やはり俺は異常なのか? (GASTRO)
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依頼

再投稿です。大幅に変えましたが、よろしくお願いします


今日も今日とて穏やかな日々だった。朝は元気に遅刻して、昼はベストプレイスでパンを食べながら戸塚を鑑賞し、平塚先生の授業がなかったのをいい事に結局全授業をサボった。本を読んで1日が終わり、俺としては非常に有意義かつ生産的な時間を過ごせた。おかげでまた今日の帰りに本を買いにいかなくてはならない。

 

「比企谷くん、紅茶」

 

「ん?」

 

「紅茶いるかしら?」

 

「……すまん、頼むわ」

 

校庭から聞こえる生徒たちの声を遮るように雪ノ下は言った。夢中で本を読んでいたせいで、紅茶がなくなっていることに気が付かなかった。

 

「よく気がついたな」

 

「音が軽かったのよ。あなたがカップを置く時の音がね」

 

よく聞いているな、と感心した。人のカップを置く音なんか余程のことがない限り気になるなんてことはないが、そこら辺はさすが雪ノ下といったところか。七割ぐらいまでいったところで彼女は注ぐのをやめ、ティーポットを定位置に置き、自身の席に座って本をまた読み始めた。

 

「熱いから気をつけて」

 

「お、おおう」

 

「どうしたの?何かあったのかしら?」

 

「ヒッキー大丈夫?」

 

今日はやたらと心配される。若干だが気味が悪い。部長である二年十組『雪ノ下雪乃』、そして未だに認めた訳では無い「ヒッキー」というあだ名で俺を呼ぶ部員の二年一組『由比ヶ浜結衣』。そして俺。計三人で活動しているこの部活は、いつもなら俺に対して軽い罵声が投げかけられるはずなのだが、今日はどういうわけかそれが無い。むしろ、二人が俺を心配するというほとんど経験がない事態を目の前に、いささか動揺してしまう。

 

「どうしたお前ら、なんか由比ヶ浜が作ったもんでも食ったか?」

 

「どうして私の限定!?」

 

「今日は由比ヶ浜さんは何も作ってきてくれてはないわ」

 

「今日は?」

 

「明日ケーキ焼くんだ!ゆきのんと一緒に!」

 

まずい、不味い、マズイ。

 

「なあ、明日帰りにカフェ行かない?いい店知ってるから。俺おごる」

 

財布の中身よりも命の方が大事だ。俺はまだ死にたくない。

 

「マジ!?ヒッキーありがとう!」

 

「比企谷くん、そろそろ話をしてもいいかい?」

 

「ん?どうした雪ノ下」

 

「僕は雪ノ下ちゃんじゃないよ」

 

「ん?なあ、由比ヶ浜。雪ノ下おかしくないか?」

 

「僕は由比ヶ浜ちゃんじゃないよ」

 

「「僕のことは親しみを込めて、『安心院さん』と呼びなさい」」

 

「は?」

 

突如視界が暗くなった。何も見えない、聞こえない、匂わない、味もしない。こんな空間を作る趣味の悪い奴なんてアイツだけだ。正直慣れたとはいえ、毎回この虚無に落とされるのは、余り好きではない。むしろ嫌いだ。だが、死んだらこんな感じなのかな、なんて考えたりもするが余計な事をこうして考えていても、アイツに会わない限りはこの空間から出られない。立ち上がってあてもなく歩みを進める。

 

「今日が一番気味の悪い呼び方だったぞ」

 

歩いていると、突然現れた細い光が足元からゆっくりと伸びていく。目で追っていく10メートルほどのところで光は止まり、学校の教室にあるようなドアが現れる。

 

「…頼むから一発で教室に転送してくれよ」

 

憂鬱だ。まったり過ごしたかったのに。無駄に神経を張り巡らせなきゃいけない時間がまた始まる。まじで帰りたい。だが、アイツがいいよと言うまでは帰れない。自然と出る溜息と共にドアに手をかけ、横にスライドさせて中の様子を伺う。きちんと均等な幅で並べられた席たちと教卓が一つ。後ろにあるロッカーには何も入っておらず、そもそも誰も教室にはいない。

 

ドアを閉めてど真ん中の席に座って上を見る。やっぱりいた。天井に体育座りをして俺を見ているアイツが。両手でピースをしながら若干笑みを浮かべている。

 

「やあ、比企谷くん」

 

「なんですか急に」

 

「なんとなく君と話したくなってね」

 

「そうですか。……嘘でしょ」

 

「嘘じゃないさ。一割はマジだぜ」

 

「じゃあ残りの九割は?」

 

「お知らせさ」

 

「何ですか?」

 

「黒神めだかがこの前雲仙冥利|(うんぜんみょうり)を倒しちゃって、『十三組の十三人』(サーティーンパーティ)から一人抜けちゃってさ、代わりにめだかちゃんを入れようってことになったんだ」

 

「なるほど」

 

「だけど肝心の彼女は入ろうとはしてないんだよ。上手くやってくれないかい?」

 

こんなもの頼み事でもなんでもない。ただの脅しだ。故に俺に拒否権なんてものはない。どれだけくだらない、それこそパンを舐めて食べきれなんてアホみたいな頼みごとでも、当然のごとくやらなければいけない。

 

「分かりました」

 

「飲み込みが早くて助かるよ」

 

「用は済みましたか?済んだのなら早く起こして下さいよ」

 

「すまないね。というよりさっきのはどうだった?」

 

「さっきの?」

 

「君のお仲間を君に優しいキャラにしてみたんだけど」

 

「血の気が引きましたね」

 

「そうか。じゃあまたね」

 

今日はやけに早いな。まあ、お互い暇じゃない…いや、あっちは暇だ。何があるっていうんだ?こんな早いのは今まで一度たりとてなかったはずだ。

 

「……何かしたんですか、俺に」

 

「いつもなら君の生活に配慮して持ってくるんだけど、今日は一切考えずに君を呼んだ。だから体はそのままさ」

 

俺に体はそのまま…。普段は寝てる時だから関係ない。確かここにいる間は体は動きもしない。まして外部への反応もしない。

 

「今の君は部室でいきなりぶっ倒れて、一切の生命反応が無いということで保健室に運ばれている。そろそろ保健委員が来るんじゃないか?彼らは厄介だぞー」

 

人間じゃねえ。人をおもちゃにするって言うのは、この人が一番上手でえげつないと俺は思う。

 

「君の大事なお知り合いが必死に君に話しかけてくれているぞ」

 

「は?」

 

「早く起こさないとね」

 

「ちょ待っ…」

 

 

 

「比企…、……くん!」

 

「ヒッ…!」

 

「「起きて!」」

 

戸惑いの中で俺は必死に策を巡らす。本心では今すぐにでも起きたいのだが、今起きては感動の目覚めのような感じになる。当面は二人から心配される事になってしまうし、何よりそれは面倒でしかない。

 

どうにかしてこの状況を打破せねばならない。やはりスキルを使う以外に他ないか。ひとまずは外の様子を把握する事が大事だ。ここに向かっている保健委員は……全部で5人か。加えて、聞き慣れた足音が一つ……平塚先生か。学校にいなかったはずだろあの人。

 

ちょっとでもいいから目を開ければいいのだが、二人が顔に近いのは何となくわかる。目を閉じてるから本当にやりにくくて仕方がない。音だけが頼りだ。教室の前、その周辺には誰もいない。室内に雪ノ下と由比ヶ浜、何故かは分からないが川崎と戸塚が座っている。

 

マズイな、足音が近くなってきた。保健委員はギリギリなんとか出来るが、平塚先生は……。いやあの人に気を使う必要はないな。不安要素は無くなった。

 

やるしかない。ひとまずドアの前に分身を作り、設置。操れないこともないが、目を閉じているせいで、精度に難ありという感じだ。だが気にしてる暇は無い。ここにいる全員が『異常』(アブノーマル)じゃなくて本当に良かった。……今だ。

 

ドアを勢いよく開け、注意を分身の方に向ける。全員が俺を見た事を確認したと同時に起き上がり、近くにいる由比ヶ浜と雪ノ下の頭を掴み、眠らせる。今度は起き上がった俺の方に注意を向けさせ、眠っていない川崎と戸塚の二人と分身との距離を一気に縮める。

 

「誰!?」

 

動揺した戸塚は持っていたテニスラケットで、分身の俺を勢いよくぶん殴った。さすがにこれは想定していなかった。

 

「八幡が二人!?」

 

色々とマズイ。ベッドから素早く移動して、二人の頭を掴みそのまま隣のベッドの上に押し倒す。恐る恐る手を離すと二人は目を閉じて寝息をたてている。

 

「…危なかった」

 

ベッドから起き、横たわっている分身に目をやる。動いてない。

 

「……顎に入ったか」

 

どうしようもない分身を消し、周囲を確認する。まあまあ散らかってしまった。片付けるのが面倒だが、それ以前に記憶を消しておかないとまた面倒くさい。

 

「比企谷!!」

 

ドアが勢いよく開かれる。

 

「比企谷!!」

 

平塚先生を忘れていた。この状況を見たら、あの人がどういう反応をするかは分からないが、俺にとって得はないのは目に見えている。もうこの人も眠らせてまとめて記憶処理をしよう。と思っていた俺が馬鹿だった。

 

考えてみれば平塚先生は武闘派だ。彼女は俺が動くより先に動いていた。俺の手を掴んで容赦なく床へと叩きつけ、俺の腹に拳を食らわせる。そのまま俺の腹の上で拳で片手倒立をし、俺をまっすぐ見てきた。

 

「何か言うことは?」

 

「誤解です先生」

 

彼女は笑顔になると、手を離して腹の上に着地した。

 

「スキルなしでの勝負なら私が君に負けるはずがないだろ」

 

あんたに勝負を挑んだ覚えは一切無いのだが。確かに眠らせようとはしたが、それを宣戦布告と捉えられてしまったようだ。…確かに勝負を挑んでいるな。

 

そもそもだ。不安定な人体の上で片手で倒立できるなんて誰が思うだろうか。おまけに拳のままで。俺は腹の上で俺を見下ろす先生を見る。

 

「何故私が駆けつけたか分かるか?」

 

「………あの人から伝言でも預かってるんじゃないんですか?」

 

「察しが良くて助かる。他の十三組生が黒神めだかを狙って動き始めた。君には彼女がやる前に彼らの処理を頼みたいとのことだ」

 

「そんなもの黒神が勝手に倒すでしょ?」

 

「一般生徒を巻き込んでしまう可能性も無きにしも非ずだしな」

 

「………本当は?」

 

「紛れ込んでるそうだ。あいつの仲間が」

 

「…………分かりました」

 

「頼むよ。保健委員は返しておいた。感謝したまえ」

 

「感謝したいんですけど、俺の腹の上から退いてくれませんか?」

 

「誰が重いって?」

 

「言ってないです。あの四人の記憶を消したいんで早く退いてください。重く無いです、むしろ軽いくらいです」

 

「仕方がないな。次言ったら、さっきよりもキツめの指導があるからな」

 

階段から降りるくらいに自然に俺の上から降りた彼女は、ではな、と言って去っていった。部屋はさっきよりも汚くなった上に、修復が必要な損傷が床に生じていた。

 

「……もう帰りたい」

 

 

 

 

 

 

 

記憶消去は終わった。掃除も終わった。修復も終了。で、俺はある場所に向かっていた。

 

「ここか」

 

ボロボロで非常に開放的な部屋の入り口には『・・・役員室』という文字がある。前の文字は残ってはいるものの形が全く分からないので読めない。だがまあ、俺は生徒会に用があったからここに来たので、ここが生徒会役員室というのは周知の事実だ。

 

どうしてここまで酷くなったのかは既に聞いているので、別段驚きもしなかった。どちらかといえば呆れた。これをやったやつが俺の知り合いで、そいつはよくやり過ぎる事があったから何となくは想像がついていたが、まあ相変わらずだ。今回も例に漏れずやり過ぎたようだ。

 

「あの〜、生徒会室になんかようっすか?」

 

アイツら以外から話しかけられるのは久しぶりだ、なんて思いつつ振り返れば一人の男子生徒が頭を掻きながら俺を見ていた。彼の髪は金髪だったが、俺はそれだけで少し警戒した。

 

俺は金髪の人間にあまりいい印象を抱かない。というのも金髪の人間を俺は二人ほど知っているが、その二人ともなんとも眩しく俺と真逆の人間であるため、非常にやりづらいのだ。

 

「いや、生徒会長に会いたかったんだがいないようだな」

 

「ああ〜、めだかちゃんに用ならこの目安箱に投書するか、俺に言ってください」

 

「お前は?」

 

「一年一組在籍、生徒会書記の『人吉善吉』だ。あんたは?」

 

おいおい初対面であんた呼ばわりか。まあ、俺もお前呼ばわりしちまったしな。ここはお互いさまだ。ちょっとビビったけど。

 

「二年一組在籍、奉仕部の比企谷八幡だ」

 

「先輩だったんすか。すいません」

 

「気にするな」

 

「で、どうします?」

 

「また後日来る」

 

「分かりました」

 

「邪魔したな」

 

『人吉善吉』……番犬とか言われてた奴か。なんというか、今年の役員は嫌でしょうがない。黒神は当然だが、あいつはあいつで黒神にはない怖さがある。警戒はしておいたほうがいいやつがまた増えた。どうしてこの学園はこんな化け物ぞろいなんだよ。

 

 

 

 

 

翌日、保健室にいた四人に何があったかを聞いてみたが、何もないとのことだったので、ひとまず安心した。記憶処理は無事に成功していたようだ。今日も元気にサボった俺は、放課後になって一人部室に向かった。ドアを開けると既に雪ノ下が椅子に座って本を広げていた。

 

「本当に昨日は何もなかったか?」

 

「何も。どうしたの?あ、でもあなたの目が腐っていたわ」

 

「それはいつもだ」

 

「やっはろー!ゆきのん、ヒッキー」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

元気よく入ってきた彼女の挨拶に、軽く手を上げて応える。彼女は俺を見て小さく手を振り、雪ノ下に抱きつこうとする。俺はそれを尻目に本を読もうとしたが、すぐに手が止まった。聞き覚えの足音が聞こえたからだ。

 

俺は基本、聞こえてくる足音が一つだけなら本を読む。一人で来るようなやつはだいたいろくな依頼じゃないから、二人が勝手に処理してくれる。もしくは俺が嫌味を言って勝手に帰っていく。だが、今回聞こえる足音は二つ。しかも一つは昨日も聞いた。これが意味することといえば、彼女がまた依頼人を連れてきたということだ。

 

「邪魔するぞ」

 

いつものパターンで、彼女は事象を事後報告する。だから彼女がそう言う時はもう既に終わっているのだ。

 

「先生、ノックを」

 

「気にするな雪ノ下。私と君の仲だろう?」

 

「何か御用で?」

 

「ああ、入ってきたまえ」

 

恐る恐る入ってきたのは、一人の女生徒だった。

眼鏡に三つ編み、黒髪で制服をしっかり着ているという、この学校の絶滅危惧種と思われるような校則を守った姿の彼女は、おどおどしながら俺たちの方を見る。

 

「後は任せた!ではな」

 

生徒を置いて彼女は教室を去った。毎度のことであるが、雪ノ下はこめかみをおさえながら溜息をつき、由比ヶ浜は苦笑いを浮かべている。なんの因果か知らないが、案外早く出会えて俺はいささか感動している。

 

「お名前は?」

 

梶井燕尾(かじいえんび)と言います。二年三組です」

 

「それで、何か御用かしら?」

 

「えっと、その、十三組の方々が登校している理由を知りたいんです」




ありがとうございました。


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依頼2

二話目です。よろしくお願いします。


「なぜそんなことが知りたいのかしら?そもそもあなたがそれを知って何になるというの?」

 

「えっと、特に理由はないんです。ただ…」

 

「ただ?」

 

「言葉が悪いと思うんですが、十三組の方々って、その、怖いじゃないですか。」

 

そう思うのも無理はないだろう。彼らは異端の存在であり、各々に訳のわからない力を持ち合わせている。今までなるべく彼らに関わらないように生きてきた『通常』(ノーマル)や、『特例』(スペシャル)が、つい先日の事件を知ったことにより、どこかで信じきれなかった事実をようやく認め始めた。

 

『十三組』は本当に異質であり、何か自分たちにはない力がある。

 

そんな彼らがいきなり登校してきたのだから理由が知りたいというのは当然だが、俺は言いたい。お前が言うなと。とはいえそれを表に出して仕舞えば、何か面倒ごとになるのは言うまでもないので、依頼を聞くふりをすることにした。

 

「まあ、そうだよね。ちょっと、怖いっていうか。なんていうか」

 

「それが正常な人間だ。安心しろ、誰だって自分に何かあったら怖いからな。俺も怖い」

 

「……ヒッキー頼りない」

 

「ヘタレね。さすが、チキ谷くんだわ」

 

「ほっとけ」

 

チキ谷は語呂が悪すぎるだろ。何で若干にやけてるんですかね、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。そんなに面白くないですからね。

 

「話を戻すわ。それで、怖いことがどうして登校の理由が知りたいという話になるのかしら」

 

「……えっと、不安なんです。もし自分たちが被害にあったらって考えちゃって。すいません、うまく説明できなくて」

 

「つまり、彼らの登校が自分たちに悪影響があるかもしれないから、不安になってここにきた、ということかしら」

 

「……そんな感じです」

 

「それで俺らにそれを調べて報告してくれってことか?」

 

「……はい」

 

カマをかけたが動揺は一切見せない。俺の顔は知っているはずなのに心拍や脈など一切のブレがないのを確認出来る。やっぱり何かでカバーされているか、はたまた一時的な俺に対しての記憶喪失状態か。……まさか忘れられてる?そんなことは無いよな、……無いよな?

 

「どうする?ゆきのん」

 

「調べると言っても正直難しいと思うわ。まず私たちは誰一人として十三組に在籍していないし、何より彼らと接触することが難しいわ」

 

「そっか〜」

 

「まあ、あいつらは登校自由だしな。来る時間も帰る時間も本人の気分だしな。そもそも登校義務すらないし、羨ましい限りだ」

 

「まあ、怠惰の化身である比企谷くんはそう思うわよね」

 

「そこまで極めてはいないぞ」

 

「じゃあ、今日までで何回遅刻もしくは欠席した?」

 

「えっと、………20以上だ」

 

「誇らしげなのが腹立たしいわね」

 

「そんなことより本題に戻ろう。どうする?あてなら一人知ってるが」

 

「誰かしら?」

 

「誰なの?」

 

「某雪ノ下さんだ」

 

「姉さんね」

 

「ゆきのんのお姉さんなんか知ってるの?」

 

「雪ノ下さんはここ、箱庭学園のOGであり、元十三組生だった人だ」

 

「ゆきのんなんで黙ってたの?」

 

「姉さんに貸しを作りたくないのよ」

 

「じゃあ代わりに俺が頼むから、それならいいだろ?」

 

「……わかったわ。燕尾さん、あなたの依頼受けるわ」

 

「ありがとうございます!お願いします!」

 

「では、何か分かったら紙か何かにまとめていただけますか?」

 

「メールじゃダメ?」

 

「すいません、私携帯持ってないんです」

 

「では、報告書という形でまとめてあなたに提出すればいいのね?」

 

「はい。お願いします」

 

「そういえばうちの学校ってどういう風に分かれてるんだっけ?」

 

「由比ヶ浜さん、一応通っている学校なのだから、それぐらい知っておくべきなはずなのだけれど」

 

「良い機会だ。教えてやる」

 

「ヒッキーありがとう!」

 

「まず一組から九組。このクラスにいる奴らを『通常』(ノーマル)という。そして、十組から十二組までを『特例』(スペシャル)という。そして、十三組を『異常』(アブノーマル)という。」

 

「ふーん」

 

「そして、十三組生には様々なことが免除されている」

 

「うんうん。とうこうぎむだっけ?」

 

「お前意味わかってんのか?」

 

「バカにするなし!わかってるよ!」

 

「まあ他にもあるけど、今は面倒くさいからこれだけ」

 

「ふーん」

 

「まあとりあえずは雪ノ下さんに連絡しますか」

 

言った手前連絡を取ろうとはするものの、正直俺も雪ノ下同様あまりというよりは全く気が乗らなかった。雪ノ下さんに電話をするということは、あの人に貸しを作るということは、俺は少なくともそれをネタにされ、しばらく彼女のおもちゃとしての扱いを甘んじて受けるということと同じだが背に腹はかえられない。

 

こいつからの依頼の意味を知るためだ。何を企んでるかイマイチ分からない。だからこそ、僅かな手間でも惜しめばこいつらの後手に回ることになる。それだけは避けなければならない。携帯を取り出し、少しスクロールしただけで出てきた『雪ノ下陽乃』という文字の羅列。決して電話帳の中が僅かなスクロールで事足りる程度の人数であるという意味ではない。決してそうではない。

 

意を決して電話をかける。

 

「ずいぶん慣れているのね」

 

「まあな」

 

強制的に交換させられた挙句に何度も連絡をさせられていれば嫌でもそうなる。雪ノ下が哀れむような目で、由比ヶ浜が少し心配そうな目で俺を見ている。そんなに哀れむんだったら代わりにやってくれませんかね。

 

 

 

 

『もしもし、雪ノ下さんですか?』

 

『ひゃっはろーん。雪ノ下さんだよ〜』

 

『機嫌良いですね』

 

『だって君からかけてくるなんて久々だからね〜。こんな綺麗なお姉さんの番号を知ったら普通は毎日かけるものじゃない?』

 

『俺もそこまで暇じゃないんでね』

 

『何か用?』

 

『えっとですね、最近十三組生が登校してきてるんですけど、何か知りませんか?』

 

『もう卒業した身としては、分からないかな〜』

 

『そうですか。……すいません、お時間とらせてしまって』

 

『いいよ別に〜。これから毎日電話を君からかけてくれるみたいだし』

 

『…あの、一言も言ってないんですけど』

 

『決定だよ〜。じゃあね〜。かけてこないと、君の部屋にお邪魔しちゃうからね』

 

『………はい』

 

 

 

「どうだった?」

 

「何も知らないそうだ」

 

「そう。仕方ないわね、他を当たりましょう」

 

「あてでもあるのか?」

 

「……これから考えるわ」

 

ドタドタと走る音と共にドアが勢いよく開かれた。息を上げながら入ってきた季節外れのコートを羽織り、いかにも中二病みたいな格好に身を包んだ若干の肥満体型の男。汗をダラダラとかき、メガネのレンズにも少し汗がかかっている。

 

「八幡よ!貴様、約束の時間を過ぎてるではないか!!」

 

そう叫んでいきなり目の前まで詰めてきたそいつに、鬱陶しいという視線を向けるが、この人物はいささか他者からの評価等に疎い面がある。まあだからこんな格好をしているのだろうし、ましてこんな風にノックもなしに入ってきたりしないだろう。軽く手であしらうと、少し下がったそいつは辺りを見回し、依頼人がいることに気がついたかと思うと、ひょっ、なんて声にならない声を上げてドアの近くの隅に後退した。

 

流石に依頼人がいるという事態が、自分が悪いタイミングで入ってしまったという事を理解させてくれたようだ。

 

「約束?」

 

「ヒッキー!?どういうこと!?」

 

依頼人そっちのけで関心を寄せるな。見ろ、燕尾が気まずそう……何を見てやがるこいつ。彼女が見ているのは俺たちでも、まして急に入ってきた中二病でもない。ただ窓を見ている。我意に介さずとでも言わんばかりだ。しかし、こいつは何かを見ている、何かは分からないが、窓の外に何かがいる。

 

「一旦止まれ」

 

少しうるさくなって来たと思ったらこれを使うのが手っ取り早い。今のうちに起きている問題を処理しよう。まずは燕尾の視線の先の確認だ。立ち上がって、彼女の横まで移動し、彼女の視線に沿うように窓を見る。外には綺麗な夕焼けが映っているが、これといって他に何か……校舎、いやビルか。「十三組」御用達のビルがある。

 

「今回の目的はあれか」

 

確認が終わったところで、燕尾に触れる。彼女は音も無しにその場から消え、問題は一つ解決した。残す問題は、この肥満児と二人だ。肥満児は放置だ。後でいくらでもいじれる。問題はこの二人だ。記憶改竄をしておかないと、こいつとの関係いろいろで、ボロを出すに決まってる。だったらこいつも記憶を改竄しちまえばと思うが、そういうわけにもいかない。一旦この肥満児は廊下にでも出しておこう。

 

記憶を操作するためには脳を直接いじる必要があり、脳に損傷がないように神経を使う事もそうだが、記憶に矛盾が起きないように調整するのが面倒くさい事この上ない。昨日も苦労したがまさか二日続けて同じ相手に使うとは思わなかった。

 

二人の頭に軽く手を起き、改竄を始める。昨日のように一瞬の出来事を消すのは容易だが、今回のような色々あった上で更に、なんて日には本当に大変な記憶の矛盾を生まないための編集が必要になる。おまけに弄ってるせいで、いじられている奴には多少なりとも負荷がかかっている。出来れば使いたくはないが、変に知られて困る事も今の俺には多い。

 

「…よし、これなら大丈夫だな」

 

結果、改竄内容は以下のようになった。平塚先生が俺の全休に気がついて走って入ってきた。そして俺に詰め寄り俺が適当にあしらおうとしたが無理で、鉄拳制裁をくらった。不本意ではあるがしょうがない。

 

「動いていいぞ」

 

開始したと同時に二人が俺を見上げる。……手を置いたままなの忘れてた。

 

「え!?ヒッキー!?」

 

「何しているのかしら?セクハラくん」

 

二人は俺の顔を何度も見ては、下を見るを繰り返しなんだか見ていて面白くなった。だが、申し訳ないが二人には寝てもらわねばならない。軽く力を入れて彼女達の頭を押すと、二人ゆっくりと机の上に突っ伏すような形で眠りについた。二人を肩に担ぎ、ドアを蹴り飛ばして廊下に出ると、何やら俺に向けられた視線を下から感じたがそれを無視して保健室へと向かう。

 

「八幡!!貴様どこへ!!」

 

立ち上がって近づいてきた瞬間、俺は右足で思い切り奴の顔面めがけて蹴りをかました。反射神経は見た目の割にはいいようで、容易にガードされたが、そのままの状態でスキルを使い、吹き飛んでもらった。コロコロと転がっていく、あいつを尻目に歩みを進める。

 

歩いている間に時折すれ違う生徒達から、変質者を見るような視線を浴びまくったが、そんな事気にしている暇なんてない。記憶改竄による脳への疲労やダメージはどういうわけか、スキルで治癒を早めたりなどが一切できない。1日だけならまだしも、2日連続は少し心配になる。

 

たどり着いた保健室のドアを蹴り飛ばして入り、適当な空いているベッドに二人を寝かせる。背後からの視線を感じ、振り返ればこの学園の保険委員長である赤がこちらを見ていた。鋭い目付き、明らかに彼女自身の手のひらより長いであろう右手の異常なまでの長い爪。そして、ミニスカナースの格好をしている個性全開な彼女だが、腕は確かだったりと人は見かけでは判断できないと言う代名詞のような奴だ。

 

「おい、随分と乱暴な入り方をするな。君は王か何かか?」

 

「王だったらやっていいのか?」

 

彼女は呆れた様子やそぶりも一切見せず、いつも通りの顔で何も言わずにトランプを取り出しシャッフルをはじめた。またかと思いつつ俺は壊れたドアを直しはじめる。保健室関係の物品を彼女がいる際に壊すと、彼女はトランプを取り出す。それが意味することは「シャッフルが終わる前に直せ」だ。ただこのミニゲーム、時間は全て彼女の気分で決まる。40分以上シャッフルするときもあれば、3秒で終わらせてくる時もある。時間内に直せなかった場合は、彼女とトランプで「遊ぶ」事が必要である。ただし、ただの遊びではないため、参加したくないから俺は一度たりとてオーバーしたことはない。

 

彼女がシャッフルをやめると同時に俺は修理を終えた。若干不服そうな彼女に礼を言って教室を出ると、保健室の前には先程蹴り飛ばしたあいつがいた。

 

「おい、他言にするなって言ったはずだ」

 

「すまんな!だがしかし、八幡よ。その二人に言ってあると思っていたんだが」

 

「………」

 

「言ってないのか。なぜだ?はちむっ!」

 

頬を鷲掴みにして話を遮る。

 

「それ以上は何も言うな」

 

「ふぁい」

 

「………はあ、行くぞ」

 

手を離して部室へと戻る。昨日今日と疲れる。だが、これも仕事だと割り切らないとやっていられない。神さま、どうして俺にここまで色々とやらせようとするんだ。俺は何もしてないぞ。……何もしてないからか。

 

「二人は起こさなくて良いのか?」

 

「赤に後でメモを残しておくから大丈夫だ。あとお前、俺が『異常』(アブノーマル)だってことは誰にも言ってないだろうな?」

 

「もちろんだ。貴様は我の師であるからな!」

 

「師だと思ってんならもうちょい敬ってくれ」

 

「フッ、我と貴様は師弟の関係であるが、貴様と我の間にそのような壁は必要ない!」

 

「はいはい。じゃあ行くぞ」

 

メモ用紙に『先に帰る』とだけ書いて鶴を折り、保健室に向かって飛ばす。不恰好で不均一な羽ばたきをしながらも、鶴が保健室へと向かっていくのを見届けることはせずに、俺たちはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「準備できたか?」

 

「我はいつでもいけるぞ!」

 

心底後悔している。誰もいないと思って迂闊にスキルを使ったあの日のことを忘れたことはない。しかし俺の甘さが招いたのも事実だ。記憶を消そうとしたら土下座しながら進んできた挙句、泣きながら足にすがりつかれて『お願いだ!我に力をくれ!』などと中2くさいことを言われ、早く帰りたかったためにあげてしまった。後悔先に立たずだ。

 

なんとかしてもらおうとあの人に言ったが戦力が増えたと言って笑ったまま何もしてはくれなかった。

 

『贋作』(がんさく)『母』(メイク)。」

 

今日もまた一段と不気味な生物が出てきた。グロテスクという表現がぴったりだ。

 

小学生の頭の中というのは思った以上に複雑で単純だった。考えてる事はやれどのキャラがゲームで強いとか、今日の晩御飯は好物が食いたいなんてものばかりだが、その中で一際興味をそそられるのは幼い彼らの無限の想像力だ。俺は好奇心で彼らの想像した物を拝借するが、今の彼らの何にも縛られず、これから先に明るい未来しかないとでも言わんばかりの世間に対するいい意味で現実を知らないことが、俺たちにはない自由な発想を彼らに与える。

 

今日のこの生物も、登校中に見たガキ大将っぽい男子小学生の想像したものだ。俺たちじゃ到底考えそうにない、めちゃくちゃな姿形のそれは、どうも彼が好きな戦隊モノで、彼自身の頭の中で作ったストーリーの中でボス的な立ち位置らしい。まあ最終的には瞬殺されていたが。

 

「八幡よ!!これはなんなのだ!?」

 

「知らねーよ。俺が考えたわけじゃないし。頑張れ、材木座」

 

体のベースは首長竜というなかなか渋い趣味をしているが、全身に様々な動物の目と口がついている。その数は優に千を越えるらしく、その口や目からはバラバラにビームや火炎放射を繰り出す事ができ、倒す条件は一撃で細胞ひとつ残らないレベルまで粉微塵にすることらしい。小学生らしい、非常に不均等で非合理なものではあるが、不合理な力の訓練にはちょうどいい。

 

「八幡よ!!攻撃が全く効かないのだが!?!?」

 

「お前一応十三組生だろ。しっかりしろ」

 

「八幡だってそうじゃないか!!!」

 

「俺は今は一組だ」

 

避けては隙をつき攻撃する。そんなヒットアンドアウェイ方式の、王道かつ一番単調な攻撃をしていた材木座だが、いかんせん体力がないせいで動きにキレがなくなってきた。最初は余裕で交わしていた攻撃も、段々と避けるタイミングが遅くなっていき、今では全て紙一重で避けている。わざとそのぐらいのギリギリで避けているのであれば非常にかっこいいのだが、あいにくあいつはただただギリギリなだけで格好が悪い事この上ない。それを証拠に、今のあいつは攻撃が来るたびに両手をあげて太い体を必死に反るようにして、数多の攻撃をかわしている。

 

「おい、バテるなよ」

 

「なんの、これしき!」

 

これ以上はあいつが死ぬな。さすがに目の前で顔見知りがミンチか粉塵になるのは見たくないので、一応だが警戒しておこう。

 

「おい材木座、そろそろ終わりだ」

 

「わかった!」

 

「ちゃんとやれよ」

 

「任せろ!!」

 

あいつはその見た目、話し方に沿うように大振りかつパワーのありそうな攻撃方法を好む。それを活かしたいのであれば、まずは相手がそんな攻撃を喰らうわけのない前半の余裕がある時は、あっちからの攻撃の避けに徹するようにあいつには言ってある。だから手を出させずにひらすらに避けさせていたわけだが、あのままでは先にスタミナ切れでボコボコにされるのがオチだ。

 

別にあの化け物が疲労しているようにはまるで見えないが、相手に十分な疲労を与えられなければ、いやでもこちらも反撃をする必要が出てくる。そうなったらもう攻撃は避けるものから耐えるものという頭に切り変えて、限りなく被害を最小に抑えつつ、一撃で屠る事ができるような体力を回復、もしくは温存する必要がある。あいつもそれは分かっているようで、千を超える攻撃の雨を耐え、大きく振りかぶって空手の正拳突きのように拳を化け物に食らわせた。その瞬間、それは音も立てずに、木っ端微塵になって辺りに降り注いだ。してやった、そんなような顔を浮かべてあいつは拳を高く上げた。

 

「カッコつけるには早いぞ、材木座」

 

もちろんアニメや漫画なら主人公が先程のような攻撃を仕掛けて当たればもう勝ちは確定だ。しかし、残念だがお前は主人公じゃない。まして俺もだ。木っ端微塵にしたところで、散らばった肉片がもう既に集結し、再生を開始している。

 

右手をポケットから出して顔の横まで上げる。軽く息を吐いて強く拳を握る。再生を図っていた生物だった物は一瞬にして潰れ、赤い霧となって舞っていく。やはりこのスキルを人に使う機会は一度として来る事はないだろう。何せ対象を定めて握るだけで、周辺の外圧を大きくし、その対象を潰す上に発生した熱で蒸発させるという代物だ。人間に使ったらと思うと若干気が滅入る。

 

ひとまず尻餅をついてポカーンとしている材木座に近づき、腕を掴んで立つように促す。流石に腰は抜けていなかったが、未だに状況が飲み込めていないようだ。俺と周囲を交互に見て、何した、とでも言わんばかりの顔をしている。

 

「甘いんだよ。お前も俺も主人公じゃねえんだから最後まで気を抜くな」

 

「しかし今のは明らかに倒した感じだったではないか!!」

 

「そう思ってんのはお前だけだ」

 

「相変わらず容赦がない」

 

「おまけに素手だけで10分……ダメダメだな」

 

「ひどい!」

 

「少なくとも、一時間は戦えるようにしとかないとな」

 

「スキル無しで!?」

 

「当たり前だ。それと最後のやつ。普通はあんなに振りかぶったら逃げられるか、もしくは反撃されるかのどっちかだからな。最小限のモーションで打て。あと決めた後のドヤ顔が腹たつ」

 

「ぐは!」

 

そんな事を言いながら仰け反るこいつを見て、蹴り飛ばしてやりたいとも思ったが、もう相手する事自体が面倒だ。というかそんなポーズ出来るならまだいけるだろ。

 

「おい、帰るぞ」

 

「待て!八幡よ!」

 

「なんだよ」

 

「我と勝負しろ!」

 

「は?」

 

「我は最近貴様に稽古をつけてもらい、さらには家での自主トレも相当やっていると自負している。今の我なら貴様にパンチの一発や二発入れられるのではと思ってな。勝負しろ!八幡よ!」

 

「ずいぶんと舐められてるな。……わかった、今日だけな。ただし、お前が負けたら今まで以上に厳しくやる。もしお前が俺に一発でも入れられたら、お前の願い事をひとつ聞いてやる」

 

「いいだろう」

 

「行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

乗ったはいいが数秒で面倒くさくなった。そもそもなんでこいつと対決しなければならないのだ。申し訳ないとは微塵も思わないので、全力で潰す。下手に手を抜いて善戦したと中途半端に自信をつけられても困る。左手に持っていた鞄を置いて地面に置き、軽くストレッチをする。

 

転ばせるだけでいいだろう。じっとこちらを見ているが隙がありすぎる。そもそも構えからしてなってない。なんだその構え方は。自然体という言葉で片付けられてしまう。両手をダラリとさせ、足は肩幅に開いて軽く下を向いて目を細めた材木座。見てるだけで腹が立ってくるな。

 

「おい、何度も言ってるだろ。俺もお前も、主人公じゃ無いんだから」

 

「我はこの構えが最も馴染んでいるのだ。全身の脱力から生まれる一瞬の爆発力を持って、我は八幡!貴様に勝利する!!」

 

言うだけ無駄なようだ。さて、行くか。……彼が目を閉じた瞬間に、彼のいうような一瞬の爆発力を持って距離を詰め、しゃがんで足をすくう。前のめりで地面に向かっていく彼のシャツの胸ぐらを、腕を伸ばして掴みそのまま勢いよく地面にぶつける。

 

グシャ、と眼鏡が割れる音が聞こえた。流石にやりすぎたと思ったりもしたが、食らった当人はあまり気にしていないようで、仰向けになって軽い苦笑いを浮かべていた。

 

「八幡よ、メガネが割れたぞ!なんてことを!!」

 

「悪かった。だけど、お前が本気で強くなりたいんだったら、俺がこうして話している間でも、一手先を読んで何か仕掛けをしたりしろ。さも無いと殺されるぞ、冗談抜きで」

 

言葉を詰まらせる材木座に、容赦ないようだが、事実を畳み掛ける。

 

「高校生になって力得たやつと昔から持ってるやつとでは、違いが大きい。まあだからこそ、その差を埋めるためにこうやって努力してんだ。無抵抗にやられるよりは、抵抗した方がマシだろ。だが、あいつらはどいつもこいつもみんなイかれてるせいで、並みの騙し討ちじゃ意味がない。時には親しいやつさえも巻き込んで戦え」

 

材木座は言葉に詰まったようではあったが、やがて立ち上がり壊れた眼鏡を投げ捨てた。

 

「八幡よ、我はこれからもトレーニングを続けるぞ!またよろしく頼む!」

 

覚悟が決まったかどうかは知らないが、俺が手を抜いたということや、俺の言った事が事実だとか、その辺に関してはわかってもらえたようでよかった。

 

「はいはい」

 

「それと八幡よ。また新しいラノベを書いてきたんだが「じゃあな」って、八幡!?待ってくれ!!」

 

そのあと押しに負けて俺が読んだのはいうまでもない。

 

 

 

 

 

 

「眠い。眠すぎる」

 

俺は昨日帰ってからほとんどの時間を長編ラノベの解読に費やした。材木座が書いた前回は主人公がいきなり得た力を小さい頃から使ってたやつ以上に使いこなし無双した後ヒロインとイチャコラするというものだった。

 

しかしながら今回は、無双はするものの主人公の小さい時からの弛み無い努力があったからできたということになっていた。また、ヒロインが惚れるのが納得できるものだったため、彼自身それほど苦痛ではなかったが、いかんせん長く、終わった時には時計の針が3時をさしていた。そのため非常に寝不足なのである。

 

「ヒッキーおはよ!」

 

「ういす」

 

「どうしたの?目の下黒いよ?」

 

「ちょっとな」

 

「ふーん。まあ、気をつけてね!また後で!」

 

「おう」

 

由比ヶ浜が手を振ってきたのに応えるように小さく手を振り返すと、彼女は嬉しそうに大きく手を振り走っていった。なんだか犬を見ているような感じがする。懐かれているとしか感じないのだがこれはいいのだろうか。

 

「八幡よ!」

 

昨日今日とこいつと会うとは。何か良くないことが俺に起ころうとしているのでは何かと思ってしまう。事実起きているといえば起きているのだが。溜息が溢れるが一応返事はしておこう。

 

「よう」

 

見るとなんだかものすごい元気そうだ。活力に満ちた顔をしている。こいつ実は元々スキル持ってたんだろ。他人の元気を吸い取るっていうスキル。

 

「どうだった?我の新作は!正直今までのものよりはるかにできが良いと自負している」

 

「確かに良くなってる」

 

「本当か!!」

 

「ただな、面白いわけじゃない。読めるだけだ」

 

すすり泣く声が聞こえてきて、なんだと思い隣を見ると材木座が眼鏡を取り片手で目を覆いながら泣いていた。まるで俺がこいつを泣かせたような感じになってないだろうか。いや疑うまでもない。もうそういう目で見られている。なんでいつもこうなるのだろうか。

 

「悪かった。言い方か?何がいけなかった?」

 

「いや、……嬉しかったのだ。良くなってると言ってもらえたことが。これからも読んでくれ!八幡よ!さらば!」

 

そう言って笑いながら泣いている材木座は走って校舎へと向かった。周りは両方変人だったか、とか、修羅場か、とか好き勝手言ってくれているが俺は言われ慣れているので再度校舎へと向かう。しかしそうは言っても、泣きながら笑って走っていったあいつが若干怖くなったのも事実だ。もう関わるのやめよう。

 

 

 

今日は珍しく朝から登校できた。しかし相変わらず俺は授業に出ることもなく、かといってあそこに行くのは特に用がないので一人雲の上で寝ていた。眩しいわ気圧の調整が大変だわ太陽が熱いわでもう二度とやりたくない。授業終了のチャイムが鳴ったので、俺は無事部室へと向かった。

 

「うす」

 

「ひゃっはろーん」

 

俺はドアをすぐに閉めた。悪い夢だ。覚めてくれ、頼む悪い夢。明日から平塚先生の授業以外にもう一つの授業を受けます。だから覚めてください。意を決してドアを開けるがやはりそこにはいた。俺が魅力的だと思うが好きになれない女の人ランキング第2位の雪ノ下陽乃が。

 

「早く入って来なよ〜。比企谷くん」

 

「……はい」

 

観念して教室へ入り自分の椅子に座ろうとしたが探せど探せど俺の椅子もとい俺の定位置が見当たらない。それもそのはずだ。俺の定位置に置いてある椅子には雪ノ下さんが座っていて足を組んで膝に両ひじを乗せて頬杖をついてこちらを見ている。

 

「あっ、座るとこがないのか。ごめんね〜、私が座っちゃってて。代わりにここいいよ」

 

雪ノ下さんはそう言って足をほどき揃えて自分の太ももをポンと何度か軽く叩く。座れるわけないだろとつっこみたくなるがそんなこと言おうものなら、女性として見ているという点をいじられるに決まっている。だが座っても写真を撮られて雪ノ下に送られるのが王道パターンだ。ここは無難にどうでも良さそうに応対するのがベストだ。

 

「からかわないでくださいよ」

 

「別に座ってもいいよ?」

 

彼女のいつものからかうような軽い口調ではない。やけに威圧感がある。何か機嫌が悪くなることでもあったのだろうか。いやしかし雪ノ下陽乃という人はどれだけ怒ろうが、どれだけムシャクシャしようが人にあたるなんてことは一切しなかった。しかし明らかにいつもと違う様子だ。彼女に何があったのだろうか。

 

「何をやってるの?」

 

俺たちの後ろに立っていた雪ノ下はそう言って俺を蔑むような目で見ていた。俺はもうその目に慣れているので特に怖いとは思わない。いや訂正しよう、やっぱ怖い。

 

「……どの辺りからいた?」

 

「姉さんの自分の上に座れという提案にあなたが鼻の下を伸ばしながらモジモジしていたところからよ」

 

「雪ノ下、脚色がひどいぞ」

 

「比企谷くんたらお姉さんのお誘いに乗ってこないんだよ?酷いよね雪乃ちゃん」

 

このままでは分が悪い。なんとか回避しなければ。

 

「話を戻そう。どうして雪ノ下さんがここに?」

 

「久々に妹の顔が見たくなったのと、昨日の話が気になったからね」

 

「何かわかったの?」

 

「実はね、私の予想なんだけどね、この学校にはある計画があるらしくてね。どうもそれを進行、運営しているのが十三組の人間らしいの」

 

「…………なんすかそれ?」

 

「ということは姉さんも関わっていたの?」

 

「いや、私は参加してなかった、というよりも参加できる器じゃなかった」

 

「どういうこと?」

 

「その計画はね、どうも十三組の人間の中でも特に異常(アブノーマル)な人間だけらしいの」

 

「つまり……」

 

「そう。私は異常(アブノーマル)であれどその中では異常(アブノーマル)ではなかった。ゆえに参加ができなかった」

 

「その計画が、十三組の人間が登校している理由なの?」

 

「私の周りの子はみんなあの計画に参加したがっていたわ。だからメンバーに選ばれるように振る舞った。仮に選ばれなかったとしてもその時は力尽くでメンバーに入ろうとした。その結果十三組は、争うようになった」

 

「じゃあ、十三組の人間が登校しているのは」

 

「多分、欠員が出たからその枠に入ろうとして来ているんだと思うわ。その計画の名は、『フラスコ計画』」

 

確かに欠員は出たけど、もう既にその枠は黒神めだかが入ることになっている。今更奪おうだなんて遅いにも程があるし選ばれない時点で気付け。そもそもあんなイカれた計画に参加しようなんてどうかしてる。隣の芝生は青いとはちょっと違うとは思うが、まあ聞いた話だけで短絡的に考えてるんだろう。案外十三組生と普通の高校生はスキルがある以外は一緒なのかもしれない。

 

「ときに比企谷くん。ちょっと時間いい?」

 

何か俺に用があるのか。恐らくは彼女の今の機嫌の悪さを知るチャンスだ。ここでスキルを使ってもいいとは思うが、この人は元十三組生だ。十三組生はスキルに敏感というか野生の勘がスキルという対象にも働くようで、なんとなくではあるが自分がスキルを使われているというのが分かる。俺だけじゃないはずだと願いたい。

 

「ええ」

 

「ちょっとお話ししようよ」

 

フラグが立った。これはもう原因俺だ。俺は何をした。思い出せ。だめだ何も思い出せない。そもそもこの人と会うの数週間振りだ。

 

「……分かりました」

 

先に俺が出ると外で由比ヶ浜が教室の壁に寄りかかっていた。俺に気付いた彼女は俺に近づいてきた。彼女は笑みを俺に見せていたが、後ろにいる雪ノ下さんを見て少し萎縮して笑みもぎこちなくなっていた。

 

「あっ、ヒッキーとえっと…」

 

「ああ、ごめんね。私は雪ノ下陽乃。雪乃ちゃんのお姉ちゃんだよ〜」

 

「初めまして。由比ヶ浜結衣です」

 

「雪乃ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」

 

「はい!」

 

何だか妙な気分だ。身内を馬鹿にされているような気がしてきた。今まではこんなことはなかったのに。確かに由比ヶ浜はアホっぽいし、事実アホかもしれないがそれを模倣しているのがこの上なく腹がたつ。やはりスキルは怖いな。性格がどんどん歪んでいく感覚がする。俺が今ここで軽く手首をスナップさせれば剣を出せる。袖に手を突っ込めば銃を取り出せる。後ろから雪ノ下さんに何かされても避けられるし、ここでこの人らを改造して俺の仲間にすることだって容易だ。

 

「比企谷くん………」

 

「何だ雪ノ下?」

 

俺の目に映った雪ノ下は泣いていた。そして俺の頬をどろりとした液体がつたった。瞬間誰かに背中を触られ、俺は夕焼けが綺麗に見える時計塔の上に移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですか?雪ノ下さん。瞬間移動させる必要があったんですか?」

 

「あなたはどうしちゃったの。ほんの少し前までのあなたと今のあなたはもう180度違う。いつからそんな戦闘を好むようになったの?」

 

「……何を言ってるんですか?」

 

「自分の手を見なさい」

 

言われて手を見ると両手に血が付いている。何故だ。体のあちこちに赤い液体がついており、頰にもついている。頰についていたのは血だったのか。でも何故だ。俺は何をされたんだ。

 

「俺は何をされたんですか?」

 

「あなたはされたんじゃない。したのよ。由比ヶ浜ちゃんをあなたは殺しかけた。そして私も、雪乃ちゃんも」

 

言われても何が何だかさっぱり分からない。俺が由比ヶ浜や雪ノ下さん、雪ノ下を殺そうとするはずがない。俺にとって数少ない俺の理解者だと俺は思っている。そんな大事な存在を自ら手にかけるようなことをするはずがない。

 

「ありえないですよ。俺があなたたちを殺そうとするなんて」

 

「……あなた、本当に比企谷くんなの?偽物であることを心から願うわ」

 

この人は何を言っているのだろう。俺は勿論………俺は誰なのだろう。俺は比企谷八幡なのに俺を構成しているものは全て俺のものじゃない、他人のものだ。スキルも考え方も行動原理も全てが他人のものだ。

 

「俺は………誰ですか?」

 

「………あなたは、比企谷八幡よ」

 

「俺は………宗形先輩で、高千穂先輩で、名瀬で、古賀で、行橋で、都城先輩で………俺は異常だ」

 

「………あなたと会わなかった数週間であなたに何があったの?何が起きたの?」

 

「俺は俺が欲しい。だからあんたが欲しい。あんたもあの人も俺を構成する要素だ。だから欲しい。あんたが」

 

「何か様子がおかしいのは分かったわ。もし本当に私が欲しかったら力づくで奪ってみせなさい」

 

彼女が俺の目の前から姿を消した。だが俺は彼女がどこにいるか何故かわかった。上を見上げれば彼女がいる。しかし彼女の姿が見えなくなると同時に俺の頭上に何か巨大なものが迫ってきていた。さしずめ岩か何かか。彼女がこんな事をする理由は一つだろう。俺をここで終わらせる気なんだ。でなきゃわざわざ赴いていつ使えなくなるかも分からないスキルを使って戦おうとはしない。

 

片手を上げて握る。頭上に迫っていた何かは木っ端微塵になり、粉末が辺りに散らばって視界が悪くなった。ここまでが想定内だが、あの人はもう二、三個何かを用意しているはずだ。

 

「先に言わせてね。私はここで君を終わらせるつもり。雪乃ちゃん達のために」

 

辺りに立ち込めていた粉塵が晴れていくと同時に俺の四肢が爆散した。そうか。あの人のスキルは自称瞬間移動だが、この攻撃で分かった。この人のスキルは瞬間移動じゃない、座標移動だ。あの人はさりげなく俺に数回触れていた。そして今回爆散した四肢は先程確かに彼女に触られていた。恐らくは事前に触れていた爆弾か何かを俺の腕と足の近くまで移動させて爆破させたのだろう。

 

しかし本来俺はこんな攻撃避けられる。俺は高千穂先輩でもあるからだ。あの人の全てを避ける反射神経が俺にはあるのだがイマイチ機能しない。原因は持っている俺ですら分からない。確かに劣化版なのだが今までは何不自由なく機能していたはずなのに。

 

四肢がなくなって地面に仰向けになったまま動けない俺を彼女は見下ろす。その顔はどこか悲しそうだ。何故そんな顔をするのだろうか。俺を終わらせようとするならば俺を憎み、恨み、嫌い、嘲るべきだろう。憎悪の感情を全面に出しながら俺を見下ろし、トドメを刺そうとするべきだ。なのに何故泣いている。

 

何だか急に人の感情がわからなくなってきた。いつもならすぐに頭の中を見て思考を読みとり対策を練るのだが、今日はその頭の中を見るスキルも使えない。

 

「君さ、言うことない?」

 

彼女は泣きながらそう言った。

 

「なんですか?特にないですけど」

 

「もう一度言ってあげる。最後だよ。何か言うことはない?」

 

「いえ、何も」

 

「そう。じゃあこれはどういうこと?」

 

彼女はポケットから取り出した数枚の写真を彼に見せる。

 

「それがどうかしたんですか?」

 

「そうだよね。君は簡単に口を割らないよね」

 

「口を割らないも何も俺は何も知りませんよ。たまたま俺が時計塔に来ている時を何回か写真に収めただけでしょ?」

 

「お願い比企谷くん。知っている事を話して。お願い」

 

彼女の表情が段々と崩れていく。涙の量も増えていき、絶え間なく彼女の目から頬を伝って地面へと落ちていく。やはり分からない。何故彼女が泣くのかが分からない。

 

『比企谷くん、聞こえているだろう』

 

脳内に声が聞こえる。俺を憂鬱にさせる聞き慣れた声。

 

『いったん君を回収するよ。君は今少しヤバイから』

 

声が終わると同時に辺りに立ち込めていた粉塵が一瞬にして綺麗に晴れ、俺を見下ろすように声の主が現れた。彼女を見た雪ノ下さんはすぐに俺たちの前から姿を消したが、彼女は別段追うようなそぶりを見せずに俺の方を見た。

 

「さてさて、そのグロい手足は後で治すとして、ひとまずは君を救う事から始めようか」

 

「俺を救う?」

 

「君今自分が何かわからなくなってるだろ。それは君がスキルに使われているからだ。君自身がまだスキルを手懐けていないからそうなっちゃってるんだよ?分かるかい?」

 

「……で俺はどうしたらいいですか?」

 

「今から僕の持ってるスキルの一部を君にコピーさせてあげるよ」

 

「……何の意味が?」

 

「一回君をぶっ壊す。取り込めるだけスキルを取り込ませて君という存在を一度破壊してそれから君を君自身で再構築していってもらおうと思うんだ」

 

「完全に自分が分からなくなるってことですか?」

 

「そうだ。現在進行形で君の自我は飲まれつつある。それはひとえに君のスキルが他者のスキルを劣化版であれどその持ち主の性質ごとコピーするというもののせいだ。おまけに君は僕の命令ではあるがフラスコ計画に参加し続けたせいでより濃くあの異常の中の異常達の個性を真似てしまった」

 

「これもあんたの計算のうちだろ。白々しい芝居はやめてくれ」

 

「………やっぱり僕は君が嫌いだ。君は察しが良すぎるから」

 

「俺を本当に救いたいならあんたは即座に俺にキスでもして俺のスキルを全部持ってくだろ。だけどあんたは今それをやってない。俺を破壊してどうするつもりですか」

 

「君を破壊して彼との戦いを終わらせるのさ。彼は僕の計画のうちの一つを可能にしてしまっているからね。本来は君と戦うはずなんだが君を破壊して君から彼に対する一切の感情を排除してフェードアウトしてもらいたいんだよ。その代わりに彼女に戦ってもらいたいんだ」

 

「黒神はあいつですら救おうとする」

 

「それでいいのさ。ただ君をこのままにしておけば君はめだかちゃんにですら擁護されなくなるよ。君は僕以外の地上の人間を数名残して一掃させる事だって出来るようになる。何せ君は彼らだ。だが彼らと決定的に違うのは、彼らは人間で君は動物だ。抑える術を知らない。だんだんと抑えられなくなってきている君の衝動は彼らが日頃必死に抑えているものだ。おまけに君は彼ら以外にも何人かのスキルと異常性を持っている」

 

「今までだって抑えてきた。最近は疲れていたせいで少し調子が悪いだけです」

 

「強がりは良くないよ。さっきやっちゃったことが何よりの証拠だ。幸い君は燕尾ちゃんだけを軽く切った程度で済んだけど」

 

「やっぱりあいつは由比ヶ浜じゃなかったか」

 

「とはいえ抑えられていないのはもう確実だね。じゃあ早速取り掛かろうか」

 

「…………」

 

「怖いかい?自分の自我がなくなるのは」

 

「当たり前じゃないですか。俺の今までが全部なくなるわけでしょ。怖くないわけないじゃないですか」

 

「………じゃあ、君に選ばせてあげよう。選択肢は二つ。一つは僕からさらにスキルと異常性をもらって自分の現在の自我を破壊して再構成して新しい自我を手に入れる。この場合は君は多くのスキルを得られる上に生活しているだけで自身の異常性を獲得できるし、スキルの扱いには全く困らなくなる。もう一つはこのまま過ごす。もちろん自我はそのままだけど君は代わりにとにかく耐えて耐えて耐え続ける必要がある。この方法は君自身が異常性に見合うぐらい成長するのを待つ他に解決策はない。だから道を間違えればすぐに戻れなくなるし、最悪の結果としては君はあらゆる人間、君の部活仲間や他一部からでさえ敵とみなされ攻撃されてやがては君が忌み嫌う彼と同じくらいの立ち位置になる」

 

「…………」

 

「どうする?君の意思で決めればいい。だけどどっちを選んでも君にはまだ仕事してもらうけどね」

 

「………俺は……強くはなりたい。だがそれ以上に自分がなくなるのは……怖い」

 

「分かってるね。それでこそキミじゃないか。君は苦しむ方を選ぶのは分かっていたし別段驚きはないが、僕は嬉しいよ。君は少しずつではあるが君のスキルに支配され始めているが根まではまだ侵食されていないことがわかってよかった。まあ頑張ってくれよ。僕は陰ながら応援こそしないが君を見ているよ」

 

彼女はそう言い残して消えていった。俺の手足はもう粗方戻っていたので俺は上半身を起こすと自然とため息が出る。何がきっかけで俺の抑えられていた異常性が急に抑えられなくなったのか。答えは出ている。あの人も分かっていて敢えて言わなかった。

 

俺は由比ヶ浜を馬鹿にされたと思っただけで一瞬だけだが抑えが効かなくなった。恥ずかしながら俺にとって奉仕部は、あの二人は大事な存在になっている。だが今までだって彼女達や奉仕部自体が馬鹿にされたことなんて多々あったはずなのに、どうして今日は抑えが効かなくなったかといえばやはりあの人が言うように俺がスキルに食われてるってことなんだろう。

 

俺は先の雪ノ下さんと対峙した時に吐いたセリフが色濃く俺の記憶には残っている。あの言葉を俺なりに解釈するなら、俺は、俺の異常性は俺を構成している物が他人の物なのが気に食わないのだ。俺自身そんなに独占欲が強い訳ではないと思っていたがどうやら違うようだ。

 

「俺は何が欲しいんだ。今までだってずっと満足してきたはずだろ。まだ何か欲しいのか、俺は」

 

俺はどうやらかなりの欲張りで独占欲が強くて貪欲だったらしい。だけど俺は分からない。ただでさえ恵まれた立場でありながら、今の自分がこれ以上何を欲しがるのかが。

 

 

 

 

 




ありがとうございました。


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指導

三話目です。


「……もう私の知ってる彼じゃないみたい。そうなるともう、敵対する他ないわね」

 

微かな期待ですら裏切られた私は、もうどうしたらいいか分からなくなってしまった。私自身あまり人を信じるようなタイプでは無い、そんな自負はある。だけど、一年生の時の彼と雪乃ちゃんたちの関係を、私は第三者ではあったが見ていた。

 

素直じゃない、ぶっきらぼうで、常に他人を思いやる彼を私は知っている。私の懐疑的な考え方を通しても、彼は信じるに値する人物だと私は判断した。だからこそ悔しくもある。見抜けなかった自分が。

 

だけど、未だに私は彼を信じている。依然として、自分の人を見る目が正しいと思っているからこそ、そんな感情が芽生えるのだろう。きっと何かあるに違いない。彼はいつもそうだったはずだ。黙って自分から雪乃ちゃんたちと距離を置き、しれっと戻って来る。そして、あったはずの問題はいつの間にか終わっている。そんな事になるのを、少なからず期待している自分に多少なりとも腹がたつ。

 

けれど、私はフラスコ計画を潰す。あれは存在しちゃいけない。仮に君が私たちを守るためにあの計画に入っていたとしても、それでも私はあの計画を必ず潰す。

 

「雪ノ下さん!!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫か?」

 

「元気か?」

 

移動した先である集合場所に現れた私を見て、四人は心配そうな様子で尋ねてくれる。彼らはみんな、私に協力してくれると言ってくれている。現に今も奉仕部の部室の修復を手伝いや、情報収集など多岐にわたって共に仕事をしている。

 

「ありがとう。来てくれて嬉しいわ」

 

「私たちはあなたに協力している身です。来るのは当然です」

 

事前に彼らにメールを送っていた。『今から比企谷くんを時計塔に連れて行く。万が一があるかもしれないから、私がいなくなったらいつもの場所に来て頂戴。』という内容で。

 

「燕尾ちゃんは?」

 

「大丈夫ですよ。保健室ではないですけど」

 

「どうして?」

 

「保険委員長と比企谷?だっけか。あいつが親しげに話すのを見たっていうタレコミがあったんで念のためな」

 

「そう。彼女の容態は大丈夫かしら?」

 

「深い傷がいくつかあって一時はやばかったが、今は落ち着いている。深い傷は全部致命傷の一歩手前、そんな具合だったよ。個人的には比企谷も十分やばいと思うが、寧ろあんだけ深い傷を負ったにも関わらずに生きている燕尾の方がすげえ」

 

「……みんな、今日私は覚悟を決めたわ。フラスコ計画は必ず潰す。そして比企谷くんを倒す」

 

「つまり、俺らも気を引き締めないとってことですよね」

 

「嫌なら降りてもらっても構わないわ。もう十二分に、あなた達には協力してもらったから。これから先は下手をすれば命は無いわ。下手をしなくても傷を負うのは絶対よ。それでも私と協力してくれる人はこの場に残って」

 

そう言って数秒。少しの沈黙が流れるが、誰もその場を動かず、静かに私を真っ直ぐな目で見ていた。

 

「じゃあみんな協力してくれるということでいいかしら?」

 

「異論はないです」

 

「ていうか陽乃さんよ。俺らだけであいつに勝てるか?申し訳ねえが俺は思えない。自分を卑下する訳じゃねえが、俺はあの計画に選ばれなかった側だからよ。俺だけじゃねえ、こいつらもそうだ。みんな選ばれなかった。そんな奴らが組んだ訳だが作戦はあるんだろうな?このままじゃ全員死ぬ。それも犬死でな」

 

「……私は使ってないカードがいくつかある。全部を使ってあなた達、そして他に協力してくれる人を限界まで強くする。そうして勝利の二文字が少しでも見えたら、戦いを始めるつもりよ」

 

「0から0.1でも上がれば、その時点で宣戦布告ってわけか」

 

「あなた達にはこれからある人のところに行ってもらう。そこで一週間でもあれば、かなり強くはなれると思う。それが終わったら、一度比企谷くんと私の妹とその友達を、彼から引き剥がして」

 

「でもよ、あんたの妹さんはあいつが散々やらかしたさっきの事を見てたんだろ?だったら剥がす以前にもう関わらなくなるんじゃねえか?」

 

「私の調べだけどよ、なんでもうちの学校には頼めば記憶をどうにかしてくれる奴がいるらしいんだよ」

 

「なんでそんな事急に言い出した」

 

「察しが悪いなお前は。それが比企谷なんだろ」

 

「そうそう。なんでそんな噂が広まってるのかどうかは知らないけどさ、少なくともあいつはかなりのスキルを持ってるんだろ?不可能じゃないと私は思うんだが、ようのさんはどう思う?」

 

「ようのじゃないわ。はるのよ」

 

「てかよ、私はあんたのことは知ってるけど他三人のことも燕尾とかいう子も知らないんだけど」

 

「じゃあなんだ。自己紹介でもするか」

 

「そうだな、のちの仲間になるんだろうからな」

 

「じゃあ私から。三年十三組『三島救世』(みじまくせ)です」

 

彼女は静かにそう言った。三つ編みで黒髪に制服を改造することもなく、スカートですらしっかり膝下まで伸ばしたまさしく模範的な彼女は、その見た目とは裏腹にかなり気性の荒い子で、彼女のスキルは彼女の手先の器用さも相まって、私たちの中ではなかなかの武闘派だ。普段はおとなしいのだが、壊せないものを見つけるとスイッチが入って暴れまわる。かなり堪え性のない危険人物といえばそれまでだ。

 

彼女には主に情報収集の面で動いてもらっていたが、これ以降は完全に戦いの方で動いてもらうことにした。正直、彼女はやり過ぎることがある上に、いらいらがある一定のラインを超えると、周りを見ずにその対象を破壊することだけに集中する癖がある。だからこそ、彼女の扱いには最善の注意を払っていかなければならないが、当分は他の彼らに彼女のストッパーの役割を担ってもらう。

 

「二年十三組『返見久喜』(へんみくき)

 

割と低めな身長の彼は坊主頭で眼鏡をかけている。いつも不機嫌そうな顔をしているが、話せば優しい普通の男子生徒だ。しかしながら彼もやはり気性は荒く、スキルをもっぱら戦うこと以外には使おうとはしない。私が彼に協力を依頼したときも、彼はぶつくさ言いながら、最終的には戦って勝った方が言う事を聞くという条件で戦い、見事に私が勝利を収めこのように協力してもらっている。

 

「二年十三組『紀尾井仁治』(きおいにんじ)だ」

 

久喜と同じクラスである彼は、久喜とは対照的に高い背と肩まである長い髪を持つ。久喜同様にそれなりに落ち着いているのだが、時折口調が荒い。やはり十三組生はどこか変なのだ。そう言ってしまうと私も変な人だということになってしまうが、私よりも変な人が後輩には多い。

 

「二年十一組『雁字志穂』(がんじしほ)。つーか同学年二人もいたのかよ」

 

彼女は協力者の中で唯一の十一組生で、ショートカットに長身で褐色の肌を持った見るからにスポーツ少女という感じだ。彼女は格闘技系の部活全般に入っている上に、活発で誰とでも話せる彼女の明るさも相まって、先輩後輩関わらず多くの友人がいる。彼女には、学校内での噂などを集めてもらっていた。これは十三組に在籍している三人にはできない、彼女だからこそできる仕事である。下らないものばかりだが、中には非常に有益なものも混ざっていることがあるため、あまり馬鹿にもできない。

 

「俺はお前を知ってたぞ」

 

「俺もな」

 

「何あんたら?私のこと好きなわけ?」

 

「勘違いも甚だしい」

 

「はいはい。そんなことより、これからの計画を話すわ」

 

「まず、志穂ちゃんは、引き続き全学年の一組から十二組の様子を教えて。それから、救世ちゃんは準備しておいて」

 

「りょーかい」

 

「分かりました」

 

「それから久喜くんと仁治くんはあの二人を守って」

 

「雪乃ちゃんと結衣ちゃんってやつらかい?」

 

「妹さんはわかるが、何故もう一人もなんだ」

 

「彼女は雪乃ちゃんの友達よ。それも初めての。守ってあげたくなるのよ」

 

「……まあ、いいですよ。分かりました」

 

「お願い。私たちが警戒すべきは、いくつかある。でも、最も警戒すべきは三つ。そのうちのひとつ、彼は燕尾ちゃんのスキルを持ってる。さらにそれを使って一組に溶け込んでるわ。それと彼は人のスキルのコピーが使えるらしいの。多分かなりの数を所持していると思うわ。気をつけて」

 

「「「「分かってます」」」」

 

「じゃあ、解散」

 

再度自分を奮い立たせる。私に協力してくれる彼らを前にして、自分が覚悟をしないでどうするのだ。私はもう決めたのだ。フラスコ計画を潰し、私の大事な妹を守る。雪乃ちゃんのためだったら彼だって倒せそうな気がしてくる。それぐらい私にとって彼女は大事な存在だ。普段はついつい可愛くていじってしまうせいで、彼女からはあまりいい印象を持たれていないかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局あの後、俺は一人でトボトボと部室に戻った。教室の周囲は特に変わった様子はなかったが、なんとなくいつもの部室とは違う気がした。中は当然誰もいなかった。あるのは三人分の椅子と一つの長机と俺の鞄。鞄を持って教室を出ようとドアに手をかけようとした時、不意に足が止まった。振り返って目に止まったのは、雪ノ下が勝手に持ってきていた紅茶用の器具一式と三人分のカップ。俺は開けかけていたドアから手を離し、それらが置かれた机の前で立ち止まった。しばらくそれらを眺めてから、自分のカップを手に取って鞄の中にしまい、部室を後にした。

 

これは俺なりのけじめの付け方だ。もうこの部室に、俺は今までの俺としては来られない。だから俺がいた証はもうあの部室には必要ない、と言うよりも要らない。しかしカップを壊せないのは、やはり俺が弱いからだろう。完全に決別出来ていないのは自分でもよく分かっている。だがどうしても出来ないのだ。

 

「弱えな俺は」

 

もやもやとした感情を消すべく、自問自答をしながらも帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日からは学校には行くものの、誰にも姿を見せることなく1日を過ごした。自らのスキルで自身を認識させることなく、気ままに学校をふらふらする。昼時になったら学食でパンを買い、時計塔の屋上まで登って、学校や生徒達を見ながら昼飯を食べる。今日も今日とて平和でいい。

 

あれからもう一週間は経った。だが、一向に雪ノ下さんに動きはない。水面下で何かを準備しているのは分かってはいるが、別段対処する必要をあまり感じないので今のところ放置状態だ。

 

あの日の選択を間違いだなんて思ってはいない。常に感情のコントロールに気を遣いつつ、スキルに食われないようにする日々が続く。結果として、あの日は陽乃さんからスキルをコピー出来なかった。それに関しては完全に俺のミスだった。もし、次があるとするなら、次は自我を保ちつつ話そうと思う。

 

ありがたいことに、別段誰かに攻撃をされるわけでもなく、まったりと1日1日を過ごさせてもらっている。おそらく協力者がいるはずだし、仮に複数だろうが単数だろうがどっちにしろ十三組生なのは間違いないだろう。となればそろそろこちらも準備を始めた方がいいかもしれない。束になって来ようが問題はないが、念には念を入れておけば負ける確率を限りなくゼロにできる。

 

「今日もいい天気だ。いい日でもある。お前らがいることを除いてはな」

 

「まあそう言うなよ」

 

振り返れば知っている顔が二人、真後ろで俺を見下ろすように立っていた。このスキル、自身の認識を阻害するスキルは、当然のことながら劣化版、もとい贋作だ。通じるのは精々十二組までで、十三組には普通に見えてしまうというか認識されてしまう。それでも、普通の生徒に気がつかれなければそれでいいから使っているわけだが。

 

「何の用だよ」

 

「そう警戒するなって。俺たちはただ話しに来ただけだよ」

 

少し見ただけだが、彼ら、もとい陽乃さんは本気なことがわかった。そして協力者も。明らかに前に見た時とは違う。こんな芸当ができる人なんて、世界中探したってあの人ぐらいしか思い浮かばない。だからあの人にフラスコ計画に留まってもらおうとしたんだ。敵に回られれば最も厄介な筈なのに。どうして他のメンバーは残ってもらおうとしなかったんだ。黒神家を一人であそこまで大きくしたと言っても過言じゃない、そんな異常なマネジメントの才能を持つ黒神家長男、『黒神真黒』。

 

真黒さんにかかれば、こいつらをここまで強化するなんてありを潰すよりも楽だろうな。恐らく、この一週間を全て修行という名の地獄で過ごす時間に費やしたのだろう。彼らからは自信がみなぎっており、顔つきがなんだか違う気がする。何度かすれ違った事があるが、その時とはまるで別人だ。ひょっとしたら、顔が似ている奴をただただ連れてきたのではないかと思ってしまうが、ここで一つ疑問が生まれた。

 

恐らく頼んだのは雪ノ下さんだろうが、どうして真黒さんはこれを承諾し、彼らを強化したのかという点だ。雪ノ下財閥も十分でかい財閥だが、黒神財閥に比べたら取るに足らない財閥のうちの一つのはず。そんな財閥に貸しを作ることのメリットが俺には見当たらない。貸しは作っておいても損はない、という考え方もあるが、あの家はそこまで優しい奴はいない。ちゃんとメリットデメリットを判断して貸しを作る。何か弱みでも握っているのか。

 

「考え事してる最中で悪いんだけどよ、用件を伝えるぜ。お前もうあの二人と関わるな」

 

「……安心しろよ。はなからもう関われるなんて思ってないから。現にこの一週間あいつらの姿すら見てないしな。で、それだけじゃないだろ?」

 

「…察しが良くて助かるわ。俺たちがフラスコ計画を潰そうとしてるのは分かってるよな」

 

「要はあれか。まずは俺からやろうってことか」

 

「他のメンバーはどいつもこいつも一日中時計塔にこもりっぱなしだしな。唯一お前だけが時計塔から外に出るんでよ。まずはお前を潰してから俺たちで時計塔に乗り込む」

 

「悪いことは言わない、俺を倒したとしてもあそこに行くなら黒神を連れて行け。めだかの方をな」

 

あいつらに勝てるのは精々黒神ぐらいだ。こいつらがどれだけ強くなろうと、あいつらはその上をいっている。仮にこいつらを虎とするなら、あいつらは武装した人間だ。そして、唯一攻撃できる虎が黒神ただ一人だ。そんな奴を連れていかずに戦おうだなんて、ただ死にに行くとしか思えない。

 

「人のスキルをコピーするお前を倒せば、他のメンバーを全員攻略したのと同じだと思うのはいけないか?」

 

「その考え方は危険だぞ返見。あそこは異次元だ。本気で潰したいんだったら黒神は絶対に連れて来い。あいつに助けてもらわないとお前ら死ぬぞ、本当に」

 

「さっきから俺たちを随分と過小評価してくれてるな。自慢じゃないが、仮にも地獄で一週間を過ごした。以前よりもスキルの扱いは良くなったし、全体的な身体能力も向上した。数に頼ればお前と善戦できると俺は踏んでいる。それとも戦うのが怖いのか?」

 

「分かりやすい挑発だな、紀尾井。実を言えば怖いよ。最近はこれ以外のスキルは使ってないし腕が鈍ってるからな。負けるのが怖いんだよ」

 

「嘘が下手だなお前」

 

後ろからまた声がする。振り返れば不気味な人形に担がれている女生徒が一人、俺を見下ろしていた。三つ編みに眼鏡をかけ、不敵な笑みを浮かべるそいつをよく知っている。いかれた女、救世。

 

俺はこいつが大嫌いだ。名前の字とは真逆なことしかしない。ちょっとでも気に入らないことがあればすぐに周囲を巻き込む。百害あって一利なしな奴だが、雪ノ下さんがこんな奴を使っているなんて思いもしなかった。下手をすれば、妹である雪ノ下も巻き込まれるかもしれない。だが、なぜこいつを使うのだろうか。

 

「久しぶりだな、救世」

 

「よお比企谷。死ぬ覚悟は出来たか?」

 

「お前らは出来てるのか?」

 

「私はする必要ないよ。だって私は勝つから」

 

ここまで自信が持てるのが羨ましい。こいつも真黒さんから鍛えてもらったのかどうかは分からないが、もし鍛えられたのならいささか厄介だ。恐らくは、今まで以上に自信がついているせいで、色々なものを、より簡単に壊せると思っているはずだ。

 

こんな奴が強化されたのなら、甚大な被害が箱庭学園の生徒たちにも広がる。彼らは大事なサンプルであり実験台だ。俺の役目の一つである、彼らをあらゆる事柄から保護をする。その仕事の観点から見ても、こいつを倒すのは必須事項だ。

 

「お前だけは自由にさせるとまずいんだ、救世。退いてもらうぞ」

 

「退場するのはお前だクソ谷」

 

 

 

 

 

放課後の時計塔の屋上は戦場と化し、部活動のために学校に残っていた普通の生徒たちは、時折聞こえてくる爆発音や上がる炎を見て若干驚きはしたが、普通に活動を続けていた。

 

「あいつら危ないって分かってないのか。人間、慣れって怖いな」

 

「余所見すんじゃねえ!!」

 

生徒たちの様子を見ていた隙に、背後から人形数体に抱きつかれる。近くで見れば見るほど気持ちが悪い顔だ。がんじがらめになっているせいで動けない。そのため、対応する暇もなく各々が光り出し、けたたましい爆音と共に爆発した。

 

「お前を使うあの人の気がしれん」

 

立ち込める黒い煙の中から勢いよく飛び出して、そのまま彼女の首を掴んで持ち上げる。

 

「くそが!!」

 

俺の手を苦しそうな表情で彼女が掴むと、彼女の袖から1cmほどの小さな人形が、複数体出現し、俺の手に張り付いた。人形たちは、その小さな腕を小刻みに震わせていく。それに共鳴するように、腕からミシミシという音が鳴る。それでも気にせず、彼女の首を締め上げる。

 

だが、段々と腕から聞こえる音が、少しずつ大きくなっていき、それと同時に徐々に腕の曲がらないはずの場所がしなりはじめ、やがて腕はジグザクに折れ曲り、人形の数と同じ数に切断された。肩から先をなくしたが、瞬時にもう片方の手で、首回りにある俺の手ごと彼女の首を掴む。

 

このまま暗器を使えば、終わらせられる。だが、いくら嫌いな奴とはいえ……いや、これで殺人衝動が満たせるのでは?価値がある、こいつにも。宗方先輩のスキルを、このスキルを食うにはこいつがちょうどいい。殺人衝動を持つあの人を、あの人の真似をすればコントロールのヒントが得られる。

 

「離せクソが!!」

 

彼女は爪を立てて俺の腕を掴み、ギリギリと力を入れていく。スキルは悪魔みたいなものだが、こいつ自身はそれほどまでに力が強くはない、なんてことない弱い女子だ。手を剥がすことができず、段々と焦りが彼女の顔に見えてくる。刹那、首を掴んでいたもう片方の腕は肘より下が切断され、血を辺りに撒き散らした。俺は彼女の腹を蹴って距離を取り、後退して辺りを見回した。

 

どういうわけかは知らないが、一対一で戦いたいのか?救世がスキルを使っている間、紀尾井と辺見が攻撃をしてこない理由は分かる。爆発という広範囲に影響のある攻撃をする、まして他人にあまり配慮しない奴がそれを使っている。自分の命が危ういのは言うまでもない。普通なら近寄らない。

 

だが、救世が俺に首を掴まれた時、明らかに俺には隙があった。加えて、彼女の出した小型の人形が俺の腕を持っていった時、そんなタイミングでどうして誰も来なかった。本来ならあのまま彼女と俺を引き剥がせたはずだ。

 

「何か仕込んでるな、お前ら」

 

目には何も映らない。だが、確実に聞いてはいるはずだ。蹴られた彼女は、当然救われているだろう。なら、あとは俺を倒すだけのはずだ。

 

思考を巡らせていたせいで、自分の先ほどの食われる感覚を忘れていた。まただ。食われていた。宗方先輩の暗器、これの使用を考えただけで生まれたあの感覚。やっぱり様子が変だな、最近の俺。

 

色々と物思いにふけっていた俺だが、ふと足元に目をやると、太陽の光で照らされ、キラキラと輝く無数のなにかを見た。目を凝らしてよく見ると、なにやら鋭利な先端があるようで、それが全て上を向いている。

 

「串刺しだ、比企谷」

 

一瞬で足元の何かは大きくなり、俺の体を次々と貫いていく。辛うじて残っている左目から一瞬見えた形状は、ペンだった。それも万年筆とか、その辺のわりかし古風で先端の鋭利なやつだ。まさしく蜂の巣状態だが、この状態でも今の俺は意識を失ったり、まして死ぬようなこともない。

 

右手の指を数本切断し、ペンの剣山より外へと移動させる。移動が終わったら、自身の体に少しずつ液状化させ、先ほどの指を起点として、肉体の修復に入る。

 

彼が動かなくなった事を確認すると彼の体に傷をつけていた張本人が姿を現した。小さい背に不釣り合いなほどの大きい包丁を両手に持った彼は転がっている比企谷の頭を見下ろす。血の気がなくなっていて白くなった肌に虚ろな目と口から垂れている血を見た彼はため息をつき、倒れている彼女の元へと歩く。

 

「大丈夫か?」

 

「はじめっからそれやってよ。私がやらなくても終わったじゃん」

 

お前が先に始めたんだろうが、と言いたい彼だったがぐっと堪えて包丁を床に刺す。そして彼女に手を差し伸べるが、彼女はいい、と言って自分で立ち上がって比企谷の頭を見に行った。転がっている頭を見て笑みを浮かべた彼女は小躍りしながら頭の周りを数回回ると彼の頭に何度か蹴りを入れる。

 

「おいやめろ!!」

 

現れた長身の男が彼女を止める。止められた彼女は非常に不機嫌な様子で強引に彼の拘束を振り解くとスタスタと時計塔のエレベーターへと向かった。呆れた様子で彼は彼女を見ていたが、ふと視線を落とし比企谷の頭を見た。

 

「………悪いな。これも全てはこの学校の俺の後輩、ないしは未来の後輩のためだ」

 

「気にするなよ。死んでないから」

 

転がっている頭の口が動き見下ろしている彼と目があう。

 

「まだ終わってねえ!!」

 

彼がそう言った瞬間に彼の頭上から透明な液体が落ち、彼はずぶ濡れになった。何が起きたか全く分かっていない彼の横を何かが通り過ぎる。振り返れば救世と返見の首を掴み持ち上げている比企谷の姿がそこにはあった。

 

「死んだはずじゃ」

 

「なんで生きてんだよ!!」

 

「うるせえ、あの程度で死ぬなら俺はフラスコ計画になんか居ねえよ。そもそも首を切られる状況になる前に終わってるんだよ、普通ならな。どれほど力をつけたかどうか測るためにやったが、やっぱりなって感じだ」

 

「まだ終わってねえぞクソ谷!!!」

 

彼女が叫ぶと同時に彼の手首より先が切られ地面に落ちる。着地した2人は距離をとることなく、救世は自身の拳を、返見は自身の武器である包丁を彼の胴体に向けたが彼はそんな攻撃をいなし、二人の顔面を蹴った。

 

「女の顔蹴るなんて酷いやつじゃねえか」

 

「うるせえな紀尾井。毎日女泣かせてるお前にだけは言われたくない。それに俺は救世が女という性別であることは認識しているが女という目では一度も見たことがない。だから俺は酷くない」

 

「おいおいクソ谷、ずいぶん言ってくれるじゃねえかよ!!こんな見た目だからよお、女に幻想を抱いてるバカな男どもがよく私に告白してくるんだぜ?つまり、私はか弱い女ってこと!!分かる!?」

 

「うるさいな救世。今は比企谷倒すことが大事だろ。なんで挑発に乗るような言動するんだよ」

 

「うっせーなチビ。しゃしゃるな」

 

「あ!?ここで切り刻んでやろうかメンヘラ!?」

 

「やめてくれよみっともない。お前ら今は戦いに集中しろ」

 

紀尾井は一触即発の二人をなんとか宥めて再び比企谷と戦おうとするが、二人はいきなり動き出し、各々勝手に比企谷へ攻撃を仕掛ける。彼にとっては団体で攻撃されることの方が面倒なので、この状況は非常に好都合だったが、こんな二人を相手に真剣に実力を図っていた自分がひどく馬鹿に感じられて大きなため息と共に二人の腕を掴んでくっつけた。そしてそのまま二人を紀尾井に向かって放り投げ、避けた彼の背中の上に膝を入れる。倒れ込んだ彼の背中に放り投げた二人をくっつけ、比企谷はそのまま出口を目指して歩き始めた。

 

「クッソ!!離れろお前ら!!」

 

「お前こそ離れろメンヘラ!!」

 

「二人とも落ち着け!!これはスキルだ!!」

 

「つかなんで濡れてんだよ紀尾井!!気持ち悪いんだよ!!」

 

「紀尾井、お前大変な仕事引き受けたな。同情するぜ、助けはしないが」

 

「人を助けるのが奉仕部じゃねえのか?」

 

「悪いな。どこぞの誰かさんにやめろって言われたからやめちまったんだよ。だから今の俺がお前たちを助けることはまずないから安心しろ」

 

彼はそのまま背を向けて去っていく。

 

「陽乃さんには伝えておいたからいずれ迎えがくる。それまで頑張れ」

 

そう言って手を振った彼を三人は呆然と眺めていた。

 

「あ、言い忘れてた。燕尾を借りてくぞ。あいつに少し用があるんでな」

 

「どこにいるのか知ってんのかよ」

 

「返見、お前はさっき俺を切って殺すにまで至ったわけだが、俺の首を切った後にお前は認識ができるようになったよな?何故だかわかるか?」

 

「そんなの、タイミングよく燕尾が解除しただけだろ」

 

「じゃあさ、俺がなんで生きてるか分かるか?」

 

「そんなものはじめから俺らが相手してたのがダミーってだけだろ」

 

「…………そうか。比企谷、さっきまで俺らが相手してたお前は、俺らがお前だと認識していただけで実際は別のもの、あるいは人。そうだろ?」

 

「さすがだ紀尾井。そして最初の話題に戻れ、思い出せ。お前らが俺の首を切り、絶命した時に返見にかかっていた効果が消えたんだぞ?」

 

「…………まさかお前!!!」

 

「察しがいいな紀尾井。そう、お前らが相手してたのは燕尾だ。正確には燕尾と全てを共有したただの人形だけどな」

 

「つまり俺たちがお前に扮した人形の首を切った時の死が共有されて……」

 

「あのスキルは異常だ。感覚だけじゃなく命までも共有できちまう。あんまり使いたくはなかったけど仕方がない」

 

「借りてくってのは…」

 

「死人にくちなしというが脳に記憶は残ってるだろ?それが必要なんだよ」

 

「……お前、人じゃねえ……ただの、化け物だ!!」

 

紀尾井は二人を引きずりながらも比企谷へ詰め寄り思い切り殴ろうとしたが、軽く彼に止められた。

 

「なあ紀尾井。お前がさっき浴びた液体、あれってなんだと思う?」

 

「ただの水じゃねえのは分かってる。だが別段匂いもねえし、流動性もかなり高い」

 

「………ただの水だ」

 

刹那ゆっくりと紀尾井の足元が凍り始める。ピキピキという音と返見や救世の罵声が聞こえるが、紀尾井はただただまっすぐに比企谷を見ている。

 

「何がお前をそうさせる……」

 

「全てはお前ら箱庭生のためだ」

 

「俺らのためにお前は俺らを危険に晒してるのか?」

 

「頭おかしいと思うだろ?じゃなきゃこんな計画に入ってねえって」

 

彼らが完全に凍り付くまで見届けることなく比企谷はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ信じてくれてよかった。これであいつらの戦意も削がれるだろ」

 

絶望し切ったあいつらの顔を見ても特に何も感じなかったし同情もしない。なにせこっちはあいつらのお遊びに付き合うほど暇じゃねえ。いっときの感情で動くとどうなるかを教えることであいつらは間違いなく雪ノ下さんから外れる。救世は多分外れないだろうがあいつは後でまた戦うしその時に戦えないくらいにすれば問題はない。これであの人は一人で戦わざるを得ない。そうすれば俺一人で容易に鎮圧できる。

 

「悪趣味だね比企谷くん。『死ぬときは一緒』(シェア)を使うなんて、僕でもやらないよ。まあ劣化版だから死にはしなかったからいいと言えばいいのかな?」

 

一体この人はどれだけ俺を見抜いたら気がすむのだろうか。だがこの人の言う通り確かに俺は燕尾を殺してはいない。今回は久しぶりにこのスキルを使ったが、純正のスキルなら先にも説明した通りに共有した個体同士は感覚や好みを超えた死すらも共有し、どちらかが死ねばもう片方も全く同じ方法で死ぬ。だが逆に生きている物と生きていない、例えば消しゴムや鉛筆を人と共有すれば、命が吹き込まれ自立し喋り、動くようになる。俺のスキルはあいにくの劣化版なため、共有できるのは生の方だけで死だけは共有できない。仮に死んだとしても気を失うにとどまる。

 

「だがそっちの異常(アブノーマル)を使ったのは懸命だと言わざるを得ないよ。まだ君は冷静だってことがこれで分かった」

 

「流石に宗方先輩の異常(アブノーマル)は使いませんよ」

 

「君は彼と違ってストッパーを持っていない。全ての異常性において君はストッパーを持ち合わせていないために君は常に縛りプレイをしている状態だ。激情したりすればすぐに外れて大暴れ、さながら死ぬ前のボスキャラだよ。見ていて見苦しいタイプのね」

 

「さっさと死ねってことですか?」

 

「余裕ぶってキレるならはじめから全力で潰せということさ」

 

「肝に命じておきます」

 

 

 

 

 

 

「どうなってるの……」

 

彼女の目に映るのは仲間の三人がびしょびしょになって屋上で横たわっている、そんな情景だった。彼女は彼らに駆け寄って体を起こし揺さぶる。三人とも目を覚まし、安堵の表情を浮かべた彼女だったが、紀尾井が発した一言で彼女の顔は非常に険しいものになった。

 

「燕尾が………死んだ」

 

弱々しく、そして悲しそうに言った彼を彼女は責められなかったが、やり場のない怒りが湧き上がり彼女は時計塔の端で立ち止まり、頭を抱えた。

 

「…………燕尾ちゃんが死んだというのなら彼女は……当然彼が回収したわね」

 

「はい」

 

「……不味いわね。彼女は私たちにとって重要な存在。そんな彼女が「彼女なら死んでないよ」っ!!誰!!?」

 

彼女たちの中央にいきなり現れた彼女は明らかに他校の制服を着ており、どういうわけか両手でピースをしながら彼女の顔を見上げていた。

 

「あなたは誰?というより死んでないってどういうこと!?」

 

「落ち着きなよ、陽乃ちゃん。僕は安心院なじみ、親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」

 

「……分かったわ。安心院さん、あなたの先ほどの発言のことを詳しく聞きたいんだけど」

 

「先も言った通りさ。彼女は死んでない。気を失ってるだけだよ」

 

「どうしてそんなことが言えるの?」

 

「だって彼、スキルを完璧にコピー出来ないから」

 

「どういうこと?」

 

「彼のスキルは他者をコピーできるスキル。それこそ異常性はもとより、顔や性格、BMIに骨格等々全てをコピーできるんだ。だけど完璧にできるわけじゃない。なにせ彼は所詮贋作、本物にはなれないから」

 

「つまり彼は異常性以外をコピーできるけど完璧には出来ないから、唯一完璧でなくてもいい異常性だけを選んでコピーしたのね?」

 

「まあそうだよ。だけど実際問題、異常性こそが完璧でなくてはならないのに彼は御構い無しにコピーをしまくって結果、今の彼が出来上がった。先の共有するスキルは生こそ共有できるが死は共有できないんだ。だから今気を失っているだけだよ」

 

「………あなたはどうしてそこまで彼を知ってるの?」

 

「僕が言ったからね。彼にこの計画に関われって」

 

彼女の目の色が変わり、ヘラヘラとした安心院を立たせて襟元を掴んだ。

 

「ははは、なんで怒っているんだい?」

 

「当たり前でしょ!!あなたが言わなければ、指示しなければ!!」

 

「君は彼が関わっていなかったらフラスコ計画を潰そうとは思わなかったとでも言うつもりかい?それを言ったら君はそこにいる仲間を失うよ?」

 

「私は最初からこの計画を潰すつもりだったわ!!でも、彼は私の妹や友達と普通に過ごせたはずよ!!敵対することもなかった!!あなたが彼から学園生活を奪ったのよ!!」

 

「彼には無理さ。不可能だ。なんでか分かるかい?だって彼は化け物だからさ。仮に僕が指示していなくてもいずれ自然淘汰される運命だよ。黒神めだかを知っているだろ?彼女と同じ道を辿るかもしれなかった彼を僕が変えたと言ってもいい」

 

「あなたは彼から変わる機会を奪って改悪しただけよ」

 

「だったら君が彼を改善してくれよ。闇落ちした彼をそれこそ転生でもさせて見せてくれ」

 

「やってみせるわ。あなたのその悪趣味な喋り方も一緒にね」

 

「楽しみだ」

 

そう言い残して彼女は消えていく。

 

「陽乃さん………」

 

「見苦しいところを見せたわね。ごめんなさい。だけど、燕尾ちゃんが生きていることは分かって良かったわ」

 

「これからどうするんですか?」

 

「燕尾ちゃんの回収はまず一旦諦める。もう既に時計塔の中だろうから」

 

「比企谷はどうする?」

 

「もちろんぶん殴るわ」

 

「は?」

 

その場にいた三人は驚いた。なにせ先ほどのことできっと悩み、考えた上でどうするのかを決めると思っていたのに、返事が早く更には迷うことなくぶん殴るという言葉を吐いてしまう彼女のあまりの切り替えの早さに開いた口が塞がらなかった。

 

「確かにさっきの安心院さんとやらも悪いわ。だけど、従ったままの比企谷くんも比企谷くんよ。いつもの捻くれた考えで切り抜けようとしないのが腹立たしい。私のお誘いは全部断るのにどうして彼女の指示には従うのかしら?」

 

単純にあんたが怖いんだよとは口が裂けても言えない三人は、そうですねとだけ言って黙りこくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もヒッキーこないね……」

 

部室にいる二人は互いにいつもやっていることをやっているが、全く集中できておらず時折彼女らが用意した誰も座っていない椅子を見ては少し寂しい目をする。

 

「……そうね」

 

「ゆきのんは心配じゃないの?」

 

「何を言っているのかしら由比ヶ浜さん。私は部の備品である彼がいないことなんて全く気にしていないのだけれど」

 

いつも通りに悪態をつく彼女だったが、明らかに気にしているということは由比ヶ浜は分かっていた。それでも彼女はあえて尋ねることでいつも通りの日常を取り繕おうとしたが、やはり本来そこに反応を返してくる彼がいないために、余計に空気が沈んだ。

 

「そ、そうだゆきのん!ゆきのんが入れてくれる紅茶飲みたいな!」

 

「…ええ、待ってて」

 

静かに読んでいた本を置き彼女は慣れた手つきで紅茶の準備をする。しかしあることに気がついた彼女はその手を止め立ち尽くした。

 

「………ゆきのん、なんかあった?」

 

「………彼の、比企谷くんのコップがないの」

 

「え!!」

 

彼女は慌てて道具たちが置かれた机を見る。ポットが一つ、茶葉を入れる容器にケトルとコップが二つ。本来ならあるべきものが確かに一つ欠けていた。

 

「…………ヒッキーが持って行ったのかな?」

 

「…………何かしら、これ」

 

ふと雪ノ下が何かを見つける。それは小さく折りたたまれたノートの切れ端で、彼女のカップの下に挟まっていた。ゆっくりとそれを取り、広げるとありがとうとだけ書いてあった。彼女たちはそれをゆっくりと閉じ、悲しげな表情を浮かべながらその場に立ち尽くす。

 

「…………ヒッキー」

 

「………比企谷くん」

 

 

 

 

 

 

「決別は出来たかい?」

 

「……ああ。出来たよ」




ありがとうございました。


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戦闘

四話目です。


「やりやがったなこの野郎」

 

家に帰ってきた俺を迎えてくれたのはたたまれていた服の上で鎮座し、太々しい表情を浮かべたかまくらことうちの猫だった。俺を見てもなんか用か、とでも言わんばかりの表情でくつろいでいる。では何をやらかしたのかといえば、俺の服だけをぐちゃぐちゃにしやがった。しかも最初からたたまれていなかったわけではなく、明らかにたたまれた後にぐちゃぐちゃにされていたのだ。

 

「ああ!!かーくんまたやった!!」

 

そう言いながらかまくらを抱えてどこかに連れていき、戻ってきた小町はぐちゃぐちゃになった俺の服を見て溜息をついた。

 

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

 

「おう」

 

「今日お父さんとお母さん遅くなるって」

 

そう言いながら小町は近くで座り、ぐちゃぐちゃになった俺の服をたたみ始めた。

 

「そうか。たたまなくていいぞ小町、俺がやるから」

 

「いいよ。お兄ちゃん今日は疲れたでしょ?」

 

相変わらず察しがよすぎて怖い。こいつ自体も確かに異常(アブノーマル)であるが、別に察しがいいスキルというわけでもないのに、どういうわけか察しがいい。嫌になるくらいに。

 

「……なんもねえから安心しろ」

 

「嘘ばっかり。どうせあれでしょ?ばれちゃったとかじゃないの?お兄ちゃんいっつも詰めが甘いっていうか、どこかで気が抜けちゃうことが多いんだから。お兄ちゃんはもう奉仕部にはいられないし、何人かから敵視されてるでしょ?全く、小町を見習って欲しいよ」

 

そう言いながらせっせと服をたたむ彼女の後ろを申し訳ない気持ちになりながら俺は二階へと上がり、自分の部屋へと避難した。鞄を下ろして着替えていると、鞄の中からバイブ音が聞こえる。携帯を取り出して画面を見れば『メールが一通あります』と表示されている。どうせセールスか何かだろうとも思ったが一応開いて見ると、『どうして部活来なかったの?』という短いメッセージが送られてきていた。送り主には『由比ヶ浜』という文字。

 

「………記憶消去できるスキル……ねえか」

 

返信が思いつかない。そもそも返信すること自体躊躇われる。俺は決別したはずなのにどうしてこうも揺れ動くのか。携帯をベッドに投げて俺は一階に戻る。一階では小町が晩御飯の準備をしてくれていた。

 

「今日はカレーだよ」

 

「そうか」

 

「……気になるならメールの返信すればいいのに」

 

「……小町ちゃん?あなた神か何かなの?」

 

「小町はお兄ちゃんのことに関しては神以上だよ!」

 

小町からの愛をすごく感じられたので席につき、カレーを頬張る。うまいが、なんだか今までのカレーとはなんか違う気がする。なんだろう、何かが足りない。

 

「小町はお兄ちゃんに言われれば協力はするよ?なんなら解決してあげてもいい。だけど今お兄ちゃんが抱えてる問題はお兄ちゃんが解決しなきゃいけないことでしょ?まあどうしようもなくなったら言ってよ。何ならフラスコ計画抜けてもいいし〜」

 

「小町ちゃん、あなた軽すぎないかしら?」

 

「小町はお兄ちゃんの味方だよ。だけどフラスコ計画の味方かって言われた疑問詞が語尾に着いちゃうよ」

 

「………頼らねえように頑張るわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、返信は……するか」

 

携帯とにらめっこを続けて一時間近く経った。画面には先ほどから考えていた返信がいくつか映っている。ため息が止まらない。いっそ全部送ってやろうかなんて思ったりもしたが、そんなんじゃ伝えたいことが余計に伝わりにくくなる。なにせメールの相手は由比ヶ浜だ。遠回しの表現や比喩は受け取る側にもそれなりの頭を要求する。つまり俺がそれらを使って返信をしても、由比ヶ浜があまり分かってくれない割合の方が高い。ならば俺が苦手な直接的な表現で伝えるという選択肢しか残っていない。だから悩んでいるのだ。

 

「………はっきり言うしかねえよな」

 

返信を送る。携帯を充電してベッドの上で仰向けに寝た。今日は小町の言う通り疲れた。久々にあんなにスキルを使った上に、異常性を抑えるのが若干ではあるがきつくなってきた。スキルを使わずとも異常性は常時発動している。人を見るだけでもかなりの異常性が現れる。ひとえにそれは殺したいとか、助けたいとか、そういった感情ではあるが、異常(アブノーマル)の連中はその想いだけが他の人間の何十倍、何百倍強いためにそうなるので、湧き上がる感情の強さもいくら劣化版とはいえそれなりだ。

 

「お兄ちゃん!!おふろ上がったよ!!」

 

小町がそう言いながらドアを開けて入ってくる。疲れた様子の俺を見た小町は、椅子に腰掛け俺をじっと見てきた。

 

「……小町ちゃん、何かしら?」

 

「お兄ちゃん、相当辛そうだね」

 

「………まあな。人見ただけでいきなり色んな感情が溢れ出る。どれもこれも全部強烈なまでにな」

 

「……一時期やってたあれやれば?」

 

「………敢えて失明して生活するあれか?」

 

このスキルを得てからしばらく経った中学一年生の時、俺は一年間目が見えない状態で生活していた。当時も今程ではないが、それでも人を見ると治したいとか壊したいとかそういう想いが湧き上がり、それを抑えるのが非常に辛かったため、いっそのこと見なければいいという極論に到達し、俺はそれを実行した。結果としては非常に楽だった。なにせ目には誰も映らないため、何も湧き上がらない。そのまま生活すればよかったじゃないか、と言わそうだがそうは問屋が卸さない。見えないぶん大変なことは多かった。全てを感覚と耳や鼻に頼らなければならない上に、当時はさほどスキルの扱いが上手いわけでもなかったし、それほどスキルも持っていなかったため、毎日ヘロヘロで帰ってきていた。だからやめたのだ。

 

「あの時はお兄ちゃんもまだ人間て呼べるくらいだったでしょ?でも今は違うじゃん?だからすごく楽になるんじゃないかって思うんだよね〜」

 

「さらっと人間じゃないと言われてお兄ちゃんはショックだよ。でもまあ、やって見る価値はありそうだな」

 

「だけどスキルがあるおかげでそうなれる事には感謝しないとね」

 

「まあな」

 

 

 

 

翌日の朝はすこぶる調子が良かった。目が見えないことは不便だが幸いにも俺には超音波が使えるというスキルがある。モスキート音よりも高い常人じゃ聞き取れないような音を常時出しつつその音の反射を頼りに周囲の状況を知るわけだが、それ以外にもいくつかスキルを使い、見えないが見えるという状態になっているため、ほとんど問題はない。

 

「おはよーお兄ちゃん」

 

「おはよう、八幡」

 

「おはよう」

 

「……おはよう」

 

久々に全員が揃った。一見すればただの家族、だが実際のところは俺とこの人たちは血が繋がっていない。正しく言うならば、この人たちは俺の親戚で、小町は従姉妹だ。小さい時に俺の両親が死に、よく世話になっていたこの家にそのまま引き取られた形で今日まできた。

 

「今日は珍しいな」

 

「こんな日には何かいいことでもありそうだな」

 

こういう日に限って俺はいつも嫌なことがある。だが久々に揃ったのは少し嬉しかったのは事実だ。久しぶりの全員での朝ごはんはなんだかいつにもまして美味しかった。だが、この前に比べたらやはり劣る。一体何が欠けているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まじか」

 

学校へ行ってみれば生徒が一人増えていた。おまけに俺のいるニ年一組に。

 

「よく溶け込めてるな。燕尾は回収したから、認識を変えるのは不可能だと考えるとこれもあの人の力というか、魅力というか。やはりあの人の社交性がそうさせるのか」

 

彼女は話しかけてくる奴ら全員に飛び切りの笑顔を振りまき、さながら同年代のように振舞っているが一部の俺のようなひねくれ者の目は誤魔化せないぞ。……前言撤回だ。ちょろい。俺みたいなやつが一番ちょろかったわ。今あいつ絶対あの人のこと好きになったな。つくづく人間の扱いに慣れてると感心させられる。さすが雪ノ下の名に恥じない生き方をしようとしている人、雪ノ下陽乃だな。

 

携帯が鳴る。画面には『小町』とだけ映っており、俺は携帯を耳に当てる。

 

『お兄ちゃん!聞いた!?』

 

『雪ノ下さんのことだろ?』

 

『お姉さんがまた入学してくるなんて聞いてないよ!ていうか大学生でしょあの人!』

 

『黒神家に比べたら小さいがそれでも日本有数の財閥の一つだ。こんなこといくらでも出来るだろ』

 

『どうする?あの人たち召集する?小町的はお兄ちゃんが全部やってくれると嬉しいだけど』

 

『俺もあいつらは好きじゃねえから、まあ、出来る限りやってみるわ』

 

『よろしく〜』

 

さてどうしてものか。日和ったわけではないだろうが、今のところは休戦みたいな状態なのかよく分からないが一人ずつ潰していくか。束になって来てもらっても困るしな。

 

 

 

 

 

 

「………正直、狙われるとは思ってなかったわけじゃねえけど、まさか昨日今日で来るとは思わなかったよ」

 

学校の隅で一人座っていた彼の前に現れた人物は何をいうまでもなく、いきなり彼の顔面を掴み、そのまま外に向かって放り投げた。壁を破壊しながら吹き飛んでいく彼をその人物は上から踏みつけて地面に叩きつけたかと思うとどこからともなく銃を取り出し、しゃがんで彼の頭に銃口をぴたりと付けた。

 

「いきなり容赦ねえな、比企谷」

 

「当たり前だろ。正直殺すつもりはないが、諦めるの一言を聞くまで俺は攻撃をやめるつもりはねえからな」

 

「………くそ、少ししかねえか」

 

突然動いた彼は、自身の額に突きつけられていた銃を切り刻み、そのまま比企谷の手首に長くした包丁を突き刺して地面に腕だけを磔にするとそのまま後ろに下がり、背中から包丁を取り出してさながら剣のように構えた。

 

「まあ、あの人に鍛えられてんならこれぐらいは出来ねえとな」

 

「……つくづく嫌になるな本当に。今頭の中で必死に勝つための策を練ってるのに全部が全部勝つビジョンが見えねえ」

 

「気にするな。初めから勝たせるつもりなんかねえし、俺は諦めさせるためにきたんだ。とっとと諦めると言ってくれればいいんだがな」

 

「……どうなってんだ。どうして他の生徒が来ねえんだ。いくら箱庭生だからってこんな騒ぎになるようなことすれば絶対来るはずなのに」

 

あたりは異様なほど静かで、まるで彼ら以外の人間や動物が世界からいなくなってしまったかのように彼は感じていた。しかし、一方で比企谷は特にそんなこと気にするわけでもなく、刺された包丁を抜いて出来た傷口を仕切りに撫でていた。やがて傷が塞がると、軽く手を動かし地面に置いた包丁を持った。

 

「まあ、そもそもいねえから。この世界は俺が作っておいた謂わばスペアだ。お前を投げた瞬間に俺らがいる世界を入れ替えた」

 

「なんだよそれ。マジの化け物じゃねえか」

 

「まあ劣化版だから所々作りが雑な上にあんま長い時間維持は出来ねえが、それでも戦うためのステージには十分だろ?ここは俺たちが本来いる世界とは別にリンクしてるわけじゃねえから、好きなだけ壊してくれて構わない」

 

「……あいにく俺は救世みてえに派手な攻撃ができるわけじゃねえ。せいぜい学校ぶった切るくらいが関の山だ」

 

そう言って彼は静かに左手に包丁を持ち変え、腰のあたりまで持っていくと逆手に切り替え、ゆっくりと息を吐く。そして息を止めた瞬間に彼は包丁を全力で振り抜いた。彼らを囲む校舎が二つに切れゆっくりと崩れていく中で目の前にいる比企谷だけは切れている様子がなかった。

 

「目が見えてないからよ、お前の表情とかがあんまり分からないんだ。しかしお前こんなことできるならどうしてはじめからやらねえんだよ」

 

「これをやっちまったら大勢の箱庭生を巻き添えにするとさっきの俺は思ってた。だが今、使わなくて本当に良かったと思う。なにせお前だけが切れてないんだから、俺は普通に使ってたら大量殺人をするところだった。礼を言う」

 

「気にするなよ」

 

銃声が響くと同時に、金属同士が擦れる音がこだまする。地面には二つに切れた弾丸と、先ほどのように包丁を構える彼と銃を持った比企谷。

 

「どっから出してきやがったそんなもん」

 

「俺の先輩に暗器っていうスキルを持った人がいるんだ。その人は身体中にありえないぐらいの武器を隠して日々生きてる。俺がその人を知っているということはつまり、俺もその人のスキルを劣化版であれど持ってるってことだ。あの人は隠しきれるだけの武器を持ってた。だが生憎、俺のは劣化版。隠し切れないほどの武器を持つっていうのが俺のバージョンだ」

 

いつの間にか辺りには銃や剣をはじめ、手榴弾や弓矢などの様々な種類の武器が無造作に落ちていた。

 

「これらは別にお前が使えないわけじゃない。だから別に使ってもらっても全然構わないんだが、オススメはしない。いくつかは手入れを怠って使い物にならなくなったやつがあるから気をつけろよ」

 

そう言っておもむろに剣を一本拾うと、彼に斬りかかる。ある程度は予測していたため、剣に関しては対処ができていたものの、比企谷の手にいつの間にか握られていた散弾銃の対処がやや遅れ、彼の頰を弾丸がかすめる。

 

「ふざけたスキルしやがって!」

 

「こっちも結構本気だからな」

 

 

 

 




ありがとうございました。


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接触

五話目です。


「ねえねえゆきのん、最近ヒッキー見た?」

 

「……どうして急にそんなことを?」

 

読んでいた本を置いて彼女はそう尋ねる。

 

「最近ヒッキー見てないなあって思って……」

 

「確かにそうね。この一週間ほど彼の姿を見てないわ。だからといって私たちには関係ないけれど」

 

「………ヒッキーみたいなこと言うね、ゆきのん」

 

「……どういうことかしら?」

 

「実は昨日ヒッキーにメールしたんだ。どうして来なかったのって」

 

「……彼はなんと言っていたの?」

 

由比ヶ浜はおもむろに鞄から携帯を取り出し、雪ノ下に差し出す。受け取った彼女はその画面を見て少し寂しげな表情を浮かべて、静かに携帯を返した。画面には『お前たちには関係ないから気にするな。それと俺は奉仕部を辞める。今までありがとう』という非常に短い文が映っていた。

 

「…………またなのね、比企谷くん」

 

「………そうみたい」

 

暗くなった部室を消し飛ばすかのように勢いよくドアが開かれ、一人の女子生徒が入ってくる。二人は入ってきたその生徒を見てひどく驚き、開いた口が塞がらない様子だった。

 

「…………姉さん」

 

「ひゃっはろーん、雪乃ちゃん、由比ヶ浜ちゃん」

 

「姉さん、どうして学校にいるの?そもそもその格好はどういうつもりかしら?」

 

平静を装いつつ彼女はそう尋ねるが、内心穏やかではなかった。自分の姉が高校生の格好をしていることもそうだが、それ以上に自分の姉から何かを企んでいる意思のようなものを感じたからだ。何か大きなことをしようとしている。彼女はいつだって自分の姉が行ってきたことを側で見てきた。だからこそわかる。彼女は小さいことなんか絶対にしない。

 

「何をしようとしている?」

 

「何でそんなこと聞くの?」

 

「……姉さんはいつだって大きいことをしようとするときは必ず私に顔を見せてきた。どういう理由があって姉さんが大きいことをしようとしているのかは分からないけど、少なくとも、私たちの学園生活に関わるくらいのことをしようとしているのでしょ?そうでなきゃわざわざ制服を着ることなんてしないはずよ」

 

「まあ着てると何かと便利だからね。いや〜、やっぱり楽しいなあ高校生って。みんな純粋で可愛いよね。汚れてるなんて嘘だよ」

 

「姉さんから見ればそうでしょうね。で、何か用かしら」

 

「そう焦らないでよ雪乃ちゃん。今日は雪乃ちゃんたちに少し大事なお話があって来たの。だから聞いてくれる?」

 

「……比企谷くんのことかしら?」

 

彼女はそう尋ねざるを得なかった。なにせ彼は彼女の姉である陽乃と会った次の日から部室に来なくなった。彼女はそうは思いたくはなかったが、それでも彼女はそう考えることしか出来ず、心の底では否定をして欲しかったが彼女は半ば諦めの気持ちを持っていた。

 

「察しがいいね、雪乃ちゃん。その通り。比企谷くんとあなたたちの今後についてよ」

 

「……聞かせてちょうだい」

 

「由比ヶ浜ちゃんも聞いてくれる?」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけてる、つくづくふざけたやつだよお前。何が隠し切れないほどの武器を持つスキルだ。隠し切れてる武器があるなんて聞いてねえぞ」

 

「勝手に解釈したお前が悪いだろ。俺は別に隠し切れないぐらい武器を持つことができるだけで、当然のことだが何個かは隠し持つこともできる。どちらかといえば落ちてる武器を使う方が楽でいいんだけどな」

 

彼はそう言って持っていた刀を放り投げ、人指し指をクイッと動かすと別の場所から新しい刀が彼目掛けて飛んでくる。刀に一瞥もくれることなく彼はそれを掴むと返見に向かって斬りかかった。返見は溜息をつきながらも視線は一切彼から離さずに、迫ってくる彼の腕や足、目線に至るまで彼の次の手を読むためにあらゆる彼の要素を観察しつつ攻撃を時にはいなし、時には避けながら反撃をしつつもやはり手数では返見は彼には勝てず、傷ばかりが増えていった。

 

彼の武器は包丁しかなかったため、比企谷の変化し続ける攻撃方法に為す術なく破れ、増えた傷は今度は深くなっていき、彼はとうとう膝をついた。同時に顔を下げたほんのわずかな間に彼の四肢は全て拘束され、彼は何も出来ないまま仰向けに倒れた。意識はあるものの体力がなくなり、呼吸することすら意識しなければ出来ないほど疲弊しきっていた。

 

「…………負けか」

 

「いい加減言ってくれよ。もうこれ以上いくと本当に死ぬぞ」

 

「いや、死ぬのは君かもしれないぜ」

 

瞬間、複数本の槍が比企谷の四肢と胸を貫いて彼はそのまま倒れた。ダラダラと口から血を流しながらも体を起こして目の前に起きた現実を確認しようとしたが、トドメと言わんばかりに脳天を槍が貫き、彼は完全に動かなくなった。

 

「……誰だか分からねえけど助かったぜ。ありがとう」

 

「僕のことは親しみをこめて安心院さんと呼びなさない。礼には及ばないぜ、何せ彼は死んでないし、まだ戦いは終わってないぜ」

 

彼女はそう言って返見を拘束していた一切合切のものを取り払い彼を立たせて、じっと彼を見つめる。だが、見られている彼自身はどういうわけか不思議といい気がしなかった。まるで自分をなんとも思っていない、それこそそこらへんに転がっている石でも見るかの様な目が向けられている、そんな気がしたのだ。

 

「さて、返見くん。僕から一つ提案があるんだが、聞いてはくれないかい?」

 

「なんだ藪から棒に。そもそもあんたは誰で、どうしてここにいて、どうやって比企谷をあんな風に出来たのか、聞かせてもらえないか?」

 

彼女は比企谷を一瞥して、少しニヒルな笑みを浮かべながらその場に座った。もちろんそこに椅子はなかったにも関わらず、彼女は一定の場所まで腰を下ろすとぴたりと止まり、さながら空気椅子の様な状態になった。彼女はそのまま足を組み、顔を上げた。

 

「まず、僕は安心院なじみ。親しみをこめて安心院さんと呼びなさい。僕がどうしてここにいるかといえば、僕がいるからだ。比企谷くんをあんな風にしたのは僕のスキルだ。さて、もういいかな?」

 

「………まあいい。で、あんたは俺に提案があるって言ってたな。それはどういう提案なんだ?」

 

「君は比企谷くんに勝ちたいだろ?で、僕は比企谷くんに負けてほしい。互いの利益が一致すると思うんだよね。だから僕がスキルを君にあげるから、君には何とかして彼を倒して欲しいんだ」

 

「スキルをくれる?あんたは何か?スキルを上げる『異常』(アブノーマル)だとでも言うのか?」

 

そう言った彼の口を塞ぐ様に彼女は静かにキスをする。あまりに急な出来事で彼は動揺し、彼女を突き飛ばすが、彼女は再び椅子に座る様に静かに空中に座り足を組んだ。

 

「何しやがる」

 

「今君にあげたスキルは物体に主従関係を作るスキル『宝物』(オベイ)。このスキルは例えるなら君と君の愛用している包丁の関係を、使用する側とされる側というものから従える側と従う側という関係にするというものだ。何が違うのかといえば、前者の関係はただただ君が一方的に動かすことしかできないが、後者は使われるから従うというものになり、受動的ではなく能動的な振る舞いを見せるようになる。付き合いが長ければ長いほどその関係は色濃く顕著に現れ、君は手をポケットに入れたままでも戦うことができるようになるのさ」

 

「要するに俺が武器との間に主従の関係を作っておけば、武器が勝手に攻撃をしてくれるようになるスキルってことでいいか?」

 

「そうだね。更に君の場合は大小を操るスキルだろ?それと併用すれば彼を倒すのも夢じゃない。そもそも、先ほどの戦いで君はスキルを使用するそぶりを見せなかったが、あれは俗にいう舐めプというやつかい?」

 

「ちげえよ。意味がねえから使わなかったんだよ。あいつ相手じゃいくら大小が操れてもすぐにスキルで対処される。それに、俺はスキルを使ってる間は隙が大きいからそのせいで余計に使えないんだよ」

 

「でも今の君は違う。何せ今までずっと一緒に戦ってきた彼らがいるだろ?君ならできるよ、期待してるから」

 

彼女が消えるのを待っていたかのようなタイミングで比企谷が起き上がり、自身の体に刺さっている槍を抜き始める。どこに刺さっていようが御構い無しに力で無理やり引っこ抜いていく彼の姿を見て、改めて彼が異常の中でも相当な異常であるということを認識した返見だった。

 

「話が終わるまでご丁寧に待っててくれたのか」

 

「まあな。あの人の会話を止めると本当に俺が殺されかねないし」

 

そう言って脳天に刺さった槍を抜いた彼は、そのままそれを逆手で持つと返見に向かって投げる。対処が遅れた彼は目を瞑りを死を覚悟したが、金属同士が擦れる音がしたと思うと何かが二つ地面位落下したような音が聞こえる。恐る恐る目を開けるとそこには、弾かれて地面に突き刺さった槍が一本、そして彼が愛用している包丁があった。

 

「……スキルでももらったか?」

 

「ああ。突然現れた美人なJKにな」

 

 




ありがとうございました。


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6話

六話目です。


「それで、姉さんは何を私たちに言うつもりなの」

 

彼女たちは雪ノ下家の客間に集まっていた。雪乃と陽乃は慣れているため、別段珍しいものでもなかったが、それはあくまで彼女たちの感覚であり、日頃から庶民と呼ばれる生活を営んでいる由比ヶ浜にとっては全てが全て新鮮で、彼女は椅子には座っているものの首をずっと左右に動かしては見たことのないものをまた見つけて、すご〜いとだけ言うばかりだった。

 

「まあまあ、雪乃ちゃん。そう焦らないでよ」

 

「さっきも聞いたわ。いい加減話してくれないかしら?姉さんと彼の間にあの日何があったの?」

 

由比ヶ浜は慌てて周囲を見るのをやめて、陽乃に視線を移した。急かされた彼女は目の前に出された紅茶を軽く飲み、カップを置いて静かに息を吐いた。

 

「………雪乃ちゃん、由比ヶ浜ちゃん。今から言う事は全部が全部本当のこと。そしてそれを踏まえた上で、今後どう生活していくか決めて」

 

「……分かったわ」

 

「分かりました」

 

彼女たちが頷きながら同意したことを確認して彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「あの日、私は彼にあることを訪ねた。ある事というのは比企谷くんの本当の姿のこと」

 

「ヒッキーの本当?」

 

「今あなたたちが認識している比企谷くんと私が知っている比企谷くんは違う。あなたたちの前での彼はただの二年一組に在籍していて、特徴的な死んだ魚みたいな目と猫背とはねた髪の毛、そしてサボることが多くてめんどくさがり屋で、問題を影で解決しているような不器用な男子高校生。だけど実際は、二年十三組に在籍している『異常』(アブノーマル)の一人。人の異常性を劣化版ではあれど手にいれることが出来る、化け物よ」

 

彼女たちは彼女が言っていることが受け入れられなかった。どうして彼女はいきなりそんなことを言うのか、そもそも自分たちの知っている彼は本当の彼じゃないなんてどうして言うのだろうか、自分たちの方が彼をよく知っている、だからそんなことがあるはずはない。二人がそう考えるのは自然なことだったが、それでも二人の頭には彼女がこんな嘘をつくはずがない、こんな嘘をつくなんて意味がないことをするはずがないことも十二分に分かっていた。

 

「じゃあ、彼は今までずっと嘘をついていたということかしら?」

 

平静を装いつつも、そう尋ねる彼女の声は微かに震えている。

 

「……そうよ。その上、彼は今『フラスコ計画』と呼ばれる計画に関わっている。その計画は人工的に十三組生、ようは『異常』(アブノーマル)を作り出そうとするもの。彼はその計画を保護するという仕事をしているのだけど、そこに入るには最低条件で十三組生であること、そしてその上で異常なまでの異常性を持っていることが条件なの。これが彼が揺るぎない証拠よ」

 

「でも、ヒッキーは私と同じクラスだったし、いつも一緒に授業受けてました!!先週もお姉さんと会う日のお昼はヒッキーと食べたし、その後の体育も受けてました!!」

 

由比ヶ浜はそう言って彼が十三組生ではないことを証明しようとしたが、それはことごとく否定されてしまった。

 

「彼は自分を異常じゃないと見せかけることができる」

 

彼女はそう言っていきなりサイコロを二つ取り出すと軽く振って机の上に優しく放り投げる。目は二つとも三を上に向けて机の上に止まった。

 

「これが何だっていうの?」

 

「十三組生かどうかを見分ける方法の一つよ。普通は奇跡でも起きない限りこんなことありえない。まあ何十回とトライすれば一回ぐらいはゾロ目が出るかもしれないわ。でも、十三組生がサイコロを二つ振れば、結果は何度やっても同じになる」

 

そう言って彼女は再びサイコロを振って机に放り投げる。二つとも又しても三を上に向けて止まった。その後何度やっても同じようにしかならなかった。時折、彼女は二人にサイコロを振らせたが二人ともゾロ目を出すことはなく、このサイコロには細工がしてあるわけではないということが嫌でも分かってしまう。

 

「もし今度、彼に会えたならサイコロを二つ振らせてみて。認識は変えられても本質までは変えられないわ。きっと私以上に君の悪い結果を出すはずよ」

 

「………それで、姉さんはそのことを私たちに話したということは、私たちはあなたと関わらざるを得ないということよね?」

 

彼女は真剣な目つきで自分の姉を見る。見られた彼女は少し笑うと、冷めた紅茶を口にしてその場からカップを消した。さすが姉妹だと彼女は思い、昔を懐かしんでしまった自分が可笑しかった。彼女に憧れを抱きながら、成れないのに彼女になろうとして服や仕草を真似る姿や、自身と彼女に大きすぎる努力では埋めることなんてできないほどの差があることを知って一切合切を捨てて一人で暮らし始めたものの、抗っても彼女の後を追っている様にしかならない彼女の呪いでもかかっているのかと思える人生に苦悩している姿が思い出される。

 

「何がおかしいの?」

 

「……ごめんごめん、ちょっと昔が思い出されてね。雪乃ちゃんは変わったね。去年の今頃だったらこんなに私の話を真剣になって聞いてくれることなんてなかったのに。やっぱり、彼の影響かな?」

 

「私は中途半端が嫌いなのよ。部室から自分のカップを持ち去って、そしてメールで辞めるだなんていう察してくれとでも言わんばかりの振る舞いは許さないわ。辞めるなら私たちの目の前で土下座しながら辞めさせてくださいと言わない限り私は彼は辞めさせるつもりはないわ」

 

「……どうして雪乃ちゃんはそこまで彼にこだわるの?」

 

「言ったでしょ?私は中途半端が嫌いなのよ。平塚先生から受けた彼を矯正して真人間にする依頼はまだ終わってないわ。だからまだあそこには居てもらわなきゃいけないの」

 

彼女は笑いがこみ上げた。自分の妹がとても不器用だということを初めて知ったこともそうだが、そんな彼女がとても可愛らしく、そして可笑しかった。かつてここまで彼女が人に興味を抱き、固執したことがあっただろうか。自分の肉親にですらあまり関心を示さなかった一年前の彼女がこんなに変わるなんて誰が思っただろうか。

 

「………二人には話しておくね。私は協力してくれている人たちと一緒に彼のいるフラスコ計画を潰そうとしているの」

 

「その、あぶのーまるを作るのがいけないことなんですか?私たちがヒッキーとかお姉さんみたいになれるってことですよね?それはダメなことなんですか?」

 

「人工的に何かを作り出すには、正常に動くかどうか実験台を用いて明確にする必要がある。当然のことながらフラスコ計画も例外ではなく実験台が必要よ。だけどその実験台が問題なのよ」

 

「モルモットやマウスだけではすまなさそうね」

 

「彼らの計画の実験台は、箱庭学園にいる生徒全員よ」

 

「………どう…いうこと?」

 

「人工的に十三組生、いわゆる天然の天才を作る。こんなものはっきり言って普通の人間が耐えられるはずがないわ。あの計画が完成すればほとんどの生徒は高校生活が最後の人間らしい生活になる。後の人生は廃人として生きる、もしくは生きることすらできなくなるかもしれない」

 

「…………そんな……。学校はそのことを知っているの?」

 

「元はと言えば学校が許可した計画よ。学校全体がその計画をバックアップしている上に、理事長に至ってはその計画を奨励しているまでよ」

 

「………」

 

「あなたたちには急にこんなことを言って申し訳ないけど、今から選択肢を三つあげるからうち一つを選んで。一つは転校をすること。あなたたちは幸いなことに十三組生じゃないから転校は容易な筈。お友達を連れてもいいわ。そして二つ目は私たちに協力して一緒になってフラスコ計画を潰すために戦うか。正直何処まで守れるか分からないけれど、私は二人が参加するなら全力で守るわ」

 

「最後は何かしら?」

 

「……この話を聞いた上で、何事もなかった様に日々を過ごす。記憶は消去できないから申し訳ないけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ諦めはつかないか?」

 

「ふざけるなよ。このコピーの世界がぶっ壊れても俺は諦めねえ。正直俺はメンハラの救世はともかく、他の三人みたいな出来た理由で協力したわけじゃねえ」

 

「彼女守るためだろ?」

 

「……知ってやがったのか」

 

「ああ。二年四組、出席番号22番、名を『㮶杖郁久美』(かるかいくみ)。サッカー部のマネージャーとして日々頑張り、勉学の方はまあ、お前が教えてるだろうからいいのは当然だわな。本人の努力も無視はできねえけど」

 

「……そうだよ。正直俺は仲間意識というか集団を重んじる意識が丸ごとかけてるからあいつ以外どうなろうがどうでもいい。申し訳ないけど俺は陽乃さんの妹とあいつどっちかしか守れねえんだとしたら、あいつの方を選んじまうくらいだから。だけどあいつは違う。周りには仲間がいる。最低限そいつら守らねえとあいつが暗い顔するだろ。そしてその仲間たちのまた仲間が居なくなればそいつらは悲しんで結果的にあいつが悲しむだろ」

 

「……充分出来た理由だ。お前が出来た人間のせいで俺は正直罪悪感を感じてる。お前らが軒並み救世みたいな奴らだったら俺も容赦なくぶっ潰してやるところだ」

 

「……まあ、そういうわけで俺は絶対に諦めるっていうわけにはいかねえんだよ」

 

「………なあ、返見。一旦休戦にしようぜ」

 

「……は?」




短くなってしまいました。ありがとうございました。


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7話

七話目です。


「休戦だと?何ふざけたこと言ってやがる」

 

「別にこのまま戦い続けてもいい。だけどよ、さっきにも言ったがこの世界は俺の不完全なスキルで作ったせいで完全なものじゃない。いずれは崩壊するわけだが、崩壊の時に誰かがその中にいようがいまいが御構い無しに一瞬で中の物も一緒に消えていく。つまり、このままいけば俺とお前は死んじまうわけだ」

 

「つまり死にたくねえから止めようってか?ふざけてんのか。お前の目的は俺に諦めさせることだろ?まだ終わってねえぞ」

 

「まあそれも確かに大事だがもうやりたいことは終わった。だから正直帰りたいんだ」

 

「つくづくふざけた野郎だ」

 

悪態をつき続ける彼であるが、正直彼自身願ってもみない提案だった。どういう意図が彼にあるかは分からないままだが、このままでは泥仕合になるのは必然であるが、今自分たちのいる場所にタイムリミットがあることで泥仕合にすることはできない。おまけに比企谷が本気を出していないことは彼には分かっていた。

 

「それと言っておくが仮に俺を殺しちまった場合、お前帰れないから気をつけろよ。行き来するには俺と一緒じゃねえと出来ねえから」

 

何となくそんな気がしていた彼だったが、この瞬間に、はなから彼には勝機がなかったことが分かった。そんな事実に気がついた時、彼はふと疑問に思ったことがあった。それは突然現れた彼女の存在だった。いきなり比企谷を攻撃したかと思うと自分にスキルをくれた彼女の存在が妙に引っかかった。おまけにスキルをもらった直後に休戦を提案してきた彼の行動を考慮すると彼と彼女には何か関係性があるのではないかと疑わざるを得なかった。

 

「お前、さっきの人と知り合いか何かだろ?」

 

「どうしてそんなこと考えるんだ?だいたい俺に向かって攻撃してきた奴がどうして仲間だなんて言えるんだよ。俺が死なないようなスキル持ってなかったら俺は普通に死んでた多様なくらいの攻撃だったし」

 

「知ってて攻撃してたんだろ。だいたい、お前の停戦を申し出るタイミングがおかし過ぎるんだよ。俺がもらってすぐにお前は言ってきたが、そこらへんのやつなら俺がもらったスキルが強すぎてお前が恐れをなしたとか考えるかもしれねえけど、俺は違う」

 

「………そろそろか」

 

彼がそう言うと周囲に散らばった武器が浮遊し、次々と彼目掛けて飛んでくる。彼はそれをキャッチしては自分のきている学生服の下や襟の部分にしまい始めた。明らかに入らないはずであろうロケットランチャーや大太刀などもスルスルとしまっていく彼を尻目に返見はひたすらに比企谷の目的を考える。

 

「さて、帰るか」

 

いきなりそう言って彼は先程と同じように返見の顔を強引に掴んで放り投げるとそのまま自分も彼の後を追うように飛び、二人はその世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあね、由比ヶ浜ちゃん、雪乃ちゃん」

 

門の前で陽乃はそう言って笑顔で手を振っている。二人は用意された車に乗り、ドアを閉めると車は静かに発進した。

 

「……さてさて、どうなるのかな?正直、比企谷くんがどういう意図で僕の偽物を作り、さながら僕のようにその偽物に振舞わせているのかが分からないけれど、まあ暇つぶしにはなるからいいか」

 

笑いながら彼女は自身の住む屋敷へと軽い足取りで戻っていき、門はそれに伴ってゆっくりと閉ざされた。

 

 

 

 

 

車内は沈黙に包まれ、二人は向かい合って座り、時折互いを見てはすぐに視線をそらすということを繰り返していた。

 

「………ねえ、ゆきのん」

 

重い空気の中で最初に口を開いたのは由比ヶ浜だった。彼女は少し前に出て雪乃下を見る。

 

「…由比ヶ浜さんはもう決めたのかしら?」

 

由比ヶ浜が話したい内容は大方分かっていた彼女だったが、彼女は自分自身の答えをまだ出すことができてはいなかった。察しがいい由比ヶ浜はそれを察したように少し間を置いて口を開いた。

 

「私は……陽乃さんと一緒に行動しようと思うんだ」

 

「……つまり、姉さんと一緒に比企谷くんと戦うということね」

 

「うん」

 

彼女の迷いのない返事を聞いて雪乃下はどうしてかときき返そうとしたが途中でやめた。そんなことを聞くのは野暮なことであるというのはすぐに考えればわかることだったからだ。この決定がこの先の学園生活にとってどれだけ大事で、どれだけ重いものかというのは分かっている。そのようなことをこれだけはっきりと答える彼女はもう覚悟が決まっているということに他ならない。

 

「………ゆきのんはどうするの?」

 

「……私は………私は……」

 

次の言葉が出てこない彼女を、由比ヶ浜は責めることなくただただ優しく見守っていた。どうしてここまで彼女は優しいのかと雪ノ下は思いつつも、彼女の優しさに甘えている自分がいることに苛立ちを覚えた。どうして自分は彼女と違って弱いのか、勉強やスポーツができてもこういった時に決断できる覚悟が無いのでは意味がないと思ったが、それでもなお彼女は決めあぐねていた。

 

「………ごめんなさい、私はまだ決められないわ」

 

「大丈夫だよゆきのん。大事なことだし、今すぐに決めちゃう私がバカなだけでさ〜」

 

「違うわ、由比ヶ浜さん。あなたは決して馬鹿なんかじゃない。馬鹿なのは私。彼を取り戻すといっておきながら決めあぐねている。でも、怖いの。彼が十三組生だということが、フラスコ計画というおぞましい計画に加担し、箱庭生全員を危険に晒せるようなことを平気でできてしまう彼が」

 

「……ゆきのん、私ね、ヒッキーのこと信じてるんだ。ヒッキーはまた私たちに隠れて依頼をこなしてるんだよきっと。だからまた帰ってきてくれる」

 

「……でも、どうして彼と戦うの?」

 

「ヒッキーに私怒ってるんだ。いいかげん私たちに隠さず依頼とかをやらないでほしいし、もっと頼ってほしい。だから、ヒッキーがやってる依頼をやめさせて一から話し合いをしたい。そのためにはきっとそのなんちゃら計画をなくす必要があると思うんだ!……私変かな?」

 

「いいえ、変ではないわ」

 

「……私はゆきのんが一緒にいてくれたら嬉しい。でも無理はして欲しくない。ゆきのんが戦いたくないなら全然それでいいし、戦わないからって私はゆきのんと話さなくなったりはしないし、部活にはちゃんと行くよ」

 

「………由比ヶ浜さんは怖くはないの?」

 

「……怖いよ。だって、十三組生はスキルっていう不思議な力があるんでしょ?私はそんなもの持ってないし、頭がいいわけでもないし運動ができるわけでもない。でも、ヒッキーが話を聞いてくれるのは、私とゆきのんだけだよ。私とゆきのんだけが、ヒッキーを取り戻せると思ってる」

 

「……由比ヶ浜さん、あなたは立派だわ。私もあなたと一緒に戦う。そして、彼を戻って来させるわ」

 

「がんばろう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何の用かしら?」

 

荒廃した学校の校舎の一角に対面する二人は互いを見合ってはいるが、夕日に照らされ互いの顔がはっきりと見え、片方は机に座り非常に余裕を感じさせる様子で不敵な笑みを浮かべている。もう片方はといえば、ただただ死んだ魚のような目で目の前にいる人物を冷ややかに見ている。

 

「決まってんだろ。こいつを返しにきたんだよ」

 

彼はそう言って肩に担いでいた女子を床に落とした。簀巻きにされた彼女は特に手をつくことも出来ず、苦悶の表情を浮かべてもぞもぞと動いている。頭を打ったようで時折転がりながらも、机の上に座っている人物の傍まで移動して行き、その人物の隣にいる男の足元で止まると男は静かに頭を撫で始める。

 

「随分と乱暴な扱いじゃない。女の子には優しくって習わなかったのかしら?」

 

「悪いな。俺は男女平等だから女子にも男と同じような扱いするんだわ」

 

「……この子がどうかしたの?」

 

「しらばっくれるなおかま野郎。わざわざ監視寄越しやがって、心配しなくてもお前が出てくることなんてないから安心しろ」

 

突風と共に彼らのいる教室の外に軍事用ヘリが現れると備え付けの武器の矛先が全てそう言った彼の方に向く。

 

「やめなさい、椰子我手(やしがて)。通用しないわ。ね、そうでしょ?比企谷?」

 

笑みを浮かべたまま首を傾げてそう尋ねる人物に、彼は何処からともなく取り出した大太刀の刃を首につきたてる。そしてその人物の後ろでは同じように大太刀を持った巫女服姿の女子生徒が一人宙に浮いたまま首に刃をつきたてていた。

 

「おやおや、安心院さんまでお前に加担しているのか?素晴らしいね。コピーだからといって侮れないよね。なにせ彼女から大量のスキルを無断コピーしまくった君だ。きっと保持しきれないスキルのほとんどを彼女に渡すという形でストックしているんだろ?」

 

「いつもの女口調はどうなったんだよ」

 

「知ってるくせに。俺はマジの時はあんな口調しないってこと」

 

そう言って彼は静かに笑うと静かに指を鳴らす。瞬間、外のヘリは消え二人が持っていた大太刀も消えていった。だが、大太刀が消える直前に二人はそれを振り抜いていたもののそれは無意味に等しく、切られたはずの彼の首には赤い線が出来ただけでそれ以外のことは何も起こらずに、何かあったとでも言わんばかりの様子で比企谷を見ている。

 

「相変わらず手が早いよね、お前。正直そんな男は嫌いだよ」

 

「お前に嫌われることほど嬉しいことはねえな」

 

「この劣化安心院さんは、まさか性格までお前が考えたわけじゃないだろ?」

 

「本家のコピーだから性格もコピーした。だけど所詮はコピーだから完璧じゃねえけどな」

 

二人は互いにそれ以上の言葉を発することはなく、その場を後にした。

 

 

 

 

 




ありがとうございました。


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8話

久々です。よろしくお願いします。


「おはよ〜、ゆきのん」

 

「……おはよう、由比ヶ浜さん」

 

朝から二人は部室で集まっていた。本来ならば教室に行かなければならないのだが、授業よりも大事なことが彼女たちにはあった。

 

「授業サボるのなんて初めてだよ〜。なんか、ワクワクするね!」

 

「……私も授業を体調不良や用事以外で休むのなんて初めてだわ。少し罪悪感があるけれど、それでも私たちには授業よりも優先するべきことがある」

 

「そうだね。でも、まずはどうしようか?」

 

「昨日のうちに大まかに計画は立てておいたわ」

 

「さすがゆきのん!!」

 

「……ただどうやっても私たちは姉さんに頼らざるを得ない。何せいくら調べてもフラスコ計画なんてものは出てこないし、何処でどのようなことが行われているのかもわからない。比企谷くんに聞くなんてことは不可能な上に私たちの知り合いにはフラスコ計画に関わっているものはおろか十三組にいる生徒だって一人もいない。だから姉さんだけが頼りなのだけれど……」

 

「……何か問題があるの?」

 

「…………あの後私の家に姉さんが来たの。色々なことを聞いたわ。スキルのこと、異常(アブノーマル)のこと。そうして聞いたものの中の一つが今、姉さんに頼ることをためらわせているの」

 

「それはどんなこと?」

 

「……スキルは一生使えるものじゃないということよ。おまけにスキルが使えなくなるのは速くて19歳、遅くても二十代前半まで。姉さんは今二十代の前半。いつスキルが使えなくなるのかも分からない上に、もし仮に姉さんと誰かが戦っている状態でスキルが使えなくなれば、姉さんはどうなるか分からない。本人は気にすることはないと言っているけれど……」

 

「ゆきのんはお姉さんが大事なんだね」

 

「………苦手だけれどそれでも家族だから」

 

「雪乃ちゃ〜ん!!お姉ちゃんのことがそんなに大事だなんて」

 

突然現れた陽乃に背後から抱きつかれ、為す術もなく雪乃は彼女に好きなようにされているその間に、由比ヶ浜はただただ二人の様子をまるで猫がじゃれあっているのを見守るような優しい目で見ていた。途中、何度か雪乃は由比ヶ浜に助けを求めるような視線を送ったが、彼女の申請はことごとく受け入れられず、彼女はただただ心を無にして陽乃からの可愛がりを受け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪乃ちゃんたら可愛いんだから」

 

そう言って微笑みながら彼女は静かに紅茶を飲む。不服そうな顔をしながらも、突然の来客である自分の分まで紅茶を用意してくれた雪乃の成長を感じながらも少しずつ自立して行く彼女に、少し寂しさを感じていた彼女だったが嬉しさの方が大きく、再び口角が上がる。

 

「何がおかしいの?」

 

「なんでもないよ。それよりも雪乃ちゃん、お姉ちゃんは気を使ってくれるのはすごく嬉しいけどそれ以上に、私に頼ってくれたら、一緒に戦えたのならもっと嬉しいわ。私はもう覚悟は出来てる。だから一緒に頑張らない?」

 

「………分かったわ。その代わり、無理だけはしないと約束して」

 

「…勿論だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「………まあな」

 

小町を心配させるなど兄として失格だな。だが正直なところ結構きつい。俺が作った偽の安心院さんを維持するのにもそれなりの体力を使う上に、スキルを勝手に譲渡するのは想定外だった。まさかとは思うが、俺が操れないくらい強力になったのか。だがさっきはしっかりと操れていたはずだ。

 

「お兄ちゃん、もう休んだら?」

 

「まだだ。ここまで来たんだから、最後までやってやる」

 

「でも、お兄ちゃんこのままだと勝てないよ。全部を救うことが出来ればそれは最高だけど、何かを捨てることも大事だと小町は思うよ」

 

「………捨てたら軽蔑しないか?」

 

「もちろん!お兄ちゃんとはもう一生口きかないよ!」

 

笑顔で矛盾したことを言ってくるのが小町で良かった。他の奴らだったら遠慮なく手を出しているところだ。しかしまだこんな風に考えられるならまだ余裕はある方だな。

 

「でも、本当に駄目なら考えてね。小町はお兄ちゃんの無謀なとこは信じてるから、すぐに無理しようとするのはよく知ってる。けど、無理しようとしたらすぐに止めるからね」

 

「………分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞ、比企谷」

 

時計塔の屋上で一人パンを食べている彼の後ろからそう声をかけたのは、いつものように周りを人が囲み、その中心で笑顔を振りまくのではなく、真剣な顔つきで誰一人として寄せ付けないオーラを放った紀尾井だった。

 

「お前らしくないな、紀尾井。いつもなら女子が周りに大勢いるのに、今日のお前は誰一人として連れてねえ。風邪でも引いてるのか?」

 

「………返見を最近見ないんだよ。気になってメールをしてみれば、お前に会えばわかると言われたんだ。お前はどういうわけか返見の時は自ら赴いたんだろ?」

 

「理由は特にはねえ。もうじきお前に会いに行こうと思ってたからな。手間が省けて良かった」

 

そう言いながらもパンを食べる手を止めない彼の横に、おもむろに紀尾井は座った。

 

「なんか用でもあるのかよ。飯食ってるんだからもう少し待て」

 

「何でお前はこんな計画に加担している。何がお前をあの計画に駆り立てるんだ」

 

「……分かってたら俺だってお前らを全力で潰そうとするさ。素晴らしい理念を理解できないお前らなんて必要無いってな。だけど実際、そういうのは出来てない。正直俺だってこんな計画に真面目に取り組んでるあいつらや真面目に加わろうとしてる奴らを見ても、アホなんじゃねえかとしか思わない。むしろアホとしか思わない。だけど、やりたくなくてもやらなきゃいけないことだってあるだろ。これは俺にとってその一つなんだよ」

 

パンを平らげた彼は自前のMAXコーヒーのキャップを開けてグビグビと飲み、空になったボトルをキャップを閉めてそのまま口に放り込み咀嚼して飲み込んだ。

 

「まあ、お望みならやってやるよ」

 

そう言って彼は紀尾井の胸ぐらを掴んで下に向かって投げると、服の襟から取り出した彼の背丈の十倍以上はありそうな槍を飛んでいく彼めがけて放った。

槍は彼のズボンとベルトの間に器用に入るとそのまま彼と一緒に消えてしまった。

 

「………まずいな。結構きてる」

 

そう言いつつも彼も紀尾井の後を追うようにその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。


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9話

よろしくお願いします。


「どうだ。ここがお前の行きたがっていた偽物の世界だ」

 

歪な形をした校舎の壁に刺さった槍にぶら下がっているなんとも間抜けな様子の紀尾井に、彼はそう言って近づく。ぶら下がっている彼の表情を、彼は目が見えないが故に、認識することはできないが息遣いや心拍数などから察する事は出来た。

 

「そう怒るなよ。そんな間抜けな様子になるとは思わなかったんだ」

 

そう言いつつも、一定の距離になると近付こうとしなくなった彼を、紀尾井は舌打ちをして睨みつけた。一向に動かない彼を見て諦めた紀尾井はベルトを外し、槍を持って地面へと着地した。

 

「どうして分かった?」

 

紀尾井がそう言って槍を構えて比企谷の少し先に突き刺すと、黒い球体が地面から瞬きをするよりも早く現れ、数本の細い線がその球体から飛び出すと同時に紀尾井が刺した槍に絡みつき、自身の本体へと引きずり込んでいった。

 

「随分と危ないものを仕込んでたんだな。正直足か腕が取れるくらいだと思ってたんだがな」

 

そう言って比企谷は徐に袖に手を伸ばす。袖から出した手に握られていたのは、明らかに入るはずのない大きさの大太刀とガトリングガンだった。それぞれを片手で持ったまま、彼は静かに深呼吸をし、景色を移さない目で紀尾井をまっすぐに見る。

 

「その目の濁りから察するにお前は目が見えねえのか。だけど以前のお前はそんな目の色をしていなかったはずだ。返見にでもやられたか?」

 

「馬鹿言うな。借りに攻撃されたとしても再生系統のスキルならある。いくら劣化版コピーだとはいえ、ピンポイントに目だけ治せないなんてそこまでの不良品を俺は持ってねえ。これはまあ、あれだ。修行みてえなもんだから気にするな」

 

そう言ってガトリングガンを彼に向け、引き金を引く。爆音と共に弾丸がどんどんと放出されていき、空の薬莢の山が比企谷の足元に出来上がる。紀尾井は特に何をするわけでもなく、ただただその場につっ立って、一言

 

『俺には当たらない』

 

とだけ言って、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して弄り始めた。弾丸は容赦なく彼目掛けて飛んでいくが、彼が宣言した通りに銃弾はレース中にコースを外れた車のように荒々しく方向を変えながら四方八方へと散らばっていく。撃っている比企谷はといえば、それに気が付いているにも関わらず引き金を引くことをやめなかった。やがて銃が自身の熱によって次々に問題を起こし始めたのを合図に、彼はそれを地面へと捨て、左手に持った大太刀を腰の辺りまでずらし、静かに鞘に右手を添える。

 

 

「目が見えてねえのに居合やる気かよ」

 

『お前の刀は折れる』

 

『俺の居合は成功する』

 

紀尾井がそう言った後を追うように静かにそう言って比企谷は刀を抜いた。バキンッ!!という音と共に彼の抜いた刀の剣先は地面へと落ち、乾いた鉄の音が響く。

 

「………おいおい、やってくれるじゃねえかよ」

 

紀尾井は自身が持っていた携帯をそこら辺へと放り投げ、背筋を正し、両手を遊ばせる。彼の投げた携帯は真っ二つになっており、半分は彼の足元に落ちていた。それに気が付いた彼は、それを足でどこかへと蹴飛ばす。

 

「せっかく買い換えたのに完全に無駄になっちまった。どうしてくれるんだよ」

 

「舐めプするからだろ。言っとくが俺も剣折られてるんだ。お互い様だろ」

 

彼はそう言って刀身が真っ二つになった大太刀を鞘と一緒に放り投げ、紀尾井と同じように背を正し、両手を遊ばせる。

 

「まだ来ないのか?」

 

「…誰の話をしてるんだよ」

 

「返見のファーストキスを奪い、スキルを与えたという女の子さ。かなりの美人だったと聞いたからな、是非とも会っておきたいと思って」

 

「悪いな。俺にもそれは分からない」

 

グッと距離を詰めたかと思うと、比企谷は紀尾井のシャツを掴みそのまま顔に何かを突きつけた。

 

「至近距離でRPGぶっ放す奴がどこにいる」

 

「お前の目の前にいるだろうが」

 

『弾は発射されない』

 

『爆発は起きる』

 

比企谷が引き金を引くとRPGは紀尾井の宣言通りに発射はされなかったものの、比企谷の宣言通りに爆発が起き、黒い煙が二人を包む。煙から現れた二人は、対称的な姿だった。紀尾井は無傷であったが、比企谷は四肢を全て失った状態で、凄まじい速さで校舎へと飛んでいき、校舎を壊しながらどこかへ消えた。

 

「……君か?返見にスキルを上げた女子というのは」

 

「……僕のことは親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」

 

彼の前に立っていたのは、巫女服を着てカチューシャをつけ、腰より下まで伸ばした髪の毛をかなり下の方で束ねた女子だった。

 

「……安心院さん、じゃあ、質問いいか?」

 

「……その前に」

 

彼女は強引に彼の頭を掴み、そっと唇を重ねた。いきなりのことに驚いた彼は慌てて彼女を突き飛ばし、自分の口を手で覆う。

 

「女の子をはべらせているくせに随分とうぶな反応をするんだね。さて、質問に答えよう。何から聞きたいんだい?」

 

「……俺にどんなスキルをくれたんだ?」

 

「君にあげたのは君のスキルの弱点を補えるスキルだ。僕は本物じゃないからあげられるのは劣化版コピーなんだけど、それでも十二分に君を助けてくれるはずさ」

 

「これがあれば比企谷を倒せるのか?」

 

「倒せないことはない。だけど君も死にかける上にこれからのことを考えると彼を倒すのはよした方がいい」

 

「でもあいつは返見を殺そうとしたし俺も殺そうとしているに違いない。そんな相手であってもやめろっていうのか?」

 

「やりたければやればいい。ただ、フラスコ計画を潰すには、少なからず彼の力を借りることになるよ。なんなら僕が手伝ってあげようか?」

 

「どういう意味だそれ」

 

彼には理解ができなかった。どうして今現在、なんなら今戦っている男が自分の味方になるとこの女子は言い切れるのか。自信に満ちた、さながら自身を全知と思っていると言っても過言ではないと思えるほどの大きな態度で居られるのか。

 

「そろそろ彼が起きる頃だけどどうする?僕は正直どちらでもいいんだ。彼が居なくなったからって僕が消えるかと言ったらそういうわけじゃないしね。だけど、君がもし今後も今と同じように女の子を侍らせながら日々をまったりと過ごしたいというのであれば、僕は協力しない。さて、どうする?」

 

彼は上目遣いで話しかけられているにもかかわらず、自分が見下ろされている感覚になった。そしてなんとなくだが彼はわかった。この女子と戦うことにでもなれば、両手両足を拘束して周囲を銃器で囲ったとしても勝てない。認めたくない自分がいるが、それ以上に勝てるだなんて思う馬鹿な自分がいることが恥ずかしいことに感じた。

 

「どうしてこうなるんだろうな」

 

どこからともなく現れた彼に紀尾井は驚くことなく、ただただまっすぐに彼を見た。

 

「比企谷、お前とこの女子はどういう関係だ。爆発の中、器用に俺だけを守り、一方でお前の四肢を消し去った上に吹き飛ばしたこの女子は、お前の何なんだ」

 

「なんだ?惚れたか?」

 

そう言って少し口角を上げた彼の胴を何かが貫き、そのまま彼を横に真っ二つに切断した。紀尾井の目に写っているのは、先程比企谷が捨てた折れた大太刀で、彼を切断した安心院の姿だった。

 

「君はどうしてそこまでして比企谷を殺す?君という存在が今最も知りたいことだ。君は何なんだ?どうして俺たちに味方する?どうして比企谷に敵対する?」

 

「僕は君たちの味方じゃない。だからって彼の味方じゃない。僕はただ君たちのママごとにチャチャを入れて楽しんでいるだけの人外さ。僕はオリジナルじゃないからね。不干渉のオリジナルと過干渉の僕」

 

「……君は誰かのコピーなのか?」

 

「もちろん僕は僕だ。ただ、僕は僕を認めようとはしないだろう。だから僕は僕がやりたいようにやる。しょうがないんだ。僕もまた彼が作った劣化版コピー。性格だって違うし、考えだって違う。ただ、ひとつだけ同じだとするならば、僕はみんなを平等に見ているという点だけかな」

 

彼女はそう言って折れた大太刀を軽く撫でる。すると折れたはずの刀身が再生し、紅く染まった。不敵な笑みを浮かべながらその刀をうっとりとした目で眺め、撫でる。

 

「なんだよその刀」

 

「僕のスキルの一つに妖刀を作るスキルっていうものがあるんだが、今まで一度も作ったことがなくてね。どうせならやってみようと思って」

 

紅く輝くその刀身を見ていた彼はえもいわれぬ恐怖を感じ、一歩ずつ後ろへと下がっていった。彼自身は全く意識して居ないにもかかわらず、体が本能的にその刀を避けようとしていた。

 

「君のスキル、口にしたことを現実に出来るものだよね。一見最強にも思えるけど、事実君のスキルには制約が多い。起こる確率が0パーセントの事象、例えばコーラが一瞬でお茶になるとか、そういった類のものは起こせない。さらに複数の事象を同時に起こすことも不可能。だが、それでも十分すぎるくらいに強い。だけど僕はそんな君にチートアイテムをあげた。どんな事象でも起きる確率を作り出すスキル。君は0パーセントでなければ起こせる。だからそのスキルを使えば君はあらゆる事象をたった一言言うだけで起こせるようになる」

 

「つまり俺はそれを使って戦えば勝てるんだな?」

 

「いや、それでもやっぱり君一人じゃ無理だ。君のスキルは悟られないように、そしてカバーをしてくれるような仲間がいないと活かせない。スキルを知られないように一撃で倒せればいいんだけれど、それこそ天変地異レベルのことでも起こさない限りは倒しきれないことが多い」

 

「……今まで見てたみたいな口調だな」

 

「もちろん、僕はみんなを見てるから」

 

「少し喋りすぎだ。引っ込んでくれ」

 

切断されたはずの彼は突然彼女の頭を掴み、大きく口を開いた。同時に彼の頭は大きな球体になり、真っ二つに裂けるとそのまま腕ごと彼女を捕食し始めた。バリバリという音と共に一切の躊躇なく食い進めていく彼をただただ見ていた紀尾井だったが、ハッと我に帰ると彼女が落とした妖刀を拾い上げ、技術もへったくりもない、素人丸出しで彼の頭であろう球体に剣を振りかざした。

 

「邪魔するな」

 

濁った声と共に剣を掴もうと彼の腕が伸びるが、紀尾井は止めることなく振り下ろした。

 

「死ななきゃいい」

 

切断された腕は倍々式に増え、剣と腕を掴むと手首の辺りに力を込めて握りつぶし、剣を取り上げるとそのまま頭の上まで持ち上げ、逆手に持ち替えた。紀尾井がスキルを使おうとした瞬間、比企谷が予想に反した行動をしたため、彼はスキルを使うのをやめた。

 

「なんのつもりだお前」

 

彼の目に映るのは、取り上げた剣を自身の頭に突き刺した比企谷の姿だった。黒い球体よりも剣の方が長かったようで、先端部がまだ食べられていない彼女の胴に突き刺さっており、赤い刀身を伝って赤い液体が地面に滴る。

 

「お前が何をしたかったのかは知らないが、紀尾井。この人はもうここで終わらせないといけないんだよ」

 

彼はもう彼女を完全にこの場で処理する方向に考えが固まっていた。意図してなかったとはいえ、これ以上スキルを敵である彼らに配布されては困る。確かに所詮は劣化コピーと言われればそれまでだが、いくつかのスキルは本物よりもより狂った方向に強化されているものがある。ストックの中から消えた二つは両方とも後者、より狂った方向に強くなったスキルだ。

 

「比企谷くん、残念だけど、僕は死なないんだ。ごめんね」

 

すでに捕食され、噛み砕かれ、とうに発声することさえできないにもかかわらず、彼には確かに声が聞こえ、同時に自身の肉体が蝕まれる感覚を覚えた。まるで新種のウイルスにでも感染したかのように全身に悪寒が走り、四肢は震え、更にはスキルを使用している今の状況を維持するのが難しくなりはじめた。それを証拠に徐々に黒い球体は朽ち始め、剣がぐらつく。

 

「何を……した」

 

「いい加減誤魔化すのをやめた方がいいよ、比企谷くん。僕の存在意義は君が持ちきれないスキルの保持。なぜ僕かと言えば、コピーの質は本物に大きく依存する。これだけのスキルの劣化版を全て所持するには、僕か黒神めだかくらいの才能が無いとね。だけど君はそんな僕たちを相手するために僕をコピーしてさながら銃のマガジンのような扱いで今日まで僕を存在させてきた。だけどね、僕も所詮は劣化コピー。本家とは全然違うんだ。僕はだいぶ君にイライラさせられて来たからね。ここで一回仕返しをしてあげようと思うんだ」

 

「……やられた」

 

柄にもなくそんな台詞を静かに呟いた彼は、そのまま仰向けになって倒れた。口、目、鼻、耳などのあらゆる場所から大量の出血をしたまま大きく口を開けて微動だにしない。

 

「…………何したんだあんた」

 

「簡単さ、僕の保持していたスキルを全部彼に預けたんだよ。本来なら彼が使いたいときに使わないスキルと使いたいものを交換してっていう関係なんだけど、僕はそれを逆手にとって彼が捕食するスキルを取り出した瞬間に全部あげてやったのさ。あいにく彼がスキルを交換する際に使ってたのもいわば劣化コピーだからね、こっちが渡すスキルは僕が決められる」

 

「許容範囲を超えた比企谷は耐えきれなくなってぶっ壊れたってことか」

 

「器は割れた。一度割れれば修復は難しい。君はここで終わりだ、比企谷くん。さあ、君はもう帰りなよ。出口は作っておいた」

 

紀尾井は促されるままに元の世界へと戻った。しかし、彼の頭には比企谷の顔がへばりついていた。まだ終わっていない。必ず彼は戻ってくるはず。どうしてそう思うのか、彼自身にもわからないが、それでも彼はそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

紀尾井が去り、安心院も消えた世界でたった一人、彼はいた。出血は依然として止まらず、一切の外部からの情報は遮断され、意識も朦朧としている中、比企谷は上半身だけを起こした。耳は聞こえない、目は見えない、鼻は効かない、どこに触れても感覚がないという常人では発狂死してしまいそうな環境に置かれているにもかかわらず、彼はその場で立ち上がり、のろのろと歩き始めた。再生と破壊を続けながら彼の体はひたすらにスキルという最大の問題を解決しようと戦いを続ける。

 

「……スキルを、混ぜる他ねえか」

 

彼としては初めての試みであるスキルの合成だったが、今の彼にはそれ以外頼れるものはなかった。彼は保持は出来ても捨てることが出来ない。一度作った贋作は、スキルが消えるまで彼と共にあり続ける。他者に与えることも出来るが、この状況ではあげることは到底不可能である。ひたすらに合成を繰り返し、彼は少しずつではあるが楽になっていった。

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。


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10話

よろしくお願いします。


「……で、何か用かな?陽乃さん」

 

「私たちを強くして欲しいのよ、真黒くん」

 

無機質な黒い部屋には、巨大なモニターが数個、夥しい数の彼の妹である黒神めだかのお手製グッズ。そして幼少期から撮り貯めたであろう今時古いビデオテープの数々が棚にずらりと並んでいる。どのくらい彼が妹を溺愛しているのかが嫌でもわかるが、できれば知りたくなかったというのが彼女たちの今の心情だろう。雪乃と結衣は『部室に朝から集まっておいてね』と陽乃に言われ、集まったのを確認した彼女によってこの部屋へと連れて来られた。

 

「あの〜、本当に生徒会長のお兄さんなんですか?」

 

「そうとも!僕の名は黒神真黒。めだかちゃんのたった一人のお兄ちゃんさ」

 

腰の下まで伸びた紫がかかった黒い髪をなびかせ、高らかにそう言う彼を三人は少し冷ややかな目で見ていたが、そんなことで折れるような男ではないということは初対面であるはずの結衣と雪乃にもすぐに分かった。

 

顔立ちが整っていることや髪の毛の色などの様々な共通点を持ち合わせている彼、黒神真黒は正真正銘の黒神めだかの兄である。身長は黒神めだかよりも頭一つ分大きく、手足も長い、さながらモデル体型のような彼だが彼自身もまた、妹同様にこの学園の十三組に属していた。しかしながら彼は卒業をしたわけではなく、中退という形でこの学園を去り、現在では旧校舎の管理を任され、皮肉にもこの学園から出られずにいた。

 

「で、どうして陽乃さん、あなたがわざわざ僕に強くしてくれなんて言うんだい?知っての通り、僕は今、妹と弟を育成するゲームを進めていてね。今佳境を迎えているんだよ」

 

彼はそう言って少しあきれた様子で、親指で後ろのモニターを指す。そこにはボロボロになりながらも必死になって機械を相手に戦っている男女の姿が映っていた。

 

「あなたに弟なんかいたかしら?」

 

「いたさ。人吉善吉君っていう可愛い弟がね」

 

「……比企谷君に勝つために私たちを強くして」

 

その言葉を聞いた瞬間、おちゃらけていた彼の顔から笑顔が消えた。

 

「僕の聞き間違いだといいんだけど、陽乃さん、もう一回言ってくれないかい?」

 

「比企谷君に勝つために私たちを強くしてって言ったのよ。聞こえたでしょ?」

 

「……諦めたほうがいい。彼には勝てない。君たちじゃ」

 

「なんでですか!?」

 

結衣はそう言って真黒に食ってかかった。そうなるのも当然の反応だったが、雪乃と陽乃は対照的に食ってかかることなく、静かに彼を見ていた。

 

「……コピーするという異常性を持った彼にとってはこの学校はまさしく宝の山というべきものだろう。自慢じゃないが今の彼はある種僕が作ったと言っても過言じゃない」

 

「……どういうこと?」

 

「……話は最後まで聞いてからにしましょう、姉さん」

 

「……彼はこの学園の全十三組生の異常性をコピーした。例外なく僕もコピーされたわけだが、彼の怖いところはその異常性は全て中途半端なものという点だ。だから彼に抑える術を教えたわけなんだけど、彼はそれを逆手にとって抑えを効かなくするようにした。抑えが効かなくなった彼はキャパオーバーするまでスキルを取り込み、それらを全て劣化させていった。僕にはスキルなんて大層なものはない。ただマネジメントが人より上手なだけなんだ。だけど、こんな僕の異常性ですら彼は喜んで取り込み、劣化させた。僕は肉体に負担はあれど、長期的に見ればその負担もわずかなものになる様にして強化を行う。だけど彼は劣化版。後先考えずに凶化する。それをまた無理やり修復系のスキルでごまかす。これを幾度となく続けてきたおかげで彼の体はもうボロボロだが、それでも異常な強さを手に入れた」

 

「つまり極論を言えば、あなたと彼が会わなければ彼はあそこまでにはならなかった、ということかしら?」

 

「そういうことだ。だが、別に僕は悪いことをしたと思ってはいない。彼も僕が育成したキャラクターの一人に過ぎないしね。そもそも、ついこの間も陽乃さん、あなた別の人間連れて来ましたよね?次は自分の妹も目的を果たすための駒として使うんですか?」

 

「駒じゃない。彼らだって駒なんかじゃないわ。私の数少ない仲間よ」

 

「ならばその彼らだけで戦えばいいんじゃないですか?正直言って、僕はあなたのやり方にはいささか違和感を覚えるんですよ。どうして一人でやらないのですか?仮に仲間を募るにしてもあまりにもコロコロ変えすぎですよ」

 

ニヒルな笑みを浮かべながら、彼が吐く言葉の一つ一つに不思議な力でも込められているのか、聞く彼女たちを納得させていく。もはや感情論以外の反論は不可能とまで思えるほどに彼女たちは納得し、納得しないのは彼女たちの身内だからかわいそう、守ってあげないと、庇ってあげないとというような極めて人間らしいものだけだった。

 

「……まあ冗談はこのくらいにして、はっきり言えば強化するのは構わない。ただ、強化された君たちが、凶化された彼に勝てるのかといえば、難しい、いや、不可能に近い。だが君たちは非常に運がいい。僕の妹、めだかちゃんがいる。さしずめ、陽乃さんの目的はフラスコ計画を潰すこと。そして、妹さんとお友達は彼を部へ戻すこと。二つは今めだかちゃんがやろうとしていることと非常に関係している。めだかちゃんもまた、フラスコ計画を潰そうとしている」

 

「じゃあ、強化はしてくれるってことかしら?」

 

「まあね。雪ノ下家は仲良くしておくに値する家柄だって言ってる人もいるし」

 

「……そんなことを言う人間がいるのかしら?」

 

「まあほら、昔からの付き合いらしいし」

 

両手を上げてため息をつきながら彼は三人をある部屋へと促した。暗く冷たい空気が漂うその部屋に三人は恐る恐る入るとガシャンと大きい音を立てて扉が閉まり、部屋が明るくなっていく。

 

「君たちにまずは基礎体力をつけてもらうよ。年上だろうと手加減しないのでお願いしますよ、陽乃さん」

 

「望むところよ」




ありがとうございました。


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11話

よろしくお願いします。


その日は珍しく、グラウンドには一人を除いて、いつもは居るであろう大勢の生徒たちがそこには見えなかった。では陸上部などのグラウンドを使う競技の部に所属している生徒たちはどこへ行ったのかといえば、各々の部室の窓から隠れるようにグラウンドを見ていた。彼らの視線の先にはグラウンドの真ん中で赤黒い色の何かにまみれて寝ている一人の人物だった。制服を見る限りでは箱庭学園の生徒であるが、それでも彼らは『あんな奴いたか?』『あれ誰?』と誰一人として知っている様子はなく、誰もその人物を助けようとはしなかった。しばらくするとその人物はむくりと起き上がり辺りを見回すと、とぼとぼと歩き始め、グラウンドから出るとシャワー室へと入り、服を着たままシャワーを浴びはじめた。

 

「固まったせいで全然取れねえ。くそ、前なら一瞬で綺麗にできたのに」

 

熱いシャワーを浴びながらガシガシと頭や体、着ていた制服までも洗うその人物の周りには、赤く染まったお湯が溜まり、鉄臭いにおいが充満している。どんどんと体から落ちていく赤くなったお湯はだんだんと色が薄くなり、ついには全く色がついていないお湯が落ちていくようになった。

 

「色は落ちた。ただ、びしょびしょなまま着るのもちょっと気が進まねえがこれ着ないと帰れないから我慢するか」

 

濡れたまま外に出てそのまま歩き出す。すれ違う人々は、何か変なものを見るような目でチラチラと様子を伺いながら、少し距離をあけて歩いた。

 

「…………ああそうか、スキルねえから見えるし認識されるのか」

 

「…………比企谷?あんた何してんの?」

 

彼の目の前に立っているのは、同じクラスの女子生徒である川崎だった。今までの人同様に変なものを見るような目で彼を見ているが、時折見せる心配そうな表情は彼女の優しさを物語っている。

 

「川……何とかさんか。どうかしたか?」

 

「どうしたじゃないでしょ。晴れてるのにそんなびしょ濡れで歩いてたら誰だって変だって思うもんじゃないの?」

 

だからと言って声をかけてくるのはお前ぐらいのもんだ、と思いながらもさっさと彼はその場を去りたいが故に何も言わず、彼女の横を通り過ぎようとしたところで肩を掴まれた。

 

「あんたどこ行く気?」

 

「どこ行くも何も家に行くんだよ。濡れたままだと気持ち悪いだろ」

 

「家来なよ」

 

「は?」

 

「だから、家来なって」

 

「何で「いいから」……はい」

 

彼はスキルさえあればとまたしても思った。しかし、偽安心院の裏切りにより死にかけた彼はスキルを減らすことで何とか踏みとどまったものの、あれだけあったスキルはたったの6つだけになり、当然出来る事は一気に減ったため彼は異様なまでに不便さを感じていた。この状況を打破できるスキルが今の彼にはない。彼はおとなしく彼女の後を少し空けてついて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これ」

 

渡されたタオルを軽い会釈をして受け取り、頭を拭く。だが歩いている最中に天気が良く、更には暑かったお陰かそれなりに髪や体は乾いており、タオルで水気を拭く必要は全くなかった。しかしながら好意を無下には出来ないため、ある程度拭くそぶりを見せる。

 

「拭き終わったそこにかけておいて」

 

指定された場所へとタオルをかけると、テーブルに座るように促された彼は最初は渋っていたものの、最後は観念したかの様に席に着き、出されたコーヒーを飲んだ。ブラックコーヒーだったため、一瞬眉が動いたが流石に出されたものにケチをつけるような無粋な真似はしないようにと彼は一気に飲みきり、静かにカップを置いた。

 

「……苦いの平気なんだ」

 

「どういうことだよそれ」

 

「あんたっていっつも甘ったるいコーヒー飲んでるから甘くしようと思ったんだけど、ちょっとしたいたずら心が」

 

彼女は彼が甘いコーヒーしか飲まないことを知っていながらも、苦いブラックコーヒーを出したというなんとも反応のしにくい悪戯に、彼は苦笑を浮かべた。少しの沈黙が過ぎ、埒があかないと感じた彼は自ら口を開いた。

 

「で、なんか用か?」

 

彼とて馬鹿ではない。せいぜい授業くらいしか接点のない彼女が、いきなり彼と接点を持とうとしている。明らかに違和感を覚えるここまでの一連の流れで、彼はあらかた見当がついていた。

 

「依頼か?或いは雪ノ下か由比ヶ浜にでも用があるのか?」

 

「…………聞きたいことがあって」

 

「……なんだ?」

 

彼女が口を開こうとした瞬間、彼は彼女を抱きかかえてキッチンへと身を隠した。彼らがキッチンに入った瞬間、けたたましい爆音が轟き、爆風と衝撃で家の中はぐちゃぐちゃになった。

 

「……大丈夫か?川崎」

 

「何が起きたの!?」

 

「比企谷!!遊びに来たぜ!!」

 

即席の入り口から入ってきたであろう複数の足音と聞こえる嫌な笑い声は彼がよく知っている人物の特徴と全く同じだった。壊れた机などを荒々しくどかし、さながら借金の取り立てのように怒号を飛ばしながら何かを探すその様子に川崎は怯え、体を小刻みに震わせている。

 

「おいくそ女」

 

彼は柄にもなく悪態をつきながら、キッチンから勢いよく飛び出し、忙しなく動く救世に背面から思い切り蹴りを食らわした。従えていた兵士たちも全て捜索に夢中だったために防御できず、もろに蹴りを食らった彼女はそのまま壁を突き抜けて隣の部屋へと転がっていった。

 

「比企谷!!死ね!!」

 

「相変わらずの語彙力の低さだ。ちょうどいい、お前相手に使ってみるわ」

 

「ざけてんのか腐り目!!」

 

穴から顔だけを出し、一体の兵士に目を向けると、顔のない兵士は一瞬歪な動きをした後、四つん這いになって勢いよく彼に飛びかかった。彼はと言えば何もせずにただただ立ったままだった。兵士はその歪な手足を彼の体にしっかりと巻きつけ、ギチギチと彼の体を締め上げるが、肝心の彼は涼しい顔をしたまま真っ直ぐに救世の顔を見ていた。

 

「なんだその顔。見てて腹たつな、死ね」

 

「さっきから死ね死ねうるせえよ。死ねしか言えねえのかお前」

 

彼女がニヒルな笑みを浮かべると同時に、巻きついた兵士は光り始め爆発した。耳をつんざくような爆発音と爆風で、川崎家はめちゃくちゃになり、辺りを炎が覆うというものが救世の想像していた光景だった。しかし彼女の目に移ったのは、彼女たちが入ってきた時よりも、より綺麗になった部屋と傷ひとつない比企谷だった。

 

「何が…………どうなってんだよ」

 

「現状維持のスキル、『±0』(キープ)。ある一定の状態を常に維持し続けるスキルだ」

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。


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12話

よろしくお願いします。


「なんだそのスキル?」

 

「言った通りだよ。ある一定を基準にし、それをスキルを発動している間、常にその状態を維持する。俺はこのマンション、俺、そしてここに住んでる人間全員を対象にこのスキルを発動している。損傷が酷ければ酷いだけ時間はかかるが、それでも一分あれば完全に元に戻る」

 

「そんなにご丁寧に説明されると粗探ししたくなるもんだ。じゃあ、酷い傷を一分間負わせ続ければ、再生が間に合わなくなるという仮説を立てて、行動してみるか!!」

 

歪な兵士は先ほどの兵士同様に彼に襲いかかるが、彼はそれらを全ていなし、襲ってくる彼らの腕や足の関節を破壊しつつ確実に救世との距離を詰める。彼女は自身の新しい武器を試そうと考えたその時、視界の隅に怯えた様子でこちらを見ていた一人の女子に目がいった。

 

「そうか!まだ居たわ!!」

 

嬉々として彼女は懐から大量の親指ほどの藁人形を取り出し、部屋中へとばらまいた。ギシギシと音を立てながら立ち上がった人形たちは、比企谷を無視し、後ろで様子を伺って居た川崎めがけて一目散に移動を始めた。無論比企谷が彼女への攻撃を許すはずはなく、小さい兵士たちに攻撃を加えようとしたところで、彼らは一斉に立ち止まり爆発した。

 

「いいでしょ?対不死スキル持ち専用爆弾、『必殺』(ネヴァーエンド)。爆発の規模はちょうど上半身か下半身を吹っ飛ばすくらいの威力だけど、それがこの数の分だけ続くわけだから、まあ一分以内に死ぬというのが仮説じゃなくなるかもね」

 

「そんなふうに喋れるんだったら最初からそうすればいいじゃねえか、救世」

 

未だ続く爆発の中から聞こえた声に神経を尖らせた彼女だったが、彼女が気が付いた時にはフローリングと壊れた眼鏡が彼女の目に映っていた。上から強い力で押さえつけられていると分かった彼女は、手をどけようと必死だが、彼女の手は全く動くことなく、床に固定されたかのようにぴったりとくっついて居た。

 

「俺の二つ目のスキル|『生辛操作』《マニューバー』。体を操れるスキルだ。爆発の間に壊れてなかった人形の腕をもいでお前の後ろに移動させておいた。お前の腕は悪いがしばらくは動かねえ。俺がその頭を掴んでる手とお前の両腕の神経を繋げたからな。その手が力一杯お前の頭を掴んでいる間、お前の両手は同じように力一杯何かを掴む。だからまあ、俺が手を離さない限り、お前は両手が使えないままだ」

 

「人形にとって貰えばいい話じゃねえか」

 

「お前はいつだって両手をフリーにして戦ってる。それはお前が人形を操るための必要な動作だろ?お前は人形を操っている間、絶対に自ら攻撃してくることはなかった。それがお前の弱点だ。手の内バラしたくなかったのはわかるが、露骨過ぎたな」

 

彼はそう言って彼女を肩に担ぐ。あれだけ活発に爆発して居た人形たちは一斉に活動を辞め、本来の姿である自らの意思で動けない存在へと戻った。

 

「燕尾じゃなくてお前を返すべきだったな」

 

彼はベランダに出ると彼女の頭を掴んでいる手を持って、ベランダの外へ彼女を吊るす。彼女は暴れ続けるが、両手は使えず、足も振り回すだけしか出来ないことに苛立ち、大声で叫び続ける。

 

「比企谷、やめてあげて」

 

ポソッと彼の後ろでそう呟いた川崎を、彼は一瞥したが、表情を変えることなく視線を元に戻す。

 

「おい!!聞こえたか、比企谷!!女の子にこんなことするのはクズのすることなんだぜ!その子が言ってるだろ!!?やめろよ!!」

 

「悪いな、救世。俺は男女平等主義なんだ」

 

彼はそう言って手を離した。叫び声と共に何かがこちらへと急接近していることに気がついた彼だったが、彼は迎撃することもせず、ただただ黙ってその物体を見ていた。

 

「よう、八幡ちゃん」

 

数秒しないうちに現れたのは巨大な軍用ヘリだった。いつのまにか回収した救世を小脇に抱え、彼のいるベランダの前で彼に不敵な笑みを見せる人物は彼のよく知る人物だった。

 

「……五徳」

 

「久しぶりだな。相変わらずの容赦のなさだが、まあ救世ちゃん相手ならしょうがないよな。今回はちょっとこいつもやりすぎたし。ここはお互い様ってことで、手を打とう」

 

「さっさと行けよ。俺はあんまりお前を視界に入れたくない」

 

「酷いやつだよ全く。まあいいや、今回は救世ちゃんの回収がメインだからね。じゃあな比企谷。今度は俺が勝つからな」

 

そう言った彼は軽く会釈をすると、扉を閉めた。轟音を轟かせながら離れていくヘリから彼は視線を逸らすことなく、見えなくなるまでの間ずっと見続けていた。彼はまた繰り返すのか、と憂いつつも次で終わらせる、という強い決心をしてベランダを後にした。

 

「…………悪かったな、巻き込んじまって」

 

そう言った彼は、一目散に鞄を持って彼女の家を出ようとしたが、彼女は彼の鞄を掴んだまま離さなかった。

 

「……何だよ」

 

「…………あんた、本当に比企谷なの?」

 

「……好んで俺になりたがる奴がどこにいる?俺は俺だ」

 

「……あんた私と同じ一組じゃないの?何でそんな……」

 

「まああれだ。嘘ついてたってことだ。もういいか?俺がいると別の奴が来るかもしれないからさっさと居なくなりたいんだよ」

 

「…………あんたみたいな奴じゃないと出来ないの。あんた以外頼れないの」

 

俯きながら震える声でそう呟く彼女を見て、何とかしてやりたいと少しでも思ってしまった自分に彼は呆れた。どれだけ異常でも自分の根が変わらないこと、やるべきことがあるのにも関わらず彼女のために何ができるかと既に考えている自分がいること。

 

「…………話してみろ」

 

 




書き方を変えました。ありがとうございました。


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13話

よろしくお願いします。


「随分と見違えたね、みんな」

 

彼は優しい笑みを浮かべながら一人ずつしっかりと確認していく。皆、疲労困憊という言葉がふさわしいぐらいにボロボロになっており、立っているのがやっとの様子だが誰一人として座り込む者はおらず、達成感と自信に満ち溢れた表情を浮かべている。

 

「ここまで頑張った君達に厳しいことを言うようだが、君達が勝てる可能性は今は高い。だがそれはあくまで僕の妹であるめだかちゃんがいるからだ。もし万が一にでもめだかちゃんが戦えなくなった時、君達はめだかちゃんの代わりに戦わなくてはいけない。勝率は極端に下がるし、大きな痛手を負うだろう。だがそれでも君達は目的を果たすために戦わなくてはならない」

 

「大丈夫ですよ、お兄様。私が皆を守り通してみせます」

 

「随分と驕った考えだな、黒神」

 

声の主はいつのまにか入ってきていた二人の男だった。

 

「迎えに来ましたよ、陽乃さん」

 

「紀尾井くん、辺見くん、ありがとう」

 

「紀尾井二年生に辺見二年生じゃないか。貴様らは雪ノ下OBと何か繋がりがあるのか?」

 

「繋がりも何も俺らは今の今まで一緒にフラスコ計画をぶっ潰す為に色々やってきた仲だ。陽乃さんと打ち合わせした通り迎えに来たんだよ。今日はもう無理だろうから明日にでも潰しに行く予定なんだ。今日はその最後の打ち合わせってところだ」

 

「なんだ、貴様ら私たちと目的は同じか。ならば共に戦おう!」

 

「めだかちゃん!?いいのかよ、そんな行き当たりばったりで!」

 

「救世も燕尾もどっかに行っちまったから正直手が足りねえ。生徒会長さんが加わってくれるんなら大歓迎だけどな。ひとまず今日は「今日だ」……なんて言った?」

 

「今日だと言っているんだ。この後我々は都城二年生と会う約束がある。奴もまたフラスコ計画に参加している人間の一人だ。私もフラスコ計画がいかに恐ろしいものかを知っている。だからこそ一刻も早くあれは潰すべきなのだ。だからこそ今日だ。今日中にフラスコ計画を叩く!!」

 

いつのまにかその場にいた彼らは彼女に賛同し、準備を始めた。

 

「私たちも頑張ろう、ゆきのん!」

 

「……そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小町、エレベーターやってくれ」

 

「お兄ちゃん自分でやればいいじゃん!」

 

頬を膨らませながらも、彼女は慣れた手つきでキーボードを叩く。すぐさまドアが開き、彼らは中へと入る。

 

「スキルがだいぶ変わっちまったせいで開くかどうか分からねえんだよ。パスワードは浮かぶんだが前と違って若干ぼやけてるんだ」

 

「しっかりしてよお兄ちゃん。昨日だって帰ってきたと思ったらいきなり血を吐くんだもん。自分で掃除してくれたからいいけど、無理は良くないよ?」

 

「今までは無理してせいぜい70%くらいの力が精一杯だったけど、今じゃ無理すれば100%が出るんだ。なんだか無理したくなってな」

 

「根はバカなのはいつまで経っても変わらないんだね」

 

「……小町ちゃん、もう少しオブラートに包んでくれない?流石に傷つく」

 

「根バカ!」

 

笑みを浮かべながらそう言う妹にいささか心配になった彼だったが、気にせずに話を続け、気付けば彼らの目的の階まで降りていた。扉が開き、二人は真っ直ぐに進む。既にメンバーは集まっていたようで、彼らが入ってきたのを最後に、部屋のドアは閉まり、メンバーは立ち上がった。

 

「遅いぞ、比企谷」

 

「悪いな、遅れた。そもそもだ。どうして俺ら二人が呼ばれた?お前らだけで十分だろ」

 

「念には念をだ、八幡。偉大なる俺の王道に狂いはない。だが、相手は黒神めだかだ。用心しておいて損はないとは思わんか?」

 

「……まあ」

 

「といっても、お前たちを呼び出したのは俺ではない。理事長だ」

 

「あの人本当に人を動かすの好きですよね」

 

「何をさせたいんだよあのおっさんは」

 

「崇高な理念を持つもの同士でしか分かり合えないことがある。八幡、お前はその意図を知らずにいて良いのであれば良いが、もし知りたいのであれば、俺のようになれ」

 

「…………うす」

 

「俺はこれから未来の妻となる黒神めだかを迎えに行く。あとは頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今のこの状況があるわけか」

 

フラスコ計画に加担している比企谷兄妹だが、小町と違って八幡はあまり彼らと関わろうとしない、というか関わりたくないのだ。明らかに人間離れ、まさしく化け物と呼ばれる奴らしかいないあの環境では、彼らの異常性によっては些細なことですぐに殺し合いとも言えるほど激しい戦闘に発展することがある。彼らは自身の異常性を十分に理解し、その上で彼らは自らの能力を活かした戦いをするわけだが、殆どがこの施設が壊れることを全く気にしない。だからこそ、静かな環境を望む彼は他のメンバーとそりが合わないのだ。

 

「ちょっと外に出て帰って来たらこれかよ」

 

あれだけ分厚かったはずの門は人が1人通れるくらいの穴が開いており、誰かが通った形跡がある。

 

「見張りの右脳、左脳はいない。……パスコードを入れる入れない以前にこんな物で穴開けたってのかよ。黒神が開けた可能性もあるにはあるが、だとしたらあいつはこの門を粉々に粉砕するぐらいのことはするだろうから……一筋縄じゃ行かなそうだな。……どうせやるなら」

 

彼はそう言って軽く膝を落とし、左手を引く。迷わず門の中心に向かって左手で掌底を放つと門は砕け散った。散乱する瓦礫を足で避けつつ、奥へと進む彼だがあることに気がつくと大きくため息をついた。

 

「……エレベーター使えねえじゃん俺」

 

地上に上がった時に彼は小町に一緒に来てもらったため、エレベーターを使うことが出来たが、彼女は彼を送ると彼を待つことなく下へと戻ってしまった。彼は地下14階まで階段で降りる以外に仲間と合流する手立てはない。瞬間移動や高速移動等のスキルを使って、今まで移動のほとんどを省き、怠惰の限りを尽くしていた彼は帰ろうとも思ったが、そんな事をしては後で妹から罵詈雑言を浴びせられることは確実だ。ただでさえない兄の威厳が塵になることだけは避けようと自らを奮い立たせ、彼は階段を降りる。

 

「後13階か」

 

淡々と階段を下りながら、彼は先日出会った五徳の顔を思い出した。不敵な笑みを浮かべ、彼の前から姿を消した五徳の意図を彼は今だに掴めずにいたが、何かしてくることは十二分にあると考えると自ずと身が引き締まる。どうせならついでに侵入して来た、恐らくは黒神と他数名がどこら辺にいるのか確認しておくのもいいだろうと考えた彼は、地下一階を少しうろつくことにした。

 

「…………あちこちボロボロじゃねえかよ、なんだこれ」

 

形容し難い傷が至る所に付いているが、彼にとってこれは目印になったようで、その証拠に傷を辿りながら進んで行けば行くほどに傷は深く太く周囲に刻まれ、彼に戦闘があったこと、そしてそのおおよその被害規模を予想するための材料を提供してくれた。

 

「一階は高千穂先輩だったよな。まあこの被害を見る限りじゃあの人負けたな多分。ただ、段々と血の匂いがして来たことから察するに、黒神もそれなりの傷を負ったってことか」

 

歩みを止めずに傷を辿れば、特に傷が酷い場所に辿り着いた。辺りには赤い点がいくつも見られ、足元には何かでえぐったような跡があり、そこをはじめとして後ろへと傷が広がっている。

 

「ここからか。喋り声が聞こえるってことは、まだそれほど遠くへ行ってないってことだよな。挨拶ぐらいはしとくか」

 

辿るものはないがただただひたすらに進んで行くと、通路に数人が固まって何かをしているのを見つけた。彼らは彼に気がついていないようだったが、彼はいつものことだと思いながら彼らに近づく。ふと、1人が彼の方へと振り返った。

 

「…………比企谷くん」

 

「……雪ノ下か」

 

再会を喜ぶ気持ちと、敵を見つけた時の警戒する気持ちが混じった複雑な気持ちをしているのが一目でわかるほど、彼女は複雑そうな表情で彼を見ていた。他も彼に気がついたようで、何かを守るように皆前に出る。

 

「……お前らの後ろにいるのが黒神か」

 

「何の用だい、比企谷くん」

 

「……阿久根高貴、破壊臣だっけか。……お前か、あの門あんな開け方したの」

 

「……そうだが、謝れと言われれば謝るよ。壊したのは事実だしね。ただ、それはこの依頼が終わったらにさせてもらう」

 

「いや、すげえと思うわ。よくもまあ、あんな飾りで破壊したよ。俺だったら絶対出来ないし」

 

「何の用だ、比企谷二年生」

 

前に立つ彼らをかき分けて出て来たのは、至る所を包帯や湿布で保護し、片腕に至っては骨折した際に施される治療と同じ治療がされている。

 

「満身創痍って感じか」

 

「何の用だと聞いているんだ比企谷二年生。貴様に構っている暇はない」

 

「いや、エレベーターで帰ろうとしたんだけど帰れないから階段で降りてるだけだ。ついでに、お前らがどのフロアにいるのか知っておいて損はないかと思ってよ。進んでないようで安心した。まあ頑張れ」

 

「応援のつもりか」

 

「ここで戦いたいなら戦うでも俺は構わないが」

 

「俺らの相手になってくれよ、比企谷」

 

彼の後ろから聞こえた声に反応し、振り返れば彼のよく知る人物たちがいた。

 

「姉さん!」

 

「ごめんね、雪乃ちゃん。ちょっと遅れちゃって。ここからは私たちに任せて」

 

「行け、お前ら」

 

「しかし「めだかさん、今は先を行くべきだ。今のこの状況じゃ僕たちは勝てない。僕たちがやるべき事を忘れるな」…………頼んだぞ!雪ノ下OB!」

 

 

 

 




ありがとうございました。


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14話

「本当に良いタイミングであんたたちは来るな」

 

若干あきれた様子で比企谷は振り返る。辺見、紀尾井、陽乃の3人はすでに自分の武器を取り出し、真っ直ぐに比企谷を捉えていた。3人は各々武器を変え、陽乃は銃を、紀尾井は短刀、辺見は大太刀を武器として静かに呼吸を整えている。

 

「真黒さんも本当に余計なことをしてくれる。武器にまでアドバイスされたら厳しいっつーの。鬼に金棒とはこのことだ」

 

比企谷のスキルの所持数は大幅に減少し、前のように攻撃を全て受けた上で、ズタズタになったその姿を一瞬にして再生し、強力なスキルで俗に言う舐めプと呼ばれるような戦いをする彼はもういない。今は目の前にいる三人も油断出来ない相手になってしまっている。

 

「何分稼げば良いかしら?」

 

「まあ、十分稼げば良いっすよ。十分が充分になれば良いですけどね」

 

「そんなこと言ってる余裕があるなら大丈夫そうね」

 

彼女はそう言って取り出していたハンドガン二丁の安全装置を外し、指を引き金にかける。紀尾井は持てるだけの短刀を持ち、辺見は背中に背負っていた大太刀を自身の腰の右側まで滑らせる。

 

「行くわよ」

 

彼女はそう言って引き金を引くと同時に紀尾井と辺見は彼との距離を縮め、紀尾井は左手に持っていた短刀の全てを彼の足元にばらまく。そのすぐ後を追うように辺見が大太刀を引き抜き、ばら撒かれた短刀を掬い上げながら比企谷へと斬りかかる。

 

「やっぱ速くなってるな」

 

大太刀をギリギリでかわす比企谷を予想していたかのように、彼がしゃがんだところに彼の眼球めがけて二発の銃弾が飛んでくる。しかし彼は避けることなく銃弾2発を目に受け、しゃがんだ体勢から一気に彼女との距離を詰めようとしたところで彼は突然その場で倒れ、辺見が掬った短刀を背中に浴びた。思わず痛みで顔を歪めるが、すぐさま立ち上がり背中にある一本を抜いて真っ直ぐ投げると、ガキン!という音と共に陽乃の手から一丁のハンドガンが滑り落ちる。

 

「その状態でよく出来るわね」

 

地面に落ちた銃口に短刀が突き刺さったハンドガンを彼女は見下ろす。引き金を引けば暴発するのは見なくても分かるが、その程度の事を自分が予想できないわけがない、避けることは容易だった筈なのにどうして今の状況があるのか、彼女の頭に浮かんだ疑問は些細なことかもしれないが、彼女にとっては大きすぎる疑問だった。

 

「目はもう治っているのかしら?」

 

動揺を見せまいとしたさりげない質問だったが、彼女は質問をしたことをすぐに後悔した。

 

「まだ見せていないですけど、現状を維持するっていう今の俺の主力スキルのおかげで、めちゃくちゃ再生が早いんですよ。お陰で撃たれた目も治り始めてますし」

 

まるで赤い絵の具を目の周りに塗りたくったとでもいうように、真っ赤な彼の目は本来の形と機能を取り戻したようにあちこち動いている。決して彼女はグロテスクなものに耐性がないわけではない。しかし彼の目の状態よりも彼自体、彼の存在そのものに少しずつ嫌な感じという曖昧なものを彼女は感じざるを得なかった。

 

「ちょっとは堪えろよ」

 

彼女の様子の些細な変化に気づいたのか、辺見と紀尾井は彼女と比企谷の間に彼女を彼から守るような形で立ち塞がった。

 

(何が起きたか知りませんが気をしっかり持ってください。ここで折れたら負けますよ)

 

小声で話しかけてくる二人を見て自分が足を引っ張ってどうすると思った彼女は、即座に少し前のように真剣な表情をし、真っ直ぐ彼を見据えた。

 

(分かってるわ。でもありがとう)

 

「お前らスキル使わなくなったのか?」

 

その場の空気というものに一ミリの配慮もしていない発言が飛ぶ。

 

「…温存だよ」

 

「そこまで簡単に抜けられると思われてたのか。まあ今の俺は前みたいに無茶できるような体じゃなくなったしな。せっかくだし試させてくれ。俺の新しいスキル」

 

「じゃあこっちも試させてくれよ、あの変なJKから貰ったスキルをよ!!」

 

辺見はそう叫び再び比企谷へと斬りかかる。大太刀を振り下ろし、比企谷は当然のように避けるが二撃、三撃と続く攻撃によって、少しずつだが小さい傷を彼は増やしていく。辺見が繰り出す攻撃一つ一つはまるで太刀が意思を持って辺見を操っているかのような攻撃もあれば、本来の武器と所有者の関係のように、彼が意思を持って太刀を扱って繰り出す攻撃もあった。その複雑な攻撃を比企谷は受けながらも何故か視線は辺見でもなく、陽乃でもない、ただの壁を映していた。

 

「何が見えてんだよ」

 

彼の視線を遮るかのように現れた紀尾井は、手に持った短刀を彼の目めがけて投げると同時に拳を握り、彼の顔面を殴りつけた。

 

「『ぶっ飛べ』」

 

紀尾井がそう言うと同時に比企谷は遥か奥まで吹き飛んでいった。何かが衝突した音が聞こえてくるのを確認した彼らは一旦見合って話し合いを始めた。

 

「明らかにおかしくありませんか?」

 

口を開いた紀尾井の言葉に賛同するように辺見は頷き、意見を言い始める。

 

「俺もそんな感じがする。手応えがあるんだがイマイチ……なんていったらいいか分からねえほど曖昧なんだが、それでも違和感がある。あそこまでの再生能力、攻撃の回避速度は別に前のあいつよりは遅いがそれでも早い。だから別に疑問に思うこともねえ。上の空なのも同じだ。ただ、明らかに何かが違う」

 

「…接近して戦っているあなた達だからわかる、そういった違和感は決して忘れては駄目。仮にも彼は通常の異常なら入れないこのフラスコ計画に関わっている。十二分に警戒しておいて」

 

「はい」




ありがとうございました。


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15話

「そういや、燕尾や救世はどうした?」

 

聞かれた紀尾井と辺見は彼を睨みつける。その目は怒りや恨みなどがこもった強い目だった。

 

「お前がそれを言うか。2人をどこへやった」

 

「…………返した。元の場所にな」

 

そう言った彼だったが、見ている方向は相変わらず彼らではなく壁である。彼らはつられて彼の見ている方向に目を向けるが、やはりそこには何もなく、他と同じような無機質な壁があるだけで別段気になるところもない。

 

「……どういう事だそれ」

 

「…まあ後のことはお前らが知るのは少し後だ」

 

瞬間辺りは暗くなり、彼らの視界は闇で覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何があったの?」

 

闇が晴れ、彼女の目が機能した時、映った景色は信じ難いものだった。ズタズタになった通路、血まみれになって倒れる紀尾井と辺見。無残にも身体中に恐らくは紀尾井の武器である短刀が一定の間隔を空けて刺さっており、目も例外ではなかったようで本来ある眼球がない、ただのくぼみとなっている。

 

「二人とも!!「動くと撃ちますよ」…」

 

彼女の後頭部には冷たい何かが当てられ、カチッという静かな音がする。彼女のよく知るこの音は、銃の撃鉄を引く音、そしてそれが意味するのは一歩動けば即座に撃たれる。即ち殺されるということ。

 

「瞬間移動するスキルを使えばいいんじゃないですか?まあやらせませんけど」

 

そう言うと静かに彼女の背後にいる誰かは銃を彼女の頭から離し、ゆっくりと歩いて彼女の前へと現れる。

 

「どうですか、陽乃さん。これはあんたが最も想定する最悪の状況だ」

 

「……あの一瞬で、どうやって……」

 

「細かい話はいつでもいいでしょう。単刀直入に聞きます。何故あの二人を使った」

 

いつになく冷淡で、鋭い目つきで彼女を見る彼に彼女の抑えていた恐怖心が再び起き上がり、彼女を蝕んでいく。

 

「……君には、関係のない話じゃない」

 

「ふざけるのもいい加減にしてください。いつからあいつらと結託していた」

 

「……私も知ったのは最近。君が救世ちゃんを返した時、燕尾ちゃんに教えられたの。君を引っ掻き回すために、内部から徐々にバラすために彼女たちは私に近づいた。決してうまくいくとは思っていなかったけど、予定外に君に色々あったおかげで良い方へと流れている。君さえよければ彼はいつだって君の前に現れるとも言っていたわ」

 

彼は話を聞き終えると深くため息をつき、持っている銃を眺める。彼女は銃を見て不思議に思った。6発しか入らない、黒いリボルバー。彼が片手でその銃を扱っていることは何ら不思議ではなかった。彼女が不思議に思ったのは銃そのものだ。彼女が所持していたのはただのハンドガンだ。どちらも撃鉄を引く必要のない、いたって普通のものだった。となれば彼が今手にしている銃は彼が持ってきたもの、だが先程まで彼がそのような銃を持っているそぶりはなかった。

 

「その銃は……どこから持ってきたの」

 

「……これですか?まあ、知る必要はないですよ」

 

彼は銃については濁し、1発何処か適当なところへ発砲する。耳を塞ぎたくなる爆音がし、煙が彼らの鼻腔をくすぐる。

 

「問題なく動くな。じゃあ、……一か八かやってみるか」

 

「……何をして……」

 

銃口を彼は自身の頭につきつける。そのまま撃鉄に指をかけ、ゆっくりとおろし引き金に指をかける。近づこうにも何をされるかわからない、そんな警戒心が彼女に一歩足りともその場から進むことを許さない。彼女はただただ彼を見ることしかできなかった。

 

「多分痛いでしょうけど一瞬で済むので」

 

彼がそう言って引き金を引くと、まるで狙っていたかのように二人は同時に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先程から銃声が聞こえてくるな』

 

『……姉さんだわ』

 

『最も、あの男を銃程度で倒せたのなら、今頃フラスコ計画は破綻しているだろうな』

 

 

モニターに映る彼らを彼女は見ていた。侵入され、侵略されている側であるにもかかわらず、その目は爛々としており誰が見てもこの状況を楽しんでいるとしか考えられなかった。モニターに映る黒神たちを食い入るように見つめ、一人一人の状況を細かく覚えていく。

 

「お!二階に到着したね!ていうかお兄ちゃん何やってんの。確かにそっちも大事だけど、こっちも大事でしょ。さっさと終わらせてくれないと来ちゃうじゃん!」

 

別のモニターに映る頭から血を流して倒れる自分の兄を見ても動揺することなく、いつもの私生活のように軽い罵声を浴びせる彼女に誰かが近づく。

 

「小町」

 

声をかけられた彼女は椅子から降り、声をかけてきた人物の前に立つ。

 

「何でしょう、名瀬さん」

 

「お前のにいちゃん大丈夫なのかよ。仮にも元奉仕部のメンバーだったんだろ?情が湧いて手加減とかありきたりな展開はやめてくれよ」

 

 

「大丈夫ですよ〜。兄はそこら辺は厳しい人ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び目が覚めた時、彼女は不思議な感覚に襲われた。今までにないくらい頭が軽く、まるで先程まで鎧をつけていたかのかと思ってしまうほどだ。起き上がって辺りを見れば、先程までの景色が嘘のような光景が広がっていた。紀尾井と辺見は何故か息を切らして、彼女の前に立っており、どこからも血を流していない、傷ひとつない体でいた。

 

「どうですか、雪ノ下さん」

 

二人の間に立って彼女を見る彼を、今の彼女は別段恐れることなく、立ち上がって目を合わせる。

 

「夢か何かだったのかしら?」

 

「……戻ったみたいですね、本来の雪ノ下さんに」

 

「このおかしな感覚は君が私に何かしたってことでいいわね?さしずめ、先の自害に見せた共倒れの攻撃の際に何かスキルを使ったんでしょ?」

 

「少し違いますよ。スキルをあんたに使ったのは事実だが、何かしたってよりは解放したっていう言葉の方が正しい」

 

そう言って彼は両隣にいる紀尾井と辺見の肩を掴む。

 

「悪かったな。もう帰ってきていいぞ」

 

彼がそう言うと同時に二人は膝から崩れ落ち、仰向けで寝そべった。大きく息を吸い、必死に落ち着こうとしているが、そんな二人を待たずして彼は話を続ける。

 

「あんたは今の今までスキルで制限をかけられていた。本来のあんたなら絶対にしないような取引だったり、作戦だったりを躊躇なく行った。後から聞いたら恥ずかしさのあまりおかしくなりそうなレベルのな」

 

「……それもどうせ救世ちゃんや燕尾ちゃんの仲間がやったんでしょ?」

 

「ようやくいつもの雪ノ下さんに戻ってくれてよかったですよ」

 

「…君、陽乃さんって呼んでなかったかしら?」

 

「呼んでいたんだとしたらそれはあんたの夢だ。俺のスキルの一つ『空想』(リアル)。他者に夢を見させるっていうただただ単純なものだが、これは少し扱いにくいんですよ。俺は、最悪、最高、普通といった夢を見てその人が抱く感情しか選択出来ない。つまり中身は指定できないんですよ」

 

「…じゃあ君が自分を撃ったと同時に私が目が覚めたってことよね」

 

「…このスキルとは別にもう一つ『情報社会』(シェア)っていうスキルを使うことで、夢の内容を俺は知ることができ、なおかつ干渉できるようになるんですよ」

 

「なにかを共有できるスキルってとこかしら?」

 

「ええ。指定したものを対象と共有できます。視覚、聴覚、味覚、思考、感触等々を指定さえすればなんでも。おまけにこれは対象が実在していなくてもいい」

 

「夢の自分と共有することもできる」

 

「そうです。自分に限らず、他人の夢の中の他人と共有することだってできます。おまけにこれは自分と他人もできますが、他人と他人も共有できます」

 

「……そこの二人は今も夢を見させられているってことよね。息が上がっているということは、何かを夢の中の彼らと現実の彼らが共有しているってことよね」

 

「二人とも普通の夢を見てもらってますよ。そして全部を共有してる。体力も当然含まれてる。だから夢の中で戦えば、その分だけ現実に疲労が蓄積されていく」

 

「解除するのは……どうせ君しかできないんでしょ?」

 

「全てを共有しているのであれば、死をもって解除できます。外側から解除するのは俺が解除しようとする、もしくはスキルの効果がなくなったときくらいですね」

 

「……つまり私の夢が解除されたのは、君が夢の中の自分と全てを共有して、さらには私とも共有した上で自害したからってことよね」

 

「このスキルは生死ですら共有できる。そして雪ノ下さんの推理は大方あってます。脳にかかった制限は死ぬかかけたやつが意図的に解除するの二つの方法でしか解けない。かけてきたあいつらが解くなんてことは絶対にありえない。だから死んでもらって強制的に解除したんです」

 

「なぜ君が私を解放する必要があったのかしら?私がバカのままだったら君にとっても都合がいいんじゃないの?」

 

「俺のここでの仕事は二つ。箱庭学園全生徒の安全をフラスコ計画完成まで確保すること。そして、邪魔するやつを排除すること。この相反した二つの仕事をこなす上で、俺だって少なからず情がある。知ってるやつの方を優先的に守りたくなっちまう。もう手遅れだが、これから先も下手に情報を流されると困るんでね」

 

「多分私はもう君と奉仕部、雪乃ちゃんと由比ヶ浜ちゃんとの関係を彼らには喋ってると思うわ。そこらへんの情報は知られていいのかしら?」

 

「いいわけないでしょ。ただこのまま馬鹿だったら雪ノ下さん、あんたが困る」

 

「いざって時に雪乃ちゃんたちを守れないからでしょ?ただ残念なことが一つ」

 

彼女はそう言って持っていた銃を捨て、両手を広げる。彼女の顔はどこか寂しそうでもあるが、晴れ晴れとしているようにも思える。

 

「私のスキルが消えたわ」

 

「…予定よりかなり早いな」

 

「君はどうせ私のスキルが消えるタイミングを分かっていたはず。正直言って私ももう少し後に消えると思っていたわ。けど、君が短刀を私の銃に当てた時、私は本当なら私ごと君の後ろに移動してもう1発ぐらいお見舞いしてやろうと思ってたの。ただあの時、私は君を見て急に怖くなった。形容できない恐怖が私を包み、足がすくんだ。その時は分からなかったけど、今の馬鹿じゃない私ならわかる。私は普通の人間になった。だから君が怖いのよ。自分と違う化け物が」

 

「…やられた」

 

「……私のスキルが消えたのも君の敵対する人がやったってことかしら?」

 

「……別の奴ですよ。俺らじゃ勝てないような」

 

「じゃあ君に一つ質問。無視するのが長すぎじゃない?どうせいるんでしょうから、早めに対応した方がいいと思うけど」

 

「そうっすね。ひとまず、この二人を解除します」

 

「帰って来いって言ったじゃない、さっき」

 

「嘘ですよ、あれは。どのタイミングで攻撃してくるのか探ってたんですけど、どうやらタイミングは今っぽいです。出て来い、燕尾、救世」

 

「そして……」

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。


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16話

「ええ〜もうどうしよ〜」

 

「何を悩むんだ一色?」

 

「だって!!私の思ってた後悔って私が生徒会長になっちゃうことだと思ってたんですよ!!」

 

「俺たちだって本気でお前を生徒会長にするつもりだったんだ」

 

「……………本当ですか?」

 

「ああ。本当だ」

 

「………分かりました。今回はそういうことにしておいてあげます」

 

「…………あざと」

 

「あざとくないです!!」

 

「八幡」

 

「どうした材木座」

 

「あやつも八幡の知り合いか?」

 

「ん?…………いや、知らねえ奴だ」

 

「どうしたんですか?誰かいる………有紀?」

 

「いろは!!ここで何してるの?」

 

「ちょっとね。有紀は何で?」

 

「道に迷っちゃって」

 

突然現れた彼女に対して彼は違和感しか感じられなかった。

なぜなら彼らがいる場所は普通の人間が入ろうと思わない山奥であり、更に登る途中でいくつも急傾斜がある。

とてもじゃないがよっぽどの山登り好きじゃない限り登ろうとは思わないだろう。

彼が最初に違和感を感じたのは彼女の服装だった。

彼らはスキルでここまで来たため、正直服装など上下ジャージでも構わない。

だが普通の人間がこの山に入るならかなりの重装備をしてくる。

以前流行った弾丸登山なんて無茶な真似をする輩でも水ぐらいは持っていたが、彼女は水すら持っていない。

どう考えても彼女が嘘をついているとしか考えられず、彼は今まで以上に警戒し始めた。

そんな様子を見た材木座も何かを察したようで、少し後ろへ下る。

 

「その二人は…………1人は知ってるけど」

 

「残念だが俺はお前のことは知らないんだ」

 

「そうだよね。あんたは私を知らなくて当然よ。でもいいの。もう二度と知ることはないから」

 

「急に何を言ってるんだ?」

 

「いろはから離れて」

 

「………………」

 

彼はひとまず言うことを聞こうと思い、素直に背を向けて彼女から5、6メートル離れた場所まで移動した。

 

「どのくらい離れればいいんだ?」

 

「ずっと」

 

彼はまた彼女たちに背を向けて歩みを進めた。

刹那彼の背中に有紀が手を当てる。

すると彼は凄まじい勢いで茂っている木々をなぎ倒しながら吹き飛んで行った。

彼は呑気に下を向きながら、勢いに身を任せていた。

 

「吹っ飛ばされたってことか?……………まあいい。使っといてよかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いろは!!大丈夫!!?」

 

「有紀、どうしたの?」

 

「もう大丈夫だよ!!本当にごめんね、ごめんね」

 

有紀は泣きながら一色の肩を掴んでいるが掴まれている彼女はどうして泣いているのか全く分からず、ひたすら彼女の背中をさすりながら宥めていた。

 

「落ち着いて、有紀。どうしたの?」

 

「私ずっと後悔してたの!!いろはの名前書いて投書するなんて悪ふざけどうして止めなかったんだろうって!!でも止められなくて!!結果いろはにあんな事させちゃったことに!!ごめんね、ごめんね、本当にごめんね」

 

「大丈夫だよ有紀。もう分かったから。有紀は悪くないよ」

 

「でも………」

 

「それにあの先輩ってそんなに悪い人じゃないんだよ?」

 

「…………いろは、本気で言ってるの?だって、いろはにあんな事させたんだよ?気づいていろは!!あの人はいい人なんかじゃないんだよ!!?」

 

有紀が吐く彼を否定する言葉を聞いても彼女はイマイチ実感が湧かなかった。

彼女は少なくとも目の前で泣く有紀よりも一緒に過ごしてきたため、彼女よりも自分の方が彼を理解しているという自負がある。

しかし何を言ってもまるで彼女の方がおかしいかのような感じで話を進められていることに困惑した彼女だったが、材木座に助けを求めることは彼女の気が引け、更には彼もいない。

彼女はオロオロしていると後ろから声が聞こえる。

 

「無理だよ。俺がスキル使ってるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

「先輩!!」

 

「八幡!!」

 

「材木座、お前もう帰っていいぜ」

 

「え?しかしだな」

 

「頼る時は呼ぶ」

 

「……………!!分かったぞ!!さらばだ八幡!!」

 

「ああ」

 

呼び出されて、すぐに帰らされた彼を可哀想と思った者はこの場においては一人もいなかった。

しかし肝心の彼はというと終始嬉しそうな顔で帰っていった。

 

「どうやって戻って来た!!」

 

「俺は本来のスキル取られててな、代わりのスキル使ってるんだけどよ、そのうちの一つを使ったんだ。『過負荷』(マイナス)『平行線』(ノーリスクノーリターン)

 

「何ですかそれ?」

 

「現状維持しかできないスキルだ」

 

「そんなものでどうやって戻って来たんですか!!?」

 

「まあまあ、これ以上は喋りたくないから勘弁してくれ。話を戻そう。一色には俺がいい人にしか見えないスキルを使った」

 

「どこまで卑劣なんですか!!!」

 

「卑劣はどっちだ?俺にクラスのほとんどで闇討ちしやがって」

 

「どういうこと?」

 

「一色。俺は言ったよな?お前のクラスメイトを後悔させるって。お前の姿を見てクラスのほとんどは後悔したとも言った。そのうえ人吉にもめちゃくちゃ怒られた。そしてどういう思考回路してんのか知らねえけど怒られた後に俺のとこに人吉と数人を除いて来てたんだ。各々武器………まあバットとかだけどな。持ってたよ。お前のクラスどういう思考回路してんだよ」

 

「あいつらはいろはを連れていったあなたがいろはにあんな事をさせたと思って罪滅ぼしのためにあなたを攻撃しようとしたらしいわ」

 

「そうか。次から事前に通達をくれ。危うく全員殺しかけた」

 

「…………殺しかけた?」

 

「あれ?一色は知らないのは当然だがお前も知らなかったのか?」

 

「嘘ですよね?先輩」

 

彼は目を閉じる。

刹那二人の目に映ったのは、暗い道路。

そして暗闇の中からゆっくりと人影が現れる。

一人、二人という数ではない。

十、二十、それ以上の人間が各々手にバットなどを持っており、何人かの手には街頭で照らされ輝く物体があり、それはすぐに包丁であるとわかった。

彼らは何かを言って一斉にこちらに向かってくる。

目の前の人間が次々と傷だらけになって倒れていく。

やがて、目の前に立っている者は誰もおらず、下を向けば赤い液体が足元まで流れている。

その中を移動していく。

そんな風景が映った。

 

「…………何これ………」

 

「……何なのよこれ」

 

「昨日のことを俺の視点から見せた」

 

「………先輩、嘘ですよ………ね?」

 

「本当のことだ。それよりどうする?俺を倒さない限り一色の洗脳は解けないぜ?」

 

「五徳さん!!」

 

「はあ〜い」

 

どこからともなく一人の男が現れ有紀の後ろに立つ。

その男は彼の会いたくない奴ランキングの最上位に三年連続でトップを飾っている五徳だった。

 

「五徳…………」

 

「久しぶりねえ。八幡ちゃん」

 

「お知り合いでしたか?」

 

「勝負をしてるの」

 

「してねえよ。お前が勝手に勝負とか言ってるだけだろ」

 

「でもちゃんと乗ってくれるのよねえ。律儀ね」

 

「お前が引き起こす事象の規模を考えたら動かざるを得ないんだよ」

 

「まあいいわ。お話はもう少し先でしましょ。康介君!!」

 

「何だ!!?」

 

「次から次へと何人いるんだよ」

 

「ふふ。彼女もいるわ」

 

「彼女?」

 

「もういいわよ。出てきて!!」

 

「……………燕尾、由比ヶ浜」

 

「康介君、私たちを運んで」

 

「了解!!」

 

またしてもいきなり現れた康介と呼ばれる男の姿が段々と変化していく。

最終的に彼の姿はヘリとなった。

 

「今日はヘリなのね。まあいいわ。結衣、いろはちゃんを連れてきて」

 

「うん」

 

「えっと、どなたですか?」

 

「いいから来て」

 

「有紀、この人たち誰?」

 

「大丈夫よいろは。この人たちは味方よ」

 

「味方?」

 

「私とあなたのね」

 

「出発して!!」

 

「いいんですか?」

 

「有紀ちゃんがやりたいと言ったんだもの。邪魔してはダメよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準備も救出も成功し、本来なら今頃彼女は喜びで満ち満ちているはずだったが

思わぬ誤算があった。

目の前にいる彼の異常なまでの不気味さが、全く計算に入っていなかった。

彼女は今なら誰にでも勝てるという自信で満ちており、彼を目の前にしてもそれは変わらなかった。

だが彼女の心はもう折れそうだった。

勝つとか負けるとかそう言った次元ではない全く違う次元に彼はいると彼女は思った。

 

「救出作戦は成功したな」

 

「っ!!?………気づいてたの!!?」

 

「いや全く」

 

「は!!?」

 

「でも俺と一色を遠ざけようとしてたのはわかってたからまあ何となく推測でな」

 

「あんたを倒せば、いろはをもとに戻せる」

 

「かもな」

 

折れそうな心を何とか支え、彼女は今にも目を背けてしまいそうなほど不気味な彼を正面に静かに構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はもう面倒くさくてしょうがなかった。

本格的に始動しているのはわかってよかったが、彼の仲間は少なくとも彼の知り合いも当然混ぜ込んでいるであろう。

できれば彼だけを相手に戦いたい、せめて彼の仲間だが比企谷があまり知らない奴までが彼が戦う相手の最低のボーダーラインである。

知り合いと戦いたくないのもそうだが、目の前にいる彼女のように仲間のためと動くやつが一番厄介だった。

ゲリラ的に異常(アブノーマル)を増やしてくる以上、できる限り敵となるであろう人間は減らしておきたいが、このような人間は一度倒しても帰ってくることがある。

それによって計画がずらされることが以前あった。

彼女はまさに処理に非常に困るタイプだった。

 

「………なあ、取引しねえか?」

 

「何だ急に」

 

「一色の洗脳を解くから解散しねえか?」

 

「!!ふざけるな!!?あんたはさっき倒さないと解けないとか言ってたじゃん!!」

 

「嘘だ。で、どうだ?」

 

「ふざけるな!!私はあんたを倒す!!それが私の罪滅ぼしだ!!」

 

「そうか。分かったよ。じゃあ俺も本気でやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼と少し話しただけで彼女はもう逃げたくなった。

足が震え出し、筋肉がこわばる。

今まで感じたこともない悪寒が彼女を襲い、ボロボロと涙が流れ出す。

 

「来ないのか?じゃあ、俺からいくぜ」

 

「来るな、来るな、来るな、来るな!来るな!!来るな!!!」

 

「お前は向いてないよ。罪滅ぼししたいなら別の事にしたら?」

 

「うるさい!!」

 

彼女は近づいて来る彼の腹に手を当てスキルを使った。

 

「お前みたいに一心に友達のことを思う奴のことだからてっきり友達がいると強くなるとかだと思ってたんだけど、触れたものを爆破させるスキルって感じか?全然印象と違うな」

 

「何で!!何で何で何で!!?」

 

彼女が驚くのも無理はなかった。

目の前に立っている男は腹に風穴が空いているのにもかかわらず平気そうな顔をして彼女と話を続けようとしているのだ。

彼女は言葉にできない恐怖と直接当てて使ってはいけないと言われていたスキルを直接当てて使ってしまったことに対しての罪悪感で頭がぐちゃぐちゃになった。

 

「やべえな。めちゃくちゃでかい穴が開いてる。なあ、えっと、有紀だっけか?」

 

「やめて、やめて!!やめて!!!」

 

彼女はもうその場にしゃがみ込み大声で泣き出した。

 

「大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなっちまうんだろうな」

 

うずくまりながらひたすらに泣き続ける彼女。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん…………」

 

彼女は先程からずっとごめんなさいを連呼している。

彼はどうしようか迷った末に彼女の記憶を少し改ざんすることにした。

手を彼女の頭に起き、スキルを使う。

 

「…………あれ何で私泣いてるの?」

 

「知らねえよ急に泣き出しやがって。まあでも戦わなくて済むんだからお互いのためだろ?洗脳は解いておいたから」

 

「……………分かったわ」

 

「俺はもう帰る。もう一色には何もしねえよ」

 

「できれば姿も表さないでほしいわ。私たちの前に」

 

「残念だがそれは無理だ。俺は五徳と話したいことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、随分と厄介なことをしてくれるねえ」

 

「何がですか?」

 

「比企谷くんがまた元に戻ろうとしている」

 

「ダメなんですか?」

 

「ねえ陽乃ちゃん。僕は彼から『贋作作り』(コピー)を奪ったわけだけど、これは何でだと思う?」

 

「彼が負けたからですか?」

 

「それもそうだけどね、一番の目的は彼を助けるためだったんだ」

 

「助ける?」

 

「彼のあのスキルは彼が一番持ってはいけないスキルだったんだよ」

 

「というと?」

 

「彼は自我というものが存在していて存在していない。言って仕舞えば何者にも染まれてしまうんだ。そんな彼があんなスキルを身につけた結果、彼の自我は消失しかけていた」

 

「消失というのは?」

 

「彼の性格は知ってるだろ?ひっそりと一人でも何でもやっちゃう。でもね、これはしょうがなくなってしまった性格なんだ」

 

「しょうがなく?」

 

「彼のスキルは何でもコピーするスキル。異常性やスキルですらもコピーして自分のものにしてしまう。あらゆる人間の異常性を取り込んだ結果、彼はいろんな衝動や想いに苛まれながら日々を過ごすことになってしまったんだ。フラスコ計画に彼を入れたのは異常性との向き合い方を教えるためだったんだが、彼は僕の期待とは裏腹に異常性を取り込むだけ取り込んでしまった」

 

「いけないことなんですか?」

 

「彼はあんな風に装ってたけどね、彼はあの時誰かを殺したくて、誰かに触れて欲しくて、そして異常(アブノーマル)に異常なまでの憧れを持ち、不幸を愛し、自身を王だと思いながら、ルールは人より上と考えていた。彼は比企谷八幡でありながら、宗方であり、高千穂であり、名瀬であり、古賀であり、都城であり、行橋であり、雲仙だった」

 

「何だかよくわからないですね」

 

「まあ、彼は人間じゃなくなりかけてたのさ。だから人間になってもらうためにスキルを奪ったんだけど、僕はあんな風にスキルを改造するとは思わなかったなあ。完全に計算外だ」

 

「どうしますか?」

 

「陽乃ちゃんは雪乃ちゃん達を見てて。僕は彼をまた人間に戻して来るよ」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 



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17話

「…………またかよ」

 

こんな夏休みもう二度と無いと思えるほど彼にとっては濃い夏休みだった。

半分以上の日数を彼は一色のために費やした。

全くこのままじゃ後輩思いなんて肩書きがつくうえに休日を返上して働く立派な社畜だ、なんて思いながらも彼は素直に色々とやってしまう。

そんな彼は最終日の今日、特に何をすることもなくただただだらけて1日を終わらせた。実際のところやりたいゲームもあった、読みたい本もあった。

だがやろうと思うと決まって邪魔が入る。

ゲームをやろうとすれば停電し、本を読もうとすればページが破ける。

もううんざりだった彼は早々と眠りについた。

だがまたしても邪魔が入ったのだ。

見慣れた教室にいるカチューシャを身につけ制服を着て、教卓の上に座りながら天井を仰ぐ彼女が心底嫌そうな表情を浮かべた彼を見てケタケタと笑う。

 

「やあやあ比企谷君。夏休みはどうだったかな?」

 

「無駄に過ごしましたよ」

 

「後輩思いのいい先輩じゃないか。操ってるなんて嘘までついて」

 

「そっちの方がらしいでしょ。俺は根っからの過負荷(マイナス)ですよ?」

 

「そうだったね」

 

「今日は何ですか?」

 

「まあね」

 

彼女の顔が彼の顔の真正面に近づく。彼女が目を閉じ彼の唇を奪おうとした瞬間、彼はその場から姿を消した。

 

「……………あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好き勝手やらせませんよ」

 

彼は起き上がりカーテンを開け、空に浮かぶ月を見上げる。

 

「俺はもう、立派なバケモンですよ。あんたのスキルをねじ伏せられるんですから」

 

彼はそう言って再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい。僕の呼び出しを拒否するなんて。『贋作作り』(コピー)の残り物と僕のあげたスキルを混ぜてあんな奇妙なスキルを作って。僕はひょっとしたらとんでもないことをしたのかな?」

 

彼女はそう言いながらも全く焦る様子はなく、教卓の上に再び座り、天井を仰ぐ。

 

「僕がこのスキルに名前をつけるなら…………『全部僕のもの』(マイン)かな?全く。君と言い、球磨川くんと言い、『過負荷』(マイナス)の子達はどうして僕がスキルを上げると勝手に改造しちゃうのかな?…………まあでも、これは可能の域に入るね。頑張りなよ二人とも。所詮は漫画の中。何をしても主人公には勝てないぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、ろくに寝てねえ。あの人俺の睡眠時間とか全く考えてないからな」

 

「お兄ちゃーん!!起きたー!!?」

 

「部屋の中でそんな大声出すなよ」

 

「だってお兄ちゃん全然起きないんだもん!!」

 

「悪い悪い」

 

「早くして!!お父さんもお母さんももう行っちゃったよ!!」

 

「叔母さんと叔父さん今日は早いな」

 

「その言い方いい加減直した方がいいよ。お父さんもお母さんも自分達を親と思えって言ってるんだから」

 

「善処するよ」

 

「そうやっていつも言わないじゃん!!」

 

「朝ご飯食べよ」

 

「その前に顔洗って!!」

 

「はいはい」

 

「それとお兄ちゃん、今日小町あそこ行ってるから」

 

「またか。小町の可愛さが世間に認知されるのは嬉しいが、虫がつかないように用心しないとな」

 

「きも」

 

「小町ちゃん、そのマジなやつはお兄ちゃん相当傷ついたわよ」

 

「ごめんごめん、本音が」

 

「ひでえな」

 

「早く顔洗って〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、学校ってこんな感じだったかしら?」

 

「分かんないなあ」

 

「まあコットーたちは来てすぐに夏休みに入っちゃったからしょいがないよね」

 

「そういえば結衣、覚悟は出来てるかしら?」

 

「うん。ヒッキーを倒してあたしも頼りになるってところを見せてあげれば、ヒッキーはあたしを頼ってくれるんだよね?」

 

「もうぞっこん間違いなしよ!!」

 

「え!!けっこん?まだはやいよ!!」

 

「ぞっこんすよ。結婚って飛びすぎよ結衣さん」

 

「知ってるし!!」

 

「いや、絶対知らなかったでしょ」

 

「ちょっとー」

 

「どうかしたかしら?」

 

「あーしこの二人知らないんだけど」

 

「そうだったわね。彼が鳴瀬康介(なるせこうすけ)くんで、彼女が豊田有紀ちゃんよ」

 

「よろしくお願いします」

 

「よしゃしゃす」

 

「あーしは三浦優美子。で、こっちが海老名姫菜」

 

「はろはろー」

 

「かわええ」

 

「康介君、本音が漏れてるわよ」

 

「やば」

 

「全員揃ったわね。じゃあ手筈通りにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お、比企谷君じゃないか。夏休みはどうだったかな?』

 

「灰色ですよ。一色の子守ずっとしてましたし」

 

『君はなんだかんだ言ってやってくれると僕は信じていたよ』

 

「…………丸くなりましたね」

 

『あれ?やっぱり分かるのかな?』

 

「何となくですよ。あとその腕のやつって何ですか?」

 

『これかい!!?これはねえ、生徒会の腕章さ!!僕は副会長になったからね!!』

 

「似合わねえ」

 

『そうかな?僕は結構気に入ってるんだけど』

 

「まあ身内に権力者が出来るのはいいですね」

 

『さて、僕は生徒会室に行ってくるよ!!人吉先生が採寸してくれるって言っててね』

 

「気を付けて」

 

『ははは、何を気をつけるんだい?』

 

「手を出さないように。あんた人吉先生に何するか分からん」

 

『心配は無用さ』

 

そう言って彼は教室を出て行った。

 

 

 

 

 

『あれ?比企谷くんって、あんなに壊れてたっけ?僕が仮に夏休みを経て丸くなったのなら、彼は夏休みを経てさらに凹んだね。もうぐちゃぐちゃだ。先輩としては気がかりだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、比企谷」

 

「一応先輩だぞ、飛沫」

 

「おはようございます。比企谷くん」

 

「ういす。なんで蝶ヶ崎が敬語使ってんだよ」

 

「基本こんなだよこいつ」

 

「まあ選挙お疲れ」

 

「参加すれば貴重なシーンが見れたのによお、勿体ねえなあ」

 

「何だよそれ」

 

「球磨川先輩が負けた瞬間さ」

 

「あの人いつも負けてんじゃん」

 

「真剣勝負で負けたんだよ」

 

「相手は黒神だろうな」

 

「そうだ。私たちもあいつに負けたら変われんのかね」

 

「変われますよ。戦わなくても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーいあい、あーいあい、おサールさーんだよー」

 

「あーいあい、あーいあい……………始めるか」

 

「オッケ」

 

二人はゆっくりと教室に入る。

 

「康介くん、よろしくね」

 

「こっちこそよろしくな。期待してるぜ。ルーキー有紀」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ始めようか」

 

「ごめんね。こんなことに付き合わせて」

 

「何言ってんのよ。あーしら…………何でもない。始めるよ」

 

「照れちゃって」

 

「姫菜うっさいし!!」

 

「おはよう、おはよう、ございます。みなさん、先生から紹介される前に自己紹介を!!私は五徳異!!よろしくね!!」

 

突如現れた彼女たちにクラスにいた生徒は皆動揺していた。

 

「早速行きましょう!!レッツガチャ」

 

彼は順々に生徒の頭をつかんでいく。

 

「ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、アタリ!!ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、あら?ここの子はいないのね」

 

突如始まった事に驚き皆は外に出ようとした。

しかし出られない。

ドアの外では、由比ヶ浜、三浦そして海老名がドアを塞いでいた。

 

「何すんだ!!」

「早く出して!!」

「どけよ!!」

「どけって言ってんだろ!!」

「お願い出して!!」

 

 

次々と怒号で教室が満たされる。

彼にとっては久しいこの雰囲気がたまらなかった。

自然と口角が上がる。目が細くなる。喉が開く。

 

「ははははははははははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざっと六人。やっぱりこの学園を選んで正解だったわ。ただの奴らから原石が六人も出るなんて!!」

 

「ねえコットー、みんなどうなっちゃうの?」

 

「え?死ぬわよ」

 

「え!!?」

 

「ちょっとどういう事!!?」

 

「言ってなかったかしら?これをやられると適合しない奴は死ぬわよ?」

 

「急いで治してあげないと!!」

 

「少し黙って」

 

彼が静かにそう言うと、彼女たちはその場にぺたりと座り込んだ。

そして少し経つとゆっくりと顔を上げ、笑顔を彼に向ける。

 

「……………………コットー、こいつら片付けとく?」

 

「あら、気がきくわね。お願いするわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…………こ………れ」

 

彼女は驚きのあまりその場で硬直した。鞄が彼女の手からするりと落ち、自然と両手が彼女の口を覆う。

 

「ちょっとこれ、どういう事?」

 

彼女はいつものように遅れて登校した。

またいつものように日々が始まると思っていたが今日は違った。

彼女の目に飛び込んだのはぐちゃぐちゃになった教室と横たわったままピクリとも動かないクラスメイトたちだった。

 

「他は!!?」

 

彼女は急いで他の教室を見たが結果はどれも同じ。

ぐちゃぐちゃになった教室と横たわる生徒達以外は何もなかった。

 

「何なのこれ…………」

 

彼女は呆然とその場に立ち尽くした。

 

「…………あれ?川…………なんとかさん」

 

「………あんた誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと妙な気分に襲われた彼は元いた二年一組の教室に行った。

妙な気分といっても妙な胸騒ぎという方が正しい。

廊下を歩いていて授業中とはいえやけに静かだと思っていた彼の視界に一人の女子が映る。

見覚えがあったの彼は話しかけてみたが、話しかけられた女子はというとお前誰という顔しているどころか実際に彼に聞いた。

いくらスキルで影を薄くしていたとはいえ同じクラスだったのに覚えられてないということに彼はわずかにショックを受けた。

 

「元同じクラスの比企谷だ」

 

「……………いたっけ?」

 

「ひでえ」

 

「……あんたが……………これ………やったの?」

 

彼女は怯えた様子でそう言ってクラスを指差す。彼が中を見るとクラスの中に大量に倒れている人が映った。

 

「……………まさか!!」

 

慌てて彼は教室に入り倒れている彼らの脈を取る。

 

「やられた!!」

 

彼は慌ててスキルを使う。

 

『馬鹿正直者』(オールリアル)、『全員が生きていることにした』」

 

倒れていた彼らがゆっくりと目を覚まし起き上がり始める。

 

「何したのあんた」

 

「他はどうなってた!!?」

 

「他も同じ」

 

「誰かこの教室から出るのを見なかったか!!?」

 

「あ、えっと、なんか派手なやつが歩いてるの見た」

 

「どっちだ!!?」

 

「二階で」

 

「分かった!!サンキュー川なんとかさん!!愛してるぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあ、上出来かしらねえ」

 

「全部終わったよ、コットー」

 

「お疲れ様、結衣、優美子、姫菜」

 

「うん」

 

「二人は終わった?」

 

「うん、終わったよ」

 

「ばっちり」

 

「康介くん、どうだった?」

 

「気づかれました。もうじきこっちに来ます」

 

「分かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人吉!!何がどうなっているんだ!!」

 

「俺に聞かれたってわかんねえよ!!」

 

生徒会役員である彼らは廊下を走っていた。

彼と同じように彼らもこの異常事態に訳もわからずに対応をしていた。

 

「生徒達が起きだしました!!」

 

「本当か!!」

 

「比企谷くんが何かやっています」

 

「比企谷二年生の仕業か!!」

 

『待ってくれよめだかちゃん。少なくとも僕から見て彼はこんなことをしたがるやつではないよ』

 

「では誰だというのだ!!」

 

「………!!めだかちゃん、校庭見て!!」

 

「!!誰だあいつは!!?」

 

「行こうめだかちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒会に勘付かれちゃったわね。まあそのためにこの子達を作ったんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは一体どういうことなの」

 

彼女の視界に映る五徳と彼の後ろに立っている数十人に生徒達。

その中には彼女が知る顔がいくつかあった。

 

「……………由比ヶ浜さん」

 

考えるよりも先に彼女の足は動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様!!何者だ!!」

 

「自己紹介から、俺は五徳異だ。以後お見知り置きを」

 

「ふざけんじゃねえ!!クラスのみんなにあんなことしやがって!!」

 

「ああ、悪い悪い。めんごごめんね」

 

「貴様の目的は何だ?」

 

「ふふ、目的かあ。そうだねえ、ノーマルを消すことかな?」

 

「何!!」

 

「俺ってさあ、ノーマル嫌いなんだよ。なんかこう、うぜえじゃん?」

 

『何でエリートじゃダメなんだい?』

 

「エリートはいいんだよ。負け犬もいい。はっきりしてるから。でもノーマルってプラマイゼロっぽいじゃん。はっきりしなくてムカつくんだよねえ」

 

「たった、たったそれだけのことで!!?」

 

「おいおい、俺にとってはこれ結構重要なんだよ。幸い、俺にはこのスキルがある」

 

「それでお前はあんなことをしたってのか!!?」

 

「俺のスキル『よく出来ました』(ストロングポイント)。長所を伸ばすスキル」

 

「そんなものでどうやって……………まさか」

 

「さっすが生粋の化け物。そうさ。これを使って長所を限界まで伸ばす。するとどうだ。一点だけが異常に優れている。それってまんま『異常』(アブノーマル)のそれってことよ」

 

「それで結果大量の『異常』(アブノーマル)を作れるってことだ」

 

「っ!!比企谷!!」

 

「よお、久しぶりだな人吉」

 

「八幡よく来たなあ」

 

「まあなんだ。今回は被害はゼロだ。俺の勝ちだ」

 

「まじかよ。一人も死ななかったのかよ。つまんねえなあ」

 

「どういうことだ比企谷二年生」

 

「こいつのスキルはまさしくフラスコ計画を体現しているスキルだ。天才を人工的に作る。こいつがここに来ないために俺はフラスコ計画を手伝ってたんだよ。それなのにお前が停止しちまうから」

 

「俺としては礼が言いたいよ。おかげで俺はここに来ることが出来た」

 

「私のせいなのか」

 

「そう思ってんなら後ろのやつらと戦って時間稼いでくれよ。本体のあいつ倒さない限り洗脳は解けねえからよ」

 

「洗脳?」

 

「あいつらは今洗脳状態だ。あいつは自分の長所も伸ばしてるからな。いくつかスキルを持ってるんだよ。そのうちの一つに仲間の『異常』(アブノーマル)を操るっていう超限定的なスキルがあるんだが、それであいつらを操ってるんだよ」

 

「だったらめだかちゃんがやったほうがいいんじゃ」

 

「お前らにしか頼めないんだよ。俺だと殺しちまうかもしれないから」

 

「分かった。我々はあやつらと戦い貴様があいつを倒すための時間を稼ごう。ただし、あまり時間は稼げないぞ」

 

「そこらへんはお前の顔の広さで何とかしてくれよ。俺は妹しか呼べなかったけど」

 

「はいはーい、妹の小町でーす」

 

「おお、比企谷三年生か」

 

「私も頑張りますよ!!」

 

「あとはお前ら誰か呼んどいて」

 

「私も手伝うわ!!」

 

「……………雪ノ下さん」

 

「雪ノ下か」

 

「あなたはまた何か抱えていたのね」

 

「…………すまん」

 

「おかげで由比ヶ浜さんも巻き込まれてしまったわ」

 

「…………………それは本当にすまない」

 

「悪く思っているなら必ず部室に来なさい。由比ヶ浜さんと待っているから」

 

「………………分かった」

 

「さあさあ、決戦といこ…うっ!!」

 

合図を言いかけた五徳の顔に拳が当たる。

食らった彼は凄い勢いで飛んでいく。

 

『おいおい、それってありなのかい?』

 

「反則王より反則ですね」

 

「もはや失格だよ」

 

「頼む」

 

「任せろ!!」

 

彼は五徳が吹っ飛んだところまで飛んだ。

限界まで肉体を強化するスキル『筋肉増狂罪』(ステロイド)とというスキルによって今の彼は異常なまでに身体的に強くなっている。

単純な肉体的強さなら黒神を越えることができるこのスキルには大きな欠点があった。

このスキルはもともと古賀の持つスキルをマイナス化させたものであるが、マイナス版ということはどこかスキルに欠点がある。

それはストッパーの役目をするものが何もない点だ。

古賀の場合は神経を敏感にすることで過活動を制限していたがこのスキルの場合は神経は限界まで鈍感になっている。

現に彼は有紀に吹き飛ばされた際に背骨が折れ、首も大きな損傷を受けていたが、彼は気づかずに彼女と戦おうとした。

彼が気づいたのは家に帰り、手を洗ったときにふと見た鏡に自分の姿が映ったときだった。

 

「しっかし、本当に鈍感になってんだな」

 

飛んでいる最中に食らった遠距離からの攻撃によってできた傷に彼はふと自分の腕を見るまで全く気がつかなかった。

彼は意に介さずといった様子で地面に着地し、倒れている五徳を見下ろす。

 

「さあ、今日で最後だ。真っ当な人間として生きろ」

 

「勝負だ!!」

 

五徳は起きてすぐに彼に殴りかかった。彼も応えるように殴りかかる。

比企谷の拳は彼の体に深くめり込む一方で、五徳の拳は彼の顔に近づいていくに連れて形が歪んで行き、彼の顔に到達する頃には原型をとどめないほどになった。

 

「ぐふっ!!」

 

「スキル使ったまんまだったわ」

 

五徳は口から血を流しながら後ろに下がる。

今までに経験したことがないほどの激痛が彼を襲う。

 

「ぐふっ!!頼む!!」

 

彼がそう言うと比企谷の背中を何人かの手が貫いた。

 

「ふふ!!形成逆転だ!!」

 

「悪いな。痛くねえんだよ」

 

彼は背中に手を回し刺さっている手の上に自分の手を当てる。

そして素早く下に降ろす。

彼の背後にあった気配は少し後ろに下がった。

彼は動揺することもなく体に刺さっている手を引っこ抜き、その場に落とす。

 

「全部切り落とした」

 

「ふざけんなあ!!」

 

彼は比企谷の両肩を掴んだ。

 

「俺とこいつを囲え!!!」

 

指示された女子生徒は二人の周りを透明な何かで囲った。

 

「治療してやらねえのか?」

 

「んなもんとっくにやらせてんだよ!!」

 

彼が無事な方の手で殴りかかる。

それを難なく比企谷は避けていく。

 

「珍しくキレてるな」

 

「仲間傷つけられたら普通に怒るだろうが!!!!」

 

彼は殴りかかってくる五徳の使えない方の腕を持ち、彼を蹴り飛ばす。

蹴り飛ばされた彼は透明な何かに当たり、止まる。

 

「意外だな。お前はてっきりあいつらのことを駒としか思ってないと思ってた」

 

「馬鹿言うな。俺はあいつらに力をあげるかわりに仲間になってもらってるんだよ」

 

彼はヨボヨボと立ち上がる。

片方の腕がなくなっているにも関わらず、彼はまっすぐ比企谷を見ている。

 

「………瞬間じゃないとはいえ再生系のスキル持ちか」

 

「仲間を救うために俺は自らを限界まで追い込んで、いくつものスキルを得た」

 

「………………」

 

「俺は生まれながらの勝者だ。だけどなあ、勝ちなんか欲しくないんだよ!!仲間が、分かってくれるやつが欲しいんだよ!!」

 

「だったらお前の人間性で勝負しろ……………俺たちには無理か」

 

「そうさ!!俺とお前、そしてお前の連れはノーマルから見れば化けもんなんだよ!!だからと言って俺たちはノーマルにはなれねえ!!」

 

「だからノーマルが嫌いなのか」

 

「ああそうだよ!!あいつら何様のつもりだ!!数が多いだけじゃねえか!!だが世界は!!数が多いやつを正義とみなす!!結果俺たちを化け物と呼ぶあいつらが正しいことになってる!!おかしいだろ!!俺たちは化け物でもねえ!!ただの人間だろうが!!」

 

「お前のスキルはよく知ってるさ。それによってお前は少なくとも他の奴らよりもさらに気味が悪く見えるんだろうな」

 

「何だよ。同情か?んなもんいらねえんだよ!!」

 

「お前、ノーマルになりたいとは思うか?」

 

「思わねえ!!あんな有象無象に埋もれるなんて馬鹿らしい!!」

 

「そうか。じゃあまあ、体験してみろ。有象無象を」

 

「は?」

 

「俺は自身の『過負荷』(マイナス)という『設定』を消す。かわりにお前自身の『異常』(アブノーマル)という『設定』を消させてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人吉!!喜界島会計!!大丈夫か!!?」

 

「何とかな!!雪ノ下先輩のスキルのおかげだ!!」

 

「気を付けて!!強化しているとはいえ攻撃を受け過ぎれば当然やられるわ!!」

 

雪ノ下と人吉、黒神、喜界島は四人で五徳が作り出した彼ら相手に戦っている。本来ならば彼らはすぐに負ける。いくら強いとはいえ、複数の『異常』(アブノーマル)相手に、『通常』(ノーマル)や|『特例』《スペシャル』が勝てる見込みはほとんどない。

しかしながら彼らは互角、あるいはそれ以上で戦っている。それを可能にしているのは雪ノ下の存在である。

彼女のスキルは、仲間を全て大幅に強化するスキルであり、その強化される程度は非常に大きい。

少なくとも彼女によって強化されている間は、どんなに弱い人間でも『特例』(スペシャル)と互角に戦える程までになる。

まして彼女によって強化されている彼らは並の人間ではない。

強化された彼らはめだかを除き、限りなく『異常』(アブノーマル)に近い状態である。

 

「なんか盛り上がってんなあ」

 

「あんた!!」

 

「よお人吉」

 

現れた小さい男はポケットに手を突っ込んで、数人を引き連れている。

腕には腕章がまかれ、そこには『風紀委員会』という字が書かれている。

 

「風紀委員会!!どうして!!?」

 

「まあ一部精鋭しかいねえけどよお、学校の風紀を乱すってやつがいるなら、取り締まるのが俺らだろ!!」

 

「俺もやるぜ黒神」

 

「日之影三年生!!」

 

「俺たちもやるぜ。黒神」

 

「高千穂三年生に古賀二年生!!それにお姉様!!」

 

「師匠!!」

 

「友達を守りたい。だから殺す」

 

「宗像先輩!!殺すのはダメですよ!!」

 

「私も来ました〜」

 

「一色一年生!!」

 

「…………悪かった一色。謝らせてくれ、本当に悪かった」

 

「気にしないで人吉くん。あれのおかげで私少しは強くなれたから」

 

「我も来たぞ!!」

 

「…………誰?」

 

「ひどい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『設定』だと!!?」

 

「ああ。俺のこのスキルは自分の『設定』を一つ消すことで相手は俺の消した『設定』と同程度のものを消さなくちゃならない。現に俺たちは今、ただの人だ」

 

「んなこと有り得るわけねえだろ!!」

 

「じゃあ、俺のスキルを使える『設定』を消す。お前も消せ」

 

「なんだ!!?どういうことだ!!?どうして!!?何故変わらない!!?」

 

「だから消したんだよ。これが俺の一番嫌なスキルの一つ『皆んな同じで皆んないい』(ノーマル)だ」

 

「ふざけんなああ!!そもそもスキルの使用設定を消したっていうならお前のそのスキルは使えねえじゃねえか!!」

 

「これは消えないんだよ」

 

「ふざけんじゃねえ!!」

 

「安心しろ。これが勝敗に関わることはない」

 

「は!!?」

 

「俺たちは今ただの普通のどこにでもいる高校生だ。そしてはたから見れば俺たちはただのその辺で殴り合ってるやつらにしか見えねえ。つまりだ。誰も俺たちを気にかけねえし、誰も止めねえ。純粋な殴り合いだ」

 

「ふざけんなよ。俺たちの最後になるかもしれねえ戦いが!!ただの殴り合いだと!!?」

 

「いいじゃねえか。どっちにしろ勝敗は決まるんだからな。『過負荷』(マイナス)相手にルール設定無しで戦いを挑むからこうなるんだよ。スキルを使った熱い戦いがお望みだったらルールを設けとくんだったな」

 

 

「クソがああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目を覚まして由比ヶ浜さん!!」

 

「いいよねゆきのんは」

 

彼女は由比ヶ浜の手を掴み、彼女を見つめていた。

 

「由比ヶ浜さん?」

 

「ヒッキーに頼りにしてもらえて!!」

 

彼女は雪ノ下を地面に叩きつけた。

 

「ぐっ!!」

 

「私だってヒッキーの力になりたい!!なのに何で!!?どうして!!」

 

「彼はあなただって頼りにしていたわ!!」

 

「じゃあ何で私を頼ってくれないの!!?どうしてゆきのんだけなの!!?」

 

「彼は貴方を巻き込みたくないのよ!!」

 

「私だって巻き込まれたい!!一緒に悩んだりしたいのに!!スキルを持ってなきゃダメだってコットーが言ってたの。だから私頑張った。これでヒッキーに勝てば!!私を頼ってくれる!!」

 

「落ち着いて由比ヶ浜さん!!彼が負ければ頼る以前の問題になってしまうのよ!!?」

 

「そんなこと知らない!!」

 

由比ヶ浜はそう言って雪ノ下の手を強く握る。

 

「くっ!!」

 

「コットーが言ってたの。私の明るさがいいって。私のスキルは『みんな頑張って』(チアリーディング)。仲間を強化するスキル。もちろん自分も!!」

 

「私と同じ!!?」

 

彼女の手を握る力がさらに強まる。

ミシミシと音が聞こえ、雪ノ下の表情が険しくなっていく。

 

「許せ、由比ヶ浜二年生!!」

 

その声と共に由比ヶ浜を蹴り上げた人物がいた。

その人物は彼女の方を向く。

 

「立て!!雪ノ下二年生!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有紀、もういいんだよ!!?何も気にしなくていいんだよ!!?」

 

「私のせいでいろはは、あんな人達と一緒になっちゃった。だからだからだから!!私が救ってあげないと!!私が!!」

 

「ごめん有紀!!」

 

スキルを使って有紀を地面に落とす。

 

 

「どうして?いろは、どうして?まだ洗脳されてるんだ!!いろは!!待っててね!!すぐ終わらせるから!!『不協和音』(ワンサイド)

 

彼女は何かが自分の中に流れ込む感覚に襲われ、少し下がる。

 

「何これ?」

 

不安や心配が彼女の頭の中を埋め尽くす。

彼女の頭の中で、考えがだんだんとまとまらなくなっていき、訳が分からなくなっていく。

彼女の体が少しずつ震え始め、力が抜けていき、その場に力なく座り込んだ。

 

正義の鉄拳(ジャッジメントインパクト)!!」

 

有紀が遠くへ飛ばされる。

 

「立つのだ!!助けたいなら戦うのだ!!」

 

「でも、身体が、動かないんです!!」

 

「貴様の力は全てを落とす力であろう?ならば!!頭の中を埋め尽くしているものや身体にかかっている負荷を落とせば良いではないか!!」

 

「それだ!!」

 

彼女は一心に頭の中の不安や心配といった感情を全て落とす、もとい捨てていく。

 

「スッキリしました!!ありがとうございます」

 

「礼ならひっ!!」

 

「中二の人!!」

 

材木座はかなり先まで吹き飛んでいった。

 

「一色を助けないと!!」

 

「だから私もう大丈夫っていってるのに!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、キリがねえな!!人吉!!」

 

「俺に言わんでくださいよ!!くそ!!こちとらノーマルですよ?いくら雪ノ下先輩のスキルの恩恵を受けてるとはいえ結構きついですよ」

 

「バカ言ってんじゃねえよ。こいつらだって元はノーマルだろ?同じ条件でお前が負けてどうすんだよ!!」

 

「無茶苦茶ですよ雲仙先輩!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人吉くんが危ない。だから殺す!!」

 

「だから殺すなって言ってんだろうが、宗形先輩よお」

 

「ははは、やっぱり黒神みたいに俺に攻撃を当ててくるやつはいねえか」

 

「代わりに耐久力があるよ。余計厄介だ」

 

「そういえば名瀬、古賀はどうした?」

 

「この中で三分しか戦えないって言ったらほぼ活躍できないでしょ」

 

「そうだな」

 

「くるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕の可愛い後輩たちを虐めないでくれよ』

 

彼が螺子を刺そうとするも、ことごとく避けられる。

 

『参ったなあ。壁でもあれば話は別なんだけどなあ。殺すななんて随分と無茶なことを言ってくれるよね比企谷くん。あっちは殺しにかかってるのに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く我ながらアホだと彼は思う。

最大の強みであるスキルの使用を自らの手で不可能にしてしまった。

格闘技は全てやった経験があるが試合以外に使ったことがなかった。

 

「どうだ?やめる気になったか?」

 

「アホ言ってんじゃねえよ!!俺は抜群のコンディションなんだよ今は!!」

 

そう言って彼は比企谷に殴りかかる。

彼は攻撃をことごとくいなし、避け、またいなす。

しかし隙をついて彼がカウンターを決めようとすればするりと五徳はかわす。

 

「ふふ、矜持と一緒にスクールに通いつめておいてよかった。まさかこんなところで使うとは思っていなかった」

 

「お前も経験者か?」

 

「まあな」

 

ひたすらに殴り合いがはじまった。

もうこうなってしまった以上、彼は防御は考えずに攻撃のみに集中し始めた。

 

「防御を捨てて攻撃か!!?好きだぜそれ!!」

 

五徳も彼に応じるように防御はせずひたすらに攻撃を仕掛ける。

 

「おいおい、終わりが見えてきたなあ」

 

「うるせえ」

 

一つを極めている五徳とありとあらゆるものをそれなりにしている比企谷とで少しずつ差が出てきた。

若干比企谷の方が不利である。

彼はありとあらゆるものに手をつけてきた。

それは様々な局面で柔軟に対応できる長所があるが、短所として使える手が多すぎて判断が遅くなっている。

一方で五徳は一つを極めた。一つしかやっていないため、対応できる局面が限られているうえに、使える手も一つしかない。

だが、それしか使えないということが結果的に比企谷よりも早い対応をとることを可能にしていた。

 

(このままじゃ負ける。何か打開策は…………)

 

 



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18話

「おいおい、随分とあっさりだな」

 

「うるせえ」

 

彼はそう言いながらも少し足元がふらついている。

スキル無しのただの殴り合いを選んだのは彼自身であるが、こうなるのならスキルで戦った方がいいと思った。

目の前にいる五徳も足元が少しふらついているが、それでも若干であるが五徳の方に空気が流れているように彼は感じられる。

どうにかしてこの空気を変えようと思ったが、スキルが使えないということがやはりかなりの足枷になっている。だがこれ以上彼によって犠牲者が増えることを避けるためにはスキルの使用権限を無くすしかなかった。

策を巡らせているとふと視界の片隅に何かが近づいてくるのが分かった。

 

「ん?なんか飛んでくるな」

 

「あ?」

 

横を見ると太った人間が一人、彼らのいる場所へかなりの勢いで向かってきていた。

 

「へぶっ!!」

 

材木座は彼らを囲っている何かにぶつかりその場に落下した。

 

「おいおい、あいつ大丈夫か?お前の仲間だろ?」

 

「あんなやつ俺は知らねえ」

 

「ん!!八幡!!八幡ではないか!!」

 

「お前の名前呼んでるぜ?」

 

「………………」

 

「八幡!!出られないのか!!?八幡よ!!大丈夫か!!?」

 

「大丈夫だからどっかいけ」

 

「大丈夫なのか!!?」

 

「大丈夫だっての」

 

「無駄だよ。この中にいる間は外の音は聞こえるけどこちらの音は外には聞こえない」

 

「待っていろ!!今我がこれを破壊する!!」

 

そう言って材木座は静かに構えた。

 

「止めろ。マジでやめろ」

 

『我はこれを破壊する!!』

 

そう言って彼は何かを殴った。彼の殴ったそこから少しずつヒビが入っていき、数秒でヒビは全体に広がった。

 

「もう一発!!」

 

駄目押しのもう一発で何かは音を立てて崩れていった。

 

「大丈夫か八幡!!」

 

「何てことしてくれてんだよ」

 

「ははは!!こんなんじゃあ戦いにならないよな」

 

「……………スキルを解除した。お前お望みのスキルでの勝負にするか」

 

スキルの使用権限を奪ったことにより、彼自身は負けそうだった。

彼からスキルの使用権限を奪えば被害は拡大しないが代わりに彼は追い込まれる。解除すれば被害が拡大するかもしれないが、代わりに勝てる可能性が上がる。この二つの選択肢で彼は前者を選択した。

しかしながら、今の状況ではどちらを天秤にかける間も無く彼は後者を選ばざるを得なくなった。

 

「ああ!!それがいい」

 

「八幡!!我はどうすれば!!」

 

「…………一色のサポートいけ」

 

「承知!!」

 

材木座はドスドスと走って行った。

 

「遅え」

 

「さてさて、スキルの設定しかり、アブノーマルの設定しかり全てが戻ってきたわけだが」

 

「…………」

 

「ん?」

 

五徳の両足に足枷が現れた。

 

「何だこれ?」

 

「俺のスキルさ。全てをなかったことにする人がいてな。その人を見習って作ったスキル。全てをある事にするスキル」

 

「なるほどねえ。それで俺の足には足枷があるって事にしたのか」

 

「ああ」

 

「じゃあ俺も、君をお知り合いの三人が攻撃することにしたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪ノ下二年生、こうなればもうやるべきことは一つだ。由比ヶ浜二年生をここで倒せ」

 

「…………」

 

「比企谷二年生が負ける気はせんが比企谷二年生がどう対処するかが全く見当が付かない。ならば貴様がここで由比ヶ浜二年生を倒せばそんな心配をする必要はなくなる」

 

「…………でも由比ヶ浜さんの気持ちはどうなるの?」

 

「それは貴様らで考えろ。それこそ、由比ヶ浜二年生が望むようにみんなで悩めば良いではないか」

 

「……………分かったわ。貴女はあの二人をよろしく」

 

「分かった。来い!!海老名二年生、三浦二年生!!」

 

「邪魔すんなし!!」

 

「結衣の邪魔をしないで!!」

 

 

 

 

 

 

 

「由比ヶ浜さん。貴女の気持ちは貴女でないと分からないけれど、私は貴女を分かりたいわ。分かって、一緒に悩みたいわ」

 

「ゆきのんも邪魔するんだ」

 

「貴女のためよ、由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのんとはずっと友達でいたかったな」

 

「……………敵として戦うとしても友達よ、由比ヶ浜さん」

 

「………やっぱりゆきのんは強いね。わたしはそうやって考えるのは無理かな」

 

「……………私は何があっても貴女の味方よ。そして、貴女の理解者になりたいわ」

 

「……ありがとう」

 

彼女はそう言って雪ノ下に襲いかかる。

互いのスキルの効果は同じであるが差がつくのは、いかに使いこなせるか。

そして、思いの強さである。

 

「わたしはゆきのんを倒してヒッキーに勝つ。そして、頼ってもらう!!」

 

「わたしは貴女をここで止めるわ。そしてまた奉仕部として彼と貴女と一緒に過ごす!!」

 

彼女は雪ノ下に躊躇することなく攻撃をしかける。

雪ノ下も負けじと応戦するが、やはり彼女と違って雪ノ下の行動のあいだあいだには迷いが見える。

彼女が平然と攻撃してきても、雪ノ下は一瞬だけ戸惑いを感じ、それ故に反応が遅れる。そのせいで少しずつだが確実に自身に敗北が迫っている感覚が彼女を襲う。

彼女は自身に苛立ちを覚えた。今までの自分なら間違いなく彼女を切り捨てただろう。

だが今の彼女は違う。彼女や彼、依頼人達と接してきたことで人に対する思いやりが少なからず生まれた。だがそれが同時に彼女に一歩を踏み出すことを止める。

 

「雪ノ下二年生!!腹をくくれ!!一番成し遂げたい事だけを考えろ!!」

 

雪ノ下の状況を見かねた黒神が叫ぶ。

 

「成し遂げたい事…………」

 

攻撃を受けている間に彼女は考えた。

自身の成し遂げたい事とは何か。またいつものように彼と彼女と自分がいる奉仕部を過ごしたい。そして二人を理解したい。

彼女は体が軽くなった気がした。

 

「ありがとう、めだかさん」

 

「ああ!!」

 

彼女は攻撃を仕掛けてきた由比ヶ浜の手を掴み地面へと叩きつけた。

 

「うっ!!」

 

すぐに起き上がった由比ヶ浜が雪ノ下と距離を取る。

 

「ごめんなさいね由比ヶ浜さん。私は覚悟が足りなかったわ。けど、もう覚悟は出来たわ」

 

「ふふ。そういえば初めてだよね。ゆきのんとこんな感じになるの」

 

「ええ」

 

「わたし、勝つよ」

 

「私もよ、由比ヶ浜さん」

 

彼女達は互いに殴り合う。

雪ノ下は正直こんな野蛮な戦い方はしたくなかった。だが、今の彼女にはこれ以外解決策が思い浮かばなかった。

 

「終わったら、また二人であそこの喫茶店いこうね」

 

「ええ」

 

由比ヶ浜は少し残念そうな表情を浮かべて雪ノ下を見た。

 

「本気出すね」

 

「えっ!!」

 

「ごめんねゆきのん。でもわたし、本気で勝ちたいんだ」

 

彼女の力が少しずつ強まっていく。

またしても雪ノ下に着実に近づいてくる敗北の二文字。どれだけ彼女が足掻いても足掻いても、差はどんどんと広がるばかりだった。

 

「くっ!!」

 

「ありがとうゆきのん」

 

彼女の一撃を、雪ノ下は避けることができなかった。

 

「わたしの勝ち」

 

「そうね」

 

彼女はその場で倒れた。彼女の意識が少しずつ遠のく。

 

「雪ノ下二年生!!」

 

黒神は三浦と海老名を後ろへ飛ばすと雪ノ下のもとに駆け寄る。

 

「また三人で奉仕部やろうね」

 

「………ええ、もちろんよ」

 

「雪ノ下二年生!!」

 

「やったじゃん結衣!!」

 

「うん」

 

「いこうよ結衣。異くんが呼んでる。比企谷くんを倒そ!!」

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那どこからか現れた三人の人影が比企谷の真上で拳を作り構えていた。

 

「やっちゃえ」

 

三人が一斉に彼に殴りかかる。こんな時普通のやつならどうするのだろうと彼は考えていた。

どう考えても見知った顔が自分に攻撃してきたら戸惑い、更には何とかして自分も傷つかないようにしつつ相手も傷つかないようにするものなのだろうと彼は思った。

だけど彼は、『過負荷』(マイナス)である。

こんな状況で取る行動ですら彼は他の人間とは違うのである。

 

衝撃で砂が舞い上がり、彼らの姿を見えなくさせる。

 

「ははは!やっぱりお知り合いだと攻撃しずらいよねえ」

 

「何言ってんだよ」

 

一気に砂が晴れ、目に映る景色に五徳は絶句した。

 

「……………嘘だろ」

 

彼の取った行動が驚かれるのも無理はない。

彼は手で三人を串刺しにした。

左手に二人、右手に一人が刺さり、彼の手を赤く染めていく。

 

「…………だから言っただろ。俺は、『過負荷』(マイナス)なんだ」

 

「普通知り合いをそんな風に扱うか!!?」

 

「普通じゃねえんだよ。普通を嫌うお前が普通って言葉を使うのか?」

 

「うるせえ!!」

 

彼が殴りかかる。比企谷は手に刺さっている彼女たちを地面に降ろし左手で彼の拳を止める。

 

「治療しろ!!」

 

何人かの人間が言われてすぐに彼女たちを運び、囲い治療を始めようとしたところで、彼らは手を止めた。

 

「どこを治せばいいんですか!!?」

 

「腹だよ!!…………塞がってる」

 

「『馬鹿正直者』《オールリアル》あいつらの傷が治ってる事にした」

 

「ふざけやがって!!こいつを攻撃しろ!!」

 

彼女たちを取り囲んでいた彼の仲間であろう数人が一斉に彼に襲いかかる。しかし彼らは何もできずにその場で倒れた。

 

「何をした!!」

 

『馬鹿正直者』(オールリアル)一色のスキルの使用権限を俺も持っている事にした。一色のスキルはあらゆるものを落とすスキル。これでこいつらを落とした」

 

「気絶させたってことか!!?」

 

「まあそうだな。あの人みたいに俺は無くすことはしない。だけど、正直このスキルはあの人よりもタチが悪い。俺の気分次第で何でもできちまうからな」

 

「起きろ!!」

 

彼の号令とも言えるその発言によって倒れていた彼らがゆっくりと起き上がり、比企谷を睨みつける。

 

「仲間なんだろ?随分とひどい扱い方じゃねえか」

 

「仲間だよ。こいつらが俺に言わせてるんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「俺は操るスキルなんか持ってねえ。操られるスキルを持ってるんだよ」

 

「操られる?」

 

「そうだ。こいつらの意思で俺は動き、戦い、指示を出す。主従関係は本当は逆なんだよ。こいつらが俺を操ってるんだ!!そして今、こいつらは俺にまだ戦えると言ってきた。だったら答えは一つ。まだやるだけだ!!」

 

起き上がった彼らは再度、彼に襲いかかってきた。

 

「これ以上傷つけたくないんだよ」

 

「嘘つけ馬鹿が!!」

 

『止まれ』

 

比企谷がそう言うと、彼らの動きが一斉に止まった。

 

「またか!!」

 

『馬鹿正直者』(オールリアル)材木座のスキル使用権限が俺にもある事にした」

 

「あのデブのスキルか!!」

 

「もうやめようぜ」

 

「まだいける!!頑張れみんな!!」

 

少しずつ止まっていた彼らの足が動き出す。

 

「おいおい、スキルの強制力を越えるなんて聞いた事ねえぞ」

 

「こいつらはみんな強い想いがあるんだよ。あそこで戦ってる奴らもな」

 

「由比ヶ浜にもあるのか」

 

「ああ。結衣は一番強い想いを持ってる」

 

「…………そうか」

 

彼はそう言ってその場から姿を消し、すぐさま五徳の真正面まで接近した。

 

「お前をまずは叩く」

 

『ぶっ飛べ』

 

五徳を彼が全力で殴ると凄まじい勢いで彼は校舎まで飛んでいった。

 

「さあ次はお前らだ」

 

「待て!!まだ終わってねえぞ!!」

 

先ほど吹き飛ばされたはずの彼がヘリに乗っており、上空から彼に言う。

 

「吹っ飛ばしたはずだけどな」

 

「舐めんな。こいつらのスキルを使えばすぐに戻れる」

 

「…………アパッチか」

 

「よく知ってんな。もちろん銃火器も装備してるが」

 

そう言って彼はアパッチから飛び降り着地した。

 

「お前に銃なんか効かねだろうからよ」

 

「まあな」

 

「予定変更。やっぱり俺がやらねえと示しがつかない。俺のスキル、仲間のスキルを全て一時的に借りる。『力を貸して』(アイオーユー)。これで決着だ」

 

彼がそう言うと彼の周りにいた彼らはゆっくりと横たわっていった。

 

「みんなどうしたんだよ」

 

「このスキルは力を借りる。それによってスキルを貸した側はスキルを返却されるまで眠りにつく」

 

「じゃあお前が一生返さなければこいつら一生寝たままってことか」

 

「安心しろよ。このスキルでスキルが借りる事が出来る時間は12時間だけ。それ以上は超えられない。更にこれは個人のスキル保有のキャパシティを無視するために負荷がでかい。だから実際のところ6時間が限度だ」

 

「…………やけにバカ丁寧に教えてくれるな。ただまあ、お前が俺に全部説明したってことは、お前は6時間以内に決着がつくって思ってるんだな」

 

「もちろんだ。俺の勝ちでな!!」

 

「だといいな」

 

『不協和音』(ワンサイド)

 

彼の頭の中が先ほどの一色同様に不安や悩みなどで埋め尽くされていく。しかしながら彼にとってこんなことは全く意味がない。このままでもいいのだが、なんとなく気持ち悪いと思った彼は、一色がした対処と同じように対処する。

スーッと頭が軽くなる感覚がし、やはりやった方が良かったなんて彼は思った。

 

「これ地味に嫌なスキルだな。ありがたくもらおう」

 

「スキルでも奪い取るスキルでもあるのか?」

 

「昔はそれと似たようなやつを持ってたんだけどな、今は違う。まあ、あってるといえばあってるがな」

 

一瞬にして距離を詰めた五徳が比企谷の腹に手を当てる。

 

「|『花と散れ』《ダイナマイト」

 

爆発音と共に炎が彼の手から上がる。

爆風によって二人は大きく後ろに飛ばされた。

煙の中からは腹に大きな穴を開けた比企谷が現れる。

口からは血を流し、腹に出来た穴からは彼の後ろの景色が見える。

 

「また穴開けやがってよ」

 

彼はそう言って手を腹にかざす。

するとゆっくりと腹に空いた穴が塞がっていく。

 

「腹だけ見せるってどんなファッションだよ」

 

治したのは体だけのため、爆発によって出来た服の穴は塞げなかった。

そのせいで彼は今、腹だけを見せるおかしな格好になってしまった。

 

「服もどうせ直せるんだろ?」

 

「まあな」

 

彼が再び手を腹にかざすと一瞬にして制服が治った。

 

「もう終わりか?」

 

「まだだ!!『コインの裏表』(ワンオブセカンド)

 

「何だ?」

 

比企谷は顔に手を当てた。手を見るとおそらくは自分の血であろう赤い液体がべっとりと付着していた。しかし痛みは全くない。先ほどの爆発も、今回のこの正体不明の攻撃も、彼は全く痛くなかった。

 

彼の発動している『粉砕骨折』(ナッシングダメージ)

神経を異常なまでに鈍感にし、筋力や体力を大幅に強化するスキルであるこのスキルは常に発動している。

 

これを使えばパンチ一発で自分より何倍も大きい岩石を粉砕する事が出来る。

だがそんな人間離れした行動をとれば当然代償がつく。

パンチ一発で腕はぐちゃぐちゃになり、スキル無しで修復をすれば間違いなく綺麗には戻らない。だが皮肉にもそんなスキルのおかげで、彼は一切の痛みを感じずに下手をすれば穴を開けたままで戦闘が行えてしまうほどの正に化け物と化した。

 

「何だこれ?」

 

「何で平気なんだよ!!身体中にがん細胞を張り巡らせたんだぞ!!?」

 

「そのクサい芝居やめろ。こんなもの、黒神だって余裕で耐える」

 

だらだらと体から血を流しながら彼は五徳に言う。

彼にとって治すことは容易だが、治さなくても割と動けると思った彼はそのままで戦いを続けることに決めた。

 

『現実逃避』(ピーターパン)

 

刹那、比企谷の足元に黒い大きな円が現れ、その中から大きく禍々しい手が現れたと同時に彼を掴み地面へと勢いよく叩きつけた。

 

「……もう流石にきついだろ」

 

五徳は少し息を荒げながら、手の下敷きになっている彼を見る。

 

「…………やっぱ治さなくて正解だったわ」

 

「は?」

 

比企谷は、自らを地面に押し付けている手の隙間からぬるりと抜けて、立ち上がり、服についた砂を払う。しかしながら自身の血のせいでほとんどが服に付着したまま取れなくなってしまったのに気付いた彼はしょうがなしにスキルを使い、自身を完全に治し、そして制服やらも全て綺麗した。

 

「………血を潤滑油扱いで使うやつなんて見たことねえぞ」

 

「そもそも、こんな風に使えるほど血を持ってるやつなんかいねえよ。現に俺自身もスキルを使ってなきゃ出血多量で危なかったしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、もう完全に人間じゃ無くなってるよ。悲願の勝利は目前だけどさ、勝てばいいってもんじゃないだろ?全く、誰だい?彼を人間から遠ざけてしまったやつ…………僕か。しょうがない。ここはひとつ、由比ヶ浜ちゃんに協力をお願いしようかな」

 

「うちの雪乃ちゃんじゃダメかしら?」

 

「僕なりの気遣いだったんだけど、気が付かなかったかい?妹さんが目の前で殴られるんだぜ?見たくないでしょ?」

 

「そんな気遣いいらないわ。雪乃ちゃんにようやく仲間が出来そうなんだもの。雪乃ちゃんにも少しは頑張ってもらわないと」

 

「厳しいね。こんな人間が姉なんて、雪乃ちゃんは不幸だね」

 

「あなたに散々振り回された比企谷くんの方がかわいそうだと私は思うけど」

 

「………僕が初めて彼と会ったのは彼が五歳の時、彼のご両親が二人とも亡くなった時さ」

 

「亡くなった?」

 

「そうだよ。彼の両親は不慮の事故で亡くなったけど、僕から言わせて貰えば事故が起こらなかったとしてももって1ヶ月だったよ、あの二人」

 

「二人とも病気か何かだったということ?」

 

「いや、二人とも病魔に侵されていたわけではない。もう限界を超えて働いていたんだよ。さながらめだかちゃんのお母さんのように」

 

「……………世界的名医……」

 

「そうだ。比企谷くんのご両親は素晴らしい医者だったんだよ。異常なまでの集中力と無尽蔵のバイタリティを持ち合わせた『悪魔の手』とまで呼ばれた二人さ」

 

「そういう場合って普通、神の手って言われないかしら?」

 

「神の手に頼っても治らなかった病気を治してしまうのが彼らだ。誰にも真似できない唯一無二の手法によって二人は毎日世界を飛び回って様々な人間を救い続けた。彼の母親は比企谷くんを産んでわずか二日で仕事を再開したしね」

 

「………異常ね」

 

「彼は父の弟一家に預けられた。そして、彼は二人に数回会っただけで二度と会えなくなってしまった。それから彼はあの家でずっと育ってきたんだよ」

 

「どうやって会ったの?」

 

「それはもう簡単さ。夢に出たんだよ」

 

「そこから始まったのね」

 

「まあそうだね。ただ勘違いしないでほしい。これは彼の意思でもあるんだ」

 

「彼の意思?」

 

「うん。まあこの話はまた今度しよう。そろそろ由比ヶ浜ちゃんとお話ししたくなってきた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!!ラチがあかねえ!!」

 

「あとは俺がお前を倒すだけだな」

 

「そう簡単にはやられねえけど、というかやられねえけどな」

 

「………やっぱり殴り合いか。最後は」

 

「………知ってたのか」

 

「お前が作った仲間とお前の使ったスキルの数が合わねえうえに使ってくる気配が一切感じられねえってことは、残るスキルは全部自分にしか使えないものかつ肉弾戦じゃねえと使えねえってことだろ?」

 

「………お前は本当に気味が悪い。中学の時はお前も俺と同じように明らかに『勝利』の二文字しか知らねえような様子だったが、今は全然違う。お前の今は本当に気味が悪い。弱さが見える。だがそれを克服しようとする姿勢がある。まるで俺の嫌いな『通常』(ノーマル)みてえに」

 

「お前に使ったスキルのうちに設定をなくすスキルを使ったが、あれは発動の代償として俺自身の設定一つが返却されない。俺はそれによって『過負荷』(マイナス)という設定を失った。今の俺は、お前の大嫌いな努力で弱さを克服しようとするただの『通常』(ノーマル)だ」

 

「俺はお前に負ける気はしねえ。ただ、勝てるかどうかもわからねえ」

 

「俺は分かるぞ。多分この勝負、決着がつく。おれの負けで」



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19話

「おいおい、何だよあれ。あることにするスキル?あれじゃあ神と同じじゃないか。僕は何かしくじったのかな」

 

「初めからじゃないですか?」

 

「比企谷くんのスキルを逐一で剥奪していたせいでこうなってしまったのかな?いや、剥奪するだけならよかったんだ。なのに僕はどうしてあげてしまったんだろうか?」

 

「まあ何はともあれ。また減りましたね」

 

「大丈夫さ。まだ比企谷くんが出来なさそうな事が一つあるよ」

 

「多分もう出来ますよ彼なら。私のおもちゃですから」

 

「君のおもちゃだったらそうかもね」

 

「最後まで見届けましょうよ。その後でもいいんじゃないですか?直接彼らに会うのは」

 

「そうだね。でも妹さんはいいのかい?彼女負けちゃったけど」

 

「負けただけで折れる程度なら雪ノ下を名乗らせるわけにはいかないですよ」

 

「手厳しいね」

 

「タダでは倒れない位にはなってて貰わないと、到底、彼、彼女を理解なんてできませんよ」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけてるだろお前。さっきから」

 

「嫌。別にそういう訳ではない。これが俺なりの『過負荷』(マイナス)ってやつだ」

 

「人が真剣なのに手を抜くのがか?」

 

「違うんだよ。そういう視点で見るから、お前は勝てないんだよ」

 

「は?」

 

「手を抜いてるんじゃないんだよ。本気を出せないんだよ。お前相手じゃ」

 

「………………じゃあ何か?今までのは全部全部芝居だったってわけか?」

 

「いや、そういう訳じゃない。お前が学校でこんな事をしでかすのは昔と同じだから予想は出来た。だけど、事前にメンバーを集めておいて準備をするっていうことは予想できなかった。そこは想定外だったよ。そこだけは対処の仕方を考える必要があった。あとはタイミング。てっきり俺の目の前でやると思ってたんだが。そのせいで対応も遅れた」

 

「はあ。もうどうしろってんだよ。スキル使ってもお前はすぐに治っちまう。死さえもだ」

 

「だから言っただろ。熱い勝負がお望みだったらルールを設けとけって。囲いで俺があのスキルを使った時点で、外に出て俺がこのスキルを使った時点で、お前はもうほぼほぼ詰んでるんだ」

 

「だったらせめて華々しく散らせてくれよ!!」

 

次々とスキルを使ってくるが何を使われてもこのスキルさえあれば問題は何もない。攻撃を受けながら攻撃を仕掛ける。彼の顔が少しずつだが歪んでいく。それでもなお彼はひたすらに攻撃を続ける。だが俺自身へのダメージなんてほとんどゼロに近いから対応に困る。やはり華々しく散らせるためには多少の演技は必要なのか?

 

「またお前に負けるのか」

 

「安心しろ。俺は勝った訳じゃねえから」

 

彼の頭を掴んで地面に叩きつける。

 

『馬鹿正直者』(オールリアル)お前をっ!!何だ?」

 

俺の身体には見慣れた螺子が刺さっている。

 

『「脚本作り』《ブックメーカー》』

 

俺の後ろに立っているのは見慣れた学ラン。そしてへらへらした顔。

 

『そこまでさ、比企谷くん』

 

「邪魔しないでくださいよ。華々しく散らせてくれって言ってるんですから」

 

『君このままだと彼を殺しかねないだろ?』

 

「そんな野蛮なことしませんよ」

 

『ただもうこの戦いはやめなよ。僕達で彼の仲間は一人を除いて倒しちゃったし』

 

彼が指差す方へ顔を向ける。気付かないうちにあちらの戦いは終わっていたようだ。ボロボロの服装でみんなが俺を見ている。

 

『君達がやりあってる間に君達の足元にいた彼女達はもう解散させたよ。スキルを持ってない子をいたぶる趣味はないんだ』

 

そうだった。こいつのスキルで今こいつの仲間はみんなスキルをこいつに貸してる状態だった。

 

「ははは。やっぱり悟ってくれたか」

 

「お前、何がしたいんだよ」

 

「ははは、俺にもよく分かんねえよ。ただ、スキルをあげて仲間になってもらうって行為が虚しく感じ始めてたんだよ」

 

「…………お前だって仲間いるだろ」

 

「スキルで繋がった関係だけどな」

 

「燕尾はどうだったんだよ。あいつにスキルはあげてないだろ?」

 

「燕尾は…………燕尾だよ。それ以上でもねえし、それ以下でもねえ」

 

「まあお前はお前でけじめつけろ。俺にもつけなくちゃいけないけじめがあるみたいだから行くわ」

 

頭から手を離し立ち上がる。向かう先は一つ。球磨川先輩が言っていた一人を除く全員。その一人は薄々分かってる。

 

「よお、由比ヶ浜」

 

「久しぶり、ヒッキー」

 

「………………何を言えばいいんだろうな」

 

「何も言わなくてもいいんじゃない?」

 

「そうか」

 

「私のスキルってね、ゆきのんのスキルとほとんど一緒なんだ」

 

「通りでお前らの身体が強い訳だ」

 

「……………ヒッキー、私頼りないかな?」

 

「…………ああ。頼りない」

 

「そっか。やっぱりそうなんだ」

 

「…………」

 

「…………ヒッキー。私達ね、巻き込まれる事は全然怖くないよ。だって三人一緒なんだもん。むしろ巻き込まれないことの方が怖いよ。だって、気が付いたらヒッキーが居ないんだよ?気が付いたら二人だけなんだよ?」

 

「俺が居なくなったところで別段問題はないだろう」

 

「問題あるよ。だって、仲間じゃん」

 

仲間か。初めて聞いた気がする。そんな言葉。

 

「強がらなくていいよヒッキー。わたしたち、大丈夫だから」

 

強がらなくていい。俺は何かを強がっているように見えるのだろうか。俺自身は何も強がっている気は無い。

 

「いろいろ聞いたよ。ヒッキーのこと。ごめんねヒッキー、わたし気が付けなくて」

 

「俺が勝手にやってたことだ。お前達には気が付いてもらいたくはなかった」

 

「それってさ、私たちを巻き込まないため?」

 

「っ!!……………」

 

「巻き込んでよ。頼ってよ。ヒッキーがどう思ってたかはわたしは分からないけど、わたしは辛かったしゆきのんも辛かったと思う。何も言ってくれないから」

 

「俺は…………『まどろっこしいなあ。いったいいつまで押し問答をやるつもりなんだい?君は本当に捻くれてるうえに素直じゃ無いなあ。僕だってここまで捻くれては居ないよ。なあみんな』

 

球磨川先輩は黒神達の方を向く。だが誰一人として彼と目を合わせる奴はいなかった。

 

『……………』

 

そうだよ比企谷くん。さっきからうじうじしてイライラするんだよ。君はもう背負うものはなくなったんだぜ?晴れて自由の身だ。おまけに君が喉から手が出るほど恋い焦がれていた本物ってやつが目の前にあるんだぜ?君はみすみすそれを逃すのかい?

 

偽物でもいい、誰かの贋作でも良いと思っていた。でも現実は違った。黒神に負けた。その時点で既に薄々気が付いていた。贋作じゃ勝てない。本物じゃないと勝てないって事を。生まれてこの方世界は偽物、どんな人間も所詮は誰かの贋作だと思っていた。でも初めて周りが偽物だらけで怖くなった。贋作しかいない事が辛くなった。

 

君は見ていなかっただけだ。見ようとしなかったんだよ。君にとっての本物は生半可なものじゃないという印象だったかもしれないがね、現実は違うのさ。思ったより君の周りは本物で溢れてるぜ。

 

そうかもな。

 

また会おう。

 

ああ。

 

「…………怖かったんだ。お前達が俺を見て離れて行くと思ったんだ。俺ははっきり言って異常だし、お前らから見て化け物だ。でも、奉仕部で過ごした時間があって、偽物の関係でも初めて失いたく無いと思ったんだ」

 

「…………ヒッキー、約束して。これからは何があっても私たちを頼って。一緒に悩もうよ」

 

「……………ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日経った。あの一件の後俺は再び奉仕部に戻ってきた。

 

「比企谷くん。紅茶いるかしら?」

 

「ああ、悪い。もらうわ」

 

またこうやって過ごせるなんて思っていなかった。ある意味五徳がいたからこうやってまた過ごせるようになったかもしれないな。肝心の五徳は燕尾と共にこの学園に通っている。本来なら追い出されるはずだと思うのだが、さすが俺たちの生徒会長である黒神だ。五徳に対して三時間ごえの説教もとい説き伏せを行い彼をここに留めてしまった。

 

「でね〜、あそこのケーキが美味しかったのよ。だからまたみんなで行きましょうよ」

 

「そうだね!!」

 

「わたしは遠慮するわ」

 

「どうしてよゆきの〜ん」

 

「最近食べ過ぎてしまったいる気がするから」

 

「大丈夫よ!!ゆきのんスレンダーなんだから!!ねえ燕尾ちゃん!!」

 

「うん。羨ましいくらいだよ」

 

「なんでお前らここにいるんだよ」

 

「つれないわね〜。ライバルだったよしみで許してよ」

 

どういうわけか奉仕部に入り浸るようになった。たった数日経っただけでみんなこいつのしたことを気にしていないような感じだ。箱庭の生徒本当に器でかいな。

 

「わたしがやったことも許してくれるなんて本当にここの生徒さんは凄いわね」

 

「此処にいる間は死なない限り多分なんでもしていいんだと思うよ」

 

「まあ、そうかもな」

 

ドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

おずおずと誰かが入ってくる。懐かしいなこの感じ。

 

「じゃあ私たちは行くわ。じゃあねえ〜」

 

燕尾と五徳は手を振りながら入れ違いで出て行った。本当に何もしていかないんだよなあいつら。

 

「ひ!!比企谷!!」

 

あれ?俺なんかしたっけ?つーか誰?…………ああ、川なんとかさんか。

 

「川崎」

 

彼女は不機嫌そうにそう言った。ああ、川崎か。

 

「女子ってみんな頭の中覗けるの?ねえ」

 

「座って」

 

雪ノ下が座るよう促す。彼女は適当に椅子を見つけて俺たちの前に座った。

 

「二年一組の川崎沙希」

 

「今日はどうしたのかしら?」

 

「えっと、その、うちの弟のことなんだけど………」

 

「へえ、沙希って弟いたんだ」

 

「中学生のね」

 

「弟さんがどうかしたのかしら?」

 

「えっと、なんか、その、アイドルにハマって…………」

 

「アイドルにハマるくらい普通じゃない?ねえヒッキー」

 

「まあ、現実の女子に相手にしてもらえない彼なら言えてるわね」

 

「………………懐かしいな」

 

「えっ!!何ヒッキー急にどうしたの!!」

 

「病院に行ったほうがいいんじゃないかしら?救急車を呼びましょう」

 

「待て。全く問題はないぞ。早く依頼を聞かないと」

 

「ごめんなさい。それで?」

 

「ええっとね、ハマるのは別にいいんだけど、なんか様子がおかしいんだ」

 

「どういうことかしら?」

 

「帰ってくるなり、すぐに部屋に籠るんだよ。うちの家って部屋のドアに鍵ついてなくてさ、こっそり開けて何してんのかなって見てたら…………」

 

健全な男子中学生の部屋に鍵が無いなんて大変だな。同情するぜ。川崎弟。

 

「その、えっと、イヤホンして…………」

 

やばいな。こんなの黒歴史確定じゃねえか。弟、心底同情するぞ。大丈夫、俺は仲間だ。

 

「泣いてたの」

 

「泣いていた?」

 

「うん。それも号泣とかじゃなくて、静かに泣いてたの」

 

「それがどうしてアイドルにつながるのかしら?」

 

「少し前に聞いたんだ。よくイヤホンしてるけど何聴いてるのって。あいつ、最近は食事中以外ずっとイヤホンしてるからさ。そしたら、アイドルの歌を聴いてるって言ってて」

 

予想を斜めいく結果になった。

 

「でもさあ、そのくらいだったらまだ大丈夫じゃない?」

 

「まあ、家の中でずっとイヤホンするって変といえば変だが、悩むほどのことじゃねえと思うぜ。すぐに飽きるだろ」

 

「二ヶ月ずっとでも?」

 

「……………それはちょっと変だな」

 

「うん。だからさ、ちょっと見てもらえない?」

 

「俺たち医者じゃねえぞ」

 

「でも頭いいんでしょ?なんか分かるかもしれないじゃん」

 

「ゆきのん、わたしやりたい!!久々の三人でだよ!!」

 

「………ええ、そうね。川崎さん、やるわ。弟さんと会わせてくれないかしら?」

 

「頼むよ」

 

やっぱり俺の意見は聞かれないのね。此処は変わらないのか。まあいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大志!!人前ではイヤホン取りなさい!!」

 

「待ってよ姉ちゃん!!今サビなんだ!!」

 

「……………」

 

「すいません。はじめまして、川崎大志です」

 

「由比ヶ浜結衣です!!」

 

「雪ノ下雪乃です」

 

「比企谷八幡だ」

 

「皆さんは姉ちゃんのお知り合いですか?」

 

「ええそうよ。でも用があるのは川崎さんでなくてあなたよ大志くん」

 

「俺、ですか?」

 

「大志くん!!その曲ってそんなにいいの!!?」

 

「はい!!もう最高ですよ!!聞きます?」

 

「うん!!」

 

おいおい由比ヶ浜。目的を見失ってないか?何を聴いているかじゃなくて何で聴いているかを聞き出すのが目的だろ?由比ヶ浜は普通に大志から音楽プレイヤーを受け取ると自分のカバンからイヤホンを取り出し早速聞きはじめた。

 

「由比ヶ浜さん。目的を見失ってるわよ。今日はどうして大志くんがイヤホンをずっとつけているのかを聴くために来たのよ?」

 

「ゆきのん、静かに」

 

「ごめんなさい」

 

負けちゃうのかよ雪ノ下。言ってることはお前の方が正しいんだぞ?もっと強気で行こうよ。ほら見ろ、川崎が何とかしろって顔で俺を睨んでるじゃねえか。もう聴くか。薄々は気づいてたけど。

 

「えっとだな、一つ聞きたいんだが大志。お前、『STS』って知ってるだろ」

 

「はい!!…………まさか!!先輩もそうなんですか!!?」

 

「その『STS』というのはどういうものなのかしら?」

 

「まあなんだ。少し待っててくれるか?少し準備がいるんだ」

 

「また一人で何かをしようということではないでしょうね?」

 

「大丈夫だ。安心してくれ」

 

「凄いよこれ!!超いい!!これどこで買えるの!!?」

 

突然由比ヶ浜が大志にくい気味で尋ねた。

 

「完全受注生産なんですよこれ」

 

「何で?」

 

「分からないんですけどあんまり知られたくないそうなんです」

 

「珍しいわね。普通は知られたいものだと思うのだけれど」

 

「まあ取り敢えず、解決策はもう出来てる。少し準備あるから……………お前ら手伝ってくれるか?」

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜八時過ぎ。俺たちは狭い路地を歩いていた。

 

「ヒッキー、どこに向かってるの〜これ〜」

 

「もう少しだよ」

 

「答えになってないわ」

 

「着いたぜ」

 

何もない更地。草も生えていなければ積まれた土管もないし、木もない。まして漫画を読みながら俺たちを待ち構えるガキ大将と金持ちもいない。

 

「何にもないじゃ〜ん」

 

「………………あった。おい、こっちだ」

 

見つけたドアを開ける。当然透明なのだが、触れば一発で分かる様に作っておいた。

 

「あ!!これって私たちが作ったドアじゃん!!」

 

「そうだよ。俺たちがせっせと作ったドアだ。今は別空間の入り口用として使ってるんだ」

 

決して某どこにでもいけるドアではない。決して。

 

「行くぞ」

 

「待ってよ〜!!」

 

俺の後に続いて彼女たちが入ってくる。

 

「うわ〜!!何これ!!」

 

中にあるのは巨大なライブ会場。中には数えるのが面倒になるほどの人数の人が入っている。作るのに苦労した。いかんせん前の様にスキルを持っているわけではないので、ちょっとやり方が違うだけで時間が何倍もかかってしまったが無事間に合った。

 

「どういうことなのこれは」

 

「スキルで作った別空間にスキルで作ったライブ会場だ」

 

「すげえ!!」

 

「何これ」

 

「八幡さん!!」

 

少し細い男が俺に話しかけてくる。

 

「ああ、芹田さん。今回もよろしくお願いします」

 

俺は頭を下げる。

 

「こちらもよろしくお願いいたします。…………そちらの方々は?」

 

「ツレです。ちゃんと席はとってあるのでご心配はなく」

 

「では今日も楽しみにしています。後これ、リストです」

 

彼がカバンから取り出した紙を受け取る。

 

「…………こいつまたやったのかよ」

 

「どうしましょうか?」

 

「後で俺個人でやっとくから大丈夫です。…………分かりました。では逃さない様にお願いします」

 

「はい。それでは」

 

彼はそう言ってさっていった。

 

「ヒッキー、さっきの誰?」

 

「知り合いだ」

 

「比企谷くん、いい加減教えてもらえないかしら?これは一体どういうことなの?」

 

「ああ。これからここで始まるライブがあるんだが、そのライブは大志がはまっている歌を歌っている歌手だ」

 

「え!!まじですか!!」

 

「まじだよ。それでまあ、一回ライブ見せてやろうと思ってな」

 

「まるであなたが関係者みたいな口ぶりね」

 

「ああ。俺は現にギター担当だからな」

 

「え?」

 

「あと由比ヶ浜、雪ノ下、ちょっと来てくれ。川崎たちはこの地図で前にあげたチケットに書いてある番号と照らし合わせろ。そこがお前らの場所だ」

 

「分かったよ」

 

「ありがとうございます!!感激っす!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何か彼女たちに聞かれるとまずいことでもあるのかしら?」

 

「まあ、スキル絡みなもんでな。お前らならすぐに分かってくれると思って」

 

「確かに沙希には分かんないかもね〜」

 

「まずな、大志だが、あいつはスキルを使われている状態だ」

 

「誰にだと言うの?」

 

「あの曲を作ってるアイドルだ」

 

「なんで分かるの?」

 

「まあ見せたほうが早いか。おい小町」

 

「はいはーい!!あ!!結衣さんに雪乃さんじゃないですか!!」

 

「小町さん?」

 

「そうだ。アイドルってのは小町の事だ」

 

「その通りなのです!!」

 

「小町ちゃんってアイドルだったんだ!!でもテレビとか出てないよね?」

 

「テレビとかには出たくないんですよ。私生活とか赤裸々に語られちゃうじゃないですか」

 

「つまり小町さんが大志くんにスキルを使っているということかしら?」

 

「小町のスキルは脳を弄るスキル。このスキルをライブ前に使って小町の歌を聴いてないとなんか落ち着かない状態にするんだよ。そして、ライブが終わるとそれを解除する訳なんだが、多分大志はライブの途中で止むを得ず帰っちまったんだろうな」

 

「なるほどね。つまり途中で帰ってしまったがためにスキルの効果が消えず、彼は小町さんの歌を聴いていないと落ち着かない状態で過ごさざるを得なくなった」

 

「結果あいつは家の中じゃ食事中以外はずっとイヤホンをつけるようになっちまったって訳だ。さすがに爆音で家の中に永遠と流し続けるわけにもいかねえしな」

 

「では小町さんに解除をしてもらって依頼は終了ということかしら?」

 

「ああ。ただまあ、詫びっつー事も含めてライブに招待したってわけだ」

 

「これは小町も悪いです。後でちゃんと大志くんには謝っておきます」

 

「お知り合いなの?」

 

「こいつ自分の脳も弄って一度見たら二度と忘れないようにしてあるから、顔と名前一回見ればすぐに覚えちまうんだよ」

 

「へへへ〜」

 

「そろそろ最終準備だ。お前らにもチケットあげたろ?番号書いてあるから番号のとこ行けよ」

 

「うん!!頑張ってね!!」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はいはーいみなさん!!こんばんわーー!!」

 

『こんばんわーー!!』

 

ライブが始まった。小町さんの呼び掛けに周りの人が一斉に応える。正直私はこういう場にきたのは初めてのせいもありあまり積極的にできなかった。一方の由比ヶ浜さんは、すぐにこの場の空気に慣れてしまった。

 

「かわいいね、小町ちゃん。ねえゆきのん!!」

 

「ええ、そうね。彼の妹さんとは思えないわ」

 

『今日もメンバーを紹介するよー!!』

 

『いえーーーーす!!』

 

『まずはギター!!お兄ちゃん!!』

 

へこへこしながら出てきたわ。やはりどこか頼りないわね。

 

『八幡さーーーん!!!』

 

野太い歓声が聞こえる。彼って実は…………いや、まさかそんなことがあるはずはないわ。

 

次々とメンバーが紹介されていく。紹介が終わるといきなり曲が始まった。周りは一斉に声をあげながらエールを送っている。由比ヶ浜さんも漏れずにその一人だ。

 

「わたしね、ゆきのん。こんな風にまた三人で一緒に居られるって思ってなかったんだ」

 

「そうだったの……」

 

「うん。だって、バラバラだったじゃん?わたしたち」

 

「そうね」

 

「わたしなんてヒッキーもゆきのんも倒そうとしてた。わたしが頼りになるってとこ見せるために」

 

「ええ」

 

「でもさ、ゆきのんは必死にわたしを分かりたいって言ってくれたし、ヒッキーもわたしたちを頼るって言ってくれた。わたしの願ったこと叶ったからさ、むしろ良かったのかな?」

 

「仲間だからって、対立しないなんてことは決してないわ。むしろ仲間だから対立することだってある。でも、そんなことがあっても最後はまた集まる。そういうのが仲間ってことなんじゃないかしら?」

 

「…………そうだね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだか今は毎日が楽しい。あの人から仮に解放されていてもいなくても、昔はなんだか日々がつまらなかった。何処か虚しかった。でも、今は違う。

 

『次がラストでーす!!』

 

『そんなあああ!!』

 

「比企谷せんぱーい!!」

 

「比企谷二年生!!」

 

「八幡!!」

 

『頑張れ小町ちゃん!!』

 

…………あれ?なんか見知った顔が最前列にいるぞ。…………夢だな。これは夢だ。

 

『現実だぜ?』

 

恥ずかしい。なんかノリノリでヘドバンとかしてたのが思い出される。急に恥ずかしくなってきた。控え室に戻りたい!!

 

「小町ちゃん。どうしてあの人たちがいるの?」

 

「だって小町が呼んだんだもん!!」

 

「………………」

 

『いっくよー!!』

 

『おーーー!!』

 

その後羞恥心を捨て俺はやりきった。…………恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったよ!!ヒッキーも小町ちゃんも!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

「川崎たちは?」

 

「ゆきのんが呼びに行ったよ!!」

 

「ごめんなさい。遅くなったわ」

 

「小町さん!!初めまして!!」

 

「初めまして大志くん」

 

「え!!覚えててくれたんですか!!?」

 

「みんな覚えてるよ」

 

少しがっかりした表情になった大志。自分だけなんてことはないぞ。

 

「ごめんね」

 

そう言って小町は大志に握手をした。大志の顔が真っ赤になり忙しなく首を動かしている。

 

「来てくれてありがとうね!!またよろしく!!」

 

「…………はい」

 

泣くなよ、大志。その後川崎たちを見送り、俺たちだけが残った。

 

「終わったのかしら?」

 

「問題無く終わった」

 

「依頼は完了だね!!」

 

「そうだな」

 

「そう言えばSTSって一体なんのことなのかしら?」

 

「スモールタウン親衛隊。頭文字を取ってSTSだ」

 

「スモールタウンって、そういうことだったのね」

 

「そう。小町親衛隊の略称だ」

 

「なんかかっこいいね!!」

 

「ですよね!!」

 

「うん!!かっこいいよ!!」

 

「そろそろ行くぞ」

 

「ええ」

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『小町さん実にいいライブだったよ!!僕は感動した!!』

 

「…………なんでまだいるんですか?」

 

『出待ちってやつさ!!』

 

「STSに見られたらやばいですよ」

 

『そこは大丈夫さ。僕の号泣を見て一回だけならということで許してもらったから』

 

「マジすぎるだろ」



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