Dies irae ~Abyssus abyssum invocat~ (ROGOSS)
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Prolog

 死臭と硝煙が立ち込める戦場に巨大な爆発音が響いた。

 地響きと共に伝わってきたで悲鳴が頭の中で反芻し続ける。

 業火が上る。このベルリンという戦場がが赤の爆撃機によって吹き飛ばされ続けていた。

 次は我が身かもしれない。

 そう思いながらも逃げることは許されなかった。

 戦い続けろ、死ぬまで戦い続けろ。正気など捨て去れ、求めらるのは狂気のみ。

 それが彼らに与えられた義務でり、守備隊として最後まで戦い続ける任押し付けられた兵士のさがだ。

 有体に言うならば、死を覚悟し最後の一兵になろうとも、一人でも多く敵を殺せと命令されているのであった。

 そう命令した上官の生死など知る由もないが……。

 世界中から嫌われた親衛隊に救いの手を差し伸べる者など、どこにもいない。

 だが、その事実を末端の兵士である彼は受け入れられなかった。

 どうして自分たちが戦火の町で防衛戦という名の虐殺を受けなくてはいけないのだろう。人道を外れた行いをしたのは、一部の兵であり上官であり総統閣下だけのはず。それなのに、なぜ自分たちまで罪の制裁を受けなくてはいけないのだろうか。

 

「どうして……」

 

 思わず漏れた言葉それだった。

 どうして、どうして、どうして……。

 答えをくれる者は誰もおらず、虚しいまで彼の疑問は戦火の中へと消えていった。

 

「ボヤッとするな! 撃ち続けろ!」

 

 唐突に聞こえた声に彼は振り向いた。

 壮年の軍人は、満身創痍になりながらも手に持つ銃を撃ち続けている。

 それにならい彼も銃を撃ち始める。今更抵抗したからといってどうとなることはない。どうせなら、道連れを増やしてやる。子供の駄々のような願いだとわかっているが、やめられない。

 敵のT-34戦車のキャタピラ音が、こちらに近づいてきていることに気が付く。

 

「願うならば、君のような少年までが、こんなクソのような戦いに参加してほしくなかった」

 

「それでも……僕たちがベルリンを守る砦にならなくてはいけないのでしょう? 曹長」

 

 階級章から、壮年の兵士が上官にあたることはわかっていた。

 マシンガンの連射音がさらに加速する。

 つい先ほどまで、一緒にいたはずの男がその連射音共に奇怪なダンスを踊らされていた。

 それに目を奪われていた一瞬の間であった。すぐ傍で爆弾が炸裂した。

 熱波がに襲い掛かり、手足が捥がれていく感覚に襲われる。

 建物の壁が崩れ落ちてきた時には、すでに痛みすらまともに感じられないほど、体の機能がおかしくなっていた。

 壮年の兵士は敵兵士に応戦しながらも、彼に駆け寄ってきた。

 

「シュミット!」

 

「曹長……」

 

 曹長は悲痛な表情を浮かべたまま彼を見つめた。

 どこを動かすことも叶わないシュミットに最後の慈悲として出来ることは、苦しみから少しでも早く逃れられるよう、一刻でも早い死を与えることだけだった。

 どうして僕が……どうして……どうして……

 漏れ出す願いはただ一つ。

 どうして僕が……どうして僕たちが。願うことなら、死という現実に抗いたかった。

 

「すみません……僕は、お役に立てませんでした」

 

 彼はそういうと微笑んだ。

 知らず曹長は彼の手をとる。

 

「死にたくない、死にたくないです。ここで死んだら、僕たちはいったいこれまで何のために……」

 

「曹長、教えてください。僕たちは悪魔なんですか?ベルリンは、ドイツは……」

 

「喋るな、シュミット……」

 

 こうしている間にも銃撃音は続いてきている。

 キュラキュラと音を立て近づいてくる戦車の数は増えていくばかりだ。

 もう、マルコ・シュミットは助からない。

 神であろうと救えない。

 曹長はそう確信するも、次の行動に移すことを躊躇していた。

 助からない仲間を見つめているのは間違いだ。今、軍人ヴァルターが握るべきは、少年の手ではなく銃のはずだ。耳を傾けるべきは、センチメンタルな戯言でなう敵兵の息遣いだ。

 そんなことはヴァルターが一番わかっていた。わかってはいるが……

 

「僕たちは、悪いことをしたのでしょうか? だからこんな目にあうのでしょうか? 人を殺す戦争が良くないものだというのは分かります。でも、でも僕たちは……」

 

 シュミットは声にならない叫びを上げる。

 僕たちはただ、祖国と愛するものを守るために、銃をとっただけだというのに……それがそんなにも悪いことだというのだろうか?

 死に逝くベルリンの中、シュミットは切れ切れの言葉でヴァルターへ問いかける。

 

「……おそらく」

 

 数秒にも満たない間が空いた。

 ヴァルターは短く告げる。

 

「戦争が悪いのではなく、戦争に負けることが悪になるのだ」

 

 それは真理だった。なんと残酷で、憎むべき真理。

 シュミットはヴァルターの言葉を聞き悟った。

 あぁ、今しがた会ったばかりの尊敬すべきこの上官も踊らされているのだ。このくだらない真理に踊らされ、そしていつかは自分のように事切れるのだ。ふざけるな……負けることが悪だなんて……

 

「それなら……次は勝ちたい、です……ね……」

 

「そうだな、シュミット・ブラウナー。次は勝とう。次で勝てなければ次の次で、それでも駄目ならまたその次で……ふっ、百万回も繰り返せば、こんな結末をひっくり返せるかもしれない」

 

 ヴァルターのその言葉を聞き、シュミットの口許に思わず苦笑が漏れた。

 そうだ、駄目ならばやり直せばいい。勝てぬというのなら勝てるまで繰り返せばいい。

 生き残るまで、勝てるまで僕は……

 

『やり直したい、そう願うのかね』

 

「願う……?」

 

 頭の中に響くようにその問いは投げかけられた。

 ヴァルターは近くの壁に隠れ、敵をやり過ごそうとしていた。

 今の声はヴァルターのものではない。ではいったい、誰のものなのだろうか? こんな状況で話しかける人などいるのか? それこそ神くらいではないのか?

 確かに願った。勝つまでやり直したいと、勝てばまだ生きていられる。死ななくてすむ。

 だが、本質はそうではないだろう。

 死者が考える、というのはおかしな話ではあるがシュミットは考えた。

 

「願いじゃない……これは願うよりももっと強いもの。いうならば……」

 

『「渇望」』

 

 願って望んで希み続けても決してかなえられないもの。

 だからこそ人は、それを時に人生の指針として夢見る。

 その渇きを癒そうと努力し続ける。

 

『ふふ……ふふふ……おもしろい。ならば、何に勝ちたい?』

 

「全てに……このベルリンを業火の炎で燃やした全てに……!」

 

『ならば、話は早い。君は合格だよ。マルコ・シュミット君』

 

「合格?」

 

『然り。次は、君が奪う番さ。なに、そのためのおぜん立ては私がすべてを行おう。二度と死なぬ体を手に入れさえすれば、君は勝ち続けられる。死なぬのだから。ゆえに…黄金を手にせよ。力はいらぬかね?』

 

「力が……欲しいっ!」

 

『そうとも、そうでなくてはいけない。君に祝福(のろい)を見せるならば「最後の一歩が届かない」であろうか。そんなことは、今は関係ないな。私はおしゃべりだ。いけないことだ。さて…私に未知を見せてくれ、シュミット・ブラウナー。いや、ここでは抱擁するもの(ファフニール)と呼ぼうか』



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マルコ・シュミット

 諏訪原市。

 60年ほど前からあるその都市は、大発展を遂げ今では人口80万人以上の政令指定都市となっている。

 それほど歴史が古い都市とはいえない。

 だが、海浜公園や遊園地、巨大タワーとなどが存在し人の出入りも激しい、いわゆる行楽地となっていた。

 その街にある月乃澤学園に、珍しくも転校生がやってきたのは数か月前。

 春休みが明け、新入生が入学し、元からいる生徒達は進級をする、そんな若々しさとよそよそしさが相まって、どこか浮かれた気分が学園全体を包み込んでいる時期に、彼はやってきた。

 彼は、ドイツ人であり名前を「マルコ・シュミット」と名乗った。

 色素がやや抜け落ちたような灰色の髪に青い目のシュミットは、人付き合いが上手らしくあっという間にクラスの人気者となった。

 そして……今も、こうして昼休みにはいったばかりだというのに、何を考えているのか一番前の席からわざわざ一番後ろの席にいる俺の元へとやってきて、一緒に昼食を取らないか? などと誘っていていた。

 めんどうくさい……どこかへ行ってくれ。俺は別に寂しい奴だと思われてもかまわない。だから、ホッといてくれ。付きまとうのは香純だけで十分だ。

 と、叫びたい衝動に駆られるも、シュミットの朗らかな笑顔を見ていると、どうもそう言う気にはなれない。

 親友と大喧嘩をして、数か月入院しなくてはいけないようなケガをして、ただでさえ評判は良くなかったというのに、さらにそれを下げ、孤立するしか道のない者を哀れんでいるような様子は一切ない。

 純粋なまでに、久しぶりに学校にやってきた級友と談笑を楽しもうという腹なのだろう。

 そこに悪意が無さすぎるがゆえに無碍には出来ない。

 いっそのこと、興味本位で近づいてくる者のほうが扱いが楽だ。

 シュミットは首をキョトンと傾げ、呆然としている俺に声をかけた。

 

「どうかしましたか? まだ、ケガが痛むんですか?」

「あ、あぁ、いやそんなことは無いのだが……」

 

 相変わらず敬語が抜けていないな。

 小さく突っ込むと、シュミットは恥ずかしそうに笑いながら頭をかいた。

 どうする……。

 このまま煙に巻くか、きっぱりと断るか。それとも、諦めて、シュミットと一緒に食べているよ、などという奇異の視線に耐えながら数十分を過ごすか……。

 出された三つの選択肢のうち、最後だけはありえないと確信する。

 人気者と一緒にいる者のさがという奴だろう。

 どうがんばっても目立ってしまい、しかも人の良いシュミットが学校一の不良と一緒にいると見られれば、周りからは、俺がまるでシュミットに助けてもらっているような今度こそ哀れみの目を向けられるだろう。

 嫌いな奴ではない。好感の持てる男だ。

 だた、香純と同じく空気を読む力が足りなくないか?!

 今度こそ口に出して叫ぶ。

 

「突然叫んでどうされたんですか? もしかして、頭まで強く打たれたのですか?」

「いやいや……そうじゃなくてな…まぁ、なんだ……」

 

 いよいよ言い訳が付きかけた時、俺の携帯がけたたましくなり始める。

 誰だか知らないがナイスタイミングだ。

 心の中で小さくガッツポーズをする。

 

「悪い。ちょっと、いいか」

「えぇ、大丈夫ですよ」

 

 メールのようだ。

 開くと、ふざけた絵文字や文面が目に飛び込んできた。

 宛先が誰なのかなど見なくてもわかる。

 少ない連絡張の中で、こんな文章を送ってくるのはただ一人。

 どこからか、俺が退院したことを聞きつけ呼びつけようと考えたのだろう。

 

「シュミット。どうやら、断れない客に割り込まれちまったようだ」

「そうですか……」

 

 一瞬悲しそうな顔をするシュミットに、俺は罪悪感を覚える。

 

「それは仕方ないですね。それぞれ事情があるでしょうし。今度は、ご一緒していただけますね?」

「あぁ、わかった。今度は一緒にとるよ」

「そうだ。藤井さん」

「うん……?」

「あ、いえ……お元気になられたようで良かったです。ですが……まだ帰ってこないほうが……いえ、病院では変わりませんでしたか?」

「何を言ってるんだ?」

「なんでもありません。さぁ、早く行ってください。人を待たせているんでしょう?」

「わかった」

 

 最後に見せたシュミットの見たことのないような表所が妙に頭に残る。

 憂いているような、満足げな顔のような相反する感情が反発しあった複雑な表情。

 

「まぁ、いいか」

 

 俺は屋上へと走り始めた。

 今の俺は、まだ何も知らなかったし、何もできなかった。



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