ゆらぎ荘の蹴る人と殴る人 (フリードg)
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第1話 ギャンブルは程々に……

 それは、いつから……だっただろうか――。

 

 

 この世の中は、本当に不思議な事だらけだ。

 

 彼は、今日も昨日も、そのまた前も……、延々とひと(・・)と出会って、色々と語り、……()の付き合いをし、最後は互いにぶつかり合い……、親交? を深めたかと思えば、翌日はまた別のひと(・・)と親交? を深める事になる。

 

 本当にキリが無い。それは世の中の不思議の数だけ、続いていく事だろう。

 非常に厄介な事に。

 

 と、意味深に言ってみたが、これ(・・)は 彼が生まれた時からもっていた体質の問題だったりする。

 

 ほら――世の中にはいろんな体質があったりするでしょう?

 

 例えば、太り易い体質、逆に太りにくい体質、汗を掻きやすい体質、逆に掻きにくい体質―――etc。

 

 …………………

 

 いや、話が見えないって? あぁ……確かにそうだ。その通りだ。一先ず、話をもとに戻して説明をしよう。

 

 つまり、何が問題かと言うと、今患っている、とも言える体質に問題があるのだ。

 

 非常に厄介極まりない体質。

 単純な体質であれば、改善をする事だって、できない事はない。現代医学をなめてはいけない。手段はあまり多くないかもしれないが、兆しはあるのだから。

 

 ただ――今、自分自身が持っているモノ(・・)は、別だ。

 

 改善の仕様が無いモノをもって生まれてしまった、と言う事。

 消せない、治せない、一生身についてしまう体質。

 

 

 

 そんなだからこそ、こう(・・)なったのも無理はなかった。いや そう(・・)、ならざるを得なかった、と言えるだろう。

 

 それこそが、問題、大問題である……。

 

 

 

 

 

 あ、大きく、大袈裟に言っているが、実は もうすっかり受け入れたりしているけど。

 それまでが非常に大変だったが。

 

 

 

 

 

 これは、妙な体質を持って生まれてきた男たちと、少々変わった女の子たちの、騒がしくて、忙しくて、ちょっぴりエッチで、それでいて 心温まる?

 

 

 ―――そんな物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ 某日某所 □□

 

 

 

 

 

「やれやれ……、漸く見つけた。……ったく」

 

 とある男は、路上で座り込んでいる中年男性の前に立っていた。

 中年男性は、両膝を抱えて座り込み、何やらぶつぶつ とつぶやいていた。

 

「なんで――、あそこで、《ゴーカイロク》、が来る……? なぜに落馬?? あのタイミングで??? 陰謀?? ぁぁぁ……財布が軽い……、また 借金か………」

 

 小さな声だが、辛うじて聞き取れる。

 そして、周囲には散らばった馬券の束。どうやら、盛大に外した様で放心している様だ。

 

 傍から見れば、ただの自業自得。借金までしてのめり込む程の博打(ギャンブル)中毒者だから、自身の意志では到底治す事が出来ない。

 

 なので、この手の人物は速やかに そういう系統の病院にお入り願うのが最善の策……と言えるのだが、今回は 少々違う。

 

「だっはぁぁぁぁぁ!! よーーし、今度は行ける!! 今度こそ絶対だぁぁ!! 連戦連勝!! 止まらぬオレ様の運気! 今日は絶好調だぜーーー! たまたま、出鼻挫かれただけだぜぃ! ま、それに たったの100万やそこら、働かなくても、倍々稼げば なるよーにn「はいストップ」ぶっっ!!」

 

 男は、後頭部に軽くチョップをして、男は、中年男の暴走? を止めた。

 しゅ~~……と、湯気が上り、その頭頂部にぽっこりとコブが出来ていた。

 

「調子に乗るなって。……ったく、随分と逃げてくれたみたいだが、もう 終わりにするぞ。ってか、もう色々アウトだ」

「むむっ!! い、いてて――、しゃ、借金取りの手の者か!! 金なら、返す!! もっかい、万馬券狙いでだ! 次は必勝だ! オレ様を信じろ!」

「誰が借金取りだ。……それに、何が万馬券だ。何がオレ様を信じろだ。んな都合よく行く訳ないだろ。客観的に見ても、到底信じられんわ! と言うより……」

 

 男は、長くため息を吐いて ゆっくり手を伸ばす。

 丁度、中年男の耳元まで手を伸ばした。

 

 ぎゅっ!! と思い切り耳?を抓む。

 

「とっとと出てこい」

 

 だが、傍から見たら 耳に届いていないと言うのに……、何もない空間を思い切り握っていた。だと言うのに、擬音が盛大に聞こえてくるのは、何故だろうか? と思うのだが、その疑問は、直ぐに解消されることになった。

 

『いでででで!!!』

 

 半透明の、ナニかが、中年男の身体から出てきたのだ。

 まるで、男の身体の中に入っていたかの様に、引っ張られ飛び出してきた。

 

「生涯負け続けだった、勝った事の無い博奕打ちの霊。『あと1回。……よし、最後。次が最後』って ずーーーーっと言い聞かせ続けながら、事故を起こして逝った。……その後も魂にまで執念がしみついてるから、自分が死んだ事を忘れて、ウロウロする羽目になるんだ。死んでまで 他人に迷惑かけんな」

『いでーーいでーーや、やめろーーーっ!』

「ほら、そのおっさんから出ろ」

 

 力の限り――、引っこ抜くと、完全に中年男の身体から分離した。

 すると、先ほどまで豪勢だった中年男の身体は、まるでスイッチが切れたかの様に、動かなくなり、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。

 

「何の因果か……、料理人の霊、スポ根の霊、……次は、ギャンブラーの霊か……、はぁ……、アイツ(・・・)が こっちに来る、って判ってからだな。偶然にしては出来過ぎだと思う……」

 

 盛大にため息を吐く男。

 だが、比例して その霊を握る指は強くなっていっている様子。

 

『いでーー、いでーー!! こ、コラぁぁ! いつまで抓ってんじゃい!! さっきは大目に見てやったってーのに この目上の者に対する狼藉! 若造の癖に! 説教したるわ! まだまだ、若いもんには負けんっっ!!』

 

 と、自分が幽霊である事を判ってない様な言動をしつつ、自分が悪い事をしている、と言う意識が一切無い様子で、更に威勢が無駄に良い。

 強引に男を引きはがすと、宛ら野球選手の様に振りかぶって 攻撃体勢。

 

『喰らえぃ!! 必っっ殺っっ! 元・中年男のみらくるぱーーーんt“びゅんっっ!!”っっ~~~~~~!!!!』

 

 パンチを繰り出そうとしたのだが……、その拳が男の身体に届く事は無かった。

 

 何故なら、まだ発射されても無いと言うのに、自身の右頬の数㎝、いや 数mm横に見事な前蹴りが飛んできたからだ。空気が弾けたかの様な風切り音が耳元で盛大に聞こえてきた。

 

「で……やんの? オレとしては それでも良いが。手っ取り早い」 

『………』

 

 肉体を持たない霊は、それも 霊になって早々故にか、非常に冷たい。基本的に幽霊は、温もりと言うものが味わえなくなるのだ。――例外はいたりするが。

 

「……問答無用で一発当てようかと思ったけど、やっぱ 甘いわオレ。……そういやぁ、昔 もよく言われた事あったっけか」

 

 ゆっくりと脚を引き戻す。

 軽く誇りをはたく様に ズボンを整えると 改めて向き直り、訊いた。

 

「で、次は当てて良い?」

 

 その問いに、答える言葉は一つしかなかった。

 

 

『す、すみませんでしたーーー!! かか、かえりまーーす!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言う訳で、最終的には自主的? に成仏しようと(逃げようと)したのだが、あの博奕打ちの霊にはしっかりと尻は拭って貰った。

 

 憑依されている間は、余程 霊感等の力が無い限りは、抗う事は出来ない。

 

 耐性が全くない者であれば、瞬く間に意識を刈り取られてしまう事だってあり得る。

 これまでの経緯を見てみると、どうやら、この中年の男は あの霊にされるがままに、動かされ、最終的にはサラ金にまで手を出され、借金をこさえられてしまっていた。

 

 幸いにも、男はニートと言う訳ではなく、年齢的に見れば、低収入ではあるものの、しっかりと働く真面目な男だった。

 

「ぅ……、若い時にギャンブルにのめり込んでいた名残があったからか……? 今でも少々しているからか? 隙が出来てしまったのか……」

 

 ただ、憑依されてしまった時の記憶は残っている様で、若気の至り――と心の奥底に封じ込めていた黒歴史が、がらっっ! と開いてしまったらしく、盛大に落ち込んでいた。

 

「まぁまぁ。悪いのはコイツだから、そんな落ち込まないでください」

『す、すみま……せん……』

 

 ぐりぐり、と頭を鷲掴みにされる霊。完全に委縮している様だった。でも、中年男は、首を横に振る。

 

「い、いや……違うんだ。……うぅ……、か、家内に怒られてしまう……」

「あー……、成る程」

 

 話を訊くと、どうやら、恐妻家らしく、昔ギャンブル関係で散々怒られたらしい。霊の仕業……、と言っても この現代社会では なかなか信じてもらえないだろうし、仮に信じてくれたとしても、『まだ、足りなかったかしら……?』と確実に怒られてしまうとの事だ。金銭面よりも、そっちが痛いらしい。

 

「サラ金に関しては、こいつの霊能力で、運気を上げさせるから。時間はかかるかもしれないけど、最後はきっと何とかなると思う……ケド。……奥さんの方は、ドンマイ、としか言えないですね。でも、頑張れば何とかなるでしょ! 頑張って謝ったら、うん、それこそ死ぬ気で」

「死……か、強ち間違ってないよ……」

「……まぁ、ガンバって」

「ありがとよ……若いの。ほんと、助かったのは事実だし……」

 

 

 霊に憑りつかれていた所を助けた事実には変わりなく、これから先に訪れる絶対確かな未来に、少々絶望をしつつも、そこは大人の対応。しっかりとお礼を言って、その場をよろよろと離れていくのだった。

 

 その哀愁漂わせている背中を見送りながら、ギャンブラーの霊に、しっかりと釘を刺した。『しっかりと償え』と。……無論、サボれば『2回目の死を味わうかも……』と暗い笑顔で言うと、大層震えながら頷き、彼の方へと向かって飛んで行った。

 

 

――死ぬ気で頑張れば、人間何とかなる!

 

 

 それは、この男の祖父の言葉だった。因みに、それは人間だけでなく、霊たちにも当てはまる。

 

 

――消滅する気で頑張れば、幽霊でもなんとかなる!

 

 

 因みに、霊にとって消滅、と言う事は成仏も良い所だ。地獄行きか、極楽領土行きかは、悪霊か否か、最終的には審判の神、閻魔様が裁決をする。

 つまり、そこまで行ってしまったら、逃げられてしまうんじゃ? と男は 祖父に尋ねた事があったのだが、遠き記憶の中の祖父の顔は、今でも鮮明に思い出せる。……いや、忘れる事はできない、と思える。

 

『例え逝き先が地獄だろうと極楽だろうと、逃げたら何処までも追いかけるから』

 

 と言って 悪どい笑みを浮かべていた。その瞬間、半径10㎞四方の霊たち。人間の霊から、動物、羽虫の霊まで 全員が一斉に震えたのは、また別の話だった。

 

 

 

「さて――帰るか。ひとっ風呂浴びたい気分だし……」

 

 

 ぐっと、背伸びを1つすると、とある曰く付きの激安下宿へと帰っていったのだった。

 



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第2話 忍者な彼女

 

 

 今日も一日が終わる――。

 

 夕日が沈むと共に、今日と言う日も終焉を迎えつつあった。太陽が徐々に姿を隠し、辺りがだんだん薄暗くなっていく。霊的な存在が横行になる時間帯にはまだ早いと思うから、帰宅時は大丈夫だと思われるが、今日はもうあまり時間をかけるのは宜しくない。

 

「ん――。ちょっと時間、かかったみたいだな……」

 

 季節は桜が咲く春だ。

 まだ、冬の名残が少々残っている様でそれなりには肌寒いのだが、日が沈む時間はだんだんと遅くなっていっている。だからこそ、少しばかり 時間の経過が判らなかった様だ。

 だが、それは無論あの霊を捕まえるまでの話である。

 その後の、説教したり、慰めたりしていた時は……、完全に時間の事は頭から抜けていた。だから、ここまで遅くなってしまったのだ。

 

「ん。20時、か……、そう言えば、遅くなるとは言ってなかった」

 

 腕時計で現在時刻を確認しつつ、歩く速度を速めた。

 彼が暮らしている下宿先には、確かにまぁ……、一般人(・・・)から、見れば曰く憑きであり、気味が悪く思われている。

 それに、そこに暮らしているのは そう言う物好きだけ、と言う印象が強いだろう。

 

 が、それはあくまで、一般的な観点。彼にとっては 180度反対、と言っても良い場所なのだ。

 

「夕食、遅くなるのも迷惑がかかるな。……次からは、説教するにも、時間をちゃんと見ないと……、と言うか、遅くなる場合は、ちゃんと連絡入れないと。……遅い、って他の皆にも怒られそうだ」

 

 いかんいかん、と頭をぽりぽり、と掻いて 自分を戒める。

 

 気を取り直して、帰ろうとしたその時だ。

 びゅっ!! と言う風切り音が頭上から聞こえてきたのは。その何か(・・)は、彼の頭目がけて、一直線に降り注いでいた。

 

「んっ」

 

 高速で飛来する物体? に別に驚く様子も無く、ただただ 半歩、後退した。

 頭に当たっていたであろう軌道だったのだが、彼が半歩退いた事で、直撃する事は無く、地面に、がっ! と言う鈍い音と共に、飛来した何かが突き刺さっていた。

 

 飛来した何か――、それは 《くない》。大きさは8~10cmの小苦無だ。

 

 アニメやドラマとか、或いは有名どころで言えば映画村等でしか まずお目にかかる事はないであろう、所謂忍者が使用する飛び道具、両刃の道具だった。

 

 普通に考えたら、くない(これ)が、頭上から飛んできたのだから……、そう――これも、ごく一般的に考えたら、大々々事件も良い所だろう。と言うか、殺人未遂事件!(死んでないから未遂事件) と思われても仕方がない事であり、下手をしていたら、彼の脳天に突き刺さり、良くて重症になっていたかもしれない。地面に深く突き刺さっている《くない》、飛び道具が それをより物語っていた。あの勢いで突き刺されば、普通に頭蓋は貫きそうだから。

 

 が、当の命を狙われた本人は気にする素振りを一切見せてない。……彼にとって、これは異常でも何でもない状況だから。

 

 軽くため息をすると、突き刺さっているくないを引き抜くと、ゆっくりと振り返る。

 

「……まぁ、確かに、オレは隙あらば 別に攻撃してきても――とは言ったが、こんな場所ではやめた方が良いんじゃないか? ってか、他の人が見てたらどーすんだ。大騒ぎになるぞ……」

 

 後ろに、ひょいっ! とくないを放り投げると、突然風と共に現れた影が、素早くそのくないを受け取っていた。

 

「ふん。見縊るな。周囲には誰もいない。気配が無い事くらい、察している」

 

 現れた影――、それは 女の子だった。

 学生だと思われる制服、そして 長い紫の髪を左側で縛り、サイドテールに纏めている女の子。……美少女、と言って全く差し支えない容姿で、女子学生だと言う事も判るのだが……、そこに武器装備とは、非常にアンバランスも良い所だ。それも護身用の武器、とも思えない古風装備なのだから、尚更である。

 別にツッコミを入れる様子も無く、話を進めた。

 

「……くっ、だが ああも あっさり躱されるとは……。私もまだまだ……」

「あー、あれだ。ちゃんと当たれ、って言うなら 勘弁してくれ。……正直、痛いじゃすまんと思う」

「ば、馬鹿にするな! 情けをかけてもらうのなど、私が許さん!」

「はいはい、判った判った。ん……、そっちも終わったんだな? 挟霧」

 

 顔をやや赤面させながら、興奮気味に話す女の子は、少々納得がいっていない、と言う表情をしていたのだが、彼の言葉に 渋々頷いていた。

 

 ここで、紹介をしておくと、彼女の名は、狭霧 《雨野狭霧》。

 

 ()と同じ下宿先のちょっと一風変わった女子高生である。

 

 ん? あれ? 何か、忘れている様な気が……。

 

 

 

    □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

「ああ、終わった。……その、ホムラも終わったのか? お前にしては 随分と時間がかかっていた様だが」

「ん。こっちも大丈夫だよ。……ただ ちょっと、アフターケアに時間がかかっただけで――。……ぁ……、そう考えたら、大丈夫でもない。……ある意味では疲れた」

 

 首を横に振る()

 それを見て、何処となく呆れ顔の狭霧。『その程度、どうって事無いだろ』と言わんばかりに、同じく首を横に振っていた。

 

 

 ん?

 

 んんん??

 

 ………あ、そうだ。

 

 

 

 ()の紹介を忘れていたんだった。

 

 

 

「…………」

「ん? どうしたホムラ」

「いや、なんか 雑に扱われた様な気がした――」

「?? 夜々にでも 何かされたのか?」

「……いや、そんな事は無いが………」

 

 何か薄暗いモノを感じた彼だったのだが、狭霧が ひょい、と指をさした。

 

 さした先にあるのは、何処か古風な建物、色々と老舗な風格漂う旅館。……件の下宿先だった。

 

「中居さんに、連絡は入れておいた。食事の時間だが、何時でも良いそうだ。他の皆はもう済ませているらしい」

「そうか。それは良かった。――ん。先に汗を流しておきたかったんだ」

 

 すんすん、と自分の身体の匂いを確認する。

 色んな汗をかいたからか……、やはり あまり宜しくない香り? を漂わせている様だった。

 

「そこでだ。狭霧」

「ん? なんだ」

 

 こほん、と咳払いを1つし、改めて向き直る。真剣な表情を作って。

 

「オレ、これから、風呂入る。……ドゥー・ユー・アンダスタン?」

「――は?」

「だから、オレ、これから風呂にh「言ってる意味くらい分かるわ!」……」

 

 訝しむ表情を見せた後、再度狭霧の顔を見て。

 

「リアリー?」

「下手な英語やめろ!!」

「……なら良い」

 

 理解してくれたのを確認すると、気を取り直して、帰ろう先へと進む。……が、当然ながら、それを追いかけるのは狭霧。

 

「こら! さっきのは、どういう意味だ!? って、なんで、私に了解を得る必要があるんだ!!」

「……も、いい加減学習したから」

「はぁ??」

「あそこの風呂場で ……《とらぶる》があったら。ってか、高確率、とらぶるスポットだ。幾ら、リスクアセスしたって、無理な、アンタッチャブル!(それでも……、温泉は好きなんだ……) んで、真っ先にお前が、色々とオレに攻撃仕掛けてくるだろ? 善し悪し関係なく」

「……なんだと??」

 

 大きく、長く――ため息をついた後。

 

「だーかーら、オレの最低限度の処世術だって事だ! 疲れを洗い流す温泉で、疲れる様な事になりたくない!」

 

 そこまで力説した所で、狭霧も漸く言っている言葉の意味が判った様だ。

 

 ……と言うより、判るのが遅すぎる、と言える程だ。一定周期の恒例行事? って思える程、色々と起こっているのだから。

 

「きき、貴様っ! それは、貴様が悪いんじゃないか!! お、乙女のあられもない姿を視姦したんだからなっっ!!」

「誤解を招く様な単語、大声で言うな! 大体、オレが入る時、《入浴中♪ byホムラ》って、呑子さんが凝りに凝ったイラスト付き札まで作ってくれた上で、それをちゃんと入口にぶら下げて入浴してんだから、ぜーーんぶ、不可抗力だろっ」

「だぁぁぁ!! 女の裸を見た男など、どんな制裁をしても良い法律になっているのだ!」

「ムチャクチャ()ーな!」

 

 きゃいきゃいと、言い争っているのだが、傍目から見れば 仲が良い、 と言う事は 見てわかる。『喧嘩する程仲が良い』と言う言葉を見た通りに体現してくれているかの様だ。

 

「ともかく! オレ、先に入るからな!」

「お前こそ、大声で言うな!! ふ、ふ、ふしだらな!!」

「何でふしだらなんだよ! それだけで!」

 

 最後の最後まで、楽しそうに――下宿先《ゆらぎ荘》へと入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 と、言う事で 遅れちゃいましたが、()の事、改めましてご説明をさせていただきます。

 

 

 

 今年から、湯煙高校へと入学が決まった男子高校生にして、ひょんな事から、霊能力に目覚め 地獄の鬼も裸足で逃げ出しかねない、地獄の底の底の底……、つまり 八大地獄の最下層《阿鼻地獄/無間地獄》に落とされかねない悪鬼も、裸足で逃げ出しかねない程の修練を経て、霊能力を手にした。

 

 

 彼の名はホムラ。――夏山ホムラ。

 

 

 大変で騒がしく忙しく……けれども楽しく、ちょっぴりエッチで、心温まって、ハートフルな物語の主人公である。

 

 因みに、そっち方面の耐性は皆無であり、あっという間に赤くなってしまうから。それは、最早ご愛敬。

 

 紹介遅れてしまったのは、ゴメンアソバセ。

 

 

 

「別にー。ゆっくりと温泉に浸かれればなんだって良い……(………耐性、なんか一生無理…………)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ ゆらぎ荘温泉 □□

 

 

 

 

「ふぃ………。ぁぁぁぁ――――――――」

 

 タオルを頭に、肩までしっかりと使って、今日一日の疲れを吹き飛ばす。

 温泉……。日本人にうまれて良かったぁ、と言いたくなるし、自然と 1つ、歌でもうたいたくなる様な癒しの空間だ。

 

 随分年寄り臭い事を言っている気がするが、彼はこれでも歴とした高校生。

 ……それでも、哀愁染みたオーラまで出せるのは……彼が 色々と、本当に濃い人生を歩んでいたから、の一言に尽きるだろう。

 

「んー……」

 

 とぷんっ、と口元まで浸かり、目を閉じて考え事をした。

 

 いつもの彼であれば、温泉と言う至福の時間帯は 殆ど何も考えない。いや、ただただ 癒される~、と考え続けているのだが、今回ばかりは 少々違っていた。

 

「(何年ぶり、かな……、確か 来るのは 明日、って言ってたな…………)」

 

 考えているのは、この下宿ゆらぎ荘にもう直にやってくるとある男について。

 

 さる事情があって、この場所で暮らしているホムラだった。そこに遅れてやってくる男は ホムラとは無関係ではない。

 色んな意味で関係がある男であり……、いろんな意味で心配が尽きない、と言う男でもある。

 

「……………癒しの空間にちょっと陰り、だな」

 

 軽くため息を吐くホムラ。

 

 関係を言えば、幼少期よりの知り合いの為、幼馴染っぽかったり、同業者であったり、互いに研鑽を積む間柄だったり、だが 簡単に説明できる程、薄い関係ではない、と言う事だけ。(……今回は忘れません。彼が出てくる時に、しっかりと説明をさせていただきます)

 

「色んな意味で大変になりそうだが………、何とかなるだろ。……うん、たぶん」

 

 そう結論をして(無理矢理)ゆっくりと湯船から出ようとしたその時だ。

 

 

 

『おふろー………、はいり……まぁぁす……よぉぉ………』

「っっ!!」

 

 

 

 ふよふよ~、と揺らめくナニかが、この場所に現れた気がした。

 

 その言葉を訊いたホムラは、まるで 油の切れたロボットの様に、ギギギ、と首の骨の音を奏でながら、ゆっくり、ゆっくりと その声の主がいるであろう方向へと、視線を向けた。

 

 向けた先は頭上。……ある意味、あのくないよりも 強力な威力。

 

 そこにいたのは、白く揺らめく女の子の姿――。何も羽織っていない裸体。

 女の子を裸姿を惜しげも無く象徴している。

 

 そんな世の男性にとっては、天国の天使が舞い降りてきたも同然な光景なのだが――、彼、ホムラはそうはいかない。

 

「っっ~~~~/////」

 

 声にならない声を発した後に目を思いっきり伏せていた。

 

 

 軈て、『きゃーー!』 と言う女の子の悲鳴と共に、轟音、巨大な水柱が立ち上り……、温泉の一部を損壊してしまい、更に、ホムラの処世術が無駄になってしまう展開に見舞われるのだった。

 

 



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第3話 殴る人

 

 

 日もすっかりと落ち、辺りは満月の月明かりが照らすのみとなっていた。

 人通りも少ない通り道であり、更に夜だと言うのに嫌に騒がしい。

 

「み、みみ、見たのよ! あ、あそこでっっ!!!」

 

 騒がしい、と言うよりは 非常に慌てている様子だった。

 慌てているのは、2人組の老夫婦。

 急ぎ足で、飛び込む様に入ったのは、屋台のそば屋。《十おそば》である。

 

「はぁ? お客さん、いきなりどうしたっていうんだ?」

 

 せっせと、仕込みをしている店主は 忙しいらしく、目もくれずに店の準備をしている。

 訊いてくれてないと判ったお婆さんは、もう一度、今度は正確に言った。

 

「目、目も鼻も、何もない、のっぺらがっっ」

「はぁ? のっぺら??」

「いたの、本当なのよっ! 信じてっっ」

 

 お婆さんが見た、と言っているのは、夜の闇に乗じて現れた《のっぺらぼう》。それなりに、有名(メジャー)なお化けの類だ。

 

 そして、連れ添っているお爺さんも、一緒に見たのだろう、同じく首を振っていた。

 

「あ、あれは お、女だったわ。本当に、顔がつるっぺたでっっ!!」

 

 驚愕だったからこそ、なかなか口が回らない様子だったが、それでもしっかりと言いたい事は言えた。信じてもらえているかは別として……。

 

「……つまり、なんでぇ。目も鼻も何にもない、つるっぺた顔の女を見た、と? 冗談言っちゃいけねぇよ。お客さん。営業妨害は、ひどいねぇ」

「ほ、本当なのよ!! ね、 あなたも見たわよねっっ!!?」

「ああ……。間違いない。アレは見間違いなんかじゃ……」

 

 お婆さんと違って、お爺さんの方はまだ冷静でいられていた。

 恐怖も勿論あったのだが、長年連れ添って生きてきた、女房であるお婆さんを守らなきゃならない事、そして、何より――――。

 

 自分の変わりにテンパってくれている様だから、冷静になれていた、と言うのが正しかったりする。

 

 そして、それを訊いた店主は、がらりと雰囲気を変えた。

 

 冷静なお爺さんの言葉を訊いて、明らかに雰囲気を変えたのだ。

 

「へぇ……、もしかして、そいつぁ……」

 

 ゆっくりと、不気味な程にゆっくりと立ち上がると……、くるりとこちら側に顔を向けた。……そこには、人間の顔にあるべき凹凸が一切ない。

 

「ひっっ……!!」

「っっ!!」

 

 お婆さんは、恐怖のあまり、腰を抜かし、流石のお爺さんも、驚きを隠せず目を見開いて怯える。

 

 そんな2人を見て、改めて問うた。

 

 

 

 

「こぉんな、顔……でしたかぃ……?」

 

「「うわぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

 この男……人間の怯える姿を見るのが、何よりの生きがいの妖怪である。

 心底恐怖し、魂がキンキンに冷えあがった所を見る、それこそが至福であり、快楽でもある。そして、……悪質な妖怪であれば、ここから先は………。

 

「(へっへへ…… さぁて……どう料理してやろう)って、ぶっっっ!!!!」

 

 ここからが、本領発揮、と行きたい所だったのだが そう上手くはいかなかった。世の中、そう上手くいかないのは、人間であろうと、妖怪であろうと同じな様だ。

 

 のっぺら男? は、次の瞬間には、もう 目の前の恐怖で震えている老夫婦の姿を見て楽しむ様な事は、一切出来なかった。

 何故なら、“ゴッッ!!”っと 言う音と共に、吹き飛ばされてしまったからだ。

 

 どうやら、自身の何もない顔面に、盛大に拳がめり込み、そのままぶっ飛ばされてしまった様だった。

 

『自分が、殴られたのだ』

 

 と判った時には、もう既に倒れてしまい、大の字で空を仰いでしまっていた。

 そして、そののっぺら男を殴った張本人はと言うと、怒り心頭の表情で、ぶっ倒れている男の前に立って 一喝。

  

「お年寄りをビビらせてんじゃねぇ!! 心臓に負担がかかったら、シャレにならねぇだろうが!!」

 

 まさに正論、いやいや、滅茶苦茶正論である。

 身体の弱いお年寄りが、ビックリして、そのまま ぽっくりと逝ってしまう……、なんて、恐ろしい事だが 有りえない話じゃないのだから。幸い無事な様だが。

 

『ス、スンマセンっしたぁぁ…………』

 

 ぶっ倒れている男は、身体から白い靄の様な物を放出しながら、徐々に身体が消えてゆく。ちゃんと、謝った様なので、怒って殴った男は これ以上の追撃をしなかった。

 

 そして、状況が呑み込めない老夫婦だったのだが……、どうやら 助けてくれた、と言う事だけは判った。

 

「き、君は……? 一体………」

 

 震える身体に鞭を打ち立ち上がると、拳を軽く上下に振っている男に話しかけた。

 勿論、男もちゃんと聞こえた為、しっかり振り返って、ぐっ と拳を構えて挨拶をした。

 

「オレは、冬空コガラシ。肉体派、殴る方専門の霊能力者っス!」

 

 良い笑顔で説明をしてくれるのだが、正直 名前が判っても、理解しきれない部分がある様だ。

 

「に、肉体派? 殴る方? 専門??」

 

 判らない部分を1つ1つ上げていくと、律儀に説明をしてくれた。

 

「オレは ああ言う、人様に迷惑をかけてる妖怪とかを、ぶん殴って 成仏させてる霊能力者なんすよ。……ああ、殴る方、って言ったのは ちょい オレの連れに 蹴る(・・)ヤツがいたんで、そう言っただけで、深い意味は無いす。ただの肉体派! って事だけ認識してくれれば」

 

 もう一度、ぐっ とポーズを取ると、続けていった。

 

「あ、因みに さっきのヤツは、《ムジナ》っつー、古典的なイタズラ妖怪っスね。大丈夫すか?」

 

 正直な所、完全に理解した訳ではないが、 現に妖怪も目の当たりにして、更にその妖怪を豪快にぶっ飛ばしてくれた男も見ている。……信じられない、とは最早言えないだろう。

 そして、何よりも助けてくれた事実がある。

 

「あ、ああ。助かったよ。お礼をさせてくれんか!」

「あ、私も、何か……」

 

 お爺さんの肩を借りて、立ち上がるお婆さんも、何か礼を、と言うが、コガラシは 手を横に振った。

 

「いや、いいスよ。そんなの」

 

 陽気に笑いながら、礼は無用、と言う。

 だが、気が収まらないのは老夫婦。

 

「そ、そうはいかん! あのままじゃったら、ほんと、ぽっくり逝く所じゃったんだからな! だ、だから……」

 

 と、必死に言うと 何かを思い出した様に、コガラシは指を立てながら訊いた。

 

「あ! そいじゃあ、この辺にある筈の、元温泉旅館の激安下宿、ゆらぎ荘! その場所、知ってたら教えて欲しいんすけど。今日からそこに下宿させてもらうんすよ。ちょっと道に迷っちゃって」

「激や……、って、ゆらぎっ!? ゆらぎ荘!?」

 

 想定外の願いだったのか、眼を見開いて驚くお爺さん。

 だが、コガラシは別段気にする様子は無さそうだ。……曰く憑き、と言う情報は、それとなく仕入れているのだから。

 お爺さんの反応を見て、裏が取れたも同然だった。

 

 心配そうな顔をしながら、お爺さんは続けた。

 

「マジでそこに行くつもりなのか? ってか、そこに住むのか? ……マジで?」

「マジもマジ、大マジっす」

 

 ぐっ、と拳を握り込むコガラシ。

 こちらも冗談を言っている様には見えない。恩人の頼み事とは言え 気が引ける案件なのだが、流石にここまで言って黙っている訳にもいかなかったお爺さんは、一先ず お婆さんを最寄りのコンビニで待ってもらう事にして、コガラシの案内人を務めるのだった。

 

 

 そして、10~20分程歩いた所で……、例の建物が見えてきた。

 

 

「いやぁ、こっちこそが、助かったスよ。ホント。ぜーんぜん、場所間違ってたみたいで。あのままじゃ、野宿コースだったかも……」

 

 10分強程の時間ではあるが、何ブロックか先の道を 二度三度と曲がって漸くついた為、コガラシは 方向音痴……と言う訳ではないが、訊き伝いでは しっかりと把握出来てなかった様なので、反省。そして反省すると同時に、目的地にしっかりとついた事で安堵をしていた。

 

「それは、大袈裟じゃ、と言いたいが……、ここからは、決して大袈裟じゃないんじゃぞ?」

「ええ、ここは、出る(・・)って話スよね」

 

 コガラシの話を返事を訊いて、お爺さんはゆっくりと頷いた。

 

 話をまとめると……

 

 ここ 《ゆらぎ荘》が温泉旅館としてにぎわっていた頃、露天風呂で学生の死体が発見される、と言う事件が起きたらしく、それ以来 その霊が彷徨っている、と言う噂が立ち所に広がった。そのせいもあって、客足が途絶えてしまい、温泉旅館は廃業。今現在は、格安下宿と言う流れになっている。

 

「ウチとしても、困っとったんじゃ……。良い物件なのに、空き部屋だらけ。何人かは住んではいるものの、物好きな人らしか暮らせない、っちゅー事なんじゃろう……。増える見込み0じゃ」

 

 はぁ、とため息を吐くお爺さん。

 話を聞くあたり、どうやら 不動産も営んでいるのだろう。

 

 コガラシは、ぐっと 拳を握りしめた。

 

「はっはっはー! そんな幽霊くらい、一発ぶん殴って、追い出してやりますよ! 今回は、更に気合が入ってるんでー!」

「おおー! それは頼もしいのーー! んん? ……今回、()? どういう意味じゃ? 何か、やる気が出る様な事があったかの? ああ、格安家賃の事か?」

 

 疑問に思った様で、お爺さんはそう聞いた。

 

 つい先ほどの説明は、端折ったのだが、 この《ゆらぎ荘》驚くなかれ、家賃はたったの1000円である(朝夕二食の食費は別)。

 

 おまけに、初期費用もゼロであり、保証人も不要、即日入居も可能。……曰く憑き、と言う厄介な面が無ければ、最高なのだ。……それでも一般人にとっては、値段の問題じゃないから、誰も来ないのである。

 因みに、温泉も入り放題。―――ここに、釣られたのは 先住人の彼である。

 

 っと、補足はここまでにして、コガラシは お爺さんの言葉を訊いて首を左右に振った。

 

「いやー、違うんすよ。オレより1ヶ月……、いや 2、3ヶ月前に、ここに連れが入居したらしいんすけど……、そいつも手を焼いてるっぽいんで」

「はて……。……お、そう言えば、確かに、そんな子がおったの」

 

 コガラシの説明を訊いて、思い出したお爺さん。如何せん、新入居者が集まらない場所だから、印象に残りやすいのだが……、そこは寄る年波である。

 

「オレは殴るんすけど、そいつ、蹴る方専門の霊能力者なんす。多分、説明はしなかったと思うすよ。オレん時は 緊急事態だった、っていう事もあって、バラしたすけど……、普通、信じないっしょ?」

「殴って、今度は蹴る方って……、触れるもんなんじゃな……。幽霊の認識、ワシ、変わっちゃいそう……。っとと、まぁ 確かに、このご時世、なかなか のぉ……、まぁ ワシは目の前の出来事じゃし、それに ゆらぎ荘もずっと見てきてるし。信じない訳ないんじゃが」

「一般人に、霊能力者だー! って、に名乗ったら、ふつーに白い目で見られるのは必至すよ! これまでだって、ずっと苦労を……………………」

 

 拳をぎゅ~~っと、握りながら、それでいて、笑いながら言っていたのだが……、途中から一気に顔が暗くなった。

 

「ん? どしたんじゃ?」

「これまでの……大変な生涯を、思い出して……」

「生涯って、まだ子供じゃ……」

 

 またまた、大袈裟、とツッコミを入れそうになったお爺さんだったが、最後まで口にする事は無かった。ここまで特殊な特技を持っているのだから、凡そ普通の経験はしてきてないのだろう、と予想できたからだ。

 

 そして、訊いてみてビックリ―――、予想の倍々々………と、想像も出来ない程の経験をし続けてきたと言う事を知った。

 

「………オレ、元々霊に憑りつかれやすい体質だったんす。そのせいで、周囲に迷惑をかけっぱなしで、いろんな施設をたらい回しに……、挙句の果てに、デイトレーダーの霊に憑依されて、借金地獄のホームレス状態、それでも 辞めない(バカ)だったんすけど、その(バカ)は、さっき言った連れが、引っ張り出して、蹴っ飛ばしてくれて…、何とかなったんすけど、多額の借金を背負った事実は変えられないんで……」

 

 最後の方までいった所で、もうコガラシの眼には涙があふれ出ていた。悲しみ、そして 怒りも等しく織り交ざっている表情だった。

 

「だからなんすよ! 霊をひっぱりだして、蹴っ飛ばせるんなら、ぶん殴る事だって出来る! って、思ったんす! そして、そっからは早かったすよ! 霊能力者に弟子入りして、そいつとも研鑽を積み上げ、霊と戦っていけるだけの腕と術を身に着けたんす!! すべては、悪霊どもに、ぶっ壊された普通の生活を、いや、人生(・・)を取り戻す為に!!」

「そ、壮絶じゃの……」

 

 この少年……冬空コガラシの底知れぬ闇を垣間見た気がしたのは、お爺さん。

 そんな闇を背負っているのだから、幽霊の1人や2人……殴れてもなんら不思議じゃない、と妙に納得までしてしまっていた。

 

「そしてーーー!!」

 

 くるっ! と振り返ったコガラシの表情には、もう 怒りは消え去っていて、何処か気合が入った表情をしていた。

 

「いつもいつも一歩も二歩も先に行かれていたアイツが 手を焼いている案件を、オレのこの拳で解決できたなら、オレの方が上だって、証明もできるんすよ!! 同い年なのに、負け越してきて、悔しかったんす! でも、今やったら、オレが勝つっすよ!!」

「な、なるほどーー……。うんうん、男の子じゃな」

 

 負けたくない精神は、見ていて微笑ましい。それは、どんなジャンルであれだ。

 不正の類をしていたとするならば、話は別だが、ここまで真っすぐに正直に話すコガラシがそんな真似をする訳ないだろう事も直ぐに思えていた。

 

 そんな時、だった。

 

『―――お前が、いったい誰に勝てるって?』

 

 ぎぃぃ、と言う音と共に、ゆらぎ荘の扉が開き――、中から 誰かが出てきたのだった。

 

 

 






Q:「彼、ちゃんと道、教えなかったの?」

A: 今時 ○マホ(ちょいネタバレ)持ってない人に教えにくい。ちゃんと地図は渡した。後は自己責任で。



Q:「最後に出てきた人、明らかに……だけど、 なんで判ったの?」

A:あれだけ騒がしかったら、夜でも気付く。



Q:「あらすじに、ある日もう1人~……ってあるのに、漸く?」

A:………忘れてました。ガチもガチ、っす


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第4話 再会の挨拶

 

 このゆらぎ荘の周辺は、町中にあるとはいえ、繁華街からかなり離れているから、昼間でもそれなりに静かだ。夜にもなると、曰く憑き物件、その本領を最大限に発揮した様に、更に静けさが、暗闇と共に辺りを支配する無音の世界になる。

 

――と、一般的には言われていたりした。

 

 確かに、間違いではないのだが……、やや 大袈裟な印象だ。騒がしい時は、ここも十分過ぎる程、騒がしくなる。……因みに住人によるモノではあるが。それでも 今日は静かだった。

 

 

 静かだった……のだが……、突然、外が賑やかになってきたのだ。

 

 

 連絡では、昼間~夕方くらいには 到着するだろう、と言う事だったのだが、大幅に遅れていた。これから住む所になる町でも見て回っているのだろう、と ホムラは考えていた。それに、

 

 《賑やか(騒がしい?)= アイツ(・・・)が来た》

 

 と言う方程式。それが安易に、彼の頭の中で当てはまる為、直ぐに気付くだろう、とも思っていた。

 そして、それは案の定だった。

 

「……ったく、今の時間を考えろよな。いつまでも子供じゃないんだから。春からは、高校生だぞ。ちょっとは成長しろって」

 

 頭をぽりぽり、と掻きながらそういうホムラは、まるで出来の悪い弟にお説教をしている構図が当てはまる。

 

「………」

 

 暫く黙っていたコガラシだったが、(放心してる?)出てきたのが、誰なのか 理解した所で。

 

「久しぶり、だな。ホムラ。相変わらず、手厳しいし、ド真面目」

「ああ。大体1年ぶり、か。そっちも 相変わらず元気そうだ。コガラシ」

 

 コガラシとホムラは 2人とも、笑顔になった。

 

 旧友同士の再会で、感慨深い物があるのだろう、とお爺さんは 今時あまり見たい男同士の熱い友情、感動の再会 を頭の中で思い描いていた。初々しい男女の色恋事も……、学校が近い故に しばしば見た事あった事だが、この手のも悪くない、とも思いながら。

 

 そして、2人は歩み寄っていく。

 

 次には、2人は恐らく 握手するか、若しくは がっちりと抱き合うかどちらかだろう。

 

「(ふむふむ。男同士の友情も、良いもんじゃな……)」

 

 それは、決して変な意味では無い。……うん、決して。

 

 そんな絵面や文面、喜ばないから(お爺さん本人+作者(笑))

 

 

 

 そんな(どーでも良い)事は置いといて……、2人は ゆっくりと歩み寄っていったその時だ。

 

 

 

「ふんっ!!」

「っ!」

 

 

 

 突如、コガラシが拳をホムラに撃ち放った。

 

 それは右ストレート。正確に、ホムラの顔面に迫る。それを余裕を持って 左手で受け流すホムラ。そして、右足を半歩前に出した。そして、その足を軸にして独楽の様にぎゅんっ! と回ると、その勢いのままに、左足の回し蹴りを撃ち放った。

 その回し蹴りはコガラシの脇腹に直撃した! と思いきや、コガラシは左腕を下して、ガードに間に合う。

 

 更に驚く事に、その互いの技のあまりの威力からか、2人を中心に衝撃波、爆風の様なモノを発生させていた、と言う事だった。バトル漫画か、何か‼ と、ツッコミを入れたい程に。

 

 

 そして、最後には互いに間合いを取っていた。互いに笑みを見せていた。

 

 

 そのあまりの速度に、拳や脚、その体捌きそのものが、まるで消えた様にしか、お爺さんには見えなかった。と言うより、突然の大決闘開幕! ……その、一連の流れ、展開があまりにも早すぎて、追いかける事が出来ないし、何より突然の状況自体に追いつく事が出来ていなかった。

 

 

 

――あれ?? 数秒前まで、感動的(に、見えた)友との再会だったよね……?

 

 

 

 と、思いつつ、呆然として眺めるほかなかった。

 

 

 

 その後も、凄まじい攻防が続くのか? と思えたのだが、もう続きは無い様だ。

 

「ははっ、こっちも相変わらずだな。スゲェ蹴りだ。っつ~、いてて……」

 

 腕をぐるんぐるん、と回して表情を顰めるコガラシ。防御に成功した、とは言え 威力は相当だったのだろう。その素肌は赤くなっていた。

 

「それを言うならお前の拳もだよ。直撃してないのに、完全に受け流したと思ったのに、掠っただけでこの有様だ」

 

 見せられたのは、ホムラの手の甲。丁度コガラシの拳を受け流そうと、拳に添えた手の甲は、コガラシ同様に赤くなっていた。

 

「はは………、とんでもない子らじゃな……色んな意味で。まさに、肉体派……」

 

 呆然としていたお爺さんだったが……、『こういう再会の仕方もあるのか』と半ば強引に納得した後に、2人に軽く挨拶を交わしたのちに、ゆらぎ荘を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ ゆらぎ荘 □□

 

 

 

 あのまま、表で騒ぎ続けるのは 流石に近所迷惑? だと言う事もあって、さっさとゆらぎ荘内へと入っていく2人。

 

「さてさて……、で? オレがどーとか、ってのは 何だったんだ? 文字通りの挨拶は終わったし、話せ。オレは ただ お前の金銭事情、生活事情をよく、よーく 知ってたから、ここ紹介しただけだろ。もう 高校に入るんだし」

 

 文句を言いつつも、ホムラは とりあえず、長旅ご苦労さん、と言う意味も込めて、ゆらぎ荘傍に備え付けられた自販機缶のコーヒーをプレゼント。……随分と感激している様子だが、そこはご愛敬だ、とホムラは軽く受け流した。感激する理由も、よーく知っているから。

 

「ん? このゆらぎ荘についての状態は、オレ、お前から訊いてたし、まだ 解決してないっぽいのも、あのお爺さんに訊く前に ちらっ と小耳に挟んだし、あのお爺さんにも訊いて、裏も取れた。ホムラが何ヶ月も解決出来てない、って相当だろ? ふっふっふー、今回こそは、だ! 負けねぇぞ!」

「……そもそも、勝ち負けなんて、意味あるのか? 前にも何度か言ったが、別にオレは、どっちが先に解決しても良いし、最終の目的は、他人に迷惑を掻けない様にする事、だろ。後、ゆらぎ荘(ここ)の霊象に関しては まぁ…… 強ち間違いでもないな。……色んな意味で、ここには手を焼く」

「けー、相変わらずだ。そーんな事言いながら、あっさり 先を越しちまうんだから。……あの霊能力者の霊に憑りつかれた時も、んな感じだったし」

 

 頭の後ろで手を組んで、ぶーぶー言うコガラシ。

 

 確かに以前、その様な事は多々あった。やり取りもいつも通りで、非常に懐かしい、とも思える。ホムラは 軽く苦笑いをしていた。

 

「……変な所で似てるな、オレらは。似たような霊と遭遇するし。憑かれた、っていう意味でも。……そうだ、この間なんか、料理人に、スポ根、更には ギャンブラーの霊だぞ。その前にも幾つか。コガラシに此処を紹介してからこれだ。………お前、オレに何かしてるんじゃないだろうな?」

「んな訳ないだろー! オレが出来るのは、妖怪どもを、ぶん殴る事だけだ! 小難しい類のものは、一切覚えてない」

「ん……、だよな。オレも苦手、と言うより 覚える気、無かったし」

 

 指折り数えてそう言うホムラに、盛大に否定をするコガラシ。

 

 2人して、所謂一般的な除霊方法、お寺のお坊さんが唱える様なものは出来ない。有名どころで言う、白衣観音経などのお経も覚えてない様だ。

 自分達のスタイルにあった方向で頑張った、と言う事だろう。

 

「さて、んじゃあ ここの細かい説明は、中居さんがいるから任せる……と言いたいが、今ちょっと忙しそうだったから、ちょっと時間潰して来いよ。ほら、温泉の時間は まだあるし」

「ん? お、温泉か!! 温泉……、温泉かぁ……、川でも滝でもなく……、あったかい温泉か!?」

「『温泉(オンセン)』に、他にどんな意味があるんだ? ……って、判らなくも無いか。オレも……随分と苦労した事、あったし」

 

 ホムラは、感激しているコガラシにツッコミを入れたのだが、よくよく考えたら判る気がして、肯定していた。

 どうやら、自分自身は先にここ、ゆらぎ荘で暮らしている身とすれば、もう新鮮さや感動、全て慣れてしまった様だ。

 

「と、当然だぁ……、オレは、い、1ヵ月ぶりなんだぞ……、温かい風呂……、それも 温泉っ……」

「あー、わかったわかった。だから泣くなって」

「な、泣いてねーし!!」

 

 コガラシは明らかに感動して、感激して、涙を流しているのだが……、指摘されるのは やっぱり恥ずかしかった様で、慌てて涙を拭い、否定をしていた。

 

「ほら、一式の道具、入浴セットは 十分揃ってるから。ほら、浴衣もある。制服が汚れたら面倒だろ。着替えとけよ」

「お、サンキュー! ホムラ!」

 

 フェイスタオル、バスタオル、そして 浴衣と全て渡した後、コガラシは 案内に従って、大浴場を目指した。

 

 っと、その前にホムラは引き留める。

 

「っと、待った待った!」

「ん? なんだ??」

 

 振り返ったコガラシに向かって、とある物を放り投げるホムラ。

 それは、少々大きい掛札だった。

 

「っと、なんだ? これ」

 

 コガラシは、それを受け取ると、一通り眺める。一周してみてみると……、表には『入浴中♪ byホムラ』と書かれていた。……その隣には イラスト付きだ。恐らくはホムラのイラスト画だろうことはよく判った。……そもそも、ホムラの名が入っているのだから当然と言えばそうだ。

 

「ここは、浴場は1つしかないんだ。入る前にしっかりと、それを掻けておけよ。オレの名だが、まぁ 大丈夫だ」

「んん? どういう事だ?」

「はぁ……、判らないか?」

「全く判らん」

 

 軽くため息を吐くのはホムラだ。

 彼は、このゆらぎ荘に来て、いろんな意味で 大変な目にあったのが、大浴場だった。だからこその過剰反応だった、とも言える。

 

混浴(・・)だ、ここは」

「…………はぁっ!?」

「だから、混浴。それに、他の住人はオレを除いて皆女。犯罪者になりたくなかったら、それ、忘れるな。後日、自分用の用意した方が良い」

「な、成る程……、それは、すまん。感謝する!! オレの青春を一瞬でぶち壊すトコだ………」

 

 ホムラは、そう言い残して、場を後にした。コガラシも感謝しつつ、念願の温泉へと向かっていった。

 

 

 

――この時、彼が説明しなかった、ゆらぎ荘に住んでいる《幽霊》について、何故言及しなかったのか。

 

 

 

 それは、遅かれ早かれ、コガラシも気付く事だから、自分から言うまでも無い事だと判断した事と、もう1つ……、お願い(・・・)をされたから、と言う理由もあった。

 

「手を焼いてる……か、いろんな意味で間違いじゃないって、判るだろ。……直ぐにでも。さて、と。中居さんの所に行ってくるか……、コガラシが来た事の報告も兼ねて」

 

 ホムラは、背伸びを1つすると、厨房の方へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 丁度―――、コガラシが温泉を楽しもうと、素っ裸になっていたその時だった。

 

 

『あれ? ホムラさん、さっき 向こうにいってたのに……。たぶん、中居さんの所に、かな? なのに、なんで?』

 

 大浴場の前に佇む白い影が1つ。

 凝視しているのは、扉に掛けられたモノ。『ホムラ入浴中』の証。

 

『あ、きっと忘れられたんですね! いけないいけない、後でちゃんと届けておかないとーっ。それに……、き、昨日も、ご迷惑をかけちゃいましたし………///』

 

 白い影に、やや 仄かな赤らみが入り交じり、その影は ひょいと、引っ掛けられた掛札を取ると。

 

『よ、よーし、大丈夫ですね……。はぅぅ……、昨日は寝ぼけちゃってたから……、今日はしっかりとお風呂、堪能しないとっ♪』

 

 そのまま、大浴場へと入っていったのだった。

 

 





Q:「ホムラ君も十分騒がしいと思うよ?」

A: 普段はちょっと違う。コガラシといると、こんな調子。相乗効果。



Q:「2人の攻防を間近で見てたお爺さん、大丈夫?」

A: のっぺら見た後だったから、平気見たい。



Q:「温泉が、危ない場所、って判ってたのに、コガラシを1人に?」

A: 手を焼いている、と言ってないのに伝わってたから、身をもって知ってもらおう、と実は思ったり、思わなかったり。


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第5話 猫な彼女と呑む彼女

 

 コガラシを見送り、中居さんが仕事をしているであろう厨房へと、ホムラは向かう途中の事。

 

「ホムラ」

「ん? ああ、狭霧。帰ってたのか。お帰り、今日もお疲れさま」

「お互いに、な」

 

 外は夜の闇、静寂に包まれている深夜の時間帯。狭霧は学生であり、女子高生なのだが……、狭霧は例外だから、とだけ現時点では言っておく。

 

 狭霧は、軽く会釈をした後に ホムラに訊いた。

 

「先刻、ゆらぎ荘の外で何やら騒がしかったが、件の男が来たのか?」

「ああ、その事か。随分と遅れたみたいだが、つい数分前に到着したよ。……やっぱ、訊かれてたか。騒がしかったし」

「………ふむ。む………っ」

 

 狭霧は、ホムラの言葉を訊いて、何やら考えこむ仕草をしていた。

 考えを張り巡らせている様で、一体何を考えているのかは、当然ながら 読心術の類を使える訳も無い、ホムラは判らない。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 ホムラは、狭霧の様子を見て、訊くのだが……、返答は無い。

 ただただ、唇だけが小さく動いていた。小言をぼそぼそと言っている様で、何を言っているのかまでは聞き取れない。

 

「(……ホムラは兎も角、ここに、他にもオトコが増えるなどと……、風紀が乱れるのではないのか……? いや、ホムラの知り合いだ。それに、知り合いが来たのが……、その、逆に来たのが女でなくて……… ぐ、私は何を考えて……っ! ち、違う! い、いや、そうだ。うん、オトコである以上、風紀を守る為に、警戒するに越した事は……、ホムラが来た時だって……そ、それに 今も……っ!!)」

 

 ぶつぶつ、と呟き続ける。真剣な表情をしており、時折は何処となく怒りの表情も見えて、益々よく判らないのはホムラ。

 

「おい、どーしたんだよ。狭霧」

 

 流石に気になった様で、狭霧の肩を軽く揺さぶった。

 それには狭霧も流石に反応する。

 

「な、なんだ!?」

「『なんだ』じゃないって。狭霧が突然 考え込んで、反応がないから気になっただけだよ。どうしたんだ?」

 

 ホムラの言葉を訊いて、狭霧は 思わず顔を紅潮させてしまった。

 

「い、いや、なんでも、何でもない!!」

 

 慌ててそう首を振った。

 まさか、自分自身が考えていた事を そのまま口にする訳にもいかないからだ。

 

「そうか、なら良いが」

 

 あっさりと引き下がるホムラを見ても、正直複雑な気持ちになってしまうのは、男勝りな狭霧も乙女だと言う事だ。だが、知られたくない事だって、まだあるから仕方がない。

 

「ああ、そうか。コガラシの事を気にしてる様だな。……狭霧には、オレも初対面の時に随分と警戒されたから」

「むっ……。そ、それは……」

 

 今でこそ、互いに下の名を言い合う間柄(ホムラは基本的に名前で呼ぶ)になったのだが、出会った当初は勿論違った。

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 

 ここで、少々 狭霧についてのエピソードを紹介しよう。

 

 

 彼女は、2年程前にここに越してきて、ホムラと知り合ったのは、ホムラがここに越してきた3ヶ月程前の事。

 

 彼女は 学校では《容姿端麗》、一部では《眉目秀麗》、《文武両道》《成績優秀》と、非常に話題に上がった少女だった。そして勿論男性陣にも非常に人気だったのだが……、直ぐに陰り出す事になる。

 

 何故なら、突然 ホムラに攻撃をした事から判るが(勿論 特殊事例であり無差別と言う訳ではない)、彼女は非常に腕っぷしがよく、更に男嫌いな性格である事も広まり、男子からは恐れられてしまう存在となった。

 

 そんな彼女が住んでいるゆらぎ荘に、男であるホムラがやってきたら……、火を見るよりも明らか、だと思うだろう。

 

 初っ端の挨拶? では、狭霧はホムラに『ふ、風紀を乱すような真似をすれば、天誅を下すっっ!!!』と、凄んだ程だった。

 

 だが、その時の狭霧の口調は兎も角、態度が何処か――慌てている様子? の様な気がしたりもしていたのは別の話で、気のせいではなく、理由も勿論ある。

 

 ホムラと狭霧の出会い話にも直結する事。

 

 

 ……その出会いの話はまた今度にします。 

 

 

 何故なら――――。

 

 

 

 

『やっぱり見えてるじゃないですかぁぁぁぁ!!!』

“どが!! どがっっ!! ずがぁぁぁっ!!!”

『どああああああああっっ!!!』

 

 

 と言う、聞き覚えのある声がゆらぎ荘内に響き渡り、更には大きな音、衝撃音? が何度も何度も聞こえてきたから。

 

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

「ぁ――――………。何処かで、予想してたんだけど……。ここまでとはな……」

 

 声の主が誰なのか、そして その後に続いた衝撃音には身に覚えがある為、ホムラは 大体状況を察した様だった。

 どったんばったん、とまだ、何度も続いてる――、明らかに風呂桶を投げつけている音だろう。何度も訊いているから、間違いない。

 

「っっ!?? ゆ、幽奈?? 今のは幽奈か??」

 

 色々と上の空だった狭霧にも当然聞こえていた様子である。

 

「でも、オレの入浴中表示、貸したのに、……何で 幽奈 風呂に入ったんだ……? 昨日の今日で。…………でも、まぁ……、今に始まった事じゃないけど……」

「む! つまりは、その男が 幽奈に何か不埒な真似を!?」

 

 狭霧も状況を察した様で(かなり曲解している様子だが……)そこからの行動は非常に素早い。

 

「って、狭霧! ちょっとまて…っ! あ……」

 

 手を伸ばしたのだが、その伸ばした手は何も掴む事は出来ず、そのまま まさに疾風怒濤の勢いで、狭霧は走って行ってしまった。

 

「……コガラシも、まだ入ってると思うけど、大丈夫……かな?」

 

 展開的には、大体読めたホムラ。そして、次に起こりえる展開も。

 色々と、経験者として男の先輩入居者として、フォローをしてあげない訳にはいかないだろう、と非常に優しい気持ちになったのはホムラだ。(自分自身も非常に苦労をしてきたから)

 

「仕方ないな……。まぁ、気持ちは、判るし……。色々と説明をしなかったのも、やっぱり悪かったか」

 

 足早に、大浴場の方へと向かうホムラ。

 

 

 その道中にて。

 

 

「……あ。ホムラ」

 

 ばったりと角で出会ったのは このゆらぎ荘の住人の1人。くぁ……と、大きく欠伸をしながら出てきた少女。

 

「夜々。こんな時間に起きてるなんて珍しいな。まだ 寝てなかったのか?」

「んー……、……夜々、眠いから寝てた……。だけど、幽奈の声、聞こえたから」

「成る程。……そうだったな。納得」

 

 それ程までに、あの悲鳴と音は大きかった、と言う事だろう。いつも眠たそうにしているこの夜々が、本当に睡眠時間と言える夜に目を覚まして 様子を見に来るくらいに。

 何度か同じ様な事が……、あった気がするから。

 

 

 そして、ここで彼女(夜々)について、簡単に紹介をしよう。

 

 

 彼女の名は……、何度も読んでるので、最早言うまでも無いと思うけど、……うん、一応紹介を。

 

 

 彼女の名は 《伏黒(ふしぐろ) 夜々(やや)》。

 

 

 夜々は、いつもいつも眠たそうにしていて、ぱっちりと目を覚ますのは、ご飯時。それはご愛敬であり、ゆらぎ荘の皆も判っている。

 あ、後 外に出る時は勿論 普段も基本的にフード付きパーカーを着用し、頭をすっぽりと被っている。そのフードが不自然、不可解な形……(所謂、猫耳)になっている理由はまた、追々判ってくると思うので、割愛をしよう。

 今は、しなければならない事があるから。

 

 

 

「………ホムラ」

「ん?」

 

 夜々は、目元を何度も何度も拭い、眠気を覚まそうとしつつ、ホムラに手を伸ばした。

 

「………行こ、幽奈のこと、心配」

「ん。判った判った」

 

 ホムラは、頭を掻きつつ 夜々に従って 歩き出す。

 

 

――この分じゃ、早速 ゆらぎ荘のメンバー全員が集合しそうな気がするなぁ。

 

 

 確かに、自分の知人がこのゆらぎ荘に入居する事は、伝えているけど、実際に紹介をする方が良いのは当然だ。だから、全員が集合するのであれば、手間が省ける、と言えばそうだが……、色んな意味で個性派揃いのメンバーだ。だから 正直に言えば 少し段取りを考えて、少しづつ……とホムラは考えていた。

 

 だから、これからの事を考えて、ちょっと頭が痛くなりそうな気もしたのだ。

 

 だけど、それ以上にホムラは コガラシには同情をしていた。

 

「はぁ、それにしてもアイツも災難だよなぁ……。多分、節約意識で まだ 飯も食べてないだろうし……」

 

 コガラシが、色々と大変な目に合ってきた事をホムラも知っている。と言うより自分自身にも 身に覚えがありすぎるから。

 何だかんだで、風呂場がこのゆらぎ荘においての、《トラブル・スポット》《アンタッチャブル》だと言う事を判っていたのだが、そこまでつっこんだ説明をなかったのは、色々と大変だと言う事、そして 手を焼いている、と言った本当の意味を身をもって知ってもらおうと、思ったり思わなかったり――、だった。(前話 あとがき 参照)

 

「ホムラっ!」

「ん? どうした、夜々」

 

 大浴場へと向かう道中、夜々は眠たそうにしていたのに、ホムラのとある単語を訊いた途端に、何故か、眼を輝かせていた。

 

「後で、またごはん、作ってっ!! 夜々、ホムラのごはん、食べたいっ!」

「え? ……夕飯、終わってる筈だろ? 中居さんが忘れる筈無いよな」

「うん。でも、ホムラのごはんも! ごはんもっっ!!」

 

 それは、ホムラが言っていた言葉……《飯》である。

 その言葉を訊いた瞬間から キラキラとさせながら、懇願する夜々。

 

 因みに、訳があって、ホムラは 夜々にお弁当を作った事があった。そこから、大分気に入られて、知り合ったばかりの頃は、なかなかに距離を置かれていたのだが、そこから 一気に仲が良くなった。

 

 つまりこう言う事。

 

()を掴むには、()の胃袋を掴め!!~

 

 ……いや、違う。そうとは言わないだろう。

 ……女ではなく、そこは男だ。

 でも、夜々にとっては別だったのだろう。基本的に中居さんの料理を皆は心底楽しんでいる事と、仕事の手伝いはする事はあるのだが、飲食系は、これまでしなかったから、このことを知るのは、夜々のみだったりする。

  

「判った判った。でも、夜々。夜遅くに食べるのは健康にも良くないぞ。また、いつでも作ってやるから」

「ほんとっ!?」

「ああ。それに………」

「?? それに??」

「いや、秘密だ」

「えーーっ!」

 

 夜々は、ホムラに秘密と言われて 頬をぷくっ と膨らませた。

 そんな 夜々を見て ホムラは微笑みを見せると。

 

「ただ……楽しみにしとけよ、と言うだけだ。楽しみは 後にとっておけよ。夜々。ほら、今は幽奈だ。……まぁ、いつも通りで大事ないとは思うけど」

 

 ホムラは、そう言うと夜々の頭を軽く撫でた。

 夜々は 目を細めて笑顔になって。

 

「うんっ♪」

 

 ぴょんっ! と飛ぶように返事をした所で、もう1人と合流した。

 

 目が合うや否や、仄かに赤い表情を更に緩ませて言う。

 

「あらあら~~。2人は、今日も仲が良いのね~♪ 良ーいの? ホムラちゃんっ。そ~んな仲良くしてると、さぎっちゃんが、ヤキモチ妬いちゃうぞ~♪」

「……はぁ、オレは ヤキモチ妬く前に、くないが飛んでくると思うけどな。寧ろ、そっちの方に賭ける」

「ん~、じゃ、私は両方同時かなっ♪」

 

 これで、殆ど揃った。後は中居さんのみだ。

 

 そして、この陽気な声と共に、酒瓶を片手にしている女性、セクシーなお姉さんの名を紹介しよう。

 

 彼女の名は、《荒覇吐(あらはばき) 呑子(のんこ)

 

 彼女は、いつもいつも大体は 酒を飲んでおり、飲んでない場面はかなりレアである、と言える。後、浴衣姿が通常だが、いつもいつも、いい加減に羽織っている為、大分肌蹴ている。それは、宛ら豊満な胸を惜しげなく、寧ろ まるで見せている様だ。下着もおっぴろげーである。基本的に、目のやり場に困る状況だろう。

 特にホムラは。

 

 だが、そこは学習能力のあるホムラ。

 この程度の不意打ちならば、視線を向けない様にする術を 身に着けているのだ。

 

―――流石に、大浴場での……は 無理なようだが。

 

 因みに、いつもは 呑子の姿に、風紀に人一倍敏感な狭霧がそれとなく注意をしていたのだが、ホムラがこのゆらぎ荘に来てから2倍、3倍増しで 口煩くなったのは言うまでも無い事である。

 

 

 

 

「それで、呑子さんも幽奈の悲鳴を訊いて?」

「ええ、そうよー! ほら、ひょっとして、ホムラちゃんが言ってた新しい子が入ってきたんじゃないかな~って!」

「正解。ほら、早く行きますよ……。たぶん、向こうも大分大変だと思うから」

 

 呑子は、ホムラの言う『大変』と言う意味が正確に理解してなかった。だからあっけらかんと返した。

 

「えー、大丈夫でしょ。ホムラちゃんが来た当初の繰り返し、だと思えば」

「……結構、かなり、凄く、ひどい目にあったんですが」

「えーーっ 楽しそうだったじゃんっ♪」

「確かに。……オレ以外はね。それに、だからこそ、コガラシが、オレの知り合いが 今は非常に大変だと思うな。……それに、たぶん、狭霧にとっても」

「さぎっちゃんがー? なんで? 入居者が 新しい女の子なら兎も角~」

 

 ここで、説明をしようとしたその時だ。

 

 

 

『~~~~~~~っっっっ!!!!』 ☜(声にもならない悲鳴)

 

 

 

 それは 狭霧のものである、と言う事は直ぐに判った。

 

 そして、もう目と鼻の先にある大浴場から、聞こえてくる。

 

「………コガラシは、入浴中。それに血走って 狭霧が向かったのは大浴場。ここまで 言えばどうなってるか、簡単に想像がつくでしょ」

「あ~~、な~るほどっ。さぎっちゃんの、えっちぃ~~♡」

 

 呑子は、ワザとらしく悶える仕草をしつつも、喜々としながら 大浴場の中へと。

 夜々もそれに、よたよた~とついていく。(話題がご飯から逸れた為、また眠くなってしまっていた)

 

「まぁ……ご愁傷様。2人とも……」

 

 南無南無~ と霊能力者として 1つ拝んだ後に、ホムラも大浴場内へと向かっていったのだった。

 

 

 



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第6話 全員集合?

 一先ず……、一言で言えば大浴場内は 修羅場だった。予想通りと言えばそうなのだが、全くの予想通り、100%の的中である、と言うのも何処か悲しかったり、むなしかったり。

 

 そして、ここまでに至った経緯は推察ではあるが、何があったのかは推理は十分出来る。と言うより、予知出来ている時点で間違いないだろう。予想した本人(ホムラ)も、自信をもって言える。(別に、自信持てたって 嬉しくないが……)

 

 

 此処で何度か、しれっと出てきていたかもしれないが、改めて紹介をしよう。

 

 

 空中をふわふわ、と浮いていて、更におろおろ~ としている 明らかに人間ではなく、間違いなく幽霊である少女。

 

 ここ、ゆらぎ荘の地縛霊の《湯ノ花(ゆのはな) 幽奈(ゆうな)》。

 

 その容姿は、浴衣を着ている女子高生……と言えば当てはまるだろうか、目鼻が整った顔立ちに加えて、今は羽織る物を何も纏っていない為、……はっきりと見えてしまっている。整った顔立ちに相応しいスタイルの持ち主であると言う事が。

 おろおろとして、世話しなく両手を動かしているせいか、その起伏に富んだ身体が……、まぁ 所謂、豊満な胸が、擬音を付けるとするなら、《ぷるんっ×2♪》と左右に、上下に揺れている。

 

「………///」

 

 勿論、ホムラは、幽奈の身体は見ない様に、完全に視界からフェードアウトさせていた。それでも、若干は見てしまったから、思いっきり赤面させてしまったのだ。……まるで、呑子と酒の付き合いをしてしまったかの様に、真っ赤っ赤。

 

 この初心な反応は、このゆらぎ荘に来てから、一切全然変わらず、耐性を持てたりもしていない。 だから、そんなホムラを見て、《からかう者》がいたり、《ほほえましく笑う者》がいたり、《別にどーとも思わなかった者》がいたり、《憤怒の化身の如く怒る者》がいたり……、と言うのがパターン化されているのは、最早決まり事、決定事項、自明の理である。

 

 

 あ……、話が、少々それてしまったので 幽霊の幽奈の話に戻そう。

 

 彼女は、幽霊であるのに、とツッコミは無しにして……、湯に浸かっていた身体は まだ湿りを残していたのだが、見た目からも判る程 すべすべの肌、サラサラの髪……、つまり 彼女も十二分程の美少女に分類されている。そんな彼女を――コガラシが目撃してしまった、そこから始まったのだ。

 

 だがしかし……、色んな意味で、ゆらぎ荘のレベルは高位? である事が判る。と言うのは勝手な感想である。

 

 そして、修羅場たる現状を作り出す要因となった者は幽奈とコガラシだけではなく……、そして 先ほど乱入したであろう狭霧にもあった。

 

 ホムラが、狭霧を止めようとした理由は、ここの大浴場、温泉にコガラシが入っているであろう事。彼に貸した、入浴中ですよ~の表示もばっちりと引っ掛けているから、乱入はされないだろう、と安心しきっているであろうコガラシは 間違いなく全裸だった。

 そこで、幽奈とばったり遭遇したのだろう。……普段の幽奈の姿は、一般人であれば見る事は出来ない。見えたとしても、所謂白い靄がゆら~~と漂っている場面程度だろう。だが、コガラシはただの学生、一般人ではなく、霊能力者だ。

 幽奈の姿は、はっきりくっきりと 身体の隅々まで―――……と、これ以上は刺激的過ぎるので、割愛をしよう。コガラシにとってもだが、勿論ホムラにとっても。

 

 兎も角、総括すると コガラシが幽奈と風呂場でばったり出会い、見えないと油断していた幽奈だが、実はしっかりと見られてしまっていた、見えてしまっていた、と言う事。

 

 彼女は、思いっきり動揺してしまうと、その動揺が強ければ強い程、比例する形で ポルターガイスト現象を引き起こしてしまうのだ。

 

 その結果、発動したのが、幽奈のゲージ溜め必殺《真空・風呂桶(フロオケ)ン!》

 

 その強力な必殺技をモロに受けてしまったコガラシがすっ飛ばされてしまって、完全にノびてしまっている。……それも素っ裸で。そんな場所に正面からどうどうと入っていった狭霧が目撃してしまったのは、ナニなのか……、もう 言うまでも無いだろう。

 

「……ハァー、ハァー、ハァー……っっ」

 

 今も息を荒く何処か焦点の有って無い目をきょろきょろとさせているのは、狭霧だ。幽奈に続いて狭霧も、動揺しまくっている。もしも狭霧にまで幽奈の様な技を使えるのなら、ゆらぎ荘ごと吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

「///っと、……ったく」

 

 幽奈の裸をちょこっと見てしまっていたホムラだったが、直ぐに気を取り戻して、狭霧にバスタオルを頭から被せた。

 

「あー……、コガラシはオレが移動させておくから。皆 外に出てて。……その、夜々、呑子さん、幽奈を、……いや、狭霧もだ。2人を宜しく」

「はいはーい! まっかせて~♪」

「うん」

 

 呑子は 酔っぱらっているくせに、ニヤニヤとさせていて(( ̄∀ ̄).☜こんな顔)。

 夜々は 手伝ったら ごはん強請ろう! と頭に思い描きつつ、せっせと働いた。

 

 そして、風呂場。

 

 いるのはホムラとコガラシの2人であり、とりあえず 引き摺って脱衣所にまで運ぼうか、と検討。1人で背負ったら 嫌なモノが自分の身体に……、と考えてしまったが、決してホムラは悪くないと思う。

 

 兎に角、沢山のタオルやらで、引き摺る時 掠り傷にならない様にと一通り巻いて、脱衣所にまで見事に完遂。

 

「ふぅ……、ったく 昔っから世話を懸けるんだから、コガラシは……」

 

 《×-×》☜ リアルにこんな顔してぶっ倒れているコガラシを見て、大きくため息を吐きつつも、何処か懐かしさを覚えるのはホムラだ。

 

 共に研鑽した修業時代を思い出す――と言う事だった。無論、決して良い思い出だけではないけれど。

 

「それにしても……、まぁ 良い位置に収まったモンだったな、……幽奈の投げた風呂桶」

 

 たまたまなのか、或いは色々と、誌面に乗せられない! いや、文章に残せない!! と天よりフォローがあったのか……、コガラシの丁度良い位置に、すぽっ! と収まっていて、最低限度は隠せる事が出来ていた様だ。……それでも、最低限度(・・・・)だから。狭霧たちには 色々と刺激が強いかったのも事実。

 

「それは兎も角、浴衣を着せる前に、扇風機……だな。のぼせてる可能性だってあるし……ん?」

 

 コガラシをバスタオル数枚で敷いた上に寝かせて 後扇風機を掻けようとした所で、気持ち良い風が身体に吹き抜けていくのが判った。そして、同時に声も。

 

「いつもありがとう。ホムラ君。色々と対処してくれて、すっごく助かってますよ」

 

 ニコニコ、と呑子とはすごい違う笑顔を見せて、お礼を言うのは、このゆらぎ荘の中居さんである。

 

「はは。いやいや。中居さんには いつもお世話になってますから。そこは お互いさま、と言う事にしましょう。それに オレの連れが迷惑を掻けたのは間違いないし……」

 

 最後の方は、はぁ、とため息を吐いてしまうホムラ。

 そんなホムラを見て、中居はもう一度にっこりと笑うと。

 

「あははは。ホムラ君、凄く汗かいてますよ。後は私が対処をしておきますので、汗を流してください」

「あ、でも 大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよー。私は 仲居なんですから。ずっと、皆さんのお世話をさせていただいてるんですし」

「…………そう言われると、凄い説得力ですよね」

「えへへ」

 

 中居さんは、笑顔を絶やさずに せっせとコガラシの後始末? をしてくれた。

 

 

 ここで、ゆらぎ荘の仲居である彼女の説明をしよう。

 

 彼女の名は……仲居である。勿論、旅館等の給仕接待をする職業の話ではなく、彼女の本名。

 

 《仲居(なかい) ちとせ》。

 

 見た目は……明らかに アレなのだが、驚く事なかれ ゆらぎ荘の最古参であり、この変わり者揃いの住人達の衣食住の世話をほぼ1人の細腕で切り盛りする敏腕仲居さんなのだ。当初こそ、ホムラも驚きを隠せられず、それとなく手伝ったり 色々としたりしていたのだが、彼女の手際の良さは神がかっていて、それを目の当たりにした為に、いろんな意味で 仲居さんには 頭が下がる思いだったりするのだ。

 

 

「じゃあ、すみません。後は宜しくお願いします」

「はい~。では、ごゆっくり」

 

 仲居さんは その身体の何処にそんな力があるのか……、コガラシの肩を持って座敷の真の方へと向かっていった。

 

 そして、ホムラも色々と汗をかいたので、それを流そうと 浴衣に手を掻けた。

 

「あ、そうだ。ちゃんと 表示、つけとかないと……、コガラシの二の舞になる可能性が……」

 

 しゅるっ、と帯を解いた所で、重大な見落としに気が付く。

 今の今さっきまで、大変な事態になっていたし、まさか 二連チャンは無いだろう、とは思うが用心に越したことは無い。

 

 そんな時だ。

 

『あ、ホムラさーん。ちゃんと、掛けてますからねー。ホムラさんが入浴中だと言う事も、ちゃんと皆さんに説明をしておきますから~!』

 

 仲居さんの声が、脱衣所にまで届いてくる。

 先の先まで読むその頭の回転力にも脱帽。……本当に。

 

「ほんとに、お世話になりますよ………。あぁ……、仲居さんがあんなに頑張ってくれてるのに、なんで 色々と起こるんだろ……」

 

 仲居さんに感謝をしつつ、何処か哀愁漂わせながら、温泉で色んな疲れを取るホムラだった。

 

 

 

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 コガラシは、辛うじて感じる事が出来る夢の中で、思い馳せていた。

 

———目の前が、真っ暗になって、更に真っ白になった。

 

 こういうのは、何時だったか、以前は何度も何度もあった。

 あれは、修業時代だ。

 

『全く、筋がなってない!』

 

 盛大に尻をばちっ!! と叩かれてしまう。叩いてくるのは、超スパルタな コガラシの師匠その2、である。目を回すコガラシを威風堂々と見下ろしているのだが……、その右手にはホットドックが握られていて、物凄く説得力に欠けてしまう。

 

『ホムラは、1度しごけば出来る様になったぞ!!』

『……あー、コガラシ? 気にするなよ。オレん時より、異常にハードル上げてるから。……さっきまでのオレとは、お子様ランチと満漢全席くらいの差があるから』

 

 ぼそっ、とそう言うのがホムラだが あまり説得力を感じないのは、これまで涼しい顔して 先を走っていたホムラの言葉だから、と言う理由があるだろう。

 

『ばかもん! 互いの競争精神を育もうとしてる時に、ネタバレすんな!!』

『うぎゃああああっっ!! め、めが、めがぁぁぁぁ!!』

 

 何処からともなく取り出したのは、黄色い容器。

 ぎゅっ とそれを握りつぶしたら、口から盛大にこれまた黄色い何か(・・)が、発射されて、ホムラの眼に直撃。

 

 そのおかげで、宛ら、某国民的長編アニメ―ションの 『バ○ス!!』の直撃を受けてしまった大佐の様な目にあってしまったのだ。

 

 目の前が真っ黄色になってしまったのは ホムラだが。

 

『コラァァ!! コガラシ! サボるな!』

『ぐえええっっ!!』

 

 追撃を受けてしまって、霧の彼方へ吹き飛ばされ……、真っ白と真っ黒の両方を味わう結果になってしまった。

 

 よく——、生きていたなぁ、と我ながら感心さえする。

 

 

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 はっきり言って、地獄の記憶だ。

 だからこそ、思い出してしまって、 はっ!! と目を覚ましてしまうのも当然だった。

 

 目を覚まさなければ——、あの悪鬼羅刹の師匠が目の前に仁王立ちをしているんじゃ……、と思えたからだ。

 

 だけど、その心配は杞憂となった。

 

「……あら? お目覚めですかーー?」

 

 目を覚ました光の中には——あの時とは天と地ほどの差がある笑顔を向けられていたから。

 

 いわば——天使に目覚めさせてくれた、そんな感じ。

 

 

 暫く、コガラシは放心をしていたのだが、ひとつひとつを思い出していった。

 

 

「え……、あれ……、確か ここはゆらぎ荘で、オレは ホムラと別れて風呂に入ってたら———。う~ん、あ、そうだ。あんたは?」

「ふふ、冬空コガラシさんですね?」

「え? なんでオレの名を……?」

 

 まだ名乗っても無かった筈なのに、と不思議に思ったのだが、直ぐに解消された。

 

「ホムラ君から沢山、沢山訊いてましたよ。それに、わたくしは ここ、ゆらぎ荘の仲居を務めさせていただいてますから。わたくしの名は、仲居――、仲居ちとせ……と申します」

「えっっ!! 仲居さん?? 君が??」

「はい~~ ゆらぎ荘の皆さんのお世話をさせていただいてるんです~~」

 

 あどけなさの残る笑顔を見せてくれた仲居さんだが……、ちょっと信じにくいコガラシ。

 後で、ホムラに裏を取ってみよう……と、頭を過ぎった所で。 ぱさっ と頭に何かが乗る感じがした。

 

「ほれ。汗を拭け」

 

 頭にかけられたのは、タオルだった。あの夢(悪夢)のおかげで、冷や汗をびっしりかいてしまっていた様だ。そして、タオルを渡してくれたのがホムラだ。

 

 そして、コガラシの疑問も解消される。

 

「仲居さん、どうも ありがとうございます。今日も良いお湯を頂きました」

「いえいえ、これがお仕事ですからっ。ホムラ君にも、いつもお世話になってますし。させてください」

 

 淀みない会話は、この目の前の幼い少女の風貌を擁した彼女が、間違いなくここ、ゆらぎ荘の仲居なのだ、と言う事を物語っていた。

 それに訳の判らない、意味のない嘘をつかないホムラだから、直ぐに納得も出来ていた。

 

 そんな時だ。

 

「おお~~、やぁ~~っと目が覚めた~~~??」

 

 襖が がらっ と開き、そこから入ってきたのは 一升瓶を手に持った呑子。

 

「君が、コガラシちゃんね~~! 私も訊いてるよー♪ お近づきの印に君もいっぱいどーぉー?」

 

 ぷはー、と明らかにさっきまで、飲んでたろ! と言う為体。だが、これがスタンダードである事は、コガラシ以外は判っているから、とりあえず スルーだ。

 だが、その隣の復活した狭霧は そうはいかない。

 

「呑子さん。彼は未成年ですよ!」

 

 狭霧は、しっかりと止めた。

 

「えーー、お堅いなぁ、ほーら、さぎっちゃんだって、お酒の力りよーした方がよくなーい? 以前だって~~♪」

「わ、わぁぁぁ!! い、言わないでくださいっっ!!」

 

 呑子が何やら思い返す様に口にするが、即座に狭霧に止められた。

 何のことか、それに状況も完全にはつかめなかったコガラシは ただただ首を傾げるだけだった。……その隣で、ホムラは何処か視線を外していたが、、それに気づいた者は、呑子だけである。ニヤニヤ~と笑っていたのだが、一先ず 暴露されることは無かった。

 何故なら、コガラシが先に訊いたから。

 

「えーっと……、あんたらもここの住人なのか……?(確か、オレ達以外は皆 女のひと(・・)、とは訊いてたけど……)」

「そーよぉ! アタシ、荒覇吐 呑子! キミは コガラシくんだよねーー! よーろしくねぇ~ぃ♪」

「は、はぁ……冬空コガラシっす……」

 

 コガラシは、眼のやり場に困ってしまっていた。

 とりあえず、呑女が酒癖が悪そうなのは理解できた。……そして、盛大に肌蹴てしまっている事も。

 

「(み、見えとるがなーーーっっ!!)」

 

 ぐるんっ!! と視線を外へと向けてみないようにするコガラシ。

 その気持ちはよく判る。……非常によく判るのはホムラだ。

 

 ホムラ程ではないが、コガラシも色々と自重はするのだ。

 

 そして、もう1人……自己紹介が始まる。

 あいさつ代わりに放たれたのは くない!

 

 びゅんっっ! と言う風切り音が聞こえたかと思えば、畳に どっっ! と何かが突き刺さっていた。

 

「は、はい………!?」

「冬空………コガラシ…………」

 

 目を血走らせているのは、狭霧だ。

 

 落ち着いたとはいえ、温泉での光景を忘れた訳ではない様で、その見てしまった羞恥を怒りで誤魔化す様に青筋を立てていた。

 

「1つ……、覚えておけ、もしも――、貴様がこのゆらぎ荘の風紀を乱すような行いをした場合……、この雨野 狭霧が天誅を下す!! とな……」

 

 いつもの倍増しで、表情が怖い狭霧。

 2本目のくないを構えて、その眼は光っていた。……眼の光がくないに反射し、更に鈍く、光っている様にも見える。

 

「は、はぁ!?」

 

 当然の事ながら、刃物を突然投げられてしまって動揺してしまうのはコガラシだ。

 一度も無かった、と言う訳ではないが 初対面でそれは無いだろう、は思う。

 

「うん……出会いが悪かった、諦めろ。コガラシ」

「ええっっ!?」

 

 慰める様に、ぽんっ と肩に手を置くホムラ。

 そして、等の狭霧はと言うと。

 

「んも~、さぎっちゃんてば、いきなり辛辣すぎぃ~、それに、ホムラちゃんとは 随分違うしぃ~~」

「そ、そんな事無いですっ!! ホムラの時だって、私は しっかり釘さしました!!」

「あー、呑子さん? 間違いないぞ。釘、ってか くないだけど…… ああ、それに オレも似たような事、言われたし」

 

 やれやれ、と首を振るホムラ。

 それを訊いた狭霧は、ぼひゅんっ! と頭に湯気をだしていた。色々と(・・・)思い出してしまった様だ。

 

「ほ、ホムラ!! き、貴様は黙ってろっっ!!」

「うおっ! って、こら、あぶないだろ! それに、ゆらぎ荘を壊すな」

 

 ホムラは、何とか回避する事が出来たが、今度は木の柱に刺さってしまったから、思わずツッコミを入れる。人に刺さる方がまだ良いのだろうか……? と疑いたくなるのも仕様がない。

 

 ぽへ~、と見ていたコガラシだったが、突然 びくっっ!! と身体を震わせた。

 何故なら、ぺろっ、と頬の辺りを舐められた感触があったからだ。丁度、狭霧にくないで切り傷を付けられてしまった場所を。

 

「なななっ///、ちょ、なにすんだ! てめー!?」

 

 ほっぺにチュー、ではなく 本当にぺろっ! となめられてしまったのだ。……何処かエロい……と思った。

 

 そして、そのなめた本人は 夜々である。

 夜々は、コガラシに憤慨されて、 顔をムッ と顰めると。

 

「……せっかく、夜々が治してあげようと思ったのに」

 

 怒った様子で、コガラシから離れていった。

 

 

 色々と騒がしくなってしまい、なかなか収集がつかない状態だったのだが。

 

「はいはーい。皆さん。コガラシ君もついたばかりですし、今日は疲れた筈ですよー。もう、お体を、休めてもらいませんか」

 

 ぽんぽん、と手を叩きながらそういうのは、仲居さん、である。

 

 まるで、大統領命令? 色々と騒いでいた狭霧や呑子は、一先ず騒ぐのをやめたのだ。(と言っても、呑子が酒を飲むのは辞めてないが)

 

「ふん……。時に冬空コガラシよ。貴様、何号室に越してきたのだ?」

「部屋、か。空いてるの、4号室だけだって、ホムラから訊いてたし、そこにしてもらった」

「ああ、そうだったな」

 

 そう言った。

 

「4号室、か。……」

 

 狭霧が、何やら俯きながら考える。

 

「ん? 何かあるのか?」

 

 そう、コガラシに訊いた途端に、くないを ばっ!! と出され、目先に切っ先を向けられた。いや、寧ろ刺す気満々だ。

 

「不埒な真似をすれば、天誅する! 覚えておけ!!」

「何の事だ! って、何度も何度も刃物むけんなーーーっ!」

 

 コガラシとて、武芸を身に着けているのだ。何度も何度も刺される程、護身がなってない事は無い。真剣白羽どりの要領で、攻撃を回避した。

 

「はぁ、とりあえずは 随分と仲良くなったもんだな。一応、安心だ」

「この状況の何処に、安心する要因がある、っていうんだーーホムラ!!」

「だだ、ダレが仲良くだ!! ホムラの口から言われたくない!!」

 

 盛大にクレームをつけられたホムラだったが、一先ずほっといたのだが……。

 

「とーーりーーけーーせーーーっ!!」

「こらっ、狭霧! もう、今日はくないは止めろ。直すの大変なんだから。 せめて コガラシにしろ!」

「だぁぁ、長年の連れを売ってんじゃねぇぞ!! ホムラ!!」

 

 またまた、乱闘が始まりそうになった。

 

「あっはっはっは~♪ ほ~んと、ホムラちゃんは、ど~んかんさ~~んっ♪ コガラシちゃんも 可愛いし~、楽しくなりそうね~?」

「くぁ……、夜々、やっぱり眠くなってきた……」

 

 その様子を楽しそうに見ていたのは、呑子と夜々、そして ニコニコと微笑みながら見守っていたのは、仲居さん。

 

 

 だけではなく――――。

 

 

『……とっても、楽しそうです…………――――』

 

 

 物陰から、今は出るに出れない少女が、羨ましそうに羨望の眼差しを向けていたのだった。

 

 

 

 

 




Q:「投稿早い!? どーした!!」

A: 頑張った。でも ずっと続くとは思えない。



Q:「やっぱり、仲居さんには 頭上がらないの? ホムラ君も」

A: 男掴むなら、胃袋を、じゃないけど 衣食住、非常にお世話になってるから 人としては当然だと。



Q:「ゆらぎ荘の幽奈(・・)さん なのに、幽霊な彼女の出番少なくない?」

A: 後、もうちょっと。



Q:「ってか、真空・風呂桶~って、何さ?」

A: ……………………………………………


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第7話 紛らわしい!


◇ 殆ど閑話な気がしますが。どうぞ。


 

 とりあえず、予想通り コガラシは晩御飯を食べてなかった様なので、仲居さんが早速腕を振るってくれるとの事。

 

 もう、ゆらぎ荘の夕食の時間は疾うに過ぎているのだけど……、笑顔で引き受けてくれた仲居さんの優しさは コガラシも直ぐに感じる事が出来るだろう。

 

 何より、気絶していたコガラシを膝枕で介抱してくれていたのだから、その時点でも。

 

 

 

 

 そして、コガラシが席を外している間に ちょっとしたゆらぎ荘、緊急ミーティングを開始。 コガラシが住む部屋、そして コガラシが霊能力者である事、幽奈を見る事が出来る男だと言う事、それらが議題だ。

 

 

 

 

「別に緊急……、って程でもないと思うが。コガラシの事、だろ? 4号室の事」

 

 軽くため息を吐いているのは、ホムラだった。

 『そんな大袈裟な』、と思っていた様だ。

 

 だが、そんなホムラの発言を訊いて、仕草を見て、視線を鋭くさせるのは狭霧だ。鋭く、と言うより 睨んでいる様だ。

 明らかにさっきまでのやり取りが尾を引いている、としか思えないが……、少々安易な態度だと言う事は間違いない。

 

「そもそも、ホムラが 冬空コガラシが霊能力者だと言う事を、ちゃんと説明をしていなかったから、幽奈は、自分自身が見られる事を知らなかったんじゃないのか!? その結果、幽奈は覗かれたのだぞ! あのふしだらな男に!」

 

 確かに、狭霧の言う事も最もだ。やや 私怨も入っている様な気もするが。コガラシが 悪気があろうとなかろうと、コガラシが幽奈の裸を見てしまった事実は変わりない。

 

「ぅ……、そ、それは 確かに、オレのせい、だよな。……間違いない。……さっきのは失言、だった取り消すよ。……それに幽奈。悪かった。……ゴメン、な」

 

 確かに、今まで何度か似たような《とらぶる》があったのだが、それは 顔見知りだ、と言う事だ。殆ど何も知らない男に、裸を見られて……、そんな簡単な問題じゃない。

 

 コガラシが来る事は 確かに事前に伝えていた事だ。

 

 だが、彼が霊能力者だと言う事は 皆には伝えてなかった。別に秘密にしていた訳ではない。そもそも、ここに昔馴染みが来る、程度にしか言っていなかった。

 だからこその結果だ、とも言える。迷惑をかけた、と言うならコガラシに対してもそうだ。

 

 

――……いや、コガラシへの謝罪はいいか。……オレも昔から、大分苦労させられたし。お互いさまだ。

 

 

 勿論 コガラシにも迷惑を掻けたのは事実だが、ホムラはコガラシは良いか、と結論。だが、幽奈に対してはまた別。ドジっこで天然が入っている彼女だが、だからと言って安易に考えていいものではない。

 

 だが、幽奈は。

 

「い、いえ。そもそもの私にも原因は有りますし……、それに、コガラシさんについては、怖がらせない様に、と 皆さんにお願いをしたせい、かもしれませんよ。ホムラさん。……あ、それに私、……安易に、無防備に、コガラシさんの入ってるお風呂に、入ってしまいましたから……。ホムラさんの入浴中の掛札があったのにも関わらず……です。ですから、ホムラさんだけじゃないです。私にも非がありますよ。……狭霧さん、あまり、ホムラさんを怒らないでください。私も悪かったんです」

 

 頭を下げられて、慌てて幽奈は。大丈夫です! と両手を振りつつ、自分も悪かった事を伝えた。

 

 そもそも、幽奈自身が ホムラに迷惑を掻けている。沢山沢山かけている、と言う自覚があったから、と言う理由もある。

 

 

 昨日も――、寝惚けてしまっていて、……色々(・・)としてしまった幽奈だから。

 

 

「い、いや その……、私も 言い過ぎた。幽奈の、不注意も……勿論、判ってるつもりで……。それに、私もしっかりとしていれば、回避できたかもしれない。……だ、だからその、ホムラだけを、せ、責めてる訳じゃ……」

 

 盛大にホムラに怒りのお説教をした狭霧だったのだが、まさか ここまで萎縮し表情を落として、謝罪をされるとは思わなかった様だ。飄々としている節の有るホムラだが、何だかんだで、しっかりとしているし、間違った事は、誤った事は言わない。1本の芯がしっかりと通った男なのだから。

 

 ……色々とストレートで 鈍感なのが玉に瑕だ、と思ってしまうが。

 

 そんな時、またまた空気を読むつもり-100%な酒盛り女はと言うと。

 

「あっはは~、狭霧ちゃんのは アレなのよ~。嫌よ嫌よも好きの内~♡ ってヤツなのよ~? 真剣に捉えちゃ、しんどくなるだけよ~ ホムラちゃんっ」

 

 まさかの爆弾発言をドストレートに、火中に放り込んだ。

 

「ななななっっ!! 呑子さん! 何を言うんですかっっ!!」

「え~、だってほんとの事でしょ~? ねー、ホムラちゃんもそう思うわよね~♪ それに、ホムラちゃんだって、好きよね~? それに皆も~~♪」

「っっ!!」

 

 まさかのホムラへの呑子からのキラーパスである。(因みに、《キラー》なのは、狭霧にとってだけ)。

 

 異性に対して、そう簡単に《好き》等とは言えないのが思春期の女の子だ。……あ、でも 例外は勿論いますよ?? 悪戯~とか、悪戯~~とかで、言っちゃうような子もいますし、好きな子を虐めちゃう子もいますし。

 

 

「ん……」

 

 ホムラが、呑子の言葉を訊いて考えたその時だ。

 そんな時だ。

 

 

 

「夜々は、ホムラ好きだよー!」

 

 

 

 更に更に 今の今まで、眠たそうにしていた夜々のまさかまさかの発言(告白?)に 場が凍り付きそうになってしまう。こう言う場面で入ってきた事等、特に眠たい時に入ってきた事など、一度だってないから、更に高威力。

 

 あ、因みにホムラは別にいつも通りの表情に戻った。

 

 いつも通りの――真剣な顔に。

 

 

「判ってるよ。夜々。オレもだ」

 

 

 でも、いつも通りじゃなかったのは、返答をした と言う所。

 いつもなら、てきとーにはぐらかしそうなのだが、しっかりと返事をしたのは、初めてだ。

 

「「!!!」」

「へぇ~~?」

「えへへー」

 

 夜々は ニコリと笑っていて、呑子はこの返答ばかりは、流石に予想外だったのだろうか、少々驚いた表情をしている。幽奈は 頬を赤く染めつつやっぱり驚いた顔をしていて、狭霧は……、何だか怖い。驚いた後、表情が()になっていたから。

 

 

 

 

「……ホムラ。それは 本当か?」

 

 

 

 

 無の表情のまま、狭霧は ホムラに訊いた。

 

 いつも、陽気に空気読まず入ってくる呑子なのだが……、今回ばかりは 流石に沈黙して訊いていた。

 幽奈は、幾ら幽霊であっても 見た目も心も女の子、乙女だ。場面は修羅場だが……、それでも、色々と気になってしまったのだろう。顔を真っ赤にさせて、

 

 ホムラは、狭霧の問いに対して、直ぐに頷いた。

 

 それを見て狭霧は何か言おうとしたが、ホムラの方が速かった。ゆっくりと皆を見て、口を開く。

 

「オレは感謝してる」

 

 次にホムラが口にしたのは……、そのままの意味、感謝の意だった。

 

「たった2,3ヶ月程度で、皆と仲良くなれて、こうやって、いつも楽しく過ごせているのは 他の誰でもない。ゆらぎ荘の皆のおかげだ。……皆が接してくれたからだ。オレも夜々の事は勿論、皆の事も好きだよ。………いつも、感謝してる。だからこそ、謝るべきところは しっかりとしないといけない。そんな気がした。だから、幽奈も思う所が多々あるとは思うんだが、今回は受け取ってくれないか」

  

 真面目で真剣な顔、そして その口から紡がれる言葉。それを訊いて、思い返していた。あっという間のこの3ヶ月と20日の期間。

 

 ホムラがゆらぎ荘にやってきた時は、確かに色々と大変だった。それは、いつも笑っていて、しっかり者である仲居さんも同じだった。

 ここ最近では、初めての男性であり、更には霊能力者であり……と、心配事が多かったからだ。

 

 最初はホムラ自身も、越してきたばかり、住む地域でさえよく知らない、判ってない新天地。如何に日本であるとはいえ、全てが慣れない環境だったからか、口数は少なくなり、不愛想、とまでは行かずとも、何処となく固さがあった。それは コガラシ以上だ。

 

 それでも、いつもいつも、何に対しても一生懸命で、誠実な人柄だと言う事は皆、直ぐに判った。

 

 狭霧が色々と思う様になった切欠の出来事。……それ(・・)が起きてからは とても速かった。

 男嫌い(と、思われている)である狭霧が心を許している、明らかに好意を持っている狭霧を見て(本人は否定してるけど……)、あっという間に警戒心が無くなったのだ。

 

「……はいっ。ホムラさんがそうおっしゃるのなら。あ、なら 私から 一言いわせてください」

 

 幽奈は、身体をひょいと浮かせると、ホムラの前に立った。

 

「これからも、宜しくお願いしますね? 私も みなさんの事も」

 

 幽奈は、両手を広げて 改めてそう言っていた。

 ホムラも同じく返事を返す。

 

「……ああ。オレもよろしく。ああ、コガラシの事もよろしく頼むよ。アイツも色々とあるが、それでも決して悪い人間じゃないから」

「ふふ、ホムラさんのお友達なのですから。大丈夫ですっ。ね? 狭霧さん!」

「……ま、まぁ まだ 知り合って間もない。今は何とも言えんがなっ」

 

 狭霧は、慌てつつもそう返した。

 それを訊いて、とりあえず 一安心をするホムラ。

 

 狭霧は、ゆっくりとホムラの前へと移動する。丁度 幽奈と入れ替わる様に。

 

「……ホムラ。ホムラが言いたい事はよく判った。……だから 私も一言だけ、言わせてくれ」

「ああ。良いよ」

 

 にこりと笑って頷いた次の瞬間。

 

 

 

「紛らわしい言い方すんなぁぁぁぁぁ!!」

「ぐええっっ!!???」

 

 

 

 いつもよりも数段素早い狭霧のボディーブローが炸裂した。

 ギャ○クティカ・ク○ッシュ! は、少々古いか……。

 それは兎も角、いつもの狭霧の死角からの攻撃にもしっかりと反応して、防いでいたホムラだったのだが、今回は避ける事も受ける事も出来ず、思わずぶっ倒れてしまうのだった。

 

「ななな、なにすんだよっ!! 狭霧っっ!!」

「う、う、うるさーーーいっっ!! これでチャラだっっ!! い、いや、もう1発殴らせろっ!!」

「何時に増して、理不尽だなぁ! なんで感謝して拳を返されなきゃいかんのだ! そんな空気じゃないだろ!」

「これは、感謝の拳だ!! それに、ホムラが、空気を語るんじゃなぁぁぁい!!」

「って、わけわからんわ!」

 

 

 もう、珍しい場面は終わった様だ。……いつもの光景、だったから。

 

 

「あらあらー。やーっぱり、ホムラちゃんは、ホムラちゃんだったわね~? さぎっちゃんも、ホムラちゃんの事、襲っちゃう勢いじゃないと、判ってくれないんじゃないの~??」

 

 ニヤニヤ、と《日本酒・鬼殺》をラッパ飲みする呑子。

 少々驚いた様だが、訊けばやっぱり いつも通りだ、と判って思わず酒が進んじゃったのだ。……あ、いや……、うん。酒の件はいつも通りだ。飲む量も場面もいつも通り、変わらない。

 

「んー……、やっぱ、夜々 眠い……」

 

 ほんと、この気まぐれさは、まさに猫そのものな気がする夜々。また 睡魔が襲ってきた様で、目元を何度も拭う。欠伸をするたびに、目頭に滴が出来ていた。

 

「それにしても、夜々さんがはっきりと、好きって口にするのは初めてですね? 何かわけがあるんですか?」

 

 ホムラの事が好き、と言った夜々。

 ホムラにとって、好きと言うのは、所謂、like であり、 love ではない、と言う事だ。ならば、夜々もホムラ同様だろうか? と幽奈は予想を立てつつ、返事を待った。

 

「んー……」

 

 夜々は、顎をぽりぽり、と人差し指で掻きながら、数秒考えた後。

 

「まだ、秘密ー……」

 

 そう答えた。

 幽奈は、ちょっと驚いたものの、流石にもう夜々が眠たいから、そう言ったのだろう、と解釈した。

 

「えー、残念です」

 

 それ以上追及する事なく、幽奈はただただ笑っていた。

 

 狭霧とホムラは、またきゃいきゃい、と言い合っている。そんな姿を見たら、笑うしかない。……微笑むしかない。 

 

 

――こうやって、楽しく いつまでも 暮らしていきたい。ずっと、見ていたい。

 

 

 幽奈にとって、現世に留まる未練が何なのか、もう 判らない。朧げにさえ 思い出す事が出来ない。

 

――だけど、それでも 毎日が充実していると感じるから。こんな毎日が続けば、他は何もいらない。

 

 幽奈はそう思っていたのだ。

 

 

「(あ、でも……これって、私、満足してない……???)」

 

 

 捉え方次第では、もう 未練も無い~ と聞こえるんだけど……、そのまま、天に召されて成仏してしまうんじゃ? と思えるんだけど……。幽奈の言う、この楽しい幸せな毎日を見たい、楽しく暮らしたい、と言うのなら、それも、この場所に留める未練の内に入るのだろうか。

 

 理由は判らないが、一瞬成仏するんじゃ? と頭を過ぎった幽奈だったが、幽奈が天に召される様な事にはならなかった。

 

 

「あ、あのー ホムラさん、狭霧さん。コガラシさんのお部屋の件ですがー」

 

 

 2人のじゃれ合いは、まだまだ 大分掛かりそうだったから、本題に戻そうとする幽奈。なぜなら、コガラシも ずっと 夕食……ではなく、夜食を食べている訳ではないだろう。

 

 折角の緊急ミーティングの時間が取れたのだから、と幽奈は 改めて コガラシとの事について、話をするのだった。  

 






予告



◇ 次は閑話休題だと思われる。


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第8話 強制成仏は無理

 

 

「…………ふぅ」

 

 色々と今日も大変だったが、何とか乗り越える事が出来た、とホムラはしみじみと実感してる。その手には先ほど自販機で購入した《BASS ブラック珈琲》が握られており、散歩の後の一服中……、と言う様な場面だ。

 

 勿論、ホムラは未成年。タバコの類はしてないので、悪しからず。

 

 あ、話は戻すけど、ホムラは こういった様な《大変だった日》と言うものが、本日初めてだ、と言う訳では無い。

 

 生きていれば 辛く、大変な1日が終えた感慨深さは きっと誰しもが味わっているだろう。それは学生であれば学校の終わり、部活の終わり。社会人であれば、終業後……etc。 つまり、そんな大した事ではない、と言う事。ホムラにとっては。

 

 

 それに 何はともあれ、もう、日付も後ちょっとで変わろうと言う時間まで来たのだから、現時間的には当然と言えばそうだが、今日は特に実感をしていたのだ。

 ……ホムラは、ゆらぎ荘で就寝を……と言う訳ではなく、気分的にゆらぎ荘の外で、珈琲を片手に黄昏ていたかった。

 

 何故夜に、ゆらぎ荘の外で? と思われるかもしれないが、少々散歩に出たかった、と言うだけであり、大した理由ではない。……とりあえず、腹部に多大なるダメージを受けてしまった為、気を紛らわせる為に 真夜中の散歩を、と言う所だった。(正直、ギャグ攻防だし、そこまでのダメージではない)

 

 

「はぁ、それにしても 狭霧にも困ったもんだ……。感謝してる、って言ったら、鉄拳制裁かよ」

 

 

 やれやれ、と 項垂れているホムラだが、盛大にツッコミを入れたい。

 

『困ったもん、って、それ、絶対他人の事言えないだろっ!』

 

 と、盛大なツッコミを入れたい。ああ、入れたい。

 

 だけど、そんな事をホムラに言っても正確には伝わったりしないだろう。

 正直に、真っ向から伝えなければ、きっと難しい。……だが、それは狭霧がきっと了承しない。つまりは、面倒くさい2人だと言う事だ。

 

「だが、狭霧、大分腕を上げたんだなぁ……。反射が完全に追いつかなかった。まともに受けたし、もし コガラシ(アイツ)があの場にいたら、笑われそうだ……。ん。そう考えたら、いなくてよかった……」

 

 狭霧からの一撃。それは、彼の心を射止める一撃には、当然ながらならず、ただ ホムラは狭霧の腕が上がった事に関心していた。……普通に考えたら、女の子に言う様な、思う様な事ではなく、そのくらいはホムラも判っている。だが、狭霧の職業? を考えたら、その腕っぷしが、力量が向上する事は好ましいから、と言う理由があったのだ。

 

 そして、盛大にボディに一発入れられて、ダウンしてしまった自分の姿を想像して、コガラシに場面を見られてしまってたら、と想像していて……何処かほっと一息つくホムラ。

 

 つまりは、斜め上方向に突っ走っていくのがホムラである。

 

 狭霧の精一杯、自分自身で出来うる最大限の嫉妬をしたのにも関わらず、1mmも判ってくれていない。まぁ、所謂 ある種の技能、アビリティの様なモノだから仕方がない。

 

 

――めちゃ、ありきたりだけど、主人公は鈍感なのです。はい。

 

 

 

「ん……んくっ。 よっ……と」

 

 ホムラは、最後まで珈琲を飲みほした。そろそろゆらぎ荘に戻ろうと思い、空き缶を放り投げる。(勿論、ポイ捨てをした訳ではない。一応その辺りの躾面では ホムラはしっかりとしている)

 

 放り投げられた空き缶は、放物線を描きながら 備え付けられた空き缶入れに吸い込まれる様に収まった。 それをちゃんと見届けた後、ホムラは歩き始めたその時。

 

 

 

『やああああああっっ!!!』

『どああああああっっ!!!』

 

 

 

 どがっしゃぁぁぁんっ! と、盛大な騒音が静まり返った夜に響き渡る。

 一体何が? と 周囲を見渡してみると ゆらぎ荘の2F、南側、右端から2番目の部屋の襖扉が吹き飛び、そこから 人が降ってきた。

 

『親方! 空から男が降ってきた!』

 

 と、言う状況だ。……男なら、盛大にスルーをするのも有りな気がするが、そうもいかない。振ってきた男は その下がコンクリート等の地面であれば危険だったが、丁度池だった為一先ず安心。勢いよく、2Fからのダイビングヘッドで、これまた盛大に水柱を上げて、着水した。

 

「……………………はぁ」

 

 長い沈黙の後のため息。

 ホムラは、一先ず濡れるのを覚悟で池の方へと向かった。

 

 そして、もう1人 今度は空から女の子が! である。……ふつうの女の子ではないが。

 

「あああっ、す、すみませんっっ、コガラシさんっ!! ご、ご無事ですかぁぁぁ!!?」

 

 空から降りてきたのは、幽奈だった。

 どうやら、彼女の必殺技の類がまた、炸裂したのだろう、と言う事は理解できたホムラ。幽奈の力は、十分過ぎる程に身に染みているから。

 

「あー、大丈夫だ。このくらいじゃ、コガラシは死なないよ。幽奈」

「あっ、ほ、ホムラさんっっ。す、すみません、私のせいでまた……」

「いや、オレは別に良いよ。っと、ほれ、コガラシ」

 

 ぶくぶく~……と沈みかけているコガラシなのだが、この池、そこまで深くは無い。

 ひょい、と引っ張り上げると、コガラシは やや放心した様子で呟く。

 

「……オレだって、死ぬ時は死ぬわ。……早く除霊せんと、オレの方が成仏する羽目になる……」

「この程度、ヌルイし、甘いだろ。地獄の釜に浸かり、血の池地獄の血溜まりを呑んできたあの特訓の日々に比べたら。温泉に、温泉まんじゅうだ」

「……確かにそうだが………」

 

 妙に説得力があったのだろう。 空から降ってきたコガラシは復活すると、一先ず池から脱出。 そして、幽奈がしっかりと手を引いてくれた。

 

 因みに彼女は、幽霊だが触りたい物にはしっかりと触れ、逆に通常は常人であれば 触る事の出来ない幽奈の身体だが、触らせたりもできる(滅多にしないが)。幽霊歴が長いからこそ、出来る芸当だ。

 

「ふぇぇ、すみませーーんっ……。わ、わたし また ご迷惑を掻けちゃって」

「いや、コガラシもケガ無いって、だから大丈夫だ」

「まぁ、ホムラが先に言うのもおかしいけど。幽奈、マジ、オレ大丈夫だから」

 

 涙目の彼女を慰める2人。そして――、漸く、今の今までずっと言いたかった指摘を、ホムラはする事にした。

 

「……それに、幽奈」

 

 ホムラは、視線を明後日の方向へと向けながら、指摘。

 

「その……/// ゆ、ゆかた、ちゃんと着直せ………// みない様にするのにも、限度があるから……、た、頼む////」

「ぅ………」

 

 幽奈は、謝罪をするために、2人の前に浮いているのだ。何度も何度もそっぽを向いていたら、怒っているのではないか? と勘違いもされてしまうかもしれないだろう。2度、幽奈が謝罪をしているのも、もしかしたら、そう思ってしまったからなのかもしれないし。

 

 だから、ちゃんと指摘をするのも、正直な所 ホムラには厳しかったのだが、無限ループの方がもっと無理だから、と意を決した様だ。

 

「は、は、はっっ……///////」

 

 それを訊いて、幽奈は はっ としながら 自身の身体を見た。

 

 急いで飛び出してきた事と、先ほど コガラシを吹き飛ばした時に乱れてしまったのが合わさって、凄い状態になっている。

 浴衣は、肩に引っかかっているだけになっており、ずれ落ちてないのが奇跡だと言える状態であり、幽奈は羽織りも身に着けている筈だが、それも無い。腰ひもも当然ながら 無い。(多分、両方とも部屋の中に落ちてる?) 幽奈の場合 身に着けているモノも、幽奈自身が具現化した幽体の一部だから、肌蹴る事自体、おかしいのだが……、そこはツッコまない事にする。

 

 ツッコまないのは良いのだが……、問題は幽奈だ。

 

「お、おい! 幽奈っ!? 落ち着け……っ!?」

 

 コガラシが必死に宥めようとするのだが、最早手遅れ。

 

 

 

「み、み、み、見ないでくださ―――いっっ!!!!」

「どわあああああああっっっ!!!」

 

 

 

 動揺すればするほどに、強くなる幽奈のポルターガイスト現象。

 それは、大の男2人も楽々宙に浮かせ、吹き飛ばす事も容易だ。

 

 だが、ホムラはしっかりと今までの経験があるから、池の周囲に備え付けられている手摺をがっちりと掴んでいる為、飛ばされたりはしないのだが。

 

「っっぐええっ!! こ、こ、こら! コガラシ!! オレの服、掴むなぁ! し、しまっ、締まるっっ」

「ん、な事いったてっ、うわわわわっっ」

「っっ!!」

 

 コガラシが、ホムラの襟首を握り込んでしまった為、上手い具合に首が締め上げられてしまったのだ。

 流石に、落とされて、意識を手放すのと、また 池にダイブ! するの、どっちが良い? って訊かれたら……、後者を取るだろう。

 

 

“ぼちゃ~~~んっ!!”

 

 

 と言う訳で、最終的には 2人仲良く、再度池の中へとダイブするのだった。

 

 

(勿論、その後 これでもかーー! と言わんばかりに幽奈から謝罪の言葉は貰った)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ 翌日 □□

 

 

 

 

 昨夜は色々とあって、正直な所寝不足も良い所なのだが、今はさしあたって、コガラシの働き口を絶賛模索中である。

 

「ほんと、ありがとうございます!」

「すいません。急なお願いで」

「いやいや、ホムラ君のお友達なら、信頼できるよ。コガラシ君、腕っぷしもよさそうな子だし、今人手不足で、大助かりよ。早速だけど、来週辺りから、もうシフト組んでも良いかな?」

「はいっ! 大丈夫っす! バリバリ働きますんで、宜しくお願いします!」

「ふふふ、ほんと、元気ねぇ。近頃の若い子も捨てたもんじゃないわね」

 

 と言うやり取りがあり、無事にミッションクリア、である。

 

 色々と面倒を見てあげてる部分を見て判る通り、ホムラも相当な世話焼きなのだ。勿論、コガラシがズボラ、と言う訳ではない。あくまでフォローの範囲内で、ホムラが手を貸しているだけに過ぎない。しっかりと手に職を付けたのも、ちゃんと ゆらぎ荘にまで来られたのも、基本的な生活力が身についている賜なのだ。

 

 つまり、これまでの荒波に比べたら、小波以下に等しい―――、と言う事である。

 

「よっしゃー、バイトも今日中に決める事が出来たな!」

「しっかりとやれよ? この町の人達は良い人ばかりで、面倒見も良いからな。あまり 迷惑かけない様に……って、愚問か」

 

 うるうる~~ と目をうるわせているのは、コガラシ。これまで 彼の失敗談は全て、悪霊の仕業。それから、血の滲む、地獄が生易しい、とまで感じる修業を経て、抗う術を身に着けたのだ。

 

「勿論だ!! 迷惑かける様な悪霊がいたら、ぶん殴って更生、じゃなく 成仏させてやるよ!」

「まぁ、気合が空回りしない様にな」

 

 コガラシの後ろを苦笑いしながらそういうホムラ。

 

 

 

 そして、その後……もう少しでゆらぎ荘、と言う所でコガラシは立ち止まった。

 

 

「なぁ、ホムラ」

「ん?」

 

 振り返らずに、コガラシはホムラを呼び、……そして 続けた。

 

「ホムラが言っていた、『手を焼いている』って言葉の意味、判った」

「……ああ。そう言えばそういったな」

 

 そう、それは 初日にコガラシに言った言葉だ。

 最初は、コガラシも息まいていて、『ホムラよりも先に、解決してやる!』 程度にしか考えていなかったのだ。高難易度である事も重々わかっていた。

 

 あの(・・)ホムラが何ヶ月も解決できない案件なのだから。

 

 だけど、それだけに遣り甲斐がある、と言うものであり、口に出して言うのは 少々気恥ずかしくて言えないが、色々と世話をしてくれた事への感謝があり、追い抜く、と言う気持ちも嘘ではなかったが、力にもなりたかった、とも思っていたのだ。

 

 この体質のせいで、人付き合いが完全に疎遠になり、寧ろ ずっと厄介者 として扱われてきた頃も、決して見限ったりしなかった。

 

 同じ境遇だから、と言う理由もきっとあるのだろうが、ホムラと長く付き合っていくうちに、もしも――、同じ境遇じゃなくても、この男は変わらないだろう。と思う様になってきたのだ。だからこそ、感謝する面が徐々に大きくなってきていた。

 

 

………………

 

 

 まぁ、男同士の熱き友情話は需要があるかどうか、正直判らないので、一先ず終了して、話を戻す。

 

 幽奈の件。

 その難しさを昨日からずっと感じ続けてきた事だ。

 コガラシは、ゆっくりと振り返って ホムラと対面し、訊く。

 

「……幽奈が地獄に落ちる様な所は見たくない。それは 同じだよな?」

「勿論だ」

「未練を綺麗さっぱりに晴らしてやるのが、一番なのは判る。……だけど、そう簡単にできりゃ、何年も幽霊なんか、やってないよな?」

「……ああ。そうだな」

 

 それが、一番難しい所だ。

 

 幽奈自身が、自分の未練が何なのか、長らく幽霊をしてきたから判っていない……覚えていないのだ。

 

 だから、現在では 彼女を成仏させるのには、強制的な除霊方法以外無い。

 そして、彼らが出来るのは、とりあえず 肉体派的な成仏方法であり、小難しい術の一切を習得していない為、出来ない。

 

 ……そもそも、コガラシも、ホムラも、幽奈に対しては、その方法はとれない。

 

「……女は絶対殴れないからなぁ」

「だな。……オレもだ。いや、オレの場合は、蹴れない、か」

 

 そう、彼らには異性を殴ったり蹴ったりは出来ないのだ。

 絵的にも、文章的にも……、女の子を攻撃する様な場面は 見たくないし、見せたくないし……、正直書きたくも無い。2人が痛い目を見るのはオールOKなのだが……。

 

「……………」

「……………」

 

 2人は、何故か、一瞬 ぶるっ!! と震えていたが、たぶん気のせいでしょう。

 

 

「兎も角、今は様子を見る他ない。……幽奈は大切な友達だ。ゆらぎ荘の皆にとっても、オレにとっても。それに、コガラシの事も幽奈は想ってる。入居者が増える事を喜んでいたからな。………だから、この件は 絶対にオレ個人では 突っ走らない、と決めている。……皆、同じ仲間だから。皆で決めて、相談して、納得した形を取りたい。 コガラシ。お前が、今回の件、かなり時間がかかってる、とオレに言ったが、これでも 短いくらいだ。まだまだ、話したりないよ」

「ああ。……判ってる。判ったつもりだ。だが、オレは無料永住権を諦める訳にもいかない。……幽奈とも約束した。しっかりと果たす」

「……だな」

 

 そして、2人は ぱちん、とタッチを交わした。

 

 コガラシの決意を訊いて、自分自身の考えと変わらない答えを訊いて、ホムラは軽く笑った。心強い援軍が来た、と感じていたから。コガラシが204号室で良かった、と改めて感じた瞬間でもあった。

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 え?

 

――ホムラは204号室じゃなかったのか? って?

 

 ああ……、因みに ホムラの入居した当初は、訊いた事は間違いではなく、204号室でしたよ?

 

 なのですが……、今まで使われてなかった205号室があって、そこを、誰かさん(・・・・)が鬼のような形相と、韋駄天の様な速度で、清掃、整備をして そこに強引に部屋替えをさせた。と言う経緯がある。

 

――……誰が?

 

 と、野暮な事は訊かない様に、宜しくお願いたしまする。

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 そして、2人はゆらぎ荘へと帰ろうとしたその時だ。

 

 ゆらぎ荘へと続く道――、ゆらぎ荘へ入る為の橋の上に、人影があったのに気付いた。

 

 

 白装束に包まれ、杖を持った人影が2つ。身形から僧侶、坊さん辺りを連想出来る。

 

 

 

 その人物は、微動だにせず、直立不動で ただただ、ゆらぎ荘をじっと、見ていたのだった。

 





Q:「ホムラくん、鈍感だけど、過去に何かあったり?」

A: 特に。主人公スキル。強いて言えば、師匠に色々とされた。とだけ今は。



Q:「鈍感で、さぎっちゃんは、大丈夫?」

A: ほぼいつも通り、ルーティンワークだから。今後、進展があれば判らない。



Q:「コガラシ君とホムラ君。……2人、仲良いねぇ……? 意味深な関係だったりする?」

A: ……ちょっと何言ってるか判らないです。はい。(真面目顔)



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第9話 坊主無用

 

 

 

 この町には幾つか神社やお寺があり、同様にな宗派が存在している。

 だから、別に坊さんの1人や2人、いても 不思議じゃないし、別段気にする様な事ではないのだが、嫌に気になった。

 

 何故なら、あの2人は、ゆらぎ荘を見ていたのではなかった(・・・・・・・・・・・・・・)からだ。

 

 じっと、見ていたのは コガラシが宿泊している204号室。その窓には、幽奈がいた。幽奈は、よく窓からこの町を眺めている事が多いので、ホムラは 直ぐに判った。

 

 あの坊さんの2人組が、幽奈(・・)を見ている、と言う事に。そして、その理由も……。

 

「コガラシ」

「……ああ」

 

 2人は互いに頷き合うと、足早にゆらぎ荘へと向かった。

 既に、2人組はゆらぎ荘の中へと入っており、予断を許されない事態かもしれない、と直感したのだ。

 

 

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 その頃の、幽奈はと言うと……。

 

 昨夜の件、2人に謝罪はしたとは言え、自分がした事を深く反省をしていた。

 

 

「………はぁ。ワザとじゃないとは言え、コガラシさんを川に突き落としちゃうなんて……。それに、ホムラさんにもご迷惑を掻けちゃって……。2人とも、許してくれたけど……、やっぱり怒ってると思う……。だって、普通怒るよね……。ぅぅ……」

 

 この時、幽奈が思い返していたのは、あの時のホムラの言葉だった。

 

 

『皆の事も好きだよ。……いつも、感謝している』

 

 

 ホムラは、笑顔でそう言ってくれた。

 好き、と言うのは 自分だけではなく、ゆらぎ荘に住む 皆の事を指すのは判っているけれど、それでも 恥ずかしくも、とても嬉しかった。

 だけど自分自身は、ホムラに何かしてあげれたか? と問われれば、はっきりとは答える事は出来ない。いつも迷惑を掻けている印象の方が強いから。笑って許してくれてはいるけれど……、それでも チクリとした物が幽奈の胸にあった。

 

 ホムラの友人である、コガラシが来ると判った時、何かしてあげられる事は無いか? と幽奈は考える事も多々あった。(差し当たり、まず初めは怖がらせない様に……、程度しか思いつかなかったけれど)

 

それなのに、出足からこの状況だから……、完全に空回りしている状態だと言える。

 

「ぁぅ……、っっ!?」

 

 そんな時だ。

 がらがら、と 後ろの戸が開く音がした。誰かが入ってきた、と言う事であり、この部屋で暮らしているのは、コガラシだから、幽奈は必然的にコガラシが帰ってきたのだと思い。

 

「あ、こ、コガラシさんっ! 昨日は本当に……って、あれ?」

 

 幽奈は直ぐに謝ろう、と何度も何度も頭の中で 謝罪の練習をしていた。だから、帰ってきたその次の瞬間には謝罪の言葉が直ぐに出てきたのだ。……だけど、 直ぐに戸惑う事になる。

 

「え……っと、 どなた……?」

 

 そう、実際にこの部屋に入ってきたのは、帰ってきたのはコガラシでは無かったからだ。

 

 見知らぬその人は、白装束に身を包んでいて、一見するとお坊さん?であり、2人組だった。だが、幽奈は見た事の無い人が入ってきた事に戸惑いを隠せれなかった。

 

 そして――、更に衝撃的な事が起こる。

 

「むん!!」

「はぁ!!」

 

 2人は、入って来るやいなや、その手に持った杖を幽奈に向けてきた。

 杖からは、何か妙な光が現れ、まるで稲妻の様に歪な動きをしながら、幽奈に迫る。

 

 その2つの稲妻の様な光は あっという間に幽奈の身体を縛り上げた。

 

 バリバリっ! と、本当に感電してしまったかの様な感覚に見舞われてしまう。

 

「きゃっ、こ、これは……!?  きゅ、急に何なんですか!? 一体、どちら様ですかっ!?」

 

 幽奈は、自由が全く効かなくなってしまった。そのまま縛られてしまい、抵抗できずに、引き寄せられていく。

 

「拙僧は、救沌(ぐどん)衆 降魔僧が一人、 辻昇天の洩寛!!」

「同じく、顛永!!」

 

 自己紹介? をしてくれるのだが、早口な上に難しい漢字でよく判らない。そもそも、そんな読み方をするのか? とも《愚鈍(ぐどん)》じゃ……? と思ってしまった幽奈は。

 

「え、ぐ、ぐど……?? す、すみません、もう一度……!」

 

 ご丁寧にも訊き直していたのだ。

 そんな場面じゃない、と思うのだけど……、その辺りは幽奈の性格だから仕方がない。そして、2人も 幽奈に付き合う様な事は無かった。

 

「この世を彷徨う哀れな亡者よ……我らが二人の術にて成仏させてしんぜよう」

「我らが術は、迷える亡者を導く術。安心し、身を委ねるが良い!」

 

 2人が、杖を高々と翳すと、稲光が更に瞬き出す。

 その光は、幽霊である幽奈を苦しめるのには十分過ぎる光であり……、更に言えば、邪な気を持てば、更に苦しめる事になる。

 

「あ、ああああああ………っっ!!!」

 

 つまり、この場合 邪な気、と言うのは……、『成仏したくない』と言う強い感情だ。

 

 その想いが術の威力を比例させてしまう結果になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 

 

 そして――、そんな事態に見舞われてしまっている事は、当然 すぐ外にいた、コガラシにもホムラにも判った。何より……聞こえたから。その、幽奈の悲痛な叫び声もはっきりと聞こえた。

 

 

「……ちっ、確かに こんな輩が来る事無い訳じゃないか! 浄霊・除霊を生業としている者であれば、ゆらぎ荘は格好の仕事場だと言えるからな……」

「確かに、あの坊主、幽奈の方はっきりと見てやがった……。間違いなく見えてる。狙ってるのは幽奈だ!」

 

 

 幽奈の悲鳴は、まだはっきりと聞こえてきている。

 だからこそ、2人は走り続けた。 そして、後少しの所で、坊主のモノであろう怒声が聞こえてきた。

 

『おのれ! 何故抵抗する!? 小娘風情が!』

『我れらが術は、抗う亡者には、一切容赦はせんのだぞ!』

 

 その声は、はっきりと外にも聞こえてくる。

 だからこそ、コガラシもホムラも 速度を上げた。幽奈の元へと行くために。

 

 だが……、この時 コガラシは僅かにだが 走る速度が落ちてしまった。

 

 何故なら――。

 

 

『成仏したくはないのか!?』

 

 

 その言葉を訊いたからだ。

 

 それは、コガラシ自身が幽奈の為に、と想っていた事だったから。

 

 

 いつか――師から訊いた言葉。

 

 それは、霊としての期間が長ければ長い程、悪霊になりやすくなる、と言う事。

 霊は、生きとし生けるものに惹かれる。その想いは、軈て嫉妬や憎しみ、負の感情に囚われてしまう。そして 負の感情は 爆発的に成長を遂げるものであり、一度その暗黒面に入り込んだが最後、最早戻る事は叶わないとさえ言われている。……つまり、悪霊となってしまうと言う事。

 生きる者を妬み、憎しみ続け、負の力を増大させ 襲い……軈て、審判の門の前に佇む冥府の王 閻魔様に 悪霊と認められ、地獄へと落とされてしまう。

 

 

 そこから先に待つのは、終わる事の無い永遠の苦痛……、そして 無である。

 

 

 そんな場所に、幽奈を逝かせる訳にはいかない。たった1日程度。知り合って間もない幽奈だが、短い時の間だけで 十分だった。幽奈の事を知るには十分過ぎる程の期間だった。

 だからこそコガラシは 迷ってしまった。

 

 

『我らの術、昇天陣は強制成仏の術。悪霊となることなく、この世を去り、極楽浄土なり、輪廻転生なり、好きな道を選べるのだぞ!?』

『そう! そして、亡者たる貴様は、もう現世に留まる事は許されぬ身なのだ。受け入れろ。それが世の理と言うモノだ。抗い続け、悪霊と成り下がれば、最早 輪廻転生も極楽浄土も無い。あるのは未来永劫の苦しみ、そして最後は、無間地獄へまで 堕ちる事になるのだぞ!?』

 

 

 続く言葉を訊けば訊く程、迷ってしまった。強制成仏をさせる術を使える筈もなく、何年も成仏せずに、現世に留まり続けている幽奈の未練を晴らす事の難しさはよく判っているつもりだ。……先へと行き続けている男、ホムラでさえ 難しい、とはっきりと言っている。3ヶ月程の期間があっという間、と言う程に 幾ら時間があっても足りないと言っている様な物だ。

 

 

 なら――、このまま―――――。

 

 

 コガラシがそこまで考え、想い馳せたその時だった。

 その脳裏、その想いに陰りが生まれた。

 

 思わず顔を上げるコガラシ。……その陰りの正体。それは 目の前の男の影だった。

 

 その男を、追い越そうと、追い越そうと、走って走って――、漸く追いついた、と思っても、また自分よりも先に行っている男。今回もそうだ。……肩を並べて走っていた筈なのに、もう抜かれてしまい、僅かではあるが 離されている。

 

 

『幽奈は、大切な友達だ』

 

 

 前を行く男の声が、耳に――、いや 心に響いてくる。

 

 

『……皆、同じ仲間だから。皆で決めて、相談して、納得した形を取りたい』

 

 

 その声に、そして行動に、迷いは一切なかった。

 そう、今は全く違う。ゆらぎ荘皆で 決めた誓いではない。……幽奈の事を知りもしない何処ぞの坊主共が、寄って集っているだけだ。あどけなさが残る少女の幽霊、幽奈を 大の大人が2人掛かりで虐めている図だ。例え、それが 悪霊とならない様に成仏させようとしていたとしても、認めたくない。

 ゆらぎ荘の皆、と言う事は 幽奈自身も含まれているのだから。幽奈も含めて、皆で決めたのだから。

 

 だからこそ、目の前の男は……、ホムラは一切迷わなかった。

 

 そして、いざと言う時は、不言実行。男なら背中で語れ、というがまさに体現していると言える。

 

 

――そんな男だからこそ、オレは……追いつきたい、追い越したい、と思ったんじゃないのか……?

 

 

 速度が落ちた足が、再び戻ってくる。

  

 そして、幽奈自身も。

 

 

「そんなの――、嫌に決まってるじゃないですか……!」

 

 強制成仏の申し出を、きっぱりと断った。

 

「何ィ……?」

「何だと……?」

 

 それは、明らかに不快感を醸し出している男たちの声だった。

 幽奈は、苦しくても、懸命に声を上げ続けた。

 

「わたしは、まだ……、まだ この世にいたい……! やりたいことも、見たいものも、まだまだいっぱいあるんです……! それに、それに、皆、皆いってくれたんです!」

 

 幽奈は目の中に溜めた涙を――散りばめながら。幽霊である筈なのに、本物としか思えない涙をぱっ! と散りばめながら、想いの丈を伝えた。

 

 

「皆が、皆が……っ 最後まで、一緒に考えてくれるって! 一緒に、楽しんでくれて、笑ってくれて。……最高の思い出を作ってくれて……、こんな、辛くて 皆にもお別れが言えないままで逝くなんて、嫌っ! 最後には、『……笑いながら 逝こう!』って 言ってくれたからっ! それに……」

 

 ぐっ、と目を瞑り そして 目をめいいっぱい開いて言った。

 

「ホムラさんや、新しく、お友達になれたコガラシさんの事だって、もっと、もっと知りたいっ……。ホムラさんやコガラシさんっ、お2人の事、もっともっと、知りたいっ……!」

 

 全ての想いを伝えた幽奈。

 だが、そんな想いも通じない人種もいるのだ。霊が絶対悪だと認識している連中。融通の利かない頭でっかち。

 

 全てが当てはまるのが、この坊主連中だ。

 

お友達(・・・)、だと! この世は生きとし生ける者の世界。あの世の住人が求むる物など、この現世には存在などせん!」

「その通りだ、莫迦めが……! 亡者如きに、この世の幸福を享受する資格などありはせんのだ!」

 

 杖を掲げて――、再度 強制成仏の術 昇天陣とやらを仕掛けようとする。

 如何に抗う事が出来たとしても……、四重の術の重ね掛けを耐えうる程の力は幽奈には無い。間違いなく、喰らえば、その存在はかき消されてしまうだろう。

 

 それを確信しているからこそ、再び杖を掲げたのだ。

 

「「力ずくで――ッッ!」」

 

 そう、力ずくで……、幽奈を逝かせようとした。

 だが、それは叶わない。幽奈の願いが叶ったとしても、男達の行為は、成就する事は無かった。

 

 幽奈と男達の間に、割って入る影が2つ。

 

 その影は、新たに伸びる稲妻を、その稲妻よりも輝く光を纏っているかの様な脚で弾き飛ばし。もう1つの影は、幽奈の身体を縛っている光を、力付くで引き千切った。

 

「「なっ!!!」」

 

 男達は、一瞬何が起こったのか、理解する事ができなかった。それ程までに、衝撃的で、突然の出来事だったから。

 直ぐに判ったのは、自分達の術が完全に弾き飛ばされ、更には消滅させられた、と言う事実である。

 

 そして、幽奈は直ぐに誰が来たのかが判った。はっきりと……、判った。

 

「ホムラさんっっ! コガラシさんっっ!!」

 

 助けてくれた2人を見て、涙が止まらない幽奈。

 

 そして、戸惑いを隠せられないのは男達だ。

 

「莫迦な……、我らの二重方陣を弾き……、いや、け、蹴り飛ばしただと!?」

「それに結界をも破壊してのけた……、貴様ら、霊能力者か! ならば何故我らの邪魔を『黙れ』っ……!?」

 

 男達の言葉を遮るのは、地の底から響く様な低く……重い言葉。

 

 

「……幽奈の行く末を、何も関係の無いお前らが決めるな」

 

 

 その言葉は、重く 目には見えない威圧感を含むものだったが、ただ 黙っている訳が無かった。

 

「貴様! 亡者に組すると申すか! その様な所業、生者への背徳行為に他ならぬわ!」

 

 杖を掲げ、物理的に攻撃を仕掛けようとするのだが……。出来なかった。

 

 

「訊いてなかったのか……? 『黙れ(・・)』」

「っっ!!!!」

 

 

 凄まじいその威圧は、ホムラの眼を媒介にして、相手の眼に叩き込まれた。

 

 全身に痺れるような感覚が 頭の天辺から両足のつま先にまで迸り……、軈て 膝、腰、最後は頭が完全に地に付き、倒れ込んでしまった。

 

 何が起きているのか判らないのは、もう1人の男の方だ。

 

「ほ、ホムラさん……っ? 一体何が……」

 

 ゆらぎ荘で それなりに長く過ごした幽奈も 何が起きているのか、ホムラが何をしているのかが判らなかった。そんな幽奈に説明をするのはコガラシ。

 

「ホムラが怒った時によくする。生者も亡者も等しく関係ない 圧倒的な眼力。威圧だ。覚悟無しじゃ、当然だわな。……それと、まぁ」

 

 コガラシは、ぐりんっ! と右腕を一度回す。

 

 

「き、貴様! 一体何をした!? 妖術の類!? 貴様は、妖かぁぁ!!」

 

 ホムラの眼力をまともに受けたのは坊主の顛永の方で、もう1人の洩寛は難を逃れていた様だ。そして、仲間が倒れた事実を目の当たりにし、引くに引けない状態で襲い掛かるが……、それも意味をなさない。

 

「ぐええええっっ!!!?」

 

 どごんっっ!! と言う強烈な衝撃音と共に、吹っ飛ばされてしまったから。

 

 

 

「―――怒ってるのは、オレも同じだ」

 

 

 

 素早く間合いを詰めたコガラシの右拳が、正確に相手の顎に直撃したから。

 幽奈を苦しめた事への怒りと……。

 

「お前ら! オレの部屋を土足で! 不法侵入してんじゃねぇよ!! ここは、永遠にオレの部屋になるんだからな!!」

 

 げしっ! げしっっ!! と追撃をするコガラシ。

 そう、自分が借りている部屋を踏み荒らされれば、当然怒りも湧くと言うモノだ。

 

「わ、わぁ、コガラシさんっ、も、もうその辺で……」

 

 慌てて止めようとした幽奈。そんな時、自身の頭に感触があった事に気付いた。

 丁度、ホムラが幽奈の頭を撫でている様だった。

 

「コガラシも、幽奈の事が心配だったんだ。……勿論、オレもな。無事でよかった」

「ぁ……」

 

 ホムラの、顔を見て ほっとした表情を見て……、張り詰めていた気が、抜けていくのを感じた幽奈。

 

「……幽奈」

 

 そして、コガラシも 振り返る。

 

「全部、ホムラに訊いたよ。皆で、皆で決めるって事も。……でもな、地獄に落ちる可能性だって、当然あるんだ。……寧ろ、高いと言っていい」

「…………」

 

 コガラシの言葉に、ホムラも異論は挟まなかった。

 数多の悪霊を殴り飛ばしてきたコガラシと、蹴り飛ばしてきたホムラだからこそ、幽霊と悪霊の境が判る様だ。その確率も……。

 

「はぃ……。皆さんは、本当に私の事を、考えてくださってて……、私も 甘えてはいけない、そう思うんですが……、本当に温かくって……、まだ、皆さんと一緒に、いたくって……」

 

 ぽろぽろ、と涙を流す幽奈。

 

 自分が悪霊となってしまい、地獄に行く様な事になれば、ここまでしてくれた皆に申し訳が立たない、と言う理由もあるだろう。……何より、心優しい人たちばかりだから、皆の心を痛めてしまう。それが 自分自身が地獄へ行くよりも、辛い事だった。

 

「心配するな。幽奈。……厄介事なら、コガラシは十八番だ。慣れてる」

「……えっ!?」

「って、変な言い方すんなよ。ホムラ! っと……こほんっ」

 

 コガラシは茶々を入れられ、出鼻を挫かれてしまったが、咳払いを1つして、はっきりと告げた。

 

「オレも、昨日から ゆらぎ荘の一員なんだ! 幽奈やホムラの言う()の中にオレだってもう入ってるつもりなんだ。……その、全力で、手伝ってやる! 寧ろ、お前の未練、オレが晴らしてやる! 地獄になんか、逝かせねぇよ」

「っ…………」

 

 幽奈は、その言葉を訊いて、また 涙があふれた。その涙を見たコガラシは 少々気恥ずかしそうにしつつも声を上げた。

 

「その、ホムラが苦労してる様な案件だしな! オレがきっちり解決出来りゃ、もう 完璧だしなっ! その上、無料永住権なんて、おいしすぎる!!」

「自分で言って、照れるなって。……こっちまで恥ずかしくなってくるだろ」

「う、うっせっっ!!」

 

 もう、幽奈はそれ以上我慢できなかった。

 

 

 

 

「う、うわぁぁぁんっっ! うわぁぁぁぁぁぁぁっっ」

 

 

 

 

 大声をあげて、泣きあげていた。

 

 たった3ヶ月で、ここまで変わる事が出来るのか、と。

 これまでの苦労を、悲しみを全て洗い流すかの様に、幽奈は泣き続けたのだった。

 

 

 

 

~因みに~

 

 

 感動して、これで終わり~ と言う訳は有りません。

 その後、必死に泣きやまそうとしたコガラシ君が、ホムラ君が威圧して、手も触れずに倒してしまったお坊さんの身体に足を取られて、転倒。

 

 その際に、幽奈の身体にダイブっ! してしまい……………その後の展開は言うまで無いだろう。

 

 また、昨日と同じ様に 2人仲良く外へと吹き飛ばされ~ はせず、ホムラはしっかりと学習した様で、がっちり柱に身体をロックし、コガラシだけが、身体を張った幕引きをしたのだった。

 

 

 

『だぁぁぁぁぁ! またかぁぁぁぁぁ!! って、オレをオチにするんじゃねぇ!!!』

 

 

 

 便利便利っ♪ 

 

 

 

 





Q:「坊さんが増えてる?」

A: ご都合主義。



Q:「ホムラくんの眼力と脚力、どっちが強いの?」

A: 圧倒的に蹴り。眼は、驚かし、猫騙しみたいなもの。師匠直伝。



Q:「ここじゃ、コガラシさんも 眼、使える?」

A: 使える。でも 真似っぽくなるから、と言う事で使ってない。



Q:「最後……、あの場面は、皆入浴温泉サービスシーンじゃ……??」

A: ホムラ事件(告白《笑》事件)が尾を引いてて、まだ入浴時間じゃなかった。


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第10話 人間? 幽霊?

 

 

 ()の気持ち……想い。

 

 それらが向けられた先、それは1つではなく、沢山あった。

 

 そして、深い意味がある訳でもなく、ただ、自然な気持ち、素直な気持ちだと言う事も判っている。

 

 だけど……。

 

 

 

 

―――あの告白が、頭からまだ離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう地平線から太陽が顔を出し、夜の闇が消え 綺麗な朝の空。

 

 狭霧は、ゆらぎ荘の温泉に入っていた。所謂朝風呂である。

 彼女は、早朝のトレーニングの後、汗を流す為に必ず入る様にしているのだ。

 

「………ふぅ」

 

 湯の中にゆっくりと身体を落としみぞおちの辺りで止めた。手頃で腰掛けが出来る岩が沈んでおり、この温泉では半身浴が出来る。……が、流石にぬるま湯にはできない為、一般的には長時間は厳しい、となるだろう。

 が、狭霧は問題ない様子。いや、問題ない様子、と言うより 考え事をしている様子、が正しい。

 

「……………(皆の事も(・・・・)好き、か)」

 

 ただただ、頭の中でリピートされるのは、《好き》と言う言葉。

 そのたった二文字の言葉の中には様々な意味がある事は、幾ら女子校育ちであり、『男の事判らん!』ときっぱり言ってい()、狭霧でも知っていた。

 

「軟弱な男……ばかりだ。多すぎる、って思った。その、筈だった。……けど」

 

 脳裏に思い描くのは、かの男の姿。

 狭霧がひと睨みするだけで、蜘蛛の子を散らす様に、逃げていく男達が多かったが 中には例外もいたのだ。……そこから、狭霧は 自分の知る世界が広がっていくのを感じた。無限に広がっているこの空の様に。

 

「け、けーけんが、フソクしてる、からなのか……? だが、私は 真っ向からしか……、接し方が判らない。これ以上は……、今は、それしか………」

 

 狭霧が悩む時、打ち明ける者は当然いる。それは、このゆらぎ荘の皆だけでない。

 だけど……、出来ずにいた。それは、狭霧が気の強い性格故にだろう。

 

 こんな気の強い女の全力を、色んな(・・・)全力を受け止めてくれる。

 

 そんな彼だからこそ、狭霧は……。

 

「っ……//」

 

 余計に更に一歩、考え込んでしまった為、頭の中で連想仕掛けてしまった為、思わず狭霧は どぼんっ! と音を立てて、湯の中に身体を更に沈めた。

 どちらかと言えば、水風呂に浸かりたい気分だったが、仕様がない。

 

 顔を半分だけだして、ぶくぶくぶく~……と湯の中で息を吐く。

 

「……(アイツ(・・・)が来て、こんなのばっかりだ! 一昨日の事と言い、以前の時と言い……)」

 

 狭霧は、むがっ! と両手を振り上げ、湯船に振り下ろした。ばしゃんっ! とやや大きめの水柱が伸びると同時に、叫んだ。

 

「アイツは紛らわしいんだ!!!」

「わっっ!? どーしたのよぉ~、狭霧ちゃん~」

「……えっ??」

 

 色々と考え事をし続け、集中していたせいなのか、入浴者がもう1人来た事に気付かなかった。 如何に、ゆらぎ荘内とは言え、情けない事だ、と普段の狭霧であれば 自分を叱咤する程度なのだが、今回ばかりは、そんな事は考えてられない。

 

「の、呑子さん?? 珍しいですね。この時間に。何かあったのですか?」

 

 全身全霊を掻けて、必死に自然体を装い、やや 顔が赤いのも 湯に浸かったからだ、と自分自身に言い聞かせながら、話を全力で逸らせる作戦だ。

 

「う~~ん、昨日は色々と修羅場ってったからね~。寝付けなくって しゃんっ! としたかったのよぉー。……ぷはぁっ!!」

 

 徳利に猪口を持ち込んでの、温泉朝酒である。

 

「はぁ、成る程。納得しました」

 

 狭霧はため息を1つ吐いてそう言った。呑子が言う修羅場(・・・)の意味を知っているから。……そして、そのきつさも重々知っているから。あ、風紀に厳しい狭霧が、飲酒について特に何にも言わないのは、呑子が成人してて、年中無休で飲んでいるから、と言う理由があったりする。 

 

「たまには、朝 皆で、っていうのも良いんだけど、幽奈ちゃんや夜々ちゃん、仲居さんも一緒だったら 良いんだけど~、3人とも無理っぽいからねぇ」

「まぁ、夜々や幽奈は早朝は苦手ですし。仲居さんは お仕事がありますから」

「ん~~、なら ホムラちゃんやコガラシちゃんでも呼ぶ?」

「ななっっ/// 何を馬鹿な事を言ってるんですかっっ!!」

「あははぁ~! じょーだんよぉ、さぎっちゃんっ♪ まぁ~ お顔、真っ赤っ赤っ♪」

「言っていい冗談と悪い冗談があります/// 悔い改めてくださいっ!!」

「え~?? でも、さぎっちゃん、ホムラちゃんが入ってきてくれた方が嬉しかったり~??」

「っっっ~~~~!! そ、そ、そんな訳ないでしょーーーがっっ!」

 

 もう既に出来上がってしまってる呑子は、酒を注ぐ。

 狭霧は、折角反らした話がまた戻りそう、と思ってしまった。更に言えば、名前(ホムラ)をはっきりと呼ばれてしまった為、更に慌ててしまう。

 

 

 

 そんな2人の頭上に………。

 

 

 

『――――――ぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

 と、叫び声と同時に、空から降ってきたナニかが、先ほどの狭霧の何倍もの水柱を上げて着水した。

 

「ぷはっ!! あ、熱っ!! って、此処ってまさかっ……」

 

 前準備も無く、温泉に飛び込んでしまえば熱いのは仕方がない。

 そして ここが温泉である、と言う事も直ぐに理解出来てしまう。

 更に言えば……、この後の展開が、未来が……、容易に予想出来てしまう、と言う事。

 

 

「…………冬空、コガラシ!!」

 

 

 突然の乱入者、それも不埒者。

 ……話題反らしには、もってこいの展開であり、絶対に成功すると確信だって出来る。その点では、感謝の1つでも、と思えなくも無いが、この場においてはそれは絶対に有りえない。

 

 

「……よもや、忘れた訳ではあるまい? 此処で、問題を起こせば……、天誅を下す、と」

「さーすがの私もぉ……、怒っちゃうかもしれないよぉ……?」

 

 

 狭霧の怒りは最もだ。男が、婦女子のあられもない姿を視姦するなどと、許せるモノではない。

 

 

 ……あ、でも狭霧ちゃんには……。

 

 

 例外は いるt“ギロっっ!!”  ☜凄まじい殺気混じりの剣幕 

 

 

 

 いえ、何でもないです。はい。

 

 っとと、それはそうと、今回は、狭霧だけじゃなく、珍しく呑子も怒っている様だ。

 

 彼女は 普段の仕草から、色々とオープンフリーな感じの彼女なら、裸を見られたって 別に怒ったりするタイプじゃない、って思ってしまう。現に 本気かどうかは置いといて、コガラシや此処にはいないホムラも一緒に~ と言っていたのだから、更に信憑性がある、と言える。

 

 だが、今ははっきりと怒ってる。

 

 何故なら、コガラシが飛び込んできた衝撃のおかげで……、彼女の秘蔵の酒が、綺麗に一回転しながら、湯の中に消え去ってしまったからだ。残ったのは、もう飲み干してしまった猪口のみ。

 

 食い物ならぬ、酒の恨みは深い~~、と言う事である。 

 

 

 完全のこの後の展開が判るコガラシは、顔を青くさせてしまっていた。

 そして、この修羅場にもう1人。

 

「あ、ああっ、ちが、違うんですっ!! これは、その 私のせいでっっ」

 

 ぴゅ~っと、飛んでくるのは、幽奈。

 

 ここで真相をとりあえず説明する。

 

 寝相の悪い幽奈は、コガラシに抱き着いて、抱き枕にして、色々として……、目を覚ましたら ビックリっ! 思わず 必殺技(ポルターガイスト)が発動してしまって、コガラシを吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 つまり、コガラシには、非が無い。全く悪くない。

 

 だけど……。

 

「知ったことではない!!!」

「は、はうっ、そんなーー」

 

 狭霧曰く、『そんなのかんけーねぇ!』 との事(ちょっと古いが)

 

 幽奈の減刑願いも空しく……、刑を執行されてしまったコガラシ。

 

 

 

 前の話に続く、悲惨な形なのである。

 

 

 

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっっ!! コガラシさぁんっ!!」

 

 タンコブを幾つも頭に作り、更にはくないの追い打ち攻撃。

 幽奈の強制成仏には きっぱりと反対をしたコガラシ。ホムラの想いも訊いていたし、しっかりと判ったつもりだったのだが……。

 

『やっぱり、除霊してもらうべきだったかもしんない』

 

 と、この時はちょっぴり思ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

    □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 

 その騒がしさは、当然 その場にいなくても伝わる程であり。

 

「……ドンマイ、だな。オレとしては 分散されてる様な気がして、ちょっと嬉しい」

「あはは……、ホムラさんも色々と大変でしたからね」

「まぁ……」

 

 せっせと朝食の準備をする2人が苦笑い。

 勿論、ホムラと仲居さんの2人である。ホムラの朝もそれなりに早く、今回は 仲居さんの手伝いをしていた所……この騒がしさに遭遇、である。

 

「でもホムラさん、楽しんでませんでした?」

「……………いや、大変ですよ?」

「ふふ、ちょっと間があいてますよ?」

 

 ニコニコ、と笑顔で言う仲居さん。

 年長者には、お世話になりっぱなしの彼女には、嘘はつけないし、簡単に見抜かれてしまうのだろう、とホムラは思ってしまう。

 

「でも、女の子の身体を覗いちゃうのは、容認できませんよー?」

 

 仲居さんの狙ったかの様な一言だが、付き合いもそれなりに長いホムラは動揺する気配はない。今は視覚的要素(・・・・・)が無いから。もしも、コガラシの様な……、コガラシがいる場所で、同じことを言われたら……、と言うか 何に言えなくなるのは目に見えている。

 

「全部不可抗力です。今回のコガラシと同じで。自分の意志で、犯罪行為をするつもりは、毛頭ありません」

「ふふふっ」

 

 ただただ、笑顔を絶やさない仲居さんと、とりあえず 真摯な態度を頑張るホムラ。

 そして、そんな2人の元に。

 

「ごはんっ!」

「きゃっ」

「ん?」

 

 突然、ぴょんっ! と何処からともなく、飛び込んできた。

 

「夜々、おはよう。ん……」

 

 ホムラは、ゆらぎ荘に複数備え付けられている時計を見て 現在時刻を確認。そして いつもいつも眠たそうにしてる夜々が起きてきた事にちょっと感心。理由は勿論判るけど、それでも、早寝早起きは良い事だから。

 

「よく起きれたな。まだ早いのに」

「んー、騒がしかったから。それに、おいしそうな匂いしたから。今は夜じゃない、朝ごはん、身体に良いからっ!」

「確かに、な」

 

 ぽんぽん、と頭を撫でるホムラ。

 それを見て、仲居さんも笑顔になって。

 

「直ぐに準備をしますね。皆さんも もう直ぐお風呂から上がると思いますし、皆さんで一緒に食べましょう」

「うんっ」

 

 夜々を連れて、いつものご飯所へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

    □ ◆ □ ◆ □

 

 

 

 

 

 

 そして、皆が揃ったのは その数10分後。

 

 

 勿論、狭霧や呑子が先に到着。

 

 朝の挨拶を一通り、自然にできた狭霧は、コガラシの乱入を許せないまでも、もう一度 頭のほんの片隅に感謝をし、呑子は おニューのお酒を片手に元気復活。

 

 ……コガラシと幽奈は、来るのが遅かった。

 

 遅かった理由は、当事者だけでなく、ここにいる等しく全員が知っている為 別に何も言わず、全員で会釈をして、朝食を始めるのだった。

 

 

「………ホムラは、ここで3ヶ月も生活してたのか」

「ん? ………あぁ。どうだ、コガラシ。 ……身に染みただろ?」

「や、まったく……」

 

 色々とあって、まだ顔を合わすだけでも厳しく、必死に、動揺を隠そうとする狭霧よりも、哀愁漂わせるコガラシと、気持ちは判る、と同調するホムラが、一番印象的だったりする。

 

 

 

 そして、朝食が進み、流石に昨日今日の付き合いじゃないからいつもの様子に戻る事が出来た狭霧が、幽奈に声をかけた。

 

「幽奈……、すまなかった。私としたことが、昨日……、おまえの危機に気付けなかった。己が不甲斐ない………」

 

 あ――、色々と悶々としていたから気付けなかった、とは 口が裂けても言えない事だろう。

 

 幽奈は、突然の狭霧からの謝罪を訊いて、慌てていった。

 

「そ、そんな 仕方ないですよっ! それに……」

 

 幽奈は、にこっと笑っていった。

 

「コガラシさんや、ホムラさんが、守ってくれました。だから、私は無事ですっ」

「まぁ……」

「ん。幽奈の為だからな」

 

 コガラシは、照れくさそうに頬を掻き、ホムラは ゆっくりと頷きながら答えた。

 

「……………………。だが、それを差し引いても、だ」

 

 何だか、タメが随分長い狭霧。……理由は察してあげましょう。

 

「それにしても、やっぱ 驚いたよな。ホムラとは付き合い長いから例外だとしても、まさか住人の全員が幽奈の姿を見えてるなんてな」

「でもなければ、色々と言われてる、ゆらぎ荘(ココ)で暮らせないだろ」

「まぁな。最初っから、皆平気な顔してるの、気にはなったけど」

 

 コガラシは、全員を一瞥した後に、(ホムラを除く)全員に訊く。

 

「あんた達はなんで幽霊見えるんだ? ……まさか、全員が幽霊ってオチは無いよな?」

「………」

 

 コガラシの質問の答えはホムラは持っている。

 だが、ちゃんと本人の口から訊く方が良いのは当然であり、代わりに答える事でもない、と判断して、緑茶を飲んでいた。

 

 そして、先に答えたのは 呑子。

 

「アタシは、生きてる人間よぉ? だって、ほ~ら、ちゃあ~んと、足だってあるしぃ~」

 

 その足は……、健全な男の子には刺激的すぎるだろう。乙女の柔肌、細くも、ほんのりと肉付がよい素足。思わず顔を赤くさせ、反らしてしまうのも仕様がない。

 

「た、確かに……」

「……………」

 

 コガラシは、明後日方向を向いていて、最初から見てなかったホムラも、これまでの経験の手助けもあって、難なく視ない様にする事に成功。

 

「呑子さん! はしたないですよ!」

「えへ~」

 

 いつも心も体もオープンな呑子。狭霧も男子(ホムラ)が来た時から、言い聞かせるのだが……、所謂、『効果は無い様だ……』である。

 

「むっ……、 わ、幽霊(わたし)だって、足くらいありますっ!」

「って、対抗せんでいいっ!!」

「っ……//」

 

すかさずツッコミを入れるコガラシと、幽奈の対抗心までは読み切れず、視界の端にちらっ と見えてしまった彼女の下着に顔を染めるホムラ。

 

「何を見ているかぁぁっ!!」

「っっ! って、だから、不可抗力だっっ!! 見てわかるだろ!」

 

 狭霧の攻撃目標、コガラシから、今度はホムラへとシフトチェンジ。

 折角、呑子の色仕掛け攻撃? は回避出来たホムラだったのだが……、まさかの連続攻撃に 敗北を喫してしまった。 

 

 

 ……勿論それが通常運転、ありふれた日常、なのである。

 つまり、多少色々と心構えを持つ事が出来たり、これまでからの経験則を持てたりしても、……《とらぶる現象》を完全に回避する事は不可能である。

 

 多少の経験など、ゆらぎ荘の日常では、あまり意味を成さない。

 

 このゆらぎ荘の男性陣に、ゆらぎ荘に来た事で、新たに備え付けられてしまった云わば、新体質は、天災や超自然現象……、或いは宇宙的な意思、すら感じられてしまうから。(別の世界の某少年(・・・)の能力? に匹敵するかも……)

 

 

「あー、えっと、妙な感じがするけど、とりあえず置いといて……」

 

 ぶるっ! と寒気を感じたコガラシだが、話を先に進める。

 

「年季が入った幽霊ほど見分けがつかねーしな……、ってか ホムラに訊けば早いんだけど」

「………直ぐ教えてやるから、その前に狭霧を何とか止めてくれ」

「う、うるさいっ!」

 

 むぎぎぎ、と くないでホムラを誘う……ではなく、刺そうとする狭霧と、それを白羽どりの要領で阻止するホムラ。朝一の運動にしては 激しすぎるだろう。色々と。

 

 ホムラは、狭霧とした『攻撃してきても良い』と言う約束を、後悔するのだった……。(勿論、初めてではない)

 

 

「あ~ら? 簡単よぉー。狭霧ちゃんを止める事も~、コガラシちゃんの疑惑解消も~。ほ~ら」

 

 呑子は、ゆらぎ荘一の豊満な胸で、コガラシの顔を埋めた。

 

「やわらか~いしぃ♡ それに 心臓の音も、聞こえるでしょ~??」

「っっっっ////」

 

 確かに、心音は聞こえるし、この世のモノとは思えぬ程の柔らかさだと言う事も判る。

 ……だが、ここまで直接的な事をされてしまえば、ホムラ程ではないコガラシも、顔を真っ赤にしてしまう。

 

「なな、何してんすかっ///」

「あっはは~♪ や~っぱり、ホムラちゃんの長くのお友達ねぇー。同じよーに、顔真っ赤で、かわぃぃ~♡」

「って、酒臭っっ! 朝っぱらから、いったいどんだけ呑んでんすかっ!?」

「呑子さんは、飲んでない時の方が珍しいですよ~~?」

 

 呑子から、何とか逃れる事が出来たコガラシだったが。

 

「この不埒者がっ!! 冬空コガラシ! 」

「悪いのオレか?? って、これも不可抗力だっ!」

 

 嵐は止まなかった。

 

 

「ああ……。確かに簡単に離れたな……」

 

 コガラシへまた、攻撃開始した狭霧は、当然ながらホムラを解放していたのだ。

 呑子の言う通り、あっという間に解決。

 

 狭霧も、ここまであからさまだったら、いい加減……と、自分自身では判っている、とは思うのだけど……、何分、彼女自身のストッパーがゆるゆるだから、難しかったりする。

 

 

 

「こ、こほんっ!! とにもかくにも、幽奈! ホムラとの同室解消出来たのも束の間、またオトコと同室なのだぞ!? 前も大変だったのに、また なんて、大丈夫な訳ないだろ!?」

「あははは~、たった1日だけどぉ~、ホムラちゃんの時だって、色々とあったからね~??」

「……呑子さん。狭霧の攻撃力が上がる様な事、言わないでくれたら ありがたいです」

 

 ギロリっ! と狭霧の睨み光線が見え始めたので、ホムラは対応策。心許ないのだが、 やる前に言われたため、なかなか 攻撃しずらい狭霧だったから、先ほどと違って、多少なりとも、『効果はある様だ』

 

 

 

 そして、幽奈はと言うと……。

 

 

 

 コガラシとの事は勿論、以前 ホムラと同室だった時の記憶が蘇ってきていた。

 顔を真っ赤にさせて……、そして 周囲にある物が、まるで地震が起きたかの様に震え出す。

 

 幽奈の必殺技(ポルターガイスト)の兆候だ。

 

「よっ……」

 

 ホムラは、素早く後ろに下がる。幽奈の攻撃範囲外へと逃げるために。

 そして、その次の瞬間。

 

「な、なんでもないですーーーっっ! わ、わたし、何も考えてませんっっ///」

 

 どんがら、がっしゃーーんっ!! と、なった。

 コガラシは逃げきれなかった様で、巻き込まれてしまい、身体を思いっきりシェイクされてしまっていたのだった。

 

 

 

 二話連続でトリを務めるとは、流石は コガラシ君。

 

 

 

『コラァァ! (この世界では)ホムラの方が多い筈だろぉぉ!!!』

 

 

 

 と、誰かの声? が聞こえた様な気がした所で、とりあえず ここで一旦締めに。

 

 

 

 楽しそう? な雰囲気のゆらぎ荘とは 正反対。

 

 

 

 ゆらぎ荘の外では、何やら大勢の人影が現れており、虎視眈々とゆらぎ荘を狙っているのだった。

 

 

 




S:「狭霧ちゃんとホムラ君の過去バナ、はよっ!」

A: まだまだ先



S:「ホムラ君と狭霧ちゃんの混浴バナ、はよっ!!」

A: まだ先。あ、コガラシと同じ展開ではないとだけ。



Q:「狭霧ちゃん、分身の術使えば 2人同時、いけるんじゃ?」

A: コンディションがガタガタだから、ムズイ。



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第11話 歓迎 妖下宿ゆらぎ荘

 

 幽奈の必殺技(ポルターガイスト)で、散々身体をシェイクされたコガラシだが、やはり それだけで済むはずも無かった。

 

 

『幽奈に不埒な真似をした!?』

 

 

 と、幽奈の様子から更に判断した狭霧のくないによる攻撃が何発も、コガラシに直撃してしまっていたのだ。

 

 あ、後、呑子は 少々離れた位置にいて、ただただ笑っていて、ホムラはと言うと、 しれ~っ 被害を受けない様に、離れていて、巻き込まれる事は無かった。……まぁ、『たまたま』だと思うけど。

 

「ええぃ! 冬空コガラシ! 貴様の様な(ケダモノ)は、幽奈の部屋から出ろ! 浦山に丁度よい木の洞がある、そこなら似合いだろう!」

「さ、狭霧さんっ! せめて、人間扱いしてあげてくださいっっ!」

 

 退去希望を出すのは狭霧であり、その移動先が中々に酷い為、思わず幽奈も声を上げていた。

 

「あー、ダメダメ」

 

 右手をぶんぶん、と左右に振って割って入ってくるのは、離れていたホムラ。

 

「その手の場所なら、比較的住み易い。だから、コガラシの場合、既にマークしてるハズ。それに、あの洞、ちょいと問題があるから絶対断る」

 

 と、ホムラが説明した直ぐ後に。

 

「そうだそうだ。あんな雨でおぼれる様な寝床は二度とゴメンだ」

 

 コガラシも頷いた。

 ホムラとコガラシの全く違和感のないやり取りを訊いて、驚いてしまうのは幽奈。

 

「お友達だからこそ、コガラシさんの行動を推理しましたっ?? と、言うより、お2人とも、ご経験済みでしたか!? っていうか 深っっ!!」 

 

 今日もツッコミが冴えている幽奈だ。

 そしてホムラは、幽奈の驚愕を訊いた後に、軽く微笑んだ。

 

「……難はあるが、住もうと思えば、住めなくも無い(ばしょ)だが……、まだ、ダメだよな? コガラシ。約束(・・)をしたから」

「ん? ………ぁぁ」

 

 コガラシは、ホムラに促されるままに、ゆっくりと頷いた。

 少々恥ずかしいのだろう、幽奈に視線を向ける事なく、そっぽ向いたまま言う。

 

「他所に移る気なんざ、最初からねー。オレが借りてんのは、あの部屋だし、それに……ホムラの言う通り、オレは約束をした。幽奈をちゃんと成仏させてやる、ってな。皆も同じだと訊いてるし、オレも加わる事にしたんだ」

「……コガラシさん……」

「……ふふ」

 

 コガラシの言葉を訊いて、目をうるわせる幽奈。ホムラもまた、微笑んだ。

 

「ありがとうございますっ! コガラシさん!」

「HAHAHA! そして、あの部屋の無料永住権は、我が手中に収めるっ!」

 

 気恥ずかしさからか、誤魔化す様にコガラシは、芝居がかった口調になっていた。

 そして、コガラシの決意を訊いた狭霧は、それ以上は何も言わなかった。……嘘を言っている様にも見えないし、その場しのぎのでまかせ、と言う様にも見えないから。

 

「……そういう訳、だ。狭霧」

 

 そんな彼女の隣に移動して、肩をたたくホムラ。

 

「狭霧の心配は判るよ。その……幽奈は色々と、隙が多いしな。それに、オレはお前の性質も理解してるつもりだ。……だけど、コガラシは信用出来る男だ。だから、少しは信じてやってくれ」

 

 ホムラの真剣な表情を見た狭霧は、顔を顰めた。

 

「む………。私だってそれは……、って、だが それは兎も角、性質(タチ)とは何だ! 性質(タチ)とは!!」

「ん? 男嫌い」

「ち、ち、違うわっ!! わ、わたしはただ、苦手ってだけで……」

「あー判った判った。冗談、冗談だよ。本気では言ってはいない。オレだって男だし。狭霧には普段から良くして貰ってるんだ。本気じゃないよ」

 

 慌てる狭霧を見て、長くなりそうだったから、速攻でホムラは、話を切った。

 狭霧は、ホムラの言葉に思わず息が詰まりそうだったのだが、何とか堪えた。

 

 そんな事は露知らず、ホムラは、狭霧から視線を外して、隣の呑子の方に向いた。

 

「呑子さんも、良いよな? 以前(まえ)に、皆で決めた事……、その輪の中に、アイツが入っても」

「んー、アタシは、大歓迎よー? コガラシちゃん、面白いしー! ……んー、でも」

 

 呑子は、少しだけ、真剣な表情をして言った。

 

「……コガラシちゃんが増えて、心強いけど、……寂しさは やっぱりあるかな? そういうの、言葉で訊いちゃったら。……でも、仕方ないよね。幽奈ちゃんが地獄に落ちるのなんて、見たくないし」

「……同感です」

「……判っています」

 

 呑子の心情は、よく判っている。

 ここ、ゆらぎ荘の住人全員が判っている事だった。幽奈と長く、共に暮らしてきたからこそ、判る。

 

 それは――別離の時が必ずある、と言う事だ。

 

 今は、皆がそろっている事が当たり前、とまで思えるのだが、最後には別れなければならない。……じゃなければ、幽奈自身を苦しめる事になるのだから。

 

「ま、辛気臭いの無しにしましょー! ほーら、コガラシちゃんたちも、楽しそーだしっ?」

 

 呑子は、猪口を右手で上げて、乾杯の所作をしつつ、笑顔でそう言った。

 

 それに関しても、狭霧とホムラの2人は同感である為、それ以上は 考えない様に、ただただ 表情を緩めるのだった。

 

 そして、場が更に賑やかになってきた所で、がらっ と扉が開いた。

 

「みなさん、おはようございますー」

「仲居さん! おはようございます~!」

「おはようございます」

 

 入ってきたのは、仲居さん。今の時刻を確認すると、朝食の時間帯だった。

 

「直ぐに朝食の支度しますねー」

「あ、手伝いますよ」

「ホムラさん。いつもいつもありがとうございますー」

「いえ、好きでやってますから」

 

 ホムラが、仲居さんの手伝いをする、と言うのは いつも通りだ。

 

 最初こそは、仲居さんは 申し訳ない、と断っていたのだが、手際の良さが際立っていて、最終的に 手伝った時間、日数に応じて、少額ではあるが お給料を支払う、と言う形に収まったのだ。……それこそ、ホムラは断っていたのだが、『働いてくれている以上 当たり前です』と言われて、受け取る形になっていた。

 

「じゃあ、直ぐにご用意しますねー」

「あざっす!」

「あ、コガラシくん?」

「はい?」

 

 仲居さんは、コガラシの方を見て、何処となく暗い笑みを見せていった。

 

「お食事代の支払いを待てるのは1ヵ月までです。1日でも遅れたらご飯抜きですからね? ホムラさんのお友達だから、と特別優遇はしませんから」

「は……はい……!! って、なら オレも手伝うっす!! バイトはしてますけど、今後の為にもっ!」

「残念。もう定員オーバーだ。ゆらぎ荘は今は求人は出してない」

「う……、ホムラ、ずるい………」

「ずるくない。早い者勝ちだ。それに働き口紹介してやっただろ」

「ふふふ、ほんと、仲が良いみたいです」

 

 仲居さんは2人のやり取りを見て、微笑む。ホムラは、一本取った事に意気揚々としながら、仲居さんと一緒に出て行った。

 

「うー……。ん、それにしても」

 

 コガラシは、2人を見送った後、ホムラの事より、仲居さんの事を考えていた。

 

「仲居さんって、小さいのに妙にすごみがあるんだよな……」

「あっははー、そりゃそうよぉ。仲居さんがゆらぎ荘で一番年上だもの」

「へ?」

 

 まさかの、呑子の発言に、思わず 変な声を上げてしまう。身形を見れば、明らか……なのだ。だが、よくよく考えたら、ホムラも以前言っていた、このゆらぎ荘を1人で切り盛りする凄腕仲居さん、と言う事も訊いていた。その容姿からは、想像もつかない程の腕だと言う事は、納得出来そうだ。

 

「ふむ。そして 二番目が幽奈だ」

「わ、わたしは、永遠の16歳ですよ~~!!」

 

 歳の話題は、あまり出したくないのは、女の子と言うもの。そして、長年幽霊をしている幽奈であれば、咄嗟に否定したくなるのも仕方がないと言うものだ。……それに強ち、永遠の16、と言っても間違ってはいない。

 

 と、それはどうでもいい事。

 

「仲居さんも見た目通りの年齢じゃないって事か。……そう言えば、ホムラが色々と教えてくれるって言ってたけど、結局訊けてなかったが、つまり、ここにいるメンバーは……」

 

 コガラシは、頭の中で仮設を立ててみた。

 明らかに見た目は子供だと言うのに、一番の歳上だと言う事、そして 幽奈の事が見える、と言う事実。それらが示す答え……。

 

「う~……、夜々、眠いけど……、ごはんも……。……ホムラが戻ってくるまで、寝る~……」

 

 そんな時、コガラシの前を横切るのは夜々だった。

 夜々は ひょいっと、こたつに向かって頭から飛び込んだ。

 

「って、無防備すぎ……ん?」

 

 その拍子に……、夜々のスカートの中が捲れてしまった。

 

 夜々の下着がばっちり見えてしまったのだが……、それ以上に驚く事がある。その夜々のお尻からは、人間では決して有りえない長い尻尾が備わっていたのだ。

 

「し、しっぽ……??」

「う~?」

「夜々さんっ! しっぽ、しっぽが! それに下着も見えてますよっ!!」

 

 慌てて、隠す様に促す幽奈。だが、夜々は全然動じてなく、頭をこたつから出す気配が無かった。

 

「ちょ、ちょっとは隠せよ!!」

 

 捲れたままの状態をずっと見られる訳も無く、コガラシは視線を外す……が、既に見た事を許せないのは狭霧である。

 

「冬空コガラシ! 貴様……!!」

 

 くないを、眉間に突き刺さんばかりの勢いで突き立てるが、コガラシも黙って刺される訳も無く、くない白羽どり、である。

 

「テメーも、いい加減飽きねぇな………!?」

 

 非が無くても、狭霧にとっては関係ないのは、ホムラとのやり取りを見たら一目瞭然。男子に対してでは誰であっても同じ、と言う事だろう。

 

「えー……」

 

 そうこうしている間に、夜々は こたつの中で身体をくるっと回転させ、頭だけをひょい、と出して答えた。

 

「……コガラシも、ホムラと一緒、れーのーりょくしゃだから、別に隠さなくても良いんじゃ……?」

「あ、それもそうでしたね!」

「バカモノ!! 下着は隠せ!!」

 

 段々と、ここ ゆらぎ荘の実態が見えてきたコガラシ。

 

 

「――大体判ってきたんじゃないか?」  

 

 

 ホムラも、両手に朝食の一式を抱えて戻ってきた。仲居さんも勿論同じく。

 

「あぁ。ここまで来たらな。アイツの猫耳っぽいのも、全部自前、って事だったんだな……。つまり、化け猫?」

「ん、少々違う。惜しいな」

「そーそーっ! もうちょっとコガラシちゃん、捻ってみて~~」

 

 呑子もそういうが、一体どう捻ったら、正確な答えが出るのか? 

 それは、判らないが、一先ず今度こそ、しっかりとした説明は必要だろう。

 

「ここ、ゆらぎ荘はな? コガラシ」

 

 ホムラが、一から説明をしようとした時。仲居さんが一歩前に出た。

 

「ホムラさん。ここには皆さん揃ってますし、自己紹介は各人でやりませんか?」

「ん。そうですね」

「ふふ、折角ですしね? では、まず私から――『たのもぉぉぉぉぉ!!!』???」

 

 自己紹介のトップバッターに立った仲居さんだったが、突然の大声に遮られてしまう。

 

 その大声はどうやらゆらぎ荘の外から聞こえてくる様で、皆は直ぐに窓から外を見た。

 

 そこには、ゆらぎ荘の玄関前にゆうに20人は超えているであろう数の坊主達が立ちふさがっていた。

 

 昨日、追っ払った2人組もそこにいて、早速リベンジにやってきた様だ。

 

「昨日はよくもやってくれたな小童共よ!! そして、その屋敷、よくよく霊視してみれば 悪鬼羅刹の巣窟ではないか!!」

「この現世に、留まるとは神罰覿面。今度は手加減せぬ、全身全霊を懸けて、貴様らを地獄へと送ってくれる!!」

 

「んだと……!?」

「手加減してた様には見えないがな」

 

 手加減したかどうかは置いといても、先頭にたっている2人はやる気満々なのだが、後ろに控えた大勢のメンバー、モブキャラ達は 何処となく覇気が無かった。

 

「お、お2人共! 彼奴らは皆、女子の姿をしており申す……」

 

 1人が進言をした。全員が同じ気持ちの様だ。

 

 ゆらぎ荘に住むメンバー皆……色々(・・)とあるのだが、それを抜きにすれば、この町でも指折りに数える程の容姿の持ち主達だ。……ゆらぎ荘の評判故に、なかなか日の当たる事が少ない、と言うのがあったりするのは周知の事実。

 

「そ、そうでございまする。それも存外愛らしい姿……、手荒な手段はいかがなものかと……」

 

 まさにその通り。

 問答無用で祓おうとする姿は 正しいのかもしれないが、害を及ぼした訳でもない幽奈を問答無用で攻撃するなどと、大の男がする様な事ではない、と思うのが心情と言うモノだ。

 

 だが、訊く耳を持たない。

 

「手段など! 我らは、速やかに悪鬼とそれに組する者どもを滅するのみだ!」

「そう。彼奴らを野放しにすれば、この町おろか、延いてはこの日の国にも害を及ぼすやもしれぬ!」

 

 まだなーんにもしてない。

 強いて言えば、この2人をぼこぼこ……とはしてないが、軽く打ちのめした。その程度だけ。それをきっと根に持っているのだろう。……小さい。

 

「し、しかし……!」

 

 だが、それでも女の子に手を掛けるのは忍びない、と小さく抗議をする男達。

 なかなかに、話が判る連中だな、とこの時は思ったのだが……あっという間に撤回する事になる。

 

「……ならば、女子達は捕らえるがよい! その後は、主らの好きに修行を付けて良いぞ!」

「うむ。そうだ。主達で矯正してやれば良いだろう。それで更生する事が出来れば、召使にする事を許そう」

 

 その一言で――、男達の眼付が一斉に変わった。

 

 

 

――好きにして良い。

――矯正してやれば良い。

――召使にする事を許す。

 

 

 

 それらの言葉が頭の中を廻り―――、彼らの想像力を掻きたてる。

 

 修行と称し――彼女達を縛り上げ、仕置きをする。

 

 そして更生する事が出来たならば―――、自分達に奉仕をさせる。

 

 めくるめくる妄想。彼らのつるっつるの頭の中はピンクワールド。

 

 

「「「ふぉぉぉぉぉぉ!!」」」

 

 

 奇声を上げる男達。先ほどは躊躇っていた筈なのに、何処吹く風。気合が入ってしまうのが、悲しきかな、男の性。

 

「成る程!! それならば、寧ろ彼奴らを救う事にもなりましょう!!」

「そう、拙僧の手で、更生をさせてやりましょうぞ!?」

「拙僧もそう考えておりました!」

「拙僧も!!」

 

 下心満載で、飛びかかってくる男達。

 一気にゆらぎ荘の玄関口にまで、走ってきた。

 

 そんな男達の姿を見て、怒りに湧くのが約1名。

 

「………下衆どもが」

 

 ぎりっ、と歯を食いしばる程の怒りを覚えたのは当然狭霧。

 

「……手はいるか?」

「無用だ。いや、寧ろ出すな」

 

 ホムラが狭霧にそう聞き、拒否する狭霧。どうやら、狭霧はかなり怒ってる様子。狭霧はあの手の人種が何よりも嫌い、だと言う事はホムラもよく判っている。

 不快感はホムラにも十二分程にあるのだが、ここは狭霧に従って一歩下がった。

 

「って、ホムラ! オレらのせいでもあるだろ!? 奴らが強引に来るなら、オレらが何とかしねぇと!」

「いいや、大丈夫だ」

 

 下がるホムラを見て、コガラシが迎撃に行こうと促すが、ホムラは首を振った。

 

「それに狭霧の邪魔をすると、後で怒られる」

「ふんっ! うるさい!! 良いから、下がっていろ! 2人共だ!」

「……撤回する。もう狭霧、既に怒ってるよ。怒られた」

「………みたいだな」

 

 ため息を吐くホムラと対照的に青筋を立てている狭霧。

 大勢で攻めてきている、と言っても良い状況だというのに 何故こんなにも楽観的なのか、とコガラシは思ったのだが、直ぐに疑問は解消される事になる。

 

 狭霧は、跳躍して窓から屋根の上に立つと、無数のくないを投げ放った。

 

 扇状に空中に静止しているかの様に並ぶくない達は、其々に意志があるかの様に佇み。

 

 

 

「雨野流 誅魔忍術奥義―――叢時雨(むらしぐれ)

 

 

 

 狭霧の合図で、一斉に迫りくる坊主どもに襲い掛かった。

 

「ぎゃああああっ!!」

「ぐえええええっ!!」

 

 雨霰の様に降り注ぐ くない は、何の悟りも開いていない煩悩の塊の(オス)どもを次々に薙ぎ払ってゆく。

 

 大の男が、吹き飛んでいくシーンはなかなかに強烈だが、はっきり言って同情は誰もしない。相手が悪かった、と言う事もあるが何よりも自業自得だ。

 

「………なんだ? あれ?」

「あれが狭霧の実力。只者じゃない、と言う事はホムラも判っていただろ?」

「まぁ…… 確かに、色々感じる所はあったが……、それにしても……」

 

 想定範囲外。と言う言葉が頭の中を過ぎっているコガラシ。それも仕方のない事だ。少々男勝りな所があるとはいえ、女子高生が 複数の男達を薙ぎ払うシーンなど、予想出来る筈も無いから。

 くないを武器として使ってくる時点で、色々とあったのだが、まさか複数の男を吹き飛ばせるとは……。

 

「ふふふっ、私も解説しますねー! 狭霧さんは、誅魔忍なんです。更にあの武器は、霊気の忍具! 神出鬼没、変幻自在なのですっ!」

「ま、まぁ……確かに 忍者と言えば忍具とか忍術? くないとか、手裏剣、って判るんだが……、ソモソモ誅魔忍(チューマニン)ってナニ?」

「それは追々、だな。まぁ 霊能力者に似たり寄ったりだ。と考えていれば良い」

 

 強引に進められて、まだ はっきりと理解はしていないのだが……、まだあの坊主達は結構いるので、とりあえず 追及はしないコガラシ。

 

 

 

 そうこうしている内に、更に続く。

 

 

「ぐぐっ、おのれ!! ええぃ! 怯むな! かか……「わぁ~~、みぃんな、つるっつるでボールみたい!!」……れ!?」

 

 リーダー格の1人である洩寛が檄を飛ばそうとしたのだが……、いつの間にか 背後を取られた事に唖然としていた。全く気配が感じられなかったから。

 

 坊主達の後ろを取ったのは、まだ酒が抜けきっていないであろう女性……、呑子である。

 

「き、貴様!いつの間に……!?」

「ねぇねぇ、そんな事より、ボウリングしてもいーい? いいかなぁ……?」

「ぼ、ぼうりんぐ?」

 

 言っている意味はよく判らない。

 頭がボールみたいだからと言って、『ボウリングしても良い?』 等とはふつうは訊かないから。そして、勿論コガラシもおかしい、とちゃんと思った様だ。

 

 

 

 

「あぁ……、ホムラ? やっぱ 呑子さんも……何やらあったりすんのか……?」

 

 先の狭霧の剛の術を目の当たりにして、もう 何しても驚かないつもりなのだが、気になった様で、ホムラに訊くコガラシ。

 

「ん? ああ。呑子さんもそうだ。ほら、見てれば直ぐに判る」

 

 ホムラの言う通りだった、とコガラシが納得するのにも時間がかからなかった。

 

 呑子は、その身体の何処にあんな力があると言うのだろうか……、成人男性を片手でつかみ上げると、本当にボーリングをしてしまったのだ。

 所謂、人間ボーリング? 坊主の頭を鷲掴みにして、投擲。1か所に集まってた1グループを全てなぎ倒して『すとらーいくっ!』と威勢よくガッツポーズまでして見せた。

 

 

 その呑子の額には、人間であるなら決して有りえない鋭利な角が生えていた。

 

 

「……おい、人が吹っ飛んでんぞ?」

「あれも アイツらの自業自得だ。死んでないから、大丈夫だろ」

「ま、まぁ……、死んでないからOKと言うのもどうかとは思いますが、呑子さん、ちゃんと加減はしてくれてますよー」

 

 少々青ざめてしまったコガラシに慈悲の心皆無なホムラ。

 この辺りは、云わばゆらぎ荘での経験の差だと言えるだろう。ホムラは、彼女達の力をコガラシよりも先に、そして長く知ってきたのだから。

 

「呑子さんについて、私が解説しますねー!? ホムラさんっ!」

「んん? 幽奈、解説役にあこがれてたのか?」

 

 先ほどから、生き生きと(幽霊なのに、それも変だが)している幽奈を見て ホムラは訊いていた。幽奈は、それを言われて、ちょっと照れてしまい。

 

「あ、あはは……、その、少し、少しだけですよ?? 以前にテレビを見まして、それで――」

「ん。成る程な」

 

 ホムラは、軽く笑っていた。

 幽奈は地縛霊ではあるものの、基本的に自由だ。幽霊歴が長いからこそ、出来る芸当であり、最近のテレビ番組は勿論、まだまだ不得手ではあるものの、ネット環境にも手を出したりもしているのだ。(ホムラが教えた)

 

「こほんっ」

 

 幽奈は、説明を今か今かと待っているであろうコガラシの為に、一度咳払いをして 解説を進めた。

 

「呑子さんはですねー。酔えば酔う程強くなる! かの鬼の首領(ドン)、酒呑童子の末裔なのですっ!」

「……酒の神(バッカス)とどっこいどっこいだな。あの酒豪は」

「あー………、確か 以前その手のヤツに憑かれてた事、あったっけか」

 

 ホムラのため息、言葉にコガラシが頷く。

 しれっと、《神》の名が飛び出してきたから、驚くべき所だと言えるが……、今は幽奈もはっきりと訊いておらず、ただただ、ゆらぎ荘の住人が暴れている所を見ていた。 

 

 

 そして、3番手……。

 

 

「お、おのれ! よもやこれ程とは……!」

「ええぃ! 悪鬼その者が相手とはいえ、情けないぞ! 気合を見せるのだ………ぬ??」

 

 弟子たちに発破をかける2人。

 だが、突如現れた巨大な影に思考を完全に奪われてしまった。

 

 大きい影だが、何処となくラブリーな影。

 

 だが、それだけに気味が悪いと言える。……恐る恐る振り返ってみると、そこには大きな大きな猫がいました。大きいけど、しっかりと鈴付きの首輪がはめられているから、野良猫ではないだろう、と どうでも良い事を一瞬だけ考えてしまう2人。

 

「「……は?」」

 

 だが、直ぐに考えるのをやめた。

 何故なら……、その猫の頭上に座っている少女――夜々が命令を下したからだ。

 

「……うん。あいつらで遊んできていいよ」

 

 その一言を待っていた、待っていました! と言わんばかりに、巨大な化け猫は『ンニャッ♪♪』とご機嫌な啼き声を1つ上げると、まだそれなりに残っている坊主達の中に飛び込む。

 

 

 

「ぎゃあああああ!!」

「どわあああああ!!」

 

 

 

 呑子の時とは、少し違い、何処となく 猫がじゃれ付く、にゃんにゃん♪ にゃーんっ♪ とされれば癒されるし、優しさにあふれている気もするが、それは体格が普通の猫であれば、の話だ。

 

 自分達の身体の何倍も有ろう腕を存分に使われ、じゃれ付かれた。肉球を利用して、まるで お手玉のよーに、ぽんぽんっ と、弾かれ続けたのだ。

 

 

 ……幽奈のポルターガイストよりもきついかもしれない。

 

 

「夜々さんは、あんな可愛い猫さんに憑かれてるのですっ!」

 

 幽奈は再び解説。

 大きさは一先ず置いといて、その愛らしい姿に悶えてしまっている幽奈は、猫派だろうか。

 

「あそこまでいったら、『憑かれる』って表現も違う気がするがな」

 

 普段は、確かに夜々の中で眠っているが、時折外に出てくる事もあるし、ホムラが作る魚料理を好んで食べたりもするから、どちらかと言えば、飼っている……とは一応神に分類されるから言えない。……つまり 家族同然だと言う事だ。

 

「ってか、アイツ自身は何もしねぇのね??」

「ん? 夜々は基本あんな感じ。あー、今の時間だったら特に」

「んー……そ。ホムラの言うとーり……。だって、眠いもん……」

 

 くぁ、と欠伸をしつつ 猫神の姿をしっかりと見続けている夜々だった。

 

 

 そして、数分も立たない内に―――、終了した。

 

 

 狭霧の忍術。

 呑子の剛力。

 夜々の猫神。

 

 

 3つの強大な力は、あっという間に坊主達を根こそぎ戦闘不能状態に追いやってしまったのだ。 ……1人ずつなら兎も角、3人一緒に、となると はっきり言って無理だ。並みの使い手では話にもならない。……この場にいる坊主達の面子の中で、並と言える使い手がそもそもいないから。

 

 残っているのは、まだ混乱が続いているリーダー格の2人。

 今回は万全を期して、多人数で攻めに来た、と言うのに まさかの結果。一蹴された事に驚きを隠す事が出来ない様だ。

 

「莫迦な……、まさか たった数秒でこんな……」

「と、取り乱すな! 何の、我らが救沌衆は まだまだいる! きょ、今日は そう、衆の中でも最弱。体勢を立て直し、次こそは、奴らを……」

 

 と、気を入れ直しつつ、体勢も整え直そうと画策していたその時だ。

 

「すみません、お客様。それは困りますー」

 

 ひょい、と背後に現れたのは、仲居さん。

 

 仲居さんは、倒れている坊主達の前に立ち、両手をいっぱいに広げた。

 すると、不思議な光が彼らに降り注いでいく。

 

 

「……ん? なんだ? あの光……」

「仲居さんも、そうだ。ある意味では 彼女が一番最強……」

 

 苦笑いをしながら そういうのはホムラ。

 一体何が起こるのか? ホムラにそこまで言わせる仲居さんの恐るべき力はいったい何なのか?? とコガラシは釘づけになった。

 

 

 そして、それ(・・)は訪れる。

 

 

 倒れている男達から、其々に設定されているメロディーが流れた。どうやら、着信音の様だ。……坊主のくせに、携帯(スマホ)? と思うが、文明の力をしっかり携えている、と言う事だろう。便利なのは当然だし。

 

 坊主たちは、まだ痛む様だが 着信があっては無視はできない、と皆其々電話に出ると――――。

 

 

 

『なっっ!!!』

 

 

 

 全員が呆気に取られていた。

 これは夢か? 幻か? と疑いたくなるほどの内容だったから。

 

 

 

「拙僧の宝くじが一等当選ッ!?」

「拙僧が、ジョニーズに合格ぅぅぅ!?」

「拙僧が、大富豪の遺産相続人にぃぃぃ!?」

 

 

 

 かかってくるのは、幸福の知らせ。

 それも生半可なものではなく、一生かかっても一度もお目に掛かれない程のモノ、と言っていい幸福だ。それも2~3人ではない。この場にいる者達全員。

 

 

 

「億の借金がチャラっっ!?」

「ポチが帰ってきた!??」

「ハゲ治療薬の治験者に!?!?」

 

 

 

 後半部分は、やや幸福度が低い様だが、彼らにしてみれば、前半部分の者達とは然程変わらない様子。喜々とさせながら 歓声を上げていた。

 これは、単純な力ではない。狭霧や呑子の様な体術、腕力、夜々の猫神の様な力でもない。だからこそまた、驚きを隠せられないリーダー格の2人。

 

「よ、妖術か……?」

「この場の全員に!?」

 

 何度目か判らない。呆気に取られてる2人を他所に。

 

 

 

『もー、妖怪退治なんざやってられっかーーー!!』

 

 

 

 弟子達はあっという間に職務放棄を宣言した。

 

「なっ!?」

「こ、これだからゆとり共は!! 修行が足らんっっ!」

 

 と、弟子達の心変わりに憤怒していたのだが、直ぐに彼らにも着信がかかってくる。

 

 

“ナンミョーホーホケキュー♪”

“ナームアーミ~ ダダン ダダンっブー♪” 

 

 

「ぬ?」

「一体何が?」

 

 2人は殆ど同時に電話に出た。

 すると―――。

 

 

 

『父さん、ごめんなさい――。親になってようやく私が間違ってたって気づいたの……! だからお願い……。出家なんてやめて家に帰って来て――』

 

 

 

 愛娘の懇願。

 

 

 

『兄貴っ! ずっと行方知れずだったおかんが見つかったんだ! どうやら、事故にあったらしく、ずっと記憶をなくしてたらしい! 最近見つかって、経過も良い! 早く帰って来てくれ!! お、おかんがーーーーっっ!!』

 

 

 

 兄弟の歓喜感涙。

 

 それを訊いた2人は――、時が止まったかの様に、静止した後。

 

 

「ちぃぃぃ!! 今日はこれくらいで勘弁してやる!!」

「だが、忘れるな悪鬼共!! 今日の礼はかならず、いつか、必ずしてくれる!!!」 

 

 

 ずぉぉぉぉ! とすんごい剣幕で凄んでいるのだが……、次第にその表情は崩れ、涙が目に浮かび……、完全に破顔した様子で。

 

 

 

「「誠に有難う御座いましたーーーーーっっ!!」」 

 

 

 

 感極まり、弟子達を引き連れて、来た道をスキップしながら帰っていった。

 

「お幸せに~~」

 

 その後ろ姿を、いつもの笑顔で見送る仲居さん。

 

 

「……な?」

「あー、いやー、『な?』 って言われても、呆気にとられちゃって言葉がでんって……」 

 

 見守っていたコガラシだが、自身が考えていた想定よりも大分外れていたので、はっきりと理解出来てなかった様だ。

 武力で鎮圧をしていたのに、突然の幸福の雨霰、戦意喪失どころか、お礼を言って帰っていったのだから仕方ない。

 

「ふふっ。ゆらぎ荘最古参にして、管理人の仲居さんは、運命を操る座敷童子さんなんですよっ!」

 

 早速解説に入る幽奈。

 

 これで全員の紹介が一通り終わった。

 

「……確かにすごいけど、なんで一番最強?」

「仲居さんは、運を操るが、無限じゃない。本人の生まれ持っている運気を使われるんだぞ……?」

「ぁ………」

 

 コガラシはそれを訊いて、漸く理解できた。

 

「うむ。アレは奴ら自身の運だ。運気と言うモノは減れば増える、様な物じゃない。何より、良いも悪いもあるだろ、《運》と言うのは」

「そーよねー? とーつぜん 隕石が頭に落ちちゃって~ とかも運だしぃ~」

「ぅ…………」

 

 それを訊いて、更に怖いと感じるコガラシ。

 今のは全て良い方向、つまりは大吉だったのだが、大凶である可能性だって無きにしも非ずだ。際限がない、とすれば 末恐ろしく感じる。

 

「ここがゆらぎ荘だ。大体わかっただろ?」

「……手を焼いてる、って言う理由もな」

 

 まだやや青い顔をしているコガラシだが、それを見て軽く笑うホムラ。その肩を二度程叩いた。

 

 

「ふふ。では皆さん。本当の自己紹介もすんだところで、新しい住人さんに歓迎の言葉を!」

 

 

 仲居さんが ぽんっ! と手拍子をしたタイミングで、幽奈が ぴょんっ! と空へと浮き上がり。

 

 

『妖下宿、ゆらぎ荘へようこそ~!』

 

 

 幽奈の歓迎の言葉に、皆も笑顔。……夜々は眠そうにして、狭霧はやや微妙だが、一先ず歓迎ムードの雰囲気は出してくれた様だ。

 

「ま、これからまた、よろしくな。コガラシ」

「お、おう……」

 

 

―――ホムラの精神力はいったい何処から出てきているのだろうか?

 

 

 コガラシは、ここに住めば、もしかしたら、幽奈を成仏させる前に、自分があの世へと逝ってしまうのではないか? と冷たい汗が背中を伝って流れていた。

 

 そして、まるでそれを見越しているかの様に、ホムラも笑顔を見せて一言。

 

 

 

「大丈夫だ。直に慣れる」

 

 

 

  

 

 





Q:「大丈夫? なんかあった??」

A: 鬼の様に忙しかった。



Q:「さぎっちゃん、ホムラ君に男嫌い、って言われて大丈夫??」

A: その後のホムラの言葉で、内心感激したから大丈夫。



Q:「ずばり! ホムラ君がゆらぎ荘に慣れるのにかかった時間は??」

A: 2~3ヶ月?




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第12話 ハダカのツキアイ

□□ ゆらぎ荘 温泉 □□

 

 

 

 何はともあれ、ゆらぎ荘の危機? はとりあえずは去った。

 

 

 此処にいる皆は、色々と変わり者だと言われているが、それ以上に力ある者達が揃ってるから、それこそ、ここを襲おう者達がいるならば。

 

 

ゆらぎ荘(ウチ)と一戦したいなら、軍艦でも~~』

 

 

 と言っちゃっても良いくらいだ。……まぁ、本当に軍隊が来たら、ちょ~っと無茶だと思うけど。幾ら彼女達でも。

 

「ふぅー………、何だかアホな事、延々と考えてた気がするなぁ……」

 

 空を仰ぎながら、温泉にゆっくりと浸かるのはホムラ。

 色々とあって、大変だった。坊さん連中たちを追い払った? のは彼女達だから、疲労の類は無かったのだが……、色んな意味でゆらぎ荘では、色んな意味で心労が重なる。そして、温泉とは格好の癒しの場。

 

「ん~…… 朝風呂……、いや 朝温泉も良いものだ……。疲れを取るのはやっぱり温泉に限る……♪」

 

 ぐーーっ と腕を伸ばすホムラ。

 

 今日も一日……何事も無い様に、と 思うホムラだったのだが このゆらぎ荘ではそうはいきません。

 

 

 

「――――らーっ!」

「…………っっっ!!!」

 

 

 

 それは突然だった。

 

 本当に突然――、お空から声が聞こえてきた。

 

 

 

―――いったい誰の声……? 

 

 

 

 と聞くまでも無く、ぴょんっ! とジャンプして、乱入者が温泉場に着地していた。

 

 だが、ホムラは、けーっして それは誰なのか、誰が来たのか、それを確認したりはしない。前を一点。視線を完全に固定していた。

 

「ホムラっ! 今日こそ 背中、夜々が背中流してあげるの」

 

 尻尾をふりふり~と左右に振っている、つまりは喜んでいる様子の乱入者(夜々)

 ホムラにとっては……、最悪な展開である。勿論、夜々だから と言う理由ではない。そして何よりも……その身体はバスタオル一枚羽織っただけで、殆ど裸。ホムラは見て確認した訳ではないが、温泉に来る以上、衣類の類は脱いでいる、と認識していた。

 

 

「っっ~~//// や、夜々っっ!?!? な、なんで?? お、オレ、ちゃんと入ってるって……っ///」

 

 

 もう判ってると思うが一応。

 

 

 ホムラは、こう言う所謂ラッキースケベぇ、えっちなとらぶる♪ それらに対して、耐性は皆無なのである。コガラシも、赤面したりしていて、初心なのは同じだが、その倍以上は上だったりする。平常心など保てない。あまり 刺激が強すぎると、意識をフェードアウトしてしまう程。

 

 別に ホムラは、ムッツリスケベぇ! と言う訳でなく……、極端なまで、異性に対して照れ屋さんなのです。普段、普通に話したり、交流したりする程度であれば、まるで問題ないのだけど……。ああ、一応言うなら、水着等まではまだ何とか大丈夫なのだが……、これはもうアウトです。

 

「んー? 夜々、上から見たらホムラが入ってるの気付いたからっ」

 

 そう つまり、入口から入ってきた訳では無い。

 夜々は猫の様にゆらぎ荘の屋根で朝の太陽の光を浴びながら、眠っていた所、猫神にちょいちょい、と起こしてもらい、眼下にある温泉にホムラが入っている事に気付いて……今に至ってる。

 

「だだだ、だからってっっ/// い、いつも言ってるだろ……っ、ご、ご飯ならちゃんと作ってあげるから、だ、だからっ///」

 

 出てってくれ、とストレートには言いにくい様子のホムラ。

 以前、思わずストレートに言ったら、夜々は悲しそうな顔をして、涙目にもなって

 

 

『ホムラ、夜々の事……嫌い?』

 

 

 と言われた事があった為、中々言えないのだ。それでも何とか、ホムラは『恥ずかしいから』、と言うニュアンスを言ったのだけど。

 

 

『夜々、気にしないっ!』

 

 

 との事。今度は、『こちらが気にするから』 と夜々にホムラが言っても、首を傾げるばかりで一向に理解してもらえなかったりする。

 

 

「ホムラ~~っ」

「や、やや、た、タイムっ/// ひ、一先ずタイムっっ! た、頼むからっ」

「ダメなのっ、夜々が背中流すのっ!! 絶対流すのっっ!」

「わ、判った! 判った、だから ちょっとまって///」

 

 

ホムラに暴走する夜々(裸)を止める術は無く、ホムラは、兎も角 夜々の要望に応える事にした様子。背中を洗うだけだったら……、夜々の姿を見ないで済むからだ。此処から脱出するにしても、入口付近を抑えられてる? し。……何より、強く拒めば 夜々が泣いてしまいそうだから。

 

 

 と、言う訳で 観念して背中を預けたホムラ。

 

 夜々は恐る恐ると言った様子で、温泉の湯を確保させつつ、背中をゆっくり流す。

 慣れてない様で、ぎこちないが懸命に背中を流してくれる夜々。

 

「や、夜々。その、今日はどうしたんだ……///? い、何時になく強引過ぎる気がするけど……」

 

 それでもやっぱり背中越しには、夜々のあられもない姿があるであろう事。如何に見なくても連想してしまう事もあって、赤面は止められなかったのは当然。夜々は、ホムラの背中を洗いながら答える。

 

「んしょ、んしょ、んー? だって 《ハダカの付き合い》が大事なんでしょー? しんこーふかめる、とか? いろいろ訊いて!」

「……それ、呑子さんから?」

「そー」

「はぁ……///」

 

 混浴の状態で一体ナニを深めると言うのだろうか。

 健全な男の子だったら……、色々と暴走してしまうだろう。ホムラの場合は、こんな感じ。目も合わせられない。姿を見る事は無い。夜々が覗き込もうとしても、懸命に回避を続けている。或いは目を瞑っている。こういう暴走である。

 

「夜々、ホムラ好きだからー。しんこーふかめるのっ! ほら、猫神様もお世話になってるしっ」

「ぅにゃーんっ!」

 

 何処からともなく、現れるのは猫神。

 すっごく大きいから大分窮屈になる。でもそのおかげで遮蔽物?になってくれて、ホムラ的には好都合。

 

「………あのくらいで良かったら、幾らでも良いよ。オレだって 夜々や皆には大分世話になってるんだから」

「にゃむにゃむ~~♪」

「あははっ」

 

 現れた猫神の鼻先をゆっくりと撫でてやるホムラ。

 猫神も気持ち良さそうに 口元を緩めていた。猫神の感情は夜々にも伝わるのだろう、同じ様に笑っていた。

 

「だが、その……夜々?」

「んー?」

「その、裸の付き合いは…… 今後は、その…………」

「んー?? 毎日する??」

「み、身が持たないから、頼むから、ちょっと加減をして……///」

「んー」

 

 顔どころではなく、身体そのものが真っ赤っ赤になってしまってるホムラを見た夜々。厳密には、表情は前を向きっぱなしだから、見えてないけれど、それでも赤い事は判る。

 だから、夜々はホムラの身体を触りながら。

 

「ホムラー、のぼせちゃった?」

「っっっ~~///」

 

 ぴとっ、と密着する夜々。そんな事をされて仕舞えば益々動転してしまうホムラ。

 

 そんな時、救世主? が空から現れるのだった。

 

 

 

 

「ナニをやっておるかーーーーっっ!!!」

 

 

 

 

 空から、無数のくないが飛び、そのくないは、正確にホムラにのみ命中する。夜々や猫神には当たらないのは流石の命中率。

 

 因みに あのくない、突き刺さる~ではなく、吹き飛ばされる~ らしく、防ぐ様な事が出来なかったホムラは、ぶっ飛ばされてしまい、強引にエスケープする事が出来たのだった。

 

 

――救世主(狭霧)には、ある意味感謝。

 

 

 である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ ゆらぎ荘 外 □□

 

 

 

「ぅう~……む、朝っぱらから酷い目にあった」

 

 首をくきっ、こきっ、と鳴らしつつ、ゆらぎ荘の外で朝日を身体に浴びて、落ち着かせているのはホムラ。

 

「ふ、ふんっ! だから言っただろ!? お、婦女子のあられもない姿を視姦すればどうなるかっ!!」

「狭霧にも言っただろっ! オレは無実だっっ!! だから、誰も来ないであろう時間に、仲居さんに無理言って、温泉開放してもらったんだからなっ!」

「だぁぁ! そー言う言い訳はいらんっっっ!!」

「言い訳違うわっ! 歴とした事実だ! いつもオレは、事実しか言ってないっ!」

 

 朝、ゆらぎ荘の外で――、随分と賑やかになっているのは言うまでも無い。

 

 早朝トレーニングを欠かす事の無い狭霧は、風呂場の異常事態? にいち早く気付き行動をした、との事。夜々は、最後まで何がいけないのか、と理解する事は無かったが、一先ず 遠慮する様に、と狭霧が納得をさせていた。……効果があるか判らないけど。

 

「う~……、コガラシが来てから、大分風当りが弱くなったと思ったのに……」

 

 コガラシが来て、大分彼に集中していたと思いきや、の出来事だったから、少々肩を落とすホムラ。

 うん、邪な考えをしていたから、罰が当たったのだろう。……世の男にとっては、非常にうらやまけしからん、罰。

 

「ふ、ふんっ。夜々の身体を見た罰だと思え!」

「オレは見てないっっ!! さ、最後まで、見ない様にした/// がんばったっ///」

 

 顔を真っ赤にさせて、そう絶叫するホムラ。

 ……その表情は嘘を言っているとは思えない。だから、狭霧は少し嬉しかった? のか。

 

「次からは気を付ける事だ」

「……どー、気を付けたらいいんだよ。露天だし、空からの侵入なんて、防ぎようが無いじゃないか……」

 

 と言う感じで、温泉場での話題は終了となった。

 

 話題終了となった理由は……。

 

 

『いやああああああああっ!!!』

『どわあああああああっ!!』

 

 

 と言う大絶叫が周囲に響いてきたからだ。あ、後遅れて、どっぽぉぉぉんっ………と、大きな何かが着水した様な音が響いていた。

 

 

「…………」

 

 何が起きたのか、瞬時に理解する事が出来る。

 幽奈を見る事が出来る者が、幽奈と相部屋になったら、必然だと言えるだろう。えっちなとらぶる発生、と言う事。

 

「おのれ、冬空コガラシ。あの男、また何か……」

 

 狭霧は、ギロり、と視線を鋭くさせていた。

 

 コガラシにとっても、完全な不可抗力、と言うか、無罪、と言うか……、悪くない事はホムラにも判るのだけど、先ほどの自分への当たりを考えたら、何言っても無駄であろう、と早々に結論を出して、軽くため息をするだけに留めていた。

 

「うぅん……、まぁ コガラシも………ドンマイ」

 

 前言撤回。軽く同情もしていた。

 

「まぁまぁ。制裁と言えば あれで十分だろう? 狭霧。……204号室から川に叩き落された、と考えれば十分。まだ 少々肌寒いし」

「む? それもそうだが、まだまだ手緩いと思うぞ」

「んーー」

 

 フォローを入れるホムラだったが、効果はいまひとつの様だった。

 

「それは兎も角、そろそろ戻ろう。朝食の時間だ」

「……そうだな。この件はまだ様子を見る事にする」

 

 大説教する気満々な狭霧。最悪退寮させようとでも思っているのだろうか?

 

 まさか、そこまでは~ と思っていたホムラだったが、そのまさかが的中する事になるのは、直ぐ後の話だった。

 




Q:「夜々ちゃんは、ホムラ君に夜這いはしないの?」

A: 夜は苦手っぽいから。夜々が先に寝る。



Q:「さぎっちゃんの混浴は~~??」

A: まだ先。



Q:「次は卓球(多分)だと思うけど、参戦する?」

A: …………多分。



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第13話 温泉卓球 一本勝負!

 

 

「まぁ、コガラシの件はいつも通りと言えばそうだろ? そろそろ朝食の準備をしてくるから、また後でな。狭霧」

「む。判った」

 

 コガラシと幽奈の悲鳴? を訊いて やや殺気立っていた狭霧だったが ホムラの一言で 一先ず収めた様だ。

 

 だけど、この後直ぐに再発する事になるのである。

 

 

 それは、コガラシを川から引きあげ、ゆらぎ荘に戻ってきた時の事。

 

「毎朝すみません。……コガラシさん わ、わたしもっと気を付けますので……!」

「お、おう……、頼む。毎朝これじゃ、身が持たねーぞ……。ホムラともこんな感じだったのか? 幽奈」

 

 川に突き落とされて、びしょ濡れだったコガラシだが しっかりと身体を拭き、浴衣も着替えていた。まだまだ 冷たい川の水ではあるが この程度で体調を崩す様な華奢な身体ではない為、案外 持たない、と言いつつもケロッとしているコガラシ。

 この時少し気になったのが、ホムラとの事だ。今は部屋が違うものの、以前までは幽奈と一緒の部屋、と訊いていたから。

 

「あ――……、その、最初はそうだったんですが、わ、わたしが粗相をしてしまって……、狭霧さんにすっごくホムラさんが怒られてしまって……」

「ぁー、まぁ、そんな気はしてたけど」

「狭霧さん、入ってくるのが凄く早くって……、それで」

「強制的に退室、って訳か。ん、納得」

 

 コガラシは、苦笑いをしつつ、その時の光景を頭に思い浮かべていた。

 狭霧がホムラを見る目は、如何にコガラシと言えどもあからさまだったから、大体察したのである。……判ってないのは、ホムラだけだと。

 

「あのー、ホムラさんとは 昔からのお付き合いなのですか?」

「ん? ああ、そうだな。言えば、兄弟分ってヤツだ。師匠は 1人じゃなかったけど」

 

 霊能力者の霊に弟子入りした? 時に ホムラも一緒だった、と言う訳だが 少々複雑な為、ここでは割愛する。

 

「その……、ホムラさんは、狭霧さんの……その、えっと……」

「ん?? ああ、ぜってー、気付いてねぇ。無理」

「はぅっ! そ、そうなんですか……(狭霧さん、頑張って下さい……っ!)」

 

 残念に思いつつも、心の中では必死にエールを送る幽奈。

 因みに、コガラシは ホムラに向けられている狭霧の好意、しっかりと判っている。……と、言うか、あそこまであからさまだったら、鈍感朴念仁であっても、大概は気付く。

 

「んだけどなぁ、仕様が無いと言えばそうなんだよなぁ……。ホムラ、以前に ミス日本に選ばれた~だとか、世界でも屈指~とかの女優の霊達に憑かれた時があって、……まぁ、その時に色々とあったり、その手の霊が何人も何人も憑いてきたせいもあって、色々と大変だったからな」

「そ、それはそれは……。ホムラさんもコガラシさんも、女のひとには、乱暴出来ない、と訊いてますし……」

「そうだな。男だったら、殴って(蹴って)しまいなんだが……、女は、幽霊であっても無理だ。だから、1人1人の未練を晴らして~ をやったりして、大変だった」

 

 少々渋い顔をするコガラシ。

 

 どうやら、その時の大変だった事を思い返していた様だ。……つまり、ホムラだけではなく、コガラシも色々とあったのだろう、と幽奈は察した。

 

「お、そう言えば、幽奈の未練を晴らす具体的な方法も考えていかねーとな。幽奈は、なんか好きなもんとかねーのか?」

「え? 好きな物……ですか」

「そうそう。趣味とか、後好きな動物とか」

「あ、動物なら、猫さんが好きですっ!」

 

 幽奈は、頭に猫を思い浮かべて、うっとりと頬を染めていた。猫は人間よりも色々と敏感な為、幽奈の事も察する事が出来ていて、色々と交流出来たりする。

 

 だけど、高確率で逃げられてしまうから……、と幽奈は 少々表情を落とした。

 

「ふーん。猫か。猫だったら、夜々(アイツ)に……。……おっ??」

 

 コガラシは、この時目の前を悠々と進む一匹の猫を目撃。

 

 

 そして、それが一連の騒動の始まりだったりする。

 

 

 それは、厨房にて、朝食の準備の目途がある程度たった後の事。

 

「ホムラさん、ありがとうございます。後は大丈夫ですので、皆さんと一緒に戻っててもらえますか?」

「判りました。皆にも伝えておきます」

 

 仲居さんから礼を頂いて、一仕事を終えた~ と言う気分で ホムラは汗を拭って厨房を後にした。

 

 そして、全員を呼びに行こうとした時―――、目の前の異様な光景を目撃してしまって、一気に頬を赤くしてしまう事になったのだ。

 

 ばったり廊下で見たのは、裸の夜々(後ろ姿だった為、何とか……)。何故か廊下で全裸で、ぺたり、と座り込んでいる。そして その前にはコガラシと幽奈、更には殺気を放っている狭霧が揃っていた。

 

「ぅぅ、コガラシに……夜々の身体中をまさぐられたの……っ。夜々、さわられるの嫌いなのに……っ。触ってもいいの、ホムラだけなのに……」

「俺は、猫を撫でてただけだーーーっっ!!」

 

 それらの会話を訊いただけで、大体察したホムラ。

 直視する事は非常に難しい為、なるべく視線を向けない様に、夜々に近づいて着物を羽織らせた。夜々もホムラが来た事に気付いた様で、甘える様に上目使いをさせながら、ホムラにすり寄る。

 

「うぅーー。ホムラぁ……。ホムラ以外に……っ」

「や、やや。だ、大丈夫だから/// そ、それに コガラシもワザとじゃないって、夜々が猫になれるの知らなかったんだろ? だ、大丈夫。だから 服、速く着て/// あ、あと誤解を生む様な事は……」

 

 と、危惧したのも遅い。般若の様な顔をした女が直ぐ傍でいるのだから。

 

「ホムラもナニをやっておるか!!」

「そ、そんなに言うなら、狭霧が着させてやれっっ!! こ、こんな姿じゃ や、夜々が可哀想だろっ」

 

 いつも通り、狭霧の嫉妬(ジェラシー)を華麗にスルーさせつつ、夜々に着替えを促すホムラ。確かにその通りなんだけど……、事、ホムラ関係になれば冷静さもへったくれも無いのは、狭霧だから仕方ない。

 

「コガラシも、次から気を付けろよ!」

「う、わ、悪かった……」

 

 コガラシが反省の所作をしているのだが、狭霧の怒りは収まって無かった。

 

 

□ コガラシが、夜々にした不埒な行い(事情があっても知らない、関係ない)

□ ホムラにすり寄る夜々の姿(事情があっても知らない、関係ない)

 

 

 これらの二項目が狭霧の頭の中に充満しており、我慢できなかった様子。(普段からしてるかどうか、曖昧)

 

「いいや、次などは無い!! 今度こそ覚悟しておけ、コガラシ」

「「ええっ!?」」

 

 

 と言う訳で、そこから先の狭霧の行動は早かった。

 

 

 

 朝食の時間だったんだけど……、時間を変更させて、この問題解決? に勤しんだのだった。

 

 

 

 そして、色々と訊いた仲居さんが宣言。

 

 「悲しい事ですが、今日。冬空コガラシさんの退去を希望する嘆願書が提出されました。よって、この確執の早期解消を図り、ゆらぎ荘宿舎規則に則り一本勝負を執り行います!!」

 

 皆が集まった所での宣言。

 一体何が始まるのやら、と判らないのはコガラシ。

 

「んで……、宿舎規則って?」

「ん……、俺もよく知らない。ゆらぎ荘、コガラシより長いとは言っても、まだ3ヶ月程だし。こんな事態無かったし。やっぱ、コガラシだな。一番のトラブルメーカーは」

「う、うっせ!」

 

 ホムラも知らない為、ここは幽奈が一肌脱いでくれる事に。

 

「それはですね。ゆらぎ荘が下宿になった際に、当時の女将さんが取り決めた鉄のおきてです……! 逆らったものは、恐ろしい不幸に見舞われるとか……」

「まじかよ……」

「……この場合、その不幸って、絶対、狭霧が実行しそうな気がする、と言うのは、気のせいか?」

 

 勝負に負けたうえに、宿舎の規則を破ろうものなら、狭霧が黙って無いだろう。ゆらぎ荘の風紀を守って?いる本人だから尚更だ。

 ギロリッ!! と睨まれたから、それ以上はホムラは何も言わなかった。

 

「はい、兎も角 敗者は素直に勝者の意に従う事、よいですね?」

「無論です」

「はぁ、やるしかねーのか……」

 

 しっかりと確認を取った所で、何をするのか 盛大に発表。

 

 

「勝負方法はゆらぎ荘に古くから伝わる伝統球技―――」

 

 

 そして、仲居さんの隣にいた呑子さんが変わって盛大に発表!

 

 

「温泉卓球! ダブルス一本勝負~~!!」

 

 

 ……遊ぶだけなんじゃ? と思いがちだけど、一先ずスルー。

 

 幽奈とコガラシ vs 狭霧と夜々

 

 二手に分かれて、互いを見合う。

 

「がんばりましょうね、コガラシさんっ!!」

「はぁ……、卓球苦手なんだよなーー」

 

 コガラシの行く末が決まる伝統球技(笑)だと言うのに、何だか呑気な2人。

 

「早速負けた時の言い訳か? 見苦しいぞ、冬空コガラシ!」

「うー」

 

 ぎらり、と眼光鋭くさせる狭霧と、普段よりちょっとだけ眠気が覚めている夜々。

 

「えー、僭越ながら、オレが主審を務めさせて貰うよ」

 

 そして、主審を務めるのがホムラ。得点版は呑子がやってくれるとの事だ。

 審判など、要らないと思うんだけど、呑子が『ホムラちゃんがし~っかり審判しないとねっ?』と、わけのわからない事を言っていた。別に断る様な事でもないし、大変でもない。ルールも知ってる、と言う事で、了解し、4人とも頷いた。

 

「公平な審判をするんだぞ! 不正をしようなどと思うなよ、ホムラ!」

「しないって。そんな真似したら、コガラシに怒られる」

 

 何だかんだで、曲がった事が嫌いなコガラシ。

 それは、沢山の悪霊に憑かれ続けたから、真っすぐな人間になったんだろう、と推察できる。……色々と厄介な体質を持ち合わせているが、それでも、歪んで曲がった人間にならなくてよかった、と思っても良いだろう。

 

 ……保護者?

 

「あ、あのー、ホムラさん」

「ん?」

 

 そんな時、幽奈が一声。

 

「わ、わたし 運動苦手で、それに若干ルールもうろ覚えなので、一通り レクチャーをしてもらえませんか……?」

「そうだったんだな。ん。了解。何打か練習をすると良い。最初はそれで良いだろ? 狭霧」

「ふむ。他ならぬ幽奈の頼みであれば、問題ない」

 

 と言う訳で、幽奈と狭霧のシングルスでの練習。 

 おっかなびっくり、とさせながらも、3~4回に1回は、何とか返す事が出来ていた。

 

「んー。もうちょっと練習が必要かもだが……幽奈。そろそろ練習は終わりだ」

「はぅっ、そうですよね……」

「ああ。これは遊びなどではないからな。冬空コガラシを退去させた後にでも しっかりと練習すればよいだろう」

「あぅぅ……」

 

 と、言う事で練習は終了。

 幽奈はやっぱり自信なさそうだ。

 

「ぅぅ……、このままじゃ、わ、わたしがコガラシさんの足を引っ張ってしまいますよぉ……」

「大丈夫だって、テキトウにやってれば。そもそもアイツらがまともな卓球すると思えねーし」

 

 言い得て妙である。

 卓球台が備え付けられているのは、温泉宿泊施設なら当然であり、ゆらぎ荘も例外ではない。片手で数える程度ではあるものの、利用した事があって、夜々や狭霧とも数度だけした事がある。……そのスタイルは 正直まとも、と言えない。コガラシ、正解。

 

「うーーー、にゃっっ!!」

 

 夜々からのサーブ。

 その技は、初見であればだれもが驚く変則サーブで……。

 

 

「出ました!! 夜々選手の肉球サーブ!!」

 

 呑子が盛大に説明する。それは、猫神の恩恵により、変化させた猫の手サーブである。

 

「ラケットすら使わねぇの!?」

「夜々は、道具(ラケット)使うの苦手なんだ。色々教えてみたけど、アレが一番しっくりくるんだと」

 

 驚きつつツッコミを入れるコガラシに、主審兼、解説も担当しているホムラがしっかりと説明。コンマレベルのラリーだと言うのに、大分余裕があるみたいだ。

 

「ほれ、よそ見すんなよ」

 

 との一言で、コガラシは、ツッコミをもうやめて臨戦態勢に。

 この夜々の変則サーブ。その手法もそうだが、何より肉球と言う柔らかいモノで撃っている為、変な回転がかかり、その意味でも変則なのだ。

 撃ち返すのは難しいだろう、と見るのは、主催者? の仲居さん。

 

 だが。

 

「フッ!」

 

 スパァンッ! と乾いた良い音を奏でながら、撃ち返すコガラシ。

 コガラシのペンホルダーで握られたラケットは、正確に夜々と狭霧の間のコース。見事なレシーブに、手が全く出せず、狭霧も夜々も唖然としていた。

 

 

「……コガラシ選手! 見事に撃ち返しましたぁ~!」

「すごいですーっ! コガラシさんっ!」

 

 呑子と幽奈は大絶賛。

 ……幽奈は、一応参加者なんだけど、観戦してるみたい。

 

「む。コガラシ、嘘ついた」

 

 夜々は、訝しむ様にコガラシを睨む。狭霧も。

 

「貴様……卓球が苦手と言うのは虚言か!?」

 

 まさかの見事なレシーブに、抗議する。

 そんな2人を見て、ホムラは少し苦笑い。

 

「まー、ちょっと言い方がずるかったな。コガラシは。苦手って言っても、下手だ、って訳じゃないんだし」

 

 ホムラは 得点版をぺラリ、と捲りながらそういう。

 

「むっ! どういう事だ」

 

 狭霧も、ホムラの言葉を訊いて、改めてコガラシを見た。

 

「まぁ、確かに言葉足らずだったな。卓球コーチの霊に、それも全国常連校、制覇も何度かしてたコーチの霊に憑りつかれて、やりたくもねー、地獄の特訓をされ、卓球そのものが嫌いになって、苦手になったんだよなぁ」

 

 しみじみと言うコガラシ。 

 確かに、思い出したくない思い出の1つと言えばそうだ。霊能力の修行も、まさに地獄だったが、スポーツと言うものを、甘く見てはいけない。……あれも、大概地獄だから。とっても。

 

「……悪さをする様な霊じゃなかったから、強制成仏なんて、正直アレだったし」

「って、止めてくれても良かっただろ!」

「意地張ってたくせに、何言ってんだ。今更」

 

 ホムラも、当時の事を思い出しつつ苦笑い。

 人に仇なす霊であれば、コガラシの拳や、ホムラの脚が火を噴く、と言うモノだが、生憎、霊と言ってもピンからキリまでいるから。

 と言うより、当時のコガラシはまだ霊に抗う術を持ちえなかったから、と言う理由もあった。ホムラに成仏を……、と言うのも、負けたくない気持ちや、一度、霊に対して『とことんやってやる』と豪語してしまったから、ホムラの言う通り、半ば意地になってたみたいだ。

 

「ほら、試合は始まったばかりだぞ? まだ終わって無いって」

「……無論だ、コガラシの言葉を信じ、そして力量を見誤っていたのは、私の落ち度だ!」

「……そこまで言う?」

 

 力量を見誤った、と言うのは確かにそうだけど、言葉を信じた事が落ち度、と言うのは、ちょっと言い過ぎな気がするけど、まぁ 狭霧だから。

 

「……私も本気を出す……!!」

 

 と、言うと、まさに狭霧は忍者だ! と証明する、そんな術を披露。

 そう――分身の術、である。狭霧が5人に増えたのだ。

 

「はぁ!?」

 

 当然ながら、コガラシは絶句。狭霧の正体については、ホムラから訊いていたが、それでもまさか、こんな場面で使用してくるとは思わない。

 

「うわ、大人げな……っ」

「……やかましい! 兎も角、此処からが本領発揮だ!」

 

 分身させたのは、狭霧だけじゃなく、ラケットは勿論、ピンポンも5球に増えて、あら大変。

 

「おお~~っと、狭霧選手の得意な分身サーブです! コガラシ選手は、本物の球を見分けられるのでしょうか!?」

「そんなん見分けられるか!! 無茶言うなぁ!!」

 

 5人の狭霧が、同じフォームだとは言っても、其々違うコースに打ち込まれてしまう。

 1つを拾う事は出来ても、残りの4つは無理だ。5つの内、当然ながら本物は1つだから。

 

「ぐぉっ!!」

 

 拾える確率は5分の1。

 

 と言う訳で、初見での動揺もあってか、ものの見事に空振り。

 

「はーい、点数タイになったぞー」

「無茶言うなぁ! 返せるかぁ!!」

「そこは気合だ。頑張れ」

 

 ぐっ、と親指を立てるホムラ。コガラシは、無茶だ、と言い続けるが、一応……ルールに『分身してはいけない』なんて禁止事項は無いから。☜ある訳ない

 

「それに、全部撃ち返したら良いだろ? 出来る出来る」

「無茶苦茶言うな! 言うなら、ホムラがやってみろ!」

「ん? オレがやったら、狭霧が可哀想だ」

「……む? なぜ、私が可哀想なのだ?」

 

 ホムラの一言でぴたっ、と止まった。

 

「大人げないとは言っても、ほら、攻略しちゃったら 不利になるだろ?」

「ほほぅ。つまり ホムラだったら、討ち返せると?」

「……漢字違う。でもまぁ、出来なくは無い。コガラシの後でな?」

「構わん! コガラシの旧友と言う事もある貴様だ! 私は到底納得出来るものじゃないが、何もせんのはホムラにとっても忍びないだろ」

 

 狭霧はそういうと、分身の術を一時解除し、ホムラにラケットを手渡した。 

 

 

「私のサーブ、破れるものなら破ってみろ」

 

 

 なんとビックリ。

 

~ 狭霧&夜々 VS コガラシ&幽奈 ~

 

 だったのが。

 

~ 狭霧 VS ホムラ ~

 

 になりそうだ。

 

 

 

 ……いったい、どーなるの??

 



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第14話 最後は皆で楽しく卓球大会!

 

 

 

 

「さ~て、ひょんな事から、選手変更となりましたぁ~!」

 

 主審をしていたホムラだったんだけど、選手になっちゃったから、と言う事で、呑子が前に出て進行役、主審を買って出てくれた。……楽しそうだった。

 とは言っても、殆ど呑子も進行役をしていたし、実質は変わってないだろ? ともいえる。

 

「これからはぁ~、さぎっちゃん VS ホムラちゃんの、ドキドキ♡ アツアツ♡ ラヴラヴ♡ な大卓球大会に変更しまぁす♪ ポロリもあるよ~♪」

「ちょっっ!!! な、なに言ってるんですか!! 呑子さんっっ!!」

 

 盛大に否定をする狭霧。

 またまた、対戦相手が変わりそうな勢いだ。

 

「んー、それは兎も角」

 

 全く動じてないホムラ。

 それに対して、狭霧は、少なからず……いや、バリバリに不満があった。でも、そんな事は露知らずなホムラは、コガラシの方を向いていた。

 

「まぁ、狭霧に対して一言多かったオレの自業自得な展開であるとはいえ、オレと狭霧が対戦する事になってしまったが、コガラシの運命? はどうなるんだ? オレが勝ったら、残留になるのか?」

「う~ん……、どうなんだろうな。オレに聞かれても……」

 

 ホムラは、確かにコガラシに聞いても無意味だと思って、仲居さんの方を見た。

 

「代理、と言う形でも問題ありませんよ~、ですが、あくまで コガラシ君の退去の希望が出てますので、コガラシ君本人の意思やコガラシ君の試合の結果と関係なく、ホムラさんの結果で、運命が決まってしまいますが、それでも良いでしょうか?」

 

 そう、つまり……、ホムラが負けてしまえば、コガラシは 自分ではどうする事も出来ず、問答無用で、勝者(狭霧)の言う事を聞かなければならないのだ。自分が負けた訳でないのに。

 だが、ホムラの事はこの場の誰よりも知ってる、と言う事もあって、変に心配はしてなかったんだ。

 

「成る程。コガラシはそれで良いか? オレの力で、勝ったら、って事になってしまうが」

「う……」

 

 負けず嫌いな性格であるコガラシ。 やっぱり、少々不満は残るのだが……。

 

「狭霧が言い出した事でもあるからなぁ……」

 

 ちらり、と狭霧を見た。

 肉食獣の様に、目を鋭くさせている。……あれはもう、何言っても無駄だろう事が判り、更に、今更自分が何言っても逆効果だという事も判る。

 

「……今回限り、だ。分身サーブをどう崩すか、……ちょっと興味があるし」

「一度でも見りゃ、大体判る。……見取り稽古は昔から得意だっただろ?」

「……そのおかげで、何度も後塵を拝していたんだがな!」

 

 むかっ、とさせながらも手を挙げた。

 了承した、と取った呑子は、球を狭霧に渡す。

 

 

「……こほん、兎も角! 我が分身サーブを敗れるものなら、やって見せろ! ホムラ!」

 

 両手で構えて、分身を作り出す狭霧。

 現れたその数は、5人。それぞれが構えた。……パッと見は、分身の術特有……いや、漫画やアニメ、映画などである分身は、本体と違って、若干薄くなってたり、ブレてたりするのだが、狭霧のはそれが無い。それぞれの分身体がしっかりと輪郭と色を帯びており、本体と大して変わっていないのだ。

 

 そして、5人が構えて――同じく増えた球を構えた。

 

「行くぞ!」

「ああ、来い」

 

 カ カ カ カ カンッ! と5つの内、4つは偽物のハズなのに、音まで再現する程、密度の濃い分身球がホムラに迫るが……、ホムラは、ゆっくりと息を吸い……止めた瞬間。

 

 そのすべての球を弾き返したのだ。

 いや、そう見えた(・・・・・)のだ。

 

「なっ!?」

 

 目にも止まらぬ動きで、実体の無い球をも弾き返した。

 本来であれば、実体がない故に、偽物だったらスカ振りになってしまうのだが、あまりの完璧さに、分身も思わず返ってきてしまった、……のだろうか?

 

 狭霧にとっても、返してくるとは思ったが、それはあくまで、本物を見極めて 弾き返してくる、と思っていた。まさか、全部返してくるとは到底思えなかったから、面を食らってしまって、動きが止まり――、そのまま 床へと落下した。

 

「これで、タイ、だな」

 

 腕をぐるん、と振ってそう宣言するホムラ。

 あまりの鮮やかさに、お気楽実況である呑子も、仲居さんも、言葉が数秒出てこなくなってしまって……、その沈黙が数秒続いた後。

 

 

 

「おおおおっっ!」

「ホムラさん、凄いっっ!!」

 

 

 

 一気に場が沸いた。

 

「す、すごいですー。どうやって、返したんでしょう? コガラシさん!」

「なにが見取り稽古だ。……あんなん、ホムラにしかできないだろ……」

 

 呑子たちの様に興奮気味の幽奈。

 ため息を吐くコガラシ。

 

「え、見えたんですか?? コガラシさん」

「……まぁ、な。オレは拳で、アイツの場合は脚。自分自身の特化した部分を盛大に使ってる。事、競技において……、ま、有利になるわな。勿論種目によると思うけど」

 

 頭をガシガシ、と掻き毟るコガラシ。

 

「瞬発力と何より、足運びが以上に早くて正確なんだ。殆ど同時のコースに飛んできてんのに、ほんと 短い距離で瞬間移動でもしてんのか? って錯覚するくらい、早く動いて、全部打ち返してる」

「はぇ~……、す、すごいですね」

 

 少々悔しい気持ちがやはりあるのだろう。コガラシの言う様に相性はどうしてもあるんだけれど、それでも自分が取れなかったサーブをあっさり跳ね返してしまうのだから。

 

「ぐ、むむむ……!!」

 

 狭霧もぐうの音も出ない程のやられっぷりだった。

 でも、このまま黙ってみている狭霧さんじゃありません。

 

「もう一球だ!!」

「ほい、OK」

 

 半ば意地になって、分身サーブを打ち込む狭霧。

 

 でも、返されてしまう……。

 

 

 3球目からは、返されても冷静に対処をしていったのだが。

 

 

「一応、オレもコガラシに付き合わされていたからな。あの鬼コーチの指導も当然ながら受けてる。正式な部に入った事はないが、全国出場するくらいは、いけると思うな。水山選手と手合わせしてみたい、と思ったり」

「っっ。オリンピアン、それもメダリストの名を出すとは……ホムラの腕はそれ程までか……」

 

 気圧される狭霧。まさかの日本人で初の快挙、メダリストの名が出てくるとは思わなかった。 だけど、その後ホムラは意味深に笑うと。

 

「ってのは、冗談。精々高校レベルだ。コーチの霊も高校の部活の顧問だったしな。オレが相手になる訳ないだろ」

「ぐぐぐ!! か、からかったな!? ホムラ!!」

「ははは。まさか、本気にするとは思わなかったんだよ」

 

 外から見ていたら、本当に楽しそうに卓球をしている様にしか見えない2人。

 でも、幾らオリンピアンであっても、はたまたメダリストであったとしても、……分身サーブを取れたりする? と疑問に思えるのだが、そこはスルーをしよう。

 

 

 そんな時、幽奈が仲居さんに一言。

 

 

「もう、これで……皆で楽しく卓球大会~で良いんじゃないでしょうか……? ホムラさん、強すぎます。それに狭霧さんも、当初の目的、忘れちゃってそうですしー。それに……」

 

 幽奈はコガラシの方を見た。少々顔を赤くさせて。

 

「わ、わたしのせーなんで、コガラシさんは、狭霧さんの言うようなふしだらな人じゃないんですぅ……///」

「ふふふ」

 

 二コリ、と笑っている仲居さん。そして、顔を赤らめながらも2人を見る幽奈。

 スコアはホムラがリードしていて、崖っぷちにまで追いやられている狭霧なのだが、サーブ兼を渡したりしないし、寧ろ、スコアも見てない。

 

 もう、ただただホムラに挑みかかってる、と言う方が正しい。

 

「……それもそうですね」

「夜々も、ホムラとしたいっ!」

 

 ぴょんっ! とホムラの隣に立つ夜々。

 

「おっ?」

「ホムラっ! 夜々とダブルスするのっ!」

「なっっ!! 夜々! 寝返ったのか!?」

「夜々、もともとホムラと敵対してないー! ホムラは 夜々のごはんっ!!」

「……オレは飯扱いかよ」

 

 やれやれ、と首を振るホムラ。

 夜々の胃袋は完全にホムラが掴んでしまっている為、仕様がないだろう。

 だけど、……まだ夜々に言ってないが、コガラシも相当な腕前だから、きっとコガラシとも直ぐに打ち解ける、と確信をしていた。

 

「……(いや、餌付けされる、と言う方が正しいかな)」

「ホムラーっ! するのっ!」

「はいはい」

「ぐぐぐ、おい、幽奈! 私の方につけ! 今度こそ、打ち負かしてくれる!」

「あ、はい。判りました」

「あ~、ずっる~い。交代してよねー」

「やれやれ……、何か目的変わってないか?」

 

 

 と、言う事でいつの間にか、鉄の掟を謳っていた筈の、温泉ダブルス・一本勝負!!

 が、皆で楽しくワイワイ卓球大会になってしまっていた。

 

 

 でも、それが一番良いだろう、と何処となく思えるのはホムラだ。

 

 確かに、夜々に色々としてしまったのは、コガラシだけど、自業自得、と言う訳ではない。夜々の事を知ってまだ日も浅いし、幽奈との一件に関しては、コガラシを責めるのは……、正直可哀想だ。

 

「うぬぬぬ!! これではどうだーっ!!」

「いい加減サーブ兼を独占するなよ、狭霧」

 

 分身の術サーブに依存してるの? と思える程 狭霧はワンパターンになっちゃっていた。更に指摘されるまだ、狭霧は判ってなかった様だ。顔が赤くなってしまっていたから。

 

 そんなこんなで、皆が楽しく等しく良い汗をかいた卓球大会は終わりを告げた。

 最終的には、何故か……、いや 必然的に、ホムラ VS コガラシ の形となり、何処の大会の決勝戦だ!? と言えるような白熱としたラリーが延々と続いていた。

 

 もう、仕事が休み、と言う訳ではないから、タイムアップ、と言う事でお開きである。

 

「ふぅ……。コガラシもまぁ、狭霧に負けずと劣らず、負けず嫌いなんだから」

「お前に言われたくねぇって。ホムラも大概だろう」

 

 せっせと、卓球台の片付けをするみなさん。

 そう、使ったらちゃんと片付け、使った後の方が綺麗になる様に、との事。

 

「でも、やっぱりコガラシさんも凄かったですね? ホムラさんについて行けたのは コガラシさんだけですよ」

「ふ、ふんっ。私はまだ認めた訳ではないぞ。あくまで、卓球の結果のみだ! ……が、追い出すような真似はもうしないと約束はする……不本意だが、私の完敗だからな!」

 

 ホムラの実力を改めて見て、更にそのホムラと五分の戦いを繰り広げているコガラシを見て……、今回の1件、卓球大会については完敗を認めた様だ。

 

「あー、言葉を返す様で悪いが……、この中で最強は幽奈じゃないのか?」

「……まぁ、確かに」

 

 せっせ、と片付け、掃除をしながらそういうのは、ホムラとコガラシ。

 

「え? わ、わたしですか??」

 

 幽奈は言われている意味が判らない様だ。……本当に??

 

「ほら、いくらなんでも 試合中に、ポルターガイストをされたら、無理だ。台を乗り越えなければ、球に届かないし、そのまま彼方に飛ばされでもしたら……、お手上げ。来るタイミングも読めないんじゃ尚更だわな」

 

 両手をひょい、と持ち上げるホムラ。

 

 あの試合中も、何度か幽奈のポルターガイストが発動したのだ。

 

 まぁ、狭霧の言葉から、幽奈がコガラシとの一夜を色々と連想させてしまったり、勝手に自分で思っちゃって自爆をしてしまったり、と色々なパターンがある。

 あの手段は、傍から見れば試合放棄! とも取られるかもしれない技ではあるものの、殆ど異能バトルの様なものと化してしまった部分もある為、(狭霧の分身の術や夜々の肉球しかり)全然OKだったから。

 

「は、はぅ…… すみません……、よく考えたら散らかしてしまったの、主に私ですし……///」

「幽奈だけじゃない。コガラシが原因だ」

「オレだけかよ!!」

「トリガーがコガラシなら、連帯責任だろ?」

「うぐっ……」

 

 そう言われてば、ぐうの音も出ないコガラシ。

 確かに、夜な夜な抱き着いたり、衣服が肌蹴た所を見られてしまったり、ハダカを見られてしまったり……、etc

 

 以前は、ホムラも何度かあった事だが、ここ最近はコガラシに集中気味だから さんざん言えるだろう。

 だが。

 

「まぁ、連帯責任を言えば、オレもそうだ。だから さっさと終わらして、飯にしよう。皆」

「ぁ……、はいっ!」

「ふんっ」

「ごはん~!!」

 

 ホムラの最後の一言で 明るくなる面々。率先して片付けてくれている所もやっぱり良い所だ。勿論、コガラシもせっせと働いている。……発端がコガラシだから、まぁ当然だけど。

 

「さ~すが、ホムラちゃんっ! やっさしぃ~♪」

「それがホムラ君ですね。それに、コガラシ君も、負けないくらいきっと優しい子だと思います」

 

 このまま、平和に終わる……、と思っていたんだけど、ここで一発。

 

「お? 卓球台重いだろ? 手ェ貸すぜ!」

 

 いざ、名誉挽回。

 狭霧と夜々が片付けをしていた所に、コガラシが手を貸そうと駆け寄った時の事。

 

 幽奈のポルターガイストの影響もあって、それなりに床も色々と散乱している。 

 ……ここまで来たら想像できると思うが、コガラシはその散乱している床の上を走って、球を踏んでしまって……盛大にすッ転んだのだ。

 

 狭霧と夜々を押し倒す勢いで。

 

 

 その後、どーなったのかと言うと……。

 

 

 器用に倒れたコガラシ、その伸ばした両手は、これまた神業? と言いたくなる程正確に、2人の下着(ブラ)()。……上からではなく、ずぽっ! っと、入ってしまってて、更には、ひとモミしてしまったのだ。もにゅっ……と本当に柔らかく心地よい女の子の象徴ともいえる膨らみ。そんな聖域を犯してしまったコガラシ君。

 

 たぶん、わざとじゃないだろう。……たぶん。

 

「………//// お、オレはフォローはしない」

 

 肌蹴てしまった2人を見てしまったホムラは、即座に顔を背けた。

 

 今回の騒動の発端、コガラシと夜々の時は見ていなかったから、それなりに庇おうと思ったけど、これは弁解の余地なし。

 

「い、今のはオレが悪かった。ほんと、100パーセント、オレのせいだ……」

 

 コガラシも顔を赤くさせて、直ぐに両手を離したんだけど、それくらいの謝罪で許すはずもない。

 

 狭霧は、殺し屋の様な眼を。

 夜々は、猫は猫でも、ネコ科動物……、肉食獣(ジャガー)の様な眼を。

 

 2人は、それぞれの得物を手に(狭霧は苦無、夜々は爪)、コガラシをぶっ飛ばした所で、本当に幕を下ろしたのだった。

 

 

 

「こ、コガラシさんしっかりーー!!」

「………自業自得、これはほんと、自業自得だ、バカ。まぁ……オレを巻き込まなかっただけは良しとするかな」

 

 

 引き裂かれ、突き刺され、地面に突っ伏してるコガラシ。いつもだったら、とばっちりを受ける事が多かったんだけど、今回はホムラはお咎めなし? である。……当たり前だけど。コガラシはとりあえずは大丈夫そうだ。傷だらけだけど、ギャグっぽいから暫くはそのままの方が良いだろう。

 

 コガラシはと言うと、仮に永住権を獲得できたとしても、自分のせいであるとはいえ、住人との人間関係に先行き不安を改めて思いなおすのだった。

 

 

 




Q:「遅かったねー? アカメの方忙しかったから??」

A: ……忘れてた。リアルに。



Q:「コガラシ君が原作同様にずっこけて、揉んだみたいだけど、ホムラ君はシャイだし、ならないの? そっち系、行動系は?」

A: その気はないけど、なる。コガラシに負けずと劣らず。今後の展開次第だけど。



Q:「竜のカミサマとの対面楽しみ! あのクールでボーイッシュな従者はどっち派??」

A: まだ学校行ってないし、まだまだ先だから何とも。……でも、目的が強い奴と、だから。一応、そうとだけ。


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第15話 学校へ行こう

 

 

 と、言う訳で翌日。

 

 あの卓球大会の後も、本当に色々とあった。……色々と、と言っても最早いつも通りの出来事、ルーティンワーク、と言っていい事だけだが。

 

 コガラシやホムラが、『えっちなとらぶる』 に巻き込まれてしまい、狭霧に怒られる。後は、幽奈が恥ずかしい目にあってしまって、まとめて外に放り出されてしまう。そんな感じなのが、昼夜に何度も起こってしまっていた。

 

 ……割合を言えば、8割型コガラシなのだが、とばっちりを受け続けているホムラも、似たようなものだった。

 

 誰が悪い! と言う訳ではなく、半ば必然。宇宙の意思とまで言える程の現象。だから、だれも悪くないのである。ゆらぎ壮で暮らす者の運命と言えばそうだろう。

 

 

 でも、幽奈はやっぱり気にしてしまう性格。吹き飛ばした事もそうだが、コガラシやホムラが狭霧に怒られる原因の5~6割は幽奈自身も関係しているから尚更だ。

 

 だからこそ、今日こそは。……今日こそは、しっかりと、気を付けないといけない、と心に深く誓って目を覚ました。

 

 

 

「ぅぅ……ん、はふ……」

 

 

 

 目を拭い、幽奈はゆっくりと身体を起こした。

 どうやら、今日はコガラシにくっついたり、抱きしめたり、色々とはしてない様だから、とりあえず寝相の悪さ、と言う第一関門は突破出来た。幸先の良い朝である。

 

 と、寝ぼけながらも、そう思っていた幽奈だったのだが。

 

「おはようごらいまふ……、コガラヒは……、あれ?」

 

 横で眠っているハズの、コガラシの姿がないのだ。……布団も片付けられていた。今日の朝、抱き着いていない理由は、コガラシ自体がいなかったからなのだ。

 

「……あれ?? あれ?? コガラシさん!? コガラシさーーんっ!」

 

 幽奈は慌てて外へと飛び出した。

 特に大きな荷物があった訳ではないのだが、コガラシが持ってきて部屋においてた荷物が全て無くなってしまっている事に、更に不安を覚えた様だ。

 

 直ぐに幽奈が向かったのは、ホムラの部屋。

 

 ホムラであれば、コガラシがどこに行ったのか、間違いなく知っている! と確信があったから。だけど、扉を越えてホムラの部屋に入っても……。

 

「ほ、ホムラさんっっ!!」

 

 誰もいなかった。

 几帳面に、整えられ、整理整頓されている部屋の中は、今の幽奈には何処か寂しさを演出していて、更に不安が掻き立てられていた。

 

「わーーんっ、ホムラさぁぁんっ、コガラシさぁぁんっ!! どこですかぁ!!」

 

 部屋を飛び出して、周囲を宙から探す幽奈。幽霊だというのに、衣類が乱れているのはご愛敬。……豊満な胸や、下着がちらりと見えている状況。それを見たのは、朝の掃除をしている仲居さん。

 

「おはようございます。幽奈さん。はしたないですよ? そんな恰好で」

 

 しっかりと注意するのは、年配者としての当然の務めである。その容姿からは、どう見繕ってもアンバランスなのだが、やっぱり仲居さんは説得力があるから、取り乱していた幽奈だったが、仲居さんを見つけると、一目散に駆け寄った。

 

「な、仲居さんっ! 起きたら、コガラシさんがいないんですぅぅっっ! そ、それに、ホムラさんもぉっ! はっ……!! も、もしかして……やっぱり……!!」

 

 幽奈は、これまでの事を頭に浮かべた。

 沢山迷惑かけ続けた時の事。……たった数日だというのに、思い出のページが大分埋まりつつある程にある記憶。……本当に、色々と迷惑をかけた記憶。

 

「や、やっぱり 私のせいで、ゆらぎ壮を出ていかれてしまったのでしょうか!? ほ、ホムラさんも、今回ばかりは、本当に呆れられちゃって……!? わ、わぁぁぁんっっ、こ、コガラシさぁんっ! ホムラさぁぁんっっ!!」

 

 思いっきり涙を流す幽奈。……ギャグっぽい涙だけど、本当に悲しそうだ。2人がいなくなった理由。……本当に身に覚えがあり過ぎるから、それもさらに拍車をかける結果となってしまう。 

 そんな取り乱した幽奈に仲居さんはニコリと笑いかけた。

 

「お2人なら、もう出かけましたよ? 大丈夫です。出て行ったりしていませんよ、幽奈さん」

「えっ……!? ほ、ほんとうですか!?」

「はい。本当ですよ。それに、もし、ゆらぎ壮から退去するのであれば、私を通してもらわないといけませんし、その様な話は受けてません」

 

 仲居さんの言葉に、幽奈はほっと胸をなでおろした。

 だけど、安心はしたけれど……、新たな疑問が生まれた。

 

「あ、でも こんな朝早くから……? コガラシさんもホムラさんも、バイトは入ってない、って言ってましたが……」

 

 何処へ行ったのだろうか? と言う点だった。

 だが、その疑問もすぐに解消される

 

「いえいえ、バイトじゃありませんよ? コガラシ君もホムラ君も、今日は高校の入学式だそうです」

 

 そう、今は桜が咲き誇る季節。

 入学シーズンだ。

 

 

 コガラシもホムラも、今日から高校生。色々な想いを胸に――、2人は入学式へと望んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ 湯煙高校 □□

 

 

 

 学校門に続く道には、桜の並木が立ち並び、新入生を歓迎してくれている。

 咲いて、そして散る桜の花びらの花吹雪を身に受け、校門をくぐったコガラシとホムラ。

 

「……ここが湯煙高校……、オレたちが今日から通う学校か……」

「ああ。オレは何度か見学に来てるが、コガラシは初めてだったな。中々綺麗な所だろう?」

「ああ。さいっこーだ!」

 

 コガラシは、ホムラの言葉に同意して、盛大に頷くと……、ゆっくりと目を瞑って空を見あげた。

 

 胸に思い描くのは、コレまでの学校生活。小中学校での出来事だ。

 

 

――小学校のころはよく二宮金次郎像や人体模型の付喪神に肉体を乗っ取られたもんだ……

「後始末が大変だったんだよな。誤解なんか解ける訳ないし」

 

――中学時代は、借金苦からの、霊能修行……だった。

「……アイツ(・・・)が連帯責任、とか何とかで、オレも大変だったな」

 

 

※ 注  コガラシ君は、口に出しては言ってません。

 

 

「って、コラ。勝手に思考を読むな!」

「馬鹿言え、コガラシの経験してきた事は、そっくりそのまま、オレにも当てはまるんだぞ。口にも出したくなるわ」

 

 はぁ、とホムラはため息を1つ。コガラシもそれは、『……確かにそうだ』と自戒していた。

 

「だが、もう怖いモンはねぇ。そうだろ?」

「だな。ああ、器物破損は注意しろよ? 憑依系には実体はあるんだから」

「わ、わーってるよ!」

「……全部殴って終わらそう、って安易に考えるなよ。また 借金地獄に戻るかもだぞ。教材だって、安くないんだから」

 

 未来予知をするがの如く、ホムラの言葉は的を射ていた。

 コガラシは、拳1つで全てぶっ飛ばして終わらす事が出来る術を身に着けているのだ。だが、それが霊体にお仕置きをするだけで留まればよいが、ホムラの言う通り、強い念から、先程にもあった、金次郎さんの銅像や、人体模型等にのりうつり……、憑依して動かしていたりすれば、攻撃したら、霊もぶっ飛ばせるかもしれないが、教材や資材も一緒にぶっ飛ばしてしまう事だってある。

 

 以下、要注意である。

 

「肝に銘じとく」

「……ま、オレも同様だ。それを踏まえて、学校生活を楽しもう。……いままでの分を取り戻そうな……」

 

 哀愁漂わせているホムラの背中。……そう、コガラシだけではなく、ホムラも相応の時を生きてきている苦労人だと言っていい。同じ境遇の人間が1人いてくれるだけで、どれだけ心が軽くなる事か、とコガラシは思い馳せる。ライバル、強敵(とも)、兄弟弟子。色々と言い表す事が出来るホムラとの関係だが、それでも今一番ふさわしいのは、同じ学校へと通う幼馴染で親友だ。

 

「よーし! ホムラ!! ここからオレ達の真の青春が始まるんだ! がんばってこーぜ!」

「……ほどほどにな。出鼻くじかれない様に」

「判ってるよ!」

 

 テンションに差があるように、会話だけでは思えるが、ホムラも心沸き、期待に胸を膨らませているのは間違いない。彼の表情に全て出ているから。風を感じる様に、眼を瞑って……、頬を緩ませているから。

 

 そんな時。

 

「わ~~! ここがコガラシさんとホムラさんが通う学校なんですね~。とても綺麗な所です~! 桜も素敵っ!」

 

 ふよふよふよ~~、っと浮かびながら、2人に近づくひと?影が1つ。

 入学式がある為、沢山の生徒たちがごった返しているこの学校敷地内で、なぜその姿に誰も驚かないのはと言うと、……彼女(・・)の姿はこの場の誰にも見えないから。

 

「あれ? 幽奈」

「お、おおっ!? 幽奈? 何でここに?」

 

 突然後ろから声をかけられて、少々驚く2人。霊的現象には慣れっこなんだけど、今は不意打ちに等しいから、仕様がない。でも、直ぐに幽奈だと判ったから、問題ではない。

 

「えへへ。仲居さんに、聞いたんですよ。お2人のご入学をお祝いしたくって! いつの時代も、ご入学はおめでたい事ですからね~!」

 

 にこりと笑う幽奈。

 それは、身寄りのない2人にとってはうれしい申し出だった。

 

「えと……、ご迷惑でしたか?」

 

 だけど、突然何の連絡もなく来てしまった事に、幽奈は迷惑を感じたのではないか? と想い、2人に聞く。そんな幽奈を見て、ホムラはただただ笑っていた。

 

「いいや。迷惑じゃないさ。……ありがとな、幽奈」

「あ、はいっ! 私はいつもいつもお世話になってますから!」

「うーん、オレも問題ないし、ありがたい事だけど、大丈夫か? 誰かに見られたら……」

「なーに言ってんだ。そんなの大丈夫だって」

 

 コガラシの心配ははっきり言って無用だ。

 因みに、こういう感覚はたまにある事。幽奈の様な幽霊を普通に見る事が出来る者にとっては、そこにいるのが当たり前であり、……つまり、見える事(・・・・)が当たり前だと錯覚してしまって、コガラシの様な心配をしてしまうのだ。

 

 基本的に、幽霊を見る事が出来る様な強い霊感の持ち主は、極々少数。元々生まれ持った体質だったり、厳しい修行を経た霊能力者でなければ不可能だ。そして、この科学万能な現世において、圧倒的に数が少ないのは霊能力者の方。……例の坊主たちの群がいたが、それでも少人数なのだ。

 

 だから、コガラシの様な心配は殆どする事はない。

 

 現に、幽奈の身体をすり抜けて、生徒たちは通っているし、だれも幽奈の姿に気付いてる様子はない。

 

「あ、それもそうだな」

「……でも、話す時は気を付けろよ?」

「ん、判ってる」

「幽奈も頼むな。他の皆は見えてないんだ。……誰もいない(・・・・・)所で話してる所何度も見られたら、良い病院を紹介されそうになりそうだ」

「あ、はいっ! そうですね。気を付けます!」

 

 幽奈も、ホムラの言う事ははっきりと理解できた様子。コガラシもこれまでの経緯があるから、尚更理解している。

 

 全員が注意事項を音読した所で。

 

「じゃあ、行くか。3人そろって」

「ああ」

「はいっ!」

 

 入学式の行われる体育館へと……、3人は向かっていったのだった。

 

 

 ありきたりな入学式。在校生の歓迎の言葉、新入生の決意表明。……そして、長く 眠たくなりそうな校長先生のありがたいお話。

 

 それらが終わり――漸く、新しいクラス。教室へと集合した。

 

 今日から1年4組。

 

 それが自分達のクラス。運よく、コガラシもホムラも同じクラスになったのだ。そして、出席番号順に決められた席順の為、それ程離れてもない。……でも、2人とも顔見知りをする様な性格じゃない為、そのあたりは別に、別々だった所でも問題は無い。

 

「ふぅ……」

 

 少々教室に遅れて入ってきたのは、ホムラ。

 

「おーい、ホムラ。遅かったな? 何処に行ってたんだ」

「ん? ちょっとあってな」

 

 迎えるコガラシと、その隣にもう一人。

 

「おう。オレは、兵藤(ひょうどう)(さとし)って言うんだ。よろしくな! 冬空に話は聞いてるぜ。えと、夏山!」

「ああ。宜しくな。兵藤」

 

 がっちりと握手を交わすホムラとサトシ。

 コガラシから、どんな話を聞かされたのか、……色々と気になる点はあるものの、とりあえず今は良い、と判断した。第一印象が何よりも重要だという事をよく理解しているからだ。

 

「でよ! でよ! 夏山はどう思うっ!?」

「……いきなりだな。主語がないから、答えようがないぞ」

「ははは! そりゃそっか! ほら、見てみろよ。オレら、めちゃついてるんだぜ? このクラスに宮崎(みやざき)千紗希(ちさき)がいるんだぜ……!?」

「……ああ。あの子か」

「おおそうだそうだ! あの宮崎だ! ……って、冬空と同じ引っ越してきた夏山は知ってたのか? 学校のマドンナの事」

 

 ナチュラルに会話が進んだ事で、サトシは違和感を感じた様だ。コガラシは知らなかったのに、どうして ホムラは知っているのか? と。

 

「入学式が終わった後にちょっとあってな。それだけだ。名前と顔が判る程度だが、彼女がどうした?」

「へーー、お前うらやましい奴だな~~~! あの宮崎ともうお近づきになれたとはっ! って、判るだろ? めちゃくちゃ可愛いじゃん! この辺じゃ知らねー男子はいないんだぜ? モデルとかスカウトされまくったりもしてるらしいし、それに断ってばっかで、控えめなんだ。ああいう可愛い子って、オレの経験上、妬みとかいろいろあったりして、悪い噂の1つや2つは立ちそうなんだけど、宮崎にはそれが無いんだぜ」

 

 声はなるべく小さく、それでいて熱弁してくれているサトシ。

 確かに、可愛らしい容姿だ。オレンジ色のショートヘア。目はクリッと大きく、笑顔が似合うとでも言えるだろう。クラスの女子中心ではあるが、だれとも笑顔で話しかける姿は本当に好感が持てる。

 

「まぁ、確かにな。初対面だったが、良くしてもらったよ」

「なななな! 『よくしてもらった!?』 もうお前らそんな親しい間柄っっ!?」

「あー……、言葉の綾だ。そこまでの面識はないって。数分程度だぞ。無理あるだろ?」

 

 ホムラは、直ぐに訂正する。

 この手の話には ホムラは疎くはない。……男子からの嫉妬の念を受ける可能性だって、有り得る事だって理解している……つもりだ(ホムラの中では完璧に)。 

 そしてそして、コガラシは別に驚く様子はなく、サトシの様な感情を向けたりはしない。……ホムラと一緒に過ごして来たら、大体判るから。身近で言えば、狭霧と夜々の事だってあるからよく判る。

 

「(あ~、まぁ ホムラのいつもの事だな。……ん?)」

 

 色々と適当に結論を着けていたその時。

 等の話の中心人物だと言っていい、宮崎の傍に、幽奈がいる事にコガラシは気付いた。

 

 

「ふむふむ~、なるほどなるほど~~」

 

 

 宮崎の後ろにぴったりとついている幽奈。

 いったい何をするつもりなのか……? と思ったコガラシの行動は早かった。

 

「アイツ、何やってんだ……」

 

 幽奈が自分達の傍を離れ過ぎるのは、あの坊主どもの件があってからは少々心配だ。だから、それとなく連れ戻そうと動いたのだが……、幽奈の方が早かった。

 

「ここはどういう作りなんでしょう……?」

「ひゃ……!?」

 

 何を思ったのか、なんとなんと! 幽奈は 宮崎のスカートの先を摘み、上に持ち上げたのだ。ぴらっ♡ っと。

 

 そして――スカートの中身、世の男どもにとっての楽園(パラダイス)。そして、絶対的不可侵領域(サンクチュアリ)が あっという間に露わになってしまった。

 

 男子にとっての不幸? はその薄緑色の何か(・・)を はっきりと見た者は殆どいなかった、と言う点だ。

 

 こういう時は、落ち着いて 行動をするのが吉。……幽奈は誰にも見えないんだから。だが、はっきりと見てしまったコガラシは、冷静にモノを考えたりできなかった。

 

「こ、こらーーー! 幽奈、な、何やって」

 

 慌てて、その凶行を止めようと手を伸ばしながら近づいて行った。

 ちょうど――そのタイミングで、宮崎が振り向いてしまっていて……、更に涙目でスカートを押さえて、コガラシをにらんでいる。

 

 

――あ、完全に誤解された。

 

 

 そう 気付いたのだが、もう時はすでに遅い。

 

「……さいてー………っ」

 

 羞恥から、顔を赤く染めている宮崎。その眼には涙も浮かんでいた。 

 

「ち、ちが……、ちが……」

 

 もう 手遅れだという事は判っていても、コガラシは認めたくない様子。

 

「あれ? コガラシさん。どうしました?」

 

 騒動の張本人は、自体を判ってない様子で、慌てているコガラシを見て首を傾げ……、軈て、クラス中が大騒ぎする。

 

 行為の瞬間を目撃した訳ではないが、顔を赤くさせ、スカートを抑えた姿で怒ってる宮崎を見たら、いったい何をしたのか、大体想像がつく、と言うモノだ。

 

 

「アイツ、宮崎のスカートめくったってよ!」

「ええっ、ち、千紗希ちゃん 可哀想っ!」

「さいってー! 男って、ほんっと!」

「おい、全員をくくるなよ!? でも、オレだって許せねぇぞ。誰だあの野郎!」

 

 

 同性にも異性にも人気があるのがよく判る。

 つまり、クラス中に敵視されてしまった、と言う事。

 

「ち、ちが、ちがう」

「いきなり、何やってんだ……冬空。引くわ―――」

 

 いくらなんでも、気持ちが判るとはいえ、いきなりそれは無い。と サトシも思った様子。一歩どころか、二歩三歩と後退した。

 

 そんな周囲の様子を見て、号泣してしまうコガラシ。

 

「ちがうんだーーー!!」

「まずは、落ち着け。んで謝れバカ。誤解だとして、どう説明するってんだ」

「ぐえっっ!!」

 

 うおおおんっ! と号泣するコガラシに、痛烈な一言と、コガラシ顔負けの拳骨を頭に落とすホムラ。

 

 こういう場合、知り合いだとは思われたくない………、と思ってしまうのが、通常だと思うが、本当に長い付き合いだから、この程度の事で 折れてしまう様な軟弱な精神ではない。……きついのは確かだけど。

 

 

「はぁ……、オレの連れが悪かった。……だが、判ってくれ。わざとじゃないんだ」

 

 何が原因なのかは、確かにホムラも判ってる。だけど、それを一から十まで説明した所で、絶対に理解されない事も判っている。だから、ここは謝るしかない。いつか……、いつの日か。遠い未来……、誤解が解ける事を信じて。

 

 ホムラがそう言っても、クラスメイトたちは信じる様子は無い。……スカートめくっといて、わざとじゃない。と言っても、信じる方が難しいだろう。

 

「まぁ……そうなるわな……」

 

 さて、どうしたもんか。と色々と考えてみるホムラ。

 

「あ……」

 

 だが、宮崎だけは、変わった。ホムラの姿を見て、怒っていた表情が変わっていた

 

 

「うわぁぁ……」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっっ!! コガラシさんっっっ!!」

「ゆ、幽奈! お前もなにじろじろと見てたんだよ」

「あ、あの。わたしも制服に着替えようと思いまして……! 私の浴衣も、幽体の一部でして、強くイメージするだけで、お着替えが出来るんですっ」

「へぇ……、便利なもんだな。洗濯代かからねぇじゃん」

 

 なんだか、知らないが 立ち直ってるコガラシ。騒動を起こした問題の2人が色々とあっけらかんと話してる姿を見ると―――――。

 

「お・ま・え・ら……?」

「はうっっ!!」

「す、すまんっ……」

 

 ホムラと言えど、怒ってしまうのも無理ない。

 

「時と場合を選んでくれよ。幽奈も……」

「は、はぅ……、ごめんなさい……」

「ほんと、オレも……。ん? でもちょっと待て。服も幽体の一部って事は……」

 

 何で今、ここで 指摘する必要がある? とコガラシには強く思ったが、……指摘するのが遅かった。

 

「幽奈はいつも素っ裸みたいなもんなのか?」

「わ、わたし!!! い、いつもすっぱだ………  きゃあっっ!!」

 

 言わなくていい一言をいってしまったのだ。

 一気に動揺してしまった幽奈さん。そして、まるで忍術の様に 煙が現れたかと思えば、幽奈の姿を覆い隠してしまい……、晴れた先には、幽奈の生まれたままの姿が浮かび上がっていた。

 

 動揺してしまって、変化? が解けてしまった様だ。

 

「っっっ/////」

 

 ……ホムラはいつも通り。そんな姿を見てしまえば、直ぐにはどうしようもなく、ただただ顔を思いっきり赤くさせ、首をぐるんっ! と動かして 回避。

 

 幽奈の姿を、視界の外にした所で……、これからどうなるのか、直ぐに判った。

 

 

 

 数秒後――― 予想通りの結果が起きた。

 

 

 つまり、幽奈の必殺技の炸裂である。

 

 



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第16話 幽奈を証明しよう!

※注

 遅くなってすみません。
 そして、オリ分不足気味です。


 

 今回発動した幽奈の必殺技(ポルターガイスト)は、思いのほか効果範囲が広かった。

 

 

 今まで大体は、主にコガラシ1人を吹き飛ばす程度、もしくは巻き添えでホムラも一緒に吹き飛ばす程度だったのだが、今回は訳が違った。何せ クラス内にいたメンバー全員+机、椅子全てを宙に浮かしてしまっていたのだから。

 

 勿論、これには訳がある。幽奈は恥ずかしい思いをすれば、必殺ゲージが溜まる。つまり相応の出来事(・・・)があれば、比例して技の威力も向上していくのだ。

 

 コガラシが余計な一言を言ってしまった為、幽奈は公衆の面前で、素っ裸になってしまった。

 

 このクラスでは、コガラシとホムラにしか幽奈の事を見れないから大丈夫……な、訳はない。当然だろう。だから幽奈はいつも通りに、いや いつも以上にパニックになってしまって、皆を浮かせてしまったのだ。

 

「幽奈っ!! お、落ち着け」

「駄目だ幽奈! 怪我人が出る!! 止めるんだっ!」

 

 とりあえず、直ぐに説得をしようとするコガラシとホムラ。

 身体の鍛え方が一般人とは違う2人なら兎も角、普通の生徒がぶっ飛ばされてしまえば、幽奈の仲間入りをさせてしまう可能性だって0ではないのだから。……それに、1年の教室は3階だから、外に放り出されてしまえば更に危険だ。

 

「はっ……!」

 

 幽奈も一応正気を取り戻せた様だ。

 

 その証拠に、宙に浮かされていた面々が、一気に落ちていったから。

 折り重なる様に、落ちてしまっていて怪我人が出たんじゃ?? と思えた光景だが、案外そうでもなかった。

 

「な、なんなんだ? 今の……」

「手品っ? 全員浮いた??」

「び、びっくりしたーー!」

 

 机やら椅子やらに下敷きになったというのに、ケロっと出てきたから。……皆、結構丈夫な様だ。ただ、教室は荒れ放題。そんな時に本当に狙ってきたかの様に、教師が入ってきた。

 

「コラぁ! 騒がしいぞ、お前ら!!」

 

 がらっ! と教室の扉を開けられて、荒れ放題な惨状を見られてしまった。

 まぁ、普通こんなに荒れるなんて、有り得ないと思うんだけど、頭の固そうな教師は(教頭かな?)。

 

「入学早々たるんどる!!」

 

 と、大激怒。遊んで暴れたんだ、と決めつけた様だ。

 遊んだだけで、教室の椅子机が全部倒れたり、その中に生徒が埋もれてしまったり……、有り得ないだろ? と思うんだけど、そのあたりは通じないらしい。誰しもが受けたくない授業の1つ。《説教》の時間がスタートしてしまった。

 

 そして、長い長い時間がたち……。

 

「……というわけで、浮かれるのも判るが、各々高校生である自覚をもって学校生活を送るように! 良いな!?それじゃ、順番に自己紹介をしてくれ。出席番号1番、相川!」

「あ、はいっ……!!」

 

 漸く、説教の時間は終了して、自己紹介の時間へと変わった。

 

「ぅぅ……、やっと終わった」

「入学して、速攻で説教タイムとか……有り得ねぇだろ……」

「それも二時間も……」

「誰だよ あんな手品やったやつは……」

「それに、宮崎のスカートめくったやつまでいるしよぉ……」

 

 周囲の声が鮮明にコガラシの耳に届く。

 その言葉の刃は、容赦なくコガラシの身体に突き刺さっていき、狭霧のくない地獄に匹敵する程、突き刺さってしまっていた。これから始まるは、

 

 真の青春。……ぁぁ、青春。

 

 だけど、待ち受けるは暗黒の闇。……昔を思い出す、暗黒。コガラシは 完全に落ち込んでしまっていた様だ。

 

「だから自業自得だ。……って、これ、一体何回言わせるんだ?」

「うぅ……、す、すみません…… コガラシさぁん……」

 

 自己紹介を終えたホムラは ガラにもなく、ガチで落ち込んでしまってるコガラシを見て、ため息。幽奈は、事の発端が自分のせいだという事もあって、必死に謝っていた。

 

「……ま、遅かれ早かれ、だろ? 対処できる様になったと言え、体質そのものが変わった訳じゃないんだから」

 

 ホムラの次の言葉を聞いて、コガラシの身体が僅かに揺れた。そして、ゆっくりと突っ伏していた上半身を起こした。

 

「まぁ……、確かにな。それにケジメだってつけとかねーといけねぇし……」

「当然だ。……それに、こういう場合、下手に隠すよりは開き直った方が良いだろう」

「そうだな。……聞いた皆のリアクションは大体予想がつくし、耐えられない事は無いだろーし」

 

 と、言う訳で、入学早々に覚悟を決めた様子。

 『白い目で見られる』と自分でも判っているが、それでも 先程起きた現象の原因が自分自身にある以上、誤魔化したりするよりは良いだろう、との判断だった。

 そして、『次、冬空!』と、ご指名有。コガラシの自己紹介の出番がやってきて、意を決した。

 

「冬空コガラシです! オレもこっちには引っ越してきたばっかなんで、色々教えてもらえると嬉しいっす。……ああ、それと、オレは《霊能力者》なんで」

「!?」

 

 コガラシのセリフが、場を一気に凍り付かせた。

 ずっと続いていた陰口自体もなくなる程に。

 

「さっき、色んなものが浮き上がったのは、オレとオレが連れてきた幽霊が引き起こしてしまったポルターガイスト現象です。お騒がせしてすみませんでした」

 

 コガラシが頭を下げた所で、ホムラもゆっくりと立ち上がった。

 

「……さっきも言ったけど、オレもコガラシの連れだ。もう1人の方もな。その2人(・・)共 知らない間柄でもないんだ。……対応が遅れたし、止めれたのに、あの騒ぎだ。もう一回謝っておくよ」

 

 よく昔に『連帯責任!』と言われ続けた事があった。

 そういうのもあって、基本的に自業自得なのは置いといたとしても、幽奈が絡んでいる以上は無関係ではないから、ホムラも頭を下げていた。

 

「あ、ホム……夏山もオレと同じ霊能力者やってて、同業者っつーか、仕事仲間っつーか……」

「…………」

 

 ご丁寧にコガラシは、ホムラの事も紹介してくれた。……正直な所、別に自分の事まで言わなくても良いだろ、オレは子供じゃないんだから。 と思ったホムラだったが、後々の事を考えたら早期に言っておいた方が良いだろう、とも判断した。まだ未知数ではあるものの、この地域周辺では霊象の類が多いから、早めに、と言うのも悪くは無いだろう、とも思えたから。……だが、そーは言っても、『自分達、霊能力者だ』~と言っても、到底信じてもらえるはずがない、普通。今までの経験上。

 

「わ、わたしこそ、申し訳ありませんでした!!」

 

 幽奈も慌てて頭を下げるのだが……、あいにく、彼女の姿を見る事が出来る者はここにはいない為、意味は無かった。それでも、2人にだけ言わせる訳にはいかないのだろう。

 

 そして、その後は……当然の事ながら、静まり返った教室が一転。爆笑の渦に変わった。

 

 恥ずかしい事極まれり、だと言えるのだが、険悪なムードが吹き飛んだのは数少ない僥倖だと言えるだろう。でもやっぱり、少々恥ずかしいのは仕方がない。

 

「スカートめくりの次は、中二病かよ!?」

「超痛い奴なんだなー!!」

「連れって事は、アイツも一緒って事か!?」

「高校にもなったってのに、あちゃーーっ」

 

 爆笑に次ぐ爆笑の渦。

 だが、別に初めてと言う訳でもない。……悪霊に取り憑かれて、色々とあったから。本当に色々とあって、その時の痴態に比べたら、全然問題にならない。人体模型の霊の時には、殆どハダカ一貫で走らされたりもしていたから。

 

「まぁ……、こーなるわな」

「あ、あのっ、みなさん、ウソなんかじゃ……、あ、あうっ、あぅぅっ……!」

 

 幽奈が必死に弁解をするが、それでも見えている者達もいないから、意味がない。

 

「はぁ、幽奈。落ち着け。別に初めてってわけじゃないし、大丈夫だ」

 

 軽く幽奈の頭を撫でるホムラ。

 傍から見たら、パントマイムの様な仕草。何もない空間に手を当てがって、撫でているのだから。

 

「信じられないなら、それでいいさ。でも、やっぱり謝っとかないといけないからな。オレらが霊能力者って言うのは、ガチだから、そう言った類で悩んでるやつがいたら、相談に乗るぞ。んじゃ、そういう事で一年間よろしく!」

 

 淀みなく、そう答えるコガラシの姿を見て、本当に初めてじゃない、と言う事は幽奈にも伝わった。それでも、申し訳ない気持ちでいっぱいだったけれど。

 

「はぅぅ……、ホムラさんもごめんなさいぃ……」

「大丈夫って幽奈。泣かないでいい。……だけど次からは、気をつけような? 幽奈。学校では特に」

 

 しょんぼりとしてる幽奈を見ると、やっぱり何処か放っておけない妹を持った気分になるというものだった。

 

 そして、幽奈を慰めていたその姿を、じっと見ている者がいた。

 いや、ホムラだけではなく、霊能力者だと言い、そして 本気で相談にのる、とまで言っていたコガラシの事も。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン………♪

 

 

 

 

 学校の初日が終了。本日は、入学式と軽めの挨拶、説明のみだったから、通常よりもかなり早めの終了となった。全員が帰宅の準備をはじめ、其々教室から出て行っていた。

 

「じゃーなー、冬空! それに、夏山も!」

「おー、お前ら、お化けに気ぃ付けて帰れよー!」

「あ、後スカートめくるなよーー? もう、俺らの歳じゃ、犯罪者になっちまうぜー?」

 

 勿論、からかうのも忘れずに。

 

「しねーよ!!」

「はぁ……、とーぶんは続くな、この調子じゃ。でもまぁ、以前に比べたら全然マシ。って思う事にするか。そう考えれば気が楽だ」

 

 一応、コガラシもホムラも、その人柄は知ってもらえた様子だ。

 最初こそは、険悪なムードで、様々な視線を向けられてはいたが、悪い人間じゃない、と言う事は判ってもらえた。……それでも、色々と痛い意味で知られてしまったから、今後の対応もそれなりに疲れてしまいそうだ。

 

「ぅぅ、やっぱり、私のせいで、お二人がぁ……」

「いいって、いいって。ほんと、幽奈。オレだってもともと秘密、ってわけじゃなかったんだしさ。今更、霊能力者~なんて」

「……だよな。羞恥心なんて、大分昔に捨てた様なもんだろ? コガラシは」

「す、捨てた訳じゃねーぞ! 確かに露出狂の霊に憑かれた時あった………、それでもっ!! オレは捨てた覚えはないっ!!」

「こ、コガラシさんが、ろ、ろしゅつっ……!! は、はぅぅ///」

 

コガラシのその姿を想像してしまったのか、幽奈は頬を赤く染め、両手で抑えていた。

 それを見たホムラは直ぐに言う。

 

「幽奈ぁー、 今日はもう止めてくれ。二度目はもっと長くなりそうだ」

「あ、はいっ。大丈夫ですぅ……///」

 

 自分事ではないからか、幽奈は暴走する事なく沈黙する事が出来ていた。

 こうやって、必殺技をコントロールする事が出来れば、良いんだが……無理だろう。

 

「(うぅ~、でも わたしのせいでコガラシさんとホムラさんの評判が……、このまま 甘んじてて良い訳ないですっ、どうにかしないと……)」

 

 ホムラとコガラシには許してもらえたのだが、それでも迷惑を、多大なる迷惑をかけた事実は変わらない。だからこそ、心に強く、強く思う事にした。……空回りする可能性が、正直あるかと思われるけれど、それでも。

 

 と、そんな時だった。

 

「あの、夏山くん」

「ん? ああ、宮崎さん」

 

 丁度後ろから話しかけられた。

 振り向いてみると、渦中の人物の1人、とも言える宮崎千紗希。

 

「ちょっと、お話があるんだけど……良いかな?」

「構わないよ。……あー、でもその前にもう一回、謝っとくよ。コガラシの事」

「っ、そ、その事は良いの。夏山くんは 何もしてないんだし。……冬空くんのあれは最低だったけど」

「う……」

 

 当然、この場にはまだコガラシはいる訳で。2人の話は聞いていた。

 

「い、言い訳にしか聞こえねーだろうけど……、あれは、ほんと……」

 

 言葉をうまく言い表す事が出来ないコガラシ。

 幽奈も、どうしていいかわからず、あたふたとしていた。

 

「(んー……、宮崎さんが幽奈の事が見えるのが、一番早いんだけど……、宮崎さんは霊感の類は無い様だから、無理だし……。……ん? ああ、なんだ)」

 

 ホムラは、何か思いついた様で、手をぽんっ、と叩いた。

 

「なぁ、宮崎さん」

「えっと、うん?」

「一応、証明……、ん、手品って言われるかもだから、証明になるかどうかは正直微妙だけど、ちょっと 見てもらえないかな?」

「???」

 

 宮崎は、ホムラが何を言っているのか、理解してなかった様で、首を傾げる。

 そんな宮崎を見て軽く笑うと。

 

「幽奈」 

「あ、はい。ホムラさん」

 

 幽奈を呼んだ。当然、この時点では 宮崎には見えないから、何の証明にもならない……が、此処からが本領発揮。

 何処からか、取り出したのは、野球ボール。手に取って、幽奈を見て ぱちんっ、とウインク。

 

「キャッチボール、してくれないか?」

「え……? ……ああっ! 成る程っ! 流石ホムラさんです!」

「ほれ、コガラシもだ。一緒にするぞ」

「ああ、りょーかいだ」

「え? ええ??」

 

 宮崎の混乱を他所に、話が纏まった、と言うか ホムラの意図を理解して、ホムラと幽奈、そして コガラシの3人でキャッチボールをする事に。

 ホムラからコガラシは……、当然普通なのだが、幽奈にパスするのは他人から見れば、異常な光景だ。何もない空間に……、ボールが浮いているのだから。

 

「え、……ええっ!?」

 

 目の当たりにした宮崎は、驚きを隠せなかった。

 ボールが、ふよふよふよ~~、と浮いているのだから。

 

「糸か何かで、吊るしてる……って、思うかな、これじゃ」

 

 ホムラ、コガラシ、幽奈と1、2周した所で。

 

「幽奈。移動、してくれないか? 宮崎さんの隣辺りに」

「あ、はいっ、判りました!」

 

 ボールをもって、ふよふよ~~、と移動を開始。

 ……浮いたボールが迫ってくるのは、宮崎の視点である。正直、恐ろしいとも言える光景だが。

 

「安心して宮崎さん。……少々トラブルメーカーな所はあるが、幽奈は良い娘だ。それに、コガラシもな」

「は、はう……、う、うん」

「そーです! さ、先ほどはご迷惑をかけてしまいましたが……」

「うぅむ。良い子、扱いは 正直嫌だな。ガキ扱いされてる気がするし」

「細かい事気にするな」

 

 色々と笑いあった後、宮崎の隣に幽奈が到着した。

 

「宮崎さん。ボールに触ってみてくれて良いよ。これが本当の、『種も仕掛けもありません』と言うヤツかな。幽霊……、幽奈はここに、本当にいるんだ」

「……わ、ほんとだ……。ここ、何もない…… ボールが浮いてる……。ゆう、な……さん?」

「はいー。湯ノ花 幽奈と申します」

 

 何度も瞬きをして、驚きを隠せれない様子だ。幽奈も挨拶をしたのだが……、聞こえないのが残念だ。

 

「こ、これなら 皆にも証明できるんじゃ……?」

「いや……、さすがに大勢の前でしたら、それこそただのマジックショーになるだけだよ。マンツーマンだから、信じてもらえやすいだろう? ……1人1人に説明して回るのは、正直面倒だ」

「……確かに。皆は 完全に手品、って思ってるし」

 

 う~ん、と唸ってる2人。幽奈もつられて唸っていて、宮崎も難しそうだという事が判って、複雑な表情をしていた。

 

「あ、それはそうと、何か用事があったんだっけ? 宮崎さん」

「っ、そ、そうだった! その…… 夏山くん。私、私ね……」

 

 宮崎は、思い出し、目を瞑った。

 ここに来た理由を、思い出したのだ。

 

「私、あなたしかいないって、思ったのっ……!!」

「え?」

 

「「は……?」」

 

 ホムラの目をじっと見つめる宮崎。状況を理解しきれてないホムラ。そして コガラシも同様。

 

「(ななな、なんでしょう? この雰囲気は……っ!? こ、告白でしょうかっ!? と、言うより 私やコガラシさんもいるんですけどーーーっっ!!)」

 

 突然の事に、テンパってしまってる幽奈。

 

「(うぅーむ、……ここに狭霧がいなくて良かったなぁ。 もしいたら、苦無が飛び火してきそうだ)」

 

 別に、そこまで珍しくも無い光景だったから、普段通りに戻ったコガラシ。

 

 色々なカオスが訪れましたが……、今後一体どーなるのっ!?

 

 

 

 



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第17話 お家を拝見

 

 突然の宮崎の言葉に、驚き慌てふためいている幽奈。コガラシは、特にいつもと変わらない様子。そして勿論ホムラも同様だった。

 

「どうしたんだ? オレしかって?」

 

 いつもと変わらないのは変わらないが、よく判らないホムラはただただ、疑問を口にしているだけだった。

 

 因みに幽奈は宮崎の言葉を訊いて、『告白の類では!?!?』と1人でテンパっていただけで、それ以外のメンバー達は割と普通だった。

 

 宮崎の次の言葉を訊いて、皆更に納得して幽奈も落ち着く事になる。

 

「その……、私の身の回りで恐ろしい出来事が起きて………」

 

 そう、クラスで自己紹介をした時の言葉を、宮崎は覚えていたのだ。

 コガラシが言っていた『霊能力者』だという事と、『ホムラも同業者』だという事だ。

 

 彼女の身の回りで起こっている恐ろしい出来事。それは……。

 

「最初は寝惚けてヌイグルミ持ってお風呂に入っちゃっただけなのかな、って思ってたんだけど……、いつの間にかタンスとか、カバンの中に入ってたりもしてて……、それに あたし、見たの。夜中……ヌイグルミ達が部屋の中を飛び回っているのを……。だ、だから 流石に怖くなってきちゃって……」

 

 夜な夜な、動き回るヌイグルミ達の話である。

 コガラシやホムラにとって、この手の話。おもちゃが夜遊びまわる、と言った似たような話は幾度となくあった。

 

 だが、生憎凶悪度は宮崎の話の数十倍以上で おとぎ話の様な こどもの夢に似た何か、軽くぶち壊すだけの心霊現象だったりする。

 

「ねぇ、夏山くん! それに冬空くんもっ! これって、心霊現象だよね!?」

「ん。話を聞く限りじゃ、その可能性が高いな。一度や二度なら兎も角」

「……だな。確かに」

「はぅ~……、何だか ドキドキしちゃいましたよぉ……」

 

 宮崎の頼み方にも少々癖があったから仕方がないと言えばそうだ。その程度じゃ揺らがないホムラやコガラシだったから、別にノーリアクションだった。これが他のクラス男子であれば、狂気狂瀾だというのは実際に見なくても判る。

 

「自己紹介の時、相談に乗るって(コガラシが)言ったしな。ああ、任せてくれ。力を貸すよ」

「オレもだ。この手の件は人数がいて、無駄になる事はないからな! クラスメートが困ってるんだ。ほっとけねぇよ!」

 

 普通だったら……、こんな相談した所で笑われてしまうだろう、と宮崎は考えていた。『高校生にもなって』と言われたり、『一体今何歳(いくつ)だ?』と言われたり……。当事者であっても、そう思ってしまう。

 だけど……2人はそんな風には言わなかった。やっぱり、真剣に聞いてくれた。だからこそ、宮崎はうれしかった。

 

「ほ……本当っ!? ありがとう。2人ともっ!」

「わぁ、流石お二人ですっっ!」

 

 幽奈も、そんな2人を誇らしく、見ていた。

 

「とりあえず、此処にいても進まないから、宮崎さんの家に行こうか。霊視してみるのが確実だ」

「うんっ! ……って、えっ!? う、ウチに来るの?? 夏山くんっ!?」

「そりゃ、そーしないと判らねぇし。起こったのが宮崎の家だったら尚更行かねぇと」

「ええええっっ!?!? ふ、冬空くんもっっ!!?」

 

 何だか、リアクションがホムラとコガラシとでは違う、とちょっと思ってしまうのはコガラシである。

 

「え、えっと……、ウチに来るのはちょっと……」

「へ? なんで??」

「んー…… ああ、今日は不都合があるのか? 宮崎さんの都合がつく時で良いよ。そのヌイグルミに近づかなかったら、とりあえず大丈夫だと思うし、可能なら……何処か別の場所で泊まるのが一番安全だとは思う」

 

 じっ……と、視線を細めて宮崎の事を視るホムラ。今宮崎に何かが憑いているのだとすれば、その歪な何かが視える。人様に迷惑をかける悪霊が絡む霊現象には大多数ある特有の歪な何かが。だけど、今はそれは全く感じられないから、ホムラはそう言っていた。 

 

 射貫く様な視線を宮崎は感じる。ホムラに強く見つめられている事に動揺が隠せず、それでもこれが《霊視》と言うものなのだろうか……とも思ったが今はそれどころではない。

 

「だって、夏山くんは べ、別にアレだけど……、冬空くんは、えっちじゃん」

 

 ジト目になりつつ、視線を逸らせる宮崎。その頬は赤く染まっている。宮崎はあの時(・・・)の事を、脳裏に思い描いているのだろう。

 

「あ、ああっっ! い、いや オレ、忘れていた訳じゃなくって、そ、そうだよな!? ホムラと扱い違ぇ! なんて思ってられないよなぁ!? 当然なんだが、あの時は スカートの件っ スカートのっっ!」

「わ、わたしのせーなんですっっ!! すみません すみませんっっ!!」

 

 動揺する2人を尻目に、とりあえず思いっきりコガラシの頭に、ビシッ! っと手刀(チョップ)をするのはホムラ。幽奈は突然のホムラの攻撃にビックリと驚いていた。

 

「……まず スカート、スカートって、連呼すんな。そういう事するから なかなか誤解が解けないんだよコガラシ。はぁー」

 

 やれやれ、と首を振るホムラ。

 そして、宮崎の前に立つと。

 

「ん……、宮崎さんからすれば、やっぱりまだ信じられないとは思うんだけど……、アレ、ほんとにコガラシ(コイツ)じゃなくって。ほら、幽奈。これを」

「あ、はいっ 判りました!」

 

 ホムラが投げ渡したのは、手袋である。桜の季節である入学シーズンとはいえ まだ若干肌寒いから持っていた。そして手渡された幽奈だが、直ぐにピンと来た様で手袋を右手に着けて……そして手を上げた。

 

「あ、あのっ……ほんとに、ほんとにごめんなさいっ! わ、わたしのせいなんですっ」

 

 右手を上げて決して届く事は無いが懸命に声を上げて謝罪をする。

 目の前で手袋が宙を舞う光景……、それは先ほどの野球ボールの時とは更に違った。手袋がしっかりと手の形をしていてちゃんと嵌めている様に見えるのだ。手だけが浮いている状態だから、ある意味不気味で、これも十分すぎる程心霊現象だった。

 

「――と、幽奈が言っている。オレからもまた謝るよ。難しいと思うが、コガラシの事少しだけ信用してくれないか」

「え、えと……。う、うんっ……。あ で、でもまって!」

 

 とりあえず、家に来る。と言う話は保留をさせてもらうとして、と宮崎は続けた。

 

「あの時の事は もう忘れるからっ。それはとにかくさ。今この場で頼めないかな?? 頼める事、無いかな??」

 

 宮崎は話を逸らせる様に無理矢理話題を元に戻した。

 

「ほら、さっき夏山くん。私の事……その み、見てくれたよね? ゆーれいがいないかどうか……」

「ん? まぁ そんなとこだよ」

「じゃ、じゃあほら。私の守護霊とか呼び出したりして、悩みの原因とか、見えたり 対処法を訊いたりできないのかなっ!?」

「ん……。降霊術は高難度の業だから、オレには出来ないかな……」

「そうだな。オレもそこまでは出来ねーな……」

 

 第一案は無理。

 

「あ。じゃあさ。悪霊から身を守る結界とか、お札とかを授けてくれたりとか……」

「そういうのはオレ持ってねーんだよなぁ……」

「……オレも自分の身体を優先して鍛えてたから。アイツ(・・・)もそう言う趣向だったし……」

 

 第二案も……無理。

 

「あー、宮崎さん?」

「……え?」

「その手の霊具とか、いろいろと出回ってるけど……偽物が多いから気を付けてな」

「ゔ……、た 確かに……。すっごく高かったよ」

「え? ……もう買ったのか?」

「やっ、違う違う。……私じゃ手が出せなかったから……」

 

 宮崎が思い出すのは、霊能力者(自称)のお祓いや霊視と言った類のものだが、その値段が……学生の身分じゃきつすぎる程高額だった。学生のお小遣いでも無理。万を軽く超える金額だったから。

 

「あー、それもそうだな。とりあえず良かった」

「だな。……俺らみたいな借金持ちになるのは忍びねーしな……」

 

 色々と大変な目にあってきた2人だからこそ、何だか重く聞こえてくる宮崎だった。……だけど、それは兎も角確認しておかなければならない事がある。

 

「えっと…… じゃあ何が出来るのかなぁ? 2人とも」

「幽霊でもぶん殴れる!」

 

 間髪入れずに答えるホムラ。ぐっ と拳を握りしめて目を輝かせている様子。悪霊に苦しめられ続けたからこそ、そこに喜びがあった様だ。

 

「オレは 宮崎さん判ったと思うけど、幽奈を見えたりする霊感の強さと、ちょっとした霊視。後……まぁオレもずっと鍛えてきたから一番得意なのは体術かな……」

 

 そんなコガラシに若干呆れつつ、とりあえず答えた。

 

「ホムラは蹴り飛ばして、オレは殴り飛ばすんだ」

「………まぁ、確かに。そんな感じかな。その方が判りやすいかもかな」

「え………っと……」

 

 宮崎は 入学式の後にとある事(・・・・)があってホムラの事は信頼していた。

 そんなホムラが言うからこそ、コガラシの事も……少し忘れよう、と努力する事が出来た。だけど……それでも、やっぱり不安は尽きない事が多すぎた。

 

「(大丈夫……なのかな……?)」

 

 結局色々と不安が頭を過ぎりながらも――現状のままにしておく方が怖い。と言う方が宮崎の中で勝った為、自分の家に案内をするのだった。

 

 



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第18話 除霊開始!

 

 

 色々と一悶着はあったが、とりあえず宮崎家へと到着。

 住宅街の一角にある家、特に邪気がある様には見えなかった。

 

「……周囲に何かあるかもしれないな。曰く憑きの物件とかあったりするのかな? 宮崎さん」

「………」

「宮崎さん?」

 

 家に近づくにつれて、何処か心ここにあらずな様子になっていってる宮崎。

 ホムラは 幽霊問題があって家に帰るのに抵抗があるのではないか? と思っていたのだが、流石に聞かなければならない事はあるから何度か呼んで 身体を揺さぶった。

 

「っっ!! な、なに??」

「大丈夫か? 宮崎」

 

 コガラシも様子に気付いて声をかけた。

 

「だ、だいじょーぶだよ! ごめんね。聞いてなかったよ」

「いいや。大丈夫だ。この周辺で曰く憑きの物件とかあったりするかな? と思って聞いただけだよ」

「んー、そういうのは 私は聞いた事無いし、噂も聞いた事ない……かな? ちょっと離れてるけど、ゆらぎ壮くらいじゃないかな? 色々と言われてるのは。それ以外は聞いた事ないかなー」

 

 その答えにやや複雑な気分なのは 幽奈を含めた3人。だからただただ苦笑いをするだけだった。

 

「そうか……。だけど 見落としてる可能性もよしな。こういうのは。 よし、周囲も一応見て回っておいた方が良いな。コガラシは宮崎さんと幽奈で部屋ん中を頼む」

「おう」

「わかりましたー」

「っっ!!?」

 

 ホムラの言葉を訊いて、コガラシも幽奈も元気よく返事。でも、宮崎だけは 複雑極まりなかった。

 

『夏山くんは兎も角――』

 

 と言ってる事もあって、コガラシの事はまだまだ信用しきってる訳じゃない。幽霊が本当にいる事は 幽奈の事もあったり自分自身に降りかかってる怪奇現象もあって 疑う余地は無いのだが……それでも、スカートを捲られた事は確かだから『はいそうですか』と簡単に受け入れる様な事は出来なかった。

 でも、……それでも ホムラが信頼しているコガラシだから。

 

「ん? どうした?」

「や、やー ナンデモナイヨーー」

 

 平常心を心掛けて2人? を 家の中へと案内するのだった。

 

 

「……さて」

 

 3人が家の中へと入っていったのを確認すると、ホムラは目を3秒程閉じた後、勢いよく見開いた。仄かな光をその瞳の中に宿している様に見えるのは、ホムラが霊視をしている証で、霊感があればはっきりと見えて、たとえ霊感が無くとも その雰囲気だけで判ったりする。

 

「仄かだが残滓が見えるな……。霊子線の残滓。……浮遊霊の類じゃない。妖怪にしろ霊能力者にしろ 誰かが宮崎さんの家に飛ばしているのは間違いなさそうだ」

 

 本来は霊子線と言うものは、術者が術を行使する時、霊気を流すから その時にし見る事は出来ない。だが、鍛え抜かれた眼力は 空間中に残された微かな匂いに似た残滓をもとらえる事が出来るのだ。

 但し、1~2日程度までしか見えない。匂いと同じ様に元が無くなってしまえば 完全に霧散してしまうから。そして何より残滓はしっかりと形成してなくて不安定だ。自然界の気の流れで簡単に流され漂ってしまうから。

 

「兎に角追える所まで追ってみるか……」

 

 ホムラは 視線を鋭くさせながら、そして周囲にも気を配りながら 追跡を開始したのだった。

 

 

 そして、追跡を開始して30分程経った所。凡そ2km程の範囲内を散策した所で脚を止めた。

 

「……駄目か。残滓が残ってないな。仕方ない一度戻るか」

 

 霊子線が完全に見えなくなった為、これ以上は追う事が出来なくなった。ただ、闇雲に、がむしゃらに追えば良い訳ではない。こう言う調査もメリハリが必要で 次の手掛かりはコガラシ達が調べている宮崎の部屋にある、と言う事で戻る事にした。

 

 足早に宮崎家に戻ってみて――、その玄関先での事。

 幽奈とコガラシが外に放り出されてしまっているのを確認できた。

 

 更に言うと……、宮崎の声も聞こえてきた。怒声が。

 

『もうっっ!! 帰って!! やっぱりただのえっちな人じゃん!! 夏山くんにも そーやって上辺だけの付き合いをして 騙してるんでしょ!! あんな優しい人を騙すなんて最低だよ!! バカっ、 信じた私もバカだったよっ!』

 

 一瞬で分かった事がある。

 また、コガラシ・幽奈コンボを食らわせたのだという事が。

 

『ご、誤解なんですっ! 話を聞いてください 千紗希さんっっ!!』

 

 幽奈も盛大に謝っているんだが、見えてないから意味がない。

 ホムラがしっかりとフォローをしたりして、小道具を使ったコミュニケーションをしていたのだが、今の幽奈は完全に慌ててしまっていて、駄目だ。   

 

「……やっちまったな」

「ああ、そうだな。……マッタクだ」

「!!」

 

 コガラシの後ろに背後霊? の様に近付いて相槌を打つホムラ。 

 その表情は何処となく怒ってる様子だ。

 

「……ったく、おまえらはまた問題を起こして」

「は、はううっ……」

「う、す すまん……」

 

 後々のフォローをするホムラにとっては 色んな意味で頭が痛い。

 もうこうなったら 見限っちゃえ と言われそうだが 生憎そういうつもりはホムラには 全く無かったが。

 

「宮崎さんにナニしたのかは、もう訊かんからな。……大体、何となく、……十中八九 判るし」

「ぅぅ…… す、すみません……っ」

 

 ホムラは また幽奈の力が暴走して コガラシが飛ばされでもして 最終的に宮崎が巻き込まれた、と言う形になったのだろう、と思っていた。

 

 100点満点の答えだ。いつもの事だから当然だけど。

 

「あ ホムラ。周囲の方はどうだったんだ?」

「ん。霊子線は もう完全に途切れてしまってたから 追いきれてない。……だが」

 

 ホムラは 軽く視線を動かした。

 その先をコガラシも見た。……人影が動いたのもはっきりと判った。

 

「周囲の確認は 鎌かけのつもりだったが…… 思いの外 効果があったみたいだな」

「成る程な。……今のが?」

「多分な。尾行が凄く杜撰だから 最初は違うかな? と思ったが。結構長くついてきたし、此処までついてきた所も見ると。可能性は高いだろ。ほら、幽奈」

 

 ホムラは、まだ涙目になってしまってる幽奈の頭を撫でて上げて。

 

「幽奈も行くぞ。空から色々探ってみてくれないか?」

「あ、はいっ。頑張りますっ! ば、挽回しますっ!」

「肩の力を抜いてな? 宮崎さんには……また しっかりと謝ろうな。見えなくても伝える手段はあるだろ? ……驚いてしまうと思うが」

「……あ、はいっ! でも……、どうやってすれば……?」

 

 幽奈は何度も何度も叫んで謝っているんだが、当然ながら伝わる事は無かった。伝わる事が出来ればどれだけ嬉しいだろうか……? と何度か思ってしまっているのだ。

 

「ほら。幽奈 字はかけるよな?」

「あ……っ!! そ、そうですね! そうでした! 流石ホムラさんですっ!!」

 

 取り出して、手渡したのはメモ帳とボールペンだ。

 それを見て、幽奈は何を言わんとしているのかが判った。

 

「おお、筆談か。その手があったな」

「オレはコガラシなら そっこーで気が付くと思ったんだがな……。アイツ(・・・)の目を盗んで会話する方法、これしかなかっただろ?」

「ぁー……そんなのもあったなぁ……」

 

 2人して遠い目をしている。

 色々とトラウマだったから、記憶の底に封印でもしていたのだろうか……? とホムラは思ったが大体正解である。

 

「さ、3人とも行くぞ。挽回するなら 宮崎さんの悩みくらい解決してやらないとな」

「おうっ」

「頑張りますっ!」

 

 その後 3人は 周囲の散策を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ 宮崎家 □□

 

 

 その日の夜の事。

 宮崎はお風呂から上がって自室で髪を乾かしていた。

 

「うぅ…… 冬空くんに悪い事言っちゃったかなぁ。追い出したりして…… それに夏山くんも 私の為に 家の周りを見てくれてたのに 何も言わずに……。帰ってきてくれてないし 冬空くんと合流して 帰っちゃったんだろうなぁ……」

 

 コガラシの事は追い出した。 

 だけど、ホムラは何もしてないどころか、世話になりっぱなしだったから 宮崎は複雑だったのだ。

 

「……夏山くん、入学式の後、助けてくれたし………」

 

 そう、宮崎は入学式の後、トイレに行っていた為 クラスに集合する時に少し皆より遅れていたのだ。

 1人で歩いてる時に――不良に分類されるであろう男達に声を掛けられた。学校内で それも入学早々に校内でナンパの類をされるなどとは想像もしてなかったから、はっきりと断る事も出来ず、困っていた所をホムラが助けたのだ。

 その後も流れ弾を防いでくれて――。これは比喩ではなく本当の流れ弾。運動場を横切る時に、バッティングの練習をしていた野球部の見事なホームラン球が迫ってきてて ホムラがナイスキャッチをしたのだ。もしも 取り損ねていたら、直撃をしていたかもしれない程の危険球だった。

 

「(…………明日 学校で謝っておこう。夏山くんには。……冬空くんは やっぱりしょうがないよ。幽奈さんはいるかもしれないけど、夏山くんについて行ったかもしれないんだし。……あんな事されたらやっぱり誰だって……!)」

 

 宮崎は明日謝ろう、と決めた後 もう1つの心配の種である部屋に飾られたぬいぐるみ達に視線を向けた。今はしっかりと並んで座ってて動く気配はない。……でも まだ判らないのだ

 

「(……この子たち 今晩も勝手に動いたりするのかな……? まだ何にも解決してないんだよね……)はぁ どうしようかなぁ……」

 

 深くため息を吐いたその直後だった。

 

 部屋中のぬいぐるみ達の目が妖しく光ったのは。光ったと同時に、宮崎に襲い掛かった。

 

「っっ!? な、なにっ?? ちょ、ちょっと……!」

 

 背中を抑え、前に回り込むと ぬいぐるみには在る筈のないもの。熊のぬいぐるみの爪がその手から生えてきていて 宮崎の上着を破いた。

 

「きゃ、きゃあ!」

 

 肌蹴てしまい豊満な胸が露わになってしまった。

 だが、まだぬいぐるみの攻撃は続く。上着を完全に脱がそうと引っ張ったり、宮崎の腕を取ったり、と集団で襲っているのだ。

 

「や、やだっ! み、みんな やめてよ! なんで、なんで こんな事をっ……!」

 

 子供のころから大事にしてきたぬいぐるみ達。その1つ1つに名前を付ける程可愛がっていた。……コガラシがぬいぐるみをいきなり殴った時は コガラシを殴り返す程だった。

 

「やめてっ! だ、誰か……! 助けて……!」

 

 完全に上半身の服を脱がされた上に、ぬいぐるみが迫った所で。

 ボスッ! と言う音がした。その後も 何度も何度も聞こえてくる。

 

「え……?」

 

 宮崎が目を開けてみると、迫ってきていたぬいぐるみ達全員が吹き飛ばされていた。

 散らばったぬいぐるみ達の前には 追い出してしまったコガラシが立っていて。

 

「大丈夫か? 宮崎さん。……その、これ着て」

 

 宮崎の隣にいたのはホムラ。

 上半身が完全に脱がされてしまった宮崎の事を直視する事が当然ながら出来ない為 自分の制服の上着を渡した。

 

「夏山くん……、冬空くん……」

 

 追い出してしまったのに、来てくれて 助けてくれた姿を見て 宮崎は 思わず泣いてしまいそうだった。

 

「コガラシ。幽奈に聞いたけど 宮崎さんは ぬいぐるみを大切にしてるんだろ? あまり手荒に扱うなよ」

「そうだな。また 良いパンチ貰いそうだ」

「ちょっ! ふ、冬空くんっ!?」

 

 因みに、追い出す前に宮崎はコガラシを殴ったのである。今回の様にぬいぐるみを殴っている。……今回の様に襲われたりはしてなかく、除霊するという名目で殴りつけたのだ。

 大切にしているぬいぐるみ達を全員KOしてしまう姿を見て思わずぬいぐるみの名前を呼びつつ、その敵であるコガラシを殴った。

 ぬいぐるみはそれぞれ 《くまマン》《ナゴさん》《たぬまさん》《かめきちさん》などなど。

 

 

「とりあえず、このぬいぐるみ達を相手にしても埒あかねぇな。本体の所に行くか」

 

 コガラシは 倒れたぬいぐるみ達を見てそう言った。霊能力者であるコガラシの拳は、浄霊、除霊の効果がある為 全く効果がないと言う訳ではないが ぬいぐるみは、本体ではなく ただ操っているだけの媒体だから効果が薄い。

 

「宮崎さんも行こう。……しっかりと詫びを入れさせる」

「え……、大丈夫、かな……?」

 

 襲われた事が恐怖となり、自分の縛る鎖の様になってしまっている。

 だけど……。

 

「大丈夫。オレ達が守るから」

「犯人ぶん殴って さっさと解決してやるよ!」

 

 ホムラに笑顔でそう言われた。

 コガラシにも力強く言ってくれた。

 

 それに ホムラの笑顔は あの時と同じだった。

 

 ナンパ男達から助けてくれて――お礼を言ったその時の様に、笑顔で。

 

 とても――安心できる笑顔で。

 

「う、うんっ!」

 

 だから、ホムラの手を取る事が出来た。

 安心する事が出来たから。

 

 大きくて、とても温かい手だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん。何だかやーっぱ ホムラと扱いが違うなぁ。……扱いがよりひでぇ事になってく気がする」

「……殆ど自業自得だろ。ちゃんと働いて信頼を勝ち取れ。今までと同じだ。今までに比べたらなんでもできるだろ?」

「……そりゃそうだな。手始めにきっちりと解決するか!」

 

 

 

  



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第19話 事件解決! 

 

 

「それで、どうやって犯人を追うの? ……と言うより どうやって見つけたの?」

 

 家の前で宮崎は2人に聞いた。

 犯人の目星がついた……だけならまだしも、僅かな時間で犯人がはっきりと判っていて、更には追いかけるというのだから、不思議に思ってしまうのも無理はないだろう。

 

「んっとね。ほら 今コガラシが宮崎さんのぬいぐるみの1つを持ってるだろう?」

「あ、うん。……酷い事しないでね……?」

 

 宮崎はじっとコガラシが持つぬいぐるみ《くまマン》。

 まだ、操られている様でコガラシの手の中でジタバタと暴れている。そんなくまマンに襲われた宮崎なのだが、それでも ぬいぐるみを心配しているのは、信じているからなのだろう。それだけ大切にしている事がよく判った。

 

「ははは。大丈夫だ。コガラシがぬいぐるみを持ってるのは、犯人を追う為なんだよ。厳密には今追ってるのは 幽奈だけど」

 

 ホムラは、ぬいぐるみから伸びている霊視線の事を説明した。

 犯人が術を止めない限り、霊視線は強く太く繋ぎ続けている。それをはっきりと見る事が出来るコガラシやホムラ、幽奈。術を解除すれば困難になってしまう為 今の内に幽奈に追いかけて貰っているのだ。

 

「見つけた! 行くぞ。ホムラ」

「ああ。了解」

「宮崎も行くぞ! 後ろの奴らがもう結構迫ってる」

「え……? わぁっ!? み、みんな!?」

 

 操られている他のぬいぐるみ達は、家を出てもまだ追いかけてきているのだ。

 何やら狙っているのは宮崎の衣服の様な気がしてきた。……急いで出てきた為 薄着なのは否めないが、宮崎の服がまた破られそうになったから。

 

「……多分 相手は変質者(ストーカー)の類だろうな」

 

 ホムラが、宮崎とぬいぐるみ達の間に割って入った。

 襲い掛かってくるぬいぐるみ達を手早く掴み上げては家の中へと放り投げていく。心の底からぬいぐるみを大切にしているのが判ったから、なるべく手荒な事はせずに、最後の1匹? を家の中に放り投げたら そのまま玄関をガチャリ。

 

「これでとりあえずは大丈夫だろ。今の内だ」

「おう! 宮崎、ほら!」

「えっ? きゃあっ!?」

 

 コガラシは宮崎を抱きかかえてジャンプ。ホムラも続いた。容易に家の門を飛び越え、素早い速度で走る姿は、まるで忍者? とも思えてしまった宮崎。

 

 

 

 風の様に街中を駆け抜け……到着したのは 街中にある公園。

 

 

 

 

 当然だが 今は夜の公園。昼間であれば近所の子供達の陽気な声や園内を掛けまわって賑わう場所であるが 今は人っ子一人いない静けさだけが支配しており、そんな公園にフード付きの黒いコートを着た妖しい人物がたっていた。

 

「昼みたいに……バレた時点で逃げると踏んでたんだが、ある意味関心だ」

 

 堂々と立っている男なのか、女のなのか、人間なのか妖怪なのか判らない相手にそういうホムラ。そしてコガラシも一歩前にでた。

 

「テメーが宮崎のぬいぐるみを動かしてた張本人で間違いないんだな? いったい何のつもりだ?」

 

 ホムラにコガラシ、更には空から幽奈と完全に八方塞がり状態になっていた相手。だが、決して慌てる様子は見せず、ただ 不気味なまでにゆっくりとした動作で近づいてきた。

 ホムラとコガラシは自身の後ろに宮崎をやる。

 

「とりあえず 早々に降伏する事を薦める。……この状況で向かってくるのは悪手だと思わないか?」

「そりゃそーだ。おとなしくお縄についてわけを話しとけって。お前の術は人形を操るものだろ? 何の役にもたたねぇぞ。今じゃ」

「そ、そうですよ! 悪い事をしたんですから!」

 

 幽奈もふよふよ~と降りてきて、丁度挟み撃ちの体勢になった。

 圧倒的に不利だという事は客観的に見ても明らかだったのだが、まるで臆する所をみせなかった。

 

「ふん……、少々霊能力を扱える程度でいい気になるなよ……」

 

 すっと取り出したのは数枚の葉っぱ。

 

「ボクの術がぬいぐるみを操るだけ……? バカにするな! ボクの術はそれだけじゃない!」

 

 葉っぱを思い切り投げる。風にあおられる事なく一直線に向かってきた葉っぱは、数m先で光り輝き、どんっ! と言うちょっとした爆発に似た音を響かせながら大煙に包まれた。

 

「な、なに……? これ………?」

「は、葉っぱが怪物に……」

 

 唖然とする幽奈と宮崎。

 何故なら 煙がはれた先に見えたのは、大きな顔、そして鋭い牙、吊り上がり瞳が見えない白い目。……2本あるこれまた大きな角。鬼だと言えるコガラシやホムラよりも二回りは大きい存在が示して4体。

 

「ボクにとってこの程度の多勢なんか、まるで問題じゃない」

 

 そう言うと、今度はゆっくりと退いて行った。

 

「さぁ、やれ。八つ裂きにしろ」

 

 その命令通りに、大きな手を爪を向けながら迫ってくる。

 それを見た幽奈が慌てて飛んできた。

 

「に、逃げてくださいっ! 2人ともっっ!!」

 

 確かに幽奈の飛ぶ速度は速い。……だが、比較的すぐ傍に召喚された鬼から迫る爪の方が速かった。

 その自分達の頭よりも大きく鋭い爪が迫ってきた……が。突然何か見えない壁にでもぶち当たったかの様に一寸先でピタリとその手が止まっていた。

 

 それも1匹だけでなく4匹全員だ。

 それを見て、驚きを隠せられない。

 

「な……? ど、どうしたんだ?? 早くヤレ!」

 

 すぐさま再び命令をするが、ただただ腕が震えるだけで何もできなかった。

 ただ――聞こえた。そして、漸く判った。

 

 自分自身が召喚した鬼たちの向こう側にいる男2人は、比較にならない程 遥か怪物であるという事を。

 

「……失せろ」

 

 地の底から響くかの様な重い声。

 ガタガタと震えだす鬼。軈ては実体を保つ事が出来なくなったのか、内の2体がただの葉っぱに戻った。

 

 そして、玉砕覚悟で残った2体は攻めてきたが(パニックを起こしただけ??)。

 

「ぬんっ!!」

 

 コガラシが放つ右ストレートで一蹴。

 1体目に大きな風穴を腹に開け、威力は衰えず そのまま貫通して後続にいる鬼をも穴を空けた。

 あっという間に、巨大な鬼が消滅して――呆気に取られてしまうのは 宮崎と幽奈、そして犯人の3人である。

 

 

 

「……は、はい? お、おまえたち……、い、いったいなにを……?」

 

 

 恐る恐ると言った様子で聞いてきたが、案の定2人はケロッとさせながら答えた。

 

「こう言う怪物には力の上下関係っていうのが本能的に残ってるもんなんだ。オレとは戦えない、戦いたくないって 消えたんだろ? 残った2体は距離がまだあったから消えなかったみたいだが」

「………はぁ?」

 

 ホムラの説明。

 圧倒的に強い相手だという事を、召喚された鬼は本能で感じ取ってしまったらしく、手が出せなかったという事。……だが、それには納得できていなかった。

 

 召喚した、とはいっても実際には少しばかり違う。この犯人の能力については何れ話そうかと思うが、実際に存在する様な鬼族ではない、と言う事だけはこの場で説明しておこう。

 

「ああ、オレぁ殴っただけだ。オレにとっては、こっちの方が手っ取り早いし」 

「な、なぐっ……!?」

 

 未知との遭遇とはこの事を言うのだろう。

 いまだかつて見た事の無い程の強者と相対してしまった事実。それを認めたくは無かった。認めてしまえば……、もう逃げる事も倒す事も叶わないから。

 

「さ、どうする? いや、もう一度聞く。大人しくお縄について訳を話さねぇか?」

「……オレもそう薦める。殴る方が早いと言ったコイツの意見も同感だ。オレも次からは手が……いや 脚が先に出そうだ」

 

 2人の忠告。

 それを素直に頷く事は出来なかった。

 

「だ、だれが、だれがお前らなんかに……!!」

 

 精一杯の虚勢を張ろうとするのだが……。

 

 その返答を訊いた次の瞬間には、ホムラが大きく脚を振り上げ、大地に踵落としをした。

 どごんっっ! と言う衝撃音が響き、まるで地震でも起きたかの様な揺れと……わずかに伸びる大地の亀裂。それが犯人の一寸先にまで迫ってきたのだ。寸止めをされたのだという事を理解した時には恐怖で身体が震えた。

 

「ふぅん。オレら2人とまだやり合うか。……だが、今度は葉っぱだけじゃ済まさねぇぞ。相応の覚悟をしてもらうが……?」

 

 コガラシは拳を握り上げた。

 強大な霊気が具現化されて、可視化された。コガラシの腕にホムラの脚に宿る力は常軌を逸している。

 

 

「~~~~~~~っっっ!!!」

 

 

 身体の震えが止まらず、思わずへたり込んでしまった犯人は。

 

 

「ご、ごめんなさぁぁぁぁいっっ……!!」

 

 

 謝ると同時に煙に包まれた。どろんっ! と言う独特な効果音を奏でながら。

 軈て現れたのは、先ほどよりも小柄な姿。……小柄、と言うよりは小さな子供の姿だ。そして普通ではないのは一目瞭然。その頭には 人間のものではない大きな耳が、そのお尻には同じく人間のモノでは決して有り得ない大きな尻尾がついていたのだから。

 

「……は?」

「お、女の子?」

「つまり、化けてたと言う事か……。あの葉を見た時からもしやとは思ってたが」

 

 見た所人間でいう10歳程度の子供がへたりこみ、涙を流していた。

 正直な所、虐待をした様に思えて悪い気がしてしまう。

 

「あ、あやまる、あやまるから もうゆるしてぇぇぇ……」

 

 泣き続ける少女。

 それを見て もう敵だとも恐ろしい相手だとも思えなくなった幽奈は 直ぐに慰めにいった。

 

 

 

 そして 経つ事数分後。

 

 

 

 どうにか泣き止んだ少女が自分の事と今回の件について話し始めた。

 

「ボクの名は 信楽こゆず。去年化け狸の里からやってきたの」

 

 化けるのは狐か狸がごく一般的である。

 どうやら こゆずと言う女の子は化け狸の方だった。……その特徴的な尻尾や耳を見たら大体判る気がするが。

 

「えっと、ボクら化け狸の一族は5歳前後で自然と人間に近い姿に成長するんだけど、そしてら葉っぱを使った色んな妖術……葉札術を勉強して10歳になったら里を離れて人間として1人で生きなきゃならない掟なの」

「ええ! そんな。10歳なんてまだ子供なのに……!」

 

 驚く幽奈だったが 直ぐにこゆずは首を左右に振った。

 

「タヌキは1歳でもう十分大人なんだよ! ボクも本当ならちゃんと大人の人間に変化して、人間社会に溶け込まなきゃいけないんだけど……、ボク 変化の術が苦手で、さっきもマフラーの下は狸の顔になっちゃってたんだ。かといって 元の姿のままじゃ大人扱いされなくて何もできないし……」

「まぁ……どう見ても小学生だしな」

「背丈だけを上げていた、と言う訳か。顔は隠せば不審者だとは思われても、とりあえず化け狸だという事は隠せられそうだし」

 

 人間社会の中で、まだ化け狸や狐、そう妖怪と言うものは浸透しているとはいい難い。(クラスでは盛大に笑われたし)そんな中で顔だけが狸の大きな人間がいたら――それだけで騒ぎになってしまいそうだろう。

 

「うん……。もうずっと住むところも無くて、山の上の廃寺に寝泊まりしてて……もともと、タヌキだからその辺りは全然平気なんだけど、でもやっぱり化け狸の一族のくせに、そんなんじゃダメだって思って……。そんな時に千紗希ちゃんを見掛けて……、ぬいぐるみに葉札を仕込んで千紗希ちゃんの事を研究してたの」

「へ……? わ、私を?? 研究??」

 

 それが今回の騒ぎの原因に繋がる事だろう。

 何を研究するのかはまだ判らないが、それをしたかったがために、ぬいぐるみを動かし、結果ホムラとコガラシに依頼をしたのだから。

 

 と言う訳で事件の全容の説明に入った。

 

「どうせ変化するなら千紗希ちゃんみたいなかわいい子になりたいって思って……、それに千紗希ちゃんはボクに足りないものを、一番足りないものを持ってるし!」

「一番足りないもの……?」

 

 いったい何のことか? と首を傾げる千紗希。そして 他のメンバーも同様。

 そんな千紗希を見て、涙ながらに自分自身の胸元に手をやり、一言。

 

「ボク……おっぱいが足りないの……!」

「「「「(おっぱい!?)」」」」

 

 まだ子供だから仕方ない……と思えるのだが、それでも大事な事なのだろう。起伏が判らない胸元を必死に膨らませる様な仕草をして、こゆずは訴えていた。

 

「ボク……大人の女性っぽさに一番大切なのはおっぱいだと思うの! ボクだって、おっぱいさえあればきっと……!!」

「……そう、なのか……??」

「……のーこめんと」

 

 正直な所、男性陣にとっては口に出すのも憚れる単語だった。

 極度の照れ屋さんなホムラに限っては尚更だ。

 

「それで……今日霊能力者が来て、もうおしまいだって思ったんだ。……だから、最後にもう一度だけ千紗希ちゃんのおっぱいを見ておきたくて……、それであんなムリヤリ……。ヒドイ事しちゃってごめんね……。千紗希ちゃん………。ごめんね………」

 

 涙ながらに謝罪をするこゆずを見て、もう宮崎は怒るつもりはなかった。確かに恐ろしかった。怖かった。だけど この小さい子はそれ以上に大変だった。たった1人で生きていこうとして奮闘して……、間違っている事に精を出してしまったのは言うまでもない事だが、それでもしっかりと謝る事が出来ているんだから。

 だから、宮崎はこゆずの頭を撫でた。

 

「いいよ。もういいよ。そんな事情があったなら……さ?」

「え……?」

 

 直ぐに許してくれると思えなかったこゆずは、はっ、と顔を上げる。

 宮崎は笑って許してくれている事が判った。

 

「それにさ。あたしの胸でよければ……、そ、その いつでも見せてあげるし!?」

「ほ、本当……!?」

「うん!」

 

 これで事件は解決した。

 もうこれからは、ぬいぐるみ達が動き出す様な事も無いだろう、と思える。……絶対とは言えないかもしれないが、それでも宮崎はこれで良い、と思っていた。

 

「(うん。これで良いよね。泣いて謝ってくれたんだし……)」

 

 うんうん、と自分に言い聞かせていたからか……、宮崎は気付いてなかった。

 

「千紗希ちゃんって優しいんだね……」

 

 せっせと 服のボタンを外していくこゆずに。

 おまけに早く支度を済ませた事もあって、その下には何も……つまり、下着の類は着けていない。

 

 気付いた時のは。

 

「ありがとう、千紗希ちゃん!!」

 

 ぽろんっ……♡ と全面に露わになってしまっていた。大きな二つの膨らみと、その鮮やかな桃色の頂き。

 

「ふぁぁ……千紗希ちゃんのおっぱい、やっぱり素敵……!」

 

 目を輝かせているこゆずと、呆気に取られて赤面してしまうコガラシと幽奈。

 

「っっ~~~~!!!」

 

 服を脱がされた事よりも、見られてしまった事実が 宮崎を憤慨させた。

 

「み、見たでしょ!! 冬空くんっ!!」

「み、見てねーよ!!」

「な、夏山くんもっっっ!! ……って、あれ?? 夏山くん? 夏山くん??」

 

 懸命に弁明するコガラシだったが、ホムラの方は妙に静かになってしまっている事にこの時宮崎は気付いた。見られて恥ずかしい思いをしていた筈なのだが……、何だかのっぺらな表情。《無》になってしまってる表情をしているホムラを見て そちらの方が気になった様だ。

 

 

「……………」

「あ、あの。ホムラさん? だ、だいじょーぶですか??」

 

 その姿に幽奈は恐る恐る近づいた。ホムラが苦手だという事は彼女はよく知っているから心配をした様だが……。

 

 

「…………………………きゅう」

 

 

 ぼうんっっ!! と大きなキノコ雲を頭の上に作ったかと思いきや、盛大に顔を赤くさせ、倒れてしまった。

 

「わ、わぁぁ! な、夏山くんっ? 夏山くんっっ!?!?」

「ほ、ホムラさんっ! しっかりーー!!」

 

 目を回しながら倒れているホムラを見て、どこまで純情なんだ……。と言いたかったが 致し方ないだろう、ともコガラシは判断。

 

 先程のとても勇ましく、とても強かったホムラの姿が霧散してしまって、こゆずはただただ首を傾げていた。

 

「そ、そう言えば…… ホムラさん……、ここまで その、はっきりと見たのは……初めてだったかもです……」

 

 幽奈は 今度はせっせとホムラを介抱をする傍らで思い返していた。

 今までの事。つまりラッキースケベェ展開の事を。今までも殆ど不意打ちだったのだが、温泉では湯煙が遮断させていて、そこまでの直視をさせなくて、更には狭霧の乱入が毎回の様にあって、直ぐに完全遮断する事が出来ていた。

 だが、今回は夜とはいえ、公園には街灯がある。……こんな至近距離で宮崎のふくらみを見てしまった。

 

 そのせいで、色々とオーバーヒートをしてしまった様だ。

 

「うぅ、な、なんかごめん……わ、私のせいで」

「い、いや ボクのせいだよっ。千紗希ちゃんのおっぱいは悪くないよっ! おっぱいが素敵過ぎて、魅力過ぎて、かもしれないけど、ボクがいきなりしちゃったから……」

 

 必死に謝る2人だったが、当然ながらホムラに伝わる事は無かったのだった。

 

「ぁー、今回はホムラが災難だったなぁ。……しゃぁねぇけど運んでやるか」

 

 その後は、コガラシがホムラをおぶり 宮崎とは別れた。

 こゆずは、そのまま廃寺に送り返すのは可哀想だという事もあって、ゆらぎ壮に引き取るのだった。

 

 

 



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第20話 お礼とお礼

 

 

 

 

 

「……はぁ、ひどい目にあった」

 

 それは ゆらぎ荘を出て学校へ向かっている途中の事。

 昨日の夕刻からの衝撃映像のおかげで記憶が飛んでしまっているホムラ。兎に角 凄い所を見てしまった、という実感は残っているものの 記憶にすっかりとフィルターが掛かってしまっていて、思い出す事が出来なかったりしている。

 

「ホムラさん、大丈夫ですか……?」

「ああ、大丈夫だ幽奈。心配ありがとな」

「い、いえ……私はいつもホムラさんのお世話になってますし……、今朝もその……」

 

 幽奈は両手の人差し指を合わせて恥ずかしそうにしていた。

 今朝と言うのは当然ながら コガラシとのやり取りでいつも通りのポルターガイスト。

 

 朝日がゆらぎ荘を照らすのと殆ど同時(と思える)に衝撃音と大きな水柱、着水音が響く。それが朝の起床アラームとなっている感じとも言えるだろう。

 

「それこそいつも通りだ。コガラシだって寝坊防止になっていいんじゃないか? なぁ」

「……そう言われて否定も出来ねぇけど 荒々し過ぎるのも困りもんだよ」

「はぅっ! す、すみません……」

 

 それはもう見慣れた光景だから、ホムラも気にしてないし 吹き飛ばされてるコガラシも同じ感じ。寧ろ無くなってしまった方が違和感を覚えてしまうというものだった。

 

「はぁー と言うかオレのため息はさ、幽奈。どっちかと言えば狭霧なんだがな」

「え? 狭霧さん、ですか」

「ああ。昨日狭霧に何言ったんだ? 殆ど目を覚ました直後の攻撃なんか、回避するのは流石に無理だぞ。幾らなんでも」

「あ……」

 

 ホムラの言う『ひどい目にあった』と言うのは昨日の気絶してしまった一件ではなく、寧ろその後にあった。コガラシにどうにか連れて帰ってもらった事は後々に判った事で、礼も言ったのだが 狭霧が何故か怒っており その意味合いが全然ホムラは判ってない。

 

「それもいつも通りの光景なんじゃねぇか? ホムラ。狭霧がお前に苦無投げるなんてよ」

「いつも通りの光景、恒例にはしたくないな。……吹き飛ばされるのも大概だとは思うが、刃物投げられる方が過激だとオレは思うし。コガラシの部屋の外は池に直行だ。まだ楽だろ」

「オレだって楽じゃねぇって」

 

 コガラシとホムラは互いに色々な女難の相が出ている様だが、口では何といってもそこまで気にしていない様子だった。幽奈はおろおろとしてしまうけど。

 

「と言うか、お前ら狭霧になんて言ったんだ? まっ 狭霧が苦無投げてくる事自体は全然珍しくないけど」

「あ……え、えーと そのー」

 

 幽奈は言い淀む。

 

 そのホムラの疑問に答える為には 昨日まで時間をさかのぼる必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 

□□ 昨日 ゆらぎ荘 □□

 

 

 それは コガラシがホムラを背負って帰ってきた時の事だった。

 いつも通り 玄関先で仲居さんに迎えられたのだが……。

 

「おかえりなさ……、って ホムラさんっっ!?!?」

 

 ホムラがコガラシに抱えられて帰ってきた。

 ホムラの強さはよく知っているからこそ、いつも落ち着いている仲居さんも驚きを隠せられなかった様だ。

 

「えっとね。ホムラ君は 千紗希ちゃんのおっぱいに感激しちゃってー」

 

 ぴょんっ とゆらぎ荘の中に遅れて入ってきたのは こゆず。

 ……先ほどの会話にこゆずの話が出てこなかったけれど、しっかりとゆらぎ荘であずかろう、という事で連れて帰ってきてます。

 

「え、えっと…… あなたは? それに おっぱ……って、ええ……っ!?」

 

 突然の状況だった。

 ホムラが気絶? している状況もそうだし、こゆずが来た事もそうだ。更には言っている意味がいまいち判らない事もそう。だから 仲居さんが更に混乱をしている所に……。

 

「…………それはどういう事だ?」

 

 ゆらぎ荘の階段から降りてきた者がいた。

 並々ならぬ殺気が出ている様な気がする。

 

「おや~☆ ホムラちゃんもついにヤっちゃったのー?」

「ホムラ……寝ちゃったの? 夜々も眠い……」

 

 そして もう1人。酒瓶を片手に笑顔で降りてくる者、くぁ~ とあくびをさせて眠そうにしている者もいた。

 

「わ、わぁ~~!! すっごーいっ!!」

 

 こゆずが目を輝かせながら見ている先は、当然ながら豊満のぼでぃ。ゆらぎ荘で暮らす女性陣の中ではNo.1とも言えるバストを持つ者、そう 酒瓶を持ってるのは、呑子。眠そうにしてるのは夜々(自分で名前を言ってるが一応説明)。 

 で 怒ってるのは当然ながら狭霧である。

 

「えっと、さ、狭霧さん落ち着いてください……。まず 私から説明しますね。この子はこゆずちゃんで……」

 

 色々とこじれてしまいそうだったから、気を利かせた幽奈が先程の出来事をしっかりと教えた。

 

 こゆずの事、宮崎の事。そして今回の騒動も…… なるべくオブラートに ホムラに非は無い、という所を強調させて(狭霧に対してである)

 

 一通りの説明を受けて、ゆらぎ荘の皆はそれなりに納得してくれた。

 そしてこゆずの事も歓迎してくれている。

 

 色々と騒動を起こした張本人ではあったが、その理由を聞いて悪意は無かった事と凄く反省している事、宮崎自身が許している事もあって それ以上何かを言うつもりもなく、更に元々愛らしい容姿のこゆずを邪見にする者などここにはいなかった。

 

「や~ん、可愛いっ!」

「ふゎぁぁぁ。すっごーいっ! おおきいっ……!」

 

 呑子が抱き着き、こゆずは その胸に顔を埋めて感激している。目を輝かせて やたら活き活きしている、とも言えるだろう。

 

 そして等の狭霧はと言うと。

 

「……それで幽奈。ホムラが婦女子を辱めた、というのは 本当だろうな。……もう一度確認しておく」

 

 何だか凄く怒っている様子。

 幽奈がしっかりとやわらかぁぁく包んで話をしたんだけれど、やっぱり怒ってる。

 

「い、いえ! ホムラさんは 何も……。え、えと こゆずちゃんがちょっと。それに 宮崎さんも許してくれてるんで……」

「婦女子のハダカを見た男は如何なる断罪も受けるべきなのだ!!」

「はうっっ、で、でも ホムラさんは今は……」

 

 幽奈が見つめる先にはホムラ。

 居間で介抱されていて、まだ顔が赤く目を回している。

 

 流石にそんな時に攻撃する様な真似は狭霧には出来なかったのだろう。

 

「……仕方あるまい。話は起きてからだ!」

 

 ぎらっ、と苦無を鈍く光らせながら…… 構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言う事で場面は元に戻る。

 

 

「……スゴク理不尽だ」

「ま、まぁ 狭霧さんも悪気は無かったと思います……」

「ゆらぎ荘の風紀委員だ。しゃーねぇだろ」

 

 狭霧だから、という事で納得をするしかないのだろう。

 

「何だか解せないけど。……オレは覚えてないんだし………、そ、その宮崎さんの……を見、なんて……」

 

 覚えていない。だが 何を見たのかは 幽奈からの説明で理解している。

 

 確かに、はっきりくっきりと見てしまう様な事など、早々ある訳がない。温泉内で 何度もそう言った とらぶる には見舞われた事はあるが、湯煙で包み隠してくれているし、そういう場面が来たら、何となく 雰囲気で判りだしているから、ある程度覚悟が出来るのだ。

 

 宮崎の場合は、不意打ちも不意打ち。予測不能の攻撃も良い所だったから、これこそが仕方ないと言えるだろう。

 

 

 そんな時だった。

 

 

「あ……! 夏山くん! 冬空くん! おはよー」

 

 学校に登校中だ。

 ばったりと出会う事だって当然ある。無いとは言えない。だけどタイミングが悪すぎた?

 

「っっ!!」

 

 まさかのタイミングで宮崎が声をかけてきたのだ。

 覚えていないとはいえ 再び頭の中で認識させていた所に、視界の中に宮崎が入ってきたから、ホムラも思わずパニックになってしまった。

 

「あ、そのっっ、み、宮崎さん?? え、えと……き、昨日は……その……」

 

 顔を真っ赤にさせて俯くホムラ。

 

「え、ええ? ………ぁっ」

 

 宮崎も当然ながら何を言っているのかは理解できる。

 当の本人は忘れよう忘れようとしていたんだけれど……、そうも言ってられない。

 

「ご、ごめん! オレ……えと、わ、わざとじゃ……」

「い、いや 夏山くんは悪くないよっ! だ、だから 忘れてくれたら……う、嬉しい……」

「あ………う、うん。判った……」

 

 顔を赤くさせて俯き合う? 2人。

 良い甘酸っぱい青春を送っている様で、幽奈も弁明を必死にしようとしているが、それでも暖かい目で見てしまう。

 

「……ここに狭霧がいなくて良かったな。苦無の本数が増える所だ」

「はぅっ……。そ、そうでした……」

 

 ぼそっ、と言うのはコガラシ。まさに的を射ている話であり、それの話は当然な事であり、自明の理である。

 

 それは兎も角、昨日の事はすっかり忘れる、という事を約束してこの話は終了させた。(無理矢理)

 

「え、えっと! それより、こゆずちゃんは?? 元気にしてるかな? ね、ねぇ。冬空くんも!」

「ん? ああ。なんかやたら活き活きしてたぞ」

「うん。皆にはちゃんと受け入れてもらって、すっかり仲良くなってるよ」

「そっか! 今度遊びに行くから、って伝えておいて」

 

 こゆずの事を心配しているのは宮崎も同じだ。色々とほっとけない子だったから。

 一先ず安心すると、宮崎は鞄の中を探った。

 

「えっとね。昨日は本当にありがとう2人とも。こんなので お礼になるかどうかわからないんだけど……」

 

 数秒探った所で、見つかったのだろう 小さく『ぁっ』とつぶやいて 手に取り こちら側に差し出した。

 

「クッキー焼いてきたの。2人の分あるから、よかったら食べてみて」

 

 宮崎の手の中にあるのは、何処かのパティシエが作って店頭に並べている物ではないか? と思いたくなる程綺麗に包装され可愛らしいリボンで止められた小さな袋。その中には数種類の形のクッキーがこれまた綺麗に収まっており、彩を見ても美味しそうだという事が判る。……食べる前からはっきりと判る。

 

「く、くっきー……だと……?(しゃ、借金生活で節制に次ぐ節制……、まさか おやつを食べようなんてこと、考えもしてなかった……)」

「わぁ…… こちらこそありがとう。宮崎さん。美味しそうだ。……これは高い依頼料だって思う」

「えへへ……。ほんとかな。上手く焼けた、とは思うけど…… あまり味は期待しないでね」

「いや 店の売り物と間違うレベルだと思うよ。ああ、そうだった」

 

 コガラシは、数秒固まっていて、その理由がはっきりと判るからこそ、代わりに受け取るのはホムラだ。『ほら。コガラシもお礼を言えよ?』と云いながらその手に渡す。

 コガラシも慌てて宮崎ほ方を見て 涙を流す。

 

「……最ッ高のお返しだぜ……! ほんと、ありがとな……、宮崎……」

 

 涙を流すコガラシ。当然普通なら『そこまで!?』と言いたいかもしれないが、若くして借金地獄に陥っているコガラシだ。その内情を知っているホムラも幽奈も この時ばかりは何も言わなかった。

 

「そ、そう? 喜んでくれたなら良かったよ……」

 

 宮崎はそこまで喜ばれるとは思ってなかった。泣くほど喜ばれると、やや引いてしまうが そこまであからさまではない。

 

「あ、後その 幽奈さんにもよろしくね?」

「了解。……あ、そうだ幽奈も確か食べれるよな? 食べれる、というか味わう事が出来たよな?」

「はい。お供えしていただければ」

 

 ホムラは袋の中のクッキーを2つ取る。

 コガラシも同じ様にクッキーを取って、再び涙。

 

「わぁ、とてもおいしいですっ」

「美味い! 美味いぜ 宮崎っ!! 最高だ!」

「美味しいよ」

 

 3人は大絶賛だ。(幽奈の事は見えないが)

 

「え、えへへ…… そこまで喜んでくれると私も嬉しいよ」

 

 照れくさそうに はにかむ宮崎。その姿を見て、ホムラは幽奈に耳打ちをした。

 

「あ、はいっ。判りました」

 

 幽奈は 話を訊いて 両手をぽんっ と叩いて 少し上に飛んでいたが、ふよふよ~、目線の高さにまで降りてきた。

 

「宮崎さん。幽奈も美味しいって言ってるよ。……感謝の気持ちを、受け取ってもらいたいから、ちょっと手を出してもらえないかな?」

「え…… 手?」

「うん。驚かないでね」

 

 ゆっくりと宮崎は手を差し出す。

 

 その手を幽奈は、両手でゆっくりと包み込んだ。柔らかく、優しさも判るかの様な手。見えない筈なのに 目の前に女の子がいる……と 何処か錯覚してしまう程だった。

 

『ありがとうございました。宮崎さん』

 

 幽奈は、暫く包み込んだあと、手を放してメモ帳に大きくお礼の言葉を書いて見せた。

 

「……そんな、こっちこそありがとうだよ。幽奈さんっ。これからも よろしくね!」

『はいっ』

 

 すっかりと打ち解け合う2人。

 最初は信じられなかった様だけれど、本当に良かった。

 

「なぁ、コガラシ。色々と大変だったが 結局 幽奈が騒ぎを起こしたおかげで、こゆずや宮崎さんと仲良くなれた。友達が増えたんだ。……これは 歓迎すべき事だよな?」

「その上、久しぶりにオヤツを食べれた。色々と大変な事はあったが、今はオレは幽奈には感謝しかないぜ。勿論、クッキーくれた宮崎にだってな」

 

 いつか、本当に幽奈の姿を見て 話せたら良いな、と2人は思いながら 仲睦まじく会話(筆談)をしている幽奈と宮崎を見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして まだちょっとした問題が……。

 

「……狭霧の件だが、宮崎さんに弁明してもらうのが良いかな? ほら、宮崎さんなら引き受けてくれると思うけど……」

 

 狭霧が怒った事も当然ながら忘れてないホムラ。

 

 

 だけど、この行為は火に油を……、どころではなく 火に火薬だと思うので 幽奈は勿論 コガラシにも『それは止めとけ 少なくとも今は』と 止められて 何だか釈然としないままその後も 暫く狭霧の折檻から逃げ続けるホムラだった。

 



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第21話 狭霧さんとお仕事➀

 

 幽霊・妖怪・悪霊。

 

 それは多種多様であり様々な呼ばれ方をする。

 呼ばれはするものの、本当の意味でその存在は正直な所あまり世間には浸透はされていない。誰もが子供騙しである程度にしか考えてなく、現実に実際に起こり得る事ではない 存在などしていない と考えるのが殆どだ。

 

 だが――、それは誤りである。

 

 それ(・・)は 間違いなく存在していて時には人に仇なす存在として恐れられているのだ。

 

 

 

  

 そして 満月の夜の事。男の悲鳴が街に響いていた。

 

 

 

 

「ぐわぁぁぁ!! わ、ワシの、ワシの髪がぁぁぁぁ!!」

 

 悲痛な叫びの割には 髪の毛かよ! とツッコミを入れたい気分ではあるが、それでも大層髪の毛を大事なされている中年の男性だったから、それも仕方がないかもしれない。

 問題は襲っている側だ。

 宙に漂いながら ゆらゆらと妖しく動く。頭だけしか存在してなく、その頭も長い髪で覆われていて普通の頭ではない。そして髪だけでなく、その中には大きな口も見えていた。

 髪と口だけの妖怪、と言えるだろう。

 

『髪…… モット喰ワセロ……、髪……ウマ……』

 

 毟り取った髪をムシャムシャと喰い尽したのと同時に、再び襲い掛かった。もう殆ど残っていない頭の髪の毛に向かって。

  

『カミィィィ! 喰ワセロォォォ!!』

 

 大口広げて襲い掛かったその次の瞬間だった。

  

「雨野流誅魔忍術奥義――小夜時雨!」

  

 月夜の空に掛ける一筋の光。

 空から瞬く一閃は、襲い掛かる妖怪に突き刺さった。

 髪を狙う妖怪は、穴だらけになり、じゅううう~~と薄い蒸気の様なものをあげながら消滅していく。

 妖怪の消滅と襲われていた男性の無事(髪を考えたら微妙だけど……)を見届けた後、何処かへと連絡をしていた。

 

「髪喰いは片付けたぞ」

『いやいや流石狭霧や! 仕事が早いで~~。その上 今ホムラ君もおったら、Loveパワー♪ でもっと早いんやから、末恐ろしいってもんや~』

「っっ! ほ、ホムラはかんけーないだろっ! それに変な事を言うなうらら!」

 

 ホムラの名を出されて、頬を赤くさせながら抗議するのは 誅魔忍の任務中である狭霧である。屋根から屋根へと飛び移る姿は正しく忍者のそれで、闇夜に紛れているからか その姿を捉えるのも難しい。

 でも、やっぱりホムラの名を出されて色々と言われてしまうと、平常心が失われてしまう様子。

 

「お、っとと!」

 

 着地をミスりそうになってしまって、たたらを踏んでしまっていた。

 

『なんやなんや~? 任務は終わっても、帰るまでが任務なんやでー? 綺麗な身体で帰らんと、ホムラ君もがっかりしてまうで?』

「っっ!! うららが変な事を言うからだ! 馬鹿者!」

『あっはは♪ 狭霧は腕は立つくせに、この手の話になると ほんまかわええわっ! おーっと それは置いといて 今度の仕事の件と――前に言うてた新たな霊能力少年が来たって話をするんやったわ』

「む? 冬空コガラシがどうかしたのか……?」

『そうやそうや。あの(・・)ホムラ君の友人なんやろ? 気になるんもとーぜん、ってもんや』

「確かに……それは判らんでもないが」

『やろ? その腕をいつか見てみたいなぁ~ って話や。勿論 誅魔忍(・・・)として』

 

 狭霧は 『誅魔忍として』と言う言葉を訊いて表情を引き締め直した。

 

「……確かに。冬空コガラシの腕は、その実力は 私自身も見たと言う訳ではない。ただ、ホムラから聞いているだけだ」

 

 狭霧はホムラの口からは、コガラシの事を何度か聞いていた。その実力の高さを。

 

 狭霧自身が実際にそれを目の当たりにした訳ではないから、そのまま全て鵜呑みにするつもりは無かった。ホムラの実力の高さは狭霧はよく知っている。そんな実力者がそう何人もいるとは思えなかったから。ホムラは嘘を言う様な男ではないというのは判っているつもりだが、それでも最後は自分の眼で見てから判断をする様にする事にしたから。

 

『むむ~ しかし 狭霧はずっこいなぁ。男2人もおるなんて。ヤキモチ妬いてもしらんで?』

「ぶっっ!!」

 

 真面目な話をしていたつもりだった狭霧だが、まさかの発言で思わず吹いてしまっていた。

 

「ななな、何を言っておるのだ!!」

『むっふふ~ 個人名出してないんやけどなぁ~。まぁ えっか。それより 何をも何も、ずるい言うとるんやでー? 狭霧は ホムラ君ともあろう者がおりながら、ほんまぜーたくな!! って』

「この馬鹿者っ!! それに ホムラとは そ、そんなんじゃない!」

『ほなら、コガラシ君とやらを紹介してーや。色んな意味で気になるんやー』

「ぅぐぐ………」

 

 今は真夜中だ。そんな真夜中の街中で大声で言い争い? をしないでもらいたい、と言いたいが 今の狭霧は面白い様にからかわれているから、そんな事考えてられてない様子だ。

 

『ははっ。ほんま里出身のエリート様はウブやなぁ~』

「っっ!! うらら! 貴様っっ!!」

 

 漸くからかわれた事に気付いた狭霧は、再び憤慨するのだが、何処吹く風の様子なのは 《うらら》と言う名の少女の声。

 

『それはそーと、次の仕事の話もしとかんとな。そん時はホムラ君と一緒に頼むでぇ。内容が内容やけんな。もー1人の……コガラシ君? も上手い事言うて実力1回くらい見たったらどうや?』

「ぐぐ……。む? 内容? ちょっとまて うらら。まだ仕事の内容は聞いてないぞ」

 

 ホムラと一緒に……、という時点で 何処か色々と違和感があった狭霧。

 仕事の内容を訊いた途端に、収まりかけていたのに、狭霧の頬が再び真っ赤に染まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ 翌日 湯煙高校 □□

 

 

 

 学生の本分は学業。

 そう 普通はそうだ。基本的には その筈だ。義務教育ではないとはいえ、まだまだ子供に分類される高校生。どう考えても 地獄の特訓の様な真似を延々とさせられたり、はたまた子供の身分で大人でも即倒してしまいかねない程の借金を背負わされたり、そんな事はあってはならない。

 

 でも ここに普通ではない例外の2人がいたりする。勿論 末期はとうに峠を越えていて、もう殆ど過去の話だが。

 乗り越える事が出来たから その顔は本当に爽やかなものだった。

 

 そして 3時間目が終了し休憩の時間に入ったから 一度外の空気を吸いに渡り廊下に出ていた。心地よい風を身体全体に感じながら両手をグッと広げる。

 

「ぅぅ……、やっぱ普通が一番だよなぁ……。学園生活万歳、霊能力万歳だ! どんな悪霊が来ても、どんなはた迷惑なヤツが来ても 拳骨1つで追っ払えるんだからな!」

「まぁ 判らんでもないが もうそろそろその口癖も止めた方が良いぞ? また色々と心配されるかしれんし。此処に通いだしてそれなりに時間が経っただろうに」

「ホムラさんもそうですが、コガラシさんもとても大変だったんですよね……。私 話を訊くだけで ゾッとしちゃいます……」

 

 爽やか穏やかキラリンっ♪ と表現できる表情をしているのはコガラシ。ホムラは比較的落ち着いている様だった。その2人の傍で見守っている(憑りついている?)のはいつも通り幽奈である。

 

「ああ、そうだった。幽奈とコガラシは昨日ユノワールに行ったんだってな? 仲居さんから聞いたよ。どうだ? 楽しかったか?」

「え……、あっ はい! その……とても楽しかったです……」

「まぁ な。幽奈のやりたい事を手あたり次第って事で一緒に行ってみたんだ」

 

 ユノワールとは《湯煙温泉》と言う名の温泉レジャーランドだ。この地域ではデートスポットの1つとして非常に有名だ。温泉と言えばゆらぎ荘も負けてはいない気持ちよさなのだが、気味の悪さが際立っているから仕方ない。光と闇 と言っても良いくらいに周囲の印象に差があるから。

 

「良かったな幽奈。オレも色々と協力したかったが 少しばかり用があったし、何よりデートだったら 2人きりが一番だからな」

「はぅっっ で、でーと……。そうですはい! 初デートとコガラシさんは、言ってくださいました! ……こ、コガラシさん。私ちゃんとできてましたかね……?」

「ぬ…… それはオレ自身もだ。どうなんだろうな……。幽奈との初デートだ! って言ったんは言ったんだが…… ちょっと自信がいまいちで。昨日も色々と考えてみたが……、しょーじきまだ判ってないってのが本音だったりするなぁ…」

 

 判らない、と言う2人。男女2人で楽しく遊べたのなら デートであっても 例えデートでなくたって良いだろう、と思えるのはホムラだ。自分から《デート》と言う単語を使った手前、そう言うのは気が引ける気がするが。

 

「楽しかったのなら、それで良いんじゃないか? それだけでも充分だってオレは思うな」

「はいっ! そうですね!」

「その点はオレも同意だ。確かに色々と楽しかったからな」

 

 コガラシも幽奈も良い笑顔を見せていた。

 それを見て ホムラも自然と笑顔になる。

 

「あっ そうです! 今度ゆらぎ荘ででもみなさんで温泉に入りませんか? ユノワールでは とても楽しかったので!」

「っっ!? おんせっ……!? み、皆で?? な、何言ってんだ幽奈!っ」

 

 幽奈の提案に瞬時に動揺してしまうホムラ。

 ゆらぎ荘の温泉での出来事には正直な所良い思い出が無い事が多いから敏感に反応をしてしまう様だ。顔を赤くさせているホムラを見て幽奈も自身の言葉足らずを理解した。

 

「はわわっ! ち、違いますよ、皆さん水着に着替えて、ですよ! 勿論っ!」

 幽奈の付け加えを訊いてホムラは少なからず安堵していた。

 

「みずぎ…… 水着、か。まぁ……それなら 多分」

「ユノワールの話をしてたんだから、大体想像がつくだろ? 慌て過ぎだろ ホムラ」

「う、うるさいな! コガラシだってオレの気持ち判るだろっ! 風当りはコガラシなんだから!」

「ぁー、まぁ確かに お前のセリフを取るつもりじゃないんだが、ホムラの言う事も判らんでもないな。やっぱ」

 

 ゆらぎ荘で色々とお世話になっている男性陣は、魅力的な女性陣達に囲まれて、色々と大変なのだ。様々な 《とらぶる》 が起こりに起こって 心身ともに疲れてしまう事も多々。ある意味過去の地獄の特訓にも匹敵しかねなかったりするから。

 コガラシ自身も色々な《とらぶる》に見舞われている。毎朝 幽奈に起こされるのは大変刺激的であり、最早習慣化されているのだから。

  

 それは兎も角 幽奈は改めて聞き直した。

 

「水着なら、良いですよね? ホムラさん」

「……なんでオレにそんなに訊くんだ?」

「呑子さんに聞きまして……、はずかしいんですけど や、やっぱり 男の人のお背中を流して差し上げるのが 一番お疲れがとれると、とても癒されるとの事で……、あ、もちろん狭霧さんにその役はお任せしますよ!」 

「……呑子さん、全くよけーな事を幽奈に……」

 

 彼女なら言いそうな事だ、と頭を抱えるホムラ。幽奈自身にも羞恥心はしっかりと持っている筈だから、あの手この手で美化させて伝えたのだろう、という事もはっきりと判る。

 確かに美女が『お背中、お流しします』と言って 本当に流してもらえるのは、世の男にとっては至福の時だと言っていいだろう。

 

 でも ホムラには色々と刺激が強すぎるというのが問題だ。

 

 それを置いといたとしても、水着着衣必須なのであれば、大丈夫だという事もよく判る。今までもその範囲ならホムラも大丈夫だったから。でも看破できない問題はまだある。

 

「呑子さんや夜々なら兎も角、まず第一に狭霧が賛同するとは思えんぞそれ。『混浴など ふしだらな!』と一蹴されると思う。ああ、勿論 男2人には苦無付きだろうな。またゆらぎ荘が壊れそうだ」

「あー その光景はオレも目に浮かぶ」

 

 コガラシもホムラの言葉に同調していた。狭霧はゆらぎ荘の風紀員の様なものだ。混浴などを行えば何を言うか…… 想像がはっきりとついてるホムラは狭霧のセリフをトレースして、コガラシはうんうんと頷いていた。

 

「うーん…… それもそうなんですが…… 狭霧さんは その、えと、だから ホムラさんの事を……ゴニョゴニョ」

 

 幽奈は最後まで言い切る事はなく口を噤んだ。

 狭霧の心情は 外から見てみれば誰でも判りきっている。色恋沙汰に非常に憧れを持つ幽奈なら尚更だった。それを伝えたい、と強く思う幽奈だが それは狭霧自身が言わなければならない事だという事もよく判る。ちょっとしたお助けをしたとしても、ストレートに気持ちを代弁するのはよろしくないだろう。

 

「ん? どうした 幽奈。狭霧がどうかしたのか?」

「それに、何か顔が赤いぞ。大丈夫か? 幽奈」

 

 ホムラとコガラシが、黙り込んだ幽奈を見て首を傾げた。

 

「は、はわわ! な、なんでもないですっ!(ほっ 聞かれなくて良かったです……)」

 

 安心をしているのも束の間だった。

 

 

「漸く見つけたぞ。ホムラ。それに冬空コガラシ」

 

 

 《温泉混浴計画》の渦中の人物になりそうな人が。

 狭霧がいつの間にかこの渡り廊下へと来ていた。

 

 

 

 何やら思いつめた表情をしている様だが、幽奈の計画についての話は訊いてない様だった。

 



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第22話 狭霧さんとお仕事②

因みに今日ホムラの師匠の1人。脳内会議でキャラを決定しました。


 

 場所は変わって夜の街。

 

 商店街がすぐそばにある交差点付近で まだまだ夕食時である為にそれなりに人の往来は多かった。

 そこで ホムラは狭霧と待ち合わせをしている。

 

「妖怪退治依頼……か。狭霧とは何度か一緒にした事はあるんだが、それは対象が複数いる場合のみだった。……今回はオレとコガラシ、それに狭霧か。大分強敵の様だ」

 

 ホムラは、待ち時間の間に今回の件について考察をしていた。

 話にある通り ホムラは狭霧と共に仕事を数件行った事がある。うららからの依頼も含めたら それなりに回数を熟している。だから 信頼し信頼されている間柄になっていると自覚していて、依頼をされる事事態は 何ら問題ないのだが 3人で仕掛ける程の相手ともなれば、ホムラも慎重になるというものだ。

 過信と慢心は何よりも強敵だという事をよく自覚しているから。

 そして、もう1つ疑問があった。

 

「幽奈は危ないから判る。だけど、何でコガラシは別行動なんだ……? それに学校から一緒に来れば良かったとも思うが…… まぁ その辺りも狭霧が来たらだな」

 

 そう 3人で討伐をする と言う話だが此処に集うのはとりあえず狭霧とホムラの2人だ。その訳も狭霧は会ってから詳しく説明する、と言われているのだが やはり疑問に思えるのも仕方がない。それは コガラシの実力の高さを知っているからこそだ。3人揃って倒せない様な相手が現れでもすればとんでもない事になりかねない。

 

 そう――非常に恐ろしい事なのだ。

 

「……そうなったら アイツ(・・・)が無茶苦茶怒りそうだな。『この未熟者が!』って感じで 思いっきり蹴っ飛ばされる。……確実に」

 

 連想をさせてしまったのか、或いはその確かに予測を、未来の姿を頭の中で鮮明に思い描いてしまったからか、ややげんなりとしてしまうホムラ。

 

 と、色々と考え込んでいるその時だった。

 

 

「ねっ、ねぇキミかわいいねぇ~!?」

「わぉ、ほんとだ。むちゃくちゃかわいいじゃん! どうだ? オレらと遊ばねぇ?」

 

「いや、他に約束があるので………」

 

 

 街中で時折この手の会話はきこえてくる事は多い。

 云わば ナンパと言うヤツで こういった手合いは、断られても直ぐに別へと ひっきりなしに女性に声をかける事が多い。

 

 そして もう1つがナンパした相手によっては(容姿等が優れている女の子等)非常にしつこい、と言うパターンがある。

 

「ええ~~、そんなこと言わないでさぁ~ いいじゃん。遊ぼうよ」

「そうだそうだ。なんならオレらでおごっちゃうよ? 晩飯。それに色々と買ってやるよ~~」

 

 断られたのにも関わらず、一切退く気が無い性質が悪いパターンの男達。

 

「(やれやれ……、春先はこういったのが多い、と聞いた事があるが その通りなんだな)」

 

 ホムラのすぐそばで絡んでいた為、そのナンパ男達には心底呆れつつ 見てみぬ振りはせずに近づいていく。

 

 男達は軈て、女の子の肩に乱暴に手をかようと手を伸ばして言った。

 

「なぁ。けちけちしないでさぁー!」

 

 後数センチで その肩を掴んでいた距離だったが、掴む事は出来なかった。

 

「その人は断ってるだろ? なのに無理に誘うのは迷惑じゃないのか?」

 

 ホムラは掴む寸前で、その手首を握り 止めていたのだ

  

「……ああ? 何だテメェ」

「なにオレの連れに馴れ馴れしく手ぇだしてんだコラ」

 

 馴れ馴れしく女のひとの肩を掴もうとした癖に、何を言っているんだ? とブーメラン発言に対してツッコミを入れようとしたのだが。

 

 

「慣れ慣れしいのは 貴様らだ!!」

 

 

 と、怒声を浴びせつつ ホムラに迫ろうとした男を見事に一本背負い。ずどんっ! と背中から叩きつけられて、立ち上がる事が出来ず、白目をむいていた。まさに一発KO。

 

「………はぁ!?」

 

 突然投げられてしまったのを間近で目の当たりにした男は サァ~…… っと背中に冷たい汗が流れ出ているのに気付く。もしも、あの肩を掴んでいたら、自分も投げられて、叩きつけられてしまっていただろう事がはっきりと判ったから。

 

「……良かったな? もしも オレがお前を止めてなかったら、きっと こうなってたぞ? いや無理に掴もうとした分、威力が上がってるかもな」

 

 ホムラは、その心情を読み取ったのか、軽く男の肩を叩く。そして、見事に一本背負いを放った女性を再確認したホムラ。それが誰なのか判った所で軽く微笑む。

 

「相手が狭霧だ。……運が悪かったなお前ら。これに懲りたらもう止める事だ」

 

 そう言って、ホムラは男を離した。

 つまり待ち合わせをしていた狭霧にナンパをした、と言う事。男達には一切の容赦をしない狭霧に手をかけて、無事で済んだ男子は思いの外少ない事をホムラは一緒に暮らす過程でよーく知っているから、男達には多少の同情をしていた。

 腰が抜けている男は、そのまま放心し続けるのだった。

 

 

 

「来ていたのか。待たせたなホムラ。それで今回の件だが」

「……ああ。話は聞きたいが、場所を変えようか。滅茶苦茶目立ってるぞ。オレ達」

「む……」

 

 狭霧の見事な一本背負い。そして ナンパ男達を撃退した事。

 それらもあって、男女問わず、周囲の注目を非常に集めていた。強く格好いい女の子 と同性からは憧れの視線が。異性からは、ナンパ男に対して憐れむのと同時に、強く可愛い女の子と言う事で好意的な視線が集っていて、ホムラも一応止めたのだが殆ど霞んでいる。

 でも、目立つ事をあまり好まないからそれ自体は問題ないが、これから話す内容を考えたら、狭霧もあまり目立たない方が良いのだ。妖怪退治ともなれば……。

 

「……ああ 判った。こっちだ」

「了解」

 

 狭霧に先導されて、2人はこの場を後にした。

 

 

 

 

 狭霧と共に向かったのは、街中のとある公園。

 

「ここがそうか?」

「ああ。先程伝えた通り、この公園では夜間に訪れた人が黒い霧に襲われる……という事件が頻発していた」

「黒い霧……か。夜とは言えこの公園には街灯がある。視界は良好だ。にも関わらず 一般の人達が現れたのを『黒い霧』と表現するんだ。……それが ただの霧じゃないのは一目瞭然か」

「その通りだ。……非常に厄介な霧だ。それに 被害も相次いだため 現在この公園は立ち入り禁止となっている。誅魔の里で霊視を行った結果、妖怪の仕業だと断定された」

 

 街灯の明かりが一定間隔で公園内を灯し、夜だが歩きやすい。そして景色も見事だから とある人気スポットの1つになっている公園だ。

 

「被害者は決まって若い男女。被害者と同じく男女で公園を歩き、妖怪をおびき出す為に 今回はホムラも同行してもらった」

 

 因みにこの辺りのセリフ、狭霧は事前に必死に練習をしていた。今は平静を装う事が出来ているが、それは何度も何度も脳内にて ホムラが目の前にいる……と意識しつつ練習を重ねたからだ。

 

 そう――この公園は所謂デートスポットなのだ。

 

 若い男女がよく此処に逢引を……、つまりデートをする場所でホムラと共に行動する。その事実が狭霧に色んな意味で悶えさせてしまっていた。今日ほど実感した事はないだろう。どんなものにでも修練を重ねる事で乗り切る事が出来る。練習は嘘をつかない。と言う事を。

 

 狭霧の涙ぐましい努力なのだ。

 

 勿論 そんな事は露知らずなホムラはただただ狭霧の言葉と現状の分析をただ冷静に行っていた。

 

「ん。いつもは大体が分かれての行動だったからな。納得したよ。……それで コガラシはどうしたんだ? 狭霧とオレがいたら とりあえずおびき寄せる事は出来そうだが」

「………………………」

 

 流石の狭霧も少しくらいは意識をしてくれても――と全く思わない訳ない。

 だが、一先ずはこれは任務である事。誅魔忍の大事な任務である事を強く意識した。

 

「……冬空コガラシには 着かず離れずの監視を任せた」

 

 何度か気持ちを飲み込んだ後狭霧は続ける。

 

「この霧の範囲は極めて広いという事も調査で判っている。もし 今回の件で自らに害を成そうとする者がいれば別の場所へ逃げる恐れがあるからな。それを防ぐ為に。いわば我々は囮役だ。冬空コガラシの腕はホムラが信頼しているのだろう? ……不本意だが、腕がたつという点においてだけは 私も信頼するとしよう」

「成る程……な。まぁ コガラシなら大丈夫だな」

 

 周囲を少し見回した後 ホムラはニヤリと笑った。

 色んな不純な事を考えてしまっていた狭霧だが、この時ばかりは真面目に考えていた。

 

 単独行動は危険が伴うのは 狭霧はよく判っている。相手は人間ではなく妖怪なのだから尚更だ。だが ホムラは一切の心配をする素振りも見せなかった。それ程までに信頼をしている事も、よく判った。

 

 この時 少しばかり狭霧は妬けてしまっていた。

 

 

「それで、被害者はどうなんだ? あまり考えたくないが 霧に呑まれて攫われたのか?」

 

 霧に包まれ方向感覚を霊的な力で完全に麻痺させて、更には自由を奪って――と言うのは出来ない事はない。ホムラは 過去に似た様な力を持つ妖怪と対峙した事があるからだ。そして 妖怪にとって人間と言うのは色んな意味で栄養源となりうるから。

 だから少なからず心配をしていたホムラだが……、それは杞憂となる。

 ただし、新たな問題が発生してしまうが。

 

「被害者は――男女問わず、黒い霧に衣服を融かされて、全裸にされた」

「………はぁ!?」

 

 まさかのセリフに思わず声を上げてしまったホムラ。

 狭霧も少なからず判らなくもないが、とりあえず続ける。

 

「フェロモンの染みついた各種繊維を好んで喰らう。そんな新種の妖怪の様だ」

「……何なんだ。その妙な偏食は。服とは言っても色んな種類がある。化学繊維とか天然物とか関係なくか?」

「ああ。関係ない。……報告では例外なく全て裸にされてる」

 

 とりあえず、狭霧の言葉を訊いた途端にホムラは数歩前に出た。

 

「前は任せろ。……狭霧は後ろを頼む」

「……おい」

「とりあえず、被害者たちが無事なのは良かったが、人を……辱める妖怪とは容認は到底出来んな。……それに そんなのを続けさせたら 人間側からも馬鹿なのが沸きそうだ。この場所に」

「おい、ホムラ」

「どの辺りにその妖怪が現れるんだ? 衣類を喰う妖怪は。その辺りのデータは取ってないか?」

「………」

 

 狭霧は何度も呼んでもホムラは視線を真っ直ぐ。

 こちらに振り向く様な事はしなかった。服を融かされる、と言う事はホムラ自身は勿論 狭霧自身も言わずもがなだ。

 そんな展開になってしまったら…… と考えただけでも ホムラは耳まで赤くなってしまう。だから 必死に平静を装うとしていたのだ。つい先ほどの狭霧の様に。

 

 だが、そんなホムラに狭霧も容認できない事はあった。

 

「訊けっ!! ホムラ!!」

「っっ」

 

 前を行くホムラの両肩をがしっ、と掴んで無理矢理に振り向かせた。

 

「ホムラがどういう行動をとるのか。……その位は私も判る。いつも、わざとじゃない事も、私でも判る」

 

 狭霧は 自分自身にも言い聞かせる様にホムラに言った。

 

「私は、婦女子のあられもない姿を見た者は如何なる理由があっても断罪するとホムラに言い聞かせてきた。……だが、今回は別だ」

 

 目を見開き訴え続ける狭霧。

 今回は別、と言う意味。ホムラは次の言葉ではっきりと理解する事になった。

 

「人を仇なす妖怪を放置など出来ない。婦女子を辱める様な妖怪であるのなら尚更だ。……私は その妖怪に天誅を下せるのなら 女である前に誅魔忍であると決めているんだ」

 

 僅かながらに頬が赤く染まっているのは ただ熱弁しているからではないだろう。

 狭霧自身もきっと恥ずかしい。見られてしまう事もそうだし、何より相手が相手だから。

 

「だから――決めろ。私もホムラの性質はちゃんと判っている。だが、それでも……覚悟を決めてくれ。……見たくない(・・・・・)かもしれんが、ホムラが盲目になって 万が一にでも逃げられでもすれば被害が広がるんだ」

 

 やや視線を鋭くする狭霧。

 それだけで、ホムラは強い意志を感じ取った。狭霧の強い意志を。

 

 だからこそ、ゆっくりと深呼吸をした後に――両頬を思いっきり叩いた。

 ばちんっ! と言う乾いた大きな音が静寂な公園内に響く。

 

「……悪かったよ。少々安易に考え過ぎていた。すまない」

 

 自分自身の非を認めて、頭を下げるホムラ。

 

「……苦手だからって、駄々をこねる訳にはいかないからな。コガラシがいるとはいえ 100%確実なんてこの世には存在しないって事を忘れていたよ。……限りなく100%に近づく事が出来るだけ、だった」

 

その後は、狭霧を見て軽く微笑んだ。

 

「今回は狭霧も許してくれるんだ。……その、オレも頑張るよ」

「……ああ。頑張れ」

 

 ふぅっ、と狭霧も肩の力を抜いた。

 

 ホムラの最大の弱点でもあるのが女性関係だ。以前の宮崎の時程の事はこれまでには無かったが、ホムラは似た様なので隙だらけになってしまった事は何度かあるから。

 少々不満があるが……それは考えない様にしたその時だった。

 

「狭霧――」

「……?」

 

 前を行く狭霧に、ホムラは声をかける。

 

「その……、どういったら良いのか……判らないけど……その……」

「どうした?」

「狭霧は、さっき……『見たくないかもしれん』って言ってたけど……」

「っっ!?」

 

 ホムラは、頭を思いっきり掻き毟り、何度か深呼吸をした後。

 

「返事を返せないから。……だって、その…… 頷くのは 失礼、だろ……? だから……うぅ……えと……。そ、それだけだ!」

 

 そう言うと、それ以上は何も言わず 狭霧に追いつきその隣に並んで歩いた。

 そのホムラの横顔をじっと見て……、そして 狭霧は笑った。

 

 任務中であると言うのに笑ってしまっていた。

 

 

 

「さぁ、さっさとおびき寄せて退治するぞ!」

「ああ」

 

 

 

 直ぐに切り替え、真剣な顔に戻った2人は夜の公園の更に奥へと入っていくのだった。

 

 

 

 



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第23話 狭霧さんとお仕事③



注※ ほぼ原作沿いですm(__)m


 

 

 

 

 

 狭霧の許可を得たとはいえ 『頑張る』と言ったとはいえ そう簡単にいく訳はなかった。

 

 

『ホムラは女に対する認識をしっかり持つ事だ。そもそもだな、お前に女体など100年早い!』

 

 

 そして 過去の記憶が頭の中に何故か今蘇っていた。

 もう大分前になる、と思える過去の記憶が。

 

『100年早いとか、何とかはどうでも良いよ……。それに女体って妙な言い方するな』

『喧しい! ……だが、前の反応は良かったぞ。初心そのものだ』

『そんなもん褒められたって嬉しくない! それに何で服が脱げるんだよ! あの場面で!』

『追剥の霊が悪さをしていた様だ。剥ぐ力がまさに神域に達してるようだったな』

 

 それは、悪霊の除霊の件。言わば修行の一環だ。

 ホムラの腕なら何ら問題なく処理できる案件であり、修行にならないとまで思われていたが、ところがどっこいだった。

 

『何で霊の性質を秘密にしてたんだよ!!』

『さあ。訊かなかっただろ? 確か』

『内容を詳しくって言ったぞ!』

 

 覚えてません、とでも言いたそうにする師匠に詰め寄るが、あっさりと躱されてしまうのは通常だ。

 

『……でもまぁ、ありゃ正直剥ぐってレベルじゃないだろ。上手く服だけ消したのか? って思った。まぁ 服はアイツが持ってったから、アイツ自身が脱がしたのは間違いないと思うんだが、……うん、オレ達2人とも全く見えなかった。神域って言われても否定は出来ないな』

 

 コガラシも勿論傍にいた。

 2人で行った修行だったから。

 

『コガラシは……、まぁ ホムラに比べたら慣れた様だが……。うーむ どうしたものか』

『オレだって慣れてねぇ! 慣れる事もねぇよ!』

『裸見ても気絶しなかったじゃないか』

『……ホムラは極度のシャイだから。仕様がないだろ』

『うるさいな! ……でも、しょうがないのは違いない。……あんなの無理だ』

 

 その時のホムラは修行の時の事を思い出した様で、顔を思いっきり紅潮させていて コガラシもホムラ程ではないが何処となく顔を赤らめて、頬をぽりぽりと掻いていた。

 

 そんな中、2人の師匠だけは何処か満足そうだった。それは まるで――。

 

 

「ホムラ」

「………」

「こら! ホムラ! 無視するな!」

「っ、あ、ああ」

 

 過去の記憶に囚われていた? ホムラだったが 狭霧の言葉でこの場に戻ってきた様子。

 今は公園内を散策中だ。

 

「はぁ。何を考え込んでいたのは知らんが、集中は切らせるなよ」

「……すまん。大丈夫だ狭霧。……だが」

 

 ホムラは軽く謝った後に周囲を注意深く見渡した。

 ホムラにの霊視はかなり優秀だ、途絶えた霊子線さえもその残滓を見逃さない。

 幾度となく仕事を共にしてきた狭霧もそれは重々承知であり、集中力さえ切らせなかければ完璧である事も知っている。……ただ、今回の相手が相手だからやはり心配になってしまうのだ。

 切らせる原因は、悪霊にあるのだが 間接的には狭霧自身でもあるから複雑だったりする。

 

 それは兎も角、鋭い目を持っているのだが 暫く索敵をしていても、見つからないのが現状だ。

 

「現れないみたいだな……。それに コガラシの方も」

 

 視線を鋭くさせて、注視する先にはコガラシの姿もはっきりと見えた。つかず離れずを保っているコガラシもまだ発見に至っていない様なのは見て明らかだった。

 

「むぅ……。少し思うのだが」

 

 狭霧は神妙な表情をさせながらホムラに言った。

 

「黒い霧が現れないのは、もしや私が女子らしくないからではないだろうか……」

「……は?」

「いや、私は普段はこの様な恰好はせんだろ。……だが、今回は内容が内容だから 私なりに女子らしくと頑張ってみたのだが……、やはり戦闘用に鍛えられた体に似合うはずも無くてな……。……ムラも、だし」

 

 最後の方は声が小さくなっていく狭霧。そして、言い終えると同時に自分自身の容姿を見下ろした。

 それは厳選に次ぐ厳選。何度も何度も選んでは止めて、選んでは止めてを繰り返し、あわや定時に間に合わなくなる寸前までかかって選んだ洋服だった。

 それなのに妖怪は一向に現れる気配がなく ホムラもコガラシも感知できない。

 つまり、自分自身に問題があるのでは? と狭霧は感じてしまっていたのだ。

 

「……もしもそうだったとすれば、作戦は失敗だ。何か打開策は……」

「狭霧。1ついいか?」

「む……? 何か打開策があるのか?」

 

 狭霧は、ホムラの方を見て首を傾げた。

 この時それとなく、本当にそれとなくホムラに対する不満が残る狭霧。会話の中でもそれとなく匂わせたりもしている(小さな声で)。でも、懸命に自身の感情を抑える。ホムラも頑張ると言った以上、促した自分が駄目であれば話にならないと思っていたからだ。

 

 そんな狭霧だったが……ホムラの一言で表情が一変してしまう。

 

「何で狭霧は女子らしくない、と言ったんだ?」

「………っ。い、いや見てわかるだろ!? 私は、所詮は戦闘用に鍛えられた体で……」

 

 それは自分で言ってて悲しくなってしまう内容だった。

 でも、ホムラは続けた。

 

「どう見たって狭霧は女子。女の子だろ? 普段の逆だと言われるかもしれないが、狭霧は誅魔である前に この世に生を受けた女の子だ。そこから頑張って今の狭霧がある。だから、それは無いとオレは思うぞ? オレの意見を言わせてもらえればな」

 

 ホムラはそういうと少しだけ自嘲気味に言う。

 

「……まぁ、人に色々とある様に(自分自身の事)妖怪だって色々いる。……妙な好みがある妖怪だったら仕方がない事だがな。そもそも服を好む様な妖怪だし(……追剥をする様な霊はいたけど)」

「っ、だ、だが ホムラはこの格好を見ても……その、普段と変わらない様子だったし……、その……。普段の私は……」

 

 ホムラやコガラシの事を攻撃している姿を思い浮かべる狭霧。

 非があるとはいえ 正直客観的に見ても、女の子の様には見えないから。

 ホムラはあっけらかんとさせながらつづけた。

 

「狭霧は狭霧だろ? どんな格好をしていても。今回は妖怪絡みだったし、明らかに動きにくい恰好だったら、苦言をいうかもしれないけどな……。それに 普段だったらイメチェンをしたのか? と言うと思う」

「……私は、私」

 

 狭霧は、ホムラの言葉を訊いて 表情を少し赤らめながら考え込んだ。

 どんな格好をしようとも 自分は自分だと言ってくれた事。

 確かに容姿について色々と言ってくれる事を期待した事だってあった。(勿論好意的な意見を)

 

 甲斐性が無い様な気もするのだが、自分自身の事をちゃんと見てくれている。それだけで、報われた気がした。

 

「だから、狭霧のせいじゃない。……ん、確か件の霧ってやつが襲うのは…… カップルなんだろう?」

「っ……そ、そうだ。だから ホムラに頼んで……その……」

「ん。……少しでも 離れてたらカップルとみなさないんじゃないか? 世の恋人たちは、手を繋いだり、腕を組んだりして歩いてるし」

「え、えと つまり……?」

 

 慌てる狭霧をよそにホムラは続けた。

 

「手を繋ぐか、若しくは腕を組むかして、見せた方が良いかもしれない、と思うんだ。……正直、安直だと思うし、打開策になれるかどうかは判らないが」

 

 腕を組んで深く考え込むホムラ。

 因みに、この手の話には、別段動揺を見せたりはしないのはホムラである。簡単に言えば、《えっちな状況》《えっちなとらぶる》《ラッキースケベ》等に耐性が無いのだ。(正直あるのもどうかと思うが……)

 だから、ちょっとしたスキンシップ等では問題ない様子。夜々や幽奈が抱き着いてきた時は、少々驚きを見せたり、胸が当たってる事に関しては恥ずかしい様子を見せたりはするのだが、風呂場での遭遇、目の前に裸体と言った超過激? な場面に比べたら全く問題ないのである。

 

「……だが、これは狭霧の了承が必要だな。確証が無いし不確定要素が多いから まだ無理強いをする様な事は言わないよ。……まぁ あまり言うのも良くないが 危険度を考えると本当の意味で急を要する相手……と言う訳でもなさそうだからな」

 

 服を好んで食すのは今回の相手。

 それが()では無かったとすれば? 服でも人々に迷惑を十分すぎる程かけている。

 それが服ではなく――万が一にも()であれば?

 間違いなく迅速に早急に処理をしなければならないだろう。

 

 誅魔忍として、そう常に意識している狭霧。

 ホムラが言う様に自分が嫌だからと、好き嫌いで判断し、可能性がある方法を試さない様な事をする筈もない。

 それに、そもそも根本的な誤解がある。ホムラが言う様に無理強いだとは思わないし、思う訳もない。狭霧にとって ホムラが演技だと、役割をと意識しているとしても……。

 

「……止めなければならない。確かに ホムラの言う様に 今回の相手は危険性を考えれば低いかもしれない。……それでも、おびき寄せる可能性があると言うのに感情などで試さないなどと馬鹿げている。 誅魔の為にも試す価値は、大いにある」

「そうか。判った」

 

 狭霧の言葉にホムラの即答。

 それは まるで狭霧がそういう事が判っているかの様だった。

 

「狭霧ならそう言うと思った。……すまないな、試す様な言い方をして。可能性が1%でもあるのなら、試さない訳ないだろ?」

「……………」

 

 にっ と笑うホムラを見て 何処となくイラっとした狭霧だったが、とりあえず これからの事を考えたら そんな気持ちも吹っ飛んでしまう。

 

「じゃあ、試してみるか。狭霧」

「わ、わかった……」

 

 折角赤くなった顔も元に戻す事が出来たというのに、また赤く、熱くなるのが自分でもよく判った。今が夜であり ホムラ自身が自分の顔を正面から見てない事が何よりだった。

 

 ゆっくりとホムラの腕に手を伸ばす。

 

 もう少しで届く、もうちょっとで届く――後1㎝。

 

 とゆっくりゆっくりと傍へと、もう後ほんの少しの所で。

 

「どうした?」

 

 と、ホムラが振り向きそうになったから、咄嗟に。

 

「は、はぁっ!!」

「ぐええっ!!」

 

 思いっきり引き寄せつつ、その腕を力強く抱いた。

 力強く、と言うよりは……。

 

「い、いたた……。乱暴すぎるぞ、狭霧……」

「ふ、ふんっ! さっさと仕事を済まさないといけないからだ!」

 

 と、いつも通りな展開を繰り広げていると、それを待っていたと言わんばかりに、黒い霧が頭上から現れた。

 

「「出た」」

 

 切り替えの速さも一流な2人は直ぐに視線を鋭くさせた。

 服に霧が触れた瞬間に、まるで灰になっていく様にボロ衣にされていく。

 

「早速か。……思ったよりも融解が早い」

 

 身体に纏わりつく様に現れた霧は四方八方から降り注いできて、正確な位置を全く掴ませなかった。

 

「霊視の結果、霧が本体そのものではない。これを発生させる本体がいるんだ! そいつを探し出すぞ!」

「ああ。任せろ」

 

 狭霧は素早く動いて霧を振り払おうとするが、纏わりつく霧を防ぎきる事は出来ない。

 黒い霧は狭霧の服を瞬く間に食い荒らしていく。

 

「(くっ、衣服の融解が想像以上に早過ぎる……! それに 霧が広範囲過ぎる……ッ!)」

 

 広がり続けている霧は、その本体が何処にいるのかさえも覆い隠している。中心部にいると思われるが、一体どこが中心なのかもわからない。

 

 軈て霧は狭霧の下着にまでも達し、融解させていく。

 焦りが狭霧の脳裏にかすめたその時だ。

 

「コガラシ! 範囲が広い。オレは南側、北側はお前に任せるから頼むぞ!」

『おお。任せとけ!』

 

 霧で完全に見えなくなっているが、ホムラがそう言うと コガラシもはっきりと答えた。

 

『少しばかり本気で行くから、気を付けろよ!』

「馬鹿言え。とりこぼしたりしたら罰ゲームだぞ」

 

 そんな、能天気なやり取りをしているのを訊いて、狭霧は呆気に取られてしまうが、広がり続けていた霧が、突然現れた荒れ狂う暴風に吹き飛ばされた。

 

「なっ……!」

「向こう側じゃない、と言う事は……」

 

 ホムラは 軸足に力を入れた。身体の軸を鋭く、素早く回転させて遠心力を生んだ。地面がドリルで抉られたかと思えば、その勢いを殺すことなく 蹴りを放つ。

 先程は吹き飛ばされた霧だったが、次は斬り割かれた。上下にばっさりと斬れた霧は、瞬く間に消失した。

 

「(一体、どうやって……!? ホムラは兎も角……いや、違う。これまででも こんなのは見た事が……)」

 

 ホムラとはそれなりに仕事を一緒にしてきたが、それでもこれ程までの威力は今までに見た事が無かった。

 実体の無い霧を、こうも簡単に吹き飛ばし、消し去る圧倒的な力。デタラメな力を目の当たりにして一瞬混乱してしまうのだが、霧が晴れた先に蜘蛛の様な形をしている何かが姿を現したのを見た。

 

「コガラシ! こっち側にいた! 後はオレ達に任せろ! 狭霧!」

 

 ホムラの声、そして 目の前にはっきりと姿を現した妖怪を目の当たりにして、狭霧は切り替えた。

 2本の苦無を手に構える。

 

「雨野流誅魔忍術奥義―――! 暴雨!」

 

 宙を駆け抜け、螺旋状の軌道を描きながら、妖怪に接近 そのまま苦無で刻み続けた。宛ら暴風雨の様な勢いと手数で攻めたて、そのまま切り飛ばした。

 

「よし…… っっ!」

 

 だが、最後の足掻き、或いはそう言う仕様だったのだろうか、致命傷を受けた蜘蛛の妖怪は、身体を光らせたかと思った次の瞬間、ボウンッ! と自爆をしたのだ。

 

「狭霧っ!」

 

 受け身を取る事は、狭霧であれば出来るだろうと思えるが、もしも無防備に地面に叩きつけられでもすれば、下手をすれば大怪我するかもしれない。

 だから、ホムラは宙を舞う狭霧をジャンプして受け止めた。

 

「狭霧、だいじょう…………」

「う、む…… ちっ まさか あの後に 自爆をしてくるとは…… くそっ 油断だ」

 

 狭霧は、自身の詰めの甘さに悔いている様子。そして自分自身の現状を全く把握してない。暫く反省の言葉を口にし続けた所で漸く 自分がホムラに抱き抱えられている事に気付いた。所謂お姫様抱っこ状態である事を。

 

「っっ、ほ、ホムラっ! も、もう良い! 良いから降ろせ! 私は大丈夫だ!」

 

 強く抱かかえられている事に体温を上昇、表情を紅潮させながらもそういうのだが、ホムラは何も言い返す事は無かった。ただただ、ホムラは眼をぎゅっ と力強く瞑らせていた。瞼が痙攣する程力を入れていて、その表情は狭霧以上に顔を赤くさせていた。

 

「ど、どうし………っっ!!!」

 

 ここで漸く自分自身の現状も知る事になった。

 上半身は完全に裸になっており、その狭霧の豊満な胸が露わになっている。ホムラが受け止めたから、必然的に胸の側面を握る形になっており、更に下半身の下着も殆ど融解させられ、一番大変ば秘部は 辛うじて残されたスパッツの残骸が僅かに隠してくれるだけになっていた。

 

「さ、さぎ、さぎっっ あ、あぅ……う……」

 

 穏当に真っ赤にさせるシャイボーイ。

 こんなに震えている癖に、先ほどは人外とも呼べる力を出していた。あまりのギャップに思わず言葉を失ってしまうが、それでもこの格好でいつまでもいる訳にはいかないから。

 

「っっ!」

 

 狭霧は素早く動いて公衆トイレに駆け込んだ。

 

 今回の事件性を考えて、着替えは勿論準備をしていた。

 

 そして、ほんの数秒後の事。

 

「おーい、ホムラ。もう狭霧はいないぞ? 大丈夫か?」

「こ、コガラシか?? わ、判った……」

 

 ゆっくりと目を開けてみると、上半身の服が殆ど破れてしまっているコガラシが前に立っていた。

 

 それを確認して、周囲に狭霧がいないのを確認すると、胸に手を当てながらほっと撫で下ろしていた。

 

「よく気絶しなかったな……? 成長したな、うんうん」

「う、うるさいな! 今回は……さ、狭霧も覚悟してたんだ! それに、相手も自爆したとはいっても まだ判らないし!」

 

 と、コガラシとホムラのやり取り。

 もしも、完全に解決していたとしたら……、ホムラはまた意識を手放してしまったかもしれない、と言う事。

 

「ふん!! こ、今回は許すと言ったのは私だ!」

 

 せっせと服を整えながら現れたのは狭霧。

 

「そ、それに、お前達も早く着替えろ!」

 

 ばっ と投げ渡すのは2人の学生服。

 それを受け取るといそいそとホムラとコガラシは着替えるのだった。

 

 

 

 全てが上手くいった。

 

 事件も無事に解決し、ホムラは気絶無し 狭霧の折檻もなし。大団円だと言えるのだが。

 

「……なんでオレが攻撃を受けてんだっけか?」

 

 コガラシの頭に生えているのは苦無。普通は衝撃映像だが、いつも通りの光景なので、軽くスルー。

 

「う、うるさい! 私はホムラには許すと言ったが、冬空コガラシには言った覚えはない!」

「む、無茶苦茶言うな! 突然(半裸状態で)飛び出してきた狭霧にビックリしただけだろ!」

 

 コガラシだけは、どうやら理不尽な仕置きをされてしまったらしい。

 そんなやり取りに、既視感をやっぱり覚えつつも、色んな意味で緊張感から解放されたホムラが一言。

 

 

 

「……うん。仕方ないか」

 

 

 勿論、それに同意する訳もなく。

 

 

「「仕方なく無い!」」

 

 

 と、夜の公園に大きな大きな声が響いて今回の事件の幕引きとなるのだった。

 

 



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第24話 仲居さん。いってらっしゃーい!

 

 

□□ ゆらぎ荘 202号室 □□

 

 

 

 202号室は狭霧が借りている部屋。

 そして、ホムラとの仕事を終えてから翌日の早朝。

 

「うーん…… ふ、普段からこの格好でも……、い、いや 私の柄ではないっ! で、でも この格好を……」

 

 狭霧は鏡の前で自分自身の姿を見て悶々とさせていた。

 一体どれだけ自問自答を繰り返しているかは判らないが、どうやら時間を忘れて没頭している様だ。

 

「いや、……しかし! だが、しかし……」

 

 もう、朝食の時間帯に差し掛かっているのだが、狭霧は時間を全く見ていない。

 そんな時、狭霧の部屋の扉が勢いよく開いた。

 

「さぎっちゃぁぁんっ! 朝ご飯よーーー!」

 

 酒瓶を片手に、狭霧を起こしに来たのは呑子。

 昨日とある事情で修羅場だった様だが それを何とか乗り越える事が出来て、嬉しさのあまりテンションMaxな様子。

 

「なななっ!!」

 

 幾ら時間を忘れて没頭していたとは言っても、ここまで堂々と部屋に入られ 更には大声を出されたら気付かない方が難しいらしく、狭霧は 身体を震わせつつ振り返った。

 

「の、呑子さんっ!! へ、部屋に入る時はノックをっっ!」

「したわよぉ~。ほーら」

 

 呑子は こんこんっ と叩くが 入ってしまっているから最早手遅れ、である。

 

「部屋に入る前にしてくださいっ!!」

 

 今の呑子は思いっきり飲んでいる様子だから、完全な酒乱。狭霧の注意が届くかどうかは判らない。それでも……呑子は見ている所はちゃんと見ている。見逃さないのである。

 

「あ~ら~っ? それって、確かホムラちゃんに褒めてもらったぁ~ って言ってた昨日の服(二着目)のヤツでしょー? まーだ着てるって事はよっぽど嬉しかったのかしらぁ」

 

 超・スーパー・ドストレートに 狭霧の心情を大暴露してくれる呑子。

 それを訊いた狭霧は、水中で苦しそうに水面をぱくぱくさせる金魚の様に 口をぱくぱくさせつつ 盛大に。

 

「ち、違いますっっ!! こ、これはそう!! つ、次の仕事にでも十分つかえるのかと、確認をっっ!!」

 

 苦しい言い訳をしているのだが、当然ながら酔っ払いにそんな言い訳は通用しない。

 

 (・∀・)ニヤニヤ と笑いながら、呑子は狭霧の肩を掴んだ。

 

「さぎっちゃぁん? ホムラちゃんをし~っかり確保しとかないと、後悔しちゃっても知らないわよぉ?」

「ななな、何言ってるんですか!」

「だってぇー 幽奈ちゃんは コガラシ君にゾッコンだからぁ、だいじょーぶだとは思うけどぉー。夜々ちゃんは ホムラちゃんの事超がつく程お気に入りでしょー? それに 4月から高校だって始まってぇ~ ホムラちゃんの人柄に触れてぇ~ 惚れちゃう子だって増えちゃう、って思うわぁ~ ヒック」

 

 完全な絡み酒状態。幾ら酒呑童子の末裔とはいっても、かなりの飲み方をしているから いつもの倍増しで絡んでくる。 

 だから、所詮は酔っ払いの戯言だ、と聞き流せば良いのだけど 狭霧にはそんな器用な事は出来ない。

 

「っ……! な、何を言ってるんですか!」

 

 明らかに慌てていたから。

 

「えぇ~ だってぇ~ ホムラちゃんってば、ほんと格好良いんだも~ん。私も貰っちゃいたいわぁー。同級生なら、ぜ~~ったい学校の放課後とか~、登下校とかぁ~。いろんなシチュエーション試せるのよねぇ。そんでもって 取材も兼ねてさせてもらうのぉー。それに実演もしてもらおうかしらぁー」

 

 呑子の取材(・・)と言うのは彼女の仕事に関わる事である。

 いずれ語る事になると思うが、今は割愛する。

 

 狭霧は、呑子の話を訊いて、妄想ワールドへと入っていってしまった。

 

 

 舞台は学校の終業後。……つまり放課後。

 

 学校の玄関口で狭霧が上履きを下駄箱に片付けて、帰ろうとした時だ。沈みかけた太陽に照らされ、夕日色に染まっているホムラが立っていて……。

 

『狭霧。……たまには、一緒に帰らないか?』

 

 と誘ってくる。

 帰り道は 一緒なんだ。だから一緒に帰ったとしても全く不思議じゃない。寧ろ帰らない方がおかしい。と判断した狭霧は。

 

『ふ、ふむ。今日は仕事は入っておらんしな。別に構わん!』

 

 焦りを隠せられないが、それでも懸命に動揺を隠そうと努力していた。

 そんな狭霧に微笑みかけると、ホムラは隣に立った。

 

『狭霧。……一緒に帰るんだから。ほら……。今回は オレからする』

『な、なにをっ!?』

『大丈夫だ。……オレは優しくするよ。ほら』

 

 ホムラはそう言って狭霧の手を握った。

 2人の熱がゆっくりと混ざり合い、そして1つに溶けていく。どちらの体温が高いのか もう判らない。

  

『ははっ。確かあの時、狭霧は妙に乱暴だったからなぁ。オレは 腕を引っこ抜かれるかと思ったよ』

『っ……! あ、あの時はっっ!』

『ああ。……判ってる。オレだってそれくらい判る。……オレだって 狭霧の手……握るの……。緊張するんだ』

 

 ふいっ とそっぽ向くホムラ。そして、それを その仕草を見て思わず二度、三度とホムラを見る狭霧。

 

 

――ホムラが、緊張している? ……照れている?

 

 

 鈍感朴念仁であるホムラが、今間違いなく狭霧の事を意識している。

 つまり完全に異性として意識している。今は夕日の色で誤魔化していると思うのだが、顔も絶対に朱く染まっている。

 身体の温度が高いのは、狭霧だけじゃない。

 

『………』

『………』

 

 そして、2人は共に下校をした。

 

 暫くの沈黙が流れるがしっかりと手は握って歩いている。

 2人で夕日の中へと入っていくかの様に。

 

『次、腕を組む時は……』

『っっ』

 

 ホムラは、狭霧の方を向いて、ニコリと笑いかけた。

 

『仕事とか、関係なく 狭霧の意思でしてくれると嬉しい。……オレ、オレは………狭霧の事……が…………………』

 

 

 

 

 顔から盛大な炎が。火炎放射器でも内蔵しているサイボーグか? と思える様な大火炎が巻き起こりそうになる。

 

「そしてぇ、とても大きく美しい夕日。黄金色に染める街中を~ 歩いていったのだったぁ。照らされる(シルエット)はぁ 着実に先程よりも小さく纏まっている~。そう、運命の赤い糸はぁ2人の距離を更に縮めたのだった~。~fin~」

「は、はっ!!」

 

 今の今まで耳元で囁く様に刷り込みをしてくれていたのは呑子さん。

 狭霧が妄想ワールドに入ったのではなく、呑子によって誘われてしまっていた様だ。

 

「の、のんこさぁぁぁん!!!! いい加減にしてください!!!!」

「きゃーー、さぎっちゃんが怒ったぁ~♪ もーちょっとしたお茶目じゃなぁい」

「やりすぎなんですっっ!!!」

 

 狭霧が怒ってる最中、ゆらぎ荘に轟音が走る。

 

 

 

『きゃあああ! こ、コガラシさぁぁぁんっっ!!』

『んん………? ああ、幽奈おはよぉぉ……“ぼちゃんっ!”』

『お、おはようございますぅぅ、す すみませーーーーっっ……』

 

 

 

 いつもの起床アラームだが、今日は少し遅い気がする。

 

「あっはは~ コガラシちゃんと幽奈ちゃんも休日も変わらないわねぇー。これはほんと天然の目覚まし時計。二度寝防止にもなるわぁ」

「……まったく」

 

 そう、少し遅いのは休日だからだ。 

 コガラシのバイトも少しばかり余裕があるから、今日は長めに寝る様にセット? していたのだ。

 結局は幽奈が起きるかどうか、で時間が決まるから 関係無いのだが。

 

『おーい、狭霧。それに呑子さんもいるんだろ? もう朝ご飯出来てるって仲居さんが。幽奈たちもそろそろ来ると思いますし、食堂に集まってくださいよ』

 

「はぁ~い」

 

 何とも言い難いタイミングで、狭霧の202号室の前を通り過ぎるのはホムラだ。

 後少しばかり早く来ていれば、悶々としてる狭霧を目撃して その心を少し知る事が出来たかもしれないのに、運命とは酷なものである。

 

 兎も角、狭霧は顔を真っ赤にさせながら部屋の扉を開いた。

 

「こ、こらぁぁ! ホムラぁ!!! ふ、婦女子の部屋に来るとはどういう了見だぁ!」

「って、コラ! 朝っぱらからゆらぎ荘を壊すなよ。オレは仲居さんに起こしてくる様に頼まれただけだ。折角作ってくれたのに、冷ましたら申し訳がないだろ?」

 

 ただテンパっていた狭霧に、これまた超正論を突き付けられてしまった為、もう頷く事しか満ちはないだろう。

 

 でもそこは狭霧。

 

「直ぐに行くっっ! 先に行ってろ!! ぜーーーったいに入ってくるなよ!!」

「そんなに大声出さんでも聞こえてるって。それに 部屋の中にまで入らない入らない。だから、早くしろよ? オレは夜々を呼んでくる。屋根の上で寝てるらしいから」

 

 ホムラは、そのまま離れていった。

 

 これは。……ホムラを追い返した事が狭霧にとって、良かったのか……、悪かったのか……。

 

「良いわけないわよぉ。さぎっちゃん。ほーら、追いかけなくっちゃ!」

「いい加減にしてください!! ほら、行きますよ!!」

「わーんっ さぎっちゃん怖ぁぁ~~い」

 

 流石の狭霧も何度も何度も言われ続けば、今朝くらいは耐性が様だ。それ以上は動揺する事なく 呑子を引っ張って連れていくのだった。

 

 

 

 

□□ ゆらぎ荘 外 □□

 

 

 とりあえず朝食だから、夜々を起こしに行く所のホムラ。

 夜々が外に、ゆらぎ荘の屋根で眠っているのはよくある事だし、仲居さんにも確認を取ったから間違いないだろう、と外へ出てきたのだ。

 

 そこでばったり出会ったのがコガラシ。

 

 どうやら 幽奈にすっ飛ばされてから戻ってきた様だ。

 

「毎朝毎朝ご苦労さん。皆の目覚まし時計だな」

「好きでやってんじゃねーっての!」

「は、はぅぅ…… わ、わたしのせいですぅぅ……」

 

 幽奈のポルターガイストは、結構な衝撃波と衝撃音を生む。

 あれだけ騒げば気付かない~訳はなく、皆しっかりと目を覚ますのだ。……あ、撤回しよう。夜々はなかなか起きる事が出来ない。

 ホムラはゆらぎ荘の屋根の方を見上げた。

 

「ほらほら、コガラシ。とりあえず夜々だ」

「ん? ああ、判った」

 

 ホムラの言葉に従って コガラシも屋根の方を見上げた。

 そこでは春の暖かい朝の陽ざしを受けつつ、猫神の温もりも感じつつ グッスリ すやすやと眠っている夜々がいた。

 

「おーい、夜々ー! 起きろー」

「そうだぜー、それにそんなトコで寝てたらあぶねぇぞー!」

 

 大きな声で起こそうとするが、夜々はなかなか起きない。見事な鼻提灯まで作って完全に熟睡している。

 

「ふむ。仕方ない。夜々にはいつもの手だ」

「いつもの手?」

「直ぐ判るって」

 

 ホムラは、こほんっ と咳払いを1つした後。

 

 

「夜々~、朝ご飯の時間だぞ~~! 早くしないと無くなるぞ~~!」

 

 

 と、先ほどと同じくらいの声量で呼び込むホムラ。

 それを訊いた途端、夜々の目が開いた! カッ! と言う擬音とセットで。

 

「だめっ! 夜々のごはん、とっちゃだめー!」

 

 ぴょんっ! と飛び起きたのは良かったんだが、そこは屋根の上だ。少しばかり危ないからコガラシは。

 

「おいっホムラ! 確かに判りやすいが、ありゃあぶねぇぞ!」

「大丈夫だって」

 

 ホムラがぱちんっ とウインクをしたかと思えば、一緒に眠っていた筈の猫神もすっかり目を開いて答えていた。

 

「うぁっ」

 

 夜々が 丁度ずるっ と脚を踏み外して落ちそうになったが、見事に猫神は夜々を口でぱくんっ とキャッチ。

 

「おはよう夜々」

「おはよー、ホムラー コガラシもー」

「あ、ああ……」

 

 コガラシは、ここまで見越した計算か? と改めてホムラの頭の回転と言うか、頭自体の良さに脱帽気味だったが、決して言葉にはしなかった。

 

「夜々。コガラシも言ってるが そこはやっぱり危ないぞ? 別の場所にすればどうだ?」

「えー、でもここが一番気持ちいいから~ 暖かいからっ! 夜々のお気に入りの場所だからっ!」

「まぁ……言ってみただけだ。ただ 怪我だけはするなよ?」

 

 夜々はにこっ と笑いながら猫神と共に下に降りると。

 

「ん~、なら ホムラと一緒が良いっ」

「……ん?」

 

 夜々は眼を輝かせながらつづけた。

 

「夜々の好きな場所、ホムラがいるとこっ! ホムラと一緒なら、お天道様と同じくらい、あったかいっ」

「…………」

 

 夜々のあまりのストレートなセリフには、流石の朴念仁なホムラにもぐらっ とくるものがある。そして夜々は更にいつも通り。

 

「ホムラ~ ごっはんっ♪ ごっはん~♪」

 

 ご飯が何よりも好き。と言った様子でホムラにくっつく。

 

「す~~っかり餌付けしてるな? ホムラ」

「まぁ……な。だが、コガラシも……だろ?」

「んー? コガラシがどうしたの??」

「いや、……後々の楽しみにとっとけよ。夜々。……今に良い事がある」

「ほんとっ? コガラシっ!?」

「あー、まー……そーかもな?」

 

 コガラシも生返事。

 だが、夜々はホムラの言う事に間違いはない、としっかりと思っているから安心してにこっ と笑った。

 

 そのままの状態(夜々がくっつきっぱなし)で 食堂にまで行ってしまったから、盛大に狭霧に怒られたのは言うまでもない事だった。

 

 

 そして、朝食の最中の事。

 

「それにしても、猫神って夜々の事 マジでしっかり守ってるんだな。……なんでだ?」

 

 コガラシは疑問を口にしていた。

 猫神が守る事を判っていてホムラは手を出さなかったのだから。

 

「あぁ、猫神は宿主を守る習性があるからだ」

 

 コガラシの疑問に答えるのは狭霧。

 

「猫神は気まぐれに人間を宿主とし、宿主に様々な力を与えるが、誅魔忍軍でも基本的には無害とされている妖怪だ」

「へぇー そんなのが夜々に取り憑いてんのかぁ」

 

 それを訊いて、ホムラも追加説明をする。基本的には宿主に力を与えたり、護ったりするのだが、稀がある。

 

「最初見た時はビックリするよな。……だが、あの猫神はなかなか人懐っこい所もあるんだ。……オレの事も助けてくれた時があるし」

「そー。猫神様は ホムラの事も大好きで、仲良しだから!」

「ふーん……。でも なんでだろうな? 夜々に憑いてる事もそうだし、仮にもカミサマなんだろ?」

 

 まだまだ疑問が尽きないホムラ。

 だが、答えはシンプル。

 

「夜々が言ってだろ? ……夜々と猫神は仲良し。それだけで充分守る理由になる」

「そー! とっても仲良しだから……!」

「そ、それだけなのか……」

「そうだ。難しく考えない方が良い」

 

 それだけしか言いようがないのだから、仕様がない、とコガラシに軽く言い聞かせるホムラ。

 

「ふむ。それに普段は夜々の中で眠ってるらしいんだが、夜々から出て外で遊ぶ姿もよく見かける。ちゃんと夜々の所に帰ってくる辺り、夜々が気に入られているのは間違いないだろう。……その、夜々が気に入ってる……のが、ホムラだ。だから、その気持ちが猫神に……だと思う」

 

 最後の方が非常に表情が引き攣ってる様だが、見事最後までそのセリフを言えた狭霧を褒めてあげたい! と思わずにはいられないゆらぎ荘の住人だった。(ホムラ以外の住人)

 

 夜々の隣に座って朝食を食べてるこゆずは、笑いながら言った

 

「あはは。でも良いなぁー猫神様は。大好きな人と一緒に、いつも一緒にいららえるんだね。ボクにも憑依能力があったらなぁー」

 

 こゆずも猫神の能力が欲しい様子だった。……そして 理由はよく判る。

 

「千紗希さんの事、ですか?」

 

 幽奈が理由について訊いた。間違いなくこゆずが一番好きなのは、彼女だと言うことを知っているから。

 こゆずは、頬を赤くさせながら頷いた。

 

「うんっ! そーだよ! だってやっぱり……千紗希ちゃんのおっぱいはボクの理想だからさっ……‼ あ、でも ここの皆のおっぱいも凄く素敵だよ!? あくまでボク個人の理想の話だからねっ!! 皆のおっぱい! とってもかわいくて素敵だよっ!!」

「……コラ。そう言うのは 連呼しなくていい」

「はうっ、ご、ごめんなさい」

 

 ぽこっ、と頭を叩くホムラ。

 こゆずは、たぬきとしては成人になっている様だけど人間形態ではまだまだ幼女。そんな不健全な単語を連呼するのは教育上あまり宜しくないだろう。

 こゆずもその辺りの事は少しずつではあるが、学びつつあるから素直に頷いた。……少しずつ(・・・・)だから、その辺りは悪しからず。

 

「あのねっ、とっても迷惑かけちゃったけど、ボクはほんとにホムラ君やコガラシ君、幽奈ちゃんには感謝してるんだー。仲居さんのごはんを毎日食べられるなんて、こんな幸せなことないよ~~」

 

 こゆずの言葉には全面的に同意だ。

 

「うんうん。仲居さんの料理は絶品よねぇ~♪」

 

 朝っぱらから酒を煽ってる呑子も同じく。

 

「同じく。オレも挙手だ。いつも感謝してる」

 

 ホムラも同じく。毎日の楽しみの1つでもあるのだから。

 

「ふふっ、皆さんが喜んでくれるので私も作り甲斐がありますよー。あ、でも 私は明日から温泉組合の慰安旅行なのですが……、大丈夫でしょうか? 皆さん」

 

 それは仲居さんにとって、少々不安が残る事だった。

 数日間不在になってしまうのだから。

 

「ああ。大丈夫。ここで手伝いの仕事もさせてもらってるし、使い勝手は判ってるつもりだよ。……まぁ、仲居さん程じゃないけど」

「……ホムラにばかり頼るつもりも無い。仲居さん。私達は大丈夫です。朝夕の食事を皆で分担する様にしますし、ここの掃除も同じく」

 

 ホムラと狭霧がそう言う。

 狭霧にとっては、ホムラの料理が絶品なのは知っている。……夜々が本当においしそうに食べているのを見ているし、実際自分自身も食べて本当においしかったから。

 

 でも、それは嬉しいんだけれど…… 夜々がホムラに抱き着く様なシーンが生まれてしまうから、それだけは宜しくないのだ。狭霧にとって。

 

 そうとは知らず、皆は納得をしていた。ホムラだけに頼るのは申し訳ない、と思っているのは少なからず全員が同じだから。

 

「ま、数日くらい大丈夫だろ! オレも結構腕に自信ありだ」

「ふふ。楽しんできてください!」

「そぉよねぇー、仲居さんもたまにはゆっくりしなきゃぁ~」

 

 皆の言葉を訊いて 仲居さんは笑顔になった。

 

「ありがとうございますっ! では、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

「「「はーい! いってらっしゃ~~い!」」」

 

 

 こうして、快く仲居さんを送り出した住人達だったが……。

 

 

 狭霧の言う各人分担に~ と言う方法が、色々と後に大変な事になってしまうのだった。

 




Q:「すっごく、すごーーーく久しぶりだね? このコーナー《?》 忘れてた??」

A:……はい。すんません



Q:「夜々ちゃんの好きって気持ちは、ぶっちゃけ どのレベル??」

A: 基本的に異性としては まだ。……気付いてないだけかも。



Q「ゆらぎ荘でお手伝いをしてるホムラ君だけど、仲居さんに代わって皆に料理出したりしてる?」

A:基本的にホムラの手伝いは運搬作業。力仕事が中心。厨房を守ってるのは仲居さん。


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第25話 波乱万丈なお料理

 

 と言う訳で翌日。

 

 太陽がすっかり辺りを照らし、小鳥の囀りも聞こえてくる晴れ晴れとした気持ちの良い朝だったんだけど……、食卓は悲惨なものだとしか言えなかった。

 

「朝ごはんできたー」

 

 今朝の当番は、夜々。

 狭霧の発案もあり、ゆらぎ荘全員で取り組もうとした家事全般で、クジ引きでその順番を決めた。

 

 そして 夜々が朝ご飯を振るってくれたのだが……テーブルの上に出されたのは 缶詰。

 

「……これは?」

「朝ご飯ー!」

「はぁ………」

 

 正直に言えば嫌な予感はビンビンに感じていた。

 それでも、狭霧がやる気満々、と言う感じで止められなかったから と言う理由が一番大きい。夜々は自信満々でおいてるんだけど、殆ど全員が白い目で見ている。

 

「猫缶って書いてあんぞ!?」

「せめて人間用を用意してくれ!!」

「えー、おいしいのに………」

 

 当然のことながら大批判。缶には確かに悶絶する程の美味さと書いてある。厳選されたマグロを入れ、更には(猫仕様だが)栄養にも気を使われている一品。夜々の後ろの猫神が涎を垂らしている理由はよく判るから。

 

「んじゃあ、これは猫神にあげような? 夜々」

「むー……」

 

 夜々はまだまだ不満たらたらだったが、これを食べるのなら もう食料がなく餓死でもしそうな砂漠のど真ん中な場面じゃないと、辛い。そんな場面二度とは来ないと思うケド。

 

「仕様がないか……」

 

 ホムラは、ぐいっと腕まくりをして移動をしようとしたのだが。

 

「まて、ホムラ」

「ん?」

 

 狭霧に止められてしまった……。

 

「ホムラは最後だろ? 順番を守らないのは頂けんぞ」

「あぁ、確かにそうだけど…… 皆は大丈夫なのか?」

 

 朝食抜き、と言うのはどうなのか? と思ったが 意外な事に全員は大丈夫なようだ。普段豪勢な仲居さんの料理を食べているのに、抜きにする状況ででも。昼は学校で食べるし、コンビニも傍にあるから、と言う理由が大きい。

 

「わかったわかった。……夕飯も不安しかないなぁ」

「あ~ら、ひどいわねー! とびっきりのを用意するわよ♪」

 

 夕飯係は呑子。自信満々の気合十分な様子なんだけど、不安しかない。

 

「な、なぁ ホムラ。ここの皆って料理とかする時あんの?」

「いや、基本的に仲居さんがいるし、オレは見た事ない」

「……だよな」

「夕飯は、その時がきたらのお楽しみって所だ」

「楽しめねぇって……」

 

 コガラシにも不安が残る。

 

 

 案の定、その日の夕刻。

 

 

 

「みんな~~~夕ごはんの準備、できたぞぉ~~~!」

 

 

 呑子の声がゆらぎ荘中に響く。

 集まってテーブルの上を見てみれば、山の様に積まれているのを目撃。

 

 これもきっと厳選をしたのだろう。

 

 トゲトゲコーン、ポティチップス、柿のピー……等々。

 

 うん。言わなくても判ると思うケド 酒のつまみとしたら最適な代物ばかり。

 呑子にとっては本当に至福で幸せだと思う。テーブルの上には色んな種類の酒が置かれている。発泡酒の類はなく どれもこれもいわばそれなりに高級品。

 だが、生憎な事に ここに酒を飲める年齢に達してるのは呑子ただ1人だ。

 

 つまり、1日目にして仲居さんの帰還を切望したのは言うまでもない。

 

「狭霧?」

「ぬ……。ホムラはまだだ!!」

「わ、わたし 明日は頑張りますから!」

 

 順番を素直に待て! と言う狭霧。狭霧だって空腹なのにある意味本当に頑張る様だ。

 因みに次の番は幽奈だ。幽奈なら安心だろう、と何処かで思っていたホムラは。

 

「頼むよ。何か買い出しとかは大丈夫か?」

「はいー! えっと、皆さん食材一切使ってらっしゃらないので……」

「ああ…… まぁ確かに」

 

 そうです。

 誰も料理と呼べるのをしてないから、仲居さんがしっかり準備してくれている食材はまったく減ってないのだ。

 

「下拵えをしておきますー! 明日楽しみにしていてくださいねー」

 

 幽奈は自信満々に厨房へ。

 

「幽霊なのに、料理まで出来るんだな?」

「いやいや、今更驚く事か? コガラシ。……今までの事を考えてみれば 不思議じゃないだろうに。幽奈は何でも触れるし、触れれる。それに 幽霊の方が情熱ってヤツが強いって事もコガラシはよく判ってるだろ」

「あー、まぁ 確かに…… オレら結構厄介な奴らとつるんできたしなぁ……」

「殆どお前を助ける為に付き合ったのが多いがな……」

 

 懐かしい昔話に花を咲かせ、そして翌日がやってきた。

 

 

 

 

「おお~~!」

「うん。色鮮やか。綺麗に出来てるな」

 

 用意されているのを見た全員は眼を輝かせた。

 

「はいー。アサリの炊き込みご飯です。後はお味噌汁にお漬物。簡単ではありますが、頑張りました」

「いやいや、美味しそうだよー。幽奈ちゃん!」

 

 こゆずも勿論まともな朝食に有りつけるから大喜び。それに朝食ならこれくらいが丁度良いだろう。

 朝から沢山食べるのは夜々くらいだ。

 

「さて、一口……っ!! ブフォォ!!」

 

 コガラシが一口。

 舌で料理を味わった数秒後にはリバースしていた。

 

「……………」

 

 ……ホムラの顔面に。

 

「えええっ!!!」

 

 幽奈は仰天。

 

「ぶほっ! えほっ!」

「………ふん!」

「ぷげらっっ!!」

 

 咳き込むコガラシの顔面にとりあえず前蹴りを放つホムラ。

 これくらいは許されると思うんだ。盛大に顔面に喰らった事を考えれば。

 

「す、すみません~~!!」

 

 幽奈は必死に謝ってた。

 

 あえて説明しよう。

 

 断っておくが、幽奈は料理の腕は確かである。ただ 醤油とコーラを、そしてお酢と料理酒を間違えていたのだ。見た目だけでは判らない調味料だから仕方なく、更には幽奈はお供え無しでは味見が出来ないから気付けなかった、と言うのが真相。

 

「大丈夫か? ホムラ……。ほら タオル」

「悪い……。ったく、ギャグみたいな事すんなよ。しかもオレの顔って。誰も受けねぇっつーの」

 

 狭霧に渡されたタオルで顔を拭き拭き。

 でも、気持ち悪さはのかないから ホムラは朝起きて2回目。顔を洗いに行くのだった。

 

 

 

 と言う訳で夕食。

 

 

「さて仕方あるまい。真打の登場だ。私が振る舞ってやろう」

「狭霧!」

「んー……」

「何だ? 不満でもあるのか? ホムラ!」

「いやいや、狭霧の料理って初めてだから 色んな意味で楽しみだったり……って事だ」

 

 ホムラは、『楽しみだったり』と言っているが、勿論 不安感も当然ながらある。今までの流れを考えてみれば、不安を持たない者など、いない! って言いきれるから。でも正直にそう言うと 流石に狭霧に失礼だし 自信満々な所を見てるから、と言う事で口を噤んだ。

 

「ふ、ふむ! 待っていろ!」

 

 俄然やる気が出た狭霧は、そのまま厨房へ。

 

「………やっぱ不安だ」

「そう、なのか?」

「おいコガラシ。オレの前にくんなよ」

「わ、わーってるって、ってか マジで朝は悪かったって」

 

 コガラシの漫画風なリアクションの被害を受けるのを被ったホムラは、誰もが対面にならない様にと設置。

 

 そして、やってきたのは狭霧の………料理?

 

「……妖気を感じるゾ」

 

 見た目はどう表現していいのか判らない。

 一体なんの食材を使っているのか……? 泡が所々で出てるし、何かの蔓? の様な巻いたモノも出てる。料理は見た目から~と何処かで訊いた事があるが、これはまずは門前払いだろう。

 

「ふふ! 浦山で採集した山菜のカレーだ! スパイスには雨野流秘伝の生薬を配合した! 見た目や味には少々難はあるが、良薬口に苦し! 春には苦みを盛れ、とも言う! たまにはこう言う健康食も良いだろう?」

 

「「「「………健、康……?」」」」

 

 

 誰もがまーーったく当てはまらない、と思っている事だろう。目の前の料理? を前にして、その言葉が。

 

 でも、ストレートに言ったりしないのは優しさ。狭霧と言えど女の子。料理に関して盛大な駄目だしをするのはあまりにも忍びない。

 

「と、とりあえず…… い、いただきま……」

「ああ……。見た目もそうだが味がだいい………」

「おなかすい………」

 

 口を近づけ、香りが鼻腔を通った所で、そのあまりの威力を全員が体験した。

 

 

ごとっ!! ごとと!!

 

 全員がテーブルに突っ伏して動かなくなってしまったのだ。

 

「ど……どうしたのだ! 皆!!」

 

 何が起きたのか判ってないのは狭霧1人。

 

「に、臭いだけで―――!!」

 

 幽奈は他人の事を言える様な料理が出来た訳ではないが、それでもこの威力? は凄まじいものだから 思わずそう言ってしまった。

 

《ゆらぎ荘温泉殺人事件》

 

 と言うサスペンスドラマでも起こりそうな風景だったが……。

 

 一先ず口の中でに入れた訳でもないから、直ぐに蘇生する事は出来た。

 

「うぅ……ほむらー…… 夜々、おなかすいた……」

 

 そろそろしびれを切らせたのか、夜々がまだまだあの狭霧カレーの威力が強すぎて、大の字で転がってるホムラにすり寄ってきた。

 

 もう暫く仲居さんの料理を口にしてない。猫缶があるとはいえ 夜々は人間。それだけで満足する筈もないから。

 

「ホムラのごはんー……」

「……ははは」

 

 猫の様にすり寄ってくる夜々をとりあえず一撫で。今回に関しては自分自身に非があると思っているのか、狭霧は手は出してこなかった。

 

「大丈夫だ。……ほれ、お前の番だ。次」

「あぁ…… 任せとけ!!」

 

 びっ! と手拭を頭に巻き、何年も修行をしてきた料理人の風格を漂わせながら厨房へと入っていくのはコガラシ。

 

「あ、あれ……? コガラシくん??」

 

 こゆずももう限界……って感じだったが コガラシが入っていくのを見て注目。元気がなくなってしまっているが料理がまだ運ばれてくる可能性があるのが判ったのか、少しだけ取り戻した。

 でも……。

 

「うぅ~ 仲居さ~~ん……」

 

 仲居さんの料理が恋しくなってしまったこゆず。

 それに次出てくる料理がまともだって言う保証なんてどこにもない。

 

「流石に、おつまみばかりじゃあきちゃうしぃ……」

 

 呑子もおつまみと酒を煽っているのだが、ちゃんとご飯は食べたいのは当然だ。

 

「み、皆さんお気を確かに……」

 

 幽奈はおろおろしてて気が気じゃない様子。

 

「む、無念だ……。私の料理は皆の口に合わない、と言う事か……」

 

 狭霧の料理、誰の口にも合わない様な気がするが、言わぬが花だ。

 それに、雨野家の秘伝のスパイスと言っていたから、狭霧の一族になら行けるんじゃないかな? とも思ったりもしてた。

 

「大丈夫だって。コガラシを信じろ。オレが保証する」

「「え!!」」

「ほんとー? ホムラっ!」

 

 ホムラの料理の腕はここにいる全員が知ってる。

 なら、最初からホムラがしろよ、って思うかもしれないが、その辺りは狭霧が決めた事なので 仕様がないとだけ言っておこう。

 

 とにかく、そんなホムラが唸る程の料理をコガラシが作れる事に、皆が目を輝かせてた。

 

 そして、その期待は外れる事はない。

 

 

 先程の狭霧のおどろおどろしい妖気とは 180度違う、神々しい光を放っている魚料理が出された。

 

「ヤマメの塩焼きね~~!!」

「こ、このオーラは一体……!」

「か、輝いてるよーーー!」

 

 皆が一目散に口の中へと放り込む。

 見た目だけじゃない。一口で絶品だと言う事が判った。

 

「う、うますぎる!!」

「わーーい! やっとおいしいご飯だよ~~~!!!」

「まるで生きているかのような踊り串も見事と言う他ないが、何より火の通り具合が神懸っている! この焦げ目の異常なまでのムラの無さ。人の手によってなされた業とは到底……。冬空コガラシ。キサマ一体……」

「ふっ……」

 

 どーん、と構えてるコガラシはしっかりと説明。今までの経緯を。

 

「串打ち三年焼き一生……一生をかけ、磨きに磨き続け、死の瞬間に極めた焼きの奥義を後世に残さんとする伝説の料理人がいた。その霊に憑りつかれ、修行をされた事があってな……」

「妥協を一切許さない爺だったし、オレらにも振る舞ってくれたから…… まぁあれはしょうがないか。うんうん」

 

 コガラシの説明にホムラも頷きながら、ヤマメを一口。身に覚えがあると言う事だろう。

 

「す、すごいです! コガラシさん! さすがです~~!!」

「こ、こんなお魚なボク初めてだよー!!」

「ふ、これでは私の完敗だな!」

「コガラシちゃん。これ酒の肴に最高ね~~!!」

「腕は落ちてない様で安心したよコガラシ」

 

 大大絶賛。

 アッと言うまに、ゆらぎ荘全員の胃袋を掴んでしまったコガラシ。

 

「あの修行の日々は辛いなんてもんじゃなかった……」

 

 料理修行の日々を思い出したのか、何処か遠い目をしているコガラシ。

 

「…………」

 

 それに同調してるホムラ。最早言うまでも無く、判っていると言った様子だ。

 

 そんな時、夜々だけは珍しくまだ口にしてなかった。

 

「夜々? 食べてみろって。凄い美味しいぞ。……それに言っただろ? 『楽しみは後にとっておけ』って。コガラシの料理がそうだ」

「……うんっ!」

 

 夜々もひょいと一口。

 一口だけで全てが判った……。あまりのおいしさに目を輝かせながらコガラシを見続けているから。

 

「ふふ。ちょっぴり妬けるかな?」

 

 毎日の様にホムラの料理~と笑顔を見せていた夜々が他人の、コガラシの料理に目移りした様にも見えるこの状況。

 夜々が喜んで頬張る姿は微笑ましい、って思うが 何処か妬けてしまうのも無理はないって思う。

 

「おぉーい! よく考えたら今日は仲居さんが帰ってくるんだろ? ホムラも一品作れって! 飯炊き3年、握り8年の腕を魅せろって」

「確かにそうだけど、寿司か。 下拵えする間に 皆腹いっぱいにならないか」

「わっ、お寿司ぼく大好きだよー! ホムラくんも料理出来るのー??」

 

 こゆずは興味津々にホムラを見て聞く。

 

「基本的にオレに出来てホムラに出来ない事はねぇって思ってるぞ。こゆず。アイツは兄弟子みたいなもんだからな」

「わわっ!! すっごく楽しみっ! ボク待つよー‼ ホムラ君のも食べたいっ!」

「そーよねぇー。さぎっちゃんが独り占めしてたみたいだしぃ。そろそろあたし達にも分けて貰いたいわぁー」

「ひ、独り占めになんてしてませんっ!!」

「あ、ホムラさん。私も手伝いますからー。……ちょ、調味料以外は出来ますから……」

 

 と言う訳で、コガラシの料理だけで終わるものだと思ってたホムラだったが 1人だけ何もしてない(狭霧が決めた事とは言え)のも忍びないから、せっせと厨房へ。

 

 

 

 

 

 

 

――――その日の夕食は どんな高級料理店よりも豪勢で、美味しくて ほんと夢の様だったよ!

 

 

 

 

 

 

 

 とこゆずの絵日記にはそう書かれていたのだった。

 



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第26話 猫神も大好き♪

すいません。短い上に色々と忙しくて 更にスランプ気味です。


 

「ねぇ、ホムラー……」

「ん? どうした 夜々」

 

 

 それは あの豪勢な夕食が終わった後の話。

 夜々がホムラの部屋へとやってきていた。普段だったら、何か霊的な? 妨害が入って2人きりになる様な状況にはならないのだが(確信)、今回は何処か違った様だ。

 

「その、夜々…… コガラシとも仲良くしたくて……、でも どうしたら良いのかもよく判らなくて……」

「ん? コガラシと……? ああ、なるほどな」

 

 夜々の話を訊いてホムラはにこっと笑った。

 この時点で大体察したから。

 

「夜々。コガラシの魚料理、美味しかったよな?」

「え……、うん。とっても美味しかった。猫神様にも食べてもらいたいって思ってるの」

「だから また、食べたくなった時どうやって頼もう、って考えてるって事か。夜々は結構人との距離感を気にするもんな。オレの時もそうだったし、コガラシと知り合ってまだ日が浅い。気軽には頼みにくいか」

「うー……うん。そーだケド」

 

 夜々の頭をゆっくりと撫でるホムラ。夜々は気持ちよさそうに目を瞑るのだが、ちょっと違う指摘をされたから顔を直ぐにあげた。

 

「でも違うのっ! 夜々、ホムラのご飯も好きだから! ホムラの事も好きだから! その……なのに、コガラシの事を……」

「………?? んん? どういう意味だ?」

 

 夜々が言っている意味が段々よく判らなくなってきたのはホムラだった。好き、と言ってくれるのは嬉しいが、本質が判らず 首を傾げる。

 

 最初は コガラシの料理がおいしくて、もっともっと食べたい、と言う食欲が夜々を動かしていると理解できた。でも、先程ホムラが行った通り、夜々は人との距離感を気にするし、何カ月かの付き合いがあるホムラは兎も角、まだ知り合って間もないコガラシに気軽に頼めないのが現状。

 だから、ホムラは思って手を貸そうとしたんだけど…… 何やら違う様だ。全部違う、と言う訳ではなさそうだけど……、何か違う様だった。

 

「うー……、もうっ 知らないっ」

 

 夜々はそう言うと駆け出していった。

 外に出ていく寸前の所で、ホムラは言う。

 

「お、おーい 待ってくれって夜々。……無理しなくていいからな。アレだったらオレも一緒に頼んでやるから」

「う………っ」

 

 夜々の心は揺れる。

 ホムラが一番好きなのは間違いない。でも、コガラシの料理も好きになって食べてみたいと強く想う。……それは ホムラに悪い事ではないのか? と夜々は思っていた。つまり言葉にすると浮気の類を自分自身に言い聞かせてる模様。その様な間柄じゃないんだけど 夜々は気にしていると言う事だ。

 でも、……でも 幾ら気にしていても それ以上に勝るのが美味しいものだ。

 

「うー。むぅ…………。もうっ頼んだから! ホムラ」

 

 最終的に夜々が根を上げた? ようだった。

 

「おう。任せとけって」

 

 と言う訳で、今すぐ~と言う訳ではないが 夜々と一緒にコガラシに頼みに行く事なって夜々とはここで別れた。

 

 そして自分の部屋へと戻る途中 ホムラは この時ここに来たばかりの事を思い返していた。

 

 夜々とは そこまで話す間柄ではないのは言うまでも無く、ひょんな事から仲居さんの手伝いをする、と言う事で料理を振る舞ったら 夜々の見る目が変わり、どんどん接近・接触する様になってきた。

 以前に温泉に侵入してきた事もあった。顔を真っ赤にさせて逃げるホムラ。そして追いかける夜々と狭霧。

 

 と色々とあって今の信頼関係(笑) があったりする。

 

 

「ホムラ」

「ん? ああ、狭霧か。どうしたんだ?」

 

 道中でばったりと出会ったのが狭霧。狭霧も丁度部屋へと戻ろうとした所だった様だ。

 

「いや……、夕食の件だ」

「ああ。随分と盛り上がったよな。仲居さんが帰ってきて凄く戸惑ってた気持ちがよく判る……ってもんだ」

 

 非常に豪勢な夕食。仲居さんがいなかった期間が色々と大変だった(主に食事)から、最後の夕食は鬱憤を晴らさん勢いで食べては騒ぐ大宴会だったんだ。

 

「いや……、私が言いたいのは アレだけ大見得を切って、やはり 最後はホムラに。……、それにコガラシにも 迷惑をかけた。その詫びをしたかったんだ」

 

 何処となく表情が暗い狭霧を見て、ホムラは一瞬だけきょとんとしていたが 直ぐに笑った。

 

「気にする事は無いよ狭霧。楽しかったから。……ここは毎日が楽しい。それだけでオレには十分過ぎるからな」

 

 ホムラは そう言うと狭霧の頭を撫でた。

 撫でられる狭霧は 数秒間呆然としていたのだが、段々顔を赤くさせて。

 

「っ! な、何をするんだ! 子供扱いでもするつもりか!!」

「っと、悪い悪い。不躾だったな」

 

 ホムラは直ぐに頭を離す。そして狭霧はそっぽ向いた。

 

「…………ふんっ」

 

 必死に赤い顔を、照れてしまってるのを悟らせない様にして。

 ホムラはそんな事をしなくとも気付かないと思うのだが、そこはご愛敬。

 

「さて、と。明日はコガラシの焼き魚、だな」

「む? それは何の話だ?」

「さっきの夕食だよ。夜々がコガラシの料理を随分と気に入ったみたいなんだ」

「ああ、そう言う事か。夜々ならそうだろう」

 

 食べる事が大好きな夜々の事は狭霧もよく知ってるから納得をしていたのだった。

 

 そして それ以上に好きなのは…… 目の前の男だと言う事も知ってる。だから前回のホムラとの件。つまり夜々がホムラに色々と迫ろうとしてた事も。 

 

 

 

「……オレの時みたいに、色々と暴走されても困るだろ? 狭霧も怒りそうだし」

「っ……!! だからいつも言ってるだろ! 夜々の裸、婦女子を辱める等と、この私が許さん!!」

「こっちこそいつも言ってるだろっ! ぜーーーんぶ冤罪、無罪だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日の夕食時。

 

 

 

「ほら、夜々。できたぞー」

「!」

 

 焼き魚を沢山作ってくれたコガラシ。そして目を輝かせる夜々。

 

「でも、味付けしなくて良かったのか?」

「コガラシの腕で素材を存分に活かせる焼き方が出来てるし、何より猫神だって 元は猫だからな。塩分は抑え気味の方が良いんだ」

「おー、そう言う事か」

 

 猫神も夜々の様に目を輝かせてぱっくんちょ。

 美味しそうに頬張っている。

 

「コガラシありがとう。猫神様にも食べさせてあげたかったから。凄く嬉しい」

「~~!!!」

 

 猫神はコガラシにすり寄った。言葉を話さなくともよく判る。

 

『凄く美味しかった、ありがとう!!』

 

 と。

 

「うおおっ!!??」

「ははっ、気に入られて良かったな? コガラシ」

「にゃむにゃむっ♪」

「って、おわっっ!」

 

 猫神は コガラシだけでなく、ホムラの事も抱き寄せて大きな舌でペロペロ。

 

 

「にゃむにゃむにゃむ~~♪」

「2人のお料理美味しいって! ありがとね? 2人とも」

「わぷっ! わ、わかった。わかったから」

「かんべんしてくれーー」

 

  

 盛大に愛された2人は そのまま食べられてしまうのでは? と思う程 猫神にペロペロされ続けられるのだった。

 

 

 



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第27話 写真を撮ろう!

遅れてすいません。



注※ 殆ど原作沿い………


 

 

「ねぇ 夏山くん!」

「ん?」

 

 それは休み時間の時だった。

 宮崎が 丁度 ホムラと幽奈が話をしている所に入ってきた。

 

「今、幽奈さんとお話してるんでしょ?」

「ああ、そうだよ。コガラシが遅いな、って話。アイツ色々と器用だから、生徒会の手伝いとかも直ぐ熟してきそうなんだけど……って」

「『はい。その通りです。なのに……なんだかいつもよりコガラシさんちょっと遅いなーって、宮崎さんも思いませんか?』」

 

 ホムラは当たり前だけど普通に返事を、幽奈はいつも携帯しているメモ帳にさらさらさら~と手早く筆談をした。

 

「確かにね。でも忙しそうにしてたし…… 仕方がないんじゃないかな?」

「『そうですか……』」

「まぁ 物量的に無理だって言うならヘルプが入るだろうし、休み時間はまだあるし、大丈夫だろ」

 

 やや心配気味の幽奈。ホムラに関しては 全くそう言った気はいが見えない。それ程までにコガラシの事を信頼している、と言う事がよく判る様子だった。

 

「あ、それより宮崎さん。何か用事があったんじゃないのか?」

「うん……。 あのね、あたしはもう幽奈さんの事判ってるし、お話もしてる。ここにいるってもう疑ってなんかいないんだけど…… やっぱり 普通の人には何もいない方向に1人で話してる姿しか見えないから、目立っちゃってるよ? って教えたくて」

「っ………」

 

 ホムラは宮崎に指摘されて直ぐに周囲を見た。

 ひそひそ話をしているグループが1つあったが、もうそれは仕方ないと腹を括るしかないだろう。

 

「ま、まぁ それは オレの注意不足、って事で戒めておこうとは思うけど……もう良いって最近は思ったりもしてるんだよな」

「え?」

「だって、宮崎さんは判ってくれてるんだろう? ……オレにはそれだけでも充分だよ」

「っ///」

 

 微笑みを向けるホムラ。その素顔を間近で見た宮崎は思わず頬を赤くさせた。

 

「ああ、オレだけじゃないな。コガラシもきっと同じだろうし。……と言うか、元々はコガラシが原因って言えばそうだな。……後で文句言ってやろうか」

「はうっ…… わ、わたしも同じです…… すみません~ ホムラさん……」

「いやいや。幽奈は良いって。次、気を付ければそれでさ」

 

 しょぼん、としている幽奈の頭を撫でる姿は、まるでパントマイム。それも本格的なものに(周囲は)見える。でも、その仕草、そして 幽奈と言う幽霊がいる事をもう判っている宮崎は 自分自身で想像をしていた。触らせてもらった事もあって、スタイルが良くて長い髪、凄く整った顔立ちである事も想像がついていて…… 2人のやり取りを頑張って頭の中に思い描く。

 そして 何処となく、ホムラがお兄さんの様にも思えてきていた。

 

「あ、そうだ! 夏山くん!」

「ん?」

 

 この時、宮崎はある事を思いついた。

 宮崎には想像力を働かせるのには限界があるし、幽奈の姿を見てみたい、と言う想いが強くある。

 

「ちょっと写真を皆で撮ってみても良いかな? もしかしたら、幽奈さんが写るかもしれないでしょ? 心霊写真みたいにさ! あ、もちろん冬空くんが戻ってきた後でも良いよ! 皆で写真撮ってみようよ」

 

 それを訊いて、大体の想いはホムラには判ったのだが……、幽奈の経緯を考えたら 正直自分が判断できる領分ではない、と思って 幽奈の方を見た。

 幽奈も 少し表情を沈めていた。

 

「『あの…… すみません。わたし、写真を撮られるの凄く苦手で……』」

 

 幽奈の返事を見た宮崎は 少しだけ表情が曇った。

 

「そっか…… 残念だね。あたし 幽奈さんの素顔見てみたいんだけどなぁ……」

「『うぅ…… わ、わたしも宮崎さんと実際にお話をしたいって思ってます。その、筆談を提案してくれたホムラさんには、申し訳ないのですが。ホムラさん……何とかならないでしょうか?』」

「うーん……」

 

 宮崎と幽奈は筆談する事で意思疎通は出来ているのだが、やはり しっかりと面を向って話をしたい、と言う気持ちが出てもおかしくはないだろう。

 でも、それをするためには 障害がある。とても大きな障害が。

 

 幽霊を見る為には 当然ながら 霊感が必要になってくる。これは生まれ持っての体質、資質が影響してくるもので、一般人は通常持ち得ないものだ。(……逆に持ってれば災難、と思うレベルだが)

 

「うーん……、宮崎さんには霊感が無い様に視えるし、なら普通に鍛えないといけないかな。……でも、会得するには最低10年は修行しないといけないって言うのが一般的かな? 霊山に籠って」

「う…… じゅ、10ねん……」

「いや、まだあるぞ?」

 

 そこで戻ってきたのはコガラシ。

 

「『コガラシさん。お疲れ様です!』」

「おう。って幽奈。オレには聞こえてるし、見えてるから 筆談しなくても良いんだぞ?」

「あ、癖で……」

 

 幽奈はやっぱりコガラシがお気に入りに見える。笑顔は笑顔なんだけど、その質が一段階増した様に見えるから。

 

「それで冬空くん! 何か良い方法が他にもあるの??」

 

 10年修行を訊いて、険しい表情をしてた宮崎だったが、コガラシの登場と言葉で淡い期待が再び出てきた様子だ。……だが、直ぐにそれも沈むが。

 

「臨死体験だ。幽体離脱状態になれば、幽霊と似たようなもんだから、幽奈の事も見える!」

「アホか」

 

 反射的にコガラシにツッコミを入れたホムラ。

 

「そこまで 賭けれる訳ないだろうが。選択肢としては最初からアウトにしてたんだよ。オレらと同じ様な目に宮崎さんにも合わせる気か?」

「え、えと…… わ、わたしも それは嫌、かなぁ…… そこまで人生賭けるのはちょっと……(で、でも 2人はそれ程過酷な事をしてたんだ……)」

「『お2人は そこまでしてたんですかっ!?』」

 

 ホムラのツッコミに それもそうか、と言う普通の返事をしているコガラシを見て、やっぱり色々と大変な人生を歩んできたんだなぁ…… と改めて実感する宮崎と幽奈だった。

 

「ほら、皆。そろそろ授業始まるぞ?」

「あ、うん」

「席に戻るか」

 

 休み時間も終わり、と言う訳で 其々の席に。幽奈は コガラシの元へと戻っていった。

 

 

 

 

 そして、その日の放課後。

 

 幽奈と宮崎に連れられて屋上へとやってきた2人。

 

「見てください! コガラシさん! ホムラさん! ん~~~ えいっ!」

 

 幽奈は集中して念じてみれば…… あら不思議。まるで忍者の様な煙が発生したと思えば、浴衣姿だった幽奈が衣替え。この学校の制服姿に変わっていた。

 

「どうですか?」

「おう。ばっちりじゃねーか」

「成る程。さっき 宮崎さんに何か頼んでたみたいだけど、制服を見せてもらってたのか」

「う、うん……」

 

 宮崎は何だか顔を赤くさせている。

 

「ん? どうかした?」

「や、な、ナンデモナイヨ??」

「はぅ…… そ、そーですー……」

「………」

 

 何だか顔を赤くさせてるのが増えている。宮崎だけでなく幽奈も、そしてコガラシもだ。

 

「……その反応だけで十分だ。分かった。もう何も言わないし、訊かないよ」

「っ~~……(ゆ、ゆらぎ荘じゃ 日常的になっちゃってるー、って幽奈さんが言ってたの本当だったんだ……)」

 

 ホムラやコガラシ達を含めた『とらぶる!』 はそれなりに聞いていて、判っていたんだが やっぱり 男の子は皆狼だって、えっちだって、だから 気を付けないと! とこの後幽奈にもう一度言い聞かせよう、と心に決めた宮崎だった。

 

 でも、勿論 2人の事は信頼しているのは間違いないが。

 

「こほんっ!『これも宮崎さんのおかげですー! ありがとうございました』」

「ううん。これくらいならどうって事無いよ」

 

 嬉しさのあまり、幽奈は飛んで宮崎の方へと向かうが…… 判ってほしいのは 制服はスカートだと言う事。それもここのスカートは膝上10cmとそれなりに際どいと言える。

 そんな衣装で空に浮かんだらどうなるか、一目瞭然だ。

 

「幽奈。その格好であんま浮くな」

「………気を付けてくれよ、幽奈」

 

 直視する訳にもいかないから、そっぽ向きながら幽奈に注意する2人だった。

 

 

「あ、そうだ。幽奈さんはどうして写真苦手なのかな?」

「!!」

 

 宮崎の質問を受けて、今まで直ぐに返事を返そうとペンを走らせていたのだが、それがピタリと止まった。それは判ったから宮崎は慌てて言いなおす。

 

「あ……ごめん。やっぱり記念写真を撮りたいな、って思っちゃって……」

 

 幽奈は、宮崎の事はもうよく判ってる。純粋に自分と一緒に写りたいって思ってくれてる事には凄く嬉しいし、感謝しているのだ。だからこそ、正直に話そうと決意をした。

 

「『……大した事じゃないんです。写真にはわたしの姿がハッキリと写らなくて。その……皆さんを怖がらせてしまう事が多かったので……』」

 

 思い返すのはこれまでの観光客がゆらぎ荘の傍で写真撮影をしていたころの事だ。

 幽霊の噂が流れる以前までは その見事な外観から、記念撮影をする人も多く、それに興味を持った幽奈がちゃっかり入ろうとして ピースサインをしたのだが…… 実際に 写ったのはそれはそれはおぞましい白い物体だった。輪郭は定かではなく、THE・心霊写真と言った感じだ。それを見て怖がってしまってお祓いを~と騒ぎ 逃げ帰ってしまった事が多々あり、そこから苦手になってしまったのだ。

 

「なるほどな……」

 

 コガラシは知らなかったから、この時に納得した。

 幽奈の容姿が見えてる自分からすれば、中々判らない事だから。

 

「……そう言う事なら大丈夫だよ! 今更怖がったりしないって! だから、撮ろう!」

「で、でも……」

「オレも大丈夫だって思うぞ? 幽奈。……宮崎さんとはもう『友達』だろう? ……ほら」

 

 悩んでる幽奈の背中をそっと押してあげるホムラ。

 

「ものは試しだ。ひょっとしたら、前よりよく撮れてるかもしれねーだろ?」

 

 コガラシも賛同した。

 

「ほらほら、幽奈さん。ここに入って! 夏山くん! 誘導お願い」

「OK。幽奈、頑張れ」

「あ、あうっ は、はい」

 

 宮崎と幽奈のツーショット写真完成。

 

 

 案の定と言うか、安定と言うか…… 勿論 結果は THE・心霊写真だ。

 宮崎さんの顔の横に大きく白い影が写っている。ここでおどろおどろしいBGMでも流せば、テレビの特番でも使ってくれそうなレベルのものだ。

 

「……………」

「は~~…… こう写るのか」

「ありきたり、とは言えるが まだ良いと思うよ。幽霊の中じゃ 身体の一部しか写らないってのもいるしさ。全体が見えてる分……。な、なかなか上手いフォローが出来なくてすまん。幽奈」

「『い、いえ良いんですぅ……。で、でも やっぱり怖い……ですよね……!』」

 

 ホムラやコガラシは兎も角、宮崎は一般人だから仕様がない。ちょっと震えてる様にも見えるし。

 だが、宮崎は頷いたりはしなかった。

 

「だ、大丈夫! たしかにこのままじゃちょっとコワイかもだけど、ほら、これをこーやって、こーやって……」

 

 慣れた手つきですっすっす~ と操作する宮崎。『よしっ』と言って完成した画像をこちらに見せてくれた。

 

「ほら!これならカワいくない?」

 

 画像加工アプリを使ったのだろう。恐ろしく見えていた幽奈の姿が可愛らしいリボンやキラキラと輝く瞳、付けマツゲ、ちょっとした編集で見事におしゃれに仕上がっていた。

 

 それを見た幽奈は、ぴたりと固まっていた。

 

「幽奈?」

「大丈夫か?」

「あ、あれ……? ダメ、だったかな?」

 

 思っていた反応と違ってちょっと不安だった。

 だけど、直ぐに幽奈は動いた。ゆっくりと宮崎の手を取り、その掌にそっと指を這わす。

 

『ありがと』

 

 とゆっくり4文字。それだけで充分伝わった。

 笑顔になった

 

 

「よしっ! 皆で写真撮ろうよ! それで この写真、皆に送るよ!」

 

 そう提案してくれたのはとても嬉しい。

 だけど、そう簡単にはいかなかったりもする。

 

 

 

 何故なら――

 

 

 

 

「ええっ!? み、みんな スマホ持ってないの!?」

「……オレらが持ってる訳ねぇだろ」

「『ゆ、幽霊ですしー……』」

「……まだ安定した収入じゃないし、スマホ代もバカにならなくて……。スマホ代払う前に借金払わないと、だしなぁ」 

 

 

 

 

 と言う訳だった。

 どこか哀愁を漂わせている3人だった。

 

 



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第28話 捕らわれた幽奈さん①

「ふぅ……、何か今週は異常に疲れたなぁ。いや 割りとマジで。一体ここはどうなってんだ? って感じだ」

「どうなってるも何も、これがゆらぎ荘。スタンダードってトコだ」

「はぁー…… 判ってきたとは言え やっぱきちぃな……」

 

 日課と言うよりは 殆ど仕事である ゆらぎ荘内の掃除をしていたホムラは コガラシとばったり出会い、今204号室である。 個室の掃除は 設備の破損以外は基本的には本人たちに任せてる為 コガラシと幽奈の部屋を掃除にきたわけではなく、テーブルに突っ伏してるコガラシの愚痴を聞いてただけである。

 

 あまり弱音を吐いたりしないコガラシが今回に限って こんなに言っちゃうのには訳がある。

 

「ま、まぁ スタンダードと言ってみたは良いが よくよく考えたら濃い一週間だったな? 呑子さんのアシ。締め切り間際の修羅場を体験して、更にはこゆずの葉札でボディーソープだ。 ……うん。濃すぎ。更には毎朝毎朝 幽奈に刺激的に起こされて……。……ヤバいな」

「だろ? 下手したら地獄の特訓、修行時代にもある意味匹敵するぞ。これ」

「肉体的と言うよりは精神的に、だ……。何だかんだでオレも巻き込まれたし。……オレ、悪くない。悪くない……よな?」

「……ああ分かる。分かるぞ。……だけど あきらめろ。聞いてくれねぇ」

 

 

 

 

 コガラシがボディーソープになった事件の時は本当に大変だった。

 

 

 最初の頃は ホムラがやっていたのだが、学業の事で手が離せなくなり、代打でコガラシが名乗りを上げた。持ち前の行動力と器用さ、今までの経験も相余って、1人では明らかに広いこのゆらぎ荘をあっという間に綺麗にした。

 その手際を見て、仲居さんも少し驚いていたのだが 直ぐに納得してた。『だって ホムラさんのお友達なんですから』と。それは その日一番の説得力だった。

 

 と、余談はここまでにしておこう。

 

 本題と言うか事件はここからだ。コガラシは露天風呂の掃除へと向かったのは良いがいつまでたっても帰ってくる様子が無かった。少し遅すぎるとホムラが思って様子を見に行ったのだが やはりそこには誰もおらず、その後 幽奈がお風呂に入りたい、と入ってきてホムラは退出。その他の場所を探している最中に 風呂場が一気に騒がしくなったのだ。

 夜々が半裸で走ってきて

 

『コガラシもいるから ホムラも一緒に入ろうっ!』

 

 と言いながらホムラの腕を取った。

 いつものホムラだったら すかさずエスケープするところだが……流石のホムラも 風呂場じゃないところで、こんなところで いきなり夜々が半裸で走ってくるなどとは予想もつかなかったから(呑子なら多少は心の何処かでは警戒出来ていたかもしれないが)、思考回路が完璧にフリーズしてしまい、夜々につれられて そのままお風呂へGO。

 

 

 皆仲良く混浴を楽しむ――――……なーーんて事が出来る訳もなく。

 

 

 主に狭霧の苦無乱れ打ち。奥義の1つである 『叢時雨』を繰り出して 強制的に退出された。 ホムラが来た当たりから 更に激情を増した狭霧の攻撃は普段の倍の威力が出ていたのは言うまでもない。

 

 

 

 さて、その他にも 実は漫画家だった呑子の手伝いの話もあるが、過去を振り返るのはとりあえずここまでだ。

 何故なら。

 

「おーい、コガラシくーん。ホムラくーーん。朝ご飯の時間だよーーっ」

「コガラシさーーんっ、ホムラさーーんっ!」

 

 こゆずと幽奈が呼びに来てくれたから。

 

「了解。直ぐに行くよ」

「おう!」

 

 返事を返した後に朝食を食べに大広間へ。

 

 仲居さんの料理はやはり絶品でいつもいつも感謝してもしきれない。

 今日も感謝をしつつ、皆は料理を口へと運ぶ。

 

「ふぅー やっぱり 美味しいなぁ~」

 

 ほんわかと頬を緩ませながら食べるこゆずの姿は愛くるしいものがあるのだが、葉札術を暴走? させた事を考えれば ある意味恐ろしさもあって然りだ。

 あまりイタズラはしない様に、と以前から言い聞かせている。因みにコガラシの時は 過失はなかった、と言う訳でもそこまでお咎めもない。

 

「えへへ。コガラシくんは毎朝大変だね? でも毎朝同じ朝日で目が覚めるって、なんだか夫婦みたいで、憧れちゃうよ~~」

「ははっ 確かに言いえて妙だ。幽奈とはコガラシよりもちょっとだけだけど長い付き合いなんだが、2人を見てると少々妬けるよ」

 

 いつもいつも決まった時間にどぼんっ! と起きる2人。

 起床アラーム替わりで丁度良かったりもするが、何処となく楽しそうにも見える。

 

「何言ってんだ。毎朝毎朝川に突き落とす嫁がいてたまるか。鬼嫁か?」

「は、はぅぅ…… いつもすみません……。あ、でもお嫁さんに憧れる気持ちはわかりますよ~~! 幽霊の私には無縁の話ですが……」

 

 少しだけ寂しそうな表情をしている幽奈。その表情を見逃さないのは コガラシだ。

 幽奈の未練とは 《嫁》になる事ではないのだろうか? と思った。……だが、それを叶えるにはなかなかに困難な道筋だと言う事も同時に思った為 『前途多難だ』と想いながらコガラシは みそ汁を啜る。

  

「ああ、そうだった。今日はこゆずが担当してくれると言う話になったみたいだが、大丈夫か?」

 

 少々寂しそうな顔をしている幽奈を見るのも忍びなく、ホムラは話題を変えた。

 因みに担当、と言うのは 仲居さんに頼まれている買い出しである

 ゆらぎ荘での手伝いは基本的に アルバイトをしているホムラが一任しているのだが、こゆずも 住まわせてもらっているのだから、とちゃんとお手伝いしたいと申し出たのだ。そして 二つ返事でOKを出した仲居さん。ホムラも了承した。

 

「あっ、うん! 大丈夫だよ! 幽奈ちゃんも一緒だしね?」

「はい! 任せてください!」

「うん? 担当?? 何の話だ? ホムラ」

「ああ。今日の買い出しだよ。そこまで量も多くないし こゆずがするって話になったんだ」

「そーだよ! ボクもちゃんとお手伝いくらいしなきゃだからね!」

 

 こゆずは 本当に良い子だと思う。

 この場の誰もがきっとそう感じた事だろう。……だが、悪戯をする事だけは容認できないが、一先ずそれは置いておこう。

 

「頑張れよ? 道路とかいろいろ危険な所だってあるんだからな?」

「うんっ!」

 

 コガラシがこゆずを撫でていた。元気よく返事をするこゆずにも微笑ましいものがある。

 

「幽奈。こゆずの事を頼んだ」

「はいっ! 私も頑張りますね? ホムラさん!」

「ははは。変に力を入れなくて大丈夫だって。折角だ。2人で楽しんできたら良いさ。勿論、怪我しない様に、な?」

「はいっっ!」

 

 ホムラもコガラシに倣って、幽奈の頭を撫でた。

 外見的年齢を見れば同い歳だと思えるのだが、ホムラと幽奈は何処となく兄妹の様に見えなくもない。

 幽奈は頬を赤くさせながらも、笑っていた。

 

 この時は思いもしなかった。

 

 このはじめてのおつかいが、一大事件? を引き起こしてしまう事になるなんて……。

 

 

 

 その事件が判明したのはもう日も沈みそうな夕方の時だ。

 

「何だか珍しいかもな。狭霧とオレ、コガラシの3人と一緒にって。以前の髪喰いの事件以来じゃないか?」

「ふむ…… それもそうだな」

「ホムラと狭霧はよく一緒に帰ってるのか?」

「っっ。べ、別に『よく』と言われるほどではない!!」

「わかったわかった。だから、苦無仕舞えって。いい加減銃刀法違反で捕まるぞ、狭霧……」

 

 学校も終わり、3人で下校中の事だった。

 帰り道に涙を流しているこゆずと出会ったのは。

 その傍には幽奈はいなかった。

 

 

 

 話を聞くと幽奈は連れ去られてしまったらしい。

 

 その連れ去った犯人が《玄士郎》。

 信濃・龍雅湖を統べる《神霊 黒龍神》だと言う。

 

 

「幽奈が……!」

「ゴメン、ゴメンね……。ボクも止めようとしたんだけど……。幽奈ちゃん、連れて行かれちゃって……」

 

 涙を流しながら謝罪するこゆず。

 そんなこゆずの頭をそっと撫でるのはコガラシ。

 

「……こゆずのせいじゃねーよ」

「だな。それに いきなり出会いがしらに、嫁じゃー! 嫁にするーー! なんていうヤツ……。現実にいるのか。ゆらぎ荘に来て 結構色々あったし、大抵の事じゃ 何とも思わないんだが……。ある意味で衝撃だ」

 

 幽奈に至っては更に衝撃的だったと思える。持ち前のポルターガイストも通用しない相手と言うのも初めての経験だろう。だが、こゆずを逃がす事が出来たのは幸いだ。2人して連れ去られていたら、追跡の仕様がないのだから。

 

 不幸中の幸いだ。ならすべき事は決まっている。

 

「さて、行くか? コガラシ」

「おう。信濃の龍雅湖だったな?」

 

 2人の意見は一致。早速迎えに行くと決めた。

 

「ちょっと待て、2人とも! 相手が誰だか判っておるのか!?」

 

 そんな2人を止める様に言うのは狭霧。

 誅魔忍である狭霧はその黒龍神と言う存在を正確に認識している様だ。

 何処か声には緊張感も見られるから。

 

「龍雅湖の黒龍神とは誅魔忍軍において、神であると分類されている存在だ。如何に貴様らでも真っ向から挑んでどうにかなる相手ではないのだぞ」

「まぁ、黒龍()って言うくらいだからな。分類としてはおかしくないんじゃないか? 別に」

「変な茶々を入れるな! 名称だけで分類した訳ではないのだ!」

「どういう事だ? 狭霧」

 

 ホムラの楽観視ともとれる問答に憤慨しながらも説明を続ける。

 

「手に負えない強大な霊的存在。誅魔忍軍の全戦力を用いても、滅する事が出来ん存在。それが《神》だ」

「ぅ、ぅぅ…… そ、そんなとんでもない相手なの……?」

 

 まさに圧倒的。

 そう言わんばかりの迫力にこゆずが震える。だが、2人は大して気にも留めてない様だった。

 

「更に最悪なのが、救出の対象が幽奈…… つまり幽霊であると言う事だ。うららに頼んでも援軍など来るはずもない。誅魔忍として手を貸す事が出来ないと言う訳だ。戦力が圧倒的に足りない!」

「ん…… 元々 身内の問題だから、誅魔忍軍の皆の手を借りようとは思ってないよ。オレとコガラシで充分。心配するな。幽奈をちゃんと連れて帰ってくるからな狭霧。あぁ、ゆらぎ荘に連絡を入れておいてくれたら助かる。仲居さんもきっと心配してると思うし」

「そうだな。今日中に帰ってきたい所だし、先ずは交通費か……」

「トイチで貸すぞ。オレも結構ヤバイんだから。値切り交渉は受け付けん。嫌なら走って来い」

「ぐぐ…… わ、わかった……今回はしょーがねぇ……」

 

 狭霧の心配(?)も何処吹く風。さっさと2人で行こうとするから 慌てて止める。

 

「さっきから何を馬鹿な事を言っておるのだ!! 貴様らは!!」

「何だよ。狭霧はオレの事を信じてないのか? 結構一緒に仕事をしてきた間柄なのに」

「っ……、そ、そう言う訳ではない!! と言うか、これまでとはくらべものにならん相手なんだ!! それくらい判るだろ!!」

「はぁ…… つまりどうするって言うんだ? 狭霧。オレはホムラに交通費借りるから、何とか最大・最悪の関門は突破できそうだから問題なくなったんだが、止めるのか?」

「最大最悪って、交通費がか!? 神云々の話を全く聞いてないのか貴様! ええぃ違う! もう良い! つまりは私も行くと言いたいのだ!」

 

 最初からそう言えば早いのだが、狭霧は回りくどい。

 

「私は誅魔忍ではある、が。幽奈の友人でもあるのだ。捨ててはおけん」

「ははっ、回りくどすぎだって」

「狭霧ちゃん……!」

「狭霧は ちゃんと持ってるだろ? 交通費……。流石に3人分は無理だ。飢えて死ぬかもだ」

「それこそいらん心配だ! 馬鹿者!」

 

 

 そして 一行は 龍のカミサマがいる信濃へ。



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第29話 捕らわれた幽奈さん②

 日もすっかり沈み夜がきた。

 

 電車やバスを乗り継いで信濃へ向かっていた道中の事。

 

「ここまで来て今更だが こゆずまで付いてくる事無かったんだぞ? ……怖い思いをしたんだし」

 

 幽奈を助けに一緒に行く! という事で葉札を使って小さくなったこゆずがホムラの肩に乗っていた。話を少し訊いてみたら、その龍神の側近? とやらに攻撃をされそうになったとか。龍神の側近ともなれば相応の使い手のハズだから、こゆずが本当に無事でよかった、と改めて皆で安堵したのは言うまでもない。

 

「だ、だいじょーぶ! こわいって言ったら、あの時のホムラ君やコガラシ君だってすっごく怖かったし! あれくらいへ、へっちゃらだもんっ!」

 

 こゆずが思い出すのは、ホムラやコガラシと初めてあった時の事だ。

 普通の人間だと思ってた2人のまさかの戦闘力に度肝を抜かれ、恐怖のあまり術が解けてしまった過去があったから。

 

「まー、こゆずが良いんなら構わないけどよ。無茶はすんじゃねぇぞ? ホムラから離れるなよ」

「う、うんっ!」

「うむ。今のこゆずなら混乱に乗じて逃げる事だって可能だろう。……危険を感じたら 迷わず逃げる事を約束しろ。こゆず」

「う……うん。分かったよ。狭霧ちゃん……」

 

 皆を見捨てて逃げる、という事を約束してしまったこゆず。正直そんなのは嫌だと強く想ってる。ゆらぎ荘の皆は大切なひとたちだから、と。だから、そんな危険な場面など起こらない。とも強く思っていた。如何に龍神とは言え ホムラやコガラシ、そして狭霧の事を信じていたんだ。

 

「ああ、後コガラシ。足代は忘れるなよ? ほれ借用書ちゃんと書いてるから」

「くそう……。また借金が増えちまった……」

「大丈夫だ。元々の金額を考えたら大した事ないだろ? これまで通りしっかりやればいいだけだ」

「……って、大した事ないなら、奢ってくれよ!」

「い・や・だ!」

「ぅぅ……」

 

 金銭のやり取りは一段とシビアなのは2人。

 この若い美空でどれだけの修羅場をくぐってきたのか…… と狭霧は苦笑いをしていた。

 

 だが、その笑みも直ぐに消える。

 

 目的地へと到着したから。

 

「お前達。……この先だ」

 

 そこは立ち入り禁止の札が立てかけられた洞窟の入り口。

 

「この中か」

「……まぁ 城を大々的に地上で構えるような真似は出来んはな。この現代で」

「ホムラは楽観し過ぎてないか? 少しは緊張感と言うものを持て!」

 

 思った事をそのまま口に出すホムラ。それもいつもと変わらないやり取りだから、この敵地とも呼べる場所にきたからには 相応の緊張感を持て、と狭霧は檄を飛ばしたが、ホムラは軽く首を振った。

 

「何言ってんだよ狭霧。オレにコガラシ、その上狭霧とこゆずだぞ? 神だろうが悪魔だろうが、大丈夫だ」

 

 その瞳は信頼しきっているのが見て取れるのだが…… 過大評価し過ぎではないか?

 

「ぼ、ボクも戦力に入れるの!?」

「いやいやいや。戦えーなんて言わないって。ほら、場の空気的な意味で。それともなにか? こゆずは 仲間外れにした方が良かったのか?」

「あ、それはヤダ!」

「ははは……」

 

 コガラシは苦笑いをしていたが。少し懐かしくも感じる。

 以前、2人で組んで妖怪大戦争? でもおっぱじめそうな妖怪の大部隊を相手にしようとした時も、こんな感じだったから。

 

「ったく。……む。灯りが見えてきたぞ」

 

 洞窟の中に入ればそこは暗闇の世界……だったのだが、暫く進むと洞窟の中とは思えないほどの光がそこには存在していた。

 

「龍雅湖とは日の光が届かぬ地底湖である、と誅魔忍軍の資料にはある。……だが、この灯りは普通の灯りではない」

「あぁ。多分釣瓶火の類だろうな。仄かに妖気も感じる」

「んー…… その感覚はオレ、あんま持ってねぇんだよなぁ。今度教えてくれよホムラ」

「ああ、構わないぞ」

 

 何か、宿題教えて~ 良いぞ~ みたいな。 漫画貸して~ 良いぞ~ みたいな軽いノリで第六感の力を教え合う間柄には 妙な違和感を感じるが、そこはもうあえてツッコまない狭霧。

 

「今は目の前の事に集中しろ馬鹿者。この先の地底湖の畔に佇むのが黒龍神の城、龍雅城だ。もう見えてきた」

 

 狭霧が指さす方には城があった。

 いや、国宝にでも指定されても不思議ではない立派なお城だ。姫路城や大阪城などと比べても何ら遜色ない。

 

「どうどうと主張してるな……。まぁ 人払い結界みたいなのがあるから普通の人間じゃ近づけないとはいえ。これは凄いな」

「洞窟ン中にこんなモンがあるなんてそもそも誰も思わねぇだろ」

「ぅぅ…… なんだか寒気がしてきたよぅ……」

「んー……」

 

 ホムラは眼を閉じて 何やら考え込む? 様にしていた。

 何をしているのかは直ぐにコガラシは判った為。

 

「大体どれくらいだ? ホムラ」

「大小様々で数えるのは面倒だが、3ケタは超えてる。当然だが大きいのは奥の方にいるぞ」

「それがその龍神サマか?」

「多分な。気配断ち…… 妖気断ちをしてるヤツがいるんならそれ以上いてもおかしくない。……因みに、判ってると思うけど 頭上の灯りの妖怪は数に入れてないからな。アレ数にいれたら跳ね上がる」

 

 目を瞑って妖気を感じ取ったホムラ。

 それを訊き、狭霧は少しだけ表情がほころぶ。コガラシだけでなく狭霧も以前に何度か一緒に仕事をした事があり、本当に助かっているからだ。

 

「ホムラの索敵能力には 毎度世話になる」

「……まぁ 万能なもんじゃないって思い知ったけどな。ほら あの髪喰いの時とか。霧や靄みたいな障害が紛れてるだけで 一気に精度が落ちてたって事かな? ……んんん、あんな姿見られたらヤバイかも……な。……アイツ(・・・)に」

「?? なにがヤバイの? ホムラ君」

「いや、こっちの話だ」

 

 面倒な相手の事でも思い出したのだろうか、ホムラは渋い顔をしていたが 直ぐに表情を戻していた。

 

「ふむ。……私も備えておく。数が数だしな……」

 

 次に術を披露したのは狭霧。身に纏っていた制服が周囲に現れた煙にかき消された様に消え去り、そして 纏っているのは……。

 

「(……全身、タイツ!?)」

「…………」

 

 紋様が特徴的な全身タイツ。狭霧のスタイルは学校の中でも屈指であり ピチッピチのタイツは 狭霧の豊満な身体、凹凸の主張を増長させてしまう。幾ら 色んなとらぶるで もっと過激な姿を見てしまったとは言え、直視する事は出来そうになかったホムラは 途端に目を逸らせた。 コガラシは少々遅くなっていたが。

 

「……じろじろ見るな」

 

 コガラシの視線を不快に思った様で、いつも通り?  じゃきんっ! と苦無を構える狭霧。でも、いつものノリで苦無乱れ打ちでもされたら いっぺんにバレてしまうから勿論止める。

 

「……狭霧。ここで騒いだら面倒な事になるから それ仕舞え。あと、オレはじろじろなんて見てないからな!」

「ふ、ふんっ!」

「ちょっと待て、いきなり変身して 見るなってのが無理があるだろ! そんな格好なら尚更だ!?」

「わー、狭霧ちゃん、カッコイ~~!」

 

 男性陣には刺激が強い姿だが、こゆずには ただただ格好いい姿にしか見えないらしく、目を輝かせていた。

 

「それ、前に言ってた術か?」

 

 身体を見ない様に、狭霧の顔周辺に視線を固定しつつ ホムラは訊いた。

 真っ直ぐ目を見てくるホムラをみて 今度は狭霧が赤面しそうだったが 辛うじて堪えて説明をした。

 

「あ、ああ。そうだ。霊装結界という。身に付けている限り、あらゆるダメージを肩代わりしてくれると言う代物だ。この先、どんなワナがあるか判らんからな。万全の備えはしておくべきだ」

「……だな。さて 此処からの事だが、オレの案を聞かないか?」

「お、オレも考えてる事がある」

 

 ホムラとコガラシの2人は案、プランがそれぞれにある様で 少々2人だけで密談。

 勿論、狭霧を仲間外れにする訳はないので 直ぐに向き直った。

 

「おい。貴様らだけで共有するな。ここまで来て、私を外そうなどとするなよ!」

「違う違う。ちょっと確認しただけだ。オレらって結構考える事が似たり寄ったりする事があるんだ。……特にこういう類のモノなら尚更な」

「あぁ。……案の定だった。幽奈を助けた後の黒龍神たちのその後の行動も考えてたんだが、その辺も一緒だったよ」

「……力は兎も角、ちょっとお頭が弱そうな相手だから通用するとオレは思う」

「む?」

 

 

 

 狭霧に全て説明。

 幽奈を助ける方法、そして その後に起こりそうな事とその対処法をだ。

 

「成る程。……上手く行けば 幽奈を助けた後も全て収まるかもしれんな」

「だろ? 追っ払ったって、こゆずの話じゃ 空間跳躍してくるらしいから ゆらぎ荘ひいては、周囲の住民の皆にも迷惑を被る。流石にそれは勘弁だからな。オレも大分世話になってるし……」

「バイト先の店長に色々と面倒と給料に色も付けて貰ってるし、オレも全く同感」

 

 という事で皆が一致した。

 

「でも、そんな上手く行くのかな?」

「大丈夫。最終的には『なる様になれ』。……オレ達が全部被れば大体はカタがつく」

「えぇ!! そ、それじゃ ホムラ君やコガラシ君が人柱になる! って聞こえるんだけどっっ! か、神々の怒りを鎮めるのは人柱を~~ ってボク、昔話とかで訊いた事あるんだよ?? そんなの嫌だよーっ! 幽奈ちゃんもだけどボク、皆と一緒が良いんだからっ!」

 

 ホムラの言葉に驚きつつ反対の意を唱えるこゆず。

 少々声が大きかったのが悪かった。見回りをしていた妖怪に声を聴かれてしまったのか 近付いてきているのを感じた。

 

「っ……コガラシ」

「おう」

 

 素早く 目配せをして コガラシは右の岩陰に避難。ホムラは、狭霧と一緒に左側の岩陰に素早く移動。

 その数秒後、気配だけではなく声も聞こえてきた。

 

「……気のせいか? この辺から声が聞こえてきたんだが」

 

 どうやらはっきりと訊いた訳ではなかった様で、そのまま通り過ぎていった。

 

「ふぅ……こゆず。ちょっと声をおとせ。な?」

「う、うん…… ごめんなさい……。で、でも 嫌だからね? ホムラ君やコガラシ君がいなくなっちゃうの。狭霧ちゃんだって嫌だよね?」

「……と、当然だ。幽奈や仲居さん、呑子さんだって悲しむだろ」

「……じぃー 狭霧ちゃんも、だよね?」

「む……あ、ああ。友人(・・)がいなくなるのは避けたい!」

「あははは…… 大丈夫だ。そんな事になったりしない。ちゃんと皆でゆらぎ荘に帰れるから安心しろ。って事でここからは狭霧。幽奈を任せる。オレとコガラシは 手筈通りに動くから」

 

 ちょいちょい、とコガラシを手招きして呼び出す。

 

「おう。オレは何時だって行けるぜ。何より、それが一番手っ取り早い」

「よし。思いっきり行けば、狭霧の隠密性もより増す。そう言うの大得意だったよな?」

「忍の文字が入っている軍だ。……その程度出来ない訳はないだろう」

 

 すっ…… と視線を鋭くさせた狭霧。まるで存在感そのものが薄れたのか ピントがズレた様に狭霧の姿が一瞬ぼやけた。

 

「流石」

「すげぇな狭霧。目の前にいるのに」

「ふん。貴様らの方が大役だぞ。……大丈夫なのだろうな?」

「おう」

「任せておけ。こゆずは狭霧と一緒に頼む。こっちは力技になりそうだ」

「うん!」

「よし。作戦開始だ」

 

 こゆずは、ホムラの肩から狭霧の方へと移る。

 それを確認した狭霧は、ロープを繋いだ苦無を城壁に撃ち込んで 一気に跳躍。まさにフックショット。任○堂 某ゲームで出てくるアイテムみたいに器用に使う狭霧。

 

「う、おお…… アレ良いな……?」

「あんな器用な事出来ると思う? オレ達が」

「無理」

 

 それは 自分達が力技主体である、と自覚しているからこその言葉だ。

 狭霧の様に道具や武器を器用に使いこなせる訳もなく、高度な術を行使する事も出来ない。妖気探知は とある師匠…… 師匠………の()に伝授されたもの。無理矢理『教えてやる!』と言い出して 得た代物だから、これも高度と言えるかもしれないが、遮二無二に教え込まれたものだから使えるのである。コガラシも教えてくれ、と言っていたが…… 実現するかどうかは難しい所だ、というのはこちらの話。

 

「……さて、狭霧は見送ったし」

「んじゃ、やるか」

 

 2人は城門の方へ歩いていった。

 そこには見張りの兵士が左右に2人見張っており、当然遮蔽物など無いから 視覚的に見つかってしまう。

 

「む……? 何奴!?」

「そこの者ども! 止まれい!」

 

 刺又を構えてながら 迫ってくるが 御構い無く2人は大きく息を吸い込むと……一気に吐き出しながら叫んだ。

 

 

 

「おいコラ色ボケ黒龍神! 幽奈を解放しろーーー! 恥ずかしくないのかーーっ! いきなり嫁(笑)ってーー! バカみたいだぞーー! そんなカミサマはサイテーだぞーーっ!」

「カミサマの癖に、何 人里で堂々とセクハラしてるんだーー! わいせつ行為だぞーーっ! 犯罪行動だぞーーっ! そんなカミサマで良いのかーーっ!? ってか、そんなん笑い者もいいトコだぞーーっ!」

 

 

 

 それは本当に幼稚染みたモノなんだけど、これが効果は抜群だった。

 

 

『ほぉう………!? 百歩譲って不審者はまだ目を瞑るが、余を犯罪者扱いとな……? 余を笑い者……だと!??』

 

 

 怒れる龍となって、なんと直接本人が城から出てきたのだ。

 どっしり奥で構えているだろう、と予想していたが ここまで出てくるとは予想してなかった様だ。

 

 

「犯罪者はまぁ判るとして、不審者? なんで?」

「……さぁ」

 

 

 怒れる神サマを前に陽気な2人。

 

「……………」

 

 そんな2人を射るような視線を向けているのは黒龍神の従者・朧。

 

「どういうつもりだ。……人間如きが」

 

 如何に幼稚とは言え 主君を馬鹿にされておいて黙っていられる程寛容ではない。

 直ぐにでも斬り割こうと腕を剣に変えかけていたのだが…… 主の方が早かったから刃を収めただけだ。

 

 だが、それ以上に解せないと感じていたのだ。

 

 ここまでこれられた以上、2人はただの人間ではないと言うのは判る。

 霊能力者である事は幽奈が攫われた際に2人の存在については こゆずの口から聞いていたから。

 霊能力者であれば 黒龍神と言う存在がどういうものか判らない筈はない。

攻め入る事の意味が判らない筈はない、と感じていたのだ。

 

 

 

 

 

「貴様らには相応の罰を与える……が、その前に聞きたい事が随分とある。……余の幽奈をどこまで辱めたのか、全てを吐かせてから黒龍神自らが罰を下そうではないか…………!!」

 

 

 額に怒りマーク(四つ角?)を沢山作っている黒龍神 玄士郎。

   

 

「んーー……。幽奈に色々してるのは、コガラシだよな? オレはした事なんて無いし」

「んな!! 変な言い方すんなよ!!! ふ、不可抗力っつーのがあるだろ!!」

「……ほほぅ。不可抗力ぅぅ…………?」

 

 

 

 2人とも標的だったんだけど、このやり取りで主にコガラシに移ってしまったのは言うまでもない事だった。



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第30話 捕らわれた幽奈さん③

 

 

 

 

「さぁてぇ……どうしてくれようかのぉ………」

 

 青筋いっぱい顔面に作ってる龍のカミサマ。何だか威厳もへったくれもない気がするけど、今はそんな事より幽奈だ。

 

 これだけ盛大に正面から暴れれば? 警備もこちら側に集中して 狭霧も行動しやすい筈だろう。案の定、龍神の周囲にはその従者らしき妖怪や警備を担当している妖怪たちが増えに増えてきていたから。

 

「つーかよー、龍神サマ。わいせつ~は置いといて、幽奈を嫁にするーって 言ってたらしいけど龍と幽霊で結婚なんてできるのか?」

「聞くトコそこか……? まぁ 気になると言えばそうだが」

 

 コガラシの疑問は幽霊である幽奈との結婚の事だった。実体の無い幽奈。モノに触ったり、ある程度霊感がある者であれば認識出来たり触れたりはするんだけど、基本的に幽霊だし。

 それを訊いた龍神は ふんっ! と鼻息荒くさせながら言う。

 

「古代より龍族は、異種類婚によって子を成してきた。必要なのは霊的遺伝子たる魂。肉体の有無など些末な問題よ」

「へぇ~~」

「成る程……。んじゃオレもひとつ。なんでまたカミサマが温泉街に? 湯浴みだったら こんな立派な城があるんだし、そう言う場所だってあるんだろ?」

 

 人界に神族が降りてくる事は頻繁に起きたり…… は流石にない。 そんな事が頻繁に起こったりすれば、人に仇名す妖怪を滅する事を生業としている誅魔忍軍とかにはたまったもんじゃないから。基本 人間にはどうこうできる存在じゃないから。

 

「ふん。知れた事よ。源泉が沸く地、それは霊脈の集中地点でもある。温泉のせいぶんとやらは関係ない。余の身体に合う霊脈の中心地。それが温泉郷よ」

「んで、来たついでに 幽奈をナンパした、と。……神って オレには結構硬派なイメージなんだけど、崩れたな」

「やかましいわ! 余の目に適ったのが幽奈よ! 妻として娶るのは当然!」

 

 何が当然なのかはわからないが、コガラシが言う様に結構な色ボケである事はよく判った。

 

「貴様ら。好き勝手聞きおって。余も聞きたい事が山ほどにあるのだ! 確かそちら側の男。貴様は余の幽奈と夜な夜なえっちなことに勤しんでいたそうではないか!!」

「はぁぁ!?」

「……そりゃ、強ち間違いって訳じゃないよなぁ」

「よけーな事言うな!!」

「ほれ見てみぃ!! 証言者もおる! 吐け! ど、どこまでいったのだ……!? よ、よもや…… せ、せせせ…… 接吻までも!?」

「してねぇよ!!」

 

 明らかに先程より平常心じゃないカミサマ。

 それを見たホムラは。

 

「(コガラシ。ある程度時間、稼ぎたい。その話をもっと繋げろ。そこで終わらすな)」

「(わーってるよ。幽奈とオレの関係が気になって仕方ないらしいし、……なんか納得いかねぇが ホムラは容疑? から外れたみてぇだからな。何とかする)」

 

 と言う事で作戦開始だ。

 

「おおう……、そうであったか! 幽奈の初物は余の為に残されておったか……」

「まぁ……、接吻はしてねぇよ? だけどそれ以外の事ならそこそこやってないとも言えねぇー………かな?」

「何ィ!?」

 

 安心しきってたカミサマは再び目を見開いて、コガラシを射貫く様に睨んだ。

 

「な……、何をしたと言うのだ……!?」

「な、何を……だと思う?」

「こ、この小僧めが! 吐かんか、小僧ーーー!!」

 

 頭から湯気出てる程にまで血が上ってる様子だ。

 

「(かかったぜ! これなら 結構時間稼げそうだ!)」

「(まぁ、あんま調子に乗らすような事は言わない方が良い……かもな。やんわりと、それでいて興味を持ちそうな事、それを選べよ?)」

「(任せとけって)」

 

 と、意気込んだのは良いんだけど そこから10分後の事。

 

 用意させられた搾木の上に正座させられたコガラシ。

 世に言う《石抱》と呼ばれる江戸時代に行われた拷問のひとつだ。今はまだ石を乗せられてないから比較的マシだけど、どこまで重ねられるか……。

 

「ふ……、良い恰好ではないか。貴様がしてきた報いを考えれば当然。これも貴様の罪状のひとつだと心得よ!」

 

「ほーら、言わんこっちゃない……  調子に乗って言いまくるから」

「や、喧しいぞ! てか、なんでホムラは何にも無いんだよ!」

「何にもなくはないだろ。縛られて吊るされてるし。うぅ……腕抜ける…… いたいよぉー」

「演技くせ!!」

「ほほぅ…… 小僧。貴様はまだまだ余裕がある様だ。特別さーびすとして、増やす石を倍にしてやろうぞ! さぁ、石を乗せよ!」

 

 石。それも二枚ずつとはなかなかに情熱的だ。

 

「ちょ……!! (マジで調子に乗り過ぎた……。狭霧急いでくれーー!)」

 

 幽奈や狭霧が無事でない以上、むやみやたらに暴れるのは得策ではないだろう。と言う事で狭霧に期待をする2人だったのだが……。

 

 その希望は潰える。

 

「玄士郎さま。曲者を捕らえました」

 

 ひとりの従者。それは 最初に龍神と対面した時にはその傍らにいた片目眼帯の従者が現れた。

 その傍には 幽奈が……、そして 手下であろうか、半魚の妖怪に自由を奪われた狭霧も一緒だった。

 

「幽奈! 狭霧!!」

「………!」

 

「コガラシさん。ホムラさん……!」

 

 苦悶の顔を浮かべている狭霧と、心配そうに見つめてる幽奈。

 

「もう一匹の子だ抜きを取り逃がしてしまいましたが、現在捜索中です。その男どもと共に、幽奈さまをさらいに現れたのでしょう。……しかし、この狭霧という娘もなかなかの霊力の持ち主、玄士郎さまの側室に迎えてはどうか……と」

「おおぅ……」

 

 狭霧の身体。霊装結界が破られ、所々が露出している過激ともとれる格好になっていた。

 当然ながら、幽奈以上の身体…… 豊満な胸にくびれ、容姿もトップクラスだと言う事でカミサマは即決。

 

「狭霧といったな! 合ーーーー格ーーーーっ!! くはーーっ!」

 

 サムズアップしながら、鼻血まで出すと言う、最早神の威厳もへったくれもマジでない姿。

 

「そういってくださると思っておりました」

 

 好き勝手やり続けるこの龍族たちにそろそろ頭に来ていたコガラシ。

 

「おいお前ら。あんま好き勝手言ってんじゃねーぞ」

「正座で凄まれてものぉ……」

「あぁ!? お前がやったんだろ!!」

 

 確かに正座された状態で、啖呵切ろうにも 見下されている視点だから 何とも思わないどころか滑稽に映ったのだろう。

 

 でも、そろそろ怒りを覚えてきたのはコガラシだけではなく、ホムラも。

 

「……とりあえず、狭霧も幽奈も無事だったんだ。もう、良いんじゃないか?」

「っ……。ああ。そうだな」

 

 その怒気はコガラシの範囲までに伝わる様に放つホムラ。

 威圧的なオーラ? を出せば、場に緊張が走ってしまう事を見越して範囲を限定させた。この手の捜査はコガラシよりも器用である。

 

「ま、まて。ホムラ。それに冬空コガラシ。……ここは退くんだ。そこの眼帯の従者1人ですら、私ではまるで相手にならなかった……やはり、人間が手を出していい相手ではなかったのだ……」

 

 あのいつも強気な狭霧が完全に敗北を認めていた。

 眼を瞑り、悔しそうに背けている狭霧。……いつもの強気な狭霧は何処にもない。

 

「あ、あの!! わたしはあなた方に従いますから、狭霧さんはどう「それ以上言うな、幽奈」っ……!」

 

 自分が犠牲になる。と言い出すのが見てわかったホムラは 最後まで言わせずに遮った。

 

「んっ……しょ」

 

 力任せに、縛られてたロープを引き千切り、手かせも落下の勢いで砕く。

 

「貴様。これ以上狼藉を図るか!」

 

 狭霧を捕らえてる半魚の妖怪がこちら側に睨みをきかせてくるが、……それは、最大の悪手。

 

 

 

「狭霧を―――――離せ」

 

 

 

 鋭く、射貫く眼光が 半魚妖怪の目に叩きこまれた。

 その瞬間、金縛りにでもあったかの様に身体が全く動かせなかった。声も出ない。

 

「っ…… (なんだ、この気配は……? この男…… 本当に人間……?)」

 

 直接叩き込まれたわけではない眼帯の従者、朧は 動く事は出来ているが、それでもその威圧の片鱗は横で感じる事は出来る。

 

 そして、ホムラの言霊は再び発せられた。

 

 

「聞こえ―――無かったか? もう一度言う。狭霧を―――― は  な  せ!」

 

 

 

 ずんっ! と場の空気が一段と重くなったのを感じた途端、半魚妖怪は 口から泡を吹いて地に伏した。

 

「……馬鹿な」

 

 何もしていない。ただただ凄んだだけで、部下の1人が行動不能にされた事実を目の当たりにして、言葉を失う朧。

 

 

「貴様………!」

 

 興奮しっぱなしだったカミサマもただならぬ雰囲気を十分に感じた様で 立ち上がろうとしたのだが、そこはコガラシの出番だ。

 

「なぁ、龍神さまよ。質問に正直に答えようか? オレは幽奈と……一緒に風呂に入るくらいの仲だ」

「!?!?」

 

 さっきまで、狙いはホムラだったのだけど コガラシの衝撃発言にアッと言うまにコガラシに変更。

 その隙に 狭霧の傍へと移動するホムラ。

 

「(いつの間に……!?)」

「大丈夫か? ったく、無茶して……」

「ほ、ホムラ? ば、ばか! 今は冬空コガラシが! あの馬鹿、挑発をして……っ!!」

「大丈夫だって。幽奈が無事なら。……狭霧も無事だったのなら、こっちのものだ。もう付き合う事もない」

 

 そう言ったと殆ど同時に、龍神の蹴りがコガラシを捕らえた。

 その威力は、遥か高い天井部にまで到達し、大地を揺らす程の威力。

 

「こ、コガラシさぁぁんっ!!」

 

 思わずそれを見た幽奈は泣き叫ぶが、ホムラはただただ笑う。

 

「大丈夫だ。あの程度でどうこうなる体じゃない。そんな軟な鍛え方されてないよ」

「な、なんだと!❓ あれじゃ 普通は助からんぞ!」

「普通じゃないんだ。悪いケド……なッ?」

 

 パシッ! と受け止めるホムラ。

 受け止めたのは、朧の攻撃。腕を刀に変化させて斬りこんできた。

 

「私の前で無駄なお喋りとは良い度胸だ。……下郎め」

 

 眼にも映らぬ速さで距離を取る朧。

 

「どんな霊能力者であれ、玄士郎さまの本気の蹴りを受けて生きていられるはずがないであろうが」

「あぁ。普通な霊能力者じゃないんでな。コガラシは。……論より証拠だろ? 見てみろよ」

 

 敵から目を離す様な愚行を犯してはならないのは基本だ。基本中の基本……なのだが、こればかりは朧を責める事はできないだろう。

 

 蹴り飛ばされたコガラシは勿論無事だ。その勢いで手かせ、拘束が完全に解かれていた。

 

 

 カミサマが高らかと 幽奈や狭霧と『初夜を迎えるのだぁぁぁ!』と宣言した途端の事。

 

 

 素早く、そして 深く間合いに移動。瞬間移動でもしたのか、と思えるほどの速度で飛び込んだコガラシは、その勢いのままカミサマの腹部を殴りつけた。捻りを加えたコークスクリューパンチは、腹を抉り そのカミサマの体をも浮かす。幽奈のポルターガイストではビクともしなかった身体がいとも簡単に吹き飛ぶ。

 

「なぁ………!?」

「んな事させねぇよ」

 

 明らかに先程のカミサマの…… 玄士郎の攻撃よりも遥かに強い一撃は、城の一部を貫通、崩落させながら天井部へと激突。更に落ちてくる様子はない。あまりの威力で深くめり込んでしまったからの様だ。

 

「オレは、オレたちはな。以前出鱈目に強い霊能力者の霊に、憑りつかれた事がある。無理矢理に弟子入りさせられたが……そのおかげで、地獄の修行と試練の果てに、この力を手に入れた」

「厳密にはオレは少し違うけどな。憑りつかれたのはコガラシだけだって」

「似たようなもんだろ。オレ達は2人であの地獄の課題を突破したんだぞ」

「……それもそうか」

 

 地獄の修練は、2人に人外な力を齎せた。

 神であろうが、悪魔であろうが、妖怪であろうが それらを凌駕する程の力を。

 勿論、倒せない相手もいる。

 

 

「つまりだ。オレらは神様だろうが悪霊だろうが、関係ねーって事だ。オレらがぶっ飛ばせねぇのは女だけだからな」

 

 

 

 そう、女に手を上げるのはNG。

 

 そしてこれは とある人物の名言。

 

 

『男は女は蹴っちゃならねぇ! そんな事ァ 恐竜の時代から決まってんだ!!』

 

 

 それが2人にとっての全てである。 

 

 

 

 

 

 



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第31話 捕らわれた幽奈さん④

 

 強大な相手――敵がまさか本拠地である龍雅湖に侵入してきた。

 

 それは長い歴史を遡っても、直接攻め込んできたと言う様な事は今までに確認されていない。

 

 そして あろう事かその侵入者は《人間》である。

 

 一部の例外を除いても たかが人間が忍び込んできても、大嵐の中に蟻が入り込んでくる様なモノで 何も出来ず弾き出されるのが普通だと考えるだろう。

 

 

 だが、今 目の前で起きているコレ(・・)は一体なんだろうか。

 

 

 この城の主にして、黒龍神である玄士郎が容易く打ち破られてしまった。

 それもたった一撃でだった。

 破壊された城、吹き飛ばされた主。それらを見て 長らく龍雅に仕えてきた朧の頭の中では急速に回転していた。他の兵達はこの現実を受け入れる事など出来そうもなく、ただただ唖然としていたが、朧は違う。恐怖心の類も一切なかった。

 

 思い出すのは先代のお言葉だけ。

 

 

『朧――。生まれは違えど、あなたもあの方の子………、私の子も同然と思っているわ』

 

 

 荘厳たる威厳の中に感じられる暖かさ。温もり。その僅かな言葉の中にでも朧は十分に感じられた。そして首を垂れる。

 

 

『勿体のうお言葉にございます。……御前様』

 

 

 そして朧は 心からこの家を愛しているからこその心配をその身に刻み込む。

 

『……今のままではいずれ 外の神々に敵う者が玄士郎ただ1人になってしまう。朧…… 玄士郎を1人にしないで。強い龍雅家を作って……!』

 

 深く、深く刻み付け そして朧は誓ったのだ。

 

『承りました御前様。―――――ありとあらゆる手段を厭わず』

 

 

―――龍雅家を、強く………!

 

 

 

 すべき事は変わらない。

 

 例え、この身がどうなろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…… 大将があの様子じゃ戦いは終わり、だ。幽奈と狭霧を還してもらうぞ」

「そうだ。とっとと帰って皆を安心させてやりてぇ」

 

 朧の一撃を意図も容易く受け止めた眼前の男。

 そして、主を一撃で粉砕したあの男。

 

 敵うはずもない事は判っている。それでも朧がする事は変わらない。

 

 

「あ、う…… お、おふたりは……?? こ、これは……??」

「信じ……られん。なにが、どうなれば 人の身でこれ程の………!?」

 

 幽奈と狭霧。2人は最早自由になれていると言って良いかもしれない。

 狭霧を捕らえていた妖怪は気を失い地に伏しており、自由に動く事が出来る状態。

 幽奈自身は縛られておらず、狭霧の身を案じて逃げたりなどはしていないだけだったから。

 

 だが、勿論兵士は1人ではない。状況が漸く飲み込めた他の兵士達が立ちふさがる様に前に出てきた。

 

 それでも、やはり敵うとはどうしても思えなかった。

 

「お、お逃げ下さい! 朧さま!! 玄士郎さまを下す相手など我々ではとても……!」

 

 神と称されているのはこの場では玄士郎のみだ。

 頂点とその他の力量には果ての見えない程の差がある。する訳はないが、全兵士が主相手に束になった所で相手にすらならない。そんな主 玄士郎が倒れてしまっている以上、降伏若しくは逃げるしか選択肢がないと判断するのは無理もない事だ。

 

 だが、朧は首を横に振った。

 

「……幽奈さまと狭霧さまは渡せん」

 

 強い意思を持ってそう答えた。

 

「し、しかし……!」

「良い。ここは私にまかせよ。お前達は玄士郎様を」

「は……ハッ!!」

「ご、ご武運を……!!」

 

 相手は2人。絶望的な戦力差である事は判っていても、朧は退かない。

 

「本気か? 今ので戦力差が判らない……とは言わないよな」

「……下郎めが」

 

 その隻眼の瞳の中の強い光を見たホムラは、軽くため息をする。

 説得等で応じる相手ではないと言う事が。一番の忠臣であり、主の為 家の為であれば命さえ惜しくないと言う強い意志を感じた。

 

「コガラシ。オレ1人で良い。直ぐは無いと思うが、あのカミサマが復活してきた時の為に備えといてくれ」

「おう」

 

 手で制しながらそう言うホムラに、コガラシは応じた。

 

 コガラシの戦いを目にした狭霧。

 

 あれ程の力を持っていると言う事は知らなかった。ホムラと同等である、と言う事は聞いていたが、あそこまでとは知らなかった。つまり――― ホムラの本当の力は今までの比ではないと言う事も。

 

 

「私は先代黒龍神の尾より生まれ出でた護り刀。《神刀・朧》」

 

 完全なる朧の臨戦態勢。朧は己の腕を刀に変えた。狭霧の時にはしなかった形態だった。 

 妖しくも美しく黒く光る刀。一目みただけで その威力が判ってしまう程だった。

 

「オレは夏山ホムラ。人間だ」

「……夏山ホムラ。貴様は危険だ。あの冬空コガラシ同様に。……ここで全力で」

 

 次の瞬間、朧の身体がブレた。

 残像が見える程の速度で 素早くホムラの背後を取り、その刀で斬りつけたのだ。

 

「ッ!! (は、早い。ここまで離れているのに、眼で追うのがやっと……だと!?)」

 

 あまりの速度に驚愕する狭霧……だったが、それ以上に驚くのは朧の方だった。

 

「早え。だが、気配が視え視えだ。そんなんじゃオレは捕まらねぇよ」

 

 最小限の動きで、動いたホムラもまた ブレる様に見えた。動き終わった後だと言うのに、朧の時の様に残像が残る程の速さだった。

 

「一度目の剣撃を防いだ時から判っていた。……貴様の眼が異常だと言う事も」

「失礼だな。これでも両目とも2.0もあるんだぞ?」

「私の剣を初見で対応したのは……貴様が初めてだ」

 

 玄士郎でさえ、本気でしてはいないとはいえ 朧の最速の動きに一発目から対応など出来なかった。 つまり、力と速度。コガラシとホムラの2人は其々が特化しているのだと言う事だ、と朧が判断したのは言うまでもない事だろう。

 

「動くだけが能じゃねぇよ。……オレもこう見えて武器(・・)を持っててな」

「……なに?」

 

 ホムラの言葉に目を見開く朧。

 どんな些細な動きも見逃さぬよう、100%集中していた時 ホムラは動いた。

 その場で 蹴りを放ったのだ。当たらぬ距離だと言うのに。

 

 だが、その刹那――朧は戦慄した。

 

 何かが、飛んできたからだ。

 咄嗟に両腕を刀へと変えて交差させ、受け止める体勢をとった。飛んできた何か――それは鎌風ににたものだった。

 

 がきぃぃぃ! と言うけたましい金属音が響いたかと思えば、全て受け切れなかった斬撃が朧の背後にある城の天守閣を真っ二つに斬り割いてしまっていた。

 

 自分自身が受け止め、ある程度は威力を殺したと言うのにも関わらず、この威力を見て戦慄したのだ。咄嗟に防御態勢になってなければ、2つに分かれてしまっていたであろう事も。

 

「成る程。……貴様も剣を持つか」

 

 爆発的な威力の蹴撃。それは空を斬り割き、鎌風を発生させる。より強ければ強い程、深く鋭く斬れる。その刃は 神刀である自分自身を遥かに凌駕している。

 

「たった一撃、防いだだけで、我が両の腕をここまで痺れさせるほどの威力。直接これを受けたならば、私も玄士郎さまの様に…… 否、まともに喰らってしまえば私の剣では 防ぐ事はおろか、そのまま両断される程の威力か。そんな怪物が2人もいるのは絶望だと言って良い。………だが、勝算が全くないとは言えぬな」

「なに?」

 

 朧が薄く笑うのを見たホムラ。

 相手の力量を正確に見る事が出来るのも強さの1つだ。決して過小評価をしている訳ではないが、それでも ホムラ自身と後ろにいるコガラシを入れたら、どう転んでもこちらが負ける事はない。それは絶対的な事実。狭霧や幽奈を人質に取ろうとしても 対処できる様に備えている為、朧に勝機があるとは思えなかった。

 

 

 

 そう、思えなかったのだが…… ここからが大変だった。

 

 

 

「たしかに私は訊いたのだ………。『女だけは駄目だ』『女は蹴れぬ。白亜の時代からの流儀』と」

 

 

 ホムラの斬撃は確かに朧に防がれたのだが……、纏っていた衣服まではそうはいかなかった様で、袈裟斬りの様に 斜めにバッサリと服が斬れて、その中が露出された。

 幽奈や狭霧と言った、ゆらぎ荘の面々の過半数が豊満過ぎるからすぐにわかる……と言うより容姿を見れば大体判るのだが、朧は中性的な顔立ち。それに加えて、サラシでも巻いているのだろうか、衣服の上からではそれを象徴する膨らみは無かった。

 

 無かったのだが……、今ははっきりと見えてしまった。2つの膨らみ。女性を象徴するその膨らみが……。

 

「っ……っっな!! ぁ、ぁああ……!!! え……???」

 

 つい先ほどまで 非常に格好良く決めていたと誰の眼から見ても思うし、計算ではない素の姿。更には狭霧の事で怒っていた姿を見ている面々からすれば、突然豹変したと言っても良い状態になってるホムラを見て戸惑うかもしれない。

 

 が、狭霧や幽奈、コガラシにはよく判る。この手のお色気? がホムラ最大の弱点であると。

 

「お、オマエ、女だったのか!?」

 

 ホムラの状態は判るとは言え、この状況はコガラシにとっても想定外だ。

 

「貴様ら。やはり気付いてなかったのだな……!」

「っっ、っっ///」

 

 ハッキリと見てしまったホムラだが、もうムリだから。顔を真っ赤にさせ、反射的に顔を背けていた。

 

「なな、どう見ても女の子じゃないですか! お2人ともっ!」

「(……女だったのか……?)い、いや それよりも! バカ、ホムラ! 前を見ないか!!」

 

 状況を考えろ! と叫ぶ狭霧だったのだが、もう朧が次の手に動いていたのは言うまでもない。

 

「……隙を見せたな、斬る!」

 

 神速の斬撃。

 縦横無尽に駆け回り、全て当てていく。

 

 隙を見せた瞬間が最大の勝機、と思っていた朧だったが、その淡い期待は霧散されてしまった。

 

「(私の本気の斬撃ですら、薄皮の1枚も斬れぬ……!?)」

 

 何度当てても、同じ個所を斬っても、その服の下にある人体には何も無かったから。

 

 

 

 

 

 狭霧も幽奈も斬られた瞬間に思わず目を背けてしまったのだが。

 

「心配いらねぇよ。ホムラとオレは兄弟弟子。オレと同じで軟には出来てねぇって」

 

 幽奈と狭霧を安心させる声。コガラシがそばに来てそう言っていた。

 

 

 

 

 剣撃の数がゆうに50を超えたあたりで、朧は口を開く。

 

「……キサマ。元々私の攻撃を防ぐ様な真似をせずとも良かった、と言うのか……?」

「全く痛くないわけじゃないし。躱せる、防げるのなら、それに越した事ない……だろ? ……と言うか、頼むから 服直してくれ/// お願いします!」

 

 敵に懇願するとは――と思えるだろう。

 でも仕様がない。開けた衣服。揺れる膨らみ。ホムラが直視など出来るハズもなく、なすがままだから。

 だがホムラにダメージがある様には到底見えなかった。

 

 

 

「この勝負、朧に勝ち目はない、と言う訳だな」

「あ、ああ。……まー 女だって判って、攻撃は出来なくなっても 捕まえる事くらいは…… ん……それも ムズイか」

「ふ、ふん! キサマも手を貸せば良いだろう!?」

「ホムラが怒るだろ。手を出すなって言ってたし……」

 

 時と場合を考えろ、と狭霧が言おうとしたその時だった。

 

 攻撃を再開しようとした朧の刀を止めた者が現れたのは。

 

 強く握られてる感覚がする朧。

 

「やぁっほぉ~~ みんなゲンキみたいねぇ~~!」

 

 響くのは陽気な声。 その正体は ゆらぎ荘の住人である呑子。

 そしては 眠たそうにしている夜々とその頭の上に載っているこゆず。

 

 

「(私の刃を素手で……。この女も強い)」

 

 還そうにもビクともしない程の力を感じた朧は、咄嗟に剣から腕へと戻して 回避した。

 

「うわぁぁんっ! 狭霧ちゃん! 幽奈ちゃん!!」

「こゆずさんも!ご無事だったんですね!」

「ぼ、ボク狭霧ちゃんが捕まってもうダメだと思って、助けを地上に呼びに出たんだ。そしたら、呑子ちゃんたちが」

「ふっふっふ~ 狭霧ちゃんに連絡貰って直ぐに車飛ばしてきたのよぉ~! でもビックリしたわよぉ! 格好よく助けにきたつもりだったんだけどぉ、もう敵の親玉は殴り飛ばされちゃってるんだものぉ。2人がここまで強いとは思ってもなかったわぁ。さぁさぁ皆、早く帰りましょ~! 仲居さんがお夜食作って待ってるわよぉ!」

 

 呑子の『帰る』と言う言葉を訊いて心の底から安堵し、笑顔に戻れたこゆずや幽奈は元気よく返事をする。他の者達も軽く力を抜いていた。

 

 が、そんな面々を前にしても立ちふさがるのは朧だ。

 

「いいや、全員帰さぬ。お前達は全員、龍雅家に嫁ぐがいい―――」

 

 どの様な状況でも、絶望だったとしても、先代の言葉を胸に前に出続ける朧。

 

 漸く、朧が衣服をちゃんとしなおしたのを確認したホムラはと言うと。

 

「そろそろ止めにしないか? これ以上の交戦は互いに無意味だって思うんだが」

「なんだと?」

「オレたちの目的は幽奈の救出だ。それが出来たら もう攻める意味無いし お前達をどうこうしたい訳でもないし、するつもりもオレたちにはない(……出来ない、かな。朧が女って判った以上……)」

 

 その言葉にコガラシも言った。

 

「そうだぜ。これ以上は被害が広がるだけだと思わねーか? お前らの攻撃の余波で回りも結構な被害出てるし。それってお前の言う龍雅家の為になるのか?」

「…………」

「ホムラが言う様に、オレも戦わずに済むのならそれに越した事ねぇって思ってる。もういい加減頭冷やして考えろよ。それでもまだ戦うことが最善の一手、って言うなら相手してやる。……そん時はオレも参戦するぜ。早く決着付けてぇ。明日学校あるし、バイトだってあるんだ」

 

 最後の言葉がちょっと残念な気もするが……それは置いとこう。

 

「(私は――龍雅家を強く。手段を択ばず……)」

 

 その芯は変わらない朧。だが、これ以上の交戦は無意味どころか逆に龍雅家を滅ぼしかねないと言う事実も悟った。

 

「そう、だな。玄士郎さまを遥か凌ぐ男が2人。……2人同時ともなれば、最早無理だ。他の神々に単身戦を仕掛ける様なもの。……愚策も愚策、だな」

 

 朧はここで漸く刃を収めた。

 

「朧さん……!」

 

 幽奈も争いごとは嫌いだったから、その言葉を訊いてほっとしていた。

 

「……で、狭霧は何でオレをにらむ?」 

「う、うるさい! 別に睨んでなどおらぬ!!」

 

 その隣では狭霧とホムラの小言。

 

 

 

―――龍雅家との戦いは終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

「しかしだ。玄士郎さまが御納得されるかどうか……」

「あー それなら元々考えた作戦があるんだ」

「作戦?」

 

 

 勿論 事後処理も考えて。



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第32話 朧さんの超接近

遅くなりましたー……m(__)m
そして、進んでないです…… m(__)m


最近、自分の中で狭霧さんより千紗希さんが勝ちそうな気が……。僅差ですがw


□□ ゆらぎ荘 □□

 

 

 昨日の結末から見れば 龍神に圧勝したと言えるだろう。でもそう簡単な話ではなく本当に色々と大変だったとも言える。

 大変だった、と思っていたからこそ、皆無事に帰ってこれて本当に良かったとほっと安堵をし、皆の帰りを待っていてくれた仲居さんも涙ながらに喜んでくれていた。

 

 ()にも誅魔忍が『カミサマ』と分類する強大な相手に幽奈が攫われたのだから。

 

 あ、因みに等のカミサマをどうやって騙くらかした……じゃなく、作戦を行ったかと言うと。

 

 

 な、なんと! 実は狭霧まで 人間の幽霊と言う事にして、幽奈と共に目の前で成仏する~と言う荒業を決行したのだ! 

 

 

 因みに、幽体はこゆずの葉札術の応用で新たに2人分を作成して それっぽく見せた。

 でも、普通にバレてしまうんじゃ? と思ってしまう所だったのだが、従者である朧の口添えと、後は何より本人の性質にあった。

 

 

「ああも、簡単に騙されるなんてなぁ……」

「ま、根が単純そうだったし。それに偽者とは言え 泣いて見送るトコ見ても悪人…… 悪神って訳じゃなさそうだな」

 

 そうなのです。

 

 納得どころか、最後は涙ながらに 『黄泉の国でも達者でな~!!』と2人を見送った。割と憎めないのでは? と思ったのだが、持ってる力がやっぱり強大である事もあって、これ以上は極力関わらない方が良い、と言う事もありそそくさと退散したのだ。近隣住民の人達に迷惑が掛かりかねないし。

 

「コガラシの一撃を受けてああもゲンキいっぱいなんだ。やっぱ凄いかな。カミサマって」

「あー、それオレも思った。結構マジで入れたんだけどなー。隙だらけだったし」

「それは仕様のない事だろう。側近の迅速な対応と、あの後朧と言う従者も手を貸していたのだ。回復するには十分な時間だったと言える」

 

 帰ってくるまでは それなりに気を張っていた狭霧も、ゆらぎ荘に到着した事でほっとしたのだろう。明らかに肩を落としていた。

 それを察したホムラは、狭霧の肩をぽんっ と一叩きしていった。

 

「お疲れ。狭霧」

「っ……。あ、ああ。ホムラもだ」

 

 狭霧の頭の中では―― ホムラが助けてくれた時の事が再び映される。

 

 朧や玄士郎には遠く及ばなくとも、相応の強さを持つ半漁の妖。狭霧は、捕まっていて身動きが全く取れなかったそんな時、目の前にホムラが来てくれた。そして手を下さずに 無力化してしまったのだ。

 あれが本物の威圧……と言うのだろう。眼に極限の力を込めて相手の眼を通じて全身に気の圧力を叩きこみ、戦闘不能にしてしまうと言う秘術。話には聞いた事がある…… と言うより夢物語みたいなもので 現実的な術じゃない、と狭霧自身当初までは思っていた。

 

 例え出来たとしても、通用するには圧倒的な実力差が無ければ難しく、更に言えば主を守る為の盾であり矛でもある妖怪に通じさせるのには、その忠誠心もかき消す程の圧倒的な力が必要だろうと分析できる。

 

 つまり、コガラシもそうだがホムラの実力もまだまだ底が見えないと言う事だ。同時に自分自身の無力さも歯痒く思ってしまうのも事実だった。

 

「(もっと精進せねば……だ)」

「あ~ら~ さぎっちゃんってば、ホムラちゃんの事惚れ直しちゃったの~? そーんな情熱的な視線を向けちゃって~♪」

「ぶっ!!? な、何を言うんですか!! 呑子さんッ!! わ、私はただ自分の不甲斐なさに呆れていただけです!! 大見得切った挙句、敵に捕まり…… くっ……」

 

 いつも通り、呑子と狭霧の絡みだったのだが、何処かいつもと違う所がある。当然、それは狭霧の表情だった。いつもは顔を赤くさせて否定しつつ 苦無を縦横無尽に操って男達に投げつける~ が主なのだが、今回は朧に負け 捕まってしまった事を本当に悔いている様だった。

 

 それを訊いたホムラとコガラシは。

 

「何言ってるんだ。狭霧のおかげでオレ達は親玉をひきつける事が出来たし、幽奈の無事だって確認できたんだぞ」

「そーだぜ。最初っから突っ込んだとしても、幽奈が無事でいられるか判らねぇから無茶は出来ねぇだろ?」

 

 それが、フォローを入れる、同情と言った類ではなく、ただただ心から想っている事をそのまま口に出している、と言う事が 狭霧にはよく判った。

 

「それに誅魔忍の術ってかなりの種類があるだろ? アレだけの数の技を扱える狭霧の方が凄いってオレは思うんだが……。応用がかなり利きそうだ」

「あ、それはオレも思う。大体オレって気合を入れてなきゃ普通の人間と変わらねぇし」

 

 裏表のない人間などそういるものではない。狭霧もそれはよく判っているつもりだった。だが、この2人だけは違うのだろう、

 

「次は醜態を見せない」

 

 狭霧は、吹っ切れた表情で2人にそう言い。その顔を見た2人は安心した。

 

「オレも狭霧を頼る事は多いんだ。狭霧もオレを、コガラシの事も頼れ。それで相子だ」

「おう! オレはぶん殴る事くれぇしか出来ねぇけどな」

「あー、コガラシはちっとは 手持ちを増やした方が良いんじゃないか?」

「うぐっ……」

 

 何処となく楽しそうにしてる。そんな2人を見た狭霧は 少しだけ羨ましいくもあった。ホムラと同じ域にいるコガラシの事を。

 

 

 

 

 そして その夜―――事件は起きた。

 

 

『おわぁぁぁ!!』

 

 

 もう夜も遅いと言うのに騒がしい悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴は男のもの。声の主は当然ながらコガラシだ。このゆらぎ荘に男は2人しかいないから考えるまでもない。

 ホムラは、就寝に入っていたがぱちっ と片目だけを開けて欠伸を1つ。

 

「……まぁた幽奈に抱き着かれたか? 同情はするよコガラシ。……すっげぇ心臓に悪いし」

 

 幽奈と相部屋、と言うだけでどうなるのかが本当によく判る。何故なら幽奈の寝相の悪さは半端ではなく、抱き枕にしてきたり、幽体だと言うのに浴衣を開けさせたり と大変だから。……つまり、経験者はコガラシだけではなくホムラも同じだ。

 

「ん……? でも いつものどぼーんっ が無いな……」

 

 そして、幽奈に抱き着かれた後の展開は大体が

 

 ポルターガイスト発動 → ゆらぎ荘の外へ → 池へダイブ

 

 これが一連の流れであり、毎朝同じ様な展開になっている。夜起こるのは今回が初めての事だが、全くないとは言えないだろう。でも 幽奈のポルターガイストが発動されない所に何処か違和感を覚えた。

 

「……ま、いっか。さっさと寝よう……」

「寝る前に一戦しないか? 夏山ホムラ」

「んー…… 疲れたからパス……」

「そう言うな。『据え膳食わぬは男の恥』とも言うであろう。……冬空は幽奈さまと一緒にいたから 一先ず改めた。そして 此処には狭霧さまはいない。では、男としてやる事は1つであろう?」

「………………っ」

 違和感に気付く……のは当然だ。

 だが、ここまで接近されて気付けなかったのは なぜなのか。

 

 相手が相応の使い手だからだろうか。

 いやいや或いは、目を開けば大変な光景が広がっている…… と本能的に察したから頑なに気付かないフリを、開けない様にと眼をぎゅっ と瞑っているのだろうか。

 

 ホムラ本人には判っていないが、圧倒的に後者である。

 

 だって、目を閉じて視界を遮った所で、触覚があるから。人間には五感と言うものがあり、ホムラやコガラシには第六感まであるから。

 

「おまえの慣れ親しんでいる狭霧さまには到底及ばぬが、どうだ? 趣があるとは思わんか……?」

 

 手に伝わる感触。ふにふに……と弾力があり、触り心地は抜群だと言って良い。世の男にとって。 

 それがいったい何なのか……、確認するまでもない。

 

 ホムラは、ぱきんっ! と身体が石のように石化してしまった。

 

「ふむ。そうであったな。夏山にとって女体は刺激が強過ぎるのであった。狭霧さまの感触も知らぬと言う訳か。……が、不能と言う訳でもあるまい?」

 

 すすす、と身体を密着させつつそのすべすべの感触がじんわり自分自身の身体を這っていくのが判る。目指している先がいったいどこなのかも判る。

 

 流石にそこまでは許容できないホムラはと言うと、全神経を集中させ これまでにない速度で、目にも止まらぬ速度で起き上がりつつ、布団を使ってその隣にいるであろう者を覆った。

 

「流石だ。……やはり速度の領域においても私と同等か、それ以上。精進せねばならぬな」

「……何しに来た?」

「ふむ。裸体を晒さなければ会話も成り立つ様だ。先程は石のように硬くなっていたと言うのに その切替の速さも流石の一言だ」

 

 何処(・・)が石のように………? と言う質問はアレなので置いとこう。

 ホムラは、真っ赤にさせた顔を数度叩いてもう一度目の前にいる者に。いつの間にか、自分自身と同じ布団の中にいた者にもう一度向き直した。

 

「何しに来たんだ。朧……」

「判らないか? 私が来た理由。夏山であれば判るだろうと思ったが」

「……幽奈をさらいに来たか?」

 

 そう、現れたのは朧だった。

 攫いに来たのか? と訊いたホムラは一瞬だけ表情が険しくなる。

 

 その表情から怒気に似たモノも含まれているのが判る朧。

 狭霧を捕まえた時のホムラの殺気を、直接ではないものの間近で感じ取った。朧の目的上 ホムラと敵対関係になるのは非常に好ましくない為、直ぐに首を振った。

 

「違う。そうではない。だが、私はより強き龍雅家を作ると言う目的は変わらない」

「……成る程。つまり、幽奈だけではなく、ゆらぎ荘の他の皆も攫う……と言う事か?」

「早合点をするな。それならばこう正面からお前の所へと来たりはしない。玄士郎様を一撃で倒した冬空コガラシ。その冬空と同等の力を持つ夏山。そんな強者がいる此処の場所に戦を仕掛けるも同義な事をする訳が無いだろう」

「なら 何故だ……?」

「………閨に男と女。据え膳食わぬは男の恥。状況から察すると見えてくるだろう」

 

 そう朧の言う様にホムラは大体判ってきていた。ただ、口にしなかっただけで。

 

「夏山の子を授かりに来たのだ。無論、冬空の子もな。これが最善の一手。2人の拠点が固まっていたのも実に幸運だ」

「………はぁっ!? な、何言ってるんだっ!」

「む? 判らないか? 強者たるお前たちの子。龍雅家を強くするのに最適な手段だ」

「な、ななな! だ、ダメだろっ! お、オレまだ、が、学生っ! そんな子供が子供なんて……っ」

「問題ない。元服は過ぎている。身体は強靭健康そのものだ」

「い、異議ありぃぃ!!」

 

 押し問答が続く中、先に更なる一手にうってでたのが朧。 

 

「目的の為ならば手段は選ばん。そして、冬空コガラシよりも遥かに扱い易い」

「な、なに………… ッッッ!!!」

 

 朧はホムラが素早く飛び起きた時と同等の速度で素早く布団を散らすと、自らの身体をホムラにぴたりと付けた。

 

「夏山ホムラ。お前の弱点は女体……裸体だ。その強固な身体こそはそのままだが 身体は硬直する。そこが狙い目」

「や、やや、やめ、やめ……っっ」

「そして生殖行為は可能とみた。早速子種を……」

 

 あっという間に篭絡されつつあるホムラだったが、ここに勝利? の女神が微笑んで? くれた。 

 

 ばんっ!! と勢いよく開くホムラの部屋の扉。

 

 仁王立ちしており、凄まじい殺気を含みつつ見下ろしている者が1人。

 

「む?」

「………貴様ら」

 

 誰が来たのかは直ぐに判った。そしてこの後何が起こるのかも直ぐに。

 

 

「何をしておるかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 無数の苦無が雨霰のように降り注ぎ、朧の行為を中断させた。

 やってきたのは当然狭霧。騒がしいから直ぐに駆けつけてきた様だ。因みに幽奈とホムラが相部屋だった時、似た様な事があったので、その時の経験が活きた……と言うのは言うまでもない。

 

「雨野 狭霧。安心するが良い」

「安心なぞ出来るかぁ!!」

 

 持ち前の瞬足を生かして狭霧の攻撃を全て回避する朧。怒涛の攻撃が続くが、全て躱し、時には遮り。

 

「私の目的はあくまで夏山、若しくは冬空の強大な力を龍雅家に齎す事。2人からそれぞれの子を授かるのが理想だ。どちらにも恋慕の情はない。故に伴侶となるつもりも毛頭ない。冬空の正妻は幽奈さま、夏山の正妻は雨野狭霧で良いだろう。私は妾くらいが丁度良い」 

「せせせ、せいさいっっっ!? って、側室制度(そんなもの)はこの国には存在せんわぁぁぁ!!」

 

 

 

 やんややんや と騒がしくなった所で そのどさくさに紛れてホムラは脱出できた。

 

 

 

 

 

 

 

 ふらふらと、外へと出て夜風に当たる。

 

 どうやら ゆらぎ荘に新たな住人が増えそうだ。

 

「……勘弁してくれー」

「お。やっぱ ホムラのトコだったか。朧は」

 

 外でばったりと出会ったのがコガラシと幽奈。

 朧に襲撃? されて今ここにいる同士と言う訳だ。

 

 

「なんでだ―…… もうコガラシだけで良いだろ……、じゅーぶんだろ……。そーいうの」

「何でオレだけなら良いんだよ! オレだって心臓に悪いわ!」

「はわわわ! 落ち着いてくださいお2人ともーーっ!」

 

 



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第33話 ゆらぎ荘の千紗希さん➀

滅茶苦茶遅れてすみません…… <m(__)m>


 いつもの学校。いつもの授業。いつもの平和。

 そんな何事も無いいつもの風景……だったんだけど、1つだけ違う所があった。

 

「…………」

 

 放心状態、と言うかげっそりしている、と言うか 心ここにあらずなホムラである。

 時折気になった兵藤や柳沢が声をかけるも、なかなか反応してくれず、身体を揺さぶるとどうにか反応してくれる。それでも聞いてなかった様だが。

 いままでそんな事無かったから、宮崎も気になった様で、幽奈に訊いてみる事にした。

 

「……ねーねー、幽奈さん。夏山くん、何かあったの? 近頃ずっとあんな感じなんだけど……」

 

 授業中にこっそりと少々筆談をするのも恒例になってきている。

 勿論、しっかりと授業内容も理解した上での事。

 

『あ、あははは…… そのー、ホムラさんは毎朝、いえ、毎朝と毎晩色々大変みたいで……』

「え……? 朝と夜にバイトとかしてるって事??」

『いえいえ、ここ最近はそこまで多くは……。 え、えっと……そ、その~』

 

 幽奈が何処となく話しにくそうにしているのは宮崎にも判った。 

 口に(筆談)出しにくい、と言う事は 霊能関係だろうか? と宮崎は思った様で。

 

 授業が終わった休み時間。今度はコガラシに訊く事にした。

 

「ねぇ、冬空くん」

「ん? どーした宮崎」

「その、夏山くんなんだけど……、どうかしたのかなぁ? あんなに 元気ないと言うか、生気ないと言うか…… 体調不良にしてる夏山君初めて見たからさ」

「……あー」

 

 コガラシは宮崎の話を訊いて、頭をポリポリと掻き出した。

 

「まぁ、アイツも色々と大変なんだ。でも、宮崎も心配する程の事じゃねーって思うぞ。なんたってホムラだ。どんな事だって、さらっと涼しい顔して乗り越えてきてたし、今回も時期になる様になるって」

「うーん……。まぁ 付き合い長い冬空君がそう言うなら……」

 

 と、引いた宮崎だった……が。

 

 その後もやっぱり心ここにあらずな状態は続く。抜け殻!? って思いたくなる様だが、ちゃんと授業中は話聞いてるみたいで、当てられてもしっかりと答えているし、体育中も自分の順番が来たら、しっかりこなしてる。

 全部をそつなく熟してるから、確かに大丈夫かな? とは思っちゃうんだが それでもやっぱり心配してしまうのは宮崎。

 

「ねぇ幽奈さん。今週末にゆらぎ荘に遊びに行っても良いかな? こゆずちゃんにも会いたいし!」

『勿論、大歓迎です~~!』

 

 ホムラの事は一切話題に入れず、ゆらぎ荘への訪問を決めた。

 こゆずに会いたいと言う理由も勿論本当だから 嘘を言ってる訳ではないし、誤魔化しても無い。ただただ、気になるから。

 

 

 

 そして、あっという間に今週末――金曜日。それも十三日の金曜日。

 

 

 

 

□□ ゆらぎ荘 □□

 

 

 黄昏時で、夕焼けの空の下。綺麗に彩るゆらぎ荘――だけど、何処か不気味にも思える。

 

「ここが……、幽奈さんたちの住んでるゆらぎ荘……。な、なんとなく予想はしてたけど、まさか本当にあの(・・)『ゆらぎ庵』だったなんて……」

 

 それは、ゆらぎ荘が 激安下宿になる前の名。

 怪奇現象が続き、潰れたと言う温泉旅館の名が ゆらぎ庵。

 

 閉館後も幽霊が出た、化け猫を見た、等々 恐ろしいウワサの絶えない場所であり、この辺りじゃ有名な心霊スポットの1つだった。

 

「……カワイイ管理人さんがいる賃貸アパートになってる、って噂もあったけど、本当だったんだ……。でも、今思えば噂の幽霊って幽奈さんの事だったんだなぁ……。う、ぅぅ 夏山くんや幽奈さん、こゆずちゃん、冬空くんが住んでるんだし、こ、こわくない……筈なんだけど、やっぱり……」

 

 ここの妖気? か何かにやられてしまって、ホムラが大変なのでは? とも考えたが、その点は違うらしい。何でも ホムラとコガラシの2人組は相当強い霊能力者だとか何とかで、生半可な霊などでは ビクともしない、との事。宮崎も実際に助けてもらった事もあるから、その辺りは信じられる。……けれど、心配なものは心配だった。

 

「夏山くんもそーだけど、冬空くんと幽奈さんが同じ部屋に住んでるって言うのもなぁ……、どんなのか確かめなきゃだし。場合によってはこゆずちゃんの情操教育に良くないと思うし……。その辺りも夏山君に相談してみたいし……よしっ」

 

 意を決して、がらっ と扉を開いてみると―――そこには、日常とはかけ離れた光景が広がっていた。

 

 

 殆ど全裸な女の子が、ホムラを押し倒している。

 ぎゅっ、と強く目を瞑っていて、顔は真っ赤な茹蛸。もう されるがままに~ と言った様子。

 

 ぎょっ、と驚いている宮崎。丁度、ホムラを押し倒していた女の子と目が合い……。

 

「……ふむ。興が削がれたな」

 

 と言いながら、ホムラを解放していた。

 誰かが来たのを感じ取ったのだろう。ホムラは、女の子…… 朧を見ない様に すっ と素早く立ち上がると、宮崎の方を見た。

 

「あ、ああ…… 宮崎さん。来たんだね……。いらっしゃい。こゆずも楽しみにしてたよ……」

「な、夏山君!!? し、しっかりしてっっ! 今、すっごい顔になってるよ!?」

 

 思わず駆けつけてしまう程、疲労困憊なホムラを見て、ホムラに朧が裸で大接近! と言う衝撃映像は頭から消えてしまった様だ。

 

「朧ぉぉぉ!! それにホムラぁぁぁぁ!!」

 

 そんな時に 殆どいつも通りになりつつあるタイミングで狭霧が乱入してきた。苦無の乱れ打ち! がいつものパターンなのだが、宮崎がいた事で、とりあえず それは止める事が出来た。

 

「いつもいつも言っているだろう! 人間の世界の節度と言うものを身に付けろと!!」

「ふむ。確かにそれも大事だと思っている。私とてお前達とは友好関係を築いておきたいと思っているからな」

「む! ならば行動で示せ!!」

 

 バチバチバチ、と火花が飛ぶ両者。否、狭霧の方が一方的だ。

 朧は そんな狭霧の剣幕に何の反応も見せない暖簾に腕押し状態だ。

 

「だがしかし、私はそれ以上に夏山ホムラの子が欲しい。それを第一優先にしている。節度とやらは後回しだ」

「だぁぁぁぁぁ!! 全く判っておらんではないか!!!」

 

 キーーンッ! とゆらぎ荘中に響く狭霧の怒声。

 その声に皆が集まってきた。

 

「あ! 千紗希ちゃんだ!! わ~~い! 千紗希ちゃ~~ん! ほんとに遊びに来てくれたんだ!!」

「え、えっと あ、こゆずちゃん?」

 

 狭霧と朧のせいで 殆どフリーズしていた宮崎だったが、こゆずが抱き着いた事でどうにか正気? に戻る事が出来た様だ。

 

「ひさしぶりだねー、こゆずちゃん。……で、でも 今はそれどころじゃないんじゃ……」

 

 喧嘩しそうな2人を見て、動揺してしまう宮崎にこゆずは笑いながら話した。

 

「あははっ、朧ちゃんと狭霧ちゃんは、知り合ってからはいつもあんな感じだよ? ホムラ君を取り合ってるんだー。ほんとモテモテだよねー」

「……そう、なんだ。(夏山君、やっぱりモテるんだね……… あれ? なんだろ……胸が)」

 

 あはは、と笑いながら言うこゆず。

 こんな衝撃映像がいつも通りな風景がいつも通りだと言う。

 喧嘩する程仲が良い、とは言うが宮崎は苦笑いが止まらないのと同時に、ここ最近ホムラが疲れてしまっている理由がよく理解できたようだ。

 そして、何処か2人を見てたらチクリと胸に引っかかる物があった。

 

「ほら、宮崎。こっちこっち。こいつらがやり合ったら周りなんか見えないっつーか、見てないからあぶねぇぞ」

「あ、冬空くん」

『千紗希さん! いらっしゃいませ~~』

「幽奈さんも」

 

 コガラシと幽奈も合流し、とりあえず宮崎は言う通りに離れた。無論ホムラも一緒だ。

 

「……基本的に、2人がこうなったら離脱するのが一番手っ取り早いんだ。色々と冷めるまで待つのが一番。触らぬ神に祟りなし、とはまさにこの事だ……」

 

 その横でホムラが頭を掻きながらため息。朧は()刀。ホムラが言う通りまさに名の通り、である。

 

『ホムラさんには刺激が強過ぎって感じです……。朧さん程積極的な子は今までいらっしゃいませんでしたし』

「アレは行き過ぎだって……」

「オレはホムラのおかげで助かってる感じだ。サンキュな?」

「……コガラシも毎朝ぶっ飛ばされて水責めだし、それを考えたら少しくらいは、って最近思いだしたよ……。サンキュ、と言うならせめて狭霧をどうにかしてくれ」

「そりゃ無理」

「……はぁ」

 

 その後は、朧と狭霧は一先ず置いといてコガラシは玄関口へと向かった。

 

「オレ、バイト行ってくるわ。今日は泊まり込みになりそうだから、多分明日になると思う」

「あ、はい。了解しました。気を付けてくださいね? コガラシさん」

「あ、冬空君、泊まり込みでバイトなんだ。大変だね……?」

 

 コガラシは軽く笑いながら、自身の学ラン、一張羅を見せながら言った。

 

「以前に、オレの一張羅ボロボロになっちまったからな、早く新しいの買いたいんだ。毎日こゆずに作ってもらう訳にもいかねーし」

「制服って結構良い値段するんだよな……。オレも何とか掛け持ちバイトでいけた。コガラシの方は オレが紹介した。掛け持ちじゃないけど深夜手当が出るから、割りに良いバイトなんだ」

「へぇ……、あはは、何だか夏山くんが紹介って、なんだか夏山君自身がサンキュー・ワークみたいだね?」

 

 宮崎は笑いながら言ってた。コガラシのバイト先、その紹介をした事は何度か学校で訊いた事があった。何でも、普通じゃ探しにくかったり、あまり良い所が見つからなかったりらしいのだが、ホムラの紹介だったら あら不思議。給料面も色を付けてくれたり。つまり信頼、信用されている証拠なのだろう。

 

「まぁ、この辺りに限っては オレの方がコガラシより先輩だからな。3カ月だけど」

「……いやいや、マジで助かってるよ。まさに、サンキューだ」

「おう。頑張れよ……コガラシ」

 

 コガラシは涙目になるまでになって感謝を伝える。気持ちは痛い程判るから、ホムラはうんうん、と頷いていた。

 

「うぅむ。あれ程の力を持ちながら、借金苦とは……、理解に苦しむ所だ」

「いや、関係ねーだろ?」

「力って……、オレ達を何だと思ってるんだよ……」

 

 力がある、と言うのは確かに認めるが、それとこれとは話が別。力を存分に活かしたバイトはしているが、それでもバイトの域だ。……つまり、堅気な仕事以外をしろ、とでも言うのだろうか、朧は。

 

「ああ、コガラシ。お前のトコのバイトだけど……、たまに早めに上がったりする時あるから、気を付けろよ?」

「うん? どういう意味だ?」

「ああ。多分、今日宮崎さんは、幽奈と一緒に泊まるつもり、だろう?」

 

 ホムラは 幽奈の方を見た。それを聞いて横からぴょんっ と割って入るのはこゆずだ。

 

「ボクも一緒だよー! 幽奈ちゃんと千紗希ちゃん、皆で一緒に泊まろうよ!」

『はい~ 私も一緒が楽しそうで良いです!』

「あはは。うん、そのつもりで学校でも話してるよ」

 

 宮崎の泊まる部屋は幽奈の部屋……つまり、コガラシの部屋だ。

 

「ほら、コガラシ。ひょっと仕事が早く終わった時だ。オレの部屋に来て良いぞ。流石に4人は狭いだろ?」

「あー、成る程。確かに そうだな。んじゃあ、終わったらホムラんトコにお邪魔させてもらうわ」

「ああ。……鍵、閉めても意味ないって判ってるし、開いてるから好きに使うと良い」

 

 ホムラの言っている意味がよく分かる鍵を閉めても意味ない、と言う部分。何故なら、朧がその横で きらりっ、と目を光らせているから。

 

「あ、その…… ごめんね? 冬空くん。私が閉め出しちゃうみたいで……」

「いやいや、構わねぇさ。女同士の部屋に男ってのもヤバイし。丁度良い」

「あ……、そ、そうだねー。ありがと」

「……そんなトコにコガラシが入ったら、十中八九どうなるか判るし、先に対処するって感じだよ。宮崎さんも……、判るよね?」

「まぁ……ね。まだ短い付き合いだけど、何となくは……」

 

 あはは、と乾いた笑みを浮かべる宮崎とホムラ。コガラシも何処か遠い目をしていた。

 

「後は狭霧」

「……なんだ」

「……頼むから部屋で暴れないでくれ」

「や、やかましい!!」

 

 朧が乱入してきたら大体狭霧もセットだ。気配で判るらしく、その察知能力はホムラ関係では倍増しになるらしいから。はた迷惑な話だが。

 

「んじゃ、今度こそ行ってくる」

「ああ、親方さんに宜しくな?」

「いってらっしゃいませ~~」

 

 こうして始まる宮崎 千紗希さんとゆらぎ荘。

 

 こゆずは、大好きな宮崎が来てくれて、宮崎にとっても幽奈と沢山話ができ、こゆずとも話ができ、楽しい楽しい修学旅行気分。

 普通なら、何事もなく、このまま楽しく平和に終わるだけだろう。

 

 

――だが、それらの単語は このゆらぎ荘では一番 そぐわないもの なのである。

 



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第34話 ゆらぎ荘の千紗希さん②

 

『……というわけで、以上がゆらぎ荘の皆さんです!』

「宮崎千紗希です! よろしく!」

 

 

 コガラシはバイトで不在だが、それ以外の全員が集まった所で互いの自己紹介が始まった。ゆらぎ荘の皆は色々癖がある者が多いが、基本的に大らかだ。拒む者などいる筈もなく宮崎は迎えられていた。

 

 其々の自己紹介も含めた説明を受けて、宮崎がまず気になったのは呑子の事だった。

 

「アラハバキ、ノンコ……さん?」

「あらぁ? なぁにぃ?」

「あ……っ すみません! 好きな漫画家さんと同じ名前だったので……。マーマレードと言う少女誌の」

「それならあたしの事よぉ~~!」

「えええっ!?」

 

 好きな漫画。純愛、恋愛ものがそれなりに多く、中でも宮崎が好きだったのが呑子の描く漫画だった。憧れた恋愛模様で、何度も読み返し単行本も揃えている。宮崎は目をきらきらと輝かせて言う。

 

「わぁ、わぁ! 凄いです! 素敵なお話で、とても憧れてて……」

「あはは~ よかったら仕事場見学していくぅ? 今日泊まっていくみたいだし~」

「いいんですか!? わぁ、嬉しいですっ」

 

 宮崎は興奮している様だが、呑子の本性をまだ知らない。

 だから、少しばかりホムラが少々忠告を。

 

「呑子さん。宮崎さんにお酒飲ませないで下さいよ?」

「……え? お、おさけ??」

「やぁねぇ~ 未成年にそ~んな事しないわよぉ?」

 

 からからと笑う呑子。その笑顔はなかなか信じられない種類のモノである、と言う事をホムラはよく知っている。

 

「……でも以前、オレに飲ませようとしたじゃないですか」

「あ~ら? ホムラちゃんは別よ~。手伝ってくれたお礼をしたかったのよぉー。だーって ホムラちゃんってば、抱きしめてあげようとしたら逃げちゃうしぃ~」

「オレだって未成年です! そ、それに にげ、にげるのも当たり前です!」

 

 以前、コガラシが来る前に呑子の仕事を手伝った時だ。打ち上げだ~ と言いながらお酌していただいたが、勿論 丁重にお断りだ。かなり強引に迫られたが、何とか阻止できた。とても記憶に新しい。

 

「と言う訳で、宮崎さん。……呑子さんのトコ行くなら 気を付けて。あ、幽奈と一緒にいった方が安心かもだから。幽奈。頼むな?」

「あ、はい~。任せてください!」

「う、うん……」

「も~ やぁねぇ 信用してってばぁ~。ホムラちゃ~~んっ」

 

 呑子がホムラに抱き着こうとするが、間に素早く瞬間移動した? と錯覚する速度で狭霧が登場。

 

「ゆらぎ荘の風紀を乱す様な事をしないで下さい! 呑子さん!」

「そ~んなことないわよぉ~。硬いわねぇ、さぎっちゃんっ。代わりにさぎっちゃんに抱き着いちゃうぞぉ~」

「って、なんでですか! 抱き着かないで下さい!」

 

 狭霧と呑子がじゃれている間に、ホムラは颯爽と避難していた。

 そんな皆の様子を微笑ましそうに眺めていたのは仲居さん。でも、夜々やこゆずのお腹が小さく可愛らしく鳴いたのを聞いてすっ、と立ち上がった。時間的にももう夕食の時間だから。

 

「あはは。それでは私は夕飯の支度をしてきますね~」

「あ、お手伝いします!」

「いえいえ、お客様にそんなことは!」

「ただ御馳走になる訳にも行かないので! ぜひ!!」

 

 タダで泊めてもらうからには、と宮崎は手伝う事を申し出た。料理は宮崎の得意分野の1つだから。

 

 

「ホムラー、えーっと……ちさ、き? は料理上手なの?」

「ん? 直接振る舞ってもらった事は無いが、お菓子作りとかの話題で女子の間で盛り上がってたのは訊いた事あるぞ」

「お菓子……。夜々はお魚が良い……。でも、千紗希の料理、きっと おいしそうな気がする……」

「ああ。きっとそうだな。食べたらちゃんとお礼を言うんだぞ?」

「うんっ!」

 

 夜々の顔がパァーと輝いた。仲居さんの料理はいわずもがな、宮崎の料理も非常に楽しみにしている様だった。

 

 結論として、宮崎の料理は絶品だった。

 料理はイタリアンが得意との事で、仲居さんにして『勉強させてもらいました』と言わしめる程の実力。当の本人は謙遜しっぱなしだったが。夜々は 一口食べただけで、目の色を変えた。

 

「?? 夜々ちゃん……??」

「千紗希、美味しい。ありがとう!」

「うん? あ、あはは。どういたしましてー」

 

 スリスリと、すり寄り笑顔でお礼を言っていた。

 そんな実力を目の当たりにする狭霧。

 

「……あっさりと餌付けされたな、夜々。……それにしても程よくお洒落で、可愛らしく、料理上手で社交的か……。女子力の化け物か!?」

 

 かっ!! と目を見開きながら結論付けた狭霧だが、直ぐに眼を逸らせた。

 

「ん? 何してるんだ? 狭霧」

「う、う、うるさい……。私は、彼女を直視出来ないだけだ……。ま、眩し過ぎるんだ……!」

「人それぞれ! 人それぞれよぉ! さぎっちゃんっ!」

「そーです! 狭霧さんも素敵な女の子ですっ!!」

「……ははは」

 

 ゆらぎ荘の夕食では いつも盛り上がるのは盛り上がるのだが、何だか新鮮な心持だった。

 それにしても宮崎の料理は美味しい。

 

「宮崎さんありがとう。とても、美味しいよ」

「っ、う、うんっ! お口に合って良かったよ」

 

 夜々の様に情熱的に~とはいかないが、笑顔で礼を言うホムラ。宮崎も笑顔で答える。

 そんな2人の間に立つ様な真似は今回は出来ない狭霧。やはり直視出来ない様で顔を逸らせ続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、食事時も終わりお待ちかねの温泉タイム!

 

 

 

 

 

 勿論、この中で唯一の男であるホムラは 一緒にお風呂~という訳にはいかないから。

 

「じゃあ、仲居さんもどうぞ。後の片付けはやっておきます」

「ホムラ君、よろしくおねがいします~」

 

 ホムラは、ゆらぎ荘でのバイトの様な事もしている。(一般的なバイトと比較すると多いとは言えないがバイト料も頂いている)だから、皆が温泉に入っている間に一仕事。

 

「はい。じゃあ すみませんが、離れ和室をまたお借りします」

「ハイハイ大丈夫ですよ~」

 

 会釈をした後に、本格的な片付けを。

 そして 宮崎を含めた全員で温泉へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ ゆらぎ荘 温泉 □□

 

 

 

 

 

「毎日こんな温泉に入れるなんて最高だね~」

「はいっ! 何年入っても全然飽きません!」

「いつでも入りに来てくださって良いんですよ~」

 

 

 

 大人数ではあるが、まだまだ十分スペースは余っている。のびのびと温泉を堪能出来て至福の一時を全員でわかち合っていた。

 

「ええっと、一応確認なんだけど……、幽奈さんはそこにいるってことかな?」

「は、はい! そうです!!」

「えっ! 幽奈ちゃんが見えるようになったの!?」

 

 温泉を堪能していく中で、宮崎は幽奈の姿が凄く気になっていた宮崎は、それを早速指摘。

 

「い、いや、そのぉ……見えないんだけど、なかなかの怪奇現象が起ってるから……」

 

 姿は見えないけれど、幽奈は物体に触れるモードに自由に切り替える事が出来る。温泉の湯につかっている時も勿論そのモード。幽体のままであれば、透き通る為何ら不自然じゃないのだが、実体に触れるモードだったら、まるで湯に穴が開いているかの様に見えてしまうのだ。

 

 何もないのに、ぽっかりと湯に穴が開いてるのは、確かに怪奇だが、幽奈がいる、という事を理解してる宮崎は別段気にしない様子だ。

 

 

 

 その後は、宮崎のモテモテエピソードを聞いたり、朧の行為(ホムラを襲う)を咎めたり、と大いに盛り上がった。……後半の部分は現在進行形。特に宮崎に説教に似たモノを受けている。

 

「それにしても、千紗希ちゃんってホント真面目な子ねぇ~」

「いえいえ。あれが真面な反応、というものですよ、呑子さん……!」

 

 呑子は別に気にしないのに~ と言うスタイルに対して、狭霧は非常に真面目な委員長若しくは風紀委員タイプ。真面目な宮崎はウェルカムなのだ。

 

「だ、ダメだからね? 女の子がはしたない事するのも、だよ? わかった??」

「ふむ……。人間界について、まだ学ばなければならない事については判っている。私もまだまだ知らぬ事が多い故にな」

 

 本当に判ってくれたのかどうかは判らないが、一先ず宮崎は 両肩を捕まえていた朧を解放した。

 

 朧は数秒間考え込む様に視線を湯に向けて、そして 宮崎にではなく仲居さんへと視線を向けた。

 

「判らぬ所で言えば、今現在の夏山ホムラの所在についてもだな。仲居ちとせ。夏山ホムラは、何をしているのだ? 凡そ今から一刻程 私でも追いきれないのだが」

「ホムラ君ですか? ええ。今の時間は 少し瞑想をしたいらしく、お部屋をお貸ししているんですよ。料金を払う~と言ってたのですが、流石に1時間も満たない時間ですし。それは頂けないと言いましたね」

 

 仲居さんの説明に興味を持ったのは、朧だけではなく狭霧も同じだった。

 

「それは私も初耳ですね。ホムラが此処に来てからずっとなのですか?」

「はい~ 離れの和室。燕の間をお貸ししていますよ~。そこで毎日頑張っているとの事です」

「修行を行っている、という事か? ………ふむ。ならば 邪魔する訳にもいかんな」

「いえいえ。修行~とまではいかないそうですよ? 以前、お部屋の使用用途についてお聞きした時、これはホムラ君本人の決め事と言ってましたし。それと自分のお部屋よりも燕の間の方が良いとも事も言ってました。何でも ホムラ君のお師匠様の言いつけが習慣化したとか」

 

 仲居さんが指をぴんっ、と立てて説明している時に、また気になるワードが出てきた。勿論、ホムラの師匠についてだ。

 

「ふむ……。あれ程の実力の持ち主。底もまだまだ見えぬ力。それを教えた師か。気になる所ではあるな。……冬空コガラシと同等である、という点を考慮すれば、夏山ホムラも龍神である玄士郎様をも遥かに凌駕する程の力なのは明白だからな」

「………ホムラの師匠、か」

「雨野狭霧は知らぬのか?」

「……私も知らない。ホムラはあまり過去を話さないから。いや、ホムラの過去を訊いてないから、話さないというよりは、応える事も無い、が正しいか」

 

 ホムラの事をあまり知っている訳ではない、という事実が、少々狭霧に寂しさに似たなにかを感じてしまっていた。勿論、狭霧とて、自分のルーツについては何も言っていない。誅魔忍であるという事と、同級生の浦方うらら も同じ誅魔である事くらいしか言っていないのだから。

 

「ふむ……。邪魔はしない、が。夏山ホムラの修行の光景を見てみたい、とも思うな。良い刺激になればとも思える。学ぶべき事が多い故に」

 

 ざばっ! と朧は立ち上がった。

 そして、手を神刀に変えて、ずばっ! と空間を斬り割き……つまり、いつもの瞬間移動。それをして ホムラの所へ~とした時だ。

 

「まて!」

 

 狭霧に肩を掴まれる。

 

 

「なんだ? 雨野狭霧」

「朧貴様! そのままの格好で行くつもりか!?」

「……ふむ。うっかりしていたな」

「どこがうっかりだ! 嘘を付け!!」

 

 

「うぅ…… ほ、ほんとに判ってくれたのかなぁ? 幽奈さん」

「だ、大丈夫ですよっ! 朧さんもきっと判ってくれてます!!」

「あははは、ほんと ホムラ君はモテモテだよねー! コガラシ君もそーだけど 特に戦ってる姿、格好良いもんね!」

「今度、バトル漫画を描くのも悪くないかもだわぁ~。ホムラちゃんやさぎっちゃん、コガラシちゃんをモデルにしてぇ~」

「う。夜々も思ってる。ホムラ、格好いい。……それに美味しい」

 

 

 

 

 

 

 ゆらぎ荘の夜はまだまだこれからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ ゆらぎ荘 燕の間 □□

 

 

 そして 燕の間にてホムラは。

 

「……すぅ……はぁ」

 

 深く深呼吸を1つ、2つした後。首に身に付けている物をきゅっ と握りしめ、精神を集中させていた。

 

「んっ……!」

 

 ぴんっ、と張り詰める空気を感じながら、自身の意識をゆらぎ荘上空へと飛ばす様にイメージさせた。身体から分離し、宙へと浮き続ける。

 

 それはまるで、空からゆらぎ荘を見ているかの様に 脳裏にその映像が流れ始めた。

 

 ぽつ、ぽつ、と光の光源が現れ それはゆらぎ荘の温泉へと集中していた。

 

 

 

「(……皆は、まだ温泉に入ってる、か。……んん、朧には注意だな。以前にも、あった事だし)」

 

 

 それは、霊力の広域探知。

 

 以前龍雅湖にて、敵の数を把握する時に使った能力だ。

 誓って言うが、判明するのは 霊力や妖気の類だけであり、それも点の様に表示されるため、輪郭が判る訳ではない。故に覗きの類をする能力ではないのであしからず。

 

 

 そして、その後は 更に上空、上空へと意識を飛ばす。ゆらぎ荘、そして この街を空から眺める様に。

 

 

 

「(…………あぁ、判ってるよ)」

 

 

 飛ばす過程で ホムラは苦笑いをしていた。目の前に、誰かが現れたから。本当に現れた訳ではなく、あくまでホムラの意識の中で、その人物は目の前に立っていた。

 

 それは、かつて師。

 

 そして思い返すのは、共にとある場所を旅した時の記憶。コガラシと出会う前の記憶だ。

 

 

「(ちゃんと守ってる。……言いつけは守ってるよ。だから 意識の中にまで現れないでくれ。……その蹴り。思い出しただけでも痛いんだから)」

 

 

 ホムラは、この修行? をしている間、何処か穏やかになっていたのだった。

 

 



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第35話 ゆらぎ荘の千紗希さん③

遅くなりました……<(_ _)>

超スランプ中です( ;∀;)


 

「………………狭霧だな」

「む。ああ、そうだ」

 

 まさに今のホムラは、明鏡止水。

 

 如何に誅魔忍であり、苦無術から分身の術と様々な術を習得し、気配絶ちも勿論十八番な狭霧とはいえ、ホムラの察知能力からは逃れられはしなかった。

 少しだけ複雑な狭霧だったが、短い合間でも修練を積み続けているホムラの事は感心している。決して自身の力を過信しない所も当然ながら。

 

「大体ホムラが終える時間を仲居さんには確認したのだが、……すまない。修練の邪魔をしたか?」

「いや、大丈夫だ。……もう終わった所だから」

「そうか。……ほら、仲居さんから差し入れを頼まれた」

「ん。ありがとな」

 

 ひょいっ、と渡されたのは ゆらぎ荘の温泉上がりには定番! 珈琲牛乳だった。

 受け取ったホムラは蓋を開けると、きゅっ といっき飲み。

 

「さて、夏山ホムラ。一杯飲んだ後は一発私とヤらないか?」

「んぐっっ!! ごほっ ごほっ!」

 

 ホムラはついさっきまで、狭霧の接近をすぐに察知。明鏡止水状態だったのに、終わった事と一息ついて珈琲牛乳を飲んでた事が重なって、散漫になってしまっていたらしい。

 

 が、それは言い訳である。

 

 空間を移動してきた朧に気付く事は確かに難しいが、殆ど半裸状態で急接近されるまで気付けなかったのは落ち度だと言えるだろう。

 

「朧! 貴様と言うやつはそれしかないのか!!」

「私の目的は最初から伝えているであろう。夏山ホムラの子を授かる事だ。手段を選ぶつもりは毛頭ない。が、公衆の面前で行わない、と言う点に関してはちゃんと従っているぞ。人間界の常識とやらで」

「ゆらぎ荘内でも当然却下だ! 馬鹿者!!」

 

 と、狭霧と朧が言い争っている隙にホムラは脱出。朧の抱きつきを受けた時硬直するのは止められない様だが、いつも一瞬でも隙を見つけては脱出するのがホムラだ。それなりに耐性はついてきたのだろう。それなりに――だが。

 

「………はぁ、カンベンしてくれよ、朧。正直身体に悪い……」

 

 頭を掻きながら 苦言を呈するホムラ。

 

 ある意味修行時代。あの地獄に匹敵するかもしれない? と割と本気で考えてしまっていたりもした。

 

 

 そして、その後姿をじっと見た朧はある事をホムラに聞く。

 それは、時折想い、そして一度でも頭に過ぎれば、なかなか離れてくれない事だ。

 

 

「夏山ホムラ。一つ聞きたい」

「ん? なんだ?」

 

 

 この時、朧は自然と声に出ていた。狭霧の説教はまだ終わっていない様だが

 聞きたかった事。ずっと感じていた事を。

 

「夏山ホムラは、私の事が許せないか?」

「……んん? 何だそれ。裸で迫ってくる事か? ……確かに止めて欲しいのが正直な所なんだが、許さない! とかじゃないのだが……」

 

 朧の突然の発言に、ホムラもそうだが狭霧も少なからず困惑気味だったようだ。

 朧はそのまま続ける。

 

「そのことではない。……私は、ゆらぎ荘の皆を傷つけたも同然だ。何よりも、私は雨野狭霧を殺めかけた」

「…………」

 

 朧が気にしているのは、以前の黒龍神による幽奈誘拐事件の事だった。

 どれだけ理不尽な事をしたのか、人間の世界に触れてみて、漸く理解し始めていた。だからこそ、しこりが朧の中で強く残っている。如何に他の皆に歓迎されようとも、どうしても考えてしまうのだ。 皆に何事もなかったかの様に、優しく接し、迎えてくれた。そのような資格があるのか、と思ってしまう。

 

 確かに、任務が最優先。自分の感情など二の次にしているのだが、それでもだ。

 

 そして、狭霧はまさか自分の話題が出るとは思ってなかったので、少なからず困惑したが 直ぐに首を横へと振った。

 

「いや、それはお互い様だろう。私はそんなことを引き摺るつもりはないぞ」

 

 狭霧自身も殺す気で苦無を放った。やらねば やられると思ったからだ。狭霧が否定をしても、朧は考えを変えない。

 

「雨野狭霧はそうであってもだ。夏山ホムラは違うだろう? 私は、夏山ホムラが、雨野狭霧に対する強い情を、あの時感じたのだから」

「なななっ! い、いきなり何を……!!」

 

 今度、狭霧が驚くのも無理はない。

 

 あの時――黒龍神の城に潜入し 囚われてしまった時は自分の不甲斐なさ、最後はホムラやコガラシに頼らなければ解決しなかった事への無力さが殆どを占めていたのだから。

 

 その事ばかり考えていたから、まさか ホムラが自分の事を~などと連想は一切出来なかったから。

 

 

「雨野狭霧を捕えていた時。夏山ホムラに昏倒させられた。……覇気、怒気、殺気。あらゆる感情を込めた眼力。門兵たちは ただ睨まれただけで気を失ったのだ。……普通ではありえない。私も直接叩き込まれていれば、どうなったか分からない程だった。……それ程までに強い怒りがあったとしか考えられぬのでな。私の目的の最大の障害だと思っている。……夏山ホムラが私に怒りを感じている。許せないというのであれば、私を罰して欲しい。許しを得るまで、如何なる事でも成そう」

 

 

 朧は、少し混乱していた。

 

 この場所には、ただいつもの様にホムラに迫る為だった。怒っているのかどうかの確認は 確かに篭絡させる為には必要だろうとは思うのだが、なぜ今聞こうとしたのか、なぜ、許しを請う様に口に出たのかは判らなかった。

 龍雅家を守る事が全てである朧。如何なる手段を用いても、と先代黒龍神に誓いを立てている。

 

 仮に、ホムラが許す条件に龍雅家の存亡を、と言えばどうするというのだろうか。

 その先は、決別しかないのではないか。

 

「(……どうしてしまったのであろうな私は)」

 

 少し俯きがちな朧。それを見たホムラは朧に対して軽く頭を叩いた。

 

「狭霧自身が引き摺るつもりはないと言ってるんだ。なのに何でオレがこれ以上怒ったりするんだ? それに狭霧が怒ってない事位は判ってたつもりだったし」

「……なら、なぜそこまで頑なに拒むというのだろうか。荒覇吐から勧められた書物では裸で迫れば、男はいつかは落ちる、とあった。他には他者に見られながらも燃えるものがある、複数でもあり、と」

「……なんてものを勧めてるんだ、呑子さん」

 

 頭をがくっ、と下げるホムラ。

 狭霧は、少々険しい顔をしているものの、何も口を挟む事なく、ただ見届けていた。勿論、如何わしい真似をしようものなら即座に止める準備をして。

 

「あのな? 朧。フィクションの世界、と言うものがあってだな……。漫画は結構ご都合主義で進んでいくもので」

「………ふむ?」

 

 朧に説明するが、納得してもらえるのかどうかは怪しいから、とりあえず漫画の様に上手く進むなど早々ないものである、とだけ強調した。

 

「ならばなぜ、ホムラは私を拒むのだ? 私には胸が無いからだろうか?」

「何で急に身体的特徴(そこ)になる!?」

「好むもので無ければ やはりその気になれないのだろう?」

「そ、そんなわけ無い!! 断固否定する! そして狭霧は苦無しまえって!」

「ふんっ!」

 

 今度は我慢できなくなりそうだった狭霧は、目を光らせて両手に苦無をもって構えてたので ホムラはきっちりと止めた。

  

 

「ならば、少年のような見た目だからだろうか? ……いや、そもそも人ではなく、私は神刀。人ですらないからだろうか?」

「って あぁーもうっ! 朧! 妖怪だろうと神刀だろうと女の子の姿をしてたら、女の子だって! 見た目とか、種とか、そんなの全然関係ない」

「……なら、なぜなのだろうか」

 

 朧の表情は普段と変わらない。

 でも、その表情には何処かいつもとは違ったものがある、と狭霧は直感した。だからこそ、口を挟まずに聞いていた。

  

「と言うか判らないのか……? その、朧は……子、子供を……なんだろ? そんなの好きあった同士。恋人。夫婦。伴侶……言い方はたくさんあるが、本当に好きになった同士じゃないと駄目だって事だ。オレ自身、初めての相手……っ。するつもりは無い!」

「っ………」

 

 

 裸で迫る朧。

 

 そして、朧だけでなく、夜々、呑子、幽奈、そして狭霧自身や時折 仲居さんも素肌を、裸を晒してしまう事が多い。その度に狭霧は強制的にホムラを止めていたのだが、最早不要なのかもしれない、と強く感じた。

 

「(いや、そうだった。……そういう、男だったな)」

 

 狭霧は最初から判りきっていた事だった。ホムラが誠実な男であるという事くらい。

 

「……純な男なのだな。随分と。荒覇吐の文献ではこう言う男を草食男子と呼ぶらしい。あの時の夏山ホムラとは程遠いと思うが」

「……別に良いだろ、うるさいな」

「ふむ。なら私が取る行動は1つだ。最早、雨野狭霧がいようと関係ない。――――私は本気で私の事を好きになってもらうまでだ」

「っ! き、貴様は最初から私の事など考えていないだろうが!」

「では、日を改めよう。……さらば」

「逃げるな!!」

 

 素早く別空間へと逃げられてしまった。歯ぎしりをする狭霧。

 

「はぁ……。ん?」

 

 ホムラは 嵐がさった……と安堵していた所、扉の向こうに気配を感じた。

 感じたのは2つ。1つは霊気を感じられるのだが、もう1つは妖気や霊気の類は全く感じられない。つまり、普通の人。

 

「宮崎さん? と幽奈もか」

『っっ……!!』

 

 ホムラは名を呼びながら扉を開くと、そこには罰が悪そうに俯かせていた宮崎がいた。

 

「ご、ごめんねっ! そ、その盗み聞きするつもりはなくって……」

『そ、そうですそうです! え、えーと。こゆずさんがお部屋でトランプをするから、ホムラさんも誘おう~との事で! ね、ね? 千紗希さん』

「う、うん。でも、ほんとごめんね? 結果として その……聞いちゃって」

「いや、別に聞かれて困る事じゃない……と思うし。まぁちょっと恥ずかしいケド……」

「狭霧さんもすみません~~。勿論狭霧さんも宜しければどうですか? 多い方が楽しいですよっ」

「む……。そうだな。夜も遅いが少しくらいなら」

 

 

 

 

 

 

 

 コガラシと幽奈の部屋へ移動した。

 

「わーい、ホムラ君! 狭霧ちゃんもいらっしゃーーい!」

「修学旅行みたいで楽しいですねー」

「トランプしよー! あー、あと恋バナっ! 皆の恋バナ聞いてみたいなっ」

「こいばなっ!?」

「あー、ボクとしては 狭霧ちゃんとホムラくんの事聞きたいなー!」

「べ、別に話す様な事は……!」

『凄く興味がありますっ!』

「わたしも聞いてみたいかも………」

 

 

 大盛り上がりだった。

 女の子4人に男子1人と言うのは聊かアンバランスな気もするが。

 

 

 そして――それぞれの部屋へと戻る事が出来たのは深夜0時を回った後だった。

 



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原作14巻 より 第1話 コガラシとホムラと師匠

大変遅れてすみません……。m(__)m
一から順番に更新出来れば一番だったんですが……。書いてみたいな、と思ったのでとばしてしまいました。


 

 

「初恋…… ガチで答えなきゃいけねぇのか……??」

 

 

 呑子考案の女王様ゲームを開催していたゆらぎ荘の面々。

 

 夏の旅行で沢山の女の子たちで海へと来ていた。

 いつも通りのゆらぎ荘のメンバーに加えて

 

 京を束ねる大妖怪 大天狗の娘《緋扇かるら》

 京最高戦力の一角 大妖怪 鵺《巳虎神マトラ》

 

 コガラシに振られても尚、めげるコトなく諦める事なくアタックを続けているかるらは、こんなイベントを逃す筈もなく、方やホムラ目当てなマトラも同じく。

 今日こそ 力比べを! と息巻いてついてきていた。

 

 勿論、遊ぶ事が大優先なので そんな物騒な事にはなるわけもなく、とりあえず マトラもかるらも表向きは大人しくしている。

 

 そこで始まったのが 先ほどもあった通り 呑子の女王様ゲームである。

 

 

 こゆずが女王になり、命令は恋の質問。『3番の初恋の相手はだれか?』と。

 その3番がコガラシなのだ。

 

 

 そんな内容に大注目。コガラシはコガラシで思わせぶりな返答だったので尚更だ。

 

 ばちばちばちっ、と火花が飛ぶのが判る。

 幽奈、かるら、ひばり、朧……と。

 

「そのくらい良いんじゃないか? ……減るモノでもないだろうし」

「他人事だからって……」

「ま、実際にオレが当たった訳でもないし。そりゃ他人事だよ」

「うぐっ……」

 

 ホムラに焚きつけられる形で、コガラシは頭を掻きながら 決心した。

 

「オレに初恋の相手がいるとすりゃ……師匠だ。たぶんな」

「まぁ、…………だろうな」

 

 コガラシの一言に動揺が走る。

 ホムラが否定してない所を見ても 信憑性が更に増す。

 

 コガラシの師匠は此処にいる誰もが知っている。

 

 

《御三家の一角 八咫鋼》

 

 

 人の身でありながら、神々の霊力を遥かに凌駕すると言う存在だ。コガラシの出鱈目な力も、その師匠が御三家の一角なのであれば納得する。

 

「なるほど。では夏山ホムラも同じ師と聞く。つまり、冬空コガラシとは こいがたき、と言うヤツなのだろうか?」

「んなっっ!!」

 

 

 ここで爆弾発言をするのは朧である。

 コガラシの師匠については以前のかるらやミトラの一件で把握されていたが、ホムラに関しては曖昧なものだった。

 

 師匠と言うのは間違えてはいないが歯切れの悪い返答。

 

『確かに、そうでもある』

 

 と。

 それだけでそれ以上何かを言う事はなかったのだ。と言うより、色々とトラブルが重なってしまって聞く機会が無くなったというのが本当の所である。

 

 

「ホムラ………」

「夏山君………」

 

 

 千紗希と狭霧の視線が集まり、その横で目をキラキラとさせているのはマトラだ。

 

「八咫鋼とおんなじ師匠ってんなら、ホムラのヤツが強いのも頷けるよな! よっしゃ、次はあたしと勝負だな!」

「いや、マトラ。なんでこの流れで勝負って事になる??」

「そうよぉ。まずは女王様にならないとぉ」

「しょーがねーな! んじゃ次々! さっさといこうぜ!」

「ちょっと待つのじゃ!! コガラシ殿の初恋の話は!?」

「あんまキョーミねーし。ま、ホムラのヤツだったらちょっと出てくるかもだけどな」

 

 マトラが強引に話を進めてしまった為、有耶無耶になってしまった。

 とりあえずゲームは進んでるのでそれ以上何かを追及するのは無しにした。女王になれば話は別なので、次のターンに集中である。

 

 

 そして―――選ばれたのはマトラ。まるで あらかじめ決められていたかの様だ。

 

 

「っしゃぁぁ! んじゃ、ホムラ! バトレ!」

「……番号指名だって」

「えー、別にいいじゃん!」

「ダメよぉ。女王様ゲームのルールは絶対なんだからぁ」

「そ、そうだよ! 名前指定有りにしちゃったら、色々と大変じゃんっっ!!」

 

 色々と周りから反対されて、どうにかマトラは納得した。

 そして、念には念を入れて、透視でもしているかの様にホムラの持つカードを見続け、意を決して言った。

 

 

「んじゃ、5番がアタシとバトレ!!」

 

 堂々とルールに則り指名した。

 そんなマトラに呆れつつ言うのはかるらだ。

 

「はぁ。マトラ。京妖怪、体術最強のマトラと戦える者など、呑子殿くらいじゃろ? ホムラ殿を狙っておるようじゃが、女性に手を上げる事を禁とする、芯を持った紳士じゃろう? 中々叶わぬと思うぞ?」

「んっん?? そりゃそうだけど 女王様の命令は絶対だろー? ちょっとくらい良いじゃん。な? ホムラ」

「はぁ……。なんでこういう時に限ってドンピシャでオレに当たる?」

「おっ!? よっしゃーーー! マジで5番か! 良いじゃんヤローゼ!」 

 

 ぐわっ! と腕を肩に回してくるマトラ。

 それを黙ってみたりはしないのが 狭霧である。

 

「近づき過ぎだーー!!」

「おっ!? 雨野とももっかいやってみたいと思ってるぜ! 一緒にやろうぜ!」

「ちょっ、コラ!! わ、わわ」

「うぷっ…… む、むぐっっ///」

 

 マトラはホムラと狭霧を巻き込んで腕を回した。

 頬を擦り合わせる様に、それでいて自身の豊満な胸に顔を埋める様に。……女性耐性がまだまだ皆無に等しいので、ただただ顔を真っ赤にさせてされるがままになってしまった。(いつも通り)

 

「んじゃ、海の方でやろうぜ! この辺じゃ迷惑かかってしまうしな! 全力で一本!」

「えぇ…… ほんとにやるの?」

「女王様の命令だぜ~♪」

「はぁ…… ん?」

 

 心底げんなり、としてたホムラだったが ふと、視線を変えた。その方向は……ゆらぎ荘の方角である。

 

 

「……なんだ? 霊信樹に反応……?」

 

 ホムラは身体を持ち上げる。霊信樹とは以前 何度かゆらぎ荘に襲撃の類があったので、用心の為 ゆらぎ荘の庭にホムラが植えたものだ。ゆらぎ荘から離れ過ぎたら効果がやや薄くなるが感知するには問題はない。

 

 問題なのは……ここまで離れているというのに、はっきりと大きく感知できる程の強大な何かがゆらぎ荘にいる、と言う事だ。

 

 

「マトラ、ちょっと待っててくれ。ゆらぎ荘に何かが、来た反応がある」

「へ?」

 

 その後、ホムラからある程度の説明を聞いたマトラは、興味津々! と言わんばかりに目を輝かせた。

 

「おおっ、何か凄いヤツがゆらぎ荘にいるって事か!? なら、あたしが戻ってみてきてやるよ!」

「はっ?」

「おひいさん! 頼む!」

 

 マトラの行動の方が早い。

 ぱっ、とホムラと狭霧を解放すると、かるらの元へ。

 

「え、ええっと…… ゆらぎ荘に誰かがいたとして、壊さないでくださいね?」

「勿論だぜ! ちゃんと空の上でやるからよ!」

「そういう問題じゃないのじゃが……。仕方のないのぅ」

「い、いや ちょっと待てって。こんな遠くまで感じるのが異常なんだから、もっと注意して……あ」

 

 

 止める間もなく、マトラは姿を消した。かるらが使用した 神足通門 を潜ってゆらぎ荘へ。

 

「はぁ…… ったくもー」

「大丈夫じゃろ。マトラは京妖怪最強ゆえに。何かあったとしたら、直ぐに戻ってくる。……それよりもまず、コガラシ殿の初恋の話じゃーー!」

 

 かるらの一言で、コガラシの方に何人か集っていった。マトラの事は一先ず置いといて。

 

 

「冬空の師は霊だと聞いたが、どの様なつきあいがあった?」

「あ、私も聞きたい! どんな人だったの!? まさか、まだ好き!?」

「あ、いや 何年も前のことだしな」

「ならば、どこまでの関係だったのじゃ!? ホムラ殿が恋敵とは如何に!?」

「いや、別に恋敵とかじゃねーって……」

 

「もぉ~~! さっきから言ってるでしょぉ! 女王様になってから質問だってぇ~!」

 

 

 楽しそうに話している間も、ホムラは ゆらぎ荘の方が気になっていた。

 

 ここは、マトラの後を追った方が良いのでは? と。かるらの言う通り マトラは京妖怪最強と呼ばれる鵺の妖怪。半端な相手では話にならないだろう。……でも、何処か気になった。

 

「………あの気配って、まさか」

 

 と記憶の奥を呼び起こそうとしていた時だ。

 

 凄まじい爆音に似た何かが、かるらが作った神足通門の先から聞こえてきた。

 

 

「な、なに? 今の!?」

「むぅ、神足通門の先からじゃ」

「ま、まさかマトラさんが何かを壊したり……??」

 

 

 皆が驚いている間に、一足飛び足で ホムラは神足通門へと飛び込んだ。

 

「ホムラ!?」

「あ、コガラシさん! 私達も!!」

「ああ!」

 

 ホムラが向かったのを見て、遅れながらもコガラシ、そして幽奈が飛び込んだ。

 

 

 

 そこに、飛び込んできたのは 半壊したゆらぎ荘。そして――屋根の上にいる2つの影。1つは気絶しているマトラと、そのマトラの首を掴んでいる影。

 

「なっ……」

「マトラ……さん」

 

 

 コガラシ、幽奈が驚き固まっている間にホムラは既に行動をしていた。

 素早く跳躍し、その影の元へ。

 

 

 

「多分、マトラが先に仕掛けた。それで返り討ちにした。 貴女が意味もなく暴れたりしないのはオレも良くしっている。……マトラにはきつめに叱っておくから、とりあえず下ろしてやってくれないか? 八咫鋼の師匠」

 



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第2話 コガラシとホムラと師匠②

 

 

「ああ、わかってるじゃねぇか。そうさ、目つきがどうとか言って突然襲い掛かって来たんだよ! あたしゃ 生まれつきこんな目つきだってんだ!」

「やっぱり……、血気盛んな若者だから、堪忍してやってくれないかな?」

 

 ホムラが言う師匠、と言う人物は、コガラシの師匠でもある八咫鋼。目つきの鋭さはコガラシにも通じる所がある。……ホムラは少々違う様だが。

 

「師匠!」

「ま、マトラさん!? そんな、なんてことを……」

 

 遅れてやってきたコガラシと幽奈。

 惨状を目の当たりにした幽奈は唖然とする。コガラシは師匠の事がわかり、状況も察する事が出来たが、幽奈はそうはいかない。マトラが攻撃されて、傷付けられたようにしか見えず、その元凶である頭上の女性を睨みつけていた。

 そして、ポルターガイストで助けようとするが、それをコガラシが手で止めた。

 

 

「幽奈。落ち着いてくれ。……まぁ、やり過ぎ感はあるし、過剰防衛だけど…… マトラがいきなり攻撃したって」

「おうとも! あたしゃ、なーんにも悪い事してねぇぞ!」

「逢牙師匠……?」

「わ、悪かったって。そんな顔しないでくれよ。アイツ(・・・)を思い出しちまうじゃねぇか……」

 

 ホムラに怒られた? 女性はマトラを解放した。

 そのマトラをしっかりと受け取って、ホムラも下へ降りる。

 

 

「わぁぁぁ、ゆ、ゆらぎ荘が……!!」

「は、半壊!? マトラの仕業か!?」

「あらぁ?」

 

 

 心配した皆が続々とゆらぎ荘へと戻ってくる。

 マトラの仕業と考えて、青ざめるかるらだったが、とりあえず事情を簡単に説明。その後、応急措置としてこゆずが 葉札術で見た目だけでも修復。

 

 

「あ、ありがとうございます。こゆずさん! とりあえず、これでご近所さんに心配かけずに済みそうです!!」

「あはは。別に良いんだよ! でも、この変化は一日しかもたないんだ」

「十分ですっ! 何とか頑張ってみますから」

「申し訳ないのじゃちとせ殿……。わらわもマトラにはしっかりと言い聞かせておこう……」

 

 

 ゆらぎ荘 半壊状態の問題はとりあえず 今は良しとする。どう立て直すかは、今後の課題だ。

 

 それよりも気になるのは……

 

 

「あーっはっはっは。久しぶりの両手に花だなぁ! 久しぶりじゃないか。ホムラにコガラシ! お前ら随分背ェ伸びたじゃないか~。うんうん、イイ感じだ」

「ちょ…… や、やめろって」

「両手に花って 男側に使う言葉だったっけ……??」

 

 

 ぐりんぐりん、とコガラシとホムラに腕を回す。

 恥ずかしそうにコガラシはしている。勿論、ホムラも。……そして、驚くべき所は ホムラだった。

 

 確かに、頬を赤く紅潮させている。……でも、普段のそれとは比べ物にならない程だった。いつもなら もっともっと顔を赤くさせていた筈だ。湯気まで出して 最後は気絶する程な筈。でも、そんな気配は見えない。

 

 

「……どういう事だ?」

「え、えっと…… 夏山君、結構普通にしてない……?」

「いつもはバタンキュー! なのにねっ!」

 

「コガラシさんの初恋相手……っ。わ、わたしとは真逆ですぅっ……」

「歳上がいいんだーー。巨乳がいいんだーーーっ!」

「うぐっ、年に関してはどうする事も……。コガラシ殿は年上好きじゃったのか……」

 

「うっ。アネゴって感じなの」

「冬空の師、ともなれば 貴女も御三家の一角。八咫鋼なのか?」

 

 

 朧の言葉、八咫鋼の単語を聞いて反応した。

 

 

「おうとも! あたしは六代目八咫鋼。魔境院 逢牙さ!」

 

 

 コガラシが七代目、と言う事になるのだろう。

 ただ、師匠と教えを請うたのは事実だが、八咫鋼を正当に受け継いだかどうかと聞かれれば、なかなか難しいものがあるが。

 

「ふむ。成る程……、ではもう1つ。夏山ホムラは 《八咫鋼ではない》と聞いていたが、それはどういう……?」

「うん? ああ。簡単な事だ。コイツには あたしの他に師がいてな。そいつが先だった、って事だ。あたしは ある程度引き継いだだけで、術を教えたって訳でもないからねぇ。八咫鋼とは違うってのはその辺からだろうよ。つーか、ちゃんと説明してなかったのかい? ホムラ」

「する必要、無かったし……。それに、色々と思い出してしまうから」

「………成る程ね。ま そういうこった。コイツがあんまり言わないってんなら、あたしも言うのは止めとくよ。ホムラに嫌われちまうしな!」

 

 

 両手を腰に添えて笑う逢牙。

 目つきこそあまり変わらないが、凄く楽しそうだ、と言う事はよく判った。

 

「あの、では今日はどうしてゆらぎ荘に……?」

「ん? ああ。久しぶりに弟子たちの顔を見にね。元気そうで何よりってな!」

 

 ぐりぐり、と再び腕を回す逢牙。

 もういい加減放してくれ、とコガラシとホムラは、逢牙の呑子に勝るとも劣らない豊満な胸から脱出を果たした。

 

 

「こっ、コガラシ君とはどこで出会ったの!?」

「コガラシ殿とはどのような修行を!?」

「わ、私はホムラの事が気になるが………。コガラシの事もそうだな。八咫鋼については特に」

「ふむ。私としては、コガラシもそうだがやはり、雨野狭霧の言う通り夏山だな。あの魔境院の胸に挟まれても気を失わなずにおける術を知りたい。《最後は一緒》が一番良いと、書物でもあった故に」

「お、朧! 何馬鹿な事いってるんだ!!」

「な、夏山くんは、純情過ぎなだけで、そんな術とかないんだよっ!! き、きっと付き合いが長くて……っっ~~~(な、なら長くあんな風に……!??)」 

 

 

 一斉に矢継ぎ早のリクエストである。目を丸くさせていた逢牙だったが直ぐに笑顔になった。

 

「おいおい、なんだい? あんた達。あたしら師匠の2人がいなくなったからって、こんな沢山の可愛い娘囲ってたのかい?」

「囲ってねぇって」

「……同じゆらぎ荘で泊まってる仲間だよ。たらし見たいに言わないで」

「かっはっはっは。ま、あたしは兎も角、アイツが怒っちまうかな?? 自分の子っぽいトコもあったしね。ま、良い! そんじゃ、2人の昔の話、してやるさ!」

 

 

 

 わーい!

 

 と皆いろいろと興味があったので、この話には誰もが関心があった。

 本人には聞きづらい事でもあり、少なからず気に咎めるが、それでも 本人が止めようとしてる気配は無かったので安心できたりもした。

 

 

 

 

 

 

 始まるは、魔境院の物語。……そして、コガラシの過去。

 

 ある日、コガラシは逢牙を庇って霊に 霊魂を喰われ死にかけた。

 それを助けたのが逢牙だった。ただの囮捜査みたいなものだったのだが、それを勘違いしたコガラシがやられてしまった、と言うのが真相である。

 

 そこで色々とあって、コガラシは逢牙の弟子となる。

 

 逢牙が助けた事によって、少なからずコガラシの霊魂に逢牙の霊力が混ざり、幽霊を触れるようになったからだ。様々な霊に憑りつかれ、人生を狂わされたも同然だったコガラシは、そこから弟子入りを志願。

 

 そこからは、マンツーマンで鍛えに鍛える毎日。最強の一角である逢牙との組手。

 コガラシは霊体にはまだまだ触れれないので、ただただ一方的な暴力だったが、どうにか克服した。(一番最初に触れたのが、巨乳な胸。と暴露されたので、そこから巨乳派? になったのでは、と周りから推察をされた)

 

 

「あっはっは。そんでホムラが登場したのはね。裏世界の武闘大会だったってのさ」

「あらあら、少年漫画みたいねぇ?」

「あたしは コガラシを鍛えてやって、それなりに実力をつけてやった、って思ってたんだが、ホムラにはコテンパンにやられちまってね。そんで、その大会でリベンジ! って意気込ましたんだが、ホムラのヤツは出ないって言っててさ」

「……元々、オレはただの見学と言うか、観戦しにきただけだったのに、こっちと(・・・・)いきなり意気投合して 絡ましたんだろうに……」

「あっはっはっは。そうだったかな」

 

 

 楽しそうに言う逢牙だったが、突然 組手をさせられて正直迷惑だったのはホムラだ。

 コガラシに関しては、同年代、同じ子供同士だったって事もあって興味はあった様子。ただ、ボコボコに負けたので、そのあと折檻されてしまって、嫌な思い出になったのも事実なので、苦虫かみつぶしたような顔になってしまっていた。

 

 

 

 そうやって、色々あって最終決戦。

 超越者と呼ばれる強者一角でもある妖怪ザクロ。御三家にも匹敵する力で、逢牙を降し、そしてコガラシ迫った。

 

 だが、コガラシはそれを返り討ち。

 

 その成長速度をみたホムラは目を見開いて驚いていたんだ。初戦の時とは比べ物にならない程の実力。

 

『アイツとまたやってみたいって顔だな。ホムラ』

『……別に』

『コガラシはやればやる程強くなる。魔境院の秘術はそういうもんなんだよ。この大会で加速度的に成長するなんて 別に驚くほどの事でもないさ』

 

 ここで強くコガラシ興味を持ったのがホムラだった。

 

 まだまだ、力の差があった筈だった。でも、今やればどうなるか判らない程の力を得た。ここで燃えるのがやっぱり男の子、と言う事だろうと横にいる銀髪の女性は笑っていた。

 

 

 

 

 

『んじゃ、次はアイツの所に行ってみるか。ホムラのいた世界にもいけるし、一石二鳥だな』

 



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第3話 コガラシとホムラと師匠③

 

『飢爛洞が、復活しました』

 

 

 

 そして話は急展開を迎える。

 

 コガラシが決勝戦で強敵ザクロを破り優勝した。

 その後、まるで最初からそこにいると判っていたかのように コガラシは大会会場の外の海岸へと向かっていた。

 

 向かった先にホムラがいたのだ。

 

 どれだけ腕を上げたか見てやる、と言わんばかりに構えるホムラ。そして 同じく構えるコガラシ。

 

 逢牙の修行を経て、一番の強敵ザクロと戦い、コガラシの力は想像をはるかに超えて成長をしていた。

 

 故に、ホムラも《相応の力》で応戦する。正真正銘の全力の力で。

 

 

 それは、武闘大会よりもさらに規模が巨大な戦いだった。

 

 

 いつの間にか その海岸では観客がいて、席ができて、賭け事まで成立し、そして 大会でコガラシに敗れた者達も集っていた。

 どちらを応援する訳でもなく、罵声をあげる訳でもない。

 

 ただただ純粋に、想像をはるかに超えた子供達の実力を目に焼き付けたのだ。

 

 

 そして 軍配が上がったのは……

 

 

『たった数日間。こんなに強くなるんだな……刮目せよ……だな』

『やっと、やっとお前に追いつけた。オレにとっては、たった数日じゃない。すげぇ長く感じたよ。……今は お前が先にいてくれて良かったって思う』

 

 

 ごろんっ、と2人して倒れていた。相打ちと言った所だろうが、師匠同士での軍配は、ホムラに上がっていた。贔屓をした訳でもなく、ただ 最後に倒れたのがホムラだったからだ。

 コガラシが先に倒れ、生殺与奪を言わば握ったのはホムラ。そこでトドメをするような事をせず、ホムラは持てる力を全て上半身に傾け、下半身の力を抜いて倒れた。

 満足だ、と言わんばかりに。

 

 

 

 

 これが縁で、師匠同士が手を組んだ。

 お互いに終わりが見え始めていた師弟関係。だが、新たな刺激により、それは延長された。

 

 互いに鍛え合い、そして 師匠同士もなぜか殴り、蹴り合って切磋琢磨していた。

 

 

 因みに日常の会話は主に其々の弟子に関する事である。

 

『ホムラに女体は早すぎる!』

『あんたは弟子のコトえらく気に入ってんだね。どっちにしても女女言う性格じゃないだろうにさ』

『憑りつく女の霊は挙ってホムラに惚れこんで挙式まで上げようとしてるんだぞ? これが人間に行かないとも限らないらだろう??』

『いや、人間にいったのなら、そこは祝福してあげた方が良いんじゃないかい?』

『だから、そんなもん30年早い! 常に初心(ウブ)に、初心(ウブ)にが心情だ!』

『……なら、とっととホムラを喰っちまって夫婦にでもなっちまえば良いんじゃないかい?』

『っ~~……そ、それは……。私も帰る所があってだな……。それに、私は…… その……』

『全く。なーに可愛い顔してんのさ。……最後まで面倒見切れないのに、ホムラを縛るのはどうかと思うよ。吹っ切れないってんなら、盛大に背を圧してやんな。さいごは』

『うっ………』

 

 

 からからと笑う逢牙。

 ホムラ入れ込んでいるのがよく判る。師弟関係を超えてるであろう事も十分。だが、超えられない部分あるんだろう。その根幹を逢牙も知っているので、それ以上何も言わなかった。いつか、いつかは言うつもりだった。

 

 でも、それが叶わなくなってしまった。

 

 

 その原因が餓爛洞と呼ばれる存在のせいであり、そしてのちの大決戦である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在。話を聞き場は騒然とする。

 

 

「餓爛洞だと!? 馬鹿な!!」

「馬鹿な……!」

「ほ、本当なのですか? それ……」

 

 朧、狭霧も、そして仲居もその名聞いて驚き隠せれなかった。

 大多数は知らなかったようだが。だから疑問だった。その餓爛洞とはいったいなにか? と。

 

 

「……先代黒龍神様の仇だ」

「誅魔の里の教科書にも載ってたよ!」

「ああ……、だがその悪霊は百年も前に倒された筈……」

 

「おうよ。100前は帝都上空に現れてな。人・神・妖怪・幽霊。あらゆる者たちの霊魂を喰らっていった。日本中の霊能力者や神々、妖怪。その戦いで多くのモノが死んだ。……鬼も狐も、このあたしもだ」

 

 

 

 そして現在。その大妖怪が復活を果たした。

 

 時の実力者だけにそれを伝えて、秘密裏に対処した。

 

 

 その決戦の舞台は 月の裏

 

 

 まさかの宇宙空間での大決戦。生身では当然行けないので、全員が霊魂となりて、純粋な霊力のみで勝負に打って出た。

 

 かつて強敵として、立ちはだかった妖怪たち。全てが結集して戦った。

 

 

 だが、それでも餓爛洞は強大にして凶悪。次々に敗れていった。

 

 

 そして―――ホムラも。コガラシを庇って消滅しかけた。

 

 

「ええええ!!」

「ほ、ホムラが死んだ!??」

「い、いやいや、ほら オレここにいるだろ? 死んでないから安心して」

 

 

 話の最中に驚いて大声を上げて混乱するので、しっかりと諫める。下手に刺激してあげないでくれ、と逢牙に言い聞かせながら。

 

 

「まっ、何はともあれ、コガラシが全ての想いを背負って、必殺 霊・鋼・絶・覇!! って 餓爛洞をぶん殴って全てを終わらせたんだよ」

 

 

「おお!! 結局パンチなんだ!」

「凄いの。でも、夜々、ホムラが心配なの……」

「や、夜々……。大丈夫だから安心してって」

 

「ははは。その辺は大丈夫さ。溺愛してる師がしっかりと最後の手綱は握りしめてた。てか、死んじまったのなら、そこのホムラは何だい?」

 

 生きてるのが一番の証拠。

 そう言う事だから、心配は終わり、とした。

 あの(ホムラの事以外では)冷静沈着な狭霧も心配に顔が彩られていたが、こちらもどうにか宥めた。

 

「とりあえず、昔話は終わりにして本題に入らないか? 逢牙師匠」

「なんだい? こっから並行世界の冒険とか、ザクロとの因縁決着とか色々とあるってのに」

 

 何だか逢牙の言葉を聞いて、今度は目をキラキラさせている面々が増えた。

 でも、申し訳ないが話は過去よりも未来だ。

 

「オレも同感だ」

 

 コガラシは同調してくれた。勿論、コガラシ本人も一番の疑問だからだ。

 目の前の師は……、確かに 目の前で成仏をした筈だから。

 

「……オレが未練を晴らした筈だ。それで、あんたは成仏をした筈だった。なんで此処にいるんだ? 師匠」

 

 今度は皆が昔話よりも、コガラシの声の方に興味が移った。

 

「え、えっと どういう事、ですか?」

「千紗希さん。成仏すると、もうこの世に戻ってこられない筈なんです」

「降霊術等の一部例外はあるが……」

「あ、もしかして お盆が近いから!?」

 

 色々と思案してみた。幽霊が戻ってくる事を考えれば、悪霊化するか、狭霧たちが言う様に降霊などの例外はあるが、どれも違うと首を横に振った。

 

「いやぁ、簡単さ。単純で簡単な話だ。あたしは成仏しそこねただけのこと。……何せ、餓爛洞が………、まだ現世に残っていると知ってね」

「「!!」」

 

 

 その言葉に驚きを隠せれないのは、全員。

 先ほどの話は全員が驚いて、何処か違う世界の話であると、夢物語の様な、空想上の話だと思っていた。でも、それがまだいる。簡単に世界が滅んでしまいかねない凶悪な存在がまだ此処にいるともなれば、当然驚く。実感は無くとも、驚きを隠せれない。

 

 

 

 

 そして、逢牙は全てを話してくれた。

 

 

 霊魂……魂だけは、決して消滅することなくあの世に流れていく。例え霊体が消されたとしても、その奥にある命の核……魂はあり続ける。流れる川……三途の川にのり、次の命へと宿る。

 それは、あの大妖怪とて例外ではない。そして その三途の川で魂は見られなかったとの事だ。

 

 あの大妖怪は悪霊となって現世に留まっている。

 

 悪霊の定義は数多くあれど、共通しているのは人魂を纏っているという事。

 

《他者の魂を奪う》

 

 それが悪事を行ったという証となるからだ。

 とらわれた魂は悪霊が消滅すると、解き放たれる。100年前もコガラシが倒した時も 同じく無数の魂が解放された。――――そこで勘違いをしてしまったのだ。

 

 あの餓爛洞は消滅したのだ、と。

 

 だが、その実は違った。

 人魂の纏い方も悪霊とバレない様に霊体の中、そして別の場所などに隠す存在もいる。その中で、餓爛洞は別格だった。月の裏と言う規格外極まりない場所に隠していたのだから。………そう、コガラシが吹き飛ばしたのは、餓爛洞がため込んでいた人魂の塊……貯蔵庫の様なモノだった。

 

 

 

「つまりあれだ。いまだに普通の霊のフリして、のほほんとしていやがる餓爛洞の本体を叩きに来たって訳さ」

「え? それってどういう……」

 

 

 まだ、誰も気付けなかったが、この言葉を聞いてコガラシは気付けた。

 なぜ、師匠がここに来たのか。……なぜ、こんな話をするようになったのか。…………なぜ、成仏せずに此処にいるのか。

 

「おい、待てよ師匠。それって」

「ああ。お前が考えてる通りだ。そこにいる天狐幻流斎の霊さ。今ゆうなって名乗ってるんだったか? ……違うね。お前は天狐幻流斎の霊だ。ゆうななんて名は存在しない」

「………え、えぇと、わたし、ですか? いえ、あの、人違い……じゃなくって霊違いじゃないですか?」

 

 その言葉に疑いを持つ者は……いない。

 

「落ち着けよ師匠。オレたちが餓爛洞と戦ったのは中学2年の時、つまり3年前だ。その頃にはもう幽奈はとっくにゆらぎ荘にいただろ? ヤツな訳がねぇよ」

「そ、その通りだ! 3年前なら、ちょうど私がゆらぎ荘に派遣された年! その頃、幽奈は何御変りもなく………」

 

 狭霧の中で、疑問が膨れ上がって来た。

 丁度派遣された、そのタイミングだ。そして、呑子もそうだ。その年を境に、ゆらぎ荘で暮らし始めた。……これらが偶然ではない、としたらどうだろうか。

 

「ちょっとまつのじゃ。幽奈が御三家の一角……天狐じゃと!? 天狐家といえば、御三家の中で最も術に秀でた一族! そう考えれば支離術の呪いを解いたのも頷けるのじゃ」

「……湯之花、只者ではない、と睨んではいたが…… 合点がいったぞ。まさか、おまえが………先代黒龍神様の仇……? 餓爛洞………!」

 

 厳しい視線が幽奈に集まる。特に直接的な関係がある朧は。

 先代の黒龍神の仇である、と言っていた朧が一番表情が変わっていた。先ほどまでの幽奈を見ていた視線ではない。それはまるで――――……

 

 

「え、いや、そのっ」

 

 

 幽奈は混乱し、何も言えなくなってしまっていた。

 ただただ、自分はそんな存在ではない、と否定したかったのだが その視線が耐えられそうになく、声が出なくなってしまったのだ。

 

 そんな中で、ホムラが立ち上がる。

 

 

「―――幽奈、下がってろ。朧も落ち着け」

 

 

 幽奈の前に立ち、朧に声をかけるホムラ。朧も自分がどんな顔をして幽奈を見ていたか悟ったのか、気を取り直していた。

 

 それを見てホムラはとりあえず1つ安心した。……だが、今は安心している暇などは無い、と首を軽く振る。

 そして、幽奈と逢牙を遮る様に動いた。

 

「ホムラも もう大体判ってるんだろ? あたしが言ってからそいつを見てたしな。……こう言う念派、霊脈、そして霊波紋。それらを探る術に関しちゃ そこらへんの専門系の連中よりも遥かにお前の方が上。そんでもってこの中じゃ随一。餓爛洞とそいつ、両方をお前は知ってる。………答えないならあたしが答えてやる。餓爛洞とそこの天狐幻流斎が一致したんだよ。あたしが出張る理由はそれに尽きる。……もう、目の前でお前が消滅しちまうような場面を見るのなんざ御免だ。それにコガラシにも漸く訪れた平穏だ。………それを乱そうとするヤツが、あの悪夢を見せてくれたヤツが、おんなじ部屋で暮らしてるんだって、………てんで嗤ねぇ話だ」

 

 立ち上がる逢牙。そして、コガラシも同じく立ち上がった。幽奈の傍にいる為に。

 

「どうするっていうんだ幽奈を」

「勿論。悪霊が行く場所はあの世さ。それが相場だ」

「させる訳ないだろう。オレ達が意地でも止めるぞ。納得できるかそんなもん!」

 

 ぐっ、と力を入れるコガラシ。

 だが、それを止めたのは 以外にも……ホムラだった。

 

「お前も下がってろコガラシ。……今の状態(・・)のオレ達じゃ 一発貰ってそれで終いだ。それに 思いっきり飛ばされたら、お前にも手がかかるぞ。ここから離脱、そして行動不能にするのが最善の策だって思ってる筈だからな。……師匠は」

「っ、何言ってやがる!!」

「ホムラの言う通りさ。……コガラシ。お前はこの2年ろくに修行してないんだろ? そんな体であたしを止められると思わない事だ。そんでもって手段に関してもホムラは合格。コガラシは不合格だ。一番の最善にして、最短はお前たち2人を離脱させること。……寝て覚めたら全て終わってる。―――――そうするつもりだ」

 

 逢牙は力を少しだけ解放した。

 とてつもない霊圧。ただその場にいるだけで吹き飛ばされかねない程の力を内包している。たった少し放っただけで、衣服がはぎとられた様になった。……普通の繊維ではなく、瞬時に霊装結界纏っていたので、それが千切られた様だった。

 

 

 

「無駄だ。手は出さないでくれ。皆」

 

 

 

 静かに、それでいて圧力の籠った声が響く。

 その圧は、逢牙とは全く違う種類のものだ。

 

 隙を見て、朧が転送術で飛ばそうとしたり、かるらも同じく力では敵わぬ為、術で対応をしようとしたが、寸前でホムラの言葉で遮られた。

 

 

「へぇ、ホムラ。あんたは判っていて、あたしの前に立つっていうのか?」

「幽奈はやらせない。……そして、アンタを止めれるのは、オレだけだ」

 

 

 その霊圧に気取らされる事もなく、ただただ逢牙を見据えるホムラ。

 

 

「ほほぅ……。まぁ、こいつらの話を実際に聞いたり、調査してみたりして、大体はこの天狐幻流斎と随分仲良くなってるのが判る。ほら、そっちの黒龍神に仕えてたヤツでさえ、今はもうあたしとやろうとしてる。そんな絆ってヤツで繋がっちまった奴らを断ち切るのは容易いなんて思ってもないさ。でもね、ホムラ。あたしも譲れない。暮らす世界は違えど、アイツ(・・・)はあたしの親友だ。……それにお前の事も頼まれたんだ。また、餓爛洞にお前を喰われる訳にはいかないんでね」

 

 逢牙は拳に力を入れた。たったそれだけの仕草で、霊能力値があっと言う間に上昇していくのが判る。尋常ではない程のモノに。それはかつての餓爛洞をも上回る。

 対峙していたホムラだからこそ、鋭い眼を持っているホムラだからこそ 正確に把握出来た。 でも、それでも退かない。

 

「ちょいと一発入れて眠っててもらうよ。本気のあたしとやれるとは、思ってないんだろ? お前には全力。全身全霊で攻撃する。んで行動不能にして、ゆっくりとふん縛ってやるさ。それに 師匠として情けねぇって思うが、今のコガラシはあたしの1割の力がありゃ十分。……アイツは不器用で隠し玉、切り札みたいなのが無いのも解ってる。この力の差は埋まらないよ。……でも、ホムラ。……あんたは違うんだろ? さっきから、腕を抑えてるみたいだが」

 

 ホムラは、言われるがままに腕を捲った。

 いつも、夏でも半袖は着ず、長袖の服を身に纏っている理由が、此処にある。

 

 

 

「簡単に止めれるとは思ってないよ。オレは逢牙師匠の事も大切に想ってるし、恩人の1人だと今でも強く想ってる。……ただ、それでも このゆらぎ荘はオレにとってかけがえのない場所。幽奈もその大切でかけがえのないものの一部。天秤にかけるなんて出来ないが、ただでやらせるくらいなら、オレは命を懸ける。――――オレの全存在をかけて、あんたを止めてみせる」

 

 

 

 思い切りホムラは腕を捲った。服が破れ、その右腕が肩口にかけてまで露になる。

 そして、その腕には何か鎖の様なモノが巻き付いていた。

 

 逢牙は、それを見て目を細めた。

 そして、今はいない親友の声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

魔封じの鍵(ホーリーロック)。名の通り 魔を封じ、力に鍵をかける。第1、第2、第3の鍵が備わっている。アイツはさ。誰よりも熱いんだ。無茶をする時はとことんまで無茶をする。……普段冷静っぽく装ってる癖に、な。………だから 逢牙。アイツに、それを外させるような事はさせないでくれよ? ………頼むぞ』

 



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第4話 皆で友情エンドを①

 

魔封じの鍵(ホーリーロック)

まるで、そこら辺の中学生が考え出した様な名だ、ともいえるかもしれない。

更に腕には鎖。見るからに――――……。

 

 

だが、その名が作り物ではなく、本物(・・)だとしたら?

本当に、魔を封じる鎖で、鍵だったとしたら?

 

それは決して触れてはならない、解いてはならない禁忌。

 

 

 

「―――本気、なのか? ホムラ」

 

 

逢牙の視線がホムラを射抜く。

それは鋭く、険しく、重く。

睨んだだけで膨大な逢牙の霊力が吹き荒れ、周囲を吹き飛ばす程のモノだった。

 

 

「うきゃああっ!??」

「ひゃぁぁぁっ!」

 

 

それは、ゆらぎ荘の皆を吹き飛ばす――――のは服だが、兎に角あられもない姿にさせてしまう程凶悪なモノ。

無論、単なるお色気シーンと言う訳ではない。

 

ホムラの弱点でもある色香を逢牙は使ったのだ。

 

だが、此処で疑問に思う者も居る。

八咫鋼と言う存在、御三家の一角を少なからず知っている者たちからすれば。

 

八咫鋼とは、敵を正面から叩き潰す。

まさに単純明快。

 

八咫鋼は【強者】。

 

ただ只管強く、強く、ただ強く。

そんな相手が、からめ手を使う等とは思わなかった。睨むだけの霊撃を身に受けて、尚思う。

 

 

「………本気だ。逢牙師匠。……いや、六代目 八咫鋼 魔境院 逢牙。真祖(・・)を開放する」

 

 

ホムラの右腕に巻き付いている鎖が、まるで蛇の様に動き出した。

逢牙がした様に、場を支配する霊力がホムラからも射出される。

 

2人の霊力が交錯し、その場に境界線を生んだ。

 

 

 

「ここから先を超えるのなら。オレの大切な友達を手にかけると言うのなら、……もう、オレの事は弟子と思わないでくれ。コガラシを殺す餓爛洞とでも思ってくれて良い。オレも、大切なモノを奪うあんたを、師とは思わない」

 

 

ホムラの左腕に、いや左半身には光が生まれ、鎖が存在する右半身には、闇よりも暗い淀みがまとわりつきだした。

 

 

「やれやれ。……まるで三行半突きつけられる様な感覚だね。こう見えても、あたしは相当ショックを受けてるよ」

 

 

ギンッ、と睨みを利かせているその姿は、まるで言動と一致していない。

踏み越えてはいけない、と称した境界を笑って超えてきそうな感覚がする。

 

 

「ホムラ!!」

「ッーーー!」

 

 

極限の場において、身体を動かす事が出来たのは2名。

狭霧と朧の二名。

 

ホムラの傍にいる、と言わんばかりに両サイドに付くが、手で2人を制した。

 

 

「オレは、逢牙から目を離す事が出来ない。―――だから、頼む。幽奈を、皆を、コガラシと共に守ってくれ」

 

 

すると、ホムラの右手の闇が身体全体にまとわりつき始めた。

左の光を取り込むかの様に。

 

 

「この姿。……皆に見られたくない」

 

 

そんな想いが。振るうと誓った力の否定が、ほんの一瞬だけ、逢牙から意識を逸らす事に繋がってしまった。

そして、そのほんの一瞬の隙を逢牙が見逃す筈もない。

 

 

一瞬で距離を詰めた。

 

「くっっ」

「うぁっ!?」

 

その移動の際に発生する霊撃の余波が狭霧と朧を吹き飛ばす。ケガは一切させていない。ただただ、最初の睨みの時には、剝ぎきれなかった衣類を全て消し飛ばした、のである。

 

 

「ホムラに三行半はきつすぎる。だが、だからと言って餓爛洞を放置して帰るとか、それも無い。だから―――」

 

 

逢牙は右の拳に全霊力を集中させた。

 

凄まじい轟音と共に、八咫鋼の全力がホムラの側頭部を貫いた。

周囲には爆音と共に発生した大嵐が沸き起こり、宛ら火山噴火のごとき衝撃波が、天へと駆け上る。

 

半壊したゆらぎ荘にトドメを指してしまう結果に。

 

 

「あたしの全力中の全力で、あんたを再起不能にさせてもらったよ。どんだけかかるかわかんないけど、絶対に治す事は約束する。……餓爛洞を消した後にね」

 

 

まるで爆弾でも炸裂したかの様な惨劇の地。

逢牙は、姿こそは見えないが、拳の先で倒れているであろうホムラにそう言い、幽奈の方へと向かおうとした……が。

 

 

「―――真祖のバケモノ(・・・・・・・)を、このていどで、とめれる。ほんとうに、そうおもっていた、ノカ?」

 

 

ホムラが逢牙の手を抑えた。

右半身は、漆黒に包まれている。否、所々は露出しているが、その形状は人のそれではない。

まとわりついている漆黒の一部、一部がまるで蝙蝠の様に羽ばたきながらホムラから離れていく。

 

 

 

「ホムラ。お前……マジで外したのか」

魔封じの鍵(ホーリーロック)、だい2。かいほう。……こえたな」

 

 

人のそれではない。

右側の犬歯が異様なまでに発達し、口から出てしまっている。それはまるで―――。

 

 

「……あれは、まるで吸血鬼……。は、人の半分を、取り込んで……?」

「こ、怖い。ホムラくんが、すごく、こわい……っ」

 

 

仲居がホムラの半身を見てそう評し、先ほどまで陽気に燥いでいた、とも言えるこゆずが、本能的に恐怖を感じ、ホムラを恐れ始めた。

 

 

「こがらし。みな、たの、む。おれは。………と、ともに。おちる」

「や、止めろ。止めてく――――」

 

 

霊圧は、一気にゆらぎ荘の住人を外へと押し出した。

逢牙の腕はしっかりと持ったまま、ホムラは天に飛んだ。

 

 

天へ、天へ……駆け上がり。

 

 

 

「いまの、おれに。そらは、にあわない、か」

「莫迦野郎が。人を、人を捨てる程なのかよ。単なる脅しじゃなかったのかよ。最後のあの線。あたしは超えたとしても、お前は、お前は踏みとどまる男の筈だろう!? なぜだ。お前も、解っている筈なのに」

 

 

逢牙は乱れた軍服を一瞬で元通りに戻すと、その軍帽で目を隠す様に鍔を下した。

相手から、目を逸らせる行為は愚の骨頂。ホムラに逢牙がした様に逢牙もやり返されても仕方ないし、覚悟もしている―――が、手を出してくる事は無かった。

 

 

 

「……まだ、吸血鬼に完全に魅入られた訳じゃないって事かい? 暴走した姿は、敵と認識するや否や、問答無用で襲い掛かってくる性質だった筈だが」

 

 

僅かにまだ残っている光の欠片が、人であった時のホムラを保っている様に見えた。

 

 

「う、が……」

「ったく。餓爛洞の前に、お前を相手にしなきゃならないとは、難儀通り越してるよ。…………でもね。あたしもあんたに言った通りさ」

 

 

魔境院 逢牙。

再び霊力を開放させた。

 

 

「異世界の親友(ダチ)にあんたの事頼まれてんだ。ホムラ。お前を魔に落とさせない。そんでもって、餓爛洞も消し飛ばす(・・・・・・・・・)

「……!」

 

 

餓爛洞。

宿敵であり怨敵であり仇敵であり………敵以外の言葉が見つからない。

そんな名だった筈なのに、今のホムラの耳には違う風に聞こえてくる。

 

 

 

 

【幽奈を消す】

 

 

 

 

 

ホムラの拳が矢のように放たれる。

そして、それを迎え撃つ形で逢牙の拳が交錯。

 

 

その日、ゆらぎ荘上空に観測史上最高記録を更新する程の気象現象が起きたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かるら。幽奈を安全な所にまで飛ばしてやってくれ」

「うむ。心得ておる。……コガラシ殿はどうすると言うのじゃ?」

 

 

かるらは、コガラシに言われるよりも早く、幽奈と他に戦う術に長けてない者たちを飛ばしていた。

だが、それが問題の解決に繋がるとは思えない。

 

あの様なホムラを見たのは初めてで、そして御三家の一角が来ていて、コガラシも無理だと言われて……兎に角今手に負える相手ではない事は重々身に染みた。

そして、今は弱過ぎる自分に嘆く暇もない。

 

 

「オレは残る。当たり前だ。―――兄弟を、残して離れる訳にはいかねぇ。師匠だって同じだ。話し合って解ってくれるようなひとじゃねーってのも解るが………止めなきゃいけねぇ」

 

 

ホムラの言葉を思い出す。

餓爛洞だと信じて疑わない逢牙。如何なる説得も無理だと分かったからこそ、コガラシ自身も詳しく知らないホムラの禁忌を開放したのだろう事くらいは解る。

 

そして、自らも放置する訳にはいかないからこそ――――逢牙と共に堕ちる(・・・・・・・・)と言ったのだ。

 

 

そして、それを良しとするコガラシではない。

幽奈の代わりにホムラが犠牲になるも同然だ。それを良しとする訳がない。

 

 

「妾は、コガラシ殿が悲しむ姿を見たくない」

「―――っ」

「幽奈が天狐で、餓爛洞で、話を聞いてそれが本当なのであるのなら、敵以外考えられぬと思っていた! じゃが、例えそうだったとしても、それ以上にコガラシ殿にも、ホムラ殿にも、悲しい顔をさせてたまるものか!」

 

 

コガラシの様子を見て、刺し違えてでも、と言わんばかりのコガラシに宣言するかるら。

何も変わってない。

 

幽奈かホムラかコガラシか。それだけだ。

 

そして、更に厄介なのは、逢牙が消えてしまうのも良しとしないだろう。

絶対に、悲しむのが解る。

 

 

「そうよぉ」

 

 

ひょい、と横から顔を出したのは呑子だ。

一升瓶がころ、ころ、と倒れており、その数示して十升。

 

 

「幽奈ちゃんもコガラシちゃんもホムラちゃんも、みーんな家族も同然よぉ。誰一人だって、かけちゃいけないわぁ」

 

 

鬼の角が顕現された。

 

 

「今のホムラちゃんは、ひょっとしたら見境が無くなっちゃってるのかもしれない、わよねぇ。そんなホムラちゃんに押し倒されちゃうのも、きゅんっ! としちゃうかもだけどぉ。……時間を稼ぐって言う意味じゃ、私も適任じゃなぁい?」

 

 

宵ノ坂の鬼。

呑子も御三家が一角である。

 

時間を稼ぐ、と言う言葉を聞き、コガラシは呑子の方を改めてみた。

何か勝算があるのか、と。

 

だが、コガラシよりも早くその真意を聞こうとする者がいる。

 

 

「呑子さん。時間を稼ぐとは……?」

「それってつまりどういう事っ!? 時間稼げたら、何とかなりそうなのっ!?」

 

 

ホムラを助ける事が出来ず、一瞬で戦線離脱させられてしまった狭霧。

常に一緒にある、いたいと思っていた相手。背を預け、預けられる間柄になる事を夢見ていた筈なのに、不甲斐なく、涙が出そうになるが、どうにか狭霧は堪えていた。

 

雲雀は、ただただホムラと友達だ。友達がピンチなら持てる力全て賭けても良い。コガラシの悲しむ顔も当然見たくない。

 

その2人だった。

 

 

 

「この戦いのハッピーエンドってぇ。たーだ、敵やっつけて終わりっ、って訳じゃないのよねぇ。………逢牙ちゃんを説得して、友情エンド。それしかないと思うわぁ」

 



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