南方海域ひとりぼっち (Colonel.大佐)
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第一章 孤島の那智
ログ 1日目


[ミッションログ 1日目]

 

 事態は最悪だ。

 もしものためにこのログを残しておこう。万が一、私が死んでもこれを誰かが読む事で、私がどうやって生きて、何をしていたか、そして家族や仲間たちにメッセージを残す事が出来る。

 もし私が死亡した場合は、このミッションログが唯一の記録になるだろう。もしこれを拾った誰か(深海棲艦でない事を祈る)は、両親や仲間や上官に、私がどうなったかを伝えてほしい。

 果たしてこれを拾ったのが数ヵ月後、数年後、十数年後になるかは解らないが、とにかく一番最善なのはこれを私自身が生きて帰って持ち帰り、それを元に本を書いてベストセラーになって印税生活をする事だ。

 

 私は絶対死なないからな。でもこれを読んでる人が私の死体を見つけたら後は頼む。出来れば本にして、印税の半分は両親やその子孫に渡してあげてくれ。

 

 さて、状況を説明しよう。

 ここは現在深海棲艦との戦いにおいて最前線だった、今は最前線の向こうに側になった場所だが。日本国防海軍南洋派遣艦隊駐留第13基地。絶海の孤島だ。

 私は艦娘の重巡那智、この基地の艦隊に所属している。

 

 本来なら、私は仲間たちと危機を乗り越えた喜びをかみ締めながら、上官の本郷提督の指揮の下で深海棲艦のケツを蹴っ飛ばす愉快な反抗作戦の予定を立てている所だが、私はその場にはいない。おそらく死んだものとされているだろう。

 まず先に何が最悪かを説明しよう。

 

 放棄された基地に取り残された。

 一昨日の事だ、深海棲艦の大規模攻勢……いや、その表現すら生ぬるいような無数の侵攻部隊が偵察艦隊と偵察機によって明らかになった。

 昔の戦争映画で「海が3分に敵が7分」とか、そんな台詞があったのだが、まさにそれに近い。空母を中心とした打撃部隊が侵攻していたとあって、規模の小さな我々の基地では防衛は不可能だと本郷提督は判断し、即座に撤退を上層部へ打診した。

 

 同様の報告はすでに南方のありとあらゆる海域で行われているようだった。そればかりか、すでに通信途絶し壊滅したと思われる基地も増加の一途をたどっている。今回の攻勢はまさに深海棲艦にとっては史上最大の作戦であった。基地を放棄し、南方に展開する全ての艦隊は本土まで撤退せよとの命令が下ったのだ。

 かくして基地要員と全艦娘が基地を放棄して脱出するというダンケルクもかくやの撤退をする事になった。この時点で日付は昨日になっていた。しかし、それでも判断は遅かったと見え、深海棲艦の大規模な空襲が基地を襲った。

 運の悪い事に深海棲艦の夜間爆撃機が我々に襲い掛かり、こちらの防空システムは完全に使えないという非常に不利な状況になってしまった。とはいえ、空襲がある頃には大半の艦娘と基地要員は脱出に成功していた。

 

 残っていたのは我が基地の精鋭第一艦隊と本郷提督含む下士官数名、私はその第一艦隊の6隻のどん尻、いわば殿を担当していた。本郷提督の乗った脱出艇を援護するための戦闘中、私は深海棲艦の爆撃の直撃を受けた。

 艤装と制服がばらばらに砕け散り、浮力を失って沈降していく瞬間、羽黒が私を助け出そうと手を伸ばしてきたのは覚えている。しかし爆弾が直撃したショックで私は気を失い、そのまま意識を失ってしまった。

 

 幸いにも深海棲艦はこの基地を占領せず、逃げ出した仲間を追撃したようだ。

 そして今朝、カンカンに照った太陽の下で私は目が覚めた――基地の近くにある砂浜の上で。

 おそらく艤装損傷時に失ったと思っていた浮力がまだ残っていて、半分沈んだ状態で浮きながら波に流されて沖合いからこの島までどんぶらこと戻ってきたのだろう。幸いにも身体に傷はなかったし、艤装はまるで役に立たなかったが、また形を保っていたので基地に残った入渠設備を使おうと思った。提督の許可がいるが、この状況では選択肢はないと思ったし、急な撤退で資材や高速修復剤はまだたんまりと残っていると踏んでいた。

 しかし、疲れた身体を引きずって基地までたどり着くと、そこは焼け野原だった。

 私を心底落胆させたのは、入渠設備が爆撃の直撃を受けて全滅していたからだ。そして弾薬庫と燃料タンクが吹き飛び、跡形もなくなっていた。予備の艤装を保管していた格納庫も同じだ。焼け残ったがらくたしか残っていなかった。

 私は艦娘としての役目を失ってしまった。

 何とか救援を呼ぼうと、司令棟の通信室へ向かったが最悪な事に脱出時の戦闘で流れ弾が当たったのか、通信室は凄まじい状態になっていた。通信機は破壊され、壁はぽっかりと大穴が空き、設備は丸ごと破壊されていた。移動式の通信装置も探してみたが、どうやら撤退の際に本郷提督が持っていったらしい。予備を探したが無かった。血眼になって携帯電話や衛星電話の一つでも無いか探したが、徒労に終わった。そして、バカな事に私はここに来て基地の電力が全て喪失している事に気が付いた。

 

 ようやく私はこの南洋の基地に取り残された事を思い知った。

 連絡手段はない、脱出手段はない、友軍艦隊は遥か彼方へと撤退した、この島でサバイバルして、いつ来るかわからない救援を待つしかない。

 さらに状況は最悪である、深海棲艦の支配地域の真ん中にあるため下手に脱出すると海の藻屑だ、食料が尽きたら死ぬしかないし、水が尽きれば死ぬしかない、深海棲艦が空襲や艦砲射撃をかけて来たら死ぬしかないだろう。

 

 疲れ果てた私はとりあえず泣いてみて地面をぶん殴り、ありとあらゆる罵声を大音量でシャウトしてみたが事態は解決しなかった、ちょっとスッキリはした。

 

 とりあえず兵舎に戻って制服を着替えて一杯ひっかけてから寝ようと思ったが、私の自慢の酒コレクションを保管していた自室は兵舎ごと爆撃で吹き飛んでいた。今度こそ本気で泣いた。

 とりあえず、無事だった司令棟にある秘書官控え室の仮眠ベッドで横になっている。控え室にあった煎餅を食べて、休憩室の自販機を破壊して取り出したコーラでも飲んでひとまず腹を満たしてから寝るつもりだ。

 

 生存の望みは低い、しかし生き延びて見せるぞ、全ては生きて帰ってイケメンの嫁になって美味い酒を飲む為だ。



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ログ 2日目

[ミッションログ 2日目]

 

 起床して、ある程度心の中が落ち着いてきた。

 完全に基地に置き去りにされ、独りぼっちになってしまったという事実に打ちひしがれているだけでは意味がない。むしろ、私にとって一番の不安は、第一艦隊の全員――妙高姉さん、羽黒、榛名、長門、陸奥の5人と、本郷提督が無事に本土まで脱出できたかどうかだ。

 しかしまあ、私以外に誰も島に漂着してないし、残骸も見てないことや、本人たちの潜った修羅場の数を考えれば無事の可能性は高い。通信さえ可能だったらな。

 

 気持ちも落ち着き、散歩がてら基地を見回っていくうちに、ようやく我が基地の損害状況が明らかになってきた。

 基地設備は壊滅的な打撃を受けたが、それでも無事な部分はあったようだ。司令棟は無事で、倉庫に関しても同じく無傷だった。発電設備は軒並み大打撃を受けてしまったが、幸運な事にソーラーパネルは無事だった。しかし基地設備すべてに電力を供給する事は不可能だし、ソーラーパネルで得られる電気も微々たる物だろう。ただし個人で使う分には特に問題なさそうだ、私一人で使う分なら十分だ。

 

 兵舎は、私が入居していたB棟が丸ごと吹き飛んだ。跡形も無くなってしまい、もはや影も形も無い。私が給料をつぎ込み、提督や大淀の目を盗み、明石に賄賂を握らせてまで取り寄せた酒類は跡形も無く吹き飛んだ、アルコールは揮発し、酒ビンは粉々になり爆撃の高熱で溶けて臨終した。涙はとうに枯れ果てた。そのうち酒の墓を建てたい。

 

 A棟は無事だった。ほかに完全に破壊されていたのは退避壕、艤装格納庫、ドック、建造設備、それから通信室の設備のみだ。

 貯蓄物資の状況は最悪だった。まず燃料タンクは完全に破壊されてしまい、弾薬庫も跡形も無く吹き飛んだ。かき集めれば何とか燃料弾薬は確保できなくもなさそうだが、それでも出撃1回分があればいいところだろう。つまり、私がイエス・キリストばりに何らかの奇跡を起こして艤装を修理する事が出来ても、このまま海へ出る事も戦う事も出来ない、最悪だな。海でも割れたらよかったが。

 

 次に食料と水だ。真水は無事な貯水タンクが1つあったのでどうにかなるが、この基地の水は主に島の反対側にある小さな施設で海水の淡水化を行っていた……とりあえずこれの確認は後回しにしよう。もしダメになったら井戸を掘るか、海水を蒸留して真水を得る原始的な方法を取るしかない。蛇口を捻れば水が出てくると言う当たり前の事が、今はひじょうにありがたい。

 

 食料に関して言うのなら、こればかりはどうしようもなかった。まず食堂が半分吹き飛び、間宮と伊良子が使ってたであろう厨房は瓦礫の中だ。冷蔵庫の残骸も発見したが、すでに電力の消失と爆撃の損傷で中身は完全に死んで腐ってしまっていた。常温保存していた貯蔵庫も同じ運命だ。幸運な事に無事な調味料だけは何とか無事だったテーブルから入手できた。

 

 となると倉庫に保管されているであろう非常用や任務用のレーションのみが今のところ私の生存に必要な食料なのだが、こちらも残念な話だがかなりアテがない。と言うのも、実は深海棲艦に攻撃された時は補給前で、基地に補充されているレーションは少ないかったからだ。

 それでも私1人で食べるには十分な量だと思うが、期待は出来ない可能性がある。何にせよあまり大きな基地では無いのだ、長期のサバイバルとなると、じきに無くなってしまうだろう。もし隣に赤城と加賀いたら10日もしないうちに私は栄養失調になっていただろうな。

 

 とりあえず生き延びるための方法を模索するために司令棟を物色してみた。

 ひとまずは武器が欲しかった。提督の執務室を真っ先にあたってみる事にした。

 秘書艦として何度か仲間の頼みごとで、提督の机の鍵をピッキングして開けて書類を盗み見るという違法行為をやったが、その際に提督の拳銃があった事を思い出したからだ。

 奇襲にあわてて持ち出せなかったであろう拳銃を入手できた。艦娘養成学校のサバイバル訓練でも使った事がある9mm拳銃だ。刻印はまだ国防海軍に改名前の海上自衛隊とある。

 予備弾倉も3個見つけた。手入れが行き届いていて今すぐ使えるだろう。弾は合わせて27発だが、深海棲艦相手では歯も立たないだろう。海鳥が来たときに使う狩猟用しか使い道は無さそうだ。

 

 後は住処の問題だ。

 司令棟と兵舎、倉庫のみが奇跡的に現存しているが、あとは軒並み爆撃で破壊されて焼け焦げたか丸ごと爆発で吹っ飛ばされている。

 じゃあ基地の中で無事な所で寝泊りすればいいわけだが、2つ理由があって、正直この基地設備で寝泊りするのは良策とは言えない。

 

 戦況がすでに好転していなければ、ここは深海棲艦の現在支配海域のど真ん中にある。連中は上陸こそしてこないが、ここは往路であるから、海に面している基地で生活しているのが深海棲艦にバレると非常にまずい事になる、ましてや私は艤装無しの艦娘で、生身の人間では丸腰も同然だ。これが1つめ。

 そして2つめは爆撃の危険性だ。深海棲艦の艦載機による空襲を受けると非常にまずい。もう人が存在していない基地(私はいるけど)でも、空襲攻撃を受ける可能性は十分ある。しかも退避壕も綺麗に吹っ飛ばされてしまい存在しないので、仮に基地でひっそり暮らしていてもまさかの空襲で死ぬ事もありえる。

 島の山に通信用のアンテナと、レーダー用の小屋があったが、あれはあれで目立つ場所にあるので対象外だ。他に爆撃候補からズレて、かつ外海から見えず、それでいて居住できる施設はあるものだろうか。

 

 とりあえず明日以降にやる事のリストを作る事にした。まず優先課題は安全な住処の確保と、物資の確認だ。

 ひとまず、今日は眠ろう。今日も司令棟の仮眠室が寝床だ。そろそろシャワーを浴びたい。

 



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ログ 3日目

[ミッションログ 3日目]

 

 起床後に屋上へ上がり、周辺海域を双眼鏡で確認し深海棲艦の影が無いか確認してから今日やる事――安全な場所探しを考えていた。

 私の住処だが、やはり島の内部――森の部分しか無いだろう。

 

 元々この島は人が住む集落があったが、放棄された廃墟になっている。しかしそれは大分昔の話で、そこは現在木々と草が生い茂っていて開拓は面倒くさい。それに開けているから深海棲艦の偵察機に見つかるとコトだ。

 

 次の候補は森の中だ。南洋なので住むにはかなり不便だし、虫や動物と戦わなければいけないが、それでもマシだろう。トリプルキャノピーとは行かないが、それでも木々が私の存在をカバーしてくれるはずだ。それか、広い場所を見つけて偽装網を使い、カモフラージュするという方法も考えられる。

 

 そうだ、山の上にある通信アンテナとレーダー施設はなるべく使わないと昨日言ったな。一晩おいてから考えたが、場所的に周囲を見渡せるしちょうどいいのでは?と考えを改めて使ってみる事も考えてみた。そこで今朝、双眼鏡で島の山にある通信アンテナとレーダー施設を確認してみた。

 破壊されていた。恐らく4日前の空襲の際に破壊されたのだろう、という訳であの施設を使うのは却下だ。深海棲艦はよほど私をターザンみたく野生へ追い払いたいようだ。

 

 次に何かいいアイデアは無いか探していた。森の中で家をつくる案も考えたが、今の私は艦娘ではなく人間だ。19歳の私が出来る範囲のDIY能力で素晴らしいアウトドア感たっぷりの小洒落たログハウスなど作れやしないだろう。却下だ。

 考えとしては装甲車なり輸送トラックなり何なりを持っていって、森の中で車中泊するのもアリだと思ったが、それは無理な話だ。海軍基地だから装甲車はないし、みんなオープントップの車両だ。それに狭い。

 だが、基地と島の見取り図を見ていてピンと来た。

 

 島の四方には深海棲艦の上陸を警戒して監視所が作られている。東西南の3方向にあり、北側に位置する基地は監視棟がある。山の頂上にもあった。

 

 監視所と言っても、コンクリート製の頑丈なトーチカみたいなもので、中は寝泊り可能になっている。一度、島を一周するジョギングをした時に見た事があったが、しっかりと擬装網をかぶせてあったのは覚えている。そこを拠点にするのが一番良い策だ。しかし、島はジョギングで一周できる長さであるとはいえ、回るのにかなり時間がかかる。

 

 そこで、基地内に使える車両が無いか探してみた。資材の運搬用に使っていた軽トラックを発見したのでそれを早速使うことにした。

 

 空襲の難を逃れて無傷だったようだ。そりゃ軽トラだからな、深海棲艦も脅威とは思わなかったのだろう。だが連中は見落としている、こんな軽トラでも今の私にしてみれば最強の秘密兵器だ。ガソリンの残量も問題ないし、格納庫に裏にあった車両用のガソリンタンクはまだ生きていた。使い切るか、中のガソリンがダメにならない限りは使えるだろう。

 

 そうだ。さっき言ったが私は19歳だ、艦娘の特例で酒ぐらいは大目に見てもらっているが運転免許は持ってない。しかしここは日本国内ではないし、基地の外に出れば日本じゃないという屁理屈で夕張とさんざんジープを乗り回して遊んで提督から始末書を書かされた武勇伝がある。運転はお手の物だが基地内で動かせば完全な違反になるが、私一人のこの基地では誰も咎めない。最高だな。

 見てろよ、私は今にこいつを走らせて生き延びる術をかき集めてやる。軽トラがあれば怖いもの無しだ。明日に備えて、今日はギリギリ生きていた提督の自室のシャワーを浴びて寝よう。

 

 

[ミッションログ 4日目]

 

 今日は島の南側にある監視所へ行ってみた。

 軽トラックを走らせて、轍と連絡用の電線を頼りに監視所へ到着したが、第一印象としてはかなり良かったと言っておこう。

 コンクリート製で、大きさはよくある1階立て民家ぐらいか、形といい大きさといい、昔見た戦争映画に出てくるドイツ軍のバンカーそっくりだ。迫りくる歩兵をなぎ倒せるMG42が無いくらいか。

 この監視所を使っていたのは基地の警備要員だ。つまり艦娘ではなく、警備の兵士である。

 とは言っても仕事の空いた整備員がローテーションを組んで警備していただけで、たまに駆逐艦の艦娘もそのローテーションに入る事すらあった。さすがに重巡以降のクラスになってくるとそんな雑務は対象外とされたが、知っていたら1日目にはここに避難して様子を見ていただろうな。

 

 念のため拳銃を用意し、撤退時にブービートラップが仕掛けられていないかよく確認をした上で、バンカーの中に入った。

 コンクリートがむき出しの壁に、狭苦しい場所だったが換気扇はついていたし、クーラーは無いが中に扇風機を見つけた(イエーイ)、電気は通っておらずスイッチは入らなかった(FxxK)。

 てっきり広い一部屋かと思っていたが、コンクリートの壁で仕切られて2部屋になっていて、監視するための部屋と、交代で休むための休憩室(外からドアを開けて真っ先に入るのがこの部屋だ)の2つに分かれている。

 

 休憩室と言っても、ベッド2つに椅子と机とロッカーしかない簡素な物だったが、今の私には最高級のスイートルームである。住処としてもってこいだ。ここを使う事にしよう。

 

 この監視所を使うにあたって、クリアするべき課題は4つだ。

 一つ、電力の供給。二つ、生活に必要な設備の設置。三つ、深海棲艦の空襲を避けるための偽装。四つ、トイレをどうするか。

 しばらくはここと基地を行き来しながらこの方法にどう対処するか考えるとしよう。とりあえずは、いつ空襲があるかわからないので倉庫の物資をここへ持ってきて、備えるようにしなければ。 

 

 私の要塞だ。じっくり時間をかけてコーディネイトしよう。



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ログ 5日目

[ミッションログ 5日目]

 

 今日は倉庫に残っていた物資の中からレーションを新しい住処へと持ってきた。レーションは幸いな事に艦娘用と、グループレーションがあった。

 

 艦娘用レーションと聞くと、銃後の一般市民は「ボーキサイトや鋼材をそのまま食べてる」なんてバカみたいな妄想をする事があるが、全然そんな事は無い。艦娘になったとは言え元々は市井のごくごく普通の人間、普通のメシを食べるに決まってるだろう。いや、空腹のあまりボーキサイトに手をつけようとしたバカは1人見たが。

 と言うわけで艦娘用レーションはごく一般的なレーションとして作られている。強いて言うなら、海上での移動中に食べれるように「未開封ならパッケージが水に浮くこと」「複雑な食べ方をしなくてすむこと」「行軍しながら食べれること」の条件を満たすように作られている。簡易ヒーターが付属しているし、使いきりの調味料やスプーンなどの食器やガム等が入ったアクセサリーパケットも付いているなど、米軍のレーションであるMREを参考にしている。

 

 味に関しては評価が割れている。

 熊野は頑としてこれを飯とは認めず、間宮に弁当を作ってくれるように嘆願しては却下されて不満たらたらで食べていた。空母艦娘からは不評で、赤城は「間宮さんの所で食べる出来たての方が大好きです!」と言って認めなかった。その割には誰かがレーションを残すと決まって「食べないなら私が貰いましょう」と言ってレーションを無心していた。

 一方で年がら年中遠征をしていてレーションの世話になっている駆逐隊は文句を言わなかったし、潜水艦たちにレーションをどう思うと尋ねたら死んだ魚のような目で「むしろ間宮でご飯を食べてる時の方が珍しいでち」と呟いていた。

 私は肯定的な評価をしたい。

 

 栄養素は行き届いているし保存性も良い。メニューもバリエーションがあるし、便利だし今までの軍隊生活においてこいつに助けられた事は何度もあった。糧食の良し悪しが士気や兵士の体調に影響するのだから美味い飯か機能的な飯でなければいけない。その点では艦娘用レーションは世界的に見ても傑作と言えるだろう。

 何よりもMREみたいな家畜の餌に比べれば味は最高に決まっている。あれを演習の時に分けてくれたアイオワには比叡の愛情たっぷり手料理をしこたまご馳走してあげたい。ベジタリアンメニューを押し付けやがって、許さんぞアイオワ、絶対にだ。

 

 レーションは段ボールで10箱ある。中身は全て艦娘用レーションで、1箱につき1日分が30個。つまり30日分が10個なので、ざっと300日分ある。1日分を2日に分けて切り詰めれば600日分は持つ計算になる。ダイエットするには悪くないな!

 

 次にグループレーション。これは1艦隊用が10日分だ。1艦隊は6人分なのでこちらはざっと60日。艦娘用レーションと合わせて食い延ばさないで1年分だ。

 これは長期の偵察遠征や、基地設備の無い孤島に拠点を置く際に使用される、艦隊6隻で1日分というレーションだ。大きくてかさばるので、通常は曳航したりして運ぶか、分散して持ち運んで持っていく事がほとんどだ。

 

 基本的に調理される事が前提で、食材や簡単な調理器具や食器がセットになっている。ボリュームもとても多い。艦娘レーションよりかは重宝されるが、磯風が調理担当になった日には最悪の食卓になること必至だろうな。グループレーションは特別な日にでも作るとしよう。

 

 しかしレーションだけ食べてもいずれは枯渇する日がくるだろう。

 となると自給自足する方法を考えねばなるまい。幸いにもここは南方で、海に面している。海は我々にとっての戦場でもあるが、それと同時に食料庫でもある。海産資源を捕る――つまり釣りや漁で魚を捕ればいいだけの話だ。釣具に関してはアテがある。

 

 基地の娯楽のひとつに釣りがある。埠頭には毎回、決まってヒマをもてあました整備員や艦娘が釣りをしていた。食えるものでも食えないものでも、スポーツフィッシングとして、そして貴重な食事用やギンバイ用として釣りをしていたのだ。前は「よくもまあじっと座って釣り糸垂らせるな」と、私は内心バカにしていたが、今の状況では彼らに倣うしかない。釣り道具と言えば、曙が立派なやつを持っていたはずだ。幸いにも彼女の部屋はA棟にあったので、釣り道具もまだ残っているはずだ。

 

 農作も考えねばなるまい。この土地で何が収穫できるか、そして何が食えるかはまだ分からないが、いざとなった草でも食べて生活するしかないだろう。牟田口だって草食べろと言ってたしな。そこまで追い詰められたくはないが。

 

 それから、足りない栄養分を取ること。幸いにも倉庫の医療用物資から、必要なサプリメント類を見つけたので、それを利用しよう。不足するビタミン類などはここから摂取すればいい。それすら尽きたら、今度は自然から取れるナチュラルな栄養素を取ればいい。

 

 調味料の備蓄は壊滅的だが、唯一塩だけはアテがある。周囲は海なので、海水を取ってきて塩田を作り、そこから塩を得ればいい。

 

 とはいえ、ここで流暢に飯を食べてその日暮らしを続けるだけでは意味がない。この基地をいずれ脱出し、生きて祖国の土を踏む事が最優先目標である。こんな所でよぼよぼのお婆ちゃんになるのはごめんこうむるし、何よりも深海棲艦にやられて死ぬなんていう惨めな結末は絶対に回避したい。仲間たちが戦線を奪還し、この海域を取り戻す日が来れば最高だが、それはいつになるか分からない。

 

 でも酒があれば考えてしまうよな。美味い密造酒でも作れるようになったらここで生活してもいいような気がする。深海棲艦さえいなければ。



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ログ 7日目

[ミッションログ 7日目]

 

 私は夕張と仲が良かった。

 

 夕張は軽巡の艦娘だが、どちらかと言えば工廠での装備開発、それも現地での開発という任務が多くて、提督と明石と日夜装備開発について意見交換をしていた。明石と提督は真面目一辺倒だったが、夕張はこの私とつるむような女なので、時折、私と一緒に真面目でない装備開発もよくやった。深海棲艦をだまし打つためのサメ型甲標的とか、96式艦戦ニトロブースト仕様とか、高速建造材を弾薬として使う20.3センチ“バーニングラブ”対深海棲艦火炎放射砲とか。

 もちろん、その都度私と夕張は提督から説教を食らい、明石から「その装備はここがダメだ」と理論的なダメ出しを食らうのがセットだった。

 

 夕張とつるんでいて良かったと思う事は工作機械の使い方を学べた事である。溶接の方法や、工具の使い方や機械の直し型(と破壊の仕方)、さらに電子工作に関する事を教わった。今回の避難生活においてこれが一番役に立つと改めて実感した。持つべきは技能だった。今回それがソーラーパネルの設置という形で役立つ。

 

 まず、司令棟の屋上にあったソーラーパネルを何個か取り外した。合わせて配線やチャージコントローラーを含む運用機械、台座にバッテリーも同じように取り外した。

 全部で8枚、計畳4枚ほどの大きさがあるソーラーパネルをいかにして下ろすかは難儀した。落としたらコトなので、慎重にロープで括り、何とか一階まで下ろした。

 

 あとは軽トラに乗せて南の監視所までドライブした。

 設置場所はどこにするか悩んだが、監視所の屋上へ設置する事にした。屋上まで梯子で登ってから、これまたロープで慎重に、そして丁寧にパネルを引き上げて展開して終了。それから配線を下へと降ろし、機械や配線を監視所の外へと設置した。

 ためしに確認してみた所、バッテリーは充電された。

 第一関門の電力はクリアだ。

 

 次に擬装の問題を片付ける。

 倉庫に擬装網が無いか入念に調べた所、擬装網があったのでそれを使う事にした。

 

 監視所は海から離れているが、コンクリート製なので浜辺から見ると目立つ。そこで、海側に向けて擬装網をかけて、風で飛ばされないように杭で固定した。屋上のソーラーパネルも同じように網で隠すが、こちらは天候を見計らって充電のために取り外す事にしよう。さすがに深海棲艦も偵察衛星で24時間監視してないだろうし、偵察機に警戒するに越した事はない。

 監視所の出入り口がある裏庭には軽トラを停めているが、こちらは木と木の間に隠す方向で処理した。

 

 これでひとまず外観と内部はどうにかなった。

 試しに監視所の自室に入り、電気のスイッチが付いて扇風機が元気に送風を始めた瞬間、私はガッツポーズを決めこんだ。

 でもトイレやシャワーが無い。本土なら家賃最小でギリギリ人が住める家だな。

 

 そうそう、監視所の中にロッカーがあると言ったな。

 鍵がかかってたので今日、ピッキングして開けて見たが面白い物が出てきた。なんと防弾ヘルメットと、突撃銃が出てきた!型落ちの64式小銃だったが、実包もたっぷり240発ほどある。9mm拳銃よりも心強い武器が増えたし、駆逐イ級くらいなら何とか戦えそうな気がしてきた。

 ランボーごっこも捗るな!

 

 

[ミッションログ 8日目]

 

 思い切って髪を切る事にした。

 元々この長髪は、妙高型重巡那智――つまりこの私のパーソナルマークのようなものであったし、お洒落だし、好きではあったが、ここ1週間のサバイバル環境の構築でこの長い髪が非常にデッドウェイトであると痛感した。とにかく引っ掛ける、はさむ、踏むの3セットで、よくこんな髪型で今までやって来たものだと再確認させられた。

 という訳で、鋏を使ってバッサリと切った。誰も見てないならいっそGIジェーンみたく丸坊主でもいいかもしれないと思ったが、早いうちに仲間が助けに来たら笑われるだろうから、羽黒と同じ長さまで切る事にした。自分で切ってから鏡を見ると結構歪だったが、まあこんなものだろう。

 さよなら私の髪。また長いサイドテールにする日まで。山篭りする人間が片眉を剃るみたいでカッコいいと思えばこれぐらいどうって事ない。

 

 そして、艦娘用の制服を着るのはやめる事にした。

 妙高型重巡の制服もいいものだが、やはり海と陸では勝手が違う。それにもう艤装は壊れて使えないから着ている意味も無いだろう。今更気がついた。

 艦娘のアイデンティティはもはや存在しないが、ここは艦娘になる前の頃を思い出そう。とりあえず、私のサイズに会う野戦服を基地のロッカーから見つけたので着てみた。

 中々いい感じだ、ここに突撃銃があるし私も立派な歩兵だな。

 

 それにしても、みんなはどうしているだろうか。無事に逃げ延びて、本土に辿り着けていればいいが……



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撤退9日目 太平洋上

 艦娘母艦、くにさきの甲板で、長門は何度ついたかわからないため息を吐いていた。

 

 大海原を突き進んでいく船団――艦隊ではなくあえてこう呼ぶ――は、南方海域からの撤退を果たし、これから日本本土へと向かって転進している。

 トラック、グアム、パラオ、サイパンと言った各基地は深海棲艦の大攻勢を前にただただ反撃も出来ずに撤退していた。日本海軍のみならず、アメリカ海軍の太平洋派遣艦隊、EU太平洋遠征艦隊など多くの海軍が、太平洋中部・南方海域という深海棲艦との最前線から撤退していた。

 長門が乗艦しているくにさきを旗艦とする船団は、日本海軍とアメリカ海軍の護衛艦やフリゲート、イージス艦、そして出来る限り徴発された民間船舶を抱えた58隻という大所帯であり、さらにその間を護衛するように、幾多もの艦娘が周辺海域を警戒し、時折引っかかる深海棲艦の潜水艦やはぐれ艦隊を散発的に攻撃していた。

 

 このエクソダスは成功したと言っても過言ではないだろう。しかし、深海棲艦の攻撃によって少なくない犠牲が出た上に、南方海域は再び深海棲艦の手に渡り、開戦以来未だかつてない強固な戦力によって守り固められていた。

 甲板の上では、船内の重苦しい空気が耐え切れずに居場所を求めていた艦娘たちが何人が出ていた。長門もその1人だった。

 

 長門の所属する基地は、深海棲艦の空襲を受けて壊滅した。

 しかし、それは基地設備のみに限った話であり、基地要員や殆どの艦娘、さらに提督も脱出に成功しており、近隣海域の部隊の中でも奇跡的とも言える軽微な損害で脱出に成功している。

 だが、それは“軽微”という言葉で表現されてはいるが、彼女たちにとっては最大最悪の損失であった。

 

 重巡那智の喪失。

 

 艦娘はあくまで艤装を貸与され、それを動かす特殊能力を備えた人間である。上層部は兵器として艦娘を「喪失した」「失った」「破壊された」「沈没した」と表現するが、それは紛れもない戦死と同義の言葉だった。長門の部下であり、提督の悩みの種であり、基地のお騒がせ者であり、それでいてムードメーカーであり、戦闘において「姫」クラスの深海棲艦を幾度となく撃破したこの艦隊きってのエースが、この撤退戦で死んだのだ。

 

 とはいえ、長門は那智の最後を見ていない。

 彼女の任務は提督らを乗せた脱出艇の護衛であり、深海棲艦の夜間爆撃機を前に警戒し、対空機銃と高角砲を狂ったように乱射していた長門は、最後尾で起きていた出来事を知る由もなかった。空襲の範囲から逃れ、さらに敵戦艦の射程圏内からも逃げ延びた長門は、混乱が続く無線の中で那智に向かって労いの言葉をかけようとした。

 だが、無線は繋がらなかった。代わりに、羽黒の嗚咽と、沈痛な空気を携えた仲間たちだけが長門の後ろに続いていた。

 

 羽黒曰く、那智はまだかろうじて浮いていた。

 艤装が大破し、沈みいく中で羽黒の手をつかもうと伸ばした瞬間、那智は浮力を失い沈み始め、そして航行能力を失って艦隊から落伍していったという。

 引きとめようとする羽黒を前に、妙高はその手を掴んで彼女を無理やり引っ張った。

 

 後方から追撃するフラグシップの戦艦に突っ込んでまで、羽黒は那智を救おうと尽力していた。だが、彼女が那智を追って艦隊から外れる事によって起こりえる危機を瞬時に予測した妙高は、迷いを一切断ち切って羽黒を掴んだ。姉妹とも言うべき仲であった那智が、もう助からないと判断して。

 

 艦隊の指揮官である長門にとっては、それは正しい選択だと思った。事実、状況を聞く限りでは那智はもう生存していないだろう。

 この基地に所属していた艦娘たちの誰もが、那智の戦死の報に顔を暗くした。

 撤退から1週間。誰もが、この那智の死に踏ん切りをつけてこれからの戦いについて備えていた。艦隊のエースを殺したような敵たちを前に、立ち向かわねばならない。感傷にひたるのは、勝ってからでいいと。

 だが、1人だけその気持ちを捨てきれない艦娘がいた。羽黒だった。

 

 彼女は仲間たちの前からよく姿を消した。長門は決まって、艦内から彼女を探し出すのが日課になっていた。

 甲板上に出た長門は、ようやく羽黒を見つけた。

「ここにいたか、妙高が呼んでいるぞ」

 羽黒の背中へ長門は声をかけた。

 しかし、反応はない。

 甲板の上で呆然と立ち尽くしながら、基地のあった南方の方角を向いている羽黒は、いつものように長門の言葉が耳から通り抜けているようだった。

 いつもの状態である。那智が沈んでから、羽黒はもうずっとこの調子だった。初めは泣き崩れていたが、いつしか涙は止まり、今度は言葉を失ったように口数が少なくなった。

「羽黒、聞いているか」

 長門が羽黒の肩に手を置く、そこでようやく、羽黒は振り向いた。

「す、すみませんっ……」

 謝る事はない、と長門は自然に口に出していた。

 気まずい沈黙が流れるが、長門はそれを破るように話を始めた。

「那智の件は残念だった、だが、責めるべきは自分ではない。あの状況ではどうしようも無かった」

「長門さん……」

 羽黒は何か呟こうとするが、言葉に詰まる。

「私だって、未だに信じられない。だが、戦場で「もし」「たら」「れば」は無意味だ、時間は巻き戻せない。我々に出来る事は機会を伺い、那智の仇を討つ事だ、前を向こう」

「……はい」

「妙高も心配している。早く指揮所へ戻ろう、みんなが待っている」

 長門は羽黒の背中をやさしくたたくと、彼女を連れて艦の指揮所へと戻っていった。

 

 

 

[ミッションログ 9日目]

 

 もし私が生きている事が解ったら、ここで寝て飯を食べてやる事もなく過ごしている合間でも給料は発生するだろうか。

 凄いな、もしかして働かずして金を貰えるのか!最高だな!



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ログ 10日目

[ミッションログ 10日目]

 

 今回はシャワーとトイレを作る事にした。

 日曜大工なので骨は折れるが、やるしかないと心に決め込んで取り掛かる事にする。人間が生活する上で排泄は切っても切り離せない関係にある。艦娘が完全な機械であれば、いちいちトイレで心配しなくてもいいんだろうなとつくづく思ってしまったのは内緒である。

 

 トイレについてだが、設計で悩んだ。どうせ私以外に人間はいないのだから隠す必要はないと思っていたが、我が家から周囲は完全に森が広がっていて、夜中に致している最中に虫やらヘビやらの襲撃を受けるのは極めて最悪のパターンである。

 そこで簡単だがボックスのトイレを作る事にした。排泄物は肥料にして今後の農耕計画に役立てるため、汲み出し式にする。場所は監視所のすぐ外に作るつもりだ。さすがに森の中は危険だ。

 シャワーは屋外でやってしまうとトイレと同様に問題ありと思うため、監視所の隣の部屋に作る事にした。幸いにも広さがあるし、電気も通っているしシャワーを浴びたらすぐ寝たい。

 水道は引っ張ってこれないため、水タンクからノブを捻り、重力で上から浴びる昔ながらのタイプにしよう。

 

 材料は基地から持ってくる。倉庫に建材はないが、司令棟や兵舎を含めて、備え付けの備品や設備に残骸から引っ剥がせば簡単に作れるだろう。

 せっかくのサバイバルだ、DIY力を高めるまたとないチャンスだと割り切ろう。

 

[ミッションログ 10日目(2)]

 

 トイレとシャワーが完成した。

 ひとまず、トイレは基地の残骸から集めたトタン板や壁材を使った。屋根つきで壁は3方向あるが、ドアはない。便器の下にはドラム缶を半分にぶった切った桶を用意し、そこで溜めたら捨てるという方式を取る。映画「ジャーヘッド」で海兵隊が使ってた仮設トイレみたいなものと思ってくれていいだろう。

 これでトイレは解決だ。なるべく夜間にはやらないようにするが。

 

 それから、シャワーも作った。

 しかし私は欲深い女だ、ドラム缶を改造してシャワーのタンクを作った後に、どうしても、どうしても欲しい機能が思い浮かんだのだ。

 浴槽だ。

 風呂に入りたいのは日本人なら誰でも思う事だ。風呂のあるなしでこのサバイバルにおける士気も高まるものだ。

 どうすればいいか思案した結果、私はまたドラム缶を持ってきた。それから、バーナーで蓋を切断して、わざわざ頑張ってドラム缶風呂を作った。

 悪くないな!肝心の湯を沸かす機能が無い事を除けば。

 

 火が欲しいが、さすがに屋内で色々火を炊くと大変だ。

 島には大量の木々が生い茂っているが、それを伐採して薪にする労力や、燃やした際の煙をどう処理するか考えるとあまり得策とは言えない。

 しかし、燃料となるガソリンは貴重だ。どうすればいいか悩んだ末に恐ろしい案が出た。

 

 高速建造材だ!

 

 艦娘を建造する際に高速建造材と呼ばれる時間短縮用のアイテムが存在する。建造の際に妖精さんに持たせると、このバーナーで炙って艤装を瞬く間に生産してしまうのだ。このバーナーの熱エネルギーを利用しようという作戦だ。あくまで炎は視覚的な物で、妖精さんが作り出す幻影という戯言を言う人間もいるが、実際の建造立会いをすればわかるがあれは本物の火だ。そのため、建造ドックは不燃材で出来ているし、使用の際は一通りの安全確認など厳格なチェックが必要になる。

 

 バーナーに関しては数がかなり余っている。上層部から支給される数や遠征の際に入手できる数と、実際に現場で使用される数が違うおかげで、どの基地でも余らせているという話を聞いたし、事実、この基地の倉庫にもとにかく大量の高速建造材がストックされていた。

 あまりにも過剰在庫なので、明石の手で熱エネルギーとして調理や湯沸しに使う転用案が出たくらいだ。

 

 これ1個の燃焼時間は恐らく長いはずだ。高速建造の際に必要とされる熱量や炎の大きさを考慮すれば、湯沸しや調理程度の炎に留めるならそのへんのガスコンロのボンベより長時間持つはずだ。実際に、建造の際は火炎放射のような長大な炎が短時間で吐かれるが、弁の調整によってはどうにかなるはず。誰も妖精さんとそのテクノロジーの仕組みについて考えた事が無いので推測でしかないが。

 

 ではなぜこれが恐ろしい案だって?誰も実践した事が無いからだ。

 出来れば明日中に実験にしよう。提督の自室にあったシャワーはつい昨日使えなくなったばかりだ。急ごう、文明的なサバイバルの為にも成功させねば。



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ログ 11日目

[ミッションログ 11日目]

 

 高速建造材を生活に必要なガスとして使用する実験をスタートさせた。

 

 銃後の軍事雑誌やSNSの軍事オタクたちは、この高速建造材の大きさを人間ぐらいの長さがあるガスボンベだと思っているが、実際は小さく1.5リットルのペットボトルと同等の大きさをしている。

 金属製で、見ようによっては火炎放射器と誤解するような形をしているが、中身は妖精さん謹製のガスが詰まっていて、これで炙って建造時間を短縮するのだ。

 

 火力は絶大で火炎放射器としても使えると思うし、実際に私は夕張と共謀して20.3センチ火炎放射砲を作った事もあったが明石から戦闘に使えないと却下された事がある。アレ、近接戦が多くなる水雷戦隊用として絶対に使えるぞ。これだから後方勤務の艦娘は……

 

 ともかく、今日は倉庫にごまんとある大量の高速建造材を持ってきて、試しに燃焼時間を図ってみることにした。

 バーナーの弁を調整し、どれくらいの火力をどれほど維持できるか実験してみたが、結果は良好だった。減りから見ても生活用に使う分には申し分ない、1個あたり倹約すれば週単位で使えるだろう。

 さっそく、海水をくみ上げてきて住処のドラム缶風呂に入れ、バーナーをONにしてみた。

 これも結果は大成功だった!

 

 海水とは言え、風呂は風呂。今日一日の働きを考えれば私はこの風呂は勝利の風呂だ。湯船に浸かった瞬間に思わず「あ゛あ゛~」と声が出てしまった。

 バーナーの有効性を確認できたので、今後はこれを調理や風呂、シャワー、海水の蒸留などに役立てていこう。

 

 今日のバーナーを使う実験で、破壊されていた弾薬庫を跡形も無くぶっ壊した事は忘れよう。

 

 

[ミッションログ 12日目]

 

 明日からじっくりと兵舎A棟の部屋を物色する事に決めた。

 

 兵舎A棟は主に主力艦隊と遠征艦隊が使用している、我が基地では58名の入居者がいた。

 駆逐艦は相部屋か3人部屋だが、重巡から上は1人部屋になる。ちなみに今はもう跡形に吹き飛んで存在しないB棟は艦娘と基地要員の共用で、壁で明確に仕切られ艦娘と基地要員は部屋を行き来できないようになっていたとはいえ男女共用だった。あっちは士官用のカウンターバーがあったのだが……実に惜しい。

 

 A棟のセキュリティは頑丈だったが、電力が喪失した今となっては咎める人間がいないので侵入は非常に簡単だ。

 

 さて、物色と言ったがこれから私は同僚の私物をあさり、それを利用する。

 

 正直に言うのならこれは犯罪行為である。しかし状況が状況なので利用するしか私が生き延びる選択肢はない。緊急避難と割り切るしかないだろう。艦娘は本業の軍人に比べて規律はゆるく、制限も甘いため色々な私物を溜め込めたり、自由の利いた生活が出来る。今回はそれを利用するのだ。

 

 見通しとしては、欲しい物は「娯楽にかかわる物」「生存に必要なもの」「食料品」の3つだ。それ以外は極力手を付けないようにしよう。

 

 それから、今日は深海棲艦の艦載機を目撃した。

 編隊を組んだ状態で、この島の上空を通過していっただけだったが、偵察だとは思えないので攻撃なり爆撃訓練や哨戒飛行だろう。ソーラーパネルも擬装しているし、おそらく私の存在を察知されたという事は無いはずだ。

 だが、改めて自分が敵地の支配地域に取り残されているんだという実感は再確認した。

 気を引き締めてかかろう。



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ログ 13日目

[ミッションログ 13日目]

 

 今日は1日がかりで残りのA棟の私室から使えそうなものをかき集めた。主に艦娘が溜め込んでいたおやつ等の軽食やギンバイ用に取って置いた食料、それからこの孤独を紛らわすための物やサバイバルに使えそうな物だ。

 

・スナック菓子10袋 ・キャンディ4袋 ・ガム8個 ・ジュース15本

・煙草4箱 ・トランプ1セット

・MP3プレイヤー ・ポータブルDVDプレイヤー ・DVD82枚

・サバイバルナイフ1本 ・コミック38冊 ・文庫本48冊 ・ハードカバー18冊

・ウイスキー2瓶 ・種10袋 ・釣り道具1セット 

 

 最大の収穫はDVDプレイヤーと大量の映画である。これは黒潮の部屋からもって来た。

 娯楽の乏しいこの基地での暇潰しのため、彼女は「これでビジネスをやろう」と画策した。孤島の小さな海軍基地でレンタルビデオ屋を開業しようとしたのだ。DVDの収納ケースを買い、遠征や内地へ帰るたびにコツコツと買い集めたDVDを入れて自室のロッカーに鍵をかけて保管し、見たい人にこっそり貸し出しては利益を得ていた。

 やがて提督にこの事がバレで大目玉を食らったものの、彼女の映画ライブラリは艦隊公認となり、他の艦娘も協力して彼女に投資して本数を増やし、基地の数少ない娯楽として重宝されていた。

 撤退にあたって黒潮はこのライブラリを手放したが、それは今、見事に私の手元に残っている。ありがたく使わせてもらおう。この娯楽は最高の収穫だ。

 

 他に加賀の部屋から複数の参考書も手に入れた。

 驚くべき事だが、加賀は赤城と共謀して「基地菜園」をやるつもり満々だったらしい。彼女らの大食ぶりは昔から筋金入りだった。それ故に食堂では間宮から直々に「これ以上食うな」と食事制限をかけられていたほどだ。

 それでも隠れ食いに限界があったのか、彼女たちは計画として森の中に菜園を作り、こっそり食うつもりでいたらしい。そこで、彼女らは家庭菜園の参考書を買い、さらに種まで(!)用意していた。

 私にとっては最高の吉報である。自給自足について活路が見出せてきた。つまり島の中で農作物を作れるのだ。これは生存の大きな糧になるだろう。

 種の種類は追々確認するとしよう。

 

 サバイバルナイフはあきつ丸の所有品だ。陸軍所属のため、我々とは常々どこかズレてるなと思う場面は多々あったが、彼女のこういう私物センスの良さは素直に褒め称えるべきだろう。何にせよサバイバルに役立つ装備である。削ってよし刺してよし武器によし道具によし俺によしお前によし皆によしの万能装備だ。詳しくはランボーを見ろ。

 

 釣り道具セットは曙の自室から調達してきた。かつて遠方へ行った際に、秋刀魚を釣りたくて釣り道具セットを購入してきた彼女は最初こそバカにされていたが、しだいにその釣果が小さな魚から、アジ、サンマ、そして最終的にマグロへと変化するに連れて誰もが彼女のことをリスペクトしたのは記憶に新しい。

 もっとも、本人は少ししてから釣りに飽きて釣りセットをしまってしまったが、捨てなかったのは私にとっては都合が良かった。とりあえずこれで魚に関しては目処がついた。

 

 そして酒を隠し持っていたのは陸奥だった。

 彼女に関しては感謝の念を捨てきれない。酒を隠し持つという女がこの鎮守府にまだいたと言うのは奇跡に近い。もう二度と砲塔爆発ネタでからかうのは止めよう。

 

 これだけでも大収穫だが、これはあくまで1階の部屋からすべて書き集めた代物である。まだ2階が残っているが、これは後回しにして住処へと戻ろう。

 しかし酒飲みが全然居ないこの寂しさ、サバイバルより断然キツいな。

 気を取り直して、長門の部屋から出てきたMP3プレイヤーの中身を聞くとするか。

 

[ミッションログ 13日目(2)]

 

 全部アニソンじゃないか。正気か長門。



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ログ 18日目

[ミッションログ 18日目]

 

 食料についての目処が経ってきたので、次は通信手段の回復を考える。

 まず現状を整理すると、

・通信アンテナは破壊されている

・同じくレーダーも破壊されている

・通信設備は部屋ごと流れ弾を受け即死状態

 の3つにより、現在私は外部との連絡手段を絶たれている。

 

 軍隊において通信手段の確立は兵站と並んで大切な事だ。狼煙から始まり、伝令、伝書鳩など様々な“速い”情報伝達手段が試されては戦場において投入されてきた、第二次世界大戦では無線技術の発達により、この最新鋭の連絡通信がいかに効率的に軍隊を動かすための武器になるかという事を実証してみせた。

 現在の海軍の連絡手段は複数あり、そのどれもがスマートだ。アンテナを介した衛星通信、従来の無線通信、さらに無線を駆使した電子ネットワークなど、その通信手段は様々である。どれもがスマートな情報の流れで戦況を前線から後方へ、指示を後方から前線へと伝えている。

 

 が、そんなものは今のここにはありはしない。テレビもない、ラジオもない、オラの鎮守府電話がねぇ。

 

 などとふざけている場合ではない。私は早い所生存を伝え、司令部との通信を確保しなければいけない。

 

 そこで、考えうる通信の回復手段を、私なりに考えて見た。

 

 基地の内部にも電話はある。しかし、そちらは内線電話であるし、そもそも電力喪失により使用できない。また、パソコンにはネットワーク接続がない。

 開戦初期に深海棲艦は海底ケーブルを根こそぎ破壊し、世界各国との通信網を真っ先にぶった切った。それ以来、ネットワーク接続はすべて無線によってやり取りされていたが、それを受信するアンテナが死んでいるのでパソコンを用いた通信手段は望めない。

 つまりネットを使うのは無理だ。秘書艦の控え室にラップトップはあったと思うが、通信用のデバイスは乗せてなかったと思うし……流石にネットが繋がっても通販サイトの宅配はここまで来れまい。

 

 次に艤装内蔵の通信装置だ。

 艦娘は離れた場所にいる仲間といつでも交信できるように、通信装置でやり取りが出来るようになっている。専用の無線装置は艤装の中に収納されていて、妖精さんのテクノロジーで誰とでも簡単にやり取りできるように作られている。

 ただし、このシステムには難点があり、あまりにも距離がありすぎると、いくら妖精さんのテクノロジーとは言え通信が成り立たなくなる。地球が球体で、まっすぐにしか飛ばない電波を遠くへ飛ばすために中継局を利用するのと同じ理屈だと明石から聞いた事があった。

 仮に、この通信範囲内に艦娘がいたとしても、私の艤装は全壊に近い状態のため修復は無理に近い。奇跡が重ならない限りこの案は却下だ。雪風がいれば別かもしれないが。

 

 そして、一番最後のばかげた手段。

 基地設備の損害が軽微な基地へ行き、そこの通信設備を使う事だ。

 本当にばかげた手段である。まず私は艤装がないため、生身でこの海を渡る必要がある。そして、深海棲艦とカチ会わない事を祈りながらひたすら船に乗って、近場の基地へと向かい、通信設備が生きてる事を祈るというのだ。限りなく恐ろしい方法だ。

 最寄の基地でも、距離は100キロ以上もある。移動手段はまだ目処が経ってない。よしんば最寄の基地へ移動できていても、深海棲艦の攻撃でここよりもひどく破壊されている可能性があるし、目当ての通信設備は生きてないという可能性もある。

 危険すぎる!考えるだけで嫌になるが、これは最後の最後の追い詰められた時の手段にしよう。

 

 となると通信手段としてのもっともマシな選択肢はひとつ。

 艤装内蔵のものを修理して使うしかない。

 

 

[ミッションログ 19日目]

 

 撤退翌日から、司令棟の脇へ捨てたままにしていた艤装を調べてみた。

 艤装の損害については度合いが存在する。軽度のものは艦娘(とは言っても明石に限ったが)でも簡単に直せるもので、中程度の損傷は大体ドック行きだった、大破状態の場合は絶対にドックへ行くし、最悪の場合はパーツを殆ど取り替えるか、いっそ新しい艤装へと交換する。

 

 私の艤装は一番最悪の大破状態だ。

 

 かろうじて形を保っているが武装は全損していて使用は不可能だ。機関も完全にお釈迦になり、主機は回りもしない。なんで私が生きてこの基地までたどり着いたかが分からないぐらいだ。もしかしたら提督の指示で付けたままで忘れていたダメコンが発動したのでは無いだろうか。通信装備が生きてるかどうか試すために、再び装着してみたがスイッチのオンオフを繰り返しても、雑音やマイクの音すら拾わない。つまり通信ユニットは完全に死んでいる。

 

 この艤装の修理については絶望的だと私は踏んでいたが、改めて破損の状態を見てそれほど悪くはない賭けなのではと思う。

 修理について、私はスペアパーツの事を考慮に入れてなかった。艤装格納庫は爆撃を受けて壊滅しているが、同じ運命を辿った予備艤装も中にはあるのではないかと思うし、撤退前に爆破処分した記憶も無い(本当に爆破処分してないとしたら、相当のヘマだが)ので、もしかすれば使えるパーツを残している予備艤装の残骸があるかもしれない。

 問題は修復マニュアルだが、兵舎A棟の2階には大淀と明石の私室があったので、そちらを漁れば何か出てくるかもしれない。念のため司令棟の資料室も漁ってみるか。

 

 とりあえず艤装の残骸を住処の中に運んで、今日は活動終了だ。

 晩飯に艦娘用レーションのカレー弁当でも食べながら、黒潮が持っていた映画を見る事にする。

 今日見るタイトルはサメが竜巻になってくる襲ってくる映画だそうだ。



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ログ 20日目

[ミッションログ 20日目]

 

 今日は一段と基地の中を歩き回った。

 

 艤装格納庫はひどい有様だったが、実は改めて見るとそれほど手痛いダメージは無かったようだ。おそらく天井から抜けた爆弾が床に着地した際に爆発し、風船が破裂するようにガラスと天井をぶっ飛ばしただけで、まだ形は保っている。

 一通り確認して見たが、艤装はその爆撃の衝撃と破片をもろに食らって殆どが大破していた。

 奇跡的に中破していた物もあったが、妙高型重巡の予備艤装は残念ながら無かった。

 

 人間によって合う・合わない艤装があるため、無事な艤装があっても使えない事が殆どだ。たとえば私が無理やり陽炎型駆逐艦の艤装を身体に付けたとしよう。艤装の機能そのものは生きているが、それを動かすための「指令」が届かず、結局動かない……という風に使えないのだ。

 稀に使えるのもいるが、そういった場合は指令が届くまでのタイムラグが長すぎたり、また同時に「移動しながら複数目標に砲撃」「回避行動を取りながら対空射撃」など複数のタスクをこなす事が出来なくなってしまう。そのために艤装は完璧に適合するもののみを付けるように言われている。

 一回、忘年会で酔った勢いで伊58の艤装とスクール水着を無理やり着て「潜水母艦那智でちー!イピカイエざまあみろ!」と騒いだ時があったが、その時は微妙に舵が反応した事を覚えている。その翌日、どうして提督の服を着て宴会場の窓ガラスに突っ込んでいたかまでは覚えていない。

 無事な58の艤装があったとしても二度とやらないからな。二日酔いの状態であの始末書を書いた時の恥ずかしさは過去トップクラスだった。

 

 とりあえず、陽炎型駆逐艦、伊勢型戦艦、飛鷹型軽空母の合計3つの程度のよいスクラップ艤装を見つけたのでトラックへと積み込んだ。

 

 次に大淀と明石の自室を調べて見た。

 あの2隻は艤装適合者が大量にいる割には艤装が滅多に生産できないというよくわからない艦娘で、大抵はどの基地でも提督補佐艦娘として配置されている。もちろん、私が知らないような事も知っているような女だと思うので、艤装に関する事ならまず明石だ。

 彼女が泊地修理の際に使っていた装備があると踏んでいたが、結果は空回りだった。普通の女の子の部屋がある事は喜ばしいが、私はもっとギークな女だったと思っていたぞ。

 代わりに艤装整備用のマニュアルを入手した。RPGでいう「ひのきのぼう」程度の効果しかないと思うが、このマニュアルだけでも儲けものだ。

 次に大淀の自室を調べたが、役に立つ物は無かった。

 最後に司令棟も漁ってみた。資料室から何冊かの資料を見つけた、艦娘の艤装整備要綱、各艦ごとの艤装マニュアル(メーカー別)を数冊。思ったほどの戦果ではなかったが、これらのマニュアルとジャンクパーツで頑張って通信を生き返らせてみよう。

 

 ソーラーパネル移設の際に使った工具しか手元に無いが、現状は手元にある武器で戦うしかない。

 

 

[ミッションログ 22日目]

 

 

 艤装の修理は煮詰まっている。

 艤装から通信ユニットを外す所までは行った、同じように他の艤装から拾ってきたジャンクパーツからも通信ユニットを抜いた。

 通信ユニットを見て見ると、これが意外とすごい。妖精さん謹製のテクノロジーで、一部のパーツはブラックボックスとも噂されるほどのそれは、厚い文庫本ぐらいのサイズである。このサイズで、何とありとあらゆる艦娘と繋がれて、広範囲をカバー出来るという優れものだ。現物が目の前にあると感動してしまう。

 とは行ってもここまでに有した時間は丸々一日だ。艤装というものは思いのほか硬く、そして解体にとても手間がかかるものだと私は痛感した。もっとも、簡単に壊れるような艤装なら軍用に向かないのだが……

 取り外した全ての通信ユニットを机の上に並べて、今度はドライバーでネジを片っ端から外して分解し、比較している。

 電子工作は苦手な部類だが、夕張から教わった知識が何となく生きている。私の通信ユニットは基盤の部分が壊れているようで、どうもそれが怪しいと思われる。

 それぞれのパーツから取って来たパーツを合わせて試行錯誤しているが、果たしてどうなる事やら。

 

[ミッションログ 25日目]

 

 やった!!

 やったぞ!!

 

 修理開始から5日かけて、通信ユニットの完全な回復に成功した!

 艤装に再度はめ込んで試して見たが、見事に通信機能の回復に成功した。ノイズやマイクの音すら拾わなかった通信ユニットが、立派に私の声を拾っている。ノイズも微かに聞こえる。これは通信機としてよみがえった事に他ならない。

 だが、それと同時に私は大いに落胆した。

 通信相手がいない。

 

 私がここに取り残されたのは100%確定のようだ。



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ログ 28日目

[ミッションログ 28日目]

 

 そろそろ淡水の確保について本格的に考える時だ。

 当たり前の話だが、人間の生命維持において水は必要不可欠だ。艦娘になったから水は飲まなくてオッケー!というわけではない、我々は水を飲まねばならないし、ましてや重油やガソリンで動くわけではない。待てよ、動いてそうなのは何人か心当たりがあるな……

 ともかく、水だ。

 

 島の反対側に水道施設があるという話は前もしたが、今日はそれを確認するために島の反対側まで行ってみた。

 残念なことに、設備は機能していなかった。電力を消失してしまったというのもあるが、前回の空襲で深海棲艦がここも攻撃したようで、一見すると設備の損害は軽微なようだが、海水をくみ上げるポンプが破壊されてしまったようだ。ここは海水を淡水化する施設で、淡水化装置があっただけに残念だが、遅かれ早かれこの手の機械の整備知識のない私には手にあまり、使いこなせなかっただろう。

 

 井戸を掘りたいがそれに必要な重機はこの基地には存在しない。つまり手で掘るしか方法はない。

 私好みの危険な方法として掘削ではなく爆破するという方法がある。地面に砲弾を埋め込んで発破をかけてガンガン掘り進める作戦を是非とも取りたいが、残念ながら爆発物は弾薬庫が破壊されて消えてしまった。とても残念である。

 ただ、私の横に誰かがいたら全力でこのプランは止められていただろうな。実は前に発破漁をやらかして始末書を書いて以来、基地の中では可能な限り那智を爆薬から遠ざけろとの指令が下っている。

 時間と手間を考えるとこの案は保留だ。よしんば掘るとしても時間がかかりすぎる。ただし一日ごとに作業量を決めて掘ると考えれば案外悪くない選択肢だと思う。どこをどう掘るかは後々考えよう。時間はたっぷりある、深海棲艦が攻めてこない限りは。

 

 次に爆破以上に恐ろしい案がある。海水の蒸留だ。

 実は蒸留はポピュラーかつシンプルなプランの一つだ。海水を沸騰させて発生する蒸気を集めて水にする事で、塩分を残さずに真水に出来る(実際には完全な真水という訳ではないが)。

 海水から淡水を得る事が出来るし、原理もシンプルで私でも実践できる。しかし、この方法には熱エネルギーを大量に使う必要があり、それで得られる真水もかなり少なくなるので率直に言うなら非効率の極みだろう。基地内の貴重なガソリンや木材による焚き火を使用した所で、いずれリソースとなる熱は使い切ってしまう。

 この問題を解決する方法が一つある。

 

 高速建造材だ!

 

 このサバイバルにおける重要なアイテムがこいつになりつつあるのは驚きだ。最初に風呂とシャワーを作った時に高速建造材を使ってみたが、恐ろしい事にまだ最初のボンベを使い切ってない。必要な時にしか使ってないものの、おそらく蒸留に関しては何とかなりそうだ。

 そういえば、物資を集めると言ってまだ水を集めてなかった。

 真水は基地にあった貯水タンクの水と、倉庫に保管されていたミネラルウォーターを使っていたが、どちらも数は豊富でサバイバルの勘定には入れてなかった。長期的に見てもいずれ尽きてしまうだろうし、今から備えるにこした事はない。

 

 

[ミッションログ 29日目]

 

 実験として海水の蒸留をやってみた。

 用意したのはドラム缶と鍋と高速建造材。これを組み合わせて簡単な蒸留装置を作り、海水を沸かして蒸気にして塩分と水分を分離するのだ。素人考えで作った装置なので改良の余地ありと思うが、とりあえずそれを使ってバケツ1杯分の海水を試しに入れて見た。

 我ながら良いアイディアだった。実際、途中までは上手く行っていて、ドラム缶の中に水が溜まり続けていて最高だった。

 

 高速建造材が爆発するまでは。

 

 まるで花火というか、私としては実に呆気ない爆発だったと思う。ドラム缶を吹き飛ばし、高速建造材は跡形もなくガス爆発を起こした。時間がかかると思って暇つぶしのために席を外していたので被害はなかったものの、あの爆発でドラム缶が台無しになった。それから高速建造材が1本お亡くなりになった。恐らく付けっぱなし放置かつ位置が悪くて容器自体が加熱して爆発したとか……理由はわからないが多分そのへんだろう。

 やってしまったな。

 

 とりあえず蒸留に関しては一旦置いといて、気を取り直して次に考えたのは南方海域特有の雨季を利用する方法だ。

 雨季になる事で嵐や大雨などの天候不良に悩まされる事になるが、それは同時に真水が天から四六時中降り注ぐ事に他ならないわけで、その雨水を溜め込むというのが真水確保の優先課題だ。雨水を貯める方法としては、ビニールシートなどで傾斜を作り、そこから雨水を流して下の容器なり何なりに貯める方法が使える。水はドラム缶に保存し、使う時はフィルターか何かでこした上で煮沸して飲むという感じになるだろう。

 真水の確保についての問題は正直色々と面倒なので、しばらくはタンクの水と保存している飲料水でどうにかするとしよう。

 

 それにしても一刻も早い通信が望まれる。

 映画はともかく、長門のアニソンコレクションは私を殺しにかかっている。もうプリキュアは勘弁してくれ。気の利いた音楽が欲しい……



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ログ 31日目

[ミッションログ 31日目]

 

 あの日から1ヶ月経った。

 大破状態かつ着の身着のままで流れ着いてから1ヶ月。ボロボロの基地を放棄し、コンクリート製の監視所を我が家にして、生存や生活に必要な設備を整え、通信機能も何とか修復したので、1日の行動ルーチンを定めてみた。

 

 まず起床、それから周辺海域を監視。レーションの朝食を食べる。自由時間。昼に周辺海域を監視。2日に1回はレーションの昼食を食べて、それ以外は食い繋ぐため我慢。自由時間。夕方に周辺海域を監視、レーションの夕食を食べる。汗を流したいので軽くシャワーや身体拭き、うち週に3回はドラム缶の風呂。寝る。

 

 1日に3回は通信を試みる。自由時間は決まって読書や映画や技術書を読む勉強に使い、何かしら作業が必要であればこの時間に使う。

 技術書は司令棟や艦娘の自室にあったやつを使う。サバイバルにおいては知識=武器である。サバイバルに役立ちそうな知恵と知識はありったけ頭に叩き込んでおく事が必要だろう。無線通信、機械の整備、農業、武術、航法、武器整備と覚えておく必要がある知識は山ほどある。

 

 監視も大切な仕事だ。

 深海棲艦の支配地域の真ん中に自分がいる(という“可能性”で済んでいればいいのだが)という事を考えると、深海棲艦の動向を探るために海を監視するというのはごく当たり前かつ重要な事だ。それに、まだ戦闘中であるのだから軍人としての勤めを全うしなければいけないという義務感もある。深海棲艦の動向を記録しておく事で、このデータが司令部にとって重要な存在になる可能性だってあるのだ。敵の上陸にも備えなければならない。

 

 もっとも、深海棲艦の支配地域と言っても上陸侵攻まで及んだケースは、実際のところはそれほど無い。一番は深海棲艦の艦載機による空襲で、深海棲艦上陸の大半は人口過密地帯への無差別攻撃と、重要な軍事基地・要地の占領に限られている。パナマとハワイとスエズが占領されたのもこれが原因であると見られているし、各国の沿岸部への攻撃もその大半が人口数万を超える街への攻撃である。

 

 今のところ、一番の危惧は、深海棲艦本体の巣窟……通称「赤海域」になる可能性である。

 衛星写真や肉眼でもわかるように、海が真っ赤に染まっている状態は危険とされている。深海棲艦の姫クラスがうようよ回航し、最悪の場合はその海域に根を下ろして駐留している状態の事を指す。なんで赤色なのかは長年議論を呼んでるが、今の所軍は「深海棲艦による何らかの影響」の一言で片付けている。いい加減すぎだろ。

 幸いにも近場を見回してもそうなってはいないが、危惧すべきは本土の方角にドス黒いような赤いオーラが漂っている事だ。

 

 遠いなあ……どこでもドアが欲しいなあ……明石作ってくれないかな……

 

[ミッションログ 35日目]

 

 そろそろ菜園に手を付ける。

 一航戦が残してくれた種を使い、作物を育てるのだ。

 島の土壌についてだが、浜沿いはともかく、この監視所の周囲にはそれなりの土壌がそろっており、草の生え具合から見ても農地にするのは中々よいチョイスだと思われる。肥えた土地にするために、肥料なり何なりを用意する必要もある。

 

 という訳で監視所の周囲に農園を作る事にした。まずは土壌からだ。

 私の作ったトイレから出る排泄物(お上品な表現)を使うというアイディアだが、まず排泄物に関して言えばそのままはダメなのだそうだ。曰く、菌が強すぎてアウトという事なので、乾燥させたり発酵させた物が一番よいとされている。(一航戦の残した参考書の余談で見た)

 とりあえずは、草をむしり、クワを入れて土を耕し、そこからさらに小石や小枝や根っこなどを取り払い、畝を作っておく事から始めよう。農地用の水に関してはどう使うか悩むが、とりあえずは農地を作るだけ作る所から始めたい。

 

 さて、ここで疑問が出てくる。

 腹ペコ一航戦はなぜこれを実行に移さなかったかだ。あの2人がすでに農場を作っていて、それをほったらかしにして撤退していたら私はこんなDIY番組にあるような「重巡・那智の家庭菜園チャレンジ はじめての農作」みたいな事をしなくて済んだのだが。

 思うに重労働するのが嫌だったんだろうな。

 種は未開封だし、参考書に至っては10ページ目の土壌改善の項目に付箋が貼られているだけで、あとのページは読んだ形跡もない。余程の大規模作戦でない限りヒマの多い2人だけあって、時間はある筈なのにしなかったのだからそれで正解と見て間違いないだろう。

 

 よし、こうなったら那智菜園を何が何でも完成させるぞ。

 一航戦にドヤ顔で菜園を見せてやろう。



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ログ 39日目

[ミッションログ 39日目]

 

 今日は土壌を作っていた。

 監視所から徒歩2分くらいの距離に、ちょうどいい場所があったので、そこを菜園にする事にした。およそ8メートル四方ほどの空間だが、特に問題はなさそうだ。

 まず、廃材で作った杭を打って大まかな場所を決めてから、除草を行った。危険な昆虫やヘビが出ると嫌なので、私の大好きなサバイバル用品を使うとしよう。高速建造材だ。この火炎放射で忌々しい雑草をまとめて焼き払うという方法だ。

 

 ノズルを構え、バルブを開いて放射する時は声高らかこうに叫ぼう。“我はこの島の番人だ!農業の指揮者だ!歌え兄弟!歌え!”

 すまんな、黒潮の置いていった映画のせいだ。

 

 この森ごと燃やさないように細心の注意を払って、火炎放射を行った。最初は難儀したものの、焼け焦げて見るも無残になった8メートル四方の私の菜園予定地が姿を現した。

 それからは廃材を使って作ったクワを使い、一心不乱に土を掘り起こし、細かく土を砕き、理想的なふわふわな土を作った。それが終わる頃には身体がくたくたになっていた。

 

 このへんで午前の作業を終了し、休憩に入った。

 今日は奮発していつもの倍の艦娘用レーションを食べた。肉体労働で抜けた分の塩分や水分とカロリーを回収して、読書をしながら休んだ所で作業を再開した。

 

 次に掘り返した土をふるいにかける。

 ネットや、金属網を使って作ったふるいを使い、小枝や草の根、小石などの不純物を取り除いて理想的な土にする。ミミズが出てきたら、それを丁寧に土に戻してやる。

 ミミズは土壌を作る上で必要な生物だ。この農場における影の労働者でもあるのだ、頑張れミミズ、私の分まで土を作れ。

 一通り不純物を取り除いたら、ひとまず今日の土壌つくりは終了だ。

 実家の家庭菜園を思い出した。茹でたてのジャガイモに塩を振って食べたいな……

 

 

[ミッションログ 41日目]

 

 菜園作りに当たって、どのような作物が適しているか考えていた。

 一航戦が残した種は10袋、品目はかぼちゃ、トマト、とうもろこし、きゅうり、ピーマン、ナス、ネギ、スイカ、枝豆、ニンジンだ。夏野菜ばっかりだが南方の気候でも果たして生産できる野菜なんだろうか。ちょっと怪しい。

 炭水化物があまり無いのが私としては不満である。やはりジャガイモが食べたい。(米が食べたいというのは贅沢すぎだろうか)

 食堂には手付かずのジャガイモがあっただろうが、それは爆撃によって根こそぎ焼けてしまったのでアウトだ。

 

 しかしジャガイモを諦め切れない私は、どうにかしてイモが無いかと再び探りを入れてみる事にした。基地へ向かってから、破壊された食堂を再びチェックしてみた。

 冷蔵庫が破壊されて冷凍食品は全滅していた。これは2日目にも確認したが、再び確認してみるとまだ臭いがひどい。こればかりは耐えられないな。瓦礫の山を注意深く探してみたが、それらしい物は見当たらなかった。

 となると常温で保管していた食料庫(があったであろう場所)はどうかと思ったが、そちらもやはり無かった。

 となると、次の候補は倉庫だ。

 

 倉庫には食品が保管されていた。レーションやミネラルウォーターに、基地の自販機などに補充する用の飲料などだ。間宮で保管されていない理由としては「任務上使う必要がある物品だから」というもので、食料庫でストックせずに倉庫へ分けて保管されていた。大淀がこの管理体制に疑問を呈して、食品関係はすべて食堂の倉庫へと入れるよう働きかけていたのを前に聞いたが、実行されてなくて何よりだった。

 というわけで再び倉庫を探してみる。

 ジャガイモは冷暗所での保管を想定されている作物である。もしあるとするならば、この場所しか選択肢は残っていないはずだ。期待に胸を膨らませながら探していると、段ボールを一箱見つけた。期待に胸を膨らませて私はそれを開いてみた。

 

 大勝利だ!ジャガイモを見つけた。

 すでに芽が出ているのもあるが、ここで保管されていた1箱分のジャガイモは私にとっては最大の朗報である。さっそく私は住処へと持ち帰った。

 このまま放置してもどうせイモはダメになるので、すぐに植えて様子を見てみる事にした。まず、この間まで放置していた菜園へ向かい、クワを振って畝を作った。

 一通り作った後に、今度は半分に切ったジャガイモを植えた。(幸運が重なって)順調に行けば、ジャガイモをここで栽培できるだろう。もしジャガイモの生産に成功したなら連作する事も可能だ。

 

 とにかく今日はぶっ通してイモ関係の仕事を終わらせたのでくたくただ、風呂に入ってからゆっくり休むとしよう。今晩のお供となる映画はまたサメ映画だ。何か巨大なタコと戦うヤツらしい。

 



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第二章 救出作戦
撤退52日目 横須賀鎮守府


 横須賀鎮守府は混雑していた。

 南方での大規模撤退により、南方に展開していた大量の艦隊と人員はすべて本土へと緊急避難し、臨時で他の鎮守府に組み込まれていた。そのため設備は完全にキャパシティをオーバーしていたものの、来るべき深海棲艦大部隊の本土到達を阻止するために、日本近海は厳戒態勢になっており、連日、大量の艦隊が出撃していた。

 本郷中佐が率いる艦隊も、ここの一角を間借りする形で大規模攻勢に対する策を練っていた。軽巡、大淀は本郷中佐の指揮の下、この横須賀鎮守府の一角で情報の調査を行っている。

 

 彼女の目下の仕事は衛星写真の分析である。主に、放棄された基地の状況を調べるのが彼女の役目だった。

 被害状況を調べるというのは辛い仕事でもある。

 ついこのあいだまで、そこで生活していた大淀にとっては変わり果てた基地を見るのは忍びなかったが、基地設備が破壊されて戦死が1名のみに留まった大淀の基地はまだよかった。

 深海棲艦の攻撃によって壊滅し、通信が途絶してしまった基地もあり、壊滅ではなく全滅した基地も、片手で数えれないほどの数に及んでいる。そうした基地の被害確認は見るに忍びなかった。衛星写真のはっきりとした、鮮明な画像で映し出しているのは破壊された基地と、回収し弔う人がいないまま朽ち果てる遺体しかないのだ。

 さらに、基地が深海棲艦の拠点として再利用されるという点についても大淀らは調査しなくてはいけなかった。そのため、画像を1日ごとに見て確認するしかなかったのだ。

 大淀は、ディスプレイに表示される画像をクリックし、拡大しては戻したりを繰り返し、日付を追って自らが所属していた基地の画像を見比べ続けていた。

 

 そして、大淀はある違和感に気が付いた。

 司令棟の写真を見ていて、その脇に停められていた車――物資の運搬用に使うトラックがある日から消えている事に気が付いた。

「そんな……」

 大淀は絶句した。

 それから、衛星写真を何度も何度も見比べ続けた。自分の目が間違っているか、何度も確認し続けた。

 まず自分の目を疑った、次にメガネを疑い、最後にカメラを疑った。

 そして、一つの事実に辿り着いた大淀は、わき目も触れずに内線電話をかけた。

「大淀です、大至急提督へ繋いで下さい。ええ、そうです。大至急です」

 

 

 本郷提督の執務室には、艦娘が集められていた。

 大淀と秘書艦の長門、そして前回の撤退戦で殿を務めた陸奥、榛名、妙高、羽黒も呼ばれている。全員の注目が集まる中、大淀は一通り説明を行った。

「つまり、あの基地に生存者がいると言いたいんだな?」

「はい」

「証明しろ」

 大淀は提督の机に、プリントアウトした衛星写真を何枚か置いて行った。

「これが撤退1日目の画像です、次にこれが撤退から4日目の写真です」

 大淀が用意した衛星写真は拡大表示されたものだった、基地の司令棟が映っている。

「まず運搬用のトラックが消えています。深海棲艦に破壊された形跡もなく、どこかへと消え去ってしまっています」

「深海棲艦が持っていったという説は無いだろうな」

 本郷提督は懐疑的な言葉を投げつける。

「ありえません」

 大淀は断言した。

「それに、撤退8日目の画像を見てください、これです」

 3枚目の写真を大淀は指差す。

 司令棟のソーラーパネルが、ぽっかりと無くなっている写真だった。

「パネルが持ち去られてしまっています」

「……深海棲艦の攻撃がその後にあって吹き飛んだのかもしれない」

 険しい表情を浮かべながら、本郷提督は写真を手に取ってまじまじと眺めた。

「それから、これを」

 大淀は、最後の1枚を提督へと差し出した。

 限界まで引き伸ばしたので、画質はかなり荒くなっているが、司令棟の近くにポツンと置き去りにされていたそれは、破壊されて放置された艤装だった。大きさ、形を見た提督は絶句し、それから、意を決したように言葉を漏らした。

「那智が、生きてるだと?」

 大淀はもらしかけた嗚咽を必死に堪えながら、その言葉に頷いた。

 

「那智が……!」

 長門は目を見開いた。

 あの撤退戦で、海に沈んでいく彼女を羽黒や妙高も目撃していた。羽黒は、那智の生存を聞いてから顔を抑え、脇目もくれずに執務室を飛び出した。大淀と榛名が彼女を案じて後へと続いた。

「今すぐ救援のための艦隊を手配しましょう」

 妙高が進言する。

「それは無理だ」

 提督は苦々しい口調で答えた。

「深海棲艦の支配地域で、さらにそこへ到達するまで、大量の姫クラスの深海棲艦が実質支配している突破困難海域を最短でも7つは越えなければならない。連合艦隊を組織し、日本海軍のみならず在日米軍の全戦力を投入しない限りは突破どころか穴すら空けられないような地域だ。それに必要とされる資源の数や予想される損害を考えても、那智を救出するプランを上層部が許可するとは思えない。艦娘1名のために犠牲者を増やす事は出来ない」

「提督!」

 妙高が珍しく声を荒げた。

 それを制するように、隣の陸奥が彼女の肩に手を置いた。「堪えなさい」と陸奥は静かに言い放った。

「気持ちはわかるけれど」

「……はい」

 妙高は頭を垂れた。

「それで、もし救援が出せるとして――いつになったら出せるのかしら」

 陸奥が切り出した質問に、提督は重苦しい口調で答えた。

「司令部は今回の深海棲艦の攻勢突破に、少なくとも半年近い時間がかかると概算を出した。これはあくまで、深海棲艦に対する大規模作戦行動を毎月実施し、大量の資源資材をつぎ込み、国内の全艦隊を戦力として投入する事で可能な、希望的観測値だ。実際はこれ以上の時間がかかる上に、島周辺は深海棲艦の実質支配地域にある。空路、海路の両方は使えない、我々は補給物資を送る事さえままならない。実現可能な救出日数は年単位になるだろうな」

 部屋の中を重苦しい沈黙が支配する。そんな中、長門はぽつりと呟いた。

「南方の孤島に置き去りにされた那智の精神的重圧は想像を絶するだろうな……那智は、今どんな気持ちで生活しているのだろう」

 

 

[ミッションログ 52日目]

 

 サメ映画のレパートリーに関して文句を言うつもりはないが、何でサメ竜巻映画がこんなに作られてるんだ!しかも宇宙に行くとか正気か?



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ログ 61日目

[ミッションログ 61日目]

 

 最近の仕事は目下、倉庫の棚卸し作業だ。

 倉庫の物資は本当に玉石混合である。コピー用紙だとか、誰が着るんだか解らない制服やら、用途の解らない装備品、使い道があまりない陸戦装備、医療物資、建造物資など様々だ。それらの物資の中から、必要な物を取捨選択し、使う物を別場所へ移動させている。

 

 深海棲艦の爆撃こそ無いものの、最近は艦載機の活動が活発化して来ている。いつも定時になると、上空を飛び去っていき、定期的に戦闘機動を洋上で繰り広げては何もせずに去って行く。

 私の仮説だが、おそらくこの海域は深海棲艦の演習海域か何かではないかと思われる。まだ生存し抵抗している基地があるならわかるが、飛距離の短い艦載機がこうも頻繁に、偵察でも何でもなく無意味に飛び交っているのを見るに、恐らく軽空母や正規空母の艦載機の習熟訓練を行っているのではないだろうか。

 無害なうちならまだマシだが、最悪なのはこの基地が「爆撃演習目標」として制定される事である。演習用として爆撃するふりなら結構、実弾をバラ巻かれた日には私が悲鳴を上げる。

 

 と言うわけで、物資の壊滅を防ぐための棚卸しだ。それから、物資の分配場所として、使っていない監視所を使う事にする。

 もし仮に、私の住んでいる監視所が爆撃や砲撃を食らって使い物にならなくなっても、別のアジトを用意する必要があると感じたからだ。そのため、こうして倉庫から物資を持ってきては、残った監視所に置いて分配している。

 

 分配して被害を無くすというのは結構重要な事だ。

 この基地に来てまもなくの頃、私は大量の酒を兵舎の自室に隠していた事があったが、当時、艦娘の非行を取り締まっていた大淀(むろん一航戦の隠れ食いを摘発したのも彼女だ)にバレてしまい酒を没収された事があった。それから大淀と演習でガチンコの流血沙汰殴り合いをして互いに営倉へぶち込まれて痛み分けとなったが、あれ以来、酒は一箇所ではなく別の場所に複数隠してキープする事にしていた。もっとも兵舎ごと爆撃されてパアになったが。許さんぞ空母ババア、絶対に許さん。

 

 と言うわけで手を付けてなかった兵舎A棟2階を明日にでも漁る事にしよう。

 そうそう、我がジャガイモ農園は順調に進んでいる。近いうちに虫対策をしておかないとな。

 

[ミッションログ 62日目]

 

 望月が残したゲームを30分ほど遊んでいた。

 

 望月は睦月型駆逐艦の中で特にやる気がない。実に面倒くさそうであり、水雷戦隊の軽巡たちは望月のケツを引っぱたいて戦闘に引きずり出すのが日課になっていた。神通が一度本気で望月をグーパンでぶん殴った事があった時は流石に提督が出てきて大問題になった。

 望月を堕落させている生活をどうにかすべきだ、との事で一度、望月が持ち込んだ私物のマンガやゲームは神通の手で根こそぎ没収された。珍しく彼女は私に泣き付いてきた。

 そこで「没収されたぐらいで泣くな馬鹿もの、こういう時は別の視点で遊ぶ事を考えろ」とありったけの“悪巧み”を教えてやった。ゲームやマンガだけが楽しみじゃないぞ、と私と望月は一緒になってイタズラをしでかしたものだ。かくして私と望月はこの艦隊でも相当の問題児扱いされるに至ったが、私としては仲間が増えたので嬉しかった。むろん、望月と付き合って休日はごろごろとボードゲームをしたりした。

 

 しばらくして望月にビデオゲームの所持許可がようやく出たが、あろうことか提督から支給されたのはゲームボーイだった、ポケットでもアドバンスでもない、ガチンコの初代だ。提督が8ビット世代だった事を忘れていた私と彼女には寝耳に水だった。それでも暇つぶしに代用が無いため、楽しく使う事にした。

 これでは湾岸戦争(ニンテンドー・ウォー)だ。

 

 とにかく、今日は望月と長月の私室からゲームボーイを拝借した。ソフトはテトリスしか入ってないが暇つぶしには丁度いいだろう。電池は充電可能なものを望月がセットで持ってたので、これで一安心だ。

 出来れば別のMP3プレイヤーでもあればいいかなと思っていたが、そんなものは無いので諦めた。望月と長月の部屋からは複数の菓子も入手できた。とは言ってもポテトチップス2袋だけだったが、今の私には十分ありがたい。恨むなよ望月、こいつは賞味期限が切れる前に私がありがたく味わおう。



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撤退70日目 沖縄県 在日米軍基地

 沖縄県、在日米軍基地。

 かつて在日米軍は、深海棲艦との開戦当初に激戦地となった沖縄で、国防軍の前身組織である自衛隊と共に民間人や米軍関係者避難のために奮闘し、艦娘なしの状態で多大な犠牲を払いながらもその任務を全うした。

 沖縄撤退戦後、艦娘の登場により沖縄が奪還されて以降は、日本本土に撤退した米軍は再びこの沖縄へ舞い戻り、基地を再建させた後に、壊滅した本国の艦隊に代わり、アメリカの対深海棲艦戦争の最前線、そして最古参の基地として活動していた。

 

 そんな基地の一角、司令本部のデスクに、米国海軍の将校がいた。

 短く刈り上げた髪に、皺を刻んだ初老の白人男性は大佐の階級賞を制服に付けていた。デスクのネームプレートは、彼がライル・ベイリーという名前である事を簡潔に告げていた。彼こそが、最近になった発足された米軍の艦娘部隊――在日アメリカ海軍第7艦隊所属艦娘試験小隊の指揮官だった。

 

 目まぐるしく動き回る対深海棲艦戦争の情勢、壊滅した米軍艦隊と、日本の手によってもたらされた艦娘建造技術、そしてついにロールアウトを開始した米軍の艦娘。そんな中で追い討ちをかけた深海棲艦の大攻勢、膠着状態の前線。

 頭を悩ませる様々な問題、それを解決し、合衆国をこの深海棲艦戦争から勝利に導くのが、退役目前に前線に復帰した彼の仕事であったが、その片付けるべき問題に新たな問題が加わっていた。

 

 最近になってオーストラリアやニュージーランドの基地が受信している発信元不明の通信。解読も出来ず、ただ漠然と送られてくる“信号”に、両国は頭を悩ませていた。こと深海棲艦の支配地域である南方海域での出来事であるため、ベイリー大佐ひきいる米海軍がこの件での調査に乗り出した。頭の中で考えられる様々な可能性や事実を点と線で結び付けていたが、一向に何が起きたのか分かっていない。

 

 不意にドアがノックされる。ベイリー大佐は「入れ」と簡潔に答えた。

 ドアを開けて入ってきたのは、艦娘だった。金髪のセミロング、青い瞳、整えられた端正な顔立ちの女性――米国海軍の制服を着ているが、その若さから明らかに艦娘と思われる――は部屋へと入ってきた。

 少佐の階級賞を付けた彼女は、在日米軍の艦娘部隊の前線指揮官、BB-63“ミズーリ”だった。艤装こそまだ貸与されていないが、彼女はこの米海軍でも数少ない純米国産の戦艦艦娘であった。

 

「報告です。南方海域での原因不明の通信について、進展がありました」

「本当か」

 はい、とミズーリは答えてから、ベイリー大佐に報告書を渡した。

 それを受け取り、ひとしきり文面を読み取る。報告書を読んでいくうちに、ベイリー大佐の顔に険しさが浮かび上がってきた。

「それで、この信号は南方から送られて来ていると見て間違いないのか」

 ベイリー大佐は報告書を机に置いてから、ミズーリを見た。

「はい、ニュージーランドとオーストラリアの基地が発信元を探知しました。南方の日本海軍基地から定期的に発信されているそうで、日に3回、定期的に発信されていると判明しました」

「発信しているの誰なんだ?艦娘か?」

 ミズーリは頷いた。

「はい、解析した結果、コードは日本海軍のものです、南方海域からは日本海軍は全面撤退したので、考えられるとすれば……」

「例の“那智”か」

「そうとしか考えられません」

「ふむ」

 ベイリー大佐は少しの間沈黙し、思案した。

 在日米軍にも、例の那智に関する情報は入ってきていた。日本海軍が艦娘を敵支配地域へ置き去りにし、現在は放棄された基地でただ1人生存し、四方を敵に囲まれながらも救援を待ち続けているという物だ。

 那智は連絡手段を持っておらず、通信は回復していないという情報がベイリー大佐の耳にも届いている。かろうじて、数日前に衛星写真で彼女が基地の内部を歩き回っている写真が撮れた程度だった。

「信号の内容は?」

 ミズーリは首を左右に振った。

「今現在は解りません。日本海軍の通信は暗号化されていて、ニュージーランドとオーストラリアの艦娘用艤装では解読は不可能です、陸上の通信装置もまた同じくです。日本側が察知していないのは、恐らく地理的要因か深海棲艦の影響かと思われます」

「なるほど……」

 ベイリー大佐は思案する。

 彼の耳にも、今回の一件は入ってきている。元々、情報将校であった彼にとっては今回の一件に関する情報は、おそらく日本海軍の中枢と同様の情報をそろえている。もちろん、日本海軍の上層部がどんな出方をしようとしているかも知っていた。

「知っているか?日本海軍は彼女を救出できず、また通信不可能と見て放置する事を決め込んでいるそうだ。上層部が救出案を出し渋っている」

「見殺し、ですか」

「ああ、いずれはそうなるだろう」

 ベイリー大佐は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。

 ごくごく普通の視点で見れば、彼ら米軍は関与する必要性の薄い話である。他国の兵士……そも一兵卒が置き去りにされているという、隣の庭で起きている事件に、米軍が首を突っ込むのは不自然とも言えた。日本海軍も同じく、米軍がこの件に関わるとは思ってもいないだろう。

 しかし、彼にとっては他人事では無かった。

「しかし、日本海軍は元より我が軍……特に太平洋艦隊には那智に借りがある。見過ごす訳にはいかんだろう」

 決意を固めたのか、ベイリー大佐はミズーリをじっと見た。ミズーリもまた、借りという言葉に反応する。

「アイオワの件ですか」

「ああそうだ」

 アイオワ、それはミズーリの姉妹艦の名前だった。

 日本海軍に派遣された交換将校の1人、それでいて日本海軍が在籍を許している唯一の米軍の艦娘……2人にとってはよく知る人物だ。

「私は、姉を失わずに済みました」

 ミズーリは顔を少し俯かせ、過去を思い出しながら呟いた。

「同感だ、私も部下を失わずに済んだ」

 彼の中で意思は固まった。

 

国防総省(ペンタゴン)には連絡は?」

 ベイリー大佐の問いに、ミズーリは答える。

「まだ行っていません」

「連絡しよう、それから日本の国防省にも繋いでくれ」

 まずは上層部への報告だった。それから、日本国防軍という然るべき組織への連絡だ。

 しかし、部屋を後にしようとするミズーリに、ベイリー大佐は声をかけた。

「ただし海軍の作戦指令部長には伝えるなよ、連中は無視するだろうからな」




※ベイリー大佐はブライアン・クランストンの容姿と内田直哉の吹き替えで脳内再生して下さい。


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撤退73日目 艦娘開発部本棟

 日本海軍艦娘開発部。民間の技術者によって構成された、艤装と装備の開発を目的とした機関で、海軍の下部組織にあたり、そしてこの戦争において重要な役割を果たす組織。

 海軍の艦娘が使用する艤装や、装備の開発やアップグレードを担当するのはこの開発部の仕事であった。数年前に偶然発見された“妖精”の技術に着目し、分析し、深海棲艦への切り札たる装備を人間の手で開発していく、最先端の組織。

 その本部は、千葉県の某所にひっそりと存在していた。

 

 開発部の本棟は、いつもの朝を迎えていた。

 その一角、第二装備開発課も同じような朝を迎えていた。敷地内の宿舎から出勤した技術者たちが、オフィスでいつものようにパソコンや設計図と向かい合いながら、新型装備の開発にいそしもうとしている。

 

 その部屋の一角にある設計室のドアノブが、がちゃがちゃと回った。

 のそり、とドアを開けて出てきたのは、茶髪の若い女性だった。

 上はTシャツこそ着ているが、下はパンツ一丁だ。裸足にサンダル、少し伸び気味の爪というだらしない足元に、化粧なしでも可愛いと箔が付くであろう美貌は、目の下に出来たドス黒い隈と半開きの口元のせいで台無しになっていた。

 そんな姿を見て、同僚たちは驚くばかりか全く気にも止めず、自分の設計室からのろのろと這い出て来た彼女を見てから、また作業の続きに入っていた。

 彼女こそ、この装備開発課でも指折りの天才技師、三樹原麻衣その人だった。

 今年で24歳になるが、この有様なので未だに彼氏はいない。

 

「おっーす、三樹原いるか」

 同僚の男性がドアを開けて部屋へと入ってくる、デスクに座っていた中年の課長が書類から目を離さないまま、人差し指で三樹原を指し示した。

 同僚は、部屋から出てきて自販機の前に立っている三樹原を見て顔をしかめた。

「おい、だらしないぞ」

「一昨日から徹夜なんだよ、大目に見ろよ」

 三樹原は部屋に置かれた自販機に硬貨を投入すると、迷わずにカフェイン飲料のボタンを押した。落ちてきた缶を手に取ると、そのまま自販機の前でプルタブを空けてごくごくと飲み干した。

「うあぁ~……利くわぁー」

「お前いい加減に休まないと、死ぬぞ」

「あとちょっとでヘッジホッグの開発に目処が立つんだ、ここで休んでられるかってんだ」

 同僚の言葉に答えながら、三樹原はゴミ箱に空き缶を突っ込んでから、元の部屋に戻ろうとする。だが、同僚はそんな三樹原の肩を掴んで引き止めた。

「おい、横須賀鎮守府から出頭しろって命令だ」

「あ?」

 足を止めた三樹原は、めんどくせーなと言わんばかりの顔で頭をボリボリ掻くと、それを無視してまた部屋に戻ろうとする。

「急病で来られないって伝えてくれよ、どうせまた新型装備の不具合に関するお叱りだろ。別の奴に頼んでくれ」

「あのなぁ……」

 同僚は呆れ気味にため息を吐いた。

「南方海域でトラブルが発生した。それについて助言が必要だと言っている」

「助言だあ?大体なんで南方海域なんだよ、もう全軍撤退完了しただろ。深海棲艦監視ブイの話ならもうお断りだ、あんなもんに予算注ぎ込むなって言い返してやれ」

「そうじゃない」

 同僚はため息を吐くと、改めて本題を切り出した。

「海軍の艦娘が1人南方海域に取り残されている、そいつの救出計画に参加しろって話だ」

 

 三樹原はそう聞いてから、頭をまたボリボリ掻く。天を仰ぐように顔を上げ、答えた。

「不在の間にアタシの部屋の物いじくんなよ。何時に出頭だ、今か?」

「今日の夕方だ。それまでに仮眠とっとけよ」

「飲む前に言えよバカ野郎……」

 そう答えながら、三樹原は宿舎に戻る前にズボンを履きに自室へと戻った。

 

 

 

 

 

同日 横須賀鎮守府 司令棟

 

 衛兵に案内され、三樹原は横須賀鎮守府の司令棟までやってきた。

 こちらです、とドアを開けられて案内された部屋に入るなり、三樹原は思わず一気に緊張してしまった。長机とパイプ椅子が展開された簡素な会議室には、大量の海軍将校がいたからだ。

 しかも、階級は低い者でも中佐や少佐だ。中には中将の階級章を付けた将校もいる。また、彼らの後ろにはそれぞれ秘書艦と思われる艦娘が控えていた。

 眠気が一気に吹き飛んだ三樹原は、思わず生唾を飲み込んだまま突っ立ってしまった。

「君が開発部の民間技術者か……三樹原君かね?」

「は、はい」

 強面の中将から投げかけられた言葉に、思わず三樹原は上ずった声を上げてしまう。

「座りたまえ」

 指し示されるまま、三樹原は手近な空席へと腰をかけた。

 恐らく、来る前から長らく会議が続いていたのだろう、三樹原が席につくなり、中将の隣席に座る大佐が口を開き始めた。

 

「いきなりで申し訳ないが、この件で、専門家の意見を聞きたい」

「意見、と言いますと」

 三樹原が緊張が続くまま問い返す。

「まだ詳しい説明は受けていないだろうから、私が説明しよう」

 大佐の声と同時に、不意に、後ろから現れた艦娘――戦艦日向が、三樹原の席に書類を置いた。それに目を落とした三樹原は、簡単に目で追って内容を見取った。

「南方海域の基地に、妙高型重巡の那智が取り残されている。今から3週間ほど前に、衛星写真でその生存が確認された。そして2日前、米軍経由でオーストラリアとニュージーランドで、那智が発信したと思われる艦娘用通信装置の信号を探知したという情報が入った。だが、通信の内容そのものはノイズだらけでわからない上にこちらから通信を送る事が出来ない。そこで、通信回復のために必要な手段を考えて欲しい」

 大佐の言葉を聴き終えた所で、三樹原は心の中で呟いた。

 その程度で私を呼んだのか、と。

「率直な意見を聞かせてほしい、可能かね?」

 中将の念を押す言葉に、三樹原は頷いた。

「可能です」

 そして、三樹原は簡単に説明を始めた。

「ただし難点があります。現在、南方海域と日本本土までをつなぐ通信を経由できる艦娘がいない事です。恐らく、南半球の2国で信号を受け取れているのは、稀なケースでしょう。艦娘との長距離通信には、本土と南方海域の間に艦娘が入って通信を経由する必要があります、それでダメなら、バイパスして迂回させるしかありません」

 俄かに会議室がざわつく。

「つまり……どういう事だ」

 大佐の言葉に、三樹原は要約した説明を行った。

「艦娘を前線へ派遣させ、駐留させる必要があります……深海棲艦の支配地域に」

 バカな、無理だ、という言葉が一斉に会議室を駆け巡る。

「それはリスクが高すぎる、支配地域の真ん中に艦娘を送るのか」

「はい、しかしリスクは抑えられます」

 将校の一人の発言に、三樹原は反論した。

「艦娘用の通信装置は、艦娘のみが使用できますが、開発部は同等の通信装置を艦娘を介さずに使用できる試作品を去年に作りました」

 一瞬で会議室は静まり返る。沈黙が流れる中、大佐が「続けてくれ」と呟いた。

 三樹原はこほんと咳払いをしてから、話を続ける。

「艦娘の艤装用通信装置は、現在“妖精”の技術力を用いて作られたブラックボックスですが、現在開発部ではこの通信装置に関する解析・分析が進んでいます。同等の性能を持つ通信装備であれば、現在プロトタイプがあります。開発はしましたが、実用性に欠ける事と、既存の通信装置の方がはるかに効率的だと分かったので、実用化については見送りました」

「それを使うとどうなる」

「艦娘用の通信を、迂回して届ける事が可能です、装置は無人稼動可能で、大きさも抑えられるため、支配地域の無人島なりどこかへ置くだけで済みます」

 中将はそう聞いてから、口を開いた。

「装置についてはまだ存在しているか?」

「はい、開発部の倉庫にあります。設計図もあるので、追加で作る事も可能です」

 再び沈黙が会議室を支配する。

 そして、中将は重々しく口を開いた。

「それ以外に、案はあるかね?」

「ありません」

 三樹原は臆することなく呟いた。

 技術屋は素直でなければならない――この仕事を始めたての時、先輩から言われた言葉を、三樹原は頭の中で反芻していた。

 

 その後、1時間ほどで会議は終了し、三樹原はようやく会議室から外へ出た。

 三樹原もまた、この会議で何が行われているのか、そして南方で何が起こっているのかを知らされた。現在、この事件はマスコミには知らされていない。そればかりか、その艦娘の家族にも知らされていないという事だった。むろん、三樹原も公言しないよう念を押された。

 そして、この艦娘を救うかどうかについては司令部はもめている。

 軍の重要人物ならまだしも、一介の艦娘1人を救う価値はあるのか、コストはどうか、リスクは?と議論が重ねられており、場合によっては救出を断念する可能性もあるという。

 だが、敵の支配海域で生存しているという事は、深海棲艦に纏わるデータをより詳細に入手できる事に他ならず、その艦娘を利用して情報収集をさせるのはどうか、という話もあるという。

 そのためには、その艦娘と通信をどうしても取る必要があるのだ。

 

 三樹原は暫く開発部と、横須賀を行き来する事になった。

 今後もサポートやアドバイザーとして頻繁に呼ばれる事になるだろう、との事だ。そして、軍は開発部と横須賀を繋ぐ女性将校を彼女に元に就かせると言ってきた。

 そして今、開発部へ送る帰路。自動車の車内で、三樹原はその女性将校の話を聞いている。

 

「それにしても、開発部きっての秀才が私と同年代の女性ってのは意外だったわね」

「……みんなそう言うよ」

 女性将校はそう言いながら、ハンドルを握って運転をしている。

 ガソリンの規制で、車も疎らになった首都高を走りながら、もうずっとこの調子で三樹原と女性将校の話は続いている。

 タメでいいよ、とフランクに話してくれる女性将校だったので、三樹原は安心していたがこうもぐいぐいと会話を続けられると、三樹原も少々引き気味であった。

「あんた、海軍の制服着てるけど艦娘に見えるな」

「あ?分かっちゃった?どの艦娘に見える?」

 三樹原は隣でハンドルを握る彼女の姿を見て、ふむ、と思案した。

「ピンクがかった髪の毛とか、纏めてる髪の長さを見て――工作艦明石か」

「正解。正確に言うと“明石の艤装配備待ちの艤装適合者”だけど」

「レアだもんな、あの艤装」

 でしょ?と彼女――明石は笑った。

「もしかして、あなたも艦娘?」

「どうして分かる」

「雰囲気で」

 明石の言葉に、三樹原は参ったと言わんばかりの顔を浮かべた。

「やっぱり分かるか。もう離れて1年経つんだけどな」

「除隊したの?どうして?」

「艤装の適合能力が無くなったんだよ。どの艤装もウンともスンとも動かなくなって海軍を追い出されたんだ。再就職先から無いからこの仕事にしたんだ、まだ“妖精”が見えるからこの手の職じゃ引く手数多なんだと」

 うんざりとした口調で三樹原は呟く。一方で明石は興味津々な様子だった。

「へぇ……ちなみにどの艦娘だったの?」

「高雄型だ、適合艤装は摩耶」

 やっぱり、と明石は思わず口に出した。

 次いで話を切り出そうとする明石を前に、三樹原は制するように厳しい口調で言葉を重ねた。

「これ以上詮索するな、あんまり思い出したくねえんだよ……昔の話は」

「ごめんなさい」

 思わず謝る明石だったが、三樹原は「いいんだ、別に」と素っ気無く答えた。

「いいんだ……」

 表情に影を落としながら、三樹原は窓の外を眺めた。

 明石は、思わず黙ってしまう。そして、気まずい空気から逃れるように、ハンドルを握りながら運転に集中する事にした。



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撤退75日目 横須賀鎮守府

 横須賀鎮守府のブリーフィングルームに、艦娘たちが集められていた。

 駆逐艦、軽巡、重巡、航巡、戦艦、軽空母、正規空母と言った艦隊を構成する大半の艦娘たちが集められ、パイプ椅子に腰掛けていた。その中で、潜水艦だけが最前列へと集められていた。

 彼女たちの視線の先には、ホワイトボードに貼られた地図と、本郷中佐と大淀がいた。

 全員の声が静まり返った所で、本郷中佐はこほんと咳払いを続ける。

「今回のミッションについて説明する。那智が生きているというのは周知のとおりで、今現在でも生存が確認されている。今回は那智との交信を成功させるためのミッションだ」

 

 那智、と聞いて艦娘たちはまたざわつき始めた。

 無理も無かった。彼女たちに伝えられた那智生存に関する情報は緘口令が敷かれ、現在は機密事項として扱われている。海軍にとって恥なのか、それとも都合が悪いのか、どちらかは不明であったが政治的な事情が絡んでいる事は艦娘の誰もが知っていた。

「静粛にお願いします」

 ぴしゃり、と冷や水をかけるように大淀の言葉が部屋に響いた。

「那智の救出に関する是非はこのミッションの成功にかかっている。だが、今回の任務地は日本近海を離れて、南方海域へと向かう。敵の支配地域にして深海棲艦の最深部だ」 

 本郷中佐はそう言うと、改めて全員の顔を見た。

 緊張感、不安、そういった表情を誰もが浮かべている。

「那智との通信回復のため、艦娘用の通信中継装置を南方の海域へ設置する。設置場所はマリアナ諸島テニアン島。通信中継装置は小型化されているとは言え、持ち運ぶには大きい代物だ。輸送の際は運貨筒を使用する。よって今回の任務はまるゆを中心に行い、潜水艦隊による突破作戦を実施する」

「……私たちは行ったきりの特攻隊、ですか」

 伊8が声を上げるが、本郷中佐は至って気にしていない様子であった。

「特攻とは違う。今回は二部隊による陽動作戦も展開する。まず、打撃部隊による艦隊で前線を強襲し、威力偵察を行う。その間に出来た隙を突いて、行って戻ってくるだけだ」

 再び部屋がざわつく。

「今回の任務は危険かつ難易度の高い任務だ。同海域は姫クラスの深海棲艦が多数目撃されている。フラグシップやエリート級の巣窟だ。私は君達に対して強制はしない、今回の任務は潜水艦も含め志願制とする。志願する物は立て」

 

 本郷中佐の言葉を聞いて、真っ先に羽黒が立ち上がった。

 誰もが、それを見て驚いていた。

 普段のおどおどしたような雰囲気とはかけ離れた、覚悟を胸に秘めた顔と、迷いの無い目で、羽黒は提督をじっと見た。

「志願します!」

 臆することのないまっすぐな声で、羽黒は宣言した。

「私もお願いします」

 妙高も、また同じように立ち上がった。

「打撃部隊と言えば私の出番だろう、長門型を忘れてもらっては困る」

「なら、私も」

 長門と陸奥も立ち上がった。

「榛名もご一緒します」

 そして、榛名も立ち上がった。

 

 そんな彼女たちを見ていて、一人の駆逐艦がため息を吐いた。

 望月だった。

「別にいいけどさー、死にに行くつもりなの?」

「ちょ、ちょっと望月ちゃん」

 隣に座っていた吹雪が突然の言葉に動揺する。

 周囲の艦娘たちの、厳しい視線が望月に突き刺さった。

「この任務は志願制だ、駆逐艦には荷が重過ぎる……責めはしないぞ」

 長門はそうつぶやくが、望月は口元にニヒルな笑みを浮かべた。

「潜水艦も沈められないような編成で、潜水艦が出るかもわからない海域へ戦いに行くって事が、自殺するつもりなのかって言ってんの」

 よいしょ、と望月は椅子から立ち上がった。

「みんな潜水艦の1隻も沈められないだろうから、私も行くよー。対潜任務は私の仕事だし」

「危険だぞ。解っているのか?睦月型では厳しい任務だ」

 長門が念を押すように言うが、望月は“んな事知らね”と言わんばかりの表情だ。

「那智姉ぇのピンチに問題児No.2が黙って見てると考える方がおかしい。それにまだ上手な始末書の書き方を教わってない。あと睦月型に対する明らかな侮辱ってゆーか、私達はあんたら以上に資源を稼げるぞ」

 ははは、と周囲の睦月型駆逐艦が笑う。

 彼女のネジの外れぶりは那智と関わってから酷くなる一方で、こんな事も、彼女たち睦月型の間では周知の事実であった。

「どうせうちの睦月型は全員クレイジーだ。許可する」

 本郷提督は呆れ気味に承認した。

 

 最前列の潜水艦娘は、その光景を見て重たい表情を浮かべていた。

「イクたちはどうするのね……?」

 伊19が、不安げな表情を隠さずに左右に座る伊58とまるゆを見た。

「まるゆもきっと、お役に立ちます!」

 俄然やる気、と言わんばかりの勢いでまるゆが立ち上がった。

「潜水艦娘になった以上は、これぐらいで不平不満を漏らしてる程度では潜水艦の風上にもおけないチキン……オリョールクルーザーの肩書きが聞いて呆れるでち」

 伊58は皮肉な笑みを浮かべると席を立ち上がった。

 それに続いて、潜水艦娘は全員立ち上がり、最後に伊19が観念したかのように立ち上がった。

 

「参加する面子は決まった。出撃は明日の0900、今晩に詳細な説明を行う。解散!」

 艦娘たちが全員立ち上がり、敬礼を送る。

 提督と大淀がブリーフィングルームを出て行ったのを見送ると、艦娘たちは部屋を後にしていった。

 だが、全員の顔から不安や緊張の色はなくなり、那智戦死の報を聞いて以来、初めての明るさが戻りつつあった。



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ログ 77日目

[ミッションログ 77日目]

 

 最悪の事態になったらどうしようか、と最近考えている。

 どういう事態かと言うと、深海棲艦の上陸だ。かつて、開戦当初に深海棲艦が上陸してきた際は、輸送ワ級が浜に乗り上げて、口から大量の陸上型深海棲艦――足の生えてるイ級みたいなやつを吐き出して世界を大混乱に陥れた。

 率直に言うと、同じことがこの島で起こったら私は死ぬ。

 

 恐らく戦うヒマすらないだろう。私の手持ち武器は64式小銃が1挺と9mm拳銃1挺、そしてサバイバルナイフが1本だ。弾薬に至っては歩兵が持てる標準量しか持ってない。

 つまり死ぬしかないって事だ。

 そこで考えてみたのだが、どうせ死ぬ事になったら派手に死にたい気がする。

 爆撃で死に掛けた身としては、もう少し面白い死に方をしてみたい。

 例えば迫り来る深海棲艦に、ガスボンベを大量に抱えて「ようタコ野郎帰ってきたぜえええ!」と叫んで特攻して死ぬとか、体中にプラスチック爆薬をくくり付けて突入してニヤリと笑いながらスイッチを押して爆死するとか、なんと言うか面白い死に方があるような気がする。

 

 まあ、結局はこの拳銃で頭をズドンと撃ち抜いて楽になるしか一番簡単な方法はないな。こめかみは一撃で死ねない事があるらしいから、口に銜えるか。

 

 こんな所で面白く死んでもダーウィンアワードには載れない気がするが、それでも深海棲艦の連中にインパクトを残して死ねればそれはそれでいいだろうなという気がする。

 そんな日は来て欲しくないんだけどな。

 

 通信はもうずっとつながらず、レーションを食べて畑の様子を見て、ここに戻るという生活を続けていると気が滅入って来る。退屈をしのげる娯楽もいつまで持つか分からないし、完全に忘れ去られたとしか思えないし、救出の希望が見えない毎日が続いているようではこんな後ろ向きな妄想をするのも仕方なかろう。

 

 通信が回復しなかったら……いや、もうこれ以上考えるのは止めよう。

 あーあ、それにしても長門よ……もっといい音楽は持ってこなかったのか?もうプリキュアの歴代オープニングソング、空で歌えるようになってしまったぞ。次はアイカツだな。

 

 

 

 

同日 横須賀鎮守府

 

 本郷中佐は、執務室の窓の外に広がる横須賀鎮守府の光景を眺め続けていた。

 窓の外には、港に停泊する護衛艦や艦娘母艦、さらに哨戒活動や敵泊地攻撃のために出撃していく艦娘たちの姿も見える。

 この光景を、彼は今朝からずっと眺め続けていた。

「そろそろ、ですね」

 秘書艦のデスクに座り、書類を書いている大淀は時計の針を眺めながら呟いた。

 那智との通信回復のための決死の作戦が、今行われている。上手く事が進んでいれば、今日中に信号が受信できるのだ。

「そろそろ、だな」

 本郷中佐は素っ気無く答えた。

「……那智は恨んでるだろうか」

「……」

 不意にもれた言葉に、大淀は思わず黙ってしまった。

「どうでしょうか」

「元々、撤退に手間取ったせいで、このような事態に陥った。もっと早く撤退許可を出していたら、もっと早く撤退作業を完了させていたら。「もし」「たら」「れば」は戦争に不要だと思っていても、どうしても考えてしまう。私の責任だ、那智も――」

「それは、本人に聞きましょう。まずは通信が繋がる事を祈るだけです」

 大淀の言葉に、本郷中佐は言葉を飲み込んだ。

「そうだったな……らしくない事を言った」

「むしろ那智さんが無事に撤退していたら、またここで騒ぎを起こしていますし、始末書300枚の壁も突破しているはずです。少しぐらいは1人で頭を冷やすべきです」

「まぁ、それもそうだな」

 2人は微かに笑った。

 それでも、不安は完全に払拭できない。

 

 執務室のドアがノックされる。

「入れ」

 提督の声と共に、ドアを開けて艦娘が入ってきた。

「失礼します」

 艦隊の工作艦、明石だった。

「開発部の方をお連れしました」

 明石が案内すると、茶髪で、作業着を着た女性が執務室へと入ってきた。

「艦娘開発部第二装備開発課の三樹原です」

 三樹原はそう簡潔に自己紹介をすると、執務室へと入った。

 

「装備開発課……?」

「え、あ、はい。一応、今回の艦娘用通信機中継装置の開発者っスけど……」

 三樹原の言葉に、本郷中佐は数日前の会議の様子を思い出した。

「そうか、あの時の技術士か。すまない、失念していた」

「今日はこれをもって来たんですよ」

 そう言うと、三樹原は片手に下げた大型のジュラルミンケースを提督の机の上へ置いた。

「よいしょっと……あ、すいません勝手に置いて」

「何だ、それは」

 本郷中佐の言葉に、三樹原は答えた。

「中身は通信装置です。今日の任務が成功していれば、この装置で那智と通信が出来ます。置き場所とセットアップの作業ですが、ここでやっても大丈夫ですか?」

 三樹原の言葉に、本郷提督は即答した。

「ああ。すぐに取り掛かってくれ」




夏イベ終わりました。ウォースパイトもアクィラも伊26も水無月も来ました。
プリンツ来てません。訴訟。


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撤退77日目 マリアナ諸島沖

 砲声が海上に鳴り響いていた。

 副砲、時には高角砲、機銃の音までも、それに混ざって鳴り響く。砲撃のシンフォニーと、鳴り響く怒号、そして巻き上げられる水飛沫の音と空気を切り裂く砲弾の飛翔音は、紛れもなくここが戦場であると語っていた。

 長門旗艦の陽動部隊は、マリアナ諸島沖に展開していた。

 那智との通信に必要な機械の展開を行う潜水艦部隊を敵主力の目から逸らすための戦闘であり、それと同時に敵の編成と攻撃能力を探る威力偵察を兼ねた戦闘であったが、戦況は思いの他、拮抗していた。

 

「主砲全門、てェーッ!」

 長門の掛け声を共に、陸奥、榛名、妙高、羽黒の主砲が一斉に吼え狂った。

 距離を詰めていた深海棲艦の水雷戦隊が、主砲の直撃を受けてずたぼろに引き裂かれ、バラバラに爆発四散する。

 だが、それを掻い潜るように、後続の水雷戦隊が迫りくる。ロ級やイ級のエリート、さらにそれに混じって雷巡すら現れる。

「キリがないわ」

 陸奥が少々あせったように呟く。

 それも無理はない。彼女たちは掠り傷で済んではいるが、この長く続く戦闘で弾薬を消費し続けていた。

「爆雷の残量が少なくなってきたよー、こりゃ長くは持たないかも」

 5人の背後を守るように、潜水艦相手に爆雷を投擲していた望月も、少々あせりが見え隠れする声で応える。

「潜水艦の皆さんが、仕事を完了させてくれるまでの辛抱です。第四波が接近しますよ」

「いざとなったらラムアタックでも仕留めるぞ!」

 妙高の言葉に、長門が叫ぶ。

 那智との通信はこの戦い如何にかかっている。

 全員が気を引き締め、迫り来る深海棲艦に何度目か分からない攻撃を浴びせた。

 

 

同時刻 マリアナ諸島 テニアン島

 

 潜水艦娘は、あまりにも拍子抜けするように深海棲艦の包囲網を突破した。

 遠くで聞こえる砲声から、長門たちの陽動作戦が上手く行っていると思われていた。まるゆを旗艦とする、伊58、伊8、伊19の4隻は、撤退して久しいテニアン島へと上陸に成功した。

 

 まるゆが運貨筒を砂浜へと引っ張りあげる。人間1人が入れるほどの大きさがあるそれを砂浜まで引き上げると、今度は筒のロックを外し、開けた。

 ビニールで丁寧に梱包された通信装置を引っ張り上げる。装備開発部が作った艦娘用通信装置で、自動で作動するようにソーラーパネルが付けられている。深海棲艦には察知されないようにと開発部が手を加えているが、潜水艦の彼女たちにはこれを浜ではなく島の内陸部へと仕掛けるようにと念を押されていた。

 

「どこに仕掛けるのね?」

「砂浜はまずいから、もうすこし行った所に仕掛けましょうか?」

 伊8と伊19は、島の地図を取り出して現在位置を調べる。

 すぐさまバレるような位置に置いては元も子もない、入念に調べる必要があるが、陽動部隊のタイムリミットを考慮するとすぐに行動に移さなければいけなかった。

 

 そんな2人を尻目に、まるゆは、運貨筒からバックパックを取り出した。

 そのバックパックを開けると、中から手榴弾や突撃銃――89式小銃を取り出す。弾倉をはめ、コッキングレバーを操作するとセレクターを「ア」から「レ」に変えた。さらに、チェストリグやマグポーチも取り出すと、それを身体に付けていった。

 伊58も、それに続いて艤装を脱いでC4爆薬や9mm機関けん銃、そして使い捨て型のロケットランチャーを取り出してスリングベルトを通して背中に吊った。

「何をしてるのね!?」

 一連の行動を見ていた伊19は驚愕の声を上げた。

「置きに行った場所に陸上型深海棲艦がいると厄介でち」

「私の艤装じゃ無理ですけど、これなら戦えます!」

 2人とも笑顔だった。しかし、伊19には自殺しにいく顔にしか見えなかった。

「ふ、2人とも……」

「まるゆ、陸軍だから大丈夫だもん」

「……」

 伊19は顔を引きつらせたまま黙ってしまう。

「戻ってくるまでここを守って、時間までに戻ってこなかったら逃げるでち」

「わ、わかったのね」

 伊19はこくこくと頷いた。

 重武装の2人は、そのまま砂浜から森の中へと消えていった。

 

 固唾を呑んで2人が見守る中、その10分後、森の中から銃声が響いてきた。

 射撃音、そして手榴弾が爆発する音、さらにロケットの飛翔音と共に、爆発で椰子の木がばたばたとなぎ倒された。

 やがて、その銃声は段々と少なくなり、ついに途切れていった。

 それからまた10分。不気味な静けさがあたりを包んだ。

 

「……まさか」

 伊8はまさかの事態を考えて頭が真っ白になりかけたが、少しの時間の後に、がさがさと草むらが動き、人影が現れた瞬間に現実に引き戻された。

「設置完了でち」

 伊58だった。ほっと胸をなでおろす2人の前に、まるゆと伊58が現れた。

「脅かさないでほしいのね」

「一体何と戦っていたの?」

 伊8の言葉に、伊58は黙って片手にぶら下げた物を2人の前に放り投げた。

 深海棲艦の血がべっとりと張り付いた、壊れたヘッドフォンとフレームの折れた眼鏡が、砂浜にぼとりと落ちた。

「まるゆ、頑張りました!」

「大物でち」

 2人はもう何も考えない事にした。ただただ、目の前の潜水艦最古参と、陸軍から派遣された潜水艦最新参を前に、畏怖と戦慄を覚えるしかなかった。

 

 

同日 マリアナ諸島沖

 

 もうもうと立ち込める硝煙が、羽黒の目にしみた。

 第四波をしのぎ切った陽動部隊だったが、深海棲艦の水雷戦隊は未だに勢力が衰えなかった。倒してもキリがないという陸奥の言葉とおり、無尽蔵に湧き出る深海棲艦が、この場所の支配者が誰であるのかを雄弁に物語っていた。

 

「残弾確認!!」

 長門の掛け声と共に、全員が主砲の残弾カウンターを確認する。

 その目盛りはすべて1桁まで落ちているか、もう残っていなかった。副砲や高角砲は、主砲の節約のために撃ちつくしていたので、その数は心もとなかった。妙高、羽黒、望月はすでに魚雷を撃ちつくしていたため、もはや戦う手立ては残されていない。

「第五波が来ます!」

「なにっ!?」

 羽黒の長門が声を上げた瞬間、水に浮かぶ仲間たちの屍を乗り越えて、深海棲艦の駆逐艦たちが艦隊目掛けて突っ込んできた。

 もう、弾が持たない。

「……白兵戦闘用意!」

 自らの艤装の主砲を鷲づかみにして、ユニットごと引き抜いて鈍器にした長門は雄たけびを上げる。

 全員も迫りくる駆逐艦たちに警戒する。

 そして――

 

 真横から襲い掛かった魚雷が雷跡を引きながら、水柱を上げて駆逐艦たちに命中し、爆沈した。

 呆気にとられる6人の前に、潜水艦からの通信が鳴り響いた。

『設置作業完了したのね、露払いは潜水艦がやるの』

 任務完了。

 その言葉の意味する事に、長門はほっと胸をなでおろした。

「急いで撤退するぞ!」

 6人の主機が動き、踵を返して海域から離脱していく。

 羽黒は、この自分の通信装置に投げかけ続けていた通信が、那智へ届かないまま撤退する事に不安を覚えていたが、彼女の通信が日に3回という事実を思い出して、堪える事にした。

 後は、繋がる事を祈るしかなかった。

 



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撤退77日目 横須賀鎮守府

 装置の設置完了、全艦隊これより帰投す。

 その朗報が届いてから1時間。横須賀鎮守府にある本郷提督の執務室は、異様な熱気に包まれていた。

 大淀、明石、それから通信装置の開発者である三樹原。さらに設置作戦成功の報を聞いてきた、横須賀鎮守府の全艦隊の指揮官、さらにこの横須賀の総司令官を勤める中将もこの部屋に来ていた。狭苦しく、それから重苦しい空気が続いている中で、三樹原は通信装置の調整を終了した。

 

「完了しました」

「ご苦労」

 三樹原の言葉に、本郷中佐は簡潔に答えた。

「通信装置はどうだ?」

「艦娘の反応が1です。恐らく例の那智であってほしいのですが……電波状態は良好です、これより通信を試みます」

 スピーカーをオンにすると、三樹原はマイクを手に取り、通話スイッチを押し込んだ。

「所属と艦娘艤装番号を答えよ。こちらは横須賀鎮守府司令部、応答せよ」

 三樹原はスピーカーに耳を凝らす。

 部屋の中の全員が、返事を心待ちにしていた。

「通信装置は完璧か?」

「道中で壊してなければ完璧です。装備開発部の仕事をなめてもらっては困ります」

 本郷中佐の言葉に、三樹原は若干ぶっきらぼうに答えた。

 スピーカーから依然として沈黙が返る。

 誰もが諦めている中、スピーカーから物音が返ってきた。

 どしん、と何かが落ちる音のあと、ガチャガチャと音が鳴り響く。荒い呼吸と息づかいが聞こえてきた。

「所属と艦娘艤装番号を答えよ。こちらは横須賀鎮守府司令部、応答せよ」

 三樹原の再度の言葉に、ついに反応が返ってきた。

 

『こちら南洋派遣艦隊第13基地所属!重巡那智!艤装番号8875124!』

 

 部屋に歓声が響き渡った。

 本郷中佐は握りこぶしを作り、ガッツポーズを静かに浮かべた。

 三樹原は満面の笑みを浮かべながら、マイクを握った。

「通信回復おめでとう!あたしからお疲れ様を言おう。あんたのボスに替わる」

 三樹原はマイクを本郷中佐へと差し出した。受け取った本郷中佐は、興奮さめやらぬ表情で那智に語りかける。

「本郷中佐だ。心配したぞ、無事か?」

『ひとりぼっちで心が荒んでいる事と慌ててベッドから転げ落ちた事を除けば、至って健康だ――私こそ心配したぞ』

 紛れもない那智の声。

 本郷中佐は、思わず出かけた涙を堪えた。

『どうして私の生存がわかったんだ。私は、とっくの昔に死んだと思われたと覚悟していたが』

「ああ、撤退の52日目からお前の生存を通信衛星で確認していた。それから、米軍経由で通信が発信されている事実も突き止めた、今回はそのために通信設備を敵の支配海域に設置して通信を回復させたんだ」

 すぐさま、那智が謝辞を述べた。

『感謝する。それから、基地のみんなは無事か?私と一緒に撤退していた面子はちゃんと全員帰還できたのか?』

「全員無事だ。長門、陸奥、榛名、妙高、羽黒、私以下、士官8名も全員無事に撤退した」

 沈黙が返る。それから、那智の声が響いた。

『よかった……結局私がどん尻で貧乏くじを引いたようだ。不幸で扶桑型に勝ったな』

 どっ、と部屋の中に小さな笑いが起こった。

『私の無事を彼女たちに伝えてやってくれ。それから長門に「貴様の音楽チョイスは意味不明だ」とも伝えてくれ』

「ああ、わかった。それから、どうやって生き延びたか教えてくれ」

 提督の言葉に、一呼吸おいて那智が答えた。

『恐らく奇跡的なものだったんだろう。深海棲艦の爆撃が直撃したが、艤装大破に留まり、浮力を失ったが半分沈んだ状態で浮揚して、そのまま流されて島の浜辺に打ち上げられたんだ。深海棲艦は恐らく、私を死んだと思って見過ごしたんだろう。基地に残った物資を使って生き延びている。艤装は破壊されたが、通信機だけはどうにか回復させた。現状、この島からの脱出は不可能だ』

 なるほど、と本郷中佐は頷いた。

『私の生存を家族に伝えてくれたか?内地で心配しているだろうから、無事だと伝えてくれ。それから伝えるのが遅くなってごめん、と』

「……無事は伝えていない。戦死通知を受け取ったままだ」

 本郷中佐は、苦虫を噛み潰したように答えた。

 那智を置き去りにした行為は海軍にとっての汚点である。状況が悪かったとは言え、仲間を見捨てたという事がマスコミや民衆にバレた際の反応を、軍部は恐れていたのだった。

 ただでさえ膠着した戦況で、追い討ちをかけるように生存の報が流れたとあっては、誰もが海軍を批難する事は目に見えていたのだ。

 通信機から沈黙が流れた後、那智は堰を切ったように口を開いた。

『ふざけるのもいい加減にしてくれないか。何故伝えない?私はもう二ヶ月以上も南方海域のちっぽけな島に置き去りにされているんだ。無事を伝える事ぐらい出来るだろう!それとも未だに艦隊対抗連装砲ちゃんラグビーで私が連装砲で執務室のガラスを割った事を根に持ってるのか、肝っ玉が小さ過ぎだぞ貴様!』

 本郷中佐は受信機を握る手をぶるぶると震わせてから、重々しく口を開いた。

「発言に気をつけろ、今、この通信は横須賀鎮守府の全指揮官が聞いている」

『イェーイ!提督冷えてるか~?』

 

 本郷中佐は通話スイッチを切った。

 部屋の中に微妙な空気が流れている。誰もが笑ったら負けといわんばかりの顔を浮かべており、そのうちの何人かは本郷中佐に対する同情の念を浮かべていた。

「本郷君、彼女はいつもああなのかね」

 中将の言葉に、本郷中佐は恐る恐る答える。

「彼女については概ねその通りです。恐らく、長い間の孤島での生活で精神状態に何らかの影響があるのでしょう」

「……お転婆娘だな、君の気持ちは察するよ」

 ははは、と中将はさぞ愉快なように笑った。

「最近の海軍には骨のある艦娘がいなくて参る。私は気にしていないよ」

 中将の言葉に、本郷中佐は胸をなで下ろしながらも、手に浮かんだ冷や汗をふき取りたい気持ちに駆られていた。



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ログ 78日目

[ミッションログ 78日目]

 繋がった!!

 通信が繋がった!!やったぞ!!ついに繋がったんだ!!

 かれこれ2ヶ月ぶりに、海軍と連絡がついた。これで私は1人ではなくなった、遥か彼方の距離で離れているだけで、私の声は向こうに届き、向こうの声もこちらに届くようになった。今日はめでたい!酒でも飲もう!最高だ!

 

 しかし改良すべき点がある。

 現状、通話だけ可能な状態なので複雑なデータ受信は不可能。つまり会話しか繋がれる方法がないという事だ。

 幸いにも、通話先に艦娘開発部の技術者がついているらしく、艦娘用通信装置を介してデータの受信が可能なよう改造する方法を教えてくれるそうだ。必要なものは軍が採用しているラップトップと接続ケーブル、それから通信デバイスをまた分解するための工具一式。運がよければまだ司令棟に残っているはずだ。

 簡単だと伝えられているとはいえ、ソフトのプログラムをいじる必要がある。それについては通信で教えてくれるが、困った事に手順書はないため、すべて口頭での説明となる。恐らく1日では終わらないだろう。

 あーあ、夕張のやつが隣にいてくれたらなあ。

 

 

[ミッションログ 80日目]

 データ通信用の改造が終了した。

 三樹原という技術者はいい仕事をしてくれた、的確な説明と程よいアドバイスで、素人である私にも分かるように手配をしてくれたおかげで、司令棟から持ってきたラップトップでデータの送受信が可能になった。インターネットに繋がらないのが癪だが、これでメールや画像データを司令部へと送ったり、逆に受信が可能になる。

 しかし、この三樹原という技術者、どこかで聞いた声と名前だが、果たしてどこだったかな……デジャブや勘違いというのもあるかもしれないが。

 

 さて、通信が繋がった事で色々な恩恵を受けた。

 まず、開発部や技術部が全面的な技術サポートを申し出てくれた事だ。この孤島で1人ぼっちになっている私は、何もかも1人で事に対処しなければならないので、こうした技術支援によって私が指示通りに手を動かして色々と直したり作ったり出来るようになった。

 アポロ13号の事故で“メールボックス”の作り方をNASAの技術者がクルーへ教えたように、何か不測の事態があれば技術本部がヘルプに答えてくれる。近いうちに、機能停止している海水淡水化施設の修復方法について乗り出してくれるそうだ。ひとまず水問題には目処が付きそうだ。

 

 それから、気象衛星を利用して天候についての情報を知る事が可能になり、様々な情報を得る事が出来るようになった。本土で起こってるニュースや、現在の海軍内部の反攻作戦についてもある程度知る事が出来た。深海棲艦の活動情報もだ。孤島に閉じこもりきりで何も知らなかったので、これは大いに役立つだろう。

 

 そして一番は、仲間たちと連絡が繋がった事だ。

 とにかく一番嬉しいのは、皆が無事に本土までたどり着いた事だ。一番危険な最後の脱出作戦で脱落したのは私1人で、長門、陸奥、榛名、妙高姉さん、羽黒の5人と提督は無事に艦隊と合流し、その後、怪我もなく横須賀へと到着した。みんな元気で、あれから戦死者を出す事もなく職務を遂行している。私の無事を伝える事が出来た。

 

 だが、私は既に死んだ事になっていたようで、私の艤装登録番号は欠番にされ、私の戦死通知が両親の元へと届いたらしい。現在、海軍の事務員たちが必死になってそれを取り消しているようで、私の無事はようやく両親の元へ届いた。

 私は軍事作戦中なので、細かい会話こそ出来なかったが、両親に無事を伝える声を届ける事も出来た。ひとまず何も告げずに死ぬような事態は免れたわけだ。

 ちなみに、どうして無事の知らせを届けなかったのかと言うと、私の生存が公に出ると、仲間を置き去りにしたとかで士気が下がるとか海軍のイメージが悪くなるとか何とか、そんな理由があるとの事だ。知った事ではないし、多分、民衆も私が置き去りにされても「あっそ」の一言で済ますと思うぞ。

 

 次に悪いニュースも耳に入ってきた。

 深海棲艦の大攻勢以来、深海棲艦が太平洋の制海権を握りつつある。強力な敵が大量に出没し、無尽蔵に敵が現れて海域を奪取しては取り返されのいたちごっこが続いており、南方海域の攻略はいつになるか分からないという。つまり、私の救出作戦は今の所絶望的というわけだ。くたばりやがれ上層部。

 

 それから、軍は私がこの基地でタダ飯食らって生活している(この圧倒的なぼっちの辛さを考えた事がないのか、分からず屋の将校どもめ!)と思ったのか、正式な命令として「南方海域での敵情勢ならびに敵艦の調査任務」を言い渡した。定期的に監視の結果や、目撃する全ての深海棲艦にまつわる情報を送信しなければならない。まあ、給料が発生するから仕方ない。

 

 ただまあ、私が軍にとって利用価値があり、生かしておくに値すると考えているのならこの状況はマシだと見ていいだろう。

 本来なら、私はとっくに見捨てられてもいい艦娘である。問題児で、艤装なしで孤島に放置されているのなら助ける義理は無い筈だ。気にかけてもらえてるだけマシだろうな。

 

 また、私用通信に関しては軍もある程度の許容をしてくれたらしく、日に10分ほど仲間たちとの会話が可能になった他、メール機能によるやり取りも出来るようになった。検閲はするらしいが、そのうち縦読みで秘密の文章でも書いてやるつもりだ。



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ログ 87日目

[ミッションログ 87日目]

 

 技術部との交信で、海水の淡水化にようやく終止符を打てた。

 島にある破壊された施設の修復ではなく、その施設の壊れた設備をパーツとして使って淡水化装置を作れ……という予想外のアプローチだ。DIY生活が続くこの島での生活と同じで私としてはとても共感できる。(普通はしないが)

 

 技術本部から指示された方法で、淡水化装置を作っていく。作り方に関してはすべて口頭での指示だったが、技術本部は島に何があるか、何が使えるかをちゃんと分かっているようで、意外とスムーズに作業が進んだ。4日かけて、ついに海水の淡水化装置が出来上がった。

 ちょっとした自家発電機ほどの大きさがあるが、問題なく稼動する。

 水飲み放題!風呂やシャワーもやり放題だ!

 

 ……とは行かない問題点がある。方法は電力駆動式だが、その稼動時の電力消費を考えると結構なパワーが必要になる。ソーラーパネルの充電を考えると常に淡水化できる訳ではないそうだ。また、使用するフィルターは消耗品のため、使えなくなった場合は交換をしなければならないが、その交換に必要なフィルターは島にあるもの=壊れた淡水化施設の部品しか使えないので限りがある。また、このサイズだと飲み水程度しか確保できないとの事だ。残念。

 

 とはいえ、井戸を掘るような追い込みまではしなくて済んだのは幸いだ。技術部の連中もいい仕事をしてくれるな。

 

 今日の監視任務中では沖合いを進む輸送ワ級の船団を目撃した。付近に艦娘がいない事をいい事に、護衛の駆逐艦も付けずに12隻で航行していた。戦いに負けた気がするが、今の私にとっては知った事ではない話である。南南西の方向だ。

 

 輸送物資を必要とする事は、向こうで深海棲艦が弾薬燃料資材を消費して何かをやっている事だ。司令部からはここ数日は戦闘行為を日米両軍のどちらも行っていない。あまり考えたくないが、港湾棲姫などが活動を行っているという可能性もありえる。

 

 港湾棲姫などの一部の深海棲艦については、偵察活動などであまり有力なデータが取れていないものの、そり活動として「深海棲艦の整備・運用・支援能力を有する」「深海棲艦を建造するドックの類を運用する姫クラス」等の推測がされている。もし正しいとすれば、恐らくあのワ級は資材をせっせと貢いで出荷しているのだろう。東京急行の連続で過労で倒れた天龍を思い出すな。

 しかし、あの輸送ワ級はいったいどこからどこへ物資を運ぶのだろうか?

 

 司令部にデータを送信して今日は休むことにした。

 残り少ない酒が恋しい。

 

 

[ミッションログ 90日目]

 

 ジャガイモ農園が思いのほか上手くいってるので、農園の拡大に乗り出そうと思う。軍の救出プランが進んでいない現状、自給自足生活になるのも時間の問題だ。イモ以外の穀物も育てていかねばならないだろう。

 開墾予定地を探索し、監視所の近くに手ごろな場所を見つけたのでそこを開墾する事にした。草を取り除き、また今日も今日とてクワを振って地面を耕しての繰り返しだった。何を植えるかまでは考えてはいないが、一航戦連中の残した種を見るにあまりえり好みは出来なさそうだ。

 幸いにも通信によるバックアップで農業に関しては希望が持てそうだ。

 

 かの陸軍軍人、今村均はラバウルで自給自足体制をとり、自ら畑を耕して補給線の分断に備え、ラバウルを要塞化させたと言われている。私もそれに倣うつもりでいよう。

 とにかく今日は開墾でくったくたになったので、貴重なウイスキーをショットグラスで一杯やって作業はお開き、明日は定時の監視任務以外は休息にあてよう。

 

 そうそう、今日はジャガイモ畑について仲間に話した所、一航戦の2人が畑を見せろ見せろと煩いのでメール経由で撮った畑の写真を送りつけてやった。一航戦は私が上手く農業をやっていると認めた一方で、勝手に私たちの用意した種を使う事について不満を述べたが「農耕民族である日本人として農作を放棄し、ただ飯と盗み食いのプロに徹した者たちにとやかく言われる筋合いは無い」と伝えた所、帰還後に間宮で絶対何か奢れと念を押された。

 うぬう一航戦め。腹が立つので那智農園は絶対成功させて見せるぞ。



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ログ 95日目

[ミッションログ 95日目]

 今日はレーションの棚卸し作業をしていた。

 レーションはおよそ100日分は消費した。自給自足体制が思いのほか整いそうなので、食い伸ばす心配は無さそうだが、不安なので食料調達が上手くいくようになったら週に食べる数を減らす事にしよう。それから、思いのほか、調味料不足が深刻化してきている。

 確かにレーションは美味いものの、レーションはおよそ1箱につき30個入り、メニューの数はその半分の15、ローテーションで食べていっても飽きがくる。そのために加熱調理や付属のアクセサリーパケットの調味料が出番になるわけだが、その調味料が尽きると私は塩しか選択肢が無くなってしまう。残念ながらこれは回避できない問題である。諦めるしかないだろう。

 

 農園の開墾作業は順調だ。

 農地確保のため、開墾予定を大幅に拡張する事にしたので作業日数はまた伸びてしまった。これも自給自足生活確立のためなら仕方ないだろう。

 腰も疲れる足も疲れる腕も疲れると全身疲れてばかりなので、ここ数日はドラム缶風呂に頼りっぱなしである。労働後にフロに入り、メシを食べて寝るのくり返しだが、充実した生活を得られている。

 

 通信が繋がってから、毎日の定時報告や仲間との通話が非常に楽しくて仕方ない。

 ここずっと孤独に悩まされていたから、こうした人との繋がりがあるのは非常に嬉しくもある。とはいえ、中継設備がどれくらい持つかの不安があるし、反抗作戦の成否如何では人類側が敗北し、私はここに一生置き去りという可能性もある。

 繋がれるうちに会話をして、情報をえて、すべてを日々の生活に生かしていかねばな。

 

 そうだ、退屈で困るだろうからと長門が音楽をメールの添付ファイルで送ってきてくれたぞ。

 またアニソンだ。長門よ、根に持ったな……

 

 

[ミッションログ 98日目]

 那智農園はどんどん進んでいく。

 開墾は完了し、およそ10メートル四方の農地を作った。なぜ時間がかかったかと言うと、この間に私は木を切り倒し、切り株を根ごとほじくり返して農地確保に当たったからだ。屯田兵重巡洋艦那智、ここに誕生だ。

 肥料作りも着々と成果を上げているので、本格的な自活プランに希望が持てるようになってきた。それから、倉庫から持ってきたゴミ袋と、ダクトテープ、資材のパイプを使ってビニールハウスを作ってみる計画も進めているが、まあ、あくまで今の所は計画のみだ。

 

 また、いずれ調味料が不足するため、今後は塩作りに関しても手を付けよう。

 塩の作り方に関しては簡単だ。まず、海水を取ってきて、ビニールシートで作った桶となる部分にかける、天日で干して蒸発し、さらに乾いたらまた海水を継ぎ足して塩分濃度を濃くしていく。そうするうちに塩水が乾いて、最終的に塩の結晶が残る。

 

 手間はかかるが、晴れの日が多いこちらでは好都合だ。食堂さえ吹き飛ばされてなければこんな事をしなくて済んだのだが……

 もっとも、高速建造材という奥の手があるので、多少味は落ちるが濃度を濃くした海水を煮て塩の結晶を作るという方法もある。

 

 それから今日は悪いニュースがある。

 深海棲艦の爆撃が昼ごろにあった。ちょうど、昼飯を食べている最中に基地の方から轟音が立て続けに鳴り響いた。撤退日以来の爆撃である。深海棲艦がこの島にまだ興味を持っているという最低最悪の事実が今回露見してしまった。

 

 爆撃は本当に勘弁してほしい。

 爆撃後に基地施設の損害を確認してみた。まず司令棟が損壊、次に基地の地面に数発分のクレーター発生、それだけだ。海に何発か落ちたようで、死んでる魚が随分と浮いていた。これは貰ってしまおう。サンキュー深海棲艦。今晩は魚の干物作りだな。燻製もいいな。

 

 今回の爆撃に関しては色々と理由がわからないが、おそらく私を狙った物ではないという可能性はある。連中なら真っ先に兵舎を狙うはずだろうし、爆弾の命中があった建物が司令棟で、なおかつ狙いが反れて壁を一部吹っ飛ばした程度だ。あとはすべて、何も無い地面にぶつけられている。深海棲艦の爆撃訓練、それも実弾使用のものが行われたと見ていいかもしれない。

 そうであって欲しいがな。

 

 メランコリックな気分になるのはもう嫌なので、気分転換に今まで手をつけてなかった謎のDVDを見るとしよう。黒潮の持ってきたDVDの中には、普通の市販DVDじゃない、録画用の無地ラベルのDVDも混ざっているのだ。これが何なのか気になっているし、見るにはちょうどいいか。

 

[ミッションログ 98日目(2)]

 おい黒潮……ウソだろ……本当?えー……うわあ……すごいな




諸事情でちょっと不定期更新になりそうです、ご了承ください。


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撤退112日目 横須賀鎮守府

 本郷中佐の執務室には、複数の人間と艦娘が集められていた。

 艦娘の長門、陸奥、榛名、妙高、羽黒、それから大淀、明石、開発部の三樹原。もはや定例となった面子であるが、各々の表情は硬かった。それもその筈で、今この部屋では那智の救出プランに関する会議が行われていた。本郷中佐は、煮詰まり始めた話を整理するべく、もう一度話の論点を振り返った。

「まず、救出作戦について、横須賀鎮守府ならびに各鎮守府所属の艦隊は全体的に作戦の支援について同意している。在日米軍艦隊の総意も同じだ。唯一の問題は海軍上層部だ。作戦指令部長が今回の件について口うるさく指図をしてきた……そのせいで、大規模な救出作戦は不可能だ」

「……あいつに他国の艦隊を動かすまでの力が?」

 長門は、今一度、本郷中佐の口から出た言葉に驚いた。

 

 在日米軍は、本国のアメリカ軍と同じく深海棲艦との戦いで弱体化した。とは言え、艦娘の開発・建造技術の輸入後はその戦力を伸ばし、今や日本に追いつかんとする勢いで軍備拡張と戦線拡大を行っている。

 その米軍が、わざわざ日本海軍の一艦娘の救出作戦に協力を名乗り出ているのである。

 とうの昔に、日米安全保障条約が破棄されているにも関わらず、だ。

「アイオワの件で在日米軍の第7艦隊は那智に多大な借りがある。艦隊指揮官のベイリー大佐は義理堅い男だ、それに日本海軍とのパイプも作りたいのだろう」

 本郷中佐の言葉に、長門はなるほど、と声を上げた。

「それに、忘れてはならないが那智は海軍でもエース艦娘だ。彼女のキルスコアを考えてみろ、現場と悪戯が好きでなければとっくに少佐の階級章を付けて司令部勤務をしていてもいいぐらいだ。そうでなければ作戦指令部長はこの作戦を間違いなく容認しなかったはずだ」

「……普段がああだから、気が付けてないだけですよね」

 明石は普段の那智の様子を思い出して苦笑いを浮かべる。

 しかし、振り返ってみても現在の会議における具体的な案は出てこない。

 大規模な部隊の編成、在日米軍の協力、各鎮守府の艦隊と連携した作戦プラン。そういった話に関して、作戦指令部長は一切の許可を出さなかった。

 そこまで大規模な救援を出す必要性は薄い、の一点張りであった。

 海軍の実質的なボスがそう明言してしまっては元も子もなく、各艦隊の指揮官、さらに現場の一部艦娘に至るまで、那智の救出作戦の縮小――つまり見殺しでの放置が確定という結果に不満と不服を覚えていた。

「那智は絶対に喪失してはならない。我々の手で救出する。だが具体的なプランがない、それを協議してほしいが……」

 

 再び重たい沈黙が部屋に流れた。

 全員は救出したい気持ちで一杯である。まして、通信回復作戦の成功により救出の兆しが見えて来た矢先の出来事がこれである。制約のある手札で、どうやって深海棲艦の支配地域を突破し救助するか……具体的なプランは出ないままでいた。

「最大12隻の連合艦隊で突破するのは不可能だ、補給も入渠支援もなければ、ミイラ取りがミイラになってしまう」

 長門の重苦しい言葉に、陸奥は頭を抱えた。

 最大の難点は敵の最前線をどう突破し、連れ戻すかだ。前線基地である硫黄島、沖縄基地から発進したとしても、那智の待つ海域までは無補給で到達できない。さらに、艦娘母艦と言った「移動可能な前線拠点」の使用は却下されてしまったのだ。

「支援艦は使えないとなると……どこかに中継地点を設けて、そこで補給と入渠を」

 陸奥の言葉に、大淀が頭を左右に振る。

「補給物資を補給するための艦隊が必要になります、すでにパラオやトラックは深海棲艦の姫クラスの拠点になっています、実現は不可能と見て下さい」

「じゃあどうやって救出するんですか……このままじゃ那智姉さんが……」

 羽黒の悲痛な声に、一同はまた沈黙してしまう。

 

 だが、三樹原だけはふと何かを思いついた。

「海図あります?」

 三樹原が本郷中佐に尋ねる。彼が頷くと、それに呼応するように大淀が脇に置いた書類ケースから、周辺海域の海図を取り出した。三樹原は手に取ると、それを返した。

「もっと、広範囲のやつ」

 三樹原の言葉に、再び大淀は二枚目の海図を出した。

 それを受け取り、机の上に広げた三樹原は作業着のポケットからメジャーを取り出して、おもむろに何かを図り始めた。

「潜水艦の航続距離は?最短の距離で頼む」

「この距離だ」

 長門が大まか距離を指し示した。

 三樹原は距離を測りながら、ふむ、と思案をした。

 

「今回も潜水艦作戦で行った方がいい」

「潜水艦?」

 その言葉に、本郷中佐は聞き返した。

「確かに潜水艦は隠密行動に向いてる、航続距離も長い。とは言え、那智は水上艦だ。彼女を連れて帰るとなると、彼女だけ集中砲火を……」

「那智を潜らせばいい」

 三樹原はしれっと答えた。

 思わず長門が呆れ返る。

「あいつが宴会の余興で潜水艦の擬装を付けた事があったが、どう考えても那智は潜水艦の艤装適合者じゃないぞ。どうやって海に潜らせる?溺れ死んでしまうぞ、文字通りの沈没だ」

 三樹原は長門の言葉にため息を吐いた。

「すまん……まず先に説明すべきだった……」

 それから、こほんと咳払いをしてから、三樹原は説明に入った。

「まるゆの装備に運貨筒があるのは知ってると思うが、前回の通信回復作戦ではアレで通信装置を運んだ。内部は密閉式になっているから水は入らない、つまりアレのサイズを大きくしたものを使えばいい」

「あれに艦娘を詰めて運ぶのか!?」

 本郷中佐が声を上げる。三樹原は頷いた。

「開発部で実用に耐えうるものを作って、それを潜水艦に運ばせて支配地域を突破する。偵察衛星を利用して、支配地域の抜け道を探して、そこを通って運べばいい」

「待って下さい」

 榛名が声を上げた。

「潜水艦の航続距離では、補給なしで日本まで帰還するのは無理が……」

「来た道を行って戻るんじゃない」

 三樹原は海図に人差し指を置き、ルートをなぞった。

「南方海域を抜けて、そのまま下へ下へ向かうと……さて、どこの国にたどり着く?」

「どこって……」

 陸奥が答えようとして、三樹原の答えに辿り着いた。

「まさか、オーストラリア?」

「そう。オーストラリア海軍の制圧海域まで抜けて、そこで補給を受ければいい、距離を考えればギリギリ行けるし、偵察衛星の画像では幾分か突破しやすい海域だ。それから安全なインド洋経由の航路で戻ってくればいい。もしダメなら米軍の豪州派遣艦隊からベイリー大佐とやらを通じて融通して貰えばいい。政治的な都合はどうか知らないが、燃料ぐらいは分けて貰えるかも。EU連合艦隊の太平洋派遣艦隊に頼むのもありか」

 全員の顔に明るい色が見えた。

 だが、大淀はすぐに顔に険しい色を浮かべた。

「作戦指令部長が何と言うか……」

「あの太っちょの話なんざ無視しちまえばいい、どうせここにいる全員もそう思ってるだろ。あいつは海軍どころかこの国全体の癌だ」

「三樹原君」

 本郷中佐が厳しい声をかける。三樹原は知らん振りと言わんばかりの顔だ。

「私は民間の技術者でオブザーバーです、この発言はあたし個人の意見であって全体の総意ではありません」

 しれっとした顔で言い放つ三樹原を前に、本郷中佐を含め、全員が微かに笑みを漏らした。

「……ならよし。では、この件については私が何とかしよう」

 ただし、と本郷中佐は付け加えた。

「今回の作戦はかなりハイリスクな作戦になる。潜水艦隊には過酷な任務だ。絶対成功させなければ、恐らく上層部は救助を完全に打ち切る……やれるか?」

「そのために開発部の仕事蹴ってきてるんすよ?」

 ふむ、と本郷中佐は三樹原の言葉に頷いた。

「決まったな」

 全員が、覚悟を決めた。



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ログ 118日目

[ミッションログ 118日目]

 朗報が届いた!

 ついに私の救出作戦が決まったそうだ。横須賀にいる私の仲間が、助けに来てくれる。私はお出迎えに乗って、はるばるオーストラリアを経由して優雅な船旅をして日本へ帰国するのだ。うれしさで胸が張り裂けそうだ。なんと表現していいのかわからない!キャー潜水艦サマステキー!

 

 よし、少し落ち着こう。

 

 まずプランはこうだ。硫黄島基地から発進した潜水艦娘2隻……伊58とまるゆが、私を連れ戻すために深海棲艦の支配海域、それも最前線を突っ切る。もちろん、敵の目をかいくぐり、安全かつ最短であるルートを突破し、こちらの基地までやって来ると言うのだ。

 

 まるゆが運ぶ、運貨筒を改造した要人移送用カプセル、つまり私を乗せる潜水ボート(棺桶と呼ぶのは止めておこう)に乗ったら、今度はひたすら南下してオーストラリア海軍の制圧海域へと滑り込み、空になった燃料と弾薬を補充、そこで改めて私はピカピカの新品艤装を身に着けて艦娘としてインド洋を経由し、南西諸島を超えて日本近海へ到着、あとは大音量でハンス・ジマーの感動する映画スコアを流してグッドエンドだ!

 

 とはいえリスクが高い作戦だ。どれだけ中破しようがタフに突き進むまるゆ、そしてわが艦隊で最精鋭の伊58。この2人の神がかったナビゲートと長距離隠密航海がなければ、絶対に成功しない作戦だろう。特に大詰めたるオーストラリア方面への脱出作戦、ここでトチれば私は海の藻屑となってしまう。

 

 また、道中で対潜哨戒部隊に見つかれば元も子もない作戦となる。しかし、現状実現可能な作戦で、成功率が高い作戦は今のところこれしか無いだろう。仲間いわく、もう一つの方法として全員に応急修理要員をありったけ載せて、爆撃・砲撃・雷撃を受けながら戦艦6隻で戦線を突破するという物も考えられたそうだが、それでも突破の可能性は極めて低いと結論付けられたそうだ。当然だ。もっとも潜水艦作戦も成功率は低めだが……

 

 しかし実現すれば私はこんな辺鄙な場所から脱出できる。ようやく私は帰れるのだ。

 

 

[ミッションログ 120日目]

 ジャガイモ農園が収穫の時期に入ったので、イモを収穫する事にした。

 結論から言えばジャガイモ農園は大成功だった。イモは順調に育ち、そして順調に実をつけた。掘り起こして、イモがちゃんと地面から出てきたときの感動はひとしおだった。大量のジャガイモを掘り出してご満悦だったが、こいつを連作する可能性は低いだろう、だって私は救出されるから!!

 とは言え味見はしたいので、何個か洗ってから、シンプルに茹でたジャガイモを食う事にした。

 ホクホクの出来立ての茹でジャガイモに塩を振りかけて食べた。レーションとたまに採れる魚という生活に飽き飽きしていたので、取れたてのジャガイモの味は格別だった。

 

 救出プランができたので、もう片方の農園は作業中止にした。また、救出成功時のお祝い用に、残り少ない酒もキープしておくことにした。

 かれこれ4ヶ月ほどのサバイバル期間であったが、それでも4ヶ月という時間の長さは驚異的な数字だ。過去に、戦闘中で仲間からはぐれ、燃料なしで無人島に漂着、14日後に救助された駆逐艦がいたが、私はそれよりももっと長い期間、この無人の島に一人ぼっちで生活していたのだ。記録更新だ。おそらく史上もっとも孤独に暮らし、なおかつ敵の支配海域で生活した艦娘として記録されるだろう。

 なんにせよ、この無人島で私は20歳の誕生日を迎えなくて済んだという事だ。

 

 私の救出決定にあたり、司令棟施設、ならびに兵舎はそのまま維持するという方向で話が決定した。

 今回の件で、兵舎から物資を拝借した事については艦娘全員から了承を得ていたが、兵舎を破壊するという方法と取らなくて済んだので、また私物を取りに戻ってくるという前向きな方向で話は進んだ。ただし、司令棟施設に残った機密書類などはすべて破棄するよう命令が下った。重要なものは撤退した日に本郷中佐が破棄したそうだが、忙しすぎて時間が回らなかった細かな書類に関しては私が責任を持って焼却処分する。

 

 それから撤退……うむ、ニヤニヤが止まらないな。



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撤退125日目 トラック諸島沖

 ――冗談じゃない。

 伊58は何度思ったかわからない言葉を頭の中で呟いた。

 

 今回の作戦は徹底したものだった。昼間は身を隠せる場所――孤島や浅瀬などで待機し、敵をやり過ごす、夜間になったら全速で航行する……長距離偵察や航海を行う潜水艦のセオリーに則った行動で、2人は那智救出のために全力を尽くしていた。

 だが、今回のミッションは段違いの恐ろしさだった。

 駆逐ロ級や、軽巡ツ級を含む対潜哨戒艦隊が、虱潰しに2人を追撃していた。

 昼間も夜もお構いなしに、爆雷を周辺に叩き込み、それすら尽きれば今度はその主砲すら海面に向けて発砲するという徹底ぶりだった。

 

 それでも、2人にとっては回避は朝飯前だった。包囲網をかいくぐり、海底に身を潜め、爆雷攻撃をやり過ごす。そのまま空気が持つ限りもぐり続け、タイミングを見計らい浮上し、また潜水するの繰り返しだ。

 那智を運ぶ運貨筒改も、かすり傷ひとつ無く無事だった。

 だが、そんな決死の突破を試みる彼女たちの前に、恐ろしい敵が現れていた。

 

 限りなく艦娘に近く、そして艦娘ならざる者たち。

 その戦闘能力から「姫」の呼称で恐れられた深海棲艦。

 軽巡棲姫と駆逐棲姫が現れたのだ。

 

 このような敵は、2人も過去に遭遇していた。仲間たちの援護、航空支援、艦砲射撃支援、さまざまな幸運が重なって、この強敵は撃破された。

 だが、そんな彼女たちでも、この光景はいつになく強烈で、絶望的だった。

 軽巡棲姫と駆逐棲姫、その数、6隻。

 

 水底にもぐり続ける彼女たちは、互いに通信を取る事はできない。

 下手にソナーのピンを打とうものなら、見つけ出され血祭りにされて殺される。物音を立てず、互いの目を見たり、手でジェスチャーを作ったり、体を叩く等してコミュニケーションを図るしか水底で意思疎通するしか方法は無い。

 だが、互いの目に浮かんでいるのは今までに無い恐怖と緊迫だった。

 敵の最前線に侵入した彼女たちは、今だかつてない恐怖と立ち向かわねばならなかった。

 

 乱暴に海面を何かが叩く音が、静かな海の中に響き渡る。

 頭上を見上げた彼女たちは、それが何を意味しているか否が応でも気が付いた。水面の光すら見えなくなるほどの、粒のようなそれ――爆雷だった。

 その数はもう数える事すら出来ない。

 息を呑みながら、ただ秒数をカウントする。

 死神にギリギリまで近づくしか、生き残れる術は無いと彼女たちは戦場で教え込まれていた。だが、今回ばかりは、死神が大鎌を振りかざして微笑んでいる。

 死んでたまるか、強がりを浮かべる彼女たちの体に、爆発の振動が一斉に襲い掛かった。

 

 

6時間後 横須賀鎮守府 艦娘用兵舎

 

 羽黒は酒保での買い物を終え、自室に戻っていた。

 両手いっぱいの紙袋を大事に抱えて、ふさがった手で何とか部屋のドアを開けた。

 艦娘が増えた横須賀鎮守府では、重巡でも相部部屋が義務付けられるようになった。羽黒の自室は、同じく巡洋艦で航巡として改装済みの最上だった。

 最上は部屋の中にいたようで、ベッドの上で横になりながら、コミック雑誌を読んでいた。

「おかえり」

「ただいま」

 簡単に言葉を交わしてから、羽黒は大事そうに抱えた紙袋を床に置き、個人用ロッカーの鍵を開けようとポケットから鍵を取り出そうとした。

 酒保の紙袋を抱えていた羽黒が気になったのか、最上はコミックを脇において、ベッドから身体を起こすと、その紙袋の中身を覗き見した。

「羽黒がお酒なんて珍しいね」

「うん……那智姉さんが帰ってきたら、お詫びと帰還祝いであげようと思って」

 羽黒はそう呟くと、口元に微かな笑みを浮かべた。

 紙袋の中身は、洋酒のビンで満たされていた。那智の好きな銘柄の酒ばかりで、中にはそこそこ高額の洋酒も混ざっている。

「私たちが那智姉さんを置き去りにしちゃったから、せめて……」

「確かに喜ぶと思うよ、でもこの量は絶対に一晩で飲むだろうね、そんでもってまた始末書モノの騒ぎを起こすだろうね」

 最上はふふっと笑った。

「ポーラと隼鷹には内緒にしないと」

「そうね」

 羽黒はそう言って笑うと、その紙袋を大事に個人用ロッカーの中に仕舞い込んだ。

 そんな中、部屋の外、廊下に慌しい足音が響き渡った。2人が開けっ放しにしたドアを見ると、2人の目の前を大淀が走り去っていった。

 呆気に取られた最上だったが、羽黒の心の中にズキンと不安感が突き刺さった。

「……いつもと様子が違ったね」

「私、見てくる」

 羽黒はそう言うと、急いで大淀の後を追った。

 

 大淀が走っていった方向は、提督の執務室だった。

 羽黒が大淀を追っていくうちに、階段を下りてきた長門とも合流した。

「どうした羽黒、そんなに急いで」

「あ、あのっ、大淀さんが執務室に急いで向かっていたので……」

 大淀、執務室、急いで。

 その言葉を飲み込んだ長門は、何も答えずそのまま駆け足で執務室へと向かった。

 羽黒も、何もいわずに長門の後を追って行った。

 

 

同時刻 横須賀鎮守府 執務室

 

 提督は窓の外に広がる景色をぼうっと眺めながら、時計の針を時折眺めては、思案にふけっていた。救出作戦の成否が判明するまでの時間は、あまりにも長かった。

 もし那智の元まで無事にたどり着ければ、作戦の前段は終了する。それについての通信は那智から届く手はずになっているが、那智からの通信は無かった。

 潜水艦が無事に航行しているのなら、今頃はトラック諸島の沖合いを越えて南方海域の中枢――那智の残された島へとたどり着く頃合だろう。

 だが、連絡は来なかった。

 

 同じく、艦娘開発部から派遣されている技術者の三樹原もまた、同じ部屋で待機していた。

 今回の作戦は、彼女が開発した運貨筒改の性能にもかかっている。テストをしたとは言え、ぶっつけ本番で作られた新型装備である。三樹原はいつになく、新装備が無事に動作するかの不安を感じていた。

 今週の秘書艦担当の陸奥は、部屋にうずまく緊迫した空気に、思わずため息を吐きそうになった。この重苦しい沈黙は、もう何十分と続いている。

「三樹原さん、お茶はどうかしら」

「いらん」

 陸奥の言葉に三樹原はぶっきらぼうに答えた。

 彼女には、技術者の心などまったく分からなかったが、それでも、彼女が不安を紛らわそうとしている様子は見て取れた。

「私はもらおう」

 本郷中佐が困っている陸奥に声をかける。陸奥は頷くと、お茶を淹れに部屋を出ようとした。

 

 執務室のドアがノックされた。

 本郷中佐の返事も待たず、大淀がドアを急いで開けて中へと入った。敬礼もなく、廊下を走ってきたのか乱れた呼吸で、肩で息をしていた。それから一呼吸遅れて、走って後を追いかけてきた長門と羽黒が大淀の後ろに立った。

 執務室にいた全員が、その姿を見て息を呑んだ。

 本来、到着したなら那智から作戦の前段完了の通信が、この執務室にある通信機を介して直接来る時間である。そのタイミングで、大淀がこんな焦りを見せた顔でやってくる事が意味する理由を、全員はこの時点で悟ってしまった。

 大淀は片手に握った電文を読み上げた。

「報告します」

 大淀の声は震えていた。

「前線の友軍艦隊から入電です。救援艦隊は、トラック島沖にて敵深海棲艦の対潜哨戒部隊、ならびに軽巡棲姫と駆逐棲姫6隻の追撃を受け全艦大破……運貨筒は破損により破棄、現在2隻は艦娘母艦に緊急搬送中、艤装以外にも身体にダメージあり、重症とのこと」

 電文を持つ手が震えている。大淀は、掠れそうな声を振り絞って最後の一言を呟いた。

「作戦は、失敗です」

 執務室に痛烈な沈黙が広がった。

 誰もが口を開かなかった、いや、開くことも出来なかった。



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第三章 反乱と反撃
ログ 127日目


[ミッションログ 127日目]

 

 悪いニュースと最低の悪いニュースがある。

 まず一つ目。救出作戦が失敗に終わった事だ。

 

 詳細な報告がメールで私にも送信された。伊58とまるゆの救出部隊は順調にサイパン、グアムを越え、マリアナ諸島も越えて敵の前線を掻い潜った。

 だが、彼女たちを待ち受けていたのは駆逐ニ級、軽巡ツ級のエリート部隊による対潜哨戒部隊が1ダース分という執拗な追撃、さらに追い討ちをかけるように6隻の軽巡棲姫と駆逐棲姫による絶え間ない爆雷攻撃によりトラック諸島近海にて彼女たちは大打撃を受けた。何とか反撃し、駆逐棲姫を2隻撃破できたものの、私を運ぶ予定だった運貨筒は破壊され、彼女たちは艤装大破かつ重症、深海棲艦前線を攻撃中の友軍艦隊にギリギリで救出されるという大失敗に終わってしまった。2人が生きて帰れたというだけでも良しとしよう。

 

 次に最低の悪いニュース。私は見捨てられる事が決定した。

 恐れていた事態が現実になってしまったのだ。作戦指令部長の通達により、今後、南方海域における那智の救出作戦は打ち切りにされ、友軍が海域を取り戻すまで自力で生存しなくてはならない。軍は私の救出に対して、一切の援助を行わず、それと同時に今後ともいつも通り、私に上層部へただ情報だけを送るように要求した。

 見方を変えれば、私はこの島で自給自足で生活し、単に戦況が好転するまで待てばいいという事だ。それほど悲観的なニュースだと思えるだろうか?

 いや、確実に私は危機に晒され続けるだろう。

 ナンバー10(最低最悪)だ。

 

 撤退から4ヶ月目、仲間から聞かされる反抗作戦についてはどれもいい話を聞かない。

 そもそも、海軍の上層部――主に作戦指令部長立案の計画――では、南方海域を見捨てるという計画が持ち上がっている。そのまま手薄になっているミッドウェイ、ハワイ諸島を攻略し、それから敵の背後から攻撃を行う形で南方海域を奪還する手筈を取る、というそうだ。

 ただでさえ膠着していた戦線は放棄され、私はさらに莫大な時間、ここへ放置されるのだ。そして、深海棲艦を撃退し、前線を押し戻したとしても、私の住むこの島が深海棲艦の新たな拠点にされるという危険性すらある。

 冷静に考えてほしい、ミッドウェイはここ数年ずっと赤色の海域だ。それこそ赤を通り越して黒に見えるぐらいの深い赤色をした海域であり、過去に幾度と無く攻略作戦が立てられては失敗していた。深海棲艦の本拠地と化しているハワイ諸島に関しては、開戦後に米軍がICBMで核攻撃をしてもなお深海棲艦の活動が止まらなかった本拠地だ。あの米軍ですら、艦娘の開発により反撃を開始し、物量と火力を大量投入して奪還どころか敵主力撃破すら適っていない難航不落の要塞である。

 どんな采配をしてるんだ。あの作戦指令部長(無能デブ)め。

 

 まあいい。もう決まってしまった事は仕方ない。今日からお祭りモードを切り替えて、自給自足体制確立のために農園を再スタートさせよう。レーションも倹約し、出来る限り食い延ばす。

 唯一の薄い望みは、ポートモレスビー、ガタルカナルを含む南方海域を米軍の豪州派遣艦隊とオーストラリア海軍艦娘部隊、EU連合軍の太平洋派遣艦隊が奪還してくれる事を祈るだけだ。両軍も防戦一方のため、状況は芳しくないが、それでも日本海軍に比べて優秀な指揮官がついているし、艦娘の性能もいい方だ。可能性は0%ではない。

 

 それにしても、頼みの綱が自軍ではなくかつて劣勢だった他国の軍隊というのも情けない話だ。日本はそのうち海軍戦力ナンバー1の座から転げ落ちるだろうな……昔2位じゃダメなんですかと言ってる政治家がいたが……ホントに2位でいいのか海軍よ。仕事してくれたら、私も喜ぶんだがなあ。

 

 とりあえず有休が長引いたと思う事にしよう。少なくとも給料は私の口座に振り込まれてるだろうし、今のところ減給もされてないらしいし、こうなったらとことん不労賃金を稼いでやろう。

 あと帰還が長引いたので酒も密造しよう。明日の楽しみをどんどん増やすぞう。

 

 

[ミッションログ 129日目]

 

 驚くべき事が起こった。

 今日は米軍からメールを受け取った。横須賀鎮守府からではなく、沖縄の米軍基地からである。何をどうやったかは知らないが、米軍側から私にコンタクトを取る事が可能になったと言う。

 たどたどしい日本語の字面で送信してきたのは、何とアイオワだった。

 まず最初に、私の置かれた境遇に関しての同情と励まし、それから救出作戦失敗は残念だったという事、そして私を見捨てる事を決めた日本海軍に対する嫌悪と侮蔑が書かれていた。

 いいぞ、もっとやれ。

 

 それから、アイオワは長らく私と連絡を取れなかった事についての侘びも添えていた。

 私は別に気にしていないと返しているが、アイオワ本人はかなり気にしているのだろう。無理も無い。米海軍の合同演習や敵泊地強襲作戦の一件もあったのに、あまり連絡を取れなかった私にも非はある。すまんなアイオワ。

 でもあのベジタリアンメニューのMREに関しては許さん。

 

 私が長門からアニソン攻撃を受けていると知って気の毒に思ったのか、メールに添付する形で気の利いた音楽をアイオワが送ってきてくれるようにしてくれた。

 今日の一曲はCreedence Clearwater Revival から「Fortunate Son」。

 何でこの曲?と聞くと私の趣味と答えられた。

 

 それから、メールの末尾には「がんばって、私たちも応援するから」と言葉が添えられていた。サンキューアイオワ、これからもよろしく頼むぞ。



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ログ 138日目

[ミッションログ 138日目]

 このあいだからひたすら酒の事を考えている。

 酒が切れたらこの島は那智強制収容所へと早代わりである。絶海の孤島、ツマミあり(主にそのへんで取れる魚、芋)、飲む時間あり(働いてる時間よりも暇な時間が多い)、咎める野郎なし(提督も大淀も秘書艦もいない)、これほどまでに飲兵衛に好条件な場所でありながら、肝心の酒が無い!!

 いや、手元に最後のウイスキーが1本があるのだが、これを開けたらおしまいだ。おそらく1晩持たない。飲んだら終わりという恐怖心だけが残りわずかな自制心となってこの手を止めている。

 

 こうなったら密造だ!ここでバレても誰も咎めやしない。南方海域の真っ只中、私を停める艦隊の良心、大淀も始末書をすぐ書かせたがる中佐も、法の番人である警官もここまではこれやしないし、知りもしないだろう。それにバレてもかまうものか、ここは日本じゃなくて海外だから!

 とまあ法的問題はさておき、お世辞にもよい環境ではないのが現実だ。

 

 いや、酒自体は簡単に作れる。しかし、それは材料と素材と環境が揃った場合に限られるし、ご家庭でも簡単に作れる代物ばかりだが、ここは絶海の孤島の海軍基地、物資は非常に限られている。

 そもそも、この基地を放棄する前から私は虎視眈々と密造酒作りに力を入れていた。勉強を重ね、素材を用意し、酒作りに必要な道具だって用意していた。しかし、その都度大淀は私の崇高なミッションをあの手この手で妨害し、時には裏で暗躍していたので作れなかった。大淀さえいなければタンク一杯分の酒ぐらいドンと密造してやったのにな!

 

 せめてホワイトリカーぐらいあれば果実酒ぐらいは作れたかもしれないが、残念ながらそんなものは無いので諦める。あとは猿酒くらいか……いや、もっと原始的なのを試せば口噛み酒も造れるかな?前途多難だがやるしかないだろう。

 

 ああ神様、私を禁酒させたくてこの島へ閉じ込めたのなら絶対に許さんぞ、20.3センチ砲でヨルダンあたりまでケツをぶっ飛ばしてやる。

 ダメ元でアイオワに「頼むよ~お前らの軍事力でビールとウイスキーとつまみを送っておくれよ~アイオワえもん~」とメールで頼んでみたが「無理に決まってるでしょう」という旨の返信がた。当たり前か。

 変わりにこれで我慢しなさいとアイオワから今日の一曲。

 Buffalo Springfieldのヒットナンバー「For What It's Worth」だ。絶対このアイオワ、艦娘の魂がベトナムから帰ってきたばかりのやつだろう。

 メコンデルタに沈む夕日が目に浮かぶ……あああああ酒がのみたあああい。

 

 

[ミッションログ 143日目]

 今日は農園を一通り拡張していた。

 脱出前に放置していた農園は拡張住みだ。ジャガイモ農園も収穫を終え、次の耕作に備えて那智印の肥料も用意しておいた。種芋を植えればまた栽培可能である。

 もう一方の農園も、一通り準備完了ですでに何個か種を植えている。野菜を何品目か植えておき、上手くいったらその種を栽培するという方式を取ることにしている。他にも苗を監視所で栽培している。

 幸いにも農業スペシャリストは通信を通してアドバイスできるよういつでも待機している。もう何かトラブルがあれば彼らにアドバイスを聞くとしよう。

 

 そして、これから暇な時は釣りをして過ごす事にした。釣れる魚は小魚だったり変な魚が多いが、それでも私の生活には役に立つ。南方の珍しい魚でも貴重な食料物資となるし、干物や燻製にして保存するという手段もある。食べれそうな貝類も、島の裏側にある磯で取っているし、カニの類も最近は捕って食べている、これも結構美味いんだ。

 意外と自給自足生活も夢物語ではないんだな、と再確認させられている。

 

 さて、密造酒作りも進めながらあるプロジェクトも進めていきたい。

 艤装の修復だ。

 

 私の艤装は大破し、修復不可能の状態で通信ユニットのみかろうじて生きている状態だ。その通信ユニットも、現在は艤装から取り外してバッテリーとつなぎ、ほぼ据え置きで使用している。

 艦娘開発部の三樹原は、残されたジャンクパーツを使って艤装を再構成させるという試みをやってみろと私に勧めてきた。

 救出作戦が中止されている以上、ここで黙って座って人類が勝つのを待つよりかは、いずれ島を脱出し逃げ出す――または移動するという可能性もありえる。何にせよヒマだし、技術は覚えておくに越した事は無いため、私は彼女からここしばらく艤装修理・メンテナンスの基礎講習を受けている。

 さて、この三樹原という技術屋、実は相当の実績があるそうだ。

 半年前に五十鈴に実装された、五十鈴専用の爆雷攻撃ユニットの開発や、摩耶型艤装改二の設計、さらに集中配備機銃の設計なども担当したと言われている。すごい女だ。

 

 元艦娘で、自身も摩耶だったと聞かされて私はようやく彼女の雰囲気と名前にピンと来た。

 恐らく、前に大規模作戦で会った事がある。佐世保鎮守府の摩耶型艤装貸与者に、似たようなヤツがいた。だとすると……

 いや、本人に聞くのはやめよう。

 もしあの時の摩耶が彼女だったら、辛い事だろうからな。



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撤退158日目 沖縄県 在日米軍基地

沖縄県 在日米軍基地

 

「納得できません!」

 机に握りこぶしを叩き付けると、艦娘アイオワは大声を上げた。

 執務室の机に八つ当たりにされた男――在日米軍の艦娘部隊指揮官、ベイリー大佐は苦虫を噛み潰した顔を浮かべた。

「私だって同感だ。しかしこれは日本海軍の総意だそうだ」

「仲間を放置して、我々の援助を断って見殺しにする行為が、ですか!?」

 アイオワは珍しく激怒していた。

「確かに君は那智に対して借りがある、私も同感だ。しかし我々は米軍であり、彼女たちとは違う指揮系統で、さらに違う国だ、下手に口出しする事は出来ない。今回の直接通信の許可が取れただけでも奇跡だ」

「しかし……!」

 ぐぐ、とアイオワは拳を強く握った。

 彼女の辛さについては、ベイリー提督もよく知っていた。

 

 発端は米海軍と日本海軍の演習まで遡る。演習中にアメリカ艦娘と日本艦娘の間で、レーションの交換会や品評会を行った際に、大不評のベジタリアンメニューを「美味いから」とアイオワが那智に押し付けたところ案の定大不評で、那智とアイオワは口論になった末に演習で決着を付けてやると意気込み、あろうことか演習後に「自主訓練」と称して付かなかった決着を付けようとして両軍から大目玉を食らった事がある。だが、それ以来アイオワと那智は不思議な縁が出来たのか、幾度と無く米海軍との共同作戦で共に行動していた。

 

 そして、その後の敵泊地襲撃作戦で事件が起こった。

 夜戦が乱戦へともつれ込み、深海棲艦と海軍は痛みわけという結果で終わった。数多くの艦が傷つき、中には喪失されるという程の激しい戦いの最中に、アイオワは仲間たちを逃がすために単身、探照灯を掲げて数倍の量はあろうかと言う敵艦たちと渡り合った。

 その結果、アイオワは航行不能に陥り、艤装を動かす彼女の身体にも深い傷を与えた。沈没も免れないような傷の中で、敵旗艦を屠りながら仲間を撤退させるため残った那智が彼女を救出した。重症を負い、死に掛けの彼女に那智は声をかけ続けながら深海棲艦の追撃を振り切り、翌朝に救助されて九死に一生を得た。

 

 それ以来、アイオワと那智の仲は深まっていた。元々、日本の艦娘とアメリカの艦娘には因縁の多い過去を艦から持ち込んだ艦娘も多く、共同作戦における不和や、艦娘同士の派遣については壁があると言われていたが、アイオワと那智の一件で、それは徐々に解消されつつあった。

 だからこそ、現在の在日米軍は南方海域に取り残された那智に対して、強い関心を持っていた。出来る事ならば、助けてあげたい。それが米海軍艦娘の総意であった。

 特にアイオワはその当事者とあってか、那智の救出に関しては誰よりも熱心であった。

 だからこそ、日本海軍が下した決断は彼女を失望させ、怒りを覚えさせるのに十分だった。

 

「この件は時間をかけて処理する事にする、私もただでは終わらせない……少し気持ちを落ち着かせて来い」

「……Yes, Sir」

 アイオワは敬礼を返すと、そのまま部屋を後にした。

 

 廊下に出ると、執務室のドアのすぐ前に、見慣れた少女が立っていた。姉妹艦であるミズーリだ。腕を組み、じっと執務室から出てきたアイオワを見つめていた。アイオワはその視線に気がつくと、ばつが悪そうに視線を逸らした。

「姉さん。気持ちは解るけれど、当たるのは提督じゃないわ」

「解っているわ」

 アイオワは素っ気無く返すと、そのまま立ち去ろうとする。

 だが、ミズーリはそれを制するように手を掴んで引き止めた。

「待って、とっておきの話があるの。姉さんがスカッとするような、とびきり最高の話が」

「……何の話?」

 訝しげな顔を浮かべるアイオワを前に、ミズーリは口元に笑みを浮かべた。

「日本の重巡の知り合いが面白い企みをしているの。こっちの情報将校や艦娘もこの愉快な企みに参加するつもりよ。姉さんの大切な人が、喜んで気に入るようなやつ」

 アイオワは黙った。

 それから、少しの間をおいて答えた。

「聞かせて頂戴」

「じゃあ、後で私の部屋に」

 ミズーリはふふ、と笑みを浮かべると、そのまま廊下から去って行った。

 

 部屋に残されたベイリー大佐は、ため息を吐いてから机の上に電話から受話器を取った。

 それから、思い当たる人物の電話番号をかける。数回のコール音の後に、電話が繋がった。

「ベイリーだ……ああ、そうだ……ホンゴウ中佐に繋げてくれ」

 

 

 

同日 横須賀鎮守府

 

 

 本郷中佐は受話器を置くと、言葉に詰まった。

 同室に控えていた大淀は、本郷中佐の通話を横で聞き流しながら、彼の顔に浮かんだ驚きを見て心をざわつかせた。

 しばらくそのままの状態で固まる彼を前に、大淀はおそるおそる声をかけた。

「あの……」

「あ、ああ。すまない」

 ようやく彼は我に戻り、受話器をつかんだままの手を離した。

 何の話をしていたか、詮索するのは止めた方がよいだろうか……大淀はそう考えながら書類仕事へ戻ろうとするが、彼は構わずに、口を開いた。

「信じられない」

 彼の目は驚きで見開かれていた。

「米軍から提案があった」

「どのような提案ですか?」

 大淀の言葉に、彼は答えた。

「いや……これは上層部に関する問題なんだがな……秘書艦なら話してもいいだろう」

 先ほどの通話内容を反芻しながら、彼は話を続けた。

「米軍が中心となって那智の救出プランを打診してきた」

「米軍が、ですか?」

 大淀の言葉に彼は頷いた。

「国防総省がベイリー大佐の進言を飲んだそうだ。在日米軍の艦隊の生き残り艦と、米軍の艦娘部隊を使って救出するという作戦らしい。日本側の了承さえ取れれば、近いうちに作戦を始動させるそうだ」

「そんな……本当ですか?」

 我を疑う大淀だったが、返事は肯定の頷きだった。

「しかし問題がある」

 彼の顔は険しかった。

「今回の作戦は米軍もただでやるつもりは無いそうだ。国防総省は日本側に対して技術提供を持ちかけている、それから北方海域を経由して日本海軍の米海岸一帯への派遣要請、凍結されていた艦娘交換派遣プログラムの再開を上層部に認めさせる腹積もりらしい」

 そして、ため息を吐いた。

「国防省上層部が認めても、作戦指令部長と取り巻きが認めると思うか?」

 彼の言葉に、大淀は言葉を失った。



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ログ 172日目

[ミッションログ 172日目]

 今後のプランを練りたいと思う。

 まず、脱出プランが水の泡になったことで私はこの海域に1人取り残されている。おまけに海軍の上層部は私に近隣海域監視の命令まで下している。つまり、私は捨て駒の偵察員としてこの場所に置き去りにされている事になる。この敵の支配海域を味方が奪還するまで生き延びる必要があるわけだが、ここしばらく考えた結果、私を見捨てたとなれば海軍に義理立てする必要もないと思う事にした。

 

 開発部の三樹原が送ってくれる指示の元、艤装の修復作業に入っているがこの進捗次第ではこの島を脱出するという計算を立てようと思う。

 つまり私は命令を放棄して逃げ出すというプランを立てる事になる。命令違反、さらに逃走する事になるので無許可離隊という前科がつくだろうが、それは無事に帰れたらの話になる。

 日本列島までの脱出航路は非常に長く、そして明らかに無理がある。考えられる方法としては、応急修復した艤装で出発後、手身近な近隣の基地へ向かう。艤装保管庫が無事な基地で弾薬と燃料、妙高型――とくに那智の新しい艤装を入手したら今度は南下し、間にある日本海軍の放棄された基地を経由して補給と南下を繰り返す。行き着く先はニュージーランドやオーストラリアだが、そこには同盟国の軍事基地や艦娘がいる、彼女たちに庇護されて、本国へ戻るか、あるいは完全に離隊して放浪でもしよう、出来ればアメリカあたりで一山当てたい、ハリウッドあたりこの話を持っていけばアメリカンドリームも夢ではないだろうな。

 

 この場合、戦友に会えない上に本郷中佐には多大な迷惑をかけるが、もう海軍上層部には愛想が尽きた。両親に無事を伝えられるだけマシだと判断する。

 もっとも、このプランは「艤装の修復成功かつ道中の強力な深海棲艦の包囲網を無事に突破できたら」の話である。ある意味で現実的ではないプランである。

 

 それから、アイオワはかなり良いニュースを私に運んできてくれた。

 半年以内に、米軍のオーストラリア派遣艦隊と、EU連合海軍による合同作戦で南方海域への大規模攻略作戦が実施されるという通達である。アメリカ海軍の新鋭艦娘である航空母艦エセックス(アイオワ曰く、こちらの五航戦改二型艤装を上回る高性能艦らしい)、アメリカの戦艦・重巡や、EU連合艦隊からはプリンス・オブ・ウェールズ、レパルスや、ティルピッツなどを含むタスクフォースが、南方海域の奪還に向けて動き出すとの事だ。つまり、半年我慢すればわたしは日本ではなく他国に助けられる可能性があるという事だ。嬉しいな。転属したい。

 また、米軍主導の那智救出プランも提出されている。日本政府は好意的な見解を示しているが、やはり海軍上層部がこのプランを拒否している。

 

 とりあえずは自給自足生活だ。

 アイオワが「サプライズを楽しみに待っていて」と言っていたが、さて、何のことやら。今日も今日とてアイオワが送ってくれた曲でもかけて寂しさを紛らわそう。

 今日の一曲はCCRのナンバー、「Run Through The Jungle」だ。

 

 

同日 神奈川県 横浜市郊外

 

 非番の妙高は、私服に着替え、横須賀鎮守府を出てから市街地へと繰り出していた。

 電車に乗り、乗り換えを挟んでしばらくしてから、横浜市郊外の住宅地へとやってきた。

 深海棲艦との開戦以来、首都圏は安全な場所を求めて疎開や移住を求める人間にあふれ、人口過密地帯だった首都圏の人口が激減したが、それは言うなれば都心部のベッドタウンというかつての一等地ががら空きになり、地価が下がって住みやすくなったとも言えた。長野県松代に首都機能が移転し、多くの企業・会社が地方へ本拠地を移し、天皇陛下が京都御所へと移った現在においては尚更だった。

 ここもまた、同じ運命をたどっている。ひとつ違いがあるとすれば、予備役艦娘が居を持ち、呼び声一つで復帰するには都合のいい土地である事ぐらいだ。

 妙高が、今日会う人物もまた、その予備役艦娘の1人で、ここに住んでいる。

 

 閑静な住宅街の一軒家の玄関先に立つと、妙高は呼び鈴を押した。

 少ししてから、どたどたと足音が聞こえてドアが開いた。

「こんにちわ」

 妙高が挨拶をする。

 部屋着姿の女性、それも20代も後半だろうと思われるその女性は、妙高の姿を見ると、まず初めに驚き、そしてニコリと口元に笑みを浮かべた。

「いらっしゃい」

 だが、その茶髪のウェーブがかったロングヘアと、穏やかな表情は彼女が元艦娘――それも妙高型重巡、足柄その人だったと誰しも判別が出来た。

 妙高は表札の名前を見てから、ふと思い立ったように口を開いた。

「今度こそ本名で呼んでも?」

「“足柄”でいいわ……遠くからよく来てくれたわ、さ、上がってちょうだい」

 

 ひとまず挨拶と近況報告を行い、リビングで2人揃ってコーヒーを飲みながら、妙高と足柄は世間話と昔話に花を咲かせた。

 目の前に座る彼女はすでに退役している艦娘である。彼女は艦娘が登場して間もない頃に生産された完全初期ロットの艤装貸与者であり、記念すべき海軍の妙高型重巡足柄の第一号であった。さらに、海軍では初めてとなる後期型艤装、通称「足柄改二」の艤装テストと、データ協力を行ったのも他ならぬ彼女だった。2年前に現役を退き、予備役として編入される前後に、彼女は足柄の名前をひとまず捨てて元の民間人へと戻った。その際に、当時の上官だった海軍士官と結婚を果たし、現在はこの場所で平穏に暮らしている。

 艦娘としての序列は妙高が上であったが、年齢でも艦暦でも、艦隊では足柄は常に上であった。妙高にとっても先輩と言える艦娘であったが、それと同時に那智の教官を務めた人物でもあった。

 

「足柄さんが真っ先に結婚して子供も出来て退役するなんて、誰も考えて無かったです」

「失礼ね、それに艤装適応能力も目に見えて落ちてきてたし、単にそういう頃合になっただけよ」

 それから、妙高はふと、近くの棚に飾られた一枚の家族写真を見つけた。

 夫である海軍士官と、足柄、そして彼女に抱きかかえられる赤ん坊の写真がある。

「舞花ちゃんは元気ですか?」

「ええ、今は上の部屋で寝てるけど。起きてる時はそれはもうすごく元気よ。名付け親の誰かさんに似て」

 ふふ、と足柄は笑って見せるが、その表情には少しだけ暗い影が落ちている。

「……今日の用件はその“誰かさん”について、でしょ?」

 ええ、と妙高は答える。

「退役艦娘とは言え、噂ぐらいは小耳に挟むわ」

「那智さんの救出作戦が失敗して、上層部が救出計画を完全に凍結し、そのまま置き去りにし続ける事を決定したそうです。深海棲艦支配地域のど真ん中で、置き去りです」

 妙高は重々しく口を開く。

「じゃあ、何でわざわざ私に相談を?」

「助けるために力が必要なんです。あなたの協力が」

 妙高は、真剣な目で足柄の目を見た。

「残念だけど、私は無理よ」

 足柄はそうつぶやいた。だが、無念などと言う言葉からは程遠い、明るい声だった。

「退役艦娘にまだ伝手があるから、彼女たちを使うのがよさそうね。近所に元青葉の子がいて、彼女がマスコミ関係の仕事についてるらしいわ。彼女なら一番だと思う」

「何で無理なんですか?」

 それがね、と足柄は照れたような、そして困ったような顔を浮かべて、お腹をさすった。

「二人目が出来ちゃったから……あまり無理は出来なくて」

「そうだと思ってました。おめでとうございます」

 妙高は笑顔で返した。

 それから、すぐに本題へと戻る。

「今回のリークは絶対に誰かが詰め腹を切らされます……だから、慎重に事を進めて欲しいんです、その元青葉は、信用できますか?」

「もちろん。教官時代の教え子の1人だから、拒否は出来ないでしょうね。ましてや今の私は退役艦娘協会の重鎮だし。協力できる元艦娘なら総動員出来るわ、彼女たちも味方よ」

 それから、足柄は鋭い目つきに変わった。

 その目を見ても妙高は思わず笑った。退役したとはいえ、その目は前線で戦っていた頃の闘志と戦う愉しみに沸いていた、あの頃の足柄の目だった。

「目論見は?」

 足柄の問いに、妙高は答える。

「まず那智さんの生存と海軍上層部による見殺しについての情報をリークさせて、国民の同情心と義憤を煽ります。最近は戦線が停滞していて、軍もまったく実績が無い。ミッドウェイとハワイ攻略作戦も、いたずらに資源を消費するだけで成功は収めていない。国民の軍に対する失意が増えて来ている今なら効果はてき面でしょう。一通り煽ったら、次は上層部に潜り込んだ協力者の将校が、上層部に救出作戦のプランを打診します。今度は、米軍も協力する大規模で確実な救出プランです。マスコミの手で徹底的に貶められた状態で、作戦指令部長に海軍の威信回復のために救出作戦を実行し、成功させて戦意高揚を図り、海軍のイメージアップに繋げる……と揺さぶりをかけて、救出プランの実行を踏み切らせます」

「完璧な作戦ね。それでダメなら?」

「こちらでの救出は絶望的です。でも、この間から那智さんはメールで暗号を使って愚痴を吐いてます「救出が無理なら家出します、探さないでください」って」

 ふっ、と足柄は笑った。

「相変わらずね」

「ええ、相変わらずです」

 2人は笑った後、また真剣な顔に戻った。

「今から連絡するわ、リーク情報については?」

「在日米軍経由で送信します。協力してくれた海軍兵士5名とアイオワを含む日米艦娘8名の宣誓文章、通信記録、衛星写真、通話ログ、国防省高官3名の証言と、これだけあれば作戦指令部長も否定は出来ない」

「……上層部にも、この件の協力者が?」

 ええ、と妙高は答えた。

「海軍も一枚岩の組織ではありません。時代は変わりました。本郷中佐を含めて、海軍内部にも上層部のやり方を変えようとする派閥がいます。今の内閣でも同じ風潮はあるようです。出方次第によっては、海軍の急進派が今回の一件で海軍上層部の大きな“人事刷新”を図る予定だとか」

「クーデターでもやるつもり?だとしたら、あの娘、とんでもない話の引き金を引いたわね」

 足柄は楽しそうに笑った。

「まあ、教官時代最後の超問題児だけあるわ。戻ってきたら、説教のフルコースでもしてあげないと」



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ログ 180日目

[ミッションログ 180日目]

 本日は実に良いニュースがある。

 本郷中佐が私の自衛武装入手の件に関して、特別許可を出してくれた。つまり、基地に備蓄されている武器を使用してよいとのお達しが出たのである。もっとも、弾薬庫はぶっ飛ばされているし艤装は現在大破で、目下人力修復中。使える武器と言われたらまあひとつしか無いだろう、歩兵携行用武器だ。

 なんで深海棲艦との戦いにそんなものが必要なのか?と疑問に思う人もいるだろう。でもこれは道理に適った、それなりの理由がある。

 どこの鎮守府も基地もそうだが、こういった軍事基地を警備をする人間に持たされるのはまず警棒などではなく銃火器だ。どの基地にも、艦娘以外にこうした基地の警備要員がいる。こうした警備要員が銃口を向けるのは招かれざる客――と言っても資源泥棒や出歯亀や暴れる艦娘などに限られている。そうした連中には銃火器で事足りる、というわけでどの基地にも常設されている。

 艦娘としてはあまり気分のいい話ではないが、こうした銃火器は通常の警備使用のほかに、暴動や反乱の鎮圧にも使用される。

 

 基地の閉鎖的環境、艦隊や艦娘の待遇、度重なる出撃による心労・出撃拒否、さらに上官の権限を逸脱した理不尽な命令、そういった要素が重なって艦娘が反乱を起こすとどうなるか?まず歯止めが利かなくなる、それから艦娘の艤装の主砲は上官やその取り巻きへと向けられる。そして、最終的にその部隊は指揮系統から外れて艦娘からただのテロリストになる。最終的に鎮圧される。

 

 開戦から暫くして、パラオで過酷な扱いを受けていた艦娘による反乱騒動があった際は指揮官含む22名の海軍士官が殺害され、基地設備がすべて乗っ取られ、最終的に艦娘の鎮圧として艦娘の部隊が派遣されるという海軍史上最悪の事件があった際は、士気は大きく低下し、鎮圧した艦娘も生き残った反乱部隊も、双方に深い傷を残した。

 その事件以来、指揮官たちは部下の反乱を防ぐための最終手段として武装して鎮圧するという権利を大々的に得た。それ以来、こうした武器がどの基地にも常備され、保管されている。

 艦娘を“兵器”としてみなさない風潮や、国防省上層部や内閣からの命令により現場の艦娘の待遇はよくなり、こうした反乱事件は起こらなくなったが、「艦娘を鎮圧するための武器がある」という事実については、いまだに誰もが心の片隅においている。

 

 話がわき道に逸れたが、とにかく武器が手に入る。

 武器の秘匿場所は司令棟の地下にあるらしい。一度、私が侵入を試みて電子ロックがかかった厳重な鋼鉄の扉で、開けるのをあきらめた事があったが、その開かずの扉を開いてよいという許可が下りた。配電盤にバッテリーをつなぎ、本郷中佐から教えられたパスコードを入力して電子ロックを解除。中に入ってみた。

 基地の警備要員は10人程度も満たなかったので、大した量の武装ではなかったが、今まで持っていた64式小銃と9mm拳銃とは比べ物にならない武器弾薬が保管されていた。

 

 まず64式小銃の後継、89式小銃が7丁、次におなじみの64式が3丁、モスバーグ製のポンプアクション散弾銃3丁(弾はダブルオーパックの他に、スラッグショットや何とバードショットも!)、9mm拳銃が15丁、それから、色々な弾倉が合わせて50個ほど。弾薬も紙箱や弾薬缶(ご存知の方もいるだろうが、軍用弾薬は箱の他に、密閉容器として缶詰めにされているのもある)をたんまりと見つけたので射撃訓練に当てても相当余るだろう。それから、持っていて役に立ちそうな道具で、信号拳銃も入手した。照明弾や信号弾の打ち上げに使える。友軍と接近する場面があれば役に立つだろう。それから、見つけた時は「うわぁ」と思わず声を出してしまったが、恐ろしい物も見つけた。

 

 パンツァーファウストⅢだ。110mm個人携帯対戦車弾、LAMと陸軍で呼ばれている代物だ。大型のもので軽ワゴン車ぐらいの大きさとなる足つきの深海棲艦駆逐艦、ならびに小型陸上型深海棲艦に通用する兵器のひとつで、沖縄撤退戦ではこいつがそれなりに効果を上げた。

 

 むろん、深海棲艦に利くという事は艦娘にも利くというわけだ。

 まあ、軍のシステムを考えれば持たされるのも当たり前だろうが、反乱を起こした時にはこんなもので攻撃されるのか……もっと行儀よくしなければいかんなあ。始末書で済んでるというのは実は幸せな事なんだな。

 

 しかし武器は武器、それも派手な花火を打ち上げる武器とくれば僥倖である。ありがたく頂戴する。

 それから、私にとって最高の武器も手に入った。

 手榴弾と、C4……軍用爆薬である。撤退時に基地設備を破壊する際に使用する代物であるが、幸か不幸か、撤退時には使わなかった。慌てていたから無理もないだろう。私が弾薬庫から失敬してダイナマイト漁や夏期特別那智の花火ショーをやった際にここへ隠されてしまったようだが、ようやく爆薬が手に入った。最高だ!

 ありがたく使わせてもらおう。

 

[ミッションログ 185日目]

 艤装の修復作業について一通りおさらいするべき時期だと思う。

 私の艤装は大破していた。原型をとどめているが、機関部は死に、通信機器は寝る間も惜しんで苦心してやっと回復、さらに武装は全損、ついでに言うと僅かな浮力しかないので無理やり進水すると死ぬという有様であり、私の艤装はぶっ壊れている。

 

 陽炎型駆逐艦、伊勢型戦艦、飛鷹型軽空母の中破した予備艤装があるが、これは無理やり私が装着しても作動しないというのは艦娘のシステムをご存知の人なら周知の事実だ。

 しかし予備艤装がない以上、もし仮にここから抜け出すような事態になった際に、艤装があるなしで生存率が大きく変わる。そのためにも艤装の修復を行わねばならない。

 幸いにも艦娘開発部は一丸となって艤装修復という問題に立ち向かってくれている。

 

 今回の修復作業で、開発部は以下のアドバイスしてきた。「高速修復材を使い、中の原液を使い修復を行う」「修復用の工具は一般的な工具でも十分対応できる」「欠落した艤装パーツは、他の艤装のパーツを流用すること」「那智型艤装の外装パーツとボディ部分、コアの部分は絶対に他の艤装パーツのものと交換しないこと」……これが条件だ。

 他の艦娘の艤装をバラしながら、妙高型の艤装へ継ぎ足してく様はさながらマッドサイエンティストの実験のようだ。「生きてるぞ!生きてるぞ!!」 

 

 さて、仮に艤装修理が完了したとして次なる問題は燃料と弾薬だ。

 艦娘用の燃料は基地に残っているガソリンで賄えるか少し疑問である(量という点で)。弾薬に関しては問題ない、ついこの間に司令棟の武器庫から使える武器弾薬を貰った所だ。

 

 少し話がわき道に反れるが、艦娘がこの戦争で重宝されている理由として、運用コストが安いという面がある。もちろん、強いには強いが、護衛艦を建造して投入するよりかは、人間を訓練して艦娘にさせる方がはるかに安い。艤装の運用コストも、使用される弾薬と燃料は妖精さんの力で補正が利くため、こういった通常の弾薬の火薬やそのへんのガソリンでも、調合して妖精さんのテクノロジーにかかれば不思議と艦船の主砲やエンジンに匹敵する力となる。

 

 つまり、我々の使用する砲弾の炸薬は、この銃火器の火薬で賄えるわけだ。

 輸送ワ級が水際まで迫ってきたら、私はこいつで迎撃する事が出来るのだ。主砲の修復を優先しても損は無いだろう。




仕事が忙しすぎて日刊更新できる程の量を書いてる暇がねえ。


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ログ 193日目

[ミッションログ 193日目]

 那智農園と塩作りはいい感じになっている。

 ジャガイモの連作は無事に進んでおり、種芋は無事に実を結んでいる。それから、他の野菜も順調に育っている。トウモロコシに、枝豆やトマトなどだ。自家製の肥料も良い感じに仕上がっているし、毎日、農場で汗水たらして雑草をむしったり土いじりしたり虫対策をしたり、水やりをして生活しているとこれがまた楽しいのだ。退役したら家庭菜園をやってみるのも悪くはないな。

 

 完成した畑を一航戦にメール経由で見せてやるのが最近の楽しみだ。今日はこんなものが実を結びました、今日はとれたて野菜でこんなもの作りました、とか。

 そして、次の画像に私のドヤ顔を自撮りして送る。私も最近は「こいつの鼻っつら折ったら気分いいだろうな」と思われるくらいのドヤ顔練習をこの時のためだけにしている状態だ。

 一航戦は「一航戦の誇り…こんなところで失うわけには…」「頭にきました」と淡白な反応だが、羽黒からのメールによれば対抗心むき出しで横須賀鎮守府の宿舎の裏庭に家庭菜園を作り始めているとの事である。

 私も負けてはいられないな。

 

 次に塩作りだが、海水を天日干しして、さらに海水を足してと、昔ながらの製法で塩を作ってみたが、時間がたっぷりあるおかげで好調な進み具合だ。

 作った塩は調理に使っている。野菜関係は素材のうまみと塩のシンプルな味付けで質素に堪能しているが、レーション続きの食生活の中でずいぶんと助けられている。

 

 レーションの残りは1日分が132個。グループレーションは手付かずだ。

 いよいよこのレーションが無くなったら、この那智農園が最後の希望となる。

 

 

[ミッションログ 198日目]

 誕生日も近いのでメール経由で艦隊の仲間に、兵舎A棟の私物で使っていいものがあれば私に恵んで下さいという乞食めいた募集をかけた所、何人かの艦娘が「使っていいぞー」とOKを出してくれた。

 このサバイバル初期に兵舎の私物を漁っていたものの、引っ張り出してきた食品類はすべて食べてしまったし、酒類はホントにちびちびと飲んでいるが残りはウイスキー1本のみ。

 さらに、娯楽となる本やDVDはすべて読みつくしたり見尽くしてしまったので、全体的に暇なのだ。確かにやる事はあるし、まがいなりにも軍人としての仕事もあるので暇つぶしとは何事だ!という話になってしまいがちだが、暇つぶしは古今東西、ありとあらゆる戦場で見かける行為だ。大目に見てほしいしガス抜きだって必要だろう?

 まあ、私の場合は「あんた暇つぶしとイタズラの合間に戦争やってんだろう」と言われる事が殆どなのだが。

 

 黒潮がとっておきのDVDの他に、超秘蔵DVDも持っていたので見たければどうぞ、とロッカーの暗証番号と一緒に持ち出しを許可してくれた。提督にバレてないのが奇跡と言わんばかりのマジ物の秘蔵DVDであるが、これはこれで暇潰しにはなるので堪能させてもらうとしよう。

 陽炎型のイメージが変わるなあ……最近の駆逐艦の趣味がわからない。

 

 一航戦はこれ以上隠してる種はないと前置きしつつも、ロッカーに貯蔵した結構な量のフルーツ缶詰や惣菜缶詰を差し出してくれる事に合意してくれた。種の一件もあるので、内地に帰還できたら給料で好きなだけ食い放題に連れて行ってやると伝えた所、私の銅像を建ててもよいと言われてしまった。

 しかし一航戦を満足させれる食費を捻出する給料なんて無いんだがな。アイオワに丸投げしよう、あいつ給料いいらしいし。

 

 さて、次に期待していた隼鷹は「もうあらかた飲んでたから酒は殆ど残ってないぞ」と無慈悲な答えを言ってきた。絶望した。

 ダメ元でポーラの部屋に隠し酒は無いか本人に尋ねようとしたが、羽黒曰く撤退後に飲みすぎで肝臓をやられてしまい現在、一線から退いて軍病院で療養中との事で回答は得られなかった。

 酒は無理かぁ~!!と失望しかけていた所、睦月型一同から「那智姉さんにプレゼント」と酒の隠し場所を教えてもらった。睦月型は天使か。

 物々交換用として“実弾”こと酒を用意していたそうで、各々の睦月型が各数本ほど酒を、壁の穴やロッカーの後ろなどに隠し持っていた。最高だ……

 とは言っても、睦月型は酒を飲まない子が殆どなので銘柄もバラバラで、どれも市販品でも安い部類に入る酒ばかりである。唯一、皐月が上等なスコッチ・ウイスキーを隠し持っていたので、皐月には生きて帰れたら特段と美味い飯でもおごってやろう。睦月型全員に借りが出来たな。

 

 そして、さらに朗報。ドライイーストが手に入った。

 こんなもの見当たらないと私は悲観していた。こいつを持っていたのは戦艦金剛。パン食派でスコーンを焼いたりする女子力MAXの金剛型ネームシップは、間宮の調理設備を間借りする形でこれを使っていたそうである。未開封で常温保存なのでイースト菌は死んでいないだろう。「どうせ那智の事だから例のアレに使うんでしょ?私からのプレゼントデース」と粋な一言が。

 ちなみに小麦粉はないし、私はパンを焼くつもりは無い。

 酵母を使えば何が出来るか?それをよく考えれば私が今後何をしていくかわかって貰えるだろう。

 

 それから、A棟へ入居していた艦娘全員からある“頼みごと”を依頼された。

 私物の中で、撤退時に持っていき忘れた「大事なもの」を集めて保管してほしいとの頼みごとだった。当然、断る理由もないだろう。

 と言う訳で、今日一日を費やして色々な品物を拾ってきた。

 ビニール袋に入れて、マジックペンで袋に各々の名前を書き、装備用コンテナに詰め込むという作業だが、単純ながらこれが中々重労働だった。

 家族の写真だとか、思い出の詰まった装飾具とか、家族から届いたり撤退前に内地の大切な人へ送るつもりだった手紙とか、書きかけの日記帳とか、この基地へ配属される前に別れた戦友の形見だとか、北上の生写真や“お守り”とか。個人のプライバシーにかかわるものはなるべく目を向けないように、そして忘れるように片っ端から詰め込んだ。

 約1名は隠しきれてないのでこの場を借りて謝罪する。すまない大井、お前の北上への愛は重すぎる。



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撤退199日目 呉鎮守府 海軍総司令部

※もう1つの艦これシリーズ「艦隊これくしょん Mercenary Fleet」のキャラクターが登場します。暴力・死亡描写注意。


横須賀鎮守府

 

 出撃任務を終え、艤装の修復を終えた長門は兵舎の自室に戻り、休みながら暇を潰していた。

 今日の長門は若干機嫌が斜めだった。発動されたミッドウェイ攻略作戦の支援艦隊として偵察部隊である水雷戦隊の突入を援護するという物だったが、投入されたのは旧型の特型駆逐艦と軽巡洋艦、さらに最新鋭艦とは名ばかりの松型駆逐艦という貧弱な物で、案の定、深海棲艦からの手痛い攻撃を受けて大打撃を受け、戦死者こそ出なかったものの大破8隻という結果を残して撤退した。そのやり場のない光景に、長門はただただ腹が立っていた。

 無意味な作戦や、軍事上意味があるのかもわからない作戦をここしばらく続けている海軍上層部のやり方にも失望していたが、何よりも長門は相変わらず那智の救出をあきらめ、南方海域を放棄したという結果を、未だに恨んでいた。

 ここ、横須賀鎮守府の指揮官たちも命令には従っているが、閉塞的な毎日に嫌気が差しているのは明白だった。長く続く戦線の停滞に、どの将兵も、そしてどの艦娘も士気を低下させていた。

 

 ベッドに寝転がり、休憩室から持ってきた新聞を暇つぶしに読みふける。

 その隣では、ソファに腰掛けた陸奥が、テレビから流れる下らないクイズバラエティ番組を、さも興味無さそうに見ていた。

 長門は新聞の見出しを見る、そこには、ゴシック体のでかでかとしたフォントで、“海軍上層部 艦娘を南方海域へ置き去り”“敵地の艦娘 見殺しに”と扇情的な文字が躍っている。

 新聞記事の見出しに大々的に書かれた文を見ながら、長門はニヤリと笑っていた。

 一週間前から、マスコミは那智置き去り事件に関する情報をリークされて、この件を大々的に、そしてセンセーショナルに報道していた。

 南方海域に広がる深海棲艦の攻勢と、それを打破できない政府、以前よりも増して脅かされたシーレーン。国民の不満や不安が渦巻く中、この報道はまさに決定的な一撃となっていた。海軍はもみ消しを図ろうとしていたが、追い討ちをかけるように艦娘や海軍兵士の宣誓文章に通信内容や報告書がマスコミの手に渡り、さらに国防省上層部自らがこの件について公に認めるという異例の事態により、海軍内部には衝撃が走っていた。

 もっとも、慌てているのは海軍の上層部に位置するごく一部のグループのみである。作戦指令部長と、そのシンパだ。このマスコミへのリークで、那智の救出作戦断念に意気消沈していた艦娘たちも、少しでも状況が好転する可能性を夢見て、ようやく少しの活気を取り戻していた。

 

「その記事見たわよ、酷いわね」

「何処かだ?」

 陸奥の言葉に、長門は今一度、四面記事を読み直す。

「私たちが那智を置き去りにした件で、「部隊の不手際」だって」

「不手際、か」

 記事の該当箇所を見つけた長門は、口元に皮肉な笑みを浮かべる。

「好きなだけ言わせればいい。どうせこの記事を書いてる連中は戦場に行ったことすらない臆病者だ、戦争が何たるかも分かっていないし、連中に理解などされたくない」

 それに、と長門は付け加えた。

「マスコミがこの件で“奴”の首を刎ねればそれでいい」

「それはどうかしら」

 陸奥は長門の楽観に溜息を吐くが、内心ではそれを望んでいた。

 

 今回のマスコミへのリークは世論を大きく騒がせている。

 現場――こと艦娘部隊は彼女の救出に躍起だった事、さらに彼女たちを指揮する海軍の将校たちも那智の救出に前向きで、在日米軍ですら協力体制をとっていた事が明るみになり、それを作戦指令部長自らが却下し、那智に関する救出作戦をわざわざ白紙に戻した事は、民衆に海軍への不信感を倍増させるに十分であった。

 ましてや、この件以降、この戦争の実質的な指揮官である作戦指令部長が無意味なミッドウェイ・ハワイ攻略作戦を指揮し、いたずらに戦力と資源を浪費させているという現場からの報告、海軍の広報が伝える戦果自体が“大本営発表”であるという告発など、那智の件を切欠に、彼を糾弾する情報がこの一週間でマスコミに暴露され続けている。

 そして、それに同調するかのように、国防省と内閣が動き始めていた。

 

「妙高と望月の奴は、いつ帰ってくるんだろうな?」 

 長門の言葉に、陸奥は自然と険しい表情を浮かべた。

 今回のリークに関して、横須賀鎮守府では2名の艦娘が関与していると明るみになった。那智の件について証言し、宣誓文章まで書いた妙高と望月である。他にも、米軍艦隊からアイオワとミズーリ、さらに横須賀鎮守府の士官数名もこの件に関与している。

 そして、妙高と望月は国防省本部への出頭を命ぜられ、未だに帰ってきていない。

 ぞっとする話であるが、2人が出頭を命じられ横須賀を発ったすぎ後に、どこからともなく現れた海軍の情報部と警務科の人間が、妙高と望月の件について執拗な聞き込みを行っていた。長門と陸奥も、例によって尋問に近い質問攻めにあっていた。

 長門は本郷中佐に2人がどうなっているのか、そしていつ戻ってくるのか、そもそも戻ってこれるのか尋ねたが、本郷中佐も事態は把握できていないらしく、明確な答えは返ってこなかった。

「さっきから呉の知り合いに海軍総司令部に何か動きがないかと連絡をしてるんだが……繋がらないようだ。他の部隊の連中も、呉方面と通信できなくなったって言っていたが……」

「さっき、呉の方で抜き打ちの演習が始まったって言ってたから、多分それじゃないかしら?」

 そうか、と長門は短く答えた。

 

 重苦しい沈黙が部屋に響く。テレビから流れるチープなBGMとSE、芸能人の声だけが部屋の中に響いていた。

 そんな中、テレビから緊急ニュースを伝える音が流れ、番組の映像が変わり、そしてニュースキャスターと報道スタジオが映し出される。

 画面に表示されるテロップを見て、陸奥は思わず声を上げた。

 

 

15分前 呉鎮守府 国防海軍総司令部

 

 海軍総司令部が存在する呉鎮守府は、喧騒に包まれていた。

 多数の艦娘を擁し、そして世界最大規模の艦娘基地となっているこの場所は、現在厳しい警戒態勢が敷かれている。艦娘たちは呉鎮守府の周辺海域に緊急配備され、警備の兵士たちが慌しく周囲を駆け回っている。

 作戦指令部長の命令により、対テロ警戒の訓練と命令が伝わっているが、彼の取り巻き、その信奉者、そして直接の部下たる艦娘は突然の決起命令を遂行していた。末端の兵士たちも疑問を感じてはいたが、命令には従うほかなかった。

 総司令部の建物周辺には警備の兵士たちが待機していた。日も落ち、すっかり辺りが暗くなった中、サーチライトと街頭の明かりが、呉鎮守府を昼のように照らし出していた。

 

 その一角に、海軍の迷彩を施した96式装輪装甲車が停車していた。

 中には、完全武装の兵士たちがシートに腰を下ろし、出動を待ち構えている。その中に混じって、小柄な少女も座っていた。

 頭に浮かぶ特徴的な、ウサギ耳のような浮遊デバイスと銀色の長い髪が、彼女が特型駆逐艦の艦娘、叢雲であると物語っていた。

 しかし、彼女の姿は艦娘の姿とは程遠かった。識別用制服であるワンピース型のセーラー服ではなく、黒い迷彩服(BDU)にタクティカルベスト、そして、首からはスリングベルトを通して軍用の個人用防御火器(PDW)、MP7を吊るしている。腰のホルスターには、グロック19自動拳銃も収まっている。

 彼女がなぜ、陸戦装備で装甲車の中に待機しているかは、今の叢雲と同じ格好をした隣に座る男が知っていた。

 

「どうしてこんな事に……」

 何度呟いたかわからない独り言を漏らす叢雲だったが、隣の男――彼の上官であり提督でもあり、そして元陸の兵士である――海軍の独立部隊、傭兵艦隊の提督は、無表情のまま聞き流していた。

「仕事だからだろ。文句言うなよ」

「私は艦娘で、戦う相手は深海棲艦、それなのに、こんな話聞いてないわよ」

「依頼は依頼、契約は契約、仕事は仕事、それが俺たちの仕事だろ」

 彼はそう呟くと、スリングベルトで吊ったM4突撃銃のグリップを握り直した。

 叢雲は納得いかないのか、不安を口にした。

「よりによってクーデターだなんて」

「反乱するのは俺たちじゃない、あいつらだろう」

 彼は、吐き捨てるように答えた。

 

 国防省上層部、そして内閣は極秘裏に決定を打ち出していた。

 那智の件を切欠に、海軍内部で独走を続け、権力を持ち、そしてコントロールが利かないまま不穏な動きを続ける作戦指令部長に対して調査が進められていた。那智の件をきっかけに、艦娘により内部告発が進められ、作戦指令部長の海軍の私物化と、それに伴う不穏な計画が明るみになった結果、ついに作戦指令部長の罷免が決定した。

 しかし、作戦指令部長は呉鎮守府周辺に日本海軍の精鋭艦娘部隊をすべて配置し、封鎖するという形でこれに返答した。国防省上層部は作戦指令部長とようやく対話を果たしたが、帰ってきた答えは「辞任を拒否する」との答えのみだった。

 そして、国防省上層部は最終手段を発動した。

 

 周辺は空母艦娘による防空体制が敷かれ、空路は封鎖されていた。

 それと同時に、陸路は戦車を含む装甲車両と兵士によって閉鎖され、呉市内は厳戒態勢となっている。作戦指令部長の身柄を確保するというこの作戦には、特殊部隊の隠密作戦が不可欠とされていた。

 そして1時間ほど前、厳戒態勢下の呉鎮守府に、国防省直属の特殊部隊と、政府の要請を受けて出動した米軍のSEALsが決起部隊に混じって潜入、そして呉鎮守府内部の政府支持派が反乱部隊に潜入し、彼らの潜入をサポートしていた。

 作戦目標である作戦指令部長を確保した時点で、周辺地域に展開完了した国防陸軍による部隊が呉市内に突入し、反乱部隊が抵抗をするようであれば鎮圧するという指示が出ている。

 また、米軍の艦娘部隊、そして海軍の政府支持派艦隊も、周辺海域に展開し反乱部隊の艦娘鎮圧を行うという筋書きだ。もっとも、作戦指令部長の身柄を確保した時点で、反乱部隊は抵抗はしないだろうと上層部は踏んでいる。

 

「5分前だ」

 2人の隣に座っていた、黒いベレーを被った兵士が、2人に声をかける。

 そして、彼は声をかけた兵士の顔を見て、声を上げた。

「よお小松、久しぶりだな」

 小松と呼ばれた若い兵士が、露骨に顔をしかめた。

「……その名前はここではよせよ。お前こそ何でここに」

「仕事だよ仕事。国防省の連中から直接オファーが来た。まあ、傭兵の艦隊だからな、うちは」

 小松は、彼の言葉を聴くと皮肉な笑みを浮かべた。

「アフガンの時から変わってねえな」

「お前こそ、まだ誰かの尻拭いしてんのか?そろそろ転職しろよ、いい警備会社知ってるぞ。中東で高給の仕事があるんだ」

「まあ、考えておくよ」

 私語もそこで切り上げると、装甲車の中にいた兵士たちが一斉にシートから腰を上げて、展開の準備を始める。叢雲も少し遅れて、立ち上がった。

 すべての兵士が一斉に銃を操作し、初弾を薬室に装填する。

 装甲車が動き始め、鎮守府内の道路を進み始めた。

 

「叢雲、命令あるまで発砲するな」

 彼は険しい口調で叢雲に伝える。

「撃ってきたら?」

 叢雲の言葉に、彼はただ淡々と答えた。

「兵隊だろうが艦娘だろうが容赦するな、撃ち殺せ」

 彼の言葉に、叢雲は生唾を飲み込む。

『ロメオ2、配置に付いた』

『こちらアルファ3、配置完了』

『デルタ6、配置が完了した』

『SEALsのスナイパーチームが配置についた、射撃準備完了』

『各チームは命令あるまで待機せよ』

 無線機から着々と配置完了の報告が入る。

 

 叢雲は装甲車の外部視察用窓に顔を寄せ、外の様子を伺う。窓の外には、呉鎮守府のヘリポートが見えた。

 爆音を響かせて、海軍のオスプレイがヘリポートへと着陸する。

 機体後部のハッチが開くと、中からぞろぞろと重武装の兵士が降りてきた。国防海軍精鋭特殊部隊であり海兵旅団で、89式小銃ではなく、光学サイトを付けた最新鋭のSCAR-L突撃銃を手に持っている。海兵旅団の兵士たちは、周辺を警戒しながらオスプレイを守るように展開していた。

 そして、総司令部の正面玄関が開くと、物々しい武装の警備兵に囲まれて、1人の男が現れた。海軍高官の制服、胸にずらりとそろった略章、肥満ぎみの体系。そして、両脇を固めるのは秘書艦の矢矧と大和。

 叢雲も、初めてその姿を生で見た。

「作戦指令部長のお出ましだな」

 彼は小声で呟いた。

 

 作戦指令部長の顔色は優れなかった。寝不足気味なのか目の下に隈を作り、不安を隠さない表情で小走りにヘリポートへと向かっていく。

 脇に追従する秘書艦が何か話をしているが、作戦指令部長はそれを聞き流しているようだった。彼は腕時計に視線を落とし、時刻を確認した。

 装甲車が停車する。緊迫した空気が車内に流れた。

 

『ゴールドイーグルより全チームへ、作戦を開始せよ』

 無線から指揮官の指示が流れた瞬間、装甲車のハッチが開いた。

 外の空気を感じる間もなく、叢雲は他の兵士と共に装甲車の車外へと素早く展開した。すぐさま兵士たちは、手にした突撃銃を構えた。

 突然の武装集団に、護衛の兵士たちが急いで銃を構えようとした瞬間、轟音のような銃声が三方向から浴びせられた。

 M4突撃銃や、MP5SD短機関銃の銃声と共に作戦指令部長を守っていた護衛の兵士が、血煙を撒き散らしながら崩れ落ちる。ようやく奇襲のパニックから抜け出した兵士たちが、慌てて89式小銃を構えようとするが、遠くから鳴り響いた銃声と共に飛来した、SEALsチームの狙撃が容赦なく彼らの頭蓋骨を撃ち抜いた。

 作戦指令部長は、秘書艦を見捨てるように一目散でヘリポートへと駆けていく。

 ヘリポートでは、展開していた海兵旅団の隊員が襲撃者たちに銃撃を向けるが、多勢に無勢であり、次々とSEALsチームの狙撃と、特殊部隊の銃撃により倒れて行く。

 オスプレイのローターが回転数を上げるが、次の瞬間、飛来した.50口径の銃弾がキャノピーを貫通し、パイロットの顔面を容赦なく吹き飛ばした。

 

 叢雲は空になったMP7の弾倉を交換する。銃撃はすでに終了し、下がっていくオスプレイのローターの回転音と、ようやく鳴り始めたサイレンが、辺りに響き渡っているだけだった。

 周辺に展開した特殊部隊の隊員たちが、突撃銃を構えながらじわじわと虐殺場と化したヘリポートを包囲していく。銃撃により痛手を負い、はいずり回る兵士たちを見つけては、隊員たちがその頭部を撃ち抜いて止めを刺していた。

 秘書艦であった矢矧と大和は、返り血を頬に張り付かせたまま、腰を抜かしてそのまま死体の海の真ん中で、怯えた顔で両手を上げていて投降の意志を示していた。

 サイレンの音が止まると同時に、陸軍のUH-60JAが爆音を響かせながら、呉鎮守府の上空へと現れた。備え付けのスピーカーから、ステレオタイプな降伏勧告が流れ始めた。

 ヘリポートの上で腰を抜かして倒れ、這いずり回っている男を隊員たちが掴んで引き起こす。茫然自失の顔を浮かべたそれは、この海軍の実権を握っていた男とは思えない程、滑稽な表情を浮かべていた。

 

『こちらオメガ、目標を確保、繰り返す、目標を確保した』



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撤退199日目 横須賀鎮守府

今回から章を導入してみました。


 本郷中佐は司令棟の廊下を小走りしながら、慌しく動いていた。

 今から10分前に、報道が呉鎮守府で銃声の発生を告げ、そして周辺海域に大量の艦娘が展開し、不穏な動きがある事について報道を続けていた。SNSでも堰を切ったように呉の市民が「大量の陸軍の戦車や装甲車が呉鎮守府の方面に向かっていった」「市街地でも銃撃戦の音が聞こえ始めた」「海上から絶え間なく砲声と砲火が見える」「投降を促す旨の放送があちこちで流れている」と写真や動画をアップロードし始めている。

 本郷中佐を含め、士官や下士官、さらに艦娘たちには寝耳に水のニュースだった。

 何も知らされていない彼ら、そして彼女らは少しでも情報を手に入れようと奔走していた。本郷中佐も、そのうちの1人だった。

 

 本郷中佐は作戦指令室へと入室する。巨大なモニターと、オペレーターや様々な通信装置が控えるこの場所こそ、横須賀鎮守府の頭脳、そして広大な日本近海の制海確保を支えている場所であった。

 同じように、ここへやって来ていた艦娘や士官たちの姿を確認した本郷中佐は、緊迫した面持ちでモニターを眺める大淀の肩を叩いた。

「何があった?状況は?」

 本郷中佐の言葉に、大淀は緊張感を張り詰めたまま答えた。

「呉鎮守府でクーデターです。海軍の陸戦部隊と陸軍が睨み合いを続けているそうです。それから空母「かが」と護衛艦「せとぎり」「てるづき」が応答を無視したまま対馬海峡を北上しています。また、艦娘同士による戦闘も発生しています」

 大淀の言葉を聞いて、本郷中佐は言葉を失った。

 モニターに表示される映像や情報が、大淀の言葉を一字一句間違いなく指し示していた。これが悪夢だと言うのなら自分の頭を撃ち抜いてでも夢から覚めるべきだと感じる程だ。

 中国と韓国海軍が厳戒態勢を発令、ロシア軍の太平洋艦娘艦隊が日本近海にて行動を開始、空軍がスクランブル発進……目まぐるしくモニターに表示される情報が、事の深刻さを伝え続けている。

 

 作戦指令室のドアが不意に開けられ、誰かが入ってきた。

 その顔、制服、そして階級章。この中将の男性こそ、横須賀鎮守府の総司令官その人だった。

 両脇には秘書艦である艦娘、伊勢と日向が、中将を守るように立っている。腰の日本刀の柄には、そっと片手が添えられている。2人は中将を守らんとするように、険しい顔を浮かべながら周囲に気を配っている。

「全員集まっているか」

 中将の言葉に、作戦指令室へ詰め掛けていた各艦隊の指揮官たちは直立不動の姿勢を取った。それぞれの顔を見回してから、中将はモニターを見た。

 総司令官である中将の顔は、驚くほど冷静だった。

 この情報の嵐の中で、冷や汗一つ浮かべておらず、呼吸も落ち着き、視線はじっとモニターを見ている。

「思ったよりも事態は深刻だな、中佐」

「はい」

 本郷中佐は額に浮かんだ嫌な汗を手の甲でぬぐいながら、中将の言葉に答えた。

「国防大臣から連絡があった。呉鎮守府で作戦指令部長がクーデターを起こした」

 その言葉に、周囲の指揮官たちはざわめきを隠さないまま、驚愕の顔を浮かべていた。

「心配はいらない。佐世保、舞鶴から艦娘部隊が急行し鎮圧に当たっている。陸軍も呉市内の反乱部隊を一掃中だ。作戦指令部長はその身柄を確保された、鎮圧もおそらく時間の問題だろう。もうすぐ、公式声明が発表される」

 安心させるために一通り中将自ら説明を行ってから、すぐに厳しい視線で周囲の指揮官たちを見回した。

「だが、万が一にでもこの横須賀鎮守府で作戦指令部長に同調し、決起を試みる者がいた場合は容赦はしない。私の目が黒いうちには裏切りは許さん、見つけ次第厳重に処罰する!いいか!!」

 語気を荒めた中将の言葉とその迫力に、指揮官の全員が気圧される。

 中将の経歴を考えれば無理もない、海軍が海上自衛隊だった頃から活躍し、深海棲艦との緒戦で、艦娘なしで深海棲艦と戦い、そして生き残った数少ない軍人である叩き上げの男なのだ。

「各指揮官はただちに艦娘部隊をいつでも出撃できるようにしろ、別名あるまで各艦隊を待機させる。機動部隊、打撃部隊、水雷戦隊、潜水艦隊、ありとあらゆる襲撃に備えろ。艦娘同士の戦闘が発生する可能性がある。上から指示が届き次第、次の行動を指示する。復唱の必要はない、行け!」

 命令が下された。

 指揮官たちは、不安なようで、それでいて安堵したかのような表情を浮かべた。

 命令が下るだけマシであった。それほど、現状は緊迫の一途を辿っていた。

 

 

翌朝 呉鎮守府 海軍総司令部

 

 大規模な戦闘から一夜明け、呉鎮守府は凄惨な様相を呈していた。

 海軍反乱部隊兵士、そして特殊部隊の交戦から端を発した戦闘は、反乱部隊側の一方的な敗北で終わった。同時に、各地で決起していた部隊も速やかに投降。さらに、指令部長の指示で日本海側を北上していた空母「かが」と護衛艦は、針路を変更し艦娘部隊と合流、こちらも投降した。

 呉鎮守府は、鎮圧のため派遣された陸軍部隊により制圧されている。反乱の有無にかかわらず、全ての兵士たちは一箇所に集められている状態だった。

 

 叢雲は、戦闘のどさくさではぐれた上官の提督を探すため、呉鎮守府の中を歩き回っていた。叢雲は陸軍の兵士に連行される艦娘たちとも幾度と無くすれ違った。

 彼女たちは、特殊部隊と同じ格好の叢雲の姿を見ると、目を伏せたり、敵意を向けたり、あるいは無感情な目を向けては、すれ違って去っていった。

 

 叢雲は気が滅入りそうな中、ようやく彼を発見した。

 彼は、米軍と陸軍と思しき将校と話をしていたが、叢雲の姿を視界の端に確認すると、敬礼を返して別れを告げ、そのまま叢雲の元へと小走りで戻ってきた。

「すまん、遅れた」

「遅いじゃないの。私をほったらかしにして勝手にどこかに行って」

 むう、と膨れる叢雲だったが、彼は平謝りをした。

「基地に帰るぞ」

 彼の言葉に、叢雲はようやく安堵した。

 

 ヘリポートには、灰色の淡色迷彩の軍用ヘリ――米軍のUH-1Yヴェノムが駐機されていた。叢雲が所属する傭兵部隊の移送のため、待機している。

 ヘリポートへ向かう道を歩きながら、彼は欠伸をもらしながら朝日を眺めていた。

「一仕事だったな」

「……そうね」

 叢雲は素っ気無く答えた。

「事後処理が大変そうね。この戦争はどうなるのかしら……」

 その言葉に、彼は答えた。

「まぁ、この戦争は転換期に入るだろうな。少なくとも今よりも悪くなる事は無いだろう」

 彼の言葉を反芻してから、叢雲はため息を吐いてから答えた。

「また仕事の山ね……」

「やっと仕事の山の終わりが見えてきたんだ。もう少しシャキっとしろ」

 彼の言葉に、叢雲は力なく笑って答えて見せた。

 

 

 

 

[ミッションログ 199日目]

 

 今日は全然通信がつながらないと言うか、誰も応答しない。

 せめて誰でもいいから応答してほしい。今日の那智農園料理の写真を一航戦へ送りたいんだけど。もういいや、寝よう。



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ログ 200日目

[ミッションログ 200日目]

 ハッピバースデートゥーミー♪

 ハッピバースデートゥーミー♪

 ハッピバースデーディア私ー♪

 ハッピバースデートゥーミー♪

 

 南方海域のど真ん中で、絶賛ぼっちの最中だが、私は1つ歳を取った。さよなら十代!こんにちわ二十代!こんな形で誕生日を迎えたくなかったけど。

 でも記念日なので今日は良しとする。レーションの好きなメニューだけを食べて、ケーキ代わりの一航戦の持っていたフルーツ缶詰、皐月が残してくれたスコッチと自家製のつまみで誕生日を祝う。ローソクが無いので景気づけに外で歳の数だけ銃を乱射してきた。フゥーハハアーッ!戦場で誕生日だぜ。

 

 横須賀にいる皆も私の誕生日ぐらいは祝ってくれるかな、と思って連絡をしてみたが、なぜか昨日から応答がない。ノイズも無く、単純に通信機の前に誰もいないと考えるのが妥当だろうか。横須賀やアイオワにもメールは送れたので通信機は死んだわけでは無さそうだし。とりあえずいつもの定時連絡をメールで済ませて監視の仕事を続けている。

 しかし、メールの返信が来ない。

 もしかして、私嫌われてる?

 

 いや、そんな事は考えないでおこう。多分、みんなサプライズパーティーを考えてワクワクしているし、長門は嫌がらせにまたアニソンを送ってくる腹積もりなんだろう、那智知ってるよ。

 

 さて、誕生日のあれこれはひとまず置いて、近況の整理だ。私の救出作戦中止の件がマスコミにリークされたらしく、妙高姉さんと望月がこの件でマスコミに色々と情報を流したらしい。

 私を助けるためだ、と1週間前に望月が話してくれたが、率直に言うと私としては「そんな事してくれなくていい」と伝えておきたい。艤装が直れば私1人でトンズラするつもりだったし、アメリカとEUが私を救出してくれるかもしれない流れになったのだから、余計な事をして自分の身を危険にさらす事はしなくていいと私は叱ったが、当人たちは聞く耳を持たないようだった。

 そして、2人は国防省の上層部に出頭した。

 

 おい那智てめえ呑気に誕生日を祝ってる場合じゃないだろうという状況だが、この件に関してはアイオワが私に安心できるメールを数日前に送ってきてくれた。

 

 アイオワ曰く、今回のリークは国防省上層部自らが後押ししたらしく、妙高と望月はこの一件が片付くまで、海軍のよからぬ勢力から国防省が保護をしてくれるそうだ。作戦指令部長が信用ならないのは、現場どころか政府内部でも同じだったようで、今回の私の件がちょうどいい契機になったのか、発言力が増して迂闊に手出し出来なくなった作戦指令部長を罷免するための本格的な動きが始まったそうだ。

 そりゃそうだ。戦争の立役者とは言え、元は広報あがりで実戦も知らない、艦娘を見つけ出した事以外はてんで評価されてない男だったからな。誰かがケツを蹴っ飛ばしてやらなければいけない頃合だ。

 

 何にせよ仲間は無事だと思う。アイオワがそう保障するのだから大丈夫だろう。

 あと、今回の件は退役した教官も大きく絡んでいるそうで、退役艦娘協会の伝手を総動員してリークを手伝ってくれたそうだ。

 あの人には本当に頭が上がらないな……。

 

 

[ミッションログ 200日目(2)]

 興奮している。

 丁度寝ようかと思っていた矢先に、アイオワからメールが来た。今日の一曲が楽しみでメールを開いてみた所、アイオワが衝撃の事実を私に教えてくれた。

 

 反乱があった。

 作戦指令部長が、反乱を起こしたそうだ。自分の立場が危うくなり、取り巻きに命じて、技術や艦娘を手土産に日本から第三国への脱出を図ろうとしたらしい。日本海側に停泊していた空母「かが」を使って脱出を試みたそうだが、その目論見は阻止されたそうだ。

 全鎮守府に非常事態宣言が発令されていて、反乱部隊の鎮圧が進められていたそうで、アイオワ率いる米軍も出動したそうだ。もちろん、横須賀鎮守府の全軍も待機、これに備えていた。

 騒ぎはもう落ち着いてきているようで、呉鎮守府とその周辺の戦闘以外、特に目だった戦闘もなく反乱部隊は投降しているらしく、事態の収拾が政府から発表されたようだ。

 

 作戦指令部長の後任は横須賀鎮守府の総司令官である鈴木中将で決まったそうだ。

 米軍が独自に入手した情報では、今回のクーデター騒ぎで少なくとも反乱側に100名ほどの死傷者が発生したとの事だ。それから、呉鎮守府周辺では艦娘部隊同士の武力衝突があった。戦死者は出ていないらしく、何とか鎮圧されたらしい。

 

 アイオワはそう伝えてから、ごたごたして遅くなったけど、誕生日おめでとうとメールに付け加えている。

 興奮さめやらぬ状態だが、明日は農作業をしなくちゃいけないので寝る事にする。

 とりあえず、救出作戦が再開してくれる事を祈るしかないだろう。



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ログ 203日目

[ミッションログ 203日目]

 横須賀鎮守府と交信が回復し、ようやく話が見えてきた。

 

 元作戦指令部長の反乱により、海軍は現在、多くの作戦行動を中止している。もちろん、進められていたハワイ・ミッドウェイ攻略作戦は中止となり、中部海域に展開していた部隊は即座に撤退した。もちろん、近海の哨戒や船団護衛などの基本的な任務は行っているが、全体的に動きは止まってしまっている。

 それから、国防省と公安による裏切り者探しが本格化している。元作戦指令部長は逮捕されているため、奴の信奉者の多くは芋づる方式で捕まえられているとの事だ。

 

 なぜ元作戦指令部長が反乱を起こしたのか、何があったかはまだ捜査当局の報告書待ちの状態であるが、いちおう情報将校である大淀がその件について、わかる範囲の大雑把な流れ教えてくれた。妙高姉さんと望月を含む一部艦娘は私の件をマスコミへリークさせ、海軍に非難を集中させて救出作戦にGOサインを出すのが当初の目的だったそうだが、国防省の上層部が前々から海軍内部の不穏な動きを察知していて、私の件を利用する形で作戦指令部長を罷免するというカードを切ったそうだ。案の定、奴は拒否、そしていきなり反乱に至った。

 

 大淀いわく、罷免から短時間の間に反乱者たちが計画的に動いていた事から、奴の反乱は前々から計画されており、今回の件がトリガーとなって、計画が完成される前にフライングで発動した……という可能性があるそうだ。何にせよ騒ぎの元凶は今頃、怖~い公安のお兄さんたちに折檻されて朝から晩まで尋問パーティーの真っ最中だと思うので詳しい結果待ちだ。マスコミたちもこの件の報道で文化祭前の準備をする女子高生ばりに楽しんでる事だろう。

 

 反乱者の処遇については明らかにされていない。しかし、元作戦指令部長は極刑を免れないことは明白であるし、彼の側近たちも同じだろう。もちろん、反乱に加担した艦娘たちも厳しい待遇が待っているはずだ。

 相当の階級を持っているであろう、大和型や翔鶴型などの、精鋭される艦娘の中でさらにエリートとされる呉鎮守府勤務組も反乱側として参加していたという話も聞いている。彼女達については良くて降格処分、最悪の場合は軍事裁判の上で実刑判決となるだろう。深海棲艦に対して有効打となる精鋭だから、さすがに重たい刑罰は無いと思う。それでも、退役後の恩給無しや作戦終了後に不名誉除隊なんていう結末もありえる。

 反乱に加担した艦娘にはかわいそうな話であるが、この程度で心が折れていては人生やっていけないだろう。今までの行いで少佐への昇進と呉の海軍総司令部勤務という世間一般では栄光であるとされる道を3回くらいフイにした私がそう言ってるのだから間違いない。もし彼女らと会う機会があったらこう諭すのもいいだろう。――“戦場の辛さと社会生活の辛さもどっちもどっちだからあんま気にすんな”と。

 また、本郷中佐いわく、最悪の場合は反乱艦娘を集めて最前線に送り込み、文字通り「消失」するまで戦わせるというソビエトも真っ青の“使い方”を一部の将校が検討しているとの事も伝えてきた。できればその案は通らないで欲しい。流石にかわいそうにも程がある。

 

 人事刷新は現在進行中で、海軍の参謀や指揮官たちも大忙しのようだ。こうしている合間にも深海棲艦はその勢力を拡大しているし、仲間割れで時間を潰して戦争に負けては元も子もないからだろう。早ければ今週中にも海軍総司令部が再編され、新たな作戦が計画される予定だ。

 なお、作戦指令部長の後任である鈴木中将は、横須賀鎮守府の元総司令官であり、あの緒戦を生き抜いた「不死身の鈴木」とまで渾名された猛将で、そして知略高い男である。きっと上手い作戦を立て、戦争を終わらせてくれるだろう。

 

 何にせよ、私をここから連れ出してくれるのであれば誰でもいいんだがなあ……

 

[ミッションログ 207日目]

 いいニュースが2つある。

 

 まず1つめ。海軍の人事が刷新され、新しい作戦が立案されるにいたった。待ち望んだ南方海域攻略作戦だ。南方海域は現在、深海棲艦の強力な支配化にあるが、今度からは作戦方針を改めてアメリカ、EU連合などの友軍勢力との共同作戦でこれに対処するようだ。つまりはタスクフォースの結成である。頼もしい限りだ。

 まず、手始めに日米両軍によるサイパン・パラオ・トラックを含む海域の奪還作戦が行われる。その間に、EU連合艦隊とアメリカの豪州派遣艦隊がポートモレスビーの奪還へと乗り出す。

 これらの作戦は同時に行われるそうだ。つまり、二正面作戦となるわけだがそれぞれの戦力は十分であるし、深海棲艦の物量を効率的に削り取り、海域を奪還する目論見だ。

 

 南方海域の奪還に関しては、別に私を救出するわけではなく、来たるべき中部海域の奪還作戦に向けての橋頭堡……つまり深海棲艦の駐留海域を制圧し中部海域へ押し込める目的があるそうだ。

 南方海域が完全に制圧されたら、今度は世界の海軍が一致団結して中部海域という最後の深海棲艦支配地域を攻略する、という手はずだ。運が良ければ1年以内に終戦を向かえ、クリスマス前に将兵は家に帰れる、とアメリカ統合参謀本部議長は公言したらしい。

 どこかで聞いた死亡フラグだな、それ。アンソニー・ホプキンスが捕虜になったり最後に橋が遠かったって反省会するやつだろう。とはいえ、作戦の発動にはまだかなりの時間がかかる。今はまだ準備期間中だ。続報を楽しみに待つとしよう。

 

 2つめのいいニュースは艤装が何とか浮くところまで直った事だ。

 三樹原のサポートもあって、艤装修理によって他の艦娘の艤装パーツを切り貼りし溶接し、何とか浮揚し、航行できるまで修復できた。しかし燃料のアテも少ない上に、速度も半減し、いまや高速巡洋艦とか名ばかりの鈍足となってしまった。おそらく長門と同じかそれ以下だ。

 しかも、武装がまだ修復できていない。もしこれを使う必要がある場合、私は丸腰で海に出るしかないわけだ。そのへんのイルカでも捕まえて背びれに乗って泳ぐほうがまだ効率的だな。

 

 とりあえず私は酵母さんの悪戯を楽しみに待ちながら作戦成功をここで祈るとしよう。楽しい反撃の始まりだ。絶対に成功してくれ。



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第四章 奪還作戦
ログ 221日目


[ミッションログ 221日目]

 いつもの海上監視中に新たな動きがあった。

 輸送ワ級の大船団を目撃した。中部海域へ向けて航行をしているようで、合計12隻のワ級が複縦陣を組んで猛スピードで抜けて行った。

 また、ここ1週間で深海棲艦の艦載機も活発化しており、爆撃訓練のためなのか、また基地に向けて何発かの爆弾を投下して去っていった。倉庫も被害を受けたが、損害は軽微。何よりも必須物資はすべて、島の監視所へ分配したので心配は無用だ。今のところ、基地設備を全て吹き飛ばされても私は困らない。畑は困るが……

 

 それから、今日の夕方には忌々しい空母ヲ級の姿も南南西に確認した。艦載機を飛ばしては、自らの艤装に着艦させてを繰り返して、中部海域の方面へと去っていった。発着艦訓練でもやっているのだろう。同じような事を仲間の空母艦娘が演習で何度もやっていたのを覚えている。

 深海棲艦の思考も、案外我々と似たりよったりなのかもしれない。

 

 今日はこの件を詳しく報告書へ纏めて横須賀に送信した。アイオワにも簡単だが伝えておこう。

 

[ミッションログ 225日目]

 那智農園拡張のプランを考えていた。

 まず、ジャガイモ農園とその他野菜の農園と2つの畑を作っていたのだが、今度は拡張してもう1つ農園を作る事にしたい。連作をしたいというのもあるが、前回の救出作戦失敗を考えて、農園をさらに拡張し、もっと長期の生存に繋げるという方法を取りたいからだ。

 また、レーションがすでに100日分を切っている。

 保存食料なので賞味期限がまだあるとは言え、もし農園が何らかの理由でダメになってしまった場合は、貴重な明日を食いつなぐ食料となる。この生活において長期保存できる食い物がどれだけありがたいかは身にしみて実感している。だからこそ、農園を拡張してレーションに頼らない自活生活をしたいのだ。

 

 候補地は少し遠めにして、監視所から15分ほど歩いた場所にした。

 多少開けている場所で、大きさは15メートル四方ほどか。すでに一航戦の種は殆どまいてしまったので、ここでは既に実っているジャガイモの生産と、トウモロコシ、そしてトマトから作った種を中心に栽培する事にする。

 調べた所によると、市販の種から出来た野菜から種を作るとなると、多少ややこしかったり難しい事があったりするそうだが、救出までの時間を予想しても数年にわたる長期の時間はかからないと推測する。長くても救出までにあと1年という期間を見積もっているので、その程度であれば種にしても問題はないだろう。すでにトマトは頑張って苗にしてあるし、ジャガイモの種芋は準備が整っている。

 

 という訳で今日は畑作りだ。

 いつもの手順で草を除去、そして土を耕し枝や石などの不純物を取り除く。作業ペースも上がってきているので、今日は3分の1ほどは畑つくりに成功した。

 しかし重労働である。中腰でクワを振っていると「もういっそ爆弾を仕掛けて地面を耕した方が効率的なのでは」等と思ってしまう。うむ……20.3センチ砲が修復できたらやってみる価値はあるな。冷戦時代に核兵器を土木工事に使うというプランもあった事だし、臼砲を使ってクレーターにしたって話もあるくらいだ。

 

 とりあえず畑仕事は適度に切り上げて、仲間たちと通信をして、それから周辺海域の監視情報を伝えて今日の仕事は終了だ。

 アイオワが今日送ってくれた曲はローリングストーンズで「悪魔を憐れむ歌」だ。相変わらずお前の音楽センスは70年代で止まってるなあ……

 

[ミッションログ 228日目]

 畑作りも重労働なので、今日は休みにして釣りを満喫していた。

 

 島の反対側、浄水施設の近くに程よい入り江を発見したので、最近はそこで毎回釣りをしている。廃材で作ったビーチパラソルとビーチチェアのようなもの、飲み物と食べ物(と言っても焼いたイモとか焼いたトウモロコシとか、そんなのしか無いが)を用意し、読書しながら釣りを楽しむ。最近は心の余裕が出てきたのか南方の島暮らしをだいぶエンジョイしている感じすらある。史上最長の有給休暇だな。

 

 釣った魚は大体、写真に撮ってメールで本土の仲間たちに送り、食べれるものかどうか判断してもらっている。南方はやたらカラフルな魚や珍奇な形の魚が多く、見ていて楽しい半面、食えるのかどうかもわからないような奴ばかりなので正直不安だ。

 万が一毒のある魚を食べたら、一か八かで高速修復材の原液を飲んでみる手もあるな!

 たぶん「ザ・ロック」でVXガス噛んじゃったオッサンみたいになりそうだが。

 今日の釣果はまずまずだったので帰宅。監視任務の報告、それから風呂のあとに魚とイモで夕飯を作ろう。

 

 今日は仲間から南方海域奪還作戦についての詳しい報告を聞かせてもらった。何か情報量が凄かったので「また今度で」と言ったら、ご丁寧に大淀がメール添付で大量の作戦概要書を送って来てくれた。大淀は添付して送ってきた上で「どうせひとりぼっちで暇だと思うので今読んで下さい」と言ってきた。

 また今度だと言ってるだろう。おやすみ。



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撤退237日目 横須賀鎮守府

久々の更新です。
今後も不定期更新が続きそう……


撤退237日目 横須賀鎮守府

 

 キーボードに指先を叩き続けながら、大淀は膨大な量の書類作成に従事していた。

 丸一日、デスクに座ってパソコンの書類製作ソフトで書類を作る。誰が言ったか“艤装が配備されるまでは大淀の艤装適合者はキーボード兵士扱い”というジョークは間違いである、と大淀は何度も考えていた。艦隊任務が終われば情報将校としてやらねばいけない仕事が待っている。それでなくても最終的に艦隊の事務仕事は全て彼女に回され、星の多い階級章を付けた上官や将校たちを補佐し続けなければならない。ある意味で艤装を背負って戦うよりも激務だ。道理で艤装適合者が多いわけだ、とため息を吐きそうになった。

 大規模作戦が始まると、大淀は決まって作戦資料の作成で缶詰になっていた。

 

「お疲れ様、はい、コーヒー」

 明石が暖かいコーヒーが入ったマグカップを、そっと大淀のデスクに置いた。

 大淀は「ありがとう」とつぶやいてから、マグカップを取ろうとしてディスプレイから視線を外して驚いた。窓の外が暗い。時計の針が12時手前になっている。

「……」

 もうこんな時間か、と思いながら大淀はコーヒーを一口啜りながら、もう何回やったかわからない上書き保存をして、作業を中断した。

「今度の南方海域奪還作戦の資料?」

「ええ。第三段階の資料で……」

 ディスプレイを覗き込む明石の言葉に、大淀は頷いた。

「これ……本当?」

 明石は困惑の声を浮かべた。

 

 反抗作戦の第一段階はマリアナ諸島の奪還である。

 サイパン、グアムと言った基地をまずは奪還し、周辺海域の掃討を行う。それからパラオ、トラックの奪還が第二段階、そして第三段階はラバウル・ガダルカナル島を含む海域――那智の待つ海域の奪還である。第三段階では、それと平行してバヌアツ、ニューカレドニア、ポートモレスビーをアメリカの豪州派遣艦隊、EUの太平洋派遣艦隊が攻略する手はずとなっている。

 しかし、道のりは恐ろしく険しい。

 輪のように広がった赤色の海域。深海棲艦の強力な支配海域には姫クラスの深海棲艦が徘徊している。それも1体や2体ではない、数体で艦隊を作った深海棲艦の強力な親玉たちが、我が物顔で周辺海域を固めている。エリートやフラグシップ級の通常深海棲艦も、総数のカウントをあきらめるほど大量に存在していた。

 少なくとも、日本の艦娘とアメリカ・EU艦隊の艦娘を合わせた数と互角かそれ以上という状態なのだ。だからこそ、今回の作戦は規格外とも言うべき内容となっていた。

 

「基地航空隊の支援、各艦隊への高速修復材、各資源の十分な支給、さらに今まで実現しなかった米軍の艦娘艦隊との大規模合同作戦……?これって」

「今までこの調子だったら、もうとっくに戦争は終わっていたかもしれないのに」

 はあ、と大淀は明石の言葉にため息を吐いた。

「救出作戦のプランはどう?」

「全く」

 大淀は首を左右に振った。

「偵察衛星の写真では、深海棲艦の“赤”海域が徐々に厚さを増していて不用意に近づく事は困難。対潜艦隊の拡充で、前回みたいな潜水艦作戦は封じられていて、さらに防備が比較的薄いオーストラリア側も、姫クラスの深海棲艦が増加傾向にあって突破は難しいと。今のところ、プランは全部凍結状態……お手上げです」

「米軍の救出計画は?何か知ってるんでしょう?」

 明石の言葉に、大淀は再度首を左右に振った。

「まだ何も。おそらく米軍も同じ状況でしょう」

 うーん、と明石は険しい顔を浮かべた。

「控えめに言ってクソみたいな状況ね」

 

 

撤退238日目 日本海軍 硫黄島基地

 

 硫黄島基地は喧騒に包まれていた。

 かつて日本軍と米軍が死闘を繰り広げた激戦地に建てられたこの基地は、海軍の前身組織である海上自衛隊と、そして航空自衛隊の共用基地として運用されていた。

 しかし、艦娘が開発され深海棲艦との戦いが激化すると、地形の都合で埠頭を作れず軍港として利用出来なかったこの基地は「艦娘用基地」として新たな活用をされるに至った。

 南方海域が奪取された今、この基地こそが南方海域奪還作戦の最前線となっていた。

 滑走路では、艦娘を乗せた海軍のオスプレイが慌しく飛び立っては、また戻ってきていた。艦娘への洋上補給のため、燃料弾薬を満載しては洋上へ投下し、艦隊へと送り込んでいる。

 ここでは総勢150隻、25艦隊という大部隊がマリアナ諸島奪還のために動いている。横須賀所属の艦隊も同じ状態であった。かつての南方派遣艦隊の艦娘たちも同じだ。

 

 夕暮れ時になり、ようやく今日の出撃を終えた長門率いる艦隊も基地へとようやく帰還した。

 久々の大規模作戦と激戦に、長門の顔にも疲労の色がにじみ出ていた。

 艤装を保管庫へ預け、残りの仲間を先に兵舎へ戻し、指揮所で戦闘報告を終えた長門と陸奥はようやく兵舎に戻り食事にありつこうとしていた。時間は夕暮れ時であるが、水雷戦隊に至ってはこの時間から出撃し、夜戦のために借り出される程だ。まさに不眠不休の攻撃が行われている。

 

 そのまま基地を歩いていると、向かい側から担架に乗せられた艦娘が兵士2人がかりで運ばれてきた。

 担架に乗せられているのは、長門のよく知る艦娘――ビスマルクだった。

 艤装は外しているものの、その姿はあまりにも痛々しく、そしてゾッとするものだった。顔面の半分を覆う包帯は血まみれで、彼女の右腕はそっくりそのまま欠落していた。

 波のように襲ってくる痛みに顔を時折歪ませているが、艦娘である彼女は余裕なのだろう、見知った顔を見つけて口元に薄い笑みを浮かべる。

 これから高速修復材を投入して入渠する事は明白だった。欠損した右腕も、残りの傷もすべて跡形も無く修復させてしまうだろう。妖精さんの力が生み出した艦娘という存在のみ許された、驚くべき回復力がなせる光景だ。

「あら長門、今日の成果は?」

「戦艦棲姫を共同撃破だ、そっちは?」

「ル級のフラグシップを1ダース分刈り取ってやったわ!また後で食堂で会いましょう」

 すれ違いざまに挨拶を交わすと、ビスマルクはそのまま基地の入渠施設の方向へと向かう、担架持ちの兵士が少し姿勢を崩したのか、傷に響いたビスマルクは「シャイセ!」とドイツ語で悪態を吐きながら、せっせと運ばれていった。

 

「終わりがないわね」

 ぼそり、と陸奥が呟いた。

 もうかれこれ1週間、長門たちの部隊は出撃している。休息のために横須賀鎮守府に戻るまであと3日であるが、長門たちにとっては恐ろしく長い3日となっていた。

「まあな、だが終わりがあると分かるだけマシだ」

 

 長門は水平線を眺めた。

 夕暮れに染まっているとはいえ、海の蒼い色とは明らかに違う、赤黒く染まっている水平線。あの向こう――深海棲艦の支配海域には、大量の敵が待ち構えている。

 これから待ち受ける戦いが長くなる事は長門もよく知っていた。だが、成果は出ていないわけではない。深海棲艦の姫クラスを屠り続け、護衛の深海棲艦も根こそぎ減らしつつある現在、その深海棲艦の支配海域は徐々に後退を続けている。

 

 海域の奪取、そして何よりも那智救出の一歩のため。ここでめげる訳にはいかないと長門は心に誓った。



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ログ 245日目

[ミッションログ 245日目]

 

 深海棲艦の活動が活発化している。とは言っても、ワ級がひたすらマリアナ方面へせわしく移動しているだけの話なんだが。毎回、8隻か12隻編成のワ級がせっせと周辺海域を航行し、そそくさと補給に向かっている。

 

 驚くべき話でもないかもしれないが、深海棲艦にも補給という概念がある。開戦当初は深海棲艦に補給は必要なのか?そもそも奴らはどういったソースで動いているのかという疑問が軍内部でもあったそうだが、かろうじて入手できたワ級の死骸を解剖した際に中から酔い潰れた隼鷹が吐き出したゲ○よりも酷い何か(これでもまだマシな表現)がドロドロと漏れ出してきて、それを解析班が頑張って分析した所、火薬や燃料の混合物、ならびに深海棲艦の修復用の資材であると結論付けた。もちろん艦娘の補給物資には使えない。使えたとしても使いたくない。

 しかし、意外にもこれを知ってガッカリしたのは現場の艦娘や前線指揮官である。「もしや輸送ワ級を拿捕すれば燃料弾薬がごっそり手に入るのでは!?」と淡い希望を抱いていた者はこの報告を聞くや否や「ハイ、解散!終了!」と言わんばかりに落胆した。当時はまだ補給もズタズタで、弾薬不足と燃料不足に苦しめられていた艦隊が多かっただけに、気持ちはわかる。

 

 しかし、輸送ワ級を叩けば相対的に深海棲艦の動きも鈍る、という至極一般的な結論と研究結果から海軍は輸送艦の撃破・撃沈に関して褒賞を与えると公言、その結果、どの鎮守府も大規模作戦以外は通商破壊がもっぱらの任務となっていた。大体の場合は潜水艦の仕事であり、毎週毎週、休みという概念すら存在しない(という生活に陥った)潜水艦たちが死んだ顔で出撃を繰り返していた。

 今ここに艦隊があれば輸送艦は叩き放題でボーナスに沸いていた所だろう。よりどりみどり、おまけに護衛もいない。

 

 南方海域奪還作戦の第一段階が進行中である現在、深海棲艦も物資輸送に必死なのだ。案外、こちらも深海も似たようなノリで戦争をしているのだろう。案外話し合えば分かり合えたりするのだろうか。

 それにしても輸送艦の艦娘がいたら良かったのにな……リバティシップとか作れないのか、今度三樹原に聞いてみよう。

 

[ミッションログ 248日目]

 

 艤装の最終調整に入っている。

 前回の修復はかなりいい所まで行った。まず艤装の機関が回復し、浮き、さらに航行ができるようになったからだ。脚は手に入れたが、また武装が生きていなかった。

 そこで、今度は本土の技術屋、三樹原の手も借りて色々と試行錯誤で主砲の修理に取り掛かっていた。

 

 現在の妙高型艤装はキメラと呼んでも差し支えのない状態になっている。

 機関部は陽炎型と伊勢型のパーツを流用、通信装置は飛鷹型と妙高型のニコイチ、各接続ケーブルはそれぞれの艤装の内装から引っ剥がした物をごちゃまぜに繋げている。武装に関しては半分ジャンクになった12.7cm連装砲、傷ひとつ無いのに搭載できない38.3cm連装砲、そして新品ピカピカでまっったく使われていない15.2cm単装砲だけしか手元にない。

 あえて言おう、カスであると。

 結局使えるのは15.2cm単装砲だ。残りはそもそも妙高型で使えもしない。

 

 泣ける話だ。我々艦娘の中では常々「役に立たない武装は何だ?」という話題が会話に上がっていた、開発部の連中が聞いたら泣いて怒り狂うような現場の直球ストレートな評価が各方面で上がっているが、15.2cm単装砲に関しては誰もが満場一致で役立たずと評価している。

 射程距離をごく僅かに伸ばすという利点以外は特に使いようもないし、駆逐艦は装備できないし、後継装備にもっと優秀な武装がそろっている。わざわざこれを搭載している艦娘はどこの鎮守府を見かけてもいなかったか、唯一、艤装を生産したりする際は「これを装備するように」と最初から艤装につけられているパターンが多い。

 つまり「カードゲームのスターターセットの中に入ってる一番いらないカード」に該当する装備がコイツだ。

 

 前に三樹原へ「こんなカス武器じゃ戦えないって現場はみんな言ってるからマシな武器作ってよ」と伝えた所「国民の血税で開発した武装に手前は何ふざけた事言ってんだ謝れ」と言われたが、たぶんどの鎮守府の艦娘もそう思ってるぞ。それとも開発部には単装砲マニアやフェチが多いのか……変態か。北上っちか。

 

 ともかく話がズレたが、今の私には15.2cm単装砲しかないのだ。

 艤装に乗せて空撃ちを試みたが、まずトリガー周りがうんともすんとも言わないし、照準もつけられない、と言うか「とりあえずハマっただけ」と評すのが正しいか。

 つまりは武装は死んでいる。

 

 武装のコマンドを受け流す為の配線が艤装の中で死んでるのが原因なのだ。三樹原に言われるがままに頑張って艤装の外装をはずすと、まあ出てくるわ、ゲーム機のコントローラー配線が絡まったのを数倍ひどくしたようなのがデロンとはみ出した。

 もはや言うまでもない。この修理には計5日はかかった。ひたすら配線を引っこ抜いては接続し、ダメになったものは交換しての繰り返しだ。

 高速修復材と入渠設備がいかに大切かを思い知る今日この頃だ。

 

 苦労の甲斐あって、15.2cm単装砲が何とか動くようになった。

 トリガーも何とか引けるし、装填装置も思いのほか上手く言った。後は溜め込んだ小銃用弾丸を改造し、妖精さんのお仕事に頼んで“砲弾”に変えてもらうのみだ。

 

 まあ、こんな艤装で突破しろと言われても自殺行為だが、とりあえず艤装は治ったわけだ。

 お祝いに酵母の妖精さんがいたずらした飲み物でも飲もう!



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ログ 255日目

更新遅れてしまって申し訳ない…


[ミッションログ 255日目]

 現在のマリアナ諸島攻略作戦についての詳報が大淀から送られてきた。

 硫黄島基地を拠点として、連日連夜の基地航空隊の爆撃、さらに艦娘部隊による攻撃により深海棲艦の防御網に“穴”が空いたという。舞鶴、呉、佐世保、横須賀の精鋭戦力による攻撃である。この効果は絶大であり、深海棲艦の本体はマリアナ諸島の沖合いまで押し戻されているという。

 偵察衛星の報告によれば、サイパン島には現在、集積地棲姫や飛行場姫が計8体観測されているようで、深海棲艦も必死になって南方海域を死守しようとしているようだ。基地航空隊がバラバラと爆弾を落としているが効果は薄いと言う。

 

 米軍からの技術と装備提供で、今後はB-17、B-24と言った基地航空隊用の大型爆撃機が投入されるという事なので頑張れば爆撃で片もつくだろうとアイオワはコメントしている。

 長門と酒匂とプリンツが恐怖失禁しそうなアレは投入しないんだろうな。あってたまるかという話ではあるが。それと「ベトナムでは北爆しても勝てなかった」もアイオワには禁句だろうなあ……

 

 一方で反対側、オーストラリア方面の作戦は芳しくないようだ。

 EU連合艦隊と米軍の豪州派遣艦隊、その戦力と装備は概ね充実しているが、彼女たちは正直ノウハウに欠しい。現場慣れし、古参兵である日本海軍に比べて艦娘運用もようやく実用段階へと漕ぎ着けた彼女たちには荷が重過ぎるという意見もある。

 かろうじて、ティルピッツを筆頭とする打撃艦隊が効果を挙げ、エセックスを中心とする機動部隊がよくやっているそうだが、それでも連戦で大破艦が続出。海軍基地は連日のように艦娘の入渠で大忙しだそうだ。

 

 さて、横須賀鎮守府にいる私の仲間は相当の戦果を挙げているようだ。

 長門と陸奥は相変わらず駆逐艦バスターなのか、やたら駆逐艦のキルスコアを伸ばしている。お前ら本郷中佐から「もう二度と駆逐艦を狙うな」って言われただろう。そんなに駆逐艦が好きか。敵味方見境なしか。

 一方で榛名は堅実に敵を撃破していて、ついに改二型艤装の配備を認められたそうで、司令部から手回しをしてもらっているそうだ。これはお祝いモノだろう。

 改二型は給与がよくなる。榛名もこれから色々と困らないだろう。ちなみに私も改二だが金が全然たまらない。何でだ、酒と減俸がいかんのか。

 

 妙高姉さんは相変わらず人に華を持たせるのが趣味なのか、今回の作戦ではアシストに回る場面が多いそうだ。羽黒はもう止まらず、キリングマシーンとなっているようで今回で姫クラスを2体屠る大戦果を挙げている他、敵戦艦を血祭りに上げている。やばい、そのうち階級で越される。

 

 望月はもっとわけがわからない。自分の大破と片腕を引き換えに潜水棲姫を1隻撃破したという。爆雷なしで浅瀬に浮上してきたのを捕まえて殺したらしく。近々この件で曹長に昇格するとの事だ。貴様らハッスルしすぎだろう。

 

 作戦に参加できないのが辛過ぎる。今頃ちゃんとした艤装があれば、戦えたかもしれないが……

 

 

 

撤退257日目 横須賀鎮守府

 横須賀鎮守府の司令棟の廊下を、1人の女性が歩いていた。

 艦娘とも、女性士官とも違う黒いパンツスーツ姿のその女性は、胸から身分証明となるIDカードを下げている。そのIDカードが、彼女がこの基地に入る事を許されている部外者であること、そして艦娘開発部の技術者、三樹原だという事を示していた。

 司令棟の一室――今では三樹原にとって見慣れた場所――に入る。本来なら艦隊指揮官の秘書艦控え室となっている部屋だ。

 ノックをすると、どうぞという言葉が返ってきた。

 ドアノブを回し、三樹原は中へと入った。部屋の中は複数の椅子と機械、そして書類棚と言った物であふれ返っていた。

 部屋の真ん中に置かれた机の前に座っているのは、横須賀鎮守府所属の工作艦娘――明石だった。ただし、いつもの艦娘用制服ではなく、海軍士官用制服を着用している。

 彼女の前には、開発部謹製の通信装置――艦娘艤装内蔵通信装置のスタンドアロン版――が置かれており、装置にはスピーカーとマイクが繋げられている。

 

「ああ、ちょっと待って。今三樹原さんが来たみたいだから」

 明石はマイクを通じて、通信装置の向こうにいる人物へと語りかけた。通信装置のマイクスイッチを切ると、明石はようやく三樹原を見た。

「もう繋がってるわ」

「ああ、助かる」

 三樹原はそう言うと、那智用艤装のマニュアルや設計図がぎっしりと詰まった鞄を机の上へと置いた。近場にあったパイプ椅子を引っ張り出すと、三樹原はようやく腰を下ろした。

「何か飲み物持ってくる?」

「コーヒーを頼む、いつもので」

「ちょっと待ってて」

 明石が部屋から出て行く。その後ろ姿を目で追いながら、三樹原は「いつもの」で通じるぐらいの仲になったかなと感慨深い気持ちになった。

 鞄から資料を取り出すと、三樹原は一旦深呼吸してから、マイクのスイッチを押し込んだ。

「三樹原だ、どうだ?」

 手身近な挨拶。

『ああ、また会えてうれしいぞ』

 通信機のスピーカーからは、那智の声が聞こえた。

 

 かれこれ半年以上、彼女は頻繁に横須賀鎮守府に顔を出している。

 海軍から「南方海域で孤立している重巡救出で技術的なサポートをしてほしい」という言葉が切欠で、開発部からアドバイザーという形で出向き続け、通信経由装置のサポート、そして失敗に終わった運貨筒改造脱出カプセル案などを担当した。

 脱出作戦失敗による責任を感じて、一度は辞退を考えたものの、那智の上官である本郷中佐、彼女らの同僚艦娘、更には横須賀の司令官からの要望もあり、こうして週に1度は横須賀鎮守府に顔を出し、那智と会話して艤装修復のアドバイザー担当となっている。

 もっとも、那智に関わる話が半分、もう半分は開発部の技術者という肩書きを見込んだ最新装備に纏わる雑務だった。元海軍で元艦娘、それでいて今は技術屋という三樹原は今の横須賀では引く手数多の貴重な存在として扱われている。

 もっとも、三樹原自身は、この件について積極的な姿勢をとり続けている。

 

 この日の艤装修理に関する説明とサポートは続いた。30分ほどの通信を終えて、ようやく今日1日で教えられるだけの修理方法を伝えた。

 すでに那智の艤装は、完璧とまでは行かないが、艤装の機能をほぼ取り戻している状態であり、現在はより細かい調整の段階へと入っている。三樹原の直接的なアドバイスも、じきに終わる予定だ。

「……よし、今日はここまでだ。続きはまた来週な」

『ああ、すまない。恩に着る』

 通信機のスピーカーから流れる那智の声を聞きながらも、三樹原の心は晴れない。

 三樹原は、那智を気丈な女だと思っている。少なくとも、ここまで危機的な状況に晒されている艦娘は知る限り初めてであるし、常人ならとっくに発狂しているような状況でも、毎日を楽しんで生活している。救出作戦が一度は断念された際も、彼女は悪態こそ吐けどジョークを飛ばして綺麗に水へ流した。それでも、彼女の救出を一度は諦めさせた自らの不手際に対する自責の念を、三樹原は心の片隅へ未だに持ち続けていた。

「それじゃ通信は終わりに――」

『待ってくれ、仲間たちが攻略作戦で不在なんだ。話相手が欲しい、少しくらいお喋りに付き合え。大淀は堅物すぎて話にならんし、明石はずっと飯の話ばかりしてくる』

「軍用回線だぞ?あんまり私語に使うと怒られるぞ」

 三樹原は呆れ気味に呟く。

『構わない、書いた始末書の数なら横須賀一だぞ』

「イレギュラーな那智だなあ……」

 思わず笑みがこぼれる。

 艦娘になると、性格や記憶が変わるという症状がある。大なり小なり様々な幅があるが、少なくとも三樹原が見た限りではここまでおかしな重巡・那智は見た事が無かった。

『そういえば前から話そうと思っていた事が……いや……しかし……』

 いきなり那智の声が歯切れ悪くなる。気になった三樹原は、思わず不安になった。

「何だ、気兼ねなく言ってくれてもいいぞ」

『そうか。万が一気が悪くなる事だったら、すぐにでも止めてくれていい』

 那智は慎重な前置きをした上で、こほんと咳払いをしてから答えた。

 

『シアトルへの輸送作戦に参加してなかったか?』

 

 コーヒーのマグカップを掴もうとした三樹原の手が止まった。

 言葉が詰まり、何も出てこなくなる。

『高雄型摩耶の艤装、しゃべり方、それに苗字。違ってたらすまないと思うが……』

「あ、ああ……その通りだが、どうして?」

 事実を言い当てられ、三樹原は困惑していたが、那智は意を決したように呟いた。

『その、もうとっくに知ってるかもしれないが……あの時の那智だ』

 あの時の、

 その言葉に、思わず三樹原は言葉を失った。

 困惑とフラッシュバック。乱れそうになる呼吸を何とか直そうとして、通信機のスイッチに思わず手をかけそうになる。すんでの思いでその指を止めると、震える口調を抑えて呟いた。

「……すまなかったな」

 三樹原は力なく呟いた。

『いや、いいんだ。私も悪かった。あの時はまだ無鉄砲な新米だったからな』

 那智も少し、ためらい気味になりながらも話を続けた。

『姉の件については、私も謝っておこうと』

 那智の言葉に、三樹原は忘れることの無い鮮烈な記憶を思い出していた。

 

 シアトル輸送作戦。

 かつて、アメリカへの艦娘建造技術橋渡しのために行われた無謀な作戦。輸送船2隻をアメリカ、シアトル港へ送るため、北方海域を横断するという前人未到の作戦であり、多数の戦死者と輸送船1隻沈没という損害を出しながらも、艦隊はアメリカへ艦娘の建造技術を送り届けた。

 三樹原は、艦娘としてその作戦に参加していた。

 彼女の実姉もまた、艦娘としてその作戦へと参加していた。高雄型重巡、愛宕。姉妹そろって同じ重巡シリーズの艤装適合を持った事で、当時は艦隊のちょっとした有名人であった。

 しかし、最後の1隻となった輸送船を護衛中、北方棲姫の攻撃を受ける最中、右舷で戦っていた愛宕に敵戦艦の砲撃が直撃した。

 そして、愛宕は北方海域に消え、戦死した。

 

 三樹原は鮮明に覚えている。

 右舷を任されていた艦娘は、愛宕と、他ならない重巡・那智だった。

 攻撃を乗り切った“摩耶”は、戦闘の終了後にそこでようやく姉の戦死を知った。彼女は取り乱し、そして、愛宕と共に戦っていた那智に向けて、心無い言葉を吐き、罵声を浴びせたのを覚えている。なぜ助けなかった、と。

 那智はただ黙り、そのまま作戦終了後に元の部隊へと帰還した。三樹原は、その一件の後に艤装適合能力を喪失し、ついに退役した。

 後ろめたさを覚えて、あの時の那智を突き止めようとしたが、戦闘のどさくさや那智型艤装貸与者の数が膨大であった事から、結局は掴めずじまいだった。

 そんな失意の矢先に、三樹原の元へ姉の遺品である手帳と手紙がかつての戦友を通して送られてきた。その手紙には手負いだった愛宕を守れなかった事に対する謝罪と、愛宕の最後について、そして最後に託されたその手帳を同封していた。

 

「……ああ、わかってるよ。あれ、送ってくれたの、あんただろう」

『そうだ。遅くなってすまなかった。部隊を特定するまで時間がかかったし、何より私の名前を出しても、いい顔はしないだろうと思ってな。多分あの時に渡そうとしたら殺されると思ってしまってな。あの“舞鶴の対空番長”なら絶対殺すだろうと……』

「殺すは余計だ」

 三樹原は力なく笑った。

「――私も若くて無鉄砲で馬鹿だった。随分と酷い事を言って、すまなかったな」

『なに、今回の件では私も助けられている。これでお互いに貸し借りなしって事にしよう』

 那智の明るい声に、三樹原はようやく、気持ちを落ち着かせた。

 

「それにしても……本当に数奇なもんだな」

『まあ、そうとも言うな。那智型艤装の適合者は多いからな、そのうちのホント一握りと、ここで会うとは』

 それに、と那智は付け加える。

『各鎮守府の那智で唯一、もっとも南方にいて、それでいて史上最も孤独に暮らしている那智だからな』

「そんなヤツと因果な関係だってのも、おかしなもんだな。もう艦娘辞めて技術屋になったってのに、もう会うことは無いかと思ってたよ」

 三樹原は笑ってから、楽しげに、それでいて険しい顔を浮かべてから答えた。

 

「生きて帰ったら一杯やろうぜ。絶対死ぬなよ」

『ああ。店潰すくらい飲もう。お代は全部アイオワに払わせよう』

 それから、2人はひとしきりに笑った。



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ログ 267日目

[ミッションログ 267日目]

 

 通信装置がご臨終した。

 

 大変な事なので二回言う、ご臨終した。

 

 通信機は死んだ、逝っている、あの世へ旅立った、通信装置は役目を終え天に召された、一巻の終わり、これは“元”通信機だ!

 

 いやいやいや笑い事じゃないぞ、本気でこれはマズい事になった。恐らく今までで一番のピンチかもしれない。

 話を一から説明しよう。

 

 まず、前日に艤装修復の件で三樹原と音声通信で会話をしていた。時間は50分ほどだったか、とにかくその時点で通信装置は生きていた。艤装の指令系統に問題ありという話があったので、会話後に一通りコアの部分を手直しし、通信装置も僅かに手直ししたのを覚えている。

 最近、データの中継に時間がかかるのとノイズが増えてきたので、手元のジャンクパーツから程度のよい通信機用パーツ(これを修理した時に出たもの)を選んで、パパッと分解して補修して戻して終わり、その日は横になって眠った……のだが、翌日起きて監視任務の報告をしようと思ったら、通信機がうんともすんとも言わなくなっていた。もう一度分解して試したが結果は同じだ。

 ノイズを拾ったりする程度でも良かったのだが、前と同じくマイクも何も拾わず、そればかりか通信機は沈黙を貫き通した。

 

 つまり、死んだ。

 

 作戦の定時報告もできないし、仲間と会話する事も、アイオワが送ってくれる今日の1曲すら聴けなくなってしまったのだ。

 迂闊だった、としか言いようがない。素人考えで、技術屋のバックアップがあるからこれで大丈夫だろうと思っていた自分を恥じている。修復バケツの中身に沈めれば大丈夫だろうと思ったが、どんな化学反応が起こるかわからないし開発部から直接「高速修復材の原液ぶっかけは艤装が大変な事になるから止めろ」と釘を刺されている。

 さっきから頭を抱えて悩んでいる。余計な事をしなければ……と後悔の念ばかりに駆られていたが、こうなったらやる事は1つだけしか無いだろう。

 通信回復の方法を考えるのだ。

 

 とりあえず明日から本気を出すので密造酒を一杯ひっかけてから寝よう。

 今日からしばらくは定時報告任務がないぐらいが救いか。もう明日は昼までずっと寝て過ごそう。

 

 

[ミッションログ 269日目]

 

 通信方法を考えていたが、最良の方法が思い浮かんだ。

 偵察衛星だ。

 

 大淀は偵察衛星の画像でこの基地の被害状況を偵察中、私の生存に気がついたという。決定的な証拠として、私が司令棟の脇に投げ捨てた艤装を写真で目視したのが切欠だったという。となれば、私に万が一何かあった際は真っ先に偵察衛星を使うはずだ。2日経っているし、そろそろ連絡がつかない件で偵察衛星が使用されるはずだ。

 

 となると文字か何かを書けばいいだけの話だ。よくグラウンドに白線を引く石灰は……無いな。棒材を用意するのもいいが、色が暗すぎるとダメだし、偵察衛星で目視できる大きさなら結構な量の棒が必要だ。

 

 うーん……となると、文字ではなくモールス信号で行くか。

 モールス信号は「・」と「-」でどうにかなる。そのへんの石と角材を持ってきてモールス信号を書けばいい。あとは偵察衛星でわかるように巨大な矢印でも作っておけばいいだろう。一方通信となるが、すくなくともメッセージはこれで送れるというわけだ。深海棲艦の偵察機対策も考慮すべきが悩むが、現状はこれくらいしか手段がない。

 

 しかし結局は一方通信。横須賀や米軍から通信が出来ないとなると意味がない。

 また仲間の声が聞けなくなるのは困るし、作戦の進行状況も把握できない。何よりもアイオワから曲を送ってもらえないのも困る。こうなったらやるしかないだろう。

 

 通信機を他の基地へ取りに行く。

 

 ああ、もうろんバカげた作戦だろう。あまりにも危険で、そして無謀な作戦だ。しかし、前よりは勝機はある。まず艤装が航行可能程度まで修復できたこと、次に基地内にある車両用燃料を使ってあと出撃1回分は賄えることだ。敵に出会えば死ぬかもしれないというハードコアな航行を強いられるがそれでもやらねばなるまい。

 

 少しでも生還率を上げるために、いくつか方法を考えてみた。

 まず、候補としては夜明けと夕方という二つの時間帯――敵艦の動きが一番鈍る時間帯のみ移動し、その間に立ち寄れる無人島へ立ち寄り、深海棲艦をやりすごす、この方法を繰り返して目的地まで向かう。

 

 もっとも、最寄の島が無い場合は何らかの偽装を施す必要がある。一番手っ取り早いのはブルーシートでもかぶって偵察機や深海棲艦の目をやり過ごすという方法だ。それでダメなら作ってワあそぼよろしくDIY技術を活用し、イ級のかぶりものでも作ってやり過ごすほか無い。

 

 近隣の第18哨戒基地、第78哨戒基地が最終的な目的地だ。規模はこちらの基地よりも小さいが、燃料弾薬がストックされていれば御の字だろう。以前に大淀が送ってくれたデータでは、どちらも設備自体は多少は生き残っている事だ。ただし、人の反応はない。この2つの基地は艦娘と基地要員の脱出に成功したか、あるいは脱出する前に皆殺しにされたかのどちらかしかない。

 前者は100キロ、後者は123キロという距離があるが、とにかくやるしかないだろう。

 

 母さん 娘は今、人生で最も危険な旅に出るつもりでいます。



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撤退270日目 横須賀鎮守府

撤退270日目 横須賀基地

 

 横須賀基地の一角、本郷中佐の執務室は重苦しい空気が漂っていた。

 数日前から途絶した那智との連絡。定時連絡が無くなった事に加え、さらに通信の反応すらなくなった事で、那智に何かしらのトラブルが発生した可能性がありと見て、調査が進められていた。偵察機も飛ばせないという状況下で、唯一の頼みは偵察衛星による写真偵察のみ。その偵察結果待ちまで、本郷中佐は待機していた。

 すでに部屋には、明石と技術者の三樹原、そして長門と妙高が待機している。

 初めこそは他愛の無い会話が続いていたが、大淀が偵察衛星の写真を受け取りに行ってから1時間、部屋は沈黙だけが支配している。

 

 本郷中佐が、壁掛け時計の針をじっと眺めながら沈黙する中。扉のドアがノックされた。

「入れ」

 本郷中佐が答えると、扉が開いた。

「失礼します」

 大淀が入室した途端に、全員の顔色が変わった。

 いち早く結果を知りたい全員の顔を見て、大淀は開口一番に結論を口にした。

「判明しました、那智さんはまだ生存しています」

 

 どっ、と安堵の色が全員の顔に浮かんだ。

 しかし、長門と本郷中佐はすぐに険しい顔を浮かべた。無事と言っても、まだ那智に何があったか詳しく知る必要があった。

「大淀、詳細を頼む」

「はい」

 大淀は本郷中佐の机に、持ってきた書類の束から数枚の衛星写真を取り出して広げる。全員が本郷中佐の机の周りに集まり、その写真を見た。

 半壊した司令棟の近く、そこには規則的に並べられた大きな石と木の棒が写っていた。

「何でしょうか」

 妙高が思わず声に出す。

 これがどう那智の生存に関係するのか、と長門が思った矢先に本郷中佐は素早くこれが何を示すのか気がついた。

 

「モールス信号か」

 本郷中佐は息を呑んだ。

 衛星写真に写った棒と石を見ながら、その内容を解析していく。

「ツウシンキ コショウ コレヨリ タビニデル ナチ……これだけか?」

「はい」

 本郷中佐の言葉に、大淀は頷いた。

「恐らく彼女は、最寄の基地へ向かうつもりです。恐らくは通信機の確保かと思われます」

「危険すぎる。海図はあるか?」

 本郷中佐の言葉を予め見透かしていたのか、大淀は素早く手持ちの資料の中から周辺海域の海図を取り出し、机の上へと素早く広げた。全員が、その海図に視線を落とした。大淀は海図に指を置き、位置を説明する。

「一番の近場は第18哨戒基地、第78哨戒基地ですが……」

「那智の艤装でそこまで出撃可能なのか?三樹原君」

 本郷中佐の言葉に、三樹原が頷く。

「機関部分は生き残っているので可能です。武装は単装砲1門のみしかないですが」

「周辺海域の敵の出没状況は?それほど強力な敵はいなかった筈だが……」

 本郷中佐の険しい声色に、大淀は意を決したように呟く。

「彼女の報告では、近隣海域は散発的に輸送艦隊が通る以外は、特に敵の目撃例はありません。考えられる障害としては、哨戒中の敵機による空襲か敵の潜水艦の二つです。おそらく、彼女の今の艤装では敵と遭遇すれば一たまりもありません」

「敵に会わない事を祈るしか無いか。両基地に那智の擬装があれば話は別か」

 いえ、と大淀は切り返した。

「残念ながらどちらの基地も妙高型重巡の艤装は保管されていません。また、どちらの基地も先の攻勢以来、連絡が繋がらず基地要員、ならびに艦娘ともに全滅したと考えられます。衛星写真を見る限りでは基地施設の被害は軽微でしたが、詳細な損害までは……」

「わかった。結論は、那智から通信が来るまで待機するしかないんだな」

「はい」

 大淀は言い切った。

 

 本郷中佐はため息を吐きながら椅子に腰を下ろした。

「我々は那智に何もしてやれない……あいつに「家でじっとしていろ」とさえ言えないのか……」

 その言葉に、執務室にいた全員が悲痛な面持ちを浮かべた。

 

 

 

[ミッションログ 270日目]

 

 うひゃー

 久々の海は気持ちいい!

 いつ敵艦に襲われるか分からない恐怖心を除けば!!

 とにかく、今の所は順調な滑り出しだ。艤装の速力はまだまだだが、コントロールに関しては申し分ない。完全なガラクタになっていたあの時と比べて、随分とマシな状態になった。

 それでも時折、主機がヨボヨボの爺さんの咳みたいな音を出す時があって恐ろしい。最悪の場合は止まるんじゃないか、という不安があるが、まあ大丈夫だろう。

 

 さて、今回の遠征に関しての計画はこうだ。

 

 最寄の第18哨戒基地へと向かう計画だが、第二目標である第78哨戒基地への到着は中止にする。燃料について色々と調べてみたが、今の所、こちらでまかなえる燃料分ではどう考えても23キロという近距離にあるとは言え不安がある、特に両基地の燃料庫が全滅していたら尚更だ。第78基地へは目標である「通信装置の確保」が成功しなかった時のみ行く事にする。基地設備が良かったらそっちで過ごす方法もあるが……

 

 基地までの道のりは長いが、幸いな事に小さな島が4つあった。島と言ってもわずかな木々が残るだけの小さな物が3つ、そこそこの大きさの島が1つだ、そこで休んでから、朝と夕方という時間帯のみ移動する。これだけだ。少なくとも長旅になっているがまだまだ大丈夫だと信じたい。

 今は道中の名前も知らないような島にてこれから就寝に入るところだ。半分ほど土を掘って、そこに寝袋を敷いて、さらに上から椰子の木の葉をかぶせて偽装している状態だ。

 

 道中が安全な旅だった、とは正直言えない。

 かなり遠距離だったとは言え、明らかに戦艦クラスの敵艦を含む艦隊と何回か鉢合わせしそうになり、急いで針路変更した事が2回あった。編成は6隻、方向はトラック方面だ。

 正面からぶつかっていたら、今頃ここで暢気にログなんか書いてるヒマは無かっただろう。

 

 とにかくレーションを腹に入れたら寝るようにしよう。

 今は正直不安だが、唯一気を紛らわせてくれるのは長門が置いて行ったアニソンぐらいだろう。

 おやすみ!




超久々の更新となって申し訳ありません。生きてます。
ここ1ヶ月以上色々ありました、モチベーションが上がらなくなったりネタが上がらなくなったり、イベント始まったけどあまりの難易度の心が折れたり、戦艦少女にドはまりしたりと色々ありましたが、ぼちぼち更新再開したいと思います。また亀更新になりそうですが……


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