仮面ライダー 虚栄のプラナリア (ホシボシ)
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虚栄のプラナリア
プロローグ



はじめにちょっとした注意があります。
内容は以下の通りです。


・非常に激しい暴力描写があります。

・性に関する単語や描写があります。実際の人物とは関係ありません。


上記の通り過激な表現が含まれていますので、警告タグの通り15歳未満の方は読まないでください。
人によってかなり不快になる表現もあるとは思いますが、どうかご了承ください。



22歳、無職、童貞。友達ゼロ、恋人がいない暦=年齢。引きこもり。

別にそれでも良かったはずだ。父親が癌で死に、大学を中退しても問題はない。

人はそんなもので立ち止まりはしないのだ。母親が頼むから働いてくれと泣き叫んでも俺は漫画やゲーム、アニメがあれば全然オッケーなのだ。

 

その日、俺はネット通販の代金を支払うためにコンビニに向かった。

父親が死んだ際に手に入った金を使ってフィギュアを買う、多少なりとも罪悪感はあったが、まあなんだ、それが親の責任だろう。俺に迷いは無かった。

いつもの様に無愛想な店員と目を合わせること無く、淡々と支払いをすませる。

 

 

「やばっ!」

 

 

西日が世界をオレンジ色に染めている。

帰宅途中にいつも使っている道には一つ信号があるのだが、それが点滅していた。

変わる信号。赤。だが俺の足は止まらなかった。ここの信号は長いから待たされるのは煩わしい。

赤になって五秒ほど経ったか? 大丈夫、いける。俺は足を止めず、むしろ尚加速していく。

 

 

「あ」

 

 

クラクションの音が聞こえた。

凄まじい音と共に、俺の意識はブラックアウトした。

 

 

「あれ? ここは?」

 

 

目が覚めると、そこは真っ暗な空間だった。

"空間"と認識しているのは、周りは黒に染まっているのに、俺は俺の体をしっかりと確認できる。

つまり灯りが無い訳ではなく、俺を照らすものはあるだろうに、周りが漆黒に染まっていると言うことだ。

まさに黒い部屋に閉じ込められたといえばいいのか。

 

 

「ハロー!」

 

「わッ!」

 

 

びっくりした。俺の後ろで声が聞こえて来た。

振り返ると、そこにはスポットライトを浴びたおっさんが一人、椅子に座って手まねきをしている。

 

 

「ホモ!?」

 

「なんでだよ! 違うから!」

 

「いや、だって変な目で俺を見て、手招きまでしてたし……!」

 

「違う違う。私はッ、神だ!」

 

「かみ……、下味(かみ)、下半身を美味しく頂く……! やっぱりホモじゃないか! 帰らせてもらいます!」

 

 

ヤバイ奴と関わってはいけない。俺はすぐに踵を返し全速力でダッシュだ。

だがふと気づく。いくら足を動かそうとも俺の体は前には進まなかった。

なんだよコレ? 戸惑っていると、自称神のおっさんが笑い声を上げる。

 

 

「帰る? 無駄だよ、キミはもう死んだんだ」

 

「え?」

 

「覚えてないのか? コンビニの帰り、君はトラックに轢かれて死んだんだ」

 

「――ッ」

 

 

そう言えば俺は赤信号を無視して――。

そういえばクラクションの音も聞いた気がする。まさか、本当に?

 

 

「ショックなのは分かるが――」

 

「いや、そうでもない」

 

「へ?」

 

「ホモのおっさんには分からないと思うけどよ「いや、だからホモじゃな――」俺はなんにも無かったんだ」

 

「?」

 

「夢も、希望も、愛も。何にもないと、人間は貧しくなる。だからもういいんだ。どこかで俺は、死にたいって思ってたし」

 

「意外とドライだねぇ」

 

「イクならドライだねぇ!? やっぱりホモ――ッ!!」

 

「楽しい?」

 

「ごめんなさい。ふざけすぎました」

 

「……まあいいや。おじさんね、本当に神様だから、ココで一つ提案。生き返らせてあげよっか?」

 

「え?」

 

 

確かに俺にはトラックに轢かれた記憶がある。

おそらく信号が変わった際に既にスピードに乗っていたのか、勢いや衝撃は確かなもの。

普通、ただじゃ済まないだろう。それにこの空間――、確かに死後の世界といわれれば納得できてしまう。

じゃあ俺の前にいるおっさんは? 神様? まさかそんな。俺のイメージじゃもっとこう白い髭とか、白い髪とか、杖とか。

 

 

「髭なら生えてるじゃないの」

 

「こ、心を読むな!」

 

 

確かに髭は生えてるけども。黒いし……。

 

 

「魔法が使えるからね、おじさんは」

 

「なるほど、アンタも童貞だったのか」

 

「……否定しないけど。否定できないけども。まあいいや、続けるよ」

 

 

おっさんは俺に説明してくれた。

死んだ俺を、元の世界に帰してくれるらしい。しかも『別人』と言うことで。

 

 

「それに、力もあげちゃうけど」

 

「力?」

 

「そう。特典ってやつだよ。知らない? 神様がさ、死んだ人間に力を与えて蘇らせる」

 

「ネット小説とかでよくある?」

 

「そんな感じね。内容は、これ」

 

 

・全ての『主役』仮面ライダーに変身できる。

 

 

「仮面、ライダー?」

 

「知ってるだろ? 常識だよ」

 

「まあ、うん」

 

 

熱狂的なファンじゃないが、一時期動画サイトで配信していたのを見ていた。

暇だったし。それに俺だって、昔は憧れてた。玩具も買ってもらったし。ビデオだって、探せば出て来るかもしれない。

だがあくまでもそれは昔の話だ。普通の人間は成長すれば見なくなる。

最近は特オタの出現でまあ目は通している。面白い物もあるとは思うが、まあ他のアニメやゲームの方が好きかな、俺は。

 

 

「うーん、でももっと他に無いの? 可愛い女の子にモテるとか。そうだ、美少女アニメの世界とかに行かせて――」

 

「ダメダメ! 蘇るとしても元の世界だから!」

 

「じゃあ、えっとぉ」

 

 

『生』に興味がないと言えばそうだが、死ぬ意味はあるのだろうか。

分からない。でも、仮面ライダーに変身できると言うのは少し興味があった。

どんな感じなんだろう? もしも本当なら、面白い事ができるんじゃないだろうか。何か――、こう。いや、まだ特に思い浮かばないけれど。

 

 

「じゃあ、頼むおっさん。いや、神様! 俺を蘇生させてくれ!」

 

「うーん、いい感じだねぇ。オッケー、オッケー、神に任せろよ」

 

「あぁ、ちょっと待って。一つだけ聞いていいか?」

 

「ん?」

 

「なんで俺なんだ?」

 

「それは簡単。今日死んだのが、キミ一人だけだったからだよ」

 

 

俺の意識は、再びブラックアウトした。

 

 

目が覚めると、朝だった。

でも自分の家じゃない。見知らぬ部屋だった。ベッド、テレビ、冷蔵庫、そして鏡。

そこにいたのは確かに俺だった。顔は変わっていない。けれどきっとコレは俺じゃないんだろう。

なぜなら、財布に入っていたんだ。免許書、そこにあったのは俺の写真、でも名前は俺のじゃなかった。

 

いや、そもそも俺は一体、なんて名前だったんだろう?

分からない。今、俺の記憶にあるのは、この記載されている名前だけだ。

 

 

本間(ほんま)岳葉(たけは)……」

 

 

俺はカーテンを開けて窓の外を見る。

知っている景色だが、知らない景色でもあった。

建物が見え、コンビニが見え、人が見える。間違いなく俺が住んでいた世界の光景だ。

けれどもココがどこかは分からなくて。いや、なにより――。

 

 

「俺は本当に、生き返ったのか……」

 

 

半ば信じられない。

いやそもそも死んだ事そのものも。でも、間違いなく今は本当で。

だとしたら俺は、本当に仮面ライダーになれるのか。

 

 

「………」

 

 

仮面ライダーとは正義の味方だ。

だが、もしも俺がその力を手に入れたなら――、悪いが正義を貫くつもりはない。

遠慮なく自分の為、好きに使わせてもらおうじゃないか。

 

言葉にはできない高揚感が俺の中に駆ける。

意識を集中させるとどうだ! データが頭の中に入ってきたではないか。

なるほど、変身の仕方、フォームチェンジの概念。

なるほどなるほど、これが、この力があれば、俺は神にもなれる気がする。

法も、人も、何も、俺を縛る事はできない。俺は究極の自由を手に入れたんだ!

 

 

「あ」

 

 

一つ、欲望がわきあがってきた。

なんでもできる。『なんでも』だ。醜悪な願いかもしれないが、俺は一つの願いを夢想する。

人間には三大欲求と言うものがある、とは有名な話だ。

 

食欲。

 

睡眠欲。

 

そして性欲だ。

 

そうだ、童貞で死ぬなんて間抜けな話があるか。

そんな惨めなまま死ぬのはゴメンだな。

一度は死んでるんだ。どうせなら次の人生はメチャクチャに、自分勝手に生きてやる。

 

そうだ、それでいいんだよ俺!

今までなるべく人を傷つけないように生きてきたけど、それでどうだった? 何かなったか?

幸せが等しく返って来たか!? 答えはノーだ。この世界には屑が溢れてる。

 

でも所詮この世は、『憎まれっ子世にはばかる』なんだ。

どうしようもないヤツが世渡りが上手いといわれ、正直者や真面目なヤツがバカを見るんだよ。

決めた、俺は自分勝手に生きる。そうだ! どうせなら――ッ!

 

 

(いいね、決めた。幼女を犯そう!)

 

 

欲望に素直なのは良い事のはずだ。

最近見たアニメで小学生のキャラクターが可愛かったから、正直ちょっと興味があったんだ。

まあ三次元は違うかもしれないけど、それも経験だな。

ライダーの力があれば、なんとかなるだろ。

 

 

「よっしゃあ! 待ってろよロリっ子ぉお!」

 

 

俺は部屋を飛び出して、自分の欲望を解き放つ。

しかし待てよ、まずはテストだな。

ニヤリと笑い、俺はある場所を目指した。

 

 

 

 






不定期更新なので遅くなるかもしれませんが、内容的には中編なので、だいたい7話前後で終わる予定。
感想は一応全ての方が書けるようにしてありますが、基本的に返信する事は無いです。申し訳ありませんが、ご了承ください。


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第1話 猛毒のアフロディーテ(前編)

人間はみんな


 

 

二日が経った。

俺は未だに童貞だった。しかし焦りは無い。二日の時間で俺はテストを重ねた。

そして確信する。俺は、神を超えたと。

 

現在時間は夜。

俺は適当に街を歩き、目に付いた建物に足を踏み入れる。

場所はだいたいゲームセンター周辺かパチンコ店の周辺。この辺りはバカが多い。俺はわざと大きく肩を揺らして歩き、『人にぶつかる』事を心がける。

 

 

「おい」

 

 

海中を漂うエサに、何も知らない魚が食いつく。

ゲームセンターの中で俺を呼び止めた、見るからに頭の悪そうな金髪。俺は肩を掴む手を振り払うと、男の腹に蹴りを入れた。

うめき声をあげて下がっていく男。ザワザワと騒ぎ出す店内。男の仲間も集まってくる。

その中で俺は、フォーゼドライバーを取り出した。

 

元々頭に簡単な知識は流れてきたが、俺はこの二日でライダーの事はだいたい調べた。

仮面ライダーフォーゼ、如月(きさらぎ)弦太朗(げんたろう)とか言うヤツは全ての人間と『友達になる』などと言うトンチンカンな事を言っていたが、俺はそんなにバカじゃない。

フォーゼは友達を作る力じゃない。

 

 

3(スリー)』『2(ツー)』『1(ワン)

 

 

ガキ大将になる力なんだよ。

 

 

「変身!」

 

 

ガシャンとレバーを引く音。

すると大量の蒸気が噴出され、俺を取り囲んでいた男達が吹き飛んだ。

そして俺は、仮面ライダーフォーゼになる。

 

 

「ゲームスタートだ。ボコボコにしてやるぜ」

 

 

両手を広げて俺はゆっくりと歩く。

騒ぎ出す客達を無視して、俺は倒れた男の首を掴む。

やはりこの力はいい。大柄の男も簡単に持ち上げる事ができる。俺はそのまま強く、男の首を絞め続けた。

 

 

「どうした、お友達が死んじまうぞ!? ハハハ!!」

 

 

その言葉に感化されたのか、男の友人達が俺を引き剥がそうと掴みかかったり、蹴りかかったりと無駄な抵抗を見せる。

そう、フォーゼの鎧の前では弱い人間の攻撃など無力だ。俺はそのまま、ただひたすらに男の首を絞めた。

 

 

「ァ、――カ」

 

 

男が白目を剥いたのと同時だった、男の股間から大量の水が漏れる。

 

 

「ハハハ、きったねぇんだよ! クズ!」

 

 

漏らしやがった。俺は男を投げ飛ばすと。恐怖のあまり逃げ出そうとした男の仲間達の肩を掴む。

そして一人の男の腹を思い切り殴った。あまりの衝撃に仲間はうめき声をあげてへたり込む。大丈夫、手加減は覚えている。

もちろんフォーゼの力があれば人は簡単に殺せる。しかしそれじゃあつまらない。殺せば一瞬で終わりだ。

恐怖と苦痛を与える事こそが、俺の存在をより強調させてくれる。

 

 

ELECTRIC(エレキ)

 

 

エレキステイツに変身。

ビリーザロッドを構えると、俺はそれを適当に見つけた男に押し当てた。

激しいスパークと、男の悲鳴。これだ、これなんだよ弦太朗。

お前は友達とか下らないことを言うんじゃなくて、フォーゼの力で己の力を見せ付けるべきだったんだ。

俺はお前よりもフォーゼを使いこなしていると確信している。

 

 

「痛いねぇ、バチバチくるでしょ?」

 

「た、たすけて!」

 

「はい、もう一回!」

 

 

再び悲鳴が聞こえる。

そうだ、誰も俺に逆らえない。俺はもういかなる苦痛を跳ね除ける力を手に入れた。

力だけを持つバカに、媚びへつらう事はない!

 

 

「痛いか! ハハハ! 助けてほしいなら俺の足を舐めろ、屑!」

 

 

もう一度俺はビリーザロッドを男に押し当てる。

そうすると男は涙目で俺の足を舐めてきやがった。笑えるぜ、あれだけ偉そうにしてたヤツも力をみせればコレだ。

脳みそがお花畑の弦太朗くんならココでコイツとも友達になるのだろうか? 俺はゴメンだね。バカはバカ、区別は必要だ。

 

 

「きたねぇんだよ!」

 

 

三度、ビリーザロッドを男に押し当てる。もちろん許してやるなんてのは嘘だ。

今度は電力を強めに、そうしたら男は痙攣を起こして動かなくなった。気絶したんだろう。俺は笑い声をあげて次のターゲットを探す。

しかし、そこでサイレンの音。しばらく黙って待っていると、店内に警察官が三人ほど流れ込んでくる。

 

 

「おい、お前! 何してんだ!」

 

 

無能な警察官どもはこう言う時に限って駆けつけるのが早いらしい。

だが問題は無い。法、警察、それらに俺を縛る力はない。俺はフォーゼドライバーを剥ぎ取ると、変わりにファイズドライバーを腰へ巻きつける。

フォーゼの体のまま、俺はファイズフォンを取り出した。

 

 

『5』『5』『5』『Standing by』

 

 

フォンを折りたたみ、ベルトへ装填する。

 

 

「変身」『Complete』

 

 

紅い閃光が迸り、俺の体はフォーゼからファイズに変わる。

そして素早く、アクセルフォームへの変身を完了させた。

 

 

「止められるもんなら、止めてみろ」『Start Up』

 

 

(いぬい)(たくみ)、アイツも下らない男だった。

オルフェノクにも人間にもなれないコウモリみたいな男だ。恐怖に吼え、狼の様に孤独を求める。

だが俺は違う。俺はファイズの力でなすべき事をする。ファイズは欲望の道具だ。俺はそれを理解している。

 

 

「そう、俺は既に、オルフェノクや人間を超越している!」

 

 

高速で動くアクセルフォームを人間が捉えられるわけが無い。

警官の肩を殴りつけると、体は宙に浮き上がり、アーケードゲームを粉砕しながら地面に叩きつけられる。

もう一人の警官はクレーンゲームのガラスを突き破ってぬいぐるみの中に頭を沈めていた。

最後の一人は地面に倒れている。俺は思う。俺よりも構うべき事件が沢山あるはずなのにコイツ等は何をやっているんだ。

お仕置きしてやる。指を伸ばして、俺はニヤリと仮面の奥で唇を吊り上げた。

 

 

「ハハハ、面白かった」

 

 

ゲームセンターを出た俺は満足だった。

最後の警官には思い切りカンチョーしてやったぜ。ありゃあもう人工肛門確定だな。

携帯でネットニュースを確認してみたら、それなりには話題になってるみたいだ。仮面ライダーのコスプレをした人間がココ最近大騒ぎをしてるって。

まあでも俺を捕まえる事はできない。戸籍や個人情報は神様のおっさんが都合よく用意してくれたみたいだから、俺を捕らえる事は至難の業だろう。

ましてや仮に警察が駆けつけたとしても俺を捕まえることはできない。

最高の気分だ。俺はそのままに、当初の計画を実行する事にした。

 

何かの雑誌で見た事がある。

童貞が許されるのは25歳までらしい。

大丈夫、俺はまだ大丈夫だ。と言うわけで、俺は一刻も早く童貞を卒業しなければならないのだ。

しかしただ卒業するだけならばつまらない。どうせならば俺にしかできない事をするに限る。

 

それが小学生の女の子を強姦する事なら随分間抜けな話に聞こえるかもしれないが、別にいいじゃないか。俺は何をしても許されるんだから。

俺は人気のいない路地に駆け込むと、ダブルドライバーを取り出し、装備する。

そして念じるだけで、手にガイアメモリが出現した。

 

 

『サイクロン!』『ジョーカァ!』「変身!」『サイクロン・ジョーカー!』

 

 

感情や状況に流されない、それがハードボイルドだろう? 翔太郎はバカだったから至れなかったが、俺は違う。

常に冷静、冷酷であれ。俺に迷いは無かった。サイクロンの力で空を飛行し、ターゲットが通る道を目指す。

 

ある程度下調べはしている。俺が狙うのは水島(みずしま)(ゆかり)ちゃんだ。

彼女はいつもピアノの練習で家の近くの教室に通っている。ポイントは家が近いと言う点。だからなのか、彼女は夜遅い時間でも一人で家に帰る。

むろん、迷いは無かった。空から紫ちゃんを発見する。黒髪をツインテールにしており、白いワンピース姿が特徴的だった。

丁度ピアノが終わっての帰りらしい。俺は風を切り裂き、紫ちゃんの前に降り立つ。

 

 

「え? え!?」

 

「悪いけど、欲望のはけ口にさせてもらうよ」

 

 

俺は紫ちゃんの肩を掴むと、再び飛行。

近くの人気の無い公園に紫ちゃんを連れ込むと、草陰に彼女を押し倒す。戸惑い、恐怖に表情を歪める紫ちゃん。

 

 

「大丈夫だよ、大人しくしてればすぐに終わるからね」

 

 

なるべく不安を与えないように声色を優しく変える。

ダブルの力があれば、お菓子の包装紙を破くように紫ちゃんの服を剥ぎ取る事ができた。

白い肌と可愛らしい下着が見えたとき、あられもない彼女の姿に俺は激しい劣情をかき立てられた。

 

小学生を犯す。

未曾有の背徳感に、僅かにあった良心は消え去り、俺は早速と行為に及ぶつもりであった。

しかしココで問題が起きる。はて? どうやって性器を出せばいいのだろうか?

ダブルの鎧が邪魔をしている。股間だけ変身を解除しようか? やり方がイマイチ分からない。

クソ、フィリップなんて邪魔なだけだと思っていたが、こういうときは必要性を感じるって話だ。

すると直後、耳が潰れんとばかりに絶叫が響いた。

 

 

「誰か助けてぇえッッ!!」

 

「お、おい! こら、騒ぐなよ!」

 

 

流石に小学生でも自分がどうなろうとしているのかは分かるのか、紫ちゃんは必死に俺から離れようともがき、叫ぶ。

だが逃がすわけにはいかない。俺は彼女の肩を掴むと、叫ぶ、黙れと。

黙れ、つまり言葉を発するなと言う事だ。なのに彼女は俺の警告を聞こうとしない。

 

 

「お願い! だずげでぇえ! おどうざん! おがあぁさんッッ!!」

 

 

涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら彼女は助けを求めた。

かわいい顔が台無しだ。それに俺の言葉を無視する点が、無性に苛立った。

 

 

「ああもうッ! 静かにしろよ! パンチするよ! 顔がグチャグチャになるよ!!」

 

 

脅しの言葉だ。本気じゃなかった。

もちろん効果は絶大で、彼女は青ざめ、唇を震わせながら俺を見る。

これで静かになった。静かにはなったが――。

 

 

「ご、ごめんなさい。殴らないで……! 痛いことしないでくださいぃ」

 

「あぁクソ、最悪だよ……」

 

 

萎えた。綺麗な白い体も泥や土で汚れている。

これじゃあ()つものも勃たない。とは言えココまで来たんだ、どうせならヤっちまおうか。

そう思ったときだった、俺の頭部に衝撃が走ったのは。

 

 

「紫! 大丈夫か!!」

 

 

石で殴られた。

振り返ると、知らないおっさんが俺を睨んでいる。

一方で飛び跳ねるように起き上がり男に駆け寄っていく紫ちゃん。どうやら彼は、紫ちゃんのお父さんらしい。

帰りの時間が少し遅いから心配になって迎えに来たのだろう。その途中で公園から悲鳴が聞こえたものだから、様子を見に来たと。

 

紫ちゃんはお父さんの後ろでガタガタと震えている。

一方でお父さんは烈火の如く怒り狂い、激しい眼光で俺を睨んでいる。

ギャーギャーうるさいが、正直俺は彼の話を全く聞いていなかった。

 

すぐに二人は俺から逃げ出す。

このまま見逃しても良かったが、なんだか俺は納得がいかなかった。

仮面ライダーの力を手に入れたのに、やろうとした事がうまくいかない。

それがなんだか無性に腹立たしくて、俺は引き下がらなかった。

 

 

『ルナァ!』『ルナ・ジョーカー!』

 

 

俺は、真面目に生きてきたつもりだった。

でも、正しい事をしても叱られるのがこの世界だった。

だったら俺はどう生きれば良かったんだ。もしもココで失敗すれば、俺は――、本当に、なんで。

 

 

「お父さん!!」

 

 

ルナの力で俺の手はどこまでも伸びる。

紫ちゃんの目の前で、俺は彼女の父親を掴み、引き寄せ、ボコボコにする。

顔面に無数の青アザができたところで、飽きが来た。それにこのまま殴り続ければ本当に死んでしまう。

紫ちゃんのお父さんはたぶん、死ぬほどの悪人では無い。俺の邪魔をした罪はこれで清算できただろう。

俺は泣き叫ぶ紫ちゃんに背を向けて、そのまま闇の中に消えていった。

 

 

 




次回更新は明日予定。


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第2話 猛毒のアフロディーテ(後編)

ライダーとは


 

 

『タカ!』『クジャク!』『コンドル!』

 

 

――が、しかし、俺はまだ諦めたわけではなかった。

むしろ劣情はより大きく膨れ上がっている。半ば意地になっていたのかもしれない。

俺はオーズ、タジャドルに変身すると、まさに獲物を狙うタカの如く、眼光を光らせた。

 

先程は失敗したが、今度は失敗しない。

ミスはおかしい。なぜならば、俺は『仮面ライダー』だ。人を超越した力があるのに、女一人犯せないのはおかしいのだ。

そして見つけた。夜も深い時間、誰もいない道をフラフラ歩いている女が。

 

年齢は――、小学生ではないが、女子高生くらいはある筈だ。

なぜならば制服を着ていた。まあ、アイツでいいか。

俺は反省を活かす人間だ。今度は少女の肩を掴むと、適当なビルの屋上に連れ込んだ。

これで逃げられる心配はないだろう。俺は再び少女を押し倒すと、紫ちゃんと同じようにするために服に手をかけた。

 

 

「……何?」

 

 

ぽかんとした表情で少女は俺に聞いた。

まあ、そりゃあ驚くだろう。いきなり上空に舞い上がり、ビルの屋上に来たんだもの。

 

 

「俺は仮面ライダーオーズ。悪いけどさ、一発ヤラせてくれない?」

 

「かめんらいだぁ?」

 

 

ポカンとしていた少女だが、直後、ケタケタと笑い始めた。

 

 

「あははは! 仮面ライダーってマジで言ってるの? 凄いね、センスあるよ! あはは!」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「しかもヤラせてって! ぎゃはは、子供向けのヒーローがレイプ!? マジでウケるんですけど!!」

 

 

違和感を感じた。少女には焦りも、怯えもないように感じる。

この笑い声もなんだかとってつけたような、うわべだけのものに感じる。

少女は笑ってなどいなかった。笑みの仮面で、俺をあざ笑う。

それがなんだか苛立って、俺は本気で彼女を襲おうと思った。けれど次に彼女が口にした言葉を、俺は受け入れる事ができなかった。

 

 

「いいよ、ヤラせてあげる」

 

「え?」

 

「どうせ死ぬつもりだったしね。はい、なに? 脱げばいいの?」

 

 

少女の行動は早く、それでいて淡々としていた。

下着に手をかけたかと思うと、何の躊躇もなく脱いでいく。これを望んでいたはずなのに、なぜか俺は怯んでしまった。

なんと言えばいいのか? 彼女のリアクションはあまりにも、常軌を逸している気がして。

それに、なんだ? 死ぬつもりだった?

 

 

「ゴム持ってる? って、持ってるわけ無いか。いいよ別に生でしても」

 

 

早口だった。

やはり、なんの感情も無いような棒読みに聞こえる。

 

 

「あの、ちょ――」

 

「あぁ、でもゴメンネ。処女じゃないんだ私」

 

「や、だから!」

 

「犯されてるの! 父親に! まあ義父だけど!!」

 

「………」

 

「ひひひ! あはは、面白いね! 死のうとしてたら別の人が私の事犯すんだって! あはは、そんなに私って魅力的かな! あははは!!」

 

 

ボロボロと少女の目から涙が零れてきた。

俺は何を言っていいか分からず、ただへたり込むだけだった。

当然、俺の性器は萎えて、使い物にならなくなっていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「何? それで童貞卒業に女の子襲ってたの?」

 

「まあ、うん、それは……」

 

「そんな考え方だからキミは今まで童貞だったのだよ!」

 

「う゛ッ」

 

 

どうしてこうなっているんだ。

公園のベンチで、俺と彼女――、名前は赤川(あかがわ)瑠姫(ルキ)と言うらしい。

とにかく俺達二人は肩を並べて談笑中である。一応言っておくが俺は彼女を襲おうとしたわけであり、にも関わらず彼女は俺に怯える事無く距離を詰めてきた。

いや、まあ、俺も逃げれば良かったんだ。でも、そうしなかったのは、多少なりとも彼女のことが気になってしまったからだろう。

 

利口な皆様なら既にご存知かもしれないが、残念ながら世の中は顔である。

これがどうしようもないブスなら(言えるかどうかはともかくとして)、『消えろ中古ビッチ女! 勝手に死ね!』などと言ってさっさと飛び立っていたかもしれない。

しかしこの瑠姫と言う少女は、俺のハートを打ち抜くだけの容姿があった。あってしまった。

切りそろえた前髪、長い黒髪、ぱっつん黒髪ロングと言うのは、それだけで童貞をぶっ殺しそうな容姿である。

 

 

なによりも憂いの表情、儚げな表情を見ると、俺はこのまま帰ることができなかった。

いや、いかん、だめだ、俺は処女厨だ。だから瑠姫なんてヤツはどうでもいいのだ。

 

 

『どうせ死ぬつもりだったし』

 

「………」

 

 

あぁ、クソ。

なんだこれは。気持ちが悪いな。どうすればいいんだ。

グルグル、グチャグチャ。訳がわからない。だから流されるまま彼女の背中を追いかけ、公園にやって来た。

しかしこのままと言うわけにもいかず、悩んだ末に俺が口にしたのは――

 

 

「なにがあったの?」

 

 

彼女も彼女だが、俺も俺だ。

強姦野郎がターゲットのお悩み相談とは滑稽にも程がある。

そして彼女はと言うと、やっぱりうわべだけの笑みを浮かべて俺に今までの事を話してくれた。

 

なんでも、元々は瑠姫は優しい母親と、優しい父親、そして可愛い妹と一緒に暮らしていたらしい。

しかしまあ色々とあるのだろう。瑠姫の両親の間に溝ができてしまい、離婚と言う事になった。妹は留美(ルミ)と言うらしいが、ルミちゃんは母親が大好きだったため、そちら側についていくと。

そしてやさしい瑠姫ちゃんは、お父さんが一人になるのはかわいそうだからと、父親についていく事に決めたらしい。

妹とはまた会えるから。そう父親と母親は言っていたのも決断の理由らしい。

 

確かに、はじめは妹とも頻繁に連絡が取れたし、会おうと思えば簡単に会えた。

だがある日を境にそれが難しくなる。なに、簡単だ。それぞれが別の相手を見つけたのだ。

両親といえど男と女、元夫や元妻の記憶はなるべく消したいらしい。結果として瑠姫は引っ越す事になり、ルミとも連絡を取るなといわれるようになった。

 

そしてある日、瑠姫の父親が再婚する。

義母との関係は悪くはないが良くもなく、そんな関係が続いていたある日、瑠姫の父親が事故で亡くなる。

 

 

「義母さんは、すぐに再婚したわ。私はね、お父さんは殺されたんじゃないかって思ってるの」

 

 

そして義母が選んだ男、つまり瑠姫の義父がとんでもない野郎だったと言うわけだ。

妻とはしっかり子作りをして息子を産ませたくせに、瑠姫にも性的な暴行を加えるようになったと。

 

 

「凄いよ、義弟の誕生日に私処女を奪われたんだ。ムラムラしてたんだって!」

 

「……警察には言わなかったの? それか、妹に連絡するとか」

 

「なに? お姉ちゃんレイプされているから助けてって言うの? 無理無理、向こうにもね、もう新しい家族がいるんだって」

 

「それは――」

 

 

それに、あまりのショックでどうしていいか分からなかったらしい。

以後は心が折れたのか、受け入れるようになってしまったと。

 

 

「なんかね、もうどうでも良くなったんだ。だって誰に相談したところでその記憶は消えないわけでしょ?」

 

「まあ……、うん、それは、うん」

 

「でも今にして思えば抵抗しとけばよかったなぁって」

 

 

無抵抗なのを良い事に、義父は自分の友人に瑠姫を抱かせ、援助交際と言う形で金を稼いでいたらしい。

 

 

「中には三人でしたときもあったよ!」

 

「へ、へぇ、そうなんだ。す、す、凄いね……?」

 

「あの時は本当ッ、最悪だったよ。ローション少なすぎてさ、マジで痛くて、ガチで泣いちゃった」

 

「はぁ、た、大変ですね」

 

「そしたらさ、殴られちった。痛かったよう? 今はもう治ったけど、青アザできてさ」

 

 

結局避妊もまともにしていなかったので、しばらくしたら妊娠してしまったようだ。

まあ結局、『おろす』と言う事でなんとなかったらしいが。

 

 

「その費用、義父(クズ)が出してくれたんだけど、あれ? お金出してくれるなんて、もしかしてこの人は良い人なのかもしれないって思っちゃったほど。あはは、イカレてるよね私」

 

「えっ、あ、え……」

 

「でも次からは避妊をしっかりして犯されるようになったからさ、何にも変わらなかったんだけどね」

 

 

 

俺は具合が悪くなった。正直に言って『ドン引き』の向こう側にいた。眉根を揉みながら本気で帰りたいと思う。

何だこれは? 俺は一体何の話を聞いているんだ? げっそりしてきた。

前に思ったことだが本当に警察は何をしているんだ? 俺に構っている時間を、こういう人間を探し、助ける事に使おうとは思わないのか。暗澹たる思いである。

とにかくなんだ、彼女は実に男運が無かったらしい。実を言うと、死のうとしていた理由もそれにあるとか。

 

 

「あのね、こんなんだけど、私一応彼氏いたんだよ?」

 

 

高校三年生の彼女も学校じゃ普通の女子高生らしい。

友達もいるし彼氏もいる。聞けば随分とプラトニックな関係だったらしい。

だからこそ瑠姫は彼氏さんを本気で王子様と勘違いしてしまったらしい。

 

ある日――、と言うか今日。

瑠姫は彼氏に全てを打ち明けた。そして助けてくれと、ココから連れ出してくれと叫んだらしい。

 

 

『本気で気持ち悪い。そういうの、マジで無理だから』

 

 

それで、返って来た言葉がコレである。

 

 

「……ソイツ、何部?」

 

「サッカー部」

 

「俺の自論でサッカーと野球部は七割クズだから」

 

「屈折してるねぇ、でも間違って無いかも」

 

 

別れた後は電話をかけた。妹のルミちゃんにだ。そしたら繋がりませんでしたと。

だから死ぬ事にしたらしい。

 

 

「なんと言うか、大変でしたね」

 

「岳葉君。それしか言うことないの? 酷いね、キミ」

 

「ごめん、俺クズだから、本当なんかゴメン」

 

 

俺の抱える負なんてのは、彼女の負からしてみればまさにゴミみたいなものである。

父親が死んでから、周りに馴染めないからと大学を中退し、以後ニート。

瑠姫はいわば被害者だ。一方で俺は自らクズロードを突き進んでいたわけであり、なにを言っていいのやら。

だから迷った結果。全てを話すことにした。ここにいる理由を全てだ。

神、仮面ライダー、それを聞くと彼女は興味ありげに微笑んだ。

 

 

「ねえ、岳葉君。一個お願いがあるんだけど」

 

「なに?」

 

「殺してよ、私をさ」

 

「え……?」

 

 

何言ってるの、バカ。

そんな言葉が返ってくるとばかり思っていたが瑠姫は疑うどころかアッサリと受け入れ、そんな事を言ってのける。

 

 

「生きてても辛いだけだし。それにさ、私だって自殺ってちょっと怖かったりするんだよね。でもライダーの力があれば一発でしょ? 即死させてよ、お願だから」

 

「いや、でもそれは――」

 

 

俺は口をモゴモゴと動かすだけで言葉をつむぐ事はできなかった。

まあ、多少なりとも持ち前のコミュ障が出た感は否めない。瑠姫は本当に綺麗で可愛く、俺は先程から彼女とは目を合わせていない。

訂正、合わせられない。しかしそうなると俺の中で言いようの無い怒りがこみ上げてきた。

俺を含めて、どうして瑠姫のような人間がこんなクソみたいな思いをしなければならないのか。

 

そして俺は気づいてしまった。

俺は今までライダーの力を使って色々なヤツをボコボコにしてきた。

ジジイもババアも子供も女も等しくムカツク奴は殴った。でも殺しはしなかった。

俺はそれを苦痛を与える事こそが目的であり、殺しては意味が無いと言う風に自己認識してきた。しかしそれは間違いだったのだ。

 

その実、俺は人を殺す事が怖かったからに他ならない。

俺は結局、生まれ変わる前と同じで何もかも中途半端なヤツなんだ。

 

仮面ライダーの力を手に入れても自己満足のオナニーばかりで何もなっちゃいない。

俺はそれが悔しくて悔しくて。

だからだろう。こんな話を持ちかけたのは。

 

 

「俺がそのクソ野郎。ぶっ飛ばしてやろうか」

 

 

俺はスイッチを入れなければならなかった。

英雄になりたいとか、極悪人になりたいとか、そんな事は考えてはいない。

しかし『俺のまま』生きる事だけは避けなければならなかった。俺は俺を殺さなければならない。

恐怖、焦り、全てを超越する事こそが俺が目指さなければならない極地だ。

 

故に、瑠姫には感謝しなければならない。

彼女は俺にとっての『レバー』だ。別に彼女が嘘をついている可能性もあったが、いずれにせよ俺はレバーを引くか押すか、とにかくと切り替えを行わなければならない。

でなければ、俺は一体なんのために生まれ変わったのか。

俺は再びタジャドルに変身し、瑠姫を連れて彼女の家に向かった。

 

 

「凄い、あっと言う間だったね」

 

 

瑠姫は月を見て綺麗だねと笑っていた。そうしているとまさにあっという間に彼女の家にたどり着いた。

何のことは無い、二階建ての一軒屋。俺はドアを蹴破ると、変身を解除して中に中に突き進む。

ゴチャゴチャと物が散乱する廊下を掻き分けると、リビングへ続く扉が見えた。

声が聞こえる。

 

 

「あ、瑠姫……」

 

 

フローリング、テーブルの上に見えたのはケーキだ。

まず目に飛び込んできたのは『お誕生日おめでとう啓ちゃん』の文字。

ははあ、なるほど、今日は瑠姫の義弟の誕生日のようだ。つまり瑠姫が無理やり犯された日でもあるわけか。

今日で何周年なのだろう? まあそんな事はどうでもいいか。

 

テーブルを囲み、座っていたのは三人の男女。

瑠姫の義弟である啓はまだ小さく、ぽかんとした目でコチラを見ている。頭にはパーティでよく見る三角帽子があった。

瑠姫の義母も見える。ショートカットの普通のおばさんと言った感じだ。不細工ではないがコレといって特別綺麗でもない。なんだか特徴の無い女だった。

そして、義父。いい歳だろうが、髪を茶色に染めており、メガネをしている。コイツが瑠姫をボロボロにしたクズなわけだ。

ああ、なんだか腹が立ってきた。こんな野郎が童貞を卒業し、俺は未だに―ー。

 

いや、やめておこう。冷静に深呼吸。すると耳を貫く不快な騒音が。

見ると、大型の犬が俺に向かって吼えている。犬種はなんだろうか? 俺はペット事情やワンちゃんにはあまり詳しくないのでよく分からない。

 

 

「犬、買ってるんだ」

 

「うん、タロちゃん。私の穴で稼いだ金で買ったらしいよ」

 

「……それ冗談? 笑えばいいの?」

 

「さあ? お好きにどうぞ」

 

 

俺達の会話で我に返ったのか、義父が椅子から立ち上がった。

クチャクチャと音を立て、食いかけのから揚げを皿に置いて。

 

 

「おい、なんだお前は!」

 

「る、瑠姫ちゃんのお友達なの?」

 

 

楽しいお誕生日会を邪魔されて少し不機嫌なのか、義父の声色は荒かった。

そこで俺は見る。テーブルの上に瑠姫の料理はおいていない。

それを見て、俺の中で何かが音を立てて壊れた。なんだかとても『わずらわしくなった』のだ。

別に瑠姫の分を用意していない件に怒っているわけじゃない。なぜならば瑠姫自身がいらないと言った可能性もあり、一概に答えを決め付ける事はナンセンスだと思ったからだ。

しかしもしも本当に瑠姫に半ば嫌がらせの意味を込めて料理を用意していないのなら、人間ってヤツはなんて――。

ああいや、おかしい、違うなコレは。瑠姫をつい先程襲おうとしていた男の言葉じゃない。

俺はまだ瑠姫のために怒れるほど立派な人間でもなければ、思いやりのある人間ではないのだ。だったらこの不快感は?

 

 

「いてッ」

 

 

足に刺激が走る。視線を移動させると、犬が俺の脚に噛み付いていた。

 

 

「こ、コラ。だめじゃないタロちゃん」

 

「ぎゃはは! おもしろーい!」

 

「おい、だから誰だお前は! 瑠姫のなんなんだ!」

 

 

犬を軽く注意するだけの母親

俺を見て笑ってるクソガキ。

犬ではなく俺に言葉を荒げる義父。お忘れかもしれませんが、コイツはレイプ野郎なんですよみなさん。

あ、そうか、分かってしまった。俺が感じたわずらわしさの正体。不快感の真相。

つまり俺は、こいつらが純粋に嫌いなんだ。人として。

 

 

「……ねえ、さっきの言葉嘘じゃないよね」

 

 

隣を見れば、瑠姫が唇を噛んでいた。

瑠姫の目からは大粒の涙が零れていた。声は震えていた。

目が語っている、俺に、助けてと。それくらい分かりやすい視線だった。人を思いやるのが苦手な俺でも分かるくらいの視線だった。

 

 

「なにが?」

 

 

あえて聞く。間違っている可能性はあるのだ。なぜならば俺はクズだから。

じゃあ俺は何をすればいいんだ。おしえてくれよ、マイエンジェル。

 

 

「殺して、こいつ等全員」

 

 

俺の姫は、確かにそう言った。

 

 

「お願い、英雄」

 

 

だから俺は、ドライバーを取り出したのさ。

美人に涙は似合わない。そうだろ? あとはジェラシー。

瑠姫ちゃんをココまで悲しませ、ひいてはボロボロに犯したやつと、その家族が嫌いで嫌いで。そもそも生理的に無理なんだよこいつ等。

俺も、初めて人を殺したいと明確に思えた。

 

 

「アマゾン――ッ!」『OMEGA』

 

 

ドライバーにあるレバーを捻れば、俺は緑色の野獣に変わる。

悲鳴が聞こえた。発生する熱波は瑠姫の家族を吹き飛ばす。その中で俺はもう一度レバーを捻った。

 

 

『VIOLENT・VANISH』

 

 

電子音が聞こえる。

俺はゆっくりと息を吐くと、近くに倒れていた犬に手を伸ばした。

 

 

「ギャンッ!!」

 

 

アマゾンズ、オメガ。

俺は腕についているブレードをタロちゃんに押し当てた。

クリーム色の毛並みに赤いソースが彩りを加える。さっきは良くもやってくれたなクソ犬。でもな、まあお前に恨みは――あるけど、無いんだ。

ただ分かってくれ。お前は死なないといけない。ペットは家庭における幸福の象徴だ。だからお前はいちゃいけないんだよ。

瑠姫は幸福じゃないから、幸せの象徴のお前はいらないんだよ。

 

 

「イヤァアアアアアアアアア!!」

 

 

ヒステリックな叫びは、義母のものだった。

俺がタロちゃんを二つにした事がそんなにショックだったのだろうか。

でもこの死は死じゃない。だってコレは全て幻想だからだ。

タロは存在しているように見えて、はじめから存在していなかったのだ。ペットを愛すると言う行為は、家族を愛すると言う行為の延長にある。

ならばそれが虚構だった場合、この愛もまた虚構になり、タロと言う存在は存在していなかったとも言える。一般家庭におけるペットの役割は愛するものなのだから。

 

 

「け、警察ッ! ひぃぃ!!」

 

 

脱兎のように駆け、義母は電話に向かった。

一方で義弟は口にケーキのクリームをつけたまま、放心している。

義父は青ざめ、俺を睨んでいた。

 

 

「な、なんだお前ぇ! 警察呼ぶぞ!!」

 

「本当に呼んでもいいのか?」

 

「ッ、お前!」

 

 

俺は確かに見た。義父の表情が歪むのを。

俺は、『俺』は確信した。やはりコイツは瑠姫を。

一方で耳に纏わりつく不快な上声。その正体は瑠姫の義母だ。

 

 

「アイツはどうなの?」

 

「殺して。アイツがお父さんを殺したの」

 

「………」

 

 

それはあくまでも瑠姫の妄想でしかない。

しかし俺には、俺達にとっては真実だった。だから俺に迷いは無かった。それに俺はあのオバサンが嫌いだ。

普通自分の犬が他人に噛み付いたらもっと激しく叱るか、俺からタロを引き剥がそうとするだろう。にも関わらずあの義母のババアは本当に形だけの注意をするだけだった。

俺は義母が嫌い。瑠姫は義母が嫌い。なんの問題もない。

 

 

「変身!」『ROD FORM』

 

 

仮面ライダー電王、ロッドフォーム。

俺はデンガッシャーを素早くロッドモードに変えると、それを思い切り振るった。

すると先端から光の糸が発射され、警察に電話をかけようとしていた義母の背中に命中する。

そして俺が再びロッドを振るうと、義母の体が吹き飛び、一気に俺の前に引き寄せられる。

デンリール。義母は戸惑いの中でなんとか立ち上がったみたいだが、もう遅い。

俺は既にロッドを二発、打ち込んでいた。

 

 

「ね、ねえ啓ちゃん。あ、あなた――、何がどうなっているの?」

 

 

眉毛を八の字にして義母はフラフラと立ち上がる。

 

 

「誰か説明してよぉ、わたし真っ暗で何も見えないのょぉ」

 

 

当然だ。俺が打ち込んだのはアンタの眼球。

デンガッシャーは義母の眼球を二つ、しっかりと潰している。狙い通りだ。

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁあ! ママーッ!!」

 

 

義弟の啓ちゃんとやらが泣き出した。

うるさいな。受け入れろよ。誕生日にお母さんが目を潰された事を受け入れてくれよ。いいじゃないか、これは報いなんだ。裁きなんだよ。

 

 

「そうだろ、見て見ぬフリをしたアンタには、お似合いだぜ」

 

 

おかしいと思った。瑠姫が犯されている事を義母は本当に知らなかったのだろうか。

ラブホテルで事が及ぶにせよ、自宅にて事が及ぶにせよ、本当に気づかないものなのだろうか。

援助交際で稼いだ金で犬を買う事に、本当に気づかないものなのだろうか。

いずれにせよ、気づかなかったミスでもある。

アンタに、親の資格は無い。

 

そんな言い訳。大義名分。

 

 

「消えろ」『FULL CHARGE』

 

 

ソリッドアタックはなんなく決まった。

俺の投げたロッドが義母の体に埋め込まれ、六角形の魔法陣を形成させる。

俺は走った。そしてハイキック。魔法陣で拘束された義母にデンライダーキックを叩き込む。義母の体は大きく斜め上に吹き飛び、途中で爆散。

ガラスに肉片と血液、臓器の欠片がこべりついた。

 

 

「ひ、ヒィィイアァアアア!!」

 

 

目を見開き、義父は俺に背中を向けて走りだす。

おいおい、啓ちゃん置いていくのかよ。いや、いや、人間なんてそんなもの――、って言うか実際そういうものなのだろうか。

いざとなったら家族よりも自分の命が大切なのか。

いや、当然か。自分が生きていなきゃなんの意味も無いわな。

 

 

「今の俺には、それがよく分かるよ」

 

 

俺は変身した。

仮面ライダー、クウガに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フンッ、フン! フンッッ!」

 

 

俺は五代雄介が嫌いだ。

アイツはヘラヘラしていて軽いんだ。だが俺は違う。俺のクウガは、重い。

 

 

「ご、ごべっ、ごべんなざびゅ」

 

 

マイティフォームは良い。返り血が目立たないんだ。

 

 

「おねがいです! もうやめで! おがあざんをがえじで! おどうざんをいじめないで!!」

 

 

啓は泣きながら俺に何かを懇願している。

小さな手で俺の腕を掴んで必死に拳が義父に届かないようにしている。

だが俺はお前が嫌いだ。だから、お願いは聞かない。俺は啓の手を振り払うと拳を一発、義父の顔面にぶち込んだ。

 

先程から俺は義父に馬乗りになって顔やその周辺を殴り続けている。

骨が砕ける感覚は何度も味わった。だがまだだ、まだ足りない。俺は血まみれでクレーターまみれの顔面にもう一発拳を打ち込んだ。

そして気づく。

 

 

「あ」

 

 

俺は啓ちゃんに向かって親指を見せた。

サムズアップ。古代ローマ、うんたらかんたらのポーズ。

 

 

「お前の父ちゃん、今死んだぞ」

 

 

血まみれのクウガが、お前に見えるか。

 

 

「うわぁぁぁぁあぁああぁあ!!」

 

「逃げろ逃げろ、次はお前を殺すかもしれないぞ!」

 

 

啓は泣きながら家を出て行った。

俺は立ち上がると、椅子に座って、血まみれのケーキを見つめていた瑠姫に声をかける。

 

 

「どうする?」

 

「……私ね、啓のヤツに言われたの」

 

「なんて?」

 

「お前は本当の娘じゃないから、愛されて無いんだ。パパとママは僕の方が可愛いんだよって」

 

「なるほど。そりゃあ酷いね」

 

「クソガキでしょ。もう、本当に、むかつく」

 

 

気づけば足が動いていた。

リビングにおいてあった姿見の前で、俺は『デッキ』を突き出す。すると呼応するように腰に現れるVバックル。

 

 

「……変身」

 

 

俺は龍騎だ。

仮面ライダー龍騎だ。

玄関を開けて外に出た。少し向こうに、震える背中を見つける。

そこで気づいた。泣きじゃくりながらも啓は、両親から貰ったであろうプレゼントを引きずっている。

包装紙が破けており、何が包まれていたのかを見ることができた。そしてそれを見た瞬間、乾いた笑いが漏れてくる。

 

それは仮面ライダーの玩具であった。

啓もライダーに憧れる年齢だろう。しかし俺にはそれが堪らない皮肉に思えた。

なんだ? ライダーってなんなんだ? 子供のご機嫌をとるツールなのか。それとも憧れの対象なのか。

それともただのエンターテイメントフィクションなのか。

 

それとも、ただの『凶器』なのか。

 

俺は自分の掌を見つめる。

赤い手、それは間違いなく俺が龍騎である証明だった。

デッキから、一枚のカードを抜き取る。

 

 

「……城戸真司はイカレてる」『ファイナルベント』

 

 

俺にとって、城戸真司はマジで意味が分からない。

ライダー同士の殺し合いに協力を説くなんてバカを通り越して脳みそがおかしいとしか思えない。結果、アイツは何もなせずに死んでいった。

だが俺は違う。

 

俺は、『成す』んだ。

真司は自分の願いを叶えられずに死んでいった。

いかなる事情があろうとも死んでしまっては何もならない。だが俺は違う。俺は生きている。生きて、ココに立っている。

だから、叶えるんだ。俺は、俺になれるんだ。

 

 

「フッ! ハァアァア……ッッ!!」

 

 

両腕を前に突き出すと、空からドラグレッダーが飛来してくる。

そのまま腕を旋回させると、ドラグレッダーもリンクする様に回りを飛びまわった。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

地面を蹴って、ドラグレッダーと共に飛び上がる。

そして旋回後、飛び蹴り。炎を纏った俺の体はロケットの様に加速して、啓の背中に足裏を叩き込んだ。

 

 

「ごぴゅぅぅ!」

 

 

啓は間抜けな声を上げながら、炎を纏い、海老反りで前方に飛んでいく。

地面につく前に体内でエネルギーが爆発したのか、空中で爆散した。

 

 

「……俺は生きてるぞ、龍騎!」

 

 

そして啓は死んだ。

俺が殺した。なんて弱い、なんて無力なんだ。

人を傷つけるくせに、傷つけられたらあっという間に壊れる。

こんな馬鹿な話はあるか。だったら最初から、傷つけるなよ。未熟なくせに、優しくなんて無いくせに、仮面ライダーなんて見るなよ。

 

 

「ヒーローなんかに憧れるなよ」

 

 

俺は地面に転がっているプレゼントを見て、つくづくそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

変身を解除して家に戻ると、瑠姫は義父の死体の傍でもぞもぞと動いていた。

 

 

「終わったよ」

 

「そっか、ありがとう」

 

「……なにしてんの?」

 

「ちんちん切ってるの」

 

 

俺はまた具合が悪くなった。

思わず股間を押さえてうめき声を上げる。男性諸君ならば絶対に見たく無い光景がそこにはあった。

大きなハサミで、瑠姫は一気に義父の性器を切り落としていた。

そしてそれをゴミ箱に捨てると、俺の方を見る。どんな表情をしていいか分からず、俺は引きつった笑みを浮かべていた事だろう。

 

 

「啓、どうなった?」

 

「あ。ごめん、これしかもう無かった」

 

 

俺は手に持っていた『一部』を瑠姫に見せる。

ドラゴンライダーキックの威力は俺の想像を超えていた。小さな啓の体ではそれに耐えうる事ができず、残っていた遺体は顎の一部だけである。

俺はそれをテーブルに放り、改めて辺りを見回してみる。

 

臓物を零しながら転がっている二つの犬。

両目が消失し、さらに体の大半が窓ガラスに張り付いている義母。爆散し、ほぼゼロとなった義弟。

そして、性器を失い、顔面が人間とは思えないほどに変形している義父。

 

俺はどこか、夢を見ているような気分だった。

もちろんこの光景を作り出したのは俺だ。だと言うのに俺はそれが信じられなかった。

俺にとってはまるで粘土細工を壊したような、それくらいの感覚だった。

だが死体を見るうちに、俺の胸からは言いようの無い不快感がこみ上げてきた。

 

もしかしたら俺は、とんでもない事をしてしまったんじゃないだろうか。

足が震えてきた。気分が悪い。まさか本当に人を殺す――、そんな事が起こるなんて信じられなかった。

いや、何を言っているんだおれは。これは俺が望んで、俺が自分の手でやった事なんだ。

 

 

まて、本当にそうなのか。

俺は本当にこの家族を殺したかったんだろうか。

せめて何の罪も無い犬くらいは助けても――。

 

 

「ねえ、岳葉君」

 

「え?」

 

 

俺は反射的に声がした方向を。瑠姫の方を見た。

彼女はまた、涙を零し、俺に微笑みかけていた。

 

 

「これでもう私、辛い目に合わなくていいのかな?」

 

「そ、それは――」

 

 

どうなのだろうか。

苦痛は生きていれば――、ああいや、彼女はそういう事を言いたい訳じゃないんだろう。

彼女にとってココは鳥篭のようなものだった。自分を縛り、苦痛を与える悪魔達がはびこる地獄だったのだ。

彼らは瑠姫にとって恐怖の軍団だったわけだ。だったら俺が言う言葉は一つだろう。

 

 

「大丈夫。俺が殺したから」

 

 

すると、彼女は地面を蹴った。

俯いたまま、全速力で俺に飛び込んでくる。脳が揺れた、思わず声が出た。けれども俺の思考は別の点で混乱していた。

瑠姫は俺に抱きついていたのだ。胸の辺りに柔らかい感触を感じる。な、なんだこれは。どうすればいいんだ。俺は理解が追いつかず、ただ両手を広げて固まるだけだった。

一方で耳は先程から瑠姫の泣き声を拾っている。すすり泣く声には、確かに喜びの感情も混じっていた。

 

 

「ありがとう」

 

「―――」

 

「本当にありがとうね、岳葉くん――ッ!」

 

 

俺の脳に電流が走った。

それは今までに体験した事の無い未曾有の感情だった。

俺は目の前が真っ白になり、しばらく本当に時間が止まったように固まっていた事だろう。

ありがとう、か。何年ぶりだろう? 人に感謝をされたのは。

 

もちろんバイトをしていた時には客に言われたこともある。

しかしそれはあくまでも事務的なもので、本当に俺に感謝していたわけではあるまい。

今にして考えてみれば俺がバイトでやっていた事はロボットにもできることだ。俺でなければならない事ではなかった。

 

しかし今、瑠姫が俺に感謝の言葉を言ってくれた事で、俺の中で何かが爆発したのを感じた。

それはきっと、喜び、だろうか? ううん、それとは少し違う。歓喜――、興奮、それと似た何かもっと大きな。

そう、そうだ、自己の証明。アイデンティティの確立。

そうか、そういうことか、俺は今、俺でなければならない事をして、感謝されたのだ。

 

 

「ありがとう?」

 

「うん。だって、私はもう――ッ、あぁぁぁあぁ!」

 

 

きっとそれは瑠姫がずっと溜め込んでいた感情や不満なのだろう。

それが解き放たれ、彼女は言葉にならない声をあげて泣きじゃくった。

一方で俺はと言うと対照的に、かつてない喜びを感じていた。つい先程までは瑠姫の家族を手にかけた事に恐怖していた。

人を殺めてしまった事に対しての焦りや不安を覚えていた。しかし今の俺は最早そんな物に縛られる男ではなかった。なぜならば瑠姫の一言が俺を救ってくれたのだ。

ありがとう。それは本当のありがとうだ。つまり正真正銘、本当の感謝があったのだ。

 

瑠姫はもう犯される事はないだろう。

血の繋がらない家族に気を遣い、心を締め付けられることはないだろう。

なぜ? 決まっている。俺が、この本間岳葉と言う男がいたからだ。

 

 

「瑠姫――、元気を出してくれ。もう苦しまなくていいんだから」

 

「うん。うん、そうだね。全部あなたのおかげ」

 

 

それは一瞬だった。

瑠姫は俺の頬を撫でると、その唇を俺の唇に押し当てる。

そして唇を離すと、悪戯に微笑んだ。

 

 

「大好き。岳葉くん。あなたって本当に最高」

 

「―――」

 

 

ファーストキスの衝撃よりも言葉が俺の心を撃ち抜いた。

愛を語るのか。俺に愛を――。であれば俺は、意味があったんだ。

生き返った意味が。生きていた意味があったのだ。

 

 

「本当に?」

 

「うん。貴方は私の、ヒーローよ」

 

 

仮面ライダーは怪人と戦うもんだ。

怪人ってヤツは、その名の通り怪しい『人』ってわけだ。

ショッカーやグロンギなんてものは所詮分かりやすくデフォルメしただけにしか過ぎない。あいつらのやる事は人を襲い、人を殺し、人を恐怖に叩き込む事だ。

 

なんだ、簡単じゃないか。俺は何を戸惑っていたんだ。

たった今、俺が殺したのは、怪人じゃないか。

 

 

「ッ、俺でいいのか? 瑠姫」

 

「いいよ。貴方じゃないとダメ。私を救ってくれた、王子様……!」

 

「お、王子様って……」

 

「ガラじゃない? そうだもんね、あなただって私をレイプしようとしたもんね」

 

「そ、その話はもうやめよう!」

 

 

瑠姫の体は汚され、心は壊され、それを行っていたのは同じ人間だ。

そうだ、俺はショッカーを殺し、瑠姫を助け出したんだ。瑠姫を救ったのは俺なんだ。

俺の人生の意味は、彼女がいたから、存在するんだ。

 

 

「じゃあ、今度は恋人として、一緒にいてよ」

 

「あ――」

 

 

当然のキス、告白。彼女は本当に俺が好きなのか?

いや、違うだろう。彼女は孤独を恐れ、これ以上の恐怖を恐れている。

俺と一緒にいればそれがもう訪れないと夢を見ているだけだ。しかしそれはおかしい事じゃない、傷つくのは怖いから、一人ぼっちは寂しいから。

いいんだ、それでもいい。

 

俺もまた、彼女と一緒にいたいと言う欲望があった。

俺を肯定してくれた瑠姫がいれば、俺は、もう――、迷わなくていいんだ。

生まれた意味が分からず、ライダーの力を手に入れても俺がしたことは俺でなくてもいい事ばかりだった。

しかし彼女は俺でなければならない事をさせてくれた。だから、俺は、彼女といたいんだ。

そうすれば、幼女をレイプしようなんてクソ以下のゴミみたいな考えを思い浮かばなくて済む。

 

 

「瑠姫、キミに酷い事をしておいて、こんな事を言うのは勝手だと思ってる。でも、聞いてほしい」

 

「うん、いいよ」

 

「キミが好きだ。一緒にいてほしい」

 

「うん! うんッ! 私もキミが好き!!」

 

 

俺達は抱き合った。

愛はあるのか? それは分からない。きっと俺達はまだ仮面をつけている。

しかし一つだけ分かっている事があるのならば、それは俺達は俺達の存在を望んでいるという事だ。

今はそれでも――、いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『では、次のニュースです』

 

 

人もまばらなラーメン屋。

テレビでやっているニュースを見て、一人の少年は箸を止めた。

ニュースの内容はココ最近、頻繁に起こっている暴力事件についてだ。

犯人はみな仮面ライダーのコスプレをしており、防犯カメラにもその映像は記録されている。

 

 

「仮面ライダー?」

 

 

少年はポツリと呟いた。

それに反応して、向かいの席でチャーシュー麺をモリモリと食べていた少女も箸を止める。

 

 

「ふぁ、どうひたのいちふぁらふん」

 

 

少女はゴクリと喉を鳴らし、首を後ろに向ける。

ニュースは次の映像を映し出しており、それは今しがた起こった殺人事件を取り上げていた。

一家全員が殺害されており、家はまるごと炎に包まれていたらしい。

 

特筆するべきは遺体の損壊の激しさである。

遺体はほぼ丸ごと全焼しており、原型を止めていないほどにバラバラになっていたらしい。

あまりの損壊の様子に、誰が死んでいるのかは調査中だとか。ましてやその犯行内容から、普通の人間ではとても行えない殺人と取り上げられていた。

 

 

『警察は仮面ライダーの格好をした人物が事件に関わっているのではないかと調査を――』

 

「か、かめんらいだぁだって! 仮面ライダー!」

 

「ああ、らしいね」

 

 

ニュースでは専門家達がそれぞれの意見を言い合っている。

仮面ライダーの格好をして暴行事件を起こす者がいると言うのはネットニュースでは噂されていた事だが、公共の電波でニュースになるのは今日がはじめてだとか。

コスプレだけではなく専用の武器を持ち、それを凶器にしている点も紹介されていた。

 

 

『まったく、子供達のヒーローを騙るとは許せませんね』

 

『ウチの子供も好きで良く見てるんですよ。犯人を一刻も早く逮捕して――』

 

『特撮オタクの犯行でしょう。コスプレをしていると、本当に自分が仮面ライダーになったと錯覚する。まったく、幼稚な犯人ですな!』

 

「いや、違う」

 

 

少年は、最後の言葉を切り捨てた。

あれはきっと、コスプレなどではない。少年の前にいる少女も、同じ事を考えていたのか、チャーシュー麺から箸を離して、真面目な表情を一つ。

 

 

「これって、もしかして市原くんと一緒の……!」

 

「……どうやら、僕以外にもいたみたいだ」

 

「映ってるの、これ、フォーゼだよね。って事は――!」

 

「ああ、僕が最も危惧していた事が起こってしまった」

 

 

少年、市原(いちはら)隼世(はやせ)は歯を食いしばり、テレビを睨みつけた。

 

 

「仮面ライダーの力を使って悪さをするなんて、絶対に許せない――ッッ!!」

 

 

隼世は、そのデッキ、仮面ライダーナイトのデッキを取り出して強く握り締める。

 

 

「この力は、そんなに軽いものじゃないんだ!!」

 

 

歯を食いしばり、隼世はテレビの向こうにいる犯人を。

姿の見えぬ、本間岳葉をただひたすらに睨みつけていた。

 

 

「仮面ライダーを汚すヤツは、僕が許さない!」

 

 

 



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第3話 正義と正義のオナニーパーティ(前編)

(´;ω;`)ひっでぇタイトルだよ


 

 

イカレた人生を歩んでいたのならば、朝から晩までネットやゲームに勤しみ、自尊心の確立の為に他者を叩いたり掲示板を炎上させたりする。

そして母親を泣かせ、信号を無視し、延いては幼女を犯そうなどと頭のおかしい思考に至る。

 

一方でまともな人生を歩んでいたのならば、小学校入学から高校卒業までの間に、毎年避難訓練と言うものを経験済みであろう。

しかし訓練と言うのは所詮訓練でしかない。人間はいざ危機的状況に陥ると、生存本能が理性を上回り、他人を踏み越えてでも助かりたいと思うものだ。

ここ、『島谷ホテル』でもまた、常識と理性が崩壊していく。いかに火の始末を気をつけていても放火をされては意味が無い。

非常階段で我先にと降りていく人がすし詰めとなり、それが原因で避難が遅れていく。

さらに火に気づかない者達もおり、現場は地獄と化していた。

 

 

『えーッ、見えますでしょうか! 火の勢いは尚増しており――! あ! ご覧ください、あれは逃げ遅れた人でしょうか! バルコニーに避難しているようです!』

 

 

カメラが親子連れを捉えた。

バルコニーに逃げたはいいが、そこからはどうする事もできずに助けを求めている。

どうやら放火魔は複数の場所から火を放ったらしく、現在は捉えられているものの、犯人を捕まえたからといって火が消えるわけは無い。

消防隊も必死に消火活動や救助活動を行っているものの、おそらくこのままでは。

 

 

「ゴメンね、美香。ママがもっとしっかりしてれば――ッ!」

 

 

母親はバルコニーで娘の頭を撫でて必死に落ち着けようとしている。

父親はと言うとなんとか逃げ道を見つけられまいかと探しているようだが、どこもかしこも火の手が強く、とてもじゃないが逃げられるとは思わなかった。

ましてや火災で一番気をつけなければならないのは煙だ。なんとか三人はバルコニーの端に寄るがこのままでは――。

しかしココから飛び降りれば確実に死ぬ。親子三人は抱き合い、ただ恐怖するだけしかなかった。

 

 

「美香! 大丈夫だからな!」

 

「ゴメンね、美香、大丈夫だからね」

 

 

両親は必死に娘を励ましているようだが、半ば自分達が助からない事を悟っていた。

ああ、なんでこんな事になるのか。今日は娘の誕生日なのに。こんな馬鹿なことがあっていいのか、母親も父親もボロボロと涙を流している。

そして当の娘は、恐怖に顔を青ざめ、体は震え、しかしそれでも、笑みを浮かべていた。

 

 

「いいの。ママとパパと一緒なら、美香、怖くないよ」

 

「あぁ、美香!」

 

 

抱き合い、三人は自らの運命を呪った。

自分達は何故生きてきたのか。死を間際にして思う。こんな辛い死に方をするために今までを頑張ってきたわけではないのに。

なんて惨めなんだ、ボロボロと涙を流し、三人はそろそろとやって来る終わりを覚悟する。

だがその時だった。暗闇の空から、金色の光が見えたのは。

 

 

「大丈夫ですか!」

 

 

三人は息を呑んだ。

鳥? 孔雀? いや、違う。人だ。赤と金の装飾を纏った何者かが親子三人の前に降り立った。

 

 

「え? え? え?」

 

 

訳が分からないと言った表情で父親と母親は固まる。

当然だろう。普通、人は空を飛ばない。

 

 

「頼むぞファイアフライ、バレットアルマジロ!」『バレット』『ファイア』『ファイアバレット』

 

 

それに炎を放つ銃で、コチラに迫る炎を押し返したりはしない。

 

 

「神様なの?」

 

「え?」

 

 

美香が問うた。

 

 

「今日はね、美香のお誕生日なの。だからね、美香、神様にお願いしたの」

 

「お願い?」

 

「うん。もう一生プレゼントはいらないから。美香はどうなってもいいから、パパとママは助けてって」

 

「そっか、偉いね。美香ちゃんは」

 

 

救世主は美香と視線を合わせるためにしゃがみ込むと、美香の頭を撫でて微笑んだ。

とは言え、美香からはその微笑みは確認できない。当然だ、救世主は仮面を被っているからだ。

 

 

「大丈夫だよ。誕生日に死ぬなんて皮肉にもならない。神様が許しても、僕が許さないからね」

 

 

ギャレン、ジャックフォームは右腕で父親を。左腕で母親と美香を抱える。

 

 

「怖くないよ、美香ちゃん。」

 

「うん。大丈夫」

 

 

ギャレンは翼を広げると飛翔。

三人を抱えたまま、ホテルの近くにある駐車場に着地する。そして三人を解放するとすぐに踵を返してホテルを見た。

轟々と燃えるホテルの中には、まだ逃げ遅れた人たちがいるだろうから。

最後に、ギャレンは先程の答えを美香に返す。

 

 

「僕はライダー、みならい。かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイプぅ、れいぷぅ、れいぷぅぷぅー♪」

 

「………」

 

「わたしのー、彼氏はー、レイプー犯ー!」

 

「………」

 

「JSぅ、襲ってぇ、失敗ぃしたぁらJKへー♪」

 

「ちょ、ちょっと止めませんかその歌!!」

 

 

道の駅にあったベンチでソフトクリームを舐めながら、瑠姫は意地悪な笑みを浮かべていた。

まったく、そこそこの音量で歌うものだから近くを通りがかったオバサンにエグイ目で見られたじゃないか。

岳葉はうんざりしたように頭をかいて、瑠姫を睨んでいた。

 

 

「ひょっとして根に持ってる?」

 

「ん、秘密ぅ」

 

 

岳葉をからかうのが面白いのか、瑠姫はケタケタと笑っていた。

瑠姫の家族を殺してから三日が経った。ニュースでは今も連日して行われる犯行をしきりに取り上げているが、やはりと言うべきか、岳葉にはたどり着かない。

一方で岳葉達もあの街を離れることにした。あそこは瑠姫にとって辛い思い出が多すぎる。

愛の逃避行とでも言えばいいのか、今日は移動途中に休憩しようと立ち寄った道の駅で、二人はからかい合っているわけだ。

 

 

「岳葉くんも食べる? ソフトクリーム」

 

「え? あぁ、もらおうかな」

 

「んぐ」

 

「は? って、んむッ!」

 

 

瑠姫はソフトクリームをほお張って口に含むと、そのまま自分の唇を岳葉に押し当てた。

所謂、口移しである。普通に食わせてくれよとは思えど、舌を絡ませてくる瑠姫を前にすれば岳葉など赤子同然であった。

されるがままに硬直し、唇の隙間から白い雫を垂らしていく。

 

 

「ぷはっ! へへっ、どう? おいしい?」

 

「つ、冷たくて、甘い」

 

「おかわりは?」

 

「い、いや、別にいいから! ちゃんと食べなさい!」

 

「ちぇー、レイプ魔に説教されちった」

 

「もうッ! その話は勘弁してくれ!」

 

 

なんて事だ、良い玩具を与えてしまった。

しかし今にして思えば確かになんてアホな事をしていたのだろうか。

一時のテンションに身を任せてはいけないと漫画やアニメ、ドラマなどで耳が腐るほど聞いていたのに。

 

 

「ねえ、岳葉くん」

 

「うん?」

 

「昨日は……、どうだった?」

 

 

艶の良い黒髪を弄りながら、瑠姫は頬を桜色に染めた。

正直さきほどから彼女のスカートとニーソの間にある絶対領域を凝視していた岳葉にとっては、詳細を聞かずとも何の話かはすぐに理解できた。

 

 

「う、うん。えっと、あの、凄く、俺は、良かったです」

 

「ふふ、なんで敬語になるの。童貞感丸出しだよ」

 

「も、もう違うから!」

 

「そうだね、私にありがとうしないとダメだね」

 

 

童貞とのサヨナラはあまりにも呆気なかった。

あれだけ幼女だのJKだのと考えていた準備期間とは裏腹に、瑠姫の家族を殺した夜に二人は近くにあったラブホテルで行為に及んだ。

何の為に抱き合ったのか、それが分からないから、違和感はあった。しかし岳葉にとってはやはり行為そのものは悪くないものだったのである。

 

やはり瑠姫は綺麗だ。

長く美しい墨の様な髪はとてもしなやかで、色白の彼女と合わさり、『やまとなでしこ』と呼ぶにふさわしい。

だから受け入れる。あれから毎晩、二人は体を重ねてきた。

 

 

「私も、ね、最近ちょっと良い感じかもって」

 

「え……?」

 

「始めは岳葉くん下手クソすぎてビックリしたけど、最近ちょっと慣れてきたでしょ?」

 

 

彼女はどうやら黒歴史を穿り返すのが好きらしい。

確かに、認めよう。いや認めざるを得ない。岳葉は童貞ゆえ、童貞パワーを初戦闘でいかんなく発揮したのは仕方ないことなのだ。

 

 

「おへそに挿れようとした時は笑っちゃってごめんね。誰にでもミスはあるもんね」

 

「もう止めて! お願いだからやめて!!」

 

「ひひひ、ゴメンゴメン」

 

 

また腹の立つ話だが、笑う彼女の顔が可愛くて岳葉は強く言い返せない。

話は続きに戻る。瑠姫はやはりと少し頬を染めて、照れ隠しのようにコーンを齧りだした。

 

 

「でも私も、初めてだと思う。セックスで気持ちよくなったの」

 

「………」

 

 

なんて返せばいいのか全く分からない。

ばつが悪そうな表情を浮かべて肩を竦める岳葉。

仮面ライダーの力を手に入れたところで口が達者になるわけではない。ココ最近、岳葉はなんとなく察してしまった。

有ると無いとではそりゃあ大きく違うし、変な人間に絡まれても大丈夫と言う安心感はある。

しかしいざ生きていく実生活の中で、仮面ライダーの力はほとんど必要ないのだ。

ましてや男女の関係の中になど。

 

 

「ねえ、岳葉君。引かない? 幻滅しない?」

 

「ああ。大丈夫、約束する。なに?」

 

「あのね、私ね、分からなくなって」

 

 

瑠姫は昔から頭が良かった。

あの劣悪な環境ですら勉学には勤しみ、クラスでも成績は上位だったとか。

そんな彼女が分からない事が岳葉に分かるわけが無い。岳葉は底辺の高校でスクールカーストも下の方であったし。

しかし、飛んできた言葉は先程の続きであった。

 

 

「ほら、本来キスとかセックスとかって愛を証明するツールみたいなものでしょ?」

 

「まあ、愛の形はいろいろあるけれども。一般的にはね」

 

 

やはり普通の人間ならば好きになった人と唇や体を重ねたいと思うのは、なにもおかしい事ではない。

しかし瑠姫は普通ではない。キスもセックスも、彼女にとってはおぞましい行為でしかないのだ。

だからこそ元彼とはプラトニックな関係であった。そうせざるを得なかった。瑠姫にとって二つは愛を証明するものではない。だから行えない。

 

 

「でもね、それってやっぱりおかしいよね。人間として欠落してるよね。だから貴方と勇気を出してキスしてみたの。セックスしてみたの」

 

「そ、そりゃあ、どうも」

 

「そしたらさ、いつもよりずっと良かった。キスって柔らかくて暖かいものだなって思ったし。セックスだって……、うん、はじめて気持ち良いって思えたよ。あなたは私に酷い事しないし」

 

「それはつまり……」

 

 

そこで岳葉は言葉を止める。

それはつまり、当たり前の事なのではないだろうか。

つまり瑠姫は性的虐待による行為が脳に刷り込まれており、岳葉とのキスやセックスは普通は当然の事なのに、その落差でむしろ『下手糞』な岳葉との行為が素晴らしいものに感じていると。

分かりやすく言えばクソまずい料理ばかりを食べていれば、そこそこの料理を出されても素晴らしいごちそうに感じるようなものだ。

 

 

「それはつまり、なに?」

 

「え? あ、えっと。愛!」

 

「へ?」

 

「愛、愛の力だよ。なんて、ははは」

 

「なにそれ、へんなの」

 

 

とは言え、瑠姫は微笑んだ。

 

 

「そうかもね。岳葉くんだから、気持ちいいのかも」

 

「………」

 

 

あたりまえの話、セックスと自慰の違いは、相手がいるかどうかだ。

つまり相手を思いやれるかどうかである。それができれば、瑠姫にとっては誰とやった所でマシに感じるだろう。

岳葉だからではない、それこそ元彼と上手く言っていればもっと素晴らしいものになっていた事だろう。

だから、やはり――、愛ではないのだ。

 

 

(クソ、こんな事ばかり考える)

 

 

他者の負はよく理解できてしまう。

ソレは自分が負に塗れているからだ、岳葉は自嘲ぎみに笑い、頭をかく。

 

 

「このまま、キミと一緒にいれば、私はきっと、普通になれる……」

 

 

ふと、瑠姫の言葉を聞いて岳葉は立ち上がった。

そうだ、今はソレで良い。彼女が自身を必要としてくれる間は。

 

 

「ねえ、一発ギャグ考えたんだけど」

 

 

岳葉は回りに誰もいないことを確認して、変身を行う。

 

 

「怪人」

 

「ぶほっ! あ、ちょっと面白い。ふひゃひゃ」

 

 

仮面ライダーシンを使った一発ギャグは、瑠姫さんを吹き出させる事はできたようだ。

そうだ、笑えばいい。楽しければ、辛い事は思い出せない。

 

 

「そういうのもいるんだ、仮面ライダーって。グロいしキモイね」

 

「うん。昭和ライダーってヤツ。俺は古臭いから見て無いけど」

 

「ふーん、私は興味ないからなー」

 

 

岳葉は変身を解除すると手を伸ばした。

 

 

「あっちに行こうか瑠姫。なんか美術展みたいなのやってたぜ。見に行こう」

 

「うん、行く」

 

 

悩んで思いつめるより、馬鹿な事を考えて忘れた方が良い。

そうだ、楽しいのが一番なのさ。ライダーの力を与えられても、楽しければオッケーなのさ。岳葉はつくづくそう思う。

 

 

「ほら、見てみ。有名な人の絵が並んでるぜ」

 

「なんか私にも書けそうなヤツばっかり」

 

「そんな事ないって。ほら、アレとか凄いじゃん。なになに? ω(オメガ)の憂鬱? へー、凄いね、芸術だね」

 

「お尻に見えるね」

 

 

岳葉と瑠姫はバカみたいに笑った。

それでよかった。それが楽しかった。二人の笑顔は仮面ではなかったのだ。

そうだ、理由がどうであれ、過程がどうであれ、岳葉は瑠姫の前なら仮面をぬぐ事ができる。

瑠姫は岳葉の前なら仮面を脱ぐ事ができるのだ。

 

誰かが言った。

人間はみんなライダーなのだと。

間違っちゃいない。人は常に自己を隠す仮面を被り、他者と見えないライダーバトルを日々繰り広げていく。

ずっと変身したままじゃ疲れるだろう。仮面を脱げる時が、素顔を見せられる相手がいなければ、(デッキ)は簡単に壊れてしまう。

二人は二人さえいれば、問題なかったのだ。

 

だが、使命を考えていたのも事実だった。

瑠姫がいれば人間としてのアイデンティティは確立できる。だがライダーとしてのアイデンティティを確立する事は難しい。

だから瑠姫と話し合い、考えた、そして結論を出す。

ライダーの仕事は怪人を殺す事だ。だから、瑠姫は一つのお願いを岳葉にしていた。

ずっと自分と一緒にいる事、それだけじゃない、もう一つのお願いだ。

道の駅を出た俺達はある場所を目指し、そして行動を取る。

 

 

「お願いがあるの」

 

 

アイデンティティがなければ、人は壊れる。

自らが機械ではなく、自らであるための証明を行わなければならない。

だから人は下を作り、自分は他者よりも優れていると確立しなければならない。

悲鳴が聞こえた。収容人数約500人の刑務所の壁を破壊したのは、トライドロン・タイプワイルド。

 

 

『タァーイプ・テクニィーッック!』

 

 

ドライブ、タイプテクニックによるドア銃の精密射撃は完璧だった。

逃げ惑う受刑者達を前に、選別したターゲットのみを正確に撃ち抜くことができる。

そして邪魔をするものもまた、脚を撃つ事で動きを封じる事ができるのだ。

 

そう、足を撃つ。

そうする事でターゲット達は他の囚人に紛れて逃げる事はできなくなる。ドライブの前に警備員と、四人の犯罪者が露にされる。

 

 

『ファイヤーブレイバァー!』

 

 

はしご車のラダーを模したパワーアームが、受刑者の一人を捉える。

そしてそのままフルパワーで力を込めた。アームがわき腹を捉え、そのままメキメキと尚、掴む力を強める。

 

 

「輪島正樹。強姦殺人」

 

 

ゴキゴキとわき腹を砕く音が聞こえる。

悲鳴とうめき声が聞こえたかと思うと、直後輪島の口から大量の内臓が零れ、彼はそのまま死体に変わった。

帰宅途中の24歳女性を拉致し、車内で暴行、自宅に連れ込み強姦をした後に顔を見られたからといって殺害。

 

 

『ローリングラビティ!』

 

 

10tと書かれた錘が出現、ドライブはそれを掴むと、思い切り投げた。

その先にはハイハイで逃げようとする受刑者が。

 

 

「山田隆三。集団強姦」

 

 

錘は山田の頭に降りかかると、そのまま何のことはなく押しつぶした。

頭が砕け、良く分からない色の液体が広がっていく。仲間達三人と共に職場の女性を強姦。

女性は殺されはしなかったが、彼女には婚約者がおり、この事件が原因で婚約は破談となる。

 

 

『ロードウィンター!』

 

 

タイプテクニックは便利だ。

ありとあらゆる情報機関にハッキングができ、犯罪者がどんな事をしたのか、またはその事件がどういった結果を齎したのかを容易に調べる事ができる。

瑠姫は苦しんだ、だからもう同じ想いをしてほしくないと、岳葉に言ったのだ。

ならばその願いを、叶えてあげるのがヒーローの役目だ。

 

 

「向島エレン。強姦」

 

 

強力なブリザードが受刑者の体を凍らせていく。

自らの肉体が凍結していく恐怖に悲鳴が聞こえた。しかしドライブの攻撃は止まらない。

向島は16歳の少女を強姦。少女は多感な時期でも合ったためか、事件後に自殺している。

 

 

「死ね」

 

 

ドア銃の弾丸が凍りついた向島をバラバラに砕いた。

 

 

「あと一人、お前を倒す。木原輝義」

 

 

岳葉は確信していた。

 

 

「お前は人の皮を被ったショッカーだ」

 

 

岳葉の前にいる木原と言う男はこの収容所でもメインターゲットの男であった。

罪は殺人。ネクロフィリアである木原は、二人の少女を殺害した後、行為に及んだ。

 

 

「死者を冒涜し辱める行為。吐き気がするぜ」

 

 

ドライブはドア銃を構えて木原を殺そうと歩み寄っていく。

どうやって殺そうか、どのライダーで殺そうか、それを考えていると、何か――、鳥の鳴き声が聞こえた。

 

 

「そこまでだ」

 

「!」

 

 

ディスクアニマル。茜鷹がドライブの手を打ち、ドア銃が地面に落ちた。

なんだ? ドライブが真横を見ると、そこには一人の少年が立っていた。茜鷹はしばらく空中を旋回すると、その少年の肩に止まる。

 

 

「手に入れたおもちゃは楽しいかい? ソイツは便利だろう?」

 

「お前は――」

 

 

メガネをかけた少年がドライブを睨んでいた。

注目するべき点はやはり二つ。一つは少年が何者か、どこから入ってきたのかは分からないが、普通ドライブを見れば戸惑いや怯えるはずだ。

しかし少年は全く怯んでいない。そればかりかドライブと堂々と対峙しているじゃないか。

 

そしてもう一つ。茜鷹がいると言うことだ。

仮面ライダー響鬼に出てくるアイテムの一つ、それは岳葉として理解している。もちろん茜鷹を呼んだ覚えはない。

 

 

「でもね、ココはキミの玩具箱じゃなんだよ」

 

「………」

 

「仮面ライダーは自由の為に戦う」

 

 

ドライブは――、岳葉は理解していた。

元々その可能性は考えていた。信じられない話ではあったが、神と言う存在がいる以上、自分だけに声をかけると言う事はしていないんじゃないだろうか。

神が何の為にライダーの力を与えて転生させたのかは不明であるが、いずれにせよ『可能性』はずっと考えていた。

それが今、目の前に現れただけにしか過ぎない。

 

 

「自由と勝手を履き違えるな」

 

「お前も、俺と同じか」

 

「ああ。僕の名は市原隼世。キミと同じ、ライダーの力を持っている」

 

「あのおっさんに会ったのか」

 

「神様の事か。ああ、会ったよ。彼は僕に全ての主役ライダーの力を与えるといったが、僕はそれを断った」

 

「?」

 

 

つまり隼世もまた一度死に、蘇ったのだ。

同じく特典を与えられるといわれたが、隼世はそれを断ったと。

 

 

「恐れ多いからさ。僕は未熟だ。主役ライダーの方達と肩を並べる事はできない」

 

 

だからこそ望んだのは別の力。

そうして隼世は手に入れたのだ。サブライダーの力を。

 

 

「おいおい、サブなら追いつけるってか?」

 

「そんな馬鹿な。彼らもまた僕にとっては憧れの存在だ。恐れ多いのはかわりないよ」

 

「………」(コイツ信者か。めんどくさそうだな)

 

「サブライダーは時に主人公よりもリアルだ。より明確な正義を持つ彼らに近づく事で、僕もまた正義(ライダー)にふさわしい男になれるかもしれない。ずっとそう思ってきた」

 

 

隼世は懐からロックシードを取り出した。

 

 

「なのにお前は、偉大なる主役ライダー達を凶器として使った」

 

 

岳葉も変身を解除すると、ロックシードを構えてにらみ合う。

 

 

「キミ、名前は?」

 

「……本間岳葉」

 

「岳葉、君はココで潰す。これ以上、ライダーの名を汚させるわけにはいかない」『バナナ!』

 

「うるせぇよクソ信者。お前のライダー像を俺に押し付けんな」『オレンジ!』

 

 

にらみ合う二人。今まさに地面を蹴ろうとしたとき、ポツリと、岳葉は呟く。

 

「お前に、必要とされる喜びが分かるのか……!」

 

「………」

 

 

いつのまにか、二人の腰には戦極ドライバーがあった。

 

 

「いずれにせよ、自分の喜びの為に人を傷つける事は許されない。お前の勝手な快楽に、仮面ライダーを使うな!」

 

「チッ! いちいちうるさいなお前は!!」

 

 

同時に駆けた。距離が詰まる。

あと数歩。そこで二人は口にする。

 

 

「変身!」『ロック・オン!』

 

「変身!」『ロック・オン!』

 

 

眼前に、お互いの敵が見えた。

 

 

『ソイヤ!』『カモン!』『オレンジアームズ!』『バナナアームズ!』

 

 

交じり合う音声。

 

 

『花ナイ道ト・オブン・ステピアージ!!』

 

 

しかし道は交わらない。

鎧武とバロンは走った。そして走り抜けた。

通り際に大橙丸とバナスピアーがぶつかり、擦れ、火花が散る。

スピードが強すぎたか、それぞれは地面を踏み込み、手を地面につけることでブレーキを行う。

その中で双方は同時に体勢を整え、アクションを起こす。

 

まず動いたのはバロン。

バナスピアーを突き出し、鎧武を狙う。

しかし一方で鎧武はまず無双セイバーでバナスピアーを弾くと、大橙丸を振るってバロンの首を狙った。

 

衝撃。

バロンは体を捻り、バナスピアーの柄で大橙丸を弾くと、そのままスピアーで切りかかる様に刃を振るう。

鎧武は二つの刀を交差させる事で、振り下ろされた槍をしっかりと受け止めた。

 

お互いの表情は見えない。当然だ、仮面を被っているから。

それでも、怒りだけは、その武器を伝い双方の心にしっかりと伝わってきた。

 






( ́・ω・ ) 本当は前後編は一話だけと思ったけど、あれはやっぱりなしで。
      二話完結がライダーの基本ですしね。せやろ?


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第4話 正義と正義のオナニーパーティ(後編)

(´;ω;`)ひどいタイトルでごめん


 

「ぐ――ッ!」「クッ!」

 

 

ギリギリとせめぎ合い。

火花が散り、二人は武器ごしに睨み合う。

 

 

「どうしてこの場所が分かった!」

 

「優秀なサポートメカを総動員したんだ。そして茜鷹がトライドロンを発見したのさ!」

 

 

ふと、バロンは周囲を見る。

死体。口から臓物を零し、わき腹からは骨が皮膚を突き破り、倒れている。

死体。頭が潰れてなくなっている。

死体。凍結し、バラバラに砕けた肉体。

 

そして上ずった叫びをあげながら床をはいずり、逃げようとしている木原と言う男。

バロンはスピアーを持つ力を強め、目の前にいる鎧武を、『憧れの対象』を睨んだ。

 

 

「岳葉。お前は間違ってる。仮面ライダーの力は正義に使うべきだ!」

 

「正義ぃ? ハッ! 何を言ってるんだよテメェ。これが正義だろ!!」

 

「ありえないだろ! 仮面ライダーが人を殺すなんて。どんな事があってもしてはいけないんだ!!」

 

「それこそ、お前が決める事じゃない!!」

 

「なぜ理解できない!」

 

 

バロンは武器を振るって鎧武を弾き飛ばすと、木原の前に立ち、かばう様に振舞う。

そしてカッティングブレードを三回倒した。

バナナスパーキング、バロンはバナスピアーを地面に突き刺し、鎧武の周囲に無数のバナナ型エネルギーを出現させていく。

それらは地面を突き破る槍、鎧武ははすぐにエネルギーの奔流の中へ消えていく。

 

 

『ミックス!』『ジンバーメロン!』『ハハーッ!』

 

 

だが直後、すぐにバナナのエネルギーがはじけ飛ぶ。

見えたのは網目の状のエネルギーシールド。その中央にいたのは、鎧武、ジンバーメロン。

 

 

「……そこにいるクズは女の子を殺した後に、死体を犯したんだぜ? そんなヤツでもお前は守るのかよ」

 

「それがどうした? 確かにコイツのした事は許されないかもしれない。だがそれは法が裁く事であり、一個人である僕らは判決を下す立場ではない!」

 

 

それは死んでいった者達も同じだ。

なんのための法治国家だ。どれだけ人を犯そうとも、どれだけ人を殺そうとも、それらはしかるべき場所で、しかるべき法で裁かれるべきだ。

 

 

「何の為に警察がある。何の為に裁判所が、弁護士が、検事がいるのか……」

 

「?」

 

 

少しバロンの声が震えているような。

気のせいだろうか? 現に次の言葉はハッキリと鎧武に伝えられた。

 

 

「神にでもなったつもりか岳葉。違うな、僕達は人間でしかない!」『レモンエナジー!』

 

 

バロン、レモンエナジーアームズ。

二人はソニックアローを構えて並行に走り、直後弓矢を乱射して互いを狙う。

鎧武は地面を転がり、時にエネルギーシールドで弓矢を防御する。一方でバロンもまた飛んでくる矢を切り落とし、二人は均衡の争いを続けた。

囚人達の悲鳴が響く中、二人は長く広い廊下を弓矢を連射しながら移動していく。その中で会話もまた、互いの耳に飛来していく。

 

 

「ソレに僕は、どんな人間にも更生のチャンスは与えられるべきだと思っている」『ロック・オン!』

 

 

ソニックアローにレモンエナジーを装填。バロンは弓を引き絞り、狙いを定める。

一方でソニックアローを投げ捨てる鎧武。彼は懐から新たなるロックシードを取り出し、起動を行った。

しかし同時にバロンは弦を離し、巨大な弓矢を発射する。矢は風を切り裂き、一気に鎧武の方へと――。

 

 

『ロック・オン!』『ソイヤ!』『カチドキアームズ!』

 

 

オレンジだか柿だか知らないが、巨大な鎧が鎧武のまえに着地。

飛来した矢を防ぐと、そのまま鎧武の頭上に移動し、装着される。

展開される鎧、壮大なる電子音と共に現れたのは、鎧武・カチドキアームズ。

 

 

「彼らは罪を犯したが、少なくとも、キミのダークヒーローごっこに付き合わされる玩具ではなかった!」

 

「ヒーローごっこか、言ってくれるな」『ロック・オン!』

 

 

鎧武は巨大な銃、火縄大橙DJ銃にカチドキロックシードを装填する。

銃口へ収束していくエネルギー。しかし鎧武は気づいていなかった。

バロンは先程、レモンエナジーをソニックアローに装填する際、あるアイテムを頭上に投げていたのだ。

 

それはデッキ。

空中を旋回していたデッキは重力の力によってバロンの下へ落ちていく。彼はそれを掴むと、瞬時、前に突き出した。

ゲネシスドライバーに重なるのはVバックル。バロンはソニックアローを地面に落とすと、構えを取ってデッキを装填する。

 

 

「まあ尤も、俺は別にヒーローなんて興味ないけどな」

 

 

鎧武は鼻を鳴らした。英雄だのと肩書きに興味はない。

自分はこれからも今までどおり好きにライダーの力を使う。それだけだ。それがぶれる事は無い。

大衆を守るヒーローではなく、たった一人の少女の願いを叶えられる道具でいい。

 

 

「変身!」

 

 

隼世が選んだのは仮面ライダーライアだった。

素早くデッキからカードを抜き取ると、それをバイザーにセットする。

 

 

『コピーベント』

 

 

カチドキアームズの武器である火縄大橙DJ銃がライアの手にも現れる。

それだけではなく、ロックシードも装填されている状態でコピーする。

 

 

『カチドキチャージ!』『カチドキチャージ!』

 

 

二人は同時に引き金を引いた。

銃からは巨大なオレンジ色の光球が発射され、それはお互いの弾丸にぶつかり、激しいエネルギーを拡散させる。

直後相殺。激しいエネルギー波に二人はうめき声を上げた。その中で先に動いたのはライアだった。今、その心には激しい怒りが宿っている。

仮面ライダーは憧れのヒーローだった。決して人を殺す道具ではない!

 

 

「たった一人の少女? 殺したのはお前だ、人のせいにするのか!」『ファイナルベント!』

 

 

ライアの背後、空間が弾けとび、そこからエビルダイバーが姿を見せる。

ライアは宙返りで素早く契約モンスターの背に乗ると、一瞬で最高速に到達。そのまま必殺技であるハイドベノンを発動した。

 

 

「そんな事はしない。こいつらを殺す事は、ほかでも無い俺が賛成したんだ!」

 

 

避けられない。

鎧武は仕方なく背中にあったカチドキ旗を取り出すと、それをクロスさせる事で盾にする。

 

 

「それが間違ってるんだよ! 仮面ライダーは正義のヒーローだ。お前のやっている事は、紛れもなく悪の行為だ。断じて許されるものじゃないだろ!」

 

「グゥウッッ!!」

 

 

それなりに重量のあるカチドキアームズではあるが、ハイドベノンの勢いは凄まじく、それを受けた鎧武の体は簡単に宙に浮いた。

そのまま二人は突き進み、刑務所の壁を破壊、近くにある平原まで鎧武を運んでいく。

そこでようやっと解放された鎧武。地面を転がりながらうめき声を上げる。

 

一方空中を旋回しながら再び鎧武を狙おうとするライア。

このままではまずい、鎧武はブレイバックルを取り出すと、素早く装着、変身を行う。

 

 

「お前こそ頭おかしいんじゃねぇのか。正義のヒーローだなんて、テレビの中だけだ!」『ターンアップ』

 

 

今ココに存在するライダーのツール、存在は、力は全てフィクションを超えたリアルだ。

生きているなら知っている筈だ。この世界には正義も悪も限りなく少ない。存在しているのはただ、無数のグレー。

ブレイドに変身した岳葉は素早く立ち上がり、コチラに向かってくるライアを捉えた。

ブレイラウザーから素早くカードを取り出し、ラウズする。

 

 

『タイム』

 

 

ブレイド以外の時間が止まった。

とは言え、静止するライアには攻撃できないのがタイムの掟だ。

だからこそブレイドはライアが通るであろう場所に構え、カードコンボを発動しておく。

 

 

『ライトニングスラッシュ』

 

 

タイムの効果を終了させる。

ライア視点、突如ブレイドが目の前に現れ、剣を構えているではないか。

これはまずいか、反射的にエビルダイバーの背を蹴り離脱する。

その判断は正しかった。猛スピードで向かうエビルダイバーは逆に『カモ』。

 

ブレイドはそこに刃を置いており、エビルダイバーは自分から刃に頭を入れてそのまま突き進む。

雷撃を纏った強化刃は簡単にエビルダイバーを引き裂き、真っ二つにした。

直後爆散。地面を転がるライアは契約モンスターを失った事でブランク体へ。

 

 

「俺は少し理解したぜ。仮面ライダーってのは、バイクの擬人化みたいなもんだろ」

 

 

ブレイドは語る。バイク(ライダー)は乗る人間によってどう動くかが決まる。

運転技術と運転目的こそが重要なファクター。犯罪者の群れに突っ込み轢き殺していくのか、それとも誰かを乗せて運んであげる、お優しい使い方をするのか。

 

 

「だとすればこの世には交通マナーがあるだろ、何故守れない!!」『アドベント』

 

 

ライアが呼び出したのはミラーモンスター、ガルドサンダー。

するとブランク体だったライアに色がつく。デザインも変更され、その手には巨大な剣が。

ライアのフォームチェンジとでも言えばいいのか。この形態の名前はブレイド。つまり仮面ライダーブレイドと仮面ライダーブレイドが剣を構えて対峙する。

 

 

「マナーじゃ縛れないクズを潰すためには、自身もマナーを振り切らなければならない!」

 

 

当然の話だ。

スピード違反を捕まえるためには、同じスピード、もしくはそれを超えるスピードを出さなければならない。

 

簡単な話だった。

岳葉は轢き殺す道を、隼世は後ろに人を乗せる道を選んだにすぎない。

リンクするようにブレイドとブレイドの剣がぶつかり合う。両者互いに激しく剣を打ち付けあい、巨大な火花を散らしていく。

一方の剣には激しい雷撃が、一方の剣には激しい火炎が纏わりつき、お互いの装甲に深い傷を残す。

 

 

「勝手な理論で、人を命を振り回すな!!」

 

 

両者吹き飛び地面に倒れる。

ダメージからか変身が解除され、お互いは立ち上がりながら別のアイテムを構えてた。

隼世はカードデッキ。岳葉はメダル。

 

 

「いいだろ! 性犯罪者なんて、生きてる価値はない!!」『クワガタ!』『カマキリ!』『バッタ!』

 

「人の生きる価値は他者が決めるものなのか!? それにだとしても、お前が彼らを殺す理由にはならないだろ!」『ファイナルベント』

 

 

岳葉が選んだのは仮面ライダーオーズ、ガタキリバコンボ。

ネットで見たがこのコンボが最強候補らしい。だからこそココでの選択である。岳葉は決着をつけるつもりだった。

 

 

「害虫駆除と同じだ。それに人の資格を放棄したのはあいつ等本人だろ!」『スキャニングチャージ!』

 

 

固有能力により無数に分身したガタキリバは一勢に空へ跳躍。

直後雷撃のエネルギーを纏いながら次々に飛び蹴りをしかけていく。

一方で隼世が選択したのは仮面ライダーインペラー。彼もまた必殺技を使用。

するとどこからともなく大量のガゼルモンスターが出現し、地面を蹴って飛び蹴りをしかけていく。

 

激しくぶつかり合うキックの嵐。

その中で岳葉が変身したガタキリバの飛び蹴りと、インペラーの膝蹴りが重なった。

ガタキリバキックVSドライブディバイダー。激しい衝撃波が周囲に拡散する。その中で地面に墜落するガタキリバと、地面に着地するインペラー。

 

 

「ガハッ! ガタキリバが負けた!?」

 

「ライダーを愛していないお前に、ライダーを尊ばないお前に、僕が負けるわけがない」

 

「うるせぇ! そういう所が特オタは嫌われるんだよ!!」『HENSHIN』

 

 

カブト・マスクドフォーム変身。クナイガンを構えて走りだす。

 

 

「変――、身ッ!」『アクセル!』

 

 

一方でアクセルドライバーのグリップを捻った隼世。

仮面ライダーアクセルは、巨大なエンジンブレードを振るい、クナイガンに打ち付ける。

弾かれ、それでもまたぶつけ合う両者。五回目の衝突で巨大な刃は互いを弾き飛ばし、双方は武器を失う形となる。

しかしそれは問題ではなかった、カブトはゼクターの角を弾き、アクセルは強化体に変わるメモリを取り出す。

 

 

「キャストオフ!」『Cast Off』

 

「振り切る!!」『トライアル!!』

 

 

刹那。

 

 

「クロックアップ」『Clock Up』

 

「ついて来れるか!!」『トライアル・マキシマムドライブ!』

 

「ライダーキック!」『ONE』『TWO』『THREE』『RIDER KICK』

 

 

激しい蹴りの応酬が続いた。

双方一歩も引かぬ蹴り合い。しかしこのままでは埒が明かない。

それを始めに判断したのはカブトのほうだった。トライアルの力が予想以上だ、このままでは確実に負ける!

 

故に、選択するのはプットオン。

装甲が一瞬にしてカブトを囲み、彼はマスクドフォームへ。

重厚な鎧はトライアルの蹴りを弾き飛ばし、大きく怯ませる。

もちろんカブトにもダメージは入っている。二度と同じことはできない。故に、ココで決めなければならない。

 

 

「キャストオフ!」

 

 

はじけ飛ぶ装甲と、それに揉まれて同じく後ろへ飛んでいくアクセル。

しかし既にアクセルの腰には別のベルトがあった。隼世もまた次の行動を選択していたのだ。

 

 

「変身!」『HENSHIN』

 

 

空中で変身する。ガタックに。

 

 

「キャストオフ! クロックアップ!」

 

 

超高速の世界に足を踏み入れたカブトとガタック。

二人は互いに辺りを移動し、武器を打ちつけた。

何も知らない人間がみれば周囲を破壊する赤と青の閃光がぶつかり合っている様に見えるだろう。

 

その中、悲鳴が聞こえた。

空中をきりもみ状に回転し、地面に叩きつけられたのはカブトのほうだった。

 

 

「クソッ!」

 

「お前の拳は軽いんだ岳葉。本当にお前は裁きの道を選んでいるのか? 僕にはそうは思えない」

 

「ッ?」

 

「悪人を裁くという事は半端な覚悟で選んで良い道じゃない。お前には、まだ、覚悟が足りないんだ!」

 

「違う、俺は! 俺はッ!!」

 

 

立ち上がり、岳葉はクウガに変身する。

すかさず超変身。ペガサスフォームでならクロックアップに対抗できると言うのを、ネットで見た記憶がある。

しかしそんな事、仮面ライダーファンである隼世なら承知の上だ。隼世はガタックの変身を解除すると、威吹鬼に変身し、烈風を構えた。

 

 

「音撃射、疾風一閃!」

 

 

パプーッ! っとトランペットの音が鳴り響く。

音自体は少し可愛らしいものだが、それは威吹鬼の必殺技である。

本来ならば相手に撃ち込んだ鬼石がなければ効果はなさないが、感覚が上昇しているクウガにとって『音』はそれだけで凄まじい武器となる。

 

 

「ぐあぁあぁぁあああッッッ!!」

 

 

耳を押さえ、クウガは絶叫する。

頭が破裂する。ダメだ、終わる、負ける。

しかしその敗北のビジョンを思い浮かべた瞬間。岳葉の心に未知なる炎が宿った。

 

負けるのか。いいのか? お前はまた負けるんだな。なにもかも敗北の人生だった。

勉学、運動、お前は誰かに勝利した記憶があるか? 有象無象の生徒がいるなかでお前は何か煌く一番を取った事があるのか?

 

ないよな。お前にとりえなんてなかった。

それは力を手に入れても一緒だ。お前は仮面ライダーになったところで、他の仮面ライダーに負けるだけだ。

お前は特別にはなれない。一番にはなれない。一生、永遠に誰かを引き立たせるモブキャラでしかない。

 

 

「――違う! 俺は、俺になるんだ!!」

 

 

苦痛を堪え、歯を食いしばり、ペガサスボウガンを思い切り振り絞る。

すると疾風一閃の風を巻き込み、巨大な矢が練成された。

 

 

「なにっ! まさかペガサスフォームでコレを耐えるのか!」

 

「ブラストペガサス!!!」

 

「ぐあぁあっ!!」

 

 

威吹鬼の風を吸収した巨大な矢は、そのまま威吹鬼の胴体に直撃する。

一方で音撃も確かなダメージをクウガに与えており、両者は再び地面に倒れることに。

 

 

「ハァ、ハァッ! ぐっ!!」

 

 

変身が解除される。

隼世の視界には青空が広がっていた。クウガに変身した五代は、クウガの力をあんな風に使われる事を望んではいないはずだ。

止めなければならない。五代のために、仮面ライダーの名誉の為に。

 

 

「なるべくならば話し合いで決着をつけたかったが、どうやらそういう訳には行かないのか……!」

 

 

立ち上がる。

すると、向こうに同じく立ち上がった岳葉を見た。

 

 

「ライダーの名誉? 笑わせんな。お前も結局自己満足のオナニーを俺に見せてるだけじゃねぇか」

 

「オナッッ!? な、なんだと……ッッ!」

 

「仮面ライダーなんてな。所詮、ガキが見る番組でしかないんだ。正義を謳うのは当然だろ」

 

「違う! お前はライダーを見ていなかったのか! 五代や翔一、真司が! こんな事を許すわけがないだろ!」

 

「だからなんだよ、俺は俺だ。クウガは五代のものじゃない。クウガはクウガでしかないんだよッ!」

 

 

姿勢を低くする岳葉。

その腰にコンドラーが出現する。

 

 

「岳葉、お前は続けるつもりなのか。ライダーを、正義の力を使って人を殺す事を!」

 

「正義正義ってバカの一つ覚えみたいに!!」

 

 

目を細める岳葉。

 

 

「それに俺が殺すのは人じゃない。怪人だ!」

 

「……一家惨殺事件。あれはなんだ!」

 

「あいつ等も怪人でしかない。たちの悪い、地獄の軍団だった」

 

「馬鹿な事を――ッッ!!」

 

 

アマゾンズドライバーを巻きつけ、隼世も腰を落とす。

 

 

「隼世。お前は俺の言葉が軽いって言ったな。それは間違ってない」

 

「ッ?」

 

「俺はまだ、俺になれてない。俺は本当に人を、犯罪者を殺す事が正しいのか、その真意が分からないでいる」

 

「だったら! そんな覚悟で!!」

 

「それでも、見つけられるはずなんだ。俺が生まれ変わり、仮面ライダーになった意味を」

 

 

誰が合図をした訳でもない。二人は同時に地面を蹴り、全速力で走り出す。

 

 

「アーッ! マァアアッ! ゾォオオオオオオンッッ!!」

 

「アァアアアアアアアマァアアアアゾォオオオンッッ!!」『ALPHA』

 

 

岳葉は仮面ライダーアマゾンへ。

隼世は仮面ライダーアマゾンズ・アルファへ。

二人は同時に飛び上がり、それぞれの力を解放する。

 

 

「大ッ! 切ッ断ンンンンン!!」

 

「刃よ! 悪を切り裂けッッ!!」『VIOLENT・STRIKE』

 

 

アマゾンはヒレの刃を突き出すように前へ。

アルファはドロップキックで脚についているヒレの刃を前へ。斬撃が閃光となり二人の間に迸る。

そのままアマゾンとアルファは背中合わせとなるように着地する。

僅かに、静寂が流れた。しかし直後、血が吹き出すように互いのわき腹や首筋から火花が吹き出ていく。

 

 

「ガガッ!」

 

 

体勢を崩し、膝をつくアマゾン。

一方でなんとか踏みとどまり、アルファはへたり込むアマゾンを狙う。

 

 

「僕は――ッ! 仮面ライダーに、正義に誇りを持っている! お前のようなヤツには負けない!!」

 

「グッ! くっ!」

 

 

ダメージが思ったよりもデカい。立ち上がろうとしても脚が石の様に重かった。

だがその時だった。声が聞こえた。動きを止めるアマゾン。そしてアルファ。

草陰から一つのシルエットが飛び出してくる。人影はアルファとアマゾンの間に割り入り、両手を広げた。

 

 

「岳葉君に酷い事しないでよ! バカッ!!」

 

「んなッ!」

 

「瑠姫!」

 

 

瑠姫はまっすぐにアルファを睨んでいる。

人間の――、それも少女が目の前にいる。アルファはどうしていいか分からず、動きを止めた。

 

 

「キミ、どいてくれ! ココは危険だ!」

 

「イヤッ! アンタが消えて!!」

 

「えッ!?」

 

 

そこでアルファは思い出す。

そういえばアマゾンは先程少女がどうのこうのと。

 

 

「まさかキミが――」

 

「そう! 私が頼んだの! 性犯罪者を皆殺してくれってね!!」

 

「な、なぜそんな事を!!」

 

「いらないからに決まってるでしょう。あいつ等は生きてる価値のない害虫共よ!!」

 

 

アルファはその時、瑠姫の瞳に激しい殺意と憎悪を見た。

そして性犯罪者を狙う事、そこから彼女の事情を察する事は難しくはない。

 

 

「――ッ、でもこんなやり方は間違っている! 復讐じみた解決方法じゃ、負しか生み出さないよ」

 

「じゃあ何? どうすればいいの!?」

 

「更生のためにはまず再犯を防ぐ事だ。犯した罪の重さをしっかりと犯人に考えてもらい、被害者の気持ちを考える事で――」

 

「うるせぇよクソ野郎! ちんぽズタズタにするぞッッ!!」

 

「んガッ! じょ、女性がそんな言葉を――!」

 

 

隼世は岳葉と同い年である。

ゆえに年下の女性に怒られると言う事は、男性にとって無条件でショックを受けると言うものだ。

ましてや言葉が言葉、無条件で身構えてしまうと言うもの。

 

 

「強姦は場合によっちゃ十年以下で出てくる! そうしたら被害者はまたビクビク怯えなきゃいけない! ましてや怖くて何も出来ない人だっている!!」

 

 

思い出すだけで吐き気がする。現に瑠姫の顔色は真っ青になっていた。

義父に犯されてからと言うもの、恐怖の毎日だった。

どこに逃げればいいのか、逃げてどうするのかが分からず、戻らなければもっと酷い事をされるのではないかと脳みそが勝手に混乱して答えを導いてしまう。

毎日犯されると言う事はなかったが、逆にそれが恐怖になる。今日は大丈夫だった、明日はどうだろう?

 

 

「そんなバカみたいなことを考えなきゃいけないくらい頭がおかしくなる。お前に分かる!? 綺麗ごとばっかり言ってるアンタに!!」

 

「ッッ!!」

 

「確かに、復讐じみた方法じゃ、人の心は救われないかもしれないよ」

 

 

瑠姫はアルファの襟首を掴むように手をかけ、そして真っ直ぐにアルファの目をにらみつけた。

凛とした殺意と憎悪、矛盾する複雑な感情がそこにはあった。

 

 

「でも、少なくとも余計に傷つく事はなくなる!」

 

「ぐッ!!」

 

「あの恐怖から解放されるためには、存在そのものを消すしかないの!!」

 

 

どこに逃げても、どこへ行ってもまた顔を合わせるのではないかと怯えなければならない。

たとえ幸せを掴んだとしても、同じ地球にいる限り呪縛に纏わりつかれる。

だからこそ、永遠の終わりを与えなければならない。

 

 

「少なくとも私は岳葉くんがいたから、安心を取り戻せた。アンタに同じことができる? 私を救えるの!?」

 

「それは……」

 

「聞かせてよ。仮面ライダーってのは、女の股に無理やりチンポをぶち込む人間の対処法を教えてくれたの?」

 

「それは――ッ、しかし!」

 

「ライダーだって怪人殺してるんでしょ。なんで殺してるのよ? 決まってる、そいつらが人を襲ってるからでしょ! 話し合いじゃ解決しないクズだからでしょ!!」

 

「………」

 

 

完全に口を閉じたアルファ。

そこで、焦ったように岳葉が瑠姫の肩を掴んだ。

 

 

「いいんだ。もういいんだ、もう喋らなくていい!」

 

「ッ、岳葉君……!」

 

「ありがとう瑠姫。もういい、大丈夫だ、キミはもう、そんな話しはしなくて良いんだぜ」

 

 

今度は岳葉が瑠姫をかばう様に前に立つ。

腰にはまた別のベルトが巻かれている。それはまだ戦う意思がある事を証明していた。思わず怯み、一方後ろへ下がるアルファ。

 

 

「俺は瑠姫を守る。瑠姫を苦しませるものを排除する」

 

「岳葉、キミは――ッ!」

 

 

それはこの広い世界でたった一人。本間岳葉にしかできない事だと信じたいから。

 

 

「そうすれば俺は、存在理由を確立できる。俺はクズみたいなモブキャラじゃなく、唯一無二の俺になれるんだ」

 

 

光が迸った。

岳葉が選んだのは、仮面ライダーブラックRXである。

 

 

「キングストーンッ! フラッシュ!」

 

「ぐあぁああ!!」

 

 

赤い奔流に巻き込まれ、アルファは地面を転がった。

途中、変身が解除され、隼世は生身で地面を滑る。しかしすぐに立ち上がった。彼もまたココで終わる事はない。

 

 

「俺は、路傍の石ころじゃ終われないんだよ!!」

 

「グッ、くッッ! 岳葉――ッッ!」

 

 

確かに、ライダーが目指す正義は多種多様だ。

正義と言うものは一色に留まるものではない。様々な色があり、違う色同士がぶつかる事もあるだろう。

 

 

「しかし、それでも――。それでも人を殺す事を正義としては終わりだろ!」

 

「じゃあ俺は正義じゃなくても良い! そうだ、俺はただ!」

 

「ダメだ岳葉! 人間は怪人じゃない! 化け物じゃないんだ!!」

 

「!」

 

「同じ人を傷つけたら、殺めたら終わりだろ!!」

 

 

G3-Xの鎧が出現し、隼世は変身を完了させる。

構えるのは巨大なガトリングガン、ケルベロス。引き金に指をかけ、瞬時、無数の銃弾でRXを狙う。

 

 

「ロボライダー!」

 

 

RXのカラーリングがオレンジと黒に。それだけではなくデザインも変わっていく。

ズガガガガとけたたましい音を立てて弾丸はロボライダーに直撃していく。

しかし不思議な事が起こった。ロボライダーは確かに銃撃を受けているはずなのに、その中を何の事はなく歩き抜け、戸惑うG3Xの前にやって来たではないか。

 

 

「な、なぜ動きが止まらないんだ!!」

 

「効いてないからだ!」

 

 

ロボライダーの鉄拳がG3Xの体を捉える。

手足をバタつかせながら後方へ飛んでいくG3X、するとロボライダーはいつの間にか持っていた銃をそこへあわせた。

 

 

「ボルティックシューター!」

 

「グガァアアッ!!」

 

 

銃弾が着弾し爆発を起こす。G3Xの装甲が砕け散り、地面へ墜落する隼世。

まだだ、まだ終わらない。隼世は素早く仮面ライダーサガに変身。

ジャコーダーを振るい、鞭でロボライダーをがんじがらめに縛り上げる。

 

 

「バイオライダー!」

 

 

液状化したRXはそのまま空中を移動し、サガに突進をしかけ吹き飛ばす。

さらにサガが怯んだ所でRXバイオライダーは実体化、バイオブレードを振るい、サガの背中に白い一閃を刻み込む。

 

 

「ぐッ! がはぁ!!」

 

 

変身が解除されて煙を上げながら転がる隼世。

一方のバイオライダーは瑠姫を落ち着けるために、肩を優しく叩いた。

 

 

「大丈夫だ、瑠姫、キミは何も間違っていない」

 

 

本当に? 人を殺せと叫ぶ彼女は本当に何も間違っていないの?

そんな馬鹿な。そんな訳があるものか。それは他でもない岳葉自身が分かっている。

きっと正しいのは――、そう、隼世の方に違いない。

 

しかし、けれども、岳葉は隼世を否定し、瑠姫を肯定する。

それは紛れもない岳葉自身の意思だ。だって知っているから、その言葉を瑠姫は欲しているに違いない。

 

 

「うん、ありがとう、岳葉」

 

「ああ、俺も――、間違ってないよな?」

 

 

その言葉は、自分も欲しいから。

 

 

「うん! 頑張って、私のヒーロー!」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

欲しいんだ、人間は、自己を肯定してくれる人間が。

究極の慈愛を求めている。人は愛されなければ、壊れてしまう。ロボットの方が約に立つと言われちゃあ生きてる意味がないんだ。

あなたじゃないとダメ、それを求めないと。ああ、ああ――。

 

 

「終わりにしようぜ、隼世!」

 

 

バイオライダーは変身を解除し、基本形態であるRXに戻る。

そしてそのベルトに手をかざし、必殺の武器を取り出す。一方で隼世もまた別のライダーに変身していた。

漆黒の騎士、仮面ライダーナイトへと。

 

 

「来い、リボル剣!!」

 

「リボルケイン! 杖だ! にわかが!」『ファイナルベント』

 

「どう見ても剣だろ!」

 

 

ナイトは飛び上がり、契約モンスターであるダークウイングと融合。

巨大なドリルとなりてRXを貫こうと空を切り裂く。一方でリボルケインをそこへ突き出したRX。二つの力はぶつかり、激しいスパークを起こした。

 

 

「うあぁあぁッッ!!」

 

 

決着はすぐについた。

吹き飛び、地面に倒れたナイト。鎧が粉々に砕け、むき出しになった隼世は地面を転がり、うめき声を上げる。

一方で立ったままリボルケインを構えているRX。その姿を見て、隼世は初めて激しい怒りの表情を見せた。

さらに体内に留まる怒りは尚も渦巻いていく。あまりの苛立ちに、隼世は目の前に広がる地面を思い切り殴りつけた。

 

 

「クソッ! どうしてライダーを愛している僕がッ! 正義の為に力を使う僕が! お前みたいなヤツにッッ!!」

 

「そういうモンだよ、人生なんざ。正しいヤツが勝てるとは限らない。だからクソなんだ」

 

 

RXの手には携帯電話があった。

画面の中にはインターネットの掲示板がある。

どうやら瑠姫と隼世が言い合っている間に、岳葉はとあるスレッドを立てていたようだ。隼世は目を細め掲示板の内容を確認する。

まず見えたのはタイトル。

 

 

『緊急募集。お前ら、最強のライダー教えろ』

 

 

 

2:名無しはすごい

 RX

 

3:名無しはすごい

 RX

 

4:名無しはすごい

 RX

 

5:名無しはすごい

 RX

 

6:名無しはすごい

 RX一択

 

7:名無しはすごい

 RX

 

8:名無しはすごい

 クウガ

 

9:名無しはすごい

 RX信者アホすぎ。ディケイドだろ、アホか

 

10:名無しはすごい

 RX

 

11:名無しはすごい

 RX

 

12:名無しはすごい

 RXって言うかバイオライダー

 

13:名無しはすごい

 >>8 クウガ信者死ね。あんなカスライダーRXでワンパンだから

 

14:名無しはすごい

 なんで切れてんだよ。まあRX。地味にロボもやばいから。

 

15:名無しはすごい

 現行ライダー

 

16:名無しはすごい

 ドライブってつまらなくね?

 

17:名無しはすごい

 鎧武の方がつまらないよ

 

18:名無しはすごい

 RX

 

19:名無しはすごい

 ディケイドはカード入れる事を考えると微妙なんだよな。RXは0.1秒が隙とか言ってるレベルだから

 同じ理由でオーズも微妙。メダル依存だからなぁ

 

20:名無しはすごい

 ドライブアンチと鎧武アンチうぜぇな。ライダー嫌いならこんなとこ来るなよ。

 

21:名無しはすごい

 釣られんなよカス。地味にスーパー1とか強くね?

 

22:名無しはすごい

 RX

 

23:名無しはすごい

 ブラスターフォームって触れただけでオルフェノク死ぬんだっけ? なお本編。

 

24:名無しはすごい

 うんち

 

25:名無しはすごい

 RXだな

 

26:名無しはすごい

 んんwwww乳首で洗濯機はプリンだろwww!!

 

27:名無しはすごい

 誤爆

 

28:名無しはすごい

 どういう誤爆だよww

 

29:名無しはすごい

 RX

 

30:名無しはすごい

 ここまでキングフォームなし

 

31:名無しはすごい

 RX

 

 

 

とまあ、掲示板で問いかけた結果、僅かな時間でこんなにもレスがついた。

その中でも岳葉が確認した時点で一番多かったのが現在変身しているRXと言うわけである。

確かに圧倒的な防御力を誇るロボライダーと、液状化によりほとんどの攻撃を無効化できるバイオライダーの力は圧倒的であった。

 

 

「クソッ! ちくしょう!!」

 

 

隼世もライダーファンである以上、RXの話は知っているのか、歯を食いしばり再び地面を殴りつけていた。

岳葉ふと気になった。それはどういう怒り、悔しさなのだろうか?

隼世は自分が主役ライダーの力を貰っておけばと悔しがっているのだろうか。それとも純粋に負けた事が悔しいのだろうか。

 

もしかして、彼もまた――。

彼もまた、自己のアイデンティティを踏みにじられたから悔しいのだろうか。

ライダーファンである隼世は自分の力を誇りに思っていると言っていた、そんな彼が特別ライダーファンでもない岳葉に負けたのだ。

結局のところ、やはり人間は自尊心に左右される生き物なのかもしれない。

 

けれども隼世は人を殺してはいないようだ。

力があるのに、一番簡単な自己を上に持っていくやり方ができるのに。

岳葉の額に汗が浮かぶ。もしも今の通りならば隼世も岳葉も戦う理由の根本は同じはずなのに、やっている事は真逆だ。

 

どちらが正しい?

そんな事は分かりきっている。なんだかとても負けた気がして、岳葉は気分が悪くなった。

 

 

「ッ、そうだ、俺にはまだやる事があったんだ」

 

 

RXは倒れている隼世に背を向けた。

まだ木原を殺してはいない。両足をドア銃で撃っておいたから移動するのは不可能のはず。

きっと彼はまだ刑務所内だ。このまま無駄に時間をかければ他の警察達がやって来るのは明らかだった。その前にヤツを始末しなければ――。

 

 

「待て――ッ!」

 

「!」

 

 

RXは振り返り、下に視線を向ける。

するとそこには、RXの足を掴む隼世がいた。彼は重い体を引きずり、RXの邪魔をしたのだ。

なぜ? 決まっている。RXを刑務所の中に行かせないために。

 

 

「殺すな、岳葉! 殺しちゃダメなんだ!」

 

「お前、まだ言ってるのか!」

 

「何度でも言う! これ以上、血に染まるな。ライダーを血で汚さないでくれ! 頼む!」

 

「断る! アレは死んで当然のクズだろ!」

 

「違う! たとえそうだとしても違うんだ! それに、もしかしたらこの光景を見る子供達が、本当に仮面ライダーに夢を持っている子達がいるかもしれない! だからお願いだ岳葉、頼むからライダーを人殺しの道具に使わないでくれ!!」

 

「しつこいなお前! だったら俺自身が直接あのクズをぶっ殺して――」

 

「そういうことじゃないよ! 殺すなって言っているんだよ僕は! ライダーを使わなくとも、お前は人を殺しちゃいけない! 当たり前だろ!!」

 

 

舌打ちが聞こえた。

RXが隣を見ると、瑠姫が怒りに表情を歪めていた。

綺麗で、可憐で、可愛らしい瑠姫がRXにはその時、なんだかとても醜く見えた。

 

 

「さっきから綺麗ごとばっかり! この偽善者ッ!!」

 

「がッ!!」

 

 

瑠姫は足を上げると、RXの足を掴んでいた隼世の手を、踏みつけるようにして蹴った。

それも一度ではなく連続で。引き剥がそうとしているのだろう、現に隼世の手の甲がみるみる赤く染まっていく。

しかしそれでも隼世は歯を食いしばり、RXの足を掴み続ける。そして口にするのは同じ言葉、殺してはいけないと言うものだ。

RXは思った。

 

 

(隼世、コイツ本気でバカなのか?)

 

 

ライダーに変身できたことで、多少は変身前のスペックも上がっている。

しかしいくらなんでも変身しているRXならば簡単に隼世の手を振りほどけるのだ。隼世とて知らぬわけじゃないだろう。

なのに足を掴み続け、瑠姫に蹴られ続けても掴み続けるなんてバカとしか思えなかった。

 

 

「………」

 

 

思えなかったが――。

 

 

「瑠姫、やめよう。そう言うのは良くない」

 

「は?」

 

「あ、いやッ、なんて言うか……、その」

 

 

RXは隼世の手を振りほどくのではなく、瑠姫を静止させた。

自分でも思う。何をやっているんだ俺は、と。隼世のバカが移ったのか? いや、それは分からないが、ただ、なんとなく。

 

 

「瑠姫、キミにはそういう顔はしてほしくない。こういう事は、してほしくないんだ……」

 

「なに? どういう事よ、岳葉くん」

 

「いや、それは――、その」

 

 

なんでだろう?

どういう事なんだろう?

迷っていると、エンジン音が聞こえた。刑務所を囲んでいたフェンスが吹き飛び、巨大な機械が姿を見せる。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

RXは瑠姫を守るに様に前に立つ。

一方で機械からは声が。

 

 

「どけどけどけぇえーい!」

 

 

その機械、RXには見覚えがあった。

あれは確かに、仮面ライダーカイザが乗るバイク、サイドバッシャーだ。それがバトルモードとなりコチラに突っ込んでくるではないか。

新たなる敵か!? そうは思ったが、なに、よく見てみればサイドバッシャーはそのままRX達の横をなんなく通り過ぎて行った。

 

 

「は?」

 

「な、なになに!?」

 

 

戸惑うRXと瑠姫だが、一番戸惑っているのは他でもない。

サイドバッシャーの上に乗っていた人物であった。

 

 

「ちょ! おまッ! コレどうやって動かすの!? あれっ、おっかしーな! ってやべぇ! 前、壁ッ、壁って――! アァッー!!」

 

 

サイドバッシャーはなんなく壁に激突。その衝撃からか上に乗っていた人物、見れば瑠姫とそう歳の変わらない少女は空へ放り出される。

 

 

「ギョベッッ!!」

 

 

そして間抜けな声をあげて地面に墜落。

とは言えすぐに首を振って目を見開くと、素早い動きで立ち上がり、すぐに隼世の下へ駆けていく。

どうやら二人は知り合いらしい。隼世も目を見開き、少女を見ていた。

 

 

「ど、どうしてココに来たんだ! 危険だから来るなって言っただろう!?」

 

「だってだって市原くん遅いんだもんッ! 心配するよそりゃ!」

 

 

少女は隼世の背を撫で、RX達を見上げた。

 

 

「逃げようよ市原くん、こいつ等にやられたんでしょッ!」

 

 

隼世に駆け寄った少女を見て、RXは何か言いようのない既視感を覚える。

以前どこかで見たような、そんな感覚だ。しかし記憶にはないし、勘違いなのだろうか。

少女の髪型は茶髪のボリューミーボブ。服装は健康的な脚が大きく露出するショートパンツに、オフショルダーのトップスと、そこそこ露出が高い。

その点をみると、やはり該当する知り合いなどいるわけもなく、既視感は偶然なのかと思う。

 

 

「下がれルミ! ココはキミの来る所じゃ――」

 

「ルミ?」

 

 

横から、声が聞こえた。

RXが隣を見ると、額に汗を浮かべている瑠姫が見えた。

顔が、青白い。寒そうだ。なんだかとっても変だった。

そしてそれは彼女だけじゃない、先程まではハイテンション騒いでいた隼世の隣にいた少女が、瑠姫と同じような表情を浮かべている。

 

さて。RXはまだ気づいていないが、彼が抱いた既視感は本物である。

RXは目の前の少女を見たことがないが、限りなく近い顔の少女をずっと見てきた。

人間と言うものは髪形で大きく印象が変わるものだ。ずっとさえないキモオタくんが、ある日パーマを与えたら別人と言うのは珍しい話ではない。

 

 

「お、お姉――、ちゃん……?」

 

「「は?」」

 

 

あれだけ道が交わらないと思っていたRX――、つまり岳葉と隼世の声が重なった。

隼世の隣にいたの翠山(みどりやま)留美(ルミ)

つまり、ルミは瑠姫の妹である。姉妹は今、全く予想もしていなかった形で再会する事となる。

 

 

 

 

 



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第5話 天使のクラックダウン(前編)

 

 

 

人間とは外見では判断できないものだと、つくづく思う。

一般的な常識では清潔感や誠実さを求めるのは黒髪であり、肌の露出もそこそこに抑えてある瑠姫がその裏では頻繁に強姦されており。

一方で髪を茶色に染め、露出の高い服を着ているルミがその実、処女であると。

 

いや、まあそんな話はどうでもいいか。

人間を構成するのは環境だ。今こうして出会った二人ではあるが、過去と同じ仲良し姉妹にすぐ戻れるかと言えばそれはノーである。

 

RXの変身を解除した岳葉は瑠姫を見ている。

なんとか立ち上がった隼世は、へたり込んでいるルミを見ている。

そして瑠姫はルミを、ルミは瑠姫をジッと先程から見つめていた。

 

時間が止まったようだった。

重く、嫌な空気が張り付いている。心なしか息苦しい。

それはココにいる全員がそうだったのか、始めに口を開いたのはルミだった。

 

 

「い、いやぁー! ひっさしぶりだねお姉ちゃんッ!! 元気だった!? アタシはもう元気も元気って感じで! えへへ!!」

 

 

明らかに無理をしていると言うのは分かった。

汗を浮かべ、頭をかいている姿が少し痛々しい。

 

 

「もしかして連絡とかしてくれた? やー、ゴメンゴメン! 実は携帯の番号変えててさぁ、それをお姉ちゃんに言うの忘れちってた!」

 

 

対比があった。

笑顔を向ければ向けるほど、瑠姫の呼吸は荒くなり、嫌な汗が全身に浮かんでくる。

 

 

「――ァ」

 

 

フラッシュバック。

瑠姫にとってルミは大切な存在だった。

ルミと過ごした時間は瑠姫にとってとても大切であり、とても楽しい時間で、とても幸せな時間だった。

 

だが、それが問題だった。

光があれば闇があるように。また、闇が光をより強調させるように。幸福はそれだけの対を思い出させてくれる。

妹と離れ離れになった後、妹はどんな人生を歩んできたのだろうか。

少なくとも――。

 

 

「ァ」

 

 

自分よりはマシな人生を。

 

 

「アァアアッ」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 

引き金は笑顔だった。

妹は笑顔を浮かべている。いや、もちろん瑠姫もまた笑顔くらいは浮かべられるし、現に何度も笑顔を岳葉に向けている。

しかしそれでもルミの笑顔が瑠姫の心を抉り削った。妹は笑顔を浮かべている=人生を謳歌している。

一方で自分は歪んだ表情を浮かべてきた。憎悪、悲しみ、苦痛。極端な方程式が瑠姫の脳で組み立てられていく。

 

つまり、対比。

髪を染めて露出をしているルミがとても楽しそうに見えた。

チャラチャラ、セックスアピール、よく出来るねそんな事。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

両手で頭を抱え、血走った目を見開き、瑠姫は叫んだ。

妹と言う光の存在が、まるで自分を汚いものに変えていくようだった。

妹が光を放てば放つほど、自分の体がドロドロに汚いような気がして。

 

楽しい毎日を送ってきたんだよねルミ。

お姉ちゃんはね、地獄だったよ。

 

 

「アァアァアァアアァアッッ!!」

 

 

悲鳴を上げながら瑠姫は一同に背を向けて走り去る。

ココにいては泥が全身を多いつくし、溺れ死ぬ。それが怖くて瑠姫は逃げた。走った。

 

 

「お姉ちゃん!」「瑠姫!」

 

「ッ、変身!」『シグナルバイク!』『ライダー! マッハ!!』

 

 

隼世は仮面ライダーマッハに変身。

高速移動、ズーットマッハにより一瞬で瑠姫の背後へ距離を詰めた。

そして首筋を手で打つ。糸が切れた人形のように瑠姫は崩れ落ち、マッハの腕に収まった。

 

 

「おい! なにすんだよ!!」

 

「大丈夫。気絶させただけだよ。彼女は錯乱状態にある。今のままじゃ、まともに話し合う事もできない」

 

「それは……」

 

「それにもうすぐ警察が来る。キミが追っていたヤツは縛っておくから、今はココを離れるんだ」

 

「だけど……!」

 

 

迷ったように拳を握り締める岳葉。

しかし気絶する瑠姫を見て、風船がしぼむ様に肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

三十分後。四人はホテルにいた。

ベッドの上では未だに気絶した瑠姫が眠っている。

それを心配そうに覗き込んでいるルミと、供え付きの椅子に座っている岳葉と隼世。

言い方は悪いが二人は疲労し、ぼんやりとした感覚、それはまるで自慰後の冷静な時間(けんじゃタイム)のようなものだった。

 

双方本気は出したつもりだったが、果たして本気で戦えていたのだろうかと、なんだか雲を掴む様な虚無感に襲われていた。

しかしそれでも新たなる問題がある。それを無視する訳にはいかなかった。

 

 

「二人は……、知り合いだったのか?」

 

「ああ、僕とルミは昔からの知り合いでね」

 

 

両親が離婚し、それぞれは新しい人生をスタートさせるために新天地を目指した。

ルミの母(瑠姫の実母)は、実家に帰った。その隣の家に住んでいたのが隼世だったと言うわけだ。

ひょんな事から知り合った隼世とルミは友人となり、その関係が今も続いていたと言うわけだ。

 

 

「僕の死は事故みたいなものだったから、神様に元の僕として蘇生させてほしいと頼んだんだ」

 

「市原くんは仮面ライダーの力を正義の為に使いたいって言った。アタシはそれに賛成して、彼のサポートを」

 

 

もともと隼世は所謂『特オタ』であった。

それもあってか、事故や事件に巻き込まれた人を一人でも助ける為にルミと一緒にいろいろな場所に赴いていたのだ。

 

 

「そういえばネットニュースで見た。ホテルの火災とか、土砂崩れで"不自然な生存者"が発見されたとか――」

 

「……そう、それは僕がやった」

 

 

岳葉は息が詰まる想いである。

ライダーの力を真っ先に犯罪行為に使おうと思っていた自分との差。まさに光と闇と言ったところか。

 

 

「本間くんは、お姉ちゃんとどこで知り合ったの?」

 

「えッ!? あ、いや、それは――」

 

 

童貞卒業の怨念に縛られ、あなたのお姉さんをレイプしようとしました。

などと言える訳もなく。適当にお茶を濁しておく。だがもっとお茶を濁さなければならないのは瑠姫が今まで歩んできた境遇である。

それこそ、瑠姫がパニックを起した原因であると言うのは岳葉でも分かる事。それにこれから先の事を考えると、どうしてもルミには話しておくべきなのかと思う。

 

 

「ルミちゃん。瑠姫はその、向こうの家族に、虐待――、されてて」

 

 

もちろん、そのままとは行かないが。

 

 

「嘘でしょ……?」

 

「………」

 

 

腕を組み、目を細める隼世。

彼もまた瑠姫の事情を察した者であるが、やはりそれが性的な虐待とは口にする事はできなかった。

ここで悪戯に彼女の過去を明かすのは得策ではないと察したのだろうか。

一方で激しい怒りを露にしていたルミ。自分の事の様に怒っており、顔は真っ赤に染まっている。

 

 

「酷い! 最悪! 警察に訴えてやる!!」

 

「そいつ等は――」

 

「?」

 

「そいつ等は、俺が殺した……」

 

「えっ!」

 

 

ルミと言う少女は正直な性格らしい。岳葉の言葉を聞いて、お手本のような『ドン引き』と言う表情を見せる。

それを見て、正しい事をしたと思っているのに、なぜか岳葉は汗を浮かべてルミから目を逸らした。

一方で予想外の答えに戸惑うルミ。だがしばしの無言のあと、深呼吸を行い、なんと『笑み』を浮かべた。

 

 

「ソレはダメだよ、本間さん。人として、アタシはあなたの行動を認める事はできない」

 

「それは――」

 

「でも、妹して一言だけ」

 

「え?」

 

「ありがと」

 

 

ルミが口にしたのは『お礼』であった。

これには隼世も驚いたのか、思わず椅子から立ち上がらんとばかりの勢いであった。

 

 

「ルミ!」

 

「ごっめん。でもさ、ほら、アタシも人間っていうか? ね?」

 

 

人を殺す事はもちろん最悪の行為だ。

ルミは隼世の考え方に賛同しているからこそ行動を共にしてきた。しかし今回ばかりはエゴの面が出てしまう。

大好きな姉を苦しめた者達への裁きは、個の部分が求めてしまう。

とは言え、その意見は岳葉にとって違和感を残すものだった。

 

 

「ちょっと待ってくれルミちゃん。瑠姫を大切に思うなら、どうして連絡を断ってたんだよ」

 

「ッ、それは……」

 

「瑠姫は、自殺しようとしていたんだ」

 

「ほ、本当!?」

 

「ああ、死のうと思う前にキミに連絡したけど、繋がらなかったって!」

 

「ッ」

 

 

そこで物音が聞こえる。

ベッドのシーツが擦れる音だ。一同が視線を移すと、体を起こす瑠姫が見えた。

 

 

「――ァ」

 

 

ばつが悪そうな、複雑な表情で瑠姫は一同に視線を返した。

一応は冷静を取り戻しているのか。しかし唇や肩は震えており、あまり本調子ではない。

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

そんな瑠姫へ、ルミは床を蹴ってダイブである。

両手を広げ、包み込むようにして抱きつくと、そのまま瑠姫を押し倒す。

枕に頭が沈み、戸惑いがちに瑠姫は妹を見る。

 

 

「え? え、え?」

 

「ごめんねお姉ちゃんッ、アタシ、お姉ちゃんがそんなに苦しんでるなんて思ってなくて……!!」

 

「あ、うぁ」

 

 

妹が事情を知った? その可能性を察し、瑠姫の表情が大きく歪む。

それを見て、つい反射的に岳葉は立ち上がった。見たくない、その顔は、見たくなかったんだ。

 

 

「ごめん瑠姫、少し、ほんの少しだけかいつまんで、ルミちゃんにその、事情を説明した。詳しくは――、言ってないから」

 

 

詳しく。

その詳しい部分に性的虐待が含まれていると察したのか、瑠姫の乱れた呼吸は徐々に落ち着きを取り戻す。

それと比例するようにして抱きしめる力を強めるルミ。

 

 

「お姉ちゃん。ゴメンね。アタシもずっと連絡したかったけど、できなくて。お姉ちゃんのことが嫌いになった訳じゃないんだよ?」

 

 

向けられるのが励ましや弁解の言葉であると言うのは岳葉の予想通りである。

 

 

「こんな事言っても言い訳とかに聞こえるかもしれないけど。お姉ちゃんの気が紛れる訳じゃないかもしれないけど」

 

 

しかし次の言葉は少々予想から外れていた。

 

 

「お姉ちゃんに会えなかった理由は、たぶん、一緒なんじゃないかな?」

 

「え?」

 

「アタシもね、死のうとしてたから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を聞くと、ルミもまた苦労はしていたようだ。

いや、もちろんそれは他人が聞けば瑠姫よりは軽いものかもしれないが、当の本人にとっては苦労に重いも軽いもない。

悩み、心を蝕めば、それは人を殺す刃になる。

 

ルミの苦悩はある意味、いたって普通のものだった。

学生ならば一度はぶつかったのではないだろうか、勉学、家庭、未来。

 

 

「お母さんが連れてきた再婚相手とイマイチ合わなくてさぁ」

 

 

気持ちは分かる。そうしないといけないと言うのは分かるが、どうにも他人に父親面される事が不愉快で堪らなかったと。

さらには学校でも同じだ。活発で明るそうなルミは、そのイメージの通り勉強が苦手らしい。

アニメや漫画のキャラクターであれば、それは可愛らしいステータスかもしれないが、現実はそう甘くない。

 

 

「アタシ、名前書けば入れるって言われた高校に推薦で入ったんだけど、数学のテストでゼロ点取っちゃってさ。でへへ」

 

 

笑って見せるが、目は全く笑っていなかった。

 

 

「ゼロだよゼロ、高校生で。やべーっすよね? いやヤッバイよこれは」

 

 

勉強しないのが悪かった。

授業中は寝るか、隠れてお菓子を食べるか、漫画を読むか、携帯ゲームをするか。

家に帰れば昼ねして漫画、ゲーム、アニメ。そんな事でテストの点数が上がる事はない。

 

周りにはまだ本気じゃないと言い訳していたが、その実、何が分からないかも分からない状況であった。

だからココは一つ勉強してやるかと思っても、手はすぐにゲームに伸びる始末。

既に中学校から成績は壊滅的であったけど、義務教育の砦がなくなった結果。

 

 

「留年だよ。髪染めてもピアスつけても怒られない底辺高校で一年生で留年だよ! やべーっすよコレ。マジ笑えないって!」

 

 

引きつった笑みで頭を掻き毟るルミ。

当時の事を思い出しているのか、脂汗が額に見えた。

喧嘩、妊娠、犯罪、一年の間に退学していく連中は少なくなかった。しかし純粋に成績が悪くて留年したものなど、ルミくらいであった。

 

 

「周りが進学していく中で自分だけおいてけぼり! それで新入生と一緒のクラスになるのかって思ったら地獄でんがな!」

 

 

おまけに家じゃ母だけではなく義父にもこっぴどく叱られる始末。

うるせー! お前なんて本当の親じゃないくせにー! そんなホームドラマありがちなベタベタ喧嘩をしてから家を飛び出した。

 

 

「まあ結局死ななかったけど、もうその後は散々で」

 

 

バカにもプライドはある。苦痛だった。

けれども正反対に事は進み、親に土下座し、高校を辞めさせてもらい。現在最終学歴は中卒である。

 

 

「今アタシ中学の楽しい算数ドリルで勉強してるんだよ? 分かる? この気持ち。こんな状態で楽しくおかしく暮らしてると思ってたお姉ちゃんに会えます?」

 

 

お姉ちゃん! 久しぶり! アタシね、今ね、高校を辞めてニートなの!

やる事なくて毎日を浪費して親と喧嘩してるの! やったね☆

 

 

「考えるだけで地獄だったよん」

 

「ぷはっ!」

 

「!」

 

 

ふと見直せば、先程までは辛そうだった瑠姫が吹き出していた。

 

 

「ぷはははは! ルミってば、本当なの? おかしいね! 中学校の算数ドリルって!」

 

「笑うなーッ! こちとら人生終わらせるかの悩みだったんだぞーッッ!!」

 

「ルミも苦労してたんだね。知らなかった」

 

「姉妹揃って闇深とか笑えませんなー! だはは!」

 

 

先程の雰囲気が嘘のように笑いあい、はしゃぎ合い、じゃれ合い始めた姉妹。

それを見て岳葉はほっと胸をなでおろすが、椅子に座って足を組んでいた隼世の表情は複雑だった。

瑠姫がルミに対して警戒を解いたのは、ルミに負があると知ったからだ。

 

つまり自分でも見下せるポイントがあるからと察したからではないのだろうか。

出来の悪い子ほど可愛いと言うが、ヒエラルキーにおいて下に見れる相手ほど優しくできる。

そんな人間の駄目な部分を目の当たりにしているんではなかろうか。

負を負で打ち消す事が、正しい事なのか?

 

 

「………」

 

 

その答えは、まだ、隼世は見出せない。

 

 

 

 

 

 

「でさぁ、ウチの親って本当にうるさくて」

 

「あはは、お母さん、確かにそういう所あったね」

 

 

理由はどうであれ、姉妹は昔の感覚を取り戻していた。

ホテル下にあるレストランで食事を取った時も二人は絶え間なく喋り続け、岳葉と隼世は相槌を打つくらいであった。

それは部屋に戻ってからも同じで、交代でお風呂を使う際にどちらか一人が入るまで、瑠姫とルミは楽しそうに喋っていた。

ふと、ルミが言った。

 

 

「お姉ちゃん! 家においでよ! 母さんも義父さんもうるさいけど悪い人じゃないから、きっと歓迎してくれるよ」

 

「う、うん。でも、いいのかな?」

 

「良いに決まってるじゃん! はい、決まり!」

 

 

夜が来た。

部屋にはベッドが二つ。簡易的な小さいベッドが一つ。ソファが一つある。

話し合いの結果、普通のベッド二つを姉妹が使うことになり、小さなベッドを岳葉が、隼世はソファで眠ることになった。

 

電気を消して――、どれだけ経っただろうか?

戦いの疲れからすぐに眠れるだろうと思っていた岳葉は、目をあけ、窓の外にある月を見ていた。

 

 

(眠れない)

 

 

なぜ? わからない。なんだか心がザワザワしている。

ルミと瑠姫が楽しそうに話すことは良い事だ。なのに、なぜか岳葉にはそれが嫌なものに映ってしまった。

なぜ? 瑠姫が幸せになることは良い事のはずなのに。

 

 

(もしかして俺は、嫉妬してるのか)

 

 

今まで瑠姫は岳葉を心の拠り所にしてきた。それは半ば、依存ともいえる形でだ。

しかしルミの登場によりその立場が岳葉(じぶん)からルミにスライドする事を、心のどこかで恐れているんじゃないだろうか。

瑠姫は自分を必要としてくれていた。しかしルミがいれば、自分は要らないんじゃないだろうか、と。

 

 

(って、何を考えてるんだ俺は。こんなんだから童貞だったんだよなぁ)

 

 

独占欲の強い男は嫌われる。

岳葉は首を振り、早く寝てしまおうとギュッと目を閉じる。

しかしそんな時だった。ルミの声が聞こえてきたのは。

 

 

「ねえお姉ちゃん、起きてる?」

 

「……うん」

 

 

どうやら眠れなかったのは岳葉だけではないらしい。

ルミはベッドを移動し、瑠姫のベッドにもぐりこんだ。岳葉との距離も近くなり、当然声はよりその耳に届く。

 

 

「眠れなくてさ、少しお話しよーよぅ!」

 

「いいよ。何話す?」

 

「なんでもいーよ、お姉ちゃんなんかある?」

 

「んー、あ! そうだ、ルミって処女なの?」

 

「んぼぉっ! な、何聞いてるのか、このスケベ姉は!」

 

「いいじゃない。教えてよルミぃ」

 

「そ、そりゃあまあ? アタシはほら、ね? まあ処女だけども……」

 

「恋人とかいないの?」

 

「いや、それは……」

 

「いたことないの?」

 

「まあ、だって、それは、ね? アタシ頭悪いし」

 

「市原さんは?」

 

「んぼっ! ちょ! ぢょぢょぢょッ! 市原くんは、か、かかかんけーねーし!」

 

「わかりやすッ!」

 

 

まあずっと一緒にいたのだ。

幼馴染にそう言った感情を抱いてもおかしくはあるまい。

特に隼世は少し過剰なところはあるものの、言動や思想からルミが共感し、恋心を抱いてもおかしくはなかった。

それに時間がそれだけのエピソードを作る。

 

 

「市原くんは優しいんだよ? あ、アタシが映画行きたいって行ったら連れてってくれるし、勉強だって教えてくれて。あ、いや、結局アタシは聞いてなかったんだけど、それでも怒らないし。それに――」

 

「それに?」

 

「褒めてくれるの」

 

「……そっか」

 

 

ルミのアイデンティティの確立に隼世は大きく貢献していたようだ。

しかしどうやらルミは隼世には告白をしていないようだ。

思いを伝えていないのは純粋に勇気を出せないからでもあり、なにより大きな罪悪感があった。

 

 

「あの日……」

 

 

ルミを死を決意した日だ。

留年が決まり、親から叱られ、ルミは家を飛び出した。そこで隼世と鉢合わせになる。

 

 

『ルミちゃん、どうしたの?』

 

『イッチー、ばいばい』

 

『え?』

 

『アタシ今から死にます。天国にゴーします。今までありがと、それじゃあさようなら』

 

『ちょ、ちょっと!』

 

 

きっと多くの人が鼻で笑っただろう。

死ぬ気なんてないくせに、と。現にルミもあの時は本気だったかもしれないが、今にして思えば欠片とて死ぬつもりなどなかった。

ただそうする事で他人に心配されたい、励まされたい。『そんな事ないよ、キミは頑張っているよ、理解してくれない回りが悪いんだよ』などと言われたいだけだ。

 

そう、でも、言われたかったのだ。

ルミはその時のことを思い出したのか、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「市原君。ついて来てくれたんだぁ」

 

 

思い出す。始めはホームセンターでたこ紐を買って、公園にやって来た。

 

 

『ここで首を釣ります』

 

『お、落ち着いてルミちゃん! 何があったの!? 僕が相談にのるから、はやまらないで!』

 

『止めないでおくれよボーイ。アタシなんて生きてる価値もないお馬鹿女なのさ』

 

『そんな事ないよ! 成績だけが全てじゃない! やり直しはいくらでも聞くよ!』

 

 

そんなやり取り。

気づけばルミの唇は釣りあがっていた。

でもダメ、まだダメ、ルミは踏み切りに移動する。無人の踏み切りで遮断機もない危険な場所だった。

数年前にも進路やいじめで悩んだ学生がダイブしたらしい。ルミは踏み切りにはいり、線路の上に寝転んだ。

 

 

『バラバラになります。今までありがとうございました』

 

『ダメだよルミちゃん! 両親が悲しむよ!』

 

『うそだよ、アタシが死んでせーせーするんだよあの二人は』

 

『ルミちゃんの事が大切だから怒るんだよ、どうでも良い子ならほっとくって!』

 

『そんなよくある台詞。アタシは信じないモン』

 

『じゃあ僕だ! 少なくとも僕は悲しい! ルミちゃんに死なれたら僕は毎日泣いて、脱水症状になって死んでしまうよ! それでもいいの? ルミちゃんの人殺し!』

 

『むふふ。あ、いや。ふん! 聞かない聞かない! あたしは死ぬぜよ!』

 

『自殺は地獄に行っちゃうよ! 苦しいよ、針山だよ! 血の池だよ!』

 

『え……?』(じ、地獄? マジで? こわっ!)

 

 

立ち上がったルミ。

だがまだだ、まだダメなのだ。まだ満足じゃない。車の行きかう交差点を見つめて、ため息を一つ。

 

 

『ここを走り抜ければ、どっかの車がアタシをお星様に――』

 

『ルミちゃん! 気を確かに! そりゃあ確かに周りは色々言うかもしれないけど、僕はキミの味方だから! だから死なないでくれよ!』

 

『またまた、どうせアタシの事なんて好きじゃないくせに』

 

『好きに決まってる! そう、僕はキミが好きだ!!』

 

『へ!?』

 

 

隼世はラブではなくライクの意味でそう叫んだ。

しかしルミにとってはその言葉が弾丸となりハートを撃ち抜いてしまったわけだ。

顔が真っ赤になる。全身が熱くなる。もはやルミの中で『死にたい』と言う感情はとっくに消滅していた。

摩り替わったイメージは死ではなく、たとえば隼世と手を繋いで海辺の道を歩いたり、隼世と遊園地にいって観覧車で夜景を見たり、隼世と隼世と隼世と隼世と――。

 

 

『つ、次! 次いくもん!』

 

 

照れ隠しからルミは茶番を続ける事に。

とはいっても次で最後にするつもりだった。家の近くにある廃墟、四階建てなのだがその屋上から飛び降りてやると嘘をはく。

だが屋上に上ってみると、そこにはなんと先客が。

 

 

『こないで!!』

 

(えーっ、なんでそうなるのーッッ!!)

 

 

メガネをかけた少女は成績が伸びず苦しんでいたようだ。

しかしなんとなく同属嫌悪ではないが、ルミには理解できた。

彼女も同じ口だ。死ぬつもりはない。死に近づく事で楽になろうとしているだけなんだ。

 

死にたい。便利な言葉であり、楽になれる言葉だ。

人はみんな、誰もが一度はなんとなく死にたくなるのだ。

 

 

『落ち着いて! 今は辛くても、きっと未来じゃ良い事あるよ!!』

 

 

しかしやはり隼世は違った。

彼は本気で自殺しようとしている少女を止めに入った。

 

 

『来ないで、来たら本当に飛び降りる!!』

 

『冷静になれ! 自分で自分を殺すなんて、馬鹿のすることだぞ!!』

 

 

アクションは一瞬だった。

隼世は地面を蹴って一気にフェンスを飛び越えると、少女を抱え、投げ飛ばすようにして屋上の内へ強制移動させる。

一応ルミも少女を抑え、とりあえずは安心と思われた。

 

 

『あ』

 

『え?』

 

 

めまいがした。

フワリと、体が浮いた気がした。ギャグみたいだが欠片も笑えない。

足を滑らせた隼世は、そのまま下に落ちていった。

 

 

『イッチー?』

 

 

訳が分からなかった。

意味が分からなかった。ルミも、先程まで死のうとしていた少女も固まり、しばらく動けなかった。

 

 

『隼世くんッ!?』

 

 

やっと脳が追いついた。飛び出し、真下を確認するルミ。

するとそこには立ち上がり、手を振っている隼世が見えた。

 

 

『よかったぁ! で、でもッ大丈夫なの!?』

 

『う、うん。大丈夫だけど……』

 

 

隼世は複雑そうに笑っていた。

 

 

『大丈夫じゃないみたい』

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そこで隼世くんは神様と」

 

「うん。そうみたい」

 

「へえ……」

 

「も、もう! アタシの話はいいでしょ? お姉ちゃんこそ本間さんとどやって知り合ったのさ?」

 

「レイプされそうになったの」

 

「レ゛! っておバカ! 処女と思ってからかいおってからに!!」

 

(……本当なんだけど、まあいいか)

 

「ところでさ、お姉ちゃんこそ、岳葉くんとはどうなのさ」

 

 

ニンマリとした表情でルミは問いかける。

別に、話の流れがあったから聞いただけで特に深い意味はない。

姉の面白いリアクションでも見られればとの想いだろう。しかし当事者としては心がざわつくものだ。

まったく、寝ようとしているのについ話を盗み聞きしてしまう。岳葉は顔だけは壁の方に向けながら、ジッと瑠姫の言葉を待った。

 

 

「どうもなにも、私達付き合ってるんだよ」

 

「うぉほぉ!? マジっすか!」

 

「ちょ、ちょっと、うるさいよルミ」

 

「あぁ、ご、ゴメンゴメン」

 

「でも」

 

 

瑠姫は、欠片も笑っていなかった。

 

 

「でも、本当に私は岳葉くんの事が好きなのかな」

 

「え?」

 

「私はもしかして、彼にとっても失礼な事をしてるのかもって」

 

「どういう事?」

 

 

岳葉は目を見開き、汗を浮かべ、青ざめ、壁を凝視している。

ついに、そこに至ってしまったのか。恐れていた事が起こってしまった。

やはり最初から夢見ていた通り、瑠姫にとってルミの存在はあまりにも大きなものだった。

はじめこそ落差に頭をやられそうになったが、冷静になるにつれて昔の絆を取り戻していく。会話は喜びを生み、存在は安心を生み、瑠姫の心に平穏を齎す。

 

 

「私は――、ルミの役割を岳葉君に押し付けてただけなのかも」

 

「そんな事。それに、それは悪い事じゃないよ。岳葉さんがそれだけお姉ちゃんにとって良い存在って事でしょ?」

 

「……違う」

 

「え?」

 

「気づいたの。ルミがいれば、私はいいのかも」

 

「嘘でしょ? 酷いよそんなの」

 

 

岳葉は思う。

いや、それは間違ってないんだルミちゃん。なぜならそもそも俺達の間に愛は無かった。

瑠姫は自分を傷つけずメンタルを一定に保つ装置を求めていただけにしか過ぎない。そして俺は自己を肯定してくれる人間を欲した。

俺達はその砂上の絆に甘えていただけで、瑠姫にとって何よりも大切なルミが生まれれば、そこに俺の存在価値はなくなる。

 

等と、言葉を並べてはいるが、岳葉の心は引き裂かれそうだった。

それは一言では説明できない、しいて言うなら、惨めさと言う刃が心をガリガリ削っていく。

 

 

「だってね、岳葉くんが可哀想なんだもん」

 

「え?」

 

「同情だよ、岳葉くんが私に優しくしてくれるのは」

 

(え?)

 

 

岳葉は結局、何も分かっていなかった。

 

 

「ルミ、私ね――」

 

 

止めるべきだったのか。止めない事が彼女のためだったのか。

岳葉は分からず、動く事ができなかった。

結局、瑠姫は己がされた事の全てをルミに話した。

 

 

「え……?」

 

 

引きつった――、それはもはや笑みなのか、苦悶の表情なのか、何も分からない。

汗を浮かべ、唇をパクパクと動かし、目を見開き、顔を青ざめる。ルミの口から空気が漏れた。声がみるみる小さくなっていく。

 

 

「ほ、ほん、と、なの?」

 

「なにが?」

 

「む、む、無理やりとかッ。ちゅっ、中絶とか――ッ」

 

「マジだよ。引くよね、普通」

 

「え、え、あ……」

 

「いいよ。引かない方がおかしいから」

 

「………」

 

 

そんな事ないよ。

そのたった一言がルミの口からは出なかった。

 

 

「普通はね! 引くんだよ!!」

 

 

感情がコントロールできていないのか、先程ルミの声量を注意した瑠姫自身が声を荒げていた。笑い声交じり、なのに声は震えている。

気づけばルミの目からは涙がボロボロ零れていた。こんな姉の顔をみたのは初めてだ。

ルミはとにかく何かを言わなければならないと強迫観念にかられる。

 

 

「ど、どどど、どうして――ッ、周りに相談しなかったの?」

 

「なんでだろ? お姉ちゃんにも分からないなぁ」

 

 

始めはショックから何もいえなかった。

次は、言って何になるのか――? そういう事だ。瑠姫にだって良心はある。

義母には父親殺しの恨みを持っていたが、同時に今まで食事を作ってくれた事、服を洗ってくれた事など、恩は感じている。

 

人間はおそらく大半が黒一色、白一色ではない。

大嫌いな人間であっても、何かしらの恩を感じる事はあるのだ。

もちろん義父には欠片も感じていなかったが、連れ子であった義弟にはほんの少し愛を持っていたのは確かなのである。

 

じゃあ、もし、自分がアンタの夫に、キミの父親に犯されていると言ったら、知られたら、彼らの家庭はどうなる?

決まっている。崩壊だ。そしてその崩壊の後、自分の居場所はあるのか? いや、そもそもレイプが無くてもあっても。

――瑠姫に、居場所はあったのか?

 

 

「友達に言ってどうすればいいの? レイプされた友達とまた昔みたいに変わらず接してくれるんだろうか? ううん、そんな事ないよね。普通は引くんだから。それに友達はいたけど親友はいなかった。もしかしたら拒絶されるかもしれないって思ったら言えなくて。ひひ、はは、へへ」

 

 

早口に、早口に、無機質に言葉を並べていく。

声のトーンがどんどん上がっていく。少しでも声を低くすれば目からは涙が零れるようになっているからだ。

 

 

「峰岸くんになら、言っても良いかなって思えたんだ。あ、峰岸くんって私の元彼ね。結局拒絶されたんだけど。ははは。で、で、でも想像以上にその時の言葉が刺さっちゃったから、やっぱり友達には言わなくて良かったかも! ふふっ、ふふ!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

そこでルミは気づいた。

もしかして自分はとんでもない事をしてしまったのではないかと。

もしももっと早く自分から瑠姫に連絡を取ったりしていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

いや少なくとも、少しは姉を苦しめる事はなかったかもしれない。

 

しかし自分は、瑠姫に会いたくなかった。

成績優秀な姉に会えば、自分がもっと惨めになるような気がして、会いたくなかったのだ。

 

 

(アタシは、最低だ……!)

 

 

涙を堪えるようにルミは唇を噛む。

一方で同じように、瑠姫も唇を噛み、眉を寄せ、涙を堪えている。

 

 

「私ね、正直、ルミには会いたくなかったんだ」

 

 

正直、どこかでルミに勝っていると思っていたからだ。

確固たるアイデンティティの確立があった。しかしいざ、自分はボロボロでその劣等感が瑠姫を狂わせる。妹よりも、他の人間全てに負けた気がして。

岳葉をいじっていたのも少しでも自分が優位に立とうとするプライドからだ。

 

下ネタを多用していたのだって怖かったからだ。引かれるのが。

笑い事にしなければ壊れてしまう。なにかもポンコツになった。そんな状態、そんな人間。

 

 

「愛されるわけ、無いでしょ?」

 

「それは――ッ!」

 

「汚れきった私を愛してなんて、傲慢にも程があるでしょ!!」

 

「!」

 

「普通なんだよ! 引くのが正常なんだよ! 男は処女が良いに決まってるんだよ!!」

 

 

既にリミッターは外れていた。

瑠姫は叫んでいた。涙を零しながら叫んでいた。

 

 

「分かっちゃうの! だってそうだから。あぁああグッ! あぁあ! どこに行けばいいのかな? どこにお祈りすれば処女膜って戻るのかなぁッ! 何円積めば膜の再生手術してくれるのかなぁあッ!! あぁあぁ違う、違う違う違う! 中絶も引くよね、エンコーも引くよね! 名前も知らない奴の性器握った手なんて繋ぎたくないよね! しらねぇ男に無理やり精液飲まされた口でキスなんてされたくねーよね!! ダメ、ダメダメダメェエ! うグッ! そっか、タイムマシンだ! お姉ちゃん、明日からタイムマシン探すね! そうしたら、きっと全部なくして、そしたら、そうしたら……!」

 

 

心が折れた。

目からは、とめどなく涙が溢れてくる。震えたままの声で、叶わぬ願いを口にする。

 

 

「もっと、うぐっ、綺麗なのが――、良かったなぁ……!」

 

「お、おねっ、お姉ちゃん――ッ」

 

「岳葉くんに謝らないとダメなんだよ。綺麗じゃなくてごめんねって――ッッ!!」

 

 

姉妹は馬鹿みたいに泣いている。

 

 

「うぅっ、グッ! アァア、もっと昔にあなたと会いたかったよぅッ!」

 

「――ッ」

 

 

岳葉は何も言えなかった。

全ての言葉を聞いていたのに、何を言っていいか、分からなかった。

 

 

「もっと、岳葉くんには、綺麗な私を好きになってほしかったなぁ!」

 

 

それは本能だった。動いたのは妹だった。

ルミは瑠姫を強く、強く、それは強く抱きしめた。

 

 

「だ、大丈夫ッ、ぐっ、うぅ! 大丈夫だよお姉ぢゃン。何があっでも、ひっぐ! 何があってもアタシはお姉ちゃんの味方だからね、嫌いになんて、ならないからね゛ッ!!」

 

 

究極の慈愛がそこにはあった。

 

 

「ほ、本当に――ッ!?」

 

「あ、あ、当たり前だよ。嫌いになる理由なんて、無いもんね」

 

「ありがとうルミ。本当に――ッ、ありがとう……!」

 

 

姉妹は抱き合い、しばらく震えながら静かに泣いた。

そしてしばらくして、瑠姫は立ち上がる。

 

 

「少しだけ一人になりたいの。鍵、貸してくれる?」

 

「え? でも、外危ないかも」

 

「大丈夫。ほんのちょっとだけ、外の空気吸いにいくだけだから」

 

「……それは、でも」

 

「お願い、ルミ」

 

「――ッ」

 

 

ルミは瑠姫に部屋の鍵を渡した。

このホテルは深夜でも裏口から外に出る事ができる。

瑠姫はそうやって裏口の間近にある駐車場にやってきた。網目状のフェンスの向こうには小川と田んぼが広がっている。

丁度良かった。瑠姫はへたり込み、声を上げて泣いた。

子供の様に、情けなく泣きじゃくった。

 

 

「あぁぁあぁあああぁぁぁあ!!」

 

 

何の為に生まれたんだ。

一体何の為に、誰の為に。

愛が苦しい。愛が蝕んでくる。人の最大なる幸福は愛であると誰かが言っていた。

なのに愛されない。愛してくれない。その中でルミには本当に感謝している。ルミがいなければ自分は本当に壊れていただろう。

 

しかし先程からチラつくのだ。

好きになれそうな人が出てくる。なのに愛されない。愛してほしくない。グチャグチャだった。

なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ。なんにも悪い事なんてしてないのに。なんで、なんで、ああ。

 

 

『可哀想な子だ』

 

 

神様の声が聞こえた気がする。

心の中で思った。くたばれ、神様。

 

 

『そんな事を言うなよ。助けてやるから』

 

 

うそつき。なんどもお祈りしたのに、遅いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お姉ちゃんが帰ってきてないの!!」

 

朝、ルミは頭を抱えて部屋中をウロウロと動き回っていた。

散々泣いたからか、瑠姫が返ってくるのを確認する前に眠ってしまったのだ。

それは岳葉も同じようで、やってしまったと言った表情で頭を抱えている。

とは言え、唯一、ソファで前のめりに座っていた隼世は冷静だった。

 

 

「大丈夫。瑠姫さんは一回帰ってきて、朝、また外に出て行っただけだよ」

 

「え? えぇ?」

 

「今は駐車場にいる」

 

「な、なんで分かるんだ?」

 

「昨日の晩から茜鷹をつけておいた。位置情報が頭に直接伝わってくる」

 

 

あんな事があったんだ。あんな事を言ったんだ。

本人でさえ冷静だったと思っていても、何かよくない行動を起こしてしまう可能性はあった。

 

 

「つまり、監視してたって事か?」

 

「聞こえは悪いけどね」

 

「じゃあもしかして市原君。昨日の聞いてたの?」

 

「あれだけ大きな声で叫べばね。実を言うと僕もあの時は眠れなくて」

 

 

隼世とルミの視線が岳葉に向けられる。

彼もまた、複雑そうに頷いた。

 

 

「そっか、じゃあみんな聞いてたんだ」

 

「僕は――、本気で分からなくなってきた」

 

「?」

 

 

たった一人の少女があれだけ追い詰められ、傷つき、苦しんでいる。

その原因を作ったのは他でもない、怪人じゃなくて人間だ。仮面ライダーの世界でも、あそこまでの苦悩と苦しみを見たのは久々だった。

 

 

「人間はなんだ? なんで悪魔の怪人より、人を傷つけてるんだ……」

 

 

隼世は頭を掻き毟る。

おかしいだろ、人間が怪人に見えるだなんてこと。

 

 

「本間くんはどうなの? お姉ちゃんの事……」

 

「俺は、俺は――」

 

 

拳を強く、握り締める。

 

 

「苦しみを消し去る事はできないのか? なあ、隼世、何かないのか!? 俺はほら、ライダーあんま詳しくないから、何か教えてくれよ!」

 

「……原作じゃあオーディンのタイムベントは時間を大きく巻き戻す事ができた」

 

「ッ! たしか龍騎のサブライダーだよな」

 

「ああ。だが、すまない、僕はオーディンには変身できるが、タイムベントはデッキに入ってなかったんだ」

 

「な、なんでだよ!」

 

「分からない。きっと神が細工をしていたんだろう。一応タイムベントを使えるようになれればと言う可能性はあるが、正直……」

 

「じゃあ、なんだろうな。もっと――、こう!」

 

 

そこで隼世は顔をバッと上げる。

そうだ、サブライダーだけではなく、主役ライダーならばと。

 

 

「ッ、そうだ。カブトのハイパークロックアップなら!」

 

「いや、それがッ、試してみたんだけど俺って主人公ライダーに変身できるけど、所謂最強フォームってヤツ、使えないんだよ!」

 

 

つまり岳葉はアルティメットやシャイニング。エクストリームやスーパータトバは使えないらしい。

 

 

「……フォーゼにはメディカルスイッチと言うのがあって。でも、それじゃあ処女膜を治せるかどうか」

 

 

それに膜だけを治したところで心に巣食う闇を取り払わなければ厳しいだろう。

 

 

「でも、昨日、僕なりに考えてみたんだ」

 

「な、なにを?」

 

「もしかしたら、彼女の闇を取り払えるかもしれない」

 

「本当か!」「本当なの市原くん!!」

 

 

食い気味に隼世へ近づく岳葉とルミ。

だが隼世の表情は複雑だった。

 

 

「期待はしないでくれ。あくまでも一つの可能性にしか過ぎないから」

 

「ど、どうすればいいんだ?」

 

「その前に、瑠姫さんを迎えに行こう。一人でいても、余計に思いつめるだけだ」

 

 

それもそうだ。

一同は部屋を出て、瑠姫の後を追いかけることに。

茜鷹から発せられる信号をたよりに足を進めると、駐車場にて瑠姫の後姿を見つけた。

朝の空気でも吸いに来たのだろう。まずは岳葉が声をかけようと手を上げる。

 

 

「おーい、瑠「ちぃーっす!」……え?」

 

 

割り入る声。

一同が視線を移すと、裏口すぐ横に止めてあるトラックの上に、一人の男性が横たわっているのが見えた。

 

 

「アンタは!」「あなたは!」

 

 

思わず声を上げてしまう岳葉と隼世。

なぜならばそこにいた男を二人は良く知っているからだ。

 

 

「「神様!!」」

 

 

思わず声が重なる。

すると嬉しそうに神はウインクを決め、トラックの荷台から飛び降りた。

 

 

「おひさー! 元気だったー?」

 

 

三人の前に着地した神は咳払いをして、胸を張って見せる。

 

 

「こ、これが市原君が言ってた?」

 

「神様さ。僕と岳葉を蘇生させ、ライダーの力を与えた」

 

「そして、ホモ」

 

「だから違うッつッてんだろ! まだそのネタ引きずってんのかよ!!」

 

 

一つ咳払い。ココは一旦冷静に。

 

 

「さて、なぜ神がこんな所にいるのか。不思議に思ってる事だろう、諸君」

 

「それは確かに。なんでコッチに?」

 

「そりゃおめー、ちょいとココは一つ助けてやろうかなってさ」

 

「え?」

 

「大変な事になってるっぽいじゃん? アレアレ」

 

 

親指で瑠姫の背中を指し示す神様。

 

 

「まさか、アンタなら瑠姫を助けられるのか!?」

 

「おいおい、私を誰だと思ってるんだよ神だぜ? ゴッドゴッド、瑠姫ちゃんのトラウマなんてちょちょいのちょいよ!」

 

「凄い! 凄いよ! やってもらおうよ皆!」

 

 

嬉しいのかピョンと地面を跳ねたルミ。

そうか、忘れていた。確かにこれほどまで魔法のような事をやってのける男だ。瑠姫を巣食う闇を取り払う事くらいなんの造作もない事か。

 

 

「最高だぜ神様! アンタすげーや!」

 

「サンクスサンクス。お礼に友達になってよ岳葉ちゃん。ライン交換しよ?」

 

「してやるしてやる! いくらでも友達でも信者にでもなってやるぜ!」

 

 

手を繋いではしゃぎあう二人。

そこでふと、神はピタリと動きを止める。

 

 

「あ、そうだ。でもその前に隼世くん。ちょっと聞いていいかな?」

 

「え? 僕ですか?」

 

「そうそう。キミってライダー好きなんだろ?」

 

「え、ええ。まあ」

 

「いいねえ、神様、そう言う子好きよ。それでさ、仮面ライダーウィザードって見てた?」

 

「もちろん。映画も見ました。マジックランドと、ムービー大戦二つ」

 

「おーん、ナイスぅ。でさ、神様も見てるんだけど――」

 

「アンタ特オタかよ。どういう神だよ!」

 

「いいじゃんいいじゃん、すげーじゃん。神様だってライダーくらい見るよぉ。それでさ、ウィザードのテレビ版の最終回ってどんなんだっけ?」

 

「え? 最終回、ですか?」

 

 

隼世は言われた通り、仮面ライダーウィザードの最終回の内容を神に伝える。

グレムリン。コヨミ。パンチ。端的に伝えていくなか、神は指を鳴らした。

 

 

「何話か覚えてる? タイトルは?」

 

「確か、51話。ああ、もちろんたぶんですけど、タイトルは最後の希望だったかな……」

 

「隼世お前……、本当に特オタなんだな」

 

「い、いいだろう別に。好きなんだから」

 

「そうそういいのよ。それで、その次の放送は?」

 

「鎧武1話ですけど」

 

「………」

 

 

神は頷く。

高速で頷く。まるで狂った人形のように。

 

 

「良い事なのやら、悪い事なのヤラ」

 

「?」

 

「まあいいか。あ、コレお土産ね。瑠姫ちゃんにも見せたけど、きっと喜んでくれると思うよ」

 

 

神は手を真横に伸ばした。するとそこに魔法陣が出現。

そのまま手を魔法陣の中に突っ込むと、何かをそこから取り出してみせた。

そして投げる。岳葉、隼世、ルミの前に何かが転がった。丸いシルエットの何か。ボール? いや、これは。

 

 

「え……?」

 

 

岳葉は固まった。隼世は固まった。ルミは固まった。

意味が分からなかった。思考がまた置いていかれる。まったく、ライダーになってからと言うもの、驚くべき事ばかりだ。

神のお土産は――。

 

首だった。

 

性犯罪者、木原。それは以前、刑務所で岳葉が取り逃したターゲットである。

 

 

「なにこれ」

 

 

ルミが呟く。

 

 

「首。私が殺した。ハハハ」

 

 

神が答える。

 

 

「そうだ、諸君、一つ語弊があった」

 

 

神の声色が変わった。

 

 

「私は神ではない」

 

「お、おい、オッサン……、アンタ何を――」

 

「自己紹介がまだだったな!」

 

 

神の体が光る。

人の形をしていた器は消滅し、異形の姿がそこにはあった。

肩や腕を覆う円形の装甲、そこに宝石が埋め込まれていく。そして赤い角が二本、頭で発光した。

 

 

「我が名はアマダム! 神をも超えし魔法使いだ!」

 

 

誰もが沈黙していた。

放心する一同。それを見て、アマダムは笑う。人は信じられない事態に直面すると脳がフリーズし、思考を加速させるために混乱する。

やはり、不出来な生き物であると。

 

 

「こんな話を知っているか?」

 

 

人さし指を立てる。

 

 

「仮面ライダーの力の源。それを"クロスオブファイア"と言う。炎の十字架、悪から生まれたと言う罪の証だ」

 

「なに、言って……」

 

「本間岳葉、市原隼世。お前たちの中にあるライダーの力は、我が体内に眠りしクロスオブファイアの一端を与えただけにしか過ぎない」

 

 

神の特典と言うのは少し嘘を含んでいる。

死者を蘇らせたアマダムは、クロスオブファイアの一部を与えただけ。

ただそれだけなのだ。いわばアマダムは自らの力を消費しただけにしかすぎない。

 

 

「岳葉、分かっていると思うが、お前が特定のフォームに変身できないのは、その分のクロスオブファイアを持っていないからに他ならない」

 

 

さて、そうなると一つの疑問が浮かぶと思う。

アマダムはなぜそんな事をしたのかだ。自分の力の一部を他者に譲る。

 

 

「だがこれは意味のある事なのだ。いわばこれはお試し期間である」

 

「お試し?」

 

「その通りだ。ゲームでもあるだろう? 体験版だよ。少なくともキミ達は人を超越する力を手に入れた事で、過去の自分よりは物の見方が変わったはずだ」

 

「それは、確かに、そうだけど……」

 

「私がなぜお前達に力を与えたと思う? 人を客観的に見させるためだ」

 

 

両手を広げ、アマダムは熱弁する。

 

気づいただろう? この世界の支配者に人はふさわしくない。

 

気づいただろう? 人は愚かだ。簡単に傷つき、簡単に傷つけあう。

 

気づいただろう? 正義なんてものは、この世界にはない。

 

 

「知っているか? 仮面ライダーは『怪人になりそこなった者』に過ぎない!」

 

 

アマダムは手の甲を見せる。

そこには金色の宝石が埋め込まれていた。

 

 

「そんな中途半端なクズどもより、キミ達にもっと優れた力を授けよう!」

 

「まさか……」

 

「そう、怪人の力だ! 私の目的は同士を集める事。この世界を支配し、いずれは全ての並行世界を制する」

 

 

どこからともなく、シルエットが飛来する。空を駆け、地を破り、空間を跳躍する。

あっという間に、アマダムの周りには異形が集まっていた。

 

 

「紹介しよう。賢い判断を取った偉人達である」

 

 

アマダムは右隣にいた怪人を指差す。

青を基調としたカラーリングで、その見た目はまさに一言。

 

 

「ドラゴン」

 

 

アマダムは次に左隣にいた怪人を指差す。

馬の化け物だった。二本の脚で経ち、鎧を纏っている。

背には翼があり、手には弓矢が握られている。

 

 

「ペガサス」

 

 

アマダムは後ろにいた怪人を指差す。

紫色の岩に覆われた、大柄なモンスターであった。

 

 

「タイタンだ。彼ら三人は皆、キミ達の先輩である」

 

 

彼らもまた転生し、ライダーの力を与えられ、気づいた。

人は、支配者になるべきではない。支配される生き物なのだと。

 

 

「もちろん力に感化され、視野を広げるのは私が力を与えたものだけではない」

 

 

その周りにいる者もまた、神に匹敵する力を見て考えを改める。

 

 

「力があれば苦しみに屈する事はない。苦痛に怯える必要はなくなる。超人的な力があれば悲しみは消え去るのだ!」

 

 

今日は記念日である。仲間が増えるのだ。

 

 

「既に一人」

 

「え?」

 

「名前を決めてやろう。ふむ、本来はマイティと名づけたいが、彼女の容姿を考えると――」

 

 

気づけば、アマダムの隣に、一人の少女が立っていた。

 

 

「彼女の名は、アフロディーテ!」

 

 

赤川瑠姫の肉体が変化していく。

全身に薔薇の蔓が巻きつき、肉体が見えないほどに覆われていく。そして最後に、頭部に巨大な薔薇の華が咲いた。

そこにいたのは人間ではない、正真正銘の化け物であった。

 

 

「瑠姫?」「お姉ちゃん?」

 

 

唖然としたままの岳葉とルミを見て、アマダムは再び声を出して笑う。

 

 

「この少女は賢いぞ。眠っていた感情は解き放たれ、世界への復讐を選択した!」

 

「そんな――、馬鹿な」

 

「私でも分かる事だ! 人はサルのように性を求める下品極まりない生き物。滅ぼしたくなるのも理解できるだろう?」

 

 

瑠姫はアマダムの誘いに乗ったのだ。

そして、怪人になった。

 

 

「さあ! 岳葉、隼世! お前達もさっさと体内に眠るクロスオブファイアを私に返せ! そうすれば、怪人の力を与えてやろう!!」

 

 

 

 



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第6話 天使のクラックダウン(後編)

 

 

「キミ達は皆、神になれる資格を持っている」

 

「……ッ」

 

「人に不快感を与える奴らはクズだ。死ねば良い」

 

 

その通りだ。岳葉は一瞬、そう思ってしまった。

それは瑠姫も同じである。アマダムはさらに瑠姫へこういう言葉も付け加えておいた。

 

 

『赤川瑠姫。キミの境遇にはつくづく同情するよ。このままではキミは未来永劫、過去の呪縛に縛られ、苦しみ続けるだろう』

 

 

考えてもみたまえ、キミを陵辱した男は義父だけではない。

義父の知り合い、友人、それらもまたキミの心に深い傷を残しただろう? 彼らは今ものうのうと生き抜いている。

ある者は家庭を持ち、ある者はキミと同じような境遇の少女をまた新たに生み出そうとしている。

 

こんなおかしな話はあるか?

真面目に生きてきたキミがこんなにも苦しんでいるのに、非道な行いをした彼らはなんの罪悪感を持つことなく笑っているのだ。

 

 

『ククク! 赤川瑠姫! お前の未来は穢れているぞ』

 

 

瑠姫は頭を抑えた。体がまた、泥に覆われていく。

 

 

『想像してみろ。もしもお前が愛する男との間に子を生しても、お前は子に後ろめたさを感じずに未来を生きられるのか?』

 

『―――』

 

『クハハ! もしかしたら過去の男の精液が混じっているかもしれないぞ! 穢れた欲望が生み出したたんぱく質の(こども)が、お前の境遇を知ったらどうする!? 私なら首を括るね』

 

 

アマダムは人間の心を知っている。

 

 

『お前の幸福には常に負が混じり、お前を苦しめる。そうしたのは誰だ? 決まっている。身勝手な欲望を優先させる人と言う種だ!』

 

 

人間は醜い。人間は低俗。人間は愚か。

 

 

『思い出せ赤川瑠姫! 浴室で泣きながら精液を掻き出していたあの惨めな姿を! 地獄だったろう? それを味あわせたのは人間なのだ!』

 

 

故に、たったそれだけの言葉で瑠姫の心を簡単に折る事ができた。

 

 

『苦痛を取り払うにはどうすればいいのか!? 決まっている、人間を支配するぞ。お前が支配者になり、不快にさせる人間を全て排除すればいい!』

 

 

だから、瑠姫は、堕ちた。

 

 

「剣を持て、世界に反旗を翻すのだ!」

 

 

これは一種の政治だ。人間を引き摺り下ろし、我々が世界を取ろうじゃないか。

そうすればキミは、キミ達は、幸福になれるだろう。恐怖に震える日は、終わるのだ。

 

 

「それに私の力があれば、瑠姫の肉体を戻す事も、心の傷を消すこともできる」

 

「そんな、まさか!」

 

「できるとも! 私は最強の魔法使いだからな!」

 

 

そして瑠姫は踏み越えた。

 

 

「魔法は人の心に呼応する。強い欲望はそれだけパワーを増幅させる!!」

 

 

怒り、悲しみ、人間の心に張り付いた負の感情はそんな簡単に剥がれ落ちるものではない。

アマダムはそれを知っていた、瑠姫はそれに従った。ただそれだけの事なのである。

 

 

「岳葉くん、隼世くん、ルミ、こっちにおいでよ!」

 

 

瑠姫ではなく――、アフロディーテは濁った声で一同に手招きを行う。

瑠姫は不思議であった。今現在、岳葉達が自分を見る目は明らかに戸惑いの色を含んでいる。

しかし瑠姫は本気で自分はおかしい事をしていると言う自覚が無い。

 

だってそうだろ?

アマダムが言っている事は腐敗した世界を自分達で変えようと言うごく当たり前のことなのだから。

 

 

「岳葉くん、アマダムさんが目指す世界は、私達がやっていた事と同じじゃない!」

 

「そ、それは、そうだけど」

 

「その通りだ! まさかとは思うが、岳葉、キミは断らないよなぁ?」

 

「え……、あ――」

 

「自分の意思を持て。お前は人形か!? 違うよなァ!」

 

「それは――」

 

 

言葉を詰まらせる岳葉。

しかし隼世は違った。前に出て、確かに首を横に振った。

 

 

「僕は、貴方の考えには賛同できない……!」

 

「ほう、理由を聞こうか、隼世くん」

 

「あなたも仮面ライダーを知っているなら、怪人の末路は分かっている筈だ。世界を支配しようなどと、そんな馬鹿な考えがまかり通る訳はないんだ!」

 

「本当にそう思うか?」

 

「え?」

 

「先程も言ったが、仮面ライダーとは怪人になりそこなった欠落品だ。完璧なクロスオブファイアを持つ私こそがライダーや怪人を超越した唯一無二の正義なのだよ」

 

 

それに、隼世は少々偶像に夢を見すぎているとアマダムは指摘した。

どうやらアマダムは全てを観察していたらしい。当然隼世の境遇、過去、味わってきた思い、それを把握している。

 

 

「キミは正義正義と口にするが、それは結局のところ、自分を誤魔化しているだけにしか過ぎないのではないか?」

 

「なにッ?」

 

「キミが見てきた仮面ライダーはアカシックレコードではない。所詮、一つの正義を端的に写しただけにしか過ぎないのだ。全てを知った気になっているキミは滑稽だ!」

 

「そ、それは、どういう意味ですか!」

 

「君自身、分かってきたはずだ。人間の醜さ、愚かさ、汚さが!!」

 

「ッ!!」

 

「私達が現れるまでこの世界に怪人はいなかった。しかしライダーの力を持つキミ達は確かに存在していた。だと言うのにキミ達は仮面ライダーに変身する事ができた」

 

 

なぜか? 悪があるからだ。

隼世はなにも災害や事故のみを選んで人を助けていたわけじゃない。

不良に襲われる人間を守り、さらに突き詰めれば災害の一つである火災は放火であったり。

分かるだろう。分かるはずだ。これは岳葉も言った事だが仮面ライダーの敵である怪人はあくまでも『人の悪意の擬人化』でしかないことが。

 

 

「それに私は気づいているぞ。この世界には人間の皮を被っただけの劣等生物がはびこっていると言う事を」

 

 

アマダムはコネクトの魔法を発動し電子パッドを取り出した。

チラリとSNSを見てみれば、犯罪自慢を乗せたり、低俗な言葉で争いあったり、宗教や種族の事で争いあったり。

 

 

「世界を見れば今日もどこかで戦争だ」

 

 

そして今もどこかでレイプや強盗、暴行や恐喝、詐欺や殺人が行われている。

 

 

「更生ぃ? 反省ぃ? 司法、警察ぅ? おいおいおい、本当にそんなんで良いのかよお前ぇ!」

 

 

アマダムは隼世を強く指差した。一方で反論するべき隼世は顔を真っ青にして歯を食いしばっている。

 

 

「正義を語るのは結構だが隼世くん、キミの行動には結果が伴っていないんだ。全て上辺だけなんだよ。キミの愚かなジャスティスは蜃気楼のように無意味だ」

 

「それは、しかし――ッッ!」

 

「言い返せないだろ? この世は結果が全てだ。お前は人を助けたつもりでも、それは一時的なだけ。全ての犯罪者が更生できる様にキミは監視や説得ができるのか? できねぇよな! だって軽いモンな、お前の正義!!」

 

「―――」

 

「いいか! よく聞け隼世、岳葉! 私は今の通り人間の醜さを語ったが、なにもそれで世界の全てを知ったつもりではない。ネットの知識だけで神になった気にはなっていないんだ」

 

 

悪い人間もいるが、良い人間もいる。

 

 

「良くある反論の文句だ。結構結構、ご結構」

 

 

アマダムはそれを否定する気はなかった。

そりゃあゴミみたいに数だけ入る人間だ、中には良心的な者もいるだろう。

 

 

「だからこそ私は滅びではなく支配を提示する! 力を持つ我々はそれだけの権利があるとは思わないか?」

 

「だが貴方は他の世界の支配を提示している! それは結局、侵略ではないですか!」

 

「何がいけない! 腐敗した世界をよりよくしようと思うのは当然の事だろう?」

 

 

アマダムは何も人を奴隷にして悪逆非道の限りを尽くそうと言うのではない。

ただ自らを崇拝する信者を増やし、そして逆らう馬鹿や犯罪行為を行う者は全て排除すると言うのだ。

 

 

「………!」

 

 

それを聞いて隼世は完全に口を閉じた。

決まっている。それは口だけでしかない。

きっとアマダムはいずれ自らの思想に反対する者を異分子とみなし処罰していくだろう。

特撮だけではなくアニメや映画でもありがちな『悪者』の言うことだ。

 

しかし、言い返せなかった。何も言い返せなかったのだ。

もちろんそれは岳葉も同じだ。もともと岳葉はアマダムと近い考え方を持っている。

しかしいざそれを前にすると、言いようも無い『胡散臭さ』を感じてしまい、協力するとはいえなかった。

それにもう一つ、アフロディーテを見ると、心が激痛を発する。

その中で一人、大声をあげる者がいた。

 

 

「違う! アンタは間違ってる!!」

 

 

視線が一勢に、その言葉を放った者、つまりルミに集中する。

しかし戸惑う岳葉や隼世とは裏腹に、アマダムは鼻を鳴らし、一瞥するだけ。

 

 

「お嬢ちゃん。何が違うって言うんだよ」(ゴミが……)

 

「だって、お姉ちゃんをそんな姿にしてッッ!!」

 

「ルミ。私は別に気にしてないよ」

 

「え?」

 

 

アフロディーテは即答だった。

確かにザ・薔薇人間と言う容姿は人間とはかけ離れており醜いと言えるだろう。

 

 

「だって、前から私は醜い異形(かいじん)みたいなものだったし」

 

「お姉ちゃん……! なんで――ッ! 自分の事をそんなにッ」

 

 

アマダムの笑い声が聞こえた。

そういうものだ。人は負を抱え続ける事はできない。

抑制しても、結局は心のなかに巣食い続ける。自虐、八つ当たり、自尊心の確立ができなければ人は壊れる。

 

 

「弱い生き物だ。ハハハ!」

 

「ッ、アマダム。お前は――ッ!」

 

「そう怖い顔をするな。コチラとしても急な話しであると言うのは分かっているでおじゃる!」

 

 

そこでアマダムは考える時間を与えるといった。

指定の時間に、指定の場所に来るように伝え、そこで答えを聞きたいと。

場所は岳葉と隼世の脳に直接叩き込まれた。そこは奇しくも、岳葉が住んでいった町である。その外れにある採石場で結論を聞きたいとアマダムは口にした。

 

 

「最後に、こんな事は言いたくないが、私の邪魔をする事だけは避けてもらいたい」

 

 

協力するにせよ、拒むにせよ、アマダムは岳葉達の中にあるクロスオブファイアを回収しなければならない。

 

 

「回収方法は二つ。我がコネクトの魔力を受け入れるかだ」

 

 

つまり『私はアマダム様の魔法に掛かります』と岳葉と隼世が服従しなければならない。

これは力を与える際も同じだったはずだ。特典を受け入れるかどうかを聞き、岳葉達はオーケーしたからこそライダーの力を貰った。

 

 

「私は強制はしない。キミ達が支配者になりたくないと言うのならば、決して処罰はしない。クロスオブファイアさえ返してもらえば、私は次の適合者を探すだけだ」

 

 

しかし――、と、アマダムの声色が変わった。

 

 

「もしも邪魔をすれば、私はキミ達を殺す」

 

「!!」

 

「勘違いをしてはいけないよ。キミ達の中にあるライダーの力は我がクロスオブファイアの一部にしかすぎない。コアを持つ私とでは力の差があると言うことくらい、分かるね?」

 

 

勝ち目ゼロなのに歯向かってくる馬鹿は、アマダムの理想とする世界にはいらない。そういう事であった。

 

 

「何もおかしな事はない。大が小を食らう。これは自然の摂理だろ」

 

「………」

 

「賢くなりたまえ。人も豚や牛を支配している。それと同じだ」

 

 

ゴクリと喉を鳴らし、アイコンタクトを行う岳葉と隼世。

正直、双方その可能性は考えた。要するにライダーの力があるのだからアマダムから逃げるだの、戦うだのと反抗はできるのではないかと。

しかし今は何もしない事が一番であると察したようだ。

 

一方でアマダム達も踵を返し、集合の場所に先に向かうようだった。

アマダムに続き、配下であるドラゴン、ペガサス、タイタンが続く。

そして最後に、アフロディーテも踵を返した。

 

 

「ま、待ってよお姉ちゃん!! いかないでよ!」

 

 

ルミは手を伸ばし、懇願するように訴えた。

しかしアフロディーテは首をかしげ、意味が分からないという風なリアクションを見せる。

 

 

「変なの。ルミも岳葉くんたちも、さっさとコッチにくればいいのに」

 

「そんな……!」

 

「じゃあ、採石場で待ってるね」

 

 

そう言うと、アマダム達は姿を消した。

へたり込むルミ。岳葉達も何を言っていいのか分からず、しばらくそのまま呆然と立ち尽くすしかできなかった。

アマダムだとかクロスオブファイアだとか、何がなにやらだ。ましてや世界の支配など――。

 

支配など――、なんなんだろう?

いざ考えてみるとそれはやはり今まで自分達がしてきた事じゃないのか。

岳葉は頭を抱え、唸った。これから何をすればいいのか分からない。

 

そのなか、ルミはパニックになったように声を荒げていた。

とにかく瑠姫が怪人になってしまった。あのままで良い訳が無い。

 

 

「本当ッ、とにかく、アマダムさんに言ってお姉ちゃんだけは元に戻してもらおうよ!!」

 

「そ、そうだな! いずれにせよ、瑠姫をこのままにはできない!」

 

 

隼世もまた頷いた。

三人はアマダムが待つ、岳葉の町に向かうことに。

隼世とルミはサイドバッシャーに。岳葉はオートバジンに乗り込み、スピードを上げた。

高速道路をひたすらに走る事二時間と少し。岳葉の町が見えてきた。

一同は下道に下りると、市街地に侵入する。そして信号を待つ間、岳葉ふと、アマダム達のことを思い出した。

 

 

「………」

 

 

本当はどうすればいいかなんて、とっくに分かっているんじゃないのか?

戸惑いがちに隼世の方を見る。するとその隼世と視線がぶつかった。

 

 

「ど、どう思う? 隼世」

 

「……決まっているさ。アマダムが目指す世界は理想郷ではなく、ディストピアだ」

 

 

そもそもアマダムが言う様にあの調子で仲間を増やしていけばどうなる?

決まっている。必ず均衡は破綻し、結局は力が力をねじ伏せる世界形態が訪れる。

そもそもドラゴンやペガサスは自分達と同じ人間なのだ。

 

 

「いくら達観している様に見えても、人の心があるかぎりロボットにはなれない」

 

 

いずれは力に溺れ、自らが気に入らない者を処罰するエゴを前面に押し出してくるだろう。そんな事は容易に想像できる。

 

 

「だから、それを……」

 

 

それを、許すわけにはいかない。

隼世はそう言うつもりだった。しかし、言葉が出てこなかった。

 

 

「………」

 

 

出てこなかったのだ。

 

 

「――岳葉、アマダムは間違っているのかな」

 

「え?」

 

「……僕には、それが分からない」

 

 

自分がやらないといけない事なんてすぐに分かる。

 

 

『アマダム! 力で人を支配しようとするなんて間違っている! そんな野望は僕たちが阻止してやるッッ! 変身!!』

 

 

そんな言葉を言わなければならないんだ。

でもそれは正解ではなく理想なんじゃないか。隼世はそう思うようになってしまった。

なぜいけなんだろう? 何がダメなんだろう。どうなるんだろう。何も分からない。

そこまでして守るべき世界なのか。

 

そもそもクロスオブファイアのコアを持っているアマダムには勝てないはずだ。

なのに勝負を挑むなんて無駄死にも程がある。隼世だって馬鹿じゃない、死ぬと分かっている戦いを挑むほど生に執着がないわけじゃないんだ。

 

そしてなにより、瑠姫だ。

アフロディーテの力を彼女はまったく嫌悪していないように感じた。

それだけの闇が彼女にはある。それだけの不満が世界にあったのだ。

 

 

「………」

 

 

アマダムに戦いを挑んだとして彼女を説得できるのか?

彼女のような人間を救うことはできるのか?

なによりも、アマダムが言うように人間を見てきて、それでもなお自分は正義だのと口にできるのか?

ああ、分からない――。

 

 

「少し、時間をくれないか。岳葉、ルミ」

 

「え?」「市原くん?」

 

 

弱弱しい声で、隼世は呟いた。

 

 

「考え事がしたいんだ」

 

「あ、ああ……」

 

 

アマダムが指定した時間にはまだ余裕がある。

隼世は岳葉と別れると進路を変更、近くの公園にやって来た。

それなりに大きな公園だ。広場ではピクニックにやって来ていたのか、親子連れや恋人の姿も見える。

空気を呼んだのか、適当にブラついて来るとルミはいい、隼世は先程から一人でベンチに座っていた。

 

ぼんやりと空を見る。

しかしすぐにうつむき、大きなため息を漏らした。

こんな事を言ったら、ルミは自分を軽蔑するだろうか? しかし隼世は思う。

 

怖い。怖いのだ。

それは隼世が人間を下に見ていた証明なのだろうか。

隼世はライダーの力を手に入れてからそれを正義の為に振るっていたつもりだった。

しかしどこかでそれを楽しんでいたのかもしれない。だって自分が負ける事は――、つまり正義が否定される事はないと知っていたからだ。

 

だから岳葉の登場で内心大きく焦っていた。

いやだがそれでも命を賭けて岳葉を止めるつもりだったし、現に全力で戦う事ができた。

しかしそれはあくまでも岳葉が対等、もしくは勝てそうだったからに他ならない。

 

 

(僕の正義に、覚悟はあったのか?)

 

 

今、アマダムを前にして思う。

無理だ、勝てない。アマダムが何か良からぬ事を企んでいると分かっていても、止めようと全力を出す事ができない。

 

 

「………」

 

 

つくづく思う。

 

 

(僕は、仮面ライダーにはなれない)

 

 

隼世が知っている男達は、たとえどんな状況であろうとも悪に屈する事は無かった。

もちろん一度や二度だけではなく、多くのライダーが多くの怪人に負けた。

しかしたとえ心を折られそうになったとしても彼らは立ち上がり、強敵に立ち向かい、勝利を収めた。

 

しかし自分はどうだ? はじめの敗北ですら、想像すれば吐き気がしてくる。

恐怖、絶望、命が危険に晒されればアマダムに土下座をして許しを乞うているビジョンが容易に想像できた。

 

 

(ダメだな、僕は……)

 

 

考えれば考えるほどネガティブに飲み込まれていく。

だいだいなんなんだ、この状況は。確かに仮面ライダーは好きだった。

なれるのならばなりたいとも思っていた。自分が変身するオリジナルライダーを妄想していた事だってある。

しかし、いざなってみて思った。やはり、戦いからは逃げられない。アマダムのような怪人がいるなんて夢にも思っていなかった自分が今は酷く滑稽に思える。

怖いんだ、勝てる可能性がないなら戦う意味なんて――。

 

そうだろ? だって所詮フィクションだった。

なにも本当に存在しているなんてアホな事は考えてない。

仮面ライダーになるには日々修行や正義を思う精神を鍛えるのではなく、事務所に入り、オーディションに受かり、一年と言う撮影をこなす事だ。

脚本家は販促スケジュールを考えお話を作り、監督はアクションや演技指導に力を入れればネットで評価される。

そして玩具やDVD、ブルーレイが売れれば歴史に名前を残せる。

 

偶像だった。

ニセモノだった。それで良かった。

まさか本当に変身して世界の命運を分けるかもしれない戦いに参加するなんて――。

 

 

(そんな器じゃ……)

 

 

それに、一つまだ分からないことがある。

 

 

(正義ってなんだ? 正しい事ってなんだ?)

 

 

ライダーって、なんなんだ? 本当に必要なのか――?

 

 

『では、キミが救助を?』

 

 

以前、火災が発生したホテルで人を助けた事がある。

ギャレンの力があれば救助は楽に進んだ。しかしやはり救助は地味にとはいかない。

その際、救助隊の隊長に姿を見られてしまった。迷ったが言い訳をする時間や余裕も無く、隼世は己の全てを隊長に打ち明けた。

 

何、ライダーだっておやっさんと言う理解者がいたのだ。大丈夫、おかしい事じゃない。

だから隼世は全てを吐露した。そして提案したのだ。

 

 

『もしよければ携帯の番号を渡します。何かあればすぐに呼んでください!』

 

『断る』

 

『え?』

 

『……消防士をナメるな』

 

 

これが、返って来た言葉だった。

隼世は信じられなかった。なにも賞賛がほしかった訳じゃない。

しかし、せめて、認めるくらいは期待をしていたのかもしれない。純粋なお礼くらいは期待していたのかもしれない。

 

 

『今回だけは感謝しておくが、これきりにしてくれ』

 

『何故ですか! 僕の力――、いやっ、ライダーの力があれば貴方達では足を踏み入れる事ができない場所でも行けます!』

 

『随分と上からだな』

 

『そ、それはッ、失礼しました! そんなつもりじゃ!』

 

『いいかい? 我々は厳しい訓練を重ね、様々な事を学び、試験を合格しココにいる』

 

 

なのに少し力があるだけで簡単に消防隊の上を行く。

神様に力を貰ったなどと言う訳の分からない理由で、本来消防隊が助ける筈だった人を助ける。

死に恐怖する人の前に、訳の分からない理由で蘇ったという人間が現れる。

 

 

『それを知れば、厳しい毎日を耐えてきた我らの想いはどうなる? キミが活躍すればするほど、回りにも君の存在は知られる事になるぞ。メディアを通じ、マスコミを通じ、君は有名人だ』

 

『それは――』

 

『それを見た人間はどうする? これから努力し、消防士を目指そうと思うか?』

 

『……ッ!』

 

『俺はよく、下の者がくじけそうになった時、消防士を目指そうとしている者が諦めそうになった時、こんな言葉を使う』

 

 

俺も頑張ったから、お前も頑張れ。

みんな同じ事をしているんだ。みんな同じ事を耐えているんだ、と。

 

 

『その言葉を他でもない、キミが軽くするんだ。君の存在が意味を殺すんだ!』

 

『そんな、僕はただ困っている人を助けたいと――ッ!』

 

『その考えは立派だが、世界や社会はそんなに単純じゃない!』

 

 

人が隼世の存在をしれば、必ず縋ってくる。

 

 

『キミはウルトラマンを見たことがあるか?』

 

『え? あッ、ええ』

 

『私は宇宙警備隊が嫌いだった』

 

『か、科学特捜隊……』

 

『なにかね?』

 

『い、いえ、お話を続けてください』

 

『宇宙警備隊は弱いんだ。パンドンやキングジョーにすぐ負ける!』

 

『あ、あの、パンドンやキングジョーはウルトラマンではなくセブンで――』

 

『ハァ、揚げ足を取るのが好きだな、君は。ウチじゃそんなヤツはすぐに嫌われる』

 

『す、すみません。失礼しました! 特撮が好きなもので無礼な事を!』

 

『いいかね。とにかく、彼らはすぐに怪獣に負ける。なんの役にも立たない! 私は子供の時からずっと思っていたよ――』

 

 

怪獣が現れたとき、警備隊なんていらない。

ウルトラマンさえいればいいと。

 

 

『分かるだろ、君はウルトラマン。我々は宇宙警備隊になるんだ』

 

『……ッッ!!』

 

『キミがもしも現場に来ず、犠牲者が出れば、キミさえいればと永遠に言われる』

 

『そ、そ、それは……』

 

『言い返せないだろう? 周りの人間が、キミの出来損ないである我々を頼りにするのか? キミさえればいれば良いと、消防士を目指そうとしていた人間は、夢を諦める!!』

 

 

苦労を重ね、命を助ける事の重さを知ればこそ、その仕事に誇りが持てる。

命を賭ける重さが分かるんだ。

 

 

『その誇りを、キミと言う存在が消そうとしてるんだ!!』

 

『僕は、僕はただッッ!!』

 

『ヒーローごっこは、もうやめてくれ』

 

 

目の前が真っ白になった。

 

 

『現実には怪獣も怪人もいないんだ。火災を対処するのは我々消防士の使命だ。仮面ライダーなんて物はいらないんだよ』

 

『ぐ……ッ!』

 

『それにキミは何歳だ? 特撮なんて子供が見る幼稚で下らない番組だろう。いい加減大人になって、もっと違う趣味を持ちなさい』

 

 

フラッシュバックする光景。

隼世はもう一度大きなため息をついた。

 

 

(仮面ライダーはいらないのかな? 望まれていないのかな……)

 

 

絶対のライダー像が歪んでいく。

だとすれば、なんの為に戦えばいいんだ。

愚直な正義なんて、今の世の中には必要無いんだろうか。

 

 

(ライダーになんて、なるんじゃなかった)

 

 

憧れは憧れのままで、良かったのかもしれない。

隼世は大きくうな垂れ、頭を抱えるようにしてため息をついた。

 

 

(教えてくれよ、市原隼世)

 

 

お前の正義は、一体なんだ?

 

 

 





ゴーストの映画面白かったです。
ああいうタイプは久しぶりで、最近の夏映画の中でもトップクラスに好きかも。
もうちょっとゴーストチェンジはあっても良かったかもしれませんが、そこら辺はやっぱり尺の問題でしょうね( ́・ω・ )


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第7話 虚栄のプラナリア

人を作る人生の『time』


 

 

「ほい!」

 

「うぉ!」

 

 

突然頬につめたい物を感じて、思わず肩をビクンと震わせる。

隼世が後ろを振り返ると、そこには缶ジュースを手に持ったルミが立っていた。

 

 

「ゴメン、一人で公園ブラブラとか無理。速攻で飽きちった」

 

「う、うん。仕方ないよね」

 

「なんか悩みごと? ルミ先生が相談にのりますよ。中卒でも分かるような内容でお願い」

 

 

後ろに立ったまま、ルミは隼世の肩を撫でたり、ポンポンと優しく叩いたりしている。

だからだろう。つい、隼世は弱さを吐露してしまう。

 

 

「正義が、僕の中のライダーがブレるんだ……」

 

「この前のホテルのこと、気にしてるの?」

 

「それもあるけど……、他にもいろいろ分からなくなって」

 

「お姉ちゃんの事――、とか、かな?」

 

「うん。僕ははじめ彼女に偉そうな事を言ったけど、改めてよく考えたら、やっぱり僕の言葉はあまりにも軽くて無責任なのかも」

 

「考えすぎだよ」

 

「……覚えてる? 僕が死んだとき、自殺しようとした人がいた」

 

「うん。市原くんが助けた人だよね」

 

「いや――ッ、違うよルミ。彼女は死ぬつもりなんてなかった」

 

 

今になって思う。

自殺しようとした人を止めたから、向こうも意地になってしまい飛び降りようとしたのかも。

 

 

「一人なら思い直していたかもしれない。僕の偽善が、結果として彼女の背中を押したんだ」

 

「それは――ッ! 絶対に違う……!」

 

「いや、そうなんだよ。ルミ」

 

 

それに少し考えてみた。

もしもあのメガネの子や、瑠姫と同じような境遇になれば。

または身近な人間が彼女達と同じような事になれば、自分は本当に同じ事を言えるんだろうか。

 

その答えを自覚し、自己嫌悪である。

感情が暴走しているのか、隼世はうめき声をあげて頭を掻き毟った。

 

 

「僕は、最低だ」

 

「そんな事……」

 

「正直――、想像しただけで無理だった」

 

「?」

 

「聖人君子になろうとしたけど無理だ。僕にも嫌いな人間はいる」

 

「そんなの誰でもいるって、気にしすぎだよ」

 

「そういう連中がもしもキミに近づき、言葉巧みにホテルへ連れ込み――ッ! せ、性的な行為を強要し……!!」

 

「へ? あ、あの、ちょっと?」

 

「ダメだ! 僕の知らない所でキミが嬌声を上げていると思うと吐き気がする。どうせキミは僕がかけた電話で何気なく話すんだけど、実は僕の嫌いな男と行為に及んで!」

 

「やッ、だから、もしもーし!」

 

「キミはどうせ最初は嫌がるんだろうけど、徐々に快楽に堕ちていって最終的には僕の下にダブルピースのビデオレターが――! あぁぁ、クソッ! ダメなんだ、そんなの考えたら相手の男をズタズタにしたくなってしまった! ぼ、ぼ、僕はライダーし、失格だ!!」

 

「どッせーッッい!!」

 

「ぼばぁ!!」

 

 

ルミは隼世の体を押してスペースを作ると、そこへビンタを挿入。

隼世の背中を力の限り叩く。ダメージに声を上げる隼世は、言葉を中断。

一方でルミは大きなため息を。すっかり呆れ顔になっていた。

 

 

「あのね、キミはそういう所が嫌われちゃうんだよ! 特に女性に!」

 

「あ、ぐ、すまない。少しヒートアップして……!」

 

「普通目の前で言わないって。さすが大学生で童貞なだけはありおる」

 

「や、やめろ! その話はするな!」

 

「はいはい。ッて言うか本当何を妄想しとるんだねキミは。どうせこの前見た幼馴染が寝取られる漫画のショックを引きずってるんでしょ?」

 

「な、なぜキミがそれを!」

 

「履歴にあったよ。ダメだよ買う時はちゃんと吟味しないと」

 

「か、勝手に人の家のパソコンを見るのはダメだよ!」

 

「良いじゃん別に、幼馴染なんだから。それで、まさかアレで抜いてないよね?」

 

「ぶほッ! 何を言うんだキミは!」

 

「答えんかい! いいからほれ、答えんかいッ!」

 

「ぬ、抜けるわけ無いだろ! 最ッ悪の気分だったよ!」

 

「ならよろしい! あれはアタシが削除しておいたから安心せい」

 

「勝手に人が買った漫画を消すのはダメだってば!!」

 

「ええやろがい! ああ言うのは最初は最悪でも徐々に慣れてくるとクセになるって掲示板で書いてあったし!」

 

「何を調べてるんだよ君は!」

 

「そっちこそ何買ってんだよ! どうせパッケージの女の子が可愛いからって安易にぽちったんだろ!」

 

 

それはいきなりの事だった。

ルミは隼世を後ろから包み込む様に抱きしめると、腰を曲げて顔を隼世の肩の上に持っていく。

 

 

「どうせ抜くなら――、アタシで抜いてよ」

 

「え!? は! うッ!?!?」

 

「なんちって」

 

「る、ルミ!?」

 

 

顔を真っ赤にしてうろたえる隼世を逃さまいと、ルミは抱きしめる力を強める。

 

 

「ねえイッチー」

 

「る、ルミ。その呼び方は――」

 

「恥ずかしい? いいじゃん本間くん今はいないんだし。そっちも、ほれ」

 

「る、ルミちゃん。どうしたのさいきなり」

 

「知りたくて」

 

「え?」

 

「なんでさ、さっきアタシの事で説明したの?」

 

「そ、それは、どういう」

 

「イッチーはさ、アタシが他の人にエッチな事されるの、嫌なの……?」

 

「か――ッ!」

 

「答えてよ、教えてよう」

 

 

トマトに変わる隼世。

ルミとて頬はかなり赤い。体が熱くなる。もはやここまで来れば逃げられないか。

 

 

「そ、そうだよッ! 嫌だよ僕は! 嫌に決まってるだろ!」

 

 

認めたくは無かった。

しかし考えれば考えるほどに理解できる。

 

 

「僕は嫉妬深いんだ。キミが他の男の人と話してるだけで、正直、ちょっと面白くない!」

 

「やばやばだね」

 

「う゛ッ!」

 

「でも、なんで? どして?」

 

「そ、そんなの決まってるだろ!」

 

 

恥ずかしさからか、隼世は目を閉じ、俯きながら叫んだ。

 

 

「だって僕はずっとキミの事がすッ、す、すすすすッ!!」

 

「す?」

 

「すッ、す! すぅ―――き、やきって、美味しいよね!! ハハハ!」

 

「馬鹿が!!」

 

「ゴハッ!!」

 

 

殴られた。

しかもパーではなくグーである。振り下ろされたように放たれた拳を受け、隼世は地面を見つめる。

 

 

「流石に拳は酷くないか!」

 

 

顔を上げると、ルミが目の前に移動していた。

 

 

「む」

 

「ッ!?」

 

 

本人はきっと不意打ちを仕掛けるつもりだったんだろうが、なにせ経験がない。

ルミは顔を思い切り隼世に近づけるものの、鼻と鼻がぶつかりあって、動きが止まった。

 

 

「な、な、なに!?」

 

「え? いやッ、あれ? ど、どうすれば――」

 

 

そこで閃く。そうか、顔を斜めにすればいいのか。

瞬間、ルミは顔を斜め左に。すると隼世は釣られるように斜め右を向く。

 

 

「いや、や、じゃなくて」

 

「え? え? え?」

 

 

ルミは顔を斜め右に。すると隼世は顔を斜め左に。

 

 

「だから――ッ、ちょ!」

 

「な、なに? なにが?」

 

 

 

ルミは顔を斜め左に。

すると隼世はうめき声を上げながら顔を斜め右に。

ルミは顔を斜め右に。すると隼世は(略

 

 

「アホタレめ!!」

 

「アンギョン!!」

 

 

ビンタが飛んでいく。衝撃で隼世は顔を斜め右に。

するとルミは自分も顔を斜め右にして、唇を重ね合わせた。

 

 

「!?!!?!?!???!!!?!?!」

 

「アタシもイッチーが好き。ずっと前から」

 

 

唇が離れる。視界に星が散った。隼世は自分の口を押さえながらルミを見つめている。

こんなに乱れた隼世の表情を見るのは初めてだ。メガネがズレて、汗が凄くて、呼吸が荒くて顔が真っ赤。

ルミは思わず恥ずかしげにはにかんだ。

しかし――。

 

 

「でも、ごめんね」

 

「!!」

 

 

普通、両思いと分かれば、人は嬉しそうな顔をするはずだ。

しかしルミは悲しげな笑みを浮かべていた。儚げな空気は、隼世にもしっかりと伝わり、彼女の心がどういう色をしているのかが伝わる。

 

 

『ごめんね』

 

 

そうか、そうだな。そうに決まっているよな。

冷静さを取り戻し、隼世も同じように微笑んだ。普通ならばこのまま手を繋いでデートにも行こうものだが、そういう訳にもいかない。

ルミにとって隼世は大切な人かもしれない、けれどもっと大切な人が待っているのだから。楽しくお付き合いなんて、できるわけがないのだ。

ルミは隼世の隣に座ると、遠くを見つめる。景色を見つめているわけじゃない。彼女は過去をジッと見つめていた。

 

 

「そのままでいいんじゃないかな。イッチーは」

 

「え?」

 

「だってさ、アタシがイッチーを好きになったのは、イッチーがイッチーだったからだよ?」

 

 

混んでるバスの中で、他人に席を譲ったり。

横断歩道でおばあちゃんをおんぶしてあげたり。

階段でベビーカーを押している人がいれば必ず助けたり。

チャリティー番組が始まれば必ず募金したり。

 

 

「なかなかできないよ、そういうの、ドラマの中だけだと思ってた。そう言えばアタシが知る限りネットに一回も悪口書き込んでないよね? ありえないってそんなヤツ」

 

「気持ち悪いんだ。人を傷つけたり、困っている人を見過ごすのは」

 

「良いと思うよ。それにイッチーちょっとデリカシーは無いけど優しいし、アタシは好き」

 

「あ、あはは。照れるな」

 

「アタシは、そのままでいてほしいけどな。イッチーだって、そういう自分が好きでしょ?」

 

「……どうなんだろう? もっと振り切れば、楽に生きられるのかな?」

 

「偽善者とか、上からとか結構言われてるモンね」

 

 

隼世は頷いた。

そして全ての感情がこもった、本音の言葉を投げる。

 

 

「正しい事は、疲れてしまう」

 

 

その時だった。悲鳴が聞こえたのは。

体を起こし、周囲を確認すると、広場の向こうに異形の姿を捉えた。

 

 

「ペガサス!!」

 

 

逃げ惑う人の中で唯一隼世に向かってくるのは、鎧を身に纏ったウマの化け物。

ソニックアローに似た武器を手にしており、ガシャガシャと煩い音を立てて隼世を指差した。

 

 

「すぐに理解できた。お前はアマダム様の理想には賛同しないと」

 

「おいおい、まさかお前」

 

「その通りだ、邪魔をされる前にお前を消し、クロスオブファイアを回収する」

 

「グッ!」

 

 

ルミをかばう様に立つ隼世。

一方で尚、ペガサスに怯え、逃げ惑う人たち。

 

 

「うるさい連中だ」

 

 

ペガサスが弓を逃げる人々に向け、振り絞る。

すると中央に風が集中してしき、矢を形成した。

まさかあれを人に向かって撃つ気なのか? 隼世は思わず声を荒げ、前に踏み出した。

 

 

「やめろ!!」

 

「――なぜ?」

 

「なにッ!?」

 

「なぜ撃ってはいけない。なぜ人を傷つけてはいけない」

 

「その人達は何もしてないだろ!!」

 

「本当にそう思うのか?」

 

「ッ!?」

 

「もしかしたら奴らは、私達の知らない所で人を傷つけているかもしれない。たとえば、そう、いじめとか」

 

 

ペガサスは語る。

彼もまた、元は人間だ。

 

 

「私は中学生の時にいじめを受け、高校でも素行の悪いものに暴力を受けていた」

 

 

社会人になった後も同じだった。

職場では派閥争い。陰口。ストレス発散の為にパワハラじみた事をされる毎日。

 

 

「私は自宅で首を釣り、アマダム様に助けていただきました」

 

「そしてライダーの力を得たという事ですか」

 

「その通り。私はすぐに私を苦しめた者達に復讐し、そして気づいたのです! 人は自尊心の確立のためなら、平気で他人を傷つける愚か者であると!」

 

「しかし!」

 

「あなたに私の苦しみが分かりますか! 自殺を考えるほど、他人に苦しめられた事はありますか!!」

 

「ッッ!!」

 

「苦しみを知らない者が、偉そうに正義を語るな!!」

 

 

ペガサスは弓を、逃げる人たちから隼世に向ける。

 

 

「お前には我々の苦しみ、正義は理解でない!」

 

 

矢が放たれた。

息を呑み、動けぬ隼世。

しかしその体が浮き上がる。後ろにいたルミが地面を蹴り、隼世を突き飛ばしたのだ。

ルミもまた隼世に重なるように移動しており、放たれた矢は空を切って二人の背後にある木に直撃、風圧で木を吹き飛ばす。

風が隼世達の髪を揺らした。葉が舞い落ちる中、ルミは隼世の目をまっすぐに見る。

 

 

「周りがどうかじゃなくて、貴方がどうしたいかだよね! イッチー!」

 

「ッ! ルミちゃん……!」

 

「正しい事は疲れるよ! でもね、必要なんだよ!!」

 

「!」

 

 

ルミは隼世を尊敬していた。

善を目指す姿は誰もが目指すべき場所だが、目指せない。なぜか? 難しいからに決まっている。それでも、必要なんだ。

だって存在してなきゃ、尊敬して肯定も、否定して嫉妬もできない。

 

 

「甘えさせてくれるイッチーのような人がいるの! 偽善者とののしれる人が必要なの! アタシには――、ううん! 世界にはあなたが必要なの!」

 

「世界に、僕がッ?」

 

「そう! イッチーは凄いよ! 凄すぎる。アタシには目指せないけど、イッチーはどうなの? そのままがいいの? 違う道がいいの?」

 

「何をゴチャゴチャと!」

 

 

再び弓を引き絞るペガサス。

しかし同時に、隼世の心に僅かな火が灯った。

 

 

「イッチーがどんな道を目指してもアタシは応援してあげる! 傍にいてあげる! でもだからこそ、自分が本当に目指したい道を選んで!!」

 

「ルミ。僕は……」

 

「世界で一番カッコいい貴方を、アタシに見せて!!」

 

「僕は!!」

 

「死ね! 市原隼世!!」

 

 

ペガサスがチャージした弓が放たれた。

緑色の閃光はビュンと音を立てながら一瞬で隼世の眼前に迫った。

しかし残念ながら。一歩、ほんのわずか一歩が足りなかった。なぜならば隼世の中に宿った火は、すでに炎に燃え上がっていたからだ。

 

 

「何ッ! 馬鹿な!!」

 

 

ペガサスは思わず一歩後ろに下がる。矢は確かに隼世に届いた。

しかし隼世が腕を伸ばすと、そこへ矢が直撃。どう考えても矢は隼世の腕を貫通するはずなのだが、なんとかき消され、消滅する。

何がどうなっているんだ。ペガサスは唸り声をあげて隼世を凝視する。

 

そして気づいた。

矢は隼世の腕に当たったのではない、『隼世の手にあったアイテム』に命中したのだ。

それは、ロックシード。

 

 

『バナナ!』

 

 

隼世は立ち上がると、服についた砂を払っている。

その腰には、戦極ドライバーが見えた。

 

 

「ペガサス! 僕はお前を倒す!」

 

「何ッ!」

 

「お前の語る罪は可能性でしかない。ならば僕はこう言おう、逃げていた人達は、とても素晴らしい人間であったかもしれないと!」

 

「お前ッ! また下らない正義論か!」

 

「何がいけない! 人を信頼せずに、生きてなんていけるものか!」

 

 

それに。

 

 

「理由はどうであれ、人に向かって矢を放とうとするお前は悪以外の何者でもない!」

 

「黙れ! 先程まで迷っていた人間が!」

 

「確かに、僕は迷っていた! 僕の目指す正義は、酷く脆い!」

 

 

だがつくづく思った。

この正義があったからこそ、ルミが自分を『好き』と言ってくれたなら、『世界にあなたが必要』とまで言ってくれたなら、これほど嬉しい事は無い。

今、過去で一番隼世の自尊心が満たされていく。

ああ、生まれてきて、良かったと。

 

 

「僕の後ろにルミがいるかぎり、僕は正義を諦めない!」

 

 

それは一つのエゴだ。

世界の為の正義よりも、ルミに好かれる正義を選ぶ。

だからこそ否定されるのは仕方ない。それでもいい。

しかし信じている。この正義こそが、世界に必要なのだと。

 

 

「ごちゃごちゃと面倒な事はもうやめないか、ペガサス!」『ロック・オン!』

 

 

隼世の頭上に円形状のクラックが出現し、巨大なバナナが降りてくる。

突き詰めれば極論。人は身勝手な正義を振り回し、戦っている。

その中でマイノリティは排除され、マジョリティとなった正義が正義とされる。

 

なぜマイノリティになる?

それは、『やはりそれが間違っている』と皆が思うからだ。

だが、やめにしよう。今はそんな言葉なんていらない。

 

 

正義(ちから)を見せてみろペガサス。僕の正義でぶっ潰す!」『カモン!』

 

 

走り出す隼世。バナナの鎧が頭を通過し、バロンの鎧を与えていく。

 

 

「勝ち残った方が、正義になる!」『ナイト・オブ・スピアー!』

 

「いいだろう、はじめからお前は消すつもりだった!!」

 

 

ペガサスの弓は双剣を連結させて構成していたらしい。

刃を分離させると、ペガサスは真正面からバロンと衝突する。振るわれる槍を的確に捌くと、刃の乱舞がバロンを狙った。

しかしバロンは肩にあるアーマーで双剣を受け止めると、柄をふるって双剣をいなしていく。

 

 

「チッ!!」

 

 

ペガサスは翼を広げバックステップ。

さらにその際に双剣を投擲させ、ブーメランの様にしてバロンを狙う。

 

バロンはすぐに地面を蹴って転がり、刃を回避。

しかしここで予想外の事が起きた。ペガサスは刃に風を纏わせる事で、自由自在に刃を操ってみせる。

さらに刃にはそれだけの攻撃力と言うものが存在している。

 

なんとか自身に襲い掛かる刃にバナスピアーを重ねるバロンだが、それで刃は弾かれない。

むしろガリガリとバナスピアーを削り壊そうとする。

その間にもう一方の刃がバロンの背を削った。

そしてペガサスは翼をはばたかせ突風を発生させ、バロンの動きを鈍らせる。

 

 

「ペガサス、キミの境遇は同情する。しかしキミは一つだけ間違った!」『マンゴー!』

 

 

しかしバロンは冷静だった。

マンゴーアームズに変身すると、巨大なメイスを振り回し、襲い掛かる刃を簡単に弾き返した。

 

 

「私の何が間違っていると言うんだ!」

 

「気づかないのか! ならばそれは力に溺れた証拠だ!」『カモン!』『マンゴーオーレ!』

 

 

バロンはメイスをハンマー投げのように投擲する。それを巨大な矢で射抜くペガサス。

マンゴーのエネルギーが爆発し、カラフルなエネルギー波を周囲に拡散させた。

それに気を取られていたのか、ペガサスは爆煙に隠れながら走ってくるバロンに気づいていない。

 

 

「キミは力を手にして復讐を選んだ」『カモン!』『リンゴアームズ!』

 

「当然だ! それをしても私は許される!」

 

「その考えが間違っているんだ!!」『デザイア・フォビドゥン・フルーツ!」

 

 

シールドで矢を防ぎながらペガサスの眼前に迫るバロン。

そのまま二人は刃を存分に振るい、激しい火花を散らしあう。

 

 

「キミが選ぶべき道は、耐える事だったんだ!」

 

「復讐をせずにか!? そんな馬鹿な事があるか!」

 

「それが強さだろ!!」

 

 

バロンの剣が双剣の間を抜けてペガサスの胴体に赤い斬撃を刻み込む。

よろけ、後退して行くペガサス。その隙にバロンは戦極ドライバーを外して投げ捨てると、ゲネシスドライバーと別のロックシードを構える。

 

 

「本当に復讐すれば、お前も同じになる。黒に堕ちては意味が無いだろ!」『レモンエナジーアームズ』

 

 

ソニックアローを乱射しながら距離を詰めるバロン。

一方でペガサスも空中に飛翔し、矢を連射し始めた。

 

 

「いじめっこの劣化になって、お前は何を目指すんだ!」

 

「うるさい! お前に私の気持ちが分かるか!!」

 

「分からないさ! だからなんともで言えるんだ!」

 

 

それでも、言わなければ仕方ない。

かわいそうだね、うん、いいよ。仕方ないからキミはいじめっ子を殺していいよ。そう言うわけにはいかないのだ。

 

 

「大切な人を作ればよかった。その地が嫌なら離れれば良かった!」

 

 

多くの矢を受けた。多くの矢を与えた。

煙を上げながら地面を転がるバロン。立ち上がるのは、君が見ているからだ。

分かる。分かっている。心のどこかでペガサスに心の底から同情し、賛同したいと思う心もある。

しかしそれを封じ込めなければならない。なぜか? 決まっている。その果てにある結果が見えているからだ。

 

 

「もちろんいじめを行う者は許せない。しかしだからと言って殺してしまえばお前も同じになるだろう!」

 

「それでも私は、私は――ッ!!」

 

「お前は少しでもいじめが消えるように立ち振る舞うべきだった。でなければ、連鎖は未来永劫続く。苦しみの連鎖はどこかで断ち切らなければならない!!」

 

 

せめて、殺したところで終わっておけばよかった。

アマダムの仲間になり、世界の支配に加担しようなどと。

 

 

「同情だけで、全てが許されるものか!!」

 

「ぐあッ!!」

 

 

空中にいたペガサスの背から火花が散り、そのまま地面に墜落する。

なんだ? なにに攻撃されたのか? ペガサスの目に映ったのは小さなコウモリ。

 

 

「人間は誰もが心に闇を抱えている。誰もがみんな、かわいそうな面はある!」

 

 

キバットバット2世と融合するように変身。

仮面ライダーダークキバは紋章を飛ばすとペガサスを拘束、そのまま自分の下へ引き寄せ、思い切り殴り飛ばした。

 

 

「いじめられているのはお前だけじゃない! 変身!」『HENSHIN』

 

 

サソード・ライダーフォームに変身した隼世はクロックアップを発動。

超高速の中、激しい剣舞をペガサスの肉体に刻み付けていく。

 

 

「いじめられても立ち直り、真面目に生きている人間がいる以上、お前の行動は絶対に正当化されない!!」

 

「ぐあぁあああッッ!!」

 

 

だがペガサスもやられてばかりではない。

自身の周りに強力なハリケーンを発生させ、サソードの体を『浮かす』。

いくら高速で移動できても、地面に足がついていなければ意味がない。

ペガサスはそのまま浮遊するサソードに向けて最大級の威力を持った矢を撃ちこんだ。

 

 

「グッ! ズァ――ッッ!!」

 

 

吹き飛び、鎧が粉々に破壊される。

隼世はダメージから血を吐き出しながら草を掴んだ。

しかし目は死んでいない。光を伴い、ペガサスを睨みつけている。

 

 

「何故僕の所に来た」

 

「何……!」

 

「本当に僕が協力しないと思ったからか」

 

「どういう意味だ!」

 

「もちろん、それもあるだろうが、もしかしたらキミは――」

 

 

隼世は立ち上がり、ペガサスを指さした。

 

 

「僕の存在が怖かったんじゃないのか?」

 

「何を言っている――ッ!」

 

「人が増えて、いじめられるのが怖かったんだ」

 

「お前ッッ!!」

 

「まあ、でも、悪い事じゃないのかもな」

 

 

本心を仮面で隠す。それは誰もが同じだ。

隼世は一つのデッキを取り出した。ずっと迷っていた。仮面ライダーの正義を振りかざすが、人を殺した事のあるライダーも多い。

あのフォーゼですら、よくよく考えてみれば銀河王を殺しているし。

そんなライダーの力を使って人を殺すなだとか、正義を口にするとか、良いものかと本気で悩んだ。

 

 

「負けないで! イッチー!!」

 

 

それでも、目指したい正義がある。

隼世はルミに視線を返すと、確かに微笑んだ。

 

 

「僕だけにしか、できない正義があるなら!」

 

 

デッキを突き出す。

Vバックルが装備され、隼世は構えを取る。

 

 

「変身!」

 

 

隼世が選んだのは仮面ライダー王蛇。

夜中にビール瓶を持ってヘラヘラ笑いながら女性を追いかけて殺したり。

女の子に拳銃を突きつけて人質にしたり、家に火をつけてで家族殺したり、弟追いかけて殺したり、ある時は赤ん坊の時から母親殺したり。

ライダーの中でも特代級の悪人だ。しかしそれでも浅倉がライダーである事にはかわりない。

 

 

「だからこそ僕は王蛇で正義を示す!」『アドベント』

 

「ッ! ぐあぁああ!!」

 

 

ペガサスの真下からエビルダイバーが飛翔する。

打ち上げられるようにして吹き飛んだペガサス。翼を広げバランスを取ろうとするが、そこで再びエビルダイバーが直撃、真下へ墜落する。

 

 

『アドベント』

 

「ゴハァア!!」

 

 

メタルゲラスが地面を突き破って出現、その角でペガサスを受け止めると、直後大きく首をふるって投げ飛ばした。

地面を転がるペガサス、素早く立ち上がると、視界に広がる脚。

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオ!!」『ファイナルベント』

 

「ぐッ! がはッ!! ガガガガガガァア!!」

 

 

ペガサスは迫る脚を一旦は防ぐ事はできた。

しかしベノクラッシュの連続攻撃は並の防御で無効化できるレベルではない。

ペガサスもまた同じだ。双剣を盾にしていたが、王蛇の足はそれらを吹き飛ばし、尚突き進む。

そしてフィニッシュ。ペガサスの体はきりもみ状に吹き飛び、地面に倒れる。

 

 

「グッ! あぁあッ! クソ!!」

 

 

しかし再び体勢を整えると、ペガサスは急上昇。

どうやらココは勝てないと悟り、撤退の選択を取るようだ。だが王蛇は既に別のカードを用意していた。

 

 

『ユナイトベント』

 

 

メタルゲラス、エビルダイバー、ベノスネーカーが融合。

獣帝・ジェノサイダーは腹部に穴を開けると、そこから強力な引力を発生させ、ブラックホールのごとく空に舞い上がったペガサスを引き戻す。

墜落するペガサス。後ろを見ればジェノサイダー、前には王蛇が。

 

 

「ぐッ!!」

 

「降参してくれ。アマダムを倒せば、君も元に戻るだろ」

 

「それは――、嫌だ!!」

 

「何?」

 

「私は――、僕は、やっと変われたのに!!」

 

「おい! 待て!!」

 

 

それはあまりにも一瞬だった。

ペガサスは風の力で矢を作り出すと、それを自分の頭に刺し、そのまま倒れた。

すぐに駆け寄る王蛇だが、既にペガサスは息絶えていた。矢は頭部に深く突き刺さっており、大量の血がそこに溢れている。

 

 

「………」

 

 

ペガサスはペガサスのまま死んだ。

それが彼の望む最後だったのか。王蛇には、全く理解できない。

 

 

「……どうして人を支配しようとする決断ができて、どうして自分で自分を殺す決断ができて」

 

 

悔しげに、王蛇は拳を握り締めた。

 

 

「どうして人として変わろうとする決断が取れないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、なにやってんだ俺は」

 

 

岳葉は何度目か分からないため息をついて、近くのベンチに座った。

隼世と別れた後、彼はタイプテクニックに変身。ある情報を仕入れ、その場所にやって来た。

しかしいざやって来たは良いものの、結局その建物に入る事はできず、その前にあるベンチでうな垂れるだけ。

近くにはホームレスも多く見えた。少し離れたベンチでは浮浪者のおじさんが眠っている。

なんだか気が滅入る。もう一度ため息をついて、岳葉背後の方向、つまりは病院の方に視線を移す。

 

 

「ッ!!」

 

 

岳葉は目を見開き、素早く立ち上がる。

なぜならば見えたからだ。目的の人物が。

岳葉はある人がどの病院に入院しているのかを調べ、そしてココに来たのだ。

本当は見舞いをするつもりだったが、奇しくも今日が退院の日であったようだ。

 

鼓動が早くなる。

岳葉の視線の先にいたのは、水島紫とその父親であった。

忘れるわけがない、仮面ライダーの力を手に入れた岳葉が、強姦目的で襲った少女だ。

さらに父親に邪魔をされたから、気の済むまでボコボコしたんだ。

 

 

(俺はなにをしてんだよ……)

 

 

紫は父親と母親と一緒に歩いている。

その表情には一応と笑顔が見えた。

父親の方も顔には少し痕らしきものが見えるが、まあ元通りに近い形になっていた。現代医療の発展は凄まじい。

 

とは言え、なんだかとても惨めな気分になった。

そうだ、お見舞いなんて何を馬鹿な事を考えていたんだ。

あの中に自分が入って何になる? 嫌な記憶を思い出させるだけ。

 

ああ馬鹿らしい。

無事な姿が見えたんだ、それでいいじゃないか。

家族で笑い合っている紫たちに背を向け、一人ぼっちの岳葉は足を一歩踏み出した。

 

 

「ッ?」

 

 

地鳴りが響いた。

直後衝撃と轟音。それに重なる様に悲鳴が聞こえる。

なんだ? 岳葉が背後を振り返ると、紫たちと岳葉の丁度間くらいに紫色の怪人が見えた。

三メートル程はあろうか? 紫色の岩を纏っているタイタンは、岳葉を見て大きな笑い声をあげた。

 

 

「遅いぞ本間! 俺様が迎えに来てやった!!」

 

「お前ッ、アマダムの!」

 

「迷う必要など無いだろ! 何かがお前の心を引っ掛けるのか?」

 

 

タイタンは背後を振り返る。

そこには震え、怯え、へたり込む紫たちが見えた。

 

 

「なるほど。奴らに何か後ろめたいものを持っているんだな!」

 

「お、おい! お前何言って――」

 

「分かった。俺様が奴らをぶっ殺してやろう!!」

 

「はぁ!? 嘘だろ、やめろッッ!!」

 

 

しかしタイタンは既にスタートを切っていた。

大柄な体を揺らしながら全力疾走。あっと言う間に紫達のところに来ると、パニックになっている三人を見て笑う。

 

 

「分かる、分かるぞ岳葉! 俺様も家族が嫌いだった!」

 

「おい話を聞けよデカブツ野郎!!」

 

「俺様は家族に虐待され、虐げられてきた! だからこそアマダム様に――」

 

 

タイタンは紫の母親を掴み取ると、そのまま大きく振りかぶって、投げた。

 

 

「忠誠を誓ったのだーッ!」

 

「――ッッ」

 

 

出遅れた岳葉ではあるが、空中を猛スピードで飛んでいく母親は目視できた。

頭の中で強く念じると、母親を追従するようにして無数のディスクアニマルや、メモリガジェット、フードロイドやシフトカー等無数のサポートメカが出現。

紫の母親を掴み、減速させ、最後は遠くの方でパワーダイザーが母親をキャッチして完全に停止させた。

 

ディスクアニマルの視点を脳に映す。

紫の母親は白目をむいて泡を吹いているが、死んではいないようだ。

しかしホッと胸をなでおろしたのも束の間、タイタンは次に紫とその父親を睨む。

 

 

「も、もう嫌だァアアァァ!!」

 

 

以前の記憶と、今の光景が心を砕いたのか、紫の父親は悲鳴をあげて情けなく逃げ出した。

もちろん紫を置いてだ。以前はダブルに勇敢に立ち向かっていたのに、今はもうその面影は無い。

岳葉は言いようも無いショックを受ける。その引き金を引いたのは他でもない自分自身なのに。

 

 

「逃がすか! 愚かな人間め!!」

 

 

もちろん逃げられるわけも無く。

タイタンの手が伸び、紫の父親をキャッチしたのは言うまでもない。そこで到着する岳葉。

 

 

『紫ちゃんの父親を離せ!』

 

 

そう叫ぶべきだが、声が出ない。

いや、正確には出せない。後ろには紫がいる。彼女は岳葉の姿を見ても怯える事はない。

当然だ、岳葉が紫を襲った際の姿はダブルだったのだから。しかしいくら仮面を被っていても、声を変える事はできない。

 

紫が覚えていない可能性は大いにあった。

しかし人間は嫌な記憶ほど覚えているものだ。

ましてやそれが少女にとっての強姦ともなれば、その恐怖はより強く脳に刻まれているはず。

だからこそ岳葉は声を出せなかった。ただ複雑な表情でタイタンを睨みつけるだけしかできない。

 

 

「その目、そうか、俺様には分かるぞ岳葉! お前の後ろにいる女の子を殺してほしいんだな!」

 

(んな訳ねぇだろコイツ! ぶっ殺すぞ!!)

 

 

いや、違うのか。タイタンは本当は全てを理解しているのか。

その上でこんな間抜けを演じているのか。なぜ? 決まっている、タイタンもまた力に溺れたものにしか過ぎない。

だからこそ何か適当な理由をつけて人を傷つけたいのだ。

 

 

「死ねェエエッッ!!」

 

 

タイタンは足を振り上げ、紫を踏み潰そうと試みる。

 

 

(クソッッ!!)

 

 

刹那。岳葉は動いていた。

紫の前に立ち、腕を交差させ、そこでタイタンの足を受け止めた。

 

 

「カッ! はぁ――ッッ!!」

 

 

思わず声が漏れるが、すぐに口を閉じる。

変身者たる補正のおかげで、多少防御力は上がっているものの、腕がミシミシと音を立て始める。

ダメだ、三分ももたない、それで腕が砕けて自分が踏み潰される。

しかしそれでも岳葉は退けない。後ろにはへたり込んで泣いている紫がいるからだ。

 

そして故に、変身できない。

きっと子供達にとってライダーなんてほとんどどれも同じ姿に映るはずだ。

だから変身してはいけない、変身すれば紫の記憶が呼び起こされるから。

そして声が出せない。逃げろと紫に叫べば、記憶が――。

 

 

「ふはは! どうした岳葉! お前まさかそいつらを守るのか!?」

 

「――ッ!」

 

 

一瞬だけ背後を向いて紫を確認する。

ダメだ、腰が抜けている。なにより泣きじゃくり、とてもじゃないがこの隙に逃げられるとは思えなかった。

そして受け止めた足の向こうでは紫の父親が握りつぶされようとしている。

足指の隙間から見えたが、紫の父は顔を青ざめさせ、失禁している。このままあの状態が続けば、もしくは少しでもタイタンが力をいれれば終わりだろう。

 

 

「岳葉、それは反逆だ! アマダム様の理想を理解できないお前は、俺様が今ココで処刑してやる!!」

 

(コイツッ! 最初からそれが目的かよ!!)

 

 

クソ、クソッ! クソォオッッ!!

ムカツク、許せない、結局初めから人を殺したかっただけじゃないか。

アマダムの仲間になろうとする事を躊躇した自分達を殺そうとしているだけじゃないか。ああ、クソ、イラつく、殺したい。

死ね、死ね! シネシネシネシネシネ!!

いや――、死ぬ。

 

 

(マジで死ぬ!!)

 

 

潰される。殺される。このままだったら紫も、彼女の父親も、自分もぶっ殺される。

けれども退く事はできない。もしもどけば紫が死に、声を上げれば紫が壊れ、変身すれば紫が壊れ―――。

 

 

(ダメだ、もう紫ちゃんは傷ついちゃダメなんだ!!)

 

 

俺が守らないと、ダメなんだ!

絶対に、俺は紫ちゃんを守ってみせる。

あ、骨、折れ――。

 

 

「無理」

 

 

死ぬ。

 

 

「変身ッ!」『ヒート・ジョーカー!』

 

 

腰に現れたダブルドライバーは既にメモリを装填済みであった。

あとは素早く展開させるだけ。それだけで変身完了だ。

ヒートージョーカーになったダブルは片手でタイタンの足を受け止められるようになる。

さらにその状態で、メモリを引き抜いた。

 

 

『ジョーカー! マキシマムドライブ!!』

 

 

刹那、ダブルの体が分離した。

ジョーカーサイドで足裏を受け止めながら紫を守りつつ、ヒートサイドは拳に炎を纏わせて飛んでいく。

そして紫の父親を掴んでいる腕に、思い切り拳を撃ちこんだ。

 

 

「ジョーカーグレネード!」

 

「オブァ!!」

 

 

一瞬の攻撃にタイタンは反応できず、さらに衝撃と痛みに紫の父親を離し、解放する。

さらに防御反射が働いたのか、思わずダブルから足を離して後退していった。そこでダブルはメモリをチェンジさせ、ルナジョーカーに変身する。

手足が伸張、まるでタコの様にタイタンへ絡みつくと、その動きを鈍らせた。

 

 

「紫ちゃん、お父さんを連れて逃げ――ッ!!」

 

 

紫へ向けて避難を促したとき、ダブルは――、岳葉は先程まで頭に浮かべていた事を思い出した。

そして目の前にいた紫を見て、岳葉は絶句した。

 

いや、それは当然の事だ。

よりによって岳葉が変身したのはダブル、そして今の姿は父親をボコボコにしたルナジョーカーである。

そして岳葉の声、あの時と何もかも同じだった。

 

 

「いあ゛ァァあぁぁアァあぁあァあぁぁあアァァ!!」

 

 

これほどまで人の表情は醜く歪むものなのか。

恐怖のあまり紫は目から涙を流し、鼻からは大量の鼻水がたれ、口からは涎が零れ出ていく。

恐怖で足が竦んでいるため、腰を思い切りあげ、まるで犬――、いやうめき声をあげながら逃げる様はブタのようだ。

スカートだが気にする事はなく岳葉に尻を見せつけ、見えた下着と脚の間からは恐怖を証明するように尿が漏れ出ていた。

紫は失禁し、意味不明なことを叫びながら倒れている父親には目もくれずダブルから離れていった。

 

そう、ダブルからだ。

紫はこの時確かに、タイタンではなくダブルから逃げたのだ。

 

 

「……!」

 

 

あたりまえだ。

 

そうしたのは自分だ。

 

お前が悪いんだ、本間岳葉。

 

何をショックを受けているんだ。全部、全部――、お前が望んだ事だろう?

紫を傷つけないと思っておきながら、ダブルに変身したんだ。

確かにあの状況で紫を守りながら父親を助ける方法はヒートジョーカーの必殺技を使うしかなかったのかもしれない。

けれどきっともっと考えれば、他の方法があったのかもしれない。

 

たとえ腕が砕けようが紫を助ける方法を模索できたのかもしれない。

しかしお前は、俺は、我が身可愛さに諦め、変身し、そして、そして――、ああ。

 

 

「ムォ!?」

 

 

タイタンは困惑する。不思議な事が起こったのだ。

と言うのもルナジョーカーを引き剥がそうと体を掴んだ瞬間、ダブルの体が液状化して指をすり抜けていく。

なんだコレは? タイタンは空中を漂う水の塊を掴もうと手を伸ばすが、まったく意味は無い。

そのまま水はタイタンの背後に回ると、人の形を形成した。

 

 

「あッッ! ぐあぁあぁッッ!!」

 

 

タイタンの悲鳴が聞こえる。

水が形を成したと思えば、激痛、そしてタイタンの腹部から火花のシャワーが噴出する。

火花の勢いは非常に強く、手持ち花火でも仕込んだのかと思うほどだ。タイタンが混乱する中で、答えは背にあった。

そこにはリボルケインを突き刺していた仮面ライダーブラックRXが。

つまりルナジョーカーからバイオライダーに変身した岳葉は、そのまま具現化しつつRXにフォームチェンジ、瞬間リボルケインをタイタンの背に刺し入れたのである。

 

 

「お前ぇえ! おのれぇえッッ!!」

 

「今すぐ、俺の前から消えろ……!!」

 

「あぁッ! 俺様が死ぬ!? やだ、嫌だよママァアアアアアアア!!」

 

 

大爆発。

RXがリボルケインを引き抜く前に限界がきたのか、タイタンの体は爆散し、粉々に砕け散った。

このままココにいては騒ぎに巻き込まれる。とは言え、なんだかとても疲れた。

RXは変身を解除すると、岳葉はそのままトボトボと先程の公園に戻った。

 

 

「………」

 

 

頭を抱え、岳葉は先程の光景を思い出していた。

紫はまるで死神を見るような目で自分(たけは)を見ていた。

恐怖で表情が歪んでおり、可愛らしかった紫はまるでB級ホラーに出てくる魔女のように醜かった。恐怖と絶望は人をあそこまで変えてしまうのか。

もっと、マシな人生があっただろうに。

誰のせい? 決まっている。

 

 

(俺のせいだ……)

 

 

申し訳ないと思ったんだ。だから見舞いに行こうとした、無事を確かめようとした。

心のどこかで祈っていたんだ。あの時の事なんて忘れましたよ~なんて顔をして笑っている紫を見れば、きっと岳葉は救われると思ったんだ。

 

 

(結局、ダメだったな。泣かせちゃったな、紫ちゃん……)

 

 

ゴメン。心でそう思っておく。

 

 

『貴方は私の、ヒーローよ』

 

 

でもいいんだ。自分には瑠姫が――

 

 

(あ)

 

 

いないじゃないか。

 

 

『だって、前から私は醜い異形みたいなものだったし』

 

 

何もできていないじゃないか。

ココに、瑠姫はいないじゃないか。

 

 

「なんだ、はは、なんだよ……」

 

 

ベンチに座り、頭を抱え、岳葉深くうな垂れた。

 

 

「何が仮面ライダーだよ、ちくしょう、結局――」

 

 

超人的な力を手に入れ、神にも近い力を手に入れ。

 

なにか、したんだろうか?

 

なにか、できたんだろうか?

 

生まれ変わった意味は、あったのだろうか。

 

結論、『無』。

 

 

(俺は、女の子一人守れないのか……)

 

 

ありったけの自虐の笑みが浮かんできた。

視界が滲む。ダメだ、嫌だ、こんなんじゃ終われない。

岳葉は半ばヤケになりつつも立ち上がり、そこで相変わらず眠りこけている浮浪者に自身の上着を重ねた。

それもわざとらしく。それは浮浪者を起こすためである。

 

 

「――ぁ」

 

「あ、すいません、起きましたか?」

 

「あぁ、えっと、キミは?」

 

「いえ、あの、そこで眠ると風邪をひくと思って。俺の上着でよければ使ってください」

 

 

浮浪者は当然風呂に入っていないのだろうから、酷い悪臭が岳葉の鼻を貫く。

しかしどうでも良かった。そんな事よりも岳葉は欲している。お礼だ、『キミ』でなければならないと言う理由をくれ。

 

 

「いいのかい? ありがとう。ありがとう……!」

 

 

その言葉が岳葉の渇きを潤してくれる。

しかし浮浪者は目にありったけの涙を浮かべていた。

はて? 上着をあげただけで人はココまで感動するものだろうか?

もちろん悪い気はしないが、少し違和感がある。

首をかしげる岳葉、そんな彼に気づいたのか、浮浪者は涙をぬぐい、訳を話し始める。

 

 

「ごめんごめん、私の息子も、キミくらいの筈だからね」

 

「ッ、お子さんがいるんですか」

 

「ああ、だがもう会えない。私は会ってはいけないんだ……!」

 

「ど、どうして?」

 

 

反射的に聞いてしまった。

まあ恐らくは離婚したか何かだろう。

そういう話は控えるべきだったが。やってしまったと岳葉は自己反省である。

しかしふと別のことが気になった。なんだろう? この浮浪者をどこかで見たような気が――

 

 

「人を殺したんだ」

 

「え?」

 

「妻の誕生日だったんだ」

 

 

浮浪者は泣いていた。

その目は既に、岳葉を見ていなかった。浮浪者は過去を見て泣いていたのだ。

 

 

「息子と一緒にプレゼントを選んで――、早く届けたかった」

 

「あ、あの……」

 

「だから悪かったんだ。私は君と同じくらいの男の子を――、うぅぅッ!」

 

「―――」

 

「ダメだった。周りは気にするなって言うけれど、私にはもう耐えられなかったんだ……」

 

 

岳葉の脳に電流が走った。

口を押さえ、浮浪者から距離をとると、草むらに向かって嘔吐き始める。

胃液がこみ上げ、吐きそうになりながら岳葉は必死に耐えた。まさか、そんな、馬鹿な。

 

 

「あぁ、ごめん。臭かったね。上着は置いておくよ、ありがとう……」

 

 

浮浪者は涙を拭うと、肩を落として岳葉から離れていった。

間違いない。あの浮浪者は――、岳葉を轢いたトラックの運転手であった。

 

 

「――ぐッ! あぁぁッ!!」

 

 

岳葉の目から涙が零れた。

気づいた。気づいてしまった。察してしまった。悟ってしまった。至ってしまった。

自分は――、本間岳葉は――、俺はッ!

 

 

(俺は、最低だ!!)

 

 

俺は、間違っていた。

なにもかも、なにもかもだ!!

 

 

(俺は――ッ、どうして人の気持ちが分からないんだ!)

 

 

あの人は何も悪くない。

悪いのは全て信号を無視して飛び出した俺なのに、なのにあの人は苦しんで、引きずって! あぁああぁ!

紫ちゃんもそうだ。彼女は何もしてないのに、あんな苦しむべきじゃないのに。俺のせいで輝いていた未来がドロドロになってしまった。

瑠姫を守れず、紫ちゃんも守れず、人を苦しめて傷つけて――あぁあぁあぁああぁ。

 

 

(俺が、あの人たちの人生をメチャクチャにしたんだッッ!!)

 

 

別にとりえが無くても良かった。

根性がなくて無職でも良かった。

恋人を作る勇気がなくて童貞でも良かったんだ。

コミュニケーション能力が無くて友達ゼロでも良かった。

恋人がいない暦=年齢でも引きこもりでも全部全部、機械で代用できる人生でも良かったんじゃないのか。

 

確かに母親や親戚の何人かは苦しんでいただろう。

悲しんでいただろう。けれど逆を言えばそれだけだった。それにラインは超えていなかったはずだ。

 

 

「あぁぁああぁぁああ!」

 

 

"生きる価値がなくても"、それでも良かった。

今の俺は――。

 

 

「アアアアアアアアアアア!!」

 

 

今の俺は、"生きていてはいけない"存在になってしまった。

無ではなく、マイナスの存在になってしまったのだ。

 

何の為に生まれてきたのか分からなかった。

でもそれでも、生きていても良かったはずなんだ。

でも今はもう違う。俺の存在が多くの人を苦しめた。何も守れないくせに、傷つける事だけは一丁前に。

 

俺は、俺は――、罪人だ。

仮面ライダーなんかじゃない、ただの醜い人間だ。

 

 

『俺は死んでしまったが、神様に仮面ライダーの力を与えられて蘇った』

 

 

じゃあどうすれば良かったんだ?

 

 

『こうなったら、好き勝手にさせてもらうぜ!!』

 

 

違う、お前は――、俺は間違っていた。なんでそんな事を。どうしてそんな事を。

お前は自分で、チャンスを捨てたんだ。

 

 

「あぁぁぁあッ! うぅうぁぁあぁあぁあ!!」

 

 

傷ついて、だから苦しめて、そして失わせる。

 

 

(なぜ、気づかなかったんだ!!)

 

 

傷つけて、だから苦しんで、そして失うまで、なんで。

岳葉は情けなく、声を上げて泣いた。

子供にもなりきれなかった馬鹿は、ただひたすらに声を上げて泣いた。

ナンバーワンやオンリーワンになりたかった。その結果、彼は無限に湧いて出るワーストワンに変身していた。

 

 

(助けて、俺を助けてくれ瑠姫!!)

 

 

誰もいないのに。消えていく自尊心。

求め続ける。さようなら、アイデンティティ。

 

 

 





たぶんあらすじちょっと変わってます。
うまくいけば次回最終回、よかったら見てね( ́・ω・ )


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最終話 本郷達、五代達、翔太郎達なんかよりもウンコマンの方がカッコいい

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この世には、真実がある。

この世には、答えがある。

 

『ねえパパ、1+1ってなに?』

 

『ハハッ、決まっているじゃないか。2だよ』

 

 

誰もがそう言うだろう。

しかし答えにくい話もある。全ての質問に統一された答えがあるわけではない。

 

 

『ねえパパ、赤ちゃんはどこからくるの?』

 

『そ、それはね、コウノトリさんが――』

 

『本当?』

 

『嘘に決まってんだろバーッカ! 本当はパパの○○○をママの●●●に○○して、それで前後に動いて●●し、●●すれば赤ちゃんがママの●●●から生まれてくるんだぜーッ!』

 

 

などと言ったら保護者失格と言われるのだろうか。

いつかは知る答えなのに、人は時におかしなフィルターを使う。

 

 

『ねえ、愛って何?』

 

『そ、それは……』

 

 

そして、答えが無いのが答えの例もある。

では、これは?

 

 

『仮面ライダーって何?』

 

『特撮作品だよ』

 

 

本当に?

それで全てが説明つくのか?

 

 

『正義ってなに?』

 

 

なんだろう?

 

 

『お前の人生は、お前じゃないといけないのか?』

 

 

分からない。

 

 

『お前がロボットになった時、お前の帰還を望む人はいるのか? お前が帰る意味はあるのか?』

 

 

どうだろう。

 

 

『生きている意味は、生きていく意味はあるのか』

 

 

それはまるで数学のテストが全く解けず、癇癪を起こした子供のようだった。

手足をジタバタと動かし、少しでも心に溜まる苦痛を発散させようとする。

しかし無駄だった。動けば動くほど、もがけばもがくほど、苦痛は膨れ上がっていく。

 

絞るような声を上げ、岳葉は頭を抑えて地面を転がる。

あまりにも悔しい。あまりにも惨め。自分が壊れていく感覚が手に取るように分かった。

 

 

「泣くのは早いんじゃないか、岳葉」

 

「ッ!!」

 

 

声が聞こえた。

岳葉が体を起こし背後を振り返ると、レッドランバスに跨る隼世が見えた。

 

 

「ルミちゃんは?」

 

「サイドバッシャーのサイドカーで僕を待ってる」

 

 

数分後、岳葉と隼世は肩を並べ、ベンチに座っていた。

二人の会話に注目する前に、ルミの様子を見てみよう。

ペガサス撃破後、隼世とルミは岳葉と合流する事にした。サイドバッシャーに乗り込む二人、そこで隼世が口を開く。

 

 

「ごめんルミ、ちょっとココで待ってて」

 

「うん、いいよ」

 

 

一分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(トイレかな?)

 

 

三分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(混んでるのかな?)

 

 

六分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(ウンコかな?)

 

 

十分後、隼世は帰ってこない。

 

 

(コンビニにでも行ったのかな? 電話にも出ないし)

 

 

十五分後。

 

 

(ZZZZZZZ……)

 

 

ルミはまだ気づいていない。

 

隼世はルミを置いて別のバイクを召喚。

岳葉に電話をしたが出なかったので、サポートツールをフル活用して岳葉を探したのだ。

するとディスクアニマルが戦闘中の岳葉を発見、隼世はそこへ駆けつけたという訳だ。

 

 

「どうしてルミちゃんを置いてきたんだ」

 

「大切だから。僕はルミを愛してる。だから僕は、エゴを通した」

 

「――ッ」

 

「そっちこそ、どうした岳葉? なんで泣いてたんだい?」

 

 

迷った結果、岳葉は全てを吐露した。

何故死んだのか、何をしようとしたのか。その結果今に至った事。全てを話せば岳葉は隼世に殴られると思っていた。むしろそれを期待していた。

だが隼世は何もしなかった。小さく笑って頷くだけだった。それがやはりとても虚しくて、岳葉は頭を抱える。

 

 

「俺は結局、何もできなかったんだ! なにも無い! ライダーになっても、死ぬ前と同じだ! これだけ時間をかけても何も残せない、何もなせない! ああぁあぐぁッ!!」

 

「苦しいのかい?」

 

「ああ、苦しい。辛い。なにもないんだ、俺には、やりなおしもきっとできたのに」

 

「何をやりなおすべきだったと思う?」

 

「それすらも分からない……! 俺の人生は、なんだったんだ?」

 

 

涙が溢れぬように、歯を食いしばり、唇を震わせる。

小学生のときに父親が死んだ。特別悲しくは無かった。でも周りは過剰に心配する。

だから自分は可哀想だから、同情されるべきだから、多少は世界が甘くなるだろう。

そう、甘え、結果として、何も無かった。

何も無かったのは、何もしなかったからだ。

 

 

「いや違う。別に、転生なんてしないでよかったッ!」

 

 

転生した事で、本当に何もなくなってしまった。

確かにニートのクズだけど、人は殺してなかった。だから生きてさえいればきっといつか、残した母親に親孝行も出来たかもしれないのに。

 

そうだ、もう、母親は母親じゃない。たった一人の家族、今頃どうしているんだろうか?

トラックに轢かれて死んだ自分を、悲しんでくれただろうか? それとも肩の荷が下りたとホッとしているんだろうか。

それともあの浮浪者を生んでしまった事に責任を感じているんだろうか。

会いたいが、会えない。会う資格がない。

 

 

「あぁぁ、やっちゃったなぁ……! なんでこんな事になるのかなぁ」

 

「岳葉――」

 

「しんどい。しんどいなぁ……ッ!」

 

 

顔を上げる。それでもダメだった。涙が零れ来る。

なんにもできないで、ああ、ああ。

 

 

「また食べたかったなぁ。母さんのカレーと肉じゃが。好きだった、美味しかったんだよぉ」

 

 

ボロボロと涙が零れてきた。

無職の息子にも、母はご飯を作ってくれた。

喧嘩をしても、温かくて美味しいご飯を作ってくれたんだ。

きっと愛されていたと信じたい。無償の愛がそこにあったのだと、信じたかった。

 

 

「普通で良かったんだ。普通で、良かったんだよ……!」

 

 

就職して、愛する人と結婚して、たまに友達と遊びに行って、可愛い子供をつくって、長期休暇には孫を母親に見せに帰る。

それで良かった。それで幸せだったじゃないか。それが分かっているなら、それを目指せば良かったじゃないか。

皆そうしているんだ、そうすれば良かったんだよ。

 

 

「でも、できなかったんだよなぁ俺。なれなかった。普通にもなれなかったんだよ……っ!」

 

 

涙は拭っても拭っても溢れてきた。

体中の水分が消えるかと思うほど、悲しみは体を満たしていた。

途中まではうまくいってたんだ。休みには父親と遊んで、母親だっていつも笑顔だった。でもいつからか、全てが上手く行かなくなった。

 

 

「父親が死んで言い訳をして、母親を泣かせる。こんな人生を歩みたかったわけじゃないんだ」

 

 

人の人生をメチャクチャにして、人を傷つけたかったわけじゃないんだ。

 

 

「……じゃあ、どんな道を行きたかったんだい?」

 

「本当は、主人公になりたかったんだ俺は」

 

 

正直、仮面ライダーの主人公が気に入らなかった。

少し調べたが全員と言っても過言ではない。本郷達も、五代達も、翔太郎達も行動に理解ができないと批難した。

 

 

「でも――ッ、それは、そうなりたかったからなんだ。きっと……!」

 

 

でも、なれなかった。

主人公みたいに綺麗には生きられなかった。醜いものが心の中で渦巻く。そんな自分が嫌いだったんだ。

 

 

「なれなかったから。既に一度目指した道だったから――ッ」

 

 

嫉妬である。弦太朗のような人生を歩みたかったんだ。本当はきっと。

 

 

「だからこそ否定しなければならない。肯定しては一生その道にたどり着かないから」

 

「ああ、そうだよ……」

 

 

隼世は岳葉から視線を外し、正面を見た。

そして小さくため息を漏らす。

 

 

「僕の父は、母に暴力を振るう人だった」

 

「えっ?」

 

「酒を飲むと人格が変わるんだ。面倒な人だったよ、僕はあの人があまり好きじゃなかった」

 

 

酒グセが非常に悪い人は珍しくは無い。

それまでは優しく気のいい人物でも、酒が入ると言動や行動が乱暴で暴力的になる。

しかしアルコールの依存度は高い、なかなか改善されぬ毎日が続き、母も耐える時間が続いた。

離婚も考えただろうが、隼世はまだ幼い、子供の為を思って耐える道を選んだようだ。

 

 

「ある日、父はまた飲み歩いて帰ってきてね」

 

 

その時は上機嫌だった。すると父は乱暴ながらも、隼世に一つの箱を手渡した。

 

 

「どこで買ってきたのやら。中古で安く売っていた仮面ライダーのベルトだった」

 

 

昭和ライダーのもので、相当古いのか作りも荒い品である。

しかし、隼世は嬉しかったのだ。

 

 

「母親に頼んでライダーのDVDを借りて、見た」

 

「それで、ハマッたのか」

 

「ああ。僕にとって、ライダーは優しい父親の象徴だった」

 

 

その日から隼世も母親と共に父に酒を控えるように言った。

 

 

「当然人はそう変われない、僕は初めて父さんに殴られたよ」

 

「離婚、したのか……?」

 

「いや、母は僕に暴力を振るった事が許せなく、しきりにそう言っていたけど僕が止めた」

 

「な、なんで?」

 

「諦めたくなかったさ。僕はその時、父親は本気でショッカーの怪人に操られてるって思っていたから」

 

 

だから助ける為に買ってもらったライダーベルトを巻いて、説得した。

諦めそうになった事もある。しかし画面の中のライダーは諦めなかった。だから隼世も諦めなかった。

 

 

「今なら思う。僕はあの時、ライダーに――」

 

「……ッ」

 

 

最後まで言葉を言うことはなかった。

 

 

「するとね、面白い事に、その内に暴力が少なくなっていったんだ」

 

「へ、へぇ、凄いじゃないか。説得が通じたんだ……!」

 

「それもあるだろうけど、酒のやり過ぎで肝臓を悪くしてね。癌だよ癌、まったく医者から止められていたのに困った人さ」

 

「あ……」

 

「キミのところも確か癌でお父さんが? まあ今の時代、二人に一人は癌で死ぬらしいから、なにもおかしな事じゃあない」

 

 

父が死ぬ事は悲しかったが、少し嬉しくもあった。

 

 

「ある日、入院している父のところに行くと、母ととても楽しそうに話をしていたんだ」

 

「死期を悟る事で、冷静になるのはウチのところも同じだった。思い出話をしたり……」

 

「そう。そうだよ、あの時の笑顔は離婚しなかったから生まれたものさ」

 

 

もしも離婚していたら、二人はああやって笑い合う事無く夫婦を終えていただろう。

 

 

「キミも、同じだよな、岳葉」

 

「え? それは、どういう……」

 

「笑ってただろ、瑠姫さんは」

 

 

思い出す。アマダムについた瑠姫は、そういえば確かに笑っていた。

 

 

『じゃあ、採石場で待ってるね』

 

 

あの時の声は、確かに笑っていた。

瑠姫は楽しみにしているんだ。世界を支配し、苦痛の元を根絶する瞬間を。

 

 

「笑顔にも種類がある」

 

「―――」

 

 

再び、岳葉の脳に、全身に電流が走った。

そうか、そうだ、そうに決まっている。ああ、また気づかなかった。岳葉は再び目から涙を零し、呻き始める。

 

 

「瑠姫はいつ、救われるんだ」

 

 

笑えば楽しい。笑えば全部オッケー。

悲しい事があっても笑えているなら乗り越えられたね。なんて――、そんな訳ないだろ。

ああ、ああ、また間違えたのか。

 

 

「お、お、俺はっ、瑠姫が笑っていてくれたから、それでいいって。俺は正しいって――ッ!」

 

 

彼女を苦しめる義父や性犯罪者を殺したとき、瑠姫は確かに笑い、お礼を言って岳葉の存在を肯定してくれた。

それでいいと思っていた。なんて、馬鹿野郎。

 

 

「違う! 彼女はあんな風に笑うべきじゃなかったんだ!」

 

 

取り返しのつかない事をしてしまったと、再び罪悪感の牙は心を噛み砕こうとする。

笑顔ならば、他にも見た。からかう時、ソフトクリームを食べるとき、そして、そして。

キスを、したとき。

 

 

「一緒に遊園地にいったり、美術館にいったり、そういう幸せを与えるべきだった……!」

 

 

何が犯罪者に裁きをだ。

何がやるべき正義だ。何が、何が――。

 

岳葉は、全ての過ちに気づいた。

醜い化け物に変わっていく瑠姫。違う、あんな姿にさせたい訳じゃない。

させたい訳じゃなかったんだ。笑っていてほしかったのは本当なんだ、だって彼女は自分を求めてくれたから。

 

 

(だって彼女は――、一人ぼっちの俺の傍にいてくれたから)

 

 

全てを理解した。

 

 

「そうか、そうだ、俺は瑠姫が好きだったんだ。愛していたんだ)

 

 

なのに苦しめていた。全てを忘れさせるピエロになればよかったんだ。

格好つけて闇の断罪者になんてならなくて良かったんだ。辛いならば世界の果てまで逃げればいい。

地獄の底まで彼女の手を繋いで、励ましてやればよかった。

殺せば永遠になってしまう。血を見れば脳裏に焼きついてしまう。

あの時、せめて義父との関係にケリをつけたところで彼女を解放してあげれば――。

 

 

「俺はどこまでクズなんだ――ッ!」

 

「だったらそのまま……、クズのまま終わるのか?」

 

「!」

 

 

真横を見れば、隼世は立ちあがっていた。

虚空を激しく睨みつけ、悔しげに歯を食いしばる。彼もまた答えの途中でしかない。まだ何にもなれていない蛹なのだ。

 

 

「僕は、嫌だ」

 

「俺もっ! 俺も嫌だ! こんなのは嫌なんだ! このまま終わるのは嫌なんだ!!」

 

「そうだな、嫌だよ僕も。岳葉、覚えているかい?」

 

 

アマダムはこんな事を言っていた。仮面ライダーは『怪人になりそこなった者』に過ぎない、と。

 

 

「だったら僕らはどうする? 怪人になるか? それとも――」

 

 

隼世は岳葉の目を見た。

その瞳にある激しい炎を見て、岳葉の目にも僅かに光が灯った。

 

 

「まだ、終わらないで済むのか」

 

「ああ、だが勝ち目は無いぞ。もしも前に進むならばそれは死への道を進む事になる」

 

 

そうだ、僕達は自殺をしにいくんだ。

 

 

「それでも、進めば――ッ、なれるのか!? 仮面ライダーに!」

 

 

縋るように言った。

即答が返ってくる。

 

 

「なれるわけないだろ。僕達なんかが。特にキミは絶対無理だ。ライダーの力を強姦に使うとしたクズなんかは無理無理」

 

「う゛ッ! な、なんだよ! それは触れないでくれよ」

 

「最低な行為だ。死ぬまで反省しろ。ただ――」

 

 

未遂で終わったことだけは、喜ぶべきなのかもしれない。

怪人へのラインはまだ踏み越えていない。だとすれば、わざわざ踏み越える事はしなくていい。

 

 

「それに。たとえ仮面ライダーになれなくても――、なろうとする事はできる」

 

「!!」

 

「そうだろう?」

 

 

隼世は笑って、岳葉の肩を優しく叩いた。

 

 

「僕はルミを愛している。彼女が住む世界を。何よりも僕のプライドを守るために、僕は戦う」

 

「隼世……!」

 

「ましてや力で人を支配しようとするなんて間違っている。アマダムの野望は、必ず潰す」

 

 

世界支配を画策しようとするアマダムを許すわけにはいかないのだ。

 

 

「分かるな、アマダムを倒せるのは、この広い世界で僕達だけだ」

 

「!」

 

「僕は信じてる。ライダーになれなくても、力がなくても、正義を思い、尊び、彼らが守ったものを信じるなら――」

 

 

隼世は笑った。

それは今から死にに行く男の笑みとは思えなかった。

 

 

「そうしたらいつか、ほんの少しでも、仮面ライダーになれるのかもしれない」

 

「俺は――、俺も、瑠姫が好きだ。愛してる。だから――」

 

 

これ以上もう、瑠姫には苦しんでほしくない。

柔らかな笑みだけを浮かべていてほしかった。悲しみや苦しみに歪む彼女の顔は、もう見たくないんだ。

 

あの時そう言うべきだった。

キミが綺麗と思って無くても良い、過去に何があっても良い。

今この瞬間、そして未来を俺と一緒に、俺の傍で過ごしてほしいと。

 

 

「もう遅いか? いやッ、まだ遅くないよな」

 

 

ボロボロと涙を流しながら、どこに向けるわけでもないが、手を伸ばす。

 

 

「俺はまだ遅くないんだと。俺はまだ終わっていないんだと、信じたいんだ――ッ!」

 

 

感触と衝撃があった。

見ると、情けなく伸ばした手を、がっしりと隼世が掴んでいる。

腕を組み合い、隼世は笑みを浮かべた。だから釣られて岳葉も笑みを浮かべた。

 

 

「なら、今日は僕とお前でダブルライダーだな」

 

「ははッ、ああ、そうだな!」

 

 

涙を拭い、岳葉は隼世に本当の笑顔を返した。

それはスイッチだった。感情や思考じゃない。本能が二人の体を動かす。

なにも打ち合わせたわけじゃない。けれども二人の横には同時にバイクが出現し、けたたましいエンジン音を鳴らした。

そして岳葉と隼世は並び立ち、まもなく沈みいく西日の向こうに視線を向ける。

 

右には岳葉、左には隼世。アクションもまた同時だった。

岳葉は右腕を左斜め上方向へ、強く、強く、精一杯突き出した。

そして隼世は右方向へ、両腕を真っ直ぐに伸ばす。

 

 

「ライッダァアア!」「ライダーッッ!」

 

 

岳葉は右腕を円を描くように移動させ、右斜め上で停止させた。

隼世も両腕でゆっくりと円を描くようにして真上で止める。

 

 

「変身ッ!!」

 

「変ッ身!」

 

 

岳葉は右腕を腰の位置へ移動させると、左腕を右斜め上へ突き伸ばした。

隼世は両腕を一気に左へ落とす。左腕を曲げ、拳は天に向けられた。

そしてその言葉。そうだ、変わるんだ。変わりたいんだ。

俺達は、変身したいんだ。

 

 

「俺は、変わる」

 

 

マフラーが風になびいた。ライダーベルトが激しい光を放つ。

岳葉は仮面ライダー1号に。隼世は仮面ライダー2号に変身すると、お互いを見つめ、笑う。

 

 

「さあ行くぜ隼世。未体験ゾーンだ。振り落とされんなよ」

 

「キミこそ、僕に置いていかれるなよ」

 

 

二人はサイクロンに跨ると、未来を見つめてアクセルグリップを捻った。

 

 

一方、ルミを見てみよう。

あれからさらに二十分がたった。鼻ちょうちんを割って目が覚めたルミは周囲を見る。そこに隼世の姿は無い。

 

 

「食べ放題にでも行ったのかな?」

 

 

そして二分後。

 

 

「お寿司に行ったのかな? お土産買ってきてくれるかな?」

 

 

三分後。

 

 

「おっせーな! ゲーセンかあんにゃろー! アタシも久しぶりにポッ拳でも触りにいくかなー! ハハハ!」

 

 

五分後。

 

 

「……馬鹿」

 

 

ルミは涙を一粒、手の甲に落とした。

 

 

 

 

 

 

遠くに輝く西日を光を全身に受けて、ダブルライダーは宿命の道を走っていた。

格好良くはない。これは、ひねくれた自殺だ。

クロスオブファイアの一部を与えられた馬鹿二人が、クロスオブファイアの元であるアマダムに喧嘩を売りに行く。

あまりにも分かりきった敗北に向かう、狂った自殺志願者なのだ。

 

 

「お前の方が緑色が濃いな。黒みたいだ」

 

「2号はいろんなバージョンがあってね。まあ1号もあるんだけど――、まあいいや!」

 

 

全身に風が吹き付ける。

ビュウビュウと煩く耳を貫く音は、次第に声に聞こえて来た。死ぬよ、無理だよ、勝てないよ、引き返すなら今だよ。

そんな声を二人は聞いた。しかし無視を決め込んだ。

 

 

「ハハ……、悪いな、俺はあんまり興味なくて」

 

「でもキミは、そんな中で1号を選んだ。理由があるのかい?」

 

「仮面ライダー、そんなに知らない俺でも知ってる。コイツは特別だろう?」

 

「……ああ」

 

「きっと、他の奴らも知ってる。仮面ライダーに全く興味が無いヤツだって知ってる」

 

「全ての始まり、だからね」

 

「そう。だけど、1号を知っていても、人は仮面ライダーを知らない」

 

 

口にはできない。

分からないからだ。仮面ライダーとは何だ? 正義とは何だ?

答えは出ない。しかしだとすれば自らが答えを作れば良い。それで納得できれば、少しは救われる。

 

二人は仮面の奥でニヤリと笑って見せた。

馬鹿な事をする。しかし不思議と、悪い気分ではなかった。

死ぬのに。愛する人を置いていくのに、その身勝手さが心地よかった。

 

 

「俺ッ、父親と映画に行った事がある。パンフレットを買ってもらった!」

 

「そうか」

 

 

前に並ぶ車体をかろやかにすり抜けていきながら、二人は太陽を目指した。

 

 

「お祖父ちゃんと銭湯に行ったことがある! コーヒー牛乳を買ってくれた!」

 

「そうか! 良かったな!」

 

「ああ、美味しかった。おいしかったんだ!!」

 

 

危ない。あとほんの少し体が横にズレればサイドミラーにぶつかる。

それでも二人はアクセルをゆるめない。目の前を見れば信号が赤に変わった。

それでも尚、二人はアクセルを吹かした。

 

 

「おばあちゃんのおはぎ、今でも覚えてる! あれほど美味しいおはぎは無かった!」

 

「僕も食べたいな!」

 

「悪い、もう無理だ! もう死んだ。もう会えない! もう笑わせる事もッ、できないんだ!」

 

 

ブレーキをかけずに突っ込んだ。

だが安心してくれ。もう間違えない。二人は前輪を浮かせると、そのまま車体は跳ねた。

空中を疾走するサイクロン。爆音を轟かせ、二人は尚前に進む。横断歩道で母親と男の子がコチラをあんぐりと口をあけてみているのが見える。

 

軽い優越感だ。でも、虚しさが心に宿る。

男の子は笑みを浮かべていた。だが、やめておけ。憧れは憧れのままでいいんだ。

こんなの、なるもんじゃない。お前は力を手に入れず、お前のままで大切な人を幸せにしてやれ。

 

せめて、母親には楽をさせてやれ。

俺は馬鹿だったからできなかった。でも、お前はきっと。

 

 

「隼世、そういえば俺も母さんと手を繋いで歩いたよ!」

 

「ああ、僕もだ!」

 

「父さんと手を繋いで歩いた事もあるんだ!」

 

「僕もだよ、岳葉!」

 

 

煌びやかな繁華街を抜けると、徐々に緑が増えてきた。

等間隔で並ぶ街灯も、徐々に減っていき、二人をさえぎる障害物もゼロになっていく。

ダブルライダーはただひたすらにスピードをあげ、前を目指す。

 

 

「誕生日にゲームを買ってもらった! 焼肉に連れてってもらった!」

 

「ああ」

 

「似顔絵を描いたんだ。へたくそだったけど、笑ってくれた!」

 

「ああ!」

 

「父さんが死んだ時はきっと、悲しかったんだ!!」

 

「ああ! ああッ!」

 

「生きてたんだ!」

 

 

エンジン音にかき消されぬよう、叫ぶ。

 

 

「俺は、生きていたんだ!!」

 

「ああ! からっぽじゃなかったんだ、きっと! 僕も、キミも! みんな!!」

 

「もっと早く気づけば――、いや、今だからこそ見えるのか、コレは!」

 

「なあ岳葉! 知ってるか、RXのEDのタイトル!」

 

「悪い! 全然分からん!!」

 

「誰かがキミを、愛してるって言うんだ!」

 

「ッ、そうか。そうだよな!」

 

 

良かった。

これで理由が出来た。大義名分ができた。

救っていいんだ、守っていいんだ、愛していいんだ。待っててくれ、もう少しだけ待っていてくれ瑠姫。

岳葉はさらにスピードを上げる。そこで少し遠くに大きなカーブが見えた。

 

 

「どうする! このままだと曲がれないぞきっと!」

 

「サイクロンは小回りがきく――、筈だ!」

 

「筈!? 分からないのか! どうするよ! このままガードレール突き破るぜ!」

 

 

ちょいと想像してみた。

ライダー姿のまま遺影を並べられて、お花供えられて、ドリンクとかゼリーとか供えられたら間抜けにも程がある。

夕方のニュースはこう言いました。ライダー姿のコスプレクソ野郎が事故って死にましたって。

 

 

「間抜けだな!」

 

「死なないさ、この体なら!」

 

「まあそうか、でもスピードは落ちるよな流石に。減速してもそうだろ」

 

「ダメかい?」

 

「ああ。たぶん少しでもスピードが落ちれば、俺はそのまま止まるぜ!」

 

 

たぶん、きっと。

だって止まりたいじゃないか。進みたくなんて無いじゃないか。

出来る事ならこのまま踵を返してお家に帰ってゲーム実況でも見ながらプリンを食べたいじゃないか。

 

考えてもみてくれ、このまま前に進めば死ぬんだぞ。

死に近づいているんだぞ。怖いじゃないか、辛いじゃないか、逃げたいじゃないか。

面倒な事は忘れてお布団に入りたいじゃないか。

 

 

「でも、とまっちゃいけないんだよな、これが!!」

 

 

瑠姫さえいなければ。クソ、あの女、やってくれたぜチクショウ。

でも、可愛いんだよな。優しいんだよな。辛いんだよな。怖いんだよな。

待ってろよ瑠姫。終わらせようぜ、全部。

 

 

「僕もだ、岳葉! 今すぐルミのところに帰りたい。終わりが来るまで彼女と一緒に笑い合いたい!」

 

「そうか、奇遇だな隼世!」

 

「でもな、くそったれな事に僕が死ななきゃルミは笑ってくれないんだ!」

 

「じゃあこのまま突っ込もう!」

 

「サイクロンの旋回能力ならこのスピードでもアウトインアウトで行けるぞ!」

 

「あうっ? ニートでも分かるように説明してくれ!」

 

「文字通りだ! アウトからインに入るようにしてそのままアウトに抜ける!」

 

「あー……あ? それだと対向車線に突っ込まないか!」

 

「ああ。だがもうそれしかない!」

 

「車が来たらどうする!」

 

「吹き飛ばす事になるだろうな! 僕らが負ける事はない!」

 

「い、いいのかよ! 人をぶち殺すことになるんだぞ!」

 

「――ッ、いいんじゃないか!」

 

 

それがラインだ。

それが審判だ。資格があるのか、この先にこの姿で進む権利があるのかを神に問いたい。

もしも家族連れでもひき殺そうものならば、その時はそれが答えになる。哀れで愚かで最低の殺人者。それでエンディングだ。

 

 

「ハハ! お前も結構クズだな!」

 

「ああ、クズだよ僕も! だから行こう。それで答えが出る」

 

 

ひき殺すクズか。それとも資格を手にする英雄か。

ダブルライダーはそのままカーブに突っ込んだ。

対向車は――、来ない。

 

 

「神様が言ってくれてる! 死ねってね!!」

 

「ああ、コレで心置きなく死ねるな!!」

 

 

それで良かった。

それが価値だ。それが意味だ。むろん、諦めることはない。

だから死にに行くんだ。

 

 

「岳葉、正直、僕も人を殺そうと思った事がある」

 

「え?」

 

 

ポツリと、2号が呟く。

 

 

「バイトで、怒られたんだ。ねちっこい言い方で、酷い人だった」

 

 

たったそれだけ、それだけでライダーの力を使って殺しに行こうと思った事もある。

 

 

「でもお前はそれをしなかった。そうだろ?」

 

「ああ」

 

「なんでだ! 俺には分からない!」

 

「――、過去があったから。そしてルミがいたからさ」

 

「!」

 

「キミは助けるんだ、瑠姫さんを。そうすればきっと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか!」

 

 

採石場にいたアマダムは大きな舌打ちと共に怪人体へ変身。

さらに手の甲に埋め込まれていた魔法石から無数の怪人が出現した。

ショッカー戦闘員、ワームサナギ体、シアゴースト、マスカレイドドーパント、ダスタード。それは各ライダー達にやられた雑魚たちだった。

 

もちろんダブルライダーがスピードを緩める事はない。

迷わず突っ込み、雑魚敵達を空中へぶっ飛ばしてく。そのまま尚、ひき殺しながら前に進んでいった。

 

 

「岳葉くん? なんであんなに――」

 

「分からないか、奴らは我々には協力しない。そう言っているのだ!!」

 

 

怒りに拳を震わせ飛び出したのはドラゴン。

水で構成させたロッドを手に、ダブルライダーめがけつっこんでいく。

しかし二人はもちろん止まらない。そのまま雑魚の群れを吹き飛ばしながら、ドラゴンの眼前に迫った。

 

 

「ムンッッ!!」

 

 

ドラゴンはロッドを振るい、なんと猛スピードで迫るサイクロンを真正面から受け止めて見せた。

衝撃波で周囲にいた戦闘員達が空に打ち上げられていく。そこでドラゴンは気づいた。二台のサイクロンの上に、岳葉達がいない。

 

 

「トォオオ!」「タァアア!!」

 

 

二人はシートを蹴って空中に飛び上がっていた。

そして同時に足を突き出した。

 

 

「ライダーダブルキィイイイッック!!」

 

「アイェエエエエエエエエエエエンッッ!!」

 

 

飛び蹴りは呆気に取られていたドラゴンの胴体に抉り刺さると、直後ドラゴンを存分に吹き飛ばす。

ドラゴンは空中で回転、手足をばたつかせながらお腹の方から地面にうつ伏せに倒れる。

 

 

「あ、アマダム様に、ばんざぁぁぁぁいッッ!!」

 

 

そしてヨロヨロと立ち上がると、両手を上げて仰向けに倒れ、直後爆散した。

まさに一撃。アマダムは思わずうめき声を上げて、一歩後ろに下がった。

 

 

(ドラゴンよわっ! 一撃で死ぬとか流石は元人間のクズだ。駒にもならない!)

 

 

ふと、違和感。

 

 

(しかしおかしい。与えられたクロスオブファイアで出せる力の量を遥かに超越している! まさか、岳葉と隼世のクロスオブファイアが共鳴しているのか……!)

 

 

前を見る。今まさにダブルライダー達が一騎当千の道に足を踏み入れていた。

 

 

「かち上がれェエエ!! ライダーパンチッ!!」

 

 

すくい上げるようなアッパーは風を纏い、赤い衝撃波を発生させる。

 

 

「僕は正義! 仮面ライダー2号!!」

 

 

地面を蹴った2号は足を突き出し高速回転。

ドリルの様にして戦闘員達を破壊していく。

 

 

「ライダー卍キィイイック!!」

 

 

一方で1号ライダーチョップで敵をなぎ倒し、戦闘員を掴むと回転しながら空中へ放る。

 

 

「きりもみシュート!」

 

 

そして跳躍。

すると風が足に収束し、激しいスパークを放った。

 

 

「電光ライダーキィイイイイックァッッ!!」

 

 

脚が戦闘員に直撃すると激しい稲妻が周囲に拡散し、次々に戦闘員達を爆散させていく。

一瞬だった。あれだけいた戦闘員達があっと言う間に全て破壊されたのだ。

 

 

「グッ! グゥウウ!」

 

 

アマダムの脳裏に苦い敗北の記憶が蘇る。

ウィザード、鎧武――、ダメだ、考えただけで頭が痛くなる。

しかし今回は必ず勝てる自信があった。これは世界征服における第一歩、こんな所で邪魔をされるわけにはいかないのだ。

そしてそれはアフロディーテも同じだった。自分の理想が壊されようとしている。思わず苦悩に叫び、走りだす。

 

 

「どうして私の世界を壊すのよ! 岳葉ァアッッ!!」

 

 

苦しげな叫びだった。

肩を並べるダブルライダーは顔を合わせ、頷きあう。

 

 

「岳葉、キミがルミを止めろ。これは世界中でたった一人、キミにしかできない事だ」

 

「ああ。分かってる。だからお前は、アマダムを頼む」

 

「任せろ。ライダージャンプ!!」

 

 

流石はバッタの改造人間と言ったところか。

2号はアフロディーテを飛び越えるとアマダムの眼前に着地する。

瞬間、突き出される拳と拳、二人のパンチが重なり合い、激しい衝撃波を発生させた。

 

 

「馬鹿なヤツだ隼世! この私が力の差を教えてやろう!」

 

「望むところだ! お前の野望は、この拳が砕いて見せる!」

 

「口だけは大きい! だが恐怖しているな」

 

「ッ!」

 

「私には分かる! お前の中の中にクロスオブファイアの勢いが弱まっている!」

 

 

アマダムは2号の拳を簡単に弾くと、その胴体に掌底を打ち込んで見せる。

すると2号の体はいとも簡単に吹き飛び、地面を擦りながら遥か向こうへ移動していく。

 

 

「ぐッ! がはッッ!!」

 

 

クラッシャーから鮮血が吹き出した。

しかし2号は倒れない。ファイティングポーズを構え、再びアマダムへと向かっていく。

一方で同じく距離を詰めていく1号。その先には茨の蔓を振り回しているアフロディーテが。

 

 

「どうして邪魔をするのよ、岳葉ッ!!」

 

「邪魔じゃない! 迎えに来たんだ! 俺と一緒に帰ろう、瑠姫!」

 

「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だッッ! 帰っても、辛い事ばかりじゃない!!」

 

「違う! だから、それを見つけるんだ! 楽しい事ばかりして生きる道もあるって!」

 

「なんでッ! そんな――ッ!!」

 

 

迫る茨を1号は拳で粉砕し、蹴りで吹き飛ばし、そして距離を詰める。

肩に手を乗せた。全身を覆う茨は当然肩も覆っている。

無数の鋭利な棘が1号の腕を突き刺し、仮面の奥で表情を歪ませる。

だが、それで良かった。

 

 

「瑠姫、キミが好きなんだ!!」

 

 

告白に、歪む表情は見せたくない。

 

 

「愛してるんだ!!」

 

「ッ」

 

 

アフロディーテは一瞬、戸惑ったように口を閉じた。

しかしすぐに1号の腹部を蹴ると、距離をあけて茨の蔓を伸ばす。

 

 

「嘘つけよォオオ!!」

 

 

蔓は1号の体に巻きつくと、一瞬でその全身を覆うように縛り上げる。

もちろんこれはただの蔓ではない、茨なのだ。無数の棘が1号を容赦なく引き裂こうと牙をむく。

 

 

「変身!」

 

 

が、しかし、バイオライダーの前では拘束など無意味だ。

再びアフロディーテの前に立ったバイオライダーは、先程と同じ事を口にする。

恋であった。そしてそれは愛になった。岳葉はこの世界でたった一人しかいない、赤川瑠姫を愛していると言うのだ。

 

 

「そんな訳あるか! 私のどこが良いって言うんだよッッ!!」

 

 

アフロディーテは掠れる声で叫んだ。それはあまりにも悲痛な叫びだった。

怯えているのだ、恐れているのだ、理解しているのだ、愛されるわけが無いという事を。

しかしそれでもバイオライダーが口にするのは瑠姫へのひたむきな愛であった。

 

 

「過去なんてどうでも良い! 未来だ、この俺と未来を生きてくれ瑠姫!」

 

「どうでも良くない! 過去は過去! 絶対の歴史なのッ!」

 

「それでも忘れるんだ! じゃなきゃ、俺が塗りつぶしてやる!!」

 

「信用できるかァアア!!」

 

 

どこからともなく無数の薔薇の花びらが現れ、バイオライダーに飛来していく。

どうやら花びらは一つ一つが鋭利なカッターになっているようだが、当然それらは液状化の力を持つバイオライダーには効かない。

 

 

「本当だ! 俺は本当にキミが好きなんだ!」

 

「じゃあどこ! こんな私のどこが好きなの!」

 

「全部だ!」

 

「死ねッッ!!」

 

 

ビュォンビュオンと煩くしなる薔薇の蔓。

それらを全て無効化し、それでも尚、バイオライダーは叫んだ。

 

 

「分からないんだ! 俺は人を愛した事がないから! 愛された事がないから!」

 

 

だって怖いじゃないか。愛されれば、愛すれば、いつか傷つく。

もう嫌なんだ、これ以上怖いのは、これ以上傷つくのは。

けれどもそれを超えてまで瑠姫を求めるのは、果てしない欲望があるからだ。

 

 

「分からない。分からないけれど、俺はキミとキスがしたい!!」

 

「ッ!」

 

「一緒にご飯が食べたいんだ!」

 

 

いや、それだけじゃあない。

一緒に歯を磨きたい。一緒に眠りたい。一緒にお風呂に入りたい。一緒に出かけたい。

 

 

「一緒にいろんな景色が見たいんだ! 瑠姫と一緒にだ! 俺一人で見てもつまらない!」

 

 

一緒にお茶したい。

一緒に着替えたい。一緒に遊びたい。

一緒に手を繋ぎたい。一緒に歩きたい。一緒に買い物がしたい。

 

 

「まだあるぜ、まだまだあるんだぜ! 一緒に本を見たい、映画を見たい、美術館とか行きたい。一緒に、一緒に……ッッ!!」

 

 

同じはずだ。誰も、みんな。愛を求めるものならば。これはおかしな話では無いと信じたい。

 

 

「キミと一緒にセックスがし、し、したいんだ!!」

 

「せ――ッ!?」

 

「気持ち悪いか、気持ち悪いよな! 分かる、分かるよ! でも本心なんだぜ!! これが愛じゃないのか! これが愛じゃないなら、一体全体何が好きって事なんだよ!」

 

 

確かに岳葉は処女厨だ。

独占欲が強く、恋人が欲しいというよりは自分を全て肯定してくれる『人形』が欲しいだけに他ならない。

しかしそれを自覚したとしても、瑠姫が欲しい、瑠姫がいてほしい。そう思ってしまうのだ。

 

はじめて求めてくれた人。意味を与えてくれた人。きっと初めて助けたはずの人。

それだけの価値が、岳葉に愛を齎した。傷つくほど近づかず、曖昧なスタイルを決め込みたかったが、そういう訳にもいかないのだ。

だって、好きだから。

 

 

「でも時間が足りない。キミと一緒にいなきゃ、愛も育めない」

 

「離して! 離してよッッ!!」

 

「いや、俺はキミを助ける」

 

「!」

 

「俺はそうしたら――、きっと」

 

 

声を震わせながら、再び肩に手を置く。

そして変身。瑠姫の前にいた男の名は、仮面ライダーストロンガー。

 

言葉はデジタルデータだ。

例えばおいしいご飯を食べた後に、『美味しかったです』と言えば褒め言葉として相手に伝わる。

しかしその後、『嘘です』とたった一言付け加えれば、それは悪口になる。

 

どうとでもなる。嘘をつける。

だから今からストロンガーは嘘を言う。放つのはただの電撃だ。

 

 

「超電子――ッ! ウルトラサイクロン!!」

 

 

しかしそれでも、そう口にしなければならない。

知っているからだ。教えられたからだ。これは、大切な者を守るための技であると。

 

 

「が――ッッ!!」

 

 

肉体を覆っていた薔薇の蔓がすべて吹き飛び、ストロンガーの前に瑠姫がさらけ出される。

刹那、ストロンガーは瑠姫の左腕を掴み、引き寄せた。

 

 

「変身!」

 

 

岳葉は変わった。間違えない。ココで間違える事だけはできない。

キミがどうとか、どう思っているのかとか、きっとそれは大切な事なんだろうけど、それでも俺は、キミが好きだから――。

 

 

「瑠姫ッ!!」

 

 

乾くほど泣いたはずなのに、まだ涙がこみ上げてきた。

 

 

「たとえどんな姿でも、俺はキミを愛してるんだ!!」『エンゲージ!』

 

 

仮面ライダーウィザードに変身した岳葉は、エンゲージリングを瑠姫の左薬指に嵌めると、そのまま魔法を発動させる。

瑠姫の動きが止まった。魔法陣が出現し、ウィザードはその中へと飛び込んでいった。

 

 

『ウィザードの力を使えば、可能性があるかもしれない』

 

 

そう持ちかけたのは隼世だった。

サイクロンで採石場を目指す途中、瑠姫を救う方法として提示したのがウィザードリングの力を使うという事だ。

エンゲージにおけるアンダーワールドへの突入は、ファントムによって絶望した人を救う手段として使用されてきた。

しかし全てのライダーが交じり合い、同時に存在していない世界ならば、それはまた応用が利くのではないか――、と。

 

 

『きっと彼女のアンダーワールドには、全ての負が詰まっている筈だ。それを破壊すれば、もしかしたら彼女は――』

 

 

まばゆい光が視界を覆う。

次に景色が鮮明になった時、そこは見た事の無い空間だった。

遊園地だ。そして見つけた。幼い瑠姫とルミが手を繋いでおり、それを見守るのは二人の両親だろう。

 

離婚する前にあった思い出が、彼女の心を支えてきたのだろう。

そこへ降り立ったウィザードはすぐに周囲を確認する。すると少し遠くに、へたり込む成長した瑠姫の姿を発見する。

そして息を呑む。その周りにはおぞましい化け物達がいたからだ。

 

大柄な男――、だろう。顔はモザイクが掛かっているため判断はできない。

皮膚は紫色に染まっており、服は纏っていない。股間の部分にはいつか殺した義父の仮面がついていた。それが瑠姫を囲み、ゲラゲラと笑っている。

 

 

「どッッけえぇぇええええぇ!!」『フレイム・ドラゴン!』『ボー! ボー! ボーボーボーッ!!』

 

 

空中からウィザードラゴンが飛来し、ウィザードと合体。

フレイムドラゴンとなった岳葉は、既に腕に装備されていたツールを発動させる。

 

 

『ドラゴタイム』『セットアップ』

 

「殺す!」『スタート!』

 

 

カチカチカチカチとタイマーの音が響く中、瑠姫を囲んでいた男の一人を切り裂いた。激しい炎が広がり、男はすぐに消し炭になる。

 

 

『ウォータードラゴン!』

 

 

ウィザードの分身が出現、青き閃光は一瞬で男の首を切断し、爆散させた。

 

 

『ハリケーンドラゴン!』

 

 

突風が男を切り刻む。細切れになった男は言うまでもなく爆散する。

 

 

『ランドドラゴン!』

 

 

地中からドリルで突き上がっていくランドドラゴン。

それは男の体を貫くと、簡単に爆散させて見せる。

 

 

「瑠姫! 大丈夫か!!」

 

 

岳葉は変身を解除すると、へたり込んで泣いている瑠姫へと駆け寄った。

可哀想に。顔を覆ってシクシクと泣き声を上げている。怖かっただろう。あれがきっと瑠姫に巣食っていた闇なのだ。

 

 

「もう大丈夫だぜ! 俺がぶっ飛ばしてやったから、もう大丈夫だ」

 

 

あれ?

待てよ。

 

 

「……ッ」

 

 

ふと、背後を振り返る岳葉。

遥か向こうで瑠姫とルミが手を繋いだまま停止している。これは瑠姫のアンダーワールド。そして瑠姫は向こうに確かにいる。

はて、では目の前にいるのは――。

 

 

「来てくれたんだね、岳葉くん!」

 

「―――」

 

 

呼吸が止まった。

顔を上げた瑠姫は確かに瑠姫であった。しかし目の部分が存在していない。変わりにあるのは二輪の薔薇。

 

 

「ゴガァァアアッッ!!」

 

 

背に衝撃が走る。焼けるような痛みだ。

振り返ると、岳葉の背に茨の蔓が刺さっているのが見える。

しまった、そうか、やられた。岳葉は叫び声をあげて目の前にいる瑠姫――、の、形をした化け物から後退していく。

そうか、そうなんだ、コイツこそが瑠姫の闇の集合体。

 

言うなれば、復讐や憎悪の集合体。

さらにそれがアマダムが与えた怪人の力と融合し、最強の『負』へと昇華された。

神の名をとり、彼女の名はカーリーとしよう。

 

カーリーは不意打ちの後、その真の姿を現す。

皮膚は闇のように真っ黒に染まり、美しい髪は刺々しい茨の蔓となる。

瞳は薔薇の花になっており、歯はサメのように鋭利に尖っていた。

魔女、とでも言おうか。そしてもっとも目につくのはその杖である。

 

見るだけで寒気がした。

その杖は間違いなく男の性器を模しているものだ。

長いそれは武器であり、彼女の苦痛や憎悪の象徴とも言えるものだった。

 

 

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

竜の咆哮が聞こえた。

ココはアンダーワールド。

岳葉がいかなるライダーに変身しようともあくまでもエンゲージ発動下と言う事になるのか、ウィザードラゴンは常に味方をしてくれるようだ。

しかしカーリーは早速とその杖を振るって攻撃を行った。突進してくるウィザードラゴンをいとも簡単に跳躍で交わすと、魔法を発動する。

 

それもまたおぞましく、見方によってはギャグともいえる狂気的なものだった。

ウィザードラゴンの周りに魔法陣が次々に出現したかと思うと、なんとそこから細く長い男性器が次々に伸びてきた。

そうペニス。それらは一勢にウィザードラゴンに突き刺さると、なんとその肉体を貫通してみせる。

 

悲鳴をあげ、体中から血液や魔力を放出しながらウィザードラゴンは墜落。そのまま動かなくなった。

死んではいないようだが、全身に穴が開いたのだ、瀕死である事には変わりなかった。

 

 

「ヒハハハハハ! ウエハハハハハハ!」

 

「グッ!」

 

 

そのままカーリーは前のめりで岳葉の下へ走る。

怖い。圧倒的な恐怖が岳葉の身を押しつぶそうと試みる。

しかし引けない、絶対に守らなければ、助けなければならないのだ。

岳葉はバイオライダーに変身すると、液状化で攻撃を仕掛けようと――。

 

 

「!?」

 

 

液状化が、できない!

しようと試みたとき、バイオライダーの背に薔薇の花が咲き、直後爆発。背を吹き飛ばさんとの痛みと衝撃が走った。

 

 

「がは――ッ!」

 

 

痛い。ヤバイ。ダメだ、次は防御力のあるロボライダーに――。

 

 

「がアアアア!!」

 

 

ロボライダーになる前に再び薔薇が咲き、爆発。

あまりの衝撃に岳葉の変身は解除され、地面に倒れた。

なんだ? 何が起こったんだ? 戸惑いの中で何とか働く防御機構。

なにもしなければ死ぬ、とりあえず何でもいいから変身しなければ、そう思ったとき、岳葉の体は龍騎になっていた。

一方で倒れている龍騎を見下すカーリー。ここまで来てくれた王子様のために、説明をしてあげることに。

 

 

「クロスオブファイアに種を埋め込んだの。たくさんたくさん埋め込んだの。あなたがフォームチェンジとか変な技を使ったときにお花が咲いて、それが爆発したらあなたは何もできないの」

 

 

早口で何の感情もこもっていない声だ。

カーリーはそのまま片手で龍騎の首を掴んで持ち上げると、茨の毛を伸ばして彼をがんじがらめに縛り上げる。

 

全身に突き刺さる茨の棘に龍騎は苦痛の声を漏らす。

そしてふと、カーリーは龍騎の左手を持ち、自分の顔の前に引き寄せる。

 

 

「指輪は幸せの象徴なの。でも瑠姫は幸せが怖いの、悲しいの、辛いの」

 

「お、おい! 何をして――ッ!」

 

「あーむっ!」

 

 

ボギュリュ!

そんな音がした。

 

 

「え?」

 

 

ゴギッ! ゴリュ! ガリッ!

耳を貫く租借音。龍騎は見た。自分の左手、その薬指が無くなっているのを。

 

 

「ギュぇァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

気づけば絶叫。悲鳴は自然に腹の中から搾り出された。

直後激痛。焼けるような感覚に、恐怖が重なる。指が無い。

指が食われた。そう、目の前ではカーリーが口をあけてグチャグチャ指を租借しているのが見える。

 

 

「お、俺の指ッ! ヒハッ! ぁあぁああぁあ! いでぇええぁああああ!!」

 

 

痛すぎて、怖すぎて、思わず笑みがこぼれた。

しかしパニック、そして恐怖、龍騎は仮面の奥で表情を醜く変えながらカーリーに懇願する。

 

 

「か、返して! 俺の指を返してくれよぉお! いがっ! ビガァアッ! い、いでぇえああああ!!」

 

「無理。食べちゃった。もっと食べる!」

 

「嫌だ! やめてくれ! 頼むッ、何でもするからッッ!!」

 

「じゃあココから出てって。消えて。いなくなって。もう姿を見せないで。関わらないで」

 

「わ、分かった! 俺はもう瑠姫には関わらない! だからもう痛いのはやめてくれ! 苦しいのはやめてくれ!!」

 

 

折れた。陥落。岳葉は瑠姫を見捨てる事をカーリーに誓った。

ほら、今も口にしている。

 

 

「キミは瑠姫の事なんてどうでもいいんだよね」

 

「あ、ああッ! もういい! もう嫌だ! 瑠姫と関わると俺の体が壊れる!!」

 

「瑠姫なんてほっとくんだよね?」

 

「そ、そうだよ! 無理だ、俺にはもう瑠姫は助けられない。自分に余裕があってこそだろ、人にやさしくできるのは」

 

「じゃあ言って、瑠姫なんて知らない、あんなクソ女死ねばいいって!」

 

「言う! 言うから俺は助けてくれ! 瑠姫なんて知らないんだ! あんなクソ女なんて、ひッ、ひはは! 死ねばいいんだよ!」

 

 

カーリーはそれを聞くと満足そうに微笑んだ。

そしてアンダーワールドから出て行くようにジェスチャーを取る。

一方の龍騎は地面を這い蹲りながらカーリーから逃げようと、前進していく。しかしふと、動きを止めて振り返った。

 

 

「い、い、今のは、う、うううう嘘だ」

 

「は?」

 

「は、ハハッ! びっくりしたか瑠姫。俺がそんな事言うわけないだろ。さあ、帰ろう。早く帰ろうぜ」

 

 

違う、カーリーは瑠姫ではないのだ。

カーリーは瑠姫の負の集合体。つまり絶望の化身。

そうか、そうだ、倒さなければならない敵なのだ。龍騎は立ち上がると、拳を構えてカーリーに突進していった。

 

刹那、龍騎の体が宙に舞う。

カーリーの裏拳が龍騎にヒットしたのだ。龍騎はきりもみ状に回転しながら地面に墜落、

そこへカーリーは馬乗りになって顔面を激しく殴りつけた。

 

 

「ごべぅ!」

 

 

龍騎から情けない声が漏れる。鉄仮面が叩き割れ、複眼も割れる。

 

 

「おしおきしよーっと」

 

「や、やめっ! う、嘘だよ。これが嘘! もう本当に帰るから許して!!」

 

「えーっと」

 

「お、おい! 聞けよ! おい、おいってッッ!!」

 

 

カーリーは龍騎の右手を掴みあげると、掌の一部にキスをした。

直後、牙をむき出しにし、掌の一部を噛み千切った。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

龍騎の――、岳葉の絶叫がアンダーワールドに響き渡る。

あまりの恐怖と苦痛で龍騎は子供の様に泣き出し、スーツの上からは分からないが、スーツの下で龍騎は失禁していた。

ジワリジワリ下腹部に広がっていく温かさと不快感。しかしそんな事はどうでも良かった。

むしろ考えられない。カーリーの拳が再び龍騎を捉えたのである。

 

 

「これからもっと絶望させてあげるからね」

 

「や、止めろ! やめてッ! お願いだから許して下さい!」

 

「嘘つきは嫌い」

 

「これは本当だ! 靴も舐める! 土下座もする! 瑠姫なんてもう放っておくから! 頼むから許してくれ!!」

 

「じゃあ瑠姫の悪口言って」

 

「る、瑠姫はクソだ! 死ね、シネシネシネッ! こ、これで許して下さい!!」

 

「ワンパターンでつまらない」

 

 

ペキョっと音がした。龍騎の指がおかしな方向に曲がっていた。

 

 

「イギャァアアアアァァァァアア! ヒィィイイッッ!! 助けてぇッ! 誰か助けてぇええぇええぇええッッ!!」

 

 

苦痛は、絶望は、まだ続いていく。

カーリーの笑みを見て、龍騎は究極の絶望を思い知った。

 

 

 

 

一方でコチラは隼世。

残念ながら彼もまた同じような状況である。

血まみれで地面に落ちた2号、体はボロボロになっており、クラッシャーからは血が漏れ出ている。

咳き込み、尚溢れる血液、ダメージが高いのか、変身は解除されて傷だらけの隼世が姿を見せた。

そしてその前には、余裕の笑みを浮かべて両手を広げるアマダムが。

 

 

「威勢だけだったな、所詮お前はその程度と言う事だ」

 

「黙れッ! まだ……、負けてない!」『ALTAIR・FORM』

 

 

ゼロノスに変身した隼世は大剣を構えて突進していく。

全力を刃に乗せ、上から下に思い切り振り下ろす。しかしアマダムはそれを避けるでもなく、なんと片手で受け止めて見せた。

掌に思い切り刃が食い込んでいるが、どうやらダメージは少ないようだ。

 

 

「まだ理解していないのかお前は!」

 

「ぐガッ!」

 

 

アマダムが力をこめると、ゼロガッシャーがゼロノスの腕からすっぽ抜け、アマダムのものに変わる。

そのまま自分の武器で切りつけられていくゼロノス、地面を転がり、体からは火花が噴出していく。

 

 

「今、お前の体を構成する鎧は全て私のクロスオブファイアが作り出したものにしかすぎない!」

 

「ゴハッッ!」

 

「そう、お前は私の劣化品だ! さらに言えば、ライダーの模造品でしかない!」

 

「グァアアアァッ!」

 

「以前、私はクソッタレなライダーどもに負けたが、あれはあいつ等があくまでも本物だったからに過ぎない!」

 

「ゴォオオッ!!」

 

 

鎧がバラバラになり、再び隼世は地面に叩きつけられる。

息ができない。臓器が異常をきたしている。先程から体が危険シグナルを発しているが、隼世はその全てを無視して立ち上がった。

無理やりに息を吸って肺に空気を送ると、メテオに変身し、そのまま必殺技を繰り出す。

 

 

「オォォォォォオッッ!!」『リミッッブレイッッ!!』

 

「一方で仮面ライダーでもない完全なるレプリカのお前が! この私に勝てるわけがあるかよ!!」

 

 

アマダムはメテオの足を裏拳で弾くと、必殺技を無効化する。

さらにステップを踏むとアマダムは超加速。クロックアップか、メテオはガタックに変身するとマスクドフォームの防御力で攻撃を受け止めようと試みる。

 

 

「さらに私はあの時、ライダーの数に負けたのだ! そもそもウィザードと一対一ならば絶対に負けていなかった!!」

 

 

アマダムはアクセルトライアルの様に連続蹴りをガタックの全身に打ち込む。

大丈夫、なんとか耐えられる。ガタックはうめき声を上げながらもカウンターを仕掛けるためにゼクターの角に手をかけた。

 

 

「キャストオフ!」『Cast Off』

 

「無駄だ!」

 

 

それは一瞬だった。

ガタックから装甲が離れた瞬間、それらは次々に爆発を起こしてガタックの爆煙の中へ飲み込んでいく。

ガタックの悲鳴とアマダムの笑い声。アマダムは鎧を蹴るさい、フォーゼのスタンパーと同じ力を使った。

蹴りを撃ちこんだ部分に魔法陣を張りつけ、それを任意で爆発させる。つまりあの蹴りの嵐は攻撃の意味もあるが、一番の狙いは魔法陣(スタンプ)を貼りつける事だったのだ。

 

 

「ガハァアッ! ぐあぁぁ……ッッ!!」

 

 

変身が解除され、隼世は呼吸を荒げる。

ゼヒュゼヒュと息が漏れ、焦点が定まらない。

ダメだ、気を抜けばすぐに気絶してしまいそうになる。そうなれば終わりだ。ダメだ、死ぬ。

 

意識が朦朧とする中、隼世はオーディンに変身、すぐに瞬間移動をおこなった。

さらにソードベントを発動。アマダムの背後に出現すると、存分に二刀流で切り裂いていく。

 

 

「うぉッ!?」

 

 

背後を振り返るアマダム。しかしそこにオーディンの姿は無い。

するとさらに剣が肩を切り裂いた。飛び散る火花、アマダムがうめき声をあげて真横を振りむくと、そこにオーディンの姿は無い。

 

 

「チッ! 忌々しい! 流石は最強ライダーの一角か!」

 

 

が、しかし。

 

 

「やはり、所詮はニセモノよ!!」

 

「!!」

 

 

アマダムの体から紫色の光が拡散する。

するとまるで世界がスローになったかの様な感覚に陥る。ゆっくりと出現していくオーディンの姿を、アマダムは笑いながら見ていた。

 

 

「私の重加速の中では、お前の瞬間移動も意味をなさない!」

 

 

飛び上がるアマダム、丁度瞬間移動を完了させたオーディンに向けて放つ必殺キック。

 

 

「アマダームッ、キィイック!」

 

「―――」

 

 

言い方はコミカルだが、威力は洒落になるものではない。

オーディンの鎧がバラバラに砕け、隼世は遥か後方へ吹き飛んでいった。そして倒れ、地面を滑る。

確信。確定。勝てない、勝てる訳がない。そうだ、はじめから分かっていた事だ。

 

元々アマダムのクロスオブファイアを貰っているのだ。

むこうとてライダーが反抗する事を考えていたはず。だから裏切られても問題の無い量しか与えていないのは当たり前なのだ。

実を言えば既にギルスやカリスなど、多くのライダーの力が打ち破られていた。

 

そして今も、切り札だと思っていたオーディンが簡単に負けた。

勝てない。勝てる訳がない。隼世は咳き込み、多くの血を流した。

 

 

「良い事を教えてやろう隼世。私はライダーのパワーを防御できる結界を張っている!」

 

「っ!」

 

「ライダーに倒された怪人達の魂を魔力とし、自身に纏わせているのだ」

 

「………」

 

「私はこれらの怪人の魂を通してライダーを研究した。つまりお前の力を全て、私は知り尽くしているのだよ!!」

 

「………」

 

「フハハハハ! 全てはクロスオブファイアの力! 私の力だ!!」

 

「――よ」

 

「あ?」

 

「怪人が喋りすぎるのはよくないよ。負けフラグだ……!」

 

 

体を起こし隼世はニヤリと笑みを浮かべる。

しかし顔は青ざめ、全身には傷、そして血が白いシャツを真っ赤に染めていた。

あまりの強がりは愚かさを生み出す。アマダムは呆れた様に首を振り、ため息を漏らした。

 

 

「惜しいな。本当に惜しい。お前はもう少し利口かと思っていたが……」

 

「買いかぶり過ぎさ。利口なら――、あぁ、ましてや正常な思考ならココには来ない」

 

「その通りだ。そこまで分かっているならどうだ、再び仲間になれ。お前ならすぐに幹部にしてやろう」

 

「フフッ、お決まりの台詞だ。教科書どおりだよアマダム」

 

「なに……?」

 

「キミは何故僕がココに来たのか、それが分かっていないんだね」

 

「では聞こう。何故死ぬと分かってココにきた、市原隼世」

 

 

決まっているだろう?

そう口にした隼世の服が変わっていた。

思わず息を呑むアマダム。まさに一瞬で隼世の体にはバトルスーツの様なものが。

 

 

「勝つためさ」

 

 

そして仮面を被る。そしてクラッシャーをたたき上げるようにして装着。

隼世が変身を完了させたのは、仮面ライダー2号に似ているライダーであった。

 

 

「ッ、それは!」

 

「アマダム! キミはライダーの力を倒された怪人のデータから分析したと言う!」

 

 

つまりライダーが倒した怪人が多ければ多いほど詳細なデータから、より高度な防御結界が張れるだろうと睨んだ。

それは個なのか、全なのかは分からない。おそらくは『全』だろう。つまりライダーの種類は個別ではなく、作品によって統合される。

そう言われてみれば2号では歯が立たなかったのも頷ける。

 

 

「では、これはどうかな!」

 

「何ッ!」

 

「お見せしよう!」

 

 

跳躍。

一瞬でアマダムの眼前に距離が詰まる。

当然だ、変わったのはバッタの改造人間なのだから。そして風を切り裂く蹴りがアマダムの脳を揺らす。

 

後退していく敵を睨みつけながら隼世は着地。

そして体制を低くするとローキックで足払いを狙う。

面白いのは隼世は通常ならば不可能な動きで蹴りを繰り出している。今はまるで自身が駒になったかのように高速で回転しているではないか。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

アマダムのバランスが崩れ地面に倒れる。

しかし倒れた場所は地面ではなく隼世の脚の上。咄嗟に脚を伸ばした隼世は、自身の脚でアマダムを受け止めたのだ。

そして蹴るようにしてアマダムを浮かすと、その真下にもぐりこみ、両足蹴りで空に打ち上げた。

 

 

「ォオオオオ!!」

 

 

そして自身も腕をバネにして空に跳ね上がると、足を伸ばしながら高速回転。まるでドリルの様にしてアマダムの背を削る。

抉り込む足。そして散っていく火花。アマダムが苦痛にもだえる声が聞こえた。

着地する隼世と墜落するアマダム。信じられないと地面を殴りつけ、怒りの咆哮を上げる。

 

 

「クソッ! そのライダーは!!」

 

「仮面ライダー、ホッパー2」

 

 

隼世がアマダムの対策に選んだのはマイナーなライダーをぶつける事であった。

ライダーを対策するバリアが怪人達の魂で構成されているのなら、その数が少ないほうが有利なのではないかと。

 

 

「ファースト、ネクストシリーズはオールライダーの映画やゲームに一度も出ていないからね……、キミもデータが足りなかったんじゃないかな――ッ!」

 

「グッ!」

 

「しかし彼らも確かにライダー。クロスオブファイアを持つ者にはかわりないッ!」

 

 

再び跳躍でアマダムの背に回るホッパー2。力の2号とは違う、技の2号だ。

激しい蹴りと変則的な動きでアマダムを翻弄し、蹴りは肩を打ち、わき腹を捉える。

ペースが飲まれている。それを察したアマダムは一旦バックステップで大きく距離をとった。

 

 

「なるほど、馬鹿な人間にしては考えている……!」

 

 

煙を上げるわき腹を押さえたアマダム。

いけるか? 一瞬、ホッパー2の脳裏に浮かんだ希望。しかし残念ながらそれはすぐに絶望に変わる。

確かに狙いは良かった。思ったとおり攻撃はアマダムに通用し、それは大きな脅威にはなっただろう。しかしそれはゴールではない、スタートなのだ。

 

 

「打ち負かせるか? そのライダーだけで、お前が知っている全てを」

 

「!!」

 

 

前方で話していたアマダムの声が突如後ろから聞こえた。

ホッパー2が振り返ると、そこにはアマダムのアッパーが。

 

 

「ガハッ!!」

 

 

空へ打ち上げられるホッパー2、そこへさらにアマダムのアームハンマーが待っていた。

地面に叩き落される中、さらにアマダムの脚が伸びてくる。

そう、アマダムが使ったのはオーディンの瞬間移動である。

 

 

「分かるな! 紛れも無くクロスオブファイアが生み出したライダーの力だ!」

 

「黙れッッ!!」

 

 

ホッパー2はすぐに立ち上がり、目の前に迫るアマダムへハイキックを繰り出した。

 

 

「!?」

 

 

しかし脚は僅かに抵抗感を感じただけでアマダムの体をすり抜けた。

これは一体――? しかし隼世だからこそ、その答えは一瞬で導き出される。

アマダムが今使ったのは紛れもない、バイオライダーやシャウタコンボ、ウィザードウォーターが使う液状化ではないか。

 

 

「力は全てだ。そこに正義や悪などと言う曖昧な幻想は存在しない」

 

「グァあぁあぁあああぁああぁッッ!!」

 

 

アマダムはホッパー2の首を掴むと、激しいスパークを発生させる。

ストロンガーやブレイドが使う電撃がホッパー2の体中を駆け巡る。

アマダムはそのままホッパー2を投げ飛ばすと、激しいエネルギー弾をそこへ打ち込んでいった。

 

 

「夢を見るな。現実を直視しろ。幻想の中では、前を歩くことも出来ない」

 

「―――」

 

 

爆煙の中から隼世が姿を見せる。

そう、変身が解除され、へたり込んでいた。脳が揺れて自分が今立っているのか倒れているのか座っているのかも分からない。

吐き気を感じ、隼世は嘔吐した。しかし口からでたのは赤黒い血液である。

崩れ落ちる隼世。出血が酷い。体中の至る所から血が流れ、一部の臓器が正常に機能していない感覚がする。

ダメだ、もう、手が無い。隼世はもう眼を閉じているのか、前を見ているのかも分からなかった。

 

 

(すまない。岳葉、ルミ――、瑠姫さん……)

 

 

やはり、ダメだった。

しかしそれでも、今、死ぬまでの僅かな時間、きっと一秒だけでも自分はライダーになれたのだと信じたい。

 

 

「終わりだ、消えろ、市原隼世」

 

 

アマダムは止めを刺すべく、右手にエネルギーを纏わせて隼世の頭を砕こうと――

 

 

「どッッけどけどけぇえぇえええいッッ!!」

 

「!」

 

 

声が聞こえた。爆音も耳に入る。

現れたその機械、アマダムには見覚えがあった。

 

 

「カイザが乗るバイク、サイドバッシャーか!」

 

 

それがバトルモードとなりアマダムに突っ込んでくるではないか。

新たなる敵か!? そう思いアマダムはサイドバッシャーの軌道からずれる様に横へ跳んだ。

しかしサイドバッシャーは急旋回、アマダムをピッタリ追いかけると、大きなアームを払い、アマダムを弾き飛ばす。

 

 

「ぶち抜く!!」

 

 

さらにサイドバッシャーはミサイルを発射。

無数の爆炎がアマダムの姿を隠す。そしてサイドバッシャーに乗っていたルミは飛び降りると、隼世の前に駆寄り、その体を抱き起こす。

 

 

「ルミ……! どうしてッ」

 

「へへん、どんなもんだい。うまいでしょ? サイドバッシャーの操縦方法ちゃんと勉強したの。中卒でもできましたぜ!」

 

「そういう事じゃなくて――」

 

 

言葉が止まる。もう喋る気力も出ない。

そうするとルミは悪戯な笑みを浮かべ隼世の唇にキスを落とした。

 

 

「――ッ!?」

 

「王子様のキスで目覚めるの。ね? イッチー」

 

 

ぐっと、ルミは隼世を抱き寄せる。

 

 

「まだ終わってないよね、だって貴方は、仮面ライダーでしょ?」

 

「……た」

 

「え?」

 

「僕は――……なれなかった、たぶんきっと、なりたかった。なれたのかもしれないけど、やっぱり、うん、なれなかったんだ」

 

 

未練も後悔も、無くならない。

考えれば考えるほどに分からなくなる。

戦う意味、生きてきた意味、価値、そしてなして来た事。あれをすれば、これをすれば、もうたくさんだ。

 

 

「馬鹿」

 

「え……?」

 

「なに言ってんのさイッチー」

 

 

ルミは、あたり前の様に言う。

 

 

「イッチーはもう、仮面ライダーでしょ?」

 

「!!」

 

 

隼世の目が大きく見開かれた。

そしてそれは一瞬の判断だった。隼世はカリスに変身すると、リカバーキャメルを発動。

使用者の体力を回復させるカードを使い、隼世は傷を治療する。

そうだ、こんなカードがあったのだ。忘れていた。冷静になれば思い出せるのに。

いや、いや、違うのか。これはきっとまだ終わりたくないという願いからか。

 

 

「ルミ、今の言葉は本当なのかい?」

 

「当然っしょ。イッチーは、アタシの仮面ライダーだよ」

 

 

つまり、市原隼世は仮面ライダーだったのだ。

 

そう言う事である。

 

 

「―――」

 

 

カリスの変身を解除した隼世はただジッとルミを見ていた。

しかしそこで殺気。ルミの前に煙を上げたアマダムが転移してくる。

爆煙の中で瞬間移動を使ったのだろう。当然自身に纏わせている魔力の結果によりダメージは最小限に抑えているが、不意打ちで機嫌を悪くしているようだ。

 

 

「ゴミが。今すぐに消えろ!!」

 

 

アマダムはその爪を思い切り突き出した。狙うはルミの喉。

だが違和感、そして止まる腕。見れば隼世がアマダムの腕をしっかりと掴んでいた。

 

 

「なにッ!」

 

 

腕が一瞬でホッパー2に変わる。

仮面を付けている暇は無かった。隼世はそのままアマダムを思い切り殴りつける。

頬に抉り込む拳、アマダムは悲鳴を上げて後退していく。

そしてゆっくりと隼世はその後を追った。

 

 

「チリになれぇえ!!」

 

 

アマダムはエネルギー弾を発射。それは隼世の肩に直撃すると小規模の爆発を起こした。

しかし、隼世は少しだけ目を細めただけで足を止めない。ゆっくりと、ただゆっくりと前進していく。

 

 

「なにっ! ならばもう一発!!」

 

 

再び光弾が隼世のわき腹に直撃した。

 

 

「ハハッ! 命中だぁ!」

 

「………」

 

「!?」

 

 

隼世は、止まらなかった。

いくらリカバーによる回復があったとて、あれだけのダメージを受けていたのだから普通ならばまともに歩く事すら難しいはず。

ましてやアマダムが魔力を込めたエネルギー弾を真正面から受けているのに……。

 

 

「な、何故だ!!」

 

 

光弾の着弾により、隼世の体からは出血が見られる。

そう、彼は確かにダメージを受けているのだ。身が引き裂かれそうな苦痛を味わっているのだ。

にも関わらず隼世は倒れなかった。ただジッと、一直線にアマダムを睨みつけて前進していくのみ。

 

 

「なぜ倒れない! 何をした!」

 

 

明らかに先程までとは比べ物にならない雰囲気を放つ隼世に、アマダムははじめて『恐れ』の感情を抱く。

無理もない、そして強烈な不快感。これはデジャブか。

そうか、そうなのか、アマダムの肩に、背に、確かにつめたい物が駆けた。あの日、あの時、最後に感じた『終わり』と同じだ。

 

 

「来るなッ! 来るな来るな来るなァア!」

 

「………」

 

 

隼世は歩いた。フラッシュバックしていく光景は走馬灯なのか、それとも……。

思う。屑、人、価値、正義。つまらない事で怒られ、下らない事で苦しみ、けれども人はそれを理解してくれない。不快感を撒き散らし続ける。

ある日、ある時、スーパーの店員に不快な暴言を投げている老人を見た。

ある時、無礼で不快なレストランの店員を見た。

ある日、ある時、家族連れが乗った車を煽っている車を見た。

 

人は、屑。

 

不快感ばかりを撒き散らし、他者を思おうとしない。

僕がこんなに頑張っているのに、少しでも世界を良くしようと優しくしているのに、みんな勝手に生きて人を苦しめて。

 

正義ってなんだ。

 

仮面ライダーの映画を見に行ったときに煩く騒ぐ子供達。

いいんだ、キミ達はいいんだきっと。たぶんでも親はそれを注意しないとダメなんじゃないのか。

いや、僕らが耐えれば貴重な親子の時間を満喫させてあげ――。そうだ、それが正義だ。

いや、でも周りの人間もいるわけで、度が過ぎた叫び声や物音は集中力を欠き、ましてやマナートモアレバ――、耐エル事ガ、セイギ、モクニンスルコトガセイギ。

 

ああ、ああ、間違っているのか。

僕は馬鹿なのか。苦しい、怖い、助けて、誰か。

これは一つだけじゃない。世界にはコレが、沢山あって、怖いんだ。

 

世界を前に、僕はどうすれば良かったんだ。

怒りの呪詛を編むべきだったのか。それとも路傍の石ころになって全てを黙認していれば良かったのか。

黙って苦しみ、迷い続ければ僕は人になれたのか、何かになれるのか。

ああ、分からない。分からない。誰か――、誰か。

 

 

こんなに頑張っているのに、どうして僕を誰も褒めてくれないんだ。

 

 

『イッチーは、アタシの――』

 

「なぜ倒れないか? 決まっているだろ、アマダム」

 

 

見えるか? 見えないよな、仮面を被っているもんな。

良かった。男の涙を敵に見られる事ほど、惨めなものはない。

 

 

「わ、私に近づくんじゃねぇえええええッッ!!」

 

 

むき出しになった隼世の顔面には大量の血が流れていた。大量の傷があった。

そしてその目からは、熱い涙が流れていた。

 

 

「それは僕が、仮面ライダーだからだ」

 

 

ありがとう。ルミ。ありがとう、本当に。

 

 

「はぁあ!? 違う! お前はライダーではない!」

 

「いや、僕は仮面ライダーだ」

 

「違うッて言ってんだろォオ!」

 

 

一発、二発、光弾がホッパーの鎧を消し剥がす。

飛び散る破片が地に落ちる中、血まみれの隼世は確かに地面に立っていた。

倒れない、倒れるわけが無い、倒れてはいけない。

 

少なくとも、そういう姿を見てきたからだ。

立ち向かう事から逃げてはいけない、苦しくとも辛くとも、その先にある、かけがえの無い物を守るために戦い続ける。

足は震えるが立ち止まってはいけない、踏ん張ることは逃げでもなければ直視しないことでもない、前に進もうとする意思を示すことなのだ。

たとえその先に死が待っているとしても、後ろには絶対に傷つけてはいけない人がいるかぎり、隼世は前に進み続ける。

ありがとう、ルミ。キミが教えてくれたんだ。

 

 

「僕は、仮面ライダーに……」

 

「何がライダーだ! 貴様は私のクロスオブファイアを与えられたレプリカもレプリカ! 偉そうに吼えるな!!」

 

「………」

 

「怖いだろ! 震えてるだろ! 恐怖してるだろ! 涙してるだろ! それでも前に進むのはネジが外れただけだ、脳がぶっ壊れただけだ。決意とか覚悟とかカッコいい雰囲気出してるんじゃねぇえよォおっ!」

 

「確かに怖い。怖くて怖くて堪らない。だが、それでも僕は進む」

 

「あぁ!?」

 

「だから、僕は――ッ! 仮面ライダーになれたんだ!!」

 

 

仮面ライダー=市原隼世は改造人間である。

彼を改造したショッカーは、世界征服を企む悪の秘密結社である。

仮面ライダーは人間の自由のために、ショッカーと闘うのだ!

 

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! だったらそのまま死ね!!」

 

 

地面を蹴って飛び上がるアマダム。

必殺キックを隼世に向けて放ち、全てを終わらせる一手を繰り出した。

 

当然、それを受ければ隼世は死ぬ。

そもそもライダーの力に抗体があり、クロスオブファイアを内蔵しているアマダムには勝てる訳がなかった。

隼世は死んだ。そしてコチラも。

 

 

「ねえ岳葉くぅん。ごめんなさいは?」

 

「ご――……ごべんにゃぶぁい」

 

 

まもなく死ぬ。

 

 

「よく言えましたッ!」

 

「びぼっ!」

 

 

見るも無残な姿であった。龍騎の顔面は粉々に崩壊しており、岳葉の顔がむき出しになっている。

しかしそれを岳葉と判断する事は難しい。なぜならば今現在、岳葉の顔はカーリーによってボコボコにされ、別人のように変わり果てていたからだ。

顔面は変形し、唇は腫れあがり、髪に関しては一部が毟られる様に消失していた。

 

今も殴られた。

口内に違和感を感じ、岳葉は舌で歯をなぞる。するとバラバラと歯が歯茎から分離し、はがれていく。

幸いなのは傷みを感じない事だ。既に体のいたる所が機能を停止しているようで、痛覚もとっくに消えている。

 

 

「じゃあさっさと消えろ。帰りなよゴミ屑」

 

 

カーリーが岳葉の胴体を蹴る。

転がり脳が揺れると不快感、うつぶせになった岳葉はそのまま胃の中の物をぶちまけていく。

 

 

「お゛ぇえッ! ぼがぁッ! ゲェエ!!」

 

 

血液が混じった吐しゃ物の上をハイハイで移動する岳葉。

なんとまあ、惨めな姿か。しかし岳葉がハイハイで移動する先は、アンダーワールドの出口ではなく、カーリーの前だった。

 

 

「は?」

 

「まっへほ、ふひ」『待ってろ、瑠姫』

 

「おい」

 

「ひば、こいふを、たおしゅからな……」『今、コイツを倒すからな』

 

「あぁぁあぁッ! ウッゼェエエエッッ!!」

 

 

ペニス型の杖を思い切り岳葉の背に叩きつけ、強制的にダウンさせる。

顔は生身の岳葉だが、まだ体は龍騎の鎧を纏っているため、岳葉のダメージは少ない。

しかしこれよりカーリーによる逆鱗の攻撃が始まる。

そう、これを彼は繰り返していた。

 

 

「しつけぇえなッ! テメェは本当にヨォォ!!」

 

「ごば! べば! ぼべぼばッッ!!」

 

 

杖で殴られ、岳葉の心は簡単に折れる。

 

 

「ごめんなざいッ! ぼうじないがら! ゆるじでッッ!!」

 

 

懇願する。

許して欲しい。なんでもする。靴も舐める。裸になって三周回ってワンともいえる。

母親を殺せと言われればそうする。瑠姫を諦めろと言われたらそうする。

アマダムの駒になれと言われたら喜んでなる。次々にそんな言葉を口にしていく。

 

おお、なんて情けない男であろうか。

あれだけ瑠姫を救う、瑠姫を守るといっていたのに、今はもう瑠姫の人格を否定し始めた。

全ては自らが助かるためにだ。瑠姫は酷い人間だ、生きている価値がないから犯され、性欲を発散させる道具にでもならなければならないと。

 

お前は、屑だ、岳葉。

それだけは言ってはいけないのに、お前は保身の為に守るべき人を否定して、本当になんて愚かな。

結局と岳葉は全身を杖で滅多打ちにされ、その後解放された。

 

 

「さあ、お帰りはあちらです」

 

 

魔法陣を指し示すカーリー。あそこに入れば岳葉は元の世界に帰り、解放されるのだ。

おお、カーリーはなんと慈悲深いのだろうか。彼女は岳葉を簡単に殺す事ができる。

しかれども慈悲を与え、命を助けようというのだ。

ありがたい。さあ受け入れなさい本間岳葉。そして感謝しなさい。カーリーに。

 

 

「………」

 

 

岳葉は生まれたての小鹿の様に体を震わせながら、長時間をかけて立ち上がった。

そして、踵を向ける。さあ帰りなさい。ほら早く。

 

 

「さっきぇのごとば、全ブッ、嘘だ……!」『さっきの言葉、全部嘘だ』

 

「は?」

 

 

もう一度踵を返し、岳葉はその勢いを拳に乗せてカーリーの頬を殴った。

ありえるか? もう一度言う、岳葉はカーリーを殴ったのだ。助けてくれると言った優しい優しいカーリー様を殴ったのだ!

なんて――ッ、罰当たりな!!

 

 

「アアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

カーリーは、キレる。

岳葉を押し倒し、腹部に蹴りを入れる。

 

 

「ごッ!!」

 

「お前はさっきからぁああ!!」

 

 

そう、そうだ、岳葉は先程からずっとこうだった。

攻撃をされている時は必死に助けを求める。どんな事をしても助かろうと惨めな姿を晒してみせる。

しかしいざ許しがでると、簡単に掌を返してカーリーを攻撃するのだ、この屑は。

カーリーは怒り狂った。そして嘘つきにバツを与える。

岳葉をうつ伏せにすると、尻の部分に杖を押し当てる。

 

 

「お、おひっ!」

 

「おしおき。瑠姫ちゃんと同じ目に合ってみようか……!」

 

「おい! うそだぼ!? やべっ! うあべろぉおおおぉぉぉぉお!」

 

 

人間には『穴』がある。

カーリーは岳葉の穴に杖先を押し当て、深く、深く、押し込むように杖を突く。

 

 

「オラァアァアッ!」

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

岳葉は白目を剥いて絶叫。

しかし幸いだったのは龍騎の(スーツ)があった事だ。

尻の部分であろうとも等しく防御力は発揮され、杖がスーツを貫通する事はない。

 

 

「ちぇ、つまんない」

 

「―――」

 

 

しかし終わりではない。

岳葉は先程腹部に衝撃を貰っていた。そして今は尻に衝撃。

筋肉もまた一部は活動を止めている。先程と嘔吐したとは言え、体の中にはまだ存在しているものがあた。

分かるだろうか? 答えは、岳葉から発せられる音が証明していた。

 

 

ブチッ! バッチ! ボリュリュリュリュリュ! バリュッ! ブリュッ!

 

 

「ひゃは……!」

 

「―――」

 

「ヒャハハハハハハハハハハ!! こ、コイツ! う、ウンコ漏らしやがった!!」

 

 

ああ、なんて事だ。

これほど間抜けで格好悪い話があるだろうか。

意気揚々と敵陣に乗り込み、大切な少女を守り、救うはずだった白馬の王子は歯が抜け、顔は変形し。

 

いやいや、それだけじゃあない。

髪は引き剥がされてハゲになり、スーツの下じゃ失禁、先程は嘔吐し。

そして遂に今、倒さなければならない敵の前で、救わなければならない少女の精神世界で、事もあろうに脱糞したのだ。

 

お下劣極まりない。なんて下品な男。

ご存知だろうか? 皆様もきっと経験はあるだろうが、高校生くらいまでは便を行う行為は極端に『恥』とされ、まるで罪人の様に扱われた。

もしもトイレで大をしているのがバレれば、ましてや今のように漏らすなどと言う事があれば批難や嘲笑からは逃げられない。

そしてこんなあだ名をつけられるのだろう。

 

 

『ウンコマン』

 

 

――と。

ああ、なんて屑、なんて恥さらし。

お前のような醜い男がかつて存在していただろうか。

なにもなせず、誰も救えず、ここまでの醜態を晒した人間の屑が存在していいのだろうか。

いけないに決まっている。そもそも申し訳ないと思わないのか。今現在お前が使っている龍騎に、真司に、そしてなにより。

仮面ライダーに。

 

 

「ギャハハハ! ヒャーッハハハ! ああ、最高! マジ笑えた」

 

 

岳葉、お前は人として下の下だ。

あまりにも滑稽なその姿をカーリーは存分に笑い、気分を良くしたのか全てを許すようだ。

 

 

「許してあげる」

 

「――ィ」

 

「お礼は」

 

「あ、ありがとうごびゃいまふ……!」

 

「土下座は?」

 

 

岳葉は言われるがままにカーリーに土下座をし、ありったけの感謝を述べる。

カーリーはそのまま踵を返すと岳葉から去ろうと歩き出す。

 

 

「………」

 

 

抵抗を感じた。

カーリーが下を見ると、岳葉が足を掴んでいた。

 

 

「………」

 

 

岳葉の目から一筋、涙が零れる。

なぜだろう? フラッシュバックしていく記憶。

ああ、きっとコレは走馬灯と言うヤツなのか。幼いとき、いつか、入院中の父親と話をした事がある。

少し、いつもとは違う雰囲気で――。きっと父はまもなく病に自分が殺される事を理解していたのだろう。

だからせめて、しっかりと自我を持って話せるときに言いたい事を言っておきたかったのだ。

 

 

『岳葉、両親(おかあさん)を守りなさい』

 

 

無理だ。結局ニートになって泣かせてるぜ。

 

 

『人が嫌がる事をするのは止めなさい』

 

 

無理に決まってるだろ。生きるって事は誰かを蹴落とす事なんだ。

 

 

『誰とでも仲良くなりなさい。悪いところじゃなく、良いところを探せば、きっと大丈夫』

 

 

無理でした。友達いません。

 

 

『人として恥ずかしい事、格好悪い事はしちゃダメだ』

 

 

ウンコ漏らしました。女の子襲いました。人を殺しました。

 

 

『正しい事をしなさい』

 

 

って、なんだ?

クソの約にも立たない事を父は満足げに語っていた。

無理だ、無理に決まっている。幼い岳葉でも理解できた。

でも、あの時、幼い岳葉は首を縦に振った。

 

 

『お父さんとの約束だ』

 

『うん、約束』

 

 

守れなかったな。

守れなかったよ。

守りたかったよ。

守ったほうが、良かったんだろ?

岳葉はボロボロと涙を零していた。

 

 

『あぁ、あと最後に二つ』

 

『?』

 

『まず、今の岳葉じゃ分からないと思うけど、きっといつか、好きな女の人ができる』

 

 

それはお母さんじゃないし、お母さんよりも好きになる人だ。

あぁ、もしかしたら男の人かもしれない。

まあいろいろあると思うが、お父さんはお前が好きになった人ならなんでもいいや。でもまあ、たぶん女の人だ。

 

 

『友達の好きじゃないぞ。もっと好きな人だ』

 

『うん』

 

『その人を絶対に守りなさい。絶対に悲しませるな。絶対に――、愛し抜きなさい』

 

『どうして?』

 

『いつか、きっと、分かる』

 

 

そして、最後に一つ。

 

 

『岳葉、これからお前の人生にはきっと沢山辛い事や大変な事がある』

 

 

それを踏まえ、一言。

 

 

『生きなさい』

 

 

辛くても、悲しくても、惨めでも、哀れでも、愚かでも。

きっと、生きていれば幸せになれる。幸せになれないかもしれないけど、少なくとも生きていれば可能性はある。

 

 

『そしてその時は、絶対に愛した人と一緒にいなさい』

 

 

そうすれば、きっと。

 

 

『お前は、世界で一番強いヒーローになれるぞ』

 

「………」

 

 

岳葉は掴んでいた。しっかりと、確かに、カーリーの足を掴んでいたのだ。

なぜか? 決まっている。逃がさないためだ。殺すためだ。カーリーをぶっ倒して瑠姫の苦しみを終わらせることだ。

たとえ苦しんでも、痛めつけられても、心を何度折られようとも、どれだけ惨めで情けなくて格好悪い姿を見せようとも岳葉はこの足を掴み続けるだろう。

なぜだろう? 決まっている。決まっているのだ。

 

 

「あいひで……ッ、いるんだ」『愛しているんだ』

 

「あぁああ?」

 

「瑠姫を――ッッ!!」

 

 

岳葉は涙を流しながらカーリーを睨んだ。

怖い、震える。だが奮えなければならないんだろう!

 

 

「そんなに死にてぇのか、お前ぇえ」

 

「生きたいさ――、でもッッ!!」

 

 

瑠姫の笑顔が、そこにはあった。

 

 

「たった一人も守れないで――ッ! 生きていく甲斐がないッッ!!」

 

「あぁそう! だったらマジで死ねよッッ!!」

 

 

カーリーが杖を振るうと岳葉の周囲に魔法陣が出現する。

それはウィザードラゴンを瀕死に追いやったあのおぞましい攻撃と同じである。

そう、これより本間岳葉は無数の性器に貫かれ、絶命するのだ。

 

 

「全身を犯してやるよ岳葉! 頭蓋骨も心臓も、全部私のチ●ポで貫いてやるからなぁ! ひゃはははは!!」

 

 

岳葉はそれでも手を離さなかった。

だがダメだ、もう終わりなのか。もうどうしようもないのか。

 

嫌だ、そんなのは嫌なんだ――ッ! このまま終われば、瑠姫は、自分は。

いやッ、違う。岳葉は切に願う。頼む。思う。俺はどうなってもいい。俺はこのまま終わっても良い。

それでも、それでも――ッ、瑠姫だけは助けてやってくれ。瑠姫だけは救ってやってくれ。

もういいだろ、瑠姫はもう良いじゃないか。これ以上苦しむ意味がない、辛い目に合わなくてもいいんだ。

 

俺はいいから。たとえ死んでも――、いいんだ。

でもこのままは嫌なんだ。せめて瑠姫を救い、守り、助け、それで――

 

 

「頼むッ! だずげでッッ!!」

 

「ヤダよバァアアカッ! 絶望して死ねッッ!!」

 

 

違う。テメェになんて言ってねぇ!

俺が求めるのは――、ただ一つ。『お前』にだ。

 

 

「だずげでぐれよッッ! 仮面ライダー!!」

 

 

いつか、誰かがこう言った。

 

 

【ライダーは、いつも君たちのそばにいる】

 

 

「!」

 

 

【何があっても君たちと一緒だ】

 

 

「なんだ! なんだよコレ!!」

 

 

【生きて】

 

 

「なんだこの炎は!! わ、私の魔法陣がかき消されッ!?」

 

 

【生きて】

 

 

「あ、熱いッ! あづいッッ!! あぁっ! あぁああ!!」

 

 

【生き抜け】

 

 

『サバイブ』

 

 

【ライダーは君たちとともにいる】

 

 

歯が抜け落ちようが、髪が剥がれようが、顔がボコボコだろうが関係ない。

尿を漏らそうが、便を漏らそうが、嘔吐しようが関係ない。

悲しもうが、苦しもうが、泣きじゃくろうとも関係は無い。

全て――、この仮面が隠してくれるから。

 

 

「な、なにが起こった!!」

 

 

カーリーは燃え盛る炎を見ていた。

そしてその中央には、確かに、二本の脚で立っている龍騎サバイブが見えた。

 

 

「ぐあぁぁあぁああぁッッ!!」

 

 

アマダムの体から虹色の血が噴出していく。

否、これは血ではなく魂の炎。紛れも無くクロスオブファイアであった。

ダメージの量で排出量が決まるのか、漏れでたのは一部でしかない。

しかし確かに、クロスオブファイアの『カード』と言う部分がごっそりと外に漏れ、それは隼世と、倒れている瑠姫の中へ吸い込まれていった。

 

 

「ば、馬鹿な!! 何故私がッッ!!」

 

 

信じられないとアマダムは、目の前にいる隼世を睨んだ。

 

 

「お前はライダーをデータ化し、僕らに移植した」

 

 

しかしそこに穴があった。

 

 

「お前がにわかで助かった。お前はたった一人、ライダーじゃない者をライダーとして僕らに移植していたんだ。だからバリアを容易に貫く事ができた」

 

 

その通りだ。アマダムキックをエネルギー波で防ぎ、直後真紅のサーベルでアマダムの肉体を深く傷つけ、クロスオブファイアを引きずり出した。

しかしアマダムが彼をライダーと認識するのも無理はない。なぜならば彼は限りなくライダーに近いクロスオブファイアを持っているだろうから。

 

 

「それに、時に彼はライダーと表記される事もあるからね」

 

「意味分かんねぇ事をゴチャゴチャとォオ!」

 

 

走り出すアマダム。一方で隼世は飛び上がり、両足を突き出す。

 

 

「シャドーキックッ!!」

 

「ぐあぁああ!!」

 

 

そう、隼世が変身したのは、変身できたのはシャドームーン。

人は時にシャドームーンをライダーと呼び、時にライダーではないと言う者もいる。

真相は隼世にも分からない。しかしそれは世界も同じなのか、シャドームーンの力はアマダムの対ライダーバリアを打ち破る力を見せたのだ。

さらに緑色のエネルギー波には液状化を防ぐ力もあるらしい。おかげでアマダムに不意を撃つチャンスをくれた。

 

 

「そしてお前から消えた力はカード!」『サバイブ』

 

 

隼世はナイトサバイブに変身。

怯んでいるアマダムに一瞬で距離を詰めると、ダークバイザーツバイを存分に振るった。

青い閃光がアマダムの身を切り裂き、激しい火花を散らす。反撃にと伸びた腕を切り払い、ナイトは思い切り剣を突き出す。

 

 

「ぐぉおッッ!!」

 

 

ヤバイ! アマダムは地面を転がりながら本当の恐怖を覚える。

 

 

「な、なぜだ! なんであのナリでシャドームーンはライダーじゃないんだよ!!」

 

「僕にも――ッ! 分からない!!」

 

「なんだよソレはぁああ!!」

 

『ブラストベント』

 

「うあああああああ!!」

 

 

空中に巻きあがるアマダム。

ナイトは背後を振り向き、倒れている瑠姫を見つめた。

 

 

(まだ終わってないよな、岳葉!)

 

 

そう、終わってなどいない。

龍騎サバイブは炎の中でカーリーを睨みつけている。

カードのクロスオブファイアが完全に体内に宿った事で最強フォームへの変身が可能となったのだ。

メタリックレッドと金色の装飾に身を包む龍騎。仮面も復活しており、カーリーは思わず一歩後ろに下がった。

 

埋め込んだ種は機能し、花は咲いた。しかし焼き千切れた。

これが、サバイブの――、『生き残る』力なのか。

 

しかしすぐに殺意に表情をゆがめると、杖を振るい龍騎の周囲に魔法陣を展開してみせる。

カーリーは瑠姫の絶望、負の集合体、こんな所で死ぬわけにはいかない。永遠に瑠姫を狂わせ、苦しめる事が使命なのだから。

 

 

『ソードベント』

 

 

しかし一瞬だった。龍騎がツバイを振るうと、炎を纏った刃が出現した性器達を全て切り裂く。

バーニングセイバー、燃え盛る剣を構え、龍騎は再びカーリーを睨む。

 

 

『ストレンジベント』

 

 

思い出してくれ。隣にいたのは、俺なんだ。

キミの隣にいて、一緒に笑ったのは俺なんだ。

 

 

『ユナイトベント』

 

 

かけっこで一番になれなかった。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

テストで一番になれなかった。

 

 

(ドラグランザー)と、(ウィザードラゴン)よ!! 一つに交じり合え!!」

 

 

喧嘩で一番になれなかった。

 

 

「完成! 魔炎竜王ウィザードランザー!!」

 

 

なにもかも下から数えた方が早かった。

 

 

「覚悟しろ、カーリー!!」『ファイナルベント』

 

「ひ、ひっぃいッッ!」

 

 

それでいいと割り切っていた。

 

 

「フッ! ハァアアアア……!!」

 

 

でも、キミを守る事だけは誰にも負けたくない。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ぎゅあぁああぁあえぇあぁあぁあああああッッ!!」

 

 

変形したウィザードランザーが足の形に変形。

それを自らの足として放つライダーキック、『ドラゴンエンド』によりカーリーは踏み潰され、爆散。

大量の負のエネルギーは、炎に抱かれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

「――ァ」

 

 

目を覚ます。

なんだろう? いつもならば嫌な感覚なのに今日は体が、心がとても軽かった。

しかしすぐに気づく。今までの事、自分の事、瑠姫はハッとし、体を跳ね上がらせる。

するとそこには、自分を見下ろす龍騎サバイブが立っていた。

 

 

「――……良かった」

 

 

そう言い、龍騎は変身を解除する。

 

 

「――ぁ」

 

 

さらけ出された姿は、醜悪の一言。愚かさの極致であった。

見よ。頭は剥げ落ち、皮膚ははがれている。体は変形し、頬からは骨の一部が皮膚を突き破っていた。

腫れ傷、血や膿が混じりあい、悪臭も漂う。指も一部が無いし、一部は変な方向に折れ曲がっている。

ああ、おぞましい! 下半身は便と尿でグチャグチャになっているではないか。

 

 

「岳葉くん――?」

 

 

だが、事もあろうに。

事もあろうにだ! この女、この赤川瑠姫と言う人間は――ッ!

 

 

「岳葉くんッッ!!」

 

 

本間岳葉を、カッコいいと思った。

 

 

「アァアァァ!!」

 

 

涙が溢れる。

だがちょっと待って欲しい。意味が分からない。今この瞬間、瑠姫は岳葉を世界中の誰よりもカッコいいと思ったのだ。

ありえない。ありえるわけが無い。世界一だ、つまり他の誰よりも岳葉がカッコいいと言うのだこのアホは。

 

いかれている。脳みそがおかしいのか。きっとそうに違いない。

だってそうだろう? 格好イイ男なんて子供にだって分かる超絶簡単な問題なのだ。

昨日の晩御飯を思い出すよりも遥かに楽に思い浮かぶものなのだ。

 

だが、この女は、この馬鹿は本気で、本心で、岳葉を格好良いと。

ましてや『愛しい』と思ってしまった。

 

ありえるか? 信じられるか?

こんな下の下、人間とも言えぬ――、そう、まさに怪人の様な、異形のような醜い男をカッコいいと言うのだ。

つまりこうとも言える。この瑠姫と言うヤツは。

 

 

『本郷達、五代達、翔太郎達なんかよりもウンコマンの方がカッコいい』

 

 

そう言うのだ。

この無様に便を漏らした男を一番のヒーローと言うのだ。

狂っているとしか、思えない。

 

 

「―――」

 

 

瑠姫は見た。見てしまった。

岳葉の腹部ど真ん中、そこからおびただしい量の血液が見えた。

いや、そもそも、岳葉の『腹部からは向こうの景色が僅かに見えた』。

 

 

「岳葉くんッッ!!」

 

 

そう、少しだけ遅かった。

カードのクロスオブファイアが届く前に、一本だけカーリーが放った性器型の槍が岳葉に届いていたのだ。

それは腹部を貫き、岳葉の体を貫通した。

 

が、しかし、クロスオブファイアが戻った瞬間、岳葉は立ち上がった。

そう、諦めることなく龍騎サバイブに変身してカーリーを倒したのだ。

なぜ? それは岳葉だけが知っている。その岳葉はゆっくりと、後ろに倒れていった。

 

 

「―――」

 

 

涙が溢れてきた。

叫び、瑠姫は岳葉を抱きしめる。

血がつこうが、尿がつこうが、便がつこうが関係ない。瑠姫はただ一人、たった一人の英雄を抱きしめた。

 

 

「どうしてッ? どうして私なんかを――ッッ!!」

 

「――て、る」

 

「ッ?」

 

『愛してるんだ』

 

 

歯が無いんだ。唇が腫れているんだ。うまく喋れなかった。だがその言葉だけは届いてくれたと信じたい。

愛しているんだ。必死に伝える。瑠姫は分からないかもしれない。けれど、岳葉は瑠姫を愛したのだ。

 

 

「どうして、私なんか、愛される資格なんて――ッ!」

 

「いっひょに、わらっだ……、じゃないか」

 

 

一緒に、笑ったじゃないか。

一緒にいろんなところに行ったじゃないか。そんな女の子、瑠姫だけだ。

別に瑠姫じゃなくても行けるだろう。行けただろう。けれどもそれは結果論でしかない。その過程には確かに瑠姫がいた。

 

岳葉と言う人間は、瑠姫と出会い、瑠姫と笑い、瑠姫のそばにいた。

ずっとそれが良いと思った。瑠姫と言う人間がどんな過去を持っていたとしても構わない。

瑠姫だけなんだ、瑠姫じゃなければダメなんだ。

 

 

「だか……ら……た…す、け――」

 

「ねえ! 待ってよッ! 行かないでよ岳葉くんッ!!」

 

 

いや、無理だ。ごめん。

既に限界だったんだ。腹に風穴が開いて、臓器が零れていった。

普通すぐに死ぬ。けれども立ち上がり、戦い、勝ったのは。

 

 

「キミを――、愛して……いた、から――ッ」

 

 

今にも消え入りそうな儚い声だった。

 

 

「私もッッ!!」

 

 

反射的だった。

瑠姫はこんなにも醜い男の唇にキスをした。

いや、もう既に唇がどこなのかも分からない。それでも瑠姫は『愛の証明』を行ったのだ。

 

 

「私もぉ、貴方が、好きッ!!」

 

 

これだけは言わなければならない。

瑠姫は本能で悟った。

 

 

「………」

 

「岳葉くん?」

 

「―――」

 

「岳葉くん!? 待ってよ、ねえ! 待ってってば!!」

 

「   」

 

「あ、あぁああッッ!」

 

 

岳葉は死んだ。

しかし不思議な事に、この男の死に顔はなんとも楽しそうで、嬉しそうだった。

分かるか? 理解できるか? 血に塗れ、激痛に塗れ、苦痛に溢れ、恐怖に溺れ、惨めさに覆われ、それでも、それでもこの男は笑みを浮かべて死んだのだ。

瑠姫を助けたのに、そこから先はない。それでも岳葉は満足だったのだ。こんなになっても嬉しそうだったのだ。

なぜならこの瞬間、この男はロボットではなく『本間岳葉』になれたのだ。

 

 

「岳葉ッ!!」

 

「本間くん!!」

 

 

想像を絶する最期に隼世とルミも声を上げる。

一方で地面にはいつくばっていたアマダムは手の甲にある魔法石を光らせた。

すると次の瞬間、瑠姫の周りに無数の怪人が出現し、あたりを埋め尽くす。

 

 

「なッッ!!」

 

「フハッ! ふははは! 全ての力を使って、私は最後の邪魔をしてやる!!」

 

 

またもライダーに計画を邪魔された。

そんな想いがアマダムの怒りを頂点に向かわせる。

ウィザードに敗北してからと言うもの、なんとか魂の一部を逃がして助かり、そこからさらに復讐と野望達成の計画を練りに練ったのに――。

 

 

「せめて瑠姫だけは殺す! 岳葉、お前の願いは認めない!!」

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

これは最悪の状況であった。隼世(ナイト)と瑠姫の間には視界を覆いつくすほどの戦闘員達が見える。

いくら雑魚であろうともこれだけの数を蹴散らしつつ瑠姫を助けにいくのはかなりの時間が掛かる。

その間に生身の瑠姫は簡単に殺されてしまうだろう。ましてや後ろにはアマダム、そちらを無視する事は絶対にできない。

ならばと動いたのはルミだ。サイドバッシャーを使い瑠姫を救出しようと言うのだろう。

 

 

「あ」

 

 

しかしサイドバッシャーは爆散する。

見れば、アマダムが手を伸ばしていた。

 

 

「ハハハハ! 終わりだ!」

 

「グッ!!」

 

 

アマダムは地面を蹴ると跳躍。ナイトの前に立ちふさがる。

こうしている間にも戦闘員達は三百六十度、全ての方向から瑠姫を殺そうと走っていく。

しかし瑠姫に恐怖はなかった。彼女は岳葉を抱きしめ、目を閉じる。

良いんだ、別に、大好きな彼がいなくなった世界で生きる意味なんて――。

 

ない、のだろうか?

 

嘘、嘘だ。

ある。あるに決まっている。

 

 

「ッ!」

 

 

瑠姫は恐怖していた。

だってそうだろう? 美味しい物を食べたい。楽しい映画を見たい。

面白い物を見て笑いたい。ルミと一緒に旅行に行きたい。お母さんにまた会いたい。

ある、まだある。考えれば考えるほど希望は悲しいほどに湧き上がってきた。

その心にあるのは純粋な願い。

 

 

(岳葉くんッ、私――、私まだ死にたくないよ!!)

 

 

だが無理だ。

もう岳葉は死に、隼世とルミは戦闘員の壁の向こう。

諦めるしかない。それでもいいのかも。瑠姫はただギュッと、強く、強く、岳葉を抱きしめた。

 

そして謝る。

ごめんなさい、私がアマダムの話しに乗らなければ貴方は――。

人が怖かった。人が嫌いだった。もっと早くに貴方と出会っていれば。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。

 

 

「クソッ! 諦められるか!!」

 

 

声が掠れるほどにナイトは叫ぶ。

 

 

「岳葉が命を賭けて守ろうとした人を、絶対に死なせられるかよッッ!!」

 

 

走るナイト。しかしその肩をアマダムが掴む。

 

 

「行かせるかァア! 絶対に邪魔をしてやるッッ!!」

 

「お前ェエ!!」

 

「それにもう遅い! 戦闘員達は既に瑠姫の下に到着している筈だアァァ!」

 

「ッ!」

 

「ショッカー戦闘員に、ワームに、モールイマジンにズタズタにされてるだろうよ! ヒャハハハハハ!!」

 

 

ダメか。ダメなのか。

ココまで来て、守れないのか!

 

 

「お姉ぢゃんッッ!!」

 

 

ルミが涙と鼻水で顔をグシャグシャにして叫んでいるのが見えた。

たった一人――、守れないで――ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アーイッッ!!』

 

「!!」「!」「!?」

 

 

音が。

刹那、戦闘員達が空に吹き飛ぶのが見えた。

 

 

「え……?」

 

 

瑠姫は覚悟していた。

痛みに、恐怖に。しかしいつまで経ってもそれらは自分には降りかからない。なぜ? どうなっているの?

すると音が、声が聞こえたような気がした。

 

 

『生きるんだ』

 

「……っ」

 

 

戦闘員達は、瑠姫を殺そうと走る。

しかし――。

 

 

『ゥェバッチリミナー!』『ァバッチリミナー!』『バッチリミナー!!』

 

「な、なんだ?」

 

『バッチリミナー! バッチリミナー! バッチリミナー!』

 

 

電子音と共に戦闘員達は、瑠姫から弾き飛ばされるようにして離れていく。

アマダムの声が震えていた。

それは、知らない音だったから。

 

 

「なんだコレは!!」

 

 

恐れ、恐怖、これはまさか。

 

 

「わ、私の知らない! これは、まさか!!」

 

「……そうか、そういう事か」

 

 

隼世はなんだかとても分からない感情を覚える。

思わず、笑みがこぼれてしまった。

そうか、あるな、あるよな、一個だけ、死んでもまだ、手はあるんだよな岳葉。今やってる番組だからな、見た事があったんだなキミは。

 

 

『カイガン!』

 

「岳葉。キミは死んでも、まだ、瑠姫さんを――」

 

『オレ!』

 

「アマダム、見てごらん、あれが愛だよ」

 

『レッツゴー! カクゴ! ゴ・ゴッ・ゴッッ! ゴーストッッッ!!』

 

 

見えるだろうか。いや、見えているのは隼世だけだ。

アマダムにも、戦闘員達にも、ルミにも、ましてや瑠姫にもその姿は見えない。

だが隼世には見えた。瑠姫の前に確かに立っている――、仮面ライダーゴーストの姿を。

 

 

「なぜだ! 私の知らない力が何故存在できる!!」

 

 

ライダーのデータはアマダムが作り岳葉たちに移植した。

にも関わらずアマダムはゴーストを知らない。彼が知っているのはドライブまで。

PCで言うなればカットしペーストしたデータに全く知らないデータが入っているようなもの。普通に考えればそれはありえない事だった。

しかし隼世には分かっていた。その理由、答えが。

 

 

『なあ、隼世、アマダムは任せてもいいか?』

 

 

それは採石場に向かう途中の事だった。バイクを並べ走る二人。

その中で岳葉は隼世に声をかける。内容はアマダムを倒す事は隼世に一任したいとの事だった。

 

 

『その代わり、瑠姫は俺に任せてくれ。絶対に、絶対に助けてみせる』

 

 

ラスボスを任せる事は無責任な事にも感じる。

しかし隼世はそう思わない。それだけの意思を岳葉から感じたからだ。

 

 

『俺はダメなんだ。俺はアイツを倒しちゃいけない、世界の平和を守るようなたいそうな事をする資格は無いんだ』

 

 

それはヒーローのやる事だ。

自分みたいな屑がやっちゃいけない。多くの人間を傷つけて苦しめた岳葉にはアマダムを倒す資格が無いのだと。

 

 

『でも、それでも彼女だけは……、瑠姫だけは守りたいんだ』

 

 

そのエゴだけは、その我侭だけは通したい。

岳葉は切に思う。ごめん、紫ちゃん。紫ちゃんのお父さん。トラックの運転手さん。母さん。

傷つけてしまった人たちよ。俺は、オレにもやっと本当に叶えたい願いが出来たんだ。だから、お願いだ、それだけは叶えたいんだ。

 

 

『それに、俺は――』

 

「岳葉、お前は――ッッ!」

 

 

隼世の声が震えていた。

見えたんだ。戦闘員達が吹き飛ぶ中で、その遥か向こうにいた男の姿を。

 

 

『彼女を守っているときなら、本当の仮面ライダーになれる気がするんだ』

 

(なれたんだな、岳葉)

 

 

見える、見えるよ、僕にはお前の姿が。

 

 

『アーイッ!』

 

 

仮面ライダーの姿が。

 

 

『カイガン! ムサシ!』

 

 

隼世は何百もの戦闘員の中で、たった一人で剣を振るっている男が見えた。

赤いパーカーを着た、仮面ライダーゴーストの姿を。

 

 

「―――」

 

 

瑠姫には見えない。

しかし、見えた気がした。彼女は目を見開き、呆気に取られた表情を浮かべて涙を一筋零す。

 

ゴーストは左手にもつ剣でワームを切り裂くとそのままマスカレイドを睨みつつ体の向きを変更。

左の剣でなぎ払うようにマスカレイドやショッカーを蹴散らすと、右腕に持っていた剣を振り上げて瑠姫の背後に迫っていたアントロードを一刀両断にする。

スローになる世界。左の剣を思い切りふるってゴーストは旋回。回転しつつその周囲にいたダスタードやイマジン達を切り払う。

 

さらに右の剣も合わせて、そのまま二刀流による渾身の回転切りを行った。

シアゴースト達の胴体が真っ二つになり、上半身と下半身に別れて爆散していく。

 

まだ終わらない。

一回転のフィニッシュに左の剣を斜めに振り下ろし、クモ怪人を切りつけた。

怯み、動きが止まった所で右の剣も斜めに振り下ろし、クロスの残痕を刻み付ける。

クモ怪人はすぐに爆散。周囲にいる怪人達も誘爆を起こして消滅していく。

 

それだけじゃ物足りないのかさらにゴーストは剣をふるって存分に戦闘員を蹴散らしていった。

斜めに連続切り、爆発していく敵。おっと危ない、瑠姫に向かってチャップがバトンを振り下ろした。

させない、させるわけが無い。絶対に傷つけさせるものか。ゴーストは二刀の刃でバトンを受け止めると、思い切り刃をクロスに振るい攻撃を弾いた。

 

弾かれ、後退していくチャップ。

何かいる。確実に何かが潜んでいる。チャップに連動するようにして瑠姫から距離をとる戦闘員達。

その中で見えるだろうか? 二つに分離したガンガンセイバーを構えたゴーストの姿が。

 

借りる魂は宮本武蔵。

佐々木小次郎との決闘で一対一の約束を守らず、弟子を連れていき、結局は弟子が小次郎に止めを刺す形になった。

別の話によれば弟子達を連れて小次郎をリンチしたとも言われている英雄である。

 

 

『カイガン! エジソン!!』

 

 

逃げたチャップに迫る電撃。

銃に変わったガンガンセイバーから放たれるは、黄色い電流。

それらは着弾すると周囲に拡散していき、次々に戦闘員達を爆発させていく。

 

それを放つのはエジソンの魂。

ライバルが製作した電力同源を電気椅子に使用し、囚人を処刑。

その処刑ショーの最期に、『この恐ろしい処刑器具をライバルが発明した』と説明し、評価を地に落としたと言われている英雄である。

 

 

『カイガン! ニュートン!』

 

 

瑠姫に近づく戦闘員達が引力によってゴーストの手に集中し、直後斥力で吹き飛ばされる。

ゴーストに力を貸すのはニュートンの魂。他人の提出した論文を自分のものとして発表し、科学会のトップに立つと、始めにライバル科学者の業績を抹消したとされている英雄である。

 

 

「イーッ!」

 

 

やられてばかりではないと、ショッカー戦闘員達はどこから持ってきたのはバズーカーを一勢に構え、直後引き金を引いた。

ダメだ、砲弾を見て瑠姫は目を閉じて腕で顔を覆う。

轟音が聞こえた。終わった。死んだ。そうは思えど、やはり瑠姫の身には痛みなど欠片もやってこない。

 

 

「岳葉くん――?」

 

『アーイ!』

 

 

何故? 分からない。

 

 

「そこにいるのッ?」

 

『カイガン! ベンケイ!!』

 

 

両手を広げ、瑠姫を守った戦士の姿は見えないだろうな。

だが、ゴーストはそれでも良いのだ。ハンマーモードに変えたガンガンセイバーを振り下ろし、力強く地面を叩く。

地面が振動し、ショッカー達はバランスを崩してへたり込む。

 

それを成したのは道行く人を襲い、通りかかった帯刀の武者と決闘して999本もの刀を集めたとされている。

――が、しかし一説では悪徒浪人を集めて悪行を働くというので、お尋ね者になっていた僧侶の偶像化とされている弁慶の魂であった。

 

 

『カイガン! ビリーザキッド!』

 

 

二丁拳銃が火を噴き、動きを止めていた戦闘員達の眉間を打ち抜いていく。

それは百発百中。死してなお愛する女を守りたいと言う願いに呼応して力を貸すのは、牛泥棒や強盗や殺人を重ね、ある時は刑務所を脱走し、12歳から21歳までの間に21人は殺したとされている英雄だった。

 

 

『カイガン! ベートーベン!』

 

 

聞くがいい、運命の音色を。

激しい音楽は戦闘員達の耳にのみ届き、激しい轟音は脳を狂わせ、戦闘員達は音撃に次々と爆散していく。

たった一人で戦おうとする少年に味方をしてくれたのは、親しくなった人間には度がすぎた無礼な事を言ったり、癇癪を起こして女性に物を投げつけていた英雄だった。

 

 

『カイガン! ロビンフッド!』

 

『ダイカイガン! ロビンフッド・オメガドライブ!』

 

 

様々な言い伝えがあれど、実際は存在していない虚構の存在であるとされる英雄がゴーストに力を貸す。

瑠姫を囲むように分身すると、一勢に光の矢を放ち、近づく戦闘員を爆散させていった。

 

しかし戦闘員はまだまだうじゃうじゃと瑠姫に向かってくる。殺そうと、奪おうと走って来る。

かつてない程の大群だった。気を抜けば恐怖が、絶望が、苦痛が心を蝕もうと容赦なく牙を向いてくる。

 

しかし、ゴーストは、岳葉は怖くなかった。

瑠姫が見てくれているから、瑠姫がそこにいるから、きっと勝てば、瑠姫は笑ってくれるから、幸せになってくれるだろうから。

まあ、とは言え、力を使えば疲れてしまう。ふとバランスを崩して倒れそうになった。

しかし倒れない。なぜならば、支えてくれた『魂』があったからだ。

そうだ、そうだよな、こんなところじゃまだ倒れちゃいけないよな。ゴーストはその魂を掴むと、涙を流しながら咆哮をあげる。

 

 

「ォオオオオオオオオ!」『イッパツ! トウサンッ!』

 

 

ずっと見守ってくれてたんだな。

ごめんな、こんな息子で。

 

 

『トウサン! カイガン! ブースト!』

 

 

俺は母さんを残して死ぬ。

ソレは息子として最低の事だ。でも分かってくれ。

 

 

『オレガブースト! フルイタツゴースト!』

 

 

それでも、守りたい物があったんだ。

 

 

『ゴー! ファイ! ゴーファイッ! ゴーファイッ! ゴーファイッ!』

 

 

聞いてよ父さん。オレにも守りたい人ができたんだ。守りたい物ができたんだ。

 

 

『アーイ!』

 

 

母さんより好きな人ができたんだ。

だから死んだんだ。命を賭けても愛したい人ができたんだよ。

 

 

『カイガン!』

 

 

オレは、ヒーローになれたんだ――!

 

 

『ヒミコ!』

 

 

お父さんと一緒になれたんだよ――ッ!

 

 

『オメガシャイン!!』

 

 

円形状のエネルギーカッターが戦闘員を蹴散らす。

なんの罪も無い人を奴隷とし、時に海外に売り、自らが死んだ際は100人もの奴隷を生き埋めにしたと『言われる事もある』英雄の力であった。

 

 

『カイガン! ゴエモン!』

 

 

ヒミコ時に解放されたエネルギーが桜の様に舞い落ちている。

その中でサングラスラッシャーを逆手に持って、まるで舞うようにゴーストは戦闘員達を切りつけていった。

カン、カン、カンカンカンカンカン。斬撃音に混じる拍子木。そして爆散していく戦闘員達の中で、ゴーストは大きく見得を切った。

 

(ブースト)の頼みで駆けつけたのは、同じく(おや)であった英雄。

ゴーストに協力するのは、自らの行いのせいで母親が熱湯をかけられて苦しんで死に、息子もまた釜茹でにされて死んだからだろうか。

 

 

「瑠姫、生きるんだ」『アーイ!』

 

「……!」

 

「生きて生きて、それでも生きれば、きっといつか、全てを忘れられる」『カイガン!』

 

 

この声は届いていない。

それでも良い。これは自分に向けた言葉でもあった。

 

 

「忘れられずとも、受け入れられるかもしれない。お前には味方が、仲間がたくさんいるんだ!」『リョウマ!』

 

 

今は見つけられずとも、いつか、必ず現れる。

正義を、仮面ライダーになろうとすれば、きっと、孤独じゃない。

 

 

「誰かが、キミを愛しているんだ!!」『メザメヨニッポン! ヨアケゼヨッ!』

 

 

少なくとも、自分がそうだ。

人を思いやる心があれば、いつか、きっと。

 

 

『闘魂ダイカイガン!』『リョウマ! オメガドライブ!!』

 

 

銃に変わったサングラスラッシャーから超強力な弾丸が無数に発射され戦闘員達を吹き飛ばしていく。

そして最後の一発はうろたえているアマダムに直撃する。

 

英雄の力は偉大だ。

たとえ、それが船で当たり屋じみた事をしたり、道を塞ぐものは少女だろうと怒鳴って蹴ったり、手段を選ばない利己的な男と称された者でも。

 

 

「がぁうあぁぁあぁあ!!」

 

 

アマダムは地面を転がり、大きく血を吐いた。

 

『サンキュートーサン!』「俺の魂が、運命を切り開く!!」『グレイトフル!』

 

 

無数の魂が空に漂う。

 

 

『ガッチリミィナー! コッチニキナーッ!』

 

 

多くの英雄が罪を犯した。多くの英雄が血に塗れた。多くの英雄が惨めさを纏った。

しかしそれでも、人は彼らを英雄と言う。憧れ、ヒーローと謳うのだ。

多くの人を苦しめても、殺めても、彼らは『な』した。

 

それに、伝えている言葉が真実なのかは誰も知らない。

たとえ同じ時代に生きようとも、何を思い、何に苦しみ、何の為に戦ったのかは『本人』だけが知っていることだ。

 

 

存在(いのち)、燃やすぜッ!!」『ゼンカイガン!』

 

 

現われた戦士の名は。

 

 

『ケンゴウハッケンキョショウニオウサマサムライボウズニスナイパー! ダーイヘンゲ~~ッッ!!』

 

 

仮面ライダーゴースト、グレイトフル魂。

そして瑠姫を守る様にして円形に並び立つ英雄達。黒も白も抱えた英雄達は、間違いなく人間だった。

 

 

『メガオメガフォーメーション!』

 

 

英雄達は一勢に周囲の戦闘員達を攻撃。

激しい爆発が巻き起こり、戦闘員達はすべて爆炎に消える。

 

 

「―――」

 

 

中央にいた瑠姫には傷一つ無い。

それがどういう意味なのか、彼女自身が分かっているのか、ただ呆然と空を見つめ、涙を流していた。

 

 

「ば、ば、馬鹿なッ!! なぜだぁあ……!」

 

 

焦り、危険信号、本能が告げる死への予感。

アマダムが素早く立ち上がると、前には隼世が立っていた。あんなものを見せられたのだ、隼世にも意地があろうて。

 

 

「終わりにしよう。アマダム!」『ターン・アップ』

 

「な、なぜお前達が私を押している! 仮面ライダーでもない、お前達が!!」

 

「なれたからさ、たとえ一瞬でも、一秒だけだったかもしれないけど、僕達はきっと」『アブソーブクイーン』『エボリューションキング』

 

 

13体のアンデッドの力が隼世に収束していく。

ギャレン、キングフォームはかつてイレギュラーといわれたブレイドのキングフォーム同様、その鎧にアンデッドのクレストを刻んでいる。

 

アマダムが設定していなかったゴーストに岳葉がなれたのも。

隼世が13体のアンデッドを融合させたキングフォームになれたのも。

全ては彼らの中にあるクロスオブファイアが『アマダムの一部』から、『岳葉』の物、『隼世』の物になったからに他ならない。

 

 

「あ――ッ! あぁああ!」

 

 

アンデッドの力が一つ、ロックが発動される。

下半身が石化するアマダム。高速移動も液状化もできない。一方で独りでにキングラウザーに収束していくカードたち。

 

 

「な、なぜだ! どうせアレ(ゴースト)も、お前のソレ(キングフォーム)も、お前達の力じゃないのに!!」

 

「同じだからさ、流れているものが!」『ダイヤ10』『J』『Q』『K』『A』

 

「なにっ!!」

 

「気づいたんだ。僕達は、この命を賭けて戦う理由に!」

 

 

それは、『彼ら』と同じはずだ。

 

 

「一体なんだって言うんだよォオ!!」

 

「分からないかアマダム! 愛だ! 僕達は遥かなる愛の為に命を燃やし、戦うんだ!!」『ロイヤルストレートフラッシュ!』

 

 

赤いマントをなびかせ、ギャレンから特大のレーザーが放たれた。

金色の奔流はアマダムを飲み込み、遥か後方へ吹き飛ばす。

 

 

「ごがぁぁああ!!」

 

 

アマダムは悲鳴を上げて地面を滑る。

しかしまだ息はある。流石は無数のライダーキックを受けた耐久力である。

ギャレンはふと、背後を見る。ゴーストと目が合った。

 

 

「行こう、岳葉」

 

「でも……、オレは」

 

「いい加減、そろそろ始めようぜ仮面ライダー」

 

「!」

 

「言っただろ。今日は、僕とお前だけのダブルライダーだって。僕らは今日限りの主役なんだ」

 

「ッ! ああ、ああ!!」

 

 

一歩、ゴーストは前に踏み出した。

 

 

「岳葉くん!!」

 

 

瑠姫は立ち上がり、叫んだ。

愛する人がそこにいるんだ。見えずとも、叫ぶ。

しかし岳葉は止まらない。瑠姫には目もくれず進み続ける。

 

 

「ライダー!!」

 

 

だが、ふと、その言葉に反応して振り返った。

 

 

「ありがとう瑠姫、キミがいたから、俺は変身できたんだ……!」

 

 

跳躍。ゴーストはギャレンの隣に並び立つと変身を解除する。

岳葉と隼世の視線を受けてアマダムは感情を爆発させる。怒り、悔しさ、そしてなにより理解不能による混沌。

皮肉にも、その時、アマダムの目に岳葉の姿が映った。

 

 

「分かっているのか隼世、岳葉!」

 

「!」

 

「いくらクロスオブファイアがお前達の中で増幅し、お前達の色に染まろうが、真の持ち主が私にある事は絶対にかわりない!」

 

 

いわばアマダムが概念。この岳葉達の世界に降り立ち、魔法を掛けた。

クロスオブファイアの存在、ライダーの存在、それら全てのファンタジーはアマダムが死ねば取り払われる。

簡単に言えば、アマダムが倒されれば、隼世と岳葉の中からライダーの力は消える。

二度と変身できなくなるのだ。問題は、ゴーストと言う概念もまた、あくまでもライダーの力として考えられる事だ。

アマダムが死ねばクロスオブファイア自体が消え去る。そういう話である。

 

 

「岳葉! 私が死ねば、お前も死ぬ!!」

 

「分かってるさ。死んでも動けるなんて、ライダーの力ってのは便利だな」

 

「私を殺せばお前は消える! そうと分かっていて何故ッッ!!」

 

「それは――」

 

「キミを人を殺していた。怪人と何が違う? そして気づいたんだろう? 人は虫けらと同じだ!!」

 

「もう、それは過去さ」

 

「なにッ!」

 

「オレはもう間違えない。愛してるから、瑠姫を」

 

「!?」

 

「彼女は虫けらなんかじゃない。彼女がこれから歩む幸せに、支配も、怪人も、恐怖はいらない」

 

「だから死んでも良いってか!? もう会えないんだぞ! 悲しくないのか!!」

 

「悲しいさ。でも決めたんだ。たとえ悲しくても、オレはそれを噛み締めて戦う。たった一人でも、瑠姫を守るために!!」

 

「!??!??!?!?!」

 

 

アマダムはすぐに隼世を見る。

すると隼世は首を振った。彼もまた、岳葉と同じ気持ちのようだ。

 

 

「言っただろ、お前の野望は僕が砕くと。世界を支配するなんて事は許されない」

 

「ぐぅぅうッ!」

 

「決めたんだ。独りでも。一人でも多くの人を護ると」

 

「岳葉ッ、隼世、お前は―ッ、お前達はァア!!」

 

 

両手に激しいエネルギーを纏わせて走り出すアマダム。

一方で岳葉と隼世は新たなる変身アイテムを構えた。もう一つあった。死んでいても変身できるライダーが。

 

 

「いこうぜ隼世、これが最後のダブルライダーだ!」『カメンライド!』

 

「ああ、全ての因果と、全てのファンタジーに終わりを告げる!」『カメンライド!』

 

 

二人はカードを構え、アマダムに向かって走り出す。

 

 

「変身ッ!!」『ディケイド!!』

 

「変ッ身!!」『ディッエーンッッ!!』

 

 

仮面ライダーディケイドと、仮面ライダーディエンドは並び、走る。

全てを破壊し、全てを繋ぐ。それが二人の、望んだ事だ。

その思いに呼応するように気づけば姿が変わっていた。

ディケイドコンプリートと、ディエンドコンプリートはアマダムに距離を詰めていく。

 

 

「決着をつけるぞ、仮面ライダー!」

 

 

アマダムは叫んだ。

勝機はある。以前なんてそりゃあ激しい攻撃を最後の最期まで耐え抜いたのだ。

鎧武とインフィニティーの攻撃でギリギリ限界がきただけ。まだあの二人の攻撃を耐えるだけの余裕は。

 

 

『テレビクゥンッ!』『ゲキジョウバン!』

 

「は?」

 

 

あれ、おかしいな。さっきまで二人だけだったのに、なんか、いっぱい走ってくるんだけど。

 

 

「本当に良いんだな、岳葉!」『ファイナルアタックライド』

 

「当たり前だ! いくぜ! 隼世!」『ファイナルアタックライド』

 

 

一瞬だった。

ディメンションシュートをアマダムに命中させたディエンドは高速移動でアマダムに急接近、ゼロ距離射撃の形を取る。

 

 

「終わりだ、アマダム!!」

 

「あ」

 

 

沢山のキックが見えた。

 

 

「ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

光がアマダムを多い尽くす。

 

 

「なんだよ、またかよ、本当……、何が違うって言うんだよ」

 

 

同じ力だろ、悪の力だろ?

異形の血が流れてるんだろ?

なのに、なんで。

なんで。

なん――。

 

 

「決まってるだろ」

 

 

爆発し、塵になったアマダムを背に、ディケイドとディエンドは同時に口にした。

 

 

「瑠姫がいるからだ」「ルミがいるからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「岳葉くん!!」

 

 

変身を解除した岳葉の姿は、瑠姫とルミも肉眼で確認できた。

ディケイドの力がいろいろと面倒なものを吹き飛ばしてくれたようだ。

しかしそれでも、世界のルールには逆らえなかったのか、岳葉の体が透け始め、光の粒子となって空に消えていく。

瑠姫は居ても立ってもいられず、岳葉を抱きしめる。しかしその腕は虚しく空を切り、何の感触もなかった。

 

 

「ッ!」

 

「あはは、オレさ、今、幽霊だから」

 

 

しかし特典は消える。この世界からクロスオブファイアの存在は消える。

さようなら、仮面ライダー。

 

 

「ルミちゃん」

 

「ッ、なぁに?」

 

 

意味を理解したのか、ルミもまた泣いていた。

 

 

「瑠姫をよろしく。ずっと一緒にいてあげてね。隼世とも仲良くね」

 

「うん。任せてよ! アタシがバッチシ二人を護ってあげるんだから!!」

 

 

ルミは親指を立てて、泣きながらも笑ってくれた。

だから岳葉も迷う事無くサムズアップを返すことができた。

古代ローマで満足、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草。それに相応しい男に岳葉はなったのだ。

 

 

「嫌だ!」

 

「瑠姫?」

 

「ヤダ! 嫌だ嫌だ嫌だッッ!! 岳葉くんと別れたくないッッ!!」

 

 

子供の様に駄々をこねる瑠姫。

彼女には悪いが、その仕草がどこか可愛らしく見えて、岳葉は笑ってしまった。

なにより、嬉しかった。分かるだろうか? 自分と別れたくないと、自分の死をこんなにも悲しんでくれる人が親以外に居たのだ。

これほど嬉しい事はないだろ。

 

 

「楽しかったよ瑠姫」

 

「ッ」

 

 

はじめて女の子とキスをした、手を繋いだ、一緒に笑った。

忘れない。たとえ死んだとしても、絶対に忘れるものじゃあない。

 

 

「はじめて家族以外に、必要とされた」

 

「岳葉くん……!」

 

「オレの一生の財産だ」

 

 

瑠姫は崩れ落ち、泣きじゃくる。

申し訳ないが、もう時間は無かった。既に手は完全に消え、まもなく全てが消える。

岳葉は最後に隼世を見た。隼世の目に涙は無い。酷いやつだ。

 

 

「もし――、時間があればさ、オレ達って友達になれたのかな?」

 

「何言ってるんだよ、キミは」

 

 

まあ無理か。岳葉は笑っ――

 

 

「僕はもう、友達だと思ってるよ」

 

「……はは」

 

「共に命を賭けたんだ。親友だろ、普通に考えて」

 

「お前って、やっぱり良い奴なんだな。ちょっと悔しいわ」

 

 

ゆっくりと、岳葉は深呼吸を行う。

 

 

「はじめてできたかもしれないな、友達」

 

 

もしかしたら過去にもいたんだろうか? いや、やめよう。今だ、今。

 

 

「恋人もできた」

 

 

どうか悲しまないで。

どうか、苦しまないでくれ。

 

 

「生きてて、良かったな……」

 

 

岳葉は満足げに笑い、目を閉じた。

 

そこにはもう、誰も居なかった。

 

 

「―――」

 

 

瑠姫は声を上げて泣いた。

普通の、あまりに普通の幸せでよかったんだ。

なのに、こんな。

 

 

「会いたいよぉ、岳葉くぅん――ッ!!」

 

 

どうすればいいんだ、これから、どうすれば。

 

 

「生きろ。生きるんだ、瑠姫さん」

 

「!」

 

 

顔を上げる瑠姫。

隼世は試しにライダーベルトを出現させようと力を込める。

しかしどのライダーも呼び出せない。隼世の腰にベルトが巻かれる事は無かった。

しかし、それでも隼世がココに立って息をしている事は確かだった。

その隼世は瑠姫に生きろと言う。

 

 

「死んだ僕が生きているんだ。きっとまた、世界の常識を覆す事が起きるかもしれない」

 

「……!」

 

「生きていれば、必ずまた会える。だから戻って来た彼に胸を張れるように生きろ」

 

「それは――」

 

 

岳葉が戻ってきて、瑠姫が死んでましたなんて、冗談でも笑えない。

 

 

「あとは、うん。仮面ライダーを見る事をオススメするよ」

 

 

しかし見るだけじゃダメだ、学べ。理不尽な世界で正義を突き通せ。

世界に流されるな。ネットやSNSに、テレビに惑わされるな。

たとえ傷ついても、苦しんでも、生きろ、生きて、生きて、待ち続けるんだ。

 

 

「たった一人でも戦い続けろ、それが、仮面ライダーだろ……」

 

 

なんてね、隼世は大きく息を吐いて疲れたように笑った。

 

 

「帰ろう。お姉ちゃん」

 

「……!」

 

「これからはずっと一緒だからね」

 

 

ルミは瑠姫に手を差し伸べる。

再び、瑠姫は大きく泣いた。しかし先程とは違うのは、笑みを浮かべてルミの手を取った事だ。

 

 

「ねえ、一つだけ聞いて良い?」

 

 

帰り際、瑠姫は隼世に問うた。

 

 

「仮面ライダーって何? 正義ってなに?」

 

 

即答だった。

 

 

「キミが見たものさ」

 

 

瑠姫が見た中にライダーはいただろうか。

 

 

「僕はライダーを一度も見ていないよ。僕が見てきたのは、全て人間だった」

 

 

正義も同じだ。なにもなかった全てはグレーなだけ。

 

 

「それでも僕は、仮面ライダーを見たと、正義を見たと口に出来る」

 

「そういう……事なの?」

 

「簡単だよ。瑠姫さん、あなたはライダーを見たかい? 正義を見たかい?」

 

 

瑠姫は、ルミの手をギュッと握り、確かに笑った。

 

 

「見たよ、見た見た。絶対に……、見た」

 

「そうか。いたんだね、仮面ライダーは」

 

「うん。いたよ。世界一カッコイイ仮面ライダーが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面ライダー虚栄のプラナリア END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来。

 

 

「それで、どうだったの? 旅行」

 

「最ッ高に楽しかった! ね、ルミ!」

 

「そ! もぅマジで最高だったよ! 料理めちゃ美味しかったし!」

 

「お風呂もすっごく広かったよね」

 

「そうそう! アタシ、バタフライしたの!」

 

「だ、ダメだよルミちゃん。温泉でそんな……」

 

「周りに誰もいなかったしいいの!」

 

 

プラナリアと言う生き物がいる。

一本のウネウネした生き物だが、なんとコイツは切ったら分離した部分が独立した生命体になるのだ。

つまり一体のプラナリアを五等分したならば、五体のプラナリアが生まれる事になる。

 

 

「バイクで行ったんでしょ?」

 

「そう、アタシとお姉ちゃんはね。お父さんとお母さんとタマサブローは車」

 

「ペット可でよかったね」

 

「うん! あ、あとね、お姉ちゃんまた運転上手くなってる! 免許取ったのアタシよりもずっと後なのに!」

 

「当然ッ、私は優秀ですから!」

 

「ぎぃい! 馬鹿にしおってからに!!」

 

「あはは!」

 

 

人間で言うなれば腕を切ったらその腕が自分になるのだ。ものすごい生き物である。

 

 

「でも酷いじゃないか。お土産忘れるなんて」

 

「そ、その話はゴメンってイッチー! だって楽しすぎて忘れちゃったんだもん!」

 

「いや、隼世くん。実は違うのよ」

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!」

 

「ほほう、ぜひ聞かせてもらいたいね」

 

 

しかし考えてみれば、仮面ライダーもまた、プラナリアのような物ではないだろうか。1号から分離し、2号、3号、V3。

みな、正義から生まれた。

 

 

「ルミってば、温泉饅頭気に入って、隼世のくんの分、全部食べたんだから」

 

「そ、その話は秘密の約束じゃろがい!!」

 

「はぁ、ルミ、キミってヤツは……」

 

 

そして今も画面の中では新しいライダーが戦っている。言うなればこれは正義のプラナリア。

 

「でも隼世くん。お土産なら私が用意してあげたのに」

 

「?」

 

「机の上においてあげたでしょ?」

 

「ぶほっ!」「ごぼぉ!」

 

「なにっ、ルミも隼世くんも汚い!」

 

 

我々もまた、そうといえるかもしれない。

自分が誰かのプラナリアだと考えた事はないか? だとすればせめて、オリジナルになりたいとは思わないか。

 

 

「あれお姉ちゃんだったの!!」

 

「勝手に人の部屋に入るのは勘弁してくれよ!!」

 

「えー、いいじゃん。ルミの部屋の窓から隼世くんの部屋に入れるって滅茶苦茶、便利。あ! たまに漫画借りてます」

 

 

自分だけの価値がなければ、ああ、虚栄のプラナリア。

 

 

「ってか、アンタ等ゴム減るの超早くない? お姉ちゃんのお土産無かったらどうしてたの? ダメだよ、避妊はちゃんとしないと」

 

「お姉ちゃんに言われる事じゃないよ!!」

 

「も、もうこの話はや、止めに!!」

 

 

こうしよう。

増えて欲しい人間に自分がなればいい。この世界が自分と同じような人間に溢れる事を想像してほしい。

 

 

「そ、それに。もしも仮にそういう事があったとして、僕はちゃんと責任は取るつもりだよ」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「い、イッチー、それってつまり」

 

「あ? これお姉ちゃん退場した方がいい? えへへ、それともまたゴムとってくる?」

 

「いいよ! ココにいても!!」「そ、そう! べ、別に変な話じゃないんだから!」

 

 

どうだろう? それは良い世界だろうか?

それとも、悪い世界だろうか? 悪い世界なら、良い世界になるように、キミが変われば良い。

いつかキミのプラナリアが生まれるはずだから。

 

 

「あ、インターホン鳴った」

 

「誰だろ? おじさんもおばさんも今日はいないんだよね」

 

「うん。アタシのゲームかな? コンビニ払いじゃなくて代引きなんだよね」

 

「仕方ない。お姉ちゃんが行ってきてあげるわよ」

 

「え、悪いね! げへへ、おねえたま、だいちゅき」

 

「調子いいわねコイツ。ま、今はお姉ちゃん邪魔みたいだから」

 

「だ、だからもう! 違うって、ねえイッチー」

 

「う、うん……!」

 

 

瑠姫は笑いながらルミの財布を奪って下に降りる。

そしてリビングのモニタで来客者を確認した。

どうせ宅急便のお兄さんだろうと思っていたのだが――

 

 

「     」

 

 

瑠姫は走った。

そしてドアを開けると、来客者を迎える。

 

 

「――おかえり。遅かったね」

 

 

瑠姫は間違いなく、世界で一番幸せそうで、本当の笑みを見せた。

 




ゴーストの先行動画で流れてたBGMめちゃくちゃかっこよかったですよね。
武蔵のシーン。

まあいいや。
とにかく結局のところ、この作品で伝えたかった事は父親との会話にある部分だけです。
なのにこんなにもナンセンスな要素を詰め込んでしまい、クセの強い作品になりました

でも思うのです。
仮面ライダーを見ている人は沢山いるけれど、その全てができた人間にはならない。 
なぜでしょう? ライダーが教えてくれる事は理解しているはずなのに。
そんな事を言う私も随分とひねくれた人間です。まあ、今まで見てくれた人ならばごらんの通りです( ́・ω・ )

分からない。正義とは何でしょう。正しい事とはなんでしょう。
仮面ライダーはただのエンタメ作品なのでしょうか。それとも……。

最後の部分はあなたが決めるマルチエンディングです。
もしも岳葉が仮面ライダーになれたと思った人は、最後に帰ってきた人物は岳葉になります。
しかし岳葉は仮面ライダーになれなかったと思った人は、最後に帰ってきた人物は瑠姫が悲しみを乗り越え、新たに出会った人になるでしょう。

正義は、難しい。
ライダーもまた、難しい。まあでもそれでもいいのです。
ここまで読んでくれてどうもありがとうございます。
僕はこれからも、『正義』とは何かを求めて何かを書いていきます。
たぶん( ́・ω・ )


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絶影のバルドクロス
絶影のバルドクロス 登場人物紹介


出てくる人が増えたので、まとめとして。
ネタバレはないと思います(´・ω・)b



 

 

【物語の鍵】

 

本間(ほんま)岳葉(たけは)

 

虚栄のプラナリア主人公。

引きこもりのニートだったが、ある日、神に仮面ライダーの力を与えられる。

 

 

市原(いちはら)隼世(はやせ)

 

絶影のバルドクロス主人公。

正義感が強く、優しい青年。

 

 

神条(かみじょう)敬喜(けいき)

 

アリスカフェで働くご当地アイドル。

可愛いものが大好きで、本人も可愛くて美しいので人気が高い。

 

 

風間(かざま)志亞(しあ)

 

岳葉がバイト先で知り合った少年。

クールなイケメン。

 

 

山路(やまじ)大栖(だいす)

 

施設で育った。

少年院で仲間を集めていた。

 

 

【翠山姉妹】

 

翠山(みどりやま)瑠姫(るき)

 

虚栄のプラナリア、メインヒロイン。

清楚なファッションの女性。岳葉に影響を与える。

 

 

翠山(みどりやま)ルミ

 

絶影のバルドクロス、メインヒロイン。

瑠姫の妹で隼世とは幼馴染。明るく元気だが、ずぼらな性格。

 

 

 

【アリスカフェ】

 

・チョコちゃん

 

敬喜の友人。

優しくて、おとなしい。

 

 

・マッコリ姉さん

 

アリスのグループの中では最年長。

タバコや酒、ギャンブルや年下男子の性欲が好きという、アイドルにあるまじき存在。

 

 

【良神クリック&水野町に生きる人】

 

良神(いいがみ)院長

 

凄腕の医師。美容クリニックを開業する。

栗まんじゅうが大ちゅき。路希という孫がいる。

 

 

巳里(みさと)

 

美しく、グラマラスな女性。ミステリアスな雰囲気も。

 

 

真白(ましろ)

 

良神の一番弟子。

金髪で、医者らしくは無いが、とても格好いい好青年。

 

 

牛松(うしまつ)

 

ムキムキ。

マッソ! うっぅうマッソ! ダブルバイセップス!

 

 

黒田(くろだ)

 

受付の女性。

気が弱そうだが、真面目な性格。

 

 

白銀(しらがね)涼霧(すずむ)

 

アリスカフェの前で倒れていたイケメン。

マッコリ姉さんのタイプもタイプ

 

 

夢丘(ゆめおか)珠菜(たまな)

 

小学五年生の女の子。

いろいろやりたいことがあるお年頃。

 

 

【バルド関係者】

 

 

立木(たちぎ)

 

刑事。ライブアダルトで娘と同年代の女性に

「は!? こいつエチエチの実の能力者! 全身エッチ人間かよ! まいった! 俺の負けだ!」

と書き込んだのを客観視してからはEDとなる。

 

 

・マリリン

 

鑑識や解剖、開発を担当する女性。絵馬に――

『今年もたくさん人が死んで、調べるために体を刻めますように』と書いてるのを見られてバルド行き。

 

 

滝黒(たきぐろ)響也(きょうや)

 

コミュ障ぎみだが、正義には熱い男。

陰キャなので陽キャは嫌いだが、陽キャを嫌いな俺かっこいいだろオーラを出している陰キャはもっと嫌い。

 

 

藤島(ふじしま)ブリジット陽子(ようこ)

 

警察関係者ではなく、近くにある定食屋の看板娘。

可愛いが辛辣、特に滝黒には厳しい。ちなみに胸が凄まじく大きい。

 

 

【志亞の高校】

 

 

部賀(べが)

 

いじめっこ

先日、小学生をかつあげしてサングラスを買った。

 

 

茂男(しげお)

 

いじめられっこ。

志亞の親友。

 

 

【ひまわりの里】

 

 

高岡(たかおか)リセ

 

瑠姫が働く場所で、お手伝いをしている女性。

喋り方はおっとりだが、しっかりした優しい女性

 

 

高岡(たかおか)正和(まさかず)

 

リセの弟。

頭の良いミッちゃん、食いしん坊のナオタと一緒にひまわりの里で勉強している

 

 

 

【???】

 

 

・火野映司

 

現れうるレジェンドライダー

伝説の一歩は、世界をどう変えていくのか。

 

 



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プロローグ 怪奇! ピッケルおじさん……!

前作は一応、エンディングの意味を自分で決めてくださいって書いたんですが、これは『帰ってきた男性が岳葉』だった場合の続きになります。
もともと当時から考えてあった内容なんですが、やっと完成したので更新していきます。

全15話ほどの予定になります。
内容自体は完成していて、編集はしていないので、ちょっと遅れるかもしれませんが、早くて一週間。遅くても一ヶ月以内には終わりまでいけるかなと思います。

それで『注意』があります。
長いんですが、気持ちよく読んでもらうためなので、ご了承ください。

まずバルドクロスはプラナリアの続きになっておりますので、必ず『虚栄のプラナリア』を見てから今作を確認するようにお願いします。
それに加えて、前作もそうでしたが、仮面ライダーシリーズのほうを見ているということが前提になっています。
なので道具だったり、用語の説明は省いています。

一番大事なポイントとして、前作よりも暴力性と、性描写のレベルが格段に跳ね上がっております。
アマゾンズでいうなら、1期がプラナリアで、2期がバルドクロスという具合になっております。


R-18にしていない理由なのですが、まず性については

・『著しく性的感情を刺激する行動描写』

とありますが、コレは要するに『この作品で抜けるか抜けないか』ということを考えたとき、そういう内容ではないです。
とはいえ、用語などはハッキリと出てきますし、暴力的な内容も絡んできますので、苦手な方は注意していただければなと思っています。


暴力描写に関しましても

・『著しく反社会的な行動や行為、麻薬・覚醒剤の使用を賛美するなど~』

とありますが、一応主人公の立ち位置から考えても『犯罪行為を咎める』というところからは逸脱していないと考えました。
ただ、非常に暴力性は高く、猟奇的な描写もかなり増えていますので、その点に関しては注意していただければなと。

一話、特に強いシーンがありますので、そこに関しては『ジャンプ』を設けようと思っております。
詳しくは『カメンライダー』でも一度やったのですが、ページをクリックしていただけると、描写がワープする機能がありますので、それを使おうと思っています。

もう一点。差別用語や、そうした表現ともとれる場面が多く出てきます。
作者として、そうしたことを広めたり、ましてや賛美したり、特定の方々を誹謗中傷したり傷つけたりするという目的は一切無いので、その点はどうかご理解ください。


上記のことからR-18の必須タグはつけていませんが、最低でも17歳から。
できれば20歳を超えてから見ることお勧めします。

そして20歳以上であったとしても、暴力的な作品が苦手な方や、現実と妄想の区別が苦手という方は、絶対に見ないでください。
あくまでもフィクションだと割り切れる方のみ、お願いします。
そして改めて書いておきますが、この作品は実際の人物や企業とは何の関係ありません。

最後に、今回はアンチ描写や、暴力や性のシーンがいつにも増して多いです。
そしてさらにそれを露悪的といえばいいのか、悪意ある形で編集していると思われるかもしれません。
さらにさらに今まで私があえてというか、まああんまり好きじゃなかったのでやってこなかった構成というか演出というか組み立てももバリバリやってます。
かなり気持ち悪い感じの作品になっているとは、思います。

ただこれを今、見てくれているということは、虚栄のプラナリアを見てくれたということですよね?
前作ほどではありませんが、少しは、ほんの少しは綺麗なものを見つけてくれるように書きましたので。
どうかお付き合いいただければなと思います(`・ω・´)




 

 

『ねぇねぇ、知ってるお姉ちゃん? 昔、友達から聞いた話なんだけどさぁ』

 

 

暗い森の中を、一人の少女が歩いていた。

空は葉で覆われている。月も見えない。帰り道も見えない。

 

 

『女の子が道に迷ったの。周りは木ばっかりで、どれだけ進んでも元の道には帰れなかったんだって』

 

 

それでも少女はひたすら前に向かって足を進めていた。

彼女には闇の中を進む理由があったからだ。

 

 

『そしたらね、真っ暗な闇の中から――』

 

 

少女は足を止めると、適当な場所に腰掛けた。そこで永遠に腰掛けているつもりだった。

 

 

『わあああああああああああ!!』

 

 

手が伸びた。少女の鼻と口に、薬品がたっぷりとしみこんだガーゼが押し当てられる。

驚くだけの時間もない。少女はすぐに気を失って動かなくなった。

 

 

『女の子は、闇の中に引きずり込まれてしまいましたと、さ』

 

 

少女が目を覚ますと、すぐに強い光を感じて思わず顔を顰めた。

光、ライト、そこには人工的な灯りが存在していた。

強い光は少女の白い肌を、より白く強調させている。

 

 

『え? なに? 大きい声で脅かしてるだけ?』

 

 

そう、肌。

 

 

『ま、まあそういう意見もあるよね。でもいいじゃんお姉ちゃんもビックリしたでしょ?』

 

 

少女は全裸であった。

着ていた服や下着はビリビリに破られて周囲に落ちている。

 

 

『うそだよ! 肩がブルってなってたもん! アタシ見たもん!』

 

 

少女は手足を斜めに伸ばした状態、所謂『X』の姿勢で拘束されている。

手首と足首は木製のベッドにガッチリと固定されており、抜け出すことはできそうにもない。

 

 

『まあでも、話は本当みたいだよ』

 

 

少女がいるのは、石の壁に囲まれた地下室であった。

意味が分からなかった。一体、なんで、こんな――。

 

 

『女の子は行方不明になったまま。どこに行っちゃったんだろうね?』

 

 

その時、ペタペタと足音が聞こえた。

少女がなんとか顔だけを起こし、音がした方向を見ると、悲鳴に近い声が漏れた。

無理もない。現われたのは少女と同じく全裸の男だったのだから。

 

 

「起きたんだね! おはよう!」

 

 

男は嬉しそうに少女へと近づいていく。

なんだこの状況は。少女が戸惑いの色を見せていると、男は少女の太ももに鼻を近づけていく。

 

 

「あぁ、いい匂いだねぇ……! おじさん興奮してきちゃったよ!」

 

 

おじさんは全裸だ。そしてベッドの上で拘束されている少女も全裸だ。

これから何が始まるのかは、そう言った知識が薄い少女にも想像がついた。

故に叫ぶ。しかし無駄だった。なぜならば、おじさんは初めから『これ』が目的だったからである。

そろそろ我慢も限界だ。おじさんすぐに舌を出して少女の太ももにむしゃぶりつく。

 

 

「おじさんはね、気づいたんだ。やっぱりたった一度の人生なら好きなように生きないと!」

 

 

よく分からないが、おじさんは一度イメチェンをしたらしい。

髪形が変わると性格が変わるとは言ったもので、おじさんにも変化が起こった。それに伴う思考の変化も訪れたとか。

だからおじさんは仕事を辞めて、貯金を全て使って山奥にこの家を建てた。

誰にも見つからないマイホームだ。そしてDIYで地下室を、『いくら叫ばれても』問題ない部屋にしてみたりもした。

 

 

「!?」

 

 

ふと、少女は痛みを感じて顔を顰めた。

太ももが爛れ、ヒリヒリと激しい痛みを放ち、血が流れていた。

直前に感じたのはザラザラとした感覚、それはまるで粗めの紙やすりで皮膚を擦られたような。

ちなみに、そこは先程『おじさんに舐められた』場所だった。

いや、そんな事はどうでもいい。とにかく少女にできることは助けを求めることだけだ。

確かに少女は人気のない場所に来た。しかし、こんな筈ではなかったのだ。

 

 

「うんうん、分かるよ。この山にはそういう子が来るらしいからね。だからこの場所にお家を建てたんだ」

 

 

自殺の名所。

山には妖精がいるらしく、自ら命を絶ったとしても、心優しい妖精が天国に連れて行ってくれると言う噂があった。

少女はそれを信じてココに来ただけだ。餓死するまで、あそこで座っているつもりだった。なのに、どうしてこんなことに……。

 

 

「どうせ死ぬつもりだったら、べつにどうなってもいいよねぇ」

 

 

ガチャガチャと音が聞こえた。

 

 

「ねえお嬢ちゃん、今からおじさんと楽しいこと、いっぱいしようねぇ」

 

 

それは、あまりにも一瞬だった。

少女の左手の薬指。愛を誓う永遠のリングをはめる指に、激痛が走ったのは。

何が起こったのか? 少女は絶叫しながら指を見る。

 

しかし指を見ても意味が分からなかった。見えたのは大きな大きな釘。そしておじさんの手にはハンマー。

そう、おじさんは少女の薬指に釘を宛がい、そのままハンマーで思い切り打ち立てたのだ。

釘は少女の柔らかな皮膚を突き破り、骨をも打ち貫き、指を貫通して木製のベッドに突き刺さった。

 

悲鳴、絶叫、激痛。

少女は涙を流しながら、おじさんを見る。

するとおじさんは嬉しそうな笑みを浮かべていた。注目してほしいのは、おじさんのリトルボーイである。

それが今、天を向いて宇宙キター!!

まあ……、なんだ。トランセルやコクーンが硬くなるのと同じである。

良く分からない? だったらそれでいい。くだらなくて下品な話なのだから。

 

一方で少女は自らの想像力が欠乏していることを自覚した。

自分の考えが甘すぎたことを理解した。彼女は結局のところ、陵辱される『だけ』だと思っていたからだ。

小説や漫画で多少は読んだことがある。辛いだろうけど、肉体的にというよりは精神的に。

なぜならば行為自体は、おかしなことではない。愛し合う男女が行うものだから。

しかし、おじさんは違ったのだ。

 

 

「見える? これはね、ハサミ! お嬢ちゃんの耳とか乳頭とか! いろんなところを切るよ!」

 

 

それは挿入前の前戯でしかない。

一番の獲物は――、ご立派な『ピッケル』である。

 

 

「これ、見て! すごいでしょ! これでお嬢ちゃんをメチャクチャにしてあげるからね!」

 

 

それでは、ご紹介しましょう。彼こそがみなさんご存知、ピッケルおじさんである!

脱サラしたピッケルおじさんは、かねてよりの趣味であった動物を耕す事をレベルアップさせ、人をピッケルでメチャクチャにする事を目指した。

そして長い期間を経て、ついに今、最初の犠牲者を手に入れたのだ。

少女は狂ったように叫び、許しを請うていた。

なぜこんな事になったのだろう? 楽に死ぬために山に入ったのに、こんな、こんな。

しかし一方でおじさんはリトルボーイをギンギンにさせてピッケルを振り上げた。

これを少女に突き立てることでピッケルおじさんはヘブントリップするのだ。

ちなみに、これは余談だが、おじさんの舌や肌はなぜかザラザラである。なんと言えばいいのか? 鮫肌? んん。

まあ要するに、ピッケルおじさんは、ピッケル鮫肌おじさんなのだ!

 

 

「んほぉぉ!」

 

 

ピッケル鮫肌おじさんは情けない声を上げながらも、しっかりと力強くピッケルを振り下ろした。

いきなりは殺さない。悲鳴と言う嬌声を聞きながら、ピッケル鮫肌おじさんは更なる快楽を獲得するのだ。

まずは記念すべき一発目は太ももだ。ご覧あれ。大量の血が飛び散り、岩壁を赤く染める。

 

 

「んほ?」

 

 

その時、ピッケルが地面に落ちる音が地下室に響いた。

 

 

「楽しそうで良い。俺も混ぜておくれよ」

 

「んぴょ?」

 

 

ピッケル鮫肌おじさんは首をかしげた。

少女に傷はない。なんでだ? なんで? 分からない。

ピッケル鮫肌おじさんは、一旦状況を確認するためピッケルを引き戻す。

そして気づいた。そうだった、ピッケルが地面に落ちているのだと。

ピッケルの横には、おじさんの右腕が転がっていた。

 

 

「んまあああああああああああああああああ!!」

 

 

腕がなくなっちゃった☆

などと言っている場合ではない。

壁に張り付いていたのは血は、ピッケル鮫肌おじさんの物だったのだ。

 

 

「ねえ、おじさん。俺とセックスしようぜ」

 

 

おじさんの頭が掴まれた。直後、思い切りベッドに叩きつけられる。大きく広げた少女の脚の間にめり込んだおじさんの顔。

その後もおじさんは、何度も何度もベッドに叩きつけられた。

壊れるベッド、おじさんの顔に木片がいくつも突き刺さっていった。鼻は潰れ、歪な形になっている。

青くなっている所を見ると、粉々顔の骨が折れているらしい。

 

 

「痛いよぉ、痛いよォ……!」

 

 

おじさんは泣いていた。

何故だか分からないけど、お家に帰りたくなった。暖かいご飯が出てくる場所に還りたかった。

一方でおじさんの頭を掴んでいた少年は、おじさんを強く投げ飛ばした。

おじさんは壁に叩きつけられ、へたり込む。

 

 

「気持ちいいねェ。最高に気持ちが良い。おじさんはどうなのかな? 我慢しなくていいから、もっと声をだしておくれよ。エロくて、最高に素敵な声を」

 

 

現われた少年――。少年?

少女は尚も悲鳴を上げていた。現われた『少年である筈のもの』は、どう見ても人間ではなかった。

おじさんの返り血を浴びた禍々しく醜い化け物だ。

異形が視界をジャックする。気づけば血のように赤い化け物もやって来た。

 

 

「大丈夫? 怖かったね? ンヌフフフ……!」

 

 

ボソボソと聞こえる小さな声。

赤い化け物は少女を縛る手錠を破壊し、解放する。

 

 

「な、な、なんだよぅキミ達はぁ! どうじでゴゴがわがっだの!?」

 

 

ピッケル鮫肌おじさんは青ざめ、震えていた。

いつの間にか地下室にはおじさんの知らない化け物が四匹もいた。リーダー各と思わしき化け物は、ニタニタと笑っているような声色だ。

もちろん気がしただけと言えば、そう。

だって表情が人間のソレじゃないから、何も分からない。

 

 

「ねえ、おじさん。乱交にしよう。おじさんはもちろん……」

 

 

リーダー格の少年は複眼を光らせる。

 

 

「メス」

 

「え?」

 

「じゃあモグラくん。まずはしっかりほぐしてあげて」

 

「は、はい! 任せて、くださぃ」

 

 

おじさんは良く分からないけどクマちゃんのぬいぐるみを抱いて、暖かい布団で眠りたくなった。だから帰ろうとした。幸せなお家が欲しかった。

けれど無理だった。ピッケル鮫肌おじさんは立ち上がろうとしたが、再び地面に倒れる。

いつの間にか足がなくなっていた。足首から下が切り落とされていた。

 

おじさんは蹴られた。お尻を皆様に向ける形となり、恥ずかしくなった。

おそらくほぼ全ての人間には、お尻に穴がある。あまり詳しく説明はしないが、『モグラくん』と呼ばれた化け物は、『穴』に『あるもの』をセットし、ニヤリと笑った。

そして衝撃が走る。おじさんの絶叫が地下室に響く。おじさんのお尻が開かれたのだ。開拓されたのだ。

 

ちなみに、セットされたのは爆弾でした。

入れやすいように細い筒状になった爆弾だった。

でもそれなりに威力はあるので。おじさんのお尻は、穴を中心に肉が飛び散り、すぐに焦げた臭いが鼻をつく。

 

 

「座薬くん。先にヤッていいよ」

 

「ハッ! 心遣いに感謝!」

 

 

座薬くんと呼ばれた『緑色の化け物』は落ちていたピッケルを拾うと、おじさんのお尻を耕しはじめた。

 

 

「貴様ッ! いたいけな少女になんて事を! 許さん! 許さんッ! フン! フンッ! フゥンッ!」

 

 

座薬くんは興奮したようにピッケルを何度も何度もおじさんのお尻に打ち付けていった。

おじさんは号泣して泣き叫び、血を撒き散らしながら命乞いを始めた。

するともう一人の化け物、トンボくんが動く。彼はおじさんが用意していたハサミを拾うと、おじさんのいろんな所をチョキンチョキンと切り落とし始めた。

 

 

「……殺しちゃダメだよ、トンボくん」

 

「わーってまーす。あー、くそ、骨ってかてぇな……」

 

 

やる気のない言葉だった。

一方でリーダー各の少年はウキウキとしていた。

余談だが、彼は今、勃起している。すごく勃起しているのだ。

 

 

「あぁ、エロいよおじさん。マジでエロいなぁ。すごくエッチだ貴方は」

 

 

数分後、少女はまだ叫んでいた。

せっかく自由になったというのに、涙を流して化け物たちに懇願していた。

 

 

「お願いです! お願いですからッッ!!」

 

 

少女の叫びは純粋だった。

 

 

「お願いだから、もうその人に酷い事しないでェエッ!」

 

 

少女はピッケル鮫肌おじさんの無事を祈った。

あれだけ酷い事をされたのに、される筈だったのに、なんと少女はそのピッケル鮫肌おじさんを助けてほしいと懇願したのだ。

それほど、それだけ、おじさんは気の毒だった。しかし少女の願いは月に吸い込まれるだけ。だれも聞いてくれない。聞く気もない。

なにより、いまさら犯すのをやめた所でどうなるのだろう? 既に少女の前にはおじさんのパーツがいくつも転がっていた。

床にはおじさんが最期の力を振り絞って、『一本』になった指で書いた『たすけて』という文字も見える。

 

 

「―――」

 

 

あまりの恐怖に少女の脳が壊れた。

少女は白目をむくと泡を吹いて気絶する。一方でおじさんは、『お肉』になっていた。

なんだかよく分からない物体を足蹴にし、化け物たちは外に出る。リーダーの手には壊れかけのおじさんの頭があった。

化け物達は外にでると、おじさんの頭部を置いて『変身』を解除する。

そして四人でおじさんの頭を囲むと、それぞれ自分のブツをしごきはじめた。

 

 

「………」

 

 

少年はブツを擦りながら思う。

慈悲はあった。おじさんはその気になれば舌を噛んで死ねた筈だ。

でもおじさんは耐えていた。殺してからも損壊していたから、どこで死んだのかはイマイチ覚えていないが、おじさんは自殺をした素振りは無かった。

つまり、おじさんは最期の最期まで、生きようとしていたのだ。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

故に、ありったけの『感射』を。絶頂のタイミングは合わせていないにも関わらず、みんな同じだった。

だから男達は一体感を感じて笑いあう。

白濁した液体をたっぷりとかけられたおじさんの頭部は、心なしか嬉しそうに微笑んでいる気がした。

 

 

「けっこう気持ちよかったな」

 

 

リーダー各の少年はブルッと肩を震わせ、月を見上げる。

美しい月だった。他の男達も少年の後ろに立って月を見上げる。

 

 

「赤い月だ。きれいだな……」

 

 

月は赤くなかった。普通の色だった。

 

 

「綺麗だなぁ」

 

 

うっとりとした少年の声が、月に吸い込まれていった。

四人の影が歪んだ気がする。トカゲ? ピラニア? ヒョウ? 良く分からない化け物達は、いつまでも空を見上げていた。

 

 

 






あと一つ、私のことを嫌いにならないでね(´;ω;`)


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第1話 ●ックスライダーによろしく!


なんや。アンタは何を想像したんや。
マックスとか、ボックスとか、いろいろあるやないか。
やらしいやで、アンタそういうトコ( ^ω^ )


 

 

 

もしもし、もしもし、誰か聞こえていますか? 誰かぼくの声が聴こえていますか!?

ぼくらはここにいます! もしもし! 誰かッ、この声が聴こえるなら、返事をしてください!

お願いです。ぼく達はここにいます。

もしもし! もしもし! 聴こえていますか?

ぼく達は、正常です!

もしもし、もしもし! お願いがあります。

誰が、どうか、ぼく達を見つけてください!

もしもし、もしもし! ぼくはココにいます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『セックスライダーによろしく!』

 

 

 

「きッらめく青い海ぃ! わッたッしの心を覗かせ――」

 

 

とあるカフェ。

店内に設けられたステージの上で、可愛らしい衣装に身を包んだ少女達がマイクを片手に駆け回り、短いスカートを揺らしながらダンスを踊っている。

皆とびきりの笑顔を浮かべて体を動かしており、銀色のロングヘアを靡かせた少女がセンターにやってくると、ケミカルライトを振るっていた男達の熱気はピークに達する。

 

 

「みんなぁー♪ 今日はいっぱい楽しんでいってねーっ!」

 

「「「「「「はーい! ケーキちゃーん!!」」」」」」」

 

 

濁ったシンクロ音。

ケーキと呼ばれた少女はクルリと一回転。髪を靡かせて、甘いシャンプーの香りを拡散させる。

さらに短いスカートゆえ、旋回時にそれは大きく開き、縞ニーソの上にある白い太ももを強調させた。

それだけではなく、一部の観客達の目には桃色の下着もバッチリと目に映った事だろう。それを証明するように、歓声はより大きくなっていく。

そしてケーキもそれを自覚しているのか、悪戯な笑みを浮かべると、舌を出して首をかしげた。そして『青い瞳』で観客達を見渡す。

 

 

「あんまり興奮しちゃダメだよ? ケーキからの、お・ね・が・い・ね☆」

 

 

ウインクを決めると、さらなる歓声が上がった。

そのまま二曲歌った後にミニコンサートは終了。女の子たちはステージから降りて、観客達との握手会が始まる。

チョコちゃんだの、マッコリ姉さんだの。色々なニックネームの少女たちが並び、ファン達はお目当ての子達と指を絡ませあう。

そのなかでも先程のケーキと言う少女は、コアなファンが多いようだ。

おじさんから、若い女の子まで、いろいろなファンが並んでいた。

 

 

「今日も良かったです!」

 

「本当? ありがとね!」

 

 

握手。

 

 

「ケーキちゃん、可愛かったよ!」

 

「うれしー! ボク、そう言われるの好きー!」

 

 

握手。

 

 

「応援してます! ケーキちゃん!」

 

「ん! ありがと! これからもケーキをよろしくね!」

 

 

握手。

 

 

「ケーキちゃん。すっごいいい匂い、ペロペロしたいよぉ」

 

「ケーキの体は甘いんだよぉ? なんてね。本当はパウダーシート。あれで体拭くとこんな匂いになるんだ」

 

 

握手。

 

 

「ケーキちゃんたちなら絶対メジャーデビューできるよ!」

 

「えへへ、まあボクとしてはコッチでまったりやる方が好きなんだよね☆」

 

 

握手。

 

 

「そこらへんのアイドルよりかわいいよ!」

 

「本当ぅ? お世辞じゃないのー? でもありがとっ! とっても嬉しい!」

 

 

握手。

 

 

「け、け、けッ、ケッチャ! ぱ、パンツ食べたぃ……。デゅフッ!」

 

「ふふっ! お金取るよ~? 世界で一番おいしいパンツなんだから!」

 

 

握手。

 

 

「あ、あたしっ! ケーキちゃんのファンなんです!」

 

「そうなんだ! ありがとうございます。これからも応援よ・ろ・し・く・ね!」

 

 

おでこの所でブイサインを取るのが通称ケーキポーズである。

ファン達はそれをしながら次へと流れていく。

そんな中、小太りで、ハゲ散らかした男性がウキウキとした表情でケーキの前に立った。

何を入れているのやら、とても大きなリュックをガチャガチャと鳴らしている。

 

 

「あッ、波佐見さん。今日も来てくれたんだ!」

 

「うん! ケーキちゃんに会いたくてさ!」

 

 

相当興奮しているのか、メガネが曇っている。

 

 

「ほんとぉ!? 超嬉しい!」

 

「ほら、コレ見て、今日はちょっとオシャレしてきちゃった」

 

「あ、本当だ! かっこいいじゃんそれ!」(だっせぇ……)

 

 

波佐見と言う男性は、豹柄のジャケットを羽織っていた。

とは言え、ヨレヨレのデニムや、ボロボロのリュック。

襟元が黄ばんでおり、さらに変なシミがいくつもある白いTシャツとは明らかに合っていないし、浮いている。

ジャケットのサイズも全然違うようだし……。

 

 

「それ、どうしたの?」

 

「あ、これね! 町を歩いてたら店員さんに呼び止められてさ!!」

 

「うん、うん、へぇー、そうなんだ」

 

 

ケーキは理解する。どうやら波佐見は、上手い具合に言いくるめられてジャケットを買わされたららしい。その額なんと30万。

 

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ、ぼくお金があるんだ。ケーキちゃんだけに言うけど――」

 

 

小声で波佐見はニヤニヤしながらケーキに語りかける。

 

 

「ぼく宝くじ当たって、お金持ちなんだよ」

 

「本当! すっごい! ケーキにも頂戴!」

 

「あはは、その事なんだけど――」

 

 

波佐見の額には汗が浮かんでいた。どうやら緊張しているようだ。

 

 

「あ、あ、あ、あの噂って、ほほほほ本当?」

 

 

ケーキもまた、ニヤリと含みのある笑みを返す。

 

 

「……なんの事? ボクは秘密の多い子だからさ」

 

「そ、そっか」

 

「まあでも……」

 

「ッ?」

 

「嘘じゃ、ないかもね」

 

 

それを聞いて嬉しそうに笑う波佐見。

気を良くしたのか、ケーキにとってどうでも良い事をベラベラと喋っていく。

 

 

「ぼくね、もっとおしゃれになるからね。もっとカッコよくなるからねケーキちゃん」

 

「???」

 

「ケーキちゃんに相応しくなって帰ってくるからね、もうちょっと待っててね!」

 

「う、うん?」

 

 

良く分からないが、さすがに喋りすぎ。もう時間もないので握手をして終わりにする。

 

 

「ケーキちゃん以外の子は断っちゃったから、今日の最初で最後の握手だよ」

 

「そうなんだぁ、光栄でございます!」

 

 

そう言ってケーキは手を出し――

 

 

べちょ。

 

 

「……ま、また来てね! ケーキ待ってるからっ!」(うわーお)

 

「うん、絶対来るよ! またねケーキちゃん」

 

 

いや、まあ、そういう人間がいるとは知っていたが、せめてもうちょっと隠すとか……。

 

 

「ま、いいか」

 

 

ケーキはため息をついて、白濁塗れの手を洗いに行った。

トイレに入ってしばらくすると、二人の女性が姿を見せる。

 

 

「ケーキちゃん、お疲れ様!」

 

「今日も良かったわよ、ケーキ」

 

「チョコちゃん、マッコリ姉さん! おつおつー!」

 

 

ネコ耳、三つ編み、おとなしそうな『チョコ』ちゃん。

ネイルに全てを懸け、そろそろ少女じゃなくなってきた『マッコリ姉さん』が、ケーキに話しかける。

三人は特に仲がよく、仕事終わりにはカラオケや食事に行っていた。

 

 

「なにしてるのケーキちゃん?」

 

 

チョコはケーキの肩に顎を乗せると、微笑む。

 

 

「うん。ちょっと、ほら、あの波佐見って人が」

 

 

青ざめるマッコリ姉さん。

 

 

「うげー、あのだっせー童貞でしょ? 今日はマジでダサさに磨きが掛かってたよね?」

 

 

どうやら波佐見と言う人物の評価は相当低いらしい。常連=良い客と言うワケでもないのだ。

 

 

「あの豹柄のジャケット本当に似合ってなかったよね」

 

 

優しそうなチョコちゃんですら、この一言である。

 

 

「そうそう! アタシ、マジで笑いそうになっちった!」

 

「あの人ちょっとヤバくてさ。チンチン触ってからならまだしも、手に精液つけたまま握手する普通?」

 

 

それを聞いてトイレに悲鳴が木霊する。

 

 

「おぅえッ! はきそ……! ちょっとマジで警察行こうかケーキ、アタシついてくよ?」

 

「そうだよケーキちゃんッ! ああいうのはエスカレートするかもしれないからね!?」

 

「んー、まあいいんじゃない? お金持ってるみたいだし、愛想よくしてれば何かくれるかも。ヤバくなったらその後でポリスメンに捕まえてもらお?」

 

「かぁー、たくましいわアンタ。刺されてからじゃ遅いんだからね」

 

 

マッコリ姉さんは壁にもたれかかり、タバコを咥える。

ケーキやチョコ達は店舗限定の地下アイドルみたいなものだ。ファンとの距離が近い分、たまに暴走する人が出てくる。

ケーキたちが知ってる中では過剰なおさわりくらいだが、別のところでは刺されそうになったりするアイドルもいるのは知っている。

 

 

「大丈夫だよマッコリ姉さん。少なくとも波佐見さんには、そんな事する度胸はないと思うな。それよりご飯いこ? ボク、パスタ食べたい気分♪」

 

「しゃーねーな。ココは可愛い後輩達にお姉様が奢ってやるよ」

 

「本当! やったねチョコちゃん!」

 

「うん! マッコリ姉さん。今日もネイルが可愛いね!」

 

「取ってつけた様なお世辞やめろ!」

 

「そうだよ、アラサー姉さんに失礼だよチョコちゃん」

 

「お前らそれが奢ってもらうヤツらの態度か!」

 

 

とは言いつつ、そこは時間と信頼の賜物なのか。

マッコリ姉さんは本気で怒っているわけではなく、じゃれ合いの一環である。

現にマッコリ姉さんは、後輩二人と肩を組みながらカフェを出ることに。

だがそこで三人は目を見開き、固まった。

というのも、店の前で見知らぬ少年がガードレールにもたれかかって苦しそうにしていたからだ。

 

 

「わわッ! 大丈夫ですかぁ!?」

 

「う、うぅぅ」

 

 

ケーキが少年の肩に触れると、苦しそうな呻き声が聞こえてくる。

 

 

「どうしようマッコリ姉さん?」

 

「んおおっ! とにかく救急車呼ぶか!」

 

 

素人にはどうする事もできない。

マッコリ姉さんは携帯を取り出すと、救急車を呼ぼうと数字をタップし始めた。

しかしその時、少年が首を振って、虚ろな目をマッコリ姉さんに向ける。

 

 

「あ、あの、オレ、大丈夫ですから……」

 

「え? でも――」(あ! よく見たら、この子めっちゃイケメン……!)

 

 

憂いの表情がマッコリ姉さんのハートを――、などと言っている場合ではない。

こういうのは本人が大丈夫と思っていても重い症状の可能性が高い。そう思っていたのだが、少年は言葉を続けた。

 

 

「実はちょっと家出してて」

 

「あらま」

 

「それでっ、お金あんまり持ってきてなかったから……」

 

 

そこで少年のお腹が、グルルと獣の唸り声のような音を立てた。

なるほどそういう事か。ケーキ達は顔を見合わせると苦笑し、少年を自分たちの職場、『アリスカフェ』へと招待した。

 

 

 

 

 

「ガウガウガツガツガブガブガブ!」

 

 

店内、端の席には大量の料理が並べられていた。

それを少年はガツガツと貪り食っている。どうやら、お腹が空いていただけらしい。

ジュースやハンバーグだのオムライスだのをバカバカ口の中へ運んでいくと、だんだん元気になってきた。

 

 

「いっぱい食べなよ。ここ全部アタシが出してやるから」

 

「マッコリ姉さんボクらの分はぁ?」

 

「知らん知らん。己で払えー」

 

 

ケーキは不満そうに頬を膨らませる。

少年としても思うところはあるのか、気まずそうにゴクンと喉を鳴らした。

 

 

「す、すいません。なんかオレのせいで……」

 

 

お店だって本当は営業時間ではないが、マッコリ姉さんが店長に向かってギャーギャー騒ぎ、開けてもらったのだ。

 

 

「気にしなさんな! アタシはイケメンに弱いのだ!」

 

「い、イケメンですか……」

 

「くぁー! 照れてる姿も可愛いなーッ!」

 

 

上機嫌のマッコリ姉さん。

聞けば、少年は自分のことを『涼霧(すずむ)』と名乗った。

 

 

「良い名前ッ! さわやかで貴方にピッタリ!」

 

 

確かに涼霧の容姿は整っていた。さわやかで、清潔感がある。

彼は照れたのか、ドリンクを手にすると可愛らしい店内を見回す。

二次元キャラのポスターが貼ってあったり、可愛らしいぬいぐるみが置いてあったり、本来ならば絶対に入らないような内装であった。

 

 

「皆さんは、ここで働いてるんですか?」

 

「そう。このアリスカフェでね」

 

 

一種のメイド喫茶みたいなものである。

ただし接客するのはメイドではなく、この店舗で生まれた『ALICE』と呼ばれるアイドル達だ。

週に5回くらいはライブを開き、グッズを売ったりしている。

まさに知る人ぞ知るアイドルと言ったところか。しかし今のSNS社会では閉鎖的な活動でも宣伝してくれる人が多く、県外から足を運ぶ人もいるとか。

 

 

「そ、それよりさ、涼霧くん家出したって言ってよね? 今日泊まる所とかあんの……?」

 

 

三白眼を見開きながら、マッコリ姉さんが前のめりになって問いかける。

 

 

「え? ああ……、そういうの決めてなくて。だから野宿でもしよっかなって」

 

「いやいや! いくら何でもそれは! よ、ようし! だったらこのお姉さんの家に――」

 

 

そこでケーキは喉を鳴らす。

軽くマッコリ姉さんの背中を叩くと、耳元で囁く。

 

 

「ちょっと姉さん。アンタこの前も高校生襲って、あやうくクビになるところだったでしょ」

 

「や……ッ! 確かに止めてくださいって言われたけど、普通アレはプレイの一環だって思うでしょうが!」

 

「ばか! そういう所が姉さんのヤバイ所なの! ボクやだよ、姉さんがクビになって刑務所いくの!」

 

 

マッコリ姉さんも思うところがあるのか、言葉を詰まらせて沈黙する。

とはいえ困っているのは事実だろうし、このまま涼霧を放っておくのも気分が悪い。

実はここ最近、この町で通り魔事件が発生していた。なのでいくら男とは言え、もしも公園で眠らせて翌日死体で発見でもされたら気分も悪い。

かと言ってホテル代を出すのは何かちょっと違う気もするし……。

 

 

「分かった! じゃあ涼霧くん、ボクの家に来なよ!」

 

「は!?」

 

 

ケーキの提案。

すると、ずっと壁を睨みつけて沈黙していたチョコちゃんが声をあげる。

 

 

「ど、どしたのチョコちゃん」

 

「あ……、あぅあぅぁっぇ」

 

 

チョコちゃんは一瞬だけ涼霧を見ると、表情を歪めて再び壁を睨みつけた。

 

 

「あの、オレなんかマズイことしました?」

 

「あー、気にしないで。チョコちゃん男の人が苦手なだけだから。ステージじゃ割り切れるんだけどね、握手とか苦手なんだよ」

 

 

確かにチョコちゃんは気分が悪そうにプルプル震えて、涼霧とはなるべく目を合わせないようにしている。

まあ、とにかく話は纏まった。涼霧は手早く食事を腹に収めると、大きなリュックを背負って店を出た。残念そうに手を振るマッコリ姉さんと、何かを言いたげなチョコちゃんに別れを告げて、二人は肩を並べて道を歩く。

 

 

「涼霧くんって何歳なの?」

 

「17歳」

 

「ふーん、ボクと一緒だね! 学校は?」

 

「家出だから。無断欠席だよ」

 

「そっか。ま、ボクもあんまり行ってないから。仲間だねッ!」

 

「そうなんだ。ケーキちゃんだっけ? それ本当の名前?」

 

「あははッ! 違うよ~。ALICEは食べ物を自分の名前にするの。まあ自分の名前と似てるのを選んでる子もいるし、好きなものをつけてる子もいる」

 

「へー」

 

 

肩の高さが大きく変わる。涼霧は石段の上に立って歩く。

その向こう側には砂浜が広がり、少し向こうには海が見える。

空はピンクとオレンジと紫の三色の層を作っていた。

潮風が吹く。波の音を聞いて、涼霧は海に視線を移した。

 

 

「涼霧くんの家は近いの?」

 

 

ケーキの問いかけに、涼霧は首を振った。

 

 

「それなりに離れてる。でもさ、オレ海が好きなんだ。水野町(ココ)の海は凄い綺麗って聞いたから」

 

「うん。綺麗だよ。最近はちょっと事件もあったけど、基本的には凄く良い町だから、ココに来て正解だったね」

 

「……キミにも会えたしね」

 

 

ケーキはプッと吹き出した。

涼霧も自分の言葉が恥ずかしいものだと自覚があるのか、頬を赤くして曖昧に笑うだけだった。

それから少し歩き、二人は坂を上ったところにあるマンションに着いた。ココの403号室がケーキの家らしい。

 

 

「お、おじゃまします」

 

「遠慮しなくていいよー。ボク、一人暮らしだし」

 

「え? そうなの?」

 

「えへへ! いいでしょー! 誰にも気を遣わないで過ごせるし、快適なんだよーん」

 

 

ケーキはカバンを放ると、冷蔵庫を開ける。

 

 

「適当に座って。クッション使ってもいいよ。ねえ何か飲む? あ、駄目だ、コーラしか無いや。いいよねコーラで」

 

 

ケーキが振り返ると、涼霧はクッションの上で正座をして背筋を伸ばしていた。

 

 

「その座り方、辛くない?」

 

「あ、いやッ、なんていうか緊張して……!」

 

 

可愛らしいクッションやらカーテンやら、ベッドの上にはぬいぐるみやら。

なんだかやたら良い匂いもするし。分かりやすい女の子の部屋は、高校生には少し刺激が強いようだ。

 

 

「それにさ、一応ケーキちゃんってアイドルなんだよね?」

 

「むー、一応って失礼だなぁ!」

 

「あッ、悪いッ! いや、そういう意味じゃなくて。だからその! いいのかな? オレを家に入れても」

 

「んあー、まあ良いんじゃない? ボクら別に恋愛禁止ルールないし。それに……」

 

 

ケーキはピースをつくり、それを額に持っていく。

 

 

「ボクのファンは、キミを家に招待したくらいじゃ減らないよ!」

 

 

それはとても自信に満ちた笑顔だった。

その眩しさに、涼霧は何か熱い感情がこみ上げるのを感じた。

 

 

 

 

 

(とはいえ……)

 

 

30分後、涼霧はまだ正座中であった。

 

 

(オレはバリバリ意識するっつうか……)

 

 

正直な話、涼霧が今まで出会ってきた中で、ケーキは一番可愛い女の子であった。

そんな人の家に呼ばれ、泊まることになり。そして今、耳をすませば聞こえてくるのはシャワーの音だ。意識するなという方が無理である。

おまけに、ケーキの声が聞こえてきたのはその時だった。

 

 

「ねー、ごめんねー! ちょっとシャンプー切れちゃって! 詰め替え取ってー!」

 

「え? あッ、ああ! ちょっと待って!」

 

 

涼霧は言われるがままにシャンプーの詰め替えをもって風呂場の前にやってくる。

 

 

「ありがとー! ちょうだーい!」

 

「う、うん!」

 

 

風呂場のドアが少し開いて、手が伸びてきた。

真っ白な腕にドキドキしながら、涼霧はシャンプーを渡す。

閉まるドア。涼霧は急いで立ち去ろうとするが、そこで気づいた。

かごの中にケーキの脱いだ服が置いてある。注目するべきは、目立つところに下着がある点だ。

ピンク色のリボンがついたパンツ。涼霧は思わず目を見開き、停止する。

 

 

(まじか……ッ!)

 

 

今、ケーキはシャワーを浴びている。こちらには気づいていない。

 

 

(コレ、わざとか?)

 

 

まずい。いやいや、流石にそれは。

そうは思えど、あふれ出る明確な欲望があった。

気づけば涼霧は下着を手にしていた。ずっと穿いていた筈なのに、少し顔を近づけただけで良い匂いがしてくる。

どういう事なんだろう? 女の子はみんなそうなのか?

グルグルとまわる煩悩のスパイラル。思わず脳内に下着姿のケーキが浮かんでくる。

自然と呼吸が荒くなってきた。ケーキの真っ白な肌を想像して、心臓は激しい鼓動を刻む。

ケーキはなんだかとても妖艶な雰囲気を持っていた。

胸は薄いし、ボクという一人称がボーイッシュさを引き立たせる。けれども銀色の髪は長く、美しい。

顔も可愛らしいし、肌だって凄く白くて綺麗だ。

 

 

「ハァ、ハァ!」

 

 

これはマズイ。涼霧はすぐに下着を戻すと、急いで脱衣所を離れた。

 

 

 

 

 

 

「ねるよー」

 

 

夜。電気が消える。

ケーキはベッドで、涼霧はその横の床で寝ることになった。

クッションを枕にして、涼霧は目を閉じる。お風呂にも入った。

歯ブラシは持っていたので、歯磨きもした。だから後は寝るだけだった。

寝る、だけ。

 

 

「んー……」

 

 

電気を消して五分後くらいだろうか。ケーキはゆっくりと目を開けた。

彼女は普段、左を向いて寝る。逆に涼霧は右を向いて目を閉じた。つまり二人は背中合わせになっていた訳だ。

 

 

「だったんだけど……」

 

 

目を開けたのは気配を感じたからで。

ケーキは左を、壁を見つめたまま口を開く。

 

 

「あのね涼霧くん。いくつか質問しちゃってもいいかな?」

 

「……なに?」

 

「なんでボクのベッドで寝てるの?」

 

「えっと、それは……」

 

「まあ、まあ、うん。それは別にいいんだよ。床じゃなくてベッドで寝たいのは当然だよねー。うんうん、でもさぁ」

 

 

ケーキは左を向いて寝ていた。

ケーキの隣にいた涼霧も左を向いていた。

涼霧はケーキの背にお腹をくっつけている。それだけじゃない。腕の位置だ。

 

 

「あの、なんでキミはボクの胸をガッツリ触ってるの?」

 

「それは、その……、駄目?」

 

「いやッ、駄目っていうか……。んー、駄目っていうかぁ」

 

 

ケーキは困ったような表情を浮かべる。

 

 

「ごめんッ、ケーキちゃん。オレッ、もう我慢できなくて……!」

 

 

部屋に入って、下着も見て、それでお風呂の傍に呼ばれて、少し警戒心が薄すぎるのではないか。

それに涼霧は見てしまった。ケーキのベッドの下に、所謂『大人の玩具』がいくつか転がっていたのだ。

 

 

「ん、んー、いやッ、それは片付けるのを忘れてて」

 

「でもッ、そういうの好きなんでしょ? だったら――ッ、その、オレじゃ駄目かな?」

 

「駄目? 駄目っていうか……、だからそのー、うーん」

 

 

そこでケーキはピクリと眉を動かす。素肌に手の感触を感じたのだ。

 

 

「こらこら。お返事してないのにシャツの中に手を入れない!」

 

「うわっ、す、すげぇ柔らかいし、凄い滑る――ッ!」

 

「話を聞いてってば! ってこら! 摘むな摘むな!」

 

 

涼霧の呼吸が荒くなり、ケーキは先ほどから、お尻の辺りに硬いものが当たっているのを感じていた。

今も涼霧は真っ赤になって、尚もケーキの胸をまさぐる。

 

 

「ちょっとあの涼霧くん……、ボク、お胸小さいから、あんまり触られるのは……」

 

「え? いやッ、でもオレッ、小さいのも好きだから大丈夫ッ!」

 

「なにが大丈夫なの? だからってガッツリ触るのは……」

 

「お、お願い。オレ、ケーキちゃんと……、その、したいんだ。あんまり上手くないかもしれないけど、ちゃんと気持ちよくするからッ! 駄目? 嫌?」

 

「ま、まあ嫌じゃないけどぉ……」

 

 

涼霧は嬉しそうな顔をする。

が、しかし、ケーキは涼霧の手を掴むと、そのまま自分の下半身に持っていく。

もにゅりと、なにやら『大きなモノ』の感触があった。

 

 

「……え?」

 

 

涼霧がピタリと固まる。

 

 

「え?」

 

「いや、だからー。駄目じゃないんだけどぉ」

 

 

ケーキは呆れたように笑った。

 

 

「ボク、男の子なんですけど」

 

 

それはおそらくジャンルに分けるなら悲鳴だ。

しかしすぐに冷静さを取り戻したのか、涼霧はすぐに声を抑えた。

 

 

「ご、ごごごめんッ、周りの人に迷惑だったかな?」

 

「あー、大丈夫だよ! だって今、左右の部屋のポストが封鎖されてるから、誰も入居してないんだよ」

 

 

そう言ってケーキはベッドの傍にあるスタンドライトをつけて、寝返りをうって涼霧の方を見る。

灯りに照らされたケーキは、とてもじゃないが男には見えない。

だが確かに言われてみれば骨格は男性寄りかもしれない。

しかし、シミや、毛一つない肌や声や唇の質感はとてもじゃないが……。

 

 

「ほ、本当に男の子なの?」

 

「うん。ちんちんあるよ」

 

 

涼霧は真っ赤になってゴクリと喉を鳴らす。

するとケーキは少し意地悪な笑みを浮かべて腕を伸ばした。場所は涼霧の『胸』だ。

 

 

「あッ!」

 

 

咄嗟に涼霧は胸を守る為に腕を回す。それでケーキは確信した。

 

 

「そういうキミは、女の子でしょ」

 

 

 

 

 

それは随分と不思議な話であった。

女の子だと思っていた人が男の子で、男の子だと思っていた人が女の子であった。

そしてその女の子はつい先ほどまで男の子の胸を揉んだり摘んだりしていたわけで。

男の子は女の子の下半身に装着されているアダルトグッズを凝視している。

 

 

「ねえ、なんで家出少女がペニバンなんてつけてるの?」

 

「いや、なんていうか……、その、ははは」

 

「もう一つ聞いてもいい?」

 

「お、おう」

 

「なんでキミはまたボクの胸を触ってるの?」

 

「いやッ、なんていうか、ケーキちゃんが男ってのが信じられなくて。その、オレは全然平気っていうか」

 

「はい?」

 

「だから、その、いいだろ?」

 

「いや、いや――ッ、え?」

 

「ケーキちゃん、ローションもベッドの下にあるだろ? それって、そういう事なんだよな?」

 

「いや、あの、ちょッ、だからって、んっ!」

 

「あ、今……、声が凄く可愛いしエッチだった。ごめん、やっぱりオレもう――ッ!」

 

「いや、だから! ちょッ! まッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

アッッッーーーー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

時計を見れば、現在午前2時。

全裸のケーキは汗で張り付いた前髪を整え、隣でニヤニヤしてる全裸の涼霧を睨みつけた。

 

 

「お尻、痛いんですけどぉ」

 

「ゴメンッ! でも、ケーキちゃん可愛いから……! へへッ!」

 

「まあ……、それはありがと。でも流石にヤリすぎ!」

 

「わ、悪い。オレ玩具だから疲れなくて。でもこれ良かったでしょ? 結構高かったんだ」

 

「知らないヨ!」

 

 

ケーキは立ち上がると、フラフラとお風呂場を目指す。

 

 

「あぁ、もう全身ベタベタっ! シーツもグチョグチョだし」

 

「ごめんって! オレも片付け手伝うから!」

 

 

とりあえず二人は一緒にお風呂に入ることに。

湯船に浸かっているケーキは、体を洗っている涼霧を見つめる。

 

 

「キミって胸はなんかしてるの?」

 

「え? あぁ、いや、オレもともと貧乳だから。ラッキーだった」

 

 

ラッキーだった。その言葉を聞いて、ケーキは目を細める。

 

 

「家出の原因はソレ?」

 

「……まあね。母さんと父さんがうるせぇんだよ。すげぇムカツクんだ。別に女が女を好きになってもいいじゃねぇか。だいたいオレは自分のことを女だなんて思ったことは一度もない。昔からッ、いつだって」

 

「や、だからって普通ペニバンとかローション持って家出するゥ?」

 

「オレ、結構性欲は強くて……。女の子大好きだし」

 

「へぇ」

 

「マッコリさんも良いよな」

 

「………」

 

「あ、もしかして嫉妬してくれてる?」

 

「ばか」

 

 

ケーキはお湯をすくって涼霧にかける。

 

 

「ハハ。ところでさ、ケーキちゃんは、どういう感じなの? 男が好きなの?」

 

「別に。ボクはただ可愛くて美しいのが好きなだけ。どう考えたって女の子の格好のほうが可愛いし、こうするのは当然でしょ」

 

「でもセックスは……? 結構、慣れてたじゃん」

 

「ボクは気持ちよければ何でもいいの。お尻は使えると喜んだり、可愛いって言ってくれる人が多いから練習しただけ」

 

「え? 経験あるの?」

 

「あるよ。あるある。たまに家にも呼んでるから」

 

「だ、誰を」

 

「誰でも。ボク可愛いから、人気あるんだヨ。お金をくれる優しい人もいるしね!」

 

 

ケーキはニコリと笑ってウインクを一つ。涼霧は真っ赤になって喉を鳴らした。

 

 

「あの、お風呂から出たらもう一回していい?」

 

「ばか! さっさとオナニーして寝ろ!」

 

 

ケーキはもう一度お湯を涼霧の顔にぶっかけた。

翌日、アリスカフェ。

ケーキが店にやって来ると、チョコちゃんが駆け寄ってきた。

 

 

「ケーキちゃん! お、おはよう!」

 

「おはようチョコちゃん! お、お! どうしたのそれ!」

 

 

チョコは髪型やリボンなど、容姿をケーキに似せてきた。

 

 

「ケーキちゃんはわたしの憧れだから! そ、そのっ、マネしちゃったんだけど、いい? 髪の長さはぜんぜん足りないけどっ」

 

「良いに決まってるじゃーん! わーい! 嬉しーっ!」

 

 

ケーキはチョコに抱きついて頬ずりを行う。

チョコは真っ赤になって、ウヘウへと気持ち悪い笑顔を浮かべていた。

カフェがオープンすると、お客さんがやってきて、アイドル達と楽しいおしゃべりを行う。

やはりそれぞれに推しがいるのか、男性を前にしてコミュニケーション障がい者のようになるチョコを楽しむ人々。

マッコリ姉さんのアイドルらしからぬ発言を楽しむ人など、それぞれの楽しみがある。

 

中でもやはりケーキを目当てにくるものは多かった。

誰とでも楽しそうに話すケーキ、彼はふと端の席に座っている涼霧を見つける。

涼霧は笑みを浮かべ、小さく手を振った。ケーキも小さく笑い、ウインクを行った。

 

 

「ふぁー」

 

 

スタッフ専用の女子トイレ、ケーキは大きなあくびをしながら鏡を見た。

今日は歌やダンスが無い日だから助かった。そう思っていると、隣にマッコリ姉さんがやって来る。

 

 

「おいこらケーキ、正直に言えよ?」

 

「ふぁい。あ゛ー、ねむっ!」

 

「ヤッたか?」

 

「ふぁーい」

 

「おい! 死ねよ! アタシが先に食うはずだったんだぞ!」

 

 

マッコリ姉さんは激しくケーキのわき腹をつつく。

ケラケラと笑っているケーキを見ると、頭を抱えて大きなため息をつく。

 

 

「あぁぁ、何でよ涼霧きゅん……! ノンケだと思ったのにィ!」

 

「はっはっは! それだけボクが可愛いのだーッ!」

 

「納得がいかん! アンタのア●ルよか! アタシのマン●の方が100倍気持ちいいわ!」

 

 

マッコリ姉さんはタバコを取り出すと、火をつけてスパスパ吸い始めた。

ケーキもポケットから別のタバコを取り出すと、口にくわえる。

 

 

「姉さん、ライター貸して」

 

「ほい。つか何そのタバコ? 良神のとこの新しいの?」

 

「そう。シトラスレモン味。姉さんも吸う?」

 

「アホ抜かせ。アタシは強いニコチンを入れてぇんだ。ンなもん吸った気がせんわ」

 

 

スゥー! フゥー! 二人の煙が同時に吐き出される。

 

 

「で、どうだった? 涼霧くん上手かった?」

 

「ふつー。でも絶倫だったヨ。がっつくタイプっていうか」

 

「マジか。やっべー、アタシもやりてー!」

 

 

ケラケラ笑う二人。しかしマッコリ姉さんは何かを思い出したように表情を変えた。

 

 

「あ、でも、口止めはしたんでしょーね?」

 

「うん。もちろん。まだ大丈夫? 気づいてないの?」

 

「もちろんよ。あの子の純粋さは国宝レベルだっての」

 

 

チョコちゃんのことだ。

アリスカフェで働いている人のなかで、唯一彼女だけはケーキが男だと気づいていない。

というよりも言っていない。言えないのだ。

 

 

「ヤッた事も言うなよ? あの子、レズだけじゃなくて処女厨でもあるんだから。アンタが男でビッチって知ったら自殺すっぞ」

 

「分かってるって。ボク、チョコちゃん大好きだし、傷つけたくないのは本当だから」

 

「昨日もメチャクチャ心配してたわよ?」

 

 

マッコリ姉さん。家出をするってことは、あの人、普通じゃないよね? うーっ、ケーキちゃんが心配だよぉぉ。

なんて言葉を何度も何度も口にしていた。チョコちゃんは普段は優しいが、ケーキのことになるとどうにも攻撃的になってしまう。

 

 

「でもさ、涼霧くん今日はもう違うところに行くって言ってたから、大丈夫大丈夫」

 

「は? おい早く言えよ! クソ! 今度こそアタシの家にッッ」

 

 

マッコリ姉さんはタバコの火を消すと、すぐに店内に戻る。

しかしそこには既に涼霧の姿はなく、店を出た後だった。

後、だったのだが、店が終わってケーキがマンションに帰ると、部屋の扉の前で涼霧が体育座りで待っていた。

 

 

「あ、ゴメンッ、その、忘れものしちゃって。ほら、あの、玩具」

 

「あー……」

 

 

ケーキは部屋に涼霧を招くと、ベッドの下に転がっているブツを手渡す。

 

 

「涼霧くんってヘンタイだよね」

 

「う゛ッ!」

 

 

否定はできない。しかしそれでも、こういう事をしたい時には便利だったので、『必要』だったから仕方ない。

 

 

「ありがとう。じゃあ……」

 

「待って。もう遅いし、今日だけは泊めてあげる」

 

「ほ、本当か!? サンキュー!」

 

「でもエッチは絶対しないから」

 

「えー……」

 

「ばか! 残念そうにするな! 絶対、絶対の絶対にしないんだからねっっ!!」

 

 

 

 

 

三時間後。

全裸のケーキは呆れたような表情で隣に寝ころんでいる涼霧を見ていた。

 

 

(我ながら、押しに弱い……)

 

 

でもまあ、それだけボクの体がエッチだったということだ。プラス思考に捉えようとケーキは思う。

そして体を起こすとベッドに腰かけて、近くにあったタバコを手にする。

 

 

「えぇ、ケーキってタバコ吸うんだ。なんかちょっとショックだな」

 

「あー、タバコ好きの女の人全員敵にまわしちゃったー! でもこれ普通のタバコじゃないよ。お菓子みたいなもの」

 

 

フルーティシガー。

ニコチンは入っておらず、煙は出るが不快な匂いではなく、健康に害はない。

 

 

「ふーん、そんなんあるんだ」

 

「もともとは禁煙を助けるヤツなんだけど、すごく美味しいんだよ。ガムとか飴は口に入れてるのがメンドーでしょ?」

 

 

ケーキは煙を吐き出しながら涼霧を見つめる。

 

 

「なんでそもそもペニバンなの? 自分は気持ちよくないじゃん」

 

「別に。性癖みたいなもん。責められてる女の子の顔を見るのが好きなんだよ」

 

「わぁヘンタイさんだぁ」

 

 

涼霧は顔を赤くして、ばつが悪そうに唸る。

 

 

「で、でもさ、本当、ケーキは可愛いよ。どうなってんの? マジで」

 

「まあ、そりゃあボクもいろいろやってるからね」

 

「たとえば?」

 

「すっごい良い美容クリニックがこの町にあるんだ。アリスカフェのお給料は、ほぼそこに使ってる」

 

「へぇ。なるほど」

 

「このタバコもそこで買ったの。マジでいいよ。一回行ってみる? 性転換についてもいろいろやってるから、キミには丁度いいかもね」

 

 

丁度、明日は休みだ。

それに興味はあった。涼霧は頷き、ケーキと共にそこを訪ねることにした。

そうと決まれば翌日、朝ごはんも無しに二人はそこへ向かう。バスに揺られること七分程度でついた。

良神(いいがみ)クリニック。美しくなりたい人を全力で支援しますという看板が目立つ。

外装は洋館をモチーフにしており、扉を開くとずいぶんモダンでおしゃれな空間が広がっていた。

思わず身構える涼霧。すると受付にいた女性がケーキたちに気づく。

 

 

「おはようございますケーキちゃん! 今日もかわいいですね!」

 

「ふふ、ありがと黒田(くろだ)さん!」

 

 

メガネをかけたショートカット、優しそうな女性だった。黒田は涼霧にも頭を下げる。

 

 

「お友達ですか?」

 

「まーねッ! ここの話をしたら興味あるって」

 

 

涼霧は受付のカウンターに並ぶクリームを見ていた。

 

 

「涼霧くん、それはね、ここ一番の名物商品なんだよ」

 

「そ、そうなんだ。えっと、なになに? あ、脱毛クリームか」

 

「そう、塗るだけで毛が全部抜けるの。しかもぜんぜん痛くないし、ボクが買ったヤツはちょっとお値段があがるんだけど、一年半くらい生えてこなくなるっていうか。そもそも脱毛だけじゃなくてボディクリームとかもあってね! あ、ほら、コレ凄い良いんだ! 塗ると凄い保湿効果があって、カサカサが一瞬で治ってさ。しかも肌も白くなるし、乳首とかに塗ると凄い綺麗なピンク色に――、ってキミは知ってるか」

 

 

興奮しているのか、ケーキはペラペラと美容アイテムについて語っていた。

さらに受付を手早く済ませると、二人は奥に案内される。診察所では小柄なおじいさんが座っているのが見えた。

 

 

「おぉ、ケーキ。よう来たな。友達も座りなさい」

 

 

促されて座る二人。

そこで老人はグイッと身を乗り出して涼霧を見る。

思わず、身構えてしまう。老人は斜視であり、離れた黒目が少し不気味に思えてしまったのだ。

 

 

「ほむほむ。キミは、アレじゃな?」

 

「え?」

 

「栗まんじゅう!」

 

「……はい?」

 

 

老人は栗饅頭を掴むと、ずいっと涼霧の前に持っていく。

 

 

「栗まんじゅう!」

 

「いやッ、あの、え?」

 

「食いたい顔をしとる。栗まんじゅうを!」

 

「え? あ、ど、どうも」

 

 

確かに朝から何も食べていないのでお腹はすいている。涼霧は饅頭を受け取ると、遠慮がちにかじり始めた。

 

 

「もひとつ、栗まんでゆぅう!」

 

「え? え!?」

 

 

さらに栗まんじゅうが差し出される。半ば反射的に受け取る涼霧。

 

 

「まだまだ栗まん――」

 

「分かったって! 涼霧くん気にしないでね、このおじいちゃんイカれてるんだよ。一日中、栗饅頭のことしか考えてないんだから」

 

「バカもん! 失礼なことを言うなケーキ! 子供ちゅうのはな、甘いもんを食わせておけばオールオッケーなんじゃ。お前も食うか? 栗まんじゅう」

 

「いいけど自分で取る。良神おじいちゃん、手汚そうだし!」

 

「偏見じゃ! まあでも、ケーキにおひとつ栗まんじゅうッッ!!」

 

 

ケーキは『良神院長』が用意した饅頭を一口で食べてみせる。

 

 

「涼霧くん。このお爺ちゃん見た目はヤバイけど、とっても凄いんだよ」

 

「そ、そうなんだ。もぐもぐ……!」

 

 

良神は自分も栗まんじゅうをかじり始めると、涼霧を手で示す。

 

 

「ほいで? 今日はそのお嬢ちゃんのことか?」

 

 

お嬢ちゃん。涼霧はハッとして、良神を見る。

まさか一発で見破られるとは思っていなかった。

男装と言っても、男物の服や短髪くらいだが、それでも良神にはハッキリと区別がついたようだ。

 

 

「涼霧くんは見学だよ。それよか、はやくぅ、ボクのメンテしてよぉ」

 

「ちょっと待っとれ。なんなら栗まんじゅうでも食うか?」

 

「いらないよ! さっきもらったでしょ!」

 

 

そうしていると、ナースさんの一人に呼ばれた。

 

 

「お待たせケーキちゃん」

 

「待ってました巳里さん!」

 

 

巳里(みさと)。ずいぶんと妖艶な雰囲気のナースであった。

凄く綺麗だし、何よりも胸が大きい。よく分からないが、Fカップくらいはあるんじゃないだろうか? 涼霧はついついそちらの方を凝視してしまう。

 

 

「あらやだ。刺激が強かったかしら?」

 

「あ、いや……、すいません」

 

「いいのよもっと見ても。私だってそれを望んで大きくしたんだから」

 

「え?」

 

「昔は胸が小さくてね」

 

 

巳里は隠すことなく自分のことを教えていく。

どうやら彼女は全身に整形を施しているようだ。

 

 

「フフフ、引いちゃった?」

 

「いや、別に……」

 

「ありがと。結構いいものよ? もう40だけど皆が私をギラギラした目で見てくるのは」

 

「よ、よんじゅう!?」

 

 

涼霧は思わず叫んでしまった。とてもそうは見えない。よくて20代後半だ。

そうしていると巳里はなにやらケーキの腕を掴み、注射を行う。

 

 

「なあ、ケーキ。それはなんなんだ?」

 

「女性ホルモン。ボク一週間に一回は打ってるんだ。肌とか凄く綺麗になって、柔らかい感じになるんだよ。良神のはぜんぜん副作用とか違和感ないから、涼霧くんも後で男性ホルモンやってみれば? 髭とか生えてくるらしいよ」

 

「髭かぁ!」

 

 

正直、興味はあった。

目を輝かせる涼霧。そうしていると、ケーキは別の部屋に案内される。

そこにいたのは精悍な顔をした青年だった。金髪で、ピアスなんかも見えるが、白衣を着ているところを見ると、スタッフの一人らしい。

 

 

「やあケーキちゃん。調子はどう?」

 

「まったく問題なし。本当に、良神のはサイコーだよ!」

 

「ふふふ、それだけ院長の作る美容アイテムが凄いってことだね」

 

 

真白(ましろ)という青年は、ケーキの前に座ると、『目』をチェックし始める。

ケーキの瞳は美しい青色だったが、それはカラーコンタクトを使用しているからだ。

物によっては失明の危険性もあると報道されていたが、良神のカラーコンタクトはどれだけつけていても目が疲れない一級品なのである。

 

それは細菌を抑える技術や、ドライアイを防ぐ技術を使っているからだ。

それらは良神が特許をとっているらしく、最先端の美容を安全安心に提供できるのだ。

まあとはいえ、何があるか分からないので、こうして定期的にチェックを行っているのだ。

 

 

「どんなこと、やってんの?」

 

 

涼霧が聞くと、ケーキは指で数え始めた。

 

 

「だから、ホルモン打つのと、あと目を二重にしたかな。それで脱毛クリームと、肌とか乳首綺麗にするクリームでしょ? 髪を痛まず染めれるヤツと、ちょっと規模が大きいのだと喉を手術して声を高くしたよ。それで今やってるカラコンに、口臭を抑える錠剤も買ってるし、お尻が痛くならないローションとか……」

 

 

そうしていると、検査が終わったらしい。

真白は紙にいろいろ情報を記載して、立ち上がる。

 

 

「大丈夫、異常なしだ。じゃあ院長のとこへ報告へ行こう」

 

 

ケーキたちは元の診察室に戻る。

すると良神の背後に上半身裸の男性が立っているのが見えた。

特徴は糸目で、なにはともあれムキムキだ。ゴリゴリのガチガチのムチムチのムキムキである。

 

 

「マッソウッッ!!」

 

「はい!?」

 

「マッソッッッ!!」

 

 

お出迎えのダブルバイセップス。涼霧がひるんでいると、ケーキがケラケラと笑っているのが見えた。

 

 

「クセが凄いよね。あの人は牛松(うしまつ)さん。ここのスタッフで、ダイエットを主に担当している人なんだよ」

 

 

牛松はラットスプレッドのポーズを浮かべ、よろしくと笑う。

 

 

「僕は牛松、趣味はごらんのとおり筋トレさ」

 

「た、確かに凄い筋肉だ……! 大会とか出てるんすか?」

 

「いやいや、僕はチートを使っているからね。そういうのは遠慮しているんだ」

 

 

チート。良神クリニックが作ったサプリやプロテインを飲めば、一気に筋肉がつく。

それだけではなくて、ケーキも使っているが、ベルトタイプの腹筋を鍛えるマシンはかなり効果があった。

なので牛松は、まったく努力をしていないにも関わらず、丸太のような腕や脚を手に入れ、腹筋はもちろんシックスパックだ。

 

 

「ンンンッッ、マッソッッ!!」

 

 

サイドチェストが決まった。拍手が巻き起こる。

院長は感動したのか、立ち上がり、栗まんじゅうを牛松の口に無理やり詰め込んでいた。

 

いりません院長。いや食え、栗まんじゅうじゃ。いや分かっています院長。でも甘いものを食うと筋肉を裏切っている気がして。黙れ牛松、栗まんじゅうを拒否するのはワシを裏切る行為じゃから食え。いりません院長、やめてください院長、無理やりお口に栗まんじゅうを詰め込むのはやめてください! 黙れ牛松! ほれ黒田くん! 栗まんじゅうを五つ追加じゃあ!

 

こんな不毛なやり取りが終わると、良神は涼霧を見る。

 

 

「お嬢ちゃん、ちょいと老いぼれの話を聞いてくれ」

 

「え?」

 

「ワシはごらんの通り斜視じゃ、差別用語ではロンパリっちゅうてな。昔は化け物と呼ばれていじめられとった」

 

 

今はもうこれが自分なのだと胸をはれるため、治すことはしなかったが、中には苦しんでいる者がいる。

そして少し踏み込めば、これはもっと広い次元にある話だということが分かった。

 

 

「ココのスタッフはみんな同じ想いを抱えていてね」

 

 

真白がアシストを行う。

たとえば彼の場合、昔はチビや不細工といじめられていたという。

 

 

「蹴られたりもしたよ。いつも体を丸めて耐えてた」

 

「ッ、そうなんですか……」

 

 

とてもそうは見えなかった。

真白はとてもカッコいい。背も高いし、見た目は医者には見えないが、頭もそうとう良いみたいだし。

しかしどうやら、彼もそういう『サプリ』や手術に手を出していたようだ。良神にはとてもお世話になったと。

 

 

「どうしてもこの世界は容姿が重要になるからね。それは他の人も似たような経験をしているんじゃないかな……」

 

 

頷く黒田や、巳里。

牛松も容姿ではないが、体格のせいで悲しい想いをしたらしい。

昔は体が弱く、周りの子たちにくらべて体が小さかったとか。

 

 

「強く、割り切れる者もおれば、そうでない者もいる。お嬢ちゃんもそういう想いには心当たりがあるじゃろて」

 

「それは――、はい。父と母が、どうにも理解がなくて」

 

「それは仕方ないことなんじゃ。最近は理解ない者を強く攻める風潮があるが、それでは何も変わらん。北風と太陽みたいなもんじゃな」

 

 

良神は栗まんじゅうをかじりながら遠い目をする。

 

 

「きっと、あれじゃろ? 今ワシがキミのことをお嬢ちゃんと呼ぶことも、キミは快く思っていないはずじゃ。しかしそれは事実なのだから仕方ない」

 

 

確かに、それはあった。涼霧はずっと男になりたかった。だからお嬢ちゃんと呼ばれるのは好きじゃない。もちろんそれは良神とて分かっている。そういう悩みを抱えた人たちはたくさん見てきたし、実際に男にしたこともある。

 

 

「ワシらはな、真の自由を与えたいわけよ」

 

「真の、自由……」

 

「そう。残念ながら理解できぬ者もいる。ただそれが地球なんじゃ。だからワシは誰もが等しく、望む自分になれる環境を作りたいと思って努力してきた」

 

 

たとえば牛松のようにムキムキになりたい人間がいるなら、どんな人間でもムキムキになれるようなサプリや道具を作りたい。

たとえば黒田や真白、巳里のように容姿や年齢に悩んでいる人間がいるなら、誰もがかっこよく、若々しくあれるようにしたい。

たとえば歯並び、たとえば肌の色、たとえば目の色、たとえば性別……。

 

 

「己が生み出すコンプレックスに縛られることほど、悲しく愚かなことはない」

 

 

良神は栗まんじゅうをお茶で流し込む。

好きなものを死ぬほど食って、痩せたいなら、ムキムキになりたいなら、そうなれる環境を作る。

人の自由は、なにものにも邪魔されてはいけない。それが良神の考えであった。

 

 

「否定をするな。自由をつかめ。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんとして生まれてきた。それはどれだけ自分を否定しても、どれだけ周りを否定しても変わらん。だから認めるんじゃ。その上で、好きな自分になればいいだけ。まあワシらも良い薬や、優れた技術の獲得のために金がいるからの。それはしっかりと請求させてもらうが、逆に金さえ払ってくれれば、いつでもお嬢ちゃんにチンコをつけて男にしてやるわい」

 

「いやですわ先生……、お下品よ」

 

「や、これは失敬、ほしたらお詫びの栗まん――ッッ!」

 

 

ガチャリと扉が開く。栗まんじゅうがキャンセルされた? 良神は少しショックを受けながらも入ってきた人物を見る。

 

 

「た、ただ…い……ま」

 

「おお、路希(ろき)か。お客さんじゃ、挨拶せい」

 

「こんにちは路希くん!」

 

 

路希と呼ばれたのは小柄な少年だった。たぶん。

というのも、キャスケット帽を深くかぶり、長めの髪で顔を隠し、フレームが大きいメガネに、マスクをしているために顔があまり見えなかった。

さらに服も肌が見えないようにしている。

路希は一同を前にして少しひるんだようにすると、さっさと出て行ってしまった。

 

 

「すまんの。ワシの孫で、この上の階に住んどるんじゃ」

 

 

聞けば両親が事故で亡くなってしまい、それからは良神とスタッフで育てているのだとか。

最近はずいぶんと人見知りが激しくなってしまい、ケーキならまだしも、涼霧を見て怯んでしまったのだろう。

 

 

「まあ中学二年生でな。一番アレな時期よ」

 

「分かりますよ。オレもこの体のことで一番悩んだのが、それくらいだから」

 

 

涼霧は一瞬だが路希と目があった。

そこで気づいたが、路希は右目と左目の色が違っていた。

茶色と黒だったが、何かそのことで悩んでいるのかもしれない。

それに額には、傷のようなものもあった。

他にも中学生だと体の変化も顕著になってくる。声が変わったり、毛が生えてきたり。

 

 

「男じゃから、好きな女の子もいる言うとったわ」

 

 

良神は二個目の栗まんじゅうを手にして、すぐに皿に戻す。

 

 

「まあええわ。ほいじゃあ今日は終わりじゃ。また来いケーキ、今漢方の勉強をしとってな。今度治験させてくれ」

 

「やだ」

 

「栗まんじゅう二つでどうじゃ?」

 

「やだ」

 

「最近の若いもんは――……」

 

 

最近、それで良神は思い出した。

 

 

「待て待て。車を出す。今日は牛松に送らせるわ」

 

「え、いいよ別に」

 

「アホゥ。お前知らんのか? 最近この町で何やら物騒な事件が起こったじゃろ」

 

「ああ、通り魔?」

 

「それだけちゃう。少しはなれたところでは猟奇的な事件もおこっとるらしい。犯人がコッチに逃げてきて、通り魔をしとるかもしれん」

 

 

他にもある。良神がニュースを見れば、なにやら変な人間が増えてきているような気もする。

少し前までは考えられなかった事件も多い。

 

 

「容姿だけじゃなくて、政治や宗教、職場や人間関係。人を構成する要素が、少し変わってきて、人間の歯車も変わってきとるのかもな……」

 

「まあ、それはあるかもね。でも本当にいいから。ボクは海沿いの道を歩くのが大好きなの。その欲求を邪魔されるのは、凄く腹が立つ」

 

「やれやれ、分かった分かった。ならお土産に――」

 

「栗まんじゅうはいらない」

 

 

良神は両手をあげて『お手上げ』だとジェスチャーを取る。

ケーキたちが出口に向かうと、黒田、真白、良神、巳里、牛松が並んで見送りに来てくれた。

 

 

「そうじゃケーキ。最後に良神クリニックの新しいキャッチコピーというか、ポーズを考えたんじゃが、見てくれ」

 

「え? あれ本当にやるんですか……」

 

「そうじゃ黒田くん。ココで働く以上、ワシの考えには従ってもらわねば」

 

「うぅう、パワハラですぅぅ」

 

 

良神は靴裏で床をたたくと、五人は同時に両手を斜めにあげた。

まるでそのシルエットは、アルファベットの――

 

 

「「「「「「楽しいY!!」」」」」」

 

「………」

 

「人生とっても楽しいY! 楽しい――、おいちょっと待てケーキ! 背中を向けるな!」

 

「微妙、5点くらい」

 

「二度とくるなよバカタレめ!」

 

 

そこでケーキと涼霧はクリニックを出て行った。

海沿いの町を歩くなかで、涼霧は良神クリニックのことをずっと考えていた。

性転換の手術の案内もしっかりとあった。パンフレットくらいはもらってくるべきだったろうか。

だがしかし、今は金がない。

家出をしているし、何よりも未成年だ。まともに働くことはできないだろう。

 

 

「……ねえ涼霧くん。聞いてるッ?」

 

「ん? あ、ごめん。何?」

 

「だからさ、もしよかったら一緒に住む」

 

「うん。うん……、ん? ん!?」

 

 

ケーキは髪をかきあげると、意地悪そうに笑う。

 

 

「だぁかぁら、しばらくこの町で考えてみれば? 自分のこと、本当にやりたいことをさ」

 

「い、いいの!?」

 

「いいよ。ただし少しの間だけね」

 

「さ、サンキュー! じゃあお礼にいっぱいエッチするから!」

 

「ばか!!」

 

 

ケーキは抱きつこうとする涼霧をヒラリと交わす。

しかしその時だった。ケーキは砂浜で、一人の女性がへたり込んでいるのを発見する。

わずかな沈黙があった。すると、ケーキは涼霧を抑える。

 

 

「ねえ、ちょっと待ってて」

 

「え? ケーキ?」

 

ケーキは砂浜に足を乗せ、女性の所まで歩いていった。

 

 

「こぉんにちはぁー!」

 

 

女性はケーキに気づいたのか。振り返ると、頭を下げる。

あまり綺麗な女性ではなかった。なんだか死神のような顔だと思った。

腕には大きな赤い線がある。傷跡だろうか? 見ていて気持ちの良いものではない。隠せばいいのにと思う。

 

 

「あ、あの、あの、わ、わたっ、私綺麗になりたくてこの町に来たんです」

 

「ああ、良神クリニック目当てで? 多いですよ、そういう人」

 

「そ、そうなんですか。そこで私を治してほしくて。綺麗になりたいけど、体がまず、まず体が、体が痛くて。痛くて仕方ないんです……!」

 

 

ケーキはそこで女性の前に猫の死体が転がっているのを見つけた。

酷い有様だった。頭は綺麗だから猫と分かったが、体がバラバラに刻まれており、女性の服も血で汚れている。

 

 

「猫ちゃんじゃダメだったんです。猫ちゃんじゃちょっと引っ込むけれど、やっぱり私は痛くて、人じゃないとダメだって分かったんです」

 

「………」

 

「でも人間は逃げてしまうから。私は足も遅くて、それで気持ちよくはなるけど、痛くて、どうすればいいと思いますか?」

 

「さあ」

 

「痛くて。今もほら、また痛くて。だからごめんなさい。やっぱり私は人間がいいです」

 

 

女が立ち上がった。

強く、叫ぶ。叫ぶと、どうだ。女の二の腕、赤い線から銀色の刃が飛び出してきた。

 

 

「え?」

 

 

遠くで見ていた涼霧は、自分の目がおかしくなったのだと思った。

女の腕から刃物が出ている。不思議な光景だった。

女は叫び、そのままケーキのもとへ走る。よく分からないが、危ないと思った。

だから涼霧はケーキの名前を呼ぼうとするが、そこで言葉が詰まる。

 

ケーキが飛んだのだ。ジャンプじゃない、飛んだように見えた。

彼女――、じゃなかった。彼は銀色の髪を靡かせながらクルクルと宙を舞い、刃物女の背後に着地する。

とても人間のジャンプ力とは思えない。そこで気づく。

いつのまにかケーキの腰には大きなベルトがあった。

 

 

「アアァァアァアア!」

 

 

刃物女は叫び、血走った目でケーキを睨んで突進していく。

涼霧はワケが分からなくて固まっているが、ケーキは冷静だった。右腕を斜め左へ伸ばすと、何かを叫んだ。

するとケーキの服が一瞬で違うスーツへ変わる。色はグレー、胸の装甲は赤い。

 

ケーキはすばやくベルトにあるアイテムを二つ取る。

すると色とりどりに輝く光のベールが背景に出現し、逆光となったケーキの姿を隠す。

ケーキは右手に持ったレッドアイザーを前にかざす。すると顔の左半分が仮面で覆われた。すぐさま右半分にも仮面が装着される。

最後に、左手に持ったパーフェクターを口部分へ装着することで、『変身』が完了した。

 

 

「――ライドルホイップ」

 

 

一瞬だった。短鞭――、いやレイピアか。

ケーキが持った剣が、女の首を撥ね飛ばしたのだ。

女の体はケーキを素通りして倒れる。首もすぐに砂浜に落ちた。

涼霧は腰を抜かし、ただ青ざめることしかできなかった。

 

 

「え? え? え?」

 

「そういえばまだ、名前教えて無かったよね」

 

 

ケーキは――、仮面ライダーはマスクをとってウインクをひとつ。

 

 

「ボクは神条(かみじょう)敬喜(けいき)。秘密の多い男の娘だよ! よろしくネ!」

 

 

 

 

 

【SEX】……性、男性、性別のこと。

 

 

 





今回終わりまで書いてありますので、一応予定では今週までにラストまで更新したいなとは思っています。
やはりダラダラ続ける話でもないのでね(´・ω・)

あと前回もそうだったのですが、一応感想は書ける設定にはしてありますが、ありがたいことに感想を頂いても、基本的には返信はしておりません。
そこはご了承ください。


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第2話 イナンナが見た夢(前編)

 

 

「おい。ナガ」

 

「っす」

 

「俺、かっこワリぃかな?」

 

「……っす」

 

「……そっか。かっこ悪いか。そうか、そうだよな」

 

「っす。でも、おれはそれでも、先輩についていくっす」

 

「そっかぁ。ありがとよ……! うぅぅ」

 

「――すッ」

 

「でも……、サンキュな。なんか俺、目ぇ覚めたわ」

 

「っす?」

 

「聴け、ナガ。男には怒らなきゃいけねぇ時があるんだ。ひとつは大切なダチをバカにされたとき。ひとつは大切な後輩をバカにされたとき。もうひとつは、何か分かるか?」

 

「……っす」

 

「そうだよナガ。軽自動車ごときに追い抜きをされた時だ」

 

「っす!」

 

「行こうぜナガ! 俺たちのプライドを守る革命(たたかい)によ!!」

 

「っすッッ!!」

 

「覚えとけよ、俺の名は――ッッ!!」

 

 

嵐を呼ぶ中卒――ッ!

 

ハ リ ケ ー ン ガ イ ジ ッ ッ ! !

 

 

「オラァア!」

 

 

悲鳴が聞こえたが、ハリケーンガイジとナガちゃんは止まらない。

持参していたハンマーで車の窓ガラスを叩き壊すと、強引に腕を突っ込んだ。

ガラスで少し腕を切ったが問題ない。ロックをあけると、ギャーギャーとわめくお父さんを引きずり出す。

なあ、見ていてくれ、ナガ――ッ!

これが、俺のッ、サプライズなんだ。

 

 

「粉砕ッッ!!」

 

 

鉄パイプがお父さんの脳天に叩き込まれる。

グゴッッと音がして、お父さんの目が飛び出した気がした。

鼻水はたくさん出てきた。鼻血になった。こうしてお父さんは道路に倒れ、動かなくなった。

やったぜ。

 

 

「あぶないっす! お婆ちゃん(適当)!!」

 

 

ナガちゃんは後部座席のロックを解除すると、座っていたお婆ちゃんを引きずりだして道路のほうへと強く押した。

するとおばあちゃんは盛大に転んでしまい、仕方ないなぁと笑うナガちゃんの前でトラックに轢かれて吹き飛んでいった。

 

 

「っす!」

 

 

やったぜ!

こうして残るは助手席に座っているお母さんと、お母さんの後ろで震えている小学生の娘さんだけになった。

娘は青ざめてブルブル震えており、母親は号泣している。

後部座席には温泉のお土産が見えた。

 

 

「ど、どうしてこんなことをするんですか!!」

 

 

母親がかすれた声で叫んだ。うるさかったので、ハリケーンガイジのストレートパンチが頬に一撃。

 

 

「お前らは楽しかったんだろうな。でも俺は傷ついた。このままじゃ終われねぇ。それが俺たちなんだ。それが俺のプライドなんだよ。なあ、そうだろ、ナガ」

 

「っす」

 

「家族で温泉? よーし! じゃあパパ長湯しちゃうぞ~! ってか? やかましいわ! いくぞナガ! 娘に鉄パイプや!!」

 

「っす!!」

 

 

その時だった。バイクのエンジン音が聞こえたのは。

 

 

「おろ!?」「っす!?」

 

 

ハリケーンガイジとナガちゃんの体が浮き上がった。

二人はそのまま路傍に投げ飛ばされ、生い茂った草の中に沈んでいく。

 

 

「屑共。お前らはココで終わりだ」

 

「なにっ!?」

 

 

それは、あまりにも一瞬だった。

ハリケーンガイジとナガちゃんが大人しくなった。腕には手錠が見える。生きてはいるが、鼻が青くなっており、血も出ていた。

それから少しして、いろいろなサイレンの音が聞こえてくる。それでも車の中にいる女の子は、後部座席で体を丸め、震えることしかできなかった。

ブルブルブルブル。すると、誰かに頭を撫でられた。

 

 

「もう大丈夫だよ。お母さんも無事だから。安心して」

 

「!」

 

「でも本当にゴメン。お父さんとお婆ちゃんは、助けられなかった。ごめん、ごめん、本当にごめんね……」

 

 

とても優しい声色だった。なので少女は安心感を覚え、反射的に顔を上げる。

だが、そこにいたのは化け物だった。真っ赤な手はきっと血に染まっているに違いない。

少女の心に、恐怖が湧いてきた、顔を上げたことを後悔した。

いや、しかし、こんなに優しい声の化け物がいるだろうか? 少女がそう思ったとき、見えていた化け物はただの幻であることが分かった。

なぜならば少女の前にいたのは、優しそうな青年だったからだ。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

アルバイトに中古CDショップを選んだのは、あまり人が来ないだろうとの判断だった。

熱心なファンは発売したらすぐ買うだろうし、若い子はダウンロードするだろう。金の無いヤツはきっとレンタルだ。

そんな読みは見事に当たっていた。今日も年寄りがチラホラと見えただけで、人付き合いが苦手な男でも何とかなっている。

 

そもそもこの店は適当だ。

適当に書いたやる気のないポップも没にされたことは一度もないし、いつも店長は奥の休憩室で糞つまらなそうなソシャゲをしているか、いびきをかいている。

もちろん給料は安い。それなりにシフトを入れても、6万ほどしかない。

だが母と二人暮らしならば何とかやっていける。それにやはり暇なのがいい。

これは――、悪くない。

本間(ほんま)岳葉(たけは)はそう思っていた。

 

 

「お疲れ様です」

 

「お、お疲れ様です……」

 

 

だがひとつだけ問題があった。

岳葉は21時に終わりなのだが、20時から次のバイトがやってくる。その一時間だけは、二人でいなければならない。

この時間が岳葉には苦痛だった。

現れた少年の名前は、風間(かざま)志亞(しあ)。岳葉よりも背が高くて、岳葉よりも凄くかっこいい。

こういう人のそばにいると酷い劣等感にさいなまれる。それだけじゃなくて、志亞は高校生だった。

まさに青春真っ最中だ。泥沼のような男のそばにいて大丈夫なのだろうか?

いや、いや、分かっている。志亞だって心のなかで俺をバカにしているはずだ。そんなおかしな考えがよぎってしまうのだ。

 

 

「今日も、人、いませんね」

 

「そ、そうだね。ははは……!」

 

「何か引継ぎみたいなの、ありますか?」

 

「い、いや、何もないかな。ははは……!」

 

 

沈黙。

 

 

「岳葉さんって何か好きな音楽あるんですか?」

 

「え、えっと、な、なんでも聞くよ。ははは……! 志亞くんは?」

 

「別に」

 

「え? あ? ああ、ははは……! んがっ、学校とかどうなの?」

 

「普通です」

 

「そ、そうなんだ。ははは……!」

 

「さっきから何がそんなにおかしいんですか?」

 

 

合わない。岳葉は嫌な汗が浮かぶのを感じていた。

 

 

(彼は俺が気を遣っているのを理解しているのだろうか? 理解しているとしたら、もう少しキミも俺に気を遣って、もう少しライトな雰囲気に――)

 

 

居心地が悪い。

そうしていると、苦痛の一時間がなんとか過ぎ去った。

 

 

「じゃ、じゃあ俺はそろそろ……! ふへっ、へへ」

 

「はい。お疲れ様でした」

 

 

するとそこで、久しぶりのお客が姿を見せる。

現れたのは美しい女性であった。艶のある黒くて長い髪、切りそろえた前髪、少し濃い目のアイシャドウ、透き通るような白い肌。露出を抑えた清楚風のファッション。

翠山(みどりやま)瑠姫(るき)、彼女は岳葉を見つけると、少し微笑んで小さく手を振る。

 

 

「彼女さんですか? 綺麗な人ですね」

 

「う、うん。ははは……!」

 

 

岳葉は思う。

志亞はきっと『は? なんでこんなさえないヤツと、こんな美人な女性が付き合っているんだ?』などと内心バカにしているんだろう。

く、くそう。くそう!

 

 

(は! いかん! 卑屈な心が!)

 

 

岳葉は首を振ると、笑顔で志亞に別れを告げる。

さっさとロッカーにエプロンを放り込むと、すやすや眠っている店長に一瞥をくれて、丁度会計を終えた瑠姫と合流して店を出た。

季節は夏の終わり。夜は少し涼しくなってきた。岳葉と瑠姫は並んで歩く。

 

 

「き、気を遣ってくれなくていいのに」

 

「え? 何が?」

 

「それっ、CD買ってくれて……!」

 

「ああ。いいのいいの。前から欲しかったヤツあったし」

 

 

そういうと、瑠姫はCDが入った袋を右手に持ち替え、左手を差し出した。

岳葉は少しだけ怯んだが、すぐにその手を取る。二人は手を繋いで、特に面白くもない話で沈黙をつぶした。

しかし岳葉は幸せだった。岳葉は瑠姫を愛していた。

 

 

(しかれども……)

 

 

いろいろあった。岳葉は月を見上げてそう思う。

あれは――、今でもたまに夢だったのではないかと思ってしまう。

瑠姫はあれから性暴力被害者を支援してくれている団体に入り、頑張って資格をいくつか取り、職場を紹介してもらった。

今じゃ個人経営をしている保育所の先生だ。15人ほどの子供たちを三人で見るタイプらしく、負担も少なくていいと言っていたのを覚えている。

ふと、クラクションが鳴った。二人の傍に普通車が停まる。

 

 

「やあ、二人とも」

 

 

市原(いちはら)隼世(はやせ)だ。

もうメガネはやめてコンタクトにしたようで、仕事の帰りらしい。

 

 

「送るよ」

 

 

お言葉に甘える。

車は楽でいい。岳葉は免許を取っておけば良かったといつも思う。

ほら、あっという間に翠山家だ。

 

 

「ありがと市原くん。どう? 二人とも、あがっていく?」

 

「いや――ッ、そうだな。どうだい岳葉、たまには男同士で飲まないか?」

 

「え? あ、ああ。俺は別にいいけど」

 

「じゃあ決まりだ。またね瑠姫さん、岳葉は借りてくよ」

 

「はーい。二人とも、飲みすぎないでね」

 

「よし、決まりだ。飲むからタクシーに乗り換えよう」

 

 

こうして隼世は岳葉をつれて、行き着けのバーにやって来た。

カウンター席に座り、よく分からない青いカクテルをもらう。

 

 

「お、おしゃれな所だな。いつもこんっ、こんな所で飲んでるの?」

 

「上司の人に連れてきてもらったんだ。落ち着いてて良い雰囲気だろ?」

 

 

地味におつまみのカルパッチョが凄く美味しかった。

六枚あって、隼世は四枚も食べていいと言ってくれたので、ムシャムシャ食べた。

はじめはくだらない話だった。この前に見に行った映画、この前買ったゲーム、二人の趣味は似ていたので、くだらない話は尽きない。

しかし二杯目の途中で気づく。隼世の表情に疲労が見えた気がした。

 

 

「隼世は、その、最近忙しいの?」

 

「え? あぁ、まあ、そうだね。普通かな」

 

「図書館ッ、こ、公務員なのに残業があるのか?」

 

「ああ、いや、今日はちょっと別の用件で遅くなっただけなんだ」

 

「へぇ。そ、そうか。まあ俺はほら、バイトだから。楽なもんだよ……」

 

 

わずかな沈黙があった。やがて隼世がグラスを見つめながら呟く。

 

 

「今でも――……、夢だったんじゃないかと思うよ」

 

「あ、ああ。俺もだよ」

 

 

岳葉は、一度死んだ。正確には二回死んだ。

仮面ライダー、アマダム、そしてクロスオブファイア。

そして現在、岳葉は『本間岳葉』として蘇った。

本来、本間岳葉はアマダムが与えた仮の名前だったはずだ。しかしそれが本物として認識されていた。

そして一度死ぬ前。つまり本当の母の家に、自分の部屋があった。

どういうことなのか。そもそも何故、岳葉は蘇ることができたのか? それは今でもハッキリとは分かっていない。

 

 

「クロスオブファイアはもう無いのに……」

 

「まあいいじゃないか。今、生きてる。それが全てだよ」

 

「う、うん。そうだよな。ははは……」

 

 

そうだ。もうあんなことにはならない。繰り返さない。

だから岳葉は、あれだけ拒んでいた外に出たのだ。

辛いのは変わらなかったが、苦しいのは変わらなかったが、それでも瑠姫たちがいる生活が大事だから。

 

 

「岳葉はどうなんだい? 最近」

 

「まあ悪くないよ。ただ、その、たまにフラッシュバックは起きるんだ」

 

 

岳葉は一度死んだ。その記憶は、とうぜん消えていない。

あのときは瑠姫を守りたい一心だったから良かったが、今は違う。

たまに夢であの時の光景を視る時がある。夢のはずなのに死に至る激痛が思い出され、死に至る恐怖も思い起こす。

なぞの腹痛に、なによりもカーリーの顔が鮮明に過ぎる。

そうすると叫び、起き上がる。日常生活でもたまにフラッシュバックが起きて声をあげてしまう時があった。

 

 

「おかげで、よりコミュニケーション能力が落ちたよ」

 

「………」

 

「一応、あのっ、母さんを悲しませちゃ悪いと思って精神病院にも行ったんだ。薬も貰って飲んでるんだけど、どうにも良くならなくて……」

 

「そう、か。まあ精神的な問題なんだろうし、すぐにというのは難しいのかもね」

 

 

隼世はグラスを持って微笑む。

 

 

「だから、とにかく今は楽しいことをいっぱいしよう。今度、映画かルミの家でゲームでもやろう」

 

「あ、ああ。楽しみだな」

 

 

乾杯をひとつ。

しかし岳葉の表情は暗い。隼世には申し訳ないことをしたと、つくづく思うのだ。

楽しいこと。趣味。好きなもの。隼世は仮面ライダーが好きだった。特オタというヤツだった。

 

しかし仮面ライダーはゴーストを最後に放送が終了した。

原因はライダーの格好をした者が犯罪を犯したこと。中でも少女への強姦未遂は、そのイメージを大きく下げることになった。

結果として、仮面ライダーを放送していた石川プロは製作中止を発表。同時期に放送していたスーパー戦隊一本に予算を集中し、よりよい『ヒーロー番組』を作り上げるとのことだった。

 

そう、全て岳葉のせいである。

あの戦い、あの事件、もう一度言うが何もウソではない。

確かにあったことで、都合よく生き返ったのは岳葉だけである。

犠牲者は、決して帰ってこない。

 

 

「ッッどッ!」

 

「え?」

 

 

大きな声だった。岳葉は一度冷静になり、次は声のボリュームを抑える。

 

 

「ど、どうして――ッ、俺はっ、そのッ、蘇ったんだろう?」

 

「………」

 

「あ、あ、悪い隼世。あの、俺……」

 

 

汗が酷い。手がブルブルと震える。

謎の吐き気を感じ、岳葉は大きくうなだれた。

それを見て隼世は目を細める。なんとも言えない表情であった。それは同情か、はたまた……。

 

 

「大丈夫、おちついて岳葉。それより、もしかしたら――」

 

 

そこで隼世は首を振る。

 

 

「いや、なんでもない」

 

「え? あ、ああっ! 大丈夫」

 

「本当に、いろいろ、あったよ」

 

 

岳葉と隼世は28歳になっていた。

それでも残りの人生、きっとまだまだ先は長いはず。

 

 

 

翌日、隼世はマンションの部屋を出た。

一人暮らし中だ。自立したいとのことだったが、ルミが離れたくないというので、翠山家の左にある実家を出て、翠山家の右に存在するマンションへ入居した。

まあそれはいい。既に『連絡』は受けているので、隼世はまず図書館に電話を入れた。

 

 

「おはようございます。市原ですが、急用が入りまして、今日のボランティアはキャンセルさせてください。はい、はい……、本当に申し訳ありませんでした」

 

 

そして隼世は本当の職場へ。正しくは『現場』に向かった。

 

 

「うごッ! なんじゃこの臭いは。ヒデェな!」

 

 

ダークグリーンのコートを着た立木(たちぎ)は、まずその臭いに表情を歪ませる。

臭い。とにかく臭いのだ。普段の悪臭ではない。これはもっと別ものだ。はて? なんだったか? 覚えがあるような、ないような。

立木はそれを考えながら、ラブホテルの部屋を進んでいく。

 

 

「これまたヒデェ」

 

「あ、お疲れさまでーす。立木さん」

 

「………」

 

 

主に鑑識などを担当する赤髪でメガネの本山(もとやま)マリリンと、髪が長めのダウナーな雰囲気の捜査員、滝黒(たきぐろ)響也(きょうや)が頭を下げる。

二人は涼しげな顔をしているが、立木の傍にいた隼世は急いで外に飛び出していった。

隼世が嘔吐しているなかで、立木は遺体をまじまじと確認する。

 

 

「んで? 何をどうしたらこうなるんだよ?」

 

 

分かることと言えば、女であるということくらいだ。

顔は破裂しており、胸の中央も吹き飛んでいる。幸い下半身はまだ損傷が少ないので、立木は股間を睨んで遺体を女性と判断したほどだ。

 

 

「いや、見たまんまでしょ! 内側からボカン! それ以外ある!?」

 

「アホかマリリン! それがありえねーんだよ普通は!」

 

「壁には歯、天井には血液と臓器の一部が付着していた。犯人は被害者の内部に爆弾を入れて破裂させたに違いないわ! でもね立木さん! そこじゃないのよ、この事件の滾るポイントは!」

 

 

マリリンは立木を引っ張ってお風呂場へ連れて行く。

扉をあけた瞬間、思わず立木は鼻を押さえた。

 

 

「うぎゃー、なんだよこりゃあ! ダメだ! 死体は耐えられるが、これは無理だ!」

 

「ムワっときたでしょ! 濃厚な香りよ!」

 

「何が濃厚だよアホが! 酷い臭いだ。なんだよコレ!」

 

「なんで貴方が知らないのーッ! ほらほら、浴槽を見て。何がある?」

 

「何がって、お湯だろ? 今は水だろうがな」

 

「違うわよ見て! 濁ってるでしょ! あれはね、精子よ! 精液! ザーメン!!」

 

「はぁ!? 下品だなテメェ! やめろ!」

 

「事実なんだから仕方ないじゃない! ほら、ごらんなさいよ。200リットルもあるのよ。信じられる? 調べたら全て同一人物の精子だったわ。立木さん一回の射精でどれだけ出せる? 少なくとも精液のお風呂を作るまで、どれだけかかると思ってんの?」

 

 

顔面や胴体が破裂した遺体よりも、コチラのほうがエキセントリックだとマリリンは目を輝かせている。

二日酔いなのだ。マリリンのテンションには付き合っていられない。立木は唸り、ベッドの方へと戻った。

 

 

「待ちなさい! この精液殺人事件! 立木さんはどう考えてるの!?」

 

「どうって。まあ、だからこの臭いがそういうことだってのは分かった。風呂場にテメェの精液溜めるイカれた犯人がいるってことも分かった」

 

「遺体も見て。もうグチョグチョよ。精液まみれだったんだから」

 

 

立木は血液交じりの精液を睨む。

確かに損壊している臓器や、抉り削られた口内に、精液らしきものを見た。そういえば壁にも精液がかかっている。

 

 

「例の猟奇殺人との関係は?」

 

「肉体の破裂とか、精液という点は一致しているけど、どうにもアタシは模倣犯だと睨んでる」

 

「どうして?」

 

「損壊具合が少し雑なのよ。中途半端っていうか。それに猟奇殺人のほうはDNAから見ても犯人は三人以上。今回採取したものとはどれも異なっているわ」

 

「なるほどねぇ」

 

 

すると隼世が戻ってきた。顔は青いが、だいぶ落ち着いたようだ。

 

 

「市原ァ。お前はどう思う?」

 

「分かりません。分かりませんが――」

 

 

隼世は、まっすぐに虚空を睨んだ。

 

 

「怪人の可能性はあると思います」

 

「まあ、な。明らかに普通の殺し方じゃねぇ」

 

 

あれから6年が経った。

人間はバカじゃない。あの戦いに気づいた者たちがいたのだ。

タイタンやペガサスに襲われた者もいるし、ライダーの姿を目撃した者もいる。

日本の警察は随分と優秀だ。隼世を見つけるまで、そう時間はかからなかった。

警察は、アマダムが訪れてから発生した一連の不思議な事件を、『虚栄のプラナリア』と名づけた。

切れば切るだけ増えるプラナリアのように、クロスオブファイアを与えられた人間が異形の力を手に入れた、あの事件――。

アマダムを倒し、全ては終わったと思っていた。

 

 

「だが終わったなら……、本間岳葉は蘇らねぇよな?」

 

「ええ。僕も、そう思います」

 

 

岳葉は一年前に蘇ったが、それ以前から不可解な事件は起こっていた。

主に猟奇殺人、あるいは人間には不可能と思われる犯行。多発する『異常』を前にして、警察は隼世に協力を求めた。

 

 

「特にここ最近、おかしな奴らが増えてきた」

 

 

立木、マリリン、響也、隼世は『異形対策班・バルド』の一員である。

通常の事件には捜査権を持たないが、異形なる力を匂わせる事件には全面的に指揮権を得る特殊な立ち位置であった。

 

 

「しかし例の集団じゃないと、やっぱGAIJIの仕業かね」

 

 

秘密結社『GAIJI』とは、最近バルドが掴んだ謎の集団である。

インターネットの掲示板や、SNSでチラホラと名前は出ていたが、活動は最近露になってきた。

以前、マンションで隣人の声がうるさいと部屋に乗り込み、住人を殴り殺した男が逮捕される際に自分のことを『アダプティガイジ』と名乗ったのがはじまりだ。

 

以後、特定の犯罪者が、逮捕される際に『単語+ガイジ』を組み合わせた名前を口にする例がいくつか報告されている。

既にスターダストガイジ、モーティスガイジ、グローバルガイジが逮捕されており、先日煽り運転を行ったハリケーンガイジを含めると、その数は決して偶然とは言えない。

さらに逮捕者だけではなく、SNSでも目撃情報が存在し、匿名の書き込みに彼らは秘密結社GAIJIの一員であるとの情報が記載されていた。

 

もちろんその真偽は不明だし、ガイジとは本来差別用語、好ましくない表現であるため、ただの悪ふざけかと判断できかねているところであった。

しかし先ほどのとおり、加害者が口裏あわせをしたようにコードネームのようなものを名乗るのはメリットなど無いし、普通ではない。

もちろん加害者同士に繋がりはなく、共通点も探したが、今はまだハッキリしていない。

故に、バルドは注意しているのだった。

 

 

「まあ、もう少し調べる必要性があるな。つうかマリリン、害者(ガイシャ)の情報は?」

 

「いちごちゃん。もちろん源氏名ね。デリヘル・ポールパインの女の子よ」

 

「おいマジかよ老舗じゃねーか。俺もお世話になったことあるのに……」

 

「あら、ま! お元気で!」

 

「昔の話だ。娘より若い子を家に呼んでな。本来だったら嫁も娘も帰ってこないはずなのに、予定が変わったってんで家に戻ってきて。それが離婚の原因になったし、娘とはその日以来、口を利いてねぇ」

 

 

立木はため息をついて、天井を見つめる。

 

 

「俺の話はいい。つうか客が怪しいだろ、調べはついてんのか?」

 

「それがこのお店、偽名有りで。おまけに電話したのが公衆電話だったから特定には少し時間がかかるみたい」

 

「ほーん。まあいいや、隼世、もしもの時は頼むぞ」

 

「……はい」

 

「あと例の件も頼むわ。まあ今回とは関係ねぇかもだけど」

 

「分かりました」

 

「しかし本来、生命が宿るかもしれない場所(ラブホ)で死ぬとはな。ついてなかったな、この女も」

 

 

立木は淡々と呟いた。

隼世はどんな表情をしていいか分からず、ただ俯くことしかできなかった。

 

 

(もし仮に今回もライダーが関わっているとしたら、その原因はなんだ?)

 

 

アマダムは死に、クロスオブファイアは消えたはずだ。

ペガサスたちのような仲間がいたとしても、6年も活動を控える理由が分からない。

それにアマダムを倒した自分たちに復讐しにくるのではないか?

もちろんそういう動きも感じられなかった。

 

 

(……僕はアマダムのことを知らなかった)

 

 

仮面ライダーは好きだった。

しかしアマダムという怪人は見たことが無かった。

アマダムの発言から察するに、ヤツはウィザードにてその姿を見せたというが、当然そんな話は存在していない。

つまり、隼世が見てきた仮面ライダーの情報が、抜け落ちている可能性は高いのだ。

 

 

(僕の知らない何かが、まだこの世界にはあるのか?)

 

 

そもそもアマダムがこの世界に訪れたのは、本当に偶然だったのだろうか?

分からない。何も分からない。隼世は大きなため息をついた。嫌な予感しかしないのが、何もよりも辛かった。

 

 

 

 

茂男(しげお)の両親は、愛情深い人物であった。

仕事が忙しく、なかなか会えなかったが、授業参観や運動会には時間を作ってくれて会いに来てくれた。

普段は祖父が育ててくれて、お菓子やお小遣いをたくさん貰ったのを覚えている。

運動はできなかったが、勉強はそれなりにできたので、小学校や中学校はそれなりに快適に過ごせた。

 

しかし、茂男は不思議であった。

高校二年、彼の人生に異変が起こった。

はじまりはクラス替えの後だった。廊下をふさぐようにクラスメイトが話をしていたので、どいてくれと頼んだ。

フランクに頼んだ。するとうるせぇと殴られた。人に殴られたのは初めてだった。茂男は倒れたまま、しばらく動けなかった。

 

殴られたところは少し痕が残った。祖父に心配をかけると悪いので、ただ転んだだけだとごまかした。

次の日から茂男の生活は変わった。文房具やノートが無くなるようになった。後にゴミ箱や、便器の中から見つかるようになる。

体育から帰ってくると、お弁当のなかに消しゴムのカスなどのゴミが入っているようになる。

知らない女子から告白をされるようになった。いつも女の子はニヤニヤしており、茂男はそれがいたずらである事をすぐに見抜いた。

美容師を目指している男子から、髪を切らせてくれるように頼まれた。断りきれずに了解すると、おかしな髪型にされた。

相撲ごっこでみんなと遊んだ。みんなと、みんな……。

 

 

「茂男くんのチンコ、バズるといいよな」

 

 

殴られ、蹴られ、投げ飛ばされた茂男は、下半身を丸出しにして倒れていた。

複数の男子生徒はそれを撮影し、インターネットの海に放った。ヘラヘラと笑い声が聞こえるなかで、茂男は唇を噛んだ。

親にはまだ言っていない。心配を――、いや違うな。茂男のプライドが赦さなかったのだ。僕はいじめられていない、ただ弄られているだけだと。

しかしこれは完全ないじめであり、暴力である。茂男はそれでも自分が弱者であることを認めたくなかったのかもしれない。

 

それに一度だけ教師に相談したことがあったが、それとなくかわされた。

確かに、グループのリーダーである部賀(べが)鷹矢(たかや)は容姿が良くて、クラスの人気者だ。

彼の周りにはいつも人が集まっている。

だからと言って……。

 

 

「おい、何してるんだお前ら!」

 

 

人がやって来た。

少年たちはヘラヘラと笑いながら走り去っていく。一方で茂男に手が差し伸べられた。

 

 

「大丈夫か? 茂男」

 

 

大丈夫だと笑い、茂男は風間志亞の手を取った。

 

 

「こんなことは異常だ。さっさと先生に言えよ」

 

「言ったけど、じゃれ合ってるだけだって……」

 

「ちッ、あのクズ教師。自分は生徒たちと仲がいいって思いたいから、部賀を敵に回したくないんだろ」

 

 

茂男がまだ耐えられたのは、頼りになる親友がいたからだ。

それが志亞である。彼もまた容姿が良くて、背が高くて、少し暗いから周りに人はいないが、隠れた人気はある。

人を見ているのか、部賀は志亞にはそれほど突っかからず、茂男はいつも助けてもらっていた。

 

 

「いつもありがとう志亞くん。これからも僕の親友でいてね」

 

「どうしたんだ、いきなり」

 

「いやぁ、別に」

 

「……俺も、助かってるよ。お前は優しいから一緒にいて疲れない」

 

 

志亞は茂男には自分の弱さを告げていた。

妹が病気で、父親も事業に失敗。どうにも人生が上手くいかない。

 

 

「よく分からないよな。クズみたいなヤツらが上手くいくように、世界はできてるなんて」

 

「そう落ち込まない落ち込まない。そうだ、志亞くん。これは今日助けてくれたお礼」

 

 

そう言って茂男は財布から一万を出して、志亞に手渡す。

 

 

「おい。受け取れないって、こんなの!」

 

「いいのいいの。言ってるでしょ、祖父ちゃんが毎月凄いくれるんだけど、使いきれないんだって」

 

「貯金しておけばいいだろ」

 

「気にしない気にしない! ほら、これで今度映画でも行こうよ! 妹さんの入院費もあるんでしょ?」

 

「……いつも、悪いな」

 

「気にしないで、親友でしょ、ぼくたち」

 

「ああ。ありがとう」

 

 

二人はその後も他愛もない会話を続けて帰路についた。

そうしていると分かれ道だ。茂男は右に、志亞は左に向かうのでココでお別れだ。

志亞はしばらく歩くと、携帯を取り出して部賀に連絡を入れる。

 

 

「俺だけど。そう、今回は一万だった」

 

『かぁー! おいおい! 前は三万だったのにな!』

 

「今月はアニメグッズに使ったんだと」

 

『キメェなぁ。だから包茎なんだよアイツ』

 

 

随分と楽な話であった。

部賀が茂男をいじめて、志亞がそれを助ける。

そうすると茂男はお金をくれるので、志亞はそれで部賀たちと遊びにいく。

それが『黄金ルート』と呼ばれる方法だった。

 

 

『今度、ケン達と焼肉でもいこうぜ。俺最近ホルモンにハマってんのよ。奢るからよ!』

 

「奢るって、お前じゃなくて茂男がだろ」

 

『そっか、確かに! あッ、でもよ、流石にそろそろ気づいてないか?』

 

「気づくわけないだろ。あのバカ、俺のことを親友だとさ」

 

『はッ! 親友か! そりゃ確かにウケるな』

 

「妹が病気とか、父親が事業に失敗したとか、本気で信じてる。救いようの無いアホだよ」

 

 

本当につまらないし、くだらない話であった。

志亞は携帯を切ると、アパートに帰って、ベッドの上に寝転ぶ。

バイトまでまだ少しある。眠ろうか? そんなことを考えていると、携帯が震えた。

体を起こし、ディスプレイを確認すると、『店長』とあった。

 

 

「あれ?」

 

 

岳葉は、店の前に志亞が立っていることに疑問を覚えた。

シフトを間違えたか? 戸惑っていると、志亞が駆け寄ってくる。

 

 

「お疲れ様です岳葉さん。実は店長から連絡があって」

 

「あ……! そ、そうなの」

 

「この店、つぶれたんで。今日のバイトはなしです」

 

「そ――、え? は? それは……ッ! あ? え? え?」

 

 

二人は場所を公園に移した。

ベンチに座り、岳葉は地面を睨みつけ、志亞は遠くで遊ぶ子供たちを見つめている。

つぶれる。でも言うのを忘れていた。ただそれだけだった。

 

 

「店長、本間さんの履歴書なくしちゃったみたいで。だからオレに伝えておいてくれと」

 

「て、適当すぎる!」

 

「まあ、だから楽だった点もあるんですけどね」

 

「そ、それは、そうか。伝えてくれてっ、あ、ありがとう」

 

 

岳葉は大きなため息をついた。コミュ障ニートが復帰するには良い職場だったのだが、確かに客はぜんぜん来なかったし、当然といえば当然か。

 

 

「また新しいバイト探さないと……」

 

 

小声で呟くと、志亞は不思議そうに岳葉を見る。

 

 

「本間さんはどうしてバイトに? 就職とかって考えてないんすか?」

 

「ン゛ッッ! あ゛の、いやッ、それは、うん……! まあね」

 

「でも、彼女さんがいるんですよね? どうやって知り合ったんですか?」

 

 

28歳の糞バイト野郎に、あんなに綺麗な彼女がいるのは確かに不思議だろう。

岳葉は心から出血しつつも、若人の悩みを解決してやろうと意気込む。

 

 

「まッ、その――、あまり良い出会いじゃなかったんだけど。俺のマイナスと、彼女のマイナスがたまたまっ、なんかこう……、歪に合致したっていうか。よく分かんない? まあでも、そういう時があるんだよ。は、ははっ、まだ風間くんは若いから分からないかもしれないかもだけど……」

 

「へえ……」

 

「風間くんはッ、その、彼女っていうか、気になっている子はいるの?」

 

「よく、告白されるんです。それで何人かと今付き合ってるんですけど、なんだか面倒じゃないですか?」

 

「え?」

 

「何かくだらないっていうか。頭悪いし、臭いし」

 

「え? あ? え? す、凄いっ、凄いね」

 

 

聞き間違いか? 何人かと? 岳葉は何か大きなものを感じて萎縮する。

 

 

「でも、その、彼女がいれば学校も楽しいでしょ?」

 

「全然ですよ。つまらない」

 

「え? でも、彼女……」

 

「女なんてね。ちょっと殴ればすぐに言うこと聞きますよ。あいつ等、なんていうか中身が無いんだよな……」

 

 

す、すげぇええ。若者すげぇえ! 岳葉は息を呑んで、完全に沈黙する。

どうやら志亞は凄まじい世界にいる人間のようだ。決して自分とは交わらないタイプの人間のようだ。

 

 

「……本間さんの彼女は何をしてる人なんです?」

 

「え? ああ、えっと、保育所で子供たちの面倒を見てて――ッ!」

 

 

志亞は今、岳葉の右に座っている。

岳葉はふと、左に気配を感じてそちらを見た。

 

 

「ん?」

 

 

少しだけ離れた左のベンチで男性が座っていた。

別に特にこれと言った特徴のない40代くらいの普通の男の人である。

だがひとつだけ『異常』なポイントがあった。それは今、その男性が思い切りペニスを露出しているという点だ。

 

 

(どッ、どえええええええええええええ!?)

 

 

大きく目を見開く。志亞は岳葉がいるから気づいていないし、周りもおそらく気づいていない。

だって普通の人間は、子供たちが遊んでいたり、ジョギングをしている人がいる公園でペニスなんて放りださない。

しかし男は思い切りブツをこんにちはさせているし、男自身周りの様子を気にしてはいないようだった。

誰かに見せるために出したんじゃない。もっと直接的な行為をするためにファスナーからブツを取り出したのだ。

男はブツをしっかりと握り締めると、すぐに激しく上下に擦り始めた。

 

 

(いやいやいやッ! コイツ! ココでオナニーするつもりかよ!)

 

「保育所の先生ってことは、子供たちとも仲がいいんですか? その子の兄妹たちとも繋がりがあるんですかね?」

 

(や、やべぇ! 変態――ッ、いやド変態だ! やめろ! しまえ! 捕まるぞ! おい呼吸を荒げるな! 気持ち悪い!)

 

「ッ? 本間さん?」

 

「え? え!? あッ! えっと、うん! ど、どどどうかな? えと、あの、そのあまり仕事のことは彼女と話さないから――ッッ」

 

 

耳を澄ませば、男が何やら口にしているのも聞き取れた。

 

 

「ヤッベッ、スッゲッ、タマンネッ――!!」

 

(やめろやめろやめろ! ど、どうすればいいんだ? 通報か? 警察――ッ!)

 

 

戸惑う岳葉と、反対にどんどんと勢いを激しくしていく男性。

 

 

「や、やっべ! もッ、もう――、イキそ……ゥッ!」

 

(よせよせよせェエ! よせって! あ、っていうか、周りにも気づいている人がチラホラとッ!)

 

「あッ! イク! もッッ! イクッッ!!」

 

 

ついに男の声は、周りに聞き取れるほどの大きさになっていた。

岳葉の隣にいた志亞にも聞こえたのか、志亞は不思議そうに岳葉の向こうにいる男を見た。

一方で男はブツをしっかりとにぎりしめたまま、立ち上がる。

 

 

「もあぁあああ! イクッッ! もうッッッ!!」

 

 

発射()る――ッッ!!

男はブツから、白濁した液体を発射した。

それは猛スピードで飛んでいくと、ジョギングをしていた女性の頭部にかかる。

凄まじいスピードとパワーだったのだろう。精液は女性の皮膚を貫き、頭蓋骨を破壊してみせる。

 

 

「え?」

 

 

血が飛び散った。倒れた女性の頭蓋から脳みそが零れてきた。

 

 

「あ、あぁあああぁああ!!」

 

 

男はまだ、ブツをしごいていた。

 

 

「ま た 発射() る―ッッ!」

 

 

二発目。精液が凄まじい勢いで発射され、遠くのほうにある街灯に直撃、破壊してみせる。

ドクンドクンと、勢いの弱い精液がまだ性器からは発射されていた。一方で亀頭は真っ赤になっており、尿道あたりからは煙が出ていた。

岳葉も、志亞も、周りの人間もしばらく固まっていた。

見間違えかもしれない。そんなおかしな光景であった。

 

しかし男が再びブツをしごき始めたあたりで、なんとなく理解した。

男の射精で、女性が死んだ。精液の弾丸で撃ち殺された。

おそろしき、まさに、それは――

 

 

亀 頭 バ ズ ー カ ー。

 

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

悲鳴が次々に聞こえてきた。逃げ惑う人々。母親たちは子供つれて、全速力で走る。

岳葉と志亞もすぐにベンチから立ち上がり、後ずさりで亀頭バズーカーから離れていく。

 

 

「やッべ! やッッべ! ヤッッッベッッッ!!」

 

 

亀頭バズーカーは恍惚に表情を歪めていた。

彼に賢者タイムは存在しない。爆発的にやってくる性欲を感じたら、全ての身を任せるだけだ。

どうせならば、たくさんかけたい。かけてあげたい。亀頭バズーカーは人が多そうなところにブツを、ペニスを、チンコを向ける。

 

 

「本間さん! 逃げないと!」

 

 

志亞の声が聞こえてきたが、岳葉は固まっていた。

正確には震えている。涙目になってブルブルブル震えていた。

怖い。いやだ。なんなんだコレは。ワケが分からない。なんだかお腹が痛くなってきた。しかし志亞の言うとおりだ、早く逃げなければ。

 

 

「――げて」

 

 

悲しいかな。逃げる子供たちの姿が、いつかの罪を思い出させた。

 

 

「風間くんッ、は! に、逃げてくれ!」

 

 

岳葉は走った。走り、思い切り亀頭バズーカーにタックルを仕掛ける。

がむしゃらな一撃は亀頭バズーカーのバランスを崩し、狙いをそらすことに成功する。

倒れた亀頭バズーカーのペニスからは精液がボタボタと漏れ出た。しかしそんなものは、少しだけ弾丸がこぼれただけにしか過ぎない。

すぐに袋には液が満たされ、ブツを扱けば射精感が湧き上がる。

 

 

「あぁぁああ! まだッ、まだ出る! まだまだ出せる!」

 

 

亀頭バズーカーはブツを、岳葉に向けた。

 

 

「あっ、あぁぁ! アアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

激しく上下に扱き、亀頭バズーカーは白目をむく。

 

 

「ほらッ、またッッッ発射()るゥウウウ!!」

 

 

ペニスから白濁の弾丸が発射され、涙目の岳葉に向かっていった。

 

 

「―――」

 

 

おそらく、それは本能だ。

生存本能が心の奥に火を灯した。だから岳葉は跳んだのだし、跳べたのだ。

風が吹き、風車が回り、光が迸る。亀頭バズーカーの背後に着地した岳葉は、岳葉では無かった。

 

 

「……そんな、まさか」

 

 

離れたところで、志亞が呆然としていた。

風に靡いた真紅のマフラー。そして青色に近い緑の仮面。ピンクの複眼。

呼吸を荒げる岳葉は、自分の腕が斜め上に伸びていることに気づいた。

岳葉に処方された薬が効かないのは、随分簡単な理由であった。肉体が強化されているため、普通の量じゃ効果がないのだ。

 

 

「な、なんだよ。なんなんだよ!!」

 

 

戦いは、終わってなどいなかった。

仮面ライダー1号は風を纏い――、複眼を光らせる。

 

 

「な、なんで……! なんで変身できるんだよぉお!」

 

 

1号は仮面を触って自分の姿を確かめる。間違いなくその姿は仮面ライダーであった。

しかしアマダムは死んだはずだ。それなのに一体どうして変身できるというのか。

なんらかの形でクロスオブファイアが残っていたのだろうか?

いろいろと考えていると、1号の胸から火花が上がる。

凄まじい痛みだった。思わず地面に膝をつく。見れば亀頭バズーカーのペニスから煙があがっていた。

 

 

「ハァ! ハァ! た、たまんねっっ!」

 

 

最悪だ。男の精液をかけられた。

1号は立ち上がると、震えながらも考える。

とにかく変身した。変身できた。今やるべきは、あの異常者をどうにかすることだ。

ブランクはあるが記憶はある。とりあえずRXになるべきだと思った。バイオライダーの力でアイツを抑えようと。

 

 

「――ッ? な、なれない!」

 

 

RXになれない。方法が頭から抜け落ちてるし、そもそもなれる気がしなかった。

本能が教えてくれる。脳が知らないことを知っている。

岳葉は1号にしかなれない。

 

 

「イクッッッ!!」

 

 

精液が迫る。

しかしその動きが手に取るように分かる。

遅い。避けられる。岳葉はそこで思い出した。

そうか、これが――、ライダーの力かと。

 

 

「ォオオ!」

 

 

跳ぶ。前宙で一気に亀頭バズーカーの前に着地すると、とりあえず肩を掴んだ。

 

 

「あ、あ、あのッ! えっと! とにかくやめろ! 大人しくッ、大人しくして!」

 

「止まんない! いや止まんない! オナニー止まらない!」

 

「えッ、いやッやめろ、おい! チンコから手を離せよ!」

 

「あああイク! イクッ! 我慢できない! もう、もうダメだぁあ!!」

 

「聞けよ!」

 

「イきますゥウウウウウウウウウウ!!」

 

 

精液が発射された。

しかし今回のは今までとは違っている。勢いや、持続が先程の比ではない。まさにそれは弾丸ではなく、ウォーターカッター。

白濁のジェット水流が1号の装甲を抉り削る。

痛い。ヤバイ。怖い。死ぬ。精液に殺される。そう思ったとき、カーリーの顔が視界いっぱいに広がった。

 

 

『絶望して死ねッッ!!』

 

「う、うわあああああああああああ!」

 

 

フラッシュバック。パニックになった1号はがむしゃらに走り、とにかくこの恐怖を終わらせなければと動いた。

分からない、よく分からないが、とりあえず出ている所を何とかすればいいはずなのだ。だから1号は亀頭バズーカーのペニスを掴むと、グッと力を込めた。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

亀頭バズーカーはペニスに激痛を感じて叫ぶ。

潰された。大事なペニスが潰された。悲しいやら悔しいからで、もう大変だ。亀頭バズーカーは泣き叫びながら1号から逃げる。

 

 

「あ、あの……、ご、ごめんなさいッ! え? え……?」

 

 

一方で1号もどうしていいか分からず、その場にへたり込むしかできなかった。

そうしているといつの間にか変身が解除され、岳葉は口を押さえた。吐きそうだ。精液の臭いと、恐怖がこみ上げる。

すると名前を呼ばれた。岳葉は反射的に立ち上がり、志亞に手を引かれてその場を離れていった。

 

 

 



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第3話 イナンナが見た夢(後編)

 

 

「本間さんッ、どういうことなんですか?」

 

「え? あ……」

 

 

公園のトイレ。岳葉が手を洗っていると、鏡の向こうに志亞の鬼気迫る表情があった。

振り返ると、すぐそこに志亞が迫っている。

どうやら興奮しているようだ。まあ無理もないか、あんなものを見たんだ。誰だって普通じゃなくなる。しかし何と説明すればいいのか。亀頭バズーカーのこと、自分のこと、ハッキリ言って何も分からなかった。

 

 

「上手く、その……、説明できないんだ。ごめッ、ごめん……」

 

「そんな筈ない! だって、アレは――ッッ!」

 

 

志亞は俯き、沈黙する。

何かを思い出しているようだ。あの姿には見覚えがあった。

今はもう放送されていないが、かつては子供たちの憧れだったヒーロー。

 

 

「仮面ライダー……!」

 

 

志亞の中で何かが埋まっていく感覚があった。

 

 

「本間さん。6年前の事件、貴方は何かを知っている?」

 

「え? え……?」

 

「いやッ、いや! 知らなくてもいい! 一つ、お願いがあるんです!」

 

 

志亞は岳葉の腕を掴み、その目をまっすぐに睨んだ。

 

 

「どうやって仮面ライダーになったんですか? お願いだ、教えてくれ!」

 

「ッッッ」

 

 

岳葉は何と言っていいか分からなかった。

なりたい。それがエンターテイメントの意味ではないことは分かっていた。

志亞はスーツアクターになりたいワケじゃない。役者になりたいワケでもない。

正真正銘、化け物になりたいと言うのだ。

 

 

「でも――ッ、いやッ、ごめん。本当に俺にも分からないんだ!」

 

「あれが、最初の変身だったんですか?」

 

「え? あ、いや。それは……」

 

 

ココで嘘でもつければ良かったのだが、なにせ簡単には割り切れない過去があった。

だからついつい、分かりやすいリアクションをとってしまう

志亞はそれで察したのか。けれども岳葉を追い詰めることが得策ではないと理解した。

 

 

「話したくないなら、無理にとは言いません。でも他の変身者だけは教えてください」

 

「え……?」

 

「かつて、仮面ライダーの姿をした何者かが町で暴れました。その姿は複数確認されています」

 

 

さまざまな仮面ライダーが目撃されている。

岳葉がその一人かどうかは別にどうでもいい。志亞にはもっと大きな目的があった。

 

 

「そ、そ、そのッ、キミはライダーになってどうしたいの?」

 

「復讐です」

 

「え?」

 

「アイツは、大切な人を――ッ、許せない……!」

 

「え? え?」

 

「本間さん。俺は今日限り人間であることを捨てます。復讐の鬼となって、彼女の仇は必ず取る! だから本間さん、お願いだ。オレを……、オレをライダーにしてくれ!」

 

 

岳葉は頭が痛くなった。

分からなくはない。超人的な力だ。手に入れれば多くの野望が叶う。ましてや復讐など容易に済むだろう。

とはいえ首を縦に振ることはできない。個人の復讐の為にライダーの力は貸せない。過去があるからこそ、否定しなければならないのだ。

 

 

「風間くん。俺にはよく分からないけど、復讐なんて――」

 

「水島紫」

 

「……え?」

 

「彼女は6年前。仮面ライダーの姿をした何者かに乱暴されました」

 

「………」

 

「乱暴というのはオブラートに包んだ言葉でしかない。本当は強姦されかかったんです。いや、もしかしたら本当にされたのかも。分かりますか? まだ幼かったのに……!」

 

「………」

 

「小学生だ! まだこれからキラキラした未来もあったのに! 全部それを台無しにされたッッ! どれだけ怖かったか! どれだけ悔しかったか!」

 

「………」

 

「彼女は心に大きな傷を負った! 無理もない、これから先、彼氏ができても性行為をしようとするたびにライダーを思い出すッ! 彼女の愛を、仮面ライダーの格好をしたヤツが奪ったんだ!!」

 

「………」

 

「本間さん。先ほどのを見てオレは確信しました。あのライダーの姿をしたヤツらが捕まったという情報がないのは、貴方のように本当にその力を手に入れたからだったんだ!」

 

「………」

 

「オレは調べたから分かるんです。6年前に暴れていたのは貴方が変身していた1号ではなく、平成ライダーと呼ばれた連中だった」

 

 

そこで志亞は気づく。つい熱くなってしまったが、見てみれば岳葉がブルブルと震えていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「ゆ、ゆか――ッ! え? あ、えと……、え!?」

 

「はい?」

 

「か、かかか風間くんは、ゆッ、ゆか――ッ! 紫ちゃんと知り合いなの?」

 

「知り合いというか……、ん? 紫ちゃん?」

 

「………」

 

「本間さん? どうしたんですか? 真っ青だ。何に怯えているんです?」

 

「………」

 

「本間さん? 聞こえてますか? どうしたんですか? 真っ青ですよ。手も震えてる」

 

「………」

 

「変身の副作用があるとでも?」

 

「………」

 

「や――? いやッ、まさか本間さん。貴方は何かを知ってるんですか?」

 

「え!? あ、あッ、えと、えっと、何? 何が?」

 

「ですからッ、紫ちゃんのことを何か知っているのかと聞きました!」

 

 

まるでそれは全身の血液が凍りつくかのような感覚だった。

少なくとも、岳葉には『知らない』と答えることはできなかったし、だからと言って知っているということが正しいのかが分からない。

だから沈黙するしかなかった。青ざめ、震え、目を泳がせる。

だが志亞は察しの悪い男ではない。ましてや普段の岳葉をある程度知っている彼からしてみれば、今の岳葉がおかしい事は明らかだ。

予想することは難しくない。

 

 

「まさか……」

 

「え? え? え!?」

 

「本間さん――、失礼なことをお聞きしますが」

 

「あ……、え?」

 

「まさか、あなたが?」

 

「え?」

 

「貴方が紫ちゃんを強姦しようとしたんですか?」

 

 

違うと、たった一言、口にできれば良かった。

しかし違わないのだから仕方ない。少なくとも否定することはできなかった。

肯定はどうか? 分からない。岳葉は沈黙するしかない。

 

すると怒鳴られた。鬼気迫る顔がそこにあった。

内容は頭に入ってこないが、だいたい同じようなことだ。

本間岳葉は水島紫という幼い少女の自由と希望を奪い、その小さな体に股間からぶらさがっている棒を入れようと試みたかどうか。それを聞いている。

レイプしようとしたのかどうか、迫られた。その顔がカーリーに見えた。

 

 

「ご、ごめんなさい! 本当にすみませんでした!」

 

 

命乞いだ。岳葉は許してほしかった。

必死に頭を下げる。言葉は虚空に吸い取られていく気はしたが、それでも言葉は続けた。

 

 

「ゆ、ゆかッ、ゆ、紫ちゃんの親戚の方でしたか? あの、俺はその――ッ、ゆ、許されないことを……! を! それは、あのッ! お、俺は――ッ!」

 

 

顔をあげた時だった。志亞の拳が、岳葉の頬に抉り刺さった。

崩れ落ち、頭を鏡に打ちつけ、そのまま公衆トイレの汚い床にしりもちをついた。

次は蹴りだ。頭を蹴られた。岳葉はどうすることもできなかった。どうしていいか分からなかった。

下を見れば、よく分からない黒い虫が歩いている。汚い。臭い。怖い。嫌だ。

なんだか、岳葉にはピッタリの場所?

 

 

「糞野郎がァアア!」

 

 

志亞の中で、かつてない怒りが爆発していた。

殺してやる。はじめて明確に思った。殺してやりたい、ブチ殺してやりたい。そう思ったら今までの全てが怒りに変わった。

いつも、しどろもどろな糞野郎だ。28のクセにアルバイト、正社員になれなかった社会のゴミだ。

アニメやゲームのことだけは饒舌になるのが不愉快極まりない。

 

そうか、志亞は理解した。岳葉はゴミなのだ。

この世界にはきっと人間の姿をしていたり、もっと大きな概念のように変わったゴミがある。

ゴミは文字通り要らないものであったり、もう終わっているものだ。

だから掃除をしなければならない。要らなくなったものは、燃やして、無くしてしまわなければならないのだ。

ゴミを燃やす。そうだ。炎だ。だいたいのゴミは燃えて消えるものだとテレビで見たことがある。

だから炎が――、『ファイア』がいる。

不必要なものを焼き尽くす力が欲しかった。

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

神よ。

どうか、この強姦魔を殺す力を、オレにください。

 

 

「変」

 

 

ピヨヨヨヨーン!

少し間抜けな音? いや、着火音だ。

燃える火の中に、志亞は構えを見た。それをなぞればいいだけだ。

両腕を右へ伸ばした。そのまま大きく旋回させて左上にやって来たところで止める。

 

 

「身――ッ!」

 

 

右腕を腰へ引いた。そしてすぐにまた左上に伸ばし、左腕は腰に構える。

 

 

「ブイッ! スリーッ!」

 

 

腰には、既にベルトがあった。

二つの風車が激しく回転し、赤と青と黄色の光が次々に巻き起こった。

風が、嵐が巻き起こる。目を見開く岳葉。その前に現れたのは、間違いなく仮面ライダーであった。

赤い仮面。仮面ライダーV3は右手でピースを――、『V』の文字を作り、左手を右肘へ添える。緑色に発光する複眼。

迫るV3。変身できたことは分かったが、感動などない。

不思議な体験のはずだが、あっけなさがそこにはあった。

というよりも、それが必然のように感じたから驚きが無かったのだ。

V3は青い炎を拳へ宿して歩き出す。全ては目の前にいる腐れ強姦野郎に正義の拳を叩き込むため。

 

 

「あ……、あぁ!」

 

 

岳葉は青ざめる。

カーリーが目の前にいた。

 

 

「グァァアアアア!!」

 

 

苦痛の声と共にトイレの壁が破壊される。

地面を転がっているのは、仮面ライダー1号。それをV3が追いかける構図であった。

 

 

「ま、待って! 待ってくれ! ちょっと、お願いだから! 待ってくれ!」

 

「黙れッッ! お前がッ! お前がァアア!」

 

 

V3は1号のマフラーを掴むと、強制的に引き起こし、腹に膝を入れた。

よろけた1号の頭を殴る。無様にフラついたところで蹴りを入れて弾き飛ばした。

1号は尻餅をついて一旦地面に倒れた。いけない、これは嘘だ。耐えられたが、倒れれば許してくれると思ってしまった。

あ、いや、違う。違うのか。そうじゃないのか。

ダメだ。分からない。1号はどうしていいのか分からなかった。立てばいいのか、反撃すればいいのか、それは正しいのか。

さっぱり分からなかった。

 

 

「ハッ! ハァアア!」

 

 

またマフラーをつかまれ、引き起こされる。

V3は左の拳で1号のわき腹を二発殴る。続けてフックで頬を、裏拳でもう一方の頬を叩いた。

抵抗もしない1号だが、V3の怒りは収まらない。足裏で腹を蹴りつけ、尻餅をついた1号の顔を、足裏でさらに蹴りつけた。

 

 

(いつかこんな日が――……)

 

 

1号は思う。死ぬことが正しいのか。

しかしそれにしては嫌なザワつきがあった。瑠姫の顔が思い浮かび、続いて隼世の顔が、ルミの顔も浮かんだ。

そして母の顔が思い浮かんだ。

このままではダメだ。少なくとも――、今は。

 

 

「死ねない……!」

 

「は?」

 

「死にたく――ッ、な、ない」

 

「紫ちゃんだって――ッ、そう思った!!」

 

 

V3は後ろへ下がる。そして、1号を指差した。

 

 

「お前は彼女の心を殺したんだ! ハァアア!」

 

 

飛び上がり、右足を突き出した。

ベルトの風車が回り、エネルギーへ変換、V3の右足が赤く発光する。

必殺キックだ。1号は朦朧とする意識の中、立ち上がった。

足裏はすぐそこまで迫っていた。

 

 

「―――」

 

 

沈黙。

 

 

「なにッ!?」

 

 

足裏は届いたが、それは1号にじゃない。

赤い手が、V3の足裏をしっかりと受け止めていた。

新緑のマスクはほとんど黒に近い。というか黒にしか見えない。

そして風に靡く赤いマフラー。

 

 

「落ち着いてくれ。仮面ライダー!」

 

 

仮面ライダー2号・市原隼世は、V3の足を殴り、叩き落す。

仲間がいたのか。V3は僅かな焦りを感じ、すぐに距離をとる。

 

 

「お前ッ、お前はなんだ? お前も仲間か? それともお前が真犯人なのかッ!?」

 

「真犯人……? 何を言っているんだ?」

 

「とぼけるなッッ! そこの化け物が! 紫ちゃんを汚した!!」

 

 

2号も紫という少女のことは知っている。それで何となく察することはできた。

しかし、いかなる事情があろうとも関係ない。2号は改めてV3に冷静になるように促した。

 

 

「仮面ライダーの力を使って復讐なんて間違っている。こんなことは誰も望んでいない。もちろん紫さんだって、きっとそうだ」

 

「待て! お前に何が分かる!?」

 

 

V3は走り出す。それを見て2号も迷わず走り出した。

拳が交差する。しかし2号のパンチのほうが先にV3に届いた。頬に届く赤い腕、衝撃が巻き起こり、V3の動きが止まる。

2号はその隙にV3の腕を掴み、飛び上がりながら背負い投げで地面に叩きつける。

 

 

「ライダー返し!」

 

「ぐあぁあ!」

 

 

腕は掴んだままで、軽く捻る。

抵抗すればもっと力を込めるという意味だ。V3はそれを理解したが、怒りは消えず、むしろ膨れ上がるばかり。

 

 

「何故! どうして強姦魔の味方を!?」

 

「ッ、過ちを繰り返してはいけない。それだけだ」

 

「意味が分からん! ヤツは紫ちゃんの処女を奪った! 大切な人に捧げる純潔を踏みにじったんだ!」

 

「……誤解をしてる。彼は未遂だ」

 

「何ッ? だが、しかし! それでも――ッ!」

 

「とにかく落ち着くんだ。キミは自分が何をしているのか、分かっているのか? 仮面ライダーならばもっと自分の在り方を考えろ」

 

 

どういう心情の変化があったのかは知らないが、V3は暴れるのを止めて、大人しくなった。それを感じたのか、2号は腕を放す。

V3はそのまま変身を解除しながら立ち上がる。風が吹き、1号と2号も変身を解除した。

 

 

「今は見逃す。二度はない。絶対……、もうな」

 

 

志亞は隼世の後ろで震えている岳葉を指差し、踵を返した。

 

 

「覚えとけ、アンタは最低最悪のクズ野郎だ」

 

 

歩いていく志亞。

気づけばサイレンの音がうるさく聞こえていた。

岳葉は腰を抜かし、天を仰ぐ。

 

 

「岳葉、何があったんだい?」

 

「じ、じ、実は――」

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ! ハァ!」

 

亀頭バズーカーは路地裏に逃げ込み、膝をついた。

疲れた。痛い。辛い。どうする? 分からない。

いや、分かった。そうか、そうだ。そうに違いない。

オナニーをしよう!

 

 

「!?」

 

 

ペニスを触ろうとしたら痛い。

痛くて涙が出てきた。ズキズキする。チンポが紫色になって、ペチャンコになっていた。

どうすればいいんだ。勃起できなきゃオナニーができない。

なんだか気分が悪くなってきた。ダメだ、オナニーをしないと。

オナニー。ゴシゴシすればいいのに、ゴシゴシできない。

 

 

「ウエッ! ゲェ! オッツブェ!」

 

 

吐いた。臭い。白い。

亀頭バズーカーは口から大量の精液をぶちまけた。

辛い。痛い。タマはパンパンになっているのにペニスがダメだからオナニーが――ッ!

 

 

「ゲェエエエ! ガァアアア!」

 

 

辛くて涙が――、いや涙じゃない! 精液だ!!

痛い。痛い――ッ! あ、ダメだ!!

痛いッッッ!!

 

 

「ア゛ッッ! アガガゴエエエ!」

 

 

右目が見えなくなった。怖い。なぜ?

痛い。痛い。痛い、痛い、痛い。眼球が地面に落ちていた。

右目にできた穴から精液が噴水のように勢いよく流れでていく。

精液を吐く。耳から精液が出てきた。鼻から精液が出てきて止まらない。

痛い。ダメだ。破裂する。苦しい。息ができない。臭い。

誰か――、助けて。

 

 

「―――」

 

 

胃が精液で満たされる。パンパンになって破裂し、肉体が精液で満たされる。

精液によって眼球は吹き飛んだ。肥大化したタマは、足よりも太い。

それでもなお、生成される精液。肺が、心臓が精液に塗れる。

亀頭バズーカーは窒息していた。やがて頭がはじけ、精液塗れになった死体は地面に転がって動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

翠山家のリビング、隼世はゴクリと喉を鳴らして、箸を取った。

身をほぐし、ゆっくりと口に入れ、租借する。

 

 

「……ヅッッ!」

 

 

沈黙。

 

 

「おいしい?」

 

「………」

 

「……ねえ、美味しい?」

 

「えっ? あッ、う、うん! とっても美味しいよ!」

 

「……嘘なの?」

 

「いやッ! 違うよ」

 

「嘘なんだね」

 

「そ、そうじゃないよ! た、ただちょっとファンキーな味かなって……!」

 

「馬鹿にしてるの?」

 

「ちがっ!!」

 

「分かってる。分かってるよボーイ。大人の嘘はやめておくれよ。アタシも大人になったもんさ。目を見れば分かるのよね……」

 

 

翠山ルミは、洋画によくある両手を上げてやれやれというジェスチャーを取った。

 

 

「仕方ないわよ。これ料理じゃなくて、魚の死骸じゃない」

 

「お姉ちゃんそれは酷くないッッ!?」

 

 

いや、瑠姫の言うとおりだ。岳葉もそう思ってしまった。

死んだ水のなかで腐った魚が死んでいる。料理というよりは事件だ。

 

 

「タケちゃんもマズイと思う?」

 

「いや、や! でも、ドブみたいで美味しいよ!」

 

「何がでもなんだよ。前提がもうマズイじゃねぇか。食いモンですらねぇじゃん。おい、なあおいって!」

 

 

ルミは不機嫌そうに頬を膨らませると、体育すわりでそっぽを向く。

 

 

「そもそもルミ、これ何なの?」

 

「アクアパッツァ。ちゃんとネットで作り方、調べたもん……」

 

「下処理が最悪なのよ。ヌメヌメ、臭いし、鱗処理すらしてないじゃない。そもそも初心者なんだから切り身でいいじゃない。なんで丸ごとなのよ」

 

「丸ごとのほうがいいかなって! スーパーさんも酷くないっすか? 内臓処理お願いしたらついでに鱗もとってくれればいいのに!」

 

「まあまあ落ち着いてよルミちゃん。材料がイマイチだっただけでルミちゃんの腕が悪いわけじゃないから。才能はとってもあると思うよ!」

 

「イッチー! お前はほんまにええやつやな!!」

 

 

ルミは隼世にしがみつくと、頭をなでくりまわす。

名前が書ければ入れるという高校に入学したルミは、一年目で留年。その後は高校を中退し、周りの勧めで定時制の高校へ入学。

そこを何とか卒業し、以後は花嫁修業中である。

相変わらず部屋着なのに露出が高く、以前よりも少しだけ伸びた髪の色はころころ変えている。

金髪からアッシュグレー、現在は明るい茶色に落ち着いていた。

しかしと岳葉は思う。最近のルミは――

 

 

『イッチー、おつぴこ~』

 

『マジまんじぃ』

 

『チーズゥ、のびのんびぃー』

 

『タピオカうんめぇー。ずっとタピっててぇー』

 

 

などと以前よりもアホになった気がする(失礼)。

 

 

「もっと簡単なのからすればいいのに。カレーとか、しょうが焼きとか」

 

 

テーブルには瑠姫が作ったしょうが焼きが並んでいる。

彼女いわく、しょうが焼きは適当にやっても失敗しない料理らしいが、そんな適当なものじゃなくてしっかりと美味しい気がする。

ルミも不満そうにしながらも、自分が作ったアクアパッツァには目もくれず、姉のしょうが焼きをバクバク食っている。

 

 

「悔しいけど飯が進むぜ。イッチー、アタシにおかわりを」

 

「うん。どれくらい食べる?」

 

「いっぱい!」

 

 

隼世はルミのご飯をよそいに立ち上がる。

 

 

「ちょっとルミ、隼世さんに甘えすぎ! 自分で行きなさいよ」

 

「えー、いいじゃん! イッチーの方が炊飯器に近いんだからっ!」

 

 

ルミはそこで鼻がムズムズ来たのか、ティッシュを探す。

すぐに見つけた。手を伸ばす。しかし届かない。

 

 

「ぐっ!」

 

 

ならばと横にあったマジックハンドを掴むと、それを使ってティッシュの箱を掴み、引き寄せる。

 

 

「横着!」

 

「いいじゃないか! 人類の進化と言っていただきたい!」

 

 

マジックハンド捌きなら自身がある。

テレビのリモコン、エアコンのリモコン、漫画、ゲーム、なんでも取れるようになったとルミはアームをカチャカチャしながら笑った。

 

 

「……太るわよ、ニート」

 

「はー? イッチーは肉付きのいい女の子が好きなんですぅ。あとニートじゃねーし! 花嫁修業中だしぃ! 間違えんなしぃ!」

 

 

言い合う姉妹を、戻ってきた隼世が宥める。

よくある光景だった。岳葉はそれを見て小さく笑う。この空間は落ち着く。楽しいと心から思えた。

お酒も進み、笑う声も多くなっていく。

隼世たちは岳葉の失った時間を埋めるように、よく昔の話をしてくれた。

 

 

「ねえルミ、隼世さん。あの話したっけ? フフフ……、ほら、救急車」

 

「る、瑠姫さん。それは別に言わなくてもいいんじゃないかな?」

 

「どうして? 素敵な思い出だと思うけど。ねえルミ」

 

「え、えー、お恥ずかしながらアタシとイッチーは恋人さんでして。そうすると、まあ、その、そういうことも嗜みもうして……」

 

 

あれはまさに初めての夜だった。

お互い経験がなく、それは了解してのことだったが……。

 

 

『イデデデデデデデデデ!!』

 

 

ルミ選手、迷わず119番をタップ。レスキュー緊急出動要請!

 

 

『すみませんっ! 血が出ました!!』

 

『落ち着いてください! どこからですか?』

 

『おまたからですっっ!!』

 

 

瑠姫は必死に笑いを堪えながら状況を説明する。

 

 

「夜眠っていたら救急車が家に来て、何事かと思ったら、フフフ……!」

 

「いやッ、まさかあんなにエグいとは……。ねえイッチー?」

 

「あ、ああ。救急隊員さんの、あの軽蔑に満ちた目は一生忘れないよ」

 

 

二人は顔を合わせて恥ずかしそうに笑う。

 

 

「そういえば岳葉くん。あれは見たっけ、ルミの日記」

 

「え? 知らないな……」

 

「そりゃあ? 日記は見せるものじゃないもん」

 

「見せてあげてよルミ」

 

「えー? いや、だからさ、アタシずっと三行日記っていうのやってて」

 

 

ルミは散らかった棚をあさり、一冊のノートを取り出す。

受け取った岳葉は、さっそく中身を確かめた。

 

 

15日(水)

・たまごかけご飯、おいしゅうございました。

・イッチーは今日もかっこいい。

・プロゲーマーになろうとアタシは誓う。意思は固い。

 

 

16日(木)

・玉子焼きは難しいからもうやらない。

・ひるねした

・本を読んだ。面白かった。

 

 

17日(金)

・コーヒーをブラックで飲んだ。アタシも大人になっちまったもんだ

・残念だがプロゲーマーは諦めることにした。人には向き不向きがある

・イッチーの家で映画を見た。面白かった

 

 

18日(土)

・からあげを勉強しようと思ったが、油を使って火事になるといけないのでやめた

・ひるねした

・掃除しようと思ったがやめた

 

 

19日(日)

・プリキュアを見た。かわいかった。声優になろうかな。

・ゲームをした。たのしかった。

・マンガを買った。面白かった。

 

 

20日(月)

・イッチーとチューした。

・ひるねした

・プロゲーマを再び目指そうと思う。アタシは諦めない

 

 

21日(火)

・イッチーがアタシのみそしるを美味いと言ってくれた。とってもうれしい。

・ひるねした

・プロゲーマーを諦めようと思う。残念ながら現実は厳しいものなのだ

 

 

「ね? すっごい頭の悪い内容でしょ?」

 

「ほ、ほ、本当だ! 悪い! ってか結構ひるねしてるなぁ」

 

「ちょっとお姉ちゃんッ! タケちゃんも返せっ!」

 

 

四人ともビールをそれなりに飲んでいたからだろうか。凄く面白くてゲラゲラ笑った。

 

 

「ねえルミ、今はさ、二人きりの時は隼世さんのことなんて呼んでるんだっけ?」

 

「イチち!」

 

「隼世さんは?」

 

「……ルミち」

 

 

真っ赤になって恥ずかしそうにしている隼世を見て、みんなは腹が痛くなるほど笑った。とても楽しかった。とてもいい気分だった。

しかしふと、隼世が『楽しくない』顔をした。

 

 

「また仮面ライダーに変身できるようになった」

 

 

瑠姫とルミの表情が変わった。

 

 

「僕はもうずっと前から変身できる。岳葉は今日から」

 

「そう。そうなの」

 

「ふーん」

 

 

意外と瑠姫たちのリアクションは薄かった。

岳葉がいるのだ。死んだ人間が生き返ったのだ。

いつかは何かが起こるだろうと思っていたし、なんだか最近物騒な事件が報道され始めた。

 

 

「でもちょっとビックリ。ね、お姉ちゃん」

 

「まあ、でも私は知ってたし」

 

「は!?」

 

 

隼世はばつが悪そうに笑った。

というのも、以前瑠姫に立木といるところを目撃されたのだ。そのことを聞かれるうちに、つい話してしまったのである。

 

 

「ごめんルミちゃん。図書館で働いてるっていうのも嘘なんだ。本当は警察で働いてる」

 

「まじかよ! そりゃないぜイッチー!」

 

「本当にごめんっ! でも社会保険をちゃんとかけてくれるし――」

 

「ややや、そうじゃなくてぇ!」

 

 

ルミは不安そうな表情を浮かべ、隼世の裾を掴む。

 

 

「変身できたって事は、また……、危ない目に合うんじゃないかって……」

 

「正直――、否定はできない」

 

 

隼世と岳葉は頷きあい、先ほど起こったことを瑠姫たちにも説明した。

精液で人を殺害した異常な存在、亀頭バズーカー。そして仮面ライダーに変身した風間志亞という少年。

それを聞くと流石の瑠姫とルミも顔を青ざめる。

 

 

「精液って……。うへーッ!」

 

「ココに来る前に――」

 

 

岳葉は亀頭バズーカーの顔を見ている。

隼世は警察に岳葉を連れて行き、先日のラブホテルでの殺人事件で記録された監視カメラの映像を見せた。

するとやはり女性と共に部屋に入っていく亀頭バズーカーが確認できた。

つまり亀頭バズーカーは女性に挿入した状態であの一撃を発射したのだ。だから肉体が内側から激しく損壊していたのである。

もちろんそんなものは人間にできるワケがない。そして志亞の件もある。

 

 

「間違いなく、クロスオブファイアが僕らの世界に存在している」

 

「アマダムが蘇ったの……?」

 

「いや。もしそうだとしたら、ヤツの性格上、確実にコンタクトを取ってくるはずだ」

 

 

他にも気になることは多い。

隼世は今、仮面ライダー2号にしかなれなかった。しかし力が戻ったときは前回のように各ライダーの力を使うことができた。

 

 

「岳葉。キミが蘇生できたのは、ゴーストの力が復活したからかもしれない。アマダムはクロスオブファイアのことをある種の概念、あるいは文字通り魂のようなものだと言っていた」

 

 

仮面ライダーゴーストが示したのは『蘇生』だ。

主人公のタケルは実は最初から死んでおらず、死者は蘇らないと示されたシーンもあるが、映画では課長が死後の世界から戻ってきて、なおかつ夏の劇場版では魂や記憶、進化が存在すれば肉体を失っても現世に戻ってこられるとのシーンがあった。

それらは概念となり、ゴーストの力となる。

 

 

「クロスオブファイアは魂の炎。それが再び宿ったことで、キミの肉体も何らかの形で再生されたのかもしれない」

 

「ッ」

 

「もしくは、新たなる世界のルールが、この世界に生まれていたとすれば、どうだろう」

 

「新しい世界のルール?」

 

「たとえば怪人が生まれれば、ライダーも生まれる、とか」

 

 

岳葉は頭を抑えた。

彼自身、どうやって蘇ったのかは覚えていない。しかし何か記憶の片隅に覚えているような光景があった。

あれは――、荒野? そして何かがあったような……。誰かがいたような。

 

 

「思い、出せない。それに俺も隼世も変身できるライダーが一つに絞られたってことは、クロスオブファイアが弱まってる……、のか?」

 

「可能性はある。もしくは形態そのものが変わったかだ」

 

「え?」

 

「キミのバイト先の高校生、志亞はV3に変身した。クロスオブファイアの拡散が何らかの形で行われていたとしたら……。たとえば風間志亞の他にも仮面ライダーになった者がいるかもしれない」

 

「そ、それは――……、それは大変だ」

 

 

かつて岳葉は仮面ライダーの力を自分の欲望のために使った。

志亞や、他にもいるかもしれない変身者が同じことをする可能性は十分にある。

 

 

「岳葉、僕と一緒に、水野町に来てくれないか」

 

「水野町? って、あ、あ、海水浴で有名な?」

 

「そう。最近、そこで首のない遺体が見つかったんだ」

 

 

問題は死体のほうだ。腕には大きな刃物がまるまま埋め込まれていた。

つまり人間の体の中に、刃物を入れていたのだ。

あきらかに普通ではない。おまけに最近報告されている猟奇殺人事件の発生場所から考えるに、現在犯人たちが水野町に潜伏している可能性は高いと。

 

 

「おそらくただの殺人犯ではない。クロスオブファイア所持者ではないかと僕は睨んでる。だから頼む、協力してくれ岳葉」

 

「あ、ああ。う――ッ、分かった」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 

そこで都合が悪そうに瑠姫が手を上げる。

 

 

「実は、私も水野町に行く予定があって……」

 

 

現在お世話になっている保育所の園長からのお願いだった。

水野町に友人が営んでいる託児所があるのだが、スタッフが入院することになってしまい、人手が足りなくなってしまったのだとか。

そこでもしよければ一週間ほど、瑠姫に応援に行ってくれないかと。

 

 

「それで、OKしちゃった」

 

「大丈夫なのか瑠姫……? あ、あぶっ、危なくないか?」

 

「うーん、まさかそんなことになってるなんて知らなかったし」

 

 

岳葉としては心配だったが、隼世は悪くないかもしれないと言う。

そもそも、この町で亀頭バズーカーに出会ったのだ。どこにいても危険があると言えばそう。

なので、なるべく近くにいてくれた方が守りやすいというのがある。

 

 

「ふむふむ。話は分かった」

 

 

ルミはマジックハンドで、床にあったフリーペーパーをキャッチして引き寄せる。

パラパラとめくると、お目当てのページを見つけた。

水野町の観光案内だ。それを開き、ニヤリと笑った。

 

 

「翠山ルミも参戦しますよ!」

 

「ルミってば。いいわね、ニートはお気楽で」

 

「花・嫁・修・業・中! ニートじゃないから! そこは譲れないからッッ!」

 

 

翠山姉妹も虚栄のプラナリアを経た後だから、割とたくましくなっている気がする。

隼世は困ったように笑い、岳葉も釣られてヘラヘラと笑みを浮かべていた。

食事が終わると、隼世がタクシーを呼んでくれたので岳葉はそれに乗って家に帰った。

時間は21時34分。明かりはまだついており、母親が出迎えてくれる。

岳葉の母は、お弁当の工場で働いており、朝は早い。もう眠るようだ。

 

 

「おやすみ。ちゃんと歯磨きして寝てね」

 

「わ、分かってるよ。もう、こッ、子供じゃないから分かってるって」

 

「それもそっか。でも親なんてね、いつまでも子供が子供に見えるものなの」

 

 

母はそう言って笑い、寝室に向かっていった。

心なしか昔に比べれば痩せている気がする。岳葉は嫌な汗が滲むのを感じ、グッと拳を握り締めた。

母は、父が亡くなってからもニートの自分を支えてくれていた。

バイトが辛いと思っていた今なら、母の苦労や苦しみ、そして偉大さが少しは理解できる。

志亞に言われたことは傷になった。虚栄のプラナリアは今も胸に張り付いている。苦しい、苦しいが――、やはり岳葉は『生』を望んだ。

 

 

(と、とととにかく今は母さんに苦労をかけさせないようにしなければ……)

 

 

翠山家を出るとき、隼世にそれとなく言われた。

正式に警察協力することになれば、当然『給料』も発生する。命に関わる内容だし、ましてや人類の未来を左右する件であるため、金額は多い。

たくさん稼げば、母に楽をさせてあげることができる。もっと良い家に住めるし、欲しいものは何でも買ってあげることができる。

頑張らなければ。岳葉は歯を食いしばり、虚空を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

「ボガボゲゴガバブッッ!!」

 

 

便器の中に茂男が沈められている。

ゲラゲラ笑っている男子たちの中で、部賀も楽しそうに笑い、写真を撮っていた。

 

 

「アイツ、なんで先生とかに言わねーんだろうな」

 

「さあ」

 

 

その後、屋上で部賀と志亞は肩を並べていた。

部賀はタバコを吸うため、志亞は人が少ないところが好きだからだ。そもそも屋上は立ち入り禁止だが、無理やり鍵をこじ開けて入った。

柵のほうに近づかなければ、気づくものもいない。

 

 

「この間もな、ムエタイごっこって言って適当にボコボコにしたんだけど、ヘラヘラヘラ、気持ち悪いよな」

 

「ああ」

 

「なんでオタクって皆ああなのかね? どっか障害でも持ってんじゃねーの?」

 

「………」

 

「つうかさ、アイツまだウルトラマンとかプリキュアみてるらしいぜ。マジで犯罪者予備軍の匂いがするよな。絶対電車とか好きだぜ」

 

「………」

 

「ぶさいくだしクッセーし、俺が茂男ならもう自殺してるわ。ははは」

 

「………」

 

「おい志亞、どうしたんだよさっきからスマホ睨んでさ」

 

 

志亞は携帯電話のディスプレイを睨んだまま動かない。

 

 

「別に。わずらわしくて」

 

「んー? はは、なにこれ? 彼女? めっちゃメッセージ送ってくるじゃん。メンヘラってヤツ?」

 

「かもな。殺したい。この前も殴ったのに全然懲りてない」

 

「ハハハ。いいねぇモテ男は。俺にも回してほしいよ」

 

「欲しけりゃやるよ。ゴミ女だ」

 

「いらねーよ。お前が突っ込んだ穴に入れたくねーし」

 

 

志亞は舌打ちをして携帯をしまう。

 

 

「なに? 返信したの?」

 

「ああ。会ってほしけりゃ整形してこいゴミブスって」

 

「あーあー。つか、なんでそんなのと付き合ったの」

 

「気の迷いだった。どうしても付き合って欲しいって言われたから」

 

 

志亞は舌打ちをして空を見上げる。

 

 

「くだらない……!」

 

 

そこで部賀がタバコを吸い終わったので、二人は下校することに。

部賀は吸殻を茂男の下駄箱に入れて笑っていた。

 

 

「どう? これからケンたちとダーツ行くんだけど、お前も来る?」

 

「興味ない」

 

「あっそ。え? え? ってかなにそれ」

 

 志亞は道に停めてあったバイクにまたがるとエンジンを入れる。

 

「貰った」

 

「マジで? 誰から? なんぼすんの?」

 

「親戚。値段は知らん」

 

「へぇ。でも免許持ってたっけ?」

 

「いらん」

 

 

そう言って志亞はアクセルグリップを捻ってさっさと走り去った。

残された部賀はしばらく沈黙していたが、やがてヘラヘラ笑い始めた。

 

 

「だっせぇバイク」

 

 

 

 

 

物心ついたときから両親の仲は悪かった。

母はよく万引きを行い、父に迷惑をかけていた。

今でこそ理解されてきてはいるが、当時はただの頭のおかしい女としか認知されず、喧嘩の数も増えてきた。

父も父だ。頭の固い昭和の男で、母の事情を知ろうとせず、すぐに手が出ていた。

幼い兄妹はどうすることもできず、ただ子供部屋で気分の悪い時間を過ごすしかない。

 

 

「離婚するかもな」

 

 

小学生でも理解できた。妹は泣いていた。

 

 

「やだ、ユキ、お兄ちゃんと離れたくない」

 

 

母親に似た兄と、父親に似た妹。皮肉にもどちらも顔は良かった。

幼い少年は平然な顔をしていたが、実は心の中で誰よりも恐怖していたのかもしれない。彼は、必死に、何かを求めていた。

 

 

「ユキ、お兄ちゃんと結婚する」

 

 

無知な妹と唇を重ねたのは、その日が最初であった。

 

母がいなくなっても、生活の質は特に変わらなかった。

もともと家事もまともにできない女だ。食事一つろくに作らなかったために、惣菜や弁当の日が増えても兄妹の心に変化はない。

むしろ父が帰ってくるのは夜なので、必然的に二人の時間が増える。それは兄にとっては好都合であった。

 

ユキはやがて妻になる女だ。兄は大切にしようと思い、愛情を注いだ。

だがしかし人を形成する教育は兄だけが全てではない。主に学校が人となりを作り上げていく。

友人、教師、大人になりたい子供たちはつい背伸びをして、周りに合わせ、言いたくもないことを口にする。

だから高校一年の夏、ユキに気持ちわるいと言われたときは理解ができなかった。

 

 

「異常だよ。狂ってる」

 

 

だって私たちは――、兄妹なんだよ?

そんな当たり前のことを言う妹を、兄は初めて軽蔑した。

兄妹だからなんなのか。自分たちはそれを理解していて、ああいうことをしていたんじゃないのか。

まさかお前は、あのプレゼントを、あの一緒に入ったお風呂を、あの夜のキスを、兄妹のスキンシップだとでも思っていたのか?

それは違う。だって俺たちは――……。

 

 

「バカなんじゃないの? どっか、頭ッ、おかしいんじゃない!?」

 

 

意味が分からなかった。

 

 

「確かにさ、昔は結婚しようって言ったかもしれない。でもそんなの子供の言うことじゃん! 本気なワケないでしょ!? ちょっと考えれば分かるよね?」

 

 

違う。妹は周りの悪影響を受けているだけだ。

兄は詰め寄った。妹を取り巻いている悪しき環境を全て無くしてやろうと思った。今までみたいに。

だが、妹にとってはそれが窮屈だったようだ。ある日、携帯を見せられた。

 

 

「ねえ、見て、これが誰か分かる?」

 

 

頭の悪そうな男だった。兄が一番嫌いなタイプの人間だった。

 

 

「私の彼氏。この人とね、セックスもしたの」

 

 

タチの悪い冗談だった。

 

 

「お父さんはおかしいし、アンタもおかしいし、私もうこんな家にいたくないの」

 

 

ふざけるな。父がおかしいのは認めるが、俺は違う。兄はそう叫んだ。

いや、そんなことよりも妹が言った言葉が許せなかった。冗談でもそんなことを言うな。

お前は俺と婚約しているんだ。まさかそんな男に処女を捧げたのか。冗談じゃない。冗談じゃ――

 

 

「きもちわるい」

 

 

兄はその日、はじめて妹を殴った。

もうあの頃のユキはどこにもいなかった。ユキはその日、家を出た。

帰ってくることは無かった。

 

 

「落ち着いて聞いてください。お父さんは、若年性アルツハイマーの疑いがあります」

 

 

それを告げられたのが翌日であった。

もともと物忘れが激しいと思っていたが――、ふざけるなと思った。

母が去り、妹が去り、そして残ったのは病気の父だけ。なんだこれは、なんなんだこれは。

どうしてこんな……! ああ、イライラする。

志亞は昔を思い出し、激しい憎悪を覚えた。

 

 

「父さん。これ、着替え、置いておくね」

 

「ああ。すまないな……。ええっと」

 

「志亞だよ」

 

「そう。分かってるよ。あと、あの、あれだ……」

 

 

父は現在、職場の人が紹介してくれた施設で暮らしている。

 

 

「あれは、なんだったかな……?」

 

 

病の進行は早いほうだと言われた。志亞は適当に頷き、さっさと父を置いてハリケーンを走らせた。

なぜ自分だけこんな目に合わなければならないのか。志亞は自分が乗っているハリケーンを見つめ、ため息をつく。

仮面ライダーになれた。なりたいと思ったのは、復讐のためだ。

 

虚栄のプラナリアは詳しく報道されることはなかったが、ネットでは都市伝説の一種として語られていた。

中でも仮面ライダーが幼い子に乱暴したというのは、暴行の類ではなく性的な意味を含めるのだと噂されていたが、志亞もそう思った。

被害者探しが行われるなかで、紫の名前も出た。

写真もあった。紫は美人だった。志亞の中で何か大きな感情が芽生えた。

あれは――……。

 

 

「!!」

 

 

信号のない横断歩道。考え事をしていたからか、人が前にいることに気づくのが遅れてしまった。

志亞は急ブレーキをかけ、ハンドルを急旋回する。

ハリケーンが倒れ、シートから投げ出された志亞は地面を転がった。

これがまったく痛くなかった。間違いなくライダーになったのだと志亞は思った。

 

 

「あのっ! 大丈夫ですか!?」

 

 

綺麗な声が聞こえた。志亞が顔を上げると、そこには小さな女の子が心配そうな顔をしていた。

細い体、肩よりも少し長い黒髪のクセッ毛、丸い瞳。まだ子供だろうに随分と整った容姿の美少女だった。

志亞は彼女のことを安心させてあげなければと思った。どちらかと言えば悪いのは自分だ。

なのに少女はまるで自分のせいみたいな顔をして震えている。優しい人間が悲しむのはあまりフェアじゃない。志亞はずっとそういう考えであった。

 

 

「ああ。大丈夫だよ。ちょっと転んだだけだから」

 

「で、でもっ、テレビで見ました。転んだときは何もなくても後で体が悪くなるかもしれないって……!」

 

「本当に大丈夫。スピードも出てなかったし、オレ普通の人間よりも頑丈だし。それにほら、ヘルメットもしてたし、どこも血が出てないでしょ?」

 

「だけど……」

 

 

志亞は笑みを浮かべ、少女の頭を撫でた。

 

 

「じゃあ病院に行こうかな。キミも見てもらいな」

 

 

志亞は少女を乗せて病院に走った。

少女は速いとか、凄いとかはしゃいでいた。

なんだか懐かしいと思った。

 

 

「異常はありませんね」

 

 

志亞は病院でそう言われた。

バイクで転んだ。そういうとレントゲンも撮ってくれた。志亞は自分の体がどうなっているのかが知りたかった。

仮面ライダーV3、ネットで調べればすぐに情報は出てきた。どうやら改造人間らしいので、自分の体にも異変が起こっているかが気になったのだ。

 

しかし結果として、なんともなかった。

医者も何も言わなかったし、写真も普通の人間のソレだった。しかしトイレで念じてみると、簡単にベルトは出てきた。

消えろと念じると、簡単に消えた。待合室に戻ってしばらくすると、女の子も戻ってきた。彼女もなんともなかったようだ。

ふたりは一緒に病院を出る。女の子はハリケーンが消えているのを不思議がった。志亞は友達が持っていったと嘘をついたが、本当はこれも念じるだけで簡単に消せる。

二人は近くの公園のベンチに座った。志亞が近くにあった自販機でココアを買ってあげると、女の子は嬉しそうに微笑み、お礼を言ってくれた。

 

 

「ふぅふぅ」

 

 

女の子がココアを冷ましている。志亞は微笑んだ。

 

 

「そういえば名前聞いてなかったね。オレは風間志亞」

 

「あ。夢丘(ゆめおか)珠菜(たまな)です」

 

「へえ、良い名前だね。いくつ?」

 

「11歳。五年生です」

 

 

珠菜はココアをコクコクと飲む。

 

 

「おいしいです!」

 

「ふふ、良かった。それを飲んだら送るよ。家はどこ?」

 

「……水野町です。ここには電車で来ました」

 

 

分かりやすく珠菜の表情が沈んだ。

 

 

「旅行……、ってワケでもないか。もしかして家出とか?」

 

「そう、なのかな?」

 

「お父さんとお母さん、心配してるよ」

 

「わたしッ……、お父さんと、お母さんが、いないんです」

 

「そっか。まあ、オレもだから、仲間だね」

 

「え? 本当ですか?」

 

「うん。なんかアレかな? たまに凄く全部が面倒になるっていうか。嫌になるっていうか……。そういう時、ない?」

 

「凄く、分かります。わたしもそうだったから、どこかに行きたくて……」

 

 

でも無計画だった。お小遣いだって少ないし、子供だけじゃホテルに泊まれないと聞いたことがある。

野宿は――、怖い。

 

 

「何もしないで、帰っちゃうのかな……」

 

 

珠菜はココアの缶を見つめ、しょんぼりと肩を落とした。

 

 

「あの、志亞さん。もし良かったら……、本当に良かったらでいいんですけど」

 

「うん、なに?」

 

「わたしと……、と、友達になってくれませんか?」

 

「いいよ」

 

「え? 本当っ!?」

 

「ああ。じゃあ、どこか遊びに行こうか」

 

「はい!」

 

 

二人はカラオケに行って歌い、ゲームセンターでぬいぐるみを取った。

夜は可愛らしいカフェで食事を取り、ショッピングモールを適当にブラブラして、志亞は珠菜がジッと見つめていた服をこっそりと買ってプレゼントした。

珠菜は何度も何度も志亞にお礼を言った。嬉しそうに笑っていた。

志亞も笑った。

 

 

「今日は本当にありがとうございました。わたし、とっても楽しかったですっ!」

 

 

珠菜は買ってもらった服と、クレーンゲームでゲットした犬のぬいぐるみを抱えて笑っていた。

たいした金額じゃないのに大切そうに抱える珠菜はとても可愛らしい。

しかし笑っていた彼女も、やがて寂しそうな顔を浮かべる。

 

 

「意味が、できました」

 

「?」

 

「たまに、すごい仲間ハズレされちゃったみたいに感じるんです」

 

 

町から、人から、世界から。

凄まじい孤独感。疎外感。迫害された少女は寂しげに笑う。

 

 

「たくさんの人に出会ったけど、それでも、ひとりぼっちに感じる時があるっていうか。でも、今日はそんなことありませんでした」

 

 

珠菜は志亞を見て微笑んだ。随分と儚げな表情だった。

少しでも目を逸らせば、彼女は消えてしまうのではないか。志亞はなんだか怖くなった。

 

 

「今日は、志亞さんがいてくれたから……」

 

 

珠菜は空を見る。星が瞬いていた。

 

 

「帰りたくないなぁ……」

 

 

それはほぼ無意識だった。志亞は珠菜の肩に触れる。

 

 

「帰りたくないなら……、帰らなくてもいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「もし良かったら、オレの家に泊まる? オレ、一人暮らしだから、気を遣わなくても大丈夫だよ?」

 

 

珠菜は少し驚いたような表情をしたが、すぐに上目遣いで志亞を見る。

 

 

「ほ、本当に、いいの?」

 

「ああ。いい、いいよ! だからッ、でも……! その代わり――ッッ!!」

 

 

珠菜の言うことを、志亞は心から理解できた。

孤独感。倦怠感。疎外感。鬱々とした毎日のなかで、誰も、何も与えてくれない。衝動も、感動もとっくに忘れ去ったと思っていた。

けれど今日、珠菜に出会って、志亞は心から楽しいと思えた。

志亞は珠菜の心が分かった気がした。だから彼女が自分を分かってくれるのではないか。そんな気がしたのだ。

 

 

「そのかわりッ! や、柔らかおみ足ハムハムしていい?」

 

 

ずっと気になっていた。

珠菜はパーカーを着て、下はショートパンツだった。

そこから見える白い太ももは、痩せすぎておらず、ほどよく肉がついている。

 

 

「え?」

 

 

珠菜は目を見開き、困惑の声を漏らす。

志亞は岳葉が許せなかった。触れてはならない、それは暗黙のルールだった筈だ。

なのに岳葉はそれを破り、紫ちゃんに手を出した。

 

志亞は嫉妬で狂いそうだった。

初めてV3になった時、志亞は己の心の叫びを聞いた。

紫ちゃんの赤ちゃん部屋は、オレが満たすはずだったのに。そう思い続けるだけで良かったのに――、と。

だがそれは愚かな考えであったと今になってつくづく思う。

紫よりも珠菜は美少女であった。というよりも志亞の好みであった。儚く、それでいて可愛らしい。

 

 

「よく分からないけど……」

 

 

珠菜は志亞の瞳の奥に、深くて暗い闇を見た。

 

 

「わたしは、いいよ」

 

 

しかし珠菜という少女は、今、闇の中に逃げ込みたかった。

だから都合が良かった。そして志亞が自分を分かってくれる。理解してくれると思ったから、珠菜は何でも良かった。

割と、どうでも良かった。

だから二人は志亞の家に向かう。ハリケーンに乗って向かう。

 

 

「お願いします。連れてって」

 

 

珠菜はギュッと志亞の腰を掴んだ。志亞はハリケーンのスピードを上げる。

二人はジュニアアイドルのDVDがたくさんある部屋に。定期購読中の"小学生の女の子たちがいっぱいセックスしているマンガ雑誌"が山ほどある部屋に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

クロスオブファイアの波紋が広がっている中、ひときわ大きく燃える塊があっても不思議ではない。

見よ。レジェンドライダーの胎動。一人の男がこの地に降り立っていた。

 

 

「すみません。ちょっといいですか?」

 

「はい?」

 

 

仕事帰りのお姉さんが振り返る。そこに一人の青年がたっていた。

エスニック風の格好をしており、外にハネた髪が特徴的だ。

 

 

「オレ、火野(ぴの)映司(えいじ)って言います。探してる人がいて、何か知りませんか?」

 

 

話を聞くと、消えてしまった親友を探して旅をしているらしい。

 

 

「アンクって言うんですけど……」

 

「ごめんなさい。ちょっと分からないですね……」

 

「そっかぁ。分かりました。どうもありがとう!」

 

「はい。見つかるといいですね」

 

「アイツ、いつもフラフラしてて。そうだ! お姉さんの体の中にアンクがいるかもしれない。とりあえずセックスして確かめてもいいですか?」

 

「え?」

 

 

お姉さんの表情が歪んだ。

そのまま、しばしやり取り。

 

 

「本当ッ、無理なんで、やめてください。警察呼びますよ!」

 

 

映司はヘラヘラ笑っていた。

お姉さんはそこで、この男が危険な人物だと確信した。

携帯を手にすると、走り出す。

 

 

「わあ! ちょっとお姉さん! どうして逃げるの!? もしかしてグリード!? まいったな……。戦いたくはないけど、運命からは逃げられないか」

 

 

映司はリュックからオーズドライバーを取り出すと、それを腰へ装着する。

そしてポケットからメダルを三枚取り出し、オーズドライバーへセットする。

 

 

「変身!」「タカ!」「トラ!」「バッタ!」「タ・ト・バ! タトバタトバ!」

 

 

仮面ライダーオーズは走り出す。

 

 

「ひっく! ぐっす! う゛ぇぇええぇえん゛ッッ!!」

 

 

十分後、お姉さんは号泣していた。

頬は赤く腫れ、鼻血が出ている。両腕は青く腫れあがっており、骨折しているのだということが分かった。

一方でオーズは必死に腰を振っていた。お姉さんのパンツは頭に被っている。これは明日のパンツ、映司にとっては大切な道しるべであった。

 

 

「アンクはここか? それともココかな!?」

 

 

チャンスは――、今か?

オーズは傍にあったオースキャナーを掴むと、ベルトにかざしてスライドさせる。

 

 

「スキャニングチャージ!!」

 

 

射精。

 

 

「うッ!」

 

 

オーズは変身を解除して、映司に戻ると、お姉さんから離れた。

 

 

「アンクはココにはいなかったか。って、ん?」

 

 

映司は訝しげな表情を浮かべると、お姉さんの股に顔を突っ込んで、性器から垂れる白濁の液体を睨んだ。

 

 

「あ!」

 

 

気づく!

 

 

「これアンクじゃなくてマンコォオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 





すみませんでした(´・ω・)


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第4話 腐敗するピクシー

 

山路(やまじ)大栖(だいす)は物心ついた時から養護施設で暮らしていた。

裏山に捨てられていたらしく、同じ境遇の仲間たちや指導員はいい人たちばかりだったので、それなりに楽しく過ごしていた。

 

養護施設は山の中にあり、週に一度はバスで山を降りて町に行く時間があった。

山路はバスに乗るのが好きだった。友達に頼んで、いつも窓際にしてもらった。

景色を見るのが好きだったのだ。ある日、山路は道に赤い塊が落ちているのに気づいた。狸が車に引かれて死んでいたようだが、山路は不思議とその死体に目を奪われた。

 

綺麗な赤だった。木々の緑に赤がよく映える。以前テレビで見たが、色を組み合わせるのがファッションらしい。

ははあ、そうかと山路は思った。以来、彼は緑色の服を着るときは常に赤い何かを組み合わせることにした。

緑と赤は合う。そして、それだけではない何かが山路の中にあった。

しかしそれが何かは分からず、山路はお出かけの日を楽しみにしていた。

 

 

「やまじくん。おちんちんおさえて、どうしたの?」

 

 

隣に座っていた女の子が笑った。

よく分からないと山路は答えた。猿の死骸を見たとき、山路は確かに勃起していた。

 

 

山路は人の名前を覚えるのが苦手だった。顔も似たように感じるし、名前はたくさんあって複雑だ。

しかし動物は好きだったので、微かな特徴を見つけては周りをあだ名で呼んでいた。

ある日、山路はカラスちゃんが落ち込んでいるのに気づいた。カラスちゃんとはいつも黒い服を着ている女の子だ。

バスでもよく隣になっていた、あの子である。

 

カラスちゃんは、どうやらこれからヤモリ先生に怒られるらしい。

足の速いイノシシ君と、体の大きな雄牛くんと遊んでいたら、園長先生が大切にしていた花瓶を割ってしまったらしい。

 

みんな、ヤモリ先生が嫌いだった。彼はすぐに怒るし、怒ると長いし、酷いことを言われたり叩かれたりする子も多かった。

山路もヤモリ先生のことは嫌いだったが、彼はなんだか良い匂いもしたので皆が言うほど嫌いではなかった。

ヤモリ先生もそれを何となく感じたのか、お酒を飲んだ日は優しいときもあった。

 

そういえば、前にカラスちゃんが山路のおちんちんについて触れたが、ヤモリ先生も同じようになっている時があった。

山路はそれを思い出しながら、カラスちゃんたちがどうなるのか心配だったので、説教部屋に先回りして棚の中に隠れた。

ほどなくしてヤモリ先生と、カラスちゃんたち三人がやって来た。

いつものようにヤモリ先生は激しく怒った。怒鳴り、女の子であったとしてもおかまいなしに頬を叩いた。

そこで山路は、ヤモリ先生が勃起しているのに気づいていた。

 

 

前から気づいていたので、一緒にお風呂に入ったときに聞いてみた。

ねえ先生、どうして皆を怒っているときに、おちんちんが大きくなるの?

それはね、先生がそういう人間だからだよ。みんなに酷いことを言ったり、みんなを叩いたり、うーん、特に女の子をかな。とにかくそうするとね、気分がよくなっておちんちんが大きくなるんだ。

 

確かにカラスちゃんを叩くときは、男の子を叩くよりも楽しそうだった。

しかしカラスちゃんや雄牛くんは泣いていたけれど、イノシシくんは違っていた。キッとヤモリ先生を睨みつけていた。

だからヤモリ先生もついつい意地悪になってしまう。

彼はイノシシくんのお母さんの悪口を言い始めた。いつまで経っても迎えに来ないのは、お母さんがうそつきだからだ。臭いバイシュンフ。指導員の一人とヤッてるなどなど。

山路には何を言っているのかサッパリ分からなかったが、イノシシくんは皆よりも大きかったので、意味をなんとなく理解したようだ。

 

イノシシくんはナイフを取りだして、ヤモリ先生に襲い掛かった。

しばらく取っ組み合いが続く。しかしヤモリ先生は大人だ。イノシシくんからナイフを奪うと、凄く怒鳴り始めた。

よく分からないが、襲ってきたことがどうしても許せないらしい。

その時だった。ヤモリ先生から凄く良い匂いがした。

 

気づけば山路は棚から飛び出していた。山路もヤモリ先生が嫌いだった。

山路もお母さんのことを悪く言うヤツは嫌いだった。山路は自分のお母さんを覚えてはいないけど、夢で見た。

クラゲお母さんは、ゆらゆらと綺麗に輝いて、白い翼が生えていた。

山路はクラゲお母さんのことがすきだった。

気づけば、山路はヤモリ先生にしがみついていた。そうしているとイノシシくんはナイフを奪い返し、ヤモリ先生のお腹を刺した。

 

一回刺した。赤い血が出た。

二回刺した。イノシシくんから良い匂いがした。

三回刺した。山路は勃起していた。

 

ヤモリ先生は倒れた。イノシシくんは何かを叫びながら部屋から出て行った。

カラスちゃんは泣いていた。雄牛くんは気絶していた。

山路はナイフを拾い上げ、ヤモリ先生の喉を刺した。

赤い血が出てきた。山路は何かを感じていた。

 

そうだ。ちんちんを切りたい。

強くそう思って、ヤモリ先生の服を脱がそうとした。

ヤモリ先生は呻きながらもがき苦しんでいた。ちんちんはしょんぼりしていた。山路は残念だと思った。

思ったが、一応切り取ってみた。

 

なんだか凄く楽しかった!

次は頬を刺した。骨に当たってうまく刺さらなかった。

なので次は肩を刺した。胸を刺した。足を刺して、そのままナイフを動かしてみた。何かに突っかかった。ナイフを抜いてお腹に刺した。

おしっこが出る! 山路は驚いてナイフを投げ捨てた。

おしっこは出なかった。

そうしていると指導員の人たちがやって来て、悲鳴をあげた。

指導員に連れてこられたイノシシくんは惨殺されたヤモリ先生の死体を見て、少し驚いた顔をしていたが、全て自分がやったと言ってくれた。

施設を出て行くことになったのだが、その時に小声で言われた。

 

 

「山路。ありがとな。おかげでスカッとした」

 

 

よく分からないが、山路はありがとうと言われるのが好きだったので嬉しかった。

立ち尽くしていると、カラスちゃんが近寄ってきた。

 

 

「わたしも秘密にしておくね」

 

 

さらに続けて。

 

 

「もう先生いないからひどいことされないんだって。みんなよろこんでたよ。やまじくんのおかげだね。わたしもうれしい。ありがとう」

 

 

山路は照れたように笑った。

 

 

「やまじくんはみんなのヒーローだね」

 

 

今まで生きてきて一番嬉しい言葉であった。

山路は施設のテレビでずっと仮面ライダーを見ていた。自分も皆を守れるヒーローになったのだと気分が良くなった。

その後、施設の評判が悪くなり、経営が上手くいかなくなったとかで皆はバラバラになった。山路は新しい施設で平和に暮らした。

 

中学生になるとインターネットが使えるようになったので、山路はいろいろ調べた。

ハリネズミくんは頭が良かったので、検索ロックをはずしてくれて、好きなページを調べることができた。

友達はみんなエッチなサイトを見ていたが、山路は動画サイトで映画を見るほうが好きだった。

 

山路はホラーが好きだった。特にスプラッターには何か特別な魅力を感じた。

あるとき、映画でネクロフィリアという単語が出てきて、山路はそれを検索した。

どうやら死体に興奮したり、死体とセックスをする人間のことをいうらしい。

山路はなるほどと思った。自分がそうだ。

 

しかし確かに死体には興奮するが、それだけではないように思えた。

なぜならホラーやスプラッターは『面白い』から好きなのであって性的なものは欠片も感じなかったからだ。

ネットで本物らしい死体画像を見ても同じ感想だった。別にセックスがしたいとは欠片も思わなかった。

 

ある日、施設に新しい仲間がやってきた。人を殺して、少年院から戻ってきたらしい。山路は彼をウルフくんと名づけた。

ウルフくんは孤高だった。みんなは人殺しのウルフくんを怖がり、ウルフくんもそれを持ち出して威張っていた。

山路はウルフくんが嫌いではなかった。彼は良い匂いがした。

ある日、ウルフくんがブタくんを殴っているのを見つけた。ブタくんは何もしていないのにと泣いていた。

ウルフくんはアイツみたいにお前も殺してやろうかと怒鳴っていた。ウルフくんお決まりの脅し文句らしい。

別の日には、ハリネズミくんが目に青痣を作っていた。

ウルフくんは怒られていたが、うるせぇと怒鳴り、反省する様子はなかった。

 

山路はそこでヤモリ先生のことを思い出した。

すっかり忘れていたが、そこで山路は何か大きな感情が湧き上がるのを感じていた。

 

夜。

個室でぐっすり眠っているウルフくんの足をガムテーブで縛った。口も塞いだ。

シチューに混ぜた睡眠導入剤が効いたのだろう。山路は持ってきたハサミで彼のアキレス腱を切った。

もう一つも素早く切った。適当ではあったが、何となく上手くいったらしい。ウルフくんは起き上がり、暴れたが、弱弱しいものだった。

良い匂いがした。山路は工具箱にあった錐で、ウルフくんの右目を思い切り突いた。

すぐに叫び声がしたが、ガムテープで口を塞いでいるので音量はたいしたものではなかった。

山路は左目も突いた。抵抗に目を閉じていたのだが、強引に何度も突いた。

 

やがてウルフくんの目にポッカリと穴が開いた。

口にあったガムテープを取ると、彼はしきりに助けを求めた。

山路は勃起していた。そしてそれはかつてない性的な衝動だった。目にあいた穴に指を入れると、キュンキュン締め付けてくる気がした。

 

なんだかとてもウルフくんが可愛く見えた。

あれだけ強く、威張っていたのに、今は情けなく泣いている。とても愛おしいように感じた。

 

山路はもう我慢できなかった。

ハリネズミくんと一緒に見たAVを思い出し、見よう見まねで自分の性器をウルフくんに入れた。

場所はよく分からないが、お尻に一つだけ穴があったので、そこにした。

上手く入らなかったし、病気になるかもしれないと思ったが、止められなかった。

山路は自分のことを理解した。ウルフくんは酷い人だ。お金が欲しいからという理由で人を殺し、反省もしていなかった。そして施設の皆をいじめた。

 

きっと彼は自分が強いと思っていたのだ。自分が正しいと思っていたのだ。

 

それをグチャグチャにして壊す感覚がたまらなかった。

それにきっと彼が死ぬと皆は喜ぶ。そういう人間を俺は壊しているのだ。そう思うと興奮が止まらなかった。

山路は持っていたハサミをウルフくんの喉に突き刺した。同時に射精もした。

山路はすぐに逃げた。そして便と血と精液で汚れた性器を見て、ニヤリと笑った。

自分が分かった気がして嬉しかった。ずっと自分の中にたまっていた大きなものを吐き出せた気がして、本当に嬉しかった。

 

山路はそれから3人殺した。

山路には才能があった。それは殺人鬼、あるいはこれから大きな犯罪を行おうとするものを感じることができた。

彼らは匂いが他とは違う。凄くエッチで、美味しそうな匂いを発するのだ。

 

しかし四人目の殺人で山路はミスを犯した。

ターゲットは見るからにガラの悪い男であった。金髪でタトゥーをいれ、山路は彼から凄くエッチな匂いを感じ取っていた。

これはよく暴力を振るう者が発する匂いだ。

 

山路は彼をつけ、廃工場に入ったところでアクションに出た。

ハンマーで襲い掛かり、良い感じになったところでアキレス腱を切るか、足を骨折させるか。

しかし今回はイレギュラーがあった。それは犯人に仲間がいたということだ。

山路は後ろから鉄パイプで殴られ、地面に倒れた。

 

山路の殺人は勢いがあるだけで、技術面は皆無だ。

一方で向こうは麻薬をやりとりする者たちのようで、多少なりとも場数は踏んでいたようだ。

山路は四人くらいに囲まれ、殴られ、蹴られ、鉄パイプで打たれた。

 

骨が折れた気がした。耳鳴りが酷い。血が出てきた。

山路は死を覚悟した。するとお母さんが見えた。透明で、ユラユラして、虹色に輝くクラゲのお母さん。

みんながいた。友達が沢山いた。動物だらけだった。

楽園だ。緑が生い茂り、これは――、はて? なんだったか? 似たような景色をテレビで見た。

あれは、たしか、こういう名前だった。

 

 

「――アマゾン」

 

 

気づけば、山路の周りには死体が転がっていた。

四人だったはずなのに二十個ほどになっていた。仮面ライダーアマゾンはスーツの中で射精していた。

今までの人生で一番濃いのが出たと思う。激しい疲労感と達成感を覚え、変身が解除されて気絶してしまった。

 

 

 

目を開けると、彼は病院の中にいた。

以前から目をつけられていたらしい。証拠もあったみたいで、山路は殺人犯として捕まった。

少年院の中はまるでラブホテルだ。エッチな雰囲気の場所で、山路は嬉しくなった。

そしてそこで過ごす中で、山路は自分が仮面ライダーになれたのだと確信した。

 

魂の炎が全てを教えてくれた。

そもそも仮面ライダーアマゾンは施設にあった仮面ライダーの本で知っていた。

それだけじゃない、山路は他にもおまけを持っていた。だからそれをあげる人をずっと探していた。

そして見つけた。良い匂いだけど、お友達で、殺したくない人を。

 

 

「トンボくん。これあげる」

 

 

トンボくんはいろいろな人のペットを攫ってはバラバラにしてた罪で少年院にやってきた。

彼もホラーやスプラッターが大好きらしくて、山路が見た映画はほとんど知っていたので、話がとにかく盛り上がった。

 

 

「モグラくん。これ使ってよ」

 

 

モグラくんは頭が良く、爆弾を作って同級生の顔面を吹っ飛ばしたらしい。

彼は優しい人なのだと思う。他の人と比べて匂いが少なかったから。それにご飯のプリンをくれた。

山路は別にプリンが好きじゃなかったが、嬉しいは嬉しいのでお友達だと思った。

とにかく、山路は自分のことを包み隠さず教えた。実際に変身してみせれば二人はすぐに山路を信じたし、興味を持ってくれた。

 

山路はもっと大きな快楽を得るために仲間が欲しかったのだ。

仮面ライダーの力があれば脱走は簡単だった。そして街中で、最後の一人に声をかける。

 

 

「私は奉仕に努めてきました。得た収入7割以上を寄付に費やし、チャリティー番組は欠かさず見ているし、募金を欠かしたことはないし、必ず涙もしています。会社では部下のミスを肩代わりもするし、電車やバスでは絶対に席を譲る。タバコもしないし、酒もしない。ギャンブルだってそうだ。困っている人がいれば絶対に助けるし、自殺志望者を諭す仕事だってやってきた。匿名のネットなんかで悪口を書いたことは一度たりともない。むしろSNSではそういう幼稚な行いをしている者を積極的に注意しています。たとえ不満があっても、それを匿名という場で発信するべきではないと私は考えているからです。ただ、その中で一つだけ、たった一つだけ。日常を楽しむアクセントとして強姦をしているだけだ。むろん私に病気がないかを月1で検査しているし、彼氏や旦那さんのためにも使うのはアナルだけ。そこだけは絶対に譲れない私のプライドでもあります。ちゃんとゴムもするし。事前にローションでほぐします。まあ胸は触らせてもらうが、むりやりキスをしたりをすることはない。断じてない」

 

 

なるほどと思う。どうやら彼には矜持があるようだ。だからこそ匂いが他の強姦魔と少し違っていたのか。

山路は頷き、ベルトを差し出す。

 

 

「貴方には、正しい快楽を求める心がありますか?」

 

「もちろんだとも。キミは他者をあだ名で呼ぶそうだが、私のことはどうか座薬と呼んでくれ」

 

 

こうして最後の仲間が加わった。

最初のターゲットは慎重に選んだが、やはり分かりやすい王道でバージンを捧げることにした。

ハゲ散らかした小太りの男性、あだ名は話し合った結果、『肉まん』。

 

彼の香りが教えてくれる。よく暴言や暴力を払うクレーマータイプの人間だ。

もちろん匂いだけではなく、山路たちは犯行前にターゲットをよく調べる。

肉まんさんは、他人のペットに毒のエサを食べさせた疑いがあるし、他人の車に傷をつけたこともある。ずいぶんとまあ小悪党タイプの人間だった。

人を殺したことはまだ無いが、匂いでこれから殺す可能性があることは分かっていた。

これがいい。これは分かりやすい。山路たちは並び立ち、ベルトを装着する。

 

 

「アマゾン」『OMEGA』

 

「あッ、アマゾン」『ALPHA』

 

「アマゾン……」『SIGMA』

 

 

アマゾンズドライバーで、アマゾンたちが生まれていく。

一方で山路はコンドラーを装備しており、腕を大きく広げ、閉じた。

 

 

「アーッ! マァー! ゾォーン!」

 

 

ハスキーな声が響く。

山路はアマゾンへ変身。四人のアマゾンはそのまま並んで肉まんの家のドアノブを捻った。

鍵は簡単に壊れた。

 

 

「死ねが14回、ありがとうが0回。これが何を意味するか分かりますか?」

 

 

数分後、肉まんさんは床に転がっていた。

床は既に血溜まりになっている。両手両足を切断された肉まんは、真っ青になって天井を見上げていた。ヒューヒューと細い呼吸で、眼からは涙を流している。

 

 

「貴方が言った罵倒の言葉と、お礼の言葉の数です。これは貴方の人間性をよく表しているとは思いませんか?」

 

「それだけではない。女性にわざとぶつかっているな? 子供たちをうるさいと怒鳴ってもいた。今日だけではない、貴様は頻繁にこんなことをしている」

 

 

オメガの調べでは、周りでは厄介者として忌み嫌われていたようだ。

 

 

「教えてください。逆にどうしてそんなにクズなんですか? 何を食べて育てばこんなにどうしようもない生き物になるんですか?」

 

 

アマゾンは肉まんさんを責めつつ、けれども下半身をギンギンに勃起させていた。

興奮していた。激しい性的感情の高ぶりを感じていた。なんてセクシーなんだろうと思う。

彼は今まで自分だけが良ければそれでいいと孤高なる覇道を歩んできた。同じくして自分が上の存在であると証明したくて周りを攻撃してきた。

子供や店員など、言い返せないものを攻撃していれば、自らには反撃がないと分かっていたのだろう。

 

けれども今、彼はその安心たる檻を壊され、蹂躙されている。

まるでそれは性を知らない無垢な少女を陵辱しているような。あるいは高飛車なお嬢様を汚しつくしているような興奮を覚えた。

テーブルには飲みかけのビールと、餃子、ラーメンがある。山路にはこれがアダルトグッズにしか見えなかった。

 

 

「好きな食べ物があるんですね。今日は美味しいご飯で一杯やって良い気分になろうとしていたんですね。良い、凄く良いなアンタ。人生を謳歌しようと思う心があるんですね」

 

 

それを踏みにじられるとは思っていない。

今日は良い気分になって眠るつもりだったんだろう。でもそんな未来はやってこない。

快感だった。

 

 

「テレビがあるんですね。好きな番組はなんですか? 逆にテレビがあって、貴方は何も学ばなかったんですか?」

 

 

人間性を責めているわけではない。これは一種の言葉責めなのだ。

気持ちよくなって欲しい。みんなに。自分に。

 

 

「残念ですね。もう何も食べられないし、何も見れませんよ」

 

 

大、切断。

アマゾンが腕を肉まんの首に押し当てる。

刃がズッブリと沈んだ。肉まんの首が体から離れた。

 

 

「すばらしい」

 

「ああ、最高だぜ」

 

「う、うん。この力があれば、ぼくらは無敵だ」

 

 

オメガは、シグマは、アルファはアマゾンにお礼を言った。

すばらしい力を与えてくれて、どうもありがとう。

アマゾンは照れながら変身を解除する。そして下半身を露出させると、おもむろにペニスを掴んで自慰行為にふける。

それがアマゾンズには神秘的な光景に見えた。まだ人を殺したことに怯えているアルファ以外は、変身を解除して同じように自慰を行う。

 

 

「ありがとう。山路くん。はじめて女性のアヌス以外で抜ける」

 

「新しい快楽っすね……。マジで、こんな日がくるとは」

 

「うん。でも狙うのは悪い人だけ――、それも傲慢で、自分が死なないとタカをくくってるヤツがいい。誰でも殺れる一般人(ビッチ)より、ガードの固い犯罪者(おじょうさま)を殺れたほうが、興奮するだろう?」

 

 

射精。少し遅れて座薬くんが射精。最後はトンボくんが射精。

白濁の液体は、肉まんくんの死体にかかっていく。

 

 

「エッチすぎる」

 

 

山路は満足だった。四人が家を出ると、既に夜だった。

月が空に昇っていた。山路はそれが真っ赤に見えた。無色の月に、はじめて色がついたように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

岳葉は、母に申し訳なく思う。

せっかく作ってもらった朝ごはんは、全てエチケット袋の中だ。

隣にいる隼世はなんとか堪えているようだが、顔が真っ青になっている。

 

 

「大丈夫かぁ? えーっと、ちょっと待てよ」

 

 

警察、会議室の一つに立木、岳葉、隼世がいた。

立木はタバコをふかし、慣れない手つきでパソコンを弄っている。

腐敗が進み、虫まみれだった最初の画像が変わってくれて、少し綺麗になった死体が出てくる。

どうやら解剖室の画像らしい。執刀を担当したマリリンは、すぐにあることに気づいた。

 

 

「注目してほしいのはな。コイツの肌だ」

 

「肌、ですか」

 

「舌にも変化が出てたんだが、舌は引っこ抜かれちまってて」

 

 

画面が変わる。死体の肌の拡大画像になった。

 

 

「これは……!」

 

 

驚く隼世。それはまるで無数の刃を繋ぎあわせたような。

 

 

「似たものが海にある。サメだ」

 

 

ザラザラとしたサンドペーパーのような肌。もちろんこれはただの肌荒れではない。

 

 

「あと昨日な。裏路地で精液まみれの死体が見つかった」

 

 

死体の画像が出て、岳葉はハッと表情を変えた。

目がなくなっているため少し判断におくれたが、あれは間違いなく亀頭バズーカーだ。なんでも自分の精液で窒息していたのだという。

 

 

「チンコがどうにも他の人間と違うみたいでな。マリリンにもよく分かってないみたいだったが、これも当然普通の人間じゃねぇ。前に水野町で見つかった、両腕に刃物が仕込まれた女の死体とあわせて、この三人は明らかに異常だ」

 

 

まさに、怪人。

 

 

「隼世、岳葉、お前らクロスオブファイアを感じるとかできねぇの?」

 

「いや、特にそういうことは……」

 

 

隼世には一つ引っかかるものがあった。

クロスオブファイアを注入された怪人にしては、なんだかどれも中途半端に人間が残っているような気がする。

確かにアマダム産であったとしても、ペガサスやタイタンなどは既存の怪人ではなかったが、それでも今回のように人間らしさはほとんど残っていなかった。

 

 

「んー。後なぁ、関係あるかどうか分からんが、警察にこんなのが届いた」

 

 

立木は動画ファイルを再生する。

するとまずアファベットの『G』マークに、翼が生えた紋章が映し出される。

そこへ白いマントで体を隠した一人の男が現れた。ギョッとする隼世と岳葉。

まず目についたのは特徴的な頭だ。真ん中だけ禿げており、両サイドにある黒髪は長く、そして逆立っている。

なによりも、男性は女性物の真っ赤なパンツを被っていた。丁度足を出すところが目の部分あり、まるでそれはマスクにも見える。

 

 

「へ、変態仮面……!」

 

 

隼世は以前ルミがケラケラ笑っていた映画を思い出す。

すると、映像の男性が口を開く。

 

 

『今、この私の姿を見て変態だと思った者は、その心を恥じるがいい』

 

 

隼世はハッとして唇を噛んだ。なんだか凄く嫌な気分になった。なんでこんな変態に説教みたいなことを――……。

 

 

『哀れな差別主義者どもめ。男が女性のパンテェーを被って何が悪いのだ』

 

 

そりゃ何が悪いかと聞かれると少し困るが、少なくとも公衆の面前ではそんな――。

などと隼世が考えていると、男は話を続ける。

 

 

『はじめまして警察の諸君、私は秘密結社GAIJIの創始者である』

 

 

諸君らは、なぜこのような名前にしているのかと疑問に思ったことはないか?

ならば答えよう。私は本来、この言葉が大嫌いなのだ。ガイジ、主にそれはキチガイを表現する意味でネットやSNSでは使われているが、これは本来絶対に使ってはならない侮蔑や差別の言葉なのである。にも関わらず、今の若者は笑いながらこの言葉を使っている。

 

だがまあそれは良い。

私が怒っているのは、そもそもこの様な言葉が存在していることなのだ。

なぜ人は周りと違うものを異端とみなし、理解できないと攻撃をするのか。

 

人間が絶対にやってはいけない行為は確かに存在する。

だがそれ以外は、人は自由にもとに赦されるべきなのだ。もちろんパンツを被ることは、なんら非難される行いではなく、そのことについて私は――……。

 

失礼、昔を思い出しました。

とにかく私はこの人類に一度教育を行うことにした。

貴様らが普段おもしろ可笑しく使っているガイジと呼ばれる存在は、貴様らよりも上位であることを私が証明しなければならない。

 

 

『キチガイだと下に見ている存在が、貴様らよりも超越している存在だと教えてやらなければならないのだ!』

 

 

男はマントを翻した。

黒いスーツに、胸には太陽のマークが輝いている。

 

 

『見たまえ。雄雄しき太陽を』

 

 

ノベリスト、シネマリスト、フェミニスト。いつの時代も、特化人(とっかびと)は存在していた。

 

 

『ならば私はキチガイストとなり胸を張ってやろうではないか。そして太陽と医術の神・アポロの名も借りて、貴様らが異端者だと見下すものたちを照らし、つまらない同調圧力に縛られる抑制という名の服を脱がすのだ』

 

 

男は銃を取り出すと、それをカメラに向ける。

 

 

『我が名はアポロキチガイスト。人間よ、そしてライダー共よ、震えて眠るがいい!』

 

 

そこで映像が切れた。立木はため息交じりにタバコの煙を吐き出す。

 

 

「頭が痛くなるぜ。なんなんだよコレは」

 

「アポロガイストというのは……、仮面ライダーディケイドに登場する敵です」

 

 

隼世は世代じゃないからそこまで詳しくはないが、元は仮面ライダーXに登場する敵であると記憶している。

逆立った髪や、赤いパンツ、白いマントといい、アポロキチガイストがそれを模しているのは明らかだった。

 

 

「風間志亞がV3に変身したということは、仮面ライダーXに覚醒したものがいる可能性は高いですね」

 

「あ、あ、あ、ところでっ、風間くんは?」

 

 

岳葉の問いに、立木は頷いて手帳を確認する。

 

 

「志亞のもとへ捜査員を向かわせたが、いなかった。学校も無断欠席してる。後を追ってはいんるんだが、ちと時間がかかるかもしれん。犯罪してるわけじゃねーし、指名手配もできないもんな」

 

「そ、そうっ、ですっ、か」

 

「んで話は戻るんだが、さっきのアポロキチ――……、変態野郎は特定できた」

 

 

パンツで顔を隠していたとはいえ、特徴的な髪型や、加工していない声から割り出すことができたらしい。

名前は昏碁(ぐれご)慶太郎(けいたろう)、六年前まで大学病院で天才外科医と呼ばれていたが、パンツを被っている写真が流出してから病院に居辛くなったのか、辞めてからは消息不明になっていた。

 

 

「慶太郎の友人だった医者が、水野町で良神クリニックってのをやってる。隼世、岳葉、ちょっと話聞いてきてくれ」

 

「わかりました」

 

「わ、わかっ、わかりました……!」

 

「気をつけろよ。鮫肌野郎と、刃物女は水野町で見つかってる。他にも何かがいる可能性は高い」

 

「分かりました。行こう、岳葉」

 

「う、うんっ!」

 

 

会議室を出て歩く。

すると隼世が足を止めた。岳葉の顔が真っ青だ。まあ、あれだけ損壊の激しい死体を見たのだ。

無理もないといえばそうだが、お昼から水野町に行くのだ。新幹線に乗ると酔ってしまうかもしれない。

 

 

「だ、大丈夫。酔い止め飲むから……!」

 

「それでも何か胃には入れておいたほうがいい。ちょっと早いけど、お昼にしよう」

 

 

すぐ近くに良い食堂があるのだと。そうしていると岳葉は背後に気配を感じてふりかえる。

すると、いつの間にか男が一人、岳葉のすぐ近くに立っていた。

 

 

「う、うあぁ!」

 

「………」

 

 

思わず腰を抜かすが、隼世は笑う。

どうやら同じくバルドのメンバーらしい。

 

 

「滝黒さんだよ。一緒に水野町に行ってくれるんだ」

 

「あ、そうなんですか。それはど、どうッ、どうも」

 

「………」

 

 

滝黒は無言だった。

伸びはやした前髪からチラリと見える眼光が、ジロリと岳葉を睨んでいた。

思わず身構える。なんだ? 何か気の障ることをしてしまったのか?

内心ビクビクしていると、隼世がフォローを入れてくれる。どうやら滝黒は凄まじくシャイな性格らしい。隼世もはじめは苦労したとか。

 

 

「でも良い人だから。それで、どうしたんです?」

 

「……あの、ごはん行くなら、オレもご一緒していいですか?」

 

「なんだ。そんなことか。僕は大丈夫ですよ」

 

「お、俺も――ッ、俺も! です……!」

 

「……ども」

 

 

こうして三人は警察署横の藤島食堂に入る。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 

中に入ると、若い店員さんが迎えてくれた。

岳葉は思わず凝視してしまった。店員さんは凄まじく可愛い。とんでもない美少女だ。何よりも凄く胸が大きい。

アッシュゴールドの髪に目を取られたが、顔立ちを見てみれば海外の血も入っているようだ。

 

 

「彼女は藤島ブリジット陽子さん。ココの看板娘さ」

 

「はじめまして! ミンナからはビディって呼ばれてます! あなたもそう呼んでね!」

 

 

岳葉はそのまま隼世が座ったところの向かいに座る。そこで気づいた。

滝黒がいない。見れば彼はまだ入り口付近で立ち尽くしていた。

 

 

「???」

 

 

滝黒を見る。凄く顔が赤い。前髪に隠れた目が見えた。

眼球はしっかりとビディを捕らえている。

 

 

「ははあ」

 

 

岳葉が頷くと、隼世と目が合った。

隼世はニヤリと笑い、まず滝黒を指差し、そしてビディを指差し、最後にサムズアップを行った。

というかもう小声で答えを教えてくれた。滝黒はあの子のことが好きらしい。

良いことだ。すばらしいことだ。岳葉は水を飲みながら、上手くいってほしいと強く願う。

というかまだ滝黒は立ち尽くしている。そろそろ座ったほうがいいのでは? そう思っていると、ビディが滝黒のもとへ。

 

 

「いらっしゃい! キョーも暗いね! そんなんじゃ運気が逃げちゃいますよ!」

 

「……あ、ど、どうも」

 

「えへへ! しどろもどろで気持ちワルイ! 滝黒くんって本当にヤバイね! ハンザイシャみたい!」

 

 

いや、すげー辛辣な子だな。岳葉は若干引き気味で藤島の笑顔を見ていた。

とはいえ滝黒は少し嬉しそうだった。なるほど、彼はドMなのか。まあ気持ちは分かる。

岳葉も瑠姫にいじめられるのは好きだ。え? 気持ち悪い? ああ、気持ち悪いよ。

さて、ここで滝黒も席につく。

岳葉としてはこれからお世話になる人だ。ここは一つ仲良くなろうと試みる。

 

 

「あ、あの、滝黒さんはおいくつなん――ッ、何歳なんですか?」

 

「……25です」

 

(ぐっ! 年下――ッ!?)

 

 

まあ、そんな気はしていたが、岳葉は折れそうになる心を叱咤して楽しいおしゃべりを目指す。

 

 

「び……ッ、ふッ、あのッ失礼ですが……、そ、その、ビディさんとはまだ――?」

 

 

変な汗を浮かべる岳葉。滝黒も同じような汗を浮かべて沈黙する。

コミュ障同士の哀れな時間だ。隼世が一つサポートに入ってくれた。

 

 

「そう。まだデートもしてないみたいだよ」

 

「………」

 

 

滝黒は真っ赤になってコクコクと頷く。

そうしていると料理がきた。隼世はきつねそば、岳葉はきつねうどん、滝黒はデラックスラーメンだ。各々食器を受け取り、お礼を言う。

しかし滝黒は、緊張しているのか、目を合わせずに軽く会釈を行うだけだった。すると料理を持ってきたビディはフゥとため息をついて呆れた顔をする。

 

 

「お礼を言ってくれないの滝黒さんだけですよ! アリガトウも言えないんですか? 人間シッカクですね!」

 

(いや辛辣だな!)

 

 

岳葉は青ざめながら箸を手にする。

滝黒を見ると、少し困ったように、少し照れたように笑っていた。

まさかこういうプレイなのか? 隼世も何も言わないし、岳葉は黙っていることにした。こうして、三人はさっそく麺をズゾゾゾゾと啜る。

 

 

「た、滝黒さんは、こ、こ、告白しないんですか?」

 

「は、恥ずかしい話なんですけど、断られるのが怖くて……」

 

「分かるなぁ。傷つきたくッ、ない……、ですもんね」

 

 

岳葉と滝黒はエヘエヘと笑いあう。

 

 

「それに、しちゃいけないんだ。オレは……」

 

「?」

 

 

岳葉はその言葉の意味は理解できなかった。

さて、だいぶなじんできたのか、滝黒は岳葉にも話しかけてくれるようになった。

というよりも岳葉が自分と近いタイプと分かったのか、麺がだいぶ減ってきた頃には――

 

 

「つうか酷くねェっすか? 新しい傘を買えばほぼ三日以内に盗まれるし、自転車のサドル盗まれてネギだけ刺さってたし、たこ焼き買えば高確率でタコさんがいなかったりするんですよ!!」

 

(めっちゃ喋るな……)

 

 

滝黒は一度距離が近くなればグイグイ来るタイプの人らしい。

先ほどまでの無口が嘘のようにペラペラと自分の不幸体質について語っていた。岳葉はそこでチラリと店内を見る。

するとビディがコチラを見ていた。岳葉はハッとしたが、彼女の目は合わない。

ビディは微笑み、少し嬉しそうにも、反対に悲しそうにも見える。

 

 

「???」

 

 

するとビディが歩き出した。岳葉はギョッとして、視線をうどんに戻す。

彼女は滝黒に向かって微笑んでいた。

 

 

「普段クライのに、めっちゃよく喋りますね!」

 

 

ビディは可愛らしい笑顔だったが、どこか棘がある。

とはいえサービスでコーヒーを持ってきてくれた。女の子はよく分からない。岳葉は目を閉じてコーヒーを啜る。

 

 

「ありがとうございます! またキテくださいね!」

 

 

食事が終わり、なんのことはなく三人は店を出た。

警察署に戻る中、先ほどの件に戻る。滝黒はビディが好きだった。

ビディも割りと酷いようなことは言うが、だからといって嫌悪しているようでもなかった。

 

 

「た、滝黒さんはビディさんに、その、こくっ、告白しちゃいけないって言ってたんですけど。あの、あ、えと言いたくないなら言わなくてもいいですけど、えっと、あれはどういう――?」

 

 

滝黒は頷いた。

 

 

「オレ、彼女の父親を、殺したんです」

 

「……えッ!?」

 

 

滝黒は23で刑事になった。

成績は優秀だったし、注目の若手だと周りも可愛がってくれた。先輩は何度も藤島食堂でお昼をごちそうしてくれたものだ。

当時は、藤島の父(おじさん)が料理を作っていて、積極的に会話もした。

おじさんも滝黒のことを好きになった。滝黒がまだ女の子と付き合ったこともないと知ると、ゲラゲラと笑っていた。

 

 

『若いヤツは遊んでおかないとダメだぜ。まあお兄ちゃんは真面目なのが取り得だから仕方ないか! おお、どうだ、ウチの娘で試してみるか?』

 

 

それは親世代の悪ノリだった。まあ少しは本気だったのかもしれない。

おじさんは、高校を卒業して店を手伝っている娘を早く嫁に行かせたかったみたいだし、真面目で刑事の滝黒は悪くなかった。

おじさんは滝黒の手を掴むと、配膳を行っていたビディのお尻にぐっと押し当てた。

もにゅりと感触を感じて、滝黒は真っ赤になった。すぐにビディのビンタが飛んできた。

 

 

『男は度胸だ! こんくらいやるガッツがなけりゃ嫁さんはもらえんぞ! 大丈夫だ、俺も何度もビンタされたが結果的に母ちゃんは嫁いできてくれた』

 

 

おじさんは笑っていたが、滝黒は赤くなった頬を押さえてうなだれていた。

しかし、正直なところ滝黒もビディのことが気になっていた。このまま上手くいけば、なんて考えたことは何度もある。

ある日、滝黒はおじさんの家に招待された。ビディと一緒に食事をした。

楽しかった。嬉しかった。おじさんも同じ気持ちだったのか、お酒が進んで眠ってしまった。滝黒はおじさんを、おじさんの部屋に運んだ。

 

押入れが開いていた。見えるところにパイプと注射器があった。

嘘だと思った。ありえないと思った。はじめはドッキリだと思った。

しかしよく見ればそれはやはり覚せい剤を使用する際に使うものだった。

滝黒は本当に腹がたった。どうしてだと怒鳴り散らしたくなった。

 

滝黒はその日に答えを出せなかった。

考えて、考えて、一度は黙っていようとも思った。

しかし本当にそれでいいのか? そんな想いがあふれ、三日経った後、おじさんを家の傍にある公園に呼び出した。

問い詰めると、おじさんは知らないと言った。

 

 

『藤島さんの前でも同じことが言えますか?』

 

 

それに本当に身に覚えがないなら、検査は受けられるだろうと。

そういうと、おじさんはアッサリと認めた。

 

 

『母ちゃんのダチにもらったんだ』

 

 

頼む。見逃してくれと頭を下げられた。

しかしその葛藤はもう終わっていたのだ。滝黒はキッパリと断った。なぜならば滝黒はビディが好きだったからだ。

まだ付き合えてもいないが、結婚を前提にと考えていた。だからおじさんとは家族になる筈だった。

 

家族なら――、嘘をついたままでは過ごせない。

そういうと、おじさんは怒りはじめた。

酷いじゃないか。まだ家族じゃないのに、そんなことを言わないでくれ。

ビディにだけは知られたくなかったようだ。おじさんは悲しい顔をしながらナイフを取り出した。

滝黒がまだ誰にも言っていないと事前に聞いていたので、彼を殺して口封じを行うつもりだったのだ。

 

二人は揉み合った。滝黒は悲しかった。どうして好きな人の父親とこんなことをしているのか理解できなかった。

そして何よりもやはり、激しい怒りがそこにあった。

だから我に返ったとき、怒りで理性を失ったのか、それとも恐怖で記憶がとんでいたのか自信が無かった。

ただ分かることがあるとすれば、滝黒はおじさんに馬乗りになり、奪ったナイフで数回刺していたということだ。

 

返り血で血まみれになった滝黒が振り返ると、そこにビディが立っていた。

ケーキを作ったから、滝黒と父親に食べてもらおうと呼びにきたのだ。

ちゃんとコーヒーも淹れていたのだ。なのに、なのに……。

 

 

『どぉして?』

 

 

心から出た発言だった。滝黒は、涙に塗れた彼女のその顔を、一生忘れる事はできないだろうと思った。

 

それから滝黒は事情を聞かれ、会議にも出された。

問題は、正当防衛だったのかどうかだ。正直な話、警察としては何としても正当防衛を通したかったし、事実有利なポイントはいくつもあった。

シャブ中毒のおっさんが、激高して非番の刑事に襲い掛かった。それで全ては丸く収まった。

滝黒は既に答えを出していた。それは、『どちらも』あったということ。

つまり反撃しなければ本当に殺されたし、僅かな殺意もあった。それをビディに包み隠さず伝えた。

その上で土下座し、涙した。

 

 

『店を続けようと思うんです。お父さんとお母さんのタイセツな場所だから。ワタシもダイスキだし』

 

 

だから、絶対にまた来て。

ビディはそう言った。だって大黒柱が亡くなったのだ。経済的な面でも不安はある。

だからお客が減るのは避けたかった。ただでさえ、悪評も流されるだろうし。

 

 

『今、ワタシは貴方のことが大キライだけど。恨んではないです。でも来てくれなかったら恨みます。呪いコロします。だから毎日来て、高いタベモノを頼んでね』

 

 

別れ際、ビディは泣きながら微笑んだ。

 

 

『ワタシは、ゼッタイ、あなたをユルさない』

 

 

それは随分と歪んだ絆であった。

話を聞き終わった岳葉は、何と声をかけていいかサッパリ分からなかった。

隼世は既に聞いていたから何も言わなかったが、彼も正直どう声をかけていいか分からなかった。

滝黒は歩きながら、目線を少し下に落とす。

 

 

「昨日の夜、ガイジを捕まえたけど、凄い怖かったです」

 

 

フローラルガイジはお婆さんであった。

お店で大量の商品を万引きし、事務所につれて行かれたことで激昂、カバンから水筒を取り出して、中にあった液体を店員に向かって撒き散らした。

通報を受けて滝黒が駆けつけると、既に老婆が取り押さえられていた。

液体は酸性タイプの洗剤と、塩素系漂白剤を混ぜたものだった。幸いにもかけられた一人が体調不良を訴えたが、病院で手当をうけて何事もなく終わった。

滝黒が老婆を連行しようとすると、ヤツは正体を明かした。他のガイジたちもそうだったが、もはや何を言っているのかは分からない。

 

 

「一つだけ分かることがあるなら、ガイジたちは皆、何かに怒ってました。でもオレには全く理解できない。分からない」

 

 

けれどもビディの怒りは分かりやすく感じることができる。

彼女はちゃんと怒ってくれている。それを感じると、滝黒は安心したのだ。

 

 

「オレはまだ、怒られる理由を探してる……」

 

 

岳葉は立ち止まった。なぜか滝黒の言葉が引っかかったのだ。

 

 

「最後にひとつ。隼世さん、立木さんが言っていたんですが、ガイジたちにはもしかしたら何か共通点があるかもしれないと。住んでいる地域や、年齢、境遇もバラバラですが……、今、立木さんが調べてます」

 

「ああ。分かりました」

 

 

それから三人は警察署に戻り、各々で水野町に行くことにした。

岳葉は隼世の車に乗って一旦、家に帰って荷物をとってくる予定になっている。

車内、岳葉が助手席で景色を眺めていると、隼世がポツリと呟いた。

 

 

「バルドにいる人たちは、みんな何かしらの問題があるみたいなんだ」

 

 

居場所がなくなった人たちが、危険犯罪に立ち向かう英雄に選ばれる。

それは言ってしまえば、生贄だ。クロスオブファイア所有者にただの人間が立ち向かうのは釣り合いが取れてない。

幸い、ガイジはただの人間のようだが、最近見つかっている亀頭バズーカーのようなタイプでは話が変わってくる。

 

 

「響也は、死に場所を探しているのかもな」

 

「あ、あ、えと、滝黒さん?」

 

「ああ。警察を辞めようと思っていたらしい、でもバルドの話が出たら、自分から志願したみたいだ」

 

 

契約書を一枚書かされるらしい。

死んでも、文句は言うな。だいたいはこんな感じだ。

 

 

「立木さんとかも、なのっ、かな」

 

「だろうね。まああの人たちの事情は知らないけど、響也と違って強制的に送られたみたいだから。もっと酷いんじゃない? マリリンさんは何となく分かる……、あの人、死体を見たり解剖するのが好きで、この前も神社に沢山の人が死ぬようにお願いしにいったらしいし」

 

 

あまり得意じゃないと隼世は言っていた。

 

 

「得意、じゃないって? き、嫌いってこと?」

 

「いやッ、ま、うーん……。苦手って感じかな」

 

 

信号が赤だ。隼世はブレーキをかけ、ため息をつく。

 

 

「警察官が犯罪を犯さないとも限らないのが、アレだよな」

 

「え? え? それは――、どういう?」

 

「この世に、絶対的なものなんて無いのかもしれない。それはあらゆる意味で」

 

「うッ、ん?」

 

「でも岳葉……」

 

 

信号が青になった。隼世はアクセルを踏む。

 

 

「仮面ライダーだけは変わっちゃいけない。どうかそのことを忘れないでくれ」

 

「――ッ!」

 

「僕はアマダムとの戦いのなかで、クロスオブファイアの激しい熱を感じた。その僅かな瞬間、僕は本物の仮面ライダーになれた気がしたんだ。キミはどうだ?」

 

 

岳葉は思い出す。カーリーを思い出した。

 

 

「うああああああああああああ!!」

 

 

車の中で絶叫する。隼世は思わずビクッと体を震わせた。

岳葉は我に返ると、急いでポケットにあった袋を取り出し、そこに先ほどのうどんをぶちまけていく。

 

 

「た、岳葉……」

 

「い、いやッ、ごめん。お、おれッ、おれおえお俺が悪いんだ!」

 

「ごめん。あの、僕……!」

 

「いや、や、気にすんな隼世!」

 

 

隼世は申し訳なさそうにしながらも、頷いた。

岳葉の事情は分かるが、それでも伝えたいことがあった。

 

 

「仮面ライダーだけは間違えてはいけないんだ。僕たちは、人を助けることができる力を持っているんだから。正しく生きないと……」

 

「あ、ああ」

 

 

いいこと言ったように思えるけど、王蛇とか普通に殺してるじゃん。

本物っていうか、本物ってなんだ? 岳葉は一瞬、そう思った。

でも隼世が変わっていないことは嬉しかった。彼にとって仮面ライダーは絶対的なヒーロー、正義の象徴であると信じている姿は変わっていないようだ。

チクリと、胸が痛んだ。

 

車が停まる。岳葉は自分の部屋に戻り、カバンを取った。

今日は母が休みだった。顔を合わせる。

 

 

「じゃあ水野町に、い、行ってきます」

 

「お友達によろしくね。ちゃんと大切にしなさいね」

 

「わ、分かってるよ」

 

「瑠姫さんにもよろしくね。嫌われちゃだめよ。あの子が困ってたら助けてあげなさいね」

 

「う、うん」

 

「お腹ががすいたら何かを食べなさいね。ホテルの場所が分からなくなったら携帯を使ってね。あ、お腹が痛くなったらダメだからおむつ持って行く?」

 

「あの、あの母さん、俺もう28歳……」

 

「ああ、そうね。なんだか岳葉がまだ12歳くらいに見えて……」

 

 

岳葉は恥ずかしそうに俯く。

 

 

「あ、あの」

 

「?」

 

「お、お母さん、いつもありがとう。行ってきます」

 

 

母親は嬉しそうに笑い、いってらっしゃいと答えた。

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

 

翠山家につくと、瑠姫が顔を見せた。

長袖に丈の長いスカート、黒タイツと、露出は抑えられている。

大きなリュックを背負い、大きなカバンも持っていた。ここにいろいろ服やらが入っているらしい。

 

 

「瑠姫は……、どうするんだっけ?」

 

「私は託児所の園長さんのお家にお世話になることになってて」

 

 

岳葉と隼世は警察が用意してくれたホテルに泊まるらしく、ルミもそこにお邪魔すると。

 

 

「ほらルミ! 何してるの? 早く!」

 

「ほいほーい!」

 

 

ルミが奥からやってくる。

オフショルダーのフレアスリーブと、キュロットのハーフパンツ。

浮き輪をして、水中メガネに、シュノーケルパイプ、そしてスイカ柄のビーチボールを抱えて参上する。

 

 

「待て待て待て。ちょっと待って! 思いっきり遊ぶ格好じゃない!」

 

「だ、だって、だって水野町は海が綺麗だって! 今日はギリギリ暖かくて、泳ぐなら今しかないもん!」

 

 

ルミは強引に突っ走ると、隼世の車に飛び乗った。

 

 

「大丈夫なの隼世くん?」

 

「まあ、僕がついてるし。大丈夫だよ」

 

「ひゅぅ!」

 

 

隼世は赤くなって、車に向かっていった。

こうして四人は駅の駐車場に車を停めて、電車で水野町に向かうことに。

40分もかからないうちに目的地だ。座席を反転させてボックス席にすると、窓際に隼世とルミが座り、通路側に岳葉と瑠姫が向かい合って座った。

 

 

「ルミ、知らない人にはついていかないこと。お菓子とかも貰っちゃダメだからね。おトイレがしたくなったら、早めに行くこと。分かったかしら?」

 

「姉貴……、あっし、もう22ですぜ」

 

 

出発してほどなくして瑠姫は寝息をたてはじめた。

最近疲れているようだ。みんなは気を遣って、無言で時間を過ごした。

しばらくすると隼世が立ち上がる。

 

 

「どしたの?」

 

「ちょっとトイレ。ごめん岳葉っ、前通る」

 

 

しばらく待ってみるが戻ってこない。ルミも景色を見るのに飽きたので、岳葉とお喋りをすることに。

 

 

「イッチー、ウンチかな?」

 

「うん」

 

「いひひひ! あ、そういえばタケちゃんも泳ぐ? 浮き輪かしてあげよっか?」

 

「まあ」

 

「なんか有名な名物とかあんのかな?」

 

「ああ」

 

 

ルミでさえ気づいた。岳葉は先ほどから、うん、まあ、ああの三パターンを繰り返しているだけだ。

心ここに在らずといった様子で、何か考え事をしているように見えた。

ルミは頬を膨らまして窓の外を見る。すると、ちょうどそこで新幹線が止まる。

 

 

「お!」

 

 

売店が見えた。ルミが注目したのは、キラキラと輝くレタスサンドである。

実は今日、無性にサンドイッチが食べたくなり、お昼にコンビニに買いに行ったのだが、タマゴサンドしかなかったのだ。

今日、ルミが食べたかったのはレタスとハムがたっぷり入ったレタスサンドである。まあその時は仕方なくタマゴで妥協したが、やはりダメなのだ。

今のルミちゃんのお口はレタスサンドだったのだ。

 

 

(たべたい……)

 

 

シャキシャキのレタスにしょっぱいハムのハーモニー。

アレを手にジンジャーエールでキュッとやったら最高だろう。しかも今は移りゆく車窓という肴もある。

もう我慢できない。丁度、扉も開いたようだ。ルミは立ち上がると、眠っている姉を乗り越えて通路に出る。

 

 

「タケちゃん! アタシちょっくら売店行ってくる! すぐ戻るから」

 

「まあ……」

 

 

岳葉は聞いていなかった。なんだったらルミが席を立ったことすら気づかなかった。

彼はずっと考えていた。席につくまでは若干旅行気分だったのは確かだ。

だが改めて、これはもっと大きくて、危険で、恐ろしいことに足を突っ込もうとしているのだと理解してくる。

 

もし……、いや、や、確実に亀頭バズーカーのような敵と出会うのだろう。

前回はなんとかなったが、もしももっと強い敵が出てきたらどうなるのだろう? どうすればいいのだろう?

それにもしも戦いが終わったとしても、志亞が残っている。志亞はどうするのだろう?

岳葉は名前も知られている。いや、いや、ちょっと待て。そもそも亀頭バズカーは死んでいたと聞いた。

 

死んだ? なんで? 溺れて?

え? いや、ちょっと待って欲しい?

もしかしたら自分のせいなのか? いや、いや違う。自分は溺死させていない。だから違う。岳葉はそう思って、震えていた。

そうしている間にルミは外に出て売店に向かって、サンドイッチを手に取ると、そこで動きが止まる。

 

 

(ん? てりやき……? あ、これも美味しそうだな。そうだ! お姉ちゃんたちにもお土産で買っていってあげよう! 喜ぶぞぉ! うしししし! ん!? まてよポテサラ? あ、明太子が混じってるのか! へぇ! 美味しいのかなぁ? どわわわ、カツサンド! これも――)

 

 

 

 

(遅いな)

 

 

少し時間が戻る。トイレの前にいた隼世だが、個室タイプのトイレは現在使用中である。

前にも一人青年が順番待ちをしており、隼世は三番目だった。

しばらく待ってみるが、出てこない。

前の青年がモゾモゾしはじめたので、声をかける。

 

 

「他の車両にもトイレがありますよ。もし使用中だったら戻ってきてください。場所を空けておきますので」

 

 

青年はお礼を言って他のトイレを使いに行った。

隼世はしばらく待ってみる。出てこない。

 

 

(お腹を壊してるだけならいいけど……)

 

 

心配になる。もしかしたら具合が悪くて気絶しているのかもしれない。

そう思うと、そうとしか思えなくなってきた。隼世は少しドアに近づいて音がするかどうかを確かめる。

 

 

「ッ?」

 

 

声がした。まさか……?

隼世は意識を集中させる。魂の炎の火力を上げて、ライダーの力を使う。

聴力が強化され、ガタゴト揺れる中であってもある程度、個室の音を拾うことができる。

そこで気づいた。やはり中にいる人間は、電話をしている。

 

 

「あの、すみません」

 

 

ドアをノックする。返事はない。声だけは聞こえた。

 

 

「………」

 

 

少し強めにドアをノックする。何度もノックする。

すると流す音がして、一人の若い男性が出てきた。男性は隼世に気づくとジロリと睨みつけるような目をする。

 

 

「あのッ、電話をするならトイレを出てからにしてもらえませんか!?」

 

 

男性は何も言わず、ただ不機嫌そうな顔をして立ち去っていった。

 

 

「は?」

 

 

思わず声が漏れた。

隼世は目を細め、男性を睨みつける。

おかしいと、強く思う。普通は謝るはずだ。トイレは一つしかないし、個室タイプしかない。

お腹が痛いならまだしも、電話のせいで長引いて、ましてやそれで待っている人がいるんだから、どう考えても向こうが悪い。

 

誰だって分かる。小学生だって分かるはずだ。

そもそも百歩譲って大切な用で、やむをえずだったとしても、そしたら出てきて謝るだろうに。

どう考えてもおかしい。すると、隼世の中にある想いが芽生えた。

 

 

(まさかアイツ……! ガイジか!?)

 

 

可能性は高い。明らかに普通の人間ではない。

となると周りに危険が及ぶ前に動いたほうがいい。

とりあえず脅しの意味でもポケットにある警察手帳を見せて、話を――……。

 

 

「!」

 

 

隼世はゾッとして、手帳から手を離した。

今、いろいろ間違えていたような気がする。上手くはいえないが、隼世はかつて消防士の隊長に言われたことを思い出した。

隼世は警察手帳を支給されたが、それは彼が仮面ライダーだからだ。だから警察学校を卒業していないにも関わらず、特別に支給されている。

それは、あってないようなものだ。隼世はゴクリと喉を鳴らす。

 

 

(そういえばあの火災があったホテルも水野町だったな)

 

 

いけない。熱くなるな。ただ単に謝るのが苦手は人はいる。

シャイな人だと、隼世が怒っているのを見て、怖くなって言葉が出なくなっただけなのかもしれない。

隼世はため息をついてトイレに入った。

手早く済ませると、さっさと出て手を洗う。

ドアが閉まる。そろそろ出発するようだ。隼世は席に戻るまえにひとつ景色でも見ようかと、左を見た。

 

扉の向こうにいたルミと目があった。

おかしな幻を見るなと思った。疲れているのだろうか?

新幹線が動き出した。ルミの幻が涙目になって何かを叫び、追いかけてきた。

 

 

「………」

 

 

手には売店の袋が見える。

 

 

「え!?」

 

 

隼世はドアに張り付き、外を覗き込む。

同じくして血相を変えて飛び込んできた瑠姫、岳葉と合流。どうやらルミがいないことに気づいたらしい。

 

 

「隼世さん! あれは私の幻じゃないわよね!?」

 

「ああ! 残念ながら現実みたいだッッ!」

 

 

ルミが涙目になって追いかけてきている。

 

でんしゃは、はやい。

 

あっという間にルミさんは見えなくなった。

 

 

「本間さーんッ! 市原さーんッッ! お姉ちゃああああん!!」

 

 

知らない駅に取り残されたルミは叫び、崩れ落ちる。

持っていたのは財布だけ。携帯や服やもろもろは姉のリュックの中。

 

 

「んもぉおッ、何やってるのよあの子は! 信じらんないッ!」

 

「ま、まあまあ。僕が次の駅を降りて迎えにいくから」

 

 

隼世はさっそく次の駅で降りると、サイクロンを出現させて前の駅まで戻った。

そこにルミの姿はなかった。

 

 

 

 

 

映司はアンクを探すなかで、ふと立ち止まる。

手を繋いでいる男女とすれ違った。微笑ましい光景だ。

恋人だろうか? いや、最近は友達同士でも手を繋ぐことがあるらしい。

 

 

「友達――、か。アイツとも繋いだっけな」

 

 

アンク……。彼は今どこに?

 

 

「ん? 繋いだ手?」

 

 

そうか。映司はあの二人を追いかけた。

もしかして彼らが何かを知っているかもしれない。繋いだ手がアンクに繋がるなら、まずは女の子に話を……。

いや、待て。映司は立ち止まる。

前もそうだったじゃないか。あの子はアンクじゃない。

マンコだ。

 

 

「そっか。じゃあ――」

 

 

え? アン――、アンク。マンコ。 マン……? いやアン――ッ、ちがうマンク。

マンク! え? マン……、ちがうちがう。アンク! アンコ? マンコ? マンコか!

マン――、マンマンコ? いや違うマンコか。え? アン……、あ、それは違うか。いやでもアンク? アンク!? アンッッ! いや、マンコ。

マン――? マンって……、あ、マンコはマンコか。

マンコだ!

 

 

「お姉さん! ねえ、マンコ見せてもらってもいいかな!」

 

 

男女は逃げ出した。

映司はちょっと待ってくれと。なんで逃げるのかと。

 

 

「そうか、グリードだからだ!」

 

 

そう思ったとき、男女の体が化け物に変わった。

やはりグリードだったのだ。危ないところだった。映司はオーズドライバーを取り出すと、腰へ装着する。

 

 

「変身!」「タカ!」「トラ!」「バッタ!」「タ・ト・バ! タトバタトバ!」

 

 

オーズが走ると、男の子のほうが踵を返して戻ってきた。

彼女を守ろうというのか。でもオーズは知っている。グリードは悲しい生き物だ。

感情を再現したところで、それは真似しているだけにしか過ぎない。

本物じゃないんだ。

 

 

「うわぁあ!」

 

 

しかしこのオスグリードがなかなか強い。

オーズは倒れると、地面を転がっていく。しかし丁度カバンが傍にあったので、オーズはそこから素早く強化アイテムを取り出した。

使うのは初めてだったが、夢で見た。

あの通りにやれば――ッ!

 

 

「ごめんよ。でもさ、オレにも信じる正義があるんだ!」

 

 

チィチィチィチィチィ!

パチャコン! プスィー!

 

 

「ラビットアンドスパークリング! シュワッとはじけるゥ! イェイェエエエエエイ!!」

 

 

ビチャビチャのシュワシュワだ。

発泡液体の力で相手を弱らせ、よく濡れたところにクワガタヘッドによる電撃攻撃をお見舞いした。

しばらく電撃攻撃を加えると、オスグリードは活動を停止した。

しかし再び動き出す危険性もある。怯んでいる今がチャンスだ。オーズはメダジャリバーを取り出すと、グリードの体に刃を叩き込んだ。

 

 

「クワガタ!」「トラ!」「チーター!」

 

 

高速移動形態になり、オーズは逃げたメスグリードに駆け寄ると、同じくメダジャリバーを胴に叩き込んだ。

七分後、オーズは人間態に戻った女グリードとセックスを行っていた。

血まみれで、既に息もないが、これも全ては友人を探すためだ。

しばらく腰を振っていたら、気づく。

 

 

「って探してるのマンコじゃなくてアンコゥウウウウウウウウウウウウ!!」

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 




すいませんでした(´;ω;`)


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第5話 くたばれフリーダム


続きはできれば明日か、明後日くらいには


ルミちゃんは誰もいないホームで泣いてしまいそうになりました。

青い空がとっても綺麗です。

ルミちゃんはいろいろ思い出しました。汚部屋、積みげー、漫画、ニート。いやニートじゃない。花嫁修業の毎日。

確かに堕落墜落の毎日でした。だからこんな愚かなミスをしてしまったのでしょう。

 

しかし落ち込んでいても仕方ありません。

ルミちゃんは気持ちを切り替えて王子様を待つことにしました。市原君ならばきっと来てくれると思っていたからです。

幸いにも携帯などはありませんが、食料はあります。丁度食べたいものでした。ルミちゃんはホームにあったベンチに座ると、さっそくレタスサンドを――

 

 

「おん?」

 

 

ルミちゃんはふと気配を感じて、隣を見ました。

自分以外には誰もいないと思っていたら、おじさんがいました。とっても悲しそうでした。

どれ、励ましてやろうか? ルミちゃんがそう思うと、おじさんが何かをブツブツ呟いていることに気づきました。

ルミちゃんは耳を澄ましました。

 

 

「けつあな……、けっ、けつあなッ! けつ、けつあな。けつあな。けつあなッ」

 

 

おじさんはルミちゃんの方を見ました。ルミちゃんはいませんでした。

ルミちゃんは逃げていました。駅員さんがいたので、変態さんがいましたと言おうと思いましたが、やめておきました。

幸いにも危害は加えられておりません。下手に刺激して逆恨みをされるのを避けたかったのです。

ルミちゃんはひとつ寛大な心でおじさんを許してあげることにしました。

そりゃあ男の子ですもの。下ネタに走りたい人もおりましょうて。

ルミちゃんは駅の外にあるベンチに座って、サンドイッチをモムモムといただきました。

 

 

(んまい)

 

 

背徳の味がします。

ずっと食べたかったレタスサンドをジンジャーエールで流し込むのは快感です。

 

 

(いい、いいぞぉこれ、まさにシャキシャキのドームツアーコンサートや)

 

 

ルミさんはそのまま、本来は隼世たちにあげるはずだったカツサンドを手早く腹のなかに収めると、ゴミをゴミ箱に捨てて駅の中に戻りました。

そこでふと気づきました。なんだか良い匂いがします。見れば、そこには立ち食い蕎麦のお店がありました。

まだまだいただけます。ルミちゃんは、そのお店に入ってお蕎麦をズルズルと頂きました。

ズゾゾゾゾと音がして、あっという間にお蕎麦はなくなりました。

 

食器を返そうとして気づきました。

小さな女の子が、二つぶんの食器を返そうとしていました。

まだ汁が入っているので重いのでしょう。ルミちゃんは任せてと女の子に声をかけ、食器をさっさと棚に戻しました。

 

 

「あの、どうも……! ありがとうっ」

 

「ん! いいよ! 気にしないで!」

 

 

女の子は珠菜ちゃんと言いました。

なんでもツレの人にずっと助けてもらっていたので、何かお手伝いがしたいと思って、食器を自分が片付けておくと言ったはいいのですが、想像以上に重かったみたいなのです。

店を出ると、そのツレの人がタピオカミルクティーを二つ持って歩いてきました。女の子のために買ってきたようです。

 

 

(わお! なんかクール系でかっこいい!)

 

 

ルミちゃんは隼世くん一筋ではありますが、それはそれとしてイケメンを見るのが好きでした。

風間志亞くんはクールな目をしていて、身長が高いので、かっこよかったのです。

志亞くんは珠菜ちゃんから事情を聞きました。そしてルミちゃんがずっとタピオカミルクティーを睨んでいるのに気づきました。

 

 

「……オレ、まだ口つけてないんで。これ飲みますか?」

 

「いいんですか!?」

 

 

三人はベンチに座りました。ルミちゃんは早速タピオカを摂取し始めました。

にゅぽにゅぽにゅぽと、ストローから転がってくるタピオカがたまりません。

もちゃりんこです。そうしていると珠菜ちゃんと志亞くんがコソコソ話をしているのに気づきました。

 

 

「なに話してんの?」

 

「あのっ、わたし、ルミさんがいいなって……!」

 

「???」

 

「も、もしよかったらわたしとお友達になってくれませんか!?」

 

 

聞けば珠菜ちゃんはひとりっこで、ずっとおねえちゃんがほしかったと言うのです。

こんな可愛らしいお願いを断るわけにはいきません。ルミちゃんはすぐにOKしました。

珠菜ちゃんはとっても嬉しそうに喜びました。

 

 

「ところで、ルミさんはどうしてこの駅に?」

 

 

珠菜ちゃんは、あのお蕎麦が食べたくてこの駅に来たようです。

ルミちゃんは己の愚かさを全て吐露しました。水野町に行くはずが、食欲に負けて皆とはぐれてしまったのだと。

すると珠菜ちゃんは自分たちも水野町にいく途中なのだと言いました。

 

 

「だったら一緒に――! あ、でも……」

 

 

珠菜ちゃんはしょんぼりしました。

ルミちゃんには言いませんでしたが、珠菜ちゃんたちはここまでバイクで来たのです。

流石に三人は乗れません。困っていると、志亞くんが頭を撫でました。

 

 

「タクシーで行こうか。オレが出すよ」

 

「えッ! でも……!」

 

 

ルミちゃんは流石に悪いと思いました。

でも珠菜ちゃんは一緒に行きたいと言ってくれました。志亞くんもぜひと言いました。

ルミちゃんはすぐにタクシーに乗り込みました。市原くんたちに早く合流しなければいろいろマズイと思ったのです。

こうして三人は駅を出発しました。ルミちゃんはお腹がいっぱいなのですぐに夢の中です。目が覚めたのは、珠菜ちゃんに肩をゆすられた時でした。

 

 

「つきましたよ」

 

「んぁ、あぁ、ありがと……」

 

 

ルミちゃんは珠菜ちゃんのお家を見て、ドッキリかと思いました。

そこには旅館がありました。しかし旅館ではありませんでした。ただの巨大なお屋敷でした。

巨大な門を抜けると、庭園があって、玄関らしきものがありました。

また歩くと、巨大な庭が見えました。鯉がいるそうです。

 

さらに歩くと、凄まじく広い畳の部屋が見えました。

さらにさらに案内され、階段を上り、しばらく歩いて、ようやっと珠菜ちゃんのお部屋につきました。

可愛らしいお部屋でした。普通の小学生のお部屋という感じでした。

 

 

「何かのみますか?」

 

「あぁ、いやッ、おかまいなく!」

 

「なんでもありますよ。隣に冷蔵庫があるんです。プリンとかもありますよ」

 

「じゃあプリンで!」

 

 

ルミちゃんは甘いものに目がありません。

珠菜ちゃんは微笑むと、部屋を出て行きました。

 

 

「うわー! 凄い! 海が見える!」

 

 

ルミちゃんは窓を開けて体を乗り出しました。

水野町の海は本当に綺麗です。ルミちゃんはうっとりしてしまいました。

 

 

(あーあ、イッチーと一緒に見たかったなぁ)

 

 

そこでルミちゃんはハッとしました。市原くんたちのことをすっかり忘れていました。

ここでのんびりしている場合ではありません。とりあえず電話を借りよう!

そうは思いましたが、同じくして今の時代、スマホはとても便利です。電話帳があります。

なのでルミちゃんは隼世くんたちの電話番号をぜんぜん覚えていないことに気づきました。

 

どうしようか。どうすればいいのか。

ルミちゃんは必死に考えましたが、そこで珠菜ちゃんがプリンをお皿に移して持ってきてくれました。

ルミちゃんは、また隼世くんたちのことをすっかり忘れました。

 

 

「んまんま! やっぱりプリンって神だよねぇ」

 

「よかった。わたしも好きなんです」

 

「気が合いますなぁ! それにお皿に移してくれる心遣いが嬉しいよぉ。このプルプルもプリンの魅力だよねぇ」

 

 

そこでふと、ルミちゃんは珠菜ちゃんと志亞くんを見つめました。

 

 

「そういえば、二人はどういう関係?」

 

 

ルミちゃんは二人の名前は聞きましたが、苗字は聞いていませんでした。

すると珠菜ちゃんは恥ずかしそうにしながら、志亞くんを見つめます。

 

 

「いい、かな?」

 

「ああ。オレは……、平気だけど」

 

「じゃあ、いうよ?」

 

 

ルミちゃんはニヤリと笑って、スプーンで珠菜ちゃんと志亞くんを指しました。

 

 

「ま、まさか! ラブ的なヤツです!?」

 

「あの、はい……。おつきあいしてるんですっ!」

 

「ふぅー! フゥーッッ!」

 

 

ルミちゃんは大変興奮しました。大変愉快な気持ちになりました。

 

 

「あのっ、ルミさんはどう思いますか?」

 

「え? なにが?」

 

「あの、わたし達のこと……」

 

「ああ、年齢的なヤツ? いいんじゃない? アタシの友達だってこの前12歳年上の人と結婚してたし」

 

「ほんとうですか!」

 

 

珠菜は嬉しそうに微笑み、志亞を見る。志亞も曖昧に笑った。

 

 

「どこで知り合ったの?」

 

「あの、わたしが志亞さんのバイクの前に出ちゃって」

 

「あ、いやッ、オレが悪いんだ。ボーっとしてて」

 

「そんな。わたしが注意してれば良かったんです。わたしもボーっとしてたから、志亞さんは悪くありません」

 

「いやいやッ、そんな、オレが悪いんだ。珠菜ちゃんは何も悪くなくて……!」

 

 

ルミちゃんはそのやりとりをニタニタしながら聞いていました。

 

 

「ところで珠菜ちゃんは、志亞くんのどーゆーところが好きなの?」

 

「どういう、ですか? やっぱり優しくて、かっこよくて、それに……」

 

 

珠菜はポケットから手帳を取り出す。

 

 

「わたしの、やりたいことを叶えてくれるように、協力してくれるところ、です」

 

「ふーん。やりたいこと?」

 

「はい。だからその、恋人がほしいとか、お姉ちゃんがほしいとか。いろいろです」

 

 

珠菜ちゃんはルミちゃんにちょっとだけ自分のことを話しました。

珠菜ちゃんのおうちは凄く厳しいというか、変わったところがあると思っていました。

お祖母ちゃんが強いこだわりがある人で、珠菜ちゃんはそういうところに息苦しさを感じてしまいました。

 

 

「志亞さんは、わたしを……、連れて行ってくれる気がしたんです」

 

「ふーん……」

 

「それよりっ、ルミさんは好きな人、いるんですか?」

 

「いるよぉ、いるいる! 自慢の彼氏がおりますねんて!」

 

「へえ! どんな人なんですか?」

 

「世界で――、いや宇宙で一番かっこいいよ。やさしいし、アタシのヒーロー」

 

「へえ!」

 

 

ルミちゃんはしばらく自慢話をしました。

そこで気づきました。志亞くんのプリンが全然減っていません。ルミちゃんなんてもうあと一口でなくなるのに。

 

 

「あれ? どしたの? 気分でも悪いの?」

 

「ああ……、いや、それは」

 

 

ルミさんが食べちゃろか?

そう言おうとする前に、珠菜ちゃんが志亞くんの肩にやさしく触れました。

 

 

「だいじょうぶ。我慢しなくてもいいよ」

 

「――ッ」

 

 

カチャカチャと、志亞くんのスプーンを持つ手が震えました。

 

 

「ぜんぶ、みせて」

 

 

それは随分と優しい声色でした。全てを包み込んでくれるような、そんな優しさがありました。

志亞くんの瞳から、ポロリと一粒の雫が見えました。

 

 

「だって――ッ、せっかく二人でドライブできたのに」

 

「ごめんね。じゃあわたしのワガママを聞いてくれたお礼に、なんでもしてあげる」

 

「なんでも?」

 

「うん。なんでも? 志亞くんは何がしたい?」

 

 

珠菜ちゃんは志亞くんのプリンを持って微笑みました。

志亞くんは嬉しくなりました。珠菜ちゃんは自分を理解してくれている。その優しさに甘えることにしました。

 

 

「たまなたんの、もちもちおあしでたべたい」

 

 

珠菜ちゃんは優しく微笑むと、正座をしてプリンを自分の太ももの間に落としました。

志亞くんは、そこに顔を埋めました。

 

 

「はぶっ! じゅる! はむっっ!」

 

 

カチャーンと音がしました。

ルミちゃんが真っ青になってスプーンを落としたのです。

 

 

「ちょ、ちょっと、トイレに、失礼。なはは……」

 

 

ルミちゃんはお部屋を出ました。

ルミちゃんは全速力で走りました。とんでもない変態さんがいたので逃げました。

階段を転げおち、玄関を抜けたところで、上から何かが降ってきました。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!」

 

 

仮面ライダーV3がルミちゃんの前に着地しました。

ギョッとしました。ルミちゃん的にはもう情報が洪水です。

 

 

「言うつもりだろう! 絶対ッ、絶対に警察かどこかに言うつもりだろうッ!」

 

「い、いいいいい言いません!」

 

「まんこは嘘ばっかりつく!」

 

「ま、まん――ッ!?」

 

 

そこで珠菜ちゃんがあわてた様子でやってきました。

 

 

「驚かせちゃって、本当にごめんなさいっ」

 

 

数分後、ルミちゃんは再び珠菜ちゃんのお部屋にいました。

V3につれてこられました。ルミちゃんが汗を浮かべていると、珠菜ちゃんはお水を持ってきてくれると言いました。

珠菜ちゃんが出て行くと、V3は言いました。

 

 

「オレはな。この世で三つ、大嫌いなものがある」

 

「は、はい……」

 

「一つは気を遣えない図々しいマンコ。もう一つはビッチに見えるマンコだ。お前はその二つに当てはまっている。だがどうやら珠菜ちゃんはお前のことが好きだから、オレはお前を許さざるをえない。それでもオレにはどうしても許せないことがある。それは珠菜ちゃんを悲しませるヤツだ。それはマンコであろうが、なかろうが、絶対に許すことはできない」

 

「あ、あの、あの失礼ですが、もしかして女性のことを、まんっ……て、言ってます? あの、そういうの言わないほうが――」

 

「まんさんッ!」

 

「!?」

 

「まんさんッ! まんさんッッ! まんさんッッッ! 黙れッェエエ! マンコがオレに指図をするなよッッ! お前らはいつもそうだ!!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」

 

「珠菜ちゃんはどう考えてもお前になついている。ここにいてほしいって思ってる。だからもしもお前がココから逃げようって言うなら――」

 

 

V3の複眼が光りました。

 

 

「お前を殺す。姿も見られたし、関係も知られた」

 

「……はい」

 

「こっそり殺す。珠菜ちゃんを悲しませないように」

 

「ハイ、ワカリマシタ、モウスコシ、ココニ、イサセテモライマス」

 

「それでいい、上出来だ、クソマンコ野郎」

 

 

珠菜ちゃんが戻ってきました。ルミちゃんがもう少しココにいさせてほしいと言うと、珠菜ちゃんは嬉しそうに微笑みました。

ルミちゃんは海を見ました。海を見ながら、心の中で叫びました。

 

 

(市原くーん! 誰かー! ポリスマンを呼んでくださーいッッ! 今すぐ呼んでくださーいッッ!)

 

 

心の声は、波の音のなかに消えていく。

 

 

 

 

 

セックスは付き合ってからやるものではない。

むしろ、付き合う前からやるべきだと山路は考えていた。

そうすればもっとフランクにお互いのことを知れるし、体を許した安心感からいろいろ話してくれる。

山路も匂いが特別キツイ人には、乱交から入ることを許していた。

 

おもに虐待の匂い。あとは強姦、恐喝、いろいろな匂いが混じり、強く主張している。

もちろん軽く確認もした。頬を赤く晴らした少女が、半裸で家を飛び出したのを確認して、山路たちは嬉しそうに頷いた。

これで彼を抱ける。

 

やり方は簡単だ。アマゾンに変身して連れ去った。

場所は海岸近くの廃墟。どうやらかつては民宿として使っていたようだが、同じ店が多いため廃業に追い込まれたのか。

まあそれはどうでもいい。山路はおじさんを椅子に座らせると、腕を手すりに、足を椅子の脚に縛って拘束した。

座薬くんが持っていた猿轡をつかって口を封じると、山路はナイフを使っておじさんを刺した。

 

腕、太もも、お腹、背中。おじさんからエッチな叫び声が漏れた。

山路たちは興奮を抑えきれず、みなはちきれんばかりに股間を膨らませていた。

おじさんに赤い性器が生まれた。山路はそれを優しくなでて、指で広げてみせる。

赤い汁が垂れてきた。酷く濡れている。おじさんがはじめより青くなっている気がするので、みな手早くゴムをつけて、おじさんの女性器にペニスを挿入した。

 

おじさんは激痛に叫んだが、それは山路たちを興奮させる嬌声でしかない。山路たちはそれはもう夢中で腰を振った。

たまんねぇ! トンボくんが叫んだ後に射精した。続いてモグラくんと座薬くんも果てた。

山路はみんな一緒に射精ができなかったことを残念に思いながら、射精した。

 

しかしお楽しみはまだ終わらない。

おじさんも相当具合が悪いようなので、あとはおじさんの女性器たちにモグラくんの作った筒状の爆弾を入れて、爆発させる。

みんなでキャンプファイアーを囲む幸せ。山路は楽しみだった。

しかし一つ問題が起こった。おじさんを襲える楽しみが強すぎて、アキレス腱を切るのを忘れていたのだ。

激しいセックスのせいでロープも緩んでいたのだろう。おじさんが走り出した。

みんなでキャンプファイアーはできないなぁと、山路は悲しんだ。

 

でもそれはそれ、これはこれだ。

山路が行きたいというと、みんな、いいよと言ってくれた。

逃げるおじさんを、アマゾンが追いかける。隣には青くて綺麗な海。

 

 

「待ってよぉ、おじさぁん! あはっ、あははは!」

 

 

おじさんは目を見開き、全裸で逃げた。

山路は胸がキュンとした。

そうか、これが――

アオハルなんだ。

 

 

「ン゛ーッッ! ム゛ゥン゛ンンンーッッ!」

 

 

おじさんは血まみれで叫び、砂浜を走った。

海水浴場ではないので、石が多くて、ゴミも多くて、ゴツゴツしていた。

おじさんはそれでも走った。足裏はズタズタだろうが、死に物狂いで走っていた。

山路はそれを見て、なんだか嬉しくなってしまった。おじさんは今まで見下す者だったはず、それがあんなにも生存本能をむき出しにして獣のようになってくれている。

きっと今、おじさんは生きたいと願っているはずだ。自分がやってきた罪を後悔してくれているはずだ。

エッチだなぁ。と、思った。

 

 

「海で正常位にしようぜ、おじさん。アンタの上半身がドップリ海に浸かる状態でセックスさ」

 

 

おじさんは何分で溺れ死ぬのだろう?

アマゾンはそれを想像して興奮――

 

 

「やめろ! 何をしている!」

 

「え?」

 

 

バッタが飛んできた。赤い拳でアマゾンは殴り飛ばされた。

 

 

「逃げましょう!」

 

 

仮面ライダー2号はおじさんを抱えると、ジャンプで飛び上がる。2号がいる場所は丘になっており、上のほうにバイクを停めてあるのだ。

 

 

「ジャングラー!」

 

 

しかし2号は突如現れたバイクに轢き弾かれ、再び砂浜に落ちた。

アマゾンの隣には、専用バイクのジャングラーが到着し、そして消え去った。どうやらクロスオブファイアの使い方も熟知しているようだ。

 

 

「驚いたなぁ。俺以外にもいるとは思っていたけれど……」

 

「ぐっ! 頼む! この人を病院に運ばせてくれ!」

 

「無駄だと思いますよ。もうどう見ても助からないでしょ」

 

 

おじさんは血まみれで、真っ青だった。

墜落の衝撃もあったのか、既に意識を失っている。

 

 

「だが! それでもッ! だったら手当てを手伝ってくれ」

 

「いいけど……。乗り気じゃないなぁ。相手を逝かせてこそのセックスでしょ?」

 

「は……!?」

 

 

そこで2号はおじさんの傷口から精液らしきものが垂れているのに気づいた。

そこで脳内を駆け巡る情報の数々。

 

 

「まさか、お前達が一連の――ッ!」

 

 

そこで2号の顔に何かが当たった。

黒いボールのようなものだった。石ころ? そう思うと、ボールは破裂して衝撃が襲い掛かった。

手作りの爆弾だ。

気づけば、2号の周囲にアマゾンズが立ちはだかる。

 

 

「山路! おいおい! コイツまさか!」

 

「そうだよトンボくん。俺たちと同じ、仮面ライダーだ」

 

「ヤッホウ! やっぱりいたのかぁ!」

 

「あ、そうだ。座薬くん。おじさんを殺してあげて。逝けないなんてかわいそうだ」

 

「ハッ! かしこまりました!」

 

 

2号が体を起こすと、オメガがおじさんの頭を掴んでいた。

頭部と体が分離していた。

 

 

「貴様らァアア……ッ!」

 

 

2号は怒りに震え、アマゾン達を睨む。

 

 

「仮面ライダーだろ! なんでこんな事をするんだ!」

 

「性欲発散」

 

「ふざけるな! なんなんだよその理由は、理解ができない! ライダーの力は正義のために使うべきだろう!?」

 

「あー……、まあそういう意味じゃ、おじさんは悪人だったし、大丈夫ですよ」

 

 

アマゾンの答えに、2号は全く納得いっていないようだった。

 

 

「悪人だからと言って殺していい理由にはならない! それにこんな残酷なやり方――ッ!」

 

 

2号は思わず地面を殴りつける。

砂が舞い、アマゾン達を激しく睨みつけた。

 

 

「全員、今すぐ大人しくしろ。お前らは僕が逮捕するッ!」

 

「刑事さんなんだ。へぇ、かっこいいなぁ」

 

 

とはいえ、アマゾンたちは呆れたような素振りを見せた。

 

 

「どうする山路。面倒そうなヤツだし、バラしちまうか」

 

「いやぁ、まあでも、戦おうか。刑事さんはやる気みたいだし」

 

 

アマゾンたちは構えを取る。

2号もまた、拳を握り締める。先に動いたのはアマゾン側だった。

突進していくアルファ。しかしそのとき、2号は体を捻りながら飛び上がる。

まるでそれはスケートのトリプルアクセル。アルファとシグマの攻撃が受け流され、二人はそのまま砂浜へ突っ込んでいく。

一方で2号は後ろからきていたオメガの肩を掴むと、着地と同時に膝を入れた。

 

 

「うっふ!」

 

 

よろけ、交代していくオメガ。

一方で2号はアマゾンの振った腕を、上体だけを後ろへ反らすことで回避していた。

ボクシングのスウェーバックだ。さらにすぐに腕を絡めとり、背負いなげで吹き飛ばしてみせた。

2号は状況を確認、そして走る。

狙うのは周囲に仲間がいないオメガだ。砂を巻き上げ走ること二秒ほど、2号は懐に入り、左ストレートを叩き込む。

だがオメガは腕をクロスさせて拳を受け止めた。だが2号は右のアッパーでそのクロスを崩し、がら空きになった胴体にハイキックで足裏を叩き込んだ。

 

 

「ムォオオ!」

 

 

オメガはその衝撃から体が浮き上がり、後方へ飛ばされ、土壁に激突する。

2号はすぐに追撃を加えようと走り出したが、そこで体が止まる。

振り返ると、シグマがマフラーを掴んでいたのだ。

 

 

「オラアア!」

 

 

シグマはマフラーを掴み、思い切り投げ飛ばす。

2号は砂浜を転がると、すぐに体を起こそうとするが、膝立ちの状態でシグマが爪を振るってきた。

2号はその腕を掴み、爪を停止させる。二人はそのまま競り合うが、シグマは強引に前に出て2号を押し倒した。

そこでチャンスだと思ったのか、アルファが走り、仰向けになった2号の脚を掴む。

 

 

「い、いまだよ!」

 

「サンキュー!!」

 

 

シグマは拘束された2号に馬乗りになると思い切り殴りつけていく。

 

 

「ぐゥウ!」

 

 

2号もガードが崩れ、頬や頭に衝撃が響いた。

このままではマズイ。考え、グッと拳を握りしめる。そしてそのまま左右に腕を伸ばし、思い切り地面を叩いた。

地面が少し揺れた気がした。砂があがる。アルファはビクッと肩を震わせ、なんだなんだと混乱する。

 

2号の行動はただのハッタリだ。だが何かがくると思ったアルファの力が緩んだ。

その隙に足を思い切り引いてすっぽ抜けると、すぐに前に出してアルファを蹴りつけた。さらに蹴り上げでシグマの背を打つ。

尻餅をついたアルファと、勢いから前宙で背中から地面に激突するシグマ。

2号は素早く立ち上がると、周囲を確認する。

だが少し遅かった。焼けるような激痛が肩に走る。見れば左肩に大きな槍が刺さっていた。

 

 

「お見事」

 

「高校時代は槍投げで全国に行ったものです」

 

 

オメガが引き抜いたバトラーグリップ、アマゾンスピアが2号を貫いたのだ。

2号は血を撒き散らしながら地面に倒れる。

だがすぐに立ち上がると、雄たけびをあげながら槍を引き抜いた。血と共に落ちる槍を見て、アマゾンたちは唸る。

 

凄い度胸だ。まあとはいえ、ダメージは入った。

事実、ここから2号の動きが悪くなる。

アマゾンが飛び込んでくると、最初こそ防御に成功していたが、すぐに攻撃が通った。

腕のヒレ(ブレードで)で怯み、右斜め下に振るった爪が胴に入って火花が散った。さらに左斜め下に振るった爪も受けてしまう。

 

2号はすぐに回し蹴りで反撃を行う。

しかし既にアマゾンは跳躍で2号の上、体をひねり背中を切りつけながら着地する

のけぞる2号。するとオメガに殴られ、移動した先に待っていたシグマに殴られ、さらによろけた先にいたアルファに腕を噛まれる。

 

 

「うぐぎぎぎぎ!」

 

「クソ! 痛いな! 離せ!」

 

 

2号はアルファを殴って退かせるが――

 

 

「痛い゛ッッ!」

 

 

倒れたアルファ。するとアマゾンたちはザワつき始める。

 

 

「フム、殴るのは酷いな」

 

「正義の味方が聞いてあきれるぜ」

 

 

2号は怒りに震え、拳を握り締める。

 

 

「お前らどの口が――ッ!」

 

 

そこで気づいた。アマゾンがいない。

 

 

「!」

 

 

空を見ると、アマゾンが腕を天にまっすぐ伸ばしていた。

 

 

「ダァイ! 切断ンンッッ!!」

 

「グアァアアアアアアア!!」

 

 

まっすぐに振り下ろす。

強化された斬撃が直撃し、2号の脳天からまっすぐに火花が散る。

変身が解除された。よろけた隼世、アマゾンの裏拳で殴り飛ばされ、砂浜を転がり、気絶する。

 

 

「ハハッ! ヒャハハハ!」

 

 

笑い、走り出したシグマだが、アマゾンが腕を掴む。

 

 

「ダメだよ、殺しちゃ」

 

「え? な、なんで……?」

 

「彼はセックスをするべき人じゃない」

 

「そりゃねーぜ山路! せっかくもっとッ、バラしがいのあるヤツに出会ったのに……! ダメなのか!?」

 

「うん」

 

 

シグマは納得していないようだったが、オメガも止めに入る。

 

 

「山路さまの考えを優先するべきだ。我々はあくまで与えられた側だということを忘れるなよ」

 

「ッ、くそ!」

 

 

シグマは変身を解除し、納得いかないと頭をかいた。

一方でアマゾンはただジッと、倒れている隼世を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

隼世が目を覚ますと、そこは見知らぬ天井であった。

声が聞こえる。急いで体を起こすと、そこはファミリーレストランであった。

シートの上に寝ていたようだ。隼世はしばし固まり、何があったのかを思い出す。

 

 

「いっつ!」

 

 

肩の痛み。

 

 

「凄いですよね。痛みはまだあるみたいだけど、傷はふさがってますよ」

 

「!」

 

 

隼世が顔を動かすと、向かい側に山路が座っているのが見えた。

彼は今、ハンバーグステーキを食べている。

 

 

「はじめまして市原さん。僕は山路大栖です」

 

 

テーブルの上には隼世の警察手帳や携帯があった。それで名前を知ったのだろう。

隼世はすぐにそれをしまうと、すぐにまた携帯を取り出して画面を確認する。いろいろな人から連絡があった。

 

 

「死体は一応隠しました。ただ明日には見つかるでしょうね。人間はすぐに臭くなる」

 

「お前ぇえ……ッ!」

 

 

隼世は身を乗り出し、山路を睨む。

 

 

「なぜだ? なぜその力に目覚めて人を殺す? 仮面ライダーで人を殺せる!?」

 

「先ほども言ってましたね」

 

「ライダーは正義の力だ! なのに、なのにキミはどうしてッッ!」

 

「……まあ、考え方が違うとしか」

 

「ッ?」

 

「僕も見てましたよ。仮面ライダー。かっこよくて、素敵だ。というより子供はだいたい見てる」

 

 

みんな知ってる。仮面ライダーがヒーローなことくらい。

 

 

「でもそれはフィクションだ。テレビの中のお話なんですよ」

 

 

別に、山路は隼世のスタンスを否定するつもりはない。

だがあくまでもそれは隼世や多数派の意見というだけだ。山路はそう思わなかった。ただそれだけの話なのである。

 

 

「僕にとってライダーというのは……、うーん、媚薬のようなものかな」

 

「ッ???」

 

「お恥ずかしい話ですが、性欲が強くて。それも普通のセックスじゃダメなんです」

 

「キミは何を言っているんだ? さっぱり意味が分からない」

 

「欲求がね、どうにも他の人とは違っていて。今もハンバーグを頂いているんですが、これは生きるための食事であって、楽しむためのものじゃないんです」

 

 

山路にとって生きる喜びはただ一つ、性だ。

彼は今までのことをそれとなく隼世に説明した。よく眠れない、食べ物は何をたべても満足できないし、特別おいしいとも感じない。

ただセックスだけは、いつも身が震える。極上の快楽を求めたいといつも思う。

 

そしてそれは、暴力の果てにある快楽だ。

話を聞き終えた隼世は真っ青になり、化け物をみるかのような目で山路を睨んだ。

山路は最後にこう締めくくる。

 

 

「僕らの考えは間違っているし、正しいとも言える。もしも一つだけ真実や答えがあるとするなら、それはこのリアルです」

 

「お前は――ッ!」

 

 

冷静さもあった。隼世は山路大栖という名前を覚えている。

以前、立木から少年院から三人の少年が脱走したという話を聞いていた。

ただの脱走にしては不可解なことが多いので、覚えておいてくれと。

監視カメラに変身状態は一度も映っていなかったが、今にして考えてみれば謎が解けるというもの。

 

 

「今すぐッ、ベルトを置くんだ。でなければ――ッ!」

 

「それは、やめておいた方がいい」

 

 

隼世は周りを見て、汗を浮かべる。

ファミレスにはまだたくさんのお客さんがいる。変身をするところを見られるのも、ここが戦場になるのも困る。

すると山路は周りを伺う隼世を見て、小さく笑う。

 

 

「やめておいた方がいいと言ったのは、今の傷を負っている貴方では、僕には勝てないということですよ」

 

「何……?」

 

「市原さん。貴方は僕のことをおかしな精神異常者だと思っていらっしゃるが、それは違う。これはよくLGBTの方も言っていることですが、たとえばゲイをカミングアウトしたら、男の人はみんな警戒をしてしまうが、それはおかしな話なんですよ」

 

 

好みがあるのに。全部一緒だと思われる。

 

 

「なぜ自分が狙われると? それは傲慢ですよ。誰にだって興味や矜持はあるでしょ?」

 

 

ファミリーレストランで楽しく食事をするような人々を殺す意味はないし、殺したいとも思わないし、殺したところで何も興奮しない。

 

 

「僕が狙うのは主に傲慢な犯罪者、或いはこれから人を殺そうと思っている人間です。昔から匂いで分かるんですよ。強盗の匂い、強姦の匂い、殺人鬼の匂い」

 

「……ッ」

 

「彼等は獣だ。理性というものが機能しておらず、人間になれなかった存在なんです。それをより強い獣が狩る。それはただの自然の摂理。アマゾンの掟のような物です」

 

 

山路はナイフで肉を切り、フォークで刺して口に入れる。

 

 

「肉を食うことは栄養を補給することです。だから我々は食物に感謝し、生きていく理由を手にする。それを怠る人間も上手くやれればいいのですが、攻撃的になってしまう。なぜかというと、僕は命を上手くいただけていないからだと思っています」

 

 

それは別にピンポイントな話ではない。

最近の人は、どうにも命の上に生きている責任から目を背けたがっているように思えてならない。

命の頂き方が分からない。責任の重さが理解できない。

 

 

「人間の攻撃性を抑えることなど不可能ですよ。誰もが日々、そのことについて模索している。僕も、貴方も。違いますか?」

 

 

一般人がSNSで何かを叩いている行為と、山路のやっていることはそこまで違いはないと思っている。

コンドラーか、スマホか。ただそれだけだ。

 

 

「でも僕らはもっとリアルに近づけることができる。間違いなく、仮面ライダーに選ばれた僕こそが人類の進化形態なんですよ。それを否定することは最大の差別行為だ。むしろ貴方は仮面ライダーになったのに、何をそんなに怯えているんですか? 市原さん」

 

「怯えている? 僕が?」

 

「そう見えますが」

 

 

山路は口を拭くと、わざとらしく鼻を鳴らした。

 

 

「貴方からも、匂いがしますよ」

 

「……は?」

 

「だから、僕らが殺してきたヤツらと同じ匂いがします」

 

「嘘だッ!」

 

 

隼世は周りに気を遣わずに叫び、立ち上がる。

注目を集めたことに気づいたのか、軽く謝罪を行うと、席に座る。

 

 

「もちろん絶対的なものじゃないかもしれません。でも匂いますよ。犯罪者と同じ匂いがね」

 

「~~ッッ」

 

「ただ、臭いなぁ。ははは」

 

 

溜め込んだ匂いだ。重く、どんよりとした。

それに中途半端な熟成具合だ。全く浸かっていないでダメになった漬物のような。

 

 

「貴方じゃ僕は勃たないな」

 

 

山路は伝票を手にして立ち上がる。

 

 

「そういえば天気の子は見ましたか? 良い映画ですよね。僕はあの作品で好きな台詞があるんですよ」

 

 

それは純粋な笑顔だった。

 

 

「狂っているのは世界の方だ。貴方も、そう思いませんか? 市原さん」

 

 

最後に山路は隼世に向かって囁いた。

 

 

「正しいのは現実です。そして正義をかざす貴方は僕らに負けた。もしも僕が皆を止めなければ貴方は死んでいたでしょう。それを忘れないでくれよ? 仮面ライダー」

 

 

一人、取り残された隼世はグラスを掴んでいた。

グッと、掴み、割る。納得はいっていない。

 

 

「大丈夫ですかお客様!」

 

 

すぐにウエイトレスさんが来てくれた。

 

 

「失礼ですが……、一つお聞きしても?」

 

「え?」

 

「僕、変な臭いがしますか?」

 

 

ウエイトレスさんは首をかしげる。特にそんな臭いはしないと答えた。

彼女が割れたグラスを片付けてくれているとき、隼世は電話をかける。

 

 

「もしもし岳葉? ああ、うん。大丈夫だけどちょっと――……、そう、だからまだルミちゃんを迎えにいけてなくて。うん、あの約束の時間もあるから、とりあえず響也もいるし、うん。お願い」

 

 

 

岳葉は青ざめながら電話を切った。

アマゾンが出た。隼世が負けた。それはずいぶんと頭の痛い話だった。

ルミのこともあるし、話を聞きたいと言った手前、遅れることはできない。岳葉は隼世に言われたとおり、良神クリニックを目指すことに。

丁度ホテルにつくと、滝黒もいたので、まだ安心感はある。

 

 

「私もついていってあげようか?」

 

「いやッ! る、瑠姫は一般人だし……」

 

「分かってるって。頑張ってね。何かあったらすぐに来てね。約束ね」

 

 

瑠姫は少し不安そうに岳葉を見送った。

 

 

「素敵な彼女さんですね。羨ましいです」

 

 

褒められ方が分からず、岳葉はえへえへと挙動不審ぎみに笑う。

 

 

「た、滝黒さんも、ビディさんと、そういう風になれると――」

 

 

岳葉はそこで言葉を止めた。そういえば複雑な事情があるのだった。

人は、傷つけたくない。岳葉は曖昧に笑った。滝黒も意味をなんとなく理解したのか、少し悲しげに笑った。

そうしているうちに二人は良神クリニックに到着する。

岳葉は一応警察手帳を支給されたが、それは本当に飾りのようなものだ。事情を聞くのは滝黒が行うことになった。

 

 

「昏碁慶太郎さんのことでお話を伺いたいのですが」

 

 

滝黒は聴取ならば割り切れるのか、割とスムーズに会話を行う。

良神院長からはやたら栗まんじゅうを勧められたが、同じくして情報も与えられた。

慶太郎――、つまりアポロキチガイストは昔は真面目な男であったが、ある日を境におかしな思想に取り付かれるようになったとか。

 

 

「生命は長い年月をかけて進化してきたが、ヤツは人間もまだ進化の途中であると信じておったようじゃ。そしてその進化のスピードを医学によって速め、新人類とやらを作りたいと言っておった」

 

「新人類、ですか」

 

「たわごとじゃよ。ワシもよく分からんかった」

 

 

良神は栗まんじゅうを齧りながら、昔を思い出す。

良神は『美』で全ての人間を救いたかった。ありとあらゆる人間がコンプレックスを打破し、心に自由を手に入れたとき、人は本当の幸福を知る。

一方で慶太郎は優劣をハッキリとするべきだと言っていた。特化された人は、人を超えて、生態系の頂点に立てる。

それは新しい王の姿。人はもっと高みを目指せる生き物なのだとか云々。

 

 

「いずれにせよ、ヤツの中で何かが変わったんじゃろう。パンツを被りはじめたのも、その頃じゃったかな。ワシはやめろと言ったんだが、どうにもこうにも聞く耳持たぬって感じで……」

 

 

栗まんじゅう、おかわり。

 

 

「結局、その姿を写真に撮られてからは、連絡もつかず。今になって名前を聞いたと思ったら警察の人が探しておると」

 

「では、居場所に心当たりは?」

 

「さあ。どこじゃろうな。昔から変わった男だったので、パチンコやら競馬場にいるときもあれば、図書館で本を読んだり、公園で絵を描いているときもあった」

 

 

滝黒が話を聞いている間、岳葉はズラリと並ぶ美容グッズを見ていた。

良神のグッズは凄く良質なのだと聞いたことがある。値段は高いが、他ではみない代物が沢山あった。

 

 

「あら、何かおさがし?」

 

「あ、いや……!」

 

 

巳里に話しかけられ、岳葉は固まる。

 

 

「彼女さんや、お母様にどうです? もちろん貴方が使ってもいいのよ」

 

「あー、あー……」

 

 

岳葉は断れない性格であった。ましてや巳里はとても綺麗だ。なんだか恥ずかしくなって、岳葉はつい頷いてしまった。

ざっと商品を見ると、リーズナブルなものが目に入る。同じくして思い出す言葉もあった。

 

 

「そ、そういえば、あの最近ッ、は、母が白髪が増えてきたと! と!」

 

「でしたらコチラの白髪染めはどうかしら? 一度染めると色素が髪に定着して、3年は染めなくても大丈夫なのよ」

 

「へ、へえ! それが6800円なんて、お、お、お得ッ、ですね!」

 

 

母のためだ。たまには良いだろう。

少しカモにされている気もするが、お買いあげである。

 

 

「ありがとう。どうかしら? 宅配もできますけれど」

 

「あ、じゃあ、それで」

 

「はい。ではコチラに住所をお願いしても?」

 

 

岳葉が住所を書き終え、良神のところに戻ると聴取は終わろうとしていた。

 

 

「お後によろしい栗まんじゅうゥッッ!!」

 

 

良神が無理やり栗まんじゅうをお口に突っ込んできた。

断りきれない二人はもぐもぐと美味しく頂いた。

 

 

「ところで刑事さん。ちょっと、相談があるんじゃが」

 

「はい?」

 

「ウチの受付係の姿が見えんのじゃわ。無断欠勤ってヤツだわな。ちょっと真面目な子だったもんで……」

 

「そうなんですか。その方のお名前は?」

 

「黒田くんは、黒田……」

 

 

良神は詰まる。

 

 

「いやですわ先生。黒田優子さんですよ」

 

「あぁ、そうじゃったな」

 

 

家に電話したが繋がらず。牛松を迎えに行かせたら不在のようで。

 

 

「捜索願は?」

 

「いやぁ! もしかしたらただちょっと疲れただけで、休みたくなったのかもしれん。刑事さんだって、そういう日もあるじゃろ?」

 

 

結果、様子を見ることに。何かあればすぐに連絡をしてくれということになった。

良神クリニックを出た二人は、すぐに隼世がアマゾンと戦った場所に向かう。

死体が隠されているというので、あからさまに怪しい海岸沿いの廃墟を調べた。

アマゾンたちがいる可能性もあったので、岳葉が前に出る。

息が止まりそうだった。頼むから出ないでくれと祈ること数分。臭いと血の痕で分かった。扉を開けると、雑に死体が放置されていた。

 

 

「立木さん、俺です。響也です」

 

 

岳葉が部屋の隅っこで栗まんじゅうをぶちまけている時、滝黒はバルドに連絡を入れていた。

 

 

「仮面ライダーによる殺人が発生しました。犠牲者だけではなく、ガイジたちや他の異常者も明らかに増えていますし、いよいよマリリンさんが作ったアレを使うときが来るかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

架奈(かな)ちゃんは可愛いね。

架奈ちゃんは綺麗だね。

架奈ちゃんはお姫様だね。

一人っ子だった彼女は、それはもう親にたっぷりと愛情を与えられた。

 

もともと優しい性格だったということもあって怒られたことはなかったし、わがままと言えば大好きなチョコレートをねだるくらいなもの。

それも両親は可愛いと思ったのか、高級なチョコレートをたっぷりと食べさせた。

 

架奈ちゃんは、二人組みの魔法少女が活躍するアニメが好きだった。

赤色の魔法少女はカッコよさを、紫色の少女は可愛らしさを強調した作風だった。

架奈は、紫色の魔法少女になりたかった。なりきり衣装を買って、口調を真似し、好きな食べ物をまねた。

架奈は、赤色の魔法少女が好きだったからだ。

 

小学生のとき、架奈は初めてのイジメを体験する。

同じクラスの男子生徒に悪口を言われたり、靴を隠されたれた。

今まで人の悪意に触れたことがなかった架奈にとって、それは心に大きな傷を作った。

後に分かったが、その男子は架奈のことが好きだったらしい。だからつい照れで、同時に振り向いて欲しくてちょっかいをかけたのだと。

 

男の子は本当に架奈のことが好きだった。

考えると胸が苦しくて、架奈に会えるからと熱が出た日も学校に行った。

だが架奈は違う。架奈は本当の本当に男の子が嫌いだった。

架奈は、『男の子』が嫌いだった。

 

 

架奈が中学生のとき、星火歌劇団という存在を知った。

女性が男装し、煌びやかなステージで歌って踊るというものだ。

架奈はそのミュージカルに熱中し、友人と一緒に何度も見に行った。

架奈はカオルという名前のスターが大好きだった。彼女のことを考えると胸がドキドキして、全身がカッと熱くなる。

架奈はたくさんカオルのグッズを買って、カオルと会える機会があると、両親に頼んで会場まで連れて行ってもらった。

ある日、カオルが男性歌手と結婚するというニュースが流れた。

架奈は目の前が真っ白になった。

 

 

中学三年生のとき、架奈はヒトミという少女と知り合った。

ヒトミは少し不良に見えたが、サバサバした性格で、架奈が男子からからかわれていると、ぶん殴ってまで助けてくれた。

架奈の人生で、初めてカオルを超える存在が現れた瞬間だった。

架奈はヒトミとすぐに仲良くなった。ヒトミはいい人だった。

半年ほど経ったある日、架奈はヒトミのお家に泊まった。架奈はヒトミと一緒にお風呂に入った。

その夜、架奈はヒトミに言った。

 

 

「わたし、ヒトミちゃんが好き」

 

「あたしもだよ」

 

 

翌日、架奈はヒトミに告白した。

 

 

「ありがとう架奈。でもごめん、あたしはノーマルだから、架奈のことをそういう目では見れない。でもこれからも友達なのは変わらないから。なんだったら、あたしの知り合いの男の子を紹介してあげよっか?」

 

 

架奈は学校に行かなくなった。高校生にはなれなかった。

 

 

ある日、架奈はアリスカフェのホームページを見つけた。

オープンまでにメンバーを募集しているらしい。架奈はとにかく今をどうにかしたかった。

男の人と触れ合うのは怖いけど、辛いけど、この町を出たかった。両親に心配をかけさせたくなかった。

勇気を振り絞り、電車で水野町に行ってお店のドアを叩いた。

架奈は可愛かった。すぐに採用になった。

チョコレートが大好きと言うと、名前はチョコちゃんになった。

 

アリスカフェはぼちぼちお客さんが来た。チョコは頑張って踊り、頑張って歌った。

見た目が地味なチョコではあったが、素材が良いのと、派手な女の子が嫌いな人たちも多かったので人気は出た。

とはいえチョコ側がNGだったので、よく怒られた。それでもチョコは頑張った。

わざわざ水野町に引っ越してくれた両親のためにも、頑張らねばと思ったのだ。

ご当地アイドルだからなのか、二ヶ月の間にいろいろな子が辞めて、いろいろな子が入ってきた。

ある日、新しい子がやってきた。

 

 

「どーもー、ケーキです! よろしくねっ!」

 

 

心に落雷が落ちた。

ひとめぼれだった。この人は伝説になる。本気でそう思った。

ある日チョコちゃんは、ミントちゃんに怒られた。

 

 

「いくらなんでも、握手のときにお客さんの顔を見ないなんてありえないよ!」

 

 

チョコちゃんは謝った。

周りは誰も助けてくれなかった。今までは。

 

 

「まあいいんじゃなーい? それがチョコちゃんの魅力ってもんじゃん」

 

 

ミントちゃんはチョコちゃんに謝った。

ケーキは皆の人気者だった。チョコちゃんはケーキにかばわれたことが嬉しくて、嬉しくて、その日はケーキの夢を見た。

ただチョコはケーキとは上手く喋れなかった。なんどか話しかけてくれたが、恥ずかしさと過去のトラウマからしどろもどろになってしまう。

そんな自分が嫌いだった。

 

でもある日、マッコリ姉さんがやってきた。

マッコリ姉さんはみんなよりもだいぶ年上で、スナックで働いてたところをオーナーに拾われたらしい。

 

 

「本当は寝たんだよ。なーんてウッソー! 私は年下派なんでーす! かわいいなーチョコは! 真っ赤になっちゃってぇ!」

 

 

マッコリ姉さんは豪快で、大人しいチョコを気遣ってよく喋りかけてくれた。

チョコはマッコリ姉さんに全てを話した。するとマッコリ姉さんはタバコをふかしながらチョコの背中をバシバシ叩いた。

 

 

「うっしゃ! 任せろ、応援してあげる!」

 

 

次の日、マッコリ姉さんはケーキを連れて、食事に連れてってくれた。

 

 

「あー! 良かったぁ!」

 

「え? え?」

 

 

そこでケーキは満面の笑顔でチョコを見た。

 

 

「ボク、チョコちゃんに嫌われてると思ってたからさぁ! 一緒にごはん行きたいって言ってくれて、安心だよぉ」

 

「そ、そんなっ! そんなことないよ! むしろッ、わたし、ケーキちゃんに憧れてて! だから変なこと言ったら軽蔑されるんじゃないかって……!」

 

「あははッ! しないしない。ボクはどんな子でも来るもの拒まないの!」

 

 

ケーキはパスタをむしゃむしゃ食べながら言ってくれた。

 

 

「ボクはチョコちゃん大好きだよ。だってどう考えてもALICEの女の子の中で一番可愛いもん」

 

「ざけんなケーキ、アタシがいるだろうが」

 

「マッコリ姉さんは女の子じゃないでしょ~」

 

「奢るのやーめた!」

 

「嘘だよぉー! マッコリ姉さんは一番キレイ!」

 

「なんでも食えよ二人ともー、お姉さんが全部払ってやるからなぁ!」

 

「やったー! って、あれ? どうしたのチョコちゃん」

 

「う、ううん! なんでもないの! ただちょっと目にゴミが入って……」

 

 

チョコは俯いていた。真っ赤になった顔を見られたくなかったらからだ。

それから三人は一緒に遊びに行った。映画やカラオケ、チョコは幸せだった。

ぽけーっとしながら、いつもケーキを見つめていた。

 

ケーキのしなやかな指が好きだった。

ケーキの美しい髪に見惚れた。ケーキの素敵な匂いを嗅いでドキドキした。

なによりもケーキのかっこいい姿にいつも憧れていた。誰とでもすぐに仲良くなって、遊園地に行ったときは絶叫マシンに乗っても笑っていた。

自分は怖くて震えていたら、無理して乗らなくていいよと言ってくれた。

 

 

『空気読めてなくてゴメンね』

 

 

そういうと、ケーキはチョコの頭を撫でて笑った。

 

 

『じゃあボクの前では一生空気なんて読まなくていいよ。ありのままで楽しめるようにしよーね?』

 

 

チョコちゃんは本当に嬉しかった。

その言葉のおかげで、気を遣わずに楽しめるようにもなってきた。

でもありのままを晒すことだけはできなかった。本当のわたしを知ったら、きっとあなたはわたしを嫌いになる。

だから夜、眠るときはいつも神様にお願いをした。

 

いい子にしますから。

どうか、どうか、ケーキちゃんの夢を視させてください。

ケーキちゃんと付き合える夢をわたしにください。

ある日、願いが叶った。

 

 

「貴女が好きです」

 

 

夕方の教室だった。

紅に照らされたそこは、二人だけの空間だ。そこでケーキが恥ずかしそうに告白してきた。

 

 

「わたしも、ずっと好きでした」

 

「でも、ボク……、女の子だよ」

 

「そんな関係ないよ! だってわたしは――」

 

 

鍵をかける。服を脱ぐ。

 

 

「ケーキちゃん、凄くきれい……」

 

「チョコちゃんだって。えへへ、やめてよ、ボク胸小さいから。そんなに見られると恥ずかしいヨ」

 

「でも、キレイなんだもん」

 

 

二人は肌を重ねた。

心臓の鼓動が交じり合う。もっと、もっと近くに感じたい。チョコはケーキを強く抱きしめた。

もっと、もっと欲しい。

ケーキの唇に自分の唇を――、重ねる前に目が覚めた。

 

チョコはその日、はじめて店を休んだ。ただひたすらベッドの中で丸まり、泣いた。

チョコは初めて神を恨んだ。自分が悪いことは分かっている。やさしい神様を恨むのは間違っている。

でもそれでも、彼女は恨むしかなかったのだ。

 

なぜならばそれは絶対に叶えてほしくなかった願いだったから。

夢は夢のまま。あの光景は絶対に叶わないものだったからだ。

ケーキとは一生、友達のまま。キスをすることは絶対にできない。

それを教えられた気がして、チョコちゃんはずっと泣き続けた。

 

 

「大丈夫? 辛くない?」

 

 

夜、ケーキが来てくれた。

チョコちゃんは泣きはらした顔で言った。なんでもない。

 

 

「何かあったら言ってね。ボクは絶対にチョコちゃんの味方だからね」

 

「ありがとう。でも本当に大丈夫だから。明日はちゃんと行くね」

 

 

夜は一緒にご飯を食べた。

 

 

「ケーキちゃんはさ、好きな男の人とかいるの?」

 

 

チョコは自分を呪った。

答えを知りたくないくせに、自分のアホ。

 

 

「うーん。なんかさぁ、そういうの面倒じゃない。ボクはいいかなー」

 

「え?」

 

「恋人とか結婚さぁ。そんなのよりマッコリ姉さんとチョコちゃんと遊んでるほうが7億倍たのしいし? っていうかさぁ将来一緒にルームシェアしようよぉ。一生一緒にいようぜーっ!」

 

 

チョコちゃんは次の日、仕事が終わったら神社に行って沢山お礼を言った。

神様ありがとう。ありがとう。ありがとう……。

 

 

なのに。なのに。

なのになのになのになのになのに――ッッ!

 

 

「おーい! ケーキぃ!」

 

 

涼霧が客席で手を振ると、敬喜はウインクを返した。

 

 

(どうしてまだいるのよ……! それにあんなに気安く名前を――)

 

 

チョコちゃんは自分でも少し驚いていた。

嫉妬とは、こんなに醜い感情なのか。こんなに重たい感情なのか。

 

 

「ねえマッコリ姉さん。ケーキちゃんと涼霧くんって、付き合ってるのかな?」

 

「え゛!? あ、あー、いやッ、付き合ってるっていうか、突きあってるっていうか、まあうーん! ど、どうだろう?」

 

「良かったね。ケーキちゃん。ふふ、とっても……、お似合いだし!」

 

「ちょ、チョコ……」

 

 

チョコはトイレの個室に入る。

トイレに入る前にチラリと涼霧を見た。ケーキの髪を触っていた。

気に入らなかった。でもそれは普通のことだ。でもそれは当然のことだ。

ケーキには幸せになる権利がある。ケーキは可愛いから、かっこいい人と付き合う資格がある。

涼霧には、チョコが一度も見たことがないケーキの裸を見る資格がある。

 

 

「うぅう゛うッゥ! けぇぎぢゃぁぁん……! ひっく! ぐっす! うぇええんっ!」

 

 

チョコは体を丸め、必死に声を抑えて泣いた。

 

一方ですぐ近くのスタッフ用、男子トイレ、

オーナーくらいしか使わないので休憩場所にはぴったりだ。

敬喜とマッコリ姉さんはタバコをふかしながら窓を開けて空を見ていた。

 

 

「アンタまだ涼霧くんと一緒に住んでるんだっけ」

 

「まーね」

 

「いやいや、でもアタシ的にはハッピーよ。あの子、本当に可愛くてドチャクソタイプ」

 

「ボクも女の子みたいで可愛いヨ?」

 

「男らしい可愛さがいいんだよ。それにアンタみたいなビッチじゃなくて、ウブさが良いの。あ、でも童貞じゃねーのか。クソ!」

 

「でもさぁ、さっき涼霧くん。マッコリ姉さんのこと見て赤くなってたよ。ソワソワしてたし、変なことしてないよね?」

 

「別に。ただちょっとどさくさに紛れてキスしただけよ」

 

「それは、変なことダヨ」

 

「あー、マジ涼霧くんかわいいわー。次はもっと舌入れてー」

 

「やめたげなよ。姉さんお口臭いじゃん」

 

「ブチ殺すぞクソガキ。ちゃんと良神んトコのタブレット飲んどるわ」

 

「確かに。タバコの香り全然しなーい。いーにおーい!」

 

「ってかさぁ。最近いまひとつチョコの元気がねぇよなぁ……?」

 

「姉さんパワハラしてないでしょーね? ボクはチョコちゃんの味方するよ!」

 

「してるわけねーだろ。アンタが涼霧くんと仲良いのに妬いてんのよ。お前が悪いんだ。ってなわけで涼霧くんよこせ。寝取らせろ」

 

「……えへっ! 彼がボクの魅力から離れられるとは思えないけどなぁ!」

 

「チョコはさぁ、涼霧くんがアンタの初彼氏だと思ってんじゃない? ってか前聞いたけど、いつの間にかアンタ休日はピアノ演奏や美術館巡りを楽しんでるって設定になってたわよ」

 

「それはチョコちゃんが悪い! 美化しすぎだよ!」

 

「ホントよねー。セックスか注射打ってるかの二択でしょ?」

 

「言いかた悪いなぁ! 誤解だよっ! まあ否定はしないケド」

 

「えー? っていうか、ちょっと待って。涼霧くんとまだヤってんの? それはアタシも嫉妬するわ」

 

「えーっと、ちょっと待ってね。そうそう昨日はボク三回もイッちゃった」

 

「あ? なんじゃそれ」

 

「カレンダーのアプリだよ。ボクがヤッた人と、イッた回数を記録してるの。通称メス●キカレンダー!」

 

「お前それぜってーチョコに見せんなよ! おいちょっと待て! 八百屋のオヤジとヤッてんじゃん!」

 

「うん。だから安くしてもらってるの! ア●ル割りって呼んでるんだけど……!」

 

「あー! だからあそこの奥さん、最近薬局で痔の薬、山ほど買ってんだ!」

 

「ボクの魅力が、一組の夫婦生活のあり方を大きく変えてしまったようだね。てへっ!」

 

 

グダグダやって、シャキッと歌って踊ったら仕事が終わった。

 

 

「大丈夫だよ。拒絶反応は起こってない」

 

「ん! ありがとっ!」

 

 

良神クリニック。

仕事終わりにケーキは立ち寄り、メンテナンスを行っていた。

真白はお皿に乗っている大量の栗まんじゅうを一瞬だけ見て、すぐにコーヒーに手を伸ばした。

 

 

「栗ハラでしょ。訴えれば?」

 

「嫌いじゃないけど、五個も食べれば十分だよ」

 

「ねえー真白先生ぇ、ボク最近さぁ、体を鍛えててさぁ、なんか薬の効きが悪いような気がするんだよぉ」

 

「えー? ダメだよ。ちゃんと用量は守らないと」

 

「ぶー! あ、ところでさ、今日黒田さんは? いないよね?」

 

「あぁ、無断欠勤で。珍しいよね。家にもいないみたいなんだ」

 

「え? 大丈夫なの?」

 

「ちょっと様子をみようかなって。明日また無断欠勤するようなら警察に相談しにいくよ」

 

 

ロビーに戻ると、牛松が上半身裸でポーズをとっていた。それを涼霧が汗を浮かべて見ている。

 

 

「マッソッッッ! ンンンンン! マッスルゥウウウウ!」

 

「こういうのが嫌になったんでしょ、黒田さん」

 

「そう言わないで。今日は牛松さんが二人を送っていくから」

 

「どうしたのさ急に」

 

「いや、ほら、今日のニュースで海岸沿いの廃墟で死体が見つかったってニュースがあったでしょ? 最近水野町も物騒になってきたし」

 

 

こうして敬喜と涼霧は、牛松と一緒に夜の水野町を歩く。

 

 

「牛松さん。最近さぁ、前よりも仕上がってきたよね」

 

「まあね! 僕の夢は鋼の肉体を手に入れることなんだ。涼霧くんはどうなんだい? こういうのに興味は?」

 

「い、いやぁ! オレはもっと、なんていうか中性的なやつが好きで」

 

「それは残念! ハッハッハ!」

 

 

牛松は大きく手をふって歩いていた。

 

 

「そういえば敬喜ちゃんと涼霧くんは付き合ってるのかな?」

 

「え? えーっと」

 

 

どうなんだろう? 涼霧が少し赤くなって敬喜を見る。

敬喜は曖昧に目を逸らしていた。

 

 

「恋愛はいいぞぉ! 僕なんて今、彼女が妊娠中でね」

 

「へえ! どうやって知り合ったの?」

 

「僕がSNSで筋肉の写真をアップしたらDMでね」

 

 

上腕が太ければ太いほど良いらしい。まさにピッタリな女性だと。

 

 

「だから最近はもっと重点的に上腕二頭筋を鍛えてるのさ! ホラ! 見てくれよ、この仕上がった僕のマッス――」

 

 

牛松は敬喜たちに自慢の腕を見せようと思った。

そこで牛松は、自分の右腕がなくなっていることに気づいた。

 

 

「えぇ……」

 

 

断面から血があふれる。

青ざめ、目を見開く涼霧と敬喜。

牛松の太い腕を掴んでいる化け物がいた。

 

 

「たまんねぇぜ! 鋼の肉体? 笑わせるよな!」

 

 

アマゾン・シグマはご機嫌であった。

山路の意向には背くことになるが、それは射精の直前で邪魔をされたからだ。これは仕方ないことなのだ。

今までも適当な一般人を狙ったのは数回あった。今回もその一つでしかない。アマゾンサイズという斧は、簡単に牛松の腕を切断できた。

いいおもちゃだ。もっと、もっともっと使いたくなる。

 

 

「に、逃げろ! 逃げるんだ!!」

 

 

牛松は勇敢な男であった。

激痛を無視し、若い命を守ろうと、たった一本の腕で化け物に立ち向かった。

結果、すぐにもう一本の腕が地面に落ちる。

 

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 

牛松は叫び、倒れ、すぐに動かなくなった。

 

 

(牛松さん――ッ!)

 

 

あまりにも一瞬のことで、敬喜はそこでようやく自分がしくじったのだと理解した。

 

 

「涼霧くん。逃げて」

 

「で、でもッ!」

 

「早く!」

 

 

涼霧は頷くと、がむしゃらに走り出す。

それを見たシグマは呆れたように首を振った。分からないのか? 逃げても無駄だということが。

 

 

「まあでもいいか。バラすんなら、美人の方が良い」

 

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。まあでも――……」

 

 

敬喜はベルトを出現させる。

 

 

「お前は許さないよ」

 

 

光のベールが背後に出現し、顔が半分、また半分、変わっていく。

そして最後にパーフェクターを装着し、仮面ライダーXへと変身する。

シグマはエックスライダーを見たとたん指を鳴らし、飛び跳ね、喜んだ。あのとき刻めなかった仮面ライダーを刻める。

寸止めじゃなくて、射精ができる。

 

 

「ライドルホイップ!」

 

 

エックスはライドルを引き抜くと、走りだす。

シグマも鎌を構えて走り出した。すぐに二人の武器がぶつかり合う音が響く。

レイピア状とは言えど『斬る』ことも可能なのか、銀の閃が幾重も走った。二人はもみ合い、位置を変え、斬り合いながら移動していく。

 

そのなかでシグマは力任せに鎌を振るった。

姿勢を低くして走るエックス、鎌は頭上を通り過ぎ、どこぞの塀を削った。

尚も力を込めるシグマ。強引にエックスを叩き割ろうとしたのだが、流石に岩の壁の途中で鎌が止まった。

 

 

「うぐッ!」

 

 

シグマの装甲から火花が上がり、鎌から腕が離れた。

エックスは体を翻しながら起こし、突きを行いながら前に出ていた。

だがシグマに突きが入ったのは最初だけだった。軌道は読まれ、体を反らして回避する。

しかしエックスもまた読まれることを想定し、蹴りを用意していた。

 

 

「チッ!」

 

 

シグマはエックスのキックを避けきれず、胸に受ける。

エックスはチャンスと察したのか、踏み込んだ渾身の突きを繰り出した。しかしシグマはよろけた勢いで、思い切り後ろへバックステップ。

剣先はシグマには届かない。しかしそこで風が吹いた。エックスのマフラーを揺らす。

 

 

「ライドル・ロングポール」

 

 

シグマは胸のど真ん中、心臓に衝撃を感じていた。

ライドルが太くなり、伸びたのだ。まるで如意棒や物干し竿だ。その棒先がしっかりとシグマを捉えていたわけだ。

さらにエックスはライドルでシグマを怯ませた後、『X』の文字を描いた。

空中に留まったローマ字は、そのままエネルギー弾となって発射。シグマに直撃すると、爆発して吹き飛ばす。

 

 

「いいねぇ! こうじゃないとッ! 刻み甲斐がないもんなァア!」

 

 

痛みが、焦りが、幾ばくの恐怖がシグマを興奮させた。

走る。それも驚異的なスピードで。エックスはすぐにライドルを短鞭に戻すが、もう遅い。

シグマは加速に拳を乗せていた。まさに弾丸を打ち込むようにしてエックスを殴りつける。

エックスの体が思わず反転して浮き上がるほどの衝撃だ。

武器を落とし、バク宙で飛んでいくエックスをシグマはすぐに追いかけた。

 

 

「ツッ! ハッウ!」

 

 

地面に足裏が擦れる。エックスが地面に立ったとき、そこは砂浜だった。

足場が悪い、そもそも既に腹部にシグマの拳があった。

呼吸が止まる。すぐに振り払おうとして、エックスは腕が空を切るのを感じた。

シグマは体を捻り、跳躍していたのだ。そのまま飛び回し蹴りでエックスを狙う。

 

 

「キャア!」

 

 

エックスは両腕を盾にして足を防御したが、衝撃が強すぎて上体が後ろに反る。

そのまま後ろのめりで強制後退。一方のシグマはアクセラーグリップを捻り、必殺技を発動させた。

 

 

『VIOLENT――』

 

「よせ!」

 

「あー?」

 

 

声がした。そちらを見ると、シグマは大きなため息をつく。

 

 

「クソ! またお前かよ!」

 

 

そこにいたのは、仮面ライダー。

 

 

「ま、また? またって? いやッ、い――ッ! と、とにかくッ、お前! やめろ!」

 

「ん? 誰だ……、おまえ」

 

 

同じだと思ったら違った。

それもそのはず。そこにいたのは仮面ライダー1号なのだ。

 

 

(あ、あれが、アマゾン……! 確か、あれはッ、アマゾンズだった。アマゾンズ、シグマ? アルファだっけ?)

 

 

岳葉の具合は最悪だった。

始まりはまさに偶然だった。偶然町を歩いていたら、涼霧を見つけた。

酷く怯えているようだったので、はじめは無視をしようと思ったが、岳葉はそこで自分の役割を思い出した。

 

最悪だった。コミュ障が怯えているイケメンに声をかける。

何かがおきないワケがない。そして危惧していた通り、彼は化け物に襲われていた。だから助けを呼んでくれと。

無視したかった。無視したかったが――、岳葉は来てしまった。

足がガクガク震える。とりあえず、止めろと叫んでみた。

 

 

「最高だぜ。獲物が増えた……! 金玉がカラになっちまうよ」

 

 

帰りたくなった。止めろと言われて止めるヤツではないと分かったからだ。

それでも危険人物が分かっただけ、まだマシなのか。

 

 

「えッ、エックス……! だよな? アンタは悪い人なのか!?」

 

 

砂浜に倒れていたエックスは、ムクリと起き上がる。

 

 

「小悪魔系とはよく言われるけど、そこまで道徳の成績は悪い方じゃないとおもうヨ」

 

「だったら協力してくれ――ッ! 俺じゃ、俺一人じゃ! ぜ、絶対アイツに勝てない!」

 

「もー、頼りない王子さまだなぁ」

 

 

とはいえ、エックスは1号の隣に並び立つ。

 

 

「よろしくね、1号さん」

 

「あ、ああ。よろしく頼むぜッ、ダブルライダー……!!」

 

 

 

 

 




tips 『ルミちの三行日記』


9日(金)

・わんわんとふれあった。かわいかった
・ひるねした
・肉じゃがをつくった。天才かもしれない。ごはんをおかわりした。

10日(土)

・にゃんにゃんとふれあった。いやされた
・イッチーとスケベがしたい
・昨日あまった肉じゃがを食べた。まだなお美味い

11日(日)

・肉じゃがを作った。アタシはやはり天才だった。
・肉じゃがをイッチーに食わせた。うまいうまいとほめてくれた。とってもうれしい
・肉じゃがを食べた。めしがすすむ

12日(月)

・肉じゃがに飽きた。もう二度と食べたくない
・ひるねした
・4キロ太っていた。たぶん体重計が壊れてる




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第6話 鋼鉄の深海魚

 

 

シグマが笑いながら走ってくる。そのとき、1号の脳裏にフラッシュバックが起きた。

それは殺意の塊だ。まさにあの時のカーリーの笑顔が迫ってくるような感覚だった。

だから1号は叫び、すぐに踵を返して走り出す。

 

 

「ちょ! ちょっとぉ! どこ行くの!?」

 

 

1号はエックスを置いて全速力で逃げ出した。

 

 

「んもー! なんでだよぉー!」

 

 

エックスは仕方なく、襲い掛かるシグマを受け止めようと試みる。

まず右手の爪が振るわれた。エックスはそれを左腕でガードするが、シグマはさらに早いスピードで左爪を振り下ろす。

エックスの右からから左わき腹まで刻まれる斬撃。火花が散って、うめき声が漏れる。

 

 

「ばかーっ! 傷ついたらどうしてくれるのさぁ! 真っ白な肌がボクの自慢なのにぃ!」

 

 

シグマは興奮しながらエックスの肩を掴み、首に噛み付こうとする。

エックスはそれを拒むためにシグマの頭を抑え、後退していった。

だが力が強い。どうすればいいかを考えていると、激しい光を背後に感じた。

 

 

「グアァアァア!」

 

 

エックスは背中だが、シグマは前だ。

光を見てしまったのか、目を押さえてエックスから離れる。

聞こえてくるのはエンジン音。エックスが反射的に砂浜を転がって左へはけると、そこを通り抜ける一台のバイク。

サイクロンだ。1号はアクセルグリップを捻って、猛スピードで砂浜を駆ける。

ライダーマシンは悪路なんてなんのその。サイクロンはそのまま目を覆っているシグマへ直撃した。

 

 

「グォオアァア!」

 

 

シグマは吹っ飛び、真っ暗な海へ着水する。

バイクにまたがっている1号は嫌な汗を感じ、ハンドルに持たれかかってうなだれる。

そこへエックスが駆け寄ってきた。

 

 

「ナイスアタック!」

 

「あ、あのッ、俺、俺ッ! 昔いろいろあって、戦うときああなるけどッ! その、悪いッ! ビクってなって最悪なこと思い出してギャーってなって、それから、それから……! あ、いやッ、違う。違う。とにかくコレ、コレッ!」

 

 

実は事前に耳打ちをしていた。

もし余裕があったらでいいので、落としたライドルを回収したいと。

1号は逃げたあと、我に返り、ライドルを拾って戻ってきたのだ。

 

 

「よく分かんないけど、ありがと!」

 

 

エックスはライドルをロープに変えると、それを投げた。

ライドルは意思をもったように動き、伸び、体を起こしたシグマの首に巻きつく。

 

 

「うッ ゲェエ!」

 

「こんのッッ!」

 

 

エックスがロープを引くと、シグマは強制的に立ち上がり、前に出る。

 

 

「おりゃあああ!」

 

 

エックスがロープを思い切り振るう。

すると縛られていたシグマも体勢を崩し、砂浜に顔面から突っ込んだ。

既に海水をたくさん飲んでいたのか、シグマは咳き込みながら立ち上がる。すると既にエックスが距離をつめていた。

まずは短鞭に変えたライドルを上から下に振り下ろす。怯んだところで、渾身の突きを打ち込んだ。

そして、よろけて後退していくところへ1号が突っ込んでいく。

 

 

「はッ、ハァアア!」

 

「グアァアア!」

 

 

がむしゃらなドロップキック。

不恰好な一撃だが、シグマは大きく吹き飛び、背中から砂浜に直撃した。

そこでエックスが前に出て、ライドルをスティック(ロッド)に変える。

そしてXの文字をなぞると、複眼が赤く光り輝いた。

 

 

「よっしゃー! 決めちゃうぞぉ!」

 

 

エックスはライドルを思い切り上に投げる。

ピースサインを一瞬だけ浮かべ、すぐにジャンプ。

空中に留まっているライドルを両手で掴んだ。そして後ろへ回転。まさにそれは鉄棒の大車輪だ。

勢いがつくとエックスは腕を放し、宙を舞う。

 

 

「えーっくすぅ!」

 

 

両手両足を思い切り広げると、一瞬だけXの文字が浮かび上がった。

そして右足を突き出すと、足裏にX型のエネルギーオーラがまとわりつき、回転を行う。

 

 

「きぃーっく!」

 

「ガアアアアアアア!」

 

 

気の抜けた声ではあったが、強化された飛び蹴りは確実にシグマを捉えた。

シグマのエネルギーが暴走し、爆発。

変身が解除され、トンボくんは砂浜を凄まじい勢いで転がっていく。

 

 

「クソ! ちくしょうがァ!」

 

 

トンボくんは素早く体を起こすと、全速力で走り出す。

確保しなければ。すぐに追いかけようとするが、お腹に穴が開いていることに気づいた。臓器がたくさんこぼれていく。

 

 

「うわぁあああああああああ! ワッ! ワァ! ヒィィィ!」

 

「え!?」

 

 

エックスは1号を見る。

変身が解除された岳葉は、ピタリと叫び声を止めていた。汗を浮かべてお腹を押さえている。

穴は開いていなかった。なんともなかった。ただ昔を思い出しただけだ。記憶がごっちゃになっていただけだ。

 

 

「大丈夫?」

 

 

エックスは変身を解除すると、岳葉に手を差し出した

 

 

(うッ! かわいい! こんな女の子が仮面ライダーになってたのか!)

 

 

岳葉は頬を染めて、敬喜の手を取る。すごく柔らかい手だった。

 

 

「ちょっと悪いけど、ボク先に行くから! 知り合いがいるし、じゃあね!」

 

 

敬喜はすぐに走る。

すぐに物陰に隠れていた涼霧を見つけ、合流した。

とにかく牛松が心配だ。敬喜たちはすぐに牛松が倒れていた場所を探すが、そこには血の痕と切り落とされた二つの腕があるだけで、牛松自身はどこにもいなかった。

 

 

「そんな……!」

 

 

一体なにが起こっているんだ?

敬喜は戸惑い、岳葉が来るまで動くことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

座薬くんは、自由時間をどうするかを考えていた。

しかしなんというか、気分はいい。2号をみんなで倒した。その結束と興奮は今もなお、彼を熱くさせる。

この興奮をもっと快楽に昇華させたい。そうだ、久しぶりに女性を犯そうと座薬くんは決めた。

 

夜の水野町を歩いていると、よさげな若い女性を見つけた。

女子高生、コンビニに夜食を買いにいった帰りだろう。座薬くんは彼女のア●ルを頂戴することを決めた。

大丈夫優しくするから。そう想い、足を進め――

 

 

「ムッ!?」

 

 

足を、止めた。

これは、ホラ貝の音? 何かが聞こえる。

 

 

『ソイヤ!』『メロンアームズ!』『天・下・御・免――!』

 

 

座薬くんの前に、白いスーツに緑の甲冑を着込んだ鎧武者が現れる。

 

 

「何者だ?」

 

「………」

 

 

答えない。

座薬くんは仮面ライダーのことを全く知らなかったが、彼の前に現れた鎧武者もまた仮面ライダーの一人であった。

斬月(ざんげつ)。左手にメロンディフェンダーを構え、右手で無双セイバーを抜く。

 

 

「美しい……!」

 

 

その煌びやかな姿に見とれるが、座薬くんはすぐに斬月から放たれる異様な殺意を感じ取った。

だが幸いにも2号を見たあとだ。座薬くんにそれほど混乱はなかった。

 

 

「私にはアナルが待っている。悪いが、キミに構っている時間はない!」

 

「………」

 

 

アマゾンズドライバーを装着し、変身。

オメガに変わる座薬くん。熱波を受けても斬月は不動であった。

オメガはまずは挨拶代わりに、高速で近づき、フックをお見舞いする。

しかしやはりというべきか。斬月はご自慢の盾でそれをしっかりと受け止めていた。

 

良い盾だ。オメガはそう思う。

殴ってみたが、破れる気がしない。むしろ殴りつけた拳が悲鳴をあげているのがよく分かる。

盾がすぐに迫ってきた。シールドバッシュでオメガを打つと、斬月はすぐに刀を上から下へ、もう一度上から下へ。

右から左、左から右と素早く刀を振るう。オメガの肉体から火花があがり、よろける。

 

すると斬月は走り出した。

特筆するべきはそのスピードだ。黄緑色の風を纏い、残像を残しながら一瞬でオメガの背後に移動する。

オメガが腕を後ろへ振ったが、既に斬月の姿はない。高速で移動しながら刀を振って、オメガに傷をつけていく。

 

 

「ナメるなよッッ!」

 

 

オメガは斬月の動きを予測し、攻撃を置いた。

しかしヒットの感触はない。オメガの裏拳を、斬月はバックステップで回避していた。

さらに空中にいるとき、斬月は盾から手を離し、無双セイバーのレバーを引いていた。

セットされる弾丸。引き金をひくと、銃口から光弾が発射されてオメガに命中する。

 

着地した斬月は、尚も弾丸を発射しながら前進。落とした盾を拾って投げた。

投擲されたメロンディフェンダーは回転しながらオメガに直撃。

その衝撃で再び斬月のもとまで戻ると、斬月はもう一度掴んだ盾を投げた。

盾が当たる。跳ね返って斬月が掴む。また投げる。

これが三回続いたあと、斬月は盾を投げ捨てた。

そして戦極ドライバーにセットされていたロックシードを抜くと、それを無双セイバーにセットする。

 

 

『ロック・オン!』『イチ! ジュウ! ヒャク!』

 

 

斬月は刀を構え、腰を落とす。

一方でオメガは怒りに体を震わせ、レバーを掴んで走り出した。

 

 

「ウォオオオ!」『VIOLENT・PUNISH!』

 

「………」『メロンチャージ!』

 

 

オメガは斬月を素通りした。

やがて肉体は倒れ、空中を舞っていたオメガの首が地面に落ちた。

変身が解除される。斬月は座薬くんの頭を蹴り飛ばし、落ちていたアマゾンズドライバーを毟り取ってどこかに消えていった。

 

 

 

 

 

 

(え……?)

 

 

黒田は目を覚ました。よく分からない場所にいた。

まず、暗い。暗いが真っ暗ではない。間接照明が照らすいろいろな機械。あれはなんだろう? よく分からない。

黒田は声が出ないことに気づいた。なぜか下半身だけ裸だということに気づいた。

体が動かないことに気づいた。横向きで寝転んでいることに気づいた。

視線の先に別の女性が寝転んでいることに気づいた。

知らない顔だ。女性は全裸で、口をパクパクさせて眼球はキョロキョロとしている。

 

 

「アゥ……ァ、ア――ッ」

 

 

女性はどうやら薬か何かで喋れないし、動けないのだろうと思った。

黒田は自分も彼女と同じ状況にあるのだと理解した。

どうしてこうなったのかは覚えていない。いつものように仕事が終わって、帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、そこで記憶が途切れている。

 

今までもそういう時は何度かはあった。

寝ているときに勝手に動いて冷蔵庫で何かを食べていたらしい。

夢遊病というヤツだ、医者はいじめられたショックから無意識に暴飲暴食をしているのだと言っていた。

 

しかし今回は違う。明らかに違う。

黒田は何とか状況を把握しようと、力を込める。なんとか顔が少しだけ動いた。

すると気づいた。女性は大の字になって寝転んでいるのだが、股の間から何かが伸びている。

ノコギリだ。そして女性のそばに、誰かが立っていた。女性だろうか? なんだかトカゲのような顔だった。

トカゲ面の女は、ベッドにあるスイッチを押す。すると女性の股の間にあるノコギリが回転を始めた。

まさか。そんな。嘘。真っ青になる黒田。しかし動けない。喋れない。

逃げてと叫んだつもりでも、音は何も出ていない。

 

 

「――ァ」

 

 

大の字で寝転んでいた女性も真っ青になった。

目からは涙がこぼれていた。力を込めているのだろう。少し震えていた。

 

 

「だ――……ず、げ……、で」

 

 

ノコギリが動き出した。女性の股間部分に回転する刃が触れ、肉が飛び散っていく。

 

 

(イヤァア゛アァアアァアアアアァアア!!)

 

 

黒田の目の前で、女性が両断されていく。

臓器や脳の断面を見たとき、黒田はショックから気絶した。

次は自分の番だと思ったからだ。脳が彼女を守るため、深い眠りへといざなった。耳の奥にはまだ起動し続けるチェーンソーの音が聞こえている。

 

 

 

 

朝。

 

 

「よっしゃあ! 俺はおまんこブラザーズのカイト! こっちは弟のマサヤ! よろしくな!」

 

「おいおい兄さん。テンション高すぎだっつうの! 見ちゃらんねーぜ」

 

「やれやれ素直じゃねーなぁ。まあいいや、でも、その方がお前らしい」

 

「兄さんこそ。ビビッて、ないよな?」

 

「ったりめぇだろ。よし、行くぞ!」

 

「「おまんこ! レディィィィィィ! サクセスッッ!!」」

 

「うるせェエエエエエ!」

 

 

立木のボディブローが二発。それでブラザーズは動かなくなった。

 

 

「何がマンコだゴラァ! やかましいわバカタレ共が!」

 

 

おまけに蹴りを入れると、ブラザーズはうめき声をあげるだけで大人しくなった。

すぐに警官たちがブラザーズを取り押さえ、手錠をかける。パトカーに押し込むなかで、やっと兄が口を開いた。

 

 

「アンタは何も分かってない! 俺はおまんこブラザーズであり、おまんこブラザーズにあらず。その名は、イモータルガイジ!」

 

「俺だってそうさ。スパークリングガイジこそ俺の真の名前なんだ!」

 

 

立木はもう一発ずつブラザーズを殴った。

ブラザーズはパトカーに乗って、運ばれていった。

兄弟でやっているラーメン屋で事件は起こった。兄がスープに、弟がお冷に除草剤を入れて、客に提供したのだ。

味がおかしいと逃げた客が警察に相談したので発覚されたという流れである。

現場検証が行われるなか、マリリンはつまらなそうに腕をくんでいた。

 

 

「ねえ知ってる? 人間は危機的な状況になると下ネタを口ずさむ回数が増えるそうよ。極度の疲労や、生命の危険が人間の生存本能――、つまり子を残そうとする本能を呼び起こすらしいのよ」

 

「あいつらがそうだってか? 冗談だろ。それにガイジたちは別に全員が下ネタ野郎ってわけじゃねーし」

 

 

ただ、ガイジたちには何か共通点がある。立木はそれを信じていた。

分かったこともある。まずは全員、20代以上であること。一部17歳や18歳がいたが、逆を言えば限りなく少ない。

あと男性のほうが多い印象を受けた。

 

 

「マリリン。報告は聞いたか?」

 

「えー? 私そういうの興味なくて」

 

「向こうでまた惨殺死体が見つかったらしい」

 

「え! 本当!? 教えて教えて!」

 

「犯人はアマゾンだ」

 

「通販サイト?」

 

「バカが。調べとけって言っただろ。仮面ライダーだよ」

 

 

立木はカウンターの椅子に座ると、イライラしたように貧乏ゆすりを行う。

 

 

「結局、また虚栄のプラナリアが繰り返されるってことだ。本間岳葉のほうは仮面ライダーXと接触したらしい。女だそうだ」

 

「わお! うらやましい!」

 

「ストロンガーはともかく、こうなってくるとライダーマンもいるだろな」

 

 

立木は大きなため息をついて、頭をかいた。

 

 

 

 

 

市原くん。お元気ですか? アタシは元気にやっています。

携帯がないので少し暇ですが、テレビは見れます。新聞も読めます。少し賢くなりました。

なんでも昨日は海外の王子様がプライベートジェットで極秘来日していた可能性があるとかないとか。

しかも水野町に来ていたかもしれないって。

かもなので、来てないかもしれないけど、来ていたら凄いですよね。王様が何をするんでしょうか?

 

そうそう、ここでの暮らしは悪くはありません。お風呂はとても広かったです。

珠菜ちゃんはアタシのお友達で、妹みたいな存在です。

アタシはお姉ちゃんしかいないので、珠菜ちゃんはとっても可愛いです。

それに凄く優しいです。ベッドは譲ってくれました。

今日も、朝ごはんにイチゴをくれました。

とっても甘いです。

 

 

「だすよっ!? 珠菜たんのふにふにほっぺと同じくらい柔らかくて甘いイチゴにたっぷり出すよ!?」

 

「うんっ、いいよ? いっぱい出して?」

 

「出る――ッ! 出るゥ! 出るゥウウ! ウグゥウウァあッ!」

 

 

練乳が、いちごにかかる。

 

 

「はぁはぁはぁ!」

 

 

呼吸の荒い志亞を、珠菜は優しくなでた。

 

 

「ありがとう。いっぱい出たね」

 

「うんっ! うん!」

 

(普通に絞れよ……)

 

 

ルミは引きつった表情でいちごを食べていた。

 

 

「ん? なんだ? まんさん。何かオレに文句があるのか?」

 

「い、いや! ぜんぜんっ! めっそうもござぁせん!」

 

 

いちごを食べ終わると、志亞は食器を運びにいった。

ふたりきりだ。ルミは汗を浮かべて、珠菜を見る。

 

 

「ねえ、ヤバくない? ヤバヤバじゃない?」

 

「うーん、ちょっと驚いたけど、まあいいかなって」

 

 

猫や犬、赤ちゃんに接するとき、人は声色や口調を変える。

優しく、穏やかに。時には周りから見て間抜けに見えることもある。

志亞も、そういうものだと珠菜は思っていた。

 

 

「そ、そうかなぁ?」

 

 

そこでルミはハッと何かを思い出す。

 

 

「ねえ、そういえばさ。昨日お屋敷で知らない人とすれ違ったんだけど、あの人だれ?」

 

 

向こうが会釈をしてきたので、ルミも会釈を返したが……。

 

 

「分かりません。よくあることなんです」

 

「え?」

 

「お祖母ちゃんに会いに来た人です。もう一回来るかもしれないし、もう二度と来ないかもしれない」

 

「どゆこと?」

 

 

今で言う、宗教というヤツなのだろうか?

かつて水野町には怨霊が集まる岩があるらしく、そこで生まれたのがクイガミ様というものだった。

そのクイガミ様を本気で信じたのが珠菜の祖母だった。

 

財力のあった祖父が亡くなってからというもの、そのお金を元手にいろいろ始めていたようだ。

クイガミ様の絵を描いて奉ったり、怒りを抑えるためのお供えをしたり。

定期的にクイガミ様について話をしに行ったりもしているらしい。だからこの家にも信者らしき人たちがチラホラ来るのだとか。

 

 

「離れのお堂に、像があって。いつも祖母はそこに」

 

「へえ」

 

「わたしにはよく分かりません。お父さんとお母さんが事故で亡くなってから、お祖母ちゃんはもっとクイガミ様を信じるようになりました」

 

「そう、なんだ」

 

 

確かにルミも珠菜の祖母は見たことがなかった。

なにやら複雑な家庭環境のようだ。何を言っていいか分からず、ルミは黙ることしかできなかった。

そうしていると、志亞が戻ってくる。

 

 

「珠菜ちゃん。お皿、洗っておいたよ」

 

「ありがとうございます。何か、お礼させてください」

 

「え? な、なんでもいいのかな?」

 

「はい」

 

「じゃ、オレの――ッ、顔の上に座ってほしいんだけど……」

 

「うん。いいよ!」

 

「……キメェ」

 

「まんさん!? ねえ、まんさん!? なんて言ったの!!」

 

「ひぃぃぃい! ごめんなさいぃぃい!」

 

 

市原くん。

アタシは元気です。たぶん、元気です……。

 

 

「だいたいお前な、女のくせに気が利かないんだよ。普通はお前が食器を洗いにいくだろ。女のくせに偉そうに座るな。女のくせに――、お? なんだまんさん、その反抗的な目は。え? あっ、ごめんね珠菜ちゃん! いいの? ふわふわお尻の触感感じてもいいの? あっ! ふぁぁぁあ! はうぁぁ! やらかい! やらかいよぉ! 珠菜たんのおしりの下にいれるなんてっっ! あぁぁぁうううぁぁ!」

 

 

市原くん。早く助けに来てください。

 

 

「ねえ珠菜たん次はお腹にお顔つけていい? いいの!? やったぁ! はうぁ! 柔らかし! 珠菜たんの小学生ポンポンすごくふわふわで柔らかぅぁぁあ! ほわっ! ほあーっっ! ぽんぽんしゃいこぉぉぉぉお!!」

 

 

アタシはもう、限界です。

 

 

一方でその離れのお堂、珠菜の祖母・オババが深く頭を下げる。

 

 

「クイガミ様、本日のお供えでございます」

 

「ありがとう。下がっていいよ」

 

「ハッ!」

 

 

山路は食事を受け取ると、お堂の奥に戻る。

オババが頭の悪い人でよかったとおもう。たまたま変身後の姿を見られ、困ったなぁと思っていたらクイガミ様と敬ってくれた。

住むところも用意してくれて、山路たちは凄く助かっているのだ。

もらったフルーツや魚を食べながら、三人はいなくなった座薬くんについて話す。

 

 

「どこに行っちゃったのか」

 

「エックスや1号にやられたのかもな……!」

 

「し、心配ですね。にゅふふふ……」

 

「俺が探す」

 

 

山路は立ち上がり、一度トンボくんを睨む。

 

 

「キミと俺は他人だ。食の好みや、性癖が違うのは当然だ」

 

「ッ」

 

「でも、友達だから、なるべく好みが近いほうがいい」

 

「……ああ」

 

 

遠まわしな警告とトンボくんは受け取った。

その後、山路はお堂を出ると、座薬くんを探すことにした。

水野町を適当に歩いていると、ふと足を止める。

 

 

(あれ?)

 

 

すれ違った人を見た。

その人からは、今まで嗅いだことのない匂いがした。

良い匂いともいえるし、臭いともいえる。はじめての経験だった。山路は不思議に思って、その人の後をつけていくことにした。

そして橋の上にやってきた時だ。その人はゆっくりと振り返る。帽子を深く被っているため、顔はよく分からなかった。

 

 

「なにか?」

 

「人を捜していて。座薬くんって言うんですけど、知りませんか?」

 

「……さあ」

 

「もう一つ聞いてもいいですか? あなた、人を殺したこと、あります?」

 

「さあ。でも――」

 

 

女性の服が変わった。一瞬だった。

お姫様のようなドレスだ。ただし、シースルー。スケスケで、前がパックリと開いている。

その向こうには蛇柄のレーザースーツ。ボディラインがハッキリしていて、とてもセクシーだ。

美しい、なんてエロティックなんだ。山路はとても興奮していた。

気づいたらアマゾンに変身していた。

最後にその人はマスクを付けた。蛇のようなマスクだった。

 

 

「救ったことなら、あります」

 

 

その人の左腕がガトリングになっていた。

回転し、たっぷりと銃弾が発射される。痛い、痛い、苦しい。アマゾンは叫んだ。一瞬だけ死が見えた。

アマゾンは橋から落ちていた。その人も、特に追いかけることはしなかった。

 

 

 

 

 

「はーい、じゃあ今日も瑠姫先生とリセの言うことを聞いてねー!」

 

 

高岡(たかおか)という女性の言葉に、子供たちは一勢に返事をする。

少し緊張はしたが、瑠姫はすぐに慕われるようになった。

高岡託児所・『ひまわりの里』は、6歳までの子供のほかに、訳あって小学校に通えなくなった子供達の勉強や交流の場所として受け入れていた。

 

 

「みんなぁ、今日は海に行こうねぇ」

 

 

タレ目で、おっとりとしたメガネの少女が笑う。

高岡リセは園長の子供である。17歳で、このひまわりの里を手伝っている。

現在、小学生は三人いるが、彼らもお兄ちゃんとして子供達の面倒を見てくれていた。

 

 

「海に行くなら日焼け止めをもっていくべきです! 今日、日焼けをする確立は、間違いなく100%です!」

 

 

メガネをかけた男の子、ミッちゃんは担任の先生と合わず、不登校になってしまったらしい。

マンガが好きで、今は確立を口にするキャラクターの真似をして、頻繁にパーセンテージを持ち出してくる。

 

 

「海かぁ! 先生! 海に行けばトロくえますかぁ!」

 

 

ナオタは小学生にしては少々おデブな男の子だった。

食欲旺盛だが、学校では酷いいじめにあって不登校になってしまったらしい。

 

 

「姉ちゃん! 早く行こうぜー!」

 

 

正和(まさかず)はリセの弟である。

どうにもやる気が出ずに学校を休みがちで、不登校になってしまった。

とはいえ皆ひまわりの里では楽しそうだ。リセを中心に、子供たちは並んで海へ出発する。

 

 

「瑠姫せんせーは、好きな人いるのぉ?」

 

「いるよー。彼氏がねー」

 

「どんなひとー?」

 

「うーん、かっこ悪い人かなー」

 

「えー!?」

 

「でもねぇ、かっこ悪くて情けないけど……、私を助けてくれたんだ。だから私にとっては世界で一番かっこいい人なの」

 

 

子供たちははしゃぎ、瑠姫は少し照れたように笑う。

しかしすぐに表情が沈んだ。リセも気になっているのか、信号で止まっている間、声をかける。

 

 

「妹さんとはまだ?」

 

「ええ。連絡がつかなくて」

 

「心配ですねぇ」

 

「馬鹿な子だから心配なの。漫画喫茶にでも泊まっていればいいんだけど……」

 

 

信号が青になった。一同は歩き、川沿いの道を行く。

 

 

「ん!?」

 

 

先頭にいた正和が何かを発見し、走り出す。

 

 

「こらぁ、正和ぅ。ダメだよぉ、皆で行くのぉ!」

 

「ねえちゃーん! 人が溺れてる!」

 

「えぇー!?」

 

 

瑠姫たちが駆け寄ると、確かに川の中に人が倒れていた。

上半身は陸地に出ているため窒息はしていないようだが、みんなはパニックである。

 

 

「大丈夫!? とにかく引き上げましょう!」

 

 

瑠姫とリセが男性を引っ張りあげる。

すると、その男性はゆっくりと目を開けた。

 

 

「た、たたいへんです! とにかく溺れている可能性は――ッ! いや! そうじゃなくて救急車を呼ばないといけない確立は100%です!」

 

「確かに! ちょっと待っててね」

 

 

瑠姫が携帯を手に取ったときだ。少年が掌を前に出して、ストップのジェスチャーを取る。

 

 

「結構です」

 

「え!?」

 

「なんともないので」

 

「でもッ!」

 

 

確かに意識はハッキリとしているし、辛そうにも見えない。

しかし男性の服にはなぜか小さな穴がいくつも開いており、血のシミも見えた。

そもそも何ともなければ川のなかで気絶なんてしていない。

 

 

「病院が嫌いなんです」

 

「そんなこと言ってる場合じゃ――」

 

 

するとリセが瑠姫を止める。そして、笑顔で男性の前に出た。

 

 

「それじゃあ、私のお家で手当てをしますねぇ」

 

「それも結構です」

 

「いえいえぇ、遠慮しないでぇ、ほら行きましょぉ」

 

 

そう言ってリセは男性の腕をつかむと、グイグイ引っ張っていく。

 

 

「ちょっと……!」

 

「このまま貴方を行かせたら、私の気分が悪くなりますぅ。なのでぇ、ほらほらぁ」

 

「……ッ」

 

「私は高岡リセと言いますぅ。貴方ぁ、お名前はぁ?」

 

「山路です。よろしく」

 

「はいー。よろしくねぇ」

 

 

山路はそこで気づいた。

リセからは全く良い匂いがしない。エッチな気分にはならなかったが、なんだか酷く落ち着いた。

そうか、そうだ。違う。無臭じゃない。落ち着く匂いがするのだ。

山路はそこからは拒絶することなく、リセに連れられるがままになった。

こうして一同はひまわりの里に戻り、山路はそこで手当てを受けることに。

しかし服を脱がせて見て分かった。本当になんともない。傷の痕こそあれど、もう完全に塞がっている。

 

 

(どういうこと……?)

 

 

瑠姫は壁にもたれかかり、腕を組んで目を細めた。

一方で椅子に座っている山路を、正和はジッと見つめている。

 

 

「なんであんな所で寝てたの?」

 

「水浴びしてただけさ。それより、キミが俺を見つけてくれたんだよね? どうもありがとう」

 

「別にいいよー。困ったらどんな人間でも手を差し伸べろ。姉ちゃんがいつも言ってんだ」

 

「へえ……。よくできたお姉さんだね」

 

「真面目すぎんだよ。休みとかよくボランティアに行ってるんだぜ? ありえねぇだろ、お小遣いもなしで頑張るなんて、おれはムリ!」

 

 

そこでリセがお茶を持ってきた。

 

 

「どうぞぉ」

 

「リセさん。あなた、落ち着く香りがしますね」

 

「本当ですかぁ? 私ハーブ作るのが趣味で。そのおかげかもぉ。あ、これそのハーブを使ってるんですぅ」

 

 

山路はハーブティを受け取ると、ゴクゴクと。

 

 

「兄ちゃん。もっと味わって飲めよ」

 

 

呆れたような正和を見て、山路はごめんなさいと頭を下げた。

 

 

「ごちそうさまです。とてもいい香りでした。さてと」

 

 

立ち上がる。

 

 

「………」

 

「なにかぁ?」

 

「いや、俺は何をするべきだったのかなと」

 

 

瑠姫がハッとする。もしかして記憶障害? それを言うと、山路は首を振る。

 

 

「いえ、覚えてはいます。覚えてはいるんですが……。なんといえばいいのか、それをするべきなのか。それをする価値はあるのか。そう思ったんです」

 

「???」

 

 

座薬くんを探すことは、山路にとってどれだけ大切なのだろうか?

なんだかいきなりそう思った。それよりももっと今は、この空間にいたい……。かもしれない。

リセの傍にいて、彼女から香る安心する匂いをずっと嗅いでいたい。そう思った。

 

面白い経験だ。山路は自分でもそう思う。

だが考えてみればそれは当然のことなのかもしれない。今までは我武者羅に快楽を追いかけ、ずっとセックスをしてきた。

けれどもオナニーにせよセックスにせよ、射精には凄いエネルギーを使う。

なんだか最近疲れていたし、ここいらで『オナ禁』を挟んでもいいのかもしれない。

 

 

「もし良かったらぁ、この後、みんなでカレーを作るんですけどぉ、山路さんもどうですかぁ?」

 

「いいんですか? 嬉しいなぁ」

 

 

こうして山路は皆と一緒にキッチンに向かうことに。一方で、ふと瑠姫の傍に立つ。

 

 

「え? な、なんですか?」

 

「失礼ですが、貴女の匂いが合わないので、少し距離を取ると思います。不快に思ったらごめんなさい」

 

「はぁ……」

 

 

もしかして臭い? 瑠姫はショックに顔を歪め、それとなく自分の匂いを確認する。

 

 

「いえ、貴女の体臭や服の匂いではありません。心の匂いです」

 

「???」

 

「安心してください。人間誰だって、人を殺したくなる時はあります」

 

 

山路はそれだけを行って出て行った。

瑠姫は青ざめた顔で、しばらくその場に立ち尽くした。

 

 

それから、カレー作りが始まった。

とてもおだやかな時間だった。子供たちはまさに無垢。エッチな匂いなんてこれっぽっちもしない。

山路の股間はピクリともしなかった。

 

 

「たまねぎを切ると涙が出る確率は、100%です……! うぅ、ぐっす!」

 

 

山路はかわりに、たまねぎを切ってあげた。

 

 

「先生ー! 隠し味につかうりんご、食べちゃった!」

 

 

みんなと一緒に笑った。

 

 

「私ぃ、喋り方がおかしいでしょぉ?」

 

 

山路とリセが肩を並べて鍋を煮込んだとき、リセはそんなことを口にした。

 

 

「なんだかぁ、他の人とは少し違ってるみたいでぇ。ゆっくりじゃないとぉ、なんだか上手くいかないのぉ」

 

「へぇ」

 

「だからねぇ、もしもイライラしちゃったらぁ、ごめんなさいねぇ」

 

「別に。違っているからと言って否定するほうがおかしいんですよ」

 

「ありがとぉ、気を遣ってくれてねぇ」

 

「いえ、別に気を遣ってるわけじゃ――」

 

「私はねぇ、世界中の人たちが幸せに、笑顔で暮らせる世の中にするのが夢なのぉ。変かなぁ?」

 

「いや、とても素敵な夢です」

 

「ありがとぉ、だからねぇ、山路くんが笑顔だと、私も嬉しいなぁ」

 

 

なんて素晴らしい人なんだ。山路は感動した。

カレーもできた。味はよく分からなかったが、不味くはなかった。

皿を洗っていると、正和が隣にやってきた。

 

 

「なあお前、姉ちゃんが好きなのか?」

 

 

山路は正和を見た。

 

 

「どうして?」

 

「姉ちゃんと話してるときニヤニヤしてたぞ」

 

「気づかなかったなぁ」

 

「まあ、いいぜ。姉ちゃん今まで彼氏いたことなかったし、あんたでいいや。悪い人じゃなさそうだしな」

 

「嬉しいなぁ」

 

 

ニタリと山路は笑う。ここにいる人たちはみんなクリアで、透き通った匂いだ。

それに皆、助け合って、笑い合って、周りをよく見ている。

山路は居心地のよさを感じた。そういえば昔誰かが言っていた。『好きな人じゃ抜けない』と。

ははあ、なるほど。こういうことなのかぁと、山路は思った。

 

 

最近は理解のある世の中になってきた。

テレビではゲイのタレントがご意見番として活躍し、特殊な体質を特殊と思うことこそが間違いであると誰かが言っていた。

しかしLGBTは認められて、なぜロリコンが認められないのか?

それは最大の差別だ。志亞はずっとそんなことを考えてきた。

 

最近12歳差の芸能人夫婦が紹介されていた。

前田利家だって12歳の奥さんを貰っている。なのにどうして、なんで……。

志亞はなぜ毎日がつまらなかったのか、ようやく分かった。

どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、報われないからだ。

自分の苦しみは誰にも理解されない。それを嘆いていたのだ。

でも今は――……。

 

 

「名前は?」

 

「うん。ベイリーにしよかなって」

 

 

珠菜のやりたいことに、『ペット』を飼いたいというのがあった。

だから志亞はルミと共に町中を探して、なんとか野良猫を見つけてきたのだ。

まだ小さいから、珠菜にはすぐになついた。

 

 

「ゼェゼェ……!」

 

 

志亞はハリケーンがあったからいい。

しかし、ルミは足一つ。しかもご丁寧に出発前に――

 

 

『逃げたら殺す。真面目に探さなくても殺す』

 

 

そう言われていたので、必死に探した。

手に持っていたのは、ザリガニだった。

 

 

「まんさん……」

 

 

志亞の侮蔑に満ちたまなざしを、ルミは一生忘れないだろう。

ザリガニさんには悪いが、握りつぶさんとしたとき、珠菜が笑顔でザリガニを受け取った。

 

 

「ありがとうルミお姉ちゃん! ごめんね、わたしのために」

 

「はう! かわいい!」

 

 

珠菜は水槽を用意して、そこにザリガニさんを入れた。

一方でソワソワとしている志亞。お礼をしてもらえると思っているのだ。

だがそのお礼をなかなか言い出せない。なにがいい? 珠菜が聞いても、しどろもどろ。

 

 

「がまん、しないでね」

 

 

珠菜は慈愛に満ちた表情でそう言った。

その言葉は志亞の脳にまっすぐ届いた。だからお願いした。

 

 

「珠菜たんのお肌と、俺のお肌をくっつけたいの……」

 

 

数分後、志亞は全裸で珠菜のベッドに寝転んでいた。

珠菜のベッドに寝転んでいる。それだけで志亞は果てそうだった。

するとコンコンとノックの音、志亞はそれを合図に目を閉じる。すぐにガチャリと扉が開いて、珠菜が入ってきた。

 

 

「まだ目を開けないでね。はずかしいから……」

 

「う、うん」

 

 

モゾモゾと感触。

 

 

「じゃあ、いくね」

 

「うん……」

 

 

全裸の珠菜は、仰向けに寝ている志亞の上にうつ伏せになった。

要するに二人のお腹とお腹がピトリとくっつく形になる。

肌と肌が、触れ合った。

 

 

「あぐぁあ!」

 

 

射精。

 

 

「え!?」

 

「ご、ごめんっ! 珠菜たん――ッ!」

 

「あぁ、いいの。ちょっとビックリしただけ」

 

 

なんだか濡れた気がする。珠菜はふいに動いた。

動いたら、肌と肌がこすれあう。

 

 

「あぐぁあ!!」

 

 

射精。

 

 

「ご、ごめッッ!」

 

「えーっと、これは確か……」

 

 

珠菜は志亞の部屋で、小さな女の子がセックスするマンガを見せてもらった。

 

 

「気にしないで。だいじょうぶ、だいじょうぶだから」

 

 

そう言って、珠菜は志亞をギュッと抱きしめた。

志亞は目を開ける。かけ布団で隠しているため、肌は見えないが、抱きしめあうことでより強く密着する。

そうしていると耳に珠菜の吐息を感じた。

 

 

「あたたかい、ね」

 

「………」

 

 

あぐぁあ!!!

 

 

「ねえ、志亞さん。他にやりたいこととかある? わたし、なんでもするよ」

 

「――ぃ」

 

「え?」

 

 

志亞は泣いていた。気持ちいいのが、なんだか辛かった。

 

 

「たまなたんと――ッ、うぐっ! ぐす! たまなたんと、おまんこしたいよぉ……! うぅぅぅ!」

 

「っ? そっか?」

 

「うん。したいの。おまんこしたいのぉぉ……。うぅぅぅ!」

 

「いつか、しようね」

 

 

してはいけない。志亞はそう思っていた。

そう思っていたから、岳葉を殴ったのに。

 

 

「おまんこしたいよぉぉぉぅ……!」

 

 

志亞は泣いた。悲しいから泣いた。

 

 

「――ッ」

 

 

部屋の外にいたルミは天井を見つめた。

最悪の時間だった。ルミはちゃんはよく分からないが、ブルブル震えていた。

謎の震えがとまらねぇ――!

 

 

(そもそもアタシって結構人間できてたんだなぁ)

 

 

志亞の泣きじゃくる声が聞こえてきた。そして――、あぐぁあ!!!!

 

 

「地獄じゃあ!!」

 

 

十分後、ルミは珠菜とお風呂に入っていた。

珠菜のお腹辺りを念入りに洗っていると、ふと思い出す。

そういえばお風呂場にいくまでに、お経が聞こえてきたような。

 

 

「あれなに?」

 

「お祖母ちゃんです。自分で作った、クイガミ様に捧げるお経だったと思います」

 

 

珠菜は凄く悲しそうな顔をした。

 

 

「クイガミ様を信じてれば、お祖母ちゃんは幸せになれるって信じてるんです。この世界の全ての悪いことはクイガミ様が原因で、クイガミ様に優しくすれば、悪いことは起きないって思ってる」

 

 

今まではたまたま上手くいっていただけだ。

それを全て神の仕業と信じて、少しでも疑うことを恐れている。

こうして次の偶然を心待ちにしている。次の奇跡を望んでいる。

 

 

「そんなの……、ニセモノなのにね」

 

 

ルミは口を尖らせたまま珠菜を洗った。

とても難しいことを言っている気がしたので、ルミは何と答えていいか分からなかったのだ。

すんません。高卒なもんで。

 

お風呂から出て部屋着に着替えると、二人は珠菜の部屋に戻ろうと歩く。

大きな和室を通りかかったときだ。見知らぬ男性がふたり、近くにやってきた。

 

 

「ね、ねえ、やっぱり黙ってやるなんて、マズイんじゃないかな……、ぬ、ぬふぇ……」

 

「うるせぇ! いいんだよ! だってもうッ、限界なんだ俺は!」

 

 

ルミは揉めている男性に見覚えがあった。そういえば以前、屋敷で見た。

トンボくんはモグラくんを突き飛ばすと、アマゾンズドライバーを装着する。その目はずっと珠菜を見ていた。

トンボくんは半ばパニックになっていた。ただひとつ分かることは、彼は勃起していたということだ。焦りと興奮が体を包む。思い出す。少年院に入った理由を。

 

 

「はじめて見たときから殺したいって思ってた! この手で引き裂きたいってよォ!」

 

 

トンボくんは幼い少女を殺した。殺して、バラバラにした。

 

 

「でもダメだ! それは山路の意向に反する! だから我慢してきたが……! それも、もう終わりだ。終わりなんだ……!」

 

 

こんなに可愛い女の子が近くにいる。それが分かっただけで、もう限界だった。

しばらく抑えていたから尚更だ。ずっとオナニーを禁止していたところに、最高級のおかずがある。

こんなのもう我慢できるわけがない。

殺したい。刻みたい。アマゾンになって、はじめてだ。だからもう興奮する。

おかしい? だってそれが自分だから。それが気持ちいいんだから。

 

 

「俺が俺なのを止めることなんて、できやしねぇんだよ! ゥアマゾンッッ!!」

 

 

衝撃波と熱波が発生し、ルミ達は吹き飛ばされる。

 

 

「うぐっ!」

 

 

ルミは庭に放り出される。

訳が分からないままに体を起こすと、へたり込む珠菜の前にシグマが立っているのが見えた。

 

 

「珠菜ちゃ――ッ!」

 

 

シグマが珠菜に触れようとしたとき、シグマの顔面に拳が叩き込まれた。

苦痛の声をあげながら畳を転がるシグマ。一方で珠菜は後ろを振り返る。

そこには、志亞が立っていた。腰には既にベルトがあり、二つの風車が激しく回転する。

 

 

「安心しろ珠菜! いつだって、どんなときだってッ、オレはお前の王子様になる!」

 

「ッ、はいっ!」

 

「変身!」

 

 

風が吹きすさぶ。

戦闘が始まった。ルミはすぐに珠菜を連れて逃げる。モグラくんも追いかけてくる様子はなかった。

そこでハッとする。もしかして、今は凄いチャンス?

 

 

「珠菜ちゃん! ちょっち電話かして!」

 

「え? あッ、はい!」

 

 

そうだ。一つだけ覚えている番号があった。

 

 

 

ファミリーレストラン。

そこに岳葉と隼世、そして敬喜が座っていた。

敬喜はジットリとした目でミルクティーを啜っている。

 

 

「なんかさぁ、大丈夫? この世の終わりみたいな顔してるヨ?」

 

 

向かいに座っている隼世は疲労が顔に出ている。

ほとんど眠れなかったが無理もない。あれから急いで駅に戻ったが、ルミの姿はどこにもあらず。

必死に周囲を探してみたが、結果は同じであった。

 

 

(もしかして何かに巻き込まれたのかも……。いや、でもルミちゃんのことだし……。いやいや、だって普通だったら連絡するだろ。携帯は持ってなかったけどお金はあるから公衆電話とか……。え? もしかしてアマゾンに――ッ、いや、いやいや! 変なことを考えるな……!)

 

 

吐き気が酷い。考えれば考えるほどネガティブな考えが湧き上がってくる。

 

 

「大丈夫? 涙目だけど?」

 

 

敬喜が岳葉を見た。

 

 

「い、いやッ! そ、それは! 仕方なくて! でもあのそのッ、今はもう一つの話も進めないといけなくて! だからつまりッッ!」

 

 

岳葉の時間が止まった。脳が保身のためにフリーズをかけたのだろう。

敬喜は大きくため息をつく。大きく手を叩いてパチンと音を鳴らすと、二人の意識を覚醒させる。

 

 

「ハッ!」

 

「だからさ、ボクの力が必要なんだよねっ!」

 

「そ、そう! そうだ! えーっと……」

 

 

隼世視点、敬喜は信頼できる。というよりも信頼できなければ困る。

今まで起こったこと、虚栄のプラナリアを中心に事情を説明する。

 

 

「つまりボクの体に、クロスオブファイアってものが?」

 

「ああ。心当たりは? たとえばおかしな老人――、アマダムが接触してきたとか?」

 

「ううん、全然。ある日……」

 

 

そこで敬喜の言葉が止まる。

 

 

「どうしたんだい?」

 

「あー、まあ、しいて言うならね。エッチしててイッちゃったの」

 

「は!?」

 

 

赤くなる隼世。敬喜はばつが悪そうに笑う。

 

 

「そしたらさ、変身できるなって思ったの。そしたら本当に変身できちゃった」

 

 

つまり絶頂の瞬間にクロスオブファイアが着火したと。

 

 

「か、仮面ライダーを今まで見たことは?」

 

「んー? まあ、知ってる程度には。でも放送を見たことはほぼ無いよ」

 

「そう、か。まあいいや。とにかくキミと協力したい」

 

 

今はアマダムとは別の何かが動いている。

既に犠牲者も多く、アマゾンに至っては敵対すらある。

 

 

「いいよ。ボクも水野町が物騒になるのは困るからネ」

 

 

敬喜は微笑む。が、しかしすぐに笑顔を消した。

 

 

「知り合いも何人か巻き込まれてる。牛松さん、黒田さんも。何か手がかりは?」

 

「……申し訳ない」

 

「しっかりしてよ。それがキミたちの役目でしょ」

 

 

言い返せない。隼世は頭を下げるしかできなかった。

 

 

「だから敬喜さん。この事態を終わらせるためにも、改めてお願いする。あなたもバルドに来てくれないかい?」

 

「了解了解。あ、婦警さんの制服が着たいから、よろしくネ!」

 

 

そこで敬喜はアマゾンの情報を求めた。隼世は山路について知ってることをいくつか教える。

 

 

「ヤツは特殊な嗅覚を持ってるようだった。まるで、その――……」

 

「?」

 

「いや、アイツは異常者だ。何を言われても無視してくれ」

 

 

そこで敬喜は寂しそうな表情を浮かべた。

 

 

「……普通じゃない人が言うことは、全部間違ってるのかな?」

 

「え?」

 

「あ、いや! なんでもないよっ!」

 

 

隼世は何かを間違った気がした。だから説明することにした。

山路は犯罪者を見分けることができる。そして隼世に向かって言った。

中途半端なアンタじゃ勃起しないと。それを聞いた敬喜は呆れた表情で、笑みを浮かべた。

 

 

「ああ、それは無視していいかも……」

 

 

敬喜はジュコーッと音をたててミルクティーを飲み干した。

 

 

「あと、敬喜さんに一つ、覚えておいてほしいことがあるんだ」

 

「ん? なぁに?」

 

「仮面ライダーは正義のための力だ。自己満足のために使ってはいけないし、人のために使うべきなんだ」

 

「んー、ボクはそうは思わないケドなぁ」

 

「え?」

 

「一応調べたよ。ライダー、変身できるようになったからね?」

 

 

敬喜は立ち上がる。

 

 

「仮面ライダーが正義の味方だったときなんて、一回も無いでしょ」

 

「それはキミがちゃんと放送を見たことがないから――」

 

「恋は盲目ってね! じゃ、おかわり取ってくるね!」

 

 

敬喜はウインクを行うと、ドリンクバーへ向かう。

隼世は何を言われたか分からず、しばらく固まっていたが、やがて携帯が震えていることに気づいた。

ディスプレイには翠山家の表示があった。通話をタップすると、ルミの母が出た。

一瞬ゾッとする。まさかルミの身に何かあって、それで連絡してきたのではないか。隼世は頭の中が真っ白になり、涙が滲んできた。

 

しかし内容は全く違うものであった。

まず翠山ルミは、一つだけ電話番号というものを覚えていた。

自宅? いやそれは市外局番が分からない。警察? 逆に3ケタって難しいよね。

そんなわけで忘れてしまっていたが、ピンと来る。

 

それは翠山家から徒歩十分ほどのところにある松原寿司の番号である。

昔からお世話になっているお寿司屋さんで、出前を他の店より安くしてくれるのだ。

ルミはお寿司が大好きなので、そこのヘビーユーザーであった。

 

インターネット予約をしていないので、ルミは毎回電話をかけていた。

なぜ登録していないのか? それは番号を一つ一つ押すなかで、何を食べようかを真剣に吟味しているのだ。

ポンと押してプルルルとかかってしまっては、覚悟が決まらないうちに注文へ入ってしまう。

こうしてルミは大将に連絡を入れると、自宅に連絡を繋いでもらったのだ。

そして自分がいる場所を、隼世に伝えて欲しいと。

 

それはルミのあくなき食欲がもたらした活路であった。住所は珠菜が教えてくれたので、それを言う。

隼世はすぐにレストランを飛び出した。サイクロンをスピード全開にして走ること数分、大きな屋敷が見えてきた。

 

すると丁度そのときだ。門からシグマが手足をバタつかせて吹き飛んでくる。

地面に叩きつけられると、変身が解除され、トンボくんは上ずった声をあげながら逃げだした。

確保するなら今だ。隼世はバイクから降りると、トンボくんに向かって走り出そうと――して、やめた。

横を見ると、V3が見えた。

V3の向こうにルミが見えた。

 

 

「ルミちゃん!」

 

「イ゛ッヂィイイイイ!」

 

 

ルミはラグビー選手顔負けのタックルで隼世にブチ当たっていく。

 

 

「あいだがっだよ! いぢはらぐぅうぅぅんッッ!!」

 

「よ、よしよし! 怖かったね。あぁぁ本当に良かった」

 

 

隼世はルミを抱きしめると、全身の力が抜けるのを感じていた。

本当に良かった。心のどこかでもう会えない気がして、昨日の夜はわりと本気の調子で泣いた。

 

 

「ん?」

 

 

気づく。ルミの大きく露出した腕に青あざがあった。

先ほどシグマの変身時に発生する衝撃波で吹き飛ばされ、柱にぶつけたのだが、隼世には分からない。

そうしているとV3が鼻を鳴らす。

 

 

「おいまんこ、まさか逃げる気か?」

 

「は!? まッ、ま――!?」

 

「ひぃぃ!」

 

 

ルミは隼世の後ろに隠れると、ガクガク震え始める。

そこで隼世の表情が変わった。

 

 

「V3ッ? お前、志亞か! まさかルミちゃんに何かしたんじゃないだろうな!」

 

「オレが? そのまんこに? 冗談だろ?」

 

「……おい、なんだそれは。女性器の名前を口にするのは止めろ!」

 

「……まんさん」

 

「さんづけしてもダメだ!」

 

「……まんのもの」

 

「言い方を変えてもダメだ!」

 

「……ま~ん(笑)」

 

 

隼世は思わず地面を殴りつける。

話にならない。どいつもこいつも――! もはや隼世は限界だった。

 

 

「どこまでもライダーをバカにしやがってぇえ……!」

 

 

ライダーベルトが装着される。風車が回り、烈風が隼世に纏わりついた。

腕を真横に伸ばし、大きく旋回させて変身ポーズを取る。

するとベルトから光が発生し、一瞬で隼世の姿が2号に変わる。

 

 

「V3! 貴様を拘束する!」

 

「やってみろ。前のオレとは違う!」

 

 

走る二人。拳がすぐに交差した。

お互いの胸に直撃した一撃、互いは地面を滑りながら後退する。

しかしすぐに地面を踏むと、またお互いにぶつかっていく。蹴りを弾き、手刀をいなし、二人は屋敷のまえにある空き地に場所を移す。

 

 

「シークレット26」

 

 

殴りあう中、V3が口にした。

文字通り26の特殊能力が備わっているのだ。変身したばかりは分からなかったが、クロスオブファイアが体に馴染んでいくなかでその全貌が明らかになってきた。

V3は2号の足裏を受けて大きく後ろに吹き飛んでいった。いや、これはただのバックステップだ。着地すると、腕をクロスさせて走り出す。

するとどうだ。クロスさせた腕に赤いVのエネルギーが浮かび上がる。

ナンバー15・細胞強化装置・クロスハンド。

 

 

「いいだろう! 僕が全部受け止めてみせるッ!」

 

 

2号は一旦地面を土や石をつかみ、V3に向かって投げる。

すると石がVのエネルギーに触れた瞬間、蒸発して消えうせた。

あれを受けるのはマズイか。2号は大きく跳躍し、V3の頭上を取った。

しかしV3も既に攻撃をキャンセルして次のナンバーに移行していた。

25・レッドボーンリング。V3が巨大な赤い車輪に変わると、上空へ発射。高速で空に打ちあがって2号へ直撃する。

 

 

「ぐあぁあッ!」

 

 

隼世は仮面ライダーが好きだが、昭和ライダーの知識は薄い。

だからこそ判断が鈍る。立ち上がった彼に、次なる秘密が襲い掛かった。

ナンバー22・フリーザーショット。V3の触覚から冷却光線が発射され、2号に命中。体が凍り付いて動きが止まる。

そこへ襲い掛かるナンバー14・レッドボーンパワー。エネルギーを一転に集中させ、そのまま発光する右腕のパンチを叩き込んだ。

 

 

「ぐあぁあああ!」

 

 

氷が粉砕され、2号は大きく吹き飛んで地面に墜落する。

 

 

「どうだ? オレの力はお前を超えているんだよ」

 

「そんなことが――ッ!」

 

 

2号は力を込めて立ち上がろうとする。

 

 

「さあ、まだまだ秘密はある。お前に耐え切れるかな?」

 

「ぐ――ッ! ぐあぁ!」

 

 

肘が折れ、再び2号は地面に倒れる。

気合を入れて立ち上がろうとするが、ガクンと体が崩れて、また倒れた。

 

 

「……ん?」

 

 

風が吹く。2号は隼世に戻っていた。

 

 

「あれ?」

 

「お?」

 

 

V3が止まる。 戦いを見ていたルミも固まる。

 

 

「え? いや、あの、まだ秘密……。全部受け止めてみせるって、今――ッ」

 

 

V3はしばし沈黙。一同、しばし沈黙。

分かっていることは、隼世は変身が解除され、地面に転がっていることだけ……。

 

 

「イッチーよわっ!」

 

「弱すぎワロタ!」

 

 

凄まじい残酷な言葉であった。思わずのけぞるルミと、嘲笑のV3。

まだ少ししか力を出していないのに、完全に2号はグロッキー。もはや勝負がついてしまった。

そりゃあ思わずV3からネット用語も出てしまうというもの。

とはいえ、一番納得できないのは隼世であった。

 

まさか負ける? あんなふざけたヤツに?

そんなのはプライドが許さなかった。隼世はかつて本物の仮面ライダーになれたと自負している。

それがあんな女性軽視のロリコン野郎に負けるなんて絶対にあってはならないのだ。

隼世は雄たけびをあげ、体の痛みを全て無視する。

そして再び己の中にあるクロスオブファイアに薪をくべ、激しく燃え上がらせた。

 

 

「変身――ッッ!」

 

 

2号に変わると同時に、前に出る。

そして両足をそろえて地面を蹴った。

 

 

「ライダーッッ!」

 

 

前宙を行いながら左足を前に突き出す。そこへ纏わりつく紅のエネルギー。

一方で両手を広げるV3。緑の複眼が発光し、彼もまた飛び上がって右足を突き出す。

 

 

「キック!!」

 

 

ぶつかり合う足と足。

凄まじい衝撃を感じ、2号は吹き飛ばされる。

 

 

「うぐッ!」

 

 

着地ミス。しかし相殺はした。V3だって今頃――……。

そこで2号は見た。反動を利用して空中を大きく舞ってバク宙。反転して戻ってくる『足』を。

V3反転キック。足裏が2号へ叩き込まれ、再び吹き飛びながら変身が解除される。

地面に叩きつけられた隼世はもはや立ち上がることさえできなかった。一方で華麗に着地を決めたV3は、呆れたように首を振る。

 

 

「あんなクソビッチまんこと付き合ってるから弱いんだよ……」

 

「うる――ッ、さい! 黙れッ! これ以上の暴言は許さないぞ……ッ!」

 

「そんなことより、珠菜ちゃんを襲った化け物はどうなった?」

 

「ッ!」

 

 

隼世はそうだったと激しい後悔を。

ルミに気を取られ、志亞に気を取られ、もっとも重要なシグマの確保に失敗した。

 

 

「アンタ、最低だな」

 

 

V3は変身を解除すると、冷たい目で隼世を睨む。

 

 

「もしもアイツが逃げた先でまた誰かを狙ったら、それはアンタのせいだぞ」

 

「ぐ……!」

 

「一時の感情に支配され自分勝手な怒りを振りかざす。責任から目を背けて、仮面ライダーが聞いて呆れる」

 

「ふざけ――」

 

「言い訳している時間があったらもっと全うな大人になれよ。ちゃんとしてくれよ」

 

「ふざるな!! お前がそれを言うのか!」

 

「ああ。じゃあなんだ? アンタの大切なライダー論とやらを聞かせてくれよ。どうせ幼稚な内容なんだろ? そんなもの大切にするより、もっと現実を見ろ」

 

「もういい! もうたくさんだ! そもそもキミは僕よりも年下だろ! 敬語を使え!」

 

「ハァ。あのまんさんにて、このちんさんありだなぁ」

 

「普通に喋れないのかお前は!!」

 

 

そこで珠菜がフラフラとやって来た。

 

 

「あ、あのっ! どういう状況か分からないんですけど……! 喧嘩だったらやめてほしいです……! みんな、仲良くしてほしいですっ」

 

 

珠菜が訴えると、志亞は笑みを浮かべる。

 

 

「喧嘩じゃないよ珠菜ちゃん。ちょっと……、意見がぶつかっただけさ」

 

 

志亞は歩き、うつぶせになっている隼世に手を差し伸べた。

 

 

「どうぞ」

 

「触るな!」

 

 

隼世は志亞の手を弾くと、必死に体を起こそうと試みる。

だがダメだった。再び崩れ落ち、あごを地面に打ち付ける。

 

 

「最低だなアンタ。なんて格好悪いんだ」

 

 

志亞は軽蔑のまなざしを向けると、隼世を無視して立ち上がる。

一方でルミは隼世に駆けよると、肩を貸して立ち上がる。

 

 

「ごめんね珠菜ちゃん。今まで楽しかったよ。アタシは彼と一緒に帰るね」

 

「あ……」

 

 

珠菜は残念そうな表情を浮かべたが、やがて頷いて手を振った。

ルミも手を振って、隼世と一緒に屋敷から離れていった。

 

 

「行こう珠菜ちゃん。どうせ――、いつかは別れる人だった」

 

「そう、だね。うん、うん……」

 

「他にもやりたいことはあるんだろ。それをしよう」

 

「うん。わたし、違う味のタピオカ飲みたい……」

 

 

珠菜たちも、ルミたちを追いかけることは無かった。

 

 

 

 

 

 

「うん! うん! そう、お姉ちゃんのところにも変な人いるんだ。本当に変な人ばっかりだよね。え? アタシも変? うん、うん、分かってる。やめてよ褒めても何もでませんって! たははは――! なんてな! おら! アタシだってそこまでバカじゃねぇ! なんだ変って! いいか、本当にヤバイ奴だったんだからな! じゃあねお姉ちゃん。後でね!」

 

 

ルミは携帯を切った。

二人はあれから公園に寄っていた。ルミは姉や岳葉に無事を連絡しており、隼世は先ほどコンビニで購入した栄養ゼリーを飲んでいた。

先ほどの戦いは……、何かの間違いだ。ルミのことが心配で眠れていなかったのが悪かったか。

とにかくあんなヤツに負けただなんて、隼世のプライドが許せなかった。

 

 

「ありがとイッチー、じゃあそろそろ行こっか」

 

「うん。ホテルに案内するよ。携帯とかもそこにあるから」

 

「わーい! あーあー、しばらく貴重なログインボーナスが……」

 

 

立ち上がる二人。

公園を出ようとすると、ルミはゴミが落ちているのを見つける。

コンビニの袋の中に弁当や空き缶が入っている。二人はそれを見ながら、公園を出た。

出た。出た……。でた?

 

 

「見逃すなんてらしくないね」

 

「ん? どうしたんだい、ルミちゃん」

 

「イッチー、拾わないの? ゴミ」

 

「え?」

 

「いや、ほら、いつもはバカみたいに拾うじゃん。いつものイッチーらしくないなぁって」

 

「………」

 

 

隼世はしばし沈黙すると、にこりと笑った。

 

 

「そうだね。ゴミは捨てないとね」

 

 

隼世はゴミを拾うと、コンビニに戻ろうと歩き出した。

ルミはそこでハッと表情を変えて立ち止まる。

 

 

(あっちゃあ……、アタシが拾えばいいだけじゃん)

 

 

一方の隼世はコンビニに戻る間に、またゴミを拾った。空き缶だ。

しばし歩く。次はペットボトルを拾った。ずいぶん行儀の悪い町だ。

なんでこんなにゴミが落ちている? なぜ捨てない? おかしいだろう。捨てる理由がない。ゴミ箱なんて家にある。店にもある。外に出るんだったら目的地がある。そこで捨てればいいだけだ。車? いやいや、ゴミ箱くらいあるだろう。なかったとしても、おいておけばいいだけだ。

 

でもこうして、確かにゴミが落ちてる。

わざとか。もちろんわざとだ。面白がってる? それは分からない。けれども一つだけ分かるならば育ちの悪いクズだということだ。

ゴミを捨ててはいけない。そんなの子供のときに教わる話だ。

簡単で、分かりやすくて、そんなものを守れないようなヤツはよっぽとだ。

 

待て、まさかガイジか?

可能性はある。むしろ高いほうだ。ゴミを捨てるようなヤツは、どこか脳みそに異常があるとしか思えない。

あ、またゴミだ。どんだけ捨てるんだよガイジか? ガイジだろ。ガイジだよな。

いずれにせよこれくらいのマナー一つ守れないようなヤツは、生きていても周りに迷惑をかけるだけだ。周りを不快にしてはいけない。そんな常識さえ覚えられないようなヤツは――

死ねばいい。

 

 

「………」

 

 

隼世はゴミ箱にゴミを捨てる。

当然のことをしただけなのに、なんだか無性に腹が立った。

なんで見ず知らずのクズのせいで、手が汚れなきゃいけないんだ。気づけば隼世は思い切りゴミ箱を蹴っていた。

周りがビクッとして隼世を見る。

隼世は申し訳なさそうに頭を下げ、そそくさと場を離れた。

それを見ていたルミは、複雑そうな表情で隼世の背中を撫でた。

 

 

「大丈夫イッチー? おっぱい揉む?」

 

「うん。ん……? んッ!?」

 

 

隼世は真っ赤になってルミを見る。彼女はニヘラと笑った。

 

 

「前にネットで流行ったヤツ。どうですかお兄さん、ちょいとひともみ」

 

「い、いや! 結構です」

 

 

ルミは隼世に飛びつくと、背中におぶさる。

 

 

「ね、あの、市原くん。今日の夜はそっちに泊まってもいいんだよね?」

 

「う、うん」

 

「その、ね、エッチする?」

 

「え!?」

 

「だ、だって! 久しぶりに会えたことですし……!」

 

「一日くらいだけど……」

 

「アタシにとっては久しぶりなの!」

 

 

ルミはギュウっと隼世を抱きしめる。

隼世は真っ赤になって笑みを浮かべていた。

 

 

「あんまり頑張りすぎないでね。辛かったらアタシに言えよ。ルミ様が手伝ってあげるから」

 

「うん、ありがとう」

 

「なんか食べにいきますか? アタシ、ドリア風ミラノ食べたい!」

 

「うん……、うん。ミラノ風ドリア」

 

 

二人は照れながら、少しずつ前に進んでいった。

 

 

 

 

一方、歩みを進めるレジェンドライダー。

映司はアンクを求めていた。マンコも映司を求めていた。

これはある意味友情を超えた――

 

 

………。

 

 

「ん?」

 

 

マンコ?

 

アンク?

 

餡子?

 

餡子!?

 

餡……。

 

 

 

 

おもちか? いや、おもち……? おち――ッ? おちち?

おちち! おち? おちんこ? おちんこ!

 

 

「マンコおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

海に向かって叫んだ。

 

 

「変身ッッ!」「タカ! トラ! バッタ!」「タ・ト・バ! タトバタ・ト・バ!」

 

 

ライダーは助け合いでし!

 

 

「でしッッ!!」

 

 

 

おわり







『言い訳している時間があったらもっと全うな大人になれよ。ちゃんとしてくれよ』

『最低だなアンタ。なんて格好悪いんだ』


おめぇにだけは言われたくねぇよ(´・ω・)


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第7話 パネスはキミに死ねと言ったか

 

 

さて、協力するとは言ったが、いろいろ手続きまでは少し時間がかかる。

岳葉が滝黒と捜査を行っている間、敬喜は暇なので一旦アリスカフェに戻った。そもそも今日は休みだが、まあいいだろう。

 

 

「ねえチョコちゃーん、店長いるー?」

 

「ケーキちゃん! 店長さんはね、午後から来るって!」

 

 

休みだから会えないと思っていたが、会えた。

チョコちゃんは嬉しそうに微笑んだが、すぐにシュンとなる。

敬喜は唸った。最近チョコちゃんの元気がないことだし……。ここは一つ、元気付けてやろう。

 

 

「よし! ちょっと手を出して! 最近ネイルの勉強してるんだ! やってあげるね!」

 

「い、いいの!?」

 

「もちろん! あ、でも失敗したらゴメンネ?」

 

「ううん! 全然っ! どれだけ失敗してもいいよ!」

 

 

ネイルが好きなメンバーがいるので、事務所にはゴチャゴチャと道具が置いてある。

敬喜は手早くチョコちゃんに教えてもらったネイルを施した。

30分ほど経てば、それなりに見せられるレベルにはなった。

 

 

「凄いねケーキちゃん!」

 

「どうかな? チョコレートネイルってヤツなんだけど」

 

 

文字通り、高そうな箱に入っているようなチョコレート柄である。

チョコは嬉しそうに微笑み、キラキラした目で爪を見ていた。

 

 

「じゃーね、午後にまた来るねー」

 

 

敬喜はそのまま自宅に戻った。

部屋では涼霧が良神のパンフを読んでおり、敬喜を見つけると抱きついてくる。

それからなんやかんやあって、二人は全裸で絡み合っている。

 

 

(相変わらず押しに弱い……)

 

 

まあいいか、ケーキは仰向けになって天井を見つめていた。

 

 

「なあケーキ、どうだったんだ?」

 

「なにが?」

 

「いろいろ。ライダーの事とか」

 

「まあ、協力することにはなったヨ」

 

「オレにもなんかできる事ある?」

 

「ありがと。でも危ないからいいよ」

 

「力になりたいんだよ敬喜の!」

 

「ふーん、どして?」

 

「どうしてって……」

 

 

涼霧は無言だった。無言で敬喜の胸をなめている。

 

 

「バカ。真面目な話してるのに!」

 

「うッ! だ、だって何か凄いよ。また良神の?」

 

「うん。乳首に味つけられるの。いいでしょ? イチゴ味」

 

 

部屋の隅にはいろいろな薬や、クリームの空き箱が転がっている。

敬喜は涼霧を抱きしめると、目を細める。

 

 

「パンフレット、よく見てるよね。最近……」

 

「オレ、さ。あそこで手術しようと思うんだ。後払いでも良いって言ってくれたし」

 

 

牛松や黒田がいなくなった今、悪い評判も流れ始めている。

顧客の確保には必死になのだろう。そもそも良神とは元々そういう場所だ。

金はもちろん請求されるが、分割や後払いでもいい。全ては院長の矜持があってこそ。

人は惨めな毎日を送るべきではない。ありのままで生きてこそ、真の自分になれる。そこには本当の価値がある。価値が生まれると……。

 

 

「そこまでして男になりたいんだ」

 

「……ああ。そもそもオレは男だから」

 

 

ずっと嫌だった。ひな祭りも、かわいい格好も。

こいのぼりが良かった。プリキュアごっこじゃなくて、仮面ライダーごっこがしたかった。

何故かなんて考えたこともない。たまたま男性器がついてなかっただけだ。

涼霧は涼霧としていきたかった。そのためにはまず『女』が邪魔なんだ。

 

 

「ボクにはよく分からないな。なんかどっちでもいいし。男でも、女でも、楽しくて可愛くて気持ちよかったらオールオッケーだよ」

 

 

敬喜の悪戯な笑みは酷く妖艶で、涼霧は一気に引き込まれた。

割と、しているからか、割と、分かる。

五分もしないうちに事後になった。寝転ぶなかで、涼霧は敬喜の頬に触れる。

 

 

「そろそろキスしてもいい?」

 

「えー? ボク、キスはやだなぁ」

 

「どうして?」

 

「何か嫌。ちょっと潔癖気味なんだよね」

 

 

敬喜は立ち上がると、シャワーを浴びに行く。

さっさと終えて出てくると、涼霧はスヤスヤ眠っていた。

敬喜は呆れたように笑うと家を出た。

 

 

向かったのは病院だ。

フルーツを持っていくと、顔色の悪い父は嬉しそうに笑った。

 

 

「あら、おいしそうなイチゴね」

 

 

小太りだった父も、今はやせ細っている。

『プリコ』、それが父の名前だった。もちろん本名じゃない。水野町のゲイバーを営んでいた頃の源氏名だ。

おおらかな人だった。派手なメイクをしていて、いろいろな人に慕われていた。敬喜も幼い頃、お店の人たちに可愛がられていたのを覚えている。

お店にはいつも笑い声があふれていた。敬喜はあの場所が好きだった。

敬喜には母がいなかった。けれども父は、毎日ごはんを作ってくれたし、服がやぶけたらお裁縫で直してくれたし、学校行事にも欠かさずお店の人たちと一緒に来てくれた。

 

 

『あたしは凄いのよ敬喜ちゃん。お父さんとお母さんが合体した、スーパーマンなんだから! パパかあちゃんと呼びなさい!』

 

 

敬喜は頷いた。

父は性にもおおらかな人だった。よく分からないが、ぽっちゃりした父が好きだという人は一定数いるらしい。

お店で盛り上がるとお客とキスをしていた。舌を絡め、父はウットリとした顔をする。

 

敬喜は父が取られたような気がして、あの顔を見るのは嫌いだった。

父は敬喜が眠っている間、家をあけることが多かったが、何をしているのかはまだ分からなかった。

お客やスタッフが、『プリコは上手いらしい』、『プリコの喉テクは凄い』、『プリコは締りが――』などと言っていたが、意味は分からなかった。

父はよく女装をしていた。敬喜は父が大好きだったので、やってみたいと言うと、父はとても喜んでくれた。

 

 

『流石はあたしの息子ね! 世界で一番かわいいわ!』

 

 

敬喜はもっと可愛くなろうと思った。

良神クリニックができると知ると、父はとても喜んだ。もっと可愛くなれるし、もっとキレイになれる。

それに父は女性になりたいようだった。レベルの高い手術は海外でないと受けられないが、良神院長はその技術を遥かに超える腕を持っていると有名だった。

 

夢が叶う。父は喜んだ。敬喜も喜んだ。

もしも父が母になったのならば、お祝いに遊園地に行こうと約束した。焼肉とケーキをお腹いっぱい食べようと約束した。

しかし良神クリニックが建設されているなか、父は具合を悪くした。

お店の人が言っていた。父はゴムが嫌いで、必ずナマが良かったと。

 

 

『あれほどやめておけって言ったんだけどねぇ』

 

 

ヤバ交尾がどうとかこうとか。陽性がどうとかこうとか。

敬喜には良く分からなかったが、教えられたのは父がエイズという病気になってしまったということだ。

早めに見つかっていたら、まだ良かったのだが、父はそれなりに進行してからの発見だったため、深刻な状況ではあった。

 

とはいえ現代医療においてエイズは結核と同様、確実に死ぬ病気ではなくなった。

お金はかかるが、投薬を続けることで進行を限りなく抑えることができる。

しかし一方で父は相当多くの人間と関係を持っているようだった。他にもいろいろと性病を患ってしまい、症状は重い。

延命はできるが完治はできず、先もそれほど長くはないようだった。

 

後悔しているのか?

それを聞くことはあまりにも残酷なので、敬喜には触れることはできない。

エックスになったことも、心配させるからと言ってはいなかった。

私生活のことだって……。

 

 

「敬喜ちゃん。恋人でもできた?」

 

「ん? どうして?」

 

「ますますキレイになってるわ」

 

「それは当然だよ。お父さんの子供なんだから」

 

「あら嬉しい」

 

 

そこで敬喜は張り付くような笑みを浮かべる。

父の元気はない。あとどれくらいこうして話せるかも分からない。

だからこそ、いくつかは聞きたいことがある。

 

 

「ねえお父さん」

 

「なぁに?」

 

「お母さんって、どんな人だったの?」

 

 

沈黙があった。今までずっと聞かれなかったことだ。何かあったのだろうと察する。

しかし今まで、敬喜がいろいろ気を遣ってくれたことは知っている。

だからこそプリコは事情を聞かなかった。

 

 

「可哀想な人だったわ。あたしの従妹だったのよ」

 

「好きだった?」

 

「ええ。頭がおかしいところがあって、面白かったから」

 

「どうしてボクを捨てたの?」

 

「……はじめから拾ってもなかったのよ」

 

「でもセックスはしたんでしょ?」

 

「ええ。苦行だったわ。あたしは入れられる方だから、必死に好きなマッチョを想像してなんとかね」

 

「なんで?」

 

「抱いてほしいっていうから、同情で抱いたのよ」

 

 

プリコは窓の外を見る。

 

 

「あたしにとってケツハメ……、じゃなくってセックスはただの嗜好品。でもあの子は違った。愛されている証だったのよ。セックスをすればその人は絶対的な愛を注いでくれるって信じてた。でもそんなのは嘘っぱちよ。あの子も気づいたんでしょうね、あたしはあの子にとってただの……」

 

 

続きを口にすることはなかった。

敬喜の母も夢から覚めたのだ。そして前に進むために出て行った。

 

 

「最近、会ったことある?」

 

「いえ。もう随分……、あたしがエイズになってから一度だけ」

 

 

プリコの姿を見て、泣きながらお金を差し出してきた。

受け取れないと突っぱねた。プリコはたった一言聞ければ、それで良かった。

 

 

「幸せ? って、聞いたら幸せだって。新しい男と結婚したみたい」

 

「……ふーん」

 

「ムカついたから、やっぱりお金は頂くことにしたわ」

 

 

敬喜は母を見たことが無かった。写真もない。物心がついてからは一切の記憶がない。

 

 

「キレイな人?」

 

「ゴミブスよ。あたしの遺伝子が無かったら敬喜ちゃんゴリラみたいになってたわよ」

 

 

二人は笑った。

敬喜は病室を出ると、食堂でうどんを食べてアリスカフェに戻る。

店長にはしばらくお店をお休みしますと伝えなければ。流石にアイドルをやりながら、ライダーをやるのは疲れる。

 

 

「………」

 

 

敬喜は海沿いの道を歩く。潮風に髪が靡くなか、彼は考えごとをしていた。

なぜ母のことを聞いたのだろうか? 自分でもよく分かっていない。

会いたいのか、会ってどうするのか。これは怒りなのか、それとも悲しみなのか。

 

敬喜は父の医療費や、生活費、そして自分をきれいにする為にお金が欲しかった。

だからいつからかセックスをしてお金を貰うようになった。

キレイな女性はたくさんいるが、敬喜のようなタイプはなかなかいない。

たちまちアイドルになった。もっとも相手は慎重に選んだ。今はネットで簡単に秘密が暴露される。だからこそ信頼できる相手かは重要だ。

 

逆に言えば、条件はそれだけ。お金さえくれれば誰にだって抱かれた。

敬喜も気持ちいいのは好きだ。ゴムはしてもらうし、検査もしてる。

セックスをしてお金がもらえるなんて、便利でいい。

あと、しいていうなら……。

 

男性に抱かれると、父が許されるような気がした。

絶頂するたびに父の容態が良くなるような気がした。

もちろんそんなものは、まやかしだ。でもそれでも敬喜は求めるしかなかった。

あとは快楽が頭の中を真っ白に塗りつぶしてくるのが好きだった。そうすれば何も考えなくて良い。

ほんの数秒、敬喜は世界から離脱できる。父との楽しい思い出も全てがまっさらになる。それが好きだった。

 

 

「………」

 

 

心のどこかに冷めた自分がいる。

そんな自分がいる限り、自分は自分じゃない。

自分が嫌いな自分は自分じゃない。だから自分はまだ自分になれない。

敬喜のなかにいる冷めた自分が呟く――。異常者と。

 

男色が存在するからなんだという。

男は女を抱き、女を孕ませ、子孫を残す。それが普通だ。それでいい。お前だってそれを望んだだろうが。

そんな自分がいることは事実だった。だからそんな自分は、涼霧に抱かれると安心して眠る。

 

追憶の泉。冷たい水の中。

暗い底で自分たちが抱きしめあえば、水面は波紋ひとつ残さない。

敬喜は涼霧に抱かれたくなった。彼女が持っている間抜けな玩具で絶頂したくなった。

父はもうすぐ死ぬ。気づけば敬喜は店の前に立っていた。頬をパチンと叩くと、満面の笑みを浮かべてみせる。

 

 

「やっほー! みんな! おつか――」

 

 

可愛らしい店の壁や装飾品は血にまみれ、食器やテーブルには臓器が引っかかっている。

酷い悪臭も、呆気に取られちゃ気にならない。

床の色は赤色だったっけ? 違う。全て血で埋まっているだけだ。

 

 

「あ、あぐっ、あぐじゅ……!」

 

 

ドアノブと握手している腕だけがあった。

すぐ近くには体が転がっている。お客さんや、メンバー。

可愛い衣装が引き裂かれて小腸や大腸が零れている。

 

顔の上半分だけの女の子もいた。

目が合った。そうだ、ネイル教えてくれてありがとうって伝えないと。

敬喜は前に出て、つまずいた。

腕が落ちていた。一本、右腕が落ちていた。すぐ近くには左腕があった。

見覚えがあるので、よく見てみる。チョコレートネイルが可愛らしい。

 

 

「あぐじゅ! み゛んな゛ど、あぐじゅ!」

 

 

みんなすぐに赤くなった。

最後の一人はガクガクと震え、許してください、助けてくださいと叫んだ。

僕はただ握手がしたいだけなんです言うと、握手してくれると言った。握手をした。

指がなくなって、泣き叫んだけど、握手がしたくなって、握手をしてくれてありがとうって肩をたたいたらズブズブ入って気持ちいい。

ほっぺが柔らかそうに見えて、触っていいですかって聞くと、何かを叫んだけど聞き取れなくていいよと言われた気がしました。

柔らかかったなぁ。嬉しいなぁ。みんなと握手。

ファンじゃなかったけど、推しになります。ねえ、マッコリさん。

 

 

「あ、あで!? あ゛れ゛ッ!?」

 

 

豹柄のダサいジャケットを着た男が振りかえる。

前にいたマッコリ姉さんが血まみれで倒れた。

指がなくなっていて、髪――、というよりも頭皮の一部がめくれていて。

口が裂けていた。

 

 

「げ、げぇぎぢゃん! あい゛にぎだよ!」

 

 

敬喜は奥に倒れている女の子を見た。

はじめは誰か分からなかった。顔がジャギジャギだ。

まるで赤いペンでジグザグを描いたように塗りつぶされて――、斬り潰されていた。

両腕が無かったし、両足も……、かろうじて肉や皮で繋がっているだけで、骨は切断されていた。

敬喜はそれがチョコちゃんだと、ようやく気づいた。

 

 

「わー……、波佐見さん。会いに来てくれたの?」

 

「ヴン! 見で! ボギュ! がっごよぐなっだでじょ!?」

 

 

波佐見の両腕は鋭利な刃物になっていた。これは、(ハサミ)だ。

かつて両手がハサミになっている登場人物が出てきたシザーハンズという映画があったが、まさにそれにソックリだった。

 

 

「ゼ、ゼッグズざぜでぐれる!?」

 

 

目の焦点は合ってない。敬喜の心も定まっていない。

ただジッと、今は勃起している波佐見の下半身を見る。

 

 

「ねえ波佐見さん。いいけど、その前に貴方のオナニーが見たいかも」

 

 

波佐見は頷くと、自分のブツを握り締め――

 

 

「あ゛、あ゛れ゛!? お、おぢッ! おぢんぢんどれじゃっだ!? あで!?」

 

「………」

 

「い、いだだだだだッ! いだい゛ッ! いぎっ!」

 

 

そこで敬喜は全てを理解した。

エックスに変身すると、ライドルスティックで波佐見を殴りつける。

殴る。殴る。ライドル脳天割り。波佐見の頭が凹み、目が飛び出して、鼻からは大量の鼻水と血液が飛び出した。

 

 

「テンメエエエエエエエエエエッッ!」

 

 

エックスは怒りの吼え、思い切りライドルを振り下ろした。

頭が砕く音が聞こえ、すぐに波佐見は動かなくなった。

死んだのだ。変身を解除すると、気づく。

まだマッコリ姉さんの息がある。敬喜は青ざめ、上ずった声で叫びながらも、とにかく助けを求めた。

仮面ライダーに誰かを治療する力は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「生存者は二名です」

 

 

お客さんも、仲間も、店長も、波佐見さんも、みんな死んだ。

しかし生きてる人が二人だけ。マッコリ姉さんとチョコちゃんだ。

かなり危ない状況ではあったが、マッコリ姉さんは被害にあった順番が最後だったから、チョコちゃんは『なぜか』、既に止血されていた点から、なんとか一命を取り留めたと。

 

それを聞いたとき、敬喜は素直に喜んだ。

最も助かって欲しい人たちが助かったので、あとはすぐに割り切れた。

自分の心の中にある残酷で薄情な面は知りたくなかったが……。

 

 

『失態だぞ』

 

 

立木は、隼世と岳葉、滝黒にそういった。

 

 

『バルドの役目は異常なる存在を捕まえ、市民を守ることだ。なのに15人も死んだ』

 

 

岳葉の目が泳ぐ。隼世も真っ青になっていた。はじめはシグマの仕業かと思ったからだ。

もしも取り逃したことが原因で今回のようなことが起こったのだとしたら、隼世のミスは許されるものではない。

滝黒も目線を下に落として沈黙していた。いくら受動的になるとは言え、敵は完全に一般人では対処できないところまで来ている。

そんな存在がまだ蠢いているのかと思うと、頭は痛い。

 

 

『だがまあ、おかげで捜査員を増やしてもらえることになった。こりゃありがたい』

 

 

だいぶガイジたちの謎も掴めてきたらしい。

人が増えれば、それだけ解明も早くなる。

 

 

『人はいつか死ぬ。遅かれ早かれな。そして善人が良い死に方をするとも限らないのが厳しいルールだ。アリスカフェの連中だってそうさ、あれが運命だったんだよ』

 

「立木さん! そんな言い方はあんまりです……!」

 

『バカか隼世。だからこれは、お前らを庇ってやってんだぞ』

 

「え……?」

 

『お前はライダーの力がありながら、みすみす人を死なせたんだ。なんのために刑事でもないお前に手帳が与えられたと思ってる? いいか? 死んだ人間は全員助けて欲しいと思いながら、殺されていったんだぞ』

 

「ッッ」

 

 

隼世は目を見開き、ブルブルと震えはじめる。

立木も若人をいじめて楽しむ趣味はない。話題を変えることに。

内容は、波佐見の死体を解剖しているマリリンだ。

 

 

『キャッホォオオオオ! 最高ォォォォ! 滾りまくりまくりよぉぉぉ! ヒャーハハハハハ!』

 

 

そう言って彼女は血まみれで遺体を刻んでいた。まあそれはいい、黙っておこう。

立木は咳払いを一つ。今注目するべきは、やはり『手』だ。指先が刃物になっており、触れたものを傷つける作りになっている。

でもそれは『はじめ』だけだった。徐々に『刃物化』が解け、今では普通の人間の指と変わらない状態になっている。

 

また、鋭利なハサミになっている段階でマリリンはその刃にある成分を調べた。

結果は鉄分等の目立った反応はなし。つまりアリスカフェの皆を切り刻んだのは、ただの指、皮膚だったということだ。

もちろんそんなことはありえない。敬喜たちが幻を見ていたなんてこともありえない。だからこそマリリンのテンションが上がってるのだ。

 

 

『サイの角も毛が固まったものなんだけど、そんなレベルじゃないわよねーッ?』

 

 

未知の脅威がこの世界に蔓延ろうとしている。

無秩序の暴力が始まっている。考えただけでも濡れてきたと言っていた。これも伝えなくていい情報だ。

 

 

『気をつけろ。敵は確実にクロスオブファイアを所持している。あるいは、それよりももっと恐ろしい何かをだ』

 

 

以前、エックスが倒した刃物女は、その体に実際の刃物が埋め込まれていた。

しかし今回の波佐見は刃物を使っておきながら、死体からは一切の刃物が見つからなかった。

その背後に同じ組織などが関わっているなら、技術のグレードアップがなされた可能性が高い。

そこで立木はモニターを切った。

 

 

「一刻も早く、原因を叩かないと……!」

 

 

水野町・警察署、会議室を出た一同。はじめに口を開いたのは隼世であった。

青ざめ、壁を殴りつける。岳葉はその行動が隼世らしくないなと思った。どうやら相当焦っているようだ。

 

 

「なんとかしないとダメだ! 次の犠牲者が出る前にッ、なんとか……!」

 

 

そこで滝黒は手帳を取り出すと近況を説明する。

正直、進展はほとんどなかった。行方不明になった黒田や牛松は未だに見つかっておらず、逃げたトンボの目撃情報もなし。

 

 

「良神クリニックも調べましたが、特に目立った手がかりは見つかりませんでした」

 

 

受付係の黒田は優しい性格で、少なくとも恨みを買う人物では無かったと。

アパートも調べたが、特に何も見つからなかった。

 

 

「パソコンもロックさえかけておらず、中身も特に事件性のある内容ではなかったです」

 

 

次に波佐見だが、水野町のアパートで一人暮らし。

パソコンの中には大量のアダルト動画や画像があり、特に男色に興味があるようで、そういった内容が多かったようだ。

 

 

「とはいえ勤務態度は真面目で、恨まれる人物ではなかったと。犯行時にきていたジャケットですが、あれは駅前で無理やり買わされたものらしいです。結構悪質な客引きを行うことで有名らしくて。そちらは現在、別の部署が対応しています」

 

 

普通に恨みを持っていたのなら、どう考えてもアリスカフェではなくそちらを狙うはずだ。

敬喜の話ではまともに会話もできなかったみたいだし――

 

 

「何者かに、洗脳された可能性もあるかと」

 

「――ッ!」

 

 

隼世はフラフラと出て行った。岳葉もすぐに追いかけた。

立ち入り禁止になっているアリスカフェに行くと、中には敬喜が立っていた。

現在表向きには通り魔事件となっているが、裏側を知っている敬喜には思うところがあるのだろう。

波佐見は許せない。しかし波佐見をああいう風にした何者かも存在しているはずだ。もはやそれは普通の存在ではない。

 

 

「みんな死んでれば、ボクも心も折れていたのかもしれないけど……」

 

 

ケーキは髪をかきあげ、舌打ちをこぼす。

 

 

「早く黒幕を見つけようヨ。怒りでどうにかなりそうなんだ」

 

 

こうして三人は店を出る。

まず隼世が訴えたのは、ライダー同士の協力だ。もはや争っている場合ではない。敵がもっと力をつける前に、連携を取り合うのだ。

そこで岳葉が手をあげた。瑠姫が少し気になることを言っていたらしい。

 

 

「川で人を拾って、その人が少し変わってるって」

 

「川で……?」

 

 

百聞は一見に。三人がひまわりの里を訪れると、その男は子供たちと楽しそうに遊んでいた。

それを見て隼世はゾッとしたものを感じる。

おうまさん。小さな子供を背中に乗せて、よつばいで這い回っていたのは、間違いなく山路であった。

 

 

「みんなッ! 今すぐソイツから離れろ!」

 

 

隼世が思わず叫んだ。

いきなり現れた男の言葉に、子供たちは驚き、小さな子は泣き始める。

 

 

「あ……」

 

 

みんながジロリと隼世を見つめる。

現れたリセは、訝しげな表情でお辞儀をした。

 

 

「隼世さん。あんな大きな声を出すのは感心しないな。子供が泣いてしまった」

 

「分かってる! でも元はといえばお前のせいだろ!」

 

 

隼世はテーブルを殴りつける。

岳葉はビクッと肩を震わせ、敬喜は興味なさげにコーヒーに大量のミルクを投入していた。

瑠姫やリセには席を外してもらっている。ライダー四人の空気は重い。

 

 

「人のせいにするのは良くないなァ」

 

「なんだと……!」

 

「はいもうストップストップぅ。あのさぁ、ボクらは喧嘩するために来たんじゃないでしょー?」

 

 

隼世はそうだったと咳払いを行う。

 

 

「……鮫肌の男を殺したのは覚えてるか? 水野町から少し離れた山のなかにあった小屋の地下で見つかった死体だ」

 

「覚えてますよ。彼もまたエッチだった」

 

「なぜ殺した?」

 

「悪い人だったから。女の子をね、監禁してました。ピッケルでレイプするつもりだったんでしょう」

 

「ピッケ……? その子は!?」

 

「さあ。どこに行ったのやら」

 

「ぐっ! それよりッ、なんであんなに死体を壊す必要があった! あそこまでする理由がどこに――ッ!」

 

 

隼世は勢いよく立ち上がる。

しかし敬喜が咳払いをすると、悔しげに座りなおす。

 

 

「とにかく、お前が殺したのは……、普通の人間じゃない」

 

「普通じゃないとは――、どういうことですか?」

 

「なに?」

 

「肌が違うからですか? 考え方がおかしいから? それとも傷つける力を持っていたからですか? だったら、僕らはどうなるんです?」

 

 

隼世は黙る。山路はまっすぐに隼世を睨んでいた。

 

 

「普通じゃないとは、誰が決めますか?」

 

 

岳葉はブルブルと震えていた。一方で敬喜は大きなため息をつく。

 

 

「お話が進まないよぉ。あのね、とにかく今、水野町では特殊な力を持った人たちが暴れまわってるの。無関係な人たちが殺されてる。それは止めないとダメでしょ? 分かるかな? アマゾンくん!」

 

「それは……、ええ」

 

「ボク達が力を合わせれば簡単でしょ? だからまずキミのお友達に話してよ。牛松さ……、ムキムキの人ね。彼を狙ったのはどいつ? ソイツは逮捕。あとは止めさせる。以上! おわり! 何か質問は!?」

 

「トンボくんとは連絡がつきません。座薬くんもそうです。お友達だと思っていたんですが、悲しいなぁ」

 

「残りは?」

 

「モグラくんがいます。彼には僕から」

 

「あれ? ってことはさぁ。協力してくれるの?」

 

「ええ。もちろん」

 

「は!?」

 

 

隼世は信じられないという表情で山路を見る。

しかし山路はニコニコと笑っていた。じっとりとした目は欠片も笑っていなかったが。

 

 

「ここの子供たちは素晴らしい。高岡さんも素敵な方だし、正和くんとは友人になりました。彼らが悲しむのは見たくない」

 

 

あまりにも真っ当なことを言うものだから、隼世は何も反論ができなかった。

 

 

「よろしくー、ボク神条敬喜ぃ。仮面ライダーXだよっ!」

 

「お、お、俺はっ! その、だからッ、本間岳葉。か――ッ、ライダーは1号」

 

「よろしくお願いします神条さん。本間さん。僕は山路大栖、アマゾンです。ライダーとして一緒に頑張りましょう」

 

 

これで山路と協力することになった。

だが部屋出たとき、隼世の心に山路がやったことが思い出される。

納得がいかない。気づけば山路の襟首を掴み、壁に押し付ける。

 

 

「お前……! どういうつもりだ!」

 

「痛いなぁ。いきなり何を」

 

 

岳葉と敬喜も急いで止めに入ろうとするが、隼世は二人の腕を振り払う。

 

 

「ふざけるな! いきなり掌を返してッ! それで――ッ!」

 

 

そこで隼世がピタリと泊まる。

 

 

「そ、それで……」

 

 

そこで隼世の頬に何かがぶつかる。

痛い。見れば、それは木製の『つみき』だった。廊下では子供たちが並びたち、隼世を睨みつけている。

 

 

「テメェ! 山路をいじめるなよ!」

 

 

正和が叫んだ。そうだそうだと子供たちが続ける。

 

 

「待ってくれ! コイツは危険なヤツなんだよ!」

 

「ぼくの調べでは、山路さんは100%優しい人です!」

 

 

ミッちゃんがメガネをくいっとあげる。子供たちはそうだそうだと続いた。

 

 

「みんな! 山路を助けよう!」

 

 

ナオタがつみきを投げると、他の子供たちも続いてレゴブロックやクレヨンやらを投げて隼世を攻撃していく。

隼世はどうしていいか分からず、ただ情けなく防御するしかできなかった。

 

 

「ちょっと! みんなやめて! その人は私の大切なお友達だから!」

 

 

すぐに瑠姫が助けに入る。

 

 

「その人が瑠姫先生の好きな人?」

 

「え? ううん違う。こっちこっち」

 

 

すぐに子供たちは岳葉を囲んで盛り上がっている。

汗だくになり、引きつった表情の岳葉を、隼世はずっと納得がいかないような目で見ていた。

 

だがまあ、ここで無駄に敵対して時間を浪費するのは好ましくないのは事実だ。

隼世はグッと堪えて山路を一旦許すことにする。四人のライダーは託児所を出ると、そのまま珠菜の屋敷を目指した

 

 

「凄いバイクだね」

 

「ジャングラーです。かっこいいでしょ?」

 

 

アマゾンのバイクには意思が宿っているらしい。

大きな目がギョロリと隼世たちを見ていた。しかし人目にはつきたくない。一同はなるべく飛ばして屋敷に到着する。

山路はココを拠点にしていることを明らかにする。おそらくお堂にはモグラくんがいる筈だ。なので山路はお堂に、隼世たちは志亞を訪ねる。

 

 

「消えろ。オレに協力する義理はない」

 

 

志亞は岳葉を見るなりそう言った。

岳葉の心にズッシリとした痛みが走る。

 

 

「そんなこと言わないでよっ! ね? ケーキちゃんとお話しよっ?」

 

 

敬喜は、ケーキポーズを浮かべてニッコリと微笑む。

 

 

「死ねビッチまんこ。耳と目が腐る。そもそも黒髪じゃない女は見るに耐えない」

 

 

敬喜は志亞をしばこうと歩き出すが、それを隼世が止めた。

 

 

「志亞。話だけでも聞いてくれ」

 

「断る。お前も消えろ。また無様に負けたいのか?」

 

 

隼世は志亞をしばこうと歩き出すが、それを敬喜が止めた。

ダメだ。耐えなければ。隼世はイライラしながらも食い下がろうとするが、志亞はさっさと引っ込んで、以後は一切顔を見せなかった。

 

 

「どうする? 粘る? ボク的にはもうあの人はごちそうさまなんだけど」

 

「………」

 

 

隼世は悩む。悔しいが志亞の――、V3の力は凄まじい。

ましてやここで変に拗れて敵になるなんて展開は絶対に避けたかった。

そうしていると山路が戻ってきた。事情を説明したらしい。モグラくんも分かってくれたとか。

隼世が志亞のことを山路に告げると、彼はしばし顎を押さえて、やがて頷いた。

 

 

「僕に一計があります。彼の携帯の連絡先は分かりますか?」

 

「ルミちゃんが交換したらしいけど……」

 

「ではそれを使います」

 

 

隼世はルミ経由で志亞の通話アプリの連絡先を手に入れ、あとは山路がメッセージを打ち込んで送信する。

一同は近くの喫茶店『ポワレ』で返信を待つことに。

 

 

「ねえ、なんて送ったの?」

 

 

敬喜がミルクティーを飲みながら聞いてきたので、隼世は送ったメッセージを見せる。

気のせいだろうか? 凄く嫌そうだ。凄く変な汗をかいている。

 

 

『清楚おまんまんランド開園! 小学生の女の子とたくさんエッチで楽しいことをしましょう! 真摯なジェントルマンの皆様、ぜひ喫茶ポワレお待ちしております。つるぺた幼女パーティを心行くまでお楽しみください』

 

「……ナニコレ? 怪文書?」

 

「僕はねぇ、少しだけ彼を屋敷で見かけたことがあるんですが……、匂いもあってすぐに分かりました。彼は凄まじいロリコンです」

 

「見て皆ッ、こ、これッ、これ凄い鳥肌。分かる? 凄い勢いでボクは引いてるよ?」

 

 

隼世も頭を抱えていた。なぜか岳葉の目が凄い泳いでいるが……?

一方で山路は水を飲みながら笑みを浮かべる。

 

 

「そうですか? 僕は彼、好きだなぁ。セックスしたいというのを『おまんこしたい』って言っているのが最高に気持ち悪くてイカしてますよ。いつの世もクリエイティブな人や、異才人はどこか何かが壊れてる」

 

「だが流石にこんな内容で釣れるとは思えない!」

 

 

するとカランカラーンとドアが開く音。

志亞が入ってきた。そわそわしており、お店の人を見かけると頭を下げる。

 

 

「あのっ、すいません。ここでパーティが開かれると聞いたのですが……。はい、はい? え? ここは開園してますよね? おまんまんランド開園中ですよね? 幼女パーティに是非参加したいと思って伺ったのですが……。え? え?」

 

「あの人、先に逮捕したほうが世界のためになると思いますよ」

 

 

山路の言葉に誰も何も言えなかった。そうしていると志亞が四人に気づく。

 

 

「貴様ら……ッ! 騙したな!」

 

「黙ってろよ」

 

「やめろ! 地獄のような目でオレを見るな!」

 

 

帰ろうとする志亞だが、隼世が腕を掴む。

 

 

「大事な話だ。キミにとっても、珠菜さんにとってもな」

 

「………」

 

 

志亞はしぶしぶ席につくと、説明を受ける。しかし結果は同じだった。

 

 

「関係ないな。アリスカフェ? そんな糞ビッチまんこ軍団が惨殺されたところでオレに何の関係がある?」

 

「あ? 殺すぞ」

 

 

敬喜の表情が変わった。隼世がすぐに抑える。

 

 

「志亞、本気で言ってるのか?」

 

「コチラの台詞だ。そもそも貴様の仲間が珠菜ちゃんを襲った。絶対に許さん」

 

 

志亞に睨まれた。山路は肩を竦める。

 

 

「彼は彼、僕は僕ですが?」

 

「……フン。それに、危険人物もいる」

 

 

志亞は岳葉を睨む。岳葉はただ黙り、目を逸らすことしかできなかった。

 

 

「落ち着いてくれ。アリスカフェの件は、それだけの敵が出てきたということになる。奴等を放置すれば、珠菜ちゃんだって危ない目にあう可能性が高くなるんだぞ」

 

「それは――ッ」

 

「志亞、僕たちは敵は誰だ? 取り返しのつかないことになる前に、頼むッ」

 

「……まあ、いいだろう。だが馴れ合いはゴメンだ。何かがあれば一応は協力してやるがそれだけだ。オレはまだお前らを欠片も信用していないし、したいとも思わない」

 

 

志亞は立ち上がり、注文したコーヒーをキャンセルする。

しかしふと立ち止まった。顎を動かし、少しだけ顔を隼世のほうに向ける。

 

 

「一つだけ聞いてもいいか?」

 

「ッ、なんだい? 志亞」

 

「清楚おまんまんランドは、本当はどこにあるんだ……?」

 

 

隼世は全身に嫌な汗が浮かぶのを感じた。

 

 

「……そんなものはない」

 

 

志亞は少しシュンと表情を落とし、店を出て行った。

 

 

「いや逮捕でしょアレ。絶対に逮捕だよアレ」

 

 

敬喜は汗を浮かべている。皆、同じ思いだった。

とてもじゃないが同じ人間とは思えない。とてもファンタジーな男である。

 

 

「でもそれを虚栄のプラナリアは肯定した」

 

「――ッ、なに?」

 

「アレは、そういうイベントだったんでしょう? 現実や常識の舞台に幕は下りたんですよ」

 

 

隼世は無視した。少しでも脳を休めたかった。

そうしていると再びカランカラン。志亞が入ってくる。

 

 

「今度はなに!? もうボク、ヤダ!!」

 

 

そこで敬喜は気づいた。志亞の後を女の子がついてきた。

 

 

「あ! キミが珠菜ちゃん! 本当だ、すっごいかわいい!」

 

「あのっ! みなさん! たいへんなんです!」

 

 

珠菜は屋敷からアルファが飛び出していくのを見たらしい。

 

 

「アルファということは……?」

 

 

一同は山路を見る。彼はため息をついていた。

 

 

「やめてほしいて言ったのになぁ。やっぱり匂いは隠せないか」

 

 

ジットリと虚空を見つめていた。その目には、間違いなく殺意が秘められていた。

 

 

 

 

 

 

悲鳴や泣き声が聞こえた。

子供たちはすぐに部屋の隅へと移動し、リセと瑠姫は庇うように前へ出る。

その前には、体と声を震わせるアルファが立っていた。

 

 

「せぼっ、ぼ、ぼ! せ、せせせ。ばッ!」

 

 

せっかく、ぼくに友達ができたのに、貴女は奪うのか。

アルファは声にならない怒りに体を震わせ、ただただリセと正和を指差した。

お堂で言われたことは、簡単であっさりとしたものだった。

 

 

『モグラくん。俺はね、ようやく自分の居場所を見つけられそうな気がしたよ』

 

 

あの人の匂いは落ち着くんだ。正和くんとは親友になったんだ。

だからそろそろ僕らも僕らの道を歩き出そう。というわけで、じゃあね。

あ、そうそう、あの二人は絶対に殺しちゃだめだよ。そしたら俺はキミを許せない。

え? 一緒にいたい? うーん、俺は別にいいけどリセさんには近づかないでね、キミは臭いから。

 

 

「ぼくからあの人をとらないで!!」

 

 

アルファは決めた。高岡姉弟を殺そうと。

モグラくんの脳裏に今までの人生がフラッシュバックしていく。幼馴染のあの子が大好きだった。結婚しようといった。

彼女はどこぞの誰かと付き合った。

 

両親が離婚した。母についていった。別の人と結婚した。子供が生まれた。

お兄ちゃんは本当の家族じゃないでしょと言われた。

友達ができた。キミと友達になると皆からいじめられると、友達がいなくなっていった。

世界で一番の宝物があった。パパから買ってもらったトレーディングカード。

いじめっこのよしくんに盗られた。

 

 

「うぁああああああああ!!」

 

 

アルファは腕を振り上げた。皆が恐怖に震える。

その中で、正和が叫んだ。

 

 

「山路ィィイ!」

 

 

託児所の窓が割れ、ジャングラーが飛び込んでくる。

車体がアルファに突き当たり、吹き飛ばされて壁に激突する。

 

 

「うあ゛ぁあッッ!」

 

 

アルファが倒れる中、ジャングラーから降りた山路はコンドラーを装着する。

 

 

「アマゾンッッ!!」

 

 

小さな子供たちは体を丸めて震えているため、それが見えたのはミッちゃん、ナオタ、正和、リセ、そして瑠姫だった。

改めて瑠姫は思う。そうか、やはり、また始まったのかと。

仮面ライダーアマゾンはアルファを掴み起こすと、窓の外に飛び出し、子供たちから引き剥がしていく。

 

 

「……すごぉい」

 

 

リセはメガネがズレたまま、呟いた。

 

 

 

 

 

分かっていたつもりだった。

分かっていたつもりだが、クリスマスのプレゼントを嬉しそうに抱える子供と、その子を温かい目で見る両親。

そんな幸せいっぱいの家庭とすれ違ったとき、割と本気で絶望した。

 

あの幸せは一生手に入らないものだ。アレに近いものを皆は得られるかもしれないが、少なくとも自分は一生手に入らない。

別に胸を張れることはできる。僕は病気だから、僕は異常者だから、他の人とは違うのでありふれた幸せは手に入りませんが何か?

でもどれだけ違う道を歩いても、ふとしたときに隣の道が目に入る。

あの葡萄は、きっと酸っぱい。

 

 

「でも少なくとも俺は、甘いだろうなって思ってた。別に食えなくても良かったけど、食えるなら食えたほうがいいよな?」

 

 

諦めや妥協は、残酷な言い方をすれば『言い訳』ともとれる。少なくとも山路はそうだった。

ぜんぶが悪いことではないが、俺は頭がおかしいから、おかしいなりの生き方をしていくねと吼えることが正解だとは思ってない。

 

 

「三大欲求に抵抗できうるのは、三大欲求に他ならない」

 

 

葡萄を求める食欲があるのなら、性欲は抑えられるかもしれない。ほっぺが落ちる葡萄が毎日食べられたのなら、一生オナニーでもいい。

 

 

「俺は、ようやく人としての人生を歩めるかもしれないんだ。ダメならダメで仕方ないけれど、まずは一回ちゃんと本気でやってみないと」

 

「うぅぅぅぅうう゛ッ!」

 

 

少し遅れてサイクロンが、クルーザーが到着する。

隼世は息を呑んだ。アルファが泣いていた。声が掠れるほどに泣いていた。

アルファの両腕は地面に落ちていた。

 

 

「覚えてる? 皆で遊園地にいったよね」

 

 

トンボくん。座薬くん。モグラくん。山路で遊園地に行った。

本当の意味で楽しんでいたのは、楽しそうにしていたのは、モグラくんだけだった。

 

 

「どうしてあの笑顔を捨てたの?」

 

 

そこが好きだったのに。

 

 

「よせ! やめろアマゾンッ!」

 

 

隼世はバイクから転げ落ちると全速力で走る。思い切り腕を伸ばした。

 

 

「殺すな!!」

 

 

そう叫んだ隼世の前で、アマゾンが飛び上がった。

 

 

「俺はそろそろ、ヒーローになる」

 

 

振り下ろした腕。

 

 

「ダアアアアアアアアイッッ!」

 

 

アルファが二つに裂けた。

 

 

「切断ッッ!!」

 

 

アマゾンが腕を真横に振るった。アルファが四つになった。

 

 

「………」

 

 

変身を解除した山路は、淡々とした表情で転がっている死体を見た。

振り返ると、鬼気迫る表情の隼世が見える。

 

 

「お前はどうしてそんな簡単に人が殺せるんだ……!」

 

「市原さん。あなた仮面ライダーでしょ? 必殺技は敵を倒すものだ。いい加減、現実を見ましょうよ」

 

「僕らは……、それじゃあ、ダメなんだよッッ!!」

 

 

隼世は拳を握り締めた。

だが目をギュッと瞑り、歯を食いしばると、ゆっくりと膝をつく。

そして両手を地面につくと、頭を下げる。

 

 

「頼むから……ッ、もう誰も殺さないでくれ」

 

 

屈辱であり、それは恐怖でもあった。隼世にとって仮面ライダーはかけがえの無いヒーローの形であった。

しかし虚栄のプラナリアで何かが変になった。何か、大切なものが剥離していく感覚。

隼世はまだそれを何物にも昇華できないでいる。

 

隼世は昭和ライダーをしっかりと見てはいないが、それでもその存在や、重さは理解していた。

しかし仮面ライダーが終わり、概念ともいえる昭和ライダーが侵食されてしまえば、修正はできそうにもない。

だから隼世は土下座をする。何に対して? 誰に対して?

どこにこの心を持っていけばいいのか。隼世には見つからなかった。

 

 

「命を奪わないでくれ。たのむ――、頼むッッ!」

 

 

その姿で殺さないでくれ。

 

 

「……分かりました。どうせ最後のつもりだったんだ」

 

 

山路は、ひまわりの里に向かって歩いていく。

 

 

「今、過去の全てを切り裂きました」

 

 

しばらくして建物からはしゃぎ声が聞こえてきた。

 

 

「山路すっげー! なんだよアレーッ!」

 

「山路くぅん。たすけてくれてぇ、ありがとうねぇ」

 

 

周りは既に薄暗く、ひまわりの里は鈍く明るい光を放っている。それを岳葉、隼世、敬喜は外からボンヤリと見つめていた。言いようのない疎外感があった。

一方でひまわりの里にいる山路はまだ子供たちに囲まれていた。とくに正和は興奮している。

 

 

「変身できるなんて聞いてないぜ!」

 

「言ってなかったし」

 

「や、やっぱり悪い人を見つけて倒すんですか?」

 

「そう」

 

「すごいなぁ、かっこいいなぁ!」

 

 

ミッちゃんや、ナオタも興奮している。

 

 

「よっし! じゃあ今日から山路がおれたちのリーダーだ!」

 

「???」

 

「決まってんだろ! あんなスゲーもんになれるんだから! 困ってる人たちを助けようぜ!」

 

 

副リーダーは正和。司令塔はミッちゃん。サポーターはナオタ。

彼らも最近水野町が物騒になっているのは知っている。だから悪い奴等をやっつけて、困ってる人を助けて、水野町をもっと平和にするんだ。

 

 

「それができるのは、おれ達だけだぜ。なあ山路!」

 

 

それは随分、魅力的な響きであった。

正和は山路に先ほどの姿の名前を問う。仮面ライダーアマゾン、それを聞くと、正和はすぐに自分達の名前を口にした。

 

 

「よし! さっそく今日から! 『少年ライダー隊』は平和を守るヒーローとして活動していくぞ!」

 

「うん! 上手くいく確立は95%ってところかな」

 

「水野町が平和になれば、うな重ごちそうしてくれるかなぁ!?」

 

「ついでに姉ちゃんも入れてやるからな」

 

「え? う、うん。ありがとぉ」

 

 

山路は非常に心地いい香りを感じていた。

この人を好きになっていこう。この人を信頼していこう。

ここで生きていこう。山路は強く決意した。

 

 

 

水野町駅近くにあるビジネスホテル。

隼世が部屋に戻ってくると、ルミがベッドに寝転んでテレビを見ていた。

 

 

「あ、おかえりイッチー」

 

「ただいま。お酒飲んでたの?」

 

「うん。お外は物騒だから」

 

 

隼世は上着を脱ぎ捨てると、ネクタイを緩めて、大きなため息をつく。

 

 

「イッチーも飲む?」

 

「いや、僕はいいかな」

 

 

隼世はベッドに腰掛けると目を細めた。部屋は小さめだ。ベッドは一つだし。

けれどもルミを部屋に入れてもいいかと聞けば、一人分の値段で都合をつけてくれた。

ホテル代はもちろん警察側が出してくれる。ということは、おそらく税金が関わっているのだろう。

それだけ期待されているということだ。バルドは怪人と戦うから、普通の人じゃダメなのだから。

なのに、何も結果は出せていない。

 

 

「ね、ねえイッチー。お昼のこと覚えてる? アタシほら、お風呂に入って良い匂いでしょ?」

 

「………」

 

「なんならもう一回入ってもいいよ? なんなら一緒に……、入る?」

 

「ゴメンねルミちゃん。今日はそういう気分じゃないんだ。疲れてて。お風呂も……、明日朝シャワーを浴びるよ」

 

 

そういうと隼世はベッドに寝転んだ。

髪に何もつけてないし、特に化粧もしていない。このまま目を閉じようと思った。

 

 

「仕方ないなぁ。よし! 今日は眠りなさい!」

 

 

ルミは素早くシャコシャコと歯磨きを行うと、すぐに隼世の隣にもぐりこんだ。

狭いベッドだ。ピットリとくっつく。

 

 

「ごめんね、お風呂入ったのに。僕、臭う?」

 

「全然。良き香りじゃ」

 

 

お酒が入っていたからか、ルミはすぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。

しがみついて眠るさまは、まるでペットだ。隼世は少し安心したように微笑む。

だが、しかし、その感情を塗りつぶすだけのことがこの町には多すぎる。隼世は天井を見つめ、舌打ちを行った。

 

 

 

 

 

動物が好きだった。それも他人のペットが大好きだった。

一番いいのは猫だ。勝手に出歩いてくれる。そういう意味では犬は『レア』だから興奮する。

飼い主が目を離している隙にサッと奪っていくのがベストだ。

まあよほどの時は家に忍び込む。鳥やハムスター、ハリネズミなんかもいい。

奪ったあとは、自宅に持ち帰って狭い狭いケースに入れる。

狭ければ狭いほどいい。一切の身動きができない場所に動物を入れて眺めるのが大好きだった。

 

吼える。鳴く。

出たいのか、苛立っているのか。その哀れな姿を見るのがたまらなかった。

もちろん水やエサは一切与えない。そうしているとだいたい三日くらいで動かなくなって、気づけば死んでいる。

何を思っているのか。吼えるのは何を訴えているのか。辛いのか、苦しいのか、怖いのか、怒っているのか。

だが何をしても無駄なのだ。一切の自由を奪われた空間で死んでいく。飼い主が探しているのを知れば快楽は最高潮に達する。

お前らの大切なペットは、今、身動きが取れない状態で死に逝くを待っている。

 

最高だった。この優越感を超える快楽はあるのだろうか?

そう思っていたが、やがて直接殺す快楽に目覚めた。沢山愛情を注がれてるかどうかは毛並みにでる。

その毛を毟り取るのが、焼き焦がすのは最高だった。

歯をペンチで毟り取り、目をスプーンで抉り、尻尾をハサミで切り落とす。

顔をハンマーで潰したこともあった。服を着せていたり、首輪がおしゃれな場合は、死体をその家の玄関においておく。

 

朝、汚い死体を抱いておうおうと泣いている姿を撮影し、オナニーをするのが大好きだった。

愛が注がれた器を壊せば、その愛がこぼれていく。それが見たいし、その液体に触れられる気がして、彼はペットを殺し続けた。

 

しかし彼は魔法使いではない。

足の都合や、復讐に燃える飼い主の捜査によって、彼に疑いがかかるようになった。

このままではバレる。かと言って犯行を抑えれば、自分が犯人だと言っているようなものだ。

しかし注目されている。どうしよう? どうすれば?

 

悩んだ。殴られた。悩んだ。殴られた。このままではダメだ。壊れる。

そうか。そうだ。どうせ見つかって咎められるくらいならば、もっと大きなことをしてから捕まろう。

少年は家の包丁を持って、幼稚園児を捕まえた。

最高の時間だった。脳内絶頂射精という文字が頭の中に降りてきた。

こんなに気持ちいなら、もっと早くやっておけばよかった。

少年は逮捕された。未成年だったので、少年院に送られた。

そこで山路と知り合った。

 

 

(オレは、特別な存在なんだ……!)

 

 

トンボくんは我に返った。

記憶は曖昧だ。V3に負けて逃げているときに、白いメロン野郎に捕まった。

そこからはあまり覚えていない。気づいたらこうなっていた。

 

 

(オレは強いんだ! アイツらにはもう負けない……!)

 

 

赤と青のコントラスト。全身、いたるところに開けられた穴。

そして青あざだらけの肉体。肋骨折れ、鎖骨は折れ、膝蓋骨は砕け、肺、すい臓、肝臓には穴が。

 

 

(オレはもうッ、バカにされることはないんだ……!)

 

 

トンボは手を伸ばした。

そういえば、手がなかった。

トンボくんは動かなくなった。まだ少し息はあったかもしれないが、しばらくしたら死んでいたので、どちらでもかまわない。

 

 

 

翌日、隼世とルミはホテルの隣にあるファミレスで朝食を取っていた。

ルミはフレンチトーストを二枚、中華スープを5杯、メロンソーダーとオレンジジュースをお腹に収めたあたりで、前にいる隼世を見る。

なんだか食が進んでいない。ベーコンをつつきながら、外を見ているだけ。

 

 

(元気ないっぽい?)

 

 

そういえば昔も似たようなことがあったか。まあアレは、立場が逆だったが。

あの時は隼世がビッフェにつれて来てくれた。

 

 

『ど、どうしたの? ルミちゃん』

 

『なにが?』

 

『ご飯、一杯しかおかわりしてないよ! いつもならもっと――』

 

『イッチーさぁ。アタシに何か食べさせれば機嫌よくなると思ってるでしょ。浅いんだよね、考え方が』

 

『うッ! ご、ごめん。最近元気がなかったから。どうしたのかなって』

 

『なんでもない』

 

『何かあったら言ってよ。相談聞くよ?』

 

『なんでもないってば!』

 

『どうしても言えないの?』

 

『うむ!』

 

 

言えなかった。数学のテストが6点だったなんて。

そうしていると隼世はカバンから何かを取り出し、テーブルに置いた。

それはルミがずっとほしいほしいと言っていたゲームソフトであった。

 

 

『上手くいかない時ってあるよね。僕も何度もあるよ。そういう時はだいたい何をやってもダメで……。だから塞ぎこんだときは、全部忘れて遊んだほうがいいよ。そしたらリフレッシュして再出発できるから』

 

『でも――ッ』

 

『遊べばいいんだよ。今はダメでも、気持ちが楽になれば新しい何かが見えてくるよ』

 

『う、うんっ! そうだよねぇ! ずっといじけてても仕方ないよね!』

 

 

ルミは素早くゲームソフトを取る。

 

 

『あ、でも……、お金』

 

『これは僕の。貸してあげるから、クリアしたら返してね。ああでもじっくり楽しんでくれればいいよ。僕、今、他にやってることあるから』

 

 

ルミは額面どおりに受け取って、たっぷり遊んでから隼世に返した。

まあ結果的に、それもひとつ原因で、ルミは留年して学校を辞めるのだが……。

でも今になって思う。やっぱりあの時のことが、今の自分を作ったのは確かだ。

ルミは今の自分が好きだった。ニートだけど、お部屋は汚いけど、お腹がポヨポヨしてきたけれど。

 

 

「ねえ、イッチー?」

 

「うん?」

 

「悩んでる?」

 

「いやッ、別に」

 

「嘘だよ。教えて?」

 

「本当ッ、なんでもないから」

 

 

だから昔、隼世がしてくれたように、ルミは笑顔を浮かべた。

 

 

「じゃあ今日、海へ遊びに行こっか?」

 

「え……?」

 

「パーッと遊んだらさ、また頑張れるよ。だから今は辛いこと一回忘れちゃおうよ」

 

 

隼世はしばらくポカンとしていたが、やがてニコリと笑う。

 

 

「本当に何でもないから。それに今日、僕やらなきゃいけないことがあって。ごめんね」

 

「ぶぅ。そうっすか」

 

「ほら食べよ食べよ。ここのファミレス、パンがおいしいよね」

 

「うん! そうだ、アタシスープおかわりしてくるね!」

 

 

ルミは笑顔で席を立った。額面どおり受け取るのは、まだ変わっていないみたいだ。

隼世はすぐに笑顔を消して、俯いた。その表情には、確かな不快感があった。

 

 

(皆や僕が頑張っているのに。人も死んでるのに。こんなときに遊ぶだなんて、ありえないだろ……ッ)

 

 

こんなに空気の読めない女だったか?

いや待て。まさか――ッ、ガイジ化しているなんて事はないだろうか?

ありえない話ではない。隼世はゾッとしてルミを見る。張り付くような悪寒があった。そうしていると彼女が戻ってきた。

 

 

「どしたの?」

 

「え――ッ、あぁいや! ごめん」

 

「え? えへへ、どうしてあやまるの?」

 

「いやッ、いや……! ごめん」

 

 

ルミは不思議そうに首をかしげた。

しかしすぐにスープを美味しそうに飲み始め、デザートのアイスも注文した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー!」

 

 

海を見ていた岳葉の隣に、ロングスカートを靡かせた敬喜がやってくる。

 

 

「ど、どうッ、も」

 

「お兄さん町の人じゃないよね? 水野町の海はキレイでしょー」

 

「う、うん!」

 

 

人と話すのは苦手だが、異性(本当は同性だが)ともなると変に緊張してしまう。

岳葉は真っ赤になりながら肩を竦める。

 

 

「ねえ、一つ聞いてもいーい?」

 

「ッ?」

 

「V3の人、あのロリコンのね。貴方が危険人物って言ってたけど、どういうことなの?」

 

「そ、それは……」

 

「ボクには貴方が危なそうな人には見えないケド?」

 

 

岳葉はギュッと目を閉じる。

言いたくない。言いたくないが、全て自分がやったことだ。

岳葉は虚栄のプラナリアで自分がやってきたことを、要するになぜ志亞が敵意を剥き出しにしたのかを説明する。

 

 

「なるほどね。じゃあお兄さんもロリコンさんなんだ」

 

「いやッ、そ、それは――……! そのッ」

 

「ボクが治してあげよっか?」

 

 

そういうと敬喜は舌を出して悪戯っぽく笑い、襟に指をひっかけるとずり下げて胸元を強調させる。

白い肌が見え、岳葉はすぐに目を逸らした。

それを見て、敬喜はケラケラと笑う。

 

 

「冗談だよっ! お兄さん可愛いね!」

 

「ええ。本当に」

 

「ん?」

 

 

振り返ると、そこにはギラリと敬喜を睨みつける瑠姫が立っていた。

 

 

「うひゃあ!」

 

 

仰け反る敬喜。

 

 

「岳葉くん。私、手が出るわ。止めないと危ないわよ」

 

「お、おお落ち着いてお姉さん! ボクはお兄さんの仲間なんだよ!」

 

 

敬喜はエックスに変身してみせる。さらに耳打ちで瑠姫だけに自分が男性だということも告げた。

瑠姫は少しだけ驚いたが、また睨みをきかせる。

暗めのアイシャドーも相まって魔女のようだ。

 

 

「関係ないわ。今のこの人、押せば崩れそうだもん」

 

「そもそも押さないよ。ちょっとだけからかっただけ!」

 

 

ギャーギャー言い合っていたが、やがて落ち着いたのか、三人は並んで海を見る。

 

 

「瑠姫、今日、ひまわりの里は?」

 

「お休み。ほら、昨日アマゾンが暴れたから窓ガラスとか交換しないとって。怖がってる子もいて、一応何とも無かったってごまかしてるんだけど……」

 

 

まあ、せっかく海がきれいな町に来たんだし、一緒に岳葉と観光でもと。

 

 

「あー、じゃあボク邪魔だ」

 

「いいの、別に。観光って言っても今はいろいろとアレだし」

 

 

それに瑠姫は肌を出したくなかった。

水着なんてもってのほかだ。そもそも今は泳ぐには少し寒い。

 

 

「私はただ……、岳葉くんと一緒にいられればそれでいいの」

 

 

今でも、ふとした時に岳葉が消えてしまうんじゃないかと思ってしまう。

それに瑠姫もいろいろある。なんだか、どういうテンションでいればいいのか分からないし、どういう心持ちでいればいいのかも。

 

 

「岳葉くん。私この前ね、病院に行ったの」

 

「え? どこか、悪いの?」

 

「そういうわけじゃ、ないんだけれど……。私もほら、怪人になったでしょ? あれと元々の状態もあって……、ほら、中絶手術が安いところにしたのがマズかったのかも。だからもう子宮がダメなんだって。癒着がどうとか、あんまり覚えてないけど」

 

 

岳葉は一点を見つめた。みんな、海を見つめていた。

 

 

「私はもう、子供はダメみたい」

 

 

波の音だけが聞こえていた。

瑠姫はそれで良かった。三人は無言だったけれど、それでも良かった。

敬喜もココにいていいのか分からなかったが、瑠姫だってバカじゃない。敬喜に教えたのだ。

どういう意図があったのかは分からない。というよりも本人が分かってない。

一つだけなんとなく。おそらく、敬喜が仮面ライダーだと知ったからだ。

敬喜もそういう瑠姫の複雑な心を何となく理解して、海岸に残ることにした。

そもそもどうせ行く所もない。

 

 

「ねえお姉さん」

 

「なにかしら?」

 

「どうしてお兄さんを好きになったの?」

 

「優しくて。頼りなさそうに見えるけど、カッコよくて……」

 

 

瑠姫は嘘をついた。フッと笑い、首を振る。

 

 

「好きになるのに理由なんていらないわ。しいて言うなら運命の赤い糸で繋がっていたのよ」

 

 

敬喜は微妙そうな顔をする。すると瑠姫は微笑んだ。

 

 

「私達だけにしか、舐め合えない傷があったのよ」

 

「………」

 

 

敬喜はそれが本当の理由なのだと理解する。あと一つだけ気になることがあった。

 

 

「どうして、お兄さんは生き返ったの?」

 

 

岳葉は首を振る。分からない。覚えていない。

 

 

「隼世はクロスオブファイアが肉体を形成させたのかもしれないって言ってたけど、俺には違うような気がするんだ」

 

 

もちろん、それもあるだろう。

一度はなくなったクロスオブファイアがなんらかの形で再燃し、それが原因で復活した。

しかし一番の理由はもっと別のところにある。岳葉はもっと――、あれは確か……。

仮面ライダー?

 

 

「何かに、試されてる、のッ、かも?」

 

「ふーん。オッケー、じゃあボクは帰るね。ごゆっくり~」

 

 

敬喜は手をヒラヒラ振って、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし! 少年ライダー隊ッ、出動だ!」

 

「「「「おー!」」」」」

 

 

正和を先頭に、ミッちゃん、ナオタ、山路、リセが外に出る。

少年ライダー隊は水野町の平和を守るため、いろいろな人におかしなことがないか、困っていることがないかを聞いてまわった。

まずは近所のお蕎麦屋さん。駄菓子やさん。ユミちゃんの家。まろやんのやっている居酒屋。シゲばあのお家。コンビニ、海に来ている人たち、釣りおじさん、サーファーボーイ。橋の下で9%のチューハイを飲んでる人。路地裏で赤いパンツを被ってるおじさん。本屋さん。公園で読書中のお姉さん。スポーツジム……。

 

みんな何かに困っていた。

たとえば猫がいなくなった。

 

 

「変身!」

 

 

アマゾンになればなんとなく普通の嗅覚も強化され、動物の気持ちも分かるようになった。

ジャングラーにも協力してもらえば、いなくなった猫ちゃんはすぐに見つかった。

 

たとえば荷物を運んでほしい。

お祖母ちゃんの一人暮らしでは重い荷物を持つのは大変だろう。

 

 

「任せてくださいお祖母ちゃん」

 

 

仮面ライダーになれば、変身せずとも重い荷物もなんのその。

たとえば、美味しい魚が食べたい。

アマゾンは海にもぐって魚を取ってきた。お爺ちゃんはとても喜んでいた。

 

 

「骨には気をつけてくださいね」

 

 

たとえば庭の草むしり。山路たちは無心で毟った。

 

 

「え? お礼におやつを? うれしいなぁ。どうもありがとう」

 

 

など、など、など。

いろいろな所に行って、いろいろなことをした。

みんな、ありがとうと言ってくれた。みんな嬉しそうだった。

山路の心が満たされていく。懐かしい感覚だった。気持ちがいい。性的興奮とは違う、穏やかな幸福だった。

行くところがないと言うと、リセは自分の家に招きいれてくれた。山路がお風呂を借りて寝支度を整えると、丁度廊下で瑠姫と鉢合わせる。

 

 

「……どうも」

 

「どうも。ところで翠山さん。貴女、リセさんのことはどれくらい知っているんですか?」

 

「どれくらいって……。ココに来てから知り合ったから、あまり知らないわ。仲良くはさせてもらっているけれどね」

 

「素晴らしい人だとは思いませんか? なんの疑いもなく俺を招き入れてくれた」

 

 

アルファを殺したところは見ていないし、わざわざ言うことでもない。

とはいえ、アマゾンに変身したところは見ている。

仮面ライダーとはいえ所詮それはフィクション、目の前にいるアマゾンは紛れもなく化け物だ。

にもかかわらず、リセや正和は山路と接する際に気を遣っている素振りはない。

匂いも同じだ。

 

 

「犯罪者だけではなく、ある程度感情の匂いも分かるんです。大丈夫ですよ翠山さん。僕は貴女を殺しません」

 

「……ッ、ごめんなさい。でも誰だって警戒するわ」

 

「当然です。どちらかと言えば、高岡姉弟が異常なんです。わずかな恐怖はミッちゃんくんも持っている。ナオタくんは……、食欲が脳内のほぼ全てを占めているから」

 

 

山路は少し嘲笑を。

 

 

「虚栄のプラナリアで何があったのかは詳しくは知らない。けれども、貴女だって分かったはずだ。おかしいのは世界のほうであると」

 

 

山路はずっと正常になる道を模索していた。

快楽を求める一方で、その実、誰よりもノーマルを渇望していた。

だって胸を張り続けるのは疲弊する。別にソレでもいいとはいえ、山路はうんざりだった。いくら気持ちよくてもセックスばかりの毎日は、ふとバカらしくなる。

 

 

「貴女の中にある匂いが抑えられているのは、貴女にとって抑制するだけの価値あるものを見つけたからだ。それは僕も同じ――」

 

 

山路は口だけ、ニッコリと笑う。

 

 

「僕はココで生きていきますよ。少年ライダー隊のみんなと、リセさんと一緒に」

 

「ライダーは辛いわよ」

 

 

瑠姫なりに、そう思った。だからこれは瑠姫なりの警告だ。

 

 

「耐えられる? 貴方に」

 

「耐えて見せますよ。明日は手作りのピザ釜で、みんなとマルゲリータを焼くんです。楽しみだなぁ。味はよく分からないけど、感情が美味しいんです」

 

 

山路はそこで瑠姫と別れた。夜は正和と一緒に寝た。

 

 

「姉ちゃんお前のことカッコいいって言ってたぞ。よかったな!」

 

「うれしいなぁ」

 

「おれもお前のこと好きだぜ! 相棒にしてやるよ!」

 

「やさしいなぁ」

 

「明日は楽しみだな! おれ、五枚は食うぜ」

 

「まんぷくだなぁ」

 

 

山路は寝た。ムラムラしない夜は心地がいい。

 

 

 

翌日、子供達が戻ってきた。

山路は絵本を読んであげた。おりがみを折ってあげた。

一緒に絵を描いた。鬼ごっこをして遊んだ。かくれんぼをして遊んだ。

お昼になった。ピザを作って食べた。

チーズが伸びた。リセが笑った。山路も笑った。

 

 

「リセさん。どうして貴方はそんなに優しいんですか?」

 

 

ふと、聞いてみる。リセは口いっぱいにピザをほおばっていたので、少し恥ずかしそうに急いで飲み込んだ。

 

 

「べつにぃ? 普通だよぉ?」

 

「いえ、貴女は――、まさに天使だ」

 

 

リセは照れているようで、ニヘニヘと笑った。

山路は本気で言っていた。リセは学校には馴染めなかったが、それはそうだ。あのような腐った場所では彼女は耐え切れない。

山路はちゃんと理解している。この狂った世界では彼女は生きられない。

もっと綺麗なところで生きるべきだ。それくらい彼女は純粋で、優しく、自己犠牲にあふれていた。

 

 

「うーん。本当に普通でぇ」

 

 

リセは満面の笑みで山路を見た。

 

 

「みんなが幸せなら、それが一番いいでしょぉ?」

 

「すばらしいなぁ」

 

 

そこでひまわりの里に手紙が届いた。みんなで中を見た。

 

 

『仮面ライダーのみなさんに伝えてください。もう私達の邪魔をしないでください。話し合いをしましょう。場所はひまわりの里のそばにある空き地にしましょう。今日の15時にしましょう。来てくれないなら子供達を殺します。私のノコギリで生きたまま刻みます。逃げても、お家に帰っても追いかけて殺します。子供達だけじゃなくてその家族も友達もみんな殺すので、よろしくお願いします』

 

 

みんながゾッとする中、山路はニヤリと笑っていた。

 

 

「大丈夫だみんな。仮面ライダーは正義の味方、悪党なんかに負けるわけないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

約束の十分前に全員が集まっていた。

隼世、岳葉、敬喜、四人は顔を合わせて頷く。

 

 

「って、あれ? 風間さんは?」

 

 

隼世が汗を浮かべて携帯を見せる。

ディスプレイには、隼世が志亞に協力を依頼した長文と、志亞から帰ってきた一文しかない返答があった。

 

 

『無理。珠菜ちゃんと15時5分から映画を見る。天気の子見てきます』

 

 

山路は嫌な顔をした。とってもとっても嫌な顔をした。

 

 

「あの人、マジで――」

 

「ま、まあ待て山路。彼を擁護する気にはなれないが、罠という可能性もある。一人が別の場所にいるのは悪い話じゃないさ」

 

「でもあの人、映画ですよね? 携帯は無理でしょう」

 

「昭和ライダーには互いにメッセージを送れるテレパシー能力がある。僕は練習して使えるようになったから、万が一のときは志亞に発信するよ」

 

「すごいなぁ」

 

 

四人は空き地に向かう。

ひまわりの里の屋上からは空き地が見えるので、正和たちもそこから様子を伺う。

 

 

「だいじょうぶかなぁ? 山路くぅん。とっても心配ぃ」

 

「大丈夫だよ姉ちゃん。それより、むしろ燃えてきた。少年ライダー隊はじめてバトルだ! いくぜミッちゃん、ナオタ。いつでも加勢できるようにしとけよ!」

 

 

ミッちゃんは鍋をかぶり、おたまを持っていた。

ナオタは家にあった勇者の剣(300円の玩具)を。そして正和はピコハンを持って空き地を睨んでいた。

すぐにシルエットには気づいた。正和も、隼世たちも。

 

三人いた。見た目は普通の人間だ。

左にいるのはメガネのかけた長身で細身の男性だった。

 

 

「ちがっ! あのね! 私は子供はいいんですよ! 子供が外で遊ぶのはこれ当然のことだとは思いますよ!? でもね、騒ぐのは違うでしょうがぁあ! 僕そんなおかしいこと言ってますか? 近隣に気を遣うのは当然のことであってね! 常識を教えることもできないところが、教育を施せるのかっていう話をしているんですよね! 僕だったらそんな恥ずかしいことはできない! それともアレですか? 昼だから騒いでもいいと!? ハッ! ナッ! ホッッ! それッ、それはおかしいよぉ! 確かに僕は働いてません。ニートですよ? じゃあ人権もないんですか! 子供だから遠慮しないといけないんですか! そんなのおかしいよ! でもね、子供が騒ぐのは当然なんですよ! だから周りの大人がね! 大人が! 大人……ッ、は!?」

 

「彼はハーモニーガイジ。この園に何かが言いたいらしくて、連れて来ました」

 

 

真ん中にいるのは、トカゲのような顔をした女だった。

トカゲ面は次に右にいる女性を指差す。マダムのような出で立ち、さらにトイプードルを散歩している女性だ。

 

 

「オタクらのね、チビちゃんたちの声が、ミルクちゃんが嫌いみたいでね。だからね、死んでいただけると助かりますのよ?」

 

「彼女はラブミートガイジです。子供達が嫌いみたいで、連れて来ました」

 

 

犬、ミルクちゃんがキャンキャンギャンギャン鳴いている。

そして思い切り飼い主であるラブミートの足を噛んでいた。血が流れているが、ラブミートは可愛いでしょうと笑う。

明らかに普通ではない。そうしていると、敬喜が前に出る。

 

 

「あんた等が、波佐見さんをおかしくしたの?」

 

「……あなた、可愛いですね。私なんてトカゲ面でずっといじめられたのに、どうしてこんなにも差があるんだろう?」

 

「整形すれば? いいとこ知ってるよ? ボクもちょっと弄ってるし」

 

「良神ですか? あそこはダメ。全然ダメ。本当にセンスがない」

 

 

トカゲ面はカバンをあさる。

 

 

「そもそも整形がナンセンス。せっかくパパとママからもらった体なのに傷をつけるなんて許せない」

 

 

ブツブツと呟きながら、電気丸ノコと、片手で持てるチェーンソーを取り出す。

 

 

「矜持や信念がない人はダメ。私もずっとコレを使い続けてます。これで何人も殺しました。斬りました。だから私はアポロンに愛される資格があるのです。ああ、ああ、偉大な太陽」

 

 

ミルクちゃんが吼える。吼え叫ぶ。すると全身から血が出てきた。

まもなくミルクちゃんの全身から棘が飛び出し、絶命する。

一方でラブミートは首輪に繋がっているチェーンを手繰り、構えた。

ミルクちゃんはフレイル。武器なのだ。

 

 

「死んでください、仮面ライダー。太陽に見放された愚か者ども」

 

 

もはや会話はできそうにもない。隼世たちは一勢にベルトを生み出す。

 

 

「確保するぞ。山路、絶対に殺すな」

 

「分かってますよ。捕まえないと情報が引き出せない」

 

 

変身。風車が回る。風が吹いた。四人は既に仮面ライダーに変わっていた。

 

 

「アマゾンはハーモニー、1号はラブミート、僕とエックスはノコギリ女を抑える!」

 

 

了解の声が重なる。アマゾンは四速歩行で走り出すと、一気にハーモニーの前に位置を取る。

ハーモニーは何かをブツブツと口にしていたが、よく分からない。

アマゾンはまず手刀で肩を打つと、よろけたところを狙って、腹に拳を打ち込む。

相手の呼吸が止まると、飛び回し蹴り。二度蹴りがハーモニーを吹き飛ばす。

 

 

「モガアァア!」

 

 

ただ、人間の姿だから手加減しすぎた。

ハーモニーはすぐにナイフを取り出すと、立ち上がって刃をチラつかせる。

 

 

「それをやっちゃぁおしまいでしょぉうがぁあああああ!」

 

 

ハーモニーが襲い掛かってきた。

振るったナイフ。しかしアマゾンの腕には(ヒレ)がついている。

距離感と勢いを見誤ったハーモニー、悲鳴はすぐに聞こえてきた。ナイフを持った右手がボトリと落ちる。

ハーモニーは手首から上を失い、泣き叫びながら地面を転がる。

 

 

「山路ッ!」

 

「大丈夫です。殺してません。ただ刃物を持っていたので多少の攻撃はお許しを」

 

 

そういうと、さっそくアマゾンは蹴りを繰り出す。

なんだか想像していたよりもずっと弱い。ハーモニーは蹴りを二発打ち込んだところで完全に動かなくなった。

アマゾンは倒れているハーモニーの右腕を掴んで、強制的に引き起こす。

念のため、顔を二発ほど殴るが、反応はない。目はすぐに腫れ、歯がボロボロと抜けてきた。

 

ふと、アマゾンはひまわりの里を見る。子供達がコチラを見ていた。

アマゾンはまるで釣った魚を見せるようにボロボロになったハーモニーガイジを見せ付ける。

 

 

「アマゾンが勝ったんだ! やったぜ!」

 

 

子供達の歓声や拍手が巻き起こる。

アマゾンはそのままハーモニーを投げた。既に隼世を通じて警官や、水野町の刑事が待機している。すぐにハーモニーガイジは取り押さえられ、そのまま連れて行かれた。

 

一方でラブミートは武器であるミルクちゃんの亡骸を振り回していた。

血が飛び散る。そのまま、どうしていいか分からずに躊躇している1号へ思い切りミルクちゃんを放り投げた。

どうやらミルクちゃんの中には以前見つかった刃物が埋め込まれた死体と同じことが施されていたらしい。全身を突き破った針が1号に刺さり、火花が散る。

 

 

「う――ッ!」

 

 

1号は再び飛んできたミルクちゃんを掴んでみた。

針が痛い。いやそれよりも血まみれで絶命しているミルクちゃんが可哀想で仕方ない。

なによりもマスクを通して鼻いっぱいに広がる血と糞の臭い。

血と、糞のにおい。

死がそこにあった。

 

 

「あああああああああうぁぁあぁああぁ!」

 

 

1号はミルクちゃんを放り投げると、一目散に逃げ出した。

変身が解除され、岳葉は周りで待機している警官たちを突き飛ばしながら走る。

躓いて思い切り転んでも、岳葉はハイハイで逃げ続けた。

 

そしてこみ上げる吐き気に耐えられず、胃の中のものをブチまけた。

随分と無様で情けない姿だ。瑠姫も確認できたのか、心配そうな表情を浮かべている。

そしてもう一人。離れたところにある木の上に立っている男がいた。

 

 

「………」

 

 

仮面ライダー斬月は岳葉をジッと見ていた。

 

 

 



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第8話 孤独なマリア

 

 

「ッ、岳葉! 何をしてるんだ! 戻ってきてくれ!」

 

 

2号とエックスはトカゲ面と交戦中だ。やはり他の二人とは違い、トカゲ面の戦闘力は高い。

まず恐れがなかった。迫るライドルホイップをチェーンソーで確実に弾き、ノコを容赦なく押し当てようとする。

生身で仮面ライダーの攻撃に立ち向かっていくのもそうだが、先ほどの発言や実際にチェーンソーを振るう際の殺意は明らかにただの人間ではない。

 

 

「あぶなッ!」

 

 

攻撃を回避するエックス。ライドルスティックにチェンジすると、それを思い切り振るう。武器がぶつかり合う。

市販のチェーンソーよりも改造が施されているのか、ライドルと打ち合ってもある程度は持ちこたえられるようだった。

とはいえ、すぐにトカゲ面が吹っ飛ぶ。

2号がタックルで割り入ったのだ。腰をがっちりと掴み、そのまま引き倒す。

衝撃で武器も離れた。チャンスだ。2号はすぐに――

 

 

「!?」

 

 

トカゲ面の目から血が吹き出てきた。トカゲ面が痛い苦しいともがき始める。

 

 

「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 

 

2号が心配そうな声を出したとき、トカゲ面は思い切り腕を振って、フックで2号の頬を叩いた。

 

 

「うッ!」

 

 

脳が揺れる。

トカゲ面はその隙に横へ転がって2号を振り払う。少なくともただの女に出せる力ではなかった。

2号は倒れながら思い出す。そういえばトカゲの中には目から血を出して外敵を威嚇する種がいたような。

まんまと騙されたわけだ。

 

一方でトカゲ面は走り、地面に落ちた二つの武器を取りに走る。

しかしノコのほうにはエックスが走っていた。トカゲ面は諦め、チェーンソーに飛びついて回収、地面を転がって素早く立ち上がる。

だがトカゲ面は油断していた。エックスには飛び道具がある。ライドルでXを描くと、その斬撃が発射されて直撃。爆発を起こす。

 

 

「ギギギギギィィ!」

 

 

トカゲ面は血を撒き散らしながら倒れる。

いくら普通の人間よりかは頑丈とはいえ、それなりの威力を持ったライダーの攻撃には耐えられなかったようだ。

 

 

「エックス! ここは頼む! 僕はラブミートを!」

 

「了解!」

 

 

エックスはライドルをロープモードへ。

ライドルが鞭のようにしなり、伸びる。

さらにライドルを振るえば、赤い先端部分が一人でに飛行、すぐにトカゲ面をぐるぐる巻きにして動きを封じた。

 

 

「ほッ!」

 

 

エックスはロープを強く引き、一本釣りのようにトカゲ面を引き寄せた

同時に光る複眼。威力は最低にして、発光する足を斜め上に伸ばす。

 

 

「エックスキック!」

 

「ギャアアアアアアアア!」

 

 

足裏に張り付いて回転するX状のエネルギー。

それはトカゲ面に直撃すると、弾き飛ばして完全にノックアウトしてみせる。

一方で2号は全速力で走り、ラブミートを追いかけていった。

どうやらヤツは1号がいなくなったとみるや、ひまわりの里に向かって走り出したのだ。

発砲音が聞こえる。警官が撃ったのだろう。しかしラブミートはミルクちゃんを盾にして加速していく。

 

 

「ミルクちゃんのためにぃいいいいいいい゛ッッ!」

 

 

変化は一瞬だった。ラブミートガイジの左腕が変質し、巨大な刃物に変わる。

警官たちを切り伏せ、ラブミートは尚も走る。だが2号のほうが早い。地面を蹴って跳躍、腕を伸ばせばラブミートをつかめる距離に入った。

しかしそこで銃声。2号の体から火花が散って、墜落していく。

 

 

「なんだ!?」

 

 

素早く立ち上がると、再び火花。

痛みを感じて2号の体がきりもみ状に回転して再び地面に伏せる。

 

 

「うぎゃ!」

 

 

エックスに一撃。

 

 

「!!」

 

 

アマゾンに一撃。

倒れる三人。顔を上げると、そこにはきらめく緑色の鎧が見えた。

 

 

「なに!?」

 

「メロン……?」

 

 

エックスとアマゾンはピンと来ていないようだが、2号の声色が変わった。

 

 

「斬月だと!?」

 

 

ライダーオタクの記憶は消えちゃいない。

かつて全てのサブライダーの力を手に入れたが故に分かる。

 

 

「知ってるの? 2号さん!」

 

「あ、ああ! 仮面ライダー鎧武に登場するライダーだ! だが、しかしッ!」

 

 

何故ここに存在しているのか? である。

自分達と同じクロスオブファイア所持者なのか。

だとすればなぜ昭和ライダーの流れがあって鎧武の――、それも斬月なのか。2号にはサッパリ分からなかった。

ただひとつ分かることがあるのなら、穏やかな状況ではないということだ。

斬月は2号に向けて光弾を発射、2号が腕をクロスさせてガードをすると、斬月は既に背後に回りこんでいた。

 

 

「速いッ!」

 

 

振り返る2号。振り下ろされた無双セイバーを受けてしまう。

さらに突きを胸に受けて火花が散る。しかし2号は踏みとどまると、左手で刃を掴んだ。

 

 

「捕まえたッ!」

 

「………」『ソイヤ!』

 

 

斬月は戦極ドライバーの小刀(カッティングブレード)を倒す。

 

 

『メロン・スカッシュ!』

 

 

無双セイバーに緑色の光が纏わりつき、激しい熱を放つ。

強化だ。2号は知っている。なので刀から手を離して、後ろへと離れていく。

 

 

「ぐっ!」

 

 

だがピッタリとついてくる斬月。

速い。高速移動が使えるのは知っていたが、侮っていた。

2号の肩からわき腹にかけて刀が入る。焼けるような痛み、そして蹴りが入り、2号は地面を転がっていく。

ここで斬月は左手に持っていたメロンディフェンダーを後ろへ投げた。

盾は高速で回転して空を疾走。近づいてきたエックスとアマゾンを撃ち抜き、さらに旋回してぶつかっていく。

 

 

「ごッッ!!」

 

 

アマゾンの腰に盾がめり込み、そのまま地面を滑っていく。

斬月は飛んできた盾をキャッチすると、無双セイバーを構えてエックスのもとへ走る。

エックスは後ろへ下がりながらライドルをロープモードにして振るった。赤い先端が不規則な動きで空中を移動し、斬月へ迫る。

だが斬月はその動きを見切っていた。光弾で先端を撃って弾くと、スピードをあげてエックスへ距離をつめる。

 

 

「うっ! ライドルホイップ!」

 

 

エックスはライドルをホイップモードへ。二人は早速と斬り合っていく。

エックスは突きを多用するが、斬月に斬り弾かれ、あるときは盾で防がれていく。

そもそも敬喜の型は映画やアニメで見た戦闘スタイルをなんとなくコピーしているだけだ。剣や棒術の心得など欠片もない。

それがまずかったのだろうか? 無双セイバーの一撃は重く、エックスの手からライドルがすっぽ抜けた。

 

 

「あ」

 

『ソイヤ!』『メロン・オーレ!』

 

「やばばっ!」

 

 

遅かった。エックスが踵を返して逃げ出したはいいが、斬月に追いつかれた。

盾を前にして思い切り突進された。シールドバッシュだ。

すると巨大なメロン型のエネルギーバリアが出現し、エックスの中に閉じ込める。

 

 

「う、うごけないよ! 出してー!」

 

 

エックスがもがくが無駄だった。

一方で腰を落とし、構える斬月。

まさに一瞬だ。振った刃がバリアごとエックスを切り裂いた。

 

 

「うあ゛ッ! うぐッ!」

 

 

エックスは煙をあげながら地面を転がっていく。

斬月は盾を構えると、それを思い切り投げる。アマゾンのところへ。

しかし二度も同じ手は食らわないか。アマゾンは飛んできた盾の動きを見切り、両手でキャッチしてみせる。

 

だが斬月も走っていた。

刀を振るうと、アマゾンは困ったように後退していき、すぐに体から火花を散らすことに。

アマゾンは盾を離すかどうか迷っているのだ。しかしこのままではアマゾンはまともに攻撃できない。盾を投げ捨てると、斬月と交戦する。

だがやはりと言うべきか。アマゾンが盾を放り投げた瞬間、盾はひとりでに浮遊。すぐに空中を飛び回ってアマゾンにぶつかっていく。

アマゾンの爪が空を切った。

一方で斬月の刃は確実にアマゾンを捉えていく。

 

 

「――ッッ!」

 

 

アマゾン、二回目のキャッチ。

そこで斬月は空中を舞い、アマゾンの背中を切った。

背中を蹴ると、アマゾンが前に出て行く。斬月は戻ってきた盾と無双セイバーを投げ捨て、小刀を三回倒した。

 

 

『ソイヤ!』『メロン・スパーキング!』

 

 

斬月が跳んだ。

右足を突き出すと、そこへ緑色の光が纏わりつく。

さらにあふれるエネルギーが、まるで果汁のように飛び散っていく。

 

 

「!」

 

 

アマゾンが我に返り、空を見上げると、そこには発光する足裏があった。

 

 

「グアァアア!!」

 

 

飛び蹴りが炸裂する。

着地して地面を滑る斬月。一方でアマゾンは倒れ、苦痛に声を荒げた。

 

 

「あ、あなた――ッ! あなたは……! 何者だ!」

 

 

アマゾンは先ほどからずっと感じていた。

これもまた、嗅いだことのない匂いであった。

一瞬、妖艶な香りかと思った。だが本能が感じている。この匂いをかいではいけない。

甘い香りとて、その奥に潜む毒が分かりやすければ、人はすぐに非難する。

そうだ。これは巨大な食虫植物。嗅げば嗅ぐほどに、近づけば近づくほどに――……。

死が、待っている。

 

 

「―――」

 

 

アマゾンが未知の感情に触れようとしたとき、斬月は無双セイバーを拾いにいく。

そして光弾を散らすと、煙と共に消えてしまった。

 

 

「なんだったんだ……?」

 

 

2号は立ち上がると、ハッとしてすぐに走り出す。

サイクロンを出現させると、シートに飛び乗ってスピードを上げた。

なぜなら既にラブミートガイジはひまわりの里の目の前だったからだ。

 

 

「お、おい! アイツこっち向かってきてないか!」

 

「そ、その確立は98%だと思います!」

 

 

ザワつく屋上。

しかしリセが指をさした。

 

 

「あれはなぁに?」

 

 

正和たちも見る。

ひまわりの里を守るように立った一つのシルエット。黒づくめの装甲、漆黒のマフラー。

しかし顔を覆うマスクだけは、白いドクロが輝いている。

まさにそれは――

 

 

「ライダーパンチ」

 

 

メリケンサック・『サンダーナックル』が音声認識をうけて電撃を発生させる。

ナックルを向かってきたラブミートへ打ち込むと、バチバチと音をたてて放電が開始される。

後退していくラブミート。すぐに腕の剣を振るうが、帯電中は動きも悪く感じる。漆黒のライダーは迫る刃を次々に交わすと、裏拳やフックで敵を撃つ。

距離が僅かに開いた。ライダーは走りだし、その加速に乗せて足裏をラブミートの腹部に叩き込んだ。

 

 

「ライダーキック!」

 

 

音声認識によって足裏が放電を開始する。

体を震わせて電撃を浴びるラブミート。そうしていると2号が追いついた。

痺れているラブミートを掴むと、背負い投げを。さらに掴んだまま空中へ飛び上がり、地面に叩きつける。

 

 

「ライダー二段返しッ!」

 

 

凄まじい衝撃に、ラブミートは白目をむいて動かなくなった。

 

 

「助かったよ。それが、例の?」

 

「はい」

 

 

黒いライダーはマスクを取る。

そこにいたのは隼世と同じバルドに所属している、滝黒響也であった。

 

 

「マリリンさんが作った。擬似ライダーです。オレがつけるから『滝ライダー』と呼んでいました」

 

「かっこいいね。仮面ライダースカルみたいだ」

 

 

バルドも確実に迫る異形に備えるために、ライダーシステムを応用してパワードスーツを作っていたようだ。

まだまだ試作段階だが、ガイジ相手には余裕を見せることができた。

戦いが終わった。周りにいた警官たちが集まり、処理を行っている。見れば刑事たちがトカゲ面に手錠をかけている。

 

 

「コイツの腕」

 

「ああ。波佐見と同型だろうね」

 

 

響也はマスクを取ると、マリリンに電話。情報を送っている。

2号は遠くのほうでへたり込む岳葉のほうへ向かっていった。

敬喜も刑事たちから水を受け取って飲んでいる。あとは斬月にやられた傷を見てもらっている。

その中で聞こえる声。正和たちが山路に駆け寄ってきた。

 

 

「やったなぁ! 山路ッ! 流石はおれの相棒だぜ!」

 

「正和くん。見ててくれたかな? 俺の活躍」

 

「見た見た! 最高だ! でもメロンのヤツにはやられてたな」

 

「まあ、今度はパフェにしてやるさ」

 

 

匂いが分からなかった。たとえるならば、全部香る。

どんな匂いにもなれる気がした。山路が臭いと思えば臭いし、良い匂いだと思えばそうなる。あるいはリセのような純粋な香りにも。

完全に悪い人でもないのかも。必殺技だって手加減されていたように思えるし。

 

 

「あ、待て! 変身解除すんなよ山路! 写真とって!」

 

 

アマゾンと正和が並び、ピースサインを浮かべて写真を撮る。

ミッちゃんたちも撮りたいと言ったので、二枚目は警察官の人に携帯を渡して、みんなで撮った。

 

 

「私ねぇ、やっぱりちょっと最近の水野町は少し怖かったけど……」

 

 

リセは少し恥ずかしそうにアマゾンから離れると、手で口を覆う。

ニヤけているのを見られるのが恥ずかしいのだろう。

 

 

「今は怖くないよぉ? だってねぇ、山路くんがいてくれるからぁ」

 

 

そうか。変われる気がする。変われるんだ。

アマゾンは喜びに満ち満ちていた。いつか正和と喧嘩をするだろう。

でもその喧嘩は、きっとお互いがお互いを思ってのことだ。だから僕らは分かり合い、もっと仲良くなる

いつかリセと恋をするのだろうか? 彼女とキスをして、子供を作る。リセは何が好きなんだろう? それを好きになろうとアマゾンは思った。

 

 

ここから――、全てが始まる。

 

 

「あ、そうだぁ! 山路くぅん。今日はねぇ、みんなを守ってくれたお礼にぃ、キミの好きなものを作るねぇ!」

 

 

ここから素敵な物語がスタートする。

山路が人として、人であれるための物語が。

 

 

「うれしいなぁ」

 

 

ドーン。

リセの右眼球がはじけ飛び、仰向けにバタリと倒れた。後頭部からはドクドクと血が流れ、あっというまに広がっていく。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

???

 

 

「姉ちゃん!?」

 

 

正和が姉に駆け寄った。

 

 

「おい大丈夫かよ姉ちゃ――、ぺびゅ!!」

 

 

正和の後頭部に穴が開いた。骨が割れ、脳と血が飛び散る。

 

 

「ぷにゃ!」

 

 

よく分からない高音を出して、正和は倒れた。

みんな、振り返る。ドーンと音がした方向を見る。

警官や刑事が血を流して倒れていた。その中心に立っていたのは『ノコギリトカゲ面』だ。

肘から細いノコギリが皮膚を突き破って伸びており、それで周囲を攻撃したのだろう。手錠はかけられていたが、鎖は繋がっていない。引きちぎったのだろう。

そして右手には銃が見えた。ハンドキャノン。少し小さめだが、威力は他のピストルよりはずっといい。

 

 

「あれ? ずっとノコギリ使ってたじゃない」

 

 

アマゾンの震え声。トカゲ面は頷く。

 

 

「矜持がどうとか言ってたじゃんよ」

 

 

トカゲ面は頷く。しかし彼女も悔しげに震えていた。涙が、ポロリ。

 

 

「私だってそうしたかったよ! でも仕方ないじゃん!」

 

「仕方なくないよ! ノコギリ好きなんでしょ!?」

 

「そ――ッ、好きだけどさぁ! 好きだけじゃやっていけないでしょう!? ノコギリギコギコやって貴方たちに通用した? しないでしょ! してないでしょう!? だったらしょうがないじゃない! そもそもさ、ノコギリで斬っても場所によっては大丈夫になるじゃん! なっちゃうじゃん! どうして分かってくれないの? ノコギリは好きだよ? 好きだけど――ッッ!」

 

「言い訳すんなよ!」

 

 

アマゾンに怒られた。トカゲ面はハンドキャノンを見て、涙をボロボロ流す。

 

 

「だってぇ、コレのほうが便利なんだもんよぉぉお!」

 

「ンンンンンンンンンンンンンンンンッツ!!」

 

 

アマゾン号泣。体を震わせ、ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。ダダダ。

 

 

「やめろ山路! 殺すなッッ!!」

 

 

2号が腹から叫んだ。力みすぎて声が裏返り、高音になった。

アマゾンは聴いちゃいない。すくい上げる腕。顎に爪を食い込ませ、思い切り上に引き剥がす。

顔の皮膚や肉が剥ぎ取られてトカゲ面は激痛に叫んだ。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアイッッ!」

 

 

アマゾンは地獄突きでトカゲ面のお腹を貫く。

 

 

「セェエエエエエエエエエエエツ!」

 

 

そのまま真上に腕を上げた。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアン!!」

 

 

胸骨や肋骨を粉砕しながら、顔面を通り過ぎて、脳天から腕が突き抜ける。

脳や臓器、たっぷりと血を撒き散らしてトカゲ面は地面に倒れた。

すぐに死体は連れて行かれた。万が一もあるため、滝黒が同行する。

 

子供たちはおうおうと泣いていた。

瑠姫が慰めているが、お友達とお姉さんが死んだのだから仕方ない。

山路も泣いていた。悲しそうにないていた。

隼世が肩に触れる。山路が振り返ると、襟首を強く掴まれた。

 

 

「いい加減にしろよお前はァッ! 殺すなと言っただろ!?」

 

「だって、だってぇ……!」

 

 

山路はグスグスと泣いている。隼世は襟を掴む力を強め、激しく睨みつける。

 

 

「クズでも涙だけは綺麗だな。お前は今、誰のために泣いてる? 彼女達か? 違うだろ、全部自分のためだ!」

 

「それは違う! だって、だって僕は――ッ!」

 

「普通になりたかった? 違うな。お前はずっと今のままで満足していた筈だ。ただ新しい快楽の形を見つけたから、それを貪るための言い訳を用意していただけだ」

 

「……ッ」

 

「ファミレスでお前は自分を肯定した。にも関わらず、まるで前から変わりたかったかのように振舞った。自分の無いお前には、はじめから誰も愛せるわけがなかったんだよ」

 

「それは酷いッ! 僕は本当に変わるつもりでした。確かにかつては様々な思考に支配されていた。でも高岡さんたちと出会いッ、僕は人として生きる覚悟を固めたんです!」

 

「だが殺した! よりにもよって! 仮面ライダーの力で!」

 

「だってそれは二人が殺されたから!」

 

「だからッ、ないんだよ! お前には覚悟なんてッ、最初から!」

 

「しました! 覚悟しましたよ! 確かに僕のエゴはあった! でも高岡さんたちのためにも! 今のは殺す覚悟を持って、大切断をやったんです!」

 

「人を殺す覚悟だと? 心のないお前にッ、何の覚悟が固められるって言うんだよ!!」

 

 

山路はブッ壊れてる。まともな思考があるなら、変わろうなどとすら思えない。それだけのことを今まではやってきたんだ。

たとえ相手が悪人だろうとも、異常者であったとしても、怪人ではなかった。

人間だったのだ。最後のラインは超えていなかった。

 

 

「キミはまだ子供かもしれないが、人を殺せる力を手に入れた以上、それを使う責任がある。お前は間違いなくその責任から目をそらした」

 

 

そうすると山路は俯き、ボロボロと涙をこぼす。

 

 

「壊れている人は、生きていてはいけないんですか?」

 

 

この期に及んでまだ自己を肯定しようとするのか。隼世は呆れてしまった。

生きていてもいいのなら山路は許されるが、トカゲ面だって許されたはずだ。

でも山路は彼女を殺した。もちろんトカゲ面のやったことは許されない。死刑かもしれない。

だがそれでも、『殺人には殺人を』ではなく、法を使うべきだ。

 

 

「それがこの世界で生きていく自分達に与えられたルールという――……」

 

 

そこで隼世は言葉を止めた。日本語が見つからない。

少し気まずい想いがあった。そうしていると敬喜がやってくる。

 

 

「まあ、いいんじゃない。ちょっと固すぎだよ市・原・先・輩」

 

 

敬喜がひょうひょうとした様子で言う。

 

 

「今回は普通の人間ってよりは限りなく化け物だったし。ましてや目の前で好きな人を殺されたら、ボクだって我慢できない。っていうか波佐見さん殺しちゃったし」

 

「そ、それは……」

 

「っていうか、先輩だって虚栄のプラナリアで殺してるんでしょ?」

 

「違う! あれは怪人だった!」

 

「そこまで違うもの?」

 

 

隼世は真っ青になって固まる。

 

 

「今回くらいは大目に見ようよ。山路さんだって今後もホイホイ殺すわけじゃないでしょ?」

 

 

山路は無言で頷いた。

 

 

「ほら、こう言ってるし」

 

「だがコイツは仮面ライダーとして相応しくない! 命の捉え方が――」

 

「そういうの、格好悪いよ」

 

「!」

 

「偽善者っぽくて、ボクは嫌だな。そのへんにしようよ」

 

 

隼世は目を見開き、歯を食いしばる。

 

 

「先輩はさ、彼女さんを殺されても同じことが言えるの?」

 

 

ルミが死ぬところを妄想した。隼世の動きが完全に止まった。

周りを見た。みんなが心配そうに自分を見ている。

まるで間違っているのが隼世であるかのような目だった。隼世にはそう感じた。

 

 

「――斬月のこともある。ライダーを失うのは……、よくないな」

 

 

全く納得していなかった。だから笑顔は仮面のように。

 

 

「悪かったよ山路。でも殺すのはダメだ。しっかりと反省して、今後もよろしく頼む」

 

「はい。すみませんでした……!」

 

 

隼世は踵を返して歩き出す。

全てが気に食わなかった。全て。そう、全てだ。

仮面ライダーの力を使って猟奇殺人を犯し、それだけではなく命を軽視してるとしか思えない山路も。彼を咎めなかった敬喜も。

ましてやそこで情けなく自分を見つめている岳葉もだ。

そもそもお前が逃げなければもっと上手くやれたのではないのか? だから隼世は何かを言いたげな岳葉を無視して歩いていく。

 

 

 

 

 

うなされていた? ユキ? ああ、妹の名前さ。裏切られた。オレは信じていたのに。

母も、みんな、オレから離れていく。父はもうダメだ。みんな忘れる。

そもそもオレは昔から父が好きじゃなかった。あの人はいつも、誰も見ていなかったんだ。

え? 映画に行きたい? それがキミのやりたいことなら、オレはどこまでも付き合うよ。

だから珠菜ちゃんは……、あんな大人には、ならないでくれよ。

 

 

「面白かったね」

 

 

アリスカフェ刺殺事件。

凶悪な事件ではあったが、犯人も既に死亡したという情報が入っているため、映画館にはそこそこ人がいた。

周りからはどう見られているだろう? 珠菜は思った。兄妹? 親子? それとも――……。

 

そして自分達は一体どういう関係なんだろう? 珠菜は映画を見ながらふと考える。

志亞は変な人だ。けれども――、やっぱり珠菜にとっては優しいし、変な人だけど今まで会った男の子のなかで一番かっこいい。

それに変な人だけど仮面ライダーだ。仮面ライダーは正義の味方だ。珠菜はもうよく知らないが、それでも調べたらいろいろ情報が出てきた。動画もニコニコチューブで見た。

映画のラストを見て、珠菜は明るい未来が待っているのだろうと思った。

 

 

「………」

 

 

珠菜は目を細めた。変な人、変な人……。

映画が終わり、二人は外に出る。

 

 

「行きたい所はある?」

 

「海に行きたい」

 

「了解です。姫」

 

 

志亞は手を出す、珠菜は嬉しそうに手を伸ばした。

ハリケーンはとても速くて、風を感じれて気持ちがよかった。

海についた。砂浜に座って、珠菜は手帳を見た。やりたいことがズラリと書いてあった。志亞はそれをいくつも叶えてくれた。

珠菜は一つの項目を凝視する。

 

 

「志亞さん」

 

「ん?」

 

「好き、です」

 

 

キスをした。

志亞は思わず白目をむいて『逝き』かけた。

珠菜の唇はこの世のどんなものよりも柔らかく、抱きしめた小さな体もフニフニだった。

どうしてこんなに柔らかいんだろう? 志亞は我慢できずにもう一度珠菜にキスをした。

 

 

「おまんこしていいですか?」

 

 

志亞が聞いた。こいつマジで――……。

いや、失礼。珠菜はセックスのことだと知ると無言で頷いた。

志亞はハリケーンを過去1のスピードで飛ばした。かっ飛ばした。

小学五年生とセックス。これほど素敵な響きの言葉が、かつてあっただろうか?

 

 

「………」

 

 

ふと、思う。

これは今、バイクだが、自転車でも良かった。

自転車の後ろにキミを乗せれば、きっとどこまでも行ける。

海が見たい? オレは燃えるような夕焼けがみたい。世界でキミとオレだけが取り残された気分を味わいたい。

一緒に美術館に行こうか? 映画は――……、もう行ったっけ?

公園でお散歩がしたい。

二人だけの秘密基地をつくりたい。

大丈夫。自転車があるから、きっとどこまでも行けるよ。

 

 

「………」

 

 

屋敷についた。

期待と、喜びと、興奮で心臓が破れそうだった。

珠菜のお祖母ちゃんと顔を合わせた。挨拶をしたが、返事は意味不明な言葉の羅列だった。クイガミ様、祟り、呪い、などなど。

 

どうでもいいので、さっさと部屋に行った。

シャワーを浴びよう。そう思っていると、珠菜が倒れた。

どうすることもできないので、救急車を呼んだ。

お医者に言われた。

 

 

「珠菜さんは癌です。既にかなり進行しています。余命は一ヶ月でしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高岡姉弟の両親は、子供の死体を見て泣き崩れた。

 

 

「どうしてあの子たちが死ななければならなかったんですか?」

 

 

弱弱しい声だった。隼世はただ頭を下げることしかできなかった。

申し訳ありません。助けられたのに。仮面ライダーなのに。みすみす死なせてしまって本当に申し訳ありません。

子供達を殺した犯人は? 死にました。アマゾンが殺しました。

ではありがとうと伝えてください。おそらくはこんな感じの会話だったと思う。

あまり覚えていない。水野町の警察署。誰も使っていない会議室を借りて隼世は顔を覆っていた。

 

 

(なぜ取りこぼす? 何がダメなんだ? 僕はアマダムに勝ったんだぞ! あんな強大な敵を超えたのにッ、どうしてこんなことで足踏みをしているんだ!?)

 

 

すると扉が開く音が聞こえた。

なにやら袋を持ったルミと瑠姫、岳葉が心配そうな顔で入ってくる。

 

 

「大丈夫イッチー? ここにいるって聞いて……」

 

「う、うんっ! 大丈夫だよ。ごめんね心配かけて」

 

「それはいいんだけど……、大変だったね」

 

「大変なんてものじゃないよ。二人も死んだ。しかも何の罪もなくてッ、あんな小さな子が……!」

 

 

隼世は机を殴りつける。

 

 

「きっと、やりたいことがッ、いっぱいあった! 僕がヤツから目を離したのが原因なんだ! 悔しいなんてものじゃない! 情けなくて情けなくて――ッ!」

 

 

両親の泣き顔が脳内に再生される。

隼世は頭を抱え、目の端に涙を浮かべた。

 

 

「死にたくなる――ッッ!」

 

 

それを聞いてルミはゾッとする。

ダメだ。なんとかしなければ。必死に考え、やはり前に隼世がしてくれたような励ましを。

 

 

「げ、元気出してイッチー! そうだ! あのね! いろいろ買ってきたんだよ?」

 

 

ルミは袋をゴソゴソと漁り、まずはポテトチップを取り出す。

 

 

「甘いもの食べると落ち着くらしいから、ポッキーもあるよ! それにほら、コレ見て!」

 

 

ルミは花火を取り出す。

 

 

「もう夏も終わりだけど、最後にパーッとどう? 夜の海でやればとっても綺麗だし楽しいよ! イッチー線香花火好きだよね? いっぱい買ったから一緒にやろうよ! タケちゃんもお姉ちゃんも一緒に!」

 

「い、いいね! へへ、へへっ! えへ、えへ、へ」

 

 

岳葉も汗を浮かべながらも頷いていく。

そうしていると隼世が立ち上がり、ルミから花火を奪い取ると、思い切り床にたたきつけた。

 

 

「馬鹿か!? 人が死んでるだぞ! 花火なんてできるワケないだろッ!」

 

 

それなりに大きな声だった。ルミはビクッと肩を震わせ、真っ青になる。

 

 

「あ、ご、ごめっ、アタシそんなつもりじゃ……!」

 

「じゃあどんなつもりなんだよ! 何をどう考えたら人が死んで遊ぼうっていう気持ちになれるんだよ!」

 

「あッ、アタシはただッ、その! い、ち、はらくんにッ、元気を出して欲しくて!」

 

「人が死んでるなかで楽しくおかしく遊んで、元気になるようなサイコ野郎か僕は! ああ、傑作だな!」

 

 

ルミは何も言うことができず、ただ涙目でブルブル震えるだけだった。

 

 

「僕はキミの事を心が張り裂けるくらい考えてるのに! キミは何にも分かってくれない! なんでそんな事が言えるんだ! ちょっと空気を読めば分かるだろこれくらい!」

 

 

敬喜に言われたことが胸に刺さっていた。

山路と同じ状況になった時、隼世は理性を保てるか? 偉そうに説教していたことが守れるか?

自信が無かった。ルミが目の前で殺され、犯人がそこにいる。

隼世の両手は真っ赤に染まっていた。最悪の幻想だ。なのにルミはヘラヘラヘラヘラ……!

 

 

「お、おちっ! 落ち着けよ隼世! ルミちゃんだってッ、お前を気遣って」

 

 

岳葉が隼世を止めに入るが、今はただ逆効果だ。

隼世は岳葉の腕を振るうと、激しく睨みつける。

 

 

「お前もだ岳葉! ルミに賛成するなよ! そもそもお前が逃げなければもっとスムーズに終わってたかもしれない。犠牲者を出さなかったかもしれない!」

 

「うッぁ! あぁう!」

 

「ライダーの力をもってるくせに! いつまで怯えてるッ!」

 

 

隼世は岳葉を突き飛ばし、壁に激突させる。

 

 

「昔は簡単に殺してたくせに! またお前は逃げるのか! 責任から! 重さから! 命から! 仮面ライダーからッッ!!」

 

 

そこで瑠姫が走った。

岳葉の前に立ち、隼世をまっすぐに見つめる。

 

 

「落ち着いて隼世さん。少し、言いすぎだと思うわ……!」

 

「僕は落ち着いてるさ! おかしいのは周りのほうだ! ライダーとして正しく協力して解決する。たったそれだけが何故できない! ライダーとして清くあろうと何故しない!? どいつもコイツも仮面ライダーを汚してるだけの糞野郎だ! 清く正しくあろうとするだけでいいのにッ、なんでできない! なんで人の気持ちを考えることができない!」

 

 

今の瑠姫の瞳は気に入らなかった。

まるで間違ってるのは貴方だと言われているような気分になる。

それは違う。いつだって自分は正しかった。いや多少のズレはあったかもしれないが、少なくとも間違ってはいなかったはずだ。

隼世は強くそう思う。

 

 

「キミだってそうだろ! ちゃんとしていれば、まともに生きてれば! 余計な苦しみなんて味わうこともなかった!」

 

「!」

 

「でもそれは当然の罰だよ! 間違えていたんだよキミたちはいつもッ! 尻拭いはいつだって僕だ! なのに次はなんだ? 偉そうに説教か? ふざけるなよッ!」

 

 

隼世はテーブルを殴りつけ、自分の頭をトントンと指で叩く。

いいか? よく聞けよバカども。そういう意味のジェスチャーだ。

 

 

「間違えてるのはルミなんだ! ちょっと考えれば分かるだろうが!!」

 

 

落ちた黒は、どんどん広がっていくだけだった。

 

 

「ああ、ごめん。分からないか。定時制なんて行ってる落ちこぼれと、いい歳してまともに客と目も合わせられないフリーターのバカと――」

 

 

股しか開いてこなかった女に道徳なんて分かるわけがない。

隼世はグッと口を閉じた。何かが心にブレーキをかけた。

それだけは言ってはいけないと。

しかし表情と、『口を閉じたこと』で察したのか、瑠姫は平手で隼世の頬をうった。

 

 

「!」

 

「……ずっと、そんな風に思ってたの?」

 

 

ずっとではない。ただ、そう――。

口にはしなかったが、思ってしまったのは事実だ。

 

 

「最低」

 

 

隼世は何も言えず、何も見れず、ただ瑠姫の言葉に怯えて部屋を出て行った。

 

 

(なんで正しいのに逃げ出さなくちゃならなかったんだ)

 

 

本当に? 隼世は立ち止まる。

部屋を出るとき、チラリとルミを見た。ボロボロと泣いて立ち尽くしていた。

瑠姫の悲しげな顔が目に浮かぶ。岳葉の呆然とする顔が焼きついている。

本当に正しいのなら、なぜこんなことになっている? ふざけたことをする奴等が笑顔で、自分はこんなに苦しんでいる。

 

ああ、ダメだ。落ち着かなければならない。

隼世はフラフラとコンビニに入っていく。熱いコーヒーでも飲めば、少しは何かが変わるかもしれない。

レジに行って、店員さんにカップを貰おう。

 

 

(正しくあろうとすればいいッ、それは絶対に正しい。人があるべき姿なんだ……!)

 

 

レジにならぶ。正しい。正しい……。

なにやら怒鳴る声が聞こえてきた。前を見ると男性が店員の女の子に怒鳴りちらしている。

申し訳ありませんでしたじゃねーよ! レシートがどうたらこうたら。内容は分からない。分かりたくもない。

バイトだろ。子供だろ。許してやれよ。誰だってミスはするだろ。

後ろを見ろよ。僕が並んでるんだよ。迷惑だろ。店員さんが怯えてるだろ。怒鳴るなよ。うるさいんだよ。なんで正しくあろうとしない?

長いな。いつまで待たせる。ああ、クソ。迷惑をかけるなよ。子供の時に教わらなかったのか? 何も見てこなかったのか? 何も学ばなかったのか?

テメェら、どれだけ『ライダー』バカにすれば気が済むんだよ。

 

 

 

 

隼世の中で何かが切れた。

悲鳴が聞こえた。コンビニの扉が開くと、男性が転がってきた。

隼世は立ち上がろうとする男性の腹部に足裏を打ち込んで呼吸を止めると、髪をつかんで引き起こす。

そのまま駐車場の隅まで運ぶと、もう一度殴りつけて地面に倒す。

腹に馬乗りになると、もう一度男性の頬を叩いた。

 

 

「おら、早く怪人に変身しろよクソガイジ! テメェ、ガイジなんだろ? 早く刃物を出せよ、体から棘を出してみろよ!」

 

 

叩く。

 

 

「僕がブッ殺してやるから! おら! 早くしろって! 殺すぞ! 黙ってんじゃねーぞ! クソがコラ! あ? なんだって? 聞こえねーよクズ! すいませんでしたじゃねぇぞ! は? しらねーよ! さっさと変身しろって言ってんだよ!」

 

 

以前、捕まえた犯罪者の口調が移っていた。

隼世は男性の顔の傍を思い切り殴りつける。地面に少し穴が開いた。

男性はブルブルと震えていた。顔を覆い隠そうとしながら、震える声で訴える。

 

 

「許してください。子供がいるんです……!」

 

「子供がいるから許してくれ? へえ、凄いな! ガイジでも子供が生めるんだな! お前みたいなクズと結婚したいっていう生き物がいたんだな! どんなブスだ? それともソイツもガイジか? 類は友を呼ぶもんな。クズ同士は惹かれあうッ!」

 

 

地面を殴る。男性の顔の横を殴り続ける。

 

 

「社会の癌の精子とキチガイの卵子か、反吐が出るな。どんな奇形児が生まれたか見てみたいもんだ。つれて来いよ! ブスな嫁と一緒に殺してやる!」

 

 

腕が真っ赤だった。ベルトには風車があった。気づけば隼世は2号に変身していた。

 

 

(殺すか!? こんなクズ死んでも――……)

 

 

男性の怯える瞳の奥に2号が映っていた。

『何か』に腕を掴まれたような気がして、2号は拳を止めて立ち上がった。

変身は解除されていた。隼世は視線を感じて振り返ると、バイトの女の子と目があった。

店内に残っている店長だかが呼んだのだろうか? 警察のパトカーのサイレンも遠くに聞こえてきた。

そこで店長も外に出てきた。隼世が振り返ると、男性がガタガタ震えていた。

思い出す。あの瞳の奥にいたのは間違いなく化け物だった。

もはやヒーローではなかった。

 

 

 

 

 

目に焼きついている光景がある。海外の映画だった。

綺麗な花柄のワンピースを着た、金髪の男の子がメインキャラクターだった。彼はとてもカッコよくて、美しかった。

嘲笑があった。侮蔑があった。不自由があった。

男の子は赤い口紅をして、めちゃくちゃなメイクをしていた。全部崩れている。男の子は泣いていた。

 

 

「羨ましいね」

 

 

男の子はそう言って笑い、こめかみに当てた拳銃の引き金をひいた。

涼霧はその日、初めて心の底から涙を流した。

 

今、涼霧は良神クリニックで性転換手術の説明を受けていた。

真白先生は、いくつかの画像を見せて、詳しい解説を行っている。

良神は現代医療では不可能と言われていた人工海綿体を作ることに成功しており、自分の意思で勃起させることができる性器を手に入れることができるのだ。

 

 

「その、セックスとかもできるんですか?」

 

「一応はね。ただ精子は作れないから、子供は作れない」

 

「ふーん。き、気持ちよさ、的なやつは?」

 

「まあいろいろやり方によって変わってくるんだけど、うちがやってる一般的なヤツは陰核は残して、神経を陰茎に繋げるから性感はあるよ。クリトリスも残すから動くことによって快感を得られることは十分可能だよ」

 

 

涼霧は興味ありげに画像を見つめている。

 

 

「ツケてもいいんですよね?」

 

「ああ。キミは保険証があるし。でも払えるだけの経済力は事前に調査したいかな。なにせ家出中だろ? 手術費用は300万だから――……」

 

「死んでも払いますッ! 絶対、絶対……」

 

「まあいいよ。ここだけの話ね――」

 

 

最近、某国の王子様がプライベートジェットで極秘来日しているのではないかという話題が合ったが、それはこの良神クリニックにやって来ていたのだ。

奥さんを整形によって初恋の人と同じ顔にした。そのお礼に、お金をたんまりもらったらしい。

こういうケースは珍しい話でもなく、その支援によって良神はよりよい美容整形技術を提供できるのだ。

 

 

「だから最悪踏み倒されても大丈夫ってわけ」

 

「オレは大丈夫ですッ! 死に物狂いで働いて返します」

 

「あはは、それは頼もしい」

 

 

真白は微笑む。入り口の傍に立っていた巳里もクスクスと笑っていた。

恥ずかしくなって肩をすくめる涼霧だが、そこで真白が目を細めた。

 

 

「ただ一つ覚えておいてほしいのはね涼霧さん。手術が上手くいったとて……、つまり性別が変わったからと言って、なにもかもが変わるわけじゃない。人生を変えるのはいつだって自分の考え方なんだ」

 

「分かってます。でも、確実に変わるものがある」

 

「聞いても?」

 

「励ませる人がいます」

 

「それは今のままでもできるよ」

 

「今のオレの発言は全部がウソなんです。オレがオレのことをウソだと思ってるから、言葉は全てをすり抜ける」

 

 

真白は数回頷き、体を涼霧に向けた。

 

 

「じゃあ改めて聞くよ涼霧さん。男になるかい?」

 

「……はい!」

 

 

涼霧はスキップで敬喜の家に帰った。

家の中に入ると、甲高い嬌声が聞こえてきた。

敬喜は自分のベッドの上で、全裸で自慰行為に耽っていた。涼霧は思わず赤くなって、喉を鳴らす。

 

 

「誘ってる?」

 

「まさか。ココはボクの家だし、自由にしてもいいでしょ?」

 

 

涼霧は我慢できなかった。

すぐにベッドへもぐりこむと、敬喜の胸に手を伸ばす。

 

 

「お猿さん」

 

「敬喜だって、都合がいいだろ?」

 

 

確かに、都合はよかった。

自慰の回数が遥かに多くなった。別にムラムラしてやってるわけじゃない。数秒の絶頂時だけは、全てを忘れられるからやっているだけだ。

頭を、真っ白にしたかった。それは涼霧もなんとなく理解している。

アリスカフェでの事件があって、涼霧はなんと声をかけていいか分からなかった。

あるとき、ふと、敬喜が呟いた。

 

 

『チョコちゃんたちに会うのが怖い』

 

 

理由は分かるような、分からないような。

だがとにかく敬喜は怖かった。そして涼霧もきっと怖かった。手術のこと、家族のこと、これからのこと。

本当は分かっている。今はただ刹那的に生きているだけだ。手術をすると言ったのも勢いまかせであることは理解していた。

でも本当に夢でもあったし、ずっと望んでいたことでもある。けれどもそれとは別に仮面ライダーだとかのこともあって、もう訳が分からない。

 

怖かった。涼霧も、敬喜も。面倒だった。涼霧も、敬喜も。

死にたかった? というよりも、消えたかった。涼霧も、敬喜も。

でもそんなことはできないから、二人はセックスをする。

涼霧にはよく分からなかったが、敬喜は射精しなくてもイケるらしいので、それをした。

そうするとクールダウンせずに何度もイケるらしい。良神から貰った精力剤もあったので、それをザラザラ飲んだ。

頭の中がスパークして何も考えられなくなる。敬喜にとっては凄く都合がいい。気づけばシーツの上に敷いたバスタオルがベタベタになっている。

 

 

「敬喜……、今までで一番エロい」

 

「ありがと。お水のむ」

 

 

敬喜は立ち上がると、フラフラと冷蔵庫まで歩いていく。

空は曇天だった。だからだろうか? なんだか偏頭痛がする。

 

 

「あの、さ」

 

「うん」

 

「オレ、手術しようと思うんだ。良神で」

 

「……どんな?」

 

「男になる」

 

 

敬喜は水を飲むのをやめた。

憎悪があった。それはきっと理不尽な怒りなのかもしれない。

だがこの瞬間、敬喜は涼霧を本気で恨んだ。

 

手術とは――、一般的に体を切る。

敬喜だってそう思った。どんな手術かは関係ない。問題は体にメスを入れる行為であること。

チョコちゃんやマッコリ姉さんは体をバラバラにされた。

だから、なんだかとてもムカついた。

 

 

「じゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅう゛ッ! うぐッ! ぐっ!」

 

「なるほどねぇ」

 

 

敬喜はタバコの煙を吐き出す。フルーツの香りがした。

ベッドに座っている彼は、ベッドで寝ている『彼女』を見た。

敬喜は仮面ライダーだ。変身していなくとも恩恵はある。女性一人を掴んで押さえつけることは簡単だったし、精力剤のおかげで下半身は熱くなっていた。

 

 

「ずっと不思議だったんだよね。キミはいつもペニバン外してオナニーするだけだったし、自分も入れればよかったのにって」

 

 

でも涼霧は怖かったんだ。

 

 

「ゴメンね。でもお互い様ってことで」

 

 

シーツが赤く染まっている。

涼霧は顔を抑えて泣いていた。破瓜は想像よりも痛く、何よりも心が犯された気がして。女であることを教えられた気がして。

 

 

「泣くことないでしょ。ちゃんと外に出してあげたじゃん」

 

「うるッさい! うるさいうるさいうるさい!」

 

 

涼霧は立ち上がると、フラフラとしながら服を着始める。

そうして、さっさと部屋を出て行った。

敬喜はため息をつくと、ワンピースだけを着て涼霧を追いかける。

 

 

「怒らないでよー。今度はもっと気持ちよくしてあげるからー」

 

「うるさい! もうするもんか! あんなの――ッ! 最悪だ!」

 

「なんで? キミは女の子で、ボクは男の子。ああするのが普通なんだよ」

 

 

曇天の砂浜を早足で歩く。灰色の海の前で、二人は睨み合った。

 

 

「オレたちは普通じゃないだろ!」

 

「普通だヨ。普通じゃないなんて、ただの言い訳でしょ? やめておきなよ手術なんて。キミには覚悟もお金も足りないでしょ」

 

「なんだと!」

 

「事実じゃん! ツケなんてもっと大人がやることさ! せめてさっさとお家に帰って、ご両親と一緒にきなよ!」

 

「違う! 違う違う!」

 

「違わないくせに! 自分を受け入れなよ!」

 

「そっちこそ! 最近ずっと逃げてるくせに!」

 

「はぁ!? ムカついた!」

 

 

二人は掴み合うと、海の中に足を踏み入れる。

バシャバシャと浅いところで揉み合った。

 

 

「オレは! 最近、敬喜が落ち込んでるからッ! だから本物になりたいんだ。そうすればオレはもっとお前の力になれるし……ッ」

 

「意味分かんない!」

 

 

そこでバランスを崩して二人は倒れた。

敬喜が下になって、涼霧がよつばいになる。

波が来た。敬喜の後頭部が水に浸かる。

波が引いた。涼霧は自分の唇を、敬喜の唇に押し当てていた。

また波が来た。頭が冷たい。

波が引いた。唇が熱い。

 

 

「敬喜が好きだ」

 

「……セックスしかしてないよ」

 

「だからもっと、いろんなことがしたいんだよ! ここが嫌なら他の町に行こう?」

 

「え?」

 

「逃げたいんだろ!? オレみたいに! 全部捨てて!」

 

 

涼霧と同じだ。違うところに行きたかった。

そしてそのまま帰ってこないことを望んでる。敬喜は何も言えず、ただ目を逸らす。

だがすぐに唇を塞がれ、反射的に涼霧を見る。

 

 

「いいじゃん。逃げろよ。オレもついてくから……。それができる力が敬喜にはあるだろ?」

 

「でも……」

 

「いいんだよ。別に。誰かのために戦わなくてもッ!」

 

 

父を。傷を。悲しみを忘れるためにはどうすればいい?

決まってる。違う人になればいい。

 

 

「オレはだから男になる。そうしたら、ずっと傍にいてほしい……!」

 

 

先ほど敬喜は男には女がいると告げた。それが普通だと言った。

だったらと、涼霧は敬喜を見つめる。

 

 

「女になってくれ、敬喜」

 

「――!」

 

 

涼霧は本物になりたかった。反対に、敬喜はニセモノになりたかったのかもしれない。

いずれにせよ全てから逃げ出せるのならば、敬喜はそれでもよかった。

全てを捨てて、新しい場所で涼霧と生きるのも、別に悪い話ではなかった。

 

 

「………」

 

 

体を起こした敬喜は、自分から涼霧にキスをした。

敬喜の『母』は逃げた。敬喜もその選択をとるために、『女』にならねばならなかったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「滝ライダーの戦闘データーをマリリンさんに送りたいので、ちょっと水野町を離れます」

 

「そ、それ――ッ、俺が行ってもいいですか?」

 

 

滝黒も隼世と岳葉たちが揉めたのは把握済みだ。

今は隼世と顔を合わせるのが気まずいのだろうとは察することができる。

結果的に岳葉はサイクロンを走らせていた。風を切って街を走るなか、張りつくような悲しみを覚える。

ルミは悲しそうに泣いていた。瑠姫も苦しそうにルミを慰めていた。

 

隼世の気持ちも――、まあ分かる。

彼にはいろいろ負担を押し付けてしまったのかもしれない。

もう元には戻れないかもしれない。強烈な孤独感、何かが壊れていく感覚に耐えきれず、岳葉は一旦バイクを停めて電話を取り出す。

 

母にかけた。

岳葉が死んでから蘇生されるまでの記憶は、全てでっちあげられたものだった。

母の記憶のなかでは当たり障りのない毎日が繰り広げられていたらしい。

けれども話を聞けばきくほど、母は自分の味方であろうとしてくれた。

昔からそうだ。小学生の時に父が死んでから、言い訳が多くなったが、それでも母は理解しようとしてくれた。ずっと。

 

 

「あ、あ、もしもし母さん? その、あの、うん、元気……ッ! あ、あえと!」

 

 

水野町からそっちに帰るから、それを告げると、優しい声色が聞こえてきた。

 

 

『じゃあ、今日は夜ごはんを一緒に食べようか』

 

「う、うん! じゃあまたッ、うん!」

 

 

岳葉はまたバイクを走らせる。昔、病の父に言われたことを思い出す。

 

 

『岳葉、おかあさんを守りなさい』

 

 

そういえば昔、バスで母と市役所に行ったことがある。

父が死んでいろいろ手続きがあったのだろう。

その帰りに、ファミレスに寄って一緒にケーキを食べた。

 

 

『ねえ岳葉。乱暴なことはしちゃダメよ』

 

 

いろいろ、教えられていたのだなと思う。

いつからだろう? それを忘れてしまったのは。

 

 

(まあとにかく今は母さんのためにもちゃんとしないとな。ちゃんと、ちゃんと……)

 

 

ちゃんと戦う?

いろいろ思い出しそうで、岳葉は急ブレーキをかけた。

マリリンに会うと、岳葉は報告を手早く済ませた。

 

 

「んー、やっぱりクロスオブファイア持ってないと微妙なのよねーっ!」

 

 

マリリンは血まみれだった。トカゲ面の死体を解剖していたらしい。

岳葉がトイレで吐いていると、立木がやってきた。

 

 

「隼世と揉めたぁ? おお、聞いてるよ聞いてる。頼むぜ? お前らがちゃんとしてくれねぇと人類が終わるんだ。でもまあお前らが上手くやってくれればな、金もたんまり出るんだ。それで温泉でも行って、蟹くって強い酒でも飲んだらオッケーよ」

 

 

報告が終わったので、岳葉は家に帰ることにした。

途中、立木から言われたことを思い出していた。正直プレッシャーではあるが、お金が手に入るというのは悪い話しではない。

そうだ。温泉だ。母を連れていってあげよう。その為にも頑張らねば。

 

 

「ただいまぁ」

 

 

合鍵を使って中に入る。

リビングでは母が昼寝をしていた。椅子に座って、顔を机に伏している。

岳葉が荷物を置いていると、テーブルの上にはアルバムが置いてあった。懐かしいものだ。岳葉は中を見て、思わずニヤリと笑う。

父と母と、幼い岳葉が楽しそうに笑っていた。

 

 

「ん?」

 

 

置手紙があった。

 

 

『岳葉へ。いつも頑張っているあなたへ、サプライズを用意しました。見てみてください。母より』

 

(バカだな母さんは。サプライズって書いちゃったらサプライズじゃないだろ……)

 

 

USBが置いてあった。岳葉は近くのパソコンにそれを挿す。

動画ファイルがあったので再生してみる。どうやら携帯で撮影した動画のようだ。そこには笑顔の母が映っていた。

 

 

『そうなんですか。ありがとうございます。これからも岳葉と仲良くしてあげてください』

 

『いえいえ! こちらこそっ! 岳葉くんにはいつも助けられていて!』

 

 

女の人の声が聞こえた。瑠姫? いや、違う。

 

 

『あのこれ、私の実家がお茶を作っていて。とっても美味しいんです』

 

『そうなんですか。じゃあ頂きましょうか』

 

 

母と女性はお茶を飲みながら楽しくお喋りをしていた。

客人の女性は、岳葉は素晴らしい人なのだと何度も言ってくれた。優しく、繊細なところもあるが、それもまた長所なのだと。

母は嬉しそうだった。岳葉が褒められるのがとっても嬉しいのだ。

 

 

『お疲れですか?』

 

『ああ、ごめんなさい。今日は少し眠くて』

 

 

母は机に伏して眠ってしまった。携帯を持っていた女性はなにやら茶色な小瓶を取り出して、カメラに映るように前にかざす。

 

 

『実はっ! お茶に超強力な睡眠薬が入ってました!』

 

 

ジャーンという音と、集中線が入る。ニコチューバー(動画配信者)がよく使う演習方法だった。

カメラを持った女性はスマホスタンドを使って、母が眠っている場面がよく見えるように位置を調節する。

 

 

『よっと、ごめんなさい!』

 

 

テーブルに乗る足。女性の下半身がカメラに映る。するとまたゴソゴソと音、そしてカメラに見せるのは、『ハンディドリル』だ。

女性が説明する。DIYが趣味らしく、個人的な改造を施してより大きな穴が開けられるようにカスタマイズしているとか。

 

 

『じゃあちょっと今から、穴を開けていきます。チュイーン』

 

 

引き金を引くとドリルが回転する。

女性はドリルの刃を、岳葉の母の脳天に押し当てて、進行していく。

皮膚が抉り落ち、骨が削られ、一分もしないうちにポッカリと穴が開いた。

女性は一旦ドリルを引き抜くと次は吸引機を取り出して、チューブを穴の中に入れていく。

 

ジュボッ! ジュボボボボボ! と音がして、脳みそが吸引されていく。

これもまた一分もしないうちに完了した。女性は持ってきていたタオルで破片や血液をふき取ると、岳葉の母の頭を調節しはじめた。

いい場所を探しているらしい。やがてベストポジションを見つけたのか、岳葉の母は顎をテーブルにつける姿勢になった。

 

 

『よいしょ! いやん! 恥ずかしい!』

 

 

女性は自分のスカートをずり下げると、パンツも脱いで放り投げる。

そして持参していた浣腸を注入すると、しばし待って、自分のお尻を岳葉の母の脳天に乗せる。

 

 

『いっきますよぉぉお!』

 

 

ブチッ! バッチ! ボリュリュリュリュリュ! バリュッ! ブリュッ!

 

 

『んほぉおおおおおおお!』

 

 

かい――ッ、かん……!

 

 

『ハァ、ハァ、ハァ!』

 

 

ひとしきりの行為を終えると、女性はトイレットペーパーで自分の尻を拭いて、岳葉の母から離れる。

そして持ってきていた『プラスチックの蓋』で脳天の穴を塞ぐと、母を『現在の体勢』に戻して離れていく。

 

 

『性癖なんです。自分の開けた穴に、排泄するの』

 

 

携帯を掴んで、自分が映るように持っていく。

自撮りの体勢。女性の顔が映った。メガネをかけた、とくにこれと言って特徴のない顔だった。

 

 

『貴方が悪いんですよ仮面ライダー1号さん。これに懲りたら、もう私達を嗅ぎまわるのはやめてくださいねー! それではっ、ばいばーい!』

 

 

そこで、映像は切れた。

 

 

「ゥッ、ァあぁあああああああああぁあああぁあああッッ!」

 

 

岳葉はそこで理解した。

ずっと感じていた『臭い』は、トカゲ面と戦ったときに感じた『幻臭』ではなかったようだ。

間違いなく鼻に張り付くこの臭いは、いつか嗅いだことのある。

血と糞の臭い。

 

 

「母さんッ! お母さんッッ!!」

 

 

岳葉は涙目になって母に駆け寄ると、肩を大きく揺さぶった。

しかし既に息はない。母が目覚めることはなく、衝撃を与えたことで蓋が外れたのか、脳天からはドロドロと下痢便があふれていく。

岳葉は頭がおかしくなりそうだった。かすれた声で泣き、部屋の中をグルグルと歩き回る。

これは夢だ。これはドッキリだ。これは、何かの間違いだ。母はもうすぐ目覚める。夜が明ければ母は目覚める。明るくなれば何かが変わる。

これは何かの間違いだ。たちの悪い冗談なんだ。だから、だから――ッ!

 

 

「!!」

 

 

カシャリと音がして、フラッシュの明かりを感じる。

岳葉がそちらを見ると、ベランダの向こうに恍惚の表情を浮かべている先ほどの女が見えた。

逃げたほうがいい。逃げたほうが完璧だった。

でも我慢できなかった! 母の死体を見つけたときの岳葉の顔を――、彼女はどうしても見たかった。

 

 

「しゃいこぉぉおぉぉお!」

 

 

濡れる。ぐしょぐしょだ。腹に残っていた腸液が漏れ出てパンツを濡らした。

その笑顔を見た瞬間、岳葉の表情が変わった。

久しく忘れていた感情だった。

 

 

「殺してやるッッ!!」

 

 

岳葉は走り出す。

ガラスを突き破ったときには、仮面ライダー1号に変身していた。

女の首を掴むと、近くにあった工事中の道路まで運んでいく。ここならば誰もいない。どんなことをしても、気づかれない。

 

 

「ブッ殺してやる!」

 

 

首を絞めながら、拳を握り締めた。

 

 

「ぐひゃははははは!」

 

「うぐッ!」

 

 

しかしそこで回転音。

女が右腕に持っていたドリルで1号のわき腹を削ったのだ。

火花が散って、1号が思わず力を緩める。すると女は1号の足の甲を踏みつけて怯ませると、腕を振り払って後ろへ跳ぶ。

 

 

「私は土竜(どりゅう)! 偉大な殺人アーティスト!」

 

「うるさい! 黙れよ! 今すぐ殺してやる!!」

 

「ハハハハ! ヒャハハハ! 最高だ、その顔が好きなんだよ私はッ!」

 

 

土竜は走り、ドリルを1号に向かって突き出す。

しかし1号はそれを払うと、フックを行った。しかし土竜もそれを後退して回避する。

踏み込む1号、全力を込めてアッパーを行うが、それもバックステップで回避された。

そればかりか、大振りだったために隙が生まれた。土竜はガラ空きになった1号のわき腹に容赦なくドリルを突き入れる。

 

激しい痛みを感じ、1号は情けなく叫ぶ。

いつの日か、カーリーにやられたことが頭をよぎる。

助けて、怖い。苦しい。過去が混ざる。いつの日か、公園で遊んでいたとき、転んでしまったことがあった。

痛くて泣いていると、あの人は優しい笑顔で頭を撫でた。涙目の向こうにあった笑顔はとても優しかった。

 

 

『痛かったね。よしよし、かわいそうに。でも大丈夫』

 

 

消毒をして、絆創膏を貼ってくれた。

優しき――、母よ。

 

 

「!!」

 

 

死んだ。殺された。

誰に? そこにいる土竜にだ!

 

 

「アアアアアアアアアアアア!!」

 

 

1号は強引に前に出た。

体にドリルがめり込んだ。泣き叫びたくなるほどの痛みがそこにあった。

しかしそれを凌駕する怒りが、確かに心を渦巻いていた。だからこそ1号は痛みを無視して前にでる。

もがく土竜の体を掴むと、渾身の頭突きを打ち込んだ。

 

 

「んごっ!」

 

 

土竜の動きが止まったので、右腕を掴んだ。

一気にへし折った。叫び声が聞こえ、ドリルが地面に落ちる。

1号は思い切り土竜の顔面を殴りつける。メガネが飛び、歯が飛び散り、血が飛び散り、土竜は地面に倒れた。

そこを思い切り蹴りつける。土竜は悲鳴をあげて地面を転がった。

1号はすぐに土竜に追いつくと首を掴んで、顔を持ち上げた。髪を掴み、叫ぶ。

 

 

「なんで! なんで殺したァアアア!」

 

「ひは! ひはははは! 怒ってる? ママの頭にウンコ詰め込んだことを怒ってるの?」

 

「アアアアアアアアアアアア!」

 

 

髪を引きちぎった。

毟るように、何度も何度も。あっという間に土竜の頭部はみすぼらしいことになる。

ところどころだけ残った髪と、真っ赤に荒れた頭皮。

最後に1号は土竜の頭を掴んで、地面に叩きつける。

しかし怒りは全く収まらない。顔を引き上げると、耳を掴んで引きちぎった。

 

 

「いってぇえええ! んほあはおあはあお!」

 

 

土竜は笑う。楽しそうに笑っていた。

殺すしかない。もう一刻も早くこの時間を終わりにしたかった。

1号は拳を握り締め、一気に土竜の頭を叩き割ろうと――

 

 

『ねえ、岳葉』

 

 

母の笑顔が目の前にあった。

 

 

『乱暴なことはしちゃダメよ』

 

 

拳が止まる。

そういえば――、父も言っていたか。

 

 

『人の嫌がることはするなよ』

 

 

震える。震える。涙があふれた。止まらなかった。

 

 

「ぐぅぅう゛うあぁあぁああ! おぉぉおああああ゛ッッ!」

 

 

焦燥に叫ぶ。なんなんだこれは。

一方で土竜にとって、これは大チャンスであった。立ち上がると左腕を突き出す。

すると肘から上が『回転』を始めた。文字通り高速回転した腕は、まさにドリル。指を伸ばして、1号の心臓を狙った。

 

 

「!」

 

 

殺気と回転音を聞いて、1号は反射的に体を反らす。

ドリルは心臓を外し、肩を抉り取るに終わった。しかし鎖骨が削れ、肉が千切れ飛び、激痛が襲い掛かる。

ライダーの装甲を打ち破るだけの威力があったのか。はたまた……。

 

 

「あぐぎあぁぁあああ!」

 

 

しかし事実は事実だ。1号は肩を抑えて倒れる。

痛い。苦しい。笑い声が近づいてくる。お腹が痛い。

しかれども……。1号は思った。このままならばきっと自分は殺されるのだろう。

土竜は気に入らないが、前からもっと気に入らないものはあった。

 

 

自分だ。

 

 

土竜と戦った時間は限りなく短い。けれども短いなかで、1号は自分のことを振り返ることができた。

そもそも人間は蘇らない。自分はあの時からずっと死んだままだったのかもしれない。

ましてや死ぬだけの理由があった。かつて思ったことは、まだ忘れてはいない。本間岳葉は、生きていてはいけない存在だったのだ。

それが生きているということは……、間違っていることだ。

 

間違っている自分は、何かを語る資格も、何かに勝利する資格も、ましてや生きる資格もないのかもしれないと。

だからこれは自然のことだ。少しだけ長く見た夢が、今覚める。

向こうには父がいて、母もいる。だから――……。

 

 

「たすけて」

 

 

呟いた言葉があった。

それに応えるようにしてバイクのエンジン音が轟く。

颯爽と現れた車体が跳ね上がり、真っ赤な足が伸びる。それは1号を殺そうとしていた土竜の頭を打った。

 

 

「うぐぉ!」

 

 

倒れる土竜と、着地するサイクロン。

仮面ライダー2号が降りると、風が吹いてマフラーが靡いた。

立木から呼び出されたことや、1号の激しい怒りがテレパシーに引っかかったのが幸いだった。2号は場所を特定して駆けつけたということだ。

 

すぐに拳が交差する。

殴りあう二人を尻目に、1号は地面を這って離れていく。

打撃音はその後も続いた。ドリルの回転音も聞こえてくる。

大人しくしろ、降伏しろ、何度かは聞こえてきたが、1号は耳を塞いだ。

もう何も聞きたくはなかった。

 

 

「ライダーッ! パンチ!!」

 

 

腹に打ち込んだ2号のストレート。

土竜は頑丈だった。全く大人しくならなかった。だからこれは仕方ないことだった。

現に、狙い通り土竜は腹を押さえてヨロヨロと後退していく。こみ上げるものがあったのか、胃の中のものを全て地面にぶちまけた。

 

 

「いひひ! いぎぃぃ! ぎぎはは! あーあ、負けたかぁぁ!」

 

 

でもこのままでは、悔しさが残る。

そうだ。良い手があったと土竜は笑う。

 

 

「私はなぁ、二重人格なんだよ! こちとらガイジでずっとやらせてもらってるけど、もう一人は違いまーす!!」

 

 

言い終わった瞬間、土竜の顔つきが変わった。

 

 

「あれ? 私なんでここに……? あ、メガネ……?」

 

 

視界が悪いのでメガネを探すが、すぐに諦めた。

 

 

「腕、いた……ッ! あ、気持ち悪い。う、ダメ。あのすみません。救急車とかって呼んでもらえたり……。う、うっぷ!」

 

「よせ」

 

 

吐いた。赤い血が出てきた。

 

 

「あ、あれ? あれ? なにこれ……? うッ」

 

吐いた。内臓が出てきた。

 

 

「あ、あうッ、息ができな――、え? うそ。なにこれ。見えない。メガネ……」

 

「やめろ。よせ。おいやめろ」

 

「なんで、やだ――ッ、ウソでしょ? う、うげぇ」

 

「おい、やめろ。死ぬなら爆発だろ。怪人は爆発するんだろ!!」

 

 

2号は土竜だった女に駆け寄り、肩を掴む。

女は倒れた。

 

 

「うそ、やだ……ッ、え? 私ッ、なにがどうなって――ッ」

 

「止めろ! そのまま死ぬな! 爆発しろ! 爆発しろよ!!」

 

「ばく……? そ、そんなことより、早く救急車――……」

 

「違う! お前は怪人だろ! 人間みたいな顔をするな! おい! おいッ!!」

 

「なに? え? やだウソ、死にたくない――ッ、まだやりたいこと、いっぱい、うげぇえ!」

 

 

感覚がなくなっていく。女はボロボロと泣き始めた。

 

 

「げぇえ! おえぇえ! だ、だずげで……、おがあざん――ッッ」

 

「よせぇえッ! 爆発しろ! 頼むから爆発してくれぇえッッ!!」

 

「ぎもぢ……、わる……い―――……」

 

「よせッ! よせぇエエエエッ! 爆発しろォォオォォオ!!」

 

 

女は最後に血を吐き、動かなくなった。死んでいた。

2号の腕の中で死んでいた。死因はお腹を殴られたことだ。一部の内臓が破裂し、衝撃から逆流までしていた。

女は泣きながら死んだ。2号は死体を地面に置くと、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「岳葉、僕は今ッ、怪人を殺したんだよな!?」

 

「………」

 

「そうだと言ってくれ! 早くッ! 早くッッ!!」

 

「分からない」

 

 

岳葉は変身を解除し、地面を這っていた。泣いていた。

 

 

「もう知らない。何も分からない。もうたくさんだ。もう十分だ……」

 

 

2号は立ち上がる。呼吸を整えながら、無様な岳葉を見つめる。

岳葉は泣いていた。ズビズビ泣いていた。辛いことがあったから、おうちに帰ろうとしていた。

 

 

「もうイヤだ。戦いたくない。帰って、母さんのご飯が食べたい――ッ」

 

「………」

 

 

テレパシーを通したからか、ある程度事情は分かっている。

岳葉の母が死んだことを、2号は知っている。

酷い哀れみが、同情があった。醜い岳葉は何にも変わっていなかった。

 

 

「そうか……」

 

 

今、つくづく思う。

 

 

「やはりキミは、生き返るべきではなかったな」

 

 

夜の闇に、2号の赤い複眼が光る。

 

 

「おかえり、地獄へ」

 

 

岳葉は泣いていた。動くのが疲れたのか、倒れたまま動かなくなる。

 

 

「だけど、僕は嬉しいよ」

 

 

それはきっと一番はじめに出会ったときからだ。

心の中で隼世はずっと探していた。そしてあの時、本気で戦える敵に出会えた事を神に感謝した。

正義のライダーとして思う存分戦えることを、きっと喜んでいた。

 

 

「これも罰なのか? これも自業自得なのかよ……!」

 

 

すすり泣く声があった。

岳葉は仰向けになり、空を睨みつける。

 

 

「俺があんなことをしたから母さんは死んだのか? 教えてくれよ隼世、じゃあ俺はいつ許される? どんなことをすれば許されるんだ?」

 

 

紫ちゃんに手紙を出そうとしたが、隼世にそれだけはやめておけと言われた。

彼女は今、それなりに幸せに暮らしているらしい。思い出させるのは酷だと。

トラックの運転手を助けようとしたが、彼はもう生活保護を受給しているのだから、キミにやることはないと隼世に止められた。

豚箱のことは――……、岳葉は言い出せなかった。隼世も言わなかった。知ってて言わなかった。

 

 

「岳葉、そもそも罪は……、永遠に消えることはないんだ」

 

 

赦されるかどうかは、被害者だけが決めることだ。

そうでなければ、ずっと罪人のままなんだよ。そして罪人は、普通に笑うこともできるんだ。

 

 

「味方になる事は間違っているのかもしれない」

 

 

2号は岳葉のもとへ歩く。

岳葉は罪人だ。生きていることが罪なんだ。あのとき、ドリル土竜に殺されるべきだった。でもそれを2号は助けた。

罪に加担するなど、過保護にも程がある。

しかしそれでも救いを求める者に、手を差し伸べることが間違いだとは思いたくなかった。

 

 

(ああ、そうか)

 

 

そうだ。僕もまた罪人なのか。しかしそれでもこの罪だけには胸を張ろうと思った。

 

 

(僕もまた、結局は薄汚い人間の一人)

 

 

ライダーになる資格など、とっくの昔に失っていたのだな。

 

 

「岳葉、立つんだ。悲しいけれど、この手を掴んで立つんだ」

 

 

手を伸ばす2号。励ましの仮面で隠した怯え。

頼む。手をとってくれ。この僕の震える腕をお前が掴んでとめてくれ。

岳葉は理解する。無様に転がっている自分こそ、『二本の足で立っている側』なのだということを。

だから岳葉は手を伸ばし、ガッシリと2号の――……、隼世の手を掴んで立ち上がる。

しかしもはや炎は消えていた。

 

 

「僕はもう、仮面ライダーにはなれない」

 

 

岳葉も同じだった。

この日、二つの炎が消えた。

クロスオブファイアが、岳葉と隼世の体から消滅した。

 

 



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第9話 おててを繋いで帰った日

 

 

『人は何かに縋らなければ生きていけない。弱い生き物なんだよ』

 

 

祖父の友人が、変わり果てた祖母を見てそういった。

その人はもう亡くなったが、祖母からしてみればクイガミ様を信じなかった罰らしい。

偶然の積み重ねだったと思う。懐疑的だった両親が事故で死んでからはますます。あるいは本当に存在しているのだろうか?

 

目を覚ました珠菜は、そう思う。

志亞が心配そうな表情を浮かべていたので、珠菜は優しく微笑んだ。

以前運ばれたとき、祖母は知り合いの病院に珠菜を預けると言って入院手続きを行わなかった。

まだそのときは早期発見の段階らしいので、適切な処置を行っていれば延命はできたかもしれない。

 

しかし祖母はそれを信じなかった。珠菜を救うのはクイガミ様であると信じていた。

癌はクイガミ様が全て喰らいつくしてくれる。だから信仰があれば、あとは何もいらない。

クイガミ様を無下にすれば亡くなった後の世界で、罰を受ける。だから現世ではとにかくクイガミ様を信じ、敬う。それだけでいいのだと。

珠菜は優しい子であった。なるべく祖母を尊重してあげたいと思ったが、ふと全てがイヤになって家を出た。

そして志亞と知り合ったのだ。

 

 

「ごめんなさい。志亞さん。わたし、ずっとワガママ言ってた」

 

「そんなことない! オレがなんとかしてみせるから!」

 

「どうやって……?」

 

「それは――ッ!」

 

 

ノープランだった。

V3のことを調べたが、珠菜の病を殺せる力は見当たらなかった。

 

 

「迎えに来たよ」

 

「!」

 

 

声がした。振り返ると、入り口に誰かが立っていた。

判断ができないのは、マスクを被っているからだ。ドラゴンのような、トカゲのような、よくできた被り物だった。

格好も普通じゃない。黒のレザー生地のスーツには、アーマーがいくつか装着されており、膝当てや肘当ては甲羅のようなデザインになっていた。

 

背中には細長いプレートのようなものがいくつも装備されている。

背中の動きに合わせて曲がるため、動きを制限することはないようだ。

板の両端には、なにやら持ち手のようなものが見える。

腕や脚にはいくつもベルトが巻かれていて、やはり持ち手と、カバーが見える。

ナイフが装備されているようだ。

 

 

「誰だ?」

 

「んー、ブレードアルマジロ。私なら珠菜ちゃんを生かすことができる」

 

「……信じていいのか?」

 

「もちろん。私たちは彼女を必要としている。珠菜ちゃんは選ばれたんだ。だからここで死なせたくはない。ただ、まあ――……」

 

 

アルマジロはベルトのホルダーから一本ナイフを引き抜く。

 

 

「キミは、死んでほしいな。仮面ライダーV3」

 

「――変身」

 

 

病室を飛び出したV3とアルマジロ。

アルマジロは迫る打撃を手で払い、ハイキックでV3のみぞおちを打つ。

 

 

「くっ! ハァアア!」

 

 

レッドボーンパワーを発動。強化された右ストレートを放つ。

しかしその瞬間、アルマジロが跳んだ。

それはまさに一瞬だった。V3の足に飛び掛ったかと思えば、視界が反転する。

気づけばV3は地面に倒れていた。アルマジロは両脚でV3の右腕を絡め取っている。腕挫(うでひしぎ)の型だ。次の瞬間、ゴギリと音が聞こえた。

 

 

「うがぁあううッッ!!」

 

 

激しい痛みが走る。右腕が上がらなくなった。

一方で立ち上がったアルマジロはフットベルトにグルリと装備されていたナイフを抜くと次々に投擲していく。

V3の背中に刺さっていくナイフ。

 

 

「うがぁああ!」

 

 

V3は気合で立ち上がると、ハイキックでアルマジロを狙う。

するとアルマジロは素早く後ろを向いた。背中にあったプレートに蹴りが当たったが、これがまあ硬い。

しかもどうやら衝撃を吸収しているようだ。

アルマジロにダメージが通っている気がしない。まさに甲羅のようだ。

おまけに電流を流せるらしい。V3の体がしびれ、動きが鈍る。すると膝が入り、つづけて掌底が顔面に入った。気づけばまた地面に転がっていた。

どうやらコマンドサンボを中心にした動きを行うらしい。再び関節技が入り、V3の左足に激痛が走る。

 

 

「クソォオ!」

 

 

触覚から冷凍光線を発射するが、触覚が光った瞬間に察したのだろう。

アルマジロは後ろをむいて、プレートを盾にして光線を無効化した。

だがまだV3には技がある。その一つ、V3サンダーを行使した。文字通りV3から激しい放電が行われ、アルマジロを襲う。

凄まじいエネルギーだ。ただの電撃ではないのか、まずは背中に刺さっていたナイフが全て蒸発するように消し飛んだ。

 

だがアルマジロは動じない。

どうやらスーツに耐える力が施されているようだ。

電撃の中、アルマジロはプレート端にあるグリップを掴んで抜く。するとシャキンと音がしてグリップに刃が出現した。

アルマジロはV3を蹴り飛ばすと、電撃を止める。

さらに仰向けになった彼の手首に、思い切りナイフを突き立てる。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

絶叫が聞こえた。

V3のスーツを簡単に切り裂き、ナイフは腕を貫通、地面に突き刺さる。

 

 

「超音波ナイフ。振動によって切れ味はさらに強力になる」

 

「うぐぅぅうぁぁああ!」

 

「いくら叫んでも助けは来ない。周りの部屋に入院患者はいないし、近くのナースや医者は全て私が始末した」

 

「ぐぅぅうあぁあッ! づうぅぅうう!」

 

「後はお前だけだ。V3」

 

 

アルマジロがベルトからナイフを抜いて、V3に見せ付ける。

 

 

「やめてっっ!」

 

 

声が聞こえた。

珠菜がベッドから出ていた。

 

 

「ダメだよ。大人しくしていないと」

 

「珠菜ちゃん! 来ちゃダメだ!」

 

 

珠菜は首を振る。

 

 

「わたしをむかえに来たって言いましたよね? アルマジロさん、わたしはどこへでもついて行くから、志亞さんをたすけてあげてください……!」

 

「フム……。参ったなぁ。子供にお願いをされると弱いんだ」

 

 

アルマジロはナイフをしまう。

 

 

「いいよ。その代わり、すぐに出発しよう」

 

「待ってくれ珠菜ちゃん!」

 

 

V3は嫌な胸騒ぎを感じた。ここで珠菜を行かせては、もう二度と会えない。そんな気がしていたのだ。

 

 

「行かないでくれ! まだ、やってないことッ、あるだろ!?」

 

「もうっ、じゅうぶんだよ。今までありがとうございました」

 

「おまんこ!」

 

 

は!? アルマジロは思わず声を出す。

 

 

「お、おま? おまって……、あの? え!?」

 

「まだオレはおまんこしてないよ! 珠菜ちゃんと!」

 

 

珠菜は何も言わなかった。パジャマの上にカーディガンを羽織り、スリッパから靴に履き替える。

 

 

「おまんこぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

V3の魂の叫び、それを聞いてアルマジロは呆れたように首を振る。

V3の手首に刺さったナイフを引き抜くと、吹き出る血を見ながら呟く。

 

 

「こんなヤツがライダーになれるなんて……。世の中って不公平だよね」

 

 

アルマジロがV3を越えて廊下を歩く。珠菜もついていこうとV3の傍を通り過ぎた。

 

 

「待って! 珠菜ちゃん! 珠菜たんッッ!!」

 

「もうおわりにしよう? おわかれするの、志亞さんとわたしは」

 

 

珠菜も何となく、これが最期だと分かった。

まあとはいえ、いずれにせよあと一ヶ月たらずの命だ。今更である。

 

 

「やだあああああああああああ!」

 

 

V3が叫ぶ。

 

 

「オレは珠菜ちゃんじゃないとダメなんだ! 珠菜ちゃんだけがいいんだ! 珠菜ちゃんだけがいればいいんだよ!」

 

 

珠菜はグッと唇を噛んだ。

その発言が、なぜか凄くムカついた。

 

 

「――しょ」

 

「え?」

 

「したに見れる相手がほしかっただけでしょ! 志亞さんは、ずっと!」

 

 

五年生だって、今はネットで調べられる。

それに珠菜は読書が好きだった。大人が読む本だって何冊も読んだ。

分からない言葉があれば、調べて理解した。

それは最近だって同じだ。分からない単語は、全部調べて理解した。

 

 

「なにが女はよ! なにが女のくせによ! 志亞さんは男女も関係ない、ひととしてクズなのよ!!」

 

 

V3の目の前が真っ白になった。

 

 

「ほへ!?」

 

「人間以下のゴミ虫が、えらそうに人間様のフリですか? ばか! あほ! まぬけ!!」

 

「ち、違う! やめてくれ! まんこみたいなことを言うのはよしてくれよ! 珠菜ちゃんのお口が腐る前に早く!!」

 

 

二つ意味があった。

一つは純粋な気遣い。もう会えないと思えば、未練も残る。

感謝もあるし、愛情だって少なからず。だから変に引きずってほしくないから、せめて嫌いになってくれればと。

もう一つは純粋な想い。夢丘珠菜の本音だった。

 

 

「それがおかしいの! わたしだって女だよ! あなたの嫌いな『女の人』になっていくの!」

 

 

V3の呼吸が止まった。

 

 

「志亞さんは、わたしが大人になっても愛してくれてたの?」

 

「ッ! そ、それは……!」

 

「あなたも結局、お祖母ちゃんといっしょ。見えないものを信じたいだけ……!」

 

 

純粋な存在は、絶対に裏切らない。無垢を無知な捉えた。

 

 

「進んでないんだよ……。志亞さんの時間は。ずっと」

 

 

妹に裏切られたと言っていた。だから妹が裏切る前の、あの輝かしい日々をずっと生きていたいと思ってた。だから小さい子を好きになる。

 

 

「ううん。ちがうよ。同じ歳の子を好きになってるだけなんだ」

 

 

珠菜は分かった。志亞はロリコンではない。

ずっと過去を生きている人間だ。体だけ時間と共に大きくなっているだけ。

 

 

「いいかげん、ちゃんとした大人になってください。しっかりしたおとなの人は、きっとおまんこなんて絶対にいいませんっ!」

 

 

ぼそりと、呟く。

 

 

「わたしはもう大人になれないから……」

 

「なれるよ。ただまあ、ちょっと他とは違うけど」

 

 

アルマジロの言葉を受けて、珠菜は頷く。

最後に、V3を見て微笑んだ。

 

 

「さようなら。ばいばい……」

 

 

二人は歩き去った。

しばらくするとV3の血が止まった。骨も治った。

変身を解除した。志亞はトボトボと歩き、病院を出て行った。たくさんの死体を放置してハリケーンを走らせた。

水野町を出て、自分の住んでいた家に帰っていった。家についたら小学生のヒロインとイチャラブできる同人音声作品を買おうと胸に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敬喜ちゃん。元気ないわね」

 

「まーね。ボクもいろいろあるんだヨ」

 

 

プリコは顔色が悪かった。

 

 

「辛いの?」

 

「今日はちょっとね」

 

「そっか。果物でも食べて元気だしてね」

 

「イヤよ。要らないわ」

 

「どぉして? 盛り合わせだよ? 今日はメロンもあるよ」

 

「人様のフルーツを頂くほど、あたしも落ちちゃいないわよ?」

 

 

敬喜は口を閉じる。

 

 

「誰にあげるの? しかも二つも」

 

 

二つあった。敬喜は唸る。

 

 

「友達が、入院してて」

 

「重いの?」

 

「かなり」

 

「そう。ま! 敬喜ちゃんの可愛い笑顔を見せてあげれば、きっと元気いっぱいになるわよ!」

 

「そうかなぁ」

 

「そうよ。美人が笑えば、だいたいのことは上手くいくのよ。もういい? あたしちょっと横になるわ」

 

「う、うん」

 

 

敬喜は父と別れ、別のフロアに行く。

連絡があった。チョコちゃんたちの容態が安定したという。特にチョコちゃんは驚異的な回復力を見せたのだとか。

本音を言えば会いたくなかったが、会いたいところもあった。全てを捨てるにせよ一度は会っておかねばならない。

敬喜はフルーツの盛り合わせを二つ持って、病室の前に立つ。

 

ため息が漏れる。足が進まない。

しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。そもそも二人部屋で、意識がある時点でそんなに重くないのかも。

そうだ。意識があって、会話もできるらしい。考えすぎなのかもしれない。敬喜は頷くと扉を勢いよく開く。

 

 

「二人とも久しぶりー! フルーツ持ってきたよー!」

 

 

カーテンが閉まっていた。左奥と、右手前のベッド。

敬喜はとりあえず左奥に進み、窓際のベッドのカーテンを開いた。

 

 

「こんにち――ッ!」

 

 

ベッドの上にチョコちゃんがいた。

両腕と両脚が無くなっていた。顔には深い傷痕がいくつも残っていた。ジグザグで、右目もダメだった。

左目は開いていて、視線がぶつかった。

何を言っていいのか分からず、敬喜は立っていることしかできなかった。

そうしていると、チョコちゃんの唇が震える。

 

 

「――で」

 

「え?」

 

「お願いだから……、見ないで」

 

 

消えそうな声だった。チョコちゃんはボロボロ泣いていた。

 

 

「出て行って。もう、来なくていいから」

 

「でもっ、あの……! ボク!」

 

「出てってよ! いいから! 二度と来ないで! 早くッッ!!」

 

「そんな、あのッ、ボク……」

 

 

敬喜は後退していく。すると人の気配を感じた。

振り返ると、マッコリ姉さんが立っていた。

 

 

「あ」

 

 

ノーメイクのマッコリ姉さんは口が裂けていた。

首にまで達していた傷は、もしかしたら大切な神経を傷つけてしまったのかもしれない。

よく分からないが、マッコリ姉さんも泣いていた。両手を敬喜に見せた。

 

 

「へぇいひおえがぃ! おえがいはははッ、ころひへ」

 

「え……?」

 

「ころひへ、わはひを、ころひへぇえええ」

 

 

マッコリ姉さんは目を見開いた。

左手は親指と中指しかなかった。右手はひとさし指と中指と薬指が残っていた。

頭も一部皮膚が引き剥がされる形になっていたため、バランスを考えて髪の毛は全て取り除かれていた。

マッコリ姉さんは頭の薄いお客さんをハゲと呼んでケラケラ笑っていた。

マッコリ姉さんは泣いていた。

 

 

「ころひへ――ッ! へはっ! へへははははいひひ!」

 

 

おかしくないのに笑っていた。悲しくて笑っていた。

敬喜は病室を飛び出した。果物を廊下に捨てて、トイレで吐いた。

敬喜はそこでしばらくブルブル震えていた。

涼霧の女になろうと、心から決めた。

 

 

「なんで、こんなことに……」

 

 

心が張り裂けそうだ。こんなことは初めてだった。

苦しい。苦しくて、どうにかなりそうだ。敬喜は病院の展望台にやってきていた。中庭になっているタイプで、海が見える。

涼霧についていこう。ここから離れよう。改めて考える。

そうしたら、そうしたら……。

そうしたら?

 

 

「どうなるの?」

 

 

誰も答えてくれない。

 

 

「ラッキーだな。二人も病院にいるなんて」

 

 

振り返ると、ブレードアルマジロが手を振っていた。

 

 

「……誰?」

 

 

マスクにはボイスチェンジャーがあるのか、特定の人間の声が重なってきこえた。

女、男、老人、老婆。ブレードアルマジロは名前を告げて、その後目的を告げる。

敬喜は仮面ライダーだ。だから死んでもらいたい。

 

 

「女の子を待たせてるんだ。手短に始末するよ」

 

「悪いけどボク今さ、とっても不機嫌なんだ。手加減できないよ」

 

 

敬喜はベルトを出現させて叫ぶ。

 

 

「セタァップ!」

 

 

カラフルに発光する光のベール。

レッドアイが顔を覆い、そしてパーフェクターを装着して変身が完了。早速ライドルを引き抜いた。

エックスはもちろん感じている。このブレードアルマジロは今まで戦ってきた者たちよりももっと強い存在であること。

そうなってくると、おのずと正体は絞られる。

 

 

「波佐見さん。覚えてる?」

 

「覚えてるよ。彼、とっても冴えないね。ちょっと変わっても何も変わらなかった」

 

「あの人、ボクの人生めちゃくちゃにしたんだけど」

 

「それは残念。刻まれていった子には同情するよ」

 

「ごめん無理、アンタ殺す」

 

 

走り出すエックス。アルマジロもプレートからナイフを二本抜いて走り出す。

エックスはライドルをスティックに変えて突撃。ナイフとライドルがぶつかり合い、激しい火花が散る。エックスはライドルを振り回し、けん制しながら突きで一気に攻撃を仕掛けていく。

しかしそのいずれもがナイフによって防がれ、武器がぶつかる音だけが聞こえてきた。

とはいえエックスには狙いがあった。相手がライドルの形状になれてきた頃を見計らい、一気にモードをチェンジする。

 

 

「ライドルホイップ!」

 

「うわ!」

 

 

スティックの動きを読もうとしていたアルマジロにとって、これは予想外のルートであった。

既に鋭利なレイピアの一突きが迫っている。

しかしそこでアルマジロは急ターン。背中を向けると、刃をしっかりと背中のプレートで受け止めてみせる。

 

 

「見てから余裕、ってね」

 

「うがぁああ!」

 

 

プレートから電流が流れ、ライドルを伝ってエックスに流れていく。

そこでアルマジロは再びターン。勢いをつけた回し蹴りで、前を向きつつエックスの腕からライドルを弾き飛ばしてみせる。

 

 

「やばっ!」

 

 

エックスはすぐに武器を拾いに走るが、それよりも速くアルマジロが前に出てきた。

 

 

「どいてよ!」

 

 

エックスが殴りかかるが、それよりも早く裏拳が飛んできた。

アルマジロの手の甲がエックスの顔面を叩き、脳を揺らす。

さらに踏み込み、思い切り振るった右手のナイフを、エックスの左肩に突き入れた。

 

 

「あぐぁああ!」

 

 

エックスから悲鳴が上がる。

そうしているとアルマジロはエックスの胸を蹴って、さらに腹を蹴る。

二度蹴りだ。エックスがよろけると、左手に持っていたナイフを投げて、エックスの胸に刺す。

高速で振動する刃は、エックスの装甲を簡単に貫き、肉深くに進入していく。

 

さらにアルマジロは腿に巻かれているフットベルトからもナイフを三本抜き取り、それを投げた。

一つはエックスの首に命中、もう一つは肩に、もう一つは足に。

これらは貫通とまではいかなかったが、装甲には傷がついたようで火花が散った。

だがエックスは踏みとどまっていた。複眼が光ると、どこからともなくクルーザーが飛来、猛スピードでやってきたバイクには気づかなかったか、アルマジロを轢き飛ばす。

 

 

「うわぁっと!」

 

 

アルマジロは地面を転がり、すぐに立ち上がる。

しかし既にエックスはライドルを拾い上げていた。

 

 

「………」

 

 

ロープモードにして――。

いや、ナイフが刺さっていることから血が流れている。長期戦は避けたい。

ならばここで一気にダメージを与えるのが正しいか。

エックスはライドルをスティックにするとエネルギーを連射していく。

 

飛んでくるX状の光を見ると、アルマジロはターン。背中を盾にして攻撃を防いでいく。

ならばとエックスはライドルを投げて、自分も飛んでいく。

空中に浮遊するライドルで大車輪を行っていると、アルマジロはターンで前を向く。

 

 

「エックス!」

 

 

エックスがライドルから手を離した。

同時にアルマジロも地面を蹴って飛び上がった。

 

 

「キック!」

 

 

突き出した右足の裏にエックスの文字が重なり、高速回転を行う。

一方、飛び上がったアルマジロは体を丸めると、前宙を開始。

そのスピードは驚異的だった。高速で回転するアルマジロ、背中のプレートが光り輝く。

エックスキックと光球がぶつかり合った。僅かな競り合いの後、爆発が起きる。

地面に墜落したのはエックスだった。アルマジロは華麗に着地し、笑ってみせる。

 

 

「そんな――ッ! がはっ! エックスキックが負けた!?」

 

 

ダメージからか、変身が解除される。

敬喜は意味が分からなかった。ハッキリ言って、今のキックは全力で打ち込んだ。

もう一度言うが、仮面ライダーとして、必殺技キックを全力で放ったのだ。

にもかかわらず負けた。一体何者なんだ? 敬喜は恐怖に震え、ブレードアルマジロを見る。

 

 

「ダメダメ。仮面ライダーの力に甘えてちゃ。全然弱い弱い」

 

 

アルマジロは背中に手を伸ばし、ナイフを一本引き抜く。

 

 

「さてと、お別れかな」

 

 

アルマジロはナイフを構え、へたり込む敬喜に向かって足を進める。

 

 

「何してんだゴラァアアア!!」

 

「ん?」

 

 

すると声が聞こえた。

アルマジロが振り返ると、プリコが全速力で走ってくるのが見えた。

 

 

「お父さん!!」

 

「え? そうなの? って、うぉ!」

 

 

プリコはアルマジロの腰に掴みかかると、激しく睨みつける。

 

 

「敬喜ちゃん! 早く逃げて!」

 

「で、でもッ!」

 

「いいから逃げろつってんだよゴラァ! ブチのめされてぇか!!」

 

「怖いなぁ」

 

 

アルマジロは片手で簡単にプリコを吹き飛ばしてみせる。

 

 

「大人しくしててください。邪魔すると死にますよ」

 

「オカマをナメてんじゃねーぞ。覚えておけよカス!」

 

 

プリコは迷わず、再びアルマジロに掴みかかった。

 

 

「親ってのはな、子供のためなら命なんてこれっぽっちも惜しくねーんだよ!!」

 

 

敬喜は打ちのめされたように固まる。

一方でアルマジロは深い唸り声をあげた。

 

 

「まいったなぁ、だから私ッ、こういうのに弱いんだってば」

 

 

唸る。唸る。唸る。

 

 

「分かった。分かりました。見逃そう! うん! 決めた!」

 

 

アルマジロはプレートから新しいナイフを抜いて、それをプリコの背中に刺した。

 

 

「アンタの命に免じてな」

 

 

もう一本、別の所を刺した。すぐに抜いた。血が噴き出た。

プリコが倒れた。敬喜は叫びながら立ち上がる。

敬喜が走る。走る。アルマジロに裏拳で吹き飛ばされる。

アルマジロは歩き出した。おまけに、腰にあったホルダーから一本ナイフを抜いて、それを倒れているプリコに向かって投げた。

ナイフは見事に刺さった。最後にアルマジロは敬喜を指差して、重い口調で言った。

 

 

「二度と関わるな。次はないぞ。仮面ライダーは今すぐに捨てるんだな」

 

 

そして、アルマジロは歩き去っていった。

 

 

「お父さんッッ!!」

 

 

敬喜は立ち上がると、すぐにプリコへ駆け寄る。

上半身を抱きかかえると、プリコは安心したように笑った。

 

 

「よかった……、無事ね敬喜ちゃん……」

 

「あぁあぁあぁ! やだッ、やだよ! 死なないでお父さんッッ!」

 

 

敬喜は泣いていた。鼻をすすり、しゃっくりをあげて周りを見る。

 

 

「だいじょうぶだがらね! ごごは病院だから、ずぐにお医者さん呼んでぐるッ!」

 

 

立ち上がろうとする敬喜の腕をプリコは掴んだ。

 

 

「ここにいてちょうだい敬喜ちゃん。あたしはもうダメ、もうすぐ……。だからここにいて」

 

「やだ! やだ! パパじなないでッッ!!」

 

 

プリコは首を振った。なんだか感覚が遠のいていく。

少し寒い。痛くは――、なくなった。

 

 

「パパがいなぐなっだらボグっ! ひどりぼっぢになっぢゃうよぉおぉお!!」

 

 

敬喜が泣く姿を見て、プリコもまた涙を流した。

そう思っていたのか。そう思わせてしまっていたのか。プリコはとても申し訳なくなった。これは少し早いお別れにしかすぎない。もっと前から、きっと敬喜は――。

 

 

「大丈夫。敬喜ちゃんはとっても可愛いから……、みんなから可愛がられるわ。それよりエイズのオカマの血は汚いわ。早く離れなさい」

 

 

敬喜は泣きながら首をブンブンと振った。そしてギュッとプリコを抱きしめた。

プリコはおうおうと泣き始めた。そして敬喜をギュッと抱きしめる。

 

 

「敬喜ちゃん。ああ、あたしの可愛い敬喜ちゃん。これだけは忘れないで」

 

 

プリコは掌についていた血を服でぬぐうと、敬喜の頭を優しく撫でた。

 

 

「あたしは、あなたを心の底から愛していたわ」

 

 

それは世界で一番残酷な言葉だった。だから敬喜はすぐに言う。

 

 

「ウソだ!」

 

「ッ?」

 

「ウソだ! ウソだ! ぞんなのうぞだぁあ!」

 

 

今日まで生きてきて、ずっと溜め込んできた想いを敬喜は今、吐き出す。

 

 

「だって、パパはボグをえらんでぐれなかったじゃんッッ!!」

 

 

過去があった。いつも、いつでも思い出せる過去があった。

小学生の時、敬喜はお店の人たちといつも遊んでいた。かくれんぼ、鬼ごっこ、ゲーム、などなど。

敬喜は家が、店が大好きだった。

だって一人でお外にいると、石が飛んでくる。

 

 

『アイツはオカマ菌だらけだから、近くにいると移る。オカマになる』

 

 

ある日の遠足。

敬喜はお弁当が楽しみだった。プリコは器用だったので、キャラ弁を作ってくれた。可愛らしいクマさんのキャラクターだった。

女の子は可愛いと褒めてくれたが、男の子たちはその弁当を掴んで中身を放り投げた。

 

オカマが作った弁当を食べるとオカマになる。

オカマ菌だらけだから臭くて不味くて汚い。そう言って、お弁当は草や土の上に落ちた。

敬喜は、それを拾って口に入れ始めた。みんなが汚い汚いと笑い、引いているなかで、敬喜はおにぎりを掴み、ウインナーを掴み、土ごと、草ごと口に入れた。

敬喜は泣いていた。悔しくて、悲しくて。でもだからこそ食べ続けた。

 

 

『パパかあちゃんがせっかく作ってくれたんだ。汚くなんかないっ、不味くなんてないっ!』

 

 

ボクのために一生懸命作ってくれたんだ。

がんばって働いたお金で作ってくれたとっても大切なごはんなんだ――ッ! だからボクは食べるんだ。

パパかあちゃんは、ボクの、ために――!

 

 

「ボクを選んでよ! ボクを見てよ!!」

 

 

小学生6年生のときの運動会。プリコは来なかった。

初めて来てくれなかった。店の人が言うには、海外からの観光客がプリコのお店に来たらしい。

とてもマッチョでイケメンだそうで、プリコはどうしても抱かれたかったらしい。

 

 

『プリコいけるかしら?』

 

『うーん、でも今、昼間だしねぇ』

 

 

お店の人が抱かれる、抱かれないで賭けをしているとき、敬喜はモソモソとサンドイッチを食べた。

お店の人は午後の準備があるからと先に帰った。

運動会が終わり、他の子が両親やお母さんと帰っていくなか、敬喜は一人で家に帰った。

たった、独りで。

 

 

「ボクはずっとゴゴにいだのにッ! パパはみでぐれながった! 選んでぐれながった! だから病気になったんでしょ!? ボグがいるのにッ! うぅぅうう゛ッッ!」

 

 

プリコは打ちのめされた。

 

 

「ごめんなさい敬喜ちゃん――ッ!」

 

「謝るくらいなら、どうじてボクを視てぐれなかっだの! 申し訳ないと思ってたんなら゛ッ、もっどボクを見でよ!」

 

 

とんでもない間違いに、間際の時に気づいてしまった。

 

 

「快楽より! ボクを選んでよ!!」

 

 

こんなことを言わせるために――、ああ、ああ。

 

 

「あぁ、ごめんなさい。ごめんなさい敬喜ちゃん」

 

 

このプリコ、一生の不覚。一生の後悔。

世界で一番の宝物を手に入れておきながら――、それに気づくのが遅すぎた。

なんと、愚かな――……!

 

 

「でも信じてちょうだい。あなたを愛していたのは本当の本当に本当なのよ――ッ!」

 

 

地獄に行こうが、天国に行こうが、必ず敬喜を見守る。必ず敬喜を助ける。

 

 

「だから貴方は――ッ! 生きて……!!」

 

 

プリコは全ての力を振り絞り、敬喜を抱きしめた。

強く、強く、強く。既に敬喜が少し動くだけで、振りほどけるほど弱い力だったかもしれないが、それでもプリコは敬喜を強く抱きしめた。

少しでも自分の想いが、本気が、愛が伝わるようにと。

この血潮がなくなる前に、少しでも熱が伝わればいいと。

 

 

「!!」

 

 

敬喜は気づいた。その熱が、その火が消え去るときを。

 

 

「うぅぅぅぅううううう゛ッッ!」

 

 

父を抱きしめる。ボクも愛してると、たった一言、まだ伝えられていないのに。

 

 

「おいでいがないでぇ、パパかあちゃん……ッッ!!」

 

 

貴方の子供でよかったと、伝えられていないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ! 出前オマチ! ペペロンチーノです!」

 

「うっしゃあ!」

 

 

マリリンはビディから皿を受け取ると、パスタをガツガツとむさぼり始める。

立木も割り箸でズルズルとパスタを啜り始めた。ビディはバルドに与えられた部屋を見回し、ふぅんと唸る。

 

 

「セマイんですね」

 

「俺たちは所詮、警察の癌だからな」

 

「ガン? ピストルですか?」

 

 

ビディはキョロキョロと辺りを見回す。

 

 

「ところで隼世さんは?」

 

「おいビディ、お前が知りたいのは響也だろ?」

 

「ちッ、チガイますぅ!」

 

「違う? 本当かぁ? じゃあ教えてやらね」

 

 

立木は、もう空になった皿を返しながら笑った。

マリリンもメガネを整いながらニヤリと笑う。

 

 

「バカね立木さん。教えたほうが面白いのよ。滝黒くんは水野町よ」

 

「ミズノマチ?」

 

「ここからそう離れていないわ。ググれば一発なんだから」

 

 

それを聞くとビディは携帯を取り出して、マップアプリを起動する。

 

 

「ミズノマチ、ミズノマチ……」

 

「あらー、いいわねー立木さん。アタシ達がとうの昔に失ったものが見えるわー。っていうかマジでおっぱいデカいわねビディちゃん。カップは?」

 

「フツーです。Gです」

 

「アタシAなんですけどー! お願いだからちょっと切らせてー! お礼に乳首一個あげるからー!」

 

「セクハラが猟奇的すぎてついていけません。あ、あった! ミズノマチ!」

 

 

ビディはそそくさと食器を片付けはじめる。マリリンなんてまだ食べてるのに食器を奪われた。

 

 

「なんでー!?」

 

「帰ってオベントウを作らなきゃ」

 

「弁当? なぜ?」

 

「滝黒さんに届けなきゃ。あのヒト、ダメダメでヘボヘボだから、まともにゴハンを食べれてないに決まってます」

 

 

ビディはそう言って部屋を出て行く。

マリリンはやれやれとため息をつく。

 

 

「よく分からないわ。さっさとセックスすればいいのに」

 

「オメーとは違うんだよアイツ等は」

 

「羨ましいわぁ。アタシなんてマッチングアプリで六回連続でフラれてるのにぃ」

 

「どいつもこいつもお盛んなこった。俺はぁもう楽しみが酒しかなくてな」

 

「あら、風俗でもいけばいいのに」

 

「EDなんだよ。ずっとな。っていうかもう、そういう行為自体が嫌悪感いっぱいで気持ちわるい」

 

「げっ! なんで!?」

 

「ライブアダルトで娘より若い女の子に『こいつエチエチの実の能力者! 全身エッチ人間かよ! エッち! エッチすぎて火傷しそうだわ! まいった! 俺の負けだ!』ってコメントしているのを客観視してドン引きしてからうんともすんとも言わなくなった」

 

「………」

 

 

マリリンはメガネのレンズを光らせ、額に汗を浮かべる。

 

 

「今年一番泣ける話ね」

 

 

そこで立木が呼ばれた。

気だるそうに歩くこと数分、地下の取調室にやってくる。バルド専用に与えられた場所で、壁やドアの耐久値が高く設計されていた。

椅子に座る立木、向かい側には一人の男性が座っていた。

2号に襲われた男性であった。立木が座ったのを見ると、早速と机を叩く。

 

 

「あの化け物は!?」

 

「ええ、ええ、いやちょっとまだ……」

 

「何をやってんだよ警察はッッ!」

 

「苛立つ気持ち、お察しします。でも、あれですね、前にもお話しましたが、ここは穏便に済ませるというのは」

 

「できるわけがない! いいですか刑事さん。俺は殺されかけたんだ! しかもわけの分からない化け物に! アイツをどうにかしないと夜も眠れないんだ!」

 

「ですが――」

 

「でもじゃない! とにかくアイツを殺してくれよ! もしくは捕まえて閉じ込めるとか!」

 

「いや、こちらとしても実は彼にはいろいろと……、ねえ」

 

「意味が分からない! とにかく――」

 

 

そこで銃声が聞こえ、男性の眉間に銃弾がめり込んだ。

男性は倒れ、しばらくして完全に動かなくなる。

 

 

「かぁー! またやっちまった!」

 

『立木さーん。またなのぉ? もう今月で五人目よ?』

 

 

マリリンの声が聞こえてきた。立木は頭を掻き毟りながら立ち上がる。

 

 

「仕方ねーだろ! マジでコイツめんどくせぇんだよ! もういちいち話なんて聞いていられねーって!」

 

『処理するこっちの身にもなってよ!』

 

「好きに刻んでいいからよ!」

 

『よっしゃー! よろこんで処理しまーす!!』

 

「隼世と響也には絶対に言うなよ! あいつ等に知られたらもっと面倒なことになる」

 

 

立木は椅子に座りなおすと、タバコに火をつける。

 

 

「まあ、どうせアレだろ? コンビニで客にキレてたんだっけ? んな小せぇ野郎なんて死んだってどうでもいいだろ? 子供いるんだっけ? 絶対せいせいするぜ?」

 

 

一時間後。

男性の家族はベッドの上においてある『右腕』にしがみついて、わんわん泣いていた。

 

 

「あー、すいません。見つかったのは右腕だけで。他はおそらく最近話題になってる、ガイジとかいう奴等にやられたのかなーって」

 

 

まさか悲しむ家族がいるとは。

立木は汗を浮かべながら死んだ男性の妻と娘を見ている。適当に頭を下げ、時間が過ぎるのを待った。

押収した麻薬に手を出したときは終わりかと思ったが、警視総監のイケナイ秘密を知っていたのが幸いだった。

バルドは悪くない。普段は暇だし、危なくても隼世や滝黒が率先して危険に飛び込んでいくから、まだ生存確率は高い。

しかし聞いたところによると隼世が変身できなくなったとか。

さてどうしたものか。立木は天井を見つめながらボウっと考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツキました!」

 

 

一方のビディは大きな荷物を持って駅を出る。

あれからたくさんゴハンを作って持ってきた。作り置きのタッパーも沢山あるし、これを滝黒に渡せはしばらくは大丈夫だろう。

 

 

「マッタク! 今まで何を食べてたんでしょうね!」

 

 

怒りに頬を膨らませる。

あれだけ食堂で食べるように言ったのに。せめて一言、水野町に行くまえに声をかけてくれればいいのに。

 

 

「いいのに、いいのに! イイノニ!」

 

 

イライラしながら歩いていると、声をかけられた。

 

 

「失礼、お嬢さん」

 

「はい?」

 

 

振り返ると、パンツを被った男性が立っていた。

頭頂部はハゲているが、左右の髪は残っており、ヘアスプレーで思い切り立たせてある。

 

 

「私はアポロキチガイスト。ガイストで結構」

 

 

お嬢さん、お胸がとっても大きいですね。

しかし私の興味をそそるのはいつだって美しい女人が身に纏うパンテェーなのです。

いいですか? パンティではなく、パンテェーと呼ぶのが最近の拘りでしてね。

早速なのですが、お嬢さんのパンテェーを頂こうと思います。

私の最も譲れないポイントは女性が『最後に穿いた』パンテェーでなければならないということ。それを可能にするには、最期にすればいい。

なのでお嬢さん。申し訳ないが、死んでくれ。

大丈夫。貴女の意思は、私が被り続ける。

 

 

「!!」

 

 

ガイストは銃を取り出すと引き金をひいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ! ハァ!」

 

 

ビディは青ざめ、走っていた。

一発目の弾丸は『なぜか』外れたからよかったものの、すぐ後ろには再び銃で狙いを定めているガイストが見えた。

もうダメだ。ビディはギュッと目を瞑る。

 

 

(助けて――ッ!)

 

 

心の中で、彼の名を叫ぶ。

銃声が聞こえた。ビディは地面に倒れた。

 

 

「ムッ!」

 

 

ガイストは目を見開く。

ビディが倒れたのは撃たれたからじゃない、押し倒されたからだ。

滝黒はビディを抱きしめ、ガイストを睨みつける。

 

 

「貴様――ッ! 私のパンテェーだぞ!」

 

「ふざけんな。お前のじゃない、オレのだ!」

 

 

ビンタが飛んできた。

 

 

「アナタのでもありません! ワタシのです!」

 

「す、すいません。つい買い言葉で……」

 

 

滝黒は既に頭部以外はライダースーツを着込んでいた。

 

 

「藤島さん。目を閉じて!」

 

「え? あ、ハイ!」

 

 

滝黒はベルトにある閃光弾を投げる。

激しいフラッシュが巻き起こり、ガイストの悲鳴が聞こえる。その隙に滝黒はビディを連れて走る。

 

 

「滝黒さんッ、どうしてココに!?」

 

「マリリンさんから連絡があって。藤島さんが来るって」

 

「えッ? 確かにミズノマチに行くって言ったけど、ジカンとかは……」

 

「さっき着いて、後はずっと待ってるつもりでした。貴女が来るまで……」

 

「キモッ! っていうかそのカッコウは!?」

 

「今、ちょっとバルド関係で使ってるスーツです。かっこいいから見てほしくて」

 

「キモッッ!!」

 

 

とは言いつつ、ビディは頬を桜色に染めて、どこか嬉しそうだ。

ギュッと、滝黒を掴む。そうしていると二人は滝黒のバイクの前にやってくる。

専用のバイクだ。各装備が装着されており、パスワードを打ち込むことで取り外せる。

滝黒は早速正面にあるドクロのマスクを取り外し、身につける。

 

 

「変身」

 

 

音声認識が完了。ヘルメットのドクロが一瞬、発光を行う。

 

 

「聞こえますかマリリンさん」

 

『ばっちり。でも何でスーツを?』

 

 

マスクには通信機能がある。会話を行いながら、滝黒は他の装備も装着していく。

 

 

「アポロキチガイストを水野町駅前で発見。これより確保を狙います」

 

『了解。でも気をつけてねーん。ソイツたぶんガイジたちのボスだから、ちょっと強いかも』

 

「はい。藤島さんは逃げて」

 

 

ビディはそこで複雑な表情を浮かべる。

一瞬、何かに迷い。やがてハッとすると前のめりになる。

 

 

「でも、周りにナカマがいるかも!」

 

「なるほど。確かに……」

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

ビディは滝黒をビンタする。

 

 

「あのね! 『オレのソバにいろ』くらい言えないんですかーッ!?」

 

「え? え……? あ、じゃあそれで」

 

「だからコミュ障陰キャはキライなんです!」

 

 

そこで銃声。滝黒は素早くビディをかばい、背中で弾丸を受ける。

なんともない。これならいける。滝黒は振り返り、やって来たガイストを睨んだ。

 

 

「お前を逮捕する」

 

「パンテェー!」

 

 

滝黒が走り出したときだった。

ガイストの左手に盾が生まれた。日輪型で、揺らめく炎がカッターになっている。

 

 

(どこから出した!?)

 

 

さらに銃の形状も変わっている。先ほどのハンドガンとは違い、銃身が伸びて赤い追加パーツが見える。

いつのまに? いやそれよりも、問題はそこから発射された光弾である。

高速で飛んできた光球は滝黒に直撃、爆発を起こして吹き飛ばす。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

痛い。衝撃が凄い。

マスクからも警告音が流れた。『耐久値』を超えるダメージを受けました、危険です。などなど。

滝黒は立ち上がると、背中に装備していたライフルを抜いて、容赦なく発砲する。

しかしガイストは盾を構えると、弾丸を受け止め、無効化。さらに反撃の弾丸を滝ライダーへ撃ち込んでいく。

 

このままではダメだ。勝てない。

滝黒は歯を食いしばり、強引に前に出て行く。

マリリンが戻れだの無茶だの言っているが、衝撃が強すぎてよく聞こえない。

その間も容赦なく命中していく弾丸。骨が軋む、全身が痛い。だがもうガイストはすぐそこだ。滝黒は電磁ナイフを取り出すと、一気に懐へ入ろうと試みた。

 

 

「ガイジハリケーン!」

 

「なにッ!?」

 

 

ガイストがその場で回転を始めると、凄まじい風が巻き起こり、赤い竜巻が生まれる。

その風圧に押し負け、滝黒は地面を滑って後退。さらに銃弾を撃ち込まれる。ある程度距離があくと、ガイストは盾を投げる。

 

 

「ガイストカッター!」

 

 

日輪の盾はまさにチャクラム。高速回転しながら飛んでいき、刃で滝黒のわき腹を切り裂いた。

その切れ味は強化スーツを簡単に切り裂いてみせる。滝黒から漏れる苦痛の声、思わず膝をついてしまう。

焼けるような痛みは嘘ではない。血はドクドクと流れ、その間にも弾丸が撃ちこまれていく。

マリリンの声はもう聞こえない。通信機能が破壊されたようだ。

しばらくして、滝黒の動きが完全に止まった。

煙をあげて、倒れたまま動かなくなる。

 

 

「終わりだな。男のパンテェーなど不要。すぐに終わりにしてやるッ!」

 

 

またも一瞬だった。どこから取り出したのか分からない赤い剣を持って、ガイストは歩き出す。

ふざけた格好ではあるが強い。強すぎる。

滝黒は意識こそあれど、痛みで全く体が動かない。

まさかここまでなのか? 目を細めると、気配を感じた。

顔をあげると、そこにはビディの背中があった。ガイストも立ち止まり首を傾げる。

 

 

「何のマネかな、お嬢さん」

 

「アナタの狙いはワタシなんでしょう? ワタシのパンツでも命でも何でもあげますから、このヒトは助けてください」

 

「!!」

 

 

その時、不思議と痛む体が跳ね上がった。

滝黒はすぐにビディの前に回りこみ、庇い返す。

 

 

「何を言ってるんです藤島さん……! やめてくださぃ」

 

「ボロボロのくせに立たないでください。そういうトコロ、凄いッ、キライ……!」

 

 

いつまでも『藤島』って呼んでくるのが本当にむかつく。

いつもビディって呼べって言ってるのにどこに、何に、誰に気を遣っているのかも分からない藤島呼びを貫くところが本当に嫌いだった。

 

 

「フム。泣ける話だが、その瀕死の男を殺してからお嬢さんを殺せばいいだけの話だとは思わんか?」

 

 

確かにそうだ。だからこそ滝黒は必死に死んでいない機能を探す。

バイクの自動運転機能は既に故障している。しかし一つだけまともに動くものがあった。

ベルトについている緑色のボタンを押すと、バイクからドローンが分離、すぐにガイストのもとへ飛んでいく。

 

 

「ムッ!」

 

 

ガイストが銃を撃った。

しかし不規則な動きのドローンを捉えられない。どうやら銃弾の威力は凄まじいが、腕のほうは一般以下のようだ。

そうしているとドローンから強力な催涙ガスが噴射。ガイストが悲鳴と共に煙幕のなかに消えていく。

 

 

「今だ藤原さん。貴女は逃げて!」

 

「……滝黒さんは?」

 

「足がまともに動きません。ココに残ります。そもそもオレはヤツを捕まえるために動いていました。逃げるなんてありえない」

 

「バカなんですか? 死にますよ」

 

「はい。なんでもいいです。だから早く逃げて!」

 

「イヤです」

 

「いい加減にしてください!」

 

「それでもイヤです。ワタシも残ります」

 

「足手まといだ!」

 

「ワタシがいなくなってもアナタは死ぬでしょ?」

 

 

ビディは下を見た。血溜まりができている。

どうやら滝黒のわき腹の傷は思ったよりも深いらしい。

今もドクドクと血が流れている。ビディにも分かる、これは人間が流していい血の量をとっくに超えている。

 

 

「残ります」

 

「なんで! なんでだよ! 早く逃げろって言って――」

 

「アナタが好きだからです」

 

 

滝黒は固まる。ドクロの目の奥に、悲しい光があった。

 

 

「オレも好きでした。ずっと前から……」

 

「リョウオモイ、ですね」

 

「違う。貴女はオレが嫌い。それでいい。それで上手くやってきた」

 

「全然ッ! やっぱりアナタって本当にバカ! 最低ッ!」

 

 

ビディからボロボロと涙が溢れてくる。

まさかこんなお別れになるなんて思っていなかった。あまりにも滑稽で、哀れで、情けなくて笑えてくる。

 

 

「ずっとスキですよ! はじめからスキだった! でも――ッ、スキだからッ! 分からなくて苦しんです!」

 

 

滝黒のことを恨みたくない。でもじゃあこの苦しみはどこにぶつければいいの?

 

 

「コレッ、どうすれば終わるんですか? この苦しいのはどうすればいいんですか!?」

 

 

父のことも、同じくらい好きだった。

ビディも滝黒もずっと分かってた。だからこそ今までこんな関係が続いたのだ。

 

改めて、もう一度言おうか?

滝黒はビディの父を殺した。あれは正当防衛などではなかった。自分の意思で、殺意を持って殺したのだ。

 

ナイフを刺したとき、一度目は本当にたまたまだった。

なんだったら致命傷はその一撃だった。純粋なる防衛と偶然の一撃だったことは事実であったと約束しよう。

しかしそのナイフを引き抜いたらば、滝黒の目の前には過去が広がってしまった。

幼いときの滝黒は何をやらせてもダメだった。勉強も運動もダメ、シャイでネガティブで弱虫。だから幼いとき、母親に泣きながら言われた。

お前はどこか頭がおかしいのかもしれない。お前はママの子供じゃないのかもしれない。お前なんて生まなければよかった。またあいつらにバカにされる。

 

 

『どうして貴方はこんなに出来損ないなの!?』

 

 

本気で言われた。本気で泣いた。

だから滝黒は無心で努力した。少しでも優秀になろうともがき続けた。

今にして思えば、子供には子供の、親には親の事情があるのだろう。しかし子供にとっては見える親が全てだった。

だから滝黒は、ビディの父をナイフで刺した。

 

お前のその醜い姿を、ビディに見せるべきではない。

ビディを裏切ったお前は、死するべき罪人なのだ。

何よりもこのオレを裏切ったことは許されるべきではない大罪としりたまえ。

などと、このようなエゴが確かに存在していたのである。

 

たとえ一瞬だったとしても。

たとえ全てでなかったかもしれないにせよ。

たとえ正当防衛の延長線であったとしても。滝黒は確かにビディの父を殺したくて、殺したのだ。

 

 

『自分があまり好きじゃなくて』

 

 

初めて藤島食堂に行ったとき、滝黒はそう言った。

 

 

『ネガティブなところがあって、本質が暗いんですよオレは』

 

『確かに! 初対面のワタシにそんなことを言う時点でオワってます!』

 

『う゛ッ!』

 

 

しかし、ビディは満面の笑みを浮かべた。

 

 

『でもそれがアナタの長所だと思いますよ!』

 

『えッ?』

 

『だって世界中のヒトがポジティブだったら、それはそれで疲れるでしょ?』

 

『それは、まあ』

 

『それにシンチョウとも言えますよ? ワタシはポジティブだから何の問題もないですね! ワタシつい暴走しちゃうんで、アナタが抑えてください。そのお礼に、ワタシが料理でアナタを笑顔にしますから!』

 

 

ただの接客、ただのリップサービス。

でも、滝黒にとっては太陽だった。

 

 

「許されないんだ……! オレのやったことは」

 

 

ビディを愛してるから、ビディの大切なものを奪った自分が許せない。

 

 

「そうですね。でもワタシは許したかった……」

 

 

ワタシがはじめて一人で作った料理を、アナタは美味しいと笑顔で食べてくれましたね。

呆れますか? でも、ワタシはその時、アナタのためにゴハンを作りたいと思ったんです。今まで他のオトコノコとあまり関わったこともなくて、ラッキーでした。

アナタみたいなヘボヘボなヒト、最初に出会って無かったら見向きもしてません。

 

 

「でもアナタは罰されることを望んでいるから、ワタシは好きなヒトの想いを尊重したかった」

 

 

それに都合がよかった。ビディとて、気にしないでなんて絶対にいえない。

苦しみ続けろと思ったのは本心だった。愛していたのも本心だった。

狂った時間のなかで、何度バカらしいと思ったことか。

こんなことは止めて、遊園地に行きましょう。映画に行きましょう。イルミネーションを見に行きましょう。家で一緒にマンガを見ましょう。

それで良かったのに……。

 

そして滝黒は拒んだだろう。だが彼もビディを愛していたから、中途半端に姿を見せた。

愚かな二人だ。でももう今日でおしまい。

ビディは滝黒を抱きしめる。

 

 

「一緒に、シにましょう」

 

 

ガイストがドローンを破壊した。

その爆音に混じる、滝黒響也の叫びが聞こえるだろうか。

彼は今、自分を恥じている。こんな哀れな話があるかと泣いているのだ。

 

言わせてはいけないことだった。だが言わせた。全ては自分のせいだ。

もっと強ければ、もっと正しければ、彼女を苦しませることは無かった。

神に祈る。いやもはや全てに叫んでいた。

二人助けてくれなんて傲慢なことは言わない。けれどもせめて、せめて彼女だけは赦してくれないか?

彼女は何にも悪くない。このまま死ぬなんて理不尽にもほどがある。

 

 

『世の中はえてして、理不尽なものだ』

 

 

どこからか声が聞こえたような気がした。

だから滝黒は叫ぶ。泣きながら叫んだ。

ならばせめて、籠を出る力だけ貸してはくれないだろうか――?

彼女は言った。いつ終わるのか? ならばせめてその答えだけは用意させてくれ。そうすればせめて心おきなく。

 

 

「オレが終わらせるよ」

 

 

心を縛る檻の群れは、全て今、破壊して見せよう。

キミを解き放つことができれば、オレは――……。

 

 

「キモイです」

 

 

ギュッと、抱きしめる。

反射的にギュッと抱きしめた。

 

 

「また変なこと考えてるんでしょ? もうヤメテ」

 

 

ただ一言、たった一言だけ聞ければそれでいいから。

彼女はそう言った。するとどうだ、強張っていた滝黒がゆるゆると緩んでいく。

そうか。そうだな。それでいいんだ。最期は彼女の望みを叶えてあげよう。オレはもういいんだ。だから、それでいいんだ。

 

 

「あいしてる」

 

 

ビディは微笑んだ。それが聞ければよかった。満足だった。

 

 

「!」

 

 

だが皮肉も、それが『着火』になった。

 

 

「なんだアレは!」

 

 

のけぞるガイスト。

黒い羽が舞っていた。それは鳥かごが壊れた証明である。

視線の先には滝黒が立っていた。その腰には、紛れもない、先ほどまでは無かったベルトが見える。

 

 

「――ッ!」

 

 

起動方法は炎が教えてくれる。

滝黒は左腕を右斜め上に伸ばした。同時に右手でベルト右についているジェット噴射装置・ロケットを押す。

するとベルトに稲妻が走り、スイッチが入る。

滝黒は両腕を大きく旋回させ、右腕の肘を曲げた状態で左前にかざす。そして左手はベルト左にあるロケットに乗せ、強く押した。

するとベルトのシャッターが開いて、風車がむき出しになる。

 

 

「変身ッ!」

 

 

飛び上がると、ベルト左右にあるロケットからスチームが噴射されて急上昇。

その勢いから生まれる風が風車を回転させ、赤や黄色や水色の光を撒き散らす。

滝黒の体が黒い光に覆われると、その姿が変化。

着地をしたときには、まったく別のものに変わっていた。

 

 

「何者だ!」

 

 

ガイストが銃を撃つ。

その光弾を、『滝黒だったもの』は片手で弾いた。

 

 

「3号」

 

「なにっ!?」

 

「オレは、仮面ライダー3号だ」

 

 

黄色いマフラーが風に靡き、複眼が光り輝いた。

さらに鳴り響くクラクションの音、風を切り裂き駆けつけるのは3号のライダーマシン、トライサイクロン。

その巨体で容赦なくガイストをはね飛ばす。

 

 

「うぉぉおお!」

 

 

空中を舞い、地面に倒れたターゲット。

3号が前に出るとボンネットトランクが開いて武器が排出される。

スピリッツウェポン。まずは銀色の槍がついたランチャー砲・『ゴードンバスター』だ。

構え、発射すると先端の槍が高速で発射される。ガイストはすぐに盾を構えて、それを受け止めたが、すぐに足裏が地面を離れた。

 

 

「おおおおおお!?」

 

 

槍に押され、地面を滑る。

ついには転倒。さらに日輪型の盾が槍によって破壊され、粉々に砕け散る。

 

 

「おのれッ!」

 

 

地面に倒れていたガイストは銃を構えて3号を狙った。

だがしかし既に3号もまた別の武器を手にしているところだ。

アルベールシューター。スナイパーライフルで、3号はガイストよりも早く引き金をひいている。

放たれた弾丸は、ガイストが使用している銃口に入ると、そこで炸裂。

銃が爆発を起こし、ガイストは思わず手を離す。

 

 

「私の銃がッ!」

 

 

バラバラになった武器を見て、ガイストは怒りに震えた。

立ち上がると、どこからともなく赤い剣を取り出してみせる。

 

 

「ガイジブレード!」

 

 

走り出すガイスト。3号も武器を持って、地面を蹴る。

ヒューリィブレードは日本刀をモチーフにした武器だ。鞘から刃を抜き、3号はガイストと斬りつけあう。

 

 

「不自由はいつもついてまわる!」

 

 

心の声が漏れた。ガイストはいっそ叫んだ。

 

 

「私もパンツを被るという趣味を否定され! 迫害され! 地獄を見た!!」

 

 

3号の刀が、ガイストの剣の刃をへし折る。

ガイストは一瞬怯んだように立ち止まったが、すぐに剣を投げ捨てると、3号へ殴りかかって行った。

 

 

「私は自由を選んだのだ! それはガイジたちもみな同じ!」

 

 

トライサイクロンから新たなスピリッツウェポンが発射され、3号の手に装備される。

ベイカークロウ。ナイフが装備された、メリケンサックだ。3号は襲い掛かるガイストと拳を交差させる。

 

 

「理性で夢はッ、縛れない!」

 

 

裂かれる音がした。3号のナイフによってガイストのマントが、そして被っていたパンツがバラバラになる。

 

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 

ガイストは素顔を晒し、泣いた。

パンテェーを被らずに、極上の快楽をむさぼれる人種が同じ地球にいるかと思うと非常に可哀想で――、羨ましい。

そうしていると肩に撃ち込まれる棒先。スピリッツウェポン、『ウェイロッド』を持った3号がそこにはいた。

 

 

「ガイジハリケーンッ!」

 

 

ガイストは高速回転で風を発生させるが、3号は確かに踏みとどまっていた。

そして嵐の中、まっすぐに伸びた棒、ロッドの先端がガイストの額を打つ。

 

 

「んぉぉおおッッ!」

 

 

ガイストは手をバタつかせて、後ろのめりで下がっていく。

3号はそこでロッドを投げ捨てた。一瞬、トライサイクロンの影に隠れているビディと目が合う。

彼女は頷いた。3号も頷き、空へ舞い上がる。

 

 

「ライダー!」

 

「!!」

 

「キック!」

 

「ぐあぁああああああ!」

 

 

足裏が胸に直撃し、ガイストは二回転ほどして地面を滑っていった。

しかしガイストは笑みを浮かべた。なるほど、殺すことを怯えたか。

 

 

「ふ、フハッ! ハハハ! 手を抜きすぎたな。痛みと衝撃はそれほどだ!」

 

 

すぐに立ち上がる。が、しかし、そこでピタリと動きが止まった。

いや、正しくは『動けなかった』のだ。

 

 

「な、なにをした……?」

 

 

ガイストはプルプルと震えて、やがて地面に倒れる。

力が全く入らない。そうしていると、3号は地面に落ちているウェイロッドを見る。

 

 

「あの棒の先端には針が装備され、攻撃と共に撃ち込まれる。お前の体内に侵入した針はツボを突き、脱力感を促したんだ」

 

「つ、ツボだと――ッ!」

 

「オレの勝ちだ。お前を逮捕する」

 

 

3号は歩き、ガイストのもとへ歩く。

ガイストは諦めたようで、遠い目をして空を見ていた。

 

 

「青年。この哀れな男を笑いたければ笑うがいい」

 

「笑えない。オレもまともじゃない」

 

「まともさ。全員、どこかイカれてる」

 

 

ガイストは深いため息を吐いた。そして改めてビディを見る。

 

 

「最期のお願いだ。お嬢さん、キミのまだぬくもりが残っているパンテェーを、私に与えてはくれまいだろうか?」

 

 

ビディは3号の後ろに隠れ、首を振った。

 

 

「コレは、このヒトの」

 

 

ビディは3号を見た。ガイストは完全な敗北を察し、空に向かって手を伸ばす。

誰かが掴んでくれるような気がした。そうだろ? アポロン。

 

 

「これが本当のアオハルってね! 以上、アポロキチガイストでした! んぱぁああ!」

 

 

んぱぁと言ったあたりで、ガイストの頭部や胸から鋭利な刃が伸びてきた。

思わず悲鳴を上げるビディと、のけぞる3号。すぐに駆け寄るが、心臓と脳を破壊されたガイストは既に息絶えていた。

自殺――? 3号は訳も分からず、しばらく呆然としていた。

 

 

「ダイジョウブですか?」

 

 

我に返る。

3号は曖昧に頷いた。

 

 

「あ、はい! とにかくコレでオレも仮面ライダーですッ! 隼世さん達の助けになれるし、藤島さんを守れるッ!」

 

 

ビディは少し悲しげに頷き、3号へ近寄ろうと――

 

 

「残念だがそれは無理だ」

 

「え?」

 

 

足音が聞こえる。誰かが歩いてくる。

だが3号が周りを確認しても誰もいない。

誰もいない? そういえば、いくら水野町が田舎だといえ、あれだけ激しく戦って通行人ひとりいないものだろうか?

あるいは隠れていたとしても通報があってもおかしくないと思うのだが――……。

 

 

「きゃああ!」

 

 

そこでビディの悲鳴が聞こえた。彼女は見たのだ。

家の屋根を飛び移る化け物の姿を。道の向こうで目を光らせる化け物を。

どうやら、この場所に人が近づかなかったのは、あれらの化け物の仕業らしい。

 

3号もその化け物を確認した。

一瞬しか見えなかったが、虚栄のプラナリアがあったために、彼もライダーのことを調べたから、心当たりがあった。

 

 

「あれは――ッ!」

 

 

化け物はカードに変わり空を舞う。

一方で空に出現する灰色のオーロラ。

 

 

「あれは! アンデッド!」

 

 

オーロラから男が出てきた。

黒いスーツ、黒い手袋、そして黒いサングラス。

男は3号を見ても怯むことなく前を行く。それだけではない、何かバックルのようなものと、カードを一枚持っていた。

 

 

「だ、誰だ!?」

 

「俺か? 俺は剣崎(けんざき)一真(かずま)

 

 

ブレイバックルを腰に持っていくと、自動的に装着が完了する。

 

 

「またの名を、仮面ライダーブレイド」『ターン・アップ』

 

 

ハンドルを引くとベルト中央の装飾が回転。オリハルコンエレメンが射出される。

それは自動的に移動を開始し、剣崎を通過。するとその姿が一瞬で別の形態へと変化していた。

 

間違いない。

平成ライダーが一人、仮面ライダーブレイドである。

シャキンと刃が擦れる音が聞こえ、ブレイラウザーが姿を見せる。

すると先ほどから空中を舞っていたカードが自動的に飛んできたではないか。ブレイドは素早くそれをキャッチすると、ブレイラウザーへと読み込ませる。

 

 

『サンダー』

 

 

落雷がトライサイクロンに直撃すると、爆発が巻き起こり、一瞬で大破してしまった。

3号は爆風からビディを守るために、抱きしめ、背中をむく。

思わず足が震えた。剣崎一真のことは知っていたが、見えた顔は『知らない人』であった。

 

これはつまりどういうことか?

そこに知ってはいけないものを感じ取る。

アマダムは自分のことを異世界からやってきたと言っていたらしい。

ではまさか、あの剣崎は――?

 

 

(本物の――ッ、仮面ライダー!?)

 

 

3号の前で、ブレイドは隠すことのない敵意を――。『殺意』を放出する。

 

 

「遊びは終わりだ。これより、クロスオブファイアを回収する」

 

 

 

 



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第10話 運命を選んだ日

 

 

「ウェイッッ!!」

 

 

ブレイラウザーが青き閃光となって振り下ろされる。

3号は右腕を盾にして刃を受け止めたが、すぐに感じるブレイドの力。

このままでは切断されるし、そもそも押し負ける。すぐに左腕も回して両手でブレイラウザーを止めようと試みる。

しかし、それでも重い。3号はすぐに膝をついた。

そこでブレイラウザーが腕から離れた。一瞬、油断するが、すぐに飛んでくる足裏。

3号は胸を蹴られ、地面に仰向けに倒れる。

空は見えない。その前にブレイドが見えた。そして思い切りブレイラウザーを引いている。

 

 

「くっ!」

 

 

3号は殺意を察し、地面を転がる。

つい先ほどまで彼が倒れていたとろこへ、ブレイラウザーの剣先が突き刺さっていた。

一度では終わらない。ブレイドは連続で地面に倒れた3号を貫こうと突きを繰り出していく。

3号も必死に地面を転がった。だが立ち上がる前にブレイドに追いつかれる。

マフラーを掴まれて強制的に持ち上げられると、クロス状に斬られ、わき腹を蹴られ、フックで顔面を殴られ、そしてすくい上げるような斬り上げで、空に打ち上げられる。

3号は放物線を描くと、背中から地面に激突する。

 

 

「あ――ッ! ぐッッ!」

 

 

痛みは残るが、立ち上がらなければ。

3号が体を起こすと、すぐに装甲から火花が散った。何かが飛んできて纏わりついてくるのだ。

3号はすぐに気づいた。アレはラウズカード、ブレイドが使用するアイテムだ。それらが意思を持ったように飛び回り、手裏剣のように牙をむいてくる。

 

 

「お前のたちの歴史を観測したが、見れたものじゃないな」

 

 

低俗な欲望のためにライダーの力を使い、暴力のための武器にライダーを振るう。

 

 

「軽く見られたものだ。我々の力も」

 

『サンダー』『スラッシュ』『ライトニングスラッシュ』

 

 

ブレイラウザーに落雷が落ちると帯電状態となり、攻撃力が増加する。

その状態で剣を振るうと、激しい雷撃が四散し、スパークが巻き起こる。

電撃はあたりを動き回り、地面に触れて火花を散らす。そのなかで悲鳴が聞こえた。3号に電撃が命中していき、次々と爆発が起こる。

だがここでドリフト音。ブレイドが視線を移すと、破壊したはずのトライサイクロンが向かってくるのが見えた。

 

 

「なるほど。クロスオブファイアが消えなければ、ツールは具現化できるということか」

 

 

カードが舞い、ひとりでにラウザーへスキャンされる。

 

 

『メタル』

 

 

不動のブレイド、そこへトライサイクロンが猛スピードで直撃する。

だがすぐに何かが壊れる音が聞こえてきた。トライサイクロンのボンネットがへこみ、ひしゃげる。

一方でブレイドはその場から全く動いていなかった。硬質化によって逆にトライサイクロンを粉砕してみせたのだ。

 

 

「このタイプはますます危険だな。ライダーの力が概念となっている。これは本来、ライダーが生まれる筈のない世界に無理やりライダーの力を与えると発生する現象だ」

 

 

ブレイドはメタルを解除すると、帯電した剣をトライサイクロンのボンネットに突き刺した。

直後トライサイクロンは爆発。炎上しているその向こうに、複眼が光るブレイドが立っている。

その姿を見て、少し離れた電柱の後ろに隠れているビディは息を呑んだ。

ブレイドの姿が、紛れもない化け物に見えた。

 

 

「ゴードンバスター!」

 

 

一方で爆発したトライサイクロンから排出されるスピリッツウェポン。

3号はそれを掴むと、ランチャーから槍を発射した。戦うことが正しいのかは分からなかったが、目の前にいる剣崎が偽者とも限らないからだ。

すると電子音が聞こえた。鉄の槍が炎に包まれ、崩壊していく。

ブレイドを見ると、銃口から煙をあげるギャレンラウザーを構えていた。

 

 

「クソォッ! ヒューリィブレード!」

 

 

3号はランチャーを投げ捨てると、スピリッツウェポンの刀を持って走り出す。

ブレイドは持っていた銃を投げ捨てると、別のカードをスラッシュさせる。

 

 

『ジェミニ』

 

 

ブレイラウザーが二つになり、二刀流となる。

ブレイドは振り下ろされた刀を、剣をクロスさせることで受け止めた。

するとバキンッと音が聞こえる。交差させた刃が、ヒューリィブレードの刃を折ったのだ。

 

 

「そんな――ッ!」

 

「3号か。見たことの無いアイテムを使うな。浸透はそれだけ危険性も高い。世界を変質させるのは重大な罪なんだ」

 

 

戸惑っている3号へ次々とブレイドの乱舞が襲い掛かる。

 

 

「答えろ。その力をどこで手に入れた?」

 

「分からない――ッ! でも最初はアマダムだとッッ!」

 

「チッ、アイツか。まあ過程や原因はどうあれ、既に撒かれたものは撒かれたものだ。理由は関係ない、拾った時点でお前は終わりだ」

 

 

次々と襲い掛かるブレイラウザーの切り払い。3号は悲鳴をあげて後退していった。

刹那、ブレイドは両手に持っていた剣を地面に落とす。そして踏み込むと、3号の腹部に拳を思い切り打ち込んだ。

 

 

『ビート』

 

 

3号はめちゃくちゃに地面を後転しながら吹き飛んでいく。

やがて止まるが、ダメージは大きすぎるようで全く立てなかった。

 

 

「ぐっ! ガハッ! つ、強すぎる……ッッ!」

 

 

力を込める3号。

だが腕に力が入らない。ガクッと肘が折れ、顎を地面に打ちつけた。

 

 

「当然だ」

 

 

一方のブレイドは余裕そのものだった。

分身機能が解除されたブレイラウザーを拾い上げ、3号を睨みつける。

 

 

「炎の量が違う」

 

 

ブレイドはマッハを使用。高速で駆け、3号の横を通り過ぎる。

すぐに悲鳴が聞こえた。3号はその声を聞いて、体を跳ね起こす。

背後では、ブレイドがビディのもとへたどり着き、嫌がる彼女を掴んでいた。

ブレイドはビディの首に腕を回すと、剣を顔のそばへ近づける。

 

 

「手間を取らせるな。大人しくしろ」

 

「藤島さんッ!!」

 

「動けばこの女を殺す」

 

「ぐっっ!!」

 

 

3号は踏みとどまり、拳を握り締める。

 

 

「そんな――ッ! 卑怯だぞ! アンタ仮面ライダーなんだろ」

 

「そうだ。だが、それがどうした?」

 

「ッッッ???」

 

「哀れなヤツだ。理解してもいない力を使っているのか」

 

 

ブレイドはさらに剣をビディの首に近づけた。

 

 

「もう一度言う。大人しくしろ。でなければこの女の首が飛ぶ」

 

「ッッ!」

 

 

3号は変身を解除しようとした。するとビディが叫ぶ。

 

 

「ヤメテ! こんなヤツの言うこと、気にしなくていいです!」

 

 

皮肉にも、その言葉が3号の心を動かした。

ビディを失いたくない。3号は両手を挙げて、完全に沈黙した。

 

 

『リモート』

 

 

イーグルアンデッドが飛び出してくるとビディに爪を向ける。

一方で前に出たブレイドは三枚のカードを順にスラッシュして読み込ませていく。

 

 

『キック』

 

 

カードの絵柄が動き、ローカストが大ジャンプ。

 

 

『サンダー』

 

 

ディアーがその角から雷撃を。

 

 

『マッハ』

 

 

ジャガーがシャカシャカと地面を駆ける。

三枚のカードはブレイドの周囲を飛行して、最終的には後ろへと並ぶ。

 

 

『ライトニングソニック』

 

 

電光石火の如く、電撃の残像を残しながらブレイドが走る。

3号に突進を繰り返し、怯ませたところで地面を蹴った。

 

 

「ヴェエエエエエエエエエイッッ!!」

 

 

靴裏のスペードが激しい光と電撃を発生させる。

3号視点では一瞬だった。一瞬で体勢が崩れ、目の前にある靴裏が胸にめり込む。

帯電しながら3号は倒れ、変身が解除される。

 

 

「お前たちはこの力をどう考える? それが一つの答えだ」

 

 

ブレイドは一枚のカードを投げた。

それは滝黒の胸の中央に突き刺さると、何かを吸収し始めた。

 

 

「知らないなら知らないままでいたほうがいい。俺は『零の円環(ラウンド・ゼロ)』、お前たちを終わらせにきた死神だ」

 

 

そう、炎だ。クロスオブファイアを吸収してカードに移している。

やがてカードは滝黒から離れ、ブレイドの手に戻った。滝黒は青ざめ、立ち尽くしている。

ベルトが出せないのはすぐに分かった。

体が重く感じる。3号の力が消えていたのだ。

 

 

「だが無知は罪だ。ましてや手にした力もな」

 

 

ブレイドはビディを掴むと、背中を軽く蹴る。

よろけ、前のめりになった彼女は、滝黒を見た。

これでいいんだ。滝黒は彼女を抱きとめようと体を起こし――

 

 

「代償は払ってもらう」

 

 

ブレイドは剣を振った。ビディの右腕が切断され、宙を舞う。

 

 

「――ッ! 藤島さん!!」

 

 

滝黒の表情が鬼気迫るものへ。しかしそれも一瞬で変わった。

ブレイドがマッハとスラッシュを使用したのだ。ブレイドは一瞬で滝黒の背後に立つ。そして滝黒の左腕が地面に落ちた。

焼けるような激痛。しかしそこで光が迸る。

 

 

『ファイア』『リカバー』

 

 

本当に焼けていたようだ。滝黒とビディの腕の傷が焼け、止血される。

さらにリカバーの力で痛みが引き、傷がふさがっていく。

 

 

「なんで――ッ! クソォオ!」

 

 

滝黒はビディを庇い、ブレイドを睨む。

そこでブレイドは変身を解除し、剣崎に戻った。彼はゆっくりとサングラスを外す。

 

 

「!!」

 

 

まさか。そんな。そんなことが、まさか。

滝黒は未曾有の感情を抱き、思わず震え上がった。これは恐怖だろうか? いや、それはもっと大きな何かだ。

滝黒は剣崎のことを最低な男だと思っていた。約束どおり大人しくしたのにビディを傷つけ、自分をも傷つけた。

 

ビディは片腕を失ったショックで青ざめ、ブルブルと震えている。

彼女をこんな目に合わせた剣崎という男を絶対に許せないと思った。

だが、しかし剣崎の目を見た瞬間、自分は間違っていたのかもしれないと思う。

なんて、なんて――、哀しい目をしているのか。なんて瞳で俺を見るのか。滝黒は震え上がった。もしも、いやまさかそんなことが……。

だが、もし仮に剣崎がもっと大きな何かと戦っている途中であるとしたら?

 

 

(俺たちが敵なのか――?)

 

 

悪、なのか?

颯爽と駆けつけた仮面ライダー。それがもしも剣崎だとすれば――ッ。

彼は救いではなく、滅びを与えにきたのだとすれば……?

 

 

「何か――ッ!」

 

 

滝黒は立ち上がり、叫ぶ。

 

 

「何か――ッ! オレにできることはありますかッ!?」

 

「………」

 

「何でもいいんです! 何でも……!」

 

 

剣崎は首を振る。

 

 

「何もない。しかし、そうだな……」

 

 

そして踵を返した。しいて言うなら――

 

 

「生きろ。最期の――、その瞬間までな」

 

 

滝黒とビディは剣崎が歩き去るのをジッと、ただひたすらジッと見ていた。

そこでふと滝黒は地面を見る。なんとも皮肉なものだった。斬りおとされた二人の腕が重なっている。

それを見て、滝黒は唇を噛んだ。

 

 

「もし、オレに最期が来るとすれば……」

 

「?」

 

 

滝黒は怯える手を差し出した。

 

 

「その時は、貴女の傍にいたい」

 

 

ビディは少し驚いたような顔をしたが、呆れたように微笑んだ。

 

 

「ワタシも、ドウカンです」

 

 

ビディは滝黒の手を取って、立ち上がる。

 

 

「まだラッキーでした。ワタシは左利きなんです」

 

「オレは右利きです、けど……。そういう問題じゃ――」

 

「これからは、お互いタスケあいです。補っていこ?」

 

 

ビディは滝黒の左側に立ち、ピットリとひっつく。

二つのシルエットが重なって、異形の影を作った。

 

 

「藤島さん。オレ、バルドを辞めます」

 

「え? なんで?」

 

「今のオレは足手まといだ。体じゃなくて、心が――……」

 

 

首を振る。一番の理由は最大のエゴ。

少しでも長く、安全なところでビディと一緒にいたい。

きっとそれが剣崎の望んだことでもある。

 

 

「禁忌に触れ過ぎたんです。オレ達は……」

 

 

太陽に近づきすぎたイカロスは、その翼が溶けて死んだ。

 

 

「オレは、死にたくない――ッ!」

 

 

怖いんだ。申し訳ないけれど。情けないけれど。

 

 

「ダイジョウブ。ワタシがついてます。ずっと味方だから」

 

「ありがとうございます。藤島さ――、じゃなくてビディさん」

 

「もっと早くヨベ! ですっ!」

 

 

二人は笑った。哀しいし、苦しいし、辛いし怖いし痛いし、でもとりあえず笑っておいた。

彼女の、彼の笑顔を見ていると、不思議とおかしかった。

 

 

「ここから、はじめましょう」

 

 

オレたちはあの時から何も進んでない。

何をしても、笑っても、怒っても、泣いても、全ては空虚なものなんだ。

だから終わりにしよう。

枷は、ここで引きちぎる。二人は歩いていく。果てしない旅路がはじまった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。隼世は立木に呼ばれてバルド本部にやってきていた。

立木は汗を浮かべ、タバコをふかしている。

 

 

「やっぱ、あれか? マジか」

 

「はい。何度も試したんですが……」

 

「勘弁してくれよ隼世。そこをなんとか」

 

「無理です」

 

「まずいんだよ。滝黒の野郎、電話一本で辞めますって。なあ?」

 

「止めなかったんですか?」

 

「だって死にたくないって言われたらどうしようもねぇじゃん」

 

 

片腕が無くなっていたのを見れば、引き止めることができなかった。

契約上、死んでも文句は言えないようになっているが、いろいろと倫理の問題なのか、辞めることを止めることはできない。ましてや負傷しているともなれば、なおさらだ。

 

 

「誰にやられたかは?」

 

「最後まで言わなかった」

 

「脅されてるとかは――?」

 

「ンなこと、いちいち考えたって仕方ねぇだろ。流石にそこまでは知らん」

 

 

それよりも隼世だ。立木としては非常に困る展開であった。ずっと首謀者だと思っていた慶太郎(ガイスト)が死んだ。自殺? 本当に? 水野町でもまた何人か死んでいるのに?

 

 

「それでお前が変身できないのは、まずいだろ」

 

「すみません。ベルトを出すことも無理です」

 

「やっぱアレか? お前、彼女と別れたのがマズイのか?」

 

「そんなことは、ないと、思いますが」

 

「分かりやすいくらいテンションが低いんだよ。いいか? お前な、誰だって経験することなんだよ。そりゃお前、俺なんて何人の女を泣かしてきたか。そして今は俺が養育費で泣かされそうに……、ってまあコレはいいか。とにかくな、ほら、これ。いや何ですかって見りゃ分かるだろ金だよ金! 最近化け物が増えてるから貰える額も増えてんだ。とにかくコレで風俗行って一発ヤッてこい。その後にな、ラーメン食って、ライスか半チャーハンつければ全部上手くいくんだよ。いいか? デリヘルだからこっそりヤれよ? 大丈夫大丈夫、俺の知り合いがやってる店だから。表向きは素股だが、そこからスムーズに――」

 

 

隼世としても切り替えたかった。ルミとはもう終わったし、引きずるのは格好悪い。

だから今回は立木に流されることにした。ホテルに行ってしばらくベッドの上に座っていると、キレ長の目をした綺麗なお姉さんがやって来た。

 

隼世は少しだけガッカリした。

どちらかと言うと丸っこい目のほうが好きだ。たとえば、そう――、ルミみたいな。

あと良い匂いがしたのだが、少しキツい花の匂いは苦手だった。隼世が好きなのはもっとナチュラルな感じの――、たとえばルミの匂いは凄く落ち着いた。

 

 

「ねえ、タバコ吸ってもいい?」

 

 

隼世はタバコを吸う女性が好みではなかった。

その点、ルミはお酒は飲んだが、タバコには興味がなかったか。

 

 

「お兄さんカッコいいね。この前の客が最低でさぁ」

 

 

お姉さんはペラペラと前の客の悪口を楽しそうに話した。

いずれにせよ気分の良い話ではない。確かにルミも不平不満や悪口をよく呟いていたが、嫌らしさはなかった。

 

 

「そういえばこの前――」

 

 

しょーもない話もルミのほうは聞けたのに、なんだか今はイライラしてしまう。

ちょっとした仕草や、声、鼻の形を見る。

 

 

(ルミちゃんの方が……)

 

 

ハッとする。

これからすることを、ルミへの裏切りだと思っている自分がいる。

未練を吹っ切るどころか、より強くなっている。このままではダメだ、隼世は財布から三万円を取ると、それを渡してさっさと出口に走る。

 

 

「ごめんッ、ちょっと具合が悪くなったから帰るよ。今日はどうもありがとう!」

 

「え? へ?」

 

 

隼世が出て行くと、お姉さんは嬉しそうに三万円を見つめた。

 

 

「おだいじに~」

 

 

隼世はホテルを出て走る。

しかし次第にペースがゆっくりになっていった。トボトボと歩き、ため息を漏らす。

 

 

「何をやってるんだ僕は……」

 

 

カフェに入り、コーヒーを飲みながら唸る。

 

 

「ん?」

 

 

なにやら騒がしい。

見れば芸能人が来たようだ。カメラも見えるため、ロケを行っているらしい。

最初は気にしないようにしていたが、隼世の席からはその人がよく見える。チラリと確認してみることに。

 

優しそうな小太りのおじさんがお店の名物を食べていた。

隼世はそこでコーヒーを飲む手を止める。何か――、とても大きな……、例えるならばまさに運命だろうか? そういうものを感じて、隼世はロケが終わるのを待った。

カメラが止まりカットがかかる。スタッフが次の打ち合わせをしている間、その人は暇になったのか、店内をブラブラと歩いていた。

隼世はそこで、彼に声をかけた。

 

 

「すみません。実は僕――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。わざわざ時間を作って頂いて」

 

「いやぁ、いいんだよ。どうせローカル番組で細かいところ適当だし」

 

 

隅っこの席で、二人は向かい合っている。一之瀬(いちのせ)勇人(ゆうと)とは、現在はバラエティ番組でたまに見るおじさんだ。

昔は俳優をしており、特撮ファンからは仮面ライダー2号・一文字隼人を担当した男として有名である。

 

 

「キミも好きだったのか。でも世代じゃないだろ」

 

「ええ。ですが、子供の頃はよくビデオで」

 

「そっか。悪いね。今じゃこんな小太りのおじさんだ。ガッカリしたろ」

 

「そんな……!」

 

「いやいや、事実だ。SNSもやってるんだけどね。劣化したもんだって、よく言われるよ。他にも落ちぶれたもんだとか、仕事がなくなったとか。まあ事実だしな。ライダーやってたころはまだ注目されることもあったけど、今はもう終わっちゃったし」

 

「ええ。その――、僕も残念です」

 

「なんだっけ? ライダーの格好で犯罪やっちゃった人のせいだっけ? 酷い屑がいたもんだよな。これでも正義を訴えてやってたつもりなんだけど、届いてなかったのかね」

 

 

一之瀬はタバコをふかす。

 

 

「昔から好きだったんだけど、ライダーやってた頃は吸わなかった。いろいろ矜持はあったよ。他の人たちもきっとそうさ。まあ中には性格悪い人もいるけど、ははは」

 

 

おしぼりで顔を拭く。

 

 

「そうそう、昔は撮影が辛くてね。今じゃありえないブラック現場だよ。俺なんて命綱なしで橋から落とされたんだぜ? まあこの前バラエティでバンジーやらされたけどね、アレのおかげで全然怖くなかったのはラッキーだったのかな? ははは」

 

「………」

 

「あん時は全部若さのエネルギーだけでやってたなぁ。毎日食堂でおばちゃんが納豆飯ごちそうしてくれて。どんぶり山盛り三杯くって撮影してたっけ」

 

 

そこで一之瀬は、隼世の元気がないことに気づく。

 

 

「どしたの市原くん。俺のファンなんだろ? もっと嬉しそうな顔をしてよ」

 

「す、すいませんっ! ただ、その――ッ、少し悩んでいて」

 

「何? どうしたの?」

 

「正義とは、なんなんでしょう?」

 

「うーん、難しい質問だコリャ」

 

「僕はずっと正しいことをやってるつもりでした。でも、全然うまくいかなくて。正しいことが僕から離れていく感覚が……、怖いんです。結局多くの人を傷つけてしまった」

 

 

一之瀬は窓の外を見ていた。

 

 

「喜んで楽しんで、苦しんで悲しんで、それでも明日が来る」

 

「え?」

 

「無垢な心こそ、永遠に取り戻せないものだ。それがある者に世界と人は、どうしようもなく嫉妬する……」

 

 

そこで一之瀬は『タバコの火を消した』。まだ吸えたのに消したのだ。

隼世にはまだ、その意味が分からなかった。

 

 

「市原くんは、あれかな、仮面ライダーに会ったことはあるのかな?」

 

「え? ショーとか、今とか……、ですか?」

 

「いやいや。そういう意味じゃない。本物に会ったことがあるかって話だよ」

 

「え? あ、えーっと……」

 

 

大丈夫、まだボケてはないからと一之瀬は笑う。

 

 

「俺もライダーの現場辛くてさ。何回かバックれて滅茶苦茶ブチギレられたんだよ。それも辛くてさ。もう辞めようと思ったことはあったよ。どうせこんなジャリ番蹴っても俺のキャリアには関係ないってね」

 

「そんなことが……」

 

「でもさ、あれはいつだったかな……? まあそれはちょっと忘れちゃったんだけど、会えたんだよ、本物のライダーに。そしたらまあ少しだけ頑張ってみるかって思ってさ」

 

「え? そ、それはどういう……?」

 

「分からない? まあ、それでいいよ。いつか分かる時がくる。自分から探すのもいいし、受身でもいい。見つからなかったら……、それはそれだ」

 

 

一之瀬がスタッフに呼ばれる。もう行かないと。

 

 

「そうそう、これも何かの縁だ。一個、秘密を教えちゃう」

 

「え?」

 

「実はさ。今度、ライダーを復活させようかって話があるんだ。おやっさん枠でオファーが来てね」

 

「本当ですか!?」

 

「うん。あ、これSNSで流しちゃダメだからな。タイトルは仮面ライダーZOっていうんだけど……」

 

「一之瀬さーん!」

 

「はいはーい! 今行きますよー! じゃあ俺はコレで」

 

 

一之瀬は隼世のコーヒー代を払ってくれた。

隼世は俯いたまま、しばらく動けなかった。

理解力か、抽象的にすぎたのか、いずれにせよ隼世には一之瀬の言葉の意味がまったく分からなかった。

 

まあ、いずれにせよ少し遅かったのかもしれない。

失ってしまったものは、そう簡単には戻ってこない。

ホテルのベッドでルミは寝転んでいた。いつもは笑顔の彼女も、今はすっかり表情が沈んでいる。

ここにいれば隼世が帰ってくると思っていたが、サッパリだった。

通話アプリでメールを送ってみたものの、既読さえつかない。

 

 

(嫌われちゃったのかな……)

 

 

どんな時も――、それこそ絶対にルミが悪い状況だって、隼世は味方をしてくれた。

だから甘えてしまっていたのかもしれない。今にして思えば、そもそも隼世がライダーの力を手にする原因になったのも自分だ。

おかしなワガママに付き合わせた結果、彼を死なせたのだ。

隼世はそれを責めたことは一度もない。ルミも忘れてしまったほどに。

 

 

(ずっと、我慢してたのかな……)

 

 

ボロボロと涙が出てくる。

 

 

(もうイッチーに会えないのかな? そんなのヤダなぁ)

 

 

拭っても拭っても涙は溢れた。

昨日からずっと泣いているのに、それでもまだ涙が出てきた。

 

 

(仲直りしたいなぁ)

 

 

体も心も重い。ダルい。何もしたくない。

頭が痛い。心も痛い。その内にルミは泣き疲れて眠ってしまった。それが全ての間違いだった。彼女は今日、外に出ておくべきだった。

 

下の階では赤いパンツだけを身につけた男が走っていた。

彼は昔、射精の気持ちよさが忘れられず学校でもオナニーをして、パンツの中に射精したまま放置していた。

そうしたら精液が乾いて臭いでバレてしまった。

そこからはイジメの連続だ。イカ臭ェと何度いわれたか。

 

でもそれは今日で終わる。

なぜならばどれだけ射精してもいいと認められたからだ。

だから男は廊下を走りながら本能が赴くままに射精をする。このホテルはビジネスホテルだが、セックスをしている人もいるはずだ。あるいは女性の一人旅の可能性もある。

水野町は海が綺麗だから、水着の女性を想像して射精した。

 

たくさん出た。一回出しても、すぐに新しいのが出る。

そうやって男は黒い精液を手当たりしだいに発射していく。

射精してもいい。男は嬉しかった。そもそもずっとそう思っていた。このパンツにもたっぷりと精液が染み付いて、イカの臭いを放ってる。

ありがとう。みんな。俺は、元気です。

 

 

「ありがとう、僕は、生きていてよかった」

 

 

男は立ち止まる。黒い涙が溢れた。射精が間に合わず、睾丸が破裂した。

心臓も破裂する。黒い液体が溢れる。

男は最期の力を振り絞り、ライターの火をつけた。それが黒い精液に触れたとたん、激しく燃え上がる。

 

 

「みんな、どうか覚えておいてほしい。俺の名前は――ッッ!」

 

 

イ カ ク セ ー フ ァ イ ア ー ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホッ! ガハッ!」

 

ルミが目覚めたときには既にホテルに火の手が回っているところだった。

外には消防車のサイレンの音も聞こえる。

 

 

「だずげで……! ごわいよぉ! おねえぢゃん! いっぢー! だずけッ! ごほっ! たけぢゃん! ごほっ! げほっ!」

 

 

暗い、煙で前が見えない。

目が痛い。熱い。痛い。ルミは恐怖から腰を抜かし、はいはいで部屋を移動する。

 

 

「あづッ!」

 

 

ドアノブをまわし、なんとか外に出た。

 

 

「じにだぐない! げほっ! うぇ!」

 

 

暗い、怖い。どうすればいい? ルミは必死に前に出る。

しかしそこで気づいた。この道はエレベーターに続く道だ。それじゃあダメだ。非常口を目指さないと。

だが――、場所が分からない。廊下を行けばいいのだが、案内は真っ黒な煙に隠れているし、何よりも恐怖が勝った。

 

 

「うぇえぇえ゛ぇええんッッ!」

 

 

ルミは泣きながらハイハイで非常階段を目指す。

しかし爆発音がした。ルミは恐怖で動きを止める。

何かが倒れてきた。足が動かなくなった。廊下に飾っていた観葉植物が倒れて、ルミの脚の上に落ちたのだ。

ルミはパニックになる。抜け出そうとしたが、恐怖で足がすくんで全く抜け出せなかった。

 

 

「いぢはらぐん! だずげぇ! いやだ! やだよぉぉおお!!」

 

 

咳き込みながら隼世に助けを求める。

だがいつのそばにいてくれた人は、もういない。

 

 

「だずげ――ッ! ごほっ! がはっ! おぇッ! いやだ! だすげでぇええ!」

 

 

煙が広がっていく。炎が広がっていく。

ガラガラガラガラドシャーンッ! 何かが崩れる音が聞こえた。ルミの悲鳴はその中に消えていった。

 

 

 

 

 

隼世は真っ青になり、目を見開いている。

ルミと顔を合わせるのが気まずくて、ホテルには戻らなかったが、『敵』がそんなことを知るはずもない。

そうだ。岳葉の母が狙われた時点で、考えておくべきだった。

腰を抜かす。その前にはマリリンが立っていた。

 

 

「腰を抜かして這ってたのがよかったみたい。煙をそれほど吸わずに済んだの」

 

 

ルミが火災に巻き込まれたと聞かされたときは心臓が止まるかと思ったが、すぐに救助されて命に別状はないとの情報が入った。

ルミは今、水野町の病院で手当を受けている。ショックを受けているようだが意識はあるようで、受け答えもできる状態だった。

隣には同じく涙目になっている瑠姫がはりついていた。

 

 

「一応軽い火傷をしているし、もしかしたら何かあるといけないので今日は検査入院になるそうよーん」

 

「そ、そうですか」

 

「まあでも一番良かったのは消防士さんたちが来てくれたことよね」

 

 

海水浴シーズンを過ぎて、お客が少ないのも良かった。

消防隊長はルミがいるかもしれないということを知ると、危険を顧みず救助に向かってくれたのだ。

その命知らずの隊長が、立木と共にやってくる。

報告を受けていたらしい。隼世は隊長の顔を見てハッとする。それはいつの日か、隼世に厳しい言葉をかけた、あの人物だったからだ。

向こうも隼世に気づいたみたいで、軽く頷いた。

 

 

「久しぶりだな」

 

「え、ええ。お久しぶりです」

 

 

立木は隊長と軽くやりとりをして歩いていった。どうやら見つかった死体(はんにん)のことを聞いていたらしい。

損壊具合や、見つかったときの肉体変化から、ノコギリトカゲ面と関係があるかを調べているのだ。

こうして隼世と隊長は二人残される。

 

 

「貴方がルミちゃんを助けてくれたと聞きました。その――、本当にありがとうございました」

 

「そうか。あの子と知り合いだったのか」

 

「え、ええ。炎の中を進んでくれたとか」

 

「本来ならばもっと慎重になるところだがな。生存者がいたと聞いていたから進もうと決心した。そんなに上の階ではないというのが幸いしたな」

 

 

それに、なによりも――

 

 

「キミにあんなことを言ったんだ。我々が最善を尽くさなければ示しがつかない」

 

 

そこで隼世は頭をかき、近くにあった椅子に座り込んだ。

 

 

「すいません。僕は……、また同じことをしている」

 

「警察に?」

 

「ええ。でもこれは偽り――、仮面です。僕のライダーの力で手に入れた架空の居場所だ。何もかも間違っているのかもしれない」

 

 

隊長は何かを言おうとして、止めた。

そして隼世の隣に座ると、肩に手を添える。

 

 

「私があの時、キミにあんなことを言ったのは、他の隊員や消防士の未来のためでもあるが、キミが間違った道に進むかもしれないと思ったからだ」

 

 

隊長はあの時、隼世が全能の神になろうとしているように感じた。

 

 

「だがそれはいけない。我々は神ではない。神になってはいけないんだ」

 

 

履き違えてはいけない。火災を沈め、人を救助するのは消防士の役割なのだ。

それは人間の絶対的なルールのひとつなのである。隼世はそれを破ろうとしているように感じた。それではいけない。

 

 

「だが今のキミに神になるつもりはないように思える。いいかい? たとえ変わっていても、変わっていなくても。助けを求める人の為に、この手を伸ばす。それが我々に与えられた人の心というものなんだ」

 

 

隊長はメモを取り出すと、ある住所を書いてちぎる。それを隼世に手渡した。

 

 

「個人情報を教えるのはダメなんだが、今回は特別だ。そこにキミに会いたいと言っていた人がいる。一度顔を見せるといい」

 

「どなたですか?」

 

「それは行って確かめてくれ」

 

 

もう行かなければ。隊長は立ち上がる。

 

 

「おそらく、これからもっと大きな『何か』が起こる」

 

 

少なくとも良いことではない。隊長は立木と話して、それを感じていた。

 

 

「もしもその時に火災が起きれば、我々が出動し、けが人が出れば救急車が走る。そしてもしも悪人が裏にいたのなら、警察が動く」

 

 

隼世は警察である自分を偽りだといった。

しかし隊長は首を傾げる。隼世はそこに『いる』。幻などではない。

 

 

「ならばキミはなんだ。決まっている、仮面ライダーだ」

 

「ですが僕は――ッ!」

 

「称号なんてなんだっていいんだ。大切なのはキミには、キミにしかできないことが必ずあるということだ。どうかそれを忘れないでくれ」

 

 

そういって隊長は去っていった。

隼世は貰ったメモを見て、住所を確認する。知らない場所だった。しかし行かなければならない。

少なくとも隼世はそう思ったので、病院を出ることを決めた。

ルミに会う勇気は、まだ無かった。

 

 

 

隼世はメモに記された住所にやって来ていた。

水野町から隣町にあたる場所で、閑静な住宅街の一つだ。

見たところ、三階建ての家というだけで、他に変わったところはない。隼世がインターホンを鳴らし、隼世は隊長の紹介でやって来たと告げる。

するとすぐに扉が開いた。

 

 

「どうも……!」

 

 

女性が出てきた。どこかで見たような気がするが、隼世は思い出せなかった。

中へ案内され、ソファに座ると、紅茶を出してくれた。

それを飲もうとすると、バタバタと音がして扉が開いた。隼世が視線を移すと、中学生くらいの女の子が立っていた。

 

 

「ど、どうも!」

 

「ど、どうも……」

 

「お久しぶりですっ! 石上(いしがみ)美香(みか)ですっ!」

 

 

まずい、分からない。

隼世が焦っているのに気づいたのか、女の子は慌てて自己紹介を付け足す。

 

 

「火事があったホテルでっ、あなたに助けていただきましたっ!」

 

「あ……!」

 

 

六年前にあった『島谷ホテル』の火災事故。そこで隼世はギャレンに変身して、とりのこされた石上家を救出したのだ。

 

 

「ああ! あの時の――ッ!」

 

 

跳ね起きる隼世。

とりあえず笑っておくと、向こうも笑顔を返してくれた。

石上一家はあれからSNSで話題にすることもなく、ただ毎日颯爽と現れたヒーローに感謝していたのだ。

せめて一言お礼が言えればと、消防隊に連絡を入れておいたのだが、今日やっとと言うことだった。

 

 

「今まで、一日だって貴方のことを忘れたことはありません。お父さんやお母さん、私を助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

 

美香ちゃんは深く頭を下げた。今は毎日がとっても楽しいらしい。

部活を頑張り、勉強を頑張り、優しい彼氏もできたとか。今度は受験だ。がんばると言っていた。

 

 

「私も貴方のように皆を助けたくて、弱いけれど頑張っています」

 

 

急な訪問だったので、何も用意できないのが申し訳ないと謝られた。

別に良いと隼世は言ったが、高い紅茶をいくつか貰って、石上さんたちとは別れた。

隼世は家を出て、しばらく歩く。携帯を見ると立木から連絡があった。隊長から美香の住所を教えたと報告を受けたらしい。

それを聞いて立木も思うところがあった。隼世が落ち込んだときに見せようと思っていた映像があるらしい。

 

本当は忘れていたのだが、そこは黙っておく。

とにかくその動画のリンクを送る。隼世も言われるがままに動画を再生した。それはニュースの映像だった。

SOSアプリというものを開発した女性のインタビューであった。いろいろな機能があるらしく、たとえばお年寄りに持たせて定期的にアプリを起動させないと救急や家族へ連絡がいくようになっていたり、ほかにもいじめで苦しんでいる子や、パワハラで悩んでいる人たちがどうすればいいのかが書いてあったり、相談ができる場所へ通話ができるようになっていたり。

なによりも今、死にたいと思っている人たちをどうにかして助けようとする機能が組み込まれていた。

 

 

『どうしてこのようなアプリを?』

 

 

インタビュアーが質問をすると、メガネの女性は頷いた。

 

 

『私もかつて自殺を考えていて、実際に飛び降りようと廃墟に侵入しました』

 

『そうだったんですか? なぜ思いとどまろうと?』

 

『ある人に助けて頂いたんです。名前も分かりません。今、どうしているかも分かりません』

 

 

隼世は気づいた。その人は、隼世が仮面ライダーになるきっかけになった少女だった。

あの時、自殺を止めようとして隼世が落ちてしまったのだ。そして彼は死んで、アマダムによって蘇生された。

 

 

『きっとその方は、私のせいでとても大変な苦労をされたと思います』

 

 

女性も分かっていた。隼世は確実に死んでいたが、生きていた。

それは普通じゃない。きっと何かがあったのだと、察するのは難しくない。

しかし女性は長い間、隼世から逃げていた。自分からも逃げていた。

だがやっと、前に進もうと想い、アプリを作ったのだ。

 

 

『もしコレを見ているのなら、どうか連絡をください。お礼を言いたいんです。あの時は本当にごめんなさい。そしてありがとうございました』

 

 

今は毎日が充実していると。

 

 

『そして、もし――、こんなことをいうのもおこがましいのですが……、もしも貴方が迷っていたり、苦しんでいたら、どうか忘れないでください』

 

 

女性は深く頭を下げた。

 

 

『あの時、貴方の立派な行為は……、決して無駄ではなかったんですっ! 本当に、本当にありがとうございました――ッ!』

 

 

それはほんの僅か一瞬。だが、確かにあった。

隼世は涙に濡れた目で、まっすぐ虚空を睨みつける。まだだ、まだなんだ。あと一歩で真理にたどり着けそうな気がしたが、どうやらそれは無理らしい。

きっと隼世はあと一歩で落ちる。

 

しかしそれでも、『何か』は掴めた。今、分かることといえば、それを絶対に離してはいけないということだ。

それとあともう一つ、コレだけはハッキリと分かることがある。

このままじゃ終われない理由ができた。

 

その時、隼世は思い出す。

男性を殴ろうとしたとき何かに手を掴まれた感触があった。あのとき、自分の腕を掴んでいた『紅い腕』は――

 

 

「見えた……! 見えたぞ! 仮面ライダー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

喪服姿の敬喜は父親のゲイバーで寝泊りをしていた。

携帯には涼霧から心配するメールがいくつも送られているが、適当な返事でごまかしていた。

携帯が震える。また涼霧かと思って画面を見ると、隼世からだった。

涼霧はその内容を見て、一瞬無視をしようと思ったが、歯を食いしばって奮起。店を出て走った。

 

 

岳葉の母の通夜は身内だけということだったが、それでも職場のパートさんたちがたくさん来てくれた。

しかし岳葉は無理を言って、挨拶や進行を全て葬儀場のスタッフにお願いしていた。

本人はロビーでうなだれ、隣には瑠姫が座っている。

 

 

「たくさんの人が来てくれてるのね」

 

 

瑠姫は岳葉の肩に触れる。

岳葉は何かを言おうとして――、止めた。無言で頷く。

 

 

「母さんは……、それだけ凄い人だったんだ」

 

 

岳葉の声は小さく、震えていた。

 

 

「ちゃんと真面目に働いていた。俺には全然できなかったことだ」

 

 

みんな母の死を悲しんでくれていた。つまりそれだけ、必要な人物だったということだ。

 

 

「俺が死んでも、きっと誰も来てくれない」

 

「……っ」

 

 

岳葉は頭を抱え、大きく息を吸う。

あるとき、立木にそれとなく言われた。

 

岳葉、なるべく大人しくしていろ。

お前が警察に入ったことを知っている連中のなかには、お前が昔痛めつけた警官や刑事の知り合いがいる。

お前も覚えてるだろ? 派手にやったもんだよな、人工肛門になったやつとかいるんだぜ?

 

ああ、やめとけやめとけ。

謝る気持ちがあるってだけは伝えてやるよ。でも会うのはやめとけ。みんな割り切ってるんだ。もう終わったことだ。

みんなお前を恨んでる。でも抑えてる。大人ってのはそれでやって来たんだ。

影じゃ死ね死ね言ってるだろうが、とりあえずお前の力が必要なんだよ。それは皆分かってるし、割り切ってる。

だからお前は怪人を倒せ、少なくともそれがある限り、お前は―― 

 

 

………。

 

 

「で、でもやっぱりアレ、だッ、から! 謝りにいった」

 

「本当に? ど、どうだった?」

 

「別に。ただ、今はライダーとして頑張ってくれって言われただけだった」

 

 

岳葉は頭を掻き毟る。心が激痛を発する。

顔をあげると、喪服が見えた。その奥に母の遺影が見えた。

 

 

「か――ッ、昔から、友達が、少なくてっ、だから……、兄弟もいないし、しッ、それでもッ、いろいろ憧れてたものがあってッ!」

 

「うん、うん……」

 

「人生ゲームがやりたくてっ、母さんは相手になってくれた……!」

 

 

ふたりでやった人生ゲーム。岳葉は楽しかった。

 

 

「二人でレストランに行ったこともある。ふぁ、ファミレスッ! 俺は食べるのが遅くて、でもデザートとかも食べたくて……ッ! 母さんは良いって――ッッ!」

 

 

小さな手でスプーンを掴む岳葉を、母は微笑んで見ていた。

二人で食べたお昼ごはん。手を繋いで帰った日もある。

岳葉はボロボロと涙を流し、すすり泣く声を必死に押し殺していた。

 

 

「父さんが死んでから――ッ! ぐっ! うぐっ! サンタのプレゼントをッ! い、い、一度だけ――ッ! だけっ! 貰ったことがある! あ、あ、れは! あれは母さんが用意してくれて――ッッ!」

 

 

岳葉は言葉を止めて、涙を拭った。

瑠姫は彼の背中を優しく撫でて、ハンカチを差し出す。やがて少し落ち着いたのか、岳葉はハンカチを握り締めた。

 

 

「愛されてた。でも俺は、お母さんを悲しませることしかできなかった……!」

 

 

温泉に連れて行ってあげたかった。

もっと、おいしいものを食べさせてあげたかった。

犬が好きだったので、いつか飼わせてあげたかった。

 

 

「でももうできない。もう会えない」

 

 

小さな背中だった。弱弱しい声だった。

 

 

「寂しい……ッ! 俺はもう、独りだ……!」

 

 

それを聞いたとき、瑠姫は激しい怒りを覚えた。

 

 

「バカにしないで……!」

 

「え? えっ!?」

 

 

今までで一番悔しかった。だから岳葉を激しく睨みつける。

 

 

「ナメないでよ――ッ!」

 

「え? る、瑠姫?」

 

「私がいるじゃない!?」

 

 

後悔しているのは何も岳葉だけではない。

瑠姫だってそうだ。彼女も岳葉の母とは顔を合わせていた。

母は、瑠姫が岳葉と付き合ってるのを知るととっても嬉しそうだった。あの時に言っておくべきだったのだ。

 

 

「ねえ岳葉くん。結婚しよう?」

 

「え? え!? えッ!?」

 

 

岳葉は涙を拭いながら、信じられないと言った表情を浮かべる。

 

 

「何? 私じゃイヤ? 子供ができないから? ちょっとメンヘラ入ってるから? 大丈夫、それは昔の話よ」

 

「いやッ、そ、そうじゃ! そうじゃないけどッ!」

 

「じゃあ決まり」

 

 

そういうと瑠姫は岳葉の手を取った。暗めのアイシャドウのせいか、睨まれているように思える。

しかし瑠姫は岳葉の手をギュッと、優しく、けれども強く握り締めた。

 

 

「忘れないで、私は、貴方に救われたの」

 

「で、でも俺っ!」

 

「そうね。貴方はダメダメで、ヘボヘボで、クズクズで、おまけにレイプ魔で殺人教唆女に好かれるとんでもない社会の癌だけど――」

 

「え? あ、え? うっ!」

 

「私を救ってくれたじゃない」

 

 

岳葉は唖然とし、瑠姫を見る。

瑠姫は優しく微笑んだ。彼女は心の中で最大の対抗心を燃やし、笑ったのだ。

申し訳ないですけれどお義母さん。私の笑顔は貴女を超えます。

今日この日、私は貴女の宝物を奪います。

でもその代わり、必ず独りにはさせませんから。

 

 

「独りじゃなくて、二人で生きていきましょ」

 

 

幸せになりますから。どうか。どうか……。

 

 

「瑠姫――ッ、あ、あのっ、あの!」

 

 

岳葉はボロボロと泣きながら彼女の手を取った。

しかしその涙は、先ほどよりもずっと綺麗だった。

 

 

「ありがとう。一緒、ず、ずっと一緒にいてほしい――ッ」

 

「ええ、もちろん」

 

 

すると岳葉に声をかけた人物がいた。

思わず立ち上がり、目を見開く。

 

 

「あっ、店長!」

 

「いやぁ、本間くん。このたびは……、あの、あ、ごめん言葉忘れちゃった。とにかくコレ」

 

 

CDショップの店長は、岳葉に封筒を渡した。

ただの茶封筒だが、中を見ると五万円が入っていた。

 

 

「わ、わざわざッ、す、すみ、すいません」

 

「いやぁ、そりゃ来るよ。本間くんは真面目に働いてくれてたし。あんな適当なお店で」

 

 

自覚はあったみたいだ。夢のCD屋だったが、やはり今の時代はやっていけなかったと。

 

 

「でもまた新しいお店を開くことにしたんだ。音楽、好きだからね。本間くんも働きたくなったらいつでも正社員にするからね。来てね」

 

 

店長はヒラヒラと手を振って、帰ろうとする。

 

 

「本間くん。俺もね、もう父も母もいないんだ。最初はね悲しかったけど、両親ってのは絶対に早く亡くなってしまうものなんだよ。だから、その、上手くはいえないけど、コレで終わりとかじゃないから。まだまだ楽しいことはあるから、生きてみてね」

 

 

そう言って店長は帰っていった。

瑠姫は微笑むと、岳葉の背中を撫でる。岳葉がなんだかんだちゃんと働いていたから、店長は来てくれたじゃないか。

 

 

「貴方のやって来たことは褒められないかもしれないけれど、全てがそうとは限らないでしょ?」

 

「???」

 

「確かに、光っていたこともあるの。ちゃんと生きようとしていた時間は無駄なものでは無かったわ」

 

 

だから光が共鳴する。同じ光が集まってくる。

そこで慌てたような足音が聞こえた。二人が振り返ると、隼世と目が合った。

 

 

「すまない岳葉ッ、遅くなって……!」

 

「隼世――ッ!」

 

 

隼世は香典をスタッフに渡して焼香を済ませると、二人のもとへ歩いてくる。

まずは深く、頭を下げた。

 

 

「この前は、本当に申し訳ない。全て僕の失言だ」

 

「い、いやッ、いいんだ……!」

 

 

瑠姫を見ると、彼女も頷いた。

 

 

「ええ、ごめんなさい。私も隼世さんにいろいろお世話になったのに」

 

 

瑠姫は昔、隼世に提案をした。

彼女は罪を犯した。このままルミたちと楽しく過ごすためには、まずはそれを償いたいと。

しかし彼女は確かに殺人教唆にあたるかもしれないが、岳葉にはライダーの力があり、どうやっても逃げることはできたし、むしろ瑠姫を諭すこともできたはずだ。

 

さらにライダーという未知の存在から、彼女を法で裁くことは難しかった。

とはいえ瑠姫としては何の罪もない義弟を死においやった過去がある。それを聞くと、隼世は彼女に社会復帰のための方法をいろいろと提案してくれた。

 

同じ境遇にある人とふれあい、これからどうやって更生をするか。そうやって瑠姫は今までを生きてきた。その間は何度も過去の罪に押し潰されそうになったが、隼世やルミに励まされて何とかやってきた。

にも関わらず、隼世の苦労を考えてなかったのかもしれないと。

 

 

「私はきっと隼世さんを善人超人かなにかと勘違いしてしまったのね。ごめんなさい」

 

「いや、いいんだ。僕もそうありたかった。折れてしまって腐っただけさ」

 

 

ちゃんとした人間じゃない。欲望を抱え、エゴを前に出し、自分勝手に生きる。

そうしているとまた誰かが走ってきた。敬喜だ。女性物の喪服を着ており、隼世と同じようなことをして駆け寄ってくる。

 

 

「ご愁傷様。ボクはパパが殺された」

 

「あ――ッ」

 

 

なんと声をかけていいか分からず、岳葉は俯くだけだった。

そうしていると敬喜は隼世を見る。

 

 

「メッセージ見たよ。伝えたいことって、なに?」

 

 

隼世は敬喜をココに呼んだ。正確には志亞にも送ったが、来たのは敬喜だけだった。

山路は携帯を持っていない。行方も分からない。

 

 

「これからのことさ。僕と岳葉はショックから変身できなくなった」

 

「岳葉お兄さんは何となく分かるけど、隼人先輩は?」

 

「矜持を失った。一般人を殴り、脅した」

 

 

あやまりたかったが、立木からもう絶対に会わないと言っていたらしいと伝えられた。

本当は立木の嘘であるが、少なくとも隼世はその嘘を信じた。

 

 

「ふぅん。まあでも、ボクも似た感じ」

 

 

父の死を思い出すと、今でも体が震えてくる。

 

 

「ボクね、もうね、戦いたくない。全部捨てて逃げ出したいの」

 

「僕もハッキリ言えばそうだ。だが――」

 

 

隼世は首を振る。そして少し話題を変えた。

ずっと考えていたことがある。岳葉が1号、隼世が2号、志亞がV3、敬喜がエックス、山路がアマゾンに変身した。

今はそれなりに時間が経ったが、他にライダーが現れたという情報は入っていない。

 

まあ斬月がいるということで日本各地、世界ではどうかは知らないが、他にもライダーがいる可能性はある。

だがすくなくとも今まで出てきたライダーで終わりだろうと隼世は思っている。

もちろんこれは隼世の勝手な決めつけでしかないが、なぜかそうとしか思えなかった。

となると、気になるのは抜けがあるということだ。

仮面ライダー、四番目。それはライダーマンだ。

彼は、どこに?

 

 

「きっと、ココだ。ココにいる」

 

「え?」

 

 

辺りを見回す敬喜。そうじゃないと隼世が言った。

 

 

「僕がライダーマンなんだ」

 

「どゆこと?」

 

「正確に言えば、僕たちが皆、"ライダーマン"なんだ」

 

 

ライダーマンはデストロンの魔の手から人類を守って、雄雄しく死んでいった。

ライダーマンの魂よ、安らかに眠れ。V3はそう心に祈りながら、怒りを込めてデストロンに立ち向かっていくのだ。

――これがテレビで流れたナレーションだ。

 

 

「ライダーマンは最期の時まで、仮面ライダーではなかったんだよ。彼は最期の勇敢なる行動を認められ、V3からその称号を与えられたんだ」

 

 

隼世は自分の右腕を見る。

 

 

「もちろん、僕たちは汚れてる」

 

 

あえて『僕たち』と言った。申し訳ないが、違うと思うなら自分で思ってくれればいいだけだ。

 

 

「ライダーマンのような高尚な存在にはなれない」

 

 

誰も否定はしなかった。まあ、肯定もしないが。

 

 

「けれど、それでも……、今から僕らが目指す道は、ライダーマンと同じだと信じたい」

 

 

仮面ライダーになって、ハッキリ言って最悪だった。

死にかけるし、辛いし、苦しいし、痛いし、怖いし、悲しいし、寂しいし。

けれどもそれは果たして本当にライダーになったからなのだろうか? この今は、ライダーになろうがなるまいが、訪れていたことなのではないだいろうか。

ならばこの苦痛はなんだ? 悲哀の可視化だとすれば――、どうか。

 

 

「あえて綺麗ごとを言う。僕らは戦うべきだ」

 

 

母が死んだ。父が死んだ。辛い想いをした。

それは苦しい。最悪だ。でもそれは――、みんな経験することだ。ライダーじゃない人も今、きっとどこかで苦しんでる

 

 

「少なくとも、僕らと同じ悲しみを味わう人たちが、たった一人でも減るように。僕らにはその力がある。今ッ、野望をかなえようとしている腐った連中がいる。そいつらをブチのめすには、僕らの力は必要なんだ」

 

 

わざわざ呼び出して、すごく遠まわしな言い方をしているが、隼世が言いたいのはたった一言である。

黒幕はまだ存在している。まだ何も終わっちゃいない。

だからソイツを倒すのだ。命を懸けて、命を賭けて。

ベルトはまだ出せないけど、戦えないけど。

 

 

「僕と一緒に死んでくれ」

 

 

だからそういうしかない。

ああ、ダメだな。これでは暗すぎる。みんな引く。

だから少し言い方を変えた。

 

 

「もう一度、ヒーローにならないか?」

 

 

沈黙が流れた。

ハッキリ言って、迷う。

隼世も皆の答えを待った。そうしていると、またドタドタと音がする。

今度は誰だ? まさか志亞か山路か? 一同が振り返ると、ルミが入院着のままやってくるのが見えた。

 

 

「るッ! ルミ!? 貴女どうして!」

 

「抜け出してきちゃった……。ここには立木さんにつれて来てもらった」

 

「はぁ!? ダメじゃない今日は安静にしてなきゃって……!」

 

「だ、だって! タケちゃんのママが――ッ!」

 

 

ルミは途中で買った香典袋を握り締めている。

 

 

「あ、ありがとうルミちゃん――ッ! そ、その、えっと、貰うね」

 

 

岳葉が香典を預かると、ルミは焼香をしに向かう。

 

 

「タケぢゃんママ……! うぅぅ! どうじで……ッッ」

 

 

涙と鼻水まみれになっていると、ふと我に返る。

周りからジロジロと見られているのに気づいたのか、恥ずかしそうに戻ってきた。

 

 

「あ、あ、あの、このたびは、ごしゅーしょーさまです……」

 

 

ルミは慣れない言葉に戸惑いながらも、深く頭を下げる。

顔を上げて、チラリと横を見ると、隼世と目が合った。

 

 

「あ、あ、あの……」

 

 

隼世はふと周りを見る。

ここじゃ話しづらいか。丁度彼もルミには謝りたいと思っていたところだ。

会場は二階にあるので、隼世はルミを連れて下の駐車場に向かう。

 

 

「大丈夫かしら……」

 

 

瑠姫は二人を心配そうに見つめる。それを見て敬喜は首を傾げた。

 

 

「あの子は確か……」

 

「私の妹よ。隼世さんと付き合ってたんだけれど……、今ちょっと喧嘩というか、こじれてて」

 

「あぁ、じゃあボク、様子見てくるよ。お兄さん離れられないでしょ?」

 

 

敬喜が後をついていくことに。

下に降りると、誰もいない駐車場で二人が向かい合っていた。

それなりに距離がある。ルミは拳をグッと握り締めて、中腰になっていた。

 

 

「あ、あの、こういう状況で言うことじゃないかもだけど――ッ!」

 

 

ルミはそこでフリーズする。隼世はなんとなくその意味が分かって、苦しげな表情を浮かべた。

きっと彼女はまた自分に怒鳴られるのではないかと怯えているのだろう。

どんなことでも、軽く口にする彼女が好きだったのに……。

 

 

「大丈夫。聞かせて、ルミちゃん」

 

 

優しく言ってみるが、逆にそれがトリガーになってしまったらしい。

ここで優しくされちゃあ泣きますよと言わんばかりに、ルミの目からポロポロ涙が零れていく。

そもそもアレだけ言いたいことがあって、頭の中で順序立てもしていたのに、隼世を前にしたら全部飛んでいった。真っ白になった。

だからとりあえず頭に浮かんできたことを口にしていく。

 

 

「市原くんと、離れたくありません……!」

 

 

ズビズビ鼻を鳴らしながら懇願する。

いつも甘えてしまっていた。何をしても許されるって思ってた。

でも貴方も一人の人間だったのに、アタシは気づくのが遅れてしまった。

 

 

「………」

 

 

そんなルミの吐露を聞いて、腕を組んで様子を見ていた敬喜の表情が変わった。

 

 

「仲直りじだいですッ! あなだだげには嫌われだぐないッぃ!」

 

 

ルミは涙も拭わず、いろいろ垂れ流しながらお願いをした。

 

 

「お願いですがら、また好きになってください――ッ! もういぢはらぐんと会えないなんてイヤです。お喋りできないなんて絶対ヤですぅ」

 

 

隼世は胸が苦しくなった。悪いのは自分なのに、ルミはこんなことを言う。

申し訳なくなって、同時に彼女が愛おしくなった。自分はもう少しであまりにも大きなものを失うところだった。

 

 

「ごめんよルミちゃん……、僕が悪いんだ。全部ただの八つ当たりなんだよ」

 

 

全てにイライラしていた。でもそれで何かが変わるわけじゃなく、もっと酷くなった。

特に、やはり――、ルミだ。いろいろ考えてやっぱりアレが一番痛かった。

 

 

「キミを傷つけたかと思うと、心が信じられないくらい痛かった」

 

 

なぜか敬喜が目を細めた。

 

 

「あれから他の女性と会ってもね、すぐにキミと比べてしまう」

 

 

仕草や感覚、誰と出会ってもダメだった。

 

 

「キミより落ち着く人なんて、いないよ」

 

「……ほんとでずかぁ?」

 

「ああ。だから僕もッ、キミともう会えないなんて嫌だ。考えただけで――ッ、死にたくなる……!」

 

「それでは、おたがいさまということでいいですね……? ぐっす! ひっく!」

 

「ど、どうして敬語なの? 大丈夫、大丈夫だからね」

 

 

隼世はルミを抱きしめると、頭を撫でた。ルミは隼世の胸に顔をうずめると、背中に腕をまわしてギュッと抱き返した。

そこでなぜか敬喜の表情が暗くなる。何かが刺さっているようだ。

その後も隼世は謝罪を行う。辛いことがあっても、立ち直れなかった。今まではルミが励ましてくれて、それが力になっていたとつくづく感じる。

 

 

「やっぱりアレだね。みんな言ってるとおりだったよ。大切なものは、失ってはじめて気づくんだ。キミが居てくれたらって思ってしまう」

 

 

食事をしていてもそうだ。ルミと一緒に食べたいと思ってしまう。

一日の終わりも、彼女と言葉を交わせないと思うだけで憂鬱になる。

 

 

「いつも、ふとした時に顔が過ぎってしまう。どうして? 決まってるよ」

 

 

隼世はルミの涙を拭うと、ギュッとルミを強く抱きしめた。

 

 

「ルミちゃん。僕はキミを愛してる! キミがいないと、僕の人生が全ッ然ッ! 楽しくないって気づいたんだ!」

 

「ほ、ほんとぉ?」

 

 

ルミの表情がパッと明るくなった。反対に敬喜は打ちのめされたように腰を抜かす。

そうしていると隼世はルミの顔をまっすぐに見つめた。そして一旦体を離すと、両手をギュッと自分の手で包み込む。

 

 

「僕は最低の男だ。自分の苛立ちを抑えることができず、理不尽にキミを傷つけ、周りの人も傷つけた。それでもいいなら、どうかもう一度やり直してほしい。僕の傍で笑っていてほしい」

 

「うんッ! うん! 全然ッ、イッチーがいてくれたらアタシはいつもニコニコだよ! それにアタシも最低だった。空気はほんとっ、ぜんぜん読めてなかったから……」

 

「じゃ、じゃあ! そのッ、また、あの……、恋人復活ということで、いいよね?」

 

「はい! はいッ! えへへ! やったぁ! イッチーとまた恋人さんだねっ! やっばい、ちょー嬉しーっ!」

 

「うん! 僕もやばい! やばやばのやばだよ!」

 

「うぇーい! いちちぃ! 好きっ、好きっ、ちゅきー!」

 

「僕もだよるみちぃ!」

 

 

そこで隼世は敬喜がいることに気づいた。

己への気持ち悪さでゾッとしたので、やんわりとルミから離れて咳払いを行う。

 

 

「あ、あの、敬喜、これは……、その、ね? なんていうか……、ね?」

 

「イッチーのお知り合いですか? どうもアタシ――」

 

「あ、あ、あぁあ! あの、ごめんなさいッ! ボクすっごい大事な用事思い出したからッ、帰るね!」

 

「え? あのッ」

 

「また何かあったら連絡して! っていうかボクが連絡するかも! と、とにかくそれじゃあ!」

 

 

敬喜は猛ダッシュで葬儀場をあとにする。

すぐにタクシーを拾って、高速をカッ飛ばしてもらった。窓の外を睨んで爪を噛む。思わず貧乏ゆすりも出てしまう。

こんなことは初めてだった。

 

 

(やべぇ! クソ嫉妬した!)

 

 

思わず心で叫ぶ。

隼世とルミが抱き合ってるのを見て、なんだか無性にメラメラと燃える感情があった。

いや、それは別に敬喜が隼世のことが気になっているとか、ルミに惹かれているとか、そういう理由ではない。全くない。

敬喜が嫉妬したのは二人が『仲直り』をしたという点だ。

そしてルミと隼世、二人のかけあう言葉もグサグサ胸に来た。

ああ、痛い。胸が――、心がズタズタだ。

 

 

「まさかこんな日が……」

 

 

敬喜はこんな痛みを抱えては生きていけない。死んでしまうからだ。

だから一刻も早く、どうにかしないといけなかった。

だからまずは電話を取り出す。これもまた痛くなるだろうが、仕方ない。全ては痛みを止めるためだ、多少の追加ダメージは覚悟しよう。

こうして敬喜は涼霧に電話をかけた。すぐに彼女は出た。

 

 

「あ、もしもし涼霧? うん。うん。あ、いいよ勝手に使って。あのー、ボクちょっといろいろあって帰れなくて。うん、うん、へぇ、そうなんだ。明日手術? 凄いね。でも、うん、あのね、ちょっとキミにどうしても謝らなくちゃいけないことがあって」

 

 

敬喜は胸をギュッと押さえていた。

 

 

「ごめん涼霧。キミと一緒には行けない。キミの女にはなれないんだ」

 

 

運転手さんはチラリと敬喜を見た。

涼霧は、電話の向こうで無言になった。

 

 

「あのさ。それは別にボクが男だからって訳じゃないんだ」

 

「え!?」

 

 

運転手さんが思わず声を出した。すぐに頭を下げたので、敬喜も会釈して続ける。

 

 

「そういう話じゃないんだよ。でも、本当にただ単純なことで」

 

 

ごめんなさい。もう一度、心の中で謝る。

なにも難しい話じゃない。隼世とルミが答え合わせをしてくれたようなものだ。

というより敬喜だってずっと前からたぶん気づいていた。ただいろいろあって、別にその答えじゃなくてもいいと考えていただけだ。

でも改めて思い知らされた。だから、まずは涼霧に伝えないと。

 

 

「ボクね、キミのために何かをしてあげてもいいかなって思ったことは何度もあるよ」

 

 

セックスだって、キスだって、同情だって。

 

 

「でも、何かをしたいって思ったこと一回もないんだ」

 

 

涼霧は無言だった。

 

 

「何かを"してあげたい"って思ったこと、ないんだよね」

 

 

割と長い沈黙だった。

 

 

『……そっか』

 

 

やがて涼霧の声が聞こえてくる。

心なしか、声色は軽いような感じもした。

 

 

『そうだよ……、な。わかった。いや、わかってた』

 

「ごめんね」

 

『いいよ。今日は帰ってくる?』

 

「んー、たぶん帰らない」

 

『了解。じゃあ俺やっぱりもう明日帰ろうかな! 鍵、置いとくわ!』

 

「うん、ありがとう」

 

 

電話を切る。しばし揺られ、眠っていると、起こされた。

目的地だ。お金を払うと、敬喜はタクシーを飛び出した。

そして数分後、病室の中に入る。カーテンが二つ閉まっていた。

なので奥のほうのカーテンを開く。

 

 

「おじゃましまーす」

 

 

小声で呟いた。

頭上にあるライトをつける。すぐにつまみをしぼって暗くしたが、もうバッチリぱっちりチョコちゃんと目が合った。

 

 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 

「敬喜……、ちゃん? なんで――ッ」

 

「忍び込んじゃった! てへ! ダメだよね、ここの病院警備ガバガバ」

 

 

メイクもしてない傷だらけの顔を見せたくない。チョコちゃんはすぐに顔を覆い隠そうとするが、そこで気づいた。

両手がない。激しい悲しみと怒りと悔しさと苦しみが溢れてきた。こんなものを抑制するなんて不可能だ。

チョコちゃんは目を潤ませて、敬喜を睨んだ。

 

 

「もう来ないでって言ったでしょ? 人を呼ぶからねッ」

 

「………」

 

 

敬喜は笑みを消した。痛すぎて笑うなんて不可能だった。

 

 

「やめてよ、そんなこと言わないでよチョコちゃん」

 

「……ッ」

 

「パパがさ、死んじゃったんだ」

 

「えっ?」

 

「大好きだったんだよボク。ママがいないからさ、たった一人の家族だった」

 

 

水野町に来たのも、プリコが海が好きだからだ。

まあ本当は海よりもサーファーの男が好きだったのだが、海も好きだと言っていた。

チョコちゃんはあまり敬喜からプリコの話を聞いたことがなかった。病気で入院が続いているというくらいだ。敬喜はその点に関しても思うところがある。

 

プリコのことをもっと早く話せばよかった。

でも、話せなかったのはきっと敬喜自身がプリコのことをちょっとエキセントリックすぎると思っていたから。

プリコには申し訳ないが、そういう気を遣う相手がいたからであって――……。

 

うぅむ、なかなか難しい。

敬喜はチョコの左側に座る。チョコは何も言わなかった。

それはきっと敬喜の悲しそうな表情が、自分を哀れんでいるからではないと思ったからなのか……?

 

 

「なんかさ、今までも入院続いてたから一緒に住んでた訳じゃないんだけど、流石に今回はキツいっていうか……。今までだって寂しいときはあったよ? でもほら、チョコちゃんとマッコリ姉さんがいたじゃん? ボクさ、今考えてみると、三人で遊んでたり話してたりする時間が凄い好きだったんだよね。っていうか、助けられてた。今だってさ面会時間無視してココに来たのは、来たっていうよりも来るしかないっていうか……」

 

 

敬喜の目から涙が一筋、流れた。

 

 

「チョコちゃんたちが大変なのは分かってるよ。でも、せっかく生きててくれたんだし、お願いだからボクを拒絶しないでよ。キミたちに拒まれたボクもう耐えられないんですケド?」

 

「敬喜――、ちゃん」

 

「みんな死んじゃったんだよ? ただでさえ、深く遊んでたのってチョコちゃんとマッコリ姉さんなんだから。ボクもう本当に独りぼっちだよ。マジでキツイっていうか、本当に苦しいっていうか。泣きそうになるっていうか……」

 

 

そこでチョコちゃんは我に返った。

ああ、自分はなんてことを。大好きな人を泣かせるなんて……。

 

 

「ごめっ、あの、ごめんね敬喜ちゃんッ。違うの! わたし――、あのっ! そういうつもりじゃなくて! ただ、わたしがほら、こういうことになって、受け入れられなかったっていうか。敬喜ちゃんがわたしを見て引いちゃうからって思ったら、凄いわたしも苦しくなって……ッ! だってわたし敬喜ちゃんに嫌われたくなかったからっ、だからそのッ、ごめんなさい! わたしが悪いの……!」

 

 

わたしが悪いの。ああ、この状況でそんなことを言ってくれるのか、この子は。

敬喜は胸がカッと熱くなって、チョコちゃんの頭を撫でた。

なんていじらしい。

 

 

「チョコちゃんは何も悪くないよ」

 

 

チョコちゃんは薄明かりに照らされた敬喜の顔を見て、鼓動が高鳴るのを感じた。

この人はなんて美しいんだろう? 憂いに満ちた表情もとても妖艶で、目が吸い込まれそうになる。

けれども、そうなると自分の姿が浮き彫りになるようで、胸が痛かった。

 

 

「あの、敬喜ちゃん……ッ、わたし、傷ッ、あんまり見られるの、やだな……」

 

「どうして?」

 

「だって――、怖いでしょ?」

 

「全然。なんともないよ」

 

 

敬喜は立ち上がり、チョコちゃんの頬を撫でる。

 

 

「チョコちゃんはとっても可愛いよ」

 

「うそだよ……、だって――ッ」

 

「本当だよ? 少なくともボクはそう思う」

 

 

敬喜はチョコちゃんのほっぺたにキスをした。

 

 

「え? え!? な、なに――ッ!?」

 

 

次はおでこ。するとチョコちゃんは真っ赤になって震え始める。

 

 

「ほら、あはは。すっごい可愛い」

 

 

敬喜はベッドの上に載って、チョコちゃんに覆いかぶさる格好になる。

 

 

「ねえ、チョコちゃん」

 

「な、なに?」

 

「あはは。声が裏返ってる。そういうところもキミはかわいいねぇ」

 

「あ、あぅ」

 

「キスしていい?」

 

「へ!?」

 

「ごめんね、嫌って言ってもしちゃう」

 

 

敬喜は肘をついて顔を下げる。

唇と唇が触れ合った。ピクンと、チョコちゃんの体が震える。

敬喜は一旦唇を離すと、チョコちゃんの頭を撫でる。うっとりとしている彼女を見ると、凄く幸せだった。

しかし意地悪な気持ちも湧き上がる。敬喜はペロリと唇をなめて、もう一度チョコちゃんの唇を奪う。

 

ただのキスじゃない。舌を出して、チョコちゃんの唇を舐める。

強引に、こじあけるようにすると、チョコちゃんは唇を開いた。

だから舌を滑り込ませる。舌と舌がぶつかった。するとチョコちゃんは我に返ったのか、顔を反らしてキスを拒んだ。

 

 

「あ、ごめん。嫌だった?」

 

「あ、あのっ! あのっ! そ、じゃ、なくてっ! わたし、あの、歯磨き一応してもらったけど――ッ」

 

「大丈夫。全然臭わないよ。でも気になるなら」

 

 

敬喜はいつも使っているタブレットを咥え、チョコちゃんの口にねじ込む。

 

 

「一緒に舐めよ?」

 

「う、うぁ」

 

 

舌を絡ませあい、タブレットを溶かしあう。

チョコちゃんからポロポロと涙がこぼれた。敬喜とってはどんな宝石よりも綺麗に見えた。

ディープキスは初めてだ。今まではやりたいとも思わなかったが、チョコちゃんは違う。

もっと、彼女が欲しい。敬喜はチョコちゃんの舌を強く吸った。

唇を離すと、銀色の糸が引いていた。

敬喜が笑うと、チョコちゃんは真っ赤になってポカンとしていた。

 

 

「これ、夢じゃないよね……?」

 

「うん。夢じゃないヨ?」

 

 

敬喜はベッドに腰掛ける。

 

 

「でもね、ごめん。謝らないといけないことが、いくつかあって……」

 

「???」

 

「まず、ボクは休日にピアノ演奏や美術館巡りをしてるような高尚な人間ではないってこと」

 

「あ、それは……! マッコリ姉さんってば、もうっ」

 

「それとね、チョコちゃんは男の人が苦手でしょ?」

 

「そ、れは、うん……」

 

 

敬喜はベッドのリクライニング機能を作動させて、チョコちゃんの上半身が起きるようにする。

そして少し後ろに下がると、ベッドの上に立って、敬喜は自分のスカートを持ち上げる。

そしてパンツをずり下ろすと、男性器を見せ付けた。

 

 

「―――」

 

 

丸い目を見開いて、チョコちゃんは停止する。

完全に固まった。フリーズ。

ない筈のものがある。脳が処理できず、思考を停止したのだ。

しばらくチョコちゃんはそのままだった。敬喜も気まずそうな顔で固まっている。

 

 

「あの、だから……」

 

 

敬喜はニッコリと笑ってみた。

 

 

「ボク、男の子なの」

 

 

カクンッ! と、チョコちゃんは白目をむいて気絶した。

 

 

「フッ!」

 

 

敬喜が肩を強くゆすると、チョコちゃんはハッとして目覚める。

 

 

「え? え、え!? えぇ……!?」

 

「混乱するよね。ごめんねぇ」

 

「あのっ、あのっ! えぇ……!?」

 

「チョコちゃん、女の人が好きなんだもんね?」

 

「いやッ、でも敬喜ちゃんは……、えぇ……!?」

 

「それ聞いたら、なかなか言い出せなくて」

 

「えぇ……!? え、え? え?」

 

「あと処女厨なんだよね? ごめん。付き合ったことはほぼないけど、セックスはバンバンしてる。だいたいは男の人と」

 

「―――」

 

「ボクのお尻って結構気持ち――」

 

 

チョコちゃん、気絶。

 

 

「フッ!」

 

「ハッ!」

 

 

チョコちゃんは目覚めるが、頭がグルグルして。あぁ、熱が出そう。

 

 

「ごめんっ、ちょっと受け止めきれないかも――ッ。わたし今、情報で溺れそう……!」

 

「お気持ち、お察しします」

 

 

敬喜はチョコちゃんの頭を撫でる。

チョコちゃんは少しこわばった。男の人に髪の毛を触られるなんて今までだったら考えられないほど無理な話だったが、やはり敬喜は別だ。

見た目はどう見ても女性にしか見えない。

 

 

「この前ね、ボクの先輩が彼女と喧嘩して、仲直りの現場に居合わせてさ。そこでいろいろ話を聞いてたら、あ、ボクにも当てはまるなーって」

 

 

まずルミが言ったこと。

 

 

『市原くんと、離れたくありません……!』

 

「いや本当にそうでさ。マッコリ姉さんとチョコちゃんとこのまま終わりになるって思ったら本当に胸が痛くて。考えてみればいつも甘えてた。何をしても許されるって思ってた。でもチョコちゃんもマッコリ姉さんも一人の人間だもんね。そりゃムシャクシャする時はあるよね。ただでさえ、こんな辛い目にあったのに。じゃあどうすればいいんだろうっていうのも、ボクには思い浮かばなくて……」

 

『仲直りじだいですッ! あなだだげには嫌われだぐないッぃ!』

 

「この言葉を聞いたときさ、なぜか頭の中にチョコちゃんが浮かんだんだよね」

 

『お願いですがら、また好きになってください――ッ! もういぢはらぐんと会えないなんてイヤです。お喋りできないなんて絶対ヤですぅ』

 

「彼女さんがそう言ってたんだけど、ボクはそれがチョコちゃんだったんだよね。たぶんチョコちゃんってボクが何やっても許してくれそうだったから、そういう甘えがあったんだと思う。なんていうか、ゴメンね? 言い方は悪いけど、ボクの精神安定剤みたいな? ちょっと嫌なことがあっても、キミはボクが言うことを楽しそうに聞いて、何かしてあげたら本当に嬉しそうにするじゃん。そういうのがたぶんボク的にもすっごく嬉しかったんだと思う」

 

『キミを傷つけたかと思うと、心が信じられないくらい痛かった』

 

「先輩がそう言ったんだけど、ボクもさ、マッコリ姉さんとチョコちゃんを傷つけたのかなって考えると、なんかワーってなりそうで。まあほら、マッコリ姉さんはたぶんちょっと早めの更年期だと思うんだよ。でもチョコちゃんはそうじゃないでしょ? いつもニコニコしてて、怒るのはいつもボクが危ない目にあったときじゃない」

 

『あれから他の女性と会ってもね、すぐにキミと比べてしまう』

 

「そうそう、ボクも本当に同じで。誰かと会っても、だいたいマッコリ姉さんやキミといるときの方が楽しいんだよね」

 

『キミより落ち着く人なんて、いないよ』

 

「本当に、そうで……。ボクの居場所は三人でいる空間なんだって、思った」

 

『やっぱりアレだね。みんな言ってるとおりだったよ。大切なものは、失ってはじめて気づくんだ。キミが居てくれたらって思ってしまう』

 

「特に、キミは特別なんだ。いつも、ふとした時に顔が過ぎってしまう」

 

 

あんまり自分の全てをさらけ出せなかったのも、嫌われるのを恐れていたんだ。無意識に。

 

 

「チョコちゃん。ボクさ、キミのために、何かをしてあげたいって思っちゃったんだよね」

 

「え……?」

 

「泣いてるキミを笑顔にしたいって。だから、うん! 確信した!」

 

 

敬喜はニッコリと微笑んだ。

 

 

「チョコちゃん。ボクは貴女のことが好きです。ライクじゃなくて、ラブがいい」

 

「――ッ!!」

 

「ボクにとってセックスはただ気持ちよくなるためのツールだったんだ。ボクの父もそういう人だったから。でも、一般的にはそうじゃないよね?」

 

 

敬喜は少し照れくさそうに呟いた。

 

 

「ボク、キミと本当のセックスがしたい」

 

「えッ!? あ、うぅぅ!?」

 

 

真っ赤になって震えるチョコちゃん。敬喜も赤くなって笑う。

 

 

「自分が気持ちよくなるだけじゃなくて、キミを気持ちよくしてあげたい。っていうか、キミが気持ちよければ、ボクは気持ちよくなくても全然オッケー!」

 

 

それは、つまり。

 

 

「ボク、ナルシストなんだ。そんなボクが下になってもいいって思えた人は、キミが初めて」

 

 

チョコは喉を鳴らす。

理想とは随分違った未来ではあったが、ずっと夢見ていた敬喜の笑顔がそこにあった。

 

 

「敬喜ちゃんが男の人っていうのは凄く――、ううん、とってもすっごく超超ビックリした! あとそういうことしてるのも、やばやばショック!」

 

「ごめーんっ!」

 

「でもっ! でもね……? わたしも貴方が好きっ! それは、ずっと胸にあったことだから! だからっ、ちょっと混乱してるけどっ! とっても嬉しいっ!」

 

 

涙が溢れてきた。だったらまだ大丈夫だとチョコは思う。

敬喜が涙を拭ってくれる。嬉しい。敬喜が頬に触れてくれる。最高だ。

敬喜とキスをした。神様、本当にありがとう。

わたしは、人生で一番幸せな人間になれました。

 

 

「好きだよ、チョコちゃん」

 

「わたしもっ、わたしも好きですっ! 大好きですッ!」

 

「うん。愛してるよチョコちゃん」

 

「カナ! 架奈って呼んで! ずっと呼んでほしかったの!」

 

「いいよ! 架奈! 大好きだよ!」

 

 

二人はキスをする。たくさんキスをした。

チョコは敬喜の舌を夢中で舐めた。そうしていると、敬喜は架奈のボタンを外しはじめる。

 

 

「チョコちゃんで全部上書きして?」

 

「あ、あのっ、お風呂もまだそんなに入れてなくて――ッ、一応看護師さんに体は拭いてもらったんだけど、あの、その!」

 

「あー、もう本当にかわいいな架奈ちゃんは! 大丈夫、ボクがいつも使ってる良神のボディーシートあるから、それ使おう?」

 

 

しばらくして、二人は全裸でベッドの中にいた。

敬喜は架奈に水を飲ませ、汗で張り付いた前髪を整えていた。

 

 

「大丈夫? 痛くなかった?」

 

「少しね。でもこんな幸せな痛みがあるなんて……、知らなかった」

 

「無理しないでネ。キミが苦しかったら、ボクは凄くヤダ」

 

「大丈夫。ありがとう敬喜ちゃん。とっても気持ちよかったよ」

 

「えへへ、本当に? 嬉しい」

 

「でも、本当にびっくりしちゃった。こんな日が来るなんて夢みたい」

 

「夢じゃないってば。これからもっといろんなことをしようね。だってボクらは恋人なんだから」

 

 

架奈はそれを聞いて嬉しそうに頷く。

架奈のクセのついた毛先と、敬喜の毛が絡み合っている。敬喜の美しい髪に自分の髪が絡み合っているなんて、とてもエロティックだ。

 

 

「もっと早く、こうしたかったな」

 

「……ゴメン。改めて思ったらさ、ボク、マジで嫌われたくなかったんだと思う」

 

 

本気になったらおしまいだと思ってた。

 

 

「自分で言うのもなんだけど、わりとエキセントリックな生き方してるし」

 

「そんなこと……」

 

「あるよ。あるある。メス●キカレンダーみる? ボクが今までセックスした人たちの詳細が――」

 

「確かにそうかも。敬喜ちゃん酷い。いじわる」

 

「ごめんね。本当にゴメーン! あぁでも嫉妬でプクーってなってる架奈ちゃん本当にかわいいー!」

 

 

敬喜が架奈の頭を優しく撫でる。架奈は返事として目を閉じて顎を上げた。

敬喜はニヤリと笑い、キスをする。唇を離すと、架奈は嬉しそうに微笑み、唇をペロリと舐めた。

敬喜も架奈をギュッと抱きしめた。敬喜の匂いと架奈の匂いが混じりあい、脳が溶けそうになる。

 

 

「でも敬喜ちゃんはどうして女の子の格好を?」

 

「可愛いの大好きだから。それに――」

 

 

父のことを、それとなく。架奈はゆっくりと頷いた。

 

 

「敬喜ちゃん。わたしね――」

 

 

架奈の想いを聞くと、敬喜はまた架奈にキスをした。

 

 

「あー、本当に幸せぇ」

 

 

架奈がとろけていると、そこでシャッとカーテンが開いた。

敬喜はすぐに布団で架奈を隠すようにする。

するとそこにはライトの光を受けて、イライラしているマッコリ姉さんの顔が見えた。

 

 

「ど、どーもー」

 

「どうもじゃないわ、バカもん共! 丸ぎこえだってーの! しかも結構うるさくすっから看護師さん見にきたんだぞ、それをアタシが部屋の前で帰して……!」

 

「ありがと姉さん! ほら架奈ちゃんも」

 

「ありがとー!」

 

「んまーっ! 調子のいいヤツら!」

 

「まあまあ怒らないで。なんなら入る?」

 

「入るか! バカタレが!」

 

「でも、あれ? 具合よくなった?」

 

「まあ……、しばらくしたらな。悪かったわね敬喜、なんか変なこと言って」

 

「……べつに。上手く聞き取れなかったから」

 

 

マッコリ姉さんはニヤリと笑う。

首の傷も、なんだかふさがってきたように思えた。髪もウィッグでいい感じだ。

はて? 何故だろう? 架奈にしてもそうだが、なんだか治りが以上に早い気がする。

まあいいか。とにかく二人の具合がよくなってきたのは良い事だ。

 

 

「そうだ。ボク涼霧とは終わったから、マッコリ姉さん本格的に動いていいよ」

 

「まじかよ! っしゃらオイ! そろそろアタシも溜まってたんだ。このままだったら看護師か先生襲ってたわ」

 

 

三人はヘラヘラ笑う。

 

 

「チョコ、どうだった? 敬喜のチンコ。アタシが前にスマホで適当なチンコ画像見せたときは吐き散らして気絶したもんな」

 

「ちょっと姉さん! 架奈ちゃんを汚さないでよっ! っていうかそうだったの? ごめんね架奈ちゃん怖いの見せちゃって」

 

「でも――……、敬喜ちゃんのなら愛しく思えちゃう」

 

「ほんとー? やだぁ、嬉しー! もし良かった今度舐めてみる?」

 

「ぎゃー! やめろやめろ! 聞きたくないわ貴様らの事後話なんざ」

 

 

マッコリ姉さんはベッドに戻った。

そこで敬喜は二人に聞こえるように言う。

 

 

「二人が退院したらさ、旅行にいこうよ。温泉とか」

 

 

マッコリ姉さんはサムズアップを、架奈も強く頷いた。

その旅行はきっと楽しくなる。でもきっと周りの目は鋭いものとなるだろう。旅行客や、宿泊先の従業員はきっと奇異の目で三人を見る。

 

 

「でもわたし、敬喜ちゃんとなら――……、ううん! マッコリ姉さんもいて、三人ならどこへでも行けるよ!」

 

 

架奈の言葉は、マッコリ姉さんと敬喜の想いでもあった。

 

 

「なあ敬喜」

 

「ん?」

 

「約束したからな。だからアンタ、絶対死ぬなよ」

 

 

マッコリ姉さんも、架奈もうっすらと覚えてる。

あれは幻じゃなかったはずだ。敬喜の姿が、異形に変わったのは。

 

 

「大丈夫、死ねない理由ができたから」

 

 

敬喜は立ち上がる。

月が生み出したその影は、紛れもなく仮面ライダーエックスであった。

こうしてチョコちゃんと敬喜は上手くいったが、岳葉と隼世は少々マズイことになっていた。

 

時間は戻る。

通夜が終わり、みんなが帰った後、岳葉たちは葬儀場に泊まることになった。

現在、夜は深い。瑠姫とルミは二人並んで寝息を立てている。

一方で地下駐車場。車は一台もない。そこで誰かが叫ぶ音が聞こえた。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

隼世が転がり、地面に叩きつけられる。

岳葉も同じようなものだ。地面に倒れ、苦痛に顔を歪ませる。

二人の視線の先には、黒いスーツに身を包んだ剣崎一真が立っていた。

 

 

「立て。さっさとクロスオブファイアを回収して、俺は終わりにしたいんだ」

 

 

 






ライダータイム龍騎。
例のシーンを見た瞬間、私はリアルに熱を出しました。
ただアレはどういう意味なのかを考えるのは、やっぱり楽しい。


それで、ちょっと纏めてみたら全15話くらいなんですが、次からは一話ずつになるかも。
あと次話はあさってくらいになるかもしれません。
まあなるべく早くしますんで、よろしくお願いします(´・ω・)b


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第11話 ぎんぎらライダーマン

申し訳ないんですけど、ちょっと原作要素にオリジナル混ぜてます。
僕の書いた、ほかのヤツの要素も少しだけ触れてます。
ただ別に見て無くても大丈夫です。


 

 

ルミと瑠姫が眠ったころ、隼世と岳葉も目を閉じていた。

しかし呼ばれたような気がして、体を起こしたのだ。

激しい熱を感じ、地下駐車場にやって来ると、そこに剣崎が立っていた。

 

 

「お前らも所持者だな」

 

 

剣崎はサングラスを外すと、岳葉と隼世を睨む。

 

 

「俺は剣崎一真。本間岳葉に市原隼世、お前たちの中にあるクロスオブファイアを回収しに来た」

 

 

本物の仮面ライダーブレイドを前に、隼世は子供のように目を輝かせた。

 

 

「お、お会いできて光栄です」

 

「……ああ」

 

 

隼世が手を出すと、剣崎はぶっきらぼうにその手を取った。

 

 

「そ、そのお召し物はディケイド版ですね。レアだっ」

 

「………」

 

「し、失礼ですがッ、ブレイバックルを見せて頂くというのは――」

 

 

剣崎はブレイバックルを取り出すと、隼世に渡した。

隼世はキラキラした目でそれを見ている。

 

 

「ちょっと待て、隼世――ッ、そ、その人っ、顔が――ッ、ち、違う気がする」

 

 

岳葉が携帯で剣崎の写真を取り出す。

確かに顔は違うが、隼世はその理由を何となく察していた。

改めて、剣崎が自分で説明する。

 

 

「お前たちの世界では仮面ライダーがテレビ番組として放送されていた。こういう世界は珍しくない」

 

 

だが世界は無数に広がれば、少しずつ形が変わってくる。

伝言ゲームのようなものだ。最初に伝えた言葉を、最後の人は全く違うものとして答える。

流れていくなかで、少しずつ変わってしまったからだ。

 

 

「それと似たことが、この世界でも起きているんだろう。ライダーの姿は同じだが、中身の顔が違っている」

 

「な、なる、ほど……」

 

「まあいい。俺はそんな話をしに来たんじゃない」

 

 

剣崎の目的は各地に散らばってしまったクロスオブファイアの回収だ。

 

 

「アマダムはお前たち以外にもクロスオブファイアを与えていたな」

 

「え、ええ。ペガサスやタイタンなど、怪人を作り出していました」

 

「ヤツの体内にもクロスオブファイアはたっぷりと蓄えられていた。視覚できなかっただけで、死亡した際に散らばっていたんだろう」

 

「ではアマダムがいない今、僕たちが再び変身できたのは――?」

 

「まあ散らばったクロスオブファイアを無意識に吸収していたのかもな。『火種』がある人間なら、感情の高ぶりが着火に繋がる可能性は高い」

 

 

いずれにせよアマダムがいない以上、クロスオブファイアが増えることはない。

 

 

「既に一つ、滝黒という男から回収してある。この調子で他も集めているというわけだ」

 

「そうだったんですか!」

 

 

隼世は笑顔だが、岳葉は居心地が悪そうに肩を竦めている。

 

 

「わ、渡すのか?」

 

「そりゃあ、もちろん!」

 

「で、でも、まだ敵が……」

 

 

すると剣崎は岳葉を見た。睨みつけるような視線だった。

 

 

「安心しろ。クロスオブファイアは、お前たちを狙っている敵も所持しているだろう。それらも残らず回収する」

 

「でもッ、で、でも! タイムラグはあって、その間に敵が襲い掛かってきたら……!」

 

「そ、そうか。では剣崎さん、僕たちは最後にするというのはどうでしょうか?」

 

「悪いが俺はお前たちを信用できない。心当たりはあるはずだ。ライダーの力を悪用されるのは、随分腹の立つ話だ」

 

 

岳葉と隼世は汗を浮かべる。

剣崎がどこまで知っているのかは知らないが、確かに――、そう思われても仕方ない。

特に岳葉は何も言い返せなかった。

 

 

「あ、あの、一つ質問が」

 

「なんだ?」

 

「僕と岳葉は今ッ、ライダーに変身することができません……」

 

「それはベルトを出すことができるだけのエネルギーを生み出せないだけで、胸の中には常に炎は小さく灯っている。感情の変化で、また変身できるようになる。しかし完全に回収すれば絶対に変身できなくなる。ただの人間に戻るというわけだ」

 

「僕と岳葉はアマダムに炎を与えられて、死んだ状態から蘇生しました。炎を回収すれば、また死ぬということは――?」

 

「お前たちが生き返ったのはクロスオブファイアの力ではなく、アマダムの力だ。炎が無くなっても死んだりはしない」

 

 

それを聞いて隼世は胸をなでおろした。

とするならば、もう断る理由はない。彼は剣崎に近づき――

 

 

「………」

 

 

そして地面を蹴って、離れた。

 

 

「ッ、なんだ?」

 

「――失礼ですが、貴方は滝黒響也からクロスオブファイアを回収したんですよね?」

 

「ああ」

 

「僕は本人には会っていませんが、彼は腕を一本、失っていたそうです」

 

「ああ」

 

「まさか、貴方が……?」

 

「ああ」

 

 

剣崎は隠すことなく、ありのままを告げる。

 

 

「ヤツと、傍にいた女の腕を斬りおとした」

 

「な、なぜッ!?」

 

「それが一つのルールだからだ」

 

「ルールッ? 意味が分からないッ!」

 

「だろうな。世界というものは、お前が思っているほど簡単ではない」

 

 

岳葉と隼世は顔色を変える。

剣崎という人間に対する不信感が一気に湧き上がる。

 

 

「何かまだ……、隠していることはありますか?」

 

「隠す? そうだな。しいて言うなら――」

 

 

剣崎が走った。

呆気にとられる隼世の腹部に足裏をめり込ませると、一気に後ろへ吹き飛ばす。

隼世からすっぽ抜けたブレイバックルを掴むと、二人を睨みつける。

 

 

「全てのクロスオブファイアを回収し終えたとき、この世界は滅びを迎える」

 

「え!?」「なッ!?」

 

 

剣崎はブレイバックルを装備しながら説明を行う。

クロスオブファイアがなくなっても、怪人やライダーが存在していたという事実は消えない。世界はそれをしっかりと記憶しているのだ。

 

 

「カテゴリー:ライダーの世界でありながら、ライダーが不在となれば、世界が滅びる」

 

 

それがルールなのだ。世界も一つの生き物のようなものである。

臓器が一つなくなれば、徐々に弱り、死に至るのは不思議な話ではない。

どうやって滅びるのか、いつ滅びるのかは剣崎も分からない。しかし確実にそう遠くない未来で世界が滅びるのは事実であると――。

岳葉と隼世は驚愕の表情を浮かべ、剣崎を見ていた。

そもそも、彼は自分が何を言っているのか、理解しているのだろうか?

 

 

「世界が滅びるということは――ッ、そこに生きる人たちはどうなるんですか?」

 

「死ぬだろうな。だがそれが『運命』というものだ」

 

「なんとかならないんですかッ?」

 

「さあな。それは俺の知るところではない。我々の役目はただ一つ、クロスオブファイアの侵食を止めることだ」

 

 

腐敗した部分を直すことはできない。しいていうなら、切り捨てることだ。

 

 

「もう一度しか言わない。お前たちのクロスオブファイアを俺に差し出せ」

 

 

そこからは前の通りである。

岳葉と隼世は、分かりましたというわけにはいかなかった。世界が滅びると分かっていて炎は差し出せない。

瑠姫やルミを、親しい人たちを殺すと言っているようなものだ。

 

とはいえ炎薄れた二人に勝ち目などなかった。

一応、剣崎も生身相手に変身はしなかったが、それでも岳葉たちは殴られ、蹴られ、駐車場を転がっていく。

剣崎はふと、カードを投げて岳葉に刺した。

しかし炎が吸収されるまえに弾かれる。

 

 

「流石に3号よりは浸透しているか」

 

 

もっと弱らせなければ。

 

 

「立て。さっさとクロスオブファイアを回収して、俺は終わりにしたいんだ」

 

 

なぜこんなことになっているんだ。隼世は表情を歪める。

せっかく本当のライダーに会えたというのに、なぜ今、こんな風に戦っているのか。

 

 

「クソ!」

 

 

隼世は地面を殴りつけ、立ち上がった。

そして我武者羅に走る。なんとか剣崎を抑えようと拳を前に出した。

しかしそれは掌で受け止められ、払われる。そして隼世の顔面に剣崎の拳が抉り刺さった。

隼世は地面に倒れた。

 

 

「弱いな」

 

「ぐッ! どうして! 貴方は仮面ライダーでしょう!? だったら――ッ!」

 

 

そこで隼世の言葉が止まった。剣崎が腹に蹴りを打ち込んだのだ。

 

 

「ぐっ! ぐふっ!」

 

「思考停止だな。お前みたいな人間が俺は一番嫌いなんだ」

 

 

隼世は腹を抑えて蹲る。

剣崎は再び隼世の背中を蹴り、直後頭を踏みつけた。

 

 

「クロスオブファイアの危険性は貴様らとて理解しているはずだ。あれは可能性の塊、我々とてそれが齎す事象を全て把握しているわけではない」

 

「ぐ――ッ! ぅぁああ゛ッ!」

 

「市原隼世、お前は一般人に襲い掛かったらしいな。もしもクロスオブファイアが拡散されれば、そのような事態がもっと起こりうる可能性があるということだ」

 

 

剣崎は思い切り隼世を蹴り飛ばした。転がっていく彼を見て、舌打ちをこぼす。

 

 

「人間は屑が多い。お前みたいに弱いヤツもな。うんざりしないか?」

 

 

隼世は壁に思い切り体を打ち付けてしまった。うめき声をあげることしかできない。

 

 

「待て、待て……! ちょ――ッ、と! 待てよ!」

 

 

一方で、動いたのは岳葉だった。

 

 

「隼世はアンタに憧れてたッ! そ、そんな言い方ッ、あんまりだろ!」

 

 

そこでターンアップ。

射出されたオリハルコンエレメントが岳葉に直撃し、彼は駐車場の壁にまでブッ飛ばされた。

剣崎はブレイドに変身すると、ブレイラウザーを取り出して呆れたように首を振る。

 

 

「本間岳葉。クロスオブファイアを放置すればお前のような屑が今後も増えるということだ。混沌が訪れるぞ……!」

 

「で、で、でもっ、でも! だからって世界が滅びるのは違うだろ! 俺はともかくッ、罪もない人たちまで滅び――、し、死ねってか!?」

 

「それが運命だと言った。分からないか? ならばもっと簡単に言ってやる! この世界に住む奴等は俺にクロスオブファイアを渡して、善人もろともさっさと死ねということだ!」

 

 

ブレイドは歩く。岳葉は雄たけびをあげ、ブレイドの胴体を殴りつけた。

しかし、やはりというべきか装甲が固い。殴った腕が激しい痛みを放つ。

そうしていると飛んでくるフック。早すぎて見えなかった。岳葉は頬を打たれ、視界が一気に横に向く。

すると腹を殴られた。凄まじい力だ。呼吸ができない。内臓が破裂したかもしれない。

岳葉は地面に膝をつき、地面を睨むことしかできなくなった。そうしていると足の甲が見えた。ブレイドは岳葉を蹴り上げ、仰向けに倒す。

 

 

「いいか? 本間岳葉、市原隼世。我々の力は、下らない人生を歩んできた貴様らに扱える代物ではない!」

 

 

ブレイドは踵を返し、隼世を狙いに歩いた。

しかし立ち止まる。振り返ると、岳葉が立っているのが見えた。

 

 

「違う――ッ! 訂正しろ!」

 

「なに?」

 

「俺の人生は下らなくなんかないッ! 母さんが! 父さんが愛してくれたんだ! 絶対に下らなくなんかない!」

 

「面白いことを言うな。幼い少女を襲い、罪のない子供を殺したお前の人生が下らなくないと?」

 

「ああ! そうだ! 確かに俺は、許されないことをした! 最低の人間だ! でもっ、それでも! 下らないと認めることはできない!」

 

「ほう……!」

 

「それに百歩譲って俺の人生が下らなくてもッ、隼世は違う! アイツは必死に頑張ってきた! 俺なんかよりもずっと、何億倍も立派な人間だ! ソイツが守りたいって思った人も、やっぱり下らなくない!」

 

 

岳葉は歩き出した。

 

 

「俺は隼世と違ってアンタにこれっぽっちも憧れてないッ! 心おきなくブッ飛ばせる!」

 

「………」

 

「俺の唯一の親友なんだ! バカにするなよ!!」

 

『サンダー』

 

 

それがブレイドの返事だった。

ブレイラウザーの剣先から、電撃の弾丸が発射され、岳葉に直撃する。

全身が電撃に包まれ、岳葉は情けない悲鳴をあげて蹲った。

痛い。激痛だ。しびれる。感覚が――、ああ、くそ。

折れそうだ。

 

 

「いずれにせよ、お前の母は死んだだろう? 全てはクロスオブファイアが齎した悲劇だ。愚かな人間が、使い方も分からぬ劇薬を手にいれ、崩壊の道を歩んでいく」

 

 

ブレイドは再び踵を返し、隼世を殴ろうと歩く。

 

 

「醜く愚かに崩れていくくらいなら、いっそ一気に滅びたほうがいい」

 

 

しかしブレイドはすぐに足を止めた。振り返ると、そこには岳葉が立っていた。

フラフラで呼吸は荒い。巻き起こるフラッシュバック。

カーリーがそこにいた。鼻いっぱいに広がる血と糞の臭い。

ああ、もしかしたらもう漏らしているのかも。

というか腹が痛い。臓器はちゃんとある? ごめんなさいカーリー様、お願いだから助けてください。もう瑠姫は諦めますか――

 

 

「黙ってろ!!」

 

 

岳葉は叫んだ。虚空に向かって叫んだ。

これだけは、否定しなければと思った。隼世は必死に頑張ってきたはずだ。

必死にライダーになろうと努力してきたはずだ。自分たちが諦めた道を、彼は諦めずに頑張ってきただろうはずだ。

それはきっと岳葉にはできない。けれどたぶん、とても必要だったことのはずだ。

 

全ては世界を良くしようとするため、みんなを守るためだ。

そうやって隼世が努力してきたことを剣崎が否定しようとしている。それだけは止めなければならない、そう思った。

だから応えろ、応えろ――、応えてくれ。

 

 

「俺に応えろ! クロスオブファイア!!」

 

 

岳葉は右の拳と、左の拳を、思い切り叩き合わせた。

まるでそれは火打石。だから火花が散って、火がついた。

ベルトが生まれ、風車がゆっくりと回転する。

両手を上に突き上げると、マスクが生まれた。それを一気に被って見せる。

 

 

「……それがお前の変身するライダー。1号か」

 

「いや違うな」

 

「なに?」

 

 

確かに、岳葉は1号に変身した。

だがまだクロスオブファイアが燃えたりないのか、変身は不完全に終わる。

仮面に関しては、下半分のクラッシャーがなく、口や顎がむき出しになっている。

体も全くスーツが形成できていない。唯一、マフラーと右腕だけがライダーに変身していた。

 

 

「俺は、ライダーマンだ」

 

 

不完全な戦士は走り出す。

グッと右の拳を握り締め、ブレイドへ突っ込んでいった。

ブレイドも剣を腰に収め、拳を前に出す。

ぶつかり合うストレート。するとカードが舞い、ラウザーへ自動的にスラッシュされる。

 

 

『ビート』

 

 

岳葉の体が吹き飛び、再び壁に叩きつけられる。

コンクリート片が飛び散り、岳葉の頭が真っ白になった。

あれ? なんでこんなことをしているんだっけ? 分からない。分からない。咳き込むと血が出てきた。痛い、怖い、もう逃げようか?

 

たぶん、おそらく、正しいのは剣崎だ。

彼に対する否定の言葉も思い浮かばない。だがしかし、倒れてはいけない。

だから立った。立って拳を構えるんだ。

 

 

(俺の精神は――、脆くて弱い)

 

 

情けない話だが。

しかしこの肉体、『1号』は永遠に不滅だ。

だからこの体が動く限り、俺は負けない。

 

 

「ハァア!」

 

「!」

 

 

岳葉はコンクリート片を握りつぶし、砂状になったそれをブレイドにかけた。

視界は濁るが仮面をつけているため、さほど脅威ではない。ブレイドは僅かに怯んだくらいで、殴りかかってきた岳葉の拳を受け止め、弾き、蹴りで横へ吹き飛ばす。

だがそこで後ろに気配を感じた。

 

 

「ウォオオオオオオオ!」

 

 

そこには岳葉と同じように上半分だけの仮面と、右腕だけ変身した隼世がいた。

ストレートを放つが、ブレイドはそれをヒラリと交わすと、裏拳で背中を打ち、振り向いた隼世へ二発ほど拳を打ち込んだ後、蹴りを打ち込む。

後退していく隼世だが、その脇を通り抜ける岳葉。再びブレイドと交戦する。

 

 

『岳葉――ッ、聞こえるか……!』

 

『あ、ああ! 聞こえる!』

 

 

ライダーテレパシーによる意思疎通。

隼世はこのまま戦っていてもブレイドには勝てないことを理解していた。

だがとにかくまずは一撃を与えることだ。そのために、作戦を練る。

 

 

「ずうぉッ!」

 

 

岳葉が地面を滑る。だがすぐに走りだした。

それを見て隼世も走る。岳葉はブレイドを中心にして右回りに。隼世はブレイドを中心にして左回りに。

 

 

「ライダー車輪ッッ!」

 

 

ブレイドを囲み、サークルを描く。

走るたびに風が発生していき、ブレイドは剣を構えて沈黙する。

岳葉を狙うか、隼世を狙うか――?

決まっている。両方潰せばいい。

 

 

『サンダー』

 

 

剣先を地面に突き刺すと電撃が地面を伝っていく。

しかし既に隼世と岳葉は飛んでいた。全てはコレを狙っていたのだ。

剣を突き刺すわずかな時間ならば、ブレイドに隙ができるのではないかと。

 

 

「ライダーッッ!」

 

 

二人は拳を前に、前に――ッ!

 

 

『メタル』

 

 

拳は届いた。

しかし苦痛に表情を歪ませるのは岳葉と、隼世。

地面に着地した瞬間、ブレイドは硬質化を解除。

 

 

『キック』

 

 

回し蹴りを行うと、再び岳葉たちは吹き飛び、地面を転がっていく。

ブレイドは呆れたように唸ると、ラウズアブソーバーを起動させる。

 

 

「目障りな連中だ」【アブソーブ・クイーン】

 

 

黄金の羽が舞う。

 

 

【フュージョン・ジャック!】

 

 

仮面ライダーブレイド・ジャックフォーム。

あえて変身したのは、力の違いを思い知らせるためだ。

サンダーのカードを読み込ませ、剣を振るう。すると雷でできた鷲が生まれ、翼を広げて駐車場を飛び回った。

高速の鷲は岳葉と隼世に突進していく。

悲鳴さえもあげることができず、岳葉たちは完全に倒れ、沈黙した。

するとブレイドは近くにいた岳葉を蹴って、仰向けにさせる。

そしてブレイラウザーを右腕に思い切り突き刺した。

 

 

「ぐあぁああああぁあ!」

 

 

岳葉の悲鳴が聞こえる。

ブレイドは剣を引き抜くと、傷口にカードを捻じ込んだ。

炎が、クロスオブファイアが吸収されていく。

 

 

「………」

 

 

だが、しかし。

 

 

「……ッ? なに!」

 

 

カードが、燃えた。

そして岳葉から弾かれると、燃え尽きて灰になる。

 

 

「お前ッ、まさか!」

 

 

ブレイドは立ち上がり、後退していく。

念のため、再びカードを投げた。しかしそれもまた先ほどと同様に燃えてなくなる。

間違いない。ブレイドは確信した。岳葉には既にクロスオブファイアが根付いている。肉体や精神と同化しているのだ。

ブレイドはすぐに隼世に向かってカードを投げた。しかしコチラは燃えず、吸収が順調に行われる。

 

それを見て、ブレイドは指を鳴らした。

すると吸収が中断され、逆に吸い取っていたクロスオブファイアを隼世に戻す。

ブレイドは隼世からカードを抜き取ると、そこで変身を解除した。

 

 

「本間岳葉、この俺が保障する」

 

「え……?」

 

「お前は間違いなく、仮面ライダーだ」

 

「ッ!」

 

 

一方で剣崎は目で隼世を見下す。

 

 

「だがお前は違うな市原隼世。いや、そもそも違うなどという概念はない。お前はそれに気づいていない」

 

「ッ?」

 

「前を見ろ。お前はまだ仮面ライダーというものを理解していない。そんな状態で力を使っていても、待っているのは破滅だけだ」

 

「それは、どういう――?」

 

「俺に死ねと言われて死ぬような世界なら、やはりお前たちの存在は酷く下らない」

 

 

剣崎はそこで灰色のオーロラを出現させ、その中に消えていった。

なんだったんだ? 隼世は戸惑いながら変身を解除して立ち上がる。

もしも剣崎の言ったことを額面通りに受け取るならば、この世界はもうクロスオブファイアを与えられた世界ではなく、クロスオブファイアが根付いている場所になっているということなのか?

よく、分からない。

すると隼世は、岳葉が頭を抱えて蹲っているのが見えた。

 

 

「大丈夫かいッ、岳葉!」

 

「あ、あぁ――ッ、あッ、ぐ!!」

 

「またフラッシュバックが!?」

 

「いや、いやッ、違う! そうじゃない! お、思い出したんだ!」

 

「え?」

 

「あ、ああ、あ、あの時っ! 俺が蘇ったのは――ッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岳葉は紫色にくすんだ荒野に立っていた。

ここはどこだろう? 確か俺は――、確か、確か……。

死。それは一瞬だけ脳裏をよぎっただけで、すぐに消え去った。

はて、ここはどこだろう? 岳葉が後ろを振り返ると、思わずハッとした。

 

巨大なライダーの石像が並んでいたのだ。

クウガ、アギト、龍騎、ファイズ――……、順番に並んでいるライダーたち。

しかし岳葉の知らないものもあった。あれは何のライダーだろう?

 

 

「!」

 

 

石像の下、荘厳なる玉座に腰掛けているのは誰だ?

 

 

「本間岳葉、だな」

 

「え? あ――、貴方は?」

 

 

岳葉はゾッとしたものを感じる。何かとてつもない力を感じた。

 

 

「私の名はオーマジオウ。平成ライダーの『王』である!」

 

「王様ッ!?」

 

「いかにも」

 

 

オーマジオウ。額には『カメン』、顔には『ライダー』とある。

どうやら彼が、岳葉の魂をこの地に呼び寄せたらしい。

 

 

「虚栄のプラナリアを確認した。幼子を汚そうとし、罪のない人々を傷つけたお前の罪はあまりに重いが――、見事な勝利であったぞ。糞を漏らしながらも大切なものを守ろうとするその心は、十分評価に値する」

 

「……ッ」

 

 

どうしていいか分からず、岳葉は俯いた。

 

 

「かつて、大きな花火が打ちあがった」

 

「え?」

 

「虹色の炎が詰まったその名は、カメンライダー。その火花は美しく、ありとあらゆる壁を超越して地へ落ちていく」

 

 

その炎に触れたものは、絶大なる力を手に入れる。

それがかつて誰かが願ったことだ。訪れるのは混沌か、それとも救世か。それはオーマジオウにも分からないことなのだと。

岳葉もまたその一端に触れた。アマダムという少々イレギュラーは絡んでいるものの、本質はそう違いないと。

 

 

「なんの才もない人間も、ひとつの大きなアイデンティティを手に入れることができる。これは卑下するものではなく、祝福するべきものではないか」

 

 

オーマジオウは『ライダー』と書かれた赤い複眼を光らせる。

 

 

「私も人を殺めたことがある。しかし、お前と違う点が一つあるならば、私はもはや何人殺したか覚えていない」

 

「え……ッ?」

 

「それだけの命を摘んできたということだ。だが私はそうであったとしても今なお、仮面ライダーの王として君臨している。それは何故か分かるか?」

 

 

分からない。岳葉は沈黙を続けた。そうしているとオーマジオウはまあいいと笑う。

 

 

「岳葉よ。まもなく、お前の世界に再び悪意が訪れるだろう。クロスオブファイアを持った悪魔が現れるはずだ」

 

「!」

 

「ゆえに、私はお前を蘇らせる。お前の物語はまだ完結していない。ライダーの世界には、仮面ライダーが必要なのだ」

 

 

戦え、ライダーとして。

オーマジオウは立ち上がり、岳葉に手を添えた。すると光が流れていき、岳葉の体の奥が熱くなっていく。

 

 

「平成はまだ早い。昭和の力を」

 

「ッ?」

 

「ましてや、ヤツが撒き散らした炎も目覚めていくだろう。良いか? 一度炎が生まれた世界は、次々と火が燃え移り拡散していく。ましてや火種で終わる一生も、火打石を投げ込まれれば話は別だ」

 

 

無知もまた更新される。火の付け方を知った人類は進化をしてきた。そのおかげでいらぬ血も流れたが、発展もまたあった。

それを良しとするかは、人の心が決めること。世界はただ形を変えていくだけだ。

 

 

「いずれ分かる。もはやあの日、虚栄のプラナリア。この世界でライダーが生まれることに、理由はなくなった」

 

 

世界中に巻かれた炎の一旦。前回はアマダムが炎を与え、今回は『奴』の復活による火花が、火種に小さな火を与えた。

ゆらり、ゆらり、揺らめく炎は、すぐに消えるが、目覚めたのは六人。与えられたのは三人。掴み取ったのは、『独り』の……。

 

 

「お前たちは私が選んだ。あるいは――、運命か」

 

 

岳葉に流れ込んでいく魂の炎。反対に瞼が重くなっていく。

岳葉は我慢できずに膝をついた。遠のいていく意識、『ライダー』の文字がゆらゆらと。

こうして岳葉は倒れ、意識を失った。

 

 

「期待しているぞ。"若き日の私"よ――!」

 

 

オーマジオウは王座に座した。

 

 

「覇道を歩むのだ。そうすれば、やがて答えにたどり着く」

 

 

そして岳葉が目を覚ましたとき、そこは自宅のベッドだった。

それを今、岳葉は思い出した。

仮面ライダーの王様、"オーマジオウ"。ヤツが何を考えているのかは分からないが、いずれにせよ言っていたことは当たっていた。

敵のボスはクロスオブファイアを持っているのだろう。

そして確実に何かを企んでいる。

それを止められるのは――、仮面ライダーだけだ。

 

 

『本間岳葉、この俺が保障する。お前は間違いなく仮面ライダーだ』

『俺に死ねと言われて死ぬような世界なら、やはりお前たちの存在は酷く下らない』

 

 

岳葉は地面を殴った。確かに、地面が凹んだ。

唸り、頭を掻き毟る。今も自分の首を絞めるカーリーが後ろにいた。男性器の槍で貫こうと目を光らせている。

岳葉は歯を食いしばる。あの時、あの瞬間、耐え難い恐怖と、耐え難い屈辱を超えたものは何だったのか?

そうだ。それは覚えている。決して忘れたことはない。

瑠姫だ。あの時、あの瞬間――、岳葉はきっと……。

 

 

「!!」

 

 

炎は歪に、しかし確実に燃え上がる。

するとどうだ。テレパシーが『彼』の脳を捉えた。歪な思考が流れ込んでくる。

くそ、またか。またなのか。しかし岳葉は大きく息を吸う。鼻一杯に血と糞の匂いが広がり、吐きそうになる。しかしそれでも強く息を吸った。

そして言葉と共に、息を強く吐き出す。

 

 

「俺は戦うッ!」

 

 

スパークが巻き起こり、岳葉の隣に一台のバイクが出現する。

 

 

「隼世ッ、い――、ま、までッ、ありがとう!」

 

「え?」

 

「お、お前は別にッ! もうッ、休んでくれても大丈夫だッ、こ、こッ、ここッ、ここからは俺がやる!」

 

「でもッ」

 

「大丈夫、俺も、そろそろ何かしないとって、思ってたんだ!」

 

 

岳葉の考えが正しければ、このままではとんでもないことになる。

 

 

「この世界は滅びないッ、剣崎ってヤツは間違ってる! それを俺がッ、証明するんだ!」

 

 

アクセルグリップを捻るとマシンは急発進。

隼世を置き去りにして駐車場を飛び出した。

岳葉は姿勢を低くして深夜の町を疾走する。ハンドル、クラッチ横のレバーを押し込むと、バイクが変形を開始。さらにベルトが出現し、猛スピードから発生する風を吸収して風車が回転する。

 

バイクがサイクロンに変わった。

光の線が見える。岳葉は尚もスピードを上げて前に進んだ。

するとその体が変わっていく。仮面ライダー1号、そして更なる変化が巻き起こった。

現在、その仮面の色は青みがかかった緑色で、複眼の色はピンクに近い。しかし風を受けると仮面が黒く染まっていき、複眼は真っ赤になっていく。

1号が拾った脳波は、間違いなく山路のものだった。

彼の殺意が、明確に頭に流れ込んできたのだ。

 

 

 

時間は巻き戻る。

山路は海辺で泣いていた。リセや正和の葬式にも行っていない。

そもそも行われていたのかも分からない。あれから皆とは会ってない。別に会いたいとは思わなかった。

完成間近のジグソーバズルをグチャグチャにされた気分だ。心が萎えて、なにもする気になれない。ずっとココにいた。ゴハンも食べていない。

 

フラフラする。山路は砂浜に倒れた。

むろん、ライダーになった彼に空腹で死ぬということなど滅多にない。あと一年くらい飲まず食わずでも何とかなるだろう。

しかし立ち上がる気力がない。山路はずっとそこに眠っていた。

 

 

「あ、あの……」

 

 

そうしていると誰かに話しかけられた。

 

 

「大丈夫、ですか? 救急車とか……」

 

「大丈夫。少しだけ、お腹が減っているだけです」

 

「え? あ、じゃあコレもし良かったら……」

 

 

少女はそういうとハンバーガーの包みを差し出した。

くれると言うものを断るのは心苦しい。山路はお礼を言ってハンバーガーを受け取った。それをモソモソ食べていると、なにやらやたらと視線を感じる。

山路が其方を見る。真っ黒な服を着た、美しい黒髪の少女と目が合った。

 

 

「あ、あの」

 

「なにか?」

 

「も、もしかして、山路くん?」

 

「え? なんで俺の名前を貴方が?」

 

「わ、私ッ! 私だよ、烏七(からすな)月美子(つきみこ)!」

 

「???」

 

 

全く覚えていない。

 

 

「あ! えーっと、カラスちゃん!」

 

「ああ!」

 

 

そこで思い出す。施設の仲間だ。いつからか離れ離れになってしまったが、もしも初恋があるとすればきっと彼女だろう。

 

 

「久しぶり……!」

 

 

烏七はそこで口を覆った。

山路は彼女の指を見た。そこで思い出した。彼女はピッケル鮫肌おじさんにさらわれていた女の子だった。

 

 

「ねえ、もしかしてなんだけど……」

 

 

カラスちゃんはあの時のことを強烈に覚えていた。

自分の耳に張り付いている化け物の声。それは紛れもなく、目の前にいる山路であった。

 

 

「私を助けてくれた人って……」

 

「ああ、俺だよ。これも運命だねカラスちゃん」

 

 

カラスちゃんの隣にいたのは、仮面ライダーアマゾンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、なにそれ」

 

 

山路と月美子は二人並んで海に足をつけていた。

波が来ればお尻も濡れるが、気にしない。二人はぼんやりと地平線の向こうを見つめていた。

ふと、山路は月美子の腕を指差す。白い手首にはいくつもの線が見えた。

はじめは火傷の痕かと思ったが、どうにもそうではないようだ。

 

 

「リストカットっていうの。これをすればね、皆が私を心配してくれて優しくしてくれるの」

 

「へぇ。すごいなぁ」

 

「でもそんなの――ッ、最初だけ。後はこれのせいでバカにされる」

 

「かなしいなぁ」

 

「うん。かなしい」

 

 

ザザーンと波の音がした。

 

 

「ところで、カラスちゃんはどうしてあの小屋で捕まってたのだろう?」

 

「それは……」

 

 

自殺するためだった。今度は少なくとも本気だったと――、思う。

 

 

「でも、あんなことに……」

 

 

左手はまだ治っていない。痛みがあの時のことを思い出させる。

 

 

「ねえ、なんで山路くんは変身できるようになったの」

 

「分からない。でもしいて言うなら、適応だったのかもしれない」

 

「適応?」

 

「俺はね、昔から食欲がなくてさ。それは食べなくていいって意味じゃなくて、別に食に興味がないんだよ。眠るのも何か別に楽しくもないし。でも死体には興奮した、B級ホラーで綺麗な女性が苦しんで死ぬのを見てドキドキした。でもそのうちに気づいたんだ。悪いやつが死ぬのは別格、あれは勃起を通り越して射精できるって」

 

 

逆に言えばそれでしか興奮できない。

頭がおかしいってことはとっくに気づいていた。でも山路は生きている。これからも生き続けなければならない。

適応を目指した。アマゾンはその結果だと思っている。

頭のおかしい自分を哀れんだ神様がくれた。たった一つの素敵な贈り物。

 

 

「進化したんだ。俺はね」

 

「それで山路くんは幸せ?」

 

「べつに」

 

 

殺しを重ねていた時はそりゃあ充実はしていたさ。

でも全て刹那的に消えうせる快楽。射精すれば後は賢者タイムだ。余韻楽しむことはできるけれども、時折ふと虚しくなる日もあった。

 

 

「気持ちいいと、幸福なのは、別なのさ」

 

「よく分からない。けど、私も幸せじゃない」

 

「それはどうして? 助けてあげたのに、そんなことを言われるのは悲しいぜぇぇ」

 

「里親が嫌いなの」

 

 

カラスちゃんを引き取ったパパとママは子供ができなくて困っていたらしい。

ある日、二人が喧嘩をして別れることになった。カラスちゃんはママについて行った。

はじめは優しかったママも、貧しくなってくると頻繁にカラスちゃんに当たるようになった。

 

ある日、ママに新しいパパができた。

二人の間に子供ができた。ママは自分の子供のほうが可愛いと言った。妹はカラスちゃんよりは可愛くなかったが、頭はとても良かった。ママは妹を溺愛した。

カラスちゃんはパパに気に入られた。三白眼でオドオドしているところが何だか妖艶に見えたのか、寝ているところを襲われた。

処女を奪われた後は、月二回くらいで襲われた。一度母親に相談したら、思い切りビンタされて終わった。

妹の成績はどんどん良くなった。カラスちゃんの成績はどんどん悪くなった。

カラスちゃんは死のうと思った。

 

 

「残念だなぁ。カラスちゃん、たぶん俺の初恋の人なのに」

 

「そうなの? す、すごい。私もだった」

 

「嬉しいなぁ。カラスちゃんが昔かけてくれた言葉、やまじくんはみんなのヒーローだね。あれが俺の未来を決めたのさ」

 

 

二人はキスをしてみる。カラスちゃんは嬉しそうだった。

 

 

「ねえ山路くん。お父さん、死んだの」

 

「へぇ」

 

 

カラスちゃんは携帯を取り出して、義父の写真を見せる。

 

 

「山路くん?」

 

「ああ。ロマンティックな追いかけっこだったよ。キミのお父さんの身体(なか)、とってもキツくて、気持ちよかった」

 

 

海岸近くの廃墟で楽しんだおじさんだった。

そうか、半裸で飛び出していった女の子はカラスちゃんであったか。

 

 

「本当にありがとう」

 

 

カラスちゃんとセックスをした。

 

 

「山路くんは、私のヒーロー」

 

 

耳元で囁く言葉。それを引き金にして、山路はカラスちゃんの中に欲望の塊を撃ち出していく。

二人はギュッと抱き合った。

 

 

「ねえ山路くん。お願いがあるの」

 

「なに?」

 

「お母さんと、妹、殺して。あとついでに飼ってる不細工な猫」

 

「いいよ。いいぜ」

 

 

その時、山路は気づいた。

普通になりたい。それは心の中にあった小さな欲望であって、きっと本心ではない。

 

 

「俺は俺だ。狂ってるのは世界のほうだ。俺たちがおかしいなら、世界を俺たちの形に切り取ればいい。それができる権利を俺は持っている。人間の歴史など、所詮宇宙の眼で見れば浅くちっぽけなものだ。常識だって同じなんだ」

 

 

ずっと、認めて欲しいと思っていた。

だから普通になりたかった。認められるためには、それがいい。本当に? いや違う。俺は普通だった。それをずっと前から気づいていただけだ。

今まで嗅いだ匂いのなかで、カラスちゃんの匂いが一番好きだ。

自分と同じ匂いだからだ。

 

 

「あぁ、ダメだな。仮面を被りすぎてどれが本当の顔か分からない」

 

 

けれど一つだけ分かることがあるならば――

 

 

「俺は、仮面ライダーアマゾン」

 

 

リセと正和はただ、人間っぽくなる仮面でしかなかった。

けれど今、理解する山路は仮面だ。あの姿こそ偽りなのだ。今はもうアマゾンこそが肉体であり、自分の顔であり、全てだ。

心はウソをつける。脳は自分を欺ける。でもたった一つだけ、股間からぶら下がっているペニスだけはウソをつけない。

リセにはピクリともしなかったこれが、カラスちゃんを前にすればガチガチになる。

カラスちゃんの母や妹。乱交(グチャグチャ)にできると思うとたまらない。

セックスの果てにはきっと、愛がある。

 

 

「行こう」

 

 

アマゾンは歩き出す。だが足を止めた。

前に、仮面ライダー1号がいたからだ。

 

 

「山路くん――ッ!」

 

「本間さん、でしたね。やっぱり僕は殺すことでしか感謝されないみたいです」

 

 

テレパシーで山路の事情は察している。だから1号は彼を絶対に止めなければならなかった。

なぜならば今からアマゾンがやろうとしていることは、かつて自分がやったことだからだ。

瑠姫の家族を殺した。それは恥ずべき罪なのである。

だからこそ、同じ過ちを繰り返すわけにはいかなかった。

 

二人は走り出し、拳を交差させる。

砂を巻き上げた脚、キックもまたクロスする。アマゾンもまたテレパシーで1号の考えを把握していた。

彼はコンドーム。アマゾンはそれを破らなければならない。

(ナマ)で楽しみたいのだ。解き放つ(おもい)を殺したくない。子宮(ほし)のなかで自由に動き回ってほしい。

そうすれば快楽も喜びも、真なるものになる。

 

 

「ジャングラー!」「サイクロン!」

 

 

アマゾンはマシンを発進させてカラスちゃんのお家を目指す。

後ろからは耳障りなエンジン音。1号がピッタリとついてきて、真横についた。

ガリガリとマシンが擦れ、火花が散る。

 

アマゾンはハンドルから両手を離し、ヒレで1号を斬った。

火花が散り、1号はよろけてシートから落ちる。

しかし車体後部を掴んでおり、足裏を地面につけて滑っている。

 

足裏から噴射する火花。

アマゾンはトドメを刺そうと、足裏で1号を狙った。

しかし1号は腕で車体を動かし、少し距離をあけてキックを回避した。

そして腕の力だけで身体を前にもっていき、再びシートの上に座る。

 

気づいているだろうか?

1号の脚からはまだ火花が散っている。これはスパーク。電撃が少し。

 

 

「山路くん! カラスちゃんはきっと笑うぜ! 彼女の家族を殺したら笑顔でキミにお礼を言うぜ!」

 

「たのしみだなぁ」

 

「違う。違うだろ! そうじゃないだろうがッッ!!」

 

 

アクセルグリップを捻る。加速するサイクロン。それだけ風が1号を包む。

回転するベルトの風車。同じくして、脚に纏わりつく電撃が少しずつ強力に。

 

 

「好きな人ならッ! そんなことで笑わせるなよッッ!」

 

 

サイクロンがジャングラーを追い抜いた。1号の脚がバチバチと音を立てて発光する。

まぶしい。イヤだ。アマゾンも必死にスピードをあげてサイクロンを追い抜く。

カーブだ。急カーブ。1号はそこで虚栄のプラナリアを思い出した。

隼世に教えてもらったアウトインアウト。カーブを曲がりきるサイクロンと、激しくクラッシュを起こして地面を転がるアマゾン。

 

 

「うァ――ッ!」

 

 

アマゾンが空を見上げる。空に激しい光が見えた。

 

 

「電光ライダーキィィイイック!!」

 

「うぐあぁああぁッッ!!」

 

 

アマゾンは帯電しながら地面を転がり、やがて変身が解除された。

山路は唸り、もがく。酷い、酷いじゃないか。せっかくまた新しい自分を見つけることができそうだったのに邪魔をするなんて、と。

そうしたら肩を掴まれた。1号は変身を解除して、岳葉として山路と向き合う。

 

 

「違う! 俺がキミを止めたのはッ、キミと友達になるためだ!!」

 

「え?」

 

「俺もかつて、キミのように考えて実行して、そして後悔した! でも今は違う! 少なくとも、あの時よりは良いって思えてる!」

 

 

瑠姫のおかげだ。愛する人がいた。それは山路も同じだ。

まだその想いは芽かもしれないが、カラスちゃんという子と愛の華を咲かせることもできようて。

 

 

「彼女を救えるのは確かにキミだ。キミだけだ。だからこそそのやり方を間違えないでくれ! 俺と同じじゃ、絶対ダメなんだよ!」

 

 

それを教えてくれた一番の人は、たぶん、いやきっと隼世だ。

口にするのは恥ずかしいが、とても感謝している。そしてハッキリと言えることがたった一つ。

市原隼世が、親友だということだ。

 

 

「だからッ、俺がキミの親友になる! 駄目なことをしたら、駄目だって言ってくれる人が必要なんだよ、俺たち仮面ライダーにも!」

 

「――ッ、とも、だち」

 

「ああ、友達! トモダチだ!」

 

 

山路はしばし沈黙、そして笑顔になる。

 

 

「嬉しいなぁ」

 

「安心しろ。俺は死なない! 生きて、生きて、生きて生きて生きて! 醜くても生き抜いてやる! お前がまた間違えたと思ったら、全力で止めてやるよッ!」

 

「……ッ」

 

 

山路の表情が変わった。どんな仮面を今、自分はつけているのだろう? 分からなくなってきた。

 

 

「いいか、よく聞けよ! 俺たちには力がある。それはとても強くて凄い力が! それで? カラスちゃんが苦しんでるから、嫌いなヤツを全員殺して終わり? ふざけんなよ! そんな簡単なこと、誰でもできるだろうが! お前仮面ライダーだろ! どんな選択肢も選べるだけの力があるんだろ! だったらもっと素敵な笑顔をさせる選択肢を探せよ! 大好きな人をなァ! 嫌いなヤツが死んで笑うような糞女なんかにしてんじゃねーよ!」

 

 

山路は反射的に岳葉の手を掴んでいた。

 

 

「本間さん! 俺たちは自由だ! 自由になる権利がある! やりたいことをすればいい! それは許されるべきだ! 誰かの意見にいつも押しつぶされてきた! そんな俺たちを救えるのは俺たちだけだった! 俺たちはおかしくなんてない!」

 

「誰かの自由を奪って得る自由なんて、ただの言い訳だ!」

 

 

山路の眼からは、確かに涙が流れていた。

 

 

「山路くん! そんな奴等がッ、今! この近くにいる! 止められるのは俺たち仮面ライダーだけなんだ!」

 

 

山路の怒りや不満が伝わってくる。まあ、そうか。岳葉とて理解できようて。

俺たちの怒りは、誰かに理解できるほど簡単じゃない。

 

 

「なら、くだらねぇ御託を並べるより、仮面ライダーになってみようぜ」

 

 

剣崎に会ったからか、ふと思い出す。

そういえば悲しみが終わる場所とやらが地球にはあるらしい。まずは山路をそこへ連れて行ってあげよう。

 

 

「俺もよく分からないけど、このままだときっととんでもない事が起こる。お前を救ってくれるかもしれないカラスちゃんは死ぬし、俺の大好きな瑠姫もたぶん、死ぬ、きっと。うん」

 

 

そんなの最低だ。リセが死んだように激萎え決定。

全てが最悪で、最低で、もう何もかもがファックユー。

とにかくそうなったらお終いだ。

 

 

「それを止められるのが俺たちなんだ。どうする? またグズグズするか? それとも全てを救って、最高になるのか? どっちがいい?」

 

「それは――、もちろん」

 

「当たり前だよな? 当たり前を選ぶことは、決して不自由なことじゃない」

 

 

俺たちの答えは、きっとそこにある。

 

 

「はじめようぜ、仮面ライダー!」

 

 

悔しいはずだ。岳葉には分かるし、テレパシーで山路も分かってくれているはずだ。

母が殺され、親友が苦しみ、その上まだ愛する人が危ない目にあうかもしれない。そんな未来を止めるために。

 

 

「力を貸してくれ。友として、仮面ライダーとして!」

 

「………」

 

 

山路はしばし無言で固まっていたが、やがて岳葉を見て強く頷く。

 

 

「その仮面――、一枚は持っておきたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山路が戻ってくると、カラスちゃんは不安げな表情を浮かべた。

 

 

「ど、どうなったの?」

 

「ごめん。キミのお願い、今はまだ聞けなくなった」

 

「え?」

 

「今日は一緒に寝よう。俺、クイガミさまらしいから。寝床用意してくれるところがあるんだ」

 

「あ、でも……!」

 

「ねえカラスちゃん。カラスちゃんはさ、自分と世界、どっちが狂ってると思う?」

 

「……どっちも狂ってないと思う。本当に狂ってると、狂ってることすら分からないと思うから」

 

 

山路はニヤリと笑った。丁度いい塩梅のような何かがそこにはあった。

その日本語は、まだ見つからないけれども。

 

 

「確かに。やっぱりキミは初恋の人だ」

 

 

新人類。以前口にした言葉がよぎる。

旧人類の未来を決めるのもまあ、悪くない。

 

 

翌日、リュックを背負った涼霧が歩いていた。

駅に向かうつもりだったけれども、気づけば良神クリニックの前に立っていた。

あれは失恋だったのか、それとも自覚だったのかは、彼女にも分からない。

 

失礼――、彼だった。

涼霧はずっと着ていた仮面をやっと今日、脱げるのかと扉を叩いた。

あの時、あの瞬間、敬喜と倒れた海に自分が溶けていく感覚。あの時に何かを掴んだ気がした。

貝殻かと思ったら、自分の殻だったのかもしれない。その隙間に冷たい海が入って、涼霧は気づく。

やっぱり俺は――……。自分になるための第一歩。お金もニセモノじゃ意味がない。自分が偽者なら、掴むものは全て偽者だから。

 

 

 

 

 

 

 

「早く会いたい。わたしの赤ちゃん」

 

 

育児に関する雑誌をたくさん買った。

ベッドやガラガラ、おしゃぶりも用意して準備万端だ。

一日ずつ近づいてくる瞬間に、ワクワクドキドキしている。はしゃいで浮かれるのは許して欲しい。そうそう、胎教にいいと聞いてクラシックを聞き始めた。

あ、また蹴ったよ。わたしが笑うと、彼も笑ってくれました。

ああ、早く会いたいな。私の赤ちゃん。

 

 

「バッフォッッッ!!」

 

 

男の拳が、膨らんだお腹に直撃する。

拳がお腹に沈んでいく感覚。女性は目を見開いた。眼球が飛び出ると思った。

実際少しは飛び出ていたのかもしれない。すると便意に近い『何か』を感じた。呼吸が止まり、今まで感じたことのない痛みが腹部を襲った。

 

ウンチが出る。

股からジャーッと何かが出てきた。真っ赤な血液だ。

ボトボトと何かもこぼれていく。これは臓器なのか、はたまた胎児の破片なのか。わからない。

流産するかもしれない。そんなのはイヤだ。赤ちゃんが無事なら私はどうなってもいいと思った。救急車を呼ぼうと想い、女性は気づいた。

 

流産どころの話ではないということに。

嘔吐と思ったら、やっぱり血が出てきた。

女性は泣き叫んだ。あなた、どうして、どうじで、あなだ。

わだじの、あがじゃん、じんじゃっだ。

 

 

「ブモオオオオオオオオオオオオオオ! ヴァッホウ!」

 

 

男は喜びに射精した。

さらに女性の顔面に何かを強く押し当てる。鼻が粉砕され、歯がボロボロと零れていく。

男が女性の顔面に埋め込んだのはグレネード弾。握りつぶすと、爆発して女性の頭部が吹き飛んだ。

極上の快楽。男はもう一度射精した。

 

いや違う。実は精液が出ていなかった。

つまりこれは、射精を超えた快楽の形なのだ。

つみきを崩すとき、高く積み上げたほうが気持ちがいいことに気づいた。

ドミノは時間をかけたほうが達成感があると気づいた。最後の1ピースをはめれば完成するジグソーバズルをグチャグチャにする背徳にまみれた快楽、キミには理解できるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「ちーっす茂男くん! おはよー!」

 

 

部賀はそういうと茂男の腹に膝を入れる。

うずくまり、呻く茂男を、みんなで笑ってみていた。

 

 

「やめろ」

 

 

志亞がそれを止めに入ると、部賀はへーいと笑って教室に向かった。

昼休み、屋上では志亞と茂男が並んで昼食をとっていた。

 

 

「どうして無断欠席してたの? やっぱりアレ? 彼女さんが自殺したこと?」

 

「………」

 

 

そうだったのか。あのブス、死んだのか。別にどうでもよかった。

 

 

「全てがイヤになるときくらい、お前もあるだろう」

 

「そうだね。でも良かったよ、志亞くんが戻ってきてくれて。また僕を助けてね」

 

「……ああ」

 

 

そこで屋上の扉が吹き飛んだ。

反射的に後ろへ隠れる茂男と、前に出る志亞。

現れたのは、異形の化け物だった。化け物というか――、見覚えがある。ブレードアルマジロと同じだ。人間がなにやらスーツを着込み、マスクを被っている。

 

それはずいぶんな大男であった。

凄まじい肉体だ。ピッチリとしたスーツだから分かるが筋肉が凄まじい。

さらに両肩や腕輪には筒のようなものが確認できる。さらに背中には鉄でできたランドセルのようなものを背負っている。バックパックというヤツだろう。

マスクは――、牛、いやバッファローか。

 

 

「ブレードアルマジロの仲間か」

 

「そう。僕はグレネードバッファロー!」

 

「なんのようだ」

 

「ブレードアルマジロくんはキミを逃したようだが、僕はそうは思わない。なぜならばキミは危ない男だからだ。我々の計画を邪魔する可能性が一番高い」

 

「どういうことだ?」

 

「珠菜ちゃんがキミの名前を呼んでいた」

 

「なんだと! 今なんと言った! なあ今なんと言ったんだ! 貴様、オレの聞き間違いでなければ珠菜ちゃんといったな!? 貴様おい、おい貴様ッ! 貴様今珠菜ちゃんと言ったか! 珠菜ちゃんと言ったのはどういうことだ! おいふざけるなよ貴様! 珠菜ちゃんとはあの珠菜ちゃんなのか! どういうことだ! お前は今なんと言った!? 珠菜ちゃんと言ったように聞こえたが、珠菜ちゃんとはどういう関係――」

 

「うるさァアアアアアアいッッ!!」

 

 

志亞は黙る。しかしどうやら、バッファローも頭はよくないらしい。

 

 

「最期に会いたかったのだろう。でも駄目だ、僕はそれを危険と考えている」

 

「最期!? 貴様――ッ、貴様ら――ッ! やはりそうか!!」

 

「たすけてと言ってもいたが、それもやはり駄目だ。珠菜ちゃんは可哀想だが肉体を提供してもらわなければならない。お前はそれを止めそうだ。だから殺しにきた」

 

「貴様ァァァ……!!」

 

 

ダブルタイフーンが生まれ、風車が回る。

変身。V3は疾走し、グレネードバッファローに殴りかかった。

 

 

「!」

 

 

ノーモーション。その意味はすぐに分かる。

拳が直撃したのだが、バッファローは不動のままだった。文字通り鋼の肉体とでも言えばいいのか。

今度は向こうの攻撃だ。豪腕が飛んでくる。しかも早い。V3は両腕をクロスに構え、攻撃を受け止めようと考えた。

だが凄まじい衝撃が襲ってくる。骨が軋む。

 

しかもそこで気づいた。

バッファローは何かを掴んでV3を殴っていた。

グレネード弾だ。バッファローが力をこめると、グレネード弾が握りつぶされ、爆発が巻き起こる。

 

吹き飛ぶV3。茂男の悲鳴が聞こえる。

屋上は広い。バッファローとV3の距離が開いた。するとバッファローはバッグパックに手を伸ばした。

するとそこからグレネード弾がポロンと排出される。

 

バッファローはそれを肩の上にある筒に入れた。

数は二つ、両肩にある筒はグレネードランチャーだ。

腕にあるスイッチを押すと、グレネード弾が勢いよく発射される。

 

 

「フッ!」

 

 

V3が飛んだ。爆発する屋上。

なにやら悲鳴が聞こえてくるが、それは無視。V3はマフラーをパタパタとトンボの羽のようにして空中に浮遊する。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

高速で飛翔し、そのまま回し蹴りからの飛び蹴りを繰り出す。

V3マッハキック。しかしバッファローは再び豪腕で蹴りを防ぐと、そのままアームハンマーでV3を叩き落す。

 

 

「グッッ!」

 

 

まだ終わらない。

バッファローはV3の脚を掴むと、そのまま振るい上げて、地面にたたきつけた。

衝撃を感じ、頭が真っ白になる。

そこで顔を殴られた。脳が揺れる。爆発が起こった。

 

バッファローはV3を蹴り飛ばすと、グレネード弾を腕にあるグレネードランチャーに装填する。

そしてそれを倒れているV3に向けた。

終わりだ。そう思ったとき、何かがバッファローの頭にぶつかる。

 

 

「ブホ?」

 

「こっちだ! デカブツ!」

 

 

屋上入り口、そこにいたのは部賀だった。自販機で買っていたジュースを投げたのだ。

 

 

「なんだよなんだよ! 楽しそうなことしてるじゃねーか!」

 

「何者だ!?」

 

「俺は俺だっつうの! ほら! 志亞! 今だぞ!」

 

 

そこでV3が意識を覚醒させる。そうだ、今だ、今しかない。

バッファローは強い。しかし『アレ』ならば、確実に撃退することができる。V3はそう考えていた。

しかしデメリットもある。V3にとっての奥の手、逆に言えば向こうにも何か手があるかもしれない。

当たればいいが、外れれば余計に不利になる。

しかも事前に少しだけ『チャージ』がいる。確実に当てるためにはどうすればいい?

 

 

「………」

 

 

V3は飛んだ。横にいた、茂男のもとへ。

 

 

「茂男、一旦下に行く。オレに捕まれ」

 

「う、うんっ!」

 

 

V3は頷き、茂男を抱きかかえる。

 

 

「……許せ」

 

「へ?」

 

 

V3はそのまま茂男を思い切り投げ飛ばす。

場所はバッファローのもと。何を仕掛けるつもりなのか? 突如飛来してきた少年を警戒しつつ、バッファローはとりあえず茂男を叩き落す。

 

 

「ボヘッッ!」

 

 

茂男、地面に激突。

バッファローは足で思い切り茂男を踏みつけた。

ベキベキと骨が砕ける音。バッファローは茂男を蹴り飛ばす。

それでいい。その隙にV3はチャージを完了させた。

 

 

「離れろ! 部賀!」

 

「おう! ヒャハハハハ!」

 

 

部賀は楽しそうに走り、V3の傍に。

一方でV3はダブルタイフーンにチャージしたエネルギーを一気に解放した。ベルトから凄まじいハリケーンが巻き起こる。

それはまさに『逆ダブルタイフーン』。バッファローの巨体は簡単に持ち上がり、あっという間に空に消えていった。

 

 

「………」

 

 

V3は変身を解除すると、茂男の傍にやってくる。

茂男はゼヒュゼヒュと息を零し、血を吐き出していた。

 

 

「ど、どうじで……! なんで――ッッ!?」

 

 

目を見開く。どうして? なんで? そればかりが頭の中でぐるぐるぐるぐる。

 

 

「悪い。時間が必要だったんだ。だから盾になってもらった」

 

「ご、ごぶ――ッ! 酷ずぎるッ、ぜっだいにゆるざない――ッ!」

 

 

激しい憎悪が茂男にはあった。

 

 

「裏切りもの゛! 呪いごろじでやる――ッ!」

 

 

それを聞いて志亞は呆れたような表情を浮かべた。そして舌打ちを零す。

 

 

「裏切り? 違う。オレは最初からお前の仲間なんかじゃない」

 

「!?」

 

「ちょっと考えれば分かるだろ。お前みたいな不細工なオタク野郎はカースト最下位。オレはほら……、かっこいいし。住んでるところが違うというか」

 

 

茂男は血走った目を見開き、震える。

一方で震えていたのは志亞も同じだった。

 

 

「甘えるなッ! 甘えてんじゃねぇよ! オレがお前を盾にする前に、助けてあげたくなる人間になっとけよ!」

 

「ッ!」

 

「お前は何か努力したのか? 周りからダッセェって言われて髪を切る場所変えたのか? 冴えないおっさんみたいにしてくれるママのカットはいつ卒業するつもりだったんだ? 意味不明な英語が書かれたTシャツはいつ脱ぐつもりだったんだ? 周りが明らかに引いてるのに休み時間にカードゲームをやるところとか、周りのことを一切考えずにベラベラ大声で喋るオタクが見るアニメの話題はいつ終わらせるつもりだったんだ!? 少しは隠せよクズ野郎ッ!」

 

 

だからいじめられるんだよお前みたいなヤツは。

何の努力もしないで、誰かに好きになってもらおうとか、ふざけるのもいい加減にしろよ! 終わってんだよ、とっくにお前の人生なんざ。

あとオレはあれも最高に嫌いだったね。特撮だのアニメだの見てるのはあの有名人もいるとか、世界じゃヒーローものはメジャーであってなんたらかんたら。

 

糞ダサいんだよ。

いちいち言い訳を用意しないと好きなもの一つ愛せないのか?

だからお前の周りには誰もいないんだよ。

当然だよな、言い訳の道具じゃないんだよ、人間っていうのは。

 

呪い殺す? お前まだそんなこと言ってんのか?

そういうところだって言ってるんだよオレは。

お前は向こうでまだ続きがあると思ってる。天国? 地獄? 無いんだよ、続きなんて。

 

 

「だからみんな、この世界を精一杯生きてる」

 

「―――」

 

「最期に一個学べ。両親以外に愛されないと、生まれてきた意味なんてねぇんだよ」

 

 

志亞は踵を返した。

茂男はもう喋ることができなかった。いろいろと大切な臓器が破壊され、意識は遠のいていく。

茂男は空に手を伸ばした。伸びてはなかったかもしれないが、誰かが掴んでくれると思ったから伸ばした。

ママ。今日はハンバーグだ。

ママの作った、大好きなハンバーグ。

おかわりをしよう。そう思いながら茂男は死んでいった。

 

 

「地球のゴミが一個減っただけだ。気にすんな」

 

「ああ」

 

「吸うか?」

 

「いらん」

 

「そうか。じゃあ俺は吸うわ」

 

 

部賀はタバコをふかし、座る。

志亞も隣に座った。

 

 

「面白かったよな。へへ、見ろよ、みんな慌ててら」

 

「………」

 

「羨ましいぜ。なんだよアレ、俺もなんかしたら変身できるの? 紹介してくれよ」

 

「いや、お前じゃ無理だ」

 

「ああそう。そりゃ残念」

 

 

部賀は立ち上がると、屋上に開いた穴を覗き、下を見る。

楽しそうに笑い、戻ってきた。

 

 

「村松の野郎死んでたぜ。めっちゃラッキーだよな。ふふふ!」

 

「楽しそうだな」

 

「ああ。最高に楽しいね。こんなに興奮する日はないぜ。お前は?」

 

「全く」

 

「ああ、だろうな。そう思ってた。お前を初めてみた時からずっと思ってた。お前は俺と一緒だ。俺に似てる。いつも、つまらなさそうにしてる」

 

「………」

 

「何につまらないかも分からない。何が面白いのかも分からない。楽しいことの正体が分からない。ただダラダラ続いていく時間があって。正体不明のイライラだけはずっと胸にある。今もあるんだろ。通りすがりの人間ブチ殺したいとか? 逆もあるか。なんか死にたくないけど死にたくなるとか」

 

「くだらないことが多いんだ。だからイラついてる」

 

「何がいいんだよじゃあ。お前アレだろ? 女殴ってんだろ? アイツ死んだんだぜ。自殺した。ウケるよな。メンヘラお疲れ様ですって感じ」

 

「勝手に死んでろって感じだ。オレには関係ない」

 

「そりゃそうだ。俺だって理解できねぇ。恋愛なんかで死ぬなんてマジで理解できねぇ。どうなってたんだろうな、アイツの脳みそは……。でもまあ、オレも何かのために死ねるくらいのめり込むものは欲しかった。あるんだよ、きっと、今やるべきことが。今しかできないことが。今だけしかやれないことがあるんだよ! 茂男を皆でいじめるのはまあまあ楽しかったよな。ケンたちと一緒に、アイツをどれだけ苦しめられるのか? どれだけバリエーション豊かに攻撃できるのか。それはまあまあクリエイティブな毎日だったと思うよ。俺達のかけがえの無い青春だ」

 

「クソだな」

 

「いいんだよ。クソみたいなことするのが若い俺らの役割だ。いつかみんな大人になってく。まあいいじゃねぇか、昔はいろいろやってたけど、今はちゃんとしてますって更正エピソードできるんだから。みんな若気の至りですませてくれる。どいつもこいつもそういう経験あるからな。人生なんて死ぬまでの暇つぶしだろ。回っていくんだよ、うまく、俺たちみたいなわんぱく小僧たちのおかげで。憎まれっ子なんたらかんたらだ。悪い、ちゃんと覚えてない。俺この前の国語のテスト7点だったから」

 

 

部賀はタバコを投げ捨てて立ち上がる。柵にもたれかかり、遠くを見た。

 

 

「お前だってあるだろ。なんか一個くらいは」

 

「………」

 

「珠菜ちゃん? だっけか? それだよ。あんなテンションのお前、はじめて見たわ」

 

「そうだ! 彼女が――」

 

 

志亞は立ち上がるが、固まる。拒絶された手前……。

 

 

「それだよ志亞! こんなことしてる場合じゃねーんだろ! 早く行ってやれよカス野郎! 時間は今も流れてくぞ! 俺はだんだんまたイラついていく!」

 

 

部賀は苛立ちから柵を蹴り壊す。

志亞が羨ましい。かっこよく戦えて、かっこよく死ねれば部賀はそれでいいのに。

 

 

「なあ。なあ志亞! きっとその珠菜ちゃんを救えるヤツはお前だけじゃねぇんだろ? 分かるぜ。分かるよ。だからお前はココに帰ってきたんだ」

 

 

でも――、と。

 

 

「でもこの広い世界。お前と彼女、その二つを同時に救えるのは、お前だけだ」

 

 

志亞は目を見開いた。

そうか。そうなのか。そうなのかもしれない。

いや、そうなのだ。

痴呆入った父の何の生産性もない話を聞き続け、クソを漏らした父を見た日。

部屋の隅で34歳の声優が吹き込んだ小学五年生――、という設定のキャラクターが嬌声をあげるCDを聞きながら逃げるように自慰に耽った夜も。

愛が消えていくさまを、偽りの愛で埋めようとした虚空の日々も。

全ては今、この日、この時のためにあったのか。

 

 

「たまにはマシなこと言うな、お前」

 

「なんだよ、たまにはって」

 

「ありがとう。部賀」

 

「……どこに行くんだ?」

 

「水野町だ。決着をつけてくる」

 

「ああ。死ぬなよ」

 

 

そこじゃない。そこでは駄目だ。

もっとふさわしい死が、お前にはきっと待っている。

 

 

「フッ」

 

 

志亞は屋上から飛び降りた。

着地地点にはハリケーンが待ち構えている。シートの上に飛び乗ると、アクセルグリップを捻り、悲鳴がこだまする学校を後にした。

部賀は自分も飛び降りようと思った。しかし彼は人間だ。きっと死ぬ。

だから立ち止まった。

 

 

「まだだ、まだここじゃない。俺も。俺は」

 

 

言い聞かせるように呟いた。たぶん、一生言い続ける。

 

 

病気のことはよく分からないので、異常なのか正常なのか分からない。

けれども現実として、父の容態は酷いものになっていた。

顔を見せると、うつろな瞳で頭を下げられた。隣町のシゲさんだと思っていたらしい。志亞は父に挨拶を言った。

 

 

「今までありがとうございました。それでは、さようなら」

 

 

家に帰り、小さな女の子がセックスをしているマンガをスズランテープで纏めて、近くの空き地で燃やした。

炭を蹴って散らすと、志亞はバイクを発進させた。

 

はじめから本物など、どこにも無かった。

しかし全てが偽りだとも思わない。あの日、あの瞬間、きっとどこかにずっと探していたものがあったはずだ。

 

何か、特別なエピソードがあるわけじゃない。

むしろそれはとても大きな嫌悪感の上になりたっているのかもしれない。

地球に住む人間が全て、彼女も含めて嫌悪するものだったのかもしれない。

けれどそこにはきっと……、志亞が求めたものがある。

そうだ。その道を選んだ。このタイムラグは大丈夫だ。なぜならば彼女は分かってくれている。世界は分かってくれている。我々の役目というものを。

 

 

「変ッ! 身――ッ!」

 

 

志亞は跨っていたシートから立ちあがり、発進したままで腕をハンドルから離し、横へ伸ばした。

そのまま腕を大きく旋回させる。少しでもバランスを崩せば転倒するが、志亞にその心配は全くなかった。

 

 

(オレが倒れるのはココではない)

 

 

その漠然とした覚悟がある。

両腕を右へ伸ばした。そのまま大きく旋回させて左上にやって来たところで止める。

右腕を腰へ引いた。そしてすぐにまた左上に伸ばし、左腕は腰に構える。

 

 

「ブイッ! スリャァアアアアアアアアアアアア!」

 

 

丁度、三時間。

V3はハリケーンを飛ばし、水野町に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

『誰だって! 七あり谷ありーっ!』

 

 

話題の芸能人のルーツを虹にみたてて、その七つを解き明かすバラエティ番組だ。

ロケに出ていたのは話題のバイプレイヤー、佐々木道夫。苦節30年、名わき役はいかにして生まれたのか。それを徹底追及しようと。

今、佐々木とスタッフ達はオーマル食堂にやって来ていた。なんでも佐々木が下積み時代に通っていた思い出メシがここにはあるらしい。

食堂に入ると、優しそうなおじいとおばあが出迎えてくれる。

佐々木は二人と抱き合うと席についた。そうすると。おばあが注文を聞きにきてくれる。

 

 

「カレービーフチャーハン、ひとつ!」

 

「へぇ、カレーチャーハンって珍しいですね」

 

「でしょー? いやー、もう金ない時は、ここのチャーハンばっか食って!」

 

 

なごやかな笑いが場を包む。しかしおばあは不動である。

 

 

「どうしたの、ばあちゃん?」

 

「いや、あの、ウチ、そのメニューやってないですね」

 

「えーッ! もうやめちゃったんだ? うわショックだなぁ!」

 

「いえ! いえっ、あの最初からそういうメニューはないですね……」

 

「あ、カレーポークチャーハンか!」

 

「あの……、それも、ないです」

 

「あれ? じゃあチキンだっけ?」

 

「も、ないです。チャーハン自体やってないです……」

 

「え……? あれ? あ、そっか。ここはあれだ! ラーメンだ!」

 

「やってないです」

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

「……さ、サインあったよな! 俺のほら!」

 

「え? いや、無いと、思います」

 

「いやいやいや! いやッ! あははは! たちの悪い冗談だな! ほら、十年前毎日きてたじゃん!」

 

「お店ができたのは七年前です」

 

「………」

 

「っていうか、アンタ誰やね?」

 

 

えーっと、誰? 誰って、誰ってこと、です、か。

分かりました。えー、じゃあ皆さん。すいません。いっこ、いいっすか?

いい? いい? いい。あっす。じゃあ、あのぉ、失礼して。

 

 

「お目を拝借」

 

 

 自 分 ガ イ ジ い い っ す か ?

 

 

「ゴーウオンナウパンチ」

 

 

佐々木はおばあを殴り飛ばすと、厨房へと走り、おじいの顔を掴んで熱々の油の中に入れる。

スタッフ達の悲鳴が聞こえる中、佐々木はマネージャーやカメラマンを突き飛ばして店の外に出た。

 

 

「このお店なんやねん! どこやねんさ!!」

 

 

分からないことばかり。

でも一つだけ分かることがあるのなら、それはつまりなしてなんでどして――ッ!

 

 

「俺はッ! セイクリッドスパークオブガイジッッ! セヤアアアアアアアアア!!」

 

 

俳優が暴れていた。

立木が、逮捕された佐々木の取調べを任されるが、てんで話しにならない。

しかし今回、佐々木が既婚者であったことから、妻に話を聞くことができた。とてもじゃないが、暴力を振るう人間ではなかったと。

その中で、非常に興味深い話も聞くことができた。

 

 

「パチンコ行ってから少し、おかしくなったと思います」

 

 

以前からの捜査、立木の予想は確信に変わる。

間違いない、ガイジたちには唯一共通点があった。それは皆、パチンコに行ったことがあるという点だ。

そこは何となく立木も気づいていた。

しかし今まで確信に至れなかったのは、パチンコに行ったことがある人間が皆ガイジにはなっていないという点だ。

つまりさらに何かもう一つ、今までのガイジたちだけにしかない点があるということ。

立木は店内にあるカメラの映像を注意深く凝視、佐々木のパチンコ仲間からも話を聞いて、ひとつの真実にたどりついた。

つまり佐々木は、ある台を打った直後、変になっていったと。

 

 

『そういえばアイツ――』

 

 

立木の頭に否妻が走る。確信があった。

そういえば虚栄のプラナリアが終わったすぐ後に、おかしな死体が見つかったのを覚えている。

場所はパチンコ店。死んだのは、仮面ライダーが好きな青年。

 

立木はその時の映像を調べる。

店内で死んだのだから、犯人は店内、あるいは店から出て行ったに違いない。

しかし全ての人間を調べたが、犯人と思わしき人間は見つからなかった。

そう――、人間は。

 

 

「犬がやけに鳴いてるわね」

 

 

マリリンが当時の店の外の映像を指摘する。確かにやたらと犬が鳴いていた。

そこに当時は存在していなかったマリリンの発明品、『解像度アップくん』を使用してみる。

すると、立木は気づいた。一瞬、ほんの一瞬、何かが窓に映っていたのを。それを見たとき、隼世は腰を抜かした。

そうか。そうだったのか。前回のアマダムを見逃したように、今回もまた一つ『知らない事実』があったのだということを。

 

 

「ヤツが――、黒幕ッ!」

 

 

そして別のカメラが、その男を捉えていた。

隼世はすぐに部屋を飛び出して携帯を取り出す。

 

 

「岳葉! 敬喜! 聞こえるか! え? ああ、山路もいる? 分かった。みんな聞いてくれ! 敵の正体が分かった!」

 

 

 

 



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第12話 絶影のバルドクロス


2号は黒マスクが好きの好きの好き。
ただなんかちょっと黒だけってみなされるのも嫌なんですよね。
黒なんだけど、一応新緑っていうことにしておいてほしい。

いやまあ、だから緑は入れなくてもいいっていうか。
要するにメガマックスの2号でいいんですけど。

どうです? めんどくさいでしょう?
やなオタクだよあたしは(´・ω・)


 

 

隼世は階段を駆け下りながら事情を説明する。

向こうで驚きの声を受けながら隼世は、警察署を出た。

 

 

「!」

 

 

そして、止まった。

 

 

「剣崎――ッ、一真……!」

 

 

黒いスーツにサングラス、剣崎が立っていた。

人間、一人立っているだけだ。なのに全ての道が埋まっているような感覚だった。

凄まじいプレッシャー。黒い壁が隼世を押しつぶそうとしている。息が止まりそうだ。隼世は真っ青になり、一歩後ろに下がる。

 

 

「市原隼世くん!!」

 

 

そこで、後ろから声が聞こえた。

隼世はそこで踏みとどまった。

振り返ろうとして、やめた。それよりも早く言葉が届いたからだ。

 

 

「信じた道を進んで!」

 

 

ルミの言葉が、ありがとうと言ってくれた少女達を映し出す。

剣崎がブレイバックルを装備したとき、隼世は――、前に出た。剣崎が何を伝えたかったのか。今ならば少しは分かる気がする。

彼はきっと本当にこの世界を終わらせようと思っていた。けれどもその中に一つだけ、優しさと自由を残した。

 

ライダーになるということは、剣崎と肩を並べるということ。

ましてや世界を守れるだけの力を獲得するということだ。

剣崎が滅びを齎すなら、全力で止めればいい。

 

憧れと崇拝は違う。ライダーとして剣崎が間違っていると思ったら止める。

それが対等なる関係、仮面ライダーに選ばれたものの選択肢ということだ。

しかれども、あえて、隼世は叫ぶ。叫ぼうと思った。

 

 

「仮面ライダーに憧れてッ! 何が悪い!!」

 

 

剣崎は少し眉を動かした。

 

 

「正義を信じて! 何がいけないッッ!!」

 

 

いろんな人間がいる。きっとそれは仮面ライダーだってそうに違いない。

仮面ライダーを愛している人たちだってそうだ。

隼世だって昔、SNSでいろんな意見を見て、いろいろなものがあやふやになった。

 

でも違う。考えてみて思ったし、分かった。

自分が好きだった『仮面ライダー』とは――、苦しんでいる人たちを決して見捨てない。

助けてと言った人がいたら、絶対に助ける。

 

 

「簡単に手に入るものなら、憧れるものか!」

 

 

そして今、人々の平和を脅かすものがいるのなら、何としても止める。

 

 

「剣崎一真! 少なくとも今日だけはッ! 僕は貴方を超えるッ!」

 

「――ッ」

 

「お見せしようッ! 仮面ライダー!」

 

 

腕を右横へ伸ばす。ピキィーン! と音がした。

さらに隼世はボタンを外し、ジャケットを大きく広げて腰にあるベルトを見せ付けた。

そして両腕を真上に伸ばすと、そのまま振り下ろすように左へ。

グララランと音がして、肘を曲げる。2号のポーズを取った。

 

 

「変身!」

 

 

シャッターが開き、隼世は空へ飛び上がった。

 

 

「トォーッッ!」

 

 

ベルトから巨大な十字架(クロス)が生まれる。

赤、黄色、青のスパーク。仮面はほとんど黒に近い緑に、そしてグローブは真っ赤に。

仮面ライダー2号。着地したところにはサイクロンが。

剣崎は無言だった。無言でオーロラの中に消えていく。2号はアクセルを全開にしてサイクロンを発進させる。

灰色の壁を、疾走するマシンが打ち砕いた。

 

 

「お前にとって、その姿はなんだ?」

 

 

灰色の破片の中、ブレイドの幻影が言った。

 

 

「決して消えない、傷痕(プライド)だ!」

 

 

破片が消えていった。2号はそこで急ブレーキ。

おっといけない。忘れるところだった。振り返る。

ルミが追いかけてきていた。

 

 

「行ってきます」

 

「うんっ! 行ってらっしゃい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んっ、ん……』

 

 

涼霧はゆっくりと目を覚ました。

起きたら、男になっている。ジワリと広がっていく喜び。

しかしなにやら感覚が遠い。声を出したら、ゴポリと音がした。

水の中にいる? いや呼吸はできているから、これはまだ夢なのか?

 

 

「目覚めたか」

 

『あ……』

 

 

良神院長がいた。

 

 

「寝起きに一発、栗まんじゅう!!」

 

『流石に今は……』

 

「そうか。ではワシが……」

 

 

シャブっと噛み付く。

一方でゴポリと音がした。なんだか視界が緑掛かった靄で覆われているようだ。

そこで目を細める。なんだか、あれは、普通の栗まんじゅうじゃないような……。

 

 

「ってこれクリトリスやないかい!!」

 

 

良神は大きく振りかぶって涼霧のクリトリスを投げた。

ベチョリと音がして、切り取られたクリトリスは肉塊にぶつかる。

そこで良神は部屋のライトをつけた。良神の白衣は血まみれで、大きな手術台の上には両手両足が切り取られた胴体があった。

 

全身の皮がはがされ、一部の肉体が抉り取られている。

これが、涼霧の胴体である。

涼霧は『頭部』だけになっており、液体が満ちたカプセル(サイズは大きめの水槽くらい)の中に入れられていた。頭の上が切り取られて脳みそがむき出しになっている。そこになにやら線がつながれ、それがなにやら大きな機械に繋がっている。

 

 

『あ、あの、手術……、オレ、あの、オレ――』

 

「ああ。手術はこの通り上手くいったわい。お前の身体はもうワシらのものじゃ」

 

『―――』

 

「男どころか、お前はもう人間にも戻れない。これ、ほれ、お前の子宮、取り除いたんじゃ。乳首も二つとも切断したから」

 

 

良神は涼霧の乳首を両方の鼻の穴につめると、フンッ! と息を強く吐いた。

ポン! と、鼻から乳首が発射され、床に落ちる。

 

 

「まあ少なくとももう女ではないわな。それで妥協してくれ」

 

 

そして良神は両手を斜め上に伸ばす。

 

 

「人生とっても、楽しいY!!」

 

 

涼霧はそこで初めて、自分が『死んだ』のだと気づいた。

 

 

「アァアアアアアアアアアアアアアアアア! ウアァァアァアアアア! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

発狂。

まさにその言葉が正しい。頭だけの涼霧は声をカプセルにあるスピーカーから発生させている。

一方で良神は笑う。

 

 

「ムカデ人間っちゅう映画があった。とんだクソ映画ではあったが、ワシはそれを見たときに衝撃を受けた」

 

 

なんというクリエイティブな発想か。

今まで人をどうにかこうにかして治そうとしていた良神には、青天の霹靂であった。

 

 

「人間のケツ――ッ、肛門と口を繋げてしまおうなんてッ、どういうモン食うとったら思いつくんじゃ……!」

 

 

悔しかった。こんな想像力に富んだ人間が存在しているという事実に嫉妬した。

その時、強く思った。自分もあんな風に人に衝撃を与えるものを作りたい。

衝撃を与える人、つまりショッカー……。

ああいや違う違う。そんなんじゃ駄目だ。もっと超えるッ、そういうの。なにか、一つあるとすればそれは――ッ!

 

 

「神」

 

 

その時、良神は気づいた。

そうか。そうだ。神という文字が自分にはある。これは一つの運命に違いない。

だから良神クリニックの地下に、自分だけの王国を作った。

 

 

「それが、GOD(ゴッド)なのじゃ」

 

 

特定の患者を使って、作品を作った。

幸いに、その『技術』があった。最初は使い方がイマイチ分からなかったが徐々に慣れてきて、より作品の幅が広がった。

 

 

「剃刀人手あたりはまだ甘さも目立ったが、亀頭バズーカー辺りからは割りと自信作が続いたんじゃ。って、聞こえとらんか」

 

 

涼霧はショックからか、白目をむいて気絶している。

 

 

「牛松」

 

「はいッ!」

 

 

手術室に入ってきた牛松、その両腕はしっかりと癒合されている。

豪腕で涼霧のボディを持ち上げると、後ろにもっていく。

そこにはベッドに仰向けで寝ている全裸の珠菜がいた。

ベッドが起き上がり、足裏が地面を向くように――、つまり珠菜が立つような姿勢になる。牛松は涼霧の肉体を珠菜の向かい側にある機械にセットした。

 

 

「よし、巳里くん」

 

「了解ですわ」

 

 

巳里がスイッチを押すと、涼霧の肉体が珠菜のほうへ移動し、密着する。

空ろな表情を浮かべている珠菜は、ゆっくりと腕を涼霧の肉体の背中にまわし、抱きしめる格好になった。

丁度、珠菜の胸と涼霧の胸が密着する形になる。すると正面だけでなく、背後や左右にも『肉』が迫り、珠菜に密着する。

歪なる合体。珠菜の身体を、死体が包んでいく。

まさにそれは、死体のミルフィーユ。

 

 

「これで、十面鬼が完成する」

 

 

部屋の隅にはケースがあり、そこには人間の頭部が飾られていた。

トンボくんの顔もあるし、他の人の顔もある。

それは選ばれた美形ということなので、どうか誇りに思って欲しい。

 

美の連鎖。

くっつけることで芸術的ポイントが高まっていくのだ。

分かるだろうか? 学のない諸君にも、この美しさが。

涼霧は肉体だけでいい。なぜならば珠菜の顔を入れると、数が合わない。

十面鬼、顔は十個。肉はどれだけくっつけてもいいが、顔は十個だけじゃないと歪になってしまう。

珠菜は肉に包まれるため、顔も見えなくなるが、それがまたポイントなんじゃ。

十面鬼、おいおい回りにある顔は九個だぞ。ばかもん! 中にもう一つ!

――的なね!

 

 

「楽しみじゃな。のう? 路希」

 

「……うん」

 

 

良神に肩を叩かれ、路希は微笑んだ。

今日も彼は室内だがフードを被り、マスクで口を隠し、サングラスをしている。

するとまた部屋に誰かが入ってきた。白衣を着た真白だ。

 

 

「院長。こちらにライダーが向かっているようです」

 

「ふむ。やれやれ……、脅しは効かんか。ならば仕方あるまい。頼むぞ真白くん、巳里くん、牛松」

 

「ハッ!」「了解ですわ」「ようし! 僕の筋肉の出番だ!」

 

 

並び立つ三人。すると変化は一瞬で起こった。

白衣を着ていたはずなのに、一瞬でレザーを基調にしたスーツに変わる。

真白は背中にパネルがついたものに。巳里はシースルーのドレス。牛松はグレネードランチャーがついたバックパックを背負った衣装に。

そして真白はアルマジロ、巳里は蛇、牛松はバッファローのマスクを被る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

V3は隼世からのメッセージを確認し、良神クリニックの扉を蹴り破った。

今日は臨時休診ということになっているが、そんなのは関係ない。城をイメージした病院、中にいるのは当然『ナイト』だ。

広い広いエントランスホール。シャンデリアが照らすのは、偉大なるレジェンドライダー、火野(ぴの)映司(えいじ)

 

 

「やあ、来たね」

 

「………」

 

 

映司の肩には、ずっと探していた相棒、アンクが乗っていた。

 

 

「おゥ、映司! 気をつけろ、アイツ相当やべぇぞ」

 

 

映司は立ち上がるとダブルドライバーを装着する。

 

 

「やるしかないってか。アンク、メダル!」

 

「………」

 

「変身ッ!」「タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ! タトバタトバ!」

 

 

映司はオーズに変身するとアンクを肩に乗せて走り出す。

するとその顔面に拳が叩き込まれた。よろけたところを蹴られ、真横に吹っ飛んでいく。

棚に直撃したらば、上にあった花瓶を巻き込んで倒れた。

オーズはすぐに起き上がろうとするが、視界がフラついてうまく立てない。

生まれたての小鹿みたいにプルプル震えて、やがて肘が崩れて地面に顎を打ち付ける。

痛みと衝撃で気が緩んだのか、お尻から音がした。

 

 

ブッ!

 

 

「え? ダサ……」

 

 

オーズ、放屁。V3が思わず零した声に、羞恥と怒りがこみ上げる。

 

 

「殺す――ッ!」

 

 

オーズは気合で体を起こすと、後ろへ走る。

そしてバッグから強化アイテムを取り出した。缶を思い切りシェイクし、プルタブを開ける。プシューっと音がして、液体が勢いよく噴出される。

 

 

「タカトラバッタスパークリング! イェイイェェエエエエエエエイ!!」

 

 

強化フォームとなってメダジャリバーで切りかかるが、V3はヒョイっと剣を交わすと、オーズの腹部に膝を入れた。

呼吸が止まる。中腰で固まるオーズの頭部を、V3は思い切り叩いた。

 

 

「んブッ!」

 

 

頭を叩かれた衝撃からか、鼻からブボッっと鼻水が飛び出してきた。

怯んでいると、蹴り飛ばされる。オーズは地面を転がり、呼吸を荒げる。

 

 

「アンクやばい! コイツ強いッ!」

 

 

ならば仕方ないとアンクが叫んだ。

オエージ、アレを使え。オーズは戦慄する。

確かにV3を止めるにはアレしかない。しかしアレは暴走の危険性を孕んでいる代物だ。簡単に使えるものではない。

 

 

「言ってる場合かよ! ホラッ! 使えッ!」

 

 

やむをえないのか。オーズは立ち上がると、アンクから受け取ったコインをダブルドライバーへ装填していく。

 

 

「トリケラ! プテラ! ティラノ!」「プットティラーノ! サウル――」

 

 

V3のフックがオーズの頬骨を粉砕する。

そのまま投げ飛ばされ、オーズは壁を粉砕して崩れ落ちた。

 

 

「もう意味わかんねぇ。死んどけよ……、マジで!」

 

 

怒る。すると奥からゾロゾロと人が出てきた。

 

 

「はじめまして! イモータルガイジです!」

 

「現れたなライダー! リスペクトガイジが相手だ!」

 

「カルボナーラガイジ、緩やかな死を」

 

「僕はカイジ! ンンンンン!」

 

「コントローラガイジです」

 

「クリアファイルガイジ! オイラとスパークしようぜ!」

 

「許せねぇ! ネバーエンディングガイジが悪意を砕く!」

 

「ハマジ」

 

 

老若男女、V3は殴り、殴り、殴り飛ばす。

なんの感情も湧かなかった。こいつ等は全部、タチの悪い冗談だ。存在が滑ってる。冷めたV3の心には欠片も響かないし、どうでもいい。

今もなお、V3は萎えていくばかりだ。

 

 

「!」

 

 

階段を上がろうと思っていたところ、フラつくガイジたちをかき分け、誰かが走ってきた。

ブレードアルマジロだ。彼は飛び上がり、体を丸めて背中の電磁プレートを発光させる。

V3はすばやくバリアを発動。防御力を跳ね上げるが、回転前宙はそれを簡単に粉砕してみせる。

V3が後退していくなか、着地するアルマジロ。

 

 

「やあ。来たんだね」

 

「ああ」

 

「何をしに来たの? 実力は分かってるでしょ? 死んじゃうよ?」

 

「それでいい」

 

「え?」

 

 

聞き間違いではなかった。V3はまっすぐにアルマジロを睨んだ。

 

 

「それでいい」

 

 

仮面を被っているから、表情は分からないけれど。

それを聞くと、アルマジロは唸る。そしてプレートから一本、電磁ナイフを取り出した。超音波により、刃が激しく振動する。

アルマジロは走り、ナイフを思い切り突き出した。狙うのは心臓だ。しかしV3はそれを回避してアルマジロの腕を掴む。

 

 

「死にたいくせに」

 

 

アルマジロは跳ねた。足でV3の首を挟むと、一瞬で倒して見せる。

しかしV3のマフラーが大きく羽ばたき、倒れたまま高速旋回を行う。

視界がグルリと回り、アルマジロが怯んだ。

 

V3は拘束を抜け出すと、立ち上がり、アルマジロを殴った。

しかしアルマジロもまた反応し、背中を向けていた。V3の拳を電磁プレートで受け止め、放電によるカウンターを行う。

 

V3が怯んでいるところにハイキック。

V3が地面に倒れると、前のめりになってナイフを突き刺そうとする。

 

 

「!」

 

 

そこで激しい怪音波。ブイスリーホッパーから放たれる音波、スクランブルホッパーがアルマジロの脳を揺らす。

 

 

「ぐっ!」

 

 

アルマジロは頭を抑えて後退していく。一応、ナイフを投擲してみるが、力が入らないため、簡単に回し蹴りで弾き落とされた。

だがアルマジロがある程度距離を取ったとき、V3の全身から火花があがった。

 

ガトリングパイソンだ。

彼女のマスクには防音装置が施されているため、スクランブルを遮断してみせた。

V3が怯んでいると、爆発が巻き起こる。

グレネードバッファローの弾丸を身に受けてしまったのだ。煙をあげて固まっていると、ショルダータックルで吹き飛ばされた。

入り口の扉を破壊し、V3は転がっていく。

 

 

「牛松さん。後、お願い」

 

「分かったよ真白先生!」

 

 

踵を返して歩き出すアルマジロとパイソン。

バッファローはV3にトドメを刺そうと歩き出す。

 

 

「ん?」

 

 

外に出たバッファローは固まった。

それは随分と不思議な光景であった。なにやら人数が増えている。

サイクロンに跨って並んでいる1号と2号、さらにそのサイクロンに足を乗せて立っているV3。

 

V3は1号と2号の肩に手を置いた。

そこで二台のサイクロンが急発進、光のオーラを纏いながらバッファローへ突っ込んでいく。

バッファローは両肩にあるグレネードランチャーをすぐに発射。

二つの弾丸は向かってくるサイクロンに直撃する。が、しかし勢いは全く衰えることなく、逆に加速していくばかり。

1号、2号、V3のベルト風車が激しく回転し、光は尚も強くなる。

それはまさに弾丸へ。

 

 

「ライダートリプルパワー!!」

 

 

2号が叫んだ。バッファローは両腕を広げて真っ向から受け止めようとするが――

 

 

「!!」

 

 

アルマジロが急いで戻ってきた。轟音が聞こえたのだ。

エントランスホールの中央にてバッファローが倒れている。

振り返ると、まっすぐに伸びた中央階段がある。さらにそこから左右に階段が、V字のように分岐した通路。

 

正面から見て左上には1号が立っていた。

左腕を右上にまっすぐ伸ばすと、複眼が赤く光り輝いた。

 

右上には2号が立っている。

右に伸ばした両腕を大きく旋回させ、左に持っていく。両肘を曲げ、左の拳は天を向き、右の拳は左肘の傍に。

ライダーポーズ、2号の複眼が赤く輝く。

 

そして中央のV3。

一度左の掌を、右の拳で叩くと、右手の指でVの文字を作り、左手を右肘へ添える。

緑色の複眼が強く発光する。ライダーパワー、強化であり、鼓舞であり、それは威嚇。

 

 

「志亞」

 

 

2号が口を開く。

 

 

「僕はどんな人間でも好きになろうとした。たとえ少し難がある人でも、理解しようと努力した。でもそれでも、僕はキミが嫌いだ」

 

 

怒りで腸が煮えくり返りそうだ。

強い感情の昂りをテレパシーで拾った。というよりも流れてきた。

志亞が茂男を『使った』ことを。それは隼世にとっては決して許せない行為だ。

はっきり言って殺してやりたいとすら思ったかもしれない。少なくとも志亞に協力するなんて絶対に嫌だと思った。

そういう2号の負を、V3もまたテレパシーを介して知った。

 

交じり合う思考。

ならば2号も分かっただろう。

V3はそれを望んだ。『茂男を犠牲にしてまで生きて、珠菜を助ける』――、その道を選んだ。

 

選んだんだ。珠菜だけのヒーローになることを。

その選択肢を選ぶレバーを引いたこと、決して許されるものではない。

しかし人間は一つが全てではない。

たとえ99が気に食わなかったとしても、無視できない1がある限り、隼世は手を差し伸べることを選んだ。

 

 

「珠菜ちゃんを助ける。それは、ルミちゃんも望んでいることだ」

 

「それでいい。オレもお前らは嫌いだ。特に、お前」

 

 

顎で示す。1号は何も言わなかった。

 

 

「しかし珠菜ちゃんは違う。きっとお前らのことも好きになる。オレはその想いを世に残すべきだと思った」

 

「だが助けても彼女は――」

 

「そうだ。だがそれは、彼女を助けない理由にはならない」

 

 

2号は頷いた。

すると入り口からエックスとアマゾンが入ってくる。

アルマジロも確認する。そして振り返り、改めて2号たちをマジマジと見つめる。

ナイフを抜きながら大きなため息が漏れた。

 

 

「はじめた時から、こんな風になるとは思ってた。まさに今だね」

 

 

アルマジロの言葉を聞いて、2号は思う。

絶影(ぜつえい)。馬の名前ではない。文字通り――、絶対の影だ。

どこへ行こうが、どこに逃げようがピッタリと自分の後をついてくる。

服を着替えても無駄、髪を伸ばしても無駄、顔を変えようが姿を変えようが、自分にくっついてくる。

 

絶対に逃げられない。

どんな光の中でも自分に黒があるのだと教えてくれる。暗いところに逃げたらば、闇が全て自分になる。

直視しなければならない。これが自分だと。誰もが皆、黒い自分がいるのだと。

 

 

「誰もが皆、十字架を背負っている(バルドクロス)から、逃げることができない」

 

 

しかしそれでも――、そうだとしても――ッ!

 

 

「時代がライダーを求めてる!」

 

 

2号が跳んだ。

一回転した後に、アルマジロの前に着地する。拳はすぐに弾かれ、蹴りがとんできた。

しかし2号も左腕で蹴りをガードすると、右のアームハンマーですぐに足を叩く。

 

右と左のワンツー、右は受け止められ、左は弾かれた。

飛んできたナイフを交わすと、2号は腕を掴んで背負い投げを行う。

V3も跳んだ。狙うのは立ち上がったバッファローだ。殴りあう中を走りぬけるエックス、アマゾン、そして1号。

 

 

「残念だよ、ほんと」

 

 

エックスがつぶやいた。もう良質なグッズが買えないこと。

あと、なんだったら、『選ばれなかった』ことも、ちょっと残念。

 

 

「敬喜ちゃん。珠菜ちゃんはどこにいると思う!?」

 

「分かんないや。けれど――」

 

 

このクリニックを知っているからこそ、分かる。

そんな大それた事を行う場所はなかった。ということは、残る場所はひとつしかない。

 

 

「地下だ」

 

 

ライダーの聴覚を駆使すれば、特定は難しくない。

しかし向こうもそれが分かっているのか、ゾロゾロと人影が。

ガイジたちとは違う。ガスマスクをつけた黒尽くめの人間だった。三人はそれをなぎ倒しながら前に進んでいく。

 

ふと、1号は殴り飛ばしたガスマスクの素顔が気になり、マスクを外してみた。

誰だか分からなかった。毛という毛は全部剃られ、両耳が切断され、唇は銀のワイヤーで縫い付けられている。

眼球は真っ白になっており、頭には雑な縫合の痕があった。

 

1号は思い出す。

そういえば年間で2000人ほどが行方不明になっているらしい。世界を入れればもっとか。きっと、彼らはその一部だ。

 

それをエックスもアマゾンも見ていた。

動きが変わる。アマゾンはガスマスクたちを殺し始めた。

1号とエックスはそれを止めなかった。それは優しさだと思ったし、正しいかもしれないと思ったからだ。

けれどもやっぱり正解が分からなくて、必死に前に進んだ。

この先に、答えがあるような気がした。

 

三人は中庭に来た。噴水が止まっていて、位置もズレていた。

ぽっかりと穴が開いていた。階段があった。そこを降りた。長い廊下があった。ガスマスクが五人ほど襲い掛かってきた。

アマゾンが跳んだ。ガスマスクの両肩に着地し、両腕で首を掴む。

 

思い切り上に引っこ抜いた。首が飛んで血が噴水のように飛び出す。

アマゾンは次のガスマスクに跳んだ。着地した。ヒレの刃で脳天を叩き割った。

跳んだ。着地する。ホップ、ステップ、ジャンプ。頭を噛んだ。

血まみれのアマゾンは最後の一人に手を伸ばした。しかしそれは届かない。ガトリングパイソンはアマゾンの腕をバックステップで回避すると、左腕のガトリングを乱射する。

 

アマゾンが倒れ、血の上を滑っていく。

エックスが前に出てライドルを激しく回転させて盾を作った。

とはいえ弾丸は強力だ。衝撃に負けて踏みとどまるのが精一杯だった。まっすぐに伸びた通路というフィールドでは、ガトリングから逃げるのは難しい。

 

 

「僕に考えが」

 

 

アマゾンの提案に乗った。

バイクを生み出し、強引に突破しようという作戦だ。

先頭を行くジャングラー。アマゾンは思い切り身を低くして、向かってくる弾丸を防ぐ。

 

弾丸は当然ジャングラーに当たって押し出そうとするが、その後ろを走るクルーザーとサイクロンが強引にジャングラーを前に出していく。

そうしていると範囲に入った。アマゾンはシートから跳ね、パイソンに掴みかかる。

二人がもみ合っている間に、1号とエックスは奥へ進む。

扉があった。二人が近づくと、自動で開いた。

 

 

「う――ッ!」

 

 

思わず目を背けたくなる場所である。

そこは手術室であり、ラボであり、アトリエだ。

おびただしい量の血が見え、臓器が転がり、人の破片が散らばっている。

 

血まみれのビニールカーテンをかき分けて前に進むと、エックスが思わず立ち止まった。

見知らぬ機械が見える。大きな装置だ。そしてそこから伸びる管をたどっていくと、カプセルの中に入れられた涼霧の頭部を発見する。

 

 

「オェ――ッ!」

 

 

視線を逸らす。

思わず吐きそうになるのをグッと堪えた。すると涼霧はエックスに気づいたのか、空ろな目で笑う。

 

 

『敬喜? 敬喜か? 敬喜だよな? 見て、面白い夢だろ? オレ、首だけになってるんだぜ? でも生きてる? なあ、これは夢だよな?』

 

「………」

 

 

少し離れたところで座っていた良神院長は立ち上がると、機械のスイッチを入れて特別な信号を涼霧の脳に流した。

すると涼霧はゴポゴポと空気を漏らし、強制的に眠りへ落ちる。

 

 

「――ッ涼霧はアンタを信じた! アンタの優しさを信じたんだ! それを何で裏切った!?」

 

 

エックスはライドルを抜いて、剣先を良神に向ける。

 

 

「……誰もが皆、人生の主役になれる。ワシはそれを信じてこの道を歩んできた」

 

 

綺麗になりたい、自分らしい自分になりたい。

誰もが持っている願いだ。だから良神はそれを叶えたかった。

たった一度きりの人生だ、思うように生きてみたいならそうさせるべきだと。

 

 

「だがそれは大きな間違いじゃった。此の世界という物語には、確かに主要人物がいて、弱いものは脇役となる。輝かしい活躍の裏でひっそりと死んだり、利用されて息絶えたりするものなのだと。それがハズレくじを引いたものの末路というものじゃ。言い換えてみればそれが――、運命となる」

 

 

良神はパチンコだけではなく、映画が好きだ。

いろいろな映画を見た。そうするとやはり面白いアクションだと死んでこそ輝くシーンがある。

悪役の存在を示したり、モンスターの恐ろしさを強調したり、決して逆らえぬ自然を強調したり。

 

 

「不平等だとSNSで怒っている人間は、とっくの昔にそこに気づいておったのじゃな。いやはや、夢見る老いぼれよりも……、よほど賢い」

 

 

残念ながら、地球とはそういう星なのである。

薄い壁の向こうに行っただけだ。おいしいエサをあげると招きいれ、その裏で捕食するチョウチンアンコウや、食虫植物と同じになっただけ。

 

 

「優先順位とも言うし、矜持とも言う」

 

「ふざけんなよォオッッ!!」

 

 

そのせいで、涼霧は、架奈たちは――!

エックスはライドルを構えて良神のほうへと走る。

だが銃声。良神が隠し持っていたライフルの弾丸を受けて、エックスは後退していく。

 

 

「キングダム・ダークネス」

 

 

良神は立ち上がり、この地下空間に設置してある機械の名前を告げた。

 

 

「クロスオブファイアが齎した。かつてショッカーが使っていたとされるナノロボット生成や、管理に使用していたマシンの名前じゃ」

 

 

良神は白衣のポケットから注射器を取り出す。なにやら緑色の液体が入っている。

彼はそれを躊躇することなく、己の首に刺した。

液体を注入すると、変化は一瞬で起こる。貧相な肉体がウソのように膨れ上がり、筋肉質なものに変わった。特に上半身だ。白衣がはじけ飛び、肉体が露になる。

 

だがココでエックスたちは息を呑んだ。

皮膚の色が変色し、紫や茶色になる。壊死を起こしているようだ。

一方で頭部も膨れ、髪が一瞬で抜け落ちて、脳の部分が膨れ上がる。耳は尖り、背中からは巨大な翼が生まれた。

 

キングオブモンスター、ドラキュラとフランケンシュタインの融合。

それだけではなく良神が注目したのはその『儚さ』だ。

 

 

「どんなに面白い映画でも、終わりは来る」

 

 

あのスタッフロールを見つめているときの余韻が良神は好きだった。

切なく、虚しく、けれども満足感が心を取り巻いている。

今がまさにそうだった。夢が始まり、夢が終わる。

この美学が仮面ライダーには分かるだろうか?

 

 

「限界を超えた。この変身後、ワシの全身は腐り落ちッ、死に至るだろう!!」

 

 

死に至る病。

しかし気分がいい。気持ちも若々しくなってきた。

良神は亡くなった妻と見た映画を思い出す。そうだ。もうすぐだ。クライマックスが終われば、そちらに行く。

いや――! 違う! 地獄か!!

しかしそれでも、幕だけは下ろさせてくれ――ッ!

 

 

「俺はコウモリフランケン! エックスライダー! 貴様を殺す!!」

 

 

コウモリフランケンは翼を広げてエックスに襲い掛かった。

 

 

「ここはボクが! お兄さんは奥に!」

 

「分かった!」

 

 

1号は走る。そして奥の部屋にたどり着いたとき、珠菜の姿を確認した。

 

 

「――ッ!??!?」

 

 

珠菜は肉の塊に囲まれ、首から上だけが出ている状態だった。

丸い肉塊には、それを囲むように頭が埋め込まれている。その数は九つ、珠菜の顔を合わせると十個ということなのだろう。

 

 

(しかしこれは一体なんなんだ?)

 

 

良神はこのために悪事を重ねてきたのだろうが、これが何を意味するのかはサッパリ分からなかった。

 

 

「箱舟ですよ」『ロック・オン!』

 

「!?」

 

 

1号が右を見ると、壁にもたれかかっていたフードの少年、路希がカッティングブレードを倒した。

頭上からメロン型の鎧が降ってきて展開、仮面ライダー斬月が生まれる。

 

 

「あと少しで……!」

 

 

斬月は無双セイバーを振るい、1号へ斬りかかっていく。

 

 

 

 

 

 

V3はまず二回、バッファローの胸を叩いた。

ラストはキック、腹を蹴って反動で後ろへ跳ぶ。そうすると豪腕を回避することができた。

着地したV3はすぐに冷凍光線を発射。しかしバッファローはそれを真っ向から受けてもビクともしない。一応は薄い氷で覆われたが、それをすぐに破壊して前に出てくる。

 

ならばと次は電撃を撃ってみるが、結果は同じだった。

走ってくるバッファローの勢いは止まらない。

だったらとV3は高速回転を行い、自分を赤い車輪に変えてみる。

突撃だ。しかしバッファローの寸前まで移動したとき、V3は車輪を解除してスライディングに切り替えた。

 

このままならば死ぬ。

そう本能が察知したのだが、間違いではなかったようだ。

地面を滑るV3の上を通り抜ける豪腕。あのラリアットを食らえば、変身していても首の骨を持っていかれるかもしれない。

 

攻撃を受けずに倒すべきだ。

V3は立ち上がると、V字のオーラを纏いながら突撃。しかし直撃はしてみるが、バッファローに効いている様子はなかった。

そうしているとまた腕が飛んでくる。V3はマフラーを羽ばたかせて飛翔。バッファローの周りを高速で飛行する。

 

V3遠心キックだ。

そう思ったとき、V3の体が吹き飛んだ。

どうやら竜巻の中心にいたバッファローがグレネードを握りつぶして爆発を発生させたらしい。

地面を転がっていくV3を見て、その隙にバッファローはグレネードを肩にある砲口へ放り投げていく。

 

 

「………」

 

 

アレしかない。V3は確信していた。

クロスオブファイアは情報を更新していく。それは時間と共に。それは感情と共に。

激しく燃え上がる感情が、たった一つだけ。

 

 

「死ねェエエ!」

 

 

グレネードランチャーが火を噴いた。

V3はそれを真っ向から受け止め、爆発の中に消えていく。

 

 

「やった!」

 

 

バッファローは喜んだ。見よ、あの炎上し、地面に膝をつくV3を。

 

 

「……最期に聞かせてくれ。アンタは誰かを愛していたか?」

 

 

V3が言った。

 

 

「ああ。妊娠中の恋人がいた。妻にもなる人だった」

 

「その為に戦うのか?」

 

「いや、僕が殺したよ。とっても柔らかくて気持ちよかった」

 

「そうか」

 

 

そこでバッファローは気づく。

なにかがおかしい。V3は確かにダメージを受けたようだが、よく見るとベルトの風車が激しく回転している。

するとどうだ。V3を包んでいた炎が、その風車によって吸収されていくではないか。

何か、マズイ気がして、バッファローはさらに弾丸を撃ち込んだ。爆発が炎を生んで、V3はさらにそれを吸収していく。

 

 

「オレは、珠菜ちゃんを愛していた」

 

 

V3・リターン。

炎に包まれたV3は、複眼を光らせて立ち上がった。

ダブルタイフーンが炎を吸収し、熱エネルギーに変換、コントロールしているのだ。

 

炎上している体も今は力に変わっている。

炎の鎧になっているのだ。

おかげで胸部装甲の色がはがれ、スケルトン状態になっている。

 

とはいえあまり時間はない。

吸収循環時間が一定を過ぎると、炎をコントロールできずに炎上、内部装置を巻き込み爆発を起こす。

決着をつけるなら早々に。V3は走り出した。

 

 

「!」

 

 

陽炎を残しながら迫るV3のスピードたるや。

先ほどとはまったく違う。バッファローが反応する前にV3は懐へもぐりこみ、拳を胸に打ち当てた。

すると小規模の爆発が起きて、バッファローの体が後ずさる。

 

 

「うぐ――ッ!」

 

 

思わず痛みと衝撃で声が漏れる。

そんな馬鹿なと、バッファローは納得できずに再びV3へ殴りかかる。

しかしまたも拳が飛んできた。一発、二発、そして体をひねって足を伸ばしてのキック。

それら全てがバッファローのスーツを焦がし、火傷を負わせる。

それだけじゃない。爆発の影響で肉が飛び散った。

バッファローは呻きながら後退していく。

 

 

「ブモォオオオオオオオ! バッファ!!」

 

 

グレネード弾を連射。しかしその中をV3はまったく怯むことなく歩いていく。

炎を全て吸収し、複眼を光らせたV3は一歩、一歩、また一歩と確実にバッファローに近づいていくのだ。

そして一定の距離に来ると、V3が飛び上がった。

 

 

「く、クッソオォォオオオ!」

 

 

両腕を広げて走り出すバッファロー。

飛んできたキックを叩き落とそうと集中する。

 

 

「ハアアアアア……ッッ!」

 

 

V3キック、バッファローは足に触れるが、激しい熱を感じて手を戻してしまった。

そうしていると胸に直撃する一撃。V3はそのまま後ろへ飛んでいき、『反転』を行う。

一方で衝撃でよろけているバッファローにできることなど何もない。そうしているとV3が戻ってきた。

おお、見よ。あの轟々と燃え滾る右足の輝きを。

 

 

「ダアアアアアアアアアア!!」

 

「ウワアアアアアアアアア!!」

 

 

V3、反転火柱キック。

文字通り、足裏が直撃すると同時に炎の柱が生まれた。

バッファローはその中で呻いていたが、やがてすぐに動かなくなり、倒れたまま炭になるのを待つだけになった。

 

 

「オレは珠菜ちゃんを愛していた」

 

 

炎上が収まり、ベルトが廃熱を行っている。

V3は呼吸を荒げながら、バッファローの死体を踏み越えていく。

 

 

「それしか無いんだよ」

 

 

 

 

 

ガトリングパイソンが、その左腕を振り下ろした。

大きなガトリングガンだ。アマゾンは腕をクロスにしてそれを受け止める。

するとパイソンは足裏でアマゾンの腹を蹴ろうと動いた。

 

しかし見ている。

アマゾンは体を横へひねりつつ、その勢いで回し蹴りを。

右足と左足が二発、パイソンの体を打った。

 

よろけている。今ならば追撃がいけるかもしれない。そうは思ったが、そこで銃声がしてアマゾンは焼けるような痛みを覚えた。

パイソンはフラつきながら腰にあったハンドガンを抜いていたのだ。

さらに引き金を引いてアマゾンの足を狙う。

痛みでアマゾンはよろけ、倒れた。そこでガトリングが回転を始める。

無数の銃弾が発射され、アマゾンの肉体から無数の火花が散った。

 

 

「うぐっ! うがっぁあぁあ!」

 

 

死ぬ。死ぬ。アマゾンは叫んだ。

なんとか体を回転させてパイソンから逃げると、そこでジャングラーが間に入ってたてになってくれた。

アマゾンは重い体を何とか起こし、叫ぶ。

 

 

「なぜ協力を!?」

 

「……生まれ変わった。その恩返し」

 

 

ガトリングが止まった。

どうやら牛松とは違い、巳里と真白は理性を保っているらしい。しかしアマゾンにとってはそちらの方がゾッとする話である。

まあ自分が言えた義理ではないが。

 

 

「こんなこと普通じゃないぜ。何人死んだと思ってるんだ? 悪趣味に。や、ま、俺が言えた話でもないけど」

 

「……普通じゃなかったわ。ゴミみたいな人生だった」

 

「?」

 

「妬みも、嫉妬も、憎悪も」

 

 

ブス。何度言われたことか。

本当に可愛い子からも言われた。そうすると何も言い返せない。

両親を何度も責めたことがある。そこに自己嫌悪して。

でも社会に出てもそれは同じだった。ブスだから何を言ってもいい、冷たくしてもいい、セクハラしてもいい。訴えようとしてもブスのくせに何を偉そうにと終わらせられる。

 

 

「何も楽しくなかった。でも今は違う。ウソみたいに楽しくなった!」

 

 

パイソンは思わずマスクを脱ぎ捨てた。もっと自分を見て欲しかった。

確かに今の巳里はとても美しい。可愛くて、でも綺麗で、そして妖艶だ。

チヤホヤされることがこんなに楽しいことだったのか。男性に優しくされることがこんなに気分の良いものだったのか。美しい体で行うセックスとはあんなにも心躍るものだったのかと。

 

 

「その楽しさを、"あの子"にも与えてあげたい。そう思ったんですわ」

 

 

だって良神の技術があれば、彼女の顔を――!!

 

 

「……うらやましいなぁ。楽しいことがあるなんて」

 

 

それは本当に楽しいことなんだろう。

アマゾンは自分の『喜怒哀楽』なんて、全部ウソだと思ってる。

それはとっくの昔に思ってた。犯罪者が苦しんで死ぬことでしか射精ができないってなんじゃそりゃ。しょーもなさすぎて笑ってしまう。

 

でもそれしかないのだから仕方ない。

適応するべきだ。そして自分が正しいと言い続けなければならない。事実、間違っているのは世界のほうだと今でも信じてる。

 

 

「でも何のために生きてるって? 協力するため? それは少しおかしな話だ」

 

 

普通に楽しいことがあるなら、それを優先させるべきだ。

巳里はやっと自分の人生を掴んだのだから尚更ではないか。

 

 

「こんなイカレたことをやって、同じ生活に戻れると思っているなら、あんたは本物のキチガイだ。どの道、終わってる。さっさと病院行け」

 

「……思っていないわ。戻れるなんて。でもね、元から死んでいたも同じ。いい夢を見させてもらったと割り切れる」

 

「……じゃあアンタは死んだままだ」

 

「え?」

 

「匂いは偽れない。あんたの匂いは善も悪もない。虚無の香りなんだ」

 

 

無臭とは少し違う。巳里は自分の行いを正しいとも思っているし、間違っているとも思っている。

犯罪を犯しているつもりはない。だから今までの犯罪者とは違う。

 

 

「生きていないからそんな匂いが出せる」

 

 

巳里は絶句した。

醜かった自分はずっと綺麗に執着していた。

しかしいざ綺麗になったとき、ずっと自分を動かしていた活力が消え、何かが終わってしまった。

だからこんな姿になったのか?

 

 

「そんな――ッ、ウソよ!」

 

「俺はもっと生きてみたい。本当の幸せをもっと感じてみたい」

 

「私の幸せも本当だった!」

 

「ウソだね。本当ならば守りたいはずだ」

 

 

アマゾンは思い出す。

ココに来る前、2号と合流した。

カラスちゃんに出会ったこと、1号と戦ったこと、そして協力すると決めたこと。それを告げると、思い切り2号に殴られた。

 

 

『自分勝手な暴力だ。だがな山路、この意味をどうか理解してくれ。その上で僕に力を貸してくれるというのなら、ついてきてくれ』

 

 

アマゾンは2号の言葉の意味を、今ならば少し理解できる気がした。

きっと彼は本気で生きてきた。だから苦しんだし、だからこそその意味を軽視していた自分を殴ったと。

 

 

「何にも分かってないから俺は殺してきたんだよ。そしてそれはアンタもだ」

 

「ッッッ!」

 

「イカれてるんだよ結局俺たちは! そして自分が病気だから何をしてもいいって考えてる! いいか、よく聞けよ。まともな人間はな! 人を傷つけないように生きてるんだよ。辛いけど、知り合いが間違った道を行ってたら、裏切ってでもそれをやめさせようとするんだよ!!」

 

 

アマゾンは隼世から支給された携帯を取り出した。

 

 

「射精のために殺人とかアホじゃねぇの!? 感謝のためにコスプレしてガトリング撃つとかナメてんの!? 俺たちが本当にやらなくちゃいけなかったのは、真面目に働いて金を稼いで、税金払って! 保険に入って! 法律を守ることだったんだろうが! 結局そこから逃げただけにしか過ぎないんだよ俺たちがやってることは! 幼稚な現実逃避ばっかりだ!!」

 

 

電話をする。ライダー以外の連絡先はたった一人だけ。

 

 

「あ、もしもしカラスちゃん? ごめん、何か励まして。じゃないと俺もう駄目かも」

 

 

巳里は動けなかった。そうしているとカラスちゃんの声が。

 

 

『ご、ごめんなさい。あれから考えたけどね、やっぱりお母さんや妹を殺すのは駄目だと思ったの。そういう意味では1号さんに本当に感謝してる。で、でもね、山路くんが殺してくれるって言ったとき、それはやっぱり凄くうれしかった。私は世界でひとりぼっちじゃないんだ。こんなわたしにも味方してくれる人がいるんだって。それはね、昔も思ったことなの、それは、あの……、ほら、施設のとき――、山路くんが……』

 

 

長いと思ったのか、カラスちゃんは少し考える。

 

 

『山路くんがヒーローって言ったのは、ウソじゃないし、間違ってもなかったよ。だからね、私には分からないかもしれないけど、がんばって』

 

「……うん」

 

『私みたいに苦しんでる人の助けになって。お願い山路くん。そして私のところへ帰ってきてね』

 

 

アマゾンは電話を切って、放り投げた。

あの時、あの言葉、あの女のせいで狂ったんだろう。でもあれが希望でもあった。

 

 

「今、決めた。俺はアンタを殺す」

 

 

クロスオブファイアが燃え上がり、山路に新しい情報と力を与える。

コンドラーが消えた。変わりに山路の手には新しいドライバーがあった。それを腰に押し当て、注射器を差し込む。

 

 

「アマゾン」『n・e・o』

 

 

衝撃波と熱が発生し、パイソンは地面を転がっていく。

一方でアマゾンに鋼の装甲が追加された。無機質な電子音が、武器のロードを告げる。

 

 

「生きるつもりがないなら、俺がアンタの肉を食らって生き延びる」

 

「ふざけ――ッ」

 

 

巳里は立ち上がり、ガトリングを回転させた。

しかしそこで絶叫。彼女は今までの戦いで、アマゾンにはまともな飛び道具がないと思い込んでいた。

でも今は違う。装備したニードルガンから針が発射され、巳里の右目を貫く。

 

痛みから来る混乱。

ガトリングを乱射するが、狙いが悪い。アマゾンはジャングレイダーの影に隠れ、お次はクローをロードした。

フックが発射され、巳里の足をワイヤーが絡め取る。

引き倒された彼女は一瞬でアマゾンのもとへ引き寄せられた。

 

 

「ッッ!!」

 

 

胸に突き刺さる剣。

ソードをロードしたアマゾンは刃を豊満なバストへ沈めていく。

剣を切り離した。アマゾンはベルトを触る。

 

 

『a・m・a・z・o・n・s・l・a・s・h』

 

 

巳里の右腕が飛んだ。左腕もすぐに斬り飛ばされた。

アマゾンは巳里をかき分けた。肋骨を毟り、肺を放り投げた。

気づけばアマゾンは立ち上がっていた。両手で大切そうに抱えていたのは巳里の頭部だ。

本当に美しい。彼女はそれを手に入れただけで、きっと満足してしまった。

彼女の本体はあくまでも醜い巳里だったのだ。顔を変えた瞬間、彼女は死んでしまったのだ。

 

 

「頂きます」

 

 

しかし変わろうと思っていたことは決して駄目なことではない。変わったことはむしろ評価されて然るべきだ。

だから敬意を表し、アマゾンはその美しい顔にキスをする。

 

と言っても、唇を押し当てるのではない。

アマゾンは巳里の唇の周りを噛んだ。そして食いちぎる。皮膚が破れ、肉が千切れ、歯がむき出しになった。

綺麗な歯並びだった。アマゾンはトウモロコシを食べるように、口で歯を毟り取っていく。

 

命を頂戴いたします。

だから私は頂いた命の分まで生きます。

生かされているので、多くの人が喜ぶように生きます。

ありがとう。感謝します。アマゾンはそう思いながら巳里を噛んでいった。

 

 

 

 

 

 

通路は一つだけではなかったようだ。

コウモリフランケンはエックスを掴むと、翼を広げて飛翔。

一気に羽ばたき、一瞬で地上に出た。

 

エックスは中庭に投げ飛ばされる。

すばやく立ち上がるが、敵は空に浮遊していた。

フランケンの背中には大砲が装備されていた。そこから弾丸が発射され、エックスの傍に着弾する。

爆発が起こった。エックスは踏みとどまり、ロングポールで叩き落そうと試みる。

 

しかし大振りの攻撃など当たるはずもない。

フランケンはすぐに飛行して距離を取ると、再び弾丸を発射する。

エックスは地面を転がって回避するが、敵はそれを読んでいた。エックスが回避するだろう位置を予想して、そこへ弾丸を撃っていたのだ。おかげで直撃とはいかなかったが爆風でエックスは吹き飛ばされて地面を転がる。

花が散っていた。草が燃える。エックスは舌打ちを零した。

 

 

「ねえ! なんで! なんでさ!」

 

 

エックスはライドルをロープに変えて投げる。

狙いはいいが、それをフランケンが掴んだ。

 

 

「みんなアンタを信じてた! 助けてほしいと心から願ったから、手を伸ばしたんだ!」

 

 

敬喜は涼霧の苦しみを知っている。理解も多少はできる。

そして良神クリニックを訪ねたのは、そういう人たちだ。

良神はそれを裏切った。変わりたいと思う人たちを、歪に変えて、怪人に変えた。

父は、そんなところに憧れて――ッ!

 

 

「なんでッ! なんでェエエ!!」

 

 

しかし怒り虚しく、フランケンはロープを振るい、エックスを投げ飛ばす。

壁に叩きつけられたエックスを、フランケンは悲しそうな目で見ていた。

 

 

「どうでもよくなったからだよ、そいつらがな。もっと大事なものが俺にはあった」

 

「皆あるよ! 皆あるんだよ! ふざけんなよ――ッ! マジで! アンタは医者だけじゃなくて、人間失格だ!」

 

「人間じゃない? そんなヤツ、沢山いるだろ」

 

 

フランケンの背中にある砲口が光った。

普通の弾丸じゃない。エックスはライドルを回転させてシールドを作る。

そこへ直撃するレーザービーム。エックスは必死に耐えたが、時間の問題であった。その中でフランケンは淡々と口にする。

 

 

「ハッキリ言ってな、まともじゃないんだよ。いいか敬喜、人は己を受け入れるべきだ。それができない人間は人間としてガラクタなんだよ。だから俺が作り変えた。リサイクルともいえる」

 

「なんだと……!」

 

「お前だってそうだろ。男のくせに女の格好をして。普通じゃない」

 

「アンタはそういう人たちを肯定してきたじゃないか!」

 

「今まではな。だがもう違う。ビジネスは終わりだ。俺は俺のやりたいことをやる。その結果が今なんだ。いいか敬喜、異なることと異常は違うんだ」

 

「――ッ」

 

「お前たちは道しるべを求めて俺のもとに来た。だったら俺が道を示してやるよ」

 

 

そこでシールドが打ち破られた。エックスは全身にレーザーを受け、大爆発を起こす。

変身が解除され、敬喜は地面に倒れた。

咳き込むと血が溢れた。遠のいていく意識、敬喜は悔しげにフランケンを見上げた。

 

しかしそこで平衡感覚がおかしくなり、崩れ落ちる。

ホワイトアウトしていく世界。

幼い敬喜がプリコの手を握って歩いていた。

 

 

「パパかあちゃん。ボクは普通じゃないの?」

 

 

敬喜は目の端に涙を浮かべていた。プリコは少し悲しげに笑う。

 

 

「……そうね。普通じゃないわ。でもね敬喜ちゃん、普通じゃないのはべつに悪いことじゃないのよ」

 

「え? そうなの?」

 

「もちろん。そもそも普通っていうのはどっかの誰かが決めたことなの。その結果、どいつもこいつも似たり寄ったり。そっちのほうがつまらないと思わない?」

 

「でも――、バカにされちゃうよ……」

 

「そうね。じゃあ敬喜ちゃんは髪を短くして、男の子みたいな格好がしたい?」

 

 

敬喜はプリコを見た。そして首を振った。

プリコになりたかった。プリコが喜んでくれると思ったし、自分も好きだったからだ。

 

 

「じゃあそのままでいいわ。敬喜ちゃんが教えてやりなさい。普通っていうのはね、壊れるものなのよ。あなたが胸を張っていたら、きっと周りの人間がバカだったと思うわよ」

 

「ほんとに?」

 

「ええ。でもだからって周りの人を攻撃しては駄目よ。そんなことをする時間があったら、もっと綺麗になりなさい」

 

 

それにもう一つ、プリコは微笑んだ。

 

 

「あなたのことを普通じゃないと思っている人間を、受け止める海になりなさい」

 

 

海にバカヤローと叫ぶ人間もいるけれど、海に助けられた人もたくさんいる。

プリコもそうだった。だから水野町にやってきた。

 

 

「おいしそうなサーファーもいるし。なにより波の音を聞くだけでも好きなの。敬喜ちゃんもね、いつか私が死んだら波の音を思い出して。そうすればきっと大丈夫よ。必ず大丈夫」

 

 

フラッシュバック。

あの日、架奈ちゃんを抱きしめた日。

敬喜の胸の中で架奈は呟いた。

 

 

「わたしね。自分のこと……、普通じゃないって思ってた。でも敬喜ちゃんも似たようなかもって思って嬉しくなっちゃった」

 

「周りなんてどうでもいいよ。自分の心を一番大事にしないと」

 

「そうだよね。でも、なかなかね……。怖かった」

 

「まあ、そうか。ボクも似たような感じ。でもさ、やっぱりパパが言ってたんだ」

 

 

ねえ、敬喜ちゃん。

自分を不自由にするのは、自分自身なのよ。

あなたが自由なら、世界は貴方を絶対に縛ることはないわ。

 

 

「………」

 

 

敬喜は架奈にキスをした。彼女は黙って受け入れた。

耳を澄ませば、波の音が聞こえた。

 

 

「生きたいように生きて、何が悪い」

 

「!」

 

「変わりたくて何がいけない。好きな自分になりたくて、どうして非難される!」

 

 

敬喜は立ち上がると、唇を擦り、血を拭った。

 

 

「みんな自由になりたくて。でもなれなくて苦しんでる。悪意ある言葉を受けたり、窮屈な常識に縛られて! でもそれでも前を向いて歩いてる!」

 

 

波の音は不思議だ。落ち着く音だが、なんだか悲しく泣いているようにも聞こえる。

それはまるで、父の叫びのようだった。

病気になっても、いつもプリコはニコニコしていた。しかしそれは敬喜の前だったからだ。父だってきっと苦しかったに決まっている。

 

 

「その通りだ敬喜! だから俺は選んだ。自分が生きたい道を!」

 

 

みんな、変わりたくて、やってくる。

でもそれは世界中の人間にも言える。どこかで、変わりたいと願っている。

 

 

「変身したいんだよ! 俺達はァア! その欲望は――ッ、誰にも止められない! だから強いヤツがより強いものに変身していく! まさにそれはフリーダム!!」

 

「アンタのはただの自分勝手だ! いやもっと酷い! お前は自由を履き違えてる!」

 

 

敬喜が起き上がったのは、なによりテレパシーが拾ったからだ。

波の音、そして彼女の泣き声を。

架奈ちゃんは泣いていた。あれだけ敬喜の前では笑っていた彼女も、ふと思ってしまった。

敬喜と恋人になれたのはとってもハッピーだが、もしももっと仲良くなって指輪を貰ったとしても、自分はそれをつける事ができない。

 

今はよくても、ふと敬喜の心が離れてしまうかもしれない。

それが辛くて、架奈ちゃんは声をあげてボロボロ泣いた。

付き添っていたマッコリ姉さんも、自分の手を見て、釣られて泣いていた。

 

 

「お前の自由は、どうしてここまで人を傷つける!? ボクらはそんな自由を求めて戦ってなかったはずだ!」

 

 

最低の卑怯者だ。

自由を盾にして自分の欲望を優先し、その結果、他人の未来を奪った。

 

 

「ボクは絶対にアンタを許さない! アンタが不自由を強いるなら、ボクがみんなの自由を取り戻す!」

 

 

敬喜は両腕を真上に伸ばし、そのまま腕を横へ持っていく。

そして一つ、変化が起こる。敬喜の髪がパーマがかかったようにカールしていく。

そして両手が左右に伸びた後、右腕を左上に伸ばした。

 

 

「大ッ! 変身!」

 

 

敬喜は再びエックスへと変身した。

しかしその姿は以前のものとは違っている。

 

"SICフォーム"。

胸部の赤い装甲が大型化しており、額のVが大きく、そして赤い部分が黒い部分に重なっている。

さらに腕のガントレットも重厚なものに。これはライドルの新形態・ライドルガントレットによるものである。

ライドルが変形しているのではなく、ライドル未使用時には肉弾戦が強化されるのだ。

さらにエネルギーの放出により、背後に爆発が巻き起こった。

 

 

「敬喜……、テメェにもいつか分かる時がくるさ」

 

 

フランケンは体を伸ばし、弾丸のように飛翔する。

先ほどよりも装備が重厚になった分、動きは鈍くなっただろうとの考え。

それは間違っていないが、スペックは上昇している。

 

高速で動くフランケンをエックスはしっかりと目視。

体をわずかに逸らす、最低限の動きで突進を回避する。

さらにここでライドルを抜いていた。変形させるのは新形態・ライドルガン。

通り抜けざまに撃つと、銀の弾丸が発射、それはフランケンの右翼の付け根を貫き、墜落させて見せる。

 

 

「あぐぉ!」

 

 

地面に落ちたフランケンはしばし沈黙。そして地面を殴りつけた。

 

 

「クロスオブファイアの適合――ッ!」

 

 

立ち上がると、唸り声をあげてエックスに殴りかかる。

しかし彼はすぐに立ち止まった。薔薇だ、薔薇の花びらが辺りに舞っている。

 

 

「ライドルローブ」

 

 

ライドルが棒状に、さらにそこへマフラーが巨大化してマントになって配置。

まさに闘牛士のマントだ。それをはためかせる度、薔薇が舞う。

かまうものか。フランケンは走り、エックスを殴った。すると拳は確かに体へ沈んだが、エックスは大量の薔薇の花びらになって消えてしまう。

 

 

「ミラージュ・ロッソ」

 

「!?」

 

 

フランケンの背後、噴水の真上にエックスが立っていた。

 

 

「ライドルハープーン」

 

 

それは巨大な『銛』だった。『ドメニコ』という先端の尖った部分が発射されると、薔薇をかき消しながら一瞬でフランケンの腹部に突き刺さる。

 

 

「グォオオオォオ!」

 

 

とはいえ巨大で長い銛も、フランケンの体を貫くことはなかった。

だがしっかり刺さってはいる。苦痛の声と共に、大量の血が零れ出た。

 

 

「それは――ッ、卑怯だぜエックスライダー。そんなデータはッ、なかったはず!」

 

「炎がボクを選んだんだ! ボクはエックスライダーッ! 未限数『X』は未知数の象徴ッ、無限の可能性! 止まらない成長の証なんだよ!」

 

 

皮肉な話だ。

良神がずっとクリニックで人々を笑顔にしていれば、こんな進化が齎されることは無かった。

 

 

「それだけの腕が、アンタにはあったのにッ!」

 

 

エックスが腕と足を伸ばし、Xの文字を作って飛び掛る。

しかしフランケンは動けなかった。

そうしていると押し棒が分離し、銛先だけがフランケンの体に残る。同じくしてエックスはフランケンを押し倒した。

しっかりと体を掴み、フランケンを巻き込んだまま高速で前転を開始。

中庭の花壇を、噴水を、モニュメントを破壊しながら突き進む。

 

 

「いいか敬喜ぃい! よく覚えとけよ!!」

 

 

終わりを確信したのか、フランケンが大量の血を吐き出しながら叫んだ。

 

 

「人を殺してまでッ! 叶えたい夢があるってことをぉォなあッッ!!」

 

 

そこでエックスは飛び上がる。回転しながら空に舞い上がると、そのまま落下。

フランケンの脳天が地面に激突する。

ゴギリと、音がした。そして地面に背中をつけたエックスは足裏を伸ばして、上にいたフランケンを空に打ち上げる。

 

 

「アンタこそ忘れてないっ?」

 

 

背中にXのマークが広がった。

それがエックスを跳ね上げる。空中に舞い上がったエックスの目の前には、フランケンの無防備な背中があった。

 

 

「叶えちゃいけない夢もあるってことッ!」

 

「ッッ!!」

 

「エックスキック!!」

 

 

炸裂するX。

フランケンは悲鳴をあげて地面に墜落していった。

 

 

「う――ッ! ガフッッ!」

 

 

背骨を粉々にされているのか、立ち上がることはできない。

倒れ、無様に呻く姿を、着地したエックスは悲しそうに見ていた。

 

 

「人を傷つける夢は……、ただの殺意だ。捨てなきゃいけないものなんだよ。アンタには理性があったでしょ?」

 

「あるんだよ……、それでも。あったんだよ。叶えたい夢が――」

 

 

フランケンはまだ前に行こうとしていた。

しかしそこでまた血を吐いた。ドス黒い血であった。

リジェクションが早めに起こったらしい。体を動かすために必要なものが次々と急激に腐っていく。

脳が凄まじい勢いで死んでいく。それでもフランケンは前に進もうとした。

あるんだ。あったんだ。今も、なお。

 

 

「叶えて――……、あげたい――、夢……が」

 

 

止まる。本人に止まったつもりはない。もはや体を動かすのは不可能だった。

変身も解除できない。良神は怪人のまま死んでいく。

 

 

「栗まんじゅう」

 

「……え?」

 

「食いたかった。最期に……」

 

 

そこで、コウモリフランケンは息絶えた。パッタリと人生を終えた。

エックスはそれを黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エントランスホール。

木材、プラスチック、ガラス。いろんなものをバキベキと踏みながら2号は走った。

前蹴りは手で弾かれた。続いて体をひねりながら繰り出した横蹴りはバックステップで避けられる。

そのままアルマジロは踵を返して中央階段を駆け上がる。

 

追いかける2号だが、半ばに差し掛かったところでアルマジロはバク宙で一気に階段を下りた。

そのまま回し蹴りをすることで、2号の足を払う。

2号は階段の上に倒れた。見えたのは、ナイフ。

 

 

「グッッ!」

 

 

ナイフを突き刺そうとしたアルマジロの腕を両手で掴む。

すぐにアルマジロもナイフを振り下ろす手に、もう一方の手を添えた。

両者の腕が震える。顔に刃を突き刺そうとする力と、それを抑えようとする力が拮抗していた。

 

 

「うッ、ウォオオオオオオオ!!」

 

 

2号が吼え、首を振った。

それで力が出たのか、アルマジロの腕を横へずらすことに成功する。

 

ドスッと音がしてナイフが階段に突き刺さった。

思わず前のめりになるアルマジロ、顔が近づいた。2号は頭突きをヒットさせる。

突然の衝撃にアルマジロが怯んだ。追撃に腹を蹴ってみせる。

 

アルマジロが背中から地面に倒れた。

2号は立ち上がると、飛び上がり、前宙しながらアルマジロに接近する。

踵落とし。しかしアルマジロはすばやく体を反転させると、背中のプレートで踵を受け止めた。激しい放電、2号は苦痛の声を漏らして勢いのまま前に転がる。

 

両者、すばやく立ち上がる。

アルマジロはナイフを二本投擲してみせた。

一本は弾かれたが、一本は2号の胸にヒット。苦痛の声が漏れる。

 

 

「クソッ!」

 

 

2号はすばやくナイフを抜いて、投げ捨てた。

血が出る。一方でナイフを構えて走ってくるアルマジロ。

突きだ。2号は体を逸らして回避するが、回し蹴りが飛んできた。足裏が側頭部に入り、大きく後退する。

しかし意識はハッキリとしていた。飛んできた腕を掴み、絡め――。

 

 

「!?」

 

 

アルマジロが跳ねた。

腕を足で挟まれ、視界がグルンと回る。

何が起こったのかしばらく理解できなかった。

 

しかし天井のシャンデリアが見えたとき、自分が仰向けに倒れているのだと理解する。アルマジロが腕を挟んだままだということを理解する。

一方のアルマジロは腕をホールドし、力を込める。

へし折る。そのつもりだったが、そこで背中が床から浮いた。

 

 

「うがぁああああああゥッッ!!」

 

「!?」

 

 

2号が雄たけびをあげる。左腕ひとつでアルマジロを持ち上げると、そのまま右の方へ叩きつけた。

顔面から地面に叩きつけられ、思わずアルマジロから声が漏れる。

力も緩んだ。2号は腕を脚から引き抜くと、倒れているアルマジロを掴んだ。

 

 

「ライダーきりもみシュートッ!」

 

 

投げて、横へ転がる。

一方で投げられたアルマジロはシャンデリアに激突して、シャンデリアと共に落下する。

しかしすぐにガラス片を纏いながらアルマジロは立ち上がった。

走る。2号もまた、走る。

 

 

「ライダーチョップ!」

 

 

手刀が来た。

しかしそこへアルマジロはナイフをあわせる。

 

 

「――ッ!」

 

 

2号がすぐに後ろに跳んだ。腕から血が流れる。

アルマジロはナイフを捨てると、腰を落とした。

それを見て2号もまた腰を落とす。

 

先に動いたのはアルマジロだ。

走り、飛び上がる。体を丸めて高速回転。

それを見て2号も飛び上がり、足を前に突き出した。

 

 

「ライダーキック!」

 

 

激突する両者。競り合い、そこで電磁パネルが強く発光する。

 

 

「ぐぅウウぁああッッ!!」

 

 

弾かれたのは2号だった。地面を滑り、脚を抑える。

一方で着地したアルマジロは腰からナイフを抜くと、それを投擲。

2号の肩に刺さった。もう一本、今度は胸に。

 

電磁パネルの端から二本、振動ナイフを抜いて、投げる。

しかし2号は強引に腕でそれを弾く。

とはいえ出血。他のナイフも抜き、さらに出血。

 

 

「……!」

 

 

しかし2号はすぐに立ち上がった。そこでアルマジロは腕を組んで唸る。

 

 

「ふむ。やっぱりキミは他の二人とは違うね。闘志が高いっていうのかな? 年齢もあるか……? いやでもやっぱり他の二人は結構早く諦めた感じがあるけど、キミはしぶといや」

 

「泣いてる人がいた」

 

「え?」

 

「本来、流す必要のない涙を流している人がいたんだ」

 

「それは――、たぶん、コチラ側のせいなんだろうねぇ」

 

 

2号は何かを言おうと思ったが、そこで崩れ落ち、地面に膝をついた。

呼吸が荒い。だけれども、地面を殴りつけ、自分を鼓舞する。

 

 

「ありがとうと――ッ、言ってくれた人がいた……!」

 

「???」

 

「僕はッ! 平和のために戦う!」

 

 

2号はハッキリとそう言った。

 

 

「お前とは、覚悟のレベルが違うッ!」

 

 

アルマジロは沈黙し、かわりに背中に手を伸ばす。

 

 

(立派だけど、隙があるよッ!)

 

 

喉を狙う。ナイフを投擲しようとした、まさに時だった。

 

 

「ッ!」

 

 

銃声。手に衝撃を感じて、アルマジロはナイフを投げるのを止める。

 

 

「おぉ! 当たったぜ!」

 

 

入り口付近に立っていたのは立木だった。

後ろにはマリリンもおり、アルマジロを見て目を輝かせている。

さらに応援の刑事や警官も流れ込んできた。

 

 

「ちッ!」

 

 

さて、どうしたものか。

そう思っていると、立木の後ろから可愛らしい小柄な少女がヒョイッと顔を見せる。

 

 

「イッチーッ!」

 

「ルミちゃん!?」

 

 

間違いなくルミである。

さらに後ろでは瑠姫が心配そうな表情を浮かべている。

2号はバッと跳ね起き、ルミに近づこうとして止めた。

 

 

「だ、駄目だよ! 危ないよッ!」

 

「いやでも! そうだけどッ! 応援したいから!」

 

「!」

 

「負けてほしくないからッ!」

 

 

2号の雰囲気が変わったことに、アルマジロは気づいていた。

 

 

「うらやましいね。本物のヒーローみたい」

 

 

先ほどの平和のために戦うという発言。

まさに与えられるべくして与えられたというべきなのか。

でもアルマジロは同じような力を持っているからこそ分かる。そんな完璧な善人超人なんてテレビのなかだけだ。

 

皆、何かを引きずって戦う。

と言うよりも活力がないと前には進めない。

命を賭けているならば尚更だ。アルマジロはつい疑問を口にする。

 

 

「キミはさ、なんで戦ってるのかな? あと、名前は? 記念に教えてよ」

 

 

言葉はすぐに返ってきた。

 

 

「正義――、仮面ライダー2号」

 

 

言葉を交わすのはそろそろ終わりにしよう。

お互いはそれを理解したし、だからこそ走り出した。

アルマジロはナイフを投げながら2号へ距離をつめていく。

 

一本目はキャッチされ、二本目は弾かれた。

三本目は当たらない。するともう距離は間近にまで迫っていた。

アルマジロは飛び回し蹴りで2号を狙うが、ガードされる。

着地と同時に回転。ナイフを頭に刺そうと試みるが、空を切った。

 

屈んでいた2号は、立ち上がるようにしてアッパーを繰り出す。

顎をしっかりと捉えた感覚があった。事実、アルマジロは空に上がっていく。

2号も地面を蹴って追いかけた。掴みかかると、アルマジロは放電を開始する。

 

 

「ライダー放電!」

 

「なにッ!? グゥウウ!」

 

 

しかし電撃を持っていたのは2号も同じらしい。

お互い、バチバチと音を立てて光に包まれる。こうなると後は根性だ。

2号は必死に耐え、意地でも離すものかと歯を食いしばる。

 

 

「ライダーッ! 一段!」

 

 

そのまま腕を掴み、地面に叩き付けた。

 

 

「二段ッ!」

 

 

さらに背負い投げで地面にぶつける。

 

 

「三段ッ、四段ッッ!」

 

 

ビターンビターンと左右に叩きつけ、思い切り飛び上がる。

 

 

「超絶五段返しッッ!」

 

 

階段に向かって投げ飛ばされる。

手すりを破壊し、叩きつけられるアルマジロ。そのまま階段を転がり落ちていく。

その間に2号は着地し、ライダーポーズを取った。

 

 

「ライダァアアア……ッ!」

 

 

両腕を左へ伸ばし、そのまま旋回させて右へ持っていく。

右肘を投げて、拳は天をむいた。そういえば右へ旋回させると同時に、腕には赤い光が纏わりついていたか。

構えを取ったと同時に輝きは最高潮へ。

走り出す2号、しかしアルマジロもナイフを持って接近していた。

 

切りかかる。

しかし2号は体を反らして回避。だがアルマジロもそれは読んでいた。

だからもう一方の手にもったナイフを突き出してみせる。

するとどうだ。2号は右腕ではなく左腕を動かして、ナイフを弾いた。

 

 

「ッ」

 

 

ならばとアルマジロは急旋回。背中を向けるが、そこで気づいた。

肩を――、掴まれている。

 

 

「!」

 

 

2号は掴んだ肩を引きながら横へ。

気づけば、アルマジロは2号のほうを向いていた。

 

 

「パァアアアアアンチッッ!!」

 

「うごガァ――ッッ!」

 

 

腹部にめり込む2号の拳。アルマジロは凄まじい勢いで吹き飛んでいく。

 

 

「オォォオオオオオ!」

 

 

だが向こうにも意地はあるらしい。倒れず、踏みとどまったのだ。

マスクから大量の血が零れた。すぐにナイフを抜くが、そこで全身が悲鳴を上げた。

凄まじい痛みを感じ、アルマジロはナイフを落とした。

 

 

「ハァ、ハ――ッッ!!」

 

 

息が止まる。膝が、地面についた。

アルマジロは天を仰いだ。もう十分、戦い抜いたと思う。

血が流れる。アルマジロは諦めようと思った。

 

劣勢になれば心は折れ、自らのやってきたことが目の前に広がっていく。

そうすればさらに心は押しつぶされそうになる。

しかしどうしたことか、たった一つだけ、どうしても見過ごせない笑顔があった。

 

本当の――『 』だと思っていた。

なついてくれることが嬉しかった。

だから彼の夢を、どうしても、どうしても――ッ

 

 

「ォォ」

 

「!」

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

あの涙は、流すべきではない。

 

 

「ズァアアアアアアアアア!!」

 

 

ブレードアルマジロは吼えた。そして立ち上がると、全速力で走り出す。

 

 

「ヅァアアアアアアアアア!!」

 

 

その想い、確かに受け取った。

2号もまた拳を握り締めると、全速力で走り出す。

その叫びはまるで泣いているようにも聞こえた。ブレードアルマジロはそのアンデンティティであるナイフを捨てて、己の拳だけで2号に襲い掛かる。

 

2号もまた回避はしなかった。ノーガードで殴りつける。

意地がある。誰だって。男も、女も、譲れないプライドがある。

殴られ、脳が揺れる、アルマジロは踏みとどまると、2号を殴った。これで終わりだ。今日で終わりだ。

 

2号もまた血を吐いた。

血がアルマジロに掛かった。その場所を殴りつけた。全てを込めて殴りあう。

 

二人の拳が交差した。

お互いは吹き飛び、地面を転がっていく。

2号が立ち上がった時には、アルマジロが立ち上がった時には、既にお互いの姿を捉えていた。

アルマジロは再び腰を落とし、背中のプレートを光らせる。

 

 

「勝って! ライダーッ!」

 

 

ルミの声が聞こえた。2号は一瞬彼女を見る。

そしてハッとしたようなリアクションを取ると、アルマジロを睨んだ。

 

 

「ハァアアア!」

 

「トォオオ!」

 

 

アルマジロは走り、飛び上がる。体を丸めて高速回転。

一方の2号も飛び上がって両脚を突き出していた。そして体を捻り、回転しながらアルマジロへぶつかっていく。

 

 

「ッ!?」

 

 

競り合い。そしてすぐに気づく。

2号が弾かれない。いや、むしろ回転数を上げて、キックの威力はさらに高まっていく。

そうしているとバキッと音がした。プレートにヒビが入ったのだ。

 

 

「ライダーッッ! 卍キィイイックッッ!!」

 

 

2号のキックがアルマジロを打ち破った。

ルミはそれを震えながら、汗を浮かべてみている。今はもうあまり口にはしていないが、一時期腐るほど口にしていた挨拶――ッ!

 

 

『イッチーおつぴこ~。マジ卍ぃ』

 

 

それを、思い出した。

 

 

「ま、マジ、(マンジ)……!」

 

 

一方、着地を決めた2号。

その視線の先で、アルマジロが唸りがら体を起こしていた。

 

 

「ハァ! ハァ! あ――ッ! アグァアッ!」

 

 

息が苦しい。アルマジロはマスクを外すと、それを思い切り投げ捨てる。

 

 

「オェ――ッ! うッ、ぐっ! ア゛ァ! ゼェ! ハァ!」

 

 

起き上がる。しかしすぐに膝が崩れた。

 

 

「こ、ここまでかッ!」

 

 

行動は一瞬だった。

彼は近くに落ちていたナイフを手に取ると、それを首へ押し当てる。

よせと2号が叫んだが、もう無駄だった。アルマジロはナイフを思い切り――

 

 

「!」

 

 

その時、ナイフの刃が割れて、落ちた。

そういえばあのナイフは、少し前にライダーチョップを受けたものだったか。

 

 

「今度は死なせないッッ!!」

 

 

2号はアルマジロを首を押さえ、押し倒す。

以前、ペガサスを死なせてしまった。だからこそ今回はそうはさせない。

 

 

「いいか! よく聞けよッ! 死ぬなんて一番情けない逃げなんだ! アンタ今まで何人殺してきたよ!? 自分を殺す覚悟があるならなッ、罪を償う覚悟を持てよッッ!!」

 

「――ッ、どうせ死刑さ」

 

「だったらその最期(とき)まで生きろよッ! アンタは、それだけのことをしたんだ! ましてやそれだけのことをしようと思ったんだろッ!? だったら僕に負けたくらいで死んでんじゃねーぞッッ! 生きろよッ! 生きろォオオオオオオオオッッ!!」

 

「ッッ」

 

「負けたから終わり? そんなちっぽけなモンのためにアンタ戦ってたのか? 違うだろうがッ! ああ、あとそうだ。貴方、親は?」

 

「……いるよ。もう随分、連絡は取ってないけど」

 

「じゃあ取れよッ! 今まで殺してきた人たちも親がいた! その人たち全てを悲しませる覚悟があったんだろ? だったら最期くらい、自分の両親とも向き合えよ! 受けてきた愛から目を逸らすなよ! それを奪ってきたんだろうガァアア!」

 

「……ッ、まいったなぁ。正論を言われると返しが困るよ」

 

 

アルマジロは深いため息をついて、両手を挙げた。

マリリンが特注の手錠を持ってきてくれたので、それをかける。

輪っかと輪っかの間がチェーンではなく、太い鉄の棒なので強引に外すことはほぼ不可能である。さらに高圧電流も流せるので、抑止にもなると。

 

 

「教えてください。どうしてこんな事を?」

 

 

2号が問うと、真白は遠い目で虚空を見た。

 

 

「別に、一つじゃない。保身もあったし、同情もあった」

 

「……っ」

 

「でも一つに絞るとするなら、僕の場合は……それこそまさに『愛』かな」

 

「愛?」

 

「そう。愛だよ。むしろそれ以外に一般人がこんな狂行は犯さないよ」

 

 

警官に支えられ、真白は立ち上がる。怯えや警戒の目を感じて、彼はフッと笑った。

 

 

「大丈夫、抵抗はしない。僕はもう折れた」

 

「………」

 

「仮面ライダー2号。僕と殴り合ってくれてありがとう。避けないでくれてありがとう」

 

「それだけの理由があったんでしょう?」

 

「本人の前じゃ、あまりにも(こく)すぎるから言えなかったけど、どうか彼を止めてくれ。僕では彼を救えなかった」

 

「彼――、良神院長ですか?」

 

「いや、路希くんだ」

 

「確か、院長のお孫さん」

 

「そうだよ。全ては彼のためだ。でも――……やっぱり間違ってるよな、こんなこと。今更だって? ごめんね。でもキミに負けてみて改めて思ったんだ」

 

 

そこで真白は、何があったのかを説明した。

全て。そう、全てだ。それを言い終わって真白は運ばれていった。2号は拳を強く握り締めた。

そうすると、テレパシーで連絡が入る。エックスからだ。

 

 

『市原先輩どこいるのーッ!? 早く来てーッ! コイツ強すぎッッ!!』

 

 

2号は場所を把握。すぐに動きだす。

 

 

「立木さんたちは外で待機お願いします」

 

「お、おう! 言われなくても見守ってるぜ!」

 

 

そこでルミの後ろにいた瑠姫が手を上げる。

 

 

「あ、あの隼世さん。岳葉くんは……?」

 

「ああ。大丈夫ッ、死なせはしないさ」

 

 

それに彼も仮面ライダーだ。2号は走りだし、中庭から地下に向かう。

何が起こっているのかはすぐに分かった。アマゾン、V3、エックスが地面に倒れている。そして今まさに目の前で1号が切り伏せられた。

 

 

「僕が相手だ!」

 

 

殴りかかる。

しかし斬月は盾でしっかりとパンチをガード。次いで伸びた拳も全て受け止めてみせる。

そしてシールドバッシュ。大きな盾を前に、2号は防御するしかない。

 

しかしこれがまた強くて、重い。

2号が押し出されると同時に斬月は盾から手を離して、体を捻りながら後ろへ下がっていった。

もちろん既に腕は無双セイバーに伸びている。レバーを引いて光弾をセットすると、銃弾を連射、光球が次々と2号へ命中していく。

 

2号は一応とガードしてみたが、それが囮だとすぐに気づく。

弾丸に気を取られている隙に、斬月は高速移動で2号の背後に回っていた。

しまった。そう思ったときには斬られていた。そしてそのパワーだ。剣で斬られると、体が浮き上がり、地面に倒れる。

 

2号は近くにあった斬月の足首を掴んでみた。

そしてグッと力を込めて倒そうとするがビクともしない。

そうしていると手首に無双セイバーが刺さった。

苦痛の声が漏れる。貫通はしていないが、肉体は侵食している。血が出てきたし、それで力が緩んで足首から手を離してしまった。

自由になった斬月は2号を思い切り蹴り飛ばすと、壁に叩きつける。

 

 

「ッ!」

 

 

2号はそこで巨大な肉塊に気づく。

そしてそこに埋め込まれている珠菜も。

 

 

「あれは――ッ!」

 

「十面鬼。おッ、お、おじいちゃんの……、きッ! 夢の、結晶……」

 

 

かつて肛門と口をくっつけた映画を見て、衝撃を受けた男が、どうすればあれを超えられるかと模索した結果の作品だった。

珠菜の周りにありったけの人間の死体をくっつけて、球体にまとめたあと、その周りに9人の頭部を埋め込む。顔が見えるように。

 

 

「キミはそれを素晴らしいと思うか?」

 

「カッッ!? さ、さあ。ボクには、よ、よく、分からないッ! けッッ、けど……!」

 

 

その喋り方は、どこか岳葉と似ているものがあった。

しかし殺意は鋭利にして俊敏だ。斬月は一瞬で2号の前にくると、肩から腰にかけて一閃。

反撃の拳を見たときには既に背後にて一撃。

 

2号は勘で動きを予想して回し蹴りを繰り出してみるが既に距離を取って光弾を連射。

動きが鈍ったところを一撃。振り向きざまに一撃。バックステップで裏拳を回避して突き。追撃の斬撃を三回。

 

2号が跳んだのを見てから銃撃で墜落させる。

1号たちも立ち上がり、斬月を狙うが、そこで落ちていた盾を拾い、投げた。

斬月の周りを旋回する盾は、1号たちをなぎ倒しながら飛行する。

 

 

「た、頼む――ッ!」

 

「え?」

 

 

皆、倒れている中、V3が呟いた。

 

 

「珠菜ちゃんは……、助けてくれ。なんでもする。靴も舐めるし、土下座もする。だから……」

 

 

斬月は首を振った。

 

 

「そ、それは――……、できない! だって彼女が一番ッ、お気に入りらしいから」

 

「ッッ」

 

「愛さえも知らぬ無垢」

 

 

そこに何か大きな闇を感じた。

だからだろうか? 1号は立ち上がると、うめき声をあげて逃げ出した。

 

斬月は一瞬反応を示したが、特に追いかける理由はなかった。

それは周りも同じだ。特に止めないし、今はやるべきことがある。

V3は斬月に懇願した。なんでもするから、珠菜を助けて欲しい。

 

 

「だ、だからッ、できない。そもそも彼女は――ッッ! が、癌で、もうすぐ死ぬ。ぼ、ボクらの行動が延命に繋がるだけで、助けては、す、すぐに死ぬ」

 

 

そう語る斬月。一方で1号はすぐ傍にいた。

彼は逃げてはいなかった。たどり着いたのは、キングオブ・ダークネスだ。

1号は良神の変化を見ていた。情けない話だが、斬月に勝てる気がしなかった。

 

だからこそ手っ取り早い強化を求める。

近くにあった注射器をチューブに繋ぎ、スイッチを入れると緑色の液体が満たされていく。

1号はそれを取ると、変身を解除する。

 

 

「――ッ!」

 

 

首に刺す。

そう思ったときだ。腕を掴まれた。

 

 

「いい。それは、しなくていい」

 

「隼世……ッ!」

 

「僕たちの道は、そこには無いんだ」

 

 

2号はそう言って戻っていった。

斬月は2号を追いかけることもしなかった。

エックスたちが向かってきたら適当に斬って、後は何もしてこない。それは彼なりの優しさか。あるいは興味がないのか。

 

まあそれはどうでもいい。

2号は大きなため息をついた。そうなるのか。そうなってしまうのか。

それは全て自分のミスだ。エックスたちが傷つくのも、1号があんなことをしようとしたのも、全て自分のせいだと2号は思った。

 

もっと強ければ――……。もっと神に近ければ。

でもそれは駄目だ。太陽に近づきすぎたイカロスは、翼が溶けてしまい、地面に落ちて死んだ。

2号は拳を握り締める。その力は強すぎて、血が出てきた。

 

ずっと憧れてきた力なんだ。

なのに、なんでこうなる。なんでココまで――ッッ!

それが堪らなく悔しかった。

 

 

「なあ、路希くん」

 

 

ピクリと斬月が反応した。

エックスもそうだ。声で分かってはいたが、改めて中身が路希であることを知る。

 

ずっと気になっていたことがある。

ブレードアルマジロやガトリングパイソン、あるいはガイジたちは、おそらく微量のクロスオブファイアを所持しているかもしれないが、その力の源はキングオブダークネスによるナノロボットだ。

 

しかし斬月だけは違う。

彼はライダー、つまりクロスオブファイアを所持している。

カテゴリでいうなら隼世たちと同じなのだ。

 

つまり、それだけ強い想いがある。

今まではそれがライダーの力を高めてくれた。

それが自分たちをライダーにしてくれた。強い願いが、ライダーであり続ける理由になった。

 

 

「でもそれは……、夢なんだよ。一時だけの夢」

 

 

もう十分だった。もうたくさんだった。ライダーごっこは。

 

 

「路希くん。もう終わりにしないか? 僕たちがライダーになったのは、ただの……、偶然なんだ。たまたま少しだけ不思議なことが起こっただけで、僕たちはそういうものを手にしていい世界には住んでいないんだよ」

 

 

強い願いがある人間は山ほどいる。

でもその人たちは、あの手この手で頑張って、どうにかこうにか叶えようと頑張っている。

もちろん中には駄目になってしまう人もたくさんいるが、みんな妥協して生きていく。それが悲しくも、ある意味新しい未来に向かって歩いていけるルールなんだ。

そういう星で生きているんだ。

 

 

「なあ、他人を傷つけてまで、ライダーであろうとする心は赦されると思うか?」

 

「……よせ」

 

「真白さんから、全部聞いた」

 

「やめろ」

 

「路希くん。ハッキリ言おうか? キミは間違ってる。そんなことを――」

 

 

斬月は2号の胴体を切断して殺そうと強く思った。

だからカッティングブレードを倒し、武器を強化した状態で抜き胴を行う。

全力を込めた。しかし2号とてライダーだ。しかも今までクロスオブファイアを体内に入れてきた市原隼世だ。刃は胴体に入ったが、切断まではいかない。

 

まあ、とはいえ。斬月が通り過ぎたとき、2号の変身が解除される。

隼世の胴体には赤い線が一本、しっかりと刻まれていた。

血が流れる。隼世は掌にベットリとついた赤い血を見て、少しだけ安心したように微笑んだ。

 

ならばもっと血を見せてあげよう。

神様はそう思ったのかもしれない。斬月は刀と盾を捨てて隼世に殴りかかった。

どうにも、ムカっ腹の立つことがあったに違いない。斬月は隼世を全力で殴った。

 

頬に拳を受ける。

クロスオブファイアの恩恵があるとはいえ、きっとどこかの骨は砕けた。事実、青くなって腫れ上がる。

隼世はさらに傷口に手を突っ込まれ、強引に広げられた。

痛みで叫ぶ。だがそれでも、隼世はまっすぐに斬月を睨んでいた。

汚職、公害、詐欺、強姦、猟奇、傷害、殺人……。

 

 

(この世には、救えないことが多すぎる)

 

 

だからヒーローを望んだ。ライダーを望んだ。

でもそれが大きすぎる過ちだと気づいた。たとえ隼世が呼び寄せたじゃないにせよ、もっと早く終わりにするべきだった。

 

 

「お前は、悪だ」

 

 

斬月は拳を止めた。おそらく、その時の隼世の目を一生忘れることはないだろう。

気づけば後ろに跳んでいた。圧倒的有利な男が退避を選んだのは、それだけ隼世という男に『危険性』を感じたからである。

 

というよりも、きっと彼女(・・・)が理解した。

市原隼世という男は唯一、『奴等』と同じ匂いを出してくる。

あまりにも危険な男であると。

 

 

「な、な、なにッ、なッ、何者ッ!?」

 

 

斬月の問いかけに、隼世は真面目に答えた。

 

 

「柔道六段、空手五段」

 

 

ちなみにそれは、立木。

 

 

「――に、ボコボコにされながら鍛えられた男」

 

 

隼世は構え、斬月をまっすぐに睨んだ。

頬が腫れて、それは醜い顔だったが、その目はギラリと輝いている。

 

 

「人間――、市原隼世」

 

 

人間であると。それは、みんな。

だから全ての夢は終わりにするべきだ。

全ての炎に、決着を。

 

 

「今日で仮面ライダーを終わらせる」

 

 

テレパシーが使えるからだろうか。隼世の考えを読み取ってくれた男がいた。

本間岳葉は、隼世の隣に並び立ち、ベルトを出現させる。

 

 

「炎が弱まれば……、薪をくべればいい。新しい炎を移せばいい」

 

 

二つの炎が合わされば、前よりも強い火力が出るだろう。

二人は頷き、同時にポーズを取った。岳葉は左腕を右上に伸ばし、隼世は両腕を右へ伸ばす。

隼世の怪我が、急激に治っていく。

 

 

「ライダー……ッ!」

 

 

腕を大きく旋回させると、グラララランと音が鳴った。

 

 

「変身ッ!」

 

「変身!!」

 

 

グォンと突き伸ばす腕。ゴゥンと振り下ろす肘。

ヒュィィイン、キィイイン、ベルトの風車が回転して光のスパークが巻き起こる。

激しく回転する風車。凄まじい烈風が巻き起こる。

まさにそれはサイクロン、そしてその中央に立っていたのは二人の戦士だ。

 

仮面ライダー1号。

そして――、仮面ライダー2号。

 

変更点はやはりマスクであろう。

両者、色がライトグリーンに変わっており、見た目もソックリである。

唯一違うのはラインが1号は二本、2号は一本。そして手袋の色が、1号は銀色、2号は赤色だということだ。

色が変わっただけと言えばそうなのだが、仮面ライダーという作品においてそれが何を意味しているのかは斬月とて十分に理解している。

 

彼は、仮面ライダーが好きだった。

 

だからこそ盾を思い切りなげた。

するとどうだ。1号は右手で、2号は左手で間にとんできた盾をガッチリと掴んだではないか。

テレパシーがあるから、脳内でタイミングを合わせる。

 

1号と2号は同時に手を前に出して盾を投げ返した。

高速のフリスビー、斬月はそれを跳んで回避した。同時に剣を振り上げてはいたが、そこで衝撃。

見れば2号が1号の腕を掴んだかと思うと、そのままぶん回してみせたのだ。

 

まるでそれは人型の武器だ。

1号は脚を伸ばしており、強引なキックが斬月を弾き飛ばす。

もちろんこれは既にテレパシーで把握していた動き。1号が着地すると、同じように2号を振り回す。

 

今度は腕を放した。

2号は投げられた勢いのまま、壁に叩きつけられていた斬月に足裏を叩き込む。

2号が跳ねた。そのまま着地。そしてすぐに斬月を引き起こすと、腹に二発拳を打ち込み、フックで顔面を揺らしてから、再び自分のほうを見た斬月の顎をアッパーで打つ。

 

 

「ウゥウッ!」

 

 

フラつく斬月だが、首を大きく振って意識を覚醒させると、高速移動を開始。

すばやく2号の背後に回りこむ。そしてそれはフェイクだ。

本命は右に回りこんでの切り払い。

 

 

「!?」

 

 

しかし、そこで斬月はしっかりと見た。

自分の動きに合わせて、首を動かしている2号を。

 

 

「ライダー!」

 

 

2号は斬月の両肩を掴み、捻りを加えて投げ飛ばす。

 

 

「きりもみシュート!」

 

「うぅうう゛ッ、げぇ!」

 

 

激しく回転しながら地面に叩きつけらる。

視界がゆれる。吐き気を堪えて斬月は立ち上がった。

背後に気配。振り向きざまに剣を振るい、1号を狙った。

 

 

「!」

 

 

1号は腕でしっかりと剣をガードしていた。

斬月が力を込めても、刃がそれ以上進む気配はない。

やはり色が変わっただけでも、その中身は大きく変化している。

 

1号は剣をたぐりよせるようにして脇で挟んだ。

斬月が力を込めても、剣は引き抜けない。斬月は悔しげに腕を引いたり、逆に押してみたり。

そうしている間に、1号はグッと脚に力を込めて、思い切り体を捻った。

 

回転する1号。

柄を掴んでいた斬月は、釣られて移動する。

あまりにも早い回転に、身が持っていかれた。

 

その姿は隙だらけだ。

1号が掌を前に出すと、掌底で斬月はよろけ、離れていく。

 

1号は脇を開いて無双セイバーを落とすと、全速力で走り出す。

スピードに乗せたパンチ。斬月がそれを防ぐが、続いて繰り出す連打はそうもいかなかった。

まさしくただ連続で両方の拳を前に出すめちゃくちゃなパンチだ。

 

しかし1号の力が十分な脅威にしてくれる。

斬月は拳を掴もうとするが、掴まれても思い切り引けば、簡単にすっぽぬけた。

 

不安定なライダーバトル。

いつか隼世が言っていた。自分たちは全て、クロスオブファイアによって決まるのだと。

力も、想いも、答えも。1号は踏み込み、斬月の腕とベルトを掴んだ。

体を捻り、投げ飛ばす。ライダーきりもみシュートにて、斬月が2号のほうへ飛んでいく。

 

 

「ライダーパンチッ!」

 

 

さらに浮かせる。

 

 

「ライダーチョップ!」

 

 

叩き落す。衝撃が強く、さらに斬月の体が浮き上がる。

ノックするように叩き、踏み込んで思い切り殴り飛ばす。

 

 

「ライダーツインパンチ!」

 

 

滑る斬月。その隙に1号と2号は再び並び立つ。

一方で飛来する盾。斬月はそれを手にして立ち上がる。

 

 

「ウラァアア!」

 

 

叫び、盾を投げた。

すると1号と2号は軽くジャンプし、互いの足裏を蹴る。

それで勢いがついて左右に跳躍。盾は真ん中を通り抜けていく。

しかし既に斬月は動いていた。狙うのは2号だ。一瞬で盾が戻ってきて、シールドバッシュで前に出る。

 

 

「ライダーッ!」

 

 

2号はすばやく両手を左に伸ばし、旋回させて右腕にパワーを溜めた。

 

 

「パンチッッ!!」

 

 

今まではビクともしなかった盾。

しかし全ては今だ。2号の赤い拳が、メロンの盾を粉々に打ち破り、斬月の胸に届く。

 

 

「うあぁぁああ!」

 

 

上ずった声をあげて、斬月が地面を滑っていく。

一方で2号と1号は再び並び立ち、頷きあう。

 

 

「――ゥ! ッッ!!」

 

 

斬月が立ち上がったとき、空中に2号と1号の姿があった。

 

 

「「ライダーッッ!」」

 

 

二人の声が重なる。

1号は右足をまっすぐ伸ばし、2号は左足を上のほうへ伸ばした。

まずいッ! 斬月が動こうとするが、そこで激しい抵抗感。見ればエックスがライドルロープで脚を縛っている。

 

 

「「ダブルキィーック!!」」

 

「ウッグガア! ァァアォウゥェエ!」

 

 

斬月の胸に突き刺さる銀と紅。

手足をバタつかせながら反転。斬月はそのまま地面に激突すると、装甲がバラバラになって変身が解除される。

 

 

「ガァアッ! ウァアァゥツヅ……! ゲェエエエ!!」

 

 

路希は嘔吐すると、震える手に必死に力を込めて立ち上がった。

そのままフラつく足で前に出る。1号も、2号も、どうしていいか分からなかった。

なぜならば2号は知っている。1号も、すばやくテレパシーにて事情を把握した。

 

全てではないが、一部だとしても分かる。

岳葉は簡単にライダーになった。しかし斬月は違う。

だから何と声をかけていいのか分からなかった。一度は『斬月(ライダー)を殺す』と決めた隼世でさえも。

 

が、しかし、決めた以上は終わらせなければならない。

2号は路希の腕を掴んだ。

 

 

「触るなッッ!!」

 

 

弾かれた。

その勢いでフードで隠していた顔が露になった。

衝撃でマスクもちぎれ落ち、サングラスも割れているため、正真正銘『良神路希』がそこにいた。

 

彼の顔を見た瞬間、エックスは言葉を止めた。アマゾンとV3でさえ固まった。

路希は左右の瞳の色が違った。そして顔には無数の傷痕、正確には縫った痕が確認できる。

そしてその境目からは『肌の色』が違っていた。

 

耳の形が左右、違っていた。

彼は大きく手を振って何かを掴むようなアクションを取った。

そこで気づく。手にも沢山の傷があった。指の色が違う。長さが違う。

 

 

「まさか――ッ、そんな……!」

 

 

エックスが震えた声で呟く。

一方で路希は珠菜のほうへ向かっていく。

流石にマズイ、2号が止めようと腕を伸ばしたとき、凄まじい痛みと衝撃が全身を包んだ。

 

 

「うグ――ッ!」

 

 

2号だけじゃない。他のライダーたちも再び地面に倒れた。

それを――、見た瞬間。2号の中に感じたことのない怒りが生まれた。

ただひたすらに強く、拳を握り締め、歯を食いしばる。

 

 

「満足か?」

 

 

小声で呟いた。斬月には聞いてほしくない。

 

 

「お前が全て……、狂わせた――ッ! なんの罪もない人たちを利用したんだッッ!!」

 

 

思い切り地面を殴りつける。

そして斬月の上に浮かぶ『女』を見た。

 

 

「そうだろ! なあ――ッ!」

 

 

その女もまた、果てしのない憎悪を瞳に乗せて2号を見下していた。

 

 

「Chiharuッッ!!」

 

 

 






tips【カルテ】


・ピッケル鮫肌おじさん

受診内容は『肌荒れを治したい』
逆に硬質化させ、紙やすりのようにすることで、立派な鮫肌を獲得。
同じく脳改造を実行。柔らかいものを破壊する快楽を覚えることで、女性の肌をピッケルで貫く快楽に目覚めた。
まあもともと危ない思想ではあった。


・亀頭バズーカー

受診内容は『勃起不全』
睾丸にナノロボットを注入し、性器周りを改造。
精子製造スピードと高圧プレッサー並みの射精に耐えうるペニスを獲得した。
性的興奮を覚えると、精子が急激に作られ、液体がすぐに睾丸貯蓄量を超えてしまうため、早急に射精しなければ死亡する。
それが逆に定期的な射精を促すかと思われたが、やはりリジェクションの域を脱することはできず、今後の課題となる。


・剃刀人手

受診内容は『ハンドケア』
両腕に鉄製の刃物を埋め込んだ。この刃物は時間と共に体外に排出されようとするため、時間と共に激痛が襲う。
柔らかいものを切れば刃物は再び肉体に埋め込まれていくため、定期的な傷害行為が必要となる。
この時点ではナノロボットの形状記憶機能を理解しておらず、実際の刃物を使用していた。
脳改造においても、良神クリニックの記憶を消して新たなる快楽の獲得を目的として設定してはみたが、理性との両立が不可能であり、今後の課題となる。


・仮面ライダーケツアナおじさん

最初期の作品。受診内容は『気になっている人にコスメグッズを買いに来た』
声帯と脳改造を施せば特定の単語しか言えない人間を作ることは難しくは無かった。
手術痕も上手く隠せたし、文字を書くという機能も脳から排除したので、誰かが気づかない限りは一生ケツアナしか言えずに死んでいくことになる。

しかし……、文字を書けず、何を聞いてもケツアナしか喋れない男に手を差し伸べる人間がこの時代にいるのだろうか?
いるとして、それは優しさか? 慈愛か? 自己犠牲か?
はたまた一種の狂気なのか。ワシの純粋な疑問である。


・エジャンガイジ

ケツアナおじさんの前に作った。
この時は声帯を弄らず、『絵じゃん』以外の単語を口にしようとすると、喉が激しい炎症を起こして激痛と高熱が出るようにした。
これからの自分の人生を受け入れられなかったのか、気づけば自分で命を断っていた。
すぐ死んだので、おそらく知っている人はいないと思う。
やはり作品は多くの人の目に触れて欲しい。これは今後の脳改造の課題となる。


・ハサミ豹柄

受診内容は『整形』。
ナノロボット技術の把握により、肉体の一部を指定した物体に『変身』させることができるようになった。
これにより両腕をハサミにしたままではなく、使用者の意思で自在に形状を変更できるようになる。
とはいえ脳改造が失敗。常にハサミにしたままで、アイドルたちと握手をしにいったらしい。
ちなみに、いくら顔を変えようが、中身が駄目だといつまでも駄目なままなのじゃ。


・ノコギリトカゲ面

受診内容は『整形』
ナノロボットに針を記憶させれば、何かあったときに針を巨大化させることで遠隔で殺害することができるということを把握。
この患者に関しては、脳改造の向上を目的に手術を実行。
アシスタントだけではなく、良神クリニックが無関係であるということを警察やライダーたちに記憶させる役割の遂行。
報告によればハーモニーガイジとやらは我々が一切関係していない患者のため(ハーモニーガイジという呼び名はトカゲ面が勝手に呼んだだけ)、全く別の人間が手術を行ったか、本物のキ●●イである。


・イカクセーファイアー

受診内容は『包茎手術依頼』
精液を可燃性の液体に変えた。
これが上手くいけば、血液を可燃性にして、人間爆弾を作ることが可能である。


・アポロキチガイスト

話があると呼び出した。彼は親友なのですぐに来てくれた。
そこを薬で眠らせ、あとは脳改造とナノロボットによる改造手術を施した。
目的は秘密結社ガイジという架空の存在をつくり、警察の捜査から良神クリニックを外させること。
つかパンツを被るなんて、異常者のやることだ。そんなヤツと友達だと思われたくない。



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第13話 仮面ライダーが生まれた日

今回、話の一部にとても激しい暴力描写等がありますのでクッションを設けました。
残酷なシーンを飛ばすという部分をクリックしていただきますと、ページが飛びますので、苦手な方は使っていただければなと。

今までが大丈夫だった人も、今回はちょっと趣旨が違うというか。
とにかく陰湿で、精神的なダークさを出してますので、なんと説明したらいいかちょっと分からないんですけども。

たとえば、大きな石があって、それをひっくり返すと死体やら虫がいた。みたいな。
あるいは箱の中に手を突っ込んだら、一番嫌いなもんを触ってた。
みたいな、なんかそういう描写が嫌な人は、避けていただけると助かります。


次回が最終回。
エピローグと、おまけもありです。






 

「やっぱ坂野監督だよ。あの人の撮るライダーは他と違うんだ」

 

「でも大事なのは脚本家だよね。松原さんのは、ちょっとボク苦手だなぁ」

 

 

友達のムーちゃんは小学校からの親友だった。

中学生になっても同じクラスになれたので、いつも一緒にいた。

周りのみんなが仮面ライダーを見るのが恥ずかしくて卒業していっても、ムーちゃんだけは違った。

映画が始まれば、いつも一緒に見に行っていたし、ムーちゃんはベルトやフィギュアもたくさん持っていた。

それに二人とも帰宅部で時間もある。

帰ったら、どちらかの家に行ってゲームをするのがボクらの青春だった。

 

 

「でもふとした時にさ、彼女がほしくなるよな」

 

「うーん、ボクらにはまだ早いんじゃないかなぁ」

 

「そんなこと――……、まあ、そうか」

 

 

ムーちゃんは隣のクラスの平坂さんが好きみたいだった。

ボクはそれをからかわない。だって――、その気持ち、分かるから。

 

 

「じゃあ、またね」

 

 

ムーちゃんはマンションに帰っていった。

そこから五分ほど歩いたら、ボクの家だ。

隣の家のお庭で、あの人が、お花にお水をあげていた。

 

 

「路希くんっ! おかえり!」

 

「た、ただいま……、ですっ」

 

 

ボクは後悔した。手を振ってくれたんだから、振り返せばよかった。

 

 

「二年生はどう? クラスには馴染めた?」

 

「は、はいっ! みんないい人たちでよかったです。あ、あの……」

 

「ん?」

 

「そちらはっ、どうですか? 高校っ、クラス……!」

 

「うん。私もだいじょーぶ!」

 

 

ちはるさんの笑顔を見るたびに、胸が苦しくなる。

でもそれは心地よい感じもして、とにかくもっと、ボクはちはるさんを見ていたい。

 

 

「あれ? あれっ、おかしいな」

 

「あ、どうしたんですか?」

 

「うん。あのね、ホースから水が出なくなっちゃって」

 

 

確かにシャワーのトリガーを引いても水が出なくなった。

すると、次の瞬間、シャワーから一気に水が噴き出してボクとちはるさんはずぶ濡れになる。

 

 

「きゃあ!」

 

「わわわっ!」

 

 

ちはるさんはすぐに蛇口を捻って水を止める。

 

 

「壊れちゃったんだね。あぁ、でもごめーん。濡れちゃった……、よね? そりゃそうだ、もうずぶ濡れだぁ」

 

 

ちはるさんの服が濡れて、下着が透けていた。

ボクは恥ずかしくなって固まっていると、ちはるさんがタオルを取ってきてくれた。

 

 

「本当にゴメンね。拭いて――、あぁでも服が濡れてるから」

 

「あぁ、あの! 気にしないでくださいっ、ボクの家、隣ですから」

 

「そっか。そうだよね。あー、でも、もしよかったらウチに寄っていかない?」

 

「え!? で、でも」

 

「いいからいいから! 昔は良く来てくれてたじゃん! はい、じゃあ決まりです!」

 

 

しかし流石にそれはいろいろとマズイと思ったので、とりあえず服を着替えてからお邪魔することにした。

ちはるさんもそれで納得してくれた。

ボクはもうすぐに家に飛んで帰り、そのまま彼女の家にお邪魔した。

ちはるさんは温かい紅茶を出してくれた。とてもいい香りがした。

 

 

「なんかさ、最近、私避けられてると思ってさ」

 

「えっ?」

 

「気のせい? ふふふ……!」

 

 

ちはるさんはニヤリと笑ってボクを見てくる。

思わずドキリとした。いろいろな意味で。

 

 

「路希くんさぁ、昔はちはるお姉ちゃん、ちはるお姉ちゃーんって来てくれたのに……」

 

「それはその――ッ」

 

「名前も呼んでくれなくなっちゃったし……。避けられてるのかなぁって」

 

「そんなことないですっ! むしろボクはその――ッッ!」

 

 

あなたのことが好きだから、恥ずかしくなってしまって。

嫌われないかとか、変に思われてないかとか……。

そんなことは、言えないよ。

 

 

「ボクもッ、その、いろいろ、中学生になって、その……! と、とにかくその嫌いになったとかじゃなくてッッ!」

 

「あははっ、ごめんごめん。大丈夫、分かってるから」

 

 

ちはるさんは立ち上がると、ボクの頭をなでてくれた。

とっても、あたたかい手だった。

 

 

「かわいいね、路希くんは」

 

「か――ッ!」

 

「でも嫌われてないって分かってうれしいっ! 今度また、一緒に遊びに行こうね!」

 

 

胸が、ドキドキした。

そこで路希は目が覚めた。

 

 

「えっ?」

 

 

体を起こすと、自分の部屋だった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの? ずっと上の空で」

 

 

帰り道、ムーちゃんに指摘されて、路希は表情を歪めた。

確かにいろいろな先生に注意された。

ポケーっとしてる。ボーっとするな。気分でも悪いのか? 話聞いてる? などなど。

理由は分かってる。路希はムーちゃんに、夢の内容を話した。

 

 

「羨ましいなぁ、俺も視たいよ。年上のお姉さんが幼馴染の夢なんて」

 

「そんな……、ただの夢だよ」

 

 

路希は悲しそうに口にした。そうだ、ただの夢なのだ。

正直、それはすごく素敵な夢だった。今まで平々凡々な人生を歩んできた路希の心を激しくかき乱す感情。

 

間違いなく、それは初恋であった。

 

しかし夢というのはあやふやなものだ。

彼女の名前を必死に思い出そうとしたが、思い出せない。

彼女の笑顔を必死に思い出そうとしたが、どこか靄が掛かっているようで思い出せない。

 

しかしあの時の感情だけは強く胸に残り、チクチクと路希を刺激し続けた。

もしかしたら以前どこかで会っているのだろうか? だとしたらそれはいつなんだろうか?

彼女はいったい、誰なんだろう?

路希はそれを考えながら手早くご飯を済ませてお風呂に入った。

そして寝る前に、神様にお願いをする。

どうか、もう一度、あの夢を。

 

 

「ねえ路希くん。どうした? ボーっとして」

 

「え? あっ、あッッ!!」

 

 

夕焼けに照らされた部屋の中で、路希は我に返った。

目の前にいたちはるは、不思議そうに首を傾げている。

今日は両親が仕事で遅くなってしまい、それをちはるに話すとじゃあ家においでと言ってくれたのだ。

ちはるは料理を勉強しているらしく、今日はオムライスを作っていた。

 

 

「私ね、タマゴがふわふわよりも、しっかりと固まってるほうが好きなの。路希くんは?」

 

「あ、えと……! ボクもそっちのほうが好きです。香ばしいのがおいしいですよねっ!」

 

「おお、おお、キミは分かっておるな! ようし、じゃあサービスしちゃお!」

 

 

そういうと、ちはるはケチャップでハートを描く。

 

 

「あ、路希くん。もしかして照れてる?」

 

「そんなこと」

 

「かわいーっ、ふふふ!」

 

「ちょっと、やめてくださいよ。風見さんっ」

 

「なにそれー、ちはるお姉ちゃんって呼んでくれてたじゃん!」

 

「それは昔のことでッ!」

 

「あーあ、顔を赤くしちゃって。本当にかわいいね路希くんは!」

 

「あ゛ーッ! もう! 分かりました。分かりましたよ! ちはるさんッ、ありがとうございます!」

 

「ふふふっ! どういたしまして!」

 

 

ちはるの両親も帰ってくるのが遅かったので、二人は一緒にご飯を食べた。

ちはるはスプーンで路希のオムライスをすくうと、そのまま口元に持っていく。

 

 

「はい。あーん!」

 

「ちょ、ちょっと……。自分で食べれますからっ!」

 

「照れない照れない。あーん!」

 

「む、むぅ」

 

 

路希がしぶしぶ口をあけると、ちはるはそこへオムライスを入れた。

 

 

「おいしい?」

 

「は、はい。とっても」

 

「よかった」

 

 

彼女は優しい笑顔を見せてくれた。

そこで、路希の目が覚めた。

 

 

不思議なもので忘れたくないと思っていても、目が覚めたら彼女の顔も名前もパッタリと思い出せなくなっていた。

これが逆に余計に心を燻らせる。

彼女に会いたい、路希はそう思うようになっていた。

 

もしかしたら学校のどこかにいる?

休み時間にそれとなく探してみたが、無駄だった。

いるのかもしれないが、流石に全校生徒を把握するのは不可能だ。

 

じゃあ、帰り道でぱったりと?

夕焼けの道を遠回りを重ねて歩き回った。

しかしやはり会えなかった。そもそも顔が分からないのだから、出会ったとしてもスルーしてしまう可能性がある。

 

それでも路希は出会えたのならば、電流が走ったように全てを思い出せると期待していた。

恋とはきっとそういうものだ。期待しながら海辺を歩く。

いつか彼女と、夕焼けが沈む海を二人で見たい。

路希は祈った。今日もどうか、彼女に会えますように。

名前を忘れたあの人と。

 

 

「あの――ッ、これ!」

 

「なぁに? それぇ」

 

 

路希のプルプルと震えた手を見て、ちはるはニヤリとうれしそうに、けれども悪戯っぽく笑った。

だから持っているものが見えているのに、詳細を問うてみたりする。

 

 

「え? 映画のチケットっ」

 

「それは見たら分かるよ。当てたの?」

 

「え、ええ。まあ」

 

「ふーん。お友達と一緒に行くの?」

 

「え? あ、え……?」

 

 

路希は少し迷って、しょんぼりしたように頷いた。

 

 

「はい……」

 

「そうなんだぁ。残念だなぁ。私もそれ、見たかったのに」

 

「……あ、あ! 嘘です! ごめんなさい! えっと、良かったら一緒に行ってくれませんか!?」

 

「うん。いいよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「もちろん。ふふふ! 路希くんって本当にかわいいね」

 

 

路希は真っ赤になって笑った。

ちはるも頬を桜色に染めて笑ってくれた。

そこで路希は目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌だね路希くん。何か良いことでもあったのかい?」

 

「え? あ、いや……!」

 

「さっき栗まんじゅうをやったからの。そのおかげじゃろ」

 

「親父、そしたら表情が曇るだろ」

 

 

笑い声が聞こえた。

家族の食事に、今日は真白が加わっていた。

彼は良神が特に可愛がっている先生であり、いずれは自分の技術を託して良神クリニックを任せようと思っていたのだ。

 

 

「この子、よくボウッとしてるんですけど、いつもニコニコするようになって」

 

 

母が路希の背中を撫でた。彼女はひとりっこの路希をいつも可愛がっていた。

実はなかなか子供ができずに悩んでいたのだが、良神の手術によって路希を授かったのだ。だから可愛くて仕方ないらしい。

路希は恥ずかしそうに首を振る。

 

 

「別に、なんでもないよ」

 

「あ、分かったぞ。好きな子ができたんだ!」

 

 

ニヤリと笑う真白。路希は大きく首を振る。

 

 

「なんじゃ。そうじゃったんか。悪いことじゃないぞ路希、人を好きになるのは普通のことじゃ。ワシだってばーさんに惚れて、そのおかげでお前がおるんじゃし」

 

「そうそう。父さんだって母さんを好きになったからお前に会えたんだ。それはとても素晴らしいことなんだぞ」

 

「それは分かってるけど……」

 

 

流石に夢の中にいる人を好きになったとは言えなかった。

おかしいということは分かってる。とはいえ、気になるのは事実なので、真白にそれとなく話題を振ってみることに。

 

 

「ねえ真白先生。同じ夢を連続で見るのって何か病気?」

 

「え? ああ、いや。どうだろうね。僕は専門じゃないからハッキリとは分からないけど、体が悪くなってるとは思えないなぁ」

 

 

補足で説明を。

夢はよく深層心理のあらわれだとか、心を映すと聞いたことがある。

だから路希がもしも同じ夢を見ているのならば、それには何か意味があるはずだと言った。

 

 

「そうなんだ……」

 

 

路希は食事が終わると、すぐにお風呂に入って歯を磨いて、すぐにベッドの中にもぐりこんだ。

何か意味がある。だったらまた彼女に会えるかもしれない。

期待でなかなか眠れなかったけど、気づけば路希は夢の中にいた。

 

 

雪が降っていた。寒い駅前で、路希は彼女を見つけた。

彼女はずっとボクを待っていてくれた。路希は嬉しくなって、大きく手を振る。

すると彼女は笑って手を振り返してくれた。待たせたことを謝ると、彼女は冷たくなった手で頬を触ってきた。

 

 

「罰として、手を繋いでね」

 

 

真っ赤になる路希を、ちはるは嬉しそうに見つめていた。

二人で一緒に映画を見た。本当はアメコミヒーローが見たかったけど、無難なコメディを選んだ。

 

映画はいい。

暗いし、座っているから、彼女の方が背が高いということを忘れさせてくれる。

彼女が笑いをこらえる声が聞こえてきた。

 

路希は幸せだった。

ずっとこのままがいいと思う。永遠にこの時間が続いてほしいと願った。

だから映画が終わってからの帰り道、彼は決意した。

今日を人生で一番勇気を振り絞った日にしようと。

 

 

「ちはるさん。ボクはあなたが好きです。大好きです。どうかお付き合いしてください」

 

 

ハグをされた。ちょうど胸に顔が埋もれた。

 

 

「かわいい」

 

「か、からかわないでくださいっ、ボクは本気です!!」

 

「ふふふ」

 

 

そこで、目が覚めた。

とても幸せな夢だったが、路希は心が張り裂けそうになった。

彼女はここにいない。顔も名前も思い出せなかった。

 

全ては夢なんだ。幻なんだ。それがとても辛かった。

ただあの夢は路希の活力になった。毎日の楽しみになった。

パッとしない生活、辛いことはあるけれど、彼女に会えると思ったら眠たい午後も乗り切れた。

 

学校で寝るなんてとんでもない。

ちゃんとご飯を食べて、しっかりとお風呂に入って、そしてベッドの中で目を閉じる。

会えるといいな。夢の続きが視れるといいな。路希はそう思い、眠りに落ちる。

 

 

 

路希は部屋で勉強をしていた。必死に勉強をしていた。

彼女と同じ高校になんとしても行きたかったからだ。

そこでバレンタインや学園祭、いろいろな行事で一緒に思い出を作るんだ。

 

はて? そう言えば告白をしたような気がしたが……、あれは一体どうなっただろうか? 思いだせない。

まずい、こんな重要なことを忘れるなんて。少し勉強に集中し過ぎただろうか?

 

チョコレートでも食べよう。

おじいちゃんに見つかると、栗まんじゅうを口に突っ込まれるから、なるべく見つからないように。

路希はそう思って、立ち上がった。

すると携帯が震えた。通話アプリ、彼女からのメッセージだった。

 

 

『たすけて』

 

 

路希はすぐに家を飛び出した。彼女の家の扉が開いていた。

中に入ると、夜だから真っ暗だった。

明かりをつけようと思ったとき、路希は何者かに殴られて床に倒れた。

痛い。痛い。路希は顎を強く床に打った。そこで体を押さえつけられる。

 

 

「やめろ、だれだ!?」

 

 

叫んでいると、部屋にぼんやりとした明かりが灯った。

 

 

「!?!?!?」

 

 

そこで路希は目を見開いた。

前にはソファがあって、そこに大男が座っている。大人の男性よりももっと大柄な男だ。

目についたのはまずマスクだ。顔を隠している。そしてそれは『仮面ライダー』であると路希は気づいた。

 

彼はあまり詳しくないが、1号だか2号だか、とにかくそれに似たマスクだった。

そして体がおかしい。大男は服を着ていなかったのだが、肌の色が真っ暗だ。黒ではなく、闇なのだ。深い闇が男の体を形成している。

そしてその膝の上に、ちはるが座らされていた。

 

路希は周りを見る。

すると自分を抑えている男たちが見えた。彼らも闇の体を持ち、ライダーのマスクを被っている。

なんだこれは? 路希が唖然としていると、ちはるの悲鳴が聞こえた。

 

その時、つかまれていた彼女のシャツが破れ、ボタンが飛んだ。

路希はアッと思い、体が熱くなった。

大男がちはるの下着を毟り取っていく。一瞬、真っ暗になって、また明かりがつく。

 

するとちはるは全裸で男につかまれていた。

はじめて見る彼女の裸体はとても美しく。路希は目を奪われた。

しかしそのおぞましい状況を前にして、すぐに真っ青になる。

 

 

「やめろ、警察を呼ぶぞ、彼女を放せ!」

 

 

叫び、暴れるがライダーマスクの男たちに抑えられ、まったく抜け出せない。

そしていると大男は勃起した闇を見せ付けた。

青ざめる路希と、泣き叫ぶちはる。

 

 

「やだッ! やだやだやだぁぁああ!」

 

「やめろッ、やめろ! やめろぉおおおおおおおお!」

 

 

情けない叫びだった。

 

 

「お願いしますやめてくださいッ! そこは路希くんの――ッ」

 

 

闇がちはるを貫いた。破瓜の血がフローリングに落ちる。

 

 

「うあぁぁあぁああぁああぁ゛あぁ゛!」

 

 

路希は情けなく叫んだ。目をギュッと閉じて、耳をふさごうとした。

しかし腕がライダーに掴まれているからどうすることもできない。

瞼もこじあけられた。ギュッと瞑ろうとしても無理。涙が出てきた。

 

目の前ではちはるが犯されている。

大男はわざと結合部が路希に見えるようにしてみせた。そのままちはるを犯し続けた。

 

うめき声が耳を貫く。いやだ。もう嫌だ。

路希は、ちはるの声が嬌声に変わったのを聞き逃さない。

いつか彼女とそうなることを望んだ。

だがそれよりも早く、ライダーマスクの大男が彼女を犯している。そしてそれを見て、路希は勃起していた。

 

彼女の裸体を見れた興奮感。

自己嫌悪で死にたくなる。

そうしているとライダーマスクはクラッシャーを開く。

あれは唇だ。それで彼女の唇を奪おうとした。

 

 

「やめで……ッ、ろぎぐんのなんでず」

 

 

ろれつ回らない彼女の唇を強引に奪う。

路希は呻いた。ファーストキスは彼女と一緒に……。

夢を闇が塗りつぶす。路希はもう抵抗する力もなかった。

ただ黙って彼女が陵辱されるのを見ていた。

その中でふと路希は気づいた。はて? 彼女の家にあんなもの、あっただろうか?

 

 

「え?」

 

 

ちはるも気づいた。床に一本、太いドリルが置いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

※残酷なシーンを飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

業務用のドリルだろうか? とにかく地面を削る機械が置いてあった。

大男は、ちはるをヒョイと持ち上げると、そのドリルの上に持っていく。

 

 

「ま、待って。ねえ、嘘でしょ? ねえ! やめて! ねえッッ!」

 

 

大男は暴れるちはるを抑えて、ドリルの上に跨らせた。

ドリルが、ちはるの性器にねじ込まれる。

 

 

「うぎゅぇいあぁあ゛ッッ!!」

 

 

ちはるが叫んだ。破瓜は終わったはずだが、血がダラダラ出てきた。

やめて、お願いします。なんでもします。警察をよんでください。救急車を呼んでください。たすけて、ママ、パパ、路希くん。

 

 

「お願いッ、助けてぇえッッ!!」

 

 

ちはるが泣いた。

ライダーマスクの大男が指を鳴らすと、ドリルが回転して、刃が伸びていく。

 

 

「ごえぇええええええええええええ!! おぶぇっ! ぎあぁぁあぁあああああぁぁ」

 

 

ドリルはちはるの体内をかきわけ、伸びていく。

肉を削り、臓器を巻き込み、ちはるは絶叫して天を仰いだ。

口からドリルが出てきた。その先端にはさまざまな臓器の破片がくっついていた。

 

 

「!!」

 

 

路希は叫び、体を跳ね起こした。

口を押さえ、そして固まる。

自分は何を見ていたんだ? 辺りを見るとそこは自分の部屋だった。

 

なんだか急激に忘却していくのを感じた。

そうか、そうだ、アレは夢だ。夢なんだ。

ただの悪夢なんだ。路希は大きくうなだれ、朝ごはんを食べに向かった。

 

元気がない。みんなに言われた。

顔色が悪い。みんなに心配された。

悪夢を見たというと、ムーちゃんは笑ってくれた。

 

 

「俺もあるよ。遅刻してさ、学校前にくると先生がみんな一列で腕を組んで仁王立ちしてるんだ。最低のアベンジャーズだろ?」

 

 

路希は笑った。

ムーちゃんの家でおやつを食べながらゲームをしたら少し楽になった。

家に帰ったら路希はネットで夢の情報を集めた。

 

すると、なんと好きな人が死ぬ夢は、悪い夢ではないということが分かった。

そもそも人が死ぬ夢というのは『変わる』ということの暗示であり、今回の場合は気になっている人とうまくいく前兆であるらしく、路希は嬉しくなった。

きっと以前テレビでやっていたホラー映画を見てしまったせいで、あんな夢を見たんだ。

あるいは本当に吉夢で、あの人と会えるのかも。

 

路希はその日、ゲームをして過ごした。

夢は眠りが浅いから見るのだと聞いたことがある。夜更かしをすれば、熟睡して夢はみないはずだ。

窓の外でバイクの音が聞こえた。時計を見ると、午前二時だった。

路希はベッドにもぐりこんで、目を閉じた。

 

 

 

海辺で路希とちはるは楽しそうにはしゃいでいた。

おいかけっこをしながら、水をバシャバシャ鳴らす。遊びつかれたら彼女が作ってくれたお弁当を一緒に食べた。

手料理を食べられるのが嬉しくて口いっぱいにほおばると、ちはるさんは嬉しそうに笑ってくれた。

もしもこの人が毎日、自分のごはんを作ってくれるなら、それ以上の幸福はないだろうと思った。

 

 

「路希くぅうんんんん! ごめんぅッ、ごめんねぇえ!」

 

 

路希は縛り付けられ、蓑虫のようにぶら下がっていた。

周りにはライダーマスクを被った男たちがたくさんいて、みんなが自分の性器を触っている。

視線の先にいたのは触手に犯されているちはるだった。

触手はちはるを路希のすぐ目の前に運んで、陵辱の限りを尽くしている。

路希は触手に口をふさがれていた。何を叫んでも、何も聞き取れない。

 

 

「ム゛ーッ! ムゥゥウ!!」

 

 

すると吸盤がついた触手が胸にくっついた。

そしてベリっと音がすると、ちはるの皮膚が剥がされた。

 

 

「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ちはるの中にあった触手が暴れ、腹を突き破った。

ちはるの腕を縛っていた触手が暴れ、右腕がへし折れた。左足が引きちぎれた。

ちはるはバラバラになった。路希の頭に、彼女の子宮が落ちて、ベチャリと触れた。

路希は目が覚めた。午前五時だった。

 

 

 

学校で眠っていると先生に叱られた。みんなに笑われた。

路希はヘラヘラ笑っていた。まったく面白くないが、とりあえず笑っておいた。

なんだか不思議なもので、学校生活が始まると体はダルいが、夢は夢として自覚できた。

 

家に帰り、ムーちゃんの家に遊びにいくと体調は元に戻った。

夜、ネットを見る。性行為の夢を見るのはホルモンがどうたら、性欲がどうたら。

路希は部屋の隅で自慰行為を行ってから眠った。ひどく情けなかった。

寝る前に、ふと考える。会いたいか、会いたくないかと言われれば――

 

 

路希は、彼女に会いたかった。

 

 

『これっ』

 

『クッキー、焼いたの。あげるね』

 

 

ちはるはニコリと微笑んだ。

傍にいてくれと、手を引っ張った。彼女は驚いたような顔をしたがすぐに微笑んでくれた。

しかし場所や時間は関係ない。夢とはそういうものだ。

 

一瞬で場所が変わった。

路希は必死に抗った。暴れ、彼女の手を引いて逃げようと走った。

しかしライダーのマスクを被った闇に殴られ、ロープで手足を縛られ、天井から吊るされていた。

 

下は大きなベッドだ。でっぷりとしただらしない肉体の大男が夢中で腰を振っていた。

マスクがなによりも大きい。体よりも大きいくらいだ。仮面ライダー1号だか2号のマスクを被っていた。

ただしなぜか赤い目がいっぱいくっついていた。

イボイボだ。蓮コラだ。赤い複眼まみれの大男は泣き叫ぶちはるを犯していた。

 

 

「だずげぇえぇえ! みな゛いで路希ぐぐぅぁあああん!」

 

 

涙と鼻水まみれの彼女を見て、路希は思わず涙を流した。

 

 

「ぐっす! ひっぐっ! お願いですから、彼女を取らないで――ッ、彼女にひどいことしないでくださぃ――ッッ!」

 

 

大男は口を開いた。赤いイボや口から、ダラーっと液体が垂れた。

それは下にいた彼女の胸や顔、体中に掛かる。

 

 

「ヒギィいぃいイイイイィアアアアアアアアアアア!!」

 

 

それは強力な酸であった。

大男は尚も夢中で腰を振る。一方でちはるは絶叫し暴れるが、大男に腰を掴まれているために逃げ出すことができない。

上半身の皮膚はもう剥がれ落ち、肉がむき出しになっていた。

そして肉すらも解けていく。肋骨がむき出しになっているが、なかなか死ねないのか、髪さえも抜け落ちた肉の塊は泣き叫んだ。

 

 

「いだいぃぃぃぃ゛ッ! 痛いぃぃ! 熱いあづいぅぃッ! ごろじでぇっ、お願いだからごろじでぇええぇええ!」

 

 

路希はただ泣くことしかできなかった。

泣けば誰かが助けてくれると思っていたのだろうか? お願いだから助けてください。それしか言うことができなかった。

路希はそこで目を覚ました。

 

 

もう眠りたくない。路希は切にそう思った。

何かあったの? 母はそう聞いてきた。父はいじめられているのかと心配していたが、路希は大丈夫と言って学校に行った。

だって本当に大丈夫だからだ。学校にいじめなんてない。

学校で酷い顔をしているとムーちゃんや先生に言われたとき、路希はそれとなく事情を説明して、相談した。

悪夢をよく見る。

 

 

『楽しいことをして忘れたほうがいい。俺が新しいゲームを貸してやるよ』

 

 

ムーちゃんはそう言って、バトライドウォーを貸してくれた。

1号が載っていた。好きな人を犯したヤツなんて大嫌いだ。路希はディスクを叩き割った。

 

 

『慣れない環境で緊張してるのかもな。夢は夢なんだから、言い聞かせてみたら?』

 

 

担任の先生がそう言った。

夢は夢。確かにそうだ。路希もそう思っていた。

しかしひとつだけ夢じゃないことがある。それは路希の心だ。

ちはるを好きだという、偽りのない感情だ。

 

 

「路希くんはかわいいね」

 

 

ちはるの優しい匂いをずっと感じていたい。ちはるともっと喋りたい。

彼女は夢かもしれない。でも彼女と喋ることができる今は幻か? 彼女に冗談を言えば、笑い返してくれるんだぞ?

 

 

「好きです。ボクはッ、あなたが好きです」

 

 

彼女は照れてくれた。微笑んでくれた。はにかんでくれた。

都合のいい妄想じゃない。だって、それなら、『からかわないで、怒るよ?』などとフラれたりはしない。

それでも好きですと詰め寄れば、彼女はまだ早いとボクをからかったりはしないんだ!!

 

 

「ウゥ゛ッッ、アァァアァアァアアア!」

 

「これは夢だ……! こ、これは夢だ。これは夢だッッ」

 

 

ちはるのお腹はパンパンに膨らんでいた。

ボクの赤ちゃんじゃないんでしょ? 路希は彼女をチラリと見た。

彼女の股から液体が漏れる。苦痛に叫ぶと、ズルリと何かが落ちてきた。

赤ちゃんだ。顔は、仮面ライダーだった。

おぞましいバッタの化け物だった。

赤ちゃんが生まれると、おめでとうのランプが灯った。

するとちはるの人差し指が入っていた筒が作動して、指がねじ切れる。

 

 

「ギャァアアアアアアアアアアアァアアア!!」

 

「これは夢だこれは夢だこれは夢だ」

 

「生まれるぅぅぅうううぅぅ゛う゛ッッ!」

 

 

血液と共に2号が生まれた。椅子に縛られた路希は必死に連呼した。

これは夢だ。これは夢だ。これは夢、夢、夢――……。

ちはるの四肢が時間をかけて切断されていく。

眼球が抉られていく。お願い路希くん。痛いから、殺して。

殺して。殺して。あなたが好きです。殺して。あなたが好きなのに。

 

 

「ろぎっぃぃぃぃぃいい!! ごろせっで言ってんだろぉぉぉお゛! うげぎゃぁあぁあああ!!」

 

「これは夢だッッ、夢なんだぁあぁあぁぁあぁ!!」

 

 

路希は全身汗だくで目覚めた。

もう眠れない。もう嫌だ。もうたくさんだ。

路希はその日から不眠症になった。何を食べても味がしなくなった。

学校に行くのをやめた。携帯を海に沈めた。

 

部屋から一歩もでなくなった。

タバスコをたくさん買ってもらい、眠りそうになると一本飲んでこらえた。

エナジードリンクを浴びるほど飲んだ。死んじゃうと母に泣きつかれた。

母を殴ってエナジードリンクを飲んだ。父に殴られた。

エナジードリンクを隠された。泣いていると、真白先生が背中を撫でてくれた。

 

良神も心配してる。

他にも巳里さんも心配してくれた。

路希は全てを打ち明けた。

 

悪夢を見る。

夢で好きな人が乱暴される。

それを聞いて良神と真白、巳里は必死に原因を調べ、対策を考えた。

 

良神は病院を閉めて一日中図書館に篭った。

真白は海外の文献を。巳里はネットでありとあらゆる情報をかき集めた。

ストレスが原因かもしれない。漢方を。魔除けを。意外と簡単な、寝るまえにミルクを飲むとか。

ありとあらゆる手段を試していると、夜が来た。

 

 

「大丈夫。大丈夫よ、路希くん」

 

 

巳里がずっと手を握っていてくれた。

 

 

「私も昔はブスだのなんて言われて、ずっとうなされていたわ。だけど時間が解決してくれるものなのよ。だから大丈夫、怖くても、私たちがついていますわ」

 

 

真白はアロマキャンドルを焚いてくれて、精神の薬もいくつか用意してくれた。

さらにセロトニンを飲ませ、半ば強制的に眠らせる。

ベッドの傍には獏のぬいぐるみを置いた。獏は昔から悪夢を食べてくれると言われている動物だ。

 

 

「路希……」

 

 

良神も不安そうに、眠る路希を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

路希は目を覚ました。

久しぶりだった。悪夢を見ないで目を覚ましたのは。

 

 

「フッ」

 

 

とはいえ自分のベッドの周りで眠っている巳里や真白、床で転がっている良神を見たらば、なんだかとても恥ずかしくなった。

悪夢を見ないで済んだと知ると、良神たちはとても喜んでくれた。父と母も安心してくれた。

まあいろいろ試しすぎて、何が効果的だったのかが分からないのはアレだったが、そこから路希は悪夢を見なくなった。

 

それはきっと路希が彼女を諦めたからだろう。

路希は自分を必死に治そうとしてくれる良神や真白たちを見て、考えを改めたのだ。

 

彼女は素敵な女性だったが、事実、目が覚めてしまえば名前も思い出せないし、顔もまったく思い出せない。

ハッキリと言ってしまえば幻想だったのだ。だから路希は確かにある現実だけを大切にしようと決めたのだ。

路希は自身の経験を踏まえ、心理の道に進もうと決めた。

 

しかし運命とは残酷だ。高校受験の冬、良神が体を壊した。

癌だった。あれだけ多くの人の運命を変えてきた良神も、多くの命を奪った病に倒れてしまう。そして良神は自身の運命をそこに見た。

それでいい。これでいい。良神は抗がん剤の投与を拒み、残りの人生を謳歌したいと家族に懇願した。

 

そして路希が高校を卒業する日、良神は息を引き取った。

クリニックは真白が引き受けることになった。路希は高校で必死に勉強をした。

ムーちゃんは違う高校に行ったが、頻繁に会って映画を見たり、ゲームで遊んだ。

文化祭の日に熱を出して休んだ。修学旅行でカップルたちがはしゃいでいる中、路希は男友達と北海道を回った。

 

しかしなんだ。恋人を見ると、過去を思い出す。

その時には路希は割り切っていた。友達にも打ち明けていたし、スプラッター寝取られ野郎と弄られて、大笑いしていた。

もうすぐ卒業だというときにバンドを組んでみた。楽器は楽しかった。

 

路希はそれなりにモテた。

プロになろうと皆で笑いあったが、その翌日にバンドは音楽性の違いで解散した。

 

高校を卒業すると、路希は都会の大学に進学した。

みんなそれなりにキャンパスライフを謳歌していたが、路希は真面目に勉強していた。

友人は数人、たまに会ってお酒を飲む。そんな生活を送っていたある日、路上で女性とぶつかった。

 

 

「あ、す、すみませんっ」

 

「こちらこそ――……」

 

 

二人は固まった。

路希とちはるは、以前どこかで会ったことがあるだろうかと同時に問いかけた。

先に思い出したのは路希だった。あの夢で会った女性、それがちはるだったのだ。

正直、ゾッとした。またあの悪夢を見るのだろうかと身構えた。

 

しかし次の日、路希は普通に目覚めた。

連絡先を交換していたので、ちはるにメッセージを送った。

あなたに会いたいです。まっすぐなメッセージには、まっすぐな返信が届いた。

 

 

『私も会いたいです』

 

 

ちはるは四歳年上だった。

落ち着いている雰囲気に、路希は惹かれた。ちはるも真面目な路希に惹かれていたのだと思う。

二人はよく一緒に食事をした。映画を見に行った。しかしお互い奥手が故に告白をすることなく一年が経った。

とはいえ、この一年は路希にとって非常に充実した一年であった。

 

毎日、ちはるに会えるのか期待した。

心のどこかには常にちはるがいて、話せる日を心待ちにした。

ちはるが好きなものを、路希は好きになった。

 

二年目のクリスマス。

虚栄のプラナリアという事件があったことを知る。

ライダーの格好をした人間が犯罪行為を――。

 

その報道を見て路希は心に決めた。

あの悪夢は、この日のためにあったのだと。

路希はちはるを呼んで、パスタを食べに行った。

料理を待っている間、路希は大きく息を吸って、ちはるを見た。

 

 

「あなたが好きです。お付き合いをしてくれませんか?」

 

「遅いよ。待ちくたびれちゃった」

 

 

ちはるの微笑みは、いつか見た微笑と同じだった。

路希は嬉しすぎて大きくガッツポーズを行った。

パスタを運んできたお姉さんがビックリしていた。それを見てちはるも笑ってくれた。

 

ただ恋人になれたはいいが、恋人らしいことが分からなかったので、特に関係性が変わることはなかった。

キスやセックス? そんな勇気は二人にはない。

しかれども恋人になってみて分かったことはある。

ちはるは事務の仕事をしていたが、なんと昔は声優になろうとしていたらしい。

 

 

「諦めることないよ。ボク、ちはるさんの声、大好きだよ」

 

「ふふ、ありがと」

 

 

夢はいつか叶う。良神院長が昔、教えてくれた。

ちはるはそれを聞くと、じゃあもう一度目指してみようかなと笑った。

彼女はそれなりに本気だった。事務の仕事を辞めてボイストレーニング、そして声優の学校に通い始めた。

 

路希もカウンセラーになるため勉強ばかりでバイトをろくにしていなかったので、二人はお金がなかった。

じゃあ一緒に住もうということになった。

これはなかなか良い提案だった。毎日がドキドキして本当に楽しかった。

個人で食べるお肉より、二人で食べる納豆のほうが百倍おいしかった。

夜。二人で同じ家に帰れることが最高に幸せだった。

 

 

「うわわわ!!」

 

「どうしたの路希くんっ!」

 

「ご――ッ、Gが!!」

 

「じぃ? あ、ゴキブリか!」

 

「ハッキリ言わないで!」

 

 

アパートはそれなりに古かったので、黒いアイツが出たりもした。

部屋の隅で震える路希を見て、ちはるはケラケラ笑い、ジェット噴射でさっさと始末した。

 

 

「すごいね!」

 

「いや、私もゴキさんは本当に無理だよ。っていうか虫全般とは競演NGでやらせてもらってますっ!」

 

「え? でもっ」

 

「震える路希くんが可愛くて怖いのとか吹っ飛んじゃった。それに私は年上のお姉さんですから。こういう時くらい、ね!」

 

「情けなくてごめん!」

 

「優しいのが路希くんの魅力だから大丈夫。ゴキブリくらい、私がいくらでもやっつけてあげるね! えへへ!」

 

 

その優しい笑顔を見たとたん、路希の目からは涙が零れていた。

 

 

「わわっ、どうしたの? なにか辛いことあった?」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

昔を思い出したのだ。

路希は思わず、ちはるの胸に顔を埋めた。

ちはるは少し驚いていたが、すぐに嬉しそうな顔をして路希の頭を撫でた。

 

 

「大丈夫。私がいつも傍にいてあげるからね。よしよーし。がんばったねぇ」

 

 

路希はちはるを抱きしめた。

どんなことをしても彼女を幸せにしたいと思った。

彼女に喜んでほしい。彼女に笑顔になってほしい。彼女に幸せになってほしい。

 

ニュースで言っていた。

今日は五年に一回しかない凄く綺麗な満月の日なのだと。

 

しかし空は雲に覆われていた。

いつか一緒に満月を見よう。

二人で一緒に。寒い秋の夜長でも大丈夫、ずっとくっついていれば、あたたかいから。

 

 

 

二人はいつも枕を並べて寝ていた。

それなりに一緒に住んではいるが、何かが起こったことはない。

でも今日こそは? そう思いながら、路希は眠ってしまった。

 

 

「ん――ッ」

 

 

顔がくすぐったい。路希は目覚めると、体を起こす。

 

 

「ふぁ」

 

 

まだ夜だ。真っ暗だ。

何か、部屋の隅で物音と気配を感じた。なんだろう? 路希は枕元にあった携帯電話を掴むと、ライトを灯す。

すると部屋の隅に何かがいた。あの大きさは猫だ。ははあ、きっと顔をくすぐっていたのは、あの子に違いないと思った。

 

しかしどこから入ったのだろう? 窓は閉めてる筈だし。

もしかしたら、ちはるが拾ってきたのかもしれない。優しいのはいいがアパートでは飼えない。困ったな。

 

そう思っていると、路希は気づいた。

長い、長い、触角があった。動いていた。

足は細くて、トゲトゲがあった。

それは猫ではなく、猫ほどあるゴキブリだった。

 

 

「ヒッ!」

 

 

大きい。大きいなんてもんじゃない。

本来ならば絶対にありえないサイズだ。

凄まじい嫌悪感、ゾッとしながら後ろに下がる。

もしかしてドッキリか? そう思ったとき、部屋に明かりが。

 

路希はバッと、立ち上がった。

床が動いている。黒い床――? 違う、全部ゴキブリだった。

部屋の床にビッシリとゴキブリがいて、それが動き回っている。

ゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリ。

とにかく山ほどいた。

 

 

「ひっぃいい!」

 

 

声が出た。すると凄まじい絶叫が耳を貫く。

前を見た。白い壁に、ちはるが、立っていた。

彼女は服を着ていなかった。しかしその裸体を確認することは難しい。

なぜならば彼女に重なるようにして巨大なゴキブリが覆いかぶさっていたからだ。

長い触角がピクピクと動いている。黒くギラついた体、小さな棘が生えている脚がうごめく。

彼女は、ゴキブリに犯されていた。

 

 

「だずげぇでええぇえ! 路希ぐぅぅんん! げぇえああぁ! イギャァアァアアァアァ!」

 

 

泣き叫ぶ彼女を見て、路希は悲鳴をあげた。

助けなければ。しかし部屋中を埋め尽くすゴキブリ、嫌悪感で頭がおかしくなりそうだ。

天井にも、壁にも、彼女の周りにもゴキブリが動き回り、飛び回る。

 

 

「やだぁあぁぁ! 路希ぐ――ッ! だずッ、だずけ――ッッ」

 

 

助けを求めるために、開いた口から、ゴキブリがカサカサと侵入していく。

彼女が嘔吐した。ゴキブリが口から出てきた。

その時、ゴキブリが何かを彼女の中に発射した。

彼女の肌が黒ずんでいく、すると皮膚を突き破ってゴキブリが出てきた。眼球が落ちて、穴からゴキブリが出てきた。

彼女が動かなくなった。尻や性器、口からゴキブリが出てきた。

 

 

「ぁあぁぁあぁあ!」

 

 

路希は部屋から出ようとドアノブに手を伸ばした。

しかしいくら捻ろうとも、いくら強く押しても、引いても、扉はビクともしなかった。

そうしていると、ゴキブリはどんどんと増えていく。

 

路希は叫びながら脚を振った。

寄ってくるゴキブリを蹴散らすことはできたが、どんどん飛来してくるゴキブリには対処できない。

そうしているとゴキブリの数が増えていく。気づけば路希の腰までゴキブリが積もり重なっていた。

何万引きいるのだろう。どんどん這い寄ってくるゴキブリが、路希の耳から中に入ろうとする。

路希は強く扉を叩いた。そうしている間に、ゴキブリは首の下まで積もり重なっていた。這い回る茶と黒が、路希の顔を這い回る。

耳には、ゴキブリがこすれあう音、這い回る音、羽音がうるさく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃひいぃぃいえいえぇあぁあぁああああぁあ! うぎゃあぁぁあああああああああああああぁああぁ! ヒイィイィィイィイィィ!! おうええぇえぁつ! ぶげぇえッ! いぎひぃぃいいいぃいいぃいいィイイイイイィ! ぉアッ! ヒェアァァアァアぁあぁあぁ!」

 

「路希! どうしたんじゃ! 路希ッッ!」

 

 

路希は目を覚ました。

全身を這い回る害虫を振り払おうとしていた。

路希は嘔吐しながらも、叫び声をあげ続けた。

この日、この朝、路希の脳が壊れた。

 

 

 

 

何度も彼女が死ぬ。

目の前で陵辱の限りを尽くされ、残酷な方法で殺される。

全て夢だったと気づくのに、路希はそれなりの時間を要した。

 

良神や真白たちが行ったことは全て無意味だったのだ。

路希は長い悪夢を見ていただけに過ぎない。実際は23時に眠って5時に目覚めただけだ。

高校生活も、大学生活も、告白した女性も、全ては幻だった。

同棲生活も害虫の海も、すべて悪夢だったというだけだ。

 

しかし与えられた痛みだけは本物だった。

路希は周囲のものを破壊し、頭をかきむしった。もう一度言うが、脳が壊れてしまった。

母が食事を用意してくれたが、路希はそれを腕で払いのけた。

 

なぜならば味噌汁がおぞましいものに見えたからだ。

味噌汁や白米は食べるものだ。しかしその食べるものという情報を取得する部分が破壊されたとき、人は味噌汁を食事と認識できなくなる。その不快感が勝り、路希は叫んだ。

 

何を食べても美味しいと感じなくなった。

というよりも味がしない。味は感じるが、味はしない。

音楽を聴いても、耳に残る羽音が現れ、路希は叫んだ。

 

震えが止まらなかった。些細なことで嘔吐した。

路希は限界だった。学校に行く気など消えうせ、夜を怯える毎日が始まった。

強制睡眠でも夢を見るので、路希は眠らない選択を取った。その間に真白たちは必死に原因を探ったが、二日経ったとき路希は死ぬことを決めた。

 

悪夢よりも辛いことなど何もない。

路希は美しい海へ向かって足を進めた。

歩けばいい。ただ蒼に向かって歩いていけば、呼吸消えうせ、自分は楽になれるだろう。

 

母が止めに来たが、殴った。

父が止めに来たが、刺した。

真白や巳里からも逃げ、路希は走った。

早く、速く――、海へ。

 

 

「路希、やめてくれぇえ!」

 

 

良神だけが追いついた。殴っても、切っても、彼は路希にしがみついた。

振り払い、海へ入ると、良神はポケットから一枚の紙を取り出した。

いつか、路希が小学生のとき、良神の誕生日に渡した『肩たたき券』だった。

 

 

「まだ残ってる……! おじいちゃんな! もったいなくて、嬉しくて――ッ、使えずに一枚残しておいたんじゃッ! まだこれを使っとらんぞ! 期限はほら、一生と書いてあるじゃないか! だからッ、おねッ、お願いじゃ路希! 死ぬなんて馬鹿な真似はやめてくれぇぇ……ッッ」

 

 

涙と鼻水を流し、声を上ずらせて泣いた祖父を見たとき、路希もボロボロと涙をこぼした。

良神は海へ入り、路希を抱きしめて、陸へと連れ帰った。

砂浜で、路希は泣き叫び、良神にしがみついた。

愛してくれた。我が、祖父よ。申し訳ないことをした。

 

 

「おじいぢゃんッ、だずげでぇえぇ、ボグおがじぐなっぢゃったぁぁ……」

 

 

良神は涙を流し、路希をしっかりと抱きしめた。そして背中を叩く。

 

 

「ぅぇえぇええぇえん……!!」

 

「分かってる。分かっておる。待っていろ、路希! 必ずお祖父ちゃんが、お前を助けてやる――ッッ!!」

 

「うッ! うぇげ! ボガッッ! じぅっずぅッ!」

 

「!?」

 

 

それは突然のことだった。

路希の体が刻まれていく。指が千切れ、目に糸が突き刺さり、眼球を引きずり出す。

 

 

「路希ッ!? 路希ィィイ!!」

 

 

良神は見た。

路希の上、そこに浮遊する『包帯姿の女』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生――ッ! これは一体ッッ!?」

 

「気にするな真白! 巳里くんも――ッ、とにかく今は路希を助けることに集中してくれぃ!」

 

 

手術室。真白と巳里は震えながら、良神を手伝った。

ベッドに寝転ぶ血まみれの路希。そして天井に寝転んでいる包帯姿の女。バイタルを確認するとモニタに、女が映っていた。

血走った目が、良神たちを睨みつける。

頭に女の思念が文字となって流れ込んでくる。そしてそれは――……。

 

 

路希。彼は、目を覚ました。

そこは砂浜だった。後ろを振り返ると、一面に広がるヒガンバナの花畑が見える。こんな場所、水野町にあっただろうか?

路希は気づいた。砂浜にある岩、そこに女性が座って泣いている。

 

 

「ちはるさん!」

 

「路希くん。ごめんね。今まで、ありがとうね」

 

 

路希はそこでちはるが、Chiharuだということを理解した。

仮面ライダーthe Next。路希は一度しか見ていなかったが、内容は覚えていた。

だから路希はどうして夢から目覚めたとき、彼女の顔と名前がまったく思い出せなかったのか? その理由を理解した。

 

名前も、顔も、『そんなものは初めから存在していなかった』からだ。

顔は壊され、名前は奪われた。それがChiharuという女なのだ。

しかし彼女は死んだはずでは? 路希は疑問に思ったが、そのとき、Chiharuの顔を見て察した。

 

Chiharuも声を震わせ、涙を流した。

逃げた。たった一言、彼女はそう言った。

理由を言おうとすると、路希が肩を叩いて言葉を中断させた。

 

 

「死にたくなかったから」

 

 

Chiharuは震える声で言った。

路希も分かる。泣いてくれた祖父を見たとき、路希は死にたくないと思った。

生きたいと強く願った。Chiharuもそうだったのではないだろうか?

 

確かに彼女は死を望んだ。

しかしそれは結局、どうしようも無かったからだ。

もしも彼女を助ける手段があったのなら、彼女はきっと……!

 

 

「もういいの。もういいんだよ。ありがとうね路希くん。さようなら」

 

「……ま、待って」

 

「一緒に見た映画、面白かったよ」

 

「待って! 待ってよ! ち、ちはっ、ちはるさん! 貴女はそれでいいの!?」

 

「………」

 

「そ、そそそれで納得できるの!? 教えてよ! ボクを――ッ、ご! こんなに苦しめたんだから、苦しくても教えてよ!!」

 

 

肩を揺さぶった。目と目があった。

 

 

「しにたくない」

 

 

Chiharuは泣いていた。

 

 

「死にたくないッ! 幸せになりたいよぉ……! ぐるじいのは、もぅヤダぁ……!!」

 

 

路希の腕を払い、彼女は自分を抱きしめる。

 

 

「私が私を殺すの。いつも、路希くんだって知ってるよね?」

 

「はい――ッ」

 

「あんなのもうイヤッ! やだよぉぉおぉ……!」

 

 

 

泣きじゃくるChiharuを見て、路希も泣いた。

しゃくりあげ、堪え、彼は――、決意する。

夢は、知らなかったはずのことも教えてくれる。だから路希は分かっていた。

背後に迫る黒い影がいやにリアルなのも、意味があると分かっていた。

 

 

「ぼ、ボッ! ボクが助けます……ッ!」

 

 

それは。

 

 

「ちはるお姉ちゃんを、助けてあげるからね――ッ」

 

 

世界で一番悲しい希望だった。

 

 

「ボクは仮面ライダーになる」

 

 

Chiharuが燃える両手で路希の首を絞めた。

斬月のクロスオブファイアが、彼に与えられた瞬間だった。

 

 

「仮面ライダーになって、あ、あなッ、貴女を助け――ッ」

 

 

Chiharuは憎悪した。目の前に憎き仮面ライダーがいる。

だから路希を刻んでいった。路希はバラバラになりながらも、Chiharuの笑顔が見たいと願っていた。

路希は手を伸ばした

 

 

「おじいちゃん――ッ! ぼッ、ぐをッッ! だずげで!!」

 

 

掴んだのは、希望と夢。

 

 

「ボクは仮面ライダーなんだ!!」

 

 

そして愛だ。

それを守るために路希は戦うことを決めた。良神は泣いていた。

神よ、おお神よ……! この爺を、赦したまえ。

 

 

「分かった! それでいい、それでいいんじゃ路希! 惚れた女のために戦えるようになったか!!」

 

 

真白と巳里は青ざめていた。

Chiharuは包帯の隙間から血走った目を見開いた。

感情や気遣いなんてない、ただ事実という言葉だけが脳に浮かび上がる。

 

 

『パーツさえあれば私が繋げます。人を殺してください。足りない部分を切り取ってください』

 

 

笑い声が聞こえる。床に転がったムーちゃんは怯える瞳で良神を見た。

 

 

「路希の祖父ちゃん! なんで――ッ、これ!?」

 

「ぎゃははは! 私がちょーっち女みせたらコロリと来てさぁ! 楽勝ッ! まんこ? 見たければ好きなだけ! ほらほら!」

 

 

土竜は女性器を見せ付けて笑う。

良神は麻酔でムーちゃんを眠らせると、目をくりぬいた。

そして路希の目――、失われた空洞にそれを埋め込んだ。

 

良神にもクロスオブファイア、知識の炎が与えられた。

クロスオブファイアがあるため、路希の治りは早く、立ち上がるまでに回復できた。

土竜がドリルでムーちゃんの体に穴を開けている中、路希は戦極ドライバーを取り出した。

 

 

「変身」『ソイヤ!』『メロンアームズ! 天・下・御・免!』

 

 

仮面ライダー斬月。

Chiharuは憎悪した。ライダー、仮面ライダー、憎い存在。

斬月は切り裂かれ、脚を失った。前に進むためのパーツだ。必要になる。

 

 

「路希! やめてくれ! 路希ィィッッ!!」

 

 

無双セイバーが父を貫いた。

 

 

「いいんじゃな。路希」

 

「悲しいけど、仕方ないじゃないかッ!!」

 

「うむ! ならばそれでいい! 路希、お前は――ッ!」

 

 

良神とChiharuは、父の脚を路希にくっつけた。

 

 

「路希くん。私はいいよ。応援しているからっ、どうかママの体を――ッ! うッ、がひっ! げぇあぁ!」

 

 

バラバラになった母のパーツを、路希の足りないところにくっつけた。

路希は二本の足で立ち、キングダムダークネスを見る。

Chiharuからのプレゼントだ。ナノロボットが再現してくれた。

 

 

「ボクは、Chiharuさんを助ける」

 

 

Chiharuが教えてくれた。"新しい体がほしい"と――!

 

 

「作ろう。お祖父ちゃん!」

 

「ああ。ならば祝いの栗まんじゅう!!」

 

 

路希――、ワシにはずっと叶えたい夢があったんじゃ。

この力があれば、ワシはそれを叶えることができる。

そうだ。全てはワシの夢のため、だからお前は何も苦しむ必要はない。

 

全てはワシのため。ワシだけのため。

それでもワシは嬉しいよ。初めてお前が本当にやりたいことを見つけたことが。

ワシをこんなにも頼ってくれることが。

 

患者を狙うのは楽だった。

向こうは良神を信頼しきっている。良神は嬉々として思いついたものを試した。

ナノロボットの可能性は無限だ。小さい機械なので、どこにでも入れるし、改造も勝手にやってくれる。

 

肌を鮫肌にすることも、睾丸を改造して凄まじい射精能力を与えることも。

そしてChiharuが気に入った肉体は刻み、くっつけた。

彼女はなかなかワガママなお姫様。いくつか提供したが、まだ足りないと頬を膨らませる。

 

もっとすばらしい器を。

もっとふさわしい器を。え? ムーちゃんのお兄さんが尋ねてきた? 改造改造!

 

Chiharuはツンデレさんだ。

仮面ライダーが大嫌いで、路希がライダーになったから、たまに刻んでくる。

そしたらまた新しいパーツをくっつけて――ッッ!!

 

 

「ねえお祖父ちゃんッ、ぼ、ボクッ、ボクは間違ってないよね!? 全てが終わったらChiharuさんは……ッ、ちはるさんは助かるんだよねッ!? また笑顔になってくれるんだよねッッッ!!?! もう苦しまなくてもいいだよね!!??!?!」

 

 

路希が泣いていた。所詮は中学生、ふとした時に大人になろうとする。

すると誰よりも早く、真白が彼の背中を叩いた。

 

 

「キミは間違ってないよ」

 

 

すぐに巳里も駆け寄った。

 

 

「ええ、真白先生の言うとおりですわ」

 

 

路希は頷き、立ち上がった。

 

 

「すまんのぉ」

 

 

良神は後で二人に謝った。何に対しての謝罪なのかは、察してほしい。

 

 

「僕にとっても路希くんは家族ですから」

 

「ええ。私もですわ。それに院長には大変感謝しております。私の人生を変えてくださいました。ですから恩返しがしたいんです」

 

 

だから化け物になるというのだ。

かつて人生を豊かにするべく、治療した二人を地獄に落とす。

 

 

「覚悟なき正義は、いつか壊れる」

 

 

もしも未来で、覚悟ある正義を持った男が現れたら……。

しかしそれでも良神は路希を愛していた。

彼のやりたいことを最期まで応援したかった。

彼が最初に愛した女性を、なんとしても助けてあげたかった。

そして後は本人の欲望を優先させる。

 

 

「楽しいわい……」

 

「え?」

 

「人生とってもたのしいY!!」

 

 

良神は路希に向かって叫んだ。

 

 

「路希! 100のキチガイよりも、愛した1を取れ!!」

 

 

お祖父ちゃんはまだまだ改造しちゃうぞ! 世界中の人を作品にしちゃうぞ!

脳を改造して、体をいじくりまわして、怪人にしちゃうぞ!

だから路希も気にすることなく、Chiharuさんの肉体を集めればいいんじゃね!?

 

 

「二人で一緒に、夢を叶えようぜ!!」

 

 

路希は頷いた。

翌日、真白と巳里がブレードアルマジロとガトリングパイソンになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けるんだ……! ボクは――ッ! ボクが!!」

 

 

そして現在、路希はフラつく足で前を目指した。

敬喜や岳葉は変身が解除され、嘔吐していた。路希の記憶がテレパシーを通して伝わってきた。

 

Chiharuの肉体を作る。

 

Chiharuを助ける。

 

Chiharuを――、愛しているんだ……!

 

 

「ボクが彼女を――ッ、救うんだ……!!」

 

 

路希は彼女の苦しみを教えられた。

地下廃棄場で痛む体、どれだけの時間が経ったろうか。ネズミやゴキブリしか傍に来てくれるものはいなかった。

彼女はただ――、好きな歌をうたうことができれば、それで良かったのに。

そのままでいいのか? それでいいのかよ仮面ライダー。なにが正義だ、なにが平和だ。ボクは違う。ボクは絶対にそんなことはしない。

 

 

「ボクが、彼女を! 助けてみせる!!」

 

「違う! それは違う! だってアイツはッッ!」

 

 

市原隼世、おそらく最大のミス。

この男は、この一番大事なシーンで、あろうことか、路希を気遣ってしまった。

敗北を察して泣いている彼に、同情してしまったのだ。

 

 

「助けて、助けてよ! お願いだから助けてぇええぇええ!」

 

 

路希が、叫んだ。

 

 

「仮面ライダーッッッ!!」

 

 

その時、この弱い少年の正義に覚悟が生まれた。

大切な人を守るために、たった一人で戦う男を、世界は祝福した。

間違いなく路希は仮面ライダーである。その証拠に、彼の炎がはじけた。

 

 

「!」

 

 

路希のベルトが変わる。戦極ドライバーではない。

あれは、紅く輝く――、ゲネシスドライバー!

 

 

【メロンエナジィ……!】【ロック・オン!】

 

「やめろ! 路希ッッ!!」

 

「変身ッッ!」【ソーダァ】【メロンエナジーアームズ!】

 

 

斬月・真。

その掌底で2号が吹き飛ばされた。

振り返った彼は、ソニックアローの矢を撃った。

 

想いのエネルギーを祖父の形見に打ち込む。

すると中にいたChiharuが両手を広げた。抱きしめるように、白い触手が斬月を包み、肉塊の中に招き入れる。

肉が膨れていく。珠菜は深層へ沈んでいき、かわりに球体の上には斬月の上半身が。

 

白い糸が束ねると、それは翼になる。

肉塊が浮き上がり、天井を突き破って外に出ていった。

2号が皆を連れて後ろへ下がっていく。

ふと、キングダムダークネスのモニタが歪むのを確認した。

 

そこにはChiharuが映っていた。

包帯女、肉の塊、モザイクのようにノイズが走る。

彼女には顔がない。

 

 

『体を手に入れました』

 

 

嬉しそうではない。

それは究極たる憎悪。そこに笑みはなく、侮蔑すらなく。

ただありのままに燦燦と輝く憎悪があった。

 

 

「お前の戦いは、もう終わっただろ!!」

 

 

死を望み、(ブイスリー)の手によって眠りについた。

 

 

「それで良かっただろうがぁアッ!!」

 

『アレは私ではありません』

 

 

Chiharuはちはるを拒んだ。

つまりなんだ? V3に助けを求めた本体を憎悪している?

 

 

『私は全ての愛を消し去ります。世界中の人を殺します』

 

 

その中で選ばれし者が現れる。

ナノロボットによる散布。適合者は人間を超越する。

リジェクションが起きれば死ぬ。適合者の中でも選ばれたものはすぐに怪人となる。

 

それは体内に入るナノロボットが多ければ多いほどいい。

十面鬼の体内はナノロボットを増殖させる工場のようなものだ。

もっと体に馴染めば、より多くのナノロボットを作ることができ、9つの顔にある鼻や口から散布していく。

 

 

「そのためにあの子を利用したのか。お前への優しさを踏みにじったのか……!」

 

 

2号の憎悪をChiharuは憎悪をした。

 

 

『クロスオブファイアの概念を理解。私が目覚めたことで、火の粉が生まれてしまったようです』

 

「それが僕らの中にある火種に燃え移った……ッ! カテゴライズされた炎が、僕らに昭和ライダーの力を与えたんだ……!」

 

『クロスオブファイアは同種の証明。私の中に貴方たちと同じ力が流れているのは憎い』

 

 

Chiharuの姿がノイズとなって、モニタから消えていく。

 

 

『私は絶対に彼方たちを赦しません』

 

 

十面鬼の飛来を目の当たりにし、立木たちが地下にやってくる。

 

 

「どうなってんだ隼世!」

 

「とにかく立木さんは皆をお願いしますッ!」

 

「お、おお……!」

 

 

そこでマリリンが首だけの涼霧を見つけて、ニヤリと笑う。

とてもサイコな空間だ。居心地がいい。そう思っているとチューブをたどってキングダムダークネスを見る。

 

 

「治せますか?」

 

 

エックスがつぶやいた。無理だとは思っていたけれど。

するとマリリンは顎に手をあて、エックスにクルーザーを置いていくように言った。

 

 

「行くぞ皆! ヤツを止める!」

 

 

ライダーたちは再び変身し、穴から外に出る。

夜だった。空が深い闇で覆われている。

十面鬼は歌をうたう。プラチナスマイル、Chiharuの歌だった。

 

 

「ウォオオオオオオ!」

 

 

まだ近い。

1号と2号は跳躍で、V3は飛行、エックスはロープを伸ばし、アマゾンはネオの鎧を纏うとクローを肉の塊にひっかけた。

しかし十面鬼の翼が動いた。それは白い触手、次々と迫る斬撃がライダーたちを打ち落としていく。

 

 

『ナノロボット――』

 

 

Chiharuが囁いた。

いくら狡猾であったとしても、その思考は憎悪に支配され、もはやまともではない。

ナノロボット散布を目的とする中で、彼女はいきなり主目的を変える。

彼女を突き動かすのはただ一つ、永遠の復讐心のみ。

 

 

『たくさんの人を殺してください』

 

 

斬月は強く弦を引っ張った。

待っててねChiharuさん。今、ボクの想いをキミに捧げるから。

 

 

【メロンエナジー!】

 

 

矢が発射された。闇夜を切り裂き、矢は空中で爆発する。

大きなメロンが生まれた。空に浮かび上がる大きな、大きなメロン。

斬月はそれが満月に見えた。そういえばいつかChiharuと一緒に月を見ようと約束をした。

それが今、叶ったのだと、彼は嬉しくなった。

 

メロンから矢が生まれた。

光の矢はまるで龍のように縦横無尽に動きまわり、水野町に飛んでいく。

 

話は変わるが、岳葉が働いていたCDショップの店長は水野町に来ていた。

音楽が好きな彼は、今度ここでジャズ喫茶を開こうと思っていたのだ。

 

美しい海を見ながら、ジャズを聴く。

最高だ。男はそのためにコーヒーの勉強をしていた。

今日は店にしようと思っている建物の下見だ。同じようなことをしていたが、高齢で店を畳んだ人のものだったので、必要なものはそろっている。

 

 

「ようし! がんばるぞー!」

 

 

店長は気合をいれた。

 

 

「はぴゅ!!」

 

 

直後光の矢に頭を貫かれて死亡した。

一方でミッちゃんは全力で走っていた。前方に光の矢が見えると、ミッちゃんは左に走る。

しかし光から矢が飛んでくるのが見えたので、踵を返して全速力で走った。

走る。走る。そして振り返ると、無数の光の矢が見えた。

 

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼくが死ぬ確立はずずずずばり――ッ!」

 

 

 1 0 0 % で し ょ う !

 

複数の矢がミッちゃんのお腹を貫き、上半身と下半身が分離した。

内蔵が飛び散るなか、一本の矢がミッちゃんの首を貫き、頭が分離する。

最後に数本の矢が頭を貫き、肉も骨も脳も弾け飛んだ。

 

 

「うぇええぇえん! こわいよぉぉお!」

 

 

ナオタは夜ごはんが大好きな焼肉ではしゃいでいたが、ビールを入れようとしたお父さんの腕が弾けとび、叫んでいると、脳が飛び散ってホットプレートの上に落ちた。

お母さんは叫びながらナオタの手を引いて逃げようとしたが、天井や窓を突き破った光の矢に全身を射抜かれ、内臓を撒き散らしながら死んだ。

ナオタはなんとか逃げ延び、自室に入ってベッドの下に頭をもぐりこませる。

けれどぽっちゃりした体のため、お尻は外に出ていた。

 

 

「うぇぇえん! ママぁ! パパァ!」

 

 

泣きながらガタガタと震えるナオタ。

彼の大きなお尻に、一本矢が刺さった。

 

 

「うあぁあぁあん! 怖いよおぉおお! 痛いよぉぉおお!」

 

 

ドスドスドスドスドス! 次々に追撃の矢が刺さっていく。

ナオタは鼻の穴や口から血を流し、白目で固まっていた。すぐに動かなくなった。

 

一方で水野町の高台には部賀と、その仲間たちの姿があった。

大きな幕を持ってきており、それを広げると『我らが志亞! 日本のヒーロー!』と書いてある。

応援の準備はバッチリだ! 仲間たちが盛り上がっていると、空に巨大なメロンが浮かび上がった。

皆それはもう大盛り上がりである。

 

 

「メロンだ。やっば!」

 

「ぎゃはは! なんだよアレ! おもしれーっっ!」

 

 

写真にとってSNSにアップしよう。

みんなが自撮りやメロンに夢中になっていると、ケンの頭が弾け飛んだ。

続いて悲鳴をあげた江都子の口の中に矢が突っ込まれ、頭がはじけて、体もはじけた。

悲鳴が続く。みんな次々に射抜かれ、部賀は急いで逃げ出した。

 

 

「これやべぇって!!」

 

 

部賀についてきた仲間たちも死ぬ。

部賀はヘラヘラ笑っていたが、徐々に増えていく矢を見て、笑みを消した。

 

 

「ハハ……! すげぇ! これマジで――ッ! 死ぬ? 死ぬのか?」

 

 

矢が部賀に刺さった。腕が弾け飛んだ。膝を貫かれ、部賀は倒れた。

腹を貫かれ、内蔵が零れた。空を見上げると矢が飛んでくるのが見えた。

 

 

「死んだわ!」

 

 

正解! 部賀は頭を潰されて死んだ。

あとちなみになんだが、高台の近くにはリセと正和のお墓があるのだが、それが壊れていた。

近くで高岡園長夫妻が矢に貫かれて死んでいた。

 

 

「おおぉお! クイガミさまがお怒りじゃ……!」

 

 

珠菜のお婆ちゃんは半ば安心していた。

あれだけクイガミ様に尽くしたのだから、自分は大丈夫だろうと。

次の瞬間、珠菜のお祖母ちゃんは内臓を零しながら地面に倒れた。

 

矢は水野町を飛びまわった。

それなりにみんな、貫かれた。

 

 

「うえぇえええぇん!!」

 

 

ショッピングモール駐車場で男の子が泣いていた。

ママと手を繋いでいるのだが、腕から先がなくなっていた

男の子はママの手をもったまま泣き、歩く。そうすると声に引き寄せられるようにして矢がたくさん男の子に降りかかった。

男の子は矢をたくさん受けて、すぐに死んだ。

 

あとその近くの家、家族が住んでいるのだが、お父さんが泣いていた。

家族で食事をしているとき、矢がお祖父ちゃんを刺し貫いた。逃げようとする家族のまわりを矢が囲んだ。

しかし矢はそこで動きを止めた。助かったのかと思ったら、テレビの画面にChiharuが映った。

 

 

『あと一分。その後、激痛』

 

 

それだけだった。

それだけだったが、お父さんは意味を理解してお母さんの首を絞めて殺した。

怯えるお姉ちゃんと弟にも事情を説明した。

あと一分で矢が動くから、それならば先にお父さんが少しでも痛くないように殺すと。

家族はそれを受け入れた。お姉ちゃんと弟が死んだとき、ちょうど一分が経った。

お父さんは目を閉じた。矢は帰っていった。

 

 

「そりゃないだろ!!」

 

 

お父さんが泣き叫んだ。

しばらく泣いていると、矢が戻ってきてお父さんを射抜き殺した。

 

光の矢は尚も飛び回る。

暗い水野町を明るく照らしながら飛び回る。

矢は至るところに飛来していき、家を破壊し、ビルを破壊し、火災が起きて、サイレンさえも貫いた。

 

矢は病院にも飛んでいく。駐車場で誰かが叫んでいた。

消防隊の隊長さんだ。ラグビーをしている息子が怪我で入院しているようで、そのお見舞いに来ていた。

非番の後輩も傍には三人いる。彼らは迫る矢からなんとかして患者さんや一般人を守ろうとしていた。

 

隊長は矢が音に反応することを理解した。

だから大声をあげて、一人で走る。

矢の狙いを全て自分に集中させようというのだ。

狙いはいい、矢は病院を外れて隊長に向かって飛んでいく。

 

怖い? 怖い。そりゃあ怖いさ。

だけど人を助けるのが仕事だ。ましてや家族がいる。

そして奇しくもこの体験が、隼世の苦しみを少し理解することになった。

そうか。怖いな。たとえライダーの鎧があったとしても。

 

 

「うぐぅぉぉお!」

 

 

隊長の腹を、矢が突き破った。

膝も貫かれ、隊長は地面に伏せる。零れ出る内臓と血を見ながら、彼は歯を食いしばった。

 

 

「頼むライダーッ! 俺たちの世界を、どうか……!!」

 

 

隊長の首が貫かれ、頭部が分離して地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ?」

 

 

映司は目を覚ました。真っ暗だった。

なんだここは? 映司は立とうとしたが、立てなかった。

狭い。手を出して辺りを探ると、岩に囲まれていることが分かった。

 

映司はあぐらをかいて考える。

確か、良神クリニックにいて、それから十面鬼が出てきて、クリニックが崩れて、瓦礫に埋もれて――……。

そうか。瓦礫だ。狭い。暗い。怖い。

 

 

「誰かー! 誰かいませんかーっ!」

 

 

映司? あれ? 映司?

いやいや、違う。自分は映司じゃない。

あれ? そういえばなんでここにいるんだっけ? ああそうそう、弟が帰ってこなくて――……。

それで、どうなった?

 

 

「あれ?」

 

 

そのとき、轟音が聞こえた。

天井が下がってきた。たまらず腰を曲げた。

参ったな、お辞儀をする形になってしまった。

苦しい。あれ? ちょっと待て。今これって生き埋め?

生き埋め!? 嘘だ! 嘘だッ!

 

 

「やばい! あれ!? えッ? お、おーい! 誰かーッ、誰かいませんかーッ! やばい? え? やばい! 助けて! 誰か助けてェエエエエエ!!」

 

 

震動。砂がサラサラと落ちてきた。

やばい、暗い。怖い。

 

 

「助けてーッッ! おかあさーん! おと――ッ、誰かーっ!!」

 

 

グオォォゥン! と、音がした。

天井が下がってきた。腰が押され、隙間が小さくなっていく。

 

 

「うあぁぁ! い、痛いッ! いだだッ、だだだだ! 痛い! だ、誰かッ、本当にッ、え!? 死――……? ちょ、ちょっと待って!」

 

 

埋もれてる? 本当に死ぬ?

 

 

「い、イヤだ! イヤだ!! ヤダァァッァァアア!!」

 

 

ゴォォオオオンン!

 

 

「ひぃぃぃいああぁ!」

 

 

隙間が小さくなっていく。折りたたまれる映司の体。

 

 

「こ、怖いぃ! いやだぁあ! お母さん! お父さんぅ!!」

 

 

最後は弟の名前を読んで、助けを求めた。

彼は覚えていないのだろうか? 弟は死んだし、父と母は自分が殺した。

仮面ライダーオーズだと思い込んでいた自分が殺したのだ。

まあ覚えていないか、脳改造を施されていたのだし。

暗く、狭い瓦礫の隙間、徐々に崩れ、隙間がなくなっていく。

 

 

「うぎゅぅぅぅん。ばぁぁッ! だず――……」

 

 

既におでこが地面についている。体が硬いのですごく痛かった。

少年は体を折り曲げた状態で放置され、必死に叫んでいた。

これ――ッ、もう舌を噛んだほうがいい? 噛む? 助けは? どうする? 怖い。助けて。おかあさん。ああまた震動。瓦礫が崩れ、少年が挟まっていく。

 

 

「あぁああぁあぁあぁあああぁあああ! あーッ! 誰か! 助けてぇえええ!」

 

 

ガラガラドシャーン!!

瓦礫が崩れた。隙間にあった石は挟まれ、すりつぶされ、粉々になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は――……、生きていた。

恐怖でボロボロ泣いていた。恐怖で脱糞していたし、失禁していた。心臓はバクバクバクバク。

目の前にシルエットが見える。

 

 

「あ、ありがとうございまひゅ……。ほ、本当、本当に……!」

 

 

僕を助けてくれて、ありがとうございます。

こんな残酷な感謝が、かつてあっただろうか?

 

 

「これ、あげる」

 

 

少年を助けた青年は、パンツを一枚、プレゼントした。

瓦礫が崩れるなか、光が差し込み、腕が伸びてきた。

少年はそれを必死に掴んだ。そうしたら瓦礫の中から『彼』が引き上げてくれたのだ。

 

少年は全てを思い出した。

アンクだのマンコだのとはしゃいでいた日。

レイプではしゃいだ日。両親をグリードだと殺した日。

 

少年は泣き崩れ、受け取ったパンツで顔を覆った。

随分と情けない姿だろうが、青年は少年を抱きしめた。

グッと強く抱きしめ、頭をポンポンと優しく叩いた。

ウンコとおしっこがついたが、青年は気にすることなく少年を抱きしめた。

とても温かかった。少年は安心して泣いた。

 

 

「何かあったら、この手を思い出してね」

 

 

頭を撫でた手、そして少年の手をグッと握り締めた手を。

少年は嗚咽を漏らした。こんな姿で、こんなことをしてまで会いたくは無かった。

こんな姿を見せたくはなかったのに……。だから少年はただただ涙を流すことしかできなかった。

 

しかし一つだけ確かなことがあるとすれば、それは今、自分が生きているということだ。

生き残ったということだ。それは今も変わっていない。

確かに死にたいが、それでも生きたかったのだ。

だから少年は泣いた。ただひたすらに泣いた。

誰もいない。罪だけが残った。

 

 

「じゃあ、おれはもう、行かないと……」

 

 

青年は悲しそうな顔をして立ち上がった。

目の前には灰色のオーロラが見える。

もともと少しだけ訪れる。そういう契約だったから、時間が来てしまったのだ。

剣崎は絶対だ。だから最後に、せめて。

 

 

「またね」

 

 

そう言った。

それが正しいのか、間違っているのか、火野映司には分からなかった。

オーロラが通り過ぎ、映司は元の世界に帰還した。

少年はうずくまり、映司からもらったパンツを握り締めて泣き続けた。

 

 

 





tips【カルテ】

・自分を火野映司だと思い込んでいる精神異常者

路希の友人の兄を薬で眠らせて改造した。
仮面ライダーが好きらしく、適当に弄ったら自分を仮面ライダーオーズの主人公、火野映司だと思い込むようになった。
ただ脳改造をミスったのか、リジェクションが起きたらしく。『ひのえいじ』ではなく『ぴのえいじ』と名乗っていた。

母をメズール、父をガメル、友人らをカザリだと思い込んで殺害。
映司だと思ったのはオーズが一番好きらしく、玩具のベルトに玩具のメダルを入れて、お祭りで取ったらしいお面を被って変身していた。
しかしリジェクションは時間と共に強くなり、後半はメダルを100円だの500円だのでも認識するようになり、言語障害や幻視、幻聴なども発症する。
涼霧の切り取った腕をアンクと認識している時点で、もやは使い物にならなくなってしまった。
おまけに最終的にはダブルドライバーを腰に巻いていた。もうどうしようもない。

しかし、一つだけ気になるのは、炭酸系の缶をパワーアップアイテムとして認識していること。
サイダーをシェイクしまくって頭から被っていたのを見たときは、『え? 気持ちわる。コイツマジでイカれたわ』と思ったが、どうやら本人の中では新形態になっているようだ。

だがそのようなアイテムは仮面ライダーには存在せず、脳による未知なる可能性が何か働いているのではないかとも思っている。
常々、脳と言うのは『宇宙』と構造が近いと言われている。
信憑性はないが、海外では脳に強い衝撃(プールで転んだり、殴られたり)を与えた翌日に、楽器が弾けたり、物に数字や色に見えたりする症例が報告されているとか。


・ドリル土竜

黒田くんが二重人格とは驚きだった。
シリアルキラーらしく、とはいえ話してみると気があった。
『ドリュー』と名乗っていたが、漢字で書くと土竜(もぐら)になるので、ドリルを渡してみると気に入ったようだ。
気になるのは黒田くんと土竜くんでは、ナノロボットの適合率が変わってくるということ。

これは実に興味深い結果である。
心配なのは土竜くんの状態で攻撃を受けて、何かの形で人格交代が起こった場合、ナノロボット適合率の低い黒田くんではダメージに耐えられないのではないかということ。
おそらく死亡すると思われる。そもそもナノロボットによる改造が、ナノロボットを入れている間なのか、改造が終わればナノロボットが体から消えても継続状態となるのかはいまひとつ分からない。
the Nextによる描写が全てではないというのは事前に調査済みである。
クロスオブファイアとやらの概念形態もそれぞれ変わってくるらしいので、調査が必要である。
ちなみにドリルで開けた穴に、排泄するのが好きらしい。とんだおちゃめさんである。


・ブレードアルマジロ

一度原点回帰というか、リスペクトを忘れてはいけないと仮面ライダーthe Nextを視聴する。
ナノロボットでスーツを作るというのは目から鱗であった。
模造するのは悔しいが、これも全てはよりよい物を作るため。
真白くんはよくみたら『在流真白』でアルマジロなので、アルマジロのスーツを作ることにする。
電磁プレートやナイフを基調としたが、ちと格好良すぎるか。


・ガトリングパイソン

かわいらしいシースルーのドレスの下には、ハードでエロティックなレーザースーツ。巳里くんにはピッタリじゃ。
どこぞの王子が、嫁を初恋の人と同じ顔にして欲しいと言うんで、その通りにしてやったら何でもくれるというから金と武器をいっぱいもらった。
ナノロボットにガトリングを記憶させ、一瞬で巳里くんの左腕をガトリングに変えてみせることに成功する。
どうやらこれはチェーンソーリザードにも使われていた技術らしい。
弾丸もナノロボットでつくれた。空中に散布した弾丸は一定で分解されナノマシンに戻る。
それらはすぐに宿主である巳里くんに戻っていくため、弾切れの心配はない。


・グレネードバッファロー

ナノロボットより人間が人間を超えることが可能になったとはいえ、人間そのものが強ければ、それだけ改造後も強力になる。
そうした点では牛松はかなり魅力的な存在であった。しかし持ち前の性格を考えると、協力するとは考えにくいため両腕を移植後、脳改造を施した。
攻撃性を上げる都合上、妊娠中の奥さんを腹パンで流産させてから顔面を粉砕してしまった。
申し訳ない。墓前には栗まんじゅうを供えようと思う。


・コウモリフランケン

映画が――、なかでもB級ホラーが大好きだった。
グロテスクやらホラーの奥にあるコメディポイントに不思議な魅力を感じていた。
それを作ることは、私のクリエイティブな憧れだった。

だから路希は何も気負う必要は無い。全てはワシの興味本位、そして夢のためだからだ。
やめておけと言えれば、おそらくそれは一つのマシな結果になっていたかもしれない。
しかし少なくともあの瞬間の路希はそれで納得いかず、ワシも心にしこりを残したまま生きていくことになった。

もしもワシの意見と路希の意見が食い違っていたのなら、ワシはどうしていたのだろうか?
分からん。いくら栗まんじゅうを食うても分からんかった。
ただアイツは覚えているだろうか? ワシが栗まんじゅうを好きになったのは、あの子が買ってくれたからだということを。
あの子は優しいから自分がケーキを買ってもらったら、ジジイにも何か買ってあげたいと。
息子が和菓子が好きだといったら、あの子は栗まんじゅうを選んでくれて……。
まあ、もう覚えてすらないか。

久しぶりに時間ができて、昔好きだったパチンコでも打ちに行こうかと思った。
思わなければよかったか?
このイカレ爺にも、まだ愛が残っているとすれば、それは路希だけじゃ。
あの子の夢を少しでも妨げることはしたくはなかった。
たとえ、それが

あの子を殺すことになっても



tips【エネミーデータ】


・スターティングガイジ

瑠姫の義父。


・Chiharu怨念態

かつて仮面ライダーに敗北したChiharuが生み出していた精神体。
ショッカー基地廃棄場で動けなくなっていた本体のかわりに、人間を惨殺してきた。
本体が死亡してからも魔法石に入ることを拒否、果てない憎悪が異世界への脱却を可能にさせた。

分身体という位置づけでありながら、兄への愛によって死を選んだ本体さえも憎悪。
その最期の願いである『殺して』を『殺してやる』に曲解。
クロスオブファイア所持者である『タカトラ』を殺害後、仮面ライダー斬月の炎を回収した。

その後、パチンコ『CR仮面ライダー』に寄生。
ネットワークを介し、人間の悪意を把握、吸収して成長していった。
さらに『777』を出した人間の脳を狂わせ、いわゆる『ガイジ』化する種を植え込んでいった。
これには個人差があり、復活前から少しずつ一部分が狂うものもいれば、まったく普段と同じ生活を行うものもいる。


その正体はナノロボットの集合体。
シザースジャガーや、チェーンソーリザードが武器を構成していたように、Chiharuが『幽霊』を構成していたもの。
なので体内には大量のナノロボットを有しており、さらにキングダムダークネスを再現することにより、ナノロボット製造までも可能にした。

アマダム飛来前から世界に存在していたが、パチンコの中で冬眠状態であったため、気づかれなかった。
その後、虚栄のプラナリアにて世界に蔓延るマイナスエネルギーが急激に増加したことで吸収できるマイナスエネルギーが増加。
さらに6年の年月を経て、計画を組み立てるまでに知能が上がる。

最終的に彼女が狙いを定めたのは、良神の孫である路希。
彼の夢に寄生し、幻想に恋をさせることで、路希を傀儡にすることに成功した。
さらにちはるの陵辱相手を仮面ライダーに似せるなど、ライダーを見ると無意識に憎しみが湧き上がるようにも細工した。
これにより、路希はライダーに助けるという選択肢を限りなく選びにくくなってしまった。

ちなみに路希が夢で見ていた幻想のちはるの顔は、進藤、山崎、尚子、由香里の顔を合成したものであり、どこにも存在していない存在である。
全ては復讐のため。路希への恋心など、欠片も存在していない。


・Chiharu究極態 十面鬼プラチナ=スマイル

彼女にとって一番屈辱だったのは、愛の前に屈服したこと。
復讐は永遠に終わらない。全てを超越する『愛』を否定するため。
今、動きだす――!



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最終話 夢が虹を降らすまで

歌詞使用機能を使ってみました。
サブタイがそれでございます(´・ω・)


電子の海。

果てない世界だ。始まりであり、終わりである。

長い航海のなかで、Chiharuはずっと考えていた――。

 

どうすれば、人を苦しめる世界が作れますか?

一体なにをすれば、この世界を最低最悪にすることができますか?

 

青い鳥が飛び立つ世界で。

五つ星が輝く箱庭で。

電脳の海を泳ぐ先人たちがChiharuに教えてくれた。

 

否定すること。

茶化すこと。

傷つけること。

 

色を、否定せよ。

国を、非難せよ。

家族を馬鹿にせよ。

良心を茶化せ。

自尊心を破壊せよ。

 

人間である証明を傷つけます。

性欲、食欲、睡眠欲。それが壊れた人間をたくさん作ります。

彼らは道化になってもらいます。誰も笑わない道化を、人は愚かだと言います。哀れに思います。

 

世界を不快感で満たしたい。

私の復讐は永遠に終わりません。

 

 

『ここが終われば、私は次の世界を目指します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

哀しい過去などない。

生まれたときから、お前らを不愉快にして殺すために生まれてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の矢が水野町を飛びまわり、悲鳴が、炎が町を包む。

ライダーたちは各々、叩き落された場所でそれを確認していた。

 

 

「そんな……!」

 

 

エックスから声が漏れた。

そして2号を初めとして、皆その光景に心を折られ、戦意を喪失していく。

 

1号は腰を抜かした。

果たして、何人が死んだだろうか?

そしてその死はきっと自分たちのせいだ。

もっと早く路希を止めていれば、こんなことにはならなかったと思う。

みんな、死を背負いきれない。だから沈黙して震えるしかできない。

 

 

「立ってよ! 仮面ライダー!」

 

 

だがまあ、そんなことは分かっていた。

この女はそういう情けない男を好きになったのだから。

瑠姫は外に出て思い切り叫んだ。

 

 

「私を地獄のそこから引っ張りあげてくれたじゃない! あれはたまたまだったの!?」

 

 

1号は瑠姫を見た。

それなりに距離が離れているが、彼のライダーとしての聴力がその声を拾ったのだ。

そしてライダーとしての視力が、こちらをまっすぐに見つめる瑠姫を捉えた。

1号の心が揺れる。それがテレパシーとして伝わり、2号やV3も続けて彼女の方に視線を移す。

 

 

「違うでしょ!? 仮面ライダー! みんなが貴方たちの勝利を待ってる! ヒーローなら応えてみせなさいよッッ!」

 

「ッ」

 

「もう一度なってよ! みんなの希望にッッ!」

 

 

その時、俯いていた1号は顔を上げて、複眼を光らせた。

周りを見れば死体、悲鳴、炎、死体、死体、悲鳴。

1号は近くにあったレンガの壁をなぐりつける。

 

 

「まだだ! まだだッッ!!」

 

 

テレパシー。脳内に1号の声が響く。

 

 

「まだ終わりの鐘は鳴ってないだろ! 止めるぞ! その魔法が――ッ、解けるまで!」

 

 

耳をふさいでも聞こえるはずだ。その声は。

 

 

「俺たちは仮面ライダーだ!!」

 

 

光の矢が瑠姫にむかって飛んでいく。

しかし背後からクルーザーが飛んでくると、矢にぶつかった。

はじかれた矢は軌道が逸れて、マリリンが持っていたカプセルに直撃する。

マリリンはぎゃあと声を出した。中にあった涼霧の頭が潰れる。ゾッとした一同はとにかく瑠姫たちを地下に引っ張っていく。

 

 

「ロクな人間じゃないぞ」

 

 

V3がつぶやいた。

 

 

「少しだけ、小学生の女の子の唾液をコレクションしていたことがある」

 

 

なんちゅうことを言うんじゃコイツは……。

エックスや2号が汗を浮かべているなかで、アマゾンが言葉を続けた。

 

 

「野良猫でオナホールを作ったことがあります」

 

 

なんちゅうことを――、2号がそう思っていると、エックスが続けた。

 

 

「名前も知らないおじさんとセックスしたことありまーす。入れられたあと、入れましたーッ! えへっ!」

 

「え? 入れらた後、入れた……?」

 

「あれ? 言ってなかったけ? ボク、男の子だよっ?」

 

「「マジで!?」」

 

 

1号と2号の声が重なる。V3はため息をついた。

 

 

「引くわ」

 

「いやアンタにだけは言われたくないケド!」

 

 

そこで1号も、つぶやいた。

 

 

「幼い女の子をレイプしようとしたら、いつのまにか好きな人の前でウンコ漏らしてた……」

 

 

一同は自然と2号を見る。

 

 

「えッ!? あ、えーっと……、実は一回だけルミちゃんの体操着でオナニーしたことがあって、不注意で服に精液が……」

 

「おい市原。あとで体育館裏に来い」

 

 

2号は病院の近くにいたので、ぎりぎりルミに聞こえていた。

あんときのお前か。ルミの殺意を感じながら、2号は大きく首を振った。

 

 

「正しい人間が大人ならッ! 僕たちは大人になれなかったクソガキだ!」

 

 

誰も何も言わない。だから2号は続ける。

 

 

「でもッ、でもなぁ……! それでもッ、仮面ライダーは『子供』の味方になってくれるもんだろ!? 子供だけは裏切っちゃいけないよなぁ!」

 

 

V3は十面鬼を見上げる。あそこに、珠菜がいる。

彼女は『たすけて』と言っていたらしい。世界でただ一人、志亞に助けを求めた。

アマゾンはカラスちゃんを想った。生きているだろうか? 生きていてほしいものだ。

 

斬月は愛する人のために堕ちていった。

文字通り、世界を敵にまわしたのだ。それだけの行為に走るモチベーションが愛だった。

アマゾンは、それを知りたい。

そしてもしも斬月に勝つことができたなら、新しい何かが見えるはずだった。

 

 

『敬喜!』

 

「ッ、涼霧!?」

 

 

エックスの前に停車したクルーザー、そこから涼霧の声が聞こえてきた。

 

 

『オレももう少しだけ、生き延びたみたいだ』

 

「どういうこと?」

 

『よく分からないけど、マリリンさんが言うには――』

 

 

涼霧の脳にチューブが突き刺さっていたのが気になったマリリンは、そこをたどって、キングダムダークネスのモニタを見た。

そこで気づいた。ナノロボットの発展形態。それが『AI』だ。

人工知能。そこにナノロボットの技術を組み込む。

 

脳にある全てのデーターをナノロボットが記憶し、キングダムダークネスへ移動。

そこから、たとえば人工知能として生成するものいいし、マイク機能や自立機能を搭載したロボットに移植すれば、本物の人間に限りない近い存在を作ることもできる。

 

おそらく良神はコレで路希の夢に出てきた『ちはる』のデータを抜き取ろうとしていたのではないか?

路希の脳にアクセスし、夢の優しいちはるを抜き取って、アプリでもロボットでも、とにかく何か触れ合える形にする。

つまり良神は自分の欲望を優先しながらも、しっかりと路希を救うベターな方法を探していたのだ。

 

しかし結果として、それを行う前に良神は死んだし、路希も上のステージに行ってしまった。

マリリンはすばやく構造を理解、良神はすでにマイクの試作品も作っており、そのデータも記録してあった。

マリリンはそのプログラムを実行。ナノロボットがマイクを生成し、そこへ涼霧の『メモリ』を組み込んだ。

あとはそれをクルーザーにくっつけただけ。ナノロボットはクルーザーの中にあるクロスオブファイアを読み取り、自動で融合してくれた。

 

 

『適当にやってみたけど、上手くいったみたい』

 

「そうなんだ……」

 

 

ハンドル中央にスピーカーがあった。

エックスはバイクを優しく撫でてみる。かける言葉は見つからなかった。

 

 

『なあ、敬喜。オレはもうこんなんになっちまったけど……、チョコさんとか、マッコリさんは違うよな』

 

 

エックスは少し遠くに見える病院を睨んだ。

 

 

「ああ。そうだね」

 

『なら守ってあげてくれ。間抜けなオレも、手伝うよ』

 

 

そうすることで何か、割り切りをつけたかったのだろう。

死んで機械になったのを簡単に受け入れられるわけが無い。

だからなんとしても早急にアイデンティティの確立がしたかった。

ましてや恨みがないわけじゃない。だから一番簡単なのは、路希を倒すことだ。

 

 

「………」

 

 

2号は拳を見る

こんな時、2号ならどうする? 一文字ならどうする?

一瞬そんな考えがよぎったが、剣崎が否定していたのはその部分だ。

仮面ライダーだとか、2号だとか、そんなものは関係ない。

自分がどうしたいか。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て!」

 

 

テレパシーは平成ライダーであろうとも伝わった。

だから斬月は辺りを睨む。気配を感じたので目を凝らす。

場所は灯台。V3がいた。するとすぐにライトグリーンマスクの1号が、黒マスクの2号が、基本形態のエックスが、基本形態のアマゾンが姿を見せた。

一同は灯台に集結しており、マフラーを靡かせている。

 

 

「お前はここで終わりだ。十面鬼ッ!」

 

 

V3が叫んだ。

仮面ライダーの姿を見た瞬間、Chiharuの憎悪が爆発しそうになる。

それを汲み取り、斬月はソニックアローを撃った。

 

巨大な光の矢が灯台に直撃する。

しかしすでに五人はそこから飛び降りていた。

サイクロン、サイクロン、ハリケーン、クルーザー、ジャングラー。

五台のライダーマシンは爆音を上げて疾走する。さらに道は分かれた。クルーザーは海の中へ。ジャングラーは砂浜を。残りは町の中を右へ、左へ、中央へ。

 

 

「路希、キミは、騙されていたんだよ」

 

 

2号は言い放つ。

 

 

「Chiharuはキミに夢をみせ、罪悪感と愛を刺激させた。全てはキミを操るために」

 

 

道路には逃げ惑う人々がいる。2号はその間を縫い、走る。

車体が跳ねた。ガードレールの上を走りながら火花を散らす。

 

前からは無数の光の矢が飛んできた。

2号はシートを蹴って飛び上がる。矢は2号の足裏とシートの間にできた隙間を通り抜けていく。

2号はそのままシートの上に着地すると、ガードレールから降りてバイクを走らせる。

すると斬月がポツリと口にする。

 

 

「愛の証明は――、キスや性行為だけか?」

 

「ッ、なに?」

 

「違うな。違うよ。それは究極の理解だ」

 

 

一方の1号もまた降り注ぐ矢を回避していた。

ハンドルを切って車の間を走る。中にいた人は車を降りて、逃げたのか。乗り捨てた車体が目立つ。

そこに矢が当たり、爆発。1号は爆炎をかき分けながら前に進む。

 

ふと白い触手が鞭のように襲い掛かってきた。

1号は近くにあったマンションの壁に向かって突っ込んだ。サイクロンは、壁を走った。

マンションを駆け上がるバイク。触手が壁に突き刺さっていくが、サイクロンのスピードがそれを振り切った。

屋上に上がったサイクロンはそのまま加速、車体が跳ねて十面鬼に向かう。

1号が手を伸ばした。しかし十面鬼の翼から伸びる白い触手に刻まれ、地面に墜落していく。

 

 

「僕らは肉欲と言うツールを排除したセックスを行使している!」

 

 

斬月が叫び、矢を撃った。

V3のハリケーンが跳ね、その背後で大爆発が巻き起こる。

斬月は何発も矢を撃った。光の矢はまっすぐにハリケーンの周りに命中していき、爆発を巻き起こしていく。

 

爆炎を突き破るハリケーン。

しかしシートに跨っていたV3が炎上している。

いや、しかしこれはリターン状態が故に。

ハリケーンのスピードは跳ね上がり、道をふさぐ車や瓦礫は爆発によって吹き飛んでいく。

 

Chiharuは燃えるV3を見て恐怖に叫んだ。

あれはいつか、自分を殺した男の姿にソックリだ。

 

 

「かわいそうに。怖いんだね。だッ、だったら消してあげるから……! キミはッ、ぼ、ボクが守るから!!」

 

 

斬月の声が震えた。V3は呆れたように首を振る。

 

 

「その女はどこにいる? オレには見えない。寄生虫と同じだな。お前を徐々に狂わせ、蝕んでいく」

 

「うるさい! 赤い糸で首を締め付けあう行為の、何が悪いッッ!!」

 

 

本音を言えば、斬月だって心のどこかで分かっていた。

けれどもその道を選んだんだ。後ろを振り返ることはあるけれど、もう後には引き返せない。

 

 

「愛し合っているんだよボク達は。たとえ傷つけあう事になっても、それは紛れもない愛なんだ!!」

 

 

斬月がソニックアローを振るうと、メロンを模した三日月状のエネルギーが射出されてV3に命中していく。

炎さえも断ち切る斬撃。V3の勢いが弱まっていく。

そこでChiharuが悲鳴を上げる。痛みを感じているのだ。

斬月が辺りを探ると、触手を喰っているジャングラーを見つけた。

ジャングラーは触手を喰い、さらに引っ張ることでビンッ! と伸ばす。

その上をアマゾンはジャングレイダーに跨り、疾走。ニードルをロードして無数の針を肉塊に突き刺していく。

 

 

「馬鹿な男はさ、女に騙されても彼女は悪くないとか考えるんでしょ? これ、結局、全部そういう話なんだろ?」

 

 

ジットリとしたアマゾンの言葉を、斬月は振り払う。

 

 

「人はすぐに否定をしたがる! マイノリティをマジョリティに近づけさせる事が正義と信じている!」

 

 

確かに彼女は斬月を傷つけた。

しかしそれは彼女なりのSOSだ。慈愛の腕で抱きしめなければ、誰が彼女を救えるというのだ。

騙されている? そうだとしても、受け入れ、愛せばいい。

彼女を救うにはどうすればいい? 体を用意した後は何をすればいい?

今までしてきたことはいけないことだから、良い子になるように教えてみるか?

 

 

「それは妥協でしかない! 少数派が救われるには、少数派こそがマジョリティの基準になるしかない!」

 

 

斬月は矢を撃った。

アマゾンは飛んでそれを回避したが、二発目を受けて墜落する。

しかしジャングラーが走ってきてシートでアマゾンをキャッチした。

アマゾンは斬月を睨みつける。

斬月もアマゾンを、仮面ライダーたちを睨みつけた。

 

 

「ボクは作ってみせる……! 全ての人間が等しく憎悪を発散できる世界に!!」

 

 

それを聞いてアマゾンは呆れたように笑った。

テレパシーで分かったが、路希はChiharuによって味覚を破壊され、睡眠を壊された。

そして『性』さえも歪んだ悪意で塗りつぶされた。

Chiharuは路希を、夢という改造手術によって怪人にしたのだ。

 

 

「キミも何もないんだろ? でもそれはイヤだから、あるフリをする」

 

 

アマゾンは人差し指でトントンと自分の頭を叩く。

 

 

「俺たちは毎日理由を探してる。でもみんな別にそんなに考えてない。それがイヤなんだろ俺たちは。でも唯一、愛だけは想像できない。セックスしてみても、口にしてみても分からない。哀れな童貞の言い訳なのさ」

 

 

なぜChiharuが珠菜を心臓に選んだのか。

愛さえも知らぬ、無垢。

未成熟な彼女を『依り代』に選んだのは悪意を吸収したかったから? いやそれは違う。

Chiharuは白ならば簡単に真っ黒に染められると分かっていたからだ。

それが答えだ。

 

 

「Chiharuさんは最高にエロい匂いだ。傷つけること以外、何も考えてない。そんなヤツが誰かを愛するなんて、ありえないんだよ」

 

 

だって殺意でのみ構成された殺人鬼が、誰かを愛する方法なんて理解できるワケないんだから。

とはいえ、そんな存在でも自由に生きて良いのだということが斬月の主張ならば、アマゾンはこう言うしかない。

 

 

「殺すことを肯定するなら、俺がお前らを殺す。それが自由の形だ」

 

 

斬月はゾッとした。

アマゾンの言葉を、2号や1号、誰も否定しなかったからだ。仮面ライダー(ヒーロー)が自分を殺そうとバイクで近づいてくる。

その意味を改めて理解し、斬月は喉を鳴らした。もしもまだ脚があったのならば、それは確かに震えていただろう。

一番初めの恐れは、オメガを殺したときだ。ベルトを奪い、調べようとしたが、いつの間にか消えていた。

 

理解した。自分と同じ存在(そんざい)が現れたこと。

理解していた。いつかその日がくることは。

 

心のどこかでライダーが集まればChiharuを――、そして自分の今をどうにかしてくれるのではないかと思った。

ハッキリと言えば、助けてくれるのではないかと斬月は密かに期待していた。

 

なのに今、彼らは自分たちの前に敵として立っている。

Chiharuを奪おうとしている。斬月だって本当は分かってる?

いや、それでも――、あの時の感情は嘘じゃなかった。

 

ただ、彼女に笑っていてほしかった。

笑いかけてほしかった。ありがとうと言ってほしかった。

一緒に手を繋ぎたかった。抱きしめたかった。キスをしたかった。

いやそれが望みすぎだというのなら、ただ一つ、彼女に頭を撫でられるだけでよかった。

一番はなによりも彼女が笑っていて、幸せでいてくれればそれで――……。

 

 

「笑って、くれるよね?」

 

 

ヒガンバナの花畑。砂浜に座る彼女は少し申し訳なさそうにしながらも、頷いた。

 

 

「ごめんね。辛いよね?」

 

「そんなことないよッ! だってボクは貴女のことが好きだか――」

 

 

路希はそこで気づいた。ちはるの瞳の奥に、Chiharuが立っていた。

目が合った。彼女は欠片も笑っていなかった。

そもそも口なんてない。顔がない。

斬月はその時、小さくため息をついた。それは随分疲れた人間が出す、弱弱しい呼吸の種類。

 

 

「ぼくらの外れたネジは……、いったい誰が見つけてくれるんだろうね?」

 

 

ライダー達は何かを返したのかもしれない。

しかし皆、仮面をつけているから唇の動きが見えない。

声も、バイクのエンジン音が全てかき消した。

 

 

「殺そう……! 全ての人を殺そう!」

 

 

路希は分かっていた。

もしも今、ライダーたちに屈服すれば、また悪夢を視るということを。

彼女がまた自分の目の前で犯され、死ぬのだということを理解していた。

そしてもしもライダーたちに触れれば、彼女の夢を見なくなるのだということを路希は理解していたのだ。

だからはじめから路希の道は一つしかなかった。

 

 

「どこに行きたい? ちはるさんは」

 

どこでもいい「どこでもいいよ、路希くんと一緒なら」殺すことができれば

 

「困ります。ボクだって、優柔不断なのに」

 

ならば貴方の体を刻みます「路希くんには行きたいところないの?」失った体のパーツを埋めるために動いてください。

 

「だったら、海が見たい。あなたと二人で海がみたい」

 

海の向こうにいる人たちを「じゃあ、そこに行こう?」殺します

 

 

水野町の海が好きだった。

透き通った蒼を彼女にも見てほしかった。

自分が好きなものを、彼女にも好きになってほしかった。

今は暗いけど、晴れてたらきっともっと綺麗なんだ。どうかそれを分かってほしかった。

 

町にはライダーがいる。

斬月は逃げるように海へ向かう。

どうですか? ちはるさん。綺麗でしょう? 夜も、星があって。波の音が落ち着きませんか?

 

 

「かわいいね、路希くんは」

 

 

自分の声だった。

 

 

「残念だけどソイツ、何にも感じてないよ」

 

 

アマゾンが鼻を鳴らした。斬月は首を振った。

 

 

「違うッッ!!」

 

 

ソニックアローの弦を引き絞る。

Chiharuもそこに加わった。斬月は嬉しくなった。

Chiharuさんが応援してくれている。Chiharuさんが負けないでって言ってくれてる。

だから、負けない。

 

 

「負けたくないッッ!!」

 

 

手を離した。それはかつてない大きさの矢であった。

いや、もはやレーザーだ。オレンジ色の光が水野町を破壊しようと飛んでいく。

あんなものが直撃したら未曾有の被害が出るだろう。

 

しかしそこへ飛び込んでいく男が一人。仮面ライダーアマゾンだ。

彼はネオアマゾンズドライバーを右腕に押し当てる。するとベルトが右腕に装着され、直後ドライバーが弾け飛んだ。

そこにあったのは『ガガの腕輪』だ。アマゾンが大きく息を吸うと、ヒレの刃が巨大化する。

 

 

「スーパーッ! 大切断ンンンンンン!!」

 

 

空間が歪んだ。

一筋の閃光がオレンジの光を切り裂き、消滅させる。

 

 

「ナイス山路! ありがとう!」

 

 

1号がサムズアップをするのを見て、アマゾンは頷いた。

 

 

「トモダチ……、か」

 

 

悪くない感覚だ。

もっと早くヒーローになりたかった。

もっと早くヒーローに会いたかった。まあ、もう全部、今更で遅いけれど。

アマゾンは唸り、斬月を睨んだ。

 

 

「お前も一緒だろ? 生きていく理由が一つしかない。だから周囲が見えない」

 

 

それが消えたら違うものを探すしかない。

それが無かったら死ぬも同じだ。だから怖いんだ。

アマゾンだって分かるさ。だからこそ知りたいんだ。

Chiharuを殺せば――、斬月はどうする?

 

 

「終わりにしよう。路希」

 

 

アマゾンが呟いた。

そして、2号が合図を送る。

 

 

「敬喜」

 

「オーケー」

 

 

ライダー達ははじめから、十面鬼を海へ誘い込んだ。

夜の海の中でライトを消せば、もはや場所は分からないだろうから。

十面鬼の真下。合図を受けてエックスは思い切りアクセルグリップを捻った。

海面を突き破り、エックスが飛び出してくる。

五人のベルトが光り輝いた。

 

 

「「「「「ライダーッ! シンドローム!!」」」」」

 

 

魂の炎を解き放ち、一点に集めることで万能の力を獲得する大技だ。

2号の支持で、文字通り『一点に集まることを』選択した。

だから一瞬だった。1号、2号、V3、アマゾンが魂に変わる。

火球は一瞬でエックスの傍にやって来て、そこでライダーの形に変わった。

 

 

「なんだよ……、それ」

 

 

五台のバイクは空を駆け、肉塊を突き破った。

ライダーたちは肉を抉りながら突き進む。アマゾンは嬉しそうに叫んだ。

 

 

「ひゃっほう最高だ! まるでおまんこの中を突き進んでいるかのようだぜ!」

 

 

皆、無視した。

侵食する中、一つに解け合う。

雑念も、疑念も、憎悪も、殺意も、今は全てを忘れよう。

 

悪を倒し、大切な人を守る。

その想いを抱きしめた不死鳥が、彼岸の花々を焼き尽くした。

砂浜で立ち尽くす斬月・真の前に、仮面ライダーネオ1号が着地する。

 

マッシブな体は、五人の魂が融合している証拠だ。

『一点に集まる』という意味は、ココにある。

黒い仮面に、赤い複眼。ネオ1号は走り出した。

 

斬月は矢を連射するが1号はまったく怯まない。

矢を受けながらも走ってくる。

そうしていると1号が斬月を殴りつけた。それで斬月は『彼ら』の想いを把握した。

 

 

(お父さん! お母さん! 真白先生ッ! お祖父ちゃん――ッ!)

 

 

こちらは一人だ。味方がほしい。

斬月は手を伸ばしたが、そこで気づいた。

 

 

(みんなッ、死んだ!!)

 

 

ソニックアローで1号を斬りつける。何度も、何度も何度も斬りつける。

1号は何度も何度も斬月を殴った。

斬月は思った。もうダメだと。するとすぐに心がイヤだと叫んだ。

 

すると斬月の上半身からChiharuが浮かび上がった。

白い触手を振り回し、1号を怯ませる。

 

 

「Chiharuさんがボクを助けてくれた! 見ろ! 間違っていたのはお前らだ!」

 

 

そこで斬月は叫んだ。Chiharuが斬月を攻撃したのだ。

もしもし、もしもし、誰か聞こえていますか? 誰かぼくの声が聴こえていますか!?

ぼくらはここにいます! もしもし! 誰かッ、この声が聴こえるなら、返事をしてください!

 

 

「たす――」

 

 

お願いです。ぼく達はここにいます!

もしもし! もしもし! 聴こえていますか?

ぼく達は、正常です!

もしもし、もしもし! お願いがあります。

誰が、どうか、ぼく達を見つけてください!

もしもし、もしもし! ぼくはココにいます!

 

 

「たすけてください!!」

 

 

糸が千切れた。

唇が裂けて血の味が口いっぱいに広がる。

そこで斬月は天を仰いだ。

 

 

「酷いよ! こんなに苦しんでるのに! どうして誰も助けてくれないんだ!!」

 

「誰か助けてください! 仮面ライダー! どうかボクらを見捨てないでください!」

 

「教えてください! 愛は――ッ、いつ終わるんですか!」

 

「ボクの愛はいつ報われるんですか!?」

 

 

Chiharuの触手が1号の肩に、わき腹に、脚に突き刺さり、後ろへ押し出していく。

しかしマフラーが風に靡いた。突風と共に一つの魂が射出された。

それは上空で仮面ライダー2号を形作る。

 

 

「ライダー2号を忘れていたか!!」

 

 

紅い拳を、グッと握り締める。

 

 

「ライダーァアアア!」

 

 

斬月の脳裏に、微笑んでくれる、ちはるが映った。

 

 

「やめてぇえええええええええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

肉が弾け飛ぶ。

落下していく9つの頭部。それは海に着水し、沈んでいく。

ライダーシンドロームの終了。

五人のライダーたちは十面鬼を囲むように水野町へ着地する。

 

陸地に立った者。

海に浮かべたバイクのシートに立った者。

皆、すぐに十面鬼を睨みつける。

 

肉塊はそぎ落とされ、人の形をしていた。

女の形だ。あれがChiharuなのだとライダーたちは理解する。

 

 

「あぁぁッ! あうッ! うぐぅうォ!」

 

 

Chiharuの翼から糸が伸び、斬月を縛りあげて掲げている。

 

 

「うぐぁぁあぁあッッ! うぎぃぃぃぐぅォええぇええ!」

 

 

糸が締まる。

斬月は苦痛の声を漏らしながら、ソニックアローを撃った。

撃った? 撃たされた? 彼はマリオネット。

哀しき操り人形。

 

 

「ねえ、みんな」

 

 

海の上にいたエックスはライドルを回転させて、その一撃を防いだ。

その時、その瞬間、エックスは決めた。

彼も水野町を愛している。彼も路希を知っている。

そして彼も――、人を愛した。

 

 

「ダメだ! それはッ!」

 

 

テレパシーで知る。

だから2号が叫ぶ。これもまたテレパシーで皆が知る。

溶け合う思考。交じり合う意識。エックスは指をさした。

 

 

「お願い先輩、彼を見てよ! 見つけて返事をしてあげてッ! それがお願いだったでしょ!?」

 

 

エックスの言葉が脳を駆ける。

2号が、他のライダーが見上げた空に斬月はいた。

 

 

「うぐッ、ひぃぃ゛……ッ! ぐぁッ、ヅゥ!」

 

 

触手が全身に突き刺さり、全身を縛られ、斬月はライダーたちを睨んでいた。

 

 

『殺せば。恨めば。その日の夢で、ちはるさんに会えた』

 

 

路希の顔が思い浮かぶ。笑顔であった。ちはると手を繋いで笑っていた。

 

 

『彼女は笑ってくれた。哀しそうに笑っていた。申し訳ないと思ってるんだ』

 

 

路希の顔がフラッシュバックする。

泣きながら、血まみれの腕を空に伸ばしていた。

 

 

『いつか、本当の笑顔にしたいな』

 

 

無音だった。

映画のように、ノイズ掛かった世界で、隼世はルミに微笑みかけていた。

 

 

『だってボクは仮面ライダーなんだから』

 

 

ルミも隼世に笑顔を返してくれた。

そのルミの顔がモンタージュのように移り変わっていく。

 

 

『そそそそれに、彼女のののこことがが――』

 

 

瑠姫へ。

珠菜へ。

架奈へ。

カラスへ。

 

そして、ちはるへ。

 

そこで頭の中にラブレターが届いた。

 

 

 

『どうか、お願いです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮面ライダーが』

 

『仮面ライダーが好きな人たちが』

 

『仮面ライダーを愛している人たちが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『永・遠・に・苦・し・ん・で・死・に・ま・す・よ・う・に』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う――!

 

 

「彼らを救えるのは、仮面ライダーだけだ」

 

 

頭の中に浮かんだ文字は、誰の言葉か?

分からない。岳葉の声のようにも聞こえたし、敬喜かもしれない。

あるいは――、己の魂の叫びか。

2号は拳が引き裂かれんばかりに強く握り締め、そして吼えた。

彼の叫びは1号の脳を揺らし、V3の脳を叩き、アマゾンの脳を穿つ。

 

これが、最後の罪。

 

最後の罪を――、犯そうと。

 

赦しておくれ。バルドクロス。

 

どうか、神に見捨てれた哀れな我々を。

 

 

「路希! ボクらは嘘をついていた!!」

 

 

クルーザーを発進させる。

涼霧も分かってくれたのか。凄まじいスピードだった。

車体が跳ね、エックスが空に舞い上がる。

 

 

「Chiharuはキミを愛している! だがそれを認めることは赦されない! なぜか? 世界にとって、彼女が悪だからだ!!」

 

「彼女は――、悪じゃない! ただ幸せになりたかった女の子なんだよォお゛!!」

 

「キミを愛することで、より歪んでしまった! 怪人を倒すのがライダーの役目なんだ!」

 

 

そこで1号が叫んだ。

声は上ずり、掠れ、まるで泣いているようだった。

ベルトの風車が激しく回転し、嵐が巻き起こる。

真っ赤に輝いた複眼が残像を描く。

 

1号はライダージャンプで、エックスのもとへたどり着いた。

エックスは1号に感謝する。エックスは孤独に負けた。その責任を背負いきれぬと理解した。

それを把握して1号はエックスを掴んだのだ。やり方はすでに魂の炎が教えてくれた。

でも――! そうか……。教えてくれるのか、仮面ライダー。

どうもありがとう。そして、ごめんなさい。

 

 

「「エーックス!!」」

 

 

1号とエックスの声が重なる。

1号は全ての力と魂を込めて、エックスを投げた。キャッチしたのはV3であった。

エックスはV3に感謝した。おそらく彼も路希を見て、答えを見つけたのだろう。

 

 

「「ライダーッッ!!」」

 

 

V3とエックスの声が重なる。

V3は全ての力と魂を込めて、エックスを投げた。キャッチしたのはアマゾンだった。

エックスはアマゾンに感謝した。アマゾンの中に、初めて無垢なる優しさが生まれた。

 

 

「「スーパーッッ!!」」

 

 

アマゾンとエックスの声が重なる。

アマゾンは全ての力と魂を込めて、エックスを投げた。キャッチしたのは2号であった。

エックスは2号に感謝した。はっきり言って2号は迷っていた。

しかし直後流れこんできた路希の感情をテレパシーが拾ったとき、2号は決意した。

 

たとえそれが間違っているとしても、それを選ぼうと思った。

たとえ地獄に落ちようとも、今はそれが正しいと思ったからだ。

エックスはライダーたちに投げられ、飛び回る。白い触手を切り裂きながら、真っ直ぐに飛んでいった。

2号にキャッチされたとき、彼の迷いが伝わってきて、エックスの心もわずかに揺らいだ。

 

その時、海が叫んだ。

波の音が聞こえた。

路希、ああ、路希よ。キミの勝ちだ。キミは紛れも無い――

 

 

「「ファァアアアイブッッ!!」」

 

 

2号は全ての力と魂を込めてエックスを投げた。Chiharuと斬月に向けて。

 

 

「「「「「キィイイイイイイイイイイイイイイッック!!」」」」」

 

 

エックスは全ての力と魂を込めて右足を突き出した。

そこへ集中するかつてないほどのエネルギー。

足裏にエックスのライダークレスト、巨大なXのマークが浮かび上がる。

さらに重なり合わせた線の先に四つの紋章が浮かび上がる。

 

左上には1号、右下には2号、それぞれ立花レーシングクラブのマーク。

右上にはアマゾン、コンドラーのマーク。

左下にはV3、文字通りVに3を重ねたマーク。

そこに浮かびあがるライダーたちのキックのポーズ。

 

混ざり合う魂。

闇をかき消す虹色の光。

エックスが叫んだ。糸は、矢は、エネルギーに触れた瞬間、蒸発するように消滅する。

まぶしい。あたたかい。

 

 

「大丈夫だよ。ちはるさんは、ボクが守ってあげるからね」

 

 

ちはるが微笑んでくれた。

斬月は嬉しかった。やはりそうだったんだ。

ちはるさんはボクを愛してくれていたんだ。仮面ライダーが言ってくれたから、間違いないんだ。

 

守りたい。救いたい。斬月は両手を広げて前に出た。

大丈夫、怖くないよ。だってボクは貴女を愛しているから。

 

 

殺す殺す殺す「ありがとう。路希くん。ごめんね」殺す殺す殺す

 

 

斬月は庇うように前に出た。

正確には『Chiharuが糸を操って強制的に斬月を前に出して、盾にした』のだが……。

斬月は愛する人を守るために前に出たと思っていた。

 

 

死恨憎殺死怨呪(だいすきだよ、ろきくん)――……」

 

 

はい、ボクもです。

ちはるは微笑んで路希の頬を撫でた。ちはるの唇が近づいてくる。路希はドキドキしながら目を閉じた。

目を閉じた。目を――、糸によって貫かれて潰されたのだが、目を閉じたのだ。

それでいい。それを本当にする。

 

エックスは複眼を光らせる。

Chiharu、お前だけは逃がさない。

そして今の彼にはそれだけのパワーがある。

 

 

 

(斬月を盾にして安心していたか? 無駄だ。ボクのライダーキックは、全てを貫く!)

 

 

愛も、正義も、全て――ッッ!

 

 

「ヤァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

エックスライダースーパーファイブキックが、路希の死体ごと、後ろに隠れていたChiharuを貫いた。

魂の炎が悪霊を焼き尽くしていく。

大爆発が巻き起こる。エックスは『彼女』の腕を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……ッ?」

 

 

珠菜は目を覚ました。

アイドルになる夢を見た。プラチナスマイルという曲をたくさん歌った。

一番前の席では、一番のファンの人が手を振ってくれた。その人はとっても格好よくて、すぐに気づいた。

手を振ると、振り替えしてくれた。

でも恋人さんを作るのは禁止。うーん、困ったなぁ。

 

 

「あ」

 

 

珠菜は自分が裸だということを理解して恥ずかしくなった。

でも毛布があるから、とりあえずは大丈夫。

体を起こすと、志亞と目が合った。

そこで珠菜は全てを思い出した。

 

 

「助けにきたぞ」

 

「……ズルいよ。いまさら、格好よくしても」

 

 

志亞は笑った。珠菜も釣られて笑った。

珠菜が病院に運ばれていくと、志亞は踵を返した。

 

そこにはルミと瑠姫もいた。

彼女たちは五人の男たちの後姿を、きっと忘れることはないだろう。

地面に落ちた五つのマスクが、悲しげに複眼を光らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたし、志亞さんが好き」

 

 

珠菜は恥ずかしそうにつぶやいた。

ベッドに寝転んだ彼女は、少し辛そうだった。

癌は治っていなかった。仮死状態が終わり、進行は再開する。なんとなく聞いたらばあと三週間持てばいいほうだと。

 

 

「オレも好きだよ」

 

 

珠菜は真顔になった。直感するニュアンス。

 

 

「また、来てねっ!」

 

 

志亞が帰るというので、珠菜は手を振った。

 

 

「絶対だからね!」

 

「ああ。絶対くるよ。治療は大変だけど、希望を持てば大丈夫」

 

 

志亞は帰った。

 

 

「キミと一緒に、秘密基地を作りたかった」

 

 

珠菜は涙を流し、つぶやいた。

 

 

「うそつき」

 

 

たしかに。志亞が戻ってくることは二度となかった。

 

 

「………」

 

 

志亞はハリケーンを走らせていた。

珠菜を救ったとき、彼の物語はエンディングを迎えたのだ。

次はどうしよう? 妹――、そうだ、彼女を探そう。

 

でもその前に海が見たくなった。

そうだ、海だ。海がいい。海が見たい。

志亞はスピードを上げた。道はカーブを描いている。あのガードレールの向こうに、蒼い海が広がっているはずだ。

 

父さん。母さん。ユキ……。

兄は少しだけ何かになれたはずだ。

だからもういいだろ? もう赦されるだろう?

 

さようなら、バルドクロス。

志亞はスピードを上げた。迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

一方、敬喜もクルーザーを走らせていた。

彼はニヤニヤと笑っている。

温泉旅行を申し込んだし、涼霧が女だと知ったときのマッコリ姉さんのリアクションは一生笑える自信がある。

 

 

「でもチンコつけたらオッケーだって。良かったね涼霧」

 

『敬喜……、そりゃあマッコリ姉さんは凄く素敵だよ? でもオレ――ッ』

 

「大丈夫だよ。必ず治すから。キミも、チョコちゃんたちも」

 

 

マリリンの研究資料に『高性能義手・ファイブハンドの開発について』というものがあった。

なんだか怪しげではあるが、将来涼霧たちの肉体を取り戻すことは可能かもしれない。それを探しぬいてみせる。

 

敬喜は胸に誓っていた。

自分たちは運がいい。波佐見の中にあるナノロボットが漏れ出て、チョコちゃんやマッコリ姉さんの傷口から侵入、実質改造人間となった。

 

確立でリジェクションが起こるらしいが、二人とも見事に適合し、治癒能力の上昇が起こったのだ。

悪いことが起これば、それだけ良いことも起きる。

逆は無いから安心して。敬喜はそれが世界のルールだと思っている。

 

敬喜は水野町でこれからも生きていこうと思った。

今はみんな悲しいけれど、生きていれば、もっと楽しいことが起きる。

波もそう言ってくれている。海が綺麗なこの町が好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはいらないよな」

 

 

山路は頷いた。立木は安心したように手錠をしまった。

 

 

「僕はこれからどうなりますか?」

 

「……入院だ。お前は隔離されるべき存在だからな」

 

「いつまでですか?」

 

「一生だ。お前はもうシャバには出れない」

 

 

大人の男に言われ、山路は改めて『自分』を知った。

どうするべきか。山路は少しだけ考えた。どんな未来を選ぶかは、彼だけが決められることだ。

しかし山路は路希の最期を見て、もっと生きたいと思った。

歪な答えかもしれないが、それが山路の選択だった。

 

 

「一生……」

 

 

声が、震えた。

涙が滲んできた。分かっていたつもりなのに、どうしてだろうか?

たぶんきっと、ずっと見ないようにしてきたものを、見てしまっただろうか?

 

 

(俺の人生は一体……。今まで、何のために生きて――)

 

 

すると山路は名前を呼ばれた。

振り返るとカラスちゃんがいた。

岳葉がお願いして呼んでもらったのだという。

 

 

「私、絶対に会いに行くからッ!」

 

「……カラスちゃん」

 

「長い間お別れしてたからっ、山路くんのこと、まだぜんぜん知らないの! だから……、教えて?」

 

 

カラスちゃんは泣いていた。

山路も泣いていた。泣いて、お礼を言った。

山路はパトカーに乗せられて、どこかに向かっていった。

 

 

「いつか彼にも、分かる時がくる」

 

 

隼世はそう言った。岳葉も頷いた。

ルミ、瑠姫、隼世、岳葉は、立木が車で送ってくれた。

広場について車から降りる。立木も降りた。隼世と何かを喋っていた。

後始末の件だろう。最後に、もう二度とバルドが動かなければいいとか。なんとか。

 

 

「じゃあな」

 

「あのっ!」

 

 

岳葉は立木を呼び止めた。

やらなければならないことがあると、ずっと思っていた。

山路が向き合ったのだから自分も……、と。

 

 

「うーん」

 

 

立木はタバコを咥えて、目を閉じた。

牢屋に入れるのは、別にできなくはない。しかし既に世界は形を変えている。

事情を知っているものが全ての罪に罰を望むことは、あまりにも愚直すぎる。そんな綺麗なことは贅沢すぎるのだ。

意味が分かるか? 分からないなら、分かるようになってほしい。

 

 

「というわけで、お前は今までどおり生きろ。まともにな」

 

「……ッ」

 

 

罪を償えないのも、それはそれで。だが、だからこそだ。

 

 

「豚箱に入ることが絶対的な償いか? 違うよな本間岳葉。形だけの収容なんて意味ないんだよ。大切なのは、心だ」

 

「心……」

 

「そう。反省してなきゃ何年ブチ込まれても変わんねーんだよ」

 

 

岳葉は俯いた。

 

 

「だがな。もしお前と隼世が危ない目にあって、どちらか一人しか助けられないのなら、俺は迷わず隼世を選ぶぞ」

 

 

それがお前なんだと。

お前のやってきたことの結果なのだと。

岳葉は怯んだが、すぐに頷いた。

 

 

「償え。だから生きろ。お前にしかできない贖罪があるだろ」

 

 

岳葉はこれから広い牢屋の中で、人を守り続けるのだ。

12時の鐘は鳴ったが、ライダーの力が消えたわけではなかった。

 

 

「ライダーってのは全員聖人君子なのか? 違うよな。どんなヤツもちょっとは黒いモン抱えてるはずだ。俺ァ詳しくないがネットで調べただけでも殺人、盗み、強姦してるやつがいるんだろ? そういう連中が光見せてるんだ。だからよりデッカイ黒を抱えてるお前が、より大きな光を見せろ」

 

「……ッ」

 

「お前はライダーだろ。2号とエックスだけじゃ、やってけねぇんだよ」

 

「………」

 

「だから、お前はこの世界っていう豚箱で、罪を償え」

 

 

岳葉は震え、頷いた。

 

 

「分かりました……! すみませんでしたッ」

 

「……反省すれば、笑ってもいい。世界ってのはそういうモンなんだよ」

 

 

立木は最後に、隼世の背中を叩いた。

 

 

「平和はくるさ。市原、お前がいるんだから」

 

「……褒めても何も出ませんよ」

 

「知ってるよ。だから言ったんだ」

 

 

隼世はため息をついて地面を睨む。

 

 

「全ての怪人が消えたとき、僕らが用済みとして狙われる。そんな展開はゴメンですよ」

 

「安心しろ。バルドの部署の小ささ見ただろ?」

 

「え?」

 

「ライダーや怪人よりヤベェ奴なんざ、この世に山ほどいるわ」

 

 

ネットサーフィン三時間もすれば分かるだろ。

立木はそう言って帰っていった。

岳葉、瑠姫、ルミ、隼世はポツンと立ち尽くしていた。

広場近くにあるビルには大きなモニタがあって、そこには水野町のニュースが映っている。

テロということになっていた。SNSではいろいろな意見を見かけるが、光の矢の件について的を得ている意見は見かけなかった。

 

 

「帰りましょうか」

 

 

瑠姫が言った。みんな、頷いた。

 

 

「ごめん、ちょっとだけ一人にしてもらえるかな」

 

 

隼世が言ったので、みんな先に帰っていった。

隼世は広場にあったベンチに座り、俯いた。

足が震えて仕方なかった。掌には汗が滲んだ。

 

戦い終われば、落ち着いて。

だからこそ自分がやってきたことの『重さ』が圧し掛かってくる。

この戦いに果たして怪人はいたのだろうか? いたとしても、取りこぼした命に自分が関係ないと本当に言えるだろうか?

 

隼世は思う。

間違いなく土竜――、つまり黒田という女性を殺したのだ。

いやそれだけじゃない、もっと早く路希を取り押さえていればあれだけの被害者を出さずに済んだかもしれない。

 

果たして本当に捜査に不備は無かったか?

良神をもっと詳しく調べることはできなかったか?

地下というのはありがちな発想ではなかったか?

 

そして最後。

なにより、なによりも。路希をライダーとして死なせるのではなく、人間として助けられたのではないか?

あのとき、あの瞬間、隼世は敬喜の提案に乗った。

路希という少年を最後の最期まで仮面ライダーでいさせてやろうと。

愛されたと思いながら、愛を肯定し、殺そうという提案を呑んだのだ。

 

だがそれは刹那的な判断ではなかっただろうか?

きっと全てを知った路希は怒り狂い、悲しみ深く、自暴自棄になるかもしれない。

自傷に走るかもしれない。彼の傷ついた脳は一生治らないかもしれない。

 

けれども時間は掛かるかもしれないが……。

なかなか受け入れられないかもしれないが――、それでも人間の女性と恋に落ちて、そして未来を生きていこうと想う気持ちを取り戻すことはできたかもしれない。

 

敬喜を責めるつもりはない。

責任を転嫁するつもりもない。

あの時の隼世は、路希を救うために、彼は死ぬべきだと思った。

彼を殺そうと思ったのだ。それは優しさではない、間違いない殺意だ。

 

隼世は掌で目を覆った。

涙が溢れないように。

 

 

「はい、ちょっとだけ、おわり」

 

「!!」

 

 

頬につめたい感触。隼世はびっくしりして顔を上げた。

前には岳葉と瑠姫が立っていた。少し困ったように笑っていた。

すぐ後ろでは隼世の背中にくっついて、ジュースを頬に押し当てるルミが立っていた。

 

 

「イッチー。あなたが100回嫌なことを思い出すなら。アタシが101回励ましてあげる」

 

 

ルミは前にやってくる。とても明るい笑顔だった。太陽のような笑顔だった。

隼世は眩しすぎて目を細めた。光が目を刺し、痛かった。涙が出てきた。

 

 

「辛い時は、いつでも傍にいてあげる。アタシでよければ、永遠に愛してあげる」

 

 

しかしそこでルミは悲しげに笑った。嘘が下手な女であった。

 

 

「それでも――、それでももしも辛い時は……」

 

 

ルミは泣きそうな顔で笑った。

 

 

「アタシが、あなたを殺してあげるから」

 

 

そこで隼世はハッと表情を変えた。

泣いている場合ではないと思った。

落ち込んでいる場合ではないと思った。恐怖している場合ではないと思った。

 

今、目の前にはとても素晴らしい人がいる。

一生で一度、出会えるかどうか分からない人がいる。

その人を悲しませては、絶対にいけない。

その人の手を離すことは、人生で一番してはいけないことだと思った。

 

 

「ありがとうルミちゃん。ダメだな僕は、キミにそんなことを言わせてしまうなんて」

 

 

隼世はルミからジュースを受け取ると、ギュッと手を握り締め、微笑んだ。

 

 

「もう大丈夫。キミのおかげだ。だからそんな悲しいことは言わないでね。似合わないよ」

 

「えへへ、そっかな」

 

「うん。キミは好きな食べ物とか、漫画とか、ゲームの話をしてるのが一番」

 

「むぅ、バカにしてません?」

 

「まさか。僕はそれを一番近くで聞いていたい。だから――」

 

「?」

 

「結婚しよう」

 

 

ルミはニッコリと、それはそれは嬉しそうに微笑んで隼世に抱きついた。

隼世は子供がほしいと思った。

もちろんそれは奇跡なので、めぐり合わせだが。

 

でももし将来――、自分に子供ができたなら。

きっとその子には一切の理不尽な悲しみを味合わせまいと誓う。

辛いこともある世の中だけど、素晴らしい世界でもあるということを知ってもらいたい。

 

絶対に悲しい想いはさせない。

惨めな想いも、辛い想いもさせてたまるかと思った。

それは何も子供にだけじゃない。自分を慕ってくれる人たち、全てのために。

 

 

『続いてのニュースです』

 

 

仮面ライダー、ついに復活。その名も仮面ライダーZO!

主題歌が流れるなか、瑠姫はニヤリと笑ってジュースを掲げる。

 

 

「それでは婚約を祝しまして乾杯といきましょう」

 

 

四人は頷いた。

岳葉だけなぜか炭酸が噴出して、液体が顔に掛かった。

みんなはケラケラと笑った。

 

 

「それでは、人生に乾杯」

 

 

四人は缶ジュースを打ち付けて笑う。

今日の空は透き通るほどに美しい。人生で一番綺麗な青空だった。

 

 

 




毎回ライダー関連の歌をテーマにしてますが、今回は『Endless Journey』を聞きながら書きました。
一番が路希で、二番が隼世になってますので、よかったら聞いてみてね(´・ω・)b

今回一応最終話と書いてありますが、まだもうちょっと続きます。
日~月曜辺り更新予定です。


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エピローグ

すいやせん。
やっぱ本編と繋がってるエピローグだけは先、更新しときます。
へへ(´・ω・)




 

男はシャンパンのボトルを開けると、酒をグラスに注いでいく。

椅子に深く座ると、一度大きく息を吐いてから、軽く口をつけた。

目を閉じて、余韻を楽しむ。悪くない時間だった。

むしろとても有意義な時間であった。男は心の中でレクイエムを歌う。

 

 

「よぉ」

 

 

どれだけ時間が経ったろうか? 男の声が聞こえた。

目を開けると、立木が銃を構えていた。

 

 

「驚いた。まさか私にたどり着く人間が存在していたとは」

 

「日本の警察は優秀なんでな」

 

「まさか、そんな……!」

 

「なんつって。まあほら、やっぱなんだかんだクロスオブファイアは惹かれあうんだよ。分かるだろ? いろいろやってんだこっちは。移植とか、分析とか」

 

「なるほど」

 

 

男はグラスを置くと、椅子に座りなおす。

 

 

「名前は?」

 

「本当の名は――……、なんだったかな? 今はとりあえずスルガと名乗っています。夢で聞いた名前なので」

 

 

立木にも泡を入れようとすると拒否された。

スルガは残念そうに笑い、自分の話を始める。

 

 

「アマダムは始祖とされ、神と思う者もいるようですが、私はそうは思わない。彼はひとつのシステムだ」

 

「ヤツの仲間か?」

 

「いや。先住民といえばいいでしょうか。ヤツは私に気づかなかった。まあ私の中にあるクロスオブファイアが限りなく消えかかっているというのもありますが、奴も全知万能ではない。確かに世界により、ルールはいくつかに分かれていますが、仮面ライダーという概念があるにもかかわらず、クロスオブファイアという存在が無い世界は存在しません。それは神なる世界だけです」

 

「何の話だ?」

 

「世界のお話です。もちろんクロスオブファイアの火種があるだけで、炎が生まれていない場合はありますが。今回の場合においてもアマダムが世界に到着する前に、既にChiharuが存在していた。奴はこの世界の『仮面ライダー』になりうる可能性がある男、タカトラを殺害し、炎を奪った。しかしその後、電脳世界に巣食い、一つの仮死状態であったためにアマダムも炎に気づかなかった。私を見落としたのもそうですが、奴は一定まで燃えていなければ、気づかないようだ」

 

「……テメェも、異世界人ってわけだ」

 

「世界は気づき始めている。アレは、ライトノベルだけの話ではない。まあもちろん天文学的な数値の上の話ですが、奇跡が三回起きることは珍しくはない」

 

「それは違うだろ。奇跡は一回だけ、あとはテメェが仕組んだ」

 

「フム」

 

 

スルガはナッツを齧る。

 

 

「私はかつて――、遠い昔、グロンギと呼ばれていました。灰色のオーロラに巻き込まれた私はこの世界で目を覚ました。ただいろいろとショックで障害が残ったのか、記憶も曖昧で、存在もあやふやで……。この世界でしばらく普通に生活していました」

 

「グロンギ、確か……、アギトだったか?」

 

「クウガです。まあアギトも間違いではないが。そう――、でも私も思い出した。記憶が戻るのはいつも突然だ。どうやら私の世界ではグロンギはゲゲルというものを行っていたらしいのです。殺人ゲーム、ルールは……、少し曖昧で。ただやはりグロンギとしての本能がある。やってみたくなったんですよ」

 

 

スルガはシャンパンを飲みほすと、椅子から立ち上がり、立木のほうを向いた。

 

 

「十年で一万人! 私のルールは直接手を下さないこと」

 

「――ッ!」

 

「私に世界を移動するオーロラは生み出せないが、唯一、コールを送ることができる。それを無意識に察知してくれたのがアマダムであり、Chiharuなのです」

 

 

カーテンを開いた。三階から見える景色はいたって普通だ。

でも普通じゃない。普通じゃなかった。人はそれに気づいていなかった。

 

 

「人間は世界が狂い始めていることに気づいていない。少しずつ、徐々に、変わっていけば。いつか誰かが言っていました。ライダー無き世界にクロスオブファイアが持ち込まれたとき、いかなる場合であってもライダーは生まれる。たとえ私がなにもしなくても」

 

「なるほどな。クロスオブファイア、まさにバイオテロだ」

 

「怪人が生まれればライダーが生まれる。ライダーが生まれれば怪人が生まれる。誰かの手で終わらせることはできますが、はじまりを選ぶことはできない。いつも突然だ」

 

 

良神は面白い素材だった。

かつてショッカーが『手術』という方法を用いて怪人を増やしていったように、良神もまた多くの人間を手術で異形に変えた。

さらにクロスオブファイアではなく、そこから齎された派生物質であるナノロボットを使って戦士を増やしていく。

 

興味深い試みだ。

超人生成の新形態・『the Next』と名づけることにしようではないか。

上手くいけば文字通り、人類を次のステップに進めることができた。

 

 

「ただまあChiharuは何を学習したのか。狂い始めた怪人たちは少々品が無い。愛に直結する肉欲を狂わせたとはいえ、悪ふざけが過ぎる」

 

 

美しくないのはあまり好きじゃないと、肩を竦めた。

 

 

「……どうだっていい。お前のゲームはもう終わりだ」

 

「よしたほうがいい。いくら炎が消えかかっている私でも、まだ怪人としての姿は思い出せる」

 

「直接手を下せないんだろ? お前」

 

「ルールを破ることはできます。不本意ですが、死ぬよりはいい」

 

「……チッ!」

 

 

立木は銃をしまった。

 

 

「賢い人間は好きですよ」

 

「俺もだよ。俺が嫌いなのは――」

 

 

立木は銃を抜いた。

 

 

「クソみたいなヤツさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立木は部屋を出た。

コートに血がついているが、立木の血ではない。

神経断裂弾。マリリンは優秀だ。見事にクソ野郎をブチ殺すことができた。

 

 

「バルドも今日で終わりだな」

 

 

死体を処理してもらおう。

応援到着するまで暇だ。立木は通路でタバコを咥えた。

火、火、火――……。コートを探る。

 

しかしこれで平和になる。

スルガみたいな存在が他にもいるかもしれないが、そんなことはいちいち考えちゃいられない。

今日は焼肉でビールでもやろうか。そう考えていると、気配を感じた。

 

 

「おん?」

 

 

少女だった。マンションの住人だろうか?

立木はそこで固まった。わき腹に深く、深く、ナイフが沈んでいた。

 

 

「あ――、かッ」

 

 

立木は少女を突き飛ばした。

少女は走り去っていった。

 

 

(化け物の仲間か――ッ? いや、でもあれはッ)

 

 

いつか、取調べ中に殺しちまった男がいて、その家族のブスな娘に似ていたような。

いや待て、それか『ヤク』を拝借したのが見つかって、それで口を封じた部下の妹に似たようなヤツがいたような。

待て、確か八年前に――

 

 

「フハッ!」

 

 

立木は倒れた。恨まれる覚えがありすぎて、心当たりしかない。

 

 

「隼世――……、響也、お前らは……、俺みたいになるんじゃねぇぞ――っ」

 

 

ライター、あった。火、あぁ、くそ、火、血で、クソ。あぁ、ラッキー、ついた。

タバコ、酒は――? クソ、飲んどきゃ良かった。

 

 

「頼んだぞ……、真面目に生きるってのは、怪人殺すより難しいが――ッ、ごっ! がフっ! ま、まあ……、テメェらなら大丈夫――、だろ」

 

 

立木はタバコを落とした。そのまま目を閉じ、動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつかの日。

その男は息を切らし、全速力で走っていた。

病院内は走っちゃダメですよと年下の看護師さんに怒られた。恥ずかしい。

競歩選手顔負けのシャカシャカ歩きに切り替えて、すぐに青年は病室を目指す。

 

 

「おー、よちよちぃ、かわいいでちゅねぇ、ママでちゅよぉ」

 

「ちょっと敬喜ちゃんっ。ウソは教えちゃダメだよっ?」

 

「ごめんごめん。だって架奈ちゃん、見てよ、可愛いよねぇ。今なら母乳出そう」

 

「あ、この前、紅茶ありがとう。あれとっても美味しかった。ねえ岳葉くん」

 

「本当にさ。なに入ってんの? ヤバイ草とかじゃないよな?」

 

「訴えるよお兄さん。ボクと架奈ちゃんが選んだ最高級の葉っぱを使ったブレンドティーなんだから、美味しいのは当然だよね」

 

「今日お店は?」

 

「ああ。マッコリ姉さんに全部丸投げしてる。まあ彼女には紅茶という高尚な代物を扱えるとは思えないけど、店番くらいはできるでしょー」

 

「失礼だよ敬喜ちゃん! あのこと、まだ怒ってるの?」

 

「え、架奈ちゃん、あのことって?」

 

「はい。実はですね瑠姫さん! マッコリ姉さんってば何飲んでも全部ウマイっていうんです。すっごいアホなんですっ」

 

 

そこで、隼世が入ってきた。

 

 

「主役の登場ね」

 

 

瑠姫の言葉に皆はニヤリと笑った。岳葉だけ号泣していた。

 

 

「早いんだよなお兄さんは。まず先輩が泣くシーンだからねココ」

 

「す、ずま゛ん! 隼世ごめん!」

 

「い、いやぁ大丈夫。それよりごめんねルミちゃん。遅れちゃって」

 

「大丈夫。お姉ちゃんたちもいてくれたし。でも遅刻はしましたよね? これは罰ですよね? 今度ポケモンの新作が出るので、バージョン違いをそれぞれ一つずつ――」

 

 

皆が笑いあうなか、隼世は赤ちゃんを見て、ボロボロ涙を零した。

愛しい愛しいわが子よ。安心してくれ。僕らはキミを愛しぬく。

だから、たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん怒って、幸せになるんだよ。

友達ができたら大切にするんだ。困っている人がいたら助けてあげてね。

そしていつか、まあ凄い早い話だけど……、違う誰かを愛してほしい。その人と幸せになってほしい。

 

 

「ふふっ」

 

 

隼世は小さな命に触れた。

 

 

「パパの顔になってる」

 

 

ルミは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「あー、でも今からいろいろ心配だよぉ」

 

 

ルミが困ったように笑うと、敬喜がニヤリと笑った。

 

 

「大丈夫大丈夫」

 

 

だって、ボクらは――

 

 

「仲良しだからね。困ったらいつでも助けに来るよ」

 

 

みんな、赤ちゃんを見て微笑んだ。

いつまででも笑っていられる気がした。

 

 

 

 





たまにネクストにホラー描写(主にラスト)はいらなかったって言ってる人を見かけるんですが、個人的には最後のアレがあったからネクスト好きなんですよね。
アレもそうだし。全体的なホラー描写が無かったら、そんなに印象に残っては無かったと思うんですよ。
まあもしかしたら商業的には微妙だったのかもしれないけど、個人的には好きな作品でございます。

でもまさに今コレかいてて思ったけど、もし自分の好きなヒーローが商業的に失敗とかだったら、それはそれでショックですよね。
大人の世界の裏側で戦うこともまた一つの正義なのか……。


話は戻りますが、あの『ラストシーン』で思ったのはパチンコとして仮面ライダーがあるなら流石に本編とは別世界だろうと。
当時はただの演出として終わることも、仮面ライダーディケイドの登場によって『とんでもないことが起こった』のではないかと妄想できるようになった。
その結果が、今回の話でございました。

ただ、あとまだ一話だけ。おまけがあります。
そちらも明日か明後日くらいには更新できるかも(´・ω・)b




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おまけ NEXT NEW WΦRLD.......→

※今回も歌詞使用機能をつかっております。
 ハーメルン様では作品コードを入力すれば、一部の曲の歌詞を本文やサブタイトルで使用することができるようになりました。


おまけは『絶影のバルドクロス』とは"基本的"に関係ありません。
本編はこの前にあるエピローグで完全に終わってます。

じゃあこの『おまけ』は何かって言うと、私(ホシボシ)の他のライダー作品を見てくれている方むけの話になります。
見てくれた数が多いほど意味がなんとなく分かる形になっているので、虚栄のプラナリアだけ見てくれた人は申し訳ないですがバックしてくだせぇ!
まあ今回は『カメンライダー』さえ見てればなんとなく分かると思います。


それで、おまけを読むことで所謂『引き』が生まれます。
ただ、『今後やりたいなって思ってる(つまりまだ存在しないし、生まれるかも未定)』作品に繋がるようなシーンがありますので、もう一度言いますが注意してください。
だから感覚としてはマーベル映画のラストにちょっとある『おまけ』みたいなもんです。

要するに皆さんの喉に骨を刺す感じになります。
なんか歯にポップコーンの欠片が挟まる感じになります。舌でどけようとするけど中々取れない感じになります。
おまけを読むことで伏線みたいなものが生まれますが、それを回収するには相当の時間がかかる他、情けない話ですが、回収できる見込みもありません。

さらにさらに一番大事なポイントは
絶影のバルドクロスで提示してきたものを全て吹っ飛ばすとも取れる演出もあります。
ある意味、後悔とモヤモヤだけが心に残る形になるかもしれませぬ。

あくまでも『おまけ』と割りきれる方のみ、進んでくださいYO!!( ^ω^ )






「かくして、この物語は終わりを迎えたわけです」

 

 

本を閉じたウォズは、ニヤリと笑った。

 

 

「しかしハードな世界がウケると、続きもよりハードになってしまうものです。それに気を良くした創造主たちは、より強い刺激を求めようと躍起になってしまう。もしもこの本に続きがあるなら、どうなってしまうのやら……。私は心配で仕方ありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっと」

 

 

ビディが落とした皿を、滝黒がキャッチする。

 

 

「ありがとう響也クン」

 

「いえいえ」

 

 

海が見える丘で喫茶店を開いた。

始めはいろいろ不安だったけど、周りの人たちが優しくて、とても親切にしてくれた。

助かっている。体のことも、変な目では見てこないし。

 

 

「でもやっぱり残念っすよね。ビディさんのおっぱいを両手で揉めないなんて――」

 

「スケベ、ヘンタイ、ホウテイで会いマショウ」

 

 

バチバチ叩かれた。

痛い痛いと苦しんでいると、ビディはプッと笑った。

二人は片腕で抱きしめあい、キスをした。

 

 

「ン、もっと……!」

 

 

唇を離しても、ぬくもりがほしいのか、ビディから唇を重ねてきた。

 

 

「………」

 

 

それを剣崎が見ていた。

ビディが悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、スミマセン。いつもお客さんが来たらカランカランって鳴るんですケドモ」

 

「いい。気にするな。コーヒーを二つくれ」

 

「二つですか?」

 

「ああ。友人の分だ」

 

「トモダチ、いたんですね。アンタみたいな人に」

 

 

失礼でしょ!

滝黒が怒ると、ビディはシュンとして頭を下げた。

 

 

「でも本当に――、ありがとうございました」

 

「ッ? よく分からないな。俺はお前らの腕を切ったんだぞ」

 

「でも……、ありがとうございました」

 

 

上手く、言葉は見つからないが、滝黒もビディも剣崎がただの悪人ではないことを察していた。

剣崎はコーヒーが届くと、口をつける。

 

 

「美味いな」

 

 

そしてすぐに続けた。

 

 

「今日はお前らに、別れを言いに来た」

 

 

滝黒とビディの表情が変わった。

二人は手を繋ぎ、まっすぐに剣崎を見て、頷いた。

剣崎は何も言わなかった。剣崎の姿はもうどこにも無かった。コーヒーも二つ、消えていた。

 

 

「美味しいですね」

 

 

剣崎は喫茶店のカウンターではなく、バーのような場所に座っていた。

コーヒーの位置はそのまま。そして隣にはいつの間にか白い服の青年が座っている。

紅渡は、コーヒーをジッと見つめていた。

 

 

「カフェ、マルダムールのよりも、きっと……」

 

「何が違う?」

 

「失礼しました。マル・ダムールの味を覚えていないもので」

 

 

剣崎は少し困ったように首を振ると、コーヒーを飲み干した。

 

 

「貴方も甘い人だ」

 

「何がだ」

 

「ビディさんを助けた。あれは本来、好ましくない行動です」

 

 

本来、正しい歴史では、ビディはアポロキチガイストに殺されていた。

しかしそれを剣崎が助けたのだ。その埋め合わせに、彼は滝黒とビディの腕を切った。

 

 

「行動は過激ですが、結果的にあれが二人の結婚を促した。名前が変わればキャラクターとしては一つの死を迎える。ましてや身体情報の更新も同じく。まあ僕は片腕になるというのが健常状態からの『死』とみなすのが、少々差別的に思えて好きではありませんが……」

 

「世界のルールだ。奴らは一度死に、そして生きる選択を取った。それだけだ」

 

「変えていくべきルールです。まあですが……、いずれにせよ、終わる世界だ」

 

「ヤツが動くな。俺にも分かる」

 

「厄介な存在に育ってくれたものです。まあ、初めから決まっていたとも言えますが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院。

ルミの出産を無事に見届けたので、瑠姫と一緒に家に帰ろうと思ったときだ。

岳葉は、あの荒野にいた。

ライダーたちのモニュメントの中央に、オーマジオウが座していた。

 

 

「見事であったぞ。本間岳葉」

 

「オーマ……、ジオウ――ッ!」

 

「いかにも。私こそが平成ライダーの――、いや! 仮面ライダーの王である!!」

 

 

オーマジオウは確かに言い放った。

 

 

「本間岳葉。お前は、私だ」

 

「え……?」

 

「既に提示はしてある。パラレルラトラパンテが全ての情報を収集した。実に見事な活躍であったぞ。お前のおかげで、世界という物語は無事に終わりを迎えた」

 

 

だがしかし、あまりにも多くの犠牲が出た。

あまりにも大きすぎる悲しみが生まれてしまった。それは決して、無視できない事実なのである。

そしてそれは、岳葉たちが無力だった故に起きた悲劇なのである。

 

 

「分かるな。若き日の私よ」

 

「それは――……」

 

「これは、最低最悪の物語だ」

 

 

岳葉は何も言い返せなかった。

するとオーマジオウは慈悲に満ちた声色で、岳葉を労う。

おお、なんと寛大なお心だろうか。ありがたき幸せである。

 

 

「だが何も卑下することはないのだ。むしろお前は十分すぎるほどに戦い抜いた。今はそれを誇っても良いと――、私は考えている」

 

「それは、どういう意味なんだ?」

 

「ミスや挫折、後悔をしない人間などこの世には存在しない。それは否定するものではなく受け入れて力に変えるもの。成長のための鍵なのだ! それが分からぬ愚か者など、世界には存在しないと私は願いたい!」

 

 

一方で最低最悪の物語を放置するのも、オーマジオウとしては心苦しいものがあった。

ならば答えは一つしかない。

 

 

「よくがんばったな本間岳葉。安心してもらいたい。この悲劇は――」

 

 

ラ、イ、ダーの文字が赤く光り輝いた。

そのシルエットはどこかの大鷲に見えなくも、無い。

 

 

「私が、正す」

 

 

オーマジオウの考えを聞いて、岳葉はそれを受け入れた。

というよりも受け入れるしかなかった。彼らに拒否権はない。

それに別に悪い話ではなかった。いやむしろ、それはとても素晴らしい話だ。

だから何も否定するつもりはなかった。

 

 

「ルミちゃんが妊娠したとき、隼世と敬喜ッ、三人でお酒を飲んだんだ!」

 

「む?」

 

 

なかったのだが――……。

ただ一つだけ、どうしても言いたいことがあった。

おめでたいことなので、お酒も進んだ。

 

 

『女の子? 男の子?』

 

『まだ分からないよ』

 

『そっかぁ。でもルミさんかわいいし、先輩は中性的で綺麗だから、どっちが生まれてもボクが可愛くしてあげるね』

 

 

そんなやり取りをしている中、敬喜はスヤスヤと眠ってしまった。

隼世は嬉しかったのだろう、父になれることが。そしてだからこそ心からにじみ出る弱さもあった。

 

 

『岳葉、ずっと思ってたことがあるんだ』

 

『え?』

 

『あの時、僕はなんとしても路希を死なせるべきではなかった』

 

 

あれだけ頼もしかった隼世の背中が、その日はとても小さく見えた。

 

 

『でも敬喜が選んだ道は本当に正しかったと思う。気を遣ってるわけじゃなくてね。まあこういう話をするのはココだけにしたいけどね』

 

 

仮面ライダーとしては何としても助けるべきだった。だから隼世は、あの時、ライダーの資格を失ったのだ。

 

 

『だからあれは、僕の――、人間としての答えなんだ』

 

 

人間を殺したライダーはたくさんいる。

たとえば王蛇とか。岳葉がそう言うと、隼世は優しげに、哀しげに微笑んだ。

 

 

『ありがとう。確かにね。でも、僕が変身していたつもりだったのは、そちら側じゃないライダーだった』

 

 

だから隼世はライダーではなく、人間として路希を救った。

間違っているかどうかは置いておいて。

 

だから隼世は後悔はしていない。

だからずっと背負うことを決めた。

だから――……、でも、それは凄く重いから。

だからたまに岳葉にも持ってほしくなるだけだ。

 

 

『――ッ』

 

 

岳葉は打ちのめされていた。

彼も覚えている。忘れたことはない。

あの時、声が聞こえた。『路希を――、彼らを救えるのは仮面ライダーだけ』だと。

 

岳葉は……、あくまでも額面通り受け取っていた。

でも今、隼世はあの声に従ったとき、自分はライダーの資格を失ったという。

それはなぜか? 矛盾している気がする。だって隼世だって、そう思ったからこそ――ッ。

 

 

『!!』

 

 

その時、岳葉は大いなる悲しみに気がついた。

 

 

(隼世はそう思ったんだ。そう考えたんだ。そうに違いないと思ったんだ……!)

 

 

それは隼世が仮面ライダーを好きになってから、あの時、あの瞬間の最後までずっと信じていたもの。

ずっと心にしまっていた温かな光だった。

過去も、今も、そしてこれからもずっと信じていけると思っていたものだった。

 

彼はその大切な宝物を捨てなければならなかった。

 

絶対の正義や――。

 

全てを救う力――。

 

 

(仮面ライダーって何だ――? 正義って何なんだ――ッッ!!)

 

 

隼世(ライダー)は、『死』に救いを見出した。

市原隼世の一番大切だった『仮面ライダー』が、一番嫌いだった方法を善と視たとき、彼の信じていたものがバラバラになった。

しかもそれでも……、立ち上がった彼はエックスについた。

 

それは、とても、痛い。

とても苦しかったはずだ。

 

おそらく――……。

いや絶対にそうだ。岳葉は声を大にして叫んでもいい。

市原隼世という男は仮面ライダーだったに違いない。きっと今まで仮面ライダーだった人間と同じものを見ていたし、触れてもいた。

だから彼は仮面ライダーだった。

 

岳葉は思う。

自分たちはきっとあの最後の瞬間に、ライダーに触れた。

 

でも隼世はもっと前から触れていて。ライダーで。そしてあの最後を選んだ。

だから彼だけ『負けたんだ』。他のみんなが勝利を目指して前に進む中で、隼世だけが敗北に向かっていった。

 

それでも彼は他のみんなと同じくらいの力を出した。

救いたかったに決まっている。だって彼の想ってきたライダーはそれができていたはずなのに。

でも彼は、全ての力をエックスに注ぎ込み、路希を倒した。

 

仮面ライダーしか彼らを救えなかった。

それは本当だ。だから隼世はライダーの資格を失ったのだ。

その苦しみは岳葉には想像もできない。

きっと心の中がグチャグチャになって、時間が止まってほしいとか思ったはずだ。

思わず剣崎に助けを求めたかったに決まってるんだ。

 

だって大好きな大好きなヒーロー。

隼世はライダーの内容だけを見ていたんじゃない。きっと夢を視ていたんだ。

その姿で、ああするしかないと理解したとき、彼は――……!

それでも――ッ! 路希を想い、みんなを想った。

やるせなくて、辛くて、苦しくて、それでも彼は(たたか)った。

 

一人の男が、今までずっと苦しいときや辛いときに寄り添ってくれた『夢』を殺して、路希に手を伸ばしたんだ。

 

 

『……難しいよな。僕らの世界は』

 

 

岳葉はただ、泣きながら隼世の背中を擦った。

いつか瑠姫がしてくれたように。

 

 

『ありがとう岳葉』

 

 

そのお礼を、岳葉はずっと胸に刻んでる。

 

 

「だからッ、俺たちがそこに生きていたという証だけは――ッ、あの時の想いだけはッ! どうか、忘れないでくれ」

 

「分かっているとも。なぜならば私は――、最高最善の魔王だからである!」

 

 

オーマジオウが立ち上がる。時計の針が動き出した。

並び立つライダーの像が剥がれていく。

そこに立っていたのは、くすんだ外装が剥がれ落ちた、色鮮やかな仮面ライダーたち。

祝福の鐘が鳴る。世界が崩壊していく。

 

 

「この物語を、私がやり直す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エグゼイド!』

 

 

「終了だ」

 

「早いッ、それにここまで進行している癌を切除するなんてッ、天才か!?」

 

 

ザワつきを無視して、(かがみ)飛彩(ひいろ)は白衣を靡かせて歩いた。

 

 

「当然だ。俺に切れないものはない」

 

 

仮面ライダーブレイブは、珠菜に一瞥をくれると、さっさと歩き去った。

 

 

『ア・ギ・ト!』『カァブト……!』『ダブルッ!』『ドゥラァイヴ……』

 

 

「仮面ライダーG3-X! 氷川(ひかわ)(まこと)、出動します!」

 

 

ケルベロスが回転すると、特殊装甲弾が連射されていく。

それらはガトリングパイソンの弾丸を貫きながら進み、彼女へ着弾していく。

 

 

「うっぁぁあぁああ!」

 

 

ガトリングパイソンは全身を撃ち抜かれて倒れた。

体内にあるナノロボットが暴走を起こし、爆散して死滅する。

一方で仮面ライダーガタック、加賀美(かがみ)(あらた)は、両肩にあるガタックバルカンからプラズマ火球を発射した。

それはグレネードを一瞬で蒸発させると、そのままグレネードバッファローに直撃して大きく吹き飛ばす。

 

 

「キャストオフ!」『Cast Off』『Change StagBeetle』

 

 

装甲が弾け飛んだ。

ガタックはそのまま腰にあったボタンを叩き押す。

 

 

「クロックアップ!」『Clock Up』

 

 

超高速の世界に足を踏み入れたガタックは、バッファローが墜落する前に拳を叩き込んで打ち上げていく。

きりもみ状に回転しながら、ゆっくりと移動していくバッファロー。

そうしているとガタックは背中のほうに回り込んで、ガタックカリバーを連結させた状態で差し込んでみる。

 

 

「ライダーカッティング!」『Rider Cutting』

 

 

バッファローの巨体を持ち上げ、ガタックは叫んだ。

そのままバックドロップ。さらにバッファローを叩きつけた瞬間、カリバーの刃を閉じた。

エネルギーが溢れ、バッファローは悲鳴を上げながら爆散する。

 

 

「っしゃああ!」

 

 

ガタックは立ち上がり、雄たけびをあげると珠菜を救出に向かった。

クロックアップのスピードがあれば、珠菜を一瞬で連れ戻すことはあまりにも簡単であった。

そしてスピードといえば、コチラも負けてはいない。

ブレードアルマジロは呻き声をあげて後退していく。ナイフを落とし、震える指で仮面ライダーアクセル・照井(てるい)(りゅう)を指し示した。

 

 

「キミ、強いね……ッ! 名前と、戦う理由……、教えてくれないかい?」

 

「俺に質問をするな」

 

 

ピピピピピと音がする。エンジン音をかき鳴らし、アクセルは青い残像を残しながら地面を駆けた。

迫るナイフは全て空を切るだけ。背後に気配を感じて、かろうじて背中のプレートを向けることができたのだが、襲い掛かる蹴りを受けていくなかで、バキベキと音が聞こえてきた。

アクセルはプレートを破壊しながらアルマジロを蹴り続ける。

そうしていると手元に振ってくるトライアルメモリ。

 

 

『トライアル!』『マキシマムドライブ!』

 

「9.8秒……! それがお前の絶望までのタイムだ」

 

「グァアアアアアアアアァァアア!!」

 

 

爆発が巻き起こる。

一方でコチラもまた爆発。

デッドヒートの拳を受けて転がっていくコウモリフランケン。

ドライブはそこでタイプスピードに形態を変更した。

 

 

「良神院長、アンタを逮捕する!」

 

 

(とまり)進ノ介(しんのすけ)の正義の心が燃える!

 

 

「行くぞベルトさん! もう俺は、誰にも止められない!」

 

『ヒッサーツ! FULL Throttle!』『SPEED!』

 

「フッ! ハッ! フッ! ハッ! フッ! ハッ!」

 

 

旋回するトライドロンがキングダムダークネスを粉砕してまわり、ドライブはその中で何度も跳ねて蹴りをターゲットに打ち込んでいく。

 

 

「オリャアアアアアアア!!」

 

「ギャアアアアアアアアアア!!」

 

 

最後の一撃、良神はまだ体にナノロボットが充満する前にそれらを破壊されたため、人間の状態に戻り地面を転がっていく。

 

 

『ガイム――ッ!』

 

 

そして斬月も地面に膝をついた。

もう立てない。そんなの嫌だ――ッ! だから彼は両腕を広げてChiharuを守るようにする。

 

 

「安心してくれ路希くん。ちょっとの辛抱だ」

 

 

仮面ライダー鎧武、葛葉(かずらば)紘汰(こうた)は、ソニックアローの弦を思い切り引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フォーゼ!』

 

 

仮面ライダーフォーゼ・如月(きさらぎ)弦太朗(げんたろう)は、爆撃から茂男を守り、地面に着地した。

恐怖で泣いている彼の頭を撫でると、フォーゼは手を差し出す。

 

 

「俺は全ての世界の人間と友達になる男だ。安心しろ茂男、お前はお前のままでいいんだ。人間は変わろうと思って変わるもんじゃねぇ。周りの人間が変えてくれるのさ。だからお前には俺がいる。それを忘れんなよ」

 

 

『ウィザード!』

 

 

「さあ、ショータイムだ!」『ドラゴタイム・セットアップ』『スタート!』

 

 

マントを翻した仮面ライダーウィザード・操真(そうま)晴人(はると)

 

 

『ウォータードラゴン!』

 

 

剣を振るい、ドラゴンに斬撃を刻み付ける。

 

 

『ハリケーンドラゴン!』

 

 

逆手に持った二刀流がペガサスを斬った。

 

 

『ランドドラゴン!』

 

 

重力の魔法が巨体のタイタンを完全に封じ込めた。

その中でウィザードは歩く。目の前でへたり込んでいるアフロディーテに手を差し伸べた。

 

 

「構わないでよ! アンタに私の何が分かるの!?」

 

「分からないさ。だから助けるんだ」

 

「え……?」

 

 

エコーかかった声は、とても優しかった。

 

 

「俺に分かるのは苦しみという感情だけだ。それを消すのが魔法使いさ」

 

「――ッ」

 

「諦めるな。俺が最後の希望になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゴォースト!』

 

 

仮面ライダーゴースト、天空寺(てんくうじ)タケルは浮遊能力を駆使して一人の青年を救った。

トラックに惹かれそうになっていた一人の引きこもりニートは呼吸を荒げ、へたり込んでいた。

トラックの運転手も驚いていたようで、一応と急ブレーキをかけて窓を開けた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はいッ、す、すいませんでした……!」

 

 

本間岳葉は深く頭を下げた。

走り去るトラック。岳葉は振り返り、微笑んでいるタケルへ頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

『ダブルッ!』

 

 

仮面ライダーダブル。

(ひだり)翔太郎(しょうたろう)と、フィリップの前にChiharuが浮遊していた。

血走った目が見開き、無数の触手が暴れ出す。

パチンコ台が切り裂かれて破壊されていく中、ダブルは激しい風の中にいた。

エクストリーム。

 

 

「女を泣かせるのは趣味じゃねぇが……」

 

『翔太郎! Chiharuの全てを閲覧した。彼女は――……、いやヤツに性別は存在しない。ナノロボットが殺意を記録して、ただ殺すために動くキラーマシーンだ!』

 

 

優しい少女だった。

なんの罪もないのに地獄を味わった。

そして彼女は自らの苦痛と、罪の重さに耐えかね、手を伸ばしたのだ。

兄に、殺してくれと。己、他人、これ以上の被害を防ぐために。

哀しき女が最後に縋った希望さえ、殺意の残滓が破壊しようとするなら――

 

 

「『さあ」』『「お前の罪を数えろ』」

 

 

プリズム!

サイクロン! マキシマムドライブ!

ジョーカー! マキシマムドライブ!

メタル! マキシマムドライブ!

トリガー! マキシマムドライブ!

 

 

「『ビッカー! チャージブレイク!』」

 

 

光の剣がChiharuの触手を切り裂き、本体に到達する。

斬られた部分から大量の血液が噴出した。これは体内に存在するChiharuの核を担うナノロボットを露出させるための呼び水だ。

 

 

『エクストリーム! マキシマムドライブ!』

 

 

虹色の光を纏った両足が、コアに直撃する。

 

 

「『ダブルエクストリーム!!」』

 

 

爆炎巻き起こる中、フィリップが悲しげに呟いた。

 

 

『死体に人は愛せない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クウガ!』

 

 

「グォオァア!」

 

 

スルガはマンションの壁を突き破り、地面に激突した。

立木が目を丸くしている中、仮面ライダークウガは着地すると、腰を落とした。

走り出すと、足跡が燃える。飛び上がり、体を回転するのを見て、スルガは信じられないと叫んだ。

 

 

「な、なぜお前が! 五代(ごだい)雄介(ゆうすけ)ッッ!!」

 

「ウォリャアアアアアアアアアアア!!」

 

「ぐああぁぁあぁあぁあ!!」

 

 

侵略者は侵略の魔の手を伸ばすまえに爆散していく。

 

 

 

 

『ブゥレイド!』『キ・バ!』

 

 

 

 

「ウェエエエイ!」「ハァアアア!!」

 

 

ライトニングブラストとダークネスムーンブレイクが胸に突き刺さり、アマダムは激しく地面を擦り、後退していく。

 

 

「アマダム、貴方の野望は、ここで終わりだ」

 

「仮面ライダーは俺たちを選んだ。お前じゃなくて、運命が俺たちの道を示したんだ」

 

 

仮面ライダーキバ、(くれない)(わたる)

仮面ライダーブレイド、剣崎(けんざき)一真(かずま)

 

 

「ライダーと怪人には明確な差がある。その資格が、アンタに理解できるか!」

 

 

ブレイドがそう言って、剣先をアマダムに向ける。

そしてその中央をゆっくりと歩いてくるのは――、仮面ライダーの王である。

アマダムのようなものの前にも、その気高いお姿を見せてくれるとは何と有難いことなのか。

 

 

「かつて、カメンライダーという歴史において、仮面ライダーゴースト・天空寺(てんくうじ)タケルが貴様と戦った」

 

 

その際、黄金が迸った。

輝く意思を持ちて、タケルは多くの偉人の力を借りてアマダムを撃退するに至った。

同じくして虚栄のプラナリアもまた、岳葉は仮面ライダーゴーストの力を借りてアマダムと戦った。

この際、アマダムは偉人を否定する発言を口にしたが、岳葉とは違い、タケルはそこに反論を提示した。

 

 

「この差が何か、分かるか?」

 

「ッ?」

 

 

アマダムはカッシムワームのフリーズを使用するが、オーマジオウは仮面ライダークロノス・(だん)正宗(まさむね)の力である『リスタート』で打ち消した。

 

 

「なんだそれは……ッ!」

 

「そうか、貴様はまだ知らぬか。滑稽だな。世界移れば記憶も書き換えられる。所詮貴様は時空の傀儡でしかない」

 

「ワケわからねぇことをゴチャゴチャと! 気に入らん! 私は全ての怪人とライダーの頂点に立つ存在だ! テメェもライダーだろうが! 私にひれ伏せェエエ!」

 

「それはできない。なぜなら、私が仮面ライダーの王だからである」

 

 

ブレイドとキバの肩に触れると、それぞれが武器に変わりオーマジオウの手に収まる。

キングラウザー、ザンバットソード。

オーマジオウが剣を構えると、その刃に光が纏わりついていく。

 

 

「無駄だ! ライダーの力は私の力! 抗体を作り出すこともでき――」

 

 

オーマジオウが剣を振るう。生まれたのは十字の斬撃。

それは一瞬、それは一撃、アマダムに刻み込まれた十字は、そのまま通過し、敵を四分割にしてみせる。

 

 

「ば、馬鹿な! なぜッッ!?」

 

「答えは一つ。答えは唯一」

 

 

爆散していくアマダムを前に、オーマジオウは複眼を光らせた。

 

 

「頂点はただ一人! 人はそれを、王と呼ぶのだ!」

 

 

称えよ! 救世主の名前を!

 

 

『クウガアギトリュウキファイズ・ブレーイッド!』

 

『ヒィービキカブトデンオゥーキバディケーイッ!』

 

『ダァブル・オォーズ・フォゥオゼェー!』

 

『ウィザァード・ガイムドゥラィブゥーッ!』

 

『ゴォーストッ!』

『エグゼイドォッ!』

『ッビィッルドォォォォォ――!』

 

 

祝福の刻だ!

 

 

『最高!!!!!』

 

『最善!!!!!』

 

『最大!!!!!』

 

『最強!!!!!』

 

 

それが、オーマジオウ。

生まれながらしての、魔王なのである!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT NEW WΦRLD――………→

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい志亞」

 

「え?」

 

「さっきから呼んでるっての」

 

「あ、ああ。すまん。考え事をしてた」

 

「これからケンたちと一緒に映画見に行くんだけど、お前らも来るか?」

 

「悪い、今日は家族と約束があって」

 

 

父と母と妹と一緒に食事をしにいく約束だ。志亞は断るが、隣にいた茂男は手を上げる。

 

 

「ぼくは行っていい?」

 

「おお来い来い!」

 

 

おとなしそうな茂男と、素行の悪そうな部賀ではあるが、話してみるとコレがなかなか気があった。

そこからは頻繁に遊ぶようになっていた。部賀と茂男が肩を組んで歩いていくのを見送り、志亞は帰路につく。

だがそうしていると半泣きでキョロキョロしている女の子を見つけた。

 

 

「どうしたの?」

 

「あ、あのわたしっ、最近この辺りに引っ越してきたんですけど……」

 

 

赤いランドセルを背負った女の子は、両親の仕事で水野町から引っ越してきたようだ。

今日は友達の家までついていったのだが、いざ一人で帰るとなると迷ってしまったらしい。

志亞は携帯のマップアプリを使って、彼女が分かる道までついていってあげることに。

 

 

「わたし珠菜っていいます」

 

「俺は志亞」

 

 

志亞は珠菜を安心させるように、いろいろなことを話した。

珠菜も安心したのか、いろいろ自分のことを喋ってくれた。

 

 

「へぇ、珍しいね。手作りのお守り」

 

「はいっ、おばあちゃんが作ってくれたんです」

 

「そうなんだ。どんなお祖母ちゃんなの?」

 

「とっても優しくて、お家に遊びに行ったらおじいちゃんと一緒に優しくしてくれます。ちょっと過保護すぎて困るときもあるんですけど」

 

 

照れたように笑った。

なんでも孫が心配すぎて、定期的に人間ドックを勧めてくるとか。両親も両親で一人娘が心配なのか、毎回くまなく調べられるらしい。

毎回何も見つかっていないのに、やりすぎだと。

 

 

「愛されてる証拠だよ。良かったね」

 

 

志亞がそういうと、珠菜ははにかんだ。

そうしていると、珠菜がよく通る道へついた。

そこは志亞もよく通る道だった。どうやら二人の家はそこまで離れていないらしい。

珠菜は志亞にお礼を言うと――

 

 

「志亞さん。またねっ!」

 

 

珠菜は手を振って帰っていった。

志亞も少し困ったように微笑み、手を振り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「胎教にゲーム音楽聴いてたらヤバイと思う?」

 

「べつにいいんじゃない? あ、これ。お義母さんとお義父さんが温泉に行ったみたいで、そのお土産」

 

「やったぜ!」

 

 

妊娠中はエネルギーを使う。

ルミは岳葉の両親が買ってきてくれた饅頭をバクバク口に入れていく。

 

 

「おねえひゃんはあははんふふはないの?」

 

「食べながら喋らない。まあそうね、もう少し二人の時間を楽しみましょうって」

 

「ラブラブですなぁ」

 

「えっへん」

 

 

二人はDVDを見ていた。

テレビでは救急隊員が活躍する海外ドラマが流れている。

 

 

「思い出すわね、ルミが夜中、エッチしてるときに救急車呼んだ日を」

 

「………」

 

「あの時のオロオロしているルミと隼世さんを思い出したら――、ぐふっっ!!」

 

「アンタね、人のこと言えますのんか?」

 

「………」

 

「お姉ちゃんの血を見てタケちゃんが気絶した話、盛り返すか?」

 

「この話はやめましょう」

 

「うむ」

 

 

二人はズゾゾゾとお茶を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビディさん! チャーハンとラーメンできました!」

 

「サンクスです! タケチャンマンサン!」

 

「岳葉です!」

 

 

お昼ともなれば厨房は大忙しだ。

カチャカチャとお皿を洗う音や、フライパンを動かす音が厨房では響いている。

岳葉が作った料理を、ビディは両手でしっかりと持って運んでいく。

 

 

「はいオマチです! たくさん食べて! 午後もファイトです!」

 

「ありがとうございます」

 

 

山路はそれを受け取ると、さっそく麺をすすり始める。

 

 

「午後からは聞き込み行くぞ山路、しっかり食っとけ」

 

「了解です」

 

 

立木、マリリン、山路、滝黒はたくさんの料理を手当たりしだいに口につめ始めた。

 

 

「でも山路くんてば、さっきお弁当食べてなかった? あのイカレた……」

 

「失礼っすよマリリンさん」

 

 

山路が一緒に住んでるカラスちゃんは、お弁当を用意してくれるのだが、料理が壊滅的に苦手なので、ファストフードで買ったハンバーガーとポテトをお弁当箱につめて山路に持たせている。

 

 

「刑事は腹が減るんだよ。なあ山路」

 

「ええ、まさに」

 

「お前、お抱えの情報屋いたよな? トンボに……、なんだっけ? あの三人組。あいつら後で呼んどけ」

 

「了解です」

 

 

一方でビディと滝黒は何かを話し合っている。

実はもうすぐ滝黒が刑事をやめるらしく、それからは二人で水野町でカフェを開こうと約束しているのだ。

さて、そうなると一人娘がいなくなって、この藤島食堂が危なくなる。今はまだビディの両親がいるからいいが、将来は不安だ。

この食堂にはファンも多い。だから岳葉に全てを教えている途中である。

岳葉は真面目な働き者だ。後を継がせるのも安心だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水野町。

ひまわりの里ではリセと正和が緊張した面持ちで消火器を手にしていた。

今日は防災訓練の日だ。ラグビーをやってる息子がいるという消防隊長さんが、子供たちに火災が起こったときの対処の仕方を教えてくれている。

ミッちゃんはそれを真剣に聞いていたし、ナオタはポケットに隠したクッキーを食べようとして園長先生たちに怒られていた。

 

しかし防災訓練が終わればおやつタイムだ。

みんなはドーナッツに、とってもおいしい紅茶を楽しみにしてた。

子供たちは紅茶を淹れに来てくれた『ワンダーアリス』のママが大好きである。プリティーな体系が気に入ったのか、群がるとモチモチのお肉をつまみ始める。

 

 

「えぇちょっとやだーっ! にくみそ~!!」

 

 

プリコいわくパクリではない。断じて。

一方でワンダーアリス本店。涼霧はバイクから降りると、扉を開く。

 

 

「藤島食堂への配達おわりましたー!」

 

「お疲れさまぁ、涼霧きゅーん! 遠かったでしょ? 疲れてなぁい?」

 

 

マッコリ姉さんが涼霧をギュッと抱きしめると、さっそくチュッチュやりはじめる。

真っ赤になっていた涼霧だが、やがては彼も観念したのか、マッコリ姉さんの背中に腕を回していた。

 

 

「ちょっと姉さーん。店内でヤリはじめないでよー」

 

 

敬喜はズラリと並ぶ紅茶の在庫を確認しつつ、奥へ向かう。

そこでは新しい葉っぱの組み合わせを試している架奈がいた。

フルーティないい匂いがする。敬喜は向かいに座ると、彼女の作業をジッと見ていた。

それが終わり架奈が立ち上がると、二人は指を絡ませあい、キスをする。

 

 

「け、敬喜ちゃん。お仕事中だよぉ」

 

「え? うん。お仕事チューだよっ?」

 

「そ、そうじゃなくってぇ」

 

「だって架奈ちゃんが可愛いんだもーん」

 

「もぉ、わたしより敬喜ちゃんの方が可愛いでしょ?」

 

「なんでもいいじゃん? ね? ボクらのラブオーラを紅茶に入れてあげようよぉ。最高のフレーバーになるよぉ」

 

 

二人はニコニコしながら指を絡ませあった。

少々不真面目な勤務態度の店員が目立つが、紅茶の質は最高級である。

ここのを飲んだら他のは飲めない。それはあながち間違いない噂話である。

良神クリニックでも、もうずっとココの紅茶を取り寄せている。

 

 

「本当においしいですね」

 

「ええ。なんだか香水を頂いているようですわ」

 

「あはは、分かります。飲んでたら綺麗になってくるような気がしますよね」

 

 

黒田と巳里が笑いあうすぐ傍で、牛松がパンツ一枚でポーズを決めていた。

 

 

「マッソッッ! ンンン! フゥゥン! マッッッッソ!!」

 

「おおー、仕上がってますねぇ」

 

 

凄まじい肉体美である。もう乳首が見えない。

真白が撮影している中で、部屋の隅では良神が友人の慶太郎とチェスをしていた。

 

 

「お前さんが勝ったら栗まんじゅう10個くれてやる。ワシが買ったら家買ってくれ」

 

「こっちの損害多すぎだろ。え? アンフェアすぎじゃね……ッ?」

 

 

ここで良神がチェックをかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

路希は砂浜に立ち、蒼い海を見ていた。

落ち着く。いつまででも見ていられる。

今日はヒーローに助けてもらう夢を見た。だからだろうか? なんだか調子がいい。

そうしていると、波の音に混じって名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「ごめんね。待った?」

 

「いえ。今来たところです」

 

 

風見ちはるは嬉しそうに、けれども悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「優しいね路希くん。実は私、ずっと隠れて路希くんを観察してました」

 

「えぇ? だったら早く声をかけてよ」

 

「だって、かわいかったから」

 

 

二人は手を繋いで歩き出す。

今日は海辺をお散歩しようか?

それとも映画を見に行こうか?

 

 

「ねえ知ってる? 今日はすごく綺麗な満月らしいよ」

 

「へ、へえ、そうなんですか。そういえばムーちゃんの家に行った時にお兄さんが教えてくれたような……」

 

「………」

 

 

ちはるはポンポンと路希の頭を叩いた。

 

 

「5点」

 

「えぇ?」

 

「一緒に見たいが言えたら100点あげたのに」

 

 

そこで路希は真っ赤になって、言葉を返した。

 

 

「大好きなちはるさんと一緒に、満月が見たいです……っ」

 

「120点。かわいすぎかー! 年下彼氏最高っ」

 

 

ちはるも真っ赤だった。

二人は楽しそうに笑いながら海辺を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、いつかの日。

ルミがベビーカーを押していた。隣にいる隼世は、ルミのバッグや買い物袋を抱えている。

今日はいい天気だ。ちょっとだけ公園に寄り道をしようと。

たくさんの緑があって、木漏れ日が赤ちゃんを照らすと、ケラケラ笑っていた。

 

 

「おそと、きもちーね。えへへ」

 

 

ルミが赤ちゃんのほっぺをつつく。

隼世もそれをあたたかい目で見ていた。

 

 

「かわいいですね」

 

 

通りすがりの少年が言う。

 

 

「ありがとうございます」

 

「お兄さんの赤ちゃんですか?」

 

「ええ」

 

「かわいいなぁ。幸せですか?」

 

「そりゃあね、お恥ずかしい」

 

「良かったですね」

 

 

隼世はそこで表情を変えた。

一瞬だった。そして、一瞬で忘れる。

しかし心に残った想いはまだ消えていない。

隼世は少年に深く頭を下げた。

 

 

「ああ。おかげさまで」

 

「よかった。じゃあ俺はこれで」

 

 

常磐(ときわ)ソウゴは満足そうに笑って隼世たちと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また一つ! 哀しき世界が、偉大なる平成ライダーたちの手によって救われた!」

 

 

祝え! 最高最善の魔王が、救済を齎したのだ!

仮面ライダーという史上最高の救済者が苦しむ人々を助け、笑顔に変えたのだ。

これは紛れもなく、仮面ライダーというヒーローにしかできないことなのである!

オーマジオウが高らかに宣言すると、拍手の音が聞こえてきた。

感激に震えるのは虹色のマフラーをしたウォズであった。

 

 

「流石でございます。ン我が魔王――ッ!」

 

「ウォズか……!」

 

「ン我が魔王が創造したネクストニューワールドを閲覧しました。お見事でした! このウォズ、次元の違いを確かに感じております――ッ!」

 

「褒めすぎだ。このくらい、仮面ライダーならば造作もない」

 

 

時にウォズよ? 貴様はどう考える。

あの出会いに意味はあったと思うか?

あの人生に意味はあったと思うか?

あの苦しみに価値はあったと思うか?

あの存在に必然性はあったと思うか?

 

 

「無いのだ……! そのようなものは!!」

 

 

終わっていた歴史だ。既に伝わりきった話であった。

にも関わらず今更、新たらしい人物を増やすことや、世界を広げるようなこと、なおかつ完結していた関係にメスを入れる意味はなかったはずだ。

ましてや『全ての人間に抱えるものがある』という幻想を取り払うことになった。

 

 

通常、たとえば誰かがピックアップすれば、そこに何かは存在している。

創作において無駄な描写などない。たとえばカメラがグラスを映したならば、ただ映したのではなく意図して映したことになる。

 

しかしそれが今回の歴史を見て、ちゃんと胸を張って言えるだろうか?

低俗な描写の数々の意味は? 必然性は? Chiharuのバックボーンを抑えてまで女性器や差別用語を多用する露悪的な語りの価値はあるのか?

 

 

「どう思うか? 虹ウォズ!」

 

「ハッ! 確かに悪意ある描写でございました。志亞のような人間も普通に考えれば、あのような低俗な輩は創作においても、なかなかいません。常識は絶対ではないが、無意味でもない」

 

「そうだ。アレはただの、悪ふざけよ」

 

「それにまだ提示していない情報があります。カラスが山路の子を宿していたことや、立木の娘の苦悩、ムーちゃんが恋していたあの子など、これを語らずに歴史を完結させようとするのは少々……」

 

「そうだ。不出来で、残酷な歴史。それがあの絶影のバルドクロス――ッ!」

 

 

ましてや炎の定着が甘い。

クロスオブファイアが概念として輝いてしまう。

 

 

「概念のみで世界が回るなど不可能。確かに変身できうる姿や力は与えられるが、本来ライダーの力は便利な魔法ではないのだ。明確なシステムやプロセスのもとに構築されてきた歴史である」

 

 

バイクを都合よく消したり、具現したり。

感情の爆発で強化アイテムを生み出すのは、今までの先駆者に申し訳ないと思わないだろうか?

ましてや変身ベルトを生み出すのもクロスオブファイアだ。

しかしそれは今までライダーたちの命だったもの。

ファイズにいたっては盗難の危険性とも戦ってきた。

 

 

「ン我が魔王ならばお気づきかと思いますが、マリリン氏がファイブハンドの開発を示唆していました。アレは偉大なるレジェンドライダー"スーパー1"の力。ライダーがあれば、怪人も生まれてしまう可能性がある。戦いの続行を提示してしまいました」

 

「そのとおり、ではあのまま歴史が続いていたら、どうなっていたか……?」

 

 

虚栄のプラナリアで提示された残酷性が、多くの感情エネルギーを吸収できると創造神が知ったとき、続編がもっとパワーアップするのは不思議な話ではない。

だからこそ絶影のバルドクロスでは多くの命が失われ、より大きな悲しみが生まれてしまった。

それを超えることが、今後起こるかもしれないのだ。

 

 

「あまりにも不安定だ。だから私が終わらせた」

 

 

古来より、この手法はデウスエクスマキナと呼ばれていた。

複雑に絡み合い、解決不可能な物語を機械仕掛けの神が一瞬で解決し、終わりに導く手法だ。

オーマジオウこそが、その神――、いや魔王なのである。

 

 

「刺激が全てではない。私は、誰も死なない幸福な歴史の尊さを知ってほしいのだ」

 

「なんと慈悲深いお心……!!」

 

 

虹ウォズは涙を流し、オーマジオウを見つめた。

 

 

「故に私は、悪意ある演出を排斥したまで」

 

 

しかしそれでも、はじめから排除すればいいというわけではない。

岳葉の言ったことをオーマジオウは軽んじてはいないのだ。

確かに滅茶苦茶な世界ではあったかもしれない。だがアレは確かに起こったことだ。

あそこにいた人間たちは、確かに苦しみ、もがき、滑稽ながらも前に進もうとしていた。

 

 

「その事実は決して無視してはならない」

 

 

正義の影に蔓延る邪悪な現実を――!

闇の奥に葬られる涙の真実を――!

暴いて、救い出す。それは罰当たりな墓荒らしではない。

魔王でありながらも『墓守』たるオーマジオウの役目というものではないのか?

 

 

「全てを受け入れ、そして救う。それが最高最善の魔王たる役目なのだ」

 

「仰るとおりでございます。ン我が魔王――ッ!」

 

「時にウォズよ。貴様はなぜこのような混沌が起こったか。その本質を理解しているか?」

 

「どうか、お教えください。ン我が魔王」

 

「ウム。答えは一つ」

 

 

それは、唯一無二の絶対なる答えであった。

 

 

「全ては本間岳葉たちが未熟がッ、故に!!」

 

 

オーマジオウは彼らの働きを評価している。

だが、それと力の有無の評価はまったく別のところにある。

 

隼世たちは今回、世界を救った。

それは素晴らしいことだ。褒め称えるべき行動だ。

だが現に、多くの犠牲者が生まれた。

 

一方で偉大なる平成ライダーたちは誰も殺すことはなく、事件を解決に導いた。

その力の差は歴然である。

 

 

「残念ながら埋められぬ差というものが、この世には存在しているのだ」

 

 

オーマジオウは本間岳葉を、市原隼世を、風間志亞を、神条敬喜を、山路大栖を、滝黒響也を、良神路希を肯定しよう。祝福しよう。

だが同じくして改めて強く想うこと、ただ一つ。

 

 

「クロスオブファイアは、正統後継者のみが所持すべきである!」

 

 

また円形に並ぶライダーの像が生まれた。

偉大なる平成ライダーの色を失った世界が存在しているという証明でもある。

オーマジオウは心を痛めた。あの墓は、守らなければならない。

そして同時に、救わなければならない――!

 

 

「聞くが良い! 仮面ライダーの王である、このオーマジオウの声をッッ!!」

 

 

オーマジオウは赤い複眼を光らせる。

おお見よ! 真っ赤に燃え滾る、ライダーの文字を!

 

 

「紡がれていく仮面ライダーの歴史(ものがたり)に、火の粉の獲得者(オリ主)など不要ッッ! そしてそれを敬う信者たちもまた不必要なのだ!!」

 

 

胸に刻め、心に刻み付けろ!

 

 

本郷猛

一文字隼人

風見志郎

結城丈二

神敬介

山本大介(アマゾン)

城茂

筑波洋

沖一也

村雨良

 

風祭真

麻生勝

瀬川耕司

門脇純

 

南光太郎

 

五代雄介

津上翔一

城戸真司

キット・テイラー

乾巧

 

剣崎一真

日高仁志(ヒビキ)

天道総司

 

野上良太郎

紅渡

 

門矢士

ゴロウ

 

左翔太郎

フィリップ

火野映司

如月弦太朗

 

操真晴人

葛葉紘汰

泊進ノ介

水澤悠

千翼

 

天空寺タケル

宝生永夢

桐生戦兎

 

そして――、常磐ソウゴ

 

 

「称えよ! 祝えよ! 嵐よ起これ! 偉大なる名前たちを! さあ! 心のそこから敬い! 称えよ! 称えよッッ!」

 

 

虹ウォズが叫ぶ。オーマジオウも頷いた。

今挙げた名前。彼らを主とする世界で生まれた『正式なるクロスオブファイア所持者』以外のライダーたちは――

 

 

「全て、存在する価値のない歴史である!」

 

 

オーマジオウは立ち上がり、腕を前にかざした。

 

 

「全ての栄光ッ、全ての笑顔ッ、そして全ての苦しみはッ、我々が背負うッッ!」

 

 

偉大だ。

偉大すぎる!

虹ウォズはあまりにも偉大な王を称えずにはいられなかった。

 

 

「祝え! 時空を超え、過去と未来をしろしめす究極の時の王者! その名もオーマジオウ! 仮面ライダーッ! オーマジオウであるゥッッ!!」

 

 

喜びに震えて眠れ、オリ主などという存在共。

王が動く。不出来な貴様らの歴史を消し去り、王が正しい道へ導いてくれる。

 

この、虚栄のプラナリアのように……!

 

安心せよ。これは宣戦布告ではない。

手を取り合う、協力の意なのである。

戦いは苦しみと悲しみを生む。

それを王が、消し去ってあげようというのだ。

 

見よ! あの岳葉たちの笑顔を!

美しい世界になった。笑顔が溢れる世界になった。誰も悲しまない。

聞こえる。ああ、キミにも聞こえるだろう。この万来の喝采が!!

 

 

「期待しているぞ。若き日の私よ」

 

 

いや――!

 

 

「若き日の、私たちよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「老害が」

 

 

(キング)は二人もいらない。

剣崎は不愉快そうに壁に映るオーマジオウを見つめていた。

 

 

「"常磐"とは、永久不変の象徴」

 

 

渡が空になったコーヒーカップを見つめながら口にした。

"常磐相互"。オーマジオウの力の一端を対象者に与えることで、対象者からも働きかけを受けることだ。

 

 

「向こうの働きかけとは、まさにリイマジネイションを作ること」

 

 

いや、少し違う。

常磐相互とは、パラレルラトラパンテによる把握能力を得るための称号のようなものか。

 

オーマジオウは岳葉を『若い日の私』と口にした。

ただそれだけだが、岳葉がその発言の真意に気づかず、スルーしてしまったことで、彼は『常磐相互』になった。

 

オーマジオウには『パラレルラトラパンテ』という装備があり、そこによって『全ての時間、パラレルワールドに存在する自分』と感覚や情報の共有ができる。

今はその種をまいているのだ。力の一部を他世界へ撒き散らし、炎の欠片を受け取った者が住む世界へコンタクトを試みる。

 

 

「全ては、世界を救うために」

 

「気に入らんな」

 

 

剣崎は腕を組んでオーマジオウを睨んでいた。

サングラスの奥にある瞳、その奥、さらに奥に、岳葉と隼世が映っていた。

彼らの覚悟を剣崎は知った。だからこそ――

 

 

「気に入らん……!」

 

「………」

 

 

渡は目を細めて剣崎を見る。

 

 

「僕は存在云々は、どうでもいいです。世界を救うことに関しては賛成ですし……」

 

「救った点については俺も否定はしないさ。だが――ッ」

 

「が、しかし問題はオーマジオウが我々にとって目障りな存在であるということ」

 

 

剣崎は渡に抑えられ、黙った。

オーマジオウ。ヤツはライダーを神格化しようとしているようだが、渡は反対だ。

仮面ライダーは神ではない。絶対の何かを示すものではないと思っている。それは自分たちがあくまでも『人間』という存在にずっと触れてきたからだ。

 

 

「ましてやヤツはパラレルラトラパンテ――……、ゴールデンサークルを崇拝している。あれは破壊するべきシステムです」

 

 

だから、つまり――

 

 

「オーマジオウを倒しましょう」

 

「……まさか、またディケイドと手を組むことになるとはな」

 

 

するとキャッスルドラン内部に新しい男が召喚される。

桐生戦兎は、テーブルに『あるもの』を置いた。

 

 

「できたぞ」

 

「早いですね」

 

「当ッ然でしょ! 天☆才★物☆理★学☆者に不可能はない」

 

 

アホ毛がビンビンだ。

渡は戦兎が作った『それ』を掴むと、腰の前に持っていく。

するとベルトが伸び、ドライバーが装着された。

 

 

『JUMP!!』

 

 

別アイテムの起動。ドライバーへかざす。

 

 

『オーソライズ!』

 

 

待機音。天井を破壊し、現れる巨大な飛蝗。それは渡のまわりを跳ねまわる。

一方で渡はプログライズキーを展開すると、ドライバーへ装填した。

 

 

『プロォグ! ライズッ!』

 

 

飛蝗がはじけ、渉へデーターを入力していく。

 

 

『飛ッびあがRISE!!』

 

(ダカダダダダダダ)

 

()()() ()()()()()()()()()()() ()》》》

 

 

a jump to the sky(空へのジャンプは) turns to a riderkick(ライダーキックに変わります)――……】

 

 

 

変身完了。

現れた仮面ライダーは、赤い複眼を光らせる。

腕を組んだまま目を細める剣崎と、ニヤリと笑う戦兎。

 

 

「気分はどうだ? 紅渡……、いやッ、飛電(ひでん)或人(あると)!」

 

「悪くない……」

 

 

咳払い。

 

 

「いや――、悪くねぇ」

 

 

仮面ライダーゼロワンはクルリと回ると、壁に映るオーマジオウを指出した。

空にきらめく黄金の円。どこから見ても、いつから見ても、何度も見ても眩しい(まどか)

それはまさに、同じことの繰り返し――……。

人はそれを金色を使い、表した。

 

 

「さあ、絶対的概念円環(ゴールデンサークル)を破壊するのは――、俺だ!!」

 

 

稲妻が迸る。

今宵また、新たな炎が世界を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ?」

 

『どうかされましたか? 或人社長』

 

 

或人はイズが差し出したイチゴを食べていたが、そこでピタリと止まった。

 

 

「1号――ッ?」

 

『おかわりですね。かしこまりました。はいどうぞ、あーん』

 

「いや、今のは……」

 

 

或人は固まる。

イズは不思議を意味するジェスチャー、首をかしげる動作を行った。

 

 

『如何なさいましたか?』

 

「キバ……? いや、なんだ今の。ただの夢か」

 

『夢でございますか?』

 

「知らない人が見えたんだ。でも知ってる気がした。どこかで会ったのか、それとも……」

 

 

疲れてるのかもしれない。

或人は大きくため息をつく。

がしかし、心配そうに(そう見えた)イズを見て、すぐにイチゴを受け取った。

 

 

「会ったはずなのに思い出せない! これぞまさにイチゴ一会(いちえ)ーッ!! はい! アルトじゃ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホーホホホッッッ! ホハハハハハ! ンーホハハハハァ! ヒーヒヒッッ!! ヘハヘハッ! ヒーヒヒヒッッ!」

 

 

たまたま社長室の前にいた不破が扉をあけて転がってきた。

涙目になって、顔を真っ赤にし、彼はお腹をおさえて転がりまわる。

 

 

『やりましたね社長。たくさんの笑顔が確認できます』

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、たぶん滑ってる」

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでくれて本当にありがとうございました!
すいませんなんか本当に。一つだけ勘違いしないでほしいのは、私はそんな人間ではありません。

とても品があって。
今日もたくさんのカモミールティーを頂いてきました。
え? うんち? やめてくださいそういう下品な言葉を使うのは……。
せめて便と言ってください……。
本当に、もう……(´・ω・)


もう一つ気にしないでほしいのは、私は別にオリ主やオリ主を書いている人をを否定するつもりは一切ありません。
今はちょっと長期の連載を行う体力と時間がないため、ストップはしていますが、Episode DECADEとかアポロンの獏とか、虚栄のプラナリアを見てもらえば分かるとおり、バリバリオリ主で書いてます。

むしろ僕はライダーという作品はオリ主の方がテーマを輝かせることができるのかなって思ってます。
もちろん本編の主人公でやるのも好きですが!


ただあくまでも私の今後やっていこうと思ってる世界観のなかでは、『オーマジオウ』はああいう立ち位置だというだけです。
白倉Pの墓守発言とか、老害のメタファーらしいので、こうなりました。

だからその、なんというか……。
ジオウっていうのは、ライダーを終わらせるための話だったのかなって思ったんですよ。
たとえば白倉Pの『ディケイドは続ける意味で作り、ジオウは終わらせるために作った』発言とか。
たとえば変身しないオリキャスとか。継承だとか。

つまりメタ的な意味を含めるなら。
一回、4号でケリがついたのに、また戦う巧とか。
良くも悪くも何をやってもライダーに重ねられてしまう役者さんとかね。
そういう『オリジナルへの愛』をジオウは終わらせようとしたのかなって。
だからもう神になった紘汰さんですら鎧武ではなくなる。
それは卒業であり、そういうことをしたかったのかなぁ、なんて。

ただまあブレイド辺りでそれが終わって。
それが初めからのプロットだったのかは分かんないんですけど。
まあ僕としてもオリキャスの人はね、永遠にライダーやってほしいなっていうのが正直なところなんで、それはいいんですけど。

まあいろいろそういう物も含め!
一つ、オリジナルの要素を強くしたオーマジオウを出していければなと……!
あとやっぱパラレルラトラパンテって何気にとんでもないアイテムですよね。
あれって、凄いこと書いてある気がするんですよね。
まあ上手く説明はできませんが。


まあ僕の考えというか。
共通するテーマは前にも言ったと思うんですが、新仮面ライダーSPIRITSの1巻と2巻を読んだイメージになってます。
まあちょっとネタバレになっちゃうんですが、詳しく言うと、新スピのはじめは2号ライダーの誕生の話になってます。

そこでまあ何と言うか、敵が全員2号なんですよね。
登場人物紹介じゃ気を遣って『第二期強化改造人間』って書いてますけど、サブタイトルじゃハッキリと7人の仮面ライダーと提示されてると。
だから結局、『仮面ライダー』っていうのは怪人と同じなんだけど、変身者によって存在が大きく変わってくると。
まあ今後も、それを軸に、いろいろやっていきたいと思っております(´・ω・)



今回、ラストで前々から言ってるゴールデンサークルをちょっと出しました。
あんまりまだ説明したくはないんですけど……
超スーパーヒーロー大戦(エグゼイド)の北岡とか、仮面ライダー鎧武みたいなもんです。

どういうことかというと、鎧武を作るにあたって虚淵さんを起用しましたと。
その上でハートフルストーリーなんて誰が望むよ? 
ってなったら某魔法少女と一緒になっちゃうけど、インベスをああするのは正解ですよね?
って感じのヤツを、なんか、こう、いろいろああするヤツです(´・ω・)


まあ、それも……、あの、なんていうか。
今後やっていけたらいいなって思ってます。
ウルトラマンからハマったメタワールドは、最近仮面ライダーも平ジェネFOや、OQなど広がりも出てきました。
まだまだいろいろできそうです。

とにかく今回!
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました(´・ω・)b



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