魔法少女リリカルなのはAnswerS  ~共に歩んだキミの答え~ (アチャコチャ)
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転生者と美少女と神様と

はじめまして。アチャコチャと申します。この作品が処女作ですので読みにくい点もあるかもしれませんが、長い目で見てください。


 無気力な思考と気だるい身体とは裏腹に心地良い浮遊感がオレを包んでいた。

 何でこうなっているのかとか、どうしてだとか思い出そうとしてみるがさっぱりだ。

「お~い」

 いや、そもそもそれ以前の問題か。最近のことなんて何にも覚えちゃいない。

「やほー」

 そのくせ“あの日”のことは夢に見るくらいハッキリ覚えてやがる。

「もしも~し」

 …あぁ、余計な事、思い出してしまった。

 何にせよ、どうでもいいことだ。

 現在(いま)の事も。

 過去(いままで)の事も。

 オレにはもう、どうでもいい。

「…………(すぅ)」

 そう。

 諦めてしまったオレにとっては…。

「聞けえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「!!?」

 ごすっ、という鈍い音と共に頭に激しい痛みが走る。

 その衝撃に思わず目を開くと一面に少女の顔があった。

 ―正直ビビった。

 目を開けたら人の顔だなんて一種のホラーものだ。

 驚愕のあまりに思考が止まっていなかったら不様に叫んでいたかもしれない。

「あ、やっとこっち見た」

 頭の上から覗き込んでいる少女がにへらっ、と表情を崩す。

「…きみ、は?」

 言葉が漏れる。

 先程まで感じていた倦怠感もいつの間にか消えており、自然と唇が動いた。

「見て分からない?」

 分からない。そもそも何を分かればいいのかも分からない。

 分かることといえば目の前の少女が金髪ツインテールで瞳は紅。いたずらっぽい表情が似合う活発系の女の子だろうということくらいである。

 さらに言うなら、その額が赤くなっていることから先程の衝撃はこの少女の頭突きによるものであり、あれだけの頭突きをしてもケロリとしていられる程の石頭の持ち主であるということくらいだ。

「ワタシはね~♪」

 何て考えていたら少女がニコニコとしながら喋り出す。どうやら答えを言ってくれるようだ。

「美、少~~女、だ!!\(^O^)/」

 

 

 

 

「あり?なーんか、反応薄くない?ほら、美少女だよ。美×少女=美少女さんですよ。ほらほ―」

 無気力な思考と気だるい身体とは裏腹に心地良い浮遊「ちょちょちょ、ちょ、まっ、待って待って!」何でこうなっているのかとか、どうしてだとか「だから、待て~!すとっぷ ざ りせっとーー!」

 ゴスゴスゴス、と連続で頭突きをかましてくる自称美少女。これ以上されると額が割れそうなので仕方ないからやめてやる。

「むぅ、美少女にこんな仕打ちが許されるとは。昨今の世の中では美少女補正は効かないのか…!」

 ブツブツと呟きながら、何やら戦慄している美少女(仮)。つか美少女と言うより、美幼女だろう。

 …話が逸れた。

「で。結局、キミは誰?それでここは何処?」

 ぶっちゃけ、どうでもいいという心境は変わっちゃいないが目の前の女の子は放置したらかえって面倒な事になりそうなので仕方なく現実と向き合うことにする。

「ひょっとして、ワタシの美少女レベルが足りてなかったり?いや、しかし、ワタシの妹は屈指の――、って、うん?」

 一人でトリップしていた少女はこちらの問いかけに気付いたのか、小首を傾げている。

「いや、だから、キミは誰で、ここは何処だと…」

「あーッ、うんうん!そうだね!っていうかそうだよ!そのことについて教えてあげようと思ったのにキミが無視するから話が拗れたんじゃないか~。責任とれ~!」

 …悪かったな。話しかけてもかけなくても面倒くさい奴だとは思わなかったんだよコンチクショウ。

「むぅ、いまいち反省してるようには見えないっていうか、むしろ失礼なことを考えていそうな感じだけど、ま、いっか。それじゃ「それについてはオレが教えてやる」って、え?」

 不意に少女の声に被さるように別の人間の声が聞こえてきた。

 少女も予想外だったのか驚いた顔をしており、そのまま二人で辺りの様子を伺ってみると、オレと少女がいる位置よりも少し上、何もない中空に腰かけるように浮かんでいる一人の男の姿が目に入った。

「よぉ。思ったより元気そうだな。こんな自体は初めてだったからチョイとばっか不安だったが、結果オーライってとこか」

 男がこちらに向かって話しかけてくる。表情は…見えない。

 この空間自体、薄暗いところであるがそれでも相手の姿が見えない程じゃない。だが男の顔の部分だけ不必要に暗闇が濃くなっている。

「それで?アンタは?」

 色々疑問は残るがそれらはひとまず置いておき、男の正体を尋ねる。

「見て分かんねぇか?」

 ―流行ってるのか、コレ?

「神だ」

「わかるかあぁぁぁぁぁ!!!」

と、ツッコんだのは隣にいる美少女らしい物体。

 自分のしたことを棚に上げて、神と名乗った男に向かって拳を振り上げ喚いている。

「うるせぇ」

 ごもっとも。

「そこはぶっちゃけどうでもいいんだよ。とにかくオレが神なんだよ。納得しろ」

 隣の美少女?といい、この神様らしい男といい、会話に疲れる奴しかいないのか?この不思議空間は。

「オーケー、お前は神様。こっちのが美少女。理解した。そんで?神様と美少女がオレに何の用だよ。それとここは何処だ?まさか、あの世とか言わないよな?」

「その通りだ」

「すご~い。よく分かったね!」

 …………

(キョロキョロ)

「夢のカケラもない場所だな」

「あれ?予想外の反応。もっと驚いたりすると思ったのに」

「別に…」

 死んだのなら、それはそれだ。それに死んだのなら彼女に…。

「――――」

 頭を振って、脳裏に浮かんだ考えを振り払う。

 何を考えているんだか。

 そもそも、今のオレに彼女に会う資格なんてない。

「正確には、あの世と現世との境目といったところだかな。大丈夫なようだし、本題に入るぞ」

 物思いに耽っている間に神様が話を進めていた。

 …ん。ちょっと待て。

 気になることがあり隣の少女に問いかける。

「あっちが神様でオレが死人だっていうなら、お前も…?」

「ソイツは成仏できていない魂のひとつさ。時折、そういった魂がここに迷い込んでくることがあんだよ」

 答えたのは神様の方だった。

 少女はというと先程とはうって変わって曖昧な表情でいる。

「話を戻すぞ。実はオレが管理する世界で重大な異変が起きてな。それを修正する為に上位世界の人間を転生者として送り込もうとしたんだがな…」

「上位世界?」

 聞き慣れない単語に思わず聞き返す。

「読んで字のごとく、だ。問題が起こった世界より上の世界――、端的に言えば、その世界を漫画やゲームのように捉えることができる世界だ。世界そのものの異変だからな。上位世界の魂でもないと干渉出来ねぇんだ」

 なるほど。

「理解できたか?それでこのままだと世界がヤバいことになりそうなんで、今言った通り転生者を送り込んでその異変を修正して貰おうと思ったんだが、ここで問題が起きてな…」

 問題?

「ぶっちゃけると、お前死んでねぇんだわ」

「……は?」

 死んでない?

「恐らくお前の身体は原因不明の昏睡状態か仮死状態になっているはずだ」

「どういうことだよ。オレは死んだからここにいるんじゃないのか?」

「本来ならそうだ。上位世界で理不尽に死んだりした人間の魂をランダムでこちらの世界のこの場所に召喚して、ここから現世に送り込む」

「なら矛盾してるじゃないか」

 オレは死んでなかった訳だし。

「だからそれが問題ってわけなんだよ。本来の手順に則って召喚したのに何故か生きているお前が引っかかって召喚されてきたわけだ」

 ―つまり。

「オレはお前(神様)に間違いで殺されたのか!」

 ひでぇ。生き死にはどうでもいいとは言ったが、間違いで殺されたとかあんまりだ。

「別に死んじゃいねえって。事が済んだら戻してやる。つか、お前も悪いんだぜ?生きている癖に其処らの死人より死人らしかったんだからよ」

 このヤロウ。間違って人を殺しておいて何て軽薄な態度だ。

 …最後の死人より死人らしかったというのは否定できないが。

 ……うん?

『事が済んだら』?

「ちょっと待て。今の話をまとめるに、お前はオレにその世界の異変とやらをどうにかさせるつもりか?」

「そうだが?」

「―ムリだ」

「何だ?能力的な事を言ってんのか?なら安心しろ。転生者らしくきちんと能力特典を―」「そうじゃない。オレは―、誰かを救えるような人間じゃない。まして、世界そのものをどうにかなんて―」

 思い出すのは「あの日」より前の光景。

 白い病室と白いベッド。

 そこに向かう無力なガキとそれを迎える――。

 そこまで思い出して慌ててその光景を頭の隅に追いやる。

「…ふむ。 転生に際して、ある程度お前の情報を得ている。そこから、お前の心情は察する事ができるが…」

「なら、分かるだろ?オレはできなかったし、『なれなかった』んだ」

 救う事も。

 そうなる事も。

 そんなオレが世界を救う?

 笑い話にもならない。

「さっさと新しい転生者ってのを喚ぶんだな」

「生憎と転生者の複数召喚はできねぇんだわ。だから、お前が死んでゲームオーバーにならない限り再召喚は不可能ってわけだ。まぁ、普段は死んだらそこまでだが、お前の場合は元の世界に戻れるわけだし、イヤならさっさと死んで来ればいい」

「いくら大丈夫だと分かっていても、そんなホイホイ死ねるわけないだろ」

 生きている以上、死に対する恐怖は本能だ。どうしたって『もしも』の事を考えて躊躇ってしまう。

「それにオレが失敗して、結果、その世界が滅んだらどうするんだよ?」

「その時はその時だ。まぁ、成るように成るだろ?」

 …分かってはいたけど、やっぱコイツ、神様とは思えない。

「冗談はさておき、お前がやってくれると、こちらとしては助かる。ぶっちゃけ再召喚とか手続きがめんどくさいんだよ。書類作成とか」

 悪いけど、そういった事は黙っててくれないかな。何かこう、夢とか希望とかそういったものを信じる少年の心ってヤツをバキバキと壊されていってる気分なんだよ。

「巻き込むカタチになってしまったから無理にとは言わねぇが――。だが、お前とて、このままでいいとは思っていないだろ?」

 何気なく紡がれた言葉。

 だが、その一言に。

 ドクン、と脈打つ想いがあった。

 同時に、先程、隅に追いやった光景が再び脳裏に甦る。

 ―もし、私に間に合わなくても、絶対に――

 ―キミなら、きっと――

 ―じゃあ、約束。私が――

 次々と浮かんでは消える、かつての言葉。

 それは裏切ってしまった彼女の想い。

「オレは―」

 言葉が続かない。

 燃え残った小さな火の様な感情が胸の奥で燻ってる反面、氷の様な冷たい感情がじわじわと染み出る。

 無駄だ。

 何の意味も無い。

 例え約束を果たしても、その先に彼女はいない――。

 その通りだと思う自分がいる。

 どんなに頑張っても本当に叶えたい願いは、もう、叶わないのだから。

 分かっている。

「イヤか?なら――」

「いや―」

 分かっている、はずだった。

「やって、みるよ」

 考えも何もまとまっていない。

 答えなんて出ていなかったのに、そう口にしている自分がいた。

「そうか…。いいんだな」

「ああ」

 さっきまでからは想像もつかない神妙な態度で聞き返され、思わず苦笑する。

「よしッ!なら早速、能力特典の方を―」

 そう言って、神様はオレの方へ手を翳す。

「お前が、使えそうな能力は―、そうだな。こんなところか?」

 ぼんやりと翳された手が光り、同時に何かがオレの中に入ってきた。

 コレは…。

「FATEの?」

 どうやら生前(っても死んでないが)、ハマったメーカーのゲームの一つである、FATEに関する能力を使えるようになったようだ。

「能力の使い方も一緒に送っておいた。後は現地で試してみろ」

 神様がそう付け加える。

 確認してみると確かに能力についての知識もあるし、集中すれば頭の中にFATEのステータス画面のような感じで更に詳しい情報が記載されていた。

 大丈夫そうなので神様の方へ視線を戻しすことで、その意思を伝える。

「よし。なら、今から現世に送るぞ。…まぁ、あれだ。頑張れよ」

「ああ、…やれるだけ、やってみるよ」

「ヨ~シッ!ハリキってイッてみよー!」

「「ちょっと待て」」

 オレの声と神様の声が重なる。

 というか、妙に大人しかったこともあって、すっかり忘れていた。

 神様と二人、金髪ツインテールの少女に視線を移す。

「どういうつもりだ?」

「決まってるでしょ?ワタシも行くの!」

 なにやら自慢気に胸を張って、そう主張する少女。

「ムリだな。転生者じゃない、純粋な死者の魂を送ることはできない。大人しく成仏する瞬間が来るのを待ってろ」

「イヤ!行くったら行くの!」

 聞く耳持たず、といった風に癇癪を起こす少女。

 呆れて、オレも何か言おうとした時だった。

「お願い。連れていって」

 子供とは思えない声音と表情に口まで出かかった言葉を飲み込む。

「助けたい人がいるの」

 そのままの声と表情で少女は続ける。

「ワタシのせいで悲しんで苦しんでいる人がいるの。ワタシはその人を助けたい――。だから、お願い!連れていって。何でもするから!」

 その真摯な願いに、どう答えたらと言葉に詰まる。

「さっきも言った通り、お前を現世に送るのは本来不可能だ」

 黙るオレの代わりに答えた神様の言葉に少女の表情が歪む。

「だが、ソイツに送った能力を分ければソレを楔に、お前も一緒に行けるかも知れない」

 続く言葉に少女の表情が少しだけ明るいものに変わる。

「とはいえ、あまりオススメはできないがな。どんなデメリットが起こるか分かったもんじゃねぇし」

 決めるのはオレじゃねぇけどな、と締めくくり神様はオレを見る。

 少女もオレに視線を移し、懇願するように見上げてきた。

 そして、年端もいかない少女にそんな風に見つめられては断れる訳もなく――。

「…やってくれ」

「ん?マジで?」

「マジで」

 何より先程の言葉――。

 ―助けたい人がいるの。

 ソレを果たせなかった人間としては、その願いを叶えてやりたいと思った。

「~~ありがとう!!」

 少女が目の端に涙を浮かべながら、満面の笑顔で抱きついてくる。

 正直、照れくさい。

「そんじゃま~。そういう訳で、今度こそいくぞー」

 神様がそう言うと薄暗い空間が輝き始め、視界が白に染まっていく。

 そこでハタと気付く。

「そう言えば、名前を言ってなかったな」

 未だに抱きついている少女にそう言うと、少女は顔を上げてこちらを見た。

「オレは神崎ゼン。ゼンでいい」

 先に名乗ると少女も笑顔で自分の名前を口にする。

「ワタシはアリシア!アリシア・テスタロッサ!」

 ソレを最期に視界は白で埋め尽くされ、オレの意識も薄れていった――。

 

 




小説の編集の仕方が今までと勝手が違うので慣れるまで更新が遅くなりそうです。…慣れても亀更新かもしれませんが。


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それは本来なら魔女のオプション

 あの不思議空間で目覚める時に感じたのと同じような浮遊感。

 それがオレの意識を取り戻させた。

 だが、今回はそのまま浮遊―、何て事はなく。

「ッテ!」

 地面より少し高い位置に放り出されたオレは重力に従い、そのまま落下した。

 幸い地面が柔らかい草地だったので、それほどの痛みは感じなかった。

「ったく、神様の奴も、もうちょっとマシな跳ばし方をしてほしいもんだ」

 愚痴をこぼしながら立ち上がり、パンパンと服を払う。

 ―その時、ふと、違和感をおぼえた。

「あ…れ?」

 服を払った両手に視線をやる。

 オレの手、こんなに小さくなかったよな?

「それに…」

 この声。こんなソプラノヴォイスじゃなかった!

 さらに、目線の位置。これも、もっと高かった!

 ―Q。つまり?

 ―A。小さくなっています。

「って、マジか!何だ、コレ!?」

 いや、転生という以上、確かにこういうこともあるかもしれないが、年齢設定が半端じゃないか?赤ん坊からやり直しとかならわかるが…。

 ひょっとして、これが神様のヤロウが言ってたデメリットってヤツか――、って、そうだ。

「アリシアは?」

 一緒に現世に跳んできているはずだが、その姿が無い。

「アリシアー?」

 声を上げて、周囲に呼びかけてみるが返ってくる声は無い。どうやら離れた場所に跳ばされたらしい。

「仕方ない…」

 迷子になった訳でもなし。ここでじっとしている意味もないので、探しながら人気のある場所へ向かおう。

 人がいれば聞き込みもできるし、最悪、探すのを手伝ってもらえる。

 それにここが何処なのか分からない以上、やはり少しでも情報を集めないとならない。

「よし…!」

 とりあえずの方針を決め、気合いを入れ直す。

 小さくなった身体は若干動かす時に違和感を感じるが、それも歩いていればいずれ慣れるだろうと考え、オレは歩き始めた。

 

>>>

 

 歩き始めて十分と少し。

 どうやら跳ばされた場所はどこかの林の中だったらしく、途中で林道のような舗装されていない道を見つけたオレは、闇雲に動くよりは、とその道に沿ってひたすら歩いていた。

 その間も、アリシアの名前を呼びながら周囲を探しているのだが、あの金髪ツインテールの姿はおろか他の人間の姿すら見当たらなかった。

「そうとう人里離れた場所にでも跳ばされたのか?」

 ―いや。そもそも、ここは日本…、地球なのか?

 神様は「オレの管理する世界」とはいったが、それが地球とは言ってない。

 ひょっとしたらここは異世界で、住んでいる奴らも映画でみるエイリアンみたいなのかもしれない。

 そうなっては聞き込みどころではない。エンカウントした瞬間、

「すみません。お聞きしたい事が―」

「オレサマ、オマエ、マルカジリ」

 DEAD END。

 何てことにもなりかねない。

「………」

 いやいや、待て待て。

 そういった時の為に、神様から能力を貰ってるんだろう?

 だから、大丈夫。…きっと。…多分。

 何てことを考えていたら、いつの間にか、かなりの時間が経っていたらしい。林の中から見る空の端がわすがに朱を帯び始めている。

「まずいな…」

 日が落ちてしまったら、単独でアリシアを探し出すのはより困難になる。

 さらに、今のオレは子供だ。遅い時間になれば、「迷子を探してます」って言ったオレが迷子扱いされてしまう。

 そうなる前にアリシアだけでも見つけておかないと。

「と言うわけだから、とっと出てこーい」

 徐々に茜色の色彩が強まる世界にオレの声だけが木霊する。

 反応が無いことに嘆息しつつ、周りの茂みや木陰を注視しながらアリシアの名を繰り返し叫ぶ。

 何処とも知れない場所でただ一人、少女の名を子供になって呼び続ける。

 冷静に考えれば、今、自分はかなり異様な体験をしているんじゃなかろうか?

 気が付いたら、よくわからない不思議空間に神様らしき人物と美少女と豪語する少女と三人きり。

 そして、世界の異変を止めろと言われ、了承するやいなや、一瞬で別の知らない場所に放り出されている。

 時間にしてみるば三十分も経っていないだろう。

 その間に不思議空間や瞬間移動?といった普通じゃ考えられない体験をしている。

 にもかかわらず。

 オレの頭も心もありえないくらい落ち着いていた。

「いや、違うか…」

 落ち着いているんじゃない。

 投げやりになっているだけだ。

 どうでもいいことだと。無意味な行為だと。

 今の自分を嘲笑するオレがオレの中にいる。

「…………」

 それを無理に否定しようとは思わなかった。

 背負っていたものの重さの分だけ、それを捨て去る諦め(チカラ)も重みを増す。

 気持ちの有り様が少し変わったくらいでは、この胸にある氷のような感情は溶けたりしないだろう。

 だが、新たに生まれた想いとてホンモノだ。

 戸惑いながらも、もう一度前に進もうという気持ちも。

 かつての自分と似た想いを背負った少女を助けてやりたいという気持ちも。

 決して偽りではないのだ。

 ――折り合いをつけていくしかないのだろう。

 少しずつ。少しずつ。

「さしあたっては、アリシアを見つけることなんだか…」

 探し始めて、随分と時間が経つ。

 いくら離れた場所に跳ばされたとしても、跳ばされる前には一緒にいた以上それほど距離が離れるとは思えない。

 さすがに何かあったのではと不安になってきた時だった。

 

>>>

 

 日が完全に落ち、辺りが薄闇に包まれた瞬間。

 まるでそのときを待っていたかのように、ソレはドクンッと胎動した。

 鼓動のように続く振動。

 同時にキィィィッ、と耳障りな不協和音を響かせる。

 ソレは石だった。

 子供の掌にすら収まりそうな小さな石。

 その石は鼓動のような振動と金切り声のような高音を繰り返した後―、爆発したかのように発光した。

 そして、現れる。

 最初は染みだった。発光する石の中にできた小さな染み。

 次いでそれは石を包む炎のようなモノに変わり―、発光が終わる頃にはゆらゆらと揺らめく物体に変わっていた。

 果たしてその存在を生命と呼んでいいのかは分からない。

 しかし、その存在には意思があった。

 ギョロッと見開いた赤い両眼が、目の前の物体を捉える。

 目の前にいたのは小さな子供だった。

 自身にくらべれば取るに足らないくらい小さな少年。

 だが石から生まれたその存在は、少年の中にあるご馳走(魔力)を正確に見抜く。

 そして。

 その生命なき物体は獲物と決めた少年を見据えると、咆哮し踊りかかった。

 

>>>

 

 あまりに突然の事態に呆然となる。

 いきなり肌に振動が伝わるや、耳に生理的嫌悪感を及ぼす音が響き、目が眩む発光がしたかと思えば、目の前に急に現れた黒い生き物のような物体がオレに一直線に飛びかかってきた。

 その突進を回避できたのは奇跡に近かった。

「つか、何だよ。コイツ」

 いきおいがありすぎたのか、ソイツはオレの後ろにあった樹にぶつかり、大きくめり込んでいた。

 その姿はやはり異様だった。

 デカい毛玉のようでいて、うねうねと動く身体は軟体動物を思わせる。

「ペルソナのシャドウみてぇ」

 その姿は元いた世界で、ゲーマーな友人が見せてくれたゲームの敵シンボルにそっくりである。

 コイツが異変なのか?それとも―。

「まさか、本当にマルカジリ系の住民がいるのか!?」

 そんな軽口を叩きつつ―この状況下でそんな余裕のある自分に驚きと軽い苛立ちを覚えつつ―何とか身動きが取れるようになった化物を凝視する。

 コイツが異変であるにせよないにせよ、見過ごすことは出来ないだろう。

 ここの住民は分からないがアリシアには明らかに危険な存在だ。

 現実世界に跳ばされて、さほど間を置かずエンカウント。

 少々作為的なモノを感じなくもないが、まぁ、今は置いとこう。

 化物に視線を固定したまま、意識を自分の内側に向ける。

 オレが神様から貰った能力はシンプルなもので、第五次聖杯戦争で召喚された七騎のサーヴァントの能力を使えるというもの。

 しかも憑依経験により、そのサーヴァントが培ってきた戦闘技術も自分のモノになる。

 平たく言えば、能力使用中は素人でもサーヴァントと同等の戦闘力を発揮できるというものだ。

 意識を集中させる。

 能力と共に付与された知識(マニュアル)によって、昔から使っていたかのような感覚がある。

 そして、いざ能力を発動させようとした時、それは起こった。

「――え?」

 能力が発動しない。

 確かにきちんと発動した手応えはあったのに発動されていない。

 再度、発動を試みるが結果は同じ。

 嫌な予感が身体を駆け巡る。それを確認するため、頭の中に能力のマニュアル画面を展開して、確信した。

 不思議空間では確かに読めたマニュアル画面。

 だが今、それは文字化けを起こし、無意味な記号と数字の羅列となっていた。

 それが意味すること。すなわち―。

 デメリット。

 その言葉が脳裏に響く。その次の瞬間―

「右に避けて!」

 突如響いた声にハッとなって、言葉通り右に避ける。

 一瞬前までいたその場所を黒い影が弾丸のように駆けていった。

 助かったことに安堵しつつも、後一瞬遅ければ直撃を受けていたという事実に冷や汗が流れる。

 危険を教えてくれた人物に感謝しなくては、と思ったところでその人物の声が探し人の声に酷似している事に気付く。

「大丈夫?」

 後ろから声をかけられる。

 先程と同じ声。間違いない。アリシアの声だ。

「ああ、助かったよ。ありがとう、アリ―」

 背後を振り返りつつ、感謝の言葉を口にしたオレはその光景に言葉が詰まってしまった。

「…………」

「…………」

「アリ…シア?」

「うん」

 絞り出したオレの問いにアッサリ頷く。

 アリシアなのは間違いないらしい。

 だが、その姿はここに跳ばされる前の金髪ツインテールの少女の姿ではなく―

「なんで…、黒猫?」

 黒い毛並みの子猫の姿だった。

 

 

 




どれ位の文章量が丁度良いんだろうか…


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ラン&ラン、ぷらすコントラクトワード

思った以上に時間が掛かってしまった。もっと早くなりたい…!


 ズガン。バキン。ドカン。

 背後にそんな物騒な破壊音を聞きながら、その音の発生源が自分にならないように全力でひた走る。

 背後を確認する余裕もない。命懸けの追いかけっこ。

「いや~、まさか、猫になるとはねぇ。一度死んでみるものだねぇ」

 にも関わらず、のほほんとした声を上げるのは、胸元に抱かれた黒猫―、もとい元幽霊幼女の黒猫である。

「余裕だなぁあああああ!!」

 走りながら、雄叫び同然なツッコミを入れるオレ。きっと、今のオレを漫画で見たら、吹き出しが口元から長く尾を引いているに違いない。

「余裕?何のことだ?これは油断というもんだ」

「逆!それ、逆だから!?」

 刺さるから!上半身だけで放つ突きとか刺さっちゃうから!

「ふふ、この状況できちんとツッコミを入れることができるとは!さすがはワタシの相棒…!」

「全っ然!嬉しくねぇ!!つか、そんな余裕あるんなら後ろ、後ろ見てくれ!!」

「後ろ?」

 オレがそう言うと、胸元のアリシアは肩口へと登り始めた。落ちないように立てられた爪が肌に食い込み、チクリと痛む。

「どんな感じだ!?」

 肩口に到達し、後ろを覗き込むアリシアを片手で押えながら、後ろの様子を聞く。

「んとね~。相手の状態を一言で言うなら」

「言うなら!?」

「絶賛タ〇リガミ中」

「アシ〇カ様!!誰かア〇タカ様を呼んできて!?」

 頭の中に浮かぶのは、ドロドロしてウネウネ動く例のアレ。うわ、イヤだ。絶対に捕まりたくねぇ!

「あ」

「あ!?」

 よりスピードを上げて走っていると、不意にアリシアが声を漏らした。何事かと思い、問い返そうとするが、そうするまでもなく答えがわかった。

 一瞬の静寂。そして、前方から轟音と地響きと共に現れる正体不明の追跡者。

 コイツ、跳びやがった…!

 行く先を塞ぐように立ちはだかる異形。

 どうする?来た道を戻るか?-いや、また、回り込まれる。

 なら、左右の林に逃げ込む?-でも、障害を避けながらと破壊しながらの勝負になったら、すぐに捕まる。

 どうする?選択肢がない…!どうする!?

「#&%$*」

 次の一手が打てずにいると異形の様子が変わる。低く唸り声を上げ身震いをしている。何事かと警戒するその視線の先で、異形から無数の触手が――。

「伸び―――!」

 驚愕が口から零れる。慌てて横っ跳びに逃れようとするが遅かった。

 かろうじて触手から逃れるも、避けた触手が地面を砕き、衝撃と石飛礫が全身を襲う。

 全身に走る痛みと共に感じる宙を舞う感覚。それを頭が認識した時には地面に叩きつけられ、その勢いで地面を転がっていた。

「ハァ…、ハァ…」

 痛みと叩きつけられ衝撃で意識が混濁するが、危機感に後押しされた本能が身体を動かし、何とか木の陰に隠れることに成功する。

 不幸中の幸いか、吹き飛ばされたことで視界から消えたことによって異形はこちらを見失ったらしい。

「大丈夫?」

 吹き飛ぶ直前、咄嗟に抱き込んだ黒猫が声をかけてくる。

 さすがに空気を読んだのか、先程のような呑気な雰囲気は無く純粋に心配しているようである。

「平気」

 実際、身体中から痛みを感じるが深刻な怪我は特に無い。本気で宙を舞ったと感じるくらい、吹っ飛んだにしては軽傷だが今は気にしている余裕はない。

 今の問題は―。

「どうやってアイツから逃げ切るかだ…」

「ん?」

 腕の中で首を傾げる黒猫を見ながら、意識は思考に集中する。幸い、隠れることはできたけど、このままでいるわけにはいかない。あの異形が五感が人間と同じくらいかどうかわからないし、怪物特有の感知能力があるかもしれない。

 先程は難を逃れることができたが、そんな幸運がそう続くとは思えない。

「どうにかしないと…」

「んむぅー。…ねぇ?」

 先程から何やら唸っていたアリシアが話しかけてくる。

「どうして戦わないの?こっちに来る前に戦うチカラ、貰ってたでしょ?」

 なのにどうして逃げるの、とアリシアは無言で続ける。

 アリシアからすれば、もっともな疑問だ。戦う力を持っているのに逃げ回っているこの状況は不可解以外の何物でもないだろう。

 勝てるかはどうかは別にして、応戦すれば今より対応の選択肢は増え、より確実な逃げるチャンスも作り出せるだろう。

 ―能力が使えるという前提条件さえクリアできていれば、だが。

「アレ、魔力はデカイけど制御できていないから十分勝ち目はあるのに…」

 能力が使えないことを、どうアリシアに伝えようかと考えていたら、先にアリシアが口を開いてきた。

 十分勝ち目がある。

 つまり、雑魚。ゲームで言えば、チュートリアルで倒すような相手って訳か。

 アリシアが妙に余裕だったのは、それが分かっていたからで――って、待て待て。

「アリシア。お前、魔力がどうとかって分かるのか?」

「え?うん、一応…。長くなかったけど、そういう世界に生きていたし少しは」

 そういう世界。

 魔力のある―、いや、魔力とそれに伴う技術(ワザ)が認められた世界。

 アリシアはその世界の住人。異星人―、というより異世界人か。

「なら、アリシア。アレが何なのか分かるか?」

「…ここに来る前にも思ったけど、ゼンって少し順応性が高くない?」

 オレの反応が予想と違ったのか、アリシアが不満そうな声を上げる。

「ここはもっとこう―、『そんなことありえない!』とか言って、ワタシがニヒルな感じで『ありえない、なんて事はありえない』とか言う場面でしょうが」

「ハガレンかよ。というか、今さらだろ」

 用意していたネタを潰されて、プンスカ怒るアリシアに苦笑する。

 ホントに今さらである。

 事ここに至るまでに、一体いくつ妙ちくりんな体験をしたと思っている。

 あの世(仮)に幽霊、神様。転生に若返り、異形な怪物。

 そして、世にも奇妙な喋る黒猫。

 慣れ親しんでいるため、超常性というかそういったモノが感じられにくいが特典能力であるFATEの能力も充分『あり得ない』ものだ。

 この数時間にこれだけのことがあったら、頭がおかしくなったり感覚が麻痺して現実感を失うことで逆に順応したりもするだろう。

 オレは後者だっただけ。もっとも失ったのはずっと前。現実感ではなく、現実への執着ではあるが。

「まぁ、オレのことはどうでもいいだろ?それより、答えは?」

「あ、うん。多分、アレは異相体だね」

「異相体?」

 聞き慣れない単語に思わず聞き返す。

「うん。魔力を持った道具や、曰くありげな一品にはよくあることなんだけどね。漏れ出た魔力がカタチを得て、所構わず暴れ回るの」

「機械がイカれて、勝手に動き回るようなもんか。それで対処法はあるのか?」

「アレを構成している魔力を貫いて、核となっている物体に封印魔法…、ゼンに分かるように言えば、動力源をむき出しにして直接電源を落とせば大人しくなるはず」

 つまり、戦わないといけないってことに変わりはないか。

「それで?こっちの質問には、まだ答えてもらってないよ?戦わない理由は?あっ、ひょっとして怖かったり?」

「いや、そういう訳じゃない」

 怖いということはない。というか、言われるまでそういう可能性もあると思いもしなかったくらいだ。

 アリシアもそこのところはわかっているのだろう。最後の一言は人間の状態であれば、ニヤニヤとからかい顔で言っているであろうと分かるくらいに、あからさま口調だった。

 …能力の事を正直に伝えるか、少しだけ迷った。

 だが、いずれはバレるし、オレより魔法に精通しているアリシアなら何か良い打開策が閃くかもしれないと思い直し、正直に話すことにした。

「神様のヤロウから貰った特典能力だが…、使えなくなっているんだ」

「え?」

「アレに遭遇した時にオレも戦おうとしたんだ。だから、能力を発動しようとしたけど何故だか使えなくなっててな…」

 仕方なく逃げ回っていたんだ、と締めくくる。

 言われたことが予想外の内容だったのか、アリシアは数瞬の間固まった後、アワアワと慌て出した。

「あ、あれ?でも、さっき確認した時には…、あ、ひょっとして、二人一緒じゃないと駄目とか…?でも、ベースはゼンのはずだし…」

 俯いてブツブツと呟き始めるアリシア。何か打開策でもあるのかと思い、その事を尋ねようとしたら、それより先にガバッとアリシアが顔を上げた。

「ゼン!その能力の事だけど、多分、今なら…ッ!」

 勢い良く喋り始めたアリシアの言葉が唐突に途切れる。

 何事かと一瞬思ったが、背中に走った悪寒が答えを教えてくれた。

 考えるより先に、木の陰から離れる。

 一瞬の後、何かが潰れた時に似た破壊音と腹にくる震度が響く。

 振り返れば、思った通り。異形が伸ばした触手に薙ぎ払われて、先程まで隠れていた木が横に倒れていた。

「ちッ!のんびりし過ぎたか…!」

 こうなる前にここから逃れるべきだったのに後手に回ってしまった。

 どうするかと再び考え始めていたら、腕の中のアリシアが騒ぎだした。

「ゼン!ゼンってば!」

「何だよ!何か起死回生の方法でもあるのか!?」

「ある!っていうか、あるようになってる!!」

「はぁ!?」

 半ば自棄になって叫んだ事に返ってきた返事とその言い回しに訳が分からず混乱する。

「説明したいけど時間無いから、今は言う通りにして!」

「あ~ッ、訳分からんがもういい!どうすればいいんだ!?」

「いい!?何でもいいから契約の言葉を言ってアタシに触れて!そうすれば後は勝手に何とかなるから!」

「はあ?契約の言葉つったって、いきなり言われても…!」

「はやく!!」

 戸惑っているオレをアリシアが急かす。後方を見れば、再び見つけた獲物に歓喜の咆哮を上げながら異形がこちらに向かって突っ込んで来ている。

 考えている時間は無かった。

「ええい!どうにでもなれ!」

「よし!じゃ、いくよ!」

 腹を括ったオレを見たアリシアがそう言うと抱き抱えていたアリシアの身体が突然光り出す。

 思わず離してしまう。

 すると光は輪郭を無くしながら大きくなり始め、それが再び輪郭を成して光が消えると、そこには此処にくる前の少女姿のアリシアがいた。

 いや、あちらにいた時と違い、その身体が若干透けていて、いかにも幽霊らしい感じになっていた。

「さっ、はやく!」

「ッ!」

 再度促すアリシアの声にハッとなる。

 色々気になるが、今は後だ。

 とはいえ、契約の言葉なんてどんな風がいいのか、どんな言葉を使えばいいのか検討もつかない。

 何かそれっぽい言葉はないかと必死に自身の記憶を模索する。

「~~~~ッ、告げる!」

 半ば混乱しかけていた頭を働かせた結果、口から出てきたのはその言葉。

 何度も遊んだ結果、すっかり耳に残ってしまった呪文だった。

「汝が身は我が下に、我が命運は汝の剣に!聖杯の寄るべに従い、その意、その理に従うなら応えよ!」

 咄嗟に口から出てしまったが、FATEの能力を使う以上ピッタリだと思った。

 契約を口にして、アリシアに手を差し出す。

 今の契約の言葉をオレが何から引用したのか分かるのか、アリシアの口元に深い笑みが浮かぶ。

 そして―。

「アリシアの名に懸け誓いを受ける!貴方を我が半身(パートナー)と認めよう、ゼン!」

 返された誓いの言葉と共にアリシアの手が重ねられた――。

 

>>>

 

 最初、何が起こったのか、その異形には理解できなかった。

 見失った獲物を見つけて、今度は逃がさないとばかりに襲いかかった。

 直撃したはずだった。殺ったはずだった。

 だから異形は獲物に突っ込んでいった自分が、獲物から離れた場所で倒れているという現実を理解できなかった。

 チャリッと地を踏む音がする。

 その音に気付いた異形は晴れていく砂ぼこりの中から獲物の姿を探そうとした。

 だが、そこに獲物の姿は見当たらなかった。

 そこで見つけたのは。

 真紅の衣装をはためかせ、両の手に黒白の夫婦剣を携えた小さな剣兵。

 異端なる弓の騎士の力をその身に宿した狩人の姿だった。

 

 



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インスタント・ヒーロー

な、長かった…


 自分から少し離れた場所でひっくり返るように倒れている異形を見据えながら、オレは今、自分が何をしたのかを振り返っていた。

 あの瞬間―。

 アリシアと手を重ねた瞬間、世界が変わった。

 知識が、技術が、感覚が、本能さえも書き換えられ、別人になっていく様な奇妙な感じ。

 時間にすれば一瞬、しかし、とても長く感じた一瞬を超え、オレの瞳に映ったのは神崎ゼンの世界のではなくアーチャー・エミヤの世界だった。

 その世界に飛び込んで来る異形。

 高速で突っ込んで来るその異形を。

 

 研ぎ澄まされた感覚が捉え。 

 

 鍛え上げられた本能が身体を動かし。

 

 積み重ねられた経験が手段を選択し。

 

 精練された技術が捌いた。

 勢いをそのままに、まるで風が吹き抜けていく様を思わせる剣技と体捌きが異形を遠くへ弾き飛ばす。

 一朝一夕では決して叶わない、才能という原石を持たない者が鍛練に鍛練を重ねて得た一つの芸術。

 当然、神崎ゼンの記憶にはそれらの技術を得るために積み重ねてきた過程がない。

 しかし、身体には知識と技能という結果がある。

 記憶は現状を否定し。

 身体は現状を肯定する。

 もちろん、どうして自分にそんな技術が備わったのか理解はしている。

 だが、本能的に戸惑っている自分もいる。

 記憶と身体のアンバランスさ。

 そこから来る違和感。

 正直、心地よいとは言えない奇妙な感覚ではあるが―。

「…悪くない」

 視野が広がる。世界が広がる。

 知らなかった事を知り、出来なかった事が出来る。

 まるで狭い部屋の中から外に出た時にも似た解放感。

 それは奇妙な感覚を伴っていても尚、悪くないと思わせるものだった。

≪ふむふむ。ほうほう。これが世間一般で言われるところの『合☆体』っていうやつか~。なんか変な感じ~!≫

「アリシア?」

 聞こえてきた少女のどこまでも明るい声に思考を断ち切られたオレは、その声の主を探して首を廻す。しかし、いくら周りを見渡しても半透明な金髪少女の姿はもちろん、黒猫の姿も見えない。

「どこにいる?」

≪貴方の後ろ…、と言いたいところだけど正解は貴方の中にいま~す!≫

 呟くように漏らした問いの答えは耳の奥、自分の内側から響くようにしてもたらされた。

「オレの、中?」

≪正確には憑依とか意識の混在だとかになるんだろうけど、細かい事は言いっこ無し無し! ほら、あそこに転がってる奴もそろそろ動きだしそうだよ?まずはそっち、片付けよ?≫

 色々気になるところではあるが、アリシアの言い分がもっともな事も確かなので。

 胸に残る疑問に一時蓋をしたオレは、もぞもぞと起き上がろうとしている異形―確か位相体だったか―に意識と視線を固定する。

「%#●*※!!!!!」

 起き上がった位相体が咆哮を上げる。

 それは餌だと侮っていた存在から思わぬ反撃を食らったことによる怒りからか、こちらを威嚇するためか。

 どちらにしろ、まだまだやる気らしい。

 腰を軽く落とし、体内の魔術回路を稼働状態に持っていく。

 初めて行うのにも関わらず慣れ親しんだ動作を行ったかのような感覚。

 再び生まれた感覚に戸惑いを覚えるが、今度はそれを無視する事に成功したオレは臨戦態勢を整えながら、頭の中―正確には身体の内側?―にいるアリシアに呼びかける。

「アイツの止め方は核となる部分を露出させて封印魔法を叩き込む…、でいいんだよな?」

≪もしくは、高威力の攻撃で構成している魔力を丸ごと吹き飛ばすか―、だったんだけどぉ…≫

「? どうした?」

 尻すぼみに消えたアリシアの発言に疑問を感じて聞き返す。

≪あ~、え~とね。今言った方法は私のいた世界の魔法には当てはまるんだけど、その…≫

「? ―ああ」

  一瞬の間の後、アリシアの言わんとしていることを理解する。

  つまり、先程の方法はアリシアの知る魔法を使う分には確かな方法だが―。

「それが魔術にも当てはまるとは限りないってことか」

 もし、この2つが似通ったモノなら可能性としては有るんだろうが、アリシアが言い淀んだとこをみると可能性として挙げるには少々憚れるのだろう。下手したら、逆に火に油ってことにもなりかねない。お仕置きメテオやメギドラオンでございますをリアルで食らう趣味は無い。

「なら、少々方針に変更する必要があるな…。ゲームとかだと怪しい敵キャラとかと遭遇した場合、防御を固めたり無難な攻撃を仕掛けながら相手の出方を見たりするもんなんだが、そこら辺どうだ?」

≪う~ん、まあ、無難な攻撃で地道に削りながら反応を見て対処していくのが一番安牌、かな?≫

 オレの出した案に賛同しアリシアは頭の中で≪よ~し!≫と声を上げる。

≪そんな訳で! 作戦は『ガンガン行こうぜ!』ならぬ『ボチボチやろうぜ!』に、けって~い! 核の部分にだけ攻撃が当たらないように気を付けて超究して殺劇してスターバーストしちゃおうぜぃ!≫

「なにそれコワイ」

 全部で50Hitくらいはあるぞ、そのコンボ。急所外してもオーバーキルまっしぐらっす。

「つか、そもそも核がどの辺にあるかわからないと…って、ああ、あそこか」

 目に魔力を集中して視たら、すぐにわかった。赤い目玉の真ん中より若干下方、身体の中心という分かりやすい位置にある。

 核を狙う分には少々手間かもしれないが今は都合が良い。多少外側を剥いても中心部分にあるなら、そうそう影響は出ないだろう。

「よし」

 ともあれ準備は出来た。確認も済んだ。

≪あ~ゆ~れでぃ?≫

 アリシアの問いかけに首肯で答える。

 あとは―。

「やるだけだ」

≪GO!!≫

 掛け声と同時、魔力反応に警戒していたのか此方の様子を伺っていた位相体に向かってオレは駆け出した。

 

>>>

 

 アリシアと合流し特典能力が戻ったことで戦う力を得たとはいえ、つい先程まで一般人だった自分が正真正銘の怪物と本当に戦えるのか、ちょっとだけ不安だったのだがどうやら杞憂に終わりそうである。

 英霊の力を得るという能力は、まぁ、なんというか、思っていた以上にとんでもなかった。

 あえて言葉にするなら「英霊スゲー」の一言に尽きる。

 何てったって―。

「♯×■※●☆!!!!」

 位相体が次々と繰り出す触手の攻撃を避けながら、こんなことを考えていられるくらいである。

 右に。左に。あるいは後ろへ。下へ。

 繰り出される攻撃を完全に捉え、僅かな動きで避けていく。

 一撃避けるのに大慌てしていた数分前が懐かしい…。

「!!!!!!」

 そうこうしていると中々当たらない攻撃に痺れを切らしたのか、位相体の動きが変わる。此方を攻撃していた触手が束ねられ一本の大きな触手となって降り下ろされる。

 だが、巨大化したことで初動が遅い。加重が加わり速度が増す前に前方―、敵の方へ向かって回避する。

 そのまま、位相体の脇に滑る様に移動したオレはそこで停止。半回転しながら両手にある二振りの剣を異形の脇腹?に叩きつけた。

≪ほ~むらん!!≫

 吹っ飛んだ位相体を見て、同化している金髪幽霊幼女が歓声を上げる。子供の身体、その細腕から繰り出された攻撃にも関わらず、野球ボールよろしく数十メートルもぶっ飛んだ位相体だが、ここで攻撃を止めるつもりはない。

 再度、接近したオレは今度は下から交差するように剣を振り抜いた。

「¥▲●◎#&!!!!」

「!」

 咆哮か、あるいは悲鳴か。

 金切り声に似た雄叫びを上げる位相体にさらに追撃を行う。

 だが、畳み掛けようとしたこちらの攻撃は後ろに飛び退かれてたことで不発に終わる。

 ゴムボールが弾むように上空へ跳ね上がる位相体。

その身体がぶるりと震え、弾けた。

 まるで散弾銃のように放たれた攻撃が、木々を薙ぎ倒し、地面を抉る。

 当たれば一溜まりもない攻撃が驟雨の如く降り注ぐ。

 しかし、その攻撃も英霊の力をこの身に宿した今のオレに脅威を感じさせるには至らない。

 冷静に攻撃を見極めながら駆け出す。こちらに向かってくる攻撃をかわし、剣で弾き、落下してきた位相体に肉迫した。

 走ってきた勢いを殺さず、慣性を利用して放った蹴撃が相手に突き刺さる。

 確かな手応えと共に、蹴り飛ばされた位相体の姿が木々の奥に消えていった。

「どうだ? アリシア。上手くいったか?」

 消えていった位相体の方へ向かいながら、アリシアに問いかける。

≪んー…、とりあえず問題はなさそぉ、かな? うん、おっけーおっけー♪≫

「そうか。なら、後は最後の仕上げをどうするかだが…」

 このままでは弱らせることは出来ても、安全確実に封印しきることは出来ない。今のオレには『魔術』の知識はあれど『魔法』の知識はない。

 どうする?危険を承知で魔術での封印を行うか?ギリギリまで弱らせてからキャスターで魔術を使用すれば、あるいは―。

 可能かもしれない、と考えていたところでアリシアから声が上がった。

≪アイツの封印なら大丈夫。私に任せて!≫

「出来るのか?」

 振って沸いたアリシアの発言に驚きながら聞き返す。

≪ん、いちおーね。ただ、知識として知っているだけだから、確実に封印出来るようにギリギリまで弱らせておきたいの。頼める?≫

「ああ。問題ない」

 条件は全てクリア。これでコイツはなんとかなるだろう。

 とはいえ、問題はコイツだけではない。目の前のことで手一杯だったために忘れていたが、未だ現状は何処とも知れない異世界に黒猫幼女と二人きりという有り様なのだ。

 …ヤバい、改めて考えなければ良かった。状況が悲惨過ぎて涙が出そうになる。

 そんな事を考えていたら、視界に再び黒い毛むくじゃらな物体が映った。

 先程の攻撃が効いているのか、その動きは目に見えて遅い。

「丁度いい。一気に決める」

 のんびり戦ってる暇はない。このまま一気に押しきる!

 しかし、そんなこちらの思惑が読まれたというのか。こちらの接近に気付いた位相体は。

 あろうことか、逃げ出した。

「あ」

≪逃げた!≫

 いそうたい は にげだした!

「って、待て待て!」

≪襲ってきておいて逃げるな~!≫

 とか言ってる間もピョンピョン跳ねながら逃げていく位相体。

 逃げてくれるなら、それはそれで良いのかもしれない。

 だが、アレはアリシア曰く危険な物らしいし、また、襲ってこられるのも面倒だ。

 ここで後顧の憂いが断てるなら断っておこう。

「よっ…と」

 近くにあった木の上に飛び乗る。

 遠くなっていく標的を視界に収め、魔術回路を起動する。

 魔術回路に魔力が奔るのを感じながら、その言葉を口にする。

「投影(トレース)、開始(オン)」

 撃鉄が下ろされる。想像(イメージ)するのは二つ。

 アーチャーが持つ黒き洋弓。そして、矢となる剣、―『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』

 脳内に設計図が展開され、それを基に魔力が組上がっていく。

 そして、それがこの手に収まろうとした瞬間、―それは起こった。

「え?」

 硝子が割れる様な軽い音を立ながら、『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』の投影が破棄(キャンセル)された。

「な、どうして…!」

 投影の工程に不備はなかったはずだ。事実、オレの左手には無事に投影が完了した黒弓がある。

「アリシア! どういうことかわかるか!?」

≪わ、私にもわかんない!≫

 原因が分からず、アリシアに問いかけてみるも返ってきたのは混乱し慌てる声。

 特典能力については、オレよりアリシアの方が理解していた。そのアリシアが分からないのなら、即時対応は不可能だ。

 だが、投影魔術の行使自体は干将・莫耶や黒弓の投影が出来たことから可能。

 ならば―。

「投影開始(トレース・オン)」

≪ゼ、ゼン!?≫

 頭の中にアリシアの驚いた声が響く。

 今しがた失敗したにも拘わらず、再度投影を行おうとしていることに驚いているのだろう。

 だが、別に考えなしにやっているわけじゃない。オレの考えが正しければ、今度は大丈夫なはずだ。

「―よし」

『あ、アレ? 投影、出来た…?』

 アリシアの言葉通り、オレの右手には今投影した武器、黒鍵が握られていた。

 やはり思った通り。どうやら投影出来る宝具のランクが制限されているらしい。

≪これって、やっぱりアレかな? デメリット…≫

 尻すぼみに消えていくアリシアの声。

 確かに考えられる原因としては、その可能性が一番高い。

 その引き金となっているアリシアとしては思うところがあるのだろう。

 だが、今は全部後回しだ。

 思考を切り替え、黒弓に矢となる黒鍵を番える。

 そして、前方。千里眼が夕闇の中に消え行く位相体の姿を捉える。

「いけ!」

 狙いを定め、―放つ。

 放たれた黒鍵は狙い通り、急所となる核を避け、位相体の体を貫き、地面に突き刺さった。

 これが『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』なら、その余波で位相体の体を削り取れたのだろうが、黒鍵では敵わない。

 しかし、その後に起こった爆発がその不足を補った。

 ――『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』

 本来、切り札とされる宝具を炸裂させ、爆弾として用いるアーチャーにのみ許された荒技。

 本来、黒鍵は宝具には分類されないが、その籠められた魔力が至近距離で爆発すれば、充分な威力になる。

 爆発に巻き込まれた位相体は、その巨体を宙に舞わせ地に落ちた。

 とりあえず、予想通りにいったことに安堵したオレは位相体との距離を詰めるために木の上から下りる。

 高威力の宝具の投影が望めない以上、遠距離攻撃より接近戦の方が効率が良い。

 黒弓の投影を破棄し、干将・莫耶を再投影。

 半ばまで距離を詰めたところで、位相体の身体がのそりと動く。

 思わず舌打ちが出る。思ったよりダメージが浅かったのか予想より回復が早い。

 また、逃げられたくなかったので動けない内に近づいておきたかったのだが。

 だが、立ち直った位相体の行動はオレの予想とは違った。

≪! こっちに向かってきた!≫

 先程の攻撃を食らって逃げられないと思ったのか、位相体もこちらに向かって突進してきたのだ。

「♯#$¥◆□」

 威嚇のつもりか、位相体が雄叫びを上げる。

 ピリピリと肌が震える感覚を感じながら、両手の剣を握り直す。

 そのオレに向かって、位相体が触手を繰り出してくる。

 その数、五本。

 相手も必死なのか、まともに食らえばタダでは済まなそうな攻撃。

 しかし、それでもアーチャーとなった今のオレには届かない。

 一本目の触手を横に避け、二本目を剣で弾く。

 三本目を宙に飛んで避わし、四本目を触手を切り落とすことで防ぐ。

 五本目。横薙ぎの攻撃が来るが、遅い。

 その攻撃が当たるよりも先に、オレの攻撃が入る。

 そう確信したオレが剣を振るうために腕を振りかぶった時だった。

 三度目のアクシデントが起こったのは。

「あ?」

 ぐにゃり、と一瞬目の前が歪む。

 それが戻ったとき、オレの両手からは投影した夫婦剣の感覚が消えていて。

 代わりに先程までいなかった黒猫の姿が目に映った。

「っ!」

 能力が解除されたと理解したオレは咄嗟に黒猫を抱き抱える。

 そして、次の瞬間、身体の側面全体に何かがぶつかる衝撃を感じながら。

 オレの意識は途切れた。

 

>>>

 

 海鳴市の住宅街から、少し離れた道を一台の高級車が走っていた。

 その窓から流れる景色をアリサ・バニングスはボンヤリと眺めていた。

 普段から放課後は習い事やら塾やら、たまに家の用事等で多忙なアリサだか、学校からの帰りは親友達と歩いて帰ることが多い。

 しかし、今日の習い事は場所が遠かったために、同じ習い事をしている親友の月村すずかと共に迎えに来た車を使用していた。

 春先とはいえ、まだ日が沈むのは早い。

 習い事を終え、月村すずかを家に送り届けたころには既に辺りは暗闇に支配されていた。

 ぽつん、ぽつんと置かれた街灯に照らされた夜道は少女の興味を惹くようなものは無い。

 事実、アリサは外を眺めながらもその意識は別のことに向けられていた。

 その別のこととは、もう一人の親友、高町なのはの事である。

 どうにも、最近、少し様子がおかしいのである。

 元々、ぽけーとしている事が多い少女ではあったが最近は輪をかけて酷い。

 何というか全体的に上の空という感じなのである。

 授業中、きちんとノートを書いているように見えるが、それが妙に機械的だったり表情に変化が無さすぎたり。

 三人で話してるときも、気が漫ろだったりしたかと思えば、何でもないような話をしているときに、いきなり表情が明るくなったりするのだ。

 さらには、最近、家の手伝いが忙しいとかで放課後も一人で先に帰ったりと付き合いも悪い。

(なーんか、隠し事されてる気がする)

 アリサの友情センサー(ただし親友限定)が、ビビビッと反応しているのだ。間違いない。

 であれば、力になってあげたいとアリサは思う。

 こと親友二人のことであれば、例え後ろ暗いことであっても力になろうと決めているアリサだか、話してもらえないのであればどうしようもない。

 何度かすずかと二人でさりげなく聞こうとしたのだが、はぐらかされて終わっている。

 力強くで聞き出そうとも思えば、聞き出すことも出来るのだろう。だが、アリサもすずかもそれはしないでいる。

 それは、どことなくなのはの表情が生き生きしているからだ。

 思い詰めたり、悩んでいたりしていたらともかく、あんな如何にも充実してます、という顔をされては強行手段に出るのは憚れた。

 なので隠し事をされているのは甚だ不本意だが。

 それでも何かしら打ち込めるものが見つかったのなら。

 あの気持ちが強い少女の、その気持ちの行く先が見つかったのなら。

(やっぱ今は、黙って見守るしかないか)

 その性格からか。あるいは三人組のリーダー格故か。

 保護者的な感覚になりながら、そう再び結論づけたアリサ。

 そのアリサの意識に、今視界を横切ったものが入り込んだ。

「! 鮫島、止めて!!」

 アリサのその声に急制動をかけて車が止まる。

 理由を聞く前に車を止めた運転手兼執事の鮫島が、何事かと小さな主人に問いかけようと振り向いたが、そこにアリサの姿はなく、車のガラス越しに夜道を走っている姿が見えた。

 お嬢様、という自分を呼ぶ声が聞こえるがアリサは構わず整備された歩道から雑木林の中に分け入る。

 自分を呼ぶ声が強くなるが、それでも止まらずに歩を進めると先程見た光景が再び目に映った。

「お嬢様、一体どうし―」

 追い付いて来た鮫島の声が途中で止まる。自分と同じく目の前の光景に声を失ったのだろう。

「鮫島、救急車―、ううん、私が掛かりつけ医に連絡するから、その間にその子を運んで」

 そう言ってアリサが携帯を取り出すと、鮫島もそれに習い動き出す。

 所々から血を流し衣服もボロボロな少年と、その少年に寄り添うようにして鳴いている黒猫。

 少年が鮫島に抱えられるのを見ながら、電話口に出た実家の担当医にアリサは事情を話し始めた。




中々書けないなぁ。


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二人で…

 静寂の中にカチ、コチ、とアンティークな時計が秒針を刻む音だけが響く。

 灯された明かりは枕元のライトだけで、発熱灯の控え目な光量が目に優しい。

 動かしていた視線を再び正面に向ければ、日本ではあまり見られない高い天井が目に入る。

 それを見て、ああ、そういえば異世界なんだっけと忘れていたことを改めて思い出した。

「知らない天―、ゲフンゲフン」

 危ねぇ、危ねぇ。ぼー、としてたら勝手に何かを口走ろうとしていた。

 テンプレネタは嫌いじゃないが、使いすぎは良くないと誰かが言っていたからな。自重しよう、うん。

 などと、変なことを考えていたら、モゾッと何かが動く感触を感じる。

 視線をそちらに向ければ、そこには再び黒猫の姿に戻ったアリシアの姿があった。

「どうしたの? 大丈夫?」

「ああ、別に何ともない。平気だ」

 そう返すとそれで話が途切れ、再び静寂が支配する。静かなのは嫌いじゃないが、こういった沈黙は苦手だ。

「ごめんね。私のせい、だよね」

 そう謝ってくるアリシアの声はもはや涙声に近い。

 さっきまでからは想像出来ないこの姿は、オレのケガの原因が全て自分にあると落ち込んでいる為だ。

 その姿にオレは目を閉じ、頭の中に先程確認した特典スキルのステータス画面をもう一度表示する。

 特典スキルを使う前は文字化けしていたステータス画面は今は直り、そこにはこう記載されている。

 

能力名『天の杯(ヘブンズフィール)・主』:

内容 第5次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントの能力を得る。但し、使用には以下の制限が付く。

1,発動には、『天の杯(ヘブンズフィール)・従』(アリシア・テスタロッサが所有)の能力が必要。

2,使用時間が有り、その時間は二者の能力の熟練度によって左右される。(現在1サーヴァントにつき、150秒発動可能)

3,使用できる宝具に制限有り。使用可能なランクは二者の総合魔力値で決まる。(現在Cランクまで使用可)

 

 そこまで読んでステータス画面を消す。

 他にも、この特典スキルに付随する能力があるが、今は置いておく。

 つまりは、そういうことだ。

 オレが能力を単独で使えなかったのも。

 カラドボルグの投影に失敗したのも。

 そして、能力が強制的に解除されたのも。

 何てことはない。そういう風に能力が再設定されていただけのことだ。

 そして、こうなったのはどう考えても特典スキルをアリシアと分割した為だろう。

 確かにそういった意味では、アリシアにも原因はある。

 だが―。

「さっきも言ったろう? こういうことになる可能性があるって判ったうえでオレは受け入れたんだ。お前だけのせいじゃないよ」

「でも」

「それに、このケガは能力とかは関係ない」

 尚も言い募ろうとするアリシアだったが、オレの発言に口を閉ざす。

 そう、特典スキルがどうとかの問題ではない。

 このケガの原因は、浮かれて油断したせいだ。

 デメリットがあると分かっていたにも関わらず、能力の確認を怠り、手にした力に浮かれていた結果だ。

 きちんと能力が発動した時点で、特典スキルを確認していれば、こんなことはならなかった。

「だから、アリシアのせいなんかじゃない」

 そう説明すると、アリシアが放っていたどんよりとした空気が和らぐのを感じた。

 嬉しかったのか、鼻をピクピクと動かしながらオレの顔の側までトテトテとやって来た黒猫は―。

「…ありがと」

 すり、と身体を寄せた後。

 あろうことか、オレの顔を舐め始めた。

 ぺろ。

 ペロ。

 Pero。

 ――アカン。

 アリシアにしてみれば感謝の気持ちを表しているだけなのだろう。

 しかし、これはアカン。

「…あの、アリシア、さん?」

「? なに?」

 キョトンとした感じで聞き返してくるアリシア。しかし、その舌は、――止まらない。

「あの、今、黒猫ですよ、ね?」

「? 見ての通りだけど?」

「でも、ホントは人間さんッスよね?」

「…さっきから何言ってるの?」

 怪訝な表情―猫だからよく分からないが―のアリシアさん。

 く、出来れば察して貰いたかったが仕方ない。

 覚悟を決め、口を開く。

「いや、絵面的には微笑ましいのだろうけど、実際には幼女が顔をペロペロしているわけだから、かなりヤバイというか変t―」

(ヒュ)←アリシアの爪が散魂鉄爪する音。

(ゴロゴロ)←オレが悶絶して、のたうち回る音。

「まったく、人が本気で……」

「わるい、すまなかった」

 ブツブツ言いながら、身体ごとソッポをむいたアリシアに謝る。

 それでも、機嫌が斜めのままなので、さらに言葉を重ねようと口を開こうとした時、廊下からペタペタと誰かが近付いてくるのに気付いて口を閉ざす。

 程なく、音を立てないように気を遣ってか静かにドアが開かれる。

「あら、気付いたんだ?」

 入ってきたのは、外国人の少女だった。

 アリシアよりも濃い金の髪をツーサイドにし、勝ち気な光が瞳に宿っている。

「どう? 何処か痛む?」

 利発そうな顔立ちに心配そうな表情を浮かべて、少女はこちらの様子を窺ってくる。

「あ…、っと、大丈夫。えっと―」

「アリサよ。アリサ・バニングス」

 ベッド横の椅子に腰掛けながら少女が名乗る。

「ん。怪我の方は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。バニングスさん」

「名前で良いわよ。ファミリーネームは呼ばれなれてないの」

 呼ばれ方に違和感があったのか、微妙な顔付きをする少女。

「じゃあ、アリサさん」

「………」

「アリサ、…ちゃん」

「ん、まぁ、及第点ね」

 満足できたのか、顔付きが柔らかくなる少女、――アリサちゃん。

 …呼び捨てはアレだと思ったから、ちゃん付けしたが慣れてないせいか妙に気恥ずかしい。

「ではアリサちゃんと。――ああ、この響きは実に君によく似合っている」

「な…ッ」

 気恥ずかしさを誤魔化すために、どこぞの赤い人の台詞を引用してみたら効果覿面。クリティカル。

 出会ったばっかりの女の子ですら赤面されられるんだから、さすが。FATE界の色男の名は伊達ではない。

「んんっ、と、ところでアンタ、どうしてあんなところで倒れてたのよ? しかも、あんなにケガして」

 一つ咳払いをしてから、そう話題を振ってきたアリサちゃん。

 それに、オレはさてどうしたものかと頭を悩ます。

 本当のことを言うわけにはいかない。というか、言った瞬間に怪我人から怪しい人にクラスチェンジだ。

 かと言って、適当な嘘を言っても意味はない。

 この容姿である以上、親御さんに連絡をしようとするのが普通の対応だ。

 だが、連絡しようにもこの世界には家族どころか戸籍すら無いだろう。すぐにバレる可能性が高い以上、下手な嘘はただ相手の信用を損なうだけだ。

「ねぇ、聞いてるの? あ、ひょっとして怪我のせいで記憶があやふやだったりしてるの?」

「ああ、いや…」

 黙っていたことを勘違いして、心配そうに聞いてくるアリサちゃん。

 もう一度、お医者さま呼ぶ?と言う彼女に首を振りながら、オレは意を決して口を開いた。

「何をしていたかは、ごめん、言えない」

「言えない?」

「ん。ごめん。でも、世間一般での人様に言えないことをしていた訳じゃないよ」

 どうしようか考えてみたが、結局、良い案が浮かばなかったため、言えないことは伏せて嘘偽りなく答えることにした。

 助けて貰ったことには感謝しているが、この子は初対面の女の子。嘘を付いてまで維持するような関係が有るわけでなし、むしろ、嘘を付くほうが悪いだろう。

 結果、警察か病院に突き出されるかもしれないが、その時はしょうがない。ややこしくなる前に特典スキルを使って逃げ出そう。

 そして、口を開いたが実質黙秘と変わらないオレの発言にアリサちゃんはと言えば、案の定険しい顔でこちらを見ている。

「一応、言っておくけど。私達、別に下心があって助けた訳じゃないわよ?」

「ああ。そこに関しては、別に疑ってないよ」

 自分達を怪しんでいると考えたのか。そう発言したアリサちゃんの言葉に頷く。

「分かっていて…、言えないって?」

「…悪いけど、色々訳ありで、ね」

 だからといって、事情を話すことはできない。申し訳ない気持ちはあるが、このままのらりくらりと避わしていこう。

「……私としては、あまり大事にしたくはないんだけど」

「奇遇だね、オレも助けてもらった礼もきちんとせずに、退散するのは心苦しいと思ってたところなんだ」

 暗にやっかいになれば逃げると告げれば、その意図が伝わったのか、アリサちゃんはむぅ、とうねって押し黙った。

 そのまま、二人して沈黙する。

 オレから話すことはないため黙っているが、アリサちゃんの方は考えをまとめているのか、それとも此方のは様子を窺っているのか。

 じっと見つめてくる挑戦的な熱を宿した視線に居心地の悪さを感じて視線を余所にやれば、我関せずと言わんばかりに後ろ足で耳を掻く黒猫が一匹。……あれ、幼女だよな?

「事情は説明できないのね?」

 横合いから聞こえてきた声に明後日の方へ飛んだ思考が元に戻る。アリサちゃんに戻した視線が彼女の翡翠色の瞳に絡まった。

「うん」

「御両親―、御家族は?」

「…とても、遠い場所にいる」

「…友人とか、連絡つく方は?」

「いない」

「……行く宛は?」

「ない」

「………家出の理由、目的は?」

「家出じゃないけど、目的は言えない」

 そこまで言うとアリサちゃんは大きくため息を吐き、背もたれに身体を預けた。その表情は俯いたことで垂れた前髪に隠れて見えない。

「…身寄りがないのね」

「そう、いうことに、なるかな? 多分…」

 先程のやり取りから、そう結論づけたらしいアリサちゃん。

 実際のところ、本当に身寄りがないかは分からない。ここに送りこんだのは、仮にも神様を名乗るくらいの奴なのだから、仮の住まいやら戸籍やらを用意していても可笑しくはない。とはいえ、確認できない以上、今のオレの身分は家なき子以外にない。…悲しいことだ。

 そんなオレの返答にアリサちゃんはと言うと、そう。と短く答えただけで、それ以降、口を閉ざしている。

 どうしたのかなと思って、よく見れば、前髪の隙間から見えた唇は何かに耐えるように引き締められている。視線を僅かに下にやれば、膝に置いた拳がふるふると震えていた。

 …アレ? なにやら、とんでもない誤解をされているような気がスルヨ?

 なんというか、現状に対する認識にオレとアリサちゃんで大きく差異がある気がする。

 確かに今の境遇に対して、多少の焦燥感はある。だが、危機感に関しては然程感じていない。

 現実味を欠いてるのもあるのだろうが、開き直りに近い感覚。

 どうとでもなれ、という程投げやりではない。

 だが、何とでもなる、というような自信というか妙な安心感があるのだ。

 しかし、アリサちゃんはそうではないだろう。なんというか、彼女の中で盛大なバックストーリーが展開されているような気配がする。

「あの「決めたわ」、…ハイ?」

 誤解を解こうと口を開きかけたオレの言葉に被さるようにアリサちゃんが声をあげた。

「あなた、名前は?」

「え?」

「名前よ、な・ま・え! それともそれも言えない?」

「あぁ、いや、…ゼンだ。神崎ゼン」

 アリサちゃんの勢いに圧され、しどろもどろに名前を口にする。

 名前を聞き出したアリサちゃんは、「神崎ゼン、…ゼン」と何度かオレの名前を口の中で反芻していたが、おもむろに勢い良く椅子から立ち上がった。

「じゃあ、ゼン!」

「はい?」

「あなた、今日から此処に住みなさい」

「………はぇ?」

 何を言われるかと心持ち身構えていたオレだったが、あまりに予想外の一言に間の抜けた声が口から漏れた。

「此処に住む?」

「そうよ」

「誰が?」

「アンタに決まってるでしょ。それとその子も」

 胸を張ったまま、くいっ、と顎で示す先にはこちらも驚いているのか、丸い目を更に丸くした黒猫幼女の姿。

 つまり、オレとアリシアに此処に住めとアリサちゃんは言っているのだ。

 ……いや、いくら何でも急すぎるだろう! どうして、そうなった!?

「あ、アリサちゃん」

「今日のところは、とりあえず―、って何よ?」

「ご、ごめん。ちょっと話に付いていけてない。…あのさ、本気で言ってる?」

「当たり前でしょ」

 何言ってるの? と言うような顔で事も無げに言うアリサちゃん。寧ろ、こっちが何言ってるのって言いたい。

「あのさ、オレ達会ったばかりの赤の他人だよ? しかも、自分で言うのもアレだが随分怪しいというか…」

 そんな人間を本当に置いておくつもり? と訪ねるがアリサちゃんの態度は変わらない。

「だから、何よ。確かに怪しいとは思うけど、行く当てのない子供の、しかも、怪我人を放り出すわけにはいかないでしょ」

「いや、まぁ、そうだけど…。でもほら、親御さんがなんて言うか分からないだろ?」

「それなら、大丈夫よ。パパに言われてるもの。『拾うのは構わないが、拾った以上は最後まで面倒みなさい』って」

「…………」

 それは犬猫の話だろ!ってツッコミたかったが我慢した。なんか無駄っぽいし。

 だが、不満げな気持ちは伝わったのだろう。畳み掛けるようにアリサちゃんが口を開く。

「もう! 意固地になってないで素直に好意を受けときなさい。とりあえず、事情は聞かないでおいてあげるから」

 唇を尖らせて、ちょっと怒ったようにそう言うアリサちゃん。

 確かに、事情を聞かずに置いてもらえるのは今のオレ達には渡りに舟だ。それにここがどんな世界か判らない以上、現地人のアドバイザーは必要になってくる。

 そういった意味でもアリサちゃんの存在はオレ達の助けになってくれるだろう。

 だけど、と思う。

 アリサちゃんは一般人だ。対して、今のオレとアリシアは一般人とはとても言えない。

 『世界の異変を修正しろ』とあの神様は言った。それがどのような行為を指すのか分からないが、夕方のような事が含まれるなら、今後、アリサちゃんを巻き込みかねない。

 …やはり、断るべきか。

 メリットとデメリットを量りに掛け、そう決断する。

 とはいえ、正直に言ってもこの子はきっと納得しないだろう。後でこっそり逃げ――。

「言っとくけど、この場をやり過ごして後で逃げ出そうとか考えない方が身の為よ?」

 心を読まれた!?

「もし、そんなことをしようものなら、ありとあらゆる手段を使ってでも見つけ出すわよ。TVやネットに顔写真付きで捜索かけたり、賞金つきの貼り紙を日本中にばら蒔いたり、ね」

 こ、怖い…! どこまで本気か、―いや、マジだ。マジでやる気だ! この子にはやると言ったらやる………、『スゴ味』があるッ!

 って言ってる場合じゃねぇ! どうしよう。そんな事されたら商売上がったりだ。身動き一つ出来なくなっちまう。マズイ。助けて、アリシア!

 状況を打開するためにアリシアに目で助けを求める。だが―。

 アリシアは仲間になりたくなさそうにそっぽを向いている! ………畜生ぅ。

 その時、ふっと手に何が触れる感触。視線をやると、アリサちゃんがオレの手を両手で包み込んでいた。

「だから、さ……」

 先程までとは違う、優しい、静かな声が耳に響く。

「此処にいてよ。どうしても出ていきたくなったら止めたりしない。だから、せめてケガが治るまでは…」

 アリサちゃんの瞳がオレを見据える。その瞳に宿る熱は挑戦的なものではなく、純粋に此方を気遣うものに溢れていた。

「―――」

 小さく溜め息を吐く。呆れていた。彼女にではない。オレに対してだ。

 彼女はオレ達の、―オレの身を案じてくれていた。ひょっとしたら、ちょっとした勘違いを含んでいるかもしれないが、それでも、純粋に。下心なく。

 なのに、オレは自分のことしか考えてなかった。彼女の気持ちに頭が回らず、メリットとデメリットでしか判断してなかった。

 彼女は聡い子だ。見ず知らずのオレを置くことがどういうことか、理解してないわけがないだろうに。

「―わかった」

「え?」

 オレの手を包む彼女の手に手を重ねる。

 此処にいることで彼女を危険に巻き込んでしまう可能性はある。

「君の好意、受け取らせてもらう」

 だけど、これ以上、彼女の想いを無下にすることはオレには出来なかった。

 ふと、アリシアを見れば、彼女も賛成なのか、ふりふりと尻尾を振っている。

「まったく! 最初から素直にそう言ってなさいよ」

 アリサちゃんがふんぞり反えり、得意げな顔でそう言う。だか、その顔がどことなく、ほっ、としているようにも見えて微笑ましく思ってしまう。

 そんな彼女に頭を下げる。

「有り難う。君の善意に感謝する、アリサ・バニングス」

 あらんかぎりの感謝を込めて、そう口にする。

「な……ッ」

 すると、アリサちゃんは口をパクパクさせながら固まってしまった。おまけにその顔はみるみる赤く染まっていってる。

「か、勘違いしないでよね! こ、これは、私の信条とかそういう問題であって……、べ、別に、アンタの為じゃないんだからね!」

 

 

 

 

 なんだろう。胸がドキドキする。

 

 

 

 

「くぎゅう……」

「はっ」

 アリシアの鳴き声?で我に返る。あぶねぇ、意識がどっか行ってた。つーか、何ですか今の? 宝具ですか? 固有結界ですか?っていうくらい、とんでもないものを見た、いや、聞いた。

 ツンデレ。しかも、金髪の。うん、素晴らしかった。まさか、出会って早々聞かせてくれるとは。財の出し惜しみは無しなんですね、アリサちゃん。

 良い開幕です。

「何か、アンタ達から不快な気配を感じるんだけど」

 気のせいです、く―、アリサちゃん。

 

 

>>>

 

 

 どこか納得いかない、といった顔をしていたものの詳しいことはまた明日と言い残してアリサちゃんは部屋を後にした。

 身体を横にすると疲れからか、あるいは当面の心配がなくなった安堵からか、あっという間に睡魔がやってくる。

 眠気でぼんやりしてくる頭で、今日1日に起こったことを振りかえる。………うん。

「色々ありすぎだわ」

 思い出すと余計に疲れてきたので考えるのをやめる。

 何はともあれ、乗りきったのだから良しとしよう。だから、問題は。

「これから、どうするか、か…」

 呂律が回らなくなってきた口で小さく呟く。その呟きが聞こえたのか、ちょこんと起き上がったアリシアの姿が視界の隅に入った。

 生活面はしばらく大丈夫だとして、本命の方は何をどうすればいいのかもわからない状態。加えて、現状ではそれに対処するための戦力にも難がある始末。

 問題は山積み。まさしく一寸先は闇状態である。

「ゼン…」

 耳元で震えるようなか細い声が響く。半分以上、睡魔に支配されていて顔をそちらに向ける気力のないオレの頬に小さな温もりが当たった。

「ゴメンね…」

 小さな声で謝罪が届く。何度も何回も。泣きそうな、いや泣いているような声が。

 

 …………。

 

「アリシア…」

 途切れそうになる意識を繋ぎ止めて、アリシアに声をかける。

「確かに、特典能力がややしいことになったのはアリシアと能力を分けたことが原因なんだろう」

 それは事実であるため、否定できない。頬に触れる温もりがビクリと触れるのが分かった。

「能力が十全に使えていたら、こんなことにもならなかったかもしれない」

 実際、使ってみたから分かる、その能力の恩恵。

 人の枠組みを越えて振るわれる力の、全能性と超常性。

 もし、あの力が無制限に使えたのなら、こんな風にベッドに転がっているなんてことには、きっとならなかっただろう。

「ゼン、わたし……」

「でも」

 だけど。

「一人じゃない」

 そう。確かに能力は、使える力は小さくなった。

 だけど、代わりに一人じゃなくなった。

 いきなり、転生されて何処ともしれない異世界に投げ出されて、化け物に襲われて。

 これからどうなるかも分からない、本来なら途方に暮れるような状況にあって、だけど一人じゃないということが、一緒にいてくれる存在がいることがどれだけ救いになっているか。

 それは、力の半分を支払ってもお釣りがくるくらいに価値があるものだと思っている。

 それに。

「オレは弱いからさ…。誰かが見ててくれないと、すぐに立ち止まってしまうかもしれないし」

 なんせ、ここに飛ばされる前まで完全に心が折れ、全てを諦めていたような男だ。

 見ててくれる、―見栄を張れる相手の一人でもいないとすぐに諦めてしまう保証がないとは言い切れないのだ。

「……ゼン」

「今は、全然駄目かもしれないけど、でも、頑張ればきっとさ、強くなれるかもしれない」

 一人前の力を二人で分けて、今は半人前が二人。

 でも、二人で強くなれば。強くなって一人前になれれば。

 本来よりも、もっと強くなれるはずだから。

 だから―。

「強くなろう、――二人で」

 そこが限界。そう言い切れたかどうかのところで、オレは意識を繋ぎ止めることができなくなって――。

 言いたいことがきちんと伝わったか分からない。

 でも、完全に眠りに落ちる直前に聞こえた「ありがとう」という声が嘘でなければ、きっと、ちゃんと伝わっただろうから。

 頬に感じる温もりが僅かに強くなったことにそう確信したオレは、今度こそ微睡みに身を委ねた。

 

 

>>>

 

 

 同時刻。海鳴市、郊外の森。

 暗闇に支配された森の中を、一匹の異形が駆けていた。

 それは夕刻の頃、ゼンとアリシアを襲ったあの位相体である。

 ゼン達をその一撃で吹き飛ばした後、位相体は受けたダメージを回復するべく、静かに身を潜めていた。

 ゼン達から受けたダメージはそこそこに大きく、完全回復には少なくとも一両日は時間が必要だった。

 だが、位相体はダメージの回復もそこそこに全力で森の中を駆けていた。そう、まるで何かから逃げているように。

 いや、実際に位相体は逃げていた。

 その魔力を捉えた瞬間から、位相体は狩る側から狩られる側に変わった。

 あるかどうか分からない本能、―もしくはそれに準ずる何かがずっと警告を発しており、それに従うように位相体は逃げていたのだ。

 やがて、位相体の視界に森の終わりが見えた。

 残りの距離を一気に踏破し、その勢いのまま、遠くに消えようと位相体が力を開放しようとした瞬間。

 桜色の光が降り注いだ。

 位相体の行く手を阻むように軌跡を描いて降り注いだ5線の光条は、まるで巨大な獸の鉤爪の如く位相体を捉える。

 それに、位相体の動きが止まる。止まってしまう。

 その瞬間、放たれた膨大な魔力。

 強大な魔力のプレッシャーに、位相体が後ろを振り返る。

 位相体が見たのは視界全てを染める桜色の光の奔流。

 それが、自身の見る最後の光景になるとも理解できないまま、位相体は光に飲み込まれていった。

 

「ふう…」

 無事に位相体を封印できたことに安堵し、高町なのはは大きく息を吐いた。

 封印され、淡く輝くジュエルシードを相棒の杖に納める。すると、ガサガサと近くの茂みから何かが動く音が聞こえてきた。

「お疲れ様、なのは」

 そこから出てきたのは、もう一人の相棒のユーノ・スクライアだった。

「うん、ユーノ君もお疲れ様。それで、どうだったの?」

 返事と共に、なのははユーノに質問を投げかける。

 なのはが位相体と戦闘していた頃、ユーノはある気がかりについて調べていたのだ。

「うん、やっぱり魔力が使われた形跡があったよ」

 調べていたのは、夕刻のことについてだった。

 ゼン達と位相体の戦闘による魔力の波動をなのは達はしっかりとキャッチしていたのだ。

 今、この世界には戦える魔導師はなのはしかいない。

 なので、戦闘が行われているというレイジングハートの情報はなのはにしてみれば、寝耳に水だった。

 疑問に思いつつも慌てて現場に来てみれば、もうすでに戦いは終わった後。

 何か手掛かりはないかと色々調べていた所でジュエルシードの魔力を捉えたなのは達は、まだ戦えないユーノが調査を続けて、なのはは封印に向かったのだった。

「それって、やっぱり……」

「うん。この街に他にも魔導師がいるってことだね」

 言い淀んだなのはの言葉を引き継ぐかたちで、ユーノが答えを言う。

「味方、かな?」

「分からない。援軍が来るのはまだ先のはずだし、僕が先行しているのは通達済みだから…」

 こちらに何も連絡がないのはおかしい、とユーノが締めくくる。

 降って沸いた謎の存在に二人の空気が重くなる。

「まだ、何とも言えないけど…、注意だけはしておこう」

「うん……」

 ユーノの忠告に神妙に頷いたなのはは胸の中の不安をかき消すように、ギュッとレイジングハートを握り直した。




あっちこっちで色々書いているせいで全然更新出来なくてスミマセン。


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転生者と黒猫の異世界らいふ そのいち

なんか説明回みたいに…


 陽が昇り、人々が動き出そうとする時間。―より、僅かに早く。

 まだ街を染めあげる光の色合いに青が混じっているその時間。

 オレはアリシアを伴ってある児童公園に来ていた。

 朝早いこの時間に、もちろん人はいなく突然の訪問者に驚いた小鳥が数羽、飛び去っていった。

 そんな光景を横目にオレは準備運動を始めた。

 海が近く自然が周りに多いせいか、この規模の街にしては濃い朝霧がひんやりと肌を刺激する。

 その朝霧を含んだ空気を大きく吸い込む。一回、二回。

 肺を通り、全身を巡った冷気が最後に脳を覚醒させた。

「よし」

 パチリと目を開け、全身の状態を確認する。

 入念に行ったストレッチが身体をしっかりと解しているのを確認すると、オレはもう一度深呼吸し目を閉じた。

 そのまま、意識を内側に持っていく。程なく、オレの頭の中にとあるイメージが浮かんでくる。

 綺麗に等間隔に刻まれた何かの設計図の一部のようにも思える、複数のライン。

 それをしっかりと思い浮かべたオレは呟くように言葉を発した。

「強化開始(トレース・オン)」

 ガチン、と硬い金属が叩き落とされたような音が聞こえた気がした。

 同時に思い浮かべたラインの一本に光が走るイメージ。

「ッ……」

 ぐにゃり、と立ち眩みがして身体がふらつく。

 一瞬の意識の空白の後、視界が正常に戻る。同時に感じる、身体に一本、芯が通ったようなむず痒い感覚に成功の手応えを得る。

 ここまでは上出来。問題はここからである。

 トントン、と何度か小さく跳びはねながら身体と意識の調子を上げていく。

 そうしながら、踏破すべき対象を見据えていたオレは調子を十分に上がったのを感じると跳ねるのを止め、今度は腰を落として身構える。

 そのまま、しばらく。 

 チチチッ、と鳴いた鳥が飛び立つのを合図にオレはスタートを切った。

 常人を越えた速さのままに、公園の入口から半ばまで一気に駆け抜ける。

 そのオレの前方、進路上にジャングルジムが見えた。

 このまま行けば追突コースだが、オレはスピードを落とさずにその数メートル手前でダン、と力一杯に地を踏み込み大きく跳んだ。

 身体に強く浮遊感を感じ、そして、滞空し続ける不慣れな感覚に僅かばかり戸惑うが、思考がそれをしっかりと認識する前にオレはジャングルジムの天辺に着地する。

 無事に着地したが、まだ終わらない。

 着地した時の反動を利用して、もう一度跳躍。ジャングルジムの奥にあったシーソーに着地すると、加わった重さによって傾き始めた台が完全に地につく前に再び跳躍する。今度の着地点はブランコ。着地の衝撃でぐらぐら揺れるブランコの上で上手くバランスを取り、次の目標の鉄棒に向かって跳んだ。

 少々勢いが足りなかったが何とか鉄棒の上に着地できたオレはその細い棒の上を全力で走り、四度めの跳躍を行う。

 跳んだ先にあるのは、公園に植えられている木の一本。その幹に垂直に着地する。

 ガサリ、と木が震える音が耳に届き、慣性を失った身体が重力に従い始める。それらを感じながらオレは両足に魔力を集中する。

「せーぇ、…のッ!」

 そう掛け声と共に木の幹を両足で蹴り出す。

 全力で蹴り出した反動により、オレの身体は放たれた矢のように真っ直ぐ飛んでいく。

 着地点は最初に跳んだジャングルジム。

 障害物を跳び回るうちに、かなりの距離が空いていたはずだが、みるみるその距離が縮まっていく。

 このスピードでジャングルジムにぶつかれば、今のオレでは大怪我は免れない。思わず瞑りそうになる目を気力で開きつつ、身体の動きに神経を集中する。

 身体を包む慣性に逆らわず、その力を利用して前転宙返り。足の向きを着地点に向けて、鉄枠の一本を注視する。そして―。

「~~~~~ッ!!」

 足の裏から、もの凄い衝撃が這い上がってくる。

 鉄枠に着地したその衝撃は、礼装でも強化された物でもない、ただの平凡な靴が受け止められる許容を遥かに越える。

 ハンマーでぶっ叩かれたように骨にまで響く衝撃に思わず涙目になるが、歯を喰いしばってやり過ごす。

 痛みで乱れそうになった集中力を整え、次の―フィニッシュのアクションに入る。

 衝撃で感覚が鈍い両足に力を籠め、背中を反らすようにして後ろに跳ぶ。

 後方宙返り。

 天と地がひっくり反った逆さまの世界がオレの視界に入ってきた。

 そんな中でオレの意識は再び自身の内へ。

 

「投影開始(トレース・オン)」

 

 トリガーワードを口にすると同時に、待機中だった魔術回路に魔力が迸る。

 魔術の行使により、まるで両腕の神経や血管が熱を帯びたかのようにチリチリする。

 そして、その先。

 僅かに開いた掌の中で魔力が電気のようにスパークした。

 バリバリッと音を出しながら、その掌を刺す魔力の感覚の中で少しずつ感じ始める物質の質感。

 やがて、それは確かなものになり、オレの両手に納まったが、その時には既にオレの身体は落下を始めていたため、その出来を確認することもなく投擲の姿勢を取る。

 狙いは左と右。タイヤと、ベンチの上にそれぞれある空き缶。

 身体を独楽のように回転させながら、それぞれに狙いを定め、オレは両手のものを投げ放った。

 オレが投影し、投げたのはダークと呼ばれる真アサシンが使っていたあの投擲剣だ。

 ヒュ、と鋭く風を裂く音がした。

 投擲の威力は充分。速度も申し分ない。

 後は命中精度だが……。

「しょっ…、と」

 空中で切り揉み状態になった体勢を何とか整え、無事に地面に降り立つ。

 そのオレの耳に届く二つの音。カン、ザクッ、という二種類の音だ。

 顔を上げてみれば、オレが投げた2本のダークのうち、タイヤの方へ投擲したものは何とか空き缶に当たっていたが、ベンチの方へ投げたものはその狙いを外れて後ろの樹に刺さっていた。

 はぁ、失敗に溜め息が漏れる。またも、上手くいかなかったことに自然と肩が落ちてしまう。

 貫通の衝撃で跳ね上がった空き缶も、よく見ると上の方にギリギリ当たったって感じだ。

 気落ちしながら、クルクル回りながら落下し始めた空き缶をボンヤリ見つめる。

 そして、拾いにいかないとな、そう思った時だった。

 横合いから、飛んできた黒色の弾丸が落下中の空き缶に直撃した。

 2発、3発と続いて飛んでくる弾丸が甲高い音をたてながら、空き缶を何度も跳ねあげる。

 それを何とも言えない気持ちで見ていると、別方向でもカン、と音がした。

 視線をやれば、オレが外したベンチの方の空き缶が同じように空中で踊っていた。

 そして、それ等は同じタイミングで同じ方向に綺麗な放物線を描きながら飛んでいき――。

 カコン。

 最後に小さな音を立ててゴミ箱に納まった。

「…………アリシア」

「てへ☆」

「イラッ」

 やるせない気持ちになりながら、アリシアの名前を呼ぶも本人はイタズラ成功とばかりに尻尾をふりふりしていながら、そんなことを言うもんだから思わずイラッとした。

 だが、それも一瞬だけで再び気持ちが落ち込んでいく。

 はぁ~、と大きく息を吐いて滅入った気分を少しでも吐き出そうとしたが、それもあまり上手くいかなかった。

 それでも、意識を切り替えることには成功したオレは先程投げて樹に刺さったままになっているダークの元まで歩いていく。

 狙いが外れはしたが、やはり結構な速度と威力はあったようでダークは刀身の半ば程まで樹に食い込んでいた。

 だが、とりあえず、引き抜こうとダークに手を伸ばし触れた瞬間、ガラスが割れるような軽い音を立てて粉々に砕け散ってしまった。

「あ……」

「割れちゃったね~」

 割れて千々に砕けた贋作は、粉雪のように僅かばかり輝くと空気に溶けて消えていった。

「投影の強度もまだまだ、と…」

 口のなかでそう呟く。樹に刺さったくらいで砕けるならとても実戦レベルでは使えない。

「それで、採点は?」

 再び洩れた溜め息と共に足下のアリシアに問いかける。

 聞かれたアリシアは、むむむ…と少しうねった後にオレを見上げながら口を開いた。

「43点、…てとこかな?」

「……まぁ、そんなところか」

 少々辛口な採点結果に感じなくもないが、オレの自己評価も50点くらいだから、似たり寄ったりだ。

「で、でも、訓練始めて一週間も経ってないし」

 さすがに気が引けたのか、アリシアがしどろもどろになりながらフォローを入れてくる。最後に突き落としてくれた犯人ではあるが、その気持ちは有り難かったので素直に受け取っておくことにした。

「っと、もうこんな時間か」

 ふと、公園の時計を見上げれば屋敷を出てから、随分な時間が経過していた。帰る時間も考えればそろそろ切り上げ時だろう。

「そろそろ帰ろう、朝食に遅れるとアリサが怒る」

「そだね。それじゃあ、…………」

 口の中で小さくアリシアが何かを呟き、軽く尻尾をふると僅かに空気が弛む感じがした。

 同時にチリンという自転車のベルの音や、ザッザッと箒を振るう音、挨拶を交わしながらランニングする人たちの姿などが『静かすぎた』公園に溶け始めた。

 アリシアがかけた認識阻害の結界が解けた証拠である。

「もう何度も見てるし、役に立つからありがたいんだが、やっぱへこむな」

 難しいものではないとはいえ、もう使いこなし始めているアリシアと、てんで駄目なオレ。

 これが魔法なら、ここまで気落ちしなかったかもしれないがアリシアが使った結界は魔術に分類される。

 スタート地点は同じなのに、あっという間に水を開けられてしまっている。

「もぉ、何度も言ってるでしょ? 似たり寄ったりな技術のある世界で生きていた経験が活きているだけだって」

 もう少し慣れれば、すぐに追いつく。とアリシアは言うが、正直半信半疑なオレである。

「まぁ、他ならぬ相棒の言だからな。信じて頑張りますか」

「うむ。信じて頑張って下さい」

 猫面なので分からないが恐らくドヤ顔で言っているだろう台詞ではあるが、その声質は柔らかい。

 まだ僅かな期間ではあるが、そこに多少なりとも築き上げることが出来た信頼を感じ、オレの頬も知らず緩まった。

 

 不幸中の幸いと言うべきか。

 特典能力の分割が良い方に働いたのか。はたまた、運営(かみさま)のお詫びか。

 ただの一般人でしかなかったオレと、生前云々はともかく肉体を失っていたアリシアであるが。

 どうやら、いつの間にか魔術師&魔導師としてデビューしていたらしい。

 思えば、兆候はあった。

 異相体に襲われながらアリシアと合流したとき、子供の足でアレから逃げれていたこと。

 戦闘の最後に常人なら即死レベルの攻撃を受けて、重傷とはいえ命を繋いだこと。

 どうやら、これらはオレが無意識に魔術や魔法を使っていたことによるらしい。

 自分では気付いていなかったが、あれだけ痛めつけられた身体の治りが目に見えて速かったのと、何だか最近身体が軽いな~と思っていたら、同じことを感じたアリシアに軽く身体を調べてもらい、判明に至ったわけである。

 当初、その事実を知った時は素直に喜んだ。

 本来の特典である英霊能力に使用時間、使用宝具に制限が設けられている状態で、それに頼らずに戦える力があることは充分にありがたいと、そう思った。

 だが、実際はそうは問屋が卸してくれなかった。

 まず、魔術師、魔導師になったといっても取って付けたくらいに微々たるもので、しかもその微々たる力ですらもて余す状態なのである。

 完全に後付けされた才能に、常人でしかないオレの感覚が付いてこれないのである。

 例え、絶対に切れないロープをつけているとわかっていてもバンジージャンプするのが怖いのと変わらない。

 ほんの少しの、常人を越える身体能力ですら活かしきれないのが今の現状だ。

 なので、今は強化された身体能力とその感覚の慣らしを主軸に戦闘技術と魔術・魔法の訓練を平行で行っているのだが。

 ここでも問題が。戦闘訓練って、どうやればいいのでしょうか? という根本的な問題が浮上した。

 そも、この世界に来る前は運動そのものをあまりやらない完全なインドアなオレである。

 そんなオレが、プロフェッショナルな戦闘技術を修得するためのノウハウなんぞ持っている訳もなく。

 結果、独学で訓練を行ってみるも結果はあまりよろしくない。

 もちろん、こういった技術が一朝一夕で物に出来るとは思っていないが、あまりに手応えが感じられないのだ。

 一週間近く、四苦八苦しながら特訓しているが主観的にも客観的にも子供がヤンチャしているようにしか見えない、―要は素人臭さが全く抜けないのだ。

 アリシアともその辺り話し合い、特典能力でアーチャーになり、そのときの動きを覚えてトレースしたり、時間を見つけて街の本屋に繰り出して、空手やら剣道やらの教本を立読みしてみたりと色々試してみたが、やはりしっくり来ないのだ。

 戦闘のスタイルが合わないのか、訓練方法の問題なのか。それとも、もっと違う何かがあるのか。

 今のオレ達では、それも判断できない。

 誰かに教えを請うことが出来れば、まぁ、一番良いのだろうが、こんな子供が実戦向きの剣術を教わりたいなんていっても怪しい奴と思われるだけだろうし、そもそもそんな人物がいるのか? という話である。

 まさか、『二刀流の実戦向きの剣術を扱う流派が道場を開いている』なんて都合の良い話があるわけでもないだろうし。

「この件に関しては、もっと違うアプローチを考えないといけないか」

「なに? 何か言った?」

 ポツリと溢した呟きにアリシアが反応して、声をかけてきた。何でもないと言いながら、手を振るとアリシアもそれ以上追及してこなかった。

 とりあえず、戦闘技術に関しては今はこれ以上考えても意味はないので考えるのをやめよう。

 そう思いながら、斜め横をトテトテと歩く黒猫の姿をみる。

 ちなみに、魔術・魔法に関しては戦闘技術程の心配はなかった。

 というのも、全てアリシアのおかげであるのだが。

 アリシアが生前、魔法がある世界にいたのは聞き及んでいたし、先の戦闘の最中にも使えるみたいなことを言っていたのを聞いている。だが、やり方を知っているだけみたいな自信のない言い方だったし、アリシアの容姿から長く知識に触れられる機会があったように思えなかった。

 なので、多少なりともアドバイスが貰えれば御の字と思っていたのだが、アリシアは良い意味でオレの予想の斜め上を行ってくれた。 

 魔法の基礎知識、運用方法、基礎の訓練方法。それらをアリシアは完璧に披露してみせたのだ。

 さらには、オレと違い特典能力でキャスターになった時に上手いことその知識の吸い上げに成功しており、そこから魔術の使い方やノウハウの構築も行っている。

 そこまで完璧にこなされてしまえば、もう脱帽するしかない。

 素直にアリシアを褒めながら、一方で自分の駄目っぷりにへこみまくる。

 その度になんやかんや言いながら、気配りの出来るアリシアにフォローされる日々に、もうこれアリシアが主人公じゃね? と思ったりしなくもなかったりしている。

 何か最終話のエンドロールで三番目くらいにオレの名前が来そうな勢いでこわい。

 ……話がズレた。

 まぁ、何はともあれ、アリシアがいてくれたおかげでせっかく手にいれた魔術・魔法を使えないという事態は避けることができた。例え、微々たるものでしかないにしても手元に戦力というカードがあるだけで精神的にも安程してくる。

 それにしても、と思いながら目を瞑る。

 その脳裏に思い浮かべたのは、人間状態のアリシアの姿だ。

 アリシアは謙虚に色々言っていたが、紛れもなく彼女は天才だ。

 死後、どれだけの時間が経っているのかはわからないが、彼女が合法ロリでない限り、アリシアの生きた時間は恐らくとても短い。普通なら専門知識はもとより、一般教養を学べていたかどうかすら怪しい年齢だろう。

 にもかかわらず、これだけのことをやってのけてみせたのだ。天才、と呼ぶ以外に他に呼び方を知らない。

「――――」

 ふと、自分の過去が脳裏をよぎった。

 かつて、自分も天才と呼ばれていた頃があった。

 人より多くを学び、人より速く理解し、人より先の発想をした。

 それが果たして、正しく天才と呼ばれるに相応しいものだったのか。

 その時は、どうでも良かったし興味もなかった。

 だが、今、こうして『本物』を前にすれば考える必要もなく理解できる。……ちがう、と。

 そして、だからこそ、本物の天才を知ってしまったからこそ疼く想いもあった。

 もし、自分が『本物』だったら。アリシアであれば。

 彼女を――――、

「……訳ないか」

 頭に浮かんだ馬鹿な考えを首を振って否定する。

 今まで、どれだけ同じようなことを考えたとおもっている。そして、どれだけ無意味なことだと思ってきた。

 たれ、れば、と言い続けたところで何も変わらない。過去が覆る訳でもない。過去を省みようとしないような思考はただの感傷だ。

 大体、その『本物』のアリシアだって何でも出来た訳じゃない。だがら、こうして幽霊になってここにいるんだろうに。

 

 ――『助けたい人がいるの』――

 

 ふと、ここに来る前にアリシアが言っていたことを思い出した。

 アリシアはアリシアで目的を持ってここにきたのだ。

 今の今まで、目の前のことでいっぱいいっぱいだったためにその事について言及する余裕も機会もなかったが、この少女の願いを叶えてやることもここでやるべきことの一つだ。

 丁度良いから、アリシアにその『助けたい人』について聞こうと口を開きかけたところ、前方から声が飛んできた。

「ゼン!」

「アリサ」

 名前を呼ばれて、そちらに視線をやればそこには自称オレの保護者のお嬢様がいた。

 両サイドで括った髪をぴょこぴょこ上下させながら、オレの方へ駆け寄ってくる。

「ちょっと、もう! どこまで行っていたのよ! 遅いから心配したじゃない!」

 駆け寄ってくるやいなや、腰に手を当てて怒り出すアリサ。ぷぅと膨れた頬が愛らしい、…じゃなくて。

「どこまでって、いつもの公園まで、…なんだ、けど……」

 ちなみにこの早朝の訓練については、周りにはリハビリと言って出てきている。実際にリハビリも兼ねている部分もあるから、まったくの嘘というわけではない。

 公園まで訓練をしに行き、朝食の時間に間に合うように切り上げた後、アリシアと反省点やら何やらと話をしながら屋敷まで戻ってくるというのが最近の朝の日課だ。

 今日も同じ時間に訓練を終えて公園を出たから、遅くなったということはないはずだ。

 いや、今日はちょっと思考が深くなりすぎたせいでいつもより足並みが遅かったかもしれないが、それでも僅かな時間でしかないはずだ。

 そう思いながら、視線を怒れる金髪娘から横にずらせば、いつから居たのか、老執事が苦笑しながら控えていた。

「お嬢様は、まだ万全な体調ではないあなたが何処かで倒れてしまっていたらと心配なだけなのですよ。いつも、帰ってくるまではこの御様子なのでお気になさらず」

「ちょっと、鮫島!? 何を言うのよ!」

 瞬間、今までとは違う意味で頬を朱に染めたアリサが老執事に食って掛かかる。ちがうだの、そうじゃないだのと、うにゃうにゃ言っているが老執事はわかっておりますと言いたげな表情でそれらを流していた。

「そっか、心配かけたみたいで悪かった、アリサ」

「だから、そうじゃ……っ! ああっ、もう! 悪かったわねっ、心配してて! 誰かさんが初対面から血塗れで倒れているなんてことをしてくれたせいで、気が気じゃないのよ!」

「いや、だから、ごめんて……」

「別に謝んなくていいわよ、………………ばか」

 尻すぼみに小さくなっていくアリサの言葉に、苦笑して頷く。

 余談ではあるが。

 アリサのことは今は呼び捨てにしている。

 お世話になり始めたころはアリサちゃんときちんと呼んでいたのだが、そこそこ親しくなると女の子をちゃん付けで呼ぶことに慣れていないオレと、同年代の異性からそう呼ばれ慣れてないアリサとの利害が一致し、こういう結果になった。代わりに、バニングスとかと呼ぼうかとも思ったがアリサがあからさまに嫌そうな顔をしたため、ここに落ち着いたのである。

 そのアリサはというと、先程のやり取りが恥ずかしかったのか軽く俯き気味に顔を逸らしている。

 そのせいでアリサの頭がまるで差し出されるようにオレの目の前に来ていた。

 そのふわふわで綺麗な金髪に思わず、手が伸び――、かけたのを踏みとどまる。

 どこぞのラノベ主人公や転生者ならここでホイホイ女の子の頭を撫でて、ぽっ。的な展開があるのかもしれないが、オレのデフォルト装備に撫でポはない。故に自重。

 とはいえ、この日本では滅多に見ない100%天然の金髪を純粋に撫でてみたくはある。

 ……お願いしたら、触らせてくれるだろうか。

「って、何考えてるんだ? オレは……」

 お願いして女の子の髪の毛をさわさわしようとか、変態か! つーか、何気に髪フェチだったりするのか、オレ?

 いや、でも、アリシアの金髪には何も感じなかったし…………、って、また、思考がおかしな方向に!

「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」

 何を思ったのか、いきなり首を思いっきり振り始めたオレの奇行に驚いたのか、アリサが声をかけてくる。

「あぁ、大丈夫。多分、……思春期なんだ」

 もしくは、春か。

「は?」

「ごめん、本当気にしないで」

 何だろう、朝からナーバスになりながら頭使ったからか、頭より先に口が動く。

「もぉ、ほんとに大丈夫? …やっぱり、心配だから私も付いていった方が――」

「いやッ、全然、大丈夫だから! ほらッ」

 アリサの発言にオレは慌てて、腕などを大きく振って大袈裟に平気だとアピールする。

 心配してくれるのは有り難いが、一般人のアリサに戦闘訓練を見せることは出来ない。

「それに、アリサは色々と忙しいだろ? 気持ちだけ受け取っとくよ」

 未だ小学生のアリサではあるが。

 このお嬢様、やはり伊達ではないらしい。

 バイオリンなどの習い事から、同年代より1、2ランク上のカリキュラムが組まれた塾やらが、ほぼ毎日、当然のように予定に組み込まれている。

 さらに、それらの予定がないときは大好きな(というと真っ赤になって怒る)友人と遊び倒すという、もはやリア充通り越してどこのエリート社会人よ? と言いたくなるようなパーフェクトお嬢様ライフを邁進しているのがこのアリサである。

 なので。

 この上、オレに付き合って早起きなんてさせられない。

 本人はこの通り元気いっぱいなのだが、オレのせいで余計な負担は掛けられない。

 只でさえ、色々迷惑をかけているというのに。

「ふーーーん……」

 ジト目でこちらを睨んでくるアリサに、思わず冷や汗が流れる。

 このお嬢様、やけに機微に敏感なところがあるからこちらの考えを見透かされそうでヤダ。

「とにかく、飯にしよう! 遅くなってるなら急いだ方が良いし、オレも腹減った、し………」

 話を逸らそうとしたオレではあるが、アリサのジットリとした視線に勢いをなくし墜落。

 こちらから視線を外そうとしないアリサに気圧されながらどうしようと視線を巡らせれば、微笑ましいものを見るように穏やかな表情の老執事が一人だけ。

 助けてほしいと視線で訴えるも効果がない。駄目だ。

 ちなみにアリシアは鼻先を飛んでいた蝶々を捕らえるのに夢中で役に立たない。

 そうして、右往左往しているとアリサがハァ、と大きくため息をついた。

「まあ、今回はこれで許してあげる。だから、次からはきちんと時間通りに帰ってくること!」

 ピッ、と鼻先に突きつけられた白い指先に思わず頷くとアリサは満足したのか、じゃあ、ご飯にしましょと言って屋敷に戻っていく。

 その姿に、ほっ、と一息ついて後に続こうとして――、あ、と何かを思い出したアリサの声に足が止まる。

「ゼン」

「………………なに?」

 振り向いたアリサの満面の笑みに顔の筋肉が引きつく。

「いつものアレ、よろしくね?」

 ――あれ、やっぱり怒ってね?

 アレって、アレか。まあ、仕事だし拒否る理由はないが、イヤな予感に身体の震えが止まらない。

「了―」

「制服で」

「――――ぇ」

「よろしくね♪」

 それで勘弁してやる、と言いたげなとても素晴らしい笑顔でそう宣うお嬢様。

 完全におちょくってやがる。ふふん、とか鼻で笑ってるし。

 ここは素直に引くのが、一番波風が立たない方法だろう。だが、その先は羞恥プレイという名の地獄だ。

 羞恥に身を震わす敗者オレと、それを見下ろす勝者金髪。そして、ぬこもどき。

 脳内に描き出された最悪の未来を速効で焼却する。

 却下だ。確かに、お世話になっている身で心配をかけたのは悪いとは思うが、そうホイホイ言うことを聞くと思われては困る。

 その先は地獄だぞ、と言われて進むのは赤い人達だけで充分だ。

 そう決断したオレは、徹底抗戦の構えで口を開こうとして――。

「ね♪」

「ハイ」

 追撃の、お嬢の微笑(スマイル・オブ・ザ・アリサ)に屈した。エガオコワイ。

「素直でよろしいっ、あ~、なんか急にお腹すいてきちゃったわ~」

 ぬけぬけとそんなことを言う金髪小悪魔。おのれ。

 色々言ってやりたいが、大人しく口を閉ざす。別に、このロリが怖い訳じゃない。……断じて、ない。

「さて、それじゃ、早く戻って朝食にしましょ?」

「……了解した」

 地獄におちろ、ツンデレ。

 せめてもの抵抗に心のなかでそう呟いて。

 確定した未来にオレは頭を抱えた。




 ゼンとアリシアは補填能力としてリンカーコアと少し特殊な魔術回路が備わっています。
 ちなみにゼンの魔術師の能力のベースは衛宮某で、アリシアはあかいあくまです。
 アリシアがアレだと知った時のゼンの言『解せぬ』
 


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転生者と黒猫の異世界らいふ そのに

 シュンシュンと音を立て始めたヤカンに手を伸ばし、火を止める。

 予め温めておいた、いかにも高そうな陶磁のティーポットからお湯を捨てて、香りの良い茶葉を適量注ぐ。

 火傷しないように気を付けながら素早くお湯を注ぎ、すぐに蓋をして蒸らす。茶葉の質と量から最適な蒸らし時間を瞬時に最適な時間を割り出しタイマーをセット。

 その間に同じく温めておいたティーカップからお湯を捨てる。

 ピピッという軽快な電子音が響いた瞬間、タイマーを止めてティーポットの蓋を取り、軽く一混ぜ。色合いが均一に広がったのを確認してから蓋をしめる。

「ふむ……」

 その出来に納得がいくと、最後に茶漉しを使ってティーカップに注ぐ。

 香り高い美しい紅が白いティーカップに広がっていくのは、見てる分だけでも人を楽しませる。

 やがて、最後の一滴まで入れ終わるとティーポットを置き代わりに持ったティーカップをそれを待つ人物の元に持っていく。

 いつもと変わらぬ足並みなのに、表面に一つも波紋を生み出さないティーカップは、そして、美しい黄金色の髪の小さなお嬢様の前にコトンと置かれた。

「……ドウゾ」

「ご苦労様」

「…イエ」

 紅茶を持ってきた相手の反応も気にせず、――いや、むしろ、分かっていてそっちのけにしている可能性が高い――お嬢様はティーカップを口元まで持ってくると湯気と共に香る上品な香りを堪能して、ゆっくりと小さな唇をその端に付けた。

 瞬間、代わる表情。

 軽く瞳が見開かれた後、純粋に嬉しそうな表情を僅かに見せ、最後に悪戯めいた表情がその一連の表情を生み出した人物に向けられる。

「うん、相変わらず美味しい。誉めてあげる、紅茶については本当に一流ね」

 おべっかや心にもない称賛をしない本物のお嬢様から与えられる手放しの称賛。

 一流と、一人前と認められた。

 それは、本来とても喜ばしいことだ。

「…………アリガトウゴザイマス」

 本人がその立場に納得していれば、だが。

 

 神崎ゼン。推定年齢10才。職業、転生者。兼――

「…このお嬢様ヤロウ」

 ところにより執事。

 

「あら、執事のくせに随分な口の聞き方ね? 鮫島、躾がなってないわよ」

「申し訳ありません。私の指導不足でございます」

 不遜な物言いをするアリサに、深々と頭を下げる鮫島さん。

 本来なら、場が凍るような場面なのかもしれないがそんなことにはならない。何二人ともその笑顔。

 明らかにからかわれているのだが、どう対応していいのか分からず、結果、不貞腐れるしかない。

 そのムスっとしたオレの表情が面白いのか、アリサがクスクスと笑い声を明ける。

 駄目だ。この場はどうあっても勝ち目はない。

 そう思ったオレはハァと深くため息をつき、こうなった原因を思い返した。

 どうして、こうなったんだっけ?

 

 最初はそう、普通にアリサと朝食をとっていたのだ。

 ここに厄介になり始めて数日。

 ケガが良くなり、ベッドから起き上がれるようになったオレは朝はアリサの誘いを受けて一緒に朝食を取るようにしていた。

 前の世界では食べたことのなかった高級感溢れる食事に驚きながら食べ終わると、執事の鮫島さんが紅茶を入れてくれた。

 朝から優雅にティータイムなんて、ホントにお嬢様なんだなぁと思いながら、紅茶に口をつけて――。

 

 何故だか身体が疼いた。

 

 今まで紅茶なんてティーパック使い回しがザラだったオレに紅茶の良し悪しなんて分かるわけもないのに、何故か身体の内側から突き動かされる衝動を感じた。

 そして、オレがあまりにそわそわと落ち着きない様子だったからか、見かねたアリサが声をかけてきて――。

「ちょっと、淹れてみてもいい?」

 とうっかり言ってしまったのが原因だろう。

 結果、美味しい紅茶の淹れ方なんてわからなかったのに、気付けばアリサや鮫島さんが驚く程の腕前を披露していた。

 特にアリサは、おいしいおいしい、と大絶賛してくれた。

 そして、なんでオレがいきなりこんな奇抜な行為に走ったのか、だが。

 うん。

 まぁ、オレの魔術が誰をベースにしたものかで大体察しがついた。

 つまり、アレだろ?

 魔術師にするにあたって変なものもインストールされたんだろ?

 どこぞの衛宮とかエミヤとか、そこら辺の主夫、時々おかんな奴らが。

 つーか、本能レベルで家事もとい執事スキルが身体に染み付いてるとかどんだけだよ。

 血潮は鉄と言ったな? あれは嘘だ。絶対に紅茶だ。

 というか、どうせ身体が覚えている系なら剣術とか魔術とかそっちの方のしてほしかった。そんなんだから、クラス:バドラーとか、スキル:主夫とかって巷で言われるんだ。

 そう思いながら早朝から数えて何度目になるか分からないため息をつくオレに、アリサがおかわりと言ってカップを差し出してきた。

「まだ、飲むのか? 遅れたりしないか?」

「んー…? もう一杯くらい大丈夫よ」

 カップを受け取りながらそう言うオレに、アリサは時計を見ながら答える。

 帰って来るのが遅いとか言ってなかったか? と思ったがやぶ蛇になりかねないので黙っている。

 手早く新しい紅茶を淹れてアリサの前に差し出すと、それに、と言いながらアリサがオレの顔を覗きこんできた。

「せっかくの勝利の美酒だもの。少しでも多く味わいたいじゃない?」

「その美酒に酔って、遅刻なんてしてみてもよろしいのですよ、お嬢様?」

「残念。私のタイムスケジュールは完璧よ」

 べー、と小さく舌を出すお嬢様に作用でと返しながら顔を背けると、側で控えていた数人のメイドさんの顔が目に入り慌てて視線を下に下げる。

 くそ、本気で恥ずかしい……。

 視線を下げたせいで自分の身体、引いては自分の着ているものが目に入った。

 自分が着るには大きすぎる、手足の袖を捲ってなお、ぶかぶかな執事服を。

 

 唐突に得た家事万能スキルだったが、実際のところ、さほど悪いことではなかった。

 手に職があるのは、それだけで強く、事実、執事スキルに目覚めたオレのハウスキーパーっぷりはとんでもなかったらしく、本物の執事である鮫島さんをもって感心させられる程だった。

 そして、その話がどうやらアリサの耳に入ったらしく、彼女からバニングス邸で日雇いの話が舞い込んできた。

 世話になっていることへのせめてもの恩返しのつもりでしていたことに対して、お金を出すと言われて初めこそ恐縮し断ったが、現在のオレは素寒貧の無一文。先々でお金は必要になってくると考えたオレは結局、その話を受けることにした。

 身元引き受け人(仮)に雇い主。

 いよいよもって、アリサには頭が上がらなくなった。あの年でしっかりしすぎていて、もはや大人並の風格を感じさせられる。

 これであの茶目っ気というか、悪戯好きなところがなければ素直に感謝できるものなんだが。

 まぁ、なにわともあれ。

 思わぬ展開だったとはいえ、せっかく雇ってもらえるのだからと意気込んで仕事をしようとしたオレに一つ問題が。

 それが、まぁ、今オレが着ているこの執事服だった。

 執事として雇われた以上、オレも制服たる執事服に袖を通すのは当然なのだが。

 当たり前と言えば当たり前だが、オレの身丈にあうサイズの執事服なんてあるわけがない。

 仕方ないので、サイズの一番小さいものを丈を折り、裾を捲って着てみたのだが。

 これが、予想に反してかなり恥ずかしい。

 何というか、小さな子どもが背伸びして大人の格好をしているお年頃的なというか、七五三のような感覚。

 それでも、中身が身の丈にあった精神年齢なら気にはならなかったのだろうが、こちとら20才手前の思春期が終わった大人一歩手前の年齢。

 加えて、周りにいるメイドさん達や執事さん達の、めっちゃ微笑ましいものをみるような、あったか~い笑顔。

 

 

 うん。

 

 

 クッソ恥ずかしい……ッ!!

 

 

 何が悲しくてこんな衆人環視でのコスプレプレイみたいなことを強要されなくてはならない! これなら、メイド服着て女装されたほうが、まだネタとして開き直れたわ! 見ろ、このちんちくりんぶり! スーツをビシッと着こなす大人の男なら、まだカッコがついたかもしれないが、こんな外見が日系なガキんちょが着てもショタしか喜ばんだろが!

 荒ぶる羞恥の逃げ場を探してさまようオレの視線がアリサを捉える。キッとアリサを睨むも、アリサはどこ吹く風というように優雅に紅茶を飲んでいる。

 普段は、この格好じゃ仕事がしづらいし、ケガに繋がるから執事服を着なくてもよかったのだが、おのれ、これが権力か! …でも、あまりアリサが怒ることはしないようにしよう。

 そう思いながら、それでも慣れぬ格好に肩をふるわせていると、ズルリと服がずり落ちる。少年故に肩幅も小さいから油断すると、すぐにズリ落ちてくる。

 直そうと思ったら、今度は反対側の肩から。

 それを直せば、今度は袖が。

 小さくなった手で四苦八苦しながら、何とか直していると、ぞくりと背筋に冷たいものが迸った。

 反射的に振り返ると、微笑ましいというのを通りこして、うっとりとした顔のメイドさん達が。

「あらあら」

「まあまあ」

「うふふ」

「ハアハア」

 うん、怖い。

 母性に目覚めそうとかそんな声が聞こえる、つか最後おかしい。

 メイドさん達の熱視線に寒気を感じて肌を擦っているとカチャリと音がなった。見れば、二杯目の紅茶を飲み干したアリサが席を立とうとしているところだった。

「ごちそうさま、美味しかったわよ」

「…まあ、喜んでくれたんなら、何より」

「その格好も、似合ってるんだからずっとそのままでいればいいのに」

「…それは勘弁」

 そっぽを向いて返事をする。仕立て直してくれるという話もあったが、それは断った。いつまでここに居られるか分からないのに余計な手間を掛けられない。

 そのまま、他のメイドさんや執事さん達と一緒に門の所までアリサを送り出すために付いていく。

 帰りは習い事の関係で車での送迎が多いアリサだが、朝は友人と一緒にバスで通学することが多い。

 なので付いていくのは外門までだ。

「それじゃ、行ってくるわね」

 門の手前で振り返り、こちらに向かってそう言うアリサに全員が頭を下げたのに反応してつられてオレも頭を下げた。普段は、普通に送り出しているのだが執事服を着ているせいか頭を下げないといけない気分になってしまった。

 そうして頭を下げていたら、唐突に視線の先の地面に影が差した。

 顔を上げれば、少々膨れっ面な金髪の少女の姿が。

「どうした?」

「―別にッ」

 そう言いながらもアリサの不機嫌そうな顔付きは治らない。

「―私がいないからって、無茶しちゃダメだからねっ」

「わかっているよ」

 そう答えて、そこで会話が途切れる。もう特に、話すことはないはずだが何故かアリサはオレの前から動こうとしない。まだ、何かあるのか?

「アリ――」

「その!」

 オレが口を開くより早く。アリサが何かを言いかけた。

「その…、悪かったわね。少し悪ふざけがすぎたわ」

 その言葉にオレはああ、と気づいた。

 どうやら、アリサはオレの態度からやり過ぎて怒らせてしまったと思ったみたいである。

 まぁ、確かにちょっとあれだなーとは思ったが。でも、どっちかっていうと怒りよりも恥ずかしいって気持ちの方が強かった訳で。

「いや、こっちこそ悪かった」

 なので、こちらも素直に謝る。ちょっと大人気なく、不機嫌になりすぎて空気を悪くしてしまったかもしれない。肉体に引っ張られて精神も幼くなったりしてるんだろうか?

 そう考えていたら、ふとアリサの首の辺りに目がいった。リボンが僅かに曲がっていた。

 これじゃあれだなと思い、手を伸ばしリボンをほどくと、アリサがわたわたと慌て出した。

「ち、ちょっと! なに? いきなり…」

「いや、リボンがおかしかったから…、その、動かないでいてくれると助かる」

「あ、なんだ、リボンか…」

 あー、ビックリした。と言って大人しくなるアリサ。何だと思ったのだろうか。

 とか思っているオレの方が怪しいかも。

 リボン結び直しているから距離近いせいでアリサの良い香りが鼻を擽るし、時折触れる髪の感触が気持ち良いとか思っちゃうし……。でも、一番怪しいのは、さっきからカシャカシャ写メってるメイドさんだと思う。大丈夫なのだろうか、バニングスメイド隊。

「よし、これでオーケー」

 キュッ、としめたリボンが曲がっていないことを最後にもう一度確認して離れる。

「ん―、ありがと」

 自分の手でもリボンをチェックするアリサ。やがて、大丈夫だと分かると手を離し、こちらに礼を言ってきた。

 その表情が先程までの膨れっ面から、いつもの明るいものに戻っていることに、内心でホッとする。

「それじゃ、改めて行ってくるわね!」

 小走りでこちらに手を振ってくるアリサに、こちらも手を振り返す。

 今度は頭を下げなかった。

 

 

>>>

 

 

「ゼンくーん、それ終わったら上がっていいからー!」

「わかりました」

 頼まれていた最後の仕事を片付けるとそう声を掛けられた。

 お疲れ様です、とまだ働いているメイドさん達に一声掛けて外に出る。

「あー、涼しい…」

 中天に差し掛かっている日差しは少々暑いが、吹く風はひんやりしているので総合的には気持ちが良い。

「やっぱ執事服は慣れないな」

 強張った身体を解しながら呟く。

 結局、あのあと、着替えるのも面倒なので執事服のまま仕事をしたが、中々窮屈だ。

 首もとまでしっかりしめた服装なうえ、厚めの生地を更に重ね着しているから動きづらいし暑い。

 タイを緩めると思わず、ふぅと息が漏れた。

 そのまま、中庭をふらふらと歩く。

 時折、屋敷の人間とすれ違って挨拶やら軽く話をする。

 特に、メイドさんや執事の人達はかなり親しげに話しかけてくる。

 最初こそ、子どもということで共に働く間柄でも遠慮というか、仕事への信用度から線引きされていたのだろう。

 だが、今は『使える』とわかったのか容赦なく仕事を頼まれるようになり、色々と目を掛けてもらっている。

 平和だ。平和なのだ。

 平和過ぎて、だから――

「なにやってるんだろ、オレ…」

 そんな思いが沸き上がってくる。

 肝心のことは、何一つ上手くいっていないのに、どうでも良いことばかりが上手く回っている。

 そんなどす黒い思いが胸をかき回す。

 焦れているのだ。

「………っ」

 落ち着け、と思いながら深く息を吐き出す。

 しかし、まとわりついたチリチリとする感覚は変わらない。

 指先を火にかざしたような感覚は、少しずつ冷たい空虚な感覚に変わっていく。

 その感覚を、感情をオレはよく知っている。

 諦観。

 所詮、この程度なんだという自虐。

 そういった冷たいものが全身を這うような、そんな錯覚に身体中を掻きむしりたくなって―――

「ヘイ、ユー! 暗~い顔してますなぁ」

 陽気に響いた声が全てを溶かした。

 振り返れば、いつからいたのだろう。黒い子猫が赤茶色の毛並みの犬の上に乗ってそこにいた。

「あ……」

 強張った身体が楽になる。先程までまとわりついていた感覚が嘘のように消えていった。

「ん~? どうしたの、お腹減った?」

「いや……」

 アリシアを見つめたまま、動かないオレを訝しんだのか、そんなことを聞いてきたアリシアに小さく首を振って、何でもないと答える。

「そっちこそ、どうした?」

 大型犬の頭の上で尻尾をふりふりしているアリシアにそう尋ねる。

 そんなアリシアを頭に置いている犬の方は状況が分かるのか、大人しくしている。

 事故で片目を失ったらしいその犬は、アリサがいうにかなり古参の犬らしく、ここの犬達のボス的な存在らしい。名前は赤十三(あとみ)。バニングス家のネーミングセンスに不安を覚えた。

 ちなみに、アリシア曰く、今のバニングスアニマルズのボスはアリシアらしい。

 新参者で猫なアリシアに世間の風もとい犬は冷たかったため、己が地位を確たるものとするため、この赤十三に勝負を挑んだとか。

 三日三晩ならぬ3分30秒の決闘の末、「この一発は、…強烈だぜ」の一言と共に放たれたガンド(肉球型)が決まり、決着がついたとか。

 そんな話を夜中にアリシアから、手取り足取り尻尾ふり聞かされた。

 夜中なのに、ハイテンションなアリシアについていけず、早朝訓練もあるので寝物語に聞いていたら、やたら美声なその声のおかげで、すこぶるよく眠れた。ただ、起きたら顔がナルトになっていた。痛かった。

「何で猫に聞いておいて、また遠い目してるの?」

 じっとりとしたアリシアの声に、ハッとする。

「悪い。それで何だっけ?」

「だからぁ、仕事終わったのって聞いてるの!」

「仕事? それは終わってるけど」

 オレの勤務時間は、色々と仕事のある午前中のみ。

 午後からは自由時間になっている。

 今までは、この時間を使ってリハビリがてら散策しつつ、怪しい気配がするものがないかを探していた。

 本当なら訓練の続きがしたいとこだが、アリシアが人避けの魔術を使えるとはいえ、人目の多すぎることから万が一を考えて控えている。

 夜は単純にアリサが心配するから外出は出来ない。

「じゃあ、あのね、その…」

 もじもじ、と両手の肉球をぷにぷにさせながら僅かに視線をそらし言い淀むアリシア。

 わざわざ二足で立って片足をいじいじとさせているあたり、さすがアリシア。芸が細かい。

 そして、頭の上でぐりぐりと猫足を突っ込まれているのに微動だにしない赤十三。さすがの貫禄である。

 いじらしげな態度だが、こういうときのアリシアは良い予感を感じさせない。短い付き合いながらも得ることができた経験だ。

「あのね、シュークリーム……」

「は? シュー?」

「シュークリームが食べたいの」

 どんな難題が飛び出してくるかと思っていたオレは、予想外のワードに何を言われたか一瞬分からなかった。

「そー、駅前にね、シュークリームが美味しい喫茶店があるんだって! お昼食べるついでに行ってみようよ!」

「シュークリーム、……駅前、か」

 少し考える。

 少し遠いが駅前の方へは、まだ行ったことがないのでこの機会に行動範囲を広げてみるのも悪くはない。

 ただ――

「食えるのか?」

 猫なのに?

「食えるよ! チョー食えるよ!」

 フシャー、と荒ぶりながら手を何かを招くように動かす黒い猫。なんか縁起が悪そうだからやめましょう。

 とはいえ、実際のとこ、どうなんだろう。

 玉ねぎとかは駄目ってきいたことが、―あれ? それは犬だけか? 虫歯にはなるんだったか。

 ちょっと心配だが、まあ、アリシアは魔法も魔術も一応使えるから大丈夫か。

「よし、それじゃ、行ってみようか?」

「そーこなくっちゃ!」

 オレの返事に満足げな声を上げるアリシア。

「今日の午後は、のんびり気分転換にしますか」

「そうと決まれば早く! シュークリームが私を待ってるぜッ」

 そう言うアリシアに、苦笑しながら付いていく。

 穏やかな午後。平和な時間。

 しかし、今度は素直に受け入れられそうだった。




 もう少しスッキリした文章にしたいんだが、なかなか……


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