Muv-Luv ALTERNATIVE 業 (ROGOSS)
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目覚めと志編
目覚め


「ん……? あ、え……?」

 

 意識がどこかへ行っていたとでもいうのだろうか。

 突然の目覚めに頭の処理が追い付かない。

 どこか懐かしさすら覚える空間。

 様々な電子機器が所狭しと並べられており、操縦桿らしきものを俺の両手は握っている。

 

「ここは……?」

『三番機! ボサッとするな! 撃ちまくれ! これ以上帝都(ここ)BETA(やつら)の好きにさせるな!』

 

 聞こえてきた怒声に俺の体は、反射的に反応する。

 トリガーを引き36mm弾をBETAの体へと叩き込む。

 小刻みの振動がコックピットにも伝わってきていた。

 

『クソックソックソッ! いったいどれだけいるんだよ!』

『文句を言っている暇があったら、さっさと殺せ! 手を動かし続けろ!』

 

 猛スピードで接近し続けるBETAに攻撃はまったく効いていないように見えた。

 硬い甲殻で覆われた正面以外を攻撃しなければ、本当の意味で倒すことはできない。

 隊の誰もがわかっていたが、それをするだけの推進剤も弾薬も彼らの手元には既に無くなっていた。

 何波目かもわからぬ波状攻撃を受け止めてきたが、補給すらない今の状態ではこれ以上の抵抗は無意味としかなり得ない。

 俺は気を失っていたのか?

 名前も生年月日もハッキリと思い出すことができない。それでも、今この隊が戦っている理由、おかれている戦況が明白にわかる。

 

「くっ……どうなってやがる!」

 

 小さく呟き、俺は残弾が0となった87式突撃砲を投棄する。

 こうなっては格闘戦でどうにかするしかない。

 他の戦術機達も順に長刀へと兵装を変えていった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 死ぬかもしれない。

 いきなり目が覚めて、何が何だかさっぱりわからないまま俺はここで死ぬのか?

 そんなのは嫌だ。俺が何者かであるかは俺自身がよくわかっていなくてはいけないし、俺が決めることのはずだ。

 何も知らないままで死ぬのはごめんだ。

 だから……必ず俺は生き延びる。くそったれな異星起源種共を殺して生き延びてやる!

 息が乱れる。胸の鼓動が早くなる。

 

『全機抜刀! ここを突撃(デストロイヤー)級に抜かれれば、もう奴らを止める部隊はない! 一気に第二防衛ラインまで抜かれるぞ! 近接戦の選択は愚かだとは俺が一番わかっている。それでも……補給が来るはずだ! それを信じて戦い続けろ!』

『「了解!」』

『来るぞ! 粉みじんに切り刻んでやれ!』

 

 全てを焦土と化す力を持つ突撃級の師団が僅か7機しか生存していない中隊へと襲い掛かる。

 それは一瞬の出来事であった。

 先頭に立っていた隊長機が飲み込まれると、あとはそれに続くように次々と戦友たちが散っていくのみだった。

 

『大将軍万歳!』

『し、死にたくない! 母さん、母さん、母さん!!!』

『痛い、痛い、痛いい!!!』

 

 聞こえてくる悲痛の叫びに呼吸が止まる。

 何だよこれは。

 どうして帝国が攻撃を受けなくちゃいけないんだよ。

 海を渡ってここまで来てるんだよ。

 

「……この野郎!!!」

 

 気が付くと最後の一人となっていたが、そんなことは関係ない。

 俺はひたすら剣を振り続けた。

 目の前にBETAの死体の山が築かれたころ、笑みがこぼれ始めた。

 

「はは……ははは……なんだよ……弱いじゃないか……俺は…生き延びたぞっ!」

 

 両手を上げ勝利を喜ぶ。

 俺は生き延びた。

 ほかの突撃級は俺を無視して行きやがった! 俺の勝利だ! 見たか、この野郎!

 その油断が命取りとなることに気が付いたのは、目の前に新手の突撃級が現れた時だった。

 警告音がうるさいほど鳴り響く。

 長刀を構えなおす時間はない。

 この距離では、BETAの方が先にこちらへ来てしまう。

 

「ひっ……!」

 

 機体が二転三転する。

 踏みつぶされるような衝撃が全身に走る。

 

「ぐっ……がっ……!」

 

 俺は頭を強く打つと意識を失った。



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目覚め②

「クソッ! 開けってんだよ!」

 

 何度目になるのだろうか。

 強化装備のおかげなのか痛みは全く感じられないが、こうして無駄な努力を積み重ね続けているという事実が俺の心を蝕んでいる。

 突撃(デストロイヤー)級の攻撃をから生き延びたとしても、後続に控えている闘志(ウォーリアー)級や戦士(ソルジャー)級といった小型BETAにハッチを壊され、生きたまま食い殺されるのが通常のはずだ。

 しかし、どういう奇跡が起きたのか俺は間違いなく五体満足のまま生き延びていた。

 辺りはシンと静まり返っている。

 BETAの移動音や戦術機がの駆動音が聞こえないところから推測すると、どうやら俺は一人戦場に取り残されたらしい。

 

「さて……どうするか」

 

 酸素の残量を見て俺はため息をつく。

 残量から目算するにもってあと5分だろう。

 

「ははは……」

 

 乾いた笑みがこぼれた。

 せっかく万分の一の確率でBETAの集団から生還できたというのに、まさか酸欠で死ぬことになるなんて。

 もちろん、外の出れたとしても安全である保障などない。

 息を潜めているだけで、BETAがすぐ真下に控えているかもしれない。

 それでも、何もしないままどこよりも安全な棺桶となったコックピットで死を待つだけなど俺には出来ない。どうせなら、最後まで足掻いて足掻いて足掻き抜いて、どれだけの苦痛を伴おうともBETAに食い殺されたほうがまだマシだ。

 俺は呼吸を整え、渾身の力を右足に込める。

 

「いけってんだよ!」

 

 独特の金属音が響き渡り、ハッチが吹き飛ばされる。

 冷たい外気がコックピット内へと雪崩れ込み、オーバーヒート寸前だった俺の体を冷やす。

 近づいてくる物音は一切ない。

 シートの裏から小銃を取り出すと、俺は慎重にコックピットから顔を出した。

 外には文字通り何もなく、根こそぎ破壊されつくされていた。

 気色の悪い異星起源種はもちろん、共に立っていたはずの戦友もいない。木々が生い茂っていたはずの山々は、丸裸となっている。

 

「くそが……」

 

 俺はコックピットから飛び降りると東へと歩き始めた。

 あてがあるわけではない。

 だが、ここでジッとしているくらいならば、第二防衛ラインまで歩き救助を求めたほうが生還率が上がるかもしれない。

 歩きながら俺は考える。

 壊すものと守るもの。

 文字として描くだけならば、ただ相反する意味を持つ言葉としての認識で構わないだろう。

 だが、実際はまったくの別物だといえる。

 守るものは、愛する家族や恋人、隣人のために銃をとり、そして信じる信念や理想、崇高な理念のもと戦場を駆け回る。いわば、思いをもって動き続けているのだ。

 しかし、壊すものにそのようなものがあるのだろうか?

 目の前に物が存在するから壊す、目の前に人が蠢いているから殺す。

 己のエゴにのみ正直に動き、本能の為すまま他人を苦しめ続ける。

 回りのことを一切目に入れずに、自己中心的な考えを展開する。

 それはただの獣であり、人類という理性的な生物とは大きくかけ離れている。

 BETAとはそういうものであり、だからこそ憎み裏み続けるのだ。終わらない戦いがないというならば、いったいこの戦いはいつ終わるというのだろうか? この守護の使命から、命あるうちに解放されることはあるのだろうか?

 このまま、最後の一兵となるまで技術と力の限りたち続けろと言うのだろうか?

 

「怖い」

 

 出てきた言葉は心の奥底に閉まっていたはずの言葉。

 自分が何者であるのか、自分という存在を理解しているはずの自分が一番わかっていない今の状況と戦場に一人残されたという恐怖から出てきた言葉に俺は苦笑する。

 きっと、俺は今までも戦い続けてきた兵士なんだろ? 何を恐れていやがる。前を向け、ここで死ぬことを俺が望んでいない。だから、死ぬわけにはいかないんだ。

 どれだけ歩き続けたのだろうか?

 日は沈み、月が空から地上を照らしていた。

 半日以上休憩無しで歩き続けていたのだ。

 朦朧とする意識の中、それは唐突に俺の視界に飛び込んできた。

 

「こいつは……」

 

 夜の闇よりもさらに黒い漆黒に塗られた機体。

 特徴的な頭部。

 

「まさか……」

 

 風の噂程度に聞いたことがある気がする。

 90年代から正式に生産計画がスタートした超高性能戦術機。

 本土決戦ようにカスタマイズされ、精錬されたボディと性能。

 一般帝国軍の主戦力となっている「陽炎」や「吹雪」とは違った戦術思想に基づいて開発された戦術機(それ)は、まさに日本の中枢を守るために作られた最高傑作と評価しても過言ではないだろう。

 現在でも、さらなる派生機が改良が進められているようだが、これが配備されているのは近衛軍のはずだ。

 

「なぜこんなところに?」

 

 疑問を口にしながらも、俺は武御雷によじ登る。

 ハッチは開いており、なんの苦労もなく俺はコックピットへ体を滑り込ませた。

 シートは真っ赤に染まりあがっており、その出血量から考えるに、この機体の正規のパイロットは衛士は生きながら食べられたのだろう。

 本来ならば滅茶苦茶にされているはずの機器類がまったく無傷なのは、この戦場で起きた2度目の奇跡だろう。

 

「動くか?」

 

 俺は起動ボタンを押す。 

 だが、画面は沈黙したまま一向に何の動きも示さない。

 

「やはり……くそっ!」

 

 怒りを込めた拳をモニターへと叩き付ける。

 機体の右肩に貼ってあったものと同じエンブレムがコックピットの上部に貼られている。

 おそらく、この戦術機が所属する部隊の共通エンブレムなのだろう。

 

「期待させておいて……ここまで来たんだ、俺の言うことをききやがれ!」

 

 今度は両の拳でモニターをたたく。

 僅かな静寂のあと、モニターは息を吹き返しハッチが自動的に閉まり始めた。

 生体認証の手順を何故か飛ばし、俺は黒い武御雷の操作権を得たのだった。

 

「いい子だ。さあ、行くぜ。安全に帰ろうや」

 

 慣れない機動に戸惑いながらも、俺は更に東へと進み始めた。



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目覚め➂

「前線に出ている衛士の収容は終わったか?」

「はっ! 連絡の取れる全衛士の収容は完了しましたが……まさか、帰ってくる衛士の数が50人にも満たないなんて……」

「……身命を賭して帝都を守ろうと戦い続けたのだろう。今でも、斑鳩少佐は帝都で戦っているはずだ。補給物資を早く届けたいものだが……」

「参謀司令部は、既に第二防衛ラインの放棄を決定しているようです」

「逃げ足だけは相変わらず早い奴らだ」

「隊長、その発言は……」

 

 心配する副隊長姫川に第23近衛中隊隊長前園大尉は、心配するなと小さく告げるとため息をつく。

 前園家は代々五摂家の斑鳩家に仕えてきた名家の一つだ。

 現当主ではないが、斑鳩家の人間が戦場で散っていくさまをただ指をくわえて見ていることしかできないというのは、何とも複雑な気持ちだった。

 何の許可もなく出撃すれば、確実に軍法会議ものの罰をうけるだろう。

 未だにBETAによって蹂躙されている地に赴くということは、十数人の部下に命を捨てろと言うものだ。

 

「私の独断では到底できないことさ」

 

 前園の独り言に姫川は聞かなかったふりをする。

 彼女もまた斑鳩家に仕えてきた名家出身の一人だが、これだけ優秀な右腕は大日本帝国には存在しないと前園は思っていた。

 

「隊長! あれをっ!」

 

 部下に渡された双眼鏡を除く。

 山の稜線の影からフラフラと一機の戦術機が現れた。

 元は漆黒のカラーリングであったであろう機体は、BETAの血によって深紅に染めあがっていた。

 

「あの部隊証は……」

「間違いありません。我ら第23近衛中隊のものです。おかしいですね、黒い武御雷は私の部隊には配属されていないはずですが」

「むぅ……とにかく、アレを収容してやれ。信号弾発射。事情も詳しく聞かなくてはならない。生きてここに連れて来い」

「了解!」

 

 部下が戦術機に乗り、未確認の黒い武御雷へと近付いていく。

 幸いにも今現在は、第二防衛ライン近辺でBETAが現れたという情報はない。

 あの武御雷がどこから出てきたのか予想することすらできない。

 もし、仮に京都の前哨基地に置き去りにされた衛士だとしたら、彼はBETAを後方から追いかけるように師団規模のBETAを抜きここへやってきたというのだろうか? 

 エース級のパイロットならば、容易くやってしまうことかもしれない。

 だが、エースと言われる者達のほとんどは、帝都防衛のため殿を任されているはず。

 いったいこれはどういうことだ。

 数分後、黒い武御雷のハッチが開き中から若い男が降りてきた。

 命からがら生き延びたという感じだ。

 強化装備は第23近衛軍のものではない。

 

「答えろ、お前は何者だ」

「俺が何者か……?」

「そうだ。場合によっては、ここで銃殺する」

 

 姫川の合図で小銃が男に向けられる。

 男の顔はひきつったまま動かなくなった。

 

「姫川、脅してどうする。話してもらうためにはこちらも相応の態度を取るべきだといつも言っているだろう」

「で、ですが……」

「聞かせてくれ。お前はどこからやってきた?」

「……俺は京都市街地防衛隊にいた」

「市街地防衛隊……そうなると帝国陸軍戦術機部隊第5師団か?」

「……わからないんだ。気が付いたら俺は戦術機に乗っていて……無我夢中で戦ったが、俺達はBETAに飲み込まれた」

「……それで?」

「目が覚めると俺はまだ生きていた。とにかく第二防衛ラインまで戻れば生き残れると思い必死に歩いていたら、この武御雷を見つけて」

「乗ってきたと……」

 

 にわかに信じ難い話だ。 

 なぜ戦っていたのかも知らず、突撃(デストロイヤー)級の襲撃から生き残り、運良く見つけた武御雷でここまでやってきたと。

 まるで、どこかからか見えない神の力で守られているような。

 姫川は明らかに疑いの目を向けている。

 だが、ここで嘘をついたところでここで何のメリットがある?

 米国の手先だとしても、奴らはすでに逃げた後だ。

 今更、滅びゆこうとしている国の政治体制にとやかく言おうとはおもっていないだろう。

 

「名前は何という?」

「わからないんだ……」

「貴様! ふざけるな! 自分の名前がわからないだと! ふざけるのもいい加減にしろ!」

「嘘は言っていない! 本当に……わからないんだ」

「……黒い機体にのり勇猛果敢に戦ってここに来たと?」

「そうだ……ここに来るまでに多くのBETAを殺した。奴らは10km圏内にまで近づきつつある。早く後退しないと!」

「どこの馬の骨とも知らない奴の情報を信じられるわけ…!」

「やめろ、姫川。黒金(くろがね)(たける)

「え……?」

 

 男はキョトンとする。

 前園が一瞬の間に決めた名前。

 名前など、肉体を識別するための記号に過ぎない。

 記号がわからないままというのは判別し辛いことこのうえない。

 ならば、こちらが勝手に決めても問題はないはずだ。

 

「今日からお前は黒金猛だ。わかったな」

「……」

「わかったか!」

「わかった……」

「よし、おい、黒金を一度営倉へ連れていけ。第二防衛ラインは放棄する。一気に後退するぞ」

 

 部下に連れられ、抗議の目を向ける黒金の視線を前園は無視する。

 

「さて……これから忙しくなるぞ」



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何を守りたい

1998年 5月4日

新潟市 帝国軍北陸守備隊本部新潟司令部地下

 

 暗い廊下を姫川と前園は進んでいく。

 電力の供給は軍事施設が最優先とされているが、それでも普段通り使うの難しいものがあるのだろう。

 このご時世に捕虜のためにわざわざ貴重な食料や資源を分け与えているだけでも、帝国軍としては感謝してほしいものだと言いそうだ。

 近衛軍の圧力がなければ、捕虜など非公式に殺してしまっている。

 戦時中という言葉は、いかなる卑劣な行為も正当化してしまう魔性の力があるのだから。

 

「亀岡、小浜、大阪を結ぶ最終防衛ラインを突破したBETAは、二軍に別れ進行を継続。太平洋方面のBETA掃討は順調のようですが、日本海側は苦戦を強いられているようです」

「当たり前だ。第二帝都のある仙台防衛のためには、まずは太平洋側のBETA掃討が優先されることなど最初からわかっていた。ただ……よくやるものだ。このままでは北陸全域を制圧されるぞ」

「我々も舞鶴からここまで逃げ延びましたが……帝都に帰れる日はいつになるのでしょうか」

「斑鳩家の方でも色々あるらしい。今は、将軍様の御下知を待つしか仕方あるまい」

「ですが……! それまで臨時だとしても。帝国東部方面第12師団の指揮下に入るなど……我々近衛軍が行うことでは!」

「なら、どうする。補給も休養もできないまま戦い続けろと?」

「それは……」

「耐えろ。同じ日本人ではないか。くだらないプライドなど捨ててしまえ」

「はい……」

 

 前園はチラリと姫川を見る。

 有能な右腕だが、異様に近衛軍であることに固執している傾向がみられるのはいつものことだった。

 誇り高い戦士ととらえるか、ただの意固地と見るか。

 難しいところだ。

 小さく嘆き、前園は見張りの兵士に敬礼をする。

 話は既に通してあった。

 すんなりと部屋の中へ二人は入ると、椅子の上で静かに座っている黒金に前園は声をかけた。

 

「元気か」

「こんな暗い部屋に閉じ込めておいてよく言う」

「貴様……! 前園大尉に敬語を使わんか!」

 

 姫川の鉄拳が飛んだ。

 殴られた黒金はしばらく呆然とするも、ニヤリと笑みを返しさらに挑発を続ける。

 

「姫川っ!」

 

 前園の一括で我を取り戻した姫川は、忌々し気に黒金を見ながら後ろへ下がった。

 

「話を続けよう。もう一度聞かせてくれ。貴様はどこの誰だ」

「わからない。あんたが名前をつけてくれたっていうならば、俺は黒金猛だ」

「……どこの部隊にいた」

「帝国陸軍の小隊だ。何回も言っているだろう、俺は何もわからない。ただ……戦う術は知っている」

「ふむ……あの黒い武御雷はどこで見つけた」

「拾った」

「それはおかしな話だ」

 

 前園は黒金の対面に座る。

 決して拷問をされているわけでも尋問をされているわけでもない。

 ただ、対等な立場として話し合いをしているつもりだった。

 だが、前園からは本当のことを話さなければこの場で殺すことも厭わないという殺気が感じられた。

 黒金はゴクリと唾をのむ。

 初めて緊張していることに気が付いた。

 

「武御雷は近衛軍の中でもごく一部の部隊にしか配備されていない。しかもだ、俺の部隊に黒いカラーリングの機体は存在しないはずなんだ。なのに、どうだ。お前は、黒いカラーリングの武御雷に乗り、おまけに第23近衛中隊のエンブレムまでつけていた。どう説明する」

「説明できるわけがないだろう。俺だってわからないんだ」

「それじゃあ、いつまで経ってもここからは出せんな」

「くそっ!」

 

 悪態をつき、黒金はそっぽを向く。

 ここまではいつも通りだった。

 毎日訪問する前園達、毎日同じ質問、そして答え。

 しかし、今日はそこから変化が見られた。

 

「外はどうなっているんだ?」

「気になるか」

「当たり前だ。俺は……この国を守りたい。この国のために尽くしたいんだ」

「ほぉ……」

 

 その言葉には姫川も目を丸くしていた。

 まさか、黒金(こいつ)からそんな言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう。

 前園は少し考えると、黒金猛という人物をテストしたくなる衝動にかられた。

 ほんの子供っぽい、幼稚な考えだということは自覚している。

 それでも、この国を守りたいなどとほざくのならば聞かなければならないことだった。

 

「お前に守りたい人がいるのか?」

「え?」

「この国を守りたいなど、お前ひとりでどうにかなるようなことではない。だがな、誰かひとりを守りたいっていうなら話は別だ。人は大切な人のためならば、命を落とせる」

「大切な人……」

「どうなんだ、答えろ」

 

 僅かな沈黙。

 今もどこかで戦闘が行われているのだろうか。

 振動が地下室によく伝わってきていた。

 やがて、黒金はゆっくりと口を開いた。

 

「実際にいるのかは自信がない。だけど……それでも、俺は純夏を守りたいんだ」

「すみか……?」

「俺の大切な幼馴染だ」

「……出ろ、黒金猛。ようこそ、俺の部隊へ」

「大尉! そんなっ! 彼は得体のしれない!」

「黙れ姫川! こいつは守りたい人がいて、信念がある。そんな奴を、こんな暗い部屋に閉じ込めたままでいいのか?」

「それは……ですが……でも……」

「おまけに技術もある。使わない手はないだろう」

「……かしこまりました」

「よろしく頼むぞ、黒金猛少尉」

「あぁ」

 

 前園の手を黒金がとる。

 第23近衛中隊としての黒金猛の物語が始まろうとしていた。



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帝国東部方面軍第12師団

同日 作戦指令室

 

「失礼します」

「おお、待っていたよ。よろしく頼む。帝国東部方面軍第12師団戦術機大隊部隊長の長崎少佐だ」

「第23近衛中隊隊長の前園です」

 

 北陸最大の基地ということもあり、指令室では多くの人が慌ただしく動き続けていた。

 ここもいつもより照明は落とされているようだが、様々な電子機器類が作動している。

 これから行動を共にする長崎のあまりにも慣れなれしい態度に、僅かだが眉をひそめた姫川だったが歩をわきまえたのか、特に意見をすることはなかった。

 自分がなぜ連れて来られてきたのかを黒金は理解していなかった。

 長崎は机の上に新潟県の地図を広げると書き込み始める。

 

「今、我々は万代橋とみなとトンネルを利用した遅滞戦術で何とかBETAを食い止めている状況だ。だが、そもそもこれは割にあうわけがない」

「物量比べをされれば、人類に勝機は薄いと」

「そういうことだ。何とか打開策を見いだそうとしてはいるが……なにぶん、京都防衛のために派遣した兵力が大きすぎる」

「近衛軍も同じようなものです。我々も今は将軍様を護衛する部隊を作りあげるので手一杯だ」

「……ふむ」

 

 長崎が不自然の言葉を切る。

 何を言いたいのかを黒金は理解できた。

 今は、将軍様一人の命を守るよりも生き残ってる大日本帝国の民を優先するべきではないのか? このままでは、本当に大日本帝国という国そのものが消えてしまうぞ。

 同時に黒金は、それを口にしてはいけないということも理解してた。

 将軍様が生きているからこそ、国民はまだ立ち上がることができるのだ。

 あの号令が本当に無くなってしまった時。

 大日本帝国から民は誰一人としていなくなってしまうであろう。

 

「これはオフレコなのだが……」

「オフレコ……?」

「榊首相からユキツバキという作戦が提案されている」

「ユキツバキ……?」

「我々、帝国東部方面軍第12師団がまるごと囮となり、第一軌道降下旅団による掃討作戦の名称だ。まあ、軍上層部がこれを認めるわけがないのはわかってはいるが……そうでもしないと勝てないという現実だけ認識しておいてもらいたいものだ」

「……長崎少佐はどのようにお考えで」

「……選択肢の一つには入れている。さっきも言ったが、そこまでしてでも、何千人以上もの命が失われることになろうとも、やらなければ勝てないのだから。武器がないのならば、命をベットするしかないだろう?」

「……ごもっともです」

「少し話しすぎたな」

 

 長崎はそういうと地図に大きな丸を付ける。

 

「わかっているとは思うが、この円の中で止めなければならない。これから戦術機部隊は前線へと出撃する。近衛第23中隊の残存兵力は」

「歩兵30、戦術機10です」

「そうか……そちらもかなり消耗しているな」

「いえ……長崎少佐の部隊も」

「あぁ……戦術機21だ。最初は大隊といいながらも50機近くあったのだがな……嘆いても仕方のないことだ。近衛軍の武御雷とやらに期待してもいいのか?」

「もちろんです。それに……我々には精鋭中の精鋭がいますから」

 

 前園が姫川と黒金を指さす。

 長崎の視線に反応したかのように姫川は敬礼を返したが、黒金は何の反応もしめすことができなかった。

 その様子をどう捉えたのか、どこか懐かしそうに目を細めると長崎はさらに小さな丸を書きだす。

 それが第23近衛中隊の持ち場ということだろう。

 

「体系はまかせる。わずか10機でもたせるのは厳しいかもしれないが……頼む」

「お任せください」

 

 前園と長崎は固い握手を交わす。

 指令室から出ると、前園は静かに告げるのであった。

 

「隊を三分割する。10機とは言ったが、実際は11機だからな」

「俺が増えたからか?」

「そう悲観的に言うな。お前が増えたことで戦力があがるのならば、私は構わないと思っている。お前の力……見せてもらうぞ」

「姫川、そう喧嘩を売るように言うな。姫川小隊4機、黒金隊4機、そして前園隊3機だ。いいな?」

「俺が小隊長?!」

「不満か?」

「前園大尉がおっしゃているのだ。いちいち大げさに反応をするな。しゃんとしろ」

「……すまない」

「メンバーは追って連絡する。現時刻1800より出撃準備を開始。1930までには出撃するぞ」

「はっ!」

「将軍様より賜った武御雷の力、そして俺たち近衛の力を存分に示すぞ!」

 

 そう言うと前園はどこかへ足早に去っていった。

 姫川は何か言いたそうな視線を向けるも、反対方向へと歩いていく。

 

「出撃か……」

 

 3日だ。

 3日前、俺は今の黒金猛としての生を受けた。

 多くのことはなかった。独房に入れられていた期間が長かった。

 それでも、ズッと長く生きている気がする。

 何度もやり直して、繰り返した先にようやく見つけた突破口。

 そんな希望を持てるのはいったなぜなのか?

 俺という人間を俺が一番知らない。

 

「それでも、戦う理由はある」

 

 拳を握りしめる。 

 出撃まで残り1時間半。

 やることはたくさんあった。



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ユキツバキ作戦編
黒金小隊


同日 衛士更衣室

 

 前線にある基地に男女のスペースを分ける余裕はない。

 ましてや、内地にある基地だとしてもこの非常事態である。性別の差を気にして、羞恥心を抱くような衛士を国の存亡をかけた防衛線で役に立つはずがないと判断ししたとしても、誰がそれを咎められると言えようか。

 ゆえに、黒金はなるべく視線を逸らしながら無心になって強化装備へと着替えた。

 なんとか着替え終わると、すでに3人の衛士が黒金へと敬礼をして待機していた。誰もが、若干不審そうに見ている。無理もないだろう。突然現れた男に自分の命を預けようとしているのだ。疑心暗鬼になって当然だろう。

 

「小隊長の黒金だ。階級は中尉となっている」

「……間島少尉」

「南雲少尉です」

「西です」

 

 このご時世に男が三人の小隊か。

 BETA襲来からまずか30年以上経った今、地球上で男性の存在が希少なものとなっている。BETAとの開戦において先陣を切り続けた男が減り続けるのは至極当然の習わしだ。

 だからこそ、足りない戦力を補うため徴兵年齢の引き下げや移民の兵役の義務化、女性の徴兵までしているのだ。

 最も、BETAの進行をうけていないイギリスやアメリカといった国は国力を維持しているようだが……。

 どこまで本当の話などわかるのはごく一部の人間だろう。人類は、BETAという共通の敵をもっている今でさえ結託することはできないのだ。

 BETA対戦の次。即ち、多くの国が力を失ったその先において誰が地球をまとめあげ頂点へと君臨するか。それのみを考えているのだ。

 前線でどれだけの命が失われているかもしらない、本国で椅子にふんぞり返っているお偉いさんの考えには正直辟易していた。

 

「我々4人一小隊として行動を共にする。ポジションをつけることも考えたが、なにぶん小隊として持つには持ち場が広すぎる。今回は、各個撃破を目標に動いていくことを小隊方針としていくが、何かあるか?」

「単刀直入にお聞かせ願いたいです」

「どうした、西少尉」

 

 赤髪のポニーテールの少女が前に出る。年はまだ、10代後半だろうか? それでも、第二防衛ライン撤退戦の生き残りであり、なおかつ士族出身者である近衛にいるということはそうとう腕がたつのだろう。

 

「小隊長の実力はいかほどなのですか? ここにいる間島、南雲は私と共に訓練をこなし、そして撤退戦においてともに戦った戦友ですが。ですが…・・私は、あなたを知らない」

「西。その言い方はよせ。さすがの俺も見過ごせんぞ」

「だまってよ南雲。間島はどう思ってるの?」

「……僕は別に」

「あなたは……そうやって無関心を装って! 良い? 小隊長がポンコツだということは、死に直結するのよ? あなた達……死にたいの?」

「それはだな……」

「お前が俺の実力を疑うのはわかる。つい3日まえに現れた男を信用しろなど、どだい無理な話だ。だがな、一つだけ言える。俺はあの京都から生きて帰った男だ。壊滅した部隊からの生存者だ」

「……それは」

「何も言わず俺に従え。そして、必ず生き残れ。命令は以上だ」

 

○●○●○

 

同日 臨時総理官邸

 

「ですから、ユキツバキは日本海側に展開しているBETAを殲滅する唯一の方法なのです」

「そのために、我が帝国東部方面軍第12師団は全滅してもかまなわいとあなたはおっしゃるのですね」

「なにも全滅とまでは。あくまでも、陽動作戦としても要として動いてほしいとお願いしている限りです」

「榊首相。私には、一師団長として意地と誇りがあります。それは、決して内地の勤務からくるくだらないプライドではない。そのような、成功確率を度外視した作戦に多くの兵士たちを送り出すことはできませなんだ」

「……あなたは、その決断で国が亡ぼうとも構わないとおっしゃるのですね。今は、あくまでも遅滞戦術しか展開できていないあなたがたは、その僅かな力で打倒できるとおっしゃるのですね?」

「太平洋側BETAを早急に殲滅し、援軍を派遣することを願うばかりです」

「中将、中将閣下! ……何を悠長に構えているのやら」

 

 大日本帝国首相(さかき) 是親(これちか)はため息をつくと、思わず天井を見上げた。

 同じ中将という階級でありながら、これである。かたや民のために動き裁判にかけられた男。口ではプライドなどないと言いながらも、保身と見栄のために正しい選択もできない愚か者。

 

「彩峰中将。これが、我々は守ろうとしている国の一機関の現状なのです。なれば……私も闇の身を染めなければならなすまい」

 

 勘違いだろうか。机の書類が僅かに動いたのは。

 ノックの音がする。榊が返事をすると一人の秘書官が入ってきた。

 もしものための保険にしていたのだが、まさか実際に行わなくてはならない事態に陥るとは思いもしていなかった。

 

「榊首相。準備は整いました」

「いつでもいけるのか?」

「第一軌道降下旅団は既に配備されていました。帝国軍も薄々は、遅滞戦術の限界に感ずいていたのでしょう。国防大臣直轄部隊である特殊部隊第1特殊作戦団は先ほど新潟に向かいました。明日にでも、万代橋は爆破されるでしょう」

「わかった。確か、近衛軍が新潟にいたな」

「はい。近衛第23中隊です」

「近衛省に急ぎ作戦を伝え、撤退させなさい。あそこに刺激を与えるのはまずい」

「かしこまりました」

「さて……明日は長い一日になりそうだ」



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力あるもの

上に立つものは、見えない力に縛られるものである。


 斯衛軍に入って、3年の月日が過ぎた。

 名家の西家に生まれ落ち、女であるながらも男であるよう教育を受け続けた。生まれてからこのかた、自分が女だと思ったことはない。

 胸の膨らみがあろうとも、体の曲線が柔らかかろうとも、私が私である限り、男などに負けぬように戦い続けたい。前線で常に将軍様をお守りしたい。

 だが、内地勤務である斯衛軍に入隊してからは自分が戦場に立つことはないと思っていた。斯衛軍が戦場に出るということは、国家総動員の作戦に参加するか、この祖国にBETAが足を踏み入れた時だからだ。

 ゆえに、BETAがあっという間に九州を占領し、本州へ上陸したとの知らせを受けたとき、どこか心の高まりがあったことを私は理解している。誰かに言えば、不謹慎だと罵られるであろう。構わない、それで構わない。私の思いは、私だけが知っていればいい。

 誰よりも自分に厳しくあれ、他人には優しくあれ。それが西家に生まれた者の運命(さだめ)

 その家訓を胸に刻み付け、今日まで生きてきた。

 しかし、許せないことがに起きていた。

 ポッと出の男が、自分の小隊の小隊長となったのだ。

 激戦の京都から帰還したのだから、腕前は確かなものなのだろう。だが、素性も知れない男が、そもそも由緒正しい近衛軍に入っていいものか、姫川副隊長も最初は否定していたが、今ではどこか黒金という男の腕前を信頼している節がある。

 

「許せない」

 

 そう思い出撃していた。

 実際はどうだ。

 目の前に迫りくるBETAに対処しながらも、的確な指示を飛ばし、操縦技術がやや未熟な間島のフォローにも当たっている。目に見えて、一番撃破しているのは間違いなく黒金機だ。

 

「これが、実践を経験している者の証だというの?」

 

 驚きを隠せない。

 私自身も彼を信用しようとしていた。

 目に見える形で力を示されてしまっては、従わざるをえない。服従ではない、あくまでも私が主体の考えであり、彼を認めたのだ。

 

『西少尉! ボッとするな!』

「すみません!」

『なんだ西。出撃前には張り切っていったくせに、もう怖気づいたか』

「黙れ、南雲。後ろから撃たれたいか」

『おお、おっかねえ』

 

 くだらない会話ができるのも、ひとえに小隊長の働きが大きいからだ。私たちはまだ、黒金の存在がなければ闘うことすらできないのだ。

 認めていた。認めかけていたからこそ、次にとった黒金の行動がとても信じられなかった。

 

『こちら、帝国陸軍機甲化師団……BETAの進行を阻止できない。至急援軍を……』

『……すぐ隣の戦場か。距離的には……1キロもない』

 

 黒金の呟きに背筋が凍る。

 ただでさえ、4機の戦術機にしては大きすぎる範囲を受け持っているのだ。だというのに、これ以上戦場を拡大しようというのか? 敗れた部隊は最後まで抗い、僅かでも多くの被害をBETAに与え、潔く散るべきではないのか?

 味方であろうとも、助けるなどと愚行犯すことを小隊隊員である私は許していいのか? 否、許していいわけがない。

 

「だめです! 我々は、この範囲の守備を受け持っています! これ以上の戦域拡大は、隊の間延びを大きくさせます! そうなっては……各個撃破されるのがおちです」

『では、目の前の命が消えるときに、西少尉はそれを見逃せと』

「彼らもまた兵士である以上、そうなることを予期していたはずです。恨み言をいう権利などないのです。我々は、生きている者として、最大限の努力を全うするべきです!」

『まだ戦おうとする意志があるから、救援を求めているのだろう』

「なっ……」

『ここで手を差し伸べれば、戦う意思をもった鬼神が再び立ち上がることとなる。それこそが、戦力の限られている現場では必要なことではないのか』

「隊長! それでは、我々隊員はどうしろというのですか!」

『耐えよ』

「隊長っ! くそっ!」

 

 怒りに任せ引き金を絞る。

 残弾はまだ十分すぎるほどある。

 遠ざかっていく黒い武御雷に恨みがましい視線を向けた。

 戦えるものがいるのならば手を差し伸べ、再び戦えるように保護する?

 そんなことが毎回通るわけがない。通っていいわけがない。

 戦場(ここ)へ出てきてしまったら、すべては自己責任で完結するのだ。倒れるのは日々の鍛錬が足りていなかったから、精神にまだ不完全な部分があったから。

 

「そうだというのに……」

『西、状況が変わった。ここからは俺たちの連携で何とかするしかない。隊長は数分で戻ると言っている。幸いにもBETAの勢いは衰えてきた。これなら俺たちでなんとかできるぞ。きばれ!』

「……あぁ」

『おい、西! しっかりしろ! 隊長が理想主義者だとしても、あの力は疑いようもねえ。だったら、信じるしか今はないだろ!』

「言われなくともわかっている! 南雲、お前こそ目の前のクソ野郎どもに集中しろ」

『……わかった』

 

 そう、私は別に気にしていない。

 やることは変わっていないのだから。

 神聖なる国に足を踏み入れた、愚かな異星起源種を殲滅する。

 ただ、強いて言うならば……。

 

「幻滅しましたよ。黒金小隊長」



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逃げる

「3番格納庫開放完了です!」

「補給を優先しろ! 補給完了後すぐに出撃だ!」

「破損している機体は奥にまわせっ!」

「近衛中隊帰還します」

「よっしゃ、4番から入ってもらえ!」

 

 整備兵の声が格納庫に響き渡る。

 BETAが帝国本土に侵攻して以来、彼らに休む暇はなかった。いつでも最良の状態で出撃ができるよう、ありとあらゆる設備を点検し続けている。疲労のあまりふらつく者もいたが、誰も泣き言は言わない。

 ここにいる大多数の整備兵は、戦術機適性検査で落第した者達だった。前線へと出られない分、後方でともに戦おうという熱い闘志がそこには見えていた。

 そんな整備兵(かれら)を鼓舞し続ける整備長もまた、時代の流れとともに必要ではなくなったかつての歩兵の一人である。彼もまた、後方で支えることを生きがいとしていた。

 第23近衛中隊の面々は、整備場に隣接している部屋に集められていた。

 前園が神妙な顔で中隊員達を眺めている。

 

「先の戦闘はご苦労だった。補給と整備のため、一時帰還したわけだが……近衛省から新たな指令が入った」

「これより、我々第23近衛中隊は臨時首都となっている仙台へ帰還する」

「こ、このタイミングで?」

「ここを放っておいていいのかよ……」

「やっと帰られるのね……」

 

 姫川の言葉に隊員が各々に言葉を口にする。

 おかしい。

 黒金はその指示に違和感を覚えた。

 日本海側を侵攻しているBETA軍は、今や目と鼻の先におり、ここを突破されれば事実上防衛ラインの瓦解となるはずである。太平洋側のBETAが横浜付近で停滞しているならば、今こそ新潟に戦力を集中させBETA殲滅にあたるべきではないのか?

 一機で多くの戦術機が必要なはずの今、どうして撤退命令が下される。それも、近衛軍だけに。

 そこから導き出された答えに黒金は震撼した。

 同じ人間であり、同じ志を持ち、同じ目的で戦っているというのに、くだらない区別をつけ、机の上で戦術を練るだけの人物が人の生死を決めていいとでもいうのか?

 黒金の視線に気が付いた前園は、顔をせむけると肩を震わせた。

 前園もこの指令の意図を掴み、納得してはいないのだろう。ならば……

 

「静かにしろ! まだここは戦場だ。全員、一時待機だ。黒金は私と一緒に来い。前園大尉と話すぞ」

「りょうか……」

「待ってください!」

 

 黒金の言葉を遮ったのは西だった。

 姫川は怪訝な顔をしながらも、どうかしたかと聞き返す。

 

「黒金中尉は小隊長としていささか問題があると思われます!」

「……どうしてそう思う」

「中尉は我々小隊員の指揮を放り出し、人助けという自己満足のために単独行動をするお方です。そのような人のもとで、これからも戦い続けることは出来ません!」

「だったら、お前がやるか? 西少尉」

「前園大尉……」

 

 意外にも西の言葉に返事をしたのは前園だった。

 

「小隊員を放り出した? 確かに放り出したのならば小隊長失格だな。だが、黒金はお前たちの力を信じて任せたのではないのか?」

「それは……」

「人間はBETAとは違う。無尽蔵に生命を生み出せるわけではない。命は尊いのだからな」

「ですが……!」

「明日へ戦い続けるために。そのためには、帝国軍・近衛軍といった垣根を払い、ひいては国籍すら取り払った助け合いが必要なはずだ。俺は黒金の行動が間違っているとは思わない。西、お前は少し頭でっかちになりすぎだ」

「……大尉はそうおっしゃいますが、ですがっ!」

「くどいっ! 身の程をわきまえろ、西少尉!」

 

 最後は姫川の言葉で西は言葉をやめると、ふてくされたかのように俯いた。

 歩き出した前園と姫川の後についていく。

 扉の先にはさらに小さな部屋がこじんまりとあった。

 

「黒金。お前は間違っていない。そう思うだろ、姫川」

「……そうですね。今は一人でも多く戦える人員が必要です」

「別にそういうつもり救助したわけじゃないが……まぁ、いいや。それであの指令は」

「そうだ。裏がある。明朝防衛拠点としている万代橋を爆破し、BETAをみなとトンネルへ誘導。そこを軌道降下部隊で一気に強襲殲滅作戦、オペレーション「ユキツバキ」が行われる」

「ちょっと待てよ! それじゃ……万代橋に展開している第12師団は……」

「BETAの餌食なるだろうな。それどころか、この作戦は第12師団そのものを囮する作戦だ」

「……帝国軍は知っているのか?」

「おそらくは……」

「胸糞の悪い」

 

 姫川が全員の気持ちを代弁する。

 重たい沈黙が流れた。

 姫川の言葉の通り、何とも胸糞の悪い作戦だった。

 何千ではない、何万もの命が一瞬で奪われることをわかっていながら、参謀本部は実行しようとしているのだ。

 それをただ見ているだけで、あまつさえわかっていながら逃げるなど出来るわけがない。

 

「俺は残るぞ。たとえ教えることが出来ないとしても、一人でも多くの命を救うために戦うぞ」

「待てっ! 我々は帰還命令が!」

「まあ、そう言うな姫川。今日だけで、黒金がどんな男かはわかっただろう?」

「それは……そうですが」

「これより、命令を下す。姫川副隊長は第23近衛中隊を連れ仙台に迎え。俺と黒金はここに残り、一時第12師団の指揮下に入る」

「ちょ、何をおっしゃているのですか! 中隊長が抜けるなどありえませんっ!」

「姫川っ! これは中隊長命令だ」



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万代橋爆破

1998年 5月12日

 

万代橋新潟側

 

「万代橋一帯に戦術機部隊並びに歩兵部隊の展開を確認。帝国軍にはまだ、ばれていないようです」

「さっさと済ませるぞ。榊首相の許可はすでにとってある。設置はじめ」

「はっ!」

 

 隊長の号令で工作員達はC4を抱え、それぞれのポイントへ走り出した。

 万代橋は歴史ある有所正しき建造物だ。信濃川の河口から二番目にかかっている橋であり、町の繁栄を支え続けた重要な交通の要であった。

 BETA大戦などなければ、国の重要指定文化財に示されていてもおかしくはない。

 水中行動のできないBETAの特性を利用し、現在信濃川の横断する二つのルート「新潟みなとトンネル」と「万代橋」を利用した遅滞戦術を帝国軍を展開していた。

 しかし、決定的な戦火をあげることは望まれず、このままでは消耗戦に持ち込まれ、いつしか防衛ラインを突破されるというのが上層部の見立てだった。

 そこで、帝国第十二師団を囮としてつかい、万代橋を爆破封鎖することでみなとトンネルへとBETAを雪崩れ込ませ、軌道上で待機している第一軌道降下師団によって一気に殲滅するというのが今回の作戦だった。

 師団規模の囮が必要であるということ以外は、今回の作戦は概ね正しいと言えるだろう。

 最も、盤上で作戦を立てている上層部に現場の苦しみがわかるかと問うならば答えはノーであろうが……。

 

「同じ日本人を囮にしなくてはいけないなど……あまり後味はよくありませんね。しかも、知らせもしてないなんて」

「BETAは些細なことでも変化に敏感なやつらだ。突然、みなとトンネルのほうの守りを固めれば、対処する可能性がある。仕方がないなどと言ってしまえば簡単だが……そうもいかんな」

「設置完了しました」

「よし、総員退避。こんなところで爆発に巻き込まれて死んだなど、シャレにならんぞ」

「さて……始めようとしようか」

 

○●○●○

同日

 

万代橋を防衛隊 日本海側

 

『貧乏くじを引いたと思うか?』

「え?」

 

 前園の言葉は意外にも落ち着いたものだった。

 黒金の勝手なイメージだが、武家出身となると死に際を求め彷徨い狂うものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「むしろ、それは隊長のほうでしょ。俺の言うことなんかきくから」

『やっと隊長と呼んだな』

「ここまで付き合ってくれてるんだ。いい加減、認めざるを得ないだろう」

『敬語を使わないのは相変わらずだがな。はっはっは』

 

 前園はわざとらしく声をあげて笑った。

 近衛第23中隊と別行動をとっている2人は今、万代橋防衛特別遊撃隊となっていた。

 ユキツバキの存在を知っていた長崎は、黒金達が残ったことですべてを察したのだろう。

 「一兵でも多く渡河させ、そして自分達も必ず生きて帰ってこい」と、だけ言葉をかけただけだった。

 

『黒金。俺の親戚に本物の黒金家がある』

「は?」

『この作戦が終わったら、お前はそこの養子になれ』

「ちょ、何言ってんだよ!」

『その家はな、子宝に恵まれなくて養子を探してたんだ。気立ての良い、老夫婦の武家なのだが……あそこならば、お前を快く受け入れてくれるだろう。話ももう通してあるしな』

「そういうわけじゃないっ! どうして……今、言うんだ。まるでそれじゃ……」

『勘違いするな。俺はここで死ぬつもりもないし、お前と心中なんてまっぴらごめんだ。ただ、このご時世、どこの誰だかわからないやつに対する風当たりは意外にも厳しい。せめて、養子でも武家出身者になってもらなきゃ、この部隊にいつまでも置くことはできない』

「隊長……」

『だから頼むぞ。何としても凌ぎ切る。そして仙台へ帰還するんだ。それが命令だ。わかったな?』

「……了解だ」

 

 黒金が返事をしたその時だった。

 後方から巨大な爆発音と砂煙をまわせながら、万代橋がゆっくりと破壊されていった。

 なんの前触れもない、明らかな人為的な破壊工作に防衛隊の空気は凍り付く。 

 退路を断たれ、後ろに川がある今、まさに背水の陣の状況だった。

 

『全帝国軍につぐ! 万代橋が爆破された。戦術機部隊は歩兵を援護しつつ信濃川まで後退。渡河しろ! 歩兵部隊は戦術機と連携を取りながら全力後退! 余力のあるやつは俺に続け! このままだとみなとトンネルにBETAが大量流入するぞ!』

 

 階級など気にしているものなど誰もいなかった。

 それこそ近衛軍と帝国軍の垣根さえも越え、ただ純粋に大日本帝国を守る戦士として彼らは一致団結しようとしていた。

 その中心はもちろん、前園である。

 事前に知っていたとはいえ、不測の事態におびえる兵士を一括でまとめる能力には黒金も舌を巻いた。

 

『黒金っ! 何機ついてきた!』

「14だっ!」

『十分だ! 勇猛なバカども、臨時小隊長の前園だ。これから、BETAを殲滅させながら歩兵部隊の信濃川渡河を援護する。援軍は必ず来るはずだ! きばれっ! そして、このまま奴らを殺しつくすぞ!』

「おおっ!!!」

 

 返ってきた返事は勇ましいものだった。

 台地が震え、BETAが怯えたように進行を止めたようにさえ見えたほどだ。

 黒金達の地獄の時間が始まろうとしていた。



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闘いの意味

「4番機っ! 右から来てるぞ、気を付けろっ!」

『8番機、弾薬切れですっ!』

「後ろに下がっていい。補給しろ。俺がカバーに回る」

 

 吹雪が下がっていくの確認すると、黒金はその穴を埋めるべく素早く移動を開始した。

 急造チーム、それも本来あり得ないドリームチームであったが、一応チームワークは取れていた。先頭をいく前園が、黒金に指揮を一任した時はどうしたと思ったが、なるほど。後方で援護射撃の列に加わっているくらいなら、前衛として盾役を務めるほうが彼には向いているのだろう。

 実際、前園の周囲のBETAの多くが数秒と持たずに血飛沫をあげ倒れていっている。

 帝国軍の練度もなかなかなものだ。

 不測の事態に備え、つねに厳しい規律のもとに訓練を重ねているだけはある。

 実戦慣れしていない者が数人見受けられるが、それでも歩兵が完全撤退するまで渡河を援護するだけならば十分だ。

 むしろ、この戦いを通して、とんでもない化け物に後にエースと呼ばれる存在へと変わるものがいるかもしれない。

 幸いにも、歩兵を乗せ渡河している戦術機が残していった武装や弾薬のおかげで兵站が整っていなくとも、まだ持ち堪えることができるだろう。

 しかし、懸念すべき事態はある。

 万代橋へ進軍していたBETAの数が想定より少ないのだ。

 橋を爆破され、内陸部へと進軍できないことをすでに理解したBETAが他の仲間を引き連れ、みなとトンネルへと向かったというのか?

 ならば、戦場の状況を逐一理解し、判断を下す前線指揮官のような存在のBETAは撃破したい。

 しょせんは知能のない有象無象。頭をつぶしてしまえば、どれだけ物量があろうとも戦術を駆使した人類に勝つことは容易いことではなくなるはずだ。

 87式突撃砲の残弾が0になったことをモニターが警告音と共に伝える。

 

「一時下がる。ここは任せるぞっ!」

『了解っ!』

 

 黒い武御雷がブーストを吹かし一時後退する。

 その時だった。

 前方のほうで爆炎が上がると、ノイズと悲鳴が耳に飛び込んできたのは。

 戦術機が一撃で屠られた?

 頭に浮かんだのは最悪の想定。

 兵士(ウォーリアー)級と戦士(ソルジャー)級の処理しかないと思い込んでいた、急造部隊の全員がその姿に慄いた。

 距離は1km以上あるはずだ。それでも、その巨躯は確かに威圧感と恐怖感を放っていた。

 まさか、日本の領土に、佐渡島ハイヴでもう、要塞(フォート)級が生成されていたなど、誰が想像しただろうか?

 

『終わった……』

『無理だ……いくらなんでも無理だっ!』

『いやだ、死にたくないっ!』

「お前たち、どうした! まだこれだけ距離があるんだぞっ! なにを怯えているだ」

『すぐ近くじゃないかっ! こんな数で……勝てるわけないっ!』

 

 黒金の檄も虚しく響くだけだった。

 一度絶望を知ってしたしまった人間は立ち上がることはできない。

 絶望は心をむしばみ、勇気を奪い去っていくものだ。

 それでも……それでも……彼は諦めていない。前園だけは、希望の光を胸に抱き続けていた。

 

『命が惜しいのかっ!』

「隊長……」

『怖いな。怖いよなっ! だけどよ、俺たちはなんのために戦っているんだ。この戦いの意味は何だっ!』

『「……」』

『どいつもこいつも腑抜けだな。いったい、何のために死にそうな訓練重ねてきたんだ! シャキッとしろ』

『戦う理由なんてのはバラバラだろうよ。だけど……戦う意味は未来を守るためだろっ!』

 

 思わず息をのんだ。 

 その通りだ。目の前にある絶望に気を取られ、俺たちは未来を見失っていた。そんなんでは勝てない。未来のために戦っているのに、未来を見据えないで戦えるわけがない。

 

『勝つ可能性は低いだろっ! それでもっ! 立ち上がれ武士(もののふ)!』

『おおっ!』

 

 一人、また一人と前衛が要塞級へと突貫を始める。

 複数の敵で対処するのが対要塞級のセオリーだ。

 だが……

 

『ごはっ!』

 

 不吉な音が再び聞こえる。

 今度は血を吐く音だ。聞く人によってはそれを不快だと表現するだろう。

 しかし、今は……

 

「隊長っ!」

『へっ……偉そうなこと言って俺も逝っちまうのかよ……』

『隊長っ!』

 

 帝国軍の兵士たちも前園を隊長と呼んでいた。 

 すでに、彼はこの部隊の誰もが認める隊長だったのだ。

 ゆえに、彼は最後に告げる。隊長として最後の勤めを果たすために。

 

『時間だ。まもなく、空から騎士がくる。全員、撤退開始。要塞級は……俺が何とかする』

「まさか……やめてくださいっ!」

『黒金。お前ってやつは、まだ訳のわからない奴だが……見込みがある。だから、その心の炎を絶やすなよ』

「前園っ!」

 

 爆発音。衝撃。

 それは同時にやってきた。

 一つは空から降ってきた第一軌道降下師団のリエントリーシェルによるもの。

 もう一つは……最後の力を振り絞り、前園が内地の前線で初めて確認された要塞級もろとも自爆した音。

 1998年5月12日。

 万代橋爆破から始まった一連の作戦、ユキツバキは僅か数時間で終わりを迎えた。 

 BETAは大損害を被ると、急きょ進路を南へ反転。

 北信を諦めるかのように去っていった。万代橋撤退中の歩兵に死傷者が出ることはなかった。

 前園の働きは決して評価されない。

 数千人の命を救った偉大なる英雄であろうとも、もとをただせば帰還命令を破った犯罪者なのだから。 

 だからこそ、前園を慕い、敬う者は少なくていい。前園の本当の功績を知るのは俺たちだけでいい。

 それを胸に、拾われた命を知り、無駄に捨てることがないように生きていけばいいのだから。

 

 帝国軍 被害 死傷者1万2000人

 近衛軍 死亡 1人 



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激昂

「前園大尉がなくなった今、部隊を率いるは姫川中尉。そなたになった。これより、戦時昇格として姫川を大尉へと昇格。第23近衛中隊中隊長に命ずる」

「はっ! 誠に光栄であります」

「うむ。まだまだ戦は続くであろう。諸君ら、第23近衛中隊はその性質上どうしても前線続きとなってしまうが……辛抱してくれ。武御雷完全配備の暁には、名誉の部隊として称えられるであろう」

「……それは前園大尉もですか?」

「ん? 何か言ったかね?」

「いえ、何も。参謀殿に敬礼!」

 

 姫川の号令で中隊員は一斉に敬礼をする。

 参謀は満足げに頷くと部屋を出て行った。

 ユキツバキ発令から1週間。

 どうにかして、黒金は仙台まで戻り第23中隊と合流していた。

 相方は、もうしゃべることのない前園の遺体だった。

 その事実を知った時、姫川にどれだけ罵られるだろうかと身構えたが、意外にも彼女は何も口にすることはなかった。

 BETAとの戦いで戦力を失った部隊が多く存在したため、近衛軍内の臨時編成が各所で発表されていた。 

 第23中隊も例外ではなく、今さっきこうして新たな中隊長が誕生したのだった。

 聞くところによると、京都防衛隊は完全に壊滅。しかし、日本海側BETA、太平洋側BETA問わずになぜか後退を開始。今は、横浜付近まで下がっているらしい。

 確実の個体数は減っているが、上陸した彼らがやることなど一つしかない。

 今頃偵察衛星は必死になって新たに建造されるであろうハイヴを探しているだろう。小さな島国に2つ目となるハイヴが出来上がった日には、まさに絶望の一言しかない。

 

「では、解散せよ。なお、黒金。お前は残れ」

「俺が……?」

「命令だ。解散」

 

 ぞろぞろと中隊員が部屋を出ていく。

 黒金へと向ける視線もまた様々だ。

 名もなき英雄としてユキツバキを陰から支えた者に対する畏敬の念を込めた視線、敬愛すべき隊長を守ることができなかった愚か者を見る視線。 

 前者のほうが僅かに多いが、正直なところ何も言えないことから引けめを感じないこともない。

 中隊員が出ていくのを確認すると、姫川は部屋の扉を閉めた。

 気まずい沈黙が流れる。

 

「……隊長昇格おめでとう」

「私ごときがなっていい役職ではないが。誰もいないのでは仕方ない。幸か不幸か、ほかにいた副隊長候補も隊長候補も皆、死んでしまった」

「……お前は俺を怒らないのか」

「怒る? いったい何を?」

「前園隊長が死んだことだ」

「黒金、お前が殺したのか?」

「そういうわけではないが……」

「ならば、なぜ私が憤る必要がある。大尉は大尉にしかできないことを成しただけだろう。その結果として、命を奪われたとしても……それは本望なんじゃないか?」

「お前! 本気で言っているのか!」

 

 思わず大きな声が出た。

 そうだ、俺が姫川に説教などできない立場だということは俺自身がよく理解している。

 それでも、今のようなやけになった言い方を許容できるほど俺は人間ができていない。出会って数日しか経っていない。何もわからないし、分かり合えたとも思っていない。だがしかし、そうだとしても誰かの命を任務のためならば仕方ないで切り捨てていいのだろうか? 否、いいわけがない。それは、生者が悲しまぬために与える理由にすぎない。なんと、自分勝手なものだ。

 

「いいのかよ! 好きだったんだろ! だったら……そんな自分に言い聞かせているみたいに言うな」

「……ならば、言っていいのだな? お前ごときが私を受け止めきれると?」

「……!」

 

 雰囲気が変わった。

 姫川をどす黒い何かが取り巻く。

 

「お前が……余計なことを言っていなければ、大尉は私達と一緒に仙台へと戻っていたはずだった! 大尉は、自分の部隊から離れるようなお方ではない!」

「がはっ!」

 

 姫川の鉄拳が黒金の鳩尾に決まる。

 

「お前はなんだ! なんなんだ! 生きるはずだった人間を殺して、何を飄々としている! 説教をしている! お前がすべてなだけだろう!」

「ぐっ……!」

「疫病神がっ! 大尉を返せ! あの人は……2度と戻ってこないのだぞ!」

 

 最後の一撃で黒金は吹き飛ばされる。

 机にぶつかり、ひっくり返すと黒金は血を吐いた。

 全身全霊本気の拳。彼女は今、黒金にまったくの嘘偽りのない言葉をぶつけたのだ。それが、どのような内容であろうとも、彼女の本心であることは変わらない。

 

「……そうか……すまない……」

「……どうだ、わかっただろう。私は……お前が憎い!」

「……そうだな」

 

 正しい選択だったかは終わってからわかる。

 前園が生きていれば、大団円で終わる最高の結末だったのだろう。しかし、今は帰ってきていない。助けられた帝国軍にとっては最高の終わりだとしても、第23中隊にとっては悪夢のような終わりなのだ。

 姫川は黒金に厳しい視線を向け続ける。

 

「お前を許す気はない」

「……そうだろうな」

「ゆえに、私の役に立て」

「え? 何を言って」

「黒金中尉。副隊長を命じる」

「な……!」

「いいか。これは罪滅ぼしだ。私のために、部隊のために身命を賭けて働け」

 

 衝撃の言葉に黒金は何も言うことができなかった。

 そんな黒金を尻目に、姫川は部屋から出て行った。



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黒金を継ぐものとして

 黒金邸は思っていたよりもこじんまりとした佇まいであった。

 代々将軍を支える斯衛軍参謀を輩出し続けた名家であったが、どうにも子宝に恵まれず今の代でつぶれてしまうだろう、というのが世間の評価であった。

 実際、現当主である「黒金 泰三(くろがね たいぞう)」もそうなるものだと思い込んでいた。参謀本部を退官した後は、妻と共にのんびりとした余生を過ごしたい。そう考えていた時の、BETA上陸であった。しかし、今や老兵の手などを借りずとも参謀本部はしっかりと機能していた。

 将軍を安全な仙台まで護送し、ついにお役御免と思っていたその時だった。親戚にあたる前園家から連絡がきたのは。 

 身元不明の男を養子として欲しい。

 平時ならばそんなお願いを突っぱねてしまうだろう。だがしかし、今は戦時。

 おまけに何かと便を図ってもらっている前園家からのお願いだだった。無下にすることもできまい。

 そんな軽い気持ちで泰三は猛を受け入れていた。

 どうしたものか、猛という男は予想以上に聡明でな男であった。

 なるほど、確かに彼にならば、知り合って間もないとはいえ「黒金」の名を継がせることができるやもしれない。一目見ただけで泰三と妻の思いは同じだった。

 BETA後退に伴い、斯衛軍の一部に休暇が出されていた。

 猛は初めて来た黒金邸で必死に、上流階級者としてのマナーや心得を学び続けていた。

 

「猛や。お前は黒金家のルーツを知っているかね?」

「いいや、知りませんが……」

「猛、いつも言っているでしょ。ここはあなたの家ですよ。そんなに肩肘張らずとも、誰に咎められることなどありません」

 

 老夫婦はニコニコと猛へと話しかける。

 ここまで来れば自分が決して彼らに押し付けられたのではなく、心底歓迎されていることが察することができていた。

 猛は一つ息をつくと、もう一度聞き直す。

 

「知らないけど……できるなら教えてくれないか?」

「もちろんだとも。黒金家は初代将軍の頃から今も変わらず参謀を務めてきた」

「数百年も?!」

「そうじゃ。そうして気が付くと、今の地位になり右腕と呼んでいただけるようになったのじゃ」

「す、すごいんだな……黒金家って」

「今頃気が付いたのかえ?」

 

 初代将軍といえば江戸時代の話だろう。

 数十家と将軍に仕えている名家はあるはずだ。その中でも右腕と呼ばれる立ち位置にいることは、驚くべきことであり、同時にどうしようもないほどの不安と責任を感じざる負えない。

 もっとも、責任などとうの昔から理解して背負っているつもりではあるが。

 

「ゆえに、たまにじゃがな、本当にたまに将軍様がいらっしゃるのじゃよ」

「どこに?」

「ここじゃよ」

「はあっ?!」

「そう驚く出ないぞ」

 

 何をサラリとあり得ないことを言っているのだろうか。

 いや、さすがに将軍を冗談のネタにするなど目覚めが悪い。そうなると、本当に将軍様が非公式でこの家を訪れると言うのか? 言葉に表せないすごさを猛はさらに自覚する。

 

「猛や。もし、将軍様がいらっしゃた時は礼儀正しく頼むぞ」

「当たり前だろう……さすがに、無作法はできないぜ」

「その意気じゃ。では、続きといこうかのう」

 

 猛が将軍の右腕として動き始めるのはまだまだ先の話である。

 だが、今この時から、運命の歯車は徐々に動きを速めて行っていた。



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将軍

 その式典自体には大した意味はないのだろう。

 建前上、先のBETA強襲上陸の際の功労者を慰労するための会であるらしいが、今もBETAが国内で巣くっているというのに、こんなものを開くなど暢気なものだ、というのが諸外国からの評価だった。

 それは黒金にとっても同じことだ。斯衛軍、帝国軍の境を取り、とにかく全員を慰労する。なるほど、士気向上のためにはもってこいだろう。この国は、将軍に会うことができれば普段以上の力を振るえる者がごまんといる。

 しかしながら、明日死ぬかもしれない現状に変わりはない。臨時首都としている仙台に今からでも、横浜付近で停滞しているBETAが雪崩れ込んできてもなんら不思議な状況ではないのだ。

 慣れない、正装と帝国上層部の危機感のなさに黒金は思わず顔をしかめた。こんなところを泰三に見られれば、無礼だとどやされるであろう。

 

「黒金。お前も気になるのか」

 

 隣にいる姫川がそっと話しかけてくる。

 前園が死んでからはや2か月が過ぎていた。ギスギスした関係が続いてはいるものの、隊のトップが不仲でい続けるわけにもいかない。それは姫川にとっても同じ考えだった。

 徐々にだが、お互いをわかりあおうといちおうは歩み寄る体裁を取っていた。隊の古参の者にはそれが奇妙に映っているであろうが構わない。

 

「あぁ。こんなことをしている場合なのか?」

「そうだな。確かにそうだ。だがな」

「ん……?」

「これがまったくの無意味だとは私は思っていない」

 

 姫川の口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。

 堅物の彼女ならば、ここから飛び出していこうとうずうずしているとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。前の彼女とは違う。彼女なりに、鬱蒼とした思いに区切りをつけ隊長としての自覚を持ち始めているのだろう。それはもちろん、黒金にも同じことが言えるが……

 

「ただでさえ、帝国にいる戦える人間の数は少ない。限られた数が無限に挑むには一人一人が一騎当千の覚悟を持ち立ち向かうしかないんだからな。これは……各々をそうした武士にするためにはうってつけの良い機会だ」

「まあ……それに対して意見するつもりはない。間違いようのない事実であるし、そうした目的が必ずあるだろうしな」

「だが、そうだとしても……なぜ、貴様と二人の出席なのだ」

「どうして最後はそこに行き着くんだよ……」

 

 思わずため息が出る。

 なんだこいつは。ころころと態度を変えて。やっぱり、俺が過剰評価し過ぎているだけなのか?

 

「第23斯衛中隊隊長、姫川梓大尉。前へ」

「はっ!」

 

 名前を呼ばれ、さすがに仏頂面を直すと姫川は将軍の前へと進んでいった。

 その様子を何気なく眺めながら、黒金は黒金家のことを思い出す。数百年将軍家の右腕と使え続けている名家。将軍が生き抜くとして、邸宅にくるほどの仲。いったいぜんたい、俺はとんでもないところの養子になってしまったのではないか。

 

「同じく、黒金猛中尉。前へ」

「は、はいっ!」

 

 考えに夢中になってしまい、思わず間抜けな返事が出る。幸いなことに、誰もそれに関してはツッコミをいれないようだが、後で姫川に馬鹿にされそうだ。

 ゆっくると将軍の前へと近づいていく。

 思えば将軍の姿を見るの初めてだ。女性だと知った時も驚いたが、どの距離から見ても美しく聡明そうな容姿はまさに、なるべくしてなった将軍だということを表していた。

 膝をつき、将軍へと忠義を示す。

 

「よくぞ、働いてくれました。そなたの働きに心より感謝を」

「はっ! もったいなきお言葉をありがとうございます。誠心誠意、お国のため将軍のため働かせていただく所存です」

「……うふふ」

 

 笑う……?

 おかしなことを言っただろうか? 

 思わず黒金が顔を上げると、そこには笑顔を浮かべた将軍が愛おしそうに黒金を見つめている姿があった。時が止まる。1秒に満たないであろうが、数十秒近く彼女と目を合わせていたのではないかと錯覚するほどの長い時間。

 

「黒金家には代々お世話になっております。よろしく頼みますね……黒金猛中尉」

「御意っ!」



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明星作戦編
介入


 1999年3月12日 国連軍所属特秘潜水艦バルバロッサ

 

 大日本帝国にBETAが上陸してから、間もなく一年が経とうとしていた。この一年、大日本帝国は自国領土内にBETAがいるという事実に肝を冷やしながらも、まったく動きを見せないBETAのおかげでどうにか戦力を再び整える算段をつけることができていた。

 辛うじて機能している関東圏北部に存在する軍需工場をフル稼働させ、対BETA兵器の要である戦術機と地上戦力を製造していた。また、相模湾近郊には琵琶湖で展開していた第4機動艦隊を配備し、順次艦砲射撃を行うことで確実な間引きを行っていた。

 しかしながら、BETAが一年近くもまったく動きを見せないのには当然のごとく理由があった。

 最新の偵察衛星の画像からもはっきりわかるほど、かつて横浜と呼ばれていた地区に巨大なハイヴが建造されつつあったのだ。

 BETAの進行が止まる時、すなわちそれはハイヴが建造されている時。言いえて妙とはまさにこのことだろう。

 このままこれを放置しておけば、小さな領土内に大日本帝国は、二つ目のハイヴ建造をみすみす見逃さなくてはいけなくなっていた。

 もちろん、大日本帝国側もそれを良しとすることはできなかった。

 オルタナティブ第4計画を主導している香月博士の発案による、横浜ハイヴ攻略作戦が国連へと提出されたのが4か月前。そのあとは、異例の速さで国連は作戦を承認。大東亜連合へと作戦を打診し、いまこうして、作戦に参加するであろう連合軍の首脳が集まる場が提供されていた。

 やや居心地の悪い潜水艦の堅い椅子にしかめっ面を浮かべながらも、榊は冷静になるよう努めた。

 あと少し議論を詰めることができれば、ハイヴ攻略作戦の目途が立つだろう。

 

「なるほど。Mr.榊。あなたの言う通り、本件は正式な国連の依頼として我々は受け取っている。BETAによる侵攻をいまだに受けていないアメリカは、全面的にそのサポートに回ることを誓おう」

「では……各国の方も、よろしいですかな?」

「異議なし」

「これにて評決といたしましょう。些事に関しては、各国連携のもとまた後日に」

 

 議長の一言により、議会が解散される。

 各国代表が頭上に気を付けながら部屋を出て行ったのを見送ると、榊は大きくため息をついた。扉の近く渦中の香月がいるのを見かけると、よいしょと言いながら榊は立ち上がり近付いていく。

 

「どのようにして、あのアメリカを言いくるめましたのかな?」

「あら、随分な良いようですわね、首相どの」

「BETA進行の際、安全保障条約を一方的な破棄を言い渡し逃げて行った彼らがなぜ、これほどまでに協力的なのか。疑問に思わぬほうが無理があるのでは」

「……確かに。ですが私は今回、大したことはしていません。ただ、彼らにとって横浜を奪還するということが何かしらのプラスになると考えただけではないのですか? あの国は、今を見ていません。見ているのはBETAがこの地球から消えた後の話」

「この辺にしておきましょう。余計な詮索は、寿命を縮めるだけだ。なんにせよ、香月博士立案の作戦。首尾よく進むことを願うばかりです」

「ご安心を。なんといっても天才を私が立てたものですから」

 

 香月の揺るぎのない発言に、榊は思わず苦笑する。付き合いは長くはないが、彼女はどこまでも自信過剰であり、そしてその自信になった成果を生み出していることは周知の事実だった。

 大日本帝国がどうなるか。それをこの目ではっきりと見るまでは死ぬわけにはいかぬ。

 両のこぶしを握り締め、榊は新たに決意する。自分の作戦で多くの兵を既に死なせている。この先、どうなるかはわからないが、一度決断したものの責務として見届けなくてはいけない。たとえそれが、破滅のものだとしても、責任を放棄することは許されないのだから。

 

「これより、大日本帝国は準備に入ります。香月博士の研究も……良い方向へ向かうことを切に願っておりますぞ」

「ええ。まったくです。私もうかうかと、こんなところで油を売っている場合ではありませんから」

 

 



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激動

『戦闘シミュレーション終了。搭乗員は速やかに降車してください』

「ふぅ……」

 

 新潟での戦いから既に半年以上経っていた。

 前園大尉を尊敬していた姫川大尉は、最近になってから、やっと悲しみの陰りを見せることがなくなった。本人はズッと隠してきたつもりだったのだろうが、隊員からしてみれば、毅然な表情の中でどことなく見せる影をわかっていた。

 もっとも、一部のアホな男性衛士はその表情が良いなどとほざいており、吐き気がしていた。

 姫川の変わりようには、少なからず副隊長となった黒金の存在が大きいのだろう。

 隊長、副隊長の枠を超えていると思わせるほど二人きりの時間が多い彼らに、疑惑の視線を向ける者は多い。

 誰が誰と恋愛しようと関係ない、と思っている西からすればどうでもいいことなのだが……。

 そもそも、無断出撃に等しい形で出ておきながら、前園大尉を殺し、おめおめと帰ってきた黒金に姫川が恋などするものか。黒金は卑怯者だ。

 姫川は私の目標としている凛々しい尊敬に値する最高の衛士だ。いつしか、彼女を超えたいと思っている。

 私は……。

 

「おい、聞いているのか西」

「あ、え……すみません」

「大丈夫……? 最近、ボッとしてること……多くない……?」

「俺も間島もお前が体調不良じゃないかと最近思っている。大丈夫なのか?」

「当り前よ! 衛士にとって体調管理も仕事なのだから!」

「何かあるなら、遠慮なく言え。今から、医務室へ行ってもかまわないぞ」

 

 その言葉に思わず西は黙る。

 わかっている。黒金は小隊長として、中隊副隊長として私を気遣っていることは。それでも……彼の前では素直になることができない。恋愛感情ではない。心の奥底で、未だに信用できない自分がいる。多くの出撃を共にし、何度も窮地を救われているが、信用してはいけないという心の警鐘が鳴り止まない。

 突然黙る西に、黒金は心配そうな視線を向ける。

 やめてくれ。私は、あなたにそんな視線を向けられる権利などない。あなたを信用していないのだから……。

 

「西?」

「問題ありません。ですが、少し気分が悪いので抜けさせて頂いたて構いませんか?」

「あぁ……いいぞ。無理はするな」

「はっ! 緊急出撃の際には、すぐに戻ります」

 

 その場にいることに耐えられず、西は逃げ出すことを決めた。

 どっちが卑怯者よ。

 今すぐにでも、壁に頭を打ち付けて、錯乱している様子と誤魔化しながら本音をぶちまけたい。ぶちまければ何か変わるような気がする。

 

「まったく……何やっているんだろう……」

 

〇 〇 〇

 

「それはつまり……?」

「だから言っているでしょう? 横浜にあるハイヴに総攻撃をしかけるのよ」

「本気で言っているのでしょうか……?」

「真面目よ真面目。勝算が一割もないなら、やらないわよ」

「一割しかないのに……」

 

 黒金の言葉に香月は目を細める。

 しまった地雷を踏んでしまったか。

 どのような罵倒が来るかと身構えていた黒金に、香月は突然笑みを浮かべた。

 

「ははは、いいわ、そういう皮肉嫌いじゃないわよ。なんだか……あなたと話していると不思議な感じがするわ、黒金。まるで……いや、何もないわ。ともかく、そういうことよ」

「受け入れざる負えないのでしょう。ましてや、国連軍も出撃するとなれば、我々大日本帝国が兵の出し惜しみをするなど、もってのほかでしょうし」

 

 訓練後、突然の放送で呼ばれた黒金と姫川は研究室へと呼ばれた。

 研究室があるという存在は知っていたが、はたして何を研究しているのかなどの情報は一切知らなかった。

 ましてや、半ば冗談だと思っていた人物が本当に責任者などとは……。

 香月と初めて会ったのは、食堂だった。軍人にしては派手な服装であり、どこかのお偉いさんかと思い無視していたところを「視線があった」、などという今時聞きもしないチンピラの理屈で絡まれたのだった。よくよく聞くとまだ、大学生であり、帝国研究室の責任者だと彼女は名乗ったが、冗談が過ぎるとその時は相手にしていなかった。

 

「何よその目。黒金、あなた、私の言っていたこと信じてなかったでしょ?」

「ははは、そんなまさか」

「おい、思いっきり棒読みになってるぞ。階級は彼女のほうが高いんだ。お世辞を言うなら、もっと気合を入れろ」

「馬鹿にしているの? 全部聞こえているのだけども?」

「さ、さて……」

「はぁ……まあ、いいわ。天才のあたしの思考なんて、凡人には理解できないわよね。ともかく、これが作戦の概要よ。特殊部隊のあなた達には、ちょっと変わった依頼をしたいから……先に伝えておいたわ。いい、正式な発表があるまで他言無用よ」

「はっ!」

「この作戦がせいこうすれば、人類はBETAに勝つ希望を得られる」

 

 香月の顔はいつも以上に真面目なものとなっている。

 その通りだ。BETAに一度侵略された土地は取り返さないものだと思われている。ハイヴなど建築されたのならば、なおさらそう思えてしまう。

 その常識を覆すことができるのならば……。

 人類は希望を糧に再び立ち上がることができる。

 

「なんとしても成功させるぞ、黒金」

「わかってる」

 

 決意は固い。

 技術もある。

 問題があるとすれば……。

 黒金は天井へと目を向ける。何もないはずの宙へ彼は静かに誓いを立てるのであった。



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明星

お待たせしました。
次回から横浜ハイヴ攻略戦です。


 眠れないのは興奮のせいか? あるいは緊張しているのか?

 黒金は一人、自機の前で静かに盃を掲げた。死ぬ前の一杯ではない。必ず生きて帰ることを誓うための一杯だ。自分は多くの人に助けられたと痛いほどに感じている。何者かわからない自分を、お節介な程保護してくれた前園大尉。恨みながらも、副隊長として頼り続けてくれる姫川。正体不明の自分を養子としてくれた黒金の家。

 人は一人では生きられないと、常々誰かが言っているが成る程、確かにその通りなのかもしれない。

 仮に、あのまま前線と化してた京都で一人取り残されていたら、今頃BETAの腹の中で死んでいただろう。誰かにもらった命であるならば、誰かのためにつかわなくてはならない。誰かの燃えカスで生きているならば、自分もまた燃え尽きなくてはならない。何度も何度でも、助けるために全身全霊でいなければならない。

 横浜ハイヴへの攻撃が正式に発表されたのは、一週間前だった。人類二度目のハイヴ攻略戦に多くのものは不安を抱いていた。

 国連軍全面協力の元で行われる作戦。故に、仮に敗北した場合、人類は完全にBETAに勝つための希望を失うこととなる。ハイヴ攻略は地球上のBETAを一掃するためには必要不可欠であり、BETAに勝つことを示すためにも成功が絶対条件となっていた。

 作戦名は「明星作戦」。人類にとって、暗い夜を照らすための光が見える作戦となるのか。あるいは、二度と朝など来ない絶望を味わう作戦となるのか。

 結果など、振ってみなければわからないダイス目と同じであり、なるようになる、という曖昧な回答しかできない。それでも間違いなく、この作戦に関わる誰しもが「勝ちたい」と意気込んでいる。

 ヨーロッパ戦線での戦闘が収束の影を見せている今だからこそ、これほどの大規模な戦闘を起こせているのだ。

 

「そうだ。俺たちが勝つんだ。異星起原種だかなんだかは知らないが、俺たちの地球から出ていけ」

 

 黒金が呟いた時、後ろから足音が聞こえた。振り返ると、予想と反した人物が黒金を見つめていた。

 彼女もまた眠れないのだろうか? 震える彼女の拳を見て、黒金は静かに微笑む。それを見た彼女は、嫌悪感を浮かべると、黒金へと話しかけてきた。

 

「なにをしているんですか、黒金副隊長」

「興奮しちまってな。先に自分の戦術機の様子を見に来たんだよ。お前こそどうした、西」

「私も……自分の戦術機の確認をしに来たんですよ。まさか、副隊長殿が先にいるとは思いませんでしたが」

 

 副隊長を強調して言っているあたりが、西なりの嫌味のつもりなのだろう。残念ながら、もう、そんなものは大した心理的ダメージにもならないというのに。

 視線を忙しなく動かしながら、西は答えると再び黙りこくった。

 沈黙が流れ、格納庫の設置されている柱時計の秒針の音が響き渡っていた。不気味なほどの静寂。

 カチカチという音があまりにも鮮明に聞こえるため、今にでも発狂してしまいそうだ。

 

「西、お前が俺をどう思っているかは理解しているつもりだ」

「何の話ですか、副隊長。私は別に……」

「だがな、お前の個人的な感情で隊を危険にさらすことだけは許さない」

「なっ……!」

「余計な憂いは取り除いておけ」

「……だったら」

 

 西の肩がワナワナと震える。まさに噴火寸前の火山と形容するのが正しいだろう。

 そうだ。言いたいことがあるなら先に言え。言えずに後悔して死ぬなんて、間抜けすぎるだろう。

 

「あなたはどうして、前園大尉をお守りできなかったのですか! あなたが本当に実力者なら出来たはずだ!」

「お前も大尉を尊敬していたのだな」

「当たり前です! あの方は、誰からも好かれる素晴らしいお方でした!」

 

 姫川とは違い、純粋に前園を尊敬していたことが感じられた。

 さて、どう答える。どう答えれば地雷を踏まずに済む。

 そんなことを考えている間も、西の罵詈雑言は止まらなかった。次から次へと、黒金を否定する言葉が飛んでくる。やがて、黒金は考えることがめんどうになった。

 

「お前の言いたいことはわかる。では、聞かせてくれ。尊敬すべき人が選んだ選択を、どうして否定できる」

「え……?」

「尊敬に値すべき人が、最後の選択をしたとして、それの正しさを問うわけではない、だが、その選択を否定することはその人自身を否定することじゃないのか?」

「それ、は……」

「俺は止められなかった。短い期間だったが、前園が確かな人格者であり、これ以上ない人間味あふれる人物だったからこそ、止められなかった。お前なら、止められたのか?」

「私は……」

 

 西が言葉に詰まる。何度目かの秒針が鳴り響いたのをきっかけに、黒金は窓の外を見た。

 朝日が漆黒の闇を割き、世界中を照らそうとしていた。

 

「明星だ。もうすぐで朝になる」

「……そうですね」

「憂いは取り除けたか?」

「わかりませんよ。ですが……私は黒金副隊長のことを勘違いしていたのかもしれません。てっきり、守れる力があるはずなのに、使わないで逃げたのだと」

「勘違いじゃないことがわかってもらえたなら、それでいい」

 

 西の副隊長という言い方かたは、既に皮肉が消えていた。



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8月5日

遅くなり申し訳ありません。
これより、明星作戦編ですね。


8月5日 国連軍太平洋艦隊並びに大日本帝国太平洋艦隊 太平洋洋上

 

『小沢提督』

「そう固くなることはない。これは終わりではなく、大日本帝国の……いや、人類の逆襲の機会なのだからな」

『そうだぞ安倍君。我々がどっしりと構えていなくては、部下が不安がってしまう』

『井口艦長も、言葉の端々に緊張が見られるようだが?』

『ほぉ……田所艦長も同じではないか?』

 

 戦友達の声が通信機から聞こえてくる。彼らは、共に出撃している艦長達だ。中には、小沢と同じく、BETAが日本を襲撃した際、佐渡島が落ちていく姿を何もできずに歯がゆい思いをしながら見た者もいる。小沢とてその一人だ。

 作戦開始時刻が刻々と迫っている。

 第一フェイズとして、太平洋と日本海に展開している艦隊勢力により、艦砲射撃を行い横浜より西日本側の後続のBETAを断つ。その後、横浜ハイヴに戦術機部隊が強襲をかけ、最深部まで到達後ハイヴの機能を停止させる算段だ。

 滞りなく作戦が進行するなど、誰も思っていないだろう。先に行われたパレオロゴス作戦では、人類は甚大な損害を受け、一時BETAに対して反抗らしい反抗ができなくなってしまった。

 今回の展開規模は、それに次ぐ、それ以上の規模での大反抗作戦だった。BETAに攻められ続けている人類としては、何としても作戦を成功させ、世界中の人々のBETAに勝つことはできるという吉報を届けたいと考えているのだろう。人間は、暗い知らせだけを受けて生き続けられるほど強くはない。明るい知らせを何としても掴みとらなくてはいけない。あの佐渡島の悲劇を繰り返さぬためにも。

 

「そろそろ時間だ。総員、戦闘配備」

「総員戦闘配備! 主砲争点用意! 目標、敵BETA群!」

 

 小沢は懐から懐中時計を取り出すと、静かにそれを見つめた。BETA大戦が始まってからというもの、この懐中時計は相棒として戦ってきた。

 時は流れ続ける。決して戻ることのない、波と同じだ。まったく同じものが繰り返されることはない。だからこそ、人はこの一瞬を後悔することなく生きなくてはいけない。身命を賭け、己の成すべきことを成す。

 

「砲撃開始」

「砲撃開始!」

 

 小沢の言葉を伝達員が復唱する。直後、轟音が艦内に響き渡った。

 

「7.6.5……」

 

 観測員は秒数を数えていた。

 

「今、弾着!!!」

 

 目の前に広がっていた地上に土煙が派手に舞い上がった。

 爆音と爆炎が港町を包み込む。同時に、衝撃によってBETAの肉片が舞い上がり、どこかへと消えていった。突然の攻撃にBETAは怒りを露わにしたが、海上に出る手段がない彼らに反撃することはできない。上空から降り注ぐ、砲弾の雨あられに晒されることが、侵略者達にできる唯一出来ることであった。

 

〇 〇 〇

 

『姫川だ。0100をもって展開中の国連及び帝国艦隊が艦砲射撃を開始。さらに、横浜湾へ待機していた国連第7戦術機師団が突入を開始した』

 

 いよいよ始まったか……。

 思わず操縦桿を強く握る。モニターに映っている第23近衛軍の面々の顔は固い。仕方がないだろう。実戦経験を積んでいる部隊の一つであるが、小規模戦闘が主だ。これだけの大掛かりな作戦に随時しているのは、ほんの一握りしかいない。特に小隊員の西、南雲、間島は緊張と不安の色が顕著に表れている。士官学校で訓練を積んだとはいえ、彼らにとって実戦はまだ数えるほどしかない。

 

「そう固い顔をするな。緊張は判断を鈍らせる。大丈夫だ。背中を信じあい、助け合え。俺たちは一人じゃない」

『小隊長……』

『黒金の言う通りだ。我々の真の任務は、ハイヴ内への突入だ。密閉された空間で生き延びる方法は、信じあうこと、それだけだ。必ず……全員生きて帰る。わかったな?』

『「了解!」』

『本作戦より、近衛第23中隊のコールナンバーをロンギヌスとする』

 

 神殺しの槍、ロンギヌス。なるほど、BETAを神だと敬う宗教もあるようだが、確かに宇宙から飛来した生命体は神秘そのものだろう。思わず神と崇めたくなるのもわからなくもない。

 

「だけど……」

 

 俺たちにとって敵であることも、またどうしようもない事実なのだ。神ですら殺せる槍ならば、どんなものでも穿つことが可能である。穿ち、貫き、肉片すら残さぬほどに圧倒的な力で押しつぶす。人類が今までやられてきたことを、そのまま返すだけだ。慈悲などいらない。生存するための戦いは、いつの時代でも肯定されるのだから。

 

「前園大尉。やりますよ、俺は。俺が何者なのか未だにわからないけど、今は勝たなくちゃいけないってことがハッキリわかる。ここで負けちゃいけないんだ」

 

 作戦は第二フェイズにはいってまだ数十分しか経っていない。黒金達の出番はまだまだ先の話だ。

 深呼吸をして、緊張をほぐす。大丈夫、今までの訓練はこの日のためだ。今までの悲しみは、今日の喜びのためだ。

 

「やってやる、やってやるさ。絶対に。人類は負けちゃいけないんだ。俺はそんなことを絶対に望んでいないからっ!」

 



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一掃作戦

久しぶりの更新でございます。
このままだと一年以上かかるコースになりますね…。
申し訳ありません。


8月5日 AM10:00 第二フェイズ 国連軍第6戦術機大隊

 

『ブラボー3よりトップへ。現段階において問題はなし。弾薬こそ、予定よりもやや多く消費しているものの、追加コンテナ射出まで持ちこたえる、以上』

「トップよりブラボー3。了解。敵掃討を続けよ」

 

 目の前で蠢いているグラップラー級を一斉射撃で相当する。

 スウェーデンからの長旅を経て、今回の作戦に参加しているJAS-39グリペンは確かな性能を改めてここで披露することなっていた。本国に帰れば、間違いなく開発元であるサーグ社、ひいては王国に相応しい栄誉を与えられることだろう。

 

 

『隊長。この辺りは思ったよりBETAが出てきませんね』

「あぁ、若干の物足りなさはあるがわんさか出てこられても困るだろう。適度な量でいいさ」

『そうはいっても、お国としてはこの最新鋭機の実戦配備と性能評価をしているのでしょう? でしたら、もっと前線を張っていた方がいいのではないですか?』

 

 部下の言うことはもっともだ。

 トップこと大隊長は一瞬思考を働かせる。

 しかしながら、今回はあくまでも国連軍の一員として参加している身。単独行動はおろか、万が一余計な被害を出せばその責任はだれがとることとなる? さらに、今回のハイヴ破壊作戦は連日行われる予定の超長期間作戦だ。何も、初日に気張らずともこれからいくらでも活躍の機会はあるだろう。

 

「そう焦ることはないさ。いずれ必ず……」

『トップ! 救援信号です!』

「場所は?」

『隣を担当している戦術機中隊です。どうやら、中国からの派遣された部隊のようですが……』

 

 統一中華戦線からか。気の毒なものだ。つい数年まえに、BETAとの大規模戦闘があったばかりだというのに、日本からの距離が近いという理由でこき使われているのだろう。まあ、かくゆう大日本帝国もその大規模戦闘に参加し甚大な被害をこうむったのだ。お互い様の精神でやっているのかもしれないがな。

 

「よし、第一中隊は俺に続け! 残りは予定地域の掃除を続けろ。追加武装コンテナが到着次第、第二中隊は救援地帯へ急行。その際、俺たちのぶんの補給を忘れるな」

『了解!』

「さて……では、いこうか」

 

 グリペンのスラスターを吹かせる。慣性を利用し、なるべく燃料消費を抑える。

 

「まったく、困ったものだ。確か隣の担当は、やや旧式の戦術機だったな」

『数こそそれなりにありましたが、どうにも無理矢理揃えた感じが否めませんね。実質、戦力になるかどうか』

「数撃ちゃ当たるともいうからな。いないよりはマシだろう」

『トップ。なかなか辛辣ですね』

 

 束の間の談笑。あたりにBETAの影が見えないからこそ出来るものであった。

 いつまでも緊張状態を続けていられるほど人間は強くない。例え、戦術機に乗るだけの強靭な精神と肉体をもっていようとも、やはり人間の体にとっては戦術機に乗っているだけで過負担なのだ。多少の娯楽を提供するのも指揮官たるものの務めであった。

 しかし、その談笑も長く続けられることはなかった。

 現場へついた中隊が目にしたのは絶望そのものだった。

 

「なんだこれは……!」

 

 旧式の性能で捌くことのできない数、つまるところウォーリアー級の大量発生あたりが妥当かと思っていた。その考えは甘かった。否、甘すぎたのだ。目の前にあるのは体長30m以上はあると思われる巨躯。おまけに一つではない。パッと目に入るだけで5体はいる。

 

「フォートレス級だと?! そんな報告はあったか!」

『ありません! ただ救援要請が来ただけです」』

「クソッ! 奴ら、報告すれば救援を断られると思ってあえて報告しなかったんだ!」

『トップ! 各地でフォートレス級の異常発生が確認されています!』

「そんな馬鹿な! まだハイヴまで10km以上距離があるんだぞ! フォートレス級がハイブから近づいてきているとしたら、すぐに報告があるだろう……まさか……地下か!」

 

 隊長はとある事案を思い出した。

 今回と同じく、突然現れたフォートレス級。掃討作戦後、調査を進めるとBETAはハイヴから地下トンネルを掘り進行していることが判明した。どれだけの巨躯であろうとも、地下から突然現れるのでは発見することも対応することもできない。あまつさえ、今はレーザー級の処理も終わっていない関係で爆撃機を派遣することもできない。

 フォートレス級の巨大な尻尾が襲い掛かる。後ろを飛んでいた部下が一人、巻き添えを食らい爆散していった。

 

「メーデーメーデー! HQ! 艦砲射撃を要請する!」

『こちらHQ。その要請は受諾できない。現在、艦隊は各地に現れたフォートレス級への射撃を継続中』

「こっちにも出てきたんだ!」

『……座標は受け取った。しばらく待て。フォートレス級の移動を阻害するため、遅滞戦闘へ移行せよ』

「遅滞戦闘だと……? できるわけがないだろう!」

 

 何をほざいている?

 この状況でそれができると本当に思っているのか? 今ここで遅滞戦闘を行えば、弾薬はおろか全滅の恐れさえある。フォートレス級は既にこちらの姿を確認しており、もう退くに退けない状況であった。

 

「くそったれのBETA共がっ!」

 

 隊長の絶叫が響き渡った。



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絶望

お久しぶりです…
なにかと忙しいと更新が滞ってしまい、申し訳なさがあります…


8月5日 AM10:30 国連軍太平洋艦隊並びに大日本帝国太平洋艦隊 太平洋洋上

 

「緊急入電! A-3地区より要塞級BETA出現!艦砲射撃を求めています!」

「D-6地区でも艦砲射撃要請!」

「ふむ……今すぐ撃ち込めることはできないのか?」

「残念ながら、現在も継続的に行っている沿岸と要請のあるポイントに砲撃をしています。これ以上砲撃地点を増やすことは不可能です」

「くっ…やはり、人類は勝てないというのか……」

 

 思わず小声で弱音を吐く。

 部下の前で、上官が不安な姿を見せてはいけないことを小沢はよくわかっていた。伊達に長年、提督と呼ばれる役職についているわけではない。

 それでも、本音をいつも隠すことはできない。

 幸いなのは、周りの喧騒によって誰にも小沢の声が聞こえなかったことだろう。

 まだ、まだどうにかなる。どれだけBETAが湧き出てこようとも一か所に綻びさえ生じれば、そこから内部に戦術機が突入できる。中にある核さえ破壊できれば、形勢逆転の機会はある。

 

「致し方あるまい。安部君、聞いているかね」

『はい』

「私は大きな決断をする。私の決断はのちに、愚行だと言われるかもしれない。だが、ここで決めることができない司令官など不要だと信じている」

『小沢提督。私はあなたを信じています。愚者と罵るような者がいたとしても、その者はあなたの真意を知らない。ここであなたの苦悩を知っている私だから断言できます。提督、お下知を』

「…ふっ、では行こうか。全提督及びCPに繋げ! これより作戦をフェイズ2へ移行! 戦術機部隊のハイヴ突入を開始させろ!」

 

〇 〇 〇

 

同日 AM11:10 近衛第23中隊ロンギヌス待機地点

 

 呼吸を整えろ。

 なにも今に始まったことじゃないだろう。BETAを倒す、殲滅する、駆逐する。この日の、人類の逆転の一歩のために、どれだけの犠牲を見てきた。恐怖を押し殺せ。

 

『姫川だ。ハイヴ突入命令が下った。これより、我々も出撃する。まずは隊を二分する。前衛に黒金率いる第ニ、第三小隊。後衛に私が率いる第一、第四小隊。ここからは時間との戦いだ』

『「はい」』

『では諸君、地獄へ行くぞ……!』

 

 スラスターの出力を上げる。

 機体の振動数が上がり、足裏が徐々に浮かび上がっていった。

 前方に見える敵の数は少ない。種類も兵士級や戦士級であり、どうにかできない敵ではなかった。

 ハイヴ内の構造は未知数だ。衛星写真からのイメージで多くの訓練を積んではいるが、ハイヴが人類の思い浮かべることのできない独自構造をしていた場合、完全にお手上げだ。

 

「おもしろい。第ニ、第三混成小隊。行くぞ! 前面の雑魚を蹴散らせ!」

『了解!』

 

 子気味よい振動が伝わってくる。

 87式突撃砲の銃口から、鉛玉が発射され続けた。

 

「そこをどけええええ!」

 

 撃ち漏らしたBETAを長刀で両断する。

 BETA戦で最も怖い、数で圧倒される前に移動を繰り返しながらの行動は、搭乗者に多大な負担を与えることとなる。だからこそ、戦術機のパイロットになるには過酷な訓練と試験を通過する必要があるのだが……

 この戦時下で、いくらパイロットを養成し続けても初陣で死の8分を乗り切ることができない者のほうが圧倒的に多い。

 それでも、戦場へ兵を送り続けなくてはいけない。死ぬとわかる場所に、死地に兵士を送り続けなくてはいけない。生きるために戦っているはずが、死なぬように戦い始めるなどなんという皮肉だろうか。

 

「それもっ! 今日で終わりにさせる! ここを落として!」

 

 黒金の動きに必死についてきている姿あった。

 

『小隊長! 見えました!』

 

 目の前にポッカリと地面に大きな穴が開いていた。

 ロンギヌスが突入予定であるスタブへの入り口だった。

 

「よし、このまま!」

『待てっ! 前衛部隊退けっ!』

『黒金小隊長! 旋回してください!』

「なにがっ!」

 

 西のいう通り右へ大きく旋回する。

 それが来たのはコンマ数秒後であった。

 巨大な鞭のような触手が、黒金のいた空間を薙ぎ払う。

 

「いつの間に……!」

 

 要塞級は、ハイヴ侵入を試みる人類を止めるための最後の門番とでもいうかのように大穴の前で鎮座した。どれだけ精鋭ぞろいであっても、要塞級を倒した後にハイヴ突入は不可能だった。武装も推進剤も、その前に切れてしまう。

 

『……仕方あるまい。ロンギヌス各員に次ぐ、撤退するぞ』

 

 絶望は始まったばかりであった。



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迫る闇

お久しぶりです。
とりあえず完結するまでは続けたいと思います。
ここで振り返りを致します。

登場人物

第23近衛中隊
姫川 梓大尉/隊長
黒金 猛中尉/副隊長
西少尉
南雲少尉
間島少尉
故 前園大尉/ユキツバキの際に死亡が確認





 絶望とは常に何の気配もなくやってくるものである。それが特に人間の常識をはるかに凌駕している存在からなるものならば、もはや人間の手にはおえない。それでも彼らは諦めることをしない。撤退は許されても敗北は許されない。意地と誇りにかけて彼らはハイヴ内の情報を最低限持ち帰らなくてはいけなかった。国連軍にこれ以上の被害を出さないためにも、それは急を要していた。

 しかし、現実と理想はかけ離れているものだ。彼らの行く手を阻むように数多くの要塞級が現れる。

 

『小隊長、このままでは全滅です』

『小隊長だけなら……切り抜けられます。僕達は脚止めにまわります』

「そんなことは許さない! 何としても全機で地上に這い上がるぞ」

『……だが、こいつはどうしようもないぜ』

 

 小隊員が珍しく弱音を吐く。悪態をつくことはよくある彼らだが弱音を吐く姿は初めて見たかもしれない。モニター越しの彼らに余裕は見えない。精鋭中の精鋭である近衛であれどハイヴ内という狭い構造が邪魔をして、突撃級や要撃級の追っ手を振り切ることは難しい。

 

「こちら黒金、ロンギヌス1応答せよ」

『ロンギヌス1、どうした』

「ハイヴ内にて要塞級に遭遇。視認しているだけでも数は10はくだらない。加えて突撃級と要撃級による追撃を確認している。現在全力後退中であるものの、追っ手を振りきることが難しい」

『ロンギヌス1了解した。これより援護に向かう。幸いにもこちらはBETAとの遭遇は最小限にとどまっている。撤退を支援する』

 

 とはいうものの……黒金はため息をついた。後ろを映しだしているモニターを見るのが躊躇われる。こんなところで死ぬわけにはいかない。先に突入していた部隊はBETAの強襲によって既に全滅してしまったのだろうか? 連絡をとることができない。

 サイドアームで36mm突撃砲をBETAへと叩き込みながらの後退。面制圧は数の暴力の前では無に等しい。相変わらず気色のわるい姿で奴らは追ってきている。

 

「推進剤が切れることは気にするな。間もなく中隊長達と合流できるはずだ。ありったけの弾丸で脚止めをしながら噴射滑走(ブースト・ダッシュ)で駆け抜けるんだ」

『了解……!』

 

 苦し紛れの声が聞こえる。それでも駆け抜けぬけならばならない。ハイヴの主坑道は直線に作られていることが幸いして、BETAとの追いかけっこはイーブンを保っていた。ありえない話ではあるが、BETAの体力が尽きるか、それとも推進剤が切れて戦術機がガス欠になるかまで両者の追いかけっこは続くように見られる。

 やがて巨大な主坑道が終わりを見え始めた。左右に細い坑道が姿を見せ始めている。蜘蛛の巣のように張り巡らされている(ベント)……下手に迷い込まなければどうということはない。

 しかし、異常はすぐに起き始めた。

 

「どうした間島、遅れている!」

『……すみません。どうやら脚を少しやられたようです』

「あと少し……いけるか?」

『僕にはわからないですね……』

 

 間島機が見るからに遅れ始める。このままではBETAに追いつかれるのは時間の問題となっていた。

 

『小隊長、光が見えます!』

 

 西の通信を聞き、メインモニターを見る。そこには地上の光が映っていた。それでも間島機は段々と遅れ始める。

 あと少しだっていうのに……俺はアイツを見捨てて逃げ出すのか……?

 前園が死んだときの光景が脳裏に映る。あの時は前園の責任と勇気ある決断のおかがでBETAの侵攻を食い止め、大きな被害を出さずに済んだ。しかし、今ここで間島が倒れたとしても人類の勝利にはなんら繋がることはない。こういう表現は好かないが犬死にとなってしまう。

 今、俺は責任のある立場となっている。こういう時、俺ならば何ができる?

 

『行ってください。ここで最後の脚止めをします……!』

 

 間島機が足を止め、反対方向に向こうとしている。

 この撤退は人類が勝利するためのただのほんの小さな足がかりだ。

 

「許さん!」

 

 俺は叫んでいた。反射的に戦術機を反転させ、間島の元へと向かう。

 

『おいおい、どうすんだってんだよ!』

「お前達は行け!」

『副隊長、何を!』

「何も見ずに走れッ!」

 

 やがて俺は間島の戦術機の手を掴んだ。

 

「間島、まだスラスターに推進剤は残っているな?」

『はい……片足のならば……』

「地上までの距離は800mそこらだ、合図をしたら切り離せ」

『えぇ……?』

逆噴射(バック・ブースト)だ、行くぞッ!」

 

 間島機を捕まえたまま逆噴射をかける。前方にはBETAの群れが迫り、背後には希望のための出口がある。

 BETAは逆噴射で速度が低下した黒金達の戦術機にさらに距離をつめる。やがて目と鼻の先に、あとほんの少しだけBETAが加速をしたら追いつかれるまでに奴らはやってきた。

 

『小隊長ッ!』

「今だ、切り離せ!」

 

 間島機の右足からスラスターが切り離される。重力の法則に従い、スラスターは主坑道の地面に一度バウンドするとBETAの先頭集団にまで転がっていった。

 

「フォックス2、いけぇぇぇぇぇぇ!」

 

 120mm滑空砲が発射される。弾丸は一直線に切り離されたスラスターへと吸い込まれた。

 数秒後、スラスターは爆発を起こし、先頭集団のBETAを丸焼けにする。狭い主坑道でおきた爆風は黒金達の戦術機にも襲いかかる。しかし、その爆風は彼らを加速させついには出口へと到達させた。

 

『撃てぇぇぇぇ!』

 

 姫川の号令のもと、出口で待機していた全戦術機から弾丸が放たれる。直線移動をしいられているBETAにはそれを受け止めることしかできない。ミサイルもまじり合う弾丸の雨は固い要塞級の外皮を削りとり、直接体内へとダメージを与えていった。

 

『小隊長……ありがとうございます』

「礼はいらないさ。戦いは終わってないんだからな」

 

 そう、戦いはまだ終わっていない。

 この窮地はどこにもである些末な出来事でしかないのだ。



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不穏と不当の代価

「黒金小隊、一時撤退を完了ッ!」

『よし、前面のBETAは蹴散らした! 後方のBETAは奴らの死体で脚止めされているはずだ、今のうちに一時撤退するぞ!』

『「了解!」』

「振り落とされるなよ、間島」

『了解しました』

 

 間島の武御雷を放棄するわけにはいかなかった。本来ならば、間島を別機体に収容するべきなのだろうが、機密情報の塊である武御雷を放棄することは近衛軍の中で重大な軍規違反となってしまう。他国に戦術機の情報を盗まれ、流用や悪用されることを恐れての処置だということはわかっているが、人命と技術を天秤にかければどちらが重要なのかなど考えることなどないはずなのに……だがしかし、武御雷を開発した技術者達も身命を賭して製作に当たったはずだ。そう考えると黒金は、この軍規を一方的に敵視することができなかった。

 幸いにも艦砲射撃が先程まで行われていたおかげなのか、BETAの影は見えない。第一波は乗り切ることができたようだ。それでも戦況は決して好転していない。それよりも悪化している。ハイヴ内に突入した部隊のほとんどが全滅又は消失したとの無線が流れ続けている。本当に幸運なことに黒金の部隊が全機生還できたのは奇跡だろう。

 黒金は思わず笑った。この世界に初めてきた時からというもの、どうにも運命は味方をしてくれているようだ。いつまで微笑んでくれるのかはわからないが、世界が俺を殺すつもりがないならば、その間に大暴れしてみせるまでだ。

 やがて水平線が見える。日本帝国の日の丸も見えてきた。隣には菊の家紋も見える。仮説本部の姿を見て、少しばかり安堵する。

 

『これより補給を行う。現在、国連第25師団及び大東亜連合軍第40機甲師団がハイヴ入り口に牽制を仕掛け、次なる突入作戦の準備を進めている。奴らは待ってくれないぞ、急げ』

「了解しました!」

 

 俺はパイロットスーツの圧縮機能を少しだけ緩める。スーツの中に入り込む外の空気が絶妙な心地よさを醸し出す。俺はまだ生きている。俺はまだ戦える。運命のXデーまで戦い続けられる。ハッチを開け、黒金は大地へと降り立った。部隊員のほとんどが疲弊した顔をしている。唯一、姫川だけが気丈に振る舞い、本部と連絡を取り、次の作戦の準備を進めている。さすがは隊長だというところだろうか。彼女は前園の意思を確かに継いでいるように感じられた。

 

「さすがは副隊長や、見直したで」

 

 強く背中を叩かれ振り向く。そこには茶髪にピアスをした近衛軍には似つかわしくない容姿の男が立っていた。

 同じ近衛第21大隊であるが、今まで一度も話す機会がなかった男だ。名前はたしか栗沢 卓(くりさわ すぐる)、年齢は32歳。一見して20代前半に見えなくもないが、大隊発足時から前園と一緒に戦場をかけ続けた貴重なベテランだ。

 

「そりゃ、どうも」

「なんや素っ気ないな。少しは嬉しそうにせえや」

「俺の部隊のせいで、姫川の部隊にも迷惑をかけた。褒められることはないと思うんだが」

「そんな些細なこと気にしても仕方ないやんか。大事なのはその後や。アンタは仲間の状況を素早く分析して、的確な指示と行動をした。こいつはなかなかできへんで。アンタ……本当にパイロット3年目かいな……?」

 

 栗沢の目が怪しく光った。ゴクリと固唾を飲む。

 いったいどうしていつも瞬間的に体が動き出すのか? その疑問は俺だって思っている。だが、答えは出てこない。いつも勝手に体が動き出す、それ以外の何者でもないのだから。

 

「まぁ、ええわ。俺はアンタが前園を殺したと思ってたくちなんだ。だが、一緒になってはや数年……アンタは仲間を見捨てるような奴じゃないってことはよくわかったつもりや。だからな、その志は最後まで貫くんやで」

「ま、待ってくれ! アンタはどうなんだ、前園を殺したのは……俺なんだぞ! 恨んでないのか!」

「恨みでBETA殺せんなら、とっくにアンタを殺してるさ」

 

 栗沢が去って行く。

 不思議な奴だ。よく聞けば、関西弁で話すと思っていた栗沢は似非関西弁でしかない。

 

「小隊長」

「どうした間島」

 

 間島がうつむきながら話しかけてきた。

 まったく俺に休憩時間はないのか。

 

「すみませんでした。僕はあの時……諦めていました」

「だろうな」

「でも黒金小隊長は見捨てなかった。どうしてですか?」

「……いつか、俺が小隊長だった時に仲間が全員死んだ気がするんだ」

 

 記憶に靄がかかる。あれはいつの記憶なのだろうか。仲間がいたはずだ。名前も顔も思い出せない。それでも確かに彼女達と仲間で、親友で、恋人で……大切な人達だった。俺は彼女達を信じ続けた。結果として俺は目的を果たしたが、手のひらからは彼女達の命がこぼれ落ちていた。俺は目的を果たすためだけに前に進み、後ろで俺を支え続けた彼女達に振り向く余裕がなかった。戦争には勝ったが、戦いには負けた。

 あんな思いはもうたくさんだ。俺は前だけを進みのはやめる。後ろで倒れそうな仲間がいるならば手を差し伸べ続ける。この手からこぼれおちる命を二度と出したくはない。

 

「忘れてくれ。俺は小隊長として責任をまっとうしただけだ」

「ですが……次は見逃してください。あんな事、何回もできるもんじゃありません」

「そうだな。もしも、間島、お前がハイヴを完全に破壊するために命を投げ出すならばお前の意思を尊重しよう。だがな、自己満足の死は許さない。お前の中の生きたいという叫びを無視するな」

 

 間島の胸を拳たたく。

 我ながらきざ臭い台詞(セリフ)だ。だけど、この場では正しい言葉の選択をしたと思う。

 

「全員聞いてくれ」

 

 ようやく休憩をとろうとしていた時だった、姫川が招集をかけたのは。

 

「我々はこれよりハイヴ内での活動をしない」

「どういうことだ」

「米国がきな臭い動きをしている。奴ら……G弾を使うかもしれない」



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華麗なる惨劇

「G弾……それはなんだよ」

「詳しいことはわからない。ただ、一発でハイヴを破壊することができる威力をもつ特殊な兵器という情報だけが公開されている」

「ハイヴを破壊できるなら最初からそのG弾を使えばいいんじゃないですか?」

「たった一発でハイヴを破壊できる威力……そんなものが、周囲の環境にどれだけの被害を及ぼすか未知すぎる。日本が……アメリカ人に破壊されるぞ」

 

 姫川の言葉を聞き、皆が黙った。

 近衛の一員として日本を守る思いは人一倍持っている。日本を破壊される、それも異国の手によって……そんなことが許せるわけがなかった。

 

「どうしたら止められるんだ」

「……ハイヴを早急に破壊する必要がある」

「米軍といえば、今回の作戦に対してどうも中途半端な感じですよね」

「まさかとは思うけど、突然ぶっぱなしてきたりはしないやろな?」

「不穏なことを言うな栗沢」

「すんまへん」

 

 栗沢はケラケラと笑う。

 あながち彼の言うことは間違いではない可能性が高い。結局の所、他国から見れば今回のハイヴ攻略に対して直接の利益がある国は少ない。アメリカは極東の最終防衛ラインとなっている日本の治安を守ることで自国への東部からのBETA侵攻を食い止める……などとお題目を唱えているが、アメリカ自身がハイヴを完全に沈黙させることができる兵器を持つことになれば話は変わってくる。

 今だ各国が叶えることができていない、完全なるBETAに対する対抗手段の所持。その悲願を叶えさせてしまうことは、危険すぎる。

 最終防衛ラインなどなくとも、たった一発で自国を守れることが証明できれば、アメリカはいつでも日本を切り捨てるだろう。

 現場には出ていない、軍の上層部は何もわかっちゃいない。今も昔も、泥水を飲む羽目になるのは現場の人間だけだ。

 

「許せない。なんとしても止めないと」

「落ち着け黒金。まだ噂の段階だ。ただ、近衛に対して一時、防衛ラインを下げるよう命令が下った」

「な、なんでですか!」

「……間島、わかるだろう。上の連中は半分わかっているんだよ。この戦場がBETAではなく人の手によって地獄に変わる可能性があるってことをな」

「口を慎め黒金! これは将軍命令だ」

「……チッ、日本はアメリカに首輪をつけられているわけじゃないんだぞ」

「小隊長、それは言ってはいけません」

 

 

 西が俺を制する。俺はわかっていると西に視線を送った。姫川はため息を一つ付くと、突然俺に渾身の右ストレートを放った。一歩も退くことなく俺は拳を受けきった。

 

「今のでさっきの言葉は聞かなかったことにしてやる。だが黒金、勘違いをするな。我々は撤退するわけではない、あくまでも戦術的後退をするだけだ。最前線では、当初の勢いは失われ劣勢に追いやられている。ハイヴ戦闘になれていない中東連合が若干ながら足を引っ張ってしまっている。その対処にいつでも当たることが出来るように後退するだけだ。決して……逃げるわけではない」

 

 姫川に言われるまでもなく、そんなことはわかっている。

 俺は深呼吸を一つだけすると自機へと向かった。誰も止める者はいない。気がつくと自由解散となっていた。

 ハイヴの中層へ一度だけ攻め入っただけでこの傷だ。最深部へと足を踏み入れた時、どうなってしまうのだろうか。

 

「最深部……」

 

 頭が痛む。連続するフラッシュバック。顔にモザイクが入ってしまい、誰だかはわからないが自分へと想いを託して死んでいった者達。突然現れた要塞級の軍勢、爆発する孔への入り口、最後に誰かに告げられた言葉はいったいなんだっただろうか……

 

「俺は一度、ハイヴの最深部へ行ったことがある……?」

 

 現段階の記録では、ハイヴの最深部へと到達した者はいない。そんな記録はどこにもない。

 ならばこの記憶はなんだろうか? 空想にしては妙にできすぎている。

 

「俺はいったい誰なんだ……」

 



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