人吉善吉の奇妙な旅路執行。 (雪屋)
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1箱目「そのためにここに呼んだんだ。」

それでは第1箱。
リスタート、です。

追記
まさかの日本語を間違えたという罠。
修正します。




俺は人吉善吉。生徒会長をしているだけの普通の高校生だ。

ただ十四年間。幼なじみであり、「バケモン女」とさえ呼ばれた婚約者、—————黒神めだかの隣に居たいがため、トレーニングとか敵対したりとか主人公化したりとかしてたけど。

それを足しても引いても周りも敵も非凡なやつらばかりで、何度も何度も諦めかけながら、挫折しながら、色々なことを経験してきたつもりだった。

「少し君には過去に飛んでもらおう。そしてこの世界の運命を変えて欲しい。」

そんな爆弾発言告げられるまでは。

 

 

+++

 

 

気が付くと俺は、たった一人で教室にいた。

「……は?」

最初ここは生徒会室かと思ったが、そのわりには教室くらいに広々としていて、机や床にはオリエーテーションに使った暗号文やプリント、ボクシンググローブ、モデルガン、消しゴム、エトセトラetc…と、見覚えのあるものばかりが統一性もなく転がっている。窓や壁には様々な絵や写真が貼られ、まるで室内全てを節操のないアルバムにでもしたような、文化祭準備中のような、ゴチャゴチャしているのに何故かとても居心地の良さを感じる空間だ。

「なんだ、ここ?生徒会室じゃねーみたいだし、てゆーか!なんでこんなところにいるんだよ!どういう状況だ!?」

確か日直だった所為で少し遅れて、駆け足で向かって……やべえ、その後の記憶がねえ。

よく見ればこの空間の雰囲気はかつて安心院なじみ(あんしんいんさん)に連れてこられた教室に似ていた。確か心の中、とか言ってたっけ?

「……まさか誰かとぶつかった所為で、頭打って臨死体験中とかじゃあないよな?」

「さながら当たらずと遠からず……とでもいったところだな。」

突然後ろから声がかけられて、振り返る。そこには黒髪の男が棚に腰掛けていた。

年齢は若い、と思う。長くに伸ばした前髪とかけられた眼鏡の所為で表情もよく分からない。しかし何処かで会ってるかのような、少し安心院さんに似ているような既視感(デジャヴ)を感じた。

「……誰だあんた……もしかして安心院さんの親戚だったりする?」

「すまないが彼女の身の上話に関しちゃ知らないな。私は彼女のように万能ではないんだ。この場に君を招いたのは私だがね。」

そう淡々と言いながら男はトン、と足を下ろした。

「少し君には過去に飛んでもらおう。そしてこの世界の運命を変えて欲しい。そのためにここに呼んだんだ。」

そして冒頭につながる。

 

「……は?」

開いた口が塞がらなかった。

「当然あっちでは学校には通ってもらう。ただ戸籍自体は名字自体が違うものとなってしまうが名前はそのままで通してもらっても名乗っても構わない。しかし学年となると話は別だな。君はしし座生まれで今は16歳だろう?あっちの季節は確かそろそろ師走だったはずだからな。年に違和感がないように一年生として転校してきたという設定にしてもらう。その方が何かと色々都合がいいからな。住居はあっちで用意されているから生活には困らないはずだ。まあすぐに必要なくなるだろうがな。制服は腕章抜きでそのままの状態で構わないだろう。あと——」

「いやいや待て待て待て!!!安心院さんと似たような登場で安心院さん以上の無茶振り要求してんじゃねえ!!」

どこからか資料を取り出しつらつら読み上げる男に、善吉が思わずツッコミを入れる。

「あんたが安心院さんの親戚じゃないならだいたい何で過去に飛べだなんて……つーか運命を変えて欲しいって……。もしかしてこれってひっかけ問題かなんかか!?それともこれ自体がドッキリだとか……」

「ここは現実ではないんだが、現実逃避しようとしても無駄な話だ」

バッサリと切り捨てられて思わず顔が引きつる。

さっきから何の冗談だ?という話なのに、不思議と俺にはこれが冗談に聞こえなかった。

この男が言った言葉は本当である。そう思えるほどの凄みを感じていた。

「そもそもなんで俺なんだ?俺は生徒会長をやってるだけで、普通な奴で!」

「『君だからこそ。』そう言ったら?」

声を荒げた俺に、男は指を突きつけた。

俺を真っ直ぐに見るその目は深い紫色をしていた。

「君にはあちらで戦えるように『力』をレンタルしよう。君が何をするべきか、すればいいのかはあちらでサポートしてくれる私の仲間にでも聞いてくれ。」

「……いやちょっと待てよ!『力』ってなんだ!?俺はまだお前に聞きたいことが——」

そう言いかけた俺を、男は俺を後ろへとトン、と押し、

 

足元には床がなかった。

「え、………ええええええええええええええええ!!!!??」

そのまま俺はぽっかりと空いた暗闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

「……これでよかったのか?」

「ああ、もう決めていたことです。」

新たに教室へ入ってきた青年が、教室の中で一人残った男へと話しかけた。水色の髪に長く一本飛び出したアホ毛。善吉が来ていたものを白くした制服を着た、端正な顔立ちをした青年だ。

「善吉を過去へ行かせた(おくった)ことでお前の今まで(・・・)は保証されたのだろうが、俺はなじみのような全知全能じゃあないから、これから(・・・・)のことは分からないぞ。」

「大丈夫、ですよ。それを私よりもあなたがよくご存じでしょう。ただそこにいるだけの人外(・・・・・・・・・・・・)不知火半纏さん」

「俺のことは反転院(・・・)さんと呼びなさい。」

反転院こと不知火半纏の言葉に、男は苦笑いを浮かべた。

「彼……あいつほど、さながら『そばに立ち』(stand by me)『立ち向かう』(stand up to)を体現した人間はそうはいませんよ。………必ず生きて戻ってくるんだ、善吉。そして、お前の持つ力は『見渡す限りの心と共にある』……。そのことを忘れないでくれ。」

 

 

 

++++

 

 

 

やあこんにちは

 

なかなかどうして おもしろい きかいなので とつぜんながら むかしばなしでも しましょうか

 

あるところに ひとりの しょうねんが いました

しょうねんには いつもとなりに きみょうな ともだちが いましたが りょうしんにも かぞくのだれひとり そのすがたを みることが できません

たったひとり ちをわけた おとうとだけが そのともだちが いることを しんじてくれたので しょうねんは それだけで まんぞくでした

そして そうぞうしくも にぎやかな わがやが しょうねんは だいすき だったのです

しかし そんなひびは あるひ とつぜん くずれさりました

いえにかえると かぞくは だれひとりとして いきていなかったのです

しょうねんの こころには きえることのない ふかいふかい きずが きざみこまれました

おとなになった しょうねんは そんなこころを いやしてくれる いじょうな おんなのひとと しりあいます

そして こいにおち こどもも できました 

その しあわせな さなか あるおとこと であった ことで しょうねんだった 『かれ』の じんせいは おおきく かわったのです

いえ 

『かれら』の じんせいは 1988ねんの そのとしに とっくにさだまっていたのかも しれませんね

 

さあ はじめましょう

ひとでなしでも

ひとをあいした

にんげんさんかの はなしを はじめましょう 

 

 

 

 



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2箱目「考えていても仕方がない」

更新が遅くなりました。
この話から三人称へと移行します。


「よーお人吉!一緒に帰ろうぜ!」

ホームルームが終わり、善吉が下駄箱で靴を取り出していると、後ろから背中をポンと叩かれた。

「ああいいぜ東郷……って、お前早く影山を離してやれよ!多分首締まってんぞ!?」

「あ、やべ。」

一瞬目を疑ったが、東郷の手には、影山が首根っこを引っ掴まれ、真っ青な顔で引きずられていた。東郷が手を離すとそのままベチャッと崩れ落ち、ゲホゲホと咳き込んだ。

「ちょ、おい影山大丈夫か!?にしても何でお前そんな猫引っ捕まえる感じで連行したんだよ!?」

「いや、だって影山が教室の前をウロウロオロオロしてたから、そこを捕まえてこのまま。」

「ちょっと待てもしかして階段も引きずってたのか!?もう少し連れてきかたにも方法があんだろーが!!」

「うッ、ウルセー!!自己紹介の時に少年ジャンプから転校してきたとか言おうとして舌噛んだ挙句、何もないとこで足もつれてコケた奴に言われたかねーよ!!」

「人の黒歴史ほじくり返さないで貰えませんかねえ!」

「……ふッ、あはははは!やっぱり二人は仲がいいねぇ。」

「「よかねえよ!!」」

ようやく息の整え終わった影山は、同時に異議を申し立てた二人を見て、また別の意味で息を乱すことになった。

 

善吉が過去へ来て、もう1ヶ月近くが経とうとしていた。

文字通り黒髪の男に過去に突き落とされ、気がつくと善吉は見知らぬ部屋でベッドに寝かされていた。

室内にはブラウン管のテレビやパソコンなど一世代前の電子機器。本棚には古本屋でもよく見かける漫画が新品で数冊置かれ、他にもハンガーラック、照明エトセトラetc…一人暮らしには十分な家具が置かれていた。

そして机にはラジオと共に自身の環境や『設定』についてのメモ書きと、住民票や転校手続きなどの複数枚の用紙が置かれていた。

一周回って冷静になった善吉は、ひとまず転校届けに書かれていた学校に通うことにした。

そこで友達になった東郷は転校初日に一番初めに話しかけてくれて、影山はトイレで不良に絡まれていたところを助けてから仲良くなった生徒だ。

東郷はクラスメートで明るくおしゃべり、友好的で積極的、後少し天然。

影山は一つ離れたクラスの生徒で引っ込み思案、自己嫌悪が激しく怖がりだが、素直で自分を飾らない。

いい友人が出来たと善吉は思っている。

しかし彼らと共にいても別れた帰り道でも、善吉は鉛のような感情が(くすぶ)っていた。

それは不安、焦り、そして少しの恐怖。

わけが分からないまま過去に投げ出された現状に。

お母さんのいないあの家に。

よく知る仲間や友達がいないこの学校に。

そして何よりも東郷たちと過ごす毎日を楽しむことができない後ろめたさ。

「…ーい、おーい人吉、どうした?」

「え、おうッ!?呼んだか?」

「呼んだか、じゃねーよ。突然黙りこくってよー」

そう眉を顰める東郷に、善吉は誤魔化すように笑う。

「あー、実を言うと少し考え事をな?」

「……もしかして、あの噂のこと?」

心配そうに聞く影山に、東郷も心当たりがあるのか賛同する。

「ああ?……あーアレか、気にすんじゃねーよ。お前が爆発事件の犯人だって噂なんて。」

「いやその噂自体初耳なんだけど?つーか何だ爆発事件って」

「何だ知らねーの?前に学校の近所の民家で爆発事件があったんだよ。確か住んでいた奴らはまだ見つかってないんだろ?」

「うん、外国人の親子が住んでいたらしいんだけど……警察も事件と事故の両方で捜査してるんだって。」

「で、事件が起きた日がちょーどお前が転校してきた前日なわけ。それでお前が事件の関係者じゃないかって話に尾ひれついてそーなっちゃってるわけ。」

ちなみに尾ひれがついた原因は影山に絡んでいた不良が善吉に返り討ちにされたことを逆恨みして流した結果だが彼らは知る由もない。

「あーもう!そんな辛気臭い話は忘れよーぜ!!ただ今より『東郷プレゼンツ!新参者の為の街中散策ツアー第3弾』に2名様ご招待だ!もちろん反対意見は認めねーぞ!」

「また東郷くんがまた何か始めた!?」

(……考えていても仕方がない、か。)

あの男が言っていた『協力者』が出てくる気配もない。

未来を変えろと言われて過去に投げ出されても、今の善吉には何をどう変えればいいのかすら、知る(すべ)はないのだ。

ただただ放課後、馬鹿騒ぎして寄り道して、この前の休日には三人一緒に遊園地にも出かけたりもして。

そんな彼らと過ごす『今の時間』が、ある過負荷の先輩の言葉を借りると『悪くない』と思えるのだ。

「ああいーぜ。次はどこを案内してくれるんだ?」

今は今を楽しもう。そう自分に言い聞かせ、善吉は雑談に花を咲かせ、東郷と口喧嘩したり影山に宥められながら校門を抜ける。今日も新鮮ではあるが普通な日で終わると思っていた。

 

校門付近で待ち伏せしていた不良に絡まれるまでは。

 

「よお、お前がウワサの転校生サマかぃ?」

「ナマイキそうな面ァしてんじゃねーかァ〜。」

「……よかったな、人気者じゃねーか転校生。」

「よかねーよ。」

引きつった笑みを浮かべる東郷に対し、善吉は静かに愚痴着く。

影山は不良に話しかけられた時点で善吉たちの後ろに隠れていた。

今通っている学校は(箱庭学園ほどではないが)かなり自由な校風なのか、髪を染めたり改造学ランをしている生徒は珍しくはない。

現に東郷は生まれつきらしいが血のような赤い髪色をしているし、上級生でかなり名の知れた不良は何故か制服の襟元に鎖を付け、かなり派手なベルトをしていたのを遠目で見たことがある。

(今ドキリーゼントって……、いや、時代としてはちょうどいいのか?)

目の前にいるのは髪をあえて染めず、髪をリーゼントで固めている不良。一昔前の典型的なその姿にむしろ感動すら覚える。

「オメーら、楽しそうなとこわりーがコイツをちょ〜っと借りるぜ。」

「ワシらはこの転校生に用があるけんの〜〜!」

「えッ!?ちょっと!」

「あ”?」

「ひッ……」

馴れ馴れしく善吉の肩を組んだまま、連れて行こうとする不良たち。影山が引き留めようとするが、不良の一睨みで縮こまってしまう。

気が短いはずの東郷も相手が上級生ということもあるのか強くは出られないようだ。

「……悪い二人とも、今日のツアーは行けそうにないわ。先に帰っててくれね?」

「お……おいッ!人吉!?」

「大丈夫大丈夫、心配すんなって。」

焦る東郷たちを安心させるようにニッと笑いかけ、善吉は不良たちに黙って付いて行った。

 

20分後。

 

「オメエだよな、一昨日俺らの舎弟をボコボコにしたやつってのはヨォ?」

「チャラい格好しよって、誰に断ってそんなカッコウしとるんじゃあ、ああ”ッ!?」

学校からかなり離れたところにある本通り。

善吉は路地裏に連れてこられてすぐ、壁に突き飛ばされていた。

倒れることは免れたが、かなり背中は痛い。

(クッソ、またか……)

蜂蜜色と黒髪のツートーンでブレザーという姿が悪目立ちしていたらしく、善吉は転校初日で生活指導で注意を受けていたが、元々地毛であることや『今の自身の設定』のおかげでそのままの格好でも特別に許可をもらっていた。またトイレで影山を助ける際、不良をボコボコにしたことも一部から反感を買っていたらしい。(正当防衛なのだが。)

東郷たちと別れた後や、一人でいる時に絡まれたり襲撃を受けたら返り討ちにするのが日課になっていた。

(しかも今回は東郷たちといる時かよ……、絶対明日質問攻めにあうな。)

「ああ”ッ!?何だ一年坊の癖にその態度は!!」

「お前わしらをナメてんのかぁ!?」

「いや……こんなテンプレも日常茶飯事になるのかと思うと憂鬱になってきまして……。」

「オメーふざけるのも大概にしやがれやあ”あ”ッ!?」

「マズイ、怒らせてしまった!」

思わず口走ってしまい、不良たちはビキリと青筋を立てた。完全に善吉の失態である。

「その根性叩き直しちゃる!!」

「あ、ちょっと先輩!」

「あぁ!?」

ガッ、と。

不良が殴りかかろうと腕を振りかぶった所為で、ちょうど後ろを通った男の頬に肘鉄がぶつかっってしまった。そのまま蹲ってしまった男に、不良たちは興を削がれたのかギロリと睨みつけた。

「チッ、おいおっさん、用がないんならもう行ってくんねーか?」

「通ったそっちの方が悪いけんのぉ〜〜」

(……?)

善吉は男に対して違和感を感じていた。

何故男は何故不良たちに向かって罵倒の一つや二つ浴びせないのか。

そして、何故その手に釘バットを持っているのか。

「おい黙ってないでなんか言ったらどうじゃ、おお!?」

さっきから何の反応のない男に、不良の一人が胸ぐらを掴みあげる。さっきまで顔は隠れて見えなかったが、善吉は初めて男の顔を持ってギョッとした。

焦点の合わない、虚ろな目。

「……おい、何じゃあその目は。」

正気とは思えない様子に不良は少なからず怖気付く。

そのため不良は気づかなかった。

男が今もその手に釘バットを持っていることに。

不良がそれに気づいた時には遅く、男は胸ぐらを掴まれたまま、スイングを放っていた。

不良の頭をめがけて。

 




東郷と影山は7人目から引っ張ってきたオリキャラです。
完全に趣味が入ったキャラとなっております。



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3箱目「鈍ったというよりも」

ゴバキン、と何かがへし折れた音が鳴った。

頭に来るはずの衝撃が来ないため、不良は恐る恐る目を開けると、男は手元から上が折れて無くなったバットをぼんやりと見ていた。

「バッ…バットを蹴り砕いただぁ〜〜!!?」

不良は腰を抜かしている不良(なかま)の声で、片足を上げた状態で佇む後輩に気がついた。

善吉は不良の顔に釘バッドが叩き込まれるよりも早く、蹴りでバットを粉砕したのだ。

男は矛先を善吉に変更し、折れたバットをナイフのように突きつける。連続で繰り出される攻撃は苛烈そのもので、見切った攻撃がすれすれで通過するごとに身が切られるのではないかと思うような風圧を感じた。

(たっく……このおっさん正気どころか普通じゃねえ!)

「クソ……!アンタたちは早く逃げて、っていねーし!!」

とっくに姿を消していた不良に対し思わずノリツッコミをする。

その間も男の攻撃の威力は凄まじく、勢い余った攻撃は壁や地面をえぐっていく。バットを振り回すたびに木片が飛び散り、男の体がミシミシと音を立てる音に、善吉は冷や汗を流した。

(どうする……このままじゃあこの人の身が持たねぇぞ!)

本来の肉体の限界を超えた動きをしていることに気がついても、下手に攻撃をして男を傷つけるわけにもいかず、善吉は攻撃をかわし続ける。ついには壁際まで追い込まれ、ドン、と背中に壁がついてしまった。

「!しまった、俺としたことが……」

追いつめた。そう確信した男は渾身の突きを善吉に向かって繰り出した。

しかし、それは善吉の計算だった。

勝利を確信した人間は、ここぞというところで大振りになる。

それこそが隙だ。

「うおらぁッ!!」

善吉は素早く制服を脱ぐと、向かってくる男に向けて、その制服を投げつける。

男の一撃は視界が遮られたことで善吉には当たらず壁へと突き刺さった。

男は顔にかかった制服を投げ捨てると、慌てて見失った善吉の姿を探す。

「遅えよ。」

後ろからかけられた声に直ぐさま振り向こうとしたが、それよりも早く首に鋭い衝撃が走り男は意識を失った。

 

+++

 

「あー…クソ。やっぱ鈍ったのか?」

投げ捨てられた制服についた汚れを叩き落としながら、善吉は気絶している男を見下ろした。

善吉が立てた作戦は単純なものだった。わざと大きな隙を見せ、大振りな攻撃を出した時に制服で目隠し(ブラインド)する。それに相手が気を取られている隙に後ろへ回り込み、当身で気絶させる。

相手が、男が戦闘の心得が無かったからこそ可能となった戦法だ。

正直のところ善吉は平均以上には強い、と自負している。……実際は一年生の最初の頃に全国クラスの実力を持った剣道部員をワンパンで倒したあたり、平均どころの話ではないが。

その後の丸一年、波乱万丈かつ紆余曲折な日々を乗り越え、当時より一回りふた回りも強くなっている。今も、過去に来ても変わらずトレーニングも続けていた。

いつもならこの程度の男なら余裕で無力化できているはずなのに、現実は先ほどの一撃が腕にかすり、シャツに血が少しだけ滲んでいた。

(……いや、でもこれは鈍ったというよりも。)

何度も拳を握ったり開いたりを繰り返した後、善吉は静かに目を閉じて集中する。

自分の内側を。内面を『覗く』ように—————

 

「………カッ、やっぱりか……!」

数えたとしても、たった数秒。目を開いた善吉は歯嚙みをする。

善吉が生徒会長になるにあたって手に入れた能力に『改神モード・善吉モデル』というものがある。

通称『全吉モード』とも言われるそれは、自分の限界を『覗く』ことで自身の実力を最大限に発揮する、スポーツでいう『ゾーン状態』に自由に入ることができる才能(スキル)である。

それが使えなくなっている。

それだけではない。全体的に身体能力が落ちているようにも感じられた。

(一体何でだ?スランプ?……いや、つーよりも力を押さえ込まれているような——)

過去(ここ)に来てから分からないことが多すぎる。

脳に糖分が欲しくなり、頭をガシガシと掻きまわす。

「はあ……マックにでも寄って帰るか……」

男を出来るだけ分かりやすいように通りの近くに引きずった後、善吉はマックのある方向の通りの方へ足を運んだ。

(……ん?そういえばさっきの男もこっち側へ行こうとしていた)

「ぐあッ、てッまらぁッ!」

「っけか……?」

そう思い出した次の瞬間、塊が目の前をすごい速さで転がっていった。ドンガラガシャン、と派手な音がした方を見てみると俗に言うチンピラが近くの店の立て看板に突っ込んだように倒れていた。善吉は目の前を通過していった塊がチンピラだったんだと理解する。

「……うわぁ、人が跳ね石のように飛んでいくのを久しぶりに見た、じゃなくてッ!!」

善吉は現実逃避しかけたが、慌ててチンピラが吹っ飛んできた方向を振り向く。

そこには数件離れた店の前で学生服の男と、それを取り囲む三人のチンピラ達がいた。

善吉は学生服の男に見覚えがあった。

(確かJOJOとか呼ばれてたっけか?)

身長は2メートル近く、整った顔立ちをしていて、制服は襟元には鎖を付いていて、腰にはかなり派手なベルトを二つしている。

噂で聞くあたり一匹狼、そして酒やタバコに手を出し、数々の暴力事件や無断飲食を引き起こしたという筋金入りの不良らしい。しかしモテるため、女子に囲まれているところを見て東郷が「スケコマシが……」と普通生徒(いっぱんじん)とはいえない顔で歯ぎしりしていたのを覚えている。

善吉も噂を聞いた時はどん引いたが、どうしてもその男が最低(マイナス)な奴だとは思えなかった。

(今思えば似てんだよなぁ……、めだかちゃんや雲仙先輩に。)

箱庭学園での生活を思い出しながら見ていると、ふと周りにいる男たちの手にそれぞれ思い思いの武器を持っていることに気がついた。

(おいおい……鉄パイプにヌンチャクにナイフって、明らかにやる気満々じゃねーか!)

いくら名の知れた不良でもかなりの腕を持っていない限りは武器を持った複数人相手だとただでは済まない。

そう考えた善吉は加勢に出ることにした。いつもなら関わらず傍観に徹していたのかもしれない。なのに動いたのは学生服の男——JOJOの姿に箱庭学園の仲間たちを重ねて見てしまったからなのか。

後方にいた鉄パイプの男、奴がJOJOに意識が向いているうちに

人ごみから走り寄り、手ごと鉄パイプを蹴り飛ばした。

「あ”、ッツ!?」

「何だこのガキィ!!?」

急な激痛に鉄パイプ(だった)の男は顔をしかめ、他の男たちも突然乱入してきた善吉に驚きを隠せない。

目を見開いているJOJOに対して、善吉は悠然と問いかけた。

「……一応同じ学校の縁ってことで、助太刀必要ですか?」

ふざけるな。いらねえよ。それが善吉が予想した答えだ。普通なら見知らぬ生徒に助けられるのは男としての矜持(プライド)もあるだろうし、善吉が予想する人柄ならばなおさらだ。

しかし返答は善吉の予想を大きく反したものだった。

「馬鹿か離れろッ!俺にッ!『俺のそばに近寄るな』ッ!!」

 

 

「……え?」

 

ここで善吉が至らなかった点は3つ。

一つは、路地からJOJOたちがいた場所まで少なくとも十数メートルあるのに何故男は跳ね石のように吹っ飛んできたのか。

一つは、唯でさえ異常な幼馴染とセットで十四年間過ごし、多くの良くも悪くも非凡な人たちに出会い、一年以上箱庭学園で過ごしてきた所為でその違和感に気がつくことができなかった事。

そして一つ、それを誰がどのようにそうすることが出来たのか。

 

JOJOの焦った声と、その姿が『ブレた』のはほぼ同時だった。

まるで幽体離脱のようにJOJOから人の姿をした『何か』が浮かび上がってきたのだ。

『何か』は雄叫びをあげながら、信じられない拳速で男たちを次々と殴りつけていく。

『オオオラオラオラオラオラオラァッ!!!』

「はっがぁ、ガッ、グペエエエェェェェ!!!」

「ごっはあ、ぎゃああああああ!!」

「ああ!?一体何がああ”アアァァァァァ!!!?」

「やめろ!!止まれと言ってんだ!!」

JOJOは必死に止めようとしていたが、『何か』が止まる気配はない。『何か』はローマ神話に出てきそうな、屈強な戦士の姿をしていた。それはまるでJOJOの精神のあり方を表しているようで、善吉は思わず見惚れそうになる。

「何だアレ……亡霊か何かか?」

そう呟いた善吉の声が聞こえたのかJOJOは驚いたように善吉の方を振り返る。同時に『何か』も善吉へと拳を構えた。

「ッ!!?逃げろッ!!」

(ヤッベ、速……ッ)

JOJOが叫んだ声よりも『何か』の拳の方が速く、

衝撃、鈍痛。

 

 

 

 

 

 

 

そして善吉の視界は暗転した。

 



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4箱目「とてもよく似た味がした」

どうも、ンヶ月ぶりです。
やっと前回作に追いついたので、削除させていただきます。
前回作をお気に入り登録していただいた方々、本当にすみません。
今後も雪屋のところの善吉くんをよろしくお願いします。


お大事に、と受付の看護士の声を背にして自動ドアが開いた。

善吉が病院から出る頃には、太陽はもう上へと登ってきていた。青々とした空が広がっている。学校では3時間目はとっくに終わった頃だろうか。

「……それにしても疲れた。」

陽射しの眩しさに思わず目を細めた善吉には、顔に大きめの絆創膏。頭には包帯が巻かれていた。

 

善吉が気がつくと、そこは病院だった。

状況が理解できず、慌てて跳ね起きた善吉に、部屋へ入ってきた医者は驚きつつも事のあらましを説明してくれた。

昨日の夕方、善吉は同じ学校の不良のケンカに巻き込まれ、壁に強く打ちつけられて気絶。そのまま病院に運び込まれたそうだ。

しかし、ケンカの相手になっていたゴロツキ4人が合わせて15の骨折に対し、善吉は頭を軽い怪我と打撲のみ。日々の鍛錬の成果でもあるのだが、そのケロッとした姿に、訪ねてきた警察から何か怒りを買ったらしく、刑事ドラマのごとく話し合い(とりしらべ)され、その激しさは医者がドクターストップで病室から追い出したほどだった。医者は運がいいのか悪いのかと呆れたように笑っていたが、善吉にとってはたまったものではない。

(クッソ、どうしてもここに行かなきゃいけないのか?)

ゲンナリしながらも、善吉はポケットから小さな紙を取り出した。

それは警察の名前と仕事場---留置所の住所が書かれた名刺だった。

警察が善吉の元に訪れたわけは、不良(JOJO)…空条承太郎(話し合い(とりしらべ)で名前を知った)の方で何か問題が起きたから、だそうだ。 詳しいことは教えてはもらえなかったが、偶然にもその場に居合わせ、巻き添えをくらった善吉なら何かわかるのではないかと考えて及んだ強行だったようだ。名刺は医者に追い出される直前に、退院したら向かうようにと叩きつけるように手渡されたものだ。

(つーか、問題って多分アレだよな?)

善吉の頭に浮かぶのは、焦った声。屈強な戦士の姿をした『何か』。一方的に殴り飛ばしていく姿。向かってくる(こぶし)

「例えるなら『亡霊』のようなもんだけどなぁ…」

頭をガシガシ掻きながら思考するも、昨日のことはあまりに突然だったため、あの『何か』が何なのか見当もつかない。

―――――いや、分かったことといえば---

しかし今、善吉だからこそ断言できることがあった。

―――――ありゃあ、『異常』(アブノーマル)でも『過負荷』(マイナス)でも…むしろ『スキル』ですらねえ。全く別の何かってことぐらいだな。

 

『異常』(アブノーマル)とは行き過ぎた、極端な才能。

『過負荷』(マイナス)とは性質上、誰の得にもならない(と思われてきた)才能。

『スキル』とはその二つを総合した呼称であり、ようは固有の才能による超能力じみた能力の総称である。

その才能(のうりょく)たちは、異常な反射神経で必ず後の先をとる『オートパイロット』。空気さえも腐敗させ、その応用で腐葉土を生み出し植物さえ操る『荒廃した腐花』(ラフラフレシア)。インフルエンザの発症から傷の手当てまで何でもござれな『五本の病爪』(ファイブフォーカス)。エトセトラetc…と多種多様に及ぶ。

先日は危険察知能力の鈍りという悪い方向で発揮されてしまったが、善吉は伊達に良くも悪くも非凡な人たちに出会ってきたわけではないのだ。

確証はない。しかし経験則はそんな『スキル』(これら)では無いと叫んでいる。

「だからって、直接聞きに行くのもなぁ……」

で、現在の善吉はというと。

名刺に書かれた住所を頼りに、留置所の近くまで来ていた。

ここまではいいのだ。

しかし踏ん切りがつかず先ほどからその周辺をウロウロしていた。

(だってどう考えても待ってんのは病室でのお話(とりしらべ)の続きだろーが!!?)

病院では精密検査を受けた後、大事をとって明日明後日と二日間、休息をとるように言われたが、善吉にとっては怪我のダメージより、人生初めての警察の事情聴取による精神的ダメージの方が深刻だった。早い話がトラウマである。

病室では途中で医者が追い出してくれたのおかげで話はうやむやとなったが、善吉が見たものは、

一、JOJOから出てきた『亡霊』が。

二、ゴロツキたちを次々と殴り倒していき。

三、自分もソレに殴り飛ばされた。

くらいである。

寝言は寝て言えと怒鳴られるのがオチだ。正直、体験してなければ自分でも信じない。

(問題はそれだけじゃ無いしなあ…。)

しかもこの約二週間、この時代に来てからというもの『異常』(アブノーマル)『過負荷』(マイナス)。この二つが、あまりにも世間に知られていなかった。

……いや善吉自身も『スキル』の存在をはっきり認識したのは高校に入ってからなのだが。あまりに見かけなかったため、何気なく教員に聞いてみたところ、一部除いて教務室の空気が一変して、校長室にまで呼び出される事態にまでなった。

どうやら過去(ここ)では未来(いま)以上に知る人ぞ知る存在かつ、口にするのも憚れるらしく、校長からは滅多なことでなくても口にするなと忠告を受けた。その厳重さに、善吉は内心、〇ォルデ〇ート卿か(なん)かか、とツッコミを入れたほどだ。

下手に口を滑らせて墓穴を掘ってしまう可能性も高い。

そもそも何故、自分は取り調べ(トラウマ)押してここまで来てしまっているのか。

「……あー、俺何やってんだろう…」

 

「あら、どうかしたの?」

「うわあッ!?」

独り言に言葉が返ってくるとは思わず、慌てて振り向いた。そこには心配そうにこちらを見る壮年の白人女性がいた。

「え…えーっと、Thank you for your consideration.(お気遣いありがとうございます)But don’t worry about me please.(でも俺のことは心配無用ですよ)OK?」

「ウフフ、こちらこそ英語で話してくれてありがとう。これでも20年日本で暮らしているのよ?」

そう微笑んだ女性は善吉をまじまじと見つめるとパン、と納得したように手を鳴らした。

「もしかして承太郎のお友達?」

「え?」

意外な言葉に善吉は思わず声を漏らした。

 

+++

庭からカッコーンと、ししおどしが鳴る音が聞こえる。紅葉は終わりを迎えた時期だが、それを含めても素晴らしい日本庭園だ、と開け放たれた障子の向こうに広がる景色を見て、善吉は思った。

「さあどうぞ、でもまだまだ持ってくるから覚悟していてね!」

「…ど、どうも」

そう言って目の前に置かれた手料理に、現実に引き戻される。

場所は立派な日本家屋。ちゃぶ台には他にもたくさんの手料理が並んでいた。鼻歌まじりでまた台所に引っ込んでいった女性に、善吉は困惑を隠しきれなかった。

留置所で会った女性、ホリィ…聖子と呼んでほしいと自己紹介したその人は空条承太郎の母親だった。

その場でお昼がまだなら、よかったら一緒に食べないかと誘われて、あれよこれよという間に何でか空条宅にお邪魔することになっていたのである。なんでこうなった。

(何なんだ、この状況…)

先ほどから「広い家ですね」とか「きれいな庭ですね」のようなたわいのない会話をして途切れるを繰り返していた。気まずい(と、善吉は感じている)空気に耐え切れず、善吉は口を開いた。

「あのっ…!」

「あなた、承太郎のケンカの間に割り込んで怪我をしたんでしょ?」

しかし、先に話を切り出したのは聖子の方だった。

「え、あ…それは、俺が勝手にやったことで!むしろあれくらいでダウンした俺も悪いんですし!」

「ウフフ、やっぱりあなた、承太郎が言ってた通りのいい子ね。」

頭の包帯に触れながら慌てる善吉を見て、聖子はまた新たに持ってきていた手料理をちゃぶ台に置いた。

「承太郎…空条先輩が?」

「ええ、あなたのことを心配していたわ。…ただあの子、今朝釈放されるはずだったのに自分から出ないっていうのよ…。」

「そんな無茶苦茶な…。もしかしてそれって、『亡霊』と関係がありますか?」

顔に手をあててため息をついた聖子に、脳内に昨日の光景が浮かんだ善吉は尋ねかける。

すると聖子は目を大きく見開いた。

「…あなたは、何か知ってるの?」

「……いえ、全然。俺も突然殴り飛ばされただけで、何が何だか分からなくて…力になれずにすみません。

一瞬スキルのことについて話そうか迷ったものの、言葉を濁しながら頭を下げた。

「いいのいいの…謝らないで。……あたし以外にも見えてた人がいたってだけでも安心したから。承太郎はあたしには何にも話してくれないけれど、本当は心の優しい子なの…。これからも承太郎をよろしくね?」

「……」

「…………あら?」

「……ごめんなさい!俺はただの通りすがりの乱入者で、空条先輩は昨日が初対面です!」

「えー!」

「本ットーにスイマセン…!」

驚きの声をあげた聖子に、善吉はさらに頭を下げて謝った。完全に聖子の勘違いなのだが、空条宅に連れてこられてからというもの、騙しているようで忍びなかったので勢いは土下座に近かった。

しかし聖子は困ったように微笑み、その頭を上げさせた。

「そうなの…でもきっと、あなたは承太郎と仲良くなれると思うわ。これは心配かけちゃったお詫びのしるし!さあ、頭を上げて!どんどん食べてね!」

そう言ってご飯を置いた聖子に罪悪感がかられたが、目の前には来たてほやほやの手料理の数々。善吉といえど食べ盛りの男子高校生。空腹には勝てなかった。

「…すみません、いただきます。」

大人しく手を合わせ、箸に手をつけた。そしてしばらく料理を口に運んだ後―――――

 

その目から涙がこぼれた。

 

+++

 

「また遊びに来てね〜!」

「はい、本当にごちそうさまでした!」

門の前で手を振って見送る聖子に、善吉は軽く会釈をした。

そして空条邸からしばらく離れ、門が見えなくなったところまで歩くと善吉は深くため息をついた。

(みっともないところを見せてしまった…)

両手のポリ袋には食べきれなかった料理が詰め込まれたタッパーが入っている。善吉が一人暮らしだと知った聖子が持たせくれたものだ。遠慮こそしたものの、持って帰ってほしいと押し渡された時は本心とても喜んだものだ。

しかし、今では両手のお土産がやけに重く感じられた。

彼女が振る舞ってくれた料理は、母親の料理にとてもよく似た味がした。

(まさか年甲斐もなく泣いちまうなんて、ガキかなんかかってーの…)

まだ過去に来てまだ二週間しか経っていない。そう、思いたかった。

善吉は少し寄り道をして神社の鳥居に立ち寄ることにした。この道は通学路にもなっており、石段の上からは街を一望できた。空条承太郎を含める周辺生徒もこの景色を見ながら毎朝学校へ通っているのだろう。

無論、その日何をするのか。きっと気の置けない友達との何気ない会話などを考えながら。

善吉にはここからの景色が、今まで見たどんな景色より広く遠くに感じられた。

下から枯葉を纏いながら風が善吉を吹き上げられ、思わず善吉は目を細め腕をかざす。

それでも冬に近づく空気は、善吉の肌に刺さるようだった。

「…寒いな。」

それは身体(からだ)がなのか心がなのか、善吉には分からなかった。

 

+++

 

善吉が今、住んでいるアパートは真新しい部類に入る。未だ入居者も少なく、白いコンクリートで覆われたその場所を影山は病院のようだ、と例えていた。しかし幼少を病院の託児室で過ごしていた善吉にとっては、正しい表現だとは思えなかった。病院にしてはあまりにも静かすぎた場所だったからだ。

住めば都、そう人は言うが善吉にとってはこの家を好きにはなれなかった。

「ただいま…」

『おかえり、随分と遅かったな。』

「ああ…、まあ病院での精密検査も長かったし、空条って先輩のお母さんに昼飯ご馳走になったしな。話込んじゃったし寄り道もしたから思った以上に遅くなった。」

ガチャリ、と鍵を開けて帰ってきた善吉は、返ってきた声に反射的に答えながら、ガサガサと袋からタッパーを取り出していった。日持ちしなさそうなものは冷蔵庫へ。一人暮らしをするようになって二週間、もはや板についた行動となって、

「…って!誰だよ!!家の鍵はしっかりしてたよな!?泥棒か!不法侵入者か!?」

とっさに身構えると同時に声の主を探す。しかし声の主はおろか、部屋に誰かがいた痕跡すらなかった。善吉が昨日、学校へ行った時のままだ。

「……あれ?おかしいな。もしかしてさっきのは気のせい?幻聴か何かか?」

『残念ながら気のせいでも幻聴でもないんだ。この過去(せかい)に馴染んでくれたようで何よりだ。』

確かにはっきりと、どこか温かみを声が響き、その方向にバッと振り向く。

しかしそこにあったのは、見慣れてきてしまった未来(いま)では逆に珍しくなったブラウン型パソコンだった。

「……なるほど、声はスピーカーからみてーだな。お前は一体誰だ?なんで姿を現さねーんだ?」

善吉の問いに、スピーカーからノイズ音が鳴った。

『自己紹介が遅れたな。私の名は『スティール』。怖がらなくていい。私は君の運命が上手く回るよう手助けするものだ。』

 




割と今回は長かった。
作中の英語は電子辞書内の英会話にあったやつを参考にしました。


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