど、思わず安心してしまった。

 

「あ、あの……」

 

 それにしても、この押し倒すシチュエーション。

 …………今なら、ラッキースケベが許されるのでは?

 

「……そんなことやっている場合ですか?」

 

 ゆっくりと手を伸ばすのがバレてしまい、イザナミに止められた同時に正論を言われてしまった。

 ごめんなさい。ごもっともな話です。

 ラッキースケベを諦めて、態勢を整えるべく立ち上がるり、体をベルディアに向ける。

 

「中々しぶといな、ゲイルマスター。しかし、逃げ回っているだけでは俺を倒すことはできないぞ」

「言ってくれるわね……その通りだけど」

 

 実際、ベルディアに攻撃を食らわせるにはイザナミの攻撃が一番効きやすいのだろう。現にベルディアの鎧は大鎌の傷跡を残している。それを何回か繰り返していけば倒せるのだろうけど、そう簡単にこっちのペースで戦わせてくれない。

 そうするには、まず弾き飛ばされた大鎌を回収しないと戦わせてくれない。

 …………そんなことよりもだ。

 

「そんなことよりも、イザナミに手を出すんじゃないわよ。綺麗なお肌に傷でもつけたら、私は許さないからね!」

 

 あの真っ白なお肌に傷が入ったら台無しになるじゃないか。引きこもった感じなのに奇跡的にお肌が神々しい美白、それでいて健康そうなイザナミの肌をどうして傷つけようとするのかが理解できん。あの外道首持っている騎士め、一体何を考えていて生きているのだろうか。

 

「ほほう。駆け出し冒険者が俺を挑発するのか? それとも仲間を傷つけるなという仲間想いの表しか?」

「挑発? 仲間想い? いいえ、違うわ。警告よ! この際だから言わせてもらうわ! 私の大切なハーレムは命をかけて守るから、あんたに奪われはしないからね!」

 

 私の大事な人は命を懸ける価値がある。だって、自分の命と同じくらい大切だ。私にとっては当たり前だ。

 

「私はアスカさんのハーレムの一員ではありませんので、そんなことしなくてもいいです」

 

 後ろからイザナミの淡々とした声で拒否される。そこは思っていても、断らなくてもいいんじゃないかな?

 こんなこと中々言えないし、こういう世界でしか言えない主人公的な台詞を言えて、自分にちょっと感動しているのよ。それくらいかっこつけてもいいじゃない。

 

「……いいだろ! 駆け出し冒険者よ、守れるものなら、守ってみせろ!」

 

 ベルディアは右手に持つ大剣を構え直してから、一気にこちら側へ詰め寄る。

 一人だったら、一生懸命やって、命かけて、頭を全力全開で振り回していけば、勝てるという希望が見つかる程度かもしれない。

 でも、私一人だけで戦っているわけではない。

 ……そろそろ、策はまだですか? カズマさんよ!

 

「『クリエイト・ウォーター』ッ!!!」

 

 ベルディアが私に斬りかかろうとすると、カズマが叫ぶ。初級の水魔法を大げさに唱える。

 しかもその放った水はベルディアには避けられてしまい、そのまま私が浴びる形となった。

 …………結果的に、ベルディアの攻撃を防いだ形にはなったけどさ。

 

「……カズマ。策が思いつかないからベルディアと一緒にお水遊びでもして、みんなで仲良くワイワイとはしゃいで和解しようと愚策を思いついたの? それとも私達の邪魔をしたいの?」

 

 ベルディアに当てたかったのはわかるけど、結果的に私に当たった恨みでカズマに皮肉を言う。

 それに対して、カズマは返答することはなく、

 

「水だああああああああーっ! あいつに水をかけろおおおおおおっ!」

 

 大声で叫び、冒険者に伝える。

 ベルディアは水が弱点という、攻略方法を。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

「『クリエイト・ウォーター』!」

「『クリエイト・ウォーター』ッ!!」

 

 カズマを筆頭に魔法が使える冒険者達は魔法を唱え、ベルディアに向けて放つ。

 

「うおっ、っと、あぶなっ!」

 

 しかしベルディアは時々情けない声を漏らしているけど上手くかわしている。

 ……それを見た私はベルディアの弱点が水であることを理解した。そうじゃなきゃ初級の魔法程度、避ける必要なんかないからね。

 でも、中々ベルディアに水を浴びせられない。このままだと、ベルディアを弱らせる前にこちらの魔力が尽きてしまう。せっかく弱点が見つかったのに、倒せないこのもどかしい感じをどうにかしたい。

 

「ねぇ、一体何の騒ぎなの? なんで魔王軍の幹部と水遊びなんかやってるの? そんなことやっていて楽しいの?」

 

 そんな中、空気も読めず、何食わぬ態度でアクアが入って来た。

 そういえば、めぐみんの爆裂魔法を放った時以降から姿を見ていないようだったけど、今まで何をしていたのだろう。

 

「今までどこ行ってたの?」

 

 そのことを訊ねてみると。

 

「何って、カズマと違ってちゃんと仕事をしていたのよ」

 

 いや、カズマも仕事しているんだけどね。

 その会話を聞いていたカズマは、苛立ちを覚えながらもアクアに聞こえるように喋りだした。

 

「見てわかんないのかよ! 水だ、水! あいつは水が弱点だから水の魔法を放っているんだよ! というか、お前、一応水の女神なんだろ? だったらさっさと水の一つや百ぐらい出しやがれ、このなんちゃって女神が!」

「……あんた、そろそろ罰の一つくらい当てるわよ、このヒキニート。なんちゃって女神ではなく、正真正銘の水の女神なんだからね! どこかのヒキニートみたいな貧弱な水ではなく、洪水クラスの水なんか簡単に出せますから」

 

 出せるんだ。

 流石、名ばかりの水の女神だ。

 

「だったら、その水を出してくれない?」

「別にいいけど、その前にカズマは私に謝って! 水の女神様をなんちゃって女神って言った事をちゃんと謝って!」

「後でいくらでも謝ってやるから、出せるならとっとと出しやがれ、この駄女神が!」

「むきーっ!! 今、駄女神って言った!」

 

 言い争っている場合じゃないんだけどなぁ……。

 

「もういいわよ! 見てなさいよ、カズマ。女神の本気を見せてやるから!」

 

 カズマの売り言葉を買い、涙目になりながらもアクアは一歩前に出る。

 すると、アクアの周囲の水色の光と水のようなものが漂う。

 

「この世に在る我が眷属よ、水の女神、アクアが命ずる」

 

 そして詠唱をし始めると、背筋が寒くなるようなものを直観で感じる。

 それはめぐみんの爆裂魔法を始めて感じた時と似ている。あれと同等、いやそれ以上だとすると、マジでヤバいのが直感した。

 

「この雑魚どもめ、調子に乗るな! 貴様らの出せる程度の水など、この俺には……ん?」

 

 ベルディアが言いかけたところで動きと口が止まる。そしてアクアを見て、これはヤバいと不吉な予感を察しているようだった。

 それはベルディアだけではなく、周囲にいる魔法が使える冒険者達も、アクアに対して不安を抱いているように見えた。

 そしてベルディアは、迷うこともなく逃亡を選択する。ここから素早く逃げようと背を向けた。

 そうはいくか。背を向けているなら私にも勝機がある。

 

「『アクセルダッシュ』」

 

 からの足払い。

 

「うぉっ!?」

 

 逃げることに専念していたのと、アクアだけを危険視していたベルディアの油断のおかげで、見事足払いが成功し、ベルディアは地面に倒れる。

 

「この」

「『アクセルダッシュ』」

 

 そしてすかさずその場から去る。何か言いかけたらしいけど、知ったこっちゃない。

 

「姑息なことしやがっ……お、おい離せ!」

 

 ベルディアは立ち上がろうとした時、ダクネスが逃がさないように足を掴み始めた。

 そしてベルディアが逃げられない状況の中、ついにアクアは水を生み出す魔法を唱えた。

 

「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

 

 ベルディアの頭上から大量の水が降り注ぐ。それこそ、アクアが言っていた通り洪水クラスだった。

 でも、これって……。

 

「え!?」

 

 嫌な予感は的中した。

 アクアが唱えた水はベルディアを呑み込まれるだけではなく、私やカズマに周囲にいる冒険者を含め、魔法を唱えたアクアまでも巻き込んでしまった。

 

 

 やがて水が引いた後、私は地面に倒れていたので立ち上がって息を整えた。 

 

 「ぜぇ……ぜぇ……し、死ぬかと思った…………」

 

 まさかまさかの仲間の攻撃に巻き込まれる形で死ぬかと思ったんですけど……ちょっとマジでシャレにならないですけど。こうして生きているのだから、いいけどさ。ふ、ふざけんなよ、宴会の女神様。

 イザナミがどうなったのか、めぐみんや他の皆はどうなっているのか、ベルディアは倒せたのかを確認するために周囲を見渡す。

 イザナミが近くでぐったりと倒れている。他の人達も同様だった。しいて言うなら、無事でなかったのは正門と正門付近にあった家の一部が崩壊していた。

 なんで魔王軍の幹部ではなく、仲間の攻撃で街の一部が崩壊されるんだよ。

 その、魔王軍の幹部であるベルディアはというと……。

 

「な、何を考えているのだ、貴様……。ば、馬鹿なのか? 大馬鹿なのか貴様は……っ!?」

 

 ヨロヨロしながらも無事でいた。

 ベルディアの意見はごもっとも、激しく同意する。

 でも、そのおかげで弱らせることができた。今がチャンスだ。

 

「今がチャンスよ、カズマ!」

 

 アクアの声でカズマが立ち上がる。そして視線をベルディアに向ける。

 

「今度こそ、お前の武器を奪ってやるよ!」

「やってみろ! 弱体化したと言え、駆け出し冒険者のスティールごときで俺の武器は盗らせはせぬわ!」

 

 カズマの話では、一度はスティールで大剣を奪おうとしたけど失敗した。ベルディアの言葉通りなら、スティールをしても失敗の二の舞になるだけではないのか? 

 いや、それはカズマもわかっているはずだ。

 わかっているはずなのに……いや、わかっているからこそ、どこか勝機の兆しを見越したように見えるんだ。

 

「カズマ、なんか策とかあるの? 手伝う?」

「その必要はない。これで決める!」

 

 そう自信満々に口にするカズマは右手を突き出すような構えをする。

 

「ほざけ!」

 

 対するベルディアはまたも自らの首を空高く頭上に投げ、両手で大剣を構え始める。

 失敗すれば、カズマは真っ二つに斬り殺されてしまう。

 

「『スティール』ッ!!!」

 

 それでもカズマは怯えることもなく、怯むこともなく、気合いの叫びでスティールを発動させた。

 結果は…………何も変わらない。どこからどう見ても、カズマはベルディアが持つ大剣を奪うことはできなかった。

 周囲の冒険者が失望の声が耳に届く。皆も今なら成功すると信じていたのだろう。でも、結果は失敗に終わった。

 ……それでも。

 それでも、カズマは落胆することはなかった。

 いや、それどころかむしろ……唇を吊り上げ、喜んでいた。

 

「カズマ?」

 

 私はカズマの様子を伺う。すると……。

 

「あ、あの……」

 

 ベルディアの声が聞こえる。しかも、結構近い。

 ……それもそうだ。

 なんだって、カズマがスティールで盗んだのは大剣ではなく、ベルディアの首を盗んだのだ。

 

「……く、首を返してもらえませんかね…………?」

 

 ベルディアがか細い声を震えているのに対して、カズマは悪魔のような笑みを浮かべていた。どっちが悪なのだろうかと区別ができないくらい、悪い顔だった。

 

「おい、お前ら、サッカーしようぜ!」

 

 カズマは楽しそうに冒険者達に遊びを誘った。ベルディアの首を持って。

 

「サッカーっていうのはな! 手を使わずに足だけでボールを扱う遊びだよー!」

 

 そして残酷にも、カズマは冒険者達に向かって蹴り飛ばす。ベルディアという首をボールにして。

 

「足だけかー、難しそうだなっ!」

「おっと、ちょっと蹴りにくいけど、ほれっ!」

「ひゃっはー! これはおもしれー!」

「おい、こっちにもパスしてくれよ!」

 

 魔王軍の幹部の頭でサッカー……どっちかっていうと蹴鞠をしている冒険者達の姿はなんかシュールだった。

 あと、みんな結構上手だった。

 

「やめっ!? ちょ、いだっ!? あだだだっ! い、いい加減にしろ!!」

 

 ボールにされ、ボコボコに蹴り続けられたベルディアは怒声を発するも、ボールにされているのか魔王軍の幹部としても、ボスとしても、アンデッドとしても威厳は全く感じられず、蹴ることをやめない。まるで親がもう帰るわよと言われても遊ぶのをやめない子供達のようにね。

 

「いだっ、か、かくなる上は……ふんっ!」

 

 ベルディアの首はなにやら念じているように見えた。

 すると、体の方がこちらに向かってきている。遊んでいたら窓ガラスを割られ、それに怒鳴りつけようとするおじさんのように大剣を持ちながらやってくる。

 なんて例えてみたけど、地味に遠隔操作できるのかよ。

 このままではサッカーを楽しんでいる冒険者達が殺されてしまう。そんなことさせない。

 なので。

 

「『アクセルダッシュ』」

「あだっ!?」

 

 先ほどと同じようにアクセルダッシュで一気に距離を詰め、足払いをしてベルディアの体を転ばせた。

 さて、もうお遊びはこれでお終いにしよう。変に逆襲されてもこちらが困るだけだからね。

 

「イザナミ、ベルディアに攻撃して」

「は、はい」

 

 私は落ちていた大鎌を拾い上げ、ずぶ濡れになってちょっとエロくなったイザナミに渡して指示を送った。

 

「おい、ダクネス。一太刀食らわせたいんだろ?」

 

 カズマも落ちていた大剣を拾い、ムチムチがエロいダクネスに渡して指示を送っていた。

 

「これはっ! お前に殺された、私が世話になったあいつらの分だ! 私は何度も斬りつけるつもりはない! まとめて受け取れ!!」

 

 ダクネスは倒れ込んでいるベルディアの体に大剣を大きく振り上げてから、おもいっきり振り下ろす。

 ベルディアの鎧は砕くことはなかったが、所々にひびが入った。あと、もう一撃入れれば完全に鎧が砕けるだろう。

 そしてベルディアに大きなダメージも与えているはずだ。さっき、頭の方からくぐもった声が聞こえて来た。

 

「さぁ、イザナミ。一思いにやってくれ」

 

 イザナミはベルディアに近づいて、大鎌を振り上げる。

 

「……今回に関してはめぐみんさんが迷惑をかけたと思います。私もそれに止めなかったので、迷惑をかけました。ですが、貴方も迷惑をかけました。そして何よりも…………アスカさんを殺そうとしたことに、私は許すことができません」

 

 そう言い伝えると、イザナミはダクネスと同様におもいっきり振り下ろした。

 そしてその一振りはベルディアの鎧を砕くことに成功させた。

 そんなことよりも、イザナミがそんなことを思ってくれているなんて……もしかしてデレ、

 

「デレてはいませんよ」

 

 ……そんなこと言わなくてもいいじゃないか。私に希望を抱かせてよ。

 ……ともあれ、ベルディアの鎧は砕けた。

 確か、ベルディアはこう言っていたはずだ。

 魔王様の加護を受けたこの鎧、と……。

 つまり、その鎧がなければ……。

 

「おし、アクア! 後は頼む!」

「アクア、ラスト任せたよ!」

 

 カズマと私がアクアに頼む。

 

「任されたわ!」

 

 そう自信満々に言ったアクアは右手を天へと上げると、どこから杖が飛んできて掴んだ。

 そして淡い羽衣をまとい、杖を弱り切っているベルディアに向けて叫ぶ。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

 

 ベルディアの体の周囲に光る魔法陣が描き出され、そこから白い光が包み始める。

 

「ちょ、待っ、まっ! ぎゃあああああああ!!」

 

 流石に鎧もなく、水を浴びて弱り切ったベルディアは女神の魔法を耐え切ることができなかったようだ。

 これでやっとおしまいになるのね。

 だったら、せめてもの慰めだ。

 

「へい、パース!」

 

 ベルディアの首でサッカーをしている冒険者達にパスを要求する。

 すると良い感じに冒険者の一人が要求を受け入れ、こちらにパスをしてきた。

 

「魔王軍の幹部ベルディア。この勝負、私達の勝ちよ!」

 

 最後にベルディアに勝利宣言を伝え、体の方へとおもいっきり蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたベルディアの顔も白い光に包まれ、体と共に薄くなっていき、そして消えて逝って浄化された。

 なんとか、魔王軍の幹部の一人を倒すことができたか。今回に関しては、ベルディアが廃城に爆裂魔法を撃ち続けた私達の被害者だった。それを訴えに来た結果が浄化されるという結末。本人はたまったものじゃないのだろうね、本当に。

 でも、めぐみんには死の呪いを向けられ、イザナミにダクネスに死の呪いをかけた罪を私は許すことはしない。あと、イザナミの自慢の美白を傷つけたのも罪だし、ダクネスを傷つけたことも罪だ。

 そういうことを含めて運が悪かったわね、ベルディア。

 ……こうして、魔王軍の幹部であるベルディアとの対決は決着がつき、冒険者達の勝どきを上げて幕を下ろした。

 

 

 先ほどまで雲行きが怪しかったけど、ベルディアを倒した途端に天候が回復し始めた。なんて良いタイミングだ。

 そんな青空の下、傷だらけのダクネスは片肘をつき、目を閉じて祈りを捧げていた。

 

「……何をしてるの?」

 

 私はダクネスに訊ねると、目を閉じたまま独白をするように答えた。

 

「祈りを捧げている。デュラハンは不条理な処刑で首を落された騎士が、恨みでアンデッド化するモンスターだ」

 

 どうやら、この世界でのデュラハンはそういう存在らしい。一説によれば、妖精であり、死を予言する者として呼ばれていることもあるけど、そこは異世界、日本と違うことだって当たり前なのかもしれない。キャベツは空を飛ばないことが一番の例だ。

 

「こいつとて、モンスターになりたくなった訳ではないだろう。自分で斬りつけておいて何だが、祈りぐらいは……」

「……そっか」

 

 正直に言えば私にとっての敵であり、あいつがやったことが許されるわけではない。私には祈ることすらもできない。

 でもそれは私の私情でしかないから、それを止めさせるのは野暮でしょうね。

 そう納得する中、なおもダクネスの独白は続く。

 

「……腕相撲勝負をして、私に負けた腹いせに私の事を、鎧の中はガチムチの筋肉なんだぜと、バカな大嘘を流してくれたセドル」

「え?」

「なんなら当ててもいいけど、当たるんならな! ……と、バカ笑いして私をからかったヘインズ」

「だ、ダクネス?」

「そして、一日だけパーティーに入れて貰った時に、何であんたはモンスターの群れに突っ込んで行くんだと、泣き叫んだガリル。皆、あのデュラハンに斬られた連中だ」

「……あの、もっとまともな思い出はなかったのですか?」

 

 人が死んでいるのに、このツッコミはするか迷っていたけどツッコミをせざるを得なかった。

 私がツッコミを入れてもなお、ダクネスは話を続ける。

 

「……あいつらに、あいつらにもう一度会えるなら……一度くらい、一緒に酒でも飲みたかったな……」

 

 その優しげな声で呟くと、

 

「「「お、おう……」」」

 

 後ろの方から男の戸惑ったような声が聞こえた。

 私とダクネスは一緒に後ろへ振り向く。

 そこにいたのは、どこか照れている様子の三人の男達。

 あれ? こいつらって、ベルディアに斬られた連中……だよね? あれ? 斬られて死んじゃったんじゃなかったっけ? え、実は生きていたってパターン?

 そんな次々と浮かぶ疑問を他所に、一人の男が申し訳なさそうに口にした。

 

「そ、その……色々と悪かった、な。お前さんが俺達に、そんな風に思っていたなんて……」

「あ、ああぁ……俺も悪かったよ。腕相撲に負けたくらいで、しかも女に負けた腹いせで変な噂を立てちまって……。今度、奢るから、さ……」

「剣が当たらない事、実は気にしていたのか? その、えっと……わ、悪かったな。ほんと、悪かった……」

 

 次々とかけられる三人の言葉に、祈りを捧げていたダクネスは小さく震え出し、頬からみるみる赤くなっていく。

 そこにまたも空気も読まずに、弾んだ声でアクアが入り込んできた。

 

「すごいでしょ、ダクネス! 私ぐらいになれば、あんな死にたてホヤホヤの死体なんて、ちょちょいのちょいで蘇生できるのよ! 良かったじゃない、これで一緒にお酒が飲めるのよ!」

 

 おー流石、一応女神と呼ばれるだけあって、すごいなー。

 でもそのせいで、一人の騎士が羞恥心を感じる羽目になっている。

 自分の独白を良い感じの音量で語り始めていたダクネスは涙目になり、頬から顔全体に赤くなり、それを隠すように両手で覆い座り込んでしまった。

 え、えっと、その……。

 

「い、生きていたから良いじゃん。死んじゃうよりかは、ま、マシだよ!」

「…………そうだな」

 

 一応フォローするもダクネスの声に元気がなかった。

 余程恥ずかしいのね。

 

「良かったじゃないか、みんなとまた会えて。ほら、飲みに行って来いよ」

 

 どうやらカズマもダクネスの独白を聞いていたらしく、ダクネスに声をかける。それでもダクネスが変化することなく「……死にたい……」と消えそうな声で呟いていた。

 

「お前、常日頃から責められたがっていただろ。遠慮するなよ、三日間ぐらいはこの話を続けやるからさ、喜びなって」

 

 と、カズマが楽しそうに伝えると、ダクネスが肩を震わせて口にした。

 

「こ、この責めは、私の望むタイプの羞恥責めとは違うかりゃ……っ! うわああああん!」

 

 あ、噛んだ。そして泣き始めてしまった。

 ……どうしよう、すっごくときめいた。今の恥ずかし過ぎて死にそうな感じのダクネスがめっちゃ可愛い。

 この可愛さを味わえるのは私しかいないだろう。

 ……今しかない。

 

「ダクネス、良かった今夜私が慰めてあげるよ……」

「「そんなことしなくていいです」」

 

 今こそダクネスを攻略するチャンスだっていうのに、毎度のことイザナミに邪魔される。しかもイザナミだけではなく、めぐみんも邪魔する側へ加勢されたし。

 世の中って…………ほんと思い通りにいかないのよね。

 それと、やっぱし異世界転生物で無双するなんて、小説の中でしかないんだね。



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エピローグ

「お嬢さん、今暇なら」

 ベルディアが討伐した翌日。

 街は平和を取り戻し、日常へと戻っていく。今日も冒険者として依頼をこなしていくのだろう。

 そんでもって私達が冒険者である限り、魔王討伐への道は続いていくのだろう。そうなると、ベルディアみたいな強敵、それ以上の強さを誇る相手と戦わなければいけないのは必然。私達はもっと強くならなければ、魔王を討伐することはできない。

 そんな王道的な展開なんて今はどうでもいいんだよ。

 今私にとっての重要なことは魔王討伐することでも、それまでに強くなることでもない。

 

「ねぇ、今暇かな? これからカフェで紅茶を飲もうと思うんだけど、一緒に行かない?」

 

 街で見かけた可愛い子を、私のハーレムの一員にさせることなんだよ。

 魔王やらその幹部なんて二の次だ、ハーレム女王になるための手段でしかない。

 これこそが私の本当の闘い。

 この子を落すか落さないかで、彼女の運命、そして私の運命が決まる重要な闘いなんだ。

 

「え、えっと……確か、アスカさん」

「わ、私の名前知っているの!?」

 

 彼女が私の名前を口にしたことで喜びを感じたが、

 

「う、うん……レズの、アスアさん……だよね?」

 

 少し引き気味にいう彼女に、私は軽い絶望を覚えた。

 あ、あー……そっか……この子は、イザナミが流した噂を知っているのね。

 まずいな、いきなり不利になってしまった。でも恐れるな。いずれそのことは知らなければならないし、向き合わないといけないことだ。

 逆に、有効に使え。

 

「そうだね、その通りよ。私は女の子が大好きだ。普通じゃないと思うし、抵抗も当然あるだろう。でも、私は世の男よりも君を幸せにしてあげる……なんてね。そんなこと関係なしで、私と紅茶でも飲まない?」

 

 欲望は隠しつつ、けれど嘘はつかず、相手に伝える。どんなことでも、言葉にして気持ちを伝えることが大事なんだ。本気で真剣に気持ちを届ければ、例え断る形になったとしても、一度真剣に受け止めるはずだ。

 だから届け、私の気持ちを……。

 

「ご、ごめんなさい。私、彼氏いるので……失礼します!」

 

 申し訳なさそうに彼女は断りの一言を告げ、去って行ってしまった。

 …………彼氏いたんだ。

 畜生、あんな可愛い彼女をゲットするとか、羨ましい。

 

「…………リア充爆発しろ」

 

 そもそも真剣という言葉を私は履き違えているかもしれない。

 君を幸せにするって……いきなりこんなこと言われても真剣に受け止められるわけないのにね。

 

「アスカは相変わらずナンパをしているんですね」

 

 まるで私を知るようなことを言ってきたのは、めぐみんだった。

 と、その隣にはイザナミがいる。心なしか呆れているように見える。

 

「その台詞は私が常日頃ナンパしているような言い方だね」

「えぇ、そうですよ。時々アスカがナンパしているところを見ていますので。今のところ全敗みたいですが」

 

 めぐみんの言葉通り、私は未だにハーレムを築くことができていない。

 ある者は遠慮しますと断られ、ある者はゴミを見る様な目で断られ、ある者はドン引きして逃げられ、ある者は既に恋人がいるから断られる。

 この世界では一応同性婚はあるらしいけど、それでも同性同士の恋人は圧倒的に少ない。そもそも普通に生きていたらそんなこと考えもしないだろう。

 だから仕方のないことなんだ。全敗と言われても何も言い返せない。

 

「そんなもん百の招致よ。むしろナンパして成功したら、百敗しようが千敗しようが私の大勝利になるのよ!」

「そこまでナンパすると、人に迷惑かけるのでやめたほうがいいです。アスカさんもその前に心が折れてしまいます。良く考えてください」

 

 イザナミが本気で心配された。

 絶対に成功しないと思っているのだろう。くそう、バカにしやがって。

 

「世界は広いのよ! 必ず、私を好きでいられる子が必ずいるに違いない!」

「「ないと思います」」

「ある! 絶対にあるの!」

 

 くそう、最近はイザナミだけではなく、めぐみんまでも私を否定し始めやがった。あれか、最近仲良くなったからかシンクロ率も上がったのか。

 そういえば二人で行動することが多くなった気がしなくもない。それそれで友達としては私も嬉しいけど。

 

「……まぁ、そういうロマンを目指す気持ちはわからなくはないですが……」

 

 なん、だと!?

 めぐみんは私の気持ちがわかると言うのか? これまで私がハーレム女王への道を目指すことを伝えても共感を覚えてくれなかったイザナミと違って、めぐみんはわかるというのか。

 これほど嬉しいことはない。

 

「え? じゃあ、私のハーレムに」

「あ、それは絶対になりませんし、共感できませんので」

「どうしてよ! 気持ちはわかるんでしょ! そんでもってめぐみん私と付き合おうよ!」

「なんでそうなるのですか! 私は普通がいいです!」

「……私、アスカさんのそう言うところが駄目な気がします」

 

 そう言うところってどこだよ。私はいつだって本気であり、誠実でいるはずよ。その気持ちを偽らないで伝えることが駄目なのか?

 

「……ともかく。私のハーレムの一員候補として、イザナミとめぐみんが入っているから、私のことを軽蔑しないで、楽しくイチャイチャしようではないか」

「やめてください」

「そんなことしたら、爆裂魔法を撃ちますから」

 

 …………君達は本当に仲が良いな、私も嬉しいよ。でも傷ついたけどね。

 いいよ、もう。その意志も拒否も受け入れて、絶対に認めて惚れさせてやるんだからね。

 

「……わかったわよ。そんなことよりもギルドに行こうか」

「ですね」

「は、はい……」

 

 私はとりあえずギルドに向かうことにした。その後ろからめぐみんとイザナミがついてくる。私のハーレム女王に理解はしてくれないけど、そんな私についてくれているのはありがたい。この繋がりは、絶対に断ち切りたくはないわね。

 そう思いつつ、ギルドへ到着する。そう言えば、魔王軍の幹部を討ち取った記念に、昼から宴会を開くみたいなことを聞いたけど、どうなっているのかね……。

 ドアを開け、中に入ると人の熱気と酒の臭いが鼻についた。うわっ、酒臭い。

 

「あっ! アスカもめぐみんも、イザナミも遅かったじゃないの!」

 

 即刻に上機嫌で既に出来上がっていたアクアが絡んできやがった。女神にも負けない美少女が台無しだよ。

 ふと、視線は既にギルドにいたカズマに視線を向ける。

 

「俺が来た時にはもう出来上がっていた」

 

 そこで悟ったのか、カズマが補足を言ってきた。今もお昼くらいだから、相当短時間で飲んでいるのか。よく見渡せばおっさん達もすでに出来上がっている。

 中には未成年もお酒を飲んでいる。この世界での飲酒は未成年でも飲めるのか? そもそも未成年は何歳からなのか?

 日本でお酒を飲めるのは二十歳からだぞ! という注意はこの世界では通用しないのかもしれない。

 

「全員揃ったようですね」

 

 そこへおっぱいの大きい受け付け嬢がやって来た。

 私達のパーティーのことを全員と括っているのかな? だとすると、ダグネスも来ているのね。

 

「実はカズマさんのパーティーに特別報酬が出ています」

 

 ……特別報酬?

 どういうこと?

 

「え、ど、どういうことですか? 何で、俺達だけが?」

 

 カズマの疑問に、誰かの声が答えてくれた。

 

「俺は一目見た時から信じていたぜ。お前達のある輝きが闇に堕ちることなどないと……」

 

 良い感じのイケボで答えてくれたのは、妙にヒゲが濃く、妙に眉毛が太く、全体的に色黒で色々と濃いおじさんだった。

 ……えっと、誰ですか?

 

「お前達がいなければ、デュラハンなんて倒せなかった……同然の結果だ」

 

 その人と同調するように、そうだそうだと騒ぎ出す酔っ払い達。

 そしてすかさずにカズマコールが鳴り響いた。

 ……私も頑張ったけどなぁ…………称えられるのは、いつのまにかリーダー立場になっていたカズマだけなのね。まぁ、別にいいけど。

 それに……珍しく本当に嬉しそうなカズマを見ていると、これでいいんだと思えるよ。

 

「ほら、代表として受け取りな」

「うおっ、急に背中を叩くなって」

 

 そんなやり取りをカズマとしつつ、カズマが特別報酬を受け取る事になった。

 受け付け嬢がゴホンっと、一つ咳払いする。同時にカズマコールも治まった。

 

「サトウカズマさんのパーティーには、魔王軍の幹部であるベルディアを見事討ち取った功績を称え……三億エリスを与えます」

「「「「「さっ!? 三億っ!!?」」」」」

 

 イザナミ以外が絶句してしまった。

 う、嘘でしょ……私達、一気にお金持ちになったのか!? マジで!?

 お金に困る所の話ではなく、もう一生それで過ごしていけるような、そんな子供の頃に憧れていたお金持ちの人生を歩めるというのか!?

 な、なんという世界だ……夢なのか? 夢みたいな話だから夢なのか? 夢じゃないのか!?

 

「おい、お前達に一つ言っておく事がある!」

 

 三億という莫大過ぎる数字に多少混乱していると、カズマが覚悟を決めたように私達に伝え始めた。

 

「大金が手に入った以上、のんびりと安全に暮らして行くからな! いいな!」

「お、おい待て!」

「待ちません!」

 

 ダクネスの抗議にカズマは一蹴する。

 私もいろいろ言いたいことはあるし、その生活も憧れることはあるけど……ちょっと待てい。

 

「強敵と戦えなくなるのはとても困るぞ!」

「困りません!」

「この前の魔王退治の話はどうなったのだ!?」

「なくなりました!」

 

 ダクネスは負けじと抗議するも、一つ一つ飾りをつけない一言でカズマは一蹴する。もはやどんな言葉をかけてもカズマは否定し続けるのだろう。

 続いて今度はめぐみんが抗議する。

 

「私も困ります」

「困りません!」

「せめて話を最後まで聞いてから否定してくださいよ!」

「嫌です!」

「そ、そうですか、もういいです。私は魔王を倒して、最強の魔法使いの称号を得るのです!」

「得ません!」

「得るのです!!」

 

 さっきの感動はなんだったのか。こんな駄々っ子が私達のリーダーの立場なのかぁ……。

 

「ちょっとカズマ! またヒキニートに戻るの!?」

「戻りませんし、ニートじゃありません!」

 

 アクアの抗議もこの一点張りだ。引きこもりは否定しないのね。

 

「え、えっと……カズマさんは、それでいいんですか?」

「いいんです!」

「ご、ごめんなさい。お詫びに、私はもう何も言いません」

「よろしい!」

 

 いや、よろしくねぇよ。

 イザナミがカズマを心配するも、この反応だよ。もうこの男は放っといてもいいんじゃないかな?

 ……一応、私も言ってみるか。

 

「ちょっとカズマ。いい歳して駄々っ子しているんじゃないわよ」

「駄々っ子で結構です!」

「開き直るなよ。魔王を倒すんじゃなかったの?」

「倒しません!」

「この男は、本当に……もういいわよ。私が魔王を倒してやるから、勝手に引きこもっていればいいさ! その間に私はハーレム女王になっちゃうからね!」

「「「なれません」」」

 

 ちょっと、待った。カズマだけならまだしも、なんでそこでイザナミもめぐみんも否定されなくちゃならないんだよ。

 カズマもカズマで勝手にしろとか、投げやりみたいな言葉を言う流れじゃないのか!?

 しかし、幸いにも? アクアとダクネスがなんの話だと言わんばかりにクエスチョンマークを浮かべていた。 逆に言えばこの二人には好感度があんまりないということになる。何故なら、イザナミとめぐみんと違って、私のことを意識していないからだ。

 もうカズマのことは放っておいて、本当に勝手にハーレム女王になってやる。そんでもって、カズマに自慢して引きこもったことを後悔してやるんだから。

 

「あ、あの……」

 

 受け付け嬢がなにやら申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 あれかな? 盛り上がっているところ悪いみたいな感じなのかな?

 そう思っていたら、カズマに一枚の紙を手渡してきた。

 

「いっ……!?」

 

 その手紙を見たカズマは急に青ざめた。

 

「ええっと、ですね。その……アクアさんの召喚した大量の水により、街の入り口付近の家々が一部流され、損壊してしまいまして、洪水被害が出ておりまして……。まぁ、魔王軍の幹部を倒した功績もありますし、全額弁償とは言わないから、一部だけでも払ってくれ、と……」

 

 受け付け嬢の言葉を聞いた私は、カズマが持っている、請求書を見つめる。

 

「報酬三億。そして弁償金額が三億四千万か。……カズマ、明日は金になる強敵相手のクエストに行こう。それが一番の近道だ」

 

 目の前の請求書に現実を逸らすなと言わんばかりに、ダグネスが現実を突きつける。

 どうして三億という夢のお金が貰えるのに、結果四千万の借金をしなければならないんだ。まるで意味がわからないぞ。

 というか、ボスを倒したら借金になったなんて、異世界を通り越しても私達だけじゃなかろうか?

 …………どうしてこうなった。

 

「これも私のせいですね……あの時、仕留めていれば、こんなことには……」

 

 イザナミが罪悪感を抱き、自分を責め始めてしまった。いや、借金作った原因はアクアだからね、倒せたのもアクアなんだけど。

 申し訳ないけど、もう借金の事実が大きすぎてツッコミを入れる気にもならない。

 ……いや、そんなこと言ってられない。私が目指すのはハーレム女王だ。今こそ、落ち込んでいるイザナミを励ますべきではないのか。

 

「イザナミ、君のせいではない」

「いいえ私のせいです。口説かないでください」

「励ましを口説きと一緒にしないでよ」

 

 借金になっても、こんな感じで過ごしていくんだろうなぁ……。

 こんなよくわからない世界で、転生してもらったんだ。

 せめて後悔しないように、過ごしていこう。

 まあ……もう四千万の借金になっているから、後悔しているんだけどね!




どうにか一巻分を書き終えることができました。
更新が一週間や二週間、数カ月以上とバラバラで不定期ですが、今後ともこの創作小説を読んでくださると幸いです。


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これまでの簡単なプロフィールと関係性

アスカ/志尾明日香

身長:162㎝

体重:42㎏

年齢:17歳

学年:高校二年生

職業:ゲイルマスター

特徴的な容姿:黒い瞳に茶髪に見える赤髪のサイドテール。実はトータル的に美少女。服装は通っていた女子校の制服にパーカーを着用している。

簡単な人物紹介:今作品のオリジナル主人公。常識人で仲間想いの気さくで面倒見が良い少女であるが、女の子や美少女、美女が大好きばいわゆるレズである。そして自分の好みの女の子を自分のヒロインとして付き合おうとして、最終的にハーレム女王を目指している。それ故にツッコミやぞんざいな扱いをされることもあるが、自分のヒロイン候補や仲間をとても大事にしており、自分の命と同様の価値と見なしており、命をかけても守ろうとしている。現在はイザナミを含めた仲間達を攻略して、ハーレムの一員にしようと奮闘している。

職業はゲイルマスター。今作のオリジナル上級職業。敏捷力はどの上級職業を上回るが、その分攻撃力や耐久力は劣っており、また魔法も使えるが風魔法しか覚えれらないなど、速さだけしか取り柄のない上級職業である。アスカは劣っている攻撃力を補うためにイザナミをおぶって、攻撃をイザナミに任せようとしている。また無駄に速く、使いづらいであろうアクセルダッシュを使いこなし、ベルディア戦ではアクセルダッシュからの足払いで反応できずに動きを止めるなど活躍している。

元は日本に住み、女の子が大好きなことを除けば女子校に通い演劇部に所属している高校生だったが、何者かに頭部を強打され、若くして生涯を終えてしまう。そのせいで一部記憶を失っている状態になってしまっている。そしてイザナミに転生されることを提案され、イザナミを巻き込んで異世界へ転生した。

 

ここまでのイザナミと原作キャラとの関係。

 

イザナミ

アスカのハーレム女王のヒロイン候補1。異世界へ転生する時に一つだけ持って行く者として、イザナミを持って行った。半分冗談なところもあってか、結果的に役職を失わせ、落ち込ませたことに罪悪感を覚えてしまう。だからこそアスカはイザナミを幸せにすると誓うも断られてしまう。今のところ一方的な片想いであるが、仲は良好。好きなのは変わりないが、話す度にネガティブで卑屈な発言に呆れている。アスカはイザナミの美白が気に入っており、傷つける奴は許せないつもりでいる。

 

カズマ

原作の主人公。別の世界の日本人であるが、日本で一度生涯を終え、神様を巻き込んで異世界転生した共通がある。お互いにそのことを察するも特にそれで感動することもなければ、共感を覚えることもなく、話の一つとして盛り上がることもない。またアスカはカズマの鬼畜っぷりにドン引きし、カズマもアスカの女好きに対して幻滅したりと、お互いに見下し蹴落とし合いをしている関係。とはいえ、なんとなく考えは理解しているらしく、連携が上手く噛み合うこともあったりする。気さくに話かける仲であるものの、お互いに恋愛対象としては眼中にないらしい。

 

アクア

原作のメインヒロイン……のはず。アスカは一目見て、残念美少女だと悟った。アクアが女神と名乗っても宴会の女神様としか見ておらず、神様と名乗っているのは自称だと思っていたが、カズマからイザナミと同じ女神であることを知る。アクアはアスカに対しては、仲間の一人としか思っていない。それ以上でもそれ以下でもない。実は無意識でアスカのハーレム女王のヒロイン候補として入っていない。

 

めぐみん

ご存知人気投票一位のヒロインであり、アスカのハーレム女王のヒロイン候補2。めぐみんの好感度を上げようとして接した結果、爆裂魔法のソムリエとなり、その日の爆裂魔法の良さがわかるようになってしまった。結果としては関係は深まるが、イザナミと同様に警戒されることになってしまう。爆裂魔法一筋のロマンにアスカはハーレム女王になるというロマンがある故に理解できているが、めぐみんはアスカのロマンに対してはロマンとしては理解できるものの、ハーレム女王に関しては全く理解できていない。

 

ダクネス

アスカのハーレム女王のヒロイン候補3。ヒロイン候補であるが、ダクネスの変態とドMっぷりにヒロイン候補から本気で外そうと思ったくらいにドン引きしたこともあった。ダクネスはカズマほどではないが、自分を責めてくれる逸材として見込んでいる。アスカがレズであることを知っていても今のところ特に気にしていない様子。

 

イザナミ

身長:152㎝

体重:?

年齢:16歳

学年:――――

職業:デスサイザー

特徴的な容姿:黒い瞳に白髪のロングヘアに目がかかりそうな前髪、美白の肌から白いワンピースに黒いローブをまもっている。アクアと並ぶ美少女で、イザナミを一目惚れさせた。

簡単な人物紹介:今作のメインヒロイン。死を司る神様であり女神であり、アクアと同様に日本の使者を案内を担当していた。アスカに異世界で一つだけ持って行くものを薦めていたが、アスカがイザナミを持って行く者として、異世界行きに巻き込まれてしまった。

アクアと並ぶ美少女で声も可愛らしく、おとなしい性格であるが、口を開けば自分自身に対して卑屈なことやネガティブ発言、些細なことでも謝罪をしては自分自身を咎めようとするなど、度を越えた加害妄想の持ち主である。そのために引っ込み試案で自分の評価は常に過小評価。また人見知りもある故になかなか人と接することが上手くできないでいる。しかし、アスカが女性を口説くことや、ハーレム女王に関わることに関しては自分を咎めながらも強気な態度を取っている。また、アスカの考えていることを読めているのか、言い終える前に釘を刺している。あと、何だかんだで根は心強いところもある。

一応パーティーでは前衛担当。オリジナル上級職であるデスサイザーは魔法や耐久度、敏捷力は特に優れてなく、強いて言えば攻撃力が高いだけだが、モンスターを即死させることができる唯一無二の強力なスキルを習得できる。しかし、自分を非難し続け、自分に対する過小評価のイザナミの性格では、ビビって戦うことすらできず、初心者でも比較的に簡単に倒せるジャイアント・トードさえも怖くて怯えてしまい、戦うことができなかった。しかし全く戦えないことはなく、イザナミをおぶることで攻撃することを可能にし、ベルディア戦ではアスカを守るために自ら飛び込んで戦うことをしていた。実はパーティーの中では一番の攻撃力を持っている。

 

ここまでのイザナミと原作キャラとの関係。

 

アスカ

最初は日本の死者として異世界を薦めていたが、彼女の予想外な発言によって職を失い、異世界へ巻き込まれてしまった。そのことに対してイザナミは怒ってはいないが、職を失ったことに落ち込んでしまう。アスカのハーレム女王を目指すことに関しては良くは思っておらず、アスカがヒロイン候補として女性をナンパしたり、口説いているのを制止させている。口説かれてもいつもの性格と打って変わって淡々と強気で断ったり否定したりする。とはいえ、アスカのことは嫌ってはおらず、アスカを殺そうとしたベルディアに対しては静かな怒りを見せたこともあった。関係は良好で何だかんだでイザナミはアスカのことを頼りにしている。

 

カズマ

おそらくパーティーメンバーの中では一番関係が薄い。そもそも会話がそんなにない。イザナミはカズマに対しては鬼畜っぷりに怯えることもあったり、クズっぷりに関しては非難するなどの関係のせいで、性格もあって積極的に関わろうとしない。カズマもカズマで、アクア達よりかはマシだが変人だと思っている。

 

アクア

同じ女神同士であるが、担当している地球は別であり、性格は正反対。実は意外と関係性としては良好であり、アクアはイザナミに対しては自分に対する過小評価に関して理解できないでいるものの、妙に優しかったりする。実はアクアはイザナミが女神であることを知らない。

 

めぐみん。

異世界で初めて出来た友達。アスカがめぐみんの付き合いで、攻略しようとするのを阻止するために同行したことが始まりである。流れで一日一回の爆裂魔法を放つ日々に、アスカとカズマはその良さがわかっていたが、イザナミは二人と比べて理解できずにいた。そしてそんなある日を境に、爆裂魔法の良さを理解して友達になった。以後、二人で行動することが多くなり、そしてイザナミがめぐみんにアスカのことを教えたことで、めぐみんはアスカに警戒するようになった。

 

ダクネス。

やはりというか、ダクネスの変態気質とドMっぷりにドン引きしてしまい怯えてしまった。ダクネスもカズマほどではないが、会話することがそんなにない。アスカが最初の好感度を上げるルートでダクネスを選んでいたら、ダクネスと仲良くなっていたのかもしれない。



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二章
あの世界に再来を


 放課後。

 いつもなら、窓から見える景色からは汗と青春の部活動を行っているはずだけど、今日は部活休みなので、広大なグラウンドだけを寂しく眺めていた。

 特に見るものはなく、ただ景色を眺め、人を待ち続ける姿はまさに少女漫画のような爽やか君だ。少女漫画に出てくるイケメンとか、どんな気持ちで人を待っているんだろう。

 

「あ、明日香さん……」

 

 ……これが私に憧れる可愛い後輩であって、私に告白する流れだったら良いなーと思いつつも、そんなはずがないと、聞き慣れ過ぎた声を主に視線を向けた。

 

「なんだ那美か……」

 

 そんなことを口にしてしまった。はっきり言っちゃうと期待外れ。

 それを聞いた那美はこちらの思想を察したのか、笑みを浮かべる。

 

「ごめんなさい、明日香さんに告白する可愛らしい女の子ではなくて。そんな人はいないと思いますが……」

「そんなことない! 絶対に私を理解してくれる人はいるからね!」

 

 くそう、毎度毎度人のことを煽りやがって……私だって本気だせば、一人や二人を彼女に作ることぐらい簡単だ。

 というか……。

 

「女子校に通っている以上は私にだってチャンスはあるからね」

「そのためだけに女子校に入学して、演劇部に入ったんですよね……」

「そうだよ。演劇部に入って同学年の可愛い子、先輩から後輩までキャーキャーとモテモテの青春を送る……はずだったのになー。今年も全部、佐藤先輩達に奪われそうだから……チャンスがあるとしたら来年かもしれない。あの人達、本当にずるい……」

 

 王子様とも呼ばれる佐藤先輩。演劇部の部長で去年から一言で例えるなら、宝塚歌劇団の王子様。通称も王子様または王子様先輩。この人は特にこの学校の生徒からモテる。その人だけならまだしも、運動部の数人かっこ良ければモテモテの先輩が数人いる。その中での部活動対抗リレーはまるでアイドルのコンサートみたいに黄色い声援が鳴り響き、地面が揺れた衝撃は今も覚えている。

 

「こんな予定ではなかったのになぁ……」

 

 明日から新入部員が入ってくるけど、絶対佐藤先輩目当てなんだろうなぁ……。どうにかして、私に注目を集めさせるように頑張らないと。そうじゃないと、私の存在感がなくなりそうで怖いわ。

 こうなったら佐藤先輩とつるむようにして、お零れを貰おうかな。別に私は嫌っていなし、むしろ仲は良い方だと思うし、多分大丈夫だ。

 

「世の中、思い通りにいかないことがたくさんありますよ……私もそうですし、そんなものですよ」

 

 那美が急にそんなことを言われて、少し驚いた。

 ……もしかして、フォローのつもりだったのだろうか? 私が落ち込んでいるように見えていたのだろうか? それとも、私に諦めろという意味なんだろうか? だったら、那美はハッキリと諦めろと言うのだろう。

 

「だったら私と付き合う?」

「諦めてください」

 

 イエスかノーか聞かれているのに、ノーと思われるような返事で断られてしまった。この子は多少性格が変わっても私に対する扱いは相変わらずだよね。

 ……そんなことを言われると、私はこう見えても捻り者だから、抵抗してみたくなるのよ。

 

「嫌なこった」

 

 那美も必ず、私のハーレムの一員に…………。

 

 

「…………はっ?」

 

 い、今のは…………夢?

 めっちゃ好みの美少女が私に話しかけていたのにも関わらず、夢オチだったのか? しかもなんか中途半端なところで終わっちゃったよ。

 確か、あれは…………忘れてしまった。まあ夢だし、そんなものだよね。

 ただ、妙になんか懐かしい感じはしたけど、気のせいだよね。

 …………それにしても。

 

「ここは…………?」

 

 見渡してみると、壁がない暗い闇の中にぽつんと取り残されている私。そして起きた時には何故か椅子に座っている。

 そして意識を目の前に向けると、そこに白い羽衣をまとい、長い髪をした白銀を持つ神々しい美少女がいた。パッと見ても彼女が女神様と言われても過言じゃないくらいの美しさを誇っている。

 そんな美少女が小さく口を開く。

 

「志尾明日香さん。ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリスです」

 

 今、彼女はハッキリとそう私に告げたのだ。

 前置きもなく、ただ真実を告げられた。心の準備というものを認識させる前に、非情で無情、しかし救いであろう言葉を送ってきたのだ。

 ……ああ、そうか思い出した。なんか、この感覚と独特な匂い、どこかで感じたことあったと思ったら……そういうことね。納得してしまった。

 

「私は…………死んだのですか?」

 

 最後の悪あがき。それが救いとなる言葉を受け止めたくはなかった。

 だってそんなの、認めたくまいじゃない。先ほど言ったのは、言い間違えであってほしいじゃない。誰だって、そんなこと言われても嘘だと思いたいじゃない。

 でも、わかっている。幻想を抱いた抵抗は虚しいってことも、その後、あっさりと重く告げられることもわかっている。

 

「はい。志尾明日香さんは、この世界での人生は終わったのです」

 

 一度目は日本で死に、イザナミによって異世界へ転生した。

 けれども、私はその異世界で二度目の人生が終わってしまったのだ。



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この厳しい冬に報酬を

「暇じゃないですし、私は男と恋して付き合って結婚して子供を産みたいので遠慮します。もういいですか?」

「あ、はいどうぞ……」

「それでは……」

 

 お茶を誘う前に断られてしまった。おまけに私が彼女と付き合う可能性を潰すようなお断りだった。

 こうなったのもミツルギさんが公の場で私の噂を問い詰めてきたせいだ。そのおかげで、この街の住人や冒険者たちは私がそう言う人だっていうことを知られてしまい、今ではお茶を誘う前に断られるのが当たり前になってしまった。

 そう思うとベルディアを倒した頃が私のピークだったのかもしれない。あの頃はまだ話を聞いてから断られた気がする。

 

「これでアスカのナンパ全敗記録が伸びましたね」

 

 私の後ろから成果という煽りを口にするのは、めぐみんだった。

 ここ最近のめぐみんは、私のハーレム女王計画の下準備として、ヒロイン候補にしたい女の子をナンパして攻略する行動フェイスに付き添いでついてきている。

 めぐみんは爆裂魔法に付き合っているお返しと言っているんだけど……ぶっちゃけ、いない方がやりやすいんだよね。

 

「アスカさん。ナンパしても相手に迷惑ですし、何よりもアスカさん自身が傷つきますので、もうやめた方がいいかと……」

 

 そしてもう一人、私の後ろから現実を突きつける煽りを口にしたのは、イザナミだった。

 彼女もめぐみんと似たような理由で私に付き合っているが、めぐみんと違って見守る形ではなく、私が成功させないためと、やらかさないための見張っている形で一緒にいる。

 ……というか、イザナミがいたんじゃ成功したところでイザナミに阻止され、結局失敗になるんじゃないか? 

 そのことに今更気づくと、不思議となんか腹が立ってきた。

 

「……二人共、結構言いたい放題言ってくれているじゃないの。言い訳してもらうと、二人も見張られていたらナンパの邪魔になるの! 見張られた状態でナンパしても、成功する確率が低くなるわ、同性だから尚更成功し難いわだし、トータル的に見ても不利過ぎるんだよ!」

 

 私の秘められた心の奥底の精一杯の訴えに、イザナミとめぐみんは……。

 

「ですが、私とイザナミがいなくてもアスカのナンパは成功してませんよね?」

「うぐっ。た、確かに成功はしていないけど、そういう日が少ないし、たまたまだと私は思うんだよね」

「そうです。アスカさんに成功してほしくありません。そうじゃなくても、アスカさんが成功できるとは思いませんが……」

「それはどういうことだおらああああああっ!」

 

 まるで二次創作で鬼畜キャラに変貌したかのようにイザナミは煽って来た。こういうキャラじゃないでしょ、イザナミは。

 大声を上げたらそれにびびって怯えてしまい、仕舞いには私のせいとか卑屈になるめんどくさいキャラなのに、なんで今は終始呆れているんだよ。

 これはあれか、私がなんでも一つだけ持っていける者として、異世界に連れてきた仕返しなのか? それは本当にごめんって。

 これだけボロクソに言われるとか……もう、ナンパはやめるか。本当に才能がないのかもね。

 

「さあ、今日もアスカの敗北で終わったので、ギルドへ行きましょう。カズマ達が待ってます」

「個人的にはあんまり良い気分ではないけど……行こうか」

 

 この世界もいつだって思い通りにはいかない。そんなこと、ジャイアント・トードにイザナミとの必殺技で中途半端な結果に終わったことで全て分かり切っていたんだ。

 ナンパは諦めるにしても、私のハーレム女王への道が諦めるわけにはいかない。諦めない限り、理不尽な運命さえも抗ってみせる。

 そう改めて決意したところで今日もギルドへ向かい、クエストでも受けよう。

 

 

 ギルドにやってくるとアクアがカズマに縋りついていた。

 

「…………またか」

 

 私達はカズマ達と合流しにやってきた。そしてその光景は見慣れてしまったものだったもので、思わず口から漏らす。

 恐らくアクア関連でカズマが怒っていて、アクアを見捨てようとしたのだろう。そして見捨てられるかと思ったアクアがカズマに泣いて縋りつく。そんでもってダグネスはどこか羨ましそうに見ている。きっとカズマがアクアに向かって何かしらの罵倒をしたのだろう。

 そしてその横で呆れているが、どこか羨ましそうに見つめているダグネスがいた。

 あと、今日のダクネスはクルセイダーらしからぬ軽装なのね。

 

「そのやり取りもお約束になってきましたね」

「やめろ、こんなことで俺達のパーティーの名物してたまるか!」

 

 今日も私達の他に、たくさんの冒険者達がいるけど、誰もカズマとアクアのやり取りを見ていなかった。もうすでに見慣れた光景なんだろうし、めぐみんが言ったようにあいつらまたやっているんだと思っているに違いない。

 

「な、何があったのですか?」

 

 イザナミが不思議そうにカズマ達に訊ねた瞬間、アクアは標的をイザナミに変更して縋り始めた。

 

「聞いてよおおおお! カズマったら、私に意地悪なこと言うんだよ! イザナミも酷いと思うよね! カズマは鬼畜だと思うよね! ね!」

「え、えっと……」

 

 アクアの気迫の同情の誘い方、及び同意してほしいと詰め寄ってくる。当然、気が弱いイザナミは戸惑うばかりである。話もわからないしね。

 ……とはいえど。

 

「おい、イザナミ。こんな駄女神に同情なんてしなくていい。こいつは空気も読めず、調子に乗るかまってちゃんだから、手柄も報酬も借金もくれてやるって言ったまでだ。さっさと見捨てた方が身のためだぞ」

「うああああああああん! そのことは謝るから! 本当に、調子に乗ってすみませんでした! だから見捨てないでください、カズマ様!」

 

 またアクアはカズマに泣きついて縋り始めた。

 思っていた通りだったよ。

 アクアはベルディア戦で一躍は買ったものの、街の一部を巻き込み、損害を出したせいで私達は借金を背負わらせてしまった。

 しかも三億という、生きていても普通は手に入れない特大なお金を差し引いて、四千万の借金。ベルディアを討伐して三億も手に入れたのに、なにが悲しくて結果借金になるんだよ。

 そりゃあ、アクアが調子に乗っていたらカズマも切れるわね。

 

「さて、みな揃ったところで、良いクエストを探そうではないか」

 

 ダクネスは私達にそう提案してくる。心なしか、嬉しそうでワクワクが止まらない感じでいる。

 けど、それを聞いた私はふと疑問に思った。

 

「あれ、探してなかったの?」

 

 てっきり既に何かしらのクエストを探したのかと思っていた。

そのことをカズマに訊ねると、

 

「いいや、仕事はまだ探してない。というか、この状況では急いで探す必要はないよ……」

 

 カズマはそう言いながらギルド内を見回した。

 冒険者達は朝から飲み始めている。中には今日は寒いから帰るとか言う奴もいて、本当に帰って行った。

 おい、冒険しろよ。

 

「まぁ、こうなるのも仕方ないですね。先日の魔王の幹部であるベルディアを撃退した報酬が、戦いに参加した冒険者達にも支払われましたからね。それだけではなく、今の季節は弱いモンスターのほとんどは冬眠してしまいましたから、この駆け出しの冒険者が集う街では基本的に宿にこもってのんびりと暮らすのが普通かと思われます」

 

 めぐみんの説明でなんとなく理解した。とにかくこの冬は初心者には厳しく、お金もレベルアップするのも一苦労する。稼ごうにもレベルを上げようにも、外には強くて危険なモンスターしかいないから宿にこもるしかないのか。

 おまけに、ベルディアを撃退した報酬のおかげで多少なりともお金に余裕が出来たから、余計に危険なモンスターを討伐するようなクエストは受けなくてもいいんだろう。あの人達は春まではお金の心配はいらないのね。

 私達が一番活躍したはずなのに、危険なモンスターを退治しなければお金が手に入らず、借金も返せないこの状況ってどういうことだよ……。

 ……頑張って、仕事こなそう。そう改めて、私達はギルドの掲示板に貼ってある依頼を探す。

 

「……にしても報酬は良いのばかりだけど、ロクなクエストが残ってないな……」

 

 カズマが一通り貼ってあるクエストを目に通すと不満をたれていた。

 でも、その通りだった。ベルディアを倒したと言えど、私達の強さは安定していない。パッと見て私達が確実にクエストをこなせるものが見当たらなかった。

 試しに一つのクエストに注目してみるも……。

 

「毎年行方不明者と死亡者を多く出すイエティ討伐、二億エリス……」

「アスカ! それにしましょう」

「無理!」

 

 金だけに食いついたアクアを一刀両断で拒んだ。なんか一、二を争う危険度が高いクエストを見つけた気がして、気落ちしそう。こんなめちゃくちゃなクエストしかないのかな?

 

「カズマ! これにしないか?」

 

 ダクネスは掲示板に貼ってある紙をカズマに見せる。

 

「牧場を襲う白狼の群れの討伐、報酬百万エリスだぞ。白狼に囲まれ、め、めちゃくちゃに蹂躙される……くっ。よし、これにしよう!」

「却下」

 

 カズマはダクネスのリクエストを速攻で断った。私達をドM願望に巻き込まないでほしい。

 

「アスカ、アスカ! これはどうですか?」

 

 今度はめぐみんが掲示板に貼ってある紙を指す。

 

「冬眠から目覚めてしまった一撃熊の討伐。討伐なら二百万、追い払うなら五十万と書いてありますが、我が爆裂魔法の一撃で確実に討伐してみせますよ」

「却下で」

「なんでですか!?」

「こんなのに関わりたくないです」

 

 当然、私もめぐみんのリクエストを断った。一撃熊って、名前通り過ぎるでしょ。そんな危ない奴と関わりたくはない。

 

「カズマ、カズマ。これに決まっているでしょ」

 

 次にアクアが掲示板に貼ってある紙をカズマの顔に貼るように突きつけた。

 それを剥がした時のカズマの顔が既に苦い顔をしていた。

 そしてそれは予想が外れることもなく、

 

「マンディコア亜種とグリフォン亜種が争いをしているらしいけど、二人まとめて討伐すれば、三百万エリスよ」

「これ前も却下した奴だろ! しかも亜種って何? 報酬金額が前よりも上がっているし、こんなのも却下だ、却下!」

 

 どうやら私の知らないところでカズマは見覚えがあったらしい。というか、この世界のモンスターも亜種は存在するのね。

 

「……どれも嫌です。帰りましょう」

「そう言わずに、なんか頑張れそうなクエストを探してみてよ」

 

 イザナミは他の三人と違って消極過ぎていた。一通り見て青ざめている。わからなくはないけどさ……。

 一部例外みたいなのを挙げてもこんなクエストばかり、もっと他に良さげなものはないかと思って、ふと目についたのは、

 

「機動要塞……デストロイヤー?」

 

 接近中につき、進路予測のための偵察募集中……なんだこれ?

 

「ねぇ、デストロイヤーってなに?」

 

 そのことを訊ねてみると。

 

「なにって言われても、デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて、高速起動する要塞だ」

「ワシャワシャ動いて全てを蹂躙する、子供達に妙に人気のあるやつです」

 

 ……どう言うことだってばよ。

 ダグネスのめぐみんの返答をまとめると、なんちゃらの動く城みたいに動いていて危ないってことなのかね。

 これも危険そうだし、やめとこう。

 他には……。

 

「雪精討伐、一匹討伐するごとに十万エリス……なぁ、この雪精ってなんだ? 名前からして、そんな強そうに聞こえないんだけど」

 

 私が探していると、カズマが一つのクエストに目をつけ私達に訊ねてきた。確かに他と比べると、そこまで強く無さそうに思えるが……実際はどうなんだろう?

 知ってそうなら、ダグネスとめぐみんに視線を向けると、めぐみんが答えてくれた。

 

「雪精はとても弱いモンスターですし、特に人に危害を与えることもしません。一匹倒すごとに春が半日早くくるモンスターでもあります」

「なら、俺達でも簡単に倒せるってことか?」

「そうですね。剣で簡単に斬れますが……」

「その仕事にするなら、ちょっと準備してくるね」

 

 めぐみんの言葉に、アクアはちょっと待てと言い残してどこかへ行ってしまった。これだったら私達でも稼げそうだ。

 だけど、めぐみんが一瞬険しくなったのは気のせいだろうか? でも、特に反対するようには見えない。

 

「これだったら、イザナミでも大丈夫だよね」

「そ、そうだと思います……」

 

 この世にイザナミが弱くて自信が持てるようなモンスターはいないのだろうか? というか、ベルディアの大剣を一瞬でも受け止めたなら、本当はそれなりに戦えるのでは? 

 イザナミも大丈夫そうだし、カズマもその雪精討伐クエストを請けそうだ。

 ……ん?

 

「雪精か……」

 

 ダグネスがぽつりと呟く。しかも嬉しそうに呟いていた。

 てっきり、ダクネスは弱すぎるモンスターを討伐することに反対するかと思ったし、何かと強いモンスターにやられて同人ネタを願望しているドMクルセイダーが嬉しそうだ。

 …………嫌な予感がする。

 嫌な予感はするけどお金がほしいので、とりあえずこのクエストを請けることにしよう。

 

 

 雪という漢字が使われているだけあって、雪精は雪原に住み着いていた。

 白くてフワフワしていて、手のひらの大きさの可愛らしい丸い形があちらこちらに漂っている。

 にしても可愛いな……とても害もなさそうだし、強くもなさそう。この丸っこいのを一匹倒したら十万エリス……それ、なんかおかしくない?

 なんでこんなお手軽なクエストを誰も受けないのかな? いくらお金に余裕があっても、一匹倒すだけで十万も貰える楽なクエストがあるなら、誰かしらやっているはずだと思うけど……。

 でもそれだったら、頭のおかしいところと爆裂魔法に関すること以外はわりと常識人寄りのめぐみんが止めているかな?

 ……それよりもだ。

 

「なぁ、そのかっこうはなんなんだ?」

 

 そう、カズマが指摘したように私も気になっていた。

 それを示すのはアクアのかっこう。昆虫取り網といくつかの小さな瓶を抱え、そんでもって麦わら帽子をかぶっている姿はまるで虫取り少年のようだった。

 

「アクアさん……今は冬ですよ」

「はぁ? そんなことわかっているわよ!」

 

 その格好で言われても説得力がありません。

 

「これで雪精を捕まえて、この小瓶の中に入れとくの。飲み物と一緒に入れていれば、いつでもキンキンな状態で保つ、携帯用冷蔵庫になるってことよ。どうよ、頭いいでしょう」

 

 ……なんかオチが見えている気がしなくもない。つか、それだったら麦わら帽子は必要なくね?

 虫取り少年アクアは置いといて、だ。

 

「ねぇ、ダクネス」

「何だ?」

「鎧は着てこなかったの?」

 

 一応暖かそうな私服スタイルのダグネスにそのことを訊ねてみた。

 

「この間、魔王軍の幹部にボコボコにされてしまい、今は修理に出している。だが、何も問題はない。ちょっと寒いが、我慢大会みたいで、それもまた……」

 

 ダクネスは何かを想像してハァハァと興奮し始めた。なるほど、変態は自分の体温変化で温度を高めることができるらしい。エコだな。

 もしかして、このクエストを請ける前に嬉しそうなのは我慢大会みたいなことを味わうことができるからか?

 流石、変態は我々の考えを上回っていて、普通の発想を超えている。

 

「さあ、いっぱい倒して、いっぱい捕まえて、ガッポリ稼いで億満潮座を目指すわよ!」

 

 そんなアクアの女神とは思えない発言で雪精討伐の幕開きがした。

 

 

 雪精は手のひらサイズであるものの、ゆっくりと漂っているため攻撃が当たりやすいと思われたが、そんなことはなかった。

 攻撃すると、素早い動きで避けたりして逃げたりもする。反応も良く、カズマ達は雪精に攻撃を当てるのに苦戦している。

 そんな中、私はというと……。

 

「よし、これで六匹目。ついでにレベルアップ」

 

 カズマ達と比べて順調に雪精を討伐していた。しかも刀身が短い短剣で仕留めている。

 

「ハァ? なんでお前、そんなに簡単に当てられるの? 俺なんかようやく三匹目なんですけど?」

「なんでって……」

 

 そこにあんまり疑問は感じてなかったし、難しいこともわかっている。私も当てられないことだってあるんだから。

 私とカズマ達の違いを上げるのなら……。

 

「速さが足りない、とか?」

「もうちょっと納得する答えはないのかよ」

「じゃあ、才能?」

「うわっ、ムカつくな」

 

 そう言われても、それしか言いようがないんだもん。自分で言ってなんだけど、自分がこの中では一番の速さを誇っているのと、アクセルダッシュよりかは雪精のスピードが遅いことが、カズマよりも倒しているという事実を作っているのかもしれない。

 実際は知らん。本当に私が才能あるだけかもしれないしね。

 

「それに、私だけが順調ってわけではないよ?」

「ん?」

 

 私が指したのは、冬なのに昆虫採集みたいに虫取り網を振り回すアクア。

 

「カズマー! 見て見て、六匹目の雪精捕ったぞー!」

 

 アクアは嬉々とした表情で、カズマに雪精を詰めた小瓶を見せつけた。 

 ただアクアが虫取り網を振り回しているかと思えばそんなことはなく、順調に雪精を捕っていたのだ。

 

「……あんまり討伐が振るわなかったら、あいつが捕まえた雪精も退治するか」

「やめなさいよ」

 

 ボソッとカズマが容赦ないことを口にしていた。

 本当にその通りになったら、アクアが泣きじゃくる姿が想像できる。

 一方、私とアクアが順調でいる中、不調の人もいる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。私が存在している事態、ごめんなさいっ」

 

 無害そうで、こちらに攻撃もしかけてこない可愛らしく、丸っこい雪精すらもイザナミは怯えていた。心なしか、ただ漂っているだけなのに雪精はヤンキーが情弱そうな少年を絡む感じがする。

 前も思ったけど貴女、神様ポジションでしょ。なんで逆に無害な精霊に怯えられるんだよ。

 

「……あの、イザナミ?」

「ひいぃ、な、なんですか?」

 

 この子、生きていけるのかな?

 

「な、なんでこんなものに怖がっているの?」

 

 そんな疑問を訊ねると、イザナミの顔が真っ青になっていく。

 

「だ、だって、倒したら一斉に復讐してきて、私の首だけ残して、晒して、最終的には八つ裂きにしてまうかと考えたら、恐いです」

 

 恐いどころの話じゃ済まないけどね。想像力が豊か過ぎるわよ。

 

「そう言う考えは悪くないけど、イザナミは考え過ぎだって」

 

 要するに見た目に騙さないけど、強敵であると思い込み、そして想像力を働かせてしまったから怯えているわけなのね。それだったら一匹十万は安くない? そんな恐ろしい奴なら、注意事項にもっと書いているから、そもそもクエストなんてないだろう。

 そう言う意味では、私はポジティブに考えているつもりだ。多分、イザナミの考えはなくはない、と思いたい。

 

「そこまで恐いんだった、どこかへ避難でもしたら?」

「そ、そうですよね。私みたいなクズ思考を持っているクズ以下の私は非難されますよね。いるだけで邪魔ですよね」

「そっちの非難じゃなくて、避難訓練……って前も言ったでしょ!」

「ひぃ……あ、ひぃっ」

 

 私の張った声に驚き、雪精がイザナミの目の前で通り過ぎた時にまた驚くと同時に怯えてしまった。

 魔王軍の幹部の一人であるベルディアさんに申し訳ないと思うけど、ベルディアよりも雪精の方が恐がるってどういうことよ。

 雪精が凶暴の塊でないことが救いだよ。

 

「ええい、めんどくさいです! アスカ、爆裂魔法で辺り一面をぶっ飛ばしていいですか?」

 

 めぐみんが苛立ちを覚えながら、荒い息を吐きつつ訊ねてきた。その様子からすると、結構苦戦していたようだ。

 爆音で雪崩が起きないか心配だけど、確かにちまちまやってもめんどうだね。

 よし、やっちゃおう。

 

「やっちゃっていいけど、こちらに被害を出さないでね」

 

 一応配慮を入れ、許可を取る。するとめぐみんは嬉しそうに呪文を唱える。

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 一日一回しか使えない燃費の悪い上級魔法。しかし、その焔の光は壮絶な破壊を誇る魔法が放たれた。

 雪原に降り注ぐ業火の光。冷たくて乾いた空気が轟音と共に吹き荒れる。割と近いところに放ったので、爆風で吹き飛ばされそうになった。

 そして爆煙が晴れると 白い雪原の一部に茶色い地面をむき出しになったクレーターが出来上がったのを確認できた。

 同時に、めぐみんは雪の中に埋もれるようにうつ伏せになって倒れていた。

 

「は、八匹やりましたのと、撃つ前に一匹杖で倒したので合計九匹。レベルも一つ上がりました」

 

 顔は上げず、雪の中に埋もれながら報告をしてきた。

 結構やったと思う反面、もっと倒せたんじゃないかと思うけど、逃げ足の速い雪精が爆裂魔法に警戒して、さっさと避難したかもしれない。

 

「めぐみん。起き上がれる?」

 

 そんな状態では顔が冷たくもなるし、肌も良くないだろうと思って声をかけた。

 

「大丈夫です。今はちょっとこの状態でいたいです」

 

 まるで雪を知らない子供が初めて雪を見た時に、冷たさを全身で味わいたいような理由で断られた。いや、そんな子供がいるわけないか。

 ともあれ、ノーコンのダクネスと怖がっているイザナミと雪精採収しているアクアを除いて、私が六匹、カズマが三匹、めぐみんの九匹を合わせれば十八匹になるのか。

 それでアクアが捕まえた六匹分を含めれば、計二十四匹。報酬が一匹十万エリスだから掛け算して二百四十万エリス。

 六人で割れば一人四十万。

 しかも一時間もかかってないから、こんだけ短時間で稼げるとか、なんてお得なクエストなんだろうか。

 こんなお手軽なクエスト、みんなもやればいいじゃない。

 アハハハハハハ。

 …………。

 …………。

 …………おかしい。

 攻撃を与えることが簡単ではないし、結構素早いから人によっては大変かもしれない。

 それでも不自然なくらいに、このクエストはお得過ぎる。

 こんなクエストを誰もやっていないとか、絶対になにか裏があるはずだ。

 だってそうでしょ。

 いくらお金に余裕がある冒険者がいても、お金が増えることになに一つ困ることなんてないんだ。それを誰一人もやっていないって、明らかに何があるはずだ。

 あたらずとも遠からず。イザナミがなんなに怖がっているのも、この先の恐怖に怯えていたのかもしれない。

 

「……そう言えば」

 

 ふと見まわすと、見れる範囲でイザナミはいなかった。

 と思ったら、森の方へ入って行くのをなんとか見つけることが出来た。

 危ない危ない、危うく見失うところだった。にしても、なんで森へ……って、私がどこかに避難したら、と提案したからか。

 

「イザナミは森に入ったし……私達もここらで」

「なんですって!?」

 

 急にめぐみんが大声で叫び、顔を上げた。

 

「び、びっくりした……」

「あ、すみませんって、イザナミが森へ入ったんですか!?」

 

 めぐみんの顔が険しい。ほんの些さかだけど、慌てている?

 

「イザナミが森に入るのが駄目なの?」

「駄目ですよ! 今すぐ、イザナミを連れ戻さないと大変なことに!」

 

 ……なにが理由なのかはわからないし、何が起こるのかはわからない。けど、その理由は後回しでいいだろう。

 私も、めぐみんが本当にうろたえている様子を見て、不穏な予感がした。

 私はめぐみんをおぶって、イザナミが森へ入ったところを目指す。

 その前に一言、カズマ達に伝えないと。

 

「おい、お前ら何しに」

「悪い、カズマ。ちょっと離れる!」

「離れるって、どこ」

「『アクセルダッシュ』ッ!」

 

 私はアクセルダッシュで一気に駆け抜けた。カズマが何か言いかけていたようだけど、全部は聞いていられないのでさっさと向かうことにした。

 

 

 めぐみんが突然、イザナミが森に入ったことに慌てだした。なんでもイザナミが森に入ると危険のこと。私もめぐみんの顔を見て、イザナミを救出するために駆け出した。

 そして無事にイザナミを見つけることができました。

 

「……あ、あの……アスカさん、めぐみんさん」

「…………なんでしょうか、イザナミさん」

「えっと、その……どうしたのですか?」

 

 イザナミが不思議そうに訊ねてくる。くるけど、実は私もよくはわからない。 

 気が付いたら、全体的の森の一つの入口付近辺りに生えている大木にぶつかったようで、その衝撃で小枝に積もっていた雪が落ちてきて埋もれるという追い打ちを食らい、そんな無様な姿をイザナミに発見されたということかな。

 

「確かに急いでって言いましたけど、スピードの出し過ぎです。一瞬死ぬかと思いましたよ」

「それは……ごめん」

 

 私はイザナミを救出するという危機感を抱いていたようで、焦ってアクセルダッシュの加減を間違え、スピードを出し過ぎた。つまり出勤に遅れるから、無理して制限速度を超えたスピードで事故ったサラリーマンのようになってしまったのか。

 交通安全って大事なのね。幸い、私もめぐみんも怪我はそんなになかった。結果的にはこちら側から発見されたけど、イザナミを見つけることもできた。これで不穏に感じていたものが無くなるといいな。

 とりあえず、このまま雪に埋もれているのは寒いし冷たいし苦しいから、なんとか雪をどけて立ち上がった。

 力尽きているめぐみんはどうにか引っ張り出して、肩を借りるようにして立ち上がらせた。

 

「あ、あの……お二人はどうしてここに?」

「どうしてって、イザナミを連れ戻しに来たのです。森は危ないですからね」

 

 イザナミの質問にめぐみんが答える。するとイザナミは美白の顔が、不健康そうな青白く染まっていく。

 あ、この流れは……。

 

「つまり、こんなゴミクズ以下の私のせいで、お二人は余計な傷を残したのですね。なんて罪深いことをしてしまったのでしょうか。これは罰を受けるべきですね。今すぐ、大きな傷を……」

「やめなさいって」

 

 イザナミが大鎌で自分の体を切り裂こうとしていたので、それを予想していた私は止めさせた。

 

「傷を残したって言いますけど、ほんの少し擦りむいただけです。イザナミは重く受け取り過ぎます」

 

 めぐみんもイザナミの性質に慣れたようで、とり静めるように説得し始めた。

 

「だいたい、木にぶつかったのはアスカさんのせいなんですから、イザナミが謝る理由はありませんよ。というか、全部アスカさんのせいです。そう思えば、楽になりますよ」

「なんで私をダシに使うのかな?」

「……そうですね」

「納得しちゃったよ!?」

 

 でも、確かにイザナミが自分を責めている理由が私とめぐみんが木にぶつかるという事実を作った事を考えると、私のアクセルダッシュによるスピードの出し過ぎが原因か。

 

「ともかく、カズマ達のところへ戻りましょう。今なら間に合います。まぁ……戻ったところで、冬将軍が現れていると思いますが、寛大なお方なのでなんとかなるはずです」

「え、うんって、ちょっと待って、冬将軍? 冬将軍って何!?」

「冬将軍は冬将軍ですよ」

 

 それがわからないから、訊いているんですよ。その言葉通りなら、カズマは冬将軍というなにかと対峙している状態になっているかもしれないってことじゃん。

 めぐみんが口にした、冬将軍という言葉が気になったので思わず訊ねてしまったが、それは後で聞いた方がよさそう。

 多分、めぐみんの言葉から察すると、森にいること事態が危険なのかもしれない。

 

「さあ、行きましょう。冬将軍の対処法は私が……」

 

 そう言いかけた途端、めぐみんの顔が一気に真っ青に染まった。

 そして……。

 

「ふ、伏せて!」

 

 めぐみんが唐突に私を押し倒してきた。

 

「きゅ、急にどうしたの? まさか! 私のことが好きになって、欲望に抑えてきれず」

 

 ――――ブンッ!

 

 めぐみんに押し倒されるという、ある意味幸せな展開。

 めぐみんから攻略されるという奇跡の好意に私は心から嬉しかったし、動揺した。

 しかし、大木がミサイルのように飛んできたのを視界が捉えてしまったのと、聞いたこともない重々しい音に私の幸せは一気に絶望へ変転した。

 …………。

 …………。

 …………。

 ……あの。に、人間って、本当に驚くことがあると…………何も言えなくなるのね。

 

「アスカ! 起きてください! ではないと死にます!」

 

 めぐみんは必死に声をかける。

 見たくはない。大木を槍投げのように飛ばす存在を私は見たくないし、現実を受け入れたくはない。イザナミもきっとそうだ。ずっと立ったままビクともしないでいる。立ったまま気絶でもしているんじゃないかと思うくらいに突っ立っている。

 でも、あれを気のせいにしてはいけない。気のせいにしたら、死んじゃう。

 私は立ち上がると、視界に映っていたもの。大木を槍投げのように飛ばした存在の形。

 3メートル程の大きさで、かなりゴッツイ体つきをしている人間のようなもの。そして特徴なのは、その全身が白色の毛皮に覆われているってことだ。

 これだけで間違いない。あれは私も知っている有名な未確認生物の一種……。

 

「……雪男」

「いえ、あれはイエティです」

「一緒だよ!」

 

 めぐみんの細かい指摘に私は思わずツッコミを入れてしまった。



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この恐ろしいイエティに度胸を

 雪男……もとい。

 私達はイエティに出会ってしまった。

 あれ、イエティって最近どこかで聞いたような……。

 そんなことを思い出していると、イエティは軽く腕を振るだけで大木が真っ二つに折れた。

 

「はっ!?」

 

 信じられない光景を見てしまった衝撃はかなり大きかった。思わず三度も見てしまう。

 そんな仰天な光景とは裏腹に、イエティは日常的な当たり前のように折れた大木を乱暴に蹴り飛ばしてきた。

 そしてその大木は不安な回転はするものの真っ直ぐこちらへ勢い良く飛んでくる。

 

「伏せて!」

 

 私はなんとか咄嗟にイザナミの頭を上から手で抑え、無理矢理にも伏せるように押さえつけた。めぐみんも同様に左手で押さえつけた。

 咄嗟の判断により大木に当たらずに済み、風を切る音と共に通り過ぎた。

 もし、あの大木が当たったらと思うと、ゾッとする。確実に顔がもげるなんて考えちゃいけないし、それで殺されてしまうことも考えてはいけない。

 

「……アスカ、イザナミ。れ、冷静になって聞いてください」

 

 めぐみんはそう言うが、かなり焦っているのがわかる。そこから察するに私達はとんでもない境地に立たされているんだと……。

 

「もしかしたら、私達は今日ここで死ぬかもしれません」

「そんな縁起でもないことを冷静に聞けと言うのかよ」

「あ、いえ、すみません」

 

 そんなツッコミをできるくらいには私はまだ精神的に余裕があるのかもしれない。もっとも、めぐみんは真面目に謝っているあたり本当にそれが事実になることを示されているに違いない。

 隣にいるイザナミは顔が真っ青でいる。冷静を通り越して、恐怖で何もわからない状態でいるのだろう。

 

「本当は今すぐにでも逃げたいところですが……イエティに遭遇してしまった以上、逃げ切ることはほぼ不可能です」

「だ、大丈夫、私のアクセルダッシュを使えば」

「イエティもアクセルダッシュ使えるんです」

「…………嘘でしょ?」

「私も嘘であってほしいです。だけど、イエティが手慣れたアクセルダッシュを使えるって割と有名な話の一つなんですよね」

 

 めぐみんのその補足に私は絶望を感じる。

 そして思う。

 これ…………積んでなくね?

 あの巨体でアクセルダッシュ使うとか卑怯だと思うんですけど。

 あの……これ夢ですよね? 夢を見ているんですよね。そろそろ目を覚めてもいいんですよ、明日香さん? 起きてください、起きないと学校に遅刻しますよ。

 …………現実逃避しても、何も解決にならないのは当然だけどさ、こんな時ぐらい、めちゃくちゃなことを思っていても魔法のように解決できたらいいのになーって思うのは駄目なんですかね。

 

「えっと、あの……どうすれば生き残れる?」

「私も噂話でしか聞いたことないですが…………とりあえず、今は大丈夫ですね」

「今?」

「はい、今はイエティは私達人間にチャンスを与えているんです」

「え、は? ちゃ、チャンス?」

「そうです。奇襲を仕掛けてきましたが、今は襲ってきていないんです。それがイエティが私達にチャンスを与えているという証拠だと思われます」

 

 確かにそうだ。私達を仕留めたいのなら、さっさとアクセルダッシュで距離を詰めて、二つの剛腕で簡単に仕留められるはずだ。

 でもそれをしないのは……イエティが私達をなめぷしているからか。おのれ、なめぷするとかいい度胸をしているな! でも、おかげで私達は助かっているのからそのままでいてください。

 でも、なめぷしているってことはそれは、いつでも私達を仕留められるという自信が確証しているからであるってことになっちゃうのかな。

 ……パッと見ても、そんな感じはしない。なんかその辺に落ちている石でジャグリングし始めちゃったよ。今だったら逃げられるんじゃね?

 

「ちなみに、油断していると思って逃げようとした矢先に瞬殺されたと言う噂があるので、今逃げるのはやめた方がいいかと」

「だったらいっそのこと、さっさと攻めればいいじゃんか。なんで希望を持たしてから絶望に落すのかな?」

 

 そんな話を聞いてしまったら、易々と逃げられないじゃない。

 あくまでも噂だからめぐみんが言った通りにならないかもしれないけど、噂通りなのが一番問題なんだよ。

 これ前に戦った魔王軍の幹部だったベルディアよりも命の危険が迫っているんですけど。

 真のボスはイエティだったのか?

 

「こ、これでもイエティはチャンスを与えているの?」

「そ。そうだと思います。あ、先ほどチャンスと言いましたが、もう少し正確に言えば私達の度胸を試しているのです」

「ど、どういうこと?」

「それは私にもわかりませんが、噂ではあのイエティは性別がオスなのにも関わらず、男が好きだそうです」

「……はい?」

「つまりアスカさんと一緒ですね」

「ちょっと待った! 同性が好きなのは一緒かもしれないけど、一緒にしないで!」

 

 そこだけは時間をかけてでも理解してほしいし、なんなら一日かけても説得したい。でも流石にイエティはそこまで待ってはくれないだろうから帰ったら語ってやる。

 

「そしてあのイエティは魔王軍の幹部並に恐れています。いろんな意味も含めて」

「さらっと強さの基準を教えないでくれるかな? それ本当にヤバいじゃん」

「もう今更ですし、この際、生き残る方法を考えた方がいいかと」

「いや、その通りだけどさ……オカマだった後で言わないでよ」

 

 ベルディアよりも命の危険が迫っているのはあながち間違いではなかったね。イエティそのものが魔王軍の幹部並の強さだと証明されたからね。

 

「他に特徴と言えばイエティは男を無理矢理でも拉致る力があるところと、女性の冒険者を確実に殺すという意気込みがあるくらいですね」

「男を拉致るって、その後は?」

「わかりませんね。ただ、噂では拉致られた冒険者は帰ってくることはなかったので、おそらく女性よりも悲惨な結末を迎えているんじゃないかと思いますね」

 

 ……いろいろとキャラとして濃すぎませんかね。

 本当になめぷしてもらっているのがありがたいよ。つか、イエティ寝そべっているからそのまま寝てていいよ。いっそのこと、やる気がないなら帰ってくれないかな?

 

「イエティがキャラ濃いのはわかった」

 

 イエティのキャラ解説にちょくちょく恐ろしいこと言っているのはこの際、ツッコまないでおこう。確実に殺すとか希望も夢もないじゃない。

 

「それで、私達の度胸を試せば生きていられるの?」

「それは……私もよくわかりません」

「…………おい。わかったことは、イエティがオカマだという、生存に関してはどうでもいいことなんですけど!?」

「だって私も噂ぐらいでしか知らないんです! わずかながら生きて帰って来られたのもいるようですけど、本当に度胸を見せつけて帰れたのかわからないのです! それにアスカさんは思考がおっさんなので、可能性はあるかと思います」

「そこはせめて男って言って、性別は違うけど全くの別物なんだよ!」

 

 一方、脅威となる敵は未だにこちらを見つめながら、だらけるように寝そべっている。あ、欠伸した。もう帰ってよ。帰らせてよ。

 本来だったら、命の危機があるんだから緊張感と警戒心を持って対峙しなければいけないんだろう。

 でも、今はそんな緊張感が薄れている気がする。このままいつものノリでいけば、帰らしてくれるんじゃないかと思うくらいに。

 まあ……だからと言って、気楽ではない、むしろかなり焦っている。私もめぐみんも足がカグブル震えているのが伝わってくるくらいに不安でいっぱいだ。 

 めぐみんも冷静でいるようで、たまに不安そうな顔を隠しきれていない。本当は今すぐにでも泣きたいのかもしれない。

 まあ、私が勝手に思っているだけだけどね。

 

「……このまま死ぬのですかね」

 

 ボソッとめぐみんが言った。

 

「まだ……何も成し遂げていないのに……」

 

 もう一度ボソッという。誰かに聞いてほしい言葉ではなく、思わず口に出してしまった独り言。

 …………めぐみんの言ったことを解釈するのなら、生き残るために必要なのは度胸。そして男好きであることが意外と重要なのかもしれない。

 男じゃない時点で私達はアウトかもしれない。でも度胸と男が重要なら、男にも負けないくらいの男気を出せば見逃してくれる可能性はあるかもしれない。

 なんて考えるのは勘違いしているだけの妄想かもしれないし、私がこうなってほしい願望だけかもしれない。

 ともかく、やることは決まった。

 これでいいのかと言われればいいわけではないんだけど、今の中ではこうするしかない。

 運はそこそこだけど、結局は二分の一でだいたいできている人生だ。生きるか死ぬかの二択。それは今日だけじゃないから今日も明日もその先も生きていられるさ。

 

「イザナミ、聞いて!」

「あ、はい、なんでっ!? ゆ、雪男がいる1?」

 

 今までずっと気絶していたのかよ。しかも器用に立ったまま。

 そしてその反応をするってことは、さっきまでの会話を全く聞いていないのね。

 別にいいし、もう一度説明する時間はなさそうだから、このまま実行に移させてもらうよ。

 

「イザナミ、悪いけど私の代わりにめぐみんをおぶってくれる?」

「え、で、でも……」

「頼む」

「あ、はい……」

 

 私はめぐみんを下ろして、イザナミにおぶってもらうようにしてもらう。

 

「イザナミ、何故私をイザナミに移したのですか?」

 

 めぐみんに訊かれたけど、申し訳ないがそのことに返答はしなかった。

 理由は止められるのが嫌だったから。変に嘘つくくらいなら、強引でも自分のやりたいことを貫き通したい。

 よし! めぐみんのことはイザナミに任せておいて、腹括って挑みますか。

 

「おい、聞けイエティ! つか、取りあえず立てよ!」

 

 寝そべっているイエティに向かって叫ぶ。するとその声に反応して素直に立ち上がった。どうやら、人間の声はわかっているようだ。

 

「いいかイエティ! 私のイザナミとめぐみんはね…………さい――――っこうに、可愛いぞ!!」

「「なっ!?」」

 

 隣にいるイザナミとめぐみんがびっくりしているがわかる。この場面で自慢するとはイザナミもめぐみんも、そしてイエティさえも思わないだろう。

 

「どうだ羨ましいだろ! なんせ私の自慢の嫁だからな! アハハハハハハッ!」

「い、いつからアスカの嫁になったんですか!? 勝手な事実を作ったところで後で虚しくなるだけですよ!」

 

 そ、そんなことわかっているわい! でもいずれはそうして見せる。めぐみんよ、今のうちに反抗しているがいいさ。

 ……で、こう言う時は真っ先に反抗するのがイザナミなのに、何も反応がない。無視しているだけかもしれないけど、イザナミなら言う前に制止させるのは私の思い込みか?

 それとも、目論見がバレた?

 イザナミなら理解されそうだけど、それでも私は引く気はないからね。

 

「イエティ! 何が言いたいかって言うと、イザナミとめぐみんは私の命同等、命をかける価値が十分にあるわけなのよ! 言っている意味わかるよね!」

 

 そして私はイエティに向かってもう一度叫ぶ。

 

「もし傷つけたり殺したりすれば、あんたを呪ってでも神様を利用してても絶対に殺す! 私が死んでからも蘇って殺す! 地獄に堕ちようが、異世界に転生されようが、人間じゃなくなったとしても、どんな手段を使ってでも殺してみせるからね!!」

 

 そのことを伝えると、全身が白色の毛皮で覆われた顔からニヤッと奇妙な笑みを浮かべているように見えた。

 その次の瞬間、その場からいたイエティが消えた。

 でも私はそれを予想していた。

 やることは一つ。イザナミの手前ですぐ立ち止まって、予め短剣を前に突き出すことだ。

 

「『アクセルダッシュ』ッブッ!?」

 

 その瞬間に私は激痛が走り、視界がぐるんぐるんと回り始めた途端、気がついた時には顔を雪に埋められていた。

 視界が白くなると同時に、頭の中も真っ白になった。それでも私は今、ぶっ飛ばされたという事実を理解できた。

 

「――――っ!」

「――――さんっ!」

 

 誰かの声が聞こえるけど、あまりにも痛すぎで何を言っているのか聞き取れない。でも、なんとなくわかって状況もまだ冷静にいられる。

 信じたくなかったけど、めぐみんが言った通りアクセルダッシュ使いやがった。

 視界がテレビの砂嵐のように何も見えない。

 あ、でも少しだけ見えた。

 イエティの極太な右腕でイザナミを振り下ろそうとしていたのを。

 ……言ったでしょ。

 傷つけたり、殺したりすれば呪ってでも殺すと!

 

「『アクセルダッシュ』ッ!」

 

 アクセルダッシュを使った途端に、死にそうなくらい激痛が走り出した。

 一瞬、自分が何者なのかわかなくなることがある。一瞬だけ、意識が遠のきそうになりそうになった。

 あ……マジでやばい。本気でやばい。

 あれ……何をしているん、だっけ?

 私は…………どこにいる?

 

「――――っ!」

「――――さんっ!」

 

 …………ああ、思い出した。

 思い出さなければ、楽になれたはずなんだけどなぁ……。

 無理矢理でも器用に動かせ。死にそうになっても我慢して体を起こせ。

 恐怖なんて愛で包み込め。

 生きている限り、私のヒロインに傷をつけさせない。

 

「…………言ったで、しょ」

 

 私は立ち上がって、魂を絞り込んで叫んだ。

 

「傷をつけたり、殺したりすれ、ば……呪ってでも、こ、殺すと……っ!」

 

 視界も見えた。片方赤く染まっているけど問題ない。

 いや、問題あり過ぎるか。一瞬でも気を抜くと意識が無くなりそうだ。

 だからこそ、自分を無理矢理でも器用に動かさないと、イザナミとめぐみんを守れない。

 だったら、どんなに痛くても意識が無くなりそうな時でも頑張って守りたい。

 

「かかって、こいよ……私はまだ動けるよ……っ」

 

 すげー腕が痛いけど、構えなきゃ。

 私は無理矢理痛みを我慢して右手を突き出す。これでどうにかなるとは思ってもみないけど、私は示す。

 どんな方法を使ってでも殺すという意志を。

 

「アスカさん!」

 

 イザナミの声が聞こえる。

 あー……とうとう幻聴が聞けるようになってしまったのか。

 ハハッ、末期だな。

 次の瞬間、私の目の前にイザナミが背を向けていた。

 正確に言えば、イエティの前に立ちつくしていた。

 

「い、イザ……ナ、ミ?」

 

 なんでここにいるの? あんたはめぐみんを連れていかないと駄目でしょ。

 

「……雪男、アスカさんをこれ以上、傷つけるのでしたら……私は貴方を許しません。ここからは私が相手です」

 

 い、今なんて言った。

 

「それでもアスカさんを殺すのであれば、死神の名において私は貴方を必ず狩り殺します」

 

 じょ、冗談でしょ。

 イザナミはそんなキャラじゃないでしょ。いつもビクビク怯えていて、勇敢に立ち向かうことなんてできやしないでしょ。

 全く、しょうがない奴だなぁ……私がしっかりしないと駄目でしょ。

 

「い、イザナミ、らしくないじゃない。さっさと、めぐみんを連れて逃げなさいよ。……私が相手をするんだから」

「わかっています」

「だったら」

「でも嫌です。そんなふざけたこと、認めません」

 

 気を抜けたら死にそうな状況の中、私はイザナミに対して辛辣だなーっと素直に思った。

 あー嫌われているのね、私。命かけてやっているのに、なんで思い通りに逃げてくれないのかなー。これじゃあ、私がバカみたいじゃない。

 私はね、自分の命と同様に好きな人もそれくらい大切なんだよ。

 命をかけてでも生きていてほしい人がいるんだよ。

 

「そんなことよりも、さ……どうしたの、イエティ。相変わらずのなめぷですか? さっさと私の相手をしなさいよ」

 

 でもそれでイザナミに攻撃してこないのは私は十分にありがたいんだけどね。

 

「何回も言うけど、さ! イザナミと、めぐみんに傷をつけたら、どんな方法を使ってでも、死んでも殺すからさ」

 

 イザナミを追い越そうと一歩前に出すと、イザナミが右手で道をふさいできた。

 

「逃げなさいって言っているじゃない」

「私は逃げません。アスカさんを絶対に死なせませんので」

 

 イザナミの声はどこか冷たく、そしてどこか力強く、

 

「アスカさんを傷つけたり殺したりしたら、死神の名において狩り殺しますから」

 

 私を守ろうとしていた。

 私と同じように、命をかけて守ろうとしているのがわかった。

 臆病で卑屈で自分を貶すような死神が、私を守るために恐ろしい死神として立っている。

 ……なんて、そんなわけないか。やっぱり末期かな、私。こんなこと考えるなんてね。

 今は、今だけは何としてでもイザナミとめぐみんを守る。

 もう一歩、足を前に出すとイエティはいきなり右腕を上げた。

 

「アスカさん、下がって」

「イザナミ、こそ」

「下がって!」

 

 私はイザナミの必死な声に聞き分けず、突き飛ばして両手で自分を守るように重ねる。

 だがしかし、イエティの右腕が私に対して振り下ろすこともなければ殴ることもなかった。

 ただ、私の目の前で親指を出していた。

 

「…………え?」

 

 理解できない私は頭がこんがらがる。

 それでもイエティは不気味ながらもにっこり笑みを浮かべる。

 それが普通に怖くて、でも何をしてくるのかわからず混乱してしまう。

 

「あ、あの……」

 

 イザナミもどうやらこの状況を理解できていないようだった。

 いや、えっと……どうすればいいの?

 その瞬間、イエティは左手に持っている小枝で積もっている雪に文字を書き始めた。

 

 ――仲間想い素敵だわ。

 

 あ、ありがとうございます?

 ……えっと、えっと…………これはあれか、度胸を認められたってことかな?

 そう思っていると、イエティは雪に書いた文字を消してから、また左手で持っている小枝で文字を書く。

 

 ――――でも仲間想いなのはいいことだし、仲間を守ることもいいことだけど、守ろうとする気持ちが強すぎて、仲間の力を信じないのは良くないわ。

 

 なんかダメ出しされた。しかも思った以上に書いている。

 

 ――――わかった?

 

「あ、はい……」

 

 とりあえず返事はした。訊かれているのだから、返事をしないとまずい気がするし。

 

 ――――次逢った時は容赦しないからね。あたい、基本的に女嫌いなの。

 

 そしてイエティは最後に、

 

 ――――でも貴女のことは、嫌いじゃないわ!

 

 あ、わざわざご丁寧にクエスションマークも書いてくださった。

 最後に告白みたいなことを書いたイエティは森の奥へと走り去っていった。

 …………えっと…………助かった…………んだよね。

 イザナミもめぐみんも死んでないよね。

 

「……ハハッ、ハハ……」

 

 安心した。生きていることに安心した。

 

「良かっ……た…………」

 

 そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。

 何か声が聞こえたような気がしたけど、それがなんなのか私には理解できなかった。

 それもそうだ。

 私はこの異世界で二度目の死を迎えてしまったのだから。

 イザナミの声もめぐみんの声も聞けるはずもなかった。



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この世界にもう一度転生を

 ……で。あの時ホッとしたら私は死んでしまったんだよね。

 

「…………最悪」

 

 怪我はしたものの、イエティが退いてくれたからなんとかなると思うじゃん。そんでなんとか皆で帰れると思うじゃん。そう思った途端に死んじまうとか、本当の意味で最悪だよ。

 そんでもって私は運悪く、転生した先の世界でも死んでしまったという事実になってしまったんだ。

 ……結局、私の人生は若いまま死を迎えてしまったのね。

 …………こんな時、冷静に振り返ってみるのもあれだけどさ、あのイエティ……キャラ濃いよ。

 オカマだしさ、一人称があたいってだけでも笑えるしさ、しかも文字とか普通に書けるとかいろいろとずるいよ。しかもなんかダメ出しとアドバイスしてくれたし……なんなのあのイエティ。

 いや、それで助かったんだからいいんだけどね。私は終わり良ければ総て良しと思っている人だから。

 でも…………あーあ、死んじゃったか。

 

「えっと……エリスさんでしたっけ? 貴女はあの異世界の女神様ですか?」

「はいそうです、志尾明日香さん。異世界とはいえ、同じ地球からこの世界に来てくれたのに、この様なことになり……」

 

 エリスという女神はそう言うと悲しそうに口にする。

 ……もしかして、私が死んだことを悲しんでいるの? 別に女神様が悲しむ必要はないのに。

 

「あ、あの、結局は自分のせいで死んでしまったので……その…………あんまり気にしないでください」

 

 上手く言えたかはわかんないけど、とりあえず自分のことで悲しむ必要はないことを伝えた。いや、だって口にした通り、結局は自分のせいで死んだんだ。他に良い方法もあったかもしれないけど、あの方法で私は結果死んでしまった。それだけの話である。

 なんて思ってみるけど、逆の立場だと私もエリスさんのようになるかもしれない。

 

「お言葉ありがとうございます、志尾明日香さん。でしたら、せめて私の力で、次は平和な日本で裕福な家庭に生まれ、何不自由なく暮らせるような、幸せな人生が送れるような場所に転生させてあげましょう」

「え、そんなことできるんですか?」

「はい、できます」

 

 それを聞いた私は嬉しい気持ちを爆発するように沸き上がった。

 よし! そんな人生が送れるのなら私はこの際男と付き合ってもいい! もはやハーレム女王という目標を捨ててでも私はその人生を選びたい。

 いろいろと困らない人生、夢みたいな溢れる人生。幸せに満ちた明るい未来を目指して歩いていく人生。例えそれが刺激的でもなく、アニメで言えば日常アニメのような穏やかな日々が待っているんだ。

 そして私が幸せになれば私の周りも幸せになるはずだ。そうすれば、もう私が死んだことで……死んだことで…………。

 …………。

 …………悩んでくれるのかな?

 

「……わかっていたけど、そうだよね……」

「志尾明日香さん?」

 

 嬉しいはずなのに、あんまりそう感じられなかった。

 理由は明確。 

 あの世界に転生できないってことを告げられたようなものだと理解してしまい、その悲しい気持ちが嬉しい気持ちを打ち消してしまったからなんだろう。

 

「エリスさん……死んでしまった以上、私はさっさとエリスさんが言っていた幸せな人生を送りたいですね。誰だってそんな人生を送りたいですよ。今までは思い通りにいかないし、予想外なことばかりだし、結婚できる年齢になったけど結婚する前に死んじゃったし、死んだ理由もよくわかんないじゃんか。転生したと思えば、結局思い通りにはいかないし、滅茶苦茶だし、あのイエティはキャラが濃いし、なんかなめぷしてくれて助かったけど、結局死んじゃったし、なんでボス倒して大金手に入れたのに借金しなければならないんだよって、神様に八つ当たりしたくなるような日々だったんですよ。それと比べたら当然だと思うんですよねー」

 

 ろくなことはなかった。

 思っていたのと違った。

 わかっていたけど、それを理解したつもりで少しだけでも思い通りになってほしい気持ちは確実にあった。

 ハーレム女王を目指すと言いつつも誰も私のことを本気で見てくれないことに憤りを感じることだってあった。

 でもだからこそ、自分を見て欲しいと諦めることはなかった。

 まあ、結局死んじゃったから目標達成できなかったけどね。

 しかも異世界に引き連れたイザナミを置いて死んだし、めぐみんを街へおぶることも二度とないのか……。

 アクアは残念だし、イラッとするし……やっぱりイラッとする宴会の女神さまだし。

 ダクネスはほんとあのマゾ体質なんとかならないのかね。

 カズマは……人間のふりをしたクズだと私は思っているけど、何だかんだで頭は回るからそこは頼りにしているし、もしかしたら一番通じ合える仲間かも。けど、私達のパーティーの中では一番質が悪いわね。うん、やっぱりあの男はクズ野郎だな。

 あれ、そうなると今後はカズマが全部あの疲労が溜まりやすく、面倒事に巻き込まれる原因を持ち、それでもちゃんと魅力を残しているヒロイン達を背負うのかよ。

 ふざけんなよ! あんな野郎にハーレムをさせてたまるか! あんな奴が私のヒロインを奪うのなら呪ってやる! そんでもってざまぁみろと罵ってやるんだ!

 …………。

 …………

 ……うん。

 やっぱり、私…………。

 

「死にたく……なかったなぁ……」

 

 そう口にすると、自分の頬を熱い物が落ちていくのが伝わった。

 私もダグネスのこと……言えないのかもしれない。

 たくさんの苦労とか、滅茶苦茶な展開とか、ハーレム女王が叶わない目標だったとしても、どうしようもない世界で私は日々を送りたかった。

 これから幸せな人生よりも、あの世界で私はどうしようもないヒロイン達と共に生きていたかった。

 

「……生まれ変わった貴女に、また良き出会いあらんことを」

 

 エリスは私の顔を見て哀しそうに目を伏せ、そして私に向けて右手をかざす。すると穏やかで温かい光が私を包み込もうとしていた。

 ……これで私は一度生まれ変わる。

 後悔はあるけど、仕方がない。

 だから次は……小さな幸せが溢れた日常を送りたい。

 不幸にも死んでしまったことがないような、そんな普通の人生を……。

 

 ――――ミシミシ。

 

 ……今、なんか変な音が聞こえたんですけど。なんか古い木造建築に鳴り響きそうな不穏な音。

 そう、いかにもどこか割れそうな音に似ている。

 

「あ、あの何か聞こえませんでした?」

「あ、はい、そうですね……おかしいですね。こんな音、今まで一度も」

 

 その時だった。

 突然パリンっと頭上に空間が割れ、ガラス窓が割れる音が鳴り響いた。

 

「え、なんですかっ!?」

 

 この様な事態は想定も想像もつかない突如襲ってきた原因不明の事態に、エリス様は目を見開き信じられないといった表情を浮かべ、驚愕する。

 私は驚くタイミングを完全に失い、そして言葉も失った。

 ……なにこれ、なんなの? 私、また異世界へ飛ばされるの?

 そんな感じの演出だよね? そうじゃなかったら、この展開はなんなのですか?

  

「……やっと入れるわ、ねっ!」

 

 そんなことを思いながら、エリスではない声が耳に入る。

 女の子の声はわかっていたけど、生憎私はそれどころじゃなかった。これからどうなるのか、考えるのでいっぱいいっぱいだった。

 

「志尾明日香!!」

「は、はいぃ!」

 

 突然大声で名前を呼ばれたので、咄嗟に応える。

 その時、目に映っていたのは白いコートを羽織った金髪美少女。

 あれ? あの金髪美少女……どこかで……。

 

「何、あたしの妹を勝手に連れ出しておきながら一年も経たずにして死んでいるんじゃないわよ、バカッ!!」

「ぶほぉ!?」

 

 私は金髪美少女が激おこであることを気づかず、繰り出される力を込めた右ストレートが頬を抉られるように殴られ、ぶっ飛ばされてしまった。

 あ、思い出した。あの金髪美少女、イザナミのお姉さんだ。

 

「聞いてんの? あんたイザナミを置いて勝手に一人で何死んでいるのかって聞いてんの? わかっているのなら返事ぐらいしろ! なんか言いなさいよ!」

 

 ぶっ飛ばされた直後に私はイザナミのお姉さんに胸ぐらを掴み上げる。

 あ、あの、その通りでございまして、申し訳ないのはご理解できているのですが、ちょっと真面目に痛くて喋れないのです。それすらも今はちょっと言えないのです。

 

「ちょ、ちょっとやめてください! 貴女は誰なんですか!? 天界を破るからにはただものではないかと思われますが、いきなり現れては死者に殴りかかるなんて、何を考えているのですか!?」

 

 ヤクザが気弱な奴にカツアゲされている光景を見てられないのか、エリス様は女神様らしく穏やかながら強い意志を秘めたかのように割り込んできて、私を庇うようにイザナミのお姉さんから引き離す。そして私を守るように立ち塞いできた。

 あぁ……なんという女神様の鑑。今までの女神様はある意味で女神らしくなかったから、ないものねだりでドキッとする。結婚してほしい。

 

「そんな警戒しなくていいわよ。あたしはイザナギ、異世界ではあるけど、あたしも女神の一人なんだからね。そんでもって、知っていると思うけどいつも謝ってばかりのイザナミの姉よ」

 

 イザナミのお姉さん、イザナギはエリスに対してあっけらかんと答えた。あまりにも自然な振る舞いから、私は怒っているからヤクザみたいな感じではなく、素なんだと察した。

 それと同時にいきなり空間を破るという、自分でも一回口にすることを躊躇う非現実なことをしでかしている。それを警戒しないわけにいかないだろと言いたくなった。

 

「い、異世界の女神であるのなら、どうして転移門を通らずに空間を破って来たのですか?」

「急いでいたんだから、しょうがないでしょ。こっちは志尾明日香が死んでどこかへ転生されるのはやめてほしいのよ」

 

 イザナギの言葉に私は引っかかった。

 

「……私が転生されるのは困るってどういうこと?」

「そうよ。あんたがイザナミを持って行ったことで、こっちは迷惑しているし、大変なことになっているのよ! そしてこの状況であんたにとっては朗報になっているのがムカつくのよ!」

 

 いや、そのことは本当に申し訳ないと思っているけど……それでなんで朗報になるの? さっき一年も経たずに死んだことで殴りかかってきたじゃんか。

 

「あたしがあんたを蘇生してあげるために、わざわざやってきたのよ」

 

 その言葉に私は一瞬理解が追いつけなかった。

 だって…………諦めるしかなかった、諦めるという感情なんて許さず、生まれ変わることなどせず、あの世界へ帰れるんだと、希望を抱かずにいられるんだ。

 

「ほ、本当なの?」

「本当だからわざわざここまでやってきたのよ!」

「…………っ!」

 

 鼓動が収まらず、そして図々しく私はイザナギに……。

 

「お、お願いします!」

「いえ、それは出来ません。明日香様には申し訳ないですが異世界とは言えど、一度生き返っています。天界規定によってこれ以上の蘇生はできません」

 

 エリスは私に対しては申し訳なさそうに言うが、イザナギに対しては敵対するかのように警戒していた。

 エリスからすれば、私があの世界で未練が残っているのを知っている。私があの世界へ帰りたいのもわかっているはずだと思う。

 でもそれは許されないから、厳しく希望をへし折るようなことで止めさせたんだろう。

 ぬか喜びにならないために、事実を告げられたんだ。

 でも、そっか……残念だなぁ……。

 

「それはそっちの規定でしょ。志尾明日香に関してはね、こっちの神界規定というもので決められたことなの。そっちにも都合があるように、あたしにも都合があるの!」

 

 あれ? 必ずしも規定通りにはならないの?

 

「あたしだってね、本当は面倒なのよ!」

「めんどう!? 今、ハッキリと面倒と言いやがったよ、この女神! アクアとイザナミと別のベクトルで酷い!」

「うっさいわね! 誰だって面倒なことは嫌に決まっているでしょ! 女神も人間も面倒なのは嫌なのは一緒なの!」

 

 そんなことに共感されても困りますって。 

 もうさ、どっちかハッキリしてほしいんですけど。何でもいいから蘇生できるなら、蘇生させてください。できないのなら、未練が残る前に転生させてください。

 

「というか、エリスだっけ? あんただって、カズマという男を二度も蘇生していたそうじゃない。天界規定はどうしたのよ!」

「ど、どうしてそれを知っているんですか!?」

 

 エリスは心からその言葉に驚きを隠せなかった。

 私はというと、カズマが蘇生したことに驚きを隠せなかった。

 蘇生したってことは……え、私の知らない所でカズマが死んでいたの?

 そして生き返ったの? あいつ波乱過ぎる人生送っているのよ。

 私がエリスとは違う動揺をしていた、その刹那。

 

「隙あり!」

「うわおっ!?」

 

 いきなりおもいっきり引っ張られ、驚いた時には宙に浮いていた。

 いいや、違う。エリスが動揺している一瞬の隙を見て、イザナギが私を投げ飛ばしたのだ。

 イザナギが現れた、破れた空間へ。

 

「いい、志尾明日香! あんたはイザナミというチートを手に入れたことなのは確かなのよ! だから、あの世界の役目である魔王を倒して、イザナミをあたし達がいる神界へ連れ戻しなさい! 言っておくけど、これは取り消すこともできない呪いのようなものだからね! それまではムカつくけど、イザナミを頼んだわよ!」

  

 イザナギの大声が耳に届いてくる。怒りながらも、私に対する想いのメッセージに私は応えたかった。

 

「ありがとう!」

 

 これで実は地獄行きでしたなんて流れだったら恥ずかしいが、私は遠ざかっていくイザナギに対して大声で返した。

 そしてまばゆい白い光が視界を徐々に覆われていく。

 そんな状況で私が最後に目に映ったものは、二度目の蘇生になるであろう私に対して、エリスが笑顔で手を振って送っていたことだ。

 ああ……貴女は本当に女神様だ。

 

 

 …………。

 ……なんだか寒いな。

 それに。

 

「――――さん!」

「――――スカッ!」

 

 

 ……遠くから二人の声が聞こえてくる。

 

「アスカッ! 起きて、くださいっ! アスカッ!」

「お願いですから、起きてください! 死なないでください……っ!」

 

 この声……イザナミとめぐみんだ。

 珍しいね、イザナミがそんな必死そうで泣きそうな声で私の名前を呼ぶなんて……。

 寒いけど、起きな……っ!?

 

「いった――――っ!!?」

「うわあっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 急激に右腕に激痛が走った私はその衝撃で起き上がった。

 めぐみんとイザナミが驚いたようだったけど、それどころではなかった。

 とにかく痛い。痛くて痛くて死にそうなくらい痛かった。

 

「痛いた、痛い! 痛い! 痛い! マジでシャレにならない! あっ! ちょ、誰、が助けて、死んじゃう! マジで死んじゃう!」

「え、縁起でもないこと言わないでくださいよ! バカじゃないですか!」

 

 バカって何よ! と、怒れないほど激痛を味わっている私は、めぐみんの顔を見て我慢しなければいけないと察してしまった。

 

「し、心配してたんですよ! イエティが去ってから、急に倒れて、全然反応がないから、死んでしまったかと思ったんですよっ!」

 

 ……そんなに心配しなくてもいいじゃない。

 なんて無責任に声をかけることなんてできなかった。

 実際に私は死んだ。でも運良く蘇生ができたから帰って来られた。

 そのことを含めてもめぐみんはそのことを知らないし、私が逆の立場だったら絶対に同じことを思うのだろう。

 そして心配させたのは、私のせい。

 私が命をかけて守った結果、めぐみんに心配される事実を余計なのを作ってしまった。

 

「アスカさん……」

 

 イザナミはハッキリと耳に通るような声をかけ、私の傍に寄っていた。

 その瞬間、

 

「っ!」

 

 イザナミに殴られた。

 でも、殴られて頬が痛くはなかった。それはイザナミがただ拳を丸めて私の頬に触るような感じだったから。

 けど、私の心が痛かった。

 イザナミが何を言うのかはわからないけど、その想いは不思議と伝わって、それがとても私の心を痛くさせた。

 

「……助けてくださり、ありがとうございます」

「……うん」

「……なんであんなことをしたんですか?」

「二人を守るため」

「…………そうだと思いました。アスカさん、私達のためなら命をかけでも守ろうとしましたね」

「そうだよ」

「…………」

 

 私はイザナミの問いに素直に返した。

 

「アスカさんって、本当にどうしようもない人ですね」

「……うん」

「普段は変なことばっか言っているのにも関わらず、気持ちだけは本気で、頼んでもいないのに、守ってほしいと言っていないのに、例え自分が死んでしまうようなことをわかっているのにも関わらず、アスカさんは守ってくれました。そして今後も命がけで私を守るとくださるのですね」

「…………そうだよ」

 

 自分の命と同じくらいに、イザナミもめぐみんも大切なんだ。だから命がけなのは当然だと思っている。

 

「私、アスカさんのそういうところが嫌いです」

「……なんでさ」

「それでかっこつけようとして、モテようと思っているからです」

「そりゃあ、私だって人間だし、かっこつけたくなるじゃない」

「死んだら元の子もないんですよ」

「…………そうだね」

「……本当の理由はそんなことして当然だと思っているところなんです。死んでも守ることが当然なのですか?」

「それは……」

 

 何も言えなかった。

 死んで守ることが当然……そんなわけないじゃない。いけないことだとわかっているから、私は何も言えない。

 否定する理由もないんだ。

 

「他にも数え切れないくらい嫌いなところはあります…………でも」

 

 イザナミは両腕で私の袖を掴んできた。

 

「でも! そうじゃないところも、たくさん知っています! もう二度と死なないでくださいと思っていますからっ! もう……無茶しないでください……っ! 命を、かけようとしないで……くださいっ!」

 

 ついに抑えきれない気持ちをイザナミはぶつけてきた。私の服の袖をギュッと力強く握り直して、堪えずにただただ涙を流していた。

 

「……私もイザナミと同じです。あんなことされても嬉しくはないです」

 

 後ろからめぐみんが私を抱いてきた。

 

「私達を助けてくださったのはありがたかったです。アスカは命の恩人です、ありがとうございます。……でも、怖かったです」

「……うん」

「爆裂魔法しか唱えられず、その爆裂魔法も唱えないあの状況で私がどれだけ無力な自分に絶望したかわかります?」

「…………ごめん」

「イザナミが、アスカが死んだと思った時、どれだけ絶望しかけたか知っています?」

「……ごめん」

「だから私も、あんな無茶はしないでください。私のために、イザナミのために、アスカのために……もう、あんなことはしないでください。次したら、あの世まで行って、爆裂魔法をくらわせますからね」

 

 それを言われた私はふと、頭から血が出ていないことに気がついた。手を頭に当てると布のような物で巻かれていた。

 ああ、そっか……二人とも、回復系は使えないんだったよね。

 …………。

 いろいろと、駄目だなぁ……。

 私が起こした無茶な行動した結果が、泣いてほしくない人に泣かせてしまい、心配もさせてしまった。

 母さんや父さんも、今のイザナミのような……いや、それ以上の悲しみを生み出してしまったのかな。

 本当に、本当にこんなことをさせてほしくはなかったのに……駄目だなぁ…………。

 

「ごめん……二人共、ごめん……っ!」

 

 結果的に私達は生き残れたし、無事でいられた。でも内容としては私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 これからはこんなことにならないように誓わなければならない。

 強くなろう。こんな気持ちをもう二度と抱えないために。

 イザナギが言っていたように、確かにある意味これは呪いだ。

 きっと何も考えずに生きていれば、申し訳ない気持ちも捨てることもできたはずなのにね。私はそれができないから、ずっとこの誓いを心に刻みながら生きていくのだろうな。

 

「あぱゃ!?」

 

 ちょっ、めぐみん! 右腕確実に折れているから、そこをおもいっきり力いれないで。流石に我慢できないから!

 それすらも言えない、この痛みをどう伝えればいいのだろうか!

 

「アスカ……変な声を出して笑わそうとしないでください。空気ぐらい読んでいるかと思われていましたが……」

「そ、そうじゃないんだって……マジで……あひぃ」

「痛がるんだったら、もうちょっとマシな痛み方ってできないのですか?」

「そ、そんなこと言われたって、あぽぉ!」

 

 誰かこの痛み……わかってください。

 ふざけていないんです、真面目に痛いんです。

 

 

「……アスカさん大丈夫ですか?」

「ぶちゃっけると大丈夫ではない……」

 

 イエティに二度殴られた私は右腕が完全にポキっと折れてしまっている。そのせいか異常に寒気がするし、めちゃくちゃだるくて重いし、喋るだけでも辛い。

 応急処置として右腕はあまり刺激しないように固定させてもらっているけど、一人で歩くころすら辛いので、イザナミに肩を貸してもらっている。そして魔力切れのめぐみんはイザナミにおぶっているので、一人だけ負担がでかくなっている。

 

「早くアクアに治してもらいましょう。蘇生ができるのですから、怪我なんて朝飯前だと思いますし」

 

 残念美少女であり、宴会の女神様であるアクアだけど、アークプリーストとしては本物なのはベルディア戦で知っている。

 だから私達はさっさと森を抜け、一刻もアクアの元へと向かっていた。

 

「あの……」

 

 めぐみんが申し訳なさそうに私の顔を覗き込んできて、

 

「ごめんなさい」

「急にどしたのよ」

「いえ……私がもっと早く、イエティのことを教えていたら、こんなことには……」

「それはもう終わったことだからいいでしょ」

 

 結果良ければ全て全て良し。

 イエティに二度殴られても、頭から血が出ても、右腕が骨折しても、また死んじゃっても、今こうして無事でいられるんだからそれでいいと思った。

 

「でもアスカさんは反省するべきですよ」

「……そうですね」

 

 結果は良かった方向になったけど、イザナミとめぐみんに心配をかけたのは事実だよね。

 本当に反省しています……でも性分だから何回でもやるかもしれない。

 

「「…………」」

 

 私が何を考えているのか、それとも顔に出ていたのか、二人共無言で目で訴えてきた。

 

「そうならないように努力します」

 

 私はちゃんと言葉で伝えた。

 

「アスカ、イエティは基本的に森の中を縄張りにしています。森を抜け、雪原に出れば襲われることはほぼないかと思いたいです」

「あ、それは希望なのね……」

「私も何があるのかわからないので……今思えば、あんなものを遭遇して、よく私達は生きていられましたね」

 

 ……それは本当だよ。

 本当だったら、全滅の可能性だってあるかもしれないのにね。人生何が起こるがわからないね。

 

「ですから、後は冬将軍に気をつけましょう」

「そのイエティに遭遇する前にも言っていたけど、冬将軍ってなんなの?」

 

 あの時はその存在を聞く所ではなかったので、改めて聞いてみた。

 口を開いて声を出すのも辛いけど、我慢して会話をしたかった。どうせ後で治るはずだと信じて。

 

「冬将軍はですね。国から高額賞金をかけられている特別指定モンスターの一体であり、雪精霊の王みたいな存在ですね。確か賞金は二億エリスほどですかね……」

「待って。イエティと前のベルディアといい、高額過ぎるボス多くね?」

 

 なんでこの数日でそんなボスクラスの敵と出会うんだよ。ゲームでもボスクラスの敵が立て続けに出会うことなんてないわよ。

 

「あの……冬将軍ってやはり強いんですか?」

 

 イザナミのおどおどした質問にめぐみんは淡々と答えた。

 

「魔王軍の幹部で明確な人類の敵だったベルディア、多数の死者と行方不明にさせているイエティはその危険度から賞金が高かったのです。しかし、冬将軍はあまり攻撃的なモンスターでなければ、雪精にさえ手を出さなければ何もしてこないモンスターなんですよ。それなのに破格の賞金なのは、冬将軍がそれだけ強くて危険なモンスターなんです」

 

 そのことを知ってしまった私達は思わず黙り込んでしまった。

 こんな危険なモンスターが一つや二つ、それ以上いるのだから、そりゃあ冒険者達がこの時期にクエストなんか受けずに引きこもっているわね。

 それと、聞き間違いでなければ雪精って言ったよね。それってもしかしなくても、私達のクエスト討伐対象だよね。

 当然、雪精を討伐するから手を出すわけで…………ちょっと、まずいんじゃないの?

 青ざめているであろう私の顔色を見たのか、めぐみんは補足のようなことを付け加えた。

 

「逆に言えば、攻撃的なモンスターでないのでイエティほど危険ではないです」

「でもめぐみん、私達雪精に手を出しちゃったよ」

「それでも大丈夫かと思われます。冬将軍は寛大なお方なので、ちゃんと礼を尽くして謝罪をすれば見逃してくれるかと思われます」

「そうなんだ……」

 

 だったら、イエティよりも確実に生き残れる確率はあるってことか。

 

「もっとも、無礼なことをすれば問答無用に襲いかかってきますので……」

「「…………」」

 

 イザナミは恐怖で黙り込んでしまい、私はもう何も言葉が浮かばなかった。

 か、寛大なお方は……怪我人に対して殺そうとしないよね? そうじゃないと困る。

 この状態で出会うのは危険な気がするので、一刻もカズマ達と合流してアクアに怪我を治してもらわなければ。

 ふと思った。

 イザナミを連れ戻しにめぐみんと一緒にカズマ達と離れてから今どうなっているのか。この場にいるみんなはわからないんだよね。

 …………強いて言えば、イザナギがカズマは二度目の蘇生をしたと言っていたので、その言葉通りならばカズマは一度死んで、そして蘇生したってことになる。

 結局、カズマがいなくなるわけではないから状況的にはそんなに変わらないと思うが、果たしてどうなんだろうか。

 歩くこと数分。奇跡的にも冬将軍という存在に遭遇することはなかった。

 そして歩くこと数歩。

 

「おい、アクア! そいつをよこせ! 討伐してお金にするだ!」

「いやああっ! この子は持って帰るの! もう名前だってつけているの! それなのに売るなんて、酷いこと言わないで!」

「うるせぇ! こいつは売って金にするんだ! いいから俺によこせよ、オラァ!」

「やめて! うちの子を殺さないで!」

 

 いつも通りのやり取りをしている私達の仲間だった。

 ……クエストを一旦中断して離れていたとはいえ、私達が大変な目に合っているのに、こいつらは……無駄に二人共演技かかっているし……ねぇ、なんなの。

 つうかさ、雪精に変なことしたら、冬将軍が来るんじゃないの?

……頼むから来ないでくれ。

 

「しかし、雪精はなんだか……フワフワしていて、それでいて柔らかそうで、砂糖をかけて食べたら美味いのだろうか」

 

 そしてダクネスはなんかアホなことを言っている。それ雪にカキ氷のシロップかけて食べたい発想と同じじゃないか。

 …………ところで。

 カズマとアクアの付近にある、雪原の一部が赤く染まっているのはなんなのかな? そこは気にしない方がいいのかな?

 ……とりあえず、声をかけよう。

 

「何やってんの」

 

 声をかけると険しい表情で私の方へと顔を向ける。

 

「おい、アスカ! 今までって……どうしたんだよ、なんかやつれているようにも見えるけど、何があった?」

 

 向けたら急に顔つきが変わって、心配そうに訊ねてきた。

 

「あははは……いやー……ちょっとね」

 

 とてもイエティに襲われて一度死んで蘇生しました。なんて言えるはずがないので、笑って誤魔化すことにした。

 

「あ、あの。カズマさん、怒らないでください。ぜ、全部私が」

「いいよいいよ。何があったか知らないけど、聞かないことにするよ。大変だったそうだし、三人共お疲れさま」

 

 イザナミは私を庇おうとしたのか、それともいつものように自分のせいするのか、カズマに謝罪しようとしていた。それをカズマは察したのか、許容するわけではないけど怒ることはなく、優しく迎え入れてくれた。

 そんな優しい対応するカズマに対して私は……。

 

「……あんた本当にカズマなの?」

「よーしわかった。人の優しさを疑うのなら容赦なく尋問するけどいいんだな? 今までどこにほつき歩いていたんだ?」

「謝るから、そんな怒んないでっで」

 

 ここは素直にカズマのご厚意を受け取ろう。

 それと、帰る前にアクアに怪我を治してもらわないと。

 

「ねぇ、アクア。悪いんだけど、怪我したから治してほしいんだけど、できる?」

「ふっふっふー……怪我を治してほしいですって? アスカ、私を誰だと思っているのよ!」

「……アークプリーストであり水の女神様」

「その通り!」

 

 ここで宴会の女神様だとは言えないわね。それで不機嫌になっても困る。

 

「怪我なんてちょちょいのちょいで簡単に治せるわ。なんなら、もっと大きな怪我をしてもいいのよ。私が治してあげるから」

 

 いや、それどころか死んだことあるのでいいです。

 いつものように調子に乗っているのはともかく、やはりアクアのアークプリーストとしての才能は本物だった。

 ちょっと唱えただけで先ほどまでの痛みが一瞬で消えたのだ。当然、骨折していた腕も自由に動かせる。

 

「ありがとうアクア」

「ま、この私にかかれば当然よね! ……ところで、アスカも一度死んで蘇生でもしたの?」

「「「「「!?」」」」」

 

 アクアは髪の毛切った的なテンションで聞かれた私達は驚愕した。

 恐らく辛うじて生きていると思い込んでいるイザナミとめぐみん。それすらも知らないカズマとダクネス。そしてそんなこともわかるのかよとツッコミしたい私も、そのことを言われて驚きを隠せなかった。

 

「……アスカさん、後で話があります」

 

 あ、イザナミが全てを察したようだ。

 帰ったら説教コース決定。

 じゃあ、私に問い詰められる前に引っかかった部分があったので、そっちに話題を持って行くことにしよう。

 

「ちょっと待った。も、ってなに? も、ってどういうこと?」

「実はカズマも一度死んだのよ。冬将軍に首をスパッと斬られてね」

 

 そんな衝撃的なことを日常会話のようにアクアは話した。

 そして私は部だけ赤い色に染まっている雪原に視線を向けて察した。

 イザナギがカズマは蘇生したって言っていたのは本当だったのね。この際、どんな方法で蘇生したかは聞かないことにしよう。なんとなくわかる気がするけどね。

 

「綺麗に斬られたけど、くっつくのも治療も簡単だったわ。でも飛び散った血液をつぎ足すことはできないから、カズマはしばらく厳しい運動を控えることになるし、前衛に出るのも厳禁になるから、あんまり振り回さないでね」

 

 一番振り回しているのはアクアな気がするんですけど……。

 にしても、私とカズマは不幸にも特別指定モンスターと遭遇してしまい、そして殺され、ありがたいことに蘇生できたという新しい共通点が増える結果となった。全然嬉しくもないんですけどね。

 

「カズマも大変だったね……」

「そっちもな……」

 

 私達は互いの顔を見て、ため息をついた。

 ありがたいことに蘇生はできたものの、死んだという事実に私はゾッとしない。おそらくカズマも同じだ。

 冬将軍の説明を聞いて思ったことだけど、危険なモンスターがいるんだったら引きこもるしかない。つまりこの季節は強い奴しか活動できない厳しい季節でもあるんだ。

 駆け出しかつ、名ばかりの上級職と器用貧乏の冒険者のパーティーではどうすることもできない厳しい現実を思い知らされた。

 私達には莫大な借金がある。多額な賞金を頂いたけど借金になっている私達は例え厳しくてもお金を稼がなければならない。

 普通だったら、私達はこの場にいなに。でも失った命を奇跡的に拾うことができたんだ。次はその教訓を生かして、稼ぐことができる。

 私とカズマは一度目を合わせ、今後のことを伝えた。

 

「今日は帰ろうよ、カズマ」

「だな。はい、撤収」

 

 借金だろうが一度失った命を奇跡的に拾おうが、無理をする必要なんてない。それ抜きにしても私はもう疲れた。

 明日から頑張る。

 日本では素敵で怠惰の言葉であるが、もう一度死んだからこそ、命は大事にするべきなんだ。

 でも、ミツルギのようなチート武器の一つや二つがあればもっと楽になっていたのかもしれないなー……まあいいか。その変わり、イザナミと言う可愛いヒロインができたしね。

 

「アスカさん、帰ったらお説教しますので逃げないでください」

 

 でもそのおかげで今日帰ったらお説教されるんだよね。

 あ、明日からじゃ……駄目ですかね? 一度死んでいますので……。



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この新たな仲間とトレードを

 今更だけど、私達のパーティーは恵まれていると思う。

 特にカズマからすれば全員女の子であるから、まさにラノベのような夢のハーレム構成が現実となっている。

 皆可愛くて、皆綺麗で、それでいて個性が皆強くて、皆上級職に就いている。きっと誰もがカズマのことを羨ましいと思われるに違いない。実際、私もその状況を羨ましいと思っている。

 だからかな。そう思っている人はカズマのことを羨ましいと思っていると同時に、不満を抱いている人がいないはずもない。

 最弱職の冒険者であり、特にルックスが優れているわけでもなく、性格もパンツをスティールで盗もうとする外道な精神を持っているカズマに良い印象は抱かないだろう。

 ……その結果。

 

「おいおい、さっきから黙ってないで、何か言い返してみたらどうだ最弱職さんよ」

 

 ちゃらんぽらんで三下っぽい兄ちゃんがカズマを挑発するように貶してきやがった。

 冬将軍とイエティの件もとい、カズマと私が死んで蘇った数日後の事。今日もギルドへやってきたら、こんなことになっていた。

 

「ねぇ、アクア。なんでカズマが絡まれているの? もしかしてアクアがなんかやっちゃったの?」

「なんで私がやった前提で言うのよ! 私も知らないわよ。どうせ今回もカズマがやらかしたに決まっているでしょ!」

 

 結構な声量で話しているから、カズマにも聞こえてきている。それ故に顔が引きつっていた。絶対に怒りマークみたいなのを浮かべ、いつもやらかしているお前が言うなと心から思っているのだろうな。

 にしても、カズマはチンピラな兄ちゃんに何も言い返さないのね。三下の連中に噛みついていられるほど、沸点は低くないってことかな。

 確かにチンピラ兄ちゃんに反抗したところで無駄に体力をつかうだけだよね。

 カズマは何も言わない、言われた言葉を受け止めて我慢をしている。

 けどカズマが何も言わない事で、チンピラの兄ちゃんは何も言えないと委縮していると受け取ってしまったようだ。

 だからチンピラの兄ちゃんは調子に乗り始めてしまった。

 

「おいおい、どうしちゃったんだ? 何か言い返せないのかよ最弱職。たく、良い女を五人も引き連れてハーレム気取りのハーレム王か? しかもお前以外、全員上級職じゃねぇか。さぞかし、毎日このお姉ちゃん達相手に良い思いしてんだろうなぁ?」

 

 チンピラの兄ちゃんがそう言って笑い出すと、他の冒険者も笑い出している。

 幸いなことに、全員がカズマのことをバカにしているわけではなかった。カズマのことを笑わない冒険者もいるし、チンピラの兄ちゃんに注意しようとする人もいた。

 そんな嫌な雰囲気の中でも、何も言い返せなかった。

 だけど、カズマは拳を握りしめている。

 …………まあ確かに、カズマは最弱職の冒険者だし、カズマのくせに見た目だけハーレム王になっているのは不満なのよね。

 それにカズマは人間のフリをしたクズマだ。私達にカエルの囮にさせ、リョナプレイをさせられそうになるわ、公衆の場でパンツを盗まれるわ、男女平等という暴力を使って可愛い子にスティールをさせようと指をいやらしく動かすわで、ろくでもない外道な男でもある。

 ぶっちゃけ、チンピラの兄ちゃんに言われているのも仕方がないんじゃないかと思っている。

 ……でも。

 それでも。

 あんな奴でも、仲間であることには変わりないんだ。チンピラの兄ちゃんの発言にスカッとした気分はあった。

 だけど、それと同時に怒りも沸いてきているんだよね。

 

「ちょっと」

 

 私がチンピラの兄ちゃんに注意しようとした時、カズマに止められた。

 

「おい、やめろって」

「なんであんたが止めるの? 本当のことだし、良く言ってくれたと思っているけど、なんで怒らないんだよ。あんな三下連中、どうせこの後から印象に残らないモブみたいな奴に酷いことを言わせても何も思わないの?」

「お前が敵味方関係なく一番酷いことを言っているからな」

 

 だって、本当のことだもん。

 思ったことを言っただけだもん。

 正直に言って何が悪いのよ。

 

「……なんでカズマが止めるんだよ」

「むしろなんでお前が怒っているのかがわかんないんだけど……。別にあいつが言っていることは本当のことじゃないか。俺は最弱職の冒険者だし、周りから見れば羨ましいハーレム王って見られてもおかしくはない。もっと上手い立ち回りができれば、良い稼ぎも期待できるかもしれないし、何も間違ってないじゃんか」

「けどさ……」

 

 納得できない私に、イザナミが止めに入って来た。

 

「アスカさん。カズマさんに酷いことを言われて怒っていると思いますけど、ここは我慢しましょう。アスカさんが怒る必要はありませんよ」

「えっ、もしかして俺のために怒っているのか? そうなのか?」

 

 そんなわけないでしょって否定したいけど、廃城の爆裂魔法騒音の件でイザナミに見透かされたからなぁ……。

 

「嫌だ。この人間のフリをしたクズのために怒っているとか、口に出しても言いたくない」

「その人間のフリをしたクズに聞こえているんだが」

 

 しまった! 思わず口に出してしまった。なんでベタなバラしかたをしてしまったのだ。私はそんな単純な奴だったのか?

 そんな私にショックを受けていると、めぐみんが意図してやったのか、話を挟んできた。

 

「まあまあ、カズマにアスカ、あんなのに相手にしてはいけません。私なら、何を言われても気にしませんよ」

 

 そしてめぐみんに続いて、ダクネスやアクアが言ってきた。

 

「そうだ二人共。酔っ払いの言う事など捨て置けばいい」

「そうよそうよ。あの男、私達を引き連れているカズマにヤキモチしていんのよ。放っておきなさいよ」

 

 ……冷静に考えれば、その通りだ。

 わざわざ相手にする必要なんてない。自分で口にした通り、どうせこの後から印象に残らないモブみたいな奴なんか聞く耳を持たない方が良いに決まっている。

 カズマは耐えている。だったら、あんな奴に付き合う気なんかない。

 ……そう思っていたけど、チンピラ兄ちゃんの一言によって、予想外の結末へと発展してしまった。

 

「上級職で美少女におんぶに抱っこで楽しくしやがって。いいなー苦労知らずで羨ましいぜ! 羨ましくてオレと代わってくれよ兄ちゃんよ?」

「大喜びで代わってやるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 カズマは大声で絶叫し、ギルド内が大きく響く。

 カズマの言葉で誰もが静まり返ってしまう。チンピラの兄ちゃんも、私達も。

 チンピラの兄ちゃんはカズマの言ったことに理解が追いついていないのだろう。私達も同じだ。

 

「えっと……え?」

 

 思わずマヌケになってしまったチンピラの兄ちゃんに対し、カズマは今までの鬱憤をぶつけるように怒声を発する。

 

「聞こえなかったか? 代わってやるよって言ったんだ! さっきから黙って聞いてりゃ舐めた事ばかり抜かしやがって! そんなんだからこの後から印象に残らないモブみたいな奴って言われるんだよ、三下ァ!」

「さ、三下!?」

 

 チンピラの兄ちゃんが圧倒され、立場が逆転したカズマはそのまま勢いに乗って話を続ける。

 

「ああそうだ、そうだよ! 確かに俺は最弱職だ! それは認める。だがな、お前さっきなんて言った? 良い女を五人も引き連れてハーレム気取りのハーレム王か? お前の目玉はビー玉か? ああぁ!?」

 

 カズマは思いっきりテーブルに拳を叩きつけると、チンピラの兄ちゃんはビクッと怯えてしまう。

 

「百歩、百歩譲ってだ。イザナミは一々めんどくさいし、一々謝ってばかりで、戦闘では全然役に立たないし、会話も全然ないどころか勝手に怯えている奴だ! けどな、俺に直接被害を与えたりはしないし、例えしてしまっても謝ってくれるからイザナミは良い女かもしれない。けど、他の四人はどうだ? どこをどう見て良い女と見えるんだ? 俺が悪いのか? お前の美化されるビー玉と取り換えてくんねぇかな? なぁ、聞いているのかよ兄ちゃんよ! お前の甘ったれた人格事替えてくんねぇかな!」

 

 私はカズマの鬱憤とも言えるような心に締まっていたものを全て吐き出す姿に、私はドン引きした。

 別に仲間だからって絶賛ばかりしてほしいわけでもなければ、仲間だからって仲良しこよし発言ばかりを求めていないけどさ。……あんた、仲間をなんだと思って見ているんだよ。

 

「なあおい! 教えてくれよ! 良い女? どこだよ、どこにいるってんだよコラッ! てめー俺のこと羨ましいって言ったな! ハーレム王で羨ましいって言ったよな! 言ったなおい!」

 

 そしてついにカズマはチンピラの兄ちゃんの胸ぐらを掴みかかり、いきり立った。もはやカズマの方が悪者に見えて、チンピラの兄ちゃんが可哀想に見えてしまう。

 

「ど、どうしよう。か、カズマがあんなになって、怖いよぉ……」

「か、カズマもいろいろとあるんですよ。そりゃあ、不満があるのも、と、当然ですね」

「そ、そうだな。これからは優しくするべきだな」

 

 アクア、めぐみん、ダクネスがカズマの豹変におろおろし始める。ちなみにイザナミは「私のせいでカズマさんが……」と、相変わらず自分を責めていた。

 私としては、こんなこと言うような奴に庇った私がバカだったと思うよ。そんでもって、失礼なこと言っているから怒りたい。

 でもここは我慢だ。申し訳ない気持ちも当然ある。

 確かに私達はいろいろとカズマに負担をかけさせ、それが積もるように不満を重ねてしまった。その結果があれなんだ。

 カズマが間違いを犯すまでは、私達は止めないでおこう。そもそもチンピラの兄ちゃんが調子に乗って挑発してきたのが悪い。

 

「しかもお前その後なんて言った? 上級職で美少女におんぶに抱っこで楽しくしやがって!? 苦労知らずで羨ましいぜだとかああ!? お前はあの悪魔達と一緒にいて苦労してないと見えているのか!? どうなんだあぁっ!!」

 

 ……我慢よ。ここで私が怒ったら収集がつかない。

 

「ご、ごめん! 俺も酔った勢いで悪かった、言い過ぎた。そ、そっか、実際は良い女ではないんだな」

「良い女に決まっているだろがああああああああああ!!」

 

 私はそのチンピラの兄ちゃんの言葉を期に、抑えていたものを外れ、大声で絶叫してしまった。

 私の言葉で、再度誰もが静まり返ってしまう。チンピラの兄ちゃんも、カズマ達を除いた仲間達も。

 チンピラの兄ちゃんは私の言ったことに理解が追いついていないのだろう。というか、怯えてしまっている。

 いいよ。理解できないなら、教えてやるよ。

 もう我慢する必要はない。私も言いたいことを言わせてもらうから。

 

「今なんて言った? あんた今なんて言ったんだ?」

 

 いきなり激怒した理由がわからないチンピラの兄ちゃんは腫れ物に触るように言葉を選んで答えた。

 

「え、その……実際は、良い女では、ないのかと言いました……でも」

「あんた、代わってほしいと調子に乗ったくせに、あんな人間のフリをしたクズに影響して、今更取り消すというの! 言ったよね、良い女、美少女ってさ! 羨まして代わってほしいと言ったよね!? それなのに良い女じゃないと言われて、はいわかりましたってやめるのか? 村人Aの分際で調子こいてんじゃねぇよ!! あんたの腐れ切った脳みそ潰してやろうか!!」

 

 言い終える前に私は怒声を発して、テーブルに足で思いっきり叩きつけた。

 周りの空気なんか知ったことか、イザナミに引かれたり嫌われたりするかもしれないけど、知るもんか。

 私はこのチンピラの兄ちゃんに言っておかなければならない。もう、後戻りなどできはしないんだ。

 

「確かにカズマの言うことに間違ってはいない。私達はカズマの鬱憤を積み重ねたのは事実だ。めんどくさいし、ムカつくこともたくさんあったよ。だから、そう言う意味では理想の良い女ではないことも理解しているの」

「だ、だったら俺の言ったこと一緒じゃねぇか! 俺が言ったこと間違ってないじゃねぇか!」

「間違っていない!? 一緒!? 今の発言でそんな風に捉えられるんだ!? バカにしているのも対外にしろよな、舐めているんじゃねぇぞ!!」

 

 逆ギレしそうになったチンピラの兄ちゃんを、今もカズマがチンピラの兄ちゃんの胸ぐらを掴んでいるように、私も同じようなことをした。するとチンピラの兄ちゃんはキレた勢いをすぐに鎮めてしまった。

 

「良い女じゃないからって、諦めようとしていたお前なんかと一緒にすんじゃないわよ! あんたはあれか、良い女と言えば、頭を撫でただけで自分のことを惚れたり、そこまで良い微笑みをしたわけでもなく、ニコッとしたら惚れたりするようなことを良い女って言うのか? つまりあれか、自分に惚れるという自信があったわけで、イザナミ達からちやほやされると期待してたってことだよね。この単細胞が! 現実から目を背けて理想に浸っているんじゃねぇぞゴラァ!! そのくせ良い女じゃないと諦めるとか、自分を高く評価してやがって何様なんだよ! この村人A以下の分際で!!」

「いや、俺はそんなこと」

「私のハーレムの一員はね、悪いところはあるし、直して欲しいところもある! それと同時に良いところも魅力的なところも知っているの! 正確に言えば、悪いところもある良い女なの! 悪いことを全否定してんじゃないわよ。人に言われただけで良い女じゃないと評価しやがって、お前のビー玉どころかプラスチックの塊だろ!」

「……っ…………」

「おい、聞いてのか? 聞いていたんならなんか言いなさいよ!」

「おい、その辺でやめとけ。失神しかけてるぞ」

 

 カズマに言われて、私はいつのまにかチンピラの兄ちゃんが首を絞めていることに気が付いた。

 あ、しまった。つい、熱くなり過ぎて首を絞めてしまったか。危うく、人殺しになるところだったし、このチンピラの兄ちゃんも死んじゃうところだった。

 でも良かった……。

 

「殺してしまったら、私のハーレム人生が台無しになるところだったよ」

「首を絞めた兄ちゃんは人生が終わるところだったけどな」

 

 カズマが冷静にツッコミを入れられる。心なしか、冷たい感じがする。

 

「……にしても、お前は相変わらずバカなことしか言わないんだな」

「あ?」

 

 私はカズマにおもいっきり睨みつけた。

 それに対し、カズマは嘲笑う。

 

「あんな女共が良い女とか、絶賛し過ぎて気持ち悪いな」

「へーカズマもチンピラの兄ちゃんみたいに、自分がチョロイン並に惚れてくれる女が良い女だと思っているだ。絶賛し過ぎるって言うけどさ、ちゃんと評価した上で良い女と見ているんですー。そんなチンピラの兄ちゃんのように、理想に浸っている奴は、恋人どころかフラグすらも立たないわよ」

「現実とゲームを一緒にするな。というか、それすら区別できていない奴に言われたくないけどな」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

「…………」

「…………」

 

 カズマはニッコリと笑う。

 それに対して、私も同じようにニッコリ笑う。

 

「『スティール』」

「『アクセルダッシュ』」

 

 全く同じタイミングで仕掛けてきた。

 私はカズマがスティールを使うことはわかっていたので、タイミング良くアクセルダッシュでカズマの背後を取ることができた。

 ただ、短い距離で使用すると制御が難しかったため、少し空いてしまった。

 

「……スティールで何を奪おうとしているのかな、クズマさん」

「それを教えてやるから動くんじゃねぇぞ」

「ふざけんなよ。女にスティールやるとか最低だな」 

「言っただろ、俺は男女平等主義者だ。誰であろうと容赦しねぇ」

「違う。カズマの言っている奴は差別だ。お前は男に対しても女に対しても差別しているだけのクズ野郎なのよ」

 

 互いに睨みつけ、同じことを思っているだろう。

 こいつに謝らせた方が勝ちだと。もはや、私とカズマはどうやったら謝らせることしか考えていない。チンピラの兄ちゃんなんかどうでもいい。あいつは所詮モブなんだ。私達に関わる権利など持っていない。

 そんなことよりもこの男女差別野郎をどうやって泣かそうか。

 とりあえず、こいつだけには絶対に謝りたくはない。だったらとことん追いつめてやるわよ。

 

「お、おいお前ら、俺を無視して」

「「外野は黙ってろ!!」」

 

 私とカズマは割って入ってくるチンピラの兄ちゃんに思わず苛立ってしまい、怒鳴ってしまった。そしてやはりカズマも同じことを思っていたようだ。

 

「す、すまん……って、俺は外野じゃないだろ!? そもそも俺の発言が切っ掛けなのになんで俺が外野扱いにされないと行けないんだよ!?」

 

 ……それもそうだったわね。

 というか、こんなことになっているのもあんたのせいだと思うけどね。

 

「そ、そうだ。一日、一日代わってくれないか? 代わってくれるって言ってたし、いいよな?」

 

 そう言えば最初はそんな話だったよね。カズマが良い女のハーレムだから代わってくれって茶化したら怒鳴られ、良い女ではないと決めつけたら私が思わず怒って今に至るんだよね。

 先ほどの話なら、カズマは一生代わってくれと言いそうな気がするし、特に問題はなさそう。

 

「おい、アスカ」

 

 カズマがこっちへ来いと手を使って指示をしてきた。

 

「交換の件だが、お前も俺と一緒に来い」

「はぁ? なんでよ。なんで私がカズマに付き合わなければいけないの?」

「あいつに俺の苦労をわからせるためだ。お前が残ると俺の苦労が一割半減する。だから一緒に来い」

 

 未だに苦労知らずに根に持っているのかよ、この男は……。一割程度なら私がいてもいなくても別にいいんじゃないの?

 ……とはいえ、一日だけならそういうのもありなのかもしれない。本当は嫌だけど、あのチンピラの兄ちゃんが私のヒロイン達が惚れることはないだろうと思うし、気まぐれでカズマについて行くのもありかな。

 

「……今回だけだよ」

「今回だけで十分だよ」

 

 その発言にちょっとトゲがあるけど、まあいいだろう。カズマのことだから、チンピラの兄ちゃんがいるパーティーが心地良ければ永久に留まる可能性はある。そうしたら名実ともに私のハーレムが完成する。むしろカズマがいなくなった方が良いじゃない。

 

「そういうわけだから、私とカズマは一日向こうのパーティーに入るけどいいかな?」

「「「「ど、どうぞ……」」」」

 

 イザナミ達はどうやら圧倒されたのか、戸惑った様子ながらも承諾してくれた。もっともこの流れだと向こうに拒否権などない気がする。

 

 

「いつのまにか勝手に進んでいたようだけど、まあいいか。俺はテイラー。片手剣が得物のクルセイダーで、このパーティーのリーダーみたいなものだ」

 

 戸惑いながらもテイラーという剣と盾を携えている鎧を着用している男が自己紹介をしてくれた。私も見た感じこの人がリーダーっぽいとは思っていた。

 チンピラの兄ちゃんのパーティーだから、てっきり三下の集まりみたいな連中かと思っていたら案外普通だった。

 正統派そうなリーダーに、流行に飛びつきそうな軽々しい弓使いに、幼さが残っていて強気と勝気が表れそうな可愛い魔法使いのヒロイン候補を含めた四人パーティーだった。

 

「一日だけだけど俺達のパーティーメンバーになったからにはリーダーの言う事はちゃんと聞いてもらうぞ」

 

 テイラーがそう言うとカズマは何故か私の方へ視線を向けた。

 なんで私の方見るのよ。ちゃんと言う事聞いている方だと思うよ、私は。

 取りあえずわからないフリでもしとこう。

 

「……うちらのリーダーであるカズマはそれでいいの?」

「俺か? 別にこのパーティーのリーダーじゃないから、断る理由なんかないよ。それに新鮮で指示をしてもらうのも楽そうだしな」

 

 確かに今まではカズマが私達に指示を送っていたことが多かったから、そういう意味では新鮮かもしれない。

 カズマの言葉にそう思っていたら、テイラーは驚いた表情を浮かべている。

 

「え、何? 君はあの上級職ばかりのパーティーで、しかも冒険者でリーダーをやってたのか?」

「そうだけど」

 

 カズマの何も飾らない当たり前のように返すと、テイラー達は絶句していた。

 下級職がリーダーで指示を出すことが信じられないと思っているんだね。普通に考えればそうかもしれない。

 変に勘違いして気を使われても困るし、補足でもしとこう。

 

「最初に言っておくけど、別にカズマはこれと言った力とかないからね、なんか運だけが強いみたいだけど、ほんとそれだけだから期待しないでね」

 

 そのことを伝えると、テイラー達の引きつった顔が和らいだ。同時にカズマはこちらを睨み始めていた。余計なことを言っているんじゃねぇよってみたいな事を思っているんだろうね。変に期待させてガッカリされて、非難されないための補足なのよ。むしろ感謝しなさいよ。

 次に自己紹介してくれたのは、緑色のマントを羽織っている、ちょっと幼さを残している可愛らしい女の子だった。

 

「あたしはリーン。見ての通りウィザードよ、魔法は中級魔法まで使えるわ。とりあえずよろしくね」

「よろしくね、リーン。あ、私のことはアスカって呼んでね」

「露骨……」

 

 カズマがボゾッと言っていたけど気にしない。露骨で何が悪い。仲良くなりたい子と仲良くしようとする努力をして何が悪い。これでも自重している方なんだぞ。リーン達と合流する前にイザナミから「くれぐれも羽目を外さないでください……」釘を刺されたんだ。これくらいなら許してもらえるだろう。

 

「そんで、俺はキース。アーチャーだ。狙撃には自信がある。ま、よろしく頼むぜ」

 

 弓を背負っている……アーチャーのくせに弓を使うなんて言うネタはこの世界では通用しないだろうな。

 雰囲気的にはあのチンピラの兄ちゃんと似た感じかな。

 では、こちらの番だね。

 

「ではリーンに言ったけど改めて……私はアスカ。クラスはゲイルマスター。一日だけだけど、よろしくね」

「よろしく。何があった時はあたしに頼ってもいいよ」

 

 リーンのありがたいお言葉……決めた。この子も私のハーレム女王の一員にする。

 

「ゴホン」

 

 後ろからイザナミの咳払いが聞こえてくる。私がリーンを攻略対象に決めた途端に聞こえたけど、気のせいだよね。今までの言動からすれば私のことを見通しているかもしれないけど、気のせいにしとこう。口にしなければセーブだ。

 

「じゃあ、はい。次はカズマだよ」

「おう、そうだな。俺はカズマ。クラスは冒険者。えっと……俺も得意な事とか言った方がいいのか?」

「あ、言い忘れた。私は足の速さには自信があるって伝えとくよ」

 

 それを聞いたディーラーがからかうように返答した。

 

「いや、別にいいよ。アスカは前衛で敵のかく乱みたいなことをやってくれればいい。カズマは荷物持ちでもやってくれないかな? 今回はゴブリン討伐だから、三、四人でもなんとかなる。心配するなよ。ちゃんとクエスト報酬もカズマに分けるからさ」

「そ、それでいいのか? だったら喜んで引き受ける」

 

 それってカズマを戦力として認めていないんじゃ……まぁ、カズマがそれでいいなら別にいいか。カズマも先日、首を斬られて一度、いや二度死んだせいで、数日間は激しい運動を控えているしね。

 にしてもゴブリンか……ここに来て、ようやく異世界でメジャーなモンスターと戦うことになるのね。

 

「よし、では早速行こうではないか。本来はこの冬の時季は仕事はしないけど、ゴブリン討伐なんて美味しい仕事が転がってきたんだ。今から出て、山道に住み着いたゴブリンを討伐すれば夜には帰ってくるだろう」

 

 テイラーの話から察するに、ゴブリン討伐は難しいことではないっぽい。そしてこの季節は手軽な仕事がないから、稼げる仕事があるならやるべきなんだろう。お金はたくさんあっても困らないしね。

 たださ……先日、手軽な仕事と見せかけてベルディアクラスのモンスターに遭遇するという、苦い思い出があるんですよ。私達に至ってはその仕事関係ないのにベルディアクラスのモンスターと遭遇したからね。

 今回もそんな詐欺みたいなことにならないように、祈ろう。



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この新たな仲間と冒険を

「……うーん、なんでこんな所に住みついたのかな?」

 

 山に向かう途中の草原で、リーンがボソッと口にする。

 

「それって、ゴブリンのこと?」

 

 私はリーンの呟きを拾うことにした。

 この世界でのゴブリンの立場が良くわからない。なんせキャベツが空を飛ぶ世界だ。常に逆立ちしているゴブリンがいてもおかしくない。ここは少しでもいいから情報は知りたかった。

 そんでもって彼女との交流を深めるのさ。

千里の道も一歩から。会話をすることで攻略していこう。

 

「ん? あーうん。そう、ゴブリンのことだよ。本当だったら森とか住んでいるのに、隣町へ続く山道に住み着いているんだよね。でも、おかげでゴブリン討伐なんて滅多に無いし、一匹で二万エリスだから、美味しい仕事が出て来た訳だから別にいいけどね」

 

 一匹で二万エリスか……確かに、美味しい仕事だ。

 それにゴブリンはそこまで強くないとも捉えられるから、比較的に楽で稼げられそうだ。

 でも油断はしない。本来起こるはずがないことが起きているってことは、その原因がなにかしらいるってことも示されているようなものだ。

 私としては、そんな原因とかイレギュラーな存在なんか出てこないで普通にクエストを達成したいところだね。

 そんなこと思いながら、すんなりと目的地の山へ到着した。

 あっさりと行けたなと思うのは、普段通りなら道中で何かしら問題が起こりそうなことがなかったからかもしれない。

 

「ゴブリンが目撃されたのは、この山道の天辺からちょっと下の所らしい」

 

 テイラーが皆に見せるように地図を広げて説明し始めた。

 

「この山道の脇にゴブリンが住みやすそうな洞窟でもあるのかも知れない。気を付けよう」

「洞窟ね……」

 

 テイラーの指示に私は少し疑問に思ったのと違和感を覚えた。

 元々、ゴブリンって森に住んでいたのよね。てっきり、緑豊かで秋になると紅葉が美しい山かと思ってみれば、荒れ果てたはげ山だった。

何故そこにゴブリンが住み着くようになったのだ? やはり本来起こることがない原因のせいってことなのか?

 それとも単にゴブリンは隠れる所があればどこでもいい生態なのか?

 ……考えても仕方ない。そんなことよりも私は違和感の正体が、いつもなら爆裂魔法を撃ちたいとか、私のせいですみたいな自虐を聞かないことに新鮮を感じている。あ、もしかしたら違和感の正体はそれかも。

 見て、カズマの顔。普段の会話が新鮮過ぎて軽く感動しているのが伝わっていくよ。

 

「アスカ? どうした?」

 

 テイラーに急に声をかけられた。

 どうしたって……あ、どうしよう、会話全然聞いていなかった。

 とりあえず、ゴブリン相手でも気をつけようってことだよね。

 

「うん、大丈夫だよ。ちゃんと気を引き締めるし、足引っ張らないように頑張るから」

「普段もそうしてくれると助かるんだが」

 

 うっさいうっさい。私は頑張っている方だし、カズマのためではなく、ヒロイン達のためにやっているんだ。

 カズマのぼやきがあったものの、私達はゴブリンが住んでいる洞窟へと登り始めた。

 その山道の一本道に険しい岩肌の山の間を通り、細い道が這うように伸びているところを歩く。思いのほか全員横になって歩くスペースはあるものの、一歩踏み外れてしまえば、崖に落ちておしまいだ。私達は二列になって慎重に足を動かす。

 

「……カズマ。私が落ちそうになったら踏み台にして生き残るから先に謝っとくよ……そーりー」

「謝る気なら全力で謝れよ。でも安心しろ。その時は踏み台にしようとしたら道ずれにするからな」

「うわ、外道。潔く独りで落ちろよ」

「お前に外道って言われたくない。ん? なんだ?」

 

 急にカズマが止まる。てっきり何かを見たのかと思えばそんなことはなかった。

 

「……何かこっちに向かって来ている。一体か?」

「え? どこにいるのよ、そんな奴?」

「敵感知に引っかかっただけだから見えねぇって」

 

 カズマとそんな会話をしていると、三人が驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「なんだ? カズマは敵感知なんてスキル持っているみたいな話が聞こえたんだが、一体何かがいるのか?」

「それってゴブリンじゃないの?」

 

 私はテイラーに訊ねると首を振って答えた。

 

「いや、ゴブリンではない。基本的に群れで行動するけど滅多に単独行動はしないはずだ。……だとするとなんだ? こんな所に一体で行動する強いモンスターなどいないはずだが……」

 

 どうやらこの世界で住んでいて、おそらくそれなりに冒険者としての経験を積んでいるであろうテイラーでもわからないご様子。

 山道は一本道。このままだと対面する形になる。だけど都合良く茂みがあった。

 

「カズマ、私は茂みに隠れようと思うけど」

「俺もそうしようと思っている」

「けど、そこの茂みに隠れてもすぐに見つかっちまうだろ」

「いや、茂みに隠れても多分見つからないと思うぞ。俺、潜伏スキルを持っているから」

 

 テイラーの疑問にカズマが答え、話を続ける。

 

「このスキルはスキル使用者に触れているパーティーメンバーにも効果がある。せっかく都合よく茂みがあるんだし、隠れる選択があるのなら、とりあえず隠れといた方がいいか?」

 

 カズマの提案に皆は賛成し、茂みに隠れることにした。

 迎え撃つっていう選択もあったけど、相手が何者かがわからないことは結構きついことである。もし、イエティみたいな強いモンスターと遭遇して全員が生き残るとは限らない。戦いを避けることは、けして悪いことではないはずだ。

 それに、下手に死んじゃうのはこの前のイエティだけでいいよ。

 …………これがダクネスなら、迎え撃つんだろうなぁ。

 そんなことを思っていると、正体不明の敵が降りてきた。

 見た目はライオンや虎のような猛獣。特徴は全身が黒い体毛で覆われ、サーベルタイガーのような大きな二本の牙を生やしている。

 ベルディアやイエティ程ではないが、やばい奴だと確信した。カズマを除いた三人も、パッと見ただけでも緊張しているのが伝わったことから、危険なモンスターなんだろう。 あ、リーンがギュッと手を力強く握ってきた。ありがたやー。

 そしてその猛獣は私達がさっきまでいた山道の地面をクンクンと神経質に嗅いでいる。

 ……今思ったけど、潜伏スキルって匂いも潜伏できるの? 出来なかったら……匂いでバレるよね。え、やばくね?

 そうならないことを祈りながら、なるべく見つからないように息を潜め、自分がいないことを自分に主張する。

 そのことも含めてか、猛獣は辺りをしばらく嗅いだ後、私達が登ってきた道を降りて行った。

 

「ぷはーっ! こ、こここ怖かったぁ! 初心者殺し! 初心者殺しだよ! 本当に怖かったぁ……っ!」

 

 リーンが涙目になって怯えているのを見た私は……。

 

「怖かったね……大丈夫、私が傍にいてあげる。私はいつでも安心できる存在でいたいからね」

「お前といると安心できねよ」

 

 そんなことを言うカズマは……初心者殺し? 猛獣と遭遇してどんな反応をとるかっていう実験と囮をしてもらえばよかったと思った。

 

「ま、マジで心臓止まるかと思った! あ、あれだ……ゴブリンがこんなに街に近い山道に引っ越したのは、初心者殺しに追われたからだ」

「あ、ああ……そうだと思う。しかし厄介だな。よりによって帰り道の方に向かっていったぞ。これじゃあ街に逃げ帰る事もできないな」

 

 キースもテイラーもあの猛獣、初心者殺しに脅威を感じているようだ。

 私はもっとヤバい奴に殺されかけたから、あんまり危機感抱いていないけど……普通なら、今の私達にとっては遭遇してはいけないモンスターではないのか?

 つか、そんなことを思ってしまう私もそれはそれでやばくないのか?

 

「なぁ、さっきから言っている初心者殺し? あいつってそんなにやばいのか?」

 

 私も思っていたカズマの疑問に、三人はこのご時世にスマフォを持ってないのかと言わんばかりに信じられないような目で見ていた。

 ……これは多分、知らないといけない奴か。スズメバチに二度刺されると危険みたいな感じかもしれない。

 

「あーえっと、私もカズマも、ちょっと遠いところからやって来て、モンスターとか割と縁がなかったの。だから初心者殺しっていうのも実は知らないんだよね。悪いけど、教えてくれないかな?」

 

 別に間違ったことは言っていない。誤魔化しているけど。

 その言葉を信じてくれたのか、テイラーが教えてくれた。

 

「あいつは初心者殺しと呼ばれている非常に危険度が高いモンスターだ。ゴブリンやコボルトといった、駆け出し冒険者にとって美味しいといわれる、比較的弱くて倒せるモンスターの傍をうろうろして、弱い冒険者を刈るんだよ」

 

 初心者でも狩れるモンスターと戦っていたら逆に狩られるから初心者殺しっていうのかな。危険もそうだけど、モンスターのわりにはずる賢いやり方だ。うわ、かなり厄介。

 

「その話を聞くと、あの初心者殺しはゴブリンを餌にして冒険者を狩るってことだよね」

「ああ、アスカの言う通りだよ。しかも、ゴブリンが定住しない様にゴブリンの群れを定期的に追いやり狩場を変える。狡猾なところも持っているんだ」

「「なにそれ怖い」」

 

 思わずカズマとハモるように恐ろしいと感じた。

 カエルアンコウだっけ? なんかテレビでそういうアンコウがいるけど、そのアンコウは疑似餌という物を使って小魚を誘って捕食するという変わった魚だ。初心者殺しの場合は移動もするし狩場も変えるから、運悪く遭遇する確率が多いしアンコウと違って我々冒険者を狩ると思うと本当に危険度が高いのも頷ける。

 そんなモンスターとできれば相手をしたくはない。帰ろうにも帰る道に初心者殺しは行ってしまった。

 

「……テイラー。私はこの場にいてもしょうがないから、とりあえずゴブリン討伐を済まそうと思っているんだけど、どう?」

 

 この場にいても、帰って行っても初心者殺しと遭遇するなんて分からないのでテイラーに提案してみる。

 

「……そうだな。初心者殺しは、普段は冒険者を誘き寄せる餌となるゴブリン達を外的から守るモンスターだ。今、ゴブリン討伐しに向かっても初心者殺しがいる確率は低いと思う。そしてゴブリンを討伐したら山道の茂みに隠れて初心者殺しの様子を見よう。おそらく、俺達が倒したゴブリン達の血の臭いを嗅ぎつけて、さっきみたいに俺達を通り過ぎてそっちに向かってくるかもしれない。近づいてくればカズマの敵感知で分かるだろうし、アスカが言ったようにこの場にいてもしょうがない、まずは目的地へ向かうとしよう。それでいいな?」

 

 テイラーの提案に私達は賛同する。

 そして目的地へ向かおうとした時、リーンがカズマの背負っていた荷物の一部を手に取り始めた。

 

「もし初心者殺しに遭って皆で逃げる時、カズマは身軽な方がいいからね。あたしも持つよ」

 

 ……いいなー。リーンにそんなこと言われてさー。カズマのくせに、生意気だー。

 

「大丈夫だよ。カズマを囮にしても生きていられるから」

「無責任なこと言っているんじゃねぇよ」

「カズマだって私達をカエルの囮にさせようとしてたくせに」

「お前の場合は完全に見捨てるつもりで言っているだろ」

「逆の立場だったら同じこと言うくせに……」

「まぁまぁ、カズマの潜伏と敵感知スキルを頼りにするからさ、頼んだよ」

 

 リーンがそう言うと、テイラーとキースもカズマの背中から荷物を取り始めた。

 

「「べ、別に、俺達はカズマを頼りにしている訳じゃないからな?」」

 

 という、ツンデレのテンプレートみたいな台詞を口にした。

 珍しく仲間からカズマに頼られている。こっちの方がカズマは活々しているんじゃないかと疑いたくなるくらいに。

 ……そうだな。

 

「男のツンデレとかいらない」

「それを俺に言うな」

「ツンデレはリーンに言ってほしい」

「だからそれを俺に求めるな」

  

 

 初心者殺しというモンスターに警戒しつつも引き返してくる気配は無く、地道に山道を登っていく。するとテイラーの持つ地図通り山道が下り坂になる地点、ゴブリンの住んでいそうな辺りまでやってきた。

 

「カズマー、敵感知になんか反応ある?」

「この山道を下って行った先の角の曲がったところにいっぱいいるな」

「初心者殺しは?」

「俺達が登ってきた方の道からは何も反応がない。いるのは、さっき言った山道下った所にいる」

 

 とりあえず初心者殺しのことで心配する必要はないか。

 

「数はどれくらいいるの?」

「とりあえずいっぱいいる。多すぎてちょっと数えられない」

「いっぱいいるのならゴブリンだな。ゴブリンは群れるものさ」

 

 私とカズマの会話を聞いていたキースが気軽に言ってきた。

 カズマは数えきれないほどたくさんいるのは伝わったし、キースがその群れはゴブリンなのも察することもできる。

 でも、私とカズマはゴブリンの基準がわからない。

 

「ねぇ、ゴブリンって普通はどれくらいの数で群れるの? カズマ、今のところどれくらいいるか、おおよそでもいいから教えて」

「少なくとも……二十以上はいるかな。俺も思うんだけど、ゴブリンってこんなに多いものなの?」

 

 私とカズマはそんなことを疑問に感じていると、隣にいるリーンが不安になり始めた。

 

「ね、ねぇ……そんなにいるの? カズマもアスカもこう言っているんだし、ちょっと何匹いるのかこっそり様子を伺ったほうがいいんじゃない? そして勝てそうなら」

「大丈夫大丈夫! カズマばかりに活躍されてちゃたまんねぇ! おっし、俺は行くからな!」

 

 リーンが話している途中でキースはゴブリンの群れがいるであろう、下り坂の角から飛び出してしまった。

 

「おい、待てよキース!」

 

 それに続いてテイラーも角から飛び出して行った。

 ……まぁ、私達よりも冒険者としての経験は豊富な方だし、案外大丈夫じゃないかな?

 

「「ちょっ、多っ!!」」

 

 二人の叫びに私はガクッとうなだれた。大丈夫じゃないんかい。

 ともかく、私はテイラーとキースに続いて角を曲がる。後ろからはカズマとリーンもついていく。

 そこには二十以上、いやざっとそれよりも多いゴブリンの群れがいた。

 鋭い目つきと、不健康そうな全身抹茶色に染められ、小学生低学年くらいの大きさではあるが、そのほとんどのゴブリンがいろんな武器を持っている。そんでもって、そのゴブリンの群れがこちらを睨んでいる。

 あー……これ、結構やばくね?

 

「言ったじゃん! だから言ったじゃん! あたしはこっそり数を数えた方がいいって言ったじゃん!」

 

 泣き声でリーンは叫んだ。

 

「おいこら、私のリーンを何泣かしているんだよ」

「お前のもんじゃないだろ! つか仕方ねぇじゃん! 普通は多くても十匹なんだぜ!」

 

 キースが慌てて言い訳をしている中、テイラーが私達の前に出て盾を構え始めた。

 

「仕方ねぇ、このまま逃げたって初心者殺しと出くわして挟み撃ちになる可能性が高い! やるぞ!」

 

 テイラーの叫びにリーンとキースは攻撃の準備を始める。もっとも、悲壮感を漂わせているので、余裕でないことがわかる。

 

「ギャギャッ! キキーッ!」

 

 一匹のゴブリンが奇声を上げるとこちらに向かって駆け上がってきた。

 状況的には道の片方は崖、私達は坂の上に陣取っている。向こうが遠距離で攻撃してくる奴は……いるな……。

 ……あれ、この状況だと、あれが使えるんじゃないのか?

 

「ねぇ、カズマ。ベルディア戦でやった結局失敗したのをやってくれない?」

「その覚え方はやめろ。やるにもまず矢をなんとかしろ!」

 

 既に弓を構えたゴブリンが遠くから攻撃してくる。確かに矢をなんとかした方が安全ね。

 

「痛えっ! ちくしょう、矢を食らった! リーン、風の防御魔法を!」

「リーンが詠唱しているのが間に合わねぇよ! とにかくかわせ! 全員かわせぇ!」

 

 テイラーとキースは必死に叫ぶ。リーンは詠唱中で矢は撃ち続けている状況。

 これを打開するには一時的でも弓矢を何とかする必要はある。

 

「『ウインドブレス』!」

 

 カズマ程ではないが、私もある程度操作ができる初級風魔法でこちらに飛んでくる矢を吹き散らした。

 

「ア、アスカ! で、でかした!」

「お礼は後でいいから、テイラーは目の前のゴブリンを阻止して!」

 

 とりあえず私の役目は一旦終わる。その間にリーンの詠唱が終わるはずだ。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 リーンが唱えた風魔法は私達五人の周りに渦巻く風が吹き出された。

 ……何気に支援魔法とか初めてみるな。

 よし、これで矢はなんとかなるだろう。

 そうしたら今度はカズマの出番だ。

 

「『クリエイト・ウォーター』ッ!」

 

 カズマは初級水魔法を唱えると、大量の水を広範囲かつテイラーが立ち塞がる前の坂道にぶちまけた。

 

「カズマ!? 一体何をやって……?」

 

 水を坂道に撒いただけでは何も起こらない。そのことを理解している反面、リーンはカズマがやったことに疑問を思っているのだろう。

 それもすぐに判明する。

 

「リーンはあのゴブリンの群れの真ん中に強力な魔法を撃ってくれる?」

「え? あ、うん、よくわからないけどわかった」

 

 そうしている隙に、

 

「『フリーズ』!」

 

 カズマは初級の凍結魔法を全力で放つ。

 

「「「おおっ!!」」」

 

 何も知らなかった三人は驚愕する。そしてゴブリン達の足元が一面の氷で覆われる。

 すると面白いことに、ゴブリン達は簡単に氷に足を取られ、あちこちですっ転び始めた。

 それでも踏ん張って登ろうとしているゴブリンには、

 

「秘儀、ただの足払い」

 

 一匹のゴブリンを足払いで姿勢を崩してからすかさずゴブリンを蹴り飛ばす。すると勢い良く後ろに転がっていき、後ろにいるゴブリン達を巻き込んで転がせた。

 そしてとどめの一発。

 

「『ロックブラスト』ッ!」

 

 巨大な岩石が態勢を整えていないゴブリンの群れの真ん中へ放たれる。ゴブリン達は抵抗することもなく、押し潰れた。

 

「やったー!」

 

 喜ぶリーンはそのまま流れるように私とハイタッチした。

 こうなってしまったら、流れは完全に私達のもの。そして勝機はほぼ確定している状況になった。

 

「テイラー! この足場の悪い中だとゴブリンは簡単に上がってこない。それでも上がって来たら、俺とアスカとテイラーでしばこうぜ! そんで上がって来ないゴブリンは遠距離攻撃ができる後ろの二人に任せる!」

 

 そのことをテイラーに提案するカズマはどこか活々としていて嬉しそうだった。そして私達と一緒にいる時には見せないワクワク感を漂わせていた。

 

「で、でかしたカズマ! おいお前ら、やっちまえ! この状況なら、どれだけ数がいても関係ない! ゴブリンなんてやっちまえ!」

「うひゃひゃひゃ、なんだこれ! うわっ、楽勝! 簡単過ぎるぜ!」

「よし、もう一発強力な魔法をど真ん中に撃ち込むよー!」

 

 志気も十分、こちらに勝機の風が吹いている。後はもう、このままの勢いでゴブリンを蹂躙するまでだ。

 

 

 結果は言うまでもなく圧勝。ゴブリン討伐を難なく達成できた。

 その帰り道、私達は先ほどの戦闘を振り返っていた。

 

「しかし、あれ、だな。あ、あんな魔法の使い方、聞いたこともねぇよ。何で初級魔法が一番活躍しているんだよ! 初めて見たぜ!」

「ほんとだよ! 魔法学院じゃ、初級魔法なんて取るだけスキルポイントの無駄だって教わったのに! それな、のに、ふふっ、それが何あれ!」

「うひゃ、うひゃひゃひゃっ。あーやべ、こんな楽なゴブリン討伐は初めてだぜ! いやー、あの時、ゴブリンの群れを見た瞬間は、あ、終わったって思ったぜ!」

 

 話を聞いているとカズマが大活躍したみたいに聞こえる。いや、実際も大活躍していたけどさ。

 やっぱりカズマはこっちの方が活躍できるんじゃないのか? 現に絶賛されているんだし、今までと違って不憫でなくなっている。

 

「おい、戦闘終わったんだから荷物よこせよ。最弱職の冒険者は荷物持ちが基本だろ?」

 

 カズマは調子に乗ったのか、笑いながら皮肉なことを言い出した。でもその言葉から悪意は全くなかった。

 

「ちょっ、悪かったって。いや、今日は本当に助かった。あと悪かったよ、カズマ。これからは冒険者だからバカにしねぇって」

「ご、ごめんね。てか、何で最弱職って呼ばれる冒険者が一番活躍しているの? ほんとおかしいよ」

「おいカズマ、荷物寄越せよ! 今日のMVPなんだから、お前の荷物も持ってやるよ!」

 

 皆が和気あいあいとしている中、私は。

 

「あ、マジでいいの? それじゃあ私の荷物よろしくね、最弱職のカズマ君!」

「…………」

「なに、その……カエルと蛇の二匹を偶然道で見つけた時のような顔は」

「例えが適当過ぎるだろ」

「で、評価が一転したカズマさんは私に何か言いたいことでもあるの?」

「いや、別に……お前がいなければもっと良かったのにな」

「誘ったのはあんたでしょうよ」

 

 そんなやり取りをしていたら、リーン達の三人は笑い出した。周りは冗談だと思っているけど、カズマは本気で言ったんだと思う。

 最初はあんまり乗り気じゃなかったんだよね。だってここ男の方が多いんだもん。

そんな一回だけ交換されたこのパーティーになんかいいなぁって思えた。

共に戦い、共に笑い、共に危険を乗り越え、みんなで一緒に帰る。何事も予想外なトラブルも、ドッと疲れることもなく帰る。

 

「……カズマ、重大なことに気が付いたんだけど」

「なんだよ?」

「私達……ちゃんと冒険している。こんなのおかしいよ!」

「いや、これが普通だろ」

 

 今までは何かしらトラブルがあって、しっちゃかめっちゃかな状況になってもなんやかんだで無事に帰れたと一息つくことが多かったのに、今回は普通に冒険しているという事実に、私は驚きを隠せない。

 なんか違うんだ。これが普通なのかもしれないけど、私はそれを求めていない……わけじゃないんだけどさ。やっぱり私が求めているのはハーレム女王だ。

 うん。やはり私はあの癖のあるヒロイン達を攻略するべきだ。

 私は冒険がしたいわけじゃない。ヒロイン達と共に行動し、私のことを好きになってほしいんだ。

 

「そう思うとあのパーティーが愛おしくなってきた。……カズマもそう思うよね!」

「いや思わない」

 

 カズマは無表情で無情にも否定された。

 ほんと、そういうところはブレないよね。別にいいけどさ。

 もうカズマはいらないのかもしれない。無事に帰れたらイザナミ達に話すとでもしよう。

 ……無事に帰れたら……あれ、なんか一番忘れていけないことを忘れているような…………。

 

「あれ? 何かが凄い勢いでこっちに向かってきてないか?」

 

 キースが何かに気がついたように口にする。私は何も見えないが、キースだけは違うのかもしれない。アーチャーだから視力が良いのかもしれん。

 それで何かがこっちに向かっている……そうだ、そうだった。

 

「カズマ! 敵感知は?」

「もうやっている! 敵は一匹!」

 

 忘れてはいけない存在は、こちらに駈けてくる黒い猛獣を視界で捉えた瞬間、脅威となった。

 

「初心者殺し!」

 

 カズマが叫ぶと、それは合図のように私達は一斉に街に向かって駆け出した。

 

 

「く、くそっ! さ、最後の最後でこれかよ!」

 

 キースが荒い息で毒づく。勝利ムードの中、いきなりの敗北へと落されかねないからそう思うのは仕方がなかった。

 

「や、やばいよー。お、追いつかれちゃうよー!」

 

 リーンも荒い息で涙目に発する。

 そして初心者殺しは、私達のすぐ後ろにまで迫っている。一回でも足を止めた瞬間に襲われるのは確実だ。

 街まではまだ距離がある。このままでは逃げ切れないだろう。

 だけど、私だけなら逃げ切れる。街にたどり着くのも誰よりも早い。

 私達のパーティーの戦闘力を考えると、おそらくみんなでかかっても倒せない。倒せたとしても誰かが犠牲になってしまう可能性が大。

 全滅しない方法を考えれば、比較的に軽いリーンをおぶってアクセルダッシュで一気に駆け出して街へ帰り、そして応援を呼ぶ。

 あるいは……。

 

「リーン! このままでは追いつかれる! お前はカズマとアスカを連れて街へ逃げろ!」

「テイラーは!?」

「俺は初心者殺しの足を止める! 悪いけどキースは援護してくれ! そして街に帰ったらギルドに駈け込んで、応援を呼んでくれ!」

 

 テイラーが言ったように誰かが殿を務め、その間に街へ帰って応援を呼ぶ。これが確実に誰かが生き残る方法なんだろね。

 

「しょ、しょうがねぇな! カズマとアスカは他所のパーティーの人間なのに、今日は俺達よりも頑張ってくれたんだ! だったら、今度は俺達が頑張る番だよな!」

 

 キースは意気込んでいるけど、内心はビビっているか、怯えているに違いない。むしろ俺もカズマと一緒に街に帰りたいと思っているかもね。

 

「カズマ!」

「なんだよ!」

「このまま帰ったら私達は無事でいられるよ」

「前置きはいいから、何が言いたいんだよ!」

「……このまま街に帰って良いの!?」

「良くないだろ!」

「だよね!」

 

 私とカズマは足を止め、振り返る。こういう時に関してはカズマが何を考えているのかだいだいわかっていた。

 

「ちょ、ちょっと二人とも逃げないの!?」

 

 足を止め、その場から動くことをやめた私達に戸惑ったリーンは慌てだす。

 おそらく、カズマだけでなんとかなるけどカズマが動き出しやすいようにサポートぐらいはしよう。

 まずは初心者殺し。標的をテイラーから私に変えるために、自慢の敏捷力で颯爽と短剣で斬りつける。

 あんまり斬った感触がしないけど、これでいい。テイラーよりも私の方を狙うはずだ。

 

「お、おいアスカ! 何をやっているんだ! ここは俺が食い止めるから早く逃げろ!」

「そんなことしなくても私達でなんとかする! おい、黒毛玉! 私の方が美味しいと思うんじゃないの!」

 

 挑発するように叫ぶと、初心者殺しはこちらに向かって飛びかかってきた。

 よし、初心者殺しを誘えた。後はカズマがなんとかしてくれる。

 私は横へ避ける。

 

「『ウインドブレス』ッ!」

 

 すると私の後ろに隠れていたカズマが、あらかじめクリエイト・アースで手の平に土を生み出す。そして初心者殺しに向けながら風を飛ばした。

 真正面から大量の砂粒は顔面に直撃を受ける。初心者殺しは勢いを殺して、そのまま地面にうずくまってしまった。

 初心者殺しが私を捉えている間に土の初級魔法を唱え、後はタイミング良く初心者殺しに目つぶしをするだけだ。駆け出し冒険者にとっては恐れる猛獣ではあるものの、生物であることには変わりない。目つぶしだって有効になるんだ。

 と言っても効果は一時的だけ。

 

「え、ちょ、ええっ!?」

「驚くのは後で、今のうちに逃げるよ!」

 

 何が起こったのかわからないテイラー達に声をかけ、私達は全力で走り出すことにした。

 

 

「ま、撒いた?」

「一応……敵感知に引っかかってはない、な……」

 

 私達はなんとか街の近くへ降りて来られた。街まではあともう少しだろうけど、流石にここまで初心者殺しが追ってこないだろうと信じたい。

 

「ほ、本当に……撒いた? だ、大丈夫?」

 

 リーンが何度も後ろを振り返って言う。

 

「……ふっ、ふふ…………ふへへへっ……」

 

 突然キースがこらえようとするのを我慢できないように笑い声を上げる。おそらく、初心者殺しから逃げ切れたことへの笑いなんだろう。

 そしてそのキースの笑いにつられて、テイラー、リーンも笑い始める。

 

「くっ……くっくっくっ……くくくっ……!」

「あはっ、あはははっ…………あははははっ!」

 

 笑うつもりはなかったけど、私もつられて笑ってしまう。そしてついにカズマも笑い始め、その場の皆が笑っていた。

 

「お、おい、カズマ何だよ。さっきのあれは何だよ! 何しやがったんだよっ! ぶははははっ!」

 

 テイラーがカズマの背中をバシバシと叩いくると、カズマは珍しく上機嫌にテイラーに叩き返す。

 

「何って、初級魔法だよ。役に立たないと言われている初級魔法だよ! 最弱職の冒険者はな、初級魔法取れねぇんだよ! わはははははっ!」

 

 そう言い返すカズマの表情は本当に心の底から楽しそうで、今まで見たことのない笑みを浮かべていた。

 

「うひゃっ、うひゃひゃひゃっ! こ、こんな冒険者、いてたまる、かよっ! うひゃひゃひゃっ! は、腹いてぇよ……っ!」

「あ、あり得ないよ! この人、あり得ないよ! 色々と、おかしいよっ! 一体、どんな知力しているのさ!」

 

 キースもリーンもテイラーのようにバシバシカズマを叩く。乱暴に見えているけど暴力ではないスキンシップなのが伝わる。そしてカズマも嫌な気分でないことも伝わってきた。

 

「カズマ、リーンに冒険者カードでも見せたら? 面白いことになるんじゃない?」

 

 そのことを伝えると、カズマは素直にリーンにカードを差し出した。

 

「えっと、どれどれ…………あれ? 知力は普通なんだね。他のも普通…………って、幸運高っ!? この人幸運、超高いよ!」

 

 リーンが驚く様子を見て、二人もカードを見始める。

 

「うおっ、なんじゃこりゃ!」

「お、おい、今回こんなに都合良くクエストが上手くいったのは、カズマの幸運のおかげじゃね? お前ら拝んどけ拝んどけ! ご利益があるかもしれねーぞ!」

 

 私も幸運はそれだと良いなーって思っていたけど、関係ないと思う。

 でなきゃ、今頃もうちょっと優遇されても良いと思うんだよね。後、いろいろと苦労もしないはずだ。

 今回上手く行けたのはたまたま運が良かっただけなのと、今までがちょっと異常だっただけで普通がこれかもしれない。

 そう思うと、やっぱり今までと違って普通に冒険しちゃっているんだ。

 

「カズマの冒険はこれからだね」

「それだと打ち切りみたいなこと言うなって。まあ、そんな事よりもコーヒーいるか?」

 

 ツッコミにトゲがなくなっている。そんでもってカズマが気をつかってきた。

 カズマはこのまま戻らずにテイラーのパーティーにいた方が世界は平和になるんじゃと思うくらい、今日は危ないこともあったけど楽しかった冒険だった。

 

 

 時刻はすでに夜半を回っていて、私達は今回の討伐の報酬と初心者殺しが出た事を報告しに冒険者ギルドに向かっていた。

 

「あの山へ向かう度に初心者殺しに警戒しないといけないのか……」

「それは多分大丈夫だと思うよ。今回の討伐クエストでゴブリンを全滅させたから、初心者殺しは新しいゴブリンを探しにどこかへ移るはずだ」

「そうなんだ……」

 

 テイラーの補足からすると、少なくとも人里から離れるっぽい。新たな疑似餌を探しにわざわざ場所を移るとか、狡猾過ぎるでしょ……。

 次遭うまでに強くなっていたいね。

 

「着いたー! 今日はなんか大冒険した気分だよ!」

 

 リーンは声を発しながらギルドのドアを開けると、

 

「ガ、ガズマ゛アアアアッ!!」

 

 カズマに泣きじゃくって飛びつくアクアを払うように素早くドアを閉めた。

 

「誰かと勘違いしていたんだろうな」

 

 終いには他人のふりをし始めたぞ、こいつ。

 

「おいっ! 気持ちはよーく解るけど、ドアを閉めないでくれよ、なぁ!」

 

 閉めたドアが開き、顔を出したのは、今朝カズマに絡んできては私のヒロインを良い女ではないと揺れたチンピラ兄ちゃんだった。

 

「なあ、俺の話を聞いてくれよ! ほんと悪かったからさ! 頼むから無視しないでくれぇ!」

 

 今朝と打って変わって、半泣きで悲願しているような表情でカズマに訊ねるも、ガン無視されギルドの受け付けを向かって行った。

 おそらく、一目見て自分には関係ないと判断したんだろう。

 私も一目見て、酷い惨状で何が起きたのかおおよそ把握できた。

 チンピラの兄ちゃんは砂埃がついているめぐみんを背負っていて、泣きじゃくっているアクアは白目むいて気絶しているダクネスを背負っている。良く見たらアクアもダクネスも所々大きな歯形がついている。そしてイザナミは相変わらず床にのの字をなぞり書きを繰り返している。ぶつぶつ何か呟いているけど、自分を責めていることに違いない。

 カズマがあんな反応を取っているから、仕方なく私が話を聞こう。

 

「えっと、チンピラの兄ちゃん……取りあえず何があった?」

「聞いてくれよ! 街を出て、まず各自がどんなスキルを使えるのか聞いたんだ。そしたらあのデスサイザーの子はいきなり謝るんだよ。俺ただ聞いただけだぞ!」

「そんで?」

「そしてこの子が、爆裂魔法を使えるって言うもんだから、そりゃすげーって褒めたんだよ。だって上級魔法使えるんだぜ、絶対に凄いだろ。そしたら、我が力を見せてやろうとか言い出して、いきなり何もない草原で意味も無くぶっ放したら、ぶっ倒れて……聞いている!?」

「聞いている、聞いているから。そんで、それからどうなった?」

「そしたら初心者殺しだよ! 爆発の轟音を聞きつけたのか、初心者殺しが来たんだよ。さっきの爆裂魔法でやっつけてくれと頼んだら、肝心の魔法使いはぶっ倒れるわ、魔法は使えないわ。それで逃げようって言ってんのに、クルセイダーは鎧も着ていないくせに突っ込むんだよ! デスサイザーはずっと自分を責め始めるわ、あのアークプリーストは何もしないまま初心者殺しに」

「あー……もう、わかった。もうだいたいわかったから言わなくていいよ」

 

 これ以上訴えてくるとヒートアップして永遠と今日の出来事を私にぶつけると思うから、この辺で閉めとこう。

 

「まぁ……何とか全員生きて帰ってきたことは褒めてあげるわ。……でさ、あんたカズマに最初なんて言ったか覚えている?」

「本当にすみませんでした!!」

 

 チンピラの兄ちゃんはすぐさま土下座をする。それはもう、清々しい土下座だった。

 

「……えっと、謝るのならカズマにも謝ってよね。そして苦労がわかったのなら、変なこと言わないでよね」

「ああ! もう二度と言わないから許してくれ! カズマの言う通りだった。あんな悪魔みたいなパーティーなんてこりごりだ!」

 

 プツン。

 私の中で何かが切れる音が鳴った。

 

「……悪魔みたいなパーティーなんてこりごりだ?」

「あ、いえ、その……」

「あんた、私のパーティーを貶しているの?」

「ち、違う。違うんだ。い、今のは、言葉のあやで」

 

 私は土下座しているチンピラの兄ちゃんの胸ぐらを掴み上げた。

 

「……あんたさ、覚悟は出来ているよね? 悪魔みたいなパーティー? 一日良くないことが起きたからってパーティーのせいにしてんじゃないわよ。それとも何? ハーレムが出来たからそれで満足して、傷をつけてもいいとか思っているのかな? 君は…………一回、ちゃんと話さないと駄目みたいだね。そうだよね!」

「ごめんなさいごめんなさい!! 本当に悪かったよ!! もう二度と言わないし、思わないから許してください!! なんだってするから!」

 

 その後、イザナミに止められるまで私は本気で泣いて謝り続けるチンピラ兄ちゃんに説教をした。



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この魔道具店に訪問を

 私とカズマが死んでまた生き返ってから数週間が経過。

 この数週間はチンピラの兄ちゃんことダストが絡んだことと、キールのダンジョンに向かったものの私は潜らずに待機していたことがあった。それ以外がありきたりな日々だった。

 そんなある日、珍しくカズマから付き合ってほしいと言われた。本来なら美少女を優先したいところだけど、気分転換にカズマに付き合ってもいいかなっと思ったので同行することにした。

 

「ねぇ、どこに向かうの? いかがわしい店に向かうのだったら、セクハラで訴えるわよ」

「大丈夫、安心しろ。俺はお前をそういう目で一切見ていないから、セクハラする気もない」

 

 そうですか。それはそれでどうなんだろうが、別にカズマに言われても不思議と腹が立つこともなかった。むしろカズマがそういう目で見ていないことに安心できた気がする。

 

「あ、ここだ、ここ」

 

 先頭に立って歩いていたカズマが足を止めた。

 そこはこの世界では珍しくもない小さな店屋。

 

「二人共、今の内に言っておく。まずアクア、絶対に暴れるなよ。喧嘩するなよ。魔法使うなよ。暴れるなよ」

「ちょっと、私、チンピラや無法者じゃないのよ? あと、なんで二回も暴れるなって言うの? 一回言えば大丈夫よ? というか私、女神よ? 神様なのよ? 扱いが雑じゃない?」

 

 女神様は本当のことだろうけど、子供のように注意をする女神なんか普通いないと思うんだ。日頃の行いのせいかもね。

 

「そしてアスカ。お前は絶対に口説くなよ」

「つまり、中には美少女がいるってことね! そーりーカズマ、無理!」

「言葉で止めようとする俺がバカだったよ」

 

 そう呆れるカズマは右手をわしゃわしゃと滑らかに指を動かす。その発言とその指の気持ち悪い動かしかたは、スティールで力づくでも止めるってことかよ。

 せっかく監視役のイザナミはめぐみんと一緒にいるんだから、チャンスだと思っていたらこれだよ。

 まだ注意だけで済ますイザナミの方がマシな気がする。

 だったらさりげない感じで攻略すればいいことだ。露骨な行動は潜めて、まずはお友達から。

 

「ごめんくださ~い」

 

 私は店のドアを開け中に入った。

 ドアについている小さな鐘がカランカランと店内に鳴り響き、私達の入店を店主に告げられる。

 

「いらっしゃ……ああっ!?」

 

 そこにいたのは……。

 

「あああっ!! 出たわね、イザナミ並に謝りまくるクソアンデッド! あんた、こんなところで店なんて出してたの!? 女神であるこの私が馬小屋で寝泊まりしてるって言うのに、ジメジメアンデットのあんたがお店の経営者ってどんな面してんのよ! リッチーのくせに生意気よ! とりあえずギッタンギッタンにしてから、神の名に下にこんな店を燃やし」

「やめんか」

「いだいっ!?」

 

 さっそくカズマの言っていた忠告を聞かずに暴れ出したアクアの頭に、カズマはダガーの柄で軽く殴って止めた。

 一目見た時にこうなるとは予想していたわね……そっか、ここなんだね。

 知っていたけど、なんだかんだで会えなかったんだよね。

 

「ようウィズ、久しぶりだな。約束通り来たぞ」

 

 カズマは後頭部を押さえてうずくまっているアクアを他所に、怯えている店主でありアンデッドの王でもあるリッチーのウィズに挨拶していた。

 

 

「……ねぇ、お客が来ているのにお茶も出さないのかしら? このお店は」

「あ、す、すみませんっ! い、今すぐお茶を持って行きますね」

「いや、商店なんだから別に出さなくていいと思うよ」

 

 私は明らかに陰湿なクレームをするアクアの言うことを素直に聞いてしまうウィズを止めた。

 だが、アクアを恐れていてか一言お礼を言ってお茶を出しに行ってしまった。

 この世界の魔道具店は、お客にお茶を出すのが礼儀なのかルールなのだろうか? いずれにしても、私達にそんなことはしなくていいと思う。

 ウィズが戻ってくるまで話は進まないだろう。そう思った私は近くにあった小さなポーションを何気なく手に取った。

 

「あ、それは強い衝撃を与えると爆発しますから気をつけてくださいね」

「え、そうなの!?」

 

 流石ファンタジーの世界だ。日本では絶対にないであろう安全性の欠片もない危険な物が売っているわね。危ない危ない……。

 私はそっとポーションを元に戻す。

 ついでに見た感じが衝撃で爆発するものではなかった瓶を手に取ってみる。

 

「これは?」

「それは蓋を開けると爆発しますので気をつけて開けてください」

 

 ……こんなの、使いどころあるのかな?

 そんな疑問を思いつつ、そっと元に戻す。

 とりあえず隣の瓶を手に取った。

 

「じゃあ、これは?」

「水に触れると爆発します」

「なら、これは?」

「温めると爆発します」

「…………これ」

「それは冷やすと爆発します」

「爆発しかないじゃないの!」

 

 私は全力でウィズに指摘した。

 

「ちちち、違いますよ! そこの棚は爆発シリーズが並んでいるだけですよ!」

 

 爆発シリーズって、需要あるのですかね……。 

 まあ、この世界は日本じゃないことは分かり切っているし、この世界にとっては必要な物かもしれない。

 

「なぁ、ウィズ。この瓶はなんだ?」

「あ、カズマさん、それは五分間掴み続けると爆発しますので気をつけて」

「やっぱり爆発じゃないの!」

「ご、ごめんなさい! 整理していた時に置き忘れました」

 

 そんな危ない物を置き忘れないでよ。知らない人がそれを五分間掴んでいたら大惨事になっちゃうわよ。

 様々なコンビニがあったように、この世界でも魔道具店にもいろいろあるんだろう。初めての魔道具店だけど、この店は普通でないと私は察した。

 

「なぁ、ウィズ。以前、何かリッチーのスキルを教えてくれるって言ってたよな。スキルポイントに余裕ができたからさ、何か教えてくれないか?」

 

 この数週間、なんだかんだでカズマの経験値が上がっていたんだよね。雪精霊にゴブリン、私は知らんがキールのダンジョンでもモンスターを倒したのかもしれない。

 その経験値でクリスから罠発見と罠解除のスキルに加え、キースからはアーチャースキルの千里眼も取っていたんだっけ? それだけ聞けば、冒険者って便利だと思えてしまう。

そして何よりも美少女との絡みが強制的に起こる故にヒロイン攻略にぴったりな職業じゃないかと思い始めた。

 こういう時だけ最弱の冒険者になりたい。そんでもって、ウィズにいろいろ教えてもらいたいな。

 私が羨む中、ウィズのことを嫌っているアクアはと言うと。

 

「ちょっと何考えているのよ、カズマ! リッチーのスキル? リッチーのスキルですって!? なんでこんな薄暗くてジメジメしているところが大好きななめくじの親戚みたいな存在かつイザナミとキャラが被っているクソアンデッドのスキルを取ろうと思っているのよ! 取るだけ時間の無駄、人生の無駄よ!」

「ひ、酷い!」

 

 例えアクアにとって敵であろうが、その言葉は私の知る女神の言うことじゃないと思うんのは私だけですかね。

 

「別にウィズがなんだっていいんだけどさ」

「私は美少女がいい」

「聞いてねぇし、話が進まないから一旦黙れ」

 

 なによ。私は美少女が如何に大事なのかを主張しただけなのに。

 

「不本意にも最弱職の冒険者しかなれなかったけど、それなら冒険者の特権を惜しまずに強力なスキルは持っていた方がいいだろ。特にリッチーのスキルなんて普通は手に入らないだろうし」

「でも女神としては、私の従者がリッチーのスキルなんて覚えることを見過ごすわけにはいかない所なんですけど……」

 

 アクアがぶつぶつとカズマが言ったことに不満を抱いているようだったが、仕方ないと折り合いつけて、渋々と引き下がっていた。

 確かに、本来なら敵であるはずのウィズが敵意を示さず、友好的に接してくれるのはありがたいよ。それにカズマが強い力を持てば、うちらも戦闘に関して今よりも楽になるはずだ。

 

「あ、あの……」

 

 突然ウィズが不安そうな顔で恐る恐る訊ねてきた。

 

「め、女神としてはって……その、ひょっとして本物の女神様だったりするのですか?」

 

 まるで聞いてはいけないようなことをアクアに訊ねる。魔法少女の正体をバラすることが禁断の言葉であるような心境だろうか。

 

「あーそんな設定あったね」

「設定じゃないわよ! 正真正銘の水の女神! 前々から散々言っているでしょうが!」

 

 ビシッと指してアクアは忠告をしてくる。

 そしてそのアクアは、指す方向をウィズに向ける。

 

「聞いていたわよね。あんたの言う通り、水の女神アクア。アクシズ教団で崇められている女神でもあるのよ! わかったなら今までのことを改めて詫びなさい!」

「ヒィィッ!?」

 

 何故かウィズがこれ以上にないくらいに怯え始めた。そして拒否反応をするようにウィズはカズマの後ろに回り込んだ。

 その光景を目撃した私はカズマに怒りを抱いた。

 

「カズマァ! 何をやっているんだぁっ!」

「俺がやからしたみたいに怒るなよ! おいウィズ、別にそんなに怯えなくてもいいだろ。アンデッドと女神なんて水と油みたいな関係だろうけどもさ」

 

 カズマは怯えているウィズを宥める。

 畜生が、その役目は私であるはずなのに……羨ましい。

 

「い、いえ、その……アクシズ教団の人は頭のおかしい人が多く、関わり合いにならない方が良いというのが世間の常識なので、アクシズ教団の元締めの女神様と聞いて……」

 

 それを恐る恐るウィズは口にすると、アクアは当然……

 

「何ですってぇっ!? この女神たる私を、頭のおかしい頂点に立つ女神と愚弄しているのか!」

「ごごご、ごめんなさいっ!」

 

 アクアはぷんすか激怒しながら謝り続けるウィズを追いかけ始めた。

 

「話が……進まない……」

 

 カズマがぐったりとした表情でぽつりと呟いた。

 そう言えば何の話をしていたっけ?

 

 

 一旦落ち着いたところで話は進むかと思いきや、ウィズがふと思い出したように話をし始めた。

 

「そう言えば、カズマさん達があのベルディアさんを倒されたそうですね。あの方は幹部の中でも剣の腕に関しては相当なものですので、凄いですね」

 

 ウィズはそう褒めてくれる。お世辞でないことはわかっているけど、正直どれくらい強いのかイマイチわかっていないんだよね。

もしかしたらあの時、ベルディアに勝てたのが奇跡かもしれないし、頑張って倒せたのは必然なのかもよくわかっていない。

 でも、一歩間違えたら死んでいたのはちょくちょくあった。そう考えると普通に殺されてもおかしくはないし、勝てる状況じゃなかったのかもしれない。

 もしものことを考えても、結果を出しているから振り返ることしかない。

 それで、だ……。

 

「ねぇ、ウィズ。その言い方だと、ベルディアのことを知っていることになるんだけど?」

 

 気になったところをウィズに訊ねてみた。もしかしたら同じアンデッドの仲間だから、何かしらの繋がりはあると予想してみる。

 

「知っているもなにも、私も魔王軍の幹部の一人ですので」

 

 にこにこしながら、自分の趣味を相手に伝えるような感じで返してきた。

 そっかー、だからベルディアのこと知っているんだー。

 それなら納得…………。

 

「確保!!」

 

 私の頭の理解が追いついてきて驚愕を表す前に、一度静止していたアクアが再びウィズに襲いかかった。今度はウィズが逃げないように勢い良く飛びつき、のしかかるように取り押さえた。

 

「やっぱりそんなことだと思ったわ! 打ち首決定ね!」

 

 とても女神だと思えない悪魔の笑みを浮かべるアクアは、それはもう清々しいほど喜々していた。

 あの水の女神様、すげぇ悪魔のように活き活きしているな。

 

「ま、待ってくださいアクア様! お願いします、話を聞いてください!」

「そんなこと知ったことではないわ」

「そ、そんなーっ」

 

 今のアクアを見ると、ウィズの弁解の余地を聞き入れてくれなさそうだ。すぐに実行に移さないあたり、アクアの性格の悪さが出ている。きっともっと絶望感を与えてから成仏させようとしているのかもね。

 そんなことは思いつつも、立場的に言えばアクアが正しいのかもしれない。自分達が冒険者である以上、敵である魔王の配下、しかもその幹部が街に住み着いているとなると、関係上、ウィズを退治しなければならない。ここで見逃すわけにはいかず、これ以上街に住み着かせるわけにもいかないだろう。

 でもそんなことはさせない。ウィズを殺すなんて非道をさせるわけにはいかない。

なんだって私のヒロイン候補なんだかね。黙って見るわけにはいかないわ。

 本当はアクアをぶん殴ってやりたいところだけど我慢しとこう。話がややこしくなってカズマにぶたれるのがオチだからね。穏便に行こう。

 

「ちょっとアクア、話ぐらい聞いてあげなさいよ。可哀想でしょ」

「……そうね」

 

 あら、案外すんなりと聞き分けが良いじゃない。

 

「ほら、早く言いなさいよ! 言い終わったら消してあげるから。さぁ、早く!」

 

 そんなことはなかった。

しかもその脅し方だとウィズに救いようがないじゃないか。

 そんな圧倒的不利な状況の中、ウィズは必死に弁解を求めるようにアクアに伝え始めた。

 

「わ、私を倒したところでアクア様が求めるものが手に入るわけがないです! そもそも幹部と言っても、なんちゃって幹部ですし、私の役目は魔王城を守る結界の維持のためだけなのです!」

「そうなんだ。じゃあさようなら」

「待ってくださいアクア様ーっ!!」

 

 無慈悲にもウィズに死刑宣言したアクアは魔法の詠唱をし始めた。

 女神のくせして鬼みたいな対応、流石です。

でも流石に止めるか。このままだとウィズが報われなさ過ぎる。

 

「ちょっとアクア、さっきの話を聞けばウィズを倒す必要はないじゃない。それにウィズは人に迷惑かけているわけじゃないんでしょ?」

「は、はいそうです! 今まで人に危害を加えたことなんてありません」

「ほらわかったでしょ。ウィズを倒す必要がないんだよ」

 

 その話を聞いてもなお、

 

「……よくわかんないけど、念のために倒すべきね」

 

 アクアの心境が変わることはなかった。

 この女神、ウィズの話を故意に聞き流しているのか、普通に理解していないのか、とりあえずの気分だけで倒そうとしているっぽい。

 そんなやり取りにカズマは呆れたのか、詠唱を再開するアクアにまあ待てと手を突き出して止めた。

 

「えっと、つまり幹部を全部倒すと魔王の城への道が開ける感じで、ウィズはその結界みたいなのを維持だけ受け負っていることか?」

「は、はい、そういうことです! 魔王さんに頼まれたんです! 人里でお店を経営しながらのんびり暮らすのは止めないから、幹部として結界の維持だけを頼めないかって」

 

 その話を聞いた私はずいぶんとのんきな魔王様だと思った。よくあるファンタジーの魔王だと極悪非道なイメージが王道でこの世界の魔王もそんな感じかと思っていたけど、この世界はキャベツが空を飛ぶくらい常識が外れているから、想像と違うとは当然よね。それはそれで安心できるからいいかもしれない。ただ私もカズマも求めていた異世界ファンタジーとは違うかもしれないけどね。

 

「それだったら倒す必要はないね。アクアさっさとどきなさい」

「はあ? なんでよ。ぶっ殺すに決まっているじゃない」

「なんで!?」

 

 まるでそんな常識も知らないようなトーンでアクアは言ってきた。しかも煽るようにではなく、疑問を静かに指摘するように。

 そして驚愕する私にアクアは怒るように返答してくれた。

 

「決まっているでしょ! 人類が未だに魔王を倒されないどころか、その魔王城に攻められないのも、つまりこのクソアンデッドが生きているせいよ! だから生きているだけでも十分迷惑をかけているわけなの! わかったの、カズマの二番煎じ?」

「だ、誰がカズマの二番煎じだ、誰が! 私はあんな人間の皮を被った外道と一緒にしないでもらいたいな! その言葉は侮辱というより死の宣告に近いんだよ! 今すぐ取り消して! あんな奴と一緒にしないで!」

「そ、それもそうだったわね。ごめんなさい」

「なあ、なんで俺が貶さなければならないんだよ。俺関係ないだろ! なんで俺の悪口を言う必要があるんだよ!」

 

 そのことに関しては謝るけど、二番煎じって言われてば誰だって一緒にしたくないと否定すると思うよ。それに実際外道なところあるじゃないか。

 

「ごめん、言い過ぎた」

「話逸れたけど、殺るわね」

 

 私はカズマに一言謝ると、アクアは自然な流れでウィズを倒そうとしていた。

当然、ウィズは再び泣きながら抵抗し始めた。

 

「ま、待って! 待ってください! アクア様の力なら、二、三人ぐらいで維持する結界を破れるはずです! 魔王の幹部は元々八人います。私を倒したところで後六人も幹部がいるのです。流石にアクア様でも結界を破ることができません」

「そんなのやってみなければわからないし、あんたを倒せば魔王討伐できるのも早くなるじゃない。だからあんたをここで見逃すわけにはいかないわ」

「そ、そんなぁ……」

 

 一見、アクアの言っていることは正しいと思うが、あんなに泣きついているリッチーを私は見たことない。

 もう許してあげなさいよ。あんた女神様でしょうよ。

 

「お、お願いです! せめて、アクア様が結界を敗れる程度に幹部が減るまでは生かしてください! 私には、まだやるべきことがあるんです……っ!」

 

 ついに本気で泣き出して悲願するウィズに、流石にアクアも微妙な表情を浮かべ言葉を詰まらせていた。

 流石にそこまで鬼ではなかったか。

 

「何回も言っているけど、倒す必要はないならそれでいいじゃない。例えここでウィズを倒したところで、魔王討伐するのが縮まるわけでもないと思うよ」

「そもそも魔王だの幹部だの、俺達みたいな未熟で身勝手なパーティーにどうにかできるとは思えないから何もしないほうがいいだろ」

「おい異世界転生者。他力本願にかけるってどうなのよ」

 

 と冷めた目で言ってみたものの、二度死んでいる身となれば危険なことに関わらない方がいいのは当たり前のことだと納得しそうになった。

 それとも私の知らないことで何か考えがあるのかもしれない。あ、でも考えてなさそうな気がする。

 そんなことを思っていると、私達の会話でウィズを倒さない流れを察したのか、ぱあっと表情を明るくしていた。

 かわいい。守って行こう。

 

「あ、でも思ったんだけど、ウィズがそんなこと言っていいの?」

「何がですか?」

「いや、ウィズって魔王軍の幹部じゃない。他の幹部と知り合いとかいるんじゃないの? ベルディアだって私達が倒しちゃったし、その……恨みとかないの?」

 

 ふと思った疑問に対して、ウィズは少しだけ悩んで答えた。

 

「ベルディアさんとは……特に仲が良かったとか、そんなこともなかったですからね……。ベルディアさんは……私が歩いていると、よく足元に自分の首を転がしてきて、スカートの中を覗こうとする人でした」

 

 ……あのデュラハン。この世界の常識人もとい常識アンデッドだと思っていたけど、そんなゲス野郎だったのか。1パーセント同情していたけど、その話を聞いてあの変態ベルディアを倒して心から良かったと思えたわ。

 

「知り合いと言いますか、仲の良かった方は一人しかいませんので。その方は……まあ簡単に死ぬような方でも無いですか、大丈夫ですね」

 

 それはどんな意味を含めているのだろう。変に考えないほうが良さそうだ。

 

「それに……」

 

 そう言った後、ウィズはちょっとだけ寂しそうに、

 

「私は今でも、心だけは人間のつもりですしね」

 

 笑っていた。

 その笑顔を見た私はこれを言わずにいられない。

 

「けっこ」

「言わせないからな」

 

 この空気の読めないカズマを私は殴っても罰はあたらないよね。

 

 

「で、何しにここに来たんだっけ」

「忘れるなよ」

 

 素で忘れかけていたのに対し、カズマは呆れていた。だって、しょうがないじゃない、いろいろと脱線したんですもの。

 

「なあ、ウィズ。話は戻すけど、リッチーのスキルを教えてほしい」

「あ、はいそうですね。え、えっと……とりあえず一通り私のスキルをお見せしますから、好きなものを覚えてください。以前私を見逃してくれたことへの、せめてもの恩返しですので……あ」

 

 急にウィズはハッと何か気がついたような仕草をし始める。そして私とカズマとアクアに対して、顔を左右に振りながらオロオロする。

 

「どうしたの? カズマに恩返しするのが嫌になったら素直に嫌って言っていいんだよ」

「ハハハ、ウィズが俺のこと嫌いになるわけがないだろ。嫌われているのはお前だぞ、アスカ」

「アーハハッ、カズマもつまんねぇ冗談を言うようになったのね……」

「おい、黙れよ」

「そっちこそ黙れよ」

 

 私とカズマの言葉の殴り合いを制するようにウィズは怯えながらこちらに伝えた。

 

「あ、あのそういうわけじゃないです。私のスキルは相手がいないと使えないものばかりなので……」

「相手が必要ってこと?」

「あ、はいそうです」

 

 つまり私達に危害を加えてしまうと気がついてオロオロしていたわけなのね。

 そういうことなら。

 

「じゃあ、私がやるわ」

 

 ウィズと接して仲を深めて好感度を上げさせる。最終的にハーレム女王計画の軌跡であり、私がハーレム女王になる仕込みとなれば断る理由なんかないさ。

 

「ウィズ。アスカに遠慮なんていらないから好きにしてもいいぞ、最悪殺しても構わない」

「構うし、とても仲間だとは思えない気づかいだよね」

 

 これはカズマから信頼しているって捉えていいのだろうか?

 いや、好意的に受け取るな。カズマがそんなこと考えているわけがない。最悪私が死んでもアクアに蘇生すればいいと軽く考えているに違いない。

と言っても、水の女神よりも女神らしいアンデッドのウィズが私を殺すようなことしないと思うんだよね。

 

「ではアスカさん、よろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしく」

 

 とは言ってみるものの、アンデットのスキルとかイマイチよくわかっていないのが不安かな。

 

「まずはドレインタッチなんてどうでしょうか? ほんのちょっと吸いませんので大丈夫だと思います。カズマさんはスキルを覚えてもらうだけなら、ほんのちょっとでも効果があれば覚えられると思いますので」

「とりあえずそれで。カズマもいいよね?」

「ああ、問題ない」

「では、失礼します……」

 

 ウィズが私の手に取り始める。

 あ、なんかひんやりする。

 そう素直に思った瞬時になんか力が抜けていくような感覚が走った。

 空腹感に似ていて、不思議と力を加えたい欲が出てくる。

 あー……これが吸われていく感じなのねー……。痛くないけど、なんか不思議と元気がなくなっていく……あーもう、考えるのやめよう。帰って寝たい。

 

「ちょっとアスカ、私と代わりなさいよ」

「え?」

 

 横でアクアがそう言った直後、乱暴に私を突き飛ばしてウィズの手を掴み取った。

 ……後で覚えていろよ、宴会の女神様。

 

「あ、あのアクア様? もう大丈夫だと思いますので手を掴まなくてもいいのですよ」

「そんなのわからないじゃない!」

「いや、もう終わったぞ」

 

 私はカズマの傍に寄り、取り出していたカズマの冒険者カードを横から確認した。そこにはドレインタッチというスキル名が記載されている。

 

「あの、カズマさんが終わったと言っていますので、手を離しても……というか、アクア様に触れていると何だか手がピリピリするので、そろそろ離して欲しいのですが……」

「へー……やっぱりそうなるのね」

 

 アクアはうんうんと何かを納得すると、離さないようにウィズの手を握りしめ、更にもう片方の手でウィズの手首をおもいっきり掴んだ。

 

「ア、アクア様? あの、手が熱くなってきたんですが……というか、痛いです、あの痛いんですが、アクア様! 本当に離してください! 痛いですし、私の体がどんどん蒸発して、じょ、浄化されているのですが。あ、アクア様、このままだと消えちゃいます。ああ消えちゃう消えちゃう、消えちゃいます!」

「アハハハハハハッ! さあ、観念するがいいさ、この水の」

「いい加減にしなさいよ」

「あだっ」

 

 ウィズに嫌がらせをしていては悪魔のようなゲスの笑みを浮かべているアクアを引っ叩いて止めさせた。

 ウィズのことを嫌っているのにどうして自ら手を掴んだと思ったら、そういうことか。

 

「ううぅ……酷いです……」

 

 心なしかウィズが薄くなっている。比喩表現ではなく文字通り薄くなっている。気のせいだと思いたい。

 

「……カズマ、アクアのせいでウィズが調子悪そうだし、一旦出直してくる?」

「いや、もうこのドレインタッチにしたからもうやらなくていい」

 

 おお、決めるの早いわね。まあいいけどさ。

 これでカズマは新しいスキルを習得し終えた直後だった。

 

「ごめんください、ウィズさんはいらっしゃいますか?」

 

 この店に中年の男がやってきた。



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この悪霊が住む屋敷に除霊を

 夕方、私達はたくさんの荷物を持って街の郊外に佇む一件の屋敷へやってきた。

 

「悪くないわね。ええ、悪くないわ! この私が住むのに相応しいんじゃないかしら!」

 

 屋敷を一目見て、アクアは腕を組んで頷く。

 ほんとこの女神様はいちいち偉そうね。

 

「こ、こんなところ私にふさわしくないですね。私なんか土に被って寝ているほうがお似合いですよ」

 

 こっちは対極に遠慮を通り越しての自責だよ。

 ……とはいえ、屋敷を見て遠慮するのも、この家に相応しいと尊大な態度を取るのもわからなくはない。

 なにせ私達は、お金持ちが持っていそうな屋敷に住むことになるのだから。気持ちが昂るのも、遠慮するのも仕方のないことだと思うことにした。

 

「ここ、元はとある貴族の別荘だったらしいですね」

 

 めぐみんが言っていた貴族の別荘にただで住める…………なんてことはなく。

 

「しかし、除霊の報酬としてここに住んでいいとは太っ腹な大家さんだな」

 

 ダクネスが疑問した通り、除霊の報酬で貴族の別荘に住めることになっている。

 

「ウィズは街では高名な魔法使いで通っているらしくてな。それでよくこの手の案件が持ち込まれるそうだ」

「そんで、今回は特別にそれを私達が請けることになったの」

 

 ダクネスは「なるほど」と頷いて納得したようだ。

 本当はウィズに頼みに来たんだけど、アクアの嫌がらせで調子が悪くなったウィズの罪滅ぼしとして引き受けることになったんだけどね。

まあ、この手は一応アクアの得意分野だし、家をくれるのだから私達にとってはプラスなのは間違いない。

 

「ところで本当に除霊なんてできるのか?」

「なによ、ダクネス。私の力を疑っているわけ?」

「い、いや、そういうわけではなく、さっきアスカの説明では大家さんが悪霊を退治してもすぐに新しい悪霊が住み着かれ、祓っても祓ってもきりがないって言っていたから……」

「大丈夫よ、私に任せなさい」

 

 胸を張ってアクアは言うが……その…………し、信じているからね。

 するとアクアは両手を前に出していきなり語り始めた。

 

「見える、見えるわ! 霊視によると、この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間にできた子供、その隠し子が幽閉されていたようね」

 

 え、なにその生々しい話。別に聞きたくもなかったんですけど!?

 

「やがて元々身体の弱かった貴族は病死、隠し子の母親のメイドも行方知れず。この屋敷に一人残された少女はやがて若くして病死。それも父親と同じ病気にかかり、両親の顔も知らずに孤独に死んでいったのよ」

「……行くぞ、お前ら」

「そうだね。行こう」

 

 私達はアクアの話を最後まで聞かず、屋敷へと入ることにした。

 

「……というわけでお供えはお酒を用意してよね、カズマ!」

 

 一体、あの生々しい話で最後にお酒の話になるのだろうか。最後まで聞けばわかったけど、これ以上余計な情報を聞く気にはなれなかった。

 とりあえず屋敷内を一通り掃除して、後は夜が来たら除霊活動を行おう。

 

 

 今が何時かわかんないけど、いっぱい寝た気がした。でもお外は真っ暗だった。

 まいったな……たまに目を覚ますと中々眠れないんだよね。あと、トイレ行きたい。

 そう思い、ふと顔を横に向ける。

そこにはスヤスヤと可愛らしい寝顔のイザナミがいた。

 ……そう言えば、ちゃんとした部屋になっても一つのベッドで一緒に寝るのは変わらないのは、非常にありがたい。

 なにせ、イザナミは「アスカさんが夜中に変なことしないか見張っています」と言って一緒に寝ることしているけど、私としてはその時点で十分目的は達成しているのよね。あと、イザナミが寝ていたら見張りも意味ないと思うのだけど、そのことは本人気づいていないから、気がつくまで一生黙っていよう。

 そんなことよりもトイレ行こう。

 そう思って私は起き上がろうとする。

 

――――だけど全身が締めつけられるように動かせなかった。

 

 あれ、なにこれ……動かないし、息ができ、ない……。

 

「……っ!」

 

 イザナミに助けを呼ぼうとしても声が出ない。手を伸ばそうとしてもどこも動かない。

あ、まずいこのまま窒息死になっちゃう。

 あとマジでトイレ行きたい。漏れちゃう漏れちゃう!

 二重の意味でピンチになった私はなんとか生にしがみつこうとなんでもいいから無理矢理体を動かそうとする。その思いが芯に届いたのか、苦しみが解放されたかのように軽くなった。

 

「ハァ……ハァ……な、なんなの……っ、それに今の……まさか」

 

 そうだ。この屋敷には悪霊が住み着いている。そしてさっきのは金縛りという物だと思う。そうじゃなかったら、なんだ? 呪い?

 いや、そんなことはいいとしてだ。

私はトイレ行きたいんだよ!

 

 ――――カタンッ。

 

「え?」

 

 突如鳴り響いた音に私はビクッと驚く。

 

「だ、誰か……いるの?」

 

 声をかけてみるも返事はせず、静まり返る。

 ちょっ、ちょっとやめてよ。異世界なんだから日本じゃ冗談で済まされるようなことがシャレにならないんだって。私、肝試しとか絶対に一人で行けないタイプなんだよ。誰かがいないと情けない所見せたくないから一生懸命頑張るけど、一人はまずいって!

 しかもトイレ行きたいのに……普通に怖くて廊下に出るのも戸惑うじゃないか。

 不本意だけど……イザナミと一緒に行ってもらうしかないか。いや、もう高校生になってトイレに一人で行けない子供はとっくに卒業したんだ。イザナミを起こして一緒に行ってもらうなんて私としてのプライドが許せない。

 それにイザナミも悪霊に怯えて、結局二人して縮こまらったら申し訳ないね。

 めっちゃ怖いけど、頑張るしかないわね。

 

 カタンッ。

 

「ひっ」

 

 お、お願いだから気のせいにさせて。後、トイレ行くまでは心を折らせないでください。

 先ほどの恐怖を増幅させる何でもない音で私はドキドキしながら廊下に出た。

 気分はお化け屋敷。どこから何が出てこないかと警戒心を張らせられる。ハハッ、何が悲しくて真夜中でお化け屋敷をしなければならないんだよ。しかもゴールがこの屋敷を出るのではなくトイレって、なんだよ。

そしてお化け屋敷で朝を迎えるまで寝なければいけないとか……これ思った以上にきついわね。途中で目を覚ました自分を怨みたい。

 精神的に気落ちしたのを察したのか、後ろから何かが当たった感触がした。

 

「もう、誰が」

 

 振り返ると視界がいきなり西洋人形で覆われていた。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 私は驚愕と共に腹の奥から出し切るように絶叫を上げ、反射的に西洋人形から逃れようととにかく走り出した。

 走り出さなければ死ぬ!

 そんな直感だけで私はとにかく走るしかなかった。

 

 ――――ガタガタガタタタタタ、ガタガタガタガタッ!

 

 後ろから恐怖が迫るような音がしてくるけど、もしかしなくてもあの西洋人形追いかけてくるの?

 ちらっと好奇心で後ろを見たら、西洋人形が束になってこちらを追いかけてきた。

 

「いやあああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 私はすぐさま前を向いて走る速度を上げた。

 後で冷静に考えたら、あんなにも声を張ることできるんだね。

とにかく今は逃げるしかない。超怖いし、めちゃくちゃ怖いから逃げる。全力で恐怖から逃げる。

 必死で走る中、私はふと目に入った部屋に飛び込み、そしてドアを閉め、慌てながらもドアの鍵をかけた。

 その数秒後に、ドアに何かがぶつかる音がしたが、逃げ切れたという安心感でホッとした。

 

「助かった~……」

 

 私はふと部屋の中央に視線を向ける。

 そこには紅い瞳で黒髪の少女が暗闇の中、部屋の中央に座り込んでいた。

 

「きゃあああああああああああああああ!!」

「ひゃあああああああああああああああ!!」

 

 私は安心感からの、ふと見えた恐怖と驚きに思わず悲鳴を上げてしまった。そうしたら目の前の黒髪の少女も悲鳴を上げていた。

 ……よく見ればピンク色の可愛らしいパジャマを着ためぐみんでした。

 

「め、めぐみんかよ……ちょ、驚かさないでよ」

「そ、それはこっちの台詞です! なぜアスカがこの部屋に飛び込んでくるんですか! てっきりアクアが帰って来たのかと思いましたよ!」

「アクア?」

 

 何故アクアが出てくる……あ、そう言えばここアクアの部屋だった。寝る前に一度来ていたの忘れていたわ。

 ……あの時はアクアの泣き声で駆けつけたら、酒を飲まれたことで泣いていたことだったから、私はそれをなかったことにしたんだっけ。

 ともあれ、ここがアクアの部屋でそこにめぐみんがいることはわかった。

 

「……もしかしなくても、アスカは欲求不満でアクアを襲おうとしたのですね。流石、イザナミが言っていた通りの不埒な獣ですね」

「そんなわけ」

「そんなわけないと言われてもアスカならやりかねませんね」

 

 なんかすげぇ警戒している。本当にそんなつもりはないのに、どうしてなんだ。あれか、私の日頃の行いがいけないからなのか?

 いや、今はそれどころじゃないんだって。後ろでガツガツとドアにぶつかる音がしてくることに警戒しなさいよ。

 

「とりあえずここに来たのはたまたまで、人形から逃れるためだよ。というか、何でアクアの部屋にめぐみんがいるんだよ」

「う……」

 

 めぐみんは言いづらそうにしているも、目線を逸らしながら返答した。

 

「いや、その……私も人形から、逃れるために……アクアに、その……身の安全を守ってもらうのと、その……一緒にトイレに、と思いまして……」

 

めぐみんも私と同じ目に遭ったのね。そしてめぐみんの私の言葉でトイレに行きたいことも察したようだ。

 

「アスカもトイレですか」

「さっきのびっくりで思わず、悲惨なことになりかねたけど……」

「それは失礼しました。あ、ところでアスカもあんな女の子らしい悲鳴を上げるのですね。それにもびっくりです」

「おい待て、その言い方だと女の子らしくない悲鳴を上げると思い込んでいたのか? 私だって女の子だぞ」

「精神はおっさんであるアスカに、女の子という言葉は似合いませんよ」

「誰がおっさんだ」

 

生前もクラスメイトからおっさんって言われたこともあったけど、おっさんではない。

 

「ところでアクアはどこにいたの?」

「多分アクアは、ダグネスとカズマと共にこの屋敷内の除霊を行っているのではと思います」

 

 あの三人最近一緒にいること多いな。

 アクアならともかく、ダクネスもカズマも一緒なのか。

 まあ、カズマはこの屋敷のためなら一生懸命どんな手を使っても除霊しそうな勢いはありそうだし、ダグネスも悪霊を除霊する勢いで同人誌ネタにありそうなことを願っているのかもしれない。いや、流石にそれは私の偏見か。

 とにかく悪霊の除霊はあの三人に任せればいいだろう。

 

「アスカ、ドアの外の音が止んでます。今ならドアの外に人形はいないのでは?」

 

 それを言われて耳をすますと、音は確かに止んでいた。

 止んでいるのはわかったけど、正直出ていいのかは微妙な気がする。だってあの人形が自然と消えるとは思えない。

 除霊したのなら、アクアの雄叫びの一つや二つ聞こえるはずだ。黙って除霊をするとは思えない。つまりあの人形はまだ廊下にいる可能性が高い。

 ぶっちゃけ怖いから出たくはない。かと言って、このまま部屋にこもってアクア達が除霊を終えるまで待っていれば、ここが大惨事になる。そうするとアクア達の態度に恐怖を覚えてしまう。そんでもって嫌われること間違なし。

 でも私には策がある。こんな時、敏捷力が高いゲイルマスターで良かったと心底思う。

 

「めぐみん。ちょっとお花を摘みに行ってくるね」

 

 私はベランダに出て、外にある公衆トイレを目指そうとしたら、行かせまいと主張するかのように後ろからめぐみんが私のズボンを掴んできた。

 

「……めぐみんさん? 私、お花を摘みに行きたいのですが、放してくれませんかね。そうじゃないとここが大惨事になりますよ」

「行かせませんよ。何一人ですっきりしようとしているのですか? アスカは私のためにここで一緒に逝きましょう」

 

 めぐみんはにっこりとほほ笑み、

 

「駄目、ですか?」

 

 上目づかいでお願いしてくる。

 

「こんな時だけ可愛らしくしやがって! だったら私のハーレムになってからデレデレになりなさいよ!」

「それは嫌です。私はアスカと違ってノーマルですので」

「この畜生が、いいから放しなさい! あ、そうよ! 私はアクセルダッシュで公衆トイレに行くんだから、めぐみんはベランダからやればいいじゃないの」

「バカじゃないですか!? 女に向けて言うことじゃないですよ! やはり変態気質なアスカですから、そんなこと言うかと思っていましたが、思っていた通り言いましたね!」

「やはりって思っているって私に対するイメージってどんだけ悪いんだよ! お外が嫌ならそこに空いた酒瓶があるじゃん。私はその間に行っているからさ、どうぞ」

「もっと酷いじゃないですか! 何がどうぞなんですか!? その空いた酒瓶で私に何をさせようとしているのですか!? わからないので、アスカがそのお手本を見せてくれるんですよね? さあ、やってみてくださいよ! 私に何をさせようよとしているのかを、さあ早く!」

「このバカ、嫌に決まっているでしょ! 私にそんなプレイさせて誰の得になるって言うのよ!」

「だったら嫌なことを人に勧めないでくださいよ!」

「も、もうこの話はなし! だから早くトイレに行かせて!」

「いいえ、そうはいきませんよ。アスカもこの地へ共に逝き……ま、すから…………」

 

 ……ん?

 急にどうしたんだ。さっきまでの勢いがなくなって、すぼんでいるし青ざめている。後ろになにかあるの?

 私は半信半疑にめぐみんの視線の先にある後ろの方へ顔を向ける。

 そこには確かに見た瞬間、人の顔を青ざめる恐怖の象徴の一つであろう。ベランダの窓にびっしりと張り付いた、大量の西洋人形がこちらを見つめていた。

 

「「ぎゃあああああああああああああああ!!」」

 

 私とめぐみんは同時に叫び、咄嗟にめぐみんを引き連れて部屋を飛び出した。

 

● 

 

「ううっ……あ、アスカ、いますか? いたら返事をしてください。離れないでくださいね?」

「ちゃんといるし、返事もするよ。もし人形が襲いかかってきても置いて行くことはしないから、安心して」

「……それとは別でドアをぶち壊して、入ってきたらシメますからね」

「流石にそこは信用してくれ」

 

 あの後、私達は真っ先に近場のトイレに逃げ込んだ。そうじゃないと体が思うように動かないし、この歳でお漏らしするのは私もめぐみんも避けたかった。あと、流石に限界だったというのある。

 そして今、先に済ませた私はめぐみんが出てくるまで、ドアの前で待機していた。

 

「……あ、あの、アスカ。流石にちょっと恥ずかしいので、大きめの声で歌でも歌ってくれませんか?」

「そんなことよりも、私のプロポーズでも聞く?」

「そんなおぞましいこと聞きたくありません! お願いですからそれだけは言わないでください!」

「そこまで否定しなくてもいいじゃない!」

 

 プロポーズを拒まれた私は仕方なしに歌うことにする。

にしても歌か……参ったな、最近はアニソンしか聞いていなかったから、世間で言うマニアックしか歌えない。いや、この世界ではジェーホップもアニソンもマニアックな歌としてくくられるか。

 

「じゃあ歌うけど、歌唱力はそんなに自信ないから文句言わないでよね」

「聴いてから判断します」

 

 そりゃそうだ。

 めぐみんに応えて、私は歌い出した。それはもう、大声のアカペラで歌を届けた。

 

「……ふう。えっと、もういいですよアスカ。それにしても不思議な歌ですね。こんちきちんとは何ですか?」

「……まあ……京都という国のお言葉の一つなのかな。その歌っている人も京都出身だし」

 

 といっても二次元のアイドルなんだけどね。

 

「そんな国と言葉があるのですね。前から思っていたのですが、アスカってどこの国出身の人なんですか?」

「この世界では知られていない日本という田舎で遠いところだよ」

 

 私は間違ってはいないけど、正しく伝えはしなかった。異世界からやってきたなんて言われても、信じることなんてなく、ただ呆れられるのがオチだからね。

 

「それよりもアクアを探そう。流石にもうあの怖い思いはしたくない」

「それもそうですね」

 

 先ほどの西洋人形が浮いて動いているのは、悪霊の仕業で間違いはないのだろう。どうにかしたいけど、私とめぐみんの力ではどうすることもできない。

 ただ恐怖を感じ、ただ怯えて逃げるだけならアクアを探して頼んでもらうのが一番安全でしょうね。

 私とめぐみんがトイレの手洗い場から廊下に出ようとした時だった。

 

 ――――カタ、カタッ。

 

 その音だけで委縮してしまいそうな嫌な音が聞こえてきた。

 私は思わずトイレの手洗い場のドアの前で身を屈めてしまう。隣にはめぐみんがビクッと震え、私の服の袖をギュッと掴んで身を寄せてきた。

 可愛い。めぐみん可愛い。

 でも怖い。西洋人形怖い。

 ほんと、しゃれにならないってあの西洋人形の怖さは。ただでさえ、よく見るとホラーな西洋人形なのに、その西洋人形がホラーの演出をさせてくる。お化け屋敷の怖さなんて非じゃないくらいに、からくりも人間の手でもなく、本物の幽霊の仕業で不安感を煽っているんだ。そんなのが怖くないわけがない。

 でも私よりもめぐみんが怖がっているのかもしれない。

 ここは私がしっかりしないと。

 

「だ、大丈夫だよ、めぐみん。私達は独りじゃないんだから二人いれば大丈夫だ……って」

「黒より黒く、闇より暗く漆黒に……我が深紅の混淆を金光望みたもう……」

 

 なんか隣でぶつぶつと詠唱し始めている。

 

「やめなさいっ! この屋敷ごと吹き飛ばしたら、何もかも失うわよ!」

 

 私は詠唱するめぐみんの口を手で塞いだ。

 おそらく恐怖のあまり、全て壊す勢いで詠唱を始めたんだろうけど、そんなことすれば自分が口にした通り何もかも失う。例えば自分達の命とか、生き残ってもこの街にクレーターを残すとか、大家さんとか街の住人の信頼とか。そしてそれでもなお、借金は失うどころか加算される。何も良いことなんてないんだ。

 

「な、何をするんですか。こんな家、全部爆破すればいいんですよ!」

「そんなジグソーパズルが出来なくてイライラするから全部ひっくり返すような発想で唱えられても誰も幸せなんかならないよ!」

「そんなことしませんよ!」

「例えで言っているの!」

 

 ドンッ。

 

「「ひっ」」

 

 扉に大きなぶつかる音で私とめぐみんはビクッと震えてしまった。

それは一度だけではなく、連続でドンッとぶつけてくる。もしかしなくても、あの人形がこのドアを体当たりで破ろうとしているの?

 ……仕方がない。今回は自然と去ってくれるか、アクアが何とかしてくれるまで安全に行こうと思ったけど、破ろうとしてくるのならここにいては危ない。

 

「めぐみん、ドアを開けたら走って。そしてアクアを見つけてほしい」

「え、アスカはどうするんですか?」

「私はなんとかして、あの人形を倒すか動きを止めさせる。人形の攻撃を食らっても、死ぬようなことはないはずだし」

「だ、大丈夫ですか?」

「相手はイエティじゃないんだ。それと比べてば西洋人形なんて怖くないんだ」

 

 そのことを口にすると、めぐみんはわかりましたと言って頷いた。

 

「しゃあっ、かかってこい、この人形ごとき! 後で私の宴会の女神様が容赦なく除霊されるんだぞごらあぁああああっ!」

 

 私は叫びながらドアを勢いよく押し開ける。

 ごっ! と何かがドアにぶち当たり「ほぎゃあっ!」と悲鳴が聞こえて来た。

 

「……え?」

 

 私はその声に聞き覚えがあった。

 恐る恐る、めぐみんと共にドアの外へ飛び出すと。

 

「お、おいアクア! 大丈夫か!?」

「だから言っただろ、油断するなって……」

 

 そこにはドアの前で気を失っているアクアと、アクアに声をかけるダクネス。そしてアクアに呆れているカズマがいた。

 人形はというと、力を失ってそこらへんに床に転がっている。

 …………。

 えっと……なんとか助かりました。

 

● 

 

「悪霊を退治したと言うことで、臨時報酬が出てますよ」

 

 受け付け嬢の言葉に私とカズマとアクアは無言でガッツポーズを取った。

 私達はなんとか一晩で悪霊退治に成功することができた。

そして今回ばかりはアクアがいなければ成功できなかった。

 大家さんに頼まれたことだけど、ダクネスが「クエストを請けたわけではないが、一応ギルドに報告した方がいいだろう」と言われたので、私とカズマとアクアは朝早くギルドに向かって報告をした。

 ダクネスが言うには、本来なら冒険者ギルドがなんとかする仕事だったらしい。大家さんも最初はギルドに頼んだらしいのだけど、悪霊が空き家に住み着きまくる事態は初めだったそうで、対処しようがなかったそうだ。一応討伐クエストを出していたのだが退治しても、また新しい悪霊が住み着いてしまって尽きるこい状態だったらしい。

 そのことを含めて、冒険者ギルドでは解決できなかったそうだ。

  

「あの、悪霊の件なんですが、何でそんな悪霊があの屋敷に集まってきたのですかね」

「それ何ですが……あの屋敷の近くに共同墓地があるじゃないですか」

 

 カズマの疑問に受け付け嬢の人は眉をひそめながら答えてくれた。

 共同墓地って、確か……ウィズと初めて出会った場所じゃないか。

 ちょっと懐かしいと思いつつも、私は受け付け嬢は話の続きを聞いた。

 

「あの墓場に何者かがイタズラか何かで、神聖属性の巨大な結界を張ったようなんですよ。それで行き場を失った霊があの空き家に住み着いたようで……」

 

 ん? 確かあれって…………ウィズの代わりにアクアが浄化することで折り合いになったんだよね。

 と言うことは……。

 私は視線をアクアに向ける。わー、冷や汗がくっくりはっきりと見えるよー。

 …………。

 

「「ちょっと失礼」」

 

 私とカズマは受け付け嬢に断りの一言を入れ、アクアをギルドの隅へ無言で引っ張った。

 

「おい。心当たりがあるな? 言え」

「はい、カズマさん」

「わかっていると思うけど、正直に話しなさいよね」

「……はい、アスカさん」

 

 アクアは観念したようにおとなしく素直に敬語で話してくれた。

 

「以前、ウィズに墓場の迷える霊を定期的に成仏させて欲しいって頼まれたじゃないですか。でも、しょっちゅう墓場まで行くのってめんどくさいと思ったわけですよ。だからいっそのこと、墓場に霊の住み場所を失くしてしまえば、その内適当に散っていくかなーって思って、やり……ました……」

 

 要するに今回の件はアクアのせいってことじゃないか。

 そしてそれを私達で解決する……自作自演。どう考えても、これ人として駄目でしょ。あの大家さんに詐欺したことになるじゃない。

 私はカズマと目を合わせ、無言で頷いた。

 

「……ギルドからの臨時報酬は受け取らない。いいな?」

「……はい」

 

 流石のアクアも今回ばかりは申し訳ないと思っているのか、カズマの言葉に素直に頷いてくれた。

 

「私も一緒についていくから、大家さんに謝りに行こう」

「はい、本当にごめんなさい」

 

こうして悪霊の件は意外な形で幕を下ろすのだった。

 

 

「良かったね、カズマ。大家さんが今後ともあの屋敷に住んで良いって言われて」

「本当に大家さんは良い人で助かったよ」

 

 私とカズマは先ほどの出来事を思い返しながら、屋敷の庭にある小さなお墓を掃除していた。

 真実を知った後、私達はギルドの報酬を受け取らず、不動屋さんに向かって大家さんに今回の件で謝罪をした。

 でも神様のような心優しい大家さんは怒ることも悲しくこともなく、二つの条件をつけてきたことであの屋敷に住んでほしいとお願いされた。

 一つは屋敷の庭の隅にある小さなお墓を手入れする事。

 そしてもう一つの条件が……。

 

「それにしても冒険が終わったら、夕食の時にでも仲間と一緒にその冒険話の花を咲かせて欲しいって頼まれたけど……これってどういうことなんだろうね?」

 

 ちょっと変わったものだった。私としてはそれで別にいいのだけど、条件にしては少し珍しいというか、あんまりしっくりとはこなかった。

 

「……もしかしたら、アクアがテレビに出てくるインチキ霊能力者みたいな凝ってそうな凝ってない設定に関係ある……いや、ないかもしれんな」

「言いかけてなかったことにしないでよ。気になるじゃない」

 

 カズマは浮かばない顔で私に教えてくれた。

 

「この屋敷に来た時、アクアがなんか変な設定口走っていただろ。その少女の名前があったらしいんだよ」

「……そりゃあ、人間なんだから名前くらいあるわよ」

「挙げ足取るなよ。察することできるだろ」

 

 カズマはやりづらそうに話を続けた。

 

「その少女の名前がアンナ・フィラ……ンテ・エステ……ロイドだったか。好きな物はぬいぐるみと人形、そして冒険者の冒険話だったかな。アクアのあれがほんとなら、その少女が幽霊として屋敷を見守り、そして冒険談の好きな少女は俺達のくだらない冒険談でも聞きたいんじゃないのかなって」

「……カズマ」

 

 私はカズマに対して、思ったことを口にした。

 

「くだらない冒険談ってどういうことだよ」

「そりゃそうだろ! お前家族に対して、今日空飛ぶキャベツと戦ったんだ! なんて自慢して言えるのか?」

「それは……そうかもしれないが」

「だろ!」

 

 カズマに言葉にぐうの音も出なかった。いや、それは例えが極端過ぎる気がするのだが、どっちにしろ本当のことだから否定できない。

 

「……まあ、重々しい冒険談よりも、くだらない冒険談で笑ってもらえばアンナも喜ぶんじゃないのか?」

「いや、笑ってもらうというか笑われる……まあ、いいか」

 

 何か言いかけたようだけど、諦めるように頷いた。

 生前はきっと辛いことが多かったんだろうし、後悔も残ることも多かったけど、幽霊としてあの屋敷で住み憑いているのなら、私達の思っていたのとは違う冒険談で笑ってくれれば満足なのかな。

 まあ、まだ幽霊としているのかはわからないけどね。

 

「じゃあ、さっそく冒険でもしに行く?」

「いや、今日はもう休もう。昨晩はダグネスに……いや、なんでもない」

 

 こいつ、昨晩ダクネスと何があった?

 アンナさん、未だに幽霊としているのなら何があったか私に教えてください!



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この素晴らしい高級品に祝福を

「へーあの悪霊のクエスト、アスカ達が解決したんだー。すごいね」

「と言っても、私は全然活躍していないんだけどね。アクアがいたおかげで楽にできたよ」

 

 悪霊が屋敷に住み憑いた原因もアクアなんだけどね。

 

「そっかー……てっきり、またアスカとカズマの二人で解決したんだと思っていたよ」

「あははは……あれはたまたま上手くいっただけだって」

 

 人肌が恋しく、冬の寒さが目立つこの頃、私はリーンとカフェで、一人の友人として他愛のない話をしている。

残念ながら、リーンに対する私に対する好感度はまだまだ足りていない。今は友人としか見ていない。でも私は諦めない。いずれリーンも、私のヒロインになるように攻略してやる。

地道だけども、今こうして会話するのが非常に重要になってくる。焦らず一歩ずつ深まれば私を好きになってくれると信じて攻略していこう。

 

「それにしても……ここ最近あんまり人いないね」

「そりゃそうだよ。この時季になると、みんな引きこもるしかないよ。クエストも高レベルのものしかないし、凶暴なモンスターしか活動しないからね。例外があるとしたら……めちゃくちゃ強い冒険者、魔剣グラムを持つミツルギくらいかな」

 

 なるほど、冬でも関係ないのはチート持ちの連中ってことか。というかミツルギさん、この街の常識を覆すぐらいに強いんだね。一度戦った時は卑怯な方法で勝ったせいか、強いのか未だに曖昧になっている。

 そうなるとこの街はある意味平和だよね。引きこもりが許されてもいい風になっているってことになる。

 それに比べて私達は、魔王の幹部の一人であるベルディアを倒したのにもかからわず、結果多額の借金を背負わらせている。

 お手軽なクエストでちょっとでも稼ぎたいのに、世間はそれを許してもらえない。金額が高いほど借金は早く返せるのだけど、まず私達のレベルが満たされていないのと、その代償として命を失いかねないのが現状である。辛いね。

 

「……あーお金がほしい」

「それさっきも言わなかった?」

「彼女も欲しい」

「きっと見つかるよ」

「……リーン、私の彼女に」

「やだよ」

 

 くそう、可愛く断りやがって……でも可愛いから許す。

 こんな感じで私とリーンは他愛のなくてくだらない話を時間の許す限り、繰り返していた。

 

 

 

「うー……やっぱ寒いなー……」

 

 みんな冬にこもるのは正解だな。早く帰って新居となった屋敷で暖を取ろう。

 そう思って真っ直ぐ帰ろうと思ったのだが、ふと前方でカズマと見たことある二人組を見かけた。

 

「カズマー」

 

 私は気まぐれで声をかけた。

 

「うわあぁああっ!?」

 

 すると何故か二人組のうちの一人であるチンピラな兄ちゃんが仰天する。そしてその勢いで腰が抜けるようになりかねていた。

 ちなみに、チンピラな兄ちゃんのこけっぷりに、うひゃひゃひゃひゃとゲス……特徴的な笑いをしている人もいる。

 

「……ちょっとダスト、そんなに驚かなくてもいいじゃないの」

「い、いやだって、その……きゅ、急に声をかけんじゃねぇって。心臓に悪いだろ!」

「そんな潜んで驚かそうとしたわけじゃないんだけど……」

 

 チンピラな兄ちゃんことダストは一日パーティーを交換した以来、私に対してトラウマになっているっぽい。あの時以来、私と顔を遭うと顔色が悪くなったり、時々敬語になったり、突然ごめんなさいと謝ってきたりする。今日はまだマシな方だけどね。

  

「……お前、ダストに何したんだよ」

「いや、説教しただけなんだけど……」

 

 今思えばちょっとやり過ぎたかもしれない。

 あの時、謝ったけどもう一度謝った方がいいのかもしれない。

 

「まあ……その……ごめんって。私もあの時はちょっとどうかしたんだよ」

「お、俺も悪かっただから……だからもう許してください」

 

 話聞いていたのかな? 謝っているんだから、前のように戻ってよ。といっても、ダストの関係は他人以上、知り合い以下の関係なんだけどね。

 

「ところで、三人はこんなところで何やっているの? まさかナンパ?」

「一度も成功していないお前と一緒にするな」

 

 なんでカズマがそのことを知っている。事実であるが、あんたに言われるのはしゃくに障る。帰ったら……罵ってやろう。

 

「じゃあ、なんなの?」

 

 改めて訊ねると、カズマは急に鼻で笑った。

 

「お前何様だ? 外見だけ女の中身がおっさんのお前なんかに気軽に答えると思っているのか?」

「あんたが何様だよ」

 

 たく偉そうに勝ち誇りやがって。しかも中身がおっさんとか普通にムカつくんですけど。

 ちょっとした好奇心で最低ニート男に訊くのが間違いだったわね。何なのかは知らないけど、男同士BL展開でもやったいいじゃないの。

 

「そうですか。じゃあ、私はもう帰るから。帰ったらカズマの居場所なんかないかもしれないよ」

「おうおう好きにしろ。できるものなら」

 

 帰ったらカズマのメンタルを削ぎ落とすくらい罵ってやろうと思いながら、自宅となった屋敷へ帰ることにした。

 その直後、

 

「待てよ、アスカ」

 

 キースに呼び止められた。

 呼ばれたので振り向くと、これ以上ないくらい真面目な顔をしていた。これから告白する勢いの、覚悟を決めた男のように。

 

「アスカ。俺は……男の気持ちも持っているお前にも信用できる。本来なら、今から言うことはこの街の男性冒険者にとって共通の秘密であり、絶対に漏らしちゃいけない話だ」

「お、おいキース。お前、アスカに教えるっていうのか」

「ああ、かつて一緒に冒険した仲間だ。俺は信じている」

 

 な、なんか知らないけど……ちょっと嬉しい。男扱いされているのは、ちょっとあれだけど。

 

「いいや、俺は言わないほうがいい! こいつは心がおやじだけど、俺達男の敵だ! 教えても俺達が後で地獄を見るに決まっている!」

 

 おいカズマ、お前はもうちょっと信じろよ。それでも今まで過ごしてきた仲間だろ。

 

「お、おい、良いのかキース。秘密をバラすことになるんだぞ」

 

 ダストも制止させようと発言するも、キースが先ほどの発言を取り消すことなく続けた。

 

「俺はそれでも構わない! アスカ、この街にはな、サキュバス達がこっそり経営している、良い夢を見させてくれる店があるって知っているか?」

 

 その話を聞いた私は一度、視線をカズマに向ける。

 カズマはそっぽ向いて冷や汗を流しながら口笛を吹いていた。

 

「とりあえずその約束は守るから、その話を詳しく教えて」

 

 やっぱあの野郎は一度シメた方がいいのかもしれない。

 

 

 サキュバスと言えば男性の夢に入り込んで淫らな夢を見させて関係を持つ女の悪魔。私が知っているのはそれくらいだ。

 

「いいか、アスカ。この街にはな、サキュバス達が住んでいる。それでな」

「ちょっと待って。普通に話さないでね」

 

 そんな当たり前のことみたいに言ったから思わず遮らせた。

 

「その……サキュバスって悪魔じゃん。この街に住んでいいの?」

 

 私はきっと誰もが思う疑問に訊ねてみると。

 

「お前……あの人達に死んで欲しいのか?」

「え?」

 

 ダストが真剣な眼差しで私に言ってきた。

 

「サキュバスが悪魔だって知っているってことは、男の精気を吸って生きる悪魔だってことも知っているよな?」

「し、知っているよ」

「知っていてあの人達に死ねと言っているのか、お前は?」

 

 かつて私がダストに怒鳴ったように、ダストも私に対して怒っていた。しかも静かにトーンも下げて言ってくる。

 

「え、えっ、だ、ダストって、そんなキャラだっけ?」

「俺のことなんていいんだよ。いいか、アスカ。この街に住むサキュバス達と俺達男性冒険者は共存共栄の関係を築いている。色々と溜まっているムラムラを解消させるために、彼女達の存在が必要なんだ。それをお前はこの街に住んでいいのかって言ったな? どうしてそんな酷いことを言えるんだ。サキュバス達が俺達の夢に出てきて凄いのを見せてくれてスッキリするし、冒険に支障をきたさない程度に手加減もしてくれて配慮もできるし、彼女達も生きていけるだ。誰も困ることなんてない、みんなが幸せになる。それなのに……お前はなんてやつなんだ」

「私が悪かったから、静かに怒らないでよ」

 

 私もこんな感じでダストに怒っていたのだろうか。なんか申し訳ない気持ちがいっぱいだし、誰もが思う疑問を相手からすれば失礼になると思わされたよ。

 私がイザナミを大事にするように、ダストも男性冒険者達もサキュバスを大事にしているんだね。

 その想いが伝わったよ。

 

「なんか変なテンションで怒っているダストだけど、実は俺達もサキュバスがいることもその店のことを知ったのも最近だし、今日初めて行くんだ」

「は?」

「ついでに言うと、このダストはな。リーンにちょっかいかけて、ダガーで大事なところを切り落とされそうになったトラウマをかかえているんだぜ」

「う、うるせえ! アスカにも言っているんじゃねぇ!」

 

 ……なんか、私がダストに謝ったことを取り消してください。

 これあれだ、サキュバスが悪いんじゃない。このどうしようもない男達が悪いのだ。この男達がいるせいで、サキュバスがこの街に住み着いているのだ。

 それとチンピラ兄ちゃんことダストが、やっぱりクズ野郎だってことはわかったわ。

 

「要するに怪しげなお店に行くってことだよね」

「怪しげなお店ではなく、素敵なお店だ」

「私からすれば同じだよ」

 

 いわゆるキャバクラ的なやつでしょ。男からすれば怪しいだろうが素敵の一言でくくれるのなら関係ないでしょうね。

 どうでもいいことだけど、この期に及んで真面目なトーンで突き通すのか、死にかけたダストさんよ。

 

「まぁまぁまぁ、そういうわけだからアスカも来るか?」

「おい待てよ、キース。アスカはおっさんだけど、一応性別は女だぞ」

「あのさ、さっきからおっさんおっさんとか、女として一応見ているのだったら言わないでくれるかな?」

「確かにアスカは女だ……だからこそ、中身がおっさんのアスカなら俺達の想いに共感するに違いない! どうだアスカ、俺達と一緒に来るか?」

「だから中身がおっさんなのはいらないよね!」

 

 どいもこいつもデリカシーのない野郎だ。こいつらは一回シメないと女であることを認識できないのかね。

 それはともかく、確かに私はハーレム女王故の女好きだし、サキュバスも私のヒロイン候補に入ってくるだろう。正直言えば、男がわくわくするような夢のお店に一度行ってみたい願望はあった。

 そのお店なら、イザナミや最近のめぐみんと違って、ぞんざいな扱いをせず優しく接してくれるに違いない。

 そうよ。男達にとっては夢の店なら、私にとっての夢の店であることを証明されているんだ。

 夢と現実は違うけど、せめて夢の中だけでも私はハーレム女王になりたい。

 よし、そうと決まれば私はサキュバスの店に……。

 

「悪いけど断るわ」

「「「っ!?」」」

 

 いかないことにする。

 ……何よ、三人共。そんなに私が断ったことが意外過ぎるのと、声も出ないほど驚くのよ。

 特にカズマ。あんた、まるでギャグマンガみたいな盛り過ぎるくらいの変顔で驚いているのはなんなの? わざと煽っているの?

 

「ど、どうしてだ……アスカならわかってくれると思ってたのに……さ、さてはお前、アスカの偽物……」

「あの、そんなに断ったことが意外なの?」

 

 動揺しているキースに私はちゃんと断った理由を伝えることにした。

 

「おっさんって呼ばれるのは不服だけど、気持ちはわかるよ。その店に行けば、私の溜まっている鬱憤を解消させてくれるでしょうね。でも私は夢の中ではなく、現実で実現したいの。夢の中でハーレム女王になったって意味がないの。現実で実現してこそ、夢が現実になるの!」

 

本当に実現させたいのなら、楽な道を進まない方が良いと思う。今はイザナミにぞんざいな扱いされているし、めぐみんにも危険視されているのもあれば、リーンなんて私のことを友達としか見られていない。きっとどれだけ交流を深めて、好感度を上げさても私のことを異性のように好きになってくれないのは大いにありえる。なんなら、男に恋をすることだってある。

 実現しない不安はいっぱいある。でもせっかく二度も死んで蘇生できたのなら、夢のような話を自らの手で実現したい。お金を払って簡単に成立させたくはないんだ。

 

「……アスカ」

 

 カズマは私の話を聞いた後、私の肩にポンと手を置いてきた。

 そして儚げそうに……。

 

「女どころか男にも魅力が伝わらないのに変な威勢を張っている場合か?」

「お前、ほんとムカつく奴だな」

 

 誰が俺は友達ができないんじゃない、作らないんだって言い訳するボッチだよ。誰が本気で勝負して負けたのに、実は本気出していないって言い訳するエセ強者だ。そんなつもりで言ったんじゃないわよ。

 つうか、あんたにだけは言われたくはない。カズマにだけはそんなこと言われたくはない。というか哀れみの中にバカにしている顔はやめろ、ぶん殴りたくなるから。

 

「とにかく! そういうわけだから、私は遠慮しとくよ」

「あ、そうですか。俺はお前が来てくれなくて良かったと思います」

 

 ……なんでこんな奴と一緒の屋敷に住んで、共に行動を歩んでいるのだろうか。少しは残念がっていれば可愛げがあったものの、特に喜んでいないのがムカつく。

 サキュバスのことは誰にも言うつもりはないから、もう男同士で勝手にすればいいと終えることにした。

 

 

 カズマ達と別れた私は、少し寄り道してから屋敷に帰ろうとすることにした。今ならめぐみんもイザナミもいないから、新たな素敵なヒロイン候補に口説こうとしても邪魔されないが、私の実力不足だから、ナンパしても失敗すると目に見えているので現在はやらない方向にしている。

 適当に新しい靴やブーツを見たり、たまには読書したいから本屋に寄ったりしていたら、時刻は夕方になっていた。

 キースとダストの事情はともかく、カズマはラノベばりのハーレムな環境があるのにも関わらず、男達が行きそうな怪しげな店で堪能したい方が良いって贅沢していると思うんだよね。そりゃあ、短所しか見えないところもあるかもしれないけど、それだけ共に過ごしているからある意味で必然になってしまうことじゃないの?

 もういいわ。カズマはカズマ、私は私でヒロイン達とイチャイチャでもしよう。

 

「ただいまー」

 

 屋敷の中に入り、そのまま暖炉がある広間へ行こうとした時だった。

 

「アスカ、お帰りなさい! カズマは一緒じゃないの?」

「一緒じゃないけど、どうしたの?」

「実はね……」

 

 どこか喜びを隠せないでいるアクアに様子を伺った時だった。

 

「ただいまー」

 

 カズマが帰ってきた。

 え、はやくね?

 

「カズマ丁度良いタイミングで帰ってきたわね」

「ん? 何かあったのか?」

 

 いつになくウキウキなアクアにカズマは訊ねる。

 

「二人共う喜びなさい。今日の晩御飯は凄いわよ! カニよ、カニ!」

「「カニ!?」」

 

 アクアが口にしたその言葉に私とカズマは食いついた。

 カニ。とにかく美味しい食べ物。庶民がそう簡単に食べられるものではない、とにかく美味しい食べ物。

 私とカズマは勢いのまま本能に広間にある食卓テーブルへと向かった。 

 そこには、まさしくカニ、KANIが並べていた。

 

「さっきダクネスの実家の人から、これからそちらでダクネスがお世話になっているみたいなこと言って来て、引っ越し祝いに極上の霜降り赤ガニが送られて来たのよ! しかも、とにかくすんごい高級酒までついてきたのよ!」

 

 だ、ダクネスの実家の人……しゅごいです。

 ふと冷静に考えてみれば、ダグネスって何者なんだ? 極上の霜降りガニと高級酒を送ってくれるなんて普通じゃない。

 ……まあ、後で聞けばいいか。今はカニじゃ、カニ! カニを食いたいんじゃあー!

 

「あわわわわ……貧乏な冒険者稼業を生業にしておきながら、まさか霜降り赤ガニにお目にかかる日が来るとは……ありがたやーありがたやー」

「やっぱりすごいものなの?」

 

 霜降り赤ガニに手を合わせて拝んでいるめぐみんに訊ねると、オーバーリアクション気味に、勢い良く拳を振り上げて力説した。

 

「当然ですよ! 分かりやすく例えると、このカニを食べる代わりに今日は爆裂魔法を我慢しろと言われれば、大喜びで我慢します!」

「おお、マジか!?」

「そして食べた後に爆裂魔法をぶっ放します。それぐらいすごいものなんです」

「なるほど、それは凄……って、順番を入れ替えただけでいつもと何も変わらないじゃない!」

「何を言っているのですか! 爆裂魔法を撃ちたい瞬間があるんですよ! それを我慢しなければいけない気持ちがわかりますか!?」

「ごめん、わかんない」

 

 小学生が欲しかったゲームをやり続けたいために、夕飯を後回しにしようとするのはわからなくはないが、爆裂魔法を撃ちたい瞬間は一生ないです。

 ところで……。

 

「あれ、イザナミは?」

「うむ……先ほどまでゲームしていたのだが……余程ボロ負けしたのが悔しいのだろうか?」

 

 ダクネスとゲームね……。

このファンタジーの世界にテレビゲームはないから、チェスとかオセロみたいなボードゲームでもやっていたのだろうか。

 その話を聞く限りでは、イザナミがいないのはダクネスにボロ負けしたらしいけど……イザナミって勝手なイメージだけど、自分が負けて当然だと思い込んでいそうだから、悔しくていないわけじゃないと思う。

 そう思っていたら、ふと視線を広間に入るドアに移すと、こっそりとこちらを伺っているイザナミを発見した。

 

「……入ってきなさいよ、イザナミ」

「い、いいえ。私のような甲殻類以下の存在が、カニさんを食べるなんて罰当たりです。私なんてカニカマで十分ですので、皆さんで食べてください」

「甲殻類以下の存在という謎ワードにツッコミたいところだけど、みんなで食べるんだから入ってきなさいよ」

「い、いいのでしょうか……」

「構わないさ。私達は仲間だろ」

「あ、はい……」

 

 ダクネスの後押しによってようやくイザナミは受け入れてこちらへとやって来た。

 ……今の感じだと、ダクネスの言葉にだけ言うこと聞いた感じになっているのは仁徳の差とかじゃないよね?

 そんなことは思い込んでいることにして、カニでも食べよう。

 今食卓に並んである霜降り赤ガニを手に取ってパキっと割る。そしてそのカニの脚から取り出たギュッと詰め込んだ身をそのまま口に入れた。

 

「!?」

 

 な、なんじゃこりゃああああああああああああああああああっ!!

 う、美味い。

 美味い。

 美味すぎる。

 めちゃくちゃ美味い。

 美味すぎる!!

 美味いしか浮かんでこない。本当に美味しいものは美味いしか浮かばない。それくらい美味い。この世にこんな美味いものがあるのかっていうくらい美味い。

 語彙力? そんなの知ったことではない。美味い物を食べて美味い思って何が悪いんだ。

 周りの皆も黙々と無言でカニを食べている。美味しいという感想はなく、ひたすらカニを頬張る。あのイザナミさえもカニの美味しさに黙々と笑みを浮かべながら食べている。かわいい。

 

「カズマカズマ、ちょっとここに火ちょうだいよ。今から、この高級酒の美味しい飲み方を教えてあげるわ」

 

 アクアが僅かに残っているカニ味噌が入った甲羅とお酒を持ちながら言ってきた。そしてアクアの七輪のような物が置いてある。

 カズマは言われるままにディンダーを唱え、炭に火をつける。するとアクアは金網の上に甲羅を置く。そしてそのまま甲羅の中に、高級な酒を注いだ。

 あ、これ絶対に美味いやつだ。酒飲めないけどわかる。

 そして軽く焦げ目がついた甲羅を炙って、熱燗にしたそれを一口……。

 

「ほぅ……っ」

 

 CMに抜擢されそうな良い表情で美味しそうに息を吐いた。

 ぶっちゃけ女神のくせにおっさん臭いし、女神の魅力とか一切感じなかった。でもずるいよ、アクア様。そんな幸福を感じさせられる飲み方をしちゃったら飲みたくなるじゃないか。

 まあ、お酒飲めないんですけどね!

 

 「おお、これはいけるな、確かに美味い」

 

 ダクネスはアクアのマネをした甲羅酒を飲んでいた。

 やっぱりマネしたくなるよね。飲めるのか、ずるいなー。

 

「ダクネス、私にもください!」

「めぐみんはまだ子供だろ」

「なにをー! 私だってお酒飲んでみたいです! いいじゃないですか、今日ぐらいは!」

「ダメだ。子供のうちからお酒を飲むとパーになると聞くぞ」

 

 ダクネスとめぐみんがお酒の入ったビンを奪い合いという、じゃれ合っている中で、カズマはというと……。

 

「どうしたカズマ。お酒は飲まないのか?」

 

 ダクネスがカズマを見て首をかしげていた。

 そう言えば、なんか様子がおかしい。

 

「もしかして、うちのカニが口に合わなかったのか?」

 

 ダクネスがちょっと不安そうな表情を浮かべたのに対して私は。

 

「カズマァ!」

「うおっ!? び、びっくりした……」

「あんた遠慮しないキャラでしょ。道に万札が置いてあったら交番に行かないで自分の財布に入れるような奴が一体何を遠慮しているっていうのよ!」

「そんなことしねぇし、お前俺をなんだと思っていやがるんだ……」

「言葉通りの男だよ」

「うっせ。おい、ダクネス。カニは凄く美味いし、感謝している。ただ、今日は昼間にキース達と飲んできたんだ。だからその……申し訳ないけど、きょ、今日はいいかな」

 

 本当にそれだけなのだろうか? 言っていることは間違いではないけど、なにか隠しているのがわかる言い訳をしている。

 

「そうか」

 

 私が疑っている中、ダクネスは安心したように笑みを浮かべる。

 

「あ、明日貰うよ……」

 

 心なしかカズマから後ろめたさを感じるのは気のせいかな?

 

「せめて、たくさん食べてくれ。日頃の礼だ」

 

 再び笑みを浮かべるダクネスに対し、心なしかカズマが申し訳なさそうに見えるのは気のせいだろうか。

 ……カズマが遠慮しているのって、絶対サキュバスに関係あるよね。

帰宅時間が早かったけどサキュバスのお店に行っていないわけじゃない。なら本番という物が味わえるのなら、おそらく今夜実行されるに違いない。

カズマがお酒を遠慮しているのは、サキュバスにお酒を飲んではいけないみたいなことを言われたからか? そうじゃなきゃ、遠慮する必要はないはずだ。

 でもそんなこと仲間に言えるはずもなければ、純粋に日頃の感謝をしているダクネスの純粋さにカズマは欲望塗れの自分に後ろめたさを感じているのは気のせいなんかじゃない。

全く……一体何を遠慮しているっていうんだ。 

 

「カズマ、大丈夫? 今日ぐらいは遠慮しなくていいんじゃないの?」

 

 そんなことを言うと何故か睨んできた。お前わかっていて言ってんじゃねぇって言いたいのかな?

 そうだとしても知らん。お前がサキュバスの店に行ったのが悪いんだ。

 

「飲まないとアクアが全部飲んじゃうかもね」

「そーよ。私が全部飲んじゃうもんねー。これを飲まないとはとんでもない! わーい、カズマの分は私が飲んじゃおー!」

 

 流石煽りも一級品の宴会の女神様。お酒の効果で憎たらしさが増していて関係ない私でも腹が立ってきた。

 さて、カズマどうする? 

 サキュバスを選ぶか。

 私達を選ぶか。

 何も迷う必要ないよね。

 

「それじゃあ、ちょっと早いけどオレはもう寝るとするよ。ダグネス、ごちそうさん、お前らお休み!」

 

 あ、こいつサキュバスを選びやがった。

 でも知っていたけどね!

 カズマは何も迷うこともなく、先ほどの後ろめたさを振り払って早々と去って行ってしまった。

 

「どうしたんだろうか……やはり口に合わないだろうか」

 

 様子がおかしいダグネスは心配そうに呟く。

 あの男に漫画のような恋愛なんか一切来ないと強く願うことにしよう。ダクネスだってね、四六時中マゾじゃないはずなんだよ。

 純粋に食べてほしいという願いを……あの男は…………もう知らん。

 

「カズマはカズマで何かあったし、美味しそうに食べていたのは事実なんだから大丈夫だよ」

「そうか……それだと嬉しいな」

 

 ……あの男、罰でも当たればいいんだわ。

 もうカズマのヒロインはサキュバスでいいわね。ダクネスは私がもらうことにしよう。

 

「ちょっとイザナミー。あんた全然飲んでないんじゃないの!」

 

 アクアがいきなりイザナミに絡んできた。それも厄介そうな上司が酔った感じで。

 

「え、わ、私はいいです……私なんかよりも飲んでください」

「なによあんた、私のお酒が飲めないの!」

 

 ドンッと酒瓶の底でテーブルに叩いた。

 あーこれはうざい奴だ。

 

「私が飲んでいいって言っているんだからたくさん飲みなさいよ!」

「いや、飲んでいいとは言っていないよ」

「細かいことは気にしない!」

 

 酔っても酔わなくても細かいことは気にしないって言うのは……伝わらないから今はツッコミをするのはやめとこう。

 

「ほらほら、飲みなさいな~」

「あ、はい……じゃあ、すみませんが、一杯だけ」

 

 アクアの勢いに負けたイザナミはコップを手に取り、お酒を注いでもらった。

 

「……美味しい」

「そうでしょ! もっと飲みなさいよ!」

「え、でも……」

「ほらほら、飲め飲め!」

 

 アクアは飲み会のノリでイザナミの言葉も聞かずに勝手にお酒を注いだ。どうして同じ女神なのに片方はおっさんしか見えなくなるのだろうか。

 まあ、今日ぐらいはいいか。せっかくのご馳走だもんね、楽しくワイワイと食べて飲んだほうがいいよね。お酒のノリとはいえど、独り占めしそうなアクアがイザナミに積極的に声をかけてお酒をあげているのも珍しいし、イザナミも困っているけど美味しいのは偽りないから困ることじゃないしね。

 私はお酒飲めないけど、その代わりカニをたくさん食べよう。

 なんだかんだでこういう小さな幸せが一番いいのかもね。

 残念だなー、カズマはもったいない男だなー。

 そんなこと呑気に考えていた私は、再びカニの身を頬張った。



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この酒乱にありがたいお説教を

「……あの、アスカ」

「なんでしょうか」

「先ほどまで楽しい宴会だったじゃないですか。お酒飲めませんでしたが」

「そうだったね。私はお酒飲めないから別にいいけどさ」

「私以外にも飲まなかった人がいて良かったです。……それでですね」

 

 私とめぐみんは恐る恐る目線を前へと向ける。その先に映っているのは先ほどまで、私達が到底考えられなかった結末と光景。

 まさかまさかこうなるとは誰もが思わなかっただろう。

 

「まったく……アスカさんは毎回毎回毎回、もう少し現実を見たほうがいいと思うのです! 絶対にそう思うのです!」

 

 こんな日が来ると誰が思ったのだろうか。

 いつもの自己嫌悪に陥るイザナミはどこへやら、頬がほんのりと赤く染まったまま饒舌に私とめぐみんの前で語りかけるようにお説教をしているのだ。

 

「ど、どうしてイザナミはこうなっているんですか」

「こうなっているのは……お酒の力なんだろうね」

 

 現状、今のイザナミは非常に厄介な絡み酒となっていた。

 この数時間前、先に寝たカズマの存在を放って置いたまま私達は楽しい女子会をしていた。他者に遠慮するイザナミも酔っぱらったアクアのお酒をどんどん注ぐんでもらい、そのお酒を飲み続けていた。その時はまだ酷い酔い方はしておらず、笑みを浮かべる回数が多いことだけで済んでいた。

 しかし、宴会のお開き後に事態は急転換。私とめぐみんは自室に呼び出され、絡み酒特有のお説教をし始めているのだ。

 

「しかしあれですね、まさかイザナミが酔うと、絡み酒になるなんて想像できませんでしたよ。とても人にお説教するようなキャラじゃないから余計にびっくりしました」

 

 ここ数ヵ月、友達としての付き合っていためぐみんは相当イザナミの変貌っぷりに困惑を隠しきれていない様子だった。

 私も酔ったらお喋りになる所とか、絡み酒になる事に非常に困惑している。だけど私はめぐみん程ではなかった。

 なにしろ、あるところだけ言えば意外でもなんでもないのだ。

 

「私も酔うとこうなるんだとは思わなかったよ。でも最近のイザナミはお説教キャラに確立されている気がする」

「そうなのですか? いや、アスカが無駄なナンパを繰り返しているのなら説教されるのも当然ですね」

「言っておくけどナンパのことじゃないからね。あと私のナンパはけして無駄なんかじゃないからね」

 

 元々、イザナミは主に私のハーレム女王に対して、強い意志を持って否定的な言葉でさせない様にと邪魔をしてくる事は何度かあった。そういう事ができるからこそ、イザナミは強く言ったりするし、怯えずに止めようとしてくる事もできる。その新たなスキルと言うべきか、イザナミに身についた物がお説教である。

 

「ここ最近は私の身の危険に対しての説教かな。ベルディア戦で庇ったことと、イエティのことと、ダストに変なテンションで怒ったことに対して怒り過ぎだと怒られた」

「イエティのことは当然として、イザナミにしては多い方ですね」

「やっぱめぐみんもそう思う?」

「つまり、アスカはそれだけ怒らせるようなことをしているからですね」

「そ、そうじゃないって言いたいけど……その通りかもしれない」

 

 イザナミが自分勝手に怒っていることや、八つ当たりなんかしないのは私が知っているし、お説教の内容も私のことについてだから否定できない。

 などと、イザナミの話を聞かずにめぐみんと会話していると。

 

「二人とも聞いているのですか!」

「「す、すみません!」」

 

 イザナミが普段しないであろう声を張った発言に、私とめぐみんは背筋を伸ばして反射的に謝ってしまった。

 

「私はアスカさんのために言っているんですよ! 自分の身の危険を考えても、命をかけてまで私達を守ろうとしてくださりますが、そんなことよりももっと自分のことを大事にしてください! だいたい貴女はその場で反省しても過ちを繰り返して、その度に私がどんな想いで心配しているのかわかりますか!?」

「ご、ごめんなさい!」

 

 毎度毎度説教する度に思うんのだけど、命がけで守ろうとしたのってイエティぐらいだけなのに、私って常に心配されるようなことしているのかな。でもイエティの件に関しては何も言えないから反論できない。

 というかこの話、前も聞かされた気がするんだけど何度目だ? 今回はお酒が入っているせいもあるから、しょうがないと割り切る事できるんだけどさ。

 私がその事で謝ると、イザナミは顔をめぐみんの方へ向ける。その瞬間、めぐみんはギョッと驚いて身構え始めた。

 

「めぐみんさんもしっかりと覚えていてくださいね! アスカさんは、ハーレム女王とか出来ないナンパすることよりも始末に負えないことがあるんです。そう、自己犠牲することなんですよ! アスカさんはそれがいけないことだとわかっていても、躊躇なく自分よりも他者を優先する人なんです! それでどれだけ心配かけているのかアスカさんはちっともわかろうとしないんです! 本当に困った方です、アスカさんのそういうところが一番危険なんですよ! なので、またそういう機会があったら全力で止めてください。お願いしますよ、めぐみんさん!」

「は、はい! その時は我が爆裂魔法で全力で止めますので安心してください」

「どこにも安心するところがないんですけど⁉」

 

 自己犠牲で死ぬどころか仲間に殺されたら本末転倒じゃんか。

 めぐみんも呼び出されたのって、それを言うためなのかな?

 そんな風に思っていると、急にイザナミはしおらしくなり始めた。

 

「毎度毎度、心配しているのですからね…………万が一ってこともありますし、蘇生されたとはいえ、一度死んでいる事実は変わりません。あんまり無茶しないでください」

 

 なじりながら私を案じるように言ってくる。心なしか涙目になっている。

 ……私は一生、イザナミに頭上がらない気がする。自己否定がデフォルトでも心根の優しくて芯が強いのがイザナミなんだ。

 

「アスカは一生無茶すると思いますので、無理じゃないですかね」

 

 おい、めぐみん。そこは同意するところでしょ。

 

「私もそう思います!」

 

 なんでイザナミはそこで同意するんだよ。先ほどの気遣いはなんだったってなるじゃないか。

 

「知っていますか、めぐみんさん。アスカさんの無茶苦茶エピソード! アスカさんはね、女子校に通っていた理由は女の子にモテモテになるためなんですよ」

「不純な理由ですね」

「だ、だいたいそんなものでしょ! ていうか、ちょっと待った! なんでイザナミがそのことを知っているのだ!?」

 

 転生してからイザナミにも一度も話していないエピソードを知っている事に私は心臓がバクバクと鳴るぐらいに動揺を隠せないでいた。

あれか、死神様は見ているってやつ的な感じで私の生涯はまるっとお見通しってことなのか!?

 一般人の高校に志望なんて、あの子が行くなら私もとか、家が近いぐらいか、これくらいの学力なら入れるからそこにするぐらいに決まっている。

 だから女の子にモテモテになりたいからって何が悪いんだ。誰もが将来のため夢のための高校に志望する人がいると思ったら大間違いだぞ。

 

「他にはですね……」

 

 不味い。このままだと私の過去をほじくり出されてしまう。やめてくれ、私は過去を振り向かない女なの。だたでさえ、お説教を何時間もされているのにたまったもんじゃない。

 でも、今のイザナミに逆らえない気がする……が……反抗しないと、ずっと私の話になるのだけは勘弁してもらいたい。

 

「あの……イザナミさん、別にそのことを言う必要ないんじゃないですかね」

「何を言っているのですか! めぐみんさんはアスカさんのことをハーレム女王とか夢見がちなことを言い続けるかっこつけの道下としか知らないんですよ! 本当のアスカさんは無茶ばかりする無茶苦茶な人だってことを知るべきなんです!」

 

 かっこつけの道下発言も酷いと思うけど、私のことを夢見がちだと思われている事が一番傷つきました。

 別に夢を見て何が悪いんだよ。まだ現実を見る年齢じゃないんだから、目指したっていいじゃないか。そういう小説だってあったんだから、私だって目指しても罰なんて当たらないじゃないか。

 

「あ、あのイザナミ。私はそこまでアスカのこと知る必要を感じられないというか……」

「それはそれで酷いよ! そこは知ってもいいじゃないか! なんで興味なさそうに言うのよ!」

「だって、先ほどの話を聞いている限り、アスカは今も昔も変わらない気がします。私もイエティの件で本当は誰かのために無茶をする人だってことは知ったので特に必要ないかと」

 

 ……それを言われると、なんかずるい気がする。

 それって、めぐみんが私の事を案じているって期待しちゃうじゃないの。

 

「その通りです。ではまず、アスカさんがどうして女好きになったのかを」

「待て待て待て! 私が無茶をしたエピソードの話をするんじゃなかったの!?」

「アスカちょっと黙ってください! 聞いたからと言ってアスカのこと好きになるわけではないんですが、それは知りたいです!」

「私が好きにならないのは別に言う必要なくね!?」

 

 マズイ。これはマズい! そのエピソードは墓場まで持って行くはずだったのに、ここでめぐみんに暴露されてしまえば、私は立ち直れなくなる!

 というか、マジでその話さえも握っているというのか? 冗談じゃないわよ! 私達のプライベートが女神達に監視されているとか、ずっと窮屈に気にしなければならなくなるじゃない。

 いや、そんな事よりもマジであの話をするの? ほんとそれだけは勘弁してもらいたい!

 絶体絶命の危機だったその時。

 

「この曲者! 出会え出会え! 皆、この屋敷に曲者よーっ!!」

 

 屋敷にアクアの声が響き渡った。

 ありがとう宴会の女神様。

 

「よし、めぐみん行くぞ!」

「ちょっ、あ、アスカ、引っ張んないでくださいよ!」

 

 私はそれを切っ掛けにめぐみんを連れてこの場から颯爽と去ることができた。

 先ほどまでイザナミのお酒の力のせいで逃がしてくれなかったから、アクアの声で取っ払ってくれたことに感謝しなければならないね。

 私はアクアに応えるようにめぐみんを連れて向かう。

 廊下を走ること数秒、アクアは広間にいて、そして小柄な女の子が魔法陣みたいなのに取り押さえられていた。

 

「アスカ、めぐみん見て見て! 私の結界に引っかかって身動き取れない曲者を捕らえたわ。」

「これは女の子? いや、違う。これはサキュバスじゃないですか。なんでこんなところにいるんですか?」

 

 めぐみんはその小柄な女の子を見て、サキュバスがここにいることに疑問を持ち始めた。

 サキュバスは私がイメージするサキュバスのまんまであり、一見、小悪魔のコスプレをした美少女だと見てもおかしくはなかった。

 サキュバスがこんな所にいるってことは、やっぱり…………。

 

「おい、アクア!」

 

 噂をすればなんとやら、カズマもやって来た。

 

「あ、カズマカズマ、見て見て、曲者を捕らえた……って、こっちにも曲者がいた!」

「誰が曲者だ!」

 

 いや、そんなタオル一丁の姿で現れれば誰だって曲者だって言われてもおかしくないわよ。というか、なんでそんなかっこうしているのよ。

 

「取りあえず短剣で刺していい?」

「急にどうしたんだって、何でそこにサキュバスの子が?」

 

 何でって……あの子はカズマが呼んだんじゃないの? 何で知らなそうに言うのよ。

 カズマに違和感を抱いている最中、アクアはウキウキな気分で語り始めた。

 

「すごいでしょ! 実はこの屋敷に強力な結界を張ったのよ。そうしたらこのサキュバスが屋敷に入ろうとしたみたいで、結界に引っかかって動けなっていたのよ! サキュバスは男を襲う淫らな悪魔だから、きっとカズマを狙ってやってきたのね。でも、もう大丈夫よ。カズマの平穏は私が守ったわ」

 

 なるほど、アクアの話を聞かされて合点がいったわ。

 やはりカズマは昼間のサキュバスの店で契約みたいなものをして、今夜実行されるから早く帰って来たんだ。そしてカズマの精気を吸いにサキュバスは訪れたのだが、アクアの結界に引っかかってしまい実行できなくなったんだ。

 つまりカズマがタオル一丁で待ちかまえていたのもサキュバスと関係あるに違いない。

 …………タオル一丁でサキュバスを待ち構えるとか、どういう神経しているんだよ。普通にドン引きするわ。

 

「さあ、観念するのね! サクッと悪魔祓いをしてやるわ」

「なんだかよくわかりませんが、覚悟することですねサキュバス。おとなしく滅するがいい!」

 

 アクアとめぐみんは戦闘態勢に入った。自分は殺されてしまうと嫌でも悟ったサキュバスはヒッと小さく怯えていた。

 これだけ見ればどっちが悪魔なんだか、アクアに至っては女神の気品さも感じられない。

 けど、このまま放って置くわけにはいかないか。私のヒロインとして助けてやりたいけど、今日はイザナミにお説教されたばかりなので今だけは自重しとこう。

 でもやっぱり可愛い子に罪は基本的にないので、どうにか上手く逃がす事にしよう。それで私の好感度が上がるのなら尚更実行するべきだ。

 

「さあって、今からとびっきりの強力な対悪魔用の……カズマ?」

 

 アクアはカズマの様子がおかしいことにあっけに取られていた。

 それもそうだ。カズマがサキュバスの目の前に立ち、手を広げて庇い始めたのだからだ。

 

「ちょっ、ちょっとちょっと! なにやってんの!? その子はカズマの精気を狙って襲いに来た、悪魔なのよ! なに庇おうとしているのよ!」

 

 アクアがカズマに向けて鋭く叫ぶ。

 それでもなお、カズマは動ずることもなく庇うことをやめない。

 

「ねぇ、聞いているのカズマ? それともなに私に刃向かおうって言うわけなの?」

 

 カズマは無言を貫き、庇うことをやめない。

 

「……そう。一体何のつもりなのかは知らないけど、水の女神としてはそこの悪魔を見逃す訳にはいかないのよ。庇うってことは、袋叩きにされても文句は言えないわよ、カズマ!」

 

 水の女神と言うわりにはチンピラの兄ちゃんみたいなことを言っているな。

 

「今のカズマは、そのサキュバスの魅力に操られている!」

 

 そこへネグリジェを着たダクネスが遅れてやってきた。

 

「先ほどからカズマの様子がおかしかったのだ! 夢がどうとか設定がこうとか口走っていたから間違いない!」

 

 一体、カズマとダクネスの間に何があったんだ?

 

「おのれ、サキュバスめ、あんな辱めを……っ! ぶっ殺してやる!」

「本当に何があったの!?」

 

 例えドM発言でドン引きする事はあったけど、汚い言葉を使う事がなければ物騒なことなど一度も言わなかったダクネスがぶっ殺すとか口走るなんて……そうなるまでに何に追い詰められたのよ。

 良く見ればなんか若干涙目になっている。悪霊の件といい、最近カズマとダグネスの間に何が発展していくっていうのよ。

 

「カズマ、一体何をトチ狂ったのですか? 可愛くてもそれは悪魔、モンスターですよ? しっかりしてください! アスカでさえ、手を出そうとしないんですよ。アスカでさえ、倒すべき敵を認識しているんですよ」

 

 私だって本当は庇いたいし、ヒロインにしたいけど、イザナミにお説教されたばかりだから控えているの! というか、そこまで女に飢えているわけじゃないわよ!

 控えている私を比べ、カズマは未だに後を引かない。それどころかファイティングポーズを取り始めた。

 

「どうやら、カズマとはここで本気で決着をつける必要があるわね。いいわ、かかってらっしゃい!」

 

 指をポキポキ鳴らし始める喧嘩腰の女神様。

 ここでカズマをフルボッコにするのかと思った矢先、

 

「アスカさん遅いです! まだ話は……」

 

 イザナミが酔ったままこちらへやって来てしまった。

そしてイザナミはサキュバスの存在に気づき言葉を失った。

 そうなるよね。ここにサキュバスがいるとなると、驚くのは仕方ない。

 

「……アスカさん。どういうことですか?」

 

 …………なんで私の方へ殺意を向け、睨んでいるのですかイザナミ様。

 

「どうしてここにサキュバスがいるのですか? 原因はアスカさんですか?」

「ち、違うわよ! 私じゃなく」

「丁度良かったわ、イザナミ。貴女もこのサキュバスとそれを庇うカズマを袋叩きにするわ。手伝って」

「いいえ」

 

 私が言い切る前にアクアがかぶせてきて、アクアが言い終わる前にイザナミが遮らせた。

 

「そのサキュバスを見逃すわけにはいきません。その悪魔の方から話をお聞きしたいのです。その後、アスカさんを説教しますので邪魔しないでください」

 

 お説教コースが決定した瞬間だった。

 ちょっと待った。なんでお説教されなくちゃいけないのよ。今回私は何も悪いことしていないじゃない。

 これもお酒の力なのか!? お酒の力ってイザナミを暴走される成分が膨らんでいるのか!? 人はそれを酔うって言うから酔っているのか!? 自分でも何を言っているのかわからなくなった。それくらい何故かピンチになっています。

 

「い、イザナミ? どうしたんだ? なんかいつもと様子が違うのだが……いつものように謝らないのか?」

「謝るのはアスカさんですよ」

 

 お酒で豹変したイザナミにダグネスはかなり動揺していた。いや、この場にいる皆がイザナミの変貌っぷりに驚くしかないだろう。

 

「なに言っているのよ! そのサキュバスに話す必要なんてないわよ! いいから早く手伝っ」

 

 ――――その刹那。

 

「ごほっ!?」

 

 イザナミが一瞬でアクアの懐に入り、腹パン。

 

「がっ!?」

 

 すかさず壁に向けて殴り飛ばした。

 その威力は絶大で拳一発でアクアを気絶させたのだ。

 

「「「「アクア!!!!」」」」

 

 私達はアクアの名を叫ぶ。そしてサキュバスを庇っているカズマでさえもその光景に仰天してしまった。

 だって、引っ込み思案で常に自己嫌悪するイザナミが酔っていたとはいえ、アクアを腹パンだけで沈めたのよ。そんなの誰が予想できるんだって話だ。

 

「仕方ないですね……邪魔をするのなら、しばらく眠ってもらいます」

 

 酔っぱらいながら殺意を湧き出し、四次元ポケットのようにどこからか大鎌を取り出した。

 その姿はまさに死神に相当しく、今からでも大鎌で狩りつくす恐怖の象徴を作りだしている。下手な魔王軍の幹部よりも、今のイザナミの方が物凄く怖い。

 そしてそれは、このままバッドエンドになってもおかしない状況に陥っている事を意味している。

 

「お、おい、イザナミは一体どうしたんだ? いつはこう……ごめんなさいとごめんなさいと、ごめんなさいと……」

「ごめんなさいしかないのかよ」

「では、どうして今のイザナミはあんなに怒っているのだ!? あれはまるで死神じゃないか! とてもあんな殺気を纏った女の子ではなかったぞ!」

 

 ダクネス、その例えは鋭いよ。だって本当の死神なんだもん。

 

「もしかしてあれか、昼間のチェスで負けたのがそんなに悔しいのか?」

 

 お酒の力だと思いますよ。

 

「それともカズマの影響か。おのれカズマ、自分もおかしくなったと思ったらイザナミにもおかしくさせるなんて……っ、ぶっ殺してやる!」

「おい待て! イザナミは俺のせいじゃないだろ!」

 

 あ、沈黙を貫いていたカズマがツッコミした。

 正気に戻ったのだろうか? いや、元々おかしかったか。

 ともあれ、こうなったらサキュバスどころじゃない。パンツ一丁のカズマもイザナミを止めなければヤバいと直感しているに違いない。

 

「皆、とりあえずイザナミを止めよう」

「そうですね。今のイザナミを放置するのは不味い気がしますね」

「四人力を合わせれば、なんとかなるだろう」

「隙を作ってくれ。そうすれば俺のスティールであの大鎌を奪ってやる」

 

 未だかつてないほど、これほど結託したことはないだろうか。皆で仲間の暴走を止める。とても熱い手展開じゃないか。

 私達が力を合わせれば、どんな相手だって怖くない。例え相手が仲間であり、死神であっても負けはしない。

 ここにアクアがいないのは残念だ。

 

「行くぞ、お前ら!」

「「「おー!!!」」」

 

 カズマの熱い、熱い、かけ声と共に私達はイザナミを止めるため、一斉に立ち向かった。

 

 

 

 夜が明け、朝がやってくる。

 昨夜のイザナミのありがたいお説教とサキュバス騒動の疲れが残っているものの、私とめぐみんで街中を数時間かけて探索していた。

 

「やっと見つかりましたね」

「こんな隅っこにいるとはね……街から出なくてホッとするよ」

 

 この街の隅っこにある日陰で黒いフードをかぶり、うずくまっている少女に声をかけた。

 

「探したよ、イザナミ」

 

 声をかけると、反応はするものの姿勢を変えることはなかった。

 

「……どうしてこんな迷惑の塊のクズを探すのですか?」

「あんな置き手紙を読んだら探すに決まっているじゃないですか」

 

 めぐみんは置き手紙を取り出した。

 書いてあったのは『しばらく旅に出ます、探さないでください』とシンプルでド定番の置き手紙だった。

 慣れていないおかげで、旅に出ると書いておきながら街から出てないのは幸いだったけど、もうちょっと頑張って遠出しなさいよ。

 

「で、イザナミはなんでこんな置き手紙を書いたんですか?」

 

 めぐみんは呆れながらイザナミに訊ねた。

 

「それは私が昨夜のことといい、悪霊騒動で迷惑をかけたからです」

 

 イザナミはこちらに体を向けず、ジメジメと語り始める

 

「悪霊の件では一人スヤスヤと寝ていた役立たず。そしてアクアさんからお酒をいただいたのにも関わらず、酔った勢いで皆さんを説教した挙げ句、できもしないのにアスカさんがサキュバスを招き入れたのを勘違いしてしまい、皆さんを倒してしまうなんて……私はとんだ愚か者のクズ以下のゴミ虫以下です……」

 

 そう言い終えると、改めて自分自身の罪悪感を抱えてしまい、より一層沈んでしまった。

 できもしないとか余計なお世話だというのは一旦置いといてだ。イザナミの言ったことは事実である。

 悪霊の件ではイザナミだけがあの騒ぎがあったのにも関わらず、何事もなく熟睡していた。

 昨夜の件は、暴走し始めたイザナミを止めるべく、アクアを除いた私達四人で立ち向かおうとしたのだが、これがまたイザナミは物凄く強くて、本気で戦おうとしてもそれを上回る強さで圧倒して返り討ちにされた。

 でもカズマだけはただではやられず、私とめぐみんとダクネスを囮にしているうちにサキュバスを逃がしていたらしい。

 その後は気絶していたから知らないが、起きたらイザナミの置き手紙が置いてあったのでめぐみんと一緒に朝から探していたのだ。

 悪霊の事はともかく、泥酔していたのにも関わらず記憶を保持しているのは予想外だった。私達にとってもイザナミにとっても忘れていたほうが良かったのかもしれないね。でなきゃ、イザナミが変に罪悪感を抱かずに済んだからね。

 仕方ない。説得して旅を出る前の旅を終わらせよう。

 

「……前々からずっと思っていたんですけど、イザナミってめんどくさいですね」

 

 私がイザナミを慰めようとしたら、めぐみんが先にドストレートに言葉をぶつけた。心なしか、イザナミはその言葉に刺さって沈みが増した気がする。

 

「イザナミは謝り過ぎなんですよ! 聞いているこっちが気を遣ってイライラするのでやめてほしいですね!」

 

 今まで溜まっていた鬱憤(うっぷん)があったのか、ここぞとばかりに発言するめぐみん。

 

「……ではどうすればいいのですか?」

 

 恐る恐る訊ねてくるのに対し、めぐみんは仁王立ちで堂々と言い放った。

 

「何度も言う必要はありません。ごめんなさい一言で十分ですよ!」

「でも……」

「でもありません! さあ、早く! ごめんなさいは!」

「ごめんなさい……」

「よろしい! では帰りましょうか!」

「めぐみん力技過ぎるでしょ……」

「イザナミを見ているとゆんゆんと被って苛立ちますね」

 

 ゆんゆんって誰だ? おそらく紅魔族の一人だと思うが……後で詳しく聞こう。

 にしても流石最大火力を誇る爆裂魔法の使い手、見事なごり押しだった。

 でもそれだけではイザナミが立ち直ることはない。イザナミとっては何も解決していないはずだ。一緒に帰るにはイザナミの中にある罪悪感を取り払う必要がある。

 

「そういうことだから帰るわよ、イザナミ」

「役立たずの私が帰っていいはずありませんよ……」

「それは大丈夫だよ。私からすればめぐみんよりも役に立っているから」

「おい、誰が役立たずだ。絶対に私の悪口を言いましたね」

「役立たずとは言ってないじゃない」

「誰かと比べている時点で役立たずと言っているのと同じです! おのれは我が爆裂魔法の何を見てきたのですか! 庇うためとはいえ、一度爆裂魔法を操る者と名乗ったからには私の存在と爆裂魔法の存在が如何に重要なのか見返すべきです! なんなら我が爆裂魔法がどれだけ凄いかをご自身の肌で感じてみてはいかがですか、アスカ!」

「わ、私が悪かったから、胸ぐら掴まないで……っ。ご、ごめんってば」

「フッ、わかればいいのです」

 

 イザナミを励まそうとして、めぐみんを引き合いにしたらキレてしまい、喧嘩を吹っかけられるだけでは済まされない事態に発展しそうになった。一歩遅ければ、私は爆裂魔法に滅されただろう。

 

「えっと、そういうことだから、イザナミは役立たずじゃないから一緒に帰ろうよ!」

「何がそういうことですか……」

 

 呆れながらもイザナミはようやこちらに体を向ける様に立ち上がった。

 罪悪感を通り越してウジウジ考えているのがバカバカしくなっちゃったのかな? なんかそれはそれで複雑な気分だけど、まあいいだろ。

 でもそれだと好感度が上がんないんだよね……。

 

「好感度なんか上がらないと思っているのなら、それは思い込みですよ」

 

 ……君先ほどまで大分落ち込んでいたよね?

 それくらい言える様になったのならどんな形であれ、立ち直ったのは喜ばしい事だとしとこう。

 そもそも昨夜の件は私もめぐみんも気にしていないし、許す許さないとかそういうのはなかった。アクアは恨みを持っていそうだけど、それはこっちでなんとかすれば済まされるだろう。

 

「じゃあ、イザナミ。帰ろう」

「そうですね、ご迷惑かけました」

 

 あ、自分で帰ろうと言ったけど、帰る前に言いたい事があった。

 

「イザナミ。私達が帰る場所はあの屋敷なんだから、旅を出たとしてもちゃんと帰らないと駄目だからね。遠くに行くのは構わないけど、帰って来ない時は必ず見つけ出して連れ戻すからね」

 

 私がどれだけイザナミが好きである事を告げたかった。今回の様に、いきなりいなくなっても私は必ず連れ戻す。それくらいイザナミには遠くに行ってほしくない。

 

 

「アスカさん…………またお得意の思いつきのかっこつけですね」

「無理矢理連れ戻すとか、強引な程にもあります。もっと相手の気持ちを考えたほうがいいですよ」

 

 なんでイザナミは素直な気持ちをかっこつけとか言って呆れちゃうのよ

 なんでめぐみんに上から目線で言われなきゃいけないのよ。私はめぐみんには言われたくない。

 

「ふふっ……アスカさん、言わなければ良かったですね」

「そんな事言っているから、いつまで経ってもハーレム女王になれないんですよ」

 

 でもおかげで二人の笑顔が見られた。

 いや、笑われているのか? めぐみんに至っては完全に煽っている。

 でも、もうそれでもいいや。笑顔が見られただけでも価値は十分。

 イザナミに元気を取り戻して一件落着。

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は装備を整えて冒険者ギルドへ! 街の住人の皆様は直ちに避難してください!』

 

 ……この世界に転生して前々から思ったんだけど。突如訪れる脅威がシャレにならないんですけど!?



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この機動要塞を守るために作戦会議を

「ほら、二人共早く! 屋敷に戻って荷物をまとめて出ますよ!」

 

 街の警報を聞いた途端、めぐみんは急に慌てふためき、私とイザナミを引っ張って屋敷へ帰ろうとしていた。

 

「ちょ、めぐみんちょっと落ち着けないかな?」

「落ち着いてなんかいられませんよ! デストロイヤーがこの街に来るんですよ! だったらもういっそのこと魔王の城にカチコミに行くしかありません!」

「まった、話が飛躍し過ぎ」

 

 いきなりラスボス戦は人生のゲームオーバーにしかならないと私は冷静に思った。

 ……というか、さ。

 

「あ、あのめぐみんさん……」

「声が小さいですよ、イザナミ!」

「ご、ごめんなさい! えっと……失礼だったら、今すぐ川に飛び込んで息を止めます。で、デストロイヤーってなんですか?」

 

 質問する前の前置きはなんなんだよってツッコミを入れたいけど、したら話が逸れそうなので一旦スルーしとく。実際やったら止めるまでの事。

 めぐみんもこれまでのイザナミの付き合いで特にツッコミを入れずに返答してくれた。

 

「前にも言ったじゃないですか、ワシャワシャ動いて全てを蹂躙する奴で子供達に妙に人気のあるやつです」

 

 うん。だからそれを知らないんだって。

 

「ご、ごめんなさい。そんなことも知らずに……失礼します」

「「ちょっと待った!」」

 

 運悪く、石橋を渡る途中でイザナミが川に飛び込もうとしていた。もちろん、私はめぐみんと協力してイザナミを止めさせた。私はイザナミの服を掴みながら詳しくデストロイヤーのことについて訊ねることにした。

 

「めぐみん、私とイザナミはデストロイヤーの事を知っていないの! だから教えてほしいんだけど、デストロイヤーって私達でなんとかできるものなの?」

「まず私達では絶対にどうもできませんね」

 

 めぐみんはきっぱりと事実だけを口にした。

 なんかその発言だけで頑張ればなんとかできるみたいな甘い話ではないのだろうと悟った。

 

「アスカもなんとなく察しているとは思いますが、機動要塞デストロイヤーはとにかくヤバい存在です。」

「まあ、大げさに言っているわけじゃないって事はわかっているけど……具体的に言うと?」

「デストロイヤーが通った後には草なんか残りませんね」

 

 つまりこのままだとこの街は何一つ残されないのね。天災なのかな?

 

「魔王軍の幹部だったベルディアよりも、度胸さえ示せば見逃されるチャンスがあるイエティよりも、冬精に手を出さなければ攻撃もしなければ土下座で許してくれる寛大な冬将軍よりも、無慈悲で恐怖の象徴ともいえるのがデストロイヤーです。これと戦うことは無謀を意味します」

「……死にましょう」

「早まらないの」

「あたっ」

 

 早まろうとするイザナミに軽くチョップする。

 今までのヤバい奴らを上回る存在となると、確かに立ち向かう事は無謀になるし命を落とす行為なのね。名前からして破壊の象徴だし、めぐみんが慌てるのも頷ける。

 

「あ、そうだ。めぐみんの爆裂魔法でなんとかならないの?」

「無理ですね」

「即答かよ」

「仕方がないですよ。デストロイヤーには強力な魔力結界が張られているんです。一撃を与える以前の問題なんですよ。無理に決まっているじゃないですか」

 

 ロマン砲さえも打ち消せるとか打つ手なし。

 

「そういうわけですので、早く逃げましょう。荷物をまとめ、そして魔王の城へ!」

「カチコミに行かなければ、この街を捨てる気もない!」

「……それはデストロイヤーを破壊すれば、街を守った英雄としてモテモテになるためですか? 例えそうなってもアスカがモテモテになることなんてありえないですから、もっとまともなことを考えてから発言してください」

「どうしてそこまで言われなくちゃいけないんだよ!」

 

 てっきり驚くと思っていたら、こいつ何言っているんだと冷たい目で冷淡に指摘された。

 そんなんじゃないもん。そうだったらいいなーって思うけど、そうじゃないんだもん。でもやっぱりモテモテになってハーレム女王への道が近づければいいなーとは……ちょっと思ったよ。

 

「……アスカさんのことですから、皆さんが帰れる場所を守りたいのですよね。それと英雄的な扱いになってモテたいのはめぐみんさんの言う通りです」

「やっぱり……」

「わ、私だって欲望あるよ! モテたい為に街を救おうとして何が悪いって言うのさ! でも、まあ……せっかく屋敷を手に入れたのに、早々と手放すなんてなんかもったいないじゃん? 別の街に移動したらまた馬小屋生活はちょっと遠慮したいじゃん」

 

 それと大家さんのご厚意と善意で住めるようになったんだし、私達の他愛の話を楽しみに聞いてくれているであろう幽霊のアンナに顔向けできないんだよね。私としてはそれくらいだけで十分戦う価値はあると思う。この事は……別に言わなくていいだろう。二人にはモテる為にやるのと、良い風に言っとけば私が戦う理由として十分伝わるでしょう。

 そう思っていたら、イザナミは呆れたように訊ねられた。

  

「アスカさん無茶をする気ですね……」

「モテる為に無茶をする……」

「モテる為に無茶をして何が悪い! めぐみんだって爆裂魔法を極めている様に、私はハーレム女王になるために戦おうしているのよ!」

「ちょっと待ってください、私の爆裂魔法とアスカの妄想話を一緒にしないでください!」

「辛辣!」

「アスカさんの場合だと悪いですよ」

「差別!」

「いえ差別では……まあ、無茶をやるにしてもあんまり心配させないでくださいね」

 

 半分諦めたようにイザナミはため息をついた。

 呆られたけど、止められないのはありがたい。

 

「とりあえず、ギルドに向かおう。私達だけではどうにもならなそうだし、冒険者達が集まられているのなら、そこでデストロイヤーの会議が行らわれるはずでしょ。おそらくカズマも来ているはずだし。うん、そうしよう」

「ちょ、ちょっと待ってください。本気でデストロイヤーを止める気でいるんですか!?」

「なんだ、めぐみんはノリ気じゃないの?」

「あんなのにノリノリでいられるわけがないですよ」

 

 めぐみんにとってはデストロイヤーがどれほど恐ろしい存在なのを知っているから、倒す気なんてサラサラないんでしょうね

 

「めぐみんさん諦めましょう。アスカさんはここを離れる気はありませんよ」

「だったら爆裂魔法をぶっ放して止めます」

「やめろぉ! その爆裂魔法を放つ相手は私でもこの街でもない! ってこら! デストロイヤー来る前に被害出そうとするな!」

 

 やめろって言っているのに杖を構え始めたら詠唱したので慌てて止めさせた。

 

「……わかりましたよ。どうせ成功しても失敗してもアスカは何一つ変わりませんからね」

「そんなのまだわからないじゃない!」

「果たしてカズマはギルドに来るのでしょうか? アクアと真っ先に逃げている気がするのですか……」

「ねぇ、私には希望すら見せてくれないのかい?」

 

 そう言ったら今度は無言でスルーされる。今回の戦いでめぐみんをぜってぇ振り向かせてやるんだから。

 で、カズマはギルドに来るのか疑問に思っている様だけど……。

 

「アクアはともかく、カズマはギルドに来ていると思うよ」

「何故言い切れるのです?」

「なんだかんだでカズマとも付き合いも結構経つんだよね。あいつがとういう人柄をしているのか、この数カ月を得て確信しているわ」

 

 カズマは間違いなくギルドにいる。そして街を守り、デストロイヤーと戦うだろう。

 サキュバスのお店という男にとっては素敵なお店のためにね。

 

 

 ギルドへやってくると、完全武装で馳せ参じている冒険者達が集まっていた。

 逃げずにここに来たって事はデストロイヤーという絶望の象徴から街を守るためにやってきたに違いない。きっとこの街が好きなんだろう。……男性冒険者達が比較的に多い気がするけど。

 その中にはやはりカズマも来ていた。

 

「お前ら朝からどこ行っていたんだよ」

「イザナミを探しに行っていただけだよ。ほら昨夜の件で」

「ああぁ……ん? いや、昨夜何が合った?」

 

 なんでこの男、納得したと思ったらとぼけ始めた?

 そんな疑問を抱く前に突然アクアが詰め寄ってきた。

 

「ねぇねぇ、ちょっと聞いてよ。カズマったらなんか物凄い気合い入っているのよ。まだ一日しか経っていないのに、長く過ごしたとか矛盾なこと言っているし、他になにか理由があるかって聞いても答えてくれないし、ねぇ、アスカは何か知っているの?」

 

 それを聞いた私はカズマが嘘ついていることはわかった。いや、正確に言えばちゃんと言っていないだけか。

 ……とりあえず、予想ついているけど確信はないから知らないフリでもしとこう。

 

「うーん……私にもわからないなー」

「わかんないの? ねぇ、今すぐ逃げた方がいいわよ! こんな無謀な戦いを挑んでも意味ないわよ! 今逃げれば、借金だってなくなるかもしれないのよ!」

 

 いや、領主が生きている限り借金はなくならないと思う。

 私はカズマに近寄って耳元でささやいて確認を取った。

 

「……どうせサキュバスのためでしょ」

「当たり前だろ。この街を守るのに十分な理由だ」

 

 こいつ清々しいほど不純な理由を認めやがったよ。反論したら文句言われそうなくらい、カズマは堂々としていた。

 予想は当たっていただけにこの男には呆れるしかない。でもまぁ……守れるのなら、何だっていいよ。

 それからデストロイヤー対策の会議が始まるまで、カズマ達となんでもない話を繰り返していた。

 

 

「お集りの皆さん、本日は緊急の呼び出しに応えて下さり大変ありがとうございます。ただいまより、対機動要塞デストロイヤー討伐の緊急クエストを行います!」

 

 ギルド内がざわめきは静まり、緊張感が走る。

 

「それではまず、現在の状況を説明させて頂きます! 最初に機動要塞デストロイヤーの説明が必要な方はいますか?」

 

 ギルドの受け付け嬢の言葉に、私は世間知らずなのを恥ずかしがらずに手を挙げる。隣にいるカズマとイザナミも手を挙げる。他にも数名いた。

 

「では説明させて頂きます。機動要塞デストロイヤーは元々、対魔王軍用の兵器として魔道技術大国ノイズで造られた超大型のゴーレムのことです。外見はクモのような形状をしていまして、魔法金属がふんだに使われた小さな城ぐらいの大きさを誇っており、外見に似合わず巨大な八本の脚で馬をも超える速度が出せます」

 

 そのノイズっていう国とんでもない厄介な物造りやがって……なんで人類の敵になっちゃったんだよ。

 

「特筆するのはその巨体と進行速度です。凄まじい速度で動く八本の脚で踏まれてしまえば、大型のモンスターとて挽肉にされ、小さな山はじゃがいものように潰されます。そしてその体にはノイズ国の魔道技術の粋により、強力な魔力結界が張り続けています。これにより、まず魔法攻撃は意味をなしえません」

 

 それはめぐみんが言っていたので知っていた、が……改めて説明されると絶望感がハンパないね。他の冒険者も絶望感を漂わせている。

 でも、これを止めないと街は守れない。

 ……魔法が効かないとなると、やはり物理系が効くのかしら。

 一応訊いてみるか。

 

「すみません、説明途中ですが質問いいですか?」

「はい、どうぞ」

「魔法が聞かなければ物理攻撃しかないんですよね? 投石とかバリスタみたいなもので攻撃は通じますか?」

「攻撃自体はできます。ですが、元が魔法金属性のゴーレムのためかなり頑丈です。おまけに機動要塞の速度もありますし、たとえ当たったとしても止めることはかなり難しいです。更に空から侵入しようとするのなら、自立型の中型ゴーレムが飛来する物体を備えつけの小型バリスタ等で撃ち落とし、なおかつ戦闘用のゴーレムが胴体部分の上に配置されております。ですので、奇襲も無意味だと思っていてください」

 

 思った以上に打つ手ないじゃんか! 

 これだけでも無茶苦茶なのに、デストロイヤーの説明は終わらない。

 

「そしてその機動要塞デストロイヤーがなぜ暴れているのかですが、研究開発を担った責任者が乗っ取ったと言われています。そして現在も機動要塞の中枢部にその研究者がおり、ゴーレムに支持を出しているとか……」

 

 とんだクレイジーな責任者がいるもんだな。

 そいつをどうにかすれば……いや、それまでが無理難題なんだよね。

 

「デストロイヤーと呼ばれている由縁は文字通り破壊尽くす天災だからです。クモのような脚で、この大陸のほとんどが荒らされ、蹂躙されていく……それは土地だけではなく、人類やモンスターさえも同じです。これが接近してきた場合は、街を捨て、通り過ぎるのを待ち、そして再び街を立て直すしか方法が無いに等しいです」

 

 空気が一変して重々しくなった。

 皆どこかで、なんとか頑張れば行けるという小さな希望を抱いていたと思ったはずだ。でも先ほどの説明で押しつぶされたと思う。実際私もその一人だ。

 

「現在、機動要塞デストロイヤーはこの街の北西方面からこちらに向かって真っすぐ進行中です。無理と判断した場合には、街を捨て、全員で逃げることになります。では、ご意見どうぞ!」

 

 どうしろというのだよ、こんな夢も希望もない防衛戦は。

 

「こんな時、ミツルギさんがいてくれたら……」

「ミツルギさん、どこに行ってしまったんだろうか……」

 

 一部の冒険者がミツルギだったらなんとかしてもらえると思っているだろう。

 それに関しては私達のせいでもあるんだけど、私はミツルギを頼る人達に聞いてほしい。

 魔剣グラムのないミツルギが、デストロイヤーを止められると思う?

 いないミツルギの事はいいわよ。私達だけでなんとかするしかない。

 だから疑問に思ったことはとりあえず意見を出そう。それで何かしら解決できる一つや二つが見つかるかもしれないんだ。

 

 

「……他にありませんか?」

 

 数分間、冒険者達が次々と意見を出すも会議は難航していた。

 とりあえず受け付け嬢の説明と、他の冒険者の意見を簡単にまとめてみると……。

 機動要塞デストロイヤーはとにかく速く、とにかく頑丈で、とにかく力強い。とにかく動いているだけで何もかも壊す。

 魔法は効かない。

 物理攻撃はほとんど効かない。

 投石やバリスタの兵器を使っても止めることはできないし、破壊されない。

 空からの奇襲は対策されていて撃ち落とされる。着陸しても戦闘用ゴーレムに待ち伏せされる。

 デストロイヤーを造った国は真っ先に滅んだ。

 防壁を張ってもデストロイヤーが止められなければ、穴を掘って進行を止めようとしても簡単に抜けられる。

 魔王軍はデストロイヤーを止める気はない。

 巨大ロープを更に束ねて脚を引っかけて転倒しようとするも、踏ん張ってすぐさま立ち直られてしまう。

 …………本当にどうしろっていうのよ。

 弱点がどこにもないじゃない。こんな天災兵器を駆け出し冒険者の街に来ちゃ駄目でしょ。

 というか、なんでデストロイヤーを造った国が真っ先に滅んでいるかな? もうちょっと頑張りなさいよ。例えば、暴走した時にデストロイヤーを止める装置とか物体とかさ、もしものために造ってくれてもいいじゃないの。

 …………でも、逆に言えば、挙げたものをどれか解決すればなんとかなるんじゃない?

 いや、できないから今も止める方法を難航しているし、今まで誰も止められないんだよね。

 

「イザナミ、何か案ない?」

「ごめんなさい。何も思い浮かばず、役立たずでごめんなさい。やはり私は役立たずですね……せめて私がバナナ変わりにデストロイヤーの脚を滑らせる役をしますので、許してください」

「デストロイヤーにとっては私達の事なんてバナナ以下のありんこにしかならないから無意味だって」

 

 ちょくちょく話が耳に入ってきているけど、誰もが上手く行くと思う案が一つもなかった。意見だけは飛び合う状況で何も進まない。

 このままでは会議するだけで、この街はデストロイヤーに破壊されてしまう。もしくは何も対策がないまま絶望の防衛線をしなければならない。

 ちくしょう……どうすればいいんだ。せめてめぐみんの爆裂魔法が通れば……。

 

「なあアクア。ウィズの話覚えているか?」

「え? 覚えているわけないじゃない」

 

 横にいたカズマは苦い顔をしたものの話を続けさせた。

 

「ウィズが言っていただろ。アクアの力なら、二、三人ぐらいで維持する結界を破れるって。なら、デストロイヤーの結界も破れるんじゃないのか?」

 

 あ、そうだ、そうだったじゃん! すっかり忘れていたけど、爆裂魔法を通す方法あった! 

 

「ああ、そういえばそんな事も言っていたわね。でも……やってみないとわからないわよ?」

 

 周りの期待が高まる中、アクアはどこか自信のない様子だった。

 珍しいというか……アクアだったら私にドンと任せなさいと胸張って言いそうな気がしたんだけど……試した事ないのかな? それだったら納得はできそう。

 でも、できないとは言っていない。

 私はアクアの気持ちが変わらないうちに頼み込んだ。

 

「アクア。悪いんだけど、やれるだけやってほしいお願い」

「そ、そうね……多分大丈夫、なはず」

 

 よし、後は途中で逃げ出さない様に気をつけるだけだ。

 

「でも結界を破れてもデストロイヤー本体にダメージを与える魔法が……駆け出しばかりのこの街の魔法使いでは火力が足りない……」

 

 喜ぶのも束の間。受け付け嬢が言った通り一つ解決しても、デストロイヤーを止める手段が見つかっていない。

 他の皆もどうすればいいのか再び悩んでしまった。

 だけどご心配なく。結界を破れる方法が見つかった今、私にはデストロイヤーを止める策がある。

 

「そこは大丈夫です。火力なら、うちのパーティーのめぐみんがいますから。だよね、めぐみん」

 

 悩む受け付け譲に言った私は、めぐみんを注目させるように手を使って仕向けた。

 並みの魔法で与えられないのなら、クレーターを作り出す程の火力がある魔法で破壊すればいい。駆け出し冒険者が集う街の中でそれができるのはめぐみんだけだ。

 この街にはめぐみんがいて、爆裂魔法を使える。その事実を知った冒険者の一人が口にした。

 

「そうか、頭のおかしいのがいるじゃないか」

 

 その頭のおかしいという言葉を強調するように、再びギルド内がざわついた。

 

「そうだった。頭のおかしいのがいる!」

「いたなぁ……頭のおかしいのが」

「名前忘れちゃったけど、頭のおかしい子がいるのが覚えている!」

「頭のおかしいのでなんとかなるかもしれない!」

「おい待て! 私の事を言っているなら、その略し方は止めてもらおうか! それと、名前忘れたって言った奴は誰ですか!?」

 

 当然、めぐみんは不名誉なフレーズに憤怒していた。

 完全なる風評被害だよね。ベルディアが頭のおかしい紅魔の娘呼ばわりしたあの日から、冒険者達はめぐみんのことを頭のおかしい奴だと認識する様に定着してしまった。

 

「おい、アスカ! まさかこういうことになるとわかっていて仕向けたんですか!? なんという卑劣な女!」

「めぐみんを怒らせてなんの意味があるんだよ。それより、めぐみんの爆裂魔法で結界を失ったデストロイヤーを破壊してほしいんだけど、できそう?」

 

 そのことを訊ねると、めぐみんは当然のように……とはならず、弱々しく返答した。

 

「えっと、その……わ、我が爆裂魔法でも、流石に一撃では仕留めきれない……と、思われ……る」

 

 本体を破壊する事は流石に難しいか……。

 

「だったら、デストロイヤーの片側の脚だけを狙って破壊してほしい」

「え?」

 

 私の要望にめぐみんは想定していなかったのか、きょとんとしていた。

 それを含めて私はみんなに伝わるように説明をした。

 

「私はアクアが結界を破れる前提で話を進めけど、めぐみんに片側の脚を狙えばなんとかなると思っている。理由は脚が弱点だから」

「弱点? デストロイヤーに弱点があるのですか?」

「えっと……まあ、明確に弱点とは言い難いですがおそらく、脚がデストロイヤーの致命的弱点の一つだと私は考えています」

 

 受け付け嬢の質問に答え、話を進める。

 

「私はデストロイヤーの存在は良く知らないけどが、デストロイヤーの恐ろしい所はほとんどの攻撃が効かず、それらを対処できる弱点が無い所と、機動力。これだけで大地を荒らし、小さな山すらも破壊する兵器であり天災とも恐れられる脅威となっている。だったら話は単純。デストロイヤーの脚を壊せばただの要塞になるはずだから、少なくとも街を踏み潰される心配はないんじゃないかな?」

 

 で、大丈夫だよね? あんまりうまく説明出来なかったけど、機動力を失わせれば後はなんとでもなると思いたい。

 クモの形状をしているのなら、脚はそこまで頑丈じゃないはず、だよね? 脚を破壊されたらホバリングして動く事ないよね? 再び脚が生える事もないよね?

 

「めぐみんには片側の脚を爆裂魔法で破壊してほしい。これなら出来る?」

 

 私はめぐみんに再度訊ねてみた。

 

「そう……ですね……脚だけなら、我が爆裂魔法でもなんとか大丈夫だと…………でも、今回に限っては私もどうなるのかわかないので……なんとも言えないですね」

 

 曖昧な返答だったが、私はそれにどこか納得してしまう。

 やはりどこか自信が失っている。今のめぐみんは不安な気持ちでいっぱいなんだろう。

 私も動く要塞相手に、爆裂魔法で本当に壊せるかどうか全然想像できない。 

 

「それに片側の脚を壊しても、もう片方で動くことはないのか? 相手はあのデストロイヤーだ。何があってもおかしくはない」

 

 一人のおっさんの冒険者の発言に私は片側の脚だけで動くデストロイヤーを想像した。

 ……すごいアンバランスに動きそうだなぁ…………もう片方動いたらどうしようもなくなるね。

 それにめぐみんの爆裂魔法で脚を壊したからといって、止まるとは限らない。例えバランスが崩れていても片脚だけで進んで来る事もなくはない。

 それを踏まえるのなら、片側もぶっ壊して完全に動かない状況を作ったほうが被害は少ないし、街を守る確率も上がる。

  

「そうなると、安全を兼ねてもう一人強力な魔法使いが必要なのか……」

 

 でもこの街は駆け出し冒険者しかいない。めぐみんみたいな一転特化のロマン砲を持つ冒険者なんているのだろうか……。

 そう思った時、タイミング良く扉が開いた。

 

「すみません、遅くなりました……! ウィズ魔道具店の店主です」

 

 中に入ってきたのは実は魔王軍の幹部の一人であり、リッチーであるウィズだった。

 とりあえず急いで来たのか、黒のローブの上に店で使うであろうエプロンをつけている。そのかっこうは炊き出しの手伝いにでも来た女将さんのようだ。

 ウィズに豚汁作ってほしいなぁ……デストロイヤーを止めたらお願いしようかな、なんて。

 しかし、何故ウィズはここに来たのだろうか。いや、本来は魔王軍の幹部という敵である存在が加勢してくれるのはありがたいことなんだけど。

 

「ちょっとあんた、なんでこんなところにいるのよ!」

「え、えっとアクア様。一応私も冒険者の資格を持っているのでお手伝いに……」

 

 タイミング良く、突っかかってきたアクアの問いに答えてくれた。

 すると周りの冒険者は、

 

「貧乏店主さんだ!」

「貧乏店主さんが来たぞ!」

「貧乏店主さん、いつもあの店の夢でお世話になっています!」

「貧乏だけど、店主さんが来た! これで勝てるぞ!」

 

 ウィズに対して熱烈な歓声を上げては歓迎していた。

 不安がっていた冒険者達の表情が和らぐ。戦場に現れた女神として見ているんだろうか、それくらい喜ばしい事なのだろ。

 

「なぁ、アスカ。なんでウィズが来たら急に騒ぎ出したんだ? もしかして俺達以外にもウィズがリッチーであることを知っているのか?」

 

 カズマが周りに聞こえない音量で話しかけてきた。

 

「んー……多分知らないと思うよ。みんなウィズのことを貧乏店主って認識しているっぽい」

「だよな……よくよく考えてみれば、敵であるリッチーを歓迎するのはおかしいしな。というか、なんでみんなして貧乏を強調するんだよ。やめてやれよ、ウィズが可哀想だろ」

 

 めぐみんの頭おかしい認識もそうなんだけど、この街の冒険者って結構失礼な奴多いよね。

 

「ん、なんだお前ら、貧乏店主さんのこと知らないのか?」

 

 私達の会話を聞いていたのか、もしくは歓声を上げていないから知らないと思われたのか、テイラーが話かけてきた。

 

「知らないわけじゃないんだけどね。さっきも自己紹介していたけどさ、ウィズ魔道具店の店主でしょ」

 

 そしてリッチーであり魔王軍の幹部でもある。これは言わないでおこう。

 

「ただ、こんなにも有名だったとは知らなかったのよ」

「そうだったのか。そう言えば、二人共遠いところから来たんだったよな。ウィズさんは元々高名な魔法使いで凄腕のアークウィザードとして名を馳せていたんだ。やがて引退して、しばらく姿を現さなかったんだけど、突然この街に現れて店を出したんだ」

 

 しばらく姿を現さなかったのは、ウィズがリッチーになって魔王軍の幹部になったからかな? それだと辻褄が合う気がする。

 

「それでなんでウィズが貧乏店主なんて呼ばれているんだ?」

 

 今度はカズマがテイラーに訊ねる。

 

「それは駆け出しが多いこの街では、高価なマジックアイテムを必要とする冒険者がいないのが原因だな。首都にでも店を出せば、もう少し需要はあると思うんだが……強敵と戦う訳でもない俺達が、高価な薬や超高額な魔道具を使うことはないからな。あと無駄に高いし。あの魔道具店に要があるとすれば、美人店主さんを見にこっそりと覗くことだけだな」

「いや、買ってやれよ」

 

 カズマのツッコミも私も同意した。

 

「ちなみに、ウィズさんはかなりの美人さんだろ。だからあの店にもかなりお世話になっているんだ」

「へーそのこと絶対に本人に言わないでよ」

 

 この街の冒険者達って、ほんとどうしようもない連中だな。

 でも、魔王軍の幹部であるウィズが味方になってくれるのは心強い。

 私は冒険者達にぺこぺこと謝っているウィズに近寄って声をかけて、デストロイヤーを止める方法を伝えた。

 

「……ということで、この方法でデストロイヤーを止めようと思うんだけど、どうかな?」

「そうですね……うん、私もそれがいいと思います。私も爆裂魔法で脚を壊しますので、後はそれを中心に作戦を組んではいかがでしょう」

「ウィズも爆裂魔法使えるんだ」

「あ、はい……めぐみんさんと違って、そんなに使う事はありませんが……」

 

 そもそもクレーター作る程の魔法を毎日毎日使っている方がおかしいから、あんまり使わない方が普通じゃね?

 改めてめぐみんはロマンを求める女だと再認識したところで私は皆の案をもとに作戦を組み立てた。

 

「では改めて今回の作戦を説明します」

 

 ある程度固まったところで、受け付け嬢の人が作戦を全員に指示を出した。

 

「結界を解除した後、爆裂魔法により脚を破壊。万が一、脚を破壊し尽さなかったら前衛職の冒険者各委員はハンマー等、鉄を破壊できる装備で破壊しそこなった脚を攻撃し、これを破壊。要塞内部にはデストロイヤーを開発した研究者がいると思われますが、この研究者が何かをするとも限りません。ですので、本体突入できる様にロープつきの矢を配備し、アーチャーの方はこれを装備してください。身軽な装備の人達は、要塞への突入準備を整えてください。以上で、説明を終えます。皆さんよろしいですね?」

 

 もうみんな覚悟は出来ている。あとは成功させるのみだ。

 

「やっぱり、遠くへ逃げたほうがいいんじゃないかしら」

 

 あ、一人覚悟できていない女神様がいた。いや、今回の作戦はあんたがいないと何も始まんないんだって。

 

「では、皆さんよろしくお願いします。もし作戦が失敗した場合は街を捨て、全員で逃げることになります。それでは緊急クエスト、開始です!」



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