牙狼 機戒ノ翼 (バイル77)
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第一話 「接触」

 

 

Where there is light,

光あるところに、漆黒の闇ありき

 

shadows lurk and fear reigns.

古の時代より、人類は闇を恐れた。

 

――Yet by the blade of Knights,

しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって、

 

――mankind was given hope.

人類は希望の光を得たのだ。

 

――――――――――――――――――――――

 

20XX年

突如、日本に数千発という凄まじい量のミサイルが降り注ぐという前代未聞の事態が発生した。

自衛隊も突然の事態に困惑しつつ、迅速な迎撃行動を行ったが、数発ならばともかく千を超える量の前にはなすすべもなかった。

 

しかしこの事態は犠牲者を1人も出すことなく終息した――

【空を飛ぶ白銀の人型の機械】によって。

 

白銀の人型機は日本に降り注ぐミサイルの雨をその手に持つ、剣と粒子砲によって尽くを破壊した。

 

圧倒的なまでの力を示しつつ、犠牲者を1人も出すこともなかったこの人型機を人々は英雄と称え【白騎士】と呼んだ。

それに伴いこの事件も【白騎士事件】と呼称されるようになった。

 

この事件の後、政府にある人物からのメッセージが届けられた。

メッセージの送信者は当時高校生であった【篠ノ之束】と言った。

 

メッセージの内容は【白騎士】――正式名称【インフィニット・ストラトス(IS)】――の有用性についてだった。

【宇宙空間での活動を想定したマルチフォーム・スーツ】、そしてその可能性についてが公開されていた。

そして同じメッセージを世界中に送っている旨も記載されていた。

 

メッセージが世界中で確認されたと同時に、篠ノ之束から開発を促すために世界へ向けてISの核となる【コア】が合計467配布された。

 

日本はこれに対して、政府主導の下ISの研究を行うことを決定。

また他方面への応用についての研究も同時に進められることとなった。

――同様の動きが世界中で実施され、世界は変化していく。

 

そして数年が経過した。

ISの用途は、本来の目的であった宇宙での活動、宇宙開発が遅々として進まないことから【軍事利用】にシフトしていた。

ISの軍事利用は【アラスカ条約】で禁止される事となったが、各国は暗黙の了解の下、ISの軍事利用を進めていた。

 

そして同様に世界にはある思想が広がっていく。

【女尊男卑】の思想だ。

 

ISは女性しか動かすことができない。

故に女性のほうが男性より上の立場であると言う思想だ。

これに過剰に反応した女性権利団体のおかげで、女尊男卑の思想はあっという間に世間に広まってしまった。

 

この【思想】と【IS】によって【人類の天敵】である【闇】の存在が活性化するとも知らずに――

 

――――――――――――――――――――――

IS学園 第2アリーナ 整備室付近

 

 

【IS学園】とは文字通りIS操縦者の為の教育機関のことである。

 

正確にはISの情報開示と共有、研究のための超国家機関設立、軍事利用の禁止などを定めたアラスカ条約に基づき日本に設置された特殊国立高等学校である。

操縦者に限らずIS専門のメカニックや開発者、研究者などISに関連する人材はほぼこの学園で育成されている。

 

この学園の土地は本土から離れた離島あり、あらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという規約が存在している。

また日本以外の国家のISとの比較や新技術の試験にも適しており、技術交流などの面で重宝されている。

 

 

そのIS学園には模擬戦やイベントで使用するアリーナと呼ばれる施設があり、そこにはISを整備するための整備室が敷設されている。

 

整備室から飛び出してきた少女が一人――袖丈が異常に長い制服を来た美少女【布仏本音】が全力で【何か】から逃げるように走り続ける。

 

常にぽやぽやという擬音が似合う雰囲気の彼女であるが、今の彼女の表情は【死への恐怖】で溢れていた。

特殊な家柄の為、緊急時でも動けるよう訓練されているが、それは相手が【人間】であった場合に限るのだ。

 

 

「はっ……はあっ、何なのあれぇっ!?」

 

 

全力で逃げつつ振り返る――彼女を捕らえようと【蜥蜴の様な化け物】が迫ってきていた。

ドロドロと黒い体液を撒き散らしながら、通路の天井に張り付きながらその生気を感じさせない瞳で本音を捉えている。

 

 

『逃がさないわぁ、アナタは私の餌なんだからぁ』

 

 

反響した様な女性の声が化け物から発せられる。

その声には玩んでいるかの様な狂喜の感情が込められていた。

 

 

「あっ、ううっ!?」

 

 

アリーナの出入口まで逃げた本音であったが、恐怖からか足がもつれ、転倒してしまう。

そして化け物に追いつかれる。

 

 

『よくここまで逃げられましたね、流石本音さん』

 

「あっ、ああ……何で、先生が……こんな化け物に……っ!?」

 

 

本音が蹲りつつ化け物に問いかける。

彼女の言うとおり、目の前の化け物は彼女がよく知る教員であったのだ。

女尊男卑の思想にどっぷりと浸かっていたが自身にISの整備方法を教えてくれた恩師でもあったのだ。

 

 

『ふふっ、今は女尊男卑の世の中だけど……女の中でも格差はあるのよ? 特にアナタの様な才能に溢れて容姿も整った存在は……目障りなのよ、だから食べてあげることにしたの、アナタが最初よ?』

 

 

化け物が口を開きつつ、本音に迫る。

もう駄目だ――そう思い目を瞑ったときであった。

 

 

「はあっ!!」

 

『がぁっ!?』

 

 

気迫の咆哮と、鈍く強い打撃音――それに伴って化け物の呻き声が聞こえる。

何がと本音が目を開く――そこには【黒のロングコート】を羽織った【青年】がいた。

 

茶髪で身長は175cm程、顔は一瞬モデルかと思うくらいに整っている美青年だ。

ロングコートの下にはIS学園の【男性用制服】を身に着けていた。

このIS学園には【男子生徒】は1人を除いていないはずなのに――

 

また彼のロングコートの背には【△】が2つ重なった様な紋章が刺繍で刻まれている。

年齢は本音とそう変わらないであろう彼が【拳法】の様な構えを取って、彼女を庇う。

 

 

「無事か?」

 

 

青年の声色からやはり自分とそう変わらない年齢のようだ。

彼の声から頼もしさと安堵を感じたのか、本音の瞳からは自然と涙が溢れていた。

 

 

「えっ、あっ、うん……」

 

「ならよかった、下がっていてくれ」

 

 

青年が微笑み、化け物に振り返る。

 

 

『【ホラー バジス】、女に憑り付いて女を玩んだ後にゆっくりと喰らう悪食なホラーよ、いつもの貴方なら問題ないでしょうけど、今はそんな制服で魔法衣が不完全なのだから気をつけなさい、凌牙』

 

 

彼のすぐそばから落ち着いた【女性の声】が響く。

彼の左手に付けられている腕輪――【華に包まれた髑髏】の腕輪が髑髏の口を開いて声を発していた。

 

 

「分かってるよ、ラルヴァ」

 

 

落ち着いた女性の声――【魔導輪 ラルヴァ】の忠告に頷いて答える。

 

 

貴様、魔戒騎士か(シタナ、ナサリシチサ)ッ!?』

 

ああ、お前を狩る存在さ(ララ、ロナレヨサムトユダリタ)

 

 

凌牙は本音が聞いたことのない言語を挑発するかのような表情で投げかける。

それと同時にバジスが跳躍し、凌牙に鋭い爪で襲い掛かる。

 

だがそれにニヤッと笑みを零す。

彼は自身のコート――【魔法衣】から【黒鞘】の日本刀を取り出し鞘から抜かずそのまま殴り抜けたのだ。

 

 

『ガアッ!?』

 

 

見事にカウンターを受けたバジスは10mほど吹き飛ばされ、その巨体を地面に打ち付けた。

凌牙は取り出した日本刀を鞘から抜く――刃物について素人である本音から見ても【業物】である事が一目で分かる。

まるで刃が常に水で濡れているかのように、美しく輝いている。

 

そして凌牙は抜いた日本刀を頭上に掲げ、頭上に【輪】を描く。

するとその【輪】が光が溢れ、彼を包んでいく。

 

 

「俺は【桐咲凌牙】、またの名を……【迅雷騎士 狼我(じんらいきし ろうが)】っ! 貴様の陰我、俺が切り裂くっ!」

 

 

凌牙の叫びとともに【金の狼】を模した【鎧】が、頭上の輪より召喚され凌牙の身体に装着される――全身が【金色】で彩られた鎧であるが胸部や手甲・足甲部分は【漆黒】で彩られている。

鎧が装着されるとともに掲げていた【日本刀】にも変化が起こった――刃の美しさはそのままに装飾が施され大型化――【迅雷剣】に変化したのだ。

 

 

『はあああああっ!!』

 

 

鎧を纏った凌牙が跳躍する――一足で10m程を一瞬で跳躍し、【迅雷剣】をバジスの口に突き立てる。

 

 

『ゴボォっ!?』

 

『消えろ、ホラーっ!』

 

 

突き立てた迅雷剣を一閃――【バジス】が一刀両断され、黒い霞の様になって消えていく。

その様子を立ち上がれずに本音は凝視していた。

彼女は一瞬夢かとも思ったが、紛れもない現実.

 

化け物が目の前で斬られ、消滅していくのだ。

 

 

「やっ、やったの……?」

 

「ああ」

 

 

一瞬甲高い金属音が響くとともに、彼が身に纏っていた鎧は消滅し消える。

ふう、と元に戻った【日本刀】を魔法衣にしまいつつ、凌牙が息をついて本音に歩み寄る。

 

 

「立てるか?」

 

「あっ、うん……なんとか」

 

 

凌牙が手を差し伸べ、それに答えて本音が立ち上がる。

 

 

「あっ、ありがとう、助けてくれて……」

 

「それが【魔戒騎士】の仕事だからな、それにこれからクラスメイトになるかもしれないんだ、助けるのは当然さ」

 

 

先程の化け物との戦いの際に見せた戦意に溢れた表情とは違う、人懐っこい笑みを凌牙は浮かべる。

それにつられて本音も笑みを浮かべる――が、すぐに彼の言葉に引っかかるものに気づいた。

 

 

「えっ、クラスメイ」

 

 

本音がクラスメイトって?と聞こうとしたときであった。

彼の左手のラルヴァが声を上げる。

 

 

『凌牙、掟の事忘れてないかしら?』

 

「……法師さん達がいないから仕方ないだろ、それに協力者を作っておく方がこれからの【指令】には都合がいいだろ?」

 

『……全く、貴方って子は……』

 

 

やれやれと呆れたような声をラルヴァが出す。

それに苦笑しつつ、本音のほうを見る。

 

 

「えっと……色々と聞きたい事、あるんだよね?」

 

「……うん」

 

「……分かった、なら話すよ」

 

 

本音の瞳を見て彼女の意思を確認する。

そして語る――裏の人間でも決して触れることのない、世界の深遠――【闇】である【ホラー】について。

 




オリジナル魔戒騎士の称号って色々思いついちゃいますよね。

――――――――――――――――――――――
次回予告

「人には様々な感情があるわ、喜怒哀楽なんてのがその通りね…。 でも人の感情で一番強いのは愛情…ではなく嫉妬なのよね、そこには気をつけなさい、凌牙、次回、「嫉妬」 。 女の嫉妬は怖いものよ?」




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第二話 「嫉妬」

時間は前後して――1日前

 

IS学園の倍率、それは日本中の女子の数と等しいといっても過言ではないだろう。

軽く見積もっても倍率数千、いや、倍率数万の狭き門なのだ。

 

この狭き門を突破して、入学できる人間は一握り――多くは失敗し涙を流す。

――時にはその涙さえ【陰我】となるのだ。

 

 

「どうして…なんでよぉっ…!」

 

 

とある一軒家の一室――室内には受験勉強に使った資料や問題集などが散乱しており片付けられていない。

その部屋のベッドの上でとある少女が涙を流していた。

 

彼女はIS学園を受験した――筆記試験はクリアしたが実技試験で結果が出せず、不合格通知を叩きつけられたのだ。

滑り止めで他の高校には合格していた――受験の失敗から数ヶ月引き篭もり続けているため不登校であるが。

何よりも彼女にとって納得できない事があったのだ。

 

 

「何で私が駄目で…篠ノ之箒は入学できるのよぉ…っ!」

 

 

彼女は【篠ノ之箒】――IS開発者である【篠ノ之束】の妹の同級生であるのだ。

自身は狭き門に挑み砕けた――だというのに篠ノ之箒は開発者の妹だからと言う理由でIS学園に入学しているのだ。

 

これには納得できない――身内贔屓もいいところではないか。

自分以外にも納得できない受験者はいるはずだ――そんな時であった。

 

 

『…お前はその篠ノ之箒が許せないのか?』

 

 

部屋に底冷えする低音の声が響く。

 

 

「だっ、だれっ!?」

 

 

自分の部屋には自分以外誰もいないはず。

 

 

『お前は篠ノ之箒が許せないのか?』

 

 

再び声が響く――室内に散らばっている【参考書】が黒い靄の様なモノを上げていた。

恐怖を感じつつも、ベッドから降りて参考書を拾い上げる。

 

 

『お前はその女が許せないのか?』

 

「…ええ、そうよ、私は許せない、身内贔屓で私の夢を踏みにじったあの女だけは…っ!」

 

 

拾い上げた参考書から響く声に少女は答える。

 

 

『よかろう』

 

 

参考書から声が返ってくると、黒い靄が少女の目、耳、口から体内へ入り込む。

声にならない声を上げる――そして黒い靄は全て彼女の体内に入り込んでしまった。

 

 

「…許さない、絶対に…」

 

 

参考書を少女は放り投げる――彼女の瞳には人ならざる色が浮かんでいた。

 

 

―――――――――――――――

IS学園 生徒会室

 

 

本音を救出した凌牙は教員である織斑千冬――彼女は凌牙の事情について知っている――から学生寮の門限を越える許可を得て、生徒会室にいた。

室内には当事者の凌牙と本音、その姉である【布仏虚】と生徒会長【更識楯無】が来客用のソファーについていた。

先程の戦いで着ていた黒のロングコート――【魔法衣】を脱いで、男子用制服姿となった凌牙がソファーに座る、その隣に本音が座る。

 

 

「全く…一年のクラス対抗戦が終わって、転校生が凌牙君含めて三人とか言うとんでもなく忙しい時期に…まさか学園内、しかも教員が【ホラー】になるなんて…【エレメント】の浄化はちゃんとしてくれてるのよね、凌牙君?」

 

「やってますって、しかし何分数が多くて…浄化して次の日に何個もエレメントができるなんて聞いたことがないですよ」

 

「それだけここには【陰我】が溜まりやすいという事ですね…お嬢様」

 

「学園の外は他の騎士の方々にお願いしてますが…最悪手が回らない場合は別の騎士を要請します、同じ管轄で強い騎士だと…【烈火騎士】とか」

 

「【彼】かー…まあ、仕方ないけど転校生って話になるのも厄介なのよね」

 

 

凌牙、楯無、虚が現状を把握する為に話し合っている――それをぽかんとした表情で本音は見つめていた。

何故姉や当主である楯無様が彼と普通に会話できているのかが理解できなかったのだ。

 

 

「ちょっ、なんでお姉ちゃんやたっちゃんかいちょーは普通に会話してるのっ!?」

 

 

取り乱した本音の様子に虚と楯無が顔を見合わせて苦笑する。

 

 

「本音、アナタにはまだ伝えてはいなかったですね」

 

「私達【更識】と【布仏】は代々【魔戒騎士】をサポートするよう言いつけられているのよ、ね、凌牙君♪」

 

 

テーブルに置かれていた紅茶に手を伸ばしていた凌牙が驚いている本音を見つつ答える。

 

 

「先輩方には何度かお世話になってるのさ…さて、どこから話すかな、まずは俺達【魔戒騎士】についてか」

 

『フォローは私がしてあげるわ、凌牙』

 

「助かる」

 

 

腕輪のラルヴァに答えて、凌牙が語りだす――【魔戒騎士】についてを。

 

 

魔戒騎士――それは古より魔界より現れて人を喰らう魔獣【ホラー】を狩る戦士達のことである。

彼らは【守りし者】として、人々をホラーから守る存在であり、その存在は表向きには秘匿されている。

だが現代における全世界の政府には秘密裏にだがその存在は周知されており、ホラー討滅への活動資金もでている。

 

凌牙はその魔戒騎士の1人であり、IS学園がある【赤の管轄】に属する魔戒騎士であること。

番犬所――魔戒騎士を束ねる協会の様な存在――から【IS学園に現れるホラー討滅】の指令を受け、生徒としてここに転入したこと。

 

【陰我】――邪念が溜まったオブジェをゲートに魔獣 ホラーが出現すること。

そしてここ数年、ホラーの出現率が高まっていること。

IS学園は【陰我】がたまりやすい場であり、凌牙が【エレメント】を浄化していてもホラーの出現率が劇的に高まっていること。

 

ISでは決して【ホラー】を倒すことは不可能なこと。

そして――魔戒騎士は【IS】に搭乗が可能であることを本音に伝えた。

 

 

様々な情報に困惑していた本音だが最後の――魔戒騎士であるならばという情報に目を見開く。

 

 

「えっ、その魔戒騎士さん達は…ISに乗れるの? さっきの話だと男の人しか魔戒騎士にはなれないのに…?」

 

「ああ、ISのコアを魔導力でコントロールする事ができるのさ…【鎧】と同じ感覚でね」

 

「なるほどぉ…凄いんだね、魔戒騎士って」

 

「彼は魔戒騎士の最高位【黄金騎士 牙狼】の系譜から独立した【迅雷騎士 狼我】の系譜を最年少で受け継いでるからね、いわゆるエリートね、エリート」

 

「やめてくださいって…それに魔戒騎士の仕事は他人に誇れる【ヒーロー】みたいな仕事ではないですから」

 

 

苦笑した後に真剣な表情になる凌牙に楯無は浮かべていた笑みを消す。

先程の彼の話の中で出ていたのだ――ホラーを討滅すると言うことは、憑依された【人間】を殺すことなのだと。

 

 

(…凌牙君)

 

 

その話を聞いて、自分を助けてくれた彼が――自身と同年代の彼が【守りし者】として凄まじい覚悟を背負って戦っていることを本音は理解したのだ。

そしてそれと同時に――彼の支えになりたい――と言う思いが生まれていた。

 

 

「…さて、俺の話はここでおしまいです、現状については大丈夫か? 本音さん」

 

「…うん、だいじょーぶだよ、【がりょー】」

 

 

本音が微笑みつつ、あだ名の様なモノを口にして思わず凌牙の目が点になってしまった。

 

 

「【がりょー】って…あだ名?」

 

「うん、凌牙君だから【がりょー】…ぴったりっ!」

 

「…すいません、凌牙君、本音はこういうあだ名で人を呼ぶんです」

 

 

ため息をつきつつ、虚が答える。

 

 

「駄目?」

 

「えっ、いや…別にいいけど…そういうの呼ばれたの初めてだったからさ」

 

 

本音の上目遣いの視線に少々困惑しつつも、彼女にOKの意を示す。

 

 

「…青春ねー、本音ちゃん」

 

「はっ、いやっ、まさかそんなことは…っ!」

 

 

なにやら楯無と虚がこちらを見て呟いているがそれは無視する。

 

 

「さて、今日はもう遅いわ…織斑先生には私から言っておくから、本音ちゃんはもう学生寮に戻りなさいな」

 

「えっ、でも…がりょーは?」

 

「俺、明日から転入の予定なんだ、今日は【指令】があったから来たのさ…この格好は怪しまれないように着てたんだ」

 

 

今日は近くのホテルで休む予定さと彼は続ける。

 

 

「なるほどぉ…明日からよろしくね、がりょー」

 

「…ああ、こちらこそ」

 

 

本音の笑みに凌牙も笑みで返した。

 

 

―――――――――――――――

翌日 1年1組

 

 

「初めまして、2人目の男性搭乗者の【桐咲凌牙】と言います。色々とご迷惑をかけるかもしれないですが、これからよろしくお願いします」

 

 

男子制服姿の凌牙が軽く頭を下げる――2人目の男性搭乗者としての自己紹介を行ったのだ。

彼の容姿は整っているためクラスの女子生徒たちは目を輝かせながら自己紹介を聞いていた。

 

クラスメイトを見回す――1人目の男性搭乗者である織斑一夏が目を見開いて驚いていた。

どうやら凌牙の存在が信じられないようだ――頬を抓って状況を確かめた一夏はグッとガッツポーズを取っていた。

その心境は凌牙としてもよく分かる――【魔戒騎士】としても女の園に1人は精神的にキツイので一夏の存在はありがたいのだ。

 

そして本音と目が合う――彼女は声を出さずに口を開き、手を振る。

その動きから「やっほー」と言っているのが読み取れた。

それに微笑んで返すと、教室が爆発するかのような歓声に包まれた。

 

 

「よっしゃあああ、イケメンよ、1組勝ち組っ!」

 

「しかも織斑君と同じタイプの優しそうなイケメンっ!」

 

「ちょっとぉ、夏コミ間に合わないじゃないのぉ! でもこれで桐咲×織斑で決まりねっ!」

 

 

なにやら不穏な言葉が聞こえると共に、頭の中に声が響く。

左腕の腕輪、魔導輪【ラルヴァ】からの念話である。

 

 

『ここの女達はホラーになりそうもないわね』

 

『はは…いいことじゃないか、ラルヴァ』

 

『…けど、若さが有り余ってるってのはめんどくさいものよ? 色々とね』

 

『…気をつけるさ』

 

 

苦笑しつつ、ラルヴァの念話に返す凌牙であった。

 

―――――――――――――――

休憩時間――

 

「よう、桐咲凌牙…でいいんだよな?」

 

 

席で目を閉じていた凌牙に一夏が話しかけてくる。

彼の背後ではポニーテールの少女や金髪ロールの少女がこちらを見ていたがそれは無視する。

 

 

「ああ、えっと…織斑だよな?」

 

「かたっくるしいから一夏でいいよ、俺も凌牙でいいか?」

 

「ああ、分かったよ一夏」

 

 

その言葉に一夏が笑みを浮かべる。

 

 

「しっかし良かった…俺1人だと確実に潰れてたって」

 

「はは…まあ、よくわかるよ」

 

 

凌牙としても全くの同意見であった。

 

 

「男2人だけだけどこれからよろしくな」

 

 

優しい笑みを浮かべる一夏が握手のため手を差し出す。

 

 

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 

彼の手に答えて、凌牙も笑みを浮かべる。

その姿を見ていた一部女子達が悶えていたようだがそれも無視した凌牙であった。

 

―――――――――――――――

放課後――学生寮

 

本日の授業が全て終了した後、凌牙は教員である山田真耶につれられ、学生寮を訪れていた。

そして自室の部屋の鍵を渡されたのだが――

 

 

「えへへー、よろしくね、がりょー」

 

「…まさかの同室かよ…」

 

 

そう、女子との同室であったのだ。

ただ、その相手が【布仏本音】であったのは幸運であったとは思う。

 

 

「まあ、本音さんでよかったよ、相手」

 

「えっ!?」

 

 

凌牙の言葉を聞いて笑みを浮かべていた本音の頬に朱の色が指す。

だがそれに凌牙は気づいていない。

 

 

「本音さん、どうした?」

 

「いっ、いや、なんでもないよーっ!?」

 

『全くこの子ときたら…』

 

 

頬の火照りを隠すようにぶんぶんと手を振って本音が答える。

それに首を傾げる――そして自室の窓に【赤い封筒】が置かれていることに気づいた。

 

 

「…【指令】か」

 

「えっ?」

 

『まさか2日連続とはね』

 

 

窓際まで移動して、封筒を拾い上げる。

そして懐から【ライター】を取り出して、【鮮やかな緑色】の炎で封筒を炙る。

 

すると封筒が燃え上がり、空中に文字が浮かび上がる――本音にはまったく読めない文字であったが、凌牙はそれを見て顔を顰めていた。

 

 

「…今宵嫉妬に身を焦がす魔獣が現れる、名は【レヴィタ】、魔獣を討滅せよ…か」

 

「…また出るの」

 

「ああ…みたいだな」

 

『凌牙、お話はあとよ、ホラーの気配が近いわ、どんどんこの学園に近づいてくるっ!』

 

「なんだとっ!? 場所はどこだっ!?」

 

『ここからすぐ近く…場所は剣道場ね』

 

「分かったっ!」

 

 

ラルヴァの口の中から魔法衣を取り出し、身につけ、自室の窓を開けて飛び出す。

余談だがラルヴァのこの能力は、先代狼我であった彼の父が【元老院付きの魔戒法師】のとある天才法師と交流が深かったため、付与された力である。

 

 

「ちょっ、がりょー、待ってよーっ!?」

 

 

本音も自室を飛び出していく――彼を支えるために。

 

―――――――――――――――

同時刻――剣道場

 

 

すでに日は暮れて辺りは夜の闇に包まれている。

 

 

「…はあ…」

 

 

剣道場に1人で防具をつけた姿で正座している人影が一つ――天災【篠ノ之束】の妹である【篠ノ之箒】であった。

彼女がすでに部活が終わった後も自主練している理由は少し前に行われた【クラス対抗戦】にあった。

 

1組の代表である【織斑一夏】と2組の代表である【凰 鈴音】のISバトルの際に【無人機】が乱入し、対抗戦は混乱に陥ったのだ。

その際に箒は、避難誘導を無視してアリーナ中継室に向かい一夏を激励したのだ――その行為が彼女自身の命を脅かす行為であったことを理解せずに。

結果としては一夏に助けられたため一大事にはいたらなかったが、箒としては1つの想いが残る結果となった。

 

その想いとは――

 

 

「…力が欲しい…」

 

 

そう【力への渇望】だ。

こうして自主練を続けているが、その思いは強まる一方であった。

 

 

「…はあ、今日はここまでにしよう」

 

 

そう呟いて立ち上がる――すると剣道場入口に誰か人がいることに気づいた。

箒はその人物に見覚えがあった――中学の同級生、クラスは違ったが何度か見た顔だ。

だが彼女はIS学園の受験に失敗したはず。

 

 

「…篠ノ之箒…見つけたわ…っ!」

 

「お前は…なんでここにいる?」

 

 

箒が質問を飛ばすが、少女は無視しつつ土足で剣道場に上がる。

その行為は箒にとっては許しがたい行為であった。

 

 

「お前、何をっ!?」

 

「五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ!」

 

 

少女の叫びと共に、箒の視界が揺れる。

視界から消えた少女の掌底により吹き飛ばされたのだ。

 

 

「がっ!?」

 

 

激痛と困惑に思考が麻痺する――身に着けていた防具のおかげで何とか骨折などはしないで済んでいるが、防具は見事に破壊されていた。

痛みに悶えている箒の姿を見て少女は口角を吊り上げる。

 

 

「ははっ、何よ? 剣道全国1位じゃなかったの? 全然大したことないじゃない」

 

「がっ…お前は…一体…っ!?」

 

「…もう良いわ、私のほうがアナタより優秀だって事がよく分かったし…食べてあげる」

 

 

倒れた箒に歩み寄り、箒の首を掴んで持ち上げる。

 

 

「ぐっ…あっ…!」

 

「それじゃあ…いただきます」

 

 

少女が口を開く――その時であった。

 

 

「やめろぉおおお!!」

 

 

竹刀の一撃が少女の手を打ちぬき、思わず少女は手を離す。

少女の食事を止めたのはこの学園で2人いる【男性搭乗者】の片割れ――

 

 

「一夏…げほっ…」

 

「大丈夫か、箒っ!?」

 

 

倒れる箒の身体を支えて一夏が箒に問いかける。

一夏はルームメイトである箒の帰りが遅いため、剣道場に様子を見に来ていたのだ。

剣道場に来た際に、少女に箒が襲われているのを見かけ、飛び込んだのだ。

 

 

「…何よ何よ何よ、あんたには支えになる男もいるわけっ!? それを私に見せ付けるのっ!?」

 

 

少女が頭をかきむしりつつ、叫ぶ。

掻き毟る頭からは髪の毛が抜け、血が垂れている。

 

 

「なっ、何だよ…こいつ…っ!?」

 

 

睨みつけながら構えを解いていなかった一夏が思わず困惑の声を漏らす。

その時背後――剣道場の入口からもう1人の男の声が聞こえる。

その声――今日あったばかり、もう1人の男性搭乗者――

 

 

「嫉妬に身を焦がしてるわけか…境遇には同情するけどさ」

 

 

黒いロングコートを制服の上から羽織っている凌牙が立っていたのだ。

 

 

「凌牙っ!? 何でここにっ!?」

 

「おりむー、篠ノ之さん、大丈夫っ!?」

 

 

凌牙に遅れること数秒、布仏本音が剣道場に表れる。

いつもののほほんとした雰囲気とは異なり、表情は真剣そのもので動きにも淀みなど一切なかった。

すぐさま身をかがめた一夏と箒に駆け寄り、どこにそんな力があるのか箒を抱え上げ、一夏の手を取る。

 

 

「のほほんさんっ!?」

 

「いいから外にでて、がりょーの邪魔になっちゃうよっ!」

 

 

困惑する一夏が思わず本音の手に抵抗する。

 

 

「あー、一夏に篠ノ之、いいから黙って本音さんに従って外に出てろ、死にたくなかったらな」

 

 

苦笑しつつ、本音が無理やり一夏と箒を剣道場から引っ張り出すのを確認して、魔法衣から【ライター】を取り出す――蓋を開けると【鮮やかな緑色】の炎が上がる。

このライターは【魔導火】と呼ばれる魔界の炎を蓄えたものである。

 

【魔導火】の光に照らされた少女の瞳に【文字】が浮かび上がる――浮かび上がった【魔導文字】を確認して凌牙はライターの蓋を閉じる。

魔導火の力でホラーの検知を行うことができるのだ。

 

 

「…ホラーだな」

 

「貴様、魔戒騎士かっ!?」

 

「ああ、お前達を狩る魔戒騎士さ」

 

 

その言葉と共に凌牙が跳躍し、少女の懐に潜り込む。

腰をしっかりと入れた拳の連撃が少女を貫く。

――ホラーである少女の目から見ても消えたようにしか見えなかった。

 

 

「がはっ!?」

 

 

拳のあまりの威力にたまらず少女は吹き飛ばされ、剣道場の壁に激突する。

 

 

「すっ、すげぇ…っ!?」

 

「あれは…奴は一体…っ!?」

 

 

剣道場の入口から覗くように状況を見ていた一夏と箒が声を漏らす。

彼らからは突如、凌牙の姿が消え、少女が壁に激突したところまでしか捉えられていなかったのだ。

 

 

「がふっ…私にはまだやることがあるっ! お前なんかにっ!」

 

 

立ち上がった少女が咆哮を上げる――咆哮と共に少女の姿が少しずつ変わっていく。

 

人間の皮が溶けていき、【鮫】の様な頭部を持つ【二足歩行】の化物に姿を変える。

身体の部分は女性の乳房を持っており、鎖などで装飾されていた。

口の部分からは唾液をたらし、殺気の籠もった瞳を2人に向ける。

 

 

『魔戒騎士…お前ごと食ってやる…っ!』

 

「なっ!?」

 

「何が…起こった…っ!?」

 

 

覗いていた一夏達の思考が、突然醜悪な化物に姿を変えたこと少女の姿に停止する。

 

 

凌牙の左腕のラルヴァが【ホラー】を見て口を開く。

 

 

『ホラー【レヴィタ】、人の嫉妬の感情を好物として憑り付くホラーね、気をつけなさい、凌牙』

 

「…ああ、分かってる」

 

 

魔法衣から【日本刀】――【魔戒剣】を取り出してラルヴァの声に返す。

鞘から抜いた日本刀を頭上に掲げ、輪を描く――【輪】が光が溢れ、彼を包んでいく。

次の瞬間には、凌牙は金と黒の鎧――【狼我】の鎧を身に纏っていた。

掲げた日本刀は装飾を施された迅雷剣に変化し、構えを変える。

 

迅雷剣を同じく装飾を施されたように変化した鞘に収め腰に当てる、そのまま腰を深く落とし、【居合い】――かなり前傾の姿勢だが【抜刀術】の様な構えに変わる。

狼我の【蒼い瞳】でホラーを凝視しつつ叫ぶ。

 

 

『ホラー レヴィタよ…嫉妬に身を焦がしてしまったお前の陰我、俺が切り裂くっ!』

 

『ほざぇええっ!』

 

 

レヴィタが跳躍し、その鮫の様な牙で狼我に襲い掛かる――が突如として狼我の姿が視界から消えていた。

視界に残ったのは【金の残像】のみ――まるで暗闇に光る【雷】の様に一瞬だけであったが。

 

そして視界が2つに別れる――レヴィタの身体が斬られ鮮血が舞う。

血を巻き上げつつ倒れるレヴィタの姿は元の少女に戻っていく。

 

 

「あっ…」

 

 

完全に姿が元に戻った少女を背後に回っていた凌牙が受け止める。

 

 

「…ゆっくりとおやすみ」

 

「…あ…と…」

 

 

精一杯の言葉を残して微笑みつつ、少女の身体が霞の様に消えていく――そして凌牙の手の中から消え去る。

 

 

『嫉妬に身を焦がしてホラーに…若いのだからもっと自身を磨けば変わったでしょうに』

 

 

ラルヴァの声に僅かだが悲壮の感情が読み取れる。

 

 

「…他にホラーの気配はあるか?」

 

『いいえ…でもまさか2日続けてホラーが現れるなんて…異常すぎるわ』

 

「だな、これだと俺1人だと手が回らないな…【アイツ】に応援を頼むか」

 

『【烈火騎士 牙煉(ガレン)】ね、後で番犬所に向かいましょう?』

 

「ああ…一夏達に説明したらそうするさ」

 

 

立ち上がって、一度手を合わて目を瞑る――せめて安らかにと。

そして外で待機している本音達の元に向かった。

 




「ホラーの大量発生…人員が全く足らない現状ね、それもこれもISが原因…といってしまうのは簡単だけど…。次回、「烈火」。この指令、あの問題児の力が必要みたいね」


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第三話 「烈火」

凌牙がホラー【レヴィタ】を討滅したのとほぼ同時刻――

 

ネオンライトの電燈に明かりが灯る。

営業時間になったバーに【黒いコートの男】が入店し、扉につけられた客の入店を知らせるベルが鳴る。

薄暗い店内には軽快なジャズが流れており、日ごろの労働の疲れを癒す人間が数人、酒を飲みつつ思い思いの事を話しているようだ。

 

黒いコートを着た青年、年齢は凌牙とそう変わらないように見える。

ちらりと見えるコートの下には紅を基調とした一見ビジュアル系にも見えるような服を身につけている。

顔つきは凌牙と同じく整っているが髪の色が特徴的であった。

ボサボサの癖毛、前髪の一部はまるで【炎】の様に紅くメッシュが入っていた。

 

彼はカウンターまで歩いて行き、椅子に腰かける。

 

 

「坊主、ここは餓鬼の来るところじゃねえぞ」

 

 

店主であろう初老の男性が青年に睨みを利かせながら告げる。

 

 

「ん、分かってるさ、俺も【仕事】じゃなきゃこんな酒臭えところなんか来ないさ」

 

 

青年はニヘラと笑みを浮かべつつ、素早く懐から【魔導火ライター】を取り出し、腕を振るう。

すると点火した魔導火は8つの小さな【紅い火球】となり、店主と客たちの目の前に浮遊していた。

 

魔導火を見た青年を除く店内全ての人間の瞳に【魔導文字】が浮かび上がった。

 

 

「貴様、魔戒騎……っ!?」

 

 

狼狽した店主が青年から離れようとするが、次の瞬間には店主の顔面は【魔戒剣】によって穿たれていた。

数度痙攣すると黒い靄のようになって店主の体は消滅していく。

 

 

「……残り7匹……多いなぁ」

 

『近頃は本当に異常だわ……陽一、気をつけなさい』

 

 

店主の頭を貫通し、壁に突き刺さった魔戒剣を引き抜く。

彼の右腕に付けられている【鎖で巻きつけられた髑髏の腕輪】から落ち着いた女性の声が届く。

彫り込まれた髑髏の口部分が動いて声を出している――魔導輪である。

 

 

「分かってるって、【ファルヴァ】……はあ……」

 

 

魔導輪【ファルヴァ】の声に返すと同時に、正体を現したホラー7体が陽一に襲いかかる。

ホラー達は所謂【素体ホラー】と呼ばれる形態であるが数では圧倒的に不利な状況である。

 

しかし陽一の顔に焦りの感情は見えない、むしろ逆であった。

ひたすら気怠そうな表情から一遍し、まるで氷の様に殺気を込めた表情に変化していた。

 

左右からホラーの爪が振われる、左のホラーの攻撃の方が速いことを確認して魔戒剣で受け止める。

同時に右のホラーの腕を蹴り上げ無力化、追撃の蹴りで右のホラーを吹き飛ばす。

 

 

「そらよっ!」

 

 

左のホラーの爪を押し返し、その反動で距離を取る。

 

魔戒剣を頭上に掲げ、円を描く。

空間が円状に割け、光が降り注ぐ――

 

 

『俺の名は【陽神陽一(ひのかみよういち)】……【烈火騎士 牙煉(ガレン)】、お前らを狩る魔戒騎士だっ!』

 

 

そして高い金属音と共に、彼は【紅と金によって彩られた鎧】を身に纏っていた。

その鎧の胸部には【太陽】の様な紋章が刻まれており、鎧から溢れる高熱により陽炎が起こっている。

手に持った魔戒剣も鎧の召喚と共に、柄に胸部と同じ紋章を持つ片刃の大剣へと変化していた。

 

 

『うぉおおっ!!』

 

 

咆哮と共に大剣【烈火剣】を振るう。

凄まじい剣圧と共に、2体のホラーが横一文字に両断される。

 

剣圧によって残り5体のホラーが体勢を崩す。

 

 

『はぁっ!』

 

 

気合の咆哮と共に鎧から【紅い炎】が突如として発生し、鎧を包み込み燃え盛る。

烈火剣を再度振るう、すると剣の軌跡状に燃え上がる炎の刃が形成された。

 

優秀な魔戒騎士のみが扱うことができる戦闘術。

魔界の炎をその身に纏い、戦闘力を増大させる高等技術――その名は【烈火炎装】

 

 

『はぁっ!』

 

 

再度気合の咆哮を轟かす。

すると宙に形成された炎の刃が凄まじい速度で放たれ、ホラー達を薙ぐ。

断ち切られた断末魔すらあげられず、魔導火によってホラー達は消滅していく。

 

 

「……ふぅ」

 

 

鎧を魔界に送還した陽一が一息ついて、魔戒剣を黒鞘に収める。

 

 

『お疲れ様、陽一』

 

「おう、番犬所へ報告に行くか」

 

 

魔戒剣を魔法衣にしまい、店を後にする。

 

 

――――――――――――

2時間後――

 

IS学園 生徒会室

 

 

ホラーに襲われた箒と一夏は凌牙に連れられて生徒会室に連れて来られていた。

その理由は事情の説明だ。

 

以前本音に話したホラーと魔戒騎士についての説明を行うことで、2人を協力者として取り込む算段だ。

戦力として戦わせるわけではない。ホラーを滅することができるのは魔戒騎士や法師達のみ。

ISを使ってもその関係は変わらない。

 

しかしISの普及により、陰我が増加しているのか、現状魔戒騎士と法師は人手がまるで足りていないのである。

今回の様や本音のときの様にホラーが学園内に現れることがないわけではない。

この学園は広く、いくら教師の一部や楯無達が協力してくれているとはいえ限度がある。

なのである程度生徒の協力者は必須になるのだ。

もちろん、魔戒騎士である凌牙や実力者である楯無が彼らを守ることが前提であるが。

 

 

「……とそういう訳だ」

 

 

魔戒騎士とホラーの関係や協力者の話について、凌牙は目の前に座っている一夏と箒に説明し終え、一息ついてテーブルに置かれている紅茶を口に含む。

 

 

「……あれは夢ではないのだな」

 

 

ホラーに狙われた箒は剣道用の防具を身につけていたのが幸いしたのか、打撲程度の軽傷で済んでいた。

それでも包帯を足に巻いているが。

 

 

「ああ、奴は君を狙ってたホラーだ」

 

「……あのような化物がいるだなんて……信じられないが……襲われたのは事実か……」

 

 

自分が狙われていた恐怖からか箒の顔が暗くなる。

 

 

「……ISならアイツ等と戦えるのか?」

 

 

腕のガントレットに一瞬視線を移した一夏が口を開く。

襲われたときは相手が人間態であったため、ISを展開することはなかった。

ホラーとしての本性が現れた際は驚愕で動けなかったが、正体を知った今ならばと。

 

だが凌牙は首を横に振る。

 

 

「いくらISが最先端の兵器とはいえ、ホラーを討滅することはできない……牽制や足止め程度なら充分できるだろうけど」

 

 

手に持っていた紅茶のカップを置いて、一夏の目を見て言う。

 

 

「だから俺が斬る……守りし者としてな」

 

 

その目はホラーを狩る際の魔戒騎士の目。

気圧された一夏だが、彼も凌牙の目を見て答える。

 

 

「……分かったよ、俺にできることがあるなら手伝う」

 

「……私もだ、この事実を知ってしまったからには、できることをしよう」

 

 

一夏と箒の言葉に凌牙は笑みを浮かべて、懐から【宝玉が付いた首飾り】を2つ取り出す。

一夏達には読めない文字が宝玉に彫られており、2人はそれを受け取る。

 

 

「これは知り合いの魔戒法師さんから預かってた魔導具、首飾りのしか残ってないけど身に着けていてくれ」

 

 

凌牙が魔導具について説明をする。

この魔導具の名は【魔導坎】

【魔界八卦札】の【坎の札】と同じ効果を持ち、方角などに左右されずトランシーバの様に言葉を同じ魔導坎を持つ人間に伝える機能を持っている。

通信範囲はIS学園がある人工島の敷地とほぼ同等、つまりはどこからでも通信が可能である。

ちなみに凌牙へ通信を行う場合は、魔導輪ラルヴァを介して通信が行われる。

また2つをあわせることで簡単な結界を張ることが可能でもある。

 

 

「ペアルックみたいだな」

 

「ペッ、ペアっ!?」

 

 

受け取った魔導坎を早速身に着けた一夏がポロリと零した言葉に箒が真っ赤になって反応する。

 

 

「本音さんは指輪のを渡したよね?」

 

「うん、ほらー」

 

 

凌牙が確認の為に背後にいる本音にたずねる。

彼女は右手薬指に指輪の魔導坎を身に着けていた。

 

 

「本音ちゃん、乙女してるわね」

 

「おっ、お嬢様……!」

 

 

その様子を見ていた楯無が本音の様子を見てそっと呟く。

彼女の手に持っている扇子には【青春キター】と表示されている。

余談だが、楯無や虚、教員でもある千冬にも同じように魔導坎は渡されている。

 

そんな時であった、生徒会室の扉が開かれた。

室内の全員の視線が集まる。

 

 

「おー、ここにいたんだな、凌牙」

 

「陽一……っ!?」

 

 

扉を開いて生徒会室に現れたのは陽神陽一であった。

ずかずかと空いていた椅子に座り込む。

 

 

「いやー、千冬さんに聞いたらここだってさ、相変わらず綺麗だったなー、千冬さん」

 

「お前、何でここに?」

 

「んあ、そんなモン決まってんだろ、指令だよ指令」

 

 

魔法衣から饅頭を取り出して口に含む。

 

 

「凌牙、コイツは?」

 

 

陽一の登場にぽかんとしていた一夏が凌牙にたずねる。

 

 

「コイツも俺と同じ魔戒騎士さ、【烈火騎士 牙錬】、同じ管轄の同僚って訳だ」

 

「コイツ呼ばわりは酷くね? 一応お前より3つ年上だぞ、俺」

 

「あー、はいはい」

 

 

ニヘラと笑いながらの陽一の抗議の声を凌牙は適当に流す。

 

 

「久しぶりね、陽一君」

 

「おー、刀……楯無ちゃん、おひさー。 相変わらず綺麗だねぇ」

 

 

咄嗟に言い直して陽一が緩んだ笑顔で楯無に告げる。

 

 

「今度食事でもどう? 虚ちゃんも一緒にさ?」

 

「魅力的だけれど最近はあまり暇がなくてね、またの機会にするわ」

 

 

笑みを浮かべる楯無の返答にそっかーとがっくりと肩を落とし、再び饅頭を口に含む。

 

 

「陽一、指令って何だよ?」

 

「ん、おっと言い忘れてた……IS学園内を守ってるお前に協力しろだとさ」

 

「……増援って訳か」

 

「ああ、人手不足だけど、どうしてもだとさ……ま、俺としては願ったり適ったりなんだけどな」

 

 

陽一は笑みを浮かべてガッツポーズをとっている。

その姿をジト目で凌牙は見つめている。

 

 

「なんたってIS学園は美少女ぞろいの楽園だからな! お前みたいに生徒としてじゃないのは残念だけど、お近づきになりたいと思うのは男として当然だろっ!?」

 

「……お前は相変わらずだな」

 

 

ため息をつきつつ凌牙は陽一を見る。

 

 

「魔戒騎士は一子相伝なんだから相手を見つけることは悪くないだろ? それに俺ももう【18】だし、早めに相手見つけないとさ」

 

 

一瞬だけ真顔になった陽一であったがすぐに緩い表情に戻る。

真顔になった【理由】を知っている凌牙も一瞬顔を顰めるがすぐさま切り替える。

 

 

「……その軽い性格と女癖の悪さを直すのが先だと思うがな」

 

「うぐっ」

 

「美人みると声かける癖、直してないだろ、ファルヴァ?」

 

『ええ、全く……凌牙みたいに落ち着いてほしいと常々思うわ』

 

『お互い、苦労してるみたいね、ファルヴァ?』

 

『ええ、ラルヴァ……手を焼かせられる問題児よ、この子は』

 

 

陽一の魔導輪【ファルヴァ】が呆れたような声を上げる。

指で軽くファルヴァを突きつつ、陽一が一夏と箒に視線を合わせる。

 

 

「まっ、まぁ、そういうわけで……えーと織斑一夏と篠ノ之箒だったよな、よろしくなー」

 

「おっ、おう……よろしく」

 

「あっ、ああ……」

 

 

同じ魔戒騎士でも凌牙と雰囲気が違いすぎると思う一夏と箒であった。

 




オリジナル魔戒騎士2人目登場。
烈火炎装状態の鎧はどれも強そうでたまらないです。


――――――――――――――――

「凌牙の他の転校生……やれやれまた波乱が起きそうね……。待ちなさい、凌牙、あの娘の機体から溢れる気配は……っ!? 次回、「汚泥」、気をつけなさい凌牙、普通じゃないわ」


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第四話 「汚泥」

 

凌牙が一夏と箒に魔戒騎士について説明をした数日後

 

IS学園1年1組には新たに2名の転校生が編入されていた。

1人はフランスの代表候補生であり3人目の男性搭乗者である金髪の美少年【シャルル・デュノア】

1人はドイツ軍に所属している現役の軍人、銀髪の少女である【ラウラ・ボーディヴィッヒ】

 

両名の自己紹介の際にシャルルについては黄色い声で歓迎されたが、ラウラについては一悶着が発生してしまった。

その理由として、ラウラが突如一夏に歩み寄り頬を叩いたからだ。

被害者でもあり、突然の彼女の行動を理解できなかった一夏は当然彼女に反発し一色触発の雰囲気となってしまったが担任である千冬の鶴の一声でその場は収まったのだ。

ちなみにそのHRには凌牙は出席しておらず、1時間目の授業にも表れなかった。

 

 

「成程ね、俺がいなかった間にそんなことになってたのか」

 

 

1時限目の授業の休憩時間に今まで教室にいなかった凌牙が現れ、自席で本音に返答する。

 

 

「うん……と言うかがりょーはどこにいたの? サボり?」

 

「いや、エレメントの浄化、魔戒騎士としての仕事をしてたのさ……てか起こしたのに覚えてないのね」

 

 

本音の質問に苦笑して凌牙が返す。

本音は朝がとても弱いと彼女の姉である虚から聞かされていたため、一度部屋に戻って彼女を起こしている。目覚まし時計を意識のない状態で止めており、そのままでは寝過ごすところであったがどうやら彼女は覚えていないらしい。

 

生徒として編入された凌牙であるが、学園内に陰我のゲートとなるエレメントが連日複数発生する為、それを浄化して回っているのだ。

エレメントを浄化していればホラーが出現する頻度は激減し、通常ならば2か月に1体程度の頻度である。

それだけ連日ホラーが現れる現在は異常事態なのだ。

 

 

「魔戒剣でエレメントを切ると、エレメントの陰我を浄化できるのさ……本来これをしてればホラーは数ヵ月に1体くらいなんだけどね」

 

「なるほどぉ……」

 

「しかし……雰囲気悪いな」

 

 

ちらりと横目で転校生の1人、ラウラを見る。

完全に我関せずの態度を取っており、興味を持って近づいたクラスメートを無視している。

 

 

『一荒れきそうね』

 

「……ああ」

 

 

本音と凌牙にしか聞こえない程度の音量で喋ったラルヴァの言葉に凌牙が頷く。

 

 

――――――――――――――――――

同時刻 第3アリーナ 整備室

 

 

アリーナではISの訓練や模擬戦等を行う関係上、機体のメンテナンスを行う為の整備室が設けられている。

その整備室の一画に基本フレームがむき出しになった機体が鎮座しているメンテナンスベッドがあった。

その近くで空間に投影されたディスプレイを無言で操作し続ける眼鏡をかけた水色の髪の少女がいた。

 

彼女の名は【更識簪】――更識楯無の妹である。

 

 

「……ふう」

 

 

一度身体を伸ばしてから彼女が息をつく。

すると目の前にコーヒー牛乳が差し出されている事に気付いた。

 

 

「簪ちゃん、お疲れ様」

 

 

黒のコートに紅を基調とした魔戒騎士の戦闘服。

黒の髪の一部に炎の様に紅くメッシュが入った青年、陽神陽一がいつの間にか隣にいたのだ。

 

 

「……いつの間にいたんですか?」

 

 

正直かなり驚いたが、差し出された飲料を受け取りつつ簪が答える。

 

簪は更識の家の人間であるため【魔戒騎士】についてはよく知っているし実際に助けられたのだ。

 

ほんの数ヵ月前まで姉である楯無とは些細なすれ違いによって不仲となっていたが、ホラーに襲われるという異常事態に見舞われた結果、不仲は解消されている。

その時ホラーを討滅したのが凌牙と陽一であるため、彼等とは顔見知りなのだ。

 

閑話休題

 

 

「んー、3分くらい前からかな……あ、敬語は苦手だからいいよ」

 

 

陽一の年齢が自分より上であるため一応敬語で話していたが、彼からそう言われれば遠慮はしない。

 

 

「……別に声くらいかけてくれてもいいのに」

 

「俺も最初はそう思ったけど、すげー集中してたからなぁ……その顔もいいなーと思いつつ見てました」

 

 

ニヘラと陽一が笑う。

女性には老若問わずに声をかけると言う女癖が悪い点を除けば、気さくな年上の男性だと思う。

簪から見ても顔立ちは整っているし、魔戒騎士として鍛えているため逞しい身体付きであると思う。

だが絶えずユルく笑っている為、どうしてもユルい印象を与えてしまうのがマイナスであろう。

 

 

「はぁ……集中切れちゃった」

 

 

受け取ったコーヒー牛乳の封を切る。

2口ほど口に含むと陽一が質問を投げかけてきた。

 

 

「てかいいのか、授業始まってんじゃ?」

 

「……今はこっちに集中したいから……大丈夫、授業にはついていける」

 

 

そう言ってメンテナンスベッドに鎮座しているフレーム剥き出しのIS【打鉄弐式】に目をやる。

そして陽一に目を向ける。

 

 

「と言うかそっちこそ……生徒じゃないのにいても大丈夫なの?」

 

「ん、そこは問題ないさ。許可貰ってるし、認識阻害効果が魔法衣にはあるからさ、魔戒騎士を知らない連中が今この状況を見ても簪ちゃんが誰かと話してたって認識されるだけだよ」

 

「もしかして……エレメントの浄化をしてたの?」

 

「ん、さっきまで凌牙と一緒にね、今んとこ学園内にあるエレメントは全部浄化した。まあ、何日持つかもわからないけど」

 

 

緩んでいた目じりが上がり陽一は真顔になる。

がすぐにその真剣な表情は霧散し、いつもの緩い表情に変わる。

 

 

「という訳で手持無沙汰になったから簪ちゃんのIS製作を見学しようかなって」

 

「……ISの知識ほとんどないでしょ?」

 

「おう」

 

 

どういう訳か誇らしげに胸を張る陽一にため息をつく。

 

 

「まあ、邪魔しないのなら……いいけど」

 

「よっしゃ、ありがとう!」

 

 

大げさにガッツポーズを取ってからメンテナンスベッドから少し離れた場所に座る。

すでに魔法衣から饅頭を取り出して食べ始めている。

 

 

『全く……悪いわね、簪』

 

 

彼の右腕に付けられた魔導輪【ファルヴァ】も少々呆れた様な声色で、簪に礼を述べる。

 

 

「あ、うん、別に大丈夫だよ、ファルヴァ」

 

『ならよかったわ、迷惑にはならないようにしておくわね』

 

「うん、ありがとう」

 

 

ファルヴァの言葉に笑みを浮かべた簪は、よしと気合を入れてISの空間投影ディスプレイを操作しだす。

それをいつものユルい笑みを浮かべつつ陽一は見ていた。

 

 

(……ISの製作が中止になったとか聞いてたけど、無理はしてないみたいだな)

 

(体調は問題なさそうね、中々に強い子よ、彼女は)

 

 

互いに念話で会話しつつ、作業を再開した彼女を見つめている。

 

 

(ならよかった、知り合いに倒れられるのはキツイ)

 

(……そうね、でも私はむしろ貴方が心配よ、陽一)

 

(俺? 別に体調は問題ないぜ?)

 

(貴方の……【烈火騎士】の身体は確かに【特別】よ、だけどそれにはとても重い【代償】があるのを忘れてはいないでしょう?)

 

(……分かってるさ、肝に銘じてる)

 

 

ファルヴァの言葉に笑みを消して真剣な表情になるが、すぐにまた陽一は笑みを浮かべた。

 

 

「俺は命が尽きるその時まで守りし者だ、それは変わらない……だけど今はこうさせてくれ、俺達が守ってるモノの輝きを見ていたいんだ」

 

 

小さく、簪に聞こえない程度に呟き一口かじっただけであった饅頭に再び口をつけた。

 

 

――――――――――――――――――

同日 休憩時間 IS学園 応接室前

 

 

「はぁ、手洗い遠いのは勘弁してほしいぜ……」

 

「そうだな」

 

 

凌牙が男性用お手洗いから出てきた一夏に返す。

IS学園は元々女子高であるため、男性用の設備が少ない。

特に手洗いを利用する場合は来賓用のものを使うしかないのだが、1組から距離があるのだ。

 

 

「まぁ、設備としてあるだけマシだろ、なかったら一々寮まで戻らないといけないしな」

 

「そう考えるとそうだなぁ……」

 

「……ん?」

 

 

凌牙が突然立ち止まったため、ハンカチを懐にしまった一夏が振り返る。

 

 

「どうした?」

 

「話し声が聞こえたんだ、織斑先生の」

 

「え、千冬姉の?」

 

「ああ」

 

 

凌牙の返しに一夏も耳を澄ますが、全く聞こえない。

 

 

「あっちだな」

 

「どんな耳してるんだよ、魔戒騎士って……」

 

 

20mは離れている廊下の突き当たりを指さして凌牙が歩いていく。

廊下の突き当たりから様子をうかがうと、確かに織斑千冬がいた。

 

 

「何故ですか、教官っ!」

 

「教官ではない、織斑先生だ、ラウラ」

 

 

彼女が会話している人物は転校生のラウラであった。

だがあまりいい雰囲気ではなく、ラウラの言葉には焦りと困惑の感情が多分に込められていた。

 

 

「ここの生徒達はISのファッションとしか考えていませんっ! 教官はこんなところにいていい人間じゃ……っ!?」

 

「ほう、私に意見するまで偉くなったか小娘」

 

 

語気が荒くなり、怒気が一瞬だけ溢れた。

それにラウラは怯む様に言葉を噤んだ。

 

 

「ファッション、確かにお前の言う事にも一理ある……が、全員がそうではないしこの学園はその意識をただす場所でもある。 分かったならさっさと教室に戻れ、休憩時間はもう終わるぞ」

 

「……っ、失礼しますっ」

 

 

脱兎の様に小走りでラウラは教室に戻っていく。

その様子を見てはぁとため息をついた千冬であったが、すぐに表情を正して振り向く。

 

 

「……盗み聞きとは趣味が悪いな、出てこい」

 

「……千冬姉、アイツと話してたのか」

 

 

一夏がつきあたりから顔を出して千冬に尋ねる。

 

 

「……もう1人も出てこい、誰かはわかっているが」

 

「……別に隠れてたわけじゃないですよ」

 

 

凌牙が一夏に続いて顔を出す。

別段気配を消していたわけではないが、世界最強と呼ばれているがあくまで一般人の範疇である千冬が魔戒騎士である自身の気配を察知していた事に内心驚いていた。

 

 

「どこから聞いていた?」

 

「ファッションがどうのこうのってことろですね」

 

 

凌牙の返答にはぁと千冬はため息をついてから続ける。

 

 

「……ラウラとは、とある事情からドイツ軍に協力していた時からの間柄でな……アイツは私をまるで神の様に崇めているんだ」

 

「千冬姉を?」

 

「……ああ、奴には特に私が力を入れて指導したんだが、そのためかアイツの価値観は全てが私を基準となってしまっているんだ、不出来な教師として笑ってくれて構わん」

 

「……笑ったりはしないですよ」

 

 

凌牙の返しにすまんなと苦笑する。

 

 

「アイツについてはそのうち手は打つ……それまで見ていてくれないか?」

 

「千冬姉がそういうなら……そうするけど」

 

 

渋々と言った感じで一夏が返す。

 

 

「……俺は魔戒騎士です、そこまで深入りはできません」

 

 

対する凌牙はあくまで淡々とした口調で返す。

魔戒騎士はあくまでホラーから人間を守る存在であり、表の人間の生活に深入りする事は忌避されているからだ。

 

 

「……ですが、桐咲凌牙個人としてなら……まぁ、出来る限りはやりますよ」

 

 

だが今はIS学園の生徒 桐咲凌牙でもある。

他の魔戒騎士達には甘いと言われるような選択だが、出来る限りのことはしようと凌牙は考えていたのだ。

 

 

「すまんな、2人とも……さて、休憩時間はもう終わる、教室に向かえ」

 

 

千冬が苦笑と共に感謝の言葉を告げ、教室へと2人を促す。

それにしたがって凌牙と一夏は教室に向かう。

 

 

(甘いわね、凌牙)

 

 

教室に向かい歩いていると【魔導輪ラルヴァ】からの念話が頭に響く。

 

 

(魔戒騎士は人知れずホラーを狩り人を守る者、人間の生活、しかも子供の我儘に付き合う必要はないんじゃないかしら?)

 

(……この選択が魔戒騎士として甘いってことくらい分かってるさ)

 

 

苦笑を浮かべつつ、ラルヴァに返す。

 

 

(それでも知り合いが困っているなら助けたいって思うんだよ、本音さんや一夏達は俺が協力者として巻き込んだわけだしな、だからできる限りのことはしたい)

 

(……あなたのその甘さ、本来なら弱点になるわよって忠告するのが筋なんでしょうが……私は好きよ、凌牙)

 

(ありがとう、ラルヴァ)

 

 

ラルヴァの言葉に笑みを浮かべ、凌牙は一夏と共に教室へと向かう。

 

――――――――――――――――――

翌日 放課後 第2アリーナ

 

 

第2アリーナでは現在模擬戦が行われている――いや正確には模擬戦と言えるものではなかった。

 

【黒のIS】が2機のISをまるでリンチするかのように痛めつけているのだ。

黒のISに搭乗するのはドイツからの転校生である【ラウラ・ボーディヴィッヒ】が搭乗する【シュヴァルツァ・レーゲン】

 

2機のISの片割れは、英国の代表候補生である【セシリア・オルコット】が搭乗するIS【ブルー・ティアーズ】

もう片方は中国の代表候補生の【鳳鈴音】が駆る【甲龍】である。

 

 

すでにセシリアと鈴の機体は少なくないダメージを受けていた。

装甲部分も破損していない部分は少なく、搭乗者の身体にもダメージがるように見える。

 

 

『ふん、英国と中国の代表候補生がどれほどのものかと思えば……この程度か』

 

『こんなはずでは……っ!』

 

 

ラウラは失望したという表情で大型レールカノンをすでに戦闘機動が取れないセシリアに向ける。

 

 

『所詮貴様らはその程度だ、消えろ』

 

 

レールカノンから弾丸が射出される。

電磁加速した弾丸であり、今のセシリアに避けれる代物ではない。

そして直撃を受けてしまえば間違いなく機体は大破、ないしは大きなダメージを受け今後の活動にすら支障が出る事は容易に想像できた。

 

だが、彼女に弾頭は届かなかった。

何故ならば、発射された弾頭を命中寸前で斬り落とした者と彼女を庇った者がいたからだ。

 

彼女を庇ったのは白きIS【白式】を纏った1人目の男性搭乗者【織斑一夏】

弾頭を切り落としたのは人物は量産型の【打鉄】を纏った2人目の男性搭乗者【桐咲凌牙】

 

 

『やりすぎだろ、お前。 大丈夫か、オルコット、鳳』

 

『セシリア、鈴、2人とも大丈夫かっ!?』

 

 

凌牙は打鉄のブレードを担ぎ、一夏はセシリアを庇うように凌牙は浮遊していた。

本音やほかの1組の生徒からISを用いた私闘を止めてほしいと言われた一夏と凌牙が

アリーナに駆け付けて戦闘に割り込んだのだ。

 

 

『一夏さん……っ!』

 

『一夏……っ!』

 

 

一夏に庇われているセシリアとそれを若干羨ましそうにしている鈴を見て凌牙は苦笑しつつ告げる。

 

 

『……大丈夫そうだな、一夏、さっさと2人を連れて離脱しろ』

 

『凌牙、お前1人でやるつもりかっ!?』

 

『さっさとしろ、一夏。 彼女達は代表候補生だ、こんな私闘でそれ以上専用機を壊されたら評価が落ちて最悪候補生の資格さえ失うことになるかもしれないんだぞ』

 

 

代表候補生のISは専用機であるが、その所有権は彼女達の祖国、国家のものである。

そしてまだ彼女達は代表ではなくあくまで候補生。

こんな私闘でISを大破させてしまえば、最悪の場合、責任能力を問われて代表候補の資格さえ失いかねない。

国家にとっては彼女達以外にも代表候補生は存在しているのだから、そちらを優先すればいいのだ。

 

 

『そんなことあるのかよっ!?』

 

『ある。 だから後腐れない俺の方が適してるんだよ、さっさとしろっ!』

 

 

そう言って打鉄のブレードを構えると、瞬時加速による圧倒的なスピードで攻撃を仕掛けてきたラウラのプラズマ手刀を受け止める。

その隙に一夏はセシリアと鈴を連れて離脱していく。

 

 

『何のつもりだっ!』

 

『それはこっちのセリフだ、彼女達はもう動けなかった。 なのに何で止めを刺そうとした』

 

 

激高したラウラの叫びに淡々と返す。

 

 

『ふん、奴等の挑発に乗ってやったまでの事だ……それに丁度いい、織斑一夏の前哨戦だ、2人目、貴様の力を見せてみろっ!』

 

 

不敵に笑うラウラの言葉は凌牙には届いていなかった。

ただ冷たい視線で彼女を見据えていただけだった。

 

 

『……悪いが人を斬るつもりはないんでな』

 

 

そうつぶやき鍔迫り合いの状態を力任せに押し返す。

同時に打鉄のブレードが根元から砕け、レーゲンの装甲にも大きく罅が入り、シールドエネルギーが減少する。

 

 

『なっ、何だとっ!?』

 

 

相手は量産機であり、こちらは専用機。

パワーでも既存の打鉄を上回っている事は確認していたため、ラウラから動揺の声が漏れる。

 

 

『ちっ、脆い……っ!』

 

 

舌打ちと共に砕けたブレードを放り棄てる。

この打鉄と武装は【とある人物】に改良を受けた代物であるのだが、やはり魔戒剣並みの強度は望めないようだ。

最も破邪の超鋼である【ソウルメタル】と比べるのは酷であろう。

 

ラウラが知る由もないが、魔戒騎士はホラーと戦うためにその身体を極限まで鍛え上げている。

凌牙も例外ではなく、幼い頃よりホラーと戦う為に魔戒騎士として鍛錬を続けている。

極限まで鍛え上げた肉体でなければ、ホラーと戦うことなど自殺行為と等しいからだ。

 

腕力だけでレーゲンを弾き飛ばした凌牙は、まるで拳法の様な独特な構えを取る。

この構えは魔戒騎士の体術のうちの一つ、【守りの型】

攻撃に比重を置いた【攻めの型】と対をなす防御を重視した型である。

 

攻撃してラウラを止めることは容易い、だがそれを実行できない理由が魔戒騎士には存在している。

 

 

(凌牙、分かってるでしょうけど人間を傷つけては駄目よ?)

 

『分かってる……っ!』

 

 

魔戒騎士には、いくつかの守るべき【掟】が存在している。

そのうちの1つが、【守るべき対象である人間に刃を向けてはならない】というものだ。

この掟は魔戒騎士や法師にとっては絶対のものである。

 

故に彼が選択するのは彼女の攻撃を受け流してやり過ごすことだ。

守りの型は決して防御だけではなくカウンター等の要素も込められたものだが、攻撃を受け流して動作を止めれば、彼女を傷つけることなく教員が来るまで持ちこたえることも可能である。

 

余談ではあるが、あまりに絶対であるために魔戒騎士や法師にも大きな被害を出したこともあった。

記録に残っている中では中世ヨーロッパ、ヴァリアンテ王国での魔女狩りが有名である。

闇に堕ちた法師の手によって、魔戒騎士、魔戒法師は異端とされ魔女狩りが行われたのだ。

ホラーには無敵に近い魔戒騎士でも人間には反撃すら許されないため、多くの騎士と法師が犠牲となった。

当時の【牙狼】や現在も系譜が続く【絶影騎士 ゾロ】、【堅陣騎士 ガイア】等の活躍によって魔女狩りは止められたがその数は激減してしまったのだ。

 

――閑話休題。

 

 

『どうやらイギリスや中国の代表候補よりはできるようだが……舐めるなぁっ!』

 

 

瞬時加速を用いて、再度距離を詰める。

上段から振り下ろされる右のプラズマ手刀に、左マニピュレータを横から打ち付ける事で軌道をそらす。

同時に左のプラズマ手刀が横から薙いでくるが、1歩だけ踏み込むことで関節部分に右マニピュレータを押し当て、動きを止め、機体毎押し返す。

 

 

『ぐっ!』

 

 

無理やり押し返されたラウラだったがAMBACによって姿勢を立て直す。

姿勢を立て直したラウラの表情は怒りに溢れていた。

 

 

『貴様ぁ……っ! ふざけているのか、何故攻撃してこないっ!?』

 

 

完全に攻撃を受け流されたのはラウラにもよく分かっていた。

だというのに、相手は攻撃をしてこなかった。

遊ばれていると思ったラウラは激高して叫ぶ。

 

 

『……アンタを斬る理由がないだけだ』

 

『それをふざけているというのだっ!』

 

 

右肩部分に存在する非固定浮遊部位の大型レールカノンから弾頭が発射される。

打鉄はスラスターを全開にして弾頭を避けるが、ラウラから見ればAMBACの動作がぎこちない。

 

 

(何なのだこいつはっ!? 私の攻撃をあれほど簡単に捌いたというのに稼働肢制御による姿勢制御(AMBAC)は粗末……っ!)

 

 

内心苛立っているラウラは凌牙の操作技術を疑問に思うが、それは自身の優位を示している。

 

 

(AMBACが未熟ならば遠距離攻撃で落とすっ!)

 

 

戦術を接近戦から切り替え、射撃戦に移行する。

右肩部のレールカノンから弾丸が次々と発射されて凌牙を襲う。

 

 

『……ちっ!?』

 

 

スラスターを再度全開で吹かせてラウラからの射撃を必死に回避する。

 

凌牙のISの操作技術は並程度である。

AMBACでの機体制御や細かなスラスター調整等は代表候補生に比べればお粗末なものだ。

 

先程の攻防はラウラの方から仕掛けてきたため、戦闘技術で圧倒できただけであり、こうして距離を取られて精密射撃を連続して行われるとなす術がない。

 

 

『凌牙っ、俺もやるっ!』

 

 

それを見かねた一夏が2人を周りで様子路見ていた生徒達に任せて飛び込んでくる。

白く輝く光の刃【零落白夜】を煌めかせて弾頭を切り裂く。

 

 

『織斑……一夏ぁっ!!』

 

 

凌牙を庇うように飛び込んできた一夏を見て、ラウラの表情に狂喜が浮かぶ。

黒く歪んだ意志がその表情に溢れた瞬間であった。

 

 

『……貴様のその執念、利用させてもらうぞ、小娘』

 

 

形容しがたい、人間とは思えないような声がレーゲンのコンソール画面から響き、【魔導文字】が一瞬浮き上がる。

そして機体フレームから【泥】が溢れだした。

 

 

『なっ、何だっ、これはっ!?』

 

 

ラウラの驚愕の声と共に濁流の如くレーゲンから泥が溢れ、一瞬抵抗していたラウラであったが泥になす術なく飲み込まれてしまった。

 

 

『何だあれ……【泥】?』

 

『……あれはまさかっ!?』

 

 

突然発生した【泥】に一夏と凌牙の視線は釘付けになるが、すぐさま状況が動いた。

 

ラウラを飲み込んだ【泥】はまるで粘土細工の様に捏ね回って形を作っていく。

まるで長髪の女性のようにも見える形状に変わった泥の塊は、その手に刀の様な形状の武器を作り出していた。

 

 

『気をつけなさい、凌牙、あれは、あの気配は【ホラー】よっ!』

 

 

ラルヴァの声が凌牙と一夏の耳に響くのと、泥の塊が斬りかかって来たのはほぼ同時であった。

 

 




映画GAROを見てテンションが上がり、絶狼のTVシリーズが始まってさらにテンションが上がりました。


「溢れ出た泥から感じるホラーの気配、一体どういうことなのかしら、凌牙……っ!?
待ちなさいっ、アリーナの地下からホラーの気配が……一体どういうことなのっ!?」

「次回、「魔陣」、まさかこの学園……っ! この状況、切り抜けなさい、凌牙っ!」


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第五話 「魔陣」

泥の人型に姿を変えた【シュヴァルツァ・レーゲン】がその手に精製した刀を上段に構え、凄まじい速度で凌牙と一夏に迫る。

 

 

『一夏っ!』

 

 

咄嗟に動けたのは魔戒騎士である凌牙であった。

一夏に庇われるようにしていた凌牙が、一夏を押し飛ばして、迫る刃を打鉄の腕部装甲で受け止める。

 

 

『凌牙っ!?』

 

 

甲高い破壊音が響き、打鉄の腕部装甲は綺麗に切断され、そのまま弾き飛ばされてしまう。

だが、それは凌牙の狙い通りであった。

 

弾き飛ばされた勢いのまま、打鉄を解除。

そしてラルヴァの口から取り出した魔戒剣を右手に構えて円を描く。

 

甲高い金属音と共に、右腕部分のみに金と黒の【狼我】の鎧が召喚された。

魔戒騎士の鎧は全身を覆うだけではなく、部分的に展開することも可能なのだ。

 

そして肩部の突起がまるでワイヤーの様に射出された。

狼我の鎧の肩部の突起はワイヤーの様に射出することが可能であり、この機能を使ってブレーキをかけたのだ。

突起がアリーナの地面に突き刺さり、弾き飛ばされた勢いを殺し、地面に着地して上空のレーゲンを見上げた。

 

 

「一夏っ、こっちに来てくれっ!」

 

 

右腕部分の鎧を解除し、ラルヴァの口から魔法衣を取り出し身につつ叫ぶ。

 

 

『わっ、分かったっ!』

 

 

凌牙の声に従って一夏の白式が降下してくる。

どこか一夏の顔には怒りの様な物が浮かんでいたが、今はそんなことを気にしているわけにはいかない。

その様子をレーゲンは観察するように眺めていた。

 

するとラルヴァの声ではない別の女性の声が響く。

 

 

『凌牙君、聞こえる?』

 

「ええ、聞こえてます、楯無さん」

 

 

ラルヴァを介して魔導坎で楯無が通信を送ってきたのだ。

 

 

『負傷したセシリアちゃんたちはこっちで回収したわ、後アリーナの人払いは済ませてあるから遠慮なしにやっちゃって構わないわよ』

 

「ありがとうございます、助かります」

 

『私と虚ちゃんの【魔導坎】で結界も張ってるから、逃がさないでね』

 

「当然です」

 

 

レーゲンが構えを変えると同時に、魔戒剣を頭上に掲げ、円を描く。

円の軌跡で光が輝き、甲高い金属音と共に、金と黒の【狼我】の鎧を纏う。

掲げていた魔戒剣も装飾を施された迅雷剣となる。

 

左腕の手の甲に刃を当て、まるで弓を引き絞るかのように迅雷剣を持つ右腕を引く。

 

狼我の系譜の源流は【黄金騎士 牙狼】の系譜である。

故に彼の構えは黄金騎士の構えと酷似しているのだ。

 

レーゲンが急降下しつつ、上段に構えた刀を振り下ろす。

その速度は並のISで出せるものではなく、また太刀筋も一流の剣士の物だ。

しかし――

 

 

『ふっ!』

 

 

振り下ろされた刀を迅雷剣で受け止める。

そしてそのまま、相手の刃に迅雷剣の刃を滑らせることで、受け流しからそのまま斬撃に移る。

黒い人型の泥、その腕部を迅雷剣は切り裂き、レーゲンを構成している【泥】が飛び散って【地面】に染み込んでいく。

 

受け止められると思ってはいなかったのか、レーゲンは身体を硬直させておりまともに受けてしまった。

しかしすぐさま狼我から離れ、身体中から溢れる泥が腕部に集まって傷を再生させて行く。

 

 

『再生するのか……厄介だな』

 

 

迅雷剣を構えなおしつつ、呟く。

魔戒騎士の鎧は切り札であるが、強力であると同時に【制限】が存在している。

それは鎧には【装着制限時間】が存在することだ。

 

魔導刻と呼ばれるその制限時間は、【99.9秒】

それ以上人間界では鎧を召喚することはできない。

正確には可能ではあるのだが、99.9秒を超過すると魔戒騎士の魔導力を持ってしても

強力な鎧の力をおさえることは不可能となってしまうからだ。

 

すでにレーゲン相手に鎧を召喚して10秒程度たっている。

残り約89.5秒――レーゲンは警戒しているのか、刀を構えたまま降下してこない。

すばやく決着をつけなければならないなと凌牙が考えた時であった。

 

 

『凌牙、あの泥の中に人の気配があるわっ! あの娘はホラーになったわけじゃない、生きてるのよっ!』

 

『……やはり人間を取り込むタイプかっ!』

 

 

ラルヴァの忠告の叫びと、凌牙の怒りの叫びが木霊する。

先程の一撃はその可能性を考慮し、ラウラが取り込まれた泥の中央部を避け、腕部を構成している泥を切断したのだ。

 

 

(くそ、下手をすれば迅雷剣でラウラを……っ!)

 

 

鎧を纏った魔戒騎士の剣戟は普通の人間のそれの比ではない。

もし泥の中にいるラウラを誤って斬ってしまえば生身の彼女は間違いなく死ぬ。

最悪の場合は彼女毎ホラーを斬る選択肢も存在している。

もちろんなるべく選ぶつもりはないが、本当に打つ手がなくなった場合の選択肢を浮かべた時であった。

 

 

『凌牙、あの泥、俺の白式で払えないかっ!? あれ元はISだろっ!?』

 

 

策を講じていた凌牙に背後の一夏が叫ぶ。

振り返った狼我の青い瞳が一夏の瞳を見つめる。

 

 

『……【零落白夜】か?』

 

『ああ、ホラーって言ってもあれ、元はISだろっ! なら俺の【零落白夜】が届くかもしれないっ!』

 

 

確かにと、一夏の言葉にうなずく。

ホラーが憑依しているのはラウラではなく彼女のISだ。

ISを元にあの泥を形成しているのならば、ISに対する絶対的なエネルギー無効能力である【零落白夜】が有効な可能性は十二分に存在している。

エネルギーがなくなれば、泥が消えてラウラを助けることも可能になるかもしれない。

 

 

――だが

 

 

『……駄目だ、いくら中にラウラがいるといっても奴はホラー、お前に戦わせるわけにはいかない』

 

『何でだよっ!』

 

『……お前は【ドルチェ】になりたいのかっ!?』

 

 

凌牙の言葉に一夏が息をのむ。

 

ドルチェとは――通称【血のドルチェ】

正式な名は【血に染まりし者】

 

ホラーの血液に侵された人間は約100日経過すると意識を失うことも許されず、生きたまま腐り死に至る。

その存在はホラーを呼び寄せ、ホラーにとっては最高の食糧となる。

呪いを解呪には【ヴァランカスの実】と言う【ホラーの恐怖】が固まった果実と言う非常に希少で入手が難しい品が必要となる為、まず不可能。

魔戒騎士の掟の中でもせめてもの情けで切り伏せることが許されているほどだ。

 

 

『アイツは物体に憑依するタイプのホラーだ、血液が飛び散る可能性は低いが、それでもお前を戦わせるわけにはいかない』

 

『……ならっ、せめてあの泥だけは払わせてくれ、頼む……っ!』

 

 

顔を伏せて一夏が凌牙に告げる。

 

 

『……どうしてそこまでするんだ? ホラーの相手なら俺に任せれば……』

 

『それでもなんだよっ! 目の前で誰かが不幸になるのを見過ごすなんて俺にはできないっ! 俺の力で少しでも可能性があるのなら、誰かにまかせっきりなんか俺にはできないんだっ!』

 

 

捲し立てる様に一夏が叫ぶ。

 

 

『アイツのあの形は俺の大切な人の【誇り】を侵してるんだっ! だから頼むっ!』

 

 

【誇り】――一夏の言葉に何かを考えるかのように狼我の鎧の瞳が閉じる。

そして青い目が開かれ、一夏を見つめる。

 

 

『……最悪の場合、血に染まりし者になる覚悟もあるんだな?』

 

 

躊躇うことなくコクリと一夏が頷く。

 

 

『……ラルヴァ、俺は一夏の可能性に賭けたい……どう思う?』

 

『……貴方がやってみたいと思った事ならばやってみる価値、あると思うわよ』

 

 

左腕の甲に埋め込まれる形となっているラルヴァに告げると彼女は優しく肯定の言葉を返した。

彼女の言葉にうなずいて、再び一夏に視線を向ける。

 

 

『……今回だけだ、今回だけ手伝ってもらう、俺が奴を拘束する、いけるか?』

 

『……ああ、大丈夫、いけるっ』

 

 

少し緊張したような表情で一夏が返す。

残り75.6秒――

 

 

『はぁっ!』

 

 

気合の咆哮と共に跳躍し、様子をうかがい警戒していたレーゲンに狼我が襲いかかる。

ISのハイパーセンサーを持ってしてもたった一瞬で距離を詰めた凌牙に一夏は驚愕の表情を浮かべていた。

迅雷剣は変化した鞘に納めて、腰に装着していた。

 

 

『はぁっ!』

 

 

狼我の咆哮と共に繰り出される右の拳をレーゲンは刀を用いて辛うじていなしている。

刃と鎧が高速でこすれ合うことで火花が散る。

 

 

『うおおっ!』

 

 

続けざまの連撃、何とか刀で捌いているレーゲンであったが次第に追いつけなくなる。

そしてついに拳がレーゲンの刀を弾き飛ばした。

しかしレーゲンは瞬時加速じみた速さで後退し、弾き飛ばした刀がレーゲンの手に再生される。

 

だが凌牙にとってその行為は遅すぎた。

残り70.3秒――

 

 

『逃さんっ!』

 

 

両肩部のワイヤーが射出され、レーゲンの両腕に絡まり、そのまま全身を拘束したからだ。

射出されたワイヤーをつかみ、着地、そのまま上空でもがくレーゲンを力任せに振り回す。

 

 

『うおおおおおっ!』

 

 

まるでハンマー投げの如くレーゲンを振り回して回転を開始。

狼我の鎧の口が開かれ凌牙の咆哮が木霊している。

遠心力によって泥の雫が辺りに飛散し、地面に染み込んでいく。

 

そして――ワイヤーからの抵抗が弱まったところで回転を停止し、待機している一夏に叫ぶ。

この状態ならばレーゲンは動きを取れず一夏に血液が付着する可能性は限りなく低い。

残り65.9秒――

 

 

『今だ、一夏っ!』

 

『おうっ!』

 

 

凌牙の声に一夏が答えて、白式の単一仕様能力である【零落白夜】を起動。

装備している唯一の武装である【雪片弐型】から光が溢れる。

 

そしてそのまま、レーゲンに零落白夜が発生している刀を押し当てる。

決して刃を立てぬようソフトに。

 

零落白夜の光が泥に触れると同時に、粘性の泥がパシャッと水音を立ててアリーナの地面に零れていく。

泥がこぼれていくと共に、泥の中から【人骨の様な影】が飛び出し、アリーナの上空へ逃げ出す。

残り63.5秒――

 

 

『凌牙、ホラーの本体よっ!』

 

『分かってるっ!』

 

 

肩部のワイヤーウィンチを回収した狼我は鞘に納めた迅雷剣を構える。

ホラー【レヴィタ】の時と同様に前傾の抜刀術の構え。

 

 

『はぁっ!!』

 

 

咆哮と共に狼我の姿が一瞬で消え、逃げる影に追いつく。

一瞬の加速と共に抜かれていた神速の刃が、影を容赦なく切り裂き、消滅していく。

 

【迅雷騎士 狼我】の称号はこの速度と抜刀術が由来である。

静止状態から一瞬でトップスピードへと到達する、刹那の加速力と身体のバネ。

これを最大限に生かす為に狼我の系譜は抜刀術に磨きをかけた。

その結果、数ある魔戒騎士の系譜の中でも抜刀術に秀で、その速度は闇夜に奔る雷に喩えられた。

故の――【迅雷】

 

全ての泥が落ち切ったレーゲンはメインフレームだけのボロボロの姿となっていた。

ほどなくしてレーゲンのエネルギーが尽きたのか、ISが解除された。

 

 

『おっと』

 

 

一夏がラウラを受け止めて彼女が無事か確認を行う。

泥に飲まれて意識を失いつつも、しっかりと上下する平坦な胸――生きている。

 

 

『生きてる……生きてるぜ、凌牙っ!』

 

 

命を救えたことに歓喜の表情を浮かべた一夏が叫ぶ。

彼とラウラにホラーの血液が付着した様子はない。

 

 

「……ああ、よかった」

 

 

狼我の鎧を解除し、凌牙は魔戒剣を鞘に納めて笑みを浮かべる。

すると背後に気配を感じた。

 

 

「おっと、出遅れたか?」

 

「……遅い、もう終わったぞ」

 

 

振り返るとニヘラと笑みを浮かべた陽一がいた。

ファルヴァがホラーの気配を感じ為、現場に急行してきたのだ。

 

 

「一夏を協力させたことは黙っといてやるが……ISにホラーが憑依してたのか?」

 

 

笑みを消した陽一の問いに凌牙が頷く。

 

 

「おそらくな……けど」

 

「けど?」

 

「泥が溢れる前、一瞬だったが【魔導文字】が見えた。 こちら側の人間が干渉したとみて間違いないだろう」

 

「……魔戒法師か?」

 

 

陽一が怪訝な表情で尋ねる。

過去、闇に囚われた、落ちた魔戒法師によって様々な災厄が起こったことが多い。

各々先代である父親から、とある魔戒法師に【破滅の刻印】と呼ばれる呪印を刻まれた事を聞かされている。

 

 

「……術を使う騎士もいるし、決めつけるのは早計だがな」

 

「ただでさえ人手不足なご時世に、騎士2人をこの学園につけるとはきな臭いと思ってたが……そういう事か」

 

 

陽一のうんざりしたような、しかしどこか怒りを感じさせる声に凌牙は頷いて答えた時であった。

 

 

『……我を起こすのは誰ぞ(ヤメヨロソツオバガメド)……?』

 

 

しゃがれ反響するこの世のものとは思えない声がアリーナに響く。

 

 

「「っ!?」」

 

 

瞬間、2人を心臓を鷲掴みされたかのようなプレッシャーが襲う。

嫌な汗が噴き出るが、魔戒騎士として訓練された精神力で抑え込み魔戒剣を引き抜く。

 

 

「凌牙に陽一……どうしたんだよっ!?」

 

 

ISを解除し、ラウラを抱えていた一夏が顔色を変えた2人に向かって尋ねる。

彼にもプレッシャーが襲いかかっているのか、脚が震えて立つことができていない。

 

 

「逃げろ一夏っ!」

 

 

凌牙の叫びと共に、地響きが響き、地面に亀裂が入っていく。

亀裂はやがて地割れの様に開き、その底から黒い靄に包まれた何かがゆっくりと上昇してくる。

 

それはまるで巨大な【腕】、爬虫類の様な鱗を持った数十m程の大きさの腕であった。

 

 

『そんなホラーがいきなり現れるなんてっ!?』

 

『しかもこの気配は【使徒ホラー】並よっ!』

 

 

ラルヴァとファルヴァの困惑の声が漏れる。

それは当然であろう、魔導輪である彼女達の探知でもいきなり現れた様にしか感じ取れなかったのだ。

 

 

『ほう、魔戒騎士か……いいだろう、久々に自由となった我の力を見せてやろう』

 

 

腕の声が響き、周囲が歪んでいく。

 

 

「何でまたあんなでかいホラーがIS学園の地下にいるんだよっ!」

 

「俺が知るかっ、来るぞっ!」

 

 

互いに魔戒剣を掲げ、頭上に円を描く。

狼我と牙煉の鎧が召喚されると共に腕がその大きな掌を広げた。

 

―――――――――――――――――

アリーナ上空

 

 

突如現れた巨大なホラーの影響で闇に包まれているアリーナを俯瞰し、見下ろす者がいた。

まるでSF映画に出てくるような円盤が浮遊しており、その上に人間が乗っている。

 

 

『……【魔陣ホラー】め、小娘の執念を吸ってようやく目覚めたか……しかし分割された【腕】だけか』

 

 

全身黒ずくめの法衣に身を包んだ【男】は懐から細い【筆】を取り出し左腕に構える。

 

 

『2人も魔戒騎士がいるのは予想外だったが……まぁいい、奴の陰我は俺がもらう』

 

 

顔は全く見えないが明らかに笑みを浮かべている声色で男は呟く。

同時に手に持った筆を用いて、空中に【魔導文字】を描いていく。

 

やがて文字が【陣】となり黒い靄が溢れ、アリーナに降り注いでいく。

その靄を弾くように、アリーナに張られていた結界が瞬くが一瞬の拮抗の後に砕けて消えてしまった。

 

 

『更識の令嬢か……だが所詮は魔戒法師でもない人間が作り上げた結界、脆すぎる』

 

 

筆をしまった男が足場にしていた円盤から飛び降る。

円盤が消え、懐に【魔戒筆】をしまう。

そして代わりに【黒鞘の剣】を取り出す。

 

 

『それにしても【狼我】の系譜……我ながら因果なものだな』

 

 

男の右腕に収まっている魔戒剣の鞘には【△が2つ重なった紋章】が刻み込まれていた。

 




「どういうことなの、IS学園の土地にあんなホラーが封印されているだなんてっ!」

「それに現れたあの男……まさか【暗黒魔戒騎士】だとでもいうのっ!?」

「ホラーに暗黒騎士、いくら凌牙と陽一でも……っ、この気配、凌牙、頼もしい助っ人が、最強の魔戒騎士が来てくれた様ねっ!」

「次回、「雷牙」、歴代最強の牙狼、その力存分に見せてもらいましょう」



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