シュレディンガーのゴミ箱 (テンガロン)
しおりを挟む

甲:マーマレード・パレード
00.無価値の祈りに用は無く


 

 ポケモントレーナーというのは何処にでも溢れている

 世界の何処にでも この街にも この家の隣にでも

 それはまるで、駆除しても湧き上がる害虫みたいな物だ――と僕は考えていた

 

 

「……全部、終わらせよう」

 

 

 握り締めた物はモンスターボールなんかじゃない 無機質な感触だ

 刃渡りの長い出刃包丁 台所から持ち出した、ぎらりと輝く鋭利な凶器

 僕の右腕の中でちらつくそれは 料理目的で作られたようには到底見えなかった

 

 

「いや、始めるんだ」

 

 

 石を投げ込まれ、割れた窓から見えた朝日は眩しかった

 僕の虚ろな目でもわかるその輝きを 潰してやりたいとすら思った

 これは――そう 世界に対する復讐 人間とポケモン 両方に対する復讐

 

 

「お前らが僕達にして来た事を、全部やり返してやる」

 

 

 数日前に他界した母の代わりに

 無実の罪で投獄された父の代わりに

 夢も希望も命もその全てを絶たれた兄の代わりに

 

 

「――行ってきます」

 

 

 

 僕はこの手を汚そう

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01.衝動に身を任せた者の顛末

 

 柊 冬樹《ひいらぎふゆき》はこの上ない程に冷静だった。彼の過去15年に及ぶ短い人生の中で、一番緊張していなかったと言っても過言ではないだろう。

 まだ幼さの残る顔立ちだが、その眼窩には覚悟の光が宿っており、そして右の掌に包丁を握り締めているとあれば、彼が仕出かすであろう事を想像するのは難しくないと言う物だ。

 

「……」

 

 彼の心臓の鼓動は普段通り。休日の早朝という事もあって住宅街は閑静としている。朝の日差しが眩しい。もうすぐ冬を迎えようとしているというのに、汗でも掻きそうな位だ。人通りが無い事もあって、これ以上無い程に絶好の機会だが、決して焦る事は無い。

 何せ、彼がこれから明確な殺意を以てして挑もうと言う相手は、『ポケモンリーグのチャンピオン』に君臨した事のある男。殿堂入り――、という行為を成し遂げた、偉大なる存在。

 その相手の家の玄関に潜み、インターホンを押すタイミングを静かに伺っていたとしても、それは臆病なのではなく、慎重なだけだ。

 

(でも、ポケモンが強いってだけで――)

 

 人間は、脆い。

 例え皮膚が鋼鉄よりも分厚いドラゴンだろうが、包丁の一本二本を瞬時に溶かしてしまうような炎の怪物だろうが、モンスターボールから出てくる前に、トレーナーを殺してしまえばいい。

 

(貴方が強いわけではない)

 

 ポケモンに対する指揮力。瞬時の判断。命令の的確さ――それがどうした? 無意味だ。心の中で渦巻く負の感情を制御して、冬樹は一度深呼吸。感情を落ち着かせ、そして覚悟を決めた。

 

 

 ピンポーン

 

 

 高い音が響く。この家には男以外が住んでおらず、一人暮らしである事は有名な話なので冬樹の耳にも入っていた。だからこそ、この計画を実行する事を決意したのだ。

 朝早く、出るかどうか。寝ていたらどうだ? 一つ一つの疑問を制御して、声を待つ。もしくは、そのままドアが開く事を。あくまでも冷静に、感情的にならずに。

 

「……はい」

 

 やがて、声が聞こえてきた。ノイズ混じりのテンションの低い声。今起きたばかり、という所だろうか。何にせよ、ここまでは順調だ。

 

「朝早くすみません、速達です」

 

 なるべく大人のような声を出そうと、低い声を喉から振り絞る。不信感を持たれてはいけない。……最も、朝早くから自分が殺される、という事など、夢にも思わないだろうが。

 どたどたどた、と足音が近づいてくる。手に汗が滲む。どくん、と一度心臓が跳ねる。今までの光景が頭を過ぎる。足元がふらつく感覚に襲われて、よろけそうになる。

 

 

 でも、冬樹は堪えた。ここで失敗すれば全ての希望が潰える。世界の全てに復習をする機会を手に入れる為に、ぐっ、と両手両足に力を込めて、ドアが開くのを――待った!

 

 

 

「はいはい、今でま――」

 

 

 

 声が途切れた。

 突き出した右の掌に握られた、包丁の先端部分が、ずぶり、と嫌な感触を残して、まるで泥の中に沈んでいくように、吸い込まれていく。

 胸に突き立てられた、悪意の塊。少年の目には、後悔の念など一つも無い。無表情、という言葉がこれ程までに似合う表情は、他にないと断言出来るだろう。それくらいの、無表情。

 かは、と声が漏れた。無論、少年ではない。男の、表情を苦痛に歪ませた声。だから、少年は包丁を胸から引き抜いた。

 

「う」

 

 返り血が自らに降りかかる事など恐れずに、少年は引き抜いた包丁を再び男の胸へと突き刺す。二度の襲撃で、男の生命は風前の灯――、いや、既に絶命していたのかもしれない。

 

「ごめんなさい」

 

 一言だけ、口にした言葉は謝罪。

 恨みは無い。ただ、彼が殿堂入りという偉業を果たした、強者だったから――、それが、死因だ。

 ドアを大きく開き、ぐらりと倒れ込む男の身体を突き飛ばす。玄関に飲み込まれていく男から目を背け、振り返った冬樹の視界には、人影は見えなかった。

 

(……ここまでは、順調)

 

 音を立ててドアが閉まる。犯行は誰にも見られる事なく、完遂された。そこで始めて冬樹はふぅ、と大きく溜息を吐いた。

 羽織っていた上着を脱ぎ捨て、長ズボンを降ろす。返り血を浴びる事は予想していたので、ズボンは長ズボンと半ズボンの二枚を着てきていた。

 幸いな事に、靴下には血は付着していないようだ。靴には多少付着したが、黒い靴であり、赤い血液は特に目立つ事は無いであろう。

 

「……さて、と」

 

 一人暮らしで一軒家というのは、中々豪勢な物だ。チャンピオンともなると、相当の報酬が出るのであろうか? どうでもいい、と呟いて、死体に手をかける。まだ胸からは生温い血液が流れ、玄関のタイルを汚しているが、気にする事はない。

 服装は寝巻きではない。数分の待ち時間があったし、急いで着替えたのだろうか。腰元を見る。ビンゴ。腰のベルトに6個付けられた、モンスタボール。生前使用していた物だろう。恐らく、愛用のポケモン達が入れられている。……目的は、これだ。

 しかし、寝起きだというのに、身に着ける辺り、こういう事態に備えていたのだろうか? ただ、一瞬の内に起きた不幸に対処できず、命を落とした――それだけだ。

 

 ベルトごとボールを回収する。この中のポケモン達はトレーナーの死に気付いているのだろうか? わからない。が、今ここで無意味に出現させでもしたら、怒り狂って冬樹を殺そうとしてくるだろう。

 

 

 だからこそ、必要な物があった。

 

 

「さて、お次は」

 

 

 胸ポケット。そこには財布と一緒に、トレーナーカードが入っていた。名前は……ダイヤ。冬樹は知ってはいる。が、別に興味は無い、本当に欲している物はこんな物ではないからだ。

 

「漁るか……」

 

 彼は臆する必要も無く、靴を履いたまま家の中へ足を踏み入れる。もう、本来の家主はいない。命は、驚くほど簡単に、あっさりと、この世から絶たれてしまったのだから。

 

 

 

 残されたのは、絶望。

 




トレーナーデータ

なまえ:フユキ
おこづかい:3000円

手持ちポケモン

???:Lv94 おや:ダイヤ
???:Lv91 おや:ダイヤ
???:Lv90 おや:ダイヤ
???:Lv86 おや:ダイヤ
???:Lv84 おや:ダイヤ
???:LV??? おや:???


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02.永劫に刻まれた悲劇の序幕

 

 それから数十分程の短い時間――されど、冬樹の体感時間的にはとても長い――が経過し、一通り家の中を歩き回った冬樹は、ようやくお目当ての物を発見したのであった。

 

「普通にリュックサックの中にあったのか……、ま、飾ったりはしないよな……これ重要な物だし」

 

 先程まで血で濡れていた指先で愛しい物を撫でる様に、その感触を確かめる。すぐに手は洗ったが、中々落ちずに苦労した。結局妥協し、ある程度の赤みは許容範囲としたのであった。何事も妥協が大切である。少なくとも、ここにいる冬樹はそう考えて日々行動をしている。

 銀色のケースの側面に設置されたボタンを指先で押す。それだけの動作で、ケースは簡単に開き、中に収められた物体が姿を晒した。両腕で掻き集め、じゃらじゃらと手先でこねくり回して弄る。

 

「……これが、バッジ……ね」

 

 冬樹が欲していた物――それは、ポケモンジムと呼ばれる施設を勝ち抜いた者にのみ贈られる、ジムバッジと呼ばれる物であった。最も、この小説を読んでいる者で存在を知らない者はいないと思われるので存在は端折るが、要するに実力者のみに与えられる認定証。

 そしてそれは――悪用すれば、恐ろしい機能を秘めている。

 

「……こんな鉄屑一つで兵器を自在に操れるなんて、さながらミサイルの発射ボタンみたいな物かな」

 

 苦笑する。じゃらり、と手の上で音を立てる、8個の塊。

 ここで、この塊についての解説を挟もう。

 ポケモンは、基本的にモンスターボールを投げて捕まえたトレーナーにしか懐かない。つまり、他人と交換したポケモンは懐かないのだ。……至極当然とも言える。

 例を挙げよう。今まで相棒のように扱われてたポケモンが、ある日突然主人に別れを言い渡され、そのまま他人の下へと譲渡されたら。……新しい主人に、懐くか? ――否。

 最も、トレーナー自身のレベルが高ければ別だが、ポケモン自身のレベルを数値化して、50を超えるポケモンを懐かせられるトレーナーなど、数える程しかいないだろう。ましてや、レベルが80を超えたらどうだ? 最早、人の及ぶ範囲ではない。

 

「えーと、『全てのポケモンが命令を聞くようになる』ってバッジがあるんだっけか……はは、最早洗脳だな」

 

 そういった事態に対し、開発されたのがこのバッジ。実力を認めたトレーナーに対して与えられ、人と交換した高レベルのポケモンに命令を与える事が可能になる。

 

 

 忠実な兵隊の完成だ。

 

 

「あっけないな。そんなに一目を気にする必要も無かったかな? ……いや、バッジ手に入れる前に見つかってたらそこで終了だし……ま、結果オーライ」

 

 

 少年は、チャンピオンを包丁で殺害した。

 高レベルのポケモンを奪った。

 それを使役する為のバッジを手に入れた。

 

 

 最早、何も恐れる事はない。

 自分の手に握られた武力を、ただ思うがまま振るうだけ。

 

 

 

「リュックの中に色々入ってて助かったよ」

 

 

 ポケモンの技やステータスなどが判別できる、ポケモン図鑑やら、各種回復アイテムやら、地図やら、携帯食糧やら、色々なアイテムが収められたチャンピオン仕様のリュックサック。

 決して危険思想を持った人間には渡してはいけないような、恐ろしい兵器と便利なアイテムは……今ここに渡ってしまったのだ。

 

「そんじゃ、そろそろ行きますね。……この街を、壊さなきゃならないんだ」

 

 家主を失った家に挨拶し、バッジをズボンのポケットにしまう。持ってるだけで効果があるらしいので、これで大丈夫だろう。

 ベルトに収められた6個のモンスターボールの中には、高レベルのポケモン達。ダイヤというトレーナーが使役していたそれは、戦いの道具から破壊の道具へと変容していた。

 2Fから階段を降り、廊下をとてとてと歩く。

 

「貴方に罪があるとしたなら――」

 

 

 それは過去の記憶。

 数日、いや数週間前か。時間の感覚は、もう曖昧だ。

 街に買い物に来ていた冬樹に、投げられる重い物体。

 子供たちは嘲笑い、大人たちは冷ややかな目を送る。

 慣れた。痛みにも、傷にも、誰も助けてくれない事にも。

 何も悪くない。でも、悪い? 皆死んでしまえばいい。

 そこでばったりと途切れた石の飛来。

 歓声が上がる。冬樹の目には、かつて憧れた存在。

 テレビジョンで眺めた、チャンピオンの姿。

 

 

 

 彼は――

 

 

 

「僕を助けなかった事だ」

 

 

 冬樹を一瞥し、何事も無かったかのように人々に視線を戻した。

 彼には力があった。この無意味な迫害を止められるだけの。

 けれど、それはしなかった。

 人々に嫌われるのが怖いから。

 自分を慕い、尊敬する者達が一人の少年を庇う事で幻滅する事を避けたかったから。

 だから見過ごした。何も見なかった。たった一人の無力な存在を。

 

 

 ダイヤ。

 殿堂入りを果たした強い男は――少年の中で、かつて尊敬していた存在から、無価値な人々の仲間入りをした。

 

 

「恨みはないよ。僕だって、同じ立場ならやり過ごしたさ。助けたら、御礼が出るわけでもない。合理的さ。だって、街にいっぱいいるファンが消えるなんて、耐えられないもんね」

 

 

  彼は何も言わない。

 

 

「そんじゃ、貴方のポケモンで貴方の育った街を、貴方と過ごした人々を、貴方を愛した人々を――」

 

 

 

 

 

  彼は何も言えない。

 

 

 

 

 

「     殺します    」

 

 

 

 

 

  彼は何も知らない。

 

 

 





あとがががががががががき


今回の話はあまり内容進みませんでしたねー
次回からさくっと急展開になりますので見捨てないでくださいな。

 ついでに一言。



 彼は何も悪くない。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03.死神に魅入られた哀れなる凡人


ポケモンの描写なんて出来るだけの文章力がないので
ネットで画像なりを探してくれた方がイメージしやすいと思います……
今回登場のポケモンとかね。




 かんらんちゅうい
         ※


 

 靴を履きなおし、リュックサックを背負い、モンスターボールが取り付けられたベルトを腰に巻き、家を飛び出す。気分は清清しくも、憂鬱でも、なんともなかった。ただ、虚しい――自分がちっぽけな存在に見えて、自己嫌悪に陥った。

 話題を変えよう。リュックサックの中に仕舞った、赤いポケモン図鑑が記憶を過ぎる。図鑑としての機能だけではなく、所持ポケモンの数値化した強さやデータが見れるというのは、便利な物だ。

 

(ポケモン図鑑で見たステータス……レベル90超えって、やはりチャンピオンって凄いんだなあ)

 

 冬樹が子供の頃から、最高レベルが100とされてきた。1~100という数字の中で、90に位置する……後半も後半だ。彼が今自身の手で殺害した相手に憧れるのも最もな話である。

 朝の日差しが、場違いな程に照り付けていた。雑草が生い茂る庭を確かな足取りで進んでいく。手入れされていないのが丸分かりだが、どちらにせよもう主人が手入れする機会など永遠に来ないだろう。

 

「んー……」

 

 門を出た先で、全身に疲れが訪れる。倦怠感。だが気をとられている場合ではない。現状、一応は順調だ。懸念事項があるとしたら、奪ったバッジの効果が正しく働くかどうか。

 正確な情報など入手出来なかったが、不正に手に入れたバッジが果たして洗脳装置の役目を果たすのか? ――わからない。ただ、これ次第で最強の犯罪者、或いは間抜けな道化師のどちらかに傾く事になる。それははっきりとしていた。

 さて、どう試した物かな――、なんて事を考えていると、静かな住宅街に賑やかな声が響く。ここで初めて冬樹はびくり、と身を震わせたが、既に武力を手に入れた後だ。落ち着いて深呼吸をすると、不安は急激に冷めて消えた。

 

(……あれは)

 

 声の方角に視線を向けると、近づいてくる二つの人影。背後を向いたまま、笑いながら走る少年。それから遅れて、疲れたのか息を切らして笑いながら追いかける少女。

 其れを見た瞬間、どくん、と更に心臓が高鳴る。それから、にぃ……、と自分でも気付かぬ内に、邪悪な笑みを口元に貼り付けている事に気付く。

 

(よりによって、最初に出会うのが『こいつら』ってのは、神様……どう考えても、出来すぎじゃないですかね?)

 

 冬樹のような弱者を苛めて楽しむ人間がいる。

 こいつらはそのカテゴリに属する。

 もし一般の少年が苛められてたら、必ず復讐を決意する程非道な事を仕出かしてきた二人。

 しかし冬樹は、何も思わない。無関心。ただ、どうでもいい存在。道端の小石、あるいはそれ以下。暗闇に広がる黒。それくらいの、風景ですらない、無。

 

「……うわー! 朝から嫌な物見ちまったよ!」

「ほんとー! 絵里、ちょっと吐きそうっ」

 

 こちらを指差し、けたけたと笑う少年。そして、少年に追いつき、彼の横にぴったりと並んだ少女。こちらから見れば少年の左だが、向こう側から見たら右の位置。

 

「あ? お前何笑ってるの? ……気持ち悪ぃな……」

 

 そう言って、いつものようにモンスターボールを取り出し、地面へと投げつける。その動作で、球体からポケモンは姿を現し、冬樹を威圧するかのように、意地の悪い笑みを浮かべた。

 最も、このポケモンが冬樹を攻撃する事は無い。この少年が命令する事も無い。もしそうなれば、冬樹のようにトレーナーとしての資格を剥奪されるからだ。

 苛める側だからこそ、苛められる側に回る事を嫌がる。だから、この少年はポケモンを出し、威圧するだけ。苛めるのは、少年自体。

 

 

 ただ、この条件には、あくまでもトレーナー有利に働いている。

 もし冬樹が少年に反撃をした場合、トレーナーによりポケモンの使役が正当防衛として許可されているのだ。――生身のトレーナーに、軽い反撃を、だ。

 

 

(意味がわからない 何故平等じゃないんだ?)

 

 

 誰が決めたかそんなルール、ぶち壊してしまえばいい。

 全てのトレーナーに報いを。世界を、はじめからやり直せ。

 武器はもう、手に入れたのだから。

 

 

「へっ、いつも通り怯えたらどうだ? この宗次朗様のブーバーンにな!」

「きゃー! 宗くんかっこいいー!」

 

 

 体感温度が5度は上がったように感じる。むわっ、とした熱気が身体を包む。赤と黄色で構成されたデザイン。一言で説明するのなら、巨漢。

 真紅の炎に燃え盛る頭。両肩からはキャンプファイアーのようにごうごうとやはり炎が輝いており、そこから腕へと進むと、大砲の筒のような、奇妙な両腕が見える。赤と対比するような見事な黄色のそれの真ん中には、手錠のような黒い輪が填められている。

 卵のような胴体に赤と黄色のコントラストが斜めに塗られており、ピンク色の足は細くは無い物、太い胴体を支えるのには力不足な気がしてならない。よく支えられる物だ、と冬樹はいつも感心した。

 ブビィ、ブーバーの進化形、ブーバーン。炎タイプ最強候補の一角と呼ばれるだけはあって、十メートルは距離があるというのに、その熱気は収まる事を知らない。

 宗次朗を庇うかのように前方に現れたそれは、不愉快その物な顔で冬樹を威圧していた。

 

 

「……で?」

 

 

「あ? 何か言ったか?」

「はっきり言いなさいよ、あんたの声なんて聞きたくないけどね! くすくすくす……」

 

 

 宗次朗という少年は、若干14歳ながらこの街では相当な実力者だ。ブーバーン一体を育て上げた彼は、いつかはチャンピオンになると将来を期待されていた。

 その宗次朗を――自分に石を投げ、泥を投げ、嫌がらせと暴力を繰り返した存在を――冬樹は心の奥底で憎んでいた。当たり前だ。いくらどうでもいい存在と言い訳しても、人間の持つ最も重要な感情――負の感情を抑えられる訳も無い。

 

 

  今、冬樹の思考のほぼ全てを占めていたのは

  どうやって、この男に復讐をしてやるかという一点

  一番苦しむような方法で、復讐の心を抱かせてやる

  そう考えが浮かんだ時には、彼の脳細胞は動き出していた

 

 

「何時までも調子に乗れると思うなよ」

 

 

 だから笑った。

 そこで初めて、冬樹は歳相応の、屈託の無い笑みを見せた。

 

 

 腰に巻きつけたボールの一つを手に取り、空高く、投げつける。回転が加わり、ふわり、と宙に舞う球体。

 宗次朗、絵里の両名は勿論口をあんぐりと開けて驚いていた。今までポケモンを持たず、苛められていた存在が……、ポケモンを持っている? ――それだけで、驚くのは充分だった。

 

 

(それじゃあ――)

 

 

「なっ お、おまえ――」

「そ、それってダイヤさんの――」

 

 

 

 言葉なんて、喋らせない。

 

 

 

       「お前はまず死ね」

 

 

 

 

  微かに風がうなるような音が鼓膜を通過した。

  擬音で表すのなら、ごぉ、とかぶわ、とかそんな音。

  頬を伝う風圧は、秋の到来を感じさせてくれるような、不気味な程にひんやりとした風。

  前方のブーバーンの熱気に当てられた体温が、下がっていくのが感じられた。

  唐突。あまりにも唐突に、そして違和感無く放たれたそれが自然現象などではなく攻撃だと気付いたのは――何か、液体のような物が宗次朗の右横から飛来してきてからだった。

  右横。右横。右横。

 

 

「……え?」

 

  

 右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。

 右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。右横。

 

 

「……え?」

 

 

 右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横

 右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横

 右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横

 右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横右横

 

 

 

    そこには――

 

 

 

              ――何が"居た"?

 

 

 

「エアスラッシュ」

 

 

 

 冬樹の口から技名が宣言されたと同時に――

 

 

 

「あ、ああ。あ、あああああ? ――ッ!! 

 

 

  あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 頭から股先まで、文字通り、縦一文字に真っ二つに切り裂かれた絵里という少女が、宗次朗という少年の絶叫を合図としたかのように、血と臓物を撒き散らして崩れ落ちた。

 

 

 




00~03
甲:マーマレード・パレード
おわり


04~07
乙:ハイテンション・ジャンクション
つづくよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乙:ハイテンション・ジャンクション
04.滑空する狂気と殺意の華炎




 かんらんちゅうい
         ※


 血液と脳髄の入り混じった液体が器を失い、本人の意思など関係無しに空間へと撒き散らされていく。断末魔を上げる暇など無く、一瞬の内に絶命した少女は、その鋭利な切断面から臓物と肉片を零れ落とし、アスファルトへと倒れ込んだ。

 広がる血溜まり。少年の絶叫。ぴくりとも動かない死体。早朝の日常は、一人の少年と彼が使役するポケモンの手によって、非日常へと変貌を遂げたのだ。

 

「おー、ちゃんとバッジの効果ってあるんだなあ効かなかったらどうしようかと思ったけどなんというか凄いなあ心の中で念じただけでそれが命令になるって洗脳装置とかそういうレベルじゃなくてもう意識をポケモン自体に伝えてくれるみたいな感情自体がトリガーとなってますのようなだって僕が技名を口にする前に攻撃が発動してそこにある物体が出来上がった訳なんだから凄いよねこれってはははポケモン図鑑って便利だなあポケモンが覚えている技もステータスと一緒に分かるなんて発明した人はノーベル賞取れるんじゃないのっていう完成度なんだそれにしても今まで自分を苛めてたやつを殺しても嬉しいとか思わないってのは僕が冷め切った人間だからかな?」

 

 普段冷静な彼が、嬉々とした表情を浮かべて饒舌になるのは珍しいといった物ではなく、数年に一度あるかどうか、というくらいであった。

 それだけ、彼は興奮したのだ。自分の意思でポケモンを動かす事が出来た、それも、技名を叫ぶ前に、心で念じた技が繰り出された事に対して。

 最初にポケモンを手にし、バトルに臨んだ時のような、わくわくとした、子供心。それが今、彼の心に『再び』芽生えたのである。それに比べれば、目の前のどうでもいい存在が死んだ所で、なんら彼の気持ちには影響しない。

 

「う、う、うううううううううううう!!」

 

 其れに対し――宗次朗という少年が見せた感情は、憤怒という言葉その物であった。阿修羅のような形相で、身体の右半分を血で紅く染めた男は、歯を食い縛り、ただ唸っていた。ブーバーンを超えた先に存在する、人殺しとその道具に対して。

 それは人間として至極当然の感情であろう。自身の横で、友達――あるいはそれ以上の存在――が殺されたのだから、これで憎まないというのは聖人としか言い様が無い。彼は聖人とは程遠い存在であった。

 

「ころすっ! 殺す殺す殺す殺すころころころころころろろろろろろろろろろろろろろろ!」

「あらら、何言ってるかわからないよ」

「殺すッ!!」

 

 目元にうっすらと涙を浮かべて、感情のままに叫ぶ宗次朗。其れを冷ややかな目で見下す冬樹。一変して冷静さを取り戻した彼の頭脳で考えるのは、必ず誰かが来るだろう……という事だ。

 早朝からあれだけ大きな声で叫んだのだから、間違いなく人がやってくる。そうした時に、ポケモンに命令を下した経験が然程無い自分が対応できるかどうか。ポケモンは強かろうが、自分はまったくの素人――冬樹は恐ろしい武力を手にしてても、いや手にしたからこそ――あえて、臆病なほどにあらゆるパターンを想定しているのだ。

 

「あいつ『ら』を焼き尽くせ!! ブーバーン!!」

 

 その命令を受けて、今まで無反応だった炎の化身、ブーバーンがぎろり、と目の色を変える。其れを見て冬樹は溜息を吐いた。

 ポケモンは友達でもなんでもない。ただ、ボールの中に閉じ込めて、命令を下して操っているだけ。だから、主人の大切な人が殺されようと、微動だにせずに命令を待つのだ。その事が――冬樹には悲しかった。どれだけ相棒だろうとなんだろうとのたまおうと、所詮は道具、いや、奴隷に過ぎないという事をブーバーンの態度から理解したからだ。

 

「残念ながら僕は死なないよ」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! 最大火力で大文字だッ!!」

 

 ブーバーンが筒状の両腕を前方の冬樹に標準をあわせ、突き出した。左右の先端部が打ち付けられ、かたん、と機械のような音を立てる。右膝を曲げ、左足を後方へと下げて体勢を保え、構えを取る。

 その動作を目視してから冬樹は顔を上げ、彼の真上でせわしなく羽を動かしているポケモンを見つめ、首を傾げてから、誰も答えを出す事の無い疑問を、ぼそりと口にする。

 

「えーと……このポケモンって他の技何覚えてたっけ?」

 

 け、という一文字が空間に溶け込むのと、ブーバーンと呼ばれた巨漢の両腕から荒ぶる業火が放たれたのは、刹那の狂いも無く、同じタイミングであった。

 轟音。例えるなら太鼓を強くバチで打ち鳴らしたような、戦場で砲弾が放たれたような、全身を内部から襲うような衝撃に反射的にびくり、と身体を震わせた冬樹。

 その眼窩が捉えたのは、自身目掛けて飛来する炎の塊。螺旋を描くように回転し、空気をその熱で焦がしながら、距離を詰めて来るそれは、当たれば必死。一瞬の内に体中の水分が蒸発し、黒く炭化してしまうだろう。

 大文字。数多く存在するポケモンの『技』と言われる攻撃や補助の手段の中で、これはガチが幾重にも折り重ねられるような、圧倒的な攻撃技。炎技の中でも上位に君臨する、弱点を付けば相手を一瞬の内に相手ポケモンを一瞬で瀕死に追い込むような、あまりにも強力過ぎる攻撃。

 それが人間に放たれた、つまり――この瞬間、ポケモントレーナーの中では禁忌とされる、人間への攻撃を宗次朗は命令してしまったのだ。

 

「ポケモンって怖いね……ああ、そうそう……覚えてたのは――」

 

 怯む事は無い。冬樹の真上で羽音を立てているそれを信用しているからであり、その炎を掻き消せるだろうと確信していたからだ。

 ポケモン同士のタイプ相性、自然現象、そういう概念全てをぶち壊してしまうかのような、圧倒的な力量があると、確信していた。だから、顔を背けてしまうような熱風が訪れようが、彼は避ける動作などせず、その場に身動ぎせずに留まる事を選択した。

 すっ、という擬音が相応しい、自然な動作で突き出された人差し指。びし、と業火に突きつけ、そして――、放つ。言霊を。

 

 

「むしのさざめき」

 

 

 ざわ、と風がさざめいた。冬樹の手前まで訪れていた灼熱が、一瞬揺らぐ。そして、次の瞬間には揺らぎが水面に広がる波紋のように、激しく、重なり合っていく。

 炎の壁が、削られていって。さざめく風の音が、ごうごうと燃え盛る炎の音を掻き消していって。羽ばたきから広がる風圧が、全ての熱を無に還して行って。

 ざざざざざざ、とノイズのように激しく広がる旋風は留まる事を知らない。それが攻撃技なのかどうか分からなくなってしまう程に、美しく、広がっていくさざめき。

 避ける必要など無かった。ブーバーンとそのポケモン――メガヤンマとの間には、比べ物にならない程に実力差がありすぎた。

 

「ば、ばかな――」

 

 唖然とした声で、目の前で展開された光景に驚きを漏らす宗次朗。その表情は憤怒から一点、驚愕に歪み、だらしなく口を開いていた。

 

「最大の火力なのに――炎タイプの技を、虫タイプの技で消し去った……?」

「そりゃそうだよ。ステータス画面で見たレベルは、84。手持ちの中で一番レベルが低いと言えど、そこらの雑魚に比べては失礼という物だ」

「お、お前のポケモンなんか……じゃ……ないっ!! それは、ダイヤさんのポケモン、だ……! どうして、お前なんかが扱える……!? そもそも、何でダイヤさんのポケモンを――」

 

 

「僕がそのダイヤさんを殺して奪ったからに決まってるじゃないか」

 

 

 その一声が、静寂を生み出す。

 あまりにも無慈悲に、あまりにも残虐に、心を抉る一声。

 宗次朗という少年が憧れ、尊敬していた存在が――死んだ。

 

 

「う、うそだ」

 

 

 真っ青になった顔とぱくぱくと震える唇でようやく紡ぎ出した言葉を、冬樹は一蹴する。

 

 

「嘘じゃないよ、玄関見てみれば? 包丁で、こう……ぶすり! と刺してね。即死だったんじゃないかな? あ、でも包丁引き抜く時に声出してたから即死じゃないな」

「え、絵里だけじゃなくて、ダイヤさんまでも殺すなんて……糞、くそくそくそくそくそ!! お前みたいな屑がああああああ!! 許さない、絶対に許さない!! 焼き尽くした後に焼き尽くして焼き尽くしてやる!! 炎を飽きるまで浴びせてやる!!」

「あらら、実力差をはっきりとさせたつもりだったのに、懲りずに向かってくるのかー。というか悲しんだり、怒ったり、真っ青になったり、また怒ったりって忙しいね」

 

 その発言で完全に抑えが効かなくなった宗次朗がブーバーンに命令を下そうと口を開いた時――

 

 

 

「ひ、ひゃああああああああああああああああああ!!!!????」

 

 

 

 彼を停止させる、第三者の絶叫。

 宗次朗の背後から突如現れた、場違いな存在は、絶叫やら何やらに釣られてやってきた近所のおばさん、と言った所だろうか。

 

 

 

 

「えーと、あんたも邪魔」

 

 

 

 邪魔。それだけの理由で――冬樹は、命令を下した。

 

 

 

「エアスラッシュ」

 

 

 メガヤンマと呼ばれた、ポケモンが羽ばたきを強める。緑色の人間以上に巨大な外見はまるで蜻蛉、いや蜻蛉(とんぼ)その物と言えるだろう。特徴的なのは目元。まるで眼鏡を掛けた様な洒落たデザインは、昆虫には相応しくない。そして更に特徴的なのは頭から首筋、胴体に掛けてステゴザウルスのような棘が3つほど存在している事だろう。尻尾の方にも一つ存在している者を含めれば4つにもなるそれは、蜻蛉(とんぼ)には相応しくない。そして六本存在している獲物を掴むのに使うのであろう腕は、いかにも昆虫です、という事をアピールしていた。

 白と赤の特徴的な羽から放たれた衝撃波。少し羽ばたきを強めただけで放たれたのは、殺意を秘めた攻撃。先程、年端もいかない少女を惨殺した風の刃が次に標的として選んだのは、第三者として選ばれた、何ら罪の無い存在だった。

 

 

「な、なに、なによこ」

「れ。多分言えなくなったと思うから、僕が代わりに言っておいたよ」

 

 

 正確な狙い。正確すぎて怖いほど。幾分の狂いも無く真っ二つにする、その的確さに冬樹は舌を巻く程であった。……そして宗次朗は、次々と訪れる死があまりにも非現実すぎて、脳が麻痺し、背後でおばさんが死んだ、という事実を受け入れられずにいたのだった。

 

 

「……さて、ここで宗次朗クンに質問だ。僕は君をいつでも殺す事が出来た。それこそ、機会は100を超える。ただ、命令するだけで絶命させる事なんて、メガヤンマには余裕だからね」

「……」

「あらら、だんまりか、何か返答して欲しい物だよ。僕を睨む気力が残ってるのならね」

「黙れ……」

「聞き飽きた。黙れ。うん。黙らないよ。……さて、質問を続けよう。何故、僕は君を殺さない? そこのブーバーンを真っ二つにしない? ……答えは簡単だ」

「黙れ……!」

「残念時間切れ。……その答えは」

「黙れよ……ッ! もう……!」

 

 

 

 楽しげに、満面の笑みを意図的に作って、冬樹は言葉を紡いだ。

 

 

 

「君自身に、この街の人間の殺しをしてもらおうと思ってね」

 

 

 






手持ちポケモン


メガヤンマ:Lv84 おや:ダイヤ
 エアスラッシュ ???
 むしのさざめき ???

その他のポケモンデータは02参照の事。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05.谷底に沈むは慈悲を求めた掌



始まりは湾曲された報道だった
この物語の第二の悲劇があるとしたならば
それは無実の罪で破滅に追いやられた僕達家族の件であろう

テレビや新聞に映し出された
捻じ曲げられた真実に似せられた嘘
その報道は有無を言わせず白を黒に塗り替え
無実の父親は大勢の命を奪った虐殺者へと
平和な家庭は大勢の人々から迫害されて
石を投げられた 暴言を吐かれた
脅迫の電話は鳴り止まなかったから電話線を切った
ポストは恨みを書き連ねた手紙で埋まった

「お前って『もう』ポケモントレーナーじゃないんだろ?」
「あんな人殺しの子供と喋ってはいけません! 恐ろしい血が流れてるんですからね!」
「お前らのような奴等に売る薬など無い!」
「返してよ! 私のお父さんを、返してよ!」
「あはははは! 見ろよ、何やっても逆らって来ないぞ! 石もっと投げてやろうぜ!」



  そして



「……もう、俺は疲れたんだよ、冬樹」



  第三の悲劇があるとしたら





 

 

「君自身に、この街の人間の殺しをしてもらおうと思ってね」

 

 

 宗次朗は最初、何を言われたのか理解が追いつかなかった。困惑する頭の中で、表情を驚きに塗り固めて、それから何度も言葉を繰り返し記憶から再生させて、ようやく意味を理解する。

 

「こ、殺し――俺が、殺せって、言うのか」

「正確にはそのブーバーンに命令を下して街を焼き尽くして欲しいんだ。こうやってメガヤンマのエアスラッシュで一々切り刻んでたら、それこそ日が暮れちゃうし」

 

 絵里と呼ばれた少女。叫びに反応してやってきたおばさん。二人は血の海に深く沈み、ぴくりともしない。鋭利な切断面から覗く骨の断面は、いくつもの線と点で構成されていて、視界に入るだけで何故か宗次朗の喉下に吐き気を覚えさせた。

 

「な、なんで俺がやらなくちゃいけない」

「天秤にかけてくれ。君とブーバーンの命。これに君の家族も入れていい」

「か、母さんや父さんは関係ないだろ!」

「ううん、関係あるよ。……無罪の父親が逮捕された影響で、とある平和な家族は街中の、いや、この地方中の人達から恨みの対象とされた。僕達は何もしてないのに。……だから、君が僕を苛めた罪を、僕は何の関係も無い――君の家族に負わせるんだ」

「ふざけるな――」

「まだそんな事が言えるんだね。メガヤンマのエアスラッシュひとつで、君もブーバーンも、あらら不思議、真っ二つにずばしゃあん、と血を撒き散らして地獄行きだというのに」

 

 すっ、と指先をブーバーンに向けると、ひっ、と情けない声を出して、宗次朗は後ずさりをした。膝が震えている。目元にはじわり、と熱い何かが込み上げてきていた。

 

「そして――それ以外の命だ。この街中の人間と建物とそれからポケモンを焼き尽くしてくれればいい。ただそれだけ。簡単だろ? 命が惜しかったら、全部燃やせ。単純明快に気分爽快も加えよう」

 

 

  「ね―― 宗次朗クン?」

 

 

「あ、ああああ、なんで、俺が、そんな事を」

「ハンムラビ法典の有名な条文。目には目を、歯には歯を。今風に言うのならやったらやり返されるって奴かな? ……それと、僕の場合には、痛みには痛みを――

 

 

                ――死には、死を」

 

 

 今まで薄ら笑いを浮かべていた冬樹の表情に残されたのは、これ以上ないという程に、強い激憤。虚ろな瞳に反射する、負の感情に圧倒されて、宗次朗は何も返答出来なかった。ただ、膝をぺたん、と地に落として、目を逸らすのが精一杯だった。

 

「……ま、その話は今はいいんだ。大事なのは! 君が! この街を! 焼き尽くして焼き尽くして業火の限り荒ぶって灼けた世界で包み込んで――それでいいんだ」

 

 熱弁する冬樹の顔には仄かに紅く染まっていて、上機嫌だという事が誰にでも分かるようだった。俯き、最早涙が溢れて止まらない宗次朗。対照的に、晴れ晴れとした笑顔の冬樹。……朝から騒ぎっぱなしで人がまだ一人しかやってきていないのはおかしい、と思うかもしれない。

 だから、ここで更に第三者がやってくる。いや、やってきた。更に表現を変えるなら、やってきていた――そう、もう既に、宗次朗の後ろに、罪の無い(冬樹に言わせれば存在が罪であるが)一般人が――

 

「そ、宗ちゃん……これは一体……」

「おやおや、真っ青になって喋らないから、これまでずっと僕が延々と喋ってた甲斐もあったかな? ……少し前から後ろにいた……お爺さん」

「え……」

 

 半ば土下座に近い体勢で這い蹲っていた宗次朗が反射的に振り返ると、そこには杖で支えをしないと歩けないような、弱弱しい老人の姿があった。

 この光景は、衝撃に衝撃を重ねて、衝撃でデコレーションしたような、非日常が弁当箱一杯に詰め込まれた、そんな光景だろう。真っ二つになった人間なぞ、そう簡単にお目にかかれる物ではない。それも、なんと二人だ。いや、もう二体か。死体は人ではないのだから。

 

「さて、宗次朗クン。決断の時間だ。君はそこの老人をブーバーンに命じて焼き殺し、生き長らえるか。それとも、手を下せないと偽善者のような事を言い張って、ブーバーンと一緒に、一瞬の内に絶命するか。あ、勿論老人もセットね。目撃者はまあ一応消しておきたいし」

「う、ううううううう」

「制限時間5秒。あ、でもいいよね。だって自分が殺すんじゃないんだもの。ポケモンという便利な兵器かつ道具にやらせればいい。僕のように自分で人を殺害しないと言うのは、案外精神的に楽なのかもね」

「いあああああああああああ」

「おっと、つい面白くて僕にしては饒舌になってしまった。いやあ、人を殺すのなんてちっとも面白みが無くて快楽殺人鬼なんてのに唾を吐き掛けたい気分だよ。こうやって人を上手く扱って絶望を伝染させていく方が、とっても楽しい。楽しすぎる。だからこんなに舌が動くんだ。溶け掛けて零れそうなアイスを必死に舐めてるような舌の動きってのが自分でも分かるよ」

「この異常者……気狂い……お前は、どうしようもない、最悪な人間以下の存在だ……」

「あらら、もう僕を侮辱するまで回復したんだね。いやいや、そんな事言う暇があったら漫画の登場人物みたいにその絵里って子の亡骸を抱えてあげたらどうかな? ま、二つに分かれた物を抱えるのなんて金魚掬いを左手でするくらい難易度高いと思うけどね。僕としては。だって、右半身と左半身、どっちにしようか迷っちゃうもんなあ! 僕だったらどっちかなー? あ、顔が苦痛に歪んでない方がいいな! でも其れは無理! だってその絵里って子、どっちも顔がこの世の物とは思えないくらいに「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

 掻き消された言霊。これまでで最大の咆哮。喉から血が出るか、というくらいに振り絞られた『あ』という言葉は、叫び終わった後に奇妙な静寂を残した。

 

「……じゃ、5秒前」

 

「なんで、なんで、なんでこんなことになった」

 

「4、あ、メガヤンマ準備しといてね。エアスラッシュ三連の」

 

「絵里……なんで、死んだんだ」

 

「3、なんか臭いと思ったらそこに死体、漏らしてない?」

 

「う、うううううう」

 

「2、勿論真っ二つの方。あ、両方か。そうだね、少女の方だよ」

 

「俺は……お前みたいに、死にたくない……やだ」

 

「1、それでは決断を」

 

「分かったよ尾おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!???? やる! やればいいんだろおおおおお!!!!!!!!!!! 生きたい! 俺はやだ! 死にたくなんてない!! 怖いんだよ、そのメガヤンマが!! ダイヤさんが鍛えたポケモンに、勝てるわけが無いんだ!!!! もうやだよ!!! でも、死にたくない!!!!!!!!! たすけてたすけてたすけてたすけて――」

 

 

 

  ――少年は、堕ちた

     ――悪魔の、誘いに

  ――生命を、護る為

     ――老人を、生贄に

 

 

 

「じゃ、ブーバーンに命じて炭火焼にしてくださいな」

「そ、宗ちゃん……これは、どういうことな」

「ぶうばあああああああああああんんんんんん!!!!?? 俺の後ろにいるジジイをおおおおおおおおおお!!!!??? 大文字で炭火焼にしてしてしてしてしてしてしてえええええ!!!!???? お願いだ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼」

 

 

 ブーバーンは躊躇いなどしなかった。炭火焼にして、という一文が唇を飛び出し、空気を振るわせた刹那、ぐるり、とその細い足を交差させるように捻り、俊敏すぎる程の動作で振り返った時には、既にその両腕の筒状の兵器が構えられていた。標準は言わずもがな、老人。

 え、と老人が顔を恐怖に歪ませた時には既に遅かった。炎に弱い人間を一瞬で灰塵に還してしまう、圧倒的かつ無慈悲な殺意が、距離を喰らい、間一髪地面に激突するか否かという幾分の狂いも無いかのような、計算された攻撃が、速度と勢いに支えられて、滑空する。

 避ける事など、出来る筈もない。だって、相手は杖で身を支えた老人なのだから。その、嘘だと疑って、夢だと信じ込んで、現実だとありえないと鼻で笑うような、光景なんて、全部、蜃気楼だ。そう、駆け巡る走馬灯の片隅で無意識に感じていた。

 だから、目の前を覆いつくしていく紅蓮の塊が、その身を飲み込み、恐怖に駆られて喉から飛び出した叫びが喰らい尽くされるまで――、老人は、この世の物とは到底考えがたい灼熱の激痛を全身で味わい、そして――肌色を黒一色に塗り替えて、ものの数秒で絶命した。

 

 

 

「あ、ああああ、ごめ、ごめえええ、ごめんなさぁい……」

「……さて、始めようか――」

 

 

 

 これは火葬だ。

 そう、火葬なのだ。

 冬樹の、葬式すら開かれずに埋葬された、母に対する火葬。

 

 

 

「逃げ惑え、そして死ね。僕の手ではなく――この街の期待株、宗次朗少年に身を焦がされる恐怖に悶えて、そして死ね」

 

 

 

 街全体を標的とした殺戮劇の幕は、止める手立ての存在せぬまま進行していく。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06.愉悦に融ける住宅街の円舞曲

 

 

「君は選択が出来る人間だ。偽善者ぶって何も行動せず、僕は出来ませーん、うえーん、……なんてくだらねー泣き言吐くなんて、あまりにも無価値な行動だ。貴重な休日を疲れてもいないのに、一日中眠って過ごす程に無価値なんだよ。だって、それは自殺と同意義なんだから。

 そもそも、大事な相棒と一緒に死ぬなんて馬鹿だよ。どちらにせよ老人は殺されていたのだから、その巻き添えを食らうよりも生き残る道を選ぶという選択をするのは当然であり、賢い行いなんだ。……最も、それは脅されたとはいえ、僕と同類になるという事だけどね」

 

 さて、と冬樹はそこで饒舌を止め、住宅街のあちらこちらを見回す。あれだけ叫んだと言うのに、あまり人が見えないのは余程平和ボケでもしてるのだろうか。……何処か、自分を見ている人間がいないか――、冬樹は家を見回し、そして何軒かを視線からはずした所でようやく見つける。窓からこの光景を見下ろし、青ざめた青年の姿を。

 にぃ、と悪意に満ち溢れた笑みと共に右手を振ってやると、青年はばっ、と後ずさりして、忍者かと見間違えるような俊敏な動作でカーテンが閉められた。わーお、と感嘆の声を上げる冬樹の屈託の無い笑顔は、宗次朗の眼窩にはまるで道化師のように映って見えた。

 

「んじゃ、そこの傍観者みたいな雑魚キャラAの家を燃やしてくださいませ。さもなきゃ右腕から順にエアスラッシュで輪切りにしてやる。そんでブーバーンの炎でイカリングみたいにするよ」

「……」

 

 地べたに這い蹲り、泣きじゃくっていた少年はおもむろに起き上がると、アスファルトに接して汚れたTシャツの胸部分で顔をぐしゃぐしゃと拭い、それから鼻を啜った。

 

「……本当に」

「うん?」

「本当に――俺とブーバーン、それから! おれのがぞぐも……助けてくれるんだろうな!!」

「……君の出方にもよるよ」

「……わかった」

 

 その目に、恐怖の色は見えようと、戸惑いの感情はもう無かった。彼は精神的に追い詰められて尚、崩れる事はなかった。どんなに惨めで、どんなに犯罪者と攻め立てられようと……死にたくは、無かった。家族を、殺されたくは無かった。もう、絵里のように大事な人が死ぬ姿を、見たくは無かった。

 例え――それ以外の人間が、どれだけ業火に身を滅ぼそうが、今の覚悟完了した彼の前には、興味すら覚えられぬ事であったのだ。

 

(醜い。人は醜い。死にたくないという一念だけで、こうも簡単に人殺しの覚悟を決められるのだから。……その道具に使われるポケモンが、一番の被害者なのかもしれないけど……ねっ)

 

 うっとりとそんな事を考える冬樹の耳に、轟音が何度も木霊する。一度、二度、三度。聞き慣れ始めたその音の出所は確認する必要も無かった。直線状に放たれる砲弾のような炎の塊は、青年の家を直撃し、家具とか思い出とか、そういうちっぽけな物を焼き払って、焼き尽くして、無へと変えて行く。

 その光景が――冬樹の目には、なんとも非現実的な物に映って、もっと見てみたい、という感情へと昇華されていく。自分が直接手を下さず、相手に行動させている、というのも気分が清清しくなる原因の一因だった。自分を苛めていた人間が大量殺人者になるというのは、物凄い転落人生っぷりで、清々した。

 

「一軒だけじゃ物足りないなあ。もっとこう、エレクトリカルパレード! どーん! みたいな光景が見たいから周りの住宅全部焼いちゃってー……あ、僕に向かって撃ったらその瞬間惨殺だから変な気は起こさないように」

「……ダイヤさんの家も、か」

「うん。漁ったけど役に立ちそうな物はあらかた強奪してきたからもういいよ。見る? ポケモン図鑑とか。このメガヤンマのレベルの高さに驚愕すると思うよ」

「……勝てないのは、百も承知だから、もういい」

 

 虚ろな瞳に、感情はあるのかどうか、判断するのは難しかった。動かされる指の先で、次々に上がる火の手は、やがて辺り一面を焦がして、煙を発生させる原因となっていた。

 

「火事だあああああああああ、燃えてるぞおおおおおおお」

「ひいいいいいいいい、なんで!? 何があったの!?」

「朝っぱらから何の騒ぎだ……って、なんだこりゃああああああ!」

「た、たすけ……ひ、腰が……あ、かみ、かみさま、ああああ」

 

 絶景。

 絶句。

 絶叫。

 絶望。

 

「……これで、満足かよ」

「わー、綺麗な景色だねー……、はい、心にも無い言葉を吐いた所で僕はもう行くよ」

「……え?」

「だって熱くなって来たし煙とか吸いたくないし。ま、君は適当に家を燃やしながら逃げ惑う人々を灰にしちゃってください。当然、役目を放棄したら君の家族は……」

「わかってるよ!!」

 

 その一声と共に放たれた火焔が、先程の青年の身を包み込んだ。家が燃え、道路に飛び出してきた途端の出来事であった。一瞬だけ絶望に濡れた断末魔を振り絞って、彼は天へと召された。遺体は原型という表現をハンマーで粉々にしたような、とにかく原型をとどめていない、無残な姿だった。

 

「……よろしい。では、役目を果たしてください。……メガヤンマ、背後から攻撃してきたら反撃よろしくね」

 

 もうそんな気力は無いと思うけど、と捨て台詞を残し、宗次朗に背を向けてゆったりのんびり、マイペースに冬樹は道を歩き出した。去り行く背中に、少しずつ小さくなっていく影に、宗次朗は――攻撃の命令を、下す事など出来なかった。

 悲鳴と絶叫が折り重なり、一つのオーケストラを構成する中、宗次朗はせわしなく命令の声を張り上げた。ブーバーンという配下はそれに応じ、次々に焼き払っていく。

 

「お、おまええええええええええええええええええ」

「……ッ!! もやッせえええええええええええ!!!!」

 

 鬼気迫る声を張り上げ、筋肉質なポケモン――ゴーリキーと共に特攻してきた、Yシャツ姿の中年男性を一瞬の内に物質変化させてからぐるりと180度身体を回転させて、住宅街から去ろうとする親子に炎を贈って。確実にその身を焦がしたのを確認してから、宗次朗は自身に怒り狂って特攻してきたトレーナーと、彼らが使役するポケモンを首をせわしなく動かして視認し、コンマ一秒の遅れも無く、最適な動作で薙ぎ払った。

 

「ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ――」

 

 頭脳が冴え渡る。目の前で黒炭になった人々を突き飛ばし、更に火の手を強めていく。くそ、手数が足りない。まだ、まだまだまだ。誰も逃さない。全部焼き尽くせ。焼かなければ、命が危ないのだから。誰の? 勿論自分さ。後家族。それ以外の命? 知らない。興味ない。だって他人。焼いて焼いて焼き尽くす。あれ、なんだか楽しくなってきた。忙しさが、なんとなく楽しいんだ。なんだろう、この感情。自分でも知らない内に、なんだか――人を燃やすのが、楽しくなってきた?

 

 

「燃えてしまええええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!!」

 

 

 彼の心の中に――僅かばかりの、人を燃やす快感が生まれたのは、丁度その時だったのだろう。

 その考えを振り払うように、絶叫に次ぐ絶叫を重ね、ただ、目の前の作業に没頭した――

 

 

――

―――

 

 

「成り行きとはいえ、まさかこうも面白い展開になってしまうとは思わなかった。ね、君もそう思うでしょ、メガヤンマ」

「……」

「反応してくれって!」

「……」

 

 勿論ポケモンが喋る筈も無く、真上のメガヤンマに向かって突っ込みのチョップを入れる冬樹の姿はあからさまな変人として映っている事だろう。ただ、彼の周りに人はいない。逃げ惑う人々は皆、宗次朗の手によって、綺麗に(炭化した状態ではある)掃除されていたからだ。

 

「あのブーバーンって何レベルくらいあったんだろう。ダイヤって人、炎タイプのポケモンいなかったから……ちょっと欲しかったな。ま、いいか」

 

 そこまで一人ごちて、ふと振り返る。空にもくもくと昇っていく煙。赤い炎が空気を揺らして少しだけ幻想的。耳を澄ませば、静寂の中に少しばかりの悲鳴と絶叫がバックコーラス。少し遅れて、爆音の効果音のおまけ付きだ。

 

「……自分の大事な物の為ならば、全てを投げ打てるのが人だ。人は殺してはいけません、そんな事、誰が決めた? お偉いさん? いるかもわからない神? はっ、なら人じゃなきゃいいのかよ、って話にならないかな。だってそうでしょ、僕達は日々牛や豚を殺してハンバーガー! テレッテー! とかやってるけど、それだって殺しさ。要殺しは悪い事じゃない。だってそうだろ、そうじゃなきゃ僕達の食事は栄養価の低い野菜だけになってしまう。僕は御免だね」

 

 再び饒舌を取り戻した冬樹がそこまで語って、息継ぎと深呼吸を何度かしてから、言葉を紡ぎ始める。

 

「理性が保っていた時代はもう終わりだ。こんなに恐ろしい兵器が蔓延してる世界に、法律なんて必要ない。全部壊して、全部狂わして、全部全部、僕の狂気を伝染させていけば――」

 

 そこまで語った後、一層激しい轟音が振り返った先から響く。

 

 

「ほらこの通り、綺麗な世界の完成だ」

 

 

 ふふーん、と鼻歌を上機嫌で歌いながら、冬樹は歩き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07.殺人に溺れた哀れなる犠牲者

 

 

「おじゃましまーす」

 

 

 冬樹は訪れていた。第一声を聞けば分かる通りに、とある住宅にだ。表札に記された文字は――野崎。古びた木造建築の家は、廊下に足を重ねていくたびにギシギシと鈍い音を立てて軋んだ。

 

「メガヤンマ、お前よく通れるな」

 

 頭上でせわしなく羽ばたいていたメガヤンマも、狭い家という事もあって少々控えめである。通路に羽がぶつかるのか、廊下の壁にはメガヤンマが羽ばたく度に深い切り傷が生じていくのがポケモンという存在の破壊力を現していた。

 ちらり、と冬樹が玄関先を振り返ると、まるで違和感も無くしたいが存在していた。普通だ。普通に死体が存在している。二体あるが、特に不自然な点は無いだろう。非現実的光景は、感覚の麻痺した冬樹の双眸に、最早オブジェクトとしてしか映る事は無かった。

 

「さて、適当に――」

 

 廊下を抜けた先、そこにあるのはごく普通のリビング。仮定的な場所。そこに置かれた一台の電話機を手に取り、彼は――

 

 

 

――

―――

 

 

「はぁ……、はぁ……、や、ったぞ……」

 

 

 へへへ、と顔一面に虚ろな笑みを浮かべ、虚勢を張る宗次朗。度重なる熱と絶叫に蝕まれ、彼の精神は最早崩壊寸前であった。それでも彼を現世に、現実に留める者は大事な家族の存在であり、それが失われたら彼は最早ただの虐殺者であろう。

 アスファルトに転がる炭は、かつて人間だった何か。それが転々と幾つも転がり、その犠牲者の多さを物語る。家々はまだ燃え盛っており、まだ燃やされていない付近の家や庭にまで引火し、更なる勢いを見せようとしていた。

 宗次朗は、自分の中に眠る人を燃やす快感にこの騒動の最中。気付き始めていた。ブーバーンが人を燃やすたびに快感を感じる。悲鳴が聞こえなくなるたびに興奮を感じる。それは避けがたい感情。だがそれを、宗次朗は必死に押さえつけた。絶叫。咆哮。叫んで叫んで叫んで蓋をして。その感情を、内側に潜めた。……その結果、彼の精神は、崩壊寸前といったところまで追い込まれてしまったのだ。

 肉の焼ける臭い。排泄物の臭いも混じっている。血の臭いは自然としない。炎に掻き消されたからであろうか。先程の住宅街を移動し、この数十分の間に次々と家や人、ポケモンを焼き払った凶行は、既に犠牲者を百名以上出すと言う大惨事を引き起こしていた。

 

 

「お、おおおおおおお、終わった」

 

 静寂。いや、炎がごうごうと燃え盛る音だけが残されている。それでも静かな物だ。先程までの、気が狂いそうな叫び声を思い出して、再び乾いた笑い声が喉を無意識の内に飛び出していた。

 街を焼いた。でもまだまだ焼いていない場所はある。だが、ブーバーンの体力は既に限界を迎え、炎を後数発しか撃てないという状態にまで追い込まれていた。撃ち切らないのは、誰かに襲われた時の保険である。精神的に参っていても、自分が生き残る術を最後まで残しておく、というのは――流石である。

 

 

「はは、ははは――」

 

 

 瞬間、足音。コツン、コツン、とわざとらしく音を敢えて大きく立て、近付いて来る人間。何処だ、何処から音が聞こえてきている。焼け続ける家々とアスファルトに転がる炭に目を配り、それから前方後方と振り返り、そして見つける。背後からやってきた人の皮を被った悪魔――冬樹とその配下。メガヤンマの存在を。

 

 

「おはようございます いやあ熱いねえ。宗次朗クン、汗だらだらだけど倒れたりしないよね? 煙も凄いし、大分心配になるなあ」

 

 

 冬樹は、何故か赤色の帽子を深く被り、黒縁の眼鏡を着けていた。その眼鏡を良く見れば、レンズが綺麗に割られて切除されている事が分かるだろう。要するに、伊達眼鏡という奴だ。……無論、そこまでして御洒落に拘る様な少年ではない。あくまでも、変装の為――

 

 

「あ、ああ、だ、だいじょうぶ―― ……   ……   え? 」

 

 

 その、何処にでもあるような格好が、特に赤色の帽子が、宗次朗の記憶を抉った。抉って抉って走馬灯が見えようとするくらいだった。脳に訪れる凶悪な頭痛とおぞましい想像。立ち眩みにも似た、世界に拒絶されるようなふらっとする感覚、あまりに突然に、唐突に、訪れたその冬樹の変装に、宗次朗は、絶望のあまり身体を硬直させ、地べたに崩れ落ちた。

 

 

「ああ、電話を借りたついでにちょっと拝借したんだ。これ、持ち主が死ぬ間際まで被っていた物なんだけど見覚えないかな? ……ね、『野崎』宗次朗クン――」

 

 

「                         」

 

 

 それは言葉ではなかった。絶叫、咆哮、叫喚、疾呼――言語なのかそうでないのか、冬樹にも、当の本人である宗次朗にも理解する事は出来なかった。感情のままに、喉から血が出ても尚、その感情の濁流を押し留める事は出来なかったのだ。目の前に空間に存在する生命、そう、冬樹という存在ただ一人に向けて、彼は憎しみを向けた。

 宗次朗の意思に呼応するように、ブーバーンが構える。両腕の筒状の物体を冬樹へと向け、過去最速の勢いで放たれた火焔は、叫びに不意を突かれ、メガヤンマに対処を命じる暇も与えられなかった冬樹のその華奢な身体一直線に向かい、そして灼熱の怒りを孕んだ炎は、冬樹の身体を焼き尽くした。断末魔を上げる暇も無く、骨を蝕んで、肉を犯して、血を乾かせて、全ての衣類を、宗次朗の家から拝借した帽子や眼鏡も蒸発させて、そしてそしてそして――

 

 

 

 

  ――そんな事はありえない

 

 

 

 

「ぶ、ば、……?」

 

 

 

 

 ブーバーンは炎を放たなかった。構えを取ったまま、微動だにしなかった。これには幾つかの可能性が考えられるが、最も確率が高いだろう物は、宗次朗の想定よりもブーバーンは疲労していて、炎を放てるだけの体力は残されていなかった、という物だろう。だがこれはありえない。彼の相棒であるブーバーンは、何年も一緒に戦ってきた仲間だ。限界を誰よりも知っている宗次朗が、読み違えると言う可能性はまずありえないのだ。事実、ブーバーンにはまだ体力は残されていたし、あのままなら炎は確実に冬樹を狙い放出されていたであろう。

 

 

 では何故か。

 

 

「  もう、 いやだ……    」

 

 

 可能性は、いや、現実は、真実は、ただひとつ。

 

 

 

「ご苦労様ブーバーン。君はもう用済みだ。ありがとうブーバーン。そしてさようならブーバーン。安らかに眠ってくれ。君のその壮大な火力はまるでオーケストラのように美しい物だったよ。宗次朗クンがこの街の期待株という話も分かると言う物だ。まあ僕には別段どうでもいい事だし、そんな事ブーバーンをぶっ殺しちまった今となっては3秒で忘れようようなすんげーどうでもいい現実なんだけどね。あれ、ブーバーンってなんだっけ? 誰だっけ? 人名? ロシア人みたいだね。……なんてね。てか、別に殺してはいないもんね。メガヤンマは凄いなあ。ああそうそう忘れてた。ごめんメガヤンマ。君は功労者だし、これを言わないと、なんだが締まらないもんね」

 

 

          「エアスラッシュ」

 

 

 過去の話だ。

 少し前に遡って。

 

 

  目の前に空間に存在する生命、そう、冬樹という存在ただ一人に向けて、彼は憎しみを向けた。

 

 

 この時点で、メガヤンマはもう、冬樹の傍らにはいなかった。

 メガヤンマは、冬樹の頭上を離れていた。あの帽子を見せた時点でこうなると予測していた冬樹は、ブーバーンの頭上へと既に仕向けておいたのだった。でもそれは、怒りに身を任せた宗次朗に、気付かれる事はなかった。

 ブーバーンの頭上から放たれたエアスラッシュは、彼の両腕の筒状の先端部を、綺麗に切断した。断面が露になるが、切断された部分を押し付ければくっつくのではないかと錯覚するくらい、綺麗すぎて、何も言えなくなる位の、切れ味の良さであった。

 生気を失う冬樹。炎を放てず、自身の手とも言うべき部位を切断され、苦しむブーバーン。唸り声なのか、叫びなのか分からない低い声を上げているが、冬樹には別段どうでもよかった。最早、彼の興味は完全に失われていた。

 

 

「メガヤンマ戻ってきて。……そうそう、君の母親と弟の死体が見たければ君の家の玄関に、逆上して襲い掛かってきた父親の死体が見たければリビングに行くといい。最も、見たい訳が無いだろうけどね! ふ、ふふふふ、ははははははは!!」

 

 

 飛来し、地面に着陸した巨大な蜻蛉、メガヤンマ。その背に冬樹は跨り、強くしがみ付く。やがてメガヤンマは地面から空中へと離陸し、宗次朗とブーバーンの姿が、離れていく。

 

 

「それじゃあ、達者でね!! 君の活躍は忘れないよ!! まだまだこの街は破壊してないけど、全国一周、全てをぶち壊したら戻ってきて、その全てを破壊してやるから、愉しみに待っていてね!!  ――アディオス、フタバタウン」

 

 

 こうして、冬樹は――次なる目的地へ向けて旅立った。

 数え切れぬ程の人々を意図的に殺害し、家々を燃やした脅迫犯に宗次朗という少年を仕立て上げ――彼の復讐計画は、ゆるりと始まったのだ。

 

 

 






「ちくしょう、ちくしょう……」


 それから、泣きじゃくる宗次朗と、痛みに苦しむブーバーンが残された。


「ごめんな、ブーバーン、今、ポケモンセンターに行って回復させてやるからな」


 ポケモンセンターとは、ポケモンの回復を請け負う施設。最も、手を切断などの重症が、無事に直るとは限らないのだが……


「よし、ボールにもど――」
「容疑者発見! 投降しろ! 貴様は囲まれている!!」
「え――」


 顔を上げた先には、警察。
 大量の警察。警察。警察。
 ……なるほど、ここまで派手に暴れれば来るのも当然か――そう、くしゃくしゃになった顔で笑った宗次朗。
 しかし、それが野崎家から、冬樹が電話を借りて通報した物だと知る由も無いのである。


   ――もしもし! 大変です! 家が燃えています! 人も凄い一杯殺されてて、大変なんです!! ブーバーンを操る少年トレーナーがいて、ええ、名前は宗次朗と言うんですけどね――


 興奮した様子でほくそ笑み、受話器を握る冬樹の姿を彼は知る由も無い。


「ブーバーンか……よくもまあ、ここまで残虐な真似が出来た物だ……」
「あは、あはは、おれじゃ、ないよ。おれがわるいんじゃ、ないよ。わるいのは、あいつなんだ……あいつ、どこいった? あれ? あれ、あれ あれれれれれ?」
「……隊長、あの少年、気が――」
「分かっている。……だが、見過ごすわけにも行くまい。……だが、ここまで非道な真似をして、精神に異常がある為酌量の余地ありと判断されるのは、遺憾な事ではあるがな……」

 炎を放出する事が出来なくなったブーバーン。気が触れた少年。
 程なくして、宗次朗は逮捕される事となったのであった。



シンオウ地方全土を揺るがす事件、これがその幕開けである。



04~07
乙:ハイテンション・ジャンクション
おわり


08~未定
丙:センチメント・ジャッジメント
つづくよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

丙:センチメント・ジャッジメント
08.感情の奔流に目覚めるは神秘


 

――そこは洞窟と呼べる場所だった。岩と砂利だけが構成する、闇に支配された空間。誰も尋ねてくる事は不可能な、辺鄙を通り越して秘境とまで呼べる場所にその洞窟は存在していた。

 無音。静寂の上位の表現、無音が広がる。それはどの位の間続いていたのかも分からない。数年、或いは数十年、百の単位にまで上るかもしれない。とにかく、人の身でそれを数える事は無理難題であり絶対不可能な域であった――。

 

「……ん」

 

 しかし、その無音はその洞窟の主の一声によって打ち破られる事となった。ただ、喉を鳴らしただけ。でもそれは、暫くぶりに広がる音であり、洞窟に反響して暫くの間、その主の鼓膜に残り続けていた。

 

「……強い、負の感情……」

 

 目を完全に覚まし、意識を覚醒させ、起き上がったその存在。ぱしゃり、と水が跳ねる音が空気を揺らした事から、どうやらその人物は今まで水の中で眠っていたらしい。その覚醒に呼応するように洞窟をうっすらと灯が照らしていく。

 

「私を……呼び覚ましたのは―― 誰?」

 

 その不明確な疑問に答えられる存在など、この洞窟――いや、この世界には存在していなかった。

 

 

 

 

シュレディンガーのゴミ箱

 

     本編

 

 はじまり  はじまり

 

 

 

 

「――只今入ってきたニュースです 休日の朝、平和な筈の田舎町で恐ろしい事件が発生しました。……事件があったのはシンオウ地方フタバタウン。この町に住む14歳の少年が炎タイプのポケモン、ブーバーンを悪用し、家や人を焼き払うという凶行に及んだ模様」

 

 へぇ、そりゃ物騒な話だ――何事も無かったかのように、柊冬樹(ひいらぎふゆき)は家電量販店に置かれたテレビを眺めていた。時刻は昼の10時を回った所。時間帯はもう朝から昼へと変わろうとしている。

 現在地は、マサゴタウン。フタバタウンから201番道路を越えた先に広がる街だ。フタバタウン程では無い物、やはり田舎町という印象は拭えないだろう。それでも、家電量販店は思いのほか広く、今まで狭い世界に閉じ込められていたも同然の冬樹によっては新鮮な光景が広がっていた。

 

「亡くなった人々の身元の判明は困難を極めているとの事。炎を放たれた家には、シンオウ地方元チャンピオンの家もあり、また、家の中から遺体が発見された事から、これをダイヤ氏と判断する声も上がり――」

(それ本人だってば。ま、放火自体の火力は低めだろうし、遺体を検査すれば死因が包丁で刺された事によるものってのはすぐに分かっちゃうだろうなあ。……そんな検査結果なんて待たずとも、すぐに分からせてやるけど)

 

 邪悪な笑みを浮かべた冬樹。傍に店員がいたら、どうかしましたか、と思わず尋ねてしまうだろう。そのくらい、彼の表情にはドス黒く覆われた、強い負の感情が見え隠れしていた。いや、隠れはしていないのだが。

 

(目撃者をかたっぱしから焼いてった宗次朗クンのおかげで僕の存在はまだ世間に認識されていない――けれど、これじゃ駄目なんだ。あの時は勢いでやってしまったけど、それじゃ駄目なんだ。

 僕を、他の誰でもない、この世に変わりようの無い、代えの聞かない、たったひとりの、憎しみを背負った――この、柊冬樹という名前の僕を! 世間に絶望の存在として認識されないと駄目なんだ。逮捕とか死刑とか、そんな事は元よりどうでもいい――生命を投げ打ってでも、僕の存在を、僕の到来を、僕という名の死神を――そう、分からせてやるんだ)

 

 

「だから、もういいんだ。僕にとって。こんなニュースをチェックする時間も、電化製品の値段を見て『お、これは安い、僕の3000円という少ない手持ちのお小遣いでも買えそうだな』なんて主婦みたいな事をしている暇が勿体無いんだ。そう、僕は――やるべきことがあるんだ」

 

 

 ぼそりと声が出た。それから、まばらな人が転々と集まりだした休日の店内で、冬樹はすうううう、と大きく音を出して息を吸う。それから、腹の底から溢れ出る衝動を、そのまま叫びとして変換し、店中に聞こえ渡るような声の暴力を、解き放った。

 

 

「お集まりのみなさああああああああああああああああん!!!!!!!!!! 只今よりいいいいいいいいいいいいいい  僕が!!!!!!!!!!! この、柊冬樹がッ!!!!!!!!! この店をおおおおおおお、この街をおおおおおおおお、この世界をおおおおおお 全てを、破壊するのでええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

       死にたくない奴は真っ先に死ね。    」

 

 

 

 

 ベルトのボールに伸ばされた手。は、と呆気に取られた声やなんだなんだ、と興味本位で声の方角に近付いてきた人間、どうしたんだ、と集まってきた店員。十人十色の反応がある中。冬樹は――、家電量販店の中に解き放った。破壊と暴虐の化身を。

 

 

「ボーマンダアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 魂の絶叫と共に――招来せしは蒼き龍。高さは冬樹と同じ、もしくは少し高い程度。要するに、1m50cmといった所だろう。勿論、龍とあるだけあって身長こそ低いものの、身体は勿論巨大である。冬樹が10人以上いたとしても。その大きさには適わないだろう。

 ――そんなポケモンを、家電量販店のテレビ置き場に登場させた冬樹の罪は重い。空間に姿を現すと同時に、地面に着地しようとしたボーマンダは数台の展示用テレビやら棚やらを下敷きに、轟音を響かせ、派手を累乗したようなそれはもう目立ちすぎ、というくらいのこれ以上無い程に過剰演出であった。

 

 

「お、お客様――!?」

「うお、ボーマンダだ、すげえ! 始めてみたぞ俺」

「ったく、最近の若者は……店中でポケモンを出すとはなんだ、恥を知れ恥を」

「とーちゃーん! かっちょいいよあのドラゴン! 僕も欲しい!」

「馬鹿、そんな事言ってる場合じゃない! 逃げないと駄目だ!! 今あのお兄ちゃんが何を言ったのか分からないのか!? 店を破壊するだの、死ねだの、絶対にまともじゃないんだぞ!?」

 

 

 

 その父親の切羽詰った叫びは、子供の全身をびくり、と震わせ、店内を静まり返らせる程には充分な物であった。それから、我に返ったように父親にしがみ付いて来た子供。店員は一歩、二歩、続けて何歩か後ずさりし、棚にその身をぶつけて音を立てて引っ掛けられた電池パックを床に落とした。ひ、と情けない声を出して、店員は逃げ去ろうとした。

 

「そうさ、僕はまともじゃない。いや、まともじゃないのは僕だけじゃない。隣町のフタバタウンを焼き尽くした宗次朗クンだってそうさ。それにこの世界だってまともじゃない。はは、なんか痛快爽快愉快破壊……おっと、これは違ったか。まあいい。どうでもいいんだ。全部どーでもいーって事。んじゃ、僕がここに来た不運を呪って普通に死んでね」

 

 

 

 店員は全力で逃走の意志を固め、非常口を目指した。

 父親が子供の手を引いて出口に駆けた。

 怯えた子供は痛いよお父さん、と手を叩いて抗議した。

 老人はやれやれ、としわがれた声で呟きボールに手を掛けた。

 ボーマンダの格好良さに見蕩れた青年も事の大きさに気付いた。

 

 

 全ての人間の行動が重なり、一つの旋律を奏で――

                ――そして冬樹は命じた。

 

 

 

「そんじゃ―― "りゅうせいぐん" 」

 

 

 

 この街で最も"安全な場所"と化した家電量販店から、人々は逃げ出し――冬樹と、老人だけがその場に留まった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。