「美保鎮守府NOW」(第10部) (しろっこ)
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第1話:<ブルネイの朝>

ある日、ブルネイの司令部に一通の指令書が届いた。


「やっぱりアイツか」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第1話:<ブルネイの朝>

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ブルネイの抜けるような青空の下、一通の指令書がこの鎮守府に舞い込んだところから今回の『作戦』は始まった。

 

 軍令部からの指令書を見終わった提督は執務室に居た金剛と大淀、それに龍驤に言った。

 

「来週から本土へ行くことになった。しばらく留守にするが大淀さんを中心によろしく頼むぜ」

 

提督とケッコンしている金剛が言う。

 

「また会議デスか?」

 

「いや、今回は会議じゃない。日本の田舎へ行く」

 

「田舎……それってもしかしてdarlingの里帰りデスか?」

 

彼は「いや」と言いつつ首を振る。そしてデスクの椅子にゆっくりと腰かけると腕を組んだ。

 

「叔父貴……元帥閣下の命令で、去年演習をした例の『美保鎮守府』そのものに視察に行けだとよ」

 

金剛は元帥の名を聞いて腕を組んだ。

 

「フーン、ちょっぴり残念ネ」

 

彼女は提督の故郷に行きたかったらしい。

 

続けて大淀が尋ねる。

 

「どうして『今』なのでしょうか?」

 

「さあなあ……まさか一年近く経ってから相手側の演習の効果を『見ろ』ってことなのかな?」

 

提督は再び指令書の下の部分に目を通した。

 

「それに今回は美保での演習は不要って……どういうことだ?」

 

彼は、なおさら元帥の本意が分からなくなった。

 

「それは私たちが強すぎるから勝負にならないってことでショ?」

 

金剛が目をキラキラさせて言う。

 

「まあな。それにあいつは積極的に戦闘をする性格じゃなかったよな」

 

提督は書類を机に置くと立ち上がって窓の外を見た。今日も良い天気だ。

 

「やれやれ……興味はあるけど微妙に面倒だな」

 

思わず窓を大きく開けて背伸びをする。ブルネイの乾燥した風が執務室に吹き込んできた。

 

「美保って確か中国地方、山陰だったよな。遠いぞ」

 

彼はちょっと困った表情で後頭部に手をやりながら窓の外を見ていた。

 

「でもdarling、嬉しそうダヨ」

 

金剛の突っ込みに提督は振り返ると微笑んだ。

 

「まあな……あの提督と久しぶりに会える。しかも今度はリアルタイムだ」

 

その言葉に二人の艦娘はうなづいた。龍驤はちょっと不思議そうに首を傾げる。

 

「しかし、あいつまだ海軍に居るかな。別のところに配置換えになっているとか、あるいは海軍辞めてたりしてな」

 

少し心配そうな提督に金剛は言う。

 

「darlingがここを辞めてないんだから、絶対ダイジョウブね」

 

「それを言うな」

 

彼は苦笑した。艦娘の司令官なんて、一度やったらやめられない。そんなものだ。龍驤は「そやそや」と言いながら妙に納得していた。

 

 デスクから書類を取った大淀が書類の内容をザッと確認しながら言う。

 

【挿絵表示】

 

「でも軍令部も確認して命令を出すと思いますし、この指令書には『美保司令』と書いてありますから……きっと同じ方ですよね」

 

再びイスに腰をかける提督。

 

「そりゃ敬称じゃないのかな?」

 

その言葉に顔を見合わせる金剛と大淀。そういえば彼女たちも、あの提督のフルネームは知らなかった。

 

「青葉に下調べさせておくかな……彼の近況とか美保の状況とか」

 

提督の言葉に『さすがです』と言いたくなった大淀だった。

 

 

 翌週には軍令部より具体的な日程と、輸送機を廻す行程表が来た。

参加メンバーを提出せよという指示もあったので提督と金剛、それに青葉と……もう一人はどうしようかと考え込んだ。あまり癖の強い艦娘だとややこしくなりそうだ。かといって大人しい子だと視察に耐えられるかな?

 

「やっぱりアイツか」

 

彼は呟くと、名簿に一名追加した。

 

 

 出発当日、軍令部が廻した輸送機が迎えに来た。給油とチェック、さらに必要な物品を積み込んで、提督と随行する艦娘たちは乗り込んだ。

 艦娘たちに見送られて輸送機は滑走路を飛び立つ。今日も好天だ。

 

「darlingと遠出するなんてワクワクするヨ。しかも『公務』だから堂々と行けるしネ」

 

その言葉に青葉は苦笑しながら聞いてきた。

 

「ねえ提督、知ってましたか?」

 

「何?」

 

青葉の言葉に少し振り返る提督。

 

「今回、武蔵さんがすごく行きたがっていたんですよ」

 

彼は指を左右に振ってダメ出しをした。

 

「演習だったら武蔵を連れてくるところだけどな。ただあいつ美保の司令とウマが合っただろう? 任務そっちのけで逆効果になりそうだしな」

 

青葉は苦笑した。確かに武蔵は妙に美保司令を気にかけていたことを思い出した。

 

「しかもリアル武蔵の最後の艦長は美保の司令と同郷だろ? 下手に連れてくると興奮して何をしでかすか分からないゾ」

 

「それでどうして私になるんですか?」

 

今回もう一人連れてきた艦娘が、ちょっと不服そうな顔をしている。彼女は言った。

 

「龍驤も行きたがってたからさ、あの子のほうがよっぽど……」

 

提督は声の主を遮るように振り返って言った。

 

「いや、熟慮した結果だぞ」

 

「そうですか?」

 

彼女はあまり納得していない表情だった。

 

 だが提督はそれで良いと思っていた。ただ付いてくる艦娘よりも多少は反発する子の方が良い。その方が、いろいろ『使える』から。

 

「龍驤はな、留守を護る方が適任だよ。それに今回は戦闘はしない」

 

「ハァ」

 

ため息をついて窓の外を眺めた彼女。

 

(それが不服なのに)

 

彼女は心の中で呟いていた。

 

 




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第2話:<記憶と葛藤>

輸送機がフィリピンを経由することがきっかけで、ひと騒動起きるのだった。



「これが……黙っていられるか!」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第2話:<記憶と葛藤>

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 急に輸送機の無線担当者が何かを受電し機長に報告した。

 

「軍令部より入電! 本機はフィリピンを経由して美保へ向かうようにとの指示です」

 

それを受けた機長が提督に向かって申し訳無さそうに聞いてくる。

 

「提督……上からの指示ですので」

 

提督は直ぐに応えた。

 

「軍令部からか……仕方ないだろう」

 

彼は肩をすくめながら呟くように返答した。

 

 機長はベテランらしく提督の不遜な態度にも「ハッ」と軽く敬礼しつつも同情するような表情だった。

 

 提督は腕を組んだ。軍令部に飛行機までお膳立てしてもらって今さら何も文句は言えないのだが……。それでも少しずつ変更される命令に対して思わず無視したくなる衝動に駆られる自分に苦笑していた。

 

正直、軍部の朝令暮改振りにはいつも辟易していた。

 

『仕方ないよな。制服組の連中には現場の苦労は分からない』

 

内心、そう呟いた。嫁艦である金剛は、そんな夫の感情の動きを察して複雑な想いだった。

 

 やがて機体はフィリピンの領空に入る。艦娘たちが艦隊行動する際にもコソコソと領海ギリギリを航行する場所だ。しかし今日は堂々と行ける。

 金剛がいつになくウキウキしているのを提督は見逃さなかった。

 

『ああ! いつの日か世界の海を自由に航行したいな……』

金剛はそんな想いで一杯だった。

 

それは青葉も同様だった。彼女はカメラを抱えて窓際で準備していた。大した資料にはならないだろうけど、ここぞとばかりに米軍基地を撮りまくってやろう。

 

そして……もう一人の艦娘だけは、大人しかった。いや……むしろ不気味なくらいに静まり返っていた。提督は、金剛や青葉との温度差が気になっていた。

 

「おい、やっぱり『夜戦』が良いのか?」

 

半分からかったつもりだったが冗談が通じなかったようだ。あちゃー、失敗したかな? 彼はちょっと冷や汗が出た。

 

 やがてノイズ交じりに英語で無線が入り始める。機長は英語で応対する。機体はフィリピンの米軍基地へと着陸態勢に入った。

 

「ワクワクしますネ」

「ホント」

 

金剛と青葉は喜んでいる。

 

 そのとき突然、騒ぎが持ち上がった。後ろのほうでバタバタと慌しい動き。

 

「どうした?」

 

提督が振り返ると青葉が『その艦娘』を押さえ込んでいた。

 

「川内が……どうしても『やっつける』とか言って……」

 

提督は困惑した。彼女には、よほど米軍に対して腹に据えかねる思い出……過去があるのだろう。まぁ歴史的にも艦娘にとっての米軍とは深海棲艦に匹敵する『宿敵』だからな。

 

 さすがの青葉もいきり立った川内を止められない。

 

「もうだめ……」

 

そんな青葉と川内の状況を見ながら提督は金剛を振り返った。そして目配せで何かの同意を求めると彼女もまた微笑んでうなづいた。

 

『darlingを信じているからネ』

 

そんな金剛の想いに提督も大きくうなづいた。そこには独特の信頼関係があった。

 

 直ぐに青葉の手を振り切った川内は、いきなり機外へと出ようとした。その行く手を提督が素早く塞いだ。

 

「そこ、どいて!」

 

提督を睨みつける川内。

 

「まあ、落ち着け」

 

もはや普段の彼女ではなかった。

 

「これが……黙っていられるか!」

「言っても……無理か」

 

彼は落ち着き払って言った。川内は強行突破する勢いで提督に突進してきた。彼はスッと

避けるとドアへ向かう川内の足を瞬時に払う。

 

「あっ!」

 

小さく叫んだ彼女は、しかし素早い身のこなしで体勢を立て直した……が、それも束の間、瞬時に提督がもう一度、彼女の腕をつかんで足を払った。

 

「……!」

 

一瞬、獣のような形相をした川内は悔しそうに機内を転がった。

 

 しかし金剛も青葉もさほど驚かなかった。いやそれは川内自身も同様だった。艦娘たちは提督が滅法強いことは知っていたから結局はこうなるだろうと……結末も予想出来ていたのだ。

むしろ本省から派遣された機長や無線手のほうがこの事態には驚いたことだろう。

 

 どこかを打ったのか上体は起こしたが、その場で座り込んだまま腕を押さえている川内。

さすがに脱走する気力は失せたようだが、ようやく我に返ったのだろう。下を向いたまま身体を震わせている。

 

 機長が申し訳無さそうにアナウンスをする。

「着陸態勢に入ります。ベルトをお願いします」

 

半分立ち上がっていた金剛と青葉は直ぐに席に戻った。提督は川内の傍に行くと、しゃがんで彼女の肩に手を掛けて優しく声をかけた。

 

「落ち着け川内。今の米軍は戦う相手じゃない」

「……分かってる」

 

絞り出すような声で応える彼女。

 

「だけど……」

 

後は声にならなかった。泣いているのか?

 

 やれやれ……と思いながら提督は川内を軽く抱き寄せた。彼女はそのまま彼の胸の中に顔をうずめるとすすり泣いた。

 

 そんな川内の姿を見ても誰も軽蔑はしなかった。また普段の勇ましい川内とのギャップを感じる者も居なかった。

艦娘とは一人ひとり抱えているものが違う。時にそれが思わぬ形で表出するのだ。

 

機長もまたホッとしたように言った。

 

「このまま着陸します。提督、注意して着陸しますので、ちょっと踏ん張って下さいね」

「ああ、任せたよ」

 

意外に杓子定規でないベテラン機長で良かった。提督は強く川内を抱き寄せた。ああ、この子も意外に華奢(きゃしゃ)なんだなあ。そんなことを思った。

 

 機体はそのままゆっくりと減速しながら地上へ降りていく。窓の外に米軍基地の景色が流れる。

 

 機長を寄こした軍令部……いや、ひょっとしたら叔父貴が何か口添えしたのかも知れない。提督はニヤッと笑った。『こういう根回しはやはり年の功がモノを言うな』

 

そのとき提督はふと気付いた。

「あれ? 寝ちゃったよ、こいつ……」

 

彼は川内を抱きながら呆れたように言った。こうしていると可愛いのに、いざ戦闘となると豹変するんだよな……まあ、このギャップ感が川内の魅力なんだが。ふと見上げると金剛も微笑んでいた。

 

「まぁ良い。お前もたまにはリラックスしろ」

川内の髪の毛に手をやりながら呟く提督。

 

 艦娘たちは強力な能力と引き換えに、さまざまなものを失った。記憶もその一つだろう。普通の人間ならば遠い記憶を頼りに精神の安定を図る。だが艦娘たちにはそれが出来ない。むしろ予想も付かない記憶が突然噴出して来る事もある。

 

その記憶が良くも悪くも現実生活に影響を及ぼす。だから現実とのすり合わせは支えるべき人間との共同作業が不可欠なのだ。それが分からない指揮官は苦労してブラック鎮守府とか言われる羽目になる。

 

誰か……人間が大きな心で彼女たちを受け止めれば良い。そうすれば艦娘の精神的な不安定さは自然と納まっていくのだ。

 

 提督も艦娘との付き合いは長くなった。その間に、いろいろなことを悟った。彼女たちが抱えるものはあまりにも膨大で重い。浅はかな性格の人間には手に余ることだ。付き合いが長くなるほど、むしろ慎重になる。だからこそオレは艦娘からは離れられない。彼は改めてそう思った。

 

 やがて機体は滑走路に着陸した。機長はブレーキを掛ける。提督はホッとした。

 

「後はワタシがやるネ」

 

立ち上がった金剛がバトンタッチしてくれた。意外と金剛は面倒見が良い。それはケッコンしてから拍車が掛かったような気がする。

 

 寝入った川内を抱きかかえた金剛は呟くように言った。

 

「私も最初はこうだったネ。でもいろんな想いは出し切ることも必要だよネ」

 

「ああ……」

 

 そうだよ。悪い記憶は出してしまって、良い記憶を後から皆で創れば良いんだ。提督は金剛に抱かれた川内を見てそう思うのだった。

 




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第3話:<滑走路で待機>

フィリピンの空軍基地に到着した提督たちだったが滑走路で待たされることになった。



「我々はよそ者だからな」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第3話:<滑走路で待機>

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 機体は無事にフィリピンの空軍基地へ到着した。青葉は輸送機の窓から盛んにシャッターを切っている。

 

提督は思わず声をかけた。

「おい、適当にして置けよ」

 

「分かってますよ。敵に悟られないように用心していますから」

 

青葉は言った。デジカメに変えてから前にも増して枚数を撮るようになった。

 

「青葉も熱心だよネ」

川内を抱いたまま金剛も言う。その間も輸送機は滑走路を走り続ける。

 

「しかし、いつまで走り続けるんだ?」

「そうですね……」

 

撮影の手を休めて青葉が振り返る。

 

「噂には聞いていましたけど、米空軍の基地って敷地の広さとか滑走路の長さが、わが国の空軍や航空隊とは桁が違うって……」

 

そう言いながら彼女は再び窓の外を見た。

 

「自分が体験してみると、やっぱり凄いですね」

「ああ」

 

提督は思わず、こんな国と良く戦ったものだと思った。今は深海棲艦のことがあるから半ば休戦状態になっている。

そもそも、わが国の空軍も米空軍を参考にして後から創設された経緯がある。

 

「そうそう……」

何かを思い出したように青葉が言う。

 

「例の美保提督ですが、彼のお父さんって元空軍の操縦士らしいですよ」

 

「アー」

いきなり金剛が妙な声を出したので提督はビックリした。

 

「何だ? いきなり」

「そういえば美保の金剛も、そんなこと言ってた」

 

「良く覚えているな」

提督は感心した。

 

「ウン、何となく覚えていた」

 

艦娘とはいえ女性の井戸端会議というのは恐ろしいものだ。世間の噂話というのはこういうところから広がるのか……オレも用心だな。提督は首をすくめた。

 

 滑走路は延々と続いている。まだかな……と思っていると機長は盛んに英語で管制塔と交信している。何やらスクランブルとかストップとか言っている。それを聞いた青葉も急に慌ただしい動きを見せている。

 

「……darling」

金剛が言う。

 

「何だ?」

 

「もしかしたら貴重なものが見られるかもよ」

 

そうか……金剛も青葉も英語が分かるんだよな。

直ぐに機長が振り返る。

 

「時間が掛かって申し訳ないのですが……米軍から緊急出動の編隊と戦闘から戻って来る機体が主要滑走路を使うため、管制塔より私たちに30分ほどこの場での待機命令が出ました」

 

提督は肩をすくめた。

 

「仕方ないね。我々はよそ者だからな」

「はあ」

 

機長も無線手も苦笑している。やがて何処からともなく轟音が響いてきた。

 

「あの音は?」

金剛がキョロキョロする。

 

「あれはね……ジェットって奴ですよ」

さすが青葉、良く知っているな。

 

「何? ソレ」

 

金剛は知らないらしい。提督も少しは知っているので説明する。

 

「米軍が誇る主力戦闘機だろう。とにかく速いし運動性能も桁違いだ。前線への行き帰りが交差するとなれば確かにこれは貴重かも知れないぞ」

 

その間にも腹の底から響くような重低音があたりに響き渡る。一体、何機の編隊なのだろうか?

 

 ただ、いくらたまたまだとは言え、かつて戦った我々の前に米軍は主力戦闘機を惜しげもなくさらけ出すつもりだろうか? あるいは意図的に我々に見せ付ける気か?

 

提督が腕組みをして考えていると

 

「darling」

金剛が声をかけてきた。

 

「眉間にシワ寄せるのは、NOだヨ」

指を立てて、ダメ出しをする。

 

「はい、はい」

 

轟音は更に大きくなる。

 

「ひゃー、ゾクゾクする……鳥肌が立ちますねえ」

青葉が言う。実はそれは提督も同じだった。噂には聞くが、やはり半端無い。

 

 まだ米軍が深海棲艦を撃破したという話は聞かない。それでも米軍の兵器の『大きさ』というものを見せ付けられる思いだった。やはり米軍は我々艦娘部隊に対する『誇示』の意味もあるだろう。彼はそう思うのだった。

 

 もし艦娘が居なければ我々はどうなっていただろうか……ふとそんなことを考えてしまった。

 

 




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第4話:<熱さと衝撃波>

フィリピンにある米軍基地に到着した提督たちは、あまりの暑さについ……


「あの、くれぐれも自重を……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第4話:<熱さと衝撃波>

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 ジェットの轟音が響く中で提督はふと思った。我々は敵対はしていないが米軍基地の滑走路のど真ん中に居る。もし今、空から下りて来る戦闘機が我々をストレートに狙ったらどうなるか?

『あっという間に全滅だよな……』そう思うとゾッとした。

 

 まあ軍令部も話を通しているから、それは無いだろう。とはいえ、この状況は何処と無く真綿で首を絞められるような気分だった。

 

 提督が悶々としていると

 

「ねえdarling」

金剛が声をかける。

 

「何だ」

「暑いよね」

 

それは冷や汗か? ……と思って金剛をよく見ると彼女はリアルに汗をかいていた。

 

「あぁ……」

つい言葉が出た。そういえば彼女は川内を抱っこしているし、この機体にはろくな冷房は付いていない。しかも現在フィリピンの滑走路で立ち往生。おまけに夏の真っ盛りだ。こりゃ暑くない方がおかしいよな。

 

「機長!」

提督は叫んだ。

 

「ハッ」

彼は操縦席から振り返る。

 

「どうせ30分くらいここで足止めだろ? ハッチ開けてもイイよな?」

 

「あ……はい! では私がお開けします」

 

「いやいい、ハッチくらい自分で開けられるさ」

そこで提督は立ち上がって先回りをする。

 

「なあ機長、チョッとくらいなら滑走路に下りても良いだろ?」

 

すると何かを悟った機長は苦笑した。

 

「なるべく目立たないように……出来れば管制官から見えない位置で」

 

「オウ!」

 

提督は親指を立てると「確かに暑苦しいな」と言いつつ上着を脱いだ。それを座席に引っ掛けるとハッチに手をかけてハンドルを回す。

 

 ガバッという感じの音と共にハッチが全開する。

 

一瞬、外の明るさで機内の者たちは目が眩んだ。直ぐ目が慣れると、そこには白い滑走路が広がっていた。開放された空間にはブルネイに似た南国の風が吹き渡り、照りつける太陽は燦々と輝いていた。

 

 滑走路は基本的にフラットだが見れば要所要所に位置を示すライトや南国特有の椰子の木が植えられていて、そこそこ風情があった。

 

 ここはフィリピンだが米軍基地特有の自由な雰囲気が漂う。開いたハッチを吹きぬける滑走路の風は乾燥して爽やか……辺りに響くジェットの轟音を除けば。

 

『おおー』

思わず機内の艦娘たちの歓声が上がる。その声で川内も目を開けた。

 

「あ……」

「Oh! 目覚めたね」

 

金剛と目があった川内は、ちょっと恥ずかしそうな顔をした。直ぐに自分の状況を悟ると慌てて金剛から離れた。そしてハッチから半身乗り出していた提督に向かって頭を下げた。

 

「提督……申し訳ありませんでした」

 

彼は半分滑走路に足を出しかけていたが、直ぐに引っ込めて川内を振り返った。

 

「なぁにイイってことよ」

提督は笑った。川内はホッとした。彼は続けて言った。

 

「それより皆で外に出ようぜ! おい、適当に座るものを出せ! あと食い物あったよな?」

 

矢継ぎ早に命令する提督。艦娘たちはキャッキャとはしゃぎながら折り畳みイスや食べ物、飲料などを手にして次々と滑走路に降り立つ。

 

 機長と無線手はただ、目を丸くしていた。それを尻目に滑走路に出た提督たち。狭い機内から広い空間に出た彼らは大きく背伸びをしたり体を伸ばしたりしている。提督は言った。

 

「おい、どこかにサングラスとかタオルとか、あったよな?」

 

こうなってくるとやりたい放題だ。金剛は言うに及ばず青葉も割と『オトナ』だし……川内だってこういう話は分かるハズ。そんなことを思う提督。

 

 ふと気が付けば誰かがアルコールまで持ち出してしていた。それに気づいた機長が目を白黒させている。

 

「あの、くれぐれも自重を……」

「分かってるって!」

 

「大丈夫、ホドホドにするネ」

「アルコールは、やっぱダメですかね?」

 

「おいおい一応は公務中だから……まぁ一本くらいなら許可しよう」

「イェイ!」

 

……だんだん行動が大胆になってくる。

 

「おい、どうせだから誰か、あそこのヤシノミ取って来いよ!」

 

提督は半分冗談だったのだが

「はい!」

 

罪滅ぼしなのか川内が敬礼し即答するや否や30メートルほど先にある椰子の木へと猛ダッシュ! 直ぐにスルスルと上手に登り始めた。

 

「ほぉ」

 

 もはや管制官から隠れるどころじゃ無い。基地の誰が見ても呆れるだろう……でも良いさ。30分も待たせる方が悪いんだ。ブルネイのメンバーはみなそう思っただろう。

 

 見る間に川内は登り切って数個のヤシノミをもぎ取ると地面に落とした。ガスっガスっ……といった感じでゴロゴロ転がるヤシノミ。そしてスルスルと降りて来た川内は、椰子の根元に落ちたヤシノミを小脇に抱えると輸送機へと戻ってきた。

 

「お待たせ!」

「おうおう、ニンジャはさすがだな?」

「えへへ」

 

川内は舌を出して笑った。彼女が元気になったようで良かった。

 

「夜戦もイイが日差しの下のお前さんもグットだな」

 

 彼女が紅くなったように見えたその時、ジェットの轟音が激しくなりチラッと機影が見えたと思ったら提督たちの頭上を4機編隊の戦闘機が一気に通り抜けた。ドカンという衝撃音が後から彼らを包んだ。

 

「Woo! ジェットかぁ、凄い迫力だネ!」

金剛が耳を塞ぎながら叫ぶ。辺り一面に振動とジェット燃料が燃焼する独特の臭いが漂い突風が吹きぬける。提督は手で太陽を遮りながら機影を追う。そして大声で叫ぶ。

 

「青葉! ……あれが分かるか?」

 

言われた彼女も同じように大声で返す。

「えーっとぉ……多分F15ですね。タイプは良く分かりませんが」

 

「ケッ、オレたちの頭上を通り抜けるたぁ、示威行動だよな……ったく」

 

こうなったら、こっちも好きにさせてもらうぞ! 提督がそう思うと妙に腹が据わってきた。

 

「命令だっ!アルコール、もう一本許可する!」

「よっしゃぁ」

 

ノリが良いのは、なぜか青葉。おいおい大丈夫か?

そのときだった。

 

「さ、SAKE?」

女の子の声がした。

 

「はぁ?」

彼らが振り返ると前髪をたらした外人の少女が立っていた。

 

「え?」

 

何で滑走路のど真ん中に? これは蜃気楼か? 全員が目を疑った。

 




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第5話:<POLA>

提督たちは滑走路で意外な出会いを体験する。



「別にぃ……空軍の基地ですから」

 

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 第5話:<POLA>

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 金剛がその少女に近寄った。

 

「お嬢ちゃん、何処から来たの?」

「……」

 

よく見ればその子は日本人ではないようだ。

 

「あ……そっか」

 

金剛は英語に切り替えて話す。

 

『お嬢ちゃん、何処から来たの?』

 

ちょっと金剛を警戒するような感じの少女は基地の建物を指差した。

 

『あっちぃ……』

 

金剛は苦笑した。

 

『あはは……そうかぁ』

 

ここは米軍基地だから一般人が入れるはずが無い。この子はきっと米軍の兵士なのだろう。艦娘にとって兵士の年齢が若いことなど既に眼中に無い。

青葉が飲料を取り出しながら英語で聞く。

 

『お嬢ちゃんもジュース飲む?』

 

するとその子は川内が持っていたビールの缶を指差した。

 

『あれが良いなぁ』

 

その言葉に一瞬、全員が引いた。提督はふと、この子は艦娘ではないだろうか? という直感がした。

 

 その時、遠くではF15が編隊を組んで着陸態勢に入っていた。その音に紛れて米軍の軍用車がいつの間にか近づいていた。機長がハッチから叫んだ。

 

「提督! 軍用車です!」

 

 次の瞬間いきなり輸送機の陰から現れたジープが彼らの目の前で急停車する。直ぐに金髪の女性士官が英語で何かを叫びながら飛び降りてきた。その状況に驚くブルネイの艦娘たち。

 

『貴方たちは何をしているんですか!』

 

 やばい……と提督は思った。まるで悪さをしたガキ大将が学校の先生に見つかったときのような気持ちになった。

 

「いや、その……」

 

提督は日本語でしか反論できない。ただ金髪の女性は明らかに怒っている。米軍の兵士だろうが空軍かな? ただ何となく海軍の香りがする。

 

 さっきの少女も可愛いけど、その女性武官もまた蒼い目の金髪でやたら美人だ。とはいえボディはさほどムチムチしていないのは軍人らしいよな。どちらかといえば、さっきの少女の方が胸は大きい……

 

「あ痛っ!」

 

提督は金剛にお尻をつねられた。

 

「ドコ観察してるんデスか? darling?」

「そりゃ……」

 

目の前に金髪の女性士官が出てきたら、誰だって注目するだろ! だが腕を組んだ金剛の目が据わっていた。

 

『Aha?』

 

これは怖い。金剛は、そのまま振り返ると金髪士官に英語で反撃した。

 

『貴方も30分も待たせたら謝るべきね! 私たちブルネイから……』

 

その言葉を無視して金髪の女性は、さっきの少女を『確保』。金剛が不満そうに何かをゴチャゴチャ言っているのだが彼女は捕まえた少女を叱っていた。

 

『POLA、貴女って人は!』

「ぽーら?」

 

提督は思わず復唱した。それがこの子の名前か?

 

 少女も観念したのか静かになって上目遣いでこちらを見ている。ただ少女はさっきから金剛が気になるらしくチラチラと彼女も交互に見上げている。それを見て金髪女性はチョッと落ち着いたようだ。彼女は提督に言った。

 

「慌ただしくてごめんなさい……一応、私は日本語も喋れますので」

 

サラサラした金髪を軽く掻き分けながら汗を拭う彼女。意外に流暢な日本語だった。

 

しかし金髪女性が日本語って違和感がある。彼女はPOLAという少女を確保したまま自己紹介を始めた。

 

「貴方たちがブルネイから来た日本海軍の部隊の方々ですね。初めまして……私は米国士官のケリーです」

「ケリーさん?」

 

そうか、事前に情報が行っていたのか。

 

「オレがブルネイの提督だが……まあ、この状況については謝る。神聖な滑走路を汚したようなもんだからな」

 

すると彼女は意外にも微笑んだ。笑顔になると急に子供っぽい表情になる。

 

「別にぃ……空軍の基地ですから気にしません。私は米海軍所属です。この子はPOLA。そちらの皆さんと同じ艦娘です」

 

『え?』という表情の金剛たち。だが提督はなるほど……と思った。

 

青葉が口を挟む。

 

「POLAって……アメリカの艦船でしたっけ?」

 

ケリーは青葉を見た。

 

「もともと違いますけど……いろいろ事情がありまして今は私が面倒を見ています」

「なるほど……」

 

彼女は、ため息をついて続けた。

 

「取りあえずここは片付けて下さい。あの機体が出撃したら事務所へ行きましょう」

 

彼女の視線の先を見ると既に先のF15、4機編機隊は着陸を終えていた。そして滑走路では轟音を立てながら次の出撃部隊が離陸体勢に入っていた。

 

 やがて新たな部隊は後部からバーナーを煌めかせながら加速して次々と離陸して行った。それを見た青葉が感心しながら言う。

 

「凄いなあ……あれはF16ですね」

「そんなに凄いのか?」

 

青葉は少し考えた。

 

「最新ってほどでもありませんけど、さっきのF15よりは強いみたいです。しかもコンパクトでリーズナブルだとか」

 

提督は腕を組んだ。

 

「フーン……しかしジェット戦闘機なんて今のオレたちにゃ縁がないな」

「艦娘サイズであれが扱えたら良いんですけどね。多分、今の艦娘では対応しきれないでしょうね」

 

青葉は詳しそうだった。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第6話:<基地本部>

提督たちは、米海軍所属の艦娘と女性武官、それに士官たちと出会う。


「darlingのイジワル……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第6話:<基地本部>

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 F16の出撃を興味深く見送る提督と艦娘たちにケリーは言った。

 

「提督と秘書艦の方は先にジープでご案内します。他の方は管制官の指示に従って輸送機で引き続き滑走路を移動してください」

 

POLAの手を取ってジープへ向かう彼女を見ながら提督はしげしげと金剛を振り返って呟いた。

 

「秘書艦……みたいなものか? お前は」

「ナニ? その表情は」

 

美人を目の前にしているからだろうか? 金剛は極めて機嫌が悪い。提督は言い訳っぽく言った。

 

「いや、オレがこのまま彼女と行けばだな、ここの司令たちと話をすることになるだろ? そうなるとムズカシイ話が出るが果たしてお前はどうするかなぁ…… ってな。分かるか?」

 

一瞬ハッとしたが、直ぐに悔しそうな顔をした金剛。やがて観念したように言った。

 

「darlingのイジワル……イイヨ、青葉に行かせて」

 

その台詞を聞いて自分を指差しながら『え? なんで私?』 ……みたいな表情をする青葉。良いんだよ、お前で!

 

 まぁ、こいつだって缶ビール3本は開けているからな。ちょっとヤバイんだけど。それでも英語力と軍事や世界情勢など世情に長けている点を買って秘書艦の振りをしてもらおう。それに……提督は思った。

 

『あのPOLAがやたらと金剛を意識しているのが気になるんだ』

 

 提督と青葉がジープに乗り込む。ケリーはサングラスをかけていた。金髪にグラサン……ゾクゾクするほど似合うな。

 

「飛ばしますからベルトは締めて下さいね」

 

言うが早いか彼女はアクセルをベタ踏みした。何も無いフラットな滑走路を猛スピードで走り出すジープ。

 

「結構、ひっきりなしに離着陸がありますからね。本来滑走路の横断は危ないんです」

 

要するに滑走路は軍用車で走るべき場所ではないのだろう。気がつくと時速は120キロを越えている。それはまた海を往く海軍の人間にも慣れない体験であったため事務所に到着する頃には青葉は恐怖で顔面蒼白になっていた。

 

 しかし提督はPOLAを見ながら、この艦娘はよくそんな危ない滑走路をウロチョロしていたものだよなと思っていた。ひょっとしたらそういう方面の特殊能力があるのか? あるいは単なる呑兵衛か?

 

 ジープが基地本部の建物に到着すると、早速空軍基地の司令部に通された。そこには基地司令とフィリピン海域の作戦司令長官がいた。彼らはいずれもアメリカ人。それに白髪バーコードのフィリピン人の海軍元帥も同席していた。簡単な挨拶の後、コーヒーが出され、ざっくばらんに会話が始まる。

 

 提督はまずは滑走路での非礼を詫びた。だが指揮官たちは意外に笑っていた。彼らは酒盛よりも艦娘の存在自体に興味があるようだ。

 

『何しろあの戦闘機でも太刀打ちできない敵に、艦娘は単独でも対峙できるわけですから……それを束ねる日本海軍は素晴らしい』

 

べた褒めである。青葉が逐次、翻訳してくれるので助かる。もしここに金剛が居てもこんな軍事用語が多発される会話では直ぐに頓挫しただろう。

 

『ご存知のように世界各地で艦娘が出現しています。しかし一番密度が高いのは日本海軍です。艦娘の運用ノウハウなど我々が学ぶべきことは多い。今回、日本海軍に無理を言って我々の艦娘を同行させるのもいろいろな意義があることをご理解下さい』

 

高級将校たちであるから比較的キレイな英語だということは分かる。ただ英会話のヒヤリングテストを受けている気分だ。半分眠くなってきた。たまに気を利かせて青葉が小突いてくれるから助かる。

 

 断片的に『艦娘』とか入るから要するに我々のやり方を研究したいのだということは分かった。最後に白髪のフィリピン海軍元帥が口を開いた。バスの効いた声だ。彼は一通の書簡を机の上に出した。

 

『山陰の美保鎮守府司令への信書を託したい。私からは以上だ』

「ハッ」

 

 そのたったひと言で元帥の艦娘に対する期待と同時に美保鎮守府司令への信頼を感じることが出来た。口数は少ないが、うちの元帥とはまた違った重みのある人物だなと提督は思った。

 

彼がそれ以上に不思議に思ったのは、あの美保司令がなぜ、ここまで米軍の信頼を受けているのか? という点だった。

 

 そもそも帝国海軍は明確な敵対はせずとも米軍と、さほど仲が良い訳でもない。提督の疑問を察したのか青葉が英語で何かを質問する。直ぐに司令が説明をして青葉が何度かうなづいていた。

 

 やがて青葉は提督を見て説明した。

 

「美保司令は過去……自分の時代に戻ったときの防衛戦がきっかけで当時のブルネイ海軍だけでなくフィリピンや米海軍とも懇意になったそうです」

 

「なるほど、それが継続していると?」

 

すると対面の司令官が何かを付け加えたようだ。青葉は応対する。

 

「今では美保鎮守府が日本帝国海軍と米海軍との『出島』になっていると」

 

提督は笑った。

 

「へえ、出島ねえ……」

 

 するとジョークが通じたと思ったのか米国の司令たちも笑顔になった。それまで硬かった場が急に和んだ。

 

 時計を見た司令が長官に何かを言い、彼らが元帥に確認を求めた。元帥がうなづくと長官が青葉に説明をした。彼女は通訳をする。

 

「そろそろ出発の時間です。機長に確認をして必要な燃料の補給と追加の乗員分の食料などは既に積み込んだそうです」

 

 次に司令が何かを言う。ケリーとPOLAという単語は分かった。

 

「同行するケリーとPOLAを呼びます」

 

ドアをノックして彼女たちが部屋に入ってきた。美人勢ぞろいだな。改めてこの場に金剛が居なくてよかったと提督は思うのだった。

 




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第7話:<グットラック!>

提督たちは新たなメンバーを加えてフィリピンの空軍基地を出発する。


 

「フィリピンの男性ってさぁ意外と優しい……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第7話:<グットラック!>

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司令たちも立ち上がる。

 

『ではPOLAのこと、よろしくお願いします』

 

その場に居る全員が敬礼をした。順次、司令室を退出して廊下を歩き出す。

 

 米軍士官の後を歩きながら提督は考えた。

泊地や鎮守府にいると艦娘だらけで男子は圧倒的に少ない。いわゆるハーレム状態だ。しかし一般の軍隊、特に海外の部隊と交流すると突然、野郎の割合が増える。

海外の軍隊に艦娘が増えていけば、いずれ世界の軍隊は女性が牛耳るようになるのだろうか? それは男子にとって吉なのか? 凶なのか? わかんねぇな。

 

 やがて建物から外の滑走路へ出た。日差しが眩しい。米軍司令が自ら案内をする。

 

『向こうの格納庫前に、輸送機があります。そちらまでどうぞ』

 

米軍にしては腰の低い士官だなと提督は感じた。もちろん世間では高飛車な指揮官も少なくない……ただ驚いたのはフィリピンの元帥閣下までが自ら見送りに出て来ていることだった。さすがにこれには提督も少々恐縮した。

 

「おい青葉」

「はい?」

 

日本語だから誰にも分からないだろうが提督は声を潜めて言った。

 

「まさかあの元帥閣下も自らオレたちを見送りかい? ちょっと誰かに状況を聞けないか?」

 

すると提督の後ろを歩いていたケリーが日本語で言う。

 

「大丈夫ですよ! あの元帥、強面(こわもて)だけど意外と優しいンだから」

 

この金髪ケリーの口調って顔(美貌)とのギャップがあまりにも大きいから拍子抜けするンだよなと彼は思った。しかも変な日本語で……誰に習ったんだ?

 

 提督は苦笑しながら振り返る。

 

「そっか。オレにゃあまりにも分不相応なもンでな。ちょいと恐縮しちまうンで」

 

彼は意図的に砕けた言い方をしてみた。すると彼女も応える。

 

「それ分かる分かるぅ。でもフィリピンの男性ってさぁ意外と優しい……」

 

そこまで言ってなぜかケリーは口をつぐんだ。

 

『どしたの?』

 

POLAがケリーを心配して何か聞いている。

 

『うん、何でもない。大丈夫だよPOLA……フフフ』

 

まあ、いろいろあるんだろ? そう思った提督はそれ以上は突っ込まなかった。

 

 輸送機の前で機長が敬礼している。

 

「燃料補給と点検、すべて完了いたしました。いつでも出発できます」

「よし、そンじゃ出発だな」

 

提督と青葉、それに今回からケリーとPOLAが乗り込む。全員が着席したところで機長が残りのエンジンも始動させる。気のせいかエンジンの音が良い。操縦席のそばに座っていた川内が聞く。

 

「ねえ機長、エンジンの音が違うよね」

 

彼はうなづいた。

 

「米軍の整備兵が総出で簡易メンテをしてくれましてね」

「へえ、それだけでもやっぱ違うんだ」

 

それを聞いた提督も感心した。

 

「どうしたのdarling?」

 

金剛が聞いてくる。

 

「いや、米軍も捨てたもンじゃないな……ってナ」

「フーン」

「捨てられちゃ困るわよ」

 

いきなりケリーが日本語で割り込んだので金剛が驚いている。ケリーは金剛を見ると英語で追い討ちをかけた。

 

『私のネイティブは米国英語よ。でも日本語もいけるわ』

『そぉ、ケリーは出来るオンナなンだからぁ』

 

POLAも英語で加勢する。当然、提督や青葉には良く分からない。まあイングリッシュだのジャパニーズだの言っていることは分かるが。

 

「ねぇ、見て!」

 

川内が窓の外を指差す。格納庫の前で敬礼をする士官たちと元帥、それに整備兵やパイロットたちが帽子を振っている。

 

 それはちょっとした感動的な光景だった。

 

「ホラ捨てたもンじゃないでしょ?」

 

ケリーはウインクをしながら提督に言う。

 

「違えねぇな」

 

そう言いながらも、彼は機内から敬礼をした。それに習って艦娘たちも一斉に敬礼をする。それは良い旅立ちの瞬間だった。

 

 

 




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第8話:<黄昏の灯火>

本土に到着した輸送機は、時間調整を行うことになった。


「オレぁ別に、何も考えてないぞ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第8話:<黄昏の灯火>

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 やがて輸送機は水平飛行になり、機長からベルト解除の許可が出る。

 

金剛とPOLAとケリーは英語でぺちゃくちゃ話が弾んでいる。やめてくれ、その流暢な英語のシャワー……アタマ痛くなる!

 

 提督は辟易しながら思っていたのだが、妻でもある金剛が意外に楽しそうにしている姿を見ていたら『夫』としては受け入れざるを得ないだろうな……と思った。

 

 彼は窓の外を見た。白い雲と遥か下のほうに海面が見える。

海も良いが空も良いと彼は改めて感じた。神の視点に例えるのは大げさだけど、こういう場所に居ると普段、狭い地表に必死に張り付いたオレたち人間は、一体何をやっているンだ? と思う。

 

互いに自分勝手な意見をぶつけ合って一歩も引かない。それが結局戦争へと繋がっていくンだ。

 

ぶっちゃけ、今は深海棲艦が目くらましになっているだけで、本質は人と人のぶつかり合いだろう?

非日常的な空間にわが身を置いてみると、そんな単純な構図がつい見えてしまう。

 

「はあ」

 

思わずため息をついた。金剛はチラッと心配そうな眼差しを向けた。

 

 ちょっとばかり高尚なことを考えたせいだろうか? 或いは米軍の司令官たちと出会って緊張したのか。いつしか提督は寝入ってしまった。

 

 ハッと気がつくと座席で寝ている自分に気づいた。

 

「起きたね、darling?」

「はぁ……」

 

 寝ぼけ眼で機内を見回す。機内は妙に薄暗い。

 

「……ここは?」

「えっとね……」

「知覧ですよ」

 

向こうの席で本に目を落としていた青葉が答えた。あれ? ……いつの間にか本土に着いていたのか。そういえば機体も飛んでいないようだ。

 

「機長はネ、今、陸軍の航空隊の司令部に手続きに行っているヨ」

「ええ? 陸軍で手続き?どういうことだ?」

「えっとネ……」

 

 その時ハッチが開いて機長が戻ってきた。彼は提督が目覚めたのに気付き軽く敬礼をすると説明した。

 

「報告します。既に夕刻となりまして、このまま美保を目指しても良かったのですが、軍令部より『無理はしないように』との指示がありました。そこで陸軍ではありますが知覧航空隊への着陸許可を頂きまして、今宵はここで休むことになりました」

 

提督は聞いた。

 

「休むのはここ……機内か?」

「いえ、陸軍航空隊の宿舎の使用許可も下りています」

 

フッと、ウチの元帥ジイサンを連想した……まさかね。しかし陸軍たぁ穏やかで無いが……提督は心配だった。機長は説明を続ける。

 

「19:00より食事の準備。その後、折を見て宿舎の案内があると聞いております」

「分かった。ありがとう」

 

提督と機長は軽く敬礼をした。

 

「オレたちも、ちょっと外に出るか……」

「ウン」

 

彼は上着を脱ぐと金剛と一緒に機外へ出た。

 

 初夏の夕方……そこは航空隊らしく開けた場所だった。周りには多少、訓練生や教官が居てチラチラとこちらを見ている。

 

無理も無い。どういう情報が流れているか知らないけれど、いきなり降りて来た海軍の輸送機から出てくるのが美人ばかりでは陸軍の若い訓練生も驚くだろう。

 

しかも艦娘は鎮守府以外では、なかなかお目にかかる機会も少ない。

 

「お……」

 

 提督は向こうに夕日を浴びた金髪の女性を認めた。ケリーだ。日本の風景の中では金髪の女性は目立つ。しかも彼女は美人でスリムだ。

ケリーはPOLAと散策しているが、その近くに川内がいて、二人に辺りの自然や景色を説明しているようだった。

 

金剛が聞く。

 

「川内って英語大丈夫なんデスか?」

「え? 何言ってンだお前、ケリーは日本語も喋れるんだぞ」

「あ、そっか……」

 

提督たちが近づくと川内が気づいて軽く敬礼した。

 

「日本は湿気が多くてケリーも大変だろう?」

「そうでもないみたいだよ」

 

見れば川内もケリーも、皆、上着を脱いでラフな格好をしていた。やっぱりPOLAは胸がデカい……

 

「痛ってぇ」

「darling……」

 

 チクショウ金剛のやつ、胸元見るくらいでイチイチ……

 

するとケリーとPOLAが笑っていた。提督も苦笑したが、ケリーはやや低いトーンで言った。

 

「艦娘の部隊はいろいろあるけど……ブルネイは良さそうな感じだね」

「そうか?」

 

そう言って貰えると正直嬉しいものだと提督は思った。ケリーは続ける。

 

「知り合いが言ってたんだ。艦娘部隊は新しい軍隊の形だと。最初、私がこの子を担当したとき、それが分からなかったけど……今はチョッと分かる気がする。ブルネイにはきっと、それが在るんだ」

「オレぁ別に、何も考えてないぞ」

 

彼は思わずそう言った。ブルネイは構えるんじゃなくて自然体だと彼は思っているから。でもケリーはPOLAを見ながら微笑んだ。

 

「聞くのと実際に体験するのでは違う。世界には、まだ艦娘の部隊が少ないし……ブルネイと、そして美保と、いろいろ吸収したいんだ」

 

 POLAは野花に興味を持ってしゃがんでいる。それらを指差して英語のまま川内に何かを聞いている。川内も日本語で応えているのだが、何となくニュアンスはお互いに伝わっているようだった。

 

その姿を見ながらケリーは続ける。

 

「時代が違えば私もこの子も全く違う人生を歩んでいた……ううん、そもそも私たちの出会いも無かったでしょうね」

 

夕日を浴びながら彼女は、何処となく寂しそうな表情をした。

 

ケリー、お前さんもいろいろあったンだろうな。提督は改めてそう思った。それを見ていた金剛は提督の腕を取ると改めてギュっと握るのだった。

 

 




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第9話:<陸軍訓練生>(改)

知覧の陸軍教育隊に思わず質問攻めに会う艦娘と武官。それはお互い得難い体験となった。


「こちらが教えられました」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第9話:<陸軍訓練生>(改)

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 19:00からの夕食の時間も艦娘は注目の的だった。そもそもコスチュームが軍人離れしている。そのうえ標準形で既に肌の露出も多いデザインだ。太ももとか……。

 

おまけに彼女たちはスタイル抜群で美人ぞろい……それでいて滅法強い。絶対にこれは軍隊としては常識外れの異常なことだ(笑)

 

 知覧の陸軍司令が気を利かせて食事時間をズラしたのだがほとんど無意味。廊下といわず食堂の窓まで若い訓練生で鈴なり。おまけに今回は米海軍のケリーにPOLAまで同行している。もはや食堂全体が見世物小屋状態になっていた。

 

 だが陸軍ながら司令は意外に、ざっくばらんな人らしく若い隊員と艦娘が触れ合いの場を持つこと自体は制限しなかった。もちろん訓練生だって礼儀はわきまえているから、むやみに艦娘にタッチすることは皆無だ。これは我が国の軍部の伝統みたいなもので特に問題は起きなかった。

 

 それでも好奇心の旺盛な訓練生たちは艦娘やケリーにあれこれ質問をする。彼女たちも嫌がることなく上手に答えるのだが、ちょっと専門的な質問になると結局『青葉かケリーにお願い』的な状態になる。

 

 この様子を腕を組んで見ていた陸軍司令は提督に声をかけた。

 

「提督は艦娘を相手に、ご苦労なさることも多いでしょう?」

「いや……オレ的には楽しいが。それより司令、良いのか? 陸軍の訓練生にこんな状態で?」

 

陸軍司令は少し緩やかな表情になった。

 

「艦娘の登場で海軍では以前より若者の死亡率が激減したと聞いてます。我が陸軍も、いつまでも海軍ばかりに任せてはいられません。むやみに反発するのではなく、学ぶべきことは謙虚に受け入れるべきでしょう?」

 

「ああ」

 

「今後、必ず陸軍も必要になる時代が来る。その為には常に備えるべきでしょう? ここにいる彼らも立派な兵士です。戦場へ出る以上は決死の覚悟が必要ですが。せめて訓練期間中だけでも、いろいろ体験させてやりたいと思いましてね」

 

「なるほど……親心みたいなもンかな?」

 

提督が言うと司令は笑った。

 

「そんなところですな。彼ら若いですが意外としっかりしていますよ。今は陸軍も入隊には厳しい選考がありますから部隊に入るほうが難しい。そんな関門を潜り抜けた彼らは一種のエリートです。だからこそより良い教育を施したいのです」

 

「なるほど……いや、あいつらで教育の足しになりゃぁ良いんだが」

 

陸軍司令は提督を見詰めた。

 

「ご謙遜を……艦娘たちは全員が実戦経験者でしょ? 世間知らずな訓練生と比べたら雲泥の差ですよ。死線を潜り抜けた者の言葉は重い。それに……」

 

陸軍司令は青葉とケリーを見た。

 

「あの二人はそのまま教官にだってなれるレベルの知識ですから」

「あぁ……まあね」

 

陸軍司令はもう一方の金剛を見るとチョッと笑った。

 

「あちらの方は言葉は足りませんが、熱意は凄いですな」

 

 提督は踊るように激しく体験談を語っている金剛に『あれは妻です』とも言い難く、ただ苦笑するばかりだった。瞬時に艦娘たちの素養を見抜くとはさすが指揮官である。

 

 陸軍司令は急に真剣な表情になった。

 

「これは貴重な体験です。陸軍の訓練生が海軍の艦娘から直接話を聞ける……むしろこちらが、この機会を設けてくださった皆様に、お礼を言いたいくらいです」

 

「いや……そうか」

 

 陸軍司令の話を聞いて提督は逆に恐縮した。また教育ということについて教えられる心地だった。確かに机上の空論よりも実体験に基づく説明の方が説得力がある。教育としては最高だろう。

 

 ふと視線を移すとPOLAは英語オンリーなので手持ち無沙汰だ。川内が相手をして二人で隅の方で食事を続けていた。今日半日で、お互い片言なら意思の疎通が出来るレベルになったようだ。

 

今日、軍令部の指示でここに降りたというのも……やっぱり背後で何かの策があったのだろうか? 仮にそうだったとしても結果的に我が国の軍部の資質向上に寄与できるならば、いち指揮官としては本望だと提督は思った。

 

 そのうち20:00になり訓練生たちの食事と自由時間は終わりとなった。彼らは自主的に自室等へと戻っていく。陸軍司令も会議があるのでと挨拶をして退出する。

 

後に残された艦娘、特に青葉とケリーはかなりへたばっていた。提督は二人の間に入って言った。

 

「ご苦労だった。疲れただろう?」

 

だが意外な言葉が青葉から返ってきた。

 

「いやぁ提督、そりゃ多少は疲れたけど案外楽しかったですよ」

 

ケリーも言う。

 

「そうね……何ていうのかな? 前向きな好奇心のカタマリ……ただ単に自分の知識欲を満たすだけじゃなくて国防という崇高な意識に基づいて繰り出される質問。答えるこちらが襟を正される思いだったわね」

 

提督は驚いた。

 

「へえ、そんなもンか?」

 

ケリーは食事を終えて近くに寄って来たPOLAの髪を撫でながら言った。

 

「ここは教育隊でしょ? 先生や先輩から必死に何かを受けようとする若者の意欲。そうね……まさに日本帝国の若者の基礎力を感じたわね」

 

青葉も続けた。

 

「今日は『たまたま』立ち寄ったけど……こういった教育隊で私も刺激がありました。あれこれ質問されて、こちらが教えられました心地です」

 

珍しく青葉が神妙にしている。

 

「それじゃ、まぁ良かったってことかな?」

『はい……』

 

青葉とケリーは不特定多数を相手して、ちょっと何かが抜けた雰囲気だ。かといって激しく疲れた様子でもない。不思議な充実感だな。

 

「darling、腹減った」

 

金剛が口をへの字にして提督の腕を引っ張りながら言う。

 

「あ、そうか。お前たちは食事返上で相手していたのか」

 

金剛は呟くようにいった。

 

「たまにはdarlingの手料理食べたいナ」

 

その言葉に、その場に居た青葉や川内もしきりにうなづいていた。

 

「食わしてやりたいのはヤマヤマだけどな。出先でいきなりってのはちょっとな……おまけにここは陸軍の部隊だ。下手なことは出来ん」

 

すると金剛は素直に微笑んだ。

 

「分かっているよdarling……言って見ただけ」

 

可愛い奴め。

 

「あ、食べ損ねた皆さんのお食事、ご準備しますよ」

 

厨房から陸軍の料理長が声を掛けてくれた。思わず安堵する艦娘たちだった。

 

 




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第10話:<宿所へ>

陸軍の担当官の案内で宿所へ入る提督と艦娘たち。しかし平穏無事には終わらない。


「……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第10話:<宿所へ>

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 艦娘たちが夕食を終えた頃を見計らったように庶務課の女性職員が来て提督たちに敬礼をした。

 

「今夜の宿所についてご案内します。完全消灯は22:00ですが皆さんは来賓扱いですので過剰に光や音を出さなければ特にこれに従うことはございません」

 

それを聞いて少し安堵したような艦娘たち……そういえばブルネイは訓練生以外は、そこまでギチギチでなかったな。

 

「提督は専用の来賓室、他の皆さんは申し訳ないのですが女性隊員用の宿舎に寝具を運びましたので、そちらでお休み下さい。場所は追ってご案内いたします」

 

「質問ぉん」

 

いきなり金剛が手を上げる。

 

「どうぞ」

「テートクの妻ですけど同室はできませンか?」

 

いきなりそこを聞くかと提督は思った。当然女性職員は驚いている。金剛の気持ちは分かるが、ここは通常の部隊でありしかも陸軍だ。自重しろよ。

 

「えっと……」

 

女性職員は返答に窮している。提督が何かを言いかけたとき金剛は言った。

 

「あ、別に良いデス。私も他のみんなと一緒に寝るから」

 

てっきり金剛は駄々をこねるかと思った提督は少し意外だった。

 

「……って、良いのか? お前は」

 

思わず聞いてしまった。

 

「ウン、お互い急だったもンね」

「ああ、まぁそうだよな」

 

二人の間には妙に乾燥した笑いが起こった。

 

 金剛だって一応、戦艦だから、このくらいの配慮は出来て当然なのだろうけど。ケッコンしてからコイツも少しずつ成長しているのだろうな。提督はそう思った。だがその時、金剛が少しニタニタしているのを彼は見逃した。

 

「陸軍の航空隊にも女性が居るんだね」

 

川内が何となく言う。青葉が受ける。

 

「でも最近はどの軍も艦娘でなくても、一般の女性隊員の比率は上がっていますよ」

 

すると女性職員がうなづいた。

 

「はい。10年以上前から陸軍でも女性の入隊希望者は増えていますから、ここでも割合が増えています。でも訓練メニューは女性だからと言って男女の区別はありません」

 

なぜか急に誇らしい表情になった職員。そこは陸軍も主張したいポイントだろう。

 

「でも身体は女性ですから、宿所は完全に分かれています。ですから皆さんにも他の女性隊員は居りますが男性は居ませんからご安心下さい」

 

やがて現役の隊員らしき女性が入ってきて敬礼をした。陸軍の軍服が決まっている。艦娘たちは反射的に敬礼をした。

 

「女性の方の宿所をご案内致します!」

 

金剛は言った。

 

「じゃdarling、いったん宿所へ行くね」

「ああ、だがもう解散で良いぞ?」

 

すると彼女は妙な表情をして言った。

 

「darling、どうせ寝る前にタバコ吸うよね?」

「まぁな……だから?」

 

それには応えず彼女はケリーやPOLAに宿所のことを英語で話しているようだった。訝(いぶか)しがる提督を尻目になぜか金剛はそそくさと行ってしまった。

 

「何だ? ありゃ」

 

 だが提督はあまり気にも留めず、残った女性職員の案内で宿所へと向かった。廊下で提督は職員に聞いた。

 

「うちの機長と無線手も同じ宿所かな?」

「いえ、お二人は機体で休むからと固辞されまして……」

「そうか」

 

機長の鑑だなと彼は思った。職員は続ける。

 

「今は陸軍も喫煙所以外はすべて禁煙です。灰皿は正面玄関脇の休憩室のみとなっています」

「ああ、分かった」

 

金剛の言っていたことはこれかな? と思いながら提督は宿所に入った。

 

 来賓室とはいえ、ここは訓練部隊だから、さほど豪華ではない。極めて質素な室内。提督で大将という位置があれば基本的には一定水準以上の宿所があてがわれる事が多いのだが今回は急であり、しかも陸軍だ。

 

 だが提督は不平は抱かなかった。むしろ時にはこういった最前線的な環境も悪くはないと思うのだった。それは艦娘たちも同じように感じて貰えたら良いなと思ったその瞬間。

 

 急に屋外が騒がしくなった。何となく金剛たちの声が聞こえる。おいおい陸軍の訓練隊で騒ぎを起こすなよと提督は慌てて窓を開けた。

 

 だがそこに展開されている光景を見て彼はわが目を疑った。

 

「……」

 

 しかも先頭は金剛だった。これは喜んで良いのか注意すべきなのか?

さすがの提督も久しぶりに絶句した。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第11話:<壁の無い世界>

提督は艦娘たちのいでたちに度肝を抜かれる。しかし陸軍司令は意外にも……。


『めでたいんですかぁ』

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第11話:<壁の無い世界>

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 提督が来賓室の窓から見たものは浴衣を着て敷地内を散策する艦娘たち。その先頭は金剛、そして次がちょっと手馴れた感じの青葉。続けて、あまり着慣れない感じで恥ずかしがっている川内だ。

 

 ざわついているのは女性隊員たちがその周りにぞろぞろと出ていること。

 

提督が心配するのは、男性隊員がこれを見たら騒ぎになるぞ……と思ったら時既に遅し。別棟でも騒ぎになっていた。

 多少のことではビクともしない提督だったが、さすがに陸軍で騒ぎを起こしたらまずい……真っ先に元帥の顔が浮かぶ。

 

 だが提督がどう考えても、あのジジイが鼻の下を伸ばして大喜びしている絵しか思い浮かばない。今は緊張する場面なのに顔がニヤけてしまう。

 

 彼が必死に頬を押さえていると陸軍司令の姿が下に見えた。提督は取り急ぎ階下へすっ飛んでいくと陸軍司令のもとに近寄った。

 

「いやぁ、その……済まない」

 

 頭をかきながら慌てて近寄ると陸軍司令は腕を組んで……意外にもニコニコしていた。提督の姿を認めた彼は和やかに言った。

 

「やはり大和撫子は和装ですな」

「はぁ?」

 

陸軍司令もまたラフな格好だったが、彼は艦娘たちを指して言った。

 

「あれは別に制服ではありませんよね?」

「まぁ……そうだが」

 

冷や冷やしていた提督だったが陸軍司令が意外と喜んでいるのでホッとした。

 

 しかし解せないのは金剛たちだ。何で浴衣なんか持ってきているんだよ? おまけに今、ここでそれを着る必要があるのか?

 

「hey! darling」

 

 悶々としていた提督に金剛が手を振る。彼は思わず脱力した。気楽な奴め……そこで彼は再び度肝を抜かれた。

 ケリーとPOLAまで浴衣着ているぞ。おいおい、いったい浴衣を何着持って来たんだよ!

 

 半分呆けた顔の提督に、金剛が近寄ってきて説明する。

 

「ケリーは私のスペア、POLAのは近所の人に借りたんだヨ」

「はぁ? 何だよ『借りた』ってのは?」

 

だが提督の気持ちを察したのか金剛は口を尖らせて言う。

 

「女子は浴衣大好きなんだヨ! チョッとでも着るチャンスがあったら、何処だろうと逃さないヨ!」

 

 いや、それはお前だけの価値観であって川内辺りはどう見ても金剛に巻き込まれているとしか見えない……提督は呆れた。

 

 それでも女子、特に艦娘が浴衣を着てしまえば似合うのは事実である。当の川内もケリーたちも、そこそこ嬉しそうだ。

 

『あれは何ぃ、ライトですかぁ?』

 

 突然POLAが素っとん狂な声を上げる。見ると……蛍だった。ケリーが説明をする。英語なのでよく分からない。

 

『それは蛍よ……この季節、日本の地方では良く見かける昆虫ね』

『へぇ、ホターリーですか? 美味しいのかなぁ』

『食べるものじゃない、愛でる物よ』

『めでたいんですかぁ』

 

ケリーとPOLAがなぜか英語で漫才をしているようにしか見えない。だが艦娘たちの周りを徐々に蛍が舞い始める。それは幻想的な光景だ。

 

「まあ、こちらに座ってはどうですか?」

 

誰かが持ってきたのだろうか。陸軍司令のそばにイスが二つ置いてある。直ぐに女性職員が団扇(うちわ)まで持ってきた。

 

「や、こりゃすまんな……」

 

少々気恥ずかしかったが、提督は司令と並んで腰をかけた。

 

 艦娘たちも団扇を持ちながら蛍を扇ぐように追いかける。それはまるで一種の舞踏のようでもあり、彼女たちの容姿と相まって幻想的な雰囲気をかもし出していた。

 

 それまでざわついていた陸軍の訓練生たちも軒並み静かになる。艦娘の近くまで出ていた女性兵士たちも次々と腰をかけ始める。

 

 いつの間にか司令と提督のそばに小さいテーブルまで置かれて、お茶が準備されていた。それを手に取りながら陸軍司令は言った。

 

「良いですな……こんな静かな夜は久しぶりです」

 

 見ると遠くの山には月が登り始めていた。その中を蛍が舞い浴衣を着た艦娘たちが団扇で追いかける。何ともいえない風情のある構図だ。陸軍司令が提督に聞く。

 

「艦娘について、どう思われます?」

「どうって言われても……困るなぁ」

 

突然の質問で困惑する提督を見て陸軍司令は笑った。

 

「野暮な質問でしたな……実は私は今日、実際の艦娘たちと初めて間近で出会いました。本当に不思議な兵士たちですな」

 

「そうだね……」

 

司令は、お茶をすすりながら言った。

 

「私は陸軍の中でもかなり放任主義ですけどね……それでも今夜ほど訓練生たちを自由にさせたことはありません。それはきっと艦娘たちの雰囲気がそうさせたのでしょう。それでいて嫌な感じが無いから不思議です」

 

 それは提督も同じ心地だ。艦娘は軍人でありながら何者にも捉われない自由闊達さがある。そして今は月夜に舞う蛍と踊っているように見える。

 

 かと思えば昼間の川内のように獰猛(どうもう)な姿を見せることもある。艦娘とは日本人の感情を更に極端にしたような存在なのだろうか?

 

 陸軍司令は呟くように言った。

 

「今宵のわが部隊のように指揮官が艦娘を受け入れたら、その下の者も自然に彼女たちを受け入れるでしょう。たた逆もまた然りです」

 

提督はうなづいた。

 

「ああ、そうだろう」

 

「ですから気を付けて下さい。艦娘の自由な雰囲気を嫌う人種も世には、まだたくさん居るでしょう。それは陸軍や海軍の別を問いません」

 

「……」

 

提督は相変わらず洞察力の鋭い司令だと思った。

 

「艦娘は日本の魂そのものだと思います。出来れば海軍だけでなく陸軍とも交流をしていただければ……ああ、これはあくまでも私見ですが」

 

 司令は頭をかいた。ただ彼のその壁の無い性格が、まさに艦娘を受け入れることが出来た一因だったのだろうと提督には感じられた。それは彼自身もまたそうだと言えるのだが。

 

 




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第12話:<月と陽>

静かな夜が過ぎ、また慌ただしい朝がやってくる。


「私もそろそろdarlingの子供が欲しい」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第12話:<月と陽>

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 陸軍基地の月夜。ただ艦娘たちが浴衣を着て蛍を追っているだけの構図。それだけで具体的に何かのイベントをやっているわけでもない。

 

 陸軍の隊員たちも座ってそれを眺めているだけだ。もちろん陸軍司令や提督も同じ。たったそれだけなのに風情のある光景に感じられる。

 

 思い出したように陸軍司令が言う。

 

「あの海外から来た艦娘も浴衣が良く似合っているじゃないですか? 隊員たちもホラ、見てください」

 

彼が指す方向を見ると明らかに涙ぐんでいる者が数名……女性だけでなく若い男子までがそうなのだ。それは提督にもちょっと意外だった。

 

「やはり我々は日本人ですな」

 

創作料理を嗜(たしな)む提督には、司令が言わんとする『日本人の心』というものが分かる気がした。艦娘たちは我知らずそれを体現している。

 

「何だか艦娘に教えられるみたいだなぁ」

 

思わず発した言葉に司令もうなづいていた。そんな知覧の夜は静かに更けていくのだった。

 

 

 翌日は快晴で微風。

 

 

 基地全体としては5:30頃に起床。だが提督が起床した頃には艦娘たちも自主的に起きていたようだ。彼が玄関脇の喫煙室でタバコをふかしていると川内がトレーニングウエア姿で戻ってきた。

 

「精が出るな」

 

窓から提督が声をかけると彼女は応えた。

 

「やっぱ、ずっと移動ばかりだと鈍(なま)っちゃうから」

 

見るとその後ろからも軒並み艦娘たちが走ってくるのが見える。金剛にケリーか。青葉とPOLAが居ないなと思っていたら川内が腕を組んでタオルで汗を拭いながら言う。

 

「青葉とPOLAはあれから呑んでたっていう噂だよ」

「はぁ?」

「じゃ、失礼します!」

 

 逃げるように川内は行ってしまう。提督は立ち上がりかけたが止めた。直ぐに金剛が戻ってきたのだ。提督は聞く。

 

「お前は呑んでないのか?」

「うん、何となくそんな気分じゃ無かった」

「へぇ」

 

珍しいこともあるもんだな。

後からケリーも戻ってきた。彼女は誰に伝えるとも無く話し始める。

 

「POLAが着た浴衣ね……近所の人が『良かったら差し上げます』って」

 

提督はホッとした。ケリーは日本語だぞ、助かる。そんな彼女も壁に背を当ててタオルで汗を拭きながら続けた。

 

「何だか海で亡くなった娘さんの形見らしいけど、POLAが着ている姿を見たら、そんな気になったらしいわ」

「やっぱり……そうなンだ」

 

金剛が相槌を打つ。近所の人っていうのは、そういうことだったのか。

 

「あ……」

 

つい提督は声を出してしまった。『やっぱり』って? ……もしかしたら金剛は、そのことをずっと気にかけていたのだろうか?

 

「ねぇdarling」

「何だ?」

 

チョッと思い詰めたような金剛。何だよ、朝っぱらからその目は?

 

「私もそろそろdarlingの子供が欲しい」

「ごほォっ!」

 

咳き込む提督の腕をつかんで、なおも追い討ちをかけてくる。

 

「ねぇねぇ、絶対!」

「そ、そりゃぁ……」

 

やめろ金剛、その泣きそうな顔は……ケリーが腕を組んでニタニタしている。

 

「いーじゃん、ファイト一発。頑張れっ!」

 

また妙な日本語を……だが金剛は真剣な表情だ。しかもちょっと暗い。

 

「私……ビョーキかな? だって、darlingとケッコンして長いのに、なかなか子供が出来ない」

「いや、そりゃ……個人差があるし」

 

朝っぱらから何だ? ……ったく。

 

「大丈夫、艦娘との間に子供が出来た例は私も知っている」

 

ケリーが解説するまでもなく、そりゃオレでも知ってるよ。

 

「darling!……約束、絶対」

「分かった、分かった……」

「二回も繰り返さないで!」

「ああ、悪ぃ」

 

やめろケリー、変な声で笑うな! 朝っぱらから疲れる……。

 

 




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第13話:<美保へ出発>

金剛に威圧されながらも提督たちは無事に知覧を出発し美保へと向かう。



「あれが日本海ですよ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第13話:<美保へ出発>

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 提督は朝食に行きたかったが、なかなか金剛が離してくれなかった。ケリーはニタニタしながら『グッドラック』とか言って去って行く。

 

 今朝はやたら粘着度が増している金剛に提督がてこずっていると、まず最初に機長が彼らのそばを通りかかった。機長は一瞬で状況を悟ったらしく苦笑はしたものの、そのまま食堂へ向かってしまった。内心『おいこら!薄情モノ~』と叫ぶ提督。

 

 次に無線手も通りかかった。彼は大人しいタイプらしく少しだけ微笑むとそのまま行ってしまった。機長よりも淡白だった。彼もまた男女のいざこざに首を突っ込みたくないらしい。『この薄情モノ~~~!』とまたもや内心叫んだ提督だった。

 

 結局、金剛にさんざん念押しをされ、やっと動けた頃にはもう朝食時間は僅かだった。ちょっと焦った提督は満足そうな顔をした金剛と一緒に食堂に入る。

 

 見ると青葉とPOLAが机に突っ伏していた。その脇でケリーがPOLAの背中を撫でていた。まさかあいつら二日酔いか? 気分が悪そうだな。『飲まれるなら呑むなよな』……提督は呆れた。

 

 本人は『愛情だ』と称する金剛の刺すような視線に耐えつつ、いそいそと朝食を終えた提督は出発の準備をした。とはいえ少人数だから改めて点呼の必要もない。増えたのはPOLAの浴衣と陸軍からの差し入れのおやつくらい。

 

 提督と金剛は出発前に司令部に行く。そこに居た陸軍司令に出発の挨拶をした。

 

「短い間だが世話になったな」

「もしまた近くを通ったら、いつでも気軽に立ち寄ってください。大歓迎ですよ」

 

二人は握手をした。提督はもし今度来るときがあったら得意の料理を振舞いたいと思うのだった。

 

 提督と金剛が輸送機に乗り込もうとすると手の空いた訓練生たちが滑走路脇に見送りに出ていた。大げさだなとも思ったが悪い気はしなかった。

 

 輸送機は今日も快調。エンジンを始動した機体は帽子を振る訓練生たちに見送られながら滑走路から離陸した。

 

 しばらく飛ぶと山の稜線や海岸線など日本ならではの変化に富んだ光景が眼下に広がり始める。

 

「すごい! 海の色って場所によってこんなに変わるんだ」

「山がミニチュアで緑いっぱいデース……やっぱり祖国はいいデスね」

 

川内と金剛は窓の外を見て感動している。一方の青葉とPOLAはずっとダウンしている。それでも機内でゲロゲロやらないだけマシである。そこは艦娘だから普段の鍛え方が違うのだろう。

 

 機体は九州から瀬戸内海の上空を通過して中国山地に入る。改めて日本という国は本当に自然が豊かだなと思わざるを得ない。

 

 やがて青葉やPOLAは少しずつ体力を回復して窓の景色を眺めるくらいには戻ったようだ。他の艦娘たちと同様ずっと窓の外を見て感激している。

 

 しかし彼女たちの姿を見るたびに提督は思う。艦娘は浴衣を喜んだり風景に感動したりする感性はあるのだと。

 

 輸送機はしばらく中国山地の上空を飛んでいたが山が低くなるに連れて前方に青い海が広がり始める。機長が言う。

 

「あれが日本海ですよ」

「舞鶴鎮守府のある海ですね」

 

青葉がさらりと言う。すぐに右の方にひときわ高い山が見える。提督も何となくその山は知っていた。

 

「あの大きな山……えっと、確かあれが大山だよな?」

「ダイセン?」

 

金剛が言葉をなぞるように反復する。青葉が説明をする。

 

「大きな山と書いて『だいせん』ですよ。美保鎮守府はあの山が見える美保湾に面した場所にあります」

 

青葉も良く下調べをしたようだ。するとPOLAが英語で言う。

 

『あれはフジィヤマでは無いですかぁ?』

 

ケリーが応える。

 

『違うわよPOLA。でもこの地方では確か『伯耆(ホウキ)富士』とも呼ばれるようね』

『ボーキィフジ……鉱山ですかぁ?』

 

 ケリーとPOLAはかみ合わない漫才をしているようだ。

 

機長が提督に報告する。

 

「実は航路については軍令部より指示がありまして美保鎮守府に直接ではなく空軍の美保基地滑走路へと着陸致します」

 

提督は答える。

 

「美保鎮守府に直接、着けるんじゃないんだ」

「はい」

「そうか」

 

 提督は腕を組んだ。鎮守府脇へ直接着水した方が楽なのに……ふと元帥か誰かの指示なのだろうという直感がした。今回は指示がある場合は必ず何か意図があるんだなと改めて彼は思った。

 

 海が近くなるに従って機体がガタガタと揺れ始める。

 

「風が強いな……」

 

川内が呟く。続けてケリーも応える。

 

「そうだな……海面に白波が立っている。かなり強風だぞ」

 

 機体は強風で激しく揺さぶられる。着水をせず空軍基地へ降りるのは、この風の為かな? と提督は思った。

 

 機体は風向きの関係でいったん美保湾に出たあと大きく旋回して弓ヶ浜半島の中央部に進路を取った。左手に大山、右手に細長い山が見える。

 

「ダイセン……キレイ」

 

POLAが呟く。金剛は右手の山を見て言った。

 

「美保は超、田舎デスね……」

 

提督は言った。

 

「なんだ、馬鹿にしているのか?」

「ううん、英国も湖水地方とか郊外はこんな感じデス……いや、世界中何処もそうかも」

 

するとケリーも遠い目をしながら口を挟む。

 

「そうね……アメリカも都会を離れるとこんな雰囲気だわ」

 

機長がアナウンスする。

 

「着陸態勢に入ります。皆さんベルトを締めてください」

 

 機内各所からカチャカチャというベルを締める音が響く。輸送機はエンジン出力を落としつつ高度を下げる。窓の外には白波を立てる日本海が徐々にハッキリと見えてきた。提督はつぶやく。

 

「到着は美保空軍基地か。さすがに海軍以外だと緊張するな」

 

青葉が海面を指差す。

 

「ほらほら、珍しく漁船が居ますよ」

 

 青葉と同じ側の席に座った艦娘たちが感心したような声を出す。提督も改めて海面を見下ろす。

 

「のだかだな…… って待て! おい漁船って何だ? この海域には深海棲艦は居ないってのか?」

 

 提督は驚いたように言う。すると彼女はのん気に『あ……そうか』という表情をする。おいジャーナリスト! しっかりしてくれよと提督は思った。まだアルコールが抜け切れていないのだろうか?

 

 すると突然、機体のそばを激しい轟音が数回響き渡った。

 

「なんだ! 攻撃か?」

 

すぐにケリーが気付く。

 

「見て! あれはジェット戦闘機。でもどう見ても艦娘サイズね」

「なんだって?」

 

振り返りながら提督も窓からその機体を目で追う。それはまさかの艦娘サイズだった……だから美保の空軍ではない。

 

 しかもジェット戦闘機? 一体、どうなっているんだ? まさか美保鎮守府は……既にジェットを運用しているのか?

 

 




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第14話:<美保で再会>

提督はついに美保空軍基地で、懐かしい美保司令と出会った。


「それにしても美保司令……懐かしいな」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第14話:<美保で再会>

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 だが金剛は窓の外を見ながら嬉々として言った。

 

「見てくだサーイ、アクロバット飛行デース」

 

 確かによく見ると艦娘サイズの戦闘機は大空に白い航跡を描きながら編隊を組んで海の上を縦横無尽に飛んでいた。それを見てケリーも言う。

 

「ホッとした、私たちを歓迎しているようだね」

 

だが提督は思った。操縦しているのは多分妖精さんだろう。曲芸飛行も凄いけど……

 

「あれはジェットだろ? 今のうちの艦娘たちでジェット戦闘機を扱える者が居たか?」

 

金剛が振り返る。

 

「じぇっと?」

 

「だから前にも言ったが今の艦娘ではジェット機の発着は出来ないはずだ? 美保にはジェットに対応する何かがあるんだろうか?」

 

提督の言葉に青葉が言う。

 

「でも美保鎮守府は設立当初から実験隊の色合いが濃いですから新兵器があってもおかしくないですよね」

 

 何だかいつものキレが無くて調子狂うぞ青葉……提督は内心思った。すると金剛が叫ぶ。

 

「ホラ、きっとあれが美保鎮守府ね! ちっちゃいね」

 

 彼女が指差した右手の窓の向こうに見える埋立地に赤いレンガの建物があった。埠頭や倉庫も確認できるから、あそこで間違いないのだろう。

 

それは金剛の言う通り小さな鎮守府だった。逆に、あんな場所で良く頑張っているなと感心もした。

 

 輸送機が大きな半島に差し掛かると直ぐに砂浜と松林を越えて滑走路が見えた。これが美保空軍基地だろう。風は相変わらず強いが機長は輸送機を上手く着陸させた。

 

「ついたネ」

「はぁーっ」

 

艦娘たちもベルトを外して背伸びをしたり身体をひねっている。着陸後、数分間滑走路を走った輸送機は格納庫の前に停止した。やはり小さな滑走路だと移動も速い。

機体には外からタラップが取り付けられ合図と共にハッチが開けられる。

 

念のため、ということもあるのだろう。「私が先に……」と言いつつ川内が様子見も兼ねて真っ先にタラップへ向かった。直ぐに「OK、大丈夫だよ」という声が外から響く。提督たちも腰を上げて機外へと出た。

 

 美保の気候は初夏。ブルネイやフィリピンほど暑くはないが湿気は多い。美保空軍基地は、さすがにフィリピンの米軍基地よりは小さいが知覧よりは大きい感じだ。

 

 提督がタラップの上に立つと格納庫前には数名の空軍士官に交じって海軍の白い制服を着た男が立っているのが目に入った。

 

 何となく見覚えがある男……彼に間違いないと提督は確信した。しかも彼は律儀に白い手袋まではめて、まるで不知火だ。

 

 そう思ってよく見ると彼の横には正にその『不知火』が並んで居た。思わず提督は噴き出しかけたが……あれ? と思った。その『不知火』だが、髪の毛の色が微妙に違う。不知火って群青色の髪だっけ? しかも微妙に顔つきが違う感じもする。

 

 提督の後ろのブルネイの艦娘たちもその『不知火』に気付いたようで少しざわついている。まあ細かいことはいいや……と提督はタラップを降りた。だがなぜか不必要に緊張した。おまけに彼の側に行くまで、こんなに時間が長く感じるのか? それは久しぶりの感覚だった。緊張しているのか? まさか……。

 

 実はその美保の司令を挟んだ『不知火』の反対側には『茶髪の艦娘』がいた。この娘は、どことなく大井に似ていたが、やはり微妙に顔つきが違った。提督は、この艦娘のことも後で聞きたいと思った。それはブルネイの艦娘たちも同じらしい。

 

 それは置いておいて提督は彼に近づいた。

 

「ブルネイの金城大将だ」

「美保鎮守府総司令、美保尊大将です」

 

お互い敬礼後、二人は硬く握手をした。

 

「久しぶりだな?」

「ええ、こっちの時間では10年以上経っていますけど」

 

 お互いに笑った。まるでタイムカプセルから出てきたみたいだ。ただ提督はふと『それだけじゃない……時間を隔てた同一人物のはずだが微妙な違和感がある』と思った。何だろうか? この妙に『何かが抜け落ちた』ような感覚は。それでも提督は取りあえず話しかけた。

 

「そうか、お前もついに大将か」

「ええ、でも貴方のことは以前と同じく『大将』と呼ばせてください」

 

それを聞いて提督はちょっと安堵した。

 

「はは、謙遜なのは昔どおりだな」

「そうですね」

 

バカ丁寧な話し方も腰の低い雰囲気も変わらない。やっぱり本人か。美保鎮守府の美保……あれ? そこで提督はハタと気づいた。

 

「『美保』って……お前の名前だったのか? 皆が『美保司令』って呼ぶからオレはてっきり地名を含んだ敬称かと思ってたぞ」

 

彼は『またか』といった感じで肩をすくめながら応える。

 

「いや、もう気にしてません。むしろ女性に間違われる方が苦笑しますね」

 

彼の名前は意外なサプライズだった。でも提督は彼の肩に手を当てて明るく言った。

 

「それにしても美保司令……ホントに懐かしいな」

 

 当たり前だが彼は齢を重ねた。視力は落ちていないらしくメガネはかけてないがシワや白髪が増えて貫禄が増したな。あの、おどおどしていた若い青年がそれなりに変わるものだ。

 

 しかし相手が歳を取ってオレは変わらない。少し複雑な気分だ。まあそれを言ったら艦娘たちも、基本的には齢を重ねず変わらないものだが。ただ彼は齢を重ねながらも腹が出ていないのはさすがというべきか。

 

 その後、空軍の士官たちとも挨拶を交わして、いったん基地内の応接室へ向かうことになった。

 さっき感じた妙な不自然さは、タイムスリップという特殊な事情があったからかな? と、提督は自分を納得させていた。

 

 




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第15話:<武蔵との関係>

空軍基地で簡単なブリーフィングが行われる。そこで紐解かれる空白の歴史だった。


「実は武蔵が加勢したので」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第15話:<武蔵との関係>

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 最初は基地内の応接室で空軍司令と美保司令、それに金城提督での簡単な打ち合わせという話だったが、美保司令の意向で場所を会議室へ移して艦娘たちも全員交えてのブリーフィングという形になった。

 

 美保司令によれば同じ部隊の隊員同士は情報を共有化すべきであるとの希望によるものだった。金城提督は『なるほど、そういう考え方もあるか』と思った。

 

 最初は二人の司令と提督が改めて全体に自己紹介をした。その後、金城提督が話を切り出した。

 

「今回の訪問は海軍の元帥閣下の差し金なんだが……美保鎮守府はここで一体何をやっているんだ? さっきのジェットとかも驚いたが」

 

それを聞いた美保司令は微笑んだ。

 

「そうですね。美保鎮守府は創設の目的がもともと艦娘の実験部隊でした。その伝統を引き継いでいると考えてください」

 

提督は半信半疑だったが聞いてみた。

 

「あのジェット機は艦娘サイズか?」

「はい。まだ実験中ですが」

 

提督は驚いたが美保の空軍司令は既に知っているらしく頷いていた。

 

「開発者は夕張が?」

「はい。彼女を中心に数名と、あと外部からも知恵を入れてますね」

 

提督は腕を組んで窓の外を見た。

 

「まあ……今は資料も簡単に集まる時代だ。環境さえ整えば新兵器の開発も不可能ではないだろうけどな」

「そうですね」

 

そういえばいつの間にかジェット機はどこかへ行ってしまったようだ。

提督はさらに聞いてみた。

 

「そうは言っても知識だけでは到底あそこまでは造れないだろう?」

 

彼の質問に美保司令は頷いた。

 

「はい。実は一度、米空軍が美保でジェット機のデモ飛行を行ってくれたんですよ」

 

それを聞いて驚く提督。

 

「ええ? 米軍がわざわざここまで来たのか?」

 

美保司令は空軍司令をチラッと見た。彼も頷いている。

 

「はい。呼んだのは美保の空軍で、私たちはそれに立ち会わせて貰ったのです。その機体を見ていた夕張たちが半年くらい試行錯誤して何とかテスト飛行までこぎつけました」

「美保って施設も予算も小さいだろ? 良くやっているよな」

 

提督が突っ込むと美保司令は頷く。

 

「後で本省から開発予算が付きましたけどね。それまでは持ち出しばかりで実に大変でした。うちの大淀さんが倹約上手で助かりますよ」

「へえ」

 

これを聞いたブルネイの艦娘たちもお互いに顔を見合わせている。ブルネイの大淀と比べているのだろうかと提督は思った。

美保司令は続ける。

 

「あと米軍の技研や軍用メーカーから担当者が何度かアドバイスに来てくれたのも大きかったです」

 

その言葉に驚く提督。

 

「いつの間にそんなパイプが出来たんだ?」

 

美保司令は過去を思い出すように首を傾げる。

 

「例のブルネイでのアクシデント以後、自分の時代に戻ってから米比、両海軍との繋がりが出来ました。これはその前の演習とシナの攻撃でドイツやイタリア海軍と懇意になったことも大きかったですね」

 

青葉が口を挟む。

 

「あ、それ知ってます」

 

 提督が振り返ると青葉は『提督、話して良いですか?』と言った表情を浮かべたので彼は頷いた。彼女はそれを受けて続ける。

 

「今から15年くらい前でしょうか、当時のブルネイで技研が設立されて艦娘の量産化に成功した頃、突然シナがブルネイへ侵攻してきた事がありました。このとき深海棲艦とシナが共同戦線を張っていたらしいです」

 

金剛は興味津々らしい。

 

「何それ、凄いデスね」

 

彼女の勢いに頷きながらも青葉は続けた。

 

「ちょうどその時、ブルネイ泊地で量産化された艦娘と当時の美保鎮守府の艦娘が共同で戦ってシナと深海棲艦軍を撃退したそうです」

「そのドイツとかイタリアって言うのは?」

 

提督が質問すると、さすがに記憶があやふやになったのか青葉はメモを取り出した。

 

「えっと……公式記録には、はっきり残されていませんがブルネイの古い記者たちに聞いたところ、この戦いには駐在武官と共に視察に来ていたドイツとイタリアの艦娘も加わったらしいです。最終的には参戦したすべての艦娘たちにブルネイ国家勲章が授与されたとかで……これについてはブルネイの公文書館にも受賞者も含めた記録が残ってました」

「へえ」

 

提督もその歴史は知らなかった。よく調べたな青葉。

 

「このとき実は武蔵が加勢したので形勢が逆転したと分析する人も居ました」

「武蔵? 何だそれは」

 

提督が突っ込むと青葉は別のページをめくった。

 

「えっと、当時の武蔵の航海記録にはブルネイへ遠征に行ったことが記されていましたから裏が取れています」

 

すると川内が反応した。

 

「あ、それで……美保司令と武蔵との関係か」

 

彼女は今回、提督が武蔵を連れて来ることを拒んだ内容を思い出したようだ。もちろんその武蔵と、過去の武蔵は違う艦娘だと思われる。

 

 しかしその話を聞いた提督は、時代を超えても結局は武蔵が美保司令の行動に一枚かんで居たのかと改めて悟った。その因縁に驚くと同時に、もはやあの二人は『腐れ縁』なんだろうなと考えるのだった。

 

 そして提督のみならずブルネイの艦娘たちも一番気になって確認したいのが美保司令の後ろに控えめに座っている二人の女性……恐らく艦娘だと思うのだが通称『不知火』と『茶髪』の娘だ。そもそもこの二人は本当に艦娘だろうか?

 

さすがに青葉でも彼女たちの情報は得られなかったようだな。

 

「もう一つ聞いても良いかな?」

 

提督は美保司令の後ろの女性たちを意識しながら切り出した。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第16話:<美保空軍と鎮守府>

簡単なブリーフィングが終わっていよいよ出発となるとき、提督は問いかけた。


「お前の後ろに居る女性は艦娘か?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第16話:<美保空軍と鎮守府>

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 金城提督は美保司令に単刀直入に聞いた。

「お前の後ろに居る女性は艦娘か?」

 

 その場に居たブルネイメンバーが想像する答えは、ほぼ『イエス』だろうと誰もが思っていたのだが……意外にも司令は黙ってしまった。

 直ぐに場を取り繕うように彼は腕時計を見て言った。

 

「そろそろ時間ですから、鎮守府へ移動しましょうか」

 

 あ、はぐらかされたな……と提督は思った。恐らく今は詳しく言えない事情があるのだろうか。ブルネイの艦娘たちもやや不穏な雰囲気になっている。

 

「では基地司令、私たちは出発します」

 美保司令は立ち上がるそぶりを見せながら空軍司令に声をかけた。後ろの女性たちも引き上げる準備を始めている。空軍司令は答えた。

 

「アレで行きますよね」

「はい……そのために空港をお借りしましたから」

 

司令は意外にも少し残念そうな顔をした。

 

「また見せてくださいね」

「はい、いつでも喜んで……」

 

 空軍司令は内線を取って連絡する『美保司令が戻られる。滑走路スタンバイ』直ぐに≪了解≫との返答が会った。

 

 提督は彼らの様子や会話を聞いて、美保鎮守府が地元の空軍基地と緊密な協力体制を取っていると感じた。だからこの二人の司令の間では、もはやお互いに一つの組織に近い動きが出来るのだろう。

 その辺りのことも後から聞いてみよう。だが提督と同じことを青葉も感じていたようで、彼女なりにメモ帳に何かを書き込んでいた。

 

 美保司令は立ち上がって言った。

「では皆さん、参りましょう。ここから美保鎮守府は車でも直ぐなのですが今日は特別なものを皆さんにお見せしたくて美保空軍基地に降りて頂きました」

 

 提督を始めブルネイメンバーたちは何となく納得した。やはり美保鎮守府に直接、降りなかった理由があるのだ。

 

 直ぐに美保司令は二人の艦娘らしき女性たちに振り返って何か指示を出した。軽く敬礼をした二人は、いそいそと退出して行く。二人の女性が軍人であることは確かだが、やはり彼女たちが何者なのか気になる。

 そんなに、この場で言えない内容があるのだろうか?

 

 その時、内線が鳴って空軍司令が応答する。直ぐに彼は言った。

 

「ちょっと整備でトラブルが有ったようだ。時間……10分貰えるかな?」

「ああ、構わないよ」

 

美保司令はブルネイメンバーに声を掛けた。

 

「申し訳ない、ちょっと機体のトラブルで出発が遅れそうです。ブリーフィング関連で何か質問があれば簡単に受けましょうか?」

 

 司令の『機体』という言葉に金城提督は引っ掛かった……が、今度は気を利かせて艦娘ではなく別の話題……ジェットの話に戻した。

 

「さっきのジェット機は誰か艦娘が運用しているのか?」

 

ソファに腰をかけた美保司令は答える。

「いえ、艦娘単独ではジェット機の運用は厳しいです。ですから現状は洋上滑走路や空軍の美保空港を併用しているところです」

 

 やはりジェットは無理だよなと提督は思った。美保鎮守府は地元の空軍とも緊密に連携しているようだ。

 ブルネイにも航空隊は整備しつつあるが、自前で航空隊を持つことと空軍と協力していくのと果たしてどちらが良いのだろうか?

 いち指揮官でもある提督は、ふと考えてしまった。

 

美保司令は続ける。

「本格的にジェットを運用するとなるとリアルサイズの空母の検討が必要ですね。ただわが国ではまだそこまでは……あまり詳しく話せませんが今では年に数回、米海軍に協力を要請して太平洋での演習に参加することもあります」

「……」

 

さすがにその内容には度肝を抜かれた。美保司令は続ける。

 

「米軍もそうですが、わが国の陸軍や空軍の海軍への協力体制が大きく変わりました。特にあの『ブルネイの防衛戦』に成功してからは、わが国だけでなく世界の軍隊の見方、特に艦娘への評価が変わったといわれています」

「眠れる獅子が目覚めたか」

 

提督は呟いた。美保提督は微笑んだ。

 

「私は『ブルネイ効果』って呼んでいます。あの一戦からアジアの勢力図が書き換わったとも言われますし。特に艦娘への評価は激変しましたね。お陰で予算や作戦行動も取りやすくなりました」

「そうか……オレは外地だからな。ブルネイじゃいまだに海軍の天下だが」

「まあ、私の方ではかなり時間が流れましたからねえ……」

 

二人で苦笑いした。考えてみたら金城提督と美保司令の間も不思議な関係だろう。

 

 ただ提督は元帥の意図をまだ測りかねていた。今回の美保鎮守府訪問が単なる視察で収まるはずは無い。もちろんこの美保空軍への着陸や謎の女性たちなど、元帥が何かを見せたがっていることは感じる。

 あのジイさんだってモウロクしつつあるとはいえ魑魅魍魎渦巻く軍隊の頂点に立つ男だ。何か目的があるはずだが……また人心を弄ぶように、それをハッキリ言わないところもジイさんらしいと彼は内心苦笑するのだった。

 

「もう少し付き合ってやるか……」

提督が思わず呟くと金剛が突っ込む。

 

「ナニ? darling」

「ああ、オレだって『しっかり受け止めてやるぞ!』ってところかな」

「そうだね……」

 

何かを悟ったのだろう、彼女は提督の腕を掴むと彼の片腕に頭を寄せてきた。

 

 その時、再びプーッと内線が鳴り空軍司令が応答した。

「了解だ……美保司令、スタンバイOKです」

 

美保司令はうなづくと言った。

「皆さん、お待たせしました。美保鎮守府へご案内します」

 

 さあ、いよいよだな。全員、立ち上がった。

 




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第17話:<新型機>

美保司令の案内で美保鎮守府へ向かうことになったブルネイ一行だったが、時代の流れがここにも。


「米国製で……オスプレイって言います」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第17話:<新型機>

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 会議室から廊下に出て空軍司令を先頭に美保司令、金城提督と続く。廊下を歩きながら提督は美保司令に聞く。

 

「うちにもドイツとかイタリアの艦娘はいるけど、美保にも居るのか?」

「いえ、美保鎮守府はキャパシティが不足しているので、まだですね」

 

……だろうな、と提督は思った。空からチラッと見た限りでも美保鎮守府は正式な『鎮守府』と呼ばれていることが不思議なくらい小さい。何しろ鎮守府にはつき物のガントリークレーンすら見えなかった。要するに本当に艦娘しか所属していないのだろう。

 

「でも今回POLAが来たでしょう? あの娘もイタリアと米国海軍からの要請で受け入れたので日本海軍というわけではないです」

「米国……ああ、そうか。あの子はそっちの所属だったな」

 

返事をしながら提督は思った。美保司令もパッと見は大人しそうなのに精力的に動いているんだなと。小さな鎮守府だけど意外に結果は大きい。

 

「美保は少数精鋭ってところだな」

「ありがとうございます……自分では何もやっているつもりは無いんですけどね」

相変わらず謙遜するよな、美保司令は。

 

 建物の出口で空軍司令がチョッと立ち止まって振り返る。

「牽引車で引っ張れば垂直に出られますけど、どうされますか?」

「時間があまりないよね。ローターは前向きかな?」

「エンジン関係の調整していたようですからその可能性は高いです」

 

美保司令はチラッとブルネイメンバーを振り返りつつ少し考える。

「うーん、……悪いけど格納庫から出るよ」

 

空軍司令は軽く頭を下げる。

「すみませんね」

「いや、こっちこそ」

 

「ではこちらへどうぞ」

空軍司令は滑走路ではなく通路の方へ案内をする。少し歩くと格納庫へ入る。そこにはレシプロ機なんだが妙な機体があった。

 

「変わった機体だな。これも実験機か?」

「いえこれは既に実戦にも投入されている米国製で……オスプレイって言います」

「知らないな」

「でしょうね……わが国でもここが最初かもしれません。まだわが国では米国を快く思わない日本人も少なくないですから。ここが僻地だから導入出来ました。地方ならいろんな対策も講じやすいですし」

 

提督は一回りしてみる。普通の輸送機にしか見えないが。美保司令が言う。

「本来なら垂直で飛ぶ予定でしたが今回は滑走路から出て普通に離陸します。ただ鎮守府には滑走路が無いので、あちらでは垂直に降ります」

「へえ、垂直離着陸機か。そりゃ面白そうだな」

 

美保司令は続ける。

「普通のジェットよりも航続距離が長いので、本土だけでなく離島も含めた広い範囲が作戦行動範囲になります」

「つまり海軍にはうってつけか」

「はい。しかも巡航速度はヘリよりも早い。だから近海なら艦娘を乗せての電撃作戦が可能になりました」

 

それを聞いた青葉が突っ込む。

「これは海軍の機体になるのでしょうか?」

 

美保司令は青葉を見て微笑んだ。

「建前はそうですね。まだ米国海軍からの借り物なので」

 

「え? ……米国の? 良く貸してくれたな」

提督が驚くとケリーが口を挟んだ。

 

「これ、確かうちの……フィリピン米軍の貸与品ですよね」

「ええ? そうなんだ」

 

驚く提督に美保司令は答えた。

「これもブルネイ効果ですね。フィリピン海軍の元帥ともなぜか仲が良くなって。いずれ予算が通れば、美保でも正式に導入する予定です」

「へえ……あ!」

 

親書のことをすっかり忘れていた。

「後で渡すものがあるんだが」

 

美保司令は微笑んだ。

「楽しみにしてます」

 

 機内に乗り込むと意外と定員は多そうだった。無線機の前に見覚えのある艦娘がいた……。

「おお!お前、覚えているぞ……この子えっと……カヨ、だっけ?」

 

寛代は黙ってうなづいた。

「へえ、まだ居たんだなあ。母さんは元気か?」

 

すると彼女は嬉しそうにうなづいた。美保司令は言う。

「この子の母親、よく覚えていましたね」

「忘れるものか、あんな強烈な艦娘」

 

美保司令も苦笑した。

 

提督は言う。

「それはそうと、ここから美保鎮守府は遠いのか?」

「いや、実は近いので車でも良いんですが、せっかくですからデモを兼ねて。でも離陸は普通になってしまいましたけどね」

 

他の艦娘たちも次々とオスプレイに乗り込み着席していく。さっきの謎の女性の一人『不知火』がバイザーを被ったまま機内で座席の案内をしている。

 

提督は聞く。

「あれ? 不知火は操縦できるのか?」

 

すると彼女はちょっと苦笑したように返した。

「私は早苗って言います……よろしく提督」

 

彼はチョッと驚いた。

「ええ?……ああ、やっぱり艦娘だったか?」

「はい、艦娘です」

 

提督はふと思い出したように頭を下げた。

「ごめん、不知火じゃなかったな」

 

でも彼女は恥ずかしそうに笑った。

「雰囲気は似ているとよく言われますけど……」

 

彼女に案内されて提督と美保司令も着席してベルトを締める。司令は説明する。

「これはジェットでないので艦娘の彼女でもリアル運用が出来るのが利点です。結構、この機体を使った災害派遣が多いんですよ。このごろでは隠岐とか、ごくまれに朝鮮半島とかへの海外派遣もありますし」

 

それを聞きながら提督は早苗の顔を改めてみた。

「あれ? 不知火かと思ったけど、よく見ると何となくカヨに似ているような」

 

すると美保司令が笑いながら言った。

「すみませんね、この子は私の娘なんです」

「ええ? お前ケッコンしてたのか?」

 

またまたサプライズである。

 

 




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第18話:<オスプレイ>

ブルネイ一行を乗せたオスプレイは空軍基地を飛び立って一路、美保鎮守府へと向かう。


『後ろのがあのボーキィフジですね』

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第18話:<オスプレイ>

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「出発します」

機長席から早苗がアナウンスする。

 

 エンジンの出力が上がり空軍基地の誘導員に従ってオスプレイはゆっくりと格納庫から外に出ると誘導路へと入った。

 盛んに管制塔と交信をしながら操縦席の二人と無線担当の寛代が慌ただしくインカムで通信しつつ計器類の操作をしている。

 

 それを見ながら金城提督は美保司令に聞いた。

「さっきの話だけど……誰とケッコンしたんだい?」

 

「はい……重巡の祥高と」

あぁ、ブルネイにも来た彼女だなと提督は連想した。そうか、それで早苗ちゃんの髪の毛の色が不知火とは違っていたか。

 

「そりゃ、まずは『おめでとう』だな!」

「ありがとうございます」

 

提督は軽くあごに手を当てながら腕を組んだ。

「そうだよな。鎮守府で十何年も経っていればなあぁ当然ケッコンくらいするよな」

 

その言葉には金剛を筆頭にブルネイの艦娘たちも盛んにうなづいている。

 

 日本語の分からないPOLAは窓の外を興味深そうに見ていた。美保空軍基地の周りには平地ではあるが人家がほとんど無く樹高の低い木々や緑が多い。

 

 オスプレイは誘導路から滑走路に入る。機体はしばらく滑走路を走りながら何本もの白や黄色のラインを越えて離陸開始地点へと向かう。

 

 提督は思い出したように美保司令に聞いた。

「トンチンカンな質問で済まんが、もう一人の艦娘って、まさか大井じゃないよな?」

 

「ええ、違います。彼女は『伊吹』という艦娘で実はあの『大井』の娘です」

美保提督は先ほどとは違って今度は即答した。

 

「えぁ!」

提督が驚いた。妙な驚き方に金剛が目を丸くしていた。

 

 恐らく大井ではないと思っていたが、まさか彼女の子供だったとは……。ただ同時に美保司令がさっきの空軍の会議室では彼女たちのことをハッキリと言わなかったのは、空軍にも、この事実を知られたくなかったのかな? とも感じた。

 

 今でこそ艦娘とのケッコンは珍しくは無いが、その子供たちまでも既に軍人として前線に出ているとなれば、またうるさいマスコミも含めて微妙な問題になりかねない。

 

「あの大井がケッコンかぁ……」

 一般的な量産型の大井の性格を思えば、にわかには信じられないことだ。ひょっとしたら、美保鎮守府の大井は特殊な事情があったのかも知れない。だが美保鎮守府も時代も、刻一刻と変遷し動いているんだなと提督は感じるのだった。

 

彼は改めて興味深そうな顔をして聞いた。

「大井の相手って、まさかお前?」

 

「いや、残念ながら違いますね」

 美保司令は軽く笑った。

 

 操縦席からは「離陸します」という声がしてオスプレイはエンジン出力を上げた。機体はゆっくりと滑走路を前進し始める。機内はエンジン音が大きくなり、しばらくは会話どころではない感じだ。

 

 窓を流れる景色が次第に速くなり滑走路上を十分に加速したオスプレイは意外なほど短距離で離陸した。水平飛行体勢での離陸も比較的スムーズな感じだ。機内では前方方向からの軽く押さえつけられるようなGを受ける。

 

 しばらくオスプレイは急角度で上昇を続けた。さほど加速感は無いのにグイグイと上昇するのはレシプロ機ならではの運動性能だ。

 

 下の方に遠ざかる地面を見ながら提督は美保に来て『あっという間』に時代が駆け抜けてしまったような妙な感覚に捉われるのだった。

 

 機体が水平飛行に入るとエンジンも若干静かになった。提督は独り言のように呟いた。

「しかし車でも行ける距離を航空機で移動とは贅沢だな」

 

 やがて窓から美保空軍の滑走路とキラキラと日の光を反射する水面が見えた。

 

「あれが確か中海(なかうみ)っていう内海ですよね」

青葉が博識振りを見せる。

 

『ねぇねぇケリーィ、後ろのがあのでっかい山がボーキィフジですね』

かすかに見える大山を見ながらPOLAが嬉しそうに突っ込みを入れる。なかなか好奇心の強そうな子だ。青葉とケリーはそれを聞いて苦笑していた。

 

 実は提督もPOLA同様、好奇心旺盛に『アレもこれも聞きたい!』という衝動に駆られていた。まるで自分の方が新たにタイムスリップして来たような気分だ。

 

 しかし特殊事情も含めて大井の娘の件など艦娘に関するナイーブな質問は鎮守府に到着して、ある程度は落ち着いてからの方が良いだろうと思い直した。

 

 彼は別の軽い話題で聞いてみた。

「美保鎮守府には滑走路は無いんだろう? 埋立地って聞いているけど」

 

美保司令は彼を向いて答えた。

「埠頭横に簡易へリポートを作りました。この機体は僅かな土地で離着陸できるので美保のような小さい鎮守府でも運用面で、かなり便利ですよ」

「なるほどね」

 

 やがてオスプレイは中海上空で大きく旋回した。レシプロだから小回りが利く。機体が大きくバンクすると直ぐに来るときに見たのと逆の光景……右手に大山、左手に島根半島が見える状態になった。

 

「この機体って確かリアルな空母でも運用できるんだろう?」

唐突に川内が聞いた。意外な突込みをするな。

 

美保司令はあまり表情を変えずに川内を見て答えた。

「そうですね。ただ美保鎮守府ではリアル空母の運用が出来ないので現実的に想定外ですが」

 

それを聞きながら提督は、米軍がわざわざ美保にこの機体を貸し出すということは必ず何らかの意図……例えば運用実験目的があってのことだろうと感じていた。

 

いや、それ以上にあのジジイめ……奴ぁオスプレイのことだって知っているだろう? 彼は頃合いをみて直接連絡して問い詰めてやろうと思った。

 

操縦席から早苗がアナウンスする。

「間もなく鎮守府に到着します」

 

 近距離だからベルトを着脱する暇もなかった。直ぐにググッとブレーキをかけるような前方へのGが掛かって減速し翼の辺りからゴンゴンと大きな音が響いてくる。いよいよこの機体独特の着陸態勢に入るらしい。

 

 美保鎮守府の管制官(秘書艦?)と早苗は盛んに交信をしている。窓の外には輸送機からも見えた美保鎮守府の建物が確認できる。

 

『Oh、ミニチュアね』

POLAが喜んで手を叩いている。けっこう純粋な子だな。

 

「しかし艦娘の鎮守府にリアルサイズの軍用機で降りるって言うのも何だか妙な感覚だな」

提督が言うと美保司令も同意した。

 

「そうですね。長らく艦娘の相手ばかりしていると、いざ実寸の兵器と接すると最初は違和感がありますよね」

「しかし艦娘が操縦する実機って言うのも、十分に違和感があるよな」

 

その発言には美保提督も苦笑した。そうこうしているうちにオスプレイは美保鎮守府のヘリポートへと着陸体勢に入った。ふと見ると窓の外に着陸の誘導員と出迎えの何人もの艦娘たちの姿が見えた。なかなかの歓迎振りだな。

 

 あと僅かで着地という瞬間にオスプレイのローターで吹き付ける強風で周囲の出迎えの艦娘たちのスカートが一斉に舞い上がった……それは実に喜ばしい光景だった。

 

 ただそれ以上に艦娘たちの姿を見ると改めてホッとした気分になった提督だった。

 

「やっぱりオレにゃ艦娘が居ないとダメなんだな……」

誰が聞くとも無く彼は呟いていた。それを聞いた美保司令もうなづいていた。

 

 




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第19話:<みほちん再び>

美保鎮守府に到着したブルネイ一行。提督は改めてそのコンパクトさに驚く。


「ちっさいなぁ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第19話:<みほちん再び>

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 オスプレイは鎮守府の横の広場……急ごしらえのヘリポートに着陸した。

早苗は無線交信後、バイザーを外して振り返る。ショートの髪の毛が広がる。

「お待たせしました。美保鎮守府に到着です」

 

すると今まで黙っていた隣の伊吹もバイザーを取って振り返る……やっぱり大井に良く似ているな。

「皆さん、ようこそ美保鎮守府へ!」

 

 改めて見る美保鎮守府は本当に小さいな……驚きだ。艦娘オンリーだとこうなるのか? 表からは埠頭が見えにくい上に、さっきも確認したとおりガントリークレーンすらない。

 

建物はレンガ造りではあるが別に看板を堂々と出しているわけでもないし普通の鎮守府にありがちなゲートすらない。

 

「ちっさいなぁ」

「オドロキです」

ブルネイの艦娘たちも口々に言う。

 

「初めて来た関係者は皆そう言いますよ。ただ逆にそれが、いいカモフラージュになります」

ベルトを外しながら美保司令は説明する。

 

確かに……何も知らなければ鎮守府だということすら分からないだろう。意識しなければ上空から見ても分からなかったくらいだ。

 

「鎮守府としては国内最小。それでいてオスプレイを始めジェットなど実は機密事項の山……。だから陸軍と協力してスパイ対策には骨を折っています」

 

提督は少し驚いた。

「陸軍……そうなのか?」

 

「ええ、美保では過去に二回も深海棲艦やシナの上陸を許しましたからね。今では深海棲艦だけでなくシナの潜水艦や艦船への対策も密に行っています」

 

対策と聞いて提督はふと日本海に漁船がいたことを思い出した。確かに制海権も含めて努力しているのだな。

 

ベルトを外した美保司令が立ち上がって言う。

「では、皆さんベルトを外してどうぞ、外へ」

 

 彼の言う背後で意外にも寛代がさっと動いてハッチを開ける。力仕事の似合わないスローテンポな感じの艦娘なのに……と機内のゲストたちは思ったことだろう。

 

 まずは美保司令が先に外に出る。次に寛代が無言のままハッチの脇に立って『どうぞ』といった感じで手招きをする。この不器用な感じは変わらないなと提督が思っていると、あれ? 秘かに悪戯っぽくニタニタ笑っている。あはは、こういう『強さ』がある艦娘に成長したんだなと彼は微笑ましく思った。その笑顔は何処と無く『母親』……技術参謀に似ていた。

 

 まずは提督と金剛、続いてケリーやPOLAが外へ出る。機外の直ぐのところに司令が立ち、その脇に……おお、噂の祥高が立っている。提督としては1年ぶりくらいなのだが、不思議と10年ぶりくらいの印象だ。比較的長身の彼女。当然、美人である。

 

しばし立ち止まった提督に金剛が聞いた。

「どうしたのdarling?」

 

「いや……」

何だろうか、美保司令もそうだったが祥高にも独特の貫禄というか、落ち着いているのに圧倒されるオーラを感じた。ただ提督は1年ぶりでも彼らは実質10年以上経っているから当然か……。

 

「お久しぶりです提督」

祥高が声を掛けてきた。

 

「美保鎮守府、司令部室長兼副司令の祥高です」

そう言って彼女は敬礼をした。

 

軽く敬礼を返しながら提督は応えた。

「ああ久しぶり……そうそう、ケッコンしたんだってな。おめでとう」

 

彼が声を掛けると彼女は少しはにかんだような表情を浮かべて応えた。

「ありがとうございます」

 

「まずは応接室……いや、会議室の方が良いか」

美保司令はそう言いながら秘書艦らしき艦娘に声を掛ける。

 

「おーい、大淀さん! 皆さんを会議室に」

 

声を掛けられた大淀が出迎えの艦娘たちの中から駆け寄ってきて提督の前でさっと敬礼する。

「初めまして提督! 美保鎮守府第一秘書艦『大淀』です。皆さんをご案内します。どうぞこちらへ」

 

『第一?』と提督が思う間もなくその直ぐ後から霞がやってきた。そして彼女もまた敬礼をすると英語で案内をし始めた。

『同じく美保鎮守府秘書艦補佐、霞です。ようこそいらっしゃいました!』

 

へえ、ここの霞は英語を話すんだと提督は感心した。

 

大淀を先頭に鎮守府本館へ向かう一行。周りの艦娘たちからは拍手が起こる。

 

 ヘリポートへの連絡通路を通り過ぎながら提督が見ると、出迎えの艦娘たちは美保の金剛姉妹たちに、伊勢、赤城、北上、那珂……主要な艦娘は揃っているが、やはり戦艦が少ないかな? という印象を受けた。鎮守府そのものだけでなく、所属する艦娘たちもこじんまりとしているのだろうか。

 

 ふと見ると、海の向こうに浮かぶようにして大山が見えた。ここが美保湾なのだ。海から吹く風が心地よかった。

 

 本館に入る手前には工廠っぽい建物や、綺麗なテラスのある食堂がチラッと見えた。まるで小さなリゾート地のような雰囲気があった。

 

 本館に入ると2階へ上がり、すぐに会議室に着いた。提督は苦笑した。ブルネイの施設群の大きさと比べると本当にコンパクトだなあと。ただ逆に、この小ささが風通しの良さにつながり『スパイ』対策などに有効なのかも知れない。

 

 会議室に入ると白塗りの大きなテーブルと、座り心地の良さそうな椅子が並んでいる。

 

美保司令は言った。

「ここでは、提督や司令以外は席順は決まっていません。階級も無視して結構ですので、上座には提督ご夫妻。あとは自由に座って下さい。あ、前のほうは開けないように順に詰めて下さいね」

 

そうか、ブルネイも自由な雰囲気だが、ここも独特の『自由さ』があると提督は思った。直ぐに彼は金剛の手を取って上座へ向かう。

 

「へえ、『自由』って言葉、鎮守府らしいよね」

川内が呟く言うと青葉が解説する。

 

「日本国内の主要な鎮守府では、それぞれが『独自』の『しきたり』で運営されているって言うよ。うちもそうだけど、美保鎮守府も、そうなんだね」

 

「ふーん」と川内は感心したようだった。

 

「日本の海軍は比較的フリーだって聞いたけど、本当なんだね」

ケリーも日本語で感心したように言う。『何て言ったのか』的にPOLAが彼女を小突いている。ケリーは改めて英語で説明をしていた。

 

「皆さん、お座りになりましたでしょうか?」

突然響く優しい声……見るとやはり、お盆を抱えた鳳翔さんだった。

 

「最初はコーヒーをお出しします。今日は暑いのでアイスコーヒーで……あの、コーヒーがダメな方は、いらっしゃいませんよね?」

彼女の控え目だが包み込むような優しい笑顔を見たら、誰でも拒否できなくなりそうだった。良いねえ、彼女は。

 

全員が着席すると美保司令は後ろのほうの空いた席の側に立って言った。

「皆さん今日は遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。今回は視察ですので簡単に美保鎮守府のご紹介を致しましょう……あ、コーヒーを出してから始めますね」

 

 以前、彼と最初に出会ったときは、あまり意識しなかったが自分のホームグラウンドたる美保鎮守府での彼はノビノビしているなと提督には感じられた。陸軍や空軍に比べると海軍は比較的大らかで自由な雰囲気があるというが、改めてここも海軍の流れを汲んでいるなと思うのだった。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第20話:<説明と隔たり>

最初に美保鎮守府の概要が説明され、続いて質疑の時間となるが、そこに呼ばれたメンバーは……


「オブザーバーを呼んでも宜しいでしょうか?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第20話:<説明と隔たり>

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 鳳翔さんが退出した後、美保司令は相変わらず後ろの空いた席の横に立ったままニコニコしている。彼のホームグラウンドたる美保鎮守府での自由さは、このレクチャーの進行具合からも見て取れた。

 

まずブルネイの青葉が挙手をした。

「美保司令、質問宜しいでしょうか?」

 

「どうぞ」

「美保鎮守府ご紹介との事ですが、どのような進行形式でしょうか? たとえばスライドか視覚資料を使うのか、板書なのか、あるいは直接講義形式でしょうか?」

 

美保司令は微笑んだ。

「えっと、どれが良いですか?」

 

 その言葉に一瞬ギョッとするブルネイの艦娘たち。『決まっていないんだ』と呆れたような肩透かしを食らったような顔をしている。それはケリーも同じだった。

 

 金城提督にとっては今までに多種多様な提督や司令官たちを見てきた。今さら美保司令がどんなタイプのレクチャーをすると言っても別に驚かない。ただブルネイの彼女たちには他の提督のタイプは知り得ないから想像を絶するだろう。

 

「darling、どうスル?」

気を利かせた金剛が小声で耳打ちしてくる。ここはオレが口を挟まないと話が前に進まないよな。提督は軽く手を上げて、そのまま聞いた。

「時間は、どのくらい取れる?」

 

美保司令は相変わらず笑顔で答える。

「そうですね……いま午前11時ですから午前中は1時間ってところです。もちろん不足するでしょうから午後も数時間、取りましょうか?」

 

意外に美保司令もアバウトな性格だな。海軍の指揮官はそんなタイプが多い。提督は言った。

「それなら各自が自由に質問を出し、そちらで答えてもらうという自由討議形式で構わないだろうか?」

 

「はい、それで行きましょう」

即答だが安易だな。

 

 その時ドアをノックして「失礼します」と入ってきたのは鳳翔さん。響と雷が補佐的にコーヒーを配って回る。こういう動作は得意そうな第六駆逐隊だ。

 

それを見ながら美保提督は言った。

「まずはうちの副司令からざっと美保鎮守府の概要を説明して貰いましょう」

 

 彼の目配せを受けて祥高が立ち上がると何かのリモコンを操作する。天井のプロジェクターが点灯し前の壁にはスクリーンが下りてきた。同時に霞が手際よく資料を配り始める。

 

 第六駆逐隊と鳳翔さんが会釈をして退出すると同時にカーテンが自動でスライドし部屋が暗くなる。祥高がレーザーポインタを持ってスクリーンに映し出された年表に説明を始める。

 

「手元の資料に概要は書いてございます。当鎮守府は海軍・第三次:鎮守府再配置計画に基づき設置されました」

 

見ると早くもユラユラと『舟を漕ぎ』始めたのはPOLA、続いて金剛。祥高は意外と『癒し系』の緩い喋り方をするので、なおさら危ない。

 

「日本海西方、特に舞鶴鎮守府の艦娘だけでは航続距離の関係でカバーし切れない鳥取県西部から島根県の沿岸部が中心です。ここの守備を担当しています」

 

 祥高はスクリーンの地図を示す。だが米海軍のケリーもやや微妙な情勢になってきた。さすがに青葉はメモ取りながら必死に聞いている。提督も……ちょっと微妙。

 ここで意外なのは川内。夜戦が得意な為か知らないけれど薄暗い室内で目を爛々と輝かせて聞いている。良いぞ。

 

「設置当初この鎮守府において山陰海岸特有の入り組んだ海岸線や遠浅の地形が多いこと考慮し大型艦や重巡よりは装備運用面で軽巡、さらに運動性能で小回りの利く駆逐艦が重点的に編成されてました」

ここで設立当初の艦娘の一覧……50人も居ない表が示される。

 

だが気が付くと提督も徐々に意識が遠のきつつあって危なかった。彼が最後に覚えているのは

「当地は埋立地を開削したため水深が浅く一般的な艦艇が入れないため、かなり規模の小さな鎮守府となっていますが逆に、それがメリットでもあります」

 

というくだり。その後しばらく呪文のような講義の言葉が、まどろむ者たちの脳内を漂っていた。彼らが気が付いたのは「……以上です」という祥高の締めの言葉だった。

 

 人間(艦娘)は、なぜか居眠りをしていても聴覚神経はどこか覚醒しているらしい。潜在意識か何か知らないが区切りの良い単語には敏感に反応する。

 POLAと金剛を除いたメンバーはそこで『覚醒』した。未だ『浮上』しない二人について、それぞれの『相方』が慌てて起こそうとしすると意外にも美保司令は手を振って『良いよ、そのままで……』と言った。

 こういう場合、激怒する指揮官と、そうでないパターンに別れる。美保司令は後者であるらしい。

 

 説明が終わってもカーテンはそのままで部屋のライトだけが点灯された。講義の間も立ったままで座っていなかった美保司令。後ろの方から言った。

「概要は以上です。これから質疑に入ります。ここでオブザーバーを呼んでも宜しいでしょうか?」

 

もちろん誰も異議は無い。司令が副司令に合図をすると直ぐにドアをノックする音がして数名の艦娘が順次入ってきた。その姿を見て提督はギョッとした。

 

 部屋に入ってきたのは美保の青葉と金剛、赤城と大井だった。

 会場の雰囲気と提督の心情を察したのか轟沈していたブルネイ金剛は、ここで再浮上。口から半分流れたモノを手で軽く拭いながら辺りをキョロキョロと見回す。

 彼女は直ぐに美保の金剛を発見して小さく手を振る。美保の彼女も同じく手を振っている。この二人はどの鎮守府でも同じような性格だから不思議だ。

 

 オブザーバーの最初の二人、青葉と金剛については、どの鎮守府においても『生き字引』であり『重鎮』とも言える立場が多い。オブザーバーとしても納得できる。

 

 ただ提督が気になったのは赤城と大井だ。それでも赤城は主力空母としての位置も多いから分かる。問題は大井だ。

 

 気になる『彼女』が来たか……まさか『娘』のことに触れるのだろうか? 仮にそうだとすれば、それ以前に美保司令と祥高も自分の『娘』について言及するに違いない。提督は鳥肌が立った。艦娘の2世?

 

 提督の静かな緊張の高まりを敏感に察した金剛は、美保の金剛に手を振っていた手を慌てて降ろした。

 

「ごめんね、darling」

小声で謝罪する彼女。

 

だが提督は金剛の顔を見ながら低いトーンで言った。

「いや気にすンな。美保司令も『自由討議形式で構わない』って言ってたろ? 彼の雰囲気だと深刻な内容もサラリと言ってのけそうだ。そういう『心の準備』は、しておけよ」

 

「oh」

分かったのか分かっていないのか微妙な反応を返す金剛。

 

「これは……戦いだね」

川内が呟く。この子は妙に鋭い。その表現はアレだけど言葉の本質は間違っていない。ケリーも慌ててメモ帳を取り出している。青葉はとっくにスタンバイOKだ。なおPOLAは未だ轟沈中。

 

 これは現代と過去を埋める重要な情報交換の場になるのだろうか? あるいはまた適当に、はぐらかされてしまうのか? そんな戦いであると提督には感じられた。

 そして元帥の顔が改めてチラチラと浮かぶ。

 

『ジイさん、あんたの意図は何だ?』

彼は心で問いかけた。もちろん返事は無い。

 

美保司令は相変わらず立ったまま全体を見渡している。ほぼ全体が落ち着いたなというタイミングで彼は、おもむろに言った。

「では、自由討議形式で始めましょうか?」

 

時の壁はオレに何を悟らせようとしているのか? 提督は思わず自問した。

 

その時だった。美保司令が言った。

「祥高さん、アレ持ってきているかな?」

 

「アレ?」

提督は気になった。祥高が頷くと霞が何かを持ってきた。

 

 

 




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第21話:<誓約書と轟沈>

午前中は誓約書で手こずって時間を浪費。その後、軽く質疑を進めるつもりがいきなり……


「私は一度、轟沈しました」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第21話:<誓約書と轟沈>

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 霞が配ったもの……それは何かの誓約書だった。

 

美保司令が説明する。

「これから、ざっくばらんな自由討議の時間となりますけど。その前に申し訳ないですが誓約書に署名を頂きます。情報漏えいに関する機密保持の為の物で皆さんと帝国海軍との間で交わす誓約書になります」

 

『え?』という表情の艦娘たち。金城提督も何となく内容は分かるのだが……。

 

相変わらずニコニコして美保司令は続ける。

「ここは軍隊です。当然、国家機密も扱います。皆さんを疑うわけではありませんが、いま日本ではコンプライアンスとかいろいろうるさくて……上のほうから、こういう場では必ず署名を取るように言われていますので」

 

金城提督をはじめ、会場内のブルネイメンバーは皆、引いている。当然だろう。ブルネイにはこんな物はない。

 

「まあ、分かるがね……」

呟く提督。軍令部がお役所仕事なのは分かるが、いきなりこういう形式的なものが出て来ると当然、抵抗感がある。

 

「もちろん強制はしませんが、これに署名をされない場合は退席して頂きます。正直、私もこういうのは苦手ですけどね」

後ろのほうから相変わらず立ったままの美保司令が申し訳無さそうに言う。

 

「どうするの? darling」

金剛が聞いてい来る。

 

「そうだなあ……」

 

そのとき声がする。

「もう記入して良いか」

 

意外にもケリーが発言した。その横では、いつの間にか目覚めたPOLAが寝ぼけ眼でペンを握って早くも署名をしようとしている。おいおい内容は分かっているのか? ……あ、彼らの誓約書は英文だな。

 

その疑問を察したようにケリーが日本語で言う。

「これ、読み合わせしなくても書いてある内容を理解したと判断して自主的に書いても良いんでしょ」

「はい、仰るとおりです」

 

 それを聞いて金城提督は思った。西洋人はこういう『契約書』的なものには慣れている。だからPOLAも抵抗感なく書面に署名しようとするのだろう。事実、念のためにケリーから書面の説明を受けながら何度もうなづいて記入をしているPOLA。

 

すると艦娘が一人手を上げながら立ち上がった。

「私、拒否しても良いかな……」

 

それは川内だった。

「こういうのって、イマイチ苦手なんだよね」

 

「もちろん自由ですが……」

そう言いながら司令は提督の顔を見た。提督も川内もハッとした。ここは個人の意見を主張する場ではない。軍隊なのだ……。

 

直ぐに頭を振って自分の頬を何度か叩いた川内は、赤くなった頬を更に赤らめながら言った。

「あの……すみません。寝ぼけて判断を誤るところでした……前言撤回です」

 

そう言って彼女は再び着席した。それを見ていた青葉がホッとしたような表情を浮かべた。直ぐに提督は腹を決めたように言った。

「念のために、読み合わせはしてもらおうか」

 

「分かりました。では祥高さん、お願いします」

美保司令は言った。するとケリーが割って入る。

 

「私たちは書いたからね」

米軍メンバー二人は既に記入済み……POLAは誓約書を横にして、また突っ伏している。

 

 その後、5分ほど内容の確認をした。もちろんそれは軍人としては守るべき当然の内容である。少し違うのはブルネイメンバーが美保鎮守府に居る間に知り得た全ての軍事機密事項の保持という文言が有ること。それは仮に軍隊を離れた場合も契約が継続し、万が一国籍を変える場合は個別に協議することとある……基本的に艦娘には不必要な内容だが、お役所仕事だ。仕方がない。

 書類を確認した祥高は、それを霞に渡し彼女はケースにしまうと礼をして一旦退出した。

 

 何だかんだで午前中は残り僅かとなってしまった。美保司令が言う。

「ちょっと時間も少なくなりましたが午前中は軽く行きましょうか? では司会は副司令である祥高さんにお願いします。私は失礼して……」

 

ここで初めて司令は着席をした。一番末席に。

 

 改めて祥高が挨拶をする。

「では司会進行を賜りました祥高と申します。よろしくお願いします」

会場から軽い拍手。

 

「あまり時間が無いからな、オレから行こうか」

提督が言うと祥高は「どうぞ」と言った。

 

「美保では、今でも轟沈ゼロ記録を更新中かい?」

これは簡単では有るが重要な質問だ。機密としてのランクは低いが軽いジャブ的なモノ。良くも悪くも鎮守府の内容を量るものといえよう。

 

 金城提督としては、この質問は当然の結果が返るものとして、さほど重視していなかったのだが意外にも美保司令は答えに詰まったような表情をした。あれ?

 いや司令は困った表情と言うよりも質問の意味をよく分かっていないような一瞬呆けたような表情を浮かべた。すると直ぐに赤城が挙手をした。

 

「赤城さんどうぞ」

ちょっと慌てたような祥高。(それも気になる)

 

赤城はゆっくりと立ち上がった。

「ブルネイの皆さん初めまして。私は赤城……って、見れば分かりますよね」

 

ギャグのつもりは無いのだろうが会場は笑いに包まれた。赤城本人も苦笑した。

 だがこの赤城は普通(デフォルト)の赤城とちょっと違う印象だなと提督は感じた。本当に量産型か? そもそも彼女は戦闘服もなぜか普通の赤城のものではない。ケリーが着ているような米軍の軍服に近いタイプで人間の兵士が着るようなツナギの軍服なのだ。けしからんことに太ももが出ていない(笑)

(なおケリーの軍服は幸いにして膝から下は見えるスカートタイプである)

 

そもそも、さっきの轟沈の質問と、この赤城と、どういう関連があるのだろうか?

 

違和感のある『赤城』は語り始める。

「えっと……私は量産型の赤城になります。ここ美保にはオリジナルの赤城さんもいらっしゃるのですが……」

 急にうつむき加減になって机に「の」の字を書き始めた赤城。おいおい、大丈夫か?

隣に座っている大井も心配そうに彼女を見上げる。視線が合った赤城は軽くうなづくと決意をしたように続けた。

 

「あの……済みません、私が一度、その轟沈しました」

 

「え?」

一瞬、彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。それは艦娘たちも同様だろう。なぜ轟沈した艦娘がここに?

 

 ただケリーは意外に真面目な顔をして腕を組んで見ている。美保司令は帽子を脱いで机に片肘を付いてアゴに手をやっている。彼もケリーと同じように事実を確認しているように淡々とした表情を浮かべている。

 

この二人は当然、赤城轟沈の事情を知っているのだろうが当事者である美保司令から妙な違和感が感じられるのはナゼだろうか? まるで他人事のような……轟沈ゼロ鎮守府提督らしくないと金城提督は思うのだった。

 

赤城は続ける。

「でもゴメンナサイ。私もその時は必死で……あまり記憶が無くて。最前線で既に大破していた私は撤退命令が出てもおかしくない状況で、なおも敵陣に突っ込みました。気が付くと敵の航空機に囲まれていて、そこから発射された魚雷が4発ほど直撃したことまでは覚えています」

 

軽い質問のつもりがいきなり会場内は重くなった。赤城は立ちながら固まっている。

 

「赤城さん、ありがとう。もう良いわ」

祥高が言う。大井とは反対側に座っていた美保の金剛が赤城の肩を抱えながらゆっくりと座らせた。この金剛は何かを知っている雰囲気だな。

 

祥高は補足する。

「美保鎮守府で遠征初参加の際に量産型の赤城さんが一度、轟沈したことは事実です。彼女が参加して大破したことは軍の公式記録にも残っていますが……轟沈とは記述されていません」

 

「はあ?」

提督は思わず声を出した。

 

「どういうことだ?」

 

「はい」

意外にも祥高は微笑んだ。

 

「公式的な記録では、美保の赤城さんは一旦轟沈寸前の大破まで行きましたがその後、瀕死の状態で海上を漂っているところを重巡祥高および駆逐艦寛代によって発見されました。そのまま彼女は前線基地まで曳航されました」

 

「結局どっちが正しいネ?」

堪らずブルネイの金剛も突っ込んだ。

 

「はい。ですからどちらも正しい……でも軍の公式記録では結果だけが残されました」

 

初っ端から混乱させられる状態になった。やはり一筋縄では行かなかったか。何となくあの祥高や金剛、大井は何かを伏せている……そんな印象だ。

 

 思わず元帥の得意そうな顔が思い浮かんだ。あのジイさんは恐らくこういった裏の事情も全て知っているのだろうな……可愛くない。

 

だがブルネイの青葉が手を挙げた。

「青葉さん、どうぞ」

 

司会に指名された青葉が立ち上がった。

「一つ確認です。美保の大井さんも似たような経緯を辿った、というのは事実でしょうか」

 

いきなり強烈な質問だ。提督を始め他の艦娘も騒然とする。だが青葉は何処からそんな情報を掴んで来たんだ?

 

すると大井が手を挙げた。

「大井さん、どうぞ」

 

軽く会釈をして立ち上がった彼女は言った。

「美保鎮守府で教育を担当しています大井です」

 

いよいよ本命登場か。彼女も妙に落ち着いた感じで量産型の大井とは少し印象が異なる子だ。

 

 




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第22話:<大井の過去>

提督たちは大井の過去についていろいろ質問をする。しかし彼女は返答に窮する。


「この場で話しても良いのでしょうか?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第22話:<大井の過去>

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 艦娘というのは量産化技術が確立した後、各地で同じ艦娘が増えた。中でも金剛のように強烈な個性を持つ艦娘は、どの鎮守府でもだいたい同じような性格になる傾向がある。

 ただそれ以外の艦娘になると量産型の子でも鎮守府によって微妙に性格が変わる。オリジナルも含め先天的な基本的性格もあるが後天的に受ける要素も大きい。

 

 特にブラック鎮守府といわれる過酷な環境下では艦娘たちは戦場で受ける精神的ダメージ以上の影響を受けることがある。それはそうだ。戦場なら逃亡もできるが鎮守府では逆に逃げ道が無い。法治国家ではなおさらだ。

 

 もちろんブルネイや美保はブラックではないはずだが、この大井は何かあったのだろうか? ましてや子供まで居るという。実に気になるところだ。

 

やや伏し目がちに大井は語り始める。

「ブルネイの青葉さんがどの程度お調べになったのかは知りませんが……」

 

固唾を呑んで聞く一同。ふと大井は祥高の方を見る。

「あの……これはこの場で話しても良いのでしょうか?」

 

祥高はうなづく。

「誓約書も取っているので構いませんが……司令に関する内容はなるべく避けてください」

 

 お! 予防線を張られたなと金城提督は思った。美保司令に関するというのはどういった内容なのだろうか? それも気になるが後で司令に直接聞けばいいだろう。青葉はメモ帳を開いて何かの内容をチェックしている。

 

大井はやや怯えるように語り始める。

「そちらの青葉さんが仰るとおり私は轟沈してから再浮上しました。ただ申し訳ないのですが沈んでいたときの記憶はありません。沈む直前と……浮上してからの記憶だけです」

 

 ここで待ち構えたように提督は挙手をする。それを見てさらに怯えたような表情を見せた大井。おいおい教育担当者がそんな肝の細さで大丈夫なのか?

 

「提督どうぞ」

祥高に言われた彼は多少、大井に気遣いながらも美保側全体に質問をした。

 

「いろんな事情がありそうだが、その内容はまず軍にはどういう報告がなされているんだ? あと『伊吹』という子供が居るが父親は誰だ?」

 どんどん核心に迫る。だが美保司令を見ると彼は相変わらず無表情に近いのが気になった。この場でも存在感が無い。これは美保鎮守府で起きた話では無いのか?

 

「……」

案の定、大井は言葉に詰まっている。だがオレの質問に答えずに着席は出来ないだろう。提督がそう思っていると美保の青葉が挙手をした。

 

「青葉さんどうぞ」

「大井さん自身には答え難い内容もありますので私が代わりに答えても宜しいでしょうか?」

 

それを受けて祥高が全体に聞く。

「青葉さんから提案ですが異議のある方はいらっしゃいますか?」

 

特に異議は無い。

「では大井さん着席して下さい。青葉さん、お願いします」

 

「はい」

両青葉の激突……ではないが、これは見ものだな。ケリーも注視している。美保司令は相変わらず無表情に近い。

 

「まず今の大井さんは量産化が確立した直後のブルネイで登録されています。その後、美保へ移動されました。娘さんも同様です。そして彼女の父親は既に退官した軍人だとだけ申し上げておきます。軍籍に無いのでこれ以上はお答えできません」

青葉は意外にあっさりと答えた。提督は小声でこちらの青葉に聞く。

 

「お前の情報では、どうだ?」

「はい」

青葉はペラペラとメモをめくる。おい、まさか調べてあるのか?

「間違いありません。彼女は出生はブルネイで登録されています。伊吹も同様で二人は15年ほど前に建造登録後、美保へ移動されています」

 

「手続きが……」と言いかけて提督は黙った。そういえば当事から祥高型三姉妹が居たからな。その中に本省直属の艦娘が二人も居れば裏で工作するくらい何でもないだろう。

 

 問題は、なぜ大井が轟沈から戻ることが出来たのか? その娘は以後どういう経緯を辿ったのか? いろいろ気になる。ただ大井に関しては、本人も負担だろう。このくらいにしておこうと彼は思うのだった。

 

 それにしても……美保司令の他人行儀さが気になる。むしろ次第に腹立たしくなってきた。なまじ知っている奴だけになおさら痛感する。それでも艦娘の司令官なのか? そんな態度では、まさに美保はブラック一歩手前ではないか?

 

彼の気持ちを察したのか、金剛が手を握ってきた。

「darling」

「ん?」

 

彼女は小声で言う。

「落ち着いてネ」

「ああ」

 

やれやれ……こいつに諭されるとはな。

 

 

 




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第23話:<ジジイ攻撃>

結局、何かを隠しているような美保鎮守府の反応にイラつく提督。そのとき更に腹立たしい事態が発生する。


「おお、ワシじゃ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第23話:<ジジイ攻撃>

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 金城提督は金剛に諭されなかったら、この場で美保司令を糾弾していたかも知れなかった。ただ彼女のお陰で少し落ち着いた。

 

 実はブルネイの青葉や川内も提督が爆発するのではないかと冷や冷やしていた。それほど彼は艦娘を思いやる熱い提督なのだ。

 

ブルネイの彼女たちも美保司令のことは知っていた。そもそもブルネイの多くの艦娘たちは昨年、若い彼に出会っていた。そしてその後も折に付け提督は彼のことを話していた。

 

だからこそ『時を隔てた』とはいえ『現代の美保司令』のあまりの変わり振りに彼女たちもまた意外に思っていたのである。

 

 フィリピン米軍所属のケリーもこの内容には興味があるらしい。しきりにメモを取っている。なおPOLAは相変わらず隣で轟沈中だ。

 

 司会の祥高は壁の時計を見た。いつの間にか13:00に近い。誰もが午前中はこれで終わりかな? と思ったときだった。

 

 美保の赤城がおもむろに手を上げて発言を求めた。一同は何事かと思った。大人しそうな彼女が自ら挙手をするとは珍しい。

 

この赤城ならさほど重い話題にならないと踏んだのか司会の祥高は彼女を指名した。

「赤城さんどうぞ」

 

「はい……」

ゆっくりと立ち上がった赤城はブルネイのメンバー、特に提督の顔を見ながら話し始める。

 

「あの……私は一度、沈んだわけですが……副司令が私を暗闇から救い出して下さったことはご理解頂けたかと思います」

 いや肝心の細かい内容は全然分からないぞ……と提督は思ったが空気を読んで適当にうなづいて置いた。

 

すると彼女は続ける。

「美保の私たちは本当に司令ご夫妻には、とてもお世話になっています。ですから……決して蔑(ないがし)ろにされているとか酷い目に遭わされているとか、そういうことは全くありませんので……そこはぜひブルネイの皆さんにも、ご理解頂きたいのです」

 

普通の赤城よりも少々穏やかな感じの彼女。しかしその真摯な眼差しに思わずたじろいでしまう提督。

 

「いや、もちろんそれは分かるよ、なァ?」

赤城に応えながら、つい彼は隣の金剛に助け舟を求める。

 

「そうね、No problem だヨ」

金剛もまた明るく応えた。同時に対面に座っている美保の金剛と軽くうなづき合っている。

 

「本当に……お願いします。司令には深い事情があるから……」

目をウルウルさせながら何かを訴えて……ハッとした彼女。思わず司会の祥高を見た。当然、彼女は軽く掌を伏せるようなしぐさをした……明らかに赤城の発言を制している。

 

 やはり美保司令については特定の情報が規制されているようだ。その本人は相変わらず末席で無表情である。結局、言葉に詰まりながら赤城は頭を下げて静かに着席した。

 

彼女が座ると同時に祥高は言った。

「午前の時間が長引いて申し訳ありません。直ぐに昼食を取りましょう」

 

 結局、やや消化不良ながら強引に幕引きとなり午前の部は閉会となった。全体は解放感と脱力感に包まれている。提督は絶対に後から美保司令のことを直接聞き出してやろうと思った。

 

祥高は続ける。

「お食事ですが、せっかくの交流の機会ですから食堂で召し上がって頂くことにします。もし不具合があるようでしたら別室をご準備しますので遠慮なく申し出て下さい」

 

 相変わらず半ば強引な進行であるが誰も異議は唱えない。ケリーはPOLAを揺り動かして起こしている。

 

「お食事は階下の食堂になります。霞ちゃん案内をお願い」

司会の言葉で霞がやってきて英語を交えながら案内をする。何人かの艦娘が席から立ち上がり始める。

 

 いやはや午前中だけでかなり疲労した感じだ。しかし美保鎮守府は妙な雰囲気だな。まるで歯車がどこか噛み合っていないような違和感が付きまとう。

 

 鎮守府は司令官の個性を反映するというが美保はこんなにガタガタなのだろうか? このままでは心配だと提督は思うのだった。

 

 そのとき彼のケータイがプルプルと鳴った。

 

「darling、電話!」

金剛が叫ぶ。

 

「分かってるよ!」

何しろ普段はケータイなんか使わないので一瞬焦った提督だった。誰だ? こんなときに……

 

「はい」

彼が慌ててボタンを押して電話に出ると聞き覚えのある声。

 

「おお、ワシじゃ」

「……!」

一瞬、言葉に詰まった。くそジジイめ終わったタイミングを見計らって奇襲攻撃してきたな。瞬間的に文句がこみ上げてくる。

 

「おいっ! これは一体、どういうことだ!」

提督は電話越しに突っかかるようにまくし立てた。周りの艦娘たちが目を丸くしている。だが電話の向こうの老獪な元帥は意外にもビクともしなかった。

 

「どういうこと? ハハハそりゃ結構。美保の司令は上手にやっとるナ」

畜生、ますます訳が分からない。余計に頭に来た。

 

「アンタは全部分かっているんだろう? 裏の事情まで!」

「……だとしたら何じゃ?」

 

くっそう、さっきから『のらりくらり』と逃げやがる。だが提督が何か言いかけたとき、ようやく元帥は答えた。

「良いか……美保鎮守府は平凡に見えて実は諜報戦の最前線基地だ。そうやって翻弄されて頭に来る方が既に負けだとは思わんか?」

 

何だ? これが勝負でオレの負けだって? そうなると悔しいがジイさんの言う通りオレが不利な立場ってわけか。

 

「く……」

「まぁ落ち着け。これも勉強だ。美保がなぜそのサイズなのか? 司令がなぜ、ああなったのか? そして妙な艦娘が多いのはなぜか? 全部そのうち分かる。ただ電話では漏洩の危険があるからな。ワシからは今は話せんナ」

 

悔しいが、それもそうだ。

「もう少し待て。何事も『時』というものがある。『その時』が来るまでお前なりに考えておけ、しばしの宿題じゃ」

 

「お、おい待て! 何だよ?『時』? 宿題って?」

 アッハッハという高笑いと共に一方的に電話を切られた。急いで着歴から掛け直してやろうとしたが当然相手は非通知だった。畜生!

 

「誰? darling」

「ああ? ジィさん……元帥だよ」

 

「Oh」

やや感嘆する金剛だった。

 

「あの……」

美保の霞が食堂への案内に声を掛けて来た。

 

「おお、悪ぃな」

提督は慌ててケータイをしまうと、食堂へと向かうのだった。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第24話:<『自然』な彼女>

艦娘たちは美保鎮守府の小さな食堂に入った。そこは大山の良く見える眺望の良い場所だった。


 

「……アタマをニュートラルにしてみたら?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第24話:<『自然』な彼女>

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 ブルネイと米軍の艦娘たちは1階の食堂に入った。そこで直ぐに声が上がる。

「わぁ、ここも小さいネェ」

「ダメだよ、うちと比べちゃ」

 

ブルネイの艦娘は口々に感想を言う。POLAとケリーも『アメリカンネイビー』だの『カフェテリア』とか言っているから米軍のものと比べているのだろう。

 

狭いとは言っても美保鎮守府の食堂からの眺望はなかなかである。足元まである大きなガラス戸の外側はウッドデッキと芝生になっていて、そのまま中庭を通って埠頭へ出る事が出来る。

 

埠頭から先には鎮守府港湾部の海面が見え、更に向こうには堤防と簡易灯台。そして左右に広がる大山(だいせん)は青い日本海の上に浮かんでいるようだ。美保鎮守府はそのコンパクトさから箱庭を髣髴とさせる。

 

 最初は食堂の小ささを気にしていた艦娘たちも窓の外に広がる眺望を見た途端、感嘆の声を上げて静止してしまう。だいたい皆、同じような反応を示すのが面白い。米軍の二人も同じだがPOLAは盛んに『ボーキフジィ』と繰り返している。

 

「皆さんようこそ……そちらの窓際のテーブルにお座り下さいね」

鳳翔さんがやってきて案内をする。霞も英語で米兵に案内をして、それぞれテーブル席へと着席した。

会議に参加していた美保の艦娘たちも金剛は同じテーブルに、青葉と大井は隣のテーブルに着席をした。二人の金剛は早速、近況報告のような雑談を始める。当たり前だが外見も性格も良く似ている二人だ。

 

 改めて食堂の壁を見ると時間割のような一覧表が張ってある。ここでは食堂は部隊や班ごとに時間差で利用するようになっているらしい。確かに、この広さで一度に利用することは難しいだろう。お昼の時間帯だが視察メンバー以外は半分程度しか利用者が居ない。

 

「あまり凝ったメニューはお出し出来ませんが……」

鳳翔さんは、そう言いながら和風サラダと幕の内のような和定食を出してきた。ここでも第六駆逐隊のメンバーが配膳を手伝う。提督はメニューを見ながら『まあ普通かな……』と思っていた。

 

 米軍メンバーたちは和食というだけでとても喜んでいるようだがブルネイの艦娘たちにとっては提督のBarがあるから舌は肥えている。

 

「特に号令はかけませんから、和定食が配膳された方から順次召し上がって下さいね」

鳳翔さんの言葉を霞が英訳し、各自昼食となった。よく見ていると艦娘なのに手を合わせたり『頂きます』と唱和したりそれぞれだ。艦娘ではないケリーは手を組んでいる。クリスチャンなのだろう。同じように手を組んでいるPOLAが微笑ましい。

 

そういえば司令と祥高の姿が見えないなと提督は思った。どこかで打ち合わせでもしているのだろうと、あまり気にかけなかった。

 

「ねえdarling、食べないの?」

「ああ……」

 

ついついジイさんの『宿題』ではないけど美保鎮守府について考えてしまう。まあ良いか。あまり根を詰めるとメシが不味くなる……そう思いつつ軽く手を合わせてから食事に箸をつける提督だった。

 

するとブルネイの艦娘たちが『意外に美味しい』という感想が聞こえてくる。そりゃ鳳翔さんだから基本は美味しいだろう……お世辞も入ってるのかな?

そう思いつつ提督も和定食の天ぷらに箸を付けてみる。よく見ると野菜の天ぷらだ。カボチャやナスを、そのまま揚げている。シンプルだな。

 

普段の提督はブルネイに居る時は自分で調理することが多い。だから今回のように遠征や出張があると食事時は妙に落ち着かなくなる。

 

 つい素材を見たり自分だったらこうするかな……と考えてしまう。

 

だから天ぷら一つを見ても箸で表から裏へひっくり返してみたり分析してしまうのだ。

 

 今回も穴の開くほど天ぷらを見つめてからゆっくりと口に入れた。すると彼の横に座っていた金剛が対面の金剛との会話を中断して彼を小突く。

「darling」

「なんだ?」

 

「たまにはサ……アタマをニュートラルにしてみたら?」

「お……」

 

『オレはこれが楽しいんだからさ……』と言いかけて止めた。こいつの言うことも一理あるかも知れない。見ると対面の金剛も軽くうなづいてる。

 

「そうだな……」

そう言うと彼は努めて心を白紙にして残りの天ぷらを口の中へ放り込んだ。他の艦娘たちは楽しそうに談笑しながら食事を進めている。それを見ながら提督は金剛の言うとおり、たまには非日常的な環境で『素』の自分を見詰めることも悪くは無いかなと思った。

 

 最初に口にしたカボチャの天ぷらにしても、奇をてらったことは何一つしていない。ただ地の野菜なのだろう。素朴ながら地の香りを伝えてくるような、生命力のようなものを感じた。地産池消と言うが天ぷらも本来は現地で取れたものを現地で食べるのが一番だろう。

 よく見ると他にも小魚やイカリングの天ぷらが添えてある。これは近くの境港という漁港で取れたものを直ぐに持ってきたのだな。そう思えばこの食事も、ここで戴くから最高のものとなり得るのだ。他所へ持って行けば、その生命力が失われる。

 

 なぜかその瞬間、あの元帥の『宿題』という言葉が思い浮かぶのだった。

 

「そうだよdarling」

「え?」

横に居る金剛の顔を見ると、いつになくそこには『自然』な彼女が居た。

 

 戦場に赴くでもない、呆けているのでもない。そこにいるのは部下であり兵士であると同時に自分の最愛の妻である一人の女性の姿だった。純粋に自分に寄り添い心配し、時には耳の痛いことでも躊躇無く指摘できる壁の無い関係。普通の人間と違って艦娘は純粋であるがゆえに、すべての内容がより強調されるのだ。

 

「どうしたのdarling? 私は天ぷらじゃないヨ」

あまりにも凝視したためだろう、そんな冗談めいた返しをしてきた彼女。対面の金剛を始め、それを聞いた周りの艦娘たちも笑う。意外にも食事の場が急に和やかな雰囲気になった。

 

まずい……思わず気分が高揚して金剛を思いっきり抱擁したくなってしまった。すると彼女は人指し指を立てて左右に振りながらなおも言った。

「darling、Noだヨ。時と場所をわきまえようね」

 

これでまた大爆笑になった。ケリーがPOLAに通訳して時間差で彼女は手を叩いて喜んでいる。そのとき彼はフッと感じた。こういう雰囲気になるのはやはり、ここ美保鎮守府を大きく包む美保司令と副司令のゆえでは無いか?

 

 まさかとは思うが元帥の言う『宿題』の一つはこれか? 違和感を感じたのは美保鎮守府ではなく、そう思い込んでいた自分自身ではなかったのか? 何となく金剛に教えられたような気がした。

 

違和感……特にそれを感じたあの美保司令も、ひょっとしたら彼が変なのではなく自分の方が単に構えていただけなのかも知れない。

 

そう考えた瞬間、美保司令と祥高が食堂に揃って入ってきた。敬礼をする他の艦娘たちに軽く手を上げながら彼らは近づいてきた。

 

「お待たせしました。司令部にいるといろいろ連絡や報告が多いですからね」

かれは苦笑しつつ、祥高と共に着席した。

 

 




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第25話:<お釈迦様の掌>(改)

徐々に明らかになる美保鎮守府の位置と、そこに関わる元帥の悪知恵?に驚く提督だった。


 お釈迦様の掌の上で踊っている孫悟空

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第25話:<お釈迦様の掌>(改)

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 美保司令たちは提督の向かい側の空いている場所に着席した。直ぐに鳳翔さんと第六駆逐隊の電チャンが司令たちの食事を配膳する。司令は軽く手を合わせると箸を取った。

 

「どうですか? そろそろ慣れましたか?」

開口一番、美保司令が聞いてくる。

 

「ああ……ただ妙に噛み合わない感じはあるけどな」

これは具体性のない答えだと提督は思った。だがそれを聞いた美保司令は軽くうなづいた。

 

「そうでしょうね。実際、初めてこの鎮守府に来た人は皆さん最初は同じようなことを仰いますよ」

提督は適当に答えたつもりだったが意外にヒットしたようだ。そこで彼は急に美保司令に質問したくなった。

「ぶしつけな質問で悪いけど」

 

「どうぞ」

美保司令は箸を動かしながらニコニコしている。

 

「『時間の壁」と言う期間はあったにせよオレが現在のお前を見ていると去年ブルネイに来たときに比べて、かなり違った印象だ。お前って何か……あったのか?」

提督は一気に問いかけた。

 

 少し表情を変えた彼は副司令である祥高を見た。彼女は何かを目配せをした。それを受けて小さくうなづいた司令は答えた。

「その質問には、いずれ必ずお答えしますが……今この場では、お答え出来ません。その辺りは、ご理解頂けますか?」

 

「あ、ああ……」

また肩透かしか。何か事情はあるのだろうが……ま、軍隊なんてそんなものか。

 

提督がそれ以上の質問は諦めたのを見て美保司令は淡々と言った。

「実は先ほどまで私たちは元帥閣下と打ち合わせしてました」

 

「ブホッ!」

提督は思わず吹いた。

 

『きゃー!』

提督が吹いた先の射程距離内には二人の金剛が居て、その食事にも被弾したようだ。しかし二人とも『やだぁ』と言うだけで提督の唾くらいは気にしていない模様。何事も無かったように食事を続けている。おいおい、お前たちってさすが猛者(もさ)だな。

 

提督がダブル金剛に感心していると司令は続けた。

「もちろん、電話ですが」

 

いや、それは分かる。提督はコップの水を含んでから言った。

「じゃ、お前たちはあのジジィ……いや元帥を知っているのか? 当然オレたちのことも?」

 

「はい。もともとこの美保鎮守府の設営から私の司令としての着任、そしてシナ侵攻に伴う一時的な解任と、再び私がここに赴任するまでの流れは、すべてご存知ですよ。そもそも軍令部で計画された作戦には全部、閣下のチェックが入っています」

 

やられた畜生! やっぱりあのジジイめ、とんだタヌキだ。一瞬怒りがこみ上げたが……いや? ちょっと待て。

「つかぬ事を聞くが、この現代の時間で去年『若い』お前がブルネイに来た演習の企画も、もしかして元帥が知っている?」

 

彼は「はい」と、うなづいた。

「ですから全ての作戦行動は把握されている……もっとも私の演習の場合は特殊現象が起きましたけどね」

 

司令はニヤリとした。そのとき彼は初めて人間らしい表情になった。ひょっとして今までのはポーカーフェイス?

 まあそれは置いといて……確かにアレは特殊過ぎる現象だ。意図的に時間移動できたら、どんな兵器にも勝るよ。

 

 しかし……まるで、お釈迦様の掌の上で踊っている孫悟空になった気分だ。どうあがいたところで海軍に居る以上は、あのジイさんの影響から逃れることは出来ないのだ。

 

 そんな提督の気持ちを察したのか美保司令は微笑みながら言う。

「でも元帥閣下がいらっしゃるからこそ私たち美保もブルネイも同じ組織ながら比較的自由に運営出来ているのだとは思われませんか?」

 

その質問に提督はギクリとした。確かに普通の軍隊では、ここまで自由に振る舞うことは出来ないだろう。鎮守府の予算も他よりは多いらしい。そもそもブルネイに来てからは人事がまったく無い。気になった提督は聞いてみた。

「この美保でも……ひょっとして人事異動とかは無いのか?」

 

彼はうなづいた。

「私が着任してからはありませんね。国内外の閣下の影響下にある鎮守府では直轄地として人事権も含め彼の許可なしには何も発令されません。逆に言うと私たち……いや艦娘も含めて美保やブルネイは閣下に守られていると言える訳です」

 

まさか……と提督は思った。

 

「いわゆるブラック鎮守府とは司令官の問題だけではありませんよ。それを任命した軍部が艦娘を理解していないことにあります。現に閣下とは無関係の鎮守府にはブラック傾向が強いと言います。例えば佐世保とか舞鶴とか……」

美保司令は淡々と説明する。

 

「佐世保と舞鶴って?」

位置関係を考えて提督はハッとした。

 

「おいおい、それじゃ美保って、もしかして?」

「やっと気付きました?」

司令は微笑んだ。

 

「両者の中間ですよ。ここは一種のクサビです。実はかつて私が舞鶴で大井を轟沈させたのも……」

そこまで言いかけて彼は口を閉じた。その本人がこちらを見ている。彼は急に話題を変えた。

 

「知り合いの官僚がよく言います。中央は派閥争いで嫌になると。祥高の姉と妹は、そんな場所で艦娘を守るために閣下と協力して頑張っています」

寛代の母親の技術参謀も、そうだったなと提督は思い出した。

 

美保司令は続けた。

「でも元帥閣下も普段は報告をチェックするだけで、あまり細かいことは仰いませんよね。ああ見えて私たちのことだけでなく我が国の行く末や様々な敵対勢力との効果的な戦い方も含めて常に熟慮されていますよ」

 

「そうかなあ……」

ジイさんの人となりを知る提督には、それはにわかには信じ難い内容だった。

 

司令は続ける。

「私のような者を取り巻く個人的な事情もよく把握されていて今回のフィリピン米軍との交流も閣下の後押しがなければ、とても実現しなかったでしょう」

 

「そういえば、そこだよ」

提督は思い出したように言った。

 

「ジイさんの後押しがあったとは言え、あの米軍の特殊な飛行機だって、そう簡単に借りられるモノじゃないだろう? どういういきさつがあったんだ?」

 

するとブルネイの青葉も割り込んできた。

「それはぜひ聞きたいですね。それに司令は……いえ美保鎮守府では、なぜドイツやイタリア海軍とも強いパイプがあるんですか?」

 

「ええ? 米軍だけでなくドイツやイタリアまで? ……って、それはどういうこと?」

青葉に続いて川内も驚いたように話に加わる。

 

彼女たちを見つつ美保司令は少し考えるような表情を浮かべた。

「そうですね……まぁこの場でそれを話すと長くなりますし、その件については美保の組織なども交えて午後の時間、説明しましょうか?」

 

「ああ」

 その時、提督はふと元帥の言っていた『諜報の最前線』という言葉を思い出していた。何かの情報が集まるからこそ国際的なつながりもまた、この美保では生まれるのだろうか? そしてこの山陰という僻地にあるからこそ生まれるメリットもまたあるに違いない。

 

「そうそう、南シナ海のブルネイもシナへのクサビですから」

司令はさらりと言ってのけた。

 

「え?」

「フィリピンとブルネイと、その先まで結んでシナの海洋侵出を食い止めます。敵は深海棲艦だけじゃないのです」

美保司令は淡々と語る。

 

気のせいか元帥の高笑いが聞こえて来るようで目まいがした。悔しいが元帥は本物の軍人だ。

 

「darling、大丈夫?」

金剛が心配する。

 

「ああ、事実は小説より奇なり……だな」

提督は少し放心したように答えた。

 

「darling」

金剛が彼の腕を軽くつかみながら言う。

 

「どうした?」

「ウン、darlingってさぁ、さっきよりすっごくイイ男の顔に成ったヨ……」

 

「やめろ、恥ずかしい」

そう応えながらも悪い気はしなかった。日本海から爽やかな風が食堂に入ってきた。

 

その時だった。司令が急に表情を変え祥高に目配せをした。副司令である彼女は直ぐに失礼しますと言って中座する。

 

「どうしたんだ?」

提督は司令に尋ねた。もしこれが機密事項だったら無視されるかと思ったが彼はあっさりと答えた。

 

「新しい子の着任ですよ。急きょ……副大臣も一緒に来るようです」

「副大臣も?」

「ええ、艦娘好きの変わった人です」

彼は微笑んだ。そう言う割りには嫌がっていない。

 

「本当は明日の便で来る予定だったのですが……早まりましたね」

「このタイミングで?」

提督は腕を組んだ。二人の青葉とケリーは盛んにメモを取っている。

 

「冗談抜きでブルネイの皆さんや、あのオスプレイを早く見たいようです」

「誰が?」

「その副大臣と新しい艦娘ですよ」

副大臣とはまた……ちょっと緊張するな。

 

ブルネイや美保の自由な雰囲気は結局元帥を始めとした多くの人の努力で守られているのだ。そして我々はわが国と周辺海域の自由を守るべきなのだろう。

 

「はあ」

自分が軍人であることを再確認して思わずため息。戦略系は正直、苦手だな。

すると金剛が聞く。

 

「大丈夫? darling」

「ああ、大丈夫だ」

軍隊は組織体、そしてオレには艦娘が居る。急に艦娘たちが頼もしく思えるのだった。

 

その時、海の方からレシプロ機のエンジン音が響く。

 

「私たちの機体?」

川内が言うが……微妙に違う感じだ。

 

すると美保司令が付け加えた。

「ドイツも予定より早く来るようですね」

「はあ?」

 

聞いてないぞ。

何となく美保鎮守府全体が急に慌ただしくなる。美保司令は何かを呟いた後で立ち上がって言った。

「ドイツ浮上します」

 

「浮上?」

一体どうなっているんだ?

 

 




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第26話:<二式大艇の到着>

二式大艇が相次いで美保鎮守府の港湾部に着水する。だが到着したのは他にも……。


「ドイツの艦娘か……まてよ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第26話:<二式大艇の到着>

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 食堂では鳳翔さんがテーブルまで来て美保司令と祥高の食べかけの食事を片付け始める。

既に立ち上がっていた美保司令は改めてその場のゲストや美保のメンバーに説明する。

「慌ただしくて申し訳ない。私と副司令は来客対応のために中座しますが皆さんは,このままお食事を続けて下さい。午後の予定は13:15から先ほどの部屋に集合をお願いします」

 

そこで二人の青葉がほぼ同時に手を上げた。

『あのぉ今到着したゲストの取材は可能でしょうか?』

 

二人の青葉がハモる。まるで双子だなぁ、笑える。

 

「構わないよ。誰が来るかはもう知っているだろう?」

美保司令がちょっと微笑みながら言う。

 

すると二人の青葉はシンクロするように同時にメモ帳を開くと、これまた同時に内容をチェックをして、またまたシンクロして答えた。

『本省より副大臣……』

 

ここで二人は顔を見合わせて苦笑すると今度は、お互いに譲り合いを始めた。それを見て堪りかねたように霞が英語で言った。

『本省より副大臣と新しい艦娘、それにドイツからのゲストも到着です』

 

美保司令は英語でうなづく。

『イタリアの武官が抜けているな』

 

するとPOLAが奇声を発した。ケリーが日本語(?)で言う。

「イタリア?」

 

時計を見ていた美保司令は答えた。

「はい。皆さんの訪問に合わせて、かつてブルネイで戦ったメンバーがこの機会に揃うのです」

 

「ブルネイで戦ったって?」

金城提督が聞く。

 

美保提督は説明する。

「例のブルネイでのアクシデント以後、自分の時代に戻ってからもシナの攻撃でドイツやイタリア海軍と懇意になったことはお話しましたが……」

 

そこまで言って彼は一瞬、動作が止まり、慌てたように弁解した。

「本当に申し訳ない。もう時間が無くて……本省の副大臣とイタリアメンバーが二式大艇で着水して既に着岸するようなので……」

 

すると提督が口を開いた。

「ああそうだ。オレたちもゲストを出迎えて良いかな? せっかくだから挨拶もしたいし」

 

彼の意外な申し出には美保司令だけでなく周りの艦娘たちも驚いていた。直ぐに司令は答えた。

「それは良いですね。副大臣は艦娘好きの道化で、イタリア武官は片言の日本語が話せる芸術家で変わり者……と覚えて下さい」

 

おいおい、良いのか? それで……と提督は思ったが、もう時間が無い。そそくさと外へ向かう司令を追って提督も制帽をつかむと席を立った。

 

「私も行くヨ!」

当然、嫁艦である金剛も立ち上がる。あれ? 美保の金剛もその気らしく立ち上がった。するとダブル青葉は当然として、なぜか食堂内の艦娘たちも軒並み「私も」「あぁ私も」……となって(半分野次馬としてか思えないが)結局、全員が埠頭へと向かう羽目になった。

 

 食堂の大きな窓を開くと、そのまま中庭から埠頭へと向かうことが出来る。これもコンパクトな美保鎮守府の特長だろう。海の方からは二式大艇のエンジン音が響いている。すると空には、もう一機の二式大艇が旋回しているのが見えた。

 

「あれは? ……ああ、オレたちが飛んできたやつか」

提督が言うと美保司令が振り返りながら答えた。

 

「そうですね。本来は今の時間に美保空軍基地から飛んできて着水後、待機して貰う予定だったのですが急に本省からの二式大艇が割り込みましたから……ちょっと空中で退避して貰っています。話の分かるベテラン機長で良かったとウチの大淀さんがホッとしてましたよ」

そうか滑走路の無い鎮守府では割り込みが起きると大変だな。

 

「こういうときは『オスプレイ』がもっとあると本当に便利だと思います」

誰だ? と思って提督が振り返ると意外にも美保の赤城が呟いていた。

 

彼と目が合った彼女は一瞬ハッとしたような表情をして慌てて首を振った。

「あ、いえ。二式大艇を否定しているわけでは有りません。あの航続距離とか、やはり特筆すべき部分は多いですし」

 

彼女がアメリカ軍機である『オスプレイ』を持ち上げることに提督は少々驚いた。まあ、ここには実機もあるわけだし自分たちも搭乗したから、その性能差は分かる。

 

 直ぐに全員が埠頭へと出た。大山が見える埠頭では既に祥高と美保司令が立っていて、二人は何か言葉を交わしている。その向こうには着水後、徐々に近づく二式大艇が見える。

 

「しっかし目的は違うとしても米軍と帝国海軍の機体が同じ鎮守府に並ぶとは何ともいえない光景だなあ」

川内がしみじみと呟く。

 

「そうですね、とても興味深い光景です」

 青葉が応える。その手にはデジカメが構えられていて盛んに接岸する二式大艇を撮りまくっている。なお美保のオスプレイには日米双方の国籍が小さくペイントされている。

 

「こんなに小さくなるんだ」

川内は折り畳まれたオスプレイに興味があるようだ。その前では早苗と伊吹が点検している。

 

赤城が言う。

「電動でボタン一つでローターと主翼が折り畳まれるんですよ」

 

「へえ」

嬉しそうに説明する赤城と腕を組んで感心している川内。

 

 本省から来た二式大艇が、ゆっくり着岸すると美保の重巡の艦娘たちがタラップをかける。その向こうでは美保湾の大山をバックにしてブルネイから飛んできた二式大艇が着水の態勢を取っている……と、その時だった。

 

 鎮守府の建物から水着(戦闘服)の潜水艦娘たちがバラバラと飛び出してきて埠頭にいる祥高に何かを手振りを交えて訴えている。彼女は美保司令に何かを伝え彼がうなづくと潜水艦娘たちは軽く敬礼をして次々と埠頭から海に飛び込む。ナニゴトが始まるんだ?

 

「ああ、あれは……」

ブルネイの青葉が無線を傍受したらしく海を指して何かを言いかける。

 

すると直ぐに美保の青葉が応えた。

「美保の伊号艦娘たちがドイツからのゲストを直々にお出迎えですよ……久しぶりに出会う『戦友』ですからねえ」

 

その言葉に提督は思わず反応する。

「戦友?」

 

今度はブルネイの青葉が応える。

「ドイツのU-511……15年前にシナのブルネイ侵攻があった際に美保の潜水艦娘たちとドイツ、イタリアの艦娘たちが『連合艦隊』を組んで戦ったのですよ」

「へえ……」

 

直ぐに海の方から歓声が上がる。陽の光を受けてキラキラと輝く海面に銀髪の少女のシルエットが浮かぶ……ドイツのU-511らしい。その周りに彼女を歓迎する伊168と伊19が見える。

 

「そういえばドイツも来るって言ってたネ……」

提督の腕をつかみながら金剛が言う。

 

「ドイツの艦娘か……まてよ」

提督はふと気づいた。

 

「ドイツからの来客ってあのU-511だけか? まさか独りで遠路はるばる?」

彼の疑問に気づいた美保司令は、本省の二式大艇の接岸準備を気にしながら応える。

 

「いや、さすがにそれは無理ですよ……実はそのことでブルネイからの二式大艇には申し訳ないのですが、もう一周ほど着水待機で旋回して貰う事になりそうです」

 

提督は言う。

「それは、美保の伊号たちが、あのU-511を出迎えるからってことか?」

 

美保司令は微笑んだ。

「直ぐに分かりますよ……ほら」

 

彼が掌で指した方向では内火艇が外海から港湾部に入ってくるところだった。その甲板に西洋人が立っているのが見えた。

「ああ、ドイツの軍人か?」

 

それは艦娘ではない。恐らくドイツの武官だろう。ちょうどその時、本省からの二式大艇のハッチが開いた。まずは無線手らしき人物が顔を出してタラップの様子を確認している。直ぐに続けて副大臣らしき人物が顔を出した。

 

「ついに着たか」

提督は呟いた。彼の横に立つ金剛は彼の腕を少し強く握った。

 

「まて、あの武官は、どうやって日本に?」

提督は確認する。

 

「Uボートです」

美保司令は微笑んだ。

 




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第27話:<美保の長いひと時>(改)

怒涛の勢いで美保鎮守府に押し寄せる国内外の武官や指揮官たち。美保の長い一日が始まる。


「トモダチが多いんだネ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第27話:<美保の長いひと時>(改)

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「ええ? Uボートって?」

金城提督は少し驚いたようだ。

 

美保司令は接岸しようとしている内火艇を見ながら応える。

「この山陰に彼らが接岸するのは初めてでしょうね……ただ美保鎮守府そのものへは水深の関係で岸壁に寄せられないので沖にある鎮守府専用の外洋岸壁に接岸して貰っています。面倒ですがそこから内火艇で往復ですね」

 

「沖に埠頭が?」

「はい。それがかえって機密保持に良いんですよ」

美保司令は微笑んだ。

 

彼らが見ていると伊号たちに囲まれて先にドイツのU-511が上がってきた。

「お久しぶりデス、司令」

 

水を滴らせながら片言で敬礼をするU-511。水滴が日の光をキラキラ反射させている。司令も敬礼を返しつつ言った。

「久しぶりだね。長旅で疲れただろう? しばらく休んだら良いよ」

 

「ダイジョウブ……ずっと乗っているダケだったから」

彼女は意外にも微笑んだ。

 

「日本語もだいぶ上手くなったね」

「……」

少し、はにかんだような表情を浮かべる彼女。可愛い。

 

「行こ、行こ」

伊168たちが彼女にバスタオルを羽織らせて食堂へと向かう。まるで海水浴場だな。

 

「あの芸術的なあの子がUボートの艦娘なのぉ?」

「憂いを含んだ可愛い子だな……紹介してくれよ」

背の高いクルクルヘアーのイタリア人と典型的な日本の官僚風の男が相次いで美保司令に話しかけている。

 

「ああーまあ……そうですね」

美保司令は挨拶もそこそこに頭をかいている。彼には苦手なタイプらしい。

 

「おい、お前ら!」

いきなり鋭い口調で女性の声が……見ると眼鏡をかけた見るからにキツイ性格と思われる女性。艦娘だろうか?

 

 彼女の剣幕にタジタジとなるイタリア人と官僚。眼鏡を軽く持ち上げながら彼女は美保司令たちを見て言った。

 

「久しぶりだな司令……」

司令たちは軽く会釈をした。おや? この二人には軍部の上下関係は無いのだろうか?

 

「彼女は?」

提督が聞くと直ぐに彼女自身が敬礼をして挨拶をする。

 

「申し遅れた。私は海軍省の作戦司令部副長官『石見』だ」

 

彼女が長い髪を風になびかせながら言うと後ろから声がする。

「そんな性格だからケッコンできないんだよな……」

「なぁに? 彼女未婚なのぉ?」

 

 聞こえよがしに後ろで呟く二人に副長官は振り返りざまに官僚目がけていきなり蹴りを入れる。彼女の長い黒髪が宙に舞う……しかしスマートな身のこなしだがマジか? ……と思う間もなく官僚も見事に避けた。

 

副長官は顔に掛かった長い髪を払いながら不敵に笑った。

「チッ、腕を上げたな」

「毎度毎度でねえ……いい加減、公の場で蹴りを入れるの止めましょうよ」

「何を言うか。私のお陰でSP要らずなんだぞ、お前は」

「へいへい」

 

なるほど。この官僚が副大臣か……しかし大臣目がけて蹴りを入れるこの副長官も凄まじいと言うか……。

 

二人の青葉が囁き合っている。

「あの二人は何処でもバトルするって本土の記者の間では有名なんですよ」

「へえ……きっと仲が良いんですね」

 

「石見、止めなさい」

祥高がたしなめる。そうか、祥高三姉妹の末っ子がこの『石見』なんだな。ということは司令夫妻とは親族になるのか。

 

「ちぇ」

姉の前では普通の少女のようになる『副長官』だった。その表情はあどけなく可愛いらしく見えるから不思議だ。やはり艦娘だな。

 

「官僚と言えども軍部では身のこなしは重要だからな」

いきなり背後から低い声……片言の日本語だ。振り返るとナチスの腕章を付けた背の高いドイツ人……内火艇を降りた武官のようだ。

 

「U-511は既に到着したようですね。彼女は今回とても楽しみだったようで外洋埠頭に到着するや否や海に飛び込んで行ってしまってね」

ドイツ武官は苦笑する。彼はその場にいるメンバーに敬礼をした。

 

「私はドイツ海軍の……」

言いかけた彼にイタリア武官がクネクネして言う。

 

「貴方サァ諜報部だから基本、名前は名乗れないわよねぇ。どうせコードネームでしょ? イイのよ。ここの皆はだいたい分かっているし」

「……」

ドイツ武官はちょっと苦虫を潰したような顔になる。彼はイタリア武官が苦手なようだ。

 

その時、初めてイタリア武官の背後に少女がいることに気付いた。あれ?

「リベッチオか?」

 

美保司令が問いかける。彼女はオズオズと前に出てくる。するとPOLAが彼女を見て何か……イタリア語だろうか? 何かをかん高い声で……でも、まったりとしたテンポで問いかけている。逆にリベッチオは割りと早口でPOLAに返事をしている。何だかなぁイタリア語でペラペラと……。

 

直ぐにイタリア武官がペラペラと言って二人をたしなめたようだ。急に場は大人しくなる。ケリーもやって来てイタリア武官に何かを話しかける。彼もこのときばかりはちょっと真面目な顔をして応えている。

 

その間にドイツ武官は向こうに見えるグレーの機体を見ながら美保司令に近づいて言った。

「あれが米軍のオスプレイですか?」

「はい」

「なるほど……」

 

すると直ぐに副大臣も近寄って来る。

「おお、ああやって翼を畳めばリアル空母にも載せやすいんだな」

「まあ、エレガントな機体ね」

 

彼らはしきりに感心している。その横で川内と二人の青葉もオスプレイに興味津々と言った感じだ。

「こういう小さな鎮守府でも確かに運用しやすそうだな」

「後で見せてくれるんでしょ? ネエ、ネエ」

 

武官たちの問いかけに美保司令は答える。

「はい、もちろん……取りあえず皆さん、中に入りましょうか?」

 

このひと言で、ようやく全員は埠頭から移動し始める。いやはや美保鎮守府では夏のビーチ以上の混雑振りである。

 

その時、美保司令はオスプレイをジッと見ている見慣れない子がいることに気付いた。あ、そういえば新しい艦娘が来るって言っていたな……彼は慌てて声をかける。

「君……もしかして今日着任した新しい艦娘かな?」

 

すると彼女は振り返る。

「あなたがここの提督?」

「あ、そうだ。多くの子は『司令』で呼ぶけどね」

 

すると彼女は敬礼をした。

「あたしが水上機母艦、秋津洲よ……あれはなぁに?」

 

言うが早いか彼女はオスプレイを指差した。やはり気になるようだ。

「あれは米軍の新しい機体だ……特別に借りている」

「ふうん……大艇ちゃんと、どっちが速いのかな?」

「うーん、速さは大して変わらないだろうな。ただ使い勝手は米軍の方が良さそうだ。あんな感じで翼も畳めるしエンジンも2発で済んでいる」

 

すると急に秋津洲は脹れた。

「絶対、大艇ちゃんの方が良いんだもん」

 

司令は頭をかいた。

「まぁねえ……気持ちは分かるけど」

 

すると赤城が近寄ってくる。

「秋津洲さん? お気に召さないかもしれないけれど、オスプレイも優秀な機体よ。そうね……二式大艇では補いきれない部分をたくさん助けることが出来るの。後で見学する時間があるから、そのときにまた説明してあげるわ」

 

やや不満そうな秋津洲だったが赤城の包まれるような優しさを感じて信頼したのだろうか? 少し表情が柔らかくなった。

「分かったわ」

 

そう言って彼女も赤城に促されるままに二階へと向かう。その時、ようやくブルネイから来た二式大艇が着水して接岸しようとしていた。

 

赤城と並んで歩いていた秋津洲は、ふと立ち止まってその光景を見詰めていた。

「あらぁ? ここには大艇ちゃんがたくさん来るんだ……そっか、美保は大艇ちゃんにも居心地が良いのね、きっと」

 

赤城は微笑んだ。

「そうよ。ここはとても素敵な鎮守府よ」

 

すると秋津洲は改めて赤城を見上げた。そんな彼女に赤城は言った。

「秋津洲さん、美保鎮守府にようこそいらっしゃいました」

 

秋津洲は少し恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。

「はい……ただいま……戻りました」

 

二人のやり取りを見ていたブルネイの金剛が提督に言った。

「美保って小さいところなのにトモダチが集まってくるんだネ」

「そのようだな」

 

彼らが見ていると埠頭では二式大艇接岸に応対する重巡姉妹たちが岸壁で旗を振って機に誘導指示をしている。

 

こうして美保鎮守府の長い一日が始まろうとしていた。

 




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「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第28話:<武官来日の背景>

午後の時間、満員となった会議室で提督は武官来日の背景を探る。


 何だよ? あのジジイは。

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第28話:<武官来日の背景>

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 2階の会議室は午前とはうって変わって満員御礼の状態だ。

13:15からの開始予定は当然遅れて13:30となった。午後のレクチャーには海外武官や艦娘たちの参加は義務ではない。しかし皆ヒマなのか? 何なのか知らないがほとんど全員が入室していた。

 

 例外といえばU-511とリベッチオ及びPOLAくらい。

前者は疲れを考慮したことと美保の伊号たちが手放さなかったから。

後者はいつの間にか酒が入っていたらしくイタリアの二人があっという間に食堂で轟沈していたという謎の理由から。リベが果たして未成年かどうかは艦娘であるため不問である。

 

 多人数のため空調機の効きが少し悪くなっているのだろうか? 室内はやや暑苦しい。副大臣が言った。

「オイ窓は全部、開けてしまおうぜ」

 

直ぐにイタリア武官が同調する。

「そうねぇ。どうせここには砲弾なんか飛んで来ないでしょ?」

 

それはどういう理屈か分からない。彼らは率先して空調を切ると窓を全部解放した。さらにご丁寧に会議室の扉と廊下の窓まで全開した。すると気温は高いが海からの風がストレートに入るようになった。

 

「おお! 海軍はやはり海風の中に身を置くべきだな」

副長官『石見』は腕を組み美保湾を見詰めながら、しみじみと言う。彼女は普段、東京の本省に詰めているから、なおさらそう思うのだろう。

 

 確かに窓を開け放つと美保鎮守府では十分過ぎるほど海風が通る。潮の香りが心地良い。今日は晴天だから大山も良く見えて眺望的にもグットである。

 

「……」

ただ会議室が満席になった状況には、さすがの祥高も戸惑っていた。

 

そこで助け舟で美保司令が後ろの席から案内をする。

「えっと皆さん、今日の午前中にはブルネイメンバーへ美保鎮守府に関わる様々なレクチャーを行っていました。基本的には自由討議形式ですが午後も同じ流れで良いでしょうか?」

 

「異議なし!」

副大臣即答。

 

本当にお前は副大臣なのか? いや逆に日本人の官僚にしては珍しく軽いノリだ。この中で一番硬そうなのはドイツ武官辺りで次がケリーだろうか? いや美保司令か。

 

「では早速、良いかな?」

金城提督が挙手をした。

 

祥高が指名する。

「どうぞ」

 

彼は座ったまま質問をする。

「オレはブルネイの提督だが今日は本省だけでなくイタリアやドイツの武官まで集っているので聞きたい。何度も耳にするが十数年前にブルネイで起きた攻撃に対する艦娘の『連合艦隊』ってのは具体的にどんなものだったんだ?」

 

「それは私がお答えしましょう」

祥高が演台で応える。

 

「当時の資料がどこかにありましたが……霞ちゃん直ぐ出せる?」

彼女が問いかけると霞が端末を操作した。やがて『ブルネイ沖海戦・対シナ』と記した資料がプロジェクターに表示された。当時の簡単な海図と演習の構成から敵のミサイル攻撃を中心とした攻撃の流れと反撃のフローチャートが図示されている。

 

「ざっと申します。当時のブルネイで量産化技術が確立したことを受け海軍省ではドイツやイタリア等、友好国へ艦娘のデモンストレーションを実施しました」

 武官たちは軽く頷いている。

 

「この際に量産型艦娘への脅威を感じた深海棲艦及びシナが手を組んでブルネイを急襲。一方、帝国海軍の艦娘と視察に来ていたドイツとイタリアの艦娘は協力してこれを打破しました」

 今度は美保の青葉たちが頷いている。彼女たちは当事者である。

 

「実はこの時海外から参戦した艦娘が今日、美保に到着したU-511とリベッチオです。また当時の担当武官も同行していますね」

 祥高は一気に説明した。事情が分からないのはブルネイメンバーだけだから仕方がない。

 

「なるほど……その戦いでドイツやイタリア海軍とパイプが出来た訳だ」

 提督が応えると後ろの席から美保司令が続ける。

 

「厳密に言うと敵には、かなり押されたんですけどね。決定打となったのは急きょ日本から派遣されてきた『戦艦武蔵』の攻撃でした」

 

「oh! やっぱり武蔵ネ」

ブルネイ金剛が反応する。やっぱり武蔵は連れてきた方が良かったかな? と提督は思った。

 

美保司令は思い出すようにして付け加える。

「今では武蔵の量産型も増えましたけど……私たちは当時から彼女には何度も助けられています。今日、その武蔵が来られなかったのはちょっと残念ですね」

 

 それを聞いた提督は腕を組んだ。そういえば艦娘の量産化の情報そのものは『現代』のブルネイから持ち出したんだよな。しかもそれを見逃したのがまた武蔵……あいつは金剛以上にラフで本能で生きている所がある。もしこの場に居たら感動のあまり収拾が付かなくなっていたか? いやそれは拙い。やはり連れて来なくて正解だろう。

 

「何だ、武蔵は来なかったんだァ」

 いきなり誰かが廊下を通り過ぎつつ言った……見ると島風だ。そんな彼女は少しニヤリとしたまま金色の髪を翻して何処かへ行ってしまった。

 

「なに? あのバニーは?」

ちょっと驚いたようにケリーが日本語で聞く。

 

「あれは駆逐艦島風です。脚が速くて武蔵とは縁が深い子です」

司会の祥高が説明した。

 

「艦娘も想像以上に個性豊かなのね」

メモを手繰りながら意外に感心しているケリー。

 

そんな彼女の姿を見て最初に食いついたのは副大臣だった。

「貴女は? ……日本語が堪能なようですが艦娘ではないですね。ええっと米国の武官でしょうか?」

 

階級章や軍服を見ているのだろう。彼女は直ぐに応える。

「はい。フィリピン米軍所属のケリーです。今は退席していますがPOLAという艦娘を引率してきました」

 まあ星条旗と白頭鷲のエンブレムを見れば誰が見ても米軍だと分かるだろう。 

 

「ひょっとしてあの米軍機も?」

副大臣の問いかけに彼女はうなづく。

 

「はい。私が持ってきたわけではありませんが、あの機体は私の居る部隊のもので、現在は操縦士も含めて美保に貸与されています」

「へえ」

 

するとイタリア武官が追って説明する。

「そのPOLAは元々イタリアの艦娘なんだけどねぇ。事情があってフィリピン米軍のお世話になっているのよ」

 

「だがあまり効果なかったようだな」

ドイツ武官が割って入る。

 

「効果?」

美保司令が問いかけるとドイツ武官は少し微笑んで応える。

「あのPOLAっていう子は相当な飲兵衛らしいぞ。それを治す意図もあるらしい」

 

さすが諜報部だ。今度はケリーが苦虫を潰したような顔をしている。

 

だがそれを聞いてもイタリア武官はあっけらかんとしている。

「別にイイのよぉ。アタシは彼女たちには自由に生きて欲しいからぁ」

 

あくまでもフリーダムな武官だった。提督は再び挙手をする。

「次の質問は……答えるのが無理だったら別に良いんだが」

 

「どうぞ」

祥高の指名を受けた彼が言う。

「今回、海外の武官が来られたのは日本海軍の招請なのか?」

その質問には、お互いに顔を見合わせる海外武官たち。これには副大臣が挙手をした。

 

「副大臣、どうぞ」

司会の指名を受けて副大臣が応える。

「えっと……まあそういう所ですよ。言いだしっぺは元帥閣下らしいけどね。その後のお膳立ては実務担当であるオレたち周辺の功績かな?」

 

『元帥』と聞いてなぜか嫌な予感がする提督だった。あのジジイはきっと何か大きな企(たくら)みがあるに違いない。だが彼は直接は答えてくれないだろうからな。ちょっとカマを掛けてみるか。

 

「もう少し良いかな?」

提督は挙手をした。

 

「どうぞ」

祥高が指名する。

 

「武官の皆さんは細かくは知らないかな……来日するに当たって何か目的とか意図、大義名分は聞いているだろうか?」

 

 再び顔を見合わせる武官たち。

 

イタリア武官が言う。

「アタシは米軍の新型機のことは聞いているわ。どう? 他の皆さんは」

 

ドイツ武官も言う。

「私も米軍機のことは聞いている。あとドイツは強制ではなかったが指示されたデータを取りながらUボートで来日して欲しいという意向もあった」

 

「データ?」

提督が言うと副大臣が割って入る。

「申し訳ない。それ以上は提督と言えどもダメだ」

「ええ?」

訝(いぶか)しがる彼に副大臣は苦笑しながら答える。

 

「済まないがブルネイの貴殿には閣下からの直接指令で『箝口令』が敷かれているんだ」

「はあ?」

ここで提督は脱力した。何だよ? あのジジイは。こんなところまで?

 

「大丈夫よ。有能な指揮官ほど悪戯好きなモノよ。アナタ気に入られているのよ」

 イタリア武官がそう言うが、これは慰めなのだろうか?

 

「はあ」

見ると副大臣はニタニタしているし……そうか彼も元帥の仲間だな!

 

「darling、ダイジョウブ?」

金剛が彼の肩に手を乗せる。

「ああ……、大丈夫だよ」

 

ここで凹んでも仕方がない。ジイさんだってヒマなんだろう。ジッとガマンして付き合ってやるか。

 

 




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第29話:<午後の談笑>

午後の休息時間、提督を中心に雑談に花が咲き始めるのだった。


「因幡の白兎とかさ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第29話:<午後の談笑>

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 午後の時間、積極的に質問をしたのは金城提督くらいだった。他の武官たちは元々美保鎮守府とは縁が深い。だから今さら質問をすることもないらしい。彼らは提督の質問を聞きながら、お互いに何かを談笑しているようだ。

 

 14:15過ぎには一時休憩になる。会議室の後ろ側には珈琲サーバやおつまみ類が置かれた。その準備をしたのが髪の長い秋雲。そして本当にその長い袖で準備出来るのか? ……って感じの巻雲だ。他の武官たちは彼女たちともスムーズに雑談をしている。

 

「へえ、意外と仲が良いんだな」

提督が呟くように言うとブルネイの青葉が言った。

 

「全員じゃないですけど副大臣は定期的に美保に来ているようです。もっともココに居るメンバーのほとんどは過去にブルネイで共に戦った『戦友』たちですからね。お互いに共有する部分が多ければ直ぐに打ち解けるでしょう」

 

なるほど、それは分かると提督は思った。むしろ初めて来たブルネイのメンバーが少し固くなっているくらいだ。

 

すると提督のところに巻雲がやって来て、かん高い声で言った。

「あ、写真で見たことある人……確かブルネイのおっきな鎮守府の人だよねっ」

 

提督が振り返ると今度は秋雲もやって来て直ぐに敬礼をした。

「ようこそ、いらっしゃいましたぁ提督!」

 

すると少し慌てたようにして巻雲も「いらっしゃい!」と敬礼をする。この二人は良いコンビだな。でもやっぱり巻雲の袖はダブダブだ。

 

 しかし提督は敬礼を直った秋雲を見てオヤッ? と思った。彼女は艦娘が着るような制服ではなかった。美保の赤城のように普通の海軍の軍服を着ているのだ。しかも帝国海軍のものでなく米軍のものらしい。思わず彼は聞いてみた。

 

「お前……秋雲だよな?」

「そうだよ」

目をクリクリさせて屈託が無い雰囲気は秋雲そのものだ。

 

「変わった制服だな、それ」

「あぁ、これぇ?」

秋雲は自分の制服を見ながら腕を軽く上げた。

 

「艦娘の制服も良いけどさ、やっぱ米軍の制服って機能的で良いんだよねぇ」

……と、そこまで言ってハッとしたように彼女は口をつぐんだ。

(また緘口令か?)

 

提督が怪訝(けげん)そうな顔をしていると彼女は何かを誤魔化すように固い笑顔を作って言った。

「んじゃ、スミマセン失礼します!」

 

秋雲はワザとらしく敬礼をして、そそくさと行ってしまった。

 

それを見ていた金剛が言う。

「どうしたの? darling」

 

彼は腕を組んだ。

「美保の赤城もそうだけど、あのオスプレイや米軍武官を見ていると美保鎮守府は米軍と協力して裏で何をやっているんだ? そしてなぜかオレにだけ隠そうとしている」

 

金剛は紅茶を軽くすすった後、呟くように言う。

「やっぱり……元帥さんの仕業?」

 

「ああ。まぁ最後には種明かしで教えてくれるんだろうけど……ったくイマイチ居心地悪いよな。こりゃ消化不良になりそうだぜ」

それを聞いた金剛は急に立ち上がると提督の背中に回って肩を揉み始めた。

 

「お、おい、くすぐったいなぁ」

だが彼女は止めなかった。

 

「相当凝っているよdarling。やっぱり慣れないからストレスいっぱい溜まってンだヨね」

「ああ、まぁそうかもな」

そういえば肩を揉まれるって久しぶりだよな。

 

そうこうしているうちにフッと金剛の手が止まった。あれ、もう終わりかな? そう思っていると金剛が呟いた。

 

「ごめんねdarling」

「はあ?」

少し振り返ると彼女は深刻な表情になっている。

 

「私がもっと器用だったらサ、こういう場所でも素敵な笑顔になって皆にもっと明るくて楽しいお話とか出来るんだろうけど……やっぱり軍人同士だからかナ? 何となく私、今日は調子出ないんだよネ」

 

金剛が泣き出しそうなブルーな雰囲気だったので提督は慌てた。

「おいおい、何でお前が思い詰めるんだ? 今回はジイさんの策略もあるし、すべて特殊だから……」

 

提督は半身身をよじる様にして彼女の顔を覗き込んだ。

「オレだって調子狂ってンだ。むしろオレの方がお前たちには申し訳ないって思っているンだから」

 

彼がそこまで言うと金剛は彼を抱きしめた。

「darlingって、やっぱ優しいんだよネ……でも怒ると鬼瓦みたいだけど」

 

「ケッ、鬼瓦は余計だぜ!」

そう言いながらも、なぜかホッとする提督だった。

 

「えっと提督って確か金剛とケッコンされてるんですよね?」

急に聞いてきたのは副大臣だ。

 

「そうだよ、darlingは優しいんだから」

なぜか金剛が返事をした。ちょっと恥ずかしいが……それでも彼は金剛や提督を見ても、まったく引かなかった。大臣は艦娘に理解があるのだろう。

 

「チョッと良いかなぁ」

そう言いながら彼は提督の脇にガラガラと近くのイスを寄せて腰をかけた。

 

「よっこらショ」

そしてフレンドリーに話しかけてきた。

 

「提督は中途採用らしいね」

「良く知っているな……ああ、中央にいれば何でも分かるか」

 

彼はチョッと頭に手をやった。

「まあ、それもあるけどさ。閣下が結構気にかけていんだ。ブルネイと美保は」

 

「へえ、そうかね?」

彼は、なおもズイズイとイスを寄せてくる。金剛は少し遠慮して席を離れた。

 

「聞けばブルネイは大所帯らしいよね。オレも艦娘は嫌いじゃない。ちょくちょく艦娘のいる鎮守府を覗きに行くのが好きだけど……ブルネイは遠い。横須賀は大きすぎる。あと中央に近過ぎだ。まあ、どっちも簡単に行けないよね」

 

それを聞いて提督はピンときた。さっきの青葉の言葉を思い出したのだ。

「それで……大臣は美保にならチョクチョク来ているのか?」

 

彼は笑った。

「ピンポーンだね。だからさ、君とか美保司令が羨ましいヨ。艦娘とケッコンして」

 

「そうかなあ? お互い軍人で命がけだ。そんなに甘いものでもないが」

提督は答えながらチョッとワザとらしいかなと思った。

 

彼の言葉に大臣は応える。

「でも特例で少将以上の指揮官は一夫多妻制がOKだろう? おまけにブルネイは南国で中央からも遠くて噂じゃ酒池肉林ハーレム状態って聞くけど?」

 

提督は笑った。当然、中央にもバレているか……だが大臣の言うとおり複数の艦娘とのケッコンは合法だ。何もヤマシイことは無い。もちろん彼もそのことを、とやかく言うつもりは無さそうだ。

 

大臣は頭の後ろに手を組んで続ける。

「オレだって、もう少し早く艦娘と出会っていたらなあ。提督みたいな人生を送っていたと思うんだ。だけど早々に普通の結婚をしたから。おまけに政治方面へ片足突っ込んだら、もはやスキャンダルもご法度でねぇ」

「ああ、それは分かる」

 

大臣は足を組んだ。

「だけど、この小さな地方の美保鎮守府くらいなら人目にも付かずに視察名目で多少のお遊びはオッケーだ」

「なるほど」

 

すると慌てたように首を振る大臣。

「でも誤解しないでくれ。美保に来てもオレはヤマシイことは一切していないから。そんなことをしたら美保司令夫妻に出入り禁止にされちまうからな、あっはっは」

 

オレに予防線を張ってどうするんだ? と提督は思った。

 

今度は副長官こと『石見』がやって来た。

「おう、会話に花が咲いているな。艦娘の話か?」

 

彼女もイスを持ってくると大臣と提督の反対側に並んで座った。

「噂をいろいろ聞いているぞ。提督は料理の腕がぴか一で毎晩お店を開いているようだが」

 

「まあ……料理はあくまでも艦娘との親睦交流が目的で」

別に、こっちにも予防線を張るつもりは無かったのだが提督は思わず反射的にそう答えた。

 

副長官は穏やかな表情のまま返した。

「別に非難するつもりはない……ブルネイのような大所帯をたった一人で束ねるんだ。そのくらいの余裕があって然るべきだろう」

 

良かった。副長官も割りと話が分かるようだ。

 

「元帥もよく言うんだ。美保とブルネイが要になるってね……考えてみれば両者は、ことごとく好対照だよな。片や大所帯で、こっちはコンパクト。そして南国(南)と山陰(北)。おまけに指揮官の性格から生き様まで対照的だ」

言われてみると確かにその通りだった。

 

「そうヨねえ」

クネクネしながらイタリア武官が来た。

 

「南国でノビノビやっているブルネイでさぁ、そこの指揮官は複数の艦娘とケッコンして美味しい料理を振舞う。良いわねえ南国のパラダイス。アタシもご馳走になりに、また一度行ってみたいわねえ」

 

するといつの間にか背後から声がする。

「もう片方は日本の辺境で質実剛健、清楚に実験部隊を率いる少数精鋭の親衛隊だ」

 

ドイツの武官だった。

「それで居て、お互いの指揮官は対照的ながら意外に仲は良いと聞いたが」

 

「いや、出会ったのもこれで二度目。それほどでもないと思うが……」

やんわりと否定する提督。

 

すると副長官が言う。

「だが二人が出会っても直ぐに打ち解けただろう? そもそも反りが合わない者は初っ端からギクシャクするものだ」

 いや最初はギクシャクしたぞ……事情があったけど。

 

「それってカインとアベルみたいなものかしら?」

割って入ってきたのはケリーだった。

 

「ある程度、正反対の性格の方が補完し合って上手く行くことも多いみたいだし」

金髪のショートヘアをかき上げながら日本語で言う彼女。

 

「それを言うならむしろエサウとヤコブだな」

ドイツ武官が言う。この二人は何を話しているのか提督にはサッパリだった。

 

「日本では聖書の話よりも、出雲神話のほうが良いね。因幡の白兎とかさ」

気を利かせたつもりなのか副大臣が口を挟むが余計に混乱するぞ。おまけに神話なんて人間ならまだしも艦娘にはチンプンカンプンだろう。

 

「いい流れですから、このままこの雑談形式で行きましょうか?」

また別の声……いつの間にか美保司令がそこに立って微笑んでいた。

 

 




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第30話:<トラウマと縁結び>

午後の討議はフリーな感じになり赤城が登場する。彼女には轟沈という過去があった。



「ヘリ空母なら本当は加賀さんが」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第30話:<トラウマと縁結び>

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 美保司令の提案で、そのままの流れで討議に入ることには誰も異議を唱えない。

まずは会議室のテーブルをすべて取り払ってイスだけを緩やかに円形にした。なるほど、これならお互いにフラットに向き合えるようだ。ざっくばらんに討議出来る雰囲気に変わったな。

 

「これから1時間ほど討議したあとで、外に出てオスプレイの実機の説明をすることに致しましょうか?」

 美保司令は立ったまま全体に提案する。

 

「おお、オスプレイか、待ってました!」

 副大臣が言う。確かにあれは目玉だよな。

 

しかしかつての敵国によくもまあ最新の機体を貸し出してくれたものだ……あ、ここで思い出した。金城提督は立って様子を見ている美保司令に近づいて言った。

 

「美保司令、スマン。これを忘れていた」

提督は内ポケットからフィリピン海軍元帥からの親書を手渡した。彼はチラッとそれを見ると誰からの物か、直ぐに察したようだ。

 

「ああ、わざわざ、有り難うございます」

それを手渡しながら提督はふと思った。あの白髪の元帥の後押しがあったからフィリピンの米軍も動いたのだろう。こっちのジイさんもそうだけど、両国の元帥が動いて現場の指揮官が助けられるという構図。正直、実感が無かったが軍や国家がそうやって動く。軍の組織だけでなく国境を超えるものを感じて思わず鳥肌が立ちそうだ。

 

「どうかしましたか?」

美保司令に問いかけられて、少し慌てる提督。

 

「いや、まさかオレが艦娘と一緒に美保鎮守府に来るとはねえ……」

「そうですね。思えばあの演習も不思議な出会いでしたね」

 それを聞いて提督はふと思った。

 

 確かにあの演習のお膳立ては元帥が立案したにせよ結果として美保鎮守府との不思議な結びつきが出来た。人の縁とは分からないものだ。特に美保鎮守府はコンパクトながら不思議な出会いをもたらす場なのか。

 

 その時、副大臣が言う。

「どうせならオスプレイで遊覧飛行したいねえ。試験飛行ってことで時間取れないかなぁ? 稟議は後でオレが上げるからさぁ、空から大山とか出雲大社とか行こうぜ」

 

 だが直ぐにメガネを抑えつつ副長官がたしなめる。

「馬鹿かお前は?」

 

また大臣に対してバカ呼ばわり……しかし、この二人も良いコンビだよな。

 

 そんな彼の言葉を聞いて提督は気づいた。美保は縁結びの神様(出雲大社)が近いよな。人と軍人そして艦娘……出会いは無数にある。そのどれもが自分にとっては重要なものに違いない。

 

「どうしたのdarling? 座ろう」

「ああ」

一瞬、立ち尽くしていたが金剛に促されて席に座る提督。

 

 一部二列になっているが大体円形に並んだイスに武官や艦娘たちが座っている。お互いの表情が良く見える。霞だけはパソコンの端末のあるデスクに座って資料検索を担当する。

 

 改めて見ると赤城の服装は普通の艦娘の制服ではない。やはり米軍仕様だ。祥高の後ろに立った美保司令が言う。

「では午前中よりもフリーな感じで参りましょう。ほとんど発言者も限られていましたが、この時間は敢えて司会を立てずに各自、討議しましょう。司会は流れを整える程度で始めましょうか」

 

 提督は美保司令の姿を見て思った。機密情報を扱うからこそ、こういった討議の場も自然に直ぐ組める。そういった流れに普段から接している印象を受ける。ジイさんの言うとおり美保は諜報戦でも最前線を行っているようだな。

 

 一方のブルネイは、どちらかといえば艦娘を中心とした実戦的な戦闘重視部隊だ。各自の主体性にウエイトを置く。ブルネイの艦娘たちだって、あまり細かい策略とか緻密な作戦は敬遠しそうだ。そういう回りくどい作戦はオレだって苦手だと提督は思うのだった。

 

 両者それぞれ個性がありジイさん流に言わせれば今後、帝国海軍の艦娘部隊での要となっていくのだろう。それじゃ将来的にはブルネイにもオスプレイを導入するのだろうか? アメリカの艦娘も少しずつ増えているしな……そう思っていたら美保司令が赤城の後ろに移動した。

 

「えっと、美保には赤城が二人居て、こちらは2番目に着任した子です」

 美保司令が彼女を紹介する。赤城は少し恥ずかしそうな表情を見せる……たまらんな。

 

「ただ事情がありまして一度前線を退いて居ましたが……今は新しい任務についています」

 それを聞いたブルネイの青葉が小声で言った。

 

「あの子が一度、轟沈した子ですね……噂ではそれがトラウマになってしばらくは前線に立てなかったという話ですよ」

「oh、それは可哀相デスね」

 金剛も小声で返している。

 

「だが新しい任務で復帰したって……まさかオスプレイと関係あるのか?」

提督が言う。彼の声が少し大きかったせいか美保司令がこちらを見て言った。

 

「察しが良いですね……では赤城さんからどうぞ」

司令に促されて恥ずかしそうに立ち上がった彼女は軽く会釈をした。

 

「一部ではご存知の方もいらっしゃるようで……私は轟沈から浮上しました。深海棲艦側に行くことは無かったのですが精神的ダメージが大きくてしばらく艦載機を扱うことが出来ませんでした」

 

 空母がそれでは深刻な話である。実は同じように精神的ダメージから前線に立てなくなる艦娘は少なくない。それが解決できる一つの案として彼女の例が役立つのだろうか?

 長髪の赤城が憂いを含んだ表情を浮かべる。こういう深刻な話が妙に似合うのだ。何か、つい手を差し伸べて抱きしめたくなる脆さを感じさせる彼女だ。

 見ると副大臣も同じ想いなのかウルウルしているが……横に居る副長官に速攻で小突かれて苦笑している。笑わせるな、この二人は。

 

 そんな赤城は明るい表情になって続ける。

「悩んでいたとき美保にオスプレイが導入されました。説明を聞きながら機体を見た私は『このタイプなら運用出来るのではないか?』と思ったのです」

 

 そこまで聞いた提督は挙手をして、そのまま発言した。

「ちょっと良いかな?」

 

「はい」

 デフォルトで憂いを含んだ赤城の瞳が妙にキレイで思わずドキっとする提督。隣に居る金剛に悟られて小突かれやしないかと冷や冷やしながら質問をした。

 

「ごめんね、最後まで聞かなくて……そのフルサイズのオスプレイはそこに有るけど、それに君が乗り込むってことかい? それとも……まさか?」

 

 質問をしながら提督は既に赤城の答えを想像出来ていた。そのことを悟ったのか彼女は微笑んだ。

「ご想像のとおりです。私たちは今、艦娘サイズのオスプレイの導入試験を行っています」

 

 その言葉で急にざわめく会議室。そりゃそうだ、米軍の最新型機を早くも美保では艦娘サイズでコピーしたことになるんだ。シナもビックリだろう。

 

するとドイツ武官が手を上げながら聞く。

「だがオスプレイは戦闘機ではなく支援機だろう? 艦娘サイズでは輸送量も限りがあるはずだ。あまり運用面でのメリットは無いと思うが」

 

 鋭い……というか、へえぇそうなんだって感じだ。そもそもオスプレイがどういう用途で使われるのかがよく分かっていないんだが。

 

赤城は答える。

「ええ、仰るとおりです。ただ私の場合は直接、最前線に出る任務ではありません。もちろん必要に迫られて最前線を通過したり作戦行動の一部として戦闘区域に入ることはありますが、私自身が直接戦闘することはありません」

 

「ほう、そんな任務があるんだな」

副大臣は感心したように言う。

 

 轟沈で受けた赤城の心の傷がどれくらい深いか分からない。ただ現在の彼女は、それを克服したようだ。恐らく彼女自身、新しい任務は、とてもやり甲斐があるに違いない。

 赤城は微笑みながら付け加えた。

「実機ではヘリコプターという選択肢もありますが……ウフフ。これがヘリ空母だったら本当は加賀さんがやるべきなんでしょうけどね」

 

 は? そうなのか? なぜいきなり『加賀』がヘリ空母なんだ? 彼女のこの発言は何かの冗談か? ……少々解せないが幸せそうな彼女の笑顔に免じてスルーしておこう。

 

「そうだネ、この赤城はすっごく幸せそうに見えるヨ」

 提督の思いに呼応するように金剛が言う。確かに赤城の表情には何処か吹っ切れたような壁の無さを感じる。ただその要因は彼女自身が最前線に出ない……ということだけではなさそうだ。

 

 ところがいきなり、そこに艦娘が乱入してきた。

「なんでオスプレぇなの? 二式大艇ちゃんだって、まだまだ活躍出来るもん!」

 

 勢いで立ち上がっているのは秋津洲だった。

「なんで? ……ここには二式大艇ちゃん、すっごくいっぱい居るのに! その変な米軍の機体を使わなきゃいけないわけぇ?」

 

『変な……』と聞いてケリーや副大臣は苦笑している。まぁ艦娘を知らない武官や官僚だったら呆れているところだな。

 

 一瞬、会議室の雰囲気が変わりかけた。だが赤城は微笑みながら落ち着いて応える。

「貴方の気持ちもよく分かるわ。でも貴方と同じようにオスプレイも、いろいろ使える器用な子なのよ」

 

「使える子?」

秋津洲の表情がちょっと変わる。

 

赤城は顔に掛かった長髪を少し払うと続けた。

「そうね……航続距離は二式大艇が圧倒的よ。それに敵機に対する攻撃や反撃能力も長けていることは知っているわ」

 

「でしょ?でしょお!」

 二式大艇を褒められて秋津洲は嬉しそうに飛び上がる。何か元気な子だな。

 

「でも私はね、新しい機体を救助のために使いたいの」

「救助?」

 秋津洲は不思議そうな顔をしている。そんな彼女は隣に居た大井に一旦座るように促されて席に座った。

 

それを見ながら赤城は続ける。

「私は自分が一度、轟沈したから分かるけど……痛みに耐えながら徐々に沈んでいくあの感じ……本当に嫌なものだわ。でも同じ気持ちを艦載機の妖精さんたちが味わって居ることにふと気づいたの」

 

「……」

秋津洲だけではない。会場内の全員が注目して静かに聞いている。

 

 赤城は何かを思い出すような遠い目をすると同時に少し苦しそうな表情を浮かべた。

「戦闘になれば空母はひたすら艦載機を打ち出して……でも激戦になるほど戻って来る艦載機が目に見えて減っていくの。最初はあまり意識していなかった……むしろその数に比例して敵を倒せるから。わが軍の勝利のためにそれは必要な犠牲だと思い込んでいたの」

 

場内は静まり返っている。深刻な表情だった赤城はふと顔を上げると真面目な表情で秋津洲に聞いた。

「貴方は……沈んだ経験はある?」

 

「……」

 それは無茶な質問だと提督は思った。普通は沈んだら終わりだ。あまりにも分かり切った質問にさすがの秋津洲も返答に困っている。

 

「私はあるわよ……」

 いきなり秋津洲の隣に居た大井がボソッと呟いた。一瞬、場内が凍りついたようになる。何か話を続けようとする大井を赤城は止めなかった。じっと立ったまま彼女を見守っている。その雰囲気に気付いた大井は、ゆっくりと口を開いた。

 

「普通は轟沈の経験なんて無いわよね……フフフ、もしそんな経験をしている子が居たら『貴方は何者なの……幽霊?』って聞かれるわね」

 ポツポツと語る大井。何だろうか? 妙に凄みのある彼女……恐らくその経験は本物なのだろう。

 

「沈む瞬間の気持ちは赤城が言ったとおりよ。痛みと絶望、そして私を暗く深い海底に押しやるのは誰? ……ってところね」

 全員無言。ではこの場に居る大井は、まさに幽霊なのか?

 

 だが美保司令をはじめドイツやイタリアの武官たちは何かを知っているような表情だった。待てよ、大井は娘と一緒に、かつてのブルネイで建造登録されているって言ってたよな? つまりその当時のブルネイで何かあったのか?

 

「沈んでいたときの記憶は一切残っていないわ。ただかろうじて美保司令に対する恨みの気持ちと沈んでいる間に生まれた娘への想い……これだけは消えなかったわね」

 良いのか? この話を聞いて……青葉とケリーは必死にメモを取っている。

 

「でも不思議……恨んでいるはずの司令がなぜか気になって、おぼろげに途切れる記憶の中でもひたすら彼を追っていた気持ちがあるの」

 美保司令は腕を組んでじっと聞いている。

 

「そんな気持ちの渦……寄せて返す波のように意識と無意識の世界で何度か行き来する中で……司令の姿が次第にハッキリしてきた……不思議よ。恨んでいるはずの本人がハッキリと見えるほど、だんだん私の恨みの気持ちが消えて行く……」

 

 ここで彼女は黙った。会場も誰も何も言わない。間を置いて再び大井は話し始める。

「気が付いたら私、司令と再会したみたい。無意識の中で彼の『暖かい気持ち』に包まれていた……そう、私はこれを探していたんだ! って気付いた……幸せと安堵の想いの中で急に細長い暗闇の中に引き込まれて、副司令や鎮守府の皆が呼ぶ声がしたの」

 

「そうねぇ思い出すわぁ……貴女キレイだったのよ」

 なぜかイタリア武官が呟く。

 

 更に続けようとした大井だったがチラッと時計を見ると自分で現実に戻ったようだ。語りを急にセーブした。

 

「ごめんなさい……つい長く話してしまった。でも私が戻ることが出来たのは『あのとき』の皆さんがそこに居たから……司令夫妻と美保の皆、そしてわざわざ海外からいらした武官の皆さん……」

 

彼女は静かに立ち上がって軽く礼をした。

「本当に有り難う。今では米軍にも感謝しているの……ケリー、貴女にも」

 

名指しされたケリーは微笑んだ。

「フフフ、人の縁ってのは不思議ね……貴女を見ていると本当にそう思うわ」

 

 そう言いながら、なぜか二人は微笑み合うのだった。この二人は深い関係があるのか?

 

 大井は改めて赤城の方を向いて言った。

「ごめんなさい赤城さん、せっかくの場をこんな話で」

 

だが赤城は微笑んだ。

「良いのよ大井さん……轟沈した艦娘は大体同じような心境を通過する。それを聞くだけでも意義深いものがあるわ」

 

 二人は顔を見合わせてお互いに笑っている。通過したものにしか分からない彼岸の世界か。

 

 武官や年季の入った艦娘は良いとして案の定、秋津洲はぶっ飛んでいた。そんな半分呆けたようになっている秋津洲を見ながら赤城は続ける。

「秋津洲さん、今の大井さんのお話は特殊だけど……艦娘だけじゃない。戦場に出た妖精さんたちも必死に戦い、その多くが敵に落とされ命を落とすのよ」

 

美保司令は相変わらず腕を組んで立っている。赤城は続ける。

「それを考えたら私、急に弓が引けなくなってしまったの……それが救出された直後の数週間だったわ」

 

 武官たちは腕を組んで聞いている。艦娘でなくても戦場に接する者には分かる内容だ。決して他人事ではない。

「こんな状態で私、戻ってきても良かったのかしら……って、何度も自己嫌悪に陥ったわ」

 

 それを聞いて深く頷いている大井……彼女も同じような気持ちを通過したのだろう。

「そんな私たちを美保司令夫妻は温かく見守ってくれたの……ううん別に特別に何かやってもらったとか、そんなのじゃない。目に見えないモノで包まれる感じ。それがこの美保鎮守府なの」

 

 過去を思い出しながら、その幸せな気持ちを思い起こして浸っているような彼女。基本的にその気持ちは美保鎮守府の艦娘しかワカラナイだろう。

 

 ただ鎮守府を包む大きな『引き付けるもの』があるのは分かる。そうでなければ、いくら元帥が号令したところで、ここまで一気に他国の武官たちが集うことも無いだろう。

 

 赤城はケリーの方を見て微笑みながら続けた。

「でもオスプレイが着て……最初の担当官はケリーさんだったわね。彼女の説明する内容がとても印象的で私にはどうしても忘れられなかったの」

 

 ケリーもうなづいている。なるほど、そこに繋がるのか。

 

 




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第31話:<赤城さん暴走>

赤城が気にしていたのはオスプレイの生還率だった。だがそこに至ったわけがあった。


「米軍といえども議会の許可無く軍事協力は出来ん」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第31話:<赤城さん暴走>

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 赤城は再び秋津洲を見た。

「美保に来たケリーが最初に言ったのがオスプレイの生還率の高さだったの」

 

「生還率?」

秋津洲は不思議そうな顔で返事をした。赤城は微笑んだ。

 

「オスプレイはね、生還率がとても高い機体なのよ。もちろんケリーが言うのは実機の話だけど……」

 それを聞いてケリーもうなづいている。二人の青葉は必死にメモを取っている。

 

「生還率……つまり操縦士の救出作戦では助けに行った機体が敵に狙われたり悪天候だと最初から現場に向かえないってことがあるの」

 そうだよな、いつでもベストコンディションで救出できるとは限らない。

 

「もっとも二式大艇とオスプレイを比べることは無理があるけど……」

 赤城のこの言い方に笑いがこぼれ場内は和やかになった。秋津洲も恥ずかしそうに下を向いて頭をかいている。そんな彼女を大井も微笑みながら見ていた。

 

 赤城は優しく語りかけた。

「でもね、二つの機体は要人輸送とか偵察とか……似た用途も多いわ。ただ開発された時代が違うからオスプレイが優れているのは当然なの。そこは理解してね」

 

秋津洲も真面目な顔で小さくうなづいている。

金城提督は聞いた。

「その生還率について、もう少し詳しく聞けるかな?」

 

赤城はうなづいた。

「今まで妖精さんの救出は全くやってないわけじゃなかったけど、どうしても戦闘が不利になったり作戦が難しくなってくると後回しにされることが多かったの。でも私も前線に出ている時は、生還率については、ほとんど意識してなかったわ」

 

 しばらく無言になる彼女。やがて決意したように話し始める。

「空母や戦艦が沈めば皆大騒ぎするけど、その影で最前線で戦う妖精さんたちも、たくさん犠牲になっているの。私は自分が沈んで初めてそのことに気付いたわ」

 

 やや重くなる会場。

「私の『赤城』という名前ゆえに一航戦とか持ち上げられているけど……もちろん量産型だから補佐的な位置も多かったわ。それで私も少し焦ったのか、或いは傲慢だったのでしょうね……」

 

 しばし遠い目をして思い出しているような彼女。

「美保鎮守府としては初の本格的な合同作戦に参加して大破したにも拘らず、つい敵陣に深入りしてしまったの……ふと気付くと最前線で敵に囲まれて……ああ! ごめんなさい」

 

 恥ずかしそうに口を隠した彼女は『イヤイヤ』のような素振りを見せる。

「私のことはどうでも良いのに、つい……」

 

 そのあまりにも可愛らしい姿に副大臣は思わずのけ反っている。直ぐに副長官にチョップされている。

「あ痛ぁ!」

「風紀を乱すな!」

 

 いつの間にか彼女の体験談みたいになってしまっているが場内の誰しもが別に構わないと思っていただろう。一瞬、間があったが彼女はチョッと深呼吸をしてからまた続けた。

「その……気付くと周りを敵に囲まれて八方塞がり。もはや艦載機も出尽くして機銃も無力……どんなに逃げ回っても被弾し続ける中、身体の痛みが増していく絶望感……でもそれは私だけじゃない。艦載機の妖精さんたちは、いつもこれを感じているんだって悟ったの」

 

 うつむく赤城。青葉のメモするエンピツの音が妙に響く。苦しそうな表情になる。

「でも私が『生還』してから、しばらく出撃が出来なくて悩んでいたとき……怪我の治療で休養している妖精さんたちと話す機会があって……その時初めて私は彼女たちの本音を聞いたわ」

 

 本音? ……その言葉に誰しもが鎮守府や軍部に対する批判を想像した。しかし赤城は意外なことを言った。

「妖精さんは『私たちは最前線で戦えることが喜びだから赤城さんも早く前線に戻ってきて下さい』『一緒に戦いましょう』って。当時の私には衝撃だったわ」

 

 それを聞いた西洋の武官たちは一容に驚いた表情を見せた。しかし日本の軍人や艦娘たちは『当然』といった表情だ。その雰囲気を感じたのか赤城は弁解をする。

「ごめんなさい。こんな状態だから私、前線にも出られなくて『艦娘失格』だって自己嫌悪になって……でも御国の為に何かしなければという焦燥感だけは募ってた」

 

『はあっ』とため息をついた彼女は長い髪をかき上げると苦笑いのような表情を浮かべながら言った。

「弱音を吐いちゃいけない……でも私がもし艦娘で無かったら……そう思った。でもこれは宿命の道だから。ううん、逆に艦娘で無かったらどうだって言うの? ここの仲間や司令夫妻や……いろんな出会いがあったからこそ、今の私が居るんだって。だから悩むことは私の使命じゃないんだって」

 

 えっと……生還率の話は何処にいった? 赤城暴走か?

提督と目があった彼女はハッとしたように恥ずかしそうな表情に変わった。

 

「ああ、そうでした! 本当にごめんなさい……今日はすごく話し易くて自分のことばっかり……」

 そう言うなり頬を押さえた彼女は見る見る真っ赤になった。うはぁ、可愛いぞ赤城さん! 副大臣もニタニタして……直ぐに隣の副長官に小突かれている。このコンビはまるで女房か彼女みたいだな(違うけど)

 

「それじゃ……実機の話はケリーさんにお願いしましょうか?」

祥高が助け舟を出す。

 

「す、スミマセン」

顔だけでなく上半身すべてが真っ赤になった赤城は小さくなって着席した。隣の大井が赤城の肩に手を当てて何かを話しかけている。しきりにうなづいている赤城。

 

 続いてケリーが立った。

「日本語はあまり得意じゃないので……でも、艦娘もいるから日本語で説明します」

 

彼女は西洋人武官に向かって言った。イタリアとドイツ両国の武官はうなづいた。

 

「私は残念ながら二式大艇のことは詳しくありませんが……」

 いきなりの発言に会場に笑いが起こる。上手いな彼女(本当は知っているはず)。

 

「赤城が言ったようにオスプレイでは救助任務は得意なオプションの一つです。大概パイロットは敵地に不時着します。そこへ救助となれば当然、最前線に近い敵の支配エリアを飛ぶわけですから敵から受ける攻撃に対する耐久力そして回避能力が最低限必要になります」

 このとき霞が気を利かせてスクリーンにオスプレイの外形写真を表示させた。

 

それを見ながらケリーは進める。

「また荒天時や山岳地帯など通常ヘリでは救出オプションが取りにくい場所でもオスプレイなら常に安定した作戦遂行能力を発揮します」 

 

 赤城は深くうなづいている。青葉だけでなく珍しく秋津洲までもがメモを取ってる。見ると副大臣やドイツ武官までがメモを……イタリアは頭の後ろに手をやって聞いているだけだ。

「もちろん帝国海軍の二式大艇にもオプション的にレーダー装備や電算化がされていればオスプレイに張り合えるかもしれませんが……」

 

 再び笑いが起こる……要するに、それはあり得ないことだ。ケリーはなおも続ける。

「オスプレイは高度な電算処理システムを搭載しています。ネットワークを経由して情報をリンクさせたり単独でもGPSや各種センサーを用いて視界不良の荒天時でもピンポイントで目標地点に到達可能です」

 

 霞がオスプレイとネットワーク、さらにGPSとの連携の模式図を表示させる。ケリーはポケットからレーザーポインターを取り出した。いつも持っているんだ。

「現地では滑走路が無くても速やかに着陸し救出活動に入れます。これは敵の勢力下でのIED対策にも極めて有効です」

 

 ネットワークか……艦娘にはないなと提督は思った。もっともそれはブルネイだけかも知れないが、現状の戦い方では不便さは感じない。

金剛が青葉に聞いている。

「IEDって?」

「敵の勢力下での突発的な攻撃、多くは即席爆弾だけど、ここではゲリラが仕掛ける罠みたいな攻撃も含んだ表現ですね」

「フーン」

 

「実は美保鎮守府の一部の艦娘には、このオスプレイと情報を共有するリンクシステムが試験的に導入されています。もちろん赤城にも」

 ええ? ……といった感じで全員の目が赤城に注目する。恥ずかしそうにうつむく彼女。霞がスクリーンに美保鎮守府におけるネットワークシステムの概念図を表示させる。

 

座りながら美保司令が補足説明をする。

「リンクシステムについては当鎮守府ではパソコンが普及され始めた頃から試験的に導入されています。恐らく国内の艦娘部隊では最も進んだネットワークが構築されています」

 

「え? そうなんだ」

副大臣が、やや意外だという表情で声を上げる。美保司令はうなづく。

 

「実はかつてのブルネイの防衛戦でもアナログ回線を利用したリンクシステムを試験的に用いて戦ったりしています。そういった実戦データを積み重ねています。今はデジタル化しているのでセキュリティも強化されています」

「へえ……」

副大臣は感心する。

 

司令はさらに続ける。

「小さい鎮守府だから逆に小回りが利くんですよ。大きい鎮守府じゃネットワーク機器の調整や運用上のトラブル解決に時間が掛かるため敬遠されるようですが……ここ美保では部隊が小さいので積極的に試行錯誤が出来ます」

 

「なるほど、小さいながら利点もあるわけだ」

ドイツ武官が感心したように言う。

 

続けてケリーが受ける。

「ええ、ですから美保の基幹システムとオスプレイのネットワークへの組み込みも比較的容易でした」

 

 提督はそれを聞いて美保では既に米軍と緊密に作戦情報の連携をしているんだと改めて思わされた。確かにスクリーンをよく見ると、その模式図には小さくオスプレイのマークがあり美保鎮守府のシンボルマークとリンクするラインが引いてあった。

 

「オスプレイの実機については、このくらいで……あとは実物を見るときに解説した方が分かりやすいでしょう」

 ケリーは、まとめに入ったようだ。

 

祥高が言う。

「では赤城さんには艦娘サイズのオスプレイの進展状況について改めて説明をして頂きましょうか?」

 

「はい」

返事をした赤城は再び立ち上がった。

 

「ミニ・オスプレイの開発は主に夕張さんが担当しています。実機と違って艦娘サイズは機体そのもの小さいので荷物を運ぶとかスピードを競うことは不向きです。だから妖精さんの救出に用途を限って開発を進めています」

 

美保司令が補足するように言う。

「開発の説明だから……夕張さんを呼ぼうか?」

 

赤城は笑顔で応えた。

「いえ今は夕張さんも開発で忙しい時間帯です。あの人、突発的に呼び出されると、もの凄く嫌な顔しますから……」

 

 その言葉に一同は苦笑した。特に美保の艦娘たちはお互いに顔を見合わせている。赤城は続けた。

「15:30からは実機の見学の際に夕張さんも説明で立つ予定になっています。その時間まではソットして置いた方が良いですね」

 

「ああ、そうだな、そうしようか」

美保司令は夕張さんのことは赤城さんが一番詳しいかも知れないなと思った。

 

「悪かった。続けて」

「はい」

司令の言葉を受けて赤城はスクリーンを向き直る。提督はふと美保司令と赤城のやり取りを見て『この赤城は美保司令を信頼しているな』と感じた。

 

「ケリーさんも説明されたようにオスプレイの実機は救出能力が高いです。しかしそのすべての能力を妖精さんサイズにするのは無理があります。私と夕張さんでどの機能を絞り込むか試行錯誤を繰り返しています」

 武官たちはメモを取っている。イタリアは除いて……ただ彼も関心がないわけではない。意識は集中させているからメモを取る習慣が無いだけかも知れない。

 

霞は開発中の機体の写真や打ち合わせをしながら作業をする夕張の写真を表示させる。それを見ながら赤城は続ける。

「実機でも備わっているネットワークへのリンク機能。これは最も重要だと思いますので、その部分をいかに圧縮して装備するかに傾注しました」

 

「それはアメリカの助言や協力も得ているのか?」

ドイツ武官が聞く。

 

「はい……実は公式的に米国政府や軍隊の協力は得られていないのですが……オスプレイを開発した民間企業や軍の有志が手弁当で手伝ってくれます」

 

「そりゃそうだな。米軍といえども議会の許可無く軍事協力は出来ん……まだ政府レベルで技術交流があるとは聞いておらん」

副長官が言う。それを受けて副大臣も言った。

 

「え? そうなんだ」

「何だお前、全然知らないんだな……要するに日米政府レベルではなく、あくまでも美保とフィリピン米軍が勝手にやっている……両国政府は見てみぬ振りをしているわけだ」

 副長官は答えた。それを聞いて提督は、きっと元帥のジジイが、両国の元帥同士ですり合わせて開発を進めさせているのだろう……と想像した。きっとそれはかなりの確率で正解だと確信出来た。

 

赤城が続ける。

「今はネットが発達したので、やり取りは楽ですね……関係者はたいてい軍部なので機密も漏れませんから」

 

 ここまで説明して赤城は少しホッとしたような表情になった。

「私はあまり技術的なことは分からないのですがネットワークの理論はエラーに強いから楽だと夕張さんがよく言います。意外と試験機はネット方面では、ほぼ実用レベルまで来ているようです」

 

 それを聞いた会場からはホウッという感じで感心したような反応が返る。

「あとは妖精さんたちにも協力してもらっています。戦闘機を弓で射出するノウハウは実は妖精さんしか分からないようで最終的にオスプレイを弓で射出させるのか甲板から飛ばすのか……そこは調整中です」

 

 赤城は再び明るい表情に戻った。

「個人的な感想ですが……とてもやり甲斐があります。軍隊に居て『楽しい』って言うのは矛盾しているのですが」

 

 また赤城は暴走の気配だ。ブルネイの青葉と金剛が小声でささやく。

「ねえ……また突っ走るよ、赤城」

「そうだネ」

「……」

それには直接応じないが川内も赤城の発言には注視している。

 

「オリジナルの赤城さんは勇敢ですが……私はとても」

 赤城は言う。それでもこの赤城は口達者だ。何度も暴走し掛ける。

 提督は思わず苦笑した。レクチャーでの暴走が許されるのもこの特長か? ブルネイだとレクチャー以前に先に実力行使……武蔵や重巡連中が本当に暴れかねない。さすが美保は『口は出るけど手は出ない』って感じだな。ここも両鎮守府の性格の違いだろう。

 

「でも……弓を引けなくなった私でも軍で役立つ任務があることに気付いた。それが救出という任務だったのです。だから何とかオスプレイを艦娘サイズで実現できないか……もちろん司令に進言して許可は戴きました」

 

副大臣が口を挟む。

「でも救出だって重要だよね。」

 

「そうよ、アメリカだって兵士の救出は重要なオプションよ」

ケリーも続く。オスプレイを開発した国だから当然だろう。

 

赤城は二人を交互に見ながら言う。

「はい。それに私……思い出すんです……司令をお助けしたことを……」

 

彼女の表情が少し変わった。赤城はついに暴走し始めたか? でも誰も止めない。

「以前、司令が海に落とされて……私がお受けしたのですが……」

 

 そこまで言いかけた赤城はフッと黙って祥高の方を見ている。少し間が空く。祥高がチラッと美保司令に目配せをしている。彼は黙ってうなづいていた。これはひょっとして緘口令が敷かれていた『美保司令に関する情報』だろうか?

 

 再び祥高が赤城に目配せでうなづく。小さく頷いた赤城は話を続ける。

「当時、司令は記憶が一部、失われていて……私のこともお忘れのようでした。だから私、海上で司令を支えながら思ったんです」

 

 来たぞ、核心だな。

「かつて私を深海から助けて下さったこの方を……いえ、ご夫妻を今度は私が命懸けでお守りしたいって。もちろん国も護りますが……それもまた私の使命だと心の中で誓ったのです」

 

「きゃぁ、人魚姫みたい!」

いきなりイタリア武官が黄色い声を出す。近くに座っているドイツ武官は苦笑している。

 

「人魚姫?」

思わず反応したのは川内。

 

「アレですよ、童話……」

青葉が説明するが、そもそも艦娘は童話なんて知らないよな。

 

 提督はその『美保司令に関する情報』について、もう少し詳しい突っ込みを入れようと思ったが止めた。そもそも、それを追及する場ではないし時計を見ると既に15:00を過ぎている。

 

祥高も時計をチラッと見て言った。

「赤城さん……」

 

声を掛けられた赤城は、そろそろ潮時だと悟ったらしく小声で「ハイ」と頷く。

「スミマセン、本当に……でも個人的な想いを公の場で、こんなにお話したのは初めてです。いつも許されるものではないでしょうけど……ウフ、自分の心情を話すのって、とても良いものですね」

 

 そりゃそうだろう。赤城の独演会みたいなものだからな。それでも会場内の誰も嫌な印象は持たなかった。むしろ艦娘の心情を知り得る『貴重なひと時』だったと言えよう。深々と礼をして赤城は着席する。何か『言い切った』という清々しい表情なのが印象的だった。そして自然に拍手が湧き起こった。

 

 青葉や武官たちは、かなりメモを取ったようだ。艦娘を扱う部隊の指揮官たちにとっても赤城の『告白』はかなり有意義な内容だ。つまり艦娘とは人間とほとんど変わらない感情を持ち得るということ。むしろ分野によっては人間を上回る感情の深さを感じさせることだ。それを脅威と取るか特長と取るかは結局、使う側の問題だろう。

 

「いいぞ赤城さん、貴女は量産型だってことを卑下することはないよ」

 副大臣が言う。彼は本当にストレートだな。

 

 ただこの意見に関しては副長官も同意しているらしく、さかんに頷いて彼女は言った。

「そうだな。艦娘部隊では具体的な戦闘能力も大事だが、それ以上に感情やメンタル部分も非常に重要なポイントといえる。それは軍部でも、まだまだ調査し実戦面でも応用していくべき課題なのだ」

 この意見については海外武官たちも一様に頷いている。

 

 赤城は思わず再び立ち上がって深々と礼をした。長い髪が柳のように垂れるが彼女の場合は扶桑のそれとは違う印象があるから不思議である。

 

 赤城が着席すると祥高が立ち上がって言う。

「ではそろそろ予定時間になります。15:30からは格納庫にてオスプレイ実機の説明を致します」

 

 やれやれ、やっと『長い時間』の一部が終わったか……提督は腕を伸ばしながら改めてそう思うのだった。

すると金剛が提督に腕を絡めてきて言った。

「ねえdarling」

「何だ?」

「darlingは、ずっとずっと……私たちを愛してくれるよネ」

 

金剛はいつになく真剣な眼差しだった。提督は答えた。

「……そりゃ当然だろう?」

「うん」

「何だ、何か不安なのか?」

「ううん、全然」

 

艦娘に対する真摯な想い。それはブルネイも美保も変わらない。その点は共通していると彼は思うのだった。

 




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第32話:<武官と艦娘の関係>

レクチャーは一旦区切りがつき、屋外への移動時間となった。武官たちと艦娘との関係が徐々に明らかになる



「『世界の果て』まで行ってやるからな、覚悟しとけよ!」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第32話:<武官と艦娘の関係>

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 イタリア武官が首をコキコキ言わせながら言う。

 

「あぁ何だか学生時代に戻った気分ね」

「そうだな……さしずめ哲学の時間というところかな?」

 

 ドイツ武官が言うと、副大臣が同意した。

「そうそう、それだね……あ痛っ!」

 

 また大臣は副長官に、つねられたらしい。彼は慌てて振り返る。

「なんだよ? オレが何か悪いことでも言ったかぁ?」

 

 副長官はきっとした表情で睨む。

「お前は副大臣なんだから、もうちょっと規律を正せ!」

 

するとイタリア武官が言う。

「まぁまぁ……別に良いじゃない? アタシとしちゃあ『ブルネイ防衛戦』と縁のある者同士は肩書きは抜きにしてリラックスしてお付き合いしたいと思うわよ」

「……」

 

 この提案には、さすがの副長官も反論は出来ないようだ。確かにブルネイという軸を中心に時空を越えたサークルが、ゆるやかに出来つつあるようだった。その『歴史的』な潮流に今回は米軍という世界有数の軍隊が加わるわけだ。しかも国境を越えた艦娘同士の環も徐々に広がっているようだ。

 

 そこで金城提督は元帥を連想するのだった。

「ちっ……悔しいなあ」

 

思わず呟くと金剛が気にする。

「どうしたの?darling」

「いや、あのジイさん……元帥閣下さ。オレはやっぱりあの人には敵(かな)わないのかなぁ? ってな」

 

 その言葉に金剛はチョッと不思議そうな顔をする。

「別にサ……私はdarlingが元帥さんに勝っても負けても気にしないヨ」

「……」

 

その時、窓から入ってきた海からの風が室内のメンバーの間を爽やかに通り抜けた。金剛は少し頭を傾けて言った。

 

「darlingが私たちに対して変わらない姿で自分らしく居てくれればそれで良いンだヨ。だって私たちにとってはdarlingが全てなンだから」

 そう言うと金剛は再び提督の腕にしがみ付いた。

 

「良いわねぇー、やっぱり艦娘はヴィーナスよねぇ」

 提督は思わずドキッとした。いきなりイタリア武官が話しかけてきたのだ。彼は思わず振り返る。

 

「あっち(ブルネイ)とこっち(美保)の指揮官の艦娘へのアプローチの差も興味ある題材よねぇ」

 金髪で長身のイタリア武官。クネクネしたその言動は果たしてオネエなのかどうなのかよく分からないが提督はちょっと苦手だぁと思うのだった。

 

「そのクネクネでも艦娘に対する想いはしっかりしているからな。理解してやってくれ給え」

 なぜかドイツ武官もやってきて言う。

 

 イタリア武官もそんな彼を見て言った。

「あらぁ、アナタからそういう言葉が出るとは意外ねぇ」

 

 だがドイツ武官は真面目な表情で応えた。

「貴殿も諜報部だろう? そのクネクネは性格かも知れんが敵を翻弄するのにも役立っている。それに貴殿はあの酔っ払ったイタリア艦娘たちの様子を何度も見に行って居るようだが」

 

 それを指摘されたイタリア武官はちょっと真面目な顔になった。

「そうよ……そりゃ提督や美保司令には負けるかもしれないけどネ……アタシも艦娘たちのことは心底大切に思っているのよ。そういうアナタもね……ホラ」

 

 イタリア武官が指差した先の廊下にはドア越しに立って、こちらの様子を伺っているU-511の姿があった。ドイツ武官は直ぐに彼女に近寄った。

 

(以下、ドイツ語;硬い雰囲気の音声です)

『どうした?』

『日本の艦娘たちが、オスプレイ見学の時間だよって教えてくれたの』

『ああ、そうだな』

『イタリアの艦娘たちは、まだダウンしているみたいよ』

『そうらしいな』

 

 そのとき祥高が案内をする。

「オスプレイの説明時間ですが格納庫は先ほど着陸したヘリポートの直ぐ隣です。特に全体としての誘導案内は致しませんので各自で階段を下りて現地へ向かってください」

 

 直ぐに霞が英語で復唱するが良く考えたら武官たちは全員日本語OKだ。あまり日本語が得意でないPOLAやリベッチオは居ないし……それでもキッチリ説明の任務を果たそうとするのは杓子定規な霞らしい。

 その姿を見ながらイタリア武官はドイツ武官に言う。

「アタシ知っているわよ。あなた総統閣下の『魔の手』から艦娘を守り抜いたって言うじゃない?」

「……」

 その発言には周りに居た青葉を筆頭に思わず聞き耳を立ててしまった。

 

 ドイツ武官は苦笑した。

「まあ、そういうこともあったな……」

 

 彼は腕を組んで美保湾の向こうの大山を見詰めた。

「まあ結局のところ……閣下ご臨終の際には艦娘たちは自主的に閣下の元に集って『旅立ち』をお送りしたわけで……総統も最期にはドイツの艦娘たちに囲まれて、それは嬉しそうな笑顔で逝かれたのだ……」

 

 思わず神妙な顔つきになる艦娘たち。ドイツ武官は続けた。

「艦娘とは、そういう感性も持ち合わせている良い子達だなと改めて悟ったものだ」

 

 その時初めてドイツ武官は人間らしい優しい笑顔を見せた。U-511は無言のまま彼の横に自然に寄り添った。人と艦娘との、様々な関係性を垣間見るような情景だった。

 

「さぁ、いよいよオスプレイの時間よ!」

 イタリア武官が号令のように言うと皆、何かのスイッチが入ったように改めて移動を始める。

 

 廊下を歩きながらケリーがイタリア武官に言う。(流暢な英語:当然だ)

『あの子たち大丈夫でした?』

『フフフ、POLAはともかくリベは驚いたみたいだったけど……心配しないで、大丈夫よ。年齢は重ねていても精神は幼いのよね……あの子たち』

 

ケリーは軽く頭を下げた。

『済まないわ……私がもっとしっかり見ていれば』

 

イタリア武官は微笑んだ。

『気にしないで。あの子たちだって、いろいろ環境が変わって大変だろうし。それでも曲がりなりにも常に最前線を通過している軍人たちよ。何処までやったら自分の限界が来るかくらいは分かっているハズよ』

 

『……そうね。あの子たちも軍人なのよね』

ケリーは自分に言い聞かせるように反復した。

 

『そう……それを信じて信頼してあげるのも指揮官の仕事のうち……もっとも、人と艦娘がお互いに信頼し合える関係を作るのは簡単じゃない。人間同士の軍隊組織でも簡単じゃないのにネ……そのくらいは貴女でも分かるわよね?』

イタリア武官は微笑んだ。ケリーも頷いた。

 

『そうね……ブルネイメンバーはまだ良く分からないけど……少なくとも美保には、その信頼関係が有るのは分かるわ。オスプレイの搭乗員は良く知っているから……』

 ケリーは少し前を赤城と並んで歩く大井を見ながら言った。イタリア武官も応える。

 

『そうね……目に見えるものとか直接教えて貰うことだけがだけが勉強じゃない。人生は全て学び舎なのヨ。艦娘たちの失敗だって、そこから何かを学べば私は善しとするわ』

 そう言いながら武官たちは階段を下りると屋外へと向かう。

 

「信頼かぁ……」

彼らの後を歩いていたブルネイの青葉が確認するように言う。

 

直ぐ後ろを歩いていたブルネイの川内が彼女に近寄って問いかける。

「どうした? 珍しく神妙な顔だね」

「うん、確かに美保もブルネイも形はちょっと違うけど、どっちの鎮守府でも私たちは指揮官には、とっても信頼されているんだな……ってね。それは分かるんだよね」

 

 青葉が言うと川内は腰に手を当てて呆れたように言う。

「そんなの当たり前じゃない? 何を今さら……」

「そっか……川内は完全に委ねているんだね」

 

川内は苦笑した。

「ううん、そうでもないよ……今回だって私、最初は美保に来ることを拒んだからね」

 

それを聞いた青葉は言う。

「いや、指揮官の言うことでも直ぐに拒めるってことは『信頼』のひとつの証だと思うよ。青葉(私)はさぁ、いろいろ余計なことに気を廻して考えて過ぎてしまうんだよね、きっと……あぁあ、これってやっぱり記者の宿命かな?」

 

川内はそんな青葉の肩を軽く叩いた。

「大丈夫だって……提督はさ、そんなところも含めて青葉を信じてくれているって」

 

それを聞いた青葉は、納得するように応える。

「そっか……そうだよね」

 

 腕にまとわり付く金剛と一緒に歩きながら提督はブルネイの艦娘たちにとっても今回の視察は本来の内容以上に学ぶべきものはあったかな? と思い始めた。

 

 悔しいが元帥ジイさんには、いろいろな意味で負けだが……それでも金剛が言ったように今さら張り合う必要はないのかも知れない。

 彼が一筋縄ではいかない変な年寄りだとしても帝国海軍の軍人として元帥にまで上り詰めたからにはオレより優れている事は認めるべきだろう。

 

 その上でも彼には『いつかきっと出し抜いてやるぞ』という気持ちが消えないから不思議だ。もしかしたら、そういった軍人として不可欠な『闘争心』までも常にジイさんの手玉に取られているかも知れないが……構わないさ。それも含めて受けて立ってやろうじゃないか! 彼は改めてそう思うのだった。

 

「どうしたのdarling? 何だか楽しそうだネ」

金剛が言う。

 

「ああ……お前たちと共に戦えることが嬉しくってな……」

 なぜか、そんな言葉が提督の口をついて出てきた。コンパクトとまとまった感じのある美保と違ってブルネイは、まだ組織として今も拡大している。それにブルネイにだって、いろいろ新しい出会いの機会はたくさんある。深海棲艦たちとの戦いも、これからも続くだろう。だからこそ、とことんまで艦娘たちと共に行ける所まで行ってやろうじゃないか?

 

 そんな彼の気持ちを察したのか金剛は彼を見て言った。

「そう? 改めて言わなくてもdarlingの気持ちは分かっているヨ」

「へっ、たまには言わせてくれよ! こうなったらとことん……そうだなぁ……いっそ『世界の果て』まで行ってやるか! ははは、オレはそのつもりだからな、お前も覚悟しとけよ!」

「うん、覚悟するネ、darling!」

 そう言って笑顔になって改めて彼の腕にしがみ付く金剛と共に提督は建物を出た。

 

 初夏の日差しが眩しい中、美保湾の風が心地良い。大山が遠くに薄っすらと見える中、海はキラキラと輝いている。

 美保鎮守府の本館に相当する建物を出ると直ぐにヘリポートがある。とはいってもオスプレイ専用の急ごしらえのこじんまりとしたものなのだが。美保は小さい鎮守府なので目と鼻の先に全ての施設がコンパクトにまとまっている。広大なブルネイと比べると最初は戸惑ったものだが慣れれば意外と便利なものかも知れない。それは提督にも実感できた。これも『住めば都』なのだろう。

 

 オスプレイは翼を展開しローターを上向きにした状態でエンジンは止まっていた。やはり機体そのものはヘリコプターに相当するから存在感がある。主翼の先端にある2つあるローターも、それなりの大きさだ。今の状態で下から見上げると結構な威圧感を感じさせる。

機体のフロントに移動してみる。大きな操縦席の窓から見える機内には計器類にランプが灯っている。エンジンは始動させなくても電装品などは常にスタンバイ状態なのだろう。

 

 武官たちが近づくと機体の側で夕張と妖精たちと何かの調整作業をしていた二人の艦娘……『早苗』と『伊吹』が敬礼をした。二人とも若いがオスプレイの操縦士だけあって独特の緊張感を保っている。彼女たちも赤城と同じような米軍らしき軍服を着ていた。残念ならズボンなので美脚は拝めなかった。

 提督は彼女たちが実は美保司令や大井の娘だと思うと不思議な感覚に捉われた。特に大井の娘は父親は果たして誰なのだろうか? いろいろ気になるのだが今はそれを調べる時間ではない。

 

 武官たちは早速興味深そうにオスプレイをさまざまな角度から見ている。 

「これがオスプレイかぁ」

「なるほど、独特の雰囲気だな」

 

 美保司令が案内をする。

「しばらくはオスプレイを『観察』しましょうか? 皆さん……操縦席の計器類に触れなければ中に入って室内装備をご覧戴いても結構です。しばらく経ってから『操縦士の艦娘』から説明をして

貰いましょう」

 

 ドイツ武官は意外にU-511とメモを取りながら熱心に見ている。Uボートの救出や哨戒にでも使う気だろうか? 副大臣は副長官と共にこれまた熱心に見ている。おいおい遊覧飛行をするんじゃないぞ? そしてイタリア武官は、案の定テキトーな感じだ。

 

 艦娘たちも興味深そうに見ているが一番熱心なのはブルネイの青葉くらい。後は興味半分で見廻している。艦娘とオスプレイじゃアナログとデジタルの差といった印象を受ける。その青葉もブルネイの青葉が質問をして、これに美保の青葉が簡単に応えているという構図。それはまるで双子のようで微笑ましい。

 最初はオスプレイをライバル視していた秋津洲も意外と熱心に見ている。最初は一人で舐めるように機体のあちこち見回していたが、いつの間にかダブル青葉に合流して彼女自身がいろいろ聞いている。二式大艇を扱うだけあって、やはり興味があるのだろう。

 

 美保司令は二人の操縦士の艦娘と話をしている。その横にはケリーも居て、一緒に頷いたり話に加わったりしている。どうやら彼らの会話は全て英語らしく、たまに技術用語が混じる以外は英語が分からないとチンプンカンプンだ。

 

「美保司令は海軍兵学校を出ているから最初から士官でしょ? やっぱり英語は基本オッケーみたいですね」

 ちょっと落ち着いたのか、ブルネイ青葉が提督たちに話しかけてくる。すると提督の腕を離れた金剛が応える。

 

「それよりもあの二人……どっちもアメリカ軍の服でイングリッシュペラペラ、変わっているのデス。ぜひ詳しいプロファイルを知りたいところデース!」

 彼女は突っ込みを入れる。その気持ちは痛いほど分かるが……と提督は思った。

 

「それ以前にさ……」

ブルネイの川内だ。彼女は口元に手をやって考えを整理するようにして言った。

 

「そもそも美保鎮守府は米軍と組んで一体、何をやろうとしているんだ? このオスプレイって言う機体もそうだが単に米軍から借りているだけじゃないはずだよね……何かその向こう側に大きな目的があると思う。これは大きな計画の入り口に過ぎない……」

 川内はニンジャだけあって裏の裏を読む癖がある。青葉以上に洞察力があり今回、こいつを連れてきて正解だったなと提督は改めて思うのだった。

 

彼は言った。

「まあ待て。まだまだ時間はたっぷりある。オレが思うにあの二人はその『計画』でも、かなり要になる人物だろ? 元帥ジイさんがあの二人のことをオレたちに分からないままで終わらせるとは思えん」

 

 提督にもこれといった確信はないのだが、あのジイさんは必ず種明かしをするよう仕向けてくるに違いないという思いはあった。ただタイムリミットまでは『自分で答えを考えろ』という彼からの暗黙のメッセージのようなものなのだ。

 

「……ったく、あちこちに絶妙なトラップを仕掛けやがって」

 つい呟く提督。それを聞いた川内が腕を組んでニヤニヤしながら言う。

 

「提督ってサァ、何だかんだで結構、元帥を信頼しているよね」

 ああ、それは否定しないと彼は思った。彼は川内の方を見ながら応える。

 

「ブルネイに戻るタイムリミットまでには答えも分かるだろうが……それまではアレコレ想像して、こっちも愉しませて貰わにゃ損ってもンだろ?」

「へぇー、じゃあお前たちは、あいつら一体、誰だと思うんだい?」

 いきなり背後から声をかけてきたのは副大臣だった。ビックリした。

 

「Woo!」

 金剛も驚いている。だが振り返った提督は彼の顔を見てピンと来た。こいつは『元帥』の仲間だぞ。彼は少し構えて言った。

「大臣はご存知なのですね……」

「そりゃそうだ。オレは美保司令との付き合いも永いしね……」

 

するとブルネイ青葉が割って入る。

「でも早苗は司令夫妻の娘で伊吹は大井の娘ってことで、かつてのブルネイで米軍と縁が出来たから軍事協力をしている。そりゃあ、お互い助かるねってことでピンポーン! じゃないんですか?」

 ブルネイ青葉が答える。そういえば彼女なりに、かなり調べていたはずだけど、お前にしちゃ意外とあっさりし過ぎてないか? 提督は思った。

 

 案の定、副大臣も腕を組んで半分ガッカリしたような顔をしている。

「うーむ、あのさぁ別に『私は誰でショー』じゃないからなあ……。良いか? さっき川内が言ったように美保にオスプレイがあるだけじゃ終わらないんだよ、この『話』は。少なくとも二つの国家の海軍の元帥が絡んでいる話だぞ? そんな次元で終わると思うか?」

 

「えぇー? でも私たちは闘うことが本業だからなぁ……」

 オイオイ青葉よ、もう脱落か?

 

 提督は言った。

「オレが一番気になるのは美保司令本人だよ。最初っからイマイチ腑に落ちない点が多い。そもそもかつて出会った若い頃の彼と今の彼では印象があまりにも違う。そこがオレは疑問だし謎なんだよな」

 彼の言葉を受けて副大臣は再びニヤニヤし始めた。ヒットしたな。

 

「だろ?だろう?……ウン、実はなオレも『復活』してきた彼を見てそう思った」

「……ん?」

 提督は何かが引っ掛かった。金剛も何かを感じたようでカットインしてきた。

 

「大臣さん、いま『復活』って言ったネ? それって美保の司令も轟沈したってことデスか? ……そぉいえば、さっき赤城の話でも美保司令が『海に落ちた』とか『記憶が無い』とか言ってたネ。それってどーいうコトね?」

 

「あ……」

 と、副大臣がちょっと焦ったところで祥高が声をかけてきた。

 

「皆さん、そろそろ操縦士からの説明の時間になります。いったんお集まり下さい」

 

それを聞いた副大臣はホッとしたように言った。

「残念、時間切れだな……では、また後ほど」

 

「あ、逃げた!」

川内が追い討ちを掛けるように言うが彼は軽く手を振ると祥高の方へと行ってしまった。

 

提督は金剛に言った。

「よく赤城の言葉を覚えていたな」

 

すると彼女は自分のアタマを指差しながら言った。

「オスプレイには負けるかもしれないケド、戦艦は瞬時に弾道計算とかするンだよ? 私を見くびらないでネ、darling……」

 

 そういう金剛は、ちょっと鼻息が荒いが……でもキラリと輝いて見えた。

「ああ、そうだな」

「今はオスプレイに集中するネ」

「同感だ」

 

二人はオスプレイの側へと移動した。

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第33話:<質疑応答>

オスプレイに搭乗する艦娘たちは、美保司令夫妻と大井の娘だった。


「艦娘がわが国にもっとも多く出現し、定着している理由は」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第33話:<質疑応答>

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 改めてオスプレイの前に集合する武官や艦娘たち。その機体を背にしてオスプレイの操縦士である早苗が立った。彼女は艦娘だ。

 

 金剛が言う。

「あれが美保司令の娘デスか?」

「そうだな」

 

 金城提督は、そう応えつつ二人を観察する。早苗は『ほんわか』した雰囲気。逆に伊吹は、ちょっと『きりっ』とした感じだ。

 

 まずは最も熱心に調べていたドイツ武官が挙手をして質問をする。しかもドイツ語訛りの英語なのだ。それでも始めのうちは早苗もニコニコしながら質問に応対していた。すごいな、やっぱり英語はペラペラか。

 

 だがドイツ武官が難しい質問を矢継ぎ早に投げ始めると彼女は徐々に、しどろもどろになってしまって返答に詰まり出した。どうやら専門的なことは弱そうだ。気が付くと東洋人独特の『笑って誤魔化す』パターンになった。

 

 すると今度は彼女の横に立っていた伊吹が『それについては私がお答えします』と言いながら代わって応対し始めた。真面目顔のドイツ武官が浴びせる細かい数値や、かなり専門的な質問にもスラスラと即答している。やや無愛想な印象の彼女だったが数値的なことは強いらしい。よく見れば知的な雰囲気のある子だ。

 

『以上だ。ありがとう』

 しばらくするとドイツ武官の質問が終わった。改めて二人の艦娘は軽く礼をした。質問の嵐を何とかクリヤーして早苗はホッとしたような表情をしている。感情の分かり易い子だな。そんな彼女は伊吹に向かって頭を下げている。伊吹は相変わらず固い表情だが少し笑顔になって「どういたしまして」と返している。

 性格は違う感じだがオスプレイのクルーでもあり仲は良さそうだ。

 

 何気なく彼女たちを見ていた提督はふと『あれ?』……と思った。このコンビの感じって誰かに似ている……すると金剛が言う。

「この二人ってサァ赤城と加賀に似てるよね」

「あ、そうか」

 

それを聞いた提督は思わず反応した。川内も腕を組みながら感心したように言う。

「へえ、それは確かに言い得て妙だね」

 

 青葉がメモを見ながら確認するように言った。

「早苗は司令夫妻……えっと祥高さんの娘ですね。そして伊吹は美保の大井さんの娘。うーん、そうですねぇ、何となく二人とも母親と似ているんでしょうかねぇ? ……いや、父親似なのかな?」

 

 それを聞いた提督は大井の父親が誰か気になった。青葉は補足する。

「美保の大井さんって確か少し前のブルネイで轟沈から『浮上』した組ですよね」

「なんだ? 『組』って」

 

提督の質問に青葉は応える。

「えっと……美保鎮守府が過去のブルネイ遠征で防衛戦をした時、複数の艦娘が轟沈したのですが、どうも『復活』しているらしいんです」

 

 その言葉にぎょっとする提督。

「『復活』って……それは美保の赤城や大井だけじゃないのか?」

 

 彼が聞くと彼女は周りを気にするようにしながら小声になって言う。

「もちろん公式記録ではありません。ブルネイや各地の記者仲間に片っ端から聞いていたら、そんな噂があることを知りました」

「……」

 

 彼女は改めて二人の艦娘を見ながら続ける。

「あの伊吹って子はシナのタンカーに囚われていたところを米軍の特殊部隊によって救出されたという話で……これはブルネイの警察関係OBから聞き出しました」

 

 提督は感心した。

「良くそんな細かいことまで調べたな……」

 

 青葉は恥ずかしそうに笑ってから続けた。

「いえ……ただ、そういう縁があるから彼女たち米軍と関係があるのかなって……これは記者としての私の直感なんですけど」

 

 それを聞いた提督と川内は思わず納得した。確かにそういう流れだと説明が付いてしまうが……。提督の想いを知ってか知らずか彼女は呟くように言う。

「ニュースとか事件の裏側って、結局は人間のドラマなんですよね」

「ドラマか……」

 思わず提督は顎に手をやりながら早苗たちを見る。

 

 オスプレイの前では副大臣と副長官が交互に質問をしている。主に早苗が答え伊吹は再び少し後ろに下がって時おり補佐に入っている。その姿を見詰めているのはケリーと美保司令夫妻。

 彼らの姿を見ていると確かに自然に連携しているようだ。つまり美保と米軍は、かなり長期間、協力関係が維持されているのだろう。その背後には一体、どんなドラマがあったのだろうか? ……この場で聞く質問ではないが、いつまでも悶々としているのも辛い。

 

そう思っていると提督のでん部に痛みが走った。

「痛っ!」

 

金剛につねられた。思わず振り返ると彼女は口をすぼめて指を立てて左右に振っている。

「No no darling、考えすぎは毒だよ」

 

さすがの提督もちょっとムカついた。

「それじゃオレが昼行燈みてぇに、いっつもボーっと呆けても良いのか?」

 

ちょっと考える金剛。

「それは困るネ」

「だったら黙って見てろ」

 

ちょうどその時、早苗が言う。

「ご質問は以上でしょうか?」

 

 提督は、これ幸いと挙手もそこそこに切り込みの質問を入れる。

「君たちは艦娘の2世だろう? ……全部は答えられないと思うが一点だけ良いか?」

 

一気にまくし立てる。明らかに引いている早苗。

「艦娘なのに、なぜ米軍に組みしている? オレは全然、理由が分からんから簡単に説明して欲しいな」

 

 瞬間的に場が凍りつくのが分かった。この質問が唐突なのもわかる。だが彼はいい加減ジイさんとの『お遊び』は終わりにしたいと思っていた。どうせ機密保持の確約書にはサインしているんだ。早々に疑問は解消して貰わないと気分が悪い……そう思う提督はかなり強気だった。

 

 早苗は何か答えようにも完全にアタマが真っ白になっているようだ。ゴメンな虐めるつもりは無いが結果的にそうなる。すると案の定、伊吹が前に出て来た。実は提督は、これを期待していた。

 

「その質問にはちょっと……」

 瞬間的に伊吹は美保司令の顔を見た。司令は意外にも腕を組んだままうなづく。それを受けて伊吹はちょと表情を引き締めると再び正面を向いた。

 

「簡潔に言えば私がかつて、米軍の特殊部隊に救助されたことがまず第一原因です」

「それは知っている」

 提督は即答した。その反応の速さにケリーや祥高たちも驚いたようだ。それを見て提督はこれは有利になったぞと思った。何事も先手必勝、攻める時にはグイグイ行くぞ。

 

「オレは別に米軍が嫌とか言っているンじゃない。ただ事実を知りたいだけだ。皆、友軍であり仲間だろう? いつまでオレを蚊帳の外に置くつもりだ?」

 後半はほとんど感情的になっている。軍隊の指揮官としては微妙だが……良いさ。オレは自分のやり方で道を開く。提督の勢いに伊吹も沈黙している。

 

「隠すつもりはありませんよ……大将」

 美保司令がようやく口を開いた。やっと出たか。『大将』か……彼が呼ぶ懐かしい名だな。この瞬間を待っていたぞ。

 

 ところが美保司令は続けて意外なことを言った。

「実は大将が『その気』になるタイミングを計っていました」

「は?」

 その言葉に、提督はいきなりガックリ来た。何だよ、結局お見通しなのか?

 

 美保司令は少し微笑みながら……若干、気の毒そうに言う。

「今回の訪問では最初から大将が乗り気でないことも元帥から伺っていました」

 

「ああ、どうせ、そんなことだろうと思ったよ」

 吐き捨てるように言う提督。苦笑する美保司令。

 

「まあ、そう仰らずに」

 周りの武官や艦娘たちも、二人のちょっとした『バトル』に戸惑っているようだ。

 

美保司令は言う。

「だいたい、お分かり頂いていると思います。ブルネイと美保は閣下がとても意識され育成している鎮守府です。そして両者の性格も敢えて正反対のままです」

「そうらしいね」

 

提督は金剛たちをチラッと見ながら応える。美保司令は続ける。

「いろいろなパターンでのベストな鎮守府のあり方を探るためのモデル鎮守府です。一種の雛形ですね。私たちは共に先駆的な鎮守府なのだとお考え下さい」

 

「へえ、そりゃジイさんらしい言い訳だな」

 結局、オレは老人の手玉に取られたのかと思うと悔しくて投げやりになっている。

 

美保司令は言う。

「でも閣下は私たち……艦娘も含めて、両鎮守府を信頼して下さっています。その点は、ご理解頂けますよね?」

 

 悔しいが、それは認める。提督は制帽を取ると「ああ……」と頷いた。それを見て美保司令は改めて言った。

「どんなに指揮官が優秀でも兵隊がきっちり動かなければ作戦は遂行できません」

 

「まあ、それもそうだな」

やや落ち着いた提督を見て、その場では安堵したような空気が流れた。

 

美保司令も一瞬、制帽を持ち上げて……被り直した。

「先ほどの大将の質問ですが、まず米軍との縁が持てたのは、伊吹が話した特殊部隊に『助けられた』という遠い理由もあります」

 

ふんふんと、ブルネイの青葉が感心したように言う。司令は続ける。

「またそれが縁でフィリピン米軍と交流が始まったことも大きいでしょうね」

「それは何となく聞いた」

 

提督の反応に美保司令は頷く。

「その米軍特殊部隊の隊長との縁で、うちの娘と大井の娘が共にアメリカに留学したことがありました」

「ほう? この戦時の状況下で」

 

 この内容には、ちょっと興味が湧いた提督。その娘たち本人はもちろん、その『母親』たちも二人のやり取りをジッと見ている。美保司令は続ける。

「もちろん元帥閣下に内々に許可を戴きました。何しろ艦娘は特別ですから」

 

 それを聞いた提督は顔をしかめた。彼は内心(くそ、あのタヌキめ)と呟いていた。……ったく陰で、どれだけの悪企みしてやがンだ? ……もっともそれは提督が知らなくても問題が無いことではあるのだが。

 

その彼の姿を見ながら司令は続ける。

「そのアメリカで彼女たちは特例として米軍での軍事訓練を受けるようになりました」

 

「聞いてないぞ」

この反応はやや理不尽だと思ったが、タヌキ爺さんのことを思っていたからつい、言葉を発してしまったのだ。

 

「まあまあ……」

やはり美保司令は苦笑した。

 

「これは、この子たちが『艦娘』という特殊事情もあります。米軍も艦娘には興味がありました。『素』の状態でも強い彼女たちを敢えて訓練することで、米軍としても、さまざまな兵器開発の基礎データを得たい思惑もあったようです」

 

提督の表情が変わった。

「おいおい……それって一種のモルモットというか、人体実験じゃないのか?」

 

その場の空気も一瞬変わった。提督が心配するのも無理は無い。ただ当の艦娘たち本人は、別に気にしていない、涼しい表情だ。もちろん司令も表情を変えない。

「そうですね。もちろんそういう心配もありました。私も彼女たちは機械ではなく人間と同等であるという意識ですから」

「だよな」

 

提督は同意する。この点では二人に相違は無い。美保司令は言う。

「特殊部隊の隊長がかなり親身になって米軍と人権的配慮……艦娘にもあるはずですが、その調整をしてくれました」

「……」

 

 提督だけでなく、他の武官たちもジッと聞いている。美保湾からは潮風が吹いてきた。司令は続ける。

「わが帝国海軍も世界最高水準である米軍の訓練や整備運用ノウハウは得たい。また彼らも艦娘を通して兵器開発がしたい。そこで、お互いに利するべく手を結んだというわけです」

「へえ」

 

美保司令はオスプレイを振り返る。

「兵器や戦略システムというのは単に機械や単一のノウハウを入れたらオッケーというものではありません。それこそ2、30年。下手したら二世代くらい時間がかかることもあります」

 

「それが、これだというのか?」

提督が聞くと司令は改めてこちらを向いた。

 

「いえ、オスプレイはその一環です」

「ほお……それは壮大だな」

全容は良く分からないがなぜか、そう感じた提督。司令も頷く。

 

「更に言えば、人間に近い艦娘を軍隊に導入するとなると、二世代、もしかしたら三世代ぐらいは覚悟しなければならない可能性がある、ということですよ」

 この発言に、武官たちもざわつく。ただその言葉には重みがある。また美保司令が祥高とケッコンして娘が居ること。その子もまた両親と同じ軍人の道を歩んでいる。その二世代にわたる道程は実は極めて壮大な計画に基づいているのではないか?

 察しの良い者は薄っすらと、そういうロードマップが見えてくるのだった。そこまでして戦うべき相手とは誰なのか? やはり深海棲艦なのだろうか?

 

「艦娘がわが国にもっとも多く出現し、定着している理由は、そういった歴史的伝統風土が土台にあることも一因かもしれませんね」

 その言葉に頷く者が多かった。

 

 話が長引いてきたので祥高が他の艦娘に伝えて次々とイスが持ちこまれた。少々間を置いて全員が着席したのを見て美保司令は再び話し始める。

「えっと……どこまで話しましたっけ?」

『あの、米軍での訓練の話です』

二人の青葉がメモ帳を見ながらハモッて言う。

 

「ああ、二人の艦娘が米軍で訓練される話でしたね……」

司令はチラッとオスプレイの側に腰をかけている二人を見ながら言った。

 

「基本的な軍事訓練を通して、どの分野に適性があるかを見た上で彼女たちは航空機の操縦訓練を受けることになりました」

「艦娘なのに?」

金剛が口を挟む。

 

「ええ、これは私も意外でしたが……ただ艦娘も航空機は扱いますからね。決して無縁ではないでしょう」

「なるほどね」

 そう応えたのは川内。

 

 その時、伊吹が祥高に耳打ちをして祥高が司令に何かを話しかけて確認をする。司令は頷き二人の操縦士たちも頷くと次々と機内へ入る。彼女たちが操縦席に座ってバイザーを付けてしばらくすると何かのモーターが動くような音が響いてくる。

 

 美保司令は言った。

「皆さん、今日はもうオスプレイは飛びませんので、いったん翼を畳んで格納準備をします。ちょうど良い機会ですから、この機体がどれだけコンパクトになるか、しばしご覧下さい」

 

 司令が何か合図をすると夕立と時雨が小走りにやって来た。彼女たちは武官や艦娘たちにオスプレイの周りから離れるように案内をする。彼らが距離を保ったのを確認すると夕立はオスプレイの向こう側に時雨がオスプレイの手前に小走りで移動した。よく見ると二人はインカムのような無線機を付けている。手前の時雨は小さいライトの付いた棒のようなものを持って手で指図をしながら何かを話している。

 その指示を確認したようにオスプレイの操縦席に乗り込んだ早苗と伊吹が頷きながら何かを操作をする。やがてローターの付いた主翼が徐々に折り畳まれて行く。自動なんだ。

 

「おお!」

……といった感じの歓声が上がる。見ると艦娘の中で一番、驚嘆しているのはやはり秋津洲だ。もはや口をあんぐりと開けて、ただ驚愕しているようだった。そりゃそうだ。二式大艇ちゃんが主翼を折り曲げるなんて話は聞かない。

 

 ほんの僅かな時間で主翼とローターがコンパクトになると時雨は前に居るまま、夕立は牽引車でオスプレイの後ろに寄せるとワイヤーのフックをかける。時雨が再び後退の誘導を始め夕立がゆっくりと格納庫へ機体を牽引していく。

「なるほど、見事なものだな」

珍しくドイツ武官が感心している。

 

「しかし夕立や時雨が航空機の地上誘導員とは、ちょっと違和感があるなぁ」

 腕を組んだ川内が言う。

 

「でも、ここが空母の飛行甲板だと思えば、さほど違和感はありませんよ」

 美保の青葉が応える。

 

美保司令が再び話し始める。

「まあ、こんな感じで格納します。出動するときは基本的に、この逆ですね。

 

「美保司令、聞いて良いかな?」

提督が軽く手を上げる。

 

「どうぞ」

「今、誘導していたのは時雨と夕立だったが、彼女たちは専属なのか?」

 

美保司令は微笑んで言う。

「いえ、いくつかの班に分かれているので専属ではありません。大井とか不知火も時々、誘導していますよ」

「へえ」

「基本的に航空機を扱う艦娘なら、上手く出来そうだね」

 金剛が言う。それもあるかも知れない。

 

 やがて完全に格納庫へ収まったオスプレイ。二人の操縦士と時雨、夕立はそれぞれ敬礼をしてお互いに点呼をして、最後に祥高に報告をしている。

 その姿を見ながら司令は続ける。

「あの二人は意外と米軍での訓練期間中の操縦成績が優秀でした。それは艦娘の特長なのか彼女たちの個性なのか正確には分かりませんが……」

 

 武官たちは感心したような雰囲気になる。

「その結果を受けて、さらに米軍と内々に交渉が持たれ、合わせて閣下や副大臣が尽力した結果、オスプレイの試験導入が決定しました」

 

 すると副大臣が胸を張る。ただ隣に副長官が居るので、あまりハメは外さない。

ドイツ武官が問いかける。

「それは両国政府も関与したのか?」

「いえ、政府は見て見ぬ振りをする形です」

 

司令の説明に彼は不思議そうな顔をした。

「見ない振り?」

「はい」

 

 美保司令は意味ありげに笑う。

「いろいろシナや、わが国周辺には難癖をつけてくる国が多いですから。極秘裏に軍だけでの話し合いでという形で進めました」

「なるほど」

 

バイザーを外して戻ってきた二人の娘を見ながら司令は言う。

「幸いこの子たちが、そのままスライド的に優秀な操縦士として着任できましたから機密保持も万全です」

 

すると提督が口を挟む。

「なるほど……それで、こういうことになったのか?」

「はい、そういうことです」

 

 艦娘の操縦士二人も微笑んでいる。この内容は提督はもちろん、その場に居合わせたドイツやイタリアの武官たちも初耳だったようだ。もちろん米軍のケリーは知っている。というか伊吹もケリーとは縁があるようで、時おり彼女や母親である大井と雑談をしている。

 

 あの二人の艦娘は、やはりただ者ではなかった。美保司令の単なる娘には留まらなかった。

その彼は言う。

「ですからオスプレイも、この視察も、そしてこの子たちも、わが帝国海軍や同盟国海軍の重要な作戦のごく一部だとお考え下さい」

 

 理屈では分かるが……美保司令もいつの間にジイさんの配下に収まったのか。提督は複雑な気持ちになるのだった。

 

提督は改めて美保司令に問いかける。

「美保司令」

「はい?」

「この場では聞きにくいこと、つまりお前に対する疑問点もたくさんあるんだ……そういうことも含めて(ブルネイに)帰るまでに確認する時間はあるかな?」

「そうですね……」

 

間を置いて少し考え込む美保司令。なぜ、いちいち考えるんだ?と提督は思った。

「大将がそれを望めば、そうなります。別に、どうでも良いと思われたら、そうなります」

「はあ?」

 

何だよ、まるで禅問答か?

 

 ふと見ると副大臣はニヤニヤして面白がっている。

「そうだなあ『大将』が願えば道は開く。ウンウン、そういうことらしいぜ」

「……」

 

 チョッとアタマにきたが、さすがに相手は海軍省の副大臣だと思うとムゲに反抗することも出来ない。このネチネチさ……絶対こいつもジイさんの仲間だと確信する。

 

隣に居た副長官が詫びる。

「提督、悪く思わないでくれ。コイツは昔からひねくれた奴だ」

「えぇ?現職の副大臣を捕まえてそういうことを言うかなあ?」

 

もはや、この二人は漫才師だと提督は思った。

 

「それはそうとさぁ、遊覧……じゃなかった、オスプレイの体験飛行みたいなのは無いのかなあ?」

 ……ったく何処までも無邪気な副大臣だな。

 

美保司令は応える。

「明日、その時間を設けてあります」

 

「おお、それは楽しみだな……」

そう言いながら彼はハッとして隣の副長官を警戒する……また突っ込まれると思ったのだろう。だが意外と彼女は何もせずに腕を組んで呟くように言った。

 

「オスプレイか……わが国には必須の機体だな」

そう呟く長官を見た副大臣は、急に笑みを浮かべて言った。

 

「だろ? だろう? 山が多くて平地が少ない狭い国土の、わが国には必須だよ」

 

だが副長官はちょっと首を振って言った。

「いや、私は艦娘も含めてだな……運用面で」

 

何かを言いかけて彼女はちょっと考え込むようにして改めて言った。

「まあ良い。実は私もオスプレイにはチョッと興味が出た」

 

その言葉に一瞬、笑みを浮かべた大臣は直ぐに残念そうな顔をする。

「なぁんだ? そう言う副長官様は、やっぱりオスプレイなんか眼中に無かったんだな?」

 

副長官は腕を組んでチョッと反論する。

「当たり前だ……私は艦娘だぞ。海に興味があっても空にはない」

 

「だがオスプレイの基本性能の高さと汎用性の高さは特筆すべきだ」

急にドイツ武官が言う。

 

「あらぁ、ドイツもお気に召して?」

イタリア武官も加わってくる。ドイツ武官はそれに応える。

 

「コンパクトにして格納する様は、かつて山岳部に航空機を隠したわが国を連想する」

ちょっと遠い目をする彼。

 

「さっきも質問したのだが、この機体の現場での応用力や展開の柔軟性は特筆すべきだ。このフレキシブルさはアメリカらしいな……」

「そう言って頂けると嬉しいですね」

ケリーが応える。ドイツはそれを受けて噛み締めるように話し始める。

 

「正直、実機を見るまではアメリカの技術など取るに足らないと思っていた。だが今日、実物を間近で見て実際に操縦しているパイロットから説明を受けて考えが変わった」

 そこで彼はホッと一息つくと隣に居るU-511を見ながら続けた。

 

「不思議なものだな。もし私がアメリカと一対一で説明を受けても受け入れなかっただろうが。艦娘が関わると、どんなことでも謙虚に耳を傾けたくなるらしい」

 それを聞きながらU-511は無言で彼を見詰めている。

 

「そうねえ……アタシは割りと柔軟な方だけどサァ」

 今度はクネクネしながらイタリアが応える。

 

「やっぱり艦娘と交流すると何かが変わるのよね。それは分かるわよ」

「へえ」

……と言いながら副大臣は言う。

 

「オレは自分の軍のことだからなぁ、帝国海軍がどうなのかは正直よく分からないけど……ただ艦娘に人を引き付けたり対立するものを緩和する効果があるのは感じるな」

 その意見に同意するようにうなづく海外武官たち。

 

それを聞いていた提督は、ふと金剛に聞く。

「お前も、そう思うか?」

「えぇー? 自分じゃ分からないネ」

そりゃそうだな。

 

気が付くとかなり日も落ちてきた。意外に長時間、オスプレイを見学していたようだった。

 

「しかし、確かに僻地だと機密保持にも有利かもしれないなあ」

改めて提督が言うと、ほかの武官たちの同意していた。

 

ドイツの武官も言う。

「私はUボートでその沖にある埠頭に着岸していますが、あれだけでもかなり機密保持になりますね」

「そうね。オスプレイが飛んでいても、たった一機ですし、さほど大きな音を立てるわけでもないから住民たちもほとんど気にしないわね」

イタリア武官も感心したように言う。

 

「仮に諸外国のスパイがいても、この地域では逆に目立ちますからね……では」

美保司令は腕時計を見る。

 

「今夜はバーベキューということで、この場にセットを準備します。オスプレイを見ながら夕食にしましょう」

 司令が合図をすると第六駆逐隊を始めとした艦娘たちが一斉に準備を始める。

 

「私たちも手伝いましょう」

祥高の言葉に、その場にいた艦娘たちも準備に動き始める。ふと美保湾を見ると大山が赤く染まっていた。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第34話:<消し難き絆>(改2)

美保鎮守府のオスプレイの前で簡易なバーベキューが始まった。そこで提督はいろいろと画策するのだった。


「私たちには守るべき絆があるんだ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第34話:<消し難き絆>(改2)

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 時刻は夕方。桃色に染まった大山と、その色を薄っすらと映し出す美保湾を望んだオスプレイの格納庫の前ではBBQ(バーベキュー)が始まっていた。

 チョコマカと配膳やサービスで動き回るのは第六駆逐隊を中心とした駆逐艦メンバー。そこに数人の軽巡や重巡が加わっていた。

 

 早々に肉を大盛りにした皿を片手にブルネイの金剛が言う。

「意外に美保のメンバー少ないネ……こんな感じ?」

「全員参加じゃないンだろう」

金城提督もまた辺りを見回してから応えた。

 

それでも気になった彼は美保司令に近づいて聞いてみた。

「なあ、このBBQは全員参加じゃないのか?」

「はい、そうです」

「あ、そうなんだ」

チョッと拍子抜けした。

 

「これがブルネイなら『来るな』と言っても次々と押しかけて来るぜ」

「それはブルネイらしいですね」

美保司令が笑ったので提督は更に続ける。

 

「ああ、ブルネイじゃオレがBarに居ようが居まいが、まったく関係ない」

「はい」

「オレが執務室で秘蔵の品を出そうとすると決まって嗅ぎつけてくるんだ」

「なるほど」

 

するとブルネイの川内が皿を持ちながら近寄って言った。

「その索敵能力を実戦で生かせ!……ってボヤきたくなるくらいだよな」

小柄な割りに良く食べる川内を見ながら『お前が言うか?』と提督は苦笑していた。

 

 美保司令は思い出したように言う。

「今でもBarでは美味しいメニューを提供されるんでしょうね」

「え? ああ……そうだよ」

応えながら提督は『彼は覚えていたんだな』と思った。

 

「オレから美味いものを取ったら何も残らないぜ」

「大将らしいですね」

美保司令も笑った。その場の雰囲気が和んだ。何だか良いな、これ。

 改めて提督は確認するように言った。

「お前はオレにも艦娘にも腰が低い。それでいて、ここの命令系統は中央一点集中だろ? オレのところは横一列でフラットだけど」

「そうですね」

 

ニコニコしている美保司令の反応を見ながら続ける。

「ここの艦娘たちの動きを見れば分かるが……これもジイさんの意向なのか?」

すると司令はチョッと表情を変えた。

「いえブルネイもそうだと思いますが閣下はアレコレ注文はつけません。鎮守府の様子を見て、お互いに自然な形で方向性を決めておられます。ブルネイはフラットに美保はピラミッド型で、お互い特徴的で良いのでは?」

「まあな」

 

 提督は皿を置いて続ける。

「美保は司令が出した指示……このBBQにしても参加メンバーを決めておけば本当に、その艦娘しか来ないんだな」

「そうですね。まあ美保の場合は中央一点集中っていうか『秩序』でしょうね」

「あ、そうか……いや中央って言う表現が悪かったらスマン」

頭を下げようとする提督に司令は頭を振った。

「いえいえ、別に気にしませんよ」

 

そして美保司令も小皿を置くと周りの艦娘を見ながら言った。

「軍隊である以上、最低限の秩序は必要です。ただ艦娘も感情がありますから美保でも、あまり理不尽な命令には彼女たちは反発しますよ」

「そうだな、それは分かる」

 

美保司令は言った。

「しかし独りで何百人も応対するんじゃブルネイも苦労が絶えないでしょうね」

「ああ。でもオレや艦娘同士で互い心にスキマやズレが出来ると疑心暗鬼が生まれる……それは問題になるからな。もっとも何事もリアルに直接会って話せば何てことは無いのになぁ」

「それは在りがちですね。個人から世界情勢まで……」

 

 その時、美保湾からの風が通り抜けた。

提督は続ける。

「ブルネイはここより大所帯だが、ほとんどオレが独りで仕切って艦娘たちに対応している。さっきも言ったが隙を作らないのがオレのやり方だ」

美保司令は頷く。

 

彼は再び提督を見た。

「ここは小さいから管理はし易い。でも上からの一方的な指示や命令はしません。それに実務面は、ほとんど祥高や大淀さんが担当しています。だから私自身が艦娘と直接向き合うことは少ない」

「へえ、そうなんだ」

それは意外だなと提督は思った。

「やっぱりブルネイと逆ですね」

美保司令は苦笑した。

 

美保は少数だが命令は段階的……両指揮官の性格からすると逆になりそうなのに面白いなと提督は思った。

「つくづく二つの鎮守府って対照的だな」

「そうですね。でもどの鎮守府も同じっていうのは面白くないですよ」

「ああ、それも同感だ」

 

会話をしながら提督は不思議だった。両鎮守府は対象的ながら互いの指揮官の価値観は分かりあえる。指向性や考え方が対照的であっても上手く噛み合えば協調することは可能なんだ。

 

 その時だった。急に時雨と夕立は顔を見合わせて食事を切り上げると鎮守府の本館へ向かう。その先には神通と不知火が待って居た。時雨たちと神通は互いに敬礼をして当番の交代をする。

 

 それを見ていた提督は言った。

「へえ、こんな食事時間にまで、きっちり交替するようになっているんだ」

「そうですね。杓子定規ですが、うちは小さいので逆にこのくらい管理しないと……どの子も個性豊かで一途ですからこそピシッとね」

司令は笑った。

 

二人が会話をしていると引継ぎが終わった神通と不知火がやってきて敬礼をする。

「初めまして。教育隊隊長の神通です」

「同じく副隊長、不知火です」

提督も敬礼しながら思わず言う。

「おお! うちの子たちより精悍だなあ」

すると神通は恥ずかしそうな顔をした。

「いえ、そんな……恐縮ですわ」

 

良いなあ、この反応はまさしく神通だ。ただ隣の不知火がジッと見詰めてきて威圧感を覚える。

「……」

思わず苦笑した。この不知火も、どこに行っても同じ感じなのだろう。

 

美保司令が二人の艦娘に言う。

「交代直後に食事会……申し訳ないね」

「いえ、とんでもないです。光栄ですわ」

「……同じく」

その時の二人の笑顔は自然だった。提督への社交辞令的なものとは明らかに違っていた。

特に不知火が意外な感じだ。無口な彼女だが、美保司令の前では、明るくて素朴な少女に見える。

最初は『教育隊?』って疑ったが、このギャップ感は何だろうか?

 

その時の彼女たちに応対していた美保司令は急に何かに気付いたような顔をして提督を振り返ると軽く礼をした。

「ちょっと急用が入りましたので……失礼します」

「えっ? ああ」

 

提督は足早に去る美保司令を目で追っていた。司令官には緊急呼び出しは有りがちだよな。

 神通は会釈をして司令を見送っている。しかし不知火は、とても寂しそうな表情をしていた。へえ、あの鉄仮面のような不知火がねえ。その変化を見た提督はやっぱり美保司令に対するこの子の気持ちは特別に深いぞと思った。

 

 案外、美保司令って『ムッツリ』タイプか?

だからこの不知火にもきっと、あんなことや、こんなことをしてンだろ?

もう既に神通にも手出ししてたりね? アッハッハ……

 提督は美保の艦娘を前に、いろいろ想像してしまうのだった。

 

「darling……」

「うわっ!」

いきなり背後からのドスの効いた声に思わずビクッとする提督。

さっきまで美保の金剛と楽しそうに話をしていた嫁艦が突然背後からにじり寄ってきたのだ。

 

「何か善からぬ想像を逞しくしてませンか?」

 どうしてこいつは、こういった類の妄想にはセンサーが敏感になるんだろうな? さすがわが嫁……と言いたいところだが。

 チョッと周りを見回してから嫁金剛に顔を寄せて小声で話す提督。

「何を言うか? いくらオレでも美保鎮守府の艦娘にまでは手は出さないぜ」

 

 やや上目づかいで疑いの眼(まなこ)で見上げる嫁金剛。

「aha?」

 ダメだ。直ぐ観念した提督。軽く頭を下げて言う。

「ああ、分かったよ! ちょっと下心がありました! ゴメンなさい……これでどうだ?」

 

 そういうと彼女は腰に手を当てるとフフンといった表情を浮かべた。

「そうダヨ。軍隊には秩序が必要デース」

何を美保司令みたいなこと言ってるんだよ。

 

「でもさ」

急にブルネイの川内がやってきて言う。

「この鎮守府って命令系統とか艦娘同士の関係が、ちょっと妙だよね」

「だろ?」

川内にも美保の独特の雰囲気は感じるらしい。同意をした提督に対して嫁金剛は相変わらず「?」といった表情で、よく分かっていない。

 

 すると今度はブルネイの青葉までやってきた。

「青葉が調べた範囲では美保司令は副司令としか公式的にはケッコンしてないです」

「ウン?」←(嫁金剛)

 

 青葉は周りを見ながら説明する。

「この鎮守府の艦隊娘たちの表情を見ましたか? ちょっと普通じゃないですね」

「どういうことネ?」

 

すると川内が言う。

「さっきの神通と不知火の表情だよ。特に不知火は明らかに美保司令に特別な感情を抱いている」

嫁金剛は即答する。

「ソレきっと不知火は司令とケッコンしているネ」

「だから公式的にはケッコンしてないんだって」

川内が応える。

 

 嫁ながら金剛は思い込みが激しいと提督は思った。青葉は続けて説明する。

「ここではブルネイで提督とケッコンしている艦娘のストレートさとは、ちょっと違いますね」

「だよな」

「何が……デスか?」←(嫁金剛)

 

 金剛はまだ分かっていない。難しいなぁニュアンスを伝えるのって。痺れを切らしたように提督は説明する。

「ブルネイだとオレとケッコンした子たちは遠慮がなくなるだろ?」

「うん」

「その無礼講さが、この美保鎮守府には親しい間でも感じられないんだよ。壁とも違う何かが……遠慮みたいな」

「そうなんデスか?」

 まだ分かってない……もう勝手にしろ。

 

 嫁に理解させるのは一時諦めて提督は再び美保の艦娘を見る。司令は居ないのに一途な目をしている不知火がやっぱり不自然な印象を受ける。不知火って、そんなに情熱的な子でもないだろう?

 その一途さの中に、やっぱり何かを押さえている感じがする。それは、あの赤城や大井にも感じた。

 一途さと遠慮……何か初恋のようなもどかしさ。甘酸っぱいような『縛り』みたいなものがある。

 この美保鎮守府の段階的な命令系統が一因か。ひょっとして司令は独自の洗脳を施しているのか? いやぁ、まさかぁ。

 

 そこに追加の肉の大皿を抱えた電チャンがやってきた。そうだ! この素直そうな子に探りを入れるのが一番だ! だがオレが話し掛けると警戒するかも知れない。そう思った提督は言った。

「おい、青葉!」

「はい!」

 

近寄ってきた彼女に提督は言った。

「あの子に美保鎮守府の艦娘たちが美保司令にどういった感情的を抱いているのか探ってこい!」

「ラジャー!」

彼女にとっても絶好の取材対象なのだろう。嬉々として電チャンに向かう青葉。

 

 しっかし我ながらナニやっているんだ? と思う。だがこれも重要な索敵だ。元帥ジイさんがオレたちに帝国海軍鎮守府の未来を託すつもりなら喜んで乗ってやろう。だがそのためにも美保鎮守府の様子をもっと深く知るべきだ。

ジイさんから来るお膳立てだけ期待してはダメだ。オレからも積極的に攻めよう。

 

 彼は電チャンに向かっていく青葉の後姿を見ながら、やっぱり川内の方が良かったかな? と思ったりもした。

 

「どうもぉ、青葉です……ブルネイのぉ」

「あ、どうも初めまして、こんにちは青葉さん」

 電チャンはペコリとお辞儀をする。どこの鎮守府の電チャンも素直だな。青葉はそう思いつつ話しかける。

 

「駆逐艦娘は、いろいろ使われて大変でしょう?」

「いえ……これも任務ですから。小回りが利くのが私たちの特性です。むしろいろいろと重用して頂いて感謝なのです!」

 ああ! ……その健気さに、仰け反りそうになる青葉だった。

 

「作業しながらで良いからインタビュー良いですか?」

「良いですよ……」

そう言いながら電チャンはクスッと笑った。やや訝しげな表情をする青葉。

 

「あ、スミマセン。いえ、青葉サンって、うちの青葉さんとそっくりだなあって」

 電チャンは笑いながら説明してくれた。ああ、電チャンって可愛過ぎて思わず抱擁したくなってしまう……ハッ! ダメダメ任務を忘れてはいけない!

 

 青葉は慌ててメモ帳と鉛筆を取り出すと、さり気なく質問を始める。

「端的に、美保司令をどう思われますか?」

「尊敬しています……そして、命懸けでお支えしたいです」

「い、命懸けぇ?」

 ちょっと大げさだな……と青葉は思った。

ただ彼女の表情を見ていると、それは決して社交辞令ではなく心の底からそう思っているのが感じられた。何でこの子はこんなに純粋なのだろうか!

 記者という立場上、いろんな修羅場や泥沼も見ている青葉には、この天使のような艦娘は、まさに天然記念物だと思えるのだった。

 

「あ……」

 ニコニコしながら次の質問を待っている電チャンを見て青葉は一瞬上の空となっていた自分を反省した。

「スミマセンねぇ、ちょっとボーっとしてしまって」

でも電チャンは微笑む。

「そういうところも美保の青葉さんとソックリです」

「あはは」

 

 まずい! なぜか知らないけどマイペースなこの子に呑まれるぞ! そんな想いすら抱いた。最初はブルネイの電チャンとさほど変わらないと思っていたのだが何だろう?違う。

 青葉は自分の経験から、この取材対象である美保の電チャンには何かとてつもなく深いものを感た。いや、そもそもこの保鎮守府自体が曲者だ。

 小さい鎮守府だから得れる情報も少ないだろう……だから簡単に取材して終わるとばかり思っていた。ところが見事に裏切られた。

 

 そうだ、ここは諜報戦の最前線なのだ。しかも美保司令の知り合いはドイツもイタリアも諜報部員である。彼らと応対できる内容を美保司令は持っているのだ。ヤバイぞ。

 

そんなことを悶々と考えていたら

「青葉」

 

あれ? と思ったら、いつの間にか川内が側に来ていて青葉の肩に手を置いていた。

「代わるよ」

 

ハッとして提督を見ると……腕を組んで頷いている。ゴメンなさい提督、青葉は失敗ですねぇ。彼女は自分の少し落胆した気持ちは悟られないようにして何食わぬ顔で電チャンに言った。

「ゴメンね電チャンうちの提督が向こうで呼びなので、また今度お願いしますぅ」

「はい」

素直に頷く電チャンを川内に委ねて青葉は退散した。

 

 いつの間にか場内にはアルコールも振る舞われているようで副大臣は早速グイグイ行っている。一方の副長官や諸外国の武官たちはアルコールは嗜まないようだ。ほとんどが諜報部だからだろうか?

 ただドイツ武官は近くにいた暁に何かを聞いている。そのしぐさからタバコを吸いたいらしい。暁は無線で誰かに確認をして直ぐに響が灰皿を持ってきた。響はオスプレイの近くで吸わないように注意をしている。軽く頷いたドイツ武官は懐から煙草を取り出すと火をつけて一服している。彼はもともと渋い感じだからタバコを吸うと、なかなか絵になるな。

 

 その姿を見ていた提督もウズウズしてきた。

「オレも吸いたいな」

 

それを悟ったのか嫁金剛は直ぐに美保金剛を呼んで事情を伝える。ダブル金剛も絵になるなと提督が妄想していたら美保金剛が彼の方を向いた。

「ブルネイのテイトクさんはタバコ吸うんだ?」

「ああ、ずっと我慢していたが、さすがに限界でね」

 

嫁艦とは雰囲気が違う美保金剛に笑顔で聞かれた提督はドキドキしながら返事をした。美保金剛は軽く頷くと、どこかに無線で連絡を取っている。すると直ぐに暁が灰皿を持ってきた。彼女は提督のそばに灰皿のスタンドを置くと、いきなり指を立てて左右に振りながら諭すように言う。

「いいこと? 危ないからオスプレイのそばで吸っちゃだめよ」

「ああ、分かっているよ」

 

 いよいよ吸えるぞという安堵の思いと共に提督は自分の懐からタバコを取り出す。そしてライターで火をつけて「ふはー」っという声とともに白煙を吐き出した。ここは海辺なので吐いた煙は直ぐに流れ去っていく。

「ああ甘い香りネ。テイトクさんは料理をするからタバコもおいしそうだネ」

 

美保金剛が言う。提督はタバコをふかして少しリラックスしたので彼女と話がしてみたくなった。

「ちょっと良いかな?」

「いいヨ」

……この感じは嫁艦と瓜二つだ。

 

「オレのブルネイでは結構タバコを吸う艦娘が多いんだが、ここはどうかな? 禁煙エリアも多いし、かなり少ないだろうな?」

その言葉に金剛は微笑んだ。

「フフ、ここでは誰も吸わないんだヨ」

「え?」

「ゼロ。誰も吸わないネ」

 

 何となく美保司令は吸わない雰囲気はあった。副司令も同じだろう。それでも数人は吸うと思っていた提督に、その数字は意外だった。

 

嫁金剛がカットイン。

「でもサ、灰皿はあるよね?」

提督やドイツ武官の前にある灰皿を見て言う。

「ああ、これネ。うちは来客も多いからお客さん用だヨ」

美保金剛はニコニコして、さも当然という雰囲気で答えている。

 

 提督には俄(にわ)かには信じられなかった。だいたい軍隊は人の出入りも多い。兵士とタバコといえば切っても切れない関係にある。本当にゼロなのか?

「何か理由があるのかな?」

「うーん」

美保金剛はチョッと考えたが直ぐに答える。

「きっと司令夫妻が吸わないからだよネ」

 

提督は、なおも食いつく。

「昔から美保はそうなのかな?美保司令が若い頃とか彼がここに着任する前からそうなのかな?」

 彼は自分がタバコを吸うから……という訳でもないが気になってつい質問をしてしまった。

「司令は若い頃から吸わなかったヨ。別に私たちも強要されないけどサ。きっとここでは皆が司令を尊敬しているから自然にそうなるんだヨね」

「ああ、そうか」

美保金剛はその質問を楽しんでいるようにも見えた。彼女の言葉には妙に説得力があった。

「やっぱり司令を尊敬しているのか?」

「うん、もちろん」

 

 艦娘と司令官がギクシャクする鎮守府も少なくない。それでトラブルが起きることも珍しく無い昨今だ。

 だが美保では上下関係は良好なようだ。もともと中央集権的だから自然にそうなるんだろう。

「それは違うと思うヨ」

いきなり提督の心の内を透かしたように美保金剛は言った。

 

「え?」

目の前の金剛にちょっと気を遣いながらタバコをふかした提督は、彼女に顔を向けた。

「今美保に居る艦娘の全員、司令のことを想っているから命令とは違う……私もそうだけど、ここの艦娘たちは一人ひとりが司令との思い出を大切にしているんだヨ。それは絶対に失ってはいけない。忘れてはいけない大切なもの。『消し難き絆』って副司令はよく言うんだケド。それを思ったら、お酒もタバコも私たちにはノイズでしかないんだ。私たちには死守すべき絆がある……あ、ゴメンなさい。タバコのことで提督たちブルネイを悪く言うつもりは無いからネ」

 

「ああ、分かるよ……何となく」

あやふやな答えをした提督に嫁金剛が付け加えた。

「darling! 美保の『命令と違う』っていうのはサ、ここもブルネイと同じってことだよ!」

「ええ? どこが?」

「もぉ!」

ちょっとご機嫌斜めになる嫁。

「命令されなくても喜んで付いていくってことだよ!」

 

嫁金剛は、ちょっといきり立って言う。

「darlingも知っているでしょう? 不知火や時雨は結構、難しいところがあるンだよ」

「ああ、確かに……オレには、ここの大井が意外だった……」

意に適ったりという表情をする嫁金剛。

「デショ? 上から命令をしたら反発しそうな艦娘たちが、ここでは何でもするし司令官を本当に尊敬して従っているんだよ」

「いや、オレには艦娘たちの本当の気持ちは良く分からんが……」

「ウソ! darlingは私たちのことを良く分かっているンだヨ!」

 おいおい、いきなり何をウルウルしているんだ?

 

「……だから私はdarlingに変わって欲しいって言うンじゃないンだよ。ブルネイは大きいから大変だと思うけど……今まで通り私たちを変わらずにずっとずっと……愛して欲しい! それだけだよ!」

「ああ……そりゃもちろん」

 普通ならここで抱擁でもしてやろうと思うんだが、何しろ人目がある。副大臣に副長官に海外武官たち……さすがにまずい。彼がそう思っていたら美保金剛が嫁金剛を軽く抱擁してくれた。

 

 お互いに抱擁しあっている金剛だったが嫁の方はしばらくすると大人しくなった。そして二人の金剛は、ゆっくりと近くの席に腰を掛けるのだった。

 

 チョッと間を置いてから美保金剛は提督を見ると小声で言った。

「少し……酔っているみたいだネ」

「え? ああ、やっぱりそうか」

 何となくそんな感じはしていた。彼は声を掛けた。

「悪いね」

「ううん大丈夫だヨ」

 

嫁ではないが同じ金剛。やはり不思議な安心感を覚える。しかしこんな良い金剛を嫁にしないのは美保司令も勿体無いよなと思う。

 

 すると向こうからブルネイの川内がちょっと脱力した表情でこちらに歩いてくるのが見えた。そういえば電チャンと話をしていたが……美保司令のことを何か聞き出せただろうか?

「おい、どうだった?」

「……」

 

 あれ? あまり芳しくなかったのか、うちの川内にしては珍しいなと彼は思った。

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第35話:<ノブレス・オブリージュ>

美保司令を調べる過程で色々なことが徐々に見えてくる金城提督だったが、やはり背後には……


「ここに君が居るって事は、辞めなかったわけか」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第35話:<ノブレス・オブリージュ>

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 そもそも金城提督はブルネイの川内が『作戦』上において落ち込んでいる姿を、ほとんど見たことが無かった。

もちろん今回の『電チャンアタック!』作戦がまともなものかどうか……は怪しいとしてもだ。

 

 提督は川内に声をかけた。

「どうした? おまえにしちゃ珍しいな?」

「ねえ提督……」

「なんだ?」

「電チャンってサァ、普段から人を助けるとか言っているよね……」

「ああ、言ってるな」

 

そこで一呼吸を置いた川内。寒気がするのか(鳥肌か?)手を押さえている。

「ここの電チャンは何か……怖いよ」

「怖い?」

 

すると脇で聞いていた青葉も近寄ってきて言う。

「それ……多分、青葉も同じように感じた内容ですね、きっと」

 

……そう言いながら二人でうなづき合っている。おいおい具体的に説明しろよって。

「まずブルネイの電チャンと何が違うんだ?」

 

青葉が応える。

「最初に青葉がやりとりしたときも何か変な感じがしたんですけど、やっぱり普通じゃないんです」

「そうそう普通じゃないよアレ」

 

だから二人だけで意気投合するなよ!

「何だ? お前でも形容するのに困る特異な現象があるのか?」

「……」

軽く腕を組んで聞き返す提督だったが、なぜか黙ってしまう青葉。

 

「何だろうな……」

ようやく川内が口を開いた。

 

「少なくとも電チャンの気持ちってさ、提督が思っているような恋愛感情じゃないよ。アレは」

「そう、それそれ。愛は愛なんだけどさ。もっと高い次元ってのかな?」

青葉も同意している。

 

「はぁ?」

「つまり……」

川内は言葉を捜しているようだ。

 

「うーん、私の語彙じゃ表現し切れないんだけど……強いて言えばそれは、やっぱり電チャンらしい『人類愛』ってのかな?」

「おいおい……だからそれじゃ抽象的で分かンねぇって」

 

ようやく青葉も反応する。

「個人的恋愛感情って言うよりは、むしろ奉仕というかボランティアかな?」

「そうそう、もっと次元が高いよねアレは……」

 

チョッと考えて川内は続ける。

「だから電チャンがよく言う『敵も助けたい』って。あの言葉に近いな」

 

それを聞いた提督もちょっと考えていた。

「つまり個人的な感情ではなくて純粋な『地球愛』みたいなものか?」

「そうですねぇ」

「ソレは『ノブレス・オブリージュ』デスよ」

 

いきなり嫁金剛が復活してきて驚いた。提督は直ぐに応える。

「つまり英国流の紳士道って処か?」

彼が返すと嫁金剛はチョッと首をかしげた。

「まあ電チャンは女子デスけどね。きっと電チャンの個人的感情で司令を慕っているというよりは純粋に『司令官と部下』という関係ですヨ。そこに何か高い精神的なポリシーが、ここ美保鎮守府にはあると思うのデース」

「おい、またいきなり饒舌だな? 酔っているのか」

だが金剛はやっぱり英国生まれだけはあるか。

 

「でもそれ聞くと分かる気がするな」

川内と青葉も頷いている。

 

「まあ中央集権的で堅物の美保司令だ。そういう電チャンみたいな潜在的公的精神をを持つ艦娘が感化されるのも分かる。そして不知火や大井は、逆にそういう高い『精神性』には、ついて行けないのかな?」

提督が言うと嫁金剛はまた首を傾げる。

 

それを見た提督は嫁金剛に突っ込みを入れる。

「何だよ、違うのか?」

 

金剛は空を見上げつつ、ちょっと考える仕草をしている。可愛いな。

「ウ……ン、不知火はやっぱ違うと思う」

偉そうに。

「良いんだよ、オレの想像だから」

 

「でも確かに……」

川内がその話に続ける。

「不知火や大井が見せる壁ってか? あのどことなく我慢しているような違和感って言うのはさぁ、電チャンについて行けないとという類じゃない気がするんだよね……」

 

青葉もウンウンと言って頷いて居る。

「いずれにせよブルネイの艦娘には、あまり無い感情だね。だからきっと得体が知れないと思ったんだよ。一瞬、怖く感じた」

「まさか……それを突き詰めると?深海棲艦化するとか?」

提督が半分からかうように言うと川内は考え込んだ。

 

「いや、それも一理あるかもしれない」

「おいおい、やめてくれよ……冗談じゃない」

 

 川内は嫁金剛を見た。

「そのノブレス何とかっていうのは良く分からないけどさ……でも金剛の言うソレが一番近い感じはする……うん」

 腕を組んで頷いている川内に提督は言った。

「なるほどね……まあ美保鎮守府には副司令を始めとした祥高型が中央とのパイプになっているし。元帥ジイさんとも近いようだ。そういう『公』の要素が強い結果がこの美保鎮守府って処だな」

「あ、その説明でビンゴっぽいです」

青葉が反応する。

「ぽいって……お前は夕立か?」

そこで一同は笑った。

 

川内はホッとしたように言う。

「あぁ、何か笑ったら、急に緊張が解けたな」

「そうそう、リラックスして食べましょうよ」

青葉が言うと二人は提督に会釈をして、また離れて行った。

 

「お前も意外に鋭いところあるよな」

夕日を受けながら提督が言うと嫁金剛は笑った。

「私も伊達に帰国子女じゃないデース」

「ああ……」

まあ、こういう意外性も良いもんだ。

 

「私もちょっとアッチへ行くネ」

 そう言いながら嫁金剛は夕日に紅く照らされた電探をキラキラ反射させながら反転すると美保金剛のところへ行く。

 

 やれやれ……謎が一つ解けたような心地になった提督は灰皿のところで再びタバコに火をつけた。その煙もまた夕日でやや赤みを帯びている。

 

「調査は失敗したわね」

 いきなり背後から妙なアクセントの日本語……イタリア武官だった。慌てて振り返るとそこには武官と艦娘……POLAが居た。

 

(以下英語)

『そお、美保鎮守府は謎めいているのですぅ』

背の低い艦娘が何かフニャフニャ話している……直ぐにケリーが近寄って来た。

『POLA……もう良いの?』

『はぁい、ダイジョブなのデース』

彼女は腕を上げながらダンスのように腰を振っているが足元はフラフラだ。

 

彼女を見ながらイタリア武官はケリーに言う。

『リベはまだダメだけど、さすがPOLA強いわね……あとはケリーに、お任せするわよ』

『ありがとう』

『じゃ、チャオ!』

 

英語でひとしきり話した後、彼女たちに手を振って分かれたイタリア武官。再び提督の方を向いた。

「アナタ、美保司令のことを艦娘に調べさせようとしていたみたいだけど……」

さすが諜報部と思いながら提督は応える。

「いや……イマイチかな」

「ウフフ……そうだろうと思ったわよ。でも焦らなくても大丈夫よ」

そう言いながら彼はドイツ武官を見た。

 

 見ると鎮守府の建物から美保司令が出て来てドイツ武官に何か話しかけている。彼の傍らに居るU-511が少し不安そうに見上げているがドイツは何度か頷き司令に手を差し出して……二人が笑顔で握手をしている。あれ? あの変化は一体、何だろうか?

 

「ホラ? ……徐々に何かが動いているでしょ? そのうち私にも声が掛かるわね」

「……?」

彼は提督に向かってウインクした。反応に困るな。

 

「そのうち美保司令がアナタに少しだけ種明かししてくれるわよ」

 ソレを聞いて提督は思った……なるほど美保司令がこれから取るべき行動……それはジイさんが画策していることなんだろうけど。諜報部員である彼には既に『お見通し』って訳か。

「そういうこと……」

 彼はチャオと言いながら離れていこうとした。すると急に何かを思い出したように立ち止まると再び振り返って言った。夕日に照らされた金髪が妙にキラキラしている。

 

「あの『電チャン』って子ね。あなたたちが想像する以上の過去を持つ子よ」

「過去?」

彼は訝しがる提督に説明する。

「少なくとも彼女が持つのは単なる恋愛感情ではないし公の精神が飛びぬけているわけでもないのよ」

「え?」

 いきなり嫁金剛たちの解釈とは違うじゃないか?

 

「電チャンは過去の経験から美保司令にとても恩義を感じているの。そのためには特に彼のためには命でも喜んで投げ出す『覚悟が出来ている子』とでもして置こうかしら」

「……」

なぜ彼は、そこまで電チャンのことに詳しいのだろうか?

 

「アナタも忙しいでしょうけど、もし暇があったら美保司令と鎮守府のブルネイ海戦とか境港での2回の地上戦の様子も目を通して置くと良いわね」

噂は聞いているし報告書だって一回は読んだはずだ。

「見くびって貰っちゃ困るぜ。オレだって公報や作戦記録は読み込んでいるつもりだ」

彼がそう言うと武官は妙な顔をした。

「ダメよぉ? アナタも一介の指揮官なら敵の裏の裏を読むくらい報告書や戦闘記録の行間をジックリ読み込むべきね」

 

反論しようと思ったがやめた。相手は諜報部員だ。すると武官は微笑む。

「多かれ少なかれ、この鎮守府の子たちは司令に対して誰しもが同じような感情を抱いているのよ。美保が中央集権的に見えるのはそのためね、きっと。でも本質は違うわ」

 

提督は聞いてみた。

「一体、美保司令の過去に何があったんだ?」

「あらぁアタシにここの艦娘の全員の説明をさせるつもり? これでも大ヒントなのよ。どうせなら美保司令自身に聞いてみなさいよ」

 そう言いつつイタリア武官は美保司令の方向へと立ち去って行った。

 

「なんだあいつ?」

 提督は余計に混沌としてきた。ただ電チャンに何があったのかは知らないがイタリア武官の話を聞いて何となく合点がいく気もしてきた。あの子の一途な雰囲気は、そういうところにあるのかも知れない。

 

 向こうでは彼の『予告』通り美保司令に話しかけられたイタリア武官は何度も大げさに驚く。そして頷くと……やはり握手をしている。何かの『約束』か『契約』でもしている感じだな。元帥ジイさんは既にドイツやイタリアには今後の計画を伝えていて……待てよ!

 

「オレにだけナイショって訳か!」

 そこだけ『ピン』ときて思わずカッとなって口に出てしまった。それを聞きつけたわけじゃないだろうがイタリア武官と別れた美保司令が提督の元にやってきた。

 

「お待たせしました」

いや、さほど待っていないが、彼は続けて言った。

「私のことを電チャンに聞いたようですが」

 

あ、バレてたか。それは気にせず彼は言う。

「で、その結果で何か分かりましたか?」

調べる本人に質問されても気まずいがなあ……だが彼は笑った。

「元帥閣下からの『宿題』でしょう? どんどん調べてください」

「でも……あのイタリア武官は詳しかったぞ」

「ああ……」

 

美保司令は遠くに居るイタリア武官を見て言った。

「彼は私の『過去』を知って居ますし共に戦った仲ですからね」

それを聞いて提督は思わず口走った。

「オレも……お前のことは若い頃も含めて知っているんだが」

「ああ……」

美保司令は思い出したような顔をした。

「そうですよね。大将も私の過去を知っている一人でした」

 

彼はそういって微笑むのだが……何だか調子狂うな。元帥ジイさんほど悪意は無いとしても、なぜ美保司令は焦らすようなことを言うのか?

 

「大将、これは私のことではありませんが美保鎮守府についての小ネタを一つ」

「ああ」

ちょっと構える提督。それを知ってか知らずか司令は言う。

「今夜未明にドイツのUボートが出航します」

「えっと……だから?」

「ドイツの武官とU-511は残ります」

「なぜ?」

 

提督の顔を見てちょっと微笑む司令。

「……その理由は『ナゾナゾ』です」

「おいおい……」

 

美保司令は、どこまでが冗談でどこまでが本気なのだろうか? ……ただジイさんと美保司令の挑戦だと思えば腹も立たないか。

「分かった。考えてみるよ」

 

やれやれ、楽しませてくれるなぁジイさん。アンタの高笑いが聞こえるぜ。

 

一瞬タバコをふかした彼は何かを思いついた。

「一つ質問をいいか?」

「どうぞ」

「さっきイタリアに何か話していたが……ドイツと同じ内容か?」

 

司令の顔が変わった。

「なかなか鋭いですね。はい、それは正解です」

この質問はビンゴだったようだ。

「そこから先は、まだ思いつかないな……艦娘と一緒に考えても良いか?」

「もちろん……まだ時間はありますよ」

それを聞いてあれ?……と思った。

 

「そういえばオレは、いつまでここに留まる予定になっているんだ?」

「……」

なぜかチョッと考えるような美保司令。

 

「本当のことを言って良いですか」

「はぁ?」

いきなり何を言い出すんだ?

 

「これは元帥閣下からの直接指示で最低一週間が目安です」

「何だよ? 『最低』ってのは?……要するにクイズに正解しないと出られないって奴か?」

 呆れてモノが言えないって言うのはこういうことだな!

 

だが提督はめげずに聞いてみた。

「真面目な話、アンタはあのジジイをどう思うか?」

「そうですね……個人的には好きですよ」

おいおい、シンパかよ?

 

「そういう大将は閣下のこと、お嫌いですか?」

美保司令は逆に聞き返してくる。

 

「いや……嫌いってほどじゃないが……まあ性格はひねくれているがオレたちや艦娘のことは真剣に考えてくれていることは確かだ」

 腕を組みながら提督は自分に言い聞かせるように言う。

 

そして少し考えた彼は考えを改めるように言う。

「要するに正解すれば良いんだな!」

「そういう感じですね」

「よし」

 ジイさんに乗せられるのは癪(しゃく)だがボーっとしているよりは良いだろう。それにジイさんだって馬鹿じゃない。彼なりに意味があってわざわざこんな手の込んだ仕掛けを準備してくれているんだ。腹をくくって乗り切ってやろう。

 

「ジイさんって?」

その時、彼らの会話を聞いていた艦娘が後ろで呟くように言った。彼らが振り返ると秋津洲だった。

「おう、どうした? もう飽きたか?」

彼女は今日、着任したばかりの美保鎮守府所属の新人だが提督は分け隔てなく声をかけた。

 

「ううん……まだここでは親しい人が居ないからさ……ちょっとね誰かと話がしたくって……」

彼女は少し押されるように、でも寂しそうな表情をして言った。

 

「おいおい! 海軍は全員同じ船に乗った仲間だぜ? 何を遠慮することがあるんだ?」

 提督のその言い方に美保司令は彼の包容力の大きさを感じるのだった。

 司令の想いを悟ったのか提督は振り返った。

「何? どうかしたか?」

「いえ……」

 

提督は再び秋津洲を見ながら言う。

「まあ細かいことはどうでも良い……そこに座れ。せっかく二人の指揮官が居るんだ、何でも相談に乗るよ」

 

 美保司令は彼の応対振りを見ながら、その大きい人間性は見習いたいといつも思っていた。自分にはそれが無いから美保鎮守府は諜報機関みたいにコソコソするしかない……と。思わず自虐的になってしまい自ら苦笑する。

 

 提督は近くにあったいくつかのイスを引いて、それぞれ座るように促した。

「うん」

 秋津洲は大人しくイスに腰をかける。二人の指揮官もそれぞれイスを引いて座る。ふと周りを見ると他の艦娘たちも結構座り始めているようだ。

 

 美保湾からの風が心地良かった。その風を浴びながらしばし目を細めて髪をなびかせていた秋津洲。そのグリーン系の制服が美保湾のエメラルドグリーンと大山の青い遠景に妙にマッチしている。二人の司令官も特に彼女に発言を促すことも無く、静かな時間が流れていた。

 

やがてゆっくりと正面を向いた彼女は思い出すようにポツリポツリと語り始めた。

「ここはまだ雰囲気が好い鎮守府かも」

「そうか?」

ホッとしたような表情の美保司令だった。

 

「そりゃ良かったな……で、お前さんは以前は何処に居たんだ?」

提督の問いかけに夕日を浴びながら少し微笑んだ彼女。最初は賑やかな艦娘だと思えたが、喋らないと物静かな印象すら与える不思議な子だ。

 

「あたしはね……佐世保鎮守府に居たんだよ」

「おお、大きなところじゃないか?」

「大きい?」

彼女は少し苦笑するように微笑んで言った。

 

「別にそれはさ、ただ大きいだけかも」

どこと無く投げやりな印象。

 

「ブルネイも大きいみたいだよね、でもそこより大きいかも……」

何かが込み上げて来たのか彼女は緊張を押さえるかのようにテーブルの上にあった飲料を少し含んだ。そして「はあ」というため息と共に続けた。

 

「最初はさ佐世保に航空機部隊を作るって話でさ。あたしは前もって『大型飛行艇の運用支援』って説明受けて。きっと二式大艇ちゃんも活躍できるって話だったのに……全然違ったんだよね」

まあ軍隊には良くある話だが……二人の司令官はそのように思ったが口には出さなかった。その代わりお互いに顔を見合わせていた。

 

「そうだよ。海軍の航空隊も管轄するって言うから期待したのに……行ってみたら滑走路はこれから作るんだって。敷地も無いのに?航空機もあったけど……皆、個性的な人ばっかりでさ。会議しても勝手に言いたいことぶつけ合っているばかりで結局さ、まとまりがなくて」

 

 二人の指揮官は何度も視線を合わせた。美保やブルネイでは有り得ない話なのだが現実問題として一般的な鎮守府や軍関連の施設では彼女の言うような出来事は日常茶飯事だろう。

そう思えば改めて元帥直属ともいえる両鎮守府がどれだけ恵まれていることだろうか? 皮肉めいているというか彼女の訴えは、そんなことを改めて想起させる内容だった。

 

彼女の愚痴はなおも続く。

「航空隊とか整備の方も話し合いばっかりで全然前に進まなくて……気が付くとさあ、あたしも二式大艇ちゃんどころかひたすら修理三昧かも。でもさ聞いてよ! あたしってさ修理とか整備が得意なんだよ。でも話が違うよーって思ってたかも」

 

 ひたすら自分の想いを吐露し続ける彼女。余ほど腹に据えかねていたのだろう。しかしよく美保鎮守府に転属できたなと美保司令は思い始めていた。それは提督も同じような……そう思って彼らがふと気づくと回りには副大臣や副長官、それにドイツやイタリア武官も取り巻いていた。

そうだよな、そろそろ皆、一通り食べて締めに入りたいよな。気を利かせた駆逐隊メンバーが焼きソバを作り始めている。美保司令は正直、焼きソバが食べたくなってきたが必死で愚痴っている秋津洲の手前、ちょっと動きづらかった。

 

 そんな彼女の愚痴も盛り上がっていた。周りのギャラリーもそれに合わせてしきりに頷いたりため息が漏れたりしている。そういえば……美保司令は思った。司令官の前で艦娘が、こういう愚痴を吐きやすい環境がここにはあるんだなと。それはここを視察する指揮官たちが一様に驚く点だ。

 

 実はブルネイも同様であった。特にあのBarの存在は大きい。お互いに同じ事を考えていたのだろう。二人の指揮官は再び顔を見合わせると思わず苦笑いをしていた。その時二人はフッとあの元帥の得意そうな笑い声を思い出しているのだった。

 

「一度さ、二式大艇ちゃんが佐世保に来た時にあたし言われもしないのに勝手に整備しちゃったもんだからさ」

 その言葉に周りは固唾を呑んで聞き入っている。秋津洲もノリまくって得意になって話している。

「で、どうなった?」

思いっきり彼女の話に聞き入っている副大臣が促す。秋津洲は彼を見ながら続ける。

「うん、やっぱり当然、上官にもの凄ぉく怒られてさ『反省しろ!』てな感じで営倉に入れられて……」

 

 ほおーっといった感じで周りからはため息が漏れる。

「そういえば佐世保は『通称ブラック』だったな」

副長官がメガネに手をやりならら呟くように言う。副大臣が聞き返す。

「ブラックって?」

「は……相変わらず世間に疎いなお前は」

また副大臣をお前呼ばわりである。

「美保やブルネイは特例だ。通常の鎮守府や泊地においては艦娘はむしろオマケみたいな位置づけでな。『オレ様提督』がいるところでは艦娘は酷い扱いを受けているって事だ。もっとも佐世保は位置的にシナも近く最前線的な要素も強いからある面、仕方が無いとも言えるが」

 

「あら知ってるわよ、そういう話」

イタリア武官がクネクネしながら言う。

「別にそれってさぁ日本だけの話じゃないのよ。ううん、むしろ海外のほうが酷いかも」

「そうだな。ある程度の艦娘が居て総統閣下の歪んだ理解があった、わが国の海軍でもそれはある」

ドイツが加わる。するとイタリアが応える。

「あらぁ、ドイツでもそんな現状?」

「ああ……残念だが」

傍らに居るU-511に手をかけながらドイツ武官はため息をついた。

「協調と言うのは人間だけに当てはまると勘違いする者も少なくない」

その言葉に一同はため息交じりで同調していた。

 

「で? 営倉からは出られたんだよな?」

思い出すように副大臣は秋津洲に問いかける。彼女は頷く。

「うん。でもそれであたし限界感じちゃってさ」

思わず固唾を呑むギャラリー。

「営倉から出るときに他の艦娘からチラッと聞いたんだ。あたしを軍事裁判にかけるって」

「酷いな……それは」

思わず呟いたのは副長官だった。

「バカはこいつだけで十分だと思って居たが」

「バカ?」

副大臣は自分を指差しながら変な顔をしている。だが彼はその程度の攻撃は当たり前のようで、それはスルーして言った。

「で?で?」

彼は先の話を急かす。それを横目で睨むような副長官だったが彼女も先は聞きたいようで、それ以上は特に何も言わなかった。

 

秋津洲は大きくため息をついた。

「もう海軍やめるって言ったの」

一同は『おおっ』といった感じの反応を見せた。副大臣は言った。

「おいおい……ってか、ああそうか。ここに君が居るって事は、辞めなかったわけか」

秋津洲は頷いた。

「うん……ちょうどその時、佐世保に偉い人が来てたかも。何だかお爺さんみたいな偉い人かも」

『あ……』

思わず声を合わせて反応したのは金城提督と美保司令だった。二人の反応に、その場に居合わせた全員が悟った。そう恐らくは佐世保には元帥閣下が居たのだ。

 

「ったく……あのジイさんは美味しいところには大抵、居るんだよな!」

提督は呆れたような口調だったが、その言葉には信頼感も感じられた。

「そっか……それで?」

誰かに促された秋津洲は再び頷いた。

「うん。美保への異動命令がその場で出たって……後から聞いたんだ」

「なるほど……」

美保司令も頷いて居る。

 

「で……結局、お前の相談ってナニ?」

提督が突っ込みを入れる。

「は?」

「は?……じゃないだろ? 何か悩んでいたんだろ?」

すると彼女はちょっと膨れたような顔になった。

「あたし……相談なんて言ってないよ」

「え?」

「ただ……誰かに聞いてもらいたかっただけでさ……でも。うん、良いの。何だか皆に聞いてもらったら、すっごく軽くなった感じかも。うん、もう大丈夫かも」

 

すると美保司令は笑いながら言う。

「そうだな。まあ少なくとも美保では君をいきなり捕まえたりすることはない。もちろんあまり自分勝手に動くのも困るけどな」

秋津洲は司令を見て応える。

「大丈夫かも……うん、大丈夫。司令と良くお話をしたら全然、問題ないと思うし……このオスプレイちゃんとも何となく仲良くなっていけそう」

 

 その言葉にいつの間にかやってきていた早苗と息吹も微笑んでいた。主翼やローターを折り畳んで格納庫に鎮座するオスプレイも微笑んでいるように見えた。

 

「では、貴重なお話もまとまったところで、バーベキューもそろそろ終わりで宜しいでしょうか」

副司令である重巡祥高が言った。一同はその言葉に立ち上がる。

 

 祥高の傍らには彼女の姪である駆逐艦寛代が焼きソバの皿を持って立っていた。

「……」

 彼女は無言でその皿を美保司令に突き出していた。苦笑しながらそれを受け取る司令。ああ、この焼きソバは美保司令のために持ってきたんだなと周りの者は悟った。

 

「お、寛代か」

提督に声を掛けられた彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。相変わらず無口な彼女だった。無線を傍受するのか、時おり首を傾げる仕草は昔のままだった。

 

 周りでは片づけが始まり祥高や霞がゲストをゲストルームへ案内する。また一部のゲストは近くのホテルへ誘導するらしい。提督はここがブルネイなら敷地内で全員宿泊できるのだろうに……と思っていた。

 

 美保司令は寛代から受け取った焼きソバをテーブルに置いて腰をかけた。彼は制帽を置くと独りで黙々と焼きソバを食べ始める。それを遠目で見ていた提督は、ふっと美保司令が孤独にも見えた。もちろん彼もまた艦娘たちに十分支えられているのだろうけど……。

 

 その時、美保司令の側に一人の艦娘が近づいてきた。茶髪の艦娘……そう大井だった。ただ美保の大井はかなり特殊な経緯をたどっているらしい。そもそも年頃の娘が居るという点からしてかなり特異である。

 

「お隣、宜しいですか?」

「ああ……食べながらで悪いね」

「いえ」

少し恥ずかしそうな表情をしながら、ゆっくりと着席する彼女。

 

 しばらく黙って美保湾を見詰める大井。それに構わず焼きソバを食べ続ける司令。不思議な構図である。

 

やがて彼女は言う。

「思い出します……こうやってあなたの隣で海を見詰めると」

 

焼きソバを食べながら司令も応える。

「そうだね。ただ私にはその記憶が無いが」

 

その言葉に大井は微笑みながら応える。

「ううん……良いの。それはお互い様だから」

 

彼女は暮れゆく大山を見詰めながら言う。

「でも因果なものよね。過去に苛まされる艦娘と過去を消去された指揮官……」

 美保司令は食事の手を休めて顔を上げた。大井は相変わらず大山を見ている。

「まあな……だが、それがあったから今の私、いや美保鎮守府が存在し続けることができているのだと思うよ」

 

大井は改めて司令を見た。

「そうね。私と貴方がこういう位置を保てるのも、そのお陰だわ」

 

ふと見るとオスプレイの格納庫の影に人影があった。寛代だ。彼女も司令と大井を見守るようにして立っている。

 

「さっきの秋津洲の話ね。あれを聞いて私、思い出したの」

「何を?」

大井は再び美保湾を見る。既に日は沈み、大山も徐々に紫色に変化している。

 

「私、佐世保に居た記憶があるの……断片的に思い出したわ」

「そうか……奇遇だな。私も佐世保という言葉には何か引っ掛かったんだ」

二人の会話に寛代がハッとしたような表情を見せ何かを呟いている。どこかと通信をしているようだ。

 

 実は大井も寛代の存在には気づいていた。だが特に気にしていないようだった。それは美保司令も同様で気にしていないのは彼も同じ。

 

「記憶が途切れているからこそ、こうやって緩やかに監視されて……」

「……」

美保司令は焼きソバを食べ終わったようだ。彼は椅子に深くもたれかかると大井と同じ方向……美保湾に浮かぶ消え行く大山を見詰めた。

「記憶が戻ったらどうなるんだろうな?私たちは」

「……」

黙る大井。司令は続ける。

「この生活環境も奪われるのだろうか?」

「イヤ……考えたくない!」

大井は苦しそうな表情を見せる。美保司令は彼女を見た。

「済まない」

 

暫しの沈黙の後、大井は続ける。

「ううん……良いの。それでも私は生きるしかないから。今は娘が生きがいだし、そして……」

 

 寛代は無線を閉じたらしく本館へ向かって歩き始めた。

 美保司令も立ち上がる。

「冷えてきたね。そろそろ中へ入ろうか?」

「ご免なさい……もうちょっとここに居たいの」

 立ち上がりかけた司令は一瞬、躊躇したが再び腰を掛ける。それを見て少し微笑んだ大井。

小声で「有り難う」と言うと司令も微笑んだ。

 

離れた工廠の影に、もう独りの人影。北上の姿があった。彼女は腕を組んだまま黙って暗くなった美保湾を見詰めていた。

 




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第36話:<大井に餌付けされた司令?>

美保司令と大井の対話。彼女はなぜ『変わった』のか。


「本当に今が一番幸せかもしれない……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第36話:<大井に餌付けされた司令?>

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 オスプレイの格納庫前で行われていたバーベキューが終わり、会場では既に後片付けの準備に入っていた。

「ほら、そこ早くするのよ!」

「……」

暁が口を出し、黙々と従っている(ように見える)響。

 

「そっち側さぁ、しっかり持っててよね」

「はい……なのです」

反対側でも同じように雷と電チャンがペアになってテーブルクロスを畳み始めている。

 主に片付を担当しているのは駆逐艦娘たち。それ以外で会場に残っているのは少し前に焼きそばを食べ終えた美保司令。そして彼と話をしていた大井だけであった。

 

暁と響の会話が続く。

「ねえ響」

「……」

「なんで司令は席を立たないのかしら?」

「また……教官(大井)に制止された」

「相変わらずね……」

 暁が大げさにため息をつくのも無理は無い。普通の軍隊で部下が上官に命令をするというあり得ない状況である。

 

 しかし司令と大井の場合は彼女が『やや』強く出て司令が『静かに』従うという図式が出来上がっていた。それについては司令の嫁艦である祥高を始め誰も何も言わない。ここでは暗黙の了解なのである。

 

「さて……と」

そう言いながら大井も立ち上がると「失礼します」と言って司令が食べ終えた食器を集める。そしてさり気なく駆逐艦娘たちに混じって会場の食器類の片付けを始めた。

美保司令はその姿を見ながらも同じテーブルに座っていた。そして時折、頷くような仕草をしている。彼の周りでは駆逐艦娘たちが慌ただしく動いていた。

 

 ある程度片付いてから大井はコップに水を入れて司令の前に持ってきた。

「司令、宜しかったらどうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

その行動は極めて自然であった。こういった行為も二人の間では比較的よく見られる。だから陰では『大井に餌付けされた司令』と称されたりもする。

 

食器の片付けをしながら曙は聞いた。

「司令って美保の前から教官の上官だったって本当?」

「そうよ」

フォーク類を集めている霞は即答した。さすがは人事も把握する司令部付きの艦娘である。

曙は皿をまとめながら言う。

「ふーん、でも大井も私たちの片付けまでしなくても良いのにね」

「……」

その問いに霞は応えなかった。何となく大井の気持ちが分かる気がするのだ。

 

『教官』と呼ばれる大井は現在、美保鎮守府で主に座学を中心とした教育指導者という位置である。今日はブルネイや海外からの来客があるため講義は無かった。だから彼女は片づけを手伝ったり自ら水を持って来るのだ。

 

「でもさぁ、教官自ら片づけするのは止めて欲しいよねぇ」

「シッ!」

屈託が無いのは島風で、それを制止するのは潮だった。大井の姿に駆逐艦娘たちは軒並み恐縮している。だがその光景も美保鎮守府ではまた、よく見られるのだった。

 以前、誰かが北上に『止めさせて欲しい』と直訴したこともあるらしい。だが彼女曰く『大井っちが良いなら別に……』というそっけないものだった。

 

 美保の開設当初から所属していたオリジナルの駆逐艦娘たち……特に第六駆逐隊は初期の大井の姿を知っている。

かつての大井は絶対に『お手伝い』なんかしなかった。だから彼女たちにとって現在の大井の性格の変貌振りには、ただ驚嘆するのだった。

 

手伝いをしている巻雲が秋雲に言う。

「ねえねえ、大井教官ってさ、昔は北上さんラブだったって本当ぉ?」

あまり表情を変えず手だけ動かしながら秋雲は応える。

「そうらしいね」

「だからお互い離れるように配置転換されたって?」

一瞬、手を止めた秋雲は不自然に続けた。

「そうらしいけどね……あくまで噂だよ」

「ふーん」

 

 実はこのとき巻雲はカマをかけていた。他の艦娘と違って赤城と同じ特殊任務に就いている秋雲なら何か知っているのではないだろうか? しかも秋雲の好きそうな『薄い本』ネタになりそうだし……そう思っていた。

「ねえねえ、最近もマンガ、描いてるよね?」

「うん……ちょっとペース落ちたけどね」

「そっか」

 

 大井同様、秋雲も以前とは変わってしまったとよく言われる。今、片付けを手伝っている彼女は普通の艦娘の制服だが『特務』になると違う制服に変わるからよく分かる。

その雰囲気は今回やってきた米軍の女性士官やオスプレイの操縦士と雰囲気がよく似ていた。だからその任務が米軍との絡みがあることだけは巻雲にも想像はできた。

「ねえねえ、秋雲もたまにはさ、硬い漫画描かない? 海戦とか」

「うーん、逆にリアルすぎてダメだよ、きっと」

「ああ、それもそうだね」

 

巻雲の問いかけには、いつも通り答えてくれる秋雲。以前より若干、口が堅くなったけど性格は今まで通り屈託が無い。だから巻雲も敢えてその点以外は気にしないようにしていた。

 

彼女たちの隣で作業をしていた曙は言う。

「大井教官って舞鶴で轟沈したって本当?」

「……」

唐突な質問に思わず沈黙する霞。彼女はその情報は持っていたが、答えるべきか躊躇した。すると突然、背後から声がした。

「そうよ、私は一度沈んだの」

いきなり大井本人から回答された二人は硬直した。だが大井の笑顔にホッとした曙は大井をチラ見しながら再びテーブルクロスを畳み始める。

「でも副司令とか青葉に大井さんのこと聞いても笑って誤魔化すんですよ?」

まだ硬直している霞を尻目に大井も同じテーブルを拭きながら応える。

「そうね……でもそんな話、あなた達も直ぐには信じられないでしょう?」

テーブルクロスを数枚重ねながら曙は答える。

「そうですね……」

 

 二人の対話を聞きながら霞は思った。美保鎮守府では大井だけではない。曙に問われた青葉自身もまたブルネイで『浮上』していた組だ。そもそも副司令の重巡祥高自身、かなり以前に横須賀鎮守府にて『復活』したと大淀から聞いたことがあった。

 

 だが信憑性以前に当の本人たちが余りそのことに触れたがらないから自然、うやむやになっていた。当然、軍の公式記録にも記載はない。海軍省や軍令部自体が、その事実を隠そうとしている印象すら受けるのだ。

 

「それってさぁ」

潮と二人でイスを片付けながら島風は言う。

「深海棲艦と関係あるんじゃないかな?」

「……」

潮は黙っていた。そんなこと想像もしたことが無いからいきなり頭が回らない。ただ島風に向かって苦笑するだけだった。

 

 

 美保鎮守府の本館正面玄関にはロビーがあり簡単な応接セットが設置されていた。そこではブルネイメンバーが集って話をしている。

 まずはブルネイの青葉が説明する。

「今、美保にはブルネイ工廠で量産化の実用初期段階で建造された大井が居ます。そして彼女と同時期に建造されたとされる駆逐艦伊吹……彼女は大井の実の娘という噂です」

「その大井はオリジナルなんだろう?」

金城提督は問いかける。青葉はメモを片手に鉛筆でこめかみを押す。

「証拠はありませんが、かなりの確率でそう思われます」

「オリジナルと量産型の違いがあるのか?」

川内が問いかける。

「その『出産』という点に尽きます。特にこの美保にはオリジナルの艦娘が多いとされています。でもケッコンするから必ず出産できるとは限らないようです」

「へえ」

 

青葉の説明を聞きながら提督は以前、金剛が言っていた『darlingの子供が欲しい』という言葉を思い出していた。もっとも既に複数の艦娘とケッコンしている現状では、もし金剛か誰かの子供が生まれたらどうなるのだろうか?

正直あまり想像したくは無かった。だから現状のままが一番良いかな? そう思うのだった。

 

 その金剛が思い出したように言う。

「私、他所の鎮守府の事はよく分からないケド、伊吹とか早苗って他の鎮守府に居るの? あまり聞かないよね」

メモをパラパラめくりながら青葉は言う。

「はい。伊吹に関しては、その後まったく量産型が出現していないことからオリジナルから生まれた二世だと解釈も出来ます。早苗も同様でしょう」

 

 すると金剛はチョッと暗い表情になって言う。

「やっぱり……子供って量産型には無理?」

「……」

その問いに青葉は答えられなかった。情報が無さ過ぎるのだ。ただ事実として、その傾向はあった。 

 復活と出産……そのことが何を意味するのか? 否定できない現実を目の当たりにしながらも、その結果については艦娘であっても理解し難いものらしい。

 

 

 ほとんど片ついたバーベキュー会場。ようやく司令は立ち上がる。それを見て大井は近づくと司令の手をスッと握った。彼も特に否定することなく手をつないだまま鎮守府の本館へと向かう。

 それを見ていた第六駆逐隊のメンバーは片付けをしながらヒソヒソ話をする。

「ねえ、大井教官って、どうしてあぁなったわけ?」

「……」

 暁に聞かれた響はしかし相変わらずポーカーフェイスである。もっとも暁自身も特に彼女には返答を期待していないようだ。それ以上は突っ込みを入れなかった。

 

「私が思うに彼女は司令官を愛しているのよ」

サラリと凄い発言をする雷に対して電チャンは応える。

「別にそれは、ここの艦娘は全員そうだと思うのです」

「……」

電チャンの言葉に『違う』とは言えない雷だった。つまり美保鎮守府の艦娘たちは誰もが司令官のことが好きである。だからいつも何らかの形で司令を支えたいと思っていた。

 

 手を繋いで歩きながら司令は大井に言った。

「こうやって歩くのは、ここでは当たり前なのに相変わらず駆逐艦たちが騒ぐね」

「ウフフ……やっぱり『愛』は刺激的なのよ」

「そうだな」

二人は笑った。

 大井は歩きながら続ける。

「でも不思議。愛にもいろんろな形が……心の広さに差があるのね。その想いには艦娘によっても違ってて。上手く表現する子も居れば空回りする子も居て」

 司令は軽く頷く。

 大井は続けた。

「電チャンはどちらかって言うと後者なんだけど。駆逐艦娘ってどうしても巡洋艦とか空母たちには心情の幅が負けるのよね。でも駆逐艦の中でも差があって……」

 そこまで聞いた司令は何かを悟ったように付け加える。

「まぁ恐らく美保の駆逐艦の中では電チャンが一番不器用で一番に私への想いが強いだろうな」

「ウフフ、それが無かったらこんな車運転できないわよ」

 大井は悪戯っぽく笑った。彼女の視線の先には車庫の中に停められたM-ATV(対地雷装甲車)があった。

 

 二人は少し開いた車庫の扉から中に入った。その装甲車の前で立ち止まると同時に薄暗い庫内には自動的にライトがついた。センサーが付いているのだった。

「最近、少しずつ思い出したんだよ。電チャンがその身を挺して軍用車でシナの装甲車に突っ込んで行ったことを。神通もよほど印象的だったんだろうね。そのときの話は良く再現してくれるね」

 手を繋いだまま大井も応える。

「それを機に第六駆逐隊で唯一の出世頭になったのに……あの子、優しいから全然、階級を意識させないから……」

司令は頷く。

「ああ、第六駆逐隊が存在し続けるのも、あの子の性格だな」

 

 そこで大井は司令の手を離すと装甲車に近寄って言った。

「鎮守府によってはチームの誰かが出世すると、それがきっかけで一体感が無くなってチームを解散したり再編成することが多いの……でも美保鎮守府って電チャンだけでないわ」

彼女は装甲車に寄りかかりながら振り返った。健康的な太股が眩しい(笑)

「美保鎮守府って第六駆逐隊だけでなくて他の艦娘も、どんなに出世しても絶対に自慢しない……階級が違うことすら意識させないから平穏な雰囲気が保てるのよね」

 司令も装甲車に近づいて言った。

「ああ、そこはあり難いね……私は良く分からないんだが、かつてあったというブルネイ防衛戦で、ここの艦娘たちが国家勲章を拝受しても態度が全然変わらなかったらしいね」

 それを聞いた大井は装甲車のライトに手を当てながら頷いた。

「ええ……私がこちら側に戻ってからも皆、全く同じように接してくれたの。北上さんは信じていたけど……他の艦娘も皆変わらなくて。それがとっても嬉しかった」

 司令は視線を地面に落としている大井を見た。

「でも昔の君を知る艦娘が決まって言う台詞が『何でそんなに変わったの?』っていう……君はそんなに変わったのか?」

 大井は装甲車から手を離して司令に微笑んだ。

「昔……舞鶴に居た頃のあなたの記憶がもし、まだ残っていたのなら、それはとても良く分かって頂けたはずなんだけど……」

 

 それを聞いた司令は表情を曇らせた。

「済まないね……舞鶴の記憶はあまり思い出せない」

 すると大井は直ぐに首を振った。

「ううん……良いの。それは仕方が無いから……でも私、変わった。自分でも分かる」

 彼女は掌を天井へ向けて何かを見るようなしぐさをしていた。司令は問いかけた。

「やっぱり子供が?」

 その言葉に司令を見る大井。

「そうね……それもあるけど」

 そう言いながら彼女は装甲車から離れて再び司令の手を握った。訴えるような瞳。

「今の関係が大きいわ。こんな繋がりもあるんだって」

 司令は彼女の手を軽く握り返して言った。

「そうか……それは良かった」

 

 すると手を握ったまま大井は下を向いて軽く肩を震わせはじめた。どうやら泣いている様だった。司令は小さく声をかける。

「どうした?」

彼女は下を向いたまま呟くように言う。

「本当に私は今が一番幸せかもしれない……」

 

暫く時間が過ぎて大井はポツリと言った。

「ホントのこと言うと私ね、佐世保だけじゃないの。今じゃ舞鶴のこともかなり記憶を取り戻しているのよ」

「え?そうなのか」

司令は驚いた。彼女は少し顔を上げて微笑みながら続ける。

「もちろん北上さんのことも……暗い海を漂いながら美保鎮守府を攻撃したことも何となく思い出してきたの……本当にゴメンなさい」

「良いよ、昔のことは……私は君ほどは記憶を取り戻していないから」

そう応えながら司令は彼女に問いかける。

「でも舞鶴のことを思い出したって……誰かに言ったか?」

彼女は首を振った。

「ううん、もちろん誰にも言ってないわ」

「そうか……」

 

少し間を置いてから彼は言った。

「今日来たブルネイの連中も、あれこれと君の事を探るかもしれないがガマンしてくれ」

それを聞いた大井は少し微笑んだ。

「フフ、あの青葉ね。大丈夫よ……オリジナルの青葉に比べたら……」

 

呟くように応えた彼女はふと何かを思い出したように言う。

「……そういえば、あのドイツ人やイタリア人にもいろいろ聞かれたわ」

「そりゃ大変だったな」

司令の言葉に大井は再び微笑んでいる。

「いえ……軍隊なんてそんなところでしょ? あの人たちは諜報部らしいけど、もうそんな人たちにも慣れたわ」

 彼女の表情には余裕すら感じられた。

「作戦の名目で根掘り葉掘り聞かれて疑われて……友軍でも美保から一歩出たら周りは敵だらけ……深海棲艦も、他の軍人たちも本質は同じようなものだから」

 

 ちょっと間を置く。

「それに私は記憶を失った振りをすれば良いから大丈夫なの」

「そうか」

 司令には、そういう彼女が寂しそうにも見えた。

 大井は再び司令を見上げて聞く。

「でも司令……舞鶴のこととか他に何か思い出されませんか?」

司令は少し天を仰いで考えるしぐさをした。

「そうだな……君と一緒に戦った時の気持ち、特にあの冬の舞鶴沖海戦の絶望感みたいなものは、ほのかに思い出すんだが……済まないな。あれは君にとっても嫌な思い出だろう?」

「ううん……」

大井は泣き出しそうな、それでいて嬉しそうな複雑な表情をしていた。

 

「不思議なの。あの海戦だって……絶望的な気持ちで沈んだはずなのに海軍や貴方に対する恨みは全部消えている。なせかしら……きっと、司令ご夫妻の家族になったからだと思うの」

 それを聞いた司令も応えた。

「そういえば私の家内……祥高も、副司令としてではなく家族として個人的に君の話をもっとジックリと聞きたいと言っていたな……なかなか最近はバタバタしてそういう時間が取れないと詫びていたよ」

「そう……嬉しいわ」

大井は微笑んだが、ふと付け加える。

「でも、お話しするのは良いのですが奥様……いえ、副司令も同席されますか?」

「いや、どちらでも良いが。外してもらうか?」

「ううん……構わないの。一緒に聞いて欲しい。だって家族ですから」

少し間を置いて彼女は言った。

「出来たら……娘にも同席して欲しいの。私と司令の過去を知って欲しいから」

「そうか」

 

 やがて大井は再び司令の手を離して車庫の入り口から外を見た。気がつくと外は、ほとんど真っ暗になっていた。風が彼女の髪の毛を撫でてサラサラとなびかせている。

「司令……私、貴方とケッコンしなくて良かったと思っているわ。もし一緒になっていたら、距離が近すぎて逆に私が変になっていたかもれない……だってほら、私ってよく暴走するでしょ?」

 そう言いながら彼女は暗闇をバックに振り返る。髪の毛が揺れる。

 

司令はおもむろに言った。

「そうだな……」

それを聞いた大井はムッとした表情になった。

「酷い!」

「あ、ごめん……」

慌てて否定して謝る司令。だが大井は微笑んだ。

「ウフフ良いのよ……それも本当のことだから」

 

髪の毛を押さえながら大井は再び漆黒の屋外を見詰める。

「でも……こうやって、ある程度の距離があるから。司令には奥様がいらっしゃるから、私は今の私で居られると思うの」

敢えて、誰が聞くとも無い夜の闇に向かって語るように呟く大井。司令は彼女の背後から言う。

「君は……本当のご主人のことを知りたいとは思わないか?」

大井は振り返らずに応える。

「司令は……ご存知なんでしょ?」

「ああ、情報としてだが」

彼女は海から来る風に髪をなびかせながらなおも正面を見据えて応える。

「でも良いの。彼は死んだということだけで十分。だって娘を見れば分かるわ。何となく……一途で孤独な人だったのでしょうね」

「……」

司令は黙っていた。大井はゆっくりと振り返る。

「ウフフ、そこは私に似ていたのかもしれないわね……でも私のことを精一杯愛してくれたような気がする。そうでなかったら、あんな良い娘は生まれないわ」

「そうだな……」

彼女は再び髪の毛に手をやる。

「あの子は……司令の早苗ちゃんと双子のように育っている。今はそれだけでも十分なの」

「そうか……」

 

そこで何かを思い出したように彼女は言った。

「そういえば司令のこと……あの諜報部員たちに私の事を聞かれるときに逆に必ず貴方の事を聞いたりしているのよ。面白いでしょ?」

「……へえ例えば?」

大井は再び車庫の中に入ると、悪戯っぽく微笑みながら言った。

「そうね……司令のお父様のこととか……かつて貴方の家族が静岡の静浜航空隊に居たことも」

「へえ……そうなんだ」

 

大井は首をかしげながら言った。

「司令って、お小さい頃は静岡にいらしたんですってね」

「ああ……そうらしいが、よく調べたな……それも君を調査する相手に聞いたのか?」

彼女は軽く首を振った。

「ううん、これは諜報部ではなくて……副大臣ね。彼、よく鎮守府に来るでしょ? 彼が司令の父上のことや司令ご自身のことを喜んで教えてくれてたわ……フフフ、彼も貴方をお気に入りみたい」

 

やがて大井は再び司令に近づくと、彼の手をそっと握って呟くように言った。

「私も静岡には縁があるから……そういうところが貴方と似ているのかしら?」

「ああ、そうだな」

ふと何かにハッとしたような表情になる彼女。

「あ!……ゴメンなさい、私ったらまた勝手にお時間を……」

そして頬を紅潮させて恥ずかしそうな顔をする。

「やっぱり私って……暴走してダメね」

苦笑する彼女は、そのまま手を放すと再び車庫の扉から外へ出ようとした。

「大井……」

思わず呼び止める司令。だが彼女はそのまま、既に暗くなった庫外へと出て行く。司令も少し心配になって彼女の後に続いた。

 

 急に屋外に出ると、まだ目が慣れないので真っ暗だった。こういうときは人間より艦娘の方が目が利くらしい。暫く目を慣らすためにジッとしていた司令。徐々に目が慣れてくると……大井は少し先の埠頭の端に立っているようだ。

 海からの風で彼女の髪の毛が揺れているのが分かる。目が慣れてくると、朧月夜で薄っすらと美保湾が照らされているのが分かった。ふと……この状況に似た光景を遥か以前に見たような……そんな追憶が蘇る心地だった。

 

 大井は黙ったまま美保湾を見詰めていた。その背中からは特に危険な行動を取るようには見えなかったので司令はゆっくりと彼女に近づいた。

司令の気配を察知した彼女。しかし彼が近づくのを待っているようだった。

 

 司令は彼女に手が届くくらいまで近づくと、静かに語った。

「大井……別に私はこの時間を君と費やしたことを気にしていない、別に構わないさ」

「……」

大井は彼の言葉には特に反応は示さなかった。司令はそのまま彼女に並ぶようにして隣に立って共に夜の美保湾に視線を向けた。

 

「……」

喜怒哀楽を感じさせない、空気のような大井。司令は静かに続ける。

「そうだな……あの駿河湾に注ぐ大井川のように……時に荒ぶる君の自然な姿が素敵だと私は思うよ」

そう言いながら彼が彼女のほうを見ると、お互いに視線が合った。それは恋愛感情ではない人間と艦娘との間で結ばれた信頼関係。

 

 彼女は少し首を傾けると微笑みながら言った。

「有り難う、お父さん」

「ああ……」

 上官であり『親』でもある美保司令とは養子縁組によって娘の立場となった大井。二人はその関係があるからこそ彼女は安心してこの鎮守府に留まることができる。またに彼は精神的に支えられ護ってくれる存在が増えると同時に、彼の過去を取り戻す道案内者が増えることになるのだった。

 

「すっかり暗くなったね、戻ろう」

「はい」

この瞬間には彼の前で素直になる大井だった。二人は再び手を繋いで鎮守府本館に入ると、廊下で別れた。

 

 

 さて、美保司令が本部に戻ると、ブルネイのメンバーが揉めていた。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第37話:<不知火に何か落ち度でも?>(改1.5)

提督や司令がケッコンと養子縁組について延々と語り合う中、司令はふと、過去に苦しんできた艦娘を思い出すのだった。

※(改)で不知火と司令の逸話を追加しました。


「養子縁組は親子関係、すなわち上下関係です」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第37話:<不知火に何か落ち度でも?>(改1.5)

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※(改)で不知火と司令の逸話を追加

 

 廊下で大井と別れた司令が2階の本部に戻ると誰かが大声で揉めていた。見るとスタッフに強い口調で食って掛かかっている金城提督と困惑する大淀さんだった。

 

「何か?」

美保司令が聞くと大淀さんよりも先に金城提督が振り返った。

「おお、ちょうど良いところに……オレたち艦娘と一緒に泊まるのが良いんだが、こいつ『分かれて下さい、ダメです』の一点張りでさ。何とかならないのか?」

 

それを聞いた司令は困惑した表情を浮かべた。

「ウチも狭いですしねえ」

 

「そこを何とか頼むよ、な?」

珍しく両手を合わせて拝むような格好をする提督。

 

司令は表情を緩めて提督に言った。

「そんな格好は止めて下さい……仕方ないですね。ではブルネイメンバーは、ここに宿泊するように手配しましょう。大淀さん、調整をお願いします」

「ハッ」

大淀もホッとしたような表情になった。

 

 問題が片付いて安心したのか提督は大淀さんに向かって言った。

「じゃあ、後は無線でも良いからウチのメンバーに伝達お願いするよ」

「はい?」

 

 いきなり振られて困惑する彼女。構わず話し続ける提督。

「周波数は知っているだろ? ブルネイの標準でも良いしオレたちも美保の標準チャンネルは聞いてるからそれでも良いよ」

「はあ……」

提督の変わり身の早さに戸惑っているような大淀さんだった。

 

 そして彼は司令を振り返ると言った。

「どこかで一時間くらいジックリ話せるかな? お前のこととか美保のこと」

 

 それを聞いた司令は軽く腕を組んで微笑んだ。

「そうですね……では私の執務室に参りましょうか?……じゃ、大淀さん、後はよろしく」

「はい、畏まりました」 

改めて敬礼する彼女。提督は内心『美保司令の命令はスンナリ受けるんだな』と思った。

 

 司令部を出た二人は執務室へと向かう。美保では司令部を出て直線距離にして十数メートル歩くこともなく執務室なのだ。そのドアの前で提督は苦笑した。

「本当に近いな……冗談抜きで、こういうコンパクトさも良いなと思えてきたよ」

「そうですね。視察に来られる方は皆さんそう仰いますよ」

司令も笑った。

 

 ドアを開けて中に入ると、司令官の大きな机とその横には副司令の中型の机。その前に応接セットが置かれている。やや大きな窓にはレースのカーテンがあり昼間なら恐らく煌めく美保湾が見えたことだろう。

 

 壁には神棚があり二人はまず神棚に礼をした。それから提督は、さっと執務室の中を見渡しながら言った。

「標準的な執務室か……やっぱり、ここが一番落ち着くな」

「そうですね。残念ながら、ここにはBarはありませんが」

「はは……ある方がおかしいだろ、普通」

二人は笑った。

 

 司令に促されて提督はソファに腰をかけた。司令は自分の机から受話器を取ると内線で誰かに、お茶を頼んでいる。提督は司令の隣の空いた机を見ながら言った。

「秘書艦は今日この時間は居ないんだな?」

「そうですね」

「なぁんだ、チョッと残念だな」

 

 訝しがる司令に促された提督はソファに腰をかけながら司令に聞いた。

「艦娘は基本的に美人揃いだが彼女もとびきりの美人だろ?」

「はあ」

提督は、そんなことまで覚えていたんだと司令は感心するやら呆れるやら……。

 

「艦娘の司令官なんて、そういう楽しみもなくっちゃな?」

「はあ」

「……連れないなぁ、相変わらずお前は!」

「スミマセン」

そう言いながら、お互いに苦笑した。

 

 提督は続ける。

「で、実務はほとんど彼女が担当しているのか?」

「そうですね。鎮守府の実務面、特に艦娘の応対は副司令と大淀さんが全面的に担当していますからね。ほとんど、ここには居ないです」

「命令とか全部やっているのか?」

「はい。通常の指示以外にもメンタル面の管理まで……何しろ年頃の娘が何十人も居るわけですからねえ。指示連絡業務は通信機能が充実した寛代にも補佐で入って貰っています」

「ああ、寛代か……元気か?あの子は」

「はい、相変わらず淡々としていますが」

提督には無口な寛代が印象に残っているようだった。

 

「じゃあ、お前はここで何やっているんだ?」

提督の問いかけに司令は思った。

『そうか、ブルネイでは提督がほとんど全部仕切っているんだな』と。

 

彼は答える。

「主に戦闘の指揮ですね。最近は各チームリーダーも育ってきたので私は大まかに見るだけでOKですが」

 

「へえ」

 提督は腕を組んだ。

「それはウチでも徐々にやっているが……なにしろブルネイは大所帯だからな」

「ホントよく一人でやって居られますよね」

「だからこそ、美人の艦娘たちで癒されないとな」

「ああ、やっぱり」

また二人は笑った。

 

 やがてドアをノックして鳳翔さん……ではなく意外にも大井が「失礼します」と言って入ってきた。提督は思った。この光景はある意味貴重かもしれない。

彼はマジマジとお茶を置く彼女を見た。その視線に気づいた大井は言う。

「あの……何か?」

「あ、いやナニ、お前がお茶を出すのって北上だけかと思ったぜ」

一瞬、硬直したような彼女だったが直ぐに微笑んだ。

「ウフフ。それは昔の私。今は変わったの」

「そうか」

 

 二人にお茶を出した後、彼女は胸の前にお盆を抱えると提督を見て改めて言った。

「艦娘だって成長するんですよ、提督?」

 

【挿絵表示】

 

 

彼女のその言い方に今度は提督のほうが驚いたような表情をした。

「あ……ああ、そうだな」

 

 やや硬直した提督を前にして、お盆を胸の前に抱えた大井は軽く首を傾けると「失礼しました」と会釈をして、ゆっくりと退出していく。

 

 その姿を見送っていた提督は呟くように言った。

「へぇ、あの大井がねえ」

「はい。彼女は美保でも一番『変わった』艦娘でしょうね」

「変わった?」

 

 不思議そうな顔をした提督に司令は応える。

「彼女も言っていましたが艦娘も感情がありますか。性格とか好みも変化しますよ」

 

 それを聞いた提督は腕を組んでいった。

「そうだな……オレも嫁艦の金剛ではそれを実感するぜ」

 

 しばし沈黙。ふっと呟く提督。

「金剛もあのくらい『お淑(しと)やか』に変わってくれたらなあ」

 

そこまで言った彼は直ぐに半分身を乗り出して聞く。

「そうだ! あの『大井』は、お前の何なんだ? 確かお前、彼女とは結婚はしていないんだろ?」

 

 ストレートに来たなと司令は思った。しかし平然として頷く彼。実は大井を知る人からは『この手』の質問は良く受けるのだ。

 

 彼は淡々と応える。

「やっぱり変に見えますか? 私たち」

 

何度も頷きながら提督は続けた。

「ああ……変って言うと悪りぃんだが」

 

 彼はちょっと気恥ずかしそうに頭をかいた。

「実はオレんとこの艦娘たちが『お前らは怪しい』ってしつこくてな。オレもあいつらに『正解』を教えてやらんと連中、煩(うるさ)いから」

 

 再び上体を起こしながら彼は悪戯っぽく笑った。彼のその表情を見た司令も笑った。

「そうですね、隠しても仕方ないでしょう。彼女は私の養女なんです」

 

「養女? ……養子か」

 提督は一瞬、驚いたような表情を見せたが直ぐに手を叩いて言った。

 

「あぁ、そっかぁ……なるほどぉ、その手があったか」

大きく何度も頷く提督。

 

「はぁ? 『その手』って……」

 訝(いぶか)しがる司令。

 

提督は「戴くよ」と言って、まずはお茶を含んだ。

 それから彼は苦笑しつつ答える。

「オレの嫁艦……金剛が最近オレの子供を欲しがっているんだ」

 

その言葉に司令も頷く。

「なるほど。そういえば大将は、たくさんケッコンされてるんですよね」

 

それを聞くと珍しく恥ずかしそうな顔をした提督。

「いや、ちょっとばかりケッコンし過ぎたかなぁって今さら反省しているんだ。ほら艦娘って可愛いのは当然だが人間より、ずっと素直で従順だろ? オレとしても純粋な彼女たちの想いには真摯に応えてやりたいと思ってな」

 

言い訳とも取れる彼の言い方だったが司令はそんな彼の真剣さを羨ましくも思うのだった。

 

 緊張していたのだろうか? 彼はまた、お茶を含んで続ける。

「こんなオレにでも真剣に対して来るあいつらにはオレ流にでも精一杯、そして分け隔てなく愛してやったらな、どの艦娘もそりゃ掛け替えが無いだろ? 気づくと『ハーレム』になっていた……ってところだな」

 

彼はそう言って笑った。やはり提督は憎めない人だなと司令は思った。

 

 司令もお茶を含んでから言った。

「でも艦娘のほうから『子供が欲しい』って言ってくることは、やっぱり大将の人格がなせる事ですよ」

「そうかな?」

「ええ。艦娘は普通の人間とは違う分しっかり『教育』してあげないと人格や感情も育ちません。ブラック鎮守府みたいに単なる戦闘バカを量産したら、お互いに不幸なことですよ」

「ブラック鎮守府か」

 

 そう呟く提督の言葉に司令は応える。

「はい。あの大井だって元々は私の対応の拙さで深海棲艦側に追いやったようなところがあります」

少し苦しそうな表情を見せる司令。

 

 その言葉に提督も大きくため息をついてソファに沈み込んだ。彼は壁の海図を見ながら言った。

「オレの嫁艦は金剛なんだが……ちょっと嫉妬深いけど良い子になったなぁ。ソコも魅力なんだが」

 

 美保司令もそれを受けて言った。

「軍隊という特殊な環境だからこそウソや偽りが通用しない。人間と艦娘の正面からのぶつかり合いの壁を越えてこそ本物になっていくと思いますよ」

 

その言葉に提督は深く頷いた。

「艦隊運営は楽しいことばかりじゃない。オレの鎮守府だって辛いことや嫌なこともたくさんある。それでもあいつらの姿を見ているとな……こんなオレでも頑張ろうって気になるんだ」

「それは分かりますよ」

 

 やや間を置いて提督は呟くように言う。

「そういう意味では、あのジイさんにも感謝はしているがな」

「……」

 

 提督は続ける。

「美保司令もケッコンしてたよな?」

「はい。一人、祥高だけですね」

 

再び身を乗り出してくる提督。

「お前はその一人だけで良いのか? 重婚とかする気は無いのか」

「無いですね」

 

 即答かよ?と提督は思った。

「そりゃあ、もったいない!」

「は?」

「いや」

苦笑する提督。そうだよな……このクソ真面目な美保司令には重婚は無理か?

 

「それも、あるのかな」

彼は呟いた。美保司令は怪訝な表情をしている。

 

提督は続ける。

「お前が重婚しない分、大井は養子って言うのは分かったが、まあ彼女は子持ちだから仕方ないとしよう。でも、ここには彼女以外でも、ほとんどの艦娘がお前に好意を寄せているだろう?」

 

 司令は少しホッとしたような表情で答える。

「多かれ少なかれ鎮守府における艦娘っていうのは司令官に好意を寄せる確率が高いでしょう」

「だろ? だからなおさら、お前が一人としかケッコンしないのは解せない。ウチの艦娘たちの見立てでは、かなり熱烈にお前を想っているらしい艦娘が数人いるようだぞ。せっかく法律で許可されているのに何故かな? って思うんだ」

 

すると美保司令は何かを思い出すような顔をして続けた。

「確か、この法律の雛形を作ったのは祥高型三姉妹なんですよ」

「へ?」

この答えには提督も少し意外な感じだった。

 

彼は続ける。

「それに、あの副大臣も絡んでいるらしいですよ」

「あの副大臣が?」

 

 その時だった。

「おれがどうした?」

『ひっ!』といった感じで度肝を抜かれた二人……副大臣は神出鬼没である。

 

 だが美保司令は彼の行動には慣れているのだろう。直ぐに彼を見て応対した。

「ちょうど艦娘とのケッコンの法律について提督と話をしていたところです」

「ああ、あれか」

副大臣は躊躇なくソファーに腰を掛けて言った。

 

 彼は腕を組んでちょっと思い出すような素振りを見せた。その間に司令は再び内線を取ってお茶を頼んでいる。

 

 やがて副大臣は口を開いた。

「アレは大変だったって言うかなぁ。主導したのは祥高の姉さんで実務担当は妹だ」

 

 すると興味深そうに提督は質問する。

「祥高の姉さんとは?」

「ああ……本省に居る技術参謀長官こと『八雲(やくも)』だ。提督も確かブルネイ演習の際に出会っているはずだが」

 

 それを聞いて彼も何となく思い出した。あの白衣を着て武蔵に締め上げられていたマッドサイエンチストだな。確か無口な駆逐艦寛代が娘だったはずだ。

 

「そういえば……」

提督が何かを言おうとしたとき、誰かがドアをノックした。

 

「どうぞ」

司令が応えるとドアが開いた。提督は、また大井かなと思っていたが意外にも今度は寛代だった。無言でお茶を置く彼女を見ながら提督は言う。

 

「そういえばお前、寛代だよな……ブルネイに来たよな?」

彼の問いかけに、軽く頷く彼女。

 

「そっか……母さんは元気か? 何となくオトナっぽくなったかな?」

その言葉にチョッと恥ずかしそうな顔をして、軽く何度も礼をすると、そそくさと退出して行った。

 

それを見送りながら司令が言う。

「私もそうですけど……ウチの祥高さんも八雲姉さんも結局、重婚してませんよね」

 

それを受けて副大臣は言う。

「あの法律は技術参謀のケッコンがきっかけで制定されたが初期案には重婚という項目は無かったんだよ」

 

『へえ』といった感じの反応をする提督と司令。

 副大臣は頭の後ろに手を組んでソファに寄りかかる

 

「実はな、その条項を付け加えさせた変な役人が居たんだ。眼鏡を掛けたいかにもガリ勉的な……性格も捻くれてて嫌味なやつでさ」

「うーむ、どこにも居るよな、そういう嫌なやつ」

 

提督も苦笑している。副大臣も苦笑しながら続ける。

「ああ……そんな嫌味な奴でも艦娘は慕ったりするから数名の艦娘を侍らせてケッコンして、プチハーレムでも作ろうとしていたのかもな」

「人のことは言えないが……そいつのやり方は気に入らねぇな」

「まったく」

提督と司令も同意する。

 

 そこで副大臣は少し状態を起こすと声を潜めて言った。

「これは噂だが……そいつは何かを企んでいたらしくてね。そのために重婚も可にするよう工作したらしい」

 

 直ぐに後ろから声が響いてきた。

「そうだ、それに気付いた私は策を弄してアイツを追い出してやったんだぞ」

『うわぁ!』

いきなり出現したかのような副長官……前の作戦参謀である。

 

「なんだ石見(いわみ)副長官殿、いきなりの御参戦ですな?」

ニタニタ笑いながら副大臣が茶化す。

 

彼女は真面目な表情で続ける。

「アイツを海軍から完全に追い出せなかったのが、私もつくづく悔やまれるんだ」

 

 悔しそうな彼女。その表情が知的な彼女の魅力を引き立てるようだ。

 

「それじゃ、その変な奴は、まだ現役で居るのか?」

提督が聞く。

 

彼女は言う。

「ああ。西日本管内のどこかに居るらしい。だが幸か不幸か奴が結婚したという噂はまだ聞かないな」

 

 ずっと仁王立ちしている彼女に美保司令がソファに座るよう促す。腕を組んだままソファに座った彼女。それを見た司令は再び内線でお茶を頼む。何だか彼も内線ばかりで忙しいなと提督は思った。

 

「ま、あいつだって石見が中央から目を光らせているのが分かるんだろう? 下手にケッコンしたら居所がばれるからな。あっはっはクワバラ、クワバラだなあ」

副大臣は茶化しながらお茶をすすっている。

 

 だが石見は怯むことなく眼鏡の真ん中を指先で押さえながら言う。

「案ずるな。さっき秋津洲が危うく軍事裁判に掛けられそうになったという話をしていただろう? あれを聞いてだな。私はピンと来たんだ」

「ホウ?」

 

 相変わらずな副大臣。それは無視して話を続ける副長官。

「西日本管内の全ての鎮守府のデータを検索させ、ついでにそいつの条件に合う軍人をリストアップして絞り込んだ結果……見つけたよ」

「見つけたのか?」

 

 ここでようやく彼女は副大臣の顔を見た。

「やつは佐世保に居た。しかも非常勤の艦娘専門の軍医として西日本管内を転々としていたらしい……つまり特定の鎮守府所属ではなく海軍省直轄でもない」

 

「へえ、そりゃ見つからんわけだな」

提督が口を挟む。彼の顔をチラッと見た副長官は続ける。

「ああ、狡猾な奴だよ。着かず離れず艦娘にちょっかいを出せる位置に留まりながら本省からも見つかりにくい日陰に居るわけだ……そして佐世保にも確認をした」

 

「居場所ですか?」

司令が問いかけて彼女は答えた。

「いや、それは分かっていた。秋津洲の裁判の件だよ。それを提案させたのは、やはりそいつだったらしい」

 

 それを聞いて仰け反る副大臣。

「ひゃー! 性格変わンねぇな。しかしアイツもしぶといんだな」

 

 再び彼の顔を見た副長官は、再びメガネを押さえつつ答える。

「ああ、そもそも秋津洲を呼びつけたのもあいつの提案らしい。まったく本省を追い出されても、各地を転々としながら虎視眈々と再起の機会を伺っていたのだ。あんな下らないやつは相手にしたくないものだがな」

 

 そう言いながら彼女はようやく表情が緩んだ。

「人間なんて、そう簡単に変わるものではない」

 

 そして彼女は海図を見詰めながら決意するように言った。

「だが、ここで見つけたのが百年目だ。必ず息の根を止めてやる」

「おいおい副長官殿……穏便に頼みますよ!」

副大臣の言葉に彼女は微笑んだ。

「当たり前だバカ、本気にするな」

 

 また現職の副大臣を捕まえてバカ呼ばわりである……だが司令には、彼女は本気でその彼を潰しに掛かっていることを感じるのだった。

 

 提督と司令がお互いに顔を見合わせたとき再びドアがノックされた。恐らくお茶の準備が出来たのだろう。さて、今度は誰が?

 

「お待たせしました……ちょっと皆さん全員のお茶を入れ替えますので、準備にお時間がかかってしまってスミマセン」

 そう言いながら入ってきたのは鳳翔さんだった。なぜか彼女の横に手伝いでついてきたのは不知火だった。

 

 二人の艦娘が応接机のお茶を入れ替えている間、提督は不知火を見詰めていた。彼はブルネイの艦娘たちが彼女のことをやたら気にしていたのを思い出したのだ。そしていきなり聞く。

 

「不知火だよな? お前」

「……はい?」

いきなり問われて少々引いて警戒している彼女。

 

「単刀直入に聞くが、お前さんもひょっとして司令の養子だったりするのか?」

 彼のその質問に、確かにストレートだなと美保司令も思った。恐らくブルネイの艦娘たちに疑われている一人が彼女なのだろう。

 

 不知火は一瞬、司令の顔を見たが彼が軽く頷いたので改めて提督を見ると澄ました表情で答える。

「はい。私も司令の養女になっています」

「えっ?」

なぜか提督は声を上げた。

 

彼の反応に司令は思わず聞いてしまった。

「何ですか? その『えっ』って……ある程度予想されたんじゃないですか?」

 

提督は頭の後ろに手をやる。

「いや……確かに予想はしてたけどなぁ、いざ直接本人から聞くとやっぱオドロキだ。へぇ……って感じだな」

 

 そうやって提督にマジマジと見詰められた不知火は言う。

「……不知火に何か落ち度でも?」

 

 ついに十八番(おはこ)を発した彼女。そのセオリー通りの反応に『笑ってはいけない』……と、その場の全員が思いながらも、ついつい含み笑いをして悶絶した。

そんな場の雰囲気に訝しげな表情をしているのは不知火だけだった。

ただ彼女の場合はその当たり前の反応が妙に可愛らしくも思えるから不思議だった。

 

「いやいや……」

ようやく落ち着いた提督は掌を振って否定しながら言った。

「お前ってさぁ、パッと見は取っ付き難いのに意外に可愛かったりするんだよな。うちの不知火もそうだから分かるぜ」

 

彼女は小声で「いえ……」と言いつつ真っ赤になった。

 

 すると副大臣が加わる。

「美保司令は奥さんは一人だが、今や『娘』が無数に居るわけだ」

 

副長官も口を出す。

「そうだな、私も最初、祥高姉さんから大井の養子縁組について相談されたときは『夫婦でよく相談したら良い』と半分突き放したが、気がつけば養女が増えてるからな。お前たち夫婦は意外性のカタマリだ」

 

 それを聞いた提督は少し驚いた表情で聞く。

「まさか……美保鎮守府の全員が養女なのか?」

 

すると司令は手を軽く振って言った。

「いや、さすがにそれは無いです。副長官が仰ったように最初、養女にしたのは大井でした。それから金剛、赤城と続いて電チャンや青葉、不知火、時雨、夕立……他にもあの扶桑と山城も居ますね。結局は主要な艦娘はほとんど縁組してますが」

 

 その時お茶を入れ替え終わった鳳翔さんと真っ赤になったままの不知火が一礼をして退出する。ちょっと場の雰囲気が落ち着いた。

 

「あの艦娘は可哀相な子でね……」

ポツリと司令は言う。

 

「確か、うちの副司令がいわゆるブラック鎮守府から呼んだ艦娘です」

「へえ……」

これは提督。

 

直ぐに副長官が付け加える。

「祥高姉さん……そういう噂を聞くとガマン出来ないからな」

 

すると副大臣も加わる。

「そうそう、そういう艦娘の移動は大体俺が手を廻したんだぜ。しかし祥高は昔から虐められっ子には優しかったよな。三姉妹の仲では一番大人しいのに……誰かと違って」

「その誰かとは私のことかな?」

腕を組んで副大臣を睨む副長官。

 

「いやぁ……」

シラを切った彼は、そのまま司令を見ながら続ける。

「君は知らないだろうが不知火ってのは、どこの鎮守府でも両極端な扱いを受ける」

「……」

「頑張って心を開いて生き生きとしているか。或いは見たままの姿を敬遠されて捻(ひね)くれるか……まあ、どちらかというと後者が多い」

 

 すると司令は思い出したように口を開いた。

「そうだ。あの子は一生懸命なのにいつも空回りするンだ。それを紛らわすように戦闘に勝ち抜いて生き残るほどに誤解を重ねて……あの子は自分が戦艦や巡洋艦でないことを何度も呪ったらしい」

 

その話しぶりは、いつもの彼ではなかった。

そんな彼に少々違和感を感じつつも提督は聞いた。

「そんな難しい不知火を良く手なづけたものだな」

 

 そう言いながら彼は『手なづける』という言葉は不適切だったかなと思った。だが司令は気にせず急に大声を出した。

「……そうか思い出した!」

 

『え?』その場の一同が声を揃える。

 

 司令は焦点の合わない表情で続けている。

「あの子は確か時雨と一緒に着任したんだ。そして……時雨は割りと直ぐに心を開いてくれたんだが不知火は……」

 

 記憶を手繰っているのだろうか? 司令は非常に苦しそうな表情になった。

 

「おい、無理しなくて良いぞ」

 副長官が口を挟む。

 

「いえ……こういう機会がないと艦娘との記憶がなかなか戻らなくて……」

 しばらく頭を抱えていた彼は、ようやく顔を上げた。

「あの子は孤独だった。着任当初も秋雲みたいな明るい艦娘を妬んでしまう事があってね。ここに来るまでにも自分は一生懸命やっているのに直ぐに尋問、解任、謹慎の連続だったらしい。だから不知火なんか沈んでしまえと……なおさらギリギリまで必死に戦って。でもその度ごとに結局、生き残ってしまう。絶望の日々だよ」

 

 彼は、まるでどこかとシンクロしているようだった。

「あの子は最後には感情が動くことすら煩わしいと感情を押し殺して意図的に冷淡になろうとまでしたんだ」

 

 場は少し重くなって沈黙した。

「それが過度なまでの戦果の追求、そっけない素振り、きつい言葉遣い……悪循環だよな。苦しかっただろう」

 

 少し間が空く。それまで緊張していた司令は、フッと穏やかな表情になる。

「そんなあの子も夜明けの時間が好きらしくてね……激戦の末にただ独り、生き残ることが多いそうだが、ここに来る前は時々、誰も居ない海を独りでフラフラ漂うのが好きだったらしい。それがまた怪しまれたりして……」

 

 細かい内容を断片的に思い出す司令。

「そんなあの子は必死に変わろうとして私に心情を吐露してくれた……そして私たちと一緒にここで生きる決意をしてくれたんだ」

 

 すぐに副長官が呼応する。

「そんなことがあったのか」

 

司令は、なおも何かを思い出したように言った。

「実は時雨も同じようだったが……もっとも彼女は不知火ほど酷い仕打ちは受けていなかったようだね」

 

 そこまでの記憶の断片を手繰り寄せた司令は急に何かが抜けたような雰囲気になった。そしてソファにグッタリと沈み込むような姿勢になる。

 

「おい、体調悪いならお開きにするか?」

 心配した副大臣が聞くと彼は軽く手を上げて言った。

「いえ、大丈夫です。身体は疲れますけど……こうやって、あの子たちとの絆を少しずつ取り戻すことは、私も嬉しいことなので」

「そうか……」

 

 何かを反復するように掌で額を押さえつつ呟いている司令。やがて彼は、お茶を含んでから深呼吸をすると明るい表情に変わった。

「ここには姉妹艦もたくさん居ますけど、不知火と時雨みたいに似た境遇の艦娘も少なくないです。艦隊行動が多いからということもあるでしょう」

 

 副長官は腕を組んで頷きながら言った。

「そうだな……お前には艦娘のメンタル管理は苦手かも知れないがな。それでも心を病んでいる艦娘は少なくない。そこは姉さんと協力して頑張って欲しい」

「はい」

 

 何かを思い出したように提督が司令に聞いた。

「姉妹艦といえば……たとえば美保の金剛型で養子になったのは長女だけなのか?」

 

 司令は提督を見て応える。

「そうですね。比叡……あの子は、しばらく悩んでいましたよ。でも結局は縁組しましたけど。そういえば榛名や霧島は、まだ検討中ですね」

 

提督は感心したように言う。

「へえ、面白いな。全員一致でもないんだ。まあ強制じゃないからな」

 

副大臣も聞く。

「確かここには赤城は二人居たよな?」

 

 司令は少し思い出すような表情をした。

「はい、実は養女になったのも2号が最初らしくて……確か金剛とほぼ同時だったようです。2号ってのは祥高さんが『復活』させた子ですから、想いが強かったのでしょう。でもオリジナルの赤城はボーっとしていたのか分かりませんが、祥高が言うには思い出したように申請して来たようです」

 

 そこで珍しく副長官が合いの手を入れる。

「そこは赤城らしいな」

 

 すると司令はまた何かを思い出したように続ける。

「変わったところでは横須賀所属の日向ですね」

「え? 他所の所属の艦娘なのに?」

 

 不思議そうな表情の提督に副大臣が応える。

「そこの日向はもともと美保に居たんだ。確か司令とは縁が深いんだよな?」

 

 悪戯っぽい顔で聞いてくる副大臣に司令は頷いて答える。

「日向は美保の伊勢が私たちと養子縁組した後で個人的に直接、電話で伊勢の報告を受けたようです。直ぐに彼女から直接、電話が掛かって来ましてね。あの淡々とした口調で『なぜ私に知らせてくれなかったのですか?』……って電話越しに詰問されましたね」

 

 彼は苦笑した。その表情は嬉しそうにも見えた。

 

 提督は改めて腕を組んだ。

「なるほど……いや、ある程度の人数は居るとは思ったけど、相当なものだな。海軍省は特に何も言わなかったのか?」

 

 司令はお茶を含んでから応える。

「別にお咎めは無かったですね。むしろ『忠誠心が高まるので宜しい』と言われましたよ」

 

 彼は笑った。そして続ける。

「夫婦とか恋人は横のつながりですが養子縁組は親子関係、すなわち上下関係です。これは軍隊組織にも通じるので、ここが中央集権的に感じるのはその点かもしれませんね」

 副大臣と副長官は大きく頷いている。

 

 提督は思った。美保司令は生真面目で大人しいかと思いきや、その行動は意外に大胆だ。それはコンパクトながらインパクトのある美保鎮守府自体にも言えることかも知れない。

 

 時計は21:00を回っていた。

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第38話:<蛇の道はヘビ>

青葉の報告を聞く提督たちは美保鎮守府には、いろいろな謎が多いことを知るのだった。



「やれやれ……蛇の道はヘビか」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第38話:<蛇の道はヘビ>

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「大井といえば、あの伊吹っていう子はブルネイ沖で米軍に救出されたんだろ?」

金城提督は探るように言った。

「そうだったな、懐かしいなぁ」

司令ではなく意外にも副大臣が答える。不思議そうな顔をする提督に彼は言った。

「オレもその『ブルネイ防衛戦』には参加していたんだ……外野だったけどな」

彼は相変わらずニタニタしている。

 

「当時としては最新型の作戦指令車に乗ってミサイルを浴びてスリルあったな。祥高も大活躍したし……血沸き肉躍るっていうのはホント良いよなぁ」

 そういう修羅場をくぐり抜けてニタニタしているこの男は今でこそ政治家だが、その中身は根っからの軍人なんだと提督は思った。

 

「あの戦いがあったから米軍とも縁が出来て今の美保鎮守府の充実した装備に繋がっていくんだから縁ってのは分からないものだよなぁ」

 副大臣はそう言って、お茶を飲んだ。

 

 その時、提督は副長官が珍しく下を向いているのに気が付いた。なぜか彼女の耳は真っ赤だ。どういう理由か知らないが赤面していることは確かだ。美保司令もそれに気付いているが、なぜか意図的に無視している。不自然な下を見たままの格好で彼女は言った。

「大井の夫は、もう死んでいたな」

 その発言は唐突だった。提督は彼女が意図的にブルネイの話題を逸らそうとしている感じがした。

 

 ただ何となく、ここは彼女の意向に沿った方が良いと思ったので彼もその話題に乗った。

「戦死か?」

 すると、それを助け舟とばかりに美保司令が続く。

「いえ、彼は病死しています。確か退役して自営業か何かをやっていましたが。それまでも苦労していたように聞いています」

「へえ」

 

大井の旦那か……やっぱり軍人なんだ。そう思った提督は、あれ? と思った。

「大井は一度沈んで『深海棲艦化』していたんだろ? どういういきさつでケッコンしたんだ? いや大井はケッコンしてから沈んだのか? それって矛盾してないか?」

「……」

なぜかそこで提督以外の全員の口が重くなった。彼は悟った……緘口令が敷かれているぞ。

 

 ようやく副大臣が応える。

「大井の旦那は彼女が『復活』したことも知っていたよ。ただ彼女自身は記憶が途切れていたし旦那のことも忘れていたようでね。旦那も結局、本当のことは言わずに終わったようだ」

 それに続ける副長官。

「そうだったな。それでも大井が軍に戻るまでは密かに経済支援はしていたらしい」

やはりこいつら詳しいなと提督は思った。

 

 そして司令も続く。

「彼女は『復活』してからも精神が不安定でね。海の底に居た期間が長かったことも一因らしいけど。もともと軍に居た頃から精神的ダメージを受け続けていたようで根は深いんだ」

彼はハァッとため息をついた。

 提督には大井の経歴は正直、分からなかった。

 

 ちょっと間を置いてから司令は再び語りだした。

「それでも私たちと養子縁組をしてからの彼女は、かなり精神的にも安定しましたね。私も日増しに安定していく彼女の姿にどれだけ安堵したことか……だから彼女も努力して、何とか海軍にも復帰出来ました」

淡々と、しかし珍しく嬉しそうに説明する彼。

 

「実はさっき彼女自身から聞いたのですが……夫のことは、もう知りたくはないらしいです」

「ふーん、夫のことを嫌っていたのか?」

「いや、それは無いようです」

 ぼやかしたような答えだが提督も敢えてそれ以上は突っ込まなかった。だが気になったことがあった。

「確か艦娘とケッコンして夫の方から一方的に離婚した場合は、艦娘の精神がヤバくなるって聞いたことがあるが彼女は大丈夫だったのか?」

 

 提督の質問には副長官が答える。

「ケッコン相手が離婚した場合は気が振れるって奴だな。安心しろ、病気や戦死の場合はその限りではない」

「だが……」

副大臣が口を挟む。

「それでも統計的には艦娘が一人で残されると精神的に不安定になることは確かだぜ」

 

すると司令も口を開いて、ため息をついた。

「あの子は舞鶴や佐世保で私と一緒だったらしいのですが逐一、私に反発していたようなのです。結局それが精神的トラウマになったのかも知れません」

 彼の言い方が気になった提督は口を挟んだ。

「さっきから『らしい』……てのは、どういうことだ? お前は彼女と近い位置にいたし直接何度も話したんだろ?」

 

すると司令は答える。

「私には当時の彼女の気持ちは分かりませんから……最近、彼女自身や周りの証言で初めて知りました」

「ふーん」

その答えに納得は出来ない彼だったが取り敢えず大井の件の先を聞きたかったので、その場は大人しく収まった。

 

 そこで逆に質問をしてみた。

「お前はイヤかも知れないが彼女の精神的な安定を図るためには、やっぱケッコンって選択肢は無かったのか?」

 イジワルな質問かもしれないが敢えて聞く。司令は答えた。

「いや私は重婚はしたくない。それでも大井を放置できないから……この件で主導したのは祥高でしたけどね。彼女と相談して大井を養子に迎えることにしたのです」

「へえ、なるほど」

 

司令は少し間を置いて改めて言う。

「結果的には良かったと思いますよ。『娘』という位置を与えたことで彼女は精神的に安定しましたから」

 そこで彼は、お茶を飲んだ。他の三人は話の続きを注目する。

 

司令は遠くを見るような目で言った。

「彼女自身もケッコンよりは養子縁組で良かったと……ある程度は私との距離があった方が『暴走』しないからってね。これも彼女らしいですよね?」

 そこまで聞いて提督は少々恥ずかしくなった。彼なりに、いや大井自身もきちんと考えていたんだなと。

 

気まずく思った提督は話題を変える。

「しかしオスプレイとか米軍とか、ここはすごいな」

司令も返す。

「やはり米軍の兵器は質が高いです。実は美保の小火器類も米軍が使っているものを一部、入れて貰ったりしています」

「そこだよ、そのブルネイ防衛戦とかが縁になってってことか?」

提督の質問に彼は微笑む。

「そうですね。それが大きいです」

「なるほど」

 

司令は続ける。

「かなり以前、境港からシナと深海棲艦に上陸されて我々が翻弄されたことを踏まえて軍令部や海軍省とも、いろいろ検討していたのですが、それを聞きつけた米軍が提案をしてくれたんです」

 そこで副大臣と副長官が口を挟む。

「待ってました! ……って奴だな」

「ああアレは全国、いや全鎮守府でもここにしかないだろう」

二人の反応に取り残されたような提督は思わず聞く。

「え?……何が?」

 

司令は答える。

「米軍から提供されたテロやゲリラ戦にも耐えられるという高性能の装甲車が2台あります。対地雷装甲車……M-ATVという車両です。真下で地雷が爆発しても大丈夫らしいですが……幸か不幸か、まだ実際にそういうことはありませんけどね。オスプレイはそれらを支援したり、美保鎮守府を総合的に俯瞰できるようにと、それらを含めて包括的に貸与されたものです」

 

 それを聞いた提督は少し驚いたようだったが半分呆れたように苦笑して言った。

「おいおいマジか? 美保ってホントに海軍なのかよ?」

それに司令は答えた。

「よろしかったら明日にでもお見せしますが……アレがもう少し早く入っていればって電チャンや神通に良く言われるんです」

【挿絵表示】

 

「電……って、何で?」

 

今度の提督は不思議そうな顔をした。他の二人は何度も頷いている。司令は答える。

「彼女も運転するんですよ。装甲車」

信じられないといった表情の提督。

「まさかぁ、だって彼女は身長が足りないだろ? それを軍用車の運転なんて……」

司令も苦笑する。

「あの子は頑固に『私が司令をお守りするのです!』って聞かないんですよ。夕張さんも呆れていましたけど……きっと過去に何かあったんでしょうね」

 そのひと言に引っ掛かった提督。急に顔を真っ赤にすると、いきなり立ち上がった。

 

「さっきから何だ? お前は艦娘を他人事のような言い方ばっかりしやがって! 昼間から気になっていたが、ボーっとしたり焦点がずれたり……本当にお前、美保司令なのか?」

 彼は今日、美保司令と出会ってから既に違和感を覚えていた。執務室に入ってからも彼の言い方が気になって居はいたが、ずっとガマンをしていたのだ。だが今のひと言で、とうとう堪忍袋の緒が切がれて爆発したのだ。

 

「まあまあ」

 そこで副大臣が割って入る。そういえば彼は何か知っているようだが……。

 同時に副長官も何かを言いかけた提督を制しながら口を開いた。

「金城提督はあまり詳しく知らないようだな。まあ落ち着け。美保司令はいろいろ事情があったのだ」

 

 ちょうどその時だった。執務室のドアが開いて祥高が入ってきた。

「大きな声がしたようですが……どうかしましたか?」

彼女はチラッと室内を見て直ぐに状況を察したようだ。

「提督、もし美保司令のことで不快感を覚えたようでしたら私からも、お詫び致します……えっと、もう事情は聞かれましたか?」

 彼女は副大臣たちに目配せをするが彼らが「いや、まだ」といった感じで首を振ったので改めて提督を見て取り成した。

「取りあえず座りましょう」

「……」

その言葉に提督も一旦は腰をかけた。

 

 彼女は彼の目をジッと見ながら続ける。提督は少々ドギマギした。美人なだけじゃない、この重巡祥高は静かながら人を射抜くような眼光を備えている……伊達に副司令の位置に居るわけじゃない。

「もし可能でしたら、美保司令の事情も説明したいのですが」

そう言いつつ時計を見た彼女。既に22:30を廻っていた。

「大変申し訳ありません。これから私は司令や副長官に報告と打ち合わせがあります。提督も長旅でお疲れでしょうし、この場は一旦、お開きということでご理解頂けませんでしょうか?」

 そう言いつつ微笑む彼女。

「……」

 

 正直言ってリアル祥高さんはとても美人である。そして眼力以前に美人のオーラに弱い彼は渋々承知するポーズをとった。ただ彼女が言ったように彼自身、長旅で疲れていることもあった。確かに、それもまた気が短くなった原因かもしれない。

「まあ……時間はたっぷりある」

 自分に言い聞かせるように呟いた彼は照れ隠しのように残ったお茶を飲み干した。

「祥高さんの言うように、この場は一旦、下がることにしよう。ただ……」

彼がそこまで言うと彼女も笑顔になって言った。

「分かっています。明日……お時間を取って説明致します。直ぐにお部屋まで案内させます」

 

 そう言って彼女はどこかに連絡をするような素振りを見せた。直ぐにドアをノックして霞が入ってきた。

「霞ちゃん、金城提督をお部屋までご案内して下さい」

「ハッ」

 彼女は敬礼をして「では、こちらへどうぞ」と言った。

立ち上がった提督。

「大声を出して失礼しました」

彼はその場に居る副大臣や副長官に軽く頭を下げて言った。何だかんだ言っても彼らは上官である。

「なに、気持ちは分かるよ」

「そうだな……いろいろあったからな」

意味深なことをいう二人。

 

 提督は美保司令にも声をかけた。

「済まないな……オレの知っている『お前』とは、あまりにも雰囲気が違っていたからな、つい」

 すると彼も立ち上がって言った。

「いや……こちらこそ、誤解を招く言動があったことをお詫びしますよ」

 彼のあくまでも謙虚な態度に提督は内心『やはり彼は本物なのだろう』と思い直した。彼は何らかの理由で……少し、変わってしまったのだろう。

 

「では、失礼致します!」

 敬礼をして執務室を後にする提督。廊下に出ると霞の案内で宿所に向かう。歩きながら彼は時の流れが美保司令をあんな風に変えてしまったのだろうか? と考えた。

 ただ変わったのは美保司令だけで他の祥高さんや美保の金剛などは以前彼が出会った雰囲気そのままだと感じた。

 もっとも美保の大井には彼自身、初めて出会うので比べようが無い……彼女の場合は一般的な『大井』とも雰囲気が違っている。彼は思わず苦笑した。

 

 提督は前を先導して歩く艦娘に声をかけた。

「なあ霞」

「ハッ」

 いきなり背後から声を掛けられて少し驚いたように歩みを止めて振り返った彼女。

「お前も……美保司令夫妻の『養子』か?」

「……」

一瞬、躊躇した彼女だったが「はい、そうです」と応えた。言いながら珍しく頬が少し紅潮している。

「そうか……」

 

 本当はもっと何か、別のことを聞くはずだったのだが……霞のちょっと、はにかんだような初々しい表情を見た彼は、それ以上質問することが出来なくなった。そこはさすがに何か踏み込んではいけない領域のように感じられたのだ。

「あの……お部屋までご案内して、よろしいですか?」

「ああ……呼び止めて悪かったな」

 彼らはそのまま、別棟の宿所へと向かった。

 

 宿所は別棟の一階と二階に分かれていた。

その建物はゲストハウスのようで、一階に簡単な応接室と宿所、そして二階には二部屋あり今回は一階が提督、二階にブルネイメンバーということになっていた。

 ……当然、彼らがその建物に到着するとブルネイの艦娘たちは寝ずに提督を待ちわびていた。霞は事務的に明日の食事の時間と簡単な予定を案内すると、一礼をして退室した。

 それを見ていた嫁艦の金剛は言う。

「どこの霞も、固いネェ」

すると青葉が言う。

「でも、ここの彼女は『養子』だけあって、微妙にソフトな印象がありますね」

それを聞いた提督は思わず言った。

「何だ、青葉も『養子』ってことを聞き出していたのか?」

すると彼女は「えへへ」と言いながらメモ帳を開いた。

「司令官は当然、直ぐにはお休みにならないですよね?」

「ああ、お互いに知り得た情報を共有しようじゃないか」

それを聞いた金剛や川内も頷いた。彼らは応接セットのソファに腰をかけた。

 

 まずは提督が話し始める。

「見たと思うが、この美保鎮守府には海軍とは思えないレベルのたくさんの兵器があるな」

「そうですね……オスプレイは見ましたが、他にもほぼ実用段階の艦娘サイズのジェット機に特殊装甲車や銃器類がありますね」

 メモ帳をめくりながら青葉が応える。

 

「そういえば、衛兵も変わった銃を持っていたな」

川内が言うと青葉が説明する。

「あれも小さいんですが、やはり対テロ用の軽機関銃です。確かイスラエルのモデルだったと思うんですが、ここでは夕張さんが艦娘仕様として手を加えている可能性が高いですね。だから性能は限りなく未知数と言えます」

 腕を組んだ提督は言う。

「いったい何でここまで兵器を集めるんだ? まあ、真面目な美保司令のことだからクーデターとか何かを起こす気は無いと思うが」

 彼は冗談とも本気とも取れる発言をする。

 

青葉が言う。

「青葉は美保の青葉に直接聞いてみたんですが、ここは環境的にガードも強いし特殊でしょう? それを知った米軍の担当者とか米国の軍メーカーが貸与という名目で、いろいろ持ち込むみたいですよ」

「そんなに簡単に米軍の兵器を国内に持ち込めるのデスカ?」

金剛が質問する。

 腕を組んだ川内が答える。 

「そこは……あの元帥や副大臣の威光で何とでもなるのだろう」

それを聞いて頷く青葉。

 

「そんな感じでしょうね。米軍も結局、自国とは違う場所での運用実験をしたいようです。そういえば、ここの夕立とも話をしたんですが彼女は最新型の対戦車ライフル……これは無反動なんで艦娘でも使い易いからって米軍に押し付けられたって言ってましたけど……でも彼女、その銃を気に入っているみたいでしたよ」

「対戦車ライフル? ……なんでまた陸軍みたいなものを」

提督が言う。

 それを受けて青葉はメモを見て続ける。

「夕立が言うには、たまに二人がかりで海に持って出て深海棲艦相手に撃っているとか」

すると金剛が言う。

「私も聞いたね、ソレ。一度オスプレイからも撃ってみたらしいケドさすがに不評だったって」

川内も加わる。

「ああ……ただ夕立は派手な兵器がお気に入りみたいだな……ここの神通に聞いたら夕立は一人でも根性でそのライフルを背負って出ることもあるらしい。ここの朝潮とか潮がいつもいきなり海上で発射時の支え台にされて嫌がっているって……笑えるよな」

 

 提督もソファに深く腰をかけて言った。

「美保は本当に実験場なんだな」

その言葉には部屋の全員が苦笑した。

 ふと提督は自分で言った『実験』の言葉が引っ掛かった。まさか……とは思うが美保司令はひょっとして彼自身が何かの実験台にされたのではないだろうか?

 いや仮にそうだとしても、あのジイさんだって、そこまで酷いことはしないだろう。

 

 その時不意に青葉が言う。

「美保司令の経歴が気になったので軍のサーバーで調べたらですね……」

それを聞いた提督は言う。

「おいおい、軍のサーバーって……そんなことして大丈夫か?」

青葉はウインクする。

「ちゃんと事前に断りましたよ。ここの秘書艦に。とても親切で優しい大淀さんでした」

「まさか……脅して無いよな?」

さすがに彼女は少し脹れた。

「何てことを!……人聞きの悪い」

「ああ悪かった、ゴメンな……それで?」

 

彼女は改めてメモを凝視する。

「あの提督、経歴に空白部分があるんですよ。ちょうど、あの演習の当時の年齢に相当する過去の時代に」

 提督はチョッと肩透かしを食らったような顔をした。

「そりゃそうだろ? 例のタイムスリップしていた時期じゃないか?」

青葉は首を振る。

「いえ、実はブルネイへの遠征記録はきちんと残っていました。問題はその1年位後に美保司令ご自身が失踪していたらしいんです」

「失踪? そりゃ穏やかでないな」

提督の言葉に金剛と川内も顔を見合わせている。

 

 青葉は続ける。

「もちろんシナや深海棲艦に襲われたって言うこともあるのですが『らしい』というのは裏の情報で……実は海軍の公式記録には彼の失踪記録そのものがないからなんです」

「そりゃそうだ。事実だとしても軍部には恥部みたいなものだろ?」

提督の言葉を予想したのか彼女は直ぐに頷いて続ける。

「ですから、後から情報操作されている可能性があります」

提督は腕を組むと改めてソファに沈み込んで言った。

 

「仮にそれが事実だったとして、何か問題があるか?」

「ソウダヨ青葉、考えすぎじゃないノ」

金剛も加勢するが青葉は怯まない。

「いえ、そういうところに真実があるんですよ」

 

 疲れたのか川内も軽く会釈をして少し離れたイスに座った。角度がズレていたので危うくパン○は見えなかった……残念!

 青葉は、なおも続ける。

「さっき電話で記者仲間に聞いたら、この美保は僻地なので、いろいろな軍の実験が行われている……って、これはもう知っていますよね」

 全員、無言で頷く。彼女は続けた。

「ただ、オスプレイは違うと思いますが、ざっと見聞きした範囲でも正式登録されていない新兵器も多いようです」

「そういえば艦娘サイズのジェットもあったよな」

これは川内。

 そちらをチラッと見てから青葉は少し強調するように言った。

「また公式記録と不一致する点が多い艦娘も数名確認できました」

 さすがにこの指摘には少し驚いたような提督。

「なんだそりゃ? ヤバくないか?」

「はい。あの大井と秋雲、それに赤城2号もしばらく姿が見えなかった時期があるんです。もちろん今は登録データは修正されていますが……」

「よくそこまでチェックしたな?」

「ええ……実は」

 

ここで青葉は声を潜める。思わず全員、固唾を呑む。

「ここの司令部の霞をチョッと捻(ひね)れば……ね?」

「おいおい……お前も良くやるな」

苦笑する提督。

「あの子……いろいろ鎮守府とか司令に後ろめたい思いを持っているらしいんです。ちょっと調べたら何となく分かったので」

 この行動には川内も苦笑して言った。

「やれやれ……蛇の道はヘビか」

「他所の子を、あんまり虐めちゃダメだよ?」

金剛までたしなめている。

「ええ、最後は半分べそかいてましたから……ちょっとやりすぎました。ただ……」

 彼女はイスに座りなおして改めて言う。

「大井たちは救出されて美保に来て、ちょうど司令が失踪した頃に極秘裏に長期間鎮守府を出て何処かへ行っているようです。それがどこなのかは、まったく謎でした」

「ソレ以上は霞情報も限界だよネ」

割と今度は悟りの良い嫁艦。

 

 提督は腕を組んで言う。

「でも司令は本人だろ? その大井や秋雲も本人が居るし……何が問題だ? 不正をするような連中にも見えないし」

「はい……これ以上は青葉の、記者の勘ってやつです。もちろん仰るように彼女たち、いえ美保鎮守府が不穏な動きをとるようには感じません。もちろん国家に反逆することも美保には、ないでしょうけど……表に出せない何かが隠されている気がするんです」

 

 それを聞いた提督は思った。

美保司令は大人しいが知らず知らずのうちに軍部の勢力争いに巻き込まれた可能性もあるな……祥高型三姉妹は、真ん中の祥高だけは温厚な性格だが上と下の姉妹は血気盛んな印象だ。その二人が今も中央に居る。

それに加えてあのジイさんだって叩けば幾らでも埃(ほこり)が出そうな奴だからな。

 考え込んでいる提督を見て金剛が心配そうに声をかける。

「どうしたのdarling?」

「あ……いや、何でもない」

一瞬、重苦しくなりかけた応接室だった。

 

 その雰囲気を破るように青葉が言う。

「あの大井さんの娘……伊吹って、私の非公式情報によると深海棲艦から救出されたらしいんですよ。それを実行したのが米軍の特殊部隊だとかで」

「ああ、それは何となく聞いているな」

頷く提督と、ほかの艦娘たち。

 

「その部隊長と今日来ている米軍のケリーさんって実は夫婦らしいんです」

「え?」

少し驚く提督。

「だから……何ネ?」

嫁艦は相変わらず。

「いや、ちょっと完全には裏が取れていないんですが」

青葉は慌ててメモ帳をめくる。

「青葉、少し気になってたんですよ……ここの大井さんと伊吹って討議のときもケリーさんと妙に親しい印象で。だから彼女って救出されたことで、それを恩義に感じているんじゃないかなあ? って」

 

 まとまっていない感じの青葉に川内が助け舟を出す。

「だから大井と伊吹が縁で美保鎮守府は米軍と縁が出来たってことだろう?」

「そうなんですが……普通、それだけでここまで密接な関係は築けないですよ?」

「なるほど」

策略の裏を読むのが得意な川内。ニンジャだからな。ただ、どことなく納得していない青葉。

 提督も口を挟む。

「そりゃ、美保司令だってフィリピンの元帥と顔見知りらしいから、そういうことも含めて緩やかに関係が作られて行ったんだろう?」

そう言いながら彼も美保司令への親書を託されていたことを思い出した。

「そうですが……もしそうだったら、今のブルネイだって、もう少し早い段階でフィリピンとか近くの米軍と懇意になっても良いと思うんです」

そういう青葉に提督は言った。

 

「何だ? 青葉、お前ひょっとして美保鎮守府と米軍の関係を嫉妬しているのか?」

「いえ……そうじゃなくて」

少し恥ずかしそうに顔を赤らめている青葉に提督は言った。

「そんなことオレにゃ、どうでも良いことだ。少なくとも艦娘が何百人も居ればハッキリ言って地上最強の海軍部隊だろう? もちろん深海棲艦には手こずることも多いがな」

 その言葉に一同は何度も頷くのだった。

 

 提督の言葉を受けてイスに座っていた川内が言う。

「私がちょっと調べてやろうか?」

「ああ……お前ならそう言うだろうと思ったが……大丈夫か?」

心配する提督に彼女は手の関節をポキポキいわせながら答える。

「青葉にばかり手柄は取らせないよ……それにここは友軍だ。仮にしくじっても命まで落とすことは無いよ」

「ああ……問題にならない程度に上手にやれよ」

『命』という言葉がチョッと気になった提督だったが許可を出した。

「ハッ」

 イスに座りながら敬礼をする川内も可愛いなと提督は思うのだった。ただ何となく胸騒ぎも覚えるのだったが……。

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第38話:<白黒分け>

深夜まで報告が続くブルネイメンバー。そして翌朝、あの艦娘が彼らのところに。


「この頃、本格的に艦娘が世間に認知されたと」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第38話:<白黒分け>

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「最初出会った時のアイツは初々しい奴だったけどなあ……」

思わず呟く提督。嫁艦の金剛を始め艦娘たちも、しんみりする。

 

「おいおい、そんなに暗くなるなよ!」

自分で言っておいて無責任ではあったが慌てて提督は前言撤回した。

 

「悪ぃ悪ぃ……」

 そう言いながら、ふと気がつくと時刻はもう午前0時を回っている。良い子は寝る時間だ。提督も、さすがに報告会は終わりにしたかった……

 

「あ……」

見ると青葉がまだ何か言いたそうな目をしていた。肩をすくめた彼は言った。

 

「いいよ、話せ」

「スミマセン」

恐縮する青葉は話し始めた

 

「正史では、あのブルネイの演習のあと美保鎮守府のメンバーは無事に過去……つまり自分たちの時代に戻れたようです」

「だろうな。でなきゃあんなに歳は取らないだろう」

 

青葉はメモをめくる。

「そこで結局、再び彼らの時代のブルネイメンバーと演習したようです」

「そこはオレが着任するより遥か前だな」

「へぇ、そんな前からブルネイってあったんだ」

これは川内。

 

頷いた青葉は続ける。

「このときブルネイ沖で突如侵攻してきたシナと戦闘してこれを撃退。艦娘たちはブルネイ国家から表彰されました。この頃から本格的に艦娘が世間に認知され始めたといわれています」

 

「それが『ブルネイ防衛戦』ってやつか。チラッと聞いたことはある」

川内が言った。艦娘にも知られているんだな。

 

 青葉は軽く頷いて続ける。

「そして美保司令は、その1年後に飛び級で大将に昇進。同時に美保鎮守府の所属部署も変更されています」

金剛が首を傾げる。

「というと?」

「そこでいわゆる海軍史における『白黒分け』と呼ばれる元帥直属の鎮守府と、そうでない場所に分けられたんです」

 

「なんだそれ?」

あまり分かっていない川内に提督は説明する。

「簡単に言うと『ホワイト鎮守府』と『ブラック鎮守府』って奴だよ。元帥の態度は軍隊の私物化とか言われて一部では、もの凄い反発を招いたらしいんだがな……オレも良くは知らん」

「分かる! ブルネイはホワイトだよネ」

 金剛が嬉しそうに言う。確かにそうかも知れないが改めて艦娘に言われると何だか妙な感じだな。

 

飲み込みの早い川内は腕を組んで聞き返す。

「ふうん、それと美保司令と何か関係があるのか?」

 

青葉は軽く視線を合わせるとメモを見ながら続ける。

「はい、その美保司令が大将に昇進した時期と彼の失踪がちょうど重なるんですよ」

「……」

「しかも一時期、美保司令は誰かに暗殺されたという怪情報が流れたんです。これは古い記者には結構、知られています」

「ああ……でも結局、死んでなかったんだろう?」

「まあ、そういうことですが」

 

 提督は再びソファに深く沈みこむ。

「オレがまだ若い頃だよな……確かそんなニュースも流れたような気がする」

 

「あ……」

 突然金剛が小さく叫ぶ。

「私、思い出したヨ。それって何処の誰という肝心なところが伏せられてて、敵の事も、暗殺の場所も日本海側の何処かとしか報道されなかった……」

 提督は少し驚いて目を丸くした。

「良くそんなこと覚えているな」

 すると彼女は自分の頭を何度も指差してニタニタしている。アタマが良いのは分かったから、その顔止めろ!

 

 青葉が軽く咳払いしたので、他の艦娘たちは注目する。

「実はですね……当時の軍部では同時期に失踪した大井親娘……彼女たちが一番、疑われたんです」

「……」

沈黙する艦娘たち。

 

青葉は続ける。

「時間がないので、あまり詳しく調べてませんが、自分への逆風で居づらくなった大井が自分から美保を離れたとも言われてます……当時の美保の艦娘たちにも聞いて回ったところ、実は失踪当時に街角で彼女たちを見かけたという情報もあるんです」

「へえ……じゃ失踪っても遠くに逃げたわけじゃ、なかったんだ」

「はい。ただ軍隊を離れた当時の彼女は心身ともにボロボロの状態で……弱々しく娘の手を引いて居る姿は見ていられなかったそうです」

「……」

 提督や艦娘たちは絶句した。あの大井親子は非常に辛い体験をしてきたことが想像できたのだ。

 

 川内が呟くように言う。

「あの大井の優しい笑顔って……戦場だけじゃなくって、いろんな修羅場をくぐり抜けた結果なんだな」

 それを聞いた提督が意外だったのは、金剛を始め艦娘たちが、そういう他人の痛みを理解出来るくらい心が成長していたことだった。

 

 悲惨だった大井親子をダシに使うことには抵抗がある。

 しかしブルネイの艦娘たちとの付き合いも長くなった今、この美保に来て改めて彼女たちの成長振りを知ったことは大きな意義があるだろう。

 

 まさかあのジジイ、これも含めて今回の視察を計画したのか? 

「いや、それは無いだろう」

 半分は彼自身の悔し紛れかもしれないが提督は思わず呟いてしまった。

その言葉に「え?」と驚く青葉。

「あ、スマン。大井のこととは別件だよ」

 慌てて否定する提督。

 

「まあ、青葉の言うことが本当だったとして、今の大井親子には居るべき位置が出来たわけだ。娘も成長してオレが見たところ彼女自身も現状に満足している感じだよな……結果オーライだろう」

「そうですね」

青葉もホッとしたような表情をした。

 

 提督は青葉を見て言った。

「それにだ……お前も気付いていたか?」

「はい?」

不意を突かれたような青葉。

「最初、ここに到着したときの赤城2号や秋雲、大井たちの服装が他の艦娘と微妙に違っていた……しかも皆、独特のエンブレム付きだ。もっとも秋雲はバーベキューのときは着替えていたが」

「よく見てますね、提督」

改めて目を丸くして驚いている青葉。

「何だ、お前は目の前の艦娘を観察していないのか?」

提督の言葉に恥ずかしそうに頭をかく青葉。

 

 提督はゆっくりと立ち上がった。

「オレにとっちゃ艦娘であればブルネイだろうが美保だろうが区別はしないぜ」

「……」

ここでなぜか金剛がまた白い目でガンを飛ばしてくるが無視。

 

「美保司令に明日でも出会ったら彼の服を良く見てみろ。見慣れない特殊部隊の指揮官の徽章が付いている……そういうのって興味あるだろ?」

「そうですね」

青葉はメモを取り始めた。

 

「そういや以前ブルネイで美保の青葉がスパイ行為を働いて武蔵に軟禁されて、たしなめられていたよな」

川内がニヤニヤしながら言う。

「まさかお前は、逆の行動に出たりしないよな? くれぐれも自重しろよ」

提督が返すと彼女は「はい!」と言って軽く敬礼をする。

 

 時計を見るともう深夜1時近い。

「やれやれ、夜更かししすぎだ。明日は朝食後にオスプレイ試乗だ」

「そうですね」

「ウヒヒ、楽しみだな」

「まてまて、全員乗れるかどうか分からないぞ」

 

そんなやり取りをしながら全員立ち上がる。

「明日は各自で直接食堂で朝食をとって、オスプレイ前に集合してくれ」

「はい!」

 

全員敬礼し、提督と金剛は1階の部屋へ。青葉と川内は2階へと上がる。

 

 嫁艦と共に部屋に入った提督は、ざっと部屋を見渡した。簡易ベットが二つ。ロッカーと洗面台と小さな事務机。あとは内線と……。

「何見てるのdarling?」

そう言って金剛が背中から抱きついて来る。

 提督は前を見たまま答える。

「今日一日で、いろいろあったな……新しい出来事が続くと人は疲れるもんだ」

「そうだネ。でも楽しかったヨ」

しばし沈黙。

「darling」

「なんだ?」

「チョッと痩せたね」

「そうだな……」

 そのまま二人はベッドへ倒れこんだ。

 

 

 翌日も快晴だった。蒼い美保湾が大山を薄っすらと反射させている。

 鎮守府の食堂には各自が自主的に集っている。実際ブルネイよりは遥かに小さな食堂だが、うまくローテーションされているらしく、ほとんど混まない。

 提督がそう思っていたら金剛が「ホラ!」という。その指先を見ると中庭とか埠頭で朝食を食べている艦娘たちが居る。

「へえ、ここでも、ああいう食べ方、アリなんだネ」

「ああ」

なるほど自由な雰囲気は、ここにもあるんだと提督は思った。

 

 彼は既に朝食をとっている他の海外武官たちに挨拶をした。

「今日は、いよいよオスプレイね」

答えたのはイタリア武官。ボーっとしているリベッチオを連れている。

 

 彼らの対面には米軍のケリーが居る。隣のPOLAもまたボーっとしているが、この子の場合は元々そういう性格のように見えた。

 普通に会話をしているのは英語だろうか? POLAは、やたらフニャフニャしているのが分かる。

 

「良く眠れたかな?」

そう話しかけてきたのは、ドイツの武官だ。腕の赤い腕章が印象的である。そしてやはりボーっとしているようなU-511。偶然だろうが今回、海外から来ている艦娘は、なぜか皆ボーっとしているな。

 

 提督の思いを察したのかドイツ武官は言う。

「この子も戦闘になれば意外なほどシャキッとするが、どうも地上ではスローテンポになる」

 そう彼は苦笑した。そういえば海外武官たちはさすが日本語が上手い。そんな武官たちを人選したのだろう。

 

「darling、早く座ろう」

「ああ」

金剛に促された彼は窓辺の席に座った。

 

その隣には副大臣と副長官が居た。

「おお! 金城提督も良く寝た……わけでもないか」

副大臣が茶化すように言う。

 

 実は昨夜、金剛と『励んだ』後で彼女が爆睡。そのまま提督にがっつり張り付いたため身動きが取れなくなってしまい若干寝不足気味なのだ。目がチカチカするので恐らく充血しているのだろう。

「なぁに、一晩や二晩くらい寝なくても大丈夫だろう?」

副長官もアゴに軽く手を添えながら言う。何となくこの二人って、似ているよなと彼は思った。

 

 やや遅れてブルネイの川内と青葉が入ってきた。川内は明らかに寝起き直後だが、青葉はあちこち取材をしていたようだ。

 彼らも提督に会釈をして同じ席に着くと、潮と響が配膳をしてくれる。そうか、我々はゲストなんだなと改めて実感する提督だった。

 

 朝食をとりながら窓の外を見ると、軽巡と駆逐艦が銃を携帯しながら巡回している。小さいながらも警戒は厳重らしい。

 

「ほら、あの警備している艦娘が持っている小さな銃がイスラエルのモデルですよ」

青葉が教えてくれる。何となくオモチャのような小さなものなので拍子抜けしてしまう。だが青葉が言っていたように夕張が手を加えた可能性のある艦娘の武器だからな。外見で判断してはいけないだろう。

 

「ブルネイでも、ここまで厳重な警戒はしないよな」

 川内がフッと呟くように言っている。そうか彼女は『調査』を目論んでいるからな……やはり警備体制は気になるだろう。

 

 オスプレイや装甲車を始め、各種の新兵器に満ちている鎮守府だ。簡単に探らせてくれるとは思えない。小さいからと言って侮ってはならないだろう。

「川内、別に無理しなくても良いぞ? どうせいずれ種明かしはされるだろうし」

何となく気になった提督は川内に声をかけた。

 

 何かのドリンクを飲んでいた彼女は笑顔で応える。

「自分の限界は知っていますよ。大丈夫、少しでも情報を集めたいっていうのは私個人の欲求でもあるから……」

「そうか」

 そこまで言われると、さすがに彼も任せざるを得ない。もちろん提督の権限で彼女の行動を規制することも可能だ。

 

 しかし正直、彼自身も、もう少しこの美保鎮守府について知りたいという気持ちがあった。川内だって素人ではない。ここはある程度、彼女に暴れてもらうのもアリかな? 美保鎮守府の胸を借りるようで悪いがジイさんの鼻を明かしてやりたいという気持ちもあってか彼は何となくそう思うのだった。

 

「あの、こちら宜しいでしょうか?」

 可愛らしい声に振り返ると、バインダーを持った見慣れない艦娘が立っている。

「えっと……君は確か司令の?」

 彼女は微笑んで答える。

「はい、早苗と申します。ちょっと父……いえ美保司令が手が離せないので私が代わりに今日の内容について簡単にご説明致します」

 すると気を利かせた青葉が直ぐに席を立つと提督の近くの席を空けた。

「では早苗さん、どうぞこちらへ……」

「スミマセン」

 そう言って軽く会釈をした彼女は提督の隣……ちょうど金剛の反対側に座った。

 

 提督は軍服を来た彼女の襟を何気なく見た。確かに見慣れない部隊の徽章がついている……米軍のものか?

 彼の視線を感じたのか彼女は言った。

「ああ、これですね……私の所属は米軍からの派遣という形になっていますので軍服も米軍のものです」

 

 彼女の声は母親である祥高と似ていた。透明感があって癒し系なのだが意外に張りがありグイグイ食い込んでくるタイプ……美保司令と真逆だなと彼は思った。

 早苗はバインダーを持ちながら言った。

「他の武官の方々には既に説明済みですし、時間の都合もありますので、お食事の時間に説明することをお許し下さい」

 軽く頭を下げる彼女に他の艦娘たちも一様に頭を下げた。

 

 フッと軽く微笑んだ後に彼女は説明を始める。

「お食事が終わって08:50を目処に一旦全員がオスプレイの格納庫前に集合して頂きます。そこで簡単にチーム分けをして順番にご搭乗頂きます」

 そこまで聞いて金剛が軽く手を上げる。軽く会釈をして発言を促す早苗。

「いっぺんに全員乗るんじゃないデスか?」

「はい」

早苗は微笑んで説明する。

「オスプレイの定員ですと一度に済ますことも出来ますが万が一の事態に備えて一つの部隊ごとにグループ分けをします」

 

「なるほどぉ」

 と、青葉。

「リスクヘッジって奴か」

 これは川内。

「それじゃ全員オスプレイに乗れるデスか?」

 お前は論外。

「はい、可能な限り乗って頂きます」

 彼女は微笑んだ。嬉しそうにお互いに顔を見合す艦娘たち。

 

早苗は続ける。

「オスプレイに登場している方以外の皆さんには、米軍製の装甲車や小火器類などをご見学頂く予定です」

そこまで聞いた提督は思わず言った。

「まるで米軍基地の見学コースだな」

「ウフフ……」

早苗は不敵に笑う。

 

「そう思って頂いても構いません。ご存知でしょうが米軍との協力体制は元帥閣下もご了承の内容です。それに今回の視察はブルネイの皆様の為にセッティングされたようなものですから」

 たったこの一言だけでブルネイメンバーは一瞬凍りついたようになった……この子、可愛らしい顔でアニメ声だが意外に肝が据わっているぞと彼は思った。それは母親譲りなのか、それとも?

 

 チョッと緊張した空気になったが、気を利かせたのか青葉がそれを破った。

「そのオスプレイについて伺いたいのですが」

「どうぞ」

 

 青葉は少し微笑むとメモをめくりながら言った。

「装甲車を俯瞰するオスプレイという表現を伺ったのですが、あれは互いの作戦上のの位置関係を象徴した表現でしょうか? それとも……?」

 

 提督には既に青葉のその言い方からして半分チンプンカンプンだったが早苗は直ぐに何かを悟ったように微笑んだ。

「具体的なネットワークが組めると考えて下さい。つまり装甲車とオスプレイだけでなく、それらを束ねる司令部と、そこに繋がる前線の兵士まで含めたリアルタイムでの情報のやり取りが可能になります」

「……」

既に絶句している青葉。いや、その内容の凄さは提督や金剛たちのも直ぐに分かった。

 

「じゃあ……」

川内が口を開く。

「美保鎮守府の艦娘たちは?」

早苗は微笑む。

「はい、前線に出撃可能で信頼性の高い艦娘から順次、そのシステムへの連携を可能にしています。具体的に誰というのは機密事項になりますので今は申し上げられませんが、オスプレイに関わる艦娘は全員……」

 

そこまで言って彼女は表情を緩めた。

「もっと分かりやすく言うと司令ご夫妻と親子の艦娘には、全員装備されているということです」

「艦娘を全てネットワークで繋ぐということか」

提督がつぶやくと川内も受ける。

「全体が目になるようなものだな」

 

すると早苗も頷く。

「そう、このシステムと連携する艦娘たち全員が一つの有機体のようになります。前線において要となるのがオスプレイです」

金剛も言う。

「あれってプロペラ機で、そんなに凄い機体には見えなかったのにネ……」

 

「でもますます興味が湧くな」

意外に川内は乗り気のようだった。それは純粋な興味なのか『調査』の一環なのか……両方かも知れないなと提督は思った。

 

 その間にも食堂には入れ替わり立ち代わり艦娘たちが出入りして順次食事を取っている。ふと見ると大井親子も居る。大井は提督を認めると軽く会釈をしたので彼も軽く返した。

 

 美保鎮守府か……小さい鎮守府だと思って正直、甘く見ていたかも知れない。あのジイさんが肩入れする鎮守府の一つだ。それなりの内容はあるんだなと彼は思うのだった。

 

 




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第40話:<美保司令の娘たち>(改2.5)

 いよいよオスプレイ搭乗のための説明や案内が始まる。その間に、提督は時雨や不知火の結婚観のようなものを垣間見るのだった。


「修羅場ってどんな戦場デスか?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第40話:<美保司令の娘たち>(改2.5)

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早苗は続ける。

「他に質問はございませんか?」

 

アタフタしたように青葉が何かを言い掛ける。

「えっと、えっと……オスプレイの伝送プロトコルって状況によって切り替えとか……」

 

それを聞いた提督は思わず制止した。

「おい、何マニアックなこと聞いてんだよ?」

 

 その言葉にハッとしたような青葉は、真っ赤な顔をして下を向いた。その青葉をなだめるように肩に軽く手を添えながら金剛が早苗に言った。

「もうダイジョウブね。後は乗ったときに直接、聞くヨ」

 

「分かりました」

軽くニッコリ笑った早苗は立ち上がった。

 

「では皆さんのご搭乗、お待ちして居ります」

 彼女は敬礼をして、その場を離れた。

 

その後姿を見ながら提督は言った。

「意外にしっかりした子だな」

 

「そうだね……」

 提督の言葉に同意する艦娘たち。

 

 ケッコンという制度は以前からある。しかし提督自身、艦娘の2世に間近に接するのは初めてだった。

 ここで言う『2世』とは、量産型をさす『第2世代』とは違う意味である。パッと見は確かに普通の人間のようにも見えるが、やはりどこかに『艦娘らしさ』も感じるのだった。

 

 ケッコンによって生まれた2世。人間と艦娘の混血という存在には果たしてどんな力や能力が秘められているのだろうか? それは提督自身も少々興味があった。

 

 メモを見ながら青葉が言う。

「噂では、わが国の艦娘2世は、結構な人数が居るとも言われています」

 

「へえ」

これは川内。

 

「やっぱり艦娘の2世って優秀な子が多いデスか?」

金剛の問いかけに困惑した表情の青葉。

 

「そうだと良いのですが……何しろ情報がないですからねえ。ちょっと記者仲間にも聞いてみましたが残念ながら軍隊ということもあるのでしょう。誰も分からないという返事でした。統計的データもありませんし」

 

川内も言う。

「まあ一般論としては混血の方が優秀だってのはあるけどな」

 

「ねぇねぇ、帰国子女も優秀ダヨ?」

自分を指差して言う金剛の発言に思わず他の艦娘たちも苦笑する

 

 提督も窓から見える海を見詰めながら言う。

「なるほど……美保に早苗や伊吹が居るということは全国の鎮守府にも、それなりに2世の子は居るだろうが海軍内で認知されるほどの数じゃないンだろう」

 

「2世か……子供って良いな」

金剛も腕を伸ばしながら提督と同じ美保湾の方向を見つめて呟いた。

 

「ブルネイもさ、そういう時代が来たら良いよね」

川内も言う。

 

 その時提督は金剛がジッとこちらを見詰めているのに気がついた。まぁ、何を言わんとしているのかは分かる。

 

……ところが彼女は何も言わずに再び海を見ながら呟いた。

「darlingが頑張っているのは分かるんだヨ。私だって敵との戦いだけじゃない。『オンナ』として闘って目に見える結果を残したいんだヨ」

 

 彼女のその小さな呟きが他の艦娘に聞こえたかどうかは分からない。ただ川内も青葉も今の金剛の気持ちは十分に理解しているようだった。

 

 その時、提督は思った。

いつも大勢の艦娘に囲まれているから分かり難い艦娘たちの想い。それは時に人間以上の繊細さも見せる彼女たち個々人の気持ちを今日これほどまでに間近に感じたことは無かった。

 

 それもこれも結局はジイさんからの一枚の指令書に始まったわけだ。

 

「ここに居るとドンドン元帥爺さんの術中にはまっていくようだ……参ったな」

 頭をかきながら言う彼の言葉に思わず苦笑する艦娘たち。

 

「でもdarling? 私ネ、たまにはコンパクトなムードも大好きダヨ」

 いつも以上に今朝は落ち着いた雰囲気の嫁艦だった。いつもと違う場所で愛し合うと何かが変わるのだろうか? ふとそんなことを思った。

 

 やがて隣の副大臣たちが立ち上がる。他の武官たちも同様だ。そろそろ集合の時間か。

「じゃ、行こうぜ」

 提督たちも立ち上がった。

 

 昨日の夕方からバーベキューをやったときには暗かったから、少し分り難かったことだが鎮守府本館からオスプレイの格納庫までは少し距離がある。

 

 美保湾から吹き付ける潮風は心地良い。ただブルネイの夏に慣れてしまった彼らには日本の夏は湿気が多くて暑苦しい。しかもここは埋立地だ。

 

 それでも日本海側の日差しは太平洋側よりは心持ち優しい感じがする。

彼らは美保湾や大山の青さと近くの山の緑のコントラストを楽しむように格納庫へと向かう。

 

「あぁ、暑いわね」

 白い帽子を被ったイタリア武官は扇子でバタバタと扇ぎながら言う。一応、彼もイタリア海軍の制服を着ているが、その帽子は、とてもお洒落だ。

 

『ペラペラペラ』

……と恐らくイタリア語で盛んに会話をしているリベッチオとPOLA。イタリアの艦娘だけあって制服からして、お洒落だ。武官同様、彼女たちの帽子も可愛らしい。

 

「イタリアか……さすが伝統ある陽気な国だな」

提督は呟く。彼らの着こなしも陽気さと、お洒落さが満ちている。

 

 それと対極的なのがドイツ。見事にジャーマングレイ。しかも武官も艦娘(U-511)も真一文字に口を閉じている。イタリアが陽ならドイツは陰だろう。

 

 そういえば帝国海軍の艦娘たちは彼らの中間くらいだろうか? 

もともと人数が多いこともあるが彼女たちの制服は実に多様だ。山紫水明な日本の気候風土や多様な文化も反映されているのだろうか?

 

 やがてオスプレイのある区画に近づくに連れて、その一帯が明らかに機体導入を機に格納庫や離着陸場が設置されたことが分かる。

 そしてオスプレイの発着場までやってきた。さすがにここまで来ると警戒が厳重になる。パッと見ただけでもペアで巡回する艦娘がオスプレイの周辺に3組は見える。

 

 それだけではない。到着の時には気がつかなかったが美保鎮守府の本館の頂上は展望台のような部屋があり、そこから周囲360度を監視している。ただ鎮守府の敷地内には大きなレーダー施設は無いようだった。

 

 その時、金剛が言う。

「あの山の上にあるのはレーダーサイトね?」

 それを聞いた彼女の周りの艦娘たちは山……島根半島の上にある建物を見詰めた。確かにそれはレーダーサイトらしかった。

 

「なるほど……海軍の施設かどうかは分からないが、あそこから監視すれば日本海のかなりの範囲をカバーできそうだな」

 海外の武官たちも山の上を興味深そうにそれを見詰めていた。

 

 もしあのサイトまでリンクシステムに組み込まれていたら……美保鎮守府はコンパクトな姿とは裏腹に相当な情報収集能力と有機的な攻撃能力を持っていることになる。

 

「少数精鋭か……」

思わず呟く提督だった。

 

 既に離着陸ポートにはオスプレイが文字通り羽根を広げて待機していた。

格納時にはキレイに折畳まれていた翼は既に飛行状態に準備されている。その機体からは、かすかな動作音が聞こえてきた。

 

 提督や武官たちがオスプレイの前に集っていると後ろの方から声がした。

「大体、揃ったようだね」

 

 その声の方を向くとバインダーを持った見覚えのある艦娘が立っていた。

 

彼は思わず呟くように言った。

「時雨……か」

 

 ちょっと意外な感じがした。一般的に量産型でも沈着冷静な印象のある彼女だ。ただ美保の時雨はオリジナルなのだろうか? ちょっと幼い感じがした。

 ただ提督は何となく美保の彼女には幼いながらも『影』を感じた。もしオリジナルなら、それも納得出来る。

 幼く見えるからだろうか? 彼女の存在感が希薄に感じられた。そんな時雨でも小さな美保鎮守府では使わざるを得ないのだろう。

 

 提督の印象を悟ったのか時雨は言った。

「そうか……提督にとってボクは役不足なのかな?」

 

 単刀直入に言う彼女に正面から見詰められた提督は思わずドッキリした。

 

「ん……あ、いや悪かった、そんなつもりじゃ……」

 彼は思わず頭をかきながら弁解する。

 

その時、彼のでん部に痛みが走った。

「あ痛っ!」

 

提督の後ろから金剛がお尻をつねっていた。

「……!」

 

振り返ると金剛が「チッチ」と言って指を立てて振っていた。

「darlingは、まだ艦娘を馬鹿にしているよネ!」

「いや、そんなことはない!」

 

すると彼らの会話を見ていた副大臣が腕を組んでニタニタして言う。

「いや、さっきの提督の台詞はナ、ちょっと時雨を小ばかにしていたぞ」

 

隣に居た副長官も続いて発言する。

「ああ……私にもそんなニュアンスで聞こえたな。だいたい時雨に『役不足か』と言わせた時点でアウトだろう」

 

 彼らの言葉を受けて少し硬直したように立ち尽くしている時雨……さすがに、これには立つ瀬が無くなった提督だった。

 

 彼が謝ろうとすると時雨は直ぐに気を取り直したように硬直した微笑を浮かべて言った。

「別に良いんだよ。そう見られるから悪魔も素通りするんだ……だからボクは必ず最後まで生き残るんだよ」

 

「……」

その淡々とした感情に提督は鳥肌が立った。やはり『影』を持った少女だったか。

 

「そうだよ、ボクはきっと頼りないから独りじゃダメなんだ。だから、こういう組織で無いと生きられないんだよ」

 独り言のように呟きながら時雨はバインダーの書類をめくり始める。自虐的な物言いに提督は胸が痛くなった。

 

 すると、その緊張を解くようにブルネイの青葉がメモを開きながら聞く。

「あのぉ、ひょっとして時雨さんも美保司令のアレですか?」

 

 青葉の質問は焦点がぼやけていたが時雨は直ぐ悟ったように即答する。

「うん。ボクも司令の娘さ……」

 

【挿絵表示】

 

 そう答える彼女の表情が意外にもパッと明るくなった。なるほど普段は心を閉ざしている時雨。だが彼女にも美保司令との関係は心の拠り所なのだろう。その事実に少し安心した提督だった。

 

「皆、ケッコンばかり言うけどさ……あれって、しょせん他人のつながりだよね」

時雨の言葉に、青葉も苦笑する。

 

「でも親子関係ってのは血縁関係だからさ。単なるケッコンより結びつきが強いんだよ」

 淡々と言う彼女。この時雨は弱いどころか、意外に芯が強いじゃないか? もしかしたら、これが養子縁組の効果なのかも知れない。

 

 提督は独り言のように呟いた。

「時雨……さっきは悪かったな。お前も大井のように幾つもの修羅場をくぐりぬけて来たんだろう?」

「……」

時雨は無言で頷いた。

 

代わって嫁艦の金剛が応えた。

「修羅場ってどんな戦場デスか?」

 

提督は腕を組んで答える。

「そうだな……砲弾の飛んで来ない戦場みたいなものかな?」

 

「ふーん。そういうのも……胸が痛みそうだネ」

その言葉に彼は意外に思った。彼女の感想は必ずしも間違いではない。

 

 ブルネイメンバーの会話の様子を伺いながら時雨が書類を見ながら言った。

「えっと……ブルネイの皆さんの中では青葉が一番最初に搭乗だね」

「了解!」

 青葉がわざとらしく敬礼をする。時雨は微笑むと海外武官の方へ向き直って搭乗メンバーの案内を続けた。

 

その後姿を見ながら青葉が言う。

「美保には『オリジナル』と呼ばれる『第一世代』の艦娘が多いんですよ」

 

そこに金剛が口を挟む。

「それって私たちと何か違うデスか?」

 

すると青葉ではなく川内が答える。

「量産化が確立する以前はオリジナルしか居なかったからね。海軍もそんな艦娘に対しては手探り状態だったのさ」

 

青葉が続ける。

「ええ……ですから今の私たちには想像も出来ないような極限状況を経験をした艦娘がたくさん居ます。私もそんな艦娘の取材をした事がありますから」

 

提督は腕を組んで応える。

「へえ、相変わらずお前、いろいろ調べてンな」

 

その言葉に恥ずかしそうに笑う青葉。

 

彼は続ける。

「まあオレも最初はそうだったが、艦娘と人間なんて最初は、お互い事情が分かンねェからな。初期の海軍も手探りで苦労が絶えなかっただろうな」

 

すると金剛が呟く。

「そっか……それは、お互い修羅場だネ」

 

彼女の言葉にブルネイメンバーだけでなく、その周りの武官たちまでが苦笑した。

 

ドイツ武官が言う。

「そうだな……わが国でも艦娘に対する誤解は多い。それに、この子はオリジナルだからな」

 

それを聞いたイタリア武官やケリーもしきりに頷いている。

 

「深海棲艦と何が違うんだって陰口を叩かれることも多いわ」

ケリーは吐き捨てるように言った。

 

現在の帝国海軍では艦娘が多くなっている。だが海外ではまだ艦娘の絶対数が少なく、かつての日本と同じような状況が続いているのだ。

 

 時雨は他の武官たちにも一通りオスプレイ搭乗の案内を終えたようだ。

 

 すると……不知火がやってきて敬礼をした。

「オスプレイには時雨がご案内します。そのほかの皆さんには地上設備のご案内になります。不足ながら私、不知火がご案内致します」

 

 時雨に不知火か……こういう難しそうな子たちがゲストの接待をするのもレアなことだと提督は思った。ただそんな彼の想いに対して不知火自身は時雨の時のように敏感には反応しなかった。それは果たして不知火の方が『オトナ』なのか、どうなのか? それは彼にも分からない。

 

 ただ提督は彼女もまた美保司令の娘だったことを思い出した。

 

 するとその瞬間、不知火が提督の顔を見て僅かに微笑んだ。その何ともいえない表情を見た彼は思わずドキッとした。

 そうか……不知火も時雨も美保司令の娘という位置に居るからこそゲストを案内する任務も厭(いと)わないのだろう。

 

 ブルネイの艦娘たちが、盛んに不知火が妙だと言っていたのは、このことかも知れないな……提督はそう思った。

 

思い出したように副大臣が言う。

「なるほど、養子縁組というのも新しい考え方だな」

 

直ぐに副長官が突っ込む。

「おい、鼻の下が伸びているぞ」

 

「ええ?」

この二人のやり取りは、もはや漫才である。

 

 しかし彼女は美保の副指令でもある祥高の妹であるが同じ姉妹でも、こうも性格が違うのだ。艦娘も奥が深い。

 

 ブルネイとは対極にある美保鎮守府。最初は彼も違和感も感じていたが、ここに居る美保の大井や時雨、そして不知火は美保司令の娘という位置を与えられて幸せなんだ。それもまたアリなんだろうと提督は思うのだった。

 

「ジイさんの宿題の解等の一部はこれかな?」

 彼は我知らず呟いていた。それを見ていた嫁艦金剛は、かすかに微笑むのだった。

 

「きっとソウだよ」

「え?」

「ウウン、何でもない……」

 

何か金剛も急に変わったな……彼はそう思った。

 

 




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第41話:<リンクシステム>(改)

オスプレイ発進の後、地上設備の説明となる。そこではリンクシステムの説明もあった。


「美保にハーレムができるぞ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第41話:<リンクシステム>(改)

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 そのときオスプレイの周辺で銃を持って警戒していた美保の艦娘たちが一斉に銃を持ち直して敬礼をした。

 

 何事かと思って彼女たちの視線の方向を見て直ぐに分かった。美保司令夫妻が揃ってオスプレイの格納庫前まで歩いて来たのだった。

 

 誰が見ても温厚そうな美保司令夫妻だが、なぜか艦娘を中心に瞬間的にピリッとした緊張感が走る。それは夫妻の後から艦娘が小銃を抱えてピッタリとガードしているからだろうか?

 

 いや、それは緊張というより艦娘たちの司令への集中した想いのようだ。近くに居る艦娘……特に時雨や不知火は妙に目をキラキラさせて敬礼をしている。

 

 そんな艦娘たちの一途な雰囲気に呑まれるように他の武官たちも思わず一斉に司令夫妻に対して敬礼をした。当然ブルネイメンバーも同様に敬礼をしている。

 

 知らない人がこの場面だけを見れば美保鎮守府はドイツやイタリアのような独裁体制かと思うだろう。

 

 しかし司令を知る者には、この状況が決してそうでないことは直ぐに分かる。その証拠に美保司令が敬礼を解くように手を上げると艦娘たちは直ぐに敬礼を直って緊張を解いた。

 そして、もとのリラックスした姿勢に戻っている。中には笑顔を見せる子も居る。

 

「そうか、規律か」

 思わず言葉を発した提督が連想したのは独裁というより学校の雰囲気だ。恐らく海軍兵学校なら、こういう感じなのだろう。

 

「すると……美保司令は校長先生か?」

 彼は苦笑した。

 

 金城提督も他の多くの鎮守府を訪問した経験があった。しかしここは学校や訓練機関ではない。現役の鎮守府である。……にも拘らず緩やかな統率感のある拠点というのは初めてだった。それは他の武官たちも同様だろう。

 

 もっともドイツには永らくカリスマ的な指導者がいたから彼らにとって統率という雰囲気への違和感は無いのかも知れない。案の定ドイツ武官とU-511は、いつもの通り二人そろってポーカーフェイスだった。

 

 もし仮に、この場に馴染めない者が居るとしたら、金城提督とイタリア武官、それに副大臣だろうか?

 

 美保司令は微笑みながら全体の前で一礼をしてから挨拶を始める。

「今日は昨日に引き続き視察、2日目です。今回このような地方にわざわざ、お越し頂いて改めて感謝致します。まずはこのような出会いの場を設定してくださった元帥閣下に感謝します」

 

 そこまで聞いた提督は内心『オレはジイさんには、そんな気持ちにはなれないな』と思っていた。

 

 挨拶は続く。

「ここは小さな地方の拠点です。しかし米軍の協力を得まして敵に対し、より効果的な一撃を加えるべく装備を拡充して参りました。艦娘たちも日々、切磋琢磨しています。そして本土防衛の要としての重要な位置を整えつつあります」

 

……その『重要』という言葉には深い意味があると誰もが思ったことだろう。

 

 本土防衛というのは外部からの攻撃だけではない。昨夜、副大臣たちが話していたことが本当なら、わが国内にも敵がいるのだ。

 

 その時提督は『影法師』という集団を連想した。それが今でも存在するのかは分からない。ただジイさんには以前、わが国内でも何度かクーデターの危機があったことを聞いていた。

 

「まあ、正統的な海軍だけであれば、さほど心配は無いのだがな」

 提督の考えに呼応するように副大臣が言う。

 

 すると副長官も腕を組みながら恐ろしいことを言う。

「ああ……相手がたとえ身内であっても時には力で押さえ付ける事も不可欠だからな」

 

 温厚な美保司令に果たしてそんなことが出来るだろうか? と提督は思った。

 

 しかし総合して俯瞰してみるとジイさんに軍令部は、この山陰で舞鶴と佐世保というブラック鎮守府の中間に位置して楔(クサビ)を打ち込もうとしていることは分かる。

 

「あのタヌキめ……楽しませてくれるぜ」

 提督は改めてそう思うのだった。

 

「ねえdarling、キリツって何?」

腕にまとわり付きながら聞いてくる金剛に提督は答える。

 

「人が話をしているときには、ちゃんと黙って聞けってことだよ」

 その言葉に彼女は「あ、そうか」と言うと急に黙った。可愛いやつ。

 

 その間にも美保司令の挨拶は続いていた。彼は意外と饒舌らしい。

 

「あいつも政治家にでもなれば、いくらでも指南してやるのにな」

 腕を組んだ副大臣が言う。

 

 案の定、副長官が口を挟む。

「お前の指南を受けたら、美保にハーレムができるぞ」

「バレたか……あっはっは」

 

 この二人はどこまで本気なのか? さすがの提督も苦笑した。

 

 司令はそんな二人に構わず話し続けている。ホント、マイペースな奴だよな。

「今回は、かつて共に戦った友軍であるドイツとイタリアの武官、そして艦娘たちも顔を揃えて下さり感謝に絶えません。さて今日はオスプレイの視察と地上設備の説明を予定しております。至らぬ点も多々あるかとは存じますが、何卒よろしくお願いします」

 

 軽く拍手が起こる。

 

 ちょうどその時、祥高は司令部から呼びに来た寛代と何やら言葉を交わしている。やがて二人は美保司令に敬礼をして、揃って鎮守府本館へと戻って行った。副司令も相変わらず忙しいな。

 

 時雨はオスプレイに搭乗するメンバーを機体まで案内する。最初はドイツ武官やブルネイの青葉、そのほかのメンバーだった。

 

「では、行ってきます」

「あぁ」

軽く敬礼する青葉に応える提督。

 

 今回の機長は伊吹だろう。ヘルメットをかぶった早苗がオスプレイのハッチ付近で案内をしている。

 

 美保司令は一番後ろから腕を組んで全体の様子を見ている。その背後にはずっと銃を持った艦娘……あれは朝潮だろうか? 真面目な顔をした彼女がずっとつき従っている。

普通の鎮守府でもここまで司令官を護衛することは珍しいことだろう。

 

 だいたい美保は埋立地にあるのだから、敷地外の高台から狙撃銃で狙われることも無いはずだ。過去に襲われたとはいえ護衛とは念の入った事だ。

 

 オスプレイへの最初の搭乗メンバーが順次、乗り込んだようだ。あとのメンバー全員は発着場から離れるようにと時雨と不知火から皆に案内される。

 

 不知火は直ぐにでも地上設備の案内を始めたがっているようだ。バインダーを抱えてソワソワしている。

 

 だが残されたメンバーたちは間近で見るオスプレイの離陸する状況を引き続き見たいようだ。なかなか、その場から立ち去ろうとしなかった。

 

 特にドイツ……は第一陣で乗り込んだが、イタリア武官も興味深そうにオスプレイを見詰めている。

 

 ちょっと、しかめっ面の不知火。その雰囲気はいかにも彼女っぽくて逆に可愛く見える。

(そう思われることは本人は不本意だろうなぁ)

 

 そのオスプレイは垂直に向けたローターを回転させている。やがてエンジン音が高まり青葉たちを乗せた機体は強い風が巻き起こしつつ、ゆっくりと飛び上がった。

 

「おおっ!」

 誰とも無く歓声が上がる。かなり間近で見ているにも拘らず意外と、その離陸のエンジン音が静かなことに提督は驚いた。それは通常のヘリコプターよりも小さいくらいだった。

 

 やがて新緑の島根半島をバックにしたオスプレイはローターを水平に戻しながら大山と反対方向へと機体を回転させる。

 

「最初は出雲大社方面へ向かいます!」

バインダーを持って、髪の毛を押さえつつ時雨が叫ぶ。こっちも可愛い。

 戦闘でなくとも一生懸命、任務を果たそうと頑張っている艦娘は良いものだ。

 

彼女の案内を受けて副大臣は手をかざし機体を目で追いながら言った。

「良いな……今日は晴れているし、日本海が綺麗だろうなあぁ。オレのときも出雲へ行くかなあ?」

 

 すると美保司令が後ろから答える。

「そうですねぇ、基本的に毎回違うルートを行きますので……まだ大山や隠岐の島ルートもありますから」

 

 彼の返事に、やや残念そうな表情の副大臣。

「そっか……まあ仕方ないか」

 

 すると副長官が呆れたようにいう。

「子供か? お前は」

 

「あっはっは……男子なんてサ、そんなもんだぜ?」

 扇子をパタパタさせつつ開き直って言う副大臣。だが意外にも海外武官たちは、その発言に同意したように頷く。

 

「……」

 こうなると副長官も無下に副大臣を馬鹿に出来なくなったようだ。ちょっと悔しそうな表情を浮かべた。なるほど今回は副大臣の彼の方が一枚上手だったのか?

 

「では皆さん、地上設備のご案内を致します」

 ようやく落ち着いた頃に不知火の声が響く。

 

 地上に残ったメンバーたちは不知火の先導に従って鎮守府内の道路を歩き始める。

 

 しんがりは美保司令と彼をガードするように銃を持った朝潮。この子も大人しいから逆に物々しさが強調されるようだ。

 

 朝潮か……真面目そうな彼女も時おり司令に対してチラチラと尊敬するような眼差しを向けている。その一途なオーラは恐らく彼女も『娘』なのだろうと思わせるのに十分だった。

 

「あの飛行機、ブルネイにも貰えないかな?」

歩きながら、いきなり意外なことを言う川内。

 

「何だって?」

振り返った提督に彼女は続ける。

 

「だってさ、ここではアレに艦娘を乗せて運用しているんだろ? ブルネイなら人数も居るし南シナ海って広いから航空機があれば、かなり有効だよね?」

 

「なかなか鋭いなぁ川内ちゃん」

 いきなりチャン付けで応える副大臣。一瞬ギョッとしたような彼女だった。

 

 しかし副長官の次の言葉で現実に引き戻される。

「ブルネイに米軍との関係があれば……な」

 

 さすがにそれはない……と提督は思った。アメリカ生まれの艦娘は居るが、それ以前にオスプレイを操縦する者が居ない。

 

 提督は歩きながら応える。

「艦娘の人数が居るってことは、それだけで重要な戦力だろ? 別にオスプレイなんか無くても十分だよ」

 

 実際ブルネイでは、よそのブラック鎮守府のように特定の艦娘だけを重点的にレベルアップするとか偏った使い方はしていない。むしろ艦娘一人ひとりの個性を生かしながら効率的に配置しているつもりだと彼は思った。

 

 ここで青葉が居れば、何かコメントがつくのだろうけど残念ながら彼女は今、機上の人だ。

 

 そうこうしているうちに格納庫まで来た。その前には変わった軍用車が一台待機していた。

 

「これが例の装甲車か」

開口一番口、副大臣が言う。

 

「これはフィリピン米軍から提供されたのよね?」

イタリア武官が聞くとケリーが応える。

 

「さほど最新型でもありませんけど今の日本軍にはこのタイプの軍用車は無いはずです……貸与という形ですが、ほぼ譲渡ですね。ですから……」

一瞬、装甲車の様子を観察するように見詰めるケリー。

 

「この車もかなり改造されているようです。まあ前線部隊では良くあることですけど……ホントよく改造しているわね」

 ケリーがアゴに手をやりつつ感心したように言う。

 

「改造?」

副大臣が言うと副長官が即答する。

 

「美保での兵器改造担当は夕張だな?」

「そうですね」

 少し後ろから来た美保司令が応える。

 

 やがて装甲車を囲むように全員が集まった。リベッチオとPOLAがしきりにペラペラと話している。

「この子たちも『この車は美しいわ』と言ってるわよ」

イタリア武官が言う。

 

「そうだな……洗練された兵器は美しく感じるものだ」

副大臣も言う。確かに機能的な印象は受ける。

 

 前髪を少し払って、白い手袋をはめたままの不知火が前に立って解説をする。

「改めて説明するまでもありませんが、この車両は米国製のM-ATV装甲車です。明確な意図を持って不意に攻撃してくる相手……いわゆるゲリラへの対応を考慮して作られています」

 

「ゲリラって……美保鎮守府にそんな対策が必要なのか?」

思わず提督は聞く。

 

 不知火は不敵に微笑みながら応える。

「この美保鎮守府は過去に何度も敵の上陸作戦を受けています。また司令官の命も狙われたことがあります。ですから一般的な鎮守府と同レベルでは対処しきれないとの軍令部の考えに拠ります」

 

 改めて軍令部を持ち出さずとも低い声で淡々と彼女が言うと妙にリアリティがある。

現に今も美保司令は銃を持った朝潮にガードされているのだから。

 

「幸い、オスプレイやこの車両が導入されてからは、敵の上陸を許すまでには至っていませんよ」

 美保司令が補足する。

 

「お前、命を狙われたことがあるのか?」

提督もその事実は分かっているのだが敢えて引っ掛けるように言った。

 

「何度もありますけど……そういえば一度、記憶が飛んでしまいましてね」

 それって……いきなり核心じゃないか? 

だが他の武官たちは何となく彼の事情は知っていたのだろう。特に驚いていないようだ。

 

 司令は続ける。

「でも、それをきっかけにして急に美保の装備が拡充され始めました。もともと美保では陸軍も空軍も協力的でしたから一部、陸海空を統合的にリンクさせる情報システムも試験的に稼動中です。ですから私の事件も結果的には良かったかも知れないです」

 

 彼は笑いながら言う。だが提督はふと嫌な予感がした。……前にも感じた『元帥陰謀説』を思い出したのだ。

 人の良さそうな美保司令は、やはり元帥に利用されたのではないだろうか?

 

 あのジイさんは老獪なタヌキだからな。美保司令の性格だと、あっと言う間にハメられそうだ。オレだったら絶対に許し難い行為だが……と彼は思った。

 

「これは艦娘が運転するのか?」

興味深そうな顔をして川内が聞く。

 

「そうですよ」

そう答えた司令に今度は金剛が聞く。

 

「ここの電チャンが運転するって、本当?」

「そうなのです」

いきなり背後から声が響いた。その言葉に場に居た全員が振り返る。いつもと変わらない(当たり前か)電チャンがそこに居た。

 

 提督は、にわかに信じられなかった。ただでさえ背が低い……といったら可哀想だが、あの電チャンが装甲車の運転とはねぇ。

 

 彼の想いを悟ったように彼女は微笑みながら言う。

「司令官が宜しければ皆さんに運転を披露したいのです」

 

「大丈夫か?」

思わず聞き返してしまう提督。

 

「大丈夫なのです」

そう言いながら彼女は美保司令の顔を見る。彼も頷いて居る。

 

「では実際に走ってみるのです」

 電チャンは腰に下げたポーチから不知火のような白い手袋とサングラスを取り出した。

 

 美保司令は全員に案内をする。

「通常はチームを組んで乗り込みますが、今日はデモですからドライバーの電ちゃんと、補佐としては神通が乗車します」

 

 提督は神通が運転するなら、まだ話は分かるが……直前になった今でもまだ電チャンの運転が信じられなかった。

 

 彼は思わず美保司令に近寄ると改めて聞いた。

「電チャン……そういえば過去に彼女と何かがあったって言ってたよな?」

 

 司令は頷いた。

「ええ……かつて境港にシナと深海棲艦の連合軍が来たときに電チャンは命がけで敵の装甲車に体当たりしたんですよ」

 

提督は目を丸くした。

「マジで?」

「マジです」

 

 敵を助けたいという電チャンは知っているが、自ら特攻隊まがいのことをする彼女とは意外だ。

 

 やがて電チャンと神通が装甲車に乗り込みエンジンをかける。腹に響くような重低音と共に装甲車が動き出す。

 

 敷地内を大きくゆっくりと走っている軍用車……運転台はちょっと見えにくいが天井の機関砲の位置に神通が座って射撃する格好をしてみせる。

 さすがにその神通が運転しているわけが無いから……電チャンが運転していることは間違い無さそうだ。

 

「なるほど……これなら突然敵がやってきても、ある程度は持ち堪えられそうだな」

 副大臣は神通のデモを見ながら感心したように言う。

 

「この車両もリンクシステムにも対応しているのだろう?」

 副長官の問いかけに、司令ではなくケリーが答える。

「はい、通常はスタンドアローンでもリンクシステムでも、また適宜状況に応じて切り替えての併用も可能です」

 

「リンクってナニ?」

無邪気に聞く金剛。

 

 今度は川内が説明する。

「兵士……いや、艦娘と兵器をネットワークで繋いで情報を共用するってやつだろう? ブルネイにはまだ無いけど理屈は青葉から何度も聞いているよ」

 

 ケリーはうなづく。

「そうです。特に美保の艦娘には、ほとんどこのシステムと連動していると伺っています。ですから陸海空、全てのフィールドにおいて例えば弾着の情報を共有してリアルタイムで射撃の修正をすることも可能です」

 

「ええ? それじゃ弾着の修正計算の手間が省けるからラクチンだネェ」

 お前の感想はそっちかよ?

 

「へえ、この装甲車でも情報のリンク出来るのか」

副大臣が感心したように言うと美保司令は補足する。

 

「もう一台、同じ車両が車庫にありますが、相互に情報を共有できます」

「へえ」

 

 美保司令は大山を見ながら付け加える。

「米軍には海兵隊がありますけどね。オスプレイやこの装甲車を導入したのも、いずれは美保鎮守府もそのような位置づけを目指しているからです」

「え? そうなの?」

 

意外な表情の副大臣に、副長官が突っ込む。

「お前は現場体制のことは何も知らないな」

「だって政治だって忙しいんだぜ」

その言葉に肩をすくめる副長官。

 

 美保司令は続ける。

「一部では海軍の枠を越えた実証実験も始まっています。美保では陸軍や空軍ともリンク情報が共同運用出来るように調整を進めています」

 

 提督は改めて司令を見た。

「それって……あの陸軍や空軍が?」

 

司令は微笑みながら応える。

「美保では陸軍も空軍も協力的ですから連携はスムーズですよ。中央や各地ではギクシャクしているようですが……。あの島根半島のレーダーサイトも空軍の施設ですが今では逐次、海軍にも情報を共有して貰っています」

 

 それを聞いた提督は昨日、美保空軍での対応の良さを思い出した。その時美保司令は思い出したように言う。

「三軍の連携については中央には機密事項ですので他言無用でお願いします」

 

 三軍連携も機密なのか。しかし連携って……本来、軍隊では不可欠なことだな。

 

「ドイツも割と三軍の連携は上手く行っているのよね」

イタリア武官が言うと、副大臣が応える。

 

「そうだな……あそこは総統閣下がずっと指揮をされていたからな」

 

 するとイタリア武官はクネクネしながら言う。

「そういう統一感って大切よねぇ。ウチなんか海軍内でもバラバラよ」

 

それを聞いて副大臣は苦笑する。結局、どこも同じなのだろう。

 




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第42話:<護って欲しい>

オスプレイが飛び立った後、地上設備の説明になる。だが飽きた提督は場を離れて……。


「他所の司令に灰皿を頼むバカが何処に居るんだ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第42話:<護って欲しい>

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「M-ATVがもう一台あるって聞いたけど同時に2台出る場合は誰が運転するんだ?」

 大した質問ではないと思いつつも提督は聞いた。

 

 美保司令はちょうどデモ走行から戻ってきた車両を見ながら答える。

「そのときの当番にも選(よ)りますが、ここぞというときには、やっぱり電チャンと神通のペアがメインですね」

 

「神通?」

 そこで思わず反応する川内。彼女の反応には提督だけでなく近くに居た武官や艦娘たちもちょっと注目したようだ。

 

 美保司令は川内を振り返って答える。

「さっきの電チャンもそうですけどウチ(美保)の神通も、かつてシナの装甲車に対して身を挺して私を護ってくれたんですよ……そういった『戦果』を考慮しています」

 

「その時ってさ……」

何かを言いかけて一瞬、言葉に詰まる川内。

 彼女の次の言葉を待っている美保司令に対して川内は一瞬、呼吸を整えてから改めて問いかけた。

「そのときの神通は、もう司令の娘だったのかな?」

 

 いきなり意外なことを聞く川内に提督は驚いた。

 だが美保司令は微笑みながら軽く首を振って答える。

「いや、私たちが養子縁組を始めたのは大井が軍属に復帰してからです。シナが上陸したのは、その数年前ですから当時はまだ、私は誰とも養子縁組はしていませんよ」

 

「そう……」

 なぜか、ふっと寂しそうな表情を見せる川内。

提督は思った……彼女はなぜ突然、美保司令にそんな質問を投げかけたのか?

 川内といえばブルネイでも戦闘や諜報と縦横無尽の活躍をしてくれる頼もしい艦娘だ。今回、ブルネイから半ば無理やり連れてきたのも突発的な事態が起きても彼女なら柔軟に対処できるだろうと思ったからだ。

 

 決して彼女が特別というわけではない。艦娘というのは理屈抜きで敵と戦い自国や提督そして艦娘といった友軍を護るのだ。

 だが今の川内の反応は質問は気になる。もしかしたら彼女なりに誰かを護る意義を考え始めているのだろうか?

 

 もちろんケッコンや養子縁組だけが艦娘の闘う動機ではないだろう。一部からは『夜戦バカ』とも称される彼女だが、そんな艦娘が一人や二人くらい居ても良いと思う。軍隊には、いろんな人間……いや艦娘が居て当然だ。

 そこで提督は考え込んだ。

 そもそも彼女たちはどこから来たのか? そして闘い抜いた後に運悪く轟沈した艦娘は、いったい何処へ行ってしまうのだろうか?

 

 彼はつい加賀の……嫌なことを思い出した。轟沈した彼女たちは噂にあるように深海棲艦になってしまうのか?

 だが美保鎮守府周辺では、あの大井を始め数人の艦娘が復活してきたという事例もあるらしい……。

 

「darling!」

 そこで金剛に呼ばれてハッと我に返る提督。

「ドウしたの?」

金剛が覗き込んでくる。澄んだ瞳につい引き込まれそうになる。

「いや……」

 それは時間にすれば一瞬だったのだろう。柄にもなく難しいことを考えてしまったようだ。

 

 周りを見ると他の武官や艦娘たちは装甲車の周りに群がって電や神通、そしてケリーから説明を聞いている。

 

 それを見ながら提督は改めて金剛に言った。

「なあ金剛、オレは正直装甲車も小火器も興味ないんだ。ちょっと外れてタバコ吸っても良いかな?」

 

 一瞬キョトンとした表情の彼女は直ぐに笑顔で頷いた。

「darlingがそれで良いと思うならOKダヨ」

 

 そこで提督は何食わぬ顔で集団から外れた。その際に念のために川内にも声をかけて連れ出すことを忘れなかった。やや混沌とした感じの表情を見せていた彼女は大人しく付いて来た。

「学生時分からエスケープは得意だがな……さすがに軍隊で明からさまに逃げ出すと『脱走兵』扱いされ兼ねないからな」

 そう言いつつ提督は笑う。そして、さほど離れずに道路を挟んで軍用車の見えるベンチに腰をかけた。こういう場合は美保鎮守府のコンパクトさが便利に思える。

 

「おい金剛、その辺の警備している艦娘に言って何処かから灰皿を調達してくれ」

「ウン」

 そそくさと立ち去る金剛。別に彼女を追い払ったわけではないが提督はポケットからタバコの箱をまさぐりながら川内を呼んだ。

「おい、ここに座れ」

彼は自分の隣の空いたベンチを指差した。

 

「……」

川内は無言。いつになく表情が硬いな。

「そんなに緊張するなって。別に尋問するわけじゃないよ」

「うん、分かっている……」

そう言いながら川内は、ようやく提督の隣に腰をかける。

 

「はぁ」……と言いながら詰襟の前を少し開いて空を見上げる提督。青空に白い雲……風はあるが徐々に気温が上がっているな。

 

「……」

 川内は相変わらず黙っている。いったい、どうしたんだ?

別にオレが金剛とイチャツクのはいつも通りだ。それくらいで気分を害することはないだろう。

 

「ちょっと堅苦しくてスミマセン」

 なんだビックリした。灰皿を持って現れたのは美保司令だった。おいおい、いきなりお前自ら来るのかよ?

 

「金剛?」

そう言いかけた提督は、その本人(金剛)が美保の金剛と道路の向こうで楽しそうに談笑している姿を見た。

「あのヤロ、任務放棄か?」

 

 美保司令もその姿を認めながら言う。

「あ、大丈夫ですよ。灰皿のことは彼女から直接聞きましたから任務放棄ではありません。彼女を責めないで下さいね」

 彼はそう言いながら灰皿を提督の前に置く。

 

「チッ、他所の司令に灰皿を頼むバカが何処に居るんだよ」

ちょっとばつが悪くなった提督は、言い訳のように呟いた。

 

「いくら軍とはいえ、興味無いものは詰まらないですよね」

そう言いつつ美保司令は提督とは反対側……川内の隣の空いた場所に座った。

 彼女は少し身体をずらして提督にちょっと密着した。彼女の柔らかい肌が接するのを感じたとき彼は『あれ?』と思った。普段から化粧っ気の無い川内だと思っていたが意外にも彼女からは、お香のような香りが漂う……何か付けているんだ。

『駆逐艦と違って川内くらいになると、いろいろ気を遣っているのだろうか?』

提督は内心そう思うのだった。

 

「悪ぃな……敷地内は原則、禁煙じゃないのか?」

 彼が言うと司令は笑う。

「来客があるときは制限しませんよ……別に普段から厳密に禁止しているわけでもないです。ただ、ここでは禁止しなくても酒やタバコを吸う艦娘がいないだけですよ」

 

「……あ、そうだったな。じゃ遠慮なく」

 提督は慣れた手つきでタバコに火をつけた。

 

「プハァ……」

 少し離れた場所に居るゲストたちもチラチラと提督を見ている。もしここでドイツ武官が居たら直ぐにタバコを吸いに近寄って来ただろう。

 

 二人の指揮官に挟まれた川内は、いつになく緊張しているようだ。何となく固くなっている様子は、いつもの勇ましさとは裏腹に妙に少女っぽさを感じる。相変わらず彼女からは良い香りが漂ってくる。

 

 提督がそんなことを考えていると美保司令が口を開いた。

「元帥からの宿題は、ある程度解けたようですね」

 

 一服してリラックスした提督は、タバコを口から離して答える。

「マル付けしたわけじゃないがな……いろいろ考えさせられたよ」

 

 そう言いながら提督は急に思い出した。

「うちの青葉がいろいろ調べて……お前、死にかけたり失踪したり、いろいろあったようだが普通、そういう事件に巻き込まれた指揮官は二度と用いられないと思うんだ。ジイさん……いや元帥からはお前、何か聞いているのか?」

 あまりにも単刀直入だと思ったが回りくどいことは嫌いだ。

 

 その質問には意外にも美保司令もまた躊躇することなく答える。

「そうですね……なぜ記憶の飛んだ私を用いるのか? って実は私も閣下に直接聞いたことがありますよ」

 

「……で?」

 提督は新しいタバコをくわえた。

 

 美保指令は当時を再現するように語り始める。彼の再任は10数年前に呉で行われたそうだ。

 当時、呉の某所にて元帥と三笠そして美保司令と祥高の4人だけが集まっていた。先の美保司令の疑問に対して元帥は答える。

『再任の理由か? ……お前が祥高の夫だからと言うことではダメか?』

『はぁ?』

 美保司令には元帥の言葉の意味が分からなかった。彼は座ったまま司令の目を見据えていたが、その目はいつもの獲物を射抜くようなものではなく意外に優しく澄んでいた。

 元帥は続ける。

『記憶が無くなる前のお主の経歴はワシが知っておるから安心せい。聞けばお主、全ての記憶を飛ばしたわけではなくて……指揮官としての通常任務には全く支障がないと祥高からも聞いておる。そういった事情を加味した上での判断じゃ』

『はい……』

 

 彼は顎をしゃくりながら言う。

『実はこの人事には軍部でも反対意見があるのじゃ……今のところ何とか押さえ込んでおる。正直、今お主にゴネられると困るがのォ』

 

美保司令は慌てたように答える。

『いえ、お断りするつもりはありません』

 

 そこで大きく頷いた元帥は一瞬、三笠と目を合わせた。そしてゆっくりと確認するように語り始める。

『困ると言うのはな……お主には美保鎮守府の艦娘を護って貰いたいからなのじゃ』

『護る……とは?』

訝しげな美保司令。

『あそこには徐々にオリジナル……第一世代の艦娘を可能な限り集めつつあるのは知って居るな?』

『はい』

 司令は量産化技術が確立する以前から、やや偏りはあるが美保にオリジナルの艦娘が集められているのは感じていた。

『それは何か理由があるのでしょうか?』

『今は言えぬ……』

元帥は口を閉ざした。

 

 以前の美保司令であれば理由を詮索して悩んでいたかも知れない。だが一度記憶が飛んだからだろう。彼は淡々と聞いていた。

 元帥はお茶をすすって続ける。

『軍の内部には、お主の暗殺未遂や記憶喪失の事故はワシが仕組んだと疑って居る者もいる。じゃが信じてくれ。ワシは決して左様なことはせぬ』

『はい、承知しております』

 司令と祥高が軽く頷くと元帥もホッとしたように腕を組む。

 

 そのとき三笠が『宜しいでしょうか?』と言って発言を求める。元帥が彼女と視線を合わせて頷くと三笠は語り始める。

『今後、艦娘は広く世に認知されるでしょう。量産化と同時にケッコンも増えます。でも艦娘は人間に近い存在ですが感情的には脆く弱い部分もあります。また世間のことも疎い。そこを二人で護って欲しい……特に艦娘個人ではなく、もっと広く艦娘の文化、血統と言ったものを重視して欲しい』

『文化……?』

美保司令が小さく呟くと三笠は軽く頷いた。初めて聞くが艦娘にも独自の伝統文化があるのだろうか?

 

 美保司令は元帥の願いに対して躊躇した。艦娘を護るといっても具体的にどうするのか?

『そう仰られても如何にすれば良いのか?』

 

 すると元帥が応える。

『そこは、お前たち夫婦で考えるのじゃ。基本的にワシは何かを命令したり押し付ける気は無い。むしろ現場で声を聞くのじゃ』

『はぁ……』

 思わぬ難題に祥高と二人で顔を見合わせる司令。

 元帥は急に優しい口調で言った。

『案ずるな。お主らは夫婦……決して独りではない。お互いに支えあい協力して越えてくれ……ワシらもそうやって越えてきた』

 三笠もまた元帥の腕に手をかけて優しく微笑むのだった。

 

 ……そこまで話を聞いた提督は言った。

「何だ、お前もジジイからのデッカイ宿題を抱えていたんだな?」

 司令は苦笑して言った。

「そうですね……ただ閣下は単に命令して従わせるだけの指揮官ではありません。何かとてつもなく大きな課題を抱えながら、それを信頼する部下にも担ぐように期待されていると思います」

 

 提督はタバコをくわえたまま肩をすくめた。

「期待か……オレには単なる偏屈なジイさんにしか見えないがな」

 

「その結果が……艦娘を護るのが養子縁組ってことなのか?」

 突然、二人の真ん中で大人しくしていた川内が発言する。一瞬、驚いた彼らだったが美保司令は直ぐに微笑んで応えた。

「そうです……艦娘を護る為にはケッコンという方法もあったかも知れません。でも私は重婚出来るほど器用な性格ではありません。正直、妻は祥高だけで十分ですから」

 司令の返事に川内もまた微笑んでいる。その表情を見た提督は安堵した。彼女がどこか腑に落ちたような印象を受けたから。

 

 そこでタバコを灰皿に入れた提督は大きく背伸びをする。

「まだ謎の宿題は残っているんだけどなあ……」

 ここの赤城や秋雲の変わった軍服と目の前に居る美保司令の謎の指揮官章……それは何の部隊なのか? 直接聞いても良いが、どうせはぐらかされるだろう。

 

「正直もう、美保のナゾは解明しなくてもイイ気もするんだがな」

 そう言った彼は川内を見詰めた。それは暗に彼女に、これ以上はもう美保の詮索を無理にしなくても良いぞと言うメッセージだった。

 

 その時だった。

「あぁ! ブルネイの川内っぽい?」

 この特徴のある喋り方は……彼らが振り返ると長い銃を背負った夕立が立っていた。

「夕立?」

 川内が聞くと夕立は微笑んだ。

「うん、私っぽい」

 

 提督は改めて彼女を見た……まだ『改2』になっていない『改』だろうか? 見た目は普通の夕立だが彼女が背負っている長身の銃が気になる。

「何だその長いのは? まるでお前が空母みたいだな」

 半分冷やかすように提督が言うと夕立は金髪の長い髪を気にしながら微笑んだ。

「そうだね……でも弓と違ってスッゴク重たいんだよコレ」

 そりゃそうだ。重さもそうだが、その長さでは背の低い駆逐艦娘には、とても扱えないだろう。

 

「それがお前の『お気に入り』なのかい?」

 川内が聞くと夕立は嬉しそうに笑った。

「そうっぽい。威力あるんだよコレ」

 

「威力……」

 一瞬、小さく呟いた川内は興味深そうに改めて聞く。

「もしかして、それをこれから撃つのかい?」

 

「うん、そうっぽい」

 夕立は悪戯っぽい顔をして笑った。よほど好きなんだろう。ただ提督には川内の表情が再び硬くなったのが気になった。

 

 美保湾からの風は、徐々に高くなる気温を少し和らげていた。だが何か起きそうな気配を感じる提督だった。

 




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第43話:<パン○とライフル>

 ゲストたちを前にして夕立によるライフル銃のデモ射撃が行われる。だが、その姿を見た美保司令が……。


「彼女は今日も白……ですな」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第43話:<パン○とライフル>

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 夕立が長いライフルを背負ったまま皆が集まる軍用車のところへ向かう。そしてそこに居たケリーに近づくと軽く挨拶をしている。彼女もまた笑顔で応える。何かの報告だろうか? 二人は意外にも笑顔で談笑している。

 それは客観的に見ると軍服の女性士官と銃を背負った金髪の艦娘……妙な構図だな。

 ライフルを背負った艦娘の登場に周りも少々ざわつく。だが当のケリーや美保鎮守府のメンバーは平然としてる。

 

 提督は美保司令に聞いた。

「何で皆、そんなにざわつくんだ? あんな銃はどこでもあるだろう?」

「そうですね……まぁ恐らく海軍の艦艇である艦娘が、わざわざ対戦車ライフルを持っている姿が珍しいからでしょう」

 美保司令が答えると提督は少々驚いたような表情を見せた。

「あれって……対戦車ライフルなのか?」

 

 するとベンチの近くに立って居た美保の青葉が応える。

「あれはセミオートマチックライフルですよ」

「ライフル? 狙撃銃か?」

 

 提督が返事をすると彼女は続ける。

「ええ、そういう用途もありますけど。射程は1500m以上。他の同タイプのライフルよりも反動が少ないので艦娘にも扱いやすいです。移動中の敵車両や地上に近づいたヘリも狙えます」

 

「ヘリ?」

今度は川内が驚いたように言った。

 

 だが彼女の反応を無視するようにして提督は改めて美保司令に聞いた。

「美保は過去に何度か敵の上陸を受けたって聞いたけど……それこそ艦娘の艦砲射撃じゃダメなのか?」

 

 それを聞いた司令は苦笑した。

「ええ……実は一度、一旦上陸した敵を境水道から狙い撃つ格好で艦砲射撃をしたことがありましたけど。ある程度は撃破するも岸壁をボコボコにしてしまいました」

「あー、そうか」

「まあ、有事の被害ということで自治体や海軍省からのお咎めは、ありませんでしたけど」

 

 美保司令に続いて、青葉も付け加える。

「境港の市街地は人口密度も多いです。それに敵に一回上陸されて市街地に入り込まれてしまうと、もはや艦娘だけでは攻撃にも限界があります」

 

 提督は青葉に質問する。

「でも地上戦って本来は陸軍の仕事だろ?」

 

 彼女は微笑んで淀みなく答える。

「はい。でも海岸線の多い山陰では、陸と海で戦闘区域を厳密には分けられません。それに艦娘は海から陸へと継続して攻撃を続けることが出来る存在ですから戦術的な位置付けをすると、まさに海兵隊にうってつけなんですよ」

 なかなか的確に答える青葉だなと彼は思った。

 

 すると少し離れて聞いていたのだろう。副大臣が割って入る。

「……で、今から夕立ちゃんは何をするんだ?」

 

 それには美保司令が答える。

「対戦車兵器はいくつかありますが特に夕立は今からお見せする長身のライフル銃が、お気に入りなのです。本人も撃ちたがっていますから今日はデモを兼ねて披露します」

「なるほど」

 本人が……ねえ。

 

司令は改めて補足する。

「ただ、この銃を他の鎮守府でも艦娘用に導入しているという事例は、他では皆無です。あくまでも美保だけの特殊事例ということを参考程度に含んで、ご覧下さい」

 

 やがて夕立とケリーは軽く敬礼をする。話は終わったようだ。夕立は改めて銃を背負い直すと、そのまま芝生の広場へと向かう。いよいよ試射をするのだろう。

 案内をしていた不知火が見学者たちに何かをアナウンスする。その場に居た者たちは芝生の広場に現れた夕立に注目する。

 

「えっと、あのライフルの形式は……何だっけ」

美保司令は腕を組んで銃の名称を思い出そうとする。

 するとベンチの横から女性の声がした。

「AS50……あれはフィリピンの米軍海兵隊から提供しましたよ」

いつの間にベンチの横まで来ていたケリーが説明した。

 

「あ、そうでした。スミマセン」

直ぐにベンチから立ち上がって彼女に向かって軽く頭を下げる美保司令。

 

 ただ、こういうやり取りは珍しくないのだろう。彼女は、それは気にせず話を続けた。

「夕立から聞きましたが、あのライフルは、ほとんど彼女ばかりが使っているようですね」

「はい」

 ケリーと美保司令は、お互いに話し始める。

 

 その時どこからともなく長髪の秋雲がベンチの近くの芝生の縁にやって来た。手にはトレードマークとも言うべきスケッチブックを抱えている。今日の制服はいつものオーソドックスなタイプだった。

 

 しかし今の彼女はオフなのだろうか? それとも任務なのか? 芝生の脇に座った秋雲はスケッチブックを広げて当然のように鉛筆を持ってサラサラと描き始めている。

「気楽なもんだ」

 提督は彼女を責めるわけではないが、何となく呟くように言った。

 

 その秋雲から少し離れた道路をダブダブの袖の艦娘が歩いて来た。ストリング付きの小さな銃を肩から掛けているから一応、巡回しているようだ。それは眼鏡をかけた巻雲だ。警戒している割にはのん気で、しかもペアは居らず単独行動だった。

「おい」

 提督は彼女に声をかけた。

 

「ふにゃ?」

……何だその返事は?

 

 ワンテンポ遅れて彼女が振り返る。肩から提げてる銃が泣くぞと思いながら提督は気を取り直して彼女に聞いた。

「秋雲があそこで描いているスケッチ……あれは趣味か? 任務か?」

「はにゃ?」

 この艦娘は、いちいち気が抜けるなぁと思いつつ我慢して返事を待つ。巻雲も改めて秋雲に気付いた様に芝生の秋雲を見ている。大丈夫か? こいつ。

 

「あはぁ、あれはね……任務かなぁ? うんとぉ、分かんない」

彼は思いっきり脱力した。

 

「分かった。もう良い」

力なく手を振って、行けと合図する。

「はぁい」

一応、敬礼をした彼女はゆっくりと立ち去る。ワザとやってるのか?

 そうして数歩、歩いた彼女は案の定、秋雲に声を掛けている。直ぐに雑談が始まる。そうか。この二人も仲が良いんだな。

 

 提督は再び芝生の夕立を見る。さすがに艦娘が地上でライフル銃を撃つという構図は珍しい。せっかくの機会だ。

「やれやれ」

軽く背伸びをした提督は重い腰を上げると芝生の広場に少し近づいた。

 

 夕立は片膝をついて芝生の上で銃を組み立て調整に入っている。

 それを見ていた提督に副大臣が近づいて言った。

「彼女は今日も白……ですな」

「あン?」

一瞬、彼の言っていることが理解不能だった。

 

 副大臣は声のトーンを少し下げて続ける。

「緑の芝生に金髪の少女が白い○ンツ……うん、見事なコントラストだ」

「……」

 今、分かった。真面目腐った顔でコイツ何を言っているんだ? ……ったく。こんな時でも副大臣の性格は変わらないんだ。しかも話しかける相手をしっかり選別している。提督としては夕立の○ンツが見えようが見えまいが、あまり気にしてないのだが。

 

「うぐっ!」

 突然、悶絶する副大臣。見ると横から副長官の強烈な肘鉄を食らったらしい……当然だ。

 彼は直ぐに副長官に詰問されている。

「お前は美保に何しに来ているんだ?」

「……ご、ご存知でショ?」

 

 こんなのが政治の中枢に居るから、わが国は深海棲艦に対して旗色が悪いのじゃないか? そう思わざるを得ない。提督はさすがに呆れた。こんなのに比べたらタヌキ爺さんの方が、まだマシだ。

 

 夕立は脚を広げた銃を地面に安定させると芝生に腹ばいになった。どこに持っていたのか頭にはヘッドフォンのような耳栓をはめている。

 

 海からの風が吹く度に夕立の短いスカートがピラピラして……確かに目のやり場に困る構図だ。だがこの夕立自身も余りそういうことには頓着しないタイプのようだ。

 

「あの子には何度もパ○チラには気を付けろって注意するんですけど。なかなか直りませんね」

 いつの間にか提督の側にやって来た美保の大淀が呟くように言う。

 

「いや大淀さん、別に無理に直す必要はないって……ごふっ!」

彼がそう言うそばから副長官のボディーブローを受けている。そのうち倒れやしないか?

 

 ギャラリーの『どつき漫才』をよそに夕立は淡々と射撃体勢を整える。

提督は改めて大淀に聞いた。

「標的はあるのか?」

「リモコンで車を走らせます」

 

 同じことを不知火も他の見学者に案内している。そのうちに芝生広場の反対側にリモコンカーが入ってきた。提督はちょっと驚く。

「何だ? リモコンって言うから、もっと小さな車かと思ったぜ」

 

 彼が言うまでもなくそれはフルサイズの軍用車を見立てた張りぼての車両でノコノコとやってくる。夕張が作ったのだろう。

 不知火が説明する。

「通常の上陸戦では、あのサイズの車両が複数台やって来ます。普段の訓練では、もっと単純な標的ですが今回は特別に実戦に近い条件設定で皆様には、ご覧頂きます」

 

 不知火の説明はそこで終わる。

実戦の設定が良く分からない提督は思わず呟く。

「実戦に近いって言うのはどういうことだ?」

 

 すると近くに居た神通が微笑みながら応えてくれた。

「あれが敵の車両だと仮定して見てください」

「つまり?」

 提督の問いに彼女は標的を指しながら丁寧に説明する。

「実際に上陸してくる敵の車両は弾薬や燃料を積載していますよね?」

「あぁ……」

「それを想定して、同量と思われる弾薬に見立てた火薬と、車両の燃料を積載して標的にします」

正直まだ良く分かっていない提督。

 

 すると見かねたのか今度は電チャンまで加わってくる。

「あれを敵の装甲車だとして、少し厚い鉄板で覆っているのです。でもあれに弾薬を積むと訓練では危険なので……今日はガソリンタンクだけを実車同様に組み込んで敵車両を想定した構造とガソリンの容量になっているのです」

 電チャンにしては妙に詳しい。美保鎮守府で何度も訓練している賜物だろう。

 

「へえ……手の込んだ訓練をするんだな?」

いつの間にか提督の横に立っていたブルネイの川内が反応した。

 

 すると彼女に気づいた神通が話しかける。

「ブルネイの川内……さんですね。美保の神通です」

「あ、ああ……」

川内もドギマギしたように返事をする。

 そういえばこの二人は所属は違うが姉妹だった。でも、お互いぎこちない挨拶をしている。何度もお互いにお辞儀をしている。その様は案外、可愛らしいものだった。

 

 不知火が『安全には考慮していますが万が一に備えて下さい』と注意喚起している。

 

 一瞬の沈黙。

 

 辺りはリモコンカーが動く音のみ響く。腹ばいになった夕立が珍しく集中している。そして次の瞬間、ガン! ……という鈍い音が広場に響き渡りリモコンカーから火花が散った。

 恐らく駆動部分に直撃したのだろう。車両は薄っすらと白煙を上げたまま停止した。夕立は身じろぎせず、もう一発、発射したようだ。いきなり車両が爆発し直ぐに火球に全体が包まれた。

『オオ!』

 見学者たちから歓声に近い、どよめきが上がる。見事にミッションクリヤー。夕立は直ぐに耳栓を外すとその場で立ち上がりギャラリーに向かって軽く一礼をした。

 さっきのパン○と言い、今のしぐさといい、やはりこの子も可愛い艦娘だ。

 

 神通が呟く。

「燃料タンクに引火させたのね……夕立、上手いわ」

 

「……」

 川内は無言。

 

 電チャンも補足説明する。

「一回の攻撃では一度に2発撃ちます。最初は先頭車両のエンジンを狙って足止め。次に敵の攻撃能力を奪うために特に燃料または弾薬を狙うのです。あの銃はオートマチックなので速射も出来るのです」

 

 ケリーも続く。

「普通、射撃チームは観測手とペアで行動するのにね……あの子、私が手伝おうかと言ったのに断って、たった独りで良く当てたわね。やっぱり艦娘は優秀だわ」

腕を組んだまま彼女は感心したように言う。

 

 確かに、ここまで本格的にデモをすれば見応えもある。ただ提督には川内が思いのほか衝撃を受けて固まっているのが気になった。

 隣に立っていた神通もそれに気付いたようで改めて川内に声をかけている。ハッとして我に帰ったような川内は慌てて首を振っている。

 

 電チャンも心配したのか美保司令に話しかけている。

「あの……ブルネイの川内さんは、どうかしたのですか?」

「……」

 なぜか美保司令も無言だった。それを見ていた提督は嫌な予感がした。

 

 コレは単なるライフル射撃のデモだけじゃない。明らかにウチの川内が美保鎮守府を詮索しようとしていることに感づいた司令が意図的に示威行動に出たのではないか?

 

……いや、まさか。

 

 だが正直、提督自身も、それは考え過ぎだと思いたかった。しかし何処か引っ掛かるものがあった。それは美保司令が謀ったというより元帥のジイさんだろう。あのタヌキ親父が後ろから糸を引いている。そんな気がする。疑心暗鬼で一杯になった提督だった。

 

 ところがなぜか美保司令も固まっていた。それに電チャンが最初に気付いた。

「司令官?」

「……」

 

続けて神通も声を掛ける。

「司令官、どうか、なさいましたか?」

「……」

 

その次の瞬間、美保司令が意外な発言をする。

「夕立のパン○か……思い出すなぁ」

 

『!』

 このビックリマークは、その場に居た二人の艦娘と、日本人関係者全員の感情だ。副長官は当然だが、良く見ると珍しく副大臣までが目を丸くしていた。もちろん提督もビックリだ。

 

 だが美保司令は、それには反応せずに上の空で何かを次々と思い出しているようだ。

「夕立のパ○ツ……見覚えがあるぞ」

 

 いつもクソ真面目な美保提督が、いきなり錯乱したかと思われた。美保の艦娘以外の全員が引いている。

 司令の言葉に対して副大臣が畳み掛けるように言う。

「おい! その一度リアルに経験したような物の言い方は何だ?」

 そういう自分自身はどうなのか? 何を鼻息荒く……鼻血が出るぞ! 彼はきっと羨ましいに違いない。

 

 だが美保の艦娘たちは違った。全員が一様に心配そうな顔をしている。

「司令官が……大変なのです」

慌てる電チャン。

 

「……」

 神通は何処かに無線を打っているようだ。

 

「繋がった……はい。司令が……とにかく早く来て下さい!」

 必死に叫ぶような声を出している彼女。

 

 美保司令はまだ何かブツブツ言っている。

「そうだ! 日向も……白かったな」

 

 いきなり美保司令が錯乱したことは一大事だが、何となく雰囲気が違うようだ。

 

 やがて直ぐに副司令である重巡祥高が寛代と共にやってきた。

「司令?」

「……ああ、祥高さん」

 

 もはや副司令とも呼ばない状態……だがその呼び方には一瞬、ハッとしたような表情を見せた副司令。

 やはり何かが彼に起きているようだった。

 




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第44話:<美保司令復活>(改)

 美保司令が永い眠りから醒めたように復活する。それが果たしてどのような影響を及ぼすのだろうか? しかし提督は、ある考えが浮かぶのだった。


 

「お帰りなさい作戦参謀……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第44話:<美保司令復活>(改)

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 寛代と共にやって来た副司令が、司令に声を掛ける。

「司令?」

「……ああ、祥高さん」

 

 彼は問いかけに対して、いつもの『副司令』とは呼ばなかった……その呼び方に一瞬ハッとしたような祥高。思わず寛代と顔を見合わせた。

 

「あの呼び方は、いつもご自宅で……呼ばれています」

電チャンが呟くように言う。

 

「何? 自宅? ……何で電チャン、知っているの?」

こういう話題に敏感に反応するのは、やはり副大臣だ。

 

 しかし、さすがに今この場で美保の艦娘たちが軒並み涙ぐんでウルウルしている状況下では、あまり個人的な意見を言うのも微妙な状況だ。

 

 そんな副大臣や金城提督が周りを見ると、他の海外武官たちも同様に感慨深い表情をしていた。要するに美保司令と縁のある者たちは、ほとんどが彼の記憶喪失という事情をよく知っていたのだ。

 

 聞くだけ野暮かと思ったが金城提督は念のために金剛に聞いた。

「一体何が起こっているんだ?」

「darling……美保司令が遠いトコロから戻って来たんだヨ」

 意外にも詩的な表現をする彼女……こいつも美保司令の事情を分かっていたようだと彼は思った。美保の金剛に聞いたのだろうか?

 

「ホラ……」

彼女に促された提督が見ると美保司令がこちらに近寄って来る。

二人は握手をした。

「金城提督、いろいろ御心配をお掛けしました」

 

提督は言う。

「本当に、お前か?」

「はい。霧が晴れたように、記憶がほぼ戻った感じです」

「そうか、それは良かった」

 

 提督には、まだ正直言って状況が良く掴めていなかった。社交辞令的にそう応えるのが精一杯だった。

 

 その時、向こうから艦娘が凄い勢いで走って来るのが見えた。疾風の如き島風……ではない。あの茶髪は?

「大井か」

 

「司令ぇ……」

 全力で駆けて来て息切れをした彼女。そのまま衝突するのではないかと思われたが、さすがに一旦、美保司令の前で立ち止まった。

 

「はあはあ……」

一瞬、間があって司令と大井は見つめあう。この二人も因縁深い関係だ。周りの者も固唾を呑んで見守っている。

 

 思えば数奇な運命を辿った大井である。主要鎮守府の提督はもとより海外の武官たちの間にも美保の彼女のことは薄っすらと知られ始めていた。

 ただ今もなお彼女の詳細な情報は伏せられているために、美保の大井は『東洋の神秘』とか『隠れた秘宝』と揶揄されることも多い。

 

 どちらが先に切り出すかと思われたが美保司令が先に口を開いた。

「大井、久しぶりだな」

「……」

大井は感極まっている。

 

美保司令は懐かしそうな顔をして言った。

「今度こそ、お前の名前を忘れなかったぞ」

「はい……」

ついに彼女は口を押さえて涙を流し始めた。

 

 美保湾から吹く風と、日本海の蒼い海と青い空。それまでの二人のわだかまりを全てを洗い流してくれるようだった。

 

 少しの間、静かに嗚咽していた彼女はハンケチで涙を拭くと敬礼をして言った。

「お帰りなさい作戦参謀……いえ、美保司令」

 

 司令も返礼をした。それに従うように場の全員が敬礼をした。当然、金城提督と金剛もそれに倣った。

 

 敬礼を解くと美保司令は帽子を取って全員に言った。

「皆様、いろいろ御心配をお掛けして申し訳ありませんでした。ただ本日は公式行事が続いています。細かいことは追って説明する場もあるかと存じますのでひとまず、この場は納めて予定を消化しましょう」

 

 全体に拍手が広がる。同時にウルウルしていた美保の艦娘たちも互いに頷き合うと改めて各自の持ち場に戻っていく。

 

 美保司令『復活』の報は直ぐに全軍に伝達されるだろう。そこで提督は少し心配に思うことがあった。

 今までは一部記憶に障害があるということで彼は不完全だった。それを副司令の祥高や他の艦娘たちが補佐をしていたのだ。だから今回もそうだが彼はいまひとつボーっとした感じであった。

 それが元の姿に戻ったとしたら?

 

 金城提督が知っている美保提督は過去からタイムスリップしてきた若い姿だ。まだまだ経験も浅く、いかにも新米であった。

 もちろん今だって10年近いブランクが生じるわけだが、その間も彼は完全に記憶が失われていたわけではない。むしろ今まで繋がらなかった部分がこれで完全に繋がることで彼自身にどういった変化をもたらすのか? ひいては美保鎮守府全体に、どういった影響が出るのか? 

 

 恐らく彼は様々な相手から今もなおマークされているに違いない。それがあの厳重な警備体制になっているのだ。この事実が本部に伝えられる過程で情報が漏れるだろう。そして再び怪しい者たちが動き出すのだ。

 

 その時、美保司令の携帯が鳴った。彼も携帯を持っているのだと思うと提督はちょっと不思議な感覚になった。

 司令はチラッと着信画面を見てから、やや緊張して電話を受けた。

「閣下……」

 

 やはり相手はタヌキだった。直ぐに美保司令は周りに会釈をしながら物陰の方へ行く。聞かれては困る内容を話すのだろう。

 

 そうこうしているうちに遠くからオスプレイの飛行音が響いてくる。

「お! 来たなっ」

 嬉しそうに反応するのは副大臣だ。直ぐに不知火と時雨が次の搭乗メンバーの案内を始める。

 

 彼女たちの姿を見ながら副大臣は独り言のように言う。

「司令の復活も嬉しいが、その煽りで飛行が中止に成らないかと冷や冷やしていたんだ」

「……」

その言葉に、やはり副長官は白い目で見ていた。

 

 オスプレイは美保鎮守府の上空を大きく旋回した後、着陸地点上空でホバリングをしながら徐々に降下する。

地上ではインカムを付けた艦娘が数名、着陸を誘導している。その様子はフッと空母の甲板をイメージさせた。

 

 その他に地上では強い風を避けるため、やや遠巻きにしながら皆が待機している。着陸地点はアスファルトと芝生なので、さほど砂ほこりは立たない。

 

 着陸誘導の艦娘たちはオスプレイの風圧に備えて予め長ズボンをはいている。

だが、それ以外の艦娘はスカートである。しかも艦娘はデフォルトでミニが多いから……あとは想像通り。

 

「ウム、絶景だなあ」

 強風で聞こえにくいが副大臣は相変わらず着眼点が怪しい。

 ここまで来るとエロ親父を通り越して、もはやエロ職人だ。

 

 ただライフル銃を担いだ夕立もミニスカートなのだが彼女はオスプレイからの強風に煽られるままでスカートがまくれようがパン○が見えようが全く気にしていない。

 彼女自身が大胆なのか鈍感なのか。さすがと言うしかない。

 

 そんな夕立を大淀がいちばん気にしているのだが彼女も自分のスカートを抑えるのが精一杯で夕立を構っている場合ではない。

 

 やがてオスプレイは無事に着陸。ハッチが開いて真っ先に出てきたのは早苗だった。彼女は一人ひとりの足元に注意を促しながら盛んに何かを気にしていた。時おり見せる視線の先は、彼女の父親である美保司令だ。

 

 恐らく美保鎮守府の誰かがオスプレイにも『司令復活』の連絡を入れたのだろう。元帥との電話を終わった美保司令は副司令の祥高と何かを話している。

 

 オスプレイを降りた武官や艦娘たちを確認して改めて「お疲れ様でした」と笑顔で出迎える美保司令。

 降りて来たメンバーのほとんどは美保司令の『復活』を祝福しているようだった。

 

 パ○ツをきっかけに始まった美保司令の意外とも言うべき『復活』劇。これも艦娘のパワーなのだろう。

それまでは少し緊張気味だった視察メニューも司令の『復活』を通して全体的にお祭りのような祝賀ムードで一杯に成っていた。

 

 その時、提督にはある考えが浮かんだ。そして川内の方を見た。偶然かテレパシーなのか彼女と目が合う。恐らく二人揃って同じことを考えて居るに違いないと思った。

 そう、この祝賀ムードを利用して美保鎮守府の謎を調べるのだ。ちょっと火事場泥棒のようで良心の呵責を覚えるのも事実だが、これも戦いの一種だ。チャンスがあれば最大限利用するのが軍人だろう。

 提督はかつて、当時の技術参謀がお祭りに乗じて機密情報を狙った騒ぎを思い出して苦笑した。まさか自分が逆のことをするようになるとは。

 

 それでも自分の計画を確認したいと思った提督は美保司令に近づいてさり気なく問いかけた。

「さっきのジイさんからの電話は何の用件だ?」

「ああ……あれですか」

 

警戒すると思ったが、彼はスンナリ応えてくれる。

「私のことを閣下にお伝えしたら直ぐに代理の者を送るから丁重に迎えよと」

「代理……まさか三笠でも来るのか?」

「さあ。ハッキリと誰とは仰いませんでした」

 

 誰が来るのか気になったが代理というからには年寄りではないだろう。いずれにせよ時間がない。決行するなら今夜辺りか? 

 

「第二陣、搭乗を開始しします」

 時雨が案内を始める。第二陣は提督と金剛、副大臣に副長官という重厚な布陣だ。

 川内とは後から話しをするか……と思いながら提督もオスプレイに向かおうとして傍と気づいた。

「あれ? 金剛は何処へ行った?」

 

その時、誰かが後ろから声を掛けてきた。

「あの……提督?」

「ん?」

 彼が振り返ると朝潮だった。彼女は、やや大きい銃のストラップを肩から担いでいる。

 

「奥様の金剛さんですが……ちょっと体調を崩されまして美保の金剛さんが医務室までお連れしています。ご本人からは『darlingだけ搭乗して良いからネ』との伝言をお預かりしています」

 朝潮は大きな瞳を見開いて緊張し、頬も赤くなっている。金剛の真似なんて恥ずかしいよな。

 

「分かった、ご苦労だったね」

 提督がそう言うと軽く敬礼をして逃げるように立ち去る朝潮。

 

「アイツめ……他所の駆逐艦に何を言わせるんだ?」

 さっきの灰皿といい今回の伝言といい、やりたい放題だな。少しは慎みってモノを知らないのか。

「そうやって、はしゃぎ過ぎたからバテたんだよ」

 

 そう言いながらもオスプレイへと向かう提督。すると搭乗者の点呼をしていた時雨が提督に向かって言う。

「ブルネイの提督だね。金剛がキャンセルになった代わりに、川内を搭乗させても良いって司令が言っているよ」

「そうだな……」

 

 提督自身はオスプレイにはあまり関心はないが、せっかくの機会だ。いずれブルネイにも導入されないとも限らないだろう。

「川内?」

 

 提督が振り返って彼女を探そうとすると、不知火が半ば強引に川内を引っ張っていた。さすがにその意外すぎる光景に苦笑する彼だったが彼も川内に声を掛けた。

「おい、せっかくだから乗ろうぜ」

 

 不知火には抵抗していた彼女だが

「……提督がそう言うなら」

そう答えて提督の言葉には従うのだった。

 なぜ不知火がそこまで積極的なのか謎だが職務に忠実なんだろう。

 

 それでも川内自身あまり気が進まないらしい。だが諜報活動をするにしてもいろいろ見ておくことは悪いことではない。提督は、彼女の機嫌を取るように状況を説明する。

「金剛が体調を崩したらしいんだ。こんな機会は、なかなか無いぞ」

 

「そうですよ。景色も良いですし、意外と乗り心地良いですよ」

振り返るとブルネイの青葉だった。

 

彼女の笑顔に川内も観念したようだ。

「そうか……」

 さすがに、ここまで推されると彼女も断りきれないだろう。大人しくオスプレイへと向かう。

 

 今度の搭乗案内は大井の娘、伊吹だった。

「足元に気を付けて……」

 ポーカーフェイスの彼女は、何となく加賀を髣髴とさせた。

 

「よろしく頼む」

「はい……」

 やっぱり加賀だな。

 

 最初に提督。続いて川内が乗り込んだ。

 

「はい、ちょっと狭いから頭を打たないようにね! 座席に付いたらベルト締めるのを忘れないようにね!」

 機内には漣が居た。何だ案内係はもう一人いたのか。

 

「あれ?」

 ハッチで何かゴソゴソやっているなと思ったら、最後に乗り込んだ伊吹が外から何かを搬入している……それは夕立が持っていたライフル銃だ。

 

「何で今さら?」

 提督の言葉に川内……いや、機内に居る全員が注目する。

 

 伊吹は漣を呼んでライフルを機内に運ばせる。もしかして……と誰もが思っただろう。案の定、ハッチから夕立が「よいしょ!」と言いながら乗り込んできた。

 

「白、白……」

 副大臣!いったい何処を見ているんだ? 彼は完全にエロエロ大王に違いない。さすがに皆、既にベルトを締めているから副長官も副大臣への攻撃態勢が取れずに悔しそうだ。

 

「どうするの? この長いの」

 漣がライフルのことを聞くと、まだベルを締めていなかった夕立は「自分で持つっぽい」と言った。

 

「何だかワクワクするな……機内から撃つんだろ?」

エロエロ大王が聞くと夕立は微笑んだ。

 

「そうっぽい。もうここからは何度か撃っているからね、今日もきっと上手くいくっぽい」

 大した自信だ。

 

「何だ? ……それで機内から撃つと言うのか?」

 川内の呟きつに振り返って応える夕立。

 

「そうだよ。今回はオスプレイからの狙撃を見せるっぽい。でもこれって効率悪いから実戦向きじゃない。この銃はセミオートだから実戦ならきっと、そっちのモードっぽい」

 夕立の顔は完全にマニアだ。

 

「夕立、早く離陸準備を」

 伊吹に急かされた彼女は機内の真ん中の床に小さなクッションを敷くと直にしゃがみ込む。汚れるのを気にする艦娘なら嫌がりそうな場所だが彼女は全く気にしていない。

 きっと機体の後ろ側……彼女の脚の方から見たらパン○が丸見えだろう。だが幸いなことに彼女は後方に座り込んでいるので前方に座ったエロエロ大王には彼女の背中しか見ることが出来ない。

 

「くっそう」

 何が『くっそう』なのか全く分からないが悔しそうな大王を見た副長官は、ほくそ笑んでいる。

 

 夕立は手早く銃を組み立てると一旦、床に置いて仮止めをする。床からはベルトが何本か出ていて夕立はそれで身体を固定する。最後にライフルと夕立を何かのジョイントで数箇所、固定をした。

「ロック確認……良いよ、行けるっぽい!」

 

 伊吹は夕立のベルト類をサッと確認すると、直ぐにバイザーで何かを呟きコックピットへ向かう。

 

 暫くすると、徐々にエンジンの音が高まって、細かい振動が伝わってくる。

いよいよ離陸だ。

 

 この飛び立つ瞬間は、軍でも民間機でもワクワクするな。

 

 




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第45話:『お風呂のお約束』(改)

美保の艦娘たちの『お風呂のお約束』に悶絶する副大臣だった。



「……美保め、許せん」

「はあ?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第44話:『お風呂のお約束』(改)

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 オスプレイの機内では対面座席の真ん中の床にライフル銃を従えた夕立が身体をベルトで固定して座り込んでいる。機内でも座席に座らない状況は軍隊では珍しくないが、それがスカートをはいた少女となると話は別だ。

 

 その間にもオスプレイはエンジン出力を上昇させ、やがて軽い衝撃と共に機体が空に浮き上がる。

 

「おお、浮いたな」

「そうだな」

 これは副大臣と副長官の会話。当前の内容であるが、航空機に乗ると、そんな当たり前の台詞が出てくるものだ。

 

 暫くエレベーターが上昇するような感覚があって機体が上昇。次に翼のほうからエンジンを水平に向ける音が響くと同時に機体は徐々に前進を開始した。巡航時には通常のヘリの倍近いスピードで飛べるらしい。

 

 副大臣が床の少女に問いかける。

「夕立ちゃんは、座席に座らないのかい?」

「うん。この銃を持って入るときは、いつでも撃てる状態にして待機するのがイイっぽい」

 そう言いながら軽くライフルを押さえている。

 

「で、それはいつ頃、撃つんだい?」

 副大臣の問いに夕立は長い髪を気にしつつ半分振り返って答える。

「うんとねぇ、最後だよ。最初に標的の様子を確認しておいて帰りに撃つっぽい」

「なるほど……それは良かった。初っ端だったら、それがメインで終わりそうだからなあ。遊覧飛行は外してほしくないし」

 副大臣は、あくまでも自分の趣味が中心のようだ。

 

「遊覧飛行って……バカか」

副長官は呟くように言う。既に呆れ顔である。

 

「その格好じゃ、窓の外が見えないだろう?」

 副大臣が夕立に言うが……同じ疑問は、実は提督や他の艦娘たちも思っていた。

 

 だが彼女はニッコリしていう。

「パイロットの視覚情報がこっちにも来るっぽい……あ、付けるの忘れるところだった」

 

 そう言いながら彼女はポーチから眼鏡のようなものを取り出した。

 

「それは何だ?」

興味深そうに聞くのは川内。

 

「これはね小型のHUD(ヘッドアップディスプレイ)っぽい。ここにパイロットの付けているバイザーのモニターと同じ情報が来るんだ」

 小型のHUDとインカムを取り付ける夕立。ちょうど片眼鏡のような状態になる。

「今ね、パイロットと同じ景色が見えるんだよ……早苗さん、聞こえますか? ……うん、こっちはオッケー。今回の標的はまだ?」

 インカム越しにパイロットと会話をする夕立。なるほど、時代は進んでいるんだなと誰もが思った。

 

「敵の兵器も……進んでいるのかな?」

ふっと川内が恐ろしいことを言う。その問いには副長官が答える。

 

「私のつかんでいる情報によると連中は主にシナやロシアと緩やかに連携しているらしい。だから当然そういった国々の軍事技術も提供される可能性はある」

「何だ、大昔の世界大戦と似たような構造になっていくな」

副大臣も意味深なことを言う。

 

 その時、漣が案内をする。

「皆さん、この機体は今、夕立の標的付近を飛行しています。このため現地で暫く旋回しますのでベルトを外さないように気をつけて下さいね」

 

 よく見ると彼女もインカムを付けている……パイロットと交信しているようだ。夕立もインカム越しにパイロットと盛んに交信している。そのたびにオスプレイのエンジン出力が変わり何度か旋回を繰り返している。

 

「そうか、その気になればオスプレイで偵察したまま攻撃を仕掛けることもできるし兵士を乗せていれば闇に紛れて強襲も出来そうだな」

 副大臣が呟くように言う。だが実際そういった使い方は十分可能だろう。こういったオスプレイのような兵器を組み合わせることで艦娘も今後は立体的な作戦展開が可能になっていくのかも知れない。

 

「OK、もうダイジョウブっぽい」

 夕立はインカム越しにそう言うと大きく背伸びをした。どうやら標的の確認は終わったようだ。飄々(ひょうひょう)としている彼女だが標的を捉えるまでは緊張していたようだ。

 

 その姿を見た漣がインカム越しに何かをやり取りしている。やがて彼女は自分のベルトを緩めながら全員に伝えた。

「標的の確認が終わりましたので後は山陰海岸を水平飛行致します。ベルトは緩めて構いませんので、お寛(くつろ)ぎ下さい」

 

 その案内と同時に、機内はホッとした空気に包まれた。床に座っていた夕立もインカムなどをしまうと、自分のベルトを緩めて立ち上がった。

「あぁ……」

 なぜかそこで副大臣のため息が漏れる。副長官が提督を見て肩をすくめる仕草をするので彼も苦笑した。彼はまだ夕立のパン○にこだわっているらしい。

 

「缶入りの飲料ですが前にありますので必要な方は仰って下さい」

熱いお絞りを配りながら細々(こまごま)と世話を焼く漣……いつの間にかフリルの付いたエプロンをしている。何か勘違いしていないか?

 

「漣ちゃんも相変わらずプリティだな」

副大臣が鼻の下を伸ばしている。

 

「何か飲みますか?」

全く動じることなく笑顔で応対する漣。この子も強そうだ。

 

「そうだな……取りあえず珈琲をブラックで」

「了解です!」

 敬礼をして小さな冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す漣。小さなタオルで軽く水滴を拭うと副大臣に渡している。

 

副長官も声を掛ける。

「おい漣、私も頼む……紅茶系はあるか?」

「はい……微糖入りの『夜の紅茶』があります」

「それで構わん」

「はあい」

 そんなやり取りを聞きながら提督は窓の外を見る。山陰海岸と平行してオスプレイは東の方角へと飛んでいる。

 

「このまま飛べば、砂丘だな」

彼が呟くと川内も窓の外を見た。

 

「コレが日本か……」

川内の呟きを聞いた提督は言った。

「そうか、お前も日本の海岸を見るのは初めてか」

「そうだね……提督の故郷も、こんな感じかなって」

 その反応は提督にとっても意外だった。まさか艦娘に自分の祖国はもとより故郷にまで思いを馳せてもらうとは思っても居なかった。

 

 いや、そもそも嫁艦である金剛からも、あまりそういう話題は聞かない。まあアイツは帰国子女だから仕方ない。そこは純国産の艦娘との違いだろう。

 

「そうだな、日本の海岸線は大体同じような……」

彼がそこまで言いかけたとき「ええ!」という奇声に遮られた。声の主は副大臣だった。

 

「漣ちゃんは司令と一緒にお風呂入っているのか?」

いきなり何の話だ? と提督や川内は思った。

 

「ええ? 私も入るっぽい」

ニコニコして言う夕立。

「おいおい、君たちぃマジかよ」

「何だそれは? 気になるな」

珍しく副長官も身を乗り出している。

 

「何の話だ?」

提督も思わず会話に加わる。副大臣は良くぞ聞いてくれましたという表情で説明を始める。

 

「聞いてくれよ! 美保鎮守府では例の暗殺未遂事件があってから四六時中、司令に護衛が付いていることは知っていると思う」

 頷く副長官と提督。

 

「所帯持ちの司令は今、車でも数分の距離にある官舎に住んでいるが当然、そこへも護衛艦が付くそうだ」

「そりゃ、たいそうな身分だな」

 思わず反応する提督。

 

「だろ?……まあ、百歩譲ってそれは認めるとしてだ。何でも入浴中も護衛が付くそうだ」

「……」

副長官は複雑な表情をしていたが、直ぐに口を開いた。

 

「姉さん……いや、祥高は何か言っているのか?」

夕立と漣のほうを見ながら聞いている。エプロンをいじりながら、まずは漣が答える。

 

「えっと、副司令が決めた『お風呂のお約束』があるんです」

そういうと順番に暗唱し始める漣。

 

1)コレは強制ではない。また司令が断ったら入らないこと。

2)司令と一対一では入らない、必ず二対一以上にすること。

3)駆逐艦に限定すること。かつ副司令の許可を得た者に限定。

4)司令の自宅警護のときだけに限定。他の場所では一切禁止。

5)夜22時以降は禁止。朝風呂も禁止。

6)どうしても軽巡が就く場合で入浴を希望する場合は水着着用でかつ副司令の許可を得た者に限定。

7)重巡以上は全面禁止(そもそも護衛に就かない)

 

「はは、禁止事項ばっかりだな」

川内が苦笑している。いや、問題はそこじゃないと思うが。

 

「その1)で断られたことはあるのか?」

速攻で副大臣の突込みが入る。

 

「ええっと、私の時は一回も断ったこと無いよ」

夕立が言うと、漣も頷く。

「漣もそうだな」

 

「あ、そうそう……」

ここで夕立が突然何かを思い出す。

「?」

身を乗り出す副大臣。

 

「ゼロ番って言うか、大前提は『司令と親子であること』ってのがあるっぽい」

「だからケンペイさんも本省も何も咎められないんだって」

「親子って最高っぽい」

「ぽいねぇ」

笑顔で顔を見合わせる艦娘たち。

 

副大臣は腕を組んでクソ真面目な顔で言う。

「……美保め、許せん」

「はあ?」

副長官は半分呆れながらも夕立に聞いた。

 

「当然、司令からの提案ではないと思うが……この『お風呂』は、いつ頃から始まったのだ?」

その問いに、顔を見合わせる駆逐艦たち。

 

「えっと……自宅護衛が始まって直ぐだったよね」

「うん、ご飯も布団も一緒なんだからお風呂も……って話を、私たちの方から提案したんだよね」

 

 その会話を聞いた副大臣は『布団』という言葉に引っ掛かった。

「布団って……寝るときも同じ布団なのか?」

 

 既に副大臣の目が血走っているような気がする。だが平然と頷く二人。

「だって、護衛なのに離れるってオカシイでしょ?」

「変ダヨねえ」

「いや、変なのはお前たち……」

と、そこまで言いかけて慌てて口をつぐんだ副大臣。二人の艦娘が妙なものを見るような顔つきで副大臣を見上げていたからだ。

 

そこで彼は矛先を提督に向けた。

「金城提督殿、この由々しき事態をドウ思われるか?」

 

何を取り乱しているんだ? と思いつつ彼は答える。

「まあ、オレだって重婚しているからな。別に美保司令だって強制しているわけでも無さそうだし……」

「いや、モラルがだな」

 副大臣の口から『モラル』と聞かされても白々しい。案の定、副長官は既に苦笑している。彼女にとっては姉である祥高が許可したことなら問題ないと考えているようだ。

 

 それでも念のため提督は川内に聞く。

「川内、お前は司令官が駆逐艦たちと入浴したり一緒に寝ることをどう思う?」

 

 半ば無視するようにして窓の外を眺めていた彼女は、首だけ副大臣の方を見ると言った。

「提督と同じ……別に艦娘が嫌がってなければ良いんじゃない?」

 

「……」

 もはや副大臣の負けだな。ただ美保鎮守府は、司令自身も知らず知らずのうちにハーレムのようになっていたのだなと提督は思った。

 

 だがまだ諦めきれないのか副大臣は反撃に出る。

「そのゼロ番で……護衛艦隊が例えば親子の艦娘と、そうでない艦娘のペアだった場合は当然、一対一になるからナシだよな?」

 

「えっと……」

首を傾げる夕立。

「簡単だよ。親子の艦娘が一人でも、お母さん……副司令が一緒に入れば全然問題ないと思いまぁす」

「なに……祥高と駆逐艦と司令が同じ風呂に……」

副大臣は絶句している。

 

「でも親子なんだから当然っぽい」

「ねえ」

また笑顔で顔を見合わせる夕立と漣。

「……」

 もはや副大臣は無言になった。かなり精神的ダメージを受けたらしい。

 

「だって司令も副司令も家では、ものすごいラフな格好っぽい」

「ギャップ感強いけどさ、家だとすごく二人に近く感じるよね。イイよね、心に壁がないって言う感覚」

「軍だと上下関係で厳しいけど……家庭って、きっとそれが全部外れてホントに安心出来るっぽい……不思議な感じ」

「ついつい警護、忘れちゃいそうになるんだけどさ……一度、体験したらもう、離れられないよね。何だろね? あれって」

「やっぱり、あれも『愛』っぽい?」

「うん、ぽいぽい」

 

 結局、艦娘の指揮官という位置で彼女たちと上手く接していくと何らかの形でハーレムのような状態が作り出されるのだろう。

 生真面目な美保司令でも、自動的にそういう状態になっているというのは逆に、提督や副長官から見れば微笑ましくも思えた。

 

 副長官が総括するように言う。

「美保鎮守府の設営の目的は、司令と艦娘との理想的なつながりを模索する実験場的な意義もあったのかも知れんな……」

 その言葉は深かった。提督はふと、元帥のことを連想した。

 

副大臣は言う。

「ああ……オレも政治ではなく軍人で居るべきだった」

『……』

彼ののボヤキには、その場の全員が苦笑するのだった。

 

夕立と漣の掛け合いは続く。

「でも駆逐艦でも、ちょっと大きい子……不知火とかは、お風呂って原則禁止っぽい?」

「あれ? でもこの前、ぬいぬい水着着て入ってたよ」

「あははぁ、不知火ってやっぱり執念深いっぽい」

「あの性格は絶対直らないよね」

「もうイイ……」

副大臣は止めようとするが女子の会話が止まるはずがない。

 

【挿絵表示】

 

「不知火ってホント素直じゃないっぽい」

「そうそう、ああいうのをツンデレって言うんだよ、知ってた?」

「ええ?分かんないっぽいぃ」

「……」

副大臣、目が白くなっていないか?

 

「でもさ、時雨ってズルいっぽい」

「あれは反則だよね……あ、見てみて! 砂丘だよ!」

 漣が指を指すと眼下には広大な砂丘……鳥取砂丘が広がっていた。

 

「わあ、空から見ても大きいっぽい」

「海から見ても大きいよ」

はしゃぐ艦娘たち。オスプレイは比較的低高度を飛んでいるから、かなり地表が良く見える。

 

「時雨の反則?」

なぜか川内が窓の外の景色を見ながら呟いている。それは他の者たちも同様気になるだろう。

 

【挿絵表示】

 

 だが当の艦娘たちは砂丘の方が興味あるらしく、窓の外を見ながらはしゃいでいた。

 

 




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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第46話:『艦娘の権利と教育』

機内では艦娘の立場について、やや突っ込んだ会話が成された。それは提督にとっても、新たな課題となる可能性があった。


「苗字って……美保?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第46話:『艦娘の権利と教育』

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「このまま砂丘に着陸できたら良いっぽいね」

夕立が言うと漣がインカムに耳を傾けてから言う。

 

「ああー、着陸したいのはヤマヤマですが……当機はここで引き返します」

そう言って悪戯っぽく微笑んだ。

 その直後にゆっくりと機体は旋回をする。

 

 往路は『お風呂のお約束』の話題でゴタゴタして、ゆっくり機外の景色を眺める暇が無かったから、せめて復路は、じっくりと山陰海岸を観察しようかな……と金城提督は思った。そういえばさっきの時雨が云々という話題も気になる。時雨がずるいって、何のことだ?

 

 一方の川内は、そういう話題には全く無関心で、ずっと機外を眺めていた。だから飽きているらしい。少しずつ漣や夕立に声を掛けて話をしている。

 特に夕立にはライフルのことや美保の攻撃体勢など戦術的な事も聞いている。

「そのライフルもやっぱり『艦娘仕様』になっているのか?」

「ううん、コレは違う。無改造っぽい」

銃を手繰り寄せて夕立は答える。

 

「へえ、改造魔の夕張にしちゃ珍しいな。あの装甲車はかなりいじっているんだろう?」

 だいぶ打ち解けたような川内はドンドン話しかけている。

 

 その問いには夕立、急にニタニタする。

「これ話しちゃって良いのかなあ……この銃は無改造なんだけど米軍からは同じものをペアで貰って居るっぽい」

 

 すると黙って聞いていた副長官が話に加わる。

「そうだな。普通、装備品も万が一に備えてペアで提供するから別に機密でも何でもないが。何だ夕立、やはり同じものがもう一丁あるのか?」

 夕立は副長官に答える。

「うん、そっちは深海棲艦用に使っているっぽいけど」

 

ここで提督も聞く。

「けど、なんだ?」

 

「すごく良い銃なのに誰も使おうとしないっぽい、もったいない」

コレには全員苦笑するばかりだった。

 

副長官は言う。

「夕立専用というよりも、その銃身の長さに艦娘から敬遠されているだけかな?」

 

夕立は軽く頷くと銃を見詰めながら言う。

「伊勢はちょっと興味ありそうなんだけどね、やっぱり日向が居ないとダメっぽい」

 

副大臣も頷く。

「日向か……あいつなら喜んで撃ちそうだな」

 

「日向かあ、懐かしいよね……元気かな?」

相変わらずフリフリのエプロンを付けながら漣が言う。

 

窓の外を見ていた提督は振り返って聞く。

「美保には日向は居ないのか?」

 

夕立が答える。

「以前は居たっぽいけど脱走した秋雲とブルネイから来た伊勢と最上の身代わりに横須賀へ行ったっぽい」

 

 それを聞いた提督は、芝生のそばにいたスケッチブックを持った少女の姿を思い出していた。

「あの長髪の少女……秋雲か」

 

そして川内は少し驚いたように言う。

「へえ、日向がねぇ……そうなんだ」

 

 彼女の言葉に提督はふと思った。戦場ではとっさの時に仲間のために身代わりになるということはあるだろう。兵士であれば当然だ。

 だが戦場でなくても、他の艦娘のために進んで犠牲になることが出来るということ。それはかなり高度な感情をも持ち合わせているといえる。

 

「その日向は、よほど優秀だったのか?」

提督が聞くと、夕立と漣は頷いた。

「射撃の腕は一番っぽい」

「ぶっきらぼうに見えるけど、意外と優しいんだよね日向」

「そうか」

それを聞いた提督は思った。

 何となくその日向の性格は美保司令が好みそうなタイプかな? いや、逆なのか? 日向の方が美保司令的な指揮官を好むのかも知れない。

 

 いずれにせよ艦娘は人間以上に興味深いといえるな。

 

 それから数分は、皆も話し疲れたのだろう。機内は静かになった。

川内は黙って窓の外を見ている。提督は緩やかな振動とエアコンの効いた機内で半分眠くなってきた。

 

「素朴な質問を良いか?」

 さっきの衝撃は癒えたのか副大臣が挙手をする。艦娘たちは彼を見て「何?」と言った。

 

「おいおい、そんな目で見るなよ……風呂の話題はもう終わったから」

 苦笑いをして釈明をする副大臣。

 

「何でしょうか? 副大臣様」

 改めて漣が呼びかけたことに少し嬉しそうな笑顔に変わった彼。

 

 だが直ぐに副大臣は、ちょっと真剣な顔をして言う。

「これは、もっと真面目な話だ」

 

この言葉で艦娘たちも安心したような顔になる。

 

 彼は軽く咳払いをして、さっきよりは真面目な顔をして聞く。

「君たちが美保司令と養子縁組をするってことは戸籍も同じになる。つまり君たちにも苗字が与えられるってことだよね」

 

 この質問には改めて顔を見合わせる二人の艦娘。

まずは夕立から返事をする。

「苗字って……美保?」

「まぁ、多分そうだな」

 

 何かを思い出すような顔をしていた夕立は、ふと漣に言う。

「あれかな……フリースクールで『名前』ってとこに最初に書くやつだよね」

 漣も思い出したように答える。

「そうだね……そういえば市役所とか図書館で書類書くときに、いっつも『美保』って頭に付けたっけ」

 

 それを聞いて安心した表情で頷くと副長官を振り返る副大臣。

「さっきはオレも取り乱したけどな……でも艦娘の権利と言う観点から見ても美保司令夫妻の判断は極めて的確だったわけだ」

 彼の言葉に大きく頷く副長官。

「そうだな。養子縁組……さすがは祥高姉さんだ」

 

「……?」

 ちょっとボンヤリしていた提督には良く掴めていない。

 

 それを察した副大臣は提督を見て改めて言う。

「これは艦娘の『権利』という観点の話さ。彼女たちが軍の敷地内や、その周辺だけで生活をするなら問題は無いんだ。ただ、そこから一歩でも外へ出れば艦娘と言えども権利が保障されなければ、この日本では、まともに生活すらできない。君も少し聞いたかもしれないが美保の大井が失踪してから大変だったというのは、そういうことさ。まあ応急的にはケッコンすれば夫と同等の権利は、ある程度は受けられるがな」

 

「なるほど」

 提督は返事をした。正直ブルネイに居ると日本的な規制とか規律というものは分かり難くなる。治外法権的な軍隊ではなおさらだ。

 

「可愛い艦娘たちがオレみたいな変なエロ親父に捕まったら可哀想だからな」

普通、自分で言うか?

 

 今度は副長官が口を開く。

「さっき夕立が『フリースクール』と言っただろう? 要するに学校だ。結婚せずとも日本と言う社会で生活をする以上は一般常識は不可欠だ。それを鎮守府内だけで教えるのも限界があるだろう?」

「はあ」

 

 彼女は眼鏡の真ん中を押さえながら言う。

「祥高から聞いたが美保で養子縁組をした艦娘は軒並み学校へ入れるそうだ。ただ艦娘は時間が不規則だから、ほとんどがフリースクールになる」

 夕立と漣は頷いている。副長官は続ける。

「養子縁組をして扶養に入れるということは艦娘の生命はもちろん彼女たちの教育を受けさせる責任が生じる。要するに学校もきちんと出してやることだ。それは当然、軍事教練とは違う。一般的な教養と言うものだ」

「はぁ」

 提督はまた生返事をした。ブルネイだって艦娘の教育と言うことは考えていないわけではないが具体的な事柄までは意識していなかった。

 どちらかというと独りでは手が回らないので正直、艦娘の主体性に任せていた。

 

 それを察したのだろう。副長官は特に咎めることなく説明を続ける。

「意識しなくて当然だ。今までは敵との戦いが精一杯だった人類には艦娘の教育はおろか基本的人権という観点すらなかったわけだからな。元帥の庇護下での美保鎮守府だからこそ初めて、そういった意識も出来るようになったのだろう」

「……」

 提督は申し訳ないが正直、頭がボーっとしてきた。こういう話はちょっと苦手だ。

 

それでも何とか返事をする。

「でも……指揮官としては考えないといけませんね」

 彼の言葉に副長官は頷く。

「お前も忙しいだろうが、補佐でも立ててでも意識すべき段階に来ているかも知れん。そこは現場で判断したら良いが、彼女たちの将来のことも少しは考えてやって欲しい……いずれ『戦後』はやって来るのだ」

「ハッ」

彼は軽く敬礼をした。課題は増えるが不思議と嫌な感じはしなかった。それは彼自身も、いつかはやらなければと思っていたことだ。

 

 そのとき夕立が再び床に座布団を敷きなおしてライフルとベルトをチェックし始める。漣がエプロンを外して案内をする。

「そろそろ最後のメニューです。射撃演習場に近づきました。当機は訓練体勢に入ります。皆さん着席の上、ベルトをお締め下さい」

 いよいよ今回のフライト最後の射撃演習である。

 

副大臣が夕立に聞く。

「今回は、どんなメニューだ?」

「うん」

 夕立は長い金髪を顔から少し払いながら説明する。

「沖合いにある埠頭に標的があるから、それを狙撃するっぽい」

 

「狙撃?」

川内が不思議そうに言う。

 

 夕立は川内を振り返りながら説明する。

「うん。でも飛行機からこの銃で標的を狙うって状況が実戦ではあり得ないから、ホントはあまり意味が無いっぽい」

 

 提督が確認する。

「えっと、つまり?」

 

 夕立はフッと不敵な笑みを浮かべる。

「もっと言うと艦娘仕様に改造した銃の方が……私、いつも戦闘ではそっちで撃っているっぽい」

 

 補足するように漣が説明する。

「夕立が今日使う銃は無改造で、こういったデモンストレーションとか改造した銃のリファレンス用に使ってます。だから普段の夕立ちゃんの銃をお見せできないのがちょっと残念です」

 

 提督は感心するように言う。

「へえ、そうなんだ」

 

 だが川内は少し、考え込んでいるようだ。

「この銃は調整用なのか……」

 

 その時、インカムを付けた夕立はパイロットと何かを交信する。直ぐに機体の後方へ向いて床に腹這いになると銃を構えスコープの調整を始める。

 

 漣が案内をする。

「では皆さん、射撃訓練のデモを始めます。今回は後ろの扉をオープンしますのでベルトを確認して絶対に席を立たないように、ご注意下さい!」

 

「後ろを開くのか?」

コレは川内。

 

 何となくワクワクしている副大臣……それは射撃そのものというよりもエロエロ大王的観点からであろう。何しろ夕立が後ろ向きに腹這いになっていると言う絶好のポジションである。さっきの言葉をもう忘れたのか?

 

 漣が説明する。

「当機は空中で一旦、着陸態勢を取りつつ海上でホバリングをします。この体勢自体が特殊なので、オスプレイのフライトのデモも兼ねています」

 

 その直後、エンジンの出力が下がり翼から機械音が伝わってくる。同時にブザーが響いて後方のハッチが徐々に開き始める。

 夕立を除いた機内のメンバーは改めてベルトを確認する。

 

「皆さんの座席の下のポケットに双眼鏡があります。標的を確認する際にご利用下さい!」

 ホバリングを開始して機体内外が騒がしくなる中、漣が大きな声で叫ぶ。

 

 メンバーたちは次々と双眼鏡を取り出す。後ろを見ると開いた扉から日本海と鎮守府沖合いにある大きな堤防が見えた。

 さらに良く見ると、その堤防の上に標的がいくつか並んでいる。それを認めた夕立は腹ばいになりながらライフル本体と、その上に取り付けられたスコープを再度チェックしている。なかなか精悍なスタイルだ。腰周りのチラチラするものがなければ。

 

「急な横風で機体が揺れることがあります。注意してください」

漣が叫ぶ。

 

 だが提督は双眼鏡で堤防の上の標的を確認してちょっと驚く。

「何だ? あの標的は」

 

 彼らの視線の先にあったものは、艦娘か深海棲艦を模したのだろう、人の形をした標的だった。

 

「あれを撃ち抜くって言うのか? ……趣味が悪ぃな」

提督は呟いた。

 

「まあ……当然だろうね」

同じく双眼鏡をのぞいていた川内も呟く。お前、冷静過ぎるぞと提督は思うのだった。

 

 




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第47話:『金髪のスナイパー』(改)

夕立は見事な腕前で次々と標的を撃ち抜く。だが提督は川内が気になるのだった。


「金パッ! と白ぉ……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第47話:『金髪のスナイパー』(改)

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「なるほどぉ。落下傘を付けていれば、ここから後ろに向かって勢い良く飛び出すわけだなぁ」

 副大臣は、のん気に言う。

 

 漣が聞く。

「あのぉ、落下傘ってなぁに?」

「ああ……パラシュートのことだね」

副大臣は笑顔で答える。最初っからそう言えって。

 

 すると副長官も反応する。

「今なら、その出口にお前を立たせて後ろから押してやっても良いぞ」

 

その言葉に副大臣は頭をかく。

「いやぁ……遠慮を」

と言いつつ、開口部から日本海を見る。

 

「でも、そっかぁ。この高度なら落下傘無しでも日本海に『着水』できそうだな。あっはっはぁ」

 おいおい、そこで笑うのか?

 

 さっきから夕立が床に張り付いて真剣に標的を狙っているに脇ではギャラリーはバカ話か。 ……ったく役人は気楽で良いなと提督は思った。

 

 しかし、これ見よがし的に、あんな人形の標的にしなくても良いのにと彼は思った。全部で7体。それが仮にブルネイへの当て付けでなかったとしても艦娘たちにだって決して気分の言い標的ではないだろう。

 

 ところが彼以外の人間も艦娘たちも、その『人形の標的』については全く気にしていない様子だ。いや『ブルネイ以外のメンバー』と言いかえるべきか。

 さっきは『当然』と言いつつも、やはり川内にとっては射撃の様子は気になるらしい。真剣な表情で夕立や標的の状況を見詰めている。

 

 夕立は微動だにせず、ずっと標的を狙っている。微妙に機体が揺れるから照準が合わせ辛いだろう。もっともオスプレイから狙撃をするという攻撃は現実的ではない。あくまでもこれはショーだ。

 

 提督がそう思った瞬間ライフルの発射音がして夕立の肩が小刻みに軽く揺れる。同時に機内にライフルのカートリッジが転がる。慌てた彼が双眼鏡で標的を覗いた瞬間、更にライフルの発射音が続いてカートリッジがカンカンと機内を飛び跳ねる。同時に堤防の上の人形が左から順番に粉砕されていく。

 

「連射?」

 提督が呟く間もなく堤防の上の標的の3体まであっと言う間に命中していく。その直後、夕立が「チッ」と言って顔を上げた。どうやら一発、外したらしい。

 

 副長官が眼を凝らして呟く。

「なるほど速いな。セミオートだけはある」

 

 副大臣も夕立を眺めて言う。

「うん、銃身の大きさに比べて反動は少ないね」

 

「そっかぁ、私もライフルの練習しよっかなぁ」

 漣がボソッと言う。それはちょっと身長的に無理が……。

 

 ギャラリーが対話しているうちにも夕立は再び銃を構えてスコープを覗き込んでいる。金髪のスナイパーか。夕立は長身でスリム体型だから案外、絵になる。

 

 彼女のスカートは意外に、めくれないが副大臣は上機嫌だ。

「金パッ! と白ぉ……」

 それは金髪のことか? さっきから彼はわけの分からない鼻歌を歌っている。絶対この大臣は変人だと提督は思った。

 

 機体の揺れが収まった次の瞬間、再びライフルの連射音が響いた。機内には発射した弾丸の青白いガスと独特の硝煙の匂いが充満する。床には次々とカートリッジがいくつか転がる。

 

 漂う銃のガスを扇子で扇ぎながら副大臣は言う。

「ゴホッ……オレは絶対に戦車隊には、なりたくないなぁ」

 

 副長官が突っ込む。

「何だ? お前、戦車に乗ったことあるのか? 海軍なのに」

「いやぁ、オレ一応政治家だからさ。ちょっとだけ陸軍で体験乗車して。あとは想像だよ」

 扇子で額を押さえながら、おどけたように答える副大臣。

 

 やがて「ほう」……っとため息をついて夕立は上体を起こした。続けてインカム越しに「ミッション終了」とだけ伝える。さすがに彼女は、ちょっと疲れたような表情をした。夕立って、いつも能天気で元気な印象があるだけに、その落差には意外な感じもあった。こういう素の姿を見ると艦娘を守ってやりたいという気持ちになるから不思議だ。

 

 ブザーが鳴って後部の扉がゆっくりと閉じ始める。ギャラリーの面々は慌てて双眼鏡で標的を覗くが結果は明らかだ。堤防の上の7体の標的を完全に破壊していた。周りには破片が飛び散って妙に生々しい。

 

 副大臣は満足そうに言う。

「やっぱり夕立ちゃんは上手だよね。センスが良いというか」

 

「……ぽい」

 床に散らばったカートリッジを拾い集めながら夕立は恥ずかしそうに答える。

 

 漣が言う。

「では当機は美保鎮守府の発着場へ戻ります。皆様、ベルトはそのままで今しばらくお待ち下さい」

 

 翼の方から何かが動く音がしてオスプレイは徐々に水平飛行を始める。ただ鎮守府までは、さほど距離は無いようで、あまり加速をせずにゆっくりと飛んでいる。窓から見ると透明な日本海が見える。

 

「やっぱり日本の海もキレイなんだな」

 窓の外を見ていた川内が呟くように言った。それは本心から言ったのか、それとも不安を紛らわそうとしているのかは定かではなかった。

 

 しかし提督は悩み始めていた。意外に繊細な感性を持つ川内。だからこそ索敵能力にも長けているとも言えるのだが彼女はまだ美保鎮守府の『残された謎』を調査する気で居るのか?

 

 もちろんそれは提督の直感だ。彼は鎮守府に戻り次第、時間を見て彼女に言うつもりだった。『もうこれ以上の調査は止めだ』と。

 いやこの際ハッキリと命令だ。それなら彼女も言うことを聞くはずだ。そうだ。万が一にも立派に成長した川内を失ってはならない。

 

 いや、待て『失う?』 ……彼は内心、反復して苦笑した。ここは友軍じゃないか? さすがにそこまでの事態に発展することは無いだろう。

 

 もし仮に川内が独りで突っ走ったとして果たして美保鎮守府の誰と戦うのか? 提督は考え込んだ。

 それは今見た夕立なのか? 或いはオスプレイか? もしくはM-ATVに乗った電チャンや神通だろうか? 

 近接戦なら川内に分がある。しかし相手は最新の米軍兵器をカスタマイズしている連中だ。その武器の能力はハッキリ言って未知数。それに今の夕立の腕を見れば他の美保鎮守府の艦娘達だって兵器の扱いには優れていることは予想できる。

 

 やれやれ……彼は肩をすくめた。友軍なのに戦う心配をするとは情けない。

 

……そのときだった。

「提督?」

 

 川内の方から声を掛けてきた。

「提督は、やっぱりあの標的を見て気分を悪くしたのか?」

 

 至近距離で少し下の方から心配そうな顔を寄せてくる彼女。また、あのお香のような気品のある香りが漂って来る。その表情と香りの相乗効果に、さすがの提督も少しドギマギしてしまった。

 

「ん……あぁ。あれは趣味が悪いよな」

 半ば照れ隠しをするようにして視線を逸らし窓の外を見詰める提督。

 

すると彼女も微笑んだ。

「そうだね……あれはちょっとね。でも……」

 

そして川内もまた提督と同じ窓を見ながら言った。

「でも近接戦なら人形の方がイメージしやすい……仮に自分がライフルを撃つ方だったら、やっぱり、ああいう標的もアリかなって思う」

 

 提督は、川内は精神的にもタフなんだなぁと思った。根っからの軍人。それは伊達に『夜戦』を連呼するだけではない。

 

 彼は改めて川内を見て言った。

「お前は、本当に軍人……いや、『ニンジャ』なんだな」

 彼女は少し顔を傾けて悪戯っぽい表情を見せる。

「フフフ、それは褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 窓からの光が彼女の顔にハッキリとしたコントラストを描く。まさに川内だよな、この雰囲気は。そう、この艦娘は根っからのニンジャだ。諜報と戦闘のプロだ。それはまた同時に自分の闘い方に誇りを持っている何よりの証と言えるだろう。

 そこが彼女の魅力でもあるが……提督には今回に限っては何処か不安がよぎるのだった。

 

 彼は思った。この川内と、もっと早くケッコンしておけば美保鎮守府の最新兵器にも余裕を持って戦えたはずだったと。

 

 少し後悔をした提督は思わず言った。

「済まねぇな川内、お前を連れてきて」

 

 だが全部言い終わる前に彼女は悪戯っぽい笑顔で口の前に指を立てて彼を制した。

「らしくないぜ提督。武士に二言は無いって」

「……」

 ここにもし変人副大臣が居なければ提督はその場で川内を抱き締めていたに違いなかった。無事にブルネイに戻ったら、こいつとケッコンしよう。だから絶対に、いや万が一にでも美保鎮守府の連中に殺らせてなるものか。オレが身を呈してでもだ。彼は密かにそう決意するのだった。

 

 気がつくとオスプレイは既に美保鎮守府への着陸態勢に入っていた。エレベーターを下がるような感覚と同時に美保鎮守府周辺の海や建物など埋立地の景色が窓の外に見え始める。

 そして軽い衝撃と共に着地。早苗と息吹の艦娘二世コンビは良い腕をしているな。

 

 やがてベルトを外して漣が到着を案内する。

「お待たせしました。当機は美穂鎮守府オスプレイ専用発着場へ到着いたしました。皆様、お疲れ様でした!」

 

 コクピットからやってきたバイザー姿の伊吹が軽く敬礼をすると、ハッチを開ける。案内された提督たちは順番に機外へと降り立った。

 

 空調の効いた機内から外に出ると日本海の夏の日差しが照りつけるようだ。だが昼近くなって湿気は少な目だ。フッとブルネイの陽気を思い出させた。

 

「どうでしたか? なかなか良かったでしょう」

 愛用のカメラを抱えたブルネイの青葉が近寄ってくる。記者らしい帽子をかぶっている。

 

「そうだな……」

 提督がそう言いながら見ると夕立がライフルを担いだままケリーと話をしている姿が見えた。

 そうか、やはり夕立が搭乗するのは今回だけなのか。すると、あのライフル射撃はブルネイメンバーに対する警告的なデモンストレーションという意味が大きい、そう思えた。

 

 だから連中は体調が悪くてキャンセルした嫁艦・金剛の代わりに急きょ川内を搭乗させたんだ。しかも半ば強引に。

 そういう流れに持っていった美保鎮守府側には明らかな意図がある。そうでなければ、あの気難しい不知火が、わざわざ川内を引っ張るはずも無い。

「ジジイめ……俺たちに夕立の射撃を見せたのは、やっぱり警告なのか? それとも挑発しているのか?」

 

 その時彼は声を掛けられた。

「提督……昼食の時間だそうですよ」

しばらく写真を撮っていたブルネイの青葉が言った。

「ああ……」

 悩んでも仕方が無い。少なくともオレは独りではない。

 

彼は振り返った。

「行こうか川内」

「はい」

彼女は明るく答えた。

 改めて提督は思った。金剛はダウンしたがオレには青葉も川内も居る。大きく構えるさ。

 

 その時、遠くからリアルサイズの航空機のプロペラ音が聞こえてきた。その場に居た者たちは目を凝らしたり手をかざして音の方向を見た。

 ちょうど大山をバックにした機体が、ゆっくりと美保鎮守府への着水態勢に入ろうとしていた。

 

 提督は隣に居る青葉に聞いた。

「あれは?」

「えっと……」

 目を細めてジッと、その機体を見ていた青葉が続ける。

「あぁ、二式大挺のようですが多分、定期便ではないですね」

 

 彼女の言葉に提督は思った。

「ひょっとしたら、アレか?」

「アレ?」

 川内が不思議そうに言うと青葉は補足する。

「はいアレ……元帥の名代として来たメンバーでしょう。恐らく艦娘だと思われますが」

 提督が聞く。

「なぜそうだと分かる?」

 

 青葉は頷いて答える。

「先ほど美保司令が説明されたのですが今日、呉で射撃と回避の訓練が予定されていたらしいです。その教官達が横須賀から航空機で向かっていたのですが急きょ、元帥の名代としてこちらへ差し向けられたとか」

 それを聞いた川内は驚く。

「良いのか? そんなことをしても」

 

 青葉はメモを取り出す。

「呉の提督は実は美保司令の知り合いらしくて……予定を繰り延べることで了承したそうです。何よりも、その教官達が狂喜したとか、しないとかで」

 そう言って彼女は笑った。

「きっと美保司令の知り合いですよ」

「だろうな」

 提督も同意した。

 

 周りの武官や艦娘たちは、二式大挺を気にしつつも少しずつ美保鎮守府本館の食堂へ向かい始める。

 

 その時、提督はフッと嫁艦のことが気になった。

「食事前に金剛の様子を見に行くか……」

「そうですね」

「金剛、大丈夫……かな?」

 

 初夏の日差しは徐々に暑さを増していた。二式大挺は大きな水しぶきを上げて着水していた。

 

 




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第48話:『見舞いと再会』(改)

提督たちは金剛の見舞いをする。そして食堂で、ひと騒動持ち上がった。


「指揮官になる人は皆、それなりのものを」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第48話:『見舞いと再会』(改)

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 金剛の見舞いのために、金城提督たちは美保鎮守府本館にある医務室の扉をノックした。

 

「はぁい」

女性の返事が聞こえた。金剛っぽいけど……美保の彼女かもしれない。

 

「おい、入るぞ」

 そう言いながら入室すると、窓際のベッドに嫁艦・金剛が上体を起こしていた。

そして、もう一人の金剛と話をしていた。ああ、美保の彼女か。

 

 その金剛が立ち上がって敬礼をしようとしたので提督は制した。

「良いよ、挨拶は……オレの嫁艦みたいなものだしな」

彼がそう言うと、彼女は笑った。

 ブルネイのメンバーは金剛のベッドの周りに集まった。

 

 ここは規模が小さい鎮守府だから医務室と言っても、こじんまりしている。

しかも医師が常駐していない。艦娘が百人程度であれば、そんなものか。

 

 提督は部屋を見渡しながら思わず言った。

「こりゃまるで学校の保健室だ……いよいよ美保司令が校長先生に思えるな」

 

「保健室?」

 川内が不思議そうな顔をする。そうか、艦娘は人間の学校なんか知らないか。

 

 だが、さすがの青葉が説明を加える。

「人間の学校には、もうちょっと立派な医務室があるんですよ。ブルネイぐらいの鎮守府になると本格的な医務室になりますけどね。でもここは、それらよりは小さいな…… ってことですよ」

「ふうん」

 

 別に、そんなことはどうでも良い。そう思いながら提督は美保の金剛に差し出された椅子にゆっくりと腰かけて言った。

「何だ、意外と元気そうだな」

 

 ニコニコして金剛は応える。

「ウン……さっきまで入渠させてもらって、直ぐ元気になったヨ。でも夕張さんが念のために休んだらって言うから」

 

 彼は改めて金剛を見詰める。

「そういう格好も良いな」

「でしょ? ……美保の彼女に借りたんだ」

 金剛は両手を少し開いてみせる。普段、着ないような可愛らしい寝巻きなので、かなり印象が違う。

 当然サイズは同じだが……同型艦でも微妙に趣味は違ってくる。そこは固体差か。

 

 川内が言う。

「やっぱり長旅とか環境の変化が原因かな?」

「うーん、そうかも知れないね」

 

 そう言う金剛は、よく見たら頭の電探を外している上に寝巻き姿だから、もはや普通の少女にしか見えない。グッと来るな。

 

 友軍とはいえ外地で他所の鎮守府にいると、さすがに若干の不安と緊張が続く。そんな中に居続ければ精神的に疲れてしまう。それが金剛だって言うのは、ちょっと意外だったな。

 

 ただ同じブルネイの仲間が居るだけでも心強く感じることも事実だ。それが艦娘となれば一層の安心感がある。提督にとってそれは改めて感じる不思議な気分だった。

 

 特に今回は川内との距離が縮まったように思った。独り善がりかも知れないが、これが終わってから改めてケッコンを打診すれば、きっと彼女の本当の気持ちが分かるだろう。

 

「darling」

「あ……」

 ヤバイ、ちょっと妄想したから叱られるか? ……と思ったが、さにあらず。意外にも穏やかに微笑んでいる金剛。

 

「今ネ、美保の金剛といろいろ話をしていたんだ……そしてブルネイでは提督とケッコン出来る艦娘がたくさん居るんだヨって話をしたら、スッゴク羨んで居たんだよ」

「そうか」

 あまり外地で『重婚』をひけらかして貰うと、さすがにちょっと気恥ずかしいなと提督は思った。

 

 彼女は窓の外に広がる青い日本海を見詰めて言った。

「でも私たちはサ、急に生まれてきて……艦娘として、どこの前線基地に配属されるか選べないんだヨ。その先で出会った指揮官に全てを委ねるしかないんだって……そう思うとネ。私はブルネイで良かった。darlingと出会えて良かったんだヨ」

「……」

 提督は無言だった。

 

 すると金剛は、急に美保の金剛を見て慌てて手を振った。

「あ、でもね、美保が嫌だとか、そういうんじゃないヨ……ここの皆もとっても、とっても優しいから……どっちが良いとかじゃないんだヨ」

 

 一瞬、何かを言いかけた美保の金剛は、直ぐに笑顔になって応えた。

「大丈夫。私も美保司令は尊敬しているし……」

 

 そこで彼女もまた日本海を見ながら言った。

「私は、ここに配属されてネ。美保司令も最初は得体が知れなくて距離を置いてた……うん。最初は良く分からなかったンだ」

 

 少しうつ向いた美保の金剛は両手を合わせてソッと唇に添え、しばらく考えていた。

 そして、ふうっと息を吐くと、ゆっくりと話を続ける。

「でも赤城さんの轟沈を通して、たくさん苦しんだ。皆、一緒に泣いたンだよ。そして、いろいろ感じた。いろいろ……。そう、指揮官になる人は皆、それなりのものを持っているんだって思った」

その言葉に一同は頷いた。

 

 彼女は再び考えるような仕草をした。そして窓の外を飛び交う海鳥を見ながら言った。

「艦娘が苦しんでいるとき指揮官はその何倍もの重みに耐えているンだヨ。目に見えない苦しみは戦闘が終わっても途切れないって……」

ベッドの金剛も、深く頷く。

 

 二人は、お互いに目を合わせつつ頷く。何かを交わしているのか? そして美保の彼女は続けた。

「美保の司令官も、私達が戦う前から艦娘に心を砕いて心配し祈って下さっている。それを知ったから……私、仮にケッコンしなくても最期まで、ずっとこの人を支えよう。命懸けで護ろう。そう思ったネ」

「……」

 

 そこで彼女は恥ずかしそうに言った。

「あ、ゴメン! こんな話、詰まらないよねぇ」

「いや……」

提督は何かを言おうとしたが言葉が続かなかった。美保の金剛は戦場ではないところでも、ずっと戦い続けているのだ。健気さを通り越して崇高さすら覚えてしまう。

 

 ちょうどその時、誰かがドアをノックした。

「はぁい」

 

 美保の金剛が返事をすると同時に、比叡、榛名、霧島が入ってきた。

「お姉さま……またおサボリですかぁっ!」

「比叡、ここは病室よ」

「体調はどうですか?」

 

……と、そこでブルネイメンバーに気がついた姉妹たち。慌てて敬礼をしようとしたが、それを制しながら提督は席を立った。

「良いよ、ここでの挨拶は」

 

 それでも軽く会釈をする姉妹たち。

 

 彼は改めて嫁艦金剛を振り返って言った。

「ブルネイに戻ったら休む間も無いからな……しっかり療養しろ」

「うん」

 軽く手を上げながら病室を出る提督たち。彼らは美保の金剛姉妹たちに別れを告げ食堂へ向かった。

 

 美保鎮守府の食堂。

 昼食はバイキング形式だ。駆逐艦たちがせわしなく給仕をする。窓辺の席に陣取った提督たちは雑談をしていた。

 

 提督は言う。

「今日のジイさんの代理は誰だろうな?」

「多分、日向ですね」

青葉が即答する。

 

「良く分かるな」

「ええ……」

彼女は得意のメモ帳を取り出して説明する。

 

「元々美保に居たという彼女は、事あるごとに、美保へ来たがっていたようですから。それに横須賀から呉に、わざわざ教えに行くくらいの射撃の名手といえば、ほぼ決まりでしょう」

 

 それを聞いた川内が言う。

「日向か……どこの艦娘も、大体同じ傾向になるんだな」

 

 提督も応える。

「そうだな。量産化が進んでも、基本的な性格や性質がほぼ同一というのはオレたち指揮官にとってはあり難いが」

 

 そこで彼は一呼吸置いた。

「お前たちはドウ思うんだ? 自分と同じ名前・顔・性格の艦娘が各地に居るという気分は」

 

 二人は顔を見合わせてから、まず青葉が言う。

「人間世界では、そういうのをドッペルゲンガーって言って恐れるそうですが。私たちにとっては、普通に『姉妹』という感覚ですね」

 

 続けて川内。

「そうだな……まあ、お互いに所属する環境が違うから練度とか性格は違ってくるよね。私もここの神通と話はしたけど……ブルネイとは微妙に違うよな」

「そうか」

「うん。でも艦娘によっては、遠くの同型艦と情報とか経験値をシンクロさせることも出来るらしい」

「えっ!」

……と驚いたのは青葉。

 

「それは初耳ですネェ。どこで聞きました?」

そう言いながら目をキラキラさせてメモ帳を取り出す。

 

 だが川内はちょっと肩をすくめて言う。

「そんなの覚えちゃ居ないよ」

「あはぁ、残念……」

そう言って青葉もメモ帳を閉じる。

 

 その時食堂の雰囲気が少し変わる。案の定、美保司令が入ってきた。だがここの艦娘たちは、軽く会釈をするだけで司令には敬礼をしない。そういう「しきたり」に、なっているのだろう。

 

 どうやら簡単に司令が挨拶するらしい。軽くお辞儀をした後に彼は霞からワイヤレスマイクを受け取ると話し始める。

「午前中はオスプレイが二回、飛びまして、その間に主に米軍提供の各種車両や小火器類について、ご見学頂きました」

 

 その時、何かが廊下を激しく突進してくる気配がした。いや、それは最初は敏感な者にしか分からなかったかも知れない。何か大きなものが空気を乱している感じ……

 

「何か来るよ」

そういったのは島風だった。

 

「ええ?」

 那珂ちゃんが振り返った瞬間だった。大きな足音と共に食堂の入り口に熊のような艦娘が現れた。

「美保司令!」

 

 その雄たけびに近い大声には、何かを話そうとしていた美保司令も一瞬止まる。

いや、食堂の全員が硬直した。その威圧感のある風貌で眼鏡をかけた熊は……明らかに戦艦武蔵だった。

 

 那珂ちゃんが叫ぶように言う。

「な、何で武蔵が?」

 

 誰もが唖然としている中、武蔵はズカズカと食堂に入ってきて、

「司令!会いたかったぞ」

 

……と言うなり美保司令を太い腕で抱きしめた。

 

「あ……」

 と言ったのは大淀と祥高。

 

 だが時、既に遅し。気がつけば既に司令は戦艦武蔵の豊満な肉体にガッシリと埋まっていた。それは男性として羨ましいのだろうが、クソ真面目な美保司令にとっては逆に地獄なのかも知れない。

 

 なぜ、こうなっているのか? 誰にも皆目、分からない。突然、出現した想像を絶する状況に周りの艦娘たちは、ただ唖然とするばかりだった。

 

 そもそもクソ真面目な司令同様、真面目な美保鎮守府では、この突発事態は想定外であろう。取りあえず司令の生命に危険はなさそうだが相手は戦艦武蔵である。骨折の危険が……いや、どう対処して良いのかお手上げなのだ。

 

 ところが島風と那珂ちゃんだけはケタケタ笑っている。そして二人の青葉は間髪を入れずに競うようにシャッターを切っている。ブルネイの青葉はともかく美保の青葉は薄情だな……おい。

 

「あの、武蔵様……」

「あん?」

 武蔵が振り向くと祥高が敬礼をしながら問いかけた。

 

「私は美保鎮守府、副司令の祥高と申します。取りあえず司令を……」

 それを聞いてハッとしたような武蔵。

 なぜか一瞬、目を丸くして絶句したような表情を見せた。だが直ぐに穏やかな目に変わった。

「あぁ、そうだな祥高殿……つい取り乱してしまった」

 そう言うと少し照れくさそうに美保司令を開放した。

 

武蔵は向き直って敬礼をした。

「横須賀から参った。武蔵だ……そうか、祥高殿は噂どおり、美保に居られたか」

 

すると祥高も改めて敬礼をした。

「うふ……相変わらずね、貴女は」

 

 その場に居る多くの者が、この二人の関係を不思議に思っただろう。

だが確か祥高は、かつて中央……横須賀に居たことを一部の者は思い出していた。

 

「はぁ……」

 ため息とも何とも言えない吐息を吐きながらフラフラと武蔵の腕から離れた美保司令だったが、足元がおぼつかない。

 

「危ない!」

 比較的小さな叫び声……を上げながら美保司令を後ろから抱きかかえたのは、もう一人の艦娘だった。

 

「日向?」

 伊勢が叫ぶ。そこには紛れもない、かつて美保に所属していた日向が居た。

 

 美保司令もまた彼女に抱えられながら言った。

「日向か?」

 

 彼女は恥ずかしそうな表情を浮かべながら、いつもの淡々とした口調で言った。

「お久しぶりです、美保司令……お痩せになりました?」

 

 彼女のそのひと言で、ようやく場が和んだような気がした。そうか、やはり彼女たちがジジイの代理かと提督は思った。

 

「くっそ、羨ましい」

 そう言ったのは副大臣。だが、すぐに副長官の肘鉄を食らってたので、それ以上は何も言わなかった。

 

 美保鎮守府……小さいのに、いろいろ起こりそうな午後。

 




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第49話:『武蔵の告白』(改)

武蔵の意外な出現。だが意外なのはそれだけではなかった。



「……私は日向が羨ましいのだ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第49話:『武蔵の告白』(改)

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 突然の大戦艦の出現に、食堂内もざわついている。

特に海外武官たちは「アレが武蔵か」と、興味津々と言った雰囲気だ。

 

 その時、美保司令は気づいた。

「武蔵様……腕が?」

 

 彼女は

「ああ……」

と眼鏡を押さえつつ司令に言った。

 

「司令殿、もう私に『様』を付けるのはやめてくれ。私のことは呼び捨てでで良い」

「はあ……」

 意外に、はにかんだような表情の彼女。そして自分の腕に手をやりながら言った。

「最近、危うく沈みかけてな……そのときの名残だ」

 

 美保司令は思った。彼女がその場に居るだけで引き締まる。独特の威圧感もあるし実際、駆逐艦にとっては彼女は、やや『怖い』存在なのかもしれない。

 もちろん島風のように武蔵と相性の良い艦娘もいる。だがなぜかどの鎮守府の武蔵も美保司令に特別な感情を持つことが多いらしい。

 かつてのブルネイの武蔵もそうだったが……横須賀の武蔵もそうなのか?

 

「ねえ日向……いつまで抱っこしているんだい?」

 伊勢が首を傾げながら言う。

 

 その呼びかけにハッとしたような日向と美保司令。そうだ、武蔵に注目するあまり司令がずっと日向に抱っこされていることを皆、忘れていた。

 

 慌てて離れる二人。そして、お互いに照れくさそうに会釈しあう。何となくこの二人はサイクルが似ているよなと提督は思った。

 

 腕を組んだ副大臣が、これ見よがしに呟く。

「良いよな、美保司令は」

「何が?」

 副長官が答えると、彼は彼女を見て言った。

 

「オレが女子を愛でようとすると皆、キャーキャー言って逃げるのに、その気も無いムッツリ美保司令には可愛い女子のほうから近づいて来るんだよな」

「……」

 

なぜ副長官が黙ったのかと言えば、反論できないからだった。

 

 考えてみれば艦娘の司令官と言う位置を除外しても彼の周囲には美人が多い。一般的な艦娘はもちろん、特殊な祥高、寛代、伊吹に早苗。どの艦娘も美人だ。

 そして副大臣が言うように、引き寄せられるようにして女子が集う傾向にある。それはまた美保司令を毛嫌いしている艦娘が少ないことのバロメーターでもあった。

 

「そりゃね、艦娘の尻を追いかけなければ嫌われないだろうケドさ。彼の場合は放置していても逆に女子が近寄って来るんだよな。放置プレイか?」

 何を観察しているんだ?

 

「まあ、彼の場合は、そういう傾向があるのだろう」

 あっさり言うなと思ったら、いきなりドイツ武官が乱入してきて驚いた。

 

「そうね……美保司令って、芸術方面に造詣が深いからビーナスが微笑むのよ」

 イタリア武官の説明は抽象的過ぎてよく分からない。だがさすが諜報部員たちは相手のどんな些細なことでも意識して見ているようだ。

 

「……」

 美保司令は否定も肯定もしない。何でこういう流れになった?

 

 気を取り直したようにマイクを持ち直した美保司令。誰もが釈明をするのだろうかと一瞬、期待をした。

「えっと……午後は、予定通り、オスプレイの飛行と兵器類の見学を続行します」

 その時、食堂全体に『がっくり』という擬音が踊った。

 

「おいおい、予定だとレクチャーの時間もあるよな?」

 当然の如く副大臣が突っ込みを入れる。

 

「はい。質疑応答も、その時間にまとめて行いますよ」

それを聞くと何度も頷く副大臣。

 

「何でも良いんだよな? ……質問って」

 意味ありげにニタニタして質問をする副大臣。

 

「はい、皆さん情報漏えいの覚書にも署名は戴いていますから海軍絡みであれば何でもお答えしますよ」

「海軍……りょーかい!」

 何を聞くのか想像できる。アホだけど憎めない副大臣だと提督は思った。

 

 美保司令は再びマイクを取った。

「え……、急きょ、本日は横須賀鎮守府よりゲストもお迎えしております。戦艦武蔵と航空戦艦日向です。お二人の紹介はまたレクチャーの時間に改めて行います。引き続き昼食の時間をお楽しみ下さい」

 彼は簡単にまとめた。

 

 直ぐに彼と副司令はゲストと会食をするようだが……場所を食堂にするか執務室にするか確認している。武蔵の性格からすると……と提督が見ていると予想通り、このまま食堂で食べるようだ。

 

 直ぐに窓際の席が準備され、そこに司令と副司令、大淀、そして武蔵と日向。なぜか寛代も座った。

 

 さほど機密情報も無さそうだが当然気になる……と思った金城提督。 

 だが武蔵たちの挙動が気になるのはドイツやイタリアも同様だった。何しろ武蔵は横須賀から来た大戦艦。そして航空戦艦まで従えている。さらに元帥の名代ともなれば当然、ただ事ではないと思うだろう。

 おまけに海外武官たちは諜報部員だ。何らかの手段で武蔵たちの会話を聞きだすのは、お手の物……早速、彼らは妙な動きを始める。

 

 こっちも負けられるか! そう思った提督は言った。

「おい、川内」

「了解」

 さすがニンジャ、命令する前から察しが良い。軽く敬礼をすると静かに動き出す。あまり近くも無くて遠くも無い、絶妙な位置に席を移動する川内。

 ……だがドイツやイタリア、そして米国のケリーまでもが同じような動きをしているぞ。

 

 それを見て、なぜかニタニタしている副大臣。当然彼らは微動だにしない。中央の連中だからな。直接、手を汚さない積もりか? ……いや別に人道に反するほど汚い内容でもないと提督は思ったが。

 

 以下、諜報記録。台本のようになる、悪しからず。

 

武蔵

(身を乗り出すように)

「水臭いぞ美保殿! なぜ日向だけが、お前の娘なんだ?」

 

美保司令

「はぁ?」

 

武蔵

(一瞬、変な表情をして)

「はあ? ……じゃないぞ、美保殿!」

 

祥高

「武蔵さん落ち着いて……あの、司令が何か失礼をしましたか?」

 

武蔵

(再び席に深く腰をかけて)

「聞いてくれ祥高殿……私は日向が羨ましいのだ」

 

一同

「……」

 

大淀

「羨ましいとは?」

 

武蔵

「つまりだな……そのぉ」

(明後日の方向を見て恥ずかしそうに顔をポリポリしている)

 

一同

「……」

 

寛代

「武蔵は、強いじゃん」

 

武蔵

(少し和やかな表情)

「言ってくれるな、寛代」

 

祥高

(たしなめるように言う)

「寛代ちゃん……」

 

武蔵

「フフフ、良いよ。それが普通の意見だ。だが……司令に見せたこの傷だが」

 

美保司令

「それは……最近のものですか?」

 

武蔵

「ああ……ほんの二ヶ月ほど前かな。これは久々の激戦だった。敵の雷撃に潜水艦、そして接近戦……どこかの鎮守府に影響されたのか敵の中にやたら肉弾戦の強いのが居てな、さすがの私も参った」

 

一同

「……」

 

武蔵

(思い出すような表情)

「何とか勝利は掴んだ。しかし結果は惨憺(さんたん)たるモノだった。気がつけば、敵味方共にほぼ全滅……いや、かろうじて私と随伴していた駆逐艦くらいしか残らなかった。その最後の一隻も途中で力尽きた」

 

祥高・大淀

「……そう」

 

武蔵

(腕を組む)

「私も大戦艦とか煽てられては居るがな。だが心の大きさなんて艦娘で、そうそう変わるもんじゃない。私だって単独で大海原に放り出されれば、時に心細くなることだってあるさ」

 

一同

「……」

 

武蔵

「やっと鎮守府にたどり着いて入渠したときは、ああ生きているな! と思ったよ」

 

一同

「……」

 

武蔵

(腕を解いて身を乗り出す))

「実は入渠中に一緒になった日向と話をして聞いたのだ。何でも養子になると心情が落ち着くと言うが本当か?」

 

大淀

(やや引き気味に)

「そうですね。そういう話は良く伺います」

 

武蔵

「大淀も……やはり司令と?」

 

大淀

「はい。恥ずかしながら親子になりました」

 

武蔵

「いや別に恥ずかしがることは無い。立派なことだ。それに武人たる者には精神の安定は不可欠なのだ」

 

祥高

「そうね……貴女は昔から禅とか瞑想に熱心だったわね」

 

武蔵

「ああ。それに美保司令も近代思想とか宗教学には造詣が深いと聞くが」

 

美保司令

「……」

 

武蔵

「私もそういう世界は好きだ。そしてお前たち夫婦は不思議な力を持っていると聞き及んで、もう居てもたっても居られなくなった」

 

美保司令

(笑いつつコーヒーをすする)

「別に……大げさですよ」

 

武蔵

「いや、日向に聞いたぞ。司令は普段は大人しいが実は、ひょうきんだと聞いた」

 

美保司令

(苦笑)

「まあ……でも親しい親子の間でしかやりませんよ」

 

武蔵

(それ見たことか、と言う表情)

「そこだ! それが艦娘には癒しになるんだ。おまけに祥高殿は艦娘を彼岸の際から何度も救い出していると聞く」

 

祥高

「あれは……まぁ、そうですけど。私個人の力ではなく艦娘の意思も大きいです」

 

武蔵

(軽く首を振る)

「いや誤解するな。別に私は命が惜しいとか無敵艦隊になるのが望みではない。それよりも……軍とか組織を超えて信用できる確かな絆が欲しいのだ」

 

一同

「……」

 

武蔵

「別れる可能性があるケッコンではない。もっと純粋で……永遠に続く動かしがたいもの。それは何だ?」

 

寛代

「武蔵は、強過ぎてケッコン相手が居ないじゃん?」

 

武蔵

(少しムッとする)

「言ってくれるな、寛代め!」

 

祥高

(たしなめるように言う)

「寛代ちゃん……」

 

 この段階で既に海外武官たちは諜報活動を中断した。武蔵の個人的な真情を聞くのは興味深いが結局は、それ以上でもなければ以下でもない。

 

 ただ川内は最後までしつこく留まっていた。何か思うところがあるのだろうか?

それを提督は敢えて止めなかった。

 

武蔵

「日向を見て思ったのだ。もともと落ち着いた艦娘だったが去年だったかな? しばらくソワソワしていた時期があったのだ。それが急に……ある日を境に突然シャンとして落ち着くようになった」

 

日向

「……」

 

寛代

「分かるの? 武蔵」

 

武蔵

「フフフ、お前には分からないだろうな寛代。私だって艦娘を見る目はあるぞ。日向の変化はな……恋愛とかそういう類ではない。もっとしっかりしたものだ」

(ここで武蔵はコーヒーをすする)

 

武蔵

「日向は明らかに何か変わった。そこに何か永遠に通づるものを感じたのだ。それはどうやったら得られるのか? とても気になってな」

 

一同

「……」

 

武蔵

「だから日向に『壁ドン』をして問い詰めたさ」

 

日向

(ポーカーフェイス)

「……」

 

寛代

「武蔵が……壁ドン?」

 

武蔵

「ああ。もはや恥も外聞も無いな。そして聞き出した。それが養子縁組だった。だから私は今日はこれを持って来たんだぞ!」

(胸のサラシから何かを取り出す)

 

美保司令

(サラシに突っ込んでいた行為に半分呆れた顔で)

「はあ?」

 

祥高

「何ですか? それは……あぁ、養子縁組の申請書ですか」

 

武蔵

(しわしわの紙を伸ばしながら突き出す)

「そうだ。海軍省発行の正式な養子縁組申請書だ。既に元帥と三笠殿の署名入りだぞ!」

 

美保司令

「はぁ……(苦笑)」

 

武蔵

「後は、お前たち夫婦の署名があれば良いんだろ?」

 

美保司令

「いや、しかし急に言われても」

 

武蔵

「何を言うか?(バン!)手紙で何度も養子のことに触れたぞ! 忘れたのか?」

 

美保司令

「え?」

 

寛代

「武蔵、司令に恋文書いた?」

 

武蔵

「違う!(頭を掻きながら)寛代には分からないかも知れないが、大人の真面目な手紙だ!」

 

大淀(クスッとしながら)

「あの……武蔵様って、筆まめなんですね」

 

武蔵

「そうだ、こう見えても私は手紙魔だぞ」

 

寛代

「メールでしないんだ?」

 

武蔵

(首を振る)

「メール? ダメだ。やはり直筆が良い。だが結果については今すぐ返事が欲しい……というか、ここまで来たのに今さらダメとは言わせないぞ」

 

寛代

「脅し?」

 

武蔵(笑いながら)

「こら寛代、人聞きの悪いことを言うな」

 

祥高

「ほら、ダメでしょ?」

 

武蔵

(真剣な表情。少し目が潤んでいるかも)

「もう一度言う。これは……私の願いだ」

 

司令夫妻

「……」

 

武蔵

「頼む司令、私に頭を下げさせないで欲しい」

(と言いつつ、頭を下げる)

 

美保司令

「どうする?」

 

祥高

「そうですね……武蔵さん、ホントに私たちで良いのですか?」

 

武蔵

「ああ。美保殿には縁があると言ったことがあるだろう?」

 

祥高

「最後の艦長……ですか?」

 

武蔵

「そうだ。だがそれだけではない。もっと広くて深い何かが繋がっている。それが私と美保殿とは強いのだ」

 

(少し間が空く)

 

武蔵

「こういう話をしても誤解をしないで真摯に受け止めてくれるのは、お前たち夫婦しかいない……あ、いや、元帥夫妻も理解はして下さるだろうが、さすがに年齢がな……まあ案の定と言うか、この話を相談したときも彼らは直ぐに書類に署名をしてくれたんだぞ。分かるか?」

 

(美保司令は深く頷く)

 

祥高

「でもせっかくだから、執務室で書きましょうか? 武蔵さん」

 

武蔵

(嬉しそうな笑顔が眩しい)

「かたじけない。そして戴けると嬉しい」

 

祥高

「大淀さんと日向さんも立ち会って下さる?」

 

大淀と日向

(頷く)

 

寛代

「……」

 

祥高

「ああ、寛代ちゃんも、もうオトナですものね」

 

 ここで一堂は席を立って、執務室へと向かった。

川内の諜報もここで終わった。

 

 彼女が席に戻ると案の定、副大臣がやってきた。まぁ彼は一応大臣の位置にあるわけだから……提督は川内に命じて一部始終を報告させようと思った。

 

 いろいろ起きる美保鎮守府の午後のひと時である。

 

 




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第50話:『告白と緊急事態』

食堂を抜け出した提督は、大井と意外な出会いをする。だが事態は急展開するのだ。


「やっぱり人間との出会いが大きいわ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第50話:『告白と緊急事態』

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 金城提督たちブルネイメンバーの席に副大臣と副長官が共に近寄り声を掛けてきた。

「よぉ……ちょっと良いかな?」

「どうぞ」

 

 一応、政治家といえども軍の関係者だ。そもそも『副』とはいえ大臣、つまりわが国の軍の指揮権を持つ人物なのである。それがどんなにエロ大王だろうが、道化だろうが関係ない。

 また副長官も同様で彼女は今や軍令部の作戦参謀局のトップ代理である。命令されれば川内が仕入れた情報は提供せざるを得ない。その内容がたとえ武蔵の個人的なものだとしてもだ。

 

 取りあえず川内を中心に、青葉が補佐をしながら二人に説明をすることにした。提督自身としては二度も聞くほどの内容ではないなぁ……と思いながらふと見る。やはりドイツやイタリアの武官が遠巻きにチラチラとこちらを見ている。

 

 おい、そっちだって前半の情報は知って居るだろう? それに結局、後半を聞いても武蔵の養子縁組の話ばっかり。マジで聞くに値するものではない。敢えて連中に教える必要もないと思い放置する。

 

 だいたい艦娘の心情吐露した内容は、艦娘関係者には資料的な価値もあるかも知れないが……思わず提督は席を立った。

「後は任せた。ちょっとタバコ吸って来らぁ」

 

 副大臣を目の前にして中座する不届きモノはオレくらいだろうなと思いながら彼は食堂を後にした。目を丸くしていた副大臣の顔……滑稽だったな。

 

 食堂から歩いて直ぐの埠頭に着いた彼は、適当な木箱に腰をかけてタバコに火をつけた。あ……灰皿が無い。そう思っていたら、誰かが「どうぞ」と言って灰皿を持ってきた。振り返ると大井だった。

 

「……ああ」

 意外な艦娘の登場に、少し驚いた提督だったが、相手が誰であれ艦娘は艦娘だ。

「座るか?」

 そう言って少し場所をずらした。

 

「ええ……」

 ちょっと意外だったが彼女は彼の隣に座った。ほほうと内心、感心する提督。

 

「悪ぃな灰皿……お前はタバコの煙は嫌いじゃないか?」

「はい、いろいろあったから……慣れましたわ」

 それを聞いた提督は、ああそうか。彼女はいろんな修羅場を……戦闘というよりも人生の辛酸を舐めてきたんだと思い出した。

 

 そういう意味では艦娘の中でも極めて『人間的』ではないか? 案外オレみたいなアウトローとも付き合い易いタイプかも知れないなと彼は思った。

 

「お前……美保と、いろいろあったんだってな」

 直球過ぎるかな? だがオレが睨んだ通りなら、この程度でビクつくタマじゃ無いだろう?

 

「ええ……」

 そう言いながら彼女はクスクスと微笑んだ。意外な反応だな。

 

「ゴメンなさい、貴方って噂通りの方……」

「そうか?」

 彼女は少し座り直してから、笑顔で言った。至近距離で見ると大井だって十分可愛い。

 

「良いのよ、自然体で……私もその方が気が楽だわ」

「ああ、だろうな」

 なんだ、大井ってざっくばらんな良い奴じゃないか? 噂で聞く印象との違いに新鮮な驚きを覚える。だから彼女から何かを聞き出そうとか、邪(よこしま)な思いは消えてしまった。純粋に対等に話がしてみたい相手だと思わせた。

 

「お前……酒は飲まないか?」

 ブルネイのBarにこいつを呼べたら楽しいだろうが現実的ではない。しかし純粋に聞いてみたかったのだ。

 

「そう、私ね、一時期、お酒に溺れたこともあったのよ」

「あ……そりゃ悪かったな」

 提督はちょっと反省した。そこは彼女の黒歴史か?

 

 だが彼女は続けた。

「ううん気にしないで。私も遠慮なく話せる相手のほうが良いから」

「……」

 彼はホッとしてタバコをふかした。ちょっとは気を遣ったのだが、彼女は平然としていた。いや、むしろ何かを懐かしんでいるような表情だった。

 

 しばらく無口でお互い、美保湾の向こうにある大山を見ていた。

 

 やがて大井が口を開いた。

「私、記憶喪失とか言われているけど……実はもう、ほとんど思い出しているの」

「……」

 いきなり来たぞ。

 

「死んだ夫もタバコが好きだった」

「……」

 

 彼女は髪を掻き分けた。

「本当は私、美保司令が好きだったみたいだけど……それに気付いたのは、ホントごく最近だった。きっと意固地になっていたのね」

 

「……」

 もはや艦娘とは思えない、あまりにも人間的な大井。だが多くの苦労が彼女をここまで成長させたのだろうか?

 

「提督も、いろいろ、お有りでしょう?」

 突然振られた。ちょっと驚いた彼は、時間稼ぎでタバコをふかしてから答えた。

 

「まあな……だが正直、艦娘と出会って良かったぜ。そうだな、もし普通の生活をして普通の人間しか相手にしてなかったら、今のオレは無かったな」

 彼が言うと大井は笑った。

 

「それは私も同じね……私の場合は艦娘というより、やっぱり人間との出会いが大きいわ……いろんな人。いい人も、悪い人も、それこそ万華鏡のようね」

 

 そこで彼女は提督を見た。

「……一本、下さる?」

 

 さすがにビックリした。だが彼は無言で箱を差し出した。彼女は慣れた手つきで一本、抜き出す。提督はタバコをくわえた彼女に火を貸した。彼女は海風から火を守るようにして着火させると、はあーっと煙を吐き出す。

 

 またしばらく無言の二人。時おり海風に乱される髪の毛を気にする大井だったが……気がつくと薄っすらと目に涙を浮かべていた。

 

 やがて彼女は短くなったタバコを摘んで言った。

「もう……今日、これで最後ね。最後……」

 

 それ以上言葉が出ないようだった。じっとタバコを見て静止している。もしかしたら美保鎮守府では堂々と吸えないので隠れて吸っていたのかも知れない。

 

「お前も……大変だったんだな」

 提督には、それしか言えなかった。

 

 灰皿に吸殻を入れた彼女は立ち上がって大きく背伸びをした。

「はあ……スッキリした」

「そうか」

 

 彼女は振り返ると微笑んだ。

「さすがに美保司令夫妻の前では、こういう告白は出来なかったの」

 

「良いさ。誰にでもそういう面はある」

 彼の言葉に、静かに頷く彼女。海からの風が……急に止んだ。なんだろうか? 妙な感じが漂う。

 

 そのときだった。提督と大井の携帯がいきなり変わった音を立てた。

「何だ?」

「……これはっ」

 

 二人が言う間もなく、ゴーっという轟音と共に大きく揺れ始める埠頭。

「地震だ!」

 

 思わずタバコを吐き出して大井を庇う提督。彼女も埠頭にしゃがみこむ。ふと見ると警備をしていた艦娘たちも、お互いに抱き合いながら何かを叫んでいた。

 

「慌てるな……ジッと待て」

「はい」

 提督は自分に言い聞かせるように大井にも語りかけた。そんな最中ではあったが、彼女から川内とは違った微かな香りが漂ってくる。この非常時に不謹慎だなと自分で思いながらも、なぜかその香りに妙な安堵感すら覚える彼だった。

『やっぱり女性は良いなぁ……』

 当然、心の声である。ただ彼女にはリアルで発声しても笑って受け入れてくれそうだったが。

 

 揺れは、かなり長く感じた。どちらかといえば横揺れか? 海面にも幾筋かの白波が立っている。震源は何処だろうか? ……海だったらヤバイな。そう思っていると徐々に揺れが収まってきた。

 

 取りあえず埠頭には倉庫くらいしか見えないが、さほど被害は出ていないようだった。町は見えないが、サイレンが鳴り響いている。

 

 直ぐに放送があった。

「出雲方面の内陸部を中心とする地震が発生。津波の心配はありませんが余震の可能性があります。各自は第二種緊急体制にて待機。各リーダーは被害状況等を知らせよ!」

 

「取りあえず戻ろう」

「はい……」

 二人は立ち上がった。

 

 彼が食堂に戻ろうとすると大井は

「ありがとう、提督」

 そう言いながら敬礼をしていた。

 

「ああ……」

 彼も軽く返礼をしながら、食堂へと急いだ。

 

 食堂は騒然としていた。午後の予定は全てキャンセル。数組の艦娘が海へ出るらしい。

 

 美保司令は指示を出す。

「空軍の高尾電探が一時ダウンしている。オスプレイが哨戒に出るから緊急チャンネルを開いて回線を確保。装甲車も全て待機。あと……」

 

 そこで提督に気づいた司令。

「お怪我はありませんか?」

「ああ、ダイジョウブだ」

「ちょっと失礼……」

 

 彼は祥高を呼び寄せると、何か小声で指示を出している。彼女は軽く頷くと、寛代と大淀に指示を出す。二人は敬礼をして直ぐに散って行った。聞かれたらまずい内容かな? 提督は思った。

「オレたちも手伝えることがあれば、言ってくれ」

 

 提督の言葉に微笑む司令。

「助かります……とりあえず敵の上陸に備えてください」

「地上戦か?」

「その可能性があります」

 

それを聞いた川内が言う。

「そりゃ、腕が鳴るな」

 

 言うなり彼女はニンジャ刀に手を掛ける。いつの間に持ってきたんだ?

「非常時には常識だろ?」

 

 ま、そりゃそうだ。

 

 司令が提督に補足する。

「聞かれたかも知れませんが、空軍及び陸軍からの索敵情報が現在ダウンしています。この間隙を突いて敵が電撃作戦に出てくる可能性があります。いつも敵は、こちらの索敵範囲のギリギリのところで様子を伺っていましたから」

 

 なるほど、そこまで敵の動向を掴んでいるのか。

 

「我々も可能な限り手伝うぞ」

ドイツとイタリア、それにケリーも申し出ている。

 

振り返った司令は矢継ぎ早に指示を出す。

「U-511は潜水艦部隊に合流して索敵。他は沿岸部で指示に従って下さい……神通と比叡、それに伊勢!」

 

 すぐに呼ばれた艦娘たちが来た。

「君たちの部隊に海外武官が連れてきた艦娘たちを振り分けてくれ。今回は沖合いに展開せず、全部隊沿岸部で頼む。場合によっては上陸作戦に対抗することもあるので、携行可能な者は地上兵器も持参」

 

『了解』

 艦娘たちは敬礼をして直ぐに散った。なるほど、美保鎮守府は小さいながらも小回りが利きそうだな。

 

「私たちも手伝うぞ」

武蔵と日向だ。

 

「武蔵は美保の金剛の指示に従って沿岸に展開。日向も沿岸で伊勢と共に航空索敵を頼みます」

『了解』

 

司令は二人に言う。

「弾薬は金剛や伊勢に言って、補充して下さい」

「分かった」

 

武蔵はウインクをして言った。

「フフフ、美保家の武蔵としての初陣だな」

 

それを聞いた日向も微笑んで言った。

「まだ敵が来ると決まったわけではありませんよ」

「分かっている。だが……きっと来るぞ」

その言葉に黙って頷く日向だった。

 

「司令!」

霞が来た。

 

「空軍の電探が復旧したそうです」

「分かった。すぐにリンクシステム……メインは通さず、一時的にサブチャンネルに接続させてくれ」

「了解」

霞は駆け足で戻る。

 

司令は提督に言った。

「私たちは司令室へ行きますが、提督も来られますか?」

 

彼は頷いた。

「ああ、見せてもらうよ」

 

「オレたちも良いかな?」

副大臣と副長官だ。それに海外武官たちも同行している。

 

「はい、参りましょう……この人数だと、ちょっと狭いかもしれませんが」

彼らは2階へと上がる。

 

 2階へと上がると執務室の向かいに作戦司令室がある。

彼らが入ると、中には祥高と寛代、それに大淀が居た。さすがにちょと狭いかもしれない。

 

「あ……」

と言いながら状況を察した大淀が言う。

 

「私の端末だけ持ち出して別室でやりましょうか?」

 

司令は言う。

「いや、良いよ。様子だけ見て、あとは執務室でモニターするよ」

 

 確かに狭いな……と誰もが思った。こればかりは小さな鎮守府ではどうしようもない。美保鎮守府作戦司令室。広さは12帖ほどだが各種通信機器が所狭しと置かれているので、当然狭い。

 

「それでも最新の機器に更新するたびに、広くなってきましたよ」

司令の言葉に、海外武官や提督たちは頷く。確かに、ほとんどの機械は最新らしく端末自体の厚みも少ない。

 

「以前はエアコンも無くて……夏は大変でしたね」

祥高が笑う。寛代や大淀も頷く。

 

ドイツ武官は言う。

「なるほど小さいながらも機能的だ。日本人らしいな」

 

イタリア武官も言う。

「そうね……あまりゲージュツ的じゃないけど、百人規模ならこんな感じかしら?」

 

続いてケリー

「でもここで美保エリアの陸海空の全ての情報と、艦娘たちの動向をオスプレイやM-ATV経由で米軍ともリンクさせているのよね?」

 

提督には正直よく分からなかった。

司令は頷く。

「はい。実はサーバーは地下にあります。それをファイバーで結んでいます。以前から何度か地震に遭っていますが、今のところ断線などの被害はありません。またメインサーバーは海軍省と米軍の施設も一部借りてますから、この鎮守府のシステム自体が一種の端末に過ぎません」

 

 ほおっと感心したような一同。

 

 その時、各種のディスプレイやランプが一斉にアラート信号を出した。

「やはり来たな!」

 

 全員に緊張が走る。だが美保司令は落ち着いていた。

「大淀さん、全員に作戦Bで待機と指示」

「了解」

 

いよいよ始まるか。

 




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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第51話:『指揮官の本質』

美保鎮守府が戦闘状態に入った。同時に隠されていた兵器がその片鱗を表す。


「突出した艦娘が居るわけでもありません」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第51話:『指揮官の本質』

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 作戦司令室はアラートが鳴り響いている。同時に大淀や寛代、それに霞は通信機を操作したり指示を出している。だが司令室は既に大人数で、さすがにちょっと息苦しい。

 

 美保司令は改めて言った。

「では皆さん執務室へ移動して頂きましょうか……祥高さん、後を、お願いします」

「はい」

 美保司令夫妻は、お互いに敬礼をする。

 

 司令は見学者を引き連れて退出すると皆を廊下の向かい側にある執務室へと案内した。

 執務室に入った副大臣は言う。

「何だ、この距離なら別に移動する必要も無さそうだな」

 

 司令も笑う。

「そうですね……一応、ここでも戦況を見ながら指揮は執れるようになっています」

 

 彼がデスクのボタンを操作すると天井のプロジェクターから戦況を示す地図と各種のグラフ、文字情報が白い壁を利用したスクリーンに投影された。

 

「私はインカムで逐次、指揮を取りますので、ご無礼をお許し下さい」

司令は、そう言いながら小型のインカムを耳に挟んだ。

 

 腕を組んでスクリーンに投影された概観図を見ながら副長官(軍令部作戦参謀長補佐)が聞く。

「相手の規模、状況はどうなっている?」

 

「はい……地図にも出ていますが彼らは二手に分かれています。索敵範囲ギリギリで様子をうかがっていた部隊と、更に遠くの本体と思われる大艦隊です」

 

画面を見て提督は言う。

「空母4、戦艦5、駆逐艦多数……本体との距離があるのが幸いだが」

 

 ドイツ武官も、スクリーンを見ながら言う。

「手前の部隊が高速で先制攻撃をして、こちらの戦力が弱まったところで本体が来る積もりかな」

 

 司令は頷いた。

「そのようです。とにかく敵の上陸は可能な限り避けなければなりません」

 

 スクリーンを見ると沿岸部の艦娘たちが一斉に展開して敵の先制攻撃部隊と迎撃戦闘に移っている様子が分かった。

 

 提督は腕を組んで言った。

「数的には五分五分か? 美保の艦娘たちは大人しい子が多そうだから上陸されて肉弾戦に持ち込まれたら、かなり不利じゃないか?」

 

 美保司令は微笑んだ。

「そうですね。それは避けたいです。ただ美保の艦娘たちの武装はデフォルトではなく、ほとんど換装しています。まあ見ていて下さい」

 

 前線の艦娘たちは司令部の祥高や寛代、大淀と交信をしているようだ。こちらのモニター画面にも各部隊のマーカーが点滅し、文字情報が盛んにスクロールしている。

 

「あの画面の上と下にある丸い点は何だ?」

さすが副大臣、着眼点が違うなと司令は思った。

 

 彼が説明しようと口を開きかけたとき、ケリーが説明を始める。

「あれは米軍の偵察衛星です。宇宙からも状況を逐次監視しています」

「ホウ」

 腕を組んで感心したような副大臣。

 

 だが副長官が眼鏡を指先で持ち上げながら言う。

「何だ? ……軍令部では、まだ衛星通信は本格運用はしていないはずだが」

 

 司令は答える。

「はい。これも米軍とのリンクシステム実験です。美保では陸海空軍だけでなく米軍とも情報をリンクさせているとお話しました。その実証です。申し訳ないのですが、これは軍令部を通さず元帥の直轄指示で実施しています」

 

 その答えに少し苦虫を潰したような顔をした副長官。

「そうか……まぁ、仕方ないか」

 

 面目丸潰れ……とまでは行かないが、気持ちの良いモノではないだろう。

副大臣は、なだめるように言う。

「まぁまあ……ここは元帥の箱庭だと思って」

 

「ああ……それは分かるがな」

 制度や体制のこともある。しかし美保の副司令が姉の祥高ということで彼女はガマンしているようだった。

 

 司令も言う。

「越権行為スレスレのことはお詫びします。しかし今回はチャンスかも知れません」

 

「というと?」

コレは提督。

 

「先も言いましたが、艦娘たちは主に米軍提供の最新兵器を実装しています。今日、見学戴いたのは地上兵器のほんの一部……実は海上兵器もいくつか提供されていますし、各種ミサイルも装着しています」

 

 スクリーンを見ていると戦闘は山陰海岸の美保湾を中心として数箇所で展開されている。そのほとんどが沿岸部の戦闘となっていた。

 

 司令の言葉を裏付けるように、従来の兵器での戦闘に見られるような、一進一退というリズムではない。最初は一方的に見えるのだが、ある一点を境に突然、こちら側が敵をねじ伏せているパターンが続いている。

 

 だから当初は数の上で敵のほうが、やや優勢かと思われたのだが、画面に表示される戦果を見ていくと明らかに戦況はこちが有利に展開しつつあった。

 

司令は言う。

「現代のほとんどの兵器が電算技術のカタマリですからね。しかもネットワークで情報を共有しています。何処かで戦端が開かれたら一気に敵の全ての情報が共有されます」

 

「つまり?」

質問する提督に、司令は応える。

 

「電算化によって照準だけでなくリンクシステム上の全ての艦娘の配置や、個々の武装の種類、残弾数等が共有されます。その上で敵の種類と位置を計算して最も効率的な戦術を立案し再び各艦娘にフィードバックします」

「なるほど」

「だから最初はこちらが押されるんですが直ぐに形勢が変わります。そして結果的には目をつぶっていても戦える……まあ、照準も自動ですから撃ったタマが勝手に当たるイメージですね」

 平然と言ってのける司令。頷くケリーと海外武官たち。

 

「究極的には、艦娘も不要になるでしょう」

「まさか……」

この美保鎮守府とは一体何だ?

 だがそう言って一番驚いているのは日本人だけかもしれない。

 

司令は言う。

「別に魔法でも何でもありません。美保には突出した艦娘は居ません。もはや時代は個別の艦娘の優劣ではなく相手の情報を多く捉えて分析し効果的に配分伝達するか? ということです。これは日本が苦手な目に見えない部分、つまり情報戦なのです」

 

そして彼はスクリーンを見て言った。

「沿岸部の敵は、もう時間の問題でしょうか」

 

 誰とも無くホウッというため息のような感想が漏れた。コレが現代戦、まさにゲーム感覚というものか。

 

 美保司令は帽子を脱いだ。

「もう少ししたら、隠岐周辺に展開中の敵艦隊……アレを狙います」

 

 副長官は驚いたような表情。

「まさか……何キロあると思っているんだ?」

 

 提督も言う。

「武蔵を使うのか? だが彼女で届くのか?」

 

 微笑みながら司令は首を振った。

「いえ武蔵ではありません。ただ敵には可哀相ですが実証実験を兼ねた標的になって貰います。この距離なら多少外しても、まだ余裕がありますしね」

 

「さっき言ってた、チャンスって?」

 コレはイタリア武官。

 

「はい、新しい時代の幕開けです。その瞬間をご覧下さい。すぐに発射に理想的な陣形になりますので」

司令はケリーと目配せをして微笑んだ。

 

 何だコイツらは? と提督は思った。それは彼自身ちょっと不思議な感覚だった。まるで自分や日本のメンバーが彼らに嫉妬しているような……いやいや、そんなことはあるまい。彼は慌てて否定した。美保司令は元帥の庇護の元で行動して居るに過ぎない。ここは一つの実証実験の場なのだ。

 

 司令はインカムに指を当てて状況を聞いているようだ。やがて「ちょっと失礼」と言うと自分のデスクに座って瞑想のように腕を組んで目をつぶった。何をしているのだろうか?

 

 あの武蔵が言っていた、何かの思索か瞑想の一種だろうか? 単に目をつぶって考え事をしているようには見えなかった。

 

 そう、その場の誰もが彼の『瞑想』に興味を持った。考え事というより、まるで祈りに近い姿だ。まるで、どこかと交信しているような雰囲気だった。

 

「祈っているのかしら……ね」

 イタリア武官が呟くように言う。

 

「そうだな……」

 ドイツ武官も同調する。彼らはクリスチャンなのだろう。だから美保司令の『瞑想』に祈りに近いものを感じたに違いない。

 

 そのとき部屋全体がカタカタと音を立て始めた。

「きゃあ!」

 と言ったのは副長官ではなくイタリア武官。余震のようだった。

 

「そうか……余震はまずいな」

 目をつぶったまま司令は呟く。

 

 やがて彼は静かに目を開けた。

「ああ、失礼しました。整いましたので、そろそろお見せ出来ます」

 

「何が?」

 副大臣が問う。

 

司令は応えた。

「まずはスクリーン上で隠岐周辺に展開している敵の艦船の状況に、ご注目下さい」

 

 言われるままスクリーンを見上げる一同。そこには隠岐の島より少し後方に展開している無数の敵艦が見えた。

 

「まさか……アレを攻撃すると言うのか?」

 副大臣が呟いたその次の瞬間だった。

 

 スクリーン両サイドの地形図には何かの設備の稼動状況を表すようなライトが点滅して文字情報ボックスが現れた。そこには何かが動き出したことを示すパーセンテージが表示されて直ぐにスタンバイとなった。

 

 ただ半分以上の設備には『注意』と黄色で表示され『one time』つまり一回限りと言う注釈が付いている。

 

 美保司令はスクリーンを見詰めている。ちょうどその時、彼はインカム越しに返事をする。

「祥高か?……うん、見ている。そうだな……余震で電源や照準装置、施設の安定性が維持できないかも知れないし……うん、そうだ。仕方が無い。ワンタイムのものは様子を見つつ行こう。とにかく撃てるモノから順次、攻撃に移そう」

 

 直ぐに、画面上の幾つかの設備図から『OK』と言う表示が出始める。

 

「これは何かの発射装置か?」

ドイツ武官が聞く。

 

 美保司令はまだ無言。一同は、改めてスクリーンを見る。ただ時折、設備図の表示が『OK』になったり消えたりしている。不安定なようだ。

 

 司令は意を決したようにインカム越しに指示を出す。

「よし、OKのものから順次、発射!」

 

 その場に居る誰もが何か大きな発射音がすることを半ば期待していた。しかしその『砲台』から距離があるせいだろうか? 全く音は響かない。

 

「何だ? 発射したのか?」

 画面の『FIRE』の表示を見ながら不思議そうに副大臣が言う。

 

 司令とケリーは顔を見合わせた。司令はスクリーンを見ながら微笑む。

「直ぐに結果は出ますよ」

 

 一同はスクリーンに注目した。特に隠岐周辺の敵艦隊の近くの画面には着弾予想時間のポップアップが開く。その時間は一桁程度で短い。

 やがてカウントダウンがゼロになると同時に艦影が一つ、また一つと消えていく。画面には『轟沈』という表示。

 

 ……最初、誰もが唖然とした。

 

 副長官が叫ぶ。

「何だ? この兵器は」

 

 司令は答える。

「レールガンですよ」

 

「はぁ?」

副長官たち日本人は知らないようだった。だが海外武官は言う。

 

「もう実用化していたのか?」

「さすがアメリカね」

「まだ実験段階ですけどね」

 ケリーは当然だがドイツもイタリアもさすが諜報部員だ。既に情報として知っていた。

 

 司令は肩をすくめながら言う。

「ただ電源がちょっと……山陰では電力のバックアップが弱いです。それに今日は地震がありましたからね。余震の影響で発射の環境そのものが不安定ですし」

 

 スクリーンを見ながら提督は言う。

「おい大丈夫か? まだ敵はたくさん居るぞ?」

 

 その時、司令はインカムに反応する。

「……大淀さん? ああ……そうだ。取りあえず地上砲台は全てチャージを優先させてくれ」

 

 ドイツ武官が聞く。

「どうだ? やはり連射はキツイか?」

 

 司令は応える。

「そうですね……一応、発射装置自体にも蓄電出来るので、ある程度の連射も可能です。ただ地震があったのが痛いですね。まあ敵もレールガンで狙われるとは思っていないでしょうから心理的に圧力を掛ける効果は絶大です」

 

 司令の言葉にイタリア武官も言う。

「そうねえ、シナやロシアもレールガンの理論は知っているにしても、まさか山陰の小さな美保鎮守府がそんな兵器を持っているなんて想定外でしょうね」

 

 ドイツもそれを受ける。

「ああ……何しろ戦場でアレにやらると、いきなり轟沈させられるからな。仮に轟沈を免れても何に狙われたのか分からないだろう」

 

『?』

 残念ながら日本の軍人たちにはレールガンと言われてもチンプンカンプンである。ただ堅実な美保鎮守府が使うのだから、変な兵器でないことは確かだ。

 

 スクリーンに表示される敵艦が徐々に山陰海岸に近づきつつあるのを見て、ケリーが言う。

「司令、どうする気? ……やはりアレを使う? 今、何処?」

 

 司令は頷く。

「取りあえず今は赤崎の沖で待機させています。確かに、あれは余震の影響は受けませんね」

 

 ケリーは腕を組み頬に手を添えて考えるような仕草をしている。

「もう使うしかないでしょう? 全滅させなくても、あと数隻沈めたら敵も撤退するでしょうし。レールガンは最初だけで後はミサイルを使うしかないわね」

 

 彼女の言葉に司令は頷く。彼は改めてインカムに向かって指示を出す。

「祥高さん、赤碕沖の部隊にレールガンの発射指示を……そう。射程は行けるはずだ。今日は波も少ない……うん。とにかく敵本体の進行を食い止めさせて下さい」

 

 その時、別の入電があったらしい。

「……何? ああ、寛代か」

 

 司令は忙しいな。

「……陸軍と空軍からも加勢したいって? ……そうだな。陸軍には、とにかく山陰沿岸の警備を固めるように依頼してくれ。特に遠浅の砂浜と国道は押さえるように。空軍は……」

 

ここで司令は自席の端末を操作して何かの情報を開いている。

「美保空軍基地に、これからリンクシステムの情報を流すから、もし敵機動部隊が更に近づくようなら支援戦闘機の出撃を依頼する。コードは5563、パスワードはB列で。ああ、それまで待機と伝えろ。……そうだ。以上!」

 

 提督は、これがあの『ボー』っとしていた司令だとは思えなかった。やはり記憶が途切れていたと言うのは本当だったのだろうか?

 もしかしたら……『演技』していたのかも知れない。何しろ美保は諜報も力を入れているらしいからな。

 

 彼は呟くように言った。

「戦闘になると修羅場になるのは、どの指揮官も同じだな」

 

 ふと顔を上げた司令も笑った……いや、苦笑いか。

「そうですね。特にここまでの大規模な戦闘は久しぶりですから」

 

 それでも一段落付いたのか、スクリーンの情報の更新速度が若干、遅くなる。インカムでの交信も少なくなった。

 

 この状況を見て提督は思った。あらゆる意味で対照的なブルネイと美保。

 最初は嫉妬のような複雑な感情が入り乱れたが司令が孤軍奮闘するような状況を見て、指揮官の本質は変わらない。

 むしろブルネイでも手こずりそうな規模の敵を相手に僅か百にも満たない美保鎮守府が良く戦っているなと少しずつ応援したい気持ちになってきていた。

 

 そういえば……彼は川内を思い出した。

『あいつ、しっかり待機しているかな? いや、もうどこかで戦っているかな?』

 

 司令は「お茶でもしましょうか」と言って、インターホンを押す。もはや余裕だな……それだけ戦況は有利に展開しているのか。

 

「えっと、誰が良いかなあ……」

 司令は腕を組んで目をつぶっている。何かをボソボソと呟く。時おり顔をしかめていたが、やがて目を開けて言った。

 

「まあ、皆さんお座り下さい。もう直ぐ艦娘がお茶をお持ちします」

 




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第52話:『隠岐海戦』

いよいよ隠岐周辺の敵本隊への攻撃が始まる。だが形勢は美保が有利。そのとき執務室に艦娘がお茶を持ってきた。


「じゃあな、クソ提督……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第52話:『隠岐海戦』

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 執務室内では各自、執務室のソファやイスに腰を掛ける。そして壁のスクリーンに映し出される戦況に注目していた。特に注目するのは隠岐の島周辺の敵艦隊だ。

 

 副長官が腕を組んで言う。

「第一次の攻撃で敵の本体の半数近くが殲滅されたのか」

 

司令が応える。

「そうですね……ただ地震の影響で、どうしても安定してレールガンの運用が出来ない状態です」

「それは痛いな」

 

……確かにスクリーンに表示されているレールガンの状況は軒並み待機状態になってしまった。

 

 金城提督も言う。

「最新の電算技術兵器も結局は、電気がなければただの箱だな」

 

「あはは……」

 痛いところを突かれて美保司令は乾燥した表情で苦笑している。

もちろん提督は悪気があって言ったのではないことは分かっていた。むしろ、その壁が無いことが彼の良い面なのだ。

 

 ドイツ武官が聞く。

「その米軍の開発したレールガンが、この山陰海岸にいくつか設置されているわけか」

 

 すると司令ではなくケリーが応えた。

「そう……山陰は空いている土地も多いですし、何より他地域よりも機密が守りやすい。それに美保鎮守府には過去に敵が何度も攻撃してきたという要素もあります」

 

 イタリア武官が言う。

「つまり壮大な実験場みたいなところね」

 

 提督も聞く。

「沿岸部の敵はかなり撃退したが……美保はやっぱりミサイルとか飛び道具系が中心か?」

 

 苦笑する美保司令。

「そうですね。もちろんミサイルもありますが正直、美保の艦娘も私自身も敵の上陸作戦や近接戦闘、特に肉弾戦は避けたい傾向がありますね……トラウマかなあ」

 

提督は言った。

「何だ、それならオレが稽古付けてやっても良いんだぞ?」

 

 彼の言葉に場の雰囲気が和んだ。

 

 ドイツ武官が言う。

「そうだな……前線の兵士はオールマイティなほうが良い。武器も使えて素手でも戦えるような艦娘が理想だな」

 

 それは諜報部員そのものだな。

 

 続いてイタリア武官。

「でもねぇ、やっぱり艦娘も鎮守府も個性はあるわ。指揮官によっても部隊の性格は変わるし。アタシとしては無理に『こうあるべき』って型にハメる必要も無いと思うの」

 

 この言葉には一同、頷いた。

 

 副大臣も言う。

「まあ政治家として言わせて貰えばレールガンとか飛び道具は予算が大きくなる。美保は実験場的に米軍が提供してくれているから助かるが、もしこれが『自力武装』となれば、もはや帝国海軍の予算だけでは、まかない切れないだろう」

 

 美保司令も答える。

「そうですね。理想としては今のうちに敵を叩いて置いて何とか講和に持ち込んで戦争終結となれば良いのですが……敵が聞く耳を持つかどうかですね」

 

 それを聞いた提督は『ほほう美保司令は、そこまで考えているのか?』と思った。もちろん現状では深海棲鑑が人類との和平交渉に応じる気配はまったく無い。

 

 ここで痺れを切らしたように副長官が聞いた。

「話を変えて悪いが……そのレールガンって言うのは、レーザー兵器か何かか?」

 

「えっと……何ていうか」

 司令はちょっと困った顔になった。

 

するとケリーが続ける。

「電磁石で高速弾頭を連射する兵器です。日本ではあまり研究されていないようですね」

 

 別にケンカを売っている訳ではないのだろうが副長官は少しムッとした。

 副大臣が苦笑して言う。

「いやぁ、研究はしていると思いますけどね、実証実験までは……やっぱり予算が厳しくて」

 

 その時インカムに受信した司令が返事をする。

「え? ……ああ繋いでくれ」

 

 何処かから入電したようだ。思わず聞き耳を立てる面々。

「どうだ様子は……うんうん。そうか。基本、君に任せるが……あ? いや」

 

誰だろうか? 口調からすると相手は指揮権を持つ艦娘らしい。

 

 司令の会話は続く。

「そうだ。全弾は撃たないで最初に2発、残りは様子を見て……だな。そうだ、ありがとう」

 

 会話の雰囲気から推測するに相手の艦娘は控えめな性格なのだろう。

 

「誰かな……」

 司令と同じく艦娘を束ねる金城提督としても、そこは関心があった。

 

「ウフフ、艦娘の部隊の指揮官って、皆、やさしい口調になるのよね」

イタリア武官がクネクネしながら言うとドイツ武官は応える。

 

「いや、そうとも限らん。わが軍では総じて敬語など使わん。ビシッとしているぞ」

 

すると苦笑したイタリア武官は手で何かを払うような仕草をした。

「やぁねぇ、だからドイツ人は無骨だって言われるのよ!」

 

 ちょっとムッとしたドイツ武官。

 

 すると副大臣が加わる。

「しかし、このブルネイの提督殿も、どちらかと言うとドイツっぽいと言うか、あまり優しくはないぞ」

 

「あはは」

 提督は適当に笑っておいた。余計なお世話だ。

 

「クソ提督は居るかぁ!」

 いきなりノックもせずに艦娘が執務室の扉を開けた。

 

「クソ?」

 武官たちが目を丸くしている。司令と提督は苦笑している。お茶を持って来た艦娘らしい。

 

「やぁボノちゃん、相変わらずだねぇ」

 副大臣が笑顔で手を振るが完全に無視された。

 

「提督?」

 そう言いながらドイツ武官が金城提督を見るが、曙は美保司令を見ている。

 

「けが人を給仕に使うとは、いい度胸だね? ……このクソ提督!」

 そう言いながらも、お盆に載せた茶碗を司令の袖机に置いて給仕の準備をしている。

 

「失礼」

 実はもう一人の艦娘がポットを持って入って来ていた。響だ。

 

 ドイツ武官は思い出したように言った。

「駆逐艦、曙と響か」

 

 曙は給仕をしながら、それでも軽く会釈をした。響は「よろしく」と小声で言いながらその場で軽く敬礼をしている。

 

「それ、こっちに早く寄こしなさいよ!」

 茶碗を並べ終えた曙が響に命令口調で言う。言われた響はマイペースでそれに従うが明らかに二人のテンポはかみ合っていない。

 

「ボノちゃんボノちゃん、クールダウンだよ?」

 半分からかうように副大臣が言う。それでも無視し続ける曙。

 

 やがて二人は、各自にお茶を配り始める。その間も曙は司令をチラチラ見ているが、響はスクリーンの情報を気にしているようだった。

 

「頂きマース」

 おどけたように言うのは副大臣。この人もマイペースである。彼の言葉を合図のように各自が、お茶をすすり始める。

 海外武官たちも日本語が堪能なだけあって、緑茶も抵抗無く飲めるようだ。

 

「ありがとう。戻って良いよ」

 司令が言うと、響は軽く手を上げて言う。

 

「司令官……戦況は有利なのか?」

「ああ、沿岸部はかなり掃討したから、あとは沖合いの本隊がどうなるか……だね」

 司令が応えたタイミングでスクリーンのある一点、赤碕沖の海上で『OK』の点滅表示。

 

すぐにインカムに反応があったらしく司令が応える。

「OKだな? よし分かった。最初に2発、残りは状況次第だ」

 

 彼の言葉で全員がスクリーンに注目する。赤碕沖の点滅は『FIRE』に変わる。直ぐに隠岐周辺の赤いマーカーで美保湾に最も近い二つの点にボックスが開き、カウントダウンが始まる。

 一同……曙や響も含めてその数字がゼロになるのを見詰めていたが、やがて『HIT』表示。続けて二つの光点は消滅した。後は沈んだ敵艦の概要データがボックス表示されデータベースに自動照会されている。

 

「轟沈か……」

 副長官が呟くように言う。と、同時に隠岐周辺の敵部隊の陣形が突然乱れ始める。

 

 ドイツ武官が言う。

「ついに混乱し始めたな」

 

それを見た司令はインカムに指示を出す。

「アケボノ、残弾すべて発射だ。標的はプログラムに任せて良い。……そうだ、終わったら君は交代してくれ……あ? いや、そんなことは無い。君の手柄だ。うん、ありがとう……いや、良いよそんな……君の気持ちだけで十分だから……」

 

 何、いちゃついているんだ? 的な会話に一同は苦笑している。もちろん司令も苦笑しながら、インカムを外した。

「どうやら収束しそうですね」

 

 スクリーンでは残弾による次の攻撃が実行され再び敵の轟沈表示。あとは司令が言う通り敵の部隊は完全に戦意を喪失。退却を開始した。

 

 画面では自動的に各部隊へ撤退命令が指示され撤収が始まる。

 

副長官が聞く。

「このシステムは撤退命令も出すのか?」

 

司令は応える。

「はい。もちろん最終決定は司令部が判断しますから、副司令が指令室から指示を出しています。このスクリーンでは一瞬表示されただけですが、最も効率的な帰還ルートや、その際の装備すべき武装、各残弾や燃料。そしてお互いに不足している場合には誰に渡すか? というところまで全て現場の艦娘にも自動的に指示が出ます」

 

副大臣も唸る。

「至れり尽くせりだな」

 

司令は言う。

「人間がやれば、数十人規模の司令部が必要になりますが、計算部分はすべて電算機がやってくれますからね。美保鎮守府規模でもかなりの戦闘ルーチンが実行できるようになります。高効率ですよ」

 

 スクリーンの画面両サイドには、今回の敵の種類や、こちらからの攻撃のヒット率、その他が次々と表示され、自動的に処理されていく。

 

ケリーも言う。

「これらの戦闘情報が米軍と共有されて蓄積されて次回に生かされます。その分析処理もほぼ、自動的に電算処理されます。人間がやったら数日かかるものが、わずか数分で終わります」

 

「あっけない……ものだな」

副長官が淡々と呟く。ただそれは金城提督も同様だった。こんなスクリーンだけで終わってしまう戦闘があって良いのだろうか? いや、戦争に良いも悪いも無いのだが……。

 

 なるほど、こういった電算化システムによって人間や艦娘の経験だけで戦うのではなくなる。基本的な戦略や武器の選択、さらに照準まで機械に任せて艦娘や我々は戦いに専念するだけだ。戦闘中の交戦データまでもリアルタイムで蓄積され戦術に反映されていく。そして戦闘結果はデータベースに蓄積され、次回の戦闘にまた反映される。

 

 これが現代戦? どこか納得できない部分が残る提督だった。

 

「アケボノって言うのが部隊名ね?」

イタリア武官の指摘に、ハッとしたような一同。思わず曙に注目が集まる。

 

「……な、何だよ? アタシは関係ない……ってかホラ、行くよ! 響っ」

 なぜかお盆を抱えて真っ赤になる曙。その仕草は艦娘というより普通の少女そのものだった。

そそくさとお盆や急須を片付けると、響を急かすようにする曙。

 

 ただ、それでも彼女は司令の横を通り過ぎる際に小声で「じゃあな、クソ提督……」と声を掛けていた。

 

 そのままドアを開けて軽く会釈をして退出する曙。続いて、ドアの前で敬礼をしてから退出する響。

 最後にドアが閉まると執務室には急に静けさが戻って来たようだった。

 

「まるで嵐だな……いや、曙一人だが」

苦笑する副長官。だが海外武官も含めて、その曙自身が、その言動とは裏腹に司令を慕っている雰囲気は感じていた。

 だから司令も特に曙の言動を一同に詫びることは無かった。

 

 突然ケリーが口を開く。

「曙……POLAもあんな感じだわ。裏表があるのよね」

 

するとイタリア武官も言う。

「それは、うちのリベも同じよ」

 

するとなぜかドイツ武官に注目が集まる。彼はそれに気付いたようで口を開いた。

「U-511か。あの子も、あそこまで極端ではないが、性格は良い」

 

 口には出さなかったが金城提督も同様に感じていた。艦娘は皆、一途で優しい心を持っている。それを外見だけで判断して捻じ曲げてしまうのは結局、人間の指揮官であり組織なのだ。

 

 ただこの場に集ったメンバーは全員が艦娘の本質を理解していることに、ふと安堵する提督だった。彼は同行していた金剛や川内、そして青葉……いや、ブルネイに残してきた全ての艦娘たちのことを想っていた。

 

 ホームシックではないが改めて、早くブルネイに早く帰ってやりたいなと思うのだった。

 

『いつまでここに釘付けかな……もう宿題は良いだろう?』

 彼は心の中で呟いていた。

 




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第53話:『戦後処理と大晩餐会』

ゲーム感覚であっけなく終わってしまった戦闘であったが、某国が絡んでいたこともあり戦後処理が必要になるのだった。


「実戦が最大のレクチャーだな」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第53話:『戦後処理と大晩餐会』

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 ドアをノックして副司令官の祥高が来て敬礼をする。

「司令、今時点でのご報告に参りました」

 

「ああ、頼む」

司令が応えると彼女はバインダーをめくりながら報告する。

 

「隠岐周辺の敵は撤収。また海岸に展開していた敵も航行可能な者は退却。一部は自爆しました」

 その言葉に一同は沈痛な表情になる。

 

 祥高は続ける。

「一部の敵が上陸を試みましたが全て撃破。これは陸軍の協力を得たようです。この詳細については後ほど陸軍から資料を持参するとのことです。また敵の残骸は陸軍が回収を希望しておりましたので、そのまま提供致します」

 

 提督が司令を向いて聞く。

「ウチ(海軍)で回収しないのか?」

 

 司令は応える。

「よほど特異な敵でなければ全部、任せています。ウチ(美保)では場所も時間も人手も不足していますから。もっとも、この美保地域では陸海空軍が、お互いに緩やかに連携していますし調査結果はきちんと報告書をくれるので良しとしていますよ」

 

「ふーん」

 腕を組んで応える提督。正直彼にとっても、どうでも良いのだが。

 

 祥高は続ける。

「その件ですが今日の戦闘も含めて陸軍と空軍から担当者が打ち合わせ希望しています。どちらも美保鎮守府で希望されていまして時間はこちらに一任するそうです」

 

 司令は応える。

「空軍と陸軍か。15時でどうかな?」

「承知しました。先方に伝えます」

 

 副大臣は言う。

「その報告はオレと副長官も同席するから、その旨は先方に伝えてくれ」

 

 そこで副長官が口を挟んだ。

「あと姉さん、軍令部からの情報で分かっているとは思うが舞鶴と佐世保にも戦闘があったことは口頭で伝えておいてくれ」

「分かったわ」

……そこだけ一瞬、姉妹の会話になる。ちょっと微笑ましかった。

 

 祥高は続ける。

「あと今日の午後、予定されていた見学とレクチャーは中止で宜しいでしょうか? 艦娘たちも疲れてますし」

 

 司令は返事をする。

「ああ、そうだね。哨戒や警備担当以外は前線に出た者から優先的に臨時休養を与えてくれ。もちろん点呼と装備チェックは忘れないように」

「承知しました」

 

「……後は無いかな」

「はい、では……」

ここで祥高と司令は互いに軽く敬礼をして、彼女は退室した。

 

 副大臣はイスに深く腰を掛けて言った。

「そうか、いよいよ『戦後処理』だな」

 

 副長官も、しみじみと言う。

「しかし電算化と兵器の強化で戦闘もあっという間に終わってしまう時代なのかな」

 

全員苦笑する。

 

 副大臣が言う。

「今回の敵は、やはり深海棲艦だけじゃないんだろう? 国際問題になるぞ」

 

 続けて副長官。

「やはりシナか?」

 

 司令はちょっと困った顔をする。

「データ分析してみないと分かりませんが……識別コードでは某国が入っていたとだけ、お伝えしておきます」

 

 彼はケリーと顔を見合わせる。

「スミマセン、機密事項なので」

 

 副大臣は頭の後ろで手を組んだ。

「ウン、ウン、そうだね。機密事項だよな」

 

 するとイタリア武官が言う。

「現場は、こんなに打ち解けているのに軍組織とか国境の壁って厚いのねえ」

 

 ドイツも言う。

「そうだな。わが国ももし先の大戦後に占領されていたら分断統治されていたと言う話もある。貴国もそうだろう?」

 その言葉に日本人メンバーは頷く。

 

 ドイツ武官は続けた。

「同じ民族、国家が分断されることは悲劇だ」

 

 司令も言う。

「せめて……このブルネイを中心とした私たちは、この友好関係を続けたいですね」

 

 提督も応える。

「そうだな。艦娘を仲立ちとした友好だな」

 

 その言葉に、改めて場の雰囲気が和む。

 

 司令が言う。

「午後からレクチャーがなくなりました」

 

彼は武官たちを向くと申し訳無さそうに言う。

「この後の陸軍や空軍との報告には米軍も同席することになりますが、ドイツやイタリアの皆さんには、ちょっとご遠慮頂く事になりそうです」

「ああ」

「仕方ないわね」

 海外武官たちは納得したように応える。

 

 司令は言う。

「ゲストの皆さんは、ちょっと時間が出来てしまいますね」

 

イタリア武官が応える。

「仕方ないわ」

 

続いてドイツ武官、軽く腕を組んで言う。

「ただ実戦の状況を司令の説明つきでリアルタイムで拝見出来たから我々としては、これでも十分と言える」

 

 副長官は眼鏡を軽く持ち上げて言う。

「ああ、実戦が最大のレクチャーだな」

 

 クネクネしてイタリア武官が言う。

「そうねえ……まぁウチの司令部にはここまでの設備はないけど、米軍がウチにも提供してくれないかしら」

 

 苦笑するケリー。

「私はフィリピン米軍なので欧州は分かりませんが……」

 

 するとドイツが補足するように言う。

「必要なら今後そういう話もあるだろう。深海棲艦は、世界共通の課題だ」

 

 副大臣も言う。

「まあオレたち官僚や制服組は、たまたま現場に居てラッキーだったな」

 

 司令は補足するように説明する。

「今回、海外の艦娘にも多少参戦して頂いているので、あとで個別にお話は伺うかもしれません」

 

 すると副大臣が提督を見て言う。

「義務ではないがブルネイも15時からの話し合いには参加出来るがどうする?」

 

 提督は肩をすくめるようにして応える。 

「オレは良いよ。会議とかって面倒だからな」

 

 そう言いながら、ふと時計を見る提督。何かを思いついたように口を開いた。

「どうだろう、せっかくだからオレが艦娘たちに何か作って、ご馳走してやろうか?」

 

 急にその場のメンバーの目の色が変わる。なるほど皆、ブルネイ提督の「Bar」の噂は聞いているらしい。

 

 副大臣と副長官がほぼ同時に言う。

「噂のブルネイ鎮守府メニューか!」

「それは期待できそうだな?」

 

 司令も尋ねる。

「良いんですか?」

 

 提督は頭の後ろに腕を組んで答える。

「ああ……材料の買出しとか手伝って貰うかもしれないが、オレも腕を揮(ふる)わないと鈍(なま)ってしまうからな」

 

 そうなると食事会、いやパーティかイベント規模になる。司令はデスクに近寄ると、おもむろに内線を取った。

「祥高さんか? 食当に伝達してくれ。今日はブルネイの金城提督が料理を作ってくれる。足りない食材の買出しと調理の補佐を頼むと……ああ、経費も頼む」

 

 それを聞いていた海外武官も言う。

「提督だけに仕事をさせるのは悪いわ、私も加勢して良いかしら?」

 

 イタリア武官に続いて意外にもドイツ武官が言った。

「では私もドイツの伝統料理を振舞ってみようか?」

 

 微笑みながら司令は言った。

「これは、もっと補佐役が必要ですね」

 司令は誰かを呼び出した。

 

 直ぐに鳳翔が来た。司令は彼女に言った。

「鳳翔さん、今日は金城提督と海外の武官が夕食作ってくれることになった。かなり大掛かりなものになりそうだ。そこで美保と彼らの調整役を、お願い出来ないかな」

 

 物静かに状況を理解した彼女は、微笑みながら言った。

「いつも手伝ってくれる駆逐艦たちも、補佐をお願いしても良いですか?」

 

 司令は応える。

「分かった、副司令には言っておく。あと戦闘参加組で疲れている子は外してくれ」

「承知しました」

 彼女は軽く頭を下げて退出した。

 

 美保司令は時計を見て言った。

「ではこの場は解散して私とケリーさん、副大臣、副長官は陸軍、空軍との情報交換。金城提督とドイツ・イタリアの武官の皆さんには、一旦食堂に下りて頂いて、さきほどの艦娘、鳳翔さんと食事の準備をお願いします」

『了解』

 

 その後、青葉の報告によると提督には鳳翔さんと雷、吹雪など駆逐艦が補佐に入った。大部分の食材は在庫分で賄(まかな)えたが、金城提督が地場の食材を見たいとのことで電チャンの運転で境港の市場などを見て回ったそうだ。

 

 なお、この際の軍用車は残念ながらM-ATVではなく三菱の普通のタイプだった。

 

 イタリアにはリベッチオとPOLA、そしてドイツにはU-511と潜水艦たちが数名、手伝いに入ったらしい。

 

 食事会と言っても最初は食堂でこじんまりとしたイメージしかなかった司令だった。だが良く考えたら美保の食堂には百名も入らない。

 

 そう思っていたら、金剛などかつてブルネイまで遠征したメンバーを中心に『屋台』を組んではどうか? という提案があり、それを受け入れた。

 

 金剛や比叡、夕張たちを中心として美保鎮守府の中庭を中心として簡易的な屋台が次々と設営された。食事を作らないで手持ち無沙汰の艦娘たちが喜んでその作業を手伝うので中庭を中心に、ちょっとした賑わいが起きる。

 

 やがて陸軍と空軍のスタッフが鎮守府に到着した。彼らと会議をしながらも担当官たちは『何が始まるんですか?』と興味津々であった。

 

 そうこうしているうちに、食事会の話になり、陸・空軍の幹部を中心に両軍の希望者も招待することになった。また彼らから地元自治体も声を掛けてはどうかという話になり、陸軍が輸送を担当して参加者を募ることになった。

 

 そうなると食事の量が足りるか心配になった司令だった。

 

 しかし参加者が増えることを聞きつけた提督や海外武官、また食事担当の艦娘たちが奮起して、直ぐに追加されたようだ。

 

 日が傾く頃になると屋台だけでなく妙な電飾や提灯、LEDライトなどが鎮守府のあちこちに飾られた。また風船や各種飾りつけも進んでいた。なぜ、こういうことは素早いのか疑問に思う司令だった。

 

 ちょうど戦闘に勝利したこともあり鎮守府全体の祝賀ムードも高まっていた。

 

 ただ司令は副司令に指示して一部の艦娘と無人警戒車に鎮守府内外の警戒をさせることは忘れなかった。海岸での大規模戦闘の後である。ゲリラやスパイが潜り込んでいる可能性も否定できない。

 

 開会直前になると、なぜか浴衣を着た地元や軍関係者、それに艦娘たちも『装備』と称する浴衣を着こんで集まり始めた。

 

 広場で様子を見ていた司令に副司令が話しかける。

「もう、お盆はとっくに過ぎていますけど、やっぱり艦娘たちは浴衣が似合いますね」

 

 腕を組みながら司令は応える。

「もともと、お盆なんて旧暦で祝うものだよ」

「そうなんですか?」

 

 司令は月を見た。

「今夜も満月かな……旧暦の8月15日は必ず満月になるからね」

「そっか……そうなんだ」

 

 妻でもある祥高の、やや砕けた反応に意外に思った司令だった。

自宅ならまだしも、ここは鎮守府内だ。しかも二人は司令と副司令という立場。

 だが周りの雰囲気から、そうなったのかも知れない。

 

「美保鎮守府で、こういうイベントと言うか、お祭りって初めてだね」

「そうですね」

「やっぱり定期的にやるべきかなあ?」

「はい。その方が皆も喜びますし、この規模になれば他所からもお客さんを呼べるから良いですよね」

「そうだな……」

 

 やがて、美保における大夕食会は18:00より盛大に開催された。いつの間にか広場に設置された演台で挨拶をするように促された美保司令。

「聞いてないなあ」

 と言いつつも、マイクを持って彼は舞台に立った。

 

「このたびは美保鎮守府主催の大晩餐会にお集まり頂きまして有り難うございます」

 深々と礼をする司令。会場から拍手。

 

「さて、日本海での戦闘直後の急ごしらえの催しとなりました。日頃、何かとご迷惑をお掛けしている地元の皆様。また共に戦って下さる陸軍、空軍の皆様。そして、当美保鎮守府で日夜、闘ってくれる艦娘に謝意を表して乾杯の音頭のご挨拶とさせて頂きます……では、皆様、グラスをお持ち下さい」

 ここで会場の全員が飲料を手にする。

 

「乾杯!」

『かんぱーい』

 

 美保の艦娘たちはあまり縁が無かったが、今回はゲストも居るため、飲酒喫煙はOKとなった。すると数名の艦娘が、お酒に口を付けていた。司令は苦笑した。

 司令が壇を降りると、陸軍と空軍の司令官が来た。彼らは互いに握手をした。

 

 すると横から青葉の声がした。

「あ、こっち見て下さぁい」

 

 美保とブルネイの青葉がダブルでカメラを構えてストロボを光らせる。他にもカメラやスマホを持っている艦娘や軍人、来場客たちも集まって同様に撮影した。

 

 すると「オレもオレも……」

と言いながら、やっぱり副大臣がやって来た。

 

「良いんですか? 写っても」

司令が言うと彼は笑った。

「いや、コレがむしろ平和のために努力しているって言う構図になるんだよ」

「へえ……」

 

 何だかんだ言いながらも三軍の司令官と副大臣という絵になる構図で盛んにストロボを浴びている。

 

 副大臣は残念そうに言う。

「これならプレスも呼んでおけば良かったな」

「心配要りませんよ、青葉が居るから……」

 司令が応えると彼は言った。

 

「そうだな……彼女は貴重な『戦力』だ」

 彼が呟くように言った後、司令官たちは手を離した。

 

「ほな皆様、お食事とご歓談中ですがぁ」

「お楽しみのところ、えろぉスンマへんなぁ」

ふと見ると壇上には黒潮と龍驤が登壇する。おいおい、この二人が司会か?

 

それでも会場は、盛り上がっている。

 

 いつしか美保湾の上には満月が出ていた。

 




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第54話:『羽黒の想い』(改)

美保鎮守府では初めてかもしれない晩餐会。そこで司令はある艦娘と再会をするのだった。


「お・ま・え・が私の義兄で無ければ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第54話:『羽黒の想い』(改)

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 美保湾には月が浮かび、日は傾き屋台の立ち並ぶ鎮守府中央広場は、盆踊りのような雰囲気に満ちていた。ただ誰かが踊るということは無かった。

 意外に、たくさん設置された屋台に金城提督に即席で教え込まれた艦娘たちが料理を作る。ほかにもイタリア系やらドイツ系の料理の屋台もチラホラ。

 

 もともとこういった系のイベントは皆無だった美保鎮守府にしては奇跡的な、いや歴史的なひと時と言えよう。

 ただ元々おとなしい艦娘が多い鎮守府である。多少、普段と変わったことがあったとしても『司令官が良いと言えば正義』的に収まるのは、どこも同じである。

 

 舞台には黒潮と龍譲が登壇して勝手に司会をしている。

「お楽しみのところ、えろぉスンマへんなぁ」

おいおい、お前ら大丈夫か?

 

「うちらのトークはなぁ、別にぃ聞かなくってもええんやでぇ、皆はん!」

「そやなぁ。でもただ食べるだけっちゅうのはぁ寂しいからナ。ちょいと出て来てしもたわ」

 どつき漫才のような司会進行が続いている中、副長官が司令の元に艦娘を連れて来た。

 

「あ……」

 そうだ。彼女……この黒髪で引っ込み思案な雰囲気の艦娘は忘れないって。

 

「羽黒か?」

 司令の言葉に彼女は聞こえるか聞こえないかくらいの小声で言った。

 

「覚えて下さって光栄です……」

 何しろ周りが司会の声や喧騒で聞きづらい。思わず近寄る司令。

 

 だが彼女を連れて来た副長官の声はとても良く通る。

「こいつはなぁ飛行機は嫌いだ! とか言ってな。列車でようやく到着した。バカだろ?」

 

そう言いつつ羽黒をグイグイ押している。彼女は、ただフニャフニャと押されるがまま。はにかんだ様にモジモジしている。

「あはぁン……」

 

何だか羽黒の吐息みたいな小声のブレスだけでも妙な色気があるから不思議な子だ。

 

 すると彼女を目ざとく見つけた副大臣が大声を出して近寄ってくる。

「おおー、ハグハグじゃん!」

 

どうやら副大臣、既にアルコールが入って酔っているらしい。

 

「ハグハグちゃぁん、ハグしてあげよぉおおお!」

 そう言いながら彼女に急接近する副大臣。

 

「きゃー!」

 羽黒の叫び声と同時にバシッという感じの鈍い音がする。彼は羽黒の見事な片手捻りで一回転して、あっけなく地面に伏せられてしまった。やっぱり副大臣は『馬鹿』に違いない。 

 ……ていうか

 

「すごいな……相変わらず」

感心したように司令が言う。

 

すると副長官は腕を組んだままニタニタした。

「フフフ、当たり前だ。私の部下だぞ。そもそも鍛え方が違う。小バエ程度ではビクともしないな」

 

 地面で蠢(うごめ)く副大臣が情けない声で呟く。

「オレは小バエか?」

「ああ、その程度だな」

 艦娘とはいえ女性は怖い。

 

 その副長官は腕を組みながら羽黒に言う。

「羽黒よ。結局お前は、ここの貴重な実戦も戦後処理も十分に体験することなく終わってしまいそうだな。だから私は本省に残って居ろと言ったのに」

 

 すると彼女は、俯(うつむ)きながら何か呟くように言った。

「……」

 

「あぁ? 聞こえないな」

 副長官がわざとらしく聞き耳を立てる素振りを見せる。

 

「あの……その、私やっぱりぃ皆さんとお会いしたくて……」

「ホホウ?」

 わざと目を細めてニタニタする副長官。

 

「良いんだぞ? お前いっそのこと美保で田舎暮らしでもするか?」

「……」

 意味深な言葉に更に真っ赤になって固まってしまった羽黒。

 

「お前の好きな『皆さん』も居るし。軍隊の仕事なんぞ田舎でも十分出来るぞ?」

「……」

 しかし鈍感な美保司令には、その言葉の意味が全然分かっていない。

 

 副長官は、さらに追い討ちを掛けるように言う。

「まぁそれは冗談としてもだ。お前、何か持ってきたんだろ? お前の気持ちはもう分かっているから遠慮するな」

 

 急かされた彼女はモジモジしながらハンドバックからファイルと書類を取り出す。美保司令は彼女の出した書類を見ていた。さすがにいくら鈍感でもそれが何かの察しはついた。

「もしかして……それ?」

 

 彼は少々困惑した。

「養子縁組の書類?」

「……」

 無言で、ただ頷くだけの羽黒。

 

 すると同じように事情を察した副大臣が突然ガバッと跳ね起きる。

「許さぁん!」

「うわ、ビックリした!」

 司令が驚いたのも無理はない。

 

 副大臣ともあろう者が酔った上に羽黒に倒された挙句、腕や顔が擦りむけている。そして転がった拍子に服はドロドロ……。それでいて目だけは嫉妬心でギラギラだ。これは、まさに『ゾンビ』だろう。

 

 そのゾンビは唸った。

「なんでさ、ハグハグまでが美保の『養子』になるわけぇ?……オレは許さん!」

「いえ……その」

 書類の入ったファイルで半分顔をガードしながら徐々に後ずさりする羽黒。ちょっと可哀想である。

 

 そんな彼女の気持ちを代弁するように副長官が応える。

「艦娘はな……副大臣が思う以上に、寂しくて繊細なんだぞ」

 

 副長官は今度は司令を見た。

「しかも今日は武蔵も来ているが、あいつも兄貴(義兄)に縁組のこと、申し出ただろう?」

 

司令は頷く。副長官は「フン」と鼻で息をした。

「正直、私としても複雑だが(アゴで指しながら)兄貴なら間違いはない」

 

 兄貴と呼ばれた美保司令は応える。

「はあ」

 

 すると副長官は真面目な顔になる。

「しっかりしろ! だいたいなぁ、お・ま・え・が私の義兄で無ければ、速攻で却下しているところだぞ!」

「……」

 

美保司令が何も応えられずに居ると、さっきのゾンビが言う。

「そうだ、賛成、却下・却下・却下すべーし! ……あ痛っ!」

 

 煽っていたゾンビは、直後に副長官のチョップと膝蹴りを浴びて再びうずくまった。こっちも何か可哀相だ。

 

 副長官は羽黒を呼ぶ。

「こっちに来い!」

 

 羽黒は顔を書類で半分隠しながらゾンビには近づかないようにしてこちらへやってくる。

 

 副長官は言う。

「縁組の書類には後で私が署名してやる。その後で美保司令夫妻には私から渡すから安心しろ」

 

その言葉に、ポッと明るい表情になる羽黒。

 

 副長官は呟くように言う。

「……ったく、あの時、お前と司令を握手させたのが、そもそもの間違いだったな」

 

「はぁ?」

よく分かっていない美保司令。

 

 副長官は彼を見据えて説明する。

「あれから羽黒は、ことあるごとにお前の事を口にしていた」

「えっ?」

 

 すると悪戯っぽく笑う副長官。

「冗談だ、バカ者」

 

 そう言いつつも、急に緩やかな表情になって司令を見つめた副長官。司令は一瞬、ドキッとした。

 

「羽黒、もっとこっちに来い!」

 副長官は、おずおずと近づく羽黒の手を取ると司令の手を掴んで強引に握手をさせる。二人は多分、真っ赤な顔になっただろう。少なくとも羽黒は暗がりでも分かるくらい赤くなっている。

 

 副長官はホッとしたように司令に言った。

「やれやれ……。ちなみに本省で、お前と面識のある艦娘は、武蔵と羽黒くらいだよな?」

 

 その問いに彼は答える。

「そのはず……ですが」

 

 彼女は半ば独り言のように呟く。

「日向の奴は大人しそうだが、あいつ意外と饒舌なんだ。油断したな……それがトンだ影響だよ」

 

 その時、副大臣がようやく地面から立ち上がり大きなため息をついた。

「はぁあ」

 

 それを見ていた副長官は腰に手を当てて言った。

「おい、お前もこの程度で心が傷つくようなら、もう美保に来るのはやめてしまえ!」

 

「……いや」

 砂を払いながら彼は芯のある声で言う。

 

「それとコレとは、話が別だ」

「へえ」

 目を細める副長官。副大臣もめげないな。この二人は、何だかんだ言っても仲が良いのだろうと司令は思った。

 

 その時漣が……メイド服を着てやって来た。彼女は司令ではなく副大臣に声を掛けた。

「ご主人様、参りましょう!」

 

 あれ? ……良く見ると、漣だけじゃない。隣に居るのは同じくメイド服を着た朝潮に潮、朧って……真面目な艦娘ばっかりじゃないか?

このメイド服部隊の出現に副大臣は早速、鼻の下がビローンと伸びている。

ただ彼女たちは縁日のような会場の雰囲気に妙にマッチしているのが逆に怖い(笑)

 

 しかし、あの生真面目な朝潮までがメイド服? ……彼女も何となく居心地の悪そうな表情をしている。しかし、そうは言いつつも心底嫌そうでも無い。まぁ、メイド服もフリフリが付いて可愛いタイプだから。女子は好きなのかも知れない。

 

「ああ、やっぱり君たちは天使だなあ」

 心底嬉しそうな副大臣の表情にニコニコしているメイド部隊。なるほど、こういう癒しがあるから彼も美保から離れられないのか。

 

 その朝潮も笑顔になった副大臣を見て何となく嬉しそうだ。おバカ副大臣とはいえ艦娘にとっては人の笑顔はホッとするものなのかも知れない。

 

「捨てる神あらば……だな? 騒がせたな。じゃあ漣ちゃんたち、行こうか?」

 副大臣は漣たちと一緒に屋台へと向かう。

 

「フッ、まぁアイツも苦労しているからな。このくらいは大目に見てやるか」

 そう言うと副長官も「お前たちも適当に食えよ」と言って、広場の人ごみの中に消える。

 

 あとは手を繋いだままの羽黒と司令が残された。よく考えたら、さっきからずっと立っている。

「取りあえず座ろうか」

「はい」

 なおも手は繋いだまま、彼らは近くのベンチに腰を掛けた。

 

 いつもの彼なら慌てて手を離しただろう。だが……彼女の手の温もりを感じながら、もし彼女が養子縁組で正式に『娘』になるのであれば別に変に気を遣い過ぎることも無い。むしろ大井にも、そうであったように、しばらく手を繋いでいても良いのかな? と思った。

 

「あの……」

小さな声で彼女が言う。

 

「はい?」

司令が羽黒を見ると彼女はジッとこちらを見上げていた。

 

「済みません私、押しかけのようで」

一途な瞳である。

 

「いや別に良いよ。武蔵はもっと強引だったぞ」

 彼が笑いながら言うと彼女は伏し目がちに言った。

 

「でも……武蔵さんは武勲もあるし、司令とは面識もあって当然というか」

 

 その言葉に司令は応える。

「親子には特別な条件なんか要らないよ。今回も君が私を選んでくれたんだろう? 別に打算とか計算じゃなくて」

「……はい」

 羽黒は緊張しているのか、手がかすかに汗ばんで震えているようだった。

 

 司令はギュッと強く手を握り返す。羽黒はちょっと緊張した。彼は続けた。 

「親子関係は理屈じゃない。自分が良いと感じたら、それだけで良い。少なくとも『美保家』ではそうだよ」

「はい」

 

 やや沈黙。屋台の前を行き交う人々。浴衣を着た美保鎮守府の艦娘だけでなく一般のゲストも多いようだ。

 そこから浮いたように二人はずっと手を握っていた。ただ徐々に羽黒の緊張は解けているようで手の震えは収まった。

 

 その時、二人の前を大井親子が通りかかった。彼女たちは浴衣を着ている。ただこの状況に一瞬、張り詰める空気。再び緊張する羽黒。

 そんな大井は司令に何かを言いかけた。しかし羽黒と司令の二人の姿を見ると何かを悟ったのだろうか? ニッコリ微笑むと何も言わずに会釈をして通り過ぎた。大人の余裕?

 伊吹は相変わらずのポーカーフェイスだが軽く会釈をして慌てて母親の後を追いかけていく。

 

 彼女たちの後ろ姿を見ながら羽黒は言った。

「あれが復活された大井さんですね」

「知っているのか?……ああ、本省ならそういう情報も持っているか」

「はい。ただ個人的にも彼女には興味というか関心がありますので」

 

 やがて思い出したように彼女は口を開く。

「……私たち艦娘にとって人は立場以前に奉仕し支えるべき存在なんです」

 

 司令が改めて羽黒を見ると彼女は真剣な表情だった。

「そう? ……なんだ」

「はい」

 

 まだ手は繋いでいる。すると一瞬彼女の手が硬直すると同時に芯のある声が響いた。

「おお、ここに居たのか?」

 

見ると金城提督が金剛を引き連れてやって来ていた。彼も作務衣を着てラフな格好だ。

 

「お……羽黒か?」

彼に呼びかけられた羽黒は軽く会釈をした。

 

 司令は提督の隣の金剛を見た。浴衣を着た彼女はまたキレイだな。彼は聞いた。

「金剛さんは、もう大丈夫なんですか?」

 

 すると本人がブイサインをして応える。

「大丈夫……と言いたいところだけどネ、まだ本調子じゃないんだヨ。だけどdarling独りだと、いろいろ大変だから……」

 

 提督もそれを聞いて応える。

「せっかくイベントやっているのに病室で独り居残りじゃ可哀相だしな。まぁ絶対安静でもないしコイツだって少しは出歩いた方が良いだろう? 浴衣も美保の金剛が貸してくれたからな」

 

 司令も微笑んで頷く。

「そうですね」

 

 その時、提督は何かを思い出したように言った。

「そうだ……さっきも言ったが、鎮守府ってのは飛び道具だけじゃダメってこと分かるよな?」

 

「はい」

司令が頷くと羽黒も合わせて頷いている。

 

提督は続ける。

「これは提案だが、近接戦の鍛錬だが、あれに真剣に取り組んでも良いんだぞ。ブルネイから『教官』を派遣しても良い」

 

「近接戦……」

 司令が反復する。

 

 すると急に羽黒が敏感に反応した。

「ブルネイの金城提督ですね。お噂は聞いて居ります……その……仰るアイデアはとても素敵です!」

「そうか?」

いきなり羽黒に言われて彼もちょっと驚いている。

 

彼女は隣の司令を向いて言う。

「美保司令、この提案は、ぜひ受けるべきだと思いますよ」

「え?」

 ちょっと意外な司令。

 

 彼女は再び提督を見て饒舌に語りだす。

「金城提督、ご存知のように美保鎮守府の弱い点は、まさにそこです。もちろん拠点によって得手不得手はありますが……でも私からも是非ご検討頂ければ嬉しいです!」

 

 普段大人しい羽黒からの意外な反応には司令も提督も驚き放しだった。

 

 ただ彼女の観点は的確だった。提督は大きく頷いた。

「美保司令、彼女の言う通りだろ? まぁ無理強いはしないが検討しておいてくれ」

 

そして彼は羽黒を見た。

「羽黒、お前も実は、なかなかだな?」

 

問われた彼女は急に恥ずかしそうに下を向いて「いえ……」と応えた。

 

「じゃあな」

提督は、そのまま軽く手を上げて金剛と腕を組んで立ち去って行った。

 

 そしてベンチの二人は沈黙。

 

 司令がふと羽黒を見ると彼女はボーっと脱力したようになっていた。

「大丈夫か?」

 思わず声を掛けるとハッとしたように我に返る。

「す、済みません! 出しゃばったマネをしました!」

 握っていた手を離して両手で頬を押さえながら、何度も頭を下げる羽黒。可愛いぞ。

 

「良いよ別に……でも的確な美保の分析だったな。司令として反省したよ」

彼ががそう言っても彼女は何度もその場で頭を下げる。そのたびに彼女のサラサラの黒髪が小さく揺れる。そして女性らしい甘い香りが辺りに漂う。『うわっ』という感じで、ちょっとドキドキする司令……参るなぁと彼は内心思った。

 

 少し落ち着いた羽黒は、ようやく頭を下げるのを止めた。そして自分から語りだす。

「これはその……副長官の受け売りです」

 

「副長官?」

 彼が羽黒を見ると、彼女もまた彼の顔を見詰めて答えた。

「はい……副長官は普段からキツイこと仰いますが心中では美保鎮守府のこと、いつも心配されてます。だから……私もこの鎮守府が他人事だと思えないのです」

 

 あ、そうか……と司令は思った。曲がりなりにも副長官は義理の妹である。もちろん軍人として私情を挟むことはよろしくは無いが、感情を持つ姉妹であれば致し方ないだろう。

 

「それに……」

 羽黒は恥ずかしそうに下を向いて言った。

 

「日向さんの変化に最初気付いたのは私で……それを武蔵さんに教えたら彼女が急に動き出して……あの私、それも心配だったので美保には絶対に行かなきゃって……」

 急に砕けてきた彼女、頬も赤みが帯びる。良いねえ。

 ただ、それを聞いて妙に納得した司令。武蔵と羽黒らしい挙動だよな……と。

 

 その彼女は、両手を軽く組んで口元に添えながら言った。

「でもやっぱり今日、司令に養子のことをお伝えして良かったです。本当に日向さんの言う通り、お話しただけでも心がとても落ち着いてきましたから」

 

「そう?」

「はい……親子って良いものなのですね」

 そう言って彼女は初めて安堵した表情を見せる。肩の力が抜けたような素朴で壁が無い笑顔……そうか、これが親子関係か。

 だから羽黒はずっと甘い香りが漂う至近距離に居るのだが司令も余りドキドキしない。

 

 ナチュラルに微笑んでいる羽黒に彼は改めて言った。

「そうだな、親子は良いよ」

「はい」

「書類も直ぐに出すよ」

「宜しくお願いします」

 

 そんなやり取りをしつつ司令は思わず自分の両親のことを思い出していた。

 自分の親も今夜のイベントに誘った方が良かったかな? でもバタバタしていて連絡どころじゃなかった。

 

「タケちゃん」

『!』

いきなり背後から自分の名前を呼ばれて驚く司令。

 

「タケ……ちゃん?」 

羽黒も司令の名前を反復しながら振り返る。

「何かのコードネームですか?」

 

 コードって……彼が苦笑して振り返ると、そこには副司令と司令の母親が立っていた。二人は微笑んでいた。

 

「あっ、母さん?」

司令は慌てて立ち上がった。

 




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「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第55話:『艦娘の父母として』(改2)

イベント会場に自分の両親が来ていることに驚く司令。それは副司令が声を掛けていたのだが……。



「やっと……家に帰れるのか」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第55話:『艦娘の父母として』(改2)

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「あ、母さん?」

そこには副司令と司令の母親が立っていた。

 

 彼女たちの姿を見た司令はビックリしたと同時に慌てた。

「母さん、その呼び方はやめて……」

 

 彼が言い終わる前に背後から声がした。

「お母様ぁ!」

【挿絵表示】

 

 

艦娘の、かん高い声に母親も直ぐ嬉しそうに反応した。

「ぽいちゃん」

 

司令が振り返る間もなく夕立が金髪をなびかせて手を振りながら駆け寄り母親に抱きついた。

「お母様、お久しぶりです!」

 

直ぐに顔を離して、お互いに確認し合っているようだ。懐かしそうな顔をした母親は改めて夕立に言った。

「あんた、凛々しくなって……元気にしちょったか?」

「うん、お母様もお元気そうで……」

 

 このとき司令には夕立の姿が、まさに『忠実な猟犬』という印象を受けた。たまに言われる『子犬』ではない。それは昼間、オスプレイから狙撃している姿を見ていたからだろう。

 

 そんな彼女たちを見ながら副司令は司令に話しかけた。

「済みません司令……ひと言、ご報告すべきでした。今回ご両親にも私から、お声掛けを致しました」

 

 少し悪びれている彼女に司令は応える。

「いや、私も両親には声を掛けておくべきだったと思っていたから、ちょうど良かったよ。そういえば父親も来ているのかな?」

 

「あちらに」

 そう言って彼女が掌を向けた方向には、父親に向かって敬礼をする空軍関係者の姿が見えた。

 

 それを見て副司令は言った。

「お父様は、空軍では活躍されていたようですね」

「ああ。あまり詳しく知らないんだが、確か撃墜王だったとか」

 

 するといきなり青葉が現れて横から口を出す。

「私が調べた所によりますと、お父様は空軍のエースで、前線を退いてからはトップガンの教官でした」

 

 司令は少し驚いた。

「教官? そういえば確かチラッと聞いたような……」

 

 すると意外にも副司令が突っ込みを入れてきた。

「司令。もう少し、お父様のことにも関心を持たれては如何でしょうか?」

 

 司令は半身振り返りつつ応える。

「やっぱり……必要かな?」

「そうですよ」

 

 そこで改めて彼女は司令に顔を寄せて言った。近い……って。

「私がこんな場所でお話しするのも変ですが、私たちが美保の艦娘たちの父母であるなら、司令ご自身が両親との関係でギクシャクしていたら彼女たちに、示しが付かないと思われませんか?」

 

 その指摘は痛い。だが彼女の言う通りでもある。

「ああ、そうだ……な」

 

 彼自身、両親との関係は、さほど悪くないと思っていた。だが意思の疎通が親子で十分に出来ているとは正直、言い難い。軍のことは話せないとしても親子として、もう少し話し合って理解を深める必要があるか……。だいたい父親の経歴を息子がほとんど知らないことが、その表れだろう。

 

 司令が困惑していると副司令は再び微笑みながら言った。

「でも司令、今日この場で直ぐに直せとは申しません。徐々に……で結構ですから」

「ああ」

 ちょっと安心した。

 

 どうでも良いけど結局プライベートでは彼女に上手く『操艦』されているような気がする。艦娘といえども女性は強いのだろうか?

 

 彼女は思い出したように言った。

「艦娘は元々兵士ですから覚悟は出来ています。でも人間関係は失われてから初めて、その大切さが分かると言います。特に親子関係は……。だから大切にして下さい」

 

 彼女の表情は真剣だった。というよりも、なぜ彼女がそんなことを言うのか? 疑問に思った司令は聞いてみた。

「祥高さん、君は艦娘だよな?」

 

 一瞬、間があってから彼女は応える。

「はい、そうですが。何か?」

 

「うん、君の言うことは艦娘が言うことには思えなかったから」

「……」

 そもそも彼女の『祥高型』からして謎めいているよな。

 重巡でありながら現役時代には武蔵や大和に匹敵するハイスペックな戦闘能力を有していた。また前線を降りてからも三姉妹は強い影響を与え続けている。その存在感の大きさは格別だ。

 また、なぜか彼女たちを過去も含め必死に封印しようとする軍令部の動き。彼女たちを庇護する元帥と、彼に反対する勢力が対立しているという噂も聞く。

 何より、三姉妹の真ん中の、この祥高自身がネームシップになっているのはなぜか? 副大臣が広めたと言うが本当か?いや、きっと何か理由があるに違いない。

 それに上下の姉妹との容貌や性格の乖離。名前の雰囲気からして違う。ちなみに祥高型は上から八雲、祥高、石見(いわみ)である。

 

 そんな副司令は時おり大淀さんや寛代から報告を受けている。無線で直接だったり伝令からだ。無人偵察車や哨戒部隊からの内容らしいが、今のところ鎮守府周辺に異常は無いようだ。

 

 まあ今さら考え込んでも仕方が無いか。

実は美保司令は彼女とは元帥の推薦で見合いをしたのだ。それは彼が暗殺される数週間前だった。だから彼が彼女に頭が上がらないとか重婚をしないのも、そういう経緯に原因があるのだろう。

 

 取り敢えず司令はこれ以上深く考え込むのは中断した。記憶喪失の後遺症か、あまり根を詰めるとマジで頭痛がしてくるのだ。

 

 普通の盆踊りなら花火でも上がるよなと司令が思っていると、司会の黒潮が言う。

「宴もたけなわやけど、ここらで締めと参りまひょ」

 龍譲も続く。

「皆はん、海に注目やでぃ!」

 

 何事かと会場の面々が海の方向を見ると、既に艦娘たちが海に出ているようで小さなライトがポツポツと見える。

 何となく陣形を組んでいるなと思っていたら端から順番に上空へ向けて砲撃を開始……と、その光跡は真っ直ぐに上空へ上がるとパッと花開いたのだった。

 

「おおー」

 会場から歓声が上がる。最初の数発を皮切りに次々と打ち上げられる花火だ。なるほど艦娘にとっては花火の打ち上げくらいはお手の物だな。

 

「済みません司令、また無許可で」

 改めて副司令が謝罪する。

 

「いいよ別に。イベントの一環として君も許可を出したのだろう?」

司令の言葉に暗がりで頷く彼女。ちょっと苦笑して続けた。

「ええ、まあ準備の段階で後半は夕張さん、ちょっと暴走気味でしたけど」

 

 会場からは歓声が上がる。皆、嬉しそうだ。その光景を見て司令は言った。

「まあ暴走したとしても皆、こんなに喜んでいるし。こういうイベントも鎮守府で定期的に開催すべきかな?」

「そうですね」

 

 その直後、似合わない浴衣を着た武蔵がやって来た。ムチムチのボディで微妙に歪んだ花柄模様……それでも浴衣は花火に映える。

 メガネを指で押さえつつ彼女は言う。

「おい、親父……今夜は私も『自宅』に帰って良いんだろう?」

 

「いきなり『オヤジ』かい?」

 司令は苦笑して応える。

 

「何だ? 当然だろう」

 彼女は至極当たり前だといった様子で腕を組む……口が裂けても言えないが、お前のその浴衣は、はちきれそうだぞ。どう見ても関取か姉御だ。

 

 だが察しの良い彼女は怪訝そうな表情で言う。

「おいオヤジ、ひょっとしてカワイイ愛娘を好奇の目で見ていないか?」

「いや、それは……この花火のせいだ」

「ああ……それもそうだな」

 そう言って彼女は花火を見上げる。意外と単純な奴……というよりイベントと花火の雰囲気で舞い上がっているんだな。

 

 すると司令の後ろに居た羽黒がクスクスと笑っている。そして彼女もハイになっているのだろう。武蔵の勢いに乗るように言った。

「お……お父様」

 

『ゲッ』っと司令は思った。そもそも羽黒は普段から思いっきりアニメ声で可愛い。

 しかし今回だけはなぜか鳥肌が立った。その妙な違和感……そうだ! 分かったぞ。これは副長官が言ってるような印象を受けるんだ。

 でも羽黒に罪は無い。彼女は副長官の部下だ。

 

 ぎこちなく振り返る司令。

「な……何かな? 羽黒君」

 

「あの……私も『帰宅』出来るのでしょうか?」

 小声でアニメ声のままモジモジするのはやめてくれ。違和感満載です。

 

「えっと……」

言葉が続かない。やっぱり副長官を連想して、そのギャップ感で悶絶しそう。

 

 時おり炸裂する花火の光を浴びる彼女たち。ニコニコしていている艦娘は幻想的で可愛い。(武蔵も含む)

 考えるまでもなく司令の自宅には警備の駆逐艦が毎日来るから来客そのものは問題ないはずだ。ただ心の準備が(苦笑)

 

『そうだ』

一瞬、花火に照らされる母親を見て彼は思った。

『彼女たちは実家へ連れて行ったらどうか?』

 

 だが直ぐに心の中で却下した。さすがにそれは親に悪い。それに彼の父親は、さっきから空軍や陸軍それに副大臣たちと、ずっと固そうな国防論の話をしている。親父たちの井戸端会議……あれは長引きそうだ。

 

 司令の『自宅』は海軍省の官舎で境港市内にある。鎮守府からも近い。司令専用なので間取りも広い。ただ既に寛代が一部、下宿している。

 また隣の官舎には大井親子が住んでいる。基本的にケッコンした者は希望すると官舎に入ることが出来る。大井は隣家ということもあり軍隊を離れた日常生活でも自治会や、あれこれ交流がある。

 

 赤や黄色の光に照らされる羽黒を見ながら、ちょっと考え込む司令。

「そうだなあ……」

 

 羽黒や武蔵が普通に横須賀から来ただけなら特別に気を遣う必要もない。しかし自分の養子になる艦娘たちだ。普通に対応するだけではちょっと申し訳ない。

 

 司令は傍らの副司令、すなわち妻でもある祥高を振り返った。

「今夜は横須賀から来たメンバーを、ウチに泊めたいが、どうかな?」

 彼女は即答する。

「分かりました。今日は夕食も要らないでしょうから大丈夫です」

 

 あ、そうかと司令は思った。それなら手間も掛からないか。安堵した。もっと早く確認しておけば良かった。

 

「司令……」

「うわっ」

 いきなり背後の至近距離からボソっと呟く声……すぐに日向だと分かった。

 ただ、どことなく山城を連想してしまう。振り返るとショートヘアを気にしながら花火の光を浴びている彼女。やはり可愛いよ。

「何だ? 日向」

 

 そういえば、この子が至近距離に来ても前ほどにはドキドキしない。やはり親子になったからだろう。

「今日は私も司令のお宅……いや、私たちの自宅に帰っても良いのだろうか?」

 

 やや押さえ気味に何かが詰まったような口調で淡々と言う彼女。その「私たちの自宅」という表現には新鮮な響きがある。そうだよな。娘でもある日向は正真正銘の『帰宅』になるわけだ。

 

 しかし美保の艦娘たちも養女になった艦娘は結構な人数になるのだが、警備の艦娘を除いて司令の自宅に泊まりたいと正面から申し出てきた艦娘はほとんどいなかった。だいたい美保の子は大人しい。それが横須賀メンバーはこの急展開ぶりだ。正直参った。

 とはいえ妻でもある祥高の了承は得ている。今さら断る理由も無いだろう。

「ああ、そうだ。イベントが終わったら帰宅しようか」

 

「やっと……家に帰れるのか」

 ボソボソと呟く彼女。やっと? そうか、彼女たちにとっての鎮守府は本当の意味での『帰る場所』ではないのだ。日向の言葉に少々衝撃を受ける司令だった。

 

 そんな彼女はポーカーフェイス系だ。相変わらずの無表情……嬉しいのか、そうでないのか? いまいち良く分からない。そういう点では日向は寛代に雰囲気が似ている。

 

「いつかは合鍵も……欲しいな」

 微妙な音量で聞こえよがしに呟く彼女。えーっと確かにそうだが全く考えたこと無かった。

 

「いや、でもお前は今、横須賀だろう? 鍵なんか作っても……」

 そこまで言いかけてハッとした。いつも無表情に近い日向が、このときばかりは上目遣いに哀しそうにジッとこちらを見ているのだ。

 

「……」

「えっと……」

 ばつが悪くなった司令は、頭をかきながら少々困惑している。

 

 すると彼女は追い討ちを掛けるように意外な台詞を呟いた。

「お守り代わりだから……パパ」

 

 アア、ダメだ限界だぁ! パパと言うその必殺の単語に思わず仰け反る司令。そういう呼ばれ方は、わが子の早苗にすらされてない。おまけに、どちらかといえば保守的な日向から『パパ』ときたもんだ! さすが射撃の名手だよ、日向め。

 それでも彼は何とか踏ん張って地面に引っくり返ることは食い止めた。

 

 改めて彼女の顔を見る。当然、日向は極めて真剣。そうだよ、何があっても、この子は冗談を言うような艦娘じゃない。そこが日向たる所以(ゆえん)だ。そう思ったら肩の力が抜けた。

 やれやれ。艦娘たちは、どうして『親子』になると急に幼児返りするのかな。日頃の緊張感の裏返しなのだろうか?

 

 司令は観念したように言った。

「分かったよ。作っておく」

「ありがとう……パパ」

 片手でショートヘアの額のところを気にしながら微笑む日向。その雰囲気は、いつものお前だな。

 

「ねえ、ここに座ろうよパパ」

 さっきの羽黒のアニメ声やら、日向のパパとか、もはや悲喜こもごもな脂汗が出そうだ。それでも腰を掛けたら落ち着くかな? 彼は言われるままに腰を掛けた。

 

「ハア」

思わず吐息。

 

 当然のように日向が左隣に座るが、あれ? 反対側に羽黒が来た。

 武蔵はさっきから腕を組んでベンチの前で花火を見ている。何となくこのフォーメーションは艦隊の編成を彷彿とさせる。

 しかし武蔵ってホントに自分から積極的に矢面に立ちそうな艦娘だよな。まぁそこが彼女の魅力であり頼れるところだ。

 

 すると司令の右側の羽黒がモジモジしながら言う。

「あの……私にもカギ、貰えません?」

 

 そう来るか? 羽黒!

 

「そうだな……本来はご法度なんだが遠くのメンバーなら渡しても良いかな?」

 司令は何気なく呟いたのだが直ぐにチェックされた。

 

「嬉しい! あの……、大切にしますから!」

 まだ渡していないって。

 

 司令は改まって二人に言った。

「お前たちには後から合鍵を渡す。だが司令の自宅という以前に公共、つまり官舎といえども軍の建物だ。カギ一つでも機密事項だという、そういう意識は持ってくれよ」

『ハッ』

 なぜか二人揃って座ったまま敬礼をする。まぁ、このくらい釘を刺しておけば良いか。

 

「でも……」

日向が何かを言う。

「やっぱり私にとっては司令が一番の機密事項なんだよ」

 こいつめ……命中弾の嵐に思わず司令は白目を剥きそうになった。

 

「日向さん、あの、それは一体どういう意味ですか?」

 羽黒が余計な突込みを入れる。

 

「それは……」

 何かを言おうとして急に硬直して赤くなる日向。バカめ、恥ずかしい事なら最初から言うなって。

 

「おう、花火もそろそろ終わるな」

 半分振り返りつつ武蔵が吼える。ムードは壊れたが詰まっていた日向はホッとしたようだ。そして武蔵が言った通り打ち上げ担当の艦娘たちは海上で一斉に整列し集中的に花火を打ち上げ始めた。

 

 いよいよ大詰めか。花火もクライマックス。色とりどりの花火が大中小と連続して打ち上げられる。コレはかなり見ものだ。夕張さんも良い仕事しているな。

 司令の母親も父親も花火を注目している。

 

 鎮守府の敷地外の公園や海岸にも、かなり一般の見物客が出ている。そういえば戦闘以外の花火(火花)というのも、この戦時下のご時勢では港祭りを除けば久しぶりだ。

 

「良くコレだけ花火を集めたな」

 司令が呟く。

 

青葉がニタニタして言う。

「ご存じでしょうけど、これは夕張さんと工廠の妖精さん、あとその周辺メンバーの力作です。午後のあいだ皆で必死に火薬を調合して。でも足りないかなってことで一部、装備を外してバラして花火を工面したってのは、誰にもナイショですよぉ?」

 

 何となくそんな気がしていた司令。

「やっぱり?」

「はい」

「そうか……」

 

 大規模戦闘の直後だからな。きっとその戦費ということで大淀さんもある程度は目をつぶってくれたのだろう。まあ、これで艦娘たちの戦意が高揚すれば、十分に意義はある。

 

「キレイ……」

そう呟いた羽黒がソッと司令の右肩に寄り添ってくる。それでも彼は不思議と無意味にときめく事も無かった。むしろ普通に『ああ、娘がくっついてきたか』という程度の当たり前な感覚だ。

 

 すると日向も呟く。

「悪くは……ないな」

 

 この子は特に司令の左肩に寄り添ったり、くっついては来ないようだ。さすが沈着冷静ぇ……と思っていたら意外に司令の彼の左手を軽く握ってきた。おやおや。彼は昔の夏祭りバトルを思い出していた。あれも今となっては懐かしい思い出だ。

 

 司令は改めて日向を見る。彼女はごく普通の表情で花火を見ていた。

 日向は羽黒ほど女性らしい香りは漂わせていない。もっとも彼女の名誉のために申し添えると決して汗臭いわけでもない。あくまでも自然体。ナチュラリストという雰囲気だ。

 

 司令の左右に羽黒に日向。娘にしては大きい。司令の実の娘の早苗がちょうど、このくらいだ。同年代の姉妹が増えたと思えば不思議に気持ちが落ち着く司令だった。

 

 もしこれが普通の男女の関係であれば妙なアンバランス感で以前の夏祭りのように緊張して。やたら目立って好奇の視線を浴びただろう。

 だが今日の司令とこの艦娘たちは親子。そういう観点では全く違和感が無い。ごく一般的な花火見物をする家族の光景だ。だから、あの青葉も全くカメラを向けてこない。

 

日向が言う。

「ねえパパ」

「なんだ?」(だいぶ慣れた)

「幸せ……って言っても良いかな?」

「ああ」

そのとき初めて彼女は司令の左肩に身を寄せてきた。それは何かに頼って安堵する感覚。

 

「良いな、こういう幸せも」

日向は呟くように言った。同時に司令の左手を握る力が強まる。

 何となく目の前の武蔵も、この状況には気付いて居るようだった。そうか、この子たちは必死に頑張って来たんだ。だから生きて帰る場所、自宅は不可欠だろう。

 

 そう、これがこの子たちの幸せなんだ。イヤむしろ普通の人間にだって基本的な『幸せ』のカタチだろう? 彼は悟った。

 

 経験を積んだ艦娘は人間に極めて近くなる。

 

 だから、この戦争を一日も早く終わらせて全ての人が当たり前に過ごせる世界を作る。それが本当の幸せだ。

 そういう世界を、この子達と共に作ろう。彼は改めて決意するのだった。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
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第56話:『漂う余韻と縁』

意外なほど大盛況だった臨時イベントも無事に終了した。そこでも様々な『事後処理』が必要になるのだった。


「組織的にやるだけじゃ回らない事も多いさ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第56話:『漂う余韻と縁』

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 花火もフィナーレを迎えた。会場も盛り上がっている。

 

 だが司令はベンチに腰を掛けながら呟く。

「正直、何がメインなのか、よく分からない祭りだな」

『……』

当然、日向も羽黒もノーコメントだ。はなから回答は期待していない。

 

 だが腕を組んで仁王立ちしている武蔵が半身振り返って言った。

「何だ? 祭りの意義付けなんて後付けで良いのさ。そうだな、さしづめ『日本海海戦料理記念祭』辺りでどうかな?」

「なるほど」

 

 さすが武蔵くらいの艦娘になると判断力、頭の回転、どれも一流だ。まさに『別格』。こういう艦娘を迎えるくらいの鎮守府になりたいと司令はふと思うのだった。

 

 武蔵は再び正面を向いた。ちょうど花火は終わって、夜の美保湾には祭りの後の余韻が漂っている。会場の艦娘たちは隊列を組んで戻り始め会場の司会を担当していた黒潮たちはイベントの終了と帰る人たちへの注意を呼びかけている。

 

 武蔵は言った。

「無理に私を迎えようと思うな……各拠点には器というものがある。大なり小なり適材適所で良い」

 

 腕を組んだまま再び振り返る武蔵。

「外部からこの広場にゲストがたくさん来ただろう。軍用車を出すとか、タクシーを手配するとか、帰りの脚を確保しろ。取り急ぎ司会にも案内させた方が良いな」

 

 矢継ぎ早に意見を出す武蔵。司令は頷いて副司令を呼んだ。彼女は直ぐに朝潮や霞に武蔵が言った通りの指示を出す。

 

 直ぐに千歳と千代田が軍用車を出す。営業ではないので無料だ。場所は事前にある程度聞いておいて、荷台に便乗する駆逐艦から逐一、希望する降り口を聞いて対応することにした。

 

「外部のゲストと言っても、ほとんど徒歩でしょうから。あまり遠くには行かないと思います」

 これは出発前の千歳の報告。

 

 ある程度、会場の指示を出した後で、司令はいったん執務室へ戻ることにした。すると日向が言う。

「パパ、残務整理、私も手伝おうか」

「ああ……頼む。あと……パパは止めろ」

「うん」

 

 ダメだ……この『いつも』と違う日向には強烈な『破壊力』がある。司令は『ぶりっ子日向』の『愛娘攻撃』に翻弄されっ放しだった。

 

 ただ不思議とそれは司令にも楽しい感覚があった。何だろうか?実の娘である早苗とは、また違った魅力が光る。それは恐らく早苗よりも遥かに齢(運用年数)を重ねている第一世代の艦娘独特の経験値だろう。

 

 2階に上がると執務室ではなく作戦指令室に入った。そこでは大淀さんと寛代が無線機を駆使して祭りの後の采配を振るっていた。そこの作戦ボードには手書きで『お客さん移動』とか『屋台』『タクシー』いろいろ殴り書きしてある。

 

 機転を利かせた日向が言う。

「そのボード周り、私がやりましょう」

 

「助かります!」

 大淀さんが受話器を置きながら日向に応えた後、司令に向き直って言う。

 

「司令、軍用車でピストンを掛けていますが台数が少ないのと、一部、高齢者が居られますので、全員乗り切れて居ません」

 

 続けて寛代もボソボソと言う。

「タクシーが何台か着ているけど、さっきからタクシー屋さんから、何台か廻そうかと聞いてきているよ」

 

 司令は応える。

「その問い合わせのあったタクシー業者に言って大型タクシーを何台か借り切ってくれ」

 

「了解」

 寛代は手先で敬礼すると直ぐにインカム越しに外線に接続してタクシー会社に連絡を入れ始める。

 

「あと……」

大淀さんがメモを片手に報告する。

 

「地元の『屋台を取り仕切る業者』と名乗る団体から打診が……」

「は?」

 司令には何の話か理解出来なかった。すると誰かが司令室をノックして入ってきた。金城提督だった。

 

「おお、大盛況だったな……で、多分、怪しい系の団体から屋台について問い合わせがあっただろう?」

「そうですね」

 良く知っているなと思いつつ司令は応える。

 

 彼は続けた。

「こういうイベントを定期的にやると連中にとっちゃビジネスチャンスの種だからな。妙な連中が声掛けて来るんだ……お前、こういう世界は疎いだろう?」

「ええ……まぁ」

 

 提督は司令の言葉に頷きながら言う。

「オレは、そういう関係の知り合いが本土……日本にも何人かいる。いちいち軍を通すわけにゃ行かない世界だが時には潤滑油になるような連中だ。良かったら口を利いてやるぜ」

 

 司令はホッとした。

「ああ、それは……助かります」

 

 蛇の道は蛇だなと彼は思った。クソ真面目な美保司令には分からない世界。こういうアドバイスが無ければ、祭りの屋台についても杓子定規にシャットアウトして地元と無用の火種を残していただろう。

彼は手近な電話であちこち連絡を取り始めている。逐一、メモが大淀さんに手渡される。

 

「なかなか奥が深いですね」

思わず司令が言うと、提督は笑った。

 

「何事も経験だよな。実際ブルネイじゃ軍務以外の稼ぎも大きくてな……あ、これはオフレコで頼むぜ」

 その言葉に大淀さんや寛代も笑っていた。そういえば彼女たちも今回は『お祭り』という本来の業務ではないにも拘らず、良くやってくれている。

 

 提督は呟くように言う。

「軍隊ってのは地方に行くほど、やることが増える。ただドンパチばかりやってりゃ収まるってモンじゃない。そこは身体で覚えるしかない」

「はい」

 

 司令だけでなく、その場の艦娘たちも神妙に聞いている。

「ただ軍隊組織のキャパもある。ウチみたいに大きければいろいろ出来るが美保は小さいからな。背丈に合ったやり方でいいさ。オレも可能な限り援助するぜ」

 

 ちょっと胸が熱いもので一杯になる司令だった。

「ありがとう……ございます」

 

 彼は思わず両手を差し出した。二人は握手をした。

 

提督も握手をしながら言った。

「まあ、互いに遠いがコレも何かの縁だ」

「はい」

 

 ……縁か。それは不思議なものだと司令は思った。

 

 提督は手を放しながら言う。

「鎮守府も杓子定規にやるだけじゃ回らない事も多いさ」

 

 今でこそ司令官の位置にいる美保も元々は父親に反抗して軍人になる積りはなかった。ただ戦時下であれば選択肢は限られてくる。

 

 結局は軍の道を選ぶが、それでも、せめてもの反抗だと空軍だけは拒否した。

 そして海軍……それがいつしか艦娘という海軍でも特殊な部隊の指揮官になった。さらに元帥閣下の仲立ちで艦娘とケッコン……。

 

 おまけに十数年前には海外演習の際に未来のブルネイへタイムスリップ。それが再び、こうして自分の故郷で彼らと再会していることも不思議だ。

 

 暫く電話を掛けていた提督は、一段落ついたようだ。「ほう」っと受話器を置いて言う。

「どんな小さな出会いでも大切にして置けよ。オレも若い頃からハチャメチャやったが、その縁がこうして意外なところで役に立つ。本当に悪い人間なんて滅多に居ない……あ、いや」

 

 そこまで言って彼は苦笑する。

「良く分からんが軍人……特に艦娘の周りには悪い奴も多い。むしろ屋台の連中の方が根は良い奴らが多いな」

「はあ」

 この辺りになると美保司令には謎の世界だ。

 

 だが提督はニヤニヤして言った。

「あのジイさんだって限りなくグレーだからな、注意しとけ」

 

「ははは」

 司令も取りあえず笑ったが、それは徐々に分かるような気がしてきた。ただ上に立つ者は清濁あわせ飲む覚悟は不可欠なのだろう。

 

「じゃ、オレはそろそろ宿所に引っ込むよ。嫁も待っているしな」

 提督は軽く手を上げて退出した。

 

 彼の出た後で大淀さんが言う。

「最初は怖い人かと思ったのですが、意外とそうでもないですね」

その言葉に寛代も頷いている。

 

 日向も作戦ボードの前で言う。

「彼の言う通り……私も中央に出て悪い人が少なくないという感覚は分かる。それに影響されて性格が歪んでしまう艦娘が少なくないんだ」

 

「そうか」

 シリアスな話だが、それは艦娘だけというより人間社会でもあり得る事だ。

 

「あと司令、もう一つご報告があります」

思い出したように大淀さんが言う。

 

「何だろうか?」

司令が聞くと彼女はやや困惑した表情で言う。

 

「ウチで出した屋台は基本的に無料でしたが、どうしても支払うと仰る方が多くて……結構な金額が集まってしまいましたが」

 

 一瞬考えて彼は答えた。

「分かった。それはまとめて福祉協議会と赤十字に寄付してくれ」

「了解しました」

 

 なるほど……人が集まるところには、お金も集まるか。金城提督の言う通りだなと司令は思うのだった。

 

 指令室のドアを開けて副司令が入ってきた。彼女は司令の前で敬礼をして報告をする。

「司令、会場に残っていた一般客は全員、乗車完了しました。あとは軍関係者が残るのみで、念のため哨戒班に継続して警戒とチェックはさせています。会場の撤収もあと20分もあれば終わります」

 

「分かった。ご苦労」

 司令も敬礼をする。

 

『失礼します』

 ドアをノックして、夜の当番が入ってきた。大淀2号と朧だった。

 

「あれ? 朧はさっきコスプレ……」

 司令が突っ込むと彼女は少し恥ずかしそうな顔をする。

 

「はい……でも、大丈夫です。仮眠も取りましたし、大淀さん(2号)も今夜は問題ないでしょうって」

『……』

 司令夫妻は何とも言えなかった。まあ、この子も好きなんだなぁと思うばかりだった。

 

 気を取り直したように副司令は言う。

「大体目処は立ったので私たちは上がりますが……そうだ、横須賀のメンバーもうちに来たがっているのですね、司令?」

 

「あ、そうだった」

 彼は頭をかいた。

 

 副司令は軽く頷いて言う。

「では神通に指示、M-ATVをもう一台出して、そこに横須賀の3名を乗せて下さい」

 

 それを聞いた日向。

「あのマ……いえ、副司令?」

 

こいつめ、明らかに『ママ』と言いかけたな。

 

「何か?」

 祥高は振り返る。

 

 日向にしては珍しく少し言い難そうな表情で申告する。

「よろしければ……私、ご夫妻と同じ車で帰りたいです」

 

「……」

 少し考えた祥高は頷いた。

 

「分かりました日向さん。私たちは電チャンの運転のM-ATVで戻りますから同行して下さい」

 

「はい」

 急に表情が明るくなる日向。

 

 航空戦艦とはいえ、前線では主力クラスの日向が、妙に素直な姿というのも不思議な感覚だ。ただ彼女はあの扶桑・山城姉妹の系列だよな……根は似ているに違いない。

 

 指令室では日勤と夜勤が引継ぎをしている。ちょうどそこへ司令夫妻の警備隊が来る。曙と響だった。

「あれ……曙は警備は交代するんじゃないのか?」

 

 だが彼女は少し赤い顔をして、うつむき加減に言い放つ。

「うるさいクソ提督!」

 

 決して大声でもなく刺々しくも無い彼女の台詞に日向も含めその場の全員が苦笑する。

 

 響も言う。

「相変わらず……素直じゃないよね」

「うっさい!」

 

 そう言いながら曙は、もっと真っ赤になる。事情はどうであれ、これがいつもの曙の『ノー・プロブレム』な反応なのだ。

 

 そこへドアをノックして電ちゃんが来る。

「お迎えに上がりました……神通さんは下で待機。武蔵さんと羽黒さんも準備を終えて先ほど車庫へ向かいました」

 

「ありがとう。あ、そっか……」

 祥高は彼女の報告を受けると何かを思い出したように言う。

 

「警備班が居るから電チャンに私たちに日向と……1号車は定員ギリギリね」

 

 司令も確認するように言う。

「2号車が確か神通と武蔵と羽黒だよな」

 

 すると響が手を上げる。

「何なら私が2号車に乗るよ」

 

するとホッとしたような表情で振り返る祥高。

「そう? ありがとう。それで、お願いするわ」

「了解」

 

 響は敬礼する。なお、この美保の響は、まだ『改』である。

 

 




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第57話:『米軍と帝国海軍』

司令と横須賀から来たメンバーは司令の自宅へと向かう。そこでは美保鎮守府の位置について、話題になった。


「何だと? このクソ提督!」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第57話:『米軍と帝国海軍』

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 時刻は既に22:00を回っている。

 

 司令たちは電ちゃんを先頭に車庫へ向かう。ふと広場を見ると屋台も大体片付いて艦娘たちが掃除をしている。祭りの後の余韻が漂う。

 

 そして広場の向こうの暗がりでは無人偵察車と警備班が淡々と巡回を続けていた。

 それを見て日向が呟く。

「美保は変わったな」

 

「そうだね」

 司令は同意した。確かに彼女が居た頃から大きく変わった。

 

 美保鎮守府。ここは恐らく国内でも屈指の極小鎮守府だ。それでいて警備体制は最も厳しい部類に入るだろう。それは当然、目に見える警備だけに留まらない。

 

 ここには諜報部門も併設されているが、それ自体対外的には完全に伏せられている。当たり前だが敢えて公開する意味が無い。もちろん今日来た同盟軍に関しては例外である。

 

 日向は続ける。

「噂は向こうでも聞いてたが、ここは目に見えないガード……私の電探で受信出来ない特殊な電波が飛び交っているのを感じる」

「敏感だな」

「……」

 

 彼女は少し恥ずかしそうに微笑む。そう、ここは日向が言う通りステルス無線は当然だが、他にも各種の機密電波が飛び交っている。それに付随して幾重にも防御が張り巡らされている。

 

 司令と共に歩きながら彼女は言う。

「横須賀でもたまに聞くが美保の防御システムの大半が米軍提供って?」

「そうだよ」

 

 車庫の前で一瞬立ち止まって彼女は言う。

「それについて今でも反対意見が多いとか。導入するときも、かなり揉めて……結局、元帥の一声で決定されたって?」

 

 共に立ち止まった司令は、ため息混じりに言った。

「やれやれ……それって結局、美保の基幹システムについては他所にもあれこれ知れ渡っているってことか」

 

 司令の言葉に日向は前髪を気にしながら応える。

「まあ……その程度は知られても問題は無いと思うけど」

 

 二人は、お互いに苦笑した。不思議と和やかな雰囲気になった。

 

 また歩き出すと彼女は言った。

「でも、そういう話題が出るのは一部だけ……やっぱり普通の人は無関心かな」

「そうだろう?」

 

 司令は、ちょっと肩をすくめて見せた。

「山陰の片田舎の鎮守府なんて関東の人には眼中にも無いだろうよ」

 

 彼らは車庫に入る。点検を終えた夕張たちが敬礼をする。電チャンがM-ATVのドアを開けて司令たちに乗車を案内する。

 

 今日の司令の自宅警護は曙と響だ。彼女たちは乗車前に短機関銃を簡単にチェックしている。その姿も最近は板についてきた。

 

 車庫のM-ATVは2台あり、もう一台の運転手は神通。彼女が横須賀の武蔵と羽黒、それに美保の響を案内している。

 

 武蔵が車体に軽く触れながら言う。

「立派な装甲車だな。海軍には勿体無いくらいだ」

「ホントですね」

 同意する羽黒。

 

 司令は簡単に説明する。

「これはフィリピン米軍から貸与されている車両ですが、ほとんど改造していますからもはや譲渡に近いですね」

 

「さすが陸軍だな」

 珍しく響がボソッと言う。

 

「あ、そうか。本来は海軍の車両じゃないよな?」

 司令が受けると武蔵が腕を組んで言う。

 

「まあ、あそこはゲリラも居るし海兵隊との絡みもあるのだろう」

 

 軽く頷きながら司令は言う。

「これでオスプレイや司令部と情報のやり取りをしながら移動も出来ます」

 

 すると武蔵はフッと目を閉じて何かに聞き耳を立てるような仕草をする。

「なるほど……確かに聞こえる。これは艦娘ともデータを連携出来るのだろう?」

「はい」

「上陸した敵の掃討という位置づけか」

 

 武蔵クラスになると特殊な無線モードを持っている。従って彼女には作戦用の極秘通信なども傍受できるから美保の実情は既に、ある程度分かっているようだった。

 

 彼女は再び目を開けると司令に言った。

「いろいろ気になるが細かいことは、また後で聞かせてくれ」

「はい」

 

 すると彼女は怪訝そうな顔をする。

「『はい』は止めてくれよ親父。公的な場所でなければもっと……砕けてくれた方が私も嬉しい」

「そうか?」

 

 彼女はニヤリとしながら司令の肩を軽く叩くと神通の案内で装甲車に乗り込む。続けて羽黒。

 響は律儀に乗り込む際に律儀に小さく敬礼をした。もう一台には司令夫妻や日向、曙が乗り込んだ。

 

 全員が乗り込んだ後、夕張たちが合図をして車庫のシャッターを開ける。電チャンと神通はインカムを着けると司令部に発車の確認を求める。

 

 やがてGOサインが出てフロントパネルの液晶画面が軒並み緑色に変わっていく。それを見て日向が呟く。

「まるで飛行機だな」

 

「何だか面倒だね」

これは曙。

 

「常に最新情報をリンクさせるので司令部の発進許可が必要なのです」

 電チャンの説明に頷く日向。

 

「なるほど、これが米国の技術革新って奴か……」

「ふーん」

 曙には、あまり感心することではないらしい。

 

 朝潮の誘導で、まず神通の車両が先に出発。続いて少し間隔をあけて司令たちの車が動き始める。車庫内に居た夕張や整備関係の艦娘たちが敬礼をして見送っている。

 

 敷地内を走りながら電チャンが言う。

「1号車、問題なく出発しました。これより官舎へ向かいます」

 

「了解……やれやれ、今日も終わったな」

 司令が制帽を取ってくつろぐ。

 

 日向が聞く。

「司令はなぜ、こんなに米軍と関係が深いのだろうか?」

 

「そうだな」

 司令は日向を見て応える。

 

「以前、ブルネイに遠征したことがあったよな」

「それは覚えている」

「そこでフィリピンの元帥と個人的なパイプが出来たり、あの大井親子の救出に絡んで米軍の特殊部隊とも面識が出来ていたことが有利に働いているのだと思うよ」

 

 日向は少し考え込む。

「それは……司令が手を廻して、そうなったのか?」

 

「いや」

 彼は頭を振った。

 

「私は不器用だから、そんなことは出来ないな。偶然……これも縁と言うのだろう」

 

 すると曙も話に加わる。

「青葉が言ってたけど……米軍が、わが国を乗っ取るって噂……あれ、本当?」

 

 司令は彼女を見て応える。

「バカバカしい」

 

 すると誤解をしたのか彼女は、いきなり怒り出す。

「何だと? このクソ提督!」

 

「いやバカって、お前のことじゃなくて」

 その言葉にハッとしたような曙は、勝手に赤くなっている。車内は少し和んだ雰囲気になった。

 

 車両は路地に入り、車体を揺らしながらJR境線の踏切を通過する。

 

 司令は頭の後ろに手を組んで曙を見て言った。

「仮に米軍が何かたくらんでいるとしても、まず目の前の敵から国土を護る事が必要だろ?」

 

 曙は短機関銃を抱えたまま頷く。司令は続ける。 

「そして敵は今、単独じゃないんだ。彼らがシナやロシアと手を組み始めているのは、お前も知っているだろう?」

 

 曙は頷きながら言った。

「でも米軍が帝国海軍と、くっつき過ぎだって批判する国もあるって?」

 

 司令は感心して応える。

「意外に知っているな……その通りだよ。米軍の同盟国の一部からも『肩入れし過ぎ』って批判がある。そもそも大声では言えないがオスプレイもこの車両も無償だからな」

 

「マジか?」

「マジだよ」

 

 ちょっと目を丸くしている曙に司令は言った。

「お前の掛けているその銃だって米軍がくれたようなものだ」

「これ……米軍の銃なのか?」

「製造はイスラエルだけどな」

 

 二人の会話を聞いていた日向も言う。

「米軍への批判は横須賀や中央でも聞くな……まだ反対意見が根強い」

 

 そこで祥高も口を開いた。

「でも海軍で反対していた人も美保を見学したら考えを変えるわよ。その象徴がオスプレイ。それに司令部や各電算システムも見て貰えば、だいたい理解は得られるし」

 

 日向も頷いている。そんな会話を続けながら装甲車は夜の弓ヶ浜半島の畑の中の一本道を走り続ける。

 やがて左手に空軍施設のシルエットやライトが見え始めた。

 

 ハンドルを握っている電チャンが珍しく話に加わる。

「私もたまに他所の方をお乗せすると美保の運用効率に感心するみたいなのです」

 

 司令が返す。

「そうだな。だいたい国内の鎮守府では、ほぼ経験的なアナログ運用が多い」

 

「アナログ?」

 曙が不思議そうに言う。

 

 司令は答える。

「要するに指揮官や隊長が自分の経験だけで判断して命令することだ」

「ふーん」

 

 日向も呟く。

「そうだな……横須賀も現場は、ほとんどそうだが」

 

 装甲車は交差点で止まる。車内に交差点のライトの光が差し込む。

 

 司令は腕を組んで続ける。

「それでも艦娘の能力が高いから、今まではそういうドンブリ勘定的なアバウトさでも敵に対抗出来ていた」

 

「ドンブリ?」

 曙は単語の意味が良く分からないらしい。

 

 司令は続ける。

「つまり、敵も進化して賢くなっているんだ。軍令部の戦闘データを米軍の専用システムで分析すると面白いぞ……軍令部もハッキリとは言わないがシナやロシアが絡みだしてから明らかに最近、海軍の勝率が下がっているんだ。しかも艦娘が致命的な被害を受けることも増えている」

 

 信号が青に変わり装甲車は右折する。ずっと話を聞いていた日向が不安そうに聞く。

「そういえばパパ、武蔵の傷も最近付いたって……それって結構ヤバくない?」

 

「パパ?」

 曙が日向の発言に絶句している。司令は今さら彼女に止めろとも言えずに苦笑するばかり。

 

 装甲車は夜の二車線の道路を走る。明るい街灯がついているので車内が定期的に照らされる。そのたびに曙の変顔が浮かぶ。彼女は日向の『パパ』発言と、そもそもこの話題の何がヤバいのかイマイチ分かってない。

 

 装甲車は順調に走る。

 

 司令は続ける。

「まあ軍令部も必死に艦娘を増やしているが、それでギリギリ何とか勢力を保っている程度だ。そんな闇雲な人海戦術って、かつてのシナがやった無駄な戦略だぞ」

 

 曙が不思議そうに聞く。

「ねぇヤバいって何処が? だって艦娘が強くて敵をやっつけて。別に良いじゃないの?」

 

 取り敢えずパパは不問らしい。

 

 司令は彼女を向いて言う。

「曙、私たちは国家に関わる仕事をしているんだ。それは個人と違って、その場の思い付きとか偶然に任せていれば必ず歪みが出てバラバラになってしまうぞ」

 

 いきなり『国家』といわれても呆けたような表情をしている曙。司令は、なおも噛み砕いて説明をしようとしたときだった。

 

「そろそろ到着です」

電チャンの言葉で車内の雰囲気が変わる。

 

 司令は曙に言った。

「また後で説明しようか?」

 

 曙は意外に素直な顔で頷いた。

 

 2台のM-ATVは、やや間隔を空けて5階建ての高層住宅が見える場所にやって来た。

 

 曙が聞く。

「あれは?」

「空軍の官舎だよ」

「へえ」

 

 そこは長い柵で仕切られていた。守衛は居ないがゲートが設けられ周りとは独立したエリアになっている事が分かる。

 海軍省の官舎は同じ境港市内にあった。

 

 速度を落としながら電チャンが説明する。

「空軍の隊員官舎の一部を借りているのです」

 

彼らが到着したのは、その官舎の一角だった。

 

 空軍の官舎は、軍への反対派対策か妙に広大だ。その敷地内には小さい山や川まで流れ、いくつかの広場や公園も整備されている。

 

 その敷地の北側にある小高い山のふもとを切り開いて海軍の官舎が建てられていた。今のところ司令用の宿舎と幹部用が1棟、それに予備として2棟の宿舎が建っている。

 

 再び電チャン。

「海軍の宿舎までは、あと少し走るのです」

 

 日向が言う。

「なるほど……すると今回みたいに艦娘をたくさん連れてきても空軍にも分からないだろうな」

 

 やがて司令の自宅前に着いた。出発の知らせを受けていた早苗と寛代、少し離れた隣家から大井親子が出迎えてくれた。

 

 横須賀のメンバーは一様に大井と挨拶をしている。

「お前が大井だな」

「は……初めまして」

「よろしく」

 

 やはり彼女の存在は全艦娘たちの注目の的らしい。

「よろしく」

 

 そう応える大井の笑顔に少し度肝を抜かれたような横須賀メンバーだった。デフォルトの大井とは微妙に雰囲気が違うからだろう。

 

 彼らが降車して直ぐに副司令が受電する。彼女は司令に確認する。

「司令、今夜はゲストが多いので神通さんと車両も、今晩はここに待機させて宜しいでしょうか?」

 

 司令は答える。

「それは構わないが……ウチに入りきるかな?」

 

 するとそのやり取りを聞いていた大井が言う。

「あの、もし宜しければ、うちにもお泊めしても良いですよ?」

 

「あ、そうか? 悪いな……」

 司令が言うと彼女は首を振る。

 

「良いの。今だって親子二人で広すぎるくらいで……少しはお役に立ちたいから」

 

 司令夫妻は顔を見合わせて頷き合った。

「じゃ、お願いしよう」

 

 副司令は指示を出す。

「では神通さんも今夜はここで待機となります」

 

「かしこまりました」

 神通は敬礼をする。

 

 大井は続ける。

「横須賀の皆さんでも、もし希望されたらウチで泊まっても大丈夫ですから。その際はいつでも連絡を入れて下さい」

「ああ、助かるよ」

 

 その場に居た艦娘たちは、この大井の申し出に少々驚いたかも知れない。デフォルトの彼女の性格は、かなり自己中心であったから。

 

 同時に彼女の対応を通して、艦娘がケッコンすることはスペックだけでなく性格も変わり得るという事実を感じたことだろう。

 

 もちろん、それは人も同様なことだ、と司令は思うのだった。

 

 大井親子及び神通と手を振って別れた彼らは一旦、司令の自宅へ入った。

 やや身をかがめて玄関に入った武蔵はリビングに入るなり感慨深そうに言った。

「そういえば私もプライベートで司令官や提督の自宅に入るというのは初めてだな」

 

 横須賀メンバーだけではない。美保の艦娘たちも軒並み頷いている。その言葉に司令も反応する。

「確かにそうかも知れないな。だいたい指揮官と艦娘という構図はいつも鎮守府に居るイメージが強い」

 

 彼は、そう言いながら制帽をリビングの入口にあるフックに掛けた。

 

 その動作を興味深そうに見詰めていた曙だったが、他の艦娘たちも初めて入る一般家庭のリビングなのだろう。何となく浮いた感じで落ち着かない。

 

 副司令……いや、祥高が気を利かせて声を掛ける。

「皆さんも自由に腰をかけて、くつろいで下さい。ここは鎮守府ではありませんよ」

 

 そこで

「あ……」

 と言ったのは羽黒。

 

「どうかしたのか?」

 響が聞くと彼女は感心したように言う。

 

「この床……バリアフリーなんですね」

 

「え?」

 これは曙。彼女はバリアフリーそのものも知らなさそうだ。

 

「夜も遅いですけど……取り敢えず、お茶を出しますね」

 軍服の上着を脱いだ祥高がカッターシャツにエプロンを着けて台所へ入る。それは普段の姿とは少し雰囲気が違っていた。

 

「なるほど鎮守府とはまた違った趣……ケッコンとは良いものかも知れぬな」

 武蔵が言う。その台詞には妙に実感がこもっていた。

 

 




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第58話:『ゴメンなさい、お父さん』(改1.2)

夜遅くなっては居たが、司令の自宅で入浴することになる。そこで、いろいろと事件が。


「娘……早苗が良いなら私だって」

 

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第58話:『ゴメンなさい、お父さん』(改1.2)

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「あの……司令官」

 食卓のイスに腰を掛けた羽黒がモジモジしながら手を上げる。

 

「個人的な質問を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「良いよ」

 司令は上着を脱いでソファでリラックスしている。

 

「あの、司令官は、その……」

 羽黒は、なかなか本題に入らない。何となく彼女のスローテンポ振りに武蔵が少しイラついているようで、そのこめかみに青筋が入ってきた。

 

「えっと……副司令と、その……」

 羽黒は既に勝手に赤くなっている。

 

 ちょうどその時、エプロンをした祥高(副司令)と娘の早苗がお茶を持ってきた。

「お茶が入りましたよ」

 

「……」

 祥高の姿を見た途端、急に制止してしまった羽黒。それを見た司令は羽黒って、触ると頭を下げるオジギソウみたいだなと思った。

 

 堪りかねたように日向が何かを悟ったように口を聞く。

「パパとママは、お見合いでケッコンしたと聞いたが本当か?」

 

『パパ?』

 武蔵と曙が同時に復唱して妙な顔をした。

 

 直ぐに豪快に笑い飛ばしたのは武蔵の方。

「あっはっは、日向が『パパ』か? それも良いなあ!」

 

(パパ?)

 小声でパパを復唱し呟いている曙。妙に困惑した表情だ。

 

 お茶を配りながら祥高は言う。

「良く知っているわね。そう、私たちは、お見合いよ」

 

 すると響が確認するように言う。

「でも祥高は司令が来る前からずっと美保に居たよね。その後からかい?」

 

「そう。私たちの場合は元帥閣下の推薦だったのよ」

「へえ、あの元帥が」

 相槌を打ったのは響。

 

「え? 響は元帥を知っているのか?」

 驚いたように質問する曙。

 

 すると珍しく笑顔を見せる響。

「まさか……噂で聞いただけだよ」

 

それを聞いた曙は、なぜかホッとしたような表情を見せる。

 

 そう、艦娘たちにとっても元帥閣下は雲の上の存在であり、三笠に至っては『神様』のような存在だろう。もちろん齢を重ねた彼らが美保鎮守府に来ることは、まずあり得ない。

 

 眼鏡を軽く持ち上げながら部屋を見回して武蔵が言う。

「ケッコンすると官舎に入れるって聞くが、なるほどねえ」

 

 羽黒も続く。

「中央でも民間の住宅は家賃が高いですからね。官舎って人気が高いですね」

 

 日向も呟くように言う。

「美保に海軍の官舎があったなんて知らなかったな……ケッコンなんて考えても見ないから気にもしていなかったが」

 

 司令が説明する。

「そうだな……日向が居た頃はまだ官舎はなかったよ」

 

『へえ』という表情で司令を見る日向。

 

 司令は続ける。

「結局、私たちのケッコンを機に整備されたが、敷地については二転三転した挙句に防衛上や法律の関係で美保空軍の敷地の一部を借りることで収まったんだ」

 

「なるほど」

こういう話題は武蔵が詳しそうだ。案の定、彼女が補足するように言う。

 

「私が聞いた噂では美保鎮守府が空軍と良好な関係を保っていたことと、親父の父上……私から見ればお爺様が空軍のエースパイロットだったという事も大きいとか?」

 

司令は苦笑する。

「まあ噂だが……そういう影響もあるだろうな。このときばかりは父親の威光に感謝したね」

 

 ずっと様子を伺っていたらしい曙がようやく口を開いた。

「あの……大井は、その後に入ったのかな?」

 

司令は曙を振り返る。彼女は一瞬、ドギマギしたような戸惑いの表情を見せる。 

「そうだね。彼女たちは……まあ、いろいろあったけど。幸い官舎も空きがあったし、個人的にはホッとしたね」

 

「……」

 曙は少し困惑した表情を見せた。大井の件は複雑だから分からないのかも知れない。

 

 羽黒も、ようやく口を開いた。

「でも祥高さんは美保に来る以前は横須賀にいらしたんですよね?」

 

問いかけられた祥高は微笑む。

「そうね。でもそれは美保鎮守府が開設される前だから、かなり前の話ね」

 

 すると日向が言う。

「しかし横須賀でも古くからの艦娘や古参の士官たちはママのことを良く知っている者が多いようだ」

 

(ママ……)

 曙は、どうもこの類の言葉に引っ掛かるらしい。小声で呟いている。

その反応を少し気にしている早苗。

 

「では元帥閣下とは、その当時からの知り合いなのか?」

意外な響の問い掛けに彼女は頷いた。

 

「そうね。知り合いと言うか……」

なぜか少しお茶を濁したような反応を見せる祥高。彼女は話題を逸らすように時計を見てから司令に言った。

 

「今夜はちょっと遅いですが司令、お風呂……どうされますか?」

「入りたいね」

彼は即答した。それを受けてフッと顔を上げる祥高。彼女と目が合うと同時に無言で手を上げている響。

 

 祥高は意味ありげに軽く頷くと響の方を見ながら言った。

「本当は22時以降の入浴は司令お一人だけという決まりですが今夜は特別に許可しましょうか」

 

「そうだね、それが良い」

ませた口調で立ち上がる響。

 

 すると彼女の行動に合わせたように一部の艦娘が反応する。

 

『あ……』

 この『あ』は複数の艦娘が発した。見るともう一人……いや二人の艦娘が手を上げていたのだ。

 

その状況を見て慌てた祥高。

「お二人の気持ちは嬉しいのですが……武蔵さんと日向さんは、その……ダメですよ」

 

「何だ? お風呂に入るんだろう? 親子水入らずで良いじゃないか」

「……同意見だ。私は抵抗がない」

武蔵と日向が、やや迫り気味に言う。

 

 少し深呼吸をしてから説明をする祥高。

「我が家では『決まり』があって、司令と一緒に入浴出来るのは原則、駆逐艦までとなっていますから」

 

 断定された返答に残念そうな武蔵。

「では……戦艦はダメなのか?」

「ダメです」

「固いなあ」

「そういう問題ではありません」

 

「でも……」

 一呼吸おいて日向が聞く。

 

「司令と艦娘……その駆逐艦が入ること自体は問題ないのか?」

 

祥高は振り向く。

「響は『娘』ですから。それにうちは早苗も居ましたから主人(司令)には同じ『娘』という意識しかありません。大丈夫ですよ」

 

 腕を組んでいる日向。

「ふーん」

 

すると武蔵が執念深く突っ込む。

「娘……早苗が良いなら私だって」

 

それに慌てて手を振って否定する祥高。

「いえ、今のは早苗が小さい頃の話です。さすがに今は早苗とは一緒に入りません!」

 

「でも今夜は響だけ? 単独でも良いのか?」

 何かを言わんとする日向に祥高は応える。

 

「ええ。司令と駆逐艦娘は一対一では入れない決まりもありますから……」

 そこで全員の目が曙に集中する。当然、目を見開いて真っ赤になる曙。

 

 響が淡々と問いかける。

「そういえば曙は司令とは初めてか?」

「……」

「曙も司令の『娘』だったよね?」

「……」

 

確認するような響の問いかけに何も答えない曙。

 

 その姿を見ていた祥高は少しため息をついてから言った。

「良いわよ曙。抵抗があるなら私が響と入るから」

 

そういって響の肩に手を置く祥高。司令もゆっくりと立ち上がる。

 

 祥高は改めて補足する。

「我が家の『お風呂のお約束』と言う事項があります。一部ですが……

・司令と一対一では入らない、必ず二対一以上にすること。

・駆逐艦に限定すること。かつ副司令の許可を得た者に限定。

・司令の自宅警護のときだけに限定。他の場所では一切禁止。

・夜22時以降は禁止。朝風呂も禁止

……最後の事項については私の判断で適宜許可を出します。今夜みたいに皆さんいらっしゃる場合は安心ですね」

 

 なるほど、そういうしきたりがあるのかと横須賀メンバーが思った瞬間だった。

 

「あの……」

比較的大声で叫ぶように言葉を発した曙に全員が再び注目した。

 

 祥高がニコニコして彼女の顔を見る。視線が合った曙は、ぎこちなく言った。

「大丈夫……入られますから」

 

変な日本語……明らかに動揺している曙だったが彼女の言葉に全員、安堵した雰囲気になる。

そして一番ホッとしていたのが早苗だった。

 

 祥高は改めて聞く。

「着替えはある? 準備するように伝達は……」

 

「はい! あります!」

 慌てたように返事をする曙。顔は真っ赤なままだが、少し観念したような表情に変わった。

 

「ほら、行くよ」

響がいつもの淡々とした声で曙の手を取った。一瞬、ドキッとしたような曙だったが引かれるままに響と一緒に浴室へと向かう。

 

「じゃ、ちょっとだけ失礼するよ」

司令も彼女たちと共に奥へ消える。

 

 武蔵は腕を組みながら言う。

「何だ、ここには、そういう流れがあるのだな」

 

彼女は日向と目を合わせて互いに頷き合っている。ただ羽黒は、美保司令宅の『イベント』には少々理解出来ないような表情を見せていた。

 

「駆逐艦でも大きい子も居るが、どういう区分けになるのだ?」

武蔵が興味津々と言った表情で祥高に聞く。

 

「基本的には駆逐艦限定ですが、私が許可を出した者に限定しています。だから夕立とか大きい子はダメです」

そう言いつつ彼女は苦笑する。

 

 その時、奥の方から『キャッキャ』と言う声が聞こえてきた。あの響か? いや、まさか曙か? いずれにしても艦娘たちにとっても『パパ』との入浴は楽しいのだろうと想像できた。

 

 祥高は続ける。

「駆逐艦と言えば時雨……あの子、養子になってから急に『若返った』んですよ」

 

「え?」

反応がいいのは武蔵。ただ他の艦娘たちも驚いている。同時に横須賀メンバーは美保の時雨を連想する。確かに、ここの時雨はちょっと幼い感じがした。

【挿絵表示】

 

 

 祥高は続ける。

「私も『まさか』と思いました。信じられない状況で彼女も最初、スパイかと疑われましたが……どう調べても同一人物です。結局、あの子は司令には心を開いたのでしょうね。私も、時雨なりに司令を慕ってくれているのだと理解しました。だから、あの子にだけは例外的に司令との入浴を許可しました」

 

武蔵が感心する。

「なるほど……一途な思いは艦娘の身体構造をも変えるのか?」

 

日向がまた聞く。

「戦艦は仕方ないとしても重巡や軽巡も時には小さい子は居るが……やはりダメか?」

 

 祥高は応える。

「軽巡までなら許可を出す場合もあります。ただ司令と入浴するのは、あくまでも護衛のためですから自宅警護の場合に限定です。それにもし人数が合わなければ私が入りますから……結局、今まで駆逐艦以外が司令と入浴したことは一度もありませんね」

 

なぜかその回答に妙に落胆した表情を見せる武蔵と日向。

 

 すると祥高は微笑む。

「でも私でよろしければ、お二人……いえ、羽黒さんも一緒に入りますか?」

 

 顔を見合わせる二人。当然……。

「え? あの……私も?」

 

 自分を指差して、あたふたしている羽黒。少しばかり髪の毛が逆立っているようだ。

 

 彼女を見た祥高は微笑む。

「無理に、とは言わないわ。でも我が家のお風呂は改造してあるから入渠と同じ効果も得られるの。それに一般の家庭より広く作り直して貰ったから、ゆったり入れるわ」

 

「おお! それは良い!」

「ぜひ……お願いする」

 武蔵と日向は即答。そして二人はほぼ、同時に羽黒を見た。

 

「はひ!」

両手を握り締めて固くなっている羽黒。

 

 まずは武蔵からの先制攻撃。

「何、ぶりっ子しちゃってるんだ? 今さら遠慮する仲でもあるまい」

 

「は……」

この慌て振りは羽黒らしい。

 

 続いて日向が突っ込む。

「最前線に出たら近くに居る僚艦とのチームワークは大切だ。戦艦2隻に重巡なら、一つになれば相当な攻撃力及び、防御力が期待できるが?」

 

 この妙な説得というか、解説じみた説明に早苗は苦笑している。

 

 その時、奥からパタパタという駆け足と共に寛代が出て来て祥高に言った。

「大変……曙がフロで引っくり返ってる」

 

「ええ?」

驚いた祥高は直ぐに風呂場へ向かう。直ぐに他の艦娘たちも続いた……と言っても官舎なので、あっという間に浴室前の廊下は艦娘で溢れた。

 

 そこには半分、扉を開けて司令が顔を出していたが、艦娘たちが来たので慌てて身を隠すようにした。でも取り敢えず目を背けたのは羽黒だけだったが。

 

 祥高が司令に問いかける。

「どうしましたか?」

 

「うん、曙が『のぼせた』ようだ」

それを聞いて浴室に集った面々は、安堵した。

 

 祥高は振り返って言う。

「早苗は冷たいものを用意して……寛代ちゃんはタオルと着替えを。あと羽黒さん、曙を寝室へ運びますから、ちょっと手伝って下さい」

 

「は、はい」

彼女の指示で、テキパキと動き出す艦娘たち。この一糸乱れぬ様は、さすが軍隊である。

 

 祥高は風呂の扉を開ける前に聞く。

「司令は、もう上がりますか?」

「ああ……響と百まで数えたら」

 

 祥高は微笑んで言う。

「分かりました……では羽黒が卒倒するといけませんから一旦、湯船に入って羽黒の視線から退避して下さい」

「分かった」

 

 扉から司令が響と共に湯船に入ったことを確認した祥高は羽黒と二人で浴室に入った。そこに、うずくまっていた曙を連れ出す。湯船では響がブツブツとカウントダウンをしていた。

 

 その雰囲気に武蔵と日向は思わず微笑んだ。美保鎮守府のまた違った『強さ』と『優しさ』を垣間見たような気がしたのだ。

 

「羽黒さん、そのままゆっくり後退して、そう、そこの扉です」

 祥高の指示で二人は寝室へ入る。

 

「寛代ちゃん、バスタオルと着替えを」

「……」

 廊下で待っていた寛代も寝室に入る。

 

「私たちは戻ろうか」

「はい」

 武蔵たちは居間へと戻る。

 

 さて……曙が気付くと、いつの間にか寝巻きを着て布団に横たわっていた。少しアタマが痛むなと彼女は思った。

 

「気付いた?」

 ふと見ると、薄暗い中に早苗が居た。

 

「あの……えっと」

 曙が上体を起こすと、まだアタマがズキズキする。

 

「良いのよ、無理しなくて」

 早苗が曙を制止する。

 

「いえ……その、失礼しました」

 徐々に……自分がお風呂で倒れたことを思い出した。そこへ寛代が入って来る。

 

「……」

「ウン大丈夫みたい」

 ジェスチャーゲームのような二人のやり取りだが寛代の意図は早苗に伝わる。彼女はお盆の水を受け取る。

 

「曙さん、お水飲む?」

 曙は早苗から差し出された水を口に含んだ。ちょっと落ち着いた。

 

 何処かから艦娘の笑い声が響いてくる。あれは……多分、入浴しているんだ。

 そう思うと彼女はクソ提督に謝らなくちゃと言う気持ちが湧いてきた。ただ、体が言うことをきかない。

 

「ちょっと明るくする?」

 早苗は立ち上がって部屋の照明を調整した。ボンヤリと明るくなる。寛代もそれに合わせてすっと部屋を出た。

 

 何気なく曙がその後姿を目で追っていると早苗が言った。

「緊張していたのよね……ゴメンネ。私も、もっと注意すれば良かった」

 

「いえ、そんな」

思わず否定する曙。確かに緊張はしていたが……何よりもクソ提督の自宅で、しかもお風呂に入っている最中に引っ繰り返ったと言うのが恥ずかしかった。

 

これが他の誰かに知られたら笑いものだなと思うと、それも嫌だった。

 

「ダメダメ」

 いきなり否定されて驚いた。

 

「ホラ? 今、『嫌だな』って思って緊張したでしょ?」

「あ……」

早苗の言葉に、よく分かっているなと驚く曙。

 

「もっとリラックスして良いのよ。母も言っていたけど、ここは鎮守府じゃないから」

「はい……」

 

 そのときだった。

「良いかな? 入るよ」

 

 司令だった。トレーニングシャツのようなラフな格好……そうかクソ提督の寝巻き姿だ。彼のいつも見ないカッコウに新鮮さを覚えた曙。

 

 司令は曙の傍らから少し離れた畳……早苗の近くに腰を掛けた。

「悪かったな」

 

「いえ……」

 否定しながらも曙は自分の醜態はおろか失神している裸体をクソ提督に晒したと言う妙な恥ずかしさが襲って来た。その様子を悟ったのか早苗がソッと曙の手を握った。

 

 その手の暖かさに驚くと同時に思わずビクッと反応してしまう彼女。

 

「……」

 無言で曙を見詰めている早苗。

 

 それを見た司令は静かに言った。

「気にしているのか? 私は誰にも言わないし響も横須賀メンバーも……寛代も早苗も誰にも言わないから安心しろ。電チャンや神通だって口は堅いだろう?」

 

曙は頷く。それを見ている早苗も頷いている。

 

 司令は続ける。

「お前も私の娘になったのなら……艦娘同士で仲良くなって欲しい。それが私の願いだよ」

 

 それを聞いた曙の目から、なぜか涙が出て来た。彼女自身それは不思議な現象だった。

 

司令は半分腰を上げると少し曙に近寄った。しかし曙は逃げなかった。いや、もはや彼女には司令から逃げる理由が無かった。

 

 彼は言った。

「もし、お前が風呂で引っ繰り返ったことが鎮守府の皆に知れたとしても、それを誰かがバカにするんじゃない。むしろ心配し合う事……そういう家族関係を、お前たち同士で作って欲しいなと思うんだ」

 

 ダメだと思うほど曙の目から涙が溢れてくる。『なぜ? こんなことで』

 

さらに司令は半身、身体を近付けて曙に顔を寄せてきた。やはり彼女は逃げなかった。

 

 司令は静かに言った。

「私も不十分だけど……精一杯、お前たちを受け止めたいと思う」

 

もうダメ……そう思った次の瞬間、曙は司令の胸に頭を埋めて泣き始めていた。

 

 いけない! クソ提督に、こんな事をしては……と曙の理性がブレーキを掛ける。

 

 しかし理性を越えた何かが彼女を突き動かしていた。それは彼女自身の中で壁が壊れた瞬間だった。もう良い、この人にすべて委ねよう。

 

 司令の腕にしがみ付く彼女の頭に彼はそっと手を置いた。大きなものに包まれる安心感。

 

 クソ提督って細面で華奢(きゃしゃ)な印象だったが、こんなに大きかったのか?

 そうか『形』にこだわる必要はないんだ。

嗚呼! 何て簡単なことだろうか?

 

 そしてクソ提督、いや自分の父親に全てを委ねたら良い。そう思った瞬間、彼女は自然に言えたのだった。

「ゴメンなさい、お父さん」

「ああ……」

 

 曙もまた初めて感じる『父親の腕』に全てを委ねていた。自分の身近に、こんな場所があったのか。それは母港と呼ぶ以上の何か。目には見えないけれど大切なもの。

 それが人の心の中にもあるのだと艦娘である彼女が初めて悟った瞬間だった。

 

 曙は青葉がよく冗談交じりに話していた『父親の腕』の話を思い出した。その時は他人事のようにしか聞こえなかったけど。そうか、これがそうなんだ。

 そういえばそれを話していた時の青葉は幸せそうな表情だったことを思い出した。

 

 彼女もきっと父親である司令に娘として安心して抱かれたことがあるに違いない。

 

 そんな二人の姿を優しく見守る早苗。直ぐに寛代も後から部屋に入ってきて早苗と目を合わせて微笑んでいた。

 




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第59話:『自宅合宿』

司令の自宅で艦娘たちは合宿のような状態になる。そこに緊急通信が入ったが……。


「あの……私、こういうの初めてで」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第59話:『自宅合宿』

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 しばらく泣き続けていた曙は静かになった。寝てしまったようだ。

 

 司令は呟くように言う。

「寝てしまったね……」

 

 早苗も応える。

「ふふ……駆逐艦娘って、一途な子が多いよね」

 

 司令は曙を抱っこしたまま早苗に問い掛ける。

「そういえば、お前たち二世のカテゴリーって、どうなるんだろう?」

 

「えっと……」

 ちょっと首を傾げる早苗。

 

「最初、駆逐艦かな? って思ったけど。軽巡かも知れないし。うーん、伊吹も多分同じだと思うけど、何にでも成れるって感じかな?」

 

 司令も少し考えて応える。

「なるほどね……その上、今はオスプレイのパイロット。確かに無限の可能性はあるってところだな」

 

「あら、寝ちゃったのね」

 祥高が寝室を覗く。

 

「もう寝ようかと思うけど、どうしよう? 横須賀のメンバーも川の字で寝たいって言うし、ここ(寝室)じゃ狭いよね」

 

 司令もちょっと考えて言う。

「そうだな……いっそ、リビングで全員で寝ようか?」

 

「わぁ、合宿みたい」

 これは早苗。

 

「じゃ、居間を片付けて、布団を運びましょう。早苗、手伝って」

「うん」

 早苗は寝室を出る。部屋は司令と曙だけになり静寂に包まれる。

 

「お父さん」

 急な曙の問い掛けに、少し驚いた司令。

「……何だ、起きていたのか」

 

「ちょっと前に話していた、アナログとかドンブリが危ないって、どういうこと?」

「ああ、あれか」

 ちゃんと気にしていたんだな、と彼は思った。

 

 曙を抱っこしたまま司令は説明する。

「指揮官個人の経験だけで艦隊運用をすると、時に偏見や主観、独善を生む」

 

「分かんない」

 わざとだろうか? 彼女は、ぶっきらぼうに言った。ただ口調は穏やかだった。

 

「あ、ゴメンな」

 司令は別の言葉を探した。

 

「簡単に言うと『自分勝手』はダメって事かな」

「え?」

 曙は疑問に感じたようだ。

 

「軍隊なのに自分勝手が通用するのか?」

「うーん」

 意外にこの子は鋭いな。司令は少し考えた。

 

「艦娘の部隊は特殊だから、どうしても鎮守府ごとに雰囲気が変わるんだ」

「うん、それは分かる」

 腕の中で少し顔を上げて答える曙。

 

 司令は続ける。

「指揮官が自分勝手にやりたい放題のブラック鎮守府とか言われるところもある」

「うん……時雨や不知火が言ってた。そこって艦娘同士、お互いも仲が悪くなって、ただ居るだけでも凄く大変だって」

 

「そうだな」

 曙は意外に、いろいろ聞いているんだなと彼は思った。

 

「でも自分勝手なように見えても、きっちり運営されているところもある。例えば今来ている金城提督のブルネイみたいなところだな」

「ああ……あの提督。最初、クソかと思ったけど、そうでもないね」

 クソか。相変わらず口は悪いよな、この子は。

 

「今日も祭りの関連で彼に助太刀してもらったけど、海軍の常識だけでは通用しないことも少なくない。私だって世の中のことは知らな過ぎると思うよ」

「そうなのか?」

「ああ。だから彼のような人材は海軍では貴重だと思う」

「へえ」

 曙は分かってくれるだろうか?

 

 司令がそう思っていると彼女は言った。

「それも『縁』っていうのかな」

 

「あ、そうだね」

 分かってくれたか。彼は少し安心した。

 

 ふと顔を上げて何かを思い出したような目をする曙。

「漣とか朧が今日、変な服着ていたけど」

「ああ、あれはメイド服だ」

「……何それ?」

 この子は絶対に着ないだろうなと思いながら司令は説明する。

 

「ブラックではないんだがメイド服とか妙な趣味に走る鎮守府も一部にはあるらしくてな。俗に『カオス化』とも呼ばれるが。当然、そういう鎮守府は外部から見ても誤解が多くなるから別のトラブルが起こりやすい」

「えぇ? ヤバいじゃん」

 一瞬、息を呑んで司令を見上げる曙。その大きな瞳で至近距離から見詰められて以前の司令だったらドキドキしていただろう。

 

「ヤバイな」

 ただお互いに『娘』と『父親』という意識が強くなった今では不思議と変な『ときめき』感は消えた。それは司令も曙も、お互いが感じる変化だろう。

 

「ま、メイド服を着るくらいなら漣は以前からやっていたからな。あの程度なら私も敢えて止めようとも思わない」

「ふーん」

 

 司令は苦笑して言った。

「それこそ、お前が着ても驚かないと思うぞ」

 

 これは冗談のつもりだったが曙にはちょっと通じなかった。

「何だと! このクソ……」

 

 彼女が叫びかけたとき、祥高が部屋に入ってきた。

「あら、目が覚めたのね」

 

『クソ』と言いかけていた曙は、さすがに慌てて口を閉じた。ただ祥高は彼女が何を言いかけていたかは悟ったようだった。

 

 祥高は、ちょっと微笑みながら二人に言った。

「リビングの準備が出来ました」

 

「そうか……じゃ、行こうか」

「うん」

 二人は立ち上がる。

 

 リビングでは横須賀メンバーが会話している。

 まずは羽黒から。

「あの……私、こういうの初めてで」

 

 続いて、やはり寝巻きではなく、はちきれんばかりの浴衣を着ている武蔵。

「ウソを言うな。横須賀でも泊まりがけの地上訓練とかあっただろう?」

 

「いえ……その、テントとか宿舎のベッドは慣れているのですが」

 羽黒は既にパジャマを着ているのに何を抵抗しているのか謎である。

 

「大丈夫、コレも立派な訓練だ」

 落ち着き払った日向。浴衣姿の彼女は普段とあまり変わりない雰囲気だな。

 

 勝手に舞い上がっている羽黒を武蔵と日向が諌めているという妙な構図が展開されている側では響と寛代が既に布団の中で大人しくなっていた。

 

 祥高と早苗は、明日の準備だろうか? キッチンで何かをやっている。

 

「じゃ、寝るから……」

 そう言って曙は寛代の横に入ろうとした。

 

 その時、布団に横になっていた寛代が突然跳ね起きて、回り見る。自分が起こしたのではないかと一瞬、曙は焦っていた。

 

 しかし違ったようだ。

 寛代は半分ボーっとした表情のまま立ち上がると祥高の近くへ行って彼女の寝巻きを引っ張る。

 

「どうしたの?」

 何かをブツブツと言っている寛代の口元に耳を寄せている祥高。彼女は何度か頷いた後、寛代を布団へ連れて行ってから、司令のところへ来た。

 

 軽く敬礼をして言う。

「報告です。司令部から今回の作戦を分析した結果、1ないし2体の敵の特殊部隊が上陸した可能性が高いそうです」

 

 寛代も呟くと、どこに持っていたのか小さいタブレットを出す。

「データ、来た」

 

 そこには戦況分析の画面が表示され、今回の戦闘の数値とグラフ。下半分にアラート表示がされ、敵の数に差異が生じている……つまり沈没せず、退却もしていない残党の可能性を示していた。

 

「正確には確認は出来ていないのか?」

 司令の問い掛けに祥高は答える。

 

「はい。あくまでも分析システムが出した内容なので、出動命令までは出せないレベルですが……司令の判断で、哨戒部隊は出せます」

 まあ、米軍のシステムを信用していない軍部の関係者も多い。

 

「データはM-ATVとオスプレイには流した」

 寛代は淡々と報告。タブレットにはそれぞれのシルエットが表示され、共にOKとグリーン表示された。

 

 司令は少し考えて言った。

「分かった。鎮守府で夜間追撃用の地上哨戒部隊を待機させておいてくれ。あと早苗と伊吹、さらに神通には夜間出撃に備えるよう伝達」

「ハッ」

 祥高は敬礼をすると、まずは早苗に伝え、続けて鎮守府に連絡を取る。その様子を心配そうに見詰めていた曙が言う。

 

「お父さん……いや、クソじゃない提督。いや、司令……」

 慌てた曙を見て司令は頷く。

 

「大丈夫だよ。お前は寝てて良い」

 そう言いながら彼はリビングの端にある小さなテーブルでカバンからノートパソコンを取り出すと起動させる。

 

「米軍からも情報がたくさん着始めている」

 寛代がタブレットを見ながら呟くように言う。

 

 司令は寛代に聞く。

「それは今のところ予想データだけだな?」

「……」

 彼女は黙って頷くだけだった。

 

 祥高は司令に言う。

「今、神通からでM-ATVでこちらへ来た方が良いか聞いています」

 

 司令は言う。

「いや、そのまま大井宅で待機……向こうに動き無い以上、こちらからも下手に動かない方が良い。分析結果が予想で終わる可能性もあるし」

「了解」

 

 寛代もタブレットを見ながらしばらく窓辺で耳を傾けていたが、振り返る。

「米軍のデータも落ち着いてきた」

 

「そうか……」

 司令は自分の端末の画面を見てしばらく腕を組んでいたが、やがて言った。

 

「神通だけ待機しておいて、後は寝よう」

 司令のこの言葉に、横須賀メンバーはズッこけたようだった。

 

「真(まこと)か?」

 武蔵が信じられないと言った表情で聞くが司令は涼しい顔だ。

 

「うん、あくまでもデータ上のアラートだし敵がどこまで我々の情報を掴んでいるか全然分からないからね」

 

「まあ、パパがそう言うなら」

 日向のこの言い方に、その場は急に和んだ。曙は、なるほどパパにはそういう効果もあるのかと妙に感心していた。

 

 祥高が言う。

「司令、私は念のために起きています」

 

「あ、それならお母さん、私と交代制で対応しましょうか?」

 直ぐに早苗が応える。

 

 母子の会話を聞いていた司令は言った。

「そうだね。時間は二人に任せる」

 

『了解』

 二人は敬礼した。

 

「じゃ皆、もう寝よう」

 司令はパソコンのフタを閉じると、そそくさと端の布団に潜り込んだ。それを見ていた他の艦娘たちも祥高を除いて布団に入った。

 

 羽黒も流れるままに巻き込まれてしまった感じだったが布団に入って思った。

『こういう合宿も良いモノですね……』

 




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第60話:『真の防人として』(改2.5)

羽黒は複雑な夢を見ていた。そして物語は急展開する。



「羽黒も……好きなんだな」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第60話:『真の防人として』(改2.5)

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 武蔵や日向は、あっという間に眠りに落ちて行ったようだ。武蔵はやや大きな寝息。日向は生きているか疑うほど静かな寝息だ。

 

 羽黒は枕が替わると眠れないタイプだった。しかしここは鎮守府でも研修所でもない。アットホームな雰囲気……司令の自宅だから当たり前である。

 

『変な緊張感がないから、きっと眠れそうだわ』

 そんなことを思いながら、しばらく薄暗い中で天井を見上げている羽黒。彼女は横須賀所属である。武蔵や日向のように美保司令の養子になる縁はない。

 

 ただフッと彼女たちが羨ましくも思えるから不思議だった。艦娘である彼女にとっては養子とか親子と聞いても、それは単なる符号にしか感じない。

 

 だが日向や武蔵の雰囲気の変化を見ていると、そこにはきっと理屈では捕らえられない何かがあるのだ。それだけは何となく感じられた。

 

 思えば美保司令とは自分の上司である重巡「石見(いわみ)」の縁で出会った。そして彼女の姉(祥高)と司令は結婚している。だから全くの他人という訳でもない。

 

 そんな取りとめのないことをアレコレ考えているうちに自然に眠気がやってきて彼女はスーッと寝入っていた。

 

 その夜、羽黒は久しぶりに夢を見た。気が付くとポカポカとした陽気の下。自分は、お花畑に居た。周りを見るとボンヤリと人影が見えた。

 

 あのシルエットは……ガッシリとした方が武蔵、スリムな方が日向だろう。それは直ぐに分かった。彼女が近づいていくと……あれ?

 

 武蔵が黒っぽい服を着ている。よく見ると、その袖や襟にフリフリが付いてる。これって、もしかしてメイド服? いや、ちょっと違うような……。確か『ゴスロリ』とかいう種類ではないか?

 その隣に居る日向は、もう完全にメイド服だ。しかもピンク色って 嗚呼! 彼女らしくないっ。

 

「あの……お二人の、その服は?」

 羽黒が絶句しながらも振り絞るようにして問いかける。二人に近づくと腕を組んだ武蔵が口を開いた。

 

「おお、羽黒。似合っているな!」

 その言葉に彼女がふと自分の体を見ると驚いたことに自分自身が同じようにピラピラした原色のメイド服を着ていたのだった。

 

「え? なに!」

 慌てる彼女に追い討ちを掛けるように日向が言う。

 

「羽黒も……やっぱり好きなんだな」

「ち、違いますっ!」

 その時、羽黒は『ハッ』として目覚めた。上体を起こした彼女が見ると周りは、もう朝だった。

 

「今のは悪夢?」

 

 彼女は呟きながら気付くと手には、じっとりと汗をかいていた。

『私としたことが、らしくないわね……でも夢で良かった』

 

 そう思いながら彼女が落ち着くと改めて……清々しく感じる朝だった。朝日が差し込むリビングは平和な雰囲気に満ちていた。

 そうか昨夜はきっと敵の襲撃は無かったに違いない。台所に立っているのは副司令だろう。ああ、良かった。彼女は、いつもの海軍の制服を着ている。

 食卓にはもう、寛代と早苗が……あれ?

 

「お早うございます、羽黒さん」

 早苗の言葉に言葉を失う羽黒。

 

 何で二人はメイド服なの?

「ええーっ?!」

 

 さすがの彼女も驚嘆の声を上げる。その瞬間だった。自分の体が激しく揺れた。

 

 ハッと気付くと日向が羽黒の身体を強く揺すっていた。

「……?」

「シッ……静かに」

 

 あれ? まだ暗いんですけど夜なの? ……ていうか今の、二重の夢だったの?

 

 まだボンヤリと、だらしなく口を開けて……危うく、よだれが流れ落ちそうな羽黒。

 だが直ぐに周りの、ただならぬ気配に気付く。

 

「えっと……何か?」

 小声で問い返す彼女に日向は言う。

 

「気をつけて……様子が変だ」

 既に武蔵も上体を起こし、曙は短機関銃を構えている。

 

 え? ……今は何時だろう? 

 

羽黒がそう思った次の瞬間、隣の寝室の窓の外で何か大きな音がした。それは何かが争っているようにも聞こえた。

 

「外だ!」

 武蔵が叫ぶと同時に一斉に部屋の明かりがつく。また屋外から慌ただしいエンジン音が響く……外の音をきっかけに大井宅から装甲車が来たらしい。

 

「皆、伏せろ!」

 武蔵が叫ぶと同時に屋外で機銃を連射する音が聞こえる。その兆弾だろう、バチバチと小石が窓ガラスに弾く音がする。

 直ぐに機銃の音が止み、M-ATVらしき車両が官舎のそばでガードするように急停車する音がした。

 

「様子は分かるか?」

司令の問いかけに、半身身を屈めながらも武蔵が耳を澄ます。

 

「誰かが一対一で闘っているようだが」

 

 すると寛代がタブレットを起動させる。

「川内が敵と戦っている。神通と電が装甲車で支援した」

 

 直ぐにタブレットにビデオ画像が来た。司令が近寄ると周りに居た日向や武蔵も覗き込む。

「M-ATVからの映像か?」

「闘っているのは川内か」

 

 司令が言った直後、ビデオ映像は激しく一騎打ちをする敵と川内を写す。

「この映像は誰が?」

「多分、電チャンが砲座のカメラから撮っているだと思う」

 

 日向は腕を組む。

「川内も、なかなかの剣の使い手だが敵はそれに匹敵するな……さすが暗殺部隊だ」

 

 艦娘にも軍刀や忍び刀を使いこなす手慣れが居る。もちろん鎮守府によってそのメンバーは異なるが横須賀の日向やブルネイの川内はその筆頭である。

 

「とにかく様子を確認しよう、寛代!」

 司令の問いかけに黙って情報を収集し続ける彼女。

 

 やがてボソッと言う。

「大丈夫、あれ以外、近くの敵はいない」

 

 司令は振り返る。

「曙、着いてきてくれ」

「はい!」

 体操服(寝巻き)姿の司令と、やはり寝巻き姿の曙は短機関銃を構えたまま屋外へ出る。

 

 外にはライトを付けたM-ATVと、運転台から様子を見ている神通。電チャンは恐らく車内でリモコンカメラを操作している。

 その前で激しく戦っている二人。ブルネイの川内と敵の暗殺者だ。

 

 この川内は通常の剣の使い手ではなく忍者……隠密行動、いわゆる特殊部隊だ。普通の剣術よりもかなり高度な技量を持っている。ただ今回は、それに匹敵する敵である。

 

 ライトに照らされて闘う二人。時おり激しく火花が散っている。

 

 浴衣のまま腕を組んだ武蔵が司令に近づいて言う。

「敵と……日向と川内では、どっちが強いと思う?」

 

 司令は苦笑した。

「あまり考えたくないですが……」

 

 すると直ぐに武蔵がムッとしたように言う。

「親父!」

「あ、スマンな……私の丁寧語はクセだ」

 司令は口調を詫びた。だが武蔵は微笑んでいる。そんな二人を見て曙は良いなと思うのだった。

 

「なかなか見られない戦いだぞ、これは」

 響が呟く。

 

 少し遅れて制服に着替えた羽黒がやってくる。彼女は目の前の状況に目を見張っている。 

 普段、洋上で砲雷撃戦を主とする艦娘が地上で戦う姿は珍しいだろう。しかも今回は敵と味方、お互いが恐らく特殊部隊だ。表舞台に出ることのない二人である。

 

 羽黒は呟く。

「あの二人……何となく似ていませんか?」

『……』

 実はその場で見ている誰もが感じていた。体型だけでなく雰囲気、剣の腕、全てが似通っている。それがなおさら戦いを長引かせているのだ。

 

「良いか、手出しはするな……」

 思わず口走る司令。この戦いを見ていると誰もがそれに同意するだろう。 

 

 日向が呟く。

「気のせいだろうか……あいつ(敵)はわざと一騎打ちに持ち込んだのではないか?」

 

 短機関銃を下げたままの曙が聞く。

「それは何で? わざわざそうする意味があるの?」

 

 日向は曙を見て言う。

「それはな……剣を扱う者のプライドというか誇りのようなモノだ」

 

「誇り?」

 曙は首を傾げる。

 

すると響が言う。

「それがあるから私たちは闘い続けることができるんだよ」

「……」

 

 二人の会話を見て司令も考えさせられた。果たして自分にはそういった物があるだろうか?

 

 日向が武蔵に言う。

「あの二人、会話していないか?」

「らしいな」

 

 羽黒が驚く。

「え? 会話?」

 

 日向が言う。

「いや、そう見えるだけだ。実際に話しては居ないのだが……真剣に闘う者同士は時に戦いの最中にあっても会話のように互いに意思を通じ合わせることがある」

 

 響が頷く。

「それ……分かるな」

 

 徐々に形勢は川内が有利に傾く。敵は戦闘後に上陸しているから疲労度が違うだろう。

 

 武蔵は言う。

「あいつ(川内)、躊躇してないか?」

 

 日向も無言で見ていたが呟くように応えた。

「いや曲がりなりにも剣士だ。決着は付けるだろう」

 

 やがて勝負はついた。ライトは力なく倒れる敵のシルエットを浮かび上がらせる。

「川内が勝った……」

「何か、納得出来ない表情ね」

 

 そしてM-ATVから砲手の電チャン、続いて神通も降りてきた。

 

 その前の地面に力なく横たわる敵……深海棲艦と、その傍らに刀を持ったまま茫然と立ち尽くすブルネイの川内が居た。

 

 司令は彼女に近寄って声を掛けた。

「ご苦労……どうした?」

 

 ややボーっとしていた彼女は、ハッとしたように振り向くと敬礼をした。

 そして呟くように言う。

「何となく胸騒ぎがした。司令の自宅に侵入しようとしていた敵を、食い止めようとして……でも、なぜ敵は司令を狙ったのか、なぜ私はここに来たのか分からない」

 

 司令に遅れてやってきた浴衣姿の日向は状況を見て言った。

「相手は暗殺者だ。理由なんて分からないものだ、気にするな」

 

 川内は日向を見て軽く頷く。それは剣を扱うものにしか通じない何かだろうか。

 

 同じくパンパンの浴衣姿の武蔵も来て言う。

「どうした川内」

「いえ……何か釈然としなくて」

 

 ゆっくり刀を納めながらも、納得行かない表情の川内だった。

「相手がどこまで本気だったか分からない……私は果たして、これで良かったのか?」

 

 司令は言った。

「だが助かったよ。もし君が早々に気付いていなければ、もっとたくさんの被害が出ていたかもしれない」

「はい」

 その言葉に少しホッとしたような表情を見せる彼女。

 

 だが川内はM-ATVの前に居る美保の神通(改)に近寄った。

「神通……」

「なあに?」

「胸を、貸してくれ」

「良いわよ」

 

 川内は無言で神通の胸に抱きついた。涙は流していないようだが。誰も何も言わなかった。神通も川内の頭にソッと手をやって抱きしめている。

 所属は違っても、やはり姉妹なのだ。川内にとっては神通が最も安心できる存在なのだろう。

 

 川内は問う。

「神通も戦いで悩むことはあるか?」

 神通は微笑む。

「私たち艦娘は悩みと共に戦うのよ」

 川内は神通の腕の中で頷く。

「……そうだよな。私たちは艦娘なんだ」

 

 そのやり取りに司令は胸が痛くなる思いだった。

 

 夜は少し明けてきていた。薄っすらと青白くなっていく東の空には大山が黒いシルエットを浮かび上がらせている。

 

 直ぐに遠くから飛行機の飛び立つ音……

 

「オスプレイ?」

 羽黒が遠くを見渡す。

 

「そういえば早苗さんが居ませんね」

「ああ、彼女は未明に伊吹と鎮守府へ戻ったんだよ」

 司令が応える。

 

 続けて寝巻き姿の寛代がタブレットを見ながら報告する。

「オスプレイ、データリンク開始。M-ATVと一部の艦娘に同期完了」

 

 司令は副司令を振り返る。

「祥高さん、鎮守府から別動隊を出して敵の遺体を処理してくれないか……出来れば陸軍にも米軍にも渡さずに」

 

 すると武蔵が手を上げる。

「親父……それは我々がやろう。横須賀のメンバーが勝手に処理してしまったとでも報告しておけば良い」

 

「そうか……助かる」

 この時、羽黒は密かに衝撃を受けていた。わざわざ着替えたのは自分だけ。司令を始め他の艦娘たちは全員、着の身着のまま飛び出したのだ。

 

 武蔵は言う。

「では副司令……いや母さん、直ぐに我々は着替えて遺体を丁重に埋葬したい」

「分かりました。では武蔵を中心に横須賀メンバーは遺体の処理をお願いします」

『了解』

 武蔵と日向、それに少し遅れて羽黒も……いや全員が敬礼をし続けて自然に黙祷をした。

 

 その後、武蔵と日向は着替えに戻る。

 

 徐々に夜が明けてきた。その場に居る者たちも顔が見えてきた。

 

 司令は言う。

「寛代、このビデオデータも消去しろ」

「……」

 彼女は黙って頷いてタブレットを操作している。

 

 そんな彼らを見て羽黒は思った。

 自分は数年来、ほとんど前線に出ていない。もちろん中央官庁でも毎日緊張の連続だ。しかし、とっさの前線での緊張感。それが足りないのではないかと反省した。

 

 しかも敵の遺体処理で見せた司令と武蔵のやり取り。暗に規則を破ってでも敵の誇りの為に醜態を晒すまいとした司令と、その意図を素早く酌んだ武蔵。

 その上に自分たちが司令の身代わりに責めを負っても良いという彼女の判断。またそれを認めた司令。無言だが恐らく同意している日向。

 

 敢えて命令せずとも一糸乱れぬ姿勢……これが親子なのか?

 

 そんなショックを受けている羽黒をよそに司令は次々と指示を出す。

「電チャンと横須賀メンバーは処理後に後から鎮守府へ来てくれ。副司令もここで残務整理の指揮を頼む。私と曙、寛代、響は直ぐに着替えて神通のM-ATVで鎮守府へ移動だ」

『了解』

 

 着替えに戻りかけた司令は、ふと立ち止まる。

 彼は神通から離れて既に落ち着きを取り戻しているブルネイの川内を振り返った。

「君はここに残って祥高の指揮下に入り横須賀メンバーと行動を共にして貰って良いかな?」

「了解」

 川内は敬礼をした。

 

 ちょうどその時、大山の稜線を縁取っていた光の筋が破れるようにして旭日が彼女たちを照らした。

 誰がしたのだろうか? いつの間にか敵の亡骸には薄いスカーフが掛けられていた。

 

 羽黒はその場の光景に衝撃、いや感銘を受けていた。艦娘たちは海上でも地上でも誇らしい存在なのだと。

 

「これが真の防人なのね」

 彼女は自然に呟いていた。

 

 私も、そうありたいと彼女は思うのだった。改めて敬礼をした。誇りを以て。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第61話:『心の距離、心の扉』(改)

暗殺未遂事件の後、大井が意外なことを告白する。改めて……彼女はいつも事件の中心に居る。司令はそう思うのだった。

※(改)で後半に加筆あります。


『それが彼女の運命なら、共に受け入れるしかないよ』

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第61話:『心の距離、心の扉』(改)

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 副司令の指揮下で敵の亡骸の処理が始まる。鎮守府からも応援の車両が来た。運転していたのは利根だった。

 

 司令は声を掛ける。

「悪いな、利根」

 

 利根は、あっけらかんとした表情で応える。

「いや、これは大切なことじゃからな、父上」

 

 その呼称に羽黒は少し驚いたようだ。

『利根さんも……娘なんだ』

 

 こうなって来ると羽黒も美保司令と艦娘たちの関係に慣れてきた。もはや養子という驚きより『イロイロな呼び方があるのね』と感心する方が大きくなっていた。

 

 だから羽黒が彼らを見ていると親子関係を通して艦娘たちの心情の幅が広がって、その結果として一人ひとりの個性がさらに引き出されているのではないか? そんな印象も受けるのだった。

 

 彼女は美保の艦娘たちを見ているうちに自分の『個人的な興味』として、この鎮守府の養子縁組の状況を、もっと詳しく調べてみたい好奇心に駆られるのだった。

 

『また何度かここに来ることもあるかしら……』

 実は副長官は数ヶ月おきに視察名目で美保に来ている。今回は特別と言うことで自分も同参する事が許されたが、出来るならいつの日にか代理でも良いから美保に来て見たいと思うのだった。

 

『副長官に、いつか相談して……私の調査課題に加えようかしら』

 そう思うと羽黒はなぜか、ワクワクして来るのだった。

 

 さて車を降りた利根は同行して来た秋雲と一緒に荷台を開けた。そこには簡易型の棺桶が準備されていた。

 軍隊にとっては棺桶は珍しくない。誰もが当たり前のように接するのだ。

 

 利根と横須賀メンバーは協力しながら棺桶に敵の亡骸を入れて軍用車の荷台へと運び入れた。秋雲はそんな光景をサラサラとスケッチしている。敢えてスケッチと言うのが意味があるらしい。

 

 その作業を見守りながら司令は祥高に聞く。

「何処に埋葬するかな?」

 

「はい。美保鎮守府で犠牲になった艦娘用の墓地があります。そこへ埋葬する予定です」

 祥高は予想していたように答えた。

 

「なるほど、ちゃんとそういう場所があるんだな」

「はい……司令が着任されてからは使う機会も減りましたが」

 彼女は微笑んだ。

 

 明るくなるに連れて少し風が出てきた。すると流される髪の毛を気にしながら大井がやって来た。彼女は状況を一目見て何が起きたのかを悟ったようだ。

 

 彼女は司令に近づくと安堵した表情を浮かべた。

「私が言うのも変ですが……有り難うございました」

 

 深々と頭を下げる彼女に祥高と司令は頷いた。

 

 羽黒はまた、その光景を興味深く見ていた。こういった対応も小さな鎮守府だからこそ可能なのだろう。大きな拠点では、とてもこんな私心で行動する余地はない。ただ事務的に淡々と全てのことが片付けられていくばかりなのだ。

 

「やはり最期はこうあるべきだな」

 武蔵が呟くと

 

「まったくだ」

 日向が同意している。無言だが響も頷いている。

 

 そのとき大井は言った。

「司令、少し……お話があります」

 

 その言葉に司令は頷く。彼は副司令に目配せをしてから、大井と二人で装甲車の裏へと移動した。

 

 周りにだれも居ないのを見てから司令は問いかけた。

「話とは?」

 

 大井は周りを気にしながら口を開いた。

「今まで黙っていましたが、私の無線の周波数には、今でも時おり敵の通信が入ります」

 

「え!」

 さすがに司令も驚いた。

 

 だが大井は慌てて補足する。

「ごめんなさい! 決して悪気はなかったの。だから信じて、お願い……絶対に皆を裏切ってはいない。こちらからは一切、通信してないから」

 

 彼女の思い詰めたような表情に司令も信じるしかなかった。

 

ただ彼は肩をすくめて言うのだった。

「気持ちは分かるが、ここは国防の最前線だ。安全保障に絡むことは秘密にして欲しくない。せめて……事実だけでも報告が欲しかった」

 

「ゴメンなさい」

 彼女は力なく頭を下げるばかりだ。

 

 これは下手したら軍法会議に掛けられる事案だ。だが一時期、記憶が途切れていた彼女だ。今さら問い詰めても何も始まらない。司令は、この件は自分だけで伏せて置くべきか? 少し考え込んで下を向いた。

 

 大井は、なおも続ける。

「お父さん(司令)は裏切りたくないし。今の生活を壊すつもりもないの」

 

徐々に声が小さくなって最後には彼女の言葉は詰まった。

 

 司令は顔を上げると、そっと大井の手を取った。

「分かるよ。私も、あの敵を見てつい、以前のお前を考えた。だから敵だが亡骸は陸軍に渡したくない……フフ、これも問題だよな?」

 

 そう言いつつ司令は改めて自分の行動の根底には、やはり大井との関係が影響しているのだと痛感した。もし大井が何かで咎められるなら結局、自分も同罪なのだ。

「大井……お前の行動には問題もあるが、それは長たる私の責任でもある。だが、お前が私たちを信じてくれる限り私たちも、決してお前を見捨てはしない。だから安心しろ」

 

 顔を上げた大井の目には、涙が溜まっていた。

「……本当に、ごめんなさい。私、未だに過去を引きずっているのね。もうどうしようもなくて……こんな私、八つ裂きにされても、おかしくないから……本当に申し訳ないわ」

 

 苦しい胸のうちを吐露する彼女。そうだ、敵との因果関係は、もう彼女自身にも、どうしようもなくこびり付いた汚れのようなものだ。それをこれからの生涯、ずっと背負わなければならない。そんな彼女を誰が責められるだろうか?

 せめてこの鎮守府で、いや私たち夫婦で護ってやろう。

 

 そう思った司令は掴んだ彼女の手を改めて強く握り返して言った。

「いや、君が居るからこそ、この美保鎮守府に新しい希望が芽生えようとしているんだ。私と共に歩み続けてくれ」

 

 あれ? ……と、そう言いながらも司令自身、自分が何を言っているのか分からなかった。もはや口が勝手に回っている感覚だ。まるで誰かに言わされているような……。

 

 だが大井は微笑んでくれた。

「ありがとう……嬉しい」

 

 そう言いながら彼女は司令にソット抱きついてきた。司令も彼女を優しく抱き止めた。最後は理屈じゃない。彼はそう思った。

 

 司令は改めて言った。

「お前だけが悪いんじゃない。その責任の一部は私もある。だから……独りで解決するんじゃない。私も一緒だ。申し訳ない気持ちは私も同じなんだよ」

「……」

 この場を誰かに見られたらちょっとマズイかな? だが本当に彼女は変わった……司令は改めてそう思った。

 

 彼の腕の中で大井は言う。

「私……貴方と出合えて良かったと思っているの。だから、ごめんなさい。本当に、通信のことも怖くて言えなかったの」

 

 彼女の髪を撫でながら司令は言った。

「良いよ。お前の気持ちは痛いほど分かる。だが、いつまでも独りで抱えなくて良いんだ。私も居るし今は祥高だって居るんだ。彼女も助けてくれる」

 

「うん……そうよね。ありがとう……」

 彼女の言葉は、まるで小さい子の返事のようだった。

 

 司令にとっての大井は今や艦娘と言うより本当に娘のようだった。彼の実子の早苗は素直な子だが、この子はちょっと複雑だ。それは生い立ちや通過してきた世界がそうさせているのだろう。

 

 もちろん自分には大井を包み込めるだけの十分な愛があるわけではない。まだ彼女とは心の距離もあるだろう。それでも自分と彼女は親子だ。それは動かしがたい事実。

 

 もし彼女と自分の心に距離があるなら縮めていけば良い。生きていれば、お互いに努力は出来る。彼女だって、こうやって正直に心情を吐露し心を開こうとしている。それで十分だ。あとは私も祥高も精一杯、努力するだけだ。

 

 そこへ神通が来て申し訳無さそうに声を掛ける。

「司令、あの……そろそろ参りましょう」

 

「……ああ、悪かったね」

 二人は恥ずかしそうに身体を離す。それでも思わず二人は『神通で良かった』と苦笑した。

 

 神通は出来た子だ。二人を見て見ぬ振りをしている。同時に彼女もまた大井の事を心配しているのが伝わってきた。皆、姉妹だから。それが大井にも分かるのだろう。彼女も神通に深く頭を下げている。その姿に神通はちょっと恐縮していた。

 

 彼女は改めて司令に対してM-ATVへの乗車を案内した。

「では司令、こちらへ」

「ああ」

 

 彼も大井に軽く手を上げながら祥高や横須賀メンバーに見守られてM-ATVに乗り込んだ。それを確認した神通は続いて他の艦娘たちにも乗車を案内する。艦娘たちも次々と乗り込んでいく。

 

 その間に神通は運転台に乗り込むと車体を起動させた。エンジンの始動音と共に車内の各種電装品も順次スタンバイしていく。直ぐに各パネルが鎮守府のサーバーと同期を開始したことを告げていく。それらを確認した神通はインカムを付けて最終確認を行う。問題無いようだ。

 

 神通は改めて全員に告げた。

「では、発車します」

 

 司令も応える。

「よし、頼む」

 

 神通は車両はゆっくりと発進させた。朝日を浴びつつM-ATVは官舎の敷地を出た。まだ早朝ではあるが太陽は既にかなり昇っていて気温も徐々に上がっている。

 

 朝日が差し込む車内で司令は端末を操作してモニター画面を見た。その画面の一部は赤くアラート表示されたままになっていて今なお、あと1名の敵が所在不明のままであることを告げていた。

 

「やれやれ。このシステムの情報は、どこまで正しいんだろうな?」

 司令は思わず呟いた。信用しないわけではないが、こうも見つからないと焦ってくる。思わず端末にチョップを食らわせたくなってくる。

 

 鎮守府周辺ではオスプレイが索敵を続けている。赤城2号も試作型ミニオスプレイを出しているようだ。司令の端末には通常のオスプレイの稼動表示と共に『mini』という表示も並列表記されていた。なるほど夕張も良い仕事しているな。司令は思わず微笑んだ。

 

 米軍の技官が見たら目を丸くしそうだ。いや、この情報は米軍にも流れているからな。彼らは苦笑しているだろうか?

 

 またオスプレイのシステムだけでなく数名の艦娘もまた海に出ている。彼女たちもリンクシステムと同期しながら哨戒を実施している。これらの情報は刻々とサーバーに送り込まれ、逐次分析処理されてフィードバックされる。

 

 今、運転をしている神通を始めとした高位カテゴリーの艦娘たちは現在リアルタイムでオスプレイ同様リンクシステムで情報を同期させている。何かあれば直ぐに全員に情報が共有される。

 

 司令は問いかける。

「何か新しい情報は?」

「いえ……特には無いようです」

 神通は答える。

 

 やがてM-ATVは早朝の幹線道路から交差点を左折して畑の中を走る。JR境線の踏み切りの手前で司令の携帯が震えた。彼がディスプレイを見ると大井からだった。

 

 司令は電話に出た。

「どうした?」

 

 電話口の向こうでは不安そうな大井の声が聞こえた。

『ゴメンなさい……あの、緊急でお話したいのですが、電話では……』

 

 司令は返事をする。

「分かった。直ぐに鎮守府へ来てくれ。執務室で話そう」

『はい……』

 

 電話を切った司令は、車内の艦娘たちの関心が集中しているのを感じた。

 やれやれ……取り敢えず司令や大井の携帯も軍用なのでスクランブルや音声も暗号化されている。教官である大井が知らないはずはない。だが彼女は、それでも不安なのだろう。

 

『また機密に関わる何かかな?』

 司令は顎に手をやりながら思った。

 

『大井……何か事件があると必ずその中心に居る子だな。まあ良い。それが彼女の運命なら共に受け入れるしかない。皆、一蓮托生だ』

 彼はそう思いつつ腕を組んで窓の外を見た。今日も良い天気になりそうだ。 

 

 やがて海岸線を走った後に鎮守府ロータリーにM-ATVが到着する。司令が先に車を降りた。車両はそのまま車庫へと向かい艦娘たちはそこで降車する予定だ。

 

 司令が執務室へ向かおうとすると玄関口に金剛姉妹がずらっと並んでいる。

『お帰りなさい!』

 

 司令は苦笑する。いつも思うが金剛型にズラリと並ばれると威圧感があるよなぁ。彼はそれでもいつも通り彼女たちに挨拶を返した。

「ただいま」

 

……まあ良い。この一体感、そして元気さが金剛型の特長だからな。そう思いつつ司令は先頭にいる金剛に聞いた。

「ブルネイの金剛は元気になったか?」

 

 彼女は少し表情を曇らせた。

「相当、疲れているみたいだネ。昨日は提督と一緒に居るつもりだったけど結局、病室に戻ったから」

「そうか……」

「はい、とっても……心配なのです!」

 比叡は両手をぎゅっと握って真剣な目でこっちを見る。だから、それはオーバーアクションだよ。

 

「榛名も頑張りますから!」

『……』

司令と霧島は思わず顔を見合わせて、ずっこけそうになった。お前が何を頑張るんだよ?

 

 ふと見ると玄関に制服を着た金城提督とブルネイの青葉が居た。彼は言う。

「おお、聞いたぞ。暗殺者だってな」

「はい」

 さすがブルネイでも青葉は情報が早いなと司令は思った。

 

 ふと見ると海外武官たちも集まってきた。司令は苦笑した。やっぱり皆、諜報部だ。

 

 開口一番、イタリア武官が高い声で言う。

「やだぁ、そんな顔しないの! 心配しているんだからぁ」

「はい、ありがとうございます」

 司令が応えるとすぐにドイツ武官も言う。

 

「敵は、やはり深海棲鑑か?」

「そのようです」

 

 すると慌てたように走ってきたケリーが言う。

「ちょ……ちょっと! (ハアハア)何? このデータっ!」

 

 寝起きで直ぐ駆けつけてきたらしい彼女は凄い形相で大型のタブレット端末を見せる。そこには既に司令も見慣れたアラート画面が出ている。

 

 司令は落ち着き払って答える。

「はい。ですからおよそ2体の敵がこのエリアに侵入した模様です」

 

「それでっ? 何か分かったの」

 彼女の食いつくような勢いが怖い。そんなケリーの頭はグチャグチャで、いつものピシッとした印象とは正反対だ。制服もボタンがズレていたりネクタイも半分緩んでいる。さては昨夜、飲んだな? ……あはは、POLAにも負けてないぞ。

 

 彼女の慌て振りには他の武官や金城提督は明らかに笑いを堪えている。

 

 司令は半身引きながら答える。

「一体は撃退して、もう一体は現在もなお捜索中です」

 

 金城提督はニヤニヤしながら言う。

「ウチの川内が闘ったらしいが、敵の彼女は誇り高い戦士だったようだ」

 

 すかさずケリーが言う。

「で? その敵の遺体はどうしましたか?」

「燃え尽きました」

「はあ?」

 この時点で武官たちは堪えきれないように後ろを向いて肩で笑っていた。ただ彼らは司令が密かに遺体を処理しようとしているのは分かっているようだ。知らないのはケリーだけか。

 

 そこで意外にもドイツが助け舟を出してきた。

「まあ良いではないか? 今はその残り一体を発見することのほうが重要だ」

「まあ……そうですけど」

 ケリーもようやく感づいたようだが、それは不問にして渋々承知するようだ。

 

 慌てぶりも含めて照れ隠しをすように空を見上げながら彼女は言った。

「えっと、オスプレイを出しているようだけど……まだ見つからないようね」

「はい。まあシステムのエラーと言うことも考えられますし」

 司令は答えた。

 

 そこへ副大臣と副長官がやって来た。軽く会釈をしたあとで彼は言った。

「まあ、ここは焦っても仕方が無い。ゆっくり朝食でも食べようぜ」 

 

 彼の言葉で、その場の雰囲気が和んだ。

 

 そこへ鳳翔さんが来て言った。

「皆さん、朝食の準備が出来ています」

 

 その案内で司令と副長官以外のメンバーは食堂へ向かう。副長官・石見はそこに残って司令に話しかけてきた。

「また暗殺未遂か。お前も大変だったな」

 

「はい……でも戦った艦娘が言うには相手がどこまで本気だったか分からないと」

 司令は、こんな表現では馬鹿にされるかと思ったが意外にも副長官は頷いていた。

 

「ああ、分かるぞ。敵の中には案外人間臭い奴が居るらしいからな」

「というと?」

 

 彼女はメガネを指先で持ち上げながら言う。

「お前も聞いたことがあるだろう? 艦娘が轟沈して敵に転ずると言う話」

 

「はい、まぁ噂話程度には」

 そこまで言って彼はハッとした。

 

「あ、いえ……そういえばあの子、えっと大井がそうでしたね」

 補足した司令に彼女は大きく頷いた。

 

「お前も知っているだろうが祥高姉さんも向こうの世界から戻った艦娘だ。私も普段は何も言わないが正直、これはやりにくい戦いだと思うことが常々ある」

「ハッ」

 

「あと……」

彼女は急に司令に顔を寄せてきた。彼は一瞬、焦った。

 

 今でこそ艦娘(養女)と風呂に入っても何とも思わない司令だが、この義妹が密着してくると、さすがにちょっとドキドキする。

 普段、色気もへったくれも感じさせ無い分、至近距離だと妙に女性っぽく感じる。そのギャップが凄いのだ。

「金城提督は危ないぞ」

「は?」

 

……祥高も石見も『突然』が多過ぎだよ。

 

彼女は苦笑する。

「済まん、舌足らずだったな」

 

 一呼吸置いて副長官は言葉を続ける。

「下手すると彼の首が飛ぶかも……な」

「はぁ?」

「うーん、元帥が、ちょっとマズくて」

 

 ここで彼女はチラッと司令の背後を見た。

「ダメだ、人目があるここでは話せん。また後でな」

 結局、舌足らずだよ。おい。

 

 副長官は司令の後ろを見ながら言う。

「ホラ、彼女が来たぞ」

 

 司令が振り返ると自宅から来た大井が立っていた。

「お前に報告があるのだろう? しっかり聞いてやれ」

「ハッ」

 

 大井は頭を下げていた。

「すみません……お願いします」

 

 司令が美保湾を見ると今日も大山の青いシルエットが見えた。

 

 司令は肩をすくめた。

『私も、あの山のようにもっと堂々としていよう』ふと、そう思うのだった。

 

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第62話:『一航戦』(改2)

大井は暗殺者について知っていることを司令に伝える。後から加わった青葉は意外な分析を司令に伝える。そして美保鎮守府には意外な艦娘が……。


『私の事で、もう苦しまないで』

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第62話:『一航戦』(改2)

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 司令のところに大井が近寄ってくる。

「済みません司令……お手間を取らせます」

「ああ」

 彼は一瞬、副長官を見た。彼女は黙って腕を組んで頷いている。

 

「それじゃ、執務室へ上がろうか」

 そう言って彼は本館の入り口へ向かう。

 

「あの……」

 大井の呼びかけに、司令は立ち止まると振り返った。

 

「?」

「ごめんなさい……でも」

 そこには恥じらいながらも手を差し伸べている大井が居た。

 そうだよな……既に母親となった彼女も孤独や不安を感じることもあるだろう。

 

「ああ、構わないよ」

 司令も手を差し伸べて彼女の手を取った。その瞬間、彼女はホッと安堵の表情を浮かべた。

 

 二人は手を繋いだまま揃って鎮守府本館へと向かう。数名の艦娘もチラチラとこちらを見ているが副長官が何もいわない光景を見て、これは『公認の仲』だと納得している雰囲気が感じられた。

 

 まあ大井に関しては普段から司令とよく手を繫いでいる。それは妻の祥高も公認だ。

 

 彼らは本館に入ると、そのまま階段を上がって執務室へと向かった。

 

 その途中の踊り場で司令は青葉とすれ違った。

 彼は彼女に声を掛けた。

「青葉」

「はい?」

 彼女は立ち止まる。階段は声が響く。

 

「これから執務室で大井と話をするのだが……もしかしたら後でお前に声を掛けるかも知れない。留意しておいてくれ」

「了解です」

 青葉は敬礼をした。

 

 彼女は割とサバサバしているから、司令と大井が手を繫ごうが全く気に留めていない。そこは助かるよなと思う。

 

「あとスマン、誰かに言って執務室に2名分の、お茶を頼む」

 立ち去りかけた青葉に司令は追い討ちのように続けた。

 

「はいはぁい」

 青葉は背中で応えた。

「……」

『はい、は一回だぞ!』と司令は内心思った。

 

 2階の執務室に入る二人。祥高は、まだ来ないようだ。

 本当は彼女と一緒に話が聞けたら良かったと司令は思っていたが後処理が長引いているのだろう。仕方ない。彼はメモ用のノートを取り出すと副司令は待たずに大井の話を聞くことにした。

 

「折り入って話とは?」

 彼は大井と向かい合わせにソファーに腰を掛けて聞いた。

 

 彼女は珍しく鋭い目つきになり周りを気にしてから言った。

「ここは盗聴器とか無いわよね?」

 

「あぁそうだな。米軍のシステムが入るときに全てチェックしてある。後から付けても分かるようになっているから大丈夫だ」

 司令の言葉に安心したような表情になった大井は続けた。

 

「今朝の敵の暗殺者のことで」

「ああ」

 司令はノートを開いてペンで書き留める。もちろん略語を使ってパッと見ただけでは分からない書き方をする。

 

 大井は少しボーっとした感じで司令の手元を見ていたが直ぐに意を決したように語り始めた。

「あの官舎で川内と闘った敵……あの子が通信していたの」

 

 司令は略語でそのことを書く。

「二人とも暗殺者だけど司令の自宅の住所を敵の本体には伝えていないそうよ」

 

 司令は驚いた。

「ちょっと待った……今、二人目を必死に探しているんだが、やっぱりもう一人居るのか?」

 

 大井はハッとして言い直す。

「そ……そうよ。今回は二人居るの」

 

 司令は筆記の手を止めて聞く。

「なぜ、そんな行動を? 敵だろう?」

 

 司令の問い掛けに困惑した表情の彼女。

「それは分からない。ただ彼女たちはそう言っていたから」

 

 司令は腕を組んだ。

「もしかして……彼らの狙いは私ではないのかな?」

「……」

 

 司令は再びメモを取りながら聞く。

「だが……そんなにハッキリと敵の無線が入ったのか?」

 

 大井は頷いて言った。

「断片的だったけど……」

 

 司令は壁にある境港市の地図……司令の自宅官舎がある場所を見ながら言った。

「では私の家を狙って行動を起こしたのは片方だけ、ということか」

 

 大井は頷く。

「そうね。もう一人は官舎からは少し距離があるみたいだったわ。あの川内に似た子もそうだったけど、もう一人も筋金入りの暗殺者というか……とても落ち着いた口調だった」

 

 司令は無言でメモを取り続ける。大井は窓の外を見る。

「敵にこう言うのは変だけど、あの暗殺者……特にもう一人は教養の高さを感じたわ。単なる野蛮人じゃない。かなり上級の相手っていう印象。それで居てプライドも高い」

 

 司令は手を止めた。

「そうか。そういう敵は逆に厄介だな」

 

 彼は先の副長官の言葉を思い出していた。元艦娘から転落した敵……しかも相手に品があるとしたら副長官が躊躇するように、心情的にも戦いにくい相手だといえる。

 

「やれやれ。単なる戦闘バカな敵の方が気楽だよな」

 司令の言葉に大井も微笑んでいた。彼女も司令の、そういった気持ちは分かるようだ。

 

「敵もシナやロシアと組むんでしょう? それなりの知性はあると思うし」

「そうだな」

 

 その時、誰かが執務室のドアをノックした。司令が応えると「失礼します」と青葉が、お茶を持って入ってきた。

 

 司令は思わず反応した。

「何だ、お前が来たのか?」

 

「ええ? だって……この方が一石二鳥でしょ? 鳳翔さんだって忙しいし」

 そう言いながら、お茶を置く青葉。

 

「まあな」

 司令が見ると彼女は、ちゃっかり3人分のお茶とお菓子を持ってきている。

 

「よいしょ!」

 明るくソファに腰を掛ける青葉。座ったままお茶を準備している。その傍らには青葉の商売道具……数冊のメモ帳に筆記用具、カメラなどが置かれている。ツール魔だよな。

 

 そんな青葉を見て大井は不安そうな表情をしている。

 それを見た司令は聞いた。

「あ……青葉?」

「はい?」

 お茶を配りながら彼女は反応する。

 

「今、大井と最高機密情報を扱っているんだが……お前なら大丈夫だよな?」

 司令の質問に青葉は笑った。  

 

「信じてよ! お父さん」

「ああ、そうだったな」

 司令は苦笑した。これは一本取られた。そんな二人のやり取りを見た大井も、その表情が和んだように見えた。

 

 お菓子の袋を開けながら青葉は言う。

「その機密情報、何か当ててみましょうか?」

「あ?」

 

 好きだよな青葉。

「えっと、今朝の暗殺者のことでしょう?」

「……」

 

 さすがに司令も驚いた。

「なんだ、お前まで今朝のこと知ってたのか」

 

 司令は脱力した。それは何となく大井も同じ気持ちのようだった。

 

 青葉は続ける。

「いえ、鎮守府の名誉のために申しますと決して情報漏えいしたとかセキュリティに問題があったわけではありません。ただ……」

「ただ?」

 

 青葉は微笑む。

「通常回線ではないんですが艦娘同士の特種無線で、どうしても漏れるんです。でも心配しないで下さい。美保鎮守府では基本的に『司令の家族』以外には、絶対的に重要な情報は漏らしませんから」

 

 そう言いながら彼女は大井にも笑顔を見せた。大井も安堵したような笑顔を見せる。

司令は『あれ?』と思った。このとき彼は初めて……美保の大井が他の艦娘にも自然な笑顔を見せたような気がしたから。

 

 大井は少しリラックスしたのだろう。「いただきます」と言ってお茶をすする。

「どうぞ」

 そう言いながら青葉もメモ帳を開く。

 

 司令は二人に説明をする。

「ではお前のその言葉を信じて……今、大井から二人目の暗殺者が、まだこの管内に潜んで居ることが確認できた。ハッキリしていないが敵の狙いは私ではない可能性がある。彼らの本当の狙いは何か? それについて検討しようと思っていたところだ」

 

「あと……」

 青葉はペンを取り出しながら言う。

「果たして暗殺者は、もと艦娘なのかどうか? ですよね」

 

 その言葉に司令は苦笑した。

「まあ、そういうところだ。情報通のお前ならゴシップネタも含めて何か知らないかな、と思ってな」

 

 青葉は少し考えるようにしてから話し始める。

「そうですね……まず今朝の場合ですと最初の暗殺者は川内に良く似ていたらしいですね」

「ああ」

「でも司令は今まで、美保の川内と何かトラブルってありましたか?」

 

 司令はちょっと考える。

「いや……川内とは無いな」

 

 青葉は、なるほどと頷きながら言う。

「そこなんですよ」

『?』

 

 司令と大井は首を傾げる。

「これは青葉の想像なんですが……今回の敵は、わざと艦娘に似ている子を寄こしてますよね。しかも司令の自宅に行った子は恐らく陽動部隊です」

 

 司令は腕を組む。

「つまり敵の本当の狙いは別にあるとして……敵の戦術として狙った人間と因縁のある艦娘……今回で言えば元々川内だった子を意図的に当ててくるって言うのか?」

 

 彼の言葉に青葉は頷く。

「大井さんを例に出して申し訳ないのですが……大井さん自身が司令に対して……そうでしたよね?」

 

 彼女の言葉に大井も頷いて言い訳するように話し始める。

「そうね……でもそれは敵に命令されたと言うよりは、なんでしょうか? 正直あまり覚えていませんが……」

 

 大井は少し恥かしそうな顔をした。司令と青葉が優しく頷くと彼女は続ける。

「私……司令に対する恨みとか好意とか、その特定の相手に対する個人的な想いが強い動機だったとしか言えないんだけど」

 

 そこまで聞いて青葉は身を乗り出して言った。

「それですよ、それ……彼らは組織的に動いていると言うよりは、感情を中心に行動していると思うんです。ただ……今回に限っては、意図的に陽動作戦をしている感じで」

 

 彼女はペンで頭をつついた。

「つまりシナが入れ知恵したか、あるいはかなり頭の良い敵が指示していたと思えるんです」

 

 司令は言う。

「それは……厄介だな」

 

 大井も頷いた。

「私が言うのも変ですが、そういう感情を中心に動くという感覚。凄く良く分かります」

 

「でしょ?」

 青葉はちょっと得意そうだ。 

 

「では……彼らの本当の狙いは?」

 そこまで言って司令はハッとした。

 

「まさか?」

 青葉と大井も頷いた。

 

 司令は思わず頭をかいて繰り返した。

「まさか……なあ」

 

 だが青葉は確信を持って応えた。

「はい。今ここを訪問している金城提督を狙っていると思われます」

「すると……やはり夜来るのかな?」

 

 司令の言葉に青葉は腕を組んで思案する。

「うーん、さすがにそこまでは分かりませんね。確かに夜狙うのが定石ですし簡単ですが、それはお互いに不利というか……夜って相手にとっても狙いにくい状況ですから」

 

 すると大井が言う。

「むしろ日中、堂々と狙うパターンだってありますよね」

 

 青葉は頷いた。

「そうですね。確か大井さんも境港で昼間とか司令のところへ来られましたよね」

 

 大井は少し顔を赤らめた。そのときは敵だったとはいえ、この反応はちょっと可愛く感じた。

 

 青葉も苦笑しながらペンで自分の額を押さえる。

「でも大井さんって、それほど激しく司令を狙っていませんでしたよね」

 

「それは……その、まあ……」

 大井はさらに恥ずかしそうに下を向いた。顔が赤くなっている。その当時の気持ちを思い出しているのだろうか? うむ、ますます可愛らしいが……いかん、自重! と司令は反省した。

 

 照れ隠しをするように司令は言った。

「でもなあ、もし金城提督を狙うとしたら変な話、暗殺者も5人や10人では済まないような気がするんだよなあ」

 

「あはは」

 青葉もワザとらしく笑った。

 

 大井は、ほんのり頬を紅潮させたまま顔を上げて言った。

「まさか、あの金城提督がブルネイで沈めたっていう古い艦娘でしょうか?」

 

 青葉も頭をかきむしる。

「うーん、その可能性もありますし……無いかもしれませんしぃ」

 

 さすがに、こればっかりは予測の付けようがない。

 

 その時、デスクの内線が鳴った。司令が受話器を取ると大淀からだった。

『司令、た、大変です』

「どうした?」

 

 大淀にしては電話で取り乱すとは珍しい。 

『……直ぐにロビーまで降りてきてください』

 

「何事だ?」

『本日、緊急に着任したと言う艦娘が来ているのですが……』

 彼女の背後が騒がしい。

 

 司令は応える。

「分かった、直ぐに降りる」

 

 受話器を置いた司令は立ち上がる。

「着任したと言う子が来ているらしいが私は何も聞いていない。お前たちも知らないよな……」

 

 二人は首を振るが、青葉がハッとした様に言う。

「司令、まさか?」

 

「ああ、その可能性もある。取り敢えず降りるよ」

 司令が降りようとすると大井が言う。

 

「私が警護します」

 彼女は立ち上がると執務室のロッカーを開けた。そこには非常用の短機関銃が入っている。

 

 司令は言う。

「くれぐれも慎重にな」

「はい」

 

 マガジンを点検しながら微笑む大井。

「大丈夫、私は変わったから」

 

 だが3人が下へ降りると意外な状況が展開していた。

 ロビーでは美保鎮守府の主要な艦娘が新しく着任したという艦娘を取り巻いていた。特に2人の赤城が嬉しそうにしている。

 

 そこに居る艦娘は今朝、司令が官舎で見たような異形の敵ではなかった。

その彼女は完全に普通の少女の姿をしている。つまり……紛れもなく艦娘だろう。

 

 司令は思わず呟くように言った。

「これは……敵ではないよな」

 

 青葉も大井も戸惑っていた。

「はい、多分」

「……」

 

 やや長身のその子は空母だった。赤城がときめくはずだ。

 

 そして、その艦娘は司令の姿を認めると敬礼をした。

「美保司令、初めまして」

【挿絵表示】

 

 日向のように淡々とした口調と涼しい目元。だが敬礼を直ってから彼女は、ちょっと微笑む。

「……私をご存じの方も多いでしょうけど」

 場が和む。この場慣れした度胸、合わせてゾッとする程の美しさが反って引き立つ。

 

 彼女自身が言った如く、まだ美保鎮守府には未着任だったとはいえ沈着冷静なその子を司令や艦娘たちが知らないはずが無い。

 

「ああ、初めまして……改めて美保鎮守府へようこそ」

 ぎこちなく敬礼をする司令に彼女は再度ピシッと敬礼を返した。

「本日着任いたしました一航戦、加賀です」

 隙がない。

 

 その時、誰かが息を呑んでいる気配がした。

司令が振り返ると、そこには目を丸くしている金城提督がいた。

 

「加賀……」

「え?」

 司令は少し驚いた。この加賀は艦娘だが量産型だろう。それなのに提督はなぜ慌てて驚くのだろううか?

 

「提督?」

 彼の隣に居たブルネイの青葉も司令と同じ気持ちらしかった。

 

 彼女は言う。

「美保に着任した普通の加賀さんですよ」

 

 提督は頭を振る。

「そうだよ……すまん、つい……な」

 

 すると加賀は微笑んだ。

「金城提督ですね。噂は伺っています。今回は僅かな期間かと存じますが、よろしく」

 

 そう言いながら彼女はスッと金城提督に近づくと手を伸ばした。一瞬、司令や大井は緊張した。少し躊躇するようなブルネイの提督と、その手を半分強引に掴むように握る加賀。

 

 彼女は提督に言う。

『私の事で、もう苦しまないで』 

 

提督の表情が固まった。だが、その理由を知る者は少ないだろう。

 

司令は少し嫌な予感がした。

「この子は、本当に艦娘なのだろうか?」

 

 その思いは、その場に居た美保の青葉、大井も感じたはずだ。

 

 ただ大多数の艦娘たちは、赤城を始めとして完全に加賀だと思っているようだった。

 

加賀は提督に会釈をして離れるが、彼は硬直したままだ。

 

 こうして美保鎮守府の長い一日が始まる。

 

 




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第63話:『分断と絆』(改)

矢継ぎ早に軍令部から移動の指示が出る。そして金城提督にも、ある命令が出た。そして加賀は意外なことを言う。


「ついに……オレの首が飛んだか」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第63話:『分断と絆』(改)

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 その時もう一人の大淀、2号が降りてくる。

「司令! 緊急命令です」

 

 彼女が司令に渡した軍令部からの指令書には横須賀メンバーと副長官を直ぐに中央へ戻すように命令されていた。

 

「急だな」

 彼が呟くと同時に副大臣が副長官とロビーへ来た。

 

「おい、大変だ」

 珍しく慌てた様子の副大臣。

 

「政局が変わった……オレも国会へ戻らないといけない」

 

 副大臣に続いて副長官も言う。

「私もだ……直ぐに大艇を準備させてくれ」

「了解」

 

 司令は敬礼しながら、その旨を二人の大淀に指示する。彼女たちは敬礼をすると直ぐに持ち場へと分かれて行く。

 

 司令は副長官に、赤城と談笑している加賀を掌で指しながら報告した。

「今日、彼女(加賀)が美保に着任しましたが、事前に誰も聞いていないようです」

 

「ナニ? それは、どういうことだ? ……おい、加賀!」

 彼女は直ぐに大声で加賀を呼んだ。

 

「はい」

 全く動じることなく、その加賀は無表情のままやってくる。

 

 何となく異様な気配を察知したのだろうか? 副長官は詰問するように聞く。

「お前は今日、美保に着任だと聞いた。そもそもお前は、どこから来たのだ?」

 

 彼女は首を傾げながらも無表情のまま落ち着き払ってる。

「はい、舞鶴です」

「ならば……着任指令書はあるか?」

「いえ」

 彼女の、この返事でロビーはざわつく。

 

 だが一瞬の沈黙の後、加賀は何かを思い出したように言う。

「緊急でしたので、後から電送すると伺っています」

 

 すると大淀が「司令」と言いながら書類を持って降りて来た。

「加賀さんの書類は、これでしょうか? たった今、流れてきました」

 

 司令は大淀から書類を受け取った。それをチラッと確認してから直ぐに副長官に渡す。彼女もジッと見て言った。

「電送ではあるが……確かに軍令部の指示書だ。間違いないな……」

 

 腑に落ちないといった彼女。だが赤城を中心とした艦娘たちはホッとした表情を浮かべた。

 

 司令も観念したように言う。

「分かった。赤城さん、彼女の当面の面倒を見てくれないか?」

 

『はい!』

 司令の言葉にダブル赤城さんたちが揃って返事をする。加賀は彼女たちに振り返りつつ一瞬、不敵な笑みを浮かべた。

【挿絵表示】

 

 

 そんな加賀の表情を見て疑念を深めたのは司令だけではない。美保の青葉と大井、それに副長官だ。

 

 ただ仮に、この加賀が深海棲艦だったとしても書類の偽造までは出来ないだろう。それに艦娘そっくりの深海棲艦など聞いたことが無い。

 

 副長官は時計を見て言う。

「悪いが我々も直ぐに中央へ戻らなければならない」

 

既に副大臣や他の艦娘たちもバタバタと動き始めている。

 

 ちょっと周りを見てから副長官は司令に近づいて小声で言った。

『だが我々は、いつでもお前の味方だ。孤独だと思うな』

「ハッ」

 司令が敬礼すると彼女は司令の腕を叩きながら立ち去ろうとした。

 

すると血相を変えて祥高が降りてきた。

「司令!」

 

 彼女はプリントアウトした書類を持っていたが、それには極秘と書いてあった。

息を切らせながら彼女は言う。

「済みません、司令と私しか解除できない文書だったので遅れて……」

 

「分かった、結論は?」

 それ以上息が続かないのか彼女は黙って文書を差し出す。司令はその文書を受け取ったが直ぐに驚きの表情に変わった。

 

 一旦、退出していた副大臣が引き返して来た。

「おい、どうした?」

 

司令は彼に書類を渡した。彼はそれを見てから言った。

「うーん、何だコリャ?」

 

「どうした?」

 副長官も近寄ると書類を受け取って確認をする。だが彼女は無言だった。

 

 美保の青葉が聞く。

「何の指令書ですか?」

 

 司令は応える。

「ブルネイの金城提督を解任すると言う命令だ」

 

「え?」

 驚きながらも直ぐに辺りを見回して金城提督を探す青葉。

 

 だが彼がロビーには居ないことを確認すると彼女は言った。

「司令……」

「ああ」

 青葉が何かを言う前に司令も頷いて言った。

 

「彼を探してくれ」

「了解!」

 青葉はキビキビと応える。この元気の良さに司令は、いつも救われる思いだった。

 

 ロビーに居たブルネイの青葉も手を上げた。

「済みません、私も探します!」

「ああ、頼む」

 

 二人の青葉はロビーから外へ出て行った。

 

 大淀が副大臣に声を掛ける。

「機体の準備は、あと15分ほどで終了します。空軍との調整で離陸確認許可も出ました」

「分かった……じゃ、俺たちはちょっと中座するよ」

 

 副大臣と副長官、それに横須賀の艦娘たちは準備の為に退出する。

 

 その時、司令は誰かが服を引っ張るのを感じて振り返った。

「はい?」

 

 見ると寛代が指示書のコピーを持って立っていた。

「何だ? また指令か?」

 

「……」

 彼女は頷いたままズイっと書類を差し出す。司令は『相変わらずだな』と思いながらも、それを受け取ると内容を確認する。

 

「何だ? これは……」

 

 深刻な表情になった司令を見て、ロビーに居た神通が声を掛ける。

「どうかされましたか?」

 

 司令は彼女に聞いた。

「神通……ブルネイの川内をここに呼べるか?」

「はい」

 

 彼女は軽く会釈をして窓際へ移動すると、何処かへ無線を発信する。直ぐに確認が取れたようだ。

「今、こちらへ来るそうです」

「ああ」

 

 呼吸が整ったのだろう、副司令の祥高が聞いた。

「司令、何の指示でしょうか?」

 

「ブルネイのメンバーである青葉と川内、それに金剛を現地へ戻せという命令だ」

「……!」

 祥高は絶句する。

 

だが彼女は直ぐに思い直したように聞く。

「それは……金城提督を除いて、ということですよね?」

「そういうことだ。提督はブルネイに戻さずに本日付を以って解任、その後の指示を待てと」

 

 追い討ちを掛けるように司令は言う。

「あと海外武官たちも国へ返すように……ケリーは大阪、ドイツとイタリアは東京へ一旦、移動して各大使館へ引き渡せと」

「なぜ? 急に?」

 

 その時、金城提督が金剛と一緒に入ってきた。司令が口を開く前に彼は言う。

「聞いたよ。ついに……オレの首が飛んだか」

 

「……」

 司令は何も言えなかった。寄り添っている金剛も無言のままだ。

 

 何かを迷っていたような祥高が口を開いた。

「提督、命令によると金剛を含めたメンバーをブルネイへ戻すようにと……」

 

 そこへブルネイの青葉と川内が入ってくる。

「どういうことだ! 理由があるのか?」

 

 川内は、かなり憤っている。無理もない。

 

「青葉? 何か知っているか?」

 川内は青葉を振り返るが、彼女も首を振るばかりだ。 

 

 そこへ新聞を持った利根が入ってくる。

「おい、珍しく駅前で号外が……おおっ提督、ブルネイが大変じゃぞ」

 

 金城提督は利根から号外を受け取る。そこには大きな文字が躍っている。

<ブルネイで治安部隊出動>

<海軍の拠点を一時封鎖>

<一部、銃撃戦>

 

「これは……どういうことだ?」

 さすがに異常事態に彼も頬を高潮させ、怒りで声が震えている。

 

 司令は聞く。

「大淀さん?」

「は……いえ……はい、直ぐに調べます!」

 彼女も慌てて指令室へと戻る。無言だった寛代も、後から付いていく。

【挿絵表示】

 

 

 そこへ海外武官たちも戻ってくる。

「なぁに? 聞いてないわよ!」

「全くの想定外だな!」

 

 イタリア、ドイツとも納得が行かない様子だ。ただケリーは少し落ち着いている。

「フィリピンの作戦司令部に問い合わせましたが……どうも日本海軍が勝手に発令しているようです……ただ」

 

 彼女は少し顔を曇らせる。

「ゲンスイが失脚したようです」

 

『え?』

 これには場の全員が驚く。美保やブルネイの後ろ盾とも言うべき人物だ。

 

「そうなると事態は深刻だな」

 ドイツは腕を組む。

 

 イタリアも言う。

「これは……明らかに何らかの意図がある。裏で糸を引いている者が居るわね」

 

 珍しくケリーも頷く。

「私の夫が注意しろと言っていたのは、このことね」

 

「何だ、知っていたのか?」

 ドイツが聞くと、彼女は頷く。

 

それを聞いた司令も、副長官が言っていたことを思い出した。

「そういえば副長官も、何か言っていたな」

 

 海外武官たちは一様に頷く。それを見て首を傾げている艦娘たち。

 

 イタリア武官が言う。

「簡単に言うとネ、日本海軍は三つの勢力に分かれているのよ。ブルネイと美保はゲンスイという穏健派に属していたけど……それを良しとしない一派が居てネ」

 

 そこまで言うと、青葉が頷く。

「それ、聞いたことがありますよ」

 

「だが、どうする?」

 司令は言う。誰もが無言になる。

 

「クーデターなぞ、今のご時勢、簡単には出来ぬ。『敵』は用意周到じゃな」

 利根が苦笑いをしながら言う。

【挿絵表示】

 

 

 ブルネイの川内も気持ちが落ち着いたのか、腕を組みながら冷静に応える。

「そうだな……『敵』は十分に計画を立てたんだろう」

 

 そこへ副大臣が入ってくる。彼は雰囲気で状況を察したようだ。

「おお……大体事情は分かっているようだな」

 

 続けて副長官も入ってくる。

「おい、もう出発出来るぞ……」

 

 彼女もロビーの雰囲気を察したようで、立ち止まると全員に向かった改めて言った。

「私たちも中央に戻って可能な限り抵抗を試みる。金城提督……気を落とすな!」

 

 ブルネイの金剛も彼を励ますように言う。

「darling」

「ああ……大丈夫だ」

 彼も動揺は隠し切れないが、強(こわ)張った笑顔を浮かべた。

 

 副大臣は言う。

「当面どうする……下手に動かない方が良いかな?」

 

 副長官も考え込む。

「そうだな……まだ今なら解任も覆せるかも知れん。だが身の安全のためにも当面、美保鎮守府で匿って貰うのが良いだろう」

 

 外から秋津洲が入ってくる。

「どうしたの? もう準備は出来たかも」 

 

 副長官は横須賀の艦娘たちに声を掛ける。

「よし、行くぞ」

 

 副大臣も荷物を抱え上げて言う。

「取り敢えず我々は出発する。何かあったら緊急無線でも構わないから連絡をくれ」

 

 すると武蔵が言う。

「母さん(祥高)……貴女たち姉妹はステルスモードのまま遠距離通信が出来るだろう?」

 

 副長官は、武蔵がなぜそれを知っているのか? と言う表情をした。だが彼女は構わず続ける。

「そうか……寛代も出来たはずだな。実は私も、そのモードが使えるのだ……旧い規格だから逆に敵に悟られずに使えるかも知れん。イザというときのために覚えておいてくれ」

 

 祥高は頷くと敬礼をした。それを合図にしたように出発する艦娘と、見送る艦娘たちが互いに敬礼をする。

 

「では、行こう」

 副大臣たちは出発した。

 

 ケリーが口を開く。

「我々も本国に連絡を取りましょう」

 

「そうね……作戦指令室の端末、借りて良いかしら?」 

 イタリア武官の言葉に司令と祥高が頷くと、彼らは2階へ向かう。

 

 金城提督は言う。

「オレもブルネイに連絡を取るかな?」

 

 そのときだった。加賀が金城提督に近づいて言った。

「やはり……貴方はブルネイに戻りたいのですか?」

 

 いつもの落ち着いた声だったが妙な凄みのある声だった。

 

 ブルネイの金剛が上ずったように返事をする。

「か、加賀? アナタ何を言っているデス?」

 

 すると加賀は居直ったような顔をして金剛に応える。

「おかしいですか? 私は金城提督の身の安全のことを考えて言ったのですよ」

 

その落ち着き払った所作には誰にも口出せさせないという迫力があった。

 

 彼女は続ける。

「貴方達には分からないでしょう。私が今まで、どのような想いで……」

 

 そこまで言った彼女だったが、なぜかハッとしたように慌てて口をつぐんだ。その様子を見ていた赤城が不安そうな表情をする。

 

 加賀は床を見ていたが、澄んだ瞳で提督を見た。

「ゴメンなさい、出しゃ張りました。でも……」

 

 加賀は切ない表情をして再び提督に問い掛ける。

「なぜ、貴方でなければならないの?」

「……」

「ブルネイは、これからますます不安定になるわ。そんな場所にもうこれ以上、貴方に居て欲しくない……」

 

 堪りかねた金剛が言う。

「ナゼ貴女がそんな事、言えるノネ? ブルネイには私たちが居れば大丈夫ダヨ。darlingが一人ひとり、訓練もしてくれているから……」

 

 加賀はキッとした表情で金剛を見詰める。

「金剛さん! 貴女は提督とケッコンしているのでしょう? それなのになぜ、そんなことが平気で言えるのかしら?」

 

「エ?」

加賀の意外な反応にたじろぐ金剛。

 

だが加賀は続ける。

「艦娘は誰もが必死。そう、私たちは指揮官のために命を投げ出すことくらい何でもない。でも指揮官が危ないと分かっているならまずは自分が犠牲になってでも止めるべきでしょう?」

「……」

 金剛は言葉に詰まる。

 

 加賀は、なおも続ける。

「貴方にもブルネイへの帰還命令が出ているわね」

「それは……」

 

 彼女は畳み掛ける。

「そして提督は解任命令……どういうことか分かるでしょう?」

「……」

 

 そこで金城提督は口を開いた。

「まあ待て加賀。お前の気持ちも良く分かる。だがいくら上からの命令とはいえ、オレにこのままブルネイを見捨てろっていうのか?」

 

 加賀は何かを言いかけたが口をつぐんだ。そして哀しそうな表情をした。美保司令は鳥肌が立った。

 

 提督は続ける。

「オレは命令違反だろうが戻る積もりだ。絶対にあいつらを見捨てない」

 

 彼の言葉にブルネイの艦娘たちは明るい表情になる。

 

 彼は続ける。

「解任? それがどうした。そうされるなら、その方が好都合だ。民間人になればむしろ簡単だろ? ……あらゆる伝手(ツテ)を使ってでもブルネイに戻ってやるさ」

 

 だが加賀は思い詰めたような表情に変わる。

「あなたは……やはり変わらないのね」

 

 提督は加賀を見詰めて答える。

「お前がオレの前に現れたときオレはな……過去のある艦娘を思い出したんだ。だが考えても見ろ。彼女が再びオレの目の前に現れるはずがないだろう?」

 

 加賀、無言。

「……彼女は沈んだんだ。それはオレにも辛い思い出だ」

「……」

 

 提督はフッと優しい表情になって加賀を見詰めて微笑んだ。

「加賀……お前がどういう意図でオレに近づいたのかは知らん。だがオレだって昔のままじゃない。それにブルネイの艦娘たちは全員オレの家族みたいなものだ。そりゃ公私混同って言われるかも知れないがな……」

 

 加賀は泣きそうな表情になって、呟くように言った。

「そうなの? あなたは変わっては……いけないのね」

 

 提督は加賀の手を静かに取った。

「お前が誰であろうとオレの中の加賀は同じだ。ブルネイにも今(量産型の)加賀は居る。そいつも、お前も、そして記憶の中の加賀もオレにとっては等しく大切な人だぞ」

「……」

 

 加賀は、さっきまでの勢いは萎えてジッと提督を見上げている。二人を見ている周りの者にも提督の熱い心情が伝わってくるようだった。それは、今ここに居る加賀本人が一番感じているに違いない。

 

 金剛も静かに言う。

「そうだヨ、darlingは、どこに居てもdarlingなんだから」

 

「……」

 加賀は提督の視線を逸らすように床を見詰め黙っていた。

 

 司令が口を開いた。

「取り敢えず、これから提督は、どうされますか?」

 

 彼は加賀の手を放して、腕を組んだ。

「そうだな……さっきはああ言ったが、まずは大人しく軍令部の指示に従うよ。行動するのは、それからでも遅くはない」

「そうですね」

「あと……」

 

 彼は加賀の周りに居たブルネイの艦娘たちを見ながら司令に言った。

「ちょっとオレたちだけで打ち合わせをしたいが……」

 

 司令は応える。

「分かりました。執務室をお貸ししますよ」

「助かる……打ち合わせの結果については追って教えるよ」

「分かりました」

 提督たちブルネイメンバーは、2階へと向かって行った。

 

 後には放心したようにロビーに立ち尽くす加賀。そこへ赤城が近寄り何か声を掛ける。加賀は黙って頷いて居る。

 

 ブルネイメンバーたちと、すれ違うようにして海外武官たちも2階から降りて来る。

 

まずはイタリア武官が司令に言った。

「あのねぇ、私たちも取り敢えず一旦は、日本海軍の指示に従うわ」

 

 司令は驚く。

「そうですか?」

 

 ドイツ武官が言う。

「左様、まず流れに従って……反撃は、それからでも遅くはない」

「なるほど……」

 司令は彼らが金城提督と同じ判断をしたことに意外でもあったが、それが良いかなとも思った。

 

 金髪を気にしながらケリーが言う。

「私は大阪だけど……イイこと? 移動について直接の指示を受けたのは武官だけなのよね?」

「え?」

 

 彼女はウインクをしながら言う。

「フフ……これは詭弁だけどね」

 

悪戯っぽい表情を浮かべる彼女。こういう所作をすると彼女は妙に可愛らしいんだよな。

 

「あと」

 ドイツ武官も続ける。

 

「お互い本国の軍部に確認を取った。一時的だが我々の艦娘たちを、ここ美保鎮守府の米軍リンクシステムに組み込むという許可を得た……いや、半分強引だが……これが、どういうことか分かるな?」

 珍しくドイツ武官が微笑んでいる。

 

 イタリア武官も言う。

「私たち人間には国境の壁があるけど、艦娘たちには無いのよ。だからうちの子たちも美保ファミリーに加わるからヨロシクね」

 

 司令と副司令は一瞬顔を見合わせてから、頷いた。

「分かりました。責任を持って、お預かりします」

 

 誰とも無く、お互い自然に手を差し出して握手をした。日米独伊……艦娘をベースに国境を越えたような瞬間だった。

 

 ふと見ると呆然と立ち尽くす加賀。気のせいか彼女は何かをブツブツとつぶやいているようにも見える。

 

その手を、しっかりと握り締めている赤城の姿……この加賀も大井のように、いろいろな過去を抱えているのだろうか? 

 

 司令が、そんなことを考えていると、大井が彼に近寄ってきた。

【挿絵表示】

 

 

小声で言う。

「お父様……彼女、気を付けた方が良いわよ」

「それは敵? ……と言う意味か?」

 

 大井は頭を振った。

「ううん……もちろんその可能性は否定しないけど、それ以前の問題よ。あの子、かなり思い詰めている……そんな気がする。だから……危ないの」

 

 司令は腕を組んだ。

「私は鈍感だからなあ……大井、お前、サポートしてくれよ」

 

「フフ……分かっているわ」

 彼女はソッと司令の腕に頭を寄せた。

 

「恥ずかしいけど、あの子を見ていると昔の私を見るようで……」

 その言葉には深い意味がある。司令は、そう思うのだった。

 




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「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第64話:『加賀』

次々と美保鎮守府を出発する二式大艇やオスプレイ。残された金城提督はブルネイが落ち着いたと聞いて安堵するのだが。


「あなたが悪いのよ……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第64話:『加賀』

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 軍令部の指示が出てから急きょ、美保鎮守府では秋津洲が行ったり来たりしている。二式大艇を扱うなら彼女が一番だ。

「もう倒れるかもぉ!」とか言いながらも、嬉々として走り回っている。

 あの子は本当に二式大艇が好きなんだなと司令は思った。

 

 昼前には海外武官たちが乗り込んだ美保のオスプレイが飛び立った。このオスプレイは一旦呉へ飛び、そこから改めて大阪と中央へ向かう便を出す予定だ。操縦は二世の早苗と伊吹。出発ポートではリベッチオやPOLA、U-511が見送っていた。

 

「最後は何処?」

 秋津洲がハンドタオルで汗を拭いながらロビーで聞く。ブルネイの艦娘たちが立ち上がる。

 

 二人の青葉が互いに握手をし、ブルネイの川内が美保の神通と別れの言葉を交わし、かなり体調が戻ったブルネイの金剛が美保の金剛・比叡と別れを惜しんでいる。

 

「では出発するか」

 金城提督が声を掛けると艦娘たちが外へ向かう。

 

 美保鎮守府の埠頭にはブルネイから来た二式大艇が待機している。艦娘たちは次々と乗り込む。金城提督も埠頭で見送りだ。その側には数名の美保の艦娘たち……赤城や加賀、利根が居た。

 

 利根が言う。

「行ってしまうのじゃな」

 

 赤城も相槌を打つ。

「ちょっと寂しいですね」

 

「……」

 加賀は無言。 

 

 やがて大艇は離岸して港湾内で加速、そのまま大山の方角へ飛び立った後、美保のメンバーに挨拶をするように上空で先回、反転した後、オスプレイと同じ呉方面へと向かった。

 

「行ったか」

 司令は呟くように言う。

 

 写真を撮りながら青葉が言う。

「ブルネイの青葉と話をしたんですが、やはりこの人事の背後にはブルネイを叩いて弱体化させる狙いがあると感じたそうです」

 

 金城提督も頷く。

「そうだな。オレもブルネイでイロイロやっているがシナがオレ達の活動を軍事面だけじゃなく経済面でも疎んじているのは感じるぜ」

 

 利根が腕を組んで言う。

「そうじゃな。美保もブルネイも敵から見れば、どちらも目障りじゃろう」

 

 青葉も応える。

「美保も米軍と協力しているからジャマでしょうけどね。ただ地理的要件とか規模を見たら、やっぱりブルネイから先に叩こうと思ったのではないでしょうか?」

 

「そうだな」

 司令も応える。 

 

 金城提督は美保の青葉に聞く。

「ブルネイでゴタゴタがあったみたいだが続報とか分かったら知りたいな」

 

 それを聞いた青葉は確認を求めるように司令を見た。彼は頷きながら応える。

「そうだな青葉、可能な限り情報収集を頼む。合わせて、わが国の中央政府の様子もチェック出来るか?」

「了解です」

 青葉は敬礼をするとバック類を抱えて退出する。

 

 司令は改めて金城提督に聞く。

「当面は美保に留まることになりますが」

 

「ああ。そのことだが……」

彼は加賀と赤城をチラッと見ながら言う。

 

「前にも言ってただろう? 艦娘への特別訓練……ここに何日留まるか分からんが短期間で覚えられる格闘技や護身術、それに……」

 彼はちょっと間を置く。

 

「それに?」

 司令が聞くと彼は笑って言う。

 

「疲労回復に効くレシピとか、いろいろ披露してやるよ」

「それは有り難いお話ですが……でも一度に大丈夫ですか?」

 

 心配する美保司令に金城提督は応える。

「なに、オレにとっちゃ料理は息抜きだからな。材料さえ揃えて貰えば、オレは全然平気だぜ」

 

 副司令と顔を見合わせた司令は微笑んだ。

「イロイロと助かります……ぜひ、よろしくお願いします」

 

 その日の午後、急きょ美保鎮守府の艦娘たちが呼び集められ、鬼のような特訓が始まった。最初はニコニコしていた艦娘たちも次第に表情が硬くなり、最後にはダウンする者が続出。

 

 美保鎮守府の午後。時おり埠頭から聞こえる艦娘の悲鳴にも似た訓練の掛け声。美保司令が着任してからは、ほとんど聞かれることの無かった声である。

「いつまで……やるねん?」

 これは黒潮。

 

「もぉアカン」

 そう言いながら倒れる龍譲。

 

 ああ、これが噂に聞くブルネイの地獄の特訓か! 司令が思った頃には美保鎮守府の艦娘たちは軒並みダウンする事態となっていた。

 

 ただ一部の軽巡や駆逐艦は、そのシゴキにもきっり付いて来た。やはり川内姉妹や白露型である。

 

「なるほど、どこの川内もタフだな」

 金城提督も感心していた。

 

 美保の指令室では警戒態勢が続いていた。

「やはりレールガンの射程を想定した範囲外で、国籍不明の小型艦船が確認されます」

 

 大淀が言う。司令は聞きながら応える。

「何かのタイミングを計っているのだろうか?」

「そんな気配ですね」

 

 やはり気になる。司令は訓練の様子を下でスケッチをしている秋雲を無線で呼んだ。

『なぁに?』

「金城提督に、手が空いたら執務室まで上がるように伝えてくれ」

『了解……』

 

 司令が執務室へ移動すると、数分で金城提督が上がってきた。

 彼は上半身ランニング姿で、夏服を羽織っている。オマケに黒いサングラス……まるでどこかのヤク○に見えるな。

「あ、スマンな。何しろ暑いもんで」

「いえ、気にしません。まあお掛け下さい」

 そう言いながら司令は内線でお茶を頼んだ。

 

「どうですか? 訓練は」

「ああ、悪くないね」

 金城提督はソファに腰を掛けながら言った。

 

「正直、もっと酷いかと思っていたが、さすが艦娘だ」

 二人は笑った。

 

 司令は話題を変える。

「お呼びしたのは美保鎮守府周辺で今後、予測される敵の動向です」

「……」

 

 汗を拭いながら提督は黙って聞いている。

司令は続ける。

「敵は何かのタイミングを窺(うかが)っているようです。恐らく……」

 

 すると提督は、あっさりと言う。

「オレの暗殺と同時に美保鎮守府への総攻撃……恐らくトロイの木馬のように内部から防衛システムをダウンさせる戦法だろう」

 

 美保司令は目を丸くした。

「え? もう、そこまで?」

 

 提督は笑う。

「うちの青葉がイロイロ調べてくれてね。ああ、美保の青葉も情報提供してくれたらしいが」

 

 それを聞いた美保司令は渋い表情をする。

 

だが提督は言う。

「そんな顔をするなよ。とにかく敵は、まずブルネイを凍結状態にした上で美保を叩きに来る。その前段階としての副長官や海外武官の人払い、そしてオレの暗殺だろう」

 

「……」

 美保司令は黙って頷く。

 

「対外的にはブルネイは札付きと目されているからな。武力を使わずとも堂々と叩ける。だが美保は真面目で優等生タイプだから敵も大っぴらには叩けない。だから可能な限り戦力を削いでから叩きに来るつもりだろうな」

 

 美保司令は言う。

「トロイの木馬……刺客ですか?」

「ああ」

 

 汗が引いたのだろう。提督は上着に腕を通してから言う。

「あの加賀だが、完全に敵とも言いがたい。あの子は何かを知っているはずだ」

 

 その時ドアをノックして青葉が入ってくる。

司令は言う。

「やっぱり君か」

 

彼女は笑う。

「報告とお詫びと、イロイロありあますから」

 

彼女は、お茶のセットを置いて準備しながら言う。

「まずブルネイの青葉に美保の機密情報を流したのは、お詫びします。懲罰を受ける覚悟もあります。ただ……」

 

 青葉はお茶を配る。ちゃっかり自分の分も忘れていない。

 最後に、そのままソファに腰を掛けて彼女は続ける。

「金城提督からお聞きになりましたよね? トロイの木馬と……」

 

司令は、お茶に手を伸ばしながら頷く。

「ああ」

 

 青葉は続ける。

「取りあえず今、美保鎮守府に迫る危機に対する対抗策を練りましょう。これには金城提督の素案が凄く良い感じなんです。だから……青葉の独断で情報提供しました。ごめんなさい」

 

 頭を下げる青葉に司令は言った。

「なるほど……事情は分かった。懲罰の前に、君の口から対抗策の素案を聞かせてくれ」

 

「了解です」

 青葉はメモを取り出しながら説明を始める。

 

 美保鎮守府始まって以来とも言うべき鬼の特訓は夕方には終わった。死屍累々という言葉が、しっくりくるような状況が美保鎮守府のあちこちで展開。途中から指導教官の代理となった川内姉妹たちも容赦がなかった。

 

 訓練は日勤の全艦娘に及び、赤城や加賀も例外ではなかった。だが意外にも彼女達は厳しいシゴキにもしっかり耐えた。さすが一航戦である。

 

 そして青葉には懲罰と言う名の特別メニューが与えられた。彼女はヒイヒイ言って青色吐息だったが、その表情は意外に明るかった。

 

 夕食は金城提督の指導の下、特別メニューとなった。班編成の関係で訓練に参加しなかった艦娘を中心に調理が進められた。

 

 だが訓練を通過しながらも余力のある艦娘たちは、進んで調理を手伝いたがった。やはり艦娘も女子。金城提督の提案する特別なレシピをこの機会に身に付けておきたいと言う気持ちが強いらしい。

 

 美保鎮守府では全員が一度に夕食を食べることができないため、時間差で順次夕食となる。ところが一部の艦娘は我慢できずに中庭や埠頭で食べ始めた。本来は禁止なのだが今回は特例と言うことで許可された。 

 

 ある程度、調理の指導を追えた金城提督は、美保司令と共に作戦指令室へ入る。そこからブルネイへコンタクトを取る。

「どうだ?」

「……」

 寛代が何度か通信を試みる。やがて断片的に返信が来た。

 

 金城提督は心配そうに聞く。

「どういう状況だ? 分かるか?」

「……」

 寛代がメモで走り書きをする。

 

美保司令は首を傾げながら解読をする。

「えっと……一時、ブルネイ政府軍と小競り合いになったが、これは収束。最初はクーデターの疑いありという謎の情報に振り回されたが、ブルネイの大淀さんが身を挺して誤解を解き、最終的には軍令部ではなく、日本政府から訂正と謝罪の連絡がブルネイ政府に入ったらしい」

 

「そうか……良かった」

 提督はほっとした表情を浮かべた。

 

 大淀も続ける。

「若干の怪我人も出たらしいですがブルネイの艦娘たちもギリギリまで我慢して決してブルネイ軍には攻撃を仕掛けなかったようです」

 

 それを聞いた提督は頬を紅潮させて憤った。

「くそ! オレのいない間にブルネイで内戦でも起こすつもりだったのか?」

 

 司令は寛代の新しいメモを受け取る。

「あ……やはり中央政府で副大臣が頑張ってくれたらしい。まずはブルネイの火消しに走ったようだ」

 

 それを聞いた提督は安堵した表情になって言った。

「そうか……あいつにも美味いもの、ご馳走したやらないとな」

 

 司令も笑った。

 

 提督は大淀に聞く。

「元帥のジイさんは……ダメかな?」

 

 大淀はメモや書類にザッと目を通しながら返事をする。

「そうですね……そっちの情報は、まだありませんね」

 

 寛代も首を振っている。

 

 提督は言う。

「まあ、ブルネイが無事に収まりそうなのが分かっただけでも良しとするか」

 

 司令は時計を見ながら言う。

「どうしますか? 今夜……空いている官舎に泊まっても良いですよ?」

 

 だが提督は首を振った。

「いや、オレはココに泊まるよ。もしかしたら鎮守府に寝泊りできるのも、これが最後になるかも知れないしな」

「……」

 

 司令は無言だったが、提督は笑いながら続けて言った。

「そんな顔をするなって。軍籍を解かれたとしてもオレはブルネイのあの子達の父親の積もりだ。地を這ってでも……いや、海を泳いででもブルネイに戻るぜ」

 

 それを聞いた提督も笑う。

「その言葉で、何かホッとしましたよ」

「見くびって貰っちゃ困るぜ。所属は違っても艦娘はオレたちの大切な娘だろう?」

「そうですね」

 彼らは互いに頷き合った。

 

 司令は言う。

「じゃ、引き続き頼むよ。時間が来たらいつも通り夜の当番と交替してくれて構わないから」

 

「ハッ」

 大淀と寛代は敬礼をする。

 

 司令と提督は廊下に出る。夕方の美保湾と大山、その向こうに月が出ている。 

 

 司令はフッと窓の外を見て立ち止まる。

「思えば不思議な縁ですね……艦娘を中心として私たちが出会って、イロイロありました」

 

 金城提督も月を見ながら言う。

「まぁな。人生なんてそんなものだろう? オレは平々凡々な生活よりも、今の波乱万丈な状態の方が楽しいぜ」

 

 司令は苦笑する。

「さすがですね……まあ正直、私も平穏な毎日よりは、変化のある今のほうが良いのかも知れません」

 

 そこへ秋雲が通りかかる。

「あ、夕ご飯、準備できるってよ?」

 

 それを聞いた司令は提督を振り返る。

「ご一緒しますか?」

 

 提督は軽く頭を振る。

「いや……悪いが一服してからで良いかな?」

 

 司令は笑う。

「分かりました……私は先に食べていますから」

「ああ……」

 

 すると秋雲が何かを取り出す。

「これ……使う?」

 

 二人が見るとそれは灰皿だった。

 

 提督は苦笑した。

「はは、察しが良いな、お前は」

 

 秋雲は悪戯っぽく笑った。

「伊達にイラスト描いているわけじゃないんだよ」

 

 美保司令と分かれた金城提督は、薄暗くなった埠頭へ降りた。適当な木箱に腰を掛けると、タバコを取り出して火をつけた。

 

 彼はフッと、以前大井が泣きながらタバコを吸っていた姿を思い出した。

「イロイロあるよな……」

 

 彼は何気なく呟いた。その時、人の気配を感じて振り返る。そこには加賀が立っていた。

 

 提督は声を掛けた。

「おお、お前か……さっきは悪かったな」

「……」

 加賀は無言。いつものことだなと彼は思った。

 

「タバコ臭いが、隣に座るか?」

「……」

 相変わらず無言だったが彼女は軽く頷くと、彼の隣に座った。当たり前だがこの子は敵ではない。普通の艦娘、紛れもない『加賀』の雰囲気だ。

 

「良い月だな」

「……」

 彼女は黙っている。普通の艦娘なら気を遣うところだが提督は不思議と加賀には、あまり気を遣わない。それは美保の加賀でも同じだった。

 

 それでも何か言うべきかと思っていたら加賀のほうから口を開いた。

「懐かしい香りですね……」

「……」

 

 提督は少し動揺した。いや、こいつは敵ではないし亡霊でもないはずだが……すると彼女は前髪を気にしながら提督を見た。

「私が亡霊か何かだと思っていますか?」

「いや……その……」

 

 彼はふと、美保司令が悩まされた大井の幻の話を思い出した。ただアレは、繊細そうな彼だから見たものだと思っていた。現実主義の金城提督自身が、そんなものに惑わされるわけが無い。ましてや目の前に居るのは紛れもない艦娘だ。

「私にも一本、下さる?」

「良いのか? ……ここは原則禁煙だぞ」

 

 彼女は差し出されたタバコの箱から躊躇無く一本取り出すと、提督から火を分けて貰う。そして「はあ」と吐き出した。

 

 何だろうか? 別にブルネイでもタバコを吸う艦娘は少なくない。だがここでは妙に違和感が残る。ましてや相手は加賀……彼は少々混乱していた。

「美保が禁煙……知っているわ。大井も苦労していたようね」

 

「……」

 何だコイツは? さすがの提督も焦ってきた。だが彼女は止まらない。

 

タバコをふかしながら聞いてくる。

「私が止めても、提督の位置を解任されても、あなたはブルネイへ戻る積りですか?」

「……ああ。それはな」

「残念ね」

 一瞬、提督には、その言葉の意味が分からなかった。

 

次の瞬間、彼のわき腹に針で刺したような痛みが走る。 

「なに?」

 

 そう言いながら提督が立ち上がろうとすると急に力が抜けた。彼の手から落ちたタバコが埠頭に転がり、火の粉が舞う。

 

 加賀は自分のタバコを木箱でもみ消した。

提督の体が痺れ始めた。それでも彼は腹に力を入れて聞いた。

「お前は……」

 

 彼女は無表情のまま、埠頭に膝をついて脇腹を押さえている提督に言う。

「あなたが悪いのよ……」

 

 ゾッとするような冷淡な瞳。だがその奥に悲しみが宿っているような……だが提督の周りの風景が回転し始めた。徐々に意識が遠のく。

 ぼやける視界の中で彼は、自分のこめかみに銃のようなものを突きつけている加賀の姿を見た。

「大丈夫、私も直ぐに行くから」

「止めろ!……またお前は……早まるな」

 

 息が続かない。油断した。まさか相手が加賀とは……。

 

 




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第65話:『偽善者』

提督を襲った加賀。しかし彼女は負傷したまま逃亡する。葛藤を続ける彼女は何処へ?



「戻らなくても良い……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第65話:『偽善者』

-------------------------------

 

「やめろ、加賀……」

金城提督は意識が朦朧(もうろう)とする中で必死に腕を伸ばす。

 

 すると、こめかみに銃を押し当てていた加賀は哀しそうな表情をして躊躇した。 

「なぜ? 貴方はいつも前線で前に行けと言うのに……」

 

「……バカを……言うな」

 だが提督は体が痺れて力が抜けていく。それでも彼はボーっとする中、必死に加賀を止めようとしていた。

 

 だが彼女は再び銃を頭に向けた。

「これで良いの……もう私は人も、あいつらも裏切ったから……」

 

 提督は思った。裏切り? それはどういうことだ? 

 

だが、もはや体力も気力も限界だ。彼は、ほとんど地面に伏せた姿勢になった。

 

『済まない……加賀』

 彼は観念した。彼女の命と、自分の命……どちらも護れなかったか。

 

 その時、「あっ!」という叫び声。

同時に何か金属のようなものがコンクリートに叩き付けられて転がる音が聞こえた。

 

「押さえて!」

 誰かが争うような音。

 

 あの声は?

「提督っ! 済まない。遅れたっ」

 

 叫び声と同時に誰かに抱き起こされる。間違いないブルネイの川内だ。

ああ、この香り……間違いないな。彼女の『香り』で彼は少し生き返った心地だった。

 

「水……ちっ、まぁ良いか、時間がない!」

 何かを取り出すような感じがして、川内は何かを口に含んだようだ。

 

「ゴメン!」

 そう言うなり彼女は提督の顔を両手で支えた。何か柔らかいものが彼の口に押し当てられた。

 

 彼は直ぐに悟った。あはは、川内の接吻だ。残念なのはボーっとしているので、まるで夢の中に居るようで実感が無いことだ。

ああ、これが元気な自分だったら、もっと良かっただろうに。

 

 同時に丸薬のようなものが押し込まれた。

「早く飲んで!」

 

 これは……?

「解毒剤……早くっ水を!」

 

「Yes!」

 パタパタという軽い足音。金剛か……おいお前ら、遅かったじゃないか!

 

「darling、水ダヨっ、死なないで!」

 川内と金剛に囲まれた彼は、口元に当てられた器から水を飲む。数粒の丸薬は既に胃に向かっていたが、これで残りも飲み干せた。

 

「ギリギリかな……」

 川内は時計を見て焦っている。

 

 その時、少し離れたところから「ああ!」という声。同時に「逃げたぞ!」という叫び声。

 

 提督が必死に目を向けると埠頭から海へ向かう加賀。ブルネイの青葉が悔しそうに手を振っている。そうか……逃げるか? 加賀。

 

 提督は心の中で叫んだ。

『良いぞ、逃げろ! どこまでも逃げて……生き延びろっ』

 

……だが声がした。

「逃がさないっぽい」

 

 金髪の……ライフルを抱えた子犬が走って来た。いや、夕立か。

「逃げてもムダ。まだまだ射程圏内よ」

 

 彼女は長い金髪を払いのけて片膝をつくと、手際よくライフルを設置。

まだ遠くに加賀の後姿が見えている。

 

『ダメだっ!』

 提督は止めようとするが声が出ない。腹に力が入らないのだ。

 

『逃げろっ、加賀……』

 

 その間にも夕立は埠頭に腹ばいになるとスコープを覗いて調整をしている。

 

 他にも様々な重火器類を抱えた艦娘たちが次々と出てくる。マジか? こいつら。

 

 そのうちにオスプレイも飛び立つ。もうダメか……加賀は逃げ切れない。

 

 照準を終えたらしい夕立の動きが止まる。緊張が走る。

 

その時だ。

「ダメだっ ……撃つなぁ!」

 

 突然提督が大声で叫んだ。

 

彼の大きな声に驚いた夕立は「ぽい!」と言いながら……それでも引き金を引いた。

 

 ダァン! ……という乾燥した音。数秒遅れて港湾内を逃げていた加賀が弾き飛ばされる姿が見えた。

 

「加賀ぁ!」

 提督は半身を起こして叫ぶ。解毒剤が早くも効いたのか?

 

その姿に川内と金剛も驚いている。

 

 だが金剛は提督が回復したことよりも彼が加賀を意識した台詞にショックを受けた。

 

「darling……」

 哀しげな金剛。

 

 しかも提督はずっと海の上の加賀を見据えたままだ。

 

 続けて何かを言いかけた金剛だったが、自分の夫が加賀に何か特別な感情を抱いていることを察した。

 それは……恋愛感情とも違う何か。彼女は一人、頷く。

 これは彼の世界だ。それなら私は正妻として受け止めよう。

 そう思い直した金剛は口を閉じた。

 

「ぽい?」

夕立も、これから、どうして良いのか迷っている。

 埠頭に居る艦娘たちも、攻撃をせずに海上の加賀を見守っている。

 

「あ!」

 誰かが叫んだ。

 

 海上で一度倒れた加賀は、肩を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。

どうやら夕立の狙いは外れたらしい。提督は安堵した。

 

 しかし夕立が失敗してもまだ、他の艦娘が狙うかも知れない。

 

 彼は必死に叫んだ。

「頼む! 止めろっ、撃たないでくれ!」

 

 そこへ美保司令が走ってきた。彼は状況を察して言った。

「全員、攻撃中止だ」

 

 その言葉で、ようやく埠頭の艦娘たちは銃を降ろす。

 

司令は続けて言う。

「オスプレイ! 聞こえるか?」

 

 見ると彼はインカムをつけている。

「そうだ……加賀を逃がすな。だが攻撃もするな。美保鎮守府周辺海域を警戒しろ。レールガンを準備しておけ……ああ、沖に待機しているアレも出港準備だ」

 

「あれ?」

 提督がつぶやくと司令は振り返る。

 

「はい。沖の暁……出します」

 

 かなり体調が回復した提督は、上半身を起こしたまま聞く。

「駆逐艦の暁か?」

 

「いえ……」

 司令は微笑む。

 

「もう答えを言いましょうか」

「答え……あ、そうか。ジイさんのアレか?」

 なぜか彼の周りの艦娘たちも目を輝かせている。

 

 だが提督は思い直した。

「……あ、待ってくれ」

 

「はい?」

 司令だけでなく周りの艦娘たちも、え? という顔をしている。

 

 提督は言う。

「どうせいずれ分かるだろうが、もうちょっと考えてみるよ」

 

 かなり体調が回復したらしい提督の言葉に司令も安堵し頷いた。

「そうですね。まぁ、逃げている加賀が一番先に知るかもしれませんが」

 

 彼らが見ると加賀は、なおも逃げて……埠頭から外洋へ出た。同時に視界から消えた。

 

 だが司令が全く慌てないのを見てブルネイメンバーたちは港湾外に何か……その『暁』という兵器か何かが、あるのだろうと予測した。

 

 その時、加賀は外海に出ていた。撃ち抜かれた肩が痛む。

 

 噂には聞いていた美保鎮守府……海軍でありながら二度の上陸作戦を受けて対地攻撃能力を拡充しているという。その話は本当だった。

 あの夕立のライフル……恐らく艦娘用に破壊力を高めている。

 

 ただ、どういう理由か知らないが弾は反れた。もしこれが直撃していたら……。

加賀は改めて腕を押さえる。かなり感覚が無くなって来た。

 

「そう……直撃ならきっと私も即死ね」

 彼女は呟いた。

 

 そこで彼女は改めて気付いた。

「……私が独り言?」

 

 なぜか可笑しくなって彼女は暗い海の上で笑った。

 

 独り言を言う自分か。

そしてそんな自分自身を意識したこと。どちらも初めての経験だったのだ。

 

 それは何となく滑稽に思えた。

 

 夜空を見上げると星が出ていた。

「星?」

 

 また呟いた。

「……意外と綺麗ね」

 

 夜の海上を、ゆっくりと進みながら彼女は考えた。なぜ自分は、こうやって逃げ延びようとしているのか?

 

 このまま行けば遠からず『連中』に遭遇して轟沈させられるだろう。そうなれば今度は本当に深海棲艦として生まれ変わるのだろうか?

 それが嫌なら美保に引き返せば良いのに……とも思った。

 

 しかし……なぜか、あの金城提督のことを考えると、やっぱり逃げ出したくなる。私は彼が憎いのだろうか? 正直、今は分からなくなった。

 

 もちろん、かつてブルネイで轟沈した直後は混乱して……彼を憎んで見たりもした。その想いがあったから、こうやって復活できたような気もする。

 

 でも、本当にそうなのか?

 

ふと、彼の隣に居た艦娘を思い出した。

「あれは金剛……」

 

 彼女は明らかに提督とケッコンしていた。

 

 もしかしたら私は彼女に嫉妬したのかしら?

「きっと……それに近いわね」

 

 呟いた彼女は急に顔が火照った。

 

「バカ……」

 慌てたように頭を振って、吐き捨てるように呟く。

 

 今は重婚だってできるし、提督のあの感じだと……今ブルネイに居るという加賀とだってケッコンしているに違いない。

 

 いや正直もうそんなことは、どうでも良かった。

 

敵の勢力に寝返った自分が、どの面を下げて提督の元へ戻れるだろうか?

 

 それならなぜ……一気に彼を殺してしまわなかったのか?

「……」

 

 彼女は真っ暗な海の上で立ち止まった。

 

「だめ」

 思わず声が出た。

 

 そう、彼女は美保鎮守府に来たときから、金城提督を暗殺する計画だった。上からは、そういった指令も受けていたはずだ。

 

 だが……毒薬の調合は直前になって一段階、弱めてしまった。つまり致死量の一歩手前なのだ。もちろん直ぐに介抱しなければ後遺症が残る危険性はある。

 決して脅しではないレベルだが……完全に殺す気も無い。

 

 私はなぜ、直前になって弱めてしまったのか?

 

 彼女は再び頭を振った。

 

 彼女は思い出した。美保に着任してから……遠くから見た金城提督の姿。

それだけではない。美保鎮守府の優しい赤城。

 なぜ皆、得体の知れない……疑いの残る自分に優しくしてくれたのだろうか? 

 

「もっと疑って、一気に殺ってくれても良いのに?」

 呟きながら自分が分からなくなった彼女は、再び暗い海の上で頭をかきむしった。

 

 その時彼女は、金城提督と楽しそうにしているブルネイの艦娘たちを思い出した。

 

「あの艦娘たち……そうか」

 彼女は、その時、悟った。

 

 もし提督が倒れても恐らく誰かが彼を助けるに違いない。心の奥底で、それを期待していたのだろう。

 

 知らず知らずのうちに自分は提督に対して、そんな余裕……チャンスを残していたのだ。現に彼女自身が直ぐに自殺をしなかった。提督を見るたびに何度も躊躇してしまった。

 

 だからブルネイの艦娘たちが自分の自殺を止めたとき……正直少し嬉しかった。

やっぱり私には提督の暗殺は出来ない。それは確かだろう。

 

 夜の美保湾に風が出てきた。

 

身体も少し冷えてきた。体温の低下……そうか。彼女は自分の肩に手をやる。

 

 少し温い液体に気付いた。

「……血が流れているわね」

 

 右肩の感覚は既に無い。だが止血する気も無い。失血するなら……それも良いだろう。このまま海の底へ沈んで行けば良い。

 

 再びフラフラと前進を始めた加賀。

「……」

 

 なぜ自分は、こうやっていたずらに逃げ続けているのか? 

何度考えても、その理由が自分でも分からなかった。

 

 ただ、何かに惹かれるように、どんどん沖合いへと出て行く。

 

「……」

 ふと見ると沿岸に街の明かりが見えた。

 

 彼女には夜戦経験が無いわけではない。

だが今まで、海岸線の明かりを意識して見たことが無いように思えた。

 

「不思議ね」

 独白を続ける彼女。

 

 一体今日は、どうしたことだろうか? まるで自分が自分ではないような感覚だ。結局、私は生きたいのかしら? ……こんな姿になってまで。

 

 その時彼女は思い出した。今の自分はテストなのだ。

 

 自分と一緒に復活した川内。彼女はまだ、若干異形であった。だが自分は、ほぼ完璧に艦娘として復活することが出来た。

 

 彼女は自分を復活させた医者を思い出した。彼は軍の技術部にも所属していて、時おり艦娘のメンテナンスも行っていた。加賀が見ても分かる神経質そうな表情をしていた。

 彼は元々佐世保に居たらしいが各地でトラブルを起こしたらしい。いつも所属を転々としていたようだった。

 

 そんな彼は長い間、密かに轟沈した艦娘を復活させる研究を続けていた。そして、ついに完成したのだ。

 

 加賀が目覚めたとき……彼は狂喜していた。

「やっとあいつらに追いついたぞ」

 

 あいつらとは誰なのか? 分からない。

 

ただ彼が他の人間と会話しているとき、祥高型がどうのこうの言っていた。

 

「祥高?」

 そういえば美保鎮守府の副司令がそんな名前だったが……。

 

 恩義はあるかも知れないが彼女は正直、その医師が好きになれなかった。彼を取り巻くスタッフや大佐と呼ばれる元海軍の将校も、嫌いだった。

 

 彼らがいろいろ手を回して、今回、美保鎮守府に着任と言う形を取った。かなり用意周到に、静かな革命を起こそうとしている。

 

 彼らの背後にはシナが……

 

 その時、左手の方から航空機の音がした。彼女の思考は中断した。

 

「……あれがオスプレイか?」

 米軍の機体で最新の電探を積んでいるらしい。だから自分も直ぐに見つかるだろう。

 

 加賀は観念したように速力を弱めた。だがオスプレイは一定の距離を保ったまま近づいて来ない。なるほど、索敵範囲が広いのだろう。だから自分に近づく必要もないのか……

 

 では魚雷かミサイルを撃たれて私も終わりかな?

 

 彼女がそう思ったとき、何かが聞こえた。

「誰?」

 

 思わず周りを見回した。だがここは夜の美保湾だ。近くに艦影はない。

既に右半身の感覚が無い。失血して意識が遠のく。

 

 そうか、これは幻聴か?

「加賀……」

 

 いや、違う。

 

「誰なの?」

「私だ……」

 

一瞬、金城提督かと思った。だが違う。

 

「……」

 自分は一体、何を期待していたのだ? 少し自己嫌悪に陥る加賀。

 

「美保司令だ……」

「え?」

 彼女は驚いたが……その声の主も少し驚いていた。

 

「そうか……君はやはり旧いタイプ……第一世代の艦娘で間違いないようだな」

 第一世代。いわゆるオリジナルと呼ばれる、最初に出現した艦娘たちの総称である。

 

 量産型との違いは、まだ良く分かっていないが基本性能が量産型より若干劣るとされる。

 

特に無線や武装が旧い。これを改装すれば最新型にもなるが相性の関係で、それを否定する艦娘も少なくない。

 

 特にこの旧い無線は感度は低いのだが、なぜか他の無線では傍受されない特殊な形態で、しかも夜間になるとかなり遠方まで届くとされていた。

 

 ただ彼女が不思議だったのは、なぜ美保司令がこの無線を使えるのか? ということだ。誰かと一緒に有線接続でマイクか何かを使っているのだろうか?

 

 それを悟ったのか司令は言う。

「私が不思議か?」

 

「……」

「細かいことは後で説明する。今は単刀直入に言う。命令だ、投降しろ」

「嫌です」

 

 一瞬間が空く。

「即答か……理由はあるのか?」

「……」

 

 すると別の声が聞こえる。

「加賀さん……祥高です」

「祥高……」

 その声に反応する加賀。まさに祥高型ではないか? やはり……美保に居たのか。

 

「ゴメンなさい、司令が無理な命令をして」

「……」

「私の想像だけど……あなたも辛かったのでしょう?」

「……」

「大井のことも知っているみたいね」

「大井……」

 

 彼女の事は聞いていた。美保鎮守府を何度も攻撃したといわれているが……なぜか元に戻ってしまった艦娘。彼女も第一世代なのか?

 

 すると、また別の声。

「加賀さん……大井です」

「……」

 

 いきなり御大が出てきたようで、加賀は焦った。

「無理に投降しろとは言わない……あなたの意思を尊重するわ」

「……」

「分かるわ……加賀さん。良いのよそれで……悩んで当然。でも聞いて」

 

 また、間が空く。

「一人で悩まなくても良いのよ。皆同じ。特に第一世代は、悩む子が多いのよ……」

 

「……」

 加賀は黙っていたが、今の大井の言葉に、かなり心が揺れた。

 

 彼女は続ける。

「加賀さん、あなたの身体も心配なの。異形の形態なら多少の負傷は大丈夫だけど貴方、艦娘としてほぼ完全に復活しているでしょう? ……その状態で負傷すると危ないのよ」

 

 だめだ……心が乱れてきた。加賀としては、そういった乱れた自分が嫌なのだ。だから思わず無線を封鎖しようとまで思った。

 

「加賀さんダメ……心を閉ざさないで!」

 祥高だった。

 

「……心を開いて! 壁を作っちゃダメ。そんなことをしたら……本当に戻れなくなってしまうわ!」

「それでも良い」

「え?」

 

 加賀はもう一度言った。

「戻らなくても良い……」

 

「……」

 明らかに絶句している祥高。

 

 だが加賀は続けた。

「もう良いの……誰かを恨むとか、そういうのじゃない。大丈夫……私はもう居場所が無い。どこに戻れないの……だから……」

 

 その時、通常無線が割り込んできた。

「加賀!」

 

「……!」

 その声は……間違いない。金城提督だ。そうか、彼は死に至らなかったのね……と彼女はなぜか安堵するのだった。

 

「お前は……また行ってしまうのか?」

「……」

「やっぱり……お前なんだろう? 加賀」

「……」

「加賀……」

 ああ、ダメだと彼女は思った。今となっては彼に恨みは無い。だが、彼の前に戻るのが怖い。そう、もう自分は戻れないのだ……ついつい思い詰めてしまう。

 

「もう良いの」

実際、彼女は意識が遠のいてきた。

 

 その時、提督の無線の背後からアラートが聞こえた。

「加賀さん! 逃げて!」

 

 祥高の叫び声が旧い無線から入る。ハッとして反射的に回避運動をする加賀。何かが自分の間近をすり抜ける感覚と同時に数十メートル先で、いきなり水柱が立つ。

 

 加賀を衝撃波が襲う。激しい水しぶきと水圧そして彼女の周囲に海水が雨のように降り注ぐ。

 

 魚雷だ!

 

そう思う間もなく少し離れた場所でも水柱が上がった。薄暗くて良く分からないが雷撃されたらしい。

 

「潜水艦?」

 そうか……連中か。暗闇に乗じて何処かに潜んでいたに違いない。

 

 ただ暗いことに加えて肩を撃ち抜かれた衝撃で自分の電探は止まっている。これでは十分な回避運動が出来ない。

 

 彼女は観念したように呟く。

「加賀、美保湾で沈む……か」

 

 その時だった。

 

「加賀さん避けて!」

 無線ではない。間近で赤城の肉声が聞こえたと同時に誰かに背中から弾き飛ばされた。

 

「え?」

……と思う間もなく至近距離で水柱が上がる。同時に赤城だろうか? 叫び声のような絶叫が混じった。

 

「赤城、被弾!」

 誰かの通常無線が入った。

 

「な……」

 咄嗟のことで状況が飲み込めない加賀。ただ何となく自分の側に赤城が居て、自分を庇って魚雷を受けたような気がした。

 

「なぜ?」

 その次の瞬間、全く別の方角から地響きのような雷撃音が伝わる。

 

「海中?」

 何かの炸裂音がした。それは立て続けに2度、3度と繰り返される。

 

「これは?」

 加賀は呟く。間違いない。自分の足元の海中で、潜水艦同士が雷撃戦を行っている。

 

 それよりも加賀は自分を庇って犠牲になっただろう赤城が気になった。辺りはかなり暗くなって分かりにくい。

 

 おまけに自分は負傷して電探も役に立たない……もし第一世代の赤城なら旧型無線が使えるのだが、何度呼び掛けても、返事はない。この赤城は量産型のようだ。

 

 まさか轟沈したのか?

 

 辺りは炸裂した魚雷の硝煙の臭いと水柱による潮臭い霧雨が舞っている。時おり流れ弾のような魚雷が炸裂し水柱と海水が降り注ぐ。

 

 本来なら負傷した艦娘は戦闘区域から撤退すべきなのだが、加賀は自分でも不思議なくらい必死に赤城を探していた。

 

 なぜだろうか?

 

日本海軍に敵対する私が、なぜこんなことを……

 

 ふと自分の脳裏をある単語がよぎった。『偽善者』と。その言葉を連想した途端、彼女の脚が止まる。

 

なぜ躊躇する? ……私は、そう呼ばれることを恐れているのかしら?

 

「あ……」

 

 戦闘で荒れる海面に彼女は赤城を見つけた。既に彼女は動かない。加賀の顔面から一気に血の気が引いた。

 

「赤城さん!」

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様との旧コラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第66話:『帰還』

加賀を助けようとした赤城が負傷した。加賀はそんな赤城を必死で護ろうとするのだったが彼女自身、既に限界だった。


「私はまだ……行けない」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第66話:『帰還』

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「赤城さん!」

 加賀は、なぜ叫んだのか自分でも分からなかった。

しかし反射的に……体が勝手に動く。

 

 彼女は急いで赤城の側に近寄って海面に浮かんでいた彼女を助け起こす。

「赤城さん! しっかり」

 

 そう言いながらも加賀の脳裏には繰り返し『偽善者』という言葉が飛び交う。

 (良いのよ、偽善者でも)

 

 加賀は自分の怪我も忘れていた。ただ必死に、目の前の赤城の体を擦るようにしていた。

既に自分も右半身の感覚が無い。しかし赤城は氷のように冷たい肌をしているのだ。きっと彼女のボイラーか何かが稼動していないのだろう。かなり危ない状態なのが直感で分かった。

 

 彼女は何度も赤城に呼びかける。やがて加賀の腕の中でビクッと赤城の体が反応した。

 

「ゴホッ……ゴホ」

 既に海水を飲んでいたらしい彼女は、何度もむせ返す。

 

「赤城さん!」

 なおも自分の頭に、しつこくまとわりつく『偽善者』という詞(ことば)を、頭の中で必死に払い退けながら彼女は連呼した。

 

「……」

 そんな赤城は暗闇の中で、側に居るのが加賀と分かったようだ。

 

 彼女は弱々しく言った。

「赤城さんは、やめて……私は量産型よ」

 

 やはりそうか。美保で『2号』と呼ばれていた彼女だろう。

 

 ただ加賀にとって赤城は尊敬の対象だ。その相手が量産型であったとしても自然に敬語になる。また量産型だとしても艦娘の本質は変わらないと思うのだ。

 

「早く逃げましょう」

 この身に代えても彼女を護りたい……そんな感情が自然に芽生えるのだ。

 

 だが赤城の体が強張っている。体温も低い……焦る加賀。

 

 しかし赤城は意外にも、落ち着いて言った。

「良いのよ加賀さん……さっき側面から直撃して、もう私は無理……」

 

「ダメ!」

 加賀は咄嗟に感情的に叫んだ。

 

「あなたは生きなきゃ」

 そう言いながら加賀は、やはり私は偽善者なのだと観念した。

 

 でも……裏切り者の私より他の艦娘のために犠牲になった貴女こそ生きて欲しい。

 

 その間にも戦闘は続いていた。だが徐々に美保側が押しているのだろう。雷撃される回数も徐々に減っている。

 

 突然、遠くの海で火柱が上がった。少し遅れて陸地の方から何かが発射されて滑空する音が聞こえた。

加賀は直ぐに悟った。あれが美保に設置されているという『レールガン』に違いない。そうだ。敵もあの新兵器を極度に警戒していたな。

 

 本来、美保に潜入した加賀は、そのデータを収集するか、さもなくば破壊しなければならなかった。それが至上命令だったが。

 

「もうダメね」

彼女は苦笑した。

 

 すると彼女の腕の中で赤城が言った。

「お願いがあるの、加賀さん……」

「何?」

 

 赤城は続ける。

「私のミニオスプレイと妖精さんたち……加賀さんが引き継いで欲しいの」

 

 加賀の中では『偽善者め、愛想よく返事なんかしなくても良い』……そう叫ぶ自分が居た。それを払拭するように加賀は言った。

「何を言っているの? 貴方は生きるのよ!」

  

 だが赤城の体は小刻みに震えている。嫌な予感がする。

 

「私なんか……とても無理。オスプレイは相応しくないわ」

 加賀は否定する。

 

 しかし赤城は意外なほど明るい声で言う。 

「美保司令ね……とても喜んでいたの……貴方の着任を。だから大丈夫……」

「止めて! ……私なんか」

 

 何となく、暗闇で赤城が微笑んでいる感じがした。赤城は昔からそうだ。苦しいはずなのに……。

赤城は続ける。

「もし貴女が居なくなったら……司令が悲しむから。お願い……」

 

「待って! 何を言っているの? 私なんか……」

 腕の痛みも忘れて加賀は叫ぶ。

 

 だが次の瞬間だった。彼女の腕の中で急に赤城が重く感じるようになった。

 

「赤城さん?」

 反応がない。

 

「嫌っ! 起きてっ……赤城さん」

 認めたくない……嫌だ、こんなのは。

 

 だが……どんなに声を掛けても、体をさすっても、彼女は二度と目覚めなかった。

「いや……」

 

 思いっきり泣き叫びたいのに……頭が働かなくなった。自分も失血し過ぎだろうか?

少し目まいがして、いよいよ頭がクラクラしてきた。

 

 もうダメか……それならば私も赤城さんと一緒に死のう。このまま沈んでしまえば……そう思ったとき、突然辺りの海面が動き始めた。

 

「何?」

 彼女が赤城を抱きかかえながら構えると、少し離れた海面に何か巨大なものが静かに浮上した。

 

それが何であるか、加賀にも直ぐに分かった。

「これは潜水艦……日本海軍の艦なの?」

 

 かなり大きな潜水艦だ。美保にはこんなものまであったの? これは聞いてない。

もちろんリアルサイズの潜水艦は彼女も見たことはある。だがこれは……初めて見るタイプだ。しかも巨大な割りに、非常に静かだ。

 

 直ぐにハッチが開く。中から出てきたのは……

 

加賀は呟くように言った。

「赤城……さん?」

 

 そう、あれは美保の赤城……第一世代。

 

そうか、久しぶり……赤城さん。彼女のシルエットを見た途端、加賀は意識が遠くなった。 

「加賀さん……しっかり!」

 

 

 気が付くと加賀は色とりどりの花が咲き乱れる野原に居た。日差しは穏やかで周りは、なだらかな丘陵地帯。少し離れた場所には数本の木立も見える。

 

「お花畑?」

 思わず呟いた加賀。普段の自分には想像も出来ない場所ね……彼女は苦笑した。

 

 右肩を見ると、いつの間にか怪我も治っていた。不思議なこと。そう思いながら、ここには他に誰も居ないのかしら……と、長くて細い道を歩き始める。

 

 少し歩くと誰かが立っていた。

「川内?」

 

 それは、まともな姿の川内だった。

 

「加賀!」

 満面の笑顔を浮かべて意外に嬉しそうな彼女。

 

「何がそんなに……」

 と思わず冷静な言葉が口について出た加賀。

 

 だが彼女が疑問に思うと同時に、衝突するのではないか? と思うくらいの勢いで彼女が駆け寄ってきた。

「ありがとう……」

「え?」

 

川内は、やはりそのままの勢いで加賀に抱きついた。

「ちょ……ちょっと?」

 

 慌てる加賀。

一瞬、自分の腕の怪我を思って体が硬くなったが……やはり怪我は大丈夫なようだ。

 

 加賀は少し落ち着いて川内を観察し始める。

 

 相変わらず良い香りがする子ね。そう、川内は意外と身だしなみには気を遣っているのだ。そんなことを思いつつ加賀は聞いた。

「一体、何のことなの? 私は貴女にお礼なんか言われる覚えは無いわ」

 

「ううん。貴女のお陰なのよ」

 そう言いながら彼女は、ようやく頭を離して加賀を見た。

 

「美保司令の自宅攻撃命令って……覚えている?」

 

「覚えているけど、それが何か?」

 ああ、あの陽動作戦ねと、加賀は思っていた。

 

「貴女、あたしに『本気を出さなくても良い、むしろ負けたほうが良い』って言ったわよね」

「……そうだったかしら?」

 正直、はっきりとは覚えていないのだが。

 

 でも構わず川内は続ける。

「私ね、実は反発していたの。貴女の提案なんか無視して全滅させてやろうって……でも、出来なかった」

 

 彼女はちょっと下を向いた。

「だからさ……結果的には、負けちゃったんだけどね」

 

 そう言う割には嬉しそうな彼女。加賀は首をかしげた。

 

 川内は言う。

「あの後でね、美保鎮守府の人たちがどうしたと思う?」

「……」

 

 そこで彼女は笑顔になる。

「私の遺体をね、丁寧に埋葬して……祈ってくれたの。分かる? これがって、どういうことか?」

 

 やはり加賀には、何のことかサッパリ分からない。だが川内は加賀の手を握ったまま嬉しそうに言う。

「もし私がね、そのまま犬死していたら……ここには絶対に来れなかったのよ」

 

「ここ……に?」

 そもそも、この場の状況すら、まだ理解出来ていない加賀だった。

 

 川内は加賀の手を離した。そして呆気に取られている加賀を忘れたかのように、彼女は自分の顔を手で何度も押さえている。そして花の中で飛んだり跳ねたり、腕を曲げたり伸ばしたりして、まるで子供のように確認している。

 

 ただ冷静な加賀も不思議と、そんな川内の姿を自然に眺めていた。

 

やがて川内は確認するように加賀を振り返って言った。

「見て……あたし嬉しいんだ……元の体に戻って……」

「……」

 

 川内は改めて加賀に言う。 

「貴女も誰かに祈ってもらっんでしょ? でなきゃ、絶対にここには来れないんだよ」

「……さあ」

 

 自分ですら愛想をつかしているのに一体、誰が私のことなんか。

 

 その時、他の人の気配がした。

「加賀さん」

 

 呼ばれた彼女は驚く。

「え?……赤城……さん?」

 

二人が顔を向けると、紛れもない。そこには赤城が微笑んで立っていた。

「嬉しいわ、貴女もここに来たのね?」

 

「いえ……私は……」

加賀は赤城と出会ったことは嬉しかった。ただ、ここは一体何処なのだろうか? そして、この場に来るとか、来ないとか……そもそも、自分だけは場違いな気がしてならない。

 

 まだ混乱している加賀のところへ赤城は近づく。そして彼女の手を取った。

「ここはね、誰かに想われている人で無いと決して来ることが出来ないの」

 

「……」

 ますます理解出来ない。こんな私を誰が一体、想うだろうか? むしろ疑われ、憎まれ、排斥されて当然だと思っている。

 

 そんな加賀の心中を察したのだろうか? 赤城は微笑んだ。

「加賀さんらしいわね……良いのよ。そこも私は大好きだから」

 

 赤城にそう言われた加賀は、急に恥ずかしい感情が芽生えた。でも嫌な気はしない。むしろ嬉しかった。そういえば目の前の赤城さんは、量産型(2号)だろう。だから自分との思い出の蓄積も無いはずだった。それなのになぜ? この子はそこまで言い切れるのだろうか?

 

「ウフフ、加賀さんのその疑問、私にも答えられないわ、きっと」

 いや、それは期待していない、と加賀は内心連想した。

 

「でも私は思うの……この世界は、心の優しい人で無ければ絶対に来ることが出来ないって」

 そう言いながら赤城は川内と目配せをしている。

 

「加賀さんも、本当はとっても優しいのよ」

「……」

自分で赤面しているのが分かった。でも……止めてとも言い辛くて下を向く加賀。

 

 その時、遠くからゴーっという音が聞こえて、丘の向こうから風が吹いてきた。花びらやタンポポのような綿毛の植物が舞っている。

 

 無数の花びらが舞い上がる。しかし、決して根こそぎ持っていくような強い風ではない。力強さと繊細さと、両方を感じさせる不思議な優しい風だった。

 

 それが波打つように彼女達の周りを旋回し始める。無数の花びらや綿毛がダンスを踊るようにリズミカルに舞い上がる。やがて手を振るようにして川内が風に乗って浮き上がった。

 

 常識から見れば、不思議な現象なのだが……何故か、加賀にもそれが、とても当たり前のことのように感じられた。やがて優しい風は、赤城も包み込んだ。その瞬間、彼女がキラキラと輝いたように見えた。

 

 これも……とても当たり前のことのように感じられる。なぜだろう……ここでは、全ての疑いや疑問、悩みと言ったものは無数の花びらと共に消えてしまうようだ。

 

 風に包まれた赤城は、スッと掌を加賀に向けた。何となく……加賀にも彼女の言わんとする事が分かった。

 

 だが……加賀は自然に答えた。

「ごめんなさい、赤城さん。私はまだ……行けない」

 

 すると風の中の赤城はニッコリ微笑んだ。そのまま風に乗って行ってしまうかな……と、加賀が思った次の瞬間だった。突然加賀は赤城に抱擁されている自分に気付いた。

 

 赤城は何も言わなかった。加賀も黙っていた。しかし二人は、お互いを確認しあうように、しっかりと抱き合った。

 

いつか、また会えるかしら?

 

ううん、いつでも会えるのよ。

 

 そのまま、永遠に時間が止まって欲しかった。でも、それも間違いだ。時間も空間も、全ての壁や溝は、心が一つになれば、自ずと消えていくのだ。

 

 想う事、想われる事。

 

加賀は思った。

 

 私も還ろう、私を待つ人たちの所へ。

 

 そう思った瞬間、加賀は静かに目を開けた。彼女はベッドの上だった。ふと見ると自分の側に赤城がいた。彼女は加賀を見た。

 

 加賀は躊躇わずに言った。

「ただいま」

 

 赤城は応えた。

「おかえりなさい……加賀さん」

 

 どちらとも無く差し出した手を、二人はしっかりと握った。

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
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第67話:『決意』(改)

病室で目覚めた加賀は、いつもとは違う違和感を感じる。そして彼女の目の前には赤城が居た。


「赤城さんは、私に願いを託したから」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第67話:『決意』(改)

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 改めてベッドの上で回りを見廻す加賀。艦の中らしいがパイピングが多い。窓も無く全体的に狭い印象。ハッとした彼女は赤城に聞いた。

「これは……潜水艦?」

 

 ベッドの側から加賀の手を握ったまま赤城が応えた。

「そう、これが美保の隠れた戦力の一つ『曙』よ」

 

「え……」

 加賀は驚いた。そもそも潜水艦といえば軍事機密の塊だ。それを自分に晒して良いのだろうか?

 

 すると赤城は、その気持ちを悟ったのか加賀の目を見ながら微笑んだ。

「良いのよ。貴女はもう私たちの仲間、ファミリーだから」

 

 そう言われた加賀は頬を赤らめた。尊敬する人から言われた、ということもあるが彼女にとって、無条件で受け入れられたことは初めてだったから。

 

「……」

 そのとき、なぜか彼女の目に涙が溢れてきた。

 

「ごめんなさい……」

 そう言いながら赤城の手を離した加賀は、目頭を押さえた。さめざめと涙を流す加賀を暖かい眼差しで見詰めている赤城。

 

 今この病室に居るのは自分と赤城だけだと思いながらも少し恥ずかしくなった加賀は、つい赤城から顔を背けてしまった。

 

 その時、加賀は自分の着衣に初めて気付いた。いつの間にか戦闘服から寝巻き……いや患者服というのだろうか? そんな服装になっていた。当然、防具も何もない。また自分の右肩には包帯が巻かれていた。それは大げさではないかと思うくらい、しっかりと巻かれていたので多少、違和感があった。

 

 加賀は思い出した。そういえば自分を狙ったのは、かなり大型のライフルだった。恐らくアレは艦娘仕様なのだ。海上の自分が弾き飛ばされるくらいのマテリアルライフル。それでもし直撃されていたら……かなりの威力だ。改めて加賀はゾッとした。そう思えば、この処置は当然か。

 

 彼女は何気なく自分の右肩に手を当てた。多少痛みはあるが完治しそうな雰囲気だ。きっと処置が良かったのだろう。誰か知らないが感謝しなければ……。

 

 そんな加賀の反応を察したのか赤城は言った。

「ごめんなさい、痛かったでしょう?」

 

「いえ」

 それは確かだが、その後のことが目まぐるしくて自分の痛みのことは、すっかり忘れていた。むしろ身体より……。

 

 同じ一航戦の赤城さんなら大丈夫だろう。

 

加賀は呟くように言った。

「むしろ精神的な衝撃の方が大きいわ」

 

 加賀の意外な返答に赤城はちょっと驚いたようだ。

「そう。実はね、あなたを撃った艦娘も後から相当ショックを受けていたらしいの

。もし貴女さえ良ければ、また声をかけて貰えると嬉しいわ」

 

加賀は肩を気にしながら訊いた。

「それは誰?」

「夕立よ」

「そう……分かったわ」

 

あの『ぽい』とかいう子か。加賀は応えたがふと一言、付け加えたくなった。

「どうせショックを受けるなら軍人として私を撃ち損じたことを反省すべきね」

 

 半分強がりだったのだが、それを聞いた赤城は微笑んだ。

「ウフ、貴女らしいわね」

 

赤城の、その表情を見て加賀もホッとした。

 

 彼女は続ける。

「許してあげてね、彼女も、その時は反射的に撃って。それを外して……もう無我夢中だったから」

「分かるわ。艦娘としては当然の行動ね」

 

そう言いつつ彼女は思い出した。

「赤城さん……あの2号さんは?」

 

 それを聞いた赤城は寂しそうな表情に変わる。

「あの子は私と違って、とっても頑張り屋さんだったの」

 

 そのまま赤城は言葉を詰まらせた。それを見た加賀は悟った。彼女は助からなかったのだろう。だが……加賀はつい聞いてしまう。

「美保では轟沈し掛けた艦娘が『復活』したという話を聞いたことがあるけど」

 

 いきなりの発言に目を丸くしている赤城。無理も無い。だが加賀としては『復活』が常識外れだとしても、あの赤城2号は何とか助けたいと言う気持ちが強かった。

畳み掛けるように訊いた。

「何とか助かる道は無かったのかしら?」

 

 ところが意外にも赤城の驚きは、そこではなかった。

「なぜ加賀さんは『復活』のことを知っているの?」

 

「え?」

その反応に加賀も驚いた。赤城は復活のことには驚かない、つまり美保に復活した艦娘が居るのは間違いないのだ。加賀が嫌っていたあの医師の言っていたことは本当なのだ。

 

 加賀は一瞬躊躇したが、もう自分は美保のファミリーなんだ。ましてや赤城さんに何を隠す必要があるだろうか?

 

腹を決めたように彼女はポツリと言った。

「艦娘の復活……私も、そうやって戻った張本人だから」

 

「……!」

 赤城は驚きのあまり混乱しかけているようだった。いや正直言って加賀も混乱してきた。だが自分はしっかり踏み止まろう。今、こうして生きているのは事実なのだから。

 

 加賀は改めて聞いた。

「その赤城2号は、どうするの?」

 

「え?」

 

 冷静な加賀の問い掛けに一瞬、戸惑っていた赤城も、やや落ち着いたようだ。

「うん、そうね……あれから司令と副指令と皆で、どうしようかって悩んだけど……最後は陸(おか)で迎えさせようって」

 

「……」

加賀は黙っていた。

 

 赤城は続ける。

「ホントは副司令に頼んであの子、もう一度復活させようって話もあったの」

 

「……」

 それを聞いた加賀は、あの医師が言っていた『祥高』という名前を思い出した。やはり美保の副司令は魂を復活させる術(すべ)を知っているんだ。

 

 赤城は少しうつむいて前髪を垂らしながら言う。

「だけど私、あの子の安らかな顔を見ていたら、もうソッとしておこうって思ったの」

 

彼女は下を向いたまま続ける。

「副司令に聞いたことがあるの。あの艦娘の『復活』っていうのは動機は何であれ本人が現世に強く戻りたいと思っている魂でないと戻せないって」

 

「……」

そうなんだと加賀は思った。

 

「でもあの子、あの笑顔……もう良い。これ以上は……」

 そこで赤城は言葉を詰まらせて両手で顔を覆った。加賀は思わずベッドから赤城の側に上体を起こすと彼女の腕を握って言った。

 

「良いのよ赤城さん、それで……あの赤城さんは」

加賀は一瞬、止まる。

 

 だが続けた。

「あの子……私に妖精さんたちの願いを託したから」

 

 一瞬ハッとしたように加賀を見上げる赤城。頷く加賀。みるみる赤城の瞳に涙が溢れ出る。

「ありがとう、加賀さん」

 

 何かを悟ったように頷く二人。そして強く抱擁しあった。それは加賀にとって……2号の抱擁とは、また違った何か切ない感覚が伝わって来た。だから彼女は、この赤城さんは本物だと改めて確信した。

 

 轟沈は哀しい出来事だ。しかし、その艦娘の志を引き継ぐ者が居れば決して無駄ではない。もし許されるのであれば自分は、この美保鎮守府に着任して精一杯戦おう。加賀は、そう決意した。

 

 ただ気になるのは自分の着任は正式なものではないことだ。つまり裏工作をした結果なのだ。もし真実が明らかになった際には自分も処罰を受けて何処かへ廻されるのだろう。

 

『それは嫌だ!』

私としたことが……なぜか、そんな反発心が芽生える。そう思うと加賀は、つい赤城を強く抱擁してしまうのだった。

 

「痛いわ……加賀さん」

 赤城の言葉でハッとして力を緩める加賀。感情的になった自分が少し恥ずかしかった。二人はゆっくりと抱擁を解いた。

 

 赤城は着衣の乱れを直しながら言った。

「ウフフ、このくらい力があれば貴方の回復も早そうね」

 

「申し訳ないわ……私としたことが」

加賀は少し恥ずかしかった。

 

 赤城は続ける。

「金城提督がね、貴女の事を、もの凄く庇っておられたの」

 

「え? 金城」

 その提督の名前……何となく覚えている。ブルネイだったかな?

 

 加賀の表情に赤城は少し不思議そうだった。

「やっぱり知り合いなのね? 彼、貴女が提督を襲った事実そのものを記録から抹消してくれってまで言ったのよ。司令も副司令も困惑してしまって」

 

「え?」

 加賀は戸惑った。それは喜ぶべきなのか? 彼の想いは痛いほど感じる。そう、あの提督は自分には無い世界をたくさん持っていた。そう思いながら加賀はまた赤面するのだった。

 

 赤城は髪の毛を気にしながら言う。

「良いわね、そういうのって……貴女も2号も、そういえば大井さんも。皆、一途で。何だか羨ましくなっちゃうわ」

 

「そんなこと、ない!」

 つい呟くように否定した加賀。彼女から見たら赤城だって十分に一途で熱い。むしろ加賀にしてみたら大らかな部分が多い赤城、それは自分と対照的であり、彼女の性格が羨ましいとさえ思っていたのだ。

 

 だが赤城は微笑んだ。

「良いのよ、加賀さん。艦娘は、そうやっていろんな感情を覚えて、成長するのよ」

 

「え?」

 驚いた加賀。

 

赤城はちょっと肩をすくめて応える。

「うふふ、この言葉はね美保の大井さんの受け売り。彼女も変わったわ」

 

「……」

 そうか、艦娘はロボットではない。感情があり、成長できるんだ。だから自分だって。

 

 赤城は時計を見ながら言う。

「今は夜中……明日、2号チャンの身体を陸へ運んで簡単なお葬式。加賀さんは明日、一旦陸へ戻って軍令部の指示を待つことになるわ」

 

「……」

 やはりそうなるか。加賀は覚悟した。

 

 赤城は立ち上がった。

「私も戻るけど……ごめんなさい。明日までは、ここに居て頂戴。朝になったら改めて迎えが来るから、それまでは……」

 

「大丈夫」

加賀は、それが軟禁である事に気付いていたが努めて冷静に応えた。

 

「当然の対応ね」

すると赤城は急に加賀の手を取った。

 

「ゴメンなさい加賀さん」

久しぶりに間近で見る赤城に加賀は思わず心臓の鼓動が高まってしまった。

 

赤城は少し離れると加賀の手を握ったまま言う。

「絶対に……また一緒に闘いましょうね。約束よ」

 

 彼女の疑いを知らない澄んだ瞳……あまりの純真無垢さに、加賀は自然に涙がこぼれた。赤城さんはなぜ最前線で命懸けで戦っているのに、こんなに純粋なのだろうか? それに引き換え私は……加賀は自分が嫌になった。

 

 そんな加賀を赤城は再び優しく抱きしめた。

「大丈夫だから加賀さん」

 

「や……」

 加賀は『止めて』と言いかけたがダメだった。赤城の大きな愛に包まれて抵抗できない。その抱擁に自分の過去の過ちの全てが許されていくようだった。

 

 これはきっと美保鎮守府の持つ大きな『想い』に違いない。私如きがそこに加わっても良いのだろうか? 

 

 赤城は言う。

「加賀さんも、いろいろあったのね……でも大丈夫。私が守ってあげるから」

 

「ダメ……」

加賀は思わず否定した。

 

「あなたの力を私に注いではいけない」

すると赤城は少し顔を離して、改めて加賀を見詰めた。赤城の吐息が、かかりそうな……加賀はまた赤面した。

 

 しかし赤城は赤面している加賀など眼中に無い。真剣な眼差しで言った。

「貴女を守ることも全員を守ることになるのよ」

 

赤城さんが言うと何でも実現しそうだ。その自信が羨ましい。そんな一途な赤城が加賀は、やっぱり好きだ。

 

「はい」

全てに対して疑り深い加賀でも赤城だけは例外だ。彼女が何を言っても加賀は素直に『はい』と言える。

 

「うふふ、良い子」

 赤城はそう言いながら加賀の額に自分の額を当ててきた。ドキドキした。何だろうか、この赤城さんは以前の彼女とは違って、とても大きくなった。この人になら全てを委ねても良い。

 

 この先自分も、どうなるかは分からないが私も美保鎮守府に残ろう。加賀は決意を新たにした。

 

赤城は立ち上がった。

「それじゃ、ゆっくり休んでね」

 

「はい」

 軽く会釈をして、退出する赤城。加賀は……また涙があふれてきた。どうして皆、そんなに優しく出来るのだろうか? 私も……そうなりたい。

 

 

 赤城が退出した後、しばらくして病室のインターホンが鳴った。加賀が出ると、かん高い声が響いた。

「あっ、加賀さん。何か御用事がありましたらいつでも言って下さいね」

 

 一瞬考えた加賀は直ぐに返事をした。

「ちょっと……来て貰えるかしら?」

 

「はい! お待ち下さいっ」

 ガチャというような音がしてインターホンは切れた。この声だけでは誰なのか、ちょっと分かり難いなと加賀は思った。

 

 ほどなくしてドアが開いた。

「どうも、秋雲です!」

 

ああ、この子か……加賀は思った。落ち着きの無い子に見えるのだが最初から、引っ掛かるものを感じていたのだ。

 

加賀は秋雲に言った。

「もし時間があれば、ちょっと確認したいことがあるの」

 

「分かりました」

 秋雲は長い髪を振りながらイスに腰かけた。

ああ、この子……裏表の無さそうな屈託の無い雰囲気だな。でもやっぱり何か気になる。

 

加賀はふと思い出した。

「いつも絵を描いているのはアナタだったわね」

 

「うん、そうだよ……見る?」

「え?」

 少し驚いた加賀に秋雲はポケットサイズのスケッチブックを取り出して見せた。そこには風景や人物画が描かれていた。意外に軍関係のものは全く無い……それは彼女なりに配慮しているのだろう。

 

加賀は言った。

「上手いわね」

 

「えへへ」

秋雲は少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 

 実は加賀も絵は嫌いではない。だから秋雲の実力が、ソコソコのものだということは直ぐに分かった。この子はやはり賑やかなだけではない。とても繊細な部分があるなと加賀は思った。

 

 スケッチブックをめくりながら加賀は言った。

「でも夜に大変ね、当直?」

 

「うん。でもさ、夜って好きなんだ」

「そう……」

加賀は、あの質問をするかどうか悩んでいた。でも自分も美保鎮守府の一員になるのだから壁を作るのはやめよう。そう思った彼女は口を開いた。

 

「秋雲さん、ちょっと聞いても良いかしら?」

「なぁに?」

疑いを知らない目でこちらを見ている秋雲。

 

 加賀は淡々と質問する。

「言いたくなかったら黙ってて良いわ」

 

「はい?」

秋雲の表情を見ながら加賀は、この子は鈍感なのか、ポーカーフェイスなのか測りかねていた。そこで加賀も奇をてらわず単刀直入に聞いた。

 

「アナタ、元帥閣下をご存知? つまり面識があるかってことだけど」

「元帥? 知らないよ」

「あ、そう」

……あっけなく終わった。

 

「元帥かどうかしたの?」

秋雲が逆に聞いてきた。

 

加賀は探りを入れるように聞き返した。

「アナタ確か横須賀に居たわよね……そこで閣下と会ったことは無いのかなって」

 

「うん、無いよ」

さすがに、これ以上は突っ込めなくなった。

 

 すると秋雲が返す。

「加賀さんって、舞鶴から来たんじゃないの?」

 

「ええ、私は舞鶴だけど……」

 鋭い質問だと加賀は思った。

 

「ふーん」

 涼しい顔をしている秋雲……その表情や様子を見て加賀は思った。もしかしたらこの子、能天気だけじゃない。意外と油断できないかも……あ、ダメだ。私はもう『敵』じゃないんだ。加賀は反省した。

 

 すると秋雲が聞いてきた。

「質問って、もう終わり?」

「え? ええ……」

 

秋雲はマイペースなままだ。

「他に何か無い?」

「特に……無いわ」

 

 秋雲は立ち上がりながら言った。

「困ったことがあったら、いつでも呼んで良いからね。今夜はずっと起きているし」

 

「あ、待って」

加賀は秋雲を止めた。

 

「ん?」

彼女は立ち止まる。長い髪が揺れる。

 

「あまり夜更かししてもいけないけど、ここ殺風景でしょ? 目が冴えちゃうと困っちゃうのよね」

「うん、そうだね」

 秋雲も改めて確認するように病室を見回して言う。

 

「少しの間でも、お話出来るかしら?」

「お話って?」

 秋雲は澄んだ瞳で聞いてくる。本当に大きな瞳ね。

 

「そうね。例えばアナタの着任時の武勇伝とか」

「え?」

秋雲が始めて戸惑った表情を浮かべた。加賀は思った……これは図星のようね。

微妙に、のらりくらりと逃げていた秋雲だったが、やはりこの子が美保に来る顛末……脱走して身代わりに日向が自ら犠牲になったと言う噂は本当だったようだ。

 

「……」

急に大人しくなった秋雲。ちょっと緊張しているようだ。

 

「大丈夫よ、緊張しなくても」

「……はい」

何か形勢逆転。しかし加賀は否定した。

私は別に、この子と戦っているわけではない。むしろ自分が、この子の『お姉さん』になろう。赤城さんのように。

 

「アナタを責めるとか、過去をどうこう言いたいわけじゃないの」

「はい」

 まだ秋雲はちょっと緊張している。赤城さんなら、いつも穏やかなスタンスだけど、自分も時には赤城さんみたいになれるかしら?

 そう思いながら加賀は言った。

「アナタが美保に着任するときに一緒に居た駆逐艦……巻雲だっけ?」

 

秋雲は急に緊張が解けたようだ。

「うん、巻雲! そうだよ」

 

その言葉に加賀は微笑んだ。

「ちょっとで良いから、その子との冒険談を聞かせて欲しいの」

 

秋雲は嬉しそうに答える。

「うん、良いよ!」

 

 静かに伝わってくる機械の音や振動、そして海面に浮かんでいるのだろう、緩やかにうねるような振動。そんな中で、夜は静かに更けていくのだった。

 

 




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第68話:『覚悟の涙』

監視役とも思える秋雲の体験談に加賀はいろいろ思うのだった。それは、新しい出発の前触れのようでもあった。


「私は逃げも隠れもしないわ」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第68話:『覚悟の涙』

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 秋雲は一時間以上も延々と一人で語り続けた。

 

 最初は巻雲との出会いから始まって横須賀での楽しかった思い出。そして仲良しだった巻雲が突然、美保へ転属と聞いてショックを受けたこと。

 さらにガマン出来なくなって横須賀を脱走した顛末……それは本来なら重い処罰となるはずだ。しかし日向の嘆願で許されたこと。その代わりに日向が横須賀へ移ることになったことなど。

 秋雲は身振り手振りで時にはスケッチブックまで使って語ってくれた。何となく、その姿にふと、機嫌が良い時の赤城の姿を重ねてしまう加賀だった。

 

 ただ彼女の思い出話の中で気になることがあった。それは秋雲の脱走事件を解決する際に、武蔵が口添えをしたという点だ。それは加賀にとっても意外なことだった。

 それだけではない。今回の美保訪問についてもそうだ。日向は分かるとしても、なぜ武蔵までが、わざわざ地方の僻地である美保まで、やって来たのか?

 

 加賀は思わず呟く。

「あの武蔵は、なぜ美保を気にかけるのだろう」

 

 すると秋雲が反応する。

「えっとね。確か古(いにしえ)の艦長さんが司令と同郷なんだって。それで……だったよ」

 

「そう……」

 なるほど、と加賀は思った。艦娘はそのカテゴリーが大きく成るほど性能だけでなく人格的な部分も深くなると言われている。実質的に艦娘の頂点に位置する武蔵や大和が深い感情の世界を持っているとしても何ら不思議ではない。

 

 秋雲の話を聞く加賀が、また意外に思ったのは美保の副司令だ。それは重巡『祥高』。彼女はかつて横須賀に所属していた。そして、その当時から秋雲は彼女を慕っていたという。彼女が言うには、脱走の原因の一つに、彼女を慕ってと言う点もあったらしい。

 

 そういえば……加賀にとっても祥高型というのは謎が多い。噂では、あの『武蔵』に匹敵する戦闘能力を有しているとも言う。それがなぜ前線を退いたのか? そしてなぜネームシップが次女なのか? さらにここ美保という地方に居るのはなぜか?

 

 武蔵に祥高……何か引っ掛かるものを感じる加賀だった。

 

 だが、さすがに夜も更けてきた。秋雲も語り疲れたらしい。

 

 その姿を見て加賀は言った。

「ありがとう、もう休みましょうか?」

 

「……そ、そうだね」

 ハッとした秋雲も話を切り上げることにしたらしい。

 

 長い髪を振りながら彼女は頭を下げた。

「ごめんなさい、先輩に長々と話してしまいました」

 

 加賀は微笑んだ。

「良いのよ。貴女の体験談は私には無い世界だったわ。そう、とても興味深かったわ」

 

「……」

 秋雲は少し赤くなっている。

 

 加賀は最後に秋雲に聞いた。

「アナタは、また横須賀に戻りたいと思わないの?」

 

 ちょっと考えて秋雲は言った。

「うーん、確かに美保は田舎だけど住めば都って言うし。祥高さんに巻雲もいるからさぁ、寂しくないよ」

「そう……」

 

 秋雲は長い髪の毛を気にしながら続ける。

「それに美保ってさ、時々中央からも次官とか……あと今回みたく武蔵とか凄い艦娘も来るんだよね」

 

「そのようね」

 思わず相槌を入れる加賀。

 

「うん。それに……ここは米軍も入っていてさ、いろいろ設備も凄いんだよ。だからスパイとか変な緊張感もあるし」

「緊張感?」

 

 意外な言葉に加賀は思わず笑った。

「ウフフ、アナタ本当に美保が好きなのね」

 

「あ、そっか」

 加賀に指摘されて初めて自覚したような表情をした秋雲。

 

 加賀は優しい眼差しで秋雲に言う。

「実はね、私も着任するまでは不安があったの。だけどアナタのお陰で私も美保が好きになりそうだわ」

 

 その言葉に秋雲は目を輝かせた。

「うん、きっときっと……加賀さんも、ここを好きになるよ」

「そうね」

 

 秋雲はベッドの横で直立すると敬礼をした。

「では秋雲、失礼します!」

 

「ありがとう」

 加賀もベッドの上で敬礼した。

 

 秋雲が退出した後、病室は静かになった。でも加賀は疲れていたのだろう。直ぐに寝入ることが出来た。

 

 加賀はぼんやりとした、お花畑の夢を見たような気がした。ただ、ハッキリとは覚えていなかった。

 

 翌日、誰かがドアをノックする音で加賀は目覚めた。彼女は久しぶりに熟睡出来たようだ。

 

 思わず彼女は呟いた。

「秋雲にも感謝しなきゃね」

 

 彼女が上体を起こすと同時にドアが開いた。

 

「失礼します!」

 ドアが開くなりサッと敬礼をしてカゴを抱えた駆逐艦娘が入ってきた。

 

 彼女は繋ぎの様な長袖、長ズボン姿だった。

「朝潮と申します。加賀さん、お体の方は宜しいですか?」

 

 珍しくキビキビした駆逐艦ねと加賀は思った。

「ありがとう、大丈夫。とても調子良いわ」

 

 朝潮は微笑んで言った。

「それは良かったです。慌ただしくて申し訳ないのですが、これからお着替えをして頂いてから陸へ戻ります」

 

「聞いているわ……でも」

 加賀は改めて自分の着替えが無いことに気づいた。

 

「申し遅れました。加賀さんの着替えは、こちらにご準備しています」

 彼女は持っていたカゴを加賀の前に差し出した。

 

「ありがとう」

 加賀はベッドから起き上がり床に足を着けるとゆっくりと踏みしめるように立ち上がった。やはり潜水艦ね、少し揺れるわ。

 

 彼女はカゴの着替えを手に取った。

「あら……洗濯してくれたのね」

 

「はい」

 朝潮は少し恥ずかしそうな顔をした。

 

 そんな彼女を見ながら加賀が着替えを始めようとすると、朝潮はやや戸惑ったような表情を見せた。

 

 加賀は言った。

「良いのよ、そこに居ても。まだ私は監視すべき対象でしょう?」

 

「……」

 朝潮は更に困惑したような表情を見せる。

 

「大丈夫、私は監視されるのは慣れているし……貴女も任務なんだから、もっと堂々として良いのよ」

 

「はい……」

 小声で頷く朝潮。

 

 加賀は付け加える。

「ゴメンなさい……もうちょっと穏やかな言い方があると思うのだけど、やっぱりダメね私」

 

「いえ、そんなこと無いと思います!」

 慌てて取り繕う朝潮に加賀は微笑む。

 

「ありがとう……美保は皆、貴女のような優しい艦娘ばかりなのね、きっと」

 

「……」

 朝潮は真っ赤になった。

 

 そうこうしているうちに加賀は手際よく着替えた。寝巻きはカゴに返し、朝潮の案内で彼女は病室を出ると艦内を進んだ。

 

「潜水艦」

 何気なく加賀は呟いた。潜水艦娘は何度も見ているが実物の内部に入るのは初めてだ。通路で時おり乗組員とすれ違うが、ほぼ全員が艦娘らしい。

 

 やがて垂直の登り梯子の下に来た。

「ここから登るのですが、お怪我の方は……」

 

 心配そうな朝潮に加賀は微笑む。

「大丈夫。普段、弓を扱っているから片手でも十分、登れるわ」

 

 彼女は手馴れた様子で片手で梯子を上っていく。ふと朝潮を見ると気を遣っているらしく目を背けている。そうだ、下からはパン○丸見えね……思わず微笑みながら、彼女は改めて悟った。だから艦内の乗組員は、普通の艦娘の制服ではない。長袖、長ズボンだ。

 ただ昨夜の秋雲は普通の艦娘の格好だったわね。状況に応じて臨機応変、着替えているのかも知れない。

 

 そう思いながら加賀は表に出た。そこは早朝の美保湾だった。風が強いが朝日が出る前らしい。朝の清々しさと艦の喫水線から舞い上がる粒潮が心地良かった。やはり自分は艦娘なのだ。彼女は改めて思う。私は海を離れて生きることは出来ない。

 

 ふと見ると船体には内火艇が横付けされていた。

 

「加賀さん」

 潜水艦の甲板に立つ赤城が声をかけてきた。

 

 彼女は風になびく長い髪を片手で押さえながら言った。

「腕は……まだ痛むの?」

 

「ええ……少しだけ」

 少し腕を押さえながら応えた加賀に赤城は微笑んだ。 

 

「そう……じゃ、行きましょうか?」

 赤城は手を差し出してきた。一瞬、戸惑った加賀は、軽く頷くと赤城と手を繋いで内火艇へと乗り移った。

 

 船体が小さいので内火艇は大きく揺れていた。やはり海上は風が強く、うねりもある。

 

「これじゃ、そのまま海の上を航行した方が良い感じね」

 苦笑する赤城に加賀も頷いた。

 

 だが彼女は薄々感づいていた。これは自分が逃亡しないよう、緩やかな監視の下で護送するのだろう。それは仕方が無い。だって自分は裏切り者なのだから。

船内には固定された大きな箱……それが何であるか加賀は直ぐに悟った。自分を助けるために犠牲になった赤城2号だ。そう思うと胸が痛んだ。

 

 赤城は言った。

「いろいろあったけど……気にしないでね加賀さん。私は、個人的には全て水に流して貴女を迎えたいと思うのよ。だけど……」

 

「良いのよ」

 加賀は応えた。

 

「私は逃げも隠れもしないわ。償うべきは償う。受けるべき処罰は全て、受け入れるつもりよ」

 

 その言葉に赤城は微笑む。

「やっぱり……貴女ね、加賀さん。ウフフ、何だか貴女らしくてとっても安心するわ」

 

 そう言いながら赤城は、なぜか涙ぐんだようで、軽く涙を拭っていた。

加賀も、やはり目の前が涙で一杯になって慌てて拭った。幸い、船内には赤城と加賀、それに……。

 

「どーしたの?」

「何でもないわ」

「ふーん」

 そう、船内にはもう一人。秋雲が居るだけだった。

 

 そういえば今、赤城も秋雲も普通の艦娘の制服を着ている。

 

「どーしたの? 加賀さん」

 秋雲は屈託が無い。

 

「潜水艦の乗組員は艦娘なのに、専用の制服を着るのね」

「ああ、あれ?」

 この子は相変わらずだなと加賀は思った。でもこういう裏表の無い艦娘も好きになれそう。加賀はそう思った。

 

 その時、運転台から艦娘が振り返って声をかけて来た。もう一人、居たのね。

「宜しいでしょうか? 出します」

 

 青い髪の……確か五月雨か。

 

「お願いね」

 赤城が答える。

 

 高まるエンジン音。そして赤城と秋雲が突然立ち上がって敬礼をする。加賀も慌てて敬礼をすると……いつの間にか、潜水艦の甲板には艦娘たちが勢ぞろいして内火艇へ敬礼をしていた。

 加賀は直ぐに悟った。そうか、彼女たちは赤城2号の棺に対して敬礼をしているのだ。

 

 自分の身代わりになった赤城2号。そして彼女を敢えて復活させなかった赤城。赤城2号は、きっと今までも精一杯、一途に戦ってきたに違いない。そんな彼女にとって、もはや悔いも恨みも何も残らなかったのだろう。

 

 杓子定規で儀礼的な所作は苦手な加賀だ。しかし今回はごく自然に赤城2号に対して敬礼をしていた。そう、加賀にとっては今まで、ほとんど感じることが無かった戦死した艦娘への追悼。それがこの瞬間、なぜか初めて胸の悼みを感じた。そして……誇らしく感じたのだ。

 

 何だろうか? 加賀は自分でも意外なことに鳥肌が立った。と、同時に涙が溢れてきた。

 

「やだ」

 思わず小声で否定した。

 

 艦娘として国を護る。誰かを護る。ただ、それだけなのに……。

 

誰かに強制されたわけではない。だがそれは、自分の中から湧き出てきた艦娘としての自然な感情の高まりだった。

 

 ふと気付くと赤城も微笑んでいた。いや、笑顔を作りながらも彼女も泣いていたのだ。そうか……そうよね。加賀は改めて心が苦しくなった。

 

 だが赤城は言った。

「良いのよ、加賀さん。これは私たちの宿命だから」

 

「そうね」

 本心から同意したとは思えなかったが自然に言葉が出た。

 

 秋雲は泣いては居なかったが、やはり感極まっているようだった。スケッチブックで何かを書きかけて……静止していた。

 

 やがて内火艇は、美保鎮守府の港湾部に入る。早朝にもかかわらず、その埠頭には、たくさんの艦娘たちが立ち並んでいた。加賀は躊躇したが、もはや逃げられない。

 

 すると赤城は立ち上がって加賀の手を取った。

「大丈夫。誰も貴方を責めはしない。もしそんなことがあれば、私が全力で貴女の盾になるから」

 

「ありがとう。でも大丈夫」

 応えながら加賀も立ち上がる。

 

「私もここで戦う覚悟を決めたから」

 加賀の言葉に赤城は微笑んだ。

 

 艦娘たちの表情が見分けられるくらいに埠頭に近づいたとき、加賀は金城提督の姿を認めた。やはり自分が盛った毒が効いているのだろう。金剛の肩を借りて何とか立っている様子の彼。まだ調子が悪そうだ。

 

 彼の姿を見た加賀は一瞬、動揺したが直ぐに思い直した。

 

「私はもう逃げない」

 そんな加賀を赤城は優しく見つめるのだった。

 

 そのとき大山の稜線を黄色く染めた朝日が美保鎮守府に光を差し込んだ。港湾部の群青色の海と赤いレンガの建物。

 そして建物の影に見えるオスプレイの白い機体。その背後の島根半島の木々の緑。

 グレーの埠頭に色とりどりの制服に身を包んで敬礼をする美保の艦娘たち。あの金髪の夕立も茶髪の大井もいる。そして、その中央には白い制服の美保司令夫妻。加賀には二人がとても神々しく思えた。

 なぜかその煌めく光景を見た加賀は涙が溢れて止まらなくなった。

 

 国造(くにつく)り神話が残る山陰地方。この地域……特に美保鎮守府周辺の名前を関した艦娘が皆無だという不思議な事実に気付く加賀。そこには何か深い意味があるのかも知れない。

 祥高も武蔵も、そして日向も……いや、この美保鎮守府の存在自体が何かこの国にとって大きな意味を持つに違いない。なぜかそんな確信が沸いてきた彼女だった。

 

 そうだ、もう何も恐れなくて良いんだ。私は独りじゃない。加賀は思った。私はここで新生する。

 

 彼女は呟いた。

「ただいま……みんな。私は戻ったわ」

 

 美保司令夫妻が微笑んだように感じられた。その瞬間、加賀は暖かい何かを感じた。そうか、これか……。

 




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第69話:『追悼』

美保鎮守府の埠頭でささやかな葬儀が行われ、赤城2号の棺が送り出される。加賀の胸にさまざまな思いが去来する。そして彼女は大きな峠を迎える。


「あなたは……本当に苦労してきたのね」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第69話:『追悼』

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 内火艇が美保鎮守府の岸壁に横付けされ、待機していた軽巡の姉妹たちがサッと乗り込んだ。他の艦娘たちが軒並み敬礼する中で赤城2号の棺は、ゆっくりと搬出される。

 赤城はずっと滂沱(ぼうだ)の涙を流している。気にしないでと言われつつも彼女の姿を見ると改めて胸が痛む加賀だった。

 

 今回の陰謀劇は、そもそも自分の復活から始まっていたような気がする。

 

そういえば昨日、赤城さんが言っていた艦娘が復活するために必須なもの。『現世に強く戻りたいと思っている魂』という言葉が引っ掛かった。

 

 そうだ。そもそも自分自身は、どうなのだ?

 いま埠頭に立っている金城提督。加賀自身、彼のことはボンヤリと覚えているのだが彼ゆえに激しく地上に戻りたいと思ったわけでもない。恨みも無い。

 

 では改めて自分が復活したのは、いったい何が動機だったのか?

 

「……行こう?」

 運び出される棺に合わせて船を降りようとした秋雲が、泣いている赤城と考え込んでいる加賀に声をかけてくれた。加賀は赤城の肩に手を添えた。赤城は泣き笑いの表情のまま、加賀と共に船を降りた。

 

 埠頭には既に軍用車が用意されている。その手前に簡単な祭壇が設けられ一旦、棺がそこに設置された。

 埠頭に並んでいた艦娘たちは一斉に、献花台に花を手向(たむ)ける。美保鎮守府は小さい拠点なので、この場に居る艦娘たちも百名に満たない。また埠頭で執り行われているこの式典自体も、ささやかなものだろう。

 

 それでも加賀にとっては、今まで自分が見てきた葬儀の中では一番、心に響くものがあった。もし加賀のように、過去に葬儀に参加したことのある艦娘であれば、きっと同じように感じたに違いない。

 

 赤城は加賀に肩を抱かれながら、ずっと泣いていた。自分より涙もろい赤城さん。それは自分にはちょっと理解出来ない世界だが、赤城さんらしいなと加賀は思った。

 

 一通り献花が終わった段階で司令が前に出た。

 

司令は制帽を脱いだ。そしてまずは棺に、続いて艦娘たちに礼をした。

「私たちは誰かを守るために、この場に居ます。この国を護ることはもちろんですが隣に居る姉妹を護ることも結局、同じことです」

 

 赤城さんと同じことを言っているなと加賀は思った。きっと赤城さんは普段から司令の想いを理解しているのだろう。

 

 司令は続ける。

「この場で不謹慎かも知れませんが私は嬉しい。量産型であっても艦娘は成長出来る。そして私のような人間にも決して劣ることの無い高い精神性を持てる。それは犠牲という行動を命令されなくても自然に行えること。そこまで至った赤城は美保の誇りです」

 

 何人かの艦娘は泣いている。娘と並んで立っている大井はしきりに頷く。

 

 美保司令はやや間を取ってから言う。

「2号だけでない。私は全員、皆さんを誇ります。だからこそ、護りたい。この国と艦娘を。私たちの、この身体は朽ちたとしても、その志は永遠に残ります。今日、この赤城の気持ちを受け継いで、私たちは前進して参りましょう」

 

 静寂。

 そうか……葬儀なので拍手は起きない。加賀は気付いた。

 

 大淀さんが合図をして、軽巡の姉妹たちが棺をトラックへ搬入する。白い手袋をはめた夕張と霞、それに軽巡姉妹たちは改めて司令夫妻に敬礼をして運転席に乗り込んだ。

 

 ここで副司令が、さっと全体を見回して号令を掛けた。

「一同、敬礼!」

 

 そこで、その場に居た艦娘たち全員が改めて敬礼をする。トラックがクラクションを鳴らして出発する。M-ATVが随送する。

 

 堪えきれなくなったのか赤城は加賀の胸の中で思いっきり泣き始めた。自分には分不相応だと思いつつも同じ一航戦。加賀もまた赤城の頭を抱きしめた。

 彼女も泣くまいとガマンしていたがダメだった。赤城ほどではないが加賀もまた静かに涙を流し始めた。艦娘への追悼の涙。自分でも信じられない。だが赤城と二人で同じ涙を流していることに、不思議なものを感じた。

 

 艦娘という存在は人間よりは長生きするようだが、轟沈してしまえばそれで終わりだ。ただ加賀は感じた。連綿と続く一筋の想いの連鎖。自分はその中の、ほんの一瞬に過ぎない。

 そもそも私たちは、どこから来て何をして何処へ行ってしまうのか? 果てしない流れの中の一瞬の煌めきの如く。そう思いながら彼女は司令夫妻と金城提督を見た。

彼らを見て悟った……そうかケッコンか。

 

 あの医師も言っていたな。ケッコンは第一世代の艦娘が鍵だと。だから彼は、自分の復活に情熱を注いで居らしい。それは彼が偶然、自分の轟沈後に回収された部品の一部を入手したことに始まったという。それがどういう経路でブルネイから彼の手に入ったのかは知らなかった。

 

 情熱か……あの医師は嫌いだったが、彼の情熱そのものは尊敬に値するかもしれない。赤城を抱きしめながら加賀は思った。あの医師は確か弟が居たようだ。彼もまた海軍だったかな? 

 

 なぜこんな事を思い出すのか? 私らしくない。だが姉のような赤城さんが側に居るからだろうか? 美保に来てから私はどうなってしまったのだろうかと加賀は思った。だが、それは彼女にとって、さほど不快感は無かった。むしろ、こういう変化は好ましいことかも知れない。

 

 トラックが視界から消えると自然に散会となった。その雰囲気で赤城も恥ずかしそうに加賀から離れた。

「ごめんなさい、加賀さん」

 

「良いのよ……」

 応えながら彼女は、金城提督のところへ行くべきか悩んだ。だがその前に副司令の祥高が声を掛けてきた。

 

「加賀さん」

 その口調で彼女は直ぐに副司令の意図を悟った。

 

「はい……従います」

 その言葉に、司令夫妻は顔を見合わせた。

 

 司令は言った。

「では、執務室へ上がろうか」

 

「はい」

 加賀は頷いた。そして歩き始めた司令夫妻に従った。だが彼女は金城提督とすれ違う際に軽く会釈をした。金城提督も軽く頷いた。そんな二人を感慨深そうに見詰めている大井。娘の伊吹は少し不思議そうな顔をしていた。

 

 それらを総括するように見ている二人の青葉と、感極まっている秋雲。

 

 巻雲が不思議そうに言う。

「ねえ、どうしたの?」

「深い……深いなぁ」

 

 秋雲の言葉に首を傾げる巻雲。

「えぇ? 何が深いの」

 

 だが秋雲は直ぐに応えずに、スケッチブックを頭に乗せる真似をしながら笑った。

「今に分かるよ」

 

「秋雲のイジワル」

 巻雲は口を尖らせた。 

 

 

 2階の執務室へ入る司令夫妻と加賀。司令はソファに腰を掛けると直ぐにプリントアウトされた資料を取り出した。

「中央で動いている次官や作戦参謀……あ、いや副長官からの報告によると君は興味深い立場に居るようだね」

 

「はい」

 加賀は躊躇(ちゅうちょ)無く答え、続けて補足するように言った。

 

「私が知っていることは全てお話します。どんな処分も受ける覚悟です」

 思わず顔を見合わせる司令夫妻。

 

「今回は複雑でね……君の復活のこともあるが、そもそも君の着任からして不透明だ。さらに君が金城提督を狙ったことと、彼の君への嘆願……いったいどこから手を付けて良いのか……」

 

 加賀は黙っていた。ただ分かっているところから始めよう。

「私は……復活する前は、恐らく深海棲艦の一派だったかも知れません」

 

「……」

 司令は書類を持ったまま加賀を見詰めた。

 

 加賀は続ける。

「その前は……ボンヤリとですが、ブルネイで沈んだような記憶があります……ですが金城提督を恨んでいたとか、そういったことはありません」

 

 加賀のその言葉に美保司令は何かに気付いたような表情を見せる。

「だろうな……それは分かるよ」

 

「え?」

 意外な表情の加賀。

 

 美保司令は腕を組んで言う。

「うちにも君のように敵陣から復活してきた艦娘が居てね。でも彼女も私のことは覚えていたらしいんだが、恨みとかは無いと表現していた……」

 

 副司令の祥高も続ける。

「人間だと、こういう場合は『恨み』が動機になることが多いけれど、艦娘の場合はちょっと違うみたい。そうね、恨みというより執着というべきかしら?」

 

「でも……」

 加賀は言う。

 

「私は……金城提督とかブルネイに、思い出とか執着があったわけではないの……ただ、あの医師に、引っ張られたような……」

 

 加賀の言葉に祥高が不思議そうな顔をする。

「医師?」

 

 すると美保司令は書類をめくり始める。

「確か副長官の資料にあった……あれだよ、君の妹が『息の根を止めてやる』って言ってた佐世保だかどこかに居た軍医」

 

 加賀は頷く。

「そう、その彼です。私は彼の実験の素材として復活しました」

 

「そう、そこまで技術は進んだのね」

 意外にも冷静な祥高。

 

 加賀は、復活技術を持つ祥高が目の前に居ることを改めて悟った。そう……もし可能であれば、自分が感じている疑問を彼女に聞いてみたい。だが……今の自分は罪人のようなもの。そんな失礼なことは出来ない。

 

 だが加賀の気持ちを悟ったのか、祥高が自ら口を開く。

「加賀さん」

 

「はい」

 一瞬、戸惑う加賀。

 

「あなたは本当に生真面目な子ね」

 その言葉に加賀は急に頭に血が上ったようにカーッとなった。図星、というより恥ずかしいというか、不思議な感覚に捉われた。

 

 そうだ、今まで自分の周りに居た艦娘も人間も、誰もが皆、自分に気を使って真綿に包んだような、回りくどい言い方しかして来なかったのだ。

それがこの祥高さんは……そうか。この人は赤城さんに似ている。同時にまた秋雲のようなストレートな純粋さも持っている。

 重巡『祥高』。武蔵に匹敵するという内容は、戦闘能力だけではないんだ。

 

「そんなに緊張しなくても良いのよ?」

「……はい、すみません」

 すると祥高は立ち上がって加賀の隣に座る。さらに緊張する加賀。

 

するといきなり祥高が抱きしめてきた。瞬間的に電気が走ったように硬直する加賀。

「あ……」

 

「良いのよ、ジッとして……あなたは生前も、生まれ変わってからも……苦労を自ら背負い込むのね」

「……」

 別に優しいわけでも、図星でも何でもないはずなのに……加賀の瞳は涙で溢れた。なぜ? 私が苦労を背負い込む?

 

「良いのよ、加賀さん。あなたが悪いわけじゃない。そういう位置に立ってしまう艦娘が居るの。あなたはその一人……」

 

 加賀は涙が止まらなかった。自分ではよく分からない。でも……自分の背後に何かが居て、それが泣いているような感じがするのだ。これは何だ? 

 

 祥高は言う。

「復活というのはね。言葉どおりじゃないの。ただ生命体として生き返っても、その子の魂が本当に『復活』しているかどうか? あなたは……本当に苦労してきたのね」

 

 加賀は何も言えなくなった。いや、思考すら停止しそうだ。祥高さんの言う『復活』とは、いったい……。

 

「加賀さん、何も考えないで。何も心配しなくて良いから……」

 祥高の言葉に、加賀は脱力した。そうか、ここは戦場じゃないんだ。

 




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第70話:『策略』

祥高の対応に感銘を受ける加賀。彼女は自分から全てを話そうと決意する。そして祥高の口から語られた秋雲ほか艦娘に関する内容は衝撃的なものだった。


「駆逐艦の脱走劇にしては、妙だと思わなかった?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第70話:『策略』

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 加賀は家族というものを知らない。

 

 しかし祥高に抱かれた彼女は、その物理的な体温だけではなく感情的な温もりと同時に安堵感を味わっていた。それはまた全ての恨みや不安までも溶かし去るようだった。

 

また何かの新しい力が満ちてくるようでもあった。人間社会にある家族関係とは、こういうモノだろうか? 彼女には何となく、そう思えた。

 

『これは赤城さんと話している感覚に似ているかも知れないわね』

彼女はそう思った。ただ、それを具体的に意識したのは初めてのことだった。

 

 そういえば自分は復活する前も、それ以後も、わき目も振らず、ひたすら前進していた。周りを見たり他の艦娘との関係を意識することは皆無だった。自分は兵器に過ぎないから必要以上の護身や保身、さらに自分の存在意義を考えるなどナンセンスだと思っていた。

 

 もちろん赤城さんは自分とは違う。あの人は、そういった人間的なことも考えるかも知れない。でも自分に感情論など無縁だと思ってきた。

 

 だから加賀には今、祥高に触れて味わうこの感覚に戸惑いもあった。それでいて彼女自身、ここにずっと留まっていたいと願う不可思議な気持ちも芽生えていた。

 

 ……この重巡『祥高』とは、いったいどんな艦娘なのか? 彼女の過去の戦歴や経緯が気になる……。

 

 そんな彼女の思いに呼応するように祥高は司令に確認を取った。

「加賀さんには、どこまで話しましょうか? 司令」

 

司令はアゴを手で擦りながら頷く。

「そうだな」

 

 だが加賀は彼らが言うより先に自分から話そうと思った。

「あの……」

 

 加賀の問い掛けに司令夫妻は注目した。

 

彼女は祥高に軽く会釈をして身体を離した。そして改めて襟元を正しながら言った。

 

「お二人には私の知っていることからまず、お話をさせて下さい」

そういって頭を下げた。加賀にとっては自分から話す方が楽になると思えたのだ。

その申し出に対して司令夫妻も頷いた。

 

 彼女は記憶を手繰るようにポツポツと語り始めた。

「私はかつてブルネイに所属していた記憶があります。でも当時のことは正直、はっきりと覚えていません」

 

「その感覚は分かるよ」

司令は言う。

 

「一度沈んだわけだから、そこは当然だ。深海棲艦側に行った場合は、なお更だよ」

 

「え?」

加賀は少し驚いた。

 

祥高が続ける。

「そうね。だから復活した子は特定部分だけの記憶が残っていることが多いわ。人間関係とか、他の艦娘との思い出。或いは海戦の記憶とか……そういう記憶があるから、戻ってくることが出来るとも言えるわ」

 

彼女も復活という現象に関しては詳しそうだ。

 

 だが加賀は、その考え方を緩く否定した。

「いえ……私はブルネイや金城提督に強い執着があるとか、そういう感覚は無いです」

 

司令は、また大きく頷いて言った。

「君の気持ちも分かるよ。だが……うちの大井がね、復活してからも君と同じようなことを何度も言うんだよ。敵側に居た間の記憶は、やっぱりボンヤリしていると言うんだね」

【挿絵表示】

 

 

祥高も頷く。

「そう。艦娘は単なる機械じゃないから、時間が経つと人間のように記憶もボヤけて来るのね」

 

 二人の言葉に逆に戸惑いを覚えた加賀。彼女自身、艦娘とは機械が進化したものだとばかり思っていた。

 

「あの……」

つい言葉が出た。

 

「艦娘が機械じゃないって……どういうことですか?」

 

 加賀の問い掛けに笑顔で応える祥高。

「あなたの質問そのものが、その答えよ。機械だったら疑問も反発も起きないでしょう?」

 

「はい」

納得し、同意した加賀。ところが彼女の中には『まさか』と思う部分もあった。何なの? この矛盾した感覚は。

 

 改めて加賀は思った。私は美保に来て暗殺未遂事件を起こして結局、自分までおかしくなってしまったのだろうか? 

 

 すると祥高が続ける。

「もし貴女が機械だったら悩みも迷いも無いはず。だけど貴女は今も、そして過去も……ううん、沈む直前のブルネイでも、いろいろ悩んでいたはず。それは答えの出ない問い掛け。人間も同じことよ」

 

「……」

 加賀は沈黙した。人間に比べたら私など取るに足らない。

 

 祥高は、そんな加賀の顔を見て微笑む。

「正面から、悩みにぶつかっていく子も居れば、ひたすら逃げようとする子も居る。そのどちらも機械ではありえない反応。悩みが生じて、それに葛藤する姿は人間そのもの……。だからこそ『艦娘』らしいとも言えるわね」

 

加賀は目まいがしそうだった。ただ、そうやって混乱する自分自身が、まさに機械でない証拠なのか。

 

 彼女の思いを悟ったかのように祥高は言う。

「分かった? 思い悩むことは機械なら問題だけど、艦娘であれば当たり前のことよ。そして貴女は他の艦娘とは違う経験をしているから、悩みが多くなって当然なの」

 

 安堵すると同時に、この副司令の大きさに圧倒される加賀。改めてこの人は何なのだろうか?

 

 祥高は言う。

「司令?」

 

「そうだな……」

二人は相槌を打っている。

 

司令も加賀を見詰めて腕を組んで言った。

「君は副司令のことが、とても気になるようだね」

 

「……」

彼の問い掛けに加賀は黙り込んだ。

 

祥高は微笑む。

「良いのよ。それはきっと加賀さんが私と似ているからね」

 

「いえ……そんな」

加賀は面映(おもはゆ)い気持ちだった。

 

 やや決意したような顔つきで副司令は言った。

「これから話すことは念のため口外無用で……約束できる?」

 

「え……」

もちろん自分の今後は分からない。今回の件で処分されるかも知れない。そのことは司令夫妻も知っているはずだ。それなのに何を自分に明かそうというのか?

 

「私如きでも宜しいのでしょうか?」

 謙遜する加賀の言葉に祥高はとても暖かい眼差しを向ける。

 

ドキッとした。こんな表情をする艦娘を彼女は初めて見た。極めて人間臭い……褒め言葉だ。

祥高は言う。

「加賀さん、これは司令以外の誰にも話したことがないこと。ただ貴女は今後、美保で重要な役割を担うようになると思うから今話しておくのよ。分かる?」

 

「はい」

加賀は躊躇無く答えた。そう、副司令は信頼してくれる。そして彼女には自分の全てを委ねても大丈夫だと確信した。

 

「あなたを信頼します」

発したその言葉に加賀は自分自身、鳥肌が立った。

 

 司令夫妻は頷き合った。そして祥高は言う。

「良い子ね」

 

 その言葉で加賀は全ての重荷が外れた心地だった。ここにあるのは『恐れ』ではない。ただ司令夫妻に信頼されている安心感。加賀にとっては赤城との信頼感よりも、さらに強い絆。それが芽生えた瞬間だ。

 

 祥高は言う。

「秋雲のことはいろいろ聞いているわね」

 

「はい」

昨夜、潜水艦で彼女の話を長々と聞いたばかりだ。

 

「実は昨夜、身の上話を聞きました」

加賀は淡々と説明する。それを聞いた司令夫妻は顔を見合わせる。

 

祥高は言う。

「あら、秋雲らしい……あの子、横須賀から脱走した事も話していた?」

 

「はい。それで日向がここから移ったことも聞きました」

 

加賀の返事に祥高は頷く。

「秋雲は駆逐艦だけど……単なる脱走劇にしては、妙だと思わなかった?」

 

加賀は首を傾げながら答える。

「え? ……まぁ、個人的にはなぜ、武蔵まで口を出したのか疑問で」

 

すると司令が言う。

「そうだね。実は秋雲の脱走そのものが、元帥閣下の指示されたことだったんだよ」

 

 驚く加賀。

「まさか……本当ですか?」

 

司令は頷いて続ける。 

「秋雲はね、よく絵を描いているだろう? あれも単なる趣味じゃない。ああやって人の動きを観察しているんだよ。それは逐一、元帥にも報告される」

 

「……」

加賀は絶句した。そういえば秋雲は元帥と面識はないと即答していた。しかし考えてみたら、その答え方も不自然だった。

 

 その時、司令夫妻が同時に『何か』に反応する。一瞬、二人で顔を見合わせていたが副司令が受電した。

「はい……あらぁ、石見。どうしたの?」

 

 石見(いわみ)? 何処かで聞いたことがある。すると司令が言う。

「石見は軍令部の作戦局副長官、祥高さんの妹だよ」

 

「……」

 加賀は黙って頷く。その祥高の会話は続いているが、やがて彼女は無線を終わる。副司令が報告するのかと思ったら二人は互いに頷くだけだった。

 

 怪訝そうな加賀の表情に、副司令は言う。

「今日の夕方の便でね、副大臣と副長官がまた美保に来るそうよ」

 

「え?」

驚く加賀に司令も言う。

 

「つい今しがた軍令部及び艦隊司令部、さらに海軍省を含めて、君の処分が決定した」

 

「……」

思わず身構える加賀。

 

 司令は言う。

「結論から言うと、君はこのまま美保に着任だ。そして一時、解任された金城提督はブルネイの提督の位置に戻る」

 

「え?」

一瞬、信じられない加賀だった。

 

「良かったわね、加賀さん」

 副司令も喜んでくれる。そうか、喜んで良いのか……と頭の中で反復する加賀。何かこみ上げてくるものがあり涙が流れそうになった。

 

 しかし司令が続けた言葉で彼女は現実に引き戻された。

「君を復活させた医師は解任だが……ここで取引があったようだ」

 

「取引?」

 

怪訝(けげん)そうな顔をする加賀に司令は説明する。

「あの医師も根っからの悪人という感じではない。どちらかというと彼の取り巻きに唆(そそのか)された感じが強い……というのは次官の分析だが」

 それを聞いてなぜか少し安堵した加賀だった。確かにあの医師は嫌いだったが彼の艦娘への情熱そのものは純粋で、さほど悪意を感じなかったのだ。

 

 司令は報告書をめくりながら言う。

「まとめると結局、彼が責任を取って海軍を辞め、それ以上は責任を追及しない代わりに君の残留と正規空母二隻を美保に着任させることで話がついたようだ」

 

加賀は驚いた。

「そんなことが可能なのですか?」

 

司令は腕を組んだ。

「まあここは復活した艦娘が多く大井の前例もある。それに彼は艦娘の復活や二世について、かなり研究していたらしい。意図的に空母を建造させるレシピも持っていて、それを提供する条件を出したようだ」

 

 すると副司令が口を挟む。

「意図的な空母建造? ……では美保でも大型艦建造を始めますか?」

 

 しかし司令は書類を見ながら頭を軽く押さえる仕草をした。

「いや、その積もりはない。今のところ舞鶴か呉の協力を仰いで、そちらで空母艦娘を建造して回送することになりそうだ」

 

副司令は微笑んだ。

「量産型でも、美保に空母が増えたら貴重な戦力ですね」

 

司令も頷く。

「そうだね。まあ現状でも赤城に加賀が加われば美保には十分だが」

 

加賀も口を開く。

「でも……赤城2号の悲劇は繰り返したくない。一航戦だけでは不足です」

 

その言葉に司令は大きく頷く。

「君の言う通り。今まで赤城にばかり苦労をかけた。米軍の協力があるとは言っても、やはり艦娘を中心に闘うべきだ。空母の層を厚くすることも必要だろう」

 

その言葉に加賀も頷く。

「そうして頂けると嬉しく思います」

 

 ちょうどその時、構内に、お昼のラッパが鳴り響く。

 

司令は時計を見ながら言う。

「そうか、もうお昼か……どうする? 食堂で食べても良いが」

 

副司令が遮るように言う。

「司令、まだ彼女を表に出すのはどうでしょうか?」

 

「そうだな」

司令は頷くと、内線を呼び出す。

 

「大淀さん? ああ、私と副司令は加賀さんと執務室で昼食をとる。食事の準備と、あと赤城さんと秋雲に確認。時間があるなら一緒に執務室で昼食を……ああ」

 

 ほどなくして廊下を駆ける足音と慌ただしくドアをノックする音がした。

 




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第71話:『泣いてもオッケー』(改2)

一航戦の二人と秋雲を交えて執務室での昼食。そして午後のひと時、美保司令の周りでは小さな物語が紡がれる。


「加賀さんも、青葉さんも、そして……」 

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第71話:『泣いてもオッケー』(改2)

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 ほどなくして廊下を駆ける足音と慌ただしくドアをノックする音がした。

 

「どうぞ」

 司令が返事をすると同時に赤城と秋雲が顔を出した。

 

『失礼します』

 二人はまず神棚に一礼した後、司令夫妻に敬礼をした。夫妻も敬礼を返す。

 

 赤城は直ぐに感極まって加賀に近づくと手を取った。

「加賀さん……正式な着任おめでとう」

 

 加賀も立ち上がって赤城の手を取った。

「ありがとう……でも少し戦いの腕は鈍ったかも知れないけれど」

 

「ああ、やっぱり、こうなったね」

 スケッチブックを抱えた秋雲は二人を見ながら、いろいろ知っているような口調で話をする。

 

その秋雲の言葉に赤城は不思議そうな顔をしたが加賀は微笑んでいた。3人の光景を見た司令は、ちょっと意外な感じを受けた。こういう場合は加賀が不思議に思うだろうと。そんな加賀も殻を破って少しずつ変わりつつあるのかも知れない。

 

 続けてノックの音。副司令が返事をするとドアを開けて鳳翔さんが顔を出す。 

「あのぉ、お食事はもう、こちらへお持ちしても宜しいでしょうか?」

 

「ああ、頼むよ」

 司令の言葉を受けた鳳翔さんは会釈をして一旦、扉を閉める。

 

 ほどなくして第六駆逐隊を引き連れて配膳部隊がやってくる。それからは執務室での、ささやかな昼食会となった。

 

 一番大人しいのが一航戦の二人。次が副司令。逆に一番賑やかだったのが秋雲だった。その内容は、ほとんど加賀が聞いたという例の横須賀からの脱走劇だった。

 

 今回は既に元帥の指示で彼女が脱走したということが知れていたので余計に喋り易かったのだろう。あるいは今まで秘匿していたから耐えていた何かが外れたのだろうか。彼女は食事中も一人でずっと喋っていた。

 

 だが脱走劇の内容も変な表現だが『充実』していた。艦娘二人が夜行列車で家出少女と怪しまれない振りをする苦労話に始まって秋雲と巻雲の列車珍道中。

 山陰への乗換えとなる京都駅では列車を降りた際に警戒していた憲兵に危うく捕まりかけたことなど。それは司令夫妻にとっても興味深い内容だった。

 

 話が美保鎮守府に到着する部分に来たとき、司令は改めて聞いた。

「その京都で捕まりかけたってことは元帥の密命というのは他の誰も知らなかったのか?」

 

「そうだよ誰も。だからイロイロ大変だったんだ」

 あっけらかんと答える秋雲。

 

「えへへ……敵を欺くにはまず、味方からってね」 

 おどける秋雲。その軽さは何となく副大臣を連想させる。

 しかし彼女、この性格だから良かったのだろうなと思わずには居られない司令だった。

 

 食事が終わると司令は赤城と秋雲に対して加賀への鎮守府の案内を依頼した。頷いた3人は、食事が終わると敬礼をして退出した。

 

 その後は朝潮と五月雨が食器を下げに来た。副司令の祥高も片付けを手伝い、そのまま3人は執務室を退出。

 

 一人残された美保司令は、ゆっくりと立ち上がると窓の外を見た。ちょうど本館の前を一航戦の艦娘たちと秋雲が会話をしながら埠頭へ向かう姿が見える。

 

 彼女らを見下ろしつつ司令は思った。

 

 自分は軍人なので上からの命令に従って戦うのが基本だ。しかしここは艦娘を中心とした部隊。海軍の中でも特殊である。

 

 さらに本来は友好国では無い米軍との軍事協力体制。これについては帝国海軍も陸軍も、そして空軍までもが黙認状態だ。

 

 そして、いつの間にか美保はコンパクトさにモノを言わせて最新兵器をふんだんに投入した日米合同の実験部隊となりつつある。

 

 またそれ以前から相次ぐシナからの波状攻撃。あの国は太平洋へ進出するために日本帝国が邪魔になるのは良く分かる。佐世保や舞鶴だけでなく、ここ山陰地方の中央に設置された美保鎮守府は彼らにとっても微妙に目障りなのだろう。日本海の往来を邪魔する位置だから。

 

 もしかしたら彼らは、この中国地方を陸路を通って太平洋に抜けるという大胆な戦略でもあったのだろうか?

 正直、そこまでは何とも言えない。だが仮にそうだとしたら、ここに鎮守府を設置した元帥の着眼点は的を得ていたのかも知れない。

 

 もちろん深海棲艦との戦いも継続中だ。あいつらも女性だな……。

 

 美保司令にとって女性=艦娘は苦手だ。それでも四苦八苦しているうちに気がつけば艦娘とケッコンしていた。今では2世も生まれ、その子も大きく成長した。

 

 その後、彼女は大井の娘と共に米国へ駐在武官として留学。そのまま海兵隊に所属しつつオスプレイの操縦士として美保に駐留。日米海軍の橋渡しとなっている。

 

 彼は思う。今でも不思議なことは、あのブルネイ演習だ。そこで時間が歪んだために未来へ飛んだのだろう。現地で出会った金城提督との縁も深くなった。結局、彼とは時代を超えて再会した。また、ブルネイで沈んだとされる艦娘の加賀までやって来た。

 

 では……これからの美保鎮守府は?

 

 そして自分たちは、どうなっていくのか? いや待て、未来から過去の自分への干渉を改めてする必要はあるのだろうか?

 

 そこまで考えて司令は苦笑する。下手に考えても仕方が無い。

 彼は背伸びをした。

「そうだ……空気を入れ替えよう」

 

そう呟いた司令は空調を止め窓を開いた。

 

 キラキラと光る美保湾に浮かぶ大山(だいせん)が綺麗だ。山陰の夏は日本海側の気候であり実は晴天が多い。せっかくだからと司令は執務室の出入り口の扉も開け放った。すると窓から海風が、ふんだんに通り抜ける。

 

 美保司令はタバコは吸わない。そのまま窓枠に腕を置いて外を眺める。海から風が吹き、鎮守府中庭の木立の葉がサワサワと音を立てる。実に清々しい。

 

 埠頭の向こうでは金剛に付き添われて歩行訓練をしている金城提督が見えた。彼は大丈夫だろうか? ちょっと心配になった。

 

「司令!」

 そのとき下からの声。見るとカメラを構えた美保の青葉だ。

【挿絵表示】

 

「良いですかぁ?」と言いながらカメラのシャッターを切ろうとする。彼はオッケーのサインを出した。微笑みながらカメラを構える青葉。

 

 以前の美保司令なら写真を撮られるのが嫌いだったから直ぐに顔を隠したものだ。しかし最近は、あまり拒否をしなくなった。特に青葉なら問題ない。

 

「お前(青葉)とも、いろいろあったな」

彼は何気なく呟(つぶや)いた。そう、美保の青葉は、かなり初期の段階で彼の養女となっていた。いやむしろ、その案を副司令に進言したのは彼女だったと言う話もあるくらいだ。

 

そして美保鎮守府が特殊なのは、美保司令と艦娘が、ほとんど親子(養女)の関係にあるという点だろう。これは不必要に艦娘と指揮官がイチャイチャしなくなるだけでなく、男女ではなく親子と言うかなり強い絆が結ばれるため、士気や忠誠心が高まるという利点がある。

だから軍令部も、艦娘との新たな関係として推奨するのだが、他の鎮守府では意外と進んでいないのが現状らしい。

 

彼がそんなことを考えていたら、美保の青葉の側の木立から、もう一人の『青葉』が飛び出してカメラを構えるのが見えた。

 

「おい、ブルネイの青葉も便乗か?」

 

「えへへ、恐縮です!」

 笑う青葉……だが司令も別に嫌な気はしなかった。これが青葉なんだから。

 

 数枚撮影した後、二人の青葉はカメラを抱えながら軽く敬礼をした。司令も窓から軽く敬礼を返した。

 

 彼女達の後姿を見下ろしながら司令は呟く。

「お前はいつも青葉だな……」

 

 そもそも彼が初めて美保鎮守府に着任したとき直ぐに声をかけてくれたのが彼女だった。もちろん記者としての彼女なりの使命感や好奇心もあっただろう。

 それでも女性だけの鎮守府で孤立しそうな彼には青葉の屈託の無さに救われた。

 

「お前も彼岸からの『復活組』だったよな」

彼は彼女がブルネイで一度沈んだことを思い出していた。そういえば表に出ていない彼女の轟沈や、司令暗殺事件の手記があったはずだ。今でも副司令が厳重に保管しているはずだが……いつか見せてもらおう。

 

 ふと向こうを見ると金城提督に何度も頭を下げている加賀の姿が見えた。彼は金剛に支えられながら彼女に何か話しかけている。

【挿絵表示】

 

 

 執務室の窓からは遠くてハッキリしない。ただ頭を下げた加賀は、そのまま静止している。あ……アレは多分、泣いているのだなと司令は思った。

 

案の定、その隣に居る赤城が加賀の背中に手を当てて、やっぱり一緒に頭を下げている。さすが一航戦の二人……その一体化振りに、とても強い絆を感じた司令だった。

その脇で、やはり秋雲がサラサラとスケッチをしている。それも提出するのか? ……いや、あれは彼女の趣味だろうな。

 

 司令は思った。恐らく、あの二人を軸として、この鎮守府の空母による攻撃力が増強されていくのだろう。だから今後は、美保鎮守府にも正規空母が次々と着任するに違いない。そんな期待と予感がした。

 

 彼は窓枠に手を置いて再び正面の大山を見た。

 今日の夕方には中央から副大臣と副長官が来る。その際には加賀に同席して貰おうと司令は考えていた。

 

 窓を開けたままデスクに戻った彼は、午後の執務を始めた。

 

 一時間ほど執務を続けていると窓の下が騒がしくなった。彼は執務を中断して窓辺から顔を出した。直ぐ下では秋津州が小躍りしていた。どうやら二式大艇の電波を受信したらしい。そっち方面の感度は高い子だなと司令は感心した。

 

「大艇が来るのが、そんなに嬉しいか?」

司令が窓から声をかけると彼女は、こちらを見上げた。

 

「あ……司令」

 

彼女は軽く敬礼をしてから言った。

 

「えっと、中央から大艇ちゃんが来るから……今度こそ、私の出番かも」

 

 最近では、この子も意外と修理や整備の腕が立つことが分かった。

「そういえば夕張さんが『お前が来て助かった』と言ってたよ」

 

司令の言葉にニコニコしながら彼女は言った。

「でしょ? こう見えても私イロイロ出来るのかも……じゃない、出来るんだから」

 

「ああ、助かるよ」

彼の言葉に満面の笑みを浮かべる秋津州。この子も表情が明るくなったなと彼は思った。

 

「あ、そうだ。司令?」

 急に声の調子を下げる彼女。

 

「何だ?」

司令が応えると彼女は周りを気にするようにして言う。

 

「大声だとアレだから……ちょっとそっちに上がっても良い?」

 

「ああ」

 何事だろう? そう思いながら走り去る彼女を見ながら司令もまた執務室へと引っ込んだ。直ぐに廊下をパタパタと駆けて来る足音が響いた。

 

「ああ! こういうのも良いですね」

開け放った扉から、ひょいと顔をのぞかせた彼女は言う。

 

「何だ? 話って」

 司令はデスクからソファに腰をかけるように促しながら、自分も彼女の反対側のソファに腰をかけた。

 

 少し改まった彼女はモジモジして指先を絡めながら座った。司令は内線でお茶を頼む。

 

秋津州は言う。

「えっと……さっき司令が加賀さんを見守っていたり青葉さんに写真を撮られたり……あと、あと、私に声をかけてくれたりしたよね?」

 

「ああ」

よく見ているなと彼は頷く。

 

彼女は組んだ手を見詰めながら言う。

「私、前にさ……佐世保で酷い目に遭ったって言ったよね」

 

司令が頷くと秋津州は少し目を上げてポツポツと続ける。

「その、予想外の嫌なことさせられたとか変なことを言われたとか。それも辛かったけど」

 

「……」

いきなり心情の吐露……どうしたんだ? と司令は思った。だが何か話したいのだ。彼は彼女の思うがままに任せた。

 

「もっと泣きそうだったのは仲間の艦娘とか基地の司令がさぁ、私が酷い目に遭っていても見てない振りをしてたことかも。そう……皆、私に何もしてくれなかった……私を無視したのかも」

 

司令は少し驚いた。

「佐世保で? そんなことがあったのか」

 

 彼女は司令を見て頷くと、ちょっと間を置いて窓の外を見た。司令はふと、佐世保は国内有数の『ブラック鎮守府』だと思い出した。以前はそうではなかったはずだが……。

 

風が時々吹き込んでレースカーテンを揺らしている。秋津州の髪の毛も風に揺れていた。

 

ちょうどその時、ドアの外から大井が顔を出した。

「あの、お茶を」

【挿絵表示】

 

「ああ、有り難う。ココに置いてくれ」

 お茶を持ちながら会釈をした大井は司令と秋津州の前に茶碗を置く。

その際に彼女は秋津州をチラッと見て微笑んだ。秋津州も笑顔を返している。何か……ホッとする瞬間だ。大井も変わったよな……司令は思った。

 

 礼をして大井が退出すると『ふう』……っとため息をついた秋津州。

 

司令に促されてお茶を含んだ彼女は彼女は明るい表情に戻って言った。

「でも司令はさ、ちょっと頼りないかも」

 

「悪かったな」

苦笑して答える彼に秋津州は言う。

 

「ううん、違うの。司令はさ、それでも私たちのことは、きちんと見てくれるよね。絶対に見放さないよね……」

必死な目つきに変わる彼女。

 

「あ、ああ」

司令もタジタジになる。

 

「さっきの加賀さんも、青葉さんも、そして……」

 そう言いながら彼女はキラキラした瞳で司令を見詰めた。彼はドキッとした。

 

「私のことだって……しっかり見てくれるよね? ……だから、だから私、頑張れるのかも!」

 

「そうか?」

 司令は何とも、ぎこちない応答しか出来ない自分が歯がゆかった。でも、そんな司令でも彼女にとっては、十分なのだろう。彼の言葉に何度も頷いている。

 

「そう、どんな綺麗な言葉よりも司令官の眼差しが私たちには一番嬉しいかも」

 何度も自分に言い聞かせるように言う秋津州。

 

「それで、お願いがあるかも……じゃない、あります!」

 普段の彼女からは想像出来ない、とても真剣な表情と眼差しに司令は『あれ? この子、こんなにオトナっぽい子だったっけ?』と思った。

 

「私もその、司令夫妻の子供に、お願いかも……じゃない、よろしくです!」

舌が回っていないが真剣さは伝わる。

 

「あ?」

またバカみたいな反応をしてしまった司令。だが秋津州は気にも留めずにもう一度言う。

 

「何か、そのために条件があるなら、私が何か足りないなら一生懸命頑張る! だから、だから……」

そう言いながら彼女の目が潤んできた。

 

「おいおい……泣くなって」

動揺する司令。

 

「だって……だって……」

 やだな、まるで私が泣かせたみたいじゃないか?

 

 この光景を誰かに見られたら……と司令が思った瞬間だ。

「テイ……トク?」

 

 やばいと思えば直ぐコイツだ金剛! 美保の彼女がドアから覗き込んでいた。

 

金剛の言葉に一瞬、ビクッとした秋津州はその反動か急にボロボロと涙を流し始めた。

やばい、やばいぞ。

 

「いや、これはそのだな。何でもないって言うか……私が泣かせたわけでは決して無いわけで」

……慌てる司令。嗚咽する秋津州。

 

「Noプロブレムね」

 そう言った金剛は意外にもニコニコして敬礼をするとソファの彼らに近づいてきた。

 

 そして彼女は秋津州の肩に手を置いた。その表情は何とも言えないほど優しさに満ちていた。へえ金剛でもそんな聖母みたいな笑顔をするんだ……と司令が思うほどに慈愛に満ちた笑顔だ。

 

 金剛型の長女にして四姉妹の取りまとめ役の彼女。もちろん美保でもその位置は変わらない。そういった立場が彼女を成長させているのだろう。

 

 金剛は泣きじゃくる秋津州を見上げるようにしゃがみこんだ。

「アキツシマ……分かるよ? うん、ワタシにはその気持ち分かるネ……」

 

 その言葉に秋津州は更に涙を流す。長身の金剛は床に両膝を就くと、そのまま秋津州を上半身で抱きしめた。なかなか絵になる光景だ。元々包容力のある金剛だが、さらに人格の深みが増したか。

 

「良いんだよ、それで。美保司令の前ではタップリ泣いてもオッケーだから」

 そう言いながら、いつの間にか金剛も目を閉じて涙を流していた。

 

 そういえば……この金剛も、青葉同様に比較的早い段階で司令夫妻の養女になったな……そんなことを思い出す司令だった。

 

「祥高と相談はするが……ああ、分かったよ秋津州」

司令の言葉にビクッと反応する彼女。涙を流した顔で、金剛の胸元から顔を出す。

 

頷きながら司令は言う。

「養子申請の書類は準備するよ、秋津州。だから安心しろ」

 

「……」

無言で頷く彼女。その表情は嬉しそうだった。

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。



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第72話:『司令の職業病』(改)

 秋津州からの養子縁組の希望を聞いた司令は、復活した艦娘たちとそれに関する出来事に思いを馳せた。


「頑張ってここで生き残るからネ……」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第72話:『司令の職業病』(改)

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 美保司令は言った。

「養子縁組の書類の件は副司令(祥高)の確認も必要だ。秋津州には悪いが、また後で声を掛けるから執務室に寄って貰って良いかな?」

 

 一旦、金剛から離れた秋津州は、軽く涙を拭うと笑顔で応えた。

「全然、オッケーかも……」

 

言いかけた彼女はハッとして慌てて言い直した。

「いえ、大丈夫です!」

 

司令は微笑んだ。

「ああ」

 

……彼女の口癖には閉口するが、自分でも分かっているんだな。彼女の慌てた表情を見て司令は安堵した。

「その言い方は、いつものお前(秋津州)だな」

 

「えへっ……ゴメンナサイ」

彼女も頭をかきながら笑顔で頷く。

 

その傍らに居た金剛も穏やかに微笑んで言った。

「じゃ、行きマスか?」

 

「はい」

二人は立ち上がった。

 

「では失礼しマス」

金剛に合わせて二人は敬礼した。その金剛は、ちゃっかりと司令にウインクをしている。おいおい……どさくさに紛れて何やっているんだ?

 

だが司令は苦笑しつつ立ち上がると敬礼を返した。

「金剛、お前もいつも通りだな」

 

「そうデース! 私はずっと……」

敬礼をしたまま、なぜか突然固まる金剛。

 

 司令と秋津州は敬礼を直ったが、金剛は敬礼のポーズのまま硬直している。

 

「どうした?」

司令の言葉に秋津州も不思議そうに金剛を見た。一瞬、張り詰めた雰囲気になる執務室。

 

「テイトク、いや司令。ワタシ……」

言い直しながら金剛はボロボロと涙を流し始めた。

 

「ずっと、ずっとワタシ、頑張ってここで生き残るからネ……テイトクもずっと……元気で居てネ」

急に真面目な顔で言う。

 

一瞬躊躇した司令だった。しかし金剛のこの反応には思い当たる節はあった。

「加賀のことか?」

 

彼が聞くと、敬礼の姿勢のままの金剛は小さく頷いた。

 

 美保の艦娘の多くが、あの金城提督の暗殺未遂と夕立の加賀追撃現場に居合わせていた。

その後の処置も含めて一連の情報は金剛の耳にも入っていたのだろう。

 

司令は優しい眼差しで、諭すように言った。

「安心しろ金剛。お前のその気持ちがあれば、私は大丈夫だ。ありがとう」

 

「うん……」

ようやく金剛はロボットのように、ぎこちなく敬礼を直った。

 

 傍らで少しオロオロしていた秋津州もホッとした表情になる。一連のやり取りを見て何かを悟ったように軽く頷いた彼女は、その大きな瞳をキラキラさせて言った。

「そうかも。うん、きっと、そうですね」

 

 直ぐに秋津州は自分のポケットからハンケチを取り出して金剛に手渡した。

「泣いても……良いんデスよね」

 

「サンクス」

そう言いながらハンケチを受け取った金剛は軽く目頭を押さえた。

 

「そう……司令の前で泣くとね、スッキリするのデース」

ようやく笑顔が戻った金剛だった。

 

 彼女は秋津州に目配せをした。改めて二人は司令に会釈をすると揃って退室して行った。二人の背中が、とても清々しく感じられた。

 

「『スッキリするのデース』ってか」

 金剛の言葉を反復する美保司令。彼女の日本語は相変わらず妙なイントネーションだ。

 

だが金剛は艦娘たちを自然に仕切るのが上手い。そして今の涙……彼女の心情は彼にも嬉しかった。そんな金剛の姿に司令は『また更に成長したな』と思うのだった。

 

 二人の艦娘が出た後の執務室には再び静寂が戻った。窓からはセミの声と、遠方から聞こえる訓練の砲撃音が聞こえる。

 

 司令は改めてデスクに戻って執務を始めようとした。ところが今度は彼の脳裏に艦娘たちのことが、いろいろと浮かんでしまって止まらない。妄想ではないがモヤモヤとする。ダメだ、これでは作業にならない。

 

「やれやれ」

彼は肩をすくめた。これは艦娘部隊指揮官たる者の職業病みたいなものだ。特に司令には養女となった艦娘が多い。つまり冗談抜きで彼は年頃の娘を持つ父親なのだ。

 

「休むか」

呟いた司令は座ったままイスを窓へ回転させた。

 

 開け放った窓からは時おり美保湾の海風が吹き込んでいる。レースのカーテンがゆるやかになびく。基地内のセミはあちらこちらにいるらしくジワジワという声が立体的に響き始める。

 

 司令は腕を組んで金剛のことを考えていた。

彼女の着任は確か去年の夏だ。その年は半ば強引に墓参したり、境港の夏祭りに参加したりと、実にバタバタしていた。

 

 そして何だかんだで艦娘たちと司令の実家に泊まってしまった。そのお陰だろう。金剛を筆頭に美保の主要艦娘と自分の両親、さらに実家の近所の人達とも多少は面識が出来た。結果的には良かったのだろう。

 

 今回、美保鎮守府で急にイベントを開催したのだが地域の人達が直ぐに集まってくれたのも日頃、彼女達が地域交流を続けた『効果』かも知れない。

 

 実は一部の艦娘たち……吹雪は以前から広報部隊となっているが、それ以外にも面倒見が良くて人懐っこい艦娘も少なくない。

コスプレ好きの漣などは意外と外に出るのも好きだから、よく学校や幼稚園などにも喜んで『出張』してくれる。

 

「幼稚園で意外と言えば、あの天龍だな」

そう言いつつ司令はデスクの『広報』というファイルを取り出してパラパラとめくった。

 

そこには天龍と龍田が第六駆逐隊を従えて境港市や近隣の幼稚園や保育園に訪問している報告書や写真が綴じられている。

 

「外見から判断できないのも艦娘の魅力……いや、魔力かな」

ファイルを閉じながら彼は苦笑した。

 

 デスクに目をやると何かのイベントのときの写真が立ててある。それは司令の家族と美保の主要な艦娘たちが正門前で並んで撮った写真だ。そこには『当然』と言った顔で白い歯を見せている金剛が居た。

 

「あの娘(こ)も最初は『やんちゃ娘(むすめ)』だったな」

 去年のお盆に引き続いて最初のブルネイ遠征の際の金剛も、まだ手に負えない雰囲気だった。

 

 だがそれは『現代』(当時)のブルネイへ戻って再び勃発した深海棲艦とシナ連合軍との海戦で少し変わったかも知れない。

 

「艦娘の成長か」

司令は呟く。それは美保の大井が良く使う言葉でもあった。

 

「そもそも大井自身だよな、一番変わったのは」

彼女もデスクの集合写真にはちゃっかりと入り込んでいた。そう、美保では彼女が最も成長した艦娘かも知れない。

 

「しかし……あの戦いは最初の演習からして酷かったな」

 呟いた彼は再び立ち上がると窓の外を見た。そこには金剛と秋津州に話しかける夕張の姿が見えた。

 

彼は過去の記憶を手繰り寄せる。

「あの『遠征」には夕張も参加していたよな」

 

彼がつぶやいた『遠征』。それは後に『ブルネイ沖防衛戦』と呼ばれた海戦だ。

 

 去年、美保鎮守府には軍令部からブルネイ遠征の指示が出た。そこでは当初、単なる模擬演習が行われるだけの予定だった。ところがそこでいきなりタイムスリップ。

挙げ句に、元に戻ったとたんに深海棲艦とシナ連合軍がブルネイ泊地に攻め込んで来たのだった。

 

 遠征に参加していた美保の艦娘だけでなく当時ブルネイの研究施設で量産化に成功したばかりの艦娘もブルネイ防衛戦に同参した。

 

 敵は何度も波状攻撃をしてきた。当時は現地での混乱もあって戦闘開始直後は敵に押されて惨憺(さんたん)たる戦果となった。最終決戦で美保も含め数名の艦娘が轟沈したのだ。

 

「はぁ……」

彼は思わず、ため息をついた。

 

 窓の外……遠方の海上からは散発的な訓練の砲撃音と同時に美保湾に演習の爆煙が上がっている。そして時おり鎮守府上空を掠める艦載機のシルエットと爆音。

 

 最近はダブル大淀さんが資材や予算関係をキッチリ管理してくれているので訓練資材も潤沢だ。定期的な訓練は軍隊にとっても生命線だ。

 

「この訓練体制が去年から実施されていていれば……」

彼は呟く。そう、去年の遠征の敗因の一つはそこにもある。訓練不足……それが悔やまれてならない。

 

 美保司令は再びデスクに戻ると今回の計画書を改めて確認した。

 

「そういえば今回の美保に来たメンバーがほぼ全員、当時のブルネイに居たんだ」

それは不思議な廻り合せだと彼は思った。

 

 去年の『ブルネイ沖防衛戦』では当時、たまたま現地に視察に来ていた海外武官と、彼らに同行していた海外の艦娘たちの加勢により形勢を挽回した。

 

「そういえば、あの戦艦『武蔵』も居たな」

司令は苦笑した。彼女は真面目な反面、妙に甘えたような表情も見せる。不思議な艦娘だ。最初は近寄り難いが次第に可愛く成っていくのだ。

 

 だが彼らは例の軍医による『陰謀』のゴタゴタで半ば強制的に中央へ戻された。それでも副大臣と副長官が中央で『奮闘』してくれたお陰で事態は収束したらしい。

 

「副大臣か……」

 あの浮ついて見える彼。しかし実務能力はあるに違いない。今回のゴタゴタも彼が中央に乗り込んで沈静化させたのだ。補佐として副長官も加勢しただろうことは想像に難くない。

 

「副長官は祥高の妹で石見(いわみ)って言ったよな……」

そこで彼は思い出した。

 

 そもそも自分の妻となった重巡『祥高』からして謎めいている。今までは彼自身が暗殺未遂の後遺症で記憶が一部、飛んでいたことから、あまり深く追求しなかった。

 

 だが今回、彼の記憶は、かなり戻った。そのきっかけが、また昨年の日向とのゴタゴタに結びつくのは笑える。

「日向か……あいつともイロイロあったな」

 

 美保司令にとって彼女は大井と並んで艦娘導入の初期から縁があった。お互い口下手で感情表現も苦手な性格が似ているのが縁だったのだろうか? 妙に彼女とはツーカーの仲だった。

 

 その後の養子縁組についても一番、嬉々としていたのは彼女だったかも知れない。そして日向は意外に筆まめで横須賀からよく手紙をくれる。メールとかで軽く出さないところが彼女らしい。

 

 その日向が横須賀の近況でも時おり触れるのが『祥高型』についてだ。どうも現地では今でも語り草になっているらしい。中央に近いから……あの副大臣も良く噂しているなと司令は思った。

 

 重巡『祥高』。司令の妻であり今は美保鎮守府の副司令の位置にある。司令は彼女について考える暇が無かったのでさほど意識もしていなかった。だが改めて考えると彼女への謎が深まる。

 

 祥高型は、もともとは潜在能力も高かった。そこから更に戦艦並の能力にまで改造され破竹の勢いで敵を蹂躙(じゅうりん)した。

 

 しかし敵の猛反撃に遭って当時の指揮官が戦死したらしい。その後なぜか祥高型は封印され表舞台から姿を消す。代わって台頭してきたのが大和や武蔵だ。

 

『ブルネイ沖防衛戦』では封印していた彼女の能力を再現させた結果、形勢逆転のきっかけを作った。

 

「しかし、なぜブルネイに彼女の古い艤装があったのか?」

彼は額に手をやって考える。

 

それは、やはり量産化のための研究用だったのだろうか? そもそも、その事実を知っていた副大臣も怪しい。元来いろいろ企んでいるような彼だ。

 

 祥高型三姉妹と副大臣は横須賀時代からの旧い知り合いだ。それに元帥閣下と彼女たちも深い関係がありそうだ。

 

「秋雲も祥高さんを慕っていたな」

司令は秋雲は元帥の密命を帯びていたことを思い出した。

 

 元帥と言えば記憶が飛んだ自分を司令に据え置いた彼の人事決定も今ひとつ解せない。軍内部からも反対意見があった内容だ。

それは、ひょっとして自分の暗殺未遂も何か関係が……急にイロイロなことがつながる気配がした。思わず鳥肌が立つ。彼は、それらの思考を停止した。今の彼には受けきれない気がした。

 

 司令は自分のことを考えるのは一時中断して改めて『ブルネイ沖防衛戦』の資料を端末から閲覧する。

当時、最前線では轟沈した艦娘たちが軒並み復活するという奇跡的な現象が起きていた。当然、公式資料には一切触れられていない。

 

 ただ、現地に居た彼も知っていることだが、そこで復活に関連して重要な役回りを演じていたのが、やはり祥高なのだ。彼女が状況を見極めて艦娘の復活を先導した。その結果として当時、現地で轟沈していた美保の青葉を始め、かなり以前に舞鶴で沈んでいたはずの大井までが戻って来たのだ。

 

「大井……か」

 彼女と司令は舞鶴で最初に出会って以来、何かと縁があった。どちらかと言えば大井は日向と違って性格も性急でキツい。彼には苦手なタイプだった。ところが彼女とは腐れ縁のように接する機会が多かった。

 一時期、二人が佐世保へ短期で異動した際にも、いろいろあったのだが。

 

「そうか」

 呟いた彼は副司令の机を見た。

 

『復活』について副司令が指示を出して青葉がまとめた資料がどこかにあったはずだ。それは確か『ブルネイ海戦と復活について』という感じの表題だったと思う。

 

それは決して表には公表されず『極秘扱』として元帥にだけ提出された。提出前に一度、控え資料には司令も目を通していたので覚えいていたのだ。

 

ただその資料は提出早々に副司令がどこかにしまい込んだ。その件について改めて彼女に聞いても、いつも上手くはぐらかされる。仕方なく青葉にも聞いてみたが彼女もまた、のらりくらりと逃げるのだった。

 

「なぜだ?」

以後、司令も『復活』については深く追求するのを止めた。復活は艦娘にとっても何か言い難い秘密でもあるのだろうか?

 

 彼は改めて自分の資料や本棚を確認してみた。だが当然、彼の知らない極秘資料が周辺にあるはずも無い。他の資料管理は副司令や大淀さんに全て任せているから分からないわけだ。

 

「やれやれ……」

 彼は椅子に深く腰かけて天井を仰いだ。

 

「復活って言ってもなあ……」

 その時、彼は自分が三途の川の入口のような『お花畑』に行ったことを思い出していた。最初は確かブルネイの初代五月雨だった。

 

 その後は……はっきり思い出せない。

 

 モヤモヤした彼は自席の端末で『復活』という項目で過去の軍部ログファイルを開いてみた。すると何件かヒットした中に別の項目を見つけた。

 

「あ……そういえば、あったな」

 復活現象については、その後も発生していたことを思い出した。それは美保鎮守府として初めて正式参加した軍令部本部主導の合同海戦だった。

 

「赤城2号だよ」

彼は思い出した。

 

 そこでもやはり祥高と、そして寛代が関係していた。寛代は祥高の姪……本部の技術長官『八雲(やくも)』の娘だ。

彼女も去年のブルネイ遠征の際、武蔵に締め上げられて……イロイロあったな。苦笑すると同時に彼には、また疑念が深まった。

 

 そもそも祥高型三姉妹は、三人とも謎が多すぎる。それでいて……彼は彼女たちと深い縁があった。とはいえ頭で考えるだけでは埒(らち)が明かない。

 

「もう一度、祥高さんと話し合うべきだよな」

彼は呟くのだった。その時、美保湾の遠方から飛行音が響いてきた。

 

「来たか?」

同時に通信が入る。これが秋津州の言っていた二式大艇だなと彼は思った。

 




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第73話:『黒幕』

中央から副大臣と副長官が戻ってくる。そして今回の騒動の整理が始まる。


「あいつの兄が、その医師?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第73話:『黒幕』

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 二式大艇独特のエンジン音が美保湾に響き渡っている。

司令は立ち上がると双眼鏡を片手に窓から美保湾の方角を覗き込んだ。

 

 向こうに見える大山上空の青空に二式大艇のシルエットが確認できた。

「来たか」

 

同時に機体からの通信が順次入って来る。その機体に副大臣と副長官が乗っていることを敵に覚(さと)られないため通信は全て暗号化されていた。

 

「解読か……大淀さんたちの仕事が少し増えるな」

司令は呟いた。

 

 数分後、傾いた陽の光を受けた大艇は美保湾に着水した。

 

司令は鎮守府に留められているオスプレイを振り返った。今は整備をしているようだ。その機体を始め装甲車や火器類など米軍関連の武器は日米極秘協定により燃料や弾薬類の消耗品は全て相手持ちとなっていた。

その代わり美保の電算システムやネットワーク機器は全て米国製に統一されそのデータは米軍と共有になっている。

 

「元帥が主導していなければ絶対に通らない協定だよな」

司令は改めて思うのだった。情報の共有なんて絶対に軍令部の他の連中はいい顔をしないだろう。

 

その時、内線が鳴る。

「どうした?」

「大淀です……大艇の機長からの要請で、沖合まで内火艇が出迎えに行く必要がありますが宜しいでしょうか?」

「着岸出来ないのか?」

 

司令の言葉に大淀さんも少し苦笑している雰囲気だった。

「はい。機は副大臣たちを降ろした後、直ぐに呉へ向かうそうです」

「そうか、忙しいな……分かった。準備の人選は任せるから出してくれ」

「了解しました。あと、もう一点」

「何だ?」

「鳥取県境から広島の庄原上空までオスプレイでの護衛を付けて欲しいと……これは米軍からの要請です。そこから先は呉から飛ばすと」

「そうか分かった。許可するから早苗と伊吹にも連絡を頼む」

「了解しました」

 

受話器を置いた司令は呟く。

「米軍絡みの特務か……副大臣以外に、要人か物資でも乗っているのか?」

 

 直ぐに館内が少し慌ただしくなる。窓から見るとオスプレイ離陸当番の艦娘たちが慌てて格納庫へ走っているのが見えた。

 

「やれやれ……」

呟いた司令はデスクを片つけると執務室の窓を閉めた。

 

「直接、副大臣様を出迎えてやるか」

彼はハンガーの制帽を被ると階下へ降りた。

 

廊下で美保の青葉が声をかけてくる。

「あれ? お出迎えですか」

 

見るとカメラを抱えてメモ帳も片手に携えている。さすが情報が早いな。

司令は彼女に言う。

「ああ。来るか?」

「はい、同行致します!」

青葉は敬礼した。

 

 二人で廊下を進みながら司令は聞く。

「ブルネイの青葉は別行動か?」

「はい」

 

彼女は笑う。

「彼女は多分、大艇の出迎えには顔を出すと思いますけど」

 

そう言いながらちょっと周りを気にして急に小声になる青葉。

「さっき加賀さんと金城提督が中庭のベンチで話していましたから……それを取材しているのではと思いますよ」

「何で声を潜めるんだ? お前」

「ええ。だって司令、青葉が思うに提督は加賀さんをブルネイへ引っ張るつもりですよ、きっと」

 

意外に淡々と言うので司令は思わず聞き返した。

「おいおいマジか? でもその取材、お前は同参しなくて良いのか」

 

彼の言葉に急にニヤついて舌を出す青葉。

「えへへ。でも加賀さんって多分ブルネイへは行きませんよね?」

「え? ……そりゃ、中央からは加賀は美保に着任という命令は出たからな。真面目な彼女は拒否すると思うが」

 

 司令の言葉に彼女は頷いた。

「そういうことですよ」

 

そしてメモ帳をしまってからカメラのストラップを少し伸ばして言う。

【挿絵表示】

 

「美保の青葉としては、もうちょっと鎮守府が落ち着いてから加賀さんにはジックリ取材させて貰おうと思ってますから。それで良いですよね? 司令。だから今日は良いんです」

 

「なるほどね」

青葉らしいなと彼は思った。

 

 二人は館外へ出た。

 

今は夏だから湿気と暑さでムッとする。彼らが埠頭へ向かうと警備担当の朝潮と曙が銃を下げたまま敬礼をした。

 埠頭には既に副司令の祥高と秋雲が居た。その他、数名の艦娘たちも出迎えようと待機していた。非番の艦娘たちが自然に出迎える体制は美保では恒例行事だ。

こういったコンパクトな鎮守府ならではのフレンドリーな雰囲気は他には無いだろうなと司令は改めて思うのだった。

 

 祥高は司令に敬礼をして言った。

「先ほど機長から挨拶もせずに申し訳ありませんと入電がありました」

 

「ああ、何となく聞いていた」

 司令の言葉に軽く頷いて応答する副司令。

 

「早苗たちも準備OKのようですね」

「ああ」

次の瞬間、本館の向こう側からオスプレイが上空へ浮上するのが見えた。

 

「やっぱ命令が出てからの即応性の速さはピカイチですねえ」

そう言いながらオスプレイにレンズを向ける青葉。

 

司令もそれに応える。

「オスプレイと二式大艇が同居するシーンが見られるのも、ここくらいだろうな」

「二式大艇は航続距離は長いですからねえ……この戦時下では燃料は貴重です」

青葉は唇に手を当てながら言う。おい、その仕草はドキドキするからやめて欲しい。

 

 オスプレイはゆっくりとローターを前方へ戻しながら盛んに二式大艇と交信をしている。出発のタイミングを合わせているようだ。

 

「早苗も伊吹もバイリンガルだから便利ですよね」

秋雲もオスプレイをサラサラスケッチしながら言う。

 

「そうね。日本語も英語も堪能だから今回みたいな護衛任務だと重宝よね」

これは祥高。

 

「司令も片言の英語は話せますよね?」

いつの間に来た大井が言う。

 

「ああ……だがあの子供達には負ける」

司令の言葉に微笑む大井。伊吹は彼女の娘だ。

 

 港湾部の防波堤から内火艇が見えたときエンジン音を響かせながら二式大艇が飛び立つのが見えた。直ぐにオスプレイが続いた。

 司令はふと、秋津州が見えないなと思った。

 

すると祥高が言う。

「申し遅れましたが司令。秋津州は機長の要請で最初の内火艇で簡単なメンテナンスを行っていました」

 

 なるほど、と司令は思った。

「では副大臣たちと一緒に戻るのか」

「そうですね。大艇の修理もさほど、大事にはならなかったようです」

 祥高は少し髪の毛を押さえながら答える。

 

『司令』

いきなり艦娘のハモった声で彼は驚く。振り返ると青葉と秋雲だった。

 

 なるほど二人が同時に声を出していたのか。お互いに苦笑しあっているが、まずは青葉から口を開いた。

「後で報告しますが……加賀さんと金城提督の修羅場……見ものでした」

 

言いながら彼女はニタニタしている。だからその顔はやめろって。

 司令は顔をしかめた。

「おいおい覗き見か? ちょっと悪趣味じゃないか」

 

「でも」

そう言いながら今度は秋雲がスケッチブックを広げている。

 

「鎮守府内って公の場所でしょ?」

彼女はページをペラペラとめくっている。

 

「だから……ホラ」

「ホラじゃないだろう」

そう言いながら司令は秋雲のスケッチブックを覗く。

 

 何となく予想は出来たが……そこには深刻な表情で俯(うつむ)いている加賀と優しい笑顔の金城提督が描かれていた。

「上手いな……」

 

つい小言ではなく褒め言葉が出てしまうくらい二人の特長をよく掴んでいた。外見だけではなく精神的なスケッチとでもいうのだろうか。

 

 相変わらずぶっ飛んだ感じの秋雲だが絵を描くだけあって観察眼は鋭い。元帥が彼女に白羽の矢を立てたのも分かる気がした。

 

秋雲は言う。

「航続距離って言えばさ、秋雲さんも脚は長いんだよ」

 

「そうだったな」

何となく思い出した。

 

 そんな取り止めの無い会話をしているうちに内火艇が接岸する。

 

艦娘たちが敬礼する中、副大臣と副長官が上がって来た。美保司令と副司令もまた敬礼をして出迎える。

その後から秋津州も上がってくる。少しオイルで汚れた顔をしていたが、その表情は清々しかった。

 

司令は副大臣に言った。

「中央に行ったり来たり、大変でしたね」

 

副大臣はニタニタしている。

「ああ、しかも本省では武器を使わないバトル勃発。楽しかったぞ」

 

彼は相変わらずだ。だがその傍らに居る副長官を見て司令は違和感を覚えた。

「……」

いつもなら速攻で副大臣に突っ込みを入れる彼女が珍しく大人しい。

 

 するとすかさず祥高が聞いた。

「どうしたの石見、中央で疲れた?」

 

さすが姉妹だなと司令は思った。

 

「……中で話すよ」

やはり、ちょっと元気が無い感じ。妙だなと思いつつ司令夫妻は顔を見合わせた。

 

 廊下で出会った大淀さんにお茶を頼んでから司令たちは執務室へ入る。

窓から見える大山が夕日で赤く染まり始めている。

 

「おお、大山が綺麗だなあ」

副大臣が感動している。何をするにも大げさな人だが確かに大山は綺麗だった。

そのままソファに座った面々も、しばらく大山を眺めていた。

 

 司令はふと思った。

ここにいる二人の艦娘には自然を堪能する感性は備わっているのだろうか?

副長官は固そうだから微妙だが自分の妻である祥高は感動しているように見えた。

 

「速報で流したが……」

 副大臣が切り出す。

 

「中央での『お家騒動』も、首謀者たる医師の首切りと、大佐の逮捕で幕引きになりそうだよ」

「大佐……そういう人間も居たな」

司令は思い出した。

「その医師は取引をしたから、お咎め無しか?」

 

その質問に副大臣は答える。

「そういうことだ。司法の連中を丸め込むのが大変だったんだぞ」

 

 その時、執務室の扉を誰かがノックした。

「はぁい」

 

司令が応えると一航戦の加賀が入ってきた。

「お呼びですか、司令」

 

さっきよりも彼女の表情が明るくなっていた。

司令は思った。赤城と散策をしたからだろうか? それとも金城提督と何か話をしたから?

 

だがそれは後回しだ。彼は聞いた。

「今回の陰謀の概略のことだ。ここにいる副大臣を始め当事者の君も含めて整理しつつ確認したいと思ってね」

 

「……」

加賀は黙っている。

 

司令は念を押すように言う。

「……大丈夫かな?」

 

直ぐに軽く頷いた加賀は言った。

「はい、問題ありません」

 

「よし、座ってくれ。軍法会議じゃないからさ。気楽に応対してくれ」

相変わらず副大臣が言うと軽くなる。

 

加賀は静かにソファに腰をかける。本当に赤城さんとは対照的だなと司令は思った。

【挿絵表示】

 

 

副大臣は説明した。

「ざくっと言えば君を復活させたあの医師の処遇のことだが」

 

その言葉に彼女は少し表情が変わる。

 

「今回の内乱も彼自身はさほど主導していない。それに彼の艦娘に関する知識を失うのは惜しい……ということで逮捕はせずに軍籍だけを剥奪ということで落ち着いた」

 

「……そうですか」

気のせいか加賀は少し安堵したような表情を見せた。それが感情を抑えた雰囲気で、なおさら人間臭く見えるから不思議だった。

 

「しかし彼も復活の研究をして、しかもそれが、ほぼ実用化していたのだろう? 海軍から追い出すのは危なくないか」

司令が問いかけると副大臣は応える。

 

「いや、これは元帥閣下にも相談した上だ」

 

更に副長官が口を開いた。

「そもそも海軍に属していなければ艦娘には近づくことは出来ぬ。安心しろ」

 

「それにアイツの弟の口ぞえもあってな。だからしばらくは自重するはずだ」

頭の後ろに腕を組んで副大臣が付け加えた。

 

「弟?」

司令が反応すると彼は指を立てて言った。

 

「舞鶴に居た作戦参謀だよ。去年だったかな、ここにも視察に来ただろう? ア・イ・ツ・だ」

「え?」

副大臣の言葉に驚く司令。

 

「あいつか……あの兄が、その医師?」

絶句する美保司令。

 

副大臣はニヤリとした。

「そうだ……もしアイツが美保司令と仲直りしていなかったら今回の件もどうなっていたかワカラナイな」

 

司令は苦笑した。

「良く調べているな」

 

「その……閣下は?」

祥高が口を開く。

 

これには妹の副長官が答える。

「本人はこれを機に引退するそうだ。ただ表舞台から消えるだけで……」

 

「そういうことだ」

何だか副大臣が言うと彼が黒幕のように見えてくるから複雑だと司令は思った。

 

「そうそう、三笠も引退するらしいよ」

『え?』

この言葉に、この場に居る三人の艦娘が反応した。

 

「お二人は、今後どうなさるのでしょうか?」

祥高が聞く。

 

副大臣が応える。

「オレもハッキリとは聞いていないが、あの狸のことだ。引退とは言えども実質は陰で指示するだろう? それに中央ではなくて、もしかしたら美保のそばに来るという噂もある。何しろここは諜報力だけはあるからなあ」

 

「だけ?」

司令は苦笑する。だが次の瞬間、爆弾発言が飛び出す。

 

「しかも祥高は閣下の孫だろ?」

「は?」

何だそれは……聞いてないぞと彼は思った。そもそも彼女は艦娘で……。

 

「あ、いや。これは忘れてくれ」

副大臣はニタニタしながら手を左右に振った。やっぱりコイツが一番怪しい。

思わず司令は祥高と石見を見たが……彼女達は互いに苦笑するばかりだった。

 

その時誰かが扉をノックした。

 




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第74話:『出雲長官』

中央から来た長官を交えて今回の陰謀の整理が始まる。その席上で司令は加賀の意外な心情の吐露を聞いて驚くのだった。


「命を狙ったのに……なぜ彼は私を受け入れようと」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

第74話:『出雲長官』

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 司令が返事をする間もなく、執務室の扉が開いた。

「おう、お茶ぁ持って来たぞ」

 

 そこには役人が着るタイプのベージュの作業服を着た女性……自分の腰を器用に使って執務室のドアを押し開けている。

 

それだけではない。その片手に茶碗を載せたお盆、そして反対の手にはポットを持っている。軽業師のような、あまりにも特長のある女性……

 

「長官?」

思わず声を出したのは美保司令だった。

 

 呼ばれた彼女は両手のお茶セットをテーブルに置きながら言った。

「久しぶりだな美保司令。私の現職名を記憶してくれて嬉しいぞ」

 

「まあ、夫婦でも良く話題に出ますから」

苦笑しながら、まるで弁解するように応える司令。副大臣と一緒の飛行機で来たのだろうけど、何処に隠れていたんだ?

 

祥高も言う。

「姉さん、来るなら言って下されば良かったのに」

 

「いやホントは来るつもりは無かったんだがな……ちょっと気になる艦娘が居るだろう?」

彼女の視線は加賀に向けられていた。

 

その加賀も長官こと出雲(いずも)とは初対面だ。不思議そうな顔をしている。

 

そんな彼女に司令は説明をする。

「この人は軍令部技術開発局の出雲長官……副司令の姉で寛代の母親だ」

 

それを聞いた加賀は立ち上がると敬礼をした。

「初めまして、一航戦の加賀です」

 

お茶を入れながら顔だけ加賀をチラッと見た出雲は言う。

「強制的に復活させられても、しっかり『一航戦』は出てくるんだな」

 

「……」

加賀は敬礼を解いたが黙っている。

 

 出雲は、お盆に乗せたお茶を配りながら言う。

「実はな、復活したお前を美保に着任させるように仕向けたのは私なのだ。小耳に挟んだがお前は金城提督からブルネイに来いと言われたようだが」

 

さすが長官、そういう情報は早い。

 

「……」

加賀は無言だったが、その表情から『でも、私は断りました』という想いが伝わってきた。

 

それを悟ったように出雲は言った。

「お前は、よほど彼に想われているんだな。まあ提督も提督だ。命を狙われた艦娘を迎え入れようなんて……それだけ彼も肝が据わってるんだな」

 

「……」

加賀は、なおも黙っていた。

 

 茶碗を置くと出雲は加賀を見据えた。

「お前がブルネイで沈んだことも、そしてそれを知った金城提督が恐らく、お前を誘うだろうことも全て想定済みだ。もちろん、お前が断ることもな」

 

 それを聞いた司令は出雲は、いつの間にそんな策士になったのだ? と思った。彼は、あのブルネイでの彼女の破廉恥な行動を思い出した。

 

 すると長官は美保司令を振り返りながら言った。

「私もブルネイで武蔵に絞められてから、ちょっとは成長したんだ」

 

「はあ」

その言葉に苦笑する司令。それは、かなり昔の話だったな。

 

 各自に、お茶を飲むよう勧めながら出雲は加賀に語りかける。

「赤城と違って沈着冷静なお前だ。だが提督に誘われて実は迷っただろう?」

 

「はい」

意外にもその問い掛けには直ぐに返事をした加賀。

 

 彼女は絞り出すようにポツポツと語りだす。

「正直、金城提督の記憶が私の中にあまり残っていないのですが彼にはとても強く意識されているという感覚が、ずっとありました。だから……彼の誘いは嬉しい反面、それはダメだと言う気持ちがぶつかって……とても胸が苦しくなりました」

 

表情は相変わらず固い。だがその瞳には深い感情が込められていた。

 

「私は彼の命を狙ったのに……なぜ彼は私を受け入れようとするの?」

彼女は淡々と言う。

 

 加賀のこの心情の吐露に美保司令は驚いた。同時にそれを聞いた彼は以前、美保の大井や青葉たちが様々な心情を通過して復活したことを連想していた。それもまた艦娘の成長に繋がるのだろうか。

 

 出雲は頷きながら言う。

「今は苦しいだろう加賀。だが耐えろ。復活とは誰もが簡単に出来るものではない。お前はワカラナイだろうが復活する艦娘には、それ相応の使命があるのだ」

 

 長官の言葉に頷く加賀。涙は流していないが、目は潤んでいるようだ。

 

「使命か……そうだよな」

ソファに深く腰かけながら副大臣は言う。

 

「そもそも艦娘の歴史上、最初に復活の道筋をつけたのは祥高だからな」

また意味深なことを言う副大臣だ。

 

 思わず祥高と元帥の関係を突っ込もうと思った司令だったが、それはまたの機会にした。今はまず加賀を中心とした陰謀の整理だ。

 

 改めて司令は聞いた。

「この場に金城提督を呼ばなくても良かったのでしょうか?」

 

すると副長官(石見)が口を開いた。

「空気を読め。さっきも長官が言っただろう。加賀と提督の微妙な関係を!」

 

「あ……」

司令はそこで悟った……というか自分の鈍さを恥ずかしくさえ思った。

 

 見れば加賀は少し顔を赤くして俯(うつむ)いている。艦娘と言えども少女なのだ。鈍感な司令以上に繊細だ。

 

だが副大臣は、お茶をすすりながら言う。

「まあ良いさ。その鈍(にぶ)さが司令の良いところだよ」

 

彼が言うと、やっぱり何か含みを感じてしまう。そもそも祥高のことすら、あまり良く知らないと司令は思うのだった。

 

 そこへ追い討ちをかけるように出雲も言う。

「そうだな。司令夫婦は二人揃ってボーっとしているから円満なのだろう」

 

『……』

思わず司令夫妻は顔を見合わせて苦笑した。それは言えているかも知れない。

 

「本題に入ろう。もともと海軍省内部には元帥閣下に反目する流れがあった。簡単に言えば左右と真ん中の三つに分けられるって処だな」

本当にざっくりと説明する副大臣。

 

司令はそんな彼を見て『この性格だから彼が事態を収拾出来たのだろう』と感心した。

 

「今回は、かなり用意周到に計画が練られていたようだ。実際、元帥閣下に従う者や鎮守府が集中して狙われた。美保やブルネイはその筆頭だな」

その説明に一同は頷いた。

 

「ただ今回のクーデターも政治家まで巻き込めなかったのは失敗だったな。オレも気付いたら首が飛びかけていたが、それは軍だけの話だった」

副大臣は軍籍もあるが基本は政治家だ。

 

 続けて石見が説明する。

「あの医師の艦娘に対する想いは……たとえそれが歪んでいたとしても一途なものを感じた。何しろ今回の騒ぎでも私たち艦娘については一切、異動がなかったからな」

 

「そういえば今回、私たちには何の命令も出て無かったわね」

思い出したように副司令は言った。

 

「だから……」

副長官は湯のみを持ったまま思い詰めたように言う。

 

「あの医師に対する私の憎しみも今回の処分と同時に水に流したんだ」

 

妹の決意した言葉に、姉の祥高が微笑む。

「あら? それは成長したわね」

 

司令も聞く。

「最初に埠頭で見たとき、元気が無いように見えたのはそれ?」

 

すると石見は急にムッとしたような表情に変わる。

「鈍感星人め! それとこれとは話が別だ」

 

「いや……」

いきなり怒られれてタジタジになる司令だった。

 

だが彼が聞きなおす前に彼女は叫ぶように言った。

「イロイロ考えてな、私も養子縁組をしたんだ!」

 

「え?」

驚く司令。だが見ると祥高も出雲も、しきりに頷いている。どうも姉妹達は石見の決断を既に知っていたようだ。

 

 話題が養子縁組に移った時点で既に宙に浮いたような加賀だったが、さすが一航戦の彼女は動じなかった。表情一つ変えずに、お茶をすすっている。その落ち着いた雰囲気は赤城にそっくりだなと司令は思った。

 

ハッとしたように司令は改めて問いかけた。

「養子って……誰の?」

 

直ぐに答えは分かった。

「オレだよ」

 




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第75話:『心境の変化』

養子縁組という話を聞いても上の空だった加賀は、赤城の件では動揺するのだった。そして金城提督の加賀に対する想いは……。


「娘? 赤城さんが」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第75話:『心境の変化』

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「オレも石見(いわみ)から養子縁組がしたいと言われて驚いたけど嬉しかったぜ」

ニタニタしている副大臣だったが表情が強(こわ)張っていた。心なしか緊張しているように見える。それは副長官の石見も同じだった。

 

とはいえ養子縁組それ自体は、この二人の関係を知る者にとって予定調和的とも言えた。

 

「それは、おめでとう」

美保司令は祝福した。その言葉が適切なのかどうか少々自信はなかったが。それを受けて二人は軽く会釈をした。

 

 見ると加賀はずっと黙っている、当然、周りが何の話をしているのか全く分かっていないようだ。

 

 美保司令はそんな彼女を見て説明した。

「養子というのは法律的に親子になることで……ま、簡単に言うと家族になることだな」

 

「家族?」

加賀は相変わらず無表情だ。

 

その様子を見ながら司令は続ける。

「この美保鎮守府では司令である私の夫婦を中心に艦娘たちが軒並み養子縁組をしている例が多いんだよ」

 

「そうですか」

 加賀は初めて理解したような、でもやっぱり分からないような複雑な表情をしている。もともとあまり感情の動きを見せない子なので分かり難いな。

 美保司令は、こういう子の扱いは副司令などに任せないとダメだなと改めて思うのだった。

 

 すると出雲が腕を組んで加賀に言う。

「安心しろ。別に強制でも何でもない。ま、ちなみにだが赤城は既に司令の娘になっている」

 

「娘? 赤城さんが」

やはり加賀は『赤城』というキーワードに弱い。ただ出雲も、この場で敢えてそれを言うかなあ? と司令は思うのだった。

 

案の定、加賀は急にソワソワし始めたようだ。すると今度は副大臣が加賀を向いて言った。

「まだ君にはイロイロ聞きたいことがあるが今日はもう良いよ、ありがとう」

 

 それを受けて彼女は「かしこまりました」と言うと立ち上がって数歩下がって敬礼をした。

「加賀、退室致します」

 

「ああ」

司令もちょっと不意をつかれたように敬礼をした。

 

 加賀が部屋から出た後、石見が呟くように言う。

「アイツもそのうち絶対に、お前たちの娘になるのだろうな」

 

「え……まあ、その可能性は高いかな?」

司令が頭をかきながら応えると石見がひと言。

 

「バカ者」

だが、その口調は優しかった。

 

「しかし石見よ、今回はどういう心境の変化だ?」

出雲がニタニタしながら言う。そりゃそうだ。副大臣と副長官はいつも廊下でバトルしていると言うイメージしかないから。

 

石見は応える。

「そうだな、艦娘は歳は取らないが人間は違う。そういったことも含めての『縁』という奴かな?」

 

「……」

副大臣も腕を組んで黙っている。

 

「縁か」

司令も呟くように言った。

 

すると祥高も言う。

「でも何か安心するわね。ここに居る皆は、もう家族なのよ」

 

副司令のその言葉に司令はハッとした。思わず正面にいる副大臣を見ると彼はニタニタ笑っていた。

「そうだな。いつの間にか美保司令とオレは義兄弟になったってことか」

ちょっと、ややこしいが。確かにそうだと司令も思った。

 

「ってことは美保の艦娘たちは皆オレの姪っ子ってことか?」

そこまで言いかけた彼は突然、叫んだ。

 

「痛ってぇ!」

横に居た副長官がつねったらしい。

 

「何だよ! ホントのことだろう?」

キッとした表情で石見を睨む副大臣。

 

しかし彼女はすまし顔。

「お前が言うと妙に、いやらしく聞こえる」

 

二人のやり取りを見た周りの姉妹と司令は逆にホッとするのだった。

 

「まあ痴話喧嘩はコノくらいにしておいてだな」

副大臣は、でん部をさすりながら急に真面目な顔になる。

 

「さっき呉に飛ぶ大艇にオスプレイを護衛に付けさせただろう?」

「はい」

「加賀を退出させたのも、その話をするためだ。実は今回の騒動で一番、神経を使ったのが彼だった」

「彼?」

司令はきょとんとしている。

 

副大臣は改めて周りを見る。

「この部屋、盗聴器とか大丈夫だよな?」

「はい。通信機器を入れ替える際に米軍担当者がチェッカーを入れますから」

 

祥高の言葉に頷く彼。

「あの大艇にはな、ブルネイの王室関係者が乗っていたんだ」

「え?」

 驚く司令。

 

 今度は石見が補足する。

「お前も知っていると思うがブルネイは現地の王室との関係も良好だ。特に金城提督はパイプも太い。そういう縁で帝国海軍とブルネイ海軍はしばしば互いに交流をしているんだ」

 

「へえ」

それは初めて聞いたと司令は思った。

 

今度は出雲が言う。

「この騒ぎの最中に、たまたまブルネイの皇太子が、お忍びで来日していたんだ。まったく肝を冷やしたよ。慌てて木更津に避難して頂いて、そこから大艇を急きょ飛ばした。念のため艦娘である私たちも護衛を兼ねて大艇に同乗した……という次第だ」

 

そして副大臣が苦笑しながら言う。

「ここに飛んでくる間もなぁ……各地の海軍航空隊や米軍の協力も仰いで、まさに護送船団だよ。何せ今の他の機体は脚が短いからな。その調整も面倒だった」

 

出雲は腕を組んで微笑む。

「だが、まだ若い皇太子は日本語も堪能で意外とこの状況を『危機管理の貴重な体験です』と喜んで居られた。あれは良い指導者になるぞ」

 

司令は聞いた。

「そのことは金城提督は知らないのかな?」

 

「知らないだろう。もっとも彼が希望すれば呉から皇太子と一緒にブルネイへ戻っても良いと考えている……確か彼にはブルネイの艦娘も同行していたよな?」

 

出雲の問い掛けに祥高が答える。

「そうですね。その件は提督には後で確認しましょうか」

 

一同は頷いた。

 

 続けて副大臣が切り出す。

「あと『あけぼの(曙)』の演習航海スケジュールについてだが今回のゴタゴタのために、ちょっと遅れると思う」

 

 いきなりの話題の飛躍である。ただ司令も、その案件は既に知っていたので軽く頷いた。

 

改めて司令は問いかける。

「『あけぼの』は山陰方面では貴重な抑止力です。あれがいなくなった後、この地域の防衛は大丈夫でしょうか?」

 

副大臣が続ける。

「一応、舞鶴や呉に打診して『あけぼの』がここを空けている間は空母か潜水艦の艦娘を廻して貰うように言ってあるが」

 

すると出雲が口を挟んだ。

「ああ、その件はな、ホラ例の医師だよ。アイツが……艦娘のレシピ情報を持っていただろ?」

 

 副大臣と副長官が彼女のほうを向いて何か思い出したような顔をした。

「そうか、その手もあったな」

 

「何の話ですか?」

司令夫妻は、まだよく分かっていない。

 

出雲が言った。

「聞いていないか? 美保に空母の艦娘を入れるために意図的に建造をする。そのレシピをあの医師が持っているんだよ。司法取引って奴だな」

 

「あ……」

思い出した。ただ司令も、まさかこんなに早く空母建造の話が来るとは思っていなかったのだ。

 

彼女は続ける。

「美保の弱さは今は米軍の火力で補足されているが海軍としては自力での防衛力も不可欠だろう。美保自体のキャパはあるとしても可能な限り打撃力……特に正規空母はもっと入れるべきだな」

 

「確かに」

司令は腕を組んで頷く。

 

出雲はメモ帳を取り出して言った。

「私の方から舞鶴の建造ドックを借りるよう依頼はしてあるから、いつでもスタートできる。まあ艦娘だから数人増えるくらいは問題ない。美保はいつでも受け入れ可能だろう?」

 

「はい」

祥高も応える。

 

「決まりだな」

手帳を閉じた出雲は言った。

 

「しかし、いい加減、美保もドックを設営したらどうか?」

「いやあ」

司令は頭をかいた。

 

出雲は微笑む。

「それが、お前の優しさか……まあ良い」

 

「そういえば」

彼は思い出した。

 

「今回の騒動ではブルネイはどうだったのですか?」

「そうそう、それだよ! マジで大変だったんだぜぇ」

副大臣は膝を打った。

 

「金城提督が更迭されたと言う情報がブルネイの現地にも直ぐに伝えられたんだが……現地でもいち早くクーデター派の陸軍が動き出してブルネイの泊地を封鎖しようとしたんだ」

 

「それはチラッと聞きましたね」

司令が言うと今度は石見が言う。

 

「艦娘のネットワークというか、いち早く双方の青葉や大淀さんを通してブルネイの王室にも話が伝わったんだ。それからが騒動だったよ」

 

「どうなったの?」

祥高が聞く。

 

副大臣が応える。

「ブルネイ政府から、わが国の政府に……まあ臨時政府みたいな状態だったけど。突然、外交ルートを通じて通告してきたんだ」

「何て?」

 

彼はニタニタした。

「『金城提督の更迭を撤回しなければ、わが国への石油資源への禁輸措置を取る』とさ」

 

「えぇ? ああ、そういうことか」

一瞬、驚いた司令も直ぐに納得が行った。

 

祥高も頷く。

「それは凄い。現地では帝国海軍が信頼されているのですね」

 

「まあ、そういうことだな。オレもさすがに外野ながらビックリしたよ。金城提督も、ああ見えて、しっかり現地のコネクションを構築していたんだな。さすがだね……ま、これでクーデター臨時政府は右往左往だよ。あれは実に見物(みもの)だったな」

腕を組んだ副大臣は何度も頷く。

 

「いくらクーデターを起こそうがフネや戦車を動かす燃料を押さえられたら結局、何も出来ない。これで臨時政府は真っ二つに割れてね。そこでオレの出番さ」

 ……ああ、彼らしいなと司令は苦笑した。

 

「もちろん石見や羽黒がしっかり身辺警護してくれていたからオレだって堂々と国会議事堂の前で演説出来たんだ。実際、六本木辺りは緊迫していたんだぜ」

 

「なるほど」

金城提督に負けじと劣らず、コイツの肝っ玉の太さもなかなかのものだなと司令は思うのだった。

 

「お前、絶対に将来首相を狙っているだろう?」

石見が毒づく。

 

「もし、そうなれば艦娘の未来も明るいだろう」

出雲が笑うと同時に執務室内は和やかな雰囲気になった。

 

「もっとも留守を守っていたブルネイの大淀も大したものだぞ。その気になれば艦娘だけでも十分、反撃は出来たはずだが、提督不在の間は下手なことは出来ないからと一切反撃をしなかった。結果的にブルネイ政府も動くことが出来た」

出雲が褒める。

【挿絵表示】

 

石見が続ける。

「確かに……もし泊地の艦娘が下手に動いていたらブルネイ側も日本政府への圧力は、かけ辛くなってただろうな」

 

「なるほど」

そこまで考えが回らなかった美保司令は感心した。まさかブルネイが日本政府に圧力をかけるところまで読んでいたのかは分からない。ただ美保の大淀さんも、そこまで機転が利くだろうか?

 

司令の思いを悟ったように副大臣が言う。

「大丈夫だよ。美保の大淀さんだって十分魅力的……痛ぁ!」

 

彼は再び石見に、つねられていた。親子になったら、なおさら遠慮が無くなったようにも感じられた。

 

痴話喧嘩をする二人を無視して出雲が言う。

「『あけぼの』の演習航海に関しては直ぐに軍令部から計画書を再送させる。基本的には、それに従ってくれ」

 

「ハッ」

敬礼する司令。

 

「今回は海外の武官や艦娘も同行してハワイへ向かう。だから呉や神戸、横須賀などへ寄港して貰うかもしれない。いま海外武官達と調整中だが……本当はここから全員、乗る予定だったのだがな」

副大臣を懲らしめながら石見が言う。器用だな。

 

ようやく落ち着いた副大臣が苦虫を潰したような表情で言った。

「今回、金城提督はどうする?」

 

出雲は腕を組んだ。

「彼が希望すれば演習に同行してもらっても良いが、長期になるからな。恐らく彼は断ると思う」

 

「そうですね。今回の美保訪問だけでもかなり時間を費やしましたから」

司令が言うと、石見も頷く。

 

「ちょっと今回は騒動が多すぎた。加賀の件もあるし落ち着けば、また改めてブルネイと交流する機会も持てるだろう」

彼女の言葉に全員が頷いた。

 

「良いなあ、ハワイか。オレも同行しようかな……あ痛っ!」

やはり石見に小突かれた。再び妙に和む執務室だった。

 

 気がつけば、すっかり日も暮れていた。そこで会議は解散した。

 

三日月の出た美保湾を望む埠頭のベンチには金城提督と加賀が座っていた。

【挿絵表示】

 

彼女は言った。

「提督が嘆願して下さったお陰で私も無事に美保への着任が決まりました」

 

「ああ、聞いている……良かったな」

彼はタバコを吸った。

 

そんな彼の姿を見詰めながら加賀は言った。

「何となくですが……タバコを吸う貴方の面影をボンヤリと思い出します」

 

「そうか」

はあっと煙を吐いた彼は月明かりに照らされた美保湾を見ながら言う。

 

「お前のことだ。今さら俺が何と言っても美保への着任の決意は変わらないよな?」

提督は彼女の方へ顔を向けた。

 

月明かりで青白く照らされた加賀の顔は、とてもスッキリしているように感じられた。

「はい」

 

夜風が静かに彼女のショートヘアをなびかせた。そして申し訳無さそうに答える彼女に彼は微笑んだ。

「良いよ。そういう一途なところは、お前らしい」

 

提督は再び夜の海を見た。

「オレも明日、呉経由でブルネイへ戻る。ホントはもう少し留まりたい気持ちもあったが、さすがに騒動の後だ。あっちも早く戻って収拾せにゃならん」

 

「済みません」

加賀が謝罪すると彼は首をかしげた。

 

「別に謝ることはない。俺にとっちゃ、お前が復活してくれただけでも十分だ。まぁ一緒にブルネイへ戻れなかったのは残念だがな」

微笑む提督。

 

「……」

彼女は黙っていた。何となく……泣いているのだろうか?

 

 遠くに歩哨の艦娘が居たが提督と加賀に気遣っているのだろう。一定の距離を保って近づいて来ない。もちろん珍しく青葉たちもやって来ない。

 

「さて明日も早い。俺は休むよ」

彼はタバコを消すと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……提督」

加賀は澄んだ瞳で呟くように言う。

 

「どうした?」

提督に続いて立ち上がった彼女は、彼にソット抱きついた。

 

「ゴメンなさい……一緒に行けなくて」

彼もまた優しく加賀を抱きしめた。やや小柄な彼女だが確かに実体としてそこにある。それは彼にとって何とも言えない喜びだった。

 

彼女の体の温もりを感じながら彼は言った。

「なぁに、別に移管しなくても良いさ。生きていれば……また会ってくれるな?」

 

彼の言葉に彼女は、ゆっくりと頷いた。

「必ずブルネイへ参ります」

 

「はは、無理しなくて良いぜ。俺がこっちへ来ても良いんだから」

提督は応える。彼の太い腕に包まれながら彼女も微笑んでいた。

 

(ああ……絵になるなあ)

本館の陰から薄暗い中で秋雲がスケッチをしていた。彼女は夜目が利くようだ。

 

 そこから数十メートル離れた倉庫の陰ではガタガタと音をたてながら蠢(うごめ)く数名の人影があった。

今にも飛び出そうとしていたブルネイの金剛と、それを必死に押さえている双方の青葉そして川内に比叡だった。

(だから……ダメですって!)

(そうですよ、青葉たちだって遠慮しているんですから!)

(ムキー!)

 

そこへ美保の金剛がやって来た。彼女は髪を軽くかき上げながら言った。

「気持ちは分かるけどね。この場はさぁ加賀さんの気持ちも考えなよ」

 

「ブー」

膨れっ面の金剛だったが、さすがに同じ金剛から言われれば彼女も観念する気になったようだ。

 

 美保の金剛は微笑みながら腕を組んで言った。

「金城提督はサぁ、いろんな艦娘に慕われてるンだよ。ワンダフォーだね」

 

「……そりゃまぁ、そうだネ。ワタシのdarlingなんだから!」

 急に胸を張る金剛に周りの艦娘たちも苦笑していた。

 

「ご馳走様」

「やれやれ、ですね」

「寝よ、寝よ」

 美保の長い一日は、こうしてドタバタしながら過ぎようとしていた。

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
(ごません様とのコラボ企画作品)
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サイトも遅々と整備中~(^_^;)
http://www13.plala.or.jp/shosen/
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PS:「みほ10」とは
「美保鎮守府:第拾部」の略称です。


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第76話:『助け舟』

視察メンバーを送り返す算段で躓く美保司令。だが助け舟は意外な方向からやってきた。


「Yes、ワタシが金剛デス」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第76話:『助け舟』

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 翌朝も晴れていた。

山陰の夏は気温は高いが天候は安定している。大山は水色のシルエットを美保湾に浮かべていた。

【挿絵表示】

 

 

そんな夏の海を臨む美保鎮守府の食堂では所属する艦娘たちが交替で食事を食べていた。

 

 島風は同じテーブルの朝潮に呟くように聞いた。

「ねえねえ、ブルネイの人たちってさ、もう帰るのかなあ?」

 

 朝潮はサラダをつつきながら応える。

「確か今日には戻る予定だったと聞いているけど」

 

島風はベーコンの切れ端を連装砲ちゃんたちに分けながら続ける。

「どうやって?」

 

「え?」

突然振られて困惑する朝潮。

 

連装砲ちゃんたちから顔を上げた島風は気だるそうに髪をかき上げながら言う。

「だからさ、ブルネイって遠いんでしょ? 基本、飛行機かな?」

「さあ……」

 

 そこに夜勤明けの大淀(1号)がトレーを持って通りかかる。すかさず島風は手を上げる。

「ねえねぇ、しつもーん! 大淀さん、質問」

 

 島風の細い腕に行く手を遮られて少々困惑する大淀。それでも彼女のこういった行動は別に珍しいことではない。立ち止まった大淀は微笑みながら応える。

 

「どうかしましたか?」

 オトナの余裕である。

 

「ねえねえ、あの人達って、どうやって帰るの? 飛行機?」

島風の視線の先にはゲスト優先席に座るブルネイメンバーの姿があった。

 

彼女が何を言わんとするか直ぐに察した大淀は応える。

「一旦、呉へ行って、そこから南へ飛ぶ予定よ」

 

「ふーん」

長い髪を指先でいじりながら島風は一旦は納得したように見えた。

 

「良いかしら?」

大淀がカウンターへ向かおうとしたときだった。

島風が自分の椅子を後ろに傾けて反り返った姿勢のまま逆さの顔を大淀に向けた。彼女の長い髪が柳のように垂れ下がる。

「やっぱ、オスプレイで?」

 

「え? ええ……多分」

大淀は苦笑した。島風は相変わらず奇天烈な行動が多いけど……頭の切れる子ね、と彼女は思うのだった。

【挿絵表示】

 

 

そのブルネイのメンバー達は金城提督を中心に朝食を取っていた。金剛は彼にピッタリ寄り添っている。昨夜は提督が心配であまり眠れなかったのだ。もっとも本人はケロッとして爆睡していたのだが。

 

青葉が確認するように聞く。

「提督、体はもう大丈夫ですか?」

 

「ああ、何とも無いぜ。この通り」

彼はそう言いながらファイティングポーズのような格好をする。

 

だが川内は言った。

「たまたま私の解毒薬がマッチしていたから良かったけど……後遺症が残らないか、ちょっと心配だな」

 

その言葉に彼は微笑む。

「まあな。ただ、あいつも手心を加えたんだろ? だから大丈夫だよ」

【挿絵表示】

 

彼はハッキリとは言わないが、その言葉の端々には加賀への想い(信頼)を感じ取ってしまう金剛だった。だからついつい敏感に反応したくなる。それを必死に抑えていた。

 

「はあ……」

我慢の反動で思わず、ため息がこぼれる。

 

すると提督は彼女を見た。

「何だ? 珍しいなお前、ため息だなんて」

 

金剛は少し膨れる。

「乙女心も知らないで」

 

「はあ?」

不思議そうな表情の提督。無理も無い。デフォルトの金剛とは違う反応だから。

 

 実は昨日、彼女は美保の金剛にイロイロと諭されたのだ。確か彼女、美保司令とケッコンしてないはずだ。それなのにケッコンしている自分が諭されるなんて。ちょっと複雑だ。

 

「ケッコンしたらdarlingと、もっと近くなれるかと思ったけど……私も足りないネ」

輝き始めた美保湾を見詰めながら呟くように言う金剛。その表情に困惑しつつも、ちょっと新しい魅力を感じる提督だった。

 

 2階の執務室。窓は開け放ってある。朝はまだ気温も低く清々しい風が通る。駆逐艦娘が持ってきた朝食を取る副大臣と美保司令、それに祥高型三姉妹たち。

 

 サンドイッチを手に副大臣が言う。

「しかし祥高型が一堂に会するなんて珍しいよな」

 

その言葉に頷く姉妹たち。

「そういえば珍しいわね」

「うん」

 

「これで、ここに寛代と早苗が居たら完璧だな」

意外と気の利いたことを言う副大臣。

 

 出雲長官が口を開く。

「その早苗は今、オスプレイの準備をしているのか?」

 

司令は答える。

「はい。早苗と伊吹で機体の整備をしています」

 

するとメガネを軽く持ち上げながら石見(いわみ)副長官が確認するように言う。

「それで米軍にも確認は取っているのか?」

「はい」

 

 実際のところ美保司令は軽い気持ちでオスプレイを出せば済むと思っていた。それでも念のため米軍には打診して置いたのだ。

「あっちの司令部は24時間体制ですからね。それでも即答は難しいかな? と思いますが」

 

その時、誰かがドアをノックする。

「どうぞ」

 

司令が応えると静かにドアが開く。のっそりと顔を出したのは……

 

「おお、寛代姫!」

しかし彼女は副大臣の軽薄な呼びかけには動じない。通信文をプリントアウトした紙を無言で司令に差し出す。

 

「ありがとう」

彼は礼を言って受け取る。

 

「姫は相変わらず釣れまチェンねえ……」

幼児口調で訳の分からないことを言いながら司令の手にした文書を横から覗く副大臣。

 

英文でタイプされた文面の下に、ざっくりとした和訳が鉛筆で書き付けてある。

「へえ……この翻訳は霞か?」

 

 彼が寛代を見ると彼女は無言で軽く頷く。その反応を見て副大臣は少し安心した表情を見せた。それは完全に嫌われている訳でもない証でもあったから。石見が思わず苦笑している。

 

だが直ぐに司令が叫ぶ。

「あ、予定が狂った!」

 

「は?」

その反応に驚く出雲。

 

彼は続ける。

「『オスプレイの使用(私用)は認めない』と……米軍からしっかりと拒否されました」

 

「なるほど……やはり」

石見は腕を組む。

 

「ちなみに副大臣様、通信文を読まれても、あまり驚かれないようですね」

上の空の彼を見て石見が嫌味っぽく言う。

 

「あ? いや、その……」

彼は頭をかく。実は彼は文書を読んでいない。寛代姫の方が気になって居たのだ。

 

 そんな彼らのやり取りを確認した寛代は少し微笑むと軽く敬礼をして退出した。

 

「おい彼女、絶対に微笑んでいたよな?」

副大臣は、なおも引っ張る。

 

「はあ」

返答に困る司令。

 

「バカも3日で慣れるな」

石見が毒づく。

 

「バカ?」

副大臣は、今朝はさっきからピントがズレている。ひょっとして低血圧か?

 

「やはり米軍機は勝手に使えませんね」

バカの相手をすることなく祥高は副司令としての真っ当な反応を見せる。

 

「そうだね、オスプレイも艦娘と同じ感覚ではダメだね」

苦笑する司令。

 

すると石見が腕を組んで言う、

「仕方ないだろう。アレはあくまでも『貸与』されているだけだ。燃料も相手持ちだ。米軍が駄目と言えばそれまでだな」

 

出雲も加わる。

「これが作戦行動ならイザ知らず……軍令部の人間が呉へ行くと言うだけでは、さすがに許可は下りないよな。まあ昨日の護衛任務は特例だ」

 

ようやく軌道修正が出来たのか副大臣も腕を組み直して言う。

「まあ俺らは何とでもなるとして……その金城提督たちはどうするんだ?」

 

「うーん」

美保司令も腕を組んで考え込む。

 

 司令と副大臣が二人揃って腕を組む光景……背丈は若干違うがこの二人、実は似ているのではないか? 義兄弟になって、なおさら近く感じる。祥高姉妹たちは顔を見合わせながら何気なくそう思うのだった。

 

 姉妹達の想いをよそに美保司令が口を開く。

「他の方法って言うと、列車か軍用車ですか?」

 

「うん、さすがにそれは、ちょっとキツイよな」

副大臣も頭をかく。

 

すると祥高が言う。

「ブルネイの人達は確か下で朝食を取っているはずです。直接、確認を取って相談した方が早いですね」

 

司令も頷くと顔を上げて言った。

「では私と副司令で直ぐに確認をしましょう。この場は私たち一旦、中座しますが宜しいですか?」

 

「ああ、ここの司令はお前だ。任せるよ」

出雲はコーヒーを手にして答えた。

 

司令夫妻は揃って立ち上がると敬礼をして退室する。

 

 彼らは、そのまま階下に降りて一階の食堂に入った。直ぐに窓際の席にブルネイのメンバーが見えた。

すると島風がヘンな敬礼をしながら反応した。

「あ、陰気な司令、登場ぉ!」

 

その言葉にブルネイメンバーだけでなく食堂の全員が注目する。

 

「ちょ、ちょっと!」

島風の発言に慌てる朝潮。連装砲ちゃんたちも同様で右往左往する。

 

 だが司令は苦笑しながら片手を上げると他の艦娘たちの敬礼に応えた。実は彼は内心、島風の観察眼の鋭さに感心していた。彼が悩んで眉間にしわを寄せていたのは確かだろう。

 

 近づいて来る美保司令を見ながら金城提督は島風の言葉に同調して半分おどけるように問いかけた。

「どうした? 何か事件勃発か」

 

「え? どんな事件ですか?」

金城提督の後ろからブルネイの青葉が目を輝かせている。

 

美保司令は苦笑した。

「いえ、皆さんを呉まで送る手段の計画が狂ってしまって」

 

「ああ、その件か」

提督は直ぐに事情を察した。

 

「別に悩むことは無いさ。いざとなりゃ、列車でも何でも……それこそトラックでも俺はオッケーだぜ」

彼がそこまで言ったとき後ろでは金剛と川内が必死に首を振ってブロックサインを出している。

 

ああ、彼女たちはトラック移送の経験があるんだなと司令は思った。

「まあ……それは最悪の手段として」

 

苦笑する司令の隣に立っていた祥高が補足するように言った。

「済みません、ちょっと仕切りなおしで……イロイロと検討します」

 

彼女を見ながら提督は笑った。

「なに、本来は軍令部が手配することだろ? 今回の騒ぎで中央も混乱しているんだからさ、仕方ないよ」

 

「ホントに済みません」

祥高は頭を下げた。

 

 その時、寛代が近寄ってきて司令の袖を引っ張る。

「何だ?」

 

彼が少し屈(かが)んで彼女の顔に耳を近づけるとボソボソと報告した。

 

「あ? 舞鶴から艦娘が来るって?」

司令が一瞬考え込むと直ぐに大淀(2号)がFAXを持ってやって来た。

 

「司令、舞鶴からこれが……」

彼がFAXを受け取ると祥高も、その内容を覗き込んだ。

 

「あ……舞鶴の艦娘が早くも着任でしょうか?」

「そのようだね」

司令も目を丸くしている。

 

その時、食事を終えて食堂から出ようとしていた島風が再び言った。

「大臣御一行様、ご到着です!」

 

「ちょっと……」

あっけらかんとしている島風と、その隣で勝手に真っ赤になっている朝潮。

 

「おう、島風ちゃんに朝潮ちゃん!」

そう言いながら副大臣は島風とハイタッチをしている。軽すぎるぞ。

 

「新しい動きがあったようだな?」

軽くても副大臣だ。情報を嗅ぎ付ける能力は極めて高い。

 

 彼らが司令夫妻に近づくとブルネイのメンバー達も立ち上がって敬礼をした。副大臣は軽く手を挙げ出雲と石見は敬礼をした。

 

 敬礼を直ると先ずは出雲が祥高からFAXを受け取って内容を確認する。

「えっと舞鶴から着任予定が……飛龍に蒼龍、翔鶴と赤城って、おいおい、こりゃまた豪華だな?」

 

直ぐに副大臣がニヤつく。

「あれぇ? 舞鶴の建造って正規空母って二人って話じゃなかったかな?」

 

「……」

司令も驚いたが何となく舞鶴の旧知の作戦参謀が口を利いたのではないか? とも思った。

 

すると金城提督も笑いながら言う。

「ほほう、どれもウチに居る子だが……空母の意図的な建造? そんな技術があるなんてスゲェな。そのレシピは情報公開できないのか?」

 

すると出雲は意味ありげに笑う。

「それは無理だろう。レシピ情報は彼(医師)の命綱、司法取引だからな。察してやれ」

 

思い出したように石見が言う。

「あの医師は今、舞鶴に居るわけか?」

 

出雲も腕を組んで言う。

「多分な……まあ、あまり詮索するな」

 

続けて副大臣。

「あそこは田舎だぞ。鎮守府も駅から遠くて便利が悪くてな。ま、だからこそ良いともいえる」

 

 そのとき寛代が何かを受電して大淀に報告している。

同じ内容を副司令も受けたらしく司令に伝える。

「司令、舞鶴から建造した艦娘は、取り急ぎ二式大艇で送りたいが宜しいか? と打診が着ています」

 

 それを聞いた一堂は、表情が明るくなる。

 

まずは副大臣が口を開く。

「おい、それは願ったり適ったり! 渡りにフネだなっ。ここで艦娘たちを降ろした脚で呉へ飛べないかな?」

 

石見と出雲も頷く。

「そうだな、すぐに軍令部に調整を依頼してみよう」

 

緊張していた美保司令はホッとした表情になる。

「祥高さん、OKで返してくれ。詳細は軍令部から指示を仰ぐようにと」

 

「かしこまりました」

敬礼をする副司令。

 

「しかし舞鶴も大盤振る舞いだなァ、どうする? 受け入れは大丈夫か美保は」

ニタニタしながら副大臣は言う。

 

「そうですね、予想外の規模ですが頑張ります」

司令が答えると金城提督も言う。

 

「手に負えなくなったら、いつでもブルネイで分担してやるぜ」

 

すると、すかさず金剛が叫ぶ。

「darling!」

 

「あン?」

……ブルネイの金剛は、これ以上ライバルが増えるのは嫌なのかも知れない。

 

出雲は言う。

「正規空母は艦娘の中でも花形だからな。量産型といえどもプライドは高い。美保よ、心しておけ」

 

珍しく名前で呼ばれた彼は敬礼をした。

「ハッ」

 

「まあ、お前は慣れているだろうけどな」

石見が祥高に言うと彼女は苦笑する。

 

「そんなこと無いわよ」

 

司令は大淀を振り返る。

「舞鶴からの便は、いつごろ着(ちゃく)かな?」

 

「天候にもよりますが午後一番には……とのことです」

それを聞いた一同は顔を見合わせて少し驚いた。

 

やはり副大臣が先に発言をする。

「おいおい舞鶴は神対応だな? あそこはブラックじゃ……」

 

言いかけて口をつぐんだ彼。恐らく美保司令がかつて、そこに所属していたことを思い出したのだろう。

 

 ちなみに日本海側では舞鶴と佐世保は近年、ブラック鎮守府で通っていた。

 

出雲が補足するように言う。

「どうしても苦戦しがちな鎮守府がブラック呼ばわりされるのは仕方が無い。佐世保だって深海棲艦だけでなくシナや北方共和国の影響を受けるからな」

 

それを受けて石見も口を開く。

「だがこれを機に舞鶴も変わっていくかも知れないな」

 

そこへ秋津州が入ってくる。

「ねえねえ大艇ちゃんが来るかも……って聞いたんだけど!」

 

司令は苦笑した。この子の二式大艇好きは半端ではないな。そこで大淀から簡単な予定を聞いてメモをしている彼女。

 

「この調子で行けば、俺たちも今日でお別れか」

金城提督が言うと場はしんみりした。

 

「いろいろあったが楽しかったぜ」

そう言いながら彼は美保司令に腕を差し出す。

 

美保司令も手を出して二人は固い握手をした。

「しばらくはお互い、忙(せわ)しいだろうが、またブルネイにも顔を出してくれ。歓迎するぜ」

 

握手を解いた提督の言葉に美保司令も頷く。

「そうですね。可能なら曙……うちの原潜で向かいますよ」

 

その言葉に提督は思い出したような顔をして目を丸くした。

「あ、そうか! すっかり忘れていたがな。それがジジイの答えか」

 

彼の言葉に司令も笑った。

「はい。これも日米共同運用ですが、建造費は全額を帝国海軍が出していますからオスプレイよりは自由が利きます」

 

「自由か……いい響きだな」

提督はしみじみと言った。

 

「その原潜も見たかったな……今度ぜひブルネイへ立ち寄ってくれ」

「はい」

 

そこへ赤城と加賀がやってきた。

 

金城提督と加賀は同時に叫ぶ。

「お!」

「あ……」

 

 この二人も不思議な関係だ。だが美保鎮守府には前例があるから、その場に居る誰もが別に違和感は感じなかった。むしろブルネイの艦娘たちの方が不思議に思うだろう。

 

 案の定、ブルネイの金剛は一瞬緊張した様子だった。

だが加賀は微笑むと金剛に近づいて手を差し出す。

「初めまして金剛さん……いえ、奥様と言うべきかしら?」

【挿絵表示】

 

ああ、この人がdarlingの……複雑な想いが交差した金剛だったが直ぐに彼女も手を差し出した。

「Yes、ワタシが金剛デス」

 




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※これは「艦これ」の二次創作です。
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第77話:『対立の構造』

副大臣から世界の対立構造を聞く二人の指揮官。そこには様々な思惑が交差していた。


「それが有ったからこそ、美保に残る決意を」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第77話:『対立の構造』

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 副大臣が美保司令と金城提督を呼ぶ。

「これは元帥の名代として話すことを留意してくれ」

 

金城提督は彼の発した『元帥』と言う言葉で思い出した。

「そうだ……ジイさんの俺への今回の美保の視察での謎かけの答えが原潜だってことは分かった。だが問題は、なぜ美保に原潜があるかってことだよな」

 

副大臣は頷く。

「その背景の説明をかいつまんで話そう」

 

……ここで彼は、ブルネイと美保の両青葉が聞き耳を立てていることに気付く。

 

苦笑した彼は言った。

「やはり、こういう話は上でしよう」

 

 彼は青葉たちに『あっちへ行け、シッシ』という素振りをした後で2階へと向かう。

 

金城提督はブルネイの艦娘たちに声を掛ける。

「悪いな。大人の話し合いになるから、ちょっと待っていてくれ」

 

 一番最後から彼らに続いた美保司令に祥高が言う。

「後で、お茶をお持ちしますね」

 

「頼むよ」

頷いた美保司令は2階へと向かった。

 

一連のやり取りを見ていたブルネイの青葉は、メモ帳を頭の上に乗せながら残念そうに言う。

「ああ、残念だなあ」

 

美保の青葉が、それを受けてウインクをしながら応える。

「そうですね……でも、副大臣が二人の指揮官に、どういう話をするのか、だいたい想像は出来ますよ」

 

「え、それはぜひ、聞いておきたいですね」

そう言いながらブルネイの青葉が再び着席すると川内と金剛も黙って座る。

 

美保の青葉は、それを見ながら言った。

「あら? あなた達も聞きたいの」

 

頷いた二人の艦娘。まずは金剛が言う。

「妻、即ちワタシは緊急時にはdarling……いや、テイトクの代理を務めるオプションがあるのデス!」

 

続いて川内。

「まあ今回、私が参加した以上、そういうことも知っておくべきだろう」

 

二人の意見を聞いた美保の青葉は微笑んで着席する。

「いい心掛けだと思いますよ」

 

そこへ朝潮が近づく。

「では、皆さんには私が、お茶をお持ちしますね」

 

『お願いします』

なぜか全員で声がそろった。

 

 

 2階の執務室へ戻った副大臣と金城提督、そして後から入った美保司令はソファに腰を掛ける。

 

まずは副大臣が言う。

「近年生じた深海棲艦との戦い。またその背後では米露、支那との冷戦構造もあるのは二人とも知ってるな?」

 

頷く二人を見て彼は続ける。

「軍隊、特に海軍においては打撃力が不可欠だ。つまり現代では空母機動艦隊と潜水艦だな。ところが我が国は長らく、それらを建造する必要は無かった。理由は分かるな?」

 

金城提督が納得したように言う。

「ああ……それが艦娘になるのか」

 

副大臣は頷いた。

「そう。艦娘の出現と人間への深海棲艦との戦いは、良くも悪くも現実兵器の建造を不要、または著しく遅らせた。だがそれは我が国だけの話だ。他の国々は黙って見ていた訳じゃない。影では様々な兵器の基礎研究が進んでいる。特に米国は独自に空母や潜水艦の研究を進めていた」

 

 ここでドアがノックされ、祥高がお茶を持って入室。彼女なら話を聞かれても問題ないと思った副大臣は話を続ける。

「艦娘というのは不思議な存在だ。その攻撃力と航続力など、あらゆる面で現実の兵器を凌駕している。それは同時に他国にとっては脅威でもあるんだ」

 

 各自、祥高が持ってきたお茶を手にした。祥高は軽く礼をして退室した。

 

副大臣は続ける。

「特に各国が研究しているのが原子力だ。ブルネイが我が国を恫喝した例もあったが原油の供給は、そもそも深海棲艦によって寸断されている。我が国はブルネイ泊地の艦娘たちの活躍によって何とかシーレーンが守られているからこそ、いまだに内燃機関と艦娘による攻撃力が主軸であり続けているんだ」

 

二人の指揮官が頷くのを見て、副大臣は強調するように言う。

「もし今、深海棲艦の連中がいなくなったら、世界はどうなると思う?」

 

金城提督が答える。

「そりゃ、その時点で一番、軍事力のある国家が出しゃばって来るだろう?」

 

副大臣は頷く。

「正解だ。さっきも言った通り世界では今、大きく勢力が二分されようとしている。米国を中心とする陣営と支那や露西亜なんだ」

 

頷く二人の指揮官。副大臣は続ける。

「人間の国家間での二分した構造は米国政府の基本方針を転換させた。だから米国は後の世界を見越して徐々に我が国への軍事技術供与を開始しているんだ」

 

金城提督が口を開く。

「それが美保へのオスプレイとか原潜の提供か?」

 

すかさず美保司令が補足するように言う。

「オスプレイはそうですが、原潜はちょっと違いますね」

 

副大臣は頭を掻きながら言う。

「おいおい焦るなよ……」

 

だが彼は時計を見て言った。

「まあ、あまり詳しく話す時間も無いな。ざっくり言えばオスプレイだけでなく米国ではジェットエンジンの研究も進んでいる。それは、ここでは赤城2号が研究していたな」

 

美保司令が頷く。さらに続ける副大臣。

「米国は艦娘に対抗できる機関としての原子力技術を高めて通常艦艇にそれを乗せ始めている。それが空母であり、また潜水艦になるんだ」

 

「へえ……」

金城提督は生返事をした。

 

構わず続ける副大臣。

「特に原潜については日米両国で、すったもんだした挙げ句に何とか第1段階の攻撃型原潜(SSN)の建造までは、こぎ着けさせた。これは、ひとえに元帥閣下の尽力の賜物だ」

 

「そうなんだ……あのジイさんがねえ」

少し元帥を見直した金城提督。

 

それを受けて副大臣は言う。

「そう、美保司令はその攻撃型原潜『曙』の2代目の艦長になるんだ」

 

「ほう」

それは意外だなと金城提督は美保司令を見る。

 

司令は苦笑しながら提督に説明するように言った。

「まあ……。ただ私は鎮守府の執務もあるので現場の指揮は実質的に赤城2号に任せて居たんです。それがあの事件で……」

 

 少し俯いて哀しそうな表情に変わる美保司令。金城提督は、それを受けて言った。

「そうか。するとあの加賀が、その後を引き継ぐことになるのか?」

 

美保司令は顔を上げる。

「はい。赤城(1号)からも、そんな話を聞いていますけど……」

 

すると副大臣は腕を組んで言う。

「あの加賀が、その案を受けてくれるかな? 提督のラブコールも拒否していただろ? 元々敵側に居た彼女は難しい性格だな」

 

すると金城提督は確信を持った表情で答える、

「いや、その件は大丈夫だ。あいつは受け入れるよ」

 

「そりゃまた……自信タップリだね?」

ニタニタ笑う副大臣。

 

「俺には分かる。いや、ひょっとしたら……あいつはそれが有ったからこそ美保に残る決意をしたのかも知れん」

金城提督は自分に言い聞かせるように答える。

 

 その確信を持った返事に、大きく頷く副大臣と美保司令だった。

 




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第78話:『ブルネイの未来』

副大臣からブルネイの未来について提案とも思われる内容を聞く提督たちだったが……。


「原潜はブルネイで建造費込みってことか?」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第78話:『ブルネイの未来』

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「次、良いか?」

時間も押しているので副大臣は矢継ぎ早に話しを進める

 

「原子力技術と言うのは簡単ではない。それを艦船に乗せるとなると周辺技術も含めていくつかの段階を踏む必要があるんだ」

美保司令がメモを取り始めた。

 

金城提督は半分上の空だったが相手は副大臣なので、あからさまに無視も出来ない。

 

それを察したのか副大臣は苦笑した。

「提督には苦手な話だろう。だが今後のことも含めた話だから我慢してくれ」

 

彼は続けた。

「美保鎮守府の原潜の次に、我が国は新たな原潜を建造すべきだ」

 

「……どうせ次の原潜はブルネイで建造費は込み…… ってことか?」

頭の後ろに手を組みながらも話の流れは察していた提督。

 

彼の予測に少し驚いたような表情を見せる副大臣。

「ほほう、さすが察しが良いな」

「ああ、そういう話には敏感だぜ」

 

美保司令も顔を上げた。

「そうなんですか?」

 

 提督の言葉を受けた副大臣は軽く咳払いをして続ける。

「そうだ。美保で原潜を運用したノウハウを使って、いずれブルネイでも原潜を配備する計画があるんだ」

「そりゃ、あくまでも予定だろう?」

 

あまり乗り気でない提督の言葉に副大臣は反応する。

「今回、ブルネイ政府に威圧された原油の話があっただろう? あれも裏を返せばブルネイ政府や軍の本音は我が国との連携を願っているってことにもなる」

「まあ、そうだろうな。俺もブルネイには根回ししているから」

 

それを聞いた副大臣は苦笑した

「君のその行動は傍から見ると自分勝手な独裁者的に見えるだろう。だがそれは結果的に我が国を利することになっている」

 

 この言葉に二人の指揮官は驚いた表情を見せる。

 

 副大臣は頷いて続ける。

「わが国は緩やかに米国側に組みしている。もちろん彼らの言いなりにはならない。美保の原潜建造費だってオレと閣下で必死に予算を通したんだぜ」

 

「そりゃ、ご苦労なこったなぁ」

提督はニヤニヤしている。

 

だがフンと鼻で笑うように副大臣も応える。

「何だかんだ言ってもカネを出した者が強い。真の主導権が握れる」

 

急に周りを気にしながら声を潜める副大臣。

「つまり我々は力と同時に世界のイニチアチブを取るんだよ」

 

この野心とも取れる発言に、二人の指揮官は顔を見合わせた。

『……』

 

言い訳をするように副大臣は笑う。

「オレが言っているんじゃないぞ。元々は閣下の受け売りだから」

 

すると提督は呆れたように言う。

「あのジジイめ……引退するとか言って、そんな気はサラサラないようだな」

 

副大臣は、お茶をすすった。

「ただ単にカネだけ出せって言うんじゃない。軍事力や技術交流も含めて更にブルネイと美保と、トライアングルで連携していこうぜってことだ。そうなれば訓練や技術交流でお互いの関係は更に深まるだろう」

「……だろうな」

 

そこで、ふと考えたように提督が言う。

「もし、そうなったらウチも美保みたいな米国システムを入れるのか?」

 

副大臣は肩をすくめる。

「いや……抵抗があるなら無理にとは言わない。我が国の電算システム技術も向上しつつあるからな。ただ原潜の基本設計は米国だ。いずれ米国製の武器や装備を導入するなら基幹システムは米国製にして置いた方がいろいろスムーズだ。そこは割りきるしかないと思う」

 

 提督は複雑な表情を見せた。それを見た副大臣は言う。

「君が艦娘を信頼していることは分かるよ。だが時代は変化し続ける。それに、いつまでも彼女たちを最前線に追いやるのは可哀相じゃないか?」

「……」

 

腕を組んだ提督を見ながら副大臣は続ける。

「ブルネイだけじゃない。アジアではインドやインドネシアとも水面下で我が国との交渉が進んでいる」

「ええ?」

 

少し驚いた提督に追い討ちをかけるように副大臣は畳み掛ける。

「インドはもう原潜を保有している。しかも、あそこは支那と仲が悪い。だから自分たちが『日本の次期原潜の建造費も出すから我が国と共同運用してくれないか?』とまで提案してきている」

「おいおい……マジかよ?」

 

少し慌てた提督を見て副大臣はニタニタする。

「さすがの金城提督もブルネイが置いてけぼりされると焦るなよ? まあインドに関してはブルネイと別枠で交渉を進めても良いと政府……いや閣下は考えている」

 

 この副大臣の話の持って行き方は、まるで元帥のジジイそっくりだと提督は苦笑した。

「ブルネイでも原潜を導入すべきだと言う事情は理解した。ただ、いくら俺でも即答は出来ん。実際、ブルネイ政府関係者とも調整せにゃ」

 

副大臣は笑いながら応える。

「良いよ。即答は求めちゃいない。今後、長いスパンで検討してくれってことだ。美保だって10年計画で原潜を入れたんだからな。まだ先の話さ」

 

そこでメモ帳を置いた美保司令が呟く。

「わざわざ、そのために美保を?」

 

彼を見て副大臣は言う。

「ああ。まっさらから鎮守府を作って構成員は艦娘だけ。それに艦娘と相性の良いお前だ。機密保持と実験のためには美保は最適だろう?」

 

時計をチラッと見た彼はボソッと言った。

「それに政府が本気になりゃ、地方の提督の首切りくらい簡単だし……な?」

 

すると、いきり立つ提督。思わず立ち上がった。

「おいっ脅すのか? そんなことすりゃ俺にも覚悟があるぞ!」

 

軽く手を上げて制する副大臣。

「落ち着けって……あくまでも最悪の場合の話ってことだ。それにブルネイの艦娘たちだって実際、全員が一枚岩ってわけじゃ無いだろ? 知ってるぞ」

 

提督は彼の言葉に言葉を詰まらせた。副大臣の態度を見ていると、なぜか江戸幕府を連想するのだった。

「やれやれ……お前らは参勤交代に城の普請までさせて大名を経済的に締めつけるって感じか」

 

すると副大臣は笑う。

「待ってくれ、誤解しないでくれよ。これは一方的な締め付けじゃない。我が国……引いてはアジア全体の安全保障の話だ。経済だって安全保障があって初めて成り立つンだろう? その為の先行投資はあって然るべきだろ?」

 

美保司令は改めてメモを取っている。それを見た提督は美保司令は相変わらず律儀だなと思った。彼が青葉とウマが合うのも判る気がした。

 

そのとき誰かがドアをノックした。

「失礼します」

 

副司令の祥高だった。

「舞鶴からの大艇、ただいま到着しました。今、接岸作業中です」

 

「よし、行こうか……」

副大臣の言葉に全員は立ち上がった。

 

廊下を歩きながら副大臣は提督に聞いた。

「ところでブルネイへ帰る準備は、もう出来ているのか?」

「ああ、ほとんど手ブラだ。着替えは金剛に任せているし」

「そっか。さすがだな」

 

 副大臣は感心しているが、それは美保提督も同様だった。ブルネイは大所帯だが提督本人は意外に質素でシンプルなのだろう。

 

 埠頭に下りると既に着水した二式大艇が徐々に岸に近づく。ブルネイの提督に艦娘たち、それに本部から来た副大臣、出雲、石見が揃っていた。

その周りを美保の艦娘たちが取り囲んでいる。

 

副大臣は雑談のように話す。

「原子力の我が国への提供、特に軍事利用については米国政府内でもまだ意見が割れているんだ」

「そうですか?」

 

美保司令が応えると彼は続けた。

「欧米の圧力で大東亜戦争後の我が国は永らく核兵器の開発が抑制されてきた……表向きはな。だが基礎研究は続いていた」

 

金城提督は言う。

「核兵器か……人類にとっては今、それどころじゃないけどな」

 

副大臣は軽く頷いて続ける。

「実はドイツも総統閣下が謎の自主規制をしていたため多くのユダヤ系の学者が国外逃亡し、以後は核兵器の開発が停滞していた。その辺りは君が懇意にしているドイツ武官に聞きたまえ。彼も今度のハワイ島遠洋航海に参加する予定だ」

 

いつの間にか金剛に腕を巻き着かれながら提督が言う。

「でも原子力の民間での利用は進んでいるよな?」

 

「その通りだ。だがまだレベルが小さい。そもそも元帥閣下は国内のいくつかの鎮守府を候補に挙げて、いずれ原潜を導入しようとしていた」

 

副大臣のその言葉に突然、何かを悟った美保司令は言った。

「するとやはり、あのブルネイ演習に始まる一連の出来事は?」

 

「……ああ」

珍しくタバコを取り出した副大臣は火を点けている。彼も喫煙者だったのかと美保司令は思った。

 

彼は『はあっ』と煙を吐きながら続ける。

「すべては原潜配備のため。そして、いずれ核兵器の配備も検討してのことだ。これは『我々を信頼するから』との但し書き付きの元帥からの伝達事項だ。忘れるな」

 

それを聞いた二人の指揮官を中心に、その場にいた全員が少しずつ敬礼を始める。

 状況がよく分からない若い艦娘たちも周りの雰囲気に合わせて慌てて敬礼をした。若い艦娘が聞く。

「何で急に?」

 

大淀が説明する。

「元帥のような『高い位置』に居て尊敬されている人の発言は、それ自体が敬礼すべき価値あるものなのよ」

「ふうん」

 

副大臣はブルネイの艦娘たちを見ながら言う。

「今聞いた内容は、お前たちも他言無用だぞ……特に青葉!」

「えへへ」

 

彼女は頭をかいた。

「分かりました。青葉もジャーナリストですから守秘義務は徹底します」

 

そんなやり取りを見ながら提督と美保司令は政治や軍の中心に居る者たちの策略と言う名の戦争を垣間見るようだった。それはある面、目に見えない戦場であり、何ともいえない恐ろしさをも感じさせた。

 

そうしている間にも大艇は近づき、接岸作業を始める。

 

 




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第79話:『果て無き終章』(改1.3)

舞鶴からの艦娘たちが到着し、いよいよ視察部隊のメンバーたちと最後の別れとなる。


「やっぱり量産型でも赤城は、いかにも彼女っぽい。」

 

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「美保鎮守府NOW」(みほ10)

 第79話:『果て無き終章』(改1.3)

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 埠頭では秋津洲が一番、ウキウキして走り回っていた。そんな中を大艇が徐々に近づき、岸壁に寄せた。

接岸担当の重巡姉妹たちが車両に乗せた簡易桟橋を持ってくる。以前は人力だったが今は米軍か何処かから持ってきた専用車両だ。

 

 直ぐに手際よく桟橋が接続される。艦娘たちはその場で大艇のクルーと交信をしながら作業を進めている。秋津洲ほか数名の艦娘たちが、工具を片手に待機している。いつの間にかメンテナンス専門チームが結成されているらしい。

 

 やがて大艇のハッチが開く。最初にクルーが桟橋の接続を確認してから赤城……3号になるのか? 艦娘が顔を出した。周りを見て一瞬、恥ずかしそうにしている。そのチョッとはにかむ仕草は彼女らしい。

 

 赤城は一旦サッと桟橋に立った。そして全体へ向けて軽く敬礼をした。それを受けて埠頭で待機している面々も、一斉に敬礼を返す。

 

それを見ていた加賀は、意味あり気に呟く。

「やはり……一航戦ね」

 

「量産型3号……どんな性格かしら?」

加賀の隣に居た赤城(1号)も、長い髪の毛に手をやりながら言うのだった。

 

そんな二人を見ながら、さも知ったかのように副大臣も言う。

「そっか……同じ赤城でも、量産型によって性格は微妙に違うよな」

 

それを聞いた二人の空母たちは微笑んだ。

 

 簡易桟橋上の赤城は敬礼を解いた。続けて一旦振り返ると大艇の中に声をかけている。

「荷物は後で良いから……まずは皆さんに挨拶をしましょう」

 

……そう言っている無線が聞こえてきた。

 

「無線……ダダ漏れ」

寛代の言葉に埠頭にも苦笑が広がる。緊張していた埠頭は急に和やかになった。

 

「良いよな、こういう緩い感じ。やっぱり量産型でも赤城は、いかにも彼女っぽい。艦娘だよな」

金城提督がしみじみと言う。

 

 そうこうしているうちに、赤城3号を先頭に、正規空母たちが続々と降りてくる。

事前に連絡があった通りだ。赤城、飛龍に蒼龍、翔鶴といった正規空母たちだ。

 

 埠頭で小銃を肩から提げた朝潮が言う。

「量産型とは言っても、これだけ一気に着任なんて凄いですね」

 

「瑞鶴は……居ないのね」

加賀が思い出したように呟いている。隣の赤城は苦笑している。

 

「メンテ、入ります」

副司令に敬礼をして秋津洲たちが工具を片手に大艇へと乗り込んでいく。

 

 その時、埠頭にざわめきが広がった。大艇の翔鶴に続いて見覚えのある艦娘が出てきたのだ。

直ぐに黄色い声が響く。

「あれは私ですヨ!」

 

「お姉さま、私も居ます!」

……美保の金剛と比叡が驚くのも無理はない。明らかに建造して間もない量産型の二人が最後から空母たちに付いて出てきたのだ。

 

「おいおい、正規空母に高速戦艦か……舞鶴も出血大サービスだな」

副大臣の言葉に隣にいた石見も突っ込むことすら忘れて一瞬、呆然としていた。

 

「なるほど……これが元帥の答えか」

「え?」

美保司令が石見を振り返ると、彼女は言った。

 

「閣下は、美保を本気でテコ入れするつもりだぞ」

「……そうですか?」

 

とぼけたような美保司令の言葉に、石見は苦笑する。

「相変わらず鈍いな」

 

出雲も腕を組んで言う。

「まあ、半島や大陸の動きも不穏だからな。日本海側の守りを固めても、おかしくはない。そういう時代だ、心しろ美保」

「ハッ」

 

 やがて新たに着任する艦娘たちが埠頭に勢ぞろいした。

一瞬、挨拶をするのは新赤城か、新金剛か? どちらが先に口を開くのか微妙な雰囲気になった。

 しかし金剛は微笑み、それを受けて新しい赤城が改めて敬礼をした。

「舞鶴から参りました赤城以下、全6名。本日付けで美保鎮守府へ着任致します」

 

美保司令が前に出る。

「私が美保鎮守府司令だ。着任歓迎する」

 

 長い髪を美保湾からの風に、なびかせている新しい赤城。それは凛々しくもあった。そんな彼女は、スッと司令に近寄った。

一瞬、銃を構えて警戒する朝潮を始めとした警護の駆逐艦たち。

 

 だが新しい赤城は緊張する駆逐艦たちに微笑みかけると、そのまま美保司令の手を取って言った。

「美保司令……まだ建造したての私たちですが精一杯、美保鎮守府のために頑張ります。宜しくお願いします」

 

きらきらした瞳で言う彼女。

その意表をつく『攻撃』に青葉が感心したように言う。

「なるほどぉ……新しい赤城さんは、なかなか積極的ですね!」

 

「これはこれは! 美保の明るい未来が期待出来ます!」

意味深なことを言うブルネイの青葉。

 

 点検をしていた秋津洲たちメンテナンスクルーが、次々と大艇を降りてきて司令に敬礼をする。

「点検、終わりました。異常なしです」

 

「よし、では我々も乗り込むぞ」

司令と並んで立っていた副大臣の言葉に出雲や石見、それに金城提督をはじめとしたブルネイメンバーは荷物を持って歩き始める。

 

金城提督は美保司令に近寄ると敬礼した。

「世話にナったな……またブルネイにも来いよ」

 

「はい。近いうちに」

美保司令も笑顔で返礼する。

 

 敬礼を解いて歩き出そうとした提督に加賀が近づく。一瞬、緊張する金剛(妻)。ショートヘアを気にしながら加賀は静かに言った。

「私も、近いうちに参ります」

 

少し驚いた表情の金剛だったが、提督は頷いて言った。

「ああ、いつでも待ってるぜ」

 

 夫の言葉に『この加賀に……今は負けた』と思う金剛(妻)だった。だが不思議とジェラシーは湧かなかった。

 

改めて彼女は加賀を見て言った。

「加賀!」

 

「なあに」

静かに金剛を見つめる彼女。

 

「ワタシもベリー歓迎するからネ!」

やや表情が強張りながらも言い切った金剛。

 

その言葉に頷いて答える加賀。

「ええ……楽しみにしているわ」

 

二人のやり取りを見ていた提督は、自分の嫁も成長したなと思うのだった。

その加賀の横では美保の赤城も微笑んでいた。

 

「今から出たら、だいたい夕方に到着だな」

石見が時計を見ながら言う。

 

「呉からは別の飛行機かい?」

確認するように提督が言う。

 

「はい、軍令部からは追って指示を出すと……呉で泊まり掛けに成りそうです」

美保の大淀さんが指示書をめくりながら言う。

 

「さぁ、乗った乗った」

急かすように副大臣が言う。

 

訝しそうな顔をして石見が言う。

「何を焦っているのだ?」

「いやあ……」

 

すると青葉が言う。

「副大臣、機内で酒盛りするつもりですよ」

 

その発言に一瞬、防御体制を取る副大臣。だが石見は平然としていた。

「今回はいろいろあったからな。呉までの道中は目をつぶろう」

 

すると出雲も頷く。

「そうだな。私もご相伴(しょうばん)に預かろうか……寛代!」

 

彼女の呼びかけに駆け寄ってくる駆逐艦。直ぐに出雲に飛びついた。

出雲は寛代の髪を撫でながら言う。

「いつも慌ただしくてスマンな……曾爺さんが不意に立ち寄ることがあったら、よろしく言っといてくれ」

 

 爺さん……その言葉に、事情を知っている者には様々な想いが去来した。

恐らく、全ての発端は彼に始まるのだ。

 

「じゃ、行くぞ」

彼女のひと言で、全員が大艇へ乗り込んでいく。

 

やがてメインエンジンを始動させた大艇は、ゆっくりと離岸し港湾部の外へ向かう。埠頭では艦娘たちが手を振る。

 

その光景を見ながら祥高が言う。

「本当に今回は、慌ただしかったですね」

 

「ああ」

何気なく応えた司令は、ふと思い出したように言う。

 

「美保鎮守府の初代提督って……やっぱり閣下の?」

 

祥高は微笑んだ。

「はい。彼女は私の母親……元帥の娘です」

 

彼らの頭上を大きく旋回して大艇は飛び去って行く。ブルネイと美保に、また新たな歴史が刻まれることだろう。

 

 

 




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