ア・バオア・クーに散る (キサラギ職員)
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1話

―――― 一年戦争終戦記念番組 ――――

特集:ア・バオア・クー


 

 宇宙世紀0079。

 

 地球圏からの抑圧と、ザビ家の思惑による戦争が始まった。地球からもっとも遠いコロニーサイド3はジオン公国を名乗り地球連邦に対し宣戦布告。のちに一年戦争とも呼ばれる戦いの始まりである。彼我の戦力差は圧倒的であったが、ジオン公国はミノフスキー物理学に順応した兵器モビルスーツによる機動戦と電撃戦により旧体制におぼれた地球側の軍を次々と退け、とうとうコロニーを地上に落とす段階まで優位に進めた。これをブリティッシュ作戦と言う。だが地球側の抵抗激しくコロニーは空中で分解してしまい地球連邦軍司令部ジャブローへ直撃させることは叶わなかった。

 最初期の戦闘だけで人類の多くが死んだ。人類は自らの行為に恐怖した。

 ジオン公国は初期目標であるコロニー落とし、つまりブリティッシュ作戦の失敗を受けて地上戦を決意した。電撃的な侵攻とミノフスキー下における優れた性能を誇るモビルスーツの投入は、統一を成し遂げて平和ボケしていた地球連邦軍を圧倒した。オデッサの鉱山資源地帯を手中に収めたジオン軍はこれまで通りの電撃戦を展開するも、もともと数に劣るがゆえに前線を支えきれず、性能に劣るはずの通常兵器による物量に押されこう着状態に陥っていた。

 ―――地球連邦軍将軍レビルは決断した。V作戦。ジオンのモビルスーツをもとにした新たなる兵器の開発である。三種試作されたそれはのちにガンダムという最強の名を冠された兵器へと発展を遂げることとなる。

ガンダムの活躍と、モビルスーツの実戦投入。地球一個分の生産性能を誇る地球連邦は、ものの一年の間にジオンを圧倒する兵器を生産して数をすりつぶすと、宇宙へと追いやった。

 度重なる敗退の末に、しかしジオンに兵はあった。驚くべきことだが地球連邦と正面切って戦うだけの戦力があったのだ。本国サイド3への直接攻撃をもくろんだ地球連邦はソーラ・レイの光に焼かれて大部分を損失した。レビル将軍は、まず足がかりとしてア・バオア・クーの攻略を決断した。

 宇宙要塞、ア・バオア・クー。のちの歴史ではセダンの門と呼ばれるようになった鉄壁の城である。

 そしてジオンは、雲霞が如く寄せてくる鉄の津波にこらえんと、要塞を盾にしたのであった。

 

 

 

 宇宙世紀0079 12月31日 9時11分 Wフィールド F91区域

 

 

 他のフィールドへは圧倒的な攻撃がもたらされている一方、Wフィールドは静寂に包まれていた。確かに連邦軍はジオンの比にならない戦力があるとはいえ、要塞に閉じこもった相手を叩くには数が十分とは言えなかった。ましてジオン本国最終防衛線に位置づけられたア・バオア・クーとあってはなおさらである。

 ただし敵は皆無ではなかった。偵察のつもりなのか、戦闘機型やボールなどのアシが速い機体が高速で陸を舐めていく。本格的な上陸は別のフィールドで行われるようだ。それでも投入される戦力は優に二倍を超えているのだから連邦の異常さが分かるというものか。

 本命ではないはずのWフィールドにも、時折、手足のついた型が上陸をもくろんでやってくることがある。その数だけでもWフィールドは押されていた。ものの一年足らずで技術を学び、ザク以上の性能を有するモビルスーツの量産にこぎ着けた連邦は、化け物であった。

 

 ミノフスキー干渉波と、目視により敵影が捉えられた。光学観測によるスラスタースペクトラム分析。固有パターン照合。首と腕のある型。連邦の白い悪魔とよく似たタイプ、ジムである。

モノアイからの画像データとセンサーおよび外部からのデータを元に合成される敵影に、照準を合わせ、攻撃の機会を伺う。ランダム機動を取る敵への射撃はまず命中しないとして、敵が等速直線運動およびコンピュータの自動回避などのパターン化された動きに移行した瞬間を狙う。

 武装は、オデッサ組が持ち込んだ175mm無反動砲――マゼラトップ砲である。岩場という環境に適応するために耐熱樹脂を吹きかけて表面を凸凹させ、塗装も岩そっくりにしてある。また一か所だけ突き出ていては発見されるので、あたり一面に余った建材などを刺してある。更には擬装用の布きれまで被って、擬装している。

 「よーし、観測データ良好。距離よし」

 その機体は、既に旧式化して久しかった。実戦に投入されて鬼神が如き活躍を見せたのはかつてのお話。後継機ザクⅡの量産が始まって以降、前線を張るにはいかんせん性能が足りず、後方任務やゲリラなどに回されていた。

 ――人類初のモビルスーツ、MS-05Bである。通称旧ザク。ザクⅠ。最終決戦の地、ア・バオア・クーにおいても、いまだに運用が続いていた。

 ただし、要塞周辺区域の防宙をするには機動性が不足しており、ほとんどが陸の防衛に当てられていた。

 ―――しかし。そのザクⅠを駆る男は考える。モノは使いようである。ジムの装甲は堅固だが無敵ではない。不意を打てば十分にやれるのだ、ザクⅠとて。

 ザクⅠに乗る男は、ミノフスキー粒子濃度計へちらりと目をやると、無線もとい有線にどなった。

 「ユキヒコ、アリシア、F91ゲートへの接近は認められるか」

 「こちらユキヒコ、認められず」

 「こちら、あ、あ、アリシア……ありません」

 「落ち着けよアリシア。隠れていればそうそう見つかるもんじゃあない」

 「し、しかしこの戦力差ではいずれ見つかってしまいます……」

 「相手は人間なんだぜぇ? いるはずがないと思い込んでくれるように誘導してやれば、見もしないだろうよ」

 男はあえて部下を名前で呼ぶと、震えの止まらないアリシアという部下の気を落ち着かせようと声を和らげた。仕方がないことだ。ソロモンでの戦いを潜りぬいてきた自信とユキヒコ・タダノ軍曹とでは、ついこの前学徒動員で無理矢理引っ張ってこられた彼女とでは、経験の差が大きい。ましてアリシアは本来優しい女性であり戦いには向いていない。悲しいことにMS操縦のセンスだけはあり、模擬戦では何度落とされたかもわからないのだが。

 男――チェン・カニンガム准尉は、F91ゲートから300m離れた岩場にて、じっと息を潜めていた。ゲートは固く閉ざされているが岩の障壁がない。周囲には対宙火器がニョキニョキ生えているとはいえ、MSの機動性で懐に潜り込まれては危険である。そこで、チェンの小隊はゲート防衛のために、ゲートを中心に三点離れて位置していた。

 機関火器群は時折視界に入るサラミス級に向かい次々弾丸を発射していた。数が少ないだけあって、火線が集中する。いくら船舶とてタコ殴りにされては叶わず、撤退していく。ちなみに距離で言えば大気のある地上を基準とすると、対空機関砲類などは射程外であるが、ここは宇宙である。空気抵抗がないため、どこまでも飛んでいく。豆鉄砲の類でも射程という概念は無いに等しい(ビームは別である)ので、空を横切ればとりあえず撃っておけという雰囲気であった。

 「しかし、こんな姑息なゲートを“守る”なんてなぁ」

 チェンは言いつつため息を吐いた。何を隠そうF91ゲートは防衛上の観点から当の昔に潰されたゲートであり、形だけとなっている。仮にゲートをこじ開けたところで中は空っぽで、要塞中心部へ繋がってすらいない。

 つまり偽のゲートを餌に敵を呼び、叩けというのだ。時間稼ぎとも言う。

 「戦力配分をとちってやがるぜ畜生め」

 チェンは擬装用の布きれ(本人はこれをマントと呼んでいる)を機体越しに意識しつつ、アームとキャノンをもがれて苦し紛れのスラスタを吹かしながら視界を通り過ぎていくボールに照準を合わせた。やるか、やらないか。無駄使いすることはない。やめた。見ているうちに、機関砲の餌食になる。ざまあ見ろ。

 要塞のどこかで爆発があったらしく、機体に伝わってきた衝撃が腹に響く。まるで水中にいるように濁った音である。

 チェンとしてはとっととゲートを放棄して別のゲートへと赴きたかったが、持ち場を離れるわけにもいかない。

 と、有線通信が入った。データ送信。マップ上に点が記された。

 モニタを、口をへの字に曲げて小突く。

 「チ。ガンダムもどきが3機。厳しいか。それにしても防宙部隊は何をやってる」

 舌打ち。ジムが上陸できるということは、防宙網が薄くなっていることを意味する。形勢は不利だった。

 手持ちのカードは、ザクⅠ二機。ザクⅡ一機。ガトルを中核とした支援部隊のみ。ガンダムもどき―――ジムの性能は驚異的だ。特にビーム兵器は、ザクにとって鬼門である。こちらの攻撃は通じないケースも多いのに、相手の攻撃は胴体に掠っただけで致命傷になるのだ、心理的圧迫感は絶大である。

 チェンは、友軍が送ってくるデータが、F91へ地上の岩を障害物にしてじりじりと接近しつつあるジムを認めると、擬装用のマントを脱いだ。ザクⅠのモノアイがレールにそって左右に動いて動作を確かめるや、強く発光する。175mm無反動砲を担ぎ、地面を蹴って、空中に躍り出る。足場か推進剤さえあれば、宇宙空間というものは思いのほか自由である。そして、相手側からは死角となる、塔のように突き出た岩の裏側に張り付いた。

 「軍曹、伍長、いいかテリトリーに入るまで手を出すんじゃないぞ」

 「了解」

 「了解……ッ」

 岩場から出るにあたって、通信用ケーブルが機体に追従した。チェンはケーブルがたわんでいるのを目ざとく見つけると、ヘルメットのバイザーを下ろしてコックピットから出た。ケーブルを辿っていき、それの位置を直す。敵から見える位置にあっては感づかれる。

 コックピットに戻ると、チェンの顔色は変わった。観測データでは、別の地点にうじゃうじゃと敵が上陸を始めているではないか。

 ゲートが偽物であると気が付かれたか?

 チェンの危惧は別の形で裏切られた。サラミス級が空中をランダムに機動しながら現れるや、護衛らしきジム四機が着岸せんとスラスタを吹かしてやってくる。そのジム四機は対宙火器が唸りをあげるのもものともせず迫ってきた。速い。手練れなのか、直進は決してせず、可動肢を利用したランダム機動を取りつつ、弾幕を潜ってくる。

 ガトルとザクⅡの編隊が横から襲いかかった。数は、不自然に少ない。一交差した時にはジムのビーム兵器によってガトルは宇宙の藻屑と消えていた。ジムとザクの近距離戦闘。悪いことに、好機とばかりにジムが次々出現しては、ザクを嬲り殺しにし始めたのだ。

 対宙火器が砲火を吐くが、味方が射線にいるためか散発的である。

 「ちっ!」

 チェンは舌打ちをした。

 コックピットの気圧が安定したのを確かめると、ヘルメットのバイザーを上げ、汗をぬぐう。狙撃するには遠すぎる。高速で機動するジムを一撃で仕留めるだけの腕がない。

 「隊長ぉ!」

 「あわてるなアリシア! 俺らのフィールドはマシな方だ! ひでぇところじゃあ30:1の………きやがるか!」

 もはや涙声となったアリシアの機体が、上半身を起こしてザクマシンガンを握りなおす。不安を象徴するようにモノアイが引っ切り無しに可動していた。

 チェンは焦燥感を誤魔化すために奥歯を噛むと、いつでも動けるように操縦桿とペダルに琴線を張った。

 「畜生どうなってやがる。MS隊の動きがおかしいぞ。おい、なぜ宇宙(ソラ)のMSがどきやがった!」

 無線もとい有線の先は、F91の周辺の対宙火器を担当する兵士である。

 「知りませんよ! なんでも、別のフィールドに集合しろとかなんとかだそうで。その命令も、キシリア様からの発令だそうですが、総帥のご命令でないことから、内部工作の疑いがあるとのことです。現在確認を取っています」

 「スパイか? まさか」

 その間にも、ザクとガトルによる防衛網は突破されつつあった。今まではモビルスーツを狙っていた砲撃が、今度は地上へと降り注いでくる。メガ粒子砲の威力に目が眩む。

 本命ではないはずのWフィールドにである。数で優位に立つ連邦だからこそ、できる戦法である。

 更に、どこからともなくやってきたジム数機は、着岸しようとして、増援にやってきたガトル隊の掃射を受けた。一機が火を噴いてア・バオア・クーの大地へと近づくが、対宙砲火に飲まれて粉みじんとなった。怖気付いたか逃げていく。地上に張り付いていたガトル隊があちこちから発進。これを逃すものかと、ミサイルと機関砲を撃ちまくりつつ追いかけていく。

 だがそれでも、着岸した三機のジムは進行を続けていた。ゲートまではジムの歩行でも十分とかからない。やり過ごすことは許されない。ゲートに誘い込んで撃破しなくてはならない。

 チェンは覚悟を決めた。サバイバルキットなどを仕舞い込む収納スペースを開くと、秘蔵の酒を手に取る。チューブに入れて貰った一品であり、普通の飲料と偽っていたものだ。一気に呑むと酔うので一口含み、しまう。

 バイザーを下ろすと操縦桿を握った。

 「小隊全員に通達する。予定通り、連邦の雑魚どもがテリトリーに侵入した。俺の合図で動け。もし戦闘が継続できなくなったらすぐに逃げろ。各員レーザー通信ON。アリシア、ユキヒコ、障害物を利用して接近しろ。対宙火器はジムどもが宇宙(そら)に逃げられんよう、地面に縛り付けろ!」

 「F91管制了解。各銃座、半数を水平発射。レーザー通信良好。リンク」

 ミノフスキー下において、電波通信は通らない。いまだ未知の性質を有するというミノフスキー粒子であるが、電波を阻害することは広く知られている。そのため、モビルスーツの戦場では有線かレーザー通信が基本なのである。地上戦、特に入り組んだ場所では大地を伝わる音を利用して索敵を行うこともあるが、悲しいことにここは真空の宇宙で、大地は極めて硬い一個の岩石である。音がごっちゃになって伝わってくるのであてにならない。

 ユキヒコ・タダノ軍曹のザクⅠと、アリシア・エクリュー伍長のザクⅡが前に出る。なぜ階級が下のアリシアがザクⅡなのかと言えば、彼女の方が腕前に優れるからである。

また、なぜザクⅡが手薄なフィールドに配備されているかと言えば、不良を持つ機体だからである。元は宇宙用のザクを地上用に改造した後に再び宇宙用に改造した経緯を持つ関係で、あちこちに無理が来ているのだ。

 「了解。接近します」

 「りょ、了解! 接近して仕留めます!」

 意気込んで、敵の姿も見えないのにヒートホークを装備し始めるアリシア機を、ユキヒコ機のザクⅠが肩に手を置きたしなめる。

 二機は、複雑に入り組んだ岩場を、まるで重力下のように歩いて進む。岩場から顔を出せば敵に見つかる恐れがあるからだ。

 「伍長。三機相手に大立ち回りは危険過ぎる。俺らがやることは、不意を打って陣形を乱し、敵を誘い込むことだ」

 「そうでした!」

 「そうでしたじゃないよ。しっかりしてくれ」

 「はい!」

 ユキヒコのザクⅠはクラッカーを複数個束ねた収束手りゅう弾もとい収束クラッカーを手に、不安げに宇宙を仰いだ。あんなにも頑丈だった防衛網は突破されて、今にも砲弾が降ってくるかもしれない。ボールの一斉射撃で吹き飛ぶ未来予想図が頭に浮かんだ。

 距離、既に100mを切った。監視ポッドなどを見つけ次第ビーム兵器で潰してかかるジム三機はしかし、ノーマルスーツに監視装置のみを纏った歩兵の姿には注意を払っていなかった。余った資材に擬装したレーザー通信用アンテナにも。

 岩場に身を潜めた二機が、左右に広がって、三機が間を通るまでじっと耐える。兵器、特にMSにとって背後は鬼門である。誘爆の恐れが強い推進機構を満載したランドセルがあるのも背中なのである。宇宙において推進を失った兵器は棺桶に過ぎない。

 ユキヒコのザクⅠが収束クラッカーを右手に、左手にザクバズーカを構える。アリシアのザクⅡは近距離を想定してバレルを短縮した120mmザクマシンガンと、刃を大型化して先端に突起を増設したヒートホークである。

 チェンは、岩場からすぐに銃口を出して狙撃できるように身構えた。二機が奇襲をして即座に撤退したところでノコノコ顔を出したら狙撃できるように。

 舌なめずり。コンピュータの敵移動予測プログラムの調整を弄る。

 「さぁこい。ジオンの戦い方を教えてやる」

 三機のジムが、二機が隠れる岩場を、過ぎた。

 放り込まれる収束クラッカーと、バズーカ。クラッカーが炸裂してジムの列を大きく乱し、内一機のランドセルにバズーカ弾頭が命中、推進剤に引火したか、胴体がはじけ飛んだ。

 濛々と立ち上る爆煙を縫い、一ツ目の巨人が駆けた。

 「アリシア、吶喊しますっ!」

 とっさに振り返って盾を構えた一機目掛け、アリシア機による近接格闘が行われる。

ショートバレルの120mm弾が唸りをあげて空中を舐め、盾を連打する。抜けない。だがそれでいいのだ。足止めにはなる。

 二機が連携を取り戻すよりも先に、アリシアのザクⅡが肉薄に成功していた。本来なら対艦装備であるヒートホークを振り被り斬撃を食らわすと見せかけて左のスパイクアーマーでタックル。味方が近すぎてビームスプレーガンを撃てずに狼狽えるジムを尻目に、ビームサーベルを抜刀せんとする眼前の敵に白熱した刃を叩き込む。

 「ああああッ!」

 盾で受け止められた。しかもバッシュで。ヒートホークが跳ね上がり、致命的な隙を晒す。ジムのデュアルセンサーがじろりと睨みを利かせる。

 「強い……けど!」

 アリシアは恐怖に顔を歪めながらも、右肩装甲版に備え付けられたスモークディスチャージャー装置のスイッチを入れていた。瞬時に薄ピンク色の煙が暗幕を張る。ミノフスキー粒子による電波妨害、煙による視界の途絶により、ジム二機の動きが止まる。

 「アリシア逃げろ! 一匹食っただけで十分だ!」

 ユキヒコ機が残弾僅かなバズーカを、サーマルビジョンに切り替えたメインカメラで敵味方を識別しながら牽制で放つ。バックファイアが盛大に咲く。大地の塵を巻き上げる。

 「しまっ、ええい! 私ならできる!」

 アリシアは操縦桿に後退指示を送ろうとして、誤って空中に浮いた。強く入力し過ぎたのだ。自動で姿勢制御がなされ、次の機動への前準備が完了。脚部を前に、腕と腰の捻りで慣性を作り出すと一回転。スラスター点火。煙とバズーカの砲撃で体勢を乱されたジムから逃げる。

 だが敵もやられっぱなしではなかった。アリシアの攻撃を防いだ一機が、思い切った行動に出たのだ。ア・バオア・クーの大地を蹴ることで推進剤を節約すれば、塔のように突き出た岩を再度蹴り、空中を機動する。そして低空を飛ぶアリシア機の背面目掛けて、牽制の三発をばらまく。本命の一発を、岩場の上空を封鎖せんとする対宙火器の射線を掻い潜って着地し、腰だめに撃つ。撫子色のビームが、ザクⅡの片足を溶解させた。見事すぎる戦闘機動だった。

 「隊長! 足が、足が! 足が消えて! あ、き………ふッ!?」

 恐慌状態に陥ったアリシアのザクⅡが、不完全なバレルロールを行うと、岩の地面に数回バウンドして宇宙に投げ出された。手からヒートホークが飛んで、慣性に任せて宇宙に吸い込まれる。悲鳴、そして肺を踏みつぶされたかのような呼吸音を最後に通信が切れる。不意に高G下に晒された人間が発する、切れ切れの吐息だった。

 チェンが叫んだ。

 「アリシア! AMBACのモードを……!」

 モビルスーツは推進剤による姿勢制御はもちろんのこと、他の兵器とは一線を画する姿勢制御法を持っている。それはAMBACである。端的に説明すれば、腕を振った勢いで動態の向きを変える姿勢制御法である。言うまでも無いが腕や足を欠損すると、その性能は著しく損なわれる。

 いま、片足を失ったアリシア機は、AMBACのモードを切り替えなければならないのにもかかわらず、無理に姿勢を変えようとしてしまった。その為激しく機体が回転し、Gで身動きを取れないまま、大地に叩き付けられたのだ。

 一撃離脱するはずが、逆襲を受けて一機が損傷した。チェンは判断を迫られた。

 ユキヒコ機が、バズーカの銃身を、いまだ煙の中でじっとしている一機に投げつけると、ぶら下げていた120mmザクマシンガンを取り、動きのいいジムに撃つ。低間隔で放たれる120mm弾が、空間を飛翔した。

 「野郎! よくも!」

 地面から離れ、空中に浮いたアリシア機がいるせいでF91近辺の銃座は撃てない。まるで方向の違う対宙防御は継続しているが、もしジムが接近してきたら、悲劇が待っている。

 チェンは、狙撃をやるか、接近戦に持ち込むか、アリシアのカバーに入るか、決断を強要された。彼は僅かに逡巡すると、岩場に隠した175mmを取り、腕で岩場を押しやった。こちらが押すとき、相手側からも押されるのは、物理法則の簡単な構造である。彼のザクⅠは、等速直線運動で塔のようにそそり立った岩から姿を晒した。

 ペダルを踏む。スラスタを吹かし、上昇して、アリシアが作った煙の中で溺れるジムの顔面目掛け、引き金を絞る。宇宙用に縦回転を防ぐための回転を与えられたAPFSDSが砲身より出るや、ジムの頭ではなく首と胴体の中間地点に着弾、装甲を貫通、内部機能を貪る。ジムはもんどりうってずっこけると、ビームスプレーガンを明後日の方向に撃った。重要部位を抜けなかった。おそらく、生きているだろう。

 「次! ユキヒコぉ! アリシアを助けろ!」

 チェンは喉もかれよとレーザー通信に怒鳴ると、味方を二機もやられて単独になったジム一機へと射線を合わせた。発射。躱される。敵は空中へ――しかもアリシア機に接近していった。

 連射する。当たらなくても、牽制にはなる。当たれば御の字。容赦無用。

 175mmの高速弾頭が、ジムすれすれを掠めていく。

 「イエッサー!」

 ユキヒコのザクⅠが、120mmで弾幕を張りながら宇宙に飛び出すや、ピクリとも動かないアリシア機に接近して、腰のあたりを抱き留める。お肌の触れ合い回線ON。

 「アリシア! このままでは死ぬぞ!」

 「ぅ………」

 返事がない。うめき声だけが無線から聞こえてくる。気絶しているのか。

 アリシア機を助けんと動きの鈍くなったユキヒコ機に、容赦なくジムが放ったビームスプレーガンの撫子色の弾丸が襲い掛かる。一発が掠め、二発目は正確にアリシア機の胴体を貫いて、ついでにユキヒコ機の片腕の動力パイプを焼き切っていた。

 アリシア機の胴体へ侵入したエネルギーが、その肉体を一秒とかからず調理した。推進剤に引火。アリシア機は無残にも内側から引き裂かれ、超硬スチール合金の寄せ集めと成り果てた。

 「アリ……! お前、お前は! よくも!」

 アリシアを目の前で殺され、左腕の動力パイプを失い、動揺隠しきれないユキヒコへ、ビームの応酬が容赦なく浴びせかけられる。ザクⅠはモノアイに一際強い発光をするや、アリシア機の残骸を投げ捨ててザクマシンガンを撃ち返した。

 「ユキヒコ! 落ち着け! お前のザクでは無理だ! 構わん逃げろ!」

 「ですが隊長! こいつがやったんですよ!」

 「バカ野郎!」

 チェンの制止を振り切って、ユキヒコのザクⅠが突っ込む。120mmを撃ちまくりながらヒートホークを握ると、その刃を白熱させた。だが無情にもビームの奔流が頭部を焼き、腕を根元から溶断した。

 「そんな……!?」

 ユキヒコの断末魔はしかし、レーザー通信の断絶により誰にも届くことがなかった。

 ユキヒコが自機の警告表示で頭部と足を失ったことを認識した刹那、ビームサーベルを抜刀したジムがザクⅠの懐に潜り込むと、一太刀でコックピットのある胴体を膾切りにしていた。液体状になった金属が宇宙に点々と散る。ザクⅠの上半身と下半身が、ゆっくりと分断して離れていった。ゴーグル型デュアルセンサーがにやりと笑う。

 チェンは操縦席の壁を拳で殴ると、ギリギリと奥歯と奥歯を合わせた。

 「二人死んだ! クソッタレめ。ザクの猿真似ごとき!」

 そこでようやく、対宙火器が射撃を水平に戻すと、ジム排除のために弾幕を張った。

 隊唯一になってしまったチェンは、後退していくジムに照準を合わせ、撃った。だが躱される。推進剤の消費を厭わない急加速で機体横方向に逃げ、岩場に消えた。

 これで一対一である。狙撃しようにも、足止めと囮の役割を果たせる戦力がない。第一、たった一機のモビルスーツで持ち場を守ることは、事実上不可能である。チェンは自身を正しく評価できる人間だった。ジョニー・ライデンのような鬼神にはなれないし、シャア・アズナブルような悪魔にもなれないのだ。

 チェンは、マゼラトップ砲から手を離すと、120mmを握った。覚悟を決めるしかない。

 その時だった。

 上空から雨あられとメガ粒子砲が降ってきたのだった。サラミス級が目視できる距離まで接近していた。防御網が破られたのだ。防宙任務にあたっていたモビルスーツ隊が、連邦の圧力に屈したのだろう。

 敵味方がいようと構わず撃っているらしいそれは、F91ゲート近辺を舐めるように焼いた。攻撃的な性質を帯びたミノフスキーの嵐が、対宙火器、トーチカ、ゲートもろとも高温に晒す。あちこちで爆発の柱が上がり、ゲートは無残にも溶かされて内部構造をむき出しにしていた。

 「空気が! 誰か修理……酸素がなくなる! 誰かぁ! 助けて!」

 「アリスぅ! 俺は、お前に……」

 「痛い痛い痛いよぉおお!」

 外にノーマルスーツと軽武装に身を固めていた兵士たちは、次々と死んでいった。あるものはメガ粒子にスーツを穴だらけにされ、窒息。あるものは体の半分を蒸発されて恋人の名前を叫びながら息絶えた。そしてある兵士は、対宙機関砲ごと蒸発してしまい、悲鳴さえ上げられなかった。

 「各銃座、ビーム攪乱膜発射!」

 あちこちで時限信管を積んだミサイルが放たれ、キラキラとした粒子で大地を包む。だが敵もそれを予想したようで、お次にうんざりするようなミサイルの群れがやってきた。

 攻撃は、F91どころか、フィールドの至る所へ実行されているようだった。まるで流星群のようにメガ粒子砲とミサイルがア・バオア・クーに落ちているのが、途切れ途切れのレーザー通信から理解できた。上陸をする前に、砲撃で戦力を減滅するつもりらしい。

 うち一発がチェンのザクⅠの両腕をもいだ。高温に溶断面が白熱している。動力パイプが切れ、中身が血液のように噴き出す。二発目がすぐそばの岩の側面を溶かし、地面に着弾。爆発。衝撃に機体が悲鳴を上げた。

メインモニタに激しくノイズが走った。

 「クソッ……ここまでか!」

 チェンは躊躇うことなくシートベルトを外すと、コックピットを開いてMMUとサバイバルキットを手に、ハッチを蹴った。刹那、メガ粒子が上空から迸るや、ザクⅠの頭部からつま先までを滅ぼした。まるでソドムとゴモラに降った火と硫黄の雨が如く。ザクⅠのモノアイがひび割れ、蒸発する。頭部は陥没して胴体との接続部を晒し、そこを穴としてメガ粒子がなだれ込むや、動力炉とコックピットを貫き、股のつなぎ目を溶解させて地面に到達、爆発。肢体がバラバラとなり、真空の宇宙を減速なしで飛んで行った。

 チェンは、推進剤という燃焼物によって発生した衝撃波に押され、宇宙へと投げ出された。激しく回転する視界では、ア・バオア・クーの大地と、漆黒の宇宙がひたすら入れ替わっていた。

 悪態を付きながらも、メガ粒子砲で昇天させられなかったのと、愛機の腕か何かにぶつかってミンチにならなかったことを感謝していた。

 MMUを背負い、サバイバルキットを胸に抱く。スラスタユニットを手動で開くと、ガス推進によって、ア・バオア・クーの大地へ向かって進もうとする。

 「クソっ……このままじゃ宇宙ゴミ(デブリ)になっちまあ!」

 焦る。強力な通信機器や推進方法そして生命維持装置を有するモビルスーツならとにかく、ノーマルスーツだけで宇宙にほっぽり出されては、生存は絶望的である。仮に救助されても、そのころには酸素がなくなっているだろう。

 チェンは後先のことを頭から追い出し、ガス推力をマックスに設定した。体が慣性でア・バオア・クーから離れていくのが、何とか止まった。

 サバイバルキットから拳銃を取り出し、マガジンを挿す。スライドを引き初弾装填。

 眼下の大地はメガ粒子砲に焼かれ見るも無残な姿を晒していた。岩は溶け、対宙火器は根元からなくなっており、ゴミクズが浮いている。別の場所に目を向けてみれば、ゾロゾロとジムが上陸していた。必死にガトルなどが接近しては攻撃を仕掛けているも、逆に弾幕を張られ、退散していくだけであった。

 要塞に上陸されたとなれば、あとは内側に引きこもって戦うしかない。要塞自慢の防御火器も懐に入られては力を発揮できない。要塞は陥落したも同然だった。

 隊と防御対象とモビルスーツを失った今、チェンにできることはなかった。

 彼は宇宙を仰いだ。任務も果たせず、部下を失い、ただの役立たずだったではないかと自分を責めながら。人類が醜く争っている間にも、宇宙は変わらない。憎々しいまでに輝く星達の光が、ヘルメットのバイザーに映っている。

 彼はため息をして、呟いた。

 「ユキヒコ……アリシア………すまん」

 その言葉さえも、ミノフスキー粒子がかき消してしまうように感じられた。

 

 

 

 

 0079年12月31日18時00分、ジオン公国は共和制へ移行。

 ジオンは、ダルシア・バハロ首相によりサイド6を通じて地球連邦政府へ終戦協定の締結を打診した。

 

 0080年1月1日15時00分、停戦。そして終戦。

 のちに一年戦争と呼ばれる戦いは幕を閉じたのであった。

 



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