granblue fantasy その手が守るもの (水玉模様)
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蒼の少女編
プロローグ


ゲームではあっさり終わるフェイトエピソード。次回からの予定ですが割と長めです。







 空域 ファータ・グランデ ザンクティンゼル

 

 

 静寂に包まれた森の奥にひっそりと鎮座している祠。そこには黒いコートに身を包む人影があった。

 

「ここが……お前が言っていた場所か」

 

 人影は一人しかいないのに、まるで誰かと会話をしているような、そんな素振りで言葉を発する。聞こえる声の感じからおとなしい青年といった印象を受けるだろうか。

 静かな森の中にある神秘的な祠は青年の目の前で人を寄せ付けないような神聖な雰囲気を纏いながら佇んでいる。

 

「じゃあ、早速始めようか」

 

 そうつぶやくと青年は祠へと近づいていく。すると、青年の接近に呼応するように祠は突如、闇に包まれた。黒い炎のように揺らめく闇は神聖な祠を一転して恐怖を抱かせる様相に変える。

 

「行ってくる。ここで待っていてくれ。”ヴェリウス”」

 

 闇に包まれた祠に何も感じていないのか、声音に焦りや恐怖は微塵も感じられない。そのまま青年は闇に染まった祠の中へと足を踏み入れていくのであった。

 

 静かな森の中で、人知れず物語は動き始める。

 

 

 

 

 空域 ファータ・グランデ ポートブリーズ群島

 

「ビィ、そろそろいくぞー」

 

「あ、まってくれよぉ。おばちゃん。りんごありがとな」

 

 商店の並ぶ雑踏の賑やかしさに負けないように声が響いた。声を上げたのは柔らかな色合いの茶色が掛かった髪の青年。青年と呼ぶには少し幼さも見えるだろうか、年の頃は15,16歳といったところだろう。

 声を上げた青年とその後ろをヒョロヒョロと飛んで追いかけるのは赤い身体に小さな羽。見た目は愛らし事この上ないが姿形は間違いなく竜種の面影を見せる幼竜。

 青年の名前は『グラン』。幼竜の名前は『ビィ』。若くして騎空団を立ち上げ、父から届いた手紙に記された島。空の果て『イスタルシア』を目指し、旅の途中の二人の姿があった。

 恐らくは買い出しの途中なのであろう。いくつもの買い物袋を持ち一つの露店でいつまでも店主と話し込んでいるビィをグランが呼ぶ。

 

「早く戻らないとまたジータとイオにどやされるんだから。さっさと帰らないと」

 

「そんなに焦んなくたっていいじゃねえかよ。第一、急いで帰ってもまだ艇は整備中で出発できないんだろ?」

 

「ルリアが腹を空かせて待っている……これだけでふたりが騒ぐには十分だ」

 

「うぅ、それはその……確かにあり得るけど」

 

 歩きながら会話をする二人は、待っているだろう仲間の顔を思い浮かべ、足を早めて自分達の船へと戻るのであった。

 

 

 

 

 ここは空の世界。

 いくつもの島と、群島が浮かんでおり、多くの騎空挺が空を走っている。

 最も広く分布しているヒューマン。

 長い耳を持ち芸術に秀でるエルーン。

 角を持ち屈強な肉体を持つドラフ。

 体躯こそ小さいものの知識に優れるハーヴィン。

 

 4つの種族が暮らすこの空の世界で、騎空士たちは己が誇りと想いを胸に、今日も空を駆ける。

 

 

 

 

 

 優しい風が年中吹き抜けるような穏やかな島、このポート・ブリーズ群島の騎空艇が停泊する港にグラン達の騎空団が所有する艇、『グランサイファー』があった。騎空艇の中でも大きい部類に入るグランサイファーは現在整備の真っただ中だが、一度空を飛べばその艇速は凄まじく、彼らの旅の立派な相棒であった。

 

「ただいま~。ジータ帰ったぞ~……」

 

「ウェーイ! グランダンチョさんおかえりっす~。ルリアちゃんがぁまじで腹ペコらしいんで、食材預かるっす。急いで準備しますからチョマチでおねがいしやっす~」

 

 艇に戻って最初にグランを迎えたのはグランの予想に反して、騎空団の料理人『ローアイン』であった。褐色の肌のエルーンで言葉遣いや態度は、いい加減な男という印象を受けるが、見た目とは裏腹に惚れた女を一途に想い騎空団に入ってきた純情青年である。さらに料理を作らせればピカイチということで、なんとも見た目と態度で損をしている男である。

 

「あ、ああ。よろしく頼むよ」

 

「うぃっす~。あとぉ、ジータダンチョーがゼタさんと特訓してたんだけど、~ホリセ状態だったんで早く行かないとお説教モードに突入の予感バリバリ……」

 

「マジか……わかった。急いで向かう」

 

 そう言って向かおうとするグランにビィが言い放つ。

 

「いや、その必要はなさそうだぜぃ」

 

 ビィのつぶやきと共にタッタッタと軽やかな足音。ではなく、やや力が篭り感情が乗っているような足音が聞こえてくる。

 

「グラン! ビィも! すぐに戻ると言っていたのに、どこで道草を食っていたんですか。ルリアが食事を楽しみに待っているのですよ。それを忘れてブラブラと……。私たちは帝国に指名手配されている身だということを忘れないでください。良いですか、どの島であろうと私たちは帝国に見つかる危険性を考慮して……」

 

 開口一番。鎧を着込んだ少女がお説教モードでグランとビィを叱りつける。優しい色合いのクリーム色の髪とグランよりも幼さが残る顔立ちで怒りの表情を見せている彼女の名前は『ジータ』。グランの双子の妹で、共に騎空団を立ち上げ二人で団長をしている。まだ幼さが垣間見える少女ではあるがしっかり者の女の子である。

 彼女が着ている厳かな鎧はジョブ『ホーリーセイバー』の鎧だ。守ることに長けたその鎧を扱うものは、その絶対的な防御力をもって、いかなる危険からも仲間を守り通す。

 

「わかったわかった。とりあえずお説教は後で聞くから。ゼタと特訓していたんだろう。今ローアインが食事を作ってくれているから、今のうちに着替えてきなよ」

 

「むぅ、その顔は全然反省をしていませんね。食事が終わったらきっちり言い聞かせてあげます。覚悟しておいてください」

 

 そういって説教をやめてプンスカと擬音を纏いながら着替えにいってしまうジータを見送ると、クスクスといった小さな笑い声と共にグランの上の方から声が掛かる。

 

「ふふ、団長さんも大変だねぇ~。それにしてもあの姿で特訓に付き合ってもらったのは失敗だったかな。槍使わせるならビショップよりは良いと思って選んだんだけどねぇ」

 

 甲板の上にいたのは輝く様な金色の髪に炎を象るような真紅の鎧。大人っぽさもありながら可愛さも残す端正な顔。『真紅の穿光』の二つ名を持つ『ゼタ』であった。愛槍アルベスの槍とともに幾多の星晶獣を屠ってきた凄腕の騎空士だ。とある島でグランたちと出会い、ともに星晶獣を倒した折に仲間に加わった。

 

「どうせ着替えたらお説教モード解除されて怒られないからへーきへーき」

 

 にやけながら反省の色を全く見せていないグラン。というのもジータは着ている衣装や鎧によって性格が変わる。本人曰く自分の見た目に中身が引っ張られるとのことなのだが、ホーリーセイバーの鎧を脱いで、普段着に戻ったジータは、なんてことはないただの女の子で正論だらけのお説教で畳み掛けてくることなどないのが分かっているからである。

 

「何度見ても不思議な子だよね、ジータって。いくら見た目に引っ張られているとは言っても、あそこまで変わるなんて…まるで別人だもんね。その点グランときたら、戦闘中はいつも真顔。普段がこんなに快活なくせに、なんで戦闘中はあそこまで顔が固くなるのか。ホント、双子揃って極端な性格してるわよねぇ~」

 

 心底不思議そうな顔でとゼタはグランの元へ歩み寄っていく。

 

「確かにお前いつも真顔だよなぁ。戦闘中は何考えてるかわかんねえぞ」

 

「いやぁ、なんて言うかその、戦闘中だと緊張しちゃって……っていうかゼタ、近い! 顔が近い!」

 

 ゼタの端正な顔が目の前に現れ焦って距離を取るグラン。そんな姿にゼタが面白そうに笑っているとにまた別の方向からグランへと声がかかる。

 

「グランさん。ゼタさんと戯れるのも結構ですが、約束の品は購入できたのでしょうか。これだけ時間がかかったということは方々を探し回ったと推測致しますが」

 

 声をかけてきたのはゼタよりやや黄色の強い金糸の髪を、赤いリボンで後ろに束ねた女性。城塞都市アルビオン島の元領主であり、騎士の盟約の元アルビオンに奉られる大星晶獣「シュヴァリエ」を従える。彼女の名は『ヴィーラ』。こちらもまた美しい、綺麗といった言葉を体現するような見目麗しい女性であった。

 

「ヴィ、ヴィーラ。あ、安心してくれ。ちゃんと頼まれた紅茶の葉は手に入れてきたよ」

 

 どもりどもりに話しながら目的の物をヴィーラに渡すグラン。これで手に入らなかったとでも言おうものなら、どうなるかわからない位にはヴィーラを怒らせると怖い。

 

「ふふ、ありがとうございました。あら、グランさん。何もそんなに怯えなくても良いではありませんか? さすがの私もそのように怯えられては悲しいです」

 

 グランの様子に仄かに儚げな表情を見せるヴィーラ。その見るものを魅了する麗しい表情に心揺れ動くグランだったが騙されないように気をしっかり持って声を返した。

 

「この前アウギュステの海でローアインの首が飛ばされかけたのをみたら、怯えずにはいられないと思うんだけど……」

 

 少し前に、騎空団の仲間と夏のバカンスで海へと赴いた際にローアインがヴィーラから受けていた制裁を思い出し身震いするグラン。

 

「フフフ、あれはお姉さまに不埒な視線を向ける彼らが悪いのですわ。制裁を受けて当然でしょう? 大丈夫ですわグランさん。あなたがお姉様に不逞を働かない限り、私があなたに危害を加えることはありません。その点はどうぞご安心を」

 

「もし、不逞を働いたら……?」

 

 そんなことはする気はないが、もししてしまったらどうなるのか……嫌な予感がしながらも恐る恐る答えを待つグラン。そんなグランにヴィーラは誰もが見惚れるような笑顔を浮かべて答えた。

 

「そのときは即刻艇から蹴落として奈落の底へ送って差し上げます。その点もどうぞ、ご安心を」

 

「アッハイ」

 

 予想通り。いや、予想よりひどい内容にゲンナリしながら、ウキウキとした表情でその光景を思い浮かべているヴィーラを視界から外し、グランは投げやりに返事をする。

 

「それでは私は目的の物が手に入りましたのでお姉様と素敵な時間を過ごしてまいります。それではゼタさん、失礼しますわ」

 

 目的の物が手に入りその先に望む光景に思いを馳せて、嬉しそうなのに何故か負のオーラを纏うヴィーラがその場を去っていった。そんなヴィーラの様子に苦笑いを浮かべながらグラン達は彼女を見送る。

 

「ア、アハハ……相変わらずだね、ヴィーラちゃんは。さてグラン、もうすぐ食事なんでしょ。ほら、いこう!」

 

「そうだぜグラン、早く行こうぜ。オイラもう腹ペコだよ」

 

 ゼタの言葉に合わせて我慢の限界と言わんばかりな勢いのビィ。

 

「ビィはさっきリンゴ食べてたじゃないか」

 

 そんなビィに呆れるグランは二人と一緒に食堂へ足を運ぶのであった。

 

 

 

 食堂に着いたグランはゼタや着替えを終えたジータと食事の準備の手伝いをした後、仲間達を集め皆でテーブルを囲んで食事をしていた。

 

「はうぅ、このお料理美味しいですぅ。ただのお野菜とお肉の炒め物なのにこんなにおいしいなんて~」

 

 正にうっとりといった様子で料理に舌鼓を打つのは、長くて蒼い髪を持つ少女。名前は『ルリア』。グラン、ジータと共に騎空団発足の時から一緒に旅をしているちょっと特殊な事情を持つ少女だ。その特殊さ故に以前はこのファータ・グランデ空域の大部分に勢力を伸ばしている『エルステ帝国』に囚われの身となっていた。

 

「チョチョチョイ! ただのっていうのは失礼でしょ~ルリアちゃんチョイテンサゲだわ~、ちゃんと調味料と料理法に秘訣があんのよっと」

 

「――確かに、この料理は絶品といっても過言ではないくらい美味しいな。ローアイン、この料理にはどんな秘訣が?」

 

 感心しながらローアインに問いかけるのは、正に騎士といった雰囲気の凛々しい女性、『カタリナ』である。元は帝国軍人で中尉の肩書きも持っていたが、帝国のやり方に不満を持ち、囚われの身となっていたルリアのことを知り脱走を決意。ルリアを連れ帝国から逃げ出したところでグランとジータに出会い、ともに騎空団を設立し旅を続けている。

 ちなみに料理好きな彼女ではあるがその腕は壊滅的。一度腕を振るえば劇物が出来上がる素晴らしい料理の腕を持っている。

 

「さすがにキャタリナさんにもこれは教えられねぇぜ」

 

 カタリナの問いにローアインは冷や汗を流しながらも答える。ここで回答などしようものなら、いずれビィやグラン達が彼女のやる気と愛情だけがこもった劇物を食することになるのかもしれないのだ。

 そんな事……どちらにもさせられるわけがない。

 

「まぁ料理はコックであるオレに任せてくれ的な? キャタリナさんの毎日の味噌汁を作るのはオ……」

 

 次の瞬間誇らしげに己が料理の腕を語るローアインの目の前をナイフが通り過ぎ壁に刺さる。

 

「チッ……お姉さまに味噌汁がなんですって?」

 

 そこには悪態と共に闇のオーラを発するヴィーラがいた。ローアインが思わずその圧力に屈して固まるが、ヴィーラはそんなローアインを尻目にすぐさま笑顔を作りカタリナに振り返る。

 

「お姉さま! この程度でしたら今度から私がお作りいたします。あのような害虫にお姉様が食する料理を作らせるなど考えられません。どうかこのヴィーラに作らせてください」

 

 何事もなかったかのように、カタリナと話し始めるヴィーラにローアインが怒りの声をあげる。

 

「チョッまてよ! いまさりげチョーあぶねぇとこナイフ飛んできたんだけど。ってか掠ってるし。チッとか聞こえたし、ヴィーラちゃんマジであぶねぇじゃね……えか……」

 

 尻すぼみになっていくローアインの声と対照的に闇のオーラを強めながら笑みを深めていくヴィーラ

 

「ふふふふ、それが、なにか、問題でも? お姉さまの平穏が保たれ、私の心を逆撫でる存在が消えるのは非常に喜ばしいことなのですが?」

 

 今すぐにでもその首を落としてくれんと殺気を放とうとするヴィーラ。彼女との間にある圧倒的な実力の差を既に思い知っているローアインはその気配に何度目になるかわからない己の命の危機を悟る。

 

「よさないか二人共。せっかくのおいしい食事だというのにこんなところで言い争いはよすんだ。ヴィーラ、私のことを慕ってくれているのはうれしいが、事あるごとにローアインに突っかかるのは辞めてくれ。ヴィーラがそんなことをしている姿を……私は見たくない」

 

「お、お姉さま……はい、申し訳ありません。」

 

 その場を収めるべく発したカタリナの言葉に意気消沈とばかりに座りヴィーラは食事を再開する。彼女にとってカタリナは絶対の存在。唯一無二の敬い、慕う存在であり、カタリナが悲しむとあっては聞き入れる他なかった。

 

「そうだグラン、明日の朝には艇の整備が終わり出発できると整備士の方から連絡があったぞ。次の行き先はどうする予定なんだ?」

 

 ひとまず落ち着いた場の空気を明るくしようとカタリナが今後の予定をグランに問いかける。彼らをまとめる団長として、グランは少し考える素振りを見せてからカタリナの問いに答えた。

 

「う~ん、ちょっと気になることがあるんだ。一度ザンクティンゼルに戻ろうかと考えてる」

 

 グランの答えは、気になる事がある。という理由で彼の故郷であるザンクティンゼル島に行きたいという話だった。だが、その答えにすぐに反応する者がいた。

 

「え、グランも? 私も同じことを考えてたの。何、とは言えないんだけどなんか急に思い出して帰りたいと思っちゃって」

 

 反応を見せたのは妹のジータ。双子の兄妹が揃って何かを感じて故郷に戻りたいと考えていた。この事実が団員達に言葉では表せない”何か”を感じさせる。二人とずっと行動を共にしてきたビィも含めて彼ら三人には不明な点が多かった。

 

 

 この空の世界では手にする武器とそれを扱うものの資質によって、人々は大きく六つの属性を扱うことができる。

 四大属性と呼ばれる火、水、土、風。二極属性と呼ばれる光と闇。

 大部分の人は武器と資質により二属性までは扱うことができる。まれに天才肌の人間には三、四属性を扱えるものもいるが極稀である。だがグランとジータは違う。二人は武器に宿る属性に柔軟に適応しすべての属性を扱うのだ。さらに、属性だけではない。

 人々はその気質によって戦闘スタイルがある程度定まってくる。騎士としてルリアを守ると誓うカタリナは守る力に長けており、アルベスの槍で星晶獣を屠ることを得意とするゼタは攻撃系統に寄った技を使いこなす。しかし、二人は身に纏う鎧や衣装で戦い方を柔軟に変え、定まったスタイルを持たない。この特異な能力を持つ二人に団員たちが疑問を持っていたことは事実であった。

 

 そして極めつけはビィである。ビィにはグランとジータに出会う前の記憶がなかった。なぜザンクティンゼルにいたのか。それまで何をしていたのか・・・疑問は尽きないがそれよりも、この世界においてヒトの言葉を解す生き物はほとんど確認されていないのだ。動物、植物、魔物。どれも多様な進化を遂げ、種類は様々いるがヒトの言葉を理解し、話すことができる生き物を団員達はこれまでビィ以外に見たことがない。例外として古くから生きながらえている古代竜等、伝説にうたわれるような生き物の中には人々との交流の末、言葉を解することに納得できる生物もいるが、どうみてもビィは幼竜でありそれには当てはまらないだろう。

 結果ザンクティンゼルを故郷とする三人には多くの不思議が付きまとっていた。

 

 

「ザンクティンゼルに何かあるのか? グラン、ジータ」

 

 部屋の外から声が飛び込んでくる。

 そこにいたのは二人の男。くわえタバコで話しかけてきた20代後半といった感じの男性が『ラカム』。この騎空団の操舵士であり、この艇、グランサイファーの持ち主だ。

 もう一人は見た目の感じは初老の男性とわかるが、その体は筋骨隆々。携えてる銃も相まっておよそ年齢というものを感じさせない男。名前は『オイゲン』である。

 

「ザンクティンゼルか……このポートブリーズからは別段遠くはないし、里帰りがてら戻ってもいいんじゃねえか。ラカム、グランサイファーならそんなべらぼうな時間もかからんだろう?」

 

「まぁ、そうだな。いいんじゃねえか三人とも。たまには故郷のみんなに顔でも見せてやりな」

 

 ラカムとオイゲンから告げられた里帰りの言葉に三人がなんとなく嬉しそうな気配を見せる。

 三人の旅の始まりとなるきっかけは帝国に追われるルリアとカタリナとの出会いからだ。騒動に巻き込まれ島を脱出することとなりなし崩し的に騎空団を立ち上げたのが旅の始まりだった。

 旅を始めてからこれまで、慌ただしく次へ次へと旅をしてきた彼らは久々に故郷への想いを馳せる。

 

「ホントは早く次の目的地を探したいところなんだけど二人揃ってっていうのも気になるし良いかなみんな?」

 

「行き先を決めるのは団長である君達だ。急を要する目的地もないし里帰りが目的なら、我々に反対意見が出るはずもないさ」

 

 カタリナの言葉に皆が頷く。おずおずとグランが皆に視線を向けると団員たちはあっさりと了承の意をみせた。

 

 

 こうして一行はザンクティンゼル行きを決めた。翌日には一行を乗せたグランサイファーがザンクティンゼルへと向けて出発する。

 言葉にできない予感を秘め、グランとジータは新たな出会いの気配を感じていた。

 

 

 

 

 

 空域 ファータ・グランデ ザンクティンゼル

 

 

「ふぅ~着いた。やっぱりここはのどかでいいな~」

 

 島へと最初に降り立ったグランが声を上げる。

 

 ザンクティンゼル。山と森が大部分を占め、田舎としか形容できない小さな集落がひとつあるだけの島である。森の中には古めかしい祠が一つ有り、グランとジータにとっては騎空士としての旅の始まりの場所であった。

 

「へぇ~ここが団長さん達の故郷なのね。すっごい田舎だけど、自然がいっぱいっていうのも良いなぁ」

 

「フフ、そうだろうゼタ。私もここの空気が好きでな。騎空士でなければここの村でのんびり過ごすのも悪くないと思える。ヒトを落ち着かせるいいところだよ」

 

「(この自然の中でこんなに美しい存在感を放つキャタリナさんぱねえ!)」

 

「おうおう、聞いてはいたがほんとにド田舎だなこりゃ。山と森しかみえねえじゃねえか」

 

 艇を降りた各々が口々に感想を述べる。そんな中で降り立ったルリアが開口一番何かを感じ取り声を上げる。

 

「ッ!? み、皆さん! 星晶獣の気配がします! あっちの、森の方からです」

 

「なっ!? 本当なのかルリア。空から見た感じでは特に騒がしい感じは見受けられなかったが……」

 

「それが……気配ははっきりしているんですが、なんだろう。困った感じ? 危ない気配は全然感じないの」

 

 感じた気配に困惑を見せるルリアだったがそこにジータが声をかける。

 

「ルリア、ホントにあっちの方向? グラン、あっちってたしか…祠のほうだよね」

 

「ああ、あの不思議な祠があるとこだ。どんな気配にしろ確かめないわけにはいかない。カタリナ、ゼタ、ヴィーラ。行こう。オイゲンとラカムは艇を見てて。一応すぐに飛び立てるように準備も」

 

「おうよ、任せとけ。気ぃつけてな」

 

 指示を出してすぐにグランの先導でカタリナとゼタ、ヴィーラが続いていく。ルリアも後ろから付いていくが走りながら森の奥に深い闇が蠢くのを幻視していた。まるでこの先に待つものを示唆するような深い。深い闇だった。

 

 




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フェイトエピソード 1

とりあえず急ぎフェイト進めていきます。

フェイトエピソードは仲間に至るまでの話です。
それに伴い独自の設定が強く出てくるのでご注意ください。


フェイトエピソード 「裂光の剣士」

 

 

 

 森の奥にある小さな祠。静かな空気に柔らかな木漏れ日が差し込むその場所にいたのは、巨大な黒い鳥だった。体長は3m程度あるだろうか。猛禽類のように力強さを感じさせる体躯、鋭さを見せる嘴。黒い体の中に赤い瞳が爛々と輝いていた。その黒鳥の傍らには青年が仰向けに倒れている。

 黒い鳥と青年しかいないこの空間に、新たな来訪者が飛び込んでくる。

 

「ああ! 男の人が襲われてます!!」

 

 視界に入る黒鳥と倒れている青年をみて思わずルリアが声を上げた。

 

「やろう……させるかぁ!!」

 

 ルリアの声を聞いたゼタが気合一閃。手に持つアルベスの槍が炎を上げ黒鳥へと攻撃を仕掛ける。炎を纏う槍が黒鳥へと振り下ろされる刹那。

 

 “クェエエエ!!”

 

 黒鳥が咆哮と共に翼をはためかせる。巻き起こる突風に成すすべなくゼタは後退した。

 あっさりとゼタを退けた黒鳥にグランたちは気を引き締め飛び出す機を伺う。そのグラン達の様子をみた黒鳥も足を踏みならし、黒いオーラを纏いながら臨戦体勢に入る。星晶獣としての強大な存在感、威圧感がその場を支配し始める。

 

「闇属性かな……こっちに居る光メンバーは、ヴィーラのシュヴァリエ位か。苦戦しそうだ」

 

 グランが彼我の戦力を分析する。手こずるかもしれないが無理だとは思えない。これまでの旅でそれだけの場数をこなしてきているが故の自信であった。

 グラン達が剣へと手を掛ける。既に全員が戦闘態勢へと入っており、その視線は油断なく黒鳥を捉えている。僅かなきっかけで戦闘に入りそうな緊張感がその場に広がる中で

 

 

「やめろ、ヴェリウス」

 

 

 張り詰めた空気にはそぐわない、穏やかな声が響く。

 声の方へ視線を向ければ、黒鳥の傍らに倒れていた青年が体を起こしていた。

 年齢は20台半ばといったところか。褐色の肌に輝く銀糸の髪、落ち着いた雰囲気も相まってどこか神秘さを感じさせる出で立ちの男であった。

 黒を基調とした全身を覆う服は装飾がなく、人を引きつけそうな容姿とは逆に目立たない印象を与える。

 

「ああ、ありがとう。私を守ってくれていたのだろう……わかっているさ」

 

 穏やかな雰囲気で黒鳥に寄り添い、嘴を撫でながら語りかける青年。声音は優しさに満ちており、そのまま歌でも歌えばあっという間に眠りにつけそうな柔らかな声だった。

 

 “クェェ”

 

 先程までの威圧感など微塵も見せずに、黒鳥は気持ちよさそうに青年に寄り添っていた。その姿は体は大きいものの撫でられて喜ぶペットのようで、グラン達の警戒心を薄めていく。

 

「皆さんも剣を収めてくれないか。見ての通りこの子は害意のない星晶獣だ」

 

 強大な存在感の露散にグランたちは警戒しながらももう戦闘の気配はないと判断し剣を収める。戦闘態勢が解除されたのを見て青年は満足そうに笑みを浮かべると口を開いた。

 

「うん、ありがとう。恐らくは勘違いから始まったことだと思うが、この子は私の連れだ。名は『ヴェリウス』、闇の力を持つ鳥型の星晶獣だ。普段はこんなに大きい姿で過ごしてはいないんだがね。今日は私を付近の魔物から守ろうと周囲を威圧していたようだ。誤解させてしまってすまない。ヴェリウス、もう戻っていいぞ」

 

 青年の説明と共に、黒鳥ヴェリウスは姿を変える。そこにはサイズダウンし、青年の肩にのるヴェリウスの姿があった。

 

「これがあの星晶獣の姿? 星晶獣の気配がまるでしな……」

 

「ルリア!!」

 

 ルリアが感じた星晶獣の気配の感想を述べるのをカタリナが制止する。ルリアの特異性を知られてはマズイと、そう判断してのことだったが既に遅かった。

 

「気配? 面白いことをいうね。ルリアちゃんだったか。君は星晶獣がどこにいるのか察知できるのかい?」

 

 ルリアに疑惑の眼差しを向けながら青年が近づく。

 ルリアの特異性。それはこの『星晶獣』にまつわる能力。

 星晶獣とはこの空の世界とは別の世界からきた『星の民』と呼ばれる存在がもたらした生きた兵器である。かつて星の民来訪をきっかけに起こった全空域を巻き込んだ大戦。後に『覇空戦争』とよばれる戦いにおいて、この星晶獣達は空の民に猛威を振るった。災害級の風を、水を、大地を、炎を操る星晶獣は空の民にとっては脅威であり、その凄惨さは現代まで語られている。

 そしてその星晶獣をルリアは従え、使役することができた。この能力のせいでルリアは帝国に長く囚われており、一度知られれば帝国に限らず、様々な組織から狙われてもおかしくない能力であった。

 ルリアへと近づいてくる青年の前にカタリナが毅然とした表情で立ちふさがる。

 

「確かにルリアは星晶獣の気配が感じられる。ここに来たのもそのヴェリウスの気配を察知したからだ。だが、だからなんだと言うんだ。君も帝国と同じく……」

 

「ああ、なるほど。帝国の被害者だったのか。全くどこに行ってもあいつらはふんぞり返って人様に迷惑をかけているんだな。 大丈夫だ女騎士殿。私は別にその子が何をできようが知ったことではないし、利用する気もないさ。ただ珍しい……というよりは空の民ではありえない能力だからな。興味がわいただけだ」

 

 カタリナがルリアを気にかけると青年はどうでもいいと言いたげに言葉を遮った。本当に大した興味が無いのか青年にルリアを狙うような気配はみられない。カタリナは静かに警戒態勢を解く。

 そこに今度はジータが口を挟む。

 

「あの、あなたはここで何をしていたのですか? みたところこの祠に用があったように思えるのですが……」

 

 ジータがおずおずと問いかける。こんな田舎の島の森。目の前にあるのは地元の人間ですら詳しく知らない祠の存在。この場に何か目的があって訪れたことは確かだとジータは推測した。

 

「ふむ、そうだね。教えてあげたいところではあるが私とヴェリウスに深く関わることだ。出会ったばかりの君たちにおいそれと話すことはできないかな。代わりに自己紹介をさせてもらおう。私の名は『セルグ』。こちらが先も言ったがヴェリウスだ。一人と一匹、でいいのか? まぁ一緒に静かな旅をしているところだ」

 

「あ、ああ。失礼しました。私はジータ。こっちに居るのがグラン。二人で騎空団を結成し団長をしております。こちらは団員のカタリナ、ヴィーラさん、ゼタさん。それからルリアと竜のビィです」

 

「おい、なんだかオイラおまけというかペットみたいな紹介っぽいぞ!!」

 

 ジータがセルグにあわせて慌てて団員の紹介をしていく。ビィが何か文句を言っているがひとまずは落ち着いたかと思った矢先に後ろに控えていたゼタが前にでて静かに声を上げた。その目には彼女の性格を表すように激情が垣間見えていた

 

「セルグ……か。あなた旅をしている風体だけど戦えるの? 武器は刀だったりする?」

 

「ッ!?」

 

 ゼタの発言に驚くとともに、セルグの纏う雰囲気が変わる。先ほどのヴェリウスのような大きな存在感ではなく、圧迫する威圧感でもない。肌を刺すピリピリとした殺気のようであった。

 

「へぇ、痛いくらいの殺気。間違いなさそうだね」

 

 己の推測が当たっていそうな気配にゼタが嗤う。その嗤いは見る者を気持ちよくさせるような笑みではなかった…暗く、深い闇を連想させるような、不安を覚える笑みであった。

 

「私を知っている? 君は何者だ……確かに私の得物は刀だ。少し特別な、とは付くがな」

 

 ゼタが求める答えを察しているのだろうか。やや意味深な回答をするセルグであったがそれと同時に雰囲気はさらに鋭さを増す。対するゼタも纏う雰囲気は平時のそれから戦闘時のものへと。もっというなら強大な星晶獣を相手に全力の戦闘をする時のような雰囲気へと変貌していた。俯くゼタの表情は読み取れない。その最中ゼタの存在感だけが徐々に大きくなっていく。

 

「みつけた……やっとだ。 この時を待っていた」

 

 仲間たちはゼタの尋常ではない雰囲気に無意識のうちに一歩後ずさる。いまゼタとセルグの間に立ってはいけないとその場の空気が警鐘が鳴らしていた。

 

「やっとみつけた……。黒い星晶獣ヴェリウスと共に『組織』を去った裏切り者。多くの仲間を裏切りその手にかけた、組織内で最大級の警戒人物。『裂光の剣士』とはアンタのことだね!!!」

 

 激情の発露。ゼタが炎と共に声を上げた。そこにあるのは強い怒り。その感情に呼応するようにアルベスの槍は炎を纏う。

 

「ゼタ! どうしたんだ。まずは落ち着いて。一体彼との間になにが……」

 

「まさかこんな辺鄙な場所まで追っ手が来るとは予想していなかったな……なるほど、アルベスの槍か。真紅の穿光ゼタだったな、おもしろい。あいつら以外で組織の戦士と戦うのは久しぶりだ。相手になろう」

 

 グランがとにかく落ち着いて話をしようとゼタを制止するが、その声を阻んでセルグが声を返す。みればセルグも細長い布袋に包まれた何かを手にしている。 布が取り払われ、セルグの手には鞘も柄も白いひと振りの刀が握られていた。鍔はなく反りがやや深い。鞘と柄には幾何学的な紋様が装飾されていた。

 

「その刀、やっぱりそうか! アルベスの槍よ、我らが信条示し、貫くための牙となれ!!」

 

 刀を目にしたゼタは己の推測を確信する。同時に言霊を詠唱しアルベスの槍の力を解放する。

 対するセルグは落ち着いた様子で刀を抜いて構える。

 

「抜刀するのは久しぶりだ。やりすぎてしまうかもしれん。私がする心配ではないだろうが、簡単に死んでくれるなと忠告しておこう」

 

 そう言い放つセルグは目を閉じ言霊を呟く。ゼタのアルべスの槍と同様に、その手に持った刀の力を解放させる言霊を。

 

「絶刀天ノ羽斬(アメノハバキリ)よ、我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て」

 

 言霊と共に輝く刀。輝きは徐々に刀を覆い、構えられた刀はその刀身に強大な力の鼓動を感じさせて光を放つ。

 天ノ羽斬を構えたセルグは、巻き起こる力の奔流とは裏腹に落ち着いた雰囲気で口を開く。

 

「行くぞ」

 

 ひっそりと呟かれたその声は、戦いが起こる前の荒々しい気配の中で妙に綺麗に響く。

 呟きが聞こえた瞬間にゼタは先手を打って吶喊。自身の最強の技『プロミネンスダイブ』で勝負に出る。紅蓮の炎を槍に纏い、その身を炎で守りながらセルグへと接近する。突き出される槍がセルグを捉えると思われた次の瞬間

 

「巻き上がる炎を槍の先端に集中、一足で間合いに入り全体重を乗せた刺突。凝縮した炎はその先端部で連鎖的に爆ぜるといった感じか。炎の使い方、力と体重の乗せ方を見ても腕がいいのは十二分にわかる」

 

 ゼタの目の前には涼しげな顔で槍を躱し懐に入ったセルグの姿があった。

 

「くっ、このおお! キャッ!?」

 

 ゼタはすぐさま槍の石突で反撃を試みるがそれよりも早くセルグに足を払われる。倒れ、尻餅を着いたゼタの目の前には光を帯びた刀が向けられる。

 

「星晶獣が相手ならば今の技でも十分だろう。攻撃力の押し合いで片付く世界だからな。だが、対人戦闘では悪手だ。力を込めた技は大振りで隙も大きい。躱されればリカバリーは難しく、相手に致命的な隙を晒すことになる。星晶獣狩りの組織の人間であることが仇なしたな……。それはそうと、激情家の割には随分可愛らしい声で鳴くんだな。顔もどこかのお姫様っぽくて可愛いし」

 

「ッ!? こんの、ふざけんなあああ!!」

 

 あしらわれたと思ったら自分の戦いを酷評され、さらには唐突に自分の悲鳴と容姿のことをからかわれ顔を赤くしつつゼタは槍を横薙ぎに払う。

 鳴り響く金属の衝突音。今度は槍の芯を刀で受け止められていた。力の入りにくい体勢ではあったが重たい槍をあっさりと受け止めるセルグにゼタは強者の気配を感じる。セルグは槍を払いのけ距離をとった。

 

「ホントに激情家だな。照れるのはいいがこんな揺さぶりでいちいち反応していては対人戦闘などできないぞ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないセルグの発言はゼタにクリティカルな効果を見せる。

 

「この! 馬鹿にして!!」

 

 ゼタは怒りに任せて炎の槍をなぎ払う。ゼタの怒りに呼応するように吹き上がる炎は勢いを増してゼタが放つ技の威力を高めた。

 

「まてゼタ! ここは森の中だぞ!!」

 

 グランの忠告も間に合わず広範囲に炎を撒くゼタの技『サウザンドフレイム』が放たれる。槍から放たれた炎が扇状に広がりながらセルグへと向かう。

 しかし放たれた炎はセルグには届かず途中で露散する。炎を相殺するようにセルグが刀を一閃。放たれた光の斬撃が炎を打ち消した。

 

「激情家が過ぎるな。場所を弁えずに大技を放ちやがって。森が燃えたらこの島に住む全ての生き物が困るだろう!」

 

 セルグから発せられる怒りの言葉に、呆然と自らの過ち理解するゼタ。その姿を見るもセルグの言葉は止まらない。

 

「私に怒りを向けるのは構わない。それだけの罪を犯した。恐らく組織の挙げた情報もひどいものだろうから恨まれていることは覚悟している。だがそれでも、その感情に任せて周りに危害を加えるのは許さん」

 

 口調には穏やかな雰囲気が消えて怒りが見える。セルグは呆然としたゼタを一瞥すると、刀を鞘にしまいグランへと向き直った。

 

「はぁ、グラン……だったな。団長さんなんだろう? さっさと連れて行きな。今のそいつじゃ逆立ちしたって私には勝てないしこのまま続けようものなら、今度は私がやりすぎるだろう」

 

 グランに向けて進言するセルグの言葉に蚊帳の外だった騎空団一行は我に返り、ゼタをグランサイファーに連れて行こうと動き出す。

 

「ちょっと!まってみんな!! アイツは私の……」

 

 抵抗し、戦いを続けようとするゼタだったがそれを仲間達は良しとしない。

 

「ダメですよ、ゼタさん。実力の差は明らか。そして、ああも正論で窘められては今のゼタさんが彼と戦うことを仲間として許すわけには行きません」

 

「ヴィーラの言うとおりだゼタ。何があったか私たちも聞きたいし今日は一度艇に戻ろう」

 

 ヴィーラとカタリナがゼタを諭して連れて行く。ルリアとビィもそれに続いていく中でグランとジータはその場に残っていた。

 

「なんだ? 今度は君たちが戦うつもりか?」

 

 セルグが二人をみて疑わしげな視線を向ける。決して戦闘をする雰囲気には見えない二人ではあったがセルグの警戒心はまだ解かれていなかった。

 

「いや、その。過去にゼタの組織と何があったかはわからないし、セルグさんがどんな人かもわからないけど。とにかく森が燃えずに済んだのはあなたのおかげです。まずはありがとうございました。ここは僕らの故郷なので、ほんとうに感謝しています」

 

「団長としてゼタさんを止められなくてごめんなさい。セルグさんがいなければどうなっていたことか……」

 

 団長として仲間の暴走を止められなかった事と結果的に森を守ってくれたこと。二つのことで律儀に謝罪と礼をしてくる二人であったが、セルグは二人の言葉に難色を示す。

 

「そもそも今日ここに私がいなければ起きなかったことだ。私は降りかかる火の粉を払ったに過ぎないよ。君たちの謝罪と礼は見当違いもいいところだ」

 

 一連の出来事にはセルグに非は無いであろうはずが、己のせいだと二人の謝罪と礼を切って捨てる。そんなセルグの反応に思わずグランとジータは顔を見合わせる。こんな感じの照れ隠しをする男を二人は知っていた。

 

「フフフ、なんだかその素直にお礼を受け取らない感じ、ゼタさんの相棒の『バザラガ』さんにそっくりですね。元組織の方ならバザラガさんもご存知なんですか?」

 

 ジータはセルグの受け答えにかつてゼタと出会ったとき一緒にいたゼタの相棒、バザラガのことを思い出していた。

 

「ああ、ほんとだな。バザラガそっくりだ」

 

 グランも同意すると、二人の言葉にセルグは驚きの顔をみせる。

 

「バザラガを知っているのか? だから組織のことも知ってる感じなんだな。あの人、余計なことすぐ喋るから……はは、懐かしいなぁ」

 

 セルグはどことなく懐かしさと寂しさを感じさせる笑みで笑う。グランとジータの様子に警戒心を解いていたセルグは少しだけ雰囲気を柔らかくし、二人からの質問に応対する。

 穏やかな空気に包まれながら少しの間、3人は会話を楽しむのであった。

 

 しばらくセルグと談笑をしていたグランとジータはセルグに改めて疑問を投げかける。

 

「それで、セルグさんはここで一体何を? 祠に用があったんですよね」

 

 気になって仕方が無いのか。一度は断られた質問をもう一度投げかけてみるグラン。だがセルグの答えは変わらず

 

「先も言ったが私とヴェリウスに深く関わることだ、ついでに言うなら組織にもな。おいそれと話すことはできない。さぁ、随分時間もたった。仲間が心配するだろうし今日のところは帰るんだ」

 

 急にあしらうセルグに明確な拒絶の意思を感じた二人は、ひとまず艇に戻る事にした。

 だが、帰ろうと背を向ける二人に今度はセルグから声がかかる。

 

「もう二、三日はここにいるつもりだ。彼女から話を聞くんだろう? その上でまだ聞きたいことがあるのなら来るといい。全部を話すことはないが善処はしよう」

 

 拒絶から一点、不器用ではあるが許容の言葉を告げるセルグに二人は気持ちの良い返事をしてその場を去っていく。二人が去ったあとを自嘲気味な笑みを浮かべてセルグは呟いた。

 

「あの人の癖が伝染ったかな……ぶっきらぼうなくせに妙に優しい人だったし」

 

 久方ぶりに関わった他者から、懐かしい知人の話を聞き、記憶にある自分とは違う行動を起こした原因を、かつての恩師へと丸投げするセルグ。呟きのあとはせっせと野宿の準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 停泊させていたグランサイファーの一室に騎空団の仲間達が集まっていた。その中で怒りを抑える気の無いゼタの声が響き渡る。

 

「クソ! 完璧に負けた……あんな奴許しちゃおけないのに!!」

 

 グランとジータが艇にもどり皆が集まっている部屋に入ると怒りに震えるゼタの姿を目にする。

 

「それでも森を燃やしちゃうところを防いでくれたことには感謝しなくちゃいけないわ」

 

 部屋の中に幼い少女の声が響く。声の出所はソファーに座っていた薄い色の金髪の少女。騎空団の団員『イオ』である。まだ幼い身でありながらすでに三種の属性を扱い、様々な魔法で戦える天才少女だ。

 

「その通りだわ、森を燃やしてしまった。なんていったら、あなたがキライな悪者達の仲間入りよ。過去に何があったかは知らないけどそこには感謝しなくちゃ」

 

 続いて聞こえるのは大人の女性の声。バラの髪飾りを付けたやや茶色がかった髪の女性。名前は『ロゼッタ』。見た目は美しく若々しいが、発言や纏う雰囲気にはどこか年季を感じさせる不思議な女性である。年齢は不明。女性に年齢を尋ねるとは無粋もいいところらしい。

 

「みんな、ただいま。ちょっと遅くなっちゃった」

 

 ジータが戻った事を告げると、二人に気づいたゼタが慌てた様子で近づいてくる。

 

「団長さん達! 遅かったけど大丈夫だった? あいつにひどいことされてない? なかなか帰ってこないから心配してたんだよ!!」

 

 ゼタが駆け寄り怒涛の質問攻めをする。それにたじろぐジータに代わり後ろに居たグランが答える。

 

「心配してくれてありがとう、ゼタ。でも大丈夫だったよ。森を守ってくれたことへのお礼と、少し話してただけだから。残念ながらあそこで何をしていたかは聞けなかったけど……」

 

「うん、それでねゼタさん。話して欲しいんだ。セルグさんが何をしたのか。ゼタさんがそこまで怒る。ううん、憎しみともとれるほどの怒りを抱いているのは何故なのか」

 

 ジータの発言にゼタが押し黙る。グランもカタリナもヴィーラも、ゼタの怒りの激しさを目の当たりにしており、気になっていた。現場に居合わせ無かったイオやロゼッタ、ラカムにオイゲンも、戻るなりずっと怒りを抑えることのないゼタの様子に疑問が尽きることはなかった。

 押し黙ったゼタへと視線が集中し部屋には沈黙が訪れる。

 

「ゼタ、少なくとも僕たちが話した限りでは、セルグさんが悪い人には……ゼタが憎しみを抱くようなことをする人とは思えない。何があったか話してくれないか。君をとめられなかった僕らにはそれを聴く責任がある」

 

 グランの言葉に、怒りの余り仲間に迷惑をかけた自覚もあったゼタは、いくらか戸惑いながらどこから話すか逡巡した後、ポツリポツリと話し始めるのであった。

 

「そうだね……まずは組織のことから話そうか。知ってると思うけど私たちは特殊な力を持つ武器を与えられて、お偉いさんから指令を受けて星晶獣を討伐することを主として活動している。あ、この話は他言無用でお願い。本来なら話しちゃいけないことなんだ。

 それで奴のことだね。アイツは絶刀天ノ羽斬の所有者で、組織の戦士……いや、たった一人でいくつもの星晶獣を討伐していた凄腕の戦士だったんだ。多分、対星晶獣であれば最強といってもいいんじゃないかな」

 

「だったってことは……」

 

 過去形で終わった言葉にイオから疑問の声が上がった。

 

「そう、今は組織の人間ではない。アイツは最後の任務で……討伐対象だった星晶獣ヴェリウスと共に、一緒に討伐に向かった仲間たちを皆殺しにして行方をくらましたんだ。 総勢36名の討伐隊を一人残らずね」

 

 全員の顔から血の気が失せる。何気なくといった感じで告げられた恐ろしい事実に仲間達の表情が固まる。36名…その数は多いとか少ないとかそんなレベルではない。ヒト一人が背負うには重すぎる罪であった。

 だが、ゼタの話はまだ続いていく。

 

「その中にね……当時新人だった私には心の支えとも言える親友がいたの。『アイリス』って名前でね。その名のとおり花が咲いてるような笑顔を見せる優しい子だった。訓練時代からずっと一緒で、やっと任務を請け負うようになった私たちはお互いに切磋琢磨していこうって笑い合っていたんだ。一緒に頑張っていこうって……

 その日連絡を受けて現場に行った私は、その凄惨さに思わず目を背けてしまった。全ての死体が、体をちぎられ、裂かれていた。そして、その中で見つけてしまったんだ。体が半分に引き裂かれ死んでいる親友の姿を。 信じられなかった。ちょっと前まで一緒に頑張ろうって笑い合ってた人間がこんなにも無残な姿を晒していることに。そしてどうしようもなく殺意が沸いた。こんな光景を作った存在に!」

 

 語っていたゼタの声に怒りが込められる。かつて見た光景に怒りと憎しみが溢れ、体が震えていた。

 それに気づいたゼタはひと呼吸置いて、また落ち着いて語りだす。

 

「組織から打ち出された発表は、犯人がセルグという戦士だってことと、武器が天ノ羽斬ってこと。そしてヴェリウスの力を我がものとするためにあの惨劇を引き起こしたってことだった。ヴィーラのシュヴァリエと同じでヴェリウスはヒトと契約するんだって。その条件はたくさんの人を殺すこと。流した血の量が契約につながるとか。 アイツは己の欲望のために、力を手に入れるために! 多くの同胞を殺して私から親友を奪ったんだ!」

 

 最後には涙を流しながらゼタは己が知る全てを語った。涙に震えるゼタを見たロゼッタが優しく抱きしめ頭を撫でてやるのだった。

 

「ごめんなさいね、聞かなければいけないとはいえ、そんなに辛い過去を思い出させてしまって」

 

「あの野郎、とんでもねえな。なんてひでぇやつなんだ。ちょっとでも森を助けてくれてありがとうなんて思っちまったオイラを殴ってやりたいぜ!」

 

 聞かされた話にビィも怒りをあらわにする。

 

「36人か……それも私欲のためとはな。常人であれば耐えられない所業だ。例えば、星晶獣ヴェリウスに操られていたという可能性はないのか? 正直、あの穏やかな雰囲気の青年が、といわれるととても信じられない話だ」

 

「お姉さま、お気持ちは分かりますがその可能性は低いです。彼はあの星晶獣と少なくとも主従の関係でありました。 それも彼が従える方向でです。人を操ることが出来る星晶獣がいないとは限りませんが、その能力で自分が服従する星晶獣はまずありえないでしょう」

 

 カタリナの希望的な観測にヴィーラが可能性は低いと否定する。

 

「オレもたくさんの人間を見たり聴いたりしているが…そこまで罪を重ねた人間の話は初めてだぜ。カタリナが言うように正気の沙汰とは思えねえが」

 

「だが現実に事件はおき、犠牲者は出ているんだろう。正気だろうが正気じゃなかろうが許せるもんじゃねえよ!」

 

 オイゲンは信じられないという風に、ラカムは苦々しげな表情で。それぞれ想うことを語る。

 

「――私、いまからそいつのところ行ってぶっ飛ばしてくる! そんなやつ私の魔法でけちょんけちょんにしてやるんだから!!」

 

 静かだったイオはヒトをヒトと思わない所業に怒り、息巻いてセルグのところへ向かおうと立ち上がった。まだ幼い少女であるイオにとって仲間が悲しみに暮れる原因ともいえる存在に怒りを抱かないわけが無かった。

 だが、息巻いたイオをラカムが止める。

 

「ば、バカ! お前、今の話聞いてただろう。今日だってゼタがあっさりとやられて帰ってきたばかりだろうが。いくらお前が魔法の天才だからって返り討ちに遭うのがオチだぞ」

 

「そうね、今の話を聞くだけでも彼は星晶獣を討伐する為の戦士36名を相手に、一人で屠ることのできる実力者よ。私たちが全員でかかっても相手になるか……」

 

 ロゼッタも苦虫を噛み潰したような顔でイオを嗜める。ラカムとロゼッタの言葉はイオを踏みとどまらせるがイオの怒りが収まるわけではない。抑えられぬ怒りは言葉となって飛び出す。

 

「でも!! そんなやつ許せるわけないじゃない! そんなヤツがのうのうと生きているなんて許されていいわけがないわ!」

 

 団員の皆がセルグへの怒りを次々にあらわにする中で、しかしグランとジータは妙に落ち着いていた。

 怒りに騒がしくなっていた部屋でジータがポツリと呟く。

 

「本当に……ヴェリウスと契約するためだったのかな?」

 

「そもそも星晶獣との契約ってなにか条件が必要なのか。前例がなさすぎて見当がつかない」

 

 あわせてグランも皆に問いかける。仲間たちは呟かれた言葉を耳にし、怒りに染まっていた心を落ち着かせ二人の言葉を聞く。

 

「確かヴィーラさんのシュヴァリエは帝国の兵器アドヴェルサとも融合していたり、無条件な感じでしたよね。ヴィーラさん。シュヴァリエとの契約になにか特別な制約ってあるんですか?」

 

 空の世界でもかなり稀有な、星晶獣を従える存在であるヴィーラにジータは問いかけた。共通点を持つヴィーラならば何かわかるかもしれないと期待の視線を向けるジータに応えるようヴィーラも思案した後、口を開く。

 

「特には…ありません。あの時みなさんに告げた騎士の盟約も真っ赤な嘘ですし、少なくともシュヴァリエに契約の義というものは存在しませんわ。 そもそもあの子は私を認め付き従っているにすぎません」

 

「二人共何が言いたいの? まさか実はあいつがやったことじゃないとでも言いたいわけ!!」

 

 ゼタがセルグを庇うような言葉を投げかける二人に剣呑な視線と共に問いかけた。

 

「ゼタさん、落ち着いて。そういうことじゃないの。セルグさんも自分でそれだけのことはしたって言ってたからきっとやったことは事実なんだと思うの」

 

「でもだからといって、星晶獣を手に入れるためとか、力のためとか。私欲でセルグさんがそんなことする人とは思えない。ゼタが知っているのはあくまで組織から挙がってきた情報だろ。それだけじゃ本当にそこで何があったかわからないじゃないか」

 

「何があったところでアイツがあそこで36人の同胞を殺し、私の親友を奪ったのは事実だ! アイツはなんとしてもこの手で殺してやる。絶対に邪魔はさせない!」

 

 冷え切った瞳と強烈なまでの意志。なんとしても仇を討つとその憎しみをあらわにするゼタとは対照的に、グランとジータは落ち着いていた。二人から見ればセルグは不器用だけど優しい青年の域を出なかった。どう考えてもゼタが言う悪逆非道を行う人間とは思えなかったのだ。

 

 

 ”私に怒りを向けるのは構わない。それだけの罪を犯した。恐らく組織の挙げた情報もひどいものだろうから恨まれていることは覚悟している。”

 

 

 グランの脳裏にセルグの言葉が思い起こされる。あの発言だけでも、情報操作の可能性はでてくるだろう。彼は明確に組織の挙げた()()()ひどいものだと言った。それはつまり、ゼタの言うことは事実でもありながら真実とは言えないのではないか。

 やったことは間違いない。だがそこに深い事情というものがあると思うのは希望的観測なのだろうか、とグランは考えていた。

 

「とりあえずゼタ、落ち着いて怒りたい気持ちはわかるけどそれを仲間にまで向けるのは許されないよ」

 

「私も話を聞いて思うところがないわけじゃないんです。それでもゼタさんのそれは私怨ですから、私たち騎空団の仲間に向けていいものじゃないです」

 

 ジータは優しく諭すように告げる。見ればゼタの殺気に当てられルリアとイオは顔を強ばらせぐったりとしている。歴戦の戦士たるゼタが放つ殺気は幼い少女たちには酷であった。

 部屋に広がる沈黙は長くは続かず、ジータの言葉に一度落ち着いたゼタは静かな声で言葉を発した。

 

「――うん、その……ごめん。思い出しちゃったのもあって感情的になりすぎちゃって。二人共八つ当たりしちゃってごめんね」

 

 ゼタの素直な謝罪に周りは一安心といったように安堵する。先程までのゼタの殺気は今すぐにでもセルグを殺しに行くと飛び出しそうな程強烈なものだった。

 

「ルリアちゃん、イオちゃん、ごめんね。キッツイ殺気ばら撒いちゃって。団長、今日は外で野宿するね。頭冷やしたいし、一人で考えたい」

 

 ルリアやイオを気遣いながら今夜は野宿をすることを告げるゼタ。

 

「わかった、この辺の魔物はみんなたいしたことないけど気をつけて」

 

「寒かったら帰ってきてもいいですよ」

 

 グランとジータは二つの意味で許可の言葉を伝えゼタを見送る。

 

「ハハハ、寒くて帰ってきたはカッコ悪くていえないかな。それじゃみんな……おやすみなさい」

 

 そういうとゼタは艇を降りてセルグが居た方向とは逆の方へ歩いて行った。

 

 

 部屋に残された一行は大きく息を吐く。イオやルリアだけではなく、グラン達も含め皆ゼタの殺気に肝を冷やしたのは間違いなかった。

 

「ふぅ、凄まじい怒りだったな。無理もないことだが。聞いた話が事実であれば我等とて同じ気持ちになるだろう」

 

「そうですね。彼女の怒りはまさしく炎のように猛々しい。あの性格が彼女の強さなのかもしれませんね」

 

 カタリナとヴィーラがゼタの怒りを思い出し嘆息する。騎士である二人がここまで言う彼女の怒りが、どれ程猛々しいかが、グラン達にも伝わってくる。

 

「ひとまず今日はみんな疲れてるしもう寝ようか。明日もう一度僕とジータでセルグさんのところに行こうと思うんだ。ゼタには内緒でいくから、みんなには留守番をお願い。戻ってくるようだったらゼタを引き止めておいてくれ」

 

「わかった。できる限りのことをしよう。ヴィーラ、彼女と一緒に明日は戦闘訓練をしないか。今日の敗北を重く受け止めていることだろうし、私たちも協力しよう」

 

「はい、お姉さま! セルグさんは刀の使い手。私たちのように細く疾い剣をあつかうものは仮想敵にふさわしいと思います」

 

 ヴィーラはカタリナの意見に同意し明日の訓練を思い馳せて楽しみな表情を浮かべる。

 

「私はルリアと一緒に村の方に顔を出してみようかなぁ。ねぇルリア一緒にいきましょう?」

 

「いいですね、イオちゃん。村で美味しいものを見つけて食べたいです!」

 

「俺たちは艇に留守番でいいかな。なぁラカム」

 

「お? ああ、そうだな。別段やることもないしな」

 

「うわぁ、ラカムおじんくさ。やることがないなんて、もう元気がないってことかしら」

 

「んだとガキンちょ!」

 

 イオの軽口にラカムがげんこつを落とす。各々が明日の予定を立てながら少しだけ談笑して笑い合う。先ほど聞いた話に落ち込んだ心を慰めるように。そうしてそれぞれ就寝していった。

 騎空士達のなんだか妙に長い一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 次の日の早朝。森の中に何かが空気を裂く音が響いていた。

 

 大きく槍を振るっていたのはゼタ。大きく薙ぐような動きには力の躍動を感じる。しかしそこから一転して落ち着くと、息を吐いてアルベスの槍を構える。小さなモーションからの素早い突き。そこから石突をつかって連撃。ステップで距離をとってさらに早く細かい突きを繰り出す。敵を想定して槍の間合いでの戦い。接近しての戦いとゼタはアルベスの槍を振るい特訓をしていた。

 

「(今まで星晶獣との戦いしかまともにしてこなかった。それで勝てないのなら勝てる戦いを身に付ける!!)」

 

 想定するは刀を振るうセルグ。槍で刀の間合いの外から牽制を繰り返し、隙ができた瞬間に渾身の一撃を入れる。懐にはいられることも想定し対セルグの戦術を練っていた。

 

「朝から特訓っすか~精が溢れ出てるっすね~」

 

「は?」

 

 真剣な面持ちで修練を行うゼタが唐突に聞こえる声に振り向くと、そこには朝食にパンを焼いたのか焼きたてのパンをカゴに入れて持ってるローアインがいた。

 

「ゼタちゃんが何も食べてないだろうってダンチョさん達にいわれて飯つくっちゃした。どうです、このパン。最近のオレのトレンドっつぅかハマってる料理的な。せっかくだからたべてみてくださいよぉ。色んなバリエーションあるから。焼いたのも蒸したのも具沢山のも。んじゃ!またあとでもってきますわ~」

 

 嵐のようにパンだけを置いて帰っていったローアインに呆気にとられるゼタ。しかし体は正直で昨日の夜から考え事と修練で何も口にしていないことを思い出したゼタは女の子にあるまじき腹の虫を盛大に鳴らした。

 

「う、うわぁ!?」

 

 思わず音の漏れた空腹のお腹を押さえるが、音は抑えられずゼタはローアインに聞かれなかったかと周囲を見回す。気配がないことに安堵し、溜息とともにカゴの中のパンを一つとって齧る。お腹がすいていたゼタが意識せずとも手にとったのは具とチーズを乗っけて焼いたなんとも食欲をそそるようなパンであった。

 

「これ……おいしいわね」

 

 疲労している体にパンのエネルギーが駆け巡るような気がしたゼタだった。

 

 

 

 

 グランサイファーの甲板で準備を終えたグランとジータが艇に残る二人に声を掛ける。

 

「それじゃ、ラカム、オイゲン。留守の間よろしく頼む」

 

「お願いしますね。ラカムさん、オイゲンさん」

 

「おう、気ぃつけてな。お前さんらの話を聞くと大丈夫だとは思うが、万が一ってこともある。ヤツが本性を出してくるようなら迷わず救援を呼べ。いいな」

 

 オイゲンの言葉に頷いて、二人は森に向かって歩き出す。

 昨夜ゼタが語った話の真実を確かめに、セルグの元へと向かうのだった。

 

 

 

 セルグの元へと向かう道中の森で、二入は違和感を覚えた。なんとなく森が騒がしいのを感じる。

 鳥達が騒ぎ、動物たちが走り回っているようだった。皆一様にこれから向かう場所、セルグがいた場所から遠ざかるように逃げていた。

 

「なんだろう……嫌な予感がする」

 

「動物たちが怯える何かがこの先に?」

 

 双子の二人は同様になにか危険なものを感じ取った。警戒しながら目的地へと慎重に足を進める。

 昨日の祠の前の開けた場所まででるとそこには驚くべき光景がひろがっていた。

 一人の青年が闇を纏って立っていた。言うまでもなくセルグであったがどこか様子がおかしい。虚ろな瞳、恐怖を浮かべた表情。まるでひどい拷問でも受けて心を壊されたような生気の宿らない姿だった。

 セルグの様子に何があったかわからなくとも、何かあったのは瞬間的に理解し二人は駆け寄ろうとするが、近寄ると同時にセルグが悲痛な声を上げた。

 

「くぅるううなああああああ!!」

 

 瞬間、セルグの背中には翼が生える。黒い翼。そう、ヴェリウスのように黒い翼だ。翼を羽ばたかせると羽がエネルギー体となって二人に殺到した。

 突如放たれた攻撃であったがグランとジータは落ち着いて対処する。

 

「ジータ!!」

 

「うん、ファランクス!!」

 

 グランの前に出たジータの声と共に光の障壁が出来上がる。今のジータは昨日着ていたホーリーセイバーの鎧を身にまとっており、防御技の『ファランクス』でセルグの攻撃を受け止め切ったのだ。受け止め切った二人は改めてセルグを見やる。セルグは怯えた表情で翼を動かし続けていて、何者を寄せ付けない様な雰囲気を醸し出している。

 

「あの翼は……ヴェリウスのものだろうか。ヴィーラさんがシュヴァリエの力をかりてる時と同じ状態?」

 

「いや、ヴィーラはシュヴァリエの力を身に纏うだけでその精神部分にまでは干渉されていなかっただろう。いまのセルグさんの状態はヴィーラのとは違う気がする」

 

 セルグと相対しながら、状況を分析する二人。ジータはホーリーセイバー、グランは黒い鎧を着込んだ『ダークフェンサー』の姿でセルグと向かい合う。どうにも状況がつかめないながら、一先ずはセルグが攻撃してくるなら対処しなければならない。二人は戸惑いながらも戦闘態勢に入った。

 

「とりあえずなんとかしてセルグさんを落ち着かせないと。グラン、ミストとグラビティで援護して。私が隙を突いて接近するからタイミングを図ってスロウを」

 

 毅然とした口調で前衛を買って出るジータをグランが制止する。

 

「ジータ! いくらホーリーセイバーでもセルグさんを相手に接近戦は無茶だ。遠距離から地道に攻撃を加えていかないと」

 

「ううん、ダメ。そんなことをしていたらこの森がどんどん破壊されていく。それにいまセルグさんは刀を持っていない。接近できればこっちが有利になるはず」

 

 ジータの言葉にグランが周囲を見渡す。先ほどのセルグの攻撃で周りの木々や地面はことごとく砕かれて破壊されていた。ただの一度の攻撃でもたらされた光景にグランは戦慄する。

 

「――わかった。援護は任せてくれ。僕はなんとしても彼の動きをとめてみせる。合図はグラビティを撃ったらだ。行くぞ!」

 

 周りの惨状にグランが腹をくくる。ジータが危険ならば自分が完璧な援護をしてやろうと気合を入れた。

 

「了解!」

 

 作戦会議が終了し、二人が動き出す。まずはグランが魔力を剣に込め上空へと放った。魔力は形を変て、矢となってセルグに降り注ぐ。『アローレイン』。突き刺さる魔力の矢が相手の動きを阻害し、攻撃行動を鈍らせた。同時にグランは地面に手をついて詠唱。セルグの足元に魔法陣が現れ、黒い霧が吹き出す。『ミゼラブルミスト』。黒い霧が体内に入り込み毒のように相手の体を弱らせ行動を阻害していく、功防一体で相手の能力を下げる技だ。セルグはアローレインを翼で防御していたところにミゼラブルミストを受け、あっさりと動きが鈍らせることとなる。好機とみたグランが更に『グラビティ』を詠唱した。半球状の特殊な力場がセルグを押しつぶすように圧力をかけて膝を折らせる。

 

「ここ!」

 

 ジータが剣を構え駆け出す。グランも後詰としてジータとは別方向より接近していった。ジータが狙うのは黒い翼を切り落とすこと。そうすれば攻撃手段は半減し一気に優位に立てると考えた。

 上段に振りかぶった剣をジータが下ろそうとした瞬間、セルグは動きにくい翼で何とか振り払おうとするが急速に動きが鈍くなる。グランが剣から飛ばした魔力がセルグの動きを止めたのだ。短い時間ではあるが相手の動きを止める『スロウ』。完璧なタイミングで放たれたスロウによって、セルグは無防備な翼を晒す。

 

「もらった!!」

 

 声と共にジータが剣を振り下ろす。

 しかし、振り下ろされた剣は翼を切り落とすこと叶わず、突如現れた翼を象った剣に防がれた。いつのまにかセルグの手には黒い翼のような剣が握られていた。

 

「はなれろおおおおお!!」

 

 セルグの叫びとともに黒い暴風が吹き荒れジータを吹き飛ばす。幸い吹き飛ばされただけで大したダメージは受けなかったが、チャンスを逃したことも含めて状況は悪い方向に傾く。

 翼は切り落とせず、新たな武器を手にしたセルグ。刀を扱うセルグならば剣の腕も並ではないだろう。翼だけでも厄介だったセルグの戦闘力が飛躍的に上昇したのだ。

 

「大丈夫か、ジータ!」

 

「ごめんなさいグラン。しくじった。」

 

 駆け寄るグランに申し訳なさそうに返すジータ。セルグと相対しながら油断なくその姿を見据える。

 

「いや、見立てが甘かった。まさか剣を作り出すとは。

 

 アローレインとミゼラブルミストの効果はまだ続いていて、動きは鈍いままだったが、二人はセルグを倒す糸口が見えないでいた。逡巡している二人にセルグは先に行動を起こした。再度、羽を飛ばそうと翼に魔力を集中し羽ばたかせようとする。ジータはもう一度ファランクスで受けることを考えるが再使用に必要な魔力を集中するにはもう少し時間がかかる。仕方なく回避に専念しようと身構える二人だったがそこに別の声が響いた。

 

「アルベスの槍よ! 我らが信条示し、貫くために牙となれ!!」

 

 ゼタの声は空中から聞こえた。跳躍でセルグの上をとったゼタは渾身の力を込めて叫ぶ

 

「プロミネンスダイブ!!」

 

 不意を突いての全身全霊。 ゼタの出現にとっさの判断で翼で防御することを選択するセルグだったが、その防御はゼタの攻撃に脆くも崩れさり、セルグはさらに剣で受け止めた。

 

「団長さん達まで……絶対に許さない!!」

 

 炎が、爆発が勢いを増す。ゼタの激情が防御していたセルグの剣を破壊した。破壊されると同時にセルグはバックステップで距離を取る。間髪入れず追撃に入ろうとしたゼタだったが、目の前で膝をつき苦痛に顔を歪めるセルグに動きを止めた。

 纏っていた黒いオーラは消え去り同時にセルグは前に倒れていく。既に意識は無い様で、体を起こす気配は見受けられない。同時に彼の中からは小さい光が現れヴェリウスが出てくる。

 

 

 状況がわからないまま、セルグの暴走は唐突に終わりを告げたのだった

 

 




感想お待ちしております。


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フェイトエピソード 2

今回長め。
オリ設定。重たい話。ゼタ姫若干キャラ崩壊があると思います。お気をつけください。


フェイトエピソード 「裂光の剣士」

 

 

 

 

ザンクティンゼル 祠前

 

 

 一行は戸惑っていた。先程まで周りを破壊して大暴れしていたセルグが唐突に倒れ動かなくなったからだ。動き出す気配もなく意識を完全に失っているようである。ゼタがセルグを倒した後、応援に駆けつけてきた仲間達も含め状況がつかめずにいた。

 

「何が起きたかはわからないけど、とりあえずは収まったのかな……」

 

 グランがつぶやき、駆けつけてくれた仲間たちにも安堵の顔が見える。

 

「全くなんだってんだ。いきなり爆発が起きたんできてみたらやっこさん大暴れしてやがって。おいグラン、ジータ説明してくれ!」

 

 オイゲンが心底驚いた様子で二人に尋ねる。オイゲンの問いに二人は戦闘の緊張感を残したまま答えていく。

 

「私たちにもわからないんです。動物たちがこの場所から逃げ出すのをみて何かがあると思い、急いできてみたら既にセルグさんはあの状態でした」

 

「あんなのを相手に二人で挑むとは、また無茶をしたもんだな。二人共怪我はないか」

 

 ラカムも周囲の惨状をみて心配混じりに二人の安否を気遣う。

 

「うん、大丈夫。ジータがホーリーセイバーだったからね。なんとか無事に切り抜けられた」

 

 二人が無事な様子に皆が安心して気を緩めている中で、一人ゼタだけは瞳に憎しみの炎を宿し倒れているセルグを見ていた。

 セルグが弾き出したヴェリウスも力を使い果たし動く気配はない。仇を討つには絶好の機会であった。槍を握る手に力が入り震える。

 いまなら誰にも邪魔はされない…そんな思考がゼタの頭をよぎった瞬間に様子を見てたグランが声をかける。

 

「ゼタ、ダメだ。まだ僕達は彼から何も聞いて――」

 

「わかってる、わかってるんだ!! 二人の言うことは! もしかしたらコイツは恨まれるようなことをしていないのかもしれない……その可能性があるってことは!」

 

 ゼタはグランの言葉を遮り叫ぶ。

 ゼタの心に僅かにあった葛藤。昨日のグランとジータの言葉、昨日の出会ったばかりの時のセルグの雰囲気。組織の人間である自分が怒りに任せて攻撃したのをあしらい、窘めてあっさりと艇に返したこと。そのどれもがこれまでにゼタが抱いていたセルグの人物像から食い違っていた。

 だが、それだけで気持ちが変わるほど彼女の想いは弱いものではなかった。

 

「でも、それでも。コイツがあの子を殺したのは事実なんだ! あの事件以来ずっと追い続けていた仇が目の前にいるんだよ……簡単に、抑えられるわけがないじゃないか!」

 

 ゼタの悲痛な感情の吐露が仲間を打つ。大事な親友の仇を探していた彼女の目の前に、その仇がいるのだ。その感情を押し殺して我慢することなど、どんな言葉を並べられようと簡単ではなかった。

 ゼタの溢れる感情を慰める言葉をグランは持ち合わせていなかった。

 

「ゼタさん……」

 

 ジータも同様に、掛ける言葉が見つからないまま遠目からゼタの表情を伺う。

 言葉を失った仲間達の沈黙を破るように意を決したゼタが槍を持つ手を振り被る。泣きそうな表情のままその手はセルグ目掛けて振り下ろされようとした。

 だが、振り下ろされたアルべスの槍はゼタ以外の手によって阻まれる。

 

「ダメだ、ゼタちゃん。どんなことがあろうとヒトを殺すのは良くない」

 

 手を止めたのは駆けつけるのが少し遅れたローアインだった。

 普段からおちゃらけた態度のローアインが止めるとは思わず一瞬あっけにとられたゼタだったが、すぐに怒りをあらわにしローアインを睨みつけた。

 

「何も知らないアンタに何がわかんのよ!! ふざけたこといってると……」

 

「こっちは大真面目だバカヤロウ!! ウチのばっちゃんが言ってたんだよ! どんな時でも亡くなった人が願うのは残された人の幸せだけだってな! だから残された人はその願いを背負って精一杯幸せになる義務があるんだってよ! ゼタちゃん、この男殺して幸せになれんのか? そんな悲しそうな顔で仇を討って幸せになれんのかよ……」

 

 突如、声を荒らげたローアイン。彼に似つかわしくない真摯に相手を想う言葉が飛び出しゼタの心を打つ。気迫と共に放たれた言葉はゼタの気持ちを大きく揺さぶった。親友はゼタが幸せになることを願っているのだと。親友は仇を討つことなど望んではいないのだと。生きていた親友の笑顔を思い出しローアインの言葉に納得してしまうゼタ。

 

「でも、それじゃあ……私のこの怒りはどうすればいいのよ……」

 

 ゼタの声は、もはや消え入るような声だった。親友が仇を討つことを望んでいなくともゼタ自信に募る怒りはどうしようもない。奪われた悲しさは、失った辛さは言葉だけでは納得できるはずもなかった。俯き涙を流すゼタに今度はカタリナが声をかける。

 

「ならば、それをぶつければいい。すべてを聞き、彼が犯した罪が聞いたとおりであるなら、その時は気が済むまでぶつけてやればいいさ。そのときは我々も止めはしない。恐らくだが彼も甘んじて受けると思う。だが今ここで胸にわだかまりを残したまま仇を討っても、君が得られるものはないんじゃないか?」

 

 優しく諭すカタリナの言葉はストンとゼタの心にハマっていく。昨日のセルグの姿はどこか罪を悔いているようにも見えた。ゼタにはカタリナが言うようにセルグが恨みを全て受け止めてくれるようにも思えたのだった。

 

「ゼタ、僕達はまだ彼から話を聞いていない。真実を知るまでその想いは取っておいて欲しい。全てを聞き、それで彼が許せないときは僕たちも協力をするから」

 

「そうです、ここで物言わぬセルグさんを殺しても、ローアインさんの言う通りきっとゼタさんは幸せになれない。ちゃんと全てを聞いて決着をつけましょう」

 

 グランとジータもゼタを諭す。二人の言葉を聞きゼタは力を込めた腕を下ろす。

 静寂がその場を包んだ。表情の読み取れないゼタの心は二つの選択肢の間で揺れ動く。恨みを晴らすか、止まるか……

 しばらく考え込んだゼタは葛藤の末後者を選ぶ。力強く握っていた槍を下ろすと、殺気立った雰囲気が消える。ゼタの瞳にはもう殺意はなかった。

 

「フフ、ホント。この騎空団の人たちには敵わないな。私が暴れるのをこんな簡単に止めちゃって……うん、もう大丈夫。みんな、ありがとう」

 

 憑き物が落ちたようなせいせいとした顔でゼタは笑う。昨日セルグと出会ってから一日しか経っていないがその間、心から笑えていなかったゼタは、もう何年も笑っていなかったような気分になった。その場を包んでいたピリピリした殺気は消えて穏やかな森の空気が戻ってくる。

 

「あの~ところで、このヒトやばくないっすか……さっきから顔色マジっべぇんですけど」

 

 だが、落ち着いたのもつかの間、ローアインが恐る恐る口を開く。口を挟めない雰囲気に遠慮していたが、彼が直面していた事実はとんでもないものだった。

 

「なんだって!?」

 

 ローアインの言葉に皆が急いでセルグに駆け寄る。見ればセルグは青白い顔色で呼吸が弱く、もはや死にかけと行っても過言ではない状態であった。

 一体何が起きた? 皆に疑問が駆け巡るもいち早くカタリナが対応に動く。

 

「ラカム、オイゲン! 彼を艇に。ローアイン、先に戻って手当ができるように部屋とベッドの準備を。それからイオを呼んでおいてくれ」

 

「おうよ!」

「おう!」

「うっす!」

 

 指示を受けた三人が動き出す。ラカムとオイゲンは彼を抱え急ぎ艇へと運び始める。ローアインは既に艇へと向かい見えなくなっていた。

 

「ジータ、僕達は村にいって医者を呼んでこよう。急ぐぞ!」

 

「はい!」

 

 グランとジータも後に続きその場を去っていく。あっという間に動き出した仲間はその場を離れ、残ったのはゼタとヴィーラだった。

 

 

「カタリナはすごいなぁ……。パパっとみんなに指示を出して対処しちゃってさ。ヴィーラからみるとああいうところが慕うポイントなの? 私ももう少し冷静に行動できるようにならないとだね」

 

 普段のゼタに戻ったように明るく話し始めるゼタにヴィーラは訝しげな視線で声をかけた。

 

「やせ我慢もそこまでにしたらどうです。ゼタさん?」

 

「ん、何が? 我慢なんて……」

 

 我慢などしていない。いつも通りだとアピールするゼタにヴィーラは手を伸ばす。表情を隠す前髪を払えばそこには目に溜まる涙が見えた。

 

「好意であれ悪意であれ、今まで強い想いを抱いていた相手が目の前に居るというのに、それを抑えて我慢できるほどヒトは単純ではありません。その想いが強ければ強いほど……。皆さんの手前槍を引いてしまったのでしょう?」

 

 ヴィーラの見透かした発言にゼタの体が強張る。核心をつく言葉は、皆に隠していたゼタの本心を見透かしていた。

 

「お姉さまの言葉や団長さん達の言葉に心揺り動かされたことは間違いないでしょうが、それだけで割り切れるほど、貴方の想いは弱くはなかった。 そしてあの愚か者には、自身が抱いていた友人の後悔と無念の想いを否定されてしまった。苦しくないはずがありません」

 

 ゼタの心の内を読み切るヴィーラの言葉にゼタは観念したように苦笑いをみせた。

 

「あ、アハハ……ホントみんなには敵わないや」

 

 カシャンと無機質な音を立てて、ゼタが手に持っていた槍が落ちる。

 ヴィーラに己の内を見抜かれたゼタは苦笑いもできなくなり、遂には肩を震わせて涙を流し始めた。

 

「くっ、うぅ、うあああああああああ!!」

 

 自身の肩を抱き震えながら声を上げるゼタ。そのあまりにも弱々しく、消えてしまいそうなゼタの姿にヴィーラは思わずゼタを優しく抱きしめる。頭を撫でて安心させようとするヴィーラにゼタは恥も外聞もかなぐり捨てて己の感情を吐き出した。

 

「仇を取ってあげたかった! 恨みを晴らしてやりたかった! あの子の為にって、ずっと……ずっとそう想い続けていたのに! 結局できなかった!! 皆の言葉に、納得してしまったんだ!!」

 

 絞り出されるようなゼタの慟哭が森に響き渡る。まるで大きな過ちを犯したように、自分を責めている姿は、ヴィーラには酷く痛々しく、儚くみえてしまい思わずゼタを優しく抱きしめた。

 

「今は思いっきり泣いて下さい。きっとその涙の分だけ、貴方のご友人は報われるのですから。」

 

 静かな森にゼタの泣き声が響く。いつしかザンクティンゼルには雨が降り始めていた。ゼタの涙も、咽び泣く声も。全てをかき消して洗い流すように……

 

 

 

 

 

 グランサイファーの一室にて真剣な面持ちでセルグの様子を見るのは、グラン達が連れてきたザンクティンゼルの集落にいる医者であった。

 

「ふむ、もう命に別状もないだろう。驚異的な回復力だ。あとは目覚めたらしっかりと栄養を取らせるように。ああ、急な食事は厳禁だ。ゆっくりと体を慣らして養生させてあげなさい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「うん、グラン君にジータちゃん、久しぶりだね。まさか帰ってきて早々に急患を見てくれとウチに来るとは思わなかったよ。しかし応急処置も適切だったのだろう。手遅れにならなくて良かった良かった」

 

 医者も安堵の表情をみせる。グランサイファーに運び込まれたセルグはイオの魔法で応急処置を受けたあとグラン達が呼んできた医者に診てもらい驚異的な回復を見せていた。

 運び込まれた時には恐ろしい程衰弱していたセルグはなんとか一命を取り留めたようである。

 医者が村に戻り、部屋にはグランとジータだけが残る。セルグの様子を見れば死んだように青白かった顔が少し赤みを帯び、生きている証を見せ始めていた。なぜあんな暴走状態だったのか疑問は尽きない二人だったが今はセルグが目覚めるまで待つしかない。

 夕暮れの光が窓から差し込む部屋で二人は交代しながらセルグの様子を見るのだった。

 

 

 日が落ちてから幾らかの時が過ぎ、夜も深くなってきた頃、セルグは目を覚ます。

 

「つ、うう…ここ、は?」

 

 見知らぬ部屋でいつのまにかベッドに寝ていた己の状況にセルグの頭を疑問が駆け巡る。一先ず体を起こし周囲を見回すと、傍らにはヴェリウスが羽をたたんで寝ている(休んでいる)のが見えた。恐らく力を使い果たして休眠状態なのだろう。そう考えヴェリウスに心の中で謝ると扉からジータが入ってくる。

 セルグが起きていることを確認したジータはすぐベッドに駆け寄ってきた。

 

「気がつきましたか、セルグさん! よかった~」

 

 ちょうどジータがグランと交代して部屋に様子を見にきたところだった。セルグの症状が良くなっていることに笑顔を浮かべて安堵するジータ。

 だが、相対するセルグは状況も経緯もわからず困惑していた。説明を求めてジータへと言葉をかける。

 

「ジータ……だったな。ここはどこだ? 私は一体なんでここで寝ていた」

 

「順に説明します。でもちょっとだけ待っててくださいね。いまグランも呼んできますから!」

 

 セルグの問いにそう答えるとすぐに部屋の外へと駆け出しグランを呼びに行くジータ。

 ジータが戻るまで手持ち無沙汰になったセルグは思考を巡らす。自分は一体何をしていたのか。一番新しい記憶を呼び起こす。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、怖気が走った。生まれてこの方経験をしたことのない恐怖と苦痛を思い出す。思わず肩を抱き、体を震わせた。隣で休むヴェリウスをみやりながらセルグは冷めた声で呟く。

 

「あれが……ヒトのすることかよ」

 

 落ち着いたセルグの胸中にはドス黒い闇が渦巻いた。表には出てこなくてもいつまでも燻り続けるような根の深い闇が……

 

 

 

「セルグさん。具合はどうですか? ジータから目覚めたと聞きましたが」

 

 グランとジータが部屋に戻ってくる。起き上がったセルグを見てグランは開口一番に具合を尋ねてきた。

 

「ああ、もう大丈夫だ。体中の力が抜けたようでひどく疲れているが、意識ははっきりとしている。どうやら、迷惑をかけたみたいだな……すまなかった」

 

「無理はしないでくださいね。お医者さんが診に来た時には衰弱して死んだような顔をしていたんですか……」

 

 ジータの心配そうな言葉と表情に居心地の悪さを感じるセルグ。記憶違いでなければ二人には命を奪いかねない攻撃を繰り出していたのだ。思わず顔を逸らしながらセルグは尋ねる。

 

「そちらこそ怪我はないか? 私の記憶によると君たちにはかなり激しい攻撃を繰り出していたと思うのだが……」

 

 我慢できずに問いかけたセルグは自分の行いで二人が怪我をしていないか気が気ではなかった。

 

「大丈夫です。幸いにもまともに攻撃は受けていなかったし、ジータがホーリーセイバーだったからね。怪我なんてどこにもないよ」

 

 グランが自分たちは無事だと告げる。その言葉にセルグは一安心はするも、やはり表情は曇ったままだった。

 

「本当にすまなかった。一歩間違えれば、二人を殺していたかもしれない。あの事態を予想はできなかったが、招いたのは私だ。それも私の弱さが原因だ。心より謝罪する」

 

 セルグは改めて謝罪の言葉を口にした。どんな言葉を尽くそうともきっとセルグは自分を許さないのだろうと。そう思わせるほど追い詰められた表情だった。

 

「と、とにかく目が覚めてよかったです。そうだ、軽い食事を持ってきますね。グランちょっとセルグさんを看ててあげて」

 

 そう告げるとまた慌ただしく出て行くジータ。残されたグランは少しだけおかしなジータに疑問を抱きつつもセルグのいるベッドに近づいていき話しかけた。

 

「それで、一体何があったのですか。貴方のような人が一体何をしたらあんな状態になるのか……」

 

 グランの表情からは心配が伺えた。セルグも聞かれることは予想していたので答えようと口を開くも思いとどまったように口を噤む。しばらく考える素振りを見せて、セルグは言葉を選ぶように結論を告げる。

 

「そう……だな。迷惑をかけた事もある。君たちには原因も含め全てを話しておきたい所だ。ゼタに関わることも含めてな。君たち以外の団員にも聞いて欲しいとは思う。だがそれでもこの話は非常に話しづらい。一つ間違えれば君たちには組織による危害が及ぶ可能性もある」

 

 やはり話しては貰えないかと、少し落胆の色を見せるグランにセルグは言葉を続けた。

 

「だから、条件を提示しよう。聞いた話がどのような内容であろうと他言することは許さない。知ることがそのまま危険に繋がる可能性がある以上。この条件は譲れない。これが約束できるなら全てを話そう。どうする? 団長殿」

 

「なら聞かせてもらいます。皆でね。仲間たちがゼタのことを大切に思っているんです。ゼタがあんなに苦しんでる姿も悲しんでる姿も初めてだった。彼女の苦しみを共有することができるなら、聞かないという選択肢はありえない」

 

 淀みなく答えるグランにセルグは目を丸くする。

 

「――ハハ、すごい絆だ。一人一人がお互いを大切に想う。こんな絵に書いたように信頼関係を築いている騎空団など私は見たことがない。それを成しているのは君たち双子の力かな。わかった……全てを話そう。今日は疲労が抜けていないし考えを整理したいから、語るのは明日だ」

 

 そう言うセルグの瞳には一つの決意と小さな安心が宿っていた。

 その後軽食としてお粥を用意してきたジータが、変に世話をやこうとするも失敗してお粥をセルグにぶちまけてしまい、うめくセルグに笑うグランとその部屋は少しだけ夜の帳を明るく染めていた。

 

 

 

 

 

 翌日。既にお昼を回っており食堂では昼食を済ます一行の姿があった。昼になるまでセルグは部屋を出てくることはなかったが、グランとジータはセルグを信じて待っていたのだった。

 その想いに応えるように、ようやく昼食をとっている一行の前にセルグが姿を現す。

 何人かは表情を固め、何人かは睨みつけ、グランとジータだけがセルグを迎え入れるように声を掛けた。

 

「セルグさん、昼食を一緒にどうですか? 今日もローアインさんの自慢のパンが美味しいですよ」

 

「昨夜はジータのせいでまともに食べられなかったでしょうし、遠慮なくどうぞ」

 

「そう……だな。折角だから戴こうか。ローアインさんだったか。自慢のパンを一つ戴けないか」

 

 声を掛けられたローアインはやや釣り目になりながらどぞ、と短く言葉を発してパンをセルグに手渡す。それを齧るセルグに、部屋にいる仲間たちの視線が集中する。

 

「うん、確かにおいしいな。自慢のパンなだけはある。おいしいよ、ありがとう」

 

 素直な感謝の言葉に面食らうローアインは先ほどと同様に「どもっす」と短く返し静かになった。

 部屋には沈黙が訪れる。セルグを睨むのはロゼッタとイオとゼタ。昨日のような危険性はないかと伺うのは、カタリナ、オイゲン、ラカムにヴィーラ。居心地が悪い空気にだんまりなローアインと、この状況にヒヤヒヤと肝を冷やすのはルリアとビィ。

 沈黙を嫌ったジータが声を上げようとしたところをセルグが手で制する。

 

「気になって仕方ない……といった感じか。グラン、君の裁量に委ねるが昨晩の回答に変更はないか?」

 

 セルグの最終確認としてもう一度グランに問いかける。既に仲間へと話を通してあったグランは迷わずにそれに答えた。

 

「はい、ここにいる全員が話を聞きます。約束についても了承してもらっています。全てを……話してください」

 

 真っ直ぐにセルグを見つめるグランにセルグも決意を込めて答える。

 

「そうか、わかった。全てを話そう。ただしグランからも聞いてると思うが他言は無用だ。巻き込まれるのは君たちだ。仲間を傷つけたくないのであれば、話は聞いても組織には深く関わらないこと。いいな」

 

 セルグの警告に部屋から拒否の反応は見られない。それを確認してセルグが口を開き語り始めた。己が知る真実を…

 

 

 

「事は三年前。私がまだ組織にいたころの話だ。いつも通りに指令を受けて任務の準備をしている時に上司から声が掛かった。訓練を終えた新人を見てくれ、とな。上司の後ろに控えていたのは少し年下の女の子だった。私の元で経験を積ませて欲しいと言われてな。 それまで一人で戦い続けていたから最初は面倒だと断ったのだが、命令と言われれば仕方ない。私はその子を連れて任務に赴くようになった。

 そいつは戦いに向かない性格でな。虫も殺せないような性格と小柄な体。ホントに戦えるのかと心配で仕方なかったよ」

 

 ゼタは何かを言おうとして口を噤んだ。話は始まったばかり。まずは落ち着いて全てを聞こうと心を落ち着かせる。

 

「少女の名はアイリス。私が唯一……殺しそこねた女の子だ」

 

 セルグの発言と共にゼタの気配が膨れ上がるも、グランが制止した。立ち上がりかけたゼタは静かに座り直す。

 

「続けてください」

 

 ゼタが座り直すのを見てグランが促すとセルグの語りは再開する。

 

「私はそれ以降、アイリスといくつかの任務をこなしていった。アイリスは銃を使うやつで、立ち回りは壊滅的だったが眼だけは良くてな。上手く狙撃をするもんだった。私が前衛をやっていたこともあって、場数を踏んでいく毎に彼女はみるみる上達していったよ。数ヶ月もする頃には一人で星晶獣を相手に立ち回れるくらいにはなっていた。倒せはしなかったがな。

 実力が付いたと判断した私は上司に進言し独り立ちをさせようと提案したんだが……」

 

 少しだけ懐かしそうな。嬉しそうな表情を見せたセルグ。その表情に皆が訝しく思い視線が集中する。

 

「ああ、すまない。少し思い出してしまってな。そう、提案した私にアイツはこう言ってきたんだ」

 

 “貴方の傍で共に戦いたい。貴方の傍にもう少し居させてくれませんか”

 

「それがきっかけだった。いつの間にかひたむきに努力をするアイリスに惹かれていたのだろう。私とアイリスが男女の仲になるのにそう時間は掛からなかったよ」

 

 男女の仲と聞いてゼタが驚きの表情を浮かべる。そんな話を聞いたことがなかったゼタは思わずセルグを睨みつける。ロゼッタがやや笑みを見せて興味深そうに。ローアインは若干面白くなさそうな顔をみせており、妙な反応を示す面々を不思議に思いながらもセルグは続けた。

 

「幼い頃より組織の戦士としてずっと戦い続けて生きてきた私にとって、アイツと過ごす時間は幸せ以外の何物でもなかった。組織の中でも強者として恐れられることは多々あったが、アイツは一度も私を忌避の目で見ることはなかった。二人で任務をこなし、時折二人だけの時間を楽しむこともあり充実していた……

 だが幸せは長くは続かなかった。組織よりある任務が通達された。討伐対象は星晶獣ヴェリウス。強大な力を持つとのことで私たち二人と、後詰に35名の精鋭を差し向けるという通達だった。余りにも多い増援部隊に必要ないと突っぱねたが、適切な処置だと言われて断られた。今思うとこの時点でおかしい話だったな。だが、いつも通りにやるだけだと軽い気持ちで、任務地であるノースヴァストの山腹の洞窟へと向かったんだ。 それが、運命の日だった」

 

 部屋にいる騎空士達は核心へと迫る話に重苦しい空気に包まれていた。最初は落ち着かなかったゼタも、今は聞き逃さないように耳を澄ませて、そして語るセルグの表情を観察する。

 

「洞窟に着いて早速任務を開始しようと奥に進んでいったがおかしいことに気づいた。自然のものとは思えない人の手が加わった痕跡のある洞窟だった。星晶獣がいるとされている洞窟になぜ人の手が加えられているのか。その答えは奥にあったよ。――ゼタ、私たちの武器は対星晶獣用に作られているのは知っているな?」

 

「え? あ、うん。そう聞いているけどなんで?」

 

 急に話を振られるゼタは、驚きながらもセルグの問いに早口になり答える。

 

「そう、対星晶獣戦を考え特別な武器が私たちには与えられていた。そしてその武器たちは全て、その洞窟で作られていたものだった…………ヴェリウスを使った実験によって」

 

 部屋に居た全員が息を呑む。武器作りに利用する実験。それが意味することはそれほど多くはない。

 

「人体実験と同じだ。作られた武器はどれほど有効なのか。どうすればより効果的な武器が出来上がるか。それを組織はヴェリウスに試すことで武器制作に役立てていたのだ。洞窟にあったのはいくつもの檻。星晶獣であるヴェリウスだけではなかった。魔物も数多く捕らえられていた。対星晶獣だけでなく通常の武器としての性能も試していたのだろう」

 

 組織にまつわる恐るべき真実にゼタは驚きを隠せなかった。信じられないと思いたいがセルグは当事者であり嘘をついてるように見えない。信憑性は疑うべくもなかったのだ。

 

「もっとも、重要な話はここからだ。現場にたどり着き呆気にとられている私たちには35人の精鋭から武器を突きつけられていた。なぜだと思う? 任務達成率100%。任務達成における犠牲者0。この圧倒的な成果を出していた者に武器が突きつけられる理由は?」

 

 セルグの問いに部屋の皆が逡巡し答えを求める。答えがなかなか出てこない中ひっそりと誰かが呟いた。

 

「まさか……畏怖か?」

 

 セルグの問いかけに沈黙を破り答えたのはオイゲンだった。

 

「その通りだ。端的に言えば星晶獣よりも私のほうが恐ろしくなってきたということさ。星晶獣を一人で屠る強さは、奴らから見れば驚異以外の何物でもない。反旗を翻された時に抑えることが困難だとでも思っていたのだろう。過大評価もいいところだったがな。 だからこその35名の精鋭という増援だった。逃げ場のない洞窟で総勢35名の精鋭が一人に向かい牙を剥くんだ」

 

 徐々にピースが組みあがっていく。セルグが語る事実は騎空士一向が推測する最悪をなぞりはじめていった。

 

「流石の私も成すすべなく地に伏せたよ。今でも覚えている……私を呼ぶアイリスの悲痛な叫びが。倒れ伏す私の首を落とそうと剣が振り上げられた。その時だった。精鋭たちの拘束を振りほどきアイリスは私の前で身代わりに剣で切り伏せられた。体を上下に断たれたアイリスが目の前に崩れ落ちる姿に私は全てを忘れ彼女を呼んだ。 抱き抱えたアイリスは既に虫の息だった……その時アイリスは私の子供を身ごもっていてな。力無い声で囁くんだ。赤ん坊を守れなくてごめんなさいって。自分だって苦しいはずなのに。涙を流しながら彼女は私に謝ってくるのだ。最後には私の手で息を引き取りたいと懇願する彼女を、私は最後まで手にかけることができなかった。痛みに苦しむアイリスは涙を流しながら息を引き取っていったよ」

 

 かつてみた光景を思い出し、悲哀に満ちた声でセルグが語った真実に誰もが言葉を発せなかった。部屋にいる皆が押し黙っている中でセルグは結末を語る。

 

「私の中には憎悪が渦巻いた。許せるわけがない。 耐えられるわけがない。 最愛の人と生まれ来るのを心待ちにしていた我が子。その両方を同時に失ったのだ。その時私の中に宿った憎悪はなんの因果かその洞窟内で、ある存在と共鳴した……ヴェリウスだ。

 檻の中にいたヴェリウスからの思念を感じ取った私は奴らを振り切り檻を破壊した。自由になったヴェリウスは傷つき弱っていたが共鳴した私に全ての力を与えんと私の体内へと入り込んだのだ。ヴェリウスも奴らから受けた苦痛に憎悪を溜め込んでいた。私とヴェリウスの憎悪は混ざり合い、圧倒的な闇の力でそこにあるすべてを破壊した。文字通り全てだ。精鋭たち35名の体を八つ裂きに破壊し、施設を完膚なきまでに破壊し崩落させた。私は全ての力を使い果たすまで破壊の限りを尽くした」

 

 気づけばルリアとイオ。ローアインまでも涙を流していた。告げられた真実は。聞かされたセルグの過去は凄絶に過ぎた。

 

「すべてを破壊した私は、組織の追っ手から逃げるように姿をくらました。各地を転々とすることを余儀なくされた私に残されたものは共通の敵をもつヴェリウスという友と組織への強い憎しみだけだった。これが……あの事件の真相だ。組織は真実を隠し、精鋭36名の死。私とヴェリウスの逃亡という事実を元に事件を捏造。真相を知る人間は私だけとなり、真実は闇に葬られた」

 

 もたされた真実はグラン達の口を閉ざす。余りにも残酷な真実。この事件においては首謀者と言われていたセルグこそが一番の被害者だった。一見穏やかそうな印象を抱かせるセルグがその実、恐ろしいまでの憎しみをその身に宿していたのだ。

 

「ひどい……ひどすぎます」

 

「どんな組織にも腐った輩はいるもんだがこれは」

 

 ルリアの涙は止まらない。自分のことのようにセルグに共感するルリアをロゼッタが優しく抱きしめていた。

 部屋にいるほとんどの面々が沈痛な面持ちで言葉を出せずにいた。

 

「――なん……で」

 

 静かな部屋に響くのはゼタのか細い声。呟くように発せられた声は徐々に聞き取れるくらいに音を上げていく。

 

「なんで? どうして……あの子は死ななくちゃならなかったの……」

 

 涙を流し、力無い声でセルグをみやりながら呟くゼタ。声は震え、視界は霞み、自分が何を言っているのか理解できていない様であった。

 

「あの子は……あんたについていただけなのに。どうして」

 

 立ち上がりフラフラとセルグに近づいていく。

 

「ねぇなんで? なんであの子を守ってあげられなかったの? アンタなら助けられたんじゃないの? ねぇ……アンタがあの子を愛したりしなければあの子は死ななかったんじゃないの? ねぇ」

 

 震える声で言葉を紡ぐゼタの悲哀がとめどなく溢れる。親友が死なずに済む可能性はいくらでもあった。セルグがいなければ親友は死なないで済んだのではないかと。幾つもの“もしも”がゼタの中で浮かんでは消えていく。

 

「ゼタ、セルグさんを責めても……」

 

「返してよ! 私の大事な人を! 大切な友達を返してよ!!」

 

 グランの制止の声を遮ってゼタが感情を爆発させる。受け止めきれない真実。向ける場所のない悲しみにゼタの心が悲鳴を上げていた。

 セルグに縋るように叫ぶゼタの悲哀の声が部屋に響き渡る。その声が意味することがセルグにも届く。

 

「そうか、お前……君が。アイリスの家族だったんだな」

 

「え?」

 

 セルグは今全てを理解した。なぜ自分があれほどまでに憎しみを向けられていたのか。可能性は見えていたが確信はなかった疑問。それが今全て繋がった。

 

「いつもアイリスが言っていた。私はもう家族がいないけど、家族と呼べる親友がいるんだって。その子は私なんかよりずっとずっと強いからいつかセルグを超えるかも知れないよ、っていつも嬉しそうに語っていた。君がそうだったんだな…すまない。君の言うとおりだ。私といなければ彼女は巻き込まれなかった。私が彼女を迎え入れなければ彼女は今でもきっと君の隣にいただろう。 君にとって私は親友を奪った犯人そのものだ。君にだけは私を殺す権利がある。恨みが募るならやるといい。君の憎しみだけは甘んじて受けよう」

 

「ッ!?」

 

 奇しくもカタリナが言うとおりセルグは己の罪だと断じ、恨みを晴らすことを受け入れると言う。 だが己の罪だと告げあっさり仇を討てと命を投げ出したセルグのその潔さは、真実を知ったゼタの心に再び怒りの炎を灯した。

 

「ふっ、ふざけるなああ!!」

 

 セルグの顔を力の限りに殴りつける。倒れたセルグにそのまま馬乗りになり何度も何度も殴りつけた。グランたちはその光景に慌てて止めに入るも激昂したゼタはなかなか取り押さ得ることができず、ゼタの暴力は止まらない。

 

「アンタは!! あの子に命を救ってもらったんだろう! それを簡単に投げ出して! あの子の命をそんなに軽く見やがって!!」

 

 許せなかったのだ。昨日までは殺したいと願っていた相手だったが真実を知り、親友が命を投げ出して彼を守ったことを知った。だからこそ彼が命をあっさり投げ出したことは、到底許せることではなかった。悲哀は消えゼタの心は憎しみではなく強烈な怒りに染まった。

 

「簡単に許されるとおもうな!! あの子の代わりに生きながらえてるお前が! 簡単に死ねるとおもうなあああ!!」

 

 怒りの咆哮と共に最後の一撃をいれ、息の上がったゼタをグランたちはやっとの思いで取り押さえた。

 

「セルグさん……大丈夫ですか?」

 

 駆け寄り心配の声を上げるジータに声を返すことのないセルグ。唇は切れ、鼻血を流し意識も朦朧としているようだった。

 

「外傷だったら……イオちゃんヒールをお願いできる?」

 

「え? あ、うん。わかった」

 

 ジータに促されイオが杖を持ち出しセルグに翳した。淡い光がセルグに降り注ぎみるみる傷を癒していく。

 

「う、くぅ……つぅ」

 

 すぐにセルグは意識を取り戻す。置かれた状況を理解したセルグはなぜか笑みを浮かべた。

 

「は、ははは。ホント、アイリスとは大違いだな。間違ったことをするとちゃんと怒ってくれるだって? あの大嘘つきめ…これのどこがちゃんとだ。まさか叱責が拳で行われるとは思わなかったよ。口より先に手が出る性格とは聞いていたがこれほどとはな」

 

「え?」

 

 急に笑いながら話し出すセルグ。同時にくだされたゼタの評価にゼタは驚きの声を上げる。

 

「せ、セルグさん? 大丈夫ですか。殴られすぎておかしくなったんじゃ……」

 

 殴られて笑顔になったセルグを心配し始めるグランだったが、セルグははっきりと言葉を返した。

 

「安心しろ。意識ははっきりしている。すまなかった、ゼタ。感傷的になって罪の意識から……アイリスに救われた命を軽んじてしまった。今の怒りの鉄拳は罰として受け取っておこう。お前の言うとおりだな。死んで許されるわけがなかった」

 

 自分が今生きていられる理由。己の命の重さを再認識したセルグには先程までの悲痛な表情はなく、最初に出会った頃の穏やかな顔へともどっていた。我を忘れ激昂したゼタも悲哀を吹き飛ばして怒りのままに殴った為か表情に陰りはなくなっていた。

 お互いに見合いながらセルグが口を開く。

 

「すまなかったな。アイリスを守れなくて。アイリスを犠牲にしてしまって。許してくれ」

 

 セルグの謝罪。真摯な態度でゼタに頭を下げて言葉を述べるセルグ。先ほどあれほど殴られたというのに、清々しいまでにゼタへと頭を下げたセルグの姿にゼタは毒気を抜かれた。

 

「う、あ、その……私の方こそごめんなさい。貴方も愛する人を失った被害者だったのに。あの子を殺した犯人扱いして。さっきの言葉はなし……あの子が死んだのは、貴方のせいじゃないわ。きっと……どうしようもなかった」

 

 冷静になってゼタは、己のしたことを振り返り謝罪する。 感情に任せて思いっきり殴ってしまった。セルグに非はないとわかっていても、語られた現実を受け止めきれなくぶつけてしまった。 考えてみれば相当にゼタもまずいことをしたと認識していた。

 お互いに謝罪し合った二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。片や相手を激昂させる言葉を言ってしまい、片や思いっきり殴りまくってしまったのだ。言葉だけの謝罪で許しが出たとしても簡単に己を許せるほど二人は単純ではなかった。

 

「そ、その、ありがとうな。おかげで目が覚めた。アイリスに怒られた時よりよっぽど効いたよ」

 

「あ、い、い、いやそんなお礼なんていいわよ。むしろ思いっきり殴っちゃったアタシのほうが申し訳ないというか……」

 

 二人してたどたどしく謝罪と礼の押収をしていると

 

「プップ、ハッハッハ。何だお前らそのやり取り。まるで付き合い始めたばかりの恋人みたいじゃねえか!」

 

 空気の読めないトカゲが雰囲気をぶち壊した。

 

「んな!? 違う! なんでいきなりそんな話になる!!」

 

「ビィ! 何を言ってるの! コイツはアイリスの旦那だよ!!」

 

 慌てて否定する二人であったがさっきまでの暗い部屋の空気を追い出すように口々に皆がからかい始めた。

 

「あらあら、セルグさん。出逢ったばかりのゼタにもう浮気?そんなんじゃ天国のアイリスさんに申し訳がたたないわよ」

 

「ふふふ、紳士然としている方だと思っていましたのにこんなに節操の無い方だとは思いませんでしたわ」

 

「ま、まて。別に俺はアイリスと結婚していたわけではないんだからこれは浮気とはいわな」

 

「あら、ひどいわぁ。赤ちゃんまで作っておいて遊びだったって言うの? ちょっと女としては許せないわね」

 

「それはつまりゼタさんとお付き合いすることが浮気にはならないから良いと? ちょっと私も今の発言は捨て置けません。セルグさんはどうやら女性の敵になりそうです。一度調教して差し上げましょうか?」

 

「まてまてまて! 違うっ! そういうことじゃ、どうしてそうなる」

 

 ロゼッタとヴィーラが先ほどまでの暗い空気を吹き飛ばすようにセルグを喜々としてからかうと。

 

「それにしてもお前さん、親友からの評価が口より先に手が出るって……一体どんな付き合い方してたんだよ」

 

「ハッハッハ、男勝りなネエチャンのくせに顔なんか赤くしちまって。こういった話には存外初心なんだな」

 

 ラカムとオイゲンが顔を赤くしているゼタをからかう。照れているゼタの顔が更に赤く紅潮する。

 

「はぁ! ちょっと二人共何バカなこと言ってんのよ」

 

「はわぁ、こういうのが恋の始まりなんですね! ね、カタリナ?」

 

「フっ、そうか……もしかしたらそうかもしれんな」

 

「っ!? ふ、ふん。恋なんて全くしてなさそうなカタリナとルリアちゃんが何を知ったようなことを……」

 

 ルリアとカタリナのつぶやきに思わず反撃するゼタ。ボソリとつぶやかれた反撃の言葉は薄れることなくカタリナの耳に届く。

 

「ほぅ……つまり自分はそれなりの経験があるということかゼタ殿。それはぜひお聞かせ願いたいものだな」

 

「うっ、やば! 地雷踏んだ」

 

 カタリナの琴線にふれたその反撃に恐ろしい笑みを浮かべてカタリナはゼタへとにじり寄る。

 

 

 

 いつの間にか部屋には和気藹々とした空気が溢れていた。

 グランもジータもその光景に思わず溜息をつく。一安心といったところだろうか。ゼタが激昂したときはヒヤヒヤしたがいつの間にか丸く収まっていた。

 

「よかったね、グラン。ゼタさんもセルグさんも、さっきまであんなに辛そうな顔してたのに、笑ってる。これなら二人はもう大丈夫だよね」

 

「そうだな。真実を知り、お互いに気づいたことがあったんだろうな。二人の間にあったわだかまりはなくなり、引きずり続けてきた想いから解放されたんだと思う」

 

 ゼタとセルグを中心に巻き込まれた今回の騒動はなんとか収まりそうだった。二人への口撃はしばらく止みそうにないが……

 

 

 

「と、とりあえずだ! まだオレの話は終わっちゃいないんだ。話を続けるぞ!」

 

 セルグは大きな声で皆に言い聞かせる。ロゼッタとヴィーラに詰め寄られていたセルグは疲れた顔を見せていたが、もう一度みんなを見回すと改めて話し始めた。

 

「昨日のことについてだ。まずは皆に謝罪をしたい。今回は迷惑をかけた。すまなかった。なぜあんなことになったのか説明しよう。 まずはあの事件以来オレとヴェリウスは一緒に過ごしてきた。同じように組織に恨みを持つ者同士、いつか力をつけ復讐を果たすと……」

 

 グラン達の空気が変わる。予想はしていたがセルグの目的は復讐だった。

 グランもジータもセルグの目的に顔を顰めるものの非難する気もなかった。そうするには十分すぎるほどの辛い悲しみを彼は味わっているのだ。

 

「あの事件でオレはヴェリウスと共鳴し融合を果たした。だがあの日以来その力を使うことはなく、そして“使える”こともなかった。あの融合ができたのは一時的に感情が振り切れていたからなのか……原因は定かではなかった。どうすればヴェリウスの力を使いこなせるか。悩んでいたオレにヴェリウスはとんでもないことを告げてきたんだ」

 

 

 星晶獣ヴェリウスがもつ性質。それは『記録』。 歴史を記憶し、人々を記憶し、戦いを記憶し。そうしてヴェリウスは、見るもの全てを己へと記録していく星晶獣だった。故にヴェリウスは己の分身体を世界に放った。世界の隅々まで飛び回り自由に世界を記録する。星晶獣ヴェリウスの分身端末がいまセルグの傍らにいる黒い鳥のヴェリウスだったのだ。

 

 

 「ヴェリウスは告げた。融合ができないのは既にその分身体に力が無いからだと。己の力を真につかいたければ、本体のあるところに来いとのことだった。 そうして分身端末のヴェリウスに導かれてたどり着いたのはこの島のあの祠だ」

 

 セルグの語りがグラン達の疑問を解き明かしていく。

 

「祠にたどり着いたオレは中でヴェリウスの洗礼を受けた。それ自体は何の問題もなかった。これがちょうど一昨日みんなと出会った日だ。そして昨日、ヴェリウスとの融合を試してみたんだ。ヴェリウスと一体になっていく感覚。久しぶりのこの身に宿った力を感じると共に、ある光景が見えてきた。それは分身体のヴェリウスがこれまでに記録してきたものだった……融合の深度が深く、ヴェリウスの記録の一部を共有したのだ。

 様々な景色が通り過ぎ、人々が流れ、そしてあの光景にたどり着いた……あの忌まわしい研究所にな」

 

 部屋にいる皆が息を呑む。セルグの告げようとしていることがグラン達の脳裏に浮かんできた。

 

 「知識として知っているのと体験するのでは大分違うものでな……奴らがしてきたことは星晶獣であるから耐えられてきたんだってことを思い知らされた。ほんの一部の共有だけでオレの心はズタズタにされたよ。耐え難い苦痛と恐怖を体感させられた。死ですら生ぬるい、正に生き地獄だ。二度とあんな思いはしたくないと思うよ……」

 

 思い出してしまったのだろう、セルグは憔悴しきった顔で語る。彼は決して弱い人間ではない事がグラン達にもわかっていた。その彼が正気を失うほどの経験だと言うのだ。グラン達は想像すらできない程ひどい光景なのだろうと悟る。

 

「それであんなに怯えた表情を……私たちのことを悪魔でも見ているかのようでした」

 

「すまなかったな、あの時はそう…あいつらがオレに苦痛を与えに来る光景しか見えてなくてな。確かに悪魔ってのは間違いじゃないかもしれん。あんなの、ヒトのすることじゃない……」

 

 セルグの声にはまた怒りが篭る。昨日セルグが見た光景は彼の復讐心をさらに刺激するものであった。

 だがセルグは怒りを一瞬だけ見せるもすぐに表情を変える。

 

「まぁそういうわけで今回オレは暴走してしまったということだ。以上。説明終了だ。何か質問は?」

 

 話は終わったと、明るく振舞い皆に問いかけるセルグ。一番最初に声を上げたのはゼタだった。

 

「なんかアンタさっきから喋り方変わってない? 最初のときと一人称まで違うし」

 

 違和感があったのはセルグの話し方。というよりも雰囲気や性格といった部分から違うようにグラン達は感じていた。

 

「ん? そりゃあ今まで猫かぶってたからな。というかあの日以来深く他人と関わることもなくなった。親しい間柄の人間なんていないから対外的な仮面をつけていたって感じだ。いつの間にか、それが当たり前になっていたが、こっちが本来のオレだ。皆には迷惑もかけたし、誰にも話すことのなかった事情も話した。この口調は少なくとも皆が誰にも他言はしないと信用している証だと思ってくれ」

 

 思わぬセルグから寄せられる信用という言葉に皆が驚いた。グラン達からすればただ話を聞いただけなのにと考えたがそれを否定するようにセルグは己の内を語る。

 

「少なくともオレが35人の人間の命を奪ったことは事実だ。どんな事情、どんな悪人であってもな。それでも皆は腫物を扱う目でも狂人を見る目でもなく。普通のヒトとしてオレの話を聞いてくれている。事実だけでオレという人間を評価していないみんなの態度は、そちらが信用してくれていると取れるさ。オレは信用に信用で返してるに過ぎない」

 

 さも当然のようにセルグは話す。グラン達からすればただ話を聞いただけ。それでもセルグが悪逆非道とは無縁な人間であることがわかったから普通に接しているに過ぎなかった。どうにもむず痒い居心地の悪さを感じるグランが口を開こうとするがそれを遮るように先にジータが声を上げる。

 

「そ、それなら! セルグさん。私たちの騎空団に入りませんか? そこまで信じてもらえたなら、私たちと一緒に旅をしませんか。ね、グラン。どう思う?」

 

「そうだな、折角信じてもらえる程の仲になれたのだし……“セルグ”さえ良かったら、一緒に騎空団で旅をしないか?」

 

 やや緊張気味なジータに不思議な顔をしつつ、グランも同調する。

 グランのセルグに対する口調が仲間に向けるそれへと変わった。グランとジータから期待の視線を向けられたセルグは困ったような顔をしてしばらく熟考した後、答えをだす。

 

「条件を提示しよう。まずは了承だ。オレと共に旅をする。それはつまり組織の追っ手に狙われる可能性を秘めている。オレとしては巻き込みたくないのが本音なのだが皆と旅をするというのも魅力的にすぎる。皆に聞きたい。組織の追っ手に狙われることが皆にとって問題になるのなら……」

 

「そのときは僕たちが戦うさ。仲間のためなら全員で。仲間となったセルグをそんなことで邪魔者にはしない」

 

「元々ルリアのことでも既に帝国には追われる身です。そんなことを恐れていたら私たちに仲間なんてできないよ」

 

 セルグが全てを述べる前にグランとジータがセルグの懸念を一蹴する。

 周りの皆も同様だと頷く姿をセルグは確認した。最終確認としてゼタにも視線をやるが

 

「アイリスが命を賭して守ったアンタがどことも知れぬ場所で組織に殺されるなんて御免よ。私の目の届く所にいてもらわないとね」

 

 と、あっさりゼタは受け入れた。どうやら無用な心配だと気づいたセルグは仕方なく最後の条件を告げるため外に向かった。

 

「もう一つ条件がある。一旦外に出よう。ここでは動きづらい。戦闘の用意をして降りてきてくれ」

 

 そう告げると艇を降りていくセルグ。部屋に居た皆が彼の意図に気が付く。セルグはグラン達の力を試したいのだと。

 しばしの静寂の後、グランが口を開く。決意は声音に現れていた。

 

「着替えてくる。僕は“ヴァルキュリア”。前衛にはヴィーラとカタリナ。後衛にはイオとラカム」

 

「私は援護に回るね“ビショップ”でいくよ」

 

 グランとジータが宣言すると皆一様に瞳をギラつかせ、自らの得物を持って降りていく。

 

「え、ちょ、ちょっと。私は?」

 

 名前を呼ばれなかったゼタが問いかけるも皆が口を揃えて告げる。

 

「突っ走りそうだからゼタは今回待機」

 

 そう告げられ絶望の表情を浮かべるゼタ。セルグと再戦したかったとかブツブツ文句を吐きながらも槍を持たずに出て行くのは先の仲間の発言が否定できないからであろう。

 

「さぁて、誰に喧嘩を売ったのかこのアタシの魔法で思い知らせてやるんだから!」

 

「おうおう、言うねぇ。終わった時にピーピー泣いてなきゃいいけどな」

 

 イオが俄然やる気といった所にラカムが茶々を入れる。二人共全く気負いが無いようだ。

 ラカムの言葉に反応して後ろでギャーギャー言い合う二人を尻目に先に降りたカタリナは隣に控えるヴィーラに話しかける。

 

「ヴィーラ。君はあの話を聞いてどう思った?」

 

「思い上がるな……というのが素直な感想です。なまじ強いが故に一人で何もかも背負いすぎるタイプかと思われます。アイリスさんを守れなかったと彼は言いますが巨大な組織を前にヒト一人の力など無力です。彼がどれだけ強くても結末は変わらなかったと思います。彼のアイリスさんへの罪の意識は私に言わせれば分不相応にもほどがありますわ」

 

「ふ、手厳しいな。だが其の通りだ。私もルリアを一人で守ることは不可能だった。だからこうして皆と一緒にいる。ヴィーラ、私たちの剣で、彼の懸念を払拭してやろう。我々は守られる存在ではないということを。そして思い知らせてやろう、一人の力の限界を」

 

 騎士としての決意を胸にカタリナとヴィーラはセルグの元へと向かう。

 

 

「ジータ。急にセルグを誘ってどうしたんだ。僕もその考えはあったけど、なんだかジータが焦っているように見えた……」

 

 着替えを終えたグランがジータに問いかける。既にビショップの衣装に着替え終えたジータも普段とは違う口調になって答える。

 

 「話を聞いているうちに、セルグさんはとても強いのに妙に小さく見えたのです。一人孤独のまま、ずっと罪の意識と組織の追っ手の影に怯えていたのではないかと、そう感じました。私は彼をこの騎空団に入れて安心してもらいたかった。孤独から救ってあげたかった。だからこそ、この戦い。全力で挑みます。彼に、私たちは心配されるほど弱くないことを知ってもらわねばなりません。 やや私情もありますが概ねこんなところです」

 

 明かされたジータの想いにグランが気を引き締める。やや私情の部分が気になったが、ジータの言う事を聞いては、グランのやる気も滾る。優しき双子の兄妹は、これからの戦闘に向け意識を切り替えていった。

 

 

 

 艇を降りたセルグの前にはグラン、ジータ、カタリナ、ヴィーラ、イオ、ラカムの6人が並ぶ。戦闘メンバーに入らなかった者たちは後方で戦闘の行く末を見守るようだ。

 

「こちらの意図は伝わったようだな」

 

 振り返りグラン達を見やるセルグは既に臨戦態勢。傍らにはヴェリウスが控え手には天ノ羽斬を携えていた。

 

「見せてもらいたいのは力だ。一つは組織の追手が来ても大丈夫か。オレやゼタを見ればわかるだろうが奴らは強い。そんな奴らを相手に生き残ることができるかということ。もう一つはオレの暴走の可能性。ヴェリウスが対処してくれたから今後、暴走の可能性は低いとは思うがゼロとは言えない。オレの暴走で皆が死んでしまうことを考えたらオレには耐えられない。だからオレの暴走を止める力があるかということだ」

 

 己の暴走への懸念。これがセルグの心配の種であった。またいつ暴走するかわからない力。それにより仲間に危害を及ぼすならばと、そう考えていた。

 

「ヴェリウスとの融合深度は覚えた。ある程度の深さまでは問題なく扱える。昨日と同じとは思わないことだ。意識のない状態とは違う。冷静に、思考をもって戦う星晶獣を従えたヒトの力。打ち破って見せてくれ」

 

 そう告げると、ヴェリウスが飛び上がりセルグの中へと入っていく。ヴェリウスを受け入れたセルグの体は闇のオーラが覆い始める。更に言霊の詠唱と共に抜刀。光を纏う天ノ羽斬と闇のオーラを纏うセルグ。その力の波動はグラン達を威圧する。

 

「これが融合深度1ってとこだ。この程度ならまだまだ余裕だな。まずは慣らしもかねてここからだ。さて……始めようか」

 

 落ち着いたセルグが構える。その様子をみるにもう暴走の可能性はほとんどないのだろう。その姿には己が強者であるという自信と余裕が感じられた。

 静かに息を吐きグランが目を閉じる。昨日のセルグの姿をイメージし戦闘思考を回す。次に目を開いたグランの瞳には決意が宿り視線でセルグを射抜いた。

 

 

 思い知らせてやろう。それは自信ではなく慢心だと。

 思い知らせてやろう。それは余裕ではなく油断だと。

 思い知らせてやろう。一人が持つ力の限界を。

 

 グランが決意のもと、手にある槍“雷神矛”を構える。

 

 いざ、勝負!!

 

 激闘が幕を上げる

 




いかがだったでしょうか。
ゼタ姫ちょっと情緒不安定感が強い気がしていますが、オリ主との設定も踏まえ本作中の境遇を考えるとギリギリセーフぐらいかと思って書きました。
お楽しみいただけたら幸いです。


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フェイトエピソード 3

戦闘回。わたしにはこれが限界でした。お楽しみください。


フェイトエピソード 「裂光の剣士」

 

 

 

空域 ファータ・グランデ ザンクティンゼル

 

 

 

 往くぞ!!

 

 

 静かな草原で始まりの声を上げたのはグランだった。掛け声とともに走り出すグラン。同時に仲間たちも動き出す。

 

「ディスペルマウント!」

 

 カタリナの詠唱とともに発動される魔法『ディスペルマウント』。相手が行う行動阻害、毒や麻痺といった異常を与える攻撃から身を守る加護を付与する魔法だ。六人は光の膜に包みこまれ加護を受ける。加護を受けたグランとヴィーラが走りだし、詠唱を終えたカタリナが続いた。

 向かってくるグラン達を迎撃しようと身構えるセルグは何かに反応し後退。セルグのいた場所にはジータが杖から放ったアローレインが降り注ぐ。さらに、後退したセルグの先には左右から襲いかかる魔法と魔力で威力を底上げされた銃弾。カタリナのマウントに隠れるように散開していたイオとラカムが放ったものだ。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちと共にセルグは飛んできた魔法を天ノ羽斬で迎撃。銃弾は身に纏う闇で弾いた。

 セルグを次々と狙う、示し合わせた攻撃。彼らの連携速度は彼らの信頼に比例するように淀みなく次の動作へと移行させていく。

 防御に天ノ羽斬を使わせたグランはセルグに攻め入るチャンスと判断。全速で接近し槍を突き出した。それをセルグは体を横にずらして緊急回避……だがそれすらも折込済みとグランが小さく笑う。

 

「ここだ!!」

 

 回避行動を取り体勢を崩したセルグにグランの後ろから魔力で形成された蒼と黒の剣が飛来する。

 

「アイシクルネイル!」

「リストリクションズネイル!」

 

 掛け声と共に放たれた二人の魔力の剣を防御で対処したセルグに、技と同時にカタリナとヴィーラが接近。左右から挟むように魔力を纏った渾身の突きが放たれる。

 グランまでが囮になった一連の流れ。タイミングよく仕掛けられた連携攻撃はセルグの対処を遅らせ見事に捉えたかに見えた。

 だが、攻撃の余波で巻き起こる砂塵が晴れてグランが目にしたのは予想とは全く違う光景だった。

 

「なっ!? バカな!」

 

 セルグを捉えたと確信していたカタリナが驚愕の声を上げる。

 グランの目に入ってきた光景は、カタリナの突きを天ノ羽斬で防ぎ、ヴィーラを地面にたおして踏みつけているセルグの姿だった。

 あの一瞬、セルグはヴィーラの突きを身を逸らして躱し、前傾姿勢となったヴィーラを地面に叩きつけた。僅かに遅れてきたカタリナの剣は突きという防ぎにくい攻撃にも関わらず、難なく天ノ羽斬で逸らしていた。カタリナの剣はセルグの服を引っ掛けるだけにとどまる。

 

 

 

 

 

「ダメだよあれじゃ……みんなわかってないよ」

 

 後方で見守る待機組の中でゼタがつぶやく。聞こえてきたゼタのつぶやきにオイゲンが疑問を投げかけた。

 

「ネエチャン、どういうことだ? 一体何がわかってないって」

 

 ローアインもルリアもビィもみなゼタに視線を向ける。そんな仲間たちの視線に応えるようにゼタは口を開く。

 

「みんなセルグの強さを見誤ってるってこと。 私達は今まで何度も星晶獣を倒してきた。そしてセルグも星晶獣と戦い、倒してきた実績がある。そこからセルグと団長たちの総合的な戦力が互角だと考えるのはわかるけど……そんなに単純じゃないんだ。みんなと会う前の私だってバザラガや支援部隊の人たちと一緒に星晶獣を倒してきた。みんなにしたって全員でこれまで戦ってきてるよね」

 

 そうでしょ、と問うゼタに頷くオイゲン。ルリアやビィ、ローアインも視線を向けた。

 疑問が尽きなそうに表情を浮かべる仲間達に、ゼタは淡々と告げる。

 

「忘れちゃいけないよ。セルグはこれまで”一人”で星晶獣を屠ってきた。一人っていうのは戦闘においてとんでもなく不利なんだよ。相手の攻撃は集中する。一度状況が悪くなれば立て直しは難しく、援護も期待できない。そんな一人での戦いをセルグはこれまで、星晶獣とヒト。その両方を相手にしてきているんだ。そんな彼が普通に戦ってて、簡単に隙を見せるはずがないんだよ」

 

 ゼタが告げる純然たる事実。星晶獣に一人で立ち向かうのと二人で立ち向かう難易度の違い。単純に戦力通り2倍ということにはならないのは明白だった。

 

「私が昨日セルグを倒しちゃったから……あんなの倒したとは言えないんだけど。それで勘違いしていると思うんだ。意識がはっきりとしていて十全の力を振るえるセルグはとんでもなく強い……そこらで星晶獣を相手にするのとは違うってことを理解してないとダメなんだよ」

 

 ゼタの見解は的を射ていた。それを聞いたオイゲンには冷や汗が伝う。もしかするとグランたちはとんでもない相手と戦っているのではないか。俄かに、そう理解し始めたのだ。

 

 

 

 

「連携は問題なし。受けてはいないが威力も十分だっただろう……だが戦闘経験値の差は致命的だな!!」

 

 攻撃を捌ききったセルグは批評を交えて感想を述べる。言い切る瞬間に足に力を込めて踏みつけられていたヴィーラが苦悶の声を上げると、グランが我に返り再度接近。カタリナが後退して離れたところを槍で大きく薙いだ。

 しかし、セルグをその場から動かそうとしたグランの槍は振るった方向とは逆に弾き飛ばされる。

 

「な!?」

 

「オレがどの程度強いのかもわからないのに安易に接近。早々に勝負を仕掛けてきたのが間違いだ。連携速度は十分でも攻撃速度が遅い。あの程度なら余裕をもって対処ができる……こちらが一人だからとたかをくくったか?」

 

 刀を振り切りグランの槍を弾いたセルグが告げる事実。相手の実力もわからないまま勝負を仕掛けるとは愚の骨頂だと、セルグが苦言を呈した。

 そんな会話の最中で、前衛の危険を判断したイオとラカムが遠距離から攻撃を仕掛ける。

 

「エレメンタルガスト!」

「バニッシュピアース!」

 

 セルグの足元から巻き起こる冷気を纏った魔力の風と、ラカム炎の銃弾がセルグに向けて放たれる。攻撃を受けるまいとセルグは横たわるヴィーラを蹴り飛ばしその場を後退。

 

「大丈夫かヴィーラ!」

 

 グランとカタリナが駆け寄るとヴィーラは蹴られた箇所を押さえながら怒りの形相でセルグを睨んだ。

 

「くっ、まさかああも簡単に躱され、あまつさえ踏みつけられようとは」

 

「想定外の強さだ。あの連携で崩せなかった。いや”崩した”と思わされていた。まんまと踊らせていたとは……」

 

「言ったはずだ。昨日とは違うと。お前たちが倒してきた星晶獣と同じつもりで戦っているなら考えを改めろ」

 

 甘く見ていたのはグラン達の方だった。これまでヒトとは比べ物にならない存在である星晶獣をいくつも相手にしてきたその経験が、ヒト一人を相手にすることへの慢心を生んでいた。目の前にいるのは星晶獣を一人で屠ってきた相手なのだ。星晶獣より弱いはずもない。

 セルグの強さへの認識を改めたグラン達の目つきが変わる。

 

「みんな気を引き締めよう。目の前にいるのは星晶獣よりもずっと強い相手だ。手加減してたわけじゃないけど本気で行かないと戦いにならない」

 

 グランの声に真剣味が増した。一瞬たりとも気を抜けない相手だと注意を促す。それに釣られるように仲間達の雰囲気も変わり始めた。

 

「一対六で戦うことに慢心していた。すまないグラン……もはや慢心はない。全力で行かせてもらうぞ、セルグ!」

 

 そう告げるとカタリナは帯剣していた武器を変える。新たに取り出したのは蒼く透き通るような美しい剣。装飾は簡素でありながら美しく芸術性のある剣であった。

 剣を持ち替えたカタリナの雰囲気が変わる。普段のカタリナの守ることに長けた性質から一転し、攻撃にも思考を向けたより戦闘向きな意識に変わる。

 

「シュヴァリエ!!」

 

 ヴィーラの呼びかけに応え現れるのは、彼女に付き従う大星晶獣シュヴァリエ。現れたシュヴァリエは光となってヴィーラの元へ向かった。

 光はヴィーラを守る鎧となりヴィーラ・シュヴァリエとして顕現する。シュヴァリエの力を身に纏うヴィーラの上位戦闘形態だ。

 

「ラカム、私たちも本気の本気で行くわよ!」

 

 イオの呼びかけにラカムも応える。二人共己が持つ武器を変える。ラカムは銃を。イオは杖を。

 グランとジータ以外の四人が出し惜しみ無しの全力戦闘状態へと移行した。

 

「そうだ、本気で来い。さっきので終わりじゃ話にならん」

 

 セルグは先ほどのグラン達を思い出し挑発的な笑みを浮かべる。だが、グラン達にはもう笑みなどなかった。

 張り詰めた神経、命を取り合うような緊張感が六人を支配する。想定するはこれまで戦ってきた星晶獣をことごとく一人で蹂躙できる凶悪無比な戦士。そう考えるとセルグがどれだけ化物じみているのか理解できた。

 集中して機を伺うグランと余裕を見せるセルグが対峙する。膠着状態に入りわずかな静寂が過ぎる中不意に静かな風が木々をざわめかせた。ざわめきをきっかけに今度はセルグが動いた。

 

 一足で接近。グラン、ヴィーラ、カタリナが固まっていたところを切り払う。三人が散開し離れたところで二足目の追撃。最初のターゲットは正面にいたパーティの主柱のグラン。

 

「光破!」

 

 気合一閃。光を纏わせた天ノ羽斬の斬撃はグランを力任せといった勢いで吹き飛ばす。

 

「ヒール!」

 

「ヒールオール!」

 

 寸前でガードはしたものの盛大に吹き飛ばされるグランにセルグの放った一撃の威力がとてつもないものだと判断したジータとイオが、すかさず回復魔法を唱える。なんとかすぐに起き上がれたグランだったが、表情は険しい。先ほどの一閃だけでいかにセルグの強さが強大なのか理解できたのだ。

 

「攻撃が来るとわかって最低限のガードはできた……それでもこれだけのダメージを受けるなんて」

 

 前方ではカタリナとヴィーラが連携を駆使しお互いを助け合うことでなんとかセルグの攻撃を凌いでいるのが見えた。二人共セルグの攻撃を受けないよう必死に躱し、防いでいる。

 

「ラカム! 二人の援護を。あのままでは落とされる。ジータ、アローレインでなんとか動きを妨害してくれ。それから前衛の体力には常に気を配るんだ。イオは魔法で攻撃しつつジータと回復の援護を」

 

 指示を出すや否や、先ほどの攻撃で手放してしまった槍を拾い参戦しようとグランが駆け出す。前方ではカタリナとヴィーラがギリギリの攻防を見せていた。

 

「少し早いので行こう。見切れるか、”多刃”!」

 

 掛け声と共にセルグの持つ刀の切先がブレる。その刹那、カタリナとヴィーラには閃光とともに数多の斬撃が襲いかかる。威力は決して高くないが逃げ場のない恐るべき速さの剣閃。なんとか防いでいた二人は為す術もなく切り捨てられた。

 

「二人共下がれ!」

 

 気合とともに放たれるはラカムの銃弾。『デモリッシュピアース』。威力を高めた銃弾が炎を纏いセルグに向かうもセルグは背中に黒い翼を顕現させて防御。

 先ほどのバニッシュピアースとは比べ物にならない威力の技であるにも関わらず。結果はバニッシュピアースと変わらず難なく防御され、思わず顔をしかめたラカムだが、そんな彼の目の前にはセルグが振り抜いた天ノ羽斬から放たれた光の斬撃が飛んできていた。

 

「くっそぉ!!」

 

 すんでのところで回避したラカム。冷や汗が頬を伝うがすぐに動きだす。

 対するセルグは手持ち無沙汰となっていた右腕に黒翼を象る剣を出現させる。魔力でできた剣は正に羽の様に軽い。だが重さはなくともその纏うチカラは驚異的だ。星晶獣のチカラを受けた剣などヒトが出せるチカラの比ではない。

 

「さて、深度2だ。ここまでくると空を飛べそうだが、飛びながら戦うなんて不慣れなことはしないさ。きっちり地上戦で勝負してやる。」

 

 告げられた事実はセルグの戦闘力の飛躍だった。深度2というからには深度1よりも戦闘力が上がったのは間違いないだろう。状況はさらに悪くなったが、それでもグラン達は引かない。

 動じず、怯まず。崩れを見せないで挑んでくる六人にセルグは徐々に余裕の表情を消していった。

 

 ジータが再度放つアローレインが口火をきる。後退してかわすセルグにカタリナとヴィーラが接近。さらにその後方から二人を援護するように光の魔法弾が放たれた。イオが放った『フラワリーセブン』。七つの魔法弾が意思を持ったかのようにセルグに多方向から襲いかかる。

 

「やるな……」

 

 回避を断念してセルグは両手の武器で光弾を切り払う。その隙にカタリナとヴィーラは接近。凄まじい連携と連撃でセルグを攻めるも、セルグはそれをことごとく捌いていく。三人が作る膠着状態の中に

 

「デュアルインパルス!!」

 

 疾走と共にグランが突撃してくる。強化魔法『デュアルインパルス』が仲間たちの動きを軽くしグランも含めた三位一体の動きでセルグを追い詰めていった。

 徐々に捌ききれず後手に回っていくセルグにグランの突きが僅かに掠った。セルグが躱しきれずに体勢を崩したのを見逃さずにイオは奥義を敢行。

 

「ここ! クリスタルガスト!!」

 

 足元より巻き起こる質量を持ったかのような重い魔力の風にセルグが動きを止めた。

 

「ここだあああ! 真・雷鼓!!」

 

 動きを止めたセルグへ、グランが雷神矛で奥義による追撃。手にした槍に雷が迸り、それは吹き荒れる魔力の風と合わさり、セルグを暴虐の渦へと包み込んだ。

 

「ぐ、うおおお!!」

 

 雄叫びとともに翼を広げセルグは身を襲う風と雷を弾き飛ばす。しかし魔力の風と雷はセルグに軽微ではないダメージを与えたようだった。次に控えていたカタリナとヴィーラに対処が遅れた。

 二人がそれぞれに奥義を放とうと魔力を剣に込める。振るわれた剣閃から放たれるは氷の刃と闇の剣。更に、ここで決めると二人の攻撃に合わせて追撃に入るグラン。

 だがそれでもセルグにはとどかない。

 

「なめるなあああ!!」

 

 硬直した体に鞭を打ち、体を回転させるセルグ。回転とともに振り抜かれた天ノ羽斬はヴェリウスの力も受け、光と闇の巨大な斬撃となってグラン達をまとめて吹き飛ばした。斬撃はそれだけにとどまらず後方に控えていた三人すらも巻き込む。

 

 一蹴

 

 優勢に運べていたはずがたったの一撃でパーティは壊滅的な被害を受けた。グランはセルグの正面にいたためダメージはさらに深刻だった。すぐにジータが駆け寄るとグランの傷が尋常ではないと判断し、回復魔法の詠唱を始める。

 

「リヴァイブ!」

 

 グランの下に魔法陣が現れ穏やかな光がグランを包んでいく。再生魔法『リヴァイブ』。ヒールオールよりも多量の魔力を複数ではなく一人に向けて放つ魔法だ。込められた魔力はヒールオールの比ではなく驚異的な治癒能力を発揮する。戦闘不能状態へと陥っていたグランの傷が回復し動けるようにはなった。

 しかし、グランが回復はしたものの六人のダメージは小さくない。後衛のジータ、イオ、ラカムはまだ動けるが前衛三人には傷も疲労も現れてきている。

 既にパーティは満身創痍の様相を呈していた。それでも負けるわけにはいかない。それはグランにとっては一人で戦うセルグには負けられないという意地であり、ジータにとっては一人で背負い続けるセルグを救いたいという願いだった。

 逡巡……二人は突破口をつかもうと思考を回し、グランはある答えにたどり着く。

 

「イオ、魔力が回復したらヒールで少しでも皆を回復してくれ……ジータ、ボクと前に出よう。アレを使って勝負に出る」

 

 決意の声とともに放たれたグランの発言に皆が息を呑んだ。

 

「ま、待つんだグラン! アレを、消耗している今扱うというのか? 無理に決まっている。それよりも私たちと連携で攻めたほうが」

 

 カタリナが制止の声を上げるがグランは聞く耳を持たなかった。

 

「ダメだ、カタリナもヴィーラも既に体力はギリギリだろ。僕はさっきリヴァイブをもらったからまだ動ける。ジータも後ろにいたからなんとか動ける。僕たち二人なら連携も申し分ない。カタリナとヴィーラには援護を頼むよ。イオ、回復と攻撃魔法での援護。できるか?」

 

「そのくらい任せなさい! そのかわり、負けたら承知しないんだから」

 

 イオがまだ戦えると言うように元気に返すと、続いてグランはラカムへと視線を向ける。

 

「ラカム、難しいとは思うけど遠距離からの狙撃を狙って見てくれ。セルグの意識外から攻撃を狙うんだ」

 

「任せろ。狙撃なんてやった事はねえがこなしてみせらぁ!」

 

 不穏な言葉を吐きつつラカムもまだ戦えると応えてくれた。

 

「カタリナとヴィーラはチャンスを伺っててくれ。セルグの翼は防御能力も高い。決めるには全員の力が必要だ。ジータ……行けるか?」

 

 全員に指示を出したグランが最後にジータを見やると既に準備を終えていた。その右手には”金色に輝く杖”が握られており、左手には同様に”金色に輝く槍”がグランに向けて突き出されていた。

 

「鍛錬は積んできました。ぶっつけ本番ではありますが、やってみせます!!」

 

 ジータは静かに、揺るがぬ意志で応える。

 

 

 

「話し合いは済んだか? 随分待たせてくれたな。おかげでこちらも少し回復できた。既に満身創痍のようだが……まだ、やるのか?」

 

 言外に自分には勝てないと告げてきたセルグの前にグランとジータが並び立つ。

 金色に輝く槍と、杖を携え二人は目を閉じ集中していく。深く、深く……このまま負けるわけにはいかない。その想いが二人を極限の高みへと昇らせる。

 

「まだ負けていない !勝負はこれからだ!!」

「諦めません! 必ず貴方に勝利してみせる!」

 

 二人の咆哮に合わせ仲間たちは位置に着く。誰一人その眼に諦めはなかった。

 

 変わらないどころか更なる力の躍動を感じて警戒を深めながらも、セルグはどこまでも受けて立つつもりで構える。

 全力で叩きつぶすことでグランたちには諦めてもらうつもりだった。真実を話した時から巻き込むわけには行かないと考え、最初から仲間になるつもりなどなかった。セルグはグラン達を信用はしていても”信頼”はしていなかったのだ。

 どんな武器を持ち出そうが全力で叩き伏せる。一人で背負うことをやめないセルグはグラン達の全力に拒絶の意思をこめて刀を向ける。

 

 だからであろう。戦いの中にセルグの拒絶の意思を感じていたグランとジータはそれが許せなかった。自分たちには共にいる資格が無いと。言葉はなくともそれを突きつけられているのを感じた二人は、拒絶するセルグよりもそれをさせている自分達に失望する。

 

 

 

「いくぞ……”一伐槍”!」

 

 だから求めた、彼に負けない力を。

 

「応えて……”五神杖”!」

 

 だから願った。彼を救える力を。

 

 二人の叫びは同時に。決意と祈りを胸に宿した二人は己が手に持つ武器へと呼びかける。二人の叫びに呼応するように槍と杖は光の柱を上げる。眩いばかりの光が収まるとそこには、先ほどまでとは比べ物にならないオーラと魔力をはなつ二人の姿があった。

 二人が放つ光にセルグは驚きの声を上げる。

 

「なっ……は、ははは。マジかよ。二人共資格者だっていうのか!! こいつはすごい! まさか天星器を覚醒させてあまつさえ使役できるレベルだとはな……これは本気でやばそうだ」

 

 驚愕と共に乾いた笑いを浮かべるセルグはグランとジータが起こした奇跡の凄さを理解していた。

 

 

 

 天星器……それはかつて覇空戦争の時代に活躍した星の民の英雄たちが用いた武器。恐ろしい威力を発揮したその逸話は伝説や神話の類に匹敵する。それほどの武器たちであった。

 現在では出土し、掘り出されて所在が確認されているものがいくつかあるが、そのどれもが時間とともに力を失っているものばかりである。

 グランとジータは様々な素材を集め、職人に頼み、旅の中でこの天星器の本来の力を取り戻してきた。

 だが、徐々に覚醒してきた天星器は持ち主を選定していた。尋常な使い手ではとても力を使いこなせず只の武器に成り下がるのであった。扱えるのはそれこそ全空域にその名を轟かす十天衆や七曜の騎士というような化け物レベルであろう。

 その天星器に今、二人が認められているのだ。

 

 

「すごい……これが天星器の力なのか?」

 

 後ろに控えていたカタリナは驚嘆の声を上げる。グランとジータはこれまでに何度も天星器を使いこなそうとしていたが、一度として力を引き出すことは叶わなかった。カタリナ達にとっても天星器の力を目の当たりにするのは初めてだったのだ。

 

「恐ろしく澄み切った魔力。相手を威圧するような雰囲気とは裏腹にその魔力は穏やかで温かい」

 

 ヴィーラは感じる魔力にどことなく安心感を覚える。今のふたりならもう大丈夫だろうと。そう思わせる力の鼓動。目の前に立つ二人はヒトの域を超えているのかもしれない。

 

「いきます」

 

 荒れ狂う力の奔流の中、静かにつぶやいたのはジータ。同時に動き出したグランはデュアルインパルスで速度を上げ、最速の突きを放つ。

 力の込めた一撃ではなく、相手に躱されないよう早く鋭い一撃へとスタイルを変えた突きがセルグに襲いかかる。

 

「疾い!?」

 

 予想外の突きの早さに思わず体を大きく仰け反り交わしたセルグ。普段であれば見切って躱すところができなかった。天星器の制御。それによって二人にもたらされた驚異的な集中力。天星器を使いこなすために極致へと至った二人は戦闘への没入が深かった。

 考察をやめグランに対処しようとセルグが動く。体勢を整え迎撃のため翼から魔力の羽を飛ばすがその全てをグランは槍で切り払った。

 

「見切っているのか……恐ろしいな。もはや格下とはおもえッ!?」

 

 グランに戦慄していたセルグが気配を感じ取る。そこにいたのは背後に回り杖を振りかぶったジータであった。

 

「はぁ!!」

 

 気合と共に振り下ろされた杖。しかしそれはただの打撃ではない。

 受け止めたセルグを魔力の爆発が襲う。至近距離で起こった爆発によって吹き飛ばされるセルグに間髪入れずの追撃。魔法弾を飛ばしセルグをさらに追い詰めていく。

 

「(なんて規格外な!? インパクトにおける局所的魔力爆発。それも指向性を持たせ自分には被害が及ばない極小範囲での爆発を寸分の狂いもなく起こすとは……並大抵な制御能力じゃない)」

 

 セルグは魔法弾を切り払いながら、恐ろしい強者へと変貌した二人への対策を構築していく。

 狙うは各個撃破……魔力制御系のジータであれば、いくら制御能力が高かろうと速さで攻めれば追いつけないはず。

 そんな思考が回り、近接武器ではないジータに狙いを定める。接近してきたグランを今度は余裕を持って迎撃した。

 いくら集中力を高めようとも、実力ではセルグが上。グランをあしらい後方へと大きく吹き飛ばして、その隙に一息でジータの懐に飛び込むとジータの迎撃態勢を整わせないように最速で剣を振るう。

 だがそれは難なくジータの杖に防がれた。

 

「バカな、見切られただと!?」

 

 セルグの驚きの声に反応を見せずにジータは防御を崩し反転、魔力を込めて杖を突き出すもセルグはすぐに反応。ジータにガードされた事に驚き、一瞬動きを止めたがすぐにジータを落とそうと連撃を繰り出していった。

 しかし、ジータはそれをギリギリのところで全て防ぎきる。グランが戻るまでにジータを倒しきることができずセルグが舌打ちと共に攻勢を変え防御に回った。

 一転してジータがグランと共に攻め入る。杖と槍の取り合わせなのに見事な連携でセルグを追い詰めていった。

 セルグにとって、既にジータの攻撃は只の打撃ではない。魔力に因る局所爆発など起こされては、それはグランの槍と変わらぬ脅威としてセルグの視界に映っていた。

 

 

「ビショップのときのジータは誰よりも視野が広い。後衛として回復に回るジータはそれだけ戦闘の動きが見えているってことだ。攻めることは難しくても防御に専念すれば簡単には落とされないさ!!」

 

 もはや余裕なく攻撃を捌いているセルグへグランがそう言い放つと一気に攻勢を強めた。槍の速度が上がり、間合いを自在に変え槍の性能をいかんなく発揮していく。突き、薙ぎのコンビネーションを繋げその動きは徐々にムダを省き小さくなっていく。いつの間にかジータは後ろにさがり魔法弾での援護に移行。グランの隙を埋めるように魔法弾でセルグを牽制する。

 

「(マズイな……ここにきてグランの動きの鋭さが増して来ている。もはやためらってはいられないか……)」

 

 セルグの中で一つの覚悟が決まった。顕現させた黒い翼の力で飛翔し大きく距離を取る。静かに目を閉じたセルグは内に眠るヴェリウスの力を感じ取る。翼が大きくなり闇の力が増した。天ノ羽斬には光と闇がまとわりつき激しく鳴動する。

 

「ここまで出す気はなかった……深度3だ。悪いがオレも負けてはやれんのでな」

 

 そういい放つセルグの表情はわずかに苦しそうなのをグランとジータは見逃さない。おそらく体に負担をかける状態なのだと悟った二人は決着をつけるべく仲間に視線を一度だけ向けた。

 警戒を強めているグラン達を前にセルグが先手を打つ。翼で飛翔しグランを飛び越えたセルグはジータに急襲。虚を付いたセルグにジータは防御も間に合わず叩き伏せられる。

 

 はずだった。

 

 振り下ろされた天ノ羽斬がセルグの腕から弾かれる。視線を向けた先には愛用の銃を構えたラカムの姿。意識が完全にジータに向いた瞬間を狙い狙撃していた。

 ラカムに意識を裂き、目の前で隙を見せたセルグにジータが小さく告げる。

 

「これが私たちの全力です! 聖柱五星封陣!!」

 

 セルグの真下に現れた魔法陣が光の柱を上げる。膨大な魔力がセルグの体を焦がしていく。

 

「あの一瞬でこれだけの魔力を溜められるわけが……」

 

「私には仲間が居る! 貴方のように一人ではないから……信じて託せる仲間がいる! だから!」

 

 セルグの疑問に答えるのはジータの叫び。それはジータが伝えたかったこと。仲間を信じて最大まで魔力を溜めて放つ準備をしていた。ラカムが、イオが援護をしてくれるからと。ジータは仲間の援護を疑わなかった。

 ジータの言葉は一人では何もできないのだと暗にセルグへと伝えていた。

 

「私達は随分頼りにされているようだな。こんなにもボロボロだというのに……」

 

「それでもいまのジータさんの言葉は不思議と力を奮い起こしてくれます。」

 

「ああ、やるぞヴィーラ!」

 

「ハイ! お姉さま!」

 

 ジータの奥義を受けて動けないセルグに追撃する二人は、その力を振り絞り自身の最大の技をぶつける。

 

「グラキエスネイル!」

「ドミネイトネイル!」

 

 二人の騎士が放つ突きが魔力を纏い氷の刃と闇の剣を放つ。両翼に放たれた刃は見事にセルグの翼を断った。

 翼を断たれ、体を焼かれ、満身創痍となったセルグは力を振り絞り黒翼の剣を振るおうとするも、そんな最中に背後から聞こえる声は状況に似つかわしくない落ち着いた声……

 

「どうだい、セルグ。これが……みんなの力だ」

 

 声に気づき、後ろから走ってくるグランを視認したセルグは他の仲間たちは動けないと断定。意識を全てグランに向けて迎撃の用意をする。

 だが、魔力を剣へと送り最後の奥義を繰り出そうとしたセルグの腕は突如凍りついた。

 

「へっへーん。この私をお忘れかしら」

 

 ピンポイントで氷の魔法”アイス”を腕に当てたイオにグランは感謝した。最高のタイミングで最高の援護をしてくれた……このチャンスを無駄にはしない。槍の先端に魔力が収束し、輝く光が一伐槍を包見込んだ。

 

「これで最後だ!! 太一輝極衝!!」

 

 光と共に吶喊したグランは槍を突き出した。放たれた光の奔流はセルグを飲み込み、セルグの姿を後方へ吹き飛ばす。

 

 激闘にようやく幕が降りた。

 




はい、戦闘回でした。
あとはフェイトエピ終章といったところで終わりです。



お楽しみいただけたら幸いです。

追記 フェイトからクライマックス感が……とおもったのは作者だけでしょうか?


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フェイトエピソード 4

後日談レベルのフェイトエピソードのラストです。

お気に入り登録が増えててプレッシャーをそろそろ感じてきています。




フェイトエピソード 「裂光の剣士」 終

 

 

 

 ザンクティンゼル

 

 

「う、うう……あ」

 

 穏やかな風が頬を撫で、沈みかけた日差しが最後の抵抗にとセルグの瞼を焼く。その眩しさにセルグは目を覚ました。

 目の前にはジータの顔があり後頭部には柔らかな感触。ジータの脚を枕に、寝かされていたようだった。

 

「目が覚めましたか? フフフ、まだそんなに時間は立っていないですが傷は大丈夫ですか? 随分思いっきりやってしまいましたから……一応ヒールはかけましたけど痛いところはないですか。 ああ、グランは貴方に奥義を放った後、すぐに気絶してしまって今は向こうで皆が看ています」

 

 目覚めたセルグとの今の状態にやや気恥ずかしげな表情をみせるジータ。そんな雰囲気には気づかずセルグは先ほどの戦闘を思い出し呟く。

 

「そうか……負け、たんだな。まさか負けるとは思っていなかった。本当なら思いっきり叩き潰すつもりだったんだがな」

 

「私たちには仲間がいた。貴方は一人だった。それがこの戦いの勝敗を分けたんです」

 

 戦いの中で伝えたかったこと。ジータのその想いはセルグへと確かに届いていた。

 

「そうか、強いな。仲間とは……アイリスとは上司と部下の関係だったからな。お世辞にも強いとは言えない奴だったし。ともに戦う感じではなかった。お前たちの関係が少し羨ましく思う……」

 

 ジータ達の関係を羨ましいとセルグは告げる。悔しさを僅かににじませた声で放たれた言葉にジータは子供を諭すような声音で返した。

 

「何言ってるんですか! もうセルグさんもその仲間になるんですよ。勝負は、私たちの勝ちなのですから」

 

 ジータの言葉にセルグは呆けた。その顔に妙な幼さが見えてジータは笑う。

 

「ふっ……ふふふ、なんて顔をするんですか。もしかして何で戦っていたのか、忘れていたのですか? セルグさん、大人な人だと思っていましたが案外抜けているところもあるんですね」

 

 からかうようにジータは微笑んだ。

 

「あ、ああ。そうか……そうだったな。なんで戦っていたのか忘れていたよ。確かに今の俺は間抜けな顔をしていただろうな」

 

 そう言ってセルグは穏やかな笑みをみせた。先程まで激闘を繰り広げていたとは思えない静かな時間が流れていた。穏やかな雰囲気の中にいた二人だったが

 

「おい! みろよ! あのジータが、男とイチャイチャしているぞぉ」

 

 そんな穏やかな空気に水を差すトカゲが現れる。

 

「なっ!? ビィ! 私はそんなつもりでは」

 

 ジータ達とは少し離れた位置でグランの看病をしていた仲間たちがこちらに向かってきていた。グランも目覚めたようだ。

 

「おぅおぅ、顔を赤くしやがって、とうとうジータに春が来たってやつだな。なぁグラン」

 

 そう言ってグランに同意を求めるビィ。グランもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ同意する。

 

「確かに……最初にセルグを誘ったのもジータだったしなぁ。そっかぁジータに好きな人ができたのか。兄としては感慨深いものがある、ってうわっと!?」

 

 しみじみと息を吐きながら頷くグランに魔法弾が飛ぶ。ジータをみると冷たい微笑を浮かべていた。ジータの微笑みにどことなくヴィーラの存在を感じたグランが凍りつく。

 

「グラン。あまりふざけていると……怒りますよ。それよりも団長として言うことがあるでしょう」

 

「う、まったまった! 冗談だって…怒るなよ。改めて、セルグ。僕たちの騎空団に入って欲しい。僕達は弱くなかっただろう。セルグの言うとおり僕たちの力は証明した。あとを決めるのはセルグの意志だけだ」

 

「ずっと一人で戦い続けてきた貴方には私たちの仲間になることでこれからを安心して生きて欲しい。笑顔で生きて欲しい。貴方の過去を聞いてそう思いました。これが私たちの願いです」

 

 グランとジータの言葉。セルグの心を揺さぶるその言葉はどこまでもまっすぐにセルグの心を打つ。対外的な仮面を被り、他人と深く関わることを恐れてきた。アイリスを失ったあの絶望がセルグに人と関わることを拒ませていた。その拒絶の心をふたりの言葉が解していく……

 沈黙がしばらく続いた後、セルグはゆっくりと口を開く。

 

「ありがとう。これ以上ないくらい、オレには嬉しい申し出だ。もう皆の強さに不安はない。いや、不安だったのはきっとオレの心の弱さだったんだろう。もう迷いはない。喜んで入団させてもらうよ。オレの名はセルグ。こっちが星晶獣ヴェリウスだ。皆、これからよろしく頼む」

 

 笑いながら入団を快諾するセルグに、もはや拒絶の意志も表情に陰りもなかった。

 

「(いつか全てを乗り越えてこいつらと笑い合いたい。そんな夢を見てしまうオレをおまえはどう思う、アイリス?)」

 

 胸中で自問自答を繰り返そうとしたセルグに風が吹きつけられた。

 

 ”もう、大丈夫だね”

 

 風の中になんとなくアイリスの声を聞いた気がした。

 周りが騒がしくセルグを迎えて話している中で当人は吹きつけられた風に最愛の人を感じ、後押しされるように皆の輪に入っていく。

 

「(行ってくるよ、アイリス)」

 

 心の中でそう呟くセルグの背には一際強い風が当たる。もはやアイリスの声が聞こえたのは気のせいだと疑わなかったが。

 

 ”いってらっしゃい”

 

 それでも、背中に当たる風にアイリスの声を聞くのであった。

 

 

 

 これは彼が加わる始まりのお話

 いずれ世界を救う者達の物語に投じられた一滴は、この先の運命を変えていく

 

 全てはここから始まった

 




別にヒロインと決めているわけじゃないんだ。
でも慌てふためいて顔を赤くするジータが書きたいんだ。あとでクロスフェイトでも書こう。


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幕間 クロスフェイト

この話の内容自体は本編にも生かされるものですが、この話から何を想定してもそれが事実になるかどうかは作者のみぞ知るですのでご理解ください。


「それにしても凄かったね~団長さん達。あの天星器を使いこなしたときは私も思わず手に汗握るって感じで心震えたよ。でも存外、セルグも大した事なかったわね。最初から天星器を使ってれば楽勝だったんじゃない?」

 

 騒がしい食堂にゼタの感嘆の声が聞こえる。ここはグランサイファーの食堂。セルグの歓迎も兼ねて、我らがコック、ローアインが腕によりをかけて料理を振舞ってくれていて、現在食事の真っ只中だった。

 

「ゼ、ゼタさん! 私たちがアレを使いこなせたのはあの時限りの奇跡みたいなものですよ! 正直、あれほど集中力が高まったのは初めてでしたし……もう一度やれと言われてもできる気がしないです」

 

「そうだな……今でも信じられないくらいだ。あの時はできるという確信みたいなものが何故かあったけど、今思うと使いこなせたのが不思議で仕方ないよ」

 

 ゼタの言葉に、渦中の二人は慌てて否定をする。

 ジータもグランもあの瞬間の集中力と天星器を使いこなした事実を自身で信じきれずにいた。己に秘められた力の全てを使いこなせるような全能感は二人の脳裏に感覚として残っているものの、思い出してもそれが自分のことだとは到底思えないほどの圧倒的な力だった。現実に発揮した自分の能力に想像した自分が追いつけない稀有なパターンに陥った二人は、もう一度あの状態に入ることが非常に難儀であることを理解していた。

 

「確かにな。あれほどの集中力だ。そこの短気な槍娘には出せないだろうな。全く、恐れ入ったよ」

 

「ちょ、ちょっと! セルグさん!!」

 

 グランとジータの本音を聞き、セルグはゼタの発言へ冷ややかな挑発を交えて返す。いきなりの挑発に皆が固まる中ジータは大慌てだ。恐る恐るゼタを見れば……

 

「なんですって? いい度胸じゃない。一昨日のお礼もまだだったわね。ちょうどいいわ、ちょっと表へ出なさい!」

 

 目にも止まらぬ早さとはこのことだろうか。頭に火をつけたようにゼタのボルテージは上昇しセルグに突っかかる。騒がしいと言わんばかりにセルグはゼタに視線をやらずに返していく。

 

「ほら短気娘。そんなんだからあっさりやられて戦士にあるまじき情けない悲鳴を上げるんだ。悔しかったらそのすぐ血が上る頭を何とかするんだな」

 

 セルグの辛辣な言葉にゼタは頬を引きつらせた。あっさり沸点を突破したゼタが立ち上がり、セルグに向かおうとするのを後ろからジータが抑える。

 

「や、やめましょうよゼタさん。とりあえずセルグさん相手にあっさりと負けちゃったのは事実なんですし、今やっても絶対に勝てないですよぉ!」

 

 抑えながらもさりげなくとどめの一言を告げるあたりこの天然娘、鬼である。覆せない事実を六人とはいえセルグを打ち負かしたジータに言われて、ぐうの音もでないゼタはあえなく撃沈。

 

「く、いつか絶対にぶっとばしてやるんだから!! 覚悟しときなさい!!」

 

 捨て台詞を残して勢いのままに食事を再開するゼタにやれやれといった様子でセルグは優しい視線を向けた。思わず売り言葉に買い言葉といった感じで返してしまったが、からかうのが面白いと思っていたのは内緒だ。

 

「あ、あはは。セルグさんごめんなさい。ゼタさん一昨日負けたことが悔しかったみたいで……」

 

 セルグの元にきて謝罪を口にするジータに、セルグは微笑みながら真実を返してやった。

 

「そうだな、誰かさんが一昨日の事実をとどめの一言として告げていなければ、あそこまで荒れはしなかったかもな」

 

 セルグの言葉にジータはポカンとした表情を返す。しかしすぐに自分の発言を思い返しジータはハッとした。

 

「あ、ああ! 違いますゼタさん、そんなつもりじゃ~」

 

 己の失言に気づき、慌ててゼタの元へジータが謝りに行く。その光景を眺めながらセルグは一息ついた。

 自分はこんなにも人をからかうタイプだったかと、自らの変化に不思議に思う。こんなに楽しい気分で食事をしたのはいつ以来だろうと、何年も記憶を遡り一人思考の渦に入っていった。

 

「アイリスを失ってからは食事を楽しむなんて事……忘れていたな」

 

 一人自嘲を浮かべていたセルグだったが、この部屋で彼を放っておくものは居なかった。

 

「ウェーイ! セルグさん楽しんでる感じ? あ、紹介しまっす~。オレのダチ公のぉ、エルっちとトモちゃんっす」

 

 ローアインが話しかけてきたと思えばセルグを囲むように他に二人のエルーンが左右に座っていた。

 

「ウェーイ! セルグさんど~も~オレエルセムっす。ローアインのマブなんでこれからよろろ~」

 

「ダッハッハ! セルグさん、絶対マブとかいわれてもわかんないっしょ。あ、ウッスセルグさん。オレトモイっていいます。これからよろしくお願いします」

 

「おいおいトモちゃんどうしたよぉ、その普通な態度。なに? セルグさん相手だから緊張しちゃってる? まじか~トモちゃんがそこまでする男だったか…セルグさんまじぱねえな」

 

「ウェーイ!」

 

 紹介はされたものの完全に置いてけぼりで勝手に盛り上がる三人にセルグの目が点になった。茫然としながらも自己紹介をされたと理解して、慌てて自分も返していく。

 

「あ、ああ。三人ともこれからよろしく頼む。セルグだ……おもしろいやつらだな、これから楽しくなりそうで嬉しいよ」

 

 なんとなくこの騒がしさが嬉しかったセルグは、素直に3人を受け入れた。ローアイン達は素直なセルグの様子にさらにテンションを上げていく。

 

「ウェーイ! 喜び頂いちゃいました~! セルグさん今度オレの十八番の料理をご馳走しますよ。ばっちゃん直伝のもう、さいっきょ~の料理っす。楽しみにしててください!」

 

 そう笑いながら告げるローアインはそのまま二人と共にカタリナの元へと向かっていった。 底抜けに明るい……そう評するしかできないローアイン達の明るさが羨ましいと思ったセルグは、やはり今までの自分とは何か違うと感じていた。

 戸惑うセルグにまたも別の方から声がかかった。

 

「おう、ニイチャンよ。どうだい、楽しんでるか?」

 

 ヒゲを生やした強面の男、オイゲンだ。随分飲んでいるようで顔は赤く、気分が良さそうである。

 

「ああ、楽しませてもらってる。オレをそっちのけでみんな楽しんでいるようで何よりだ」

 

 ニヤリと皮肉交じりに返すセルグにオイゲンは大らかに笑うのだった。

 

「ガッハッハッハ! いいじゃねえか、お前さんも楽しんでいるならな。みんな昨日と今日と、しんみりとしちまってたからな。一度リセットしたほうがいいってもんよ……お前さんの過去も、ゼタの嬢ちゃんの過去も、ちぃっとあいつらにはキツイ話だった。ニイチャンをそっちのけになっちまうのは少し勘弁してやってくれ」

 

 声音を抑え、しんみりとしてオイゲンが述べるのはみんなへの気配りだった。

 

「別にいいですよ。まさかそんなことで拗ねるような年でもないです。ただ……笑い合う皆をみると、やっぱり伝えない方が良かったかなとは思ってしまいます。オレを仲間に迎え入れたことでこれから先きっと」

 

「そいつはちげえよニイチャン。あいつらは自分で選んだんだ。お前さんを迎え入れることを、お前さんの過去を聞いた上でな。あいつらの選択にもうお前さんは関係ねえ。たとえこの先どんな危険がもたらされようとも……な。だからそんなことでいつまでもうじうじ言ってねえで男なら守りきってやるくらいの気概を見せろってんだ。まぁ、これからよろしく頼むぜ”セルグ”」

 

 唐突な呼び名の変化に驚くも、言外にこれから仲間としてよろしく頼むと言われたことを理解したセルグは、思わずオイゲンに右手を差し出した。

 

「セルグだ。これからよろしく頼む。年長者のあなたからは学べることが多そうだ」

 

「よせやいセルグ。オレはこの年まで無様に生きてきちまってる半端もんだよ。アイツ等とは比べるべくもねえ」

 

 爽やかな笑みを浮かべるセルグに、オイゲンは同調するように差し出された右手を握った。その手は少しだけ熱いと感じた。

 

 

 

 

 

 夜も更け、歓迎の食事会も終わり、皆が寝静まった頃。セルグは一人グランサイファーの甲板に出て星空を眺めていた。街中の明るさがなく、自然だらけで空気の澄んだこの島、ザンクティンゼルに広がる星空は、恐ろしい程綺麗に輝いていている。

 

「なんだろうな……この感じ。まるで誰かが乗り移ったみたいだ。お前のせいか……ヴェリウス?」

 

 傍らに佇むヴェリウスに、冗談交じりに問いかけるも、そんなわけあるかと嘴でつつかれながら思念を送られる。あわてて突かれた手を引っ込めセルグはヴェリウスに同意した。

 セルグは戸惑いを見せていた。余りにも自然に彼らと接することができたことに。ゼタやジータをからかったとき。ローアインと笑いあったとき。オイゲンに敬意を抱いた時。先ほどの食事だけでも知らない自分がたくさん出てきた。

 

「ほんと……訳がわからないな」

 

「ホント、訳がわからないわよ」

 

 一人呟いたセルグの言葉になぜか返事が返ってくる。グランサイファーの舵がある高台で柵に座っていたのはゼタだった。

 

「アンタ、全然聞いてた話と違うんだもん。口が達者でいきなり嫌味言ってきたり。友達同士で笑い合うよな笑顔を見せたり。そんな普通とはかけ離れた奴だっていうのが組織で聞いていた印象だった。組織に忠実で、任務のこと以外頭にないような性格だって聞いてたし。無傷で星晶獣を倒しても達成感も喜びも見せないやつだったって。でも実際に出会ったアンタはまるで違う。まぁ聞いていたイメージよりも今の方がよっぽど人間っぽいけどね」

 

 ゼタの感想は的を射ていた。セルグ自身、自分の変化に戸惑っていた。笑う自分も、喜ぶ自分も新鮮で仕方なかった。そんなセルグの内にある戸惑いをよそにゼタは己の用事を済ませようと高台を下りてセルグに近づいてくる。怪訝そうな顔をするセルグの横にゼタは肩が触れそうな距離まで近くに並んだ。

 

「あのさ……お願いがあるの。あの子の最後を教えて欲しいんだ。詳しく……多分思い出したくないっていうのはわかってるけど、でもあの子がアンタといて幸せだったのか、後悔はなかったのか……あの子が何を想っていたのか、知りたいの。」

 

 真摯な瞳でセルグを見つめるゼタ。淡い青の瞳が月明かりを反射して光るのは、僅かに涙を浮かべていたからだろう。ゼタの表情にセルグも真剣な面持ちで話し始めた。

 

「あくまでオレの主観だがな…今日も話したとおりだ。オレたちは幸せだったよ。アイリスはいつも笑っていた。任務で失敗してオレに怒られると、反省しながらも笑うんだ。うまくいった日はいつまでも嬉しそうに笑っていた。ホントに笑顔が似合う女の子だった。自惚れでも、あの笑顔はオレと一緒にいたからだと、そう思いたい。あの日、死の間際でもアイツは笑顔だった。苦しくて涙を流しているのに笑顔でアイリスが言った最後の言葉は……」

 

 ”あなたと出会えて、良かった”

 

 セルグから告げられた親友の最後の言葉。それを聞いた瞬間、ゼタの涙は溢れ出す。とめどなく溢れる涙は月の光に照らされてゼタの顔を彩った。

 

「そ、っかぁ……あの子、幸せだったんだね。ちゃんと最後まで”生きて”いたんだね……」

 

 親友は、恨み辛みを抱かずに逝けたのだと知ったゼタ。涙声で親友を想うゼタの声が、嗚咽へと変わる頃、セルグはある事を思い出していた。

 

 ”ねぇ、セルグ。いつか私の親友にもあってほしいなぁ。あ、でもセルグを取られそうでちょっと怖いかも。彼女強い人に目がないから”

 

 ”私よりも彼女の方がずっと強いんだよ!彼女がセルグの元で教わることができればきっといつかセルグにも負けない戦士になれると思うんだ。”

 

 ”でもね、彼女実は打たれ弱いっていうか……男勝りなくせにちょっと心が弱い時があるんだ。だからね、もし彼女と任務で一緒になったらちゃんと守ってあげてね。セルグ!”

 

 脳裏に呼び起こされた記憶。あの日以来アイリスの事を思い出さないようにしていたセルグが忘れていた記憶の中で、セルグはアイリスの声を聞く。記憶の中のアイリスに応えるように、セルグは目を閉じて答えた。

 

「そうだな、大事なお前との、大事な約束だ……」

 

「え?」

 

 唐突なセルグの呟きがゼタに届くが、ゼタは意味を解していない。戸惑うゼタの頭にポンと手を置くとセルグは告げる。

 

 グは告げる。

 

「アイリスとの大切な約束があるんだ。聞きたいか?」

 

 呆けていながらも言葉の意味を理解し、聞く意思を頷くことで返す。それを確認したセルグはゼタの前で跪く。まるで姫に仕える騎士のように。

 

「今日より君と共にあろう。君がオレを超えるときまで、約束を果たすその時まで。君を守りぬくと誓おう。かつてのオレとは違う。どんな理不尽からも守りぬいてみせると……これがアイツとの約束だ」

 

 時が止まったように固まるゼタ。たっぷり時間をおき我に返ると、告げられた言葉と男に跪かれている事実に慌てふためく。

 

「は? え、いや、あ? ちょっと待って!? いきなり意味が分かんないわよ。なんでいきなりそんな話に!」

 

 顔を赤く染め、うろたえるゼタの表情がおもしろく、セルグはさらに口撃を加えていく。

 

「今言ったとおりの内容がアイツとの約束だ。君がオレを超えるその時まで君を守り続けると。なんならゼタ姫とでも呼ぼうか。そのほうが騎士として守ってる感があっておもしろそうだ」

 

「な、なななな何言ってんのよ! 馬鹿じゃないの! 私は守ってもらう必要なんかないわよ!!」

 

 そう言って部屋に戻るゼタを、セルグは楽しそうに眺めていた。やはり彼女はからかいやすいと思うと同時に、もはや変化した自分を受け入れきっていることに気づく。

 

「きっとこれは、お前がくれたものなんだろうな……アイリス」

 

 もう一度星空を見上げるセルグは笑顔でありながらその瞳からはとめどなく涙がこぼれていた。愛した人が遺してくれた己の変化。それを感じてこぼす涙だった。

 

 

 

 

 部屋に戻ったゼタは、早鐘を打つ自らの鼓動に耳を澄ませ落ち着いていく。

 思い出すのは先程の言葉。まるで物語にでてくる姫と騎士の誓いのシーンのような光景を思い出しまた顔が熱くなる。

 

「ああ、もう! 何なのよアイツ~……」

 

 悪態をついてベッドに体を預けたゼタはもう寝てしまおうと目を閉じた。

 

 

 ”君を守りぬくと誓おう”

 

 

「うわぁああ!?」

 

 目を閉じた瞬間に思い起こされた言葉にまたゼタは体を起こした。セルグの知らぬところでセルグの口撃は続き、いつまでも寝ることができなかったゼタであった

 

 




クロスフェイトというよりはフェイトエピおまけといったところですかね。
ほんとにただ書きたくて書きました。話を進めようとか全然考えていませんでした。

次はキャラ設定作るつもりです。

話を進めるのは少し先になるかもしれません。ある程度どう進めていくか構成を考え中です。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


慌てふためくジータちゃんがかわいいよね?


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メインシナリオ 第1幕

平日はほとんど進められなくて時間が空いてしまいますね。

とりあえずメインシナリオ編に入っていきます。

ゲームと同じで、時系列としてはメインシナリオが木の幹。シナリオイベントの話がその木に枝としてついてるような感じです。メインではほとんどイベントでの話は関係ないと思って差し支えないです。

それではお楽しみください。


空域 ファータ・グランデ ザンクティンゼル

 

 

 穏やかな朝日が森を包む頃、グランサイファーの一室でセルグは目を覚ました。傍らには星晶獣でありながらまるで普通の鳥のように休むヴェリウス。昨日の出来事を思い出すと、力を貸してくれた相棒に言葉に出さずに礼を告げて、セルグは起き上がった。

 

「今日からオレも騎空団の一員か……」

 

 そう呟くと身支度を整え始める。窓から見える太陽は、セルグの心情を表すかのごとく燦々と輝いていた。

 

「おはようございます、セルグさん。起きておられますか? そろそろ朝食ができるようです。一応案内を、と団長さんたちに言われてきたのですが……」

 

 準備を進めていると部屋の外から声が聞こえてくる。どうやらグラン達がわざわざ迎えを寄越したみたいだ。

 セルグがすぐさま向かい扉を開けると、部屋の前に控えていたのはヴィーラだった。

 

「おはよう……君は、ヴィーラ、だったか。わざわざありがとう。流石に艇の中で迷うこともないが一応彼らの気遣いには甘えておくかな。ちょうど準備も終わったところだ。案内をお願いするよ」

 

「はい、ではこちらに」

 

 そう言って先導するヴィーラは道中で後ろにセルグが付いてきているのを確認すると振り返って口を開いた。

 

「一つ……お伺いしたいことがあります。よろしいですか?」

 

「ん? なんだ。なにか問題でもあったか……」

 

 特に思い当たることのないセルグが困惑するがヴィーラは気にせずセルグに問いかけた。

 

「私も星晶獣シュヴァリエを従えています。昨日の戦闘でも見せましたが、その力を身に纏い戦うこともできます。ですが……あなたのように“融合”というのはできるできない以前に発想にも思い至りませんでした。昨日の夜、シュヴァリエと試してみましたが、よりシュヴァリエの力を振るうことはできても、融合という状態にはたどり着けませんでした」

 

「何が……聞きたい?」

 

 聞きたいことが見えてこないセルグは再度ヴィーラへと問いかける。

 

「融合というのは一つになることを意味するはず。あなたのそれは何故、何事もなかったように元に戻れるのか。融合のプロセスがわかれば私にもできるのではないかと思いまして……」

 

「そういうことか……しかしそれはオレにもわからないな。ヴェリウスがその力をもっているのか、何らかの偶然が重なって出来上がった奇跡なのか。残念ながらオレには何も答えを出せない。本体の方もだんまりでな、力になれなくてすまない」

 

「そうですか。いえ、大丈夫です。それではいきましょう」

 

 謝るセルグにヴィーラもそれ以上は何も聞かず、一言残して食堂へと先導する。先ほどよりもすこしだけ、セルグとヴィーラの距離が開いていた。

 

 

 

「こちらです。どうぞ」

 

「ありがとう。おはよう、みんな」

 

 食堂についたセルグは開口一番、挨拶と共に部屋に入っていく。

 

「おう、おはようさん」

 

 最初に返してきたのはオイゲンだ。それを皮切りに皆が口々に挨拶を返す。

 

「こうして見るとあんまり多いわけでもないんだな、団員」

 

 騎空団といえば、20人程度が当たり前だと思っていたセルグは10人程度しかいない騎空団の面々に正直な感想が口から出ていた。

 

「何人かは事情により今艇を降りてる人もいるよ。連絡が来れば迎えにいく手はずにはなってるからそのうち会えるさ」

 

 グランがセルグの呟きに答えた。

 そもそも騎空士というのは契約に縛られてなるものではない。それぞれが持つ志や誇りを元に集まった集団が騎空団となり騎空士となるのだ。普通の仕事とは違い、各々の事情でその時船に乗っていない団員がいることも決して珍しいことではないのである。

 

「みんなすごい人ばかりですから、楽しみにしていてください!」

 

 ジータもグランに続いて補足を加え口を開いた。その表情には今はいない仲間を誇らしく思う彼女の心情が表れている。

 

「なるほど、楽しみにしておこう」

 

 ふたりの答えに満足したのか、そう言って食卓についたセルグは笑みを浮かべる。仲間とのこんな何気ない会話がセルグにとっては新鮮で仕方なかった。

 

 

 

「ところで、昨日は聞かなかったんだが、グラン達は何を目的に旅をしているんだ?」

 

 食事中にふと気になって話題を振るセルグ。

 皆、何かやりたいことがあって騎空団を結成し、志を同じくする者が集まる。

 なれば、旅をしているグラン達にもその目的があるのだろうとセルグは問いかけた。

 

「僕達の元に父さんから手紙がきてね。その手紙に記された島。空の果てイスタルシアを目指して旅をしているんだ。現在は島の大星晶獣が持つ空図の欠片というものを探している。それを集めることでイスタルシアへの道が開けるみたいでね。」

 

「は? あのおとぎ話に出てくる島か? 真面目に答えてくれよ、グラン。変な冗談はおもし」

 

「冗談じゃなくて本気だってぇの! オイラ達はイスタルシアへの旅の途中だぃ!」

 

 ビィがセルグの言葉を遮り声を張る。その様子に信じられない顔をするセルグは確かめるような視線と共に問いかけた。

 

「――本気なのか? 第一にまず『瘴流域』を超えなくてはいけないんだぞ。それだけでも命に関わる旅だと思うが……それを親である父から勧められたというのか?」

 

 瘴流域……この空の世界はいくつもの空域によって構成されているが、空域同士は瘴流域と呼ばれるヒトが渡るのはおおよそ不可能と言える危険な風が吹き荒れる場所によって区切られている。

 空の果てイスタルシア。その名のとおりいくつもの瘴流域を超えた果ての果てにあるとされていて、おとぎ話でしかその名を聞かない島である。たどり着いた者の話は聞かず、その名を知らない者も多い。

 グランの話を聞いてセルグが冗談だと思うのも無理はない程、その存在は現実味のない島である。

 

「私達も、いつか行ってみたいって思ってただけだった。でもルリアとカタリナに出会ってね。成り行きだけど、ここにはもういられなくなってしまって、島を脱出して。騎空団を結成して。じゃあ目的は? ってなったら自然とそれしか出てこなかった」

 

「だから僕達は本気だ。ここにいるみんなもそれを目指してくれている。そして今日からセルグ。君もその仲間だ。それぞれの目的もある。君にも目的があるのは知っている。

 でも僕達はそれだけで終わる気はない。もっともっといろんなところに行き、いろんなものを見てみたいからね。イスタルシアはその一歩ってだけさ」

 

 セルグの問いかけに答えるグランとジータの表情には不安や疑念など欠片もなく活力に満ちていた。その表情はセルグに余計な思考をとっぱらって納得させるものを感じさせる。

 

「ホント、お前たちには昨日から驚かされっぱなしだな。いいぞ二人共! どこまでも付き合ってやるさ!」

 

 声高らかに宣言したセルグのその顔にはもう疑いの眼差しはなくグランやジータと同じく活力に満ちていた。

 

 

「んで、意気揚々といった感じなのはいいのだが、ひとまずの目的地はどうする?」

 

 落ち着いたところでカタリナは皆に問いかける。イスタルシアを目指そうにもたどり着く方法は定かではない。手がかりは”完全なる空図”を完成させるというものだけだ。先ほどのグランの発言にもあった、島の大星晶獣が持っているとされている空図の欠片と呼ばれるものを集めることが、そのひとまずの目的となっている。

 

「あ~っとだな。ちょっと悪いんだが、俺から話がある。ポート・ブリーズでも整備依頼はしたんだが、応急処置に近くてな。どうにも長距離航行が厳しそうなんで一度グランサイファーをオーバーホールしてやりてぇんだ。それ専門って感じの島があってな。ガロンゾって島なんだが、ひとまず其処に行っていいか?」

 

 先んじて口を開いたラカムが一息に告げたのはグランサイファーがかなりガタが来ているということだった。

 

「おいおい。騎空艇って旅の要だろ? なんだってそんなボロボロになるようなことになってんだ?」

 

 ラカムの言葉にセルグが思わず聞き返すが、皆一様に視線を逸らす。まるで何か悪いことをした子供が悪さを隠すような……そんな雰囲気にセルグが眉をひそめた。

 

「なんだ?なにがあった? というか何かしたのか?」

 

 皆の雰囲気に疑問の尽きないセルグが問い続けると苦笑いをしながら皆が口を開いた。

 

「あ、あはは。帝国の兵器に体当りしたりとか……」

 

「帝国の戦艦から砲撃受けたとか……」

 

「旅を始めてからこっち、オーバーホールなんてする余裕もなく次の場所へと行っていたからな。限界が来るのも無理はないか……」

 

 ルリア、ジータ、カタリナがそれぞれに述べる。

 

「何度目かわからないが……ホントに驚かせてくれるな」

 

 呆れた様子を隠す気も見せずに表に出すセルグ。良くも悪くも驚かされてくれるグラン達をみて、旅の先行きに一縷の不安を覚えるのであった。

 溜息一つ吐いて、セルグはラカムに向き直った。

 

「ラカム、そのガロンゾまではどのくらいかかる? それまでですら厳しいようなら近場で整備もする必要があるだろう」

 

「大した距離じゃねぇな。ひとまずは問題なく飛べる状態にしてある」

 

 ラカムへのセルグの問いに答えたのはオイゲンだった。

 

「わかった、何かあれば手伝おう。それなりに知識はある。自分が乗る艇が落とされかけた経験もあるからな。落ちそうな艇への対処なら経験があるよ」

 

「おいおい、不吉なこというんじゃねえよ。グランサイファーは落ちねえよ!」

 

 ラカムが憤慨するが、セルグはそれにニヤリと笑みを浮かべて返した。

 

「そうならないことを願うさ。入っていきなり落ちて終わりじゃ流石に虚しいだろう?」

 

「よし、それじゃ当面はガロンゾでグランサイファーの修理だな。直ぐに出発しよう!」

 

 話がまとまったところでグランが告げて皆が動き始めた。

 こうして新たな目的地へ向けて一行の旅は再開する。

 

 

 

 

空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島周辺

 

 

 荒くれ者達の集う島、ガロンゾ島。

 その島は騎空艇の整備を生業とする者が住人の大半を占めていた。発達した機械技術。受け継がれてきた職人たちの技。騎空艇は造るも直すもここ以外には考えられないと空域中の騎空士が口を揃えて言う程に、ここガロンゾ島は騎空艇造船技術に特化して発展した島である。

技術が進んだ都市を望めるガロンゾ島周辺の空域に、『エルステ帝国』の戦艦が浮いている。

 

 エルステ帝国。現在このファータ・グランデ空域において最も強大な勢力といっていいだろう。帝国と呼ぶにふさわしい圧倒的武力を以て次々と各島を勢力下に置くこの帝国は、帝国兵を1人見かけたら30人いると思ったほうが良い、といわれるくらいにはこの空域を席巻していた。

 その帝国の戦艦内で彼女は賑わう街並みを見つめていた。

 

 

「あれが……ガロンゾ島ですか」

 

 メガネをかけたエルーンの女性。知的な鋭さを見せる双眸がガロンゾ島をみつめていた。彼女の名前は『フリーシア』。エルステ帝国の執政の一切を取り仕切っている宰相である。

 

「あ、あのぉですねぇ……宰相閣下。恐れながらお尋ねしますが、なぜ宰相閣下が自らこんなところへ……ですねぇ」

 

 恐る恐る問いかける帝国軍人。特徴的な語尾のこの男の名は『ポンメルン』。ほかに作業している軍人もいるなかでこうして彼女に話しかけることができるのだからそれなりの地位の者なのだろう。

 

「今回の件については、私自ら指揮を執るようにと、陛下から直々の勅令がありました。まぁ扱うものがものですからね。陛下も慎重になっていらっしゃるのでしょう」

 

 そう述べる彼女の表情には言葉通りに思っているわけがないとわかるほど苦々しい表情が垣間見える。その視線の先には椅子に座り虚ろな目をして微動だにしない少女がいた。

 

「――ルリアの奪還も含め、陛下の勅令である以上、失敗は許されません。各自くれぐれも慢心することのないよう、注意して臨んでください」

 

 そう言うと視線を艦橋から見えるガロンゾ島へと移す。傍らに佇むポンメルンにはフリーシアの思惑が読めなかった。結論の出ない思考を打ち切り、ひとまず任務に集中しようとその場を去っていく。

 

 帝国戦艦は港へと入り、帝国の将兵達が続々とガロンゾ島へ降り立っていった。

 

 

 

 

 

 グランサイファーが飛んでいた。

 煙を上げ、フラフラとまっすぐ飛ぶこともできないような状態で、ガロンゾの港を目の前にしていた。

 

「くっ、こいつはいよいよやばそうだな……」

 

 グランサイファーの挙動にラカムが呟くが、その声には現状が相当にまずい状態であることを物語る真剣味のある声だった。

 

「ふむ……高度が落ちてやがるな。ここまで随分無茶をやったんだ。よく保ってくれたってところだな」

 

 オイゲンはグランサイファーをねぎらうような笑みを浮かべるも、団員たちは気が気出なかった。

 

「オ、オイゲン! こんな状態で本当にたどり着けるのか?いくら目と鼻の先とは言え……」

 

「そうよ! 笑い事じゃないでしょ!? まだ港には入っていないんだからね!」

 

「お姉様が慌てふためく姿……なんという僥倖」

 

 一人おかしな人もいたが、甲板に出ている仲間達皆が心配の声をあげていた。

 

「ふふ……港を目の前にして墜落なんて、悲劇としては出来すぎね」

 

「ロゼッタさん……そんなこと言ってる場合じゃないような……」

 

 ジータがロゼッタにツッコミを入れていたり。

 

「セルグ! ヴェリウスと融合して何とかしてよ!?」

 

「バカか! こんなでかい艇をあんな小さな翼で支えられるかよ!!」

 

「んな!? バカとはなによ。私の事守ってくれるんでしょ? 何とかしなさいよ!!」

 

「人には出来ることとできないこととあるだろうが!!」

 

 小さな漫才をしているものもいた。

 今はグランサイファーが落ちるか落ないかの瀬戸際だと分かっているのだろうか……グランが緊張感のない空気に毒されないように周囲を警戒しながら胸中でため息をついた。そんなとき空を飛ぶ影を見つける。

 魔物である。通常、空を飛行中に魔物に出くわすことはほとんどない。空を飛ぶ生物にとって休む場所が無いからだ。

 だが、ガロンゾを目の前にしている今は別だ。島からグランサイファーを見つけた魔物が襲い掛かってきたのである。

 

「まずいな……こんな時に魔物だ! ラカムとオイゲンは航行に集中してて。みんないくぞ!!」

 

 グランが魔物を見つけて指示を飛ばす。

 

「ぐぬぬ……やっとガロンゾを目の前にしてるってのに、間の悪い奴らだぜ! 魔物なんて蹴散らしてさっさとグランサイファーを修理してやろうぜ!!」

 

 飛んでるビィが先頭を行く。皆もそれに続いていった。

 

「艇に損傷出されたらまずいからな……悪いが本気で行かせてもらう!! ヴェリウス!」

 

 セルグの声とともにヴェリウスが巨大になり飛翔する。その背に乗るとセルグは艇から離れ魔物へと突っ込んでいった。

 時にはその背を飛びだし魔物を切りつけながら空中で軽やかに戦うセルグの姿は、一行にとって頼もしいことこの上無いだろう。

 

「さすがの判断だな……飛べるってことも含めて、頼りになるよホント!」

 

 グランも遠距離系の技で艇に魔物達をとりつかせないように迎撃していく。

 

「鬱陶しいわねぇ、サウザンドフレイム!」

 

 ゼタもアルベスの槍から炎を放ち他の仲間たちも甲板に都立高とする魔物を順次迎撃していった。

 

「私も、力になります……グラン、ジータ! 星晶獣を呼びます!」

 

 仲間達が順調に魔物を迎撃していく中で自分にも何かできないかと逡巡したルリアが声を上げる。それを聞いたと同時にグラン達はルリアを守るように動き出した。

 

「セルグ! 一回下がってくれ! ルリアが召喚する!!」

 

 グランの声が聞こえたセルグはすぐさま艇の横に来るように引き返す。

 

「お願い……力を貸して!」

 

 己の内に眠る力へ呼びかけるように呟かれたルリアの言葉はセルグに届いたわけではなかった。

 だがその呟きの瞬間にセルグはゾクリと背筋を震わせる。艇に戻る途中に感じた悪寒に視線を向けると、そこにはグランサイファーの前で魔物達に立ちはだかるように、星晶獣『プロトバハムート』がいた。

 その巨大な竜の姿に、セルグは恐怖を覚える。

 

「なんだ……なんだアレは!?」

 

 セルグの恐怖をよそにプロトバハムートは口元へと魔力を溜める。惹きつけられるような黒く強大な魔力は臨界点を迎え放たれ、魔物達を薙ぎ払う。

 

 

 ”大いなる破局(カタストロフィ)

 

 

 ルリアの召喚で魔物を迎撃し終えたグラン達は艇の上に集まっていた。

 

「セルグさん! さすがの実力でしたね。まさか飛んで行って迎撃するとは……セルグさん?」

 

 ジータが戻ってきたセルグに声をかけるも、セルグは俯いていて表情が読み取れなかった。不思議に思うジータを素通りし、セルグはルリアの元へと向かう。

 

「えへへ、セルグさんが前まで飛んで行ってくれたので私もがんばりました!」

 

 健気に笑顔を見せてセルグと相対するルリアは、セルグの様子の変化に気づいていなかった。

 仲間達が事態の収拾がついたことに穏やかな雰囲気を見せているところで突如、天ノ羽斬を抜き放つセルグはその切っ先をルリアへと向けた。

 

「セルグ!?」

 

 その場にいた全員の声が重なった。カタリナは驚愕しながらも剣を抜き、ゼタとヴィーラも武器を持ち出す。その反応は一流故の早さで何が起きても対処できるようにセルグへと向けられる。

 

「セルグ! 何を考えてるのよ!? アレを見せられて驚くのはわかるけどルリアちゃんは」

 

「ルリア、一つだけ問おう。その力、本当に制御しきれているのか?」

 

 ゼタの声を遮り、セルグはルリアを鋭く睨み付け問いかけた。

 そのセルグの視線には嘘は許さないという言葉が込められている。

 

「え、あ……その……」

 

「セルグ! ルリアはちゃんとこの能力を制御しきれている。今までにも何も問題は無かった。それは私達が証明できる!」

 

 刀の切っ先に竦むルリアが声を出せないでいるのを見てカタリナがルリアの前に出ようとするもそれはセルグの刀によって止められた。

 

「わかっているのか? オレですらあれ程強大な気配を持つ星晶獣は見たことがない。それをルリアの様な女の子が使役できるんだぞ。これがどれだけ危険性を孕んでいるのか。先程言った制御しきれない可能性だけではない。場合によっては強要される可能性もある」

 

「強要される可能性……?」

 

 セルグの威圧感に怯えながらルリアは聞き返した。

 

「端的にいえば人質だ。目の前で仲間が殺されるかもしれない状況になった時、その力で島を落とせとでも言われたら、抗えるのか?」

 

「そ、それは……そんなこと考えられないです……」

 

 俯き静かに応えを返すルリア。まだ幼い少女のルリアにそんな極限の選択など想定できるわけが無かった。

 

「いい加減にしろセルグ! だから帝国から守るために僕達が居るんじゃないか! 一体何が問題あるんだ!」

 

 ルリアの前に出てセルグと対峙するグラン。だが、グランが前に出ようとセルグも引き下がらない。

 

「退け、グラン。今はルリアを守るとかそういう話をしているわけじゃない」

 

「ふざけるな! セルグ、一体何が言いたいんだ? ちゃんと説明してくれ!」

 

 グランがセルグに食い下がる。グランの一歩も引かない雰囲気にセルグは逡巡すると刀を収めた。

 

「これはオレがこれから誰にも危害を加えない証だ。退け、グラン。オレはルリアに話がある」

 

 刀を収めたセルグの宣言に、疑わしく思いながらもグランはその場を退く。

 目の前まできたセルグに、ひどく怯えた表情を返すルリア。目線を下げて怒られる事への恐怖を見せている。

 

「ルリア顔をあげるんだ。オレを見ろ」

 

 言われた通りに顔を上げたルリアはセルグを見つめる。そこに怒りは見えず、むしろ心配気な表情を見せていた。

 セルグはしゃがみ込みルリアと視線を合わせると口を開いた。

 

「ルリア、何故あのタイミングでアレを呼んだ?」

 

「だって、皆さんが必死に戦っていましたし、私も何かできないかと思って……私は戦えないですけど、ただ守られるだけなんて嫌なんです」

 

 自分も騎空団の一員でありたい。仲間が戦ってる時に何もしないわけにはいかない。その時の胸中を素直に語るルリアの表情は、セルグに対して決意をもって力強い視線を返していた。

 ルリアの言葉を聞いてセルグは一息ついてからその幼く小さい手を取った。

 

「思い上がるな、君の手はまだみんなを守る様な大きな手じゃない。ここにいる仲間達が何故にここにいるかわかっているだろう。グランが言う通り、ルリアを守るためにいるんだ。良いかルリア、あれ程強大な力を軽々しく使ってはいけない。それを見せることはリスクと隣り合わせだ。どこで誰が見ているかわからないんだ。狙う組織は帝国だけではないだろう。

 本当に仲間を想うのであれば、その力は最後まで使わない様にするんだ。君がそうして自ら危険を呼び寄せていては守りきれる者も守り切れなくなる。いいな?」

 

「はい……ごめんなさいセルグさん……」

 

 叱責され涙を浮かべるルリア。その様子に笑みを浮かべるセルグは、ルリアの頭をグシャグシャに撫でてやった。

 

「ルリアの想いは尊いものだ。それは間違いない。だからこそグラン達も止めなかったのかもしれない。だが、それでもその力は危険すぎるんだ。本来ならば細心の注意を払うべき力だ」

 

 ルリアの想いを尊重しながらもセルグはもう一度諭す。

 そんなセルグの言葉にルリアも撫でられた頭を押さえながら少しだけ笑顔を取り戻す。

 

「はい、わかりました!」

 

「セルグ。アンタ、なんでワザワザみんなから怒りを買う様な事を……っていうか言いたいことが回りくどいのよ」

 

 ゼタは話が終わったセルグに問いかけるが。

 

「オレからすれば、今までに何も気にしていなかったお前達の方が大問題なんだがな……一体何を考えてこれまで旅をしてきたんだ。ザンクティンゼルでもあっさりオレにルリアの能力はバレてたし、危機管理能力が足りないと思うが?」

 

 厳しく視線を投げながら仲間達を見やるセルグ。

 

「うっ……すまないセルグ。君の言う通りだ。ルリアの能力に対して考えが甘かった。危機感が足りなかった……」

 

 申し訳なさそうにカタリナが答える。厳格な騎士でありながらも、身内には甘いカタリナはルリアの意思を尊重していた。それで戦闘が助かることもあり、ルリアの力に対しての危機感が薄れていたことに気づいてカタリナは自戒する。

 

「いや、こちらもすまなかった。余りにもあの星晶獣が衝撃的だったのでな。動揺がそのまま行動に出てしまった。色々余計な誤解を招いたと思う」

 

 セルグも己の行動を振り返り謝罪する。星晶獣の恐ろしさを人一倍知っているセルグにとって先ほどのプロトバハムートの存在感は正に驚異であった。それ故にルリアに対して直接的な行動に出てしまった自分の行動は仲間に対するものではなかったと感じた。

 

「セルグ、ごめん。僕達団長なのに。ルリアの能力を甘く」

 

「謝るな。お前達が団長であろうと、お前達もまだ子供だ。そういうのを考えるのは本来大人の役目だ。カタリナやオレの様な。そうだろ、そこの短気槍娘。お前も少しはそういう事を考えてやれ」

 

 グランとジータが謝るのを遮ると、ゼタへと話は飛び火していった。

 

「う、うるさいわね!! 大きなお世話よ、この面倒な言い回ししかしない陰険男!」

 

「セルグ……その、ワザワザゼタを怒らせなくても」

 

「オレが悪いんじゃない。槍娘がからかいやすいのが悪い」

 

 当然と言う顔でそんな事をのたまうセルグとゼタの間で命がけの追いかけっこがはじまる。気性が荒く実力者でもあるゼタをからかうセルグに呆れ半分、恐れ半分で視線を向けるのはグランだけではなかった……

 

 

 

「でもセルグ、なんでわざわざ刀を抜いてまでルリアを脅すようなことを?」

 

 逃げ切って落ち着いていたセルグにグランは改めて疑問に思ったことを問いかける。言いたいことがあるにしても刀を突き付ける必要があったのか……相手はまだ幼いルリアなのだ。セルグだって襲い掛かられたり危険があるとは思っていないはず。それなのになぜなのか。

 グランの疑問にセルグは淡々と言葉を返した。

 

「そのほうが真剣味が増すだろう」

 

「そんな!? そのためだけにわざわざルリアを怖がらせるようなことをしたんですか!」

 

 ジータがセルグの答えに非難の声を上げるが、セルグは直ぐに返していく。

 

「組織にいた頃のオレならすぐさま切り捨てていた。有無を言わさずにな。それくらいあの子の能力は異常で危険だということだ。少なくとも一度はオレの心は恐怖に染まった。あの星晶獣を見たときにだ。見慣れてしまったお前たちにはわからないかもしれないがな……」

 

「そんなに……ですか?」

 

「数多くの星晶獣を倒してきたオレが恐れたっていうのは信じるに足らないか?」

 

「いえ、そんなことは!?」

 

「おおい! 何とかガロンゾにはたどり着けそうだから港に入る準備をしてくれ!!」

 

 一先ず落ち着いたグラン達にオイゲンとラカムから声が掛かった。

 見ればガロンゾの港はすぐ目の前にまで迫っている。

 話を中断し、グラン達も寄港の準備に取り掛かった。

 

 

 こうして、グランサイファーはアクシデントに見舞われながらも、何とかガロンゾ島へとたどり着いた。

 グランとジータの心に一抹の不安を残しながら……

 




いかがでしたでしょうか。

シナリオ中盤からということでここからのスタートとなります。
一応はこれまでのグラン達のたびについては作中で補完しながら進めていきます。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第2幕

またもや1週間ぶりの投稿。
平日はほんとに余裕がないですね。
話もほとんど進められていないです。今回は日常編って感じになります。
ですが、そろそろ半額キャンペーンが終わるので、更新頻度は挙げられそうです!
作者はグラブルプレイヤーでもあるのでイベント状況などに更新が左右されることを今ここでお知らせしておきます。

それでは、お楽しみください。


空域ファータ・グランデ ガロンゾ島

 

 

 魔物に襲われつつ、何とかそれを退けた一行。その甲斐あってか、煙を上げながらもグランサイファーは無事にガロンゾ島へとたどり着いた。

 

「ふぅ……なんとかたどり着けたな。ホントヒヤヒヤしたよ」

 

「ここまで随分無理させちゃったね、グランサイファー」

 

 安心したように一息つくグラン。それに並んでジータも安堵の表情を浮かべる。

 

「ザンクティンゼル出てからというもの、魔物は来るは、ワザワザ艇を攻撃してくるわで、いつ落ちるかと肝が冷えたぜ……」

 

 心底僻易した様に呟くのはラカムだ。一歩間違っていれば空の奈落へ真っ逆さまだったであろう状況に操舵士としては気が気じゃなかったのだろう。

 他の団員達も無事に島へとたどり着けたことに、各々安心を見せていた。

 

「グランサイファーには、無理をさせちゃいましたね……煙を拭いてましたし」

 

「そうさなぁ。ここらでしっかり労わって、ちゃんと整備してやらねえとな」

 

 ルリアの言葉にオイゲンが優しく言葉を返す。彼もグランサイファーへの思い入れは人一倍ある様だった。その表情は柔らかい。

 休憩もそこそこに、一行は艇の整備を依頼するためにも、グランサイファーを降りて、ガロンゾ島の港へと入っていった。

 

 

 ガロンゾの工廠ではあちこちから大きな声と大きな音が飛び交っていた。技術屋らしい少し粗暴な声から、発注を掛けに来た営業スマイルの女性の声まで多種多様だが、そこは一様に活気に包まれている。

 

「――ん? まさか。おいあんた、オイゲンか!?」

 

 艇を降りて歩く一行に興奮した様子で話しかけてきた男性がいた。自分の名を呼ぶ声に反応して振り返ったオイゲンは近づいてくる男性を見てハッとした表情を浮かべる。

 

「ああ、ん? まさかお前、酒場の!? ハッハー!! なんだよ、まだここらに住んでたのか!」

 

「あったり前じゃねえか! まだ店だって続いてるんだぜ」

 

「いやあ、懐かしいな、おい! お互いしっかり歳を食っちまってよぉ……」

 

 記憶の片隅にいた懐かしい知人に出会えたことに、オイゲンは嬉しそうな表情を見せている。いつもグラン達を見る年長者として保護者の目になっているときとは違う。昔を語れる懐かしき友とは、付き合いが長くはない彼らとは違う友であるのだろう。

 

「そういや、ラカムとオイゲンは前にもガロンゾに来たことがあるんだっけか?」

 

 そんなオイゲンの様子にビィは疑問を寄せた。出会ってからのオイゲンしか知らない彼らからしてみれば、新たなに訪れた島にこうして知人がいると言うのは驚きでもあった。

 

「まぁなぁ……来たことあるにはあるんだが」

 

 歯切れの悪い答えを返すラカムに仲間たちは首をかしげる。

 

「ん? そっちは……おお! まさかラカムなのか!? はっは、でっかくなったなぁ!」

 

「おうよ、あのラカムも今じゃ立派な騎空士の端くれだぜ?」

 

 疑問符を浮かべている仲間たちをよそに、ラカムに気づいた酒場の店主。まるで親戚のおじさんのような言葉を受け、ラカムもおずおずと前に出てきた。

 

「ほー、あのラカムがな……ウチの店でミルクしか飲めるもんがねえってピーピー泣いてたラカムがなぁ……いつのまにやらこんなべっぴんさんを連れて騎空士とは、いいご身分になったもんだ」

 

 一行を見回して酒場の店主は感慨深そうに頷く。サラッともたらされた情報はラカムを大いに慌てさせた。

 

「ばっ!? おまっ!泣きはしなかっただろーが!」

 

 思わず店主にそう返したラカムは記憶を遡りそんな事実はなかったと確認する。その後ろではグランとセルグがこそこそ会話を始めていた。

 

「別嬪さんか……カタリナ、ヴィーラ、ロゼッタあたりはみんなキレイだよね、セルグ?」

 

「ん?ああ、まぁそうだな。ルリア、イオ、ジータはまだ子供だし……別嬪ていったらそこらへんじゃっつぁ!?!?」

 

 突如、妙な声をあげるセルグ。隣でも同じようにグランが変な声を上げていた。その後ろにはアルベスのヤリで頭を小突くゼタと、睨みを利かせるイオの二人がいた。

 

「ふぅん、わたしはべっぴんに入らないっていうんだ、セルグ……私ってそんなに魅力無いかな?」

 

「私とジータはガキだって言いたいわけ! どういうことよセルグ、グラン!!」

 

 怒りの中にちょっとショックを受けたような表情を見せながらセルグへと詰め寄るゼタと、今にも魔法を放ちそうなイオがグランに迫る。

 

「ま、まぁまぁ、二人共、そんな気にしなくても……グランたちだって別に二人が魅力無いって言ってるわけじゃ……」

 

 なんとかたしなめようとするジータが間に入るがゼタとイオは収まらない。

 

「グラン! 元はといえばお前が余計なこと振ってくるのが悪い。責任をとれ」

 

「な、二人はセルグの発言が原因だろう。君が余計なことを言ったんじゃないか! こっちに押し付けないでくれ!」

 

 静かにグランへと押し付けようするセルグと何とかそれを押し返そうとするグランの醜い押し付け合いを勃発し、それにさらに苛立ちを募らせてゼタとイオが二人を責めたてていった。

 

「いい度胸じゃない……少なくとも私はバカな男連中に襲われそうになるくらいは魅力あふれていると自負してるんだけど?」

 

「わ、私だって。バルツの男の子達には大人気だったわよ!!」

 

詰め寄る二人にたじたじな二人。徐々に後退するしかなくなる情けない男は視線で助けを求めるが哀れ、彼らを見ているのはまだ幼い少女と、面白そうに眺めている別嬪さんしかいなかった。

 

「ううん? すいませんヴィーラさん。なんでゼタさんとイオちゃんはあんなに怒ってるんですか?」

 

 ルリアが怒り心頭なゼタとイオの様子に、純粋な疑問を近くにいたヴィーラに問いかける。

 

「はい。そうですね……ルリアちゃん、彼女たちはセルグさんやグランさんにちゃんと女の子として自分を見て欲しいのですよ。先ほどの酒場の店主さんの発言の、別嬪さんに含まれなかったことが不服なんです。ホント、可愛らしいですね」

 

 ルリアの疑問に答えながらあらあらまぁまぁ、といった感じで微笑ましくゼタとイオを見つめるヴィーラ。年齢的にはゼタもヴィーラもほとんど変わらないが、ヴィーラの視線は完全に子供を微笑ましく見守るそれだった。

 

「あなた……それ自分は含まれていたからっていう余裕とも取れるわよ。ヴィーラちゃん」

 

「あら、ロゼッタさんこそ。随分と余裕そうじゃありませんか?」

 

「私? 私は、あの程度で怒るほど安い女じゃないもの……」

 

「その割には喜びが顔に出ていましてよ」

 

 笑顔の裏でロゼッタとヴィーラの間でも小競り合いが始まっていた……

 

 

 

 

「おうおう、なんだか賑やかで羨ましいじゃねえか。積もる話しもあるし、ウチの店でどうだい? サービスするぜ!」

 

 やかましく騒いでるグラン達を見て楽しそうに見ていた店主が、オイゲンに提案する。懐かしい知人との再開がこの一会で終わってしまってはつまらないとグラン達を含めて自分の店へと招待するのだった。

 

「お! 悪くねえなぁ――カタリナ、どうだい?」

 

「ふむ、いいんじゃないか? グランサイファーもしばらくは整備で動けない。私達にはできることもないしな」

 

「よっしゃ決まりだ! さぁ皆さん、ウチの店に行きましょう! こっちです。」

 

 そう言って店主に案内され、グラン達は騒ぎながらも酒場へと案内された。

 

 

 

 少しばかり歩いたところに件の酒場はあった。

 そこそこ年季のはいった建物はこの店が長く続いている店だとひと目でわかる装いでグラン達を迎えてくれる。

 

「はぁ……この店も変わんねえな。いや、ちょっと椅子が低くなったか?」

 

「ガキの頃に来たんだろ? それはラカムがでかくなったからじゃないのか?」

 

「へへ、そうだな。ホント、懐かしいな……」

 

 酒場についたラカムが懐かしそうに店内を見回す。随所にある思い出は、ラカムを感傷に浸らせるには十分な思い入れがあるのだろう。椅子を見て、カウンターを見て、壁や天井を見て。記憶との違いを見つけながら、ラカムは目を細めていた。

 

「にしし……今ならミルク以外も飲めるんじゃない?」

 

 懐かしげに店内を見回していたラカムをイオが茶化すが、そこにはセルグが割って入る。

 

「ほぅれチビッ子。現在進行形でミルクしか飲めないようなのが大人をからかうんじゃない」

 

「な、なぁ!? また子供扱いしてぇ!! いい加減魔法でぶっ飛ばすわよ!」

 

「子供扱いされて怒るようじゃ子供なんだよ……悔しかったら大人の女性の余裕ってもんをロゼッタにでも教えてもらうんだな」

 

「ぐぐぐ……言い返せないー! ロゼッタぁ、セルグがいじめる!」

 

 言葉は小バカにするようだが、セルグの声音は静かで淡々としていて、怒り心頭といったイオも返す言葉が見つからずおとなしくロゼッタの元へと向かう。まるで母親に泣きつく子供のような姿に思わず笑みを浮かべたセルグは今度は優しい口調で呟いた。

 

「年相応にしてればいいのにな……背伸びしなくていいんだよ」

 

「セルグ……なんでわざわざ怒らせるかな?」

 

 グランが今のやり取りに思わずセルグへと苦言を呈するが、セルグはどこ吹く風といったように気にしていない様子で答える。

 

「怒らせたいわけじゃないんだよ。ただ、人間誰しも背伸びをしすぎると足元をすくわれるから、気をつけろって教えてやりたいだけさ。イオはまだ子供だ。それなら子供のままでいいんだよ」

 

「手厳しいのか優しいのか……ゼタも言っていたがセルグの気遣いは、どうにも回りくどいな……」

 

「わ、悪かったな。オレだってこんなに仲間と一緒にいることなんてなかったからこんなの初めてなんだよ!」

 

 仲間たちからの微妙な評価に思わず、困った顔を見せるセルグ。その姿に少しだけ驚きの表情を見せてからグラン達は笑みを浮かべた。

 

「セルグさんは強いし頼りになるしで、なんとなく距離感があった気がしたけど……今日はすごく仲良くなれた気がします。ね、グラン?」

 

「ああ、ルリアとのこともそうだけど、ちゃんと僕らのことを考えてくれてるんだって思うと嬉しいね」

 

 セルグの落ち着いた雰囲気と実力は、グランとジータにとって非の打ち所のないヒトとして映っていた。知らず知らずほかの仲間よりも距離感を覚えていた二人は、いまこの時セルグを仲間として近くに感じることができた。

 

「ふん、褒めたって何も出ないぞ……それにしてもラカムそんな椅子の大きさが小さくなったと感じるほどガキの頃って、一体何しにここへ訪れたんだ?」

 

 セルグは話題をそらすためになんとなく感じた疑問をラカムに問いかけた。

 

「オイゲンと一緒だったようだが……二人で観光にでも?」

 

 カタリナが引き継ぐように、問いかける。セルグとカタリナの問いに、ラカムは言いづらそうに口ごもった。

 

「あー、実際は観光……みたいなもんだったかもな」

 

「実際は……といいますと?」

 

 ルリアも聞きたそうにすると、ラカムはおずおずと話し始めるのだった。

 

「オレは騎空艇について勉強するつもりで、オイゲンにくっついてこの島に来たんだ。とは言っても、まだ十歳にもならねえガキだったからな。実際は何ができるわけでもなく、観光と大差なかった、ってぇわけだ」

 

「へー、それってもしかして……グランサイファーを直すために?」

 

「あ、そういうことなんですか? ラカムさん」

 

 グランとジータがグランサイファーの生い立ちを思い出してさらにラカムに問いかける。

 彼らが乗るグランサイファーは元々、ポートブリーズのとある場所に不時着していた難破船である。

 ボロボロで放置されていたグランサイファーをラカムは多くの人の協力の元修復し、人生のほとんどを捧げて飛び立てるようにしたのだ。

 

「その通りだ! こいつはよぉ、もう小せぇ頃から妙にあの艇に惚れ込んでてよ……俺についてきたのは難破船だったグランサイファーを自分がもう一度飛ばしてやるんだってなことで……今にして思えば変なガキだったな! ラカムはよぉ」

 

 二人の疑問に答えるのは、すでに大分飲んで出来上がってるオイゲンだった。

 

「い、いいじゃねえか、別に。ってかおっさん酒くさっ! いつの間にそんなに飲んだんだ? ったく……グランサイファーに戻ってローアインを呼んでおくか? 動けなくなるようだったら、みんなでこっちに宿泊もさせてもらうだろうし……」

 

「それもそうだな……さすがに艇に待機させっぱなしで、オレ達だけで休むのは申し訳ないだろう。オレが行ってこよう」

 

 酔いが回ってるオイゲンを見てセルグが伝言役を買って出る。仲間たちにも異論はない様でセルグが店を出て行くのを見送るのだった。

 背後に続く喧騒を聞き流しながら、セルグはガロンゾの街を駆け出した。

 

 

 

「それにしても工業都市って感じの島だなここは。機械技術も凄い。以前に一度だけ来たことはあったが、何もせずに帰ったし。後で見て回りたいもんだ……ん、なんだ?」

 

 走っている途中でセルグが足を止めた。後ろを振り返り、しきりに視線を動かして何かを探している様子を見せる。

 

「気のせい……か? すれ違い様に話しかけられた様な気がしたが――特に見受けられる人もいないか」

 

 確認したセルグは気のせいだと断定し再度走り出す。どうにも捨てきれない何かの視線を無理やり忘れる様に。だが、彼の背には一つの視線が突き刺さっていた。

 

「流石に目敏いね……直接会った時にどんな顔をするか、楽しみだよ――セルグ。」

 

 どこからか呟かれた声は、セルグに届くことなく街の喧騒にかき消されていく。

 静かな声の主は、空を仰ぎ見て邂逅の時を待つのだった……

 

 

 

 

 セルグがローアイン達をグランサイファーから連れてきて小一時間といった所。酒場では店を貸切状態で宴会が催されていた。

 

「ウエーイ! ラカムさんまじすげえ。そんな小せえころからグラサイ飛ばす為に勉強してたんすか……いやーぱねえっすわ」

 

「DO感……俺等がこうしてグラサイで旅出来んのも、つまりはラカムさんの努力のおかげってことじゃん? あ、ラカムさんもう1杯どっすか?」

 

「ギャっハハハハ! お前飲ませすぎだべ~もうラカムさん飲めねえだろうよ~」

 

 ローアイン、トモイ、エルセムの三人がラカムの幼い頃の話を聞き尊敬の眼差しとともに大騒ぎしていた。

 

「ろ、ローアインさん。そろそろやめておかないとラカムさんが……」

 

 そんな四人を心配そうにみているジータはオロオロとしながら声を掛けていた。既に相当な時間飲み続けているラカム達は恐らく止まることを知らないだろう。止めたほうが良いのか、大人の世界に口を出すべきではないのか、判断のつかないジータはただオロオロとすることしかできなかった。

 

「そうなのですか、そんなに若い頃からこの店を切り盛りしてきたのですね……この工業都市で酒場の経営はなかなか難しいことも多かったのでは?」

 

「いやーまぁその場しのぎの行き当たりばったりで何とかなってきたもんでね。大変だと思うことは多々あったが、おかげさんでこうして別嬪さんにお酌してもらえるんだったら、苦労の甲斐があったってもんだ。ハッハッハ!!」

 

「あら、お上手ですわね。ありがとうございます」

 

 別の場所ではヴィーラは店主と談笑しながら飲んでいた。元アルビオン領主は社交性に優れているようで、気分を盛り上げる巧みな話術に店主は楽しそうに会話を弾ませていた。

 

「ビィ、ルリア。食事を楽しむのはいいが、食べ過ぎるなよ。イオも、ジュースを飲み過ぎるとお腹を壊すぞ」

 

 セルグは子供組の面倒を見ているようだ。その表情には優しさが垣間見えるも、楽しみながら飲んだり食べたりしすぎないようにと苦言を呈する。

 

「セルグ!! いい加減子供扱いはやめてって言ってんでしょ!!」

 

 そんなセルグの言葉にイオは噛みつくように怒りを露わにした。

 

「あのなぁ、いくら大人ぶろうが体は年齢以上には育ってるわけがないんだ。心配するのは当然だろう。さらに言うなら、夜遅くまで起きているのも頂けない。ほら、もうおあずけだ……」

 

「あっ、ちょっとぉ!?」

 

 そう言ってイオが飲んでいたものを取り上げるセルグ。不服そうなイオがセルグを睨みつけるも、頭に手を置かれて優しそうに撫でつけられては、心配されてることもわかり、何も言い返さずに従った。

 

「ほら、ビィもルリアも食べ過ぎてお腹壊す前にやめておこう」

 

 イオとセルグの様子を見てグランも二人に注意を促していた。

 

「グラン。ジータと一緒に子供を連れて先に寝ててくれ。どうせこっちはみんな遅くまで飲んでるだろうからな……」

 

「それはいいけど……セルグは一緒に飲まなくていいの? せっかくだから大人同士で仲良く飲んでてもいいのに」

 

「……これまで一人で生きていたオレに、あそこに飛び込んで仲良く、なんてのは簡単じゃないんだよ。それじゃあ、未成年組は任せたぞ」

 

 そう言ってセルグは酒だけもって店の外へと出て行く。グラン達はそんなセルグに疑問を感じるもみんなで就寝するために準備を始めていった。

 

 

 

 店を出てすぐの所、二つ置かれているベンチに腰掛けセルグは空を見上げていた。 

 

「はぁ……存外オレも臆病だな。まさかみんなの輪に入るのが不安でこうして星を見ながら一人で飲むことを選ぶとはな」

 

 皆が予想外に楽しそうに騒いでる中に、どうにも居心地の悪さを感じてセルグは一人店の外で星空の下、酒を煽っていた。

 グラン達と出会うまで、一人で生きていたセルグ。これまでの人生は戦いの連続でこうしてみんなと楽しんで飲むなどということは皆無であった。

 

「うう~ん……どこか遠くに行っちゃったのかなぁ」

 

 そんなセルグの元に少女の声が届く。セルグの様子が気になり、どうしたのかと心配になったジータが探しに来たのだ。

 

「ん? あれは……ジータ! どうした、みんなともう寝たんじゃなかったのか?」

 

 キョロキョロと辺りを探していたジータにベンチに座って飲んでいたセルグは声をかける。

 

「あ、セルグさん! そんなところで飲んでたんですか? わざわざ外で飲まなくても……」

 

「グランにも言ったがあの中に入っていくのは存外勇気がいるんだよ。特にオレにはな」

 

「別に、皆さん問題なく仲良くしてくれると思いますよ?」

 

「気にしないでくれ……臆病風に吹かれただけだ。みんなの輪に入って同じように楽しむことができるかってな」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべるセルグの様子にジータは何かを察したのかそれ以上は何も言わなかった。

 

「――そうですか。じゃあ、私もここで一緒に飲んでていいですか? 実はローアインさんがすこしだけお酒をくれたんです。物は試しでジータダンチョものんでみなって」

 

 そういって手に持つ酒瓶を見せるジータは悪戯をしようとしているような少し悪い笑みを見せる。

 その瞬間に、セルグの脳内で翌日ローアインへのお仕置きが決まった。まだ、十台半ばといったところのジータに酒を持たせる等言語道断。子供の健やかな成長を妨げる愚か者には裁きを下さんとセルグは脳内裁判で有罪判決を下す。

 

「おいおい、まだ15か16くらいのガキじゃなかったか?明日しんどくなっても知らんぞ。」

 

 そんなバカな思考をひた隠し、呆れた様子でジータをみるセルグは苦笑する。そんなセルグの様子にジータはイオの如く反発するのだった。

 

「も~そうやってまた子供扱い! イオちゃんと違って私はもう少し大人です! お酒だって少しくらい飲めますよ!」

 

 そう言うと、持っていた酒瓶を一気にあおるジータ。突如行われる暴挙に思わず顔を青ざめてセルグは止めに入った。

 

「おまっ! バカ、初めて飲むんだったら少しずつ飲ん……どけ……ああ、やっちまった」

 

 セルグの声が消えて行くにつれて、ジータの手にあった酒瓶の中身が消えていく。味なんて全くわからないままジータは一本丸々あった酒をあっというまに飲み干してしまった。

 

「うぅ……なんですかこれ……苦いし美味しくないです。なんで大人の人はこんなの飲めるんですか?」

 

「子供のうちから酒の美味しさなんてわかるかっての。それより大丈夫かジータ? あんなに一気にあおって……」

 

 セルグは何も考えずに飲み干したジータに心配の表情を隠せなかった。場合によっては少女にはかなり高いハードルかもしれないが吐き出させることも考えなくてはならないかと思考を巡らせる。

 

「大丈夫です! 私はもう大人なんですから、セルグさんに心配される必要はありません!!」

 

 普段のジータからは想像できないような強い口調でジータは問題ないと言い切った。既にこの時点で問題がありそうだが、セルグはひとまず落ち着かせることに終始する。

 

「わかったわかった。もう子供扱いしないから、おとなしくしてろ」

 

 そう言ってセルグはジータの様子をみた。幸いにも苦しそうな雰囲気はなさそうだが態度の変化からアルコールが回っていることは明白だった。とりあえず急を要する問題はなさそうだと判断してセルグはジータの隣で晩酌を再開する。

 

 

「――セルグさんは私のことを子供だと思いますか? 子供扱いされることにムキになって無理にお酒を飲んだ私を……」

 

 しばらく無言で飲んでいたセルグに唐突にジータは問いかける。自分の行動を振り返って恥ずかしくなったのか、その真意はセルグには分からなかったが、セルグは無碍にするわけにも行かず思ったことを口にする。

 

「ああ、お前たちはまだ子供だ。グランも含めてな。身長だとか、酒が飲めないとか、そういう話じゃなくだ。お前たちはまだ世界の闇を知らない。人の闇も、組織の闇も。聞くことを躊躇うような話はこの世界のあちこちにある。おまえたちはまだそれを知らないんだ……まぁ別にそう焦る必要はないさ。わざわざそんなものを好んで知る必要もないし、ヒトは時間とともに確実に成長できる。大人になっていく。だから今子供扱いされてるからって……ん?」

 

 ベンチで座り語っていたセルグの膝に、ジータの頭が乗っていた。酔いが回りあっさりと眠りについていたその寝顔はあどけない。これだけなら騎空団で団長をしているなどとは到底思えない年相応な姿にセルグは苦笑する。。

 

「全く、何真面目に語ってんだか……酔っ払い相手に。ヴェリウス、カタリナかヴィーラを呼んできてくれないか? ジータをちゃんと部屋で寝かせてやらないといけない」

 

 ヴェリウスを呼び出し酒場へと向かわせるセルグ。眠りについてしまったジータを優しい瞳で見守るセルグだったが、その姿はまるで娘を寝かしつける父親のようであった。

迎えに来たヴィーラがその光景をしばらく見続けて、翌日に盛大にからかわれるとはこの時思いも寄らず、セルグは静かにジータを見守り続けるのであった……

 




いかがでしたでしょうか。

上手く仲間たちを出し切って描いていきたいと日々精進中です。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第3幕

久しぶりの連続投稿!
宣言通りに半額キャンペーンが終わったので頑張っていきます。

あともしかしたら、と気づいたんですが、最新話が目次で一番下にないのって見づらかったりするんですかね。連続で読めるようにメインシナリオ、イベント、過去編とわけて並べてるんですが……


それでは、お楽しみください。



空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島

 

 

 前日を酒場で騒いで過ごした騎空団一行。お酒を飲めない未成年組(一人を除く)と大人組は対称的な顔でグランサイファーのある港を目指していた。

 

 

「うぇ~流石にしんどいな……ローアイン達と調子に乗りすぎたぜ……うっぷ」

 

「旧友と会ったてんでちぃっと飲みすぎたな。流石にオレも今日はしんどい……」

 

「ラカム、オイゲン。自業自得だ。まさかそんなになるまで飲んでいたとは。オレももう少し早く止めに入ってれば良かったか……」

 

 二日酔いが目に見えてひどそうなラカムとオイゲン。その他にも大人組はみな一様にひどい顔をしていた。

 昨夜外で一人飲んでいたセルグは、ジータをヴィーラに引き渡したあと酒場に戻ってみたものの、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 

 ラカムとローアインはテンションを上げすぎてひたすらに飲み続け、オイゲンは酒場の店主と大声で歌い出す。酔っても落ち着いてると思われたカタリナは厨房で劇物を作り始め(本人はつまみを作っていたらしい)ゼタは泣きながらセルグにくっつき始める。唯一素面だったロゼッタはその場を大いに楽しんでいたようで止めようとする気など更々なかった。

 結果セルグは、ジータを部屋に寝かして戻ってきたヴィーラと協力して皆を寝かしつけに回る羽目になった。皆が二日酔いならば、セルグとヴィーラは盛大に寝不足だった。そしてもう一人……

 

「うう、グラン~頭が痛い……気持ち悪い……もう吐きそう」

 

「うわああ! まて、まてジータ! ちょっ、セルグ! なんとかしてくれ、双子の妹が公衆の面前で吐きそう!!」

 

 昨夜何も考えず、飲んだことのない酒を一気に飲み干してしまったジータだった。

 成長しきっていない体に突如放り込まれた酒精は翌日になって、まだ大人に成りきれていない少女を人生最大の苦痛(二日酔い)へと誘った。そんな様子を見て、止められなかった罪悪感からか、セルグもため息とともに面倒を見ようとグランの要請に応える。

 

「全く……グラン、ジータの面倒は見ておくから、先に港に行って艇の整備の話を済まして来てくれ。ロゼッタ、一人だけ酒が残ってないだろう。手を貸せ」

 

「うん……頼むよ、セルグ。二日酔いの対処なんて僕じゃわかんないから……」

 

「はいはい、団長さんは港に行ってらっしゃい。こっちはお姉さんに任せて、ね?」

 

 ロゼッタがグランを港の方へと押していく。それに逆らわずにグランは皆と港へと向かう。

 グラン達を見送ると、セルグはすぐにジータを見やる。余りの顔色の悪さに昨日無理にでも吐き出させるべきだったかと思考がよぎるが、それはそれで問題もあるだろう。ヒトの身体は水筒のように簡単ではないのだ。

 一先ずの対処を考えてセルグは口を開く。

 

「ロゼッタ、背中を摩ってやっててくれ。オレは酒場に戻って店主に茶を淹れてきてもらうから」

 

「わかったわ。それにしてもあなた、随分面倒見がいいじゃない。それだけ適応力があるなら、昨日わざわざ外に出ていく必要なかったんじゃないの?」

 

 歩き出したセルグにロゼッタが問いかける。全てを見透かすような黒い瞳が嘘は許さんと言わんばかりにセルグを射抜いていた。

 

「気づいていたのか……? まぁ不自然ではあったか。人の面倒見るのと一緒になって騒ぐのはまた別モンだろ。というか、どうにも騒ぐってのが難しくてな。昨日の皆みたいに楽しむってことができないんだ」

 

「ふふふ、あなたも存外子供なのね。一体何を恐れているの?あなたが入っていったところで皆が楽しめなくなるわけじゃないのよ。一人で勝手に仲間はずれになってないで自分から行かなくちゃ。」

 

「ま、まぁ考えておくさ。それじゃ待っててくれ……」

 

 逃げるようにセルグは酒場へと向かう。そんなセルグの背中をロゼッタは新しいおもちゃを見つけた子供のような目で見つめていた。

 

 

 

 工廠へと付いた一行は、ドラフの整備士を前にして整備の話を進めていた。整備士の前にグランが出て対応に入る。大人を引き連れた若い団長に僅かに驚きを見せながらも整備士はグランへとその手に持った紙を見せた。

 

「あなたが団長さんですね? こちらが騎空艇グランサイファーの整備計画書になります」

 

「お、見積が終わったんだな。どれどれ……うへぇ、思ってた以上にひでぇな。俺もまだまだってことか……」

 

 詳細な艇の診断書を見てラカムは呻く。肝心の動力部は壊れてはいないが、主翼、尾翼、マスト。あらゆる外装部は無事なところが無いくらいにボロボロだ。己の実力が高ければこの被害はもっと軽く出来たのではないか……そう思わずにはいられなかった。

 

「仕方ないよ、ラカム。どんなに腕の良い操舵士にも限界はあるし、アドヴェルサに突っ込んだ時はそれしか手段がなかったりで、艇を気遣う余裕もなかったし……」

 

 グランが仕方が無かったことだとラカムを励ますも、ラカムの表情が優れることはなかった。操舵士として、艇が傷ついた理由を何かのせいにはしたくないのだろう。彼が人生を捧げてきた艇だ。操舵士として、そこには彼の譲れないプライドがあった。

 

「それについては私にも責任があります。ラカムさん、あなただけの所為ではありません」

 

 ヴィーラが責任の一端を感じ目を伏せながらもラカムへと声を掛けるがその効果は薄くラカムは見積もり書に目を走らせ続ける。

 

「整備に五日はかかりますね……それと今回の代金ですが」

 

「う、それがあったな……すまないが請求書を見せてもらえないか?」

 

 懸念事項だった支払いの話が出てきて今度はカタリナが呻く。

 決して裕福な旅をしてきてるわけではない一行にとって艇の整備費用はかなり大きな問題だ。

 騎空艇の整備となれば非常に高額なのが一般的だ。誰しもがホイホイ手に入れられるほど安いものではない。

 島の行き来は普通、定期便となる輸送用の騎空艇に乗合で移動することがほとんどのこの世界において、騎空艇の希少価値は非常に高い。当然、それを直す費用も高いのだ。

 だが、そんな彼らの懸念はあっけなく崩されることになる。

 

「あ、いえ。請求書なんてものはありませんよ。そんなものはなくてもみんなちゃんと払ってくれますし。それにオイゲンさんの騎空団からお代をいただくなんてできませんって」

 

「なっ!? しかし、騎空艇の整備となればかなり高額になるだろう。本当に良いのか?」

 

 あまりにもあっけなく支払いの問題が片付いてカタリナは信じられず聞き返す。代わりに何か依頼でも吹っかけてくるのか? そんなあらぬ疑念が浮かぶが、整備士の顔には清々しいまでの笑みが張り付いていた。

 

「いいですって! オイゲンさんには昔からお世話になりっぱなしでして……こんな時くらい恩返しをさせてください」

 

「うわぁ! 得しちゃいましたね!!」

 

「すげぇじゃねえか、オイゲン! おかげで助かっちまったな。」

 

 思わぬ幸運にルリアとビィはご機嫌な様子を隠せなかった。他の仲間も同様、嬉しさに笑みをこぼす。

 

「へぇ……オイゲンってこの島で一体何してたの?騎空艇の支払いがタダなんて相当な恩があると思うんだけど?」

 

 ゼタは素直な疑問をぶつける。艇の整備を無償で受けられる。これがどれだけすごいことかはゼタにも理解が出来ていた。

 

「なぁに、ここの連中とは昨日今日の付き合いじゃねえからな。色々と昔面倒を見ていたこともあってだな……」

 

 少々誇らしげにするオイゲンに、なぞは深まるばかりだが、わざわざ聞き出す必要もないかと考えゼタは引き下がる。

 

「ともかくこれで、グランサイファーは大丈夫だな。あとは直るのを待つだけっと」

 

「はいはーい! それなら、あたし、この島の見学をしたいんだけどー!」

 

 オイゲンの言葉にイオが嬉しそうに声を上げた。技術の島ガロンゾ。港と酒場の行き来だけでも道中に興味を引くものは数多あった。好奇心の強い子供ならではの提案がイオから出される。

 

「ああ、そうだな……イオもたまにはいいこと言うじゃねえか!」

 

 そこにラカムも乗り気で答える。

 

「もうー! たまにはって何よ! たまにはって!!」

 

 そんなラカムの発言に不満をこぼすイオだったが。ラカムはそれを受け流して語り始める。

 

「前に来た時は右も左もわからねえガキだったからな。改めて見てみたいとは思ってたんだ」

 

 大人になった今だから分かることがあるのだろう。街を見て回ることへの期待感をラカムは隠せずにいた。

 

「ううん……悪いんだけどちょっとジータが心配だから僕はもど」

 

「まて、グラン。団長である君が仲間を離れるのは少々好ましくない。何かあったときの行動に支障が出るかもしれないからな。私が戻るから君は皆と街を見て回るといい。大丈夫だ、セルグとロゼッタもいる、心配しなくていい。かわりにルリアのことを頼んだぞ。怪我とかしないように見張っていてくれ……」

 

 そう言うや否や、ジータの元へとカタリナは戻っていった。

 グランに気遣ってジータの介抱を買って出てくれたカタリナに感謝とわずかな不安を抱きながら、グランは笑顔をみせてオイゲンに振り返る。

 

「それじゃあオイゲン。僕らに街を案内してくれるか? 僕もここの技術には興味があったんだ!」

 

「お、いいことじゃねえか! 団長たるものそういうことにも目を向けないとな! よし、それじゃいくか」

 

 そう言ってオイゲンを先頭にグラン達は街へと繰り出していく。既に朝もとうに過ぎたこの時間。ガロンゾは既に技術の島の顔へと変わっていた……

 

 

 

 

「おお!? オイゲン……オイゲンじゃねえか!! はっはー懐かしいなぁ!」

 

「オイゲン? まさか、オイゲンさん!? あ、あの、俺のこと覚えてますか!?」

 

 

 街に繰り出したグラン達が見せられたのは、道行く人が次々とオイゲンに声をかけてくる光景だった。

 

「はわわ……オイゲンさん、大人気ですね」

 

 ルリアが感嘆の声をあげる。街中で見せられた懐かしさや憧憬の眼差しが向けられるオイゲンがどれだけ慕われているかがよくわかる光景だ。

 

「アウギュステでも傭兵団の隊長をやっていたし人望があるんだな! オイゲンは!」

 

「うーん、やっぱりちょっと信じられないわね。ここまで慕われるなんて、相当凄いことやってそうなんだけど……」

 

 ゼタはどうにも釈然としない様子で、そんなゼタを不思議に思うグランが声をかける。

 

「ん? 何がおかしいの、ゼタ?」

 

「あ、いや、何でもない。ただ普段の姿からはちょっと想像できなかっただけ」

 

 そう言ってあっさりと引き下がるゼタに不思議に思うも、グランは街並みを見回していた。

 古くから工業都市として栄えた島の雰囲気は活気に溢れ、あちこちで声が上がる賑やかさと、仕事に熱心に打ち込む情熱を感じられた。

 

「それにしても、オイゲンが大人気というか、オイゲンだけ大人気というか……」

 

 目の前の光景にそう呟いてイオは、視線を横に向けると、そこには何かを考える素振りを見せているラカムがいた。

 

「あ、あのね、ラカム! 気にしない方がいいわよ! ほら、その……人間関係は広ければいいってもんじゃないわ!」

 

 ラカムの思案顔にイオは妙な気遣いを見せる。オイゲンだけが注目されている目の前の光景にラカムが悲観しているとでも思ったのだろう。だがそんなイオの言葉にラカムは呆れたような表情で返した。

 

「ったく、何変な気を遣ってんだ。俺がガロンゾに来たのは十にもならないガキの頃だぞ? 今の俺をラカムだとわかるやつなんざそうそういねえだろうよ」

 

 そう言って考える素振りを止めたラカムだったが、その表情が優れることはない。ラカムの雰囲気に何か気がかりがあるのかと、グランも疑問を覚え問いかける。

 

「ラカム、それなら一体なにをそんなに思いつめることが……?」

 

「いや実はな、なんだか何かを忘れてるような……思い出せそうな気がしてんだ。」

 

「忘れて? 思い出せそう? 何を忘れてるのかを思い出せそうな感じ?」

 

「いや、いいんだ。なんでもねえ。ちょっと気になってただけだ。それにしても、整備に五日か……それだけガタがきてたってことか……」

 

 ラカムは話題を変えてグランサイファーのことを思い出す。整備修復というのであれば騎空艇といえど、普通なら二日三日で済む。だがグランサイファーは五日もかかるというのだからどれだけボロボロなのか、その程がわかるだろう。悔しげなラカムの表情にはグランサイファーを酷使しすぎた事への後悔が含まれていた。

 

「仕方ねえさ、それだけ酷使してきたんだ。五日ですむんならまだいいほうだ。おとなしく待とうじゃねえか」

 

「ああ、それもそうだが……なぁ、グラン。グランサイファーの整備が終わったら次はどの島を目指すんだ?」

 

 ラカムは次の目的地をグランに尋ねる。場合によっては整備に少し注文を付ける必要もあるかもしれない。熱い島も寒い島も動力部には負担をかける。今後の予定としてどの島に行くのかは操舵士として必要不可欠の話だ。

 

「そうだね……まずは空図の欠片を集めたい。ファータ・グランデを抜けるためにも空図のかけらを集めるのが最優先なんだけど」

 

 星の島イスタルシア……お伽噺の存在であるこの島にたどり着くには空域を跨ぐ必要がある。そしてその手段は、各島一つ存在する空図の欠片を集める事。

 集めてどうなるか、どのように効果を発揮するのかは具体的にわかっていないが、彼らの旅路の目的は一先ずここに集約される。

 

「でも……私、できるならオルキスちゃんとまたお話がしたいです・ルーマシー群島であんな別れ方になってしまって。それに……」

 

 俯きながらルリアが口を開いた。ここまでの旅路でであった似た境遇を持つ少女の。その存在がルリアの心に影を落としていた。一時は共に行動をしていたその少女は、帝国の者と共に彼らの元を去ってしまう。友達となったはずの少女の安否、さらにルリアの胸中にはもう一つの気がかりなことがあった。

 

「それに……?」

 

 言葉が止まったルリアにグランは続きを促すように問いかける。

 

「それに、私知りたいんです!自分が一体何者なのか……それを知りたい」

 

 ルリアの決意の言葉がグラン達に届いた。星晶獣を扱うチカラ。帝国に狙われる理由ともなるこのチカラと未だに不明なルリアの出自。自分が何者なのかを知らない少女の願いはグラン達としてもは助けになってあげたいと思う願いであった。

 だが……

 

「それは時が来ればわかることだよ。ルリア……君は何も心配する必要はない。」

 

 

 突如聞こえた仲間の誰でもない声に、一行が驚く。一行が振り返った先には白髪の少年が、穏やかな雰囲気を纏い、立っていた。まるで最初からそこにいたと思える程急に現れた気配に一行はすぐさま警戒心をあらわにする。

 

「それよりも……この島から出た後の心配なんて少し気が早いんじゃないかな? 帝国も島に来ているし、なによりも、グランサイファーは現在、島を出ることを許されていないからね」

 

「坊ちゃん……お前さん、何者だ?」

 

 オイゲンが最大警戒で少年を睨みつける。なんの気配もなく接近してきた少年は、尋常ならざるものを感じさせていた。

 ルリアからオイゲンへと視線を移す少年は今度は懐かしそうな表情を見せて答えた。

 

「ああ、オイゲン。君は変わらないね……それに久しぶりだ、ラカム」

 

 少年の口からはオイゲンとラカムの名前が出てきた。グラン達は知り合いなのかと言うように二人に視線を向けるが、オイゲンもラカムも戸惑いを見せて首を横に振って答えた。

 

「え、あ? いや、悪いんだがその……誰だ?」

 

 ラカムが率直に少年に尋ねた。仮に知り合いならばこの時点で、怒りを覚えても仕方ないかもしれないが、少年はなんともないような表情のままラカムに答えを返す。。

 

「そうか……まぁ君は幼かったからね。しかし、その目は変わらないな、安心したよ。これなら約束もきっと直ぐに……」

 

「ちょっと君、割り込んで申し訳ないけど、ちゃんと説明してくれる? さっきの島を出たあとの心配は気が早いって……どういう意味?」

 

 ゼタが二人の会話に割り込んで険悪な雰囲気で問いかけた。アルべスの槍を手に持ち、警戒態勢は解かれていない。

 

「言葉通りの意味さ。なにせグランサイファーはいま、この島を出ることができないからね」

 

「へー。一体何を仕掛けたっていうわけ? ことと次第によっちゃ」

 

「ゼタさん、まだ何かをされたわけではないのですから、結論を急いてはいけません。さて、大人しく話してくださいませんか? 一体何を根拠にグランサイファーが飛べないと?」

 

 ゼタは猛りさらに問い詰めようとするが、ヴィーラがそれを窘めて再度少年へと問いかける。だがヴィーラも警戒心は解かれておらず、その視線は鋭く少年を睨み付けている。

 

「ああ、いや。違うんだ。艇に何かするとかそういう話じゃないよ。グランサイファーは整備が終わって飛び立てるようになってもこの島を離れることができないんだ。とある約束を果たさないとね……」

 

 少年の言葉にまた一行は驚きを見せる。

 

「ど、どういうことなんだ? 約束を果たさないとって……整備の料金の話かな? オイゲン。やっぱりなにか誓約があったの!?」

 

「いや、そんなハズはねえ。アイツは確かに代金はいらねえって言ったし、条件なんかも言わなかった」

 

「じゃ、じゃあ一体どういう意味なのよ。約束っていったい」

 

 イオが少年に詰め寄ろうとしたときだった。

 

 

 

「イオ・ユークレース、それ以上のこの場での発言は慎みなさい」

 

 

 

 またもや、別の声にグラン達には驚きながら視線を向けた。

 そこにいたのは、エルーンの女性。メガネをかけて知的な雰囲気とは裏腹に、眼光鋭くグラン達を睨みつけていた。

 

「貴方達に対し、エルステ帝国は彼の発言に対してのこれ以上の詮索を許可しません」

 

「な、いつの間に!?」

 

「帝国軍か!?」

 

 エルステ帝国の単語を聞きグラン、ゼタ、オイゲンが直ぐに戦闘態勢に入った。

 

「失礼、紹介が遅れました。私はエルステ帝国宰相。フリーシア・フォン・ビスマルクです。赤いトカゲを連れた騎空士。貴方がこの騎空団の団長ですか? 情報によると双子と聞いていたのですが……もう片割れはどこです?」

 

 そんなグラン達を見ながら、フリーシアは問いかけて来るも、興味なさげにすぐに視線を外した。

 

「まぁ捨て置いて良いでしょう。さて、貴方達騎空団に対し、エルステ帝国は国の研究資材であるルリアの返還を求めます。無益な戦いは好みません。大人しく渡して頂けますか?」

 

 フリーシアは淡々と要求を告げてきた。周囲は兵士達が取り囲んでいるし、数の差は圧倒的である。しかし、この場にそんな要求を飲むものなどいない。グラン達は返答として武器に手をかけた。

 

「はっ、結局はそれかよ……黒騎士はどうした? ルリア奪還を狙ってたのは黒騎士だったはずだ」

 

 オイゲンが情報を引き出そうと口を開く。この場において簡単に主導権は渡さないとように言葉を投げかけるがそれはフリーシアの後ろから出てきた男に阻まれた。

 

「それを、貴方達が知る必要はありませんねぇ……そんなことより、自分たちの心配をすることですねぇ!! かならずや復讐を果たしルリアは帝国に返してもらいますよぉ!!」

 

 フリーシアの後ろから出てきたのはポンメルン。これまでのグラン達の旅において、度々彼はルリアを奪還しようと現れてきた。だが、その度に命令を遂行できず苦渋を舐めさせられてきている。その復讐心がグランたちへと向けられた。

 

「グラン、助けて……」

 

 ルリアは後ろから現れたポンメルンの様子に震えながらグランの服を掴む。

 そんなルリアの様子にグランは安心させるように力強くその手を握って口を開いた。

 

「フリーシアさんでしたね……残念ですが僕らがルリアを帝国に渡すことはありません。それからもう一つ。訂正してもらいたい。あなたたちのためにもね」

 

「ほぅ? 一体何をですか? 我々のために我々が何を訂正するというのです」

 

 フリーシアの問いに、グランは大きく息を吸い込んで答えた。

 

「ルリアは普通の女の子だ! 国の研究資材だとか、ふざけるのも大概にしろ!!!」

 

 力いっぱいに叫ばれた言葉に仲間たちは目を丸くした。だが、それも一瞬。

 

「ヒュー! 言ってくれるぜ、グラン!」

 

「見直しちゃった!さすが私達の団長さん!!」

 

「今の、カタリナにも聞かせてあげたかったわー」

 

「おいおい、なんだか随分かっこいいこと言ってくれんじゃねえか」

 

「お姉様に負けず劣らずでしたわ」

 

 仲間達はグランの声をきっかけに戦闘態勢に入った。誰ひとり臆することなく、その瞳はギラギラとやる気に満ちている。

 

「ふんっ、小僧が何を粋がっている。仕方がありませんね……その少年を捕らえなさい!!」

 

 グランの一喝に一つも同様を見せないフリーシアは淡々とした声で指示を出す。その声に従い後ろに控えていた帝国兵が動き出した。しかし、その行く先はグラン達ではない。

 

「おや、どうやら面倒なことになりそうだね」

 

「な、なにしやがるんだ!? そいつはオイラ達とは関係ねえじゃねえか!!」

 

 焦る様子もなく件の少年は帝国兵達に捕らえられていく。

 その様子にビィが抗議の声を上げるもそれは届かず、少年は抵抗もしないまま連れ去られてしまった。

 

「聞けば、貴方達の騎空艇はいま、理由はどうあれ島を出られないそうですね……袋の鼠ならば、焦って捉える必要もない。事情を知っている少年はこちらで預からせてもらいます」

 

 そう言ってフリーシアは兵を伴いその場を去っていく。

 グラン達は立ちふさがる帝国兵に成す術なく、それを見送ることしかできなかった……

 

 

 

 

「なんてことを……全く無関係の人をさらっていくなんて!!」

 

「油断してた。まさか無関係なやつをさらっていくたぁ思わなかった」」

 

「さすがに関係無い人を巻き込んで、放っておくわけにもいかないもんね……卑怯だけど効果的だわ」

 

「それに、グランサイファーがこのままじゃ島を出られないってのも結局聞けずじまいだ。助けに行かないわけには」

 

 グラン達は口々に怒りを露わにしていた。

 関係ない人間を巻きこむ帝国もそうだが、ソレをあっさり許してしまった自分達にも怒りを覚えてしまう。拳を握るグラン達は一様に悔しげな表情を見せていた。

 

「ひとまず、ジータ達と合流しましょ。何をするにしても、バラバラじゃ、分が悪いわ」

 

 怒りに震えながらもイオが合流を提案する。

 このまま愚痴を言っていても仕方が無い。早く行動をしなくてはならないと皆を促す。

 

「そうだね、ジータが動けるようになってればいいけど」

 

 朝のジータの様子を思い出し一抹の不安を覚えるグランだったが、先導してジータを探すべく、皆と行動を開始する。

 

 

 

 

 

「どうだジータ。そろそろ大丈夫か?」

 

 セルグは目の前に佇むジータに問いかけた。セルグの言葉に振り返るジータの顔色は朝よりは大分マシになっており、死にそうな雰囲気はもう無い。

 

「はい、もうそんなに苦しくないです。その……セルグさん。ロゼッタさん、ご迷惑をおかけしました。カタリナも、ごめんなさい」

 

「なに、大人になるほどよくあることだ。あんまり気にするな。そんなこと言うなら昨日のみんなもひどかったからな。別段ジータだけが迷惑をかけてるわけじゃない」

 

「そうだ、セルグの言うとおり、そんなに気に病むんじゃない。我々は迷惑だと思っていないし私も……昨日はそれなりにひどかったからな。あまり人のことを強くは言えない」

 

「ふふ、そうね。あなたのあれ(劇物)は流石に迷惑のレベルじゃないからね……それに比べたらジータのなんて迷惑の内に入らないわ。」

 

「う、そんなに私はひどかったのか。す、すまない」

 

 ロゼッタの言葉に見るからに落ち込むカタリナ。本人は何をしたのか記憶にないほど酔っていたのだと勘違いしているが、カタリナはそれほど酔っていたわけではなく、記憶に中にある料理が原因だとは夢にも思ってなかった。

 

「(おい、あれ(劇物)については本人は気づいてないんだから知らせないでやれよ。流石に善意でやってることにあまりひどいことは言えないだろう)」

 

「(あら、それじゃあなたはこれからあの子のあれ(劇物)を処理してくれるって言うの? 気づかせてあげるのも優しさじゃなくて?)」

 

「二人共コソコソと何を話してるんだ? なにか気になることでも?」

 

「ああ、いや、何でもない! 何でもないぞ!」

 

「はぁ、結局それなのね……」

 

 水面下で行われた小さな攻防は誰に気づかれることもなく終わりを告げる。

 

 

 セルグ、ロゼッタの中にカタリナも加わりジータの介抱は行われていた。女の子にあるまじき呻き声を上げながら様々な痴態を晒してしまったジータは(どんな痴態を晒したのかは彼女のためにも仔細を記すことはやめておこう)、心底泣きそうであったがそこは団長としての強い精神力で我慢し、三人の協力もあって普通に過ごせる程度には回復していた。

 そんなこんなですこしだけのんびりしていた四人に遠くから声が近づいてくる。

 

 

「おーい、ジータ!!」

 

 

「あ、グラン。なんか焦ってるみたいだけど……どうしたんだろう?」

 

 走ってくるグランに疑問を感じるジータ。カタリナ、ロゼッタ、セルグもなにかを感じ取り向かってくるグランに視線を向ける。

 

「ジータ、もう大丈夫なのか?」

 

「うん、なんとか。三人のおかげでね! それで、急いでたみたいだけどどうしたの?」

 

 四人の視線がグランに向かう。遅れて着いた仲間たちも集まり、その場でグラン達は報告を始めた。

 

 

 

 

「なるほど、帝国の宰相までもが出てきたか……少し探ってみよう、ヴェリウス!」

 

 セルグはヴェリウスを呼びつける。呼びかけに応え、そばに降り立つヴェリウスを一撫でしてから、頼み込んだ。

 

「すまないがヴェリウス。帝国の戦艦がどこにあるか探してもらえないか……できれば規模も合わせて。無理はしなくていい。場所だけでもわかれば御の字だから。頼んだ」

 

 セルグの依頼にヴェリウスはすぐさま飛び立つ。あっという間に空高くへ飛んでいき、皆が見えなくなるほど遠くへと消えていく。それを見送ったところでセルグはグランとジータへと顔を向ける。

 

「さて、一体どうするんだ? 少年が言うにはグランサイファーは約束を果たさないと飛べないんだろう?」

 

「うん、そうらしい。そしてその内容も全然わかってないのが現状なんだ」

 

「そうすると、まずはその子を助けなきゃいけないのかな……?」

 

「そうだが、そんなに時間もねえだろうな。俺たちゃぁ、今袋の鼠だ。帝国が増援でも呼びつけりゃあっという間に捕まっちまう。早々に問題を解決して島を離れねえと、ルリアを奪われることに成り兼ねねえ……」

 

「ううむ、まずはヴェリウスの帰りを待つか……ひとまず少年を取り戻さなくてはヒントも得られないからな」

 

 状況を把握しながら皆が口々に意見を述べていく。意見が出尽くしたところで、セルグは静かに口を開いた……

 

「早いな……さすが記録の星晶獣だ。見つかったぞ。規模はまだ不明だがオレたちがグランサイファーを止めた港とは反対の方だ。どうする、グラン、ジータ?」

 

「そうですね、わかったのなら後は動くだけです!」

 

「あ、あのさ。僕から少し作戦があるんだ――グループを二つに分けようと思う。あの子を助けに行くグループと、思いっきり暴れて陽動を掛けるグループに」

 

「ほう、面白そうだな。人選は任せよう。グラン、どう振り分けるんだ?」

 

 セルグが興味深そうにグランに続きを促す。

 

「うん。まず救出チーム。ジータとカタリナに指揮を任せるよ。陽動は危険が伴うからルリアとビィもそっちで。護衛としてロゼッタと、オイゲン。回復役にはイオ。あと、ラカムも救出チームがいいかな。なんか彼と関係がありそうだったしね」

 

「ふむ、理に適ってるな」

 

「陽動チームは僕とゼタ、ヴィーラにセルグで行こうと思うんだ。ヴィーラにはシュヴァリエが、セルグにはヴェリウスがいるし、ゼタも戦闘能力には申し分無い。それと僕は一度宰相さんに会ってるから陽動の方がいいと思うんだ。僕たちが正面切って攻めてきたと少しでも思わせることができそうだからね」

 

 僅かな沈黙。

 仲間たちはグランの作戦に驚きを隠せないでいた。

 

「あ、あれ……なんか間違ってる?」

 

 訪れた沈黙に心配そうな表情を見せ始めるグラン。だが仲間たちは心配とは正反対の感心したように声をあげる。

 

「まさかそこまで考えられていたとはな……グランが頭脳派だったことにオレは驚きだよ。戦力の把握、振り分けは見事に尽きるな」

 

「こう言ってはなんだが、どちらかというとジータの方がそこらへんは考えられそうだったからな。私も驚いた」

 

「ちょっと二人共! こっちは必死に考えてんだからそういうことは言わないでくれよ」

 

 セルグとカタリナの素直な評価に嬉しいの半分悲しいの半分のグランだった。

 

「自信を持ってください、グランさん。とても理にかなった作戦だと思います」

 

「ああ、作戦としては申し分ない。いっちょやってやろうぜ!!」

 

 ヴィーラとオイゲンが落ち込むグランを激励する。

 

「ヴィーラ、オイゲン。ありがとう!さて、行こうか。さっさとあの子を取り戻して、グランサイファーを飛べるようにしないとね」

 

「おう!!」

 

 グランの声に仲間達の応の声が重なる。

 グラン達の少年救出作戦が幕を開けようとしていた。

 




いかがでしたでしょうか?

前回の日常編といい、メインシナリオに入ってからシナリオの進行が遅い気がしてならない作者です。一体終わりまでどれだけ書き上げることになるのかと、やる気半分絶望半分といったところです。

前置きでかいた目次と最新話について物申す方がいましたらどうぞ。そこらへんの常識って作者はこれが処女作なのでわからないのです

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第4幕

またまた投稿。筆は進めど話は進まずでちょっと焦っています

何故か昨日投稿したらアクセス数が跳ね上がって疑問が尽きない作者です。(数字を見てやる気は振り切れましたが)

それでは、お楽しみください。


空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島

 

 

 

「何をしている!! 相手はたった四人だぞ!! 一人ずつ包囲して殲滅しろ!!」

 

 指揮官であろう帝国兵の怒声が飛ぶ。その指示に従うように戦艦の甲板ではたった一人の男に向かい十人を超える兵士が殺到していた。

 

「ふむ、こちらは少数……包囲殲滅という判断は戦術的には間違っていないだろうな。だが、思慮が浅すぎる……」

 

 剣閃が舞う。流麗な動きで振るわれる刀は最速を以て、迫りくる帝国兵を完膚なきまでに切り捨てていく。

 

「こちらの戦力がどんなものか把握できていないのに動くのは間違いだったな」

 

 帝国兵をあっさりと切り捨てたセルグの呟きは戦闘の音にかき消され、帝国の指揮官に届くことは無かった。

 

「セルグ、大丈夫……って聞くまでもないか」

 

 セルグの背後にグランが背中合わせに立つ。眼にはスコープを付けており、いつもより二割増しで表情は硬いがその顔に憂いは欠片も見られない。背後に立つセルグに全幅の信頼を寄せているのだろう。

 

「そっちこそ大丈夫か? これだけの数だ、恐らくだがここまでの人数を相手にすることは経験したことが無いと思うが――今日のそれはなんだったか?」

 

「今日は”サイドワインダー”だ。見ててくれセルグ。多数を相手にするにはもってこいのスタイルだから!!」

 

 戦闘中は固いグランの表情が俄かに崩れ小さな笑みが浮かぶと、グランは手に持つ弓“ディアボロスボウ”を空に向けて構える。弓の先端にはみるみる魔力が集まっていき瞬く間に爆ぜて、次の瞬間には大量の魔力矢が帝国兵に降り注ぐ。

 

「おお~二人がよく使ってる技だな。いつもより二倍ぐらい凄いが……」

 

 グランの活躍に思わず感嘆の声をあげるセルグ。その声を聞いたグランも表情はそのままだが嬉しそうな声音で答えた。

 

「元々アローレインはサイドワインダーで使える技だからね。威力も使い勝手も他で使うときとは段違いだ!」

 

 そういって次々と弓を射掛けて、グランは帝国兵を倒していく。頼もしく戦うグランの姿に、セルグは安心したように一息つくと視線鋭く帝国兵士たちを睨み付けた。

 

「これは、負けていられないな――絶刀天ノ羽斬よ!我が意に応え、その力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て!!」

 

 言霊の詠唱。解放された天ノ羽斬が輝く刀身をみせ、セルグは凶悪な笑みを見せる。

 

「悪いが少しだけ本気でいくぞ。恨むならこの場に居合わせてしまった己の不幸を恨むんだな……」

 

 一足。大きく間合いを開けていた兵士達の群れに飛び込むとセルグが縦横無尽に暴れだす。

 回避、反撃。そんなものは必要ない。相手の剣が向かって来ようが彼の剣閃は先の先を取り続ける。その恐ろしいまでの剣閃の速度は兵士達の間に突如巻き起こった竜巻のようで、次々と兵士たちは駆逐されていくのだった。

 

 

「やるわね……セルグは流石の一言だけどグランもすごいじゃない! ヴィーラ、あたし達も負けてられないわよ!!」

 

 そんな二人をみて対抗心を燃やすのはゼタとヴィーラ。陽動を任された以上、こちらも負けていられないと闘志をみなぎらせる。

 

「そうですね……このままで終わっては皆さんに顔向けができなそうです。少し本気で遊んであげましょうか。――シュヴァリエ!! 主の剣となり盾となりて、我が道に立ちはだかる者を斬り払え!!」

 

 呼びかけに応えて顕現したシュヴァリエによってヴィーラの装いが変わる。星晶獣シュヴァリエの力を身に纏うヴィーラは、圧倒的な力をその剣へと付与していった。まるで心臓の鼓動のように剣に脈打つチカラは彼女の闇と、シュヴァリエの光を纏う。準備ができたと同時に、ヴィーラは高揚感に包まれながら、声を上げた。

 

「フフフフ……アーハッハッハッハ! さぁ、誰から遊んで差し上げましょうか? みんな一緒でも……構いませんよ!!」

 

 恍惚の表情を浮かべながらヴィーラは嬉々として帝国兵を切り捨てていく。元々の彼女の気質もあるだろうが、シュヴァリエのチカラを身に纏うと戦闘中は一時的な高揚感がヴィーラを襲う。普段はそこまで大きくもないはずなのだが、今日に限っては彼女のやる気は多分に漲っているようである。

 笑いながら帝国兵を切り捨てるさまは、狂人、或いは変態一歩手前といった感じだ。そんなヴィーラを見てしまったゼタは、置いてけぼりにされたままその柔肌に鳥肌を立たせてしまう。

 

「なんか……あの子とだけは背中合わせで戦っちゃいけない気がするわね。っと私もがんばんなきゃ! アルべスの槍よ、我らが信条示し、貫くための牙と成れ!」

 

 言霊の詠唱と共にゼタは帝国兵の密集地点に突撃していく。猛る炎を叩きつけ、鋭く槍を振るい次々と帝国兵をなぎ倒す。いつも通りに戦っていつも通りの力強さを見せていたゼタだが、槍を振るうたびにゼタの表情が変わっていく。何かを確かめるような思案する顔を見せていたが、それは徐々に喜色へと変わっていった。

 

「ん……? なんだか戦いやすい? あぁ――なるほど。セルグと戦うために特訓したのは無駄じゃなかったわね!!」

 

 帝国兵の動きを読み切り、最小限の動きで倒していくゼタ。槍の強みを最大限に生かし戦うゼタは徐々に無駄を省き、その精度を上げていく。セルグと戦う為、これまで星晶獣を相手に戦ってきた、力で攻めるスタイルを変えたゼタは、今ここで特訓の成果を実感した。

 

「あは、あははは! すごいわこれ……気に食わないけどセルグに感謝しなきゃ! さぁてドンドン来なさい。今日の私は、疲れ知らずなんだからっ!!」

 

 頼もしい叫びと共にゼタは次々と帝国兵を打倒していく。筋肉ではなく関節を使い、効率よく、効果的に攻撃を加えていくゼタは徐々にその勢いを増していき、ヴィーラ同様、楽しそうに笑いながら敵を屠っていた。彼女もどうやら、変態一歩手前の仲間入りを果たしたようである。

 

 グラン、セルグ、ヴィーラ、ゼタ。もはや帝国兵全滅も可能にするような勢いで、彼らは戦艦の上を縦横無尽に暴れ回っていった。

 

 

 

帝国戦艦内部。外とは打って変わって静まり返っている戦艦内の通路にジータ達は潜入していた。

 

「なんだか、ちょっと心配になるくらい派手にやってるね……」

 

 先程から慌てて兵士たちが甲板へと向かう姿を見続けている。漏れ聞いた報告を聞く限りでも、グラン達がとんでもない勢いで戦っていることがわかる。外の騒ぎを聞いて逆の意味で心配になってきているジータだった。

 

「改めて思うが彼らの戦力は凄まじいな。星晶獣の力を使えるヴィーラやセルグだけでなく、打倒セルグを目指し特訓していたゼタも相当強い……ジータにも言えることだが天星器を一度使いこなしたグランも、戦闘に於いてはかなり力をつけてきている……私も帝国では一応優秀な軍人であったのだが、なんだか少しだけ負けた気分になってしまうな」

 

 言葉とは裏腹に呟いたカタリナの表情は明るい。頼もしい仲間が増えたことを嬉しく思っていることが良くわかる表情だった。

 セルグとの出会い……これがもたらした影響は大きい。彼自身の戦力だけではなく、未だ発展途上である若き団長の二人は天星器を使いこなしたこともあり大きな成長を遂げた。他の仲間達も同様に、セルグの強さに影響されて更なる高みを目指している。

 

「いいじゃない。そしたらあなたも強くなればいいのよ。貴方だってまだ十分若いんだから……怖気づくことないのよ」

 

 ロゼッタがそんなカタリナに物申す。自分の限界を感じるにはまだ早いのではと言外に伝えていた。

 

「それもそうだな。何よりもルリアを守るためには、私がもっと強くならねばいけないな……」

 

「大丈夫ですよ! カタリナも十分強いです!!」

 

 カタリナは、励ましてくれるルリアに視線を向けると新たな決意をする。置いてかれているなら追い付けばいい。まだまだ自分は強くなれる。その強い意志を瞳に宿していた。

 

「ほれ、感慨にふけるのは後だ。せっかく派手に暴れてくれてんだ。こっちもしっかりやらねえとな!」

 

「そうだな……こんだけやってもらって失敗しましたじゃ、合わせる顔がねえ!!」

 

 ラカムとオイゲンが気合十分といったように声を張る。

 

「ちょっとー。一応潜入してんだからね……大きい声なんて出したらバレちゃうでしょ」

 

 イオがそんな二人に苦言を呈した。相変わらず外の喧騒とは打って変わって内部は静かである。大きな声を挙げれば、巡回している兵士が聞きつけてくるかもしれない。

 

「あ、あはは……そうだね。それじゃ皆さん、気を引き締めて行きましょう」

 

 声を潜め物音を立てずに通路を進んでいく救出班だった。

 

 

 

 

 甲板で暴れまわるグラン達の対処に、帝国戦艦の指令室ではフリーシアが檄を飛ばしていた。

 

「何をしているのです!! たかが四人を相手にいつまで好き勝手に暴れさせているのですか!?」

 

 所詮は一騎空団……正面きって攻め込んでくるとは思わなかった帝国は、彼女も含めて全て対応が後手に回っていた。帝国宰相の肩書を持つフリーシアといえど、主な仕事は執政であり軍務ではない。優秀な軍略家がいればこんなことにはならないことが容易に想像できる光景だった。

 

「ポンメルン大尉! 今すぐ甲板に出てあの者たちを叩き潰してくるのです! 手の空いているものもこれに加わりなさい。それから例の少年を艦橋まで連れてきなさい。彼らの狙いはあの少年のはず、こちらの監視できるところへ置いておいた方が……」

 

「フリーシア宰相閣下! 報告です。捕らえていたはずの件の少年が脱走した模様であります! 報告によれば機密の少女を連れた騎空団によるものだと!」

 

「なっ! 奴らは陽動だというの!? っく、まさかこうもいいようにしてやられるとは……あの男を呼びなさい! ただちにルリア奪還の任を与えるのです!」

 

 二転三転する事態に、激昂するも次点の策をすぐに出せるのは彼女がそれだけ優秀だからであろう。

 彼女の要請を受け、兵士はすぐに動き出す。現状を打破できる可能性のある、フリーシアの切り札ともいえる人物の元へと……

 

 

 

 

 

「やれやれ、こんなにも好き勝手されるとは、ですねぇ……」

 

 暴れまわるグラン達がいる甲板で、突如聞こえるのは特徴的な語尾の男の声だった。

 フリーシアの指示で甲板へと出てきたポンメルンはわずか四人の襲撃者に散々な状況となっている兵士たちを見て感心したように声を上げる。

 

「あ? なんだあの髭のおっさん?」

 

 セルグがポンメルンの声に反応しそちらに視線を向けるとそれに合わせて仲間たちも視線を向けた。

 

「あの人は、帝国の大尉さん。アウギュステやルーマシー群島でも何度も僕らに襲い掛かってきた嫌な人ってところかな……ちなみに狙いはルリアのはず」

 

「ふむ、要するにボスってことでいいんだな?」

 

「まぁ、その認識で間違いはないと思うよ……」

 

「私を前にして何をのんびりおしゃべりしてるんですかねぇ!!」

 

 暢気に会話していたセルグとグランを見咎めてポンメルンは割って入る。

 

「全く、誇り高き帝国軍人がたかだか一騎空団にここまでやられては帝国の名折れだというのに、揃いも揃って皆さんは何をしているのですかねぇ……よく見ておきなさい、帝国とは絶対の証。決して侮られてはいけない最強の軍隊であるということを!!」

 

 周囲にいる帝国兵に向けて檄を飛ばすと共に、彼自身から強大な力が発せられる。掲げられるは黒い水晶。ルリアの能力を解析し、星晶獣のチカラを模した帝国の研究の産物。”魔晶”のチカラがポンメルンを包み込んだ。

 

「この魔晶の力を以て、こんな小僧どもは一捻りにしてあげますねぇ!!」

 

 巨大な鎧と魔物が融合したような。端的に言ってしまえば気持ち悪い姿へと変身したポンメルン。グラン達はその場に集まりポンメルンと対峙した。

 

「感触としては、星晶獣の劣化といった感じか? 面倒だな、一気にやるか」

 

「えぇーっと、一応それなりに苦戦はすると思うんだけど……」

 

セルグの事もなげな雰囲気にグランは少し呆れたように返すも、彼自身今のポンメルンはさしたる脅威ではないと認識していた。

 

「図体でかいって事はそれなりに耐久力はあるだろう? 面倒だから大技で一気に決めてやろうってことだ。ゼタ、ヴィーラ準備運動は十分か?」

 

「異論無し」

 

「問題ありません」

 

 言葉短く告げる二人の表情は、早くぶちかましてやりたいと言うような目をして、ポンメルンを睨み付けていた

 

「まぁ、僕も異論はないけどさ……とりあえず、思いっきりやればいいんだね!」

 

「おう、その通り!」

 

 セルグの言葉にやる気を出したグランが弓を構えると先端へと意識を集中し始める。魔力によって形成される矢、集まる魔力は暗い、暗い闇を帯びていき、それは向けられた者を絶望の淵へと叩き落とす色へと変えていく。

 

「ちょ、ちょっと待つのですねぇ!!」

 

 弓に集まる魔力に若干の恐れを抱いたポンメルンは慌てた様子でグランを止めようと動き出すが時すでに遅し。

 

「暗き闇へ、絶望へと沈め……“深淵の淀み”!」

 

 放たれた魔力は巨体となったポンメルンを押しつぶすように頭上から闇の奔流となって降り注ぐ。何とかそれを防ごうとしたポンメルンは頭上からの魔力にその場に釘づけにされてしまう。

 次に前に出るはヴィーラ。シュヴァリエの力を剣に付与し準備万端といった様子だ。

 

「次は私がいきましょう。我が道を切り開け、シュヴァリエよ! “ドミネイトネイル”!」

 

 ヴィーラより放たれた魔力で形成された闇の剣がポンメルンに突き刺さると共に、シュヴァリエがヴィーラから離れると、高速でポンメルンを切り刻んでいった。

 

「次は私だね!」

 

「ヒェ! ちょっと、ちょっと待ってくれですねぇ!!」

 

 前に出るゼタにポンメルンが待ったをかけるも、ゼタはそれに嬉しそうな笑顔で答える。

 

「やっぱり戦闘っていったら思いっきり力を開放したいもんだよね……あの戦い方は疲れなくていいけど、ストレスたまるのよ。というわけで――アルべスの槍よ、その力を示せ!!“プロミネンスダイヴ”!!」

 

 炎を纏うゼタが、アルべスの槍ごと、ポンメルンに吶喊していく。槍の先端で連続爆発を起こすゼタのプロミネンスダイヴは巨大化したポンメルンを貫きながら焼いていった。

 

「お前ら、容赦ないというか……まぁいいか。ポンメルン大尉殿、折角だからオレのも受け取っておけ!!“絶刀招来天ノ羽斬”!」

 

 刀を収めたセルグは全力を込めて天ノ羽斬を振り抜く。放たれた斬撃は極光の斬撃となって既にボロボロとなっているポンメルンを呑み込んだ。

 

「アギャアアア、ですねぇえええ!!」

 

 断末魔にまで特徴的な語尾が出てくるのは、実はまだまだ余裕があるからではないか、と小さな疑念を抱かせながらも、ポンメルンは吹っ飛ばされ戦艦の中へと消えていった。

 

「なんだかちょっと、かわいそうな気がしないでも……」

 

「グランさん!? 何を言っているのです。彼がもたらしたお姉さまへの不快指数は、私の許容範囲を振り切っていたのですよ! これくらいでは許されません!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 笑顔でそんなことを告げてくるヴィーラに心底恐怖するグランだったが表情には出さずに、静かになった甲板の上で一息吐く。兵士たちはまだいるが、あっけなく倒されたポンメルンを見て絶賛戦意喪失中だ。

 これ幸いとばかりにグラン達は状況の推移をみた。

 

「う~ん、時間的にはもう出てきてもいい頃だと思うんだけど……何かあったかな?」

 

 救出班の脱出が予定通りに進んでいないことを危惧するグラン。陽動を始めてから結構な時間が経っていた。予定では既に救出班と合流して撤退する時間のはずである。

 

「こちらはボスを倒して余裕も出てきた。何かがあって対処できない状況になっていたとしたらまずいな……迎えに行くべきだろう」

 

 セルグもグランの危惧に同意し、迎えに行くことを提案する。

 

「そうだね、何かあってからじゃ遅いし、すぐに行こう!」

 

 ゼタも同意して四人は救出班の援護に向かうのだった。

 

 

 

 

「……まさか、こうまで楽に救出できるとは思わなかったな。グラン達はどれだけ派手にやってるんだ?」

 

 ありえないほどあっさりと少年の救出に成功した救出班。一応は牢にぶち込まれていた少年であったが、鍵を持つ兵士すら甲板に駆り出されたのか、近くに鍵が置いてあると言うアホみたいな状況であり、カタリナはそのあっけなさに思わず呟く。

 

「宰相つったって所詮は執政官。戦闘に於いてはからっきしなんじゃねえのか? こんなにあっさり騙されてくれるとは思わなかったけどな」

 

 ラカムもあっけなさと言う点では同意を示す。このあっけなさはグラン達の陽動が効きすぎている、というよりは対処しきれなくて後手後手に回っているのだろうと捉えていた。

 

「皆さん、いくら上手くいっているからと言って、油断はしないでください。脱出できるまでは気を抜いては……っ!?」

 

 ジータが突如足を止める。鋭く睨むその視線の先には一人の男が立っていた。ドラフ特有の角を持ち、その体躯はドラフの中でも大きめの部類に入るだろう。

 帝国の戦艦内で、体躯に優れるドラフの男。間違いなく軍人であることは容易に想像がつく。

 

「残念だがここから先へは行かせねえよ。全く好き勝手やってくれたな雑魚共が! どうせなら表で派手にやってる奴等とやりあってみたかったがまぁ仕方ねえか――さぁ、楽しませてもらおうか!」

 

 早速臨戦態勢をとる男。だが、ジータ達の戦力は六人。たった一人で立ちはだかった相手にカタリナは怒りを覚える。

 

「この人数を相手に一人だと……なめられたものだな。ラカム、オイゲン。援護を! すぐに片付けてさっさと脱出しよう!!」

 

「任せろ!」

 

「応よ!!」

 

 二人に援護を任せカタリナが男に接近していく。その手に持つ剣を男に叩きつけるべく振りぬこうとしたが……

 

「カタリナ、だめ!!」

 

「なに!?」

 

 ジータの声と共にカタリナの剣は男に止められていた。わずか二本の指に挟まれた剣はいくら力を込めても微動だにしない。

 

「そこの嬢ちゃんの方が戦力把握はできてるようだな……このオレ、“ガンダルヴァ”中将様を相手に、全員でかかってこねえなんて、どっちがなめているのかおしえてやらぁ!!」

 

 男の激昂と共に蹴りが繰り出されカタリナは大きく後退させられた。

 

「ぐう、なんて蹴撃だ……まるで星晶獣並みの一撃だ!」

 

 カタリナがやられた瞬間、一行から余裕は消えた。男はまだ手に持つ剣を抜いていない。にも関わらず、その覇気は一行を呑み込むほど強大な気配を漂わせる。

 

「みんな、私たちの目的は脱出すること……無理に倒す必要はない」

 

「ああ、すまなかった。逸って判断を誤った。奴はとてつもなく強い……」

 

 ジータの確認にカタリナは先ほどのミスを謝ると改めて剣を構える。気を引き締めたカタリナにつられるように仲間達も警戒しながら武器を構えた。

 

「イオちゃん、タイミングを計って魔法で目くらましをお願い。前衛は私とカタリナで防御に徹するから隙を見て狙ってくれる?ラカムさん、オイゲンさん。援護をお願いします。私たちがやられないよう上手く隙を埋めて下さい。ロゼッタさん、相手の行動の妨害を……ルリア、使っちゃだめだよ。私たちが何とかするから逃げる準備だけしておいて」

 

 ジータは最後にルリアへ釘を刺す。星晶獣を使役する力はセルグに言われたようにできるだけ使わせたくなかったからだ。ジータの言葉に頷いたルリアは静かに逃げることだけを考えるようにした。

 

「作戦会議はおわりか~? それじゃあ――いくぞ!!」

 

 真剣な面持ちとなった一行をみても、絶対の自信故か、ガンダルヴァは素手のまま突撃してくる。

 

「みんな、いくよ!!」

 

 対するジータも、掛け声と共に走り出した。

 救出班の面子は前衛が少なかったため今のジータはウェポンマスターの鎧を着ている。手には闇の力を持つ剣“ラスト・シン”を携えガンダルヴァと正面からぶつかり合った。

 

「はぁ!!」

 

 滑るように懐へと入り込み一閃。その剣閃はウェポンマスターに引っ張られた彼女の気迫が乗せられた協力無比な一閃である。

 

「ハッハー!弱い弱い!!」

 

 しかしウェポンマスターとなっているジータの力ですら、ガンダルヴァはあっさりと退ける。ジータが振るった剣は、鞘に納められたままの剣に止められ、更には腕を取られて放り投げられた。

 ラカムとオイゲンが援護をする間もないまま、ジータが宙を舞う。

 

「キャア!」

 

「ジータ! くそ、ラカム援護しろ、オイゲン、ジータを頼む」

 

 そう言ってカタリナが何とか前衛を務めようと前に出るがガンダルヴァは恐れを知らないように走り出す。全力で、正面から……

 

「ま、まさか――クソっ、やらせるか!」

 

 突進してくるガンダルヴァの思惑に気づきラカムが銃弾を放つが、それはまたしても鞘であっさりと防がれた。

 

「んな、バカな!?」

 

 驚愕にラカムは目を見開く。簡単に防いでくれているが、放たれているのは紛う事なき銃弾なのだ。

 火薬が炸裂し、爆発の勢いを閉じ込められた銃身によって一定方向にのみ向けられて加速した銃弾は普通であれば、躱すことも防ぐことも困難なものであるはずなのだ。

 信じがたい現実に驚いてしまったラカムを誰も責める事は出来まい。だが、その瞬間は大きな仇となる。

 

「ハッハッハッハ、こんなもんかよオラァ!!」

 

 そのままガンダルヴァはその巨躯に物を言わせて体当たりを敢行する。巨体がもつ質量と速度はそのまま体当たりの威力を跳ね上げた。

 後ろに控えていたイオ達も含めて、一行は成すすべなく倒されてしまう。その場に立つのはガンダルヴァと、後ろに守られていた少年。そしてルリアだけだった。

 

「お前が機密の少女ってやつか……どれ、そこのガキと一緒にさっさと連れていくか」

 

「いや……こないで」

 

 ルリアは歩み寄ってくるガンダルヴァの姿に恐怖して声が震える。 ガンダルヴァの手はそんなルリアの腕をつかみ軽々と持ち上げた。

 

「いや、いやああ!! カタリナ、ジータ! 助けて!!」

 

「うるせえな、ギャーギャー喚くんじゃねえよ。殺されてぇのか?」

 

 必死に叫ぶルリアの声に応えるものはおらず、耳元で叫ばれたガンダルヴァがうんざりしたように呻く。そのまま指令室まで戻ろうとガンダルヴァが踵を返した時だった。

 

「汚い手で……ルリアに触らないでよ!!」

 

「何ぃ……ッ!?」

 

 強い声と共に立ち上がったジータが奥義を放つ。

 ラスト・シンから放たれる三本の闇の剣がガンダルヴァを捉えた。衝撃にルリアを手放したガンダルヴァは横殴りに吹き飛ばされるも、すぐさま効いていないように立ち上がる。

 

「ほう……こんな攻撃をできる奴がいたとはな。おもしれえじゃねえか。もう少し遊んでもらおうか!!」

 

 強者を見つけた喜びに顔を染めたガンダルヴァが再びジータへと向かう。

 

「上等――いくらでも戦ってあげるわ!!」

 

 対するジータも、強い意志を瞳に宿し、ガンダルヴァと対峙する。彼女の胸中に湧き上がるは怒り……ルリアの悲痛な声を聞いたジータの心に強い怒りの炎が灯されていた。

 未だ抜くことのなかった剣を抜き放ち、ガンダルヴァがジータと激突する。

 

「ランページ!!」

 

 掛け声と共に、ジータに力が漲った。一時的に筋力を強化したジータはその力に任せ剣速を上げる。

 ガンダルヴァに向けて縦横無尽の連撃を繰り出していくジータ。だが、剣速を上げたジータの連撃を難なく躱して防いでいくガンダルヴァにはまだ余裕が感じられた。

 足りないと感じたジータが更に声を張り上げる。

 

「レイジ!!」

 

 ランページから更にジータは強化を重ねる。感覚が鋭敏になり力の流れを知覚した彼女は、より効率良く剣を振るう。己が出せる最速と最強をもって繰り出されるジータの攻撃力は群を抜くだろう。

 

「いいぞ! どんどん動きが良くなるじゃねえか!! 次はどうする、まだあるんだろう……?」

 

 しかし、強化を重ねたジータの怒涛の攻撃すら、ガンダルヴァは楽しむ余裕を見せながらも退けていく。突きを払い、薙ぎを防ぎ、振り下ろしを躱す。ジータの攻撃に対し、無駄なく対応していく様は明らかな実力の差を感じさせた。

 

「くっ、ウェポンバースト!!」

 

 底の見えないガンダルヴァの実力に焦ったジータが奥の手を繰り出す。瞬間、ジータの体を魔力が覆った。魔力によって強制的に研ぎ澄まされた集中力が今一度奥義を放つ一助となる。

 

「このおお!! コンヴィクション・ネイル!!」

 

 掛け声と共に放たれたジータの奥義。強化を重ねて放たれた闇の剣は先ほどガンダルヴァを吹き飛ばした時とは比べ物にならない程強いものであったが

 

「ハァッハッハッハ!!」

 

「うぐ!?」

 

 それでも、ガンダルヴァは手に持つ剣を振るうだけでそれを防いで見せる。全力の奥義を防がれたジータは成す術なく、ガンダルヴァの拳を受け仲間達の元へと吹き飛ばされた。

 

「久しぶりに手ごたえのある相手だったぞ、小娘。ここ何年か味わった事がない衝撃だった。だが今のが全力だったようだな……お前の負けだ」

 

 これで詰みだというように敗北宣言を突きつけてくるガンダルヴァ。強化に強化を重ね、全力を出し切っても歯が立たなかったジータは息を切らせながら尚も起き上がった。

 実力の差は明白。ここからは仲間達を逃がすための時間稼ぎくらいしかできないだろう。ガンダルヴァの脳裏をそんな思考がよぎるが、顔を上げたジータが浮かべていたのは、ガンダルヴァの予想とは異なり、追い詰められた表情ではなく笑顔だった。

 

「何がおかしい?」

 

 怪訝な表情へと変わるガンダルヴァをみてジータは静かに口を開いた。

 

「残念でした――――貴方の負けよ。」

 

 唐突にジータはガンダルヴァに告げる。純然たる事実を突きつけるように。

 

「なんだと――――これは!?」

 

 ジータの言葉に驚くのもつかの間、ガンダルヴァの足元には茨が絡みついていた。

 倒れたままロゼッタが放った技、荊で相手の動きを拘束する“アイアンメイデン”である。

 

「悪い子にはお仕置きしてあげないとね……ねぇ、団・長・さん」

 

 顔を起こし、悪戯っぽく笑うロゼッタに苛立ちを募らせたガンダルヴァは力任せに拘束を解こうとする。だがそこに一人の男性の声が響いた。

 

「お膳立てしてもらったんだ――外すなよ」

 

 静かな通路に響き渡るのはセルグの声。通路の奥。救出班の背後にその姿があった。そして答えるのは

 

「――当然!」

 

 彼らの“団長”、グランだ。

 グランがスコープ越しに放った一撃。最大まで力を溜めて放たれた“キルストリーク”が正確無比な一矢となってガンダルヴァの胸を穿つ。そのあまりの威力にガンダルヴァは大きく吹き飛び、壁を壊して奥へと消えた。

 

「無事か……? どうやら満身創痍といった様子だな」

 

 駆け寄ってきたセルグが救出班の面々をみて呟く。救出班が遅いことを危惧して迎えに来たが判断は間違っていなかったと、皆の様子に安堵を浮かべた。

 

「ヴィーラ、ゼタ、子供は任せたぞ。グランはカタリナを。ジータは……なんとか動けそうだな。おっさんたちは自力で動け。殿はオレが受け持つ。さっさと脱出しよう!」

 

 現状を確認するとすぐさま指示をだして、セルグは撤退を促した。

 グラン達もすぐに動き出し、傷ついた仲間達を支えながら、戦艦を後にしていく。

 

 

 

 

 こうしてアクシデントはあったもののグラン達はなんとか少年の救出を成功させる。

 だがこの戦いは帝国宰相フリーシアに、グラン達の戦力を脅威と知らしめるきっかけとなるのであった……

 

 




如何でしたでしょうか。
オリジナル色も強まり着地点が上手くまとまるか少し不安な作者です。
戦闘については決め手となる部分はあらかじめ考えておくんですが細かい戦闘の流れはキャラの気持ちになって脳内に映像を思い描いて描写しております。(つまり細かい部分は閃きに近いのです。)
戦闘中にどんな動きをするかなんて基本反射に近い動きかと思ってこんな書き方です。
もちろん読み直しておかしくないかはチェックしていますけどね。

ガロンゾ編が長くなっております。うまくまとめたいところですが、描きたい様に描かせていただきたいと思います。当然ながらアドバイスや指摘は大歓迎で受け付けます!

それではまた。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第5幕

話が……進みません(−_−;)

ガロンゾ編長すぎてまずいですね。
一つの島を終えるのにどれだけかかるのやら

それでは、お楽しみ下さい。


空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島

 

 

 

「はぁ、はぁ……なんとか、みんな無事に脱出できたかな?」

 

 グランが全員を見回して問いかける。そんなグランに仲間達は問題無いように頷く。

 攫われた少年を救出すべく帝国戦艦へと潜入したグラン達はなんとか救出作戦を成功させて、現在、ガロンゾの街で物陰に潜みながら休息を取っているところであった。

 

「それにしても、帝国の中将……ガンダルヴァでしたか。とてつもない強さでした。正直、グラン達が来てくれなかったら、ルリアもそこの男の子も連れ去られていたと思います。全く……歯が立たなかった」

 

 戦艦内での戦いを思い出しジータは悔しさに表情を歪ませる。そんなジータに同意を示すのは共に戦い、成す術が無かったカタリナ達だ。

 

「銃弾は簡単に防ぐ。剣撃はあっさり見切られる。全く、セルグといい勝負だ……」

 

「本当、勘弁してほしいぜ。銃弾ってそんな簡単に防げるもんじゃねえだろうがよ」

 

「老体にはちぃっとキツイ相手だったな……中将ともなりゃ普通は前線から退いてそうなもんだが、ありゃ根っからの武闘派だな。死ぬまで前線で戦い続けるタイプだぜ」

 

「流石の私も肝が冷えたわぁ……でもその後の団長さん達、二人ともかっこよかったわね!」

 

 一人ズレている人もいたが、そんなカタリナ達の様子に、グランも真剣な面持ちで答える。

 

「そんなに凄かったの? となると、これからは彼の存在を視野に入れて動かなきゃいけなくなるかな……セルグ、どう思う?」

 

「一先ず、オレが相手をしよう。今回みたいに分かれて行動でもしなけりゃ対処できるだろうさ。できるようなら面倒だから殺しておく。不安要素はできるだけ排除しておきたい。まぁ任せてくれ、きっちり借りは返しておこう」

 

 そう告げるセルグの顔には凶悪な笑みが見え隠れしていた。戦艦内で仲間がやられていたのを見たセルグは、その胸の内に強い怒りを宿していたが、グランに不意打ちを任せるために何とかそれを押し留めていた。己の手を下せずに、止めをグランに任せていたこともあって、溜飲が下がってはいなかったことが伺える。

 

「せ、セルグ……あまり直接的な表現は。その、ルリアやイオもいることだし……教育上良くないというか」

 

「あ、あぁ、すまない。これからは気を付ける。確かに言葉が悪かったな――さて、哀れにも今回巻き込まれたっていう不運な少年ってのは誰だってお前!?」

 

 セルグは救出された少年を見やるなり驚愕に声を上げる。仲間達は急に驚きの声を上げたセルグに驚くがそれよりも先に少年が動いた。

 

「やぁ、セルグ。久しぶりだね。こうして君にまた出会えたことに、僕は運命を感じずにはいられないよ!」

 

 そこには嬉しそうな表情でセルグに話しかける少年がいた。

 

 

 

 

 

 

 騒動の収まった帝国の戦艦内では被害状況の確認とグラン達の追跡任務への指示の声が飛び交っていた。

 

「すぐに島全体に捜索隊を出すのですねぇ!」

 

「ですが大尉。先ほどの戦闘で動ける人員がかなり減っております。人海戦術は難しいです」

 

「ポンメルン大尉! 動ける人員だけで構いません! すぐに捜索隊を派遣しなさい!」

 

 報告を聞いていたフリーシアは声を荒らげてポンメルンへと指示を出した。ポンメルンがその指示に慌てて捜索隊を編成すべく動いていくのを見送ったフリーシアは司令室で怒りの形相を露にする。

 

「クソッ! まんまとしてやられた! あれほどの数の兵士を相手にできる囮にガンダルヴァ中将を退けての救出を成功させるなんて……たかが一騎空団がどれだけの強者を抱え込んでいるというのだ。

機密の少女を連れた騎空団。こうなっては本気で潰す必要がありそうですね」

 

「なんだ? 結局してやられたわけか? 宰相さんよ。」

 

 怒りを隠そうともしないフリーシアの姿をみて司令室へと赴いたガンダルヴァが声を掛ける。グランから強烈な一撃をもらっていたにも関わらずその姿は壮健でどこにも負傷は見られなかった。

 

「ガンダルヴァ中将! 一体何をしていたのですか!? 貴方ともあろう者があんな小僧の率いる騎空団に遅れを取るとは!」

 

「ああ~悪かったな。ガキと雑魚しかいなかったんで油断してたのは確かだ。心配しなくても次はしっかり命令を遂行してやるさ。」

 

 フリーシアの怒りを向けられたガンダルヴァは、口では申し訳ないと言うもののこの騒動を引き起こした騎空団に強者の気配を感じて笑みを浮かべていた。

 戦闘を楽しむ狂気の笑みにフリーシアは僅かに戦慄するが、それを押し殺してフリーシアはガンダルヴァへと再度命令を下す。

 

「次こそは確実に任務を果たしてもらいます。機密の少女の奪還。なんとしても遂行するように」

 

「わかったわかった。こっちも楽しみだからな。しっかりやらせてもらうさ。だから早く見つけてくれよ」

 

 そう言ってガンダルヴァは戦艦内の私室へと戻っていった。

 フリーシアはガンダルヴァを見送ると冷静になって状況を確認し始める。

 

「島を出ることはできないのなら発見は時間の問題。奴らの戦力が幾ら高くてもガンダルヴァ中将に敵うとは思えませんが――最悪の想定は必要ですね」

 

 フリーシアは呟くと同時に通信機へと手をかけた。

 

「整備班。例の兵器の起動をしておきなさい。すぐに使えるように調整も。大至急です」

 

 通信を終えたフリーシアは一息ついて報告を待つ。あとは魚が網にかかるのを待つだけ……静かに待つフリーシアの表情が怒りから徐々に笑みへと変わっていくのに、大した時間は必要なかった。

 

 

 

 

 

「はぁ……まさかお前だったとはな、ノア。知ってれば助けになんか行かなかったんだが」

 

 呆れたように……いや、どことなく悔しそうに呟くセルグ。そんなセルグと、ノアと呼ばれた少年の様子に訳が分からず立ち尽くす仲間達。

 セルグをみて運命を感じずにはいられないとのたまう、少女のような少年の様子に一部から何やら不穏な視線が向けられていた。

 

「セルグ、あんたこの子知ってんの? 名前まで知ってるってことは、セルグのことだから結構な仲なんじゃない?」

 

 仲間を代表してゼタが問いかけていく。やや棘のある言葉も交えてかけられた問いかけにセルグは苦虫を噛み潰したような表情をみせながらも、素直に口を開いた。

 

「名前知ってたら結構な仲って、お前オレの事バカにしてるだろ?」

 

「うん、友達作るタイプじゃないだろうし」

 

 あっけらかんと答えるゼタに頬を引きつらせつつも、なんとかそれをぐっとこらえて表情を戻し、セルグは仲間の疑問に答えるのだった。

 

「間違っちゃいないが、お前後で覚えてろよ……そいつは星晶獣だよ。以前この島に来たときにオレが狩ろうとしたんだが、ふわふわした奴で、害もないから放っておいたんだ。確か“艇作り”を司る星晶獣だったか?聞いた時はなんでもありなんだと笑ったな」

 

 セルグがもたらしたまさかの情報にグラン達の表情が一変する。

 

「せ、星晶獣!?」

 

 グラン達の驚愕の声が重なった。一見するとどこからどう見てもヒューマンの少年にしか見えないノアが星晶獣だと言われて驚かない人間などいないだろう。

 

「ふふ、彼の言うとおり、僕は艇作りを司る星晶獣、ノアだ。ついでに言うなら、グランサイファーの製作者でもある」

 

 ノアが自己紹介として告げた事実に仲間たちはまたもや驚愕の声を上げる。今度はセルグも含めて……

 

 

 

「まさか、そんなにも驚かれるとは思わなかったよ。君たちなら星晶獣なんてたくさん知っているだろうに」

 

「いや、確かに何度も目にしてはいるが……こうして面と向かって話せる星晶獣は初めてだ。本当に星晶獣なのか?」

 

 カタリナは、ルリアに確認の意を込めて視線を投げる。

 

「ううん、ちょっと気配はわからないです。なんとなく感じるんですが、とっても掴みにくくて」

 

 ルリアも気配を感じられず困った顔を見せた。チカラが弱いのか、気配が弱いのか、なんにせよ見た目や態度と同じでノアの感触はルリアにとってつかみにくいようである。

 

「星晶獣って何なんだ? オイラもう、わけがわかんねえよ」

 

「セルグさんも言ってましたけど、ホント何でもアリなんですね」

 

「それにグランサイファーの製作者だってマジなのか?」

 

 ビィとジータが呟けば、続いてラカムがノアとグランサイファーの思わぬ繋がりに、信じられないように問いかける。

 

「ああ、ラカムにも伝えるのは初めてだったね。以前の君はとても幼かったから、難しい話は全て隠していたんだ。ごめんね」

 

 ラカムの問いにやや申し訳なさそうな声でノアは答えた。

 とりあえずは一通り皆が疑問を解決したところでセルグは再びノアへと言葉をかける。

 

「んで、何で態々救出なんて待ってたんだよ? 星晶獣であるお前が態々捕まって、態々助けられるのを待ってるとか、迷惑にも程があるぞ?」

 

「いいじゃないかセルグ。久しぶりに訪れてくれた旧友が捕らえられた僕を助けに来てくれる……これほど心躍ることはないよ! それに、彼らなら間違いなくそうしてくれると信じていたからね。グラン、ジータ。それにラカムやオイゲンも……僕が知ってる彼らなら間違いなく動いてくれるとわかっていたから待っていたのさ」

 

 ノアは実に嬉しそうに語った。しかし、セルグの表情は優れない。

 

「その信頼は確かにオレ達にとっては嬉しい評価かもな。だがその信頼のせいで、下手をすればルリアが帝国に捕らえられていたかもしれない……素直に喜べる気はしないな。」

 

 セルグは視線鋭くノアへと返す。セルグの怒りを含んだ視線にノアは少しだけ目を伏せた。

 

「それはすまなかったね……つい君達との邂逅が嬉しくて君達への迷惑を考えていなかった。でもその気になれば彼女がなんとか……っとどうやら命の危険が迫ってきそうなのでやめておこうか。とりあえず、どうか許して欲しい」

 

 何かを言いかけて止めたノアに怪訝な表情を見せるセルグだが、追及はせずに謝罪を受け取る。焦った表情をしていたノアの周囲にはバラの香りが漂っていた……

 

 

 

 

「それで、本題に入りたいんだが……グランサイファーが飛べないって話だ。あれは一体どういう意味なんだ? 約束ってなんなんだ?」

 

 ノア救出作戦の目的でもあった、約束への言及。ラカムがノアに気になっていたことを問いかける。

 

「前にも言ったね、グランサイファーはとある約束を果たさないと飛べないんだ。その約束とはラカム。君と僕との大切な約束だ。それを果たせなければグランサイファーはいつまでもこの島に縛られ飛べないだろう……」

 

「それは本当なのか……申し訳ないが、第一俺にはお前との記憶が無い。確かに何かを忘れてしまってる感じはしているが、そもそもその約束すら本当にしたものなのか疑問だ」

 

 ラカムはノアの言葉を信じ切れずにいた。それはそうだろう。約束と言われてもノアと出会った記憶すらラカムにはないのだ。ノアが言うには約束までしたと言うのだからそれなりに親密な関係を築いているはずがラカムはそれを覚えていない。

そんなラカムにノアは嫌な顔をせずに答えを返す。

 

「おや、僕の言う事を信じてくれないのかい? 困ったな……グランサイファーが飛びたてないのは事実だし、約束を思い出してもらえないと、僕にはどうにもできないんだけど。そうだ! それじゃ、僕とラカムの馴れ初めを皆に聞かせよう。話を聞けば少しは思い出すかもしれない。あれはそう……十年以上も前の話だよ。」

 

 急に語り始めたノアに仲間たちは興味津々と耳を傾けていく。その表情をほころばせ嬉しそう聞き耳を立てる仲間達へと嬉々として語り始めた。

 

「幼いラカムは見知らぬ島でつい保護者のオイゲンとはぐれてしまい、泣きじゃくりながら裏通りを」

 

 初っ端からラカムが赤面する黒歴史が始まりラカムは慌ててストップをかける。

 

「まてまて! なんでそんな事知ってんだ!? それを知ってるのはオレとオイゲンと……」

 

「何故って? 僕がその時君と出会ったからさ。可愛いものだったよ。泣きながら必死にオイゲンの名前を叫ぶラカムはね」

 

「ま、まて! わかった、わかったから! あ~確かにお前さんはこの島で俺と出会っている。きっと約束もそのときにしたんだろ……」

 

 もはややけっぱちに近い勢いでラカムはノアとの出会いの記憶に付いてをみとめた。彼自身はまだ何も思い出していないがこれ以上恥ずかしい子供の時分の事を晒されてはたまったものではない。

 ジロリと聞こえてきそうな視線を向けてノアを睨み付けていた。

 

「ふふ、信じてもらえて何よりだよ」

 

「……あの慌てよう。どうやら本当の事らしいわね。」

 

 二人のやりとりを見てイオがしてやったりといったような表情でラカムを茶化す。

 

「ラカムにもそんな時代がね~いまじゃ全然考えられないわね。」

 

 ゼタが興味深そうに頷き、仲間たちは皆一様に新たな発見を楽しんでいた。

 

「ラカムさん、少し落ち着いてください。あまり大きい声を出されては――」

 

「おい! こっちから声が聞こえたぞ!!」

 

 大声でノアを止めたラカムのせいでヴィーラの忠告空しく、一行は捜索中の帝国兵に見つかってしまう。

 

「全く……誰かさんが大慌てで大声出すから見つかっちまったじゃねえか! さっさと片付けて場所を変えようぜ!!」

 

 ビィがラカムを責めるように言うも、その一声ですぐさま戦闘態勢に入る一行。捜索部隊程度では伝令を出すことも叶わずあっさりと討ち取られていった。

 

 

「グランサイファーのあるドックに向かおう。艇の中に隠れてしまえば捜索の手から逃れられるだろう……街の中じゃオチオチ話もできない。」

 

「その方が良さそうですね。ラカムさんも落ち着いて考えたいでしょうし……皆さん行きましょう。」

 

 カタリナが艇に戻ることを提案してジータの声のもと、一行はグランサイファーへと向かう。

 

 

 

 

 街中を慎重に歩くグラン達。道中も思案を続けるラカムはしきりに唸りながら首をかしげていた。

 

「約束……か。だんだん思い出してきた。確かにあの時、俺はノアと会っている。迷子になっていたところを助けてもらって……それから覚えていないがいろんなことを話してた。」

 

 ラカムは必死に思い出してきたことを紡ぎだす。徐々に思い起こされる幼い記憶が僅かながらノアの存在を思い出させたようだ。

 

「なぁ坊ちゃんよ……」

 

 そんなラカムを尻目にオイゲンはノアへと話を振った。

 

「お前さんがラカムと約束したってのはわかったが、それとグランサイファーが飛べないことがどう関係あるんだ。約束を果たさないと飛べないってのは……まさかとは思うがお前さん、星晶獣の力を使ってグランサイファーを?」

 

 徐々に目つきが険しくなるオイゲン。彼の言葉に仲間達にもピリピリした雰囲気が漂いそうになる。

 

「確かに、グランサイファーを飛べなくしているのは星晶獣の力だね……ただし僕の力ではないよ。それを説明するにも、これから向かうグランサイファーがあるドッグは丁度いいかもしれない。」

 

 意味深な回答を残してそのまま歩き出すノアに、グラン達は疑念を抱きつつもついていくことにした。

 

 

 

 

「ああ、グランサイファー……こんなにボロボロになってまでラカム達を守っていたんだね。製作者としてこれほど誇らしいことはない」

 

 ドッグに着くや否や、ノアは嬉しさと悲しさの混じった感嘆の声を上げる。

 

「一先ず乗り込んで話をしようか……ラカム何か思い出した?」

 

 グランがここまで考え込んでいたラカムに声をかけるも、その表情は曇ったままだった。 一行は艇へと乗り込み話を再開する。

 

「それで、約束とグランサイファーが飛べない理由。これが星晶獣の力って話だったな……ノア、一体どういう事なんだ?」

 

 セルグが早速話を切り出した。ノア以外の星晶獣によってグランサイファーは飛べないという。その言葉の意味とは。グラン達も期待を込めたようなまなざしをノアに向ける。促されるようにノアは静かに語り始める。

 

「僕とは別に、この島には星晶獣がいるのさ。どちらかと言うと、僕のほうが野良で、島にまつわる星晶獣と言えばそっちの方だよ。名は”ミスラ”。契約を司る星晶獣だ」

 

「契約を・・・司る?」

 

 グラン達はいまいち、理解できていない様子である。そんなグラン達にノアはヒントを与えるように質問を投げかけた。

 

「このドッグで行われていること。君たちはこれをみて不思議に思わなかったかい?」

 

 そういってノアはグランサイファーからドック内を見渡す。同様に視線を向けたグラン達の目の前で行われているのは艇の製作や整備。そして仕事への報酬の支払が行われていた。

 

「別におかしい所はないと思うけど……敢えて言うならみんな厳つい強面のオッサンばっかりって所かしら?」

 

「おいおいイオ……そんな言い方はあんまりじゃねぇか? ここのオッサンたちだって好きで強面になったわけじゃ」

 

「というか職人ってやつはみんなあんな感じだろう。別段不思議な事じゃないと思うが……オレが気になった事と言えば、この場に紙とペンがないって所か」

 

「そういえば、請求書などの書面が無いのには私も驚いた……高額な取引になる騎空艇関連は普通、契約書などの書面は必須だと思っていたからな……」

 

 セルグとカタリナが気づいたことを告げるも、この島の事をよく知っているオイゲンが反論する。

 

「しかし、ここの奴らはみんな義理堅いからな……契約を反故にする奴なんかいねえし、何十年も前からこの形だ。他の島とは違うかもしれねえがそれは住民が義理堅いかどうかって話だろう?」

 

「そりゃあまぁ、ここが以前からそうだって言うならそうなのかもしれないが」

 

「そう、普通ならそう思うだろうね。でも、もしそれが逆だったら?」

 

 ノアは静かに問いかける。問われたグラン達はノアの言いたいことが読めずに呆けたまま次の言葉を待った。

 

「契約を守るために義理堅いんじゃない。契約を守らざるを得ないから義理堅くなってきた……としたらどうだい?」

 

「な!?」

 

 ノアの言葉にグラン達は息を呑んだ。

 

「星晶獣ミスラは、無意識や事象に働きかけて契約と言われるものを全て遵守させる。そこに例外はなくどれだけ強力な星晶獣であろうともね……」

 

「それじゃあまさか、俺がノアと交わした約束をミスラが?」

 

 ラカムが思わずノアへと問いかける。飛べない理由。約束を果たさなければいけないとなればラカムが言うように答えは決まっている。

 

「そうだね、本来なら子供の他愛ない目標のような約束だった……でも、幸か不幸かそれは契約としてミスラに認識されてしまったんだ。これが、グランサイファーがこのままではガロンゾから飛び立てない理由だよ」

 

 ノアはどこまでも淡々と話す。ラカムからすれば思い出せない約束に縛られてグランサイファーが飛べない一大事だというのに何も問題など無いと言わんばかりの表情である。

 忘れられた約束を果たすなど、思い出せなければそれは暗証番号を忘れた金庫に等しい。思い出せなければグランサイファーが再び空に飛びつたのは絶望的だろう。

 

「まじかよ! それでグランサイファーは今、星晶獣の力でこの島に縛り付けられてるってことか!! おぉいラカム、何とかならねえのかよ!」

 

 ビィが驚いたように事実を繰り返すと、隣で思案していたジータがルリアへと問いかけた。

 

「ねぇルリア。それってルリアの力で何とかできたりしない? ルリアがミスラの力を吸収して、その影響を無くすとか――」

 

「それは無理だね。残念だけどミスラの能力は、ミスラ自身でも止められないし消せない。一度交わされ、契約とみなされたものは全て例外なく干渉することができないんだ。」

 

 ジータがなんとかできないかと考えるもノアの言葉に一蹴されていく。

 

「そんな……私ではどうすることもできないんですか?」

 

「まぁ約束を果たせればいいだけだよ。もっともそれを教えてあげないのは僕のエゴだけどね、ラカム。君なら思い出せるはずだよ。君の眼は変わらず空を見続けているんだから……あの日、約束を交わしてもらった時の嬉しさ。もう一度味あわせてほしい。」

 

 一切の疑問を持たずにノアはラカムを信じ切っていた。そんなノアの信頼にこたえられないラカムは焦りを感じ頭を抱える。

 

「くっ……思い出せねえ。俺は一体何を約束したってんだ!」

 

 憤るラカムだったが、グラン達にはその様子を眺める事しかできなかった。

 

「焦ってどうする?大体まだガキの頃にできる約束なんてたかが知れてるだろう。ほら、そこの子供連中に聞いてみたらどうだ?ルリアにイオ。ジータにグランとよりどりみどりだ。ついでにビィもいるぞ。」

 

 そんなラカムを見かねてセルグが助け船をだす。焦っても確かに仕方ない。冷静に記憶を掘り起し、その場面を思い出さなくてはいつまでたっても先には進めないだろう。

 この状況でも落ち着いたように言葉を発するセルグにラカムも俄かに冷静さを取り戻すのだが……

 

「セルグ!! こんな時までふざけないでくれ! ついでに僕は子供じゃないよ!!」

 

「セルグさん、イオちゃんとルリアはまだしも私は子供じゃないです!!」

 

「ちょっとジータ!! なんでルリアとセットで私まで子供扱いなのよ!!」

 

 当然の如く怒り出す子供組はセルグに向けて反論の嵐だ。

 

「だーー! なんでお前らはそんなにそこに食いつくんだよ! 言葉のあやだろう。要するに難しいこと考えんなって言ってるんだよ! ガキの頃に難しい約束なんかできるわけないんだから、その時のラカム少年が一体何をしたかったのか考えれば見えてくるだろって話だ!!」

 

「いちいち回りくどいのよ、アンタは! 素直にそう言いなさいよ!!」

 

「人の発言する言葉全部を鵜呑みにすんじゃねえよ!!」

 

 セルグの言葉に思わず猛反発するグランとジータ。さらにイオとゼタも加わり大騒ぎとなってしまった。

 

 

 

「全くこんな程度の低い者達に出し抜かれていたとは。一生の不覚です……それにしても星晶獣ミスラ。契約を遵守させる能力とは。ルリアの奪還のついでのつもりが思わぬ収穫となりました」

 

 そんな時にグラン達の耳に届いたのはエルステ帝国宰相フリーシアの声。

 

「んな!? いつの間に!!」

 

 ビィが驚きに声を上げると同時に一行には緊張が走る。宰相である彼女がここにいるのであればそれなりに多くの戦力を伴っているはず。周囲を見渡せばドック内には多くの帝国兵士が待機していた。

 

「星晶獣ミスラの力。うまく使えば、帝国の支配はより盤石となるのは間違いないでしょう。すばらしい情報をありがとう……上手く使わせていただきましょう。」

 

 フリーシアの口ぶりは既にミスラを手に入れてそれを十分に使えるような口ぶりだった。

 余裕のあるフリーシアの様子にグラン達の脳裏にはある少女の姿が思い浮かぶ。

 

「まさか、オルキスちゃんに!?」

 

 ルリアがフリーシアに向けて、懸念していたことを問いかける。ルリアの問いに僅かに驚きの表情を浮かべたフリーシアはすぐに表情を戻すと眼鏡を押し上げながら答えた。

 

「そうでしたか……あなた方はあの人形の事を既に知っていたのですね。ご想像通り、人形の力で既にミスラは我らが手中にあります。あとはここでルリアを捉えれば任務は完了です。 皆さん! くれぐれもルリアを殺してはなりませんよ。特にガンダルヴァ中将。決して暴走等しないようにお願いします……」

 

 フリーシアの声に従い帝国兵がグラン達を取り囲む。一番前に位置取るのはジータ達を苦しめたガンダルヴァだった。

 

「アイツ!? グランのあれを喰らったっていうのに全然平気そうじゃない!?」

 

「そんな……手加減無しの全力だった。狙いも完璧だったし、無事なはずは」

 

 イオとグランが平気な姿で最前列にいるガンダルヴァに慄く。

 

「ふん、あの程度でオレ様を仕留めようなんて百年早いんだよ!! さて宰相さんよ、機密の少女以外はいくらでもやっていいんだろ?」

 

「ええ、構いません。ご自由にどうぞ」

 

 フリーシアの言葉を聞き、救出班だったジータ達六人に緊張が走る。身をもって体験したガンダルヴァの実力を思い出し、平静を装おうとしても体が言うことを聞かず硬直してしまうのを感じていた。

 

「お許しも出たからな、たっぷり楽しませてもらうぞ……そこのガキ二人! 団長だったか?お前たちが一番楽しめそうだ。ほら、早くや――――ッ!?」

 

 気合十分に吠えようとしたガンダルヴァにグラン達の後ろから巨大な工具が飛んでくる。飛んできた方を見れば、そこには投擲の姿勢のままでいるセルグがいた。

 セルグは視線が集まるのを確認すると、いつもと変わらぬ声でグラン達に告げる。

 

「ほら、体も顔も固まってるぞお前たち。何をしなきゃいけないか見失うなよ。ルリアを守り切るのが最優先だろ。自分達に手に負えないとわかってるならさっさと逃げろ。只の兵士程度なら負けることもないはずだ。」

 

「ハッ、そうだ!! みんな行くよ、街に出てなんとか逃げ切ろう!!」

 

 そういうとグランはルリアを抱えて走り出す。追従するように仲間たちも出口へと向かっていく。

 一斉に駆け出し出口に向かうグランとすれ違いざまに小さな声でセルグは囁いた。

 

「こっちは任せろ。あとで“飛んでいく”」

 

 セルグの言葉を理解したグランはさらに足を早めた。騎空団一行は正に全力疾走で外へと飛び出していく。

 

「バカが!! 逃がすわけがッ!?」

 

 追いかけようとしたガンダルヴァに、今度は斬撃が飛ぶ。すんでのところで躱したガンダルヴァは攻撃してきたセルグを睨んだ。

 

「バカはお前だ。何故オレが残ったと思ってるんだ……」

 

 ガンダルヴァはその瞬間わずかに恐怖を覚える。目の前にいる男が放つ存在感。決して大きくは無いのに、放たれる殺気は自分を小さくさせるような圧迫感を伴って放たれる。

 しかし歴戦の戦士たるガンダルヴァはすぐにその恐怖を捨てる。己が実力への絶対的自信を以て、セルグに不敵な笑みを浮かべる。

 

「なるほど……今度はお前が戦ってくれるわけだな。楽しめそうじゃねえか!」

 

 セルグの姿に愉悦の表情を浮かべるガンダルヴァ。そんなガンダルヴァの意思など眼中にないようにセルグは一人呟く。

 

「ジータから話は聞いたよ。随分手荒な真似をしてくれたな……お前に掴まれたルリアの腕には痣が、イオとジータにはたくさんの傷がついていた。どれもオレが一緒にいれば無かったはずの傷だ……」

 

 セルグは噛みしめるように言葉を紡ぐ。戦艦でジータ達がやられていた姿を見てセルグが抱いたのはガンダルヴァへの怒りではない。

 守れなかったことを……ひたすらにその事を悔いていた。彼女たちが傷ついたことへの怒りはどこまでもセルグ自身に向けられていたのだ。

 報復を考えて浮かんだ愉悦の笑みも、すべては自分への怒りをごまかして静めるため。なまじ強者であるが故に、手を伸ばせば届くはずの仲間の危機を助けられなかったセルグの罪の意識は重い。

 

「これは只の八つ当たりだ。それでも……原因となったお前を殺せるならこれ以上の憂さ晴らしはない……覚悟しろガンダルヴァ、子供達を傷つけたお前の罪は重いぞ!!」

 

 抜刀するセルグ。言霊の詠唱は既に終えており、天ノ羽斬の刀身に纏う輝きはセルグの心情を如実に表すかの如く強まっている。

 対するガンダルヴァも抜剣。相対するセルグに、未だかつてない強敵の予感を感じ心を震わせ剣を取る。

 既に帝国兵は全員その場を去り、グラン達の追走任務に移行していた。その場に残っていたのはセルグとガンダルヴァ。そして命令を下していたフリーシアの三人。

 哀れなフリーシアはセルグとガンダルヴァが放つ殺気に押し潰されていた。

 

「(化け物共め……)」

 

 もはや言葉を発せず胸中で慄く事しかできない。戦士ではないが故に彼女にヒトが持つ戦闘力の分析などはできないが、それでも帝国内で聞いたガンダルヴァの武勇伝はあり得ないほどにすごいの一言に尽きる。

 星晶獣とぶつかり合う。戦艦の砲弾を打ち返す。一日で、更に一人で、一つの島を陥落させる。

 眉唾とも思える武勇はどれも伝説的だ。

 だがそんなガンダルヴァと同等の気配を以て、対峙する男がいたのだ。彼女の胸中に沸いた言葉は恐らく彼女だけが感じる事ではないだろう。

 呼吸すら忘れそうなほどの殺気のせめぎ合いの中、フリーシアが酸素を求めて呻いた。

 些細な音でしかないそれをきっかけに二人は動き出す。

 

 

「さあ、楽しませてくれ!!」

 

「そんな余裕があるならな!!」

 

 

 喜びと激情に彩られた言葉と共に、今帝国最強と騎空団最強がぶつかり合う。

 

 




如何でしたでしょうか

説明することが多くなるとキャラが目立たなくなってきますね。上手く描ける様に精進していきます。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。

感想お待ちしています。


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メインシナリオ 第6幕

ガロンゾ編、終わりが見えてきました!

ちょっとセルグが強すぎな気がするんですけど、後半でリーシャがガンダルヴァと互角な事を考えるとちょっとってなっていろんな流れを考えました。強さのバランスが難しいです。ジャンプ漫画とか描くヒトはこんな気持ちなんですかね

早くガロンゾ終えて、次の島に進みたいですね。

それでは楽しみください。


空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島

 

 

 ガロンゾの街をグラン達が駆け抜けていく。

 騎空艇ドッグを離れ、追手を振り切ろうと奔走する一行。だがその周囲は既に帝国の兵士たちが次々と包囲を進めるべく詰め寄ってきており状況は切迫していた。

 

「ゼタ、ヴィーラ! 後ろから来るのを迎撃してくれ!」

 

「カタリナ! 十時の方向、ライトウォールお願い!」

 

 グランがゼタとヴィーラに指示を出し後続の迎撃を任せると、回り込んでいたであろう魔導師から放たれる魔法へと対処するためジータがカタリナに防御を願う。

 

「任せて! いくよ、ヴィーラ!」

 

「お任せ下さい!」

 

「了解だ。守りきってみせる、”ライトウォール”」

 

 指示を受けてゼタとヴィーラは即座に反転。その槍と剣をもって後続で走っていたイオに迫っていた兵士たちを次々と打ちのめしていく。

 同時に、カタリナは帝国兵が放った魔法を防御魔法ライトウォールで防いだ。

 

 

「イオちゃん、ラカムさん、横から来るのに対処して下さい! ロゼッタさん、私と一緒にオイゲンさんと道を切り開――あれは!?」

 

 ジータの言葉が止まる。視線はある場所に固定されていた。

 

「私たちを出し抜こうなど百年早いですねぇ! 貴方たちが逃げ出すことなど想定内なのですよぉおお!」

 

 そこにいたのはすでに魔晶で変身を完了していたポンメルンだった。グラン達を視認するや否や、その手に持つ巨大な槍を振りかぶり投擲する。

 

「グラン、オイゲンさん、危ない!!」

 

 槍の狙う先は前を走っていたオイゲンとグランだった。ジータの叫びにギリギリのところで交わすことができた二人だったが足を止めてしまい一行は次々と駆けつけてくる帝国兵に囲まれていく。

 

「うわぁ……まずいねコレ。ちょっとノアだっけ? あんた、星晶獣の力でなんとか出来たりしないの?」

 

「残念ながら僕は戦闘において強さを発揮するようなことはできないかな。言ってしまえば艇大工の星晶獣だからね……」

 

 ゼタに問われたノアは残念そうに返す。ゼタもある程度予想はできたのか、”そりゃそうか……と返すだけで終わった。

 

「くっ、囲まれたか!?」

 

「仕方ない……ジータ、僕と二人で帝国兵を抑えよう。カタリナ、ヴィーラ。ルリアをお願い。残りのみんなでポンメルンを全力で倒してくれ! 指揮官を落として包囲を抜ける!!」

 

 そのまま逃げる事を断念したグランの指示にすぐさま仲間たちは動く。サイドワインダーのグランとウェポンマスターのジータが後方から襲い来る帝国兵に立ち向かいカタリナとヴィーラはルリアを狙う帝国兵を迎撃していく。残りの仲間はゼタを中心にポンメルンを倒すべく全力戦闘に移行する。

 

「プロミネンスダイヴ!!」

 

「エレメンタルガスト!!」

 

「バニッシュピアース!!」

 

 ゼタの炎の槍が、イオの氷を含んだ魔力の風が、ラカムが放つ炎を纏う銃弾がポンメルンへと炸裂する。しかし……

 

「ハーっハッハッハ! その程度全然効かないですねぇ!」

 

 ポンメルンには全く効いている様子がなかった。

 

「なっ、前回はちゃんと効果があったのに!?」

 

 少し前に戦った記憶とは違う結果に驚きを隠せないゼタは確認するようにポンメルンを見やるもその姿に損傷は見られない。

 

「魔晶の出力を上げたのですよぉ。前回とは違うということを思い知るのですねぇ!!」

 

 ポンメルンは復讐を果たすすべく、ゼタに巨大な槍を振るった。驚愕しながらもそれをかわしたゼタは仲間の元へと下がるとポンメルンと対峙した。

 

「やろう……さっさと片付けないといけないし。みんな、援護をお願い! 時間を稼いで! 何とかしてみせるから!」

 

 そう告げるとゼタは後ろに下がって目を閉じ集中していく。その間を任されたイオ、ラカム、オイゲン、ロゼッタがゼタには近づけさせまいと前に出る。

 ロゼッタが魔法陣より荊を展開。ポンメルンの動きを封じようとするが、それは力ずくで振り切られる。イオが氷の魔法アイスで動きを封じようとすればそれは先手を取られ、魔力を練り上げる前に不発に終わった。後方からラカムとオイゲンが銃弾を打ち放つも、それは変貌を遂げたポンメルンの鎧部分に弾かれていく。

 打つ手を模索しながらも四人はゼタに希望を託して、ポンメルンと膠着状態の戦闘に入っていった。

 

 

「落ち着け……できる。しっかりと見据えろ、イメージしろ」

 

 そんな攻防をよそに、後方で集中を高めたゼタは小さく己に言い聞かせている。足元には炎が吹き出し槍にも徐々に炎が集う。ひたすらにイメージを固め集中していくゼタはある光景を思い出していた。

 

「思い出せ! 天星器を使った時のグラン達を。あの時感じた、他の思考を置き去りにした100%戦闘に集中した状態を……」

 

 ザンクティンゼルでのグラン達の戦いを思い出し己を同じ高みへと昇らせようと集中したゼタが目を見開く。

 

「よし、いける。”ラプソディ”!」

 

 掛け声とともに、ゼタの身体を魔力が巡る。自身の感覚を鋭敏にし、相手の弱点を見出す事の出来る業ラプソディの発動をきっかけにゼタの世界が変わる。高めた集中力が世界の動きを遅くした。そんな極限の集中状態の中、ゼタはポンメルンへと向かう。狙うはポンメルンの魔晶の核となる部分。鋭敏化した感覚で見つけ出したポンメルンの弱点となる核を見つけたゼタは相手の動きを見切り懐へと潜り込んだ。

 

「もう一回喰らっとけええええ!」

 

 ゼタが再度放ったプロミネンスダイヴはポンメルンの魔晶を砕いた。

 

「ぐう、またしてもこの私が……こんなガキどもに。くそおおお、ですねぇ!!」

 

「やった!! グラン、ジータ行こう! 包囲を突破するよ!!」

 

「急いで頂戴。すぐに兵士が追跡してくるわ!」

 

 変身状態がとけたポンメルンが悔しさを隠せずに叫ぶ。グラン達は好機と判断しポンメルンがいるところから包囲を脱出しようとした。

 

「フフフ、ハァっハッハッハ! 作戦通りですねぇ」

 

 だが、敗北したにも関わらずポンメルンは嗤った。先程みせた悔しさを一転させ、醜悪な笑みと共に声を上げて嗤っていた。

 

「なんだ……何がおかしい?」

 

 不審なポンメルンの様子にグランが問い詰める。既に突破することを忘れ仲間達全員がポンメルンの不審な様子に、嫌な予感を感じていた。

 

「今頃あなたのお仲間はガンダルヴァ中将と戦ってやられている頃でしょう」

 

 確信めいた表情で告げられた言葉にグラン達が目を剥いた。

 

「何を言ってるんだセルグがそんな簡単にやられるわけが――」

 

「ええ、そうでしょうとも。あの男も相当な実力。ガンダルヴァ中将といえど確実ではないでしょうねぇ。ですが彼の実力など関係ありません。彼を倒すのはガンダルヴァ中将ではないのですから、ネェ!」

 

 ポンメルンは心底嬉しそうに作戦成功を喜ぶ。その笑みはこれまで散々煮え湯を飲まされてきたグラン達へ一矢報いたことへの喜びからか、まるで至上の喜びを噛み締めているようであった。

 

「一体なんだというのですか!? 答えなさい! セルグさんをどうする気ですか!?」

 

 ジータもポンメルンの様子に僅かな不安がよぎり問い詰める。

 

「幾らあの男が強かろうと、ガンダルヴァ中将を相手に勝てようが勝てまいが恐らく全力での戦いとなるでしょう。そうしてガンダルヴァ中将に気を取られているところを撃ち殺すのですよ! 帝国最強の兵器アドヴェルサを使ってねぇ!!」

 

「なっ!?」

 

 告げられた事実にグラン達は慄く。帝国の兵器アドヴェルサ――グラン達は一度アルビオンでその兵器を目の当たりにしている。それは戦艦の主砲とも言える圧倒的威力を持つ兵器であった。ガロンゾに来た理由でもあるグランサイファーの損傷の大きな原因ともいえるその威力は言わずもがな。直撃すれば一撃で中型の騎空艇を落とせるであろうそれを、帝国はセルグに向けて放つと言うのだ。

 

「てめえら正気か!? ヒトを相手にあんなものを撃つだと。下手すりゃ原型すらのこらねえぞ!! てめえらには道徳ってもんがねえのかよ!!」

 

 ラカムが信じられないようにポンメルンを糾弾する。そんなラカムの言葉にも何も変化を見せずにポンメルンは淡々とした口調で返すのだった。

 

「前回まんまと我々を出し抜いた貴方達に対抗するため、宰相閣下は直ぐにアドヴェルサの起動を命じになられました。特に私を倒したあの男については並々ならぬ危機感を抱いたようですねぇ……ガンダルヴァ中将を囮にあの者を抹殺すべく作戦を展開されました。ふふふ、私の役目は邪魔が入らないようここで貴方達を足止めすることだったんですねぇ!! もっとも、もう一つの私の任務であるルリアを奪還することはできませんでしたがねぇ……」

 

 ポンメルンはグラン達の悔しさを煽るように作戦の概要を説明する。狙い通りにいかなかった部分もあったようで不満な表情は見せていたが、グラン達はそんなことを気にする余裕がない。

 

「ラカム、急いで戻ろう!! セルグが危ない!!」

 

「そうだな……急がねえと!」

 

 グランの声に続くように仲間たちは元来た道を引き返す。先程まで襲いかかってきた帝国兵は糸の切られた人形のようにただ立ち尽くしグラン達を見送る。兜の奥に嘲笑を潜めて……

 

 

 

 

 

 

 

 ――――剣閃が舞う。

 常人では目で追うことすら困難な速度で振るわれる刀と剣がぶつかり合う。

 セルグとガンダルヴァの戦いは場所を移し、騎空艇のドックから街へと移動していた。

 

「ぬおおおおお!!!」

 

「はぁあああああ!!」

 

 裂帛の気合と共にガンダルヴァとセルグが技を放つ。ぶつかり合うエネルギーは行場をなくし、二人の間で爆ぜるも、そのまま距離を取り合った二人はタイミングを計るように動き回りながらその機を伺い街を走る。

 

「さすがにでかい事言うだけあってつええじゃねえか!! ここまで俺とやり合うとは思っていなかったぜ!!」

 

「ふん、まだ本気になってない奴が何を言っている!! 後から言い訳にされるのも面倒だ。本気でこい!!」

 

 ガンダルヴァの叫びにセルグが返す。すでに何者も入れないような次元で戦っていながらまだ二人は本気ではないという。

 剣と刀がぶつかりあった回数はすでに百を超えるが、まだお互い一つも傷を付けていないほど実力は拮抗していた。

 

「いい度胸じゃねえか、なら本気で行かせてもらうぜ! その小さな体でどこまで耐えられるか……試してやらぁ!」

 

 弾けたように声を上げたガンダルヴァは剣を構えながらその体に闘気を滾らせる。同時に駆け巡る魔力は彼の身体能力を大いに強化する技の一助となり、ガンダルヴァは目を見開いた。

 

「いくぜ……”フルスロットル”だぁ!!!」

 

 気合の咆哮と共にガンダルヴァが加速する。先程までとは違う圧倒的な速度はセルグにガンダルヴァの残像を見せる程だった。

 

「早いっ!?」

 

 おもわずそのスピードに目を剥いたセルグは直感的に体を仰け反らせる。瞬間、目と鼻の先をガンダルヴァが振るった剣が通り過ぎた。

 驚愕しながらも仰け反った勢いに合わせそのまま足払いで体制を崩そうとしたセルグの足をガンダルヴァはいとも容易く反応して捕らえる。

 

「しまった!?」

 

「ハッハァー!! 遅いんだよ!」

 

 そのままセルグを振り回し投げ飛ばすガンダルヴァ。セルグは体制を整えられないまま騎空艇ドッグの石壁へと突っ込んだ。ボロボロに崩れていく石壁の中にセルグが消えていく。

 

「どうしたどうした!! まさかこの程度じゃねえんだろ? 早く出てこいよ!」

 

 声高々にセルグを挑発するガンダルヴァ。その声に応えるよう、崩れた瓦礫が爆ぜてセルグが姿を現した。

 

「上等だ……やりがいがあるってもんだ!」

 

 現れたセルグはダメージがほとんど無いようだった。天ノ羽斬を握り直したセルグはすぐに全速を以てガンダルヴァに接近する。

 

「こいつでどうだ、多刃!」

 

 天ノ羽斬がセルグに振るわれる。先程まで切り結んでいたときとは比べ物にならない速さで連続で放たれる斬撃がガンダルヴァに迫るが。

 

「フッハッハッハ! 見え見えだぜ!」

 

 ガンダルヴァはその巨躯を俊敏に躍らせ、全てを躱し、防ぎきってみせた。更に斬撃が終わると同時に返すようにセルグを切り払う。身のこなしだけでなく剣閃まで早くなっているガンダルヴァの斬撃をセルグは跳躍しながら防御。空中でわざと吹き飛ばされるようにして距離を取ろうとしたところを、ガンダルヴァが放つ、蹴擊が襲う。

 

「ッ!?」

 

 言葉を発せぬままセルグは再度飛んでいく。地面と平行に飛んでいくその姿はガンダルヴァの蹴擊がどれだけの威力かを物語っていた。

 そのまま地面を転がりセルグは沈黙。動き出す気配のないセルグの様子にガンダルヴァはみるみる表情を変えていった。

 

「なんだぁ……この程度かよ? ちょっと本気出したらこれか。残念だぜ、結局てめえも――」

 

「なるほど……残像が見えるほどの圧倒的な身のこなし。そのデカイ図体でそんな動きができるとは想像していなかったよ」

 

 残念そうな表情で呟くガンダルヴァの声を遮り、セルグが何とも無さそうに声を上げた。 多少のダメージはあるようだが大したことは無い。そんな雰囲気でセルグは起き上がり、冷静に先ほどの攻防を分析する。

 

「ほう、随分タフじゃねえか。普通だったらさっきのだけでも死んでるぜ?」

 

 ガンダルヴァは表情には出さないがなんともなさそうなセルグに驚きを禁じ得なかった。己が本気を出したあとの攻撃で大したダメージを受けて無い状態のセルグに、やはり強者であることは間違いないと確信する。

 数々の敵を屠ってきたガンダルヴァにとって、己の攻撃というのは数回決まれば決着がつくほどの威力があると自負できるものなのだ。

 そんなガンダルヴァを尻目にセルグは刀を天に翳した。纏う雰囲気はさっきまでと違い、怒り任せに始まった戦いの中から落ち着きを取り戻し、冷静で淡々とした雰囲気を醸し出す。

 

「今度はこちらの番だな。悪いがこれを使えば、もう手加減は出来ない。死にたくなかったら防御するといい――まぁ、その防御の上からでも殺す自信はあるがな」

 

 不敵な笑みをこぼしセルグは天にかざした天ノ羽斬で円を描く。切っ先が描く軌跡に沿って光の真円が浮かび上がると、降り注ぐ光がセルグを包むように照らした。

 

「天ノ羽斬全開解放――”光来”」

 

 セルグの小さな呟きと共に落雷の如き光の奔流が落ちる。光は徐々に天ノ羽斬へと収束していき尋常非ざる力は稲妻のごとく刀身を迸っていた。

 刀身に描かれた幾何学模様に青い光が灯り、神秘的な雰囲気を持った天ノ羽斬を構えたセルグはガンダルヴァを見据える。

 

「さぁ、これがオレの全力だ……いくぞ」

 

 小さなつぶやきと共にセルグが刀を振るう。それは先ほどまで互角に戦っていたガンダルヴァですら視認できない早さで振るわれた。

 ガンダルヴァの背後で石壁が爆ぜる。それは僅かに軌道を逸れて放たれた光の斬撃によるもの。再度セルグが刀を振るう。今度は察知できたガンダルヴァだったが避けること叶わず後方に吹き飛ばされる。

 

「組織にいた頃のオレの二つ名……”裂光の剣士”っていうのは、幾重にも放たれた剣閃が光を何本にも裂いたように見えるって事で付けられたらしい。その真髄は、何者も見切ることのできない最速の剣技。相手に切られたことすら認識させない光の剣だ。喜べガンダルヴァ。グラン達にすら見せたことが無いオレの切り札さ。お前はそれだけ強かったということだ」

 

 圧倒的なまでの剣閃の速さにガンダルヴァは言葉を失う。いくら身のこなしが早くなろうともアレを避けることなど叶わない。それを頭ではなく身体で理解してしまった。

 

「て、てめえ!! 何勝った気でいやがる! そんな程度で負ける俺様じゃねえんだよ!!」

 

 激昂と共にガンダルヴァはセルグに向かう。フルスロットルで強化されたその早さは先ほどと変わらない。平静でいられなくても体は最大効率で動いているのは、彼がそれだけ強い戦士であるからに他ならない。接近したガンダルヴァは全力を以てその剣を振り下ろした。

 しかし、それは難なく天ノ羽斬に防がれる。剣閃の加速、それは攻撃はもちろんの事防御にも有用だ。更には天ノ羽斬に漲るチカラはいかに強大な攻撃力をもつガンダルヴァの攻撃と言えど、容易に防ぐことができるだけの圧倒的なチカラを孕んだ絶刀。

 膂力の違いは、天ノ羽斬が纏う光のチカラにひっくり返されていた。

 

「天ノ羽斬全開解放はオレの剣速を最大限まで高める技だ。そしてそれは同時にオレのチカラをも最大限に高めてくれる」

 

 天ノ羽斬に纏う光が雷のようにバチバチと音を鳴らす。凝縮された光の力は放たれる場を求めてせがむ様に声を上げていた。

 

「先程も言ったな。死にたくなければ防御するといい。それでも、お前の結末は変わらないだろう……”絶刀招来天ノ羽斬”!!」

 

 セルグが至近距離で刀を振るった。

 解き放たれた光の斬撃は、広がらず、その威力をひたすらに高めてガンダルヴァを打ちぬく。

 抗うことなく、吹き飛んでいったガンダルヴァは騎空艇ドックの工廠へと突っ込み起き上がる気配を見せなかった。完璧な一撃に勝利を確信したセルグはガンダルヴァが消えた方へ歩み寄っていく。

 

「まだ、息があるか。このまま見逃したら後々面倒だな。ここで息の根を止めておくべきだろう」

 

 瓦礫に埋もれるガンダルヴァにまだ息があることを確認したセルグは冷たい視線を向ける。帝国に狙われているグラン達。今後もガンダルヴァと度々戦うとなってはルリアが奪われる可能性は高まる。

 当然の帰結として、セルグはガンダルヴァの命を刈り取るべく天ノ羽斬を掲げ振り下ろそうとした。

 

 その瞬間――――

 

「セルグ! よけろおおおおおお!!」

 

 グランの声が響いたのと同時にそれは轟く。

 鈍く体に響くような重い音。刀をふり下ろそうとしたセルグは横殴りに何かにさらわれるように大きく吹き飛びセルグの意識はそこで途切れた……

 

 

 

 

 

 グランの目の前からセルグの姿が消える。否、宙を舞っていた。

 刀を振り下ろそうとしたセルグに向けて放たれたアドヴェルサの砲撃は寸分違わずセルグへと直撃し、その体を木の葉の様に吹き飛ばしたのだった。

 

「いやあああ!!」

 

「くそおおお!!」

 

 ジータの悲鳴と、グランの雄叫びが響き渡る。グランはすぐさまキルストリークでアドヴェルサを正確無比な一撃をもって破壊。回復できるイオがジータと共にセルグに駆け寄ろうとするが、それを阻むように二人の前には帝国の戦艦が姿を現した。

 ジータ達が驚くのも束の間、帝国兵が降り立つと、すぐにセルグの体を艇へと載せていく。

 

「フフフ、これで全て私の狙い通りですね。星晶獣を従える男。ルリアの代わりとなる可能性も捨てきれない。ついでにこの鳥の星晶獣も手に入り、ミスラと共に上手く使えそうですね……本当にすばらしい収穫だ。それでは騎空団の皆さん。次はルリアをいただきに参ります。楽しみに待っていなさい。フフフ……ハァーっハッハッハ!!」

 

 高笑いを残してフリーシアは去っていく。グラン達から大切な仲間となったセルグとヴェリウスを奪って……

 

 

 

 

 

 

 

 帝国の艇を見送ったグラン達は急いでガロンゾの騎空艇が停泊する港へと向かった。理由は当然、兵士達を回収してから撤退するだろうと見越して停泊中の艇に襲撃をかけ、セルグを奪還する為である。

 

「くそっ! ダメだ、どこにも戦艦がない。そっちはどうだったカタリナ?」

 

「ダメだ、どこにも見当たらない……」

 

「こっちもダメ、どうしよう……グラン。セルグさんが……セルグさんが」

 

 今にも泣き出しそうなジータの姿に仲間たちも顔を伏せる。そんな一行を見かねてノアが落ち着いた声で言葉をかける。

 

「グラン、ジータ。みんなも落ち着くんだ。ラカム、さっき君は言ったよね? あんなものを受けたら下手すれば原型すら残らないと」

 

「あ、ああ……確かに言った。それだけの威力があの兵器にはある」

 

 ラカムの言葉にノアは納得したように頷く。

 

「やはり、奴らは最初からセルグを捉えることが狙いだったようだね。考えてみてくれ、ラカムがいうような威力の兵器で彼を殺す気でいたなら、彼をわざわざ回収することもないはずだ。それにラカムの言葉が本当なら、彼を撃った砲撃は明らかに想定よりも弱い。間違いなく直撃させているにも関わらず、彼を回収した事実は、帝国に彼を殺す意思がないことを裏付けさせる」

 

「ということは?」

 

「少なくともあの砲撃による命の別状はない、ということだ。」

 

 ノアの言葉にグラン達は安堵する。目の前でセルグが横薙ぎに吹き飛ばされた光景は衝撃的すぎた。思わずだれもが彼の死を連想したのだ。その可能性が薄くなったことは、グラン達にとって朗報以外の何ものでもない。

 

「とは言え、状況はまずいだろうね。恐らく帝国の戦艦はすでに港を離れている。どうあがいても”現状”では僕らに手立てはないよ。」

 

「なんだって……じゃあ諦めろっていうのか!!」

 

 グランがノアの言葉に激昂する。あっさりと切り捨てるように諦めの言葉をはくノアに詰め寄った。

 

「落ち着いてグラン。現状では、ということは何とかできる方法があるんですよね?」

 

「帝国の戦艦は最新鋭の戦艦だ……簡単に追いかけるなんてことできるわけ――まさか!?」

 

 オイゲンが考えを述べる途中で気付くように言葉を止めた。

 

「そう、グランサイファーなら……不可能じゃないだろうね」

 

 ノアは淡々とそれを口にする。

 ノアが言う”現状では”、というはそういうことなのだ。グランサイファーが飛べない現状では成す術がないということ。そしてグランサイファーさえ飛べればなんとかできるというのだ。

 

「で、でもそれは約束が」

 

「ああ、まだ、ノアとの約束が……」

 

 申し訳なさそうにラカムが顔を俯かせる。

 飛びたい。助けに行きたい。それは仲間と同様にラカムも同じだ。だが己が忘れている約束のせいで大切な仲間を助けに行けず、大切な仲間達を島に縛りつけてしまっている。そして大切な彼の人生とも呼べる艇も……

 そんなラカムの様子を見て、ノアは優しく笑いかけた。

 

「ラカム、セルグの言葉を思い出してご覧?」

 

「セルグの……言葉?」

 

 ノアの言葉に導かれるように、ラカムの脳裏にセルグの声がよぎった。

 

 

 ”大体まだガキの頃にできる約束なんてたかが知れてるだろう。ガキの頃に難しい約束なんかできるわけないんだから、その時のラカム少年が一体何をしたかったのか考えれば見えてくるだろ”

 

 

「難しく考える必要はないんだ。君は信じてるはずだ……彼の言葉と、グランサイファーを。君が信じるなら、きっとまたグランサイファーは空を飛ぶことができるはずだよ」

 

 ノアが諭すように告げる言葉の一つ一つがラカムの脳裏にパズルのピースのように組みあがっていく。

 

「俺が、セルグの言葉を? グランサイファーを、信じる。だからまた、空を――!? そうか。ノア……お前」

 

 難しい顔をして呟いていたラカムの顔が一変する。全てを思い出したそれは、満面の笑みだった。

 

「ふふ、思い出せたようだね。それじゃ行こうか? グランサイファーが僕たちを待っている」

 

 祈るようにラカムを見守っていたグラン達を引き連れ、ラカムはグランサイファーに向けて走り出した。

 

 

 

 

 騎空艇のドックへと戻ったグラン達はすぐさまグランサイファーに乗り込む。オイゲンは整備状況を確認すると嬉しそうに声を上げた。

 

「まだほとんど整備を始める前だった見てえだな。おかげで逆に助かった……これなら動力部がいかれなきゃグランサイファー自体には問題ねえ!」

 

 オイゲンの声でなんとか飛べる状態であることにグラン達は胸をなでおろす。

 

「しかし、大丈夫なのか。その……約束の方は? 星晶獣の力で縛られているんだ。無理に飛ぼうとすれば、どうなるか」

 

 カタリナは不安を隠せない表情でラカムに問いかける。

 もし約束を違えていたら……艇は飛べないどころか下手すれば空の奈落に落ちる可能性だってある。

 あり得るかもしれない可能性にカタリナ同様、他の仲間達の顔にも不安がチラついていた。

 そんな仲間達に、ラカムは自信満々の顔で応える。

 

「安心しな、もうオレははっきりと思い出したからな。あの日の約束を……ノアとの思い出をな。ノア、オレはグランサイファーを信じるぜ!」

 

「それがいい……それでこそ、僕も。グランサイファーも報われるというものさ」

 

 穏やかな笑みを浮かべてノアはラカムに答える。その表情には一片の不安もない。飛べることを確信しているノアの表情にラカムも確信をもって舵を握った

 

「いくぜ、グランサイファー! これが、約束の答えだ!!」

 

 高らかに声を上げラカムは舵を取る。その声に答えるように、グランサイファーは唸りをあげて空を舞う。空気を切り裂き帝国の戦艦に向けて、ガロンゾの港を飛び出した。

 

「うおっと!? 飛んでる……島を出ることができたっていうのか!?」

 

 ビィが空を飛んでいることに感嘆の声を上げる。

 

「結局何が約束だったのよ!! ラカム、ちゃんと説明して!!」

 

 イオは空を飛ぶグランサイファーに満足したのか、湧いてきた疑問を口に出した。

 

「へへ、それはな。セルグの言うとおりだったんだよ。簡単なことだった……いつかノアを乗せてグランサイファーを飛ばしてみせる。それが、ノアとの約束だったのさ!」

 

「なるほど、確かに子供ができる簡単な約束ですね。なぜそれが簡単に思い出せなかったのかが逆に疑問ではありますが」

 

「っぐ!? おいおいヴィーラ……せっかく飛べたんだからそこには目を瞑ってくれよ」

 

「あら、これは失礼しました。フフフ、別に責める気はありませんよ。こうして飛べたのですから何よりですもの」

 

 ヴィーラに痛いところを突かれたラカムが呻く。流石のヴィーラも微笑を浮かべてからかうだけでよしとした。

 

「フフ、僕がグランサイファーの製作者であることを知らないラカムが、僕を乗せてグランサイファーで飛ぶと約束してくれた。難破船となってしまったとは聞いていたからね……僕にとってどれほど嬉しかったことか」

 

 感慨深くノアは呟く。その表情に艇に乗る皆が自然と優しい笑みを笑べた。

 

「あぁ……気持ちの良い風だ。待ち続けた甲斐があったというものだ。あとは、僕の大事な友人を取り返してくれるかな? この艇を彼とも一緒に乗りたいんだ……」

 

「ああ、任せなノア。セルグ、お前のおかげでオレは思い出せた……だから今度は、俺が助けてやる番だ!!」

 

 ラカムは誓う。なんとしてもセルグを助け出すと。その想いに応えるように、グランサイファーはぐんぐんとスピードを上げて、ガロンゾ周辺で待機中であった帝国の戦艦へと飛翔していった。

 

 

 

 

 

「まさか、グランサイファーが飛んできているだと!?撃ち落とせ!なんとしても艦に取り付かれる前に撃ち落としなさい!!」

 

 

 司令室でフリーシアが叫ぶ。飛べないと思われていたグランサイファーがこちらを追いかけてきていると報告を受けてすぐに指示を飛ばしたが迎撃の準備などできているわけもない。慌てたように動き出す兵士たちを見ながら、フリーシアは唇を噛む。

 

「動けるようになっていたとは……あの男にやられガンダルヴァ中将は動けるような状態ではない――かくなる上は」

 

 現状と事態の想定。幾つかの思案をしたあとフリーシアは戦艦内のある場所へと向かった。

 

 

 

 戦艦へと接近したグランサイファーの甲板の上で、操舵を握るラカムが声を張り上げた。 

 

「帝国の戦艦に横付けするぞ! グラン、ジータ。なんとしてもセルグを取り返してきてくれ!!」

 

「当然だ、何があっても取り返してみせる!」

 

「待っててくださいラカムさん! 必ず、連れてきますから。」

 

 ラカムの声にグランとジータが強く応えた。潜入するメンバーはグランとジータ。仲間達は艇を守るべくグランサイファーに待機のようだ。

 

「グラン、ジータ。私達もいくよ」

 

 だが、二人の隣に並ぶのはゼタとイオ。その手に武器を持ち準備は万端の様子である。

 

「あのバカをさっさと連れ帰って心配かけた償いをしてもらわないとね!」

 

「私は子供扱いしたことをたっぷり後悔させてやるんだから! さぁいくわよ!!」

 

 二人の参戦にグランとジータが笑みを浮かべる。散々からかわれていたゼタと、子供扱いされて怒っていたイオがセルグの為に戦ってくれる。彼がどれだけ慕われているかが感じられた。

 

「よし、いこう!!」

 

 戦艦に横づけされた瞬間に四人はすぐさま飛び移ると全力で走り出した。迫り来る帝国兵の全てを軽々となぎ倒していく。

 胸の内にある想いをチカラと変え、鬼神のごとき勢いで、グラン達は戦艦内を走り抜けていった……

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

最近のアクセス数の伸びには驚きと感謝しかありません。

投票(しかも高評価だらけ)してくれた方々、誠にありがとうございます。

お気にいり登録もグイグイ増えており感謝しています。

感想いただけた方。やはり直接お言葉をもらえるのは非常に作者にとって嬉しいものであります。(やりとりもできて本当に嬉しいです)

読み進んでくれた方にこの場で感謝申しあげます。

皆様ありがとうございます


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メインシナリオ 第7幕

ガロンゾ編、これにて終了です。

ガロンゾだけで第7幕……あっちへフラフラこっちへフラフラと話を展開していってしまい長々となってしまいましたね。

ミスラとの戦闘もありますが、非常に難しかったです。(あいつの行動って意味わからないんですよね)

いろんな伏線も散りばめられて、HRTじゃありませんが風呂敷を回収できるかも心配な作者であります。

それではお楽しみください。


空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島周辺

 

 

 暗い暗い闇の中。意識のはっきりしない微睡みの中で、セルグは微かな声を聞いていた。

 

 “……まさかこうもあっけなくやられるとは思わなかったぞ。”

 

「――声? だれだ……オレを知っている?」

 

 微かな声であるにもかかわらず、それは聞き取る聞き取れない以前に、直接その声が頭に響く様にはっきりとセルグに届き、微睡みが終わる手前まで、セルグの意識は俄かにはっきりとしてきていた。

 

 “ふむ、記憶はやはり備えられなかったか……まぁ上々であろう”

 

「記憶? 確かにオレは組織の訓練が始まる以前の記憶はないが」

 

 記憶と言う単語にセルグは過去の自分を思い出す。一番古い記憶は、幼いながら他の大人に混ぜられ、星晶獣狩りの戦士として訓練を受けていた時分の事。おおよそ普通の少年時代など過ごしていないセルグの始まりの記憶は組織の戦士として生きることから始まっていた。

 そしてそれ以前の事をセルグは知らない……父も母も。組織の中に育ての親ともいえる保護者のような存在はいたが、両親ではないことは幼いころより既に聞かされていた。

 

 “それも仕方ないことだ……おや、時間のようだな……逢うときを楽しみにしているぞ、セルグ”

 

「おい、まて! 記憶ってなんだよ……お前はオレの過去を」

 

 遠ざかる声に追いすがるように、セルグは声の主を呼び止めるが、同時にセルグの意識は覚醒を迎えたようで微睡みの世界から離れていった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 水中から水面へと浮上するような感覚に見舞われながら、セルグは意識を覚醒させた。目を開けて体を起こすと、傍らには小さくなってるヴェリウスがおり、セルグを突いて起こしてくれたようだ。

 

「――ヴェリウス? ここは……オレはどうなったんだ? この重苦しい感じの部屋は帝国の戦艦か」

 

 頑強で重苦しい感じのする内装は、グランサイファーとは雲泥の差であり、ここが帝国の戦艦内であることが伺えた。

 周囲を見回したセルグは続いて自分の状況を確認。適度な治療が施された形跡があり拘束はされているものの、体の状態に問題はなさそうだった。怪我の原因については思い当たる記憶が無いが体の状態が問題なければ別に良いだろうとセルグは余計な思考を切り捨て、動き出そうとする。だが、手首と足首にはきっちりと拘束具が取り付けられており、ちょっと力を入れた程度ではビクともしなかった。

 

「ヴェリウス、拘束は外せないか? なんとしても脱出を……」

 

「目覚めたようですね」

 

 突如聞こえた声にセルグは驚き視線を向ける。そこには最初から部屋に居たのかそれとも入ってきたのかは定かではないが帝国宰相のフリーシアが居た。

 

「ご機嫌はいかがですか? 貴方は帝国軍最強の兵器、アドヴェルサの砲撃の直撃を受けた後、ここに運び込まれて治療を受けていただきました。生半可な攻撃では貴方を行動不能にはできないと考えられたので、ガンダルヴァ中将に注意を引いてもらい隙を狙った次第です……威力は抑えていましたが治療を施すとすぐに怪我が消えていくのには少々驚きました。そのせいでしっかり拘束をする羽目になりましたよ」

 

 やれやれといった感じに疲れたような表情を見せながら、フリーシアはセルグに現状を説明してくる。

 アドヴェルサの砲撃。自分が戦艦内に捕らえられている理由と現状の丁寧に説明されセルグは驚きと困惑に包まれた。

 

「随分とご丁寧な対応をどうも。人の事を主砲級の兵器で吹っ飛ばしておいて治療を施したり、丁寧な説明を加えたり。おまけに傍にヴェリウスを置いてくれたりと。一体何がしたいんだ?」

 

 命を容易に奪える兵器で攻撃しておいて治療まで施すフリーシアの狙いがセルグには皆目見当もつかなかった。疑惑は自然に言葉に乗せられ、棘を含ませながらセルグはフリーシアへと問いかける。

 

「スカウト……ですよ。貴方の戦力は恐ろしいほどに高い。ガンダルヴァ中将を退ける実力。従えている星晶獣ヴェリウスの事も考えると、貴方のチカラは現状帝国でも最上位と言っていいでしょう。それこそ、七曜の騎士等と同等かもしれない程に……その力を欲するのは当然でしょう? お仲間が一緒では話しにくいと思いましたので、こうして荒っぽい手段というやつでここまで運び込めるようにしたのです。

 まぁ、当初の目的は貴方の抹殺だったのですがね。ガンダルヴァ中将との戦いを見て計画を変えさせていただきました。如何ですか? 私の悲願の為にも、強い人材はのどから手が出るほど欲しいのです。私の悲願の一助となってはもらえませんか?」

 

 フリーシアが真摯な瞳でセルグを見つめる。帝国宰相であるフリーシアが一騎空士であるセルグに頼み込むという、ありえない状況にセルグも呆気にとられた。

 

「自分が何を言ってるのかわかっているのか? 帝国に付け、ではなくお前に付けといってる意味が……お前は帝国の宰相だろう? 今のを聞かれれば下手すら反逆罪になりかねない。一体何を考えている?」

 

 セルグは言葉の端々に感じたフリーシア思惑を読んで問いかける。先ほどのフリーシアの発言は帝国の意思ではなく、フリーシア個人の意思が感じられた。

 

「人払いは済ませてあります。ある程度信頼されるためにもヴェリウスをここに置いておきました。残念ながら私に戦闘力が無い以上、拘束はせざるを得なかったですが……あなたが危惧する通り私の目的は帝国の繁栄ではありません。私個人の目的の為に、あなたを勧誘しております」

 

 フリーシアは力強くセルグを視線で射抜く。なんとしてもセルグの力を手に入れたい。そんな強い思いがその視線に込められているようであった。

 

「折角のお誘いで悪いが断らせてもらおう。大体何を目的としているかもわからないし、お前がどんなヤツなのかも知らない。それでお前に付くなんてできるわけがない。更に言うなら、ルリアを狙う帝国に手を貸すなんて真っ平御免だな。お前達帝国が今まで何をしてきたのか理解して言っているのか」

 

 セルグは当たり前のことを並べて返事をする。どんな態度で頼まれようと目的も不明な事に手は貸せるわけが無かった。

 ましてや勧誘してきたのはエルステ帝国の宰相。近年急速に勢力を拡大してきたエルステ帝国。その侵略によって大きな被害を被った島は珍しくない。元々エルステ帝国にいい感情を抱いていなかったセルグにとって簡単に頷ける話ではないのだ。

 

「私の目的は……歴史への反逆です。それが適えば、これまでエルステが行ったすべての所業を帳消しにできる。それほどの計画です。今はこれ以上は語れませんが」

 

 セルグの返答にフリーシアは苦々しく目的を抽象的に述べるだけに留まった。今はまだ具体的な事は言えないと。そんなフリーシアにセルグはため息一つ。興味を無くしたように視線をそらした。

 

「話にならないな……つまりはオレへの勧誘なんてその程度でしかないわけだ。本当に信頼して付いて欲しいと思うなら、目的ぐらい明確に話せるようにしとけ」

 

「そうですか……真に残念ですが、こうなっては仕方ありませんね。貴方が敵となることを考えたら今ここで命を絶っておくべきでしょう」

 

 勧誘が失敗に終わったとわかった瞬間、フリーシアは態度を変えセルグの命を絶つと宣言する。彼女が言うように七曜の騎士に並ぶような強さを持つセルグを野放しにしては彼女の企みは大きく崩される可能性がある。そんなフリーシアの宣言に臆することなくセルグも視線を返した。

 

「やっぱりそうなるか……まぁオレもガンダルヴァに同じことをしようとしたからな。その判断は間違っちゃいない。だが、少々遅かったようだぞ」

 

「なに……?」

 

 ニヤリと笑って言い放つセルグの言葉に、フリーシアが怪訝な表情を浮かべた瞬間、部屋のドアが爆発しフリーシア諸共吹き飛ばした。

 突然の事態ながらセルグに驚きは微塵もない。まるで何が起きるのかを知っていたかの様に平然と、ドアの無くした部屋の入り口を見据える。

 

「セルグ!! 無事か?」

 

 入り口に立っていたのは炎を纏う小手をつけたグランだった。衣装はサイドワインダーから変わり、軽装で格闘家の様相を呈している。“オーガ”と呼ばれる近接格闘専門のバトルスタイルである。

 

「おう、救援ありがとな。吹っ飛んできたドアで危うく死にかけるとこだったけどな……」

 

「セルグさん!! ああ、ホントに良かったです! 目の前でセルグさんが撃たれた時はもう死んでしまったかと……」

 

 グランの後ろから顔を出したジータは涙交じりにセルグへと抱きつく。生きているセルグに感極まったのか羞恥心など感じていないようだったが、直後に背後からドスの聞いた声が響いた。

 

「あらあら、ジータったら上半身裸の男に抱きつくなんてすっごい大胆ねー。セルグも全く抵抗しないなんて――最低。ちょっとグラン! 妹がセルグに誑かされてるわよ!!」

 

「ゼ、ゼタ……なんでそんなに怒って」

 

 グランがゼタの態度の急変に慌てながらも、宥めるように落ち着かせようとするが、ゼタの雰囲気は変わらない。

 セルグの格好は現在治療を受けていたこともあって上半身は裸で、ショートパンツをはいてるだけだった。半裸の男性にみだりに抱き着いたジータを窘めるゼタの気遣いかはわからないが、そんなゼタの様子にジータも慌てて否定する。

 

「ち、ちがいます! べつにこれはそんな大きな意味でやったわけじゃなくて……生きているセルグさんをみれたらつい嬉しくて」

 

「へー嬉しくて男の人につい抱きついちゃうなんて、ジータって実は破廉恥な子だったんだねーー」

 

 清々しいまでの棒読みな声には、ジータの言葉が全く信じられないといったゼタの意識が垣間見える。彼女自身なぜジータにこんな態度をとっているのかはわからなかった。勝手に言葉が口を突いて出てきてしまっているのだ……元々思ったことは素直にいうタイプではあるが。

 

「ぜ、ゼタさん! 違います! そんなんじゃ……」

 

「ほらほら、落ち着けジータ。ゼタも何をそんなに怒っているんだ? 助けに来てくれたのは嬉しいが、いい大人が子供相手にみっともないぞ」

 

 見かねてセルグはゼタを窘めたが、今度はゼタとジータの瞳にセルグに対しての怒りが灯る。

 

「み、みっともないって何よ! 人が折角心配してあげてたってのに何様よ、このバカ!!」

 

「はぁ……別に狙ってたわけじゃないけど……狙ってたわけじゃないけど。――また子ども扱い」

 

 

 意識せずとも二人の怒りを買ったセルグの言葉を聞いて、その後ろで一緒に救援に駆けつけてきてたグランとイオはげんなりした様子で会話をしていた。

 

「ねえグラン、セルグって実はアホなんじゃないかと思うんだけど」

 

「空気読めないってこういう事なのかな、イオ……」

 

 二人の呟きは三人の喧騒の中に消えていった……

 

 

 

 

 

 敵地で一体何をしているのだと、最年少のイオに一喝され、大人二人と少女一人の喧騒が収まると、セルグは拘束を解いてもらい戦闘準備をした。

 

「さて、余計な時間を食ったな。脱出しようか。天ノ羽斬は……お前たちが確保してくれてたんだな。ありがとう」

 

「うん、最初は形見にとでも思ってとりあえず拾っておいたんだ」

 

 天ノ羽斬をセルグへと差し出しながら、グランはその時の心情を思い出し暗い顔をしていた。

 

「グラン、いくらひどい攻撃を受けたからってそれは最初から絶望しすぎじゃねえか? 縁起でもねぇ」

 

 形見という言葉に思わずセルグは嫌な顔をする。どんな攻撃を受けたかは記憶にはないが、それにしたってすぐに死亡扱いとはいかがなものだろうか……

 

「仕方ないわよ……セルグの飛ばされ方本当にひどかったもん……即死だと思ったわよ」

 

 イオがその光景を思い出し身震いする。他の面子も同様な反応を示しておりセルグはどれだけ自分が恐ろしい攻撃を受けたのかを悟った。

 

「それにしても……一体どうしてセルグをこんなところに……?態々治療まで受けさせてたみたいだし」

 

「さぁな、偉い人の考えることっていうのは凡人には理解できないもんさ。」

 

 グランが帝国の行いに疑問を感じるもセルグは何もわからないというようにごまかす。スカウトを受けたフリーシアとの対談は、断りはしたもののなぜかセルグの中で、素直に仲間には打ち明けられない話となっていた。

 

「この中で一番常識の枠からはみ出てそうなヤツのセリフとは思えないわねぇ……」

 

「なんだ? まだ怒ってるのか? 理由はよくわからんが……」

 

「お、怒ってないわよ!? ただアンタが、一番常識外れな人物だって言ってるだけよ!!」

 

「――? まぁ、自覚もあるし、確かにそうかもしれんが……」

 

 ゼタの勢いに思わず納得して言葉を返してしまうセルグだった。

 準備を終えたセルグを迎え、五人はグランサイファーが停めてある地点まで帝国兵をなぎ倒しながら進んでいく。

 

 

 

「ううむ……結構な怪我だったらしいが。何の問題もなく体は動くな」

 

 戻る途中でセルグはふと呟く。グラン達の話からも相当な威力の攻撃を受けているはずだった。事実セルグも瞬間的に意識を飛ばしているから、それが事実なのだと半ば体感的にではあるが理解した。

 だというのに、それでもセルグの身体は何の問題も無く現在、戦闘を可能としていたのだ。

 刀を振るい、兵士を蹴飛ばし、曲がり角で出合い頭にきた兵士には頭部をつかんで壁に叩きつけるなんて荒々しい事までして見みせる。

 その姿には怪我の気配など微塵も感じられない。

 

「どうしたの、セルグ? やっぱりどこか調子悪いとか……?」

 

 ゼタが怪訝そうな表情を浮かべるセルグを気遣う。そんなゼタにセルグは少し困った声で答えるのだった。

 

「むしろ調子が良すぎるんだよな……戦艦の主砲みたいなの喰らった割には体が普通に動いているのが少し気味悪いんだよ。フリーシアの話じゃ治療を施したら怪我がどんどん治っていったらしい……帝国が凄いのか、オレがおかしいのかだな」

 

 少し自嘲気味に話すセルグに、ゼタはなにも見解を示せなかった。代わりにゼタはそんなセルグの不安を飛ばす様に明るく声をかえす。

 

「ふぅん、まぁ動けるに越したことはないんじゃない。それじゃしっかり戦ってよねセルグ!!」

 

 そういって先を急ぐゼタにセルグは一言くらい文句を言っても良いのではと思いながらも素直についていく。

 会話をしながらも帝国兵をバタバタと何の問題も無く切り捨てていく二人に、グランとイオが戦慄していたのはまた別のお話……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「セルグ! てめぇこの野郎! 死んだかと思ったぞ!!」

 

 グランサイファーに戻って最初にセルグが聞いたのはオイゲンの笑顔と共に繰り出される怒声だった。

 

「すまなかった、心配をかけたようだな。」

 

「無事で何よりだ……ちょっと無事に過ぎないか? 怪我がどこにも見当たらないんだが……」

 

「お、お姉さま!? 心配なのはわかりますが男性の体を舐め回すように見るのはおやめください!?」

 

「ヴぃ、ヴィーラ何を言ってるんだ!? 私は決してそんなつもりでは……」

 

 カタリナも駆け寄りセルグの状態を見て声をかけるも、変な人が一名いたせいで疑惑の眼差しを向けられることになる。

 

「態々治療してくれたんだって……訳わかんないよね、帝国の宰相さん」

 

 カタリナが疑問に思ったであろうことに説明をするのはゼタだった。その顔にはどうにも納得できていないことが伺えた。

 

「と、とにかくまぁ、無事で帰ってきてくれた事を喜ぼう! セルグ、お前さんのおかげで、こうして俺はまた飛ぶことができた……礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 セルグの言葉が約束を果たす一助となったラカムが感慨深く頭を下げて礼を述べた。そんなラカムの姿に思わずセルグは顔を顰めた。

 

「やめてくれ、ラカム。一体なにが助けになったかはわからないが、大したことは言ってないんだ。情けなくもあとで追いつくって言っておいてこうして迷惑をかけてるオレの方が肩身が狭くなっちまうだろ……いいんだよ。気にしないでくれ。」

 

「そうよね~、ガンダルヴァを相手にするって言ってたかと思ったら砲撃受けて死にかけてるんだもの……こうして助けに来なくちゃいけなかったわけだし約束に縛られるのよりよっぽど迷惑かもね」

 

 いたずらっぽく笑いながらロゼッタが茶化すと、セルグはまたも表情を歪める。

 

「――何も言い返せない」

 

 珍しく何も言い返せないセルグの姿に仲間たちはここぞとばかりに声を揃えて責め立てる。いつしかグラン一行は和気藹々とした雰囲気を醸し出してグランサイファーの甲板の上で笑い会うのであった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「随分楽しそうですね……さぁ最後の悪あがきです。人形……いけますね? 星晶獣ミスラの召喚を命じます」

 

 甲板にでてきたフリーシアは仲良くグランサイファーで談笑しているグラン達を見据えて、見事にしてやられた事に若干の怒りを感じながら傍らにいた少女へと指示を出した。人形と呼ばれた少女がフリーシアの言葉に反応すると、そっとその小さな両手を翻す。

 少女の反応を見て肯定と受け取ったフリーシアは強い声で命令を下す。

 

「行けるようですね。ならば彼らにぶつけなさい……その力、全てを!!」

 

 

 

 

「――ッ!? この気配……星晶獣? まさか!」

 

 直ぐ近くから感じられた星晶獣の気配にルリアが振り返る。そこには帝国戦艦の甲板に出ていたフリーシアと無表情な少女がいた。視界に映る少女を見た瞬間にルリアの目の色が変わる。

 

「オルキスちゃん!!」

 

 大空にルリアの声が木霊した。まるでグランサイファーから身を投げ出しそうな勢いで少女へと届かぬ手を伸ばすルリアに、生気のない目で視線も返さずに召喚を進める少女の名は”オルキス”。ルリアと似た力を持ち星晶獣を使役することのできる少女であった。

 響き渡り届いたはずのルリアの声は、オルキスの心にまでは届かず、感じられる星晶獣の気配は徐々に膨れ上がっていく……

 

「このタイミングで星晶獣ってことは……」

 

 ルリアが落ちないようにカタリナが押さえつける一方で、膨れ上がる気配にグランが警戒しながらこれから起こるであろう事を予測すると、それにノアが答える。

 

「ミスラだろうね……僕も力を感じるよ」

 

「でも……オルキスの保護者って黒騎士でしょ? 黒騎士があそこにいないのになんでまさか鎧の中身が実は宰相さんだったり……なんてことはないわよね?」

 

「いや、それはねえな……あれは間違いなく別人だ」

 

「というか、お前たち、黒騎士ってあれだよな……七曜の騎士だよな? なんでそんなやつを知ってるんだ」

 

 オイゲンの否定を聞きながら、セルグは当然の如くグラン達の会話に黒騎士が出てくることに疑問を抱いた。

 

「いまとやかく考えても仕方ねえ! ミスラが来るぞ! 全員構えろ!!」

 

 ラカムの声をきっかけにグランサイファーと戦艦の間の空間が歪む。

 その空間からは、いくつもの時計が分解されて組み合わされたような、とても生き物とは思えない星晶獣が現れた。

 いくつもの歯車、目玉の様に中心にある緑の宝玉。一定のリズムで歯車は小さく動いておりまるで時を刻むかのようである。

 星晶獣ミスラ。契約を司るガロンゾ島の大星晶獣が顕現した。

 

 

 

「あれが……星晶獣ミスラ」

 

 これまでに出会ってきた星晶獣とは全く違う様相のミスラの姿にグラン達は驚く。

 ポートブリーズ群島のティアマト。アウギュステ列島のリヴァイアサン。ルーマシー群島のユグドラシル。これまでにであった星晶獣達はどれもまだ生物としての外観というものを持っていた。

 だが目の前のミスラは違う。無機物だけで構成されたようなその姿は生物の感触を感じさせない。生きた兵器とされる星晶獣としては異例の姿にグラン達は驚きを隠せなかった。

 

「すごい……機械っぽい星晶獣ですね。気配は別に他の星晶獣と変わらないんですけど……」

 

「どんな見た目をしていても星晶獣だ……油断するなよ」

 

 ミスラの姿に呆気にとられるグラン達にセルグが釘を刺す。その声をきっかけにグラン達も表情を引き締めた。

 

「さぁ、いくぞ!!」

 

 グランの掛け声に合わせ、仲間たちが一斉に動き出した。

 

 

 

 グランサイファーの甲板の上で戦闘が始まった。

 まずはグランとゼタが接近する。それぞれが全力をもって己の得物で攻撃するがそれはミスラに届く前に見えない何かに阻まれた。無理はせず一度引き下がるグランとゼタに合わせるように、オイゲンとラカムが銃撃を放つも、それもミスラに届く前に悉く弾かれていく。

 

「フィールド系の防御壁……か? ヴェリウス、何かわかるか?」

 

 セルグは先ほどの攻防を見てヴェリウスに疑問を投げるが、思念での返事はなくヴェリウスからも情報は得られないようだった。

 一行がミスラの防御に戸惑う隙にミスラは歯車を飛ばして攻撃してくる。

 

「チッ!? 自分の体の一部を飛ばして攻撃してくるとは。歯車捕まえたらあいつ動けなくなったりしないか……?」

 

「セルグさん、バカな事いってないで、ちゃんと戦って下さい!!」

 

 セルグの呟きに、ジータが叱責を混じえて檄を飛ばした。見れば歯車の攻撃は数もそこそこで、仲間たちは回避に気を取られ攻撃をできないでいた。

 飛び込んでくる歯車を剣戟で叩き落とし、さらに足で押さえつけてセルグは有言実行と言わんばかりに歯車を捕まえてみるが、その効果は彼が睨んだような効果は見られず、ミスラは以前、動き続けていた。

 

「真面目だったんだがなぁ……グラン、ゼタ!! さっきの一撃、どんな感じで弾かれた?」

 

 セルグが解決の糸口を探そうと歯車を躱しながらグランとゼタに声をかける。

 

「なんていうか、普通に壁に阻まれてるって感じだった。」

 

「うん……見えない壁を殴ったようだった」

 

 ゼタ、グランがそれに応える。それを聞いたセルグは幾らか思案した天ノ羽斬の刀身をなぞりながら、言霊を詠唱。

 輝く刀身を見せながら、解放された力はセルグを包みこんだ。

 

「ラカム、オイゲン。力を貸してくれ! 防御壁をオレが切り裂く。タイミングを図ってあの目玉みたいなのを打ち抜いてくれ!」

 

 セルグが、後衛で援護に回る二人に呼びかけると、二人とも同時に頷き、次の一撃の準備を始める。

 

「「よっしゃ、まかせな!!」」

 

 ラカムとオイゲンの言葉が重なる。返事と共に二人はセルグの後ろに回った。

 

「セルグ……一体何をする気だ?」

 

 ライトウォールで防御に回っていたカタリナが戦況を覆せる手を求めてセルグに問いかけると、セルグは不敵な笑みを見せた。

 

「天ノ羽斬の言霊は伊達じゃないってところを見せてやる」

 

 そう言うとセルグは言霊を詠唱。天ノ羽斬に光を漲らせミスラへと接近する。

 

「全てを断て。”光破”!!」

 

 セルグが振るう斬撃は、ミスラの防御壁をものともせず振り下ろされた。

 

 

「今だ! バニッシュピアース!!」

 

「おうよ! ディアルテ・カノーネ!!」

 

 セルグの斬撃に合わせ、二人の攻撃がミスラを撃つ……弱点のような緑の宝玉を打たれ、ミスラは火花を散らして動きを鈍くした。

 

「効いてるっぽいね……みんな畳み掛けよう!!」

 

 グランがミスラの様子に好機と見て号令をかけた。

 

 グランの拳が、宝玉を粉砕し、ジータの剣が歯車をバラバラにしていく。ゼタが刺突の連撃を浴びせ、ヴィーラはカタリナと左右から挟むように切り刻む。ロゼッタが作り出す茨がミスラを蝕み、イオが歯車を凍らせていく。

 帝国兵士などモノともしない実力をもつ彼らから、数の暴力とも言える攻撃を浴びせられ、ミスラは呆気なくボロボロになりルリアによって吸収されることとなった。

 

 

 

 

 星晶獣ミスラを退けたグラン達。

 セルグも仲間に加え、これまで行く先々の島で星晶獣との戦いを潜り抜けてきたグラン達にとって、ガロンゾの大星晶獣ミスラであろうと、大きな脅威とはならなかった。

 帝国の戦艦もそれに合わせて撤退し、ひとまずの事態の収拾を得ることとなり、一行はグランサイファーの甲板で一息ついている。

 

 

「ミスラは吸収できました。空図の欠片も一緒に手に入りました……でも」

 

 だがミスラを吸収したルリアの声には元気がなく、辛そうな……悲しそうな顔を隠せなかった。

 

「オルキスちゃんの声が……聞こえないんです。何か、きっと何かわかると思ったのに。何も聞こえないんです。これが……今のオルキスちゃんの心なの?」

 

 ルリアがオルキスを案じて辛そうな表情を見せる中で、グラン達はこの状況を考察をしていた。

 

「黒騎士がオルキスのそばに居なかったことも含め、帝国に何か動きがあったのは明らかだろうな……それが恐らくはオルキスにとって辛いものになっているのではないか?」

 

「そうだね……黒騎士も決していい扱いをしているとは思えなかったけど、それでもさっきのオルキスには何も反応がなかったことから見て、以前よりも、オルキスにとっては辛い状況にあるんだと思う」

 

「でもグラン……そんな感情が薄くなるような程辛い状況って? 一体どんなことがあったらそんな事になるのかしら」

 

「オレには黒騎士との関わりがわからないから何とも言えないがルリア、声が聞きたいなら今度会った時に頬でも引っぱたいてやれ。そしたら悲鳴でも文句でも出てくるだろう……今ここで、いくら嘆いてたって何も始まらないぞ。次会った時どうするか考えておくほうがよっぽど利口だ。」

 

「セルグ、ルリアはただ声が聞きたいっていうわけじゃなくて」

 

「――違うよ、グラン。セルグさんは言いたいのは、次会った時ちゃんとこっちを振り向いてもらえってことを言ってるんだよ。ね、セルグさん?」

 

「お、おう、その通りだ。」

 

「ふふ、なんだかだんだんわかってきたんです! セルグさんの遠まわしな気遣いの言葉の意味が……なぞなぞみたいでちょっと楽しいですよ。」

 

 笑顔でそんなことを告げてくるジータに、謎解きをだしてるつもりなどなかったセルグは苦笑いしかできなかった。

 

「ふーん、セルグって本当に面倒な言い回しが好きよね」

 

「だが、その真意を理解すると、優しさに満ち溢れていて気持ちがいいものだ。私もそのなぞなぞというのに参加しておこう。いつかセルグの言葉をすぐに理解できるように……な」

 

 カタリナのからかう言葉に仲間たちが笑う。顔を俯かせていたルリアもその表情に笑顔を取り戻し、一行は楽しい雰囲気のままガロンゾへと戻っていった。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

「全く無茶をしすぎですよ! 何を考えてるんですか!!」

 

 騎空艇ドック内に整備士の怒鳴り声が響き渡る。無事に帰ってきた一行を出迎える彼の顔はそれはもう、呆れと怒りとその他諸々と非常に複雑な表情を湛えていた。

 

「悪い悪い! でも、この方が修理のし甲斐があるってもんだろう?」

 

 そんな整備士の怒鳴り声に、、オイゲンは悪びれもせず言葉を返した。

 

「はぁ、全く……一歩間違えれば今頃皆さん空の底だったっていうのに」

 

 彼の言う事に間違いないだろう。ギリギリの状態でガロンゾへと辿り着いたグランサイファーを緊急事態とは言えそのまま飛び立たせたのだ。

 飛び立つ前にオイゲンは動力部がいかれなければ、等と言っていたがそれは違う。正確には”どこも”いかれなければ大丈夫。といった状態であったはずなのだ。

 そんな状態のグランサイファーが無事に帰ってこれたのはラカムの腕によるものか、それともノアのチカラによるものか。それは定かではないが、運命的ともいえるほどの奇跡に近い事であろう。

 整備士はため息と共に無事に帰ってきた一行の姿に安堵の表情も見せていた。

 

「だいぶ無理させちゃったけど……グランサイファーがもう治らないなんてことは?」

 

 イオが不安な表情で整備士に聞くと、前にノアが出てきて口を開いた。

 

「そこは安心してくれ。陰ながら僕も整備に力を貸すからね。艇造りの星晶獣の名にかけて。それにグランサイファーの製作者のプライドに懸けて、完璧に直してみせるさ」

 

「ハハッ、これ以上の頼もしい整備士もいねえな! ノアよろしく頼む」

 

 ラカムはそんなノアの姿に一片の不安もないようだった。グラン達もその様子に一安心というように笑う。

 

「それでは、私たちはゆっくり休むとしようか……予期せぬ事態の連続でさすがに疲れたよ」

 

「そうですね……お姉さま。もしお疲れのようなら、宿で私がマッサージでも。――む、皆さん。どうやらお客さんのようです」

 

 ゆっくり休もうと提案するカタリナに答えていたヴィーラは、一向へと足を進めてくる二名の人間を視界に捉える。

 嫌な予感と、カタリナとの語らいの時間を不意にされたことに、僅かに睨むような目つきになってしまうのはご愛嬌。不穏な気配を醸し出しながら、ヴィーラは仲間達へと警戒の視線を投げた。

 

「失礼……こちらの騎空団の団長はどなたでしょうか?」

 

 揃いの帽子とコートで身を包んだ二人の女性……雰囲気から同じ組織の人間であることは察することができた。話しかけてきたのは腰に剣を携える細身の女性。もう一人の小柄な女性は副官なのか、後ろで控えている。

 団長という言葉にグランとジータが前に出た。

 

「団長は僕と、ジータだ。何か用ですか?」

 

「私たちは七曜の騎士が一人、碧の騎士率いる、秩序の騎空団の者です。この度、エルステ帝国からの要請で、元エルステ帝国最高顧問、黒騎士アポロニアを捕縛いたしました。つきましては、その事情聴取にご協力願いたいのですが」

 

「く、黒騎士が捕まった!?」

 

 告げられた事実に一行が驚愕する。

 それもそのはず。黒騎士は七曜の騎士と呼ばれる全空域に名を轟かす超実力者。これまでの度々あった邂逅でもその実力を毛ほども見せていない正に、底が知れない存在だったのだ。そんな人間があっさりと捕らえられた事を告げられれば驚くのも当然。

 

「はい……これから”アマルティア島”の我らの拠点で事情聴取が行われます。お手数ですがご同行いただけますか?」

 

「まて、リーシャ……情報にはなかったが。とんでもない奴のお出ましだ」

 

 話を進めて動き出そうとしたリーシャと呼ばれた女性を止め、後ろでひかえていたもう一人の女性が口を開いた。

 その声の雰囲気には事務的な感じではなく、戦闘に入る直前のような、極限の緊張に近いものがあり、リーシャ共々グラン達も息を呑む。

 

「モニカさん……?」

 

「そこの男は大罪人だ。なぁ、セルグ・レスティア殿」

 

 モニカと呼ばれた女性は強い視線でグランの後ろにいたセルグを射抜く。その視線を追うようにグラン達もセルグに振り返った。

 睨みつけられるセルグはうんざりといった様子で答える。

 

「はぁ……最初の島から色々あって大変だと思ったら最後の最後でこれか。すまないなグラン。オレの旅は前途多難なようだ」

 

 

 

 ガロンゾに現れた二人組。秩序の騎空団は新たな事態をグラン達にもたらした。

 目に見えぬ陰謀と策略が大きなうねりとなって、一行を静かに飲み込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ガロンゾ編だけでもそこそこ原作との乖離が激しい気がします。
それでもこの先はどんどんオリジナルの流れが入ってくるかと思われます。
まぁ基本は原作沿いになります。大きく逸脱することはないかと。
その中でセルグが混じった事での変化をお楽しみいただければと思います。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第8幕

アマルティア島編第1段です。

のっけからオリジナル色強く進んでいきます。

でも描いててすごくキャラが生きてる気がしてました。少しずつ作者がレベルアップしてるといいのですがね・・・

それでは、お楽しみ下さい。


 

空域 ファータ・グランデ

 

 

空を翔ぶグランサイファーの船室で、グラン達騎空団一行は沈んだ表情を浮かべていた。

 

「セルグ……大丈夫かな」

 

 呟かれたグランの声に覇気はなく、その心情がありありと表れている。他の仲間達も同様に、暗く気落ちした表情を浮かべており、事態の深刻さが伺えた。

 

 ガロンゾ島を出立した騎空団一行の中には、仲間であるはずのセルグの姿はなかった。

 

「だ、大丈夫よグラン。あの人達、ひどい人じゃなさそうだったし、ちゃんとセルグさんが本当の事を言えばわかってもらえるよ」

 

「いや、それは難しいだろう。どんな事情があったにしろ、彼がやってしまったことは事実だ。当事者である彼の証言が聞き入れられる可能性も高くはないかもしれない。

 ましてや相手はあの秩序の騎空団。全空の秩序を守るべく、七曜の騎士が一人、碧の騎士に率いられている治安維持組織だ。情に訴える事が効果があるとも思えない……」

 

 ジータが考えた希望的観測はカタリナに論破される。そのカタリナの言葉で一同にさらに重苦しい雰囲気が漂っていった。

 

 何故にこんなにも、一行が暗い雰囲気になってしまったのか。

 事は数日前……秩序の騎空団の二人がグラン達に接触してきたことに端を発する。

 

 

―――――――――――

 

 

 

空域 ファータ・グランデ ガロンゾ島

 

 

「そこの男は大罪人だ。なぁ……セルグ・レスティア殿」

 

「セルグ・レスティア!? あのS級警戒人物で手配書に載ってる人ですか!?」

 

 揃いの制服の二人。秩序の騎空団のモニカが告げる言葉にリーシャが驚きの表情を見せる。

 

「そうだ……とある事件で36人もの仲間の命を奪って今尚、逃げおおせている男だ」

 

 記憶にあるセルグの罪状を思い出し、リーシャに伝えるモニカは油断なくセルグを見据えており、その視線に習う様にリーシャも警戒を強めていった。 

 モニカとリーシャ。二人の反応を見ればS級警戒人物というものが大きな意味を持つことはグラン達も理解できた。セルグの過去の事も考えると、言葉通りであるなら非常に危険な人物といった所だろう。

 だが、二人の視線を集めるセルグには動じた様子はなく、その姿は逆にグラン達の不安を掻き立てる。

 

「ま、待ってください! セルグは確かにその事件の犯人とされていますが、本当は」

 

「やめろ、グラン。余計なことは言わなくていい」

 

 慌てて弁明をしようとするグランを遮り、セルグは声を上げる。

 

「随分有名になってしまったな……さすがに奴らも面子を捨てて秩序の騎空団に情報を渡していたか――誤算だったな。」

 

 セルグは少しだけ残念そうな素振りを見せるも、なんともなさそうに二人の前に出る。その表情には諦めが見えていた。

 

「セルグ! ダメだそんなの!」

 

「セルグさん! 待ってください!」

 

 グランとジータがセルグの前に出て止めようと動き出すが、それは他ならぬセルグ自身に阻まれた。

 

「落ち着くんだ二人共! 罪状自体は事実だ。どんな事情が在ろうとな……そこにお前達が口を挟む余地はないよ。オレのことを庇ってお前たちまで罪に問われては洒落にならん……ほら、さっさと連れて行けよ。抵抗も何もしない」

 

 観念したように両手をあげて促すセルグに、モニカとリーシャは戸惑いながらも自分達の艇へと連行するために引き攣れていた部下に指示を出す。そんな秩序の騎空団に、セルグは一切の抵抗を見せず連れていかれていくのだった。

 

 

「抵抗することもなく随分あっさりと捕まるんですね……とてもS級の手配人物とは思えないです。聞いていた人物像ともだいぶ違うようですし」

 

 リーシャはあまりにもあっけなく拘束され、連行されたセルグに戸惑いを隠せないようだった。

 そんなリーシャに抗議をしようとグラン達は再び口を開こうとするが、それをモニカが手で制止する。

 

「貴殿等が何を言いたいかは理解している。仲間が犯罪者として連行されるのが許せない気持ちは良くわかる。しかし、奴に関しては正式に罪状が挙げられ重要警戒人物として手配されてしまっているのだ……彼を見つけた以上、我々は早急に拘束して連行しなければならない。

 彼の罪状と手配ランクはそれほどに重いのだ……ひとまずこの対応についてはどうか理解してほしい」

 

 連行を命じたモニカにもセルグの態度に思うところがあったのか、グラン達に対し理解をして欲しいと請う。

 

「……セルグに弁明の機会は与えられるのか? いくら罪状が重いからってまさか本人からの弁明もさせずに裁かれるってわけじゃねえんだろ?」

 

 オイゲンがモニカに問いかける。仲間の誰もがセルグの扱いに不満をもっていた。セルグの人と成りを知った仲間たちにとって、セルグが不当に裁かれることを許容できるわけがない。その瞳には秩序の騎空団の二人に対する敵意が見て取れる。

 

「安心して欲しい。どのような犯罪者であろうと正式な手続きに則って裁きを行う。事実確認もしっかりと行われる。これは我らの矜持だ。

 もしかすると貴殿らには黒騎士だけでなく彼についても事情聴取を行うかもしれないが、そのときは協力をしてもらいたい。な、リーシャ?」

 

「あっ!? はい、そうですね……正式な手続きにおいて話は進めますのでそこはご安心ください。ひとまず皆さんは艇の修理等もあるようですから、準備が出来次第アマルティア島に向かっていただけますか? 我々はそれまでに出来ることをしておきますので」

 

 話を振られたリーシャは焦りながらも事務的な対応を見せる。リーシャの姿は妙に不慣れな感が否めないがグラン達もとりあえずは納得したのかそれ以上二人に追求をすることはなかった。

 

「わかりました……修理が出来次第直ぐに向かいます」

 

 こうして騎空団一行はグランサイファーの修理が終わるまで、落ち着かない休息をとることになる……

 整備士を急かして何とか四日で整備を終えてもらったグラン達は、急いでアマルティア島に向けて出発した。

 

 

憎らしいほどに、空は蒼く晴れやかであった……

 

 

 

――――――――――

 

 

「それにしても……甘く見ていたな。我々はセルグがどんな人物か理解している。回りくどいが皆に優しく気遣いができるし、子供を大切に思う慈愛の心も持っている。傍から見れば、彼はかなり良い人という分類に入るだろう。だがこうして罪状というものを挙げられると、それが事実である以上、なかなか無罪放免とはいかないだろうな。難しい問題だ……」

 

 カタリナが冷静になって思うことを述べる。なんとかセルグを救い出せないか……そうは考えても妙案など浮かばず、ただ現状の把握にとどまってしまう。それは他の皆も同様で、カタリナの言葉に頷くことしかできない。

 

「俺たちに出来ることなんてたかが知れてるってことかよ。精々、あいつが罪状なんかとは本来無縁な優しいやつだって訴えるくらいしかできないだろう。クソッ、自分の無力さに腹が立つ!」

 

 ラカムが何もできない自分に憤慨する。ガロンゾで助けられたラカムにとって、この状況は何とかしてやりたいと、思いが募るだけの最も落ち着かない状態だ。

 セルグに対しての感謝もある分、ラカムの焦燥感は大きいのだろう。

 

「ねぇゼタ? さっきからどうしたの? ずっと思いつめたような顔をしてるけど……」

 

 部屋の片隅で、会話に参加せずに険しい表情をしているゼタにイオが声をかける。

 

「あ、えっとね……ちょっと心配することがあって」

 

「そりゃあ心配だろうよ。だからこうしてみんなで話し合って」

 

「ああ、ちがうの。そっちも確かに大問題なんだけど――」

 

 歯切れの悪いゼタの返答に要領を得ない仲間たち。ゼタは気づいた事実が相当まずいのか冷や汗混じりの表情を浮かべており、それは仲間の不安を更に加速させていく。

 

「それじゃあ、彼の罪状の他にも何か問題があるっていうの?」

 

 ロゼッタがゼタに問いかけると、ゼタは逡巡して話し始める。

 

「う、うん……今回セルグが捕らえられたこと。セルグの罪状の出処を考えると間違いなく組織からのリークだと思うんだ。そうなるとセルグの所在が組織にもバレるんじゃないかと思って」

 

 ゼタが告げた言葉に仲間たちの息を呑む音が重なる。

 

「まずいですね……ゼタさんの組織にとっては彼は唯一真実を知る人間。当事者の証言と言うことで信憑性が低くなるとはいえ、すべての事実が露見する可能性も想定はするでしょう。証拠隠滅を図る可能性も大いにあり得る」

 

 冷静に思考を回したヴィーラが表情は変えずとも焦った声音で考え得る可能性を示唆した。

 

「有り得るどころか、間違いなく動いてくると思うんだ……皆もわかってると思うけど組織はかなりの秘密主義よ。基本的には組織にかかわる情報というのは掟で話してはいけないと禁止されている。反逆者であるセルグの始末なんて、しない方がおかしいもの。

 グランサイファーの修理で4日も出遅れてる私達はいま確実に後手にまわってる……状況はかなりマズイと思う」

 

「そんな!? それじゃいまセルグさんは命を狙われてるっていうことですか!?」

 

 ジータはゼタがもたらした可能性に慄く。仲間となったセルグが現在命の危機にあるかもしれない。そのことがジータの心に重く不安を乗せていく。

 

「ラカム、少しでも早くアマルティアに着けるようにしてくれないか。ちょっとでも出来ることをしよう……」

 

「あ、ああ。任せろ。着くまで不眠不休で飛ばしてやる!」

 

 だが焦るジータとは逆にグランは落ち着いた声でラカムに頼みこんでいた。何か出来ることはないかと焦っていたラカムは直ぐさま動いていく。

 

「グラン!? なんでそんなに落ち着いてるの!? セルグさんが命を狙われているんだよ!グランにとってセルグさんってそんなにどうでもいい人なの!?」

 

 ジータがグランの落ち着いた態度に不満を爆発させる。心配症な彼女の不安は、グランの静かな態度に怒りを覚え、怒りとなってぶつけられた。

 

「落ち着くんだ、ジータ! 焦ったって出来ることは少ない。セルグを信じてアマルティアに着くのを待とう。幸いにもセルグにはヴェリウスが付いていってるはずだ。彼の強さは知っているだろう。焦って騒いだところで何も変わらない。今できることはラカムの手伝いをしながら信じて待つだけだ」

 

 グランはジータの怒りに怯まず冷静に諭す。秩序の騎空団、星晶獣ヴェリウス、更にセルグ自身の戦闘力を鑑みれば状況は絶望的と言うほどではないのだとグランは考えた。

 

「グラン……うん、ごめん。ちょっと不安が強くて八つ当たりしちゃって。部屋で休んでるね……ごめん」

 

 ジータを諭すグランの言葉に、項垂れながらも納得したジータは、不安を振り払って部屋に戻っていく。そんな様子を心配そうな目でルリアが見つめていた。

 

「ジータ、今にも泣きそうでしたね……グラン」

 

「アイツは優しいから……不安で仕方ないんだよ。子供の頃から村の人が亡くなって葬式とかすると、人一倍泣きじゃくってたからなぁ。全く、あっさりやられてたら恨んでやるからな……セルグ」

 

 グランが憎まれ口を叩く。仲間たちがそれに同調するように笑みをこぼした。不安な心を無理やり持ち直すように。

 一行の気持ちは晴れぬままグランサイファーは最大艇速で空を突き進んでいった。

 

 

―――――――――――

 

 

 

秩序の騎空団 第四騎空艇団 旗艦グランツヴァイス

 

 

「はぁ……」

 

 甲板で風に吹かれながらため息を吐くのはこの秩序の騎空団、第四騎空艇団の船団長リーシャである。

 憂いを帯びた表情は見るものを不安にさせるような儚さを醸し出しており、船団長としてはどこか頼り無さそうな気配が伺えた。

 

「どうしたリーシャ? そんな表情でため息などついてたら、団員たちに不安が広がるぞ」

 

 そんなリーシャに横から声をかけるのはモニカ。肩書きは船団長補佐である。

 モニカの声に思わず居住まいを正したリーシャは慌てたように敬礼をしながら応えた。

 

「っ!? モニカ船長! も、申し訳ありません!!」

 

「おいおい、全く……いい加減”船長”はやめてくれと何度も言っているだろう。このファータ・グランデ空域を担当する第四騎空艇団の船長はもう、お前なんだぞリーシャ」

 

 慌てて以前の呼び名を呼ぶリーシャをモニカが呆れたように窘めた。つい最近引き継いだとはいえ、いつまでもそれに慣れずに自分を船長扱いする後輩の姿にモニカは苦笑する。

 

「は、はい……申しわけありません!」

 

「そう畏まるな。彼らへの告知に、そのあとの予期せぬ大物との遭遇。どちらにも柔軟に対処できたであろう。しっかりとこなせたじゃないか。元船長の私から見ても、立派に船長を務めていると思うぞ、リーシャ」

 

 モニカの気遣いの言葉がリーシャに届くも、彼女の表情は変わらず憂いを帯びたままであった。

 言うべきか言わぬべきか。そんな迷いの気配を見せた後、リーシャは静かに口を開く。 

 

「モニカさん……私迷っているんです。本当に私がやってることは正しいのか……」

 

「うん? それがため息の理由か?」

 

「はい。私たちが捕縛した黒騎士には一緒にいた女の子が居ましたよね?」

 

「そうだな。あの女の子はエルステ帝国から誘拐されてたと聞いていたが……」

 

「黒騎士を捕まえたとき、あの子すごく驚いて、それから悲しそうな顔をして……故郷に帰れるっていうのに全然嬉しそうじゃなくて。黒騎士のことをずっと気にしてて。私達が黒騎士とあの子を引き離したのは、本当に正しかったのでしょうか?」

 

 リーシャは黒騎士を捕縛したときのことを思い出し言葉を並べる。

 先日リーシャとモニカ、更には手練れの騎空士数百人規模の捕縛隊を編成し、帝国の要請通りに七曜の騎士である黒騎士を捕えた。だと言うのに、囚われの身だと聞いていた少女は、保護されたと同時に、困惑と悲哀を見せ、そのままエルステ本国へと連れて行かれたのだった。

 

「黒騎士の捕縛。そしてもう一人……セルグ・レスティア。

 S級犯罪者だと聞いていたから捕まえるには相当な犠牲が出る事は覚悟しました。それこそ黒騎士の捕縛と同じくらい難しい事ではないかと……でも、言動には仲間を想う気持ちが感じられたし、抵抗して暴れることもなかった。彼らの反応を見ても罪状が本当なのか疑問に思ってしまうのは確かです」

 

 捕縛したセルグとグラン達の様子にも迷いの種があるとリーシャは胸の内を明かした。

 少しの間をおいてモニカが口を開こうとした時、俯いていたリーシャは吹っ切るように顔をあげ、わざとらしく明るい声を吐き出す。

 

「だ、ダメですよね、こんなことで悩んでちゃ! 船長である私が迷っていればみんなにも迷いが生まれる……父の名に恥じないように頑張らなきゃ。――迷ってる暇なんてない!」

 

 ため息の理由を自己完結して元気に振舞おうとするリーシャにモニカは幾ばくか思案して答える。

 

「そうだな……エルステ帝国からの要請にあったように、黒騎士が行ってきた非道は許されざるものだ。そしてセルグ・レスティアに関しても、36人もの命を奪っている。軍務でも何でもなく行われた惨劇は、一人の人間が起こす事件としては類を見ない程凶悪な事件だ。

 しかし……しかしだな、リーシャ。お前は一片の救いもない純粋な悪が居ると思うか?」

 

 モニカは迷うリーシャへと逆に問いかける。

 モニカの問いに、リーシャはすぐに答えを出せなかった。これまで散々に治安維持組織として、一般的に、悪人と呼ばれる者達を捕えてきたリーシャであったが、それは任務であったから……当たり前に他者をを踏み躙るような者達であったからだ。

 答えの返せないリーシャにモニカは続けていく。

 

「私はな……純粋な悪などいないと思う。しかし、我々ではその悪の中に残る一欠片の良心を救ってやることは出来ない。

 いかに騎空団というしがらみの少ない形を取ろうとも、行える正義には限界があるんだ。我々とて人間だ。全てを救うことも正すことも出来ない」

 

「そう……ですね」

 

 どれだけ悪人であろうと初めからそうであったわけではない。どれだけ悪事に染まろうとも、どこかにヒトが持つ良心が残っているはずだと……そう信じてモニカはこれまで秩序の騎空団として働いてきた。

 だが、その良心の一欠片は必ずしも救い出せるわけではないのだという事も理解していた。

 モニカの言葉に、少しだけ納得の表情を見せながらも、秩序の騎空団の限界という言葉にリーシャの表情がまた曇る。

 

「そうしょげた顔をするな。先ほどの彼ら。特に前に出た団長の二人は良い目をしていた。

 あれは何かを成し遂げる者の目だ。彼らが見定めた男。セルグについてはまだ、救いきれる余地があるのではないかと考えている。少しは期待してもいいのではないか?」

 

「本当ですか……? ひとまずは直接話をしてみましょうか。アマルティアにつくまでに調書もとっておきたいですし……」

 

「お、やる気満々だな。ならばいこうか、直接の尋問だ!」

 

 そう言うと二人は騎空艇の船室へと歩みを向ける。向かうはセルグが拘束されている拘留室だ。

 

 

 

 

 薄暗い船室の一室で、セルグは両手を後ろに拘束され拘留されていた。

 

「はぁ……やったことがやったことだからな。このくらいで拘束が済んでるのはむしろ優しい方なのかもしれないが、顔を突き合わせるたびに怯えられるのはへこむな。そんなに怖い顔はしていないと思うんだが」

 

 セルグは不満げに独り言を呟く。この部屋に拘束されてからも、食事を運ばれた時などに秩序の騎空団の団員と顔を合わせていたが、その悉くに恐怖の表情を見せられていた。セルグにとって、拘束されて閉じ込められてる事よりも堪える光景である。

 そんなこんなで落ち込むようにうなだれていたセルグの耳に、セルグ以外の声が届いた。

 

「それは、仕方あるまい。S級の警戒人物と言えば基本的には何をするかわからないような異常者という認識だ。見つけた場合には周りに被害を出されぬよう、迅速に対処できる人間を用意し、拘束することになっておる。お主が後ろ手に両腕を拘束されているだけでは皆が不安に思うのも無理はない」

 

 部屋の扉を開けてセルグを見ていたのはモニカ。その後ろにはリーシャもいた。二人の来訪にセルグは僅かに喜色を浮かべる。

 

「おお、来てくれたか。まともに話せそうな数少ない人物であるお前たちが来るのを、少しだけ心待ちにしていたぞ……というかもう少し教育とかしないのか? あれじゃいざというとき動けない気がするんだが? あとついでに言わせてもらうがそんな化け物みたいな認識を持たれるのは心外だな。地味に傷つくからよぉく皆に言い聞かせておいてもらいたいもんだ」

 

 セルグは率直に感じたことを投げる。顔を合わせただけであれでは、実際に対峙して戦うなんてなった場合には何もできないのが目に見えていた。

 そんなことで治安維持組織として大丈夫なのか甚だ疑問である。

 

「無茶を言わんでくれ。S級警戒人物は船団長が相対することが前提の犯罪者だ。彼ら一般の団員にそれを求めるのは酷というものだぞ」

 

「モニカさん、そんなことより早く始めましょう。セルグ・レスティアさん。これよりあなたへの尋問を始めます。別室へ移動願います」

 

 セルグとモニカの会話に割って入るように、リーシャがセルグを促す。尋問と言われても特に嫌な顔をせず受けるつもりであったセルグだが、しかしセルグはそれを拒否する。

 

「ここではダメか? わざわざ部屋の外に出て怯えられるのは地味に傷つくんだが……どうせどこでやっても君たち二人がやるんだろう? ならここでやってくれ」

 

「え? し、しかし、決まり事ですしそういう訳にも……あ、でも団員達の事を考えるのならそのほうが……いや、でも……」

 

 切り替えされたセルグの発言に慌てて思考を回すリーシャ。独り言を呟きながらいつのまにかループに陥ってる思考をモニカが止める。

 

「これ、リーシャ。シャキッとしろ! まんまとのせられおって」

 

「はい!? モニカさん、すいません! まんまとのせられてしまいました!」

 

「いや、オレは何もしてないと思うんだが……」

 

「と、とにかく。尋問は要望に応えここで行いましょう。準備をしてきますので少しお待ちください」

 

 そう言ってリーシャは一度部屋を出ていく。残ったのはモニカとセルグ。二人の間には何とも言えぬ気の抜けた空気が広がっていた。

 

「あれ、確か船団長とかじゃなかったか? 大丈夫なのかあれ?」

 

「そう言ってくれるな……私から船団長を引き継いでまだ間もない。私の後ろにずっといたあやつはまだ不慣れなことだらけなのだ……大丈夫だ、彼女は優秀だよ。なにせあの碧の騎士の娘だからな」

 

 モニカが告げたリーシャの素性にセルグも目を細めた。

 碧の騎士……それは黒騎士とは別の七曜の騎士である。秩序の騎空団の創設者にして伝説の騎空士とよばれる碧の騎士は、この空の世界において最も少年の憧れを集めるような存在だろう。

 

「ほう……七曜の騎士の娘か。それは将来有望だな。あくまで、将来だが」

 

「一言多いぞ、お主。あやつには言ってやるなよ。偉大な父というのはコンプレックスの塊だからな……」

 

「過保護が過ぎるとしっかり育たんぞ。ウチのカタリナもルリアやイオには甘い。心配なのはいいが苦難から遠ざけるのではなく、それを乗り越えられるよう導くのが指導者の務めだと思うがな」

 

「――随分真っ当な事を言うのだな。なんだ、指導の経験でもあるのか?」

 

 セルグの発言に驚きの表情を見せるモニカ。まるでヒトの上に立ち指導していた経験があるような言い草に疑問を浮かべたが、モニカの言葉を受けセルグは喋りすぎたとハッとするように口を噤んだ。

 

「なんだ、触れてほしくないのか……まぁよい。お、戻ってきたようだな」

 

 そう言うとモニカの言葉に従うように、リーシャが部屋に戻ってくる。少しだけ誇らしげにしてそうなのは気のせいではないだろう。

 

「お待たせしました。それでは、尋問を始めましょう」

 

 自信満々なリーシャの言葉を皮切りにセルグの尋問が始まる。

 静かな雰囲気の中、リーシャの問いにセルグは時に真実を隠し、事実だけを告げていった。

 

 

「では、あなたはご自分の命を守るための正当防衛であったと?」

 

「その通りだ。任務地に行ってみればもぬけの殻の洞窟で、いきなり武器を突きつけられて殺されそうだった。だから自分の身を守るために戦った。余波で洞窟は崩れたが、そもそもの原因は向こうだよ。オレは死なないために抵抗したに過ぎない」

 

「星晶獣ヴェリウスとの契約の為という話が挙がっています。それについては?」

 

「オレがそれと契約しているのなら、こうしてあっさりと捕まると思うか? 星晶獣の力がいかに強大かは秩序の騎空団とてわかっているはずだ。こうしておとなしく捕まってるのが何よりの証拠だよ。そんなものと契約するためなんて、設定に無理があるとは思わないか?」

 

「それでは貴方はご自分には非はないとお思いですか?」

 

「非はあるだろうな。ヤツラにオレの情報を渡すまいと戦意を喪失していた者も含めて殺した。お前達も聞いての通り惨劇とも呼べるオレの行為は最終的に過剰防衛と言わざるを得ない。

 己の身を守るためとはいえ、35人に手をかけたオレに非がないとはとても言えたことではないよ」

 

「35人……? 36人ではないのですか? 情報では貴方の罪状は36名の惨殺となっていますが……」

 

 それまで饒舌に弁を振るっていたセルグの表情が固まる。わずかにリーシャを睨むようになってしまったセルグは一呼吸おいて落ち着くと、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「1名は洞窟の崩落に巻きこまれて死んだ。オレが手にかけたわけではない」

 

 それ以上は何も聞くなと雰囲気が物語る。リーシャは気圧されながらもあまり重要な事項ではないと考え、次の質問に入る。

 

「貴方の騎空団の方たちは、貴方の素性を知っているのですか?」

 

「――知らないだろうな。何も伝えてはいない」

 

「そうは見えませんでしたが……」

 

「あいつらは優しいからな。急に犯罪者として連行されそうなオレを助けようと、必死だっただけだろう……オレはなにも伝えてはいない」

 

 静かに、無表情で答えるセルグにリーシャは一先ずの納得をする。怪しい部分もあるが、嘘だとも言えきれない証言ではあった。

 

 

「質問に答えていただき感謝します。あとはアマルティアであちらとの事実確認をとってからの話となりますのでこの部屋でお待ちください」

 

「まて、こちらからもいくつか確認したいことがある」

 

 聞きたいことを聞き終えてリーシャが立ち上がったところでセルグが待ったをかける。

 

「なんでしょう? 処遇についてはまだ何もお答えできませんが」

 

「オレの情報の出所だ? オレの手配はどこから依頼された?」

 

 セルグは真剣な表情で問いかける。ごまかしは許されないとリーシャは感じた。

 普通であれば情報の出所など教える事は無い。報復の可能性が高まるからだ。

 だが、ガロンゾで大人しく捕まった事。特に怪しい素振りを見せずに淡々と質問に答えてきた事。セルグのこれまでの様子と己の行いに迷いを持っていたリーシャは、セルグの言葉に何かを感じて素直に答えた。

 

「貴方が所属していた組織からの依頼です。これで満足いただけますか?」

 

「何か……そこに問題があるのか? 別段おかしいことは無いと思うが」

 

「大有りだ、ヤツラにとってオレは真実を知る重大な汚点の一つだ。オレが捕まったことは向こうにも連絡しているのだろう?」

 

「当然ですね。依頼された者を捕縛したのですから、迅速に連絡は行われました」

 

 リーシャは職務をこなせたことに誇らしげに答える。

 

「アマルティアの警備を増やすことをお勧めする。効果があるかはわからないがな……奴らは間違いなく来るだろう。裁判なんかする前にオレを消しにな……」

 

「なっ!? 秩序の騎空団を正面から敵に回すというのですか!?」

 

 リーシャが驚きセルグに詰め寄る。口を挟まず聞いていたモニカも驚きは隠せていなかった。

 

「正面切ってならまだやりようはあるだろうな……問題は奴らが少数精鋭だってことだ。潜入してターゲットだけを狙うことなど造作もないだろう。オレは武器もあいつ等に預けていて丸腰だ、襲われたらひとたまりもない」

 

「わかりました……至急拠点の方には打診をしておきます。手練れの配備と警備の増員も検討しておきましょう。これでよろしいでしょうか?」

 

 リーシャはセルグがもたらした情報に対し対抗策を講じる。

 セルグ自身は襲われても何とかできる自信があった。問題はそれに巻きこまれる秩序の騎空団の面々であろう。リーシャが返した対応に不安が尽きないセルグだが、それ以上はできないだろうと判断し引き下がる。

 

「それで構わない。とりあえず、気を付けておいた方がいいということだ」

 

「お主がそこまで言うということは、それほどに危険だと言う事か……リーシャ、私は拠点に戻り次第そちらの対策に移る。私自身が警備に回ることも考えなくてはならなそうだからな……」

 

 モニカが事の重要性を見てリーシャに提案すると、リーシャも頷く。組織とセルグ……情報の出所は互いに互いをよく知っている二者である。どちらの情報も信憑性という点ではある程度の信頼がおけるだろう。

 更にセルグが告げたのは秩序の騎空団への警告。危険が迫っている事を告げたセルグの言葉は、信憑性云々を抜きにして対策を講じておいた方が良い事態なのである。

 

「さて、それでは今度こそお暇しよう。心配の種は尽きないだろうが、我々が責任をもって貴殿を守ろう。アマルティアまではゆっくりしておくといい……」

 

 モニカがそう告げてリーシャと共に部屋を出ていく。残されたセルグは、一人笑みを浮かべながら事態が動く時が来るのを待つことにした。

 

「誰が来るのか……楽しみだな。久方ぶりの邂逅だ……楽しませてくれよ」

 

 歪な笑みを湛えてそう呟くセルグの独り言は誰に聞かれることもなく、船室に消えていく。

 

 

 セルグ、組織、秩序の騎空団、グラン達、エルステ帝国。様々な思惑が交錯し、アマルティアを揺らすこととなる。

 




如何でしたでしょうか。

アマルティアはオリジナル半分くらい入りそうな感じですね。

ちょろっとだけどオリキャラも参戦してくる予定です。

乞うご期待!ということでそれでは

お楽しみいただければ幸いです。



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幕間 一つの終着と確かな始まり

幕間ということでシナリオにカウントしなかったのは原作ではない部分ということで完璧なオリジナルがメインのお話だからです。
ですが非常に重要な話となってきます。

今回はあとがきに解説も少々作者の想いを書き連ねました。

それでは、是非最後まで読んでお楽しみいただければと思います。


 空域 ファータ・グランデ アマルティア島

 

 

 アマルティア島。

 島自体が秩序の騎空団、第四騎空艇団のものであり、構成される住人はほぼ秩序の騎空団の団員である島だ。

 拘束されたままアマルティア島に降り立つセルグは、厳かな遺跡の様な巨大拠点に感嘆の声を上げる。

 

「これは……随分立派な拠点じゃないか。リーシャ殿、モニカ殿。秩序の騎空団の拠点はみんなこんな感じなのか?」

 

「生憎と私たちも他の空域で任務に就くことはないのでな他の拠点がどうなのかは全くわからない。わかるのは全空域を又にかけて動いている碧の騎士ぐらいなものだ」

 

「それもそうか……そうやすやすと瘴流域は超えられないよな」

 

 モニカが疑問に答えるとセルグは納得したようで再び拠点に目を移した。その瞳の映る先では多くの団員が日夜その職務に就く姿が映っていた。

 

「さぁ! 貴方は一応S級警戒人物なんですから。騒ぎになる前に早く行ってください。案内はモニカさんにお任せしていますので……モニカさん、よろしくお願いします」

 

「うむ、きっちり牢屋にブチ込んで来よう。道中何が来ようと守り切って見せるさ!」

 

 拠点を眺めたままいつまでも進む気配のないセルグにしびれを切らしたようにリーシャが急かす。リーシャの声に応えたモニカも自信満々な様子でセルグの前を歩いて先導をはじめ、セルグも急かすリーシャに一瞥だけしてモニカの後ろに付いていく。

 どうやらもう少し拠点を見ておきたかったようでその瞳には若干の名残惜しさが見えているのだった。

 

 

 

 セルグを乗せた秩序の騎空団、第四騎空艇団旗艦。”グランツヴァイス”は、無事にアマルティア島へとたどり着いた。

 連絡によるとグラン達騎空団一行はおよそ三日後に来るとの事で、それまではセルグを牢屋に放り込み、警戒態勢を敷く手筈になっている。

 モニカに先導されながら進むセルグは道すがらにアマルティアの様子を眺めながらも前を進むモニカへと声をかけた。

 

「なぁモニカ殿。牢屋にいる間は拘束を解いてもらえないか? さすがに拘束されたままじゃ奴らが来たとき抵抗できない。艇の中でも言ったが正直あの怯えようじゃオレの中では秩序の騎空団は宛にできない以上、身を守る術としては自分で自分の身を守るしかないのだが……」

 

「む、なかなか痛いところを突いてくるな……しかしお主は、S級警戒人物。お主の拘束を解くことは皆にとっては、ほぼ自由なのと変わらないのだよ。残念だが諦めてくれ」

 

 モニカも仕方ないのだと残念そうに答えるが、セルグにとっては正に死活問題。最終手段としてはヴェリウスとの融合を使う手もあるが、そうなれば尋問で聞かされていたヴェリウスとの契約という目的の信憑性が増す。

 

「まてまてまて、少なくともグラン達が来るまではオレが逃げることもないし、それより先に組織からの刺客が来る確率の方が高い。オレは自分の身を守るためにもここで拘束を解くことを諦めるわけにはいかないんだよ。頼む! モニカ殿の権限でどうにかならないか?」

 

 必死に頼み込んでくるセルグにモニカも困った顔を浮かべ思案する。

 

「ううむ、そうは言われてもな……艇での彼らの視線を見たであろう。腕を拘束されてるお主ですら、彼らはあれほどに怯えていたのだ。そんなことになれば警護の人間が、まともに――」

 

「そんなやつらに警護させんな!! 絶対何かあった時動けねえじゃねえか!!」

 

 あまりにもあんまりな対応にセルグは憤慨する。だが視線の先で歩いていたモニカは振り返ると笑顔を浮かべて答えた。

 

「ふん、安心しろ。ちゃんと私が守ってやるさ。だからつべこべ言ってないでおとなしく待っておれ……ほら行くぞ」

 

「このチビ助。オレが困ってる姿を見て楽しんでるだろ……」

 

「ふむ、お主も存外普通に困った顔をみせるのだとわかるとな。S級警戒人物が困って縋る姿は妙に気持ちがいい」

 

「あ、こいつダメなやつだ」

 

 冗談ではあるのだろうが活き活きとしてるモニカの姿にセルグは諦める。ヴェリウスさえいればなんとかなるかと諦め、素直に牢屋に向かうことにした。

 

 

 

 しばらく進むと、アマルティア拠点の本部となる第四庁舎を過ぎた先。小高い丘のようになった場所に建てられた拘留所へたどり着いた二人は、警護中の団員達の出迎えを受けながら建物の奥へと進んだ。

 既にセルグを拘留する連絡は通っていたのだろう。恐怖に塗れた視線と強張った表情を見せられながらセルグはモニカについていった。

 

 

「さぁここだ。ほれ、さっさと入れ!」

 

「はいはい、じゃあちゃんと警護を頼むぞホント。悪いが来ることは確定的だと思っていい……グラン達が来るまで気の休まる日は無いと思え」

 

 セルグは不満な顔を隠すことなく牢屋に入っていくが、真剣な表情で再度モニカに警告をした。

 ここに来るまでに見せつけられた団員達の表情で、セルグは警護の団員が宛にならないことを再確認。宛にできるのは今目の前にいるモニカぐらいだと悟った。

 

「わかったわかった。ちゃんと手練れも配置してるさ。私とリーシャが交代で警護に回る手筈にもなっている。安心しろ」

 

「正直リーシャ殿もあまり宛にならないんだよなぁ……まぁいざとなったら自分でもなんとかするさ」

 

「あまり面倒は起こさないでくれよ。お主の罪を軽くするのに響くからな」

 

 セルグが付け足した言葉を聞いて、モニカも真剣な表情を見せてセルグを諭した。

 逆にセルグはモニカの言葉に驚きの表情を浮かべる。

 

「――なんだ、まさかオレの事信用しているのか? 少なくとも罪状事態は確かな事実だぞ……35人を殺したのは間違いない。それも、オレの意思でな……こんなこといっちゃなんだがどこにもオレの証言の信憑性なんて――」

 

「私を甘く見るな。どんな人物かなんて、見ればそれなりにわかるさ。お主は根っからの悪人じゃないだろう。組織に対する警告もしてくれたしな。リーシャの事も気にかけてくれてたようだし……全面的に信用しているわけではないが一応の信用はしている」

 

 己の人を見る目には自信があるのか、モニカは疑いのない眼差しをセルグに向ける。

 まさかの信用という言葉にセルグは呆けるも、向けられる眼差しからセルグはモニカのその言葉が嘘偽りなく発せられた言葉だと感じた。

 

「そう、か――――どうやら素晴らしい人格者のようで。ありがとう、グラン達に続いてそう信用してもらえるのはどうにも嬉しいもんだ。組織の襲撃に対応するのに戦力が足りないようなら言え。お前の要請になら応えてやる。奴らを撃退した後なら牢屋にもおとなしく戻るから」

 

 セルグは笑って告げる。

 秩序の騎空団に捕らえられた事。それにより先の事への不安や緊張感の拭えなかったセルグだったが、モニカの言葉にそれが解かれていった。

 決して悪いようにはしない……モニカの言葉を聞いてそう感じられたのだ。 

 

「そんな事態にならない様にするのが私の役目だが……いざというときは任せよう。S級警戒人物の強さを見せてもらうぞ」

 

  まるで昔からの友人の様な小気味の良い会話をする二人。なんとなく気が合った……そんな感じであろうか。捕らえられた先で現れた思わぬ仲間の出現にセルグの心は少しだけ浮かれた。

 

 

「ほう、お前がそんな顔をしているとは…………逢いに来た甲斐があったな、セルグ」

 

 

 二人以外の静かな声が突如聞こえる。

 柔らかな空気と会話に気を抜いていた二人は、瞬間的に緊張感と共に声の出所へと視線を向けた。

 

 其処に立っているのは少し年を召した男性。年齢は40過ぎから50手前と言ったところだろうか。

 隙の無い立ち姿にモニカはすぐに警戒を見せた。

 

「何者だ!? 気配もなくここに来るとは只者ではないな!」

 

 問いかけると同時の戦闘態勢。携える刀に手をかけその瞳は油断なく男を射抜く。対する男は両手を上げて戦闘の意思がないことを示した。

 

「落ち着いてもらいたい。私は少なくとも敵ではない。そこにいるセルグの元上司だ」

 

「モニカ、大丈夫だ。そいつ自身はそこまで強くない。従えてる部下がいまどれほどかは知らないが……なぁ、ケイン?」

 

 セルグが突如現れた男、“ケイン”に問いかける。ケインと呼ばれた男はセルグに名前を呼ばれた瞬間に笑みをこぼした。

 

「私の名前を憶えていてくれて嬉しいぞ、セルグ」

 

 嬉しそうに言葉を放つのはケイン。だがケインのその姿に未だに警戒心を解けない二人は、周囲に他の気配がないかを伺う。

 ケインの出現はタイミングが早すぎる。組織がそれほどまでに早く動くとも思えなかったセルグはケインに疑問を投げつけた。

 

「何をしに来た? オレが捕まったと聞いて消しにきたか? 部下を一人も連れずに来たということは何か別の企みがあると推測するが……」

 

「奴らが来る前にお前に接触したかった。お前が捕らえられたと聞いた私は全てを後回しにしてここに駆けつけたのだ」

 

 ケインは柔らかな雰囲気を消し、真剣な面持ちで話を始める。未だ油断なく警戒態勢を崩さないモニカを蚊帳の外へと追いやるようにその視線はセルグだけを捉えていた。

 

「――――セルグ、組織に戻る気はないか? あの事件……私にですら真実は伏せられていた。お前がそんなことをするはずがないと疑わなかった私は何年もお前を探していた。だがいくら探そうとお前は見つからず。結局真相はいまだに闇に葬られたままだ。お前があの事件の真実を公表して出るべきところへ出ればきっと――」

 

 

「やめろ」

 

 

 ケインの言葉を遮るセルグの言葉。ただ一言、だが底冷えするような声音だった。

 セルグが発した声はそこにいたケインに向けられたものであるにも関わらず、その場にいたモニカをも凍りつかせる程に殺気に満ちた声。

 

「今更出てきたと思ったらそんな事を言いに来たのか……何を公表しようが事実は変わらない。オレは彼女を失い、35人のクズ共を殺した。そして全てを壊すと誓った。今回だって態々おとなしく捕まったのは、ヤツラをおびき寄せるためだ。オレを消すために喜んで懐刀を差し向けるだろうと思っての事だ。

 帰れ、ケイン。もう組織に未来はない。オレが必ずぶち壊す。アイリスを奪った組織をオレは許しはしない」

 

 怒りに震える瞳と体が、セルグの想いを如実に物語る。

 何を言われようが。どんなことがあろうと。もう引き返す気は無い……組織への復讐は、セルグとヴェリウスの悲願だ。

 

「――だがオレはアンタまで殺したくはない……オレにとっては一応の親代わりだしな。だから早いところ組織を離れてどこかで静かに暮らしてくれないか」

 

 怒りに震える一方で、セルグはそれを振り払うようにケインにだけはその怒りを向けないように努める。ケインに対しては心を開いているのか心配の表情を見せていた……そこには、己が復讐に巻きこまれて欲しくいないと願っていることが見て取れる。

 だが、ケインもここで引き下がるつもりはない。すぐさまセルグへと言葉を返していく。

 

「セルグ、お前の気持ちはわかる。お前が言うように彼女を組織に奪われたのだとしたら、私とて同じ想いを抱くだろう……だが、かつての創始者はもう組織にいない。お前が最も憎むべき相手はもう組織にいないのだ。

 今回も恐らく刺客を送り込もうと企てている奴らがいるが、それは真実を公表されることを恐れてではない。お前が復讐に来るのを恐れているのだ。今がチャンスなのだ。やられる前に日の当たるところに出て全てを白日の元へと晒す。そうすることで英雄であるお前が組織に戻り、ヤツラは手を出せなくなる。今なら――」

 

「やめろと言っている!! この復讐はオレだけのものではない!! ヴェリウスとの誓いだ! なんとしても復讐を果たす。その為に契約を済ませてきた…………もうオレは後戻りはしないと決めたんだ!」

 

 牢屋にセルグの怒声が響く。ケインの誘いになど到底乗れるわけがないと拒絶の意思を示すセルグはその激情をぶつけるように声を荒らげた。

 

「ヴェリウスが受けていた実験については私も聞き及んでいる。確かに人道の欠片もない非道な行いだが、今ともにいるお前が説き伏せればなんとかなるのではないか?」

 

「なぜオレとヴェリウスが我慢しなければならない!! 組織の勝手で苦しめられたヴェリウスと、組織の都合で全てを失い殺されかけたオレが!!

 ふざけるな!! もはや組織は星晶獣を狩るという大義名分を掲げるだけの害悪だ! だから全て壊すと決めた!!」

 

 セルグの声はどこまでも感情を乗せてモニカとケインに届く。

 何を言っても止まらない。止められない。それほどまでにセルグの憎しみは深い。

 ザンクティンゼルで見せられたヴェリウスの記憶……心が壊されそうになるほどの拷問の光景は、セルグが抱いていた憎しみをより深めていた。

 ヒトあらざる所業を行う組織を放置する事など、許せるわけがなかったのだ。

 

「セルグ、それでも組織はもう、この空域に必要な組織となってしまっている……星晶獣の脅威は未だ消えない。いまこの瞬間ですら星晶獣の脅威に晒されている人たちがいる。お前はその人達になんと言う? お前がその復讐の矛を収めなければ、組織を失ったこの空域ではさらに星晶獣の脅威に晒される人が増えるのだぞ!」

 

 星晶獣を狩る組織。セルグが所属していたこの組織の価値は高い。

 星晶獣は本来普通に倒せるものではない。どれだけ倒そうともいずれはコアを元に再生する。普通であれば弱らせて封印。痛めつけて鎮めるといった対処しかできないのが星晶獣である。

 ゼタやセルグの武器のように星晶獣を正に”殺せる”武器を持つ組織の存在は、星晶獣の脅威にさらされているこの空の世界において非常に希少な存在なのだ。

 

「またれよ、ケイン殿! そのいい方は余りにもセルグの気持ちをないがしろにしすぎではないか!! セルグは――」

 

「それでも、セルグの復讐を止めなければならない。さもないとこやつは復讐の後に自分で自分を殺すだろう……復讐を果たした時、星晶獣の脅威に晒される世界をみたらこやつは絶対に己を責める。死ぬまでひたすらに命を投げ出すような星晶獣狩りを続けることになるやもしれん。

 私は、そんな事になるかもしれないこやつを放っておくことなどできんのだ!!」

 

 ケインの言葉もまた感情に訴えかけるものだった。どんな言葉を並べてもケインの想いは一つ。

 ただセルグを救いたい……かつて何も知らされず失ってしまった我が子の様な部下を助けてやりたい。そう、願っていまこの場に来ている。

 

「セルグ……頼む。私の願いを聞き届けてくれ……私も偉くなった。できることは何でもしよう。だからこれ以上、己を殺すような道に進むのはやめてくれ。

 我が子のように思っているお前がこれ以上、犯罪者の烙印を押されているのも、いつまでも辛い復讐に囚われているのも、見ていたくはないのだ」

 

 もはや懇願に近いケインの言葉がセルグの激情を僅かに解いた。

 

「ケイ……ン。なんでそこまで?」

 

「今言ったであろう。我が子のように思っていると。お前が幼いころから面倒を見てきたのは私だぞ……」

 

 穏やかな笑みでそう返すケインに毒気を抜かれるセルグ。溢れる感情を抑え理性的になったセルグは、己を思って涙を流さんばかりのケインに驚愕を隠せなかった。

 

「父親か……そういえばお前は昔からやたらとオレの世話を焼いてきたな。――――己を殺す道……か。

 そんな風に考えたことはなかった。何としても成し遂げる。ただそれだけを考えて生きてきた。その先を考えることも無かった。

 だがケイン。それでもオレにはもう復讐しかのこっていないんだよ。それを成さねばここまで一緒にいてくれたヴェリウスにも顔向けできない。誓ってしまったんだ。アイツとヴェリウスに……オレは何としても復讐を果たしあいつらの――ッてぇ!?」

 

 突如言葉が途切れ、変な声を発するセルグ。みればセルグの頭にはどこからかきたヴェリウスが乗っていた。

 

 ”若造よ、我が主からの伝言だ。”

 

「ヴェリウス…………」

 

 ”ヒトの子よ、汝の些細な復讐の為にチカラを貸すことを我は良しとせぬ。我が分身体の憎しみなど本体である我には些末なこと……よって汝の復讐の理由を我に押し付けることは許さぬ”

 

「ヴェリウス、お前何を言って……分身体であるお前だって意識があるだろう。なんでそんな本体の言いなりに――」

 

 ”悪いが本体によって余計な感情はこの前のお主との契約の時に消去されている。記憶としては残っているが、それをどう思うかは、記憶を回収した本体のみぞ知る話だ。そして今聞いたように本体は復讐にチカラを貸す気は無い。悪いがそなたの手伝いはできぬぞ”

 

 分身体のヴェリウスがもたらしたのは、ヴェリウスのあっけない復讐の幕切れだった。

 余りにもお粗末な復讐の幕切れにセルグはさらに呆ける。次第に顔を俯かせ、セルグは遂に肩を震わせ始めた。

 

「せ、セルグ? 大丈夫か?」

 

「――――フッフフフ、ハッハッハッハ! なんだこれ、一人でいきり立っててバカみてぇじゃねえか!!」

 

 吹っ切れたようにセルグは声を上げて笑い始める。

 

「はぁ……やめだやめ。ケイン、アンタの勝ちだ。もう組織への復讐なんていい……まだオレには、お前のようにオレのことを大切に想ってくれる人がいたってことが分かった。それだけでまた、生きていけそうだ……ありがとう、ケイン」

 

 セルグは穏やかな笑みでそう呟いた。先ほどまでの怒りが嘘のようになりを潜め、その表情は安らかであった。

 自分の憎しみも当然ながらあったが、ヴェリウスとの誓い。それがもたらしていたものはセルグにとって大きかった。

 ヒトは一人の時より仲間がいた方が強く行動できる。同志がいた方が頑張れるものだ。セルグとヴェリウスの悲願であったからこそ、セルグにとってはそれを成す意味があった。それが崩れたとき、セルグに残るのはセルグ個人としての復讐心。

 だがそれはケインによって溶かされつつあった。己を想って言葉を投げてくれるケインの言葉にセルグは説き伏せられつつあったのだ。

 

「なんだお主、自分を大切に想ってくれてる人がいないとでも思っておったのか? あの騎空団の仲間たちは違うのか? 随分とお主のことを心配そうにしていたがな……」

 

「ほう、セルグにそんな仲間が……昔はひたすら一人が良いと言って誰も連れなかったセルグがな。変わるものだ……どれついでだ私の事は父さんと呼んでくれてもいいのだぞ! さぁセルグ、私を父と呼んでくれ!」

 

「うるせえバカ、気持ち悪い死ね。勝手に父親とか名乗ってんじゃねえ」

 

 セルグの雰囲気の変化に調子に乗ったケインへ態度を豹変させて罵るセルグ。あまりの言葉のひどさにケインは固まった。

 

「せ、セルグ……今のはさすがにケイン殿に対してひどすぎやしないか?」

 

 思わずモニカは同情の視線をケインに向ける。石化したように固まったケインの再起動にはどうやら時間がかかりそうである。

 動き出す気配は……ない。

 

「昔から無駄におせっかいだったり、クソみたいな任務押しつけてきたり、嫌いだったんだよな……復讐の意識がなくなったら余計にそのことを思い出してイラッと来たんだ。原因はそいつだ」

 

「そ、そうか……ケイン殿もかわいそうに。折角セルグを止めたと思えばその親心が原因で逆に嫌われるとは」

 

 やれやれ、といったようにモニカはケインへと哀れみの視線を向けるのだった。

 

 

 

 牢屋の中で静かにセルグは笑っていた。

 復讐を糧に生きていたのはヴェリウスとの誓いでもあった。それがあっさりと裏切られた。あまつさえ些末なことだと切り捨てられた。もはや笑うしかなかった。

 

 組織の中で自分は一人だと勝手に思い込んでいた。だが幼いころから自分の事を見てくれていた存在がいたことを知った。父親の様な存在だった。再会したそいつはどこまでも自分のことを想って言葉を投げてくれた。

 

 仲間がいた。未熟な癖に必要な時は己を守るために戦うとのたまう、無謀な仲間達だった。だが、彼らといる時間は復讐を忘れて笑えていた時もあった。

 

 セルグはいつしか涙を溢していた。

 復讐の意識を取り払った時、脳裏に浮かぶは最愛のヒト。今になってなぜか最愛の人を思い出していた。瞳を閉じれば彼女との記憶が思い起こされ、セルグはずっと思い出に浸るということを忘れていたことを思い出す。

 

「セルグ……どうしたのだ? なぜ泣いている?」

 

 モニカがセルグの涙に気づき心配の声を上げる。

 

「なんでだろうな。復讐の事を考えなくなったらいろんな事に気づいたんだ……色んな想いに気づいたんだ。オレは随分と色んな事を忘れていたんだなって」

 

 涙は止めどなくこぼれていた。復讐を忘れ、己という存在に気づいた彼の心はどこまでも彼を穏やかで優しい気分にさせる。

 嬉しさに涙を流す彼の心はどこまでも晴れやかだった。

 

 

 

 

 ひとしきり涙を流し終えたセルグは復活したケインに問いかける。

 

「ケイン、これからの事だが、一先ずはグラン達との旅がひと段落するまで待ってほしい。あいつらと行くと決めたんだ。これからはオレの全てを懸けてあいつ等に協力していくつもりだ。組織からの刺客ならいくらでも片付けてやる。ヴェリウスと契約した今、オレをどうこうするなんて不可能だからな。ヴェリウスがいれば寝込みですら襲うことは無理だろう。そこは安心して良い。だからそれまではアンタの仕事だ。できる限り仲間を増やしておいてくれ……オレが組織に戻るとき、オレの元に集ってくれる仲間を……英雄の再起を願う仲間をな。もうその呼び名からも逃げる必要はないな。全てを背負ってオレは組織に違う形で復讐を果たす。協力してもらうぞケイン」

 

「うむ、わかった。できる限りの準備をしておく。今日はこれで帰らせてもらおう。セルグ……明日か明後日にも刺客は来るだろう。疑ってはいないが決して死ぬなよ」

 

 ケインは最後に忠告をする。だが、セルグはそれに不敵に返すのだった。

 

「それはこっちのセリフだ。アンタは弱いんだからあっさりと死なない様に気を付けろよ。ここでアンタを失ったら……また復讐に走りかねない」

 

「それは是が非でも死ねないな。任せろ、私も死ぬ気はないさ」

 

 その言葉を最後にケインは帰っていく。いつの間にか外は夜となっており、ケインはあっさりと見えなくなっていった。

 

 

 

「はぁ、全く面倒な事に巻きこまれてしまった……おかげで随分長いことなにも仕事をできなかったではないか」

 

 モニカがセルグに嫌味を向ける。拠点についてセルグを牢屋に放り込んだらすぐに仕事を片付けるつもりだったのに、気付けば夕暮れ時過ぎ、夜にまで至っている。

 文句の一つも言いたくなるものである。だがそんなモニカにセルグは笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ありがとう、モニカ……」

 

「な、なんだ急に?」

 

 モニカが唐突に礼を述べるセルグに照れたように返した。

 

「いや、なぜだろうな。そう言いたくなった……」

 

「ふむ、どうにもお主は変なやつだな。まぁ受け取っておこう、どういたしまして」

 

 月明かりが二人を照らす。片や牢屋の中、片やその番人といった状態ではあったが二人には妙な絆が芽生えつつあった。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

まずは読者様に謝らなくてはいけないことがあります。
この作品はセルグの復讐劇を描くものではありません。ドロドロのセルグの復讐劇を望んでいた方には申し訳ないと謝罪をさせていただきたいと思います。

さて、あっさりと復讐を捨ててしまったセルグですが実は、このあっさり感にはちゃんと理由がございます。あまりにもころっと変わりすぎじゃねって思う方。決してセルグは意思の弱い人間ではないことを覚えていて欲しいと思います。
要因としては二つ。一つはケインのこのセリフ
”お前がその復讐の矛を収めなければ、組織を失ったこの空域ではさらに星晶獣の脅威に晒される人が増えるのだぞ”。
セルグの意識にはかなり”守る”という言葉がキーになっております。ケインの言葉が深層意識強く影響を及ぼしているといった感じです。
もう一つはちょっと現段階では言えないです。

続いて「ケイン」ってポっとでのキャラなに?って話ですが、過去編で登場する予定の人物です。過去編ではそれなりに活躍してもらう予定なのでいずれはそれを読んで彼らの心情を補完して頂ければと思います。

そしてなぜこんな話を描いたかという部分ですが、シナリオ上、セルグには戦う目的の転換と集約が必要だったからです。
この作品はあくまでグラブルの物語であり組織との戦いを描くものではないということになります。(いずれは組織との話も完結に向かいますが)
そのためにはグラン達と同じ目的に向けてセルグが生きるようにする必要があったということです。

と、こんなかんじで補完をさせていただきました。(ちゃんと言いたいことが伝えられているか不安ですが)

それでは。楽しんでいただけたら幸いです。



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幕間 アマルティア島の長い夜

文章の感じがガラっと違うのはまだ修正が終わっていないからです。





空域 ファータ・グランデ アマルティア島

 

 夜の帳深い深夜のアマルティア島。

 深い闇が森を染める音のない世界に、小型艇が降り立つ。

静かにアマルティアへと降り立つその小型艇は、まるで暗闇の如く黒く塗られており、夜に溶け込む。その中からは6人の人影が出てきた。

 

 「一先ずは潜入できたか・・・“クロード”。お主が指揮を執る事になっているがどうするのだ?」

 

 低くしわがれた声が小さく響く。黒い特徴的な兜をかぶったドラフの大男の声は、小さくとも音の無い静かな森では否応なく響く。

 

 「“バザラガ”、“ユーステス”。お前たちはあの化け物とは知り合いだったんだろ?ならばオレがヤツの下へ向かおう。お前たちは一人ずつ連れて2か所で陽動を行え。

 いくらオレ達でも正面切って秩序の騎空団とやり合えば全滅は必至だ。上手くでかいのを釣り上げて足止めをしておけ。」

 

 クロードと呼ばれた男が、命令を下す。その表情には喜色満面といった感じの喜びの笑みが浮かび、これから行われることに期待を馳せているようであった。

 

 「目的はあくまでアイツの回収だ。逸って余計なことはするな・・・」

 

 そんなクロードに釘を刺すのはユーステスと呼ばれたエルーンの男だった。

 

 「あ?そうだな・・・いちおう回収は考えておこう。だがヤツとて素直に回収される奴じゃねぇんだろ?そうなったら仕方ないから殺すしかないさ。」

 

 「・・・まぁいい。おい、お前。オレと一緒だ。ついてこい。」

 

 「はい。」

 

 クロードの言葉に表情を変えず、ユーステスは部下を一人連れて行動を開始する。

 

 「オレも行くぞ。一人ついてこい。クロード・・・甘く見ていてはしくじるぞ。用心しろ・・」

 

 そう言葉を残し、バザラガも暗闇へと消えていく。

 

 「へ、何をビビッてやがる・・・こちとら対人最強の武器持ちだ。どんな奴だろうと殺せるんだよ・・・おい、いくぞ。」

 

 クロードもまた襲撃の為に移動を始める。

 

 アマルティア島に降り立つ悪意が音もなく動き出した・・・

 

 

 

 

 ケインとの邂逅から2日。

 鳥がさえずる声・・・ではなく、ヴェリウスが傍らで突くことでセルグは深夜に目を覚ます。

 

 「どうした、ヴェリウス・・・?」

 

 周囲には変な気配はない。何故起こしたと怪訝な表情を見せるセルグに、ヴェリウスからの思念が叩きつけられる。

 

 「アマルティアに密航した小型艇あり・・・か。良く見つけてくれた。ありがとう、ヴェリウス。」

 

 感謝の声と共に起き上がるセルグ。すぐに牢屋の外にいるであろうモニカかリーシャを呼ぼうと動き出す。

 

 「おーい!今いるのは・・・リーシャか。」

 

 セルグの声を聞きつけ牢屋の前へと顔を出したのはリーシャだった。どうやら今の時間はリーシャの担当らしい。

 

 「なんですか?そのがっかりとした顔は。すいませんでしたね、モニカさんじゃなくて。どうせ私は頼りないですよ・・・」

 

 セルグの反応に拗ねた様子を見せるリーシャ。船団長で責任ある立場の彼女が、妙に子供っぽい仕草をしていることに、思わず笑うセルグだったが気を引き締めて口を開く。

 

 「拗ねてないで真面目に話を聞いてくれ・・・ヴェリウスがアマルティアに侵入した小型艇を見つけてくれた。」

 

 「べ、別に拗ねてません!!って小型艇!?それって侵入者じゃ・・・もう、早く言ってくださいよ!!」

 

 慌てて動き出すリーシャに、盛大に不安を感じるセルグだったが、そんなセルグを尻目にリーシャは牢屋を離れ近くの団員達と連携を取るべく動いていく。

 

 「総員、警戒態勢を取ってください!不確定ではありますが、侵入者有りの情報です!モニカさんに伝令を!情報の真偽の確認とこちらに増援を要請してください!急いで!!」

 

 慌てていようが、セオリー通りの対応をするリーシャに思わずセルグは舌を巻く。頼りなさのあった彼女の優秀な一面を見たセルグは、リーシャの評価を幾らか上げるのであった。

 

 

 

 秩序の騎空団の隊舎でモニカは休息をとるところであった。

 セルグの警護をリーシャと代わり、ある程度の事務をこなしたところで今日の疲れを癒そうと就寝しようとした矢先・・・

 

 「モニカ船団長補佐!リーシャ船団長より伝令!アマルティアに侵入者有りとの事!情報の真偽の確認、及び警護の増援を願う旨を言伝されました!」

 

 モニカの下に団員より報告が飛び込んでくる。報告を聞いたモニカは休む直前だったこともあり苦い顔をしつつもすぐに対処する。

 

 「そうか・・・すぐに島周辺の哨戒をしろ!お主はそのまま伝令だ。各部署に連絡し警戒態勢を取らせろ!敵の正体と目的が割れるまで気を抜くなと伝えておくのだ。事が起これば現場の判断に任せる!

 私はリーシャの元に行かねばならない。あやつの言うとおりなら狙いはセルグだ・・・各地点には陽動として襲撃が考えられる。直ちに行動しろ、急げ!」

 

 モニカは伝令を走らせ自らは武器を手に取り、急いでリーシャの元へ向かう。未だ地に足つかない大切な後輩の下へと。

 

 「リーシャ、決して無理をするでないぞ!!」

 

 アマルティアを包む夜の闇はモニカの心を表すかのように重く暗い雰囲気を醸し出していた・・・

 

 

 

 「あの・・・バザラガさん?」

 

 暗い闇の中で宿舎を前にバザラガと部下の一人が待機していた。

 

 「む、なんだ?任務中に私語は慎め。」

 

 「すいません、でも気になりまして。今回の任務のターゲット。一体どんな人物なのでしょうか?我々は星晶獣との戦闘を主とする組織です。その我々がなぜ人をターゲットとしているのか・・・」

 

 バザラガは思案する。話すべきか・・・話さないべきか。気になって任務に集中できなくても困るとバザラガは前者を選ぶ。

 

 「奴は星晶獣を従える男だ。だからターゲットとなった。回収なのはその力をうまく使える可能性があるからだ。・・・、かつては組織の戦士でもあった男だ・・・」

 

 「え!?それはどういう・・・」

 

 思わず聞き返す部下にバザラガは口を閉ざす。

 

 「しゃべりすぎたな・・・いくぞ、襲撃をかけ少しだけ騒がせればよい。」

 

バザラガと部下は宿舎へと襲撃をかける。わずかながら騒ぎになるもモニカより指示を出されていた秩序の騎空団は見事に体勢を立て直し、すぐに二人を追い返すのであった・・・

 

 

 

「ここは騎空艇の停泊所か?あそこでいいか・・・」

 

ユーステスがついた場所は騎空艇がひしめく停泊所。秩序の騎空団ともなれば専有する艇も多い。いくつもの艇が停泊しているのが見えた。

 

「あの、ユーステス殿。」

 

「なんだ?」

 

「クロード殿とはあまり気が合わないのですか?なにやら険悪な雰囲気でいましたが・・・?」

 

部下の質問にユーステスは小さく口を開く。

 

「アイツは騒がしい・・・任務中も常にアイツの周りはうるさい。それにすぐ騒ぐ。平穏と静寂を望む俺とは相容れぬ存在だ・・・おしゃべりは終わりだ、行くぞ。」

 

そう言って停泊所に銃口を向けるユーステス。静かな狙撃主は騎空艇を狙い撃つ。

 

 

 

 

 牢屋の中でセルグは焦っていた・・・どうにか腕の拘束を解かなくてはいざというとき何もできないと。

 

 「リーシャ。拘束を外してもらえないか?正直モニカならともかく、お前が護衛なのは些か不安というか・・・」

 

 セルグはリーシャに頼み込む。鍵のついた手錠は簡単に外せるものではない。無理に壊すのも難しく外してもらうのが一番であった。だが

 

 「ダメです!貴方は我々が保護しています。貴方を守ることは我々の責務です!その貴方を戦闘に加えるなど、できるわけがありません!!」

 

 リーシャは断固として拒否をする。己に対する評価への反発ではない。あくまで秩序の騎空団として、その責務を果たすと言う。

 

「だが、リーシャ。お前ではヤツラに太刀打ち」

 

 

 「ほう、小娘の割になかなかの気概を持ってるようだな。秩序の騎空団などふんぞり返って偉そうにしている奴らばかりだと思っていたが・・・」

 

 

 そんなリーシャの気迫に応えるのは先ほどまで其処にはいなかった男の声だった。

 

 「くそっ・・・お早い到着なことで・・・どちらさんだ?」

 

 「おお、化け物もいたか!小娘の気概に目を奪われて視界に入っていなかったよ。申し遅れた。私はクロード。そこの化け物の処理をしに来た者ですよ。」

 

 芝居がかった感じでクロードと名乗る男がリーシャの目の前に立つ。その腕には鋭利な爪を備えた小手が装備されていた。

 リーシャがすぐに牢屋にいるセルグの前に立ち、男と対峙する。

 

 「ここはアマルティア島、秩序の騎空団の拠点です。正式な手続きもなく侵入することは大きな問題行為になります。来訪の手続きを確認させてもらい」

 

 「何を的外れな事を言ってるんだ小娘。そんなどうでもいい手続きなんか関係ねえんだよ。こちらで出してしまった犯罪者をこちらで処理しに来たってだけだ。だからよぉ・・・素直にこっちに引き渡してくれねえか?」

 

 クロードがリーシャの言葉に口調を荒くしながらも、要求を述べる。

 

 「彼については正式にそちらの組織より依頼を受け、捕縛し、裁判をする事になっております。そちらの組織より干渉を受ける謂れはありません。秩序の騎空団は断固として彼の引き渡しの要求を受け入れることはありません。」

 

 リーシャはどこまでも冷静にクロードの言い分を論破する。そんなリーシャの言葉にクロードも苛立ちを隠すことができずにいた。

 

 「よぅし、わかった。つまりお前はオレの任務を邪魔するってわけだな。ならよ・・まずはお前から処理してやるよ・・・」

 

 クロードは右手に付けた爪を頭上に掲げる。

 

 「滅爪イビルレギオン。我が眼前に仇なす愚者に、絶望の痛みを与えたまえ!」

 

 言霊の詠唱。それに伴いクロードの爪には禍々しく力が宿る。赤黒く鳴動する力は観る者に恐怖を抱かせるオーラを放つ。

 

 「くっくっく・・折角だ・・・いい声で鳴いてくれ。化け物の鳴き声も楽しみだったが女子供の鳴き声を聞くのは格別だからなぁ!!」

 

 嫌悪感を抱く事この上ない愉悦の笑みだった。リーシャの目の前にいる男は正しく狂気を纏って爪を構える。

 

 「くっなんて醜悪な・・・秩序の騎空団として貴方を捕縛します!!」

 

「落ち着けリーシャ!逃げろ!!適う相手じゃない!オレは大丈夫だからそんなやつにやられはしない、だから!逃げろ!」

 

 セルグの言葉も空しく、リーシャは恐れることなく戦闘態勢を取る。セルグはそんなリーシャの姿に言い知れぬ不安を感じていた。

 

 「いい度胸だ!いくぜぇええ!」

 

 接近するクロード。狂気の爪は躊躇なくリーシャへと振り下ろされる。リーシャは防御は危険と判断し、すんでのところで回避。同時に抜き放った剣を閃かせるもクロードは難なく躱しカウンターの蹴りを放つ。

 

 「くっキャアッ!?」

 

 あえなく蹴り飛ばされたリーシャが吹っ飛ぶもそこで終わるわけもない。クロードはすぐさま追撃をする。起き上がろうとしたリーシャに容赦なく爪を振り下ろした。

 

 「くっ!?」

 

 リーシャは反射的に転がって躱すも、わずかに遅かったのかクロードの爪がリーシャの肩を切り裂く。

 

 「うあぁああああ!?」

 

 その瞬間にリーシャは絶叫を上げる。わずかに裂かれた肩を押さえ痛みに狂い咽ぶ。

 

 「リーシャ!?どうした、大したキズじゃ・・・」

 

 セルグが牢屋の中から声を上げる。戦闘を観察してたセルグから見てリーシャが受けた攻撃は悲鳴を上げるようなものではなかった。

 

 「いいねぇ~いい声じゃねえか!!どうだ、痛いか?この滅爪イビルレギオンは傷つけた瞬間毒のようにその個所に魔力を残す。それは強烈な痛みとなって、相手を蝕むのさ。毒ではないから体に問題はない。つまり、殺すこともなくこの武器はひたすらに苦痛を与えることができるってわけだぁ!!」

 

 リーシャの悲鳴に興奮さえ感じているようにクロードは語る。そんなクロードの声に痛みに悲鳴を上げていたリーシャは毅然とした表情を持ち直し、立ち上がる。

 

 「ぐっぅう・・最低!!セルグさんとどっちが犯罪者かわからないわね。相手をただ痛めつけることに快感を感じるなんて・・・狂人もいいとこだ!!貴方なんかに絶対負けない!!」

 

声高く吠えるリーシャ。その姿はさらにクロードを喜ばせた。

 

 「ほう・・一度あの爪を受けてもそんな表情で立てるとはな。思いのほか気丈だな・・・どれ、もう一度聴かせてくれるか!!」

 

 クロードが再度接近する。リーシャは痛みに堪えながらも、何とか攻撃を受けない様に躱し、防御をしていく。必死に動くリーシャを見る事すら楽しむようにクロードは愉悦の笑みを浮かべながら、徐々にその攻撃速度を上げていった。そして・・・

 

「ッッ!?」

 

 二度目の攻撃がリーシャに届いてしまう。

 もはや声にならない叫びだった。痛みを必死に耐え、涙を流すまいと歯を食いしばるリーシャ。いつまでも続く痛みはまるで腕のなかに何本も針を詰め込まれたようだった。

 だが、それでもリーシャは倒れなかった。どれだけ苦痛に顔を歪ませても立ち上がりクロードを見据える。

 そんなリーシャの姿は、今度はクロードを苛立たせた。

 

 「てめえ・・・面白くねえんだよ!なんだその眼は?勝てるわけでもない。その化け物がお前のオトコってわけでもねえだろ?なんでそんな必死に守ってる?」

 

 クロードはリーシャに怒り混じりに問いかける。イビルレギオンの痛みは想像を絶する。普通の人間であれば、一度で泣いて許しを請う痛みのはずだった。

 

 「貴方なんかに絶対屈さない!私は、秩序の騎空団だ!どれだけ苦痛を与えられようとも、その信念は曲げない!かならず彼を守り通す!!」

 

 偉大な父の後を追う・・・小さなころから少女が自らに課した使命はまだ未成熟な心に大きな重石となっていた。碧の騎士の娘だから。その言葉はどこまでも彼女を縛り付けていた。だからこそリーシャは退かない。父の名に恥じぬように。秩序の騎空団を貫き通す。

 

 「ああ、そうかい・・・それじゃその目がどこまで続くか・・・試してやるよぉおおお!」

 

 そんな折れないリーシャの姿に凶悪な笑みを深め、更に醜悪な顔でクロードは爪を振るう。それはリーシャをさらに2度斬りつけ彼女の固い決意を揺さぶるような痛みを与える。

 

 「――――!!」

 

 リーシャからはもう声が出なかった・・・叫ぶ力すらない程痛みは凄絶だった。

 身体に力が入らず何も抵抗できないままに倒れ込むリーシャは意識が朦朧とする中でも己を責める痛みに必死に耐える。

 

 「(あれ・・・なんで私倒れて・・・?いや、違う!立たなきゃ!負けられない!こんな痛みに・・・あれ・・・痛くない?)」

 

 リーシャは自分が死んでしまったのかと思った。唐突に耐えがたい痛みが消えたことに戸惑う。痛みが感じられぬほど自分はやられてしまったのか・・・また次の痛みが来るのではないかと恐る恐る閉じていた目を開けていく・・・

 

 「モニカ・・・さん?」

 

 痛みに涙を浮かべていたリーシャは霞んだ視界で前をみた。

 そこには秩序の騎空団の制服。はためく黒のコートがリーシャの視界に入る。

 斬られた腕には淡い光。状態異常を治すクリアの魔法がかけられておりそこには秩序の騎空団の団員が手を翳していた。

 

「こんなになるまで、よくぞ堪えた、よくぞ戦ったリーシャ!・・・あとは任せろ!!」

 

 其処にいたのは怒りの形相でクロードを睨みつけるリーシャの憧れの存在。第四騎空艇団、元船団長のモニカその人であった。

 

 「よくもかわいい後輩を痛めつけてくれたなこの下種が・・・決して許さんぞ・・・泣いて許しを請おうと!地べたを這いつくばって謝ろうとも許さん!!リーシャが受けた痛みを百倍にして返すまで何度でも貴様を叩きのめしてくれる!!」

 

 怒りは声となり爆ぜる。秩序の騎空団、第四騎空艇団で長い間船団長を務めてきた歴戦の戦士の怒りが、クロードに牙を剥く。

 

 

 

 セルグは必死に周りを見渡す・・・何とか拘束を解く方法は無いか?ヴェリウスと融合したところで流石に拘束を力任せにちぎるのは無理だろう。ましてや腕が後ろ手にされていては力も入らない・・・

 組織の襲撃が一人で行われるはずがない。すぐに増援が来るだろうと予測された。手をこまねいている時間は無かった。モニカが来たことでリーシャはなんとか助かっただろうが、事態は刻一刻と変化する。

 

 「ああ、くそ!!どうすれば・・・!?これは・・・この気配・・・ハハッ、そうかよ・・・クソッタレ!」

 

 小さくセルグは悪態をついた。近づいてくる気配、感じられる力は彼が良く知る人物であることが容易にわかった。悲しさと共にセルグは諦めにも似た表情で決意をする・・・その瞳に映るは新たな怒りの炎だった・・・

 

 

 「行くぞ!」

 

 モニカが疾走する。手にはやや小さ目な彼女の身長には不釣り合いな、長めの刀。だが、それが振るわれる速さはセルグの目を見開かせる程の速さであった。

 振るわれた刀はギリギリでクロードに回避されるも、その切っ先はクロードの腹部を捉えており、わずかに傷がついていた。

 

 「てめぇ・・・上等じゃねえか!ガキが!!てめえも一緒に処理してやるよ!!」

 

 クロードが傷をつけられたことに激昂する。軽い身のこなしでモニカに接近し爪を振るおうとするも・・・

 モニカもそれに合わせようと刀を振るう。爪と刀は甲高い音を立て弾かれあう。

 お返しとばかりに振るわれた刀はクロードに防御されたが。

 

 「ゴハッ!?」

 

 モニカは鞘を使い全力でクロードの顔を打ち据えた。

 

 「この程度で終わると思うな!リーシャの痛みは・・・こんなものではないぞ!!」

 

 モニカの怒りは収まらずさらに攻勢を強める。

 次々と傷をつけられ、明らかに不利が見えてきたクロード。

 

 「くそ!まさかここまで早く動いてくるとは・・・」

 

 クロードが想定外の事態に呻く。こんな事態は想定していなかった。本来であれば部下たちが他の場所に奇襲をかけモニカが出てくる前にセルグを処理するつもりだった。

 モニカが駆けつけるのが想定より早すぎたのだ。この事態の原因ともいえる、使えない部下を胸中で罵倒するも現状は好転しない。仕方なく撤退をしようにもとても逃がしてもらえるとは思えなかった。

 だが、そんなクロードに救いの手が差し伸べられた。

 

 「苦戦しているようだな・・・クロード。」

 

 「貸したくはないが任務だ・・・手を貸そう。」

 

 現れたのは黒い鎌を持った大男と、銃を担いだエルーンの男。

 

 「バザラガ!ユーステス!どこに行っていた!?はやく手をかせ!!さっさとあの化け物を殺すぞ!!」」

 

  先ほどまでの苦戦していた表情から一転、強気を取り戻し二人と並ぶクロード。

 

 「・・・あくまで回収が任務だ、命令を忘れるな。余計な戦闘は慎め。」

 

 「だまれバザラガ!お前たちがしっかりと陽動を行っていればこんな苦戦することは無かったのだ!お前たち二人はこいつらの相手をしていろ!オレが化け物を殺す!」

 

 クロードの言葉にモニカが戦慄する。組織の手練れが3人。いくらモニカと言えど一人で抑えられるわけがない。ましてや分散されては手の出しようもなかった。

 

 「くそ、増援か!?総員、戦闘態勢をとれ!!牢屋に近づけさせるな!!リーシャ、動けるか?さすがに2対1は荷が重い。援護を・・・」

 

 ”ゴキリ” 

 

 突如、何かが折れるような音が響いた。

 余りにも生々しく響いた音はその場にいた全員の動きを止め、そちらに視線を向けさせる。

 

 そこにいたのは、拘束されたままのセルグ・・・右肩の骨を外し痛みに顔を歪めながら後ろ手に拘束されていた腕を体の前へと回していた。

 

 「セルグ・・・お主、何をしておる!?」

 

 己の体を痛めつけるような異常な事態にモニカが声を震わせながらセルグに問う。

 

 「おう、ちょっと待ってろ。すぐ終わる。っとこれで腕は振るえるな。ヴェリウス、頼む。」

 

 肩を戻したセルグの下にはヴェリウスが現れ、セルグと融合していく。

 黒いオーラを纏い、拘束されてる手には黒翼の剣を出現させるセルグ。腕を拘束されているにも関わらず体を使い、器用に剣を振り抜いたセルグは牢屋を破壊して自由の身となった。

 

 「落ち着けモニカ・・・あんな状態のリーシャを戦わせるな。言っただろう?お前の要請なら手を貸すと。お前の一言があればオレは全てを賭して戦おう。なによりオレはもう、そいつ等のせいで我慢の限界だ。」

 

 牢屋を破壊し、外へと躍り出たセルグは、その手に黒翼の剣を持ち。相対するクロード達3人を睨みつける。

 

 「セルグ・・・すまない、力を貸してくれないか?リーシャをこんな目に合わせたアイツを私は許せん!なんとしてもアイツを捕らえたい・・・」

 

 モニカがセルグに懇願する。そんなモニカにセルグは優しく笑みを浮かべて返す。

 

 「信頼を示してくれたお前の言葉を無下にするものか・・・任せろ。きっちり捕らえてやる・・・」

 

 セルグの答えを聞くや否や、モニカはセルグの両腕の拘束を解く。

 セルグがモニカに応え前に出た。その瞳には怒りが・・・リーシャの悲鳴を聞いていた時から我慢していた怒りが燃え上がる。

 モニカの言葉に従い出来る限り我慢をした。牢屋を破壊して戦闘をしようものなら己の立場を悪くすることがわかっていた。

 だが、リーシャがやられる姿を見て我慢などできるはずもなかった。己を狙ってきた人間が無関係なはずの者を手にかける。そんな光景を見せられてセルグが我慢等できるわけが無かった。。

 さらに、旧友である二人が目の前に出てきたことで彼は行動に移る。自らの身すら省みず拘束を取り払い牢を抜け出す。どれだけモニカが強くても分が悪いことがわかってしまったから・・・なにより、旧友がこの場に出てきたことが許せなかったから・・・

 

 「化け物が・・・バザラガ!ユーステス!全力で行け!アイツの強さは知ってるはずだ。なんとしても奴を殺す!さもないとこっちがやられるぞ!!」

 

 クロードの怒声に、新たに現れた二人も戦闘態勢をとる。だがセルグは躊躇なく歩み寄る、緊迫した空気などお構いなしに口を開いた。

 

 「久しぶりだな、二人とも。まさか処理部隊にお前たちが来るとは思わなかったぞ・・・

 つまりオレにはもう、友と呼べるものが組織にはいないってことか・・・悲しいが仕方ないな。オレはそれだけの事をした。」

 

 声音は悲しそうな、表情は嬉しそうな。感情が読み取れないような雰囲気でセルグは語りかける。

 

 「・・・言いたいことはそれだけか?」

 

 ユーステスがセルグに銃を向ける。短く発せられた言葉は何とも思っていないと言いつつも、その表情には現状を悔いていることがわかる苦々しい顔だった。

 

 「セルグ、我々の任務はお主の回収だ。こうなってしまっては難しいことだが、お主が全てを話してくれれば我らも」

 

 バザラガは声音に悔しさを滲ませながら、前に出てきたセルグを説き伏せようとする。

 

 「やめろよそういう話は。今更襲撃してきたお前らからそんなことを話されても何も嬉しくないんだよ。むしろ苛立ちが募るだけだ・・・。これ以上口を開くな。」

 

 セルグはそんなバザラガを一蹴する。

 

 「やってくれたな全く・・・ケインのおかげで折角抑える事が出来たオレの怒りに、そこのバカがまた火を付けてくれやがって・・・いい趣味をしてるぜ。悲鳴を聞くのが楽しいだってよ・・・大したご趣味だ。

覚悟しろクズ共。ケインと約束したからオレから組織を狙うことはない。だがな、オレを狙ってくる組織の人間には、もはや一切容赦はしない。例えかつての友であろうと、仲間であろうとな。生きて帰れるとは思わない事だ!」

 

 バザラガの言葉を遮り、怒りを言葉に変えて徐々にその殺気を膨らませていくセルグ。喋り終えたセルグはその手に持つ黒翼の剣を構える。

 

 「ほら、行くぞ。」

 

 何気なく発せられた声は、余りにも力の抜けた声でその場にいた者は呆気にとられる。しかしその一瞬で並んでいた組織の戦士のうちの一人、クロードがその場から消えていた。

 グシャリといった音のする方をみれば、そこにはクロードの顔面を掴み壁へと叩きつけているセルグ。

 

 「何呆けているんだ・・・?お前たちが知るオレはそんな隙を見逃す男だったか?」

 

 セルグは笑みを浮かべながらクロードの顔を握る。苦痛にあがくクロードは声を発せぬまま、ただ力なく抵抗する。

 

 「む、悪いな。つい力が入ってしまった。まぁ、リーシャが受けた痛みに比べれば大したことないだろう・・・それにしてもお前、随分好き勝手な事言ってたな。人様の事を化け物呼ばわりしやがるわ、言うに事欠いて処理と来たもんだ。オレはな、生き物を生き物と思わない人間が心底嫌いなんだよ・・・モニカが捕らえたいなんて言わなかったら、この顔を潰してるぜ。」

 

 手を離しクロードを開放するセルグ。圧倒的な力の差を見せつけるセルグに、組織の戦士である二人は冷や汗を流すも思考は冷静に回す。

 

 「バザラガ・・・どの程度ならヤツの攻撃に耐えられる?」

 

 「わからんな、天ノ羽斬は持っていないがあの剣とて弱くはなかろう。ましてや奴の実力はとてつもなく上がっている。耐えることができてもまともに戦えるかは疑問だ・・・」

 

 ユーステスとバザラガがセルグとの戦闘の算段をするも、状況はどう転んでも勝ち目がなかった。セルグだけでも厳しいが、今ここには秩序の騎空団の精鋭もいた。

 ユーステスは表情を変えないまま思案し、口を開く。

 

 「そうか・・・バザラガ、撤退だ。もはや任務は不可能だろう。奴の戦闘力は想像を超えている。」

 

 「クロードはどうする?秩序の騎空団に捕らえられては組織の方にも影響がでるぞ。」

 

 「致し方あるまい・・・まずはオレ達だけでも逃げなくてはならない。奴についても組織についてもこの場合は自業自得だ。」

 

 冷ややかにクロードを見るユーステスは何も感慨のない目をしていた。

 

 「逃がすと思ってるのか?容赦はしないと言っただろう?かつての友であろうとな!」

 

 怒りの視線と共にセルグは剣を向ける。すぐさま飛び出そうとしたセルグだったが先にユーステスが動き出す。

 

 「そんなことは百も承知だ。バザラガ、頼むぞ・・・」

 

 ユーステスが呟くと同時に銃を床に向ける。意図を理解したセルグが叫ぶ。

 

 「っ!?目を閉じろ!!」

 

 瞬間、閃光が爆ぜる。眩い光の正体はユーステスが放った閃光弾。視界を奪われたセルグと秩序の騎空団一行は大きな音を聞く。

 目を開けるとそこには天井の崩れた部屋が残っていた。バザラガが閃光弾が爆ぜた直後、天井を崩落させ追跡の道を塞いだのだ。

 

 「さすがに撤退だけなら上手くやるか・・・一本取られたな・・・次があったら最初から全力で行くか・・・」

 

 苦々しげにつぶやくセルグ。その表情にはどこか楽しんでる様子も垣間見えた。

 二人の撤退に事態の収束を見たモニカがリーシャの傍へと歩み寄る。その表情は心配を隠しきれず、不安そうな顔だった。

 

 「リーシャ、大丈夫か?すまなかった、遅れてしまって・・・」

 

 しかし、声を掛けられたリーシャは顔を上げず、俯いたまま泣きそうな声を上げる。

 

 「・・・申し訳ありませんでした。成す術なく敗北し、モニカさんの手を煩わせてしまった・・・やっぱり、私じゃ船団長なんて無理だったんです。結局モニカさんがいなければ私は何もできず命を奪われるところでした・・・」

 

涙混じりに己の不甲斐なさを悔いるリーシャ。だがモニカはそんなリーシャを一喝する。

 

 「何をいっておる!顔を上げよ、リーシャ。」

 

 モニカの強い口調で放たれる言葉に顔を上げたリーシャは、笑顔でリーシャを見る団員達に囲まれていた。

 

 「お主がいたから、私は間に合った。お主がいたから皆の被害が軽微で済んだ。お主がいたから、今回の襲撃に対処ができた・・・誇れリーシャ!今回の立役者はお主だぞ!お主の迅速な判断がこの結果を生んだのだ。

 戦闘で負けた?良いではないか!お主はまだまだ強くなれる。なにせここには、こんなにもお主を頼りにしている仲間がおるのだからな。お主の事だ、皆の想いを背負ってどこまでも強くなれるだろう。今ここで起きた結果に焦るでない!」

 

 モニカの言葉に皆が頷く。そんな団員達の様子に呆気にとられるリーシャは徐々に今、自分が置かれてる環境を理解した。

 誰もリーシャが船団長にふさわしくない等とは思っていないと。団員達はリーシャが己の力不足に悩んでいることを知っていた。団員達はそれでも、リーシャに付いていくという意思を今ここで見せていたのだ。

 

 「リーシャ船団長!おかげさまで、迅速にモニカ船団長補佐に、伝令をすることができました!貴方のおかげです!」

 「貴方が戦ってくれたおかげで、私はあの男に襲われずに済みました。守っていただきありがとうございました!」

 「リーシャ船団長のおかげで、皆に危機を知らせて共に戦うことができました!拠点の損害は軽微であります!」

 

 口々にリーシャに感謝を告げる団員達。

 

 「皆さん・・・そっか。 私、なんで焦ってたんだろう・・・。こんなにも私を見てくれてる仲間がいたのに・・・ありがとうございますモニカさん。私はもう、本当の意味で迷わない。嘆かない・・・もう一度、私にご指導をお願いします!碧の騎士の娘ではない、リーシャとしてもう一度・・・私は皆を守るために強くなりたいんです!!」

 

 リーシャは決意と共にモニカに頼み込む。晴れ晴れとしたその表情は、見る者に希望を与える英雄の顔が垣間見えた。秩序の騎空団の仲間達が円満な雰囲気で笑い合う。だが・・・

 

 「なぁに生意気言ってんだ、小娘。」

 

 「フニャ!?せ、セルグさん!?何をするんですか!!」

 

 それをぶち壊すものが現れる。言葉と共にリーシャの頭に振り下ろされるのはセルグの手刀。セルグはリーシャの背後に不機嫌さを隠そうともせず佇んでいた。

 衝撃に随分と可愛らしい悲鳴を上げたリーシャが顔を赤くし抗議する。(今の悲鳴で密かにリーシャファンクラブができたとかできないとか)

 

 「全く、さっさとオレの拘束を解いて差し出せばいいものを・・なぜ無為に戦った?ヤツラの狙いはオレだ・・・あの時お前が取るべき最善の選択はオレを利用し襲撃者に対応させることだった。相手との実力差は明白だっただろう。お前も気づいていたはずだ。

 お前が生き残れたのはたまたま運良く相手が油断をしてくれていて、たまたまモニカが駆けつけるのが間に合っただけだ。

 リーシャ、お前の境遇も信念もオレは知らない。強さに焦り、成果に焦る姿をみると応援してやりたいとも思う。だがな、強くなりたいなら何よりもまず、自分が生き残らなければいけないと自覚しろ。

 お前が無茶をして死んでしまったら、今ここでお前を慕う仲間たちはどうすればいい?仲間の事を想うのであれば必要な選択を迷うな。仮にそれが犠牲を強いる選択であろうともだ。

 全てを自分でやろうとするな。周りをみろ。己に係る全てを使いこなせ。仲間に囲まれているお前ならできることが沢山あるはずだ。選択の先を見通せ。その力はお前だけでなく仲間を助ける力となるはずだ。」

 

 セルグはまっすぐにリーシャを見つめて話をする。その視線はグラン達に相対するときと同じで、相手を真に想い言葉を紡ぐ。

 

「セルグ・・さん?フフ、何ででしょうか・・・父に怒られてるような気分になってしまいました。ありがとうございます・・・その言葉、肝に銘じておきますね。」

 

 「ふん、私では言えない事をこれでもかという位言ってくれおって・・・感謝しろリーシャ。今のセルグの言葉は掛け値なしにお前にとって金言だ。」

 

 セルグの言葉にリーシャとモニカが笑う。それにつられて秩序の騎空団の団員達も笑みを浮かべていった。

 これまでセルグに怯えていた者達がセルグのリーシャへの言葉を聞き警戒を解いていく。

 彼女を想って放たれた言葉は、リーシャを想う団員達を納得させるものであった。だが・・・

 

 「それはそうと・・・いつまでフラフラ出歩いてるんですか、早く牢屋に戻ってください!」

 

 そんな穏やかな空気から一変して、剣呑な雰囲気でリーシャが放つ言葉はまさかのセルグに対する叱責だった。

 

 「んな!?このタイミングで言うことがそれか!!この、いい度胸だ小娘・・・いっそのことお前に戦闘のイロハでも叩」

 

 「ほれ、リーシャの言うとおりだ!いつまでもそうやってては周りにも示しがつかん。それにお主の罪状を覆すのが難しくなるだろう。早くもどれ・・・皆の者!こやつはS級警戒人物なんて肩書が付いて居るがこの通りなんてことはない普通の男だ。ちょっと戦闘力は異常かもしれんがな・・・一先ずは怯えず、この牢屋の警護を頼む。どうせ何もしないから安心して警護してくれ。」

 

 モニカもリーシャに同調しセルグを牢屋へと押し込む。別段抵抗する気もなかったセルグだったが余りにも雑な扱いに思わずぼやく・・・

 

 「はぁ・・お前ら・・・後で覚えてろよ・・・」

 

 リーシャとモニカの言葉に不満たらたらな様子でありながらセルグは大人しく牢に戻された。

 

 

 

 こうしてグラン達が到着する前日。アマルティア島の長い夜が終わった。

 空は徐々に明るさを見せ始め夜明けの訪れを告げる。騎空士達は各々当てられた仕事に戻るために休息に入っていく・・・

 

 




如何でしたでしょうか。

大筋は変えておりませんが、必要だなと考えていろんな描写を増やしました。

リーシャの変化。モニモニ大活躍がこの作品で原作よりも描けたらいいなと思っております。

それでは読者の皆様。お騒がせいたしました。

その分もお楽しみ頂ければ幸いです。


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メインシナリオ 第9幕

アマルティア本編スタート!

ちょっとフリーダム過ぎないかとは不安も有りますが、オリ主入る時点で原作乖離はもうどうしようもないですよね

その代わり心躍る話を描きたいと作者は願っています。

それではお楽しみ下さい!



 空域 ファータ・グランデ アマルティア島

 

 

 早朝、まだ人の気配もまばらなアマルティア島の騎空艇停泊所に、グランサイファーが停泊する。

 ガロンゾ出立から数日。オイゲンと交代しながらも、宣言通りに不眠不休で舵を取り続け、最高速でグランサイファーを飛ばせつづけたラカムとオイゲンが、甲板に倒れ込んだ。

 

 「着いたか・・・グラン、ジータ。少し休憩したら向かうから、先に行ってろ・・・」

 

 「老体にはなかなかしんどい航行だったからオレもちぃっと疲れた。先に行っててくれ・・・」

 

 二人は疲労困憊といった様子でグラン達に先に行く様に促す。彼らがここまで必死に急いできたのは、仲間であるセルグの安否を確かめるため・・・彼らの苦労の為にもグラン達は二人を置いて先に行くことを選んだ。

 

 「秩序の騎空団には案内をお願いしとく。ラカム、オイゲン。ありがとう!!」

 

 「ゆっくり休んでください。ありがとうございました!!」

 

 グランとジータが二人に感謝を述べ、艇を降りていく。仲間達も一通り二人に労いの言葉を述べてから、グラン達に続いていく。

 

 「おっさん・・・少しはオレ、優秀な乗り手になれたか・・・?」

 

 「俺を唸らせるにはまだまだだな・・だが上々だ、お疲れさん。」

 

 「へ、そうかい・・・ありがとよ・・・」

 

 二言三言、言葉を交わして二人は休息に入る。二人の顔にはすがすがしさのある笑顔がみえた・・・

 

 「・・・ここからはオレの仕事だ。トモちゃん、エルっち。二人を食堂で寝かしといてくれ。ばっちゃん直伝の最強料理で、二人を復活させてやんよぉ!!」

 

 グランサイファーにてまた、三人の男の戦いが始まる。仲間を想う気持ちは彼らも同じなのだから・・・

 

 

 

 「ガロンゾ島にてそちらの船団長のリーシャ殿に招かれた。彼女を出してもらえないか?大至急確認したいことがあるのだ。モニカ殿でも良い。とにかく、取り急ぎお願いしたい!」

 

 艇を降りた一行を秩序の騎空団の団員が出迎える。すぐさま必要な応対を求めてカタリナが説明をしていた。

 

 「申し訳ありませんが船団長、船団長補佐は、現在休まれております。特に船団長は昨晩の緊急事態に際し負傷し、軽傷ではありますが怪我もしています。まだ時間も時間ですし、少しお待ちいただきたい。」

 

 事務的に、簡潔に現状を述べる団員。だが、彼らには聞き逃せない言葉があった。

 

 「緊急事態って、おい!一体、夜に何があったってんだ!?」

 

 「そんな・・・遅かったっていうの・・?」

 

 「セルグは?セルグは大丈夫なのか!?」

 

 ビィとジータが慄き、グランが問い詰める。態度を急変した一行に団員は驚くも冷静に、自分が知らされている事実を告げる。

 

 「セルグとはセルグ・レスティアさんで間違いないですね?ご安心を。あの方は無事です。昨晩彼の牢屋が襲撃を受けましたが、船団長がこれに応戦。船団長補佐と一緒に撃退したと報告が挙がっております。彼に怪我は無いようです。」

 

 団員の言葉を聞いて肩に入っていた力を抜く一行。大きく息を吐き、緊張をほどいた。

 

 「うう・・よかったですぅ。」

 

 「ま、簡単にやられるヤツじゃないよねぇ」

 

 「全く、寿命が縮む思いだな・・・」

 

 「お姉さまの寿命が!?なんということを・・・」

 

 「ヴィーラちゃん、さすがに今は黙ってなさい・・・」

 

 各々が安堵の表情と共に呟く。

セルグの無事が確認できた一行は、どうせなら一緒に会いに行こうと一先ずはラカムとオイゲンを待つことにした。

 

 

 

 

 「失礼します!モニカ船団長補佐。ガロンゾから事情聴取のために招かれたという騎空団一行が到着したと報告がありました。」

 

 執務室にいたモニカに部下から報告が入る。

 

 「おお、来たか・・・リーシャには?」

 

 「まだです。深く眠っておられるようで、報告にはまだ赴いておりません。」

 

 「それでよい。怪我事態は軽傷だが傷は深い・・・今は休ませてやろう。私が行く、案内を頼む。」

 

 「はい、こちらです。」

 

 部下の案内でモニカはグラン達の下へ向かう。

 

 「(組織の次は黒騎士か・・・全く、休まる暇がないな・・・)」

 

また始まるであろう厄介事の種を感じて少しだけうんざりとした表情をみせるのだった。

 

 

 

 

ラカムとオイゲンが合流し(なにやら少し元気になりすぎてて落ち着かない二人であったが)、停泊所で待機していたグラン達に、到着したモニカが歓迎の言葉を告げる。

 

「よく、来てくれた。遠路はるばるようこそ、アマルティアへ。」

 

 「モニカさん・・・どうも。早速なんですがセルグのいるところへ案内して欲しい。」

 

 グランが代表として一行の要求を告げる。

 

 「わかっておる・・・待たせてしまったようだしな。案内しよう、ついてきてくれ。」

 

 モニカを迎え一行はアマルティアの街へと繰り出した。

 

 

 

 「少し説明でも交えようか。この島は秩序の騎空団の拠点として存在している。こうして街もあるが、基本的には団員達の家族が住まうだけだな。付近には魔物もでるが、住人が襲われない様、常に大規模な部隊の巡回をさせて・・・」

 

 語りの途中でモニカの様子が変わる。周辺を見回し険しい表情をしていた。

 

 「モニカ殿・・・どうされた?確かに魔物の気配はあるが、この程度なら・・・」

 

「おかしい。魔物の気配が多い。巡回部隊は何をしているのだ・・・すまないが先に警備の駐屯所へ向かわせて欲しい。何か起きているのだとしたら急ぎ対処せねばならん!」

 

 カタリナの問いに答えたモニカが足早に歩き出す。妙に焦った様子のモニカに不思議に思うも、グラン達もついていく。道中何度か魔物も襲い掛かってくることもあったが、難なく対処していった一行だが、その光景にモニカの不安は加速していった。

 

 

 

 「なんだ、これは・・・何が起きたのだ。誰か!状況を説明しろ!!」

 

 駐屯所に着いたモニカは、目の前の状況に絶句した。警備に回ってるはずの大部分の団員が怪我をして治療を受けていた。

 

 「モニカ船団長補佐。申し訳ありませんっぐ・・・皆巡回中に、突如何者かに襲われ、警備の者達は一様に動けない状態となっております。」

 

 「突如何者かにって魔物にでも襲われたのか・・・?」

 

 警備兵の言葉に言葉を漏らすのはラカムだったが、それをモニカが否定する。

 

「いや、魔物程度でこの惨状はおかしい。ましてや皆が目撃もせずやられているなど・・・」

 

「十中八九、統率された人間の仕業でしょう・・・考えられるのは、セルグさんの組織か、或いは・・・」

 

 「とにかく現状を把握する必要がある。誰か動ける者はいるか?」

 

 モニカの呼びかけに比較的軽症な二人の団員が現れる。

 

 「緊急事態だ。一人はリーシャへの伝令を。辛いだろうが起こして事態に対応させてくれ。もう一人は動ける者を集めて街の防衛に・・・戦闘が予想される。気を抜かずに対処しろ。グラン殿、ジータ殿。すまないが街の防衛をしながら事態の対処に一緒に当たってもらいたい。

 今、この島にはバルツ公国より、大公殿が・・・」

 

 「お呼びかな?モニカ殿よ。」

 

 会話の最中に男の声が割り込む。そこにいたのはドラフの男性。雰囲気は優しそうだが、ドラフ特有の巨躯は威圧感を隠せない。

 

 「ザ、ザカ大公!?なぜこちらに!?」

 

 「師匠!?なんでこんなところにいるの!?」

 

 モニカとイオが同時に声を上げた。

 

 「ちょっと、ラカム。あの方は?」

 

 初めてザカ大公に出会った仲間を代表してロゼッタがラカムに問いかける。

 

 「お、ああ。そうか三人は初めてだったな。あの人はザカ大公。バルツ公国の大公さんだ。俺らがバルツでイオと始めた会ったときにちぃっとな・・・」

 

 「へー大公さんと知り合いなんだ。団長さん達って実はすごい経験してたりするんだね。」

 

 「まぁヴィーラちゃんもアルビオン領主だし、割と凄い人とは知り合いになってるようね・・・」

 

 ロゼッタが現状、仲間にいるヴィーラも含めて、凄い人物達と知り合いになっているグラン達のこれまでの冒険に感嘆していた。

 

 「おお、イオ!!久しぶりじゃのう。元気にしておったか?」

 

 「それは、元気だけど・・なんで師匠がこんなところに?」

 

 「うむ、秩序の騎空団の要請でな。黒騎士の事情聴取に協力してくれと頼まれて遠路はるばるバルツより来た次第じゃ。もしやお主たちもか・・?」

 

 ザカ大公がグラン達を見回して問いかける。

 

 「はい、そうです。私たちも同じ話でここに呼ばれました。」

 

 「そうか、グランにジータじゃったな。久しぶりじゃのう。イオは迷惑をかけておらんか?年の割に背伸びをする子でな・・・どうにも意地っ張りな子じゃから心配しておったのだが・・・」

 

 ザカ大公が心配そうな瞳でグラン達に質問する。グランとジータはそんな大公に思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

 「あ、あはは。意地っ張り・・・ではありますね。子ども扱いされると怒りますし。」

 

 「子ども扱いされて怒ったところを優しく窘められてたりっていうのもよく見かけます・・・」

 

 「ちょっと二人とも!態々師匠に言わなくてもいいでしょ!!信じられない!!」

 

 イオが明かされたくない出来事を報告する二人に憤慨する。

 

 「これ、イオ。わしはお主の保護者としてちゃんと知っておきたいのだから二人を責めるでない・・・」

 

 そんなイオをザカ大公が窘める。

 

 「むぅ・・・そう言われたら・・・引くしかないじゃない。」

 

 大公を前に年相応な反応を見せるイオに仲間たちが微笑ましく笑みを浮かべるのだった

 

 「そのだな・・・お主たちの間で盛り上がるのは良いのだが、少し状況をわきまえてはもらえんかな・・・」

 

 そんな中に静かに怒りを見せるモニカに一同は冷や汗を流す。

 

 「すまぬ、すまぬ。そう怒らないでくれんか。久々に会えた孫娘みたいなものじゃから少々はしゃいでしまったわい。それでモニカ殿、先ほどから起きている事についてだが・・・」

 

 「ザカ大公の安全の為には、まず街の安全を確保しなければならないな。グラン殿、ジータ殿。ご助力願いたい。既に騎空団の半数は動けないような状態だ。この事態に対処するには圧倒的に人手が足りない・・・」

 

 本来であれば客人として招いたグラン達を巻きこみたくはなかったモニカ。その表情は悔しげでグラン達に対する申し訳なさが垣間見える。

 

 「わかりました。協力しましょう。」

 

 「セルグさんが心配ですけど・・・仕方ありませんね。」

 

 グランは快く、ジータは多少不満そうではあるが承諾する。

 

 「こいつらは迷惑だとか考えねえヤツラだから安心しろって、嬢ちゃん!」

 

 ビィが補足するように付け加える。

 

 「こら!!嬢ちゃんなんてモニカさんに失礼ですよ!!何考えてるのビィは・・・」

 

 「・・・まぁ、いいかな。それはそれで若々しい響きだし・・・とにかくだ。皆どうかよろしく頼む。」

 

 「任せてくれ!」

 

 音は違えど返答は同じ。グラン達は口をそろえて了承する。

 

 「それならば儂も協力しよう。だてにイオの魔法の師匠はしておらん。戦力としては申し分無いと自負できるぞ。」

 

 ザカ大公も事態に対処しようと提案する。

 

 「ううむ、しかし一国の大公殿にそんなことをさせては・・・いえ、実力を疑う訳ではないのですが・・」

 

 渋るモニカにザカ大公は笑う。

 

 「ハッハッハ、小娘がなにを遠慮しておる。バルツの民を侮るでないわ。ここで仮にわしが怪我をしてもそれは自業自得。そちらに責任を追及することなどせんよ。安心せい。」

 

 「ふっふーんだ。その前に私の魔法で怪我なんかさせないんだから!」

 

 折角再会した師匠に実力を見せようと息巻くイオ

 

 「おお、頼りにしておるぞ、イオ!」

 

 親バカの如く甘いザカ大公に、モニカは自分の心配が杞憂だと悟る。

 

 「はぁ悩むのが間違いであったか・・・仕方ない。協力に感謝する!」

 

 事態の対処の為、グラン達と秩序の騎空団、ザカ大公の妙な取り合わせの仲間が動き出す。

 

 「モニカさん、お願いがあるんだ。ジータを連れてセルグを迎えに行ってもらいたい。この状況じゃセルグだって牢屋に入れたままってわけにはいかないでしょ?安全なところに移送する必要があるのなら利用しない手はない。彼の実力なら大抵の戦闘は何とかできるし、事態に対処するにはもってこいだと思う。

それに・・・セルグの無事を確認しないとジータが落ち着かないんだ。艇にいるときからずっとソワソワしてて・・・こっちはザカ大公と僕らで何とかするからお願いできないかな?」

 

 グランが今から動こうというタイミングでセルグを連れてくるようにモニカに頼み始めた。

 

 「グラン!別に私は!!その・・・ちゃんと落ち着いてますよ。」

 

 誰が見ても落ち着いてるとは言えない。そんな説得力の無い表情で否定するジータに

 

 「ジータ、そんな顔で落ち着いてると言われても説得力無いんじゃない~?」

 

 ゼタがからかうように言うと皆も同調する。

 

 「むぅ・・・わかりました!モニカさん、セルグさんの下と案内してください!!私が迎えに行きます!!」

 

 意地を張ったようにやる気を見せるジータだったがそんな彼女の様子にモニカは何かを察した。

 

 「ふむ、確かにセルグなら腕を拘束したままでも戦えそうだからそのまま戦ってもらうか・・・大手を振って戦わせるわけにはいかないが。それにしてもなんだ、ジータ殿はセルグを好いておるのか?

ふむ・・・確かに奴は大きな包容力というか一緒にいると安心感があるからな。そう思うのも無理はないな。私も昨日それでやられそうだったぞ。リーシャも満更でもなさそうだし・・・ライバルは多そうだな・・・」

 

 ニヤリといった笑みを浮かべるモニカだったが、このモニカの発言がきっかけとなった。

 

 「なんですって・・・ちょっとグラン!私も一緒に行ってくる!!あのバカセルグ・・・ジータがこんなに心配してるのを余所にそこのちびっ子船長と頼れな船長を相手にイチャイチャしてたっていうの?絶対許さない!!ぶん殴ってやる!」

 

「ゼタさん!!だから違いますって!も~グランなんでこんな時に変なこと言うの!?ふざけないでよ!!」

 

「いや、僕は・・・」

 

そんなつもりではなかったグランが慌てて弁明しようとするも

 

「小娘!ちびっ子船長とは私の事か!?いい度胸だ、この騒動が終わったら覚えて居れよ!!どちらが大人か、よぉくその身にわからせてやる!!」

 

モニカがゼタの発言に激怒。

 

 「ふふ、なんだかおもしろいことになってきたわね・・・それにしてもゼタもなかなか素直になれない子ね・・・あれじゃさすがに気づいてもらえないわよ。」

 

 「ロゼッタさん、どちらにせよセルグさんは素直になろうとも気づかないかと・・・ジータさんのあれですら気づかないのですから。」

 

 落ち着いた二人の外野が燃料を投下して・・・

 

 「ちょっと二人とも!!なんで私までそんな感じで見られてるのよ!?別に私は」

 

 「そうですよ!!ゼタさんだって、なんだかんだと言ってセルグさんが心配なだけじゃないですか!?私と一緒です!!」

 

 瞬く間に燃え広がらせた。

 

 「な!?ジータ!!私は違うわよ!!勝手なこと言うんじゃない!!」

 

 どうしてこうなったか・・・グランの一言がきっかけに姦しく騒ぎ始めるジータ達。

 

 「グラン・・・お前のせいだぞ。」

 「グラン・・・何とかしろよ。」

 「グラン・・・責任とって。」

 「グラン・・・早く収拾しろ。」

 

 「ええぇ!?僕のせい!?」

 

 「「「「当たり前だ!!!」」」」

 

 全くもって想定外な事態に責任を負わされたグランが、文句を言われながらも彼女たちを抑えたのはまた別のお話・・・

 

 

 

 

 

 「はぁ・・・余計な時間を取られるし、結局僕が迎えに行くことになるし・・・女の子って意味わかんない・・・」

 

 そうぼやきながら走ってるのはグラン。隣にはモニカが一緒に走っていて、先ほどの提案通りにセルグを迎えにいくのを自分が行う羽目になっていた。

 

 「先ほどのは私もつい抑えられず、売り言葉に買い言葉といった感じで騒いでしまった・・・面目ない。」

 

 「いや、モニカさんのせいじゃな・・・くもないですけど。ゼタやジータも悪いので。ついでに言うならロゼッタとヴィーラも・・・」

 

 「彼女等のせいでもないと思うがな・・・強いて言うならセルグのせいか。」

 

 「よし、再会したらこの気持ちを乗せて殴ろう。そう決めた・・・」

 

 セルグの居ないところでセルグがなぜか責められていた。

 

 「ところで、お主の仲間たちは大丈夫か?あんなに落ち着きが無くてちゃんと戦えるのかちょっと心配だが・・・」

 

 モニカが先ほどの騒ぎから疑問を呈する。浮足立っていたりはしないだろうかと不安になったのだ。だが、答えるグランの顔は自信満々の不安の無い表情をしている。

 

 「大丈夫、みんなかなり強いから。帝国の兵士なら何人来ても問題ないくらいね・・・」

 

 「ほう・・・何とも頼もしい話だ。そのまま秩序の騎空団で働いてはもらえんか?」

 

  自信満々なグランの言葉に冗談交じりにモニカが返す。二人はそうして笑いながらセルグの下へと走っていくのであった・・・

 

 

 

 

 「おやおや、まさか貴方たちが既にこの島に来ているとは思わなかったですねぇ・・・」

 

グラン達と別れ、街の哨戒をしていたジータ達の目の前には帝国軍大尉、ポンメルンの姿があった。

 

 「ポンメルン!また貴様か!?今度は何が目的だ!」

 

 すぐにカタリナが前にでてポンメルンと対峙する。

 

 「それを貴方たちに教えるわけがないですよぉ。それよりもこちらの質問に答えていただきたいですねぇ・・・貴方たちは黒騎士に会いに来たのですか?」

 

 「そちらと同様、こちらがそれをわざわざ教えるとでも?いささか考えが浅はかではありませんか?」

 

 棘を含みながらもカタリナの隣に並ぶヴィーラ。ジータも含め戦闘態勢に入ろうとする中に、突如必死な声が響く。

 

 「あの!なんで帝国は黒騎士さんを捕まえるように言ったのですか!?オルキスちゃんはどうしているのですか!?お願いします!大尉さん、教えてください!!」

 

 大人たちの会話の中に割って入るルリア。オルキスがどうなっているのか、その手がかりを知るかもしれない人物の登場に、縋るように手を伸ばす。

 

 「ルリア!何をしているんだ、下がれ!!」

 

カタリナが前に出ようとするルリアを抑えた。しかし、ルリアはそれを煩わしく振り払おうとした。

 

 「ルリ・・・ア?」

 

「カタリナ・・・私、オルキスちゃんの声が聞こえなかったの・・・痛いとか苦しいとか・・・もしオルキスちゃんが黒騎士さんと別れて・・・ショックでなにも感じなくなっちゃったのなら、私は・・私はあの子を助けてあげたいの・・・」

 

ルリアが胸の内を吐露する。同じ様な力をもつ似た者同士の友達。そんなオルキスの事が全く見えなかったガロンゾ島での出来事が、ルリアの心にしこりとなって残っていた。

 

 「ふむ・・・ルリア。貴方がこちらに来てくれると言うのでしたら、教えてやるのも吝かではではないですねぇ・・・」

 

 ポンメルンは条件を提示する。その条件はオルキスを想うルリアの心を迷わせる。

 

 「・・・私が行けば・・・私はオルキスちゃんと一緒に居てあげられますか?」

 

 「待つんだルリア!!そんなこと!!」

 

 カタリナが止めるも迷うルリアの心には、カタリナの声が届かない。

 

 「私が責任もってそれは約束しましょう・・・」

 

 にやりとほくそ笑むポンメルン。だが、ルリアにはそのポンメルンの表情が見えていなかった。迷いながらも前に出ようとするルリア・・・だがそれはルリアの手を掴む優しい手に止められる。

 

 「ダメだよルリアちゃん・・・」

 

 「ゼタ・・・さん?」

 

 小さなルリアの手を掴むのはゼタだった。呆けるルリアの前に目線を合わせるようにしゃがみ込むゼタは優しく声を掛ける。

 

 「セルグも言ってたでしょ。貴方の手は小さい。まだ誰かを守れるような大きな手ではないんだって・・・貴方が自分を犠牲にして得られる誰かの幸せ。そんなもの私達も、きっとその誰かも・・・望んじゃいない。

 助けたい子がいるなら傍にいる私たちを頼って。貴方の想いにきっと私たちは応えてみせる。今はここにいないけど、バカセルグだってルリアちゃんの想いの為ならきっと全力で応えてくれる。

 だからね、あんな帝国の変態さんに騙されちゃだめだよ!絶対約束なんて守らないんだから・・・ね?」

 

 ゼタの優しい言葉に感化されたロゼッタがルリアの逆の手を取る。

 

 「ふふ、ゼタがこんなかっこいい事言うなんて思わなかったわ・・・ルリアちゃん。私も同じ気持ちよ。貴方が望むならそれを叶えるために私たちが応えてあげる。だから、あんな変態さんに騙されちゃダメよ!」

 

 「ロゼッタさん・・・」

 

 二人に負けるまいとラカムがルリアの頭に手を置いて口を開く。

 

 「くーっゼタは男よりも男らしい女だな・・・ルリア、願いがあるなら言ってみろ。男であるオレとおっさんが、ゼタに負けない様に頑張ってやるさ。な、おっさん?」

 

 「おう、やってやろうじゃねえか。ルリア、お前さんが自分を犠牲にするこたぁねえ。オレ達に任せな。」

 

 「ラカムさん・・オイゲンさん・・・」

 

 「ラカム・・・後でシメる。」

 

 かっこよく決めたラカムについでにお仕置きの予定も決まった。

 

 「もう、ルリアちゃんは本当にかわいいですね。お姉さまと一緒に必ず私が守ってあげますわ。」

 

 「も~ルリアの癖に生意気!私を差し置いてあんなおじさんを頼るなんて!私の方がルリアの事100倍助けてあげられるんだからね!!」

 

 「ヴィーラさん・・・イオちゃん・・・」

 

 ヴィーラとイオが皆に続く。

 

 「ふふ、みんなカッコいいね。ルリア・・・私たちはザンクティンゼルから一緒にやってきたでしょ?私やグランより、あの人を頼るのはちょっと許せないかな・・・」

 

 「ジータ・・・ごめんなさい。私・・・」

 

 助けてくれる事への感謝か、頼らなかったことへの後悔か・・・どちらであってもルリアは己を囲む仲間を見て涙を流し始める。

 

 「本当に・・・君たちと出会えて良かった・・・これほどの仲間に出会えようとは。ルリア、感謝しよう。今こうして仲間に囲まれていることに・・・」

 

 カタリナが想いを紡ぐ。頼りになる仲間達へ感謝をこめて・・・

 

 「カタリナ・・うん!皆さんありがとうございます!私は皆さんと一緒に、オルキスちゃんを助けたいです!」

 

 未熟な少女は助けたいと叫ぶ。力を持たぬ自分には何もできない、だから力を貸してほしいと。

 

 「ようし!なら、アイツをさっさとぶっ飛ばしてオルキスの居場所でも聞き出そうぜ!!」

 

  小さな竜の声に仲間たちは呼応する。少女の純粋な願いが、応える仲間に力を与える。

 ジータ達は意気揚々と武器を取り出した。

 

 「カタリナ!ルリアとビィを守って!ゼタさん、ヴィーラさん。私と前衛に行きましょう!ポンメルンを倒します。」

 

「任せろジータ!ロゼッタ援護を頼んだ・・敵は私が迎え撃つ!ラカム、オイゲンは三人の露払いだ。邪魔する帝国兵を打倒せ!」

 

 矢継ぎ早に指示が出され仲間たちが動き出す。

 

 「ふむ、素晴らしい場面をみせてもらったわい。わしも滾るとしよう!!」

 

 事の顛末を見守っていたザカ大公が躍動する。吹き荒れる魔力が帝国兵たちを威圧した。

 

 「そ、その程度で私達が怖気づくとでも!?ふん・・・皆さん魔晶は持ちましたか?」

 

 ポンメルンの声に合わせて、魔晶を取り出す帝国兵がいた。

 

 「な!?まさか貴様!!自分の部下にまで魔晶を使わせる気か?この外道が!!そんなことをすれば弱い者は反動で・・・」

 

「相変わらずうるさい騎士ですねぇカタリナ中尉ィイ!兵士が国の為に死ねるなら本望でしょう!さぁ、今まで散々コケにされた兵士諸君。叩きのめしてやりなさいですねぇ!!」

 

 魔晶を持つ兵士がそれを頭上に掲げる。放たれる力は彼らの姿を変え、体を大きくし、力を与える。禍々しく姿を変貌させていく帝国兵の姿は、変身したポンメルンとさしたる違いは無かった。

 

 「うう、そんな・・・こんなのって・・・」

 

 ルリアが感じる黒い力に恐怖と悲しさを浮かべる。

 

 「やってくれるわね・・・大公さん?今からでも逃げていいわよ。ルリアちゃんだけならともかく、貴方みたいに重要な人物。守り切れる自信がないもの・・・」

 

 ロゼッタがザカ大公に戦況の不利を感じ撤退を促した。

 

 「バカを言っちゃいかん。弟子が戦い、師匠のわしに逃げろと申すか?わしを・・・バルツを嘗めるでない!!」

 

 「師匠の魔力・・・凄い!!よーし私も負けらんないんだから!!矢でも鉄砲でも魔晶でもかかってきなさい!!」

 

 吹き荒れるザカの魔力に触発されてイオもやる気をみなぎらせる。それが空元気に近くとも、士気を上げねば、簡単に押し潰されると悟っていた。

 

 「みんな!作戦に変更はないよ。私とゼタさん、ヴィーラさんが前に出ます。ラカムさん、オイゲンさんは援護を。カタリナとロゼッタさんでルリアを守って。イオとザカ大公は状況に合わせて遊撃してください!相手がどれだけ強くとも怖気づいちゃダメ!行くよ!!」

 

 ヴァルキュリアの鎧を纏うジータが戦闘モードに入る。視線鋭く帝国兵たちを射抜くその姿は戦乙女と呼ぶに相応しい。その手に握るは一伐槍。自然とそれを意識した彼女はあの時を思い出す。

 

 「(ああ、これ・・・あの時と同じだ・・・負けられないって気持ち。ううん、前よりもできそうな感じがする。凄い、なんか無敵のヒーローになった気分!)」

 

 自らに語りかけるジータ。その語らいは数瞬・・・・戦闘モードに入ったジータの口調が変わり、高らかに吠える。

 

 「今日の私は、最初から全力だ!!いくぞ、“一伐槍”!!」

 

 溢れる力の解放。力の息吹が仲間たちを鼓舞した。

 

 

彼らにとって最大の戦いが今、幕を開ける。

 

 

 

 一人、未だに牢屋に取り残されていたセルグ。昨晩の様に無理に牢屋を破壊して出ていくわけにもいかず、状況もわからずと、誰かが来てくれないか心待ちにしていた・・・

 

 「ヴェリウス、外では何が起きてるんだ?」

 

 “(何か聞けば飛び出しそうなお主に応えるわけがなかろう・・・)”

 

 「と、いわれてもな・・・どうせお前と融合しないと剣すら使えないしな。誰かが来るか、お前が助けてくれなきゃどうしようも・・・なんだ?」

 

 セルグは独り言の途中で何かを感じ取った。

 

 「この淀んだ、暗い力は・・・魔晶か?それも複数・・・ヴェリウス!すぐに見てくるんだ!!急げ!!」

 

 “(ふむ、確かに嫌な感じがするな。心得た。)”

 

 ヴェリウスが飛び立つのを見送るセルグは焦燥に駆られる。

 

 「なんだ・・・なんだその数は!?いったいどれだけの魔晶を・・・」

 

 「セルグ!?」

 

 焦りを募らせていたセルグに声が届いた。

 

 「モニカ!!それにグランも?なんでお前がここに?」

 

 「セルグの無事を確認しに。どうしたんだセルグ、凄い焦ってるようだけど・・」

 

 セルグの様子の変化に気づいたグランが問いかけるがセルグはお構いなしにモニカへと向き直る。

 

 「モニカ!すぐにオレをここから出せ!拘束も外してくれ!!」

 

 「何を言っておる!いくらお主の頼みとはいえ、そんなことしてはお主の罪状にも影響が・・・」

 

 「大きな力が動いているんだ!!グラン、ジータ達はどうした?誰かと戦っている可能性はあるか?」

 

 セルグが今度はグランへと確認する。

 

 「それはあり得るけど、一体どうしたんだセルグ?ちゃんと説明を」

 

 「魔晶の力を感じたんだ。それも複数な・・・もしそれがジータ達と戦ってるなら戦況は絶望的だ・・・二つとか三つとか、そんな数じゃなかった!」

 

 「そんな!?だってここに帝国がきてるわけが・・・」

 

 「そうか、団員達がやられていたのはやはり帝国の仕業だったのだな・・・だとすれば狙いは、黒騎士の抹殺・・・やつら、混乱に乗じて全てを知っている黒騎士を亡き者にするつもりか!?」

 

 モニカがセルグがもたらした魔晶の情報から帝国の企みを推察する。

 

 「わかったなら早くここから出し」

 

 「落ち着けセルグ。今のお主を外に出すことはできん・・・今のお主は冷静さを欠いておる。グラン殿、急ぎ戻るぞ。我らも援護に向かわねば。」

 

 「はい・・・セルグ!落ち着いて聞いてくれ。僕らはそんなに頼りないか?ザンクティンゼルで君を打ち負かしたのに、まだ信じられないというのか?もしまだ僕らを守られる側だと思っているのなら僕らはもう仲間じゃない・・・だから見ててくれ。もう僕らは負けない。セルグ無しで帝国のヤツラを倒して見せるから・・・だから信じて待っててほしい。

 モニカさん・・・いこう。」

 

 そういって振り返るグランの目には決意が見て取れる。モニカを威圧するような力強い決意であった・・・

 

 「セルグ、私からも言っておこう。昨晩も思ったのだがな・・・己の身をもっと省みろ。お主がそうして身を削ることを、心配するものがいるはずだ。私も含めてな・・・その者達の気持ちをよく考えてくれ。」

 

  去り際にモニカも告げて二人は足早に駆けていく。皆が戦っている戦場へ向かって。

 

 

 “(ふむ・・・行ったようだな・・・どうするのだ?)”

 

 グラン達が行くのと入れ替わるように、ヴェリウスが姿を現した。

 

 「・・・オレは恐れていたんだな。また失うことを・・・ヴェリウス、報告はいいや。素直に待ってるとしよう。

グランとモニカが行ったんだ。きっとリーシャも動くだろう。ならばオレは信じて待たなくてはならない・・・アイツらが信じてくれるように、オレも信じてやらなければならないんだ・・・」

 

 セルグは笑う。守る対象としか見ていなかった己を恥じて、自嘲を浮かべる。

 彼らは自分が守らなくても十分戦える。彼らは十分に強いはずだと。そう理解していながらも彼らが傷つくことを嫌い、ひたすらに守ろうとしていた。

 だからグランは、守る対象として自分達を見るセルグを仲間ではないと断じた。そして仲間として見られるためにセルグを置いて戦いに赴いたのだった。

 それを理解したセルグに迷いは無かった。

 感じる力の鼓動は暗く重い。心配の種は依然としてセルグの心にくすぶっている。それでもセルグは信じて待ち続ける事を選んだ。

 

 その胸に宿るは大きな信頼と小さな寂しさだった・・・

 

 

 




如何でしたしたでしょうか。

最近はこの作品の事しか頭にない作者です。

ちょっと補足。ジータちゃん覚醒の要因ですが
セルググランいない→私ががんばらなきゃ
ルリアの願いを聞いて→ルリアの想いに応えたい
って感じから以前と同じ、最適な精神状態へと飛んで行ったって流れです。

黒騎士出てくるまで長そうです、ハイ。
次多分戦って1幕使っちゃいますね、ガロンゾ超える長さに待ったなしです。

それでは。お楽しみいただけたなら幸いです。



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メインシナリオ 第10幕

少し短いですかね?

セルグ蚊帳の外で今回は進みます。

それではお楽しみ下さい。


空域 ファータ・グランデ アマルティア島

 

 リーシャは執務室で休息を終え、仕事をこなしていた。

 早朝、自分が昨晩の戦闘による疲れで眠ってしまったところにグラン達が到着していたと聞いたリーシャは急いで向かおうとしたが、モニカが応対したと聞いて向かうのを止めた。尊敬する元上司が向かったのならば何も問題は無いだろうと考えた。

 自分と同様に昨晩は強敵を相手に戦っていたというのに、早朝から動けていたというモニカに改めて脅威を感じるリーシャだった。

 

 「S級って言う位だからセルグさんも凄いんだろうけど、モニカさんも大概だなぁ。私なんてさっきまでぐっすりだったのに。ふぅ・・・やっぱり、身体に傷は無くてもあれはキツかったのかなぁ・・・かなり疲労が残っちゃってる。それでも、やらなきゃいけないことは沢山あるし・・・」

 

 一人愚痴を呟くリーシャ。だがリーシャの愚痴はすぐに止むことになる。リーシャの部屋に向かい、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 足音が近づくにつれてリーシャの目が細くなる。

 

 「リーシャ船団長!報告です!警備隊より連絡。現在何者かによる襲撃を受け警備の半数が負傷!別の報告によると相手は」

 

 「帝国・・・ですか?」

 

 突然に飛び込んできた報告に対して、リーシャは予期していたように口を開いた。

 

 「え?あ、そうです。追加の報告によれば、帝国兵士に警備がやられているとの情報が入っております。」

 

 リーシャの落ち着いた様子に呆気にとられながらも、団員は答える。

 

 「予測はしていましたけど・・・もう1日待ってほしかったですね。私もモニカさんも万全ではない・・・モニカさんは?」

 

 「モニカ船団長補佐は現在、来訪された騎空団の者達と事態の対処に動いております!たまたま居合わせたバルツのザカ大公もご一緒だそうです。」

 

 兵士の報告に思わずリーシャが呻く。なぜそこにザカ大公まで加わってしまっているのか・・・おとなしく安全なところに居てはもらえないかと胸中で愚痴るリーシャだったが、 状況を聞いてリーシャは思考を回す。何故だか妙に落ち着いた状態の自分に不思議に思いながらも考えるのは、状況を正確に予測し、対処することだけであった。

 

 「彼らもいるのなら・・・警備隊は皆黒騎士の警護に回して下さい。騎空艇団に伝令。周辺に帝国戦艦がいるはずですので戦闘を敢行して下さい。牽制程度で十分です。上空で艇同士の戦闘を仕掛ければ、地上への増援は防げるはず。現在のアマルティアで戦闘は?恐らく主力部隊がどこかにいるはずですが・・・」

 

 「ハッ!警備隊駐屯地付近にて大規模な戦闘が行われております!」

 

 「わかりました。そちらの対処には私が行きます。それでは伝令を頼みましたよ。」

 

 そう告げると、リーシャは足早に歩きだす。愛剣を携えて歩くその表情には、憂いの一欠片もなく、自信に満ちていた。

 

 「(私が自信を持って命令しなくては団員達も自信をもって命令を遂行できない・・・私の仕事はどこまでも絶対の自信をもって命令することが第一だ。その為にも予測をしろ、状況を読み間違えるな・・・私の戦いはまずここからだ!!)」

 

 昨晩の経験が、リーシャの内面を大きく変えていた。己がすべきことから、己ができることへと思考を切り替えた彼女が、焦りや不安を表に出すことはない。

 船団長である自分ができることは、まず徹底的に団員を使いこなすこと。

 己に係る全てを使いこなす。セルグが諭したこの言葉が、リーシャの中に強く影響を及ぼしていたのだ。

 直属の部下の下へと来たリーシャは剣を抜き放つ。

 

 「いくぞ!地上の戦力を片付ける!私についてこい!!」

 

 吠えるリーシャに否を唱える者はいない。リーシャは部下を従え、グラン達が戦う戦場へと走っていく・・・

 

 

 

 

 「太一輝極衝!!」

 

 いきなりのジータの奥義が魔晶兵士に炸裂する。一足で間合いを詰め、光の奔流を放った。集中の境地へと至ったジータが戦闘の口火を切る。

だがその一撃であっても、仕留めきるには足りずにすぐさまジータは距離を取った。

 魔晶を使った兵士は5人。ここで1人でも倒せれば戦況はずっと楽になると思ったが、そう上手くは行かず、ジータは舌打ちする。

 

 「チッ、流石に簡単には落ちないか・・・ゼタさん、ヴィーラさん!1人1体足止めします!後衛の援護を利用しつつ、何としても前線を守り切ってください!!」

 

 ジータが指示を出す。前衛の目的は後衛の動きを自由にさせる事。後ろには6人控えてる事を考えれば、前衛で3体抑える事が出来れば戦闘は優位に進められるだろう。

 

 「任せて!アルべスの槍よ!我らが信条示し、貫くための牙と成れ!」

 

 「お任せください!シュヴァリエ!主の剣となり、盾となりて、我が道阻むものを斬り払え!!」

 

 ジータの言葉にすぐさま応える二人は、全力戦闘形態に移行。

 炎の息吹が槍を包み、星晶獣の力をその身に纏う。

 

 「サウザンドフレイム!」

 

 アルべスの槍が振るわれ炎を放つ。

 

 「アフェクションオース!」

 

 素早く動くはヴィーラの影・・・数瞬の閃きと共に影が敵を切り刻んだ。

 

 

 だがそれは、仲間達の予想とは全く異なる結果をもたらす。

 

 

「フッフッフ!その程度で倒せるとお思いですかねぇ・・・彼らの魔晶は出力を上げた特別性。これまでの私と同じレベルの化け物揃いなんですねぇ!」

 

一行の目の前にいるのはほぼ無傷な魔晶兵士。決して弱くないはずの攻撃を受けて、まるでダメージを与えられていない事が一行に衝撃を与える。

 

「オイオイ!あいつ等めちゃくちゃつ強ぇじゃねぇかよ!?ゼタやヴィーラの攻撃が効かないなんて・・・」

 

 ビィが魔晶兵士に恐れ慄く。

仲間たちから見ても二人はかなりの実力者。その二人の攻撃が効かないとなると、戦う手段はかなり限られてしまう。

 

「黙りなさいトカゲ!今のは本気ではありません。いきますよゼタさん!」

 

「上等・・・ここからは本気の本気よ!!」

 

 ゼタとヴィーラが冷や汗交じりに強がる。だが如何に強がろうと、状況は厳しいことを二人の背中が物語る。

 そんな二人の下へと下がってきたジータが口を開いた。

 

「気圧されちゃだめ!私達だけで倒す必要はない。グランとモニカさんも戻ってくるだろうし、秩序の騎空団も動いてくるはず。今の私たちは何としても守り切る事を考えます!」

 

ジータの言葉に仲間達の表情から恐れが消えた。

天星器を扱うジータがいて援軍も向かってきている。ゼタとヴィーラの攻撃も効いていないわけではなかった。戦える余地は十分にあると感じたのだ。

 

「ゼタさん、ヴィーラさん。数を減らして優位に立ちます!全力で1体仕留めましょう。2体を私が足止めするので、なんとしても1体倒してください・・・狙いは最初に私が奥義を放った相手です。いきます!“レイジ”“デュアルインパルス”!!」

 

 ジータが詠唱する。瞬間、仲間たちは血液が沸騰するような錯覚に見舞われる。

 力と魔力を知覚し、それを最速の速さで行使できるよう、。そんな圧倒的な強化効果がかかる。

 先に動くのは後衛の魔法組。ザカとイオが放つは大量の魔法弾。イオは杖から、ザカは拳に纏った魔力を拳撃と共に打ちだす魔法弾を魔晶兵士に向けて放つ。

 魔法弾を受けて隙ができた1体にゼタとヴィーラが肉薄。力の槍と速さの剣を見舞う。それは痛撃となって魔晶兵士を転倒させる。転倒したのを好機とみて二人はここで仕留めきろうと奥義の体勢に入った。

 

 「プロミネンスダイブ!!」

 

 「ドミネイトネイル!!」

 

 跳躍から奥義を放つゼタと剣閃で切り刻むヴィーラの奥義に1体の兵士が沈黙する。

 しかしその隙に2体の魔晶兵士が後衛へと接近していた。

 

 「いかせは・・しない!!」

 

 全力で移動してきたジータが槍に魔力を纏わせ振るう。強力な薙ぎ払いで1体の頭部を打ち据え、反転して渾身の突きでもう1体の胸部を穿つ。

 怯ませた隙をラカムとオイゲンが全力で迎え撃つ。

 

 「バニッシュピアース!」

 

 「ディアルテ・カノーネ!」

 

 限界まで魔力を込められた銃弾が2体の魔晶兵士を後ろへと吹き飛ばす。

 だが、帝国の攻勢は続く。更に2体が両翼より接近しルリアを狙う、

 

 「させるかぁ!!」

 

 すぐさま、鬼神の如き勢いで片方の魔晶兵士へとジータが追い付く。極致の集中力は、相手の攻撃を難なく見切り

 

 「レゾナンスサージ!!」

 

 強烈な突きが相手の溜めていた力を利用したカウンターとして放たれる。

 

 「ロゼッタ、援護してくれ!“ライトウォール”!」

 

 「任せて頂戴!“ダーティローズ”!」

 

 逆側ではカタリナがライトウォールで弾きダーティローズで絡め取る。更にそこをカタリナが追撃する。

 

 「アイシクルネイル!!」

 

 氷の剣に貫かれ、魔晶兵士が後方へ打ち飛ばされる。

 一連の攻防は、上手く決まったといっていいだろう・・・相手の攻勢を防ぎ切った一行はこの間にゼタとヴィーラが倒せていればと、前方を見る。

 

 「うあぁああ!」

 

 悲鳴と共にゼタとヴィーラが飛ばされてきていた。

 

 「私が、いつ?傍観すると言いましたかねぇ!!」

 

 其処には6体目の魔晶兵士が前回より強大なオーラを纏って立っていた。

 更には、沈黙したと思っていた魔晶兵士も起き上がっており、戦況は帝国側に傾く。

 

 「く、しまった・・・変身していなくて失念していた!」

 

 「申し訳ありません、仕留めきれませんでした。」

 

 ゼタとヴィーラが悔しげな声を出す。

 

 「大丈夫だ、手傷は負わせているし、先の攻防でもなんとか守り切れるのは実証できた。戦況は不利になったが、次こそ一人仕留めるぞ!」

 

 カタリナが冷静に状況を分析するも、状況が悪化したことには変わりない。

 先ほどの様にずっと守り切れる保証もなかった。

 

 「なら儂も前に出よう!女子供ばかりに前に出させてはな・・・そもそも儂は前で体を張るほうが性にあっておる、任せてくれ!」

 

 厳しい状況にザカが前衛を買って出るがジータ達は焦りの表情でそれを止める。

 

 「ザカ大公、危険です!私たちが前に出ますから!」

 

 「そうよ、ししょー、私達の武器は魔法でしょ!前にでても」

 

 「いつまでごちゃごちゃ言ってるんですかねぇ!」

 

 ポンメルンが不意をついて突撃してくる。狙うは最前列へと躍り出ていたザカ。手にもつ槍がザカを捉えるかと思われた。

 

 グシャリ、とまるで肉がつぶれるような音に思わず目を背ける。しかし、恐る恐る目を開けてジータ達が見た光景は予想とは異なるものだった。

 

 「ふん!不意打ちとはせこい真似をしよる。その程度で儂を仕留めようなど片腹痛いわ!」

 

 拳に絶大な魔力を纏わせたザカはポンメルンの体を打ち抜いていた。

 

 「バカな・・・そんなバカなですねぇ!」

 

 思わず後退するポンメルンを、庇うように魔晶兵士たちが立ちふさがる。

 

 「ししょー・・・すっごーい!!」

 

 「なにあれ・・・魔力を使って拳で殴るって感じ?」

 

 「私が五神杖でやった時のように、魔法自体は局所的に発動させてるんだと思う。それの威力を大公は拳速で跳ね上げているんです。」

 

 「うへぇ・・・大公さんも十分化け物じゃねえか・・・おっそろしい・・」

 

 イオが感嘆してジータが解説しゼタとラカムが慄きながらも、わずかな希望が見えた一行は戦闘を続行していく。

 前衛にザカも加え、上手く足止めしながら立ち回る一行は、徐々に追い詰められながらも善戦していた。しかし・・・

 

 

 

 「ハァ、ハァ・・・もう一伐槍も反応無し・・・集中切れちゃった・・・」

 

 「私もシュヴァリエの力はもう振るえそうにないですね・・・」

 

 「魔力も限界・・・もうヒールもできないわ・・・」

 

 ボロボロ、となった一行の前にはまだ、ポンメルンが立っていた。

 勝ち誇るような笑みを浮かべポンメルンは勝利を確信して声を上げる。

 

 「フッフッフ!よくもまぁここまで頑張ってくれましたねぇ!ですが・・・所詮は無駄なあがきだったのですよぉ!」

 

 ポンメルンの言葉と共に魔晶を持たぬ帝国兵士が大量に出現する。それもそのはず、まだジータ達は帝国兵を5人しか倒していないのだから・・・

 

 「そん・・な・・・」

 

 「くそっもう動けねえ・・・」

 

 仲間達に諦めが広がろうとしていた。

勝ち誇るポンメルンはカタリナに向けて口を開いた。

 

 「フッフッフ、無様ですねぇ!カタリナ中尉ィイ!!帝国に楯突かなければこんな惨めな死を迎える事など無かったのですがねぇ!」

 

 絶望的な状況、覆せない戦況にカタリナが顔を歪める。

 何か手はないかと藁にも縋るような思いで周囲に視線をやるも状況を好転させる手は見つからない。

 悔しさが募ると共にわずかに諦めが脳裏をよぎったとき、希望の音が届いた。

 

 「カタリナは無様でもなければ惨めな死を迎えることもない・・・あとルリア、やめるんだ。セルグとの約束、覚えてるだろ?僕が来たから最後の手段には、まだはやいよ。」

 

 普段の口調から比べると随分と優しい声音で、グランの声が響く。そこにいたのはダークフェンサーの鎧姿のグラン。

密かに召喚を行おうとしていたルリアはビクリと肩をすくめてグランを見やると声を上げる。

 

「グラン・・・来てくれたんですか!!」

 

 「みんな、遅れてゴメン。僕が余計な事を言わなければこうはならなかったはずだよね・・・ほんと大失敗だ・・・」

 

 ボロボロの仲間達を見てグランは悔しさに視線を伏せる。己の余計なひと言がこの状況を生んだと、唇を噛む。

 モニカはそんなグランを元気づけるように口を開いた。

 

 「グラン殿、そう自分を責めるな。お主はセルグの無事を確かめようとしただけだし、こんなことになるとは誰も夢にも思わない。」

 

 グランは、モニカの言葉に目を伏せながら納得するも、胸中では自分を殴り倒したいと思っているかもしれないほどその表情は苦渋に満ちていた。

 

「みんな、聞いてくれ。セルグに誓ってきたんだ・・・僕らはもう守られる存在じゃない、それを証明するって。だからみんな、きついだろうけどもう少しだけ頑張ってくれないか?僕らがアイツを打ち倒せなきゃ、セルグは安心してくれないんだ。きっとこれからもボクらを守るためになら自分の身を省みない戦いをしてしまう・・・」

 

グランは皆に頼み込む。勝手に決めて、勝手に誓ってきた、セルグとの約束を果たすために・・・

 

「な~にお願いなんかしてんのよ!!」

 

「そうよ!それじゃまるで私たちが、普段頼まれなきゃ言う事聞かないみたいじゃない!」

 

「共に仲間と戦う・・・そこに頼むも何もないんじゃないのか?」

 

 ゼタが、イオが、カタリナが、優しく笑いかける。わずかに呆けるもグランはつられて笑う。そこにいたのはまだ戦える事をアピールする笑顔の仲間達だった。

 

 「グラン!私はもう力尽きちゃったから、あとはお願い!!」

 

 既に動けないほどに力を出し切っていたジータはグランに後を任せた。その表情には心配等していないことがわかる確信をもった笑顔。

 

 「ジータ・・・ああ、良くやってくれた。一伐槍・・・使いこなしたんだな・・・」

 

 ジータが手に持つ一伐槍を見てグランは感慨深い声を出す。頼もしいことこの上ない双子の妹の存在が、兄であるグランの心を強くする。

 ここまで戦ってくれた妹に負けてはいられないと。

 

 「次はグランの番。今のグランならきっと簡単に使いこなせると思う。」

 

 そんなグランの姿に、ジータは明るく声を返した。

 

 「当たり前だろ、妹のジータに負けられないさ!」

 

 グランはジータに自信満々の笑みを見せて、歩き出す。向かうはポンメルンのいる方へ・・・

 

 「全く、またもや下らない仲間ごっこを見せられるとは・・・ですねぇ。」

 

 目の前で見せられた茶番に心底うんざりといったような表情を見せるポンメルン。

 

 「下らなくないさ。仲間を想う気持ちは僕らに力を与えてくれる。ま、人を駒としかみない帝国には絶対にわからない事だろうけどね・・・」

 

 ポンメルンにお返しと言わんばかりに皮肉を返すグラン。仲間たちはそんなグランをみて、少しセルグに似てきたんじゃないかと思っていたりしたらしい・・・

 グランの後ろにジータ以外の仲間が集う。

目を伏せたグランは小さく、己が武器へと語りかけた。

 

 「覚悟しろよ、ポンメルン。今日の僕は少しだけ悪い奴だからな。いくぞ、“四天刃”。」

 

 小さく呟かれた声が大きな力のうねりとなってグランの体を包む。

 覚醒した四天刃が光り輝き、その有り余る力の鼓動を見せつける。

 

 「また、それですか、キラキラうっとうしい光ですねぇ。すぐに叩き潰してやりますよぉ!」

 

 ポンメルンが走り出した。グラン目掛けその手に持つ巨大な槍を振るう。

 

 「そうか・・・キラキラうっとうしいね・・・じゃあ見えなくしてやるよ。」

 

 グランが小さく笑う。彼に似つかわしくない、悪い笑みで。

 次の瞬間には、ポンメルンの槍は振り下ろされていた。グランからわずかに逸れた場所に・・・

 

 「む、どこに行きやがったですねぇ!」

 

 ポンメルンがまるで何も見えていないかのようにキョロキョロと顔を動かす。

 グランが放ったのはアビリティ“ブラインド”。暗闇を付与する魔力を相手の顔に当てることで視界を覆う、単純明快にして強力な技だ。

 

 「ミゼラブルミスト」

 

 グランの呟きに応え、黒い魔法陣がポンメルンの足元に現れる。そこから黒い霧が吹きだしポンメルンの体内に入り込んでく。

 

 「ぐっ、なんだか力が入らないですねぇ!何をした、ですねぇ!」

 

 「ブラインドで視界を奪い、ミゼラブルミストで弱体化。ま、強いヤツには王道の技かもね・・・やってることはエグイけど。」

 

 語るグランは笑顔だった・・・それはそれはとてもイイ笑顔。

 

「言っただろう・・・今日の僕は少しだけ悪い奴だって。弱った相手をじわじわ嬲るのは流石に趣味じゃないけど。相手に何もできなくさせて攻撃するくらいならいいだろ?」

 

 そう告げるグランはポンメルンを倒すためギリギリの間合いまで入る。ブンブン槍を振り回すポンメルンを尻目にグランは力を最大限まで高める。

 余計な思考を捨て、ただ技を高めるためだけに集中していくグラン。その手にある四天刃は、力の解放を今か今かと待ち望むように光を溢れさせる。

 

 「くらえ・・・“四天洛柱斬”!!」

 

 グランが一息に接近して手に持つ四天刃を振るう。四度振るわれた短剣は斬りつける箇所で光の柱を創り出し、ポンメルンを焼いた。強大な力を解放した四天刃は最後の一太刀で大きな光柱をあげ、ポンメルンの変身を解除させる程のダメージを与える。

 

 「ぐう、くそおおお!このガキどもが、ですねぇ!!黒騎士を私の手で始末するつもりでしたが仕方ありません。お前たち!数に物を言わせてヤツラをたたむのですねぇ!!」

 

 ポンメルンの言葉に帝国兵が殺到する。最後の最後まで往生際の悪いポンメルンに悪態をつきつつも絶望的な戦力差を前にグラン達は改めて戦闘態勢に入った。

 だが、この場にいた皆が忘れていた。ここが一体どこなのかを・・・

 

 「グラン殿、安心しろ。これ以上帝国に好き勝手させるのをアイツが許すはずがない・・・」

 

 グランの隣に並んだモニカが告げると同時に背後より剣を抜く音が響き、銃を構える音が聞こえる。そしてグラン達の下には足早に駆けてくる足音が。

 

 「申し訳ありませんでした。ここまで遅れてしまうとは・・・ご安心ください。あとは何としても我らがあなた方を守ります!」

 

 グランの隣で発せられたのは聞き覚えのない、力強く優しい声。

 隣に立っていたのは、ガロンゾで自信なくモニカの隣にいた、リーシャだった。その表情に不安も恐れも全く見せず、毅然とした姿で立つ姿はグランを見惚れさせる。

 

「聞け!碧の騎士が率いる騎空団よ!我らの理念はなんだ!!今この島に攻め込み、己が野望の為に暗躍をしようとしている者達がいる。諸君らはこれを許せるか?

否!浅ましくも我らに剣を向け、戦いを仕掛けてきた者達に教えてやろう・・・ここはどこか!我らは誰か!

私に続け!秩序の騎空団に牙剥いたその罪、骨の髄にまで思い知らせてやれ!」

 

 駆けつけたリーシャは檄を飛ばす。声高らかに、兵の士気をあげる力強い声を。それに呼応するは秩序を掲げる騎空士達。圧倒的な士気の下、モニカとリーシャを筆頭に帝国兵を完膚なきまでに蹂躙していく秩序の騎空団は、そのわずか数分後には勝利の凱歌を上げていた・・・

 

 




如何でしたでしょうか。

最近見直すと描写が足りないとか気付くことが多く何度も見返して添削している作者です。
チョロチョロと細かい部分で変えてたりします。

誤字脱字や気になる点矛盾点があれば作者に是非申して頂きたいです。

それでは、お楽しみ頂けたら幸いです。



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メインシナリオ 第11幕

会話が多くて今回あまり話が進みません。
今回もあとがきに作者の補足があります。正直解釈に困る難しい部分がありました。

それでは、お楽しみください。


リアルの都合でしばらくの間更新が遅れそうです。






空域 ファータ・グランデ アマルティア島周辺

 

 

 

 

 上空に待機していたエルステ帝国戦艦は現在、アマルティアを少し離れて待機していた。

 

 「それで・・・みすみすルリアを取り逃がし、せっかく与えた魔晶も全て破壊され、更には黒騎士を発見することもできなかったと・・・・?」

 

 司令室には険悪な空気が、漂うどころではなく充満していた。帝国宰相フリーシアは絶対零度の瞳で、何も成果を出せずに帰ってきた目の前の大尉を見やる。

 

 「えぇ、そのですね・・・宰相閣下。吾輩としましても、やはり大々的に正面切っての戦いはいささか被害も大きくなり目的達成も困難かと存じます。少数精鋭での潜入作戦に切り替えた方が・・・・」

 

 ポンメルンはおずおずとフリーシアに進言する。秩序の騎空団は規模が大きい。一筋縄でいくほど簡単な相手ではないことが先の戦いで身にしみていた。

 

 「ほう、それで・・・少数精鋭とは・・・一体誰を指して言っているのですか大尉?ガンダルヴァ中将なら今はいませんよ。もしあの魔晶を持たせた兵士というのであれば、潜入任務には向かないと思いますが?」

 

 ポンメルンの進言にフリーシアがありありと怒りを募らせる。失敗したと悟ったポンメルンだったが既に遅くフリーシアは怒りと共に口を開く。

 

 「この愚か者が!!あんなにも兵を動員しておいておめおめと帰ってきた愚か者が偉そうに潜入任務だと?その情けない実力でそんな作戦しか思いつかないから上手くいかないのではありませんか!」

 

 「ヒッ、申し訳ありません!!」

 

 思わず平謝りするポンメルンを冷たい瞳で見下ろすフリーシアは、冷静になってから告げる。

 

 「次は倍の兵を動員します。魔晶は同じ数しか用意できませんが貴方の裁量で使わせなさい。一騎空団を相手に、次もしも失敗してあっさりと帰ってくるようなら降格や除隊も覚悟しておくことです。よろしいですね?」

 

 ここでもう一度ポンメルンにチャンスが与えられたのは彼にとって幸運だったのか不運だったのか・・・どちらにせよ、彼にはもう選択肢が無かった。

 

 「承知しました。必ずや宰相閣下の為に、黒騎士を抹殺してきましょう。」

 

 その胸に宿るは覚悟か自暴自棄か。帝国軍人ポンメルン大尉にとって人生最大の戦いが幕を開けようとしていた・・・

 

 

 

 

アマルティア島

 

 

 帝国軍を退けたグラン達は、リーシャ、モニカと共に改めてセルグの元へと向かっていた。

 

 「本当に凄かったですね。リーシャさん。ガロンゾ島でお会いした時とは全然雰囲気違くて、自信にあふれてるというか、全てを見通しているっていうか・・・」

 

 ジータは救援に駆けつけた時のリーシャを思い出し熱い声で語る。

 

 「や、やめてください!!私はそんな大したことはしていません・・・ほとんど戦っていたのはあなた方なのですよ。私から見れば美味しいところだけ持っていったようでむしろ申し訳ないといいますか・・・迷惑もおかけしているわけですし・・・」

 

 リーシャはそんな賞賛の声にいたたまれなくなり縮こまる。

 

 「なんだか、素直に褒められてるのを受け取れない嬢ちゃんだなぁ・・・モニカの嬢ちゃん。リーシャはいつもこうなのか?」

 

 ビィがモニカに尋ねるとモニカは心底楽しむように笑う。

 

 「リーシャは褒められ慣れておらんのだ。いつも自信なさげにしてて、必死に全てに取り組んでいた。自分を卑下にし、自分に求めるものを常に大きくしていた。だからいつもやる気だけ空回りで上手くいかなかったんだが・・・それを昨晩セルグが変えてくれたのだ。あやつの言葉でな・・・あやつには感謝しても仕切れん。なぁ、リーシャよ?」

 

 「モ、モニカさん!?わざわざ他の騎空団の皆さんの前で私の失敗を話さないで下さいよぉ・・・それに、彼からは学べたこともありましたが素直に感謝なんかしません!私と年齢なんてほとんど変わらないと思うのに、小娘扱いするし・・・失礼にも程があります!!」

 

 モニカの言葉になぜか矛先がセルグに向かうリーシャだが、その表情は言葉とは裏腹に、怒りがあまり感じられない。

 

 「ふぅん・・・これはどうやら本当に面白くなりそうね。ねぇリーシャちゃん?お姉さんちょっと教えて欲しいことがあるんだけど・・・」

 

 ロゼッタが意味深な笑みを浮かべてリーシャへと尋ねる。その笑みに若干ロゼッタと距離を開けながらリーシャはロゼッタに顔を向ける。

 

 「モニカさんとセルグはどんな感じだった?結構仲が良さそうだったりする?」

 

 「・・・?そうですね、なんというか、何故か気が合う友といった感じでしょうか・・・この島についてからというものセルグさんは牢屋の警護の時もモニカはまだかーと、私がいるときには訴えるくらいにはモニカさんと仲が良さそうだと記憶しています・・・」

 

 ロゼッタの質問の意図が読めず包み隠さず答えるリーシャ。予想外な答えにモニカが頬を染める。

 

 「な、なんと・・・セルグはそんなに私を求めていたのか。さすがに少し照れるな・・・」

 

 まるで恋する少女のような反応を示すモニカに一行は口をぽかんと口を開ける。これまでモニカは頼れるお姉さんといった目で見ていた一向にとって余りにも乙女チックなモニカの姿は印象と正反対であった。

 

 「ふぅん・・・あの野郎。再会したら絶対殴ってやる。」

 

 「ちょ、ちょっとゼタさん、落ち着いてください!!」

 

 不穏な言葉を発するゼタをジータが窘めようとするが

 

 「へぇ・・・ジータは許せるのかしら?仲間である私たちが心配していたのをよそに女の子とイチャイチャしてたセルグを・・・」

 

 ゼタの言葉に考える素振りを見せるジータ。

 

 「・・・許せません!私は泣きそうなほど心配だったのに・・・モニカさんと楽しく過ごしていたなんて!!」

 

 ゼタの言葉にあっさりと裏切るジータ。だがそこにリーシャとモニカが口を挟む。

 

 「あの・・・別に私達、そんなに面白おかしくおしゃべりとかしてたわけではないのですが・・・」

 

 「勘違いしているようだが、我らはあくまで秩序の騎空団で、あやつは被疑者だからな・・・・確かに話しやすくて仲良くはなったがお主らがいうような関係ではないぞ。」

 

 「モニカさん・・・さっきあんな顔しておいてそれは少し説得力がないのではありませんか?」

 

 ヴィーラが先程のモニカの様子に苦言を呈するが、モニカはもうどこ吹く風でなんてことはないように告げる。

 

 「さすがに私も個人的な感情が芽生えるほどは仲良くなったつもりはない。先程のはお主らをからかっただけだ。いい演技だっただろう?」

 

 ニヤリと笑うモニカに初めて遊ばれたことに気づいたゼタとジータ。

 

 「フフフ、私をちっこい船長などと呼んだ罰だ。どうだ、これが大人の余裕というやつだ、思い知ったか小娘。」

 

 ゼタを小馬鹿にしたようなモニカの態度に怒りが噴出しそうなゼタをたしなめるのはグラン。どうにも最近貧乏くじを引かされている気がしないでもなかった。

 

 「モニカさん・・・大人気ないですよ・・・」

 

 「仕方なかろう。成長したリーシャがどうにも素っ気無いからな・・・このくらいは良いではないか。」

 

 モニカがリーシャに責任転嫁する。

 

 「べ、別に素っ気無くはしてないじゃないですか!?」

 

 モニカの言い様に文句を言わずにはいられないリーシャ。

そんなこんなで無駄に和気藹々としながらもグラン達はやっと皆で、セルグの元へとたどり着くのであった。

 

 

 

 

 セルグは牢屋で一人、喧騒の消えたアマルティアにひとまずの平穏が訪れたことを悟る。

 

 「さぁて・・・オレは一体どうなるんだろうな・・・組織が刺客を寄越した時点でオレの証言の信憑性も高くなるだろうし・・・いっその事全てをアイツ等には教えとくか。このままこうして牢屋に入れられたままじゃどうにもならないからな。できればグラン達と旅を続けたいとは思うが・・・」

 

 自分の処分がどうなるのか・・・考え始めたらキリがなくとも、それしかやることもなくああでもないこうでもないと思考のループにハマる。

 

 “(考えるのは後だな・・・お迎えが来てくれたようだぞ)”

 

 ヴェリウスの言葉と同時にセルグの耳に複数人の足音が聞こえてくる。その意味を察してセルグは笑みを浮かべる。会えなかった時間は短いのにも関わらず、色々とあって久しぶりに再会する気がしてならなかった。

 

 「フ、随分と大所帯で来るじゃないか・・・グラン。」

 

 「そうかな?宣言通りだと思うけど。ちゃんとみんなで来ただろ。」

 

 「そうだな・・・またお前たちの勝ちだ・・・」

 

 「今度はセルグの負けってわけでもないんじゃない?」

 

 「・・・それもそうだな。」

 

 微妙な笑顔を浮かべながらテンポよく会話をする二人に皆が首をかしげる。

 

 「何やら二人だけの約束があったようだが、とにかく・・・無事で良かった、セルグ。」

 

 カタリナが置いていかれてる仲間を代表して口を開く。その瞳にあるのは安心にほかならない。

 

 「そうだな、一先ずは無事だ。この先がどうなるかは不安だがな・・・まぁ心配をかけて済まなかった。」

 

 「セルグさん・・・ご無事で良かったです。ゼタさんから組織の刺客の可能性もあるって聞かされて・・・本当に心配でした。」

 

 ジータが安堵の表情でセルグに言葉を投げる。ジータのそんな姿にセルグも優しく言葉を返す。

 

 「そっか・・心配かけたな。このとおり元気だ。安心してくれ。」

 

 危うく涙を流しかけるジータ。そんなジータを押しのけ、リーシャが前に出る。

 

 「すいません。積もる話もあるでしょうが、セルグさん、出てもらいます。」

 

 「どういうことだ?処分が決まった・・・ってわけでもなさそうだが?」

 

 セルグも含め騎空団一行は、リーシャの言葉の意図が読めないでいた。そんな一行をみてモニカが口を開く。

 

 「黒騎士を狙って、帝国が襲ってきた。同様にセルグにもまだ襲撃の可能性がある。どちらも被疑者としては一級の重要人物だからな、一箇所にまとまってもらおうというわけだ。黒騎士は下手をすると逃げそうなので、お主に移動してもらう。」

 

 モニカが詳しく説明すると皆が納得する。セルグはまだ疑問が有るようで考える素振りからまた質問を投げかけた。

 

 「まぁ別に構わないが、それよりもオレの処分についてはどうなるんだ?組織からの刺客が来ただけでオレの証言はもう疑いようがないだろう?流石に無罪放免とはいかないだろうが情状酌量の余地が有ると思うんだが・・・」

 

 セルグは思い切って聞いてみる。できればグラン達とまた旅をしたい。その思いに偽りはなく、なんとか自由になりたいと願っていた。

 

 「ふむ・・・私個人としてもお主は信頼に値する人物だしな、刺客の襲撃があったことも考えれば、いくらでもそれは有り得るとは思うのだが・・・お役所仕事ってやつは、手続きだなんだと非常に面倒で時間がかかるのだ。もうしばらくは不自由な想いをさせると思う。我慢して欲しい。」

 

 モニカが申し訳なさそうに言う。そんなモニカの姿に急かすこともできないセルグはそのまま押し黙る。

 

 「モニカさん、急ぎましょう。また帝国が攻めてこないとも限りません。」

 

 リーシャが皆を促す。そのリーシャの姿に帝国は撤退しただけで黒騎士抹殺を諦めたわけではないのだと、一同は理解する。

 牢屋を開けられたセルグは、少しだけ心を躍らせていた。拘束されているとはいえ、狭い牢屋からある程度自由に動ける世界へと出られたからだ。

 

 「やっぱり狭くて暗いってのは気持ちが落ちるもんだ。外に出られることがこんなに嬉しいとはな・・・」

 

 「別に自由にしたわけじゃないからな。勘違いするなよ。」

 

 モニカがそのまま走り出しそうなセルグに忠告する。

 

 「わかってるさ・・・少なくとも迷惑をかける気はないよ。」

 

 セルグも重々承知だとおとなしくしていた。本当はヴェリウスと融合して空でも満喫したいなどと思っていたりもしたがそれは内緒だ。

 

 「それでは行きましょう。まずはザカ大公と合流して、それから黒騎士の下へと向かいます。事情聴取はそこで皆さんと行います。セルグさんは、黒騎士と同じ拘留所に放り込みますが、よろしいですね?」

 

 「放り込むとは随分な言い方だな・・・モニカ、オレ何かしたか?」

 

 セルグへの雑な扱いになにやら不穏な気配を感じ、セルグがモニカに尋ねる。

 

 「さほど年齢も変わらぬお主に、昨日小娘扱いされたのが気に食わないようだぞ。まぁつまりお主のせいなのだが・・・」

 

 「年齢ではなく、考えなしに戦っていた事に対するものなんだがな・・・モニカ、何とか宥めておいてくれないか?」

 

 「断る、自分でやれ、お主のせいだ。」

 

 セルグは何とかしておいてくれとモニカに丸投げするが、にべも無く断るモニカにセルグも困った顔をする。

 

 「ううむ・・・リーシャその、だな、今日は随分と大活躍だったそうじゃないか。迅速な判断で団員を上手く使ったと聞いたぞ。」

 

 おずおずとリーシャの機嫌を直そうと奮闘するセルグ。仲間たちはそんなセルグの初めて見せる姿に驚きの顔を浮かべるが、そのセルグを前に、成長したリーシャは大きく立ちはだかる。

 

 「嘘ですね、たった今私達が来たばかりで他に情報源なんてあるわけがない。誰かから聞き及んでいることはありえない。いいからさっさと歩いてください。」

 

 あっさりと嘘を看破され、更にうろたえるセルグ。余りにもでまかせが過ぎたかと、どうにか機嫌を直す為の突破口を真剣に考えていたセルグにリーシャはため息をつく。

 

 「はぁ・・・別に怒ってなどいないです。確かに小娘扱いにはムッとしましたが・・・昨日の貴方の言葉には、私にとって大きな価値があった。ただ・・それが余りにも効果があって素直に嬉しくなれないだけです。感謝は、していますよ・・・貴方のおかげで私は多くの事が見れるようになった。ありがとうございました。」

 

 素直に礼を述べたリーシャに、呆けた顔をするセルグ。

 

 「なんですか、その顔は?私がお礼を言っちゃいけないのですか。全く、本当に失礼な人ですね貴方は・・・」

 

 「いや、今度は随分素直になるもんだからついな・・・そうか、オレの言葉で何かを掴めたと言うならオレとしても嬉しい限りだ。良かったよ。」

 

 そう告げるセルグを一瞥してリーシャはまた前を向く。

 

 「さぁ無駄話はここまでにして移動しますよ。皆さん付いてきてください。」

 

 そう言ってリーシャは歩き出す。その表情がわずかに綻んでいたのはだれにも気づかれることは無かった。

 

 

 

 

 

 怪我をした団員の治療が行われていた警備部隊の屯所に一行がたどり着く。周辺は先の戦闘でひどく荒れていたが、街にある建物への損害は思いの外軽微であった。

 秩序の騎空団が戦後の処理をしている光景を眺めながら、先の戦闘で多少なりとも怪我をしていたザカ大公も治療を受けていた。

 

 「流石に魔晶を使った兵士は手ごわかったのう・・・お主らももし会うことがあったら気を付けよ。普通に戦えば10対1でも簡単ではないぞ。」

 

 治療してくれてる団員に注意を促すザカ大公。団員は笑いながらそれに答える。

 

 「ハハ・・・大公殿、ご心配は有り難いですが我らはあんなのと敵対したら逃げますよ。それはもう、勝ち目がでてくるまで何が何でも。こちらに船団長か船団長補佐でもいない限りまともに相対する気はありませんって!」

 

 「それが賢明じゃの・・・利口な考えだ。」

 

 ザカは治療している団員に感心する。己の命を大事にする答えは素直に好感が持てた。

 そこにグラン達を引き連れリーシャが戻ってくる。

 

 「ザカ大公、戻りました。急ぎで申し訳ありませんが、すぐに黒騎士との面談に向かいたいのですがよろしいでしょうか?」

 

 「おお、戻ったか。わしは構わんぞ。治療も受けさせてもらった・・・また奴らがきても戦えるようにはなったぞ。」

 

 ザカは力瘤を作り、朗らかに笑う。そんな大公に本心では大人しくしてほしいと思うリーシャも表には出さず対応する。

 

 「その時はまた、力を借りるやもしれません・・・それでは向かいましょう、こちらへ。」

 

 着いて早々すぐに歩き出すリーシャにわずかな焦りを感じたザカだったが、何も聞くことも無く今度は付いてきた騎空団一行を見る。一人だけ手枷で拘束されているセルグを見つけ、ザカは目を細めた。

 

 「お主がセルグとやらか・・・随分と物々しい手枷を付けられておるな。」

 

 セルグへと声を掛ける。セルグは急に話しかけてきたザカに警戒の目を見せた。

 

 「グラン、この人は?」

 

 「バルツ公国のザカ大公。僕らと同じで黒騎士の件でここに呼ばれたみたい。」

 

 「へー、黒騎士は一体何をしたんだ・・・・大公さんまで出てくるなんて。」

 

 普段通りに会話をしようとするセルグにザカは厳しい目を向ける。

 

 「無理に雰囲気を作るな。儂にはわかる・・・一体何人殺めた?お主の目は隠すことなく物語っておるぞ。」

 

 ザカが告げた言葉にセルグの雰囲気が変わる。鋭くザカを睨み付け口を開いた。

 

 「年長者は本来敬うタイプなんだがな・・・何が言いたい?目を見ただけでオレの何がわかる?大公様は随分と便利な能力をお持ちなようだな。」

 

 セルグは大公の問いかけに鋭い視線を向けて答える。ザカが見抜いた部分はセルグの心の琴線に触れたようだ。

 

 「ちょっと!ししょーどうしたの!?なんでセルグにいきなりそんな事・・・」

 

 イオがただならぬ雰囲気を感じ取りザカとセルグの間に入る。心配そうなその表情は仲間達にも伝搬した。

 

 「どうしたのですか、ザカ大公・・・彼は大切な仲間です。何度も私達を助けてくれて、気にかけてくれて。イオやルリアのような子供達の事を大切に想ってくれる優しい人です。」

 

 ジータがザカに問いかける。セルグの事を知っている仲間達からすればザカのこの態度は理解できなかった。

 

 「こやつは目的の為なら、躊躇せず人を殺めることができるだろう。こやつの瞳に宿る意思は強い。強すぎると言ってもいい。お主らの言うことが確かなら、この者は大切なお主らを守るためなら人を殺めることをなんら厭わない。」

 

 セルグはザカの言葉に心底驚いた表情を見せた。

 

 「驚いたな・・・どこまでお見通しなんだ?確かに大公殿の言うことは当たりだ。オレは目的の為なら人を殺めることを厭わない。」

 

 今度はセルグの言葉に仲間が驚愕する。グランがすぐに声を上げた。

 

 「セルグ、本当なのか!?」

 

 「落ち着けグラン。少なくとも殺したくて殺すわけじゃない。これまでお前たちとは住む世界が違ったんだ。

 あの事件以降、オレには幾度となく組織から暗殺部隊が来た。その数は18人。オレの情報を持ち帰られるわけにもいかずやむなく殺した。確かに簡単に人を殺めてはいるが、やるかやられるかの世界で殺さずになんて甘いことは言ってられないんだよ。」

 

 セルグの告白に仲間たちは複雑な顔を見せる。確かに事情が事情なら仕方ないことかもしれない。だがそう割り切れる仲間はこの中に多くは無かった。

 しかし、ザカが告げるのはまた別の事実だった。

 

「儂が言いたいのは軽々しく人を殺めていることに対してではない。お主はそれほどまでに殺めておって何故、“正常”でいられる?」

 

 予想外の問いかけに空気が固まった。セルグも含めて全員がザカに視線を向ける。皆、何を言いたいのかわからないという表情であった。

 

「そこまで命の駆け引きをして人を殺めようものなら、血を浴びてきただろう。怨嗟の声を聞いたであろう。普通であれば人を殺めたか否かはそのものに大きな変化を及ぼす。だがお主の意思の強さはどこまでも変わっていないはずだ。断言しても良い。きっとお主という人格は殺人という境目で全く変わっておらぬじゃろう・・・お主は人を殺めているのに全くそれに“穢れておらぬ”のだ。そんなこと、ヒトとしてあり得ぬ事よ。」

 

 セルグの表情が固まる。告げられた事実はセルグの異常性。多くの人を殺めているセルグが余りにも普通にグラン達と共に旅をしている。余りにも殺人という事実を感じさせずに溶け込んでいた事への異常性をザカが指摘する。

 

 「それっておかしい事なんですか?軍人だって戦いとなれば時に人を殺めることだってありますし・・・」

 

 いつまでも話していたザカ大公とセルグを気にして引き返してきたリーシャが問いかけた。

 

 「リーシャ、それは違う。確かに軍務、任務で軍人が人を殺める時はあるだろう。だがそれらはあくまで命令や任務で動いているのだ。それが必要だとされているからだ。最たる例は戦争だな。あの場に於いてはより多く倒したものこそ讃えられる。それらとセルグのは別の事だよ。セルグのは個人の為。ひいては自分の為に行われた殺人だ。被害者の無念、加害者への恨みというのは計り知れない。軍務で行われた殺人ですら戦場の英雄と呼ばれる者の中には殺人に狂うものもいる。人を殺めた人として、セルグは余りにも普通すぎるのだ・・・」

 

 リーシャの言葉にはモニカが答える。その顔には僅かにセルグに対する恐れが見えた。

 

 「ふむ、それで。だからどうしろと?オレは異常だからこいつらと一緒にいるんじゃないとでも言うのか?」

 

 セルグは表情を戻しザカに問いかける。問われたザカも警戒心はあるようだが決して邪険にするようでも無かった。

 

 「別にそうは言っておらん。じゃがお主は己の異常に気付いた方が良い。その穢れない意思は、仲間との亀裂を生む可能性を秘めておる。全てが全てお主と同じ存在だと思うでないぞ。むしろお主が異端なのだ・・・努々、その異常を忘れるな。」

 

 ザカはただ心配していた。セルグという存在の異常性。そしてセルグを完璧に受け入れてしまっているグラン達との関係性を。

 

 「忠告、感謝しよう。少なくとも自覚はなかった・・・大公殿の言葉が無ければ気づかなかったことだ。」

 

 セルグは最後に感謝を示すと視線を伏せた。突如告げられた己の異常性に思うところがあるのか、仲間達も声を掛ける事はせず見守るだけにとどまる。

 

 「そ、それでは、黒騎士の下へ向かいますよ。皆さん、行きましょう。」

 

 リーシャが話は終わったと、皆を促す。セルグと再会した先ほどまでとは打って変わって、仲間たちは足取り重くリーシャに付いていく。重苦しい雰囲気に包まれる一行にセルグは明るい声を出す。

 

 「そんな空気になるなよ。オレの異常がわかったところで、何かが変わるわけでもない・・・一緒に居るのが嫌だと言うならオレは抜けるが、お前たちはきっとそんなことは言わないだろう?」

 

 顔を上げセルグは確かめるように皆に問いかける。

 

 「もちろん!僕らは気にしないよ。」

 

 「はい、何も問題ありません!」

 

 「そんな事・・・考えられません!!」

 

 グランとジータ、ルリアがすぐさま答える。

 

 「お前さんの優しさは知ってるしな・・・ルリアを怒った時のお前は、確かにルリアの事を想って感情を顕わにしてた。優しさから怒れるヤツに悪い奴はいねえさ。」

 

 「子供連中を心配するお前の姿を何度も見てきたからな。戦闘中ですらお前は常に仲間を気に掛けてる。そんなお前を疑うやつはここに居ねえよ。」

 

 オイゲンとラカムは言葉と共にそれに同意を示す。

 

 「それなら、暗い空気になるのは間違いだろう。さぁ、いつも通り笑っていこうぜ。」

 

 そう言って笑顔を見せて歩き出すセルグ。皆もつられて笑顔に戻り、談笑をしながら歩き出す。

 一行の間には、笑い声が絶えることなく続いていた・・・すぐに笑顔を消したセルグとそれを見つめる一人以外には。

 

 

 

 

 

 

 帝国戦艦の甲板に一人の男が立っていた。彼の名はポンメルン。その視線は眼下のアマルティア島へと注がれ、瞳には決意と覚悟が見えた。

 

 「必ず・・必ずや任務を達成するのですねぇ・・・」

 

 命令を下されたポンメルンは必死で思考を巡らした。しかし、人海戦術は大きな兵力差があって初めて効果を発揮する。現状、動員できる兵士と秩序の騎空団の規模を考えると、正面からぶつかって取れる有効な戦術は思いつかなかった。 

 

 「狙うは黒騎士の首のみ・・・もはや手段も何もない。ひたすらに目的だけを目指し動くだけ。」

 

 だから彼が選択したのは戦術ではなく覚悟。背水の陣をもって目的達成だけを狙う戦術だった。

 

 「戦力の逐次投入は下策。全部隊一斉降下!!第一段階は黒騎士の捜索。最速で奴をみつけるのです!!第二段階は伝令。発見したら奴に手を出さず伝令を優先しなさい。狼煙も上げるのです。全ての兵士が居場所を把握するように情報を飛ばせ!そして最終段階は当然、黒騎士の抹殺です。何としてもあの者を抹殺し作戦を成功させるのですねぇええ!!」

 

 「サー!イェッサー!!」

 

 ポンメルンの命令に応え、夥しい数の帝国兵士がアマルティアへと降下する。戦艦に残るのはポンメルンと選定された5人の魔晶を持つ部下。情報が入り次第最速で向かうために艇にとどまっているのだ。

 

 「黒騎士・・・かならずこの手で殺してあげますネェ・・・」

 

 

 もはや笑みなど見る余裕の無いポンメルンには油断も慢心もなかった・・・魔晶の力をもってすら負け続けた彼は今、どこまでも隙を見せない覚悟で戦場を見下ろす。

 

 

 覚悟を決めた軍人によって動き出した帝国はアマルティアを激動させる。

 

 




如何でしたでしょうか。

解釈の難しい部分というのはザカ大公の話のとこです。

シナリオ中で襲い来る帝国兵に対して騎空団一行は退けているのか、討伐しているのか。
っというところになります。

この作品の中では、今回作者はグラン君たちが皆命を奪うことなく帝国兵を撃退していると捉えております。(とても優しい世界です)

ゲーム中ではそういった部分は詳しく描かれないので自己解釈に因る部分であり、優しい世界にするか、現実的な世界にするか、悩みました。
決め手はイオちゃんがガンガン帝国兵殺していくとか考えたくないという理由で優しい世界としました。

もしノベルやアニメで作者の解釈を覆す設定があってもこの作品ではこの設定で行くことをご理解いただきたいと思います。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第12幕

古戦場中の投稿!
やっとこさと言った感じで投稿しております。
どうにも執筆時間の確保が最近難しくなってきており更新が遅くなってきそうですね。
頭の中で構想という名の妄想だけが膨らんでいく作者です。

それでは、お楽しみ下さい。


空域 ファータ・グランデ アマルティア島

 

 

 薄暗い牢屋の中で彼女は騒がしさの消えたアマルティア島で起きていることを推測していた。

 

「・・・恐らくはあの女が私を見逃すはずがない。秩序の騎空団に攻め込むなど帝国軍だけだろう。」

 

 囚われの身になろうとも、彼女の眼光は衰えることなく薄暗い牢屋の中で爛々と輝く。諦めなどどこにも見当たらない。今にも手にかかる戒めを破壊し、暴れだしそうだ・・・そんな印象を抱かせるのは、彼女が全空域において最強の名を欲しいままにする“七曜の騎士”が一人、黒騎士だからであろう。

 

 「騒ぎに乗じれば、いくらでもチャンスはあるはずだ。諦めんぞ・・・必ずや脱出し、オルキスを・・・」

 

 呟かれた言葉は誰に聞かれることもなく静かに消える。彼女は己が目的の為に粛々とそのチャンスを待ち続けていた・・・

 

 

 

 リーシャの案内でグラン達は黒騎士が捕らえられてる牢屋へ向かい歩いていた。

 

 「ふぅん、それじゃ今までにも度々黒騎士とは争ってきたってわけか・・・」

 

 グランから今回の軽い経緯を聞いていたセルグが、納得したように声を出す。

 

 「そうだね、バルツで会ってからアウギュステにルーマシーと。目的はわからないけど大星晶獣をけしかけてきて・・・、まぁおかげで空図の欠片が集まったりと得るものも多かったりするわけだけど。」

 

 グランは少しだけ複雑な顔をする。ともすれば黒騎士はグラン達の旅の手助けをしているとも言えなくはなかった。窮地に追い込まれることもままあったが、それでもこうして無事に旅を続けており、イスタルシアへの手がかりを着々と集めつつあったグラン達から見ると、黒騎士の存在は決して悪いことばかりに繋がっているわけではなかった。

 

 「実は私もそこら辺のくだりを知らなかったけど・・・団長さんたち随分と出だしから波乱万丈な旅をしてきたのね・・・」

 

 ゼタもこれまでの経緯を聞いて驚き混じりに声を上げる。

 

 「アルビオンでも帝国とはひと悶着ありましたし・・・私も一枚かんでいるのであまり思い出したくはないですが、団長さんたちと帝国の、ひいては黒騎士との因縁というのは既に浅からぬようですね。」

 

 ヴィーラは過去の出来事を思い出し顔を歪めながらも、知らなかった経緯を聞いて感想を述べる。

 

 「その黒騎士さんが、エルステ帝国からの要請で秩序の騎空団に捕縛・・・やっぱり、帝国でなにか大きな動きがあったと見るのが普通でしょうね。」

 

 ロゼッタが帝国の現状に見解を見せる。ガロンゾでグラン達の前に現れたフリーシア宰相の存在と、隣にいた黒騎士のそばにいつも寄り添うようにいたはずのオルキスと呼ばれた少女。ロゼッタが言うように、エルステ帝国内部で大きな動きがあったのは確かだろう。

 ロゼッタの言葉にグラン達は思案顔になる。

 

 「おいおい、ここで帝国内部に何が起きてるか考えてても仕方ないだろう。どうせ今から本人に会いに行くんだ?考えてないで黒騎士の下へ行けば万事解決だ。」

 

 「そうですね、私たちはそのために来たわけですし・・・リーシャさん少し急ぎましょう。また帝国が来ることも考えられます。」

 

 セルグの言葉にジータが同意を示して先を促す。

 

 「そうだな!また帝国に襲われちゃたまんねぇ!はやくいこうぜ!!」

 

 ビィも同意してブンブン飛んで行く。そんなビィを微笑ましく一行は眺めながら急いで黒騎士の元へと向かおうとした、そのとき

 

 

 アマルティアに号砲が轟いた

 

 

 「なんだ!?」

 

 声を上げたのは誰か・・・少なくともセルグとモニカはすぐさま反応をしていた。

 一行が音の出処を見るとそこには・・・

 

 「帝国戦艦・・・それも2隻だと・・・」

 

 カタリナが小さく呟く。彼らの見上げた空にはエルステ帝国軍最新の戦艦が2隻浮かんでおり、次々と兵士たちが降りてくるのが見えた。

 

 「バカな!?今日撤退に追いやったのだぞ!!いくらなんでも部隊の再編が早すぎる!?」

 

 モニカの切迫した声が上がる。余りにも想定外な速さで襲来してきたエルステ帝国に驚きを禁じ得ないようだった。

 

 「あわわ・・・どうしましょう!?一体どうすれば・・・」

 

 「落ち着けルリア。慌てても何も好転はしない。リーシャ殿。セルグを連れてる今、優先すべきは黒騎士を我々で確保して、セルグも含め守りきることが第一目標だと思うのだが?」

 

 「そうじゃな、カタリナ殿の言うとおりじゃ。今ここですべきはまず黒騎士の安全を確保せねばならん。奴らの狙いが黒騎士の抹殺なら、そこにいるセルグよりも彼女の方が危険じゃろうて・・・」

 

 「そう・・・ですね。幸いまだ帝国兵は遠い。すぐに向かいます!申し訳ありませんが全速で走りますよ!!」

 

 リーシャはすぐに決断し走り出す。切迫した状況に皆は遅れることなく付いて行き、黒騎士が捕らえられている牢屋へと走り出す。

 

 

 

 「走れ走れ!!固まらないで散るんだ!なんとしても早急に黒騎士を見つけ出せ!!」

 

 指揮官の号令が響き降り立つ帝国兵は一斉に散開して走り出す。およそ戦闘に入ることを考えていないその動きはすぐに秩序の騎空団に知れ渡るも、その拡散の早さは指揮官のいない秩序の騎空団を後手に回らせる。

 

 「まるで戦闘の意思がない・・・隊列も小隊での動きもなし、一体何を・・・考えてもわからないか・・・焦るな!施設の防衛を第一に!!まずは侵入してくる帝国兵を迎撃しろ!!」

 

 秩序の騎空団はまとまりながら各施設を防衛するために動いていく。だがすぐに違和感に気付くことになった。

 帝国兵達は隊舎や警備隊屯所などの施設は全て見向きもせずに走っていく。

 

 「攻めこんで・・・こない?一体どういう・・・・しまった!?すぐにリーシャ船団長の元へ救援部隊を送れ!!奴らは最初から最後まで黒騎士抹殺のために動いている!!」

 

 気づけたところで兵力の差は圧倒的。もし黒騎士の居場所が知られてしまえばリーシャ達の下には侵入してきた帝国兵全てが集結することが予想された。

 

 「我々も動くぞ!!すぐに部隊を編成!警備隊も含めて奴らの意識をこちらに割かせるように戦闘を仕掛ける。急げ!!」

 

 例えリーシャやモニカがいなくても秩序の騎空団はしっかりと動けていた。だが彼らは知らない。降下してきた部隊数は、簡単に減らせるような数ではないということを・・・

 

 

 

 「エルステ帝国・・・我々に正面切って戦いを挑むどころか、アマルティアに我が物顔で侵入してくるとは!!絶対に好き勝手させんぞ。」

 

 モニカは怒りを顕にしていた。あっさりとアマルティアへと侵入してくる傍若無人ともいえる振る舞いに怒り心頭といったようであった。歴戦の戦士であるモニカの怒りは、改めてそれを感じさせるように覇気を放つ。

 

 「うへぇ・・あの嬢ちゃん小っちぇ割りに、怒るとめちゃくちゃおっかねえんだな・・・」

 

 そんなモニカの様子にビィは思わず慄く。モニカはお世辞にも体が大きいとは言えない。だがそれでも放たれる覇気は、言葉を発したビィだけでなく、グラン達も圧倒する。

 

 「モニカさんは、人は見掛けに拠らないという言葉を体現するいい例です。あの体躯でありながらモニカさんはこの第四騎空艇団最強の実力者で、昨晩の戦闘においてもその強さは圧倒的で、セルグさんを狙ってきた襲撃者を軽く叩きのめしたんですから!」

 

 リーシャがモニカのことを誇らしげに話す。尊敬する元上司にして、今尚その頂きが見えてこないモニカの強さは彼女にとっても誇らしい部分であった。

 

 「ほう、リーシャ・・・つまり私は小さくて幼く見えるということか?昨晩からどうも良い口を利くようになったではないか。フフフ、次の修練を楽しみにしておれよ・・・」

 

 凄みを効かせてリーシャに言葉をかけるモニカの様子にグラン達は可哀想なものを見るようにリーシャを見つめる。

 

 「そ、そんな!?別に私はモニカさんを馬鹿にしたわけでは!!」

 

 「いいのだ、私自身この体で年齢よりも幼く見られているのは知っている。よもやそれを一番の部下であったお主にまで見られているとは、夢にも思わなんだが・・・・セルグよ、今度私の休日に酒でも酌み交わしてくれないか?リーシャには内緒でな。」

 

 「この緊急事態に何をアホな会話してるんだお前たちは・・・」

 

 「失礼な、私は本気だぞ!」

 

 「・・・大人しくこの騒動が収まったなら考えておく。」

 

 「本当か!?約束だぞ!!フフフ、久しぶりに楽しみな休日を取れそうだ。よし、急ぐとしよう!!

 

 「はぁ・・・余所者の俺達より緊張感が無いって大丈夫なのかおたくら?」

 

 一連の流れを聞いていたラカムがあまりの緊張感のなさに呟く。

 

 「全部セルグのせいじゃない?あいつがあの二人を誑かしてるのがわるい・・・」

 

 「ゼタ、言っておくがオレにそんな気は更々ないからな。お前たちとは旅を続けたいと考えてるし・・・オレには果たすべき約束がある。この騎空団から離れる気は毛頭ないよ。」

 

 ゼタが皮肉交じりに呟いた声にセルグがすぐに反応を返した。小さくつぶやかれた約束という言葉に、ゼタは少しだけ気恥ずかしくなった。

 

 「ふ、ふん!だったら早くその手枷外してもらえるように大人しくしておきなさい。また無茶して余計な罪を被ってたら、戻ってくるのだって一苦労でしょ?」

 

 恥ずかしさをごまかすように、ゼタは言葉を返す。セルグはそんなゼタの姿に僅かながらに笑みを浮かべた。

 

 「そうだな・・・気をつけるさ。」

 

会話をしながらも走り続けていた一行は、黒騎士がいる牢屋の目の前にたどり着くところだった。

 

 

 

 

 「ほう・・・貴様等、揃いも揃って何の用だ?帝国が攻めて来ているのだろう?私なんかに構っている余裕はないと思うが・・・」

 

 牢屋の前へとたどり着いた一向に向けられたのはいきなりの苦言であった。

 手枷をつけられ、腕部のみ鎧が残っているアンバランスな服装で黒騎士は意向を出迎える。その眼光は鋭く一行を睨みつけていた。

 

 「アポロ・・・・」

 

 敵意むき出しでいる黒騎士に、前に出たオイゲンが口を開く。

 

 「気安く私の名を呼ぶな!!貴様にその資格が有ると思っているのか!?」

 

 しかし、オイゲンの言葉に黒騎士はさらに敵意剥き出しにして怒りの声を出す。

 思わず黒騎士の言葉に罰が悪そうに顔を背けるオイゲン。そんなふたりの様子にリーシャが割って入った。

 

 「これは・・・一体何かあったのですか?」

 

 「ん?ああ・・・俺達も理由は教えられていないんだが、どうもオイゲンと黒騎士には何か因縁があるらしくてな・・・」

 

 ラカムがリーシャの言葉に答えるも、リーシャの疑問感は拭えない。

 

 「何か過去にあったのかもしれませんが、親子だというのにこの態度はなんで・・・」

 

 「お、親子!?」

 

 リーシャの言葉にグラン達は驚きの声を重ねる。

 

 「え?ご存知ではなかったのですか。黒騎士、本名はアポロニア・ヴァールで、オイゲン・ヴァールの実の娘ですが・・・」

 

 リーシャによって明かされた事実にさらにオイゲンは顔を歪める。

 

 「そ、それじゃ!あたし達はオイゲンの子供と争っていたっていうの!?」

 

 「へぇ、抱えていたものが明かされてスッキリしたんじゃないかしら?ねぇ、オイゲン?」

 

 「オイゲンさん・・・どうして今まで教えてくれなかったのですか?」

 

 イオ、ロゼッタ、ジータと順番にオイゲンにむけて問いかける。だが仲間たちの言葉はさらにオイゲンの顔を背けさせる。

 

 「そりゃ、おめぇ・・・言える訳ねえじゃねえか・・・こんなこと。」

 

 「ふん、所詮その男はそういう男なのだ。いざとなればどんなものも裏切る・・・私の母を裏切ったようにな!!」

 

 辛そうな顔をするオイゲンを責めるようにアポロは語気を強める。

 

 「まて!?それはちが」

 

 「ひとまず目的を優先しないか?帝国兵がここを嗅ぎつけるのも時間の問題だろ?オイゲンと黒騎士の間にどんな事情があるか知らないけど、遅れた反抗期な騎士さまのお気持ちに合わせる余裕なんて現状ではないだろ?」

 

 「なんだと・・・?」

 

 オイゲンの弁解の声を遮りセルグは皆に告げる。そんなセルグの言葉に殺気すら放つアポロ。その殺気にルリアとイオが震えた。だがセルグは視線すらアポロへと向けずにいた。

 

 「どこの誰か知らんがふざけた口を聞いてくれるな。何も知らないお前に何が」

 

 「だから何も知らないんだから、そっちの事情なんて気にしてられないんだよ。リーシャ、モニカ。早くしよう。既に足音が近づいてきてる。グラン、ゼタ、ヴィーラ。来たところを奇襲だ。援軍を呼ばれては困る。決して逃がすな。」

 

 「う、うん!わかった、任せてくれ!」

 

 セルグの言葉にすぐさま動くグラン達。牢屋へと侵入してきた帝国兵を有無を言わさず気絶させていく。あっさりと帝国兵を無力化した3人に思わずセルグは唸った。

 

 「なんだか・・・少し強くなったか?動きが良くなってるような・・・」

 

 「全部セルグのせいだね。セルグがいないから強くならざるを得なかったんだ・・・」

 

 グランはここぞとばかりにセルグに皮肉を放つ。唐突に投げられた言葉に呆気にとられるも

 

 「そいつは上々・・・もうオレはいなくてもよかったりするか?」

 

 「冗談はやめてくれ、セルグがいなくちゃ誰が回りくどい気遣いをしてくれるのさ?ジータがそろそろ次の問題はまだかってソワソワしそうだよ。」

 

 「グラン!?私はそんなこと」

 

 「お前ら・・・たくましくなったというか・・・随分言うようになったな。」

 

 セルグが安心したような笑みを見せた。

 小さく言い合う3人をよそに牢屋からアポロを連れ出したモニカ達が口を開く。

 

 「さて、なんとしてもこのまま第四騎空艇団の本部まで二人を護衛して行こうと思う。すまないがグラン殿、ジータ殿、それにザカ大公。お力添えをお願いしたい。」

 

 「前衛は道案内も兼ねて私とモニカさんが努めます。ザカ大公には我々の援護をお願いします。騎空団の皆さんはルリアさんとセルグさん、それから黒騎士の護衛に徹していただけますか?」

 

 「任された、援護に徹しよう。場合によっては前に出ることもできるでな。」

 

 「わかりました。こっちは護衛を優先します。前衛が欲しければゼタとヴィーラにお願いしてください。」

 

 「突破力なら任せて。」

 

 「露払いならいつでも。」

 

 「オイゲンさんとラカムさんは左右に展開してください。近寄る敵の迎撃を。ロゼッタさんと私で後方を守ります。カタリナとイオちゃんは最後の守りね。みんなの傍にいて守ってあげて。」

 

 「了~解。おやっさん、今はこっちに集中だ。」

 

 「おう、切り替えはしっかりするさ・・・」

 

 リーシャの言葉にグランとジータが指示を出していき役割を決める。オイゲンが僅かに心配の種になっていたが、老練の騎空士に気持ちの切り替えの心配など不要であろうと仲間たちは信頼し切っていた。

 

 「それでは皆さんお願いします。外に出たら私達の先導に従い走り続けてください。行きま」

 

 「見つけたぞ!!伝令だ、すぐに戻って伝えろ!!それから狼煙も上げるんだ!!」

 

 リーシャが動き出そうと声を上げようとした瞬間、帝国兵の声が先んじて響いた。

 

 「狼煙・・・?急ぐぞリーシャ、恐らくは全兵力が狼煙に集まることになっているだろう・・・早く外にでなければ身動きがとれなくなる!!」

 

 「はい!ではみなさん、行きましょう!!」

 

 こうして一行はセルグと黒騎士を護衛しながら、外へと走り出していく。その先に待つのは人海の言葉がふさわしい、人が蠢く戦場であった・・・・

 

 

 

 「まだ狼煙は上がらないのですかねぇ!黒騎士発見の報告はでてこないのですか!?」

 

 戦艦の甲板で苛立たしげに声を張り上げるのは作戦指揮官のポンメルン。上空より目を皿のようにして地上の変化をみつけようとしていた。

 

 「ポンメルン大尉!!狼煙が上がりました!!報告もあります!」

 

 そこに舞い込んできた黒騎士発見の報。ポンメルンは作戦開始後初めて笑みを見せた。

 

 「よくやりましたねぇ!!すぐに向かいます。魔晶部隊、狼煙の地点を包囲するように順次降下して包囲網を作りなさい。私ははっきりと場所がわかり次第そこに降ります。なんとしても包囲網を完成させますよぉ!!」

 

 ポンメルンが躍動する。

 作戦の成功をたぐり寄せるように次々と指示を出していくその姿は指揮官にふさわしいものだった。

 動き出したグラン達に帝国の魔の手はじわじわと迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 建物を出た一行は目立たぬように森の中を静かに走っていた。

 

 「はぁ、はぁ・・・皆ついてきているか?」

 

 モニカが後ろを振り返り確認する。

 幸いにも兵が集まるより早く動き出せた一行は、それほど囲まれることもなく兵士を撃退しながら進んでいた。

 

 「ふん・・・滑稽なものだな。自分達の島と呼べる場所でこうも逃げ回らなければならんとはな。」

 

 「なんだ、皮肉なら別に我々は気にならんぞ。自覚もしているしこの事態の不手際は我々にあるからな。」

 

 モニカはなんともなさそうに、アポロに言葉を返す。だがアポロはモニカの様子にさらに笑って答えた。

 

 「一つ提案をしようか?拘束されている私は、この状況ではただのお荷物だ。私を置いていけばこんなところでコソコソと」

 

 「できませんそんな事!!だって、帝国の人たちが黒騎士さんをあんなにも必死に探しているんですよ!?何をされるか・・・」

 

 ルリアがアポロの声を遮り割って入る。その瞳に嘘はなく、本気でアポロを心配していることが伺える。

 

 「そうか、ルリア。お前はそう言ってくれるか・・・妙に懐かしい心地だな・・・」

 

 そんなルリアの言葉に、懐かしさと優しさを感じてアポロは初めて柔らかな雰囲気を醸し出す。

 

 「黒騎士さん。貴方が何を言おうと僕達はあなたを守り通す。貴方はきっとルリアについて色んなことを知っているはず。ルリアの願いを叶えるためにも、オルキスと一緒にいたあなたの存在はきっと必要不可欠だと思うから。」

 

 「だから余計なこと言ってないで足を動かしてください。流石に付いてこれないなんて言い訳は聞きませんからね!」

 

 グランとジータも柔らかなアポロの雰囲気に押されて守り通すと宣言する。

 

 「ふ、お前たちまでそんなことをいうか・・・随分とお優しいじゃないか。私は嫌われてるもんだとばかり思っていたがな・・・しかし秩序の騎空団の面々はどうだ?私の罪状は知っているだろう。極刑は免れない。結果が同じであれば私を置いていけば手間も省けるし安全の確保もできるぞ。」

 

 リーシャとモニカに向けて笑いながら己を差し出せというアポロ。だがリーシャもモニカも動揺を一切見せずにそれに答える。

 

 「残念ながらその提案は聞けませんね。貴方が持っている真実は多すぎる。エルステ帝国が上げた罪状だけでは見えない部分も多いです。貴方が持っている真実はエルステ帝国の裏を知る重要な手がかりになります。」

 

 「我々は秩序の騎空団だ。秩序を司る我々は例え結果が同じであろうと、命を懸けてお主を守る。そして生きて裁きを受けさせる。それが碧の騎士が掲げた我々の理念だ。何を言われようがそれが揺らぐことはないさ。」

 

 「そこの小さいのだけかと思ったらそっちの小娘も随分強かになったじゃないか・・・この前相対したときはオロオロ情けないったらなかったが。この程度では動揺も誘えないようだな・・・・」

 

 二人の様子にアポロは嘆息して返す。面倒な事態になってるというのに、全くそれを意に介していない二人に驚きとも呆れとも取れるように言葉を吐く。

 

 「ジータ殿の言うとおり余計なことを行ってないで荷物にならんように動け。」

 

 そんなアポロにもう話は済んだというようにモニカは先へ行くよう促す。

 

 「全く、手枷を付けた罪人相手に動けとはひどい秩序もあったもんだ・・・」

 

 この場で得られた一つの事実。帝国によって消される可能性が潰えたことにアポロは表に出さないように胸中で歓喜する。

 

 「(あとはどうにか手枷を外し自由になれば・・・チャンスはどこかにあるはずだ。決して逃すなよ、アポロ)」

 

 胸中で自分に言い聞かせてチャンスを伺うアポロ。そんなアポロの思惑は誰にも気づかれることはなかった。

 

 「ところで、さっき黒騎士が言ってたその罪状ってのは何なんだ?」

 

 セルグがふと気になったことを問いかけた。仲間たちも同じことが気になるのか、歩みは止めなくとも、話を聞こうとリーシャとモニカに視線を向ける。

 

 「そうですね・・・少し状況の整理を兼ねてお話しましょう。

 先日、私達、秩序の騎空団にエルステ帝国より要請がありました。内容はエルステ帝国最高顧問アポロニアの捕縛。罪状は3つ。1つはエルステ帝国の乗っ取り、及び独裁による苛烈な他島への侵略。次に、危険な実験を伴う魔晶の作成。」

 

 「最後にその魔晶を粉状にした魔物をおびき寄せる粉末・・・これを秘密裏に流通させ、市井の治安を著しく悪化させたことだ。

 黒騎士よ・・・エルステ帝国より挙げられたこれらの訴えに対し、異論はあるか?」

 

 モニカがリーシャの言葉を引き継ぎ最後にアポロへと問いかける。

 

 「さぁ、どうだろうな・・・」

 

 是非もない答えに皆が訝しげな視線を送る。

 

 「これはもう、認めたってことでいいんじゃない?」

 

 イオは敵意の視線と共に言葉を放つ。

 

 「まてまて、イオ。さっきもリーシャが言っただろう。黒騎士が持っている真実は多いと。所詮は組織が挙げた個人の罪状だ。オレのような例などいくらでも考えられる。組織が作り出したオレの罪状はどうだった?結論を決めるには時期尚早だ。」

 

 セルグはそんなイオを窘めた。アポロは急に自分を庇うような言葉を吐くセルグを鋭く睨みつける。

 

 「なんだ?先ほどとは打って変わってこちらの肩を持つじゃないか・・?」

 

 「別に、肩を持ったわけじゃない。ただ経験上組織が挙げる情報なんて信じられるもんじゃないと知っているだけさ。オレはこいつらに真実を知ってもらって救われた。お前が真実を話して救われる可能性があるのならそのチャンスくらいは持って欲しいと思ってるんだけだ。」

 

 「ほう・・・お前も誰かにしてやられた口なのか?その手枷もそれが原因か?」

 

 「ふむ・・・どうやら、事の大小で違いはあれどやったことには変わりないって点もオレ達は似通ってそうだな・・・」

 

 いつの間にやらアポロの視線は柔らかくなり、セルグが最初にした発言で刺々しくなっていた雰囲気が露散していた。似たような境遇に置かれた二人には妙な仲間意識が芽生えたのかもしれない・・・そんな雰囲気に水を差すようにモニカが口を挟む。

 

 「おしゃべりはおしまいだ・・・進むぞ。」

 

 モニカの声に従い行動を再開する一行。一行の目の前にはまた、チラホラと帝国兵が見えていた。

 

 

 

 帝国兵を退けながら走っていた一行に、突如大きな気配が襲いかかる。

 

 「ッ!?止まれ!!」

 

 戦闘を走っていたモニカとリーシャの目の前に大きな剣が振り下ろされた。

 

 「こいつは・・・例の魔晶を使った兵士か・・・?」

 

 そこにいたのはグラン達をボロボロにした魔晶を使って変身を遂げた兵士。出力をさらに上げたのか禍々しさも感じる存在感も強くなっていた。

 

 「1体程度で我らを止めようとは甘く見られたものだな・・・」

 

 モニカは目の前で道を塞いだ魔晶兵士をみて余裕を見せる。しかし、無情の声がモニカに届いた。

 

 「そうですねぇ・・・1体だとしたら、ですがねぇ・・・」

 

 その場に聞こえる声の主は前方を塞いだ魔昌兵士の後ろから。絶対にやり遂げる意思をもった瞳が彼らの行く手を塞いだ。その声に合わせるように前方180°の範囲に魔晶兵士が出現する。その数5体。だがそれだけであれば、彼らは絶望しなかったであろう。

 彼らの周囲には数多の帝国兵が取り囲んでいた・・・

 

 「やっとですねぇ・・・ここまでおびき寄せて周囲に気づかれぬように兵を集めていき・・・魔晶兵士も集結させました。もう逃げ道はどこにもありませんねぇ。大人しく降伏するか、無残にも嬲られるか・・・選びなさいですねぇ。」

 

 ポンメルンはこの状況においても油断を見せなかった。一行の一挙手一投足を見逃さないように視線で射抜く。

 

 「これは・・・流石にまずいな。グラン殿、ジータ殿。あの魔晶兵士の強さはどの程度だ・・?」

 

 モニカは冷や汗混じりに戦況の把握をしようと問いかける。

 

 「1体1では恐らく無理です。攻撃力だけでなく防御力、さらには耐久力も桁外れです。長期戦になることは必至ですし、他の兵士も襲ってくるでしょう・・・」

 

 「モニカさん、一点突破しかないかと思われます。戦力では圧倒的に不利です。」

 

 「そうは言いますがリーシャさん・・・それだって簡単では・・・」

 

 リーシャが提案するがジータには可能な気がしなかった。

 

 「ふむ・・・まんまと一杯食わされていたとはな・・・私も守られていて気が抜けていたか・・・」

 

 「何落ち着いてんだ黒騎士。これは基本的にお前のせいなんだからな・・・」

 

 「私を守ろうと決めたのは貴様等だろう?責任転嫁をするな。」

 

 「・・・まぁそれもそうか・・・ジータ!あれの強さはガンダルヴァと比べてどうだった?」

 

 セルグはアポロと少しだけ言い合ったあとジータに問いかける。ジータもなにかいい案が出てくるかと素直に答えた。

 

 「ガンダルヴァ程は・・・耐久力や防御力が高くて倒すのが大変っていうのが大きな感想です・・・何かいい作戦が?」

 

 「モニカ!聞きたいことがある。オレの罪状は情状酌量の余地がありなんだよな?」

 

 ジータの問には答えず今度はモニカに問うセルグ。モニカもセルグが何かできるのかと素直に答えた。

 

 「そうだな・・・正当防衛も認められるだろうしその可能性は十二分にあると言って良い。だがそれががなにか関係があるのか?」

 

 「よし、それだけわかればいい。無茶にはならないだろう・・・」

 

 モニカの答えに勝手に満足をしてセルグは前に歩き出す。仲間たちから離れ魔晶兵士の前へと、無造作に歩いていく。

 とうとう、兵士が剣を振ればセルグは叩き切られる範囲にまで近づいた。

 

 「どうした?オレは抹殺対象じゃないから攻撃しないのか?」

 

 余裕を見せるセルグの様子に言い知れぬ恐怖を感じて怖気づく魔晶兵士。だがそれでも、上司であるポンメルンの為にと理性を総動員して剣を振るおうとした。

 

 「う・・あ・・・ぬああ!!!」

 

 巨体の兵士がその体に見合う巨大な剣を振るう。セルグは全くそれに動きを見せずに剣を受けた。

仲間たちはまさか何も抵抗することなく斬られる訳はないと思っていた為、動き出せずにいた。

 

 「セルグ!?」

 

 巻き起こる砂塵の中に仲間たちの声が重なる。誰もがまともに受けたセルグの無残な姿を想像したことだろう。だがそこに響くのは先ほどのポンメルンが放った無情の言葉から、一転して彼らが希望を感じる声だった。

 

 「流石の威力で助かった・・・おかげで自分の手で手枷を外せた!」

 

 そこにいたのは剣を手枷で受け止めて破壊したセルグの姿だった。

 

 「セルグ!!お主何をバカなことをしている!?」

 

 「ん?罪人の手枷を何度も何度もお前たちが外すのはまずいと思ってな・・・今回はこうして自力で外させてもらった。」

 

 仲間たちの心配をよそになんてことはないだろうといった表情でのたまうセルグに仲間たちの怒りは振り切れる。

 

 「セルグ!!流石に何か言ってからやってくれよ!!また目の前でセルグが死んだかと思ったじゃないか!!」

 

 「ふざけすぎです!信じられません!!絶対に許しませんからね!」

 

 グランとジータの声を皮切りに、仲間たちに一斉に責め立てられるセルグ。だが彼にとってそれは予想されていたことなのか全然気にしている様子は見られない。

 

 「まてまて、とにかく今この場を切り抜けるのが先だろう?ホントは黒騎士にも一緒に闘って欲しいところなんだが・・・まぁ流石にできないだろうからな。代わりにオレの全力でこの場を切り抜けよう。」

 

 セルグは声に出さずに傍らにヴェリウスを呼び出す。

 

 「リーシャ、モニカ。俺が道を切り開く。みんなを連れて突破してくれ。

そしたら二人は秩序の騎空団を動かせるはずだ。それまでは俺が頑張るから早く連れてきてくれよ。それでさっさとこいつらを追い出そう。」

 

 「まて、セルグ・・・この数を相手に一人で相手にするのか?そんな馬鹿なことを認められるとでも・・・」

 

 とても容認できない提案にモニカが難色を示す。リーシャも同様にセルグを止めようとするが、その前にアポロが口を挟んだ。

 

 「お前たち二人が動けなくては秩序の騎空団は機能せず。そしてこの数を相手に私を守り続けるのも不可能だとアイツは悟ったのだ。一人で戦いに集中するためには邪魔な奴らが消えてくれた方がいいという話だよ。」

 

 「出会ったばかりのオレの思考がそんなに読めるとは恐れ入った・・・その通りだ。自由に戦えるなら、オレに負けはない。空も飛べるからやりたい放題だ。だからみんなにはここを突破して安全なところに行って欲しい。

 グラン、これは俺がお前たちを守るためにやるわけじゃない・・・黒騎士をお前たちが守るためだ。この場を突破したところでどうあっても追撃は来るだろう。お前たちにはなんとしてもそれらを防いでもらわなきゃいけないからな。

 ボスキャラは全部こちらで引き受けるってだけだ。だから・・・そっちは頼んだぞ。」

 

 セルグはここで初めて信頼をみせた。黒騎士を守るためにグラン達にこの場を突破した後を任せたのだ。

 

 「本当に・・・大丈夫なんだね?やられたりしないよな?」

 

 「さっきもあれ受けてピンピンしてるだろ。それにアドヴェルサによる不意打ちはもう喰らわない。万に一つもやられる可能性はないさ。安心してくれ。」

 

 疑うグランに、セルグは確信をもって答える。セルグが言い切ったのをみて、グランも疑うのをやめた。

 

 「わかった・・・ルリア、アレを渡してあげてくれ。」

 

 「あ、わかりました!」

 

 グランは唐突にルリアを呼びつけると何かをセルグに渡すように指示する。

セルグが渡されたのは細長い布袋。

 

 「まさかルリアに持たせていたのか・・・なんでまた?」

 

 「セルグが駆けつけて守ってくれないかと思ってね。ルリアがさらわれないようにお守り代わりだよ。それじゃあ任せるよ・・・」

 

 「任せろ・・・これを渡してくれたなら、本当に負けはないさ。むしろここで全て片付けやってもいいな」

 

 ニヤリと笑うセルグの言葉に何故か言い知れぬ不安を皆が感じた。だが信じることにした。彼がアレを手にしてヴェリウスまで呼んでいるのだ。心配するだけ無駄だと悟った。

 

「さて、リーシャ、モニカ。突破したらちゃんと仕事してくれよ。流石に一人で戦い続けるとしんどいかもしれないからな。」

 

「本当にお主はどこまでも勝手で己を省みないのだな・・・いつか女に泣かれるぞ。」

 

「流石に頼りにしすぎで自分が情けなくなります。待っていてください。すぐに戻りますから!」

 

 セルグの呼びかけに、二人は呆れとやる気を見せて返す。

 

「それじゃ、あとは任せたからな・・・

行くぞヴェリウス、深度2で一気に飛ばしていく!」

 

 “(どれ、我らの力、骨身にしみる程度には思い知らせてやろうぞ)”

 

 セルグの声に傍らに佇むヴェリウスが答える。闇の力の塊となったヴェリウスがセルグの中へと入り込む。瞬間、セルグは漆黒の翼を生やし、右手には翼の剣を左手にはルリアより渡された細長い布袋をもっていた。

 

 「絶刀天ノ羽斬よ!我が意に応えその力を示せ。立ちふさがる災厄の全てを払い、全てを断て!!」

 

 布を取り去られた天ノ羽斬が光と共にセルグの左手に握られる。既にその力の鼓動は周囲を取り巻く帝国兵士を及び腰にさせていた。

 

 「天ノ羽斬全開解放・・・“光来”!」

 

 さらにセルグは天ノ羽斬を限界まで強化する。一度振るえば光の斬撃が全てを断つ、正真正銘、まだ仲間のだれもが見ていないセルグの最大戦闘状態となった。

 

 「右翼を切り払う・・・そこを行け!」

 

 小さく呟いて進路を伝え、大きく指示を出したセルグは溜め切った力を解放する。

 

 「絶刀招来“天ノ羽斬”」

 

 

 巨大な斬撃が一人の魔晶兵士を飲み込むとすかさずリーシャを先頭に皆が走り抜ける。帝国兵士の全てが追いかけようとするところをセルグが立ち塞がる。

 

 

 「待たせてしまって悪かった・・・随分と長いこと襲いかかってこなかったのには少し驚いたよ。ポンメルン大尉殿。」

 

 「何故でしょうね・・・まぁ理由なんてどうでもいいですが。私がやることは一つだけです。今のあなたをなんとしても倒し黒騎士を始末するだけです。行きますですねぇ!!」

 

 そう言ってポンメルンも魔晶を発動する。他の魔晶兵士よりもずっと強い力の波動は周囲を威圧するという点ではセルグと変わらない。

 

 「この状態は割と負担なんでな・・・さっさと終わらせてやる。」

 

 「奇遇ですねぇ。我らの魔晶も体に負担が大きいのです。さっさと終わってもらいましょうか・・・」

 

 

 ポンメルンとセルグ。妙な共通感を持ちながら二人にとって負けられない戦いが始まろうとしていた。

 

 




如何でしたでしょうか。

最近アクセス解析にも目を通し始めたのですが皆さん作者が更新をすると凄い勢いで最新話を読まれていくのですね(^^;;

待ち望んでいる方がいると自惚れてしまっても良いのか、少し舞い上がってしまいそうな作者です。

それはそうと、評価者10名、お気に入りも随分増えて100名も見えてきそうな感じで評価されている事に感謝がつきません。皆様本当にありがとうございます。
ランキングとかにこの勢いで乗ってみたいですね。精進しながら頑張っていきます。
これからもよろしくお願いします!!

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第13幕

オリジナル街道まっしぐら。

そして今回はセルグチート化現象もまっしぐらです。(でも実は全然チートっぽくなかったりする)

今回から少し文章の区切り方などを変えてみました。
読みやすさや伝わりやすさ、間の捉え方などが変わって来るかと思われます。

それでは、お楽しみください。


空域 ファータ・グランデ アマルティア島

 

 

 風が吹き砂塵が舞う。

 アマルティア島で対峙するは一人の男と、圧倒的な数の軍隊。

 先を行く仲間達の背後を守るため、敵を食い止めることを買って出たセルグと、何としても突破し目的を達成しようとする、ポンメルン率いるエルステ帝国軍の戦いが始まっていた。

 先に行った仲間達は別れ際にセルグを心配する表情が見えていた。セルグを襲う帝国の兵士は数知れず。心配するのは無理もないことだった。だが・・・・

 

 「なんだよ!なんだよアレは!?」

 「動きが・・・見えない!?」

 「ふざけるなよ!あんなのと戦える訳・・・うぁああ!!」

 

 戦いが始まってからわずか数分で、帝国兵士の目の前に広がるのは悪夢のような光景だった。

 戦闘開始と同時にセルグへと殺到する兵士たちは全てセルグに近づくことすらできずに切り捨てられていく。見えない剣閃によって放たれた光の斬撃は何をされたかもわからないまま兵士達が倒されていく光景を作り出していた。

 セルグは続いて足に力を込める。強靭な脚力によって生み出される初速は、同時に動いた黒い翼によってさらに加速する。その場から弾丸の如く飛び出したセルグはすれ違いざまに呆然としていた兵士達を何人も切り捨てていく。

 

 限界まで己の力を高めたセルグの力は常軌を逸していた。天ノ羽斬が一度振るわれれば一人飛び、一度動けば幾人も崩れ落ちる。普通の兵士には手の出しようがない圧倒的な実力差は、帝国兵士達に恐怖を伝搬させていく。

 

 「落ち着くのですねぇ!攻撃力自体はそこまでではない様です。魔晶部隊で足止めをして、奴が止まったところに遠距離からの攻撃で畳み掛けるのですねぇ!!狙撃、砲撃、投擲、できることをせよ!!」

 

 常軌を逸したセルグの動きに、ポンメルンは落ち着いて対処をする。切り捨てられた兵士も吹き飛ばされた兵士もそこまで強い攻撃を受けているわけではなかった。ならば、耐久力のある魔晶兵士で動きを止め、遠距離からの攻撃で圧倒的な殲滅攻撃をすれば戦えるだろうと考える。

 

 「(流石にこの数での遠距離攻撃は厄介だな、迂闊に止まれば、畳み掛けられる。)」

 

 セルグも状況は理解していた。圧倒的な戦況に見えるがその実、動きを止めればすぐに潰されるだろうと。ギリギリの綱渡りな戦いに胸中では冷や汗を流しながら戦っていた。

 

 「(流石に、強い。このままでは時間を取られすぎる・・・何とかしなくてはいけませんねぇ。いや、今は彼を倒すことが目的ではありませんでした。ふっふっふ、貴方がそう来るならこちらも動き出しましょう。)」

 

 次々と兵士達を屠るセルグは、できるだけ捕まらない様に魔晶兵士を避けて戦っていた。そのセルグの思惑に気づいたポンメルンが小さく嗤う。

 

 「魔晶部隊!!先に行った黒騎士を追うのですねぇ!!こちらは私が引き受けます。なんとしても黒騎士を抹殺するのですねぇ!」

 

 ポンメルンの指示に魔晶兵士で残っていた4体が動き出す。先に行ったグラン達のいる方へとその巨体を走らせ加速していく。

 

 「な!?行かせるわけないだろ!!」

 

 兵士を切り捨てていたセルグが反転、何としても行かせないと飛翔して先回りした。魔晶兵士の前に立ちはだかったセルグは天ノ羽斬に力を注ぐ。

 

 「絶刀招来・・・」

 

 「それこそさせませんねぇ!!」

 

 セルグが奥義で食い止めようとしたところを頭上からポンメルンが飛びかかる。驚異的な跳躍力で頭上を取ったポンメルンは落下の早さも加えて巨大な槍を振り下ろした。

 不意を突かれたセルグは奥義を撃つこともできずギリギリで回避をする。

 しかし、ポンメルンの攻撃は地面を爆発させんとする勢いで放たれ、その衝撃はセルグを軽く吹き飛ばした。

 

 「今です、行くのですねぇ!!他の者は、動きの止まった奴を畳み掛けよ!!」

 

 「イェッサー!!」

 

 ポンメルンの指示が飛び、帝国兵士は一斉に動き出した。走り出す魔晶兵士と、狙いもつけずとにかく足止めの為にとセルグに放たれた遠距離武器の数々。ポンメルンの攻撃に吹き飛ばされたセルグは命の危機を感じてすぐさま体勢を整えた。

 

 「ヴェリウス!!」

 

 ヴェリウスに呼びかけ融合深度を深めたセルグは、黒い翼で防御を選択。己の身を翼で包み込み、闇のオーラを広げて全てを受け止める体勢に入る。

 一点集中して放たれた攻撃はセルグの周囲の地面を削りながらしばらく続いた。一人の人間に放たれるには異常な攻撃だが、セルグを普通の人間とは思えない帝国兵はむしろ攻勢を強めていった。

 

 攻撃が止んで砂塵が風に消えたとき、そこにはもうセルグの姿は無かった・・・跡形も無く消えた敵の姿に帝国兵達は歓喜の声を上げる。

 あっけなく終わった戦いにポンメルンは安堵と勝利の余韻に浸る。あとは黒騎士を全軍で追い詰めて抹殺すればいいだけだと笑みを浮かべた。

 

 「やってみれば、あっけないものでしたねぇ。いくら強くとも所詮は一人。数で押せばこうなることは自明の・・・」

 

 「そうだな、普通であればそうだったかもしれないな。」

 

 ポンメルンの耳に頭上から声が聞こえた。聞こえるはずのない声が・・・

 見上げるポンメルンの表情は絶望に染まる。

 

 「バカな、そんなバカな!!」

 

 ボロボロの翼を動かしながら、セルグは生きていた。翼は崩れ落ちそうだが体に傷はほとんど見られず、感じられる力に衰えは見えない。ゆっくりと地上に降り立ったセルグは大きく息を吐く。

 

 「ふぅ、さすがに危なかったかもな・・・途中で空中に逃げてなかったら死んでたと思うぜ。一人の人間に向けるには少し過剰な攻撃じゃないか?」

 

 「・・・あれで死んでいない貴方が人間と名乗るのは少々無理があるますねぇ。」

 

 ポンメルンと帝国兵の余りの驚き用におどけて見せるセルグ。そんなセルグにポンメルンは皮肉を混じえて返した。とても生きていられるような攻撃ではなかったはず。セルグの姿が消えたことに跡形もなくなったと考えてもなにも不思議に思わない攻撃であった。それでも彼は生きていたのだ。

 目の前の現実はポンメルン以外の帝国兵の戦意を喪失させるには十分だった。

 

 「無理だ・・・あんな化け物に勝てるわけがない・・・」

 「大尉!!もはや勝ち目はありません!撤退の指示を!!」

 

 次々に届く部下からの泣き言にポンメルンは彼らを糾弾することはできなかった。自分だって気持ちは同じである。撤退できるのであれば撤退したかった。だが彼にその選択肢はない。そして部下を無下にすることもできなかった・・・決死の覚悟で一つの決断がポンメルンから下される。

 

 「全部隊、これが吾輩からの最後の命令です・・・速やかにこの場を去りなさい。帝国の為に貴方たちがこの場で出来ることはありません。であるなら黒騎士を追うなり、秩序の騎空団を叩きのめすなり、できることをしなさい。判断は各々に任せます。怪我をしているものは邪魔なので撤退しなさい。それが帝国の為です。良いですね?

 この者は最後まで吾輩が相手をします。邪魔はしない様、お願いしますねぇ。」

 

 セルグの知らない優しい声音で放たれたポンメルンの言葉に部下の兵士達が動揺する。ともすれば全ての責任を負うから自由に行動しろともとれる言葉だった。

 これまで不遜な態度で部下たちを使っていたポンメルンだったが、兵士の間では決して悪い評価はなかった。

 彼は悪役に徹し、帝国の悪評は全て己の身で受けることを信条としていた。兵士たちは皆命令で動いているに過ぎないという体にしていたのだ。

 相対する敵のいない時、彼は部下を想う優しい上司でしかなかったのである。

 そんなポンメルンの言葉と想いを理解した兵士達から否は出ることは無かった。動ける者はセルグの突破を狙い、動けないものは何とか撤退をしようと身構える。

 そしてポンメルンは背水の陣の心構えでセルグと相対した。

 

 「大尉殿・・・アンタ、実は部下思いの良い奴だったのか。なんだかこっちが悪い奴みたいじゃねえか。」

 

 「事実でしょう?吾輩にとって貴方は大切な部下を次々と屠る悪い奴ですねぇ。さぁ、最後まで付き合ってもらいますねぇ!!」

 

 セルグの軽口にポンメルンも飄々と返した。だが既に命を捨てる覚悟でいるポンメルンの覇気はこれまでとは比べ物にならない位に高まっている。

 セルグの危機感知能力が警鐘を鳴らす。負けることは無いが簡単に倒すことはできない事がポンメルンの雰囲気から察することができた。

 

 「(さすがに、覚悟が違うとガラリと変わるもんだな。特に部下の命を背負ってるとなると、並々ならぬ覚悟だ・・・状況的には時間はあまりかけられない。本当は仕留めておきたかったが、仕方ないか・・・)」

 

 ポンメルンの姿にセルグも一つの決断をする。天ノ羽斬へと力を注ぎ技を放つ準備をした。 

 

 「残念だが大尉殿の思惑通りにはならないぞ。既にこっちも約束を破っている身なんでな・・・すぐに終わりにしてやる。」

 

 セルグの言葉と雰囲気に身構える帝国軍。

 次の瞬間、セルグはため込んだ力を解放する。放たれた光の斬撃はポンメルンへと向かい、その足元へと着弾した。

 

 「な!?しまったぁ!!」

 

 足元で起きる爆発に情けない声を挙げながらポンメルンが宙を舞う。それと同時に巻き上がった砂塵に隠れセルグは飛び立つ。後ろを振り返って・・・・

 宙を舞ったポンメルンがドシャリと音を立てて地に着いた頃、彼らの目の前にはもう誰もいなかった。

 

 「くそ!逃げやがった!!ですねぇええええ!」

 

 行き場のない怒りの声がポンメルンより響き渡った。

 

 

 

 

 「(魔晶兵士を4体も通してしまったからな・・・すぐに追いかけないと。それにしても・・・今回はこっちを優先したが次こそ仕留めないとまずい。魔晶の力は脅威だし、ポンメルンの実力は侮れないレベルだった。)」

 

 飛翔しながらセルグは、胸中で呟く。まんまとしてやられ魔晶兵士を後ろに通してしまったし、覚悟を決めたポンメルンの気迫は恐ろしいものがあった。感じた力はガンダルヴァと並んでも遜色がないほどだった。

 

 「というか結局4体も通してたら、オレは何のために残ったって話だよな・・・はぁ、ゼタあたりが文句を言ってくる姿が目に浮かぶようだ。」

 

 折角残って敵を抑えようと思ったのにあまり役に立ててない事に気づいたセルグは少しだけガッカリしていた。そんなセルグの身体に痛みが走る。

 

 「ッツ!?融合の反動が結構重たいとこまで来てるな・・・深度3までいったのは失敗だったか?逃げといて正解だったな。」

 

 ヴェリウスとの融合の反動が思いのほか大きくなってることに気づきセルグは地上に降り立つ。グラン達の事を考えて撤退を決めたが、むしろ戦いきれなかった可能性もあったかもしれない。

 

 「仕方ない・・・走るか。」

 

 痛みを押し殺しながら、セルグは融合を解除して走り出す。

 もし追い着いた時に魔晶兵士に襲われてたら、なんて言い訳をしようかなどと下らないことを考えながらセルグは全速力で走りぬけて行った。

 

 

 

 

 セルグと別れ走り続けていたグラン達は、近づいてくる帝国兵士を迎撃しながら秩序の騎空団の隊舎へと急いでいた。

 その最中でモニカが叫ぶ。

 

 「リーシャ!お主は先に行って部隊の編成をしてきてくれ。後ろから追い付いてくる兵士が増えてきた・・・・・・急ぎ戻り、部隊の編成をして守りに入った方が良さそうだ。私はここで殿を務めよう。グラン殿、最後の手段として艇で逃げだせるように停泊所に向かうのだ!」

 

 「わかりました、みんな!グランサイファーに向かおう!!」

 

 言うや否や、グラン達はグランサイファーへと向かいリーシャ達と別れた。

 モニカも後ろから向かいくる帝国兵士を迎撃するべくその場に止まる。そんなモニカの背にリーシャから声が掛かっ。

 

 「モニカさん・・・彼らだけに黒騎士を任せるわけには・・・・」

 

 「彼らなら守り通してくれるだろう。何よりも第一にすべきは彼らの安全だ。来客である彼らと重要参考人の黒騎士。彼らに危害が及んではいけない。お主は部隊を動かさなくてはならないのだぞ。彼らを信じるしかあるまい。」

 

 モニカの強い言葉を聞き、リーシャも納得の顔を見せる。行動を決めたリーシャの動きは早かった。

 すぐに隊舎へと向かいグラン達とは別の方向へと駆けていく。

 

 「さて、少し私とも遊んでもらおうか。昨日からの連戦で疲れているが、簡単に通れると思うなよ!!」

 

 残ったモニカは気合いと共に帝国兵士を迎撃すべく戦闘態勢を取った。アマルティア最強の騎空士が今、戦場で吠える。

 

 

 

 

 隊舎へと戻ったリーシャはすぐに部下たちを見つける。

 

 「リーシャ船団長!?お怪我はありませんか?」

 

 すぐさま部下の一人がリーシャを気に掛けるが、リーシャの表情は固い。部下たちはどこか怪我をしたのかと脳裏によぎるが部下達よりもはやくリーシャは口を開く。

 

 「部隊の編成は?状況はわかっていますね?」

 

 「え、あ、はい!戦闘部隊の準備はできております。警備部隊は既に対応に出て戦闘に入っているとも。」

 

 有無を言わさぬ確認に、部下が答える。

 その答えに僅かばかり思案した後リーシャは命令を発する。

 

 「貴方たちの中から20名を選定して騎空艇停泊所に回しなさい。来客と黒騎士がそちらに居ますので何としても守り抜くように。残りは私と共にモニカさんの救援に向かいます。それから警備部隊に伝令を、あくまで守ることを念頭に置き、施設や街の防衛に努めるようにと。」

 

 「承知しました!」

 

 リーシャの命令にすぐに動き出す部下。20名はすぐに選ばれて停泊所へと向かい、命令を直接聞いた一人の部下は伝令に走っていった。

 

 「残りの皆さんは私と行きます。モニカさんが危険な状態です、急ぎますよ!!」

 

 その場に残った者に告げリーシャは先頭を走る。

 その表情には僅かにモニカを心配する憂いの表情が垣間見えていた。

 

 

 

 

 「はぁあ!!」

 

 長刀が閃き、また一人兵士が崩れ落ちた。

 モニカが肩で息をしながら次に迫りくる兵士を見据えて走り出す。先手を打たせずその長い間合いを生かし、有無を言わさぬ一閃でまた一人倒した。

 

 「はぁ、はぁ・・・全く・・・セルグは、何をしているのだ。どんどん来るじゃないか!?」

 

 セルグに悪態を吐くモニカの目の前には次々と走ってくる帝国兵士が居た。うんざりとした顔をしながら、モニカはまた刀を振るう。

 更に数人を斬り伏せたモニカに今度は地響きが聞こえる。視線を向ければそこには魔晶兵士が2体こちらに向かってきていた。

 

 「あいつ・・・・なにが引き受けるだ・・・・でかい口を叩いたくせに思いっきり抜かれおって。」

 

 モニカが目の前の惨状に苦笑する。兵士だけでなく魔晶兵士も向かってきている光景は、モニカにとってもかなり厳しいことがその表情から窺えた。

 仕方なく刀を構え、魔晶兵士へと向かうモニカ。走り込んできた魔晶兵士の一人に相手の勢いも加えたカウンター気味の突きを放つ。そこから、引き抜いた瞬間にモニカは次の標的に向かう。

 モニカが持つ刀に紫雷が迸る。

 

 「紫電一閃!!」

 

 そのまま、もう一人の魔晶兵士を深々と切り裂いた。流石は秩序の騎空団のエースといえる手際で二人の魔晶兵士を食い止める。

 だが、魔晶兵士がこの程度で倒し切れるわけもない。すぐに起き上がった魔晶兵士はその巨大な剣をモニカに向けて振り下ろす。

 

 「ええい!タフなやつだな・・・」

 

 愚痴を言いながらも剣を躱してモニカは再度魔晶兵士と対峙した。そのモニカの横を帝国兵士が通り抜けていくもモニカにそれを食い止める余裕はもはやなかった。

 

 「あとは・・・彼らの力を信じるしかないか。頼んだぞグラン殿、ジータ殿。」

 

 モニカは呟くと魔晶兵士へと向かう。

 その後、秩序の騎空団第四騎空艇団の最強の実力者はその名に恥じぬ戦いで、リーシャが応援に来る前に、魔晶兵士を沈黙させる。

 

 

 「はぁ・・・はぁ・・・もうこれ以上は戦えないな・・・」

 

 ボロボロの様相を呈すモニカは沈黙した魔晶兵士を見やりながら空を仰ぎ見る。

 いつしか夕暮れ時に近くなっていたアマルティアは、わずかながら赤みが掛かった太陽に照らされていた。

 そのままモニカは後ろに倒れる。力を振り絞ったのだろう。いくら実力者といえど前日から続いた連戦は彼女の身体に着実に疲労をため込んでいた。

 

 「っと、随分なりふり構わずで戦ったようだな・・・モニカ。」

 

 倒れ込みそうになったモニカの身体を追いついてきたセルグが支えていた。

 魔晶兵士が沈黙している姿を目にし、華奢な身体に宿る力を目の当たりにしたセルグはモニカの身体を壊れ物を扱うように優しく抱き留める。

 

 「遅いぞ、バカ者。おかげでこんなに無理をしてしまったではないか。ちゃんと責任はとってくれるんだろうな?」

 

 「ああ、すまなかった。あっさりと抜かれてしまってな。割と相手が強かったこともあって、駆け付けるにも飛べずに走ってくる有様で・・・お詫びに休日の酒盛りにはとことん付き合うから許してくれ。」

 

 「そうか、楽しみにしているからな。約束は守ってもら・・・う・・ぞ・・・」

 

 責めるようなモニカの愚痴にセルグは優しく答える。その答えに満足してか、セルグの姿に安心したのか、モニカは疲れ切った体を休めるため眠りについた。

 

 「ホント、こんなになるまでアイツラを守るために戦ってくれたのか・・・秩序の騎空団としての矜持もあるんだろうけど・・・感謝するよ、モニカ。」

 

 セルグはそう呟くとモニカの背中と膝の裏へと腕を回し、抱きかかえる。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。

 そのまま秩序の騎空団の隊舎まで運ぼうと思ったセルグが歩き出す。振り返ったセルグの正面には部下を引き連れ駆けつけたリーシャが居た。

 

 「セルグさん、モニカさんに何をしてるんですか・・・ご丁寧にお姫様抱っこをしてるなんて、本当にモニカさんと仲がよろしいようですね。後で騎空団の方々に言いつけてあげますよ。泣いて喜んでください。」

 

 出会いがしらに辛辣な物言いをするリーシャにセルグが冷や汗を流す。他意は無かったはずが言いつけると言われた瞬間になぜか罰の悪いものを感じたセルグは、慌てて弁解をする。

 

 「倒れそうになったところを支えてやっただけだ。他意はない・・・あとは約束を守ると言ったぐらいだ。別に変なことはしていないしやましい気持ちも無い。だから頼むから、あいつ等に余計なことは言わないでくれ・・・」

 

 情けないことこの上ないセルグの言葉は逆にリーシャの疑惑の目を鋭くさせた。

 

 「ふぅん・・・まぁ良いですけど。とにかく貴方は一度彼らの下へと向かってください。貴方が居ればいくらでも敵には対処できるでしょう・・・彼らは今、騎空艇停泊所にいますから。あ、モニカさんはこちらで隊舎の方に運びます。誰か、お願いします。」

 

 「わかった・・・一先ずは守り通せればいいか。モニカの事は任せたぞ。」

 

 リーシャの言葉に部下の一人がモニカを背負って隊舎へと向かっていく。それを見送ったセルグはすぐに停泊所へと駆け出していく。

 リーシャもセルグを見送るとすぐに戦闘態勢に移行し、指示を出した。

 

 「私たちはここで帝国の行く手を遮ります!防衛は警備部隊に任せているので心配せず、目の前の敵に集中してください。魔晶兵士も来るかもしれません。決して無茶はせず臨んでください。行きましょう!!」

 

 リーシャの言葉に従い団員達が帝国兵を迎撃していく。指揮官の指示の下戦う秩序の騎空団は、指揮官のいない帝国兵とは動きが違い、次々と帝国兵を撃破していった。

 しかし、帝国兵の数は衰えず、リーシャ達の戦いは終わることが無かった。

 

 

 数えることが億劫になるほどリーシャが帝国兵を倒した頃には、リーシャにも疲労が色濃く出ていた。

 

 「(このまま戦い続けていては・・・いずれ数に押しつぶされる可能性も・・・)」

 

 ふとリーシャが空を見上げると、空は茜色に染まり太陽が沈み始めている事を告げていた。

 そんな中に一隻の騎空艇が空を駆けあがっていくのを目にする。

 

 「あれは、グランサイファー・・・?そんな、まさか!?」

 

 目の前の光景にリーシャは何が起きたかを予測した。グランサイファーを見つめるリーシャの表情には苦渋が満ちていた・・・

 

 

 




如何でしたでしょうか。

今週は過去の分を添削していたのであまり話は進みませんでした。
アマルティア編は次で終わる予定ですね。別に話数は変わらないのにやたら内容の多い島だった気がします。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。




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メインシナリオ 第14幕

今回は少し短めのお話になります。

長かった(気がする)アマルティア編が終わり、シナリオ上は後半に入ってくるところでしょうか。作品自体は始まったばかりですが。
もう一度シナリオを見直して登場人物全体の行動や想いを見直さないといけませんねぇ

それでは、お楽しみください。


空域 ファータ・グランデ アマルティア島

 

 

 

 時は少し遡り、停泊所へとたどり着いたグラン達騎空団一行は、すぐに艇へと乗り込む。

 幸いにも、ここにはまだ帝国兵士が侵入することはなく外の騒ぎが嘘のように静かであった。

 

 「セルグは大丈夫かな・・・」

 

 「大丈夫だろう、いざとなったら飛べるって言ってたし、逃げるだけなら身体一つで飛べるあいつにとって難しいことじゃねえだろうさ。」

 

 グランの心配の言葉にラカムが明るく答えるも仲間達の表情は優れない。過去にも大丈夫だといって死にかけた実績のある男の言葉は、信憑性が皆無であった。

 

 「ふん、あの男がどうなろうと私の知ったことではないな。それよりも飛び立てる準備でもしておいたらどうだ?最終手段としてはこのままこの艇で逃げることもあり得るのだろう?いざというとき飛べなくては逃げられないぞ。」

 

 アポロが心配を浮かべるグラン達を一蹴してグランサイファーの出発準備を促してくる。

 

 「そうですね・・・いざとなったら逃げるためにも準備はしておかないと。ラカムさん、オイゲンさん。お願いできますか?」

 

 「おう、そうだな任せろ。すぐに準備を澄ませてやらぁ。」

 

 「少しはセルグの頑張りに報いらねえといけねえもんな・・・任せろジータ。すぐに済ましてやる。」

 

 「少し待ってほしい・・・黒騎士、お主に確認しておきたいことがある。皆を交えてな。」

 

 ジータの言葉に動き出そうとするラカムとオイゲンを、話があると言ってザカが止めた。

 一体何事だと言わんばかりに視線がザカへと注がれる。

 集中する視線を気にせずにザカは口を開いた。

 

 「黒騎士・・・お主の悪事、その真実についてじゃ。儂の記憶と推測が正しければ、先に教えられたこ奴の悪事。そのほとんどがもしかすると帝国が作り上げた嘘かもしれんのじゃ・・・」

 

 ザカが告げる予想だにしなかった言葉に皆がどよめく。

 

 「ちょっと待ってください、大公さん。秩序の騎空団とてちゃんと調べて動いたはず。それなのにそのほとんどが嘘であるなんて・・・さすがに考えにくいのではありませんか?」

 

 「ヴィーラの言うとおり。リーシャさんとモニカさんが何も裏を取らずに動くとは思えないです。ザカ大公、一体どういうことなのですか?」

 

 ザカに対してヴィーラとグランが疑問の声を上げる。ザカは少しだけ考えた後にまた口を開いた。

 

 「まずは儂の記憶じゃが・・・儂はバルツで、ルリアちゃんを手に入れるために画策しておった。だがそれと同時にもう一人・・・黒騎士が連れていた少女も狙っておったのだ。お主らの中では黒騎士はバルツを混乱に陥れるために儂を操ったことになってるじゃろう?だがそれなら、儂があの少女を狙う事など無いはずではないかの?」

 

 バルツ公国にてザカが星晶獣コロッサスを復活させ、ルリアを手に入れようと画策していたのはグラン達も知っていた。そしてそれがザカを操ることでルリアを手に入れようとする黒騎士の画策だと言うことも。

 

 「黒騎士の連れていた少女って、オルキスの事よね・・・?だとしたら確かに変だわ。オルキスは傍にいるのにししょーを操ってオルキスを手に入れようとするなんて意味わかんないもの。」

 

 「それは確かに・・・妙な話だな。」

 

 イオがザカの言葉からこれまで推測されていた事との矛盾を見つけ出す。イオの言葉にカタリナも疑問の表情を見せた。

 

 「そうじゃ、コロッサスを作ってた時、確かにわしは誰かに操られていた。霞がかかった記憶ではあるがそれでもよく覚えておる。そこのルリアちゃんと、黒騎士が連れていた少女を、黒騎士では無い誰かの命令で狙っておった。残念ながらその誰かまでは思い出せんのだが・・・」

 

 記憶を辿りながらザカは話し出す。グラン達が真実へとたどり着くために少しでも己が気づいていることを伝えようとする。

 

 「一つ確かな事は、その誰かは黒騎士と対立しており、黒騎士からその少女を奪おうとしていたことじゃ・・・黒騎士、お主は既にそれが誰かもそやつの狙いも知っておるのではないか?」

 

 「ふん、どうだかな・・・仮に知っていたとして、それを知ってどうなる?結局のところ私が敗北し、あの女が一枚上手だった。この事実は変わらない。その結果がこのザマだ。」

 

 問いかけられたアポロは手枷を見せつけて答える。その表情には僅かに挑発的な笑みが含まれていた。

 アポロの言葉に一行はなんとも言えない表情をする。敗北を認めた人間とは思えないその笑みと言葉は、アポロが一つも諦めてはいないことが感じられた。

 

 「黒騎士さん、教えてください。ルリアとオルキスちゃんを狙っているのは誰なのか。貴方はバルツで私たちに警告してくれました。大公さんがルリアとオルキスちゃんを狙っているって・・・あの時の貴方の言葉は大公さんの話とも辻褄が合う。」

 

 「へぇ、大公さんの証言だけだったら記憶違いで済むかもしれないけど・・・本人からの警告もあったんならジータの言うとおりで、もはや疑いようがないわね。黒騎士さんどうなの?」

 

 ジータとゼタの問いかけにアポロは口を閉ざす。話す気がないのか、それとも迷っているのか一行には思惑が読めなかったがそこにザカがアポロを促すように口を挟んだ。

 

 「黒騎士、お主が語らずとも彼らは既に真実へとその目を向けている。彼らであればその内お主の知る真実にたどり着けるだろう・・・」

 

 「アポロ・・・話してくれねえか?俺がお前のために何かできるのなら俺は・・・」

 

 「ふん・・・黙れ。真実にいくら近づこうが力の無いものはたどり着く前に現実に飲まれるだけだ。貴様等に真実へと挑むその資格があるのか?」

 

 アポロは全員を見回して問いかける。

 そのアポロの視線に強い視線を返す二人がいた。

 

 「どんな現実が襲いかかってこようと僕らは負けない。なんたって目的地はイスタルシアだからね。」

 

 「うん、瘴流域を超えて空の果てまで向かう私たちに、帝国程度が用意する真実なんて関係ないです。」

 

 「大体ここまでの戦いを見ても、こいつらがその辺の帝国兵なんかじゃ話にならない程強いのがわかるじゃねえかよ!!」

 

 グランとジータが小さく笑いながらアポロへと答えを返しビィが馬鹿にするなと怒りを見せる。二人と一匹の言葉を皮切りに仲間たちがアポロを囲んで頷く。

 

 「ふ、ククク。お前たちは私の期待を良い意味で裏切ってくれるな・・・」

 

 アポロが笑う。ここまで張り詰めた空気を出し続けていたアポロの纏う空気が柔らかくなり、ルリアがアポロへ問いかける。

 

 「黒騎士さん、教えてください。貴方が何と戦っていたのか。そして・・・私とオルキスちゃんが何者なのか。」

 

 全ての真実を知る為、ルリアは黒騎士へ請う。

 アポロはルリアの言葉に、真剣な表情となって答える。

 

 「ルリア・・・お前がそう望むなら、教えよう。だが、望んだ答えが有ると思うな。真実は常に、最悪な想像をも絶望させる。」

 

 「ふ、この者たちにそんな脅しは通用せんよ。見くびるでないわ。」

 

 ルリアに試すような視線を向けながら答えるアポロに、ザカはそれが無駄だと諭す。

 ザカの言葉に納得したアポロは、全てを飲み込むような意思を秘める瞳でグラン達を見回すと口を開く。

 

 「ならば・・・貴様等を覚悟ある実力者として頼みがある。今この場にいるお前たちだからこそできることだ・・・」

 

 「頼みだと・・・?一体何をさせようというんだ。」

 

 「私をこのアマルティアから、脱獄させて欲しい。」

 

 何を言われるかと身構えていた一行でもアポロからの申し出に、驚愕は隠せなかった。

 

 「脱獄って・・・一体何を考えているのですか?そんなことをすれば我々だって・・・」

 

 「連中の襲撃に紛れ逃げ出そうと思っていたがお前たちの協力があれば容易いからな。それにあの小さい奴が言っていただろう。いざとなったら艇で逃げ出せるようにと。ここで私を連れてアマルティアを離れたところで問題はあるまい。」

 

 ヴィーラが黒騎士を逃がすことで罪に問われないかを示唆したがアポロはそれを一蹴する。

 確かにグラン達はモニカに逃げるように言われていたが、現状はまだ急を要する場面ではない。言われてわかりましたと簡単にできることではなかった。

だが幸か不幸かその時は来てしまう。

 

 「いたぞ、黒騎士だ!!先へ向かわせてくれた大尉のためにもなんとしてもやつを抹殺するぞ!!いけぇええ!!」

 

 声と同時に現れるのは多くの帝国兵士と魔晶兵士が2体。

不意を突かれた一行は迎撃準備が遅れ帝国兵士達の接近を許してしまう。

 

 「しまった、会話に気を取られすぎた!?」

 

 グランの声にすぐさま戦闘態勢を取ろうとするが、そこにまた新たな声が響く。

 

 「直ちに帝国軍を迎撃するぞ!!リーシャ船団長の期待を裏切らぬよう獅子奮迅の働きを見せろ!!」

 

 その場に別の方から参戦してくるのはリーシャが寄越した20人の増援。騎空艇停泊所はわずかな間に混乱を極める。

 

 「さぁ、今がチャンスだ!状況は混乱の一途を辿っている。この場を逃げ出せば問題はあるまい。あとは私の手を取るか、取らないかだ・・・」

 

 この状況を好機と見たアポロがグラン達へ選択を迫る。

 グランとジータは顔を見合わせた。僅かな時間、視線だけの言葉無き会話を済ませた二人は決断する。

 グランはアポロの手を取り、手枷を外す。ジータは予備の剣をアポロへ差し出した。

 

 「黒騎士・・・貴方を信じよう。ラカム、オイゲン!出航の準備を急いでくれ!!ゼタ、ヴィーラ。僕らは少しでも帝国兵を迎撃するよ!」

 

 「黒騎士さん、私も貴方を信じます。カタリナ、艇の守りはお願い。ロゼッタさん私と一緒にセルグさんを迎えに・・・」

 

 「ジータ、危ない!!」

 

 ロゼッタが声を上げる。ジータが声に反応して頭上を見上げた瞬間彼女の目の前には飛びかかる魔晶兵士の姿があった。

 

 「あ・・・」

 

 呆けた声を発してジータが固まる。どう動いても回避も防御も既に間に合わないタイミングであった。

 魔晶兵士はジータに向かい剣を振り下ろしており、その場の誰もが間に合わないことを悟る。

 己の命の終わりを悟ったジータはその剣を見つめることしかできなかった。

 

 「間に合ったあああああ!!」

 

 だが、目の前の終焉を告げる敵は、横から飛んできた光の斬撃と後ろから飛んできた剣によって吹っ飛んでいく。

 

 「ふぅっ、ギリギリだったな。大丈夫かジータ。悪かった、あっさりと抜かれちまってこんなところまであいつらを攻め込ませちまって・・・」

 

 斬撃を放ったのは追いついてきたセルグ。ジータが無事な事を確認して安堵するとすぐにもう1体の魔晶兵士へと向き直った。

 

 「敵を目の前に何を悠長なことをしている。そんなんでよく私にあんな啖呵を切ったものだな?」

 

 剣を投げたのはアポロだった。いきなりの失態に皮肉を言われたジータは罰が悪そうに肩をすくめる。

 

 「グラン!状況は?何をすればいい?」

 

 「私と一緒にやつらを迎撃するぞ。出航の準備ができるまではへばるんじゃないぞ。」

 

 セルグが状況確認しようと口を開いたところを剣を持ったアポロが並び立った。

 

 「・・・いつの間に仲間になってんだ?まぁいいか、見せてくれ。七曜の騎士の実力を。」

 

 「ふん、心配はしていないが足でまといにはなってくれるなよ?」

 

 「要らない信頼をどうも。疲れてるから任せたいところなんだけど?」

 

 「知らんな・・・しっかり働け。」

 

 「へいへい・・・」

 

 軽口を言い合うセルグとアポロ。だがその二人が並び立つ光景は、帝国兵にとっては悪夢そのものであった。

 最強と名高い七曜の騎士アポロと、先程まで化物と言われ圧倒的な強さで帝国兵を蹂躙していたセルグ。

 何もしなくても、そこにいるだけで帝国兵は腰が引けていく。

だが二人は容赦せず帝国兵士達へと向かい、魔晶兵士すら相手にならない強さで帝国軍を屠っていった。

 

 「グラン殿、ジータ殿。儂はここで降りよう。イオが秩序の騎空団に追われるようなことにならんよう事情の説明をしておきたいのでな。黒騎士の罪状についてももう一度精査する必要が有ると伝えねばならん。」

 

 「わかりました、よろしくお願いします。」

 

 ザカの言葉に言葉短くグランが答えると、ザカはグランサイファーを降りていく。

 セルグとアポロの活躍で既に周囲の帝国兵はいなかったが増援の気配がなくなることは無かった。

 

 「お主らも艇に戻るが良い。あとはワシが受け持つ。」

 

 ザカの言葉を受けてセルグとアポロも艇へと戻る。二人が戻ると同時にラカムとオイゲンが声を張った。

 

 「よし、出航だ!行くぞお前等!!」

 

 「振り落とされないようにしっかり捕まっとけ!!」

 

 グランサイファーの動力部が轟音を上げて動き出すと、瞬く間に加速してグランサイファーは大空へと飛び立った。

 

 

 グランサイファーが飛び立つ姿を見送ったザカは停泊所より空を眺めていた。

 黒騎士を取り逃がした帝国は撤退を始めており周囲には勝鬨を上げる秩序の騎空団の声が響き渡る。

 

 「ザカ大公!!彼らは?」

 

 そこに急いで走ってきたのか息を切らせながらリーシャが到着する。

 

 「おお、リーシャ殿か。無事かね?彼らは黒騎士を連れて脱出していったよ。」

 

 「そんな!?だってここには私の部下もおりましたし脱出の必要は・・・」

 

 「無かったかもしれん。だが彼らは真実を知るためにそれが必要だと考えたのじゃ。」

 

 「・・・ザカ大公。詳しくお話を伺えますか?モニカさんの発言がある以上彼らの脱出は仕方ないことかもしれませんが、黒騎士と何があったのか。彼らの目的は何なのか。私たちは知る必要があります。」

 

 ザカの言葉に徐々に雰囲気を尖らせていくリーシャは、最後には睨みつけるような目で言葉を発していた。

 

 「そう睨まないでくれ。ちゃんと話す。だがまずは少し休ませてくれんかの?お主も相当疲れておるじゃろう?」

 

 「そう・・・ですね。隊舎までご案内します。事情を聴くのは明日にしましょう。本日は我々の不手際で多大なご迷惑を」

 

 「よさぬか。儂はなんとも思っておらん。儂が勝手に首を突っ込んで疲れただけじゃ。気にするでない。」

 

 リーシャの謝罪の言葉を遮り、ザカは笑う。大らかなその笑いはリーシャの張り詰めた緊張の糸を緩ませた。

 ザカと同じく笑みを浮かべるリーシャは空を見やる。グランサイファーが飛んでいった茜色の空を。

 

 

 こうしてグラン達はアマルティア島を後にする。

 真実を探して伸ばした彼らの手が掴むのは、求める未来か。残酷な現実か。

 

 




如何でしたでしょうか。

原作と違いこの作品では、アマルティアに攻め込んできた帝国軍は相当な数で攻めてきたことになっております。
よって帝国の狙いである黒騎士を連れて脱出することがアマルティアを助けることになるという解釈でリーシャたちは理解するといった形になります。
ご都合感はありますが、後々の違和感を消すための小さな布石のつもりです。
ちょっとだけ補足させていただきました。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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幕間 現状把握とお仕置きと

次の目的地への補足回と言ったところです。

現在ガロンゾ編の添削中。
見返すたびになんだか納得いかない部分が見つかります。
成長した自分に見えてくるものがあるのか、見直すたびにコロコロ感性が変わっているのか
後者だとまずい(^^;;


それではお楽しみ下さい。





 夜の空の世界を騎空艇グランサイファーが翔ぶ。

 アマルティア島を脱出した一行は、グランサイファーの甲板でひとまず訪れた静寂に長かった一日の疲れを癒しながら、お互いの無事を確かめ合っていた。

 

 「はぁ・・・長い一日だったなぁ~アマルティアに着いたかと思えば、帝国が侵入してきて、撃退してセルグと再会したかと思ったらまた帝国が攻めてきて。」

 

 「うん・・・今日は戦ってばっかりだったよね。おかげで強くなれた気はするけど。一伐槍も使いこなせたし・・・でも、疲れた~。」

 

 グランとジータが手足を伸ばして座り込むと円を描くように仲間たちもその場に座り込む。

全員が無事なことに皆は柔らかな雰囲気で笑い合うが、流石にその表情には疲労が見え隠れしていた。無理もない、着いたかと思えば激闘に次ぐ激闘でその日にそのまま艇で脱出してきたのだ。疲れが溜まらないわけが無かった。

 

 「私も戦ってるわけでもないのに疲れました・・・」

 

 「オイラもなんだか疲れちまったぜぃ・・・」

 

 ルリアとビィも体を投げ出し今にも眠りにつきそうな様子を見せる。

だが皆が疲労を露わにしている中で一人だけ元気な者が存在していた。

 

「おい、いつまでそうしているつもりだ。早く進路を決めるぞ。」

 

一行のだらけた姿に不機嫌さを隠そうともせずアポロが口を開いた。そんなアポロの様子にセルグが呆れた様子で反論する。

 

「最後にちょっと戦っただけの癖して、一人だけいい気なもんだ全く・・・少しは皆を労ってやれよ。」

 

「何か言ったか?大きな口を叩いておいてあっさりと抜かれてきた使えない男が・・・」

 

「なっ!?この・・・言ってくれるじゃねえか。いい年して反抗期な七曜の騎士さんよ!」

 

「・・・貴様。牢屋の時といい。どうやら死にたいらしいな。」

 

「ふん、上等だ。やってみな。返り討ちにしてやる。」

 

アポロに反論したセルグの言葉がきっかけで何故か一触即発な雰囲気にまで発展する二人。

だがそんな二人の雰囲気を気にせずにゼタが割って入る。セルグの頭を槍で小突いて服を掴んで後ろへ引っ張った。

 

「も~やめなさいよセルグ。疲れてるんだから余計な問題起こさないで・・・」

 

ゼタが窘めてアポロとにらみ合うセルグを引き離す。引き離されたセルグは若干納得のいかない顔を浮かべたが大人しく引き下がった。

あっさりと場を収めたゼタに仲間たちから驚きの視線が注がれるがゼタはそれに気づかず黒騎士へと向き直ると口を開いた。

 

「黒騎士さん、ごめんね。多分セルグは、オイゲンを敵視する貴方が気に食わないだけなの。アイツ、本当に言いたいことを言わないで回りくどい気遣いばっかりするのよ。本当は黒騎士さんとオイゲンが仲良くして欲しいって思ってるだけだから気にしないで・・・」

 

ゼタはセルグの想いを読み解きアポロへと誤解が生じないように説明をしていた。

そんなゼタの言葉にセルグがまた反論の口を開いた。

 

「おい、ゼタ。余計な事は言うな。別に俺は反抗期士なそいつがオイゲンと仲良くなろうが知ったこっちゃ」

 

「はいはい、強がりはいいからアンタは後ろのジータに怒られてなさい。」

 

「え、は?なんだって・・・」

 

ゼタの言葉に後ろを振り返ったセルグが見たものはこの世のものとは思えない怒りの表情を見せて立っていたジータだった。

 

「ふふ・・・セルグさん。ちょぉっとお話があります。できればみなさんも混じえてお話をしたいのでこちらの輪の中心に来てくれませんか?」

 

ジータの言葉に緊張を解いていた皆も何かを思い出したように一斉にセルグを睨みつける。

思い当たる節がすぐに脳裏によぎったセルグはその瞬間に己の軽率な行動を呪った。

 グランサイファーにセルグを責めるジータの怒声が響き渡ることになる。

 

 

「貴方は!!私たちが!!どれほど心配したのか!!わかって!!いるのですか!!」

 

一語一語強くセルグに言葉を浴びせるジータ。その怒りの大きさは彼女の不安の裏返しであろう。

魔晶兵士に剣を叩きつけられた瞬間に、二度目のセルグの死を想像してしまった仲間たちの怒りは落ち着いた状況となった今、一斉にセルグに向けられる。

 

「手枷を壊すだけなら他にもやりようはあるだろ。ていうか壊す必要ないと思うし。普通に外してもらえばいいだけじゃん。」

 

「本当にセルグさんが死んだかと心配しました。もうあんなことは止めてください・・・」

 

「今度あんなことしたら噛みつくからな!!」

 

「悪ぃなセルグ。流石に今回は同情しきれねえよ。俺もこっち側だ。きっちり怒られな。」

 

「君は余りにも皆に心配をかけすぎだな。後で私が騎士としての心構えというものを懇切丁寧にみっちりと座学で叩き込んでやろう。なぁに半日ほどで終わるし、その間は眠らない様椅子に縛り付けて叩き起こしてやるから安心しろ。」

 

「フフフ、お姉さま。このような愚か者には騎士のなんたるかではなく、まずは己の立場から教え込ませなければいけません。己の立ち位置がどこなのか、私と一緒に調教から始めましょう。」

 

「セルグ・・・お前の気遣いはありがてぇが、人様の家庭事情を気にする前にまずお前は自分の事をよく省みるんだな。」

 

「私の魔法で少し、頭冷やそうか・・・・」

 

「あらあら、皆の怒りにお姉さん流石に怖くなってきちゃうわぁ。まぁ仕方ないわね。きっちり怒られなさい・・・」

 

仲間からの怒りに徐々に縮こまりながらセルグは申し訳なさそうに言葉を受け止める。全ては己を心配するが故の言葉に流石のセルグも今回ばかりは反省をしているようであった。

大の大人が叱られた子供の様にごめんなさいと呟きながら反省する様は何とも言えないシュールな光景だったと、後に元エルステ帝国最高顧問は語った・・・

 

こうしてこの夜は、セルグのお仕置きだけで時間が過ぎていった。

仲間達は次々にセルグを責めるだけ責めて、スッキリとした面持ちで疲れた体を癒すため就寝していく。

ジータ達の余りの怒り振りにアポロも今は何も言わない方が良いと判断しグランサイファーの一室で休みを取った。

 アマルティアの長い一日が終わり、セルグの終わりの見えない長い夜が幕を開けた・・・

 

 

 

 眩しく太陽が照らす朝を迎えたグランサイファーの甲板で死んだような目をしている男。昨晩心身ともに擦り減らし、ぐったりとしているセルグの姿がまるでみえていないかのように仲間達はこれからの方針をアポロと話し合っていた。

 

 「まずは確認したい。黒騎士、貴方と敵対しルリアとオルキスを狙っている人は誰だ?」

 

グランがアポロへと問いかける。アポロを秩序の騎空団へと売り、まんまとアポロからオルキスを奪った今回の騒動の黒幕が誰なのか。

 

「奴はこれまで私と手を組んでいた。無論、あの人形を狙っていることは明かしてこなかったが・・・少し考えればわかるだろう?私以外の誰がエルステ帝国軍に指示を出せる?」

 

「それは当然・・・エルステ帝国のトップ。皇帝さんなんじゃないの?」

 

「その認識は間違っちゃいない。その皇帝がいるという前提があればな・・・」

 

ロゼッタの問いに答えたアポロの言葉は仲間達に疑問符を浮かべた。帝国と名乗るエルステに皇帝がいないことなどあるわけがない。疑問の消えない仲間達は次のアポロの言葉を待った。

 

「私ですら、その皇帝様を見たことがないんだ。隠れて命令を下している気配もない。つまり現在のエルステ帝国の実質のトップは宰相のフリーシアということだ。」

 

 ガロンゾで一行が遭遇したエルステ帝国の宰相フリーシアが黒幕だと述べるアポロの言葉は一行に驚愕の顔をつくらせた。

 

「そんな・・・それじゃあの人がルリアとオルキスを狙う黒幕だって言うの?」

 

「ほう・・・もう奴とは会っていたのか。いけ好かない女だったろう?」

 

 小さく笑みを見せながらイオに返すアポロの言葉には、フリーシアを決して快くは思っていない彼女の心情が見え隠れしていた。

 

「あの人の傍にオルキスちゃんがいました。悲しそうな顔をしたオルキスちゃんが・・・」

 

「あの女が私を捕縛させたのには、これまでの帝国の悪事を全て被せ処刑する以外に、私を人形と引き離す目的があったのだろうな・・・まんまとしてやられたわけだ。」

 

ガロンゾでの一幕を思い出したルリアの言葉に悲しみが乗る。ルリアの声に反応を見せなかったオルキスの様子は正に人形と呼ぶにふさわしい悲しい姿だった。

ルリアの言葉の中にオルキスの所在を知ったアポロもフリーシアの思惑通りに事が進んでいることに苦渋の顔を見せる。

 

「バルツでお前たちに警告したとおり、奴は人形とルリアを自らの目的のために利用しようとしている。人形を手に入れた今、奴はルリアを手に入れるために手段を選ばず手を出してくるだろう・・・今回の魔晶兵士にしたってそうだ。魔晶も魔晶の粉も全てはあの女の計画で動いていたものだからな。」

 

 更に一行に告げられるのは、アポロの罪状として挙げられていた魔晶についての事実。

 フリーシアによって流通していた魔晶にまつわる罪状は全てアポロへと着せられていた。全てはアポロを誅殺し、自らの望みを叶えるためにフリーシアが仕立てたシナリオだったのだ。

 アポロは再度グラン達の意思を確かめるように一行を見回す。

 

「猶予はあまりないぞお前達。人形を取り返すためにも力を貸してもらう。」

 

アポロの言葉に力強く頷くグラン達。やることは見えてきた。そこに一層の力をこめて注力しようと誓う。

 

「大体の事情は分かってきた。ルリアも黒騎士もオルキスって子を助けたくて手を組んだって所か?それにしてもお前たち。話を進めるのは良いけど、先にオレにも事情を説明してくれよな・・・昨日だって追いついたと思ったら出航だったから、なんで黒騎士の手枷が外れてるのかとか、態々アマルティアを脱出する必要あったのかとか。結局わからずじまいで、オレだけ置いてけぼりじゃねえか。」

 

いつの間にか復活していたセルグが話に入ってくる。若干拗ねてるような姿を見せるセルグに仲間達は小さく笑うも、心優しき我らがジータ団長がセルグに丁寧に経緯を説明し始める。

ジータからこれまでの経緯を聞いたセルグは改めて少し思案した後改めて口を開いた。

 

「・・・黒騎士、フリーシアの狙いって何かわかるか?あるいは奴の計画がどの程度進んでいるか。」

 

「詳しくは私も知らん。というよりは調べてもわからなかったというべきか。奴は巧妙に隠していてな、一つだけはっきりとわかったのはあの女が人形とルリアを犠牲に、何かを成そうとしていることだ・・・現状はルリアがまだここにいることを考えても計画は半ばといったところか・・・」

 

「犠牲って・・・それじゃオルキスちゃんは今!?」

 

「危険な状態にあるかもしれない。そしてそれは私の計画にとっても思わしくない。私なら奴の行きそうな場所がわかる。だから進路を」

 

「まぁ、落ち着けよ。少なくともルリアとオルキスの両方を欲しているなら、現段階でどうこうできるってわけでもないだろうさ。それより黒騎士、もう一つ聞きたい事がある。」

 

 セルグが焦燥に駆られるアポロを止めて真剣な面持ちで問いかける。ガロンゾよりずっと胸にしまいこんでいた不安の種を明かす。

 

 「皆には黙っていたんだがな・・・ガロンゾで帝国の戦艦に連れ去られた時に奴から力を貸せと話を持ちかけられたんだ。」

 

 「な!?セルグそれはどういうことだよ。僕たちは聞いてないぞ!」

 

 「落ち着いてくれグラン。ちゃんと断ってるし、オレにその気は更々ない。別段言う必要が無いと思っただけだ。それでその時、奴の目的を聞いたんだが・・・黒騎士、“歴史への反逆”。この言葉が意味することはなんだ?」

 

 セルグが告げる言葉に仲間達に動揺が走るもセルグはすぐさまそれを制して、アポロへと再度問いかけた。

 アポロがセルグのもたらした言葉の意味を考えて思考を巡らしていく。

少しの時間で考えがまとまったのかアポロは小さく口を開き答えを告げた。

 

 「歴史への反逆・・・か。本当に奴がそう言ったのなら、奴が何をする気なのかはわからないが、奴が何をしたいのかは見えてくるかもしれんな。」

 

「何をしたいか・・・?」

 

 「ああ、手段はわからない。だが、奴は取り戻したいのだろう。エルステ帝国ではなく、エルステ王国をな・・・」

 

 「エルステ・・・王国?」

 

 「ああ、奴の出自に関わる事だ。あの女は本来、エルステ王国に仕える宰相だったのだ。今でこそエルステ帝国の宰相となっているが奴の家系は代々エルステ王国に仕えていた。その過去を取り戻したいのだろう。だからこそ奴の行先は見当がつく。」

 

「へぇ、宰相さんはいったいどこへ?」

 

「ラビ島、旧エルステ王国のあった場所。メフォラシュだ・・・」

 

「メフォラシュ・・・エルステ帝国の正式な領地だったか?なんでまたそんなところに?」

 

「メフォラシュはエルステ王国の首都だったところだ。・・・まぁそのへんは行きながらおいおい話すとしよう。まずは進路をラビ島へ向けろ。」

 

フリーシアの行先に見当のついていたアポロはそれを確信へと変えて行先を告げる。

 

「うぅ・・・なんだか黒騎士に偉そうにされるのはちょっとだけ納得いかねえけど仕方ねえか・・・さっさとラビ島に向かおうぜ。」

 

進路をラビ島へと向けるようアポロが命令するのを聞いてビィが若干嫌な顔をするが我慢して皆へと号令をかけた。

グラン達はさほど気にしていないのか表情に変化を見せずに口を開くとラカムに呼びかける。

 

「行先は決まった。ならあとは動くだけだ、ラカム頼むよ!」

 

「おう、任せとけ。お前たちはもう少し休んでな。それなりに時間は掛かるだろうからよ。」

 

「お願いします、ラカムさん。さぁ、セルグさん。一緒に食事に行きましょう。ローアインさんが待ってますよ・・・セルグさん?」

 

ジータが昨日から何も食べていないはずのセルグを食事に誘うもセルグは思案したまま話を聞いていない素振りを見せていた。

 

「・・・ん?ああ、ジータ。すまない行こうか。そんなに時間は開いてないが、アイツの料理も久々な気がする。楽しみだ・・・黒騎士もどうだ?味は保証するし、これからの事を考えたら食事はしっかり摂っておくべきだと思うぞ。」

 

「ふん、いいだろう。お前とはもう少し話をしておきたいからな。まずは戦力の把握からしたい。付き合ってもらおうか。」

 

「そういうのはグランに頼む。戦闘指揮はグランの役目だからな。」

 

「えぇ、そこで僕に押し付けるの!?」

 

思わぬセルグの無茶振りにグランが慌てた声を上げた。そんなグランに仲間達は笑い合う。

久しぶりにのんびりとできる仲間との会話に顔を綻ばせたセルグは、その胸中で未だ燻り続ける不安の火種から目を逸らし続けるのであった・・・

 

 

 

一行はラビ島へと向かう。

渦巻く陰謀と消える事のない不安を抱えながら、物語は更なる動きを見せてグラン達を巻きこんでいく。

 




如何でしたでしょうか。
そろそろ話の流れが難しくなってきて矛盾点とか出てきそうですね・・・

それでは、楽しんでいただければ幸いです。

次回より物語が動き出すラビ島編。お楽しみに(^^)


追記 twitterフォローしてくれた読者様がいてくれてスゴく嬉しかったです。
名前は明かさない方が多分良いのかな。3名の方がフォローしてくれました、ありがとうございます(^^)
この嬉しさを糧に頑張って良い作品にしていく所存です。


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幕間 戦力把握と手合わせと

久方ぶりとなってしまいました

少々リアルの仕事の都合で執筆時間が全く取れない現状です。(仕事寝る仕事寝るのループが終わらない)

次回からラビ島編スタートになります。こんなに待たせておいてシナリオが進まないことはどうかご容赦いただきたい
ラビ島編は何度か原作シナリオを見直し構成を練っているところです。(半額期間もあるからグラブりたい)

それではお楽しみください。


「ほう、では貴様はまだ入団して日が浅いというわけか?」

 

「そうだな、つい最近だ。オレとしても随分と濃い日々を過ごしたせいで長いこと皆と一緒に旅をしている気分でいたが割とオレは新参だよ。」

 

「その割に随分と信頼されているのだな。まぁ同じ程度に心配もされているようだが。」

 

「言ってくれるな。オレとしてもどうにも自分の行動が思うように結果を残していないことは薄々感じていたところなんだからさ・・・」

 

 グランサイファーの食堂となる一室でセルグとアポロが会話をしていた。

 これまでのグラン達との邂逅において、セルグの姿を見受けられなかったアポロが、グラン達から随分と慕われているセルグを見てなんとなく疑問に感じた部分を問いかけていたところだ。

 

「おまっちゃした~、セルグさんオカエリっす。腕によりをかけて作った自信作。ばっちゃん直伝の最強の味噌汁付き朝食フルコースよ!どうぞ味わってください。そっちの黒騎士さんもどうぞ・・・」

 

 そんな二人の会話に割って入るようにローアインが朝食を持ってくる。セルグの無事の帰還に喜びを露わにしながら自慢の料理を振舞ってくれるようだ。

笑顔で自分を迎えてくれるローアインと久々に味わう彼の料理に、散々怒られ心身共に疲れた一晩を明かしたセルグは、心から癒しのひとときを得ていた。

 

「ああ・・・染みる。お前の料理は最高だよローアイン。これだけでも帰って来た価値があるってもんだ。」

 

 味噌汁をひと啜り。じじ臭い雰囲気を醸し出しながらもセルグはローアインの料理に舌鼓を打つ。幸せそうな笑みを浮かべるセルグの姿にローアインも満足そうに頷いた。

 

「へへ、ばっちゃん直伝はもうサイッキョーの味っすからね!いつかこれでキャタリナさんを落としてみせるってなもんで、日々修業中っすよ!」

 

「確かに、風体はアレだが料理の腕は良いようだな・・・」

 

 対面でセルグの様子を見ていたアポロも試しにとすすった味噌汁の味に思わず感嘆の声を漏らしている。そんなアポロの様子にセルグはニヤリと笑うとローアインに声をかけた。

 

「ほう、元帝国最高顧問の舌も唸らせるとは・・・やったなローアイン。」

 

「ウス、あざっす~。あ、片付けは後でしとくからそのまま残してくれて構わないんでどうぞごゆっくり~」

 

 そう言ってその場を去って行くローアインを見送り食事を再開するセルグとアポロ。目の前の朝食を、沈黙を保ったまま二人は食していった。料理の味故かその勢いは少々早い。食卓から朝食が消えるまで大した時間はかからなかった。

 食べ終わったセルグは目の前に座るアポロを見ると改めて口を開いた。

 

「まさかお前の口から料理の感想を聞けるとは思わなかったよ。それも高評価なようで更に驚きだ。」

 

「ふん、美味いものを美味いといっただけだ。それより先も言ったが、戦力把握をさせてもらおう。恐らくはこの騎空団の中でもトップの実力を持つであろうお前の口から聞きたい。ここの連中の評価をな。」

 

 アポロがセルグに問いかけるのは騎空団内の実力の程度だ。彼女自身の目的のためにもどの程度の実力者がいるのかは把握しておく必要があると考えてのことだろう。

 問いかけられたセルグは僅かに難色を示した。

 

「日が浅いといっただろう。オレの評価ではあまりアテにならない気がするが?」

 

「弱いものに強さの程度などわかるまい。こういうのはトップの奴に聞くのが一番だ。多少情報がズレていても構わん、教えろ。」

 

 セルグの不安をにべもなく切り捨てるアポロは、さっさと話せと言わんばかりにセルグへと向ける視線を鋭くする。仕方なくセルグも幾分か思案してから自分なりの戦力分析を披露するのだった。

 

「はぁ・・・わかったよ。まずはグランとジータだな。天星器を扱えるあの二人は団内でも抜きん出ている実力者だ。恐らく天性のものであろう驚異的な集中力と適応力。様々な戦闘スタイルと属性を扱うアイツ等は真性の天才と言えるだろうな。そしてまだ大人というには少々幼い精神性は逆を言えば成長率が著しいとも言える。難点はその精神性故にまだ実力にはムラがあるといったところか。天星器の扱いも常にできるわけではないしな・・・あと戦闘において少々甘い気はするな。心に隙があるというか。それでも実力はトップクラスだ。平時でも魔晶兵士と1対1なら時間はかかるが問題なく倒せるだろう。」

 

「ほう、随分と買っているのだな。貴様の性格を察するに奴らを戦わせたくなくて自分が必死に闘っているように思っていたがな。弱いくせに戦おうとするな、ぐらいは言うと思っていたよ。」

 

「その考えは間違ってはいなかったよ。オレにとってアイツ等も守る対象で戦わせたくなかった。特にグランやジータ、イオといった子供が大人の都合で戦いに巻込まれるなどと・・・」

 

 そう言ってセルグの表情が曇る。セルグの中では帝国の企みに巻き込まれて戦う彼らの現状に納得ができていない部分もあるのだろう。

 

「その考えには賛同できんな。奴らにだって意志や想いがあるから戦っている。仲間である貴様が守る対象として奴らを見ているなど思い上がりと侮辱もいいところだ。」

 

 だがそんなセルグの葛藤をアポロは切って捨てる。セルグの考えはグラン達の安全は願っていても、グラン達の想いをないがしろにするものだった。それぞれの想いや信念を軽んずるセルグの考えは、絶対的な意志を持って帝国と対するアポロの目には酷く自分勝手で傲慢なものに見えた。

 

「同じようなことをグランにも言われたよ。そんなのは仲間じゃないってな。だからオレも信じることにしたのさ。さて、次だが・・・ゼタ、ヴィーラ、カタリナかな。こと戦闘においてはグラン達に匹敵する攻撃能力を有するゼタとヴィーラ。剣の腕はもちろんのことだが視野が広く守りの要となるカタリナ。ここら辺が次点だろう。魔晶兵士と1対1なら苦戦はするがなんとか倒せるといった感じか?あとはラカム、イオ、オイゲンだが・・・3人とも遠距離攻撃を得意とするスタイルだからな。直接的な攻撃力というよりは援護を主とする技巧派な感じが強いだろうな。イオは回復魔法を使えるし操舵士である二人は度胸もあって精神的支柱の面もあるだろう。最後にロゼッタだが・・・正直わからん。現状見えている実力では後衛組とさして変わらない印象だがどうにも違和感が拭えなくてな。何かを隠しているのは間違いないんだが、それが見えてこない。とまぁ、こんな感じだがこれで満足か?」

 

「概ねな・・・どうだお前達。こんなことを言っているが・・・」

 

「は?」

 

 説明が終わり一息ついていたセルグはアポロの言葉に後ろを振り返る。そこには部屋の前で集まってこちらを見ていた仲間達がいた。

 

「あ、あはは・・・ちょっと過大評価に過ぎるんじゃないか、セルグ?」

 

「グラン、ちょっとどころじゃないよ。私たちがこの中で一番って言ってるんだよ!」

 

「大体は妥当なところか。ロゼッタについては私たちも少々気にはなっているが、どうせ語らないだろうし実害も無いので放って置いてる。と言ったところだ。」

 

「あら、私の扱いって存外雑みたいね。お姉さん少しショックだわ・・・」

 

 グランとジータが恐れ多いと言わんばかりに顔を引きつらせれば、カタリナはロゼッタへの評価に同意をしていた。端的に言えば胡散臭いといった評価をなされたロゼッタは少しだけ拗ねたように口を尖らせてショックを受けたとセルグに非難の目を向ける。

 

「まぁ俺たちは妥当だろうな。前衛向きな戦いはしないし、技巧派ってのは悪かねえ表現だな。」

 

「私は納得いかない!私の魔法は援護だけじゃ無いんだから!!」

 

 ラカムとオイゲンの評価は納得のようで少しだけ安心したセルグだったが、その後のイオの発言に罰が悪そうな表情を見せる。

 

「そうは言ってもオレだって日が浅いのに分かるわけもないだろう。判断材料と言ったらザンクティンゼルで戦ったのくらいだし・・・最後には見事に意識外からの援護魔法でやられた口だしな。別に弱いと言ってるわけじゃ無いんだから勘弁してくれ。」

 

「フン!今度は私の魔法で大活躍して見せるんだからよく見てなさいよ!」

 

 思わず抗弁するセルグの言葉にイオはそれ以上責めることはしないものの、グランとジータに対抗意識でも燃やしているのか次の機会に己の実力をしっかり見ておけと意気込むのであった。

 そんなセルグとグラン達の様子にアポロは小さく笑みを浮かべた。大体の評価は間違っていないようで安心したようだ。

 

「本当に良く慕われているようだな。今度は貴様等に聞こう。この男の実力はどれ程のものだ?」

 

 続いてアポロはグラン達へと問いかける。目の前に佇むセルグの実力について。

 アマルティアの戦いではセルグの戦う姿はほとんど見れず。だが、グラン達の言動から相当な実力者だという事はわかっていた。セルグの実力によってはフリーシアの算段を大きく崩せるのではないかと。己の目的の為の打算がアポロの脳裏によぎる。僅かながらグラン達の評価を聞くときよりも逸る気持ちを抑えてアポロはグラン達の言葉を待った。

 

「う〜ん・・・率直にいうと計り知れない、かな。一度みんなで戦って勝てたけどセルグにはその先がまだあったみたいだし。」

 

「底が見えないですね。やろうとすればどこまでも強くなれそうな感じです。」

 

「そうですね、星晶獣ヴェリウスの力も使役するとなるとどこまで強くなれるのか、私達では計りかねます。」

 

 グラン、ジータ、ヴィーラがまず意見を述べる。しかしそれは具体的な実力の程がわからない不明瞭な評価。だがそれでもまるで得体の知れない存在とでも言いたげな仲間からの評価にセルグは呻く。

 

「お前達はオレをなんだと思ってるんだ。ガロンゾでもボロボロにされたオレへの評価がそれって・・・」

 

「安心しなさい。アドヴェルサの砲撃を喰らって生きてるだけで化け物認定は確定よ。」

 

「確かに・・・アレ受けて生きてるのはちょっと信じられないわね。」

 

「ラカム、オイゲン。そろそろ泣いていいか?」

 

 反論した瞬間にゼタとロゼッタに化物認定をされて更にショックをうけて床にのの字を書き始めるセルグ。そんな姿にさらに追い打ちを掛けるように仲間から言葉が投げかけられる。

 

「残念だが俺たちもそこには同意だな。お前の強さは底が知れねえ。」

 

「だ、大丈夫ですセルグさん!セルグさんがどれだけヒトから外れてようとセルグさんは大事な仲間ですから!」

 

「ル、ルリア・・・励ましたいのはわかるが今の言葉はむしろ逆効果じゃねえか?」

 

 ラカムとルリアが止めを加えた。

 

「ちょっと部屋で休んでくるわ・・・」

 

 セルグはショックのあまり部屋でふて寝することに決めた。彼の瞳に僅かばかりに涙が滲んでいたのを仲間達の誰もが気づかなかった。

 そんなセルグの様子を見ながらも、アポロはグラン達から求めていた答えを得られず、内心では慌ててセルグを引き止めるべく声をかける。

 

「まて貴様。折角だから食後の運動に付き合ってもらおうか。」

 

「ん?どういう」

 

「手合わせしろと言っている。お前の実力も知っておきたいからな。残念ながら仲間の誰もがお前の実力を知らないようだ。私が測ってやろう。」

 

「艇の上じゃ全力では戦えないだろう?実力を把握するのは難しいんじゃ無いか?」

 

「私を誰だと思っている。剣技だけで構わん、それでも十分測れるさ。」

 

 断ろうとするもなかなか引かないアポロに怪訝な表情を見せるも、このままでは引かないだろうと判断したセルグは、仕方なくアポロへと向き直って要望にこたえることにした。

 

「拝啓、オイゲン殿。貴方の娘は血の気が多いようですって後で手紙でも描くかね。まぁいいや。剣技だけでいいならわかった、手合わせ願おうか・・・」

 

 セルグの言葉と共に二人はグランサイファーの甲板へと出て行く。

 

 

 甲板で少し距離をとって向かい合うセルグとアポロ。その手には天ノ羽斬とジータがアマルティアで渡した予備の剣が握られている。

 アポロが握る剣をみてセルグは口を開いた。

 

「さて、やる前に少しだけ説明でもしておこうか。オレの武器、絶刀天ノ羽斬は全ての防御能力を断ち切ることができる。星晶獣の中には奇妙な防御技や能力を持っている奴が多かったりしてな。それ等に関係なく攻撃を届かせることができるわけだ。まぁ対人ではほぼ無意味だろうな。あくまで特殊な防御能力からの干渉を受けないってだけだ。普通に防御は出来るから安心してくれ。ただ、特殊な製法で作られているのかこれまでにこの刀が刃こぼれをしたことはない。武器破壊は狙えないと思ってくれ。」

 

「随分と奇妙な能力だな。まぁなんであろうと問題は無いだろうが。」

 

 武器の差を考慮したセルグの発言をどうでも良さげに返すアポロにセルグの視線が少しだけ鋭くなる。

 

「言ってくれるぜ。一応小さな自尊心って奴も持ち合わせてるんでな・・・本気でやらせてもらおうか。」

 

 言葉とともにセルグの気配が膨れ上がる。アポロの言葉がセルグのプライドを刺激したのかその雰囲気には若干の怒りが見えていた。

 

「心地いい強者の気配だな。楽しませてくれそうだ。」

 

 アポロもセルグの変化にニヤリと笑う。己の予想を上回りそうなセルグの気配はアポロの思惑を良い意味で覆してくれそうだった。

 向かい合う二人の気配が重苦しく甲板を支配する。二人の手合わせを見ようと甲板に出たグラン達は始まる前から既に目が離せないでいた。

 

「いくぞ・・」

 

 小さく発した声と同時にセルグが動く。

 甲板の板を踏み抜くような脚力は、5歩は必要な間合いを1足でゼロにする。初手は鞘に収まっていた天ノ羽斬を抜き放つ横薙ぎの斬り払い。それをアポロは全く動じずに剣で防ぐ。セルグは振り抜いたままの勢いで体を回転させアポロの背後へと回り込む。回転の勢いそのままに再度振り抜かれる横薙ぎの一閃をアポロは屈んで交わすと、お返しとばかりに背後を切り払う。

 

「うおっと!?」

 

 視線を向けずに返された斬撃に思わず身を仰け反らして躱したセルグは鞘を杖がわりにして体を支えるとそのまま足払いをかけた。かわすために僅かに跳躍したアポロに向けて2度目の剣閃を向ける

 

「多刃」

 

 振るわれた斬撃は数多。瞬速で放たれた剣閃をアポロは僅かに驚愕しながらも防いで距離をとった。

 しかし、距離をとったアポロの腕部に着けられていた鎧の一部にはいくつかの傷がついていた。

 

「この私が防ぎきれずに傷をつけられるとはな・・・やるじゃないか。」

 

「お褒めいただき光栄だ・・と言いたいところだがそんなちょっと傷がついた程度では攻撃を加えたと言えんだろう。こっちとしては防がれたことが不服だな。」

 

「フン、減らず口を。今度はこちらから行くぞ!」

 

 今度はアポロが動き出す。セルグ同様に1足で間合いを詰めたアポロは正面から叩き切るように剣を振り下ろす。だが、刀よりも肉厚な刃を持つ重い剣をアポロはセルグと同様に驚異的な剣速で振るう。

 セルグはまともに受け止めないように刀の反りを利用して受け流すように躱したが、受け流された剣は甲板に振り下ろされることなく返す刃で受け流したセルグを追撃する。

 振り下ろした剣を無理やり止めて追撃へと移行したアポロの剣に戦慄しながらもセルグは刀で受け止め、お返しとばかりにセルグも渾身の力を込めた一閃を見舞う。

 

「光破!」

 

 アポロの膂力を利用したカウンター気味に放たれた一閃をアポロが剣で受け止めたとき、甲高い音と何かが割れる音が響く。

 

「あ・・・」

 

 思わぬ結果に間の抜けた声を上げたのは近くで観戦をしていた仲間たちだ。その目に映っていたのは天ノ羽斬によって半ばから断ち切られてしまったアポロが握る剣だった・・・

 

「引き分けってところか・・・お互いにしっかりとした一撃は入れられなかったな。」

 

「そうだな、力では私が、速さではお前が上だったか。フン、まさか互角で立ち回られるとは思わなかったぞ。」

 

 アポロからの素直な驚きと称賛の言葉にセルグも笑みを浮かべて答える。

 

「力任せに剣閃の向きを変えてくるとは思わなかったよ。ついでに防いだら腕がしびれるともな・・・流石は七曜の騎士といったとこか。ホントの全力ではどうなるか想像がつかない。」

 

 お互いに予想していた実力を相手が上回っていたのか、湛え合うセルグとアポロ。お互いに褒めたたえ合う姿は笑い合う戦友のような光景に見えるが近くで見ていたグラン達はそんな笑顔とは真逆の戦慄の表情を浮かべていた。

 かろうじで把握できたのはセルグの横薙ぎの初撃をアポロが防いだところまで。それ以降の攻防はほとんど把握できず、セルグが技を放った事は確認できたがそれがアポロにどのように向けられたのか。アポロがどう防いだのかは分からず。わずか数合で終わった攻防で目の前の二人の実力が仲間たちの理解の及ばぬところにあるのを感じていた。

 

「どうしたんだ、グラン?」

 

 そんな仲間達の中に一人、険しい目をしていたグランに気付いたセルグは、怪訝な表情と共に声をかける。ただただ驚愕を貼り付けていた他の面々と違いグランの表情にだけは疑念や怒りに近い何かが伺えた。

 

「・・・セルグ。ザンクティンゼルで僕らと戦った時は全然本気じゃなかったのか?少しずつ強くなってきたからこそ分かる、今の攻防だけで僕らにどの程度実力の開きがあるのか・・・あの時手を抜いていたんだったら僕等は」

 

 ザンクティンゼルで戦った時は全力ではなかったのかとグランの胸中には疑念が渦巻く。

 手を抜かれていたのか?仕方なく仲間になってくれたのか?浮かんでは消える疑問は、実力で勝ったからこそ仲間になってくれたと思っていたグランの心に重くのしかかってくる。

 

「何勘違いしてるんだよ。あの時の戦いは正真正銘オレの全力だ。戦いの後は融合の反動でしばらく動けない状態だっただろ?なりふり構わずな勢いで戦っていたわけだ。それでもお前達に負けたんだから手を抜いてるはずがないさ。」

 

「でも、今の手合わせは融合していないのにあの時と同じくらい・・・下手するとそれ以上に感じられた。ジータはどう思った?」

 

 尽きない疑念を確かめようと今度はジータにも問いかけるグラン。問いかけられたジータもおずおずと自信なさげに答える。

 

「・・・そうですね、ザンクティンゼルで勝てたことが一気に信じられなくなるくらいには力の差を感じたのは確かです。」

 

「そこ等へんにはいくつか理由があるかな。まずあの時はまだ俺も融合状態に慣れていなかったことだ。初めて振るう力に振り回されていたことは否めない。融合状態の力にオレの感覚がついて行けてなかったんだ。もう一つはお前達と共に旅を始めてからガロンゾではガンダルヴァ、アマルティアではあの撤退戦と激闘には事欠かなかったか事だ。元々オレはひっそりと生きていたからな・・・長いこと戦いとはご無沙汰だったから勘を取り戻してきたって感じだ。ま、要するに成長するのはお前達だけじゃないってことさ・・・あんまり余計な事を気にするなよグラン。今のオレは、間違いなくオレの意思でお前達と旅をしている。お前達に負けたから仕方なく旅をしているわけじゃないんだからさ。」

 

 これまで組織に見つからないようにひっそりと生きていたセルグは長いこと戦いとは無縁の生活を過ごしていた。鍛錬は行っていたが実戦の機会はほぼなかったと言っていいだろう。目立つ行いはせず、島から島へと移り住んで生きてきたことで知らず知らず錆び付いていた戦闘の感覚が、グランたちとの旅によってもたらされた実戦の連続で取り戻されつつあったのだ。

 

「でも・・・」

 

 セルグに気にするなと言われてもグランの気持ちは複雑だった。

 実力で勝っていたのだと思っていたザンクティンゼルでの戦いはまだセルグの本調子ではなかったのだと知ってしまったのだ。あの時仲間とともに戦ったとはいえセルグに勝てたからこそ自信満々にセルグを騎空団に勧誘することができた。その自信が覆されたことはグランにとって簡単に拭えるわだかまりではなかった。

 

「何が不満なのかはわからないがホラ、折角戻ってきて出会った時よりもパワーアップしてるんだから嬉しそうにしろい!」

 

 セルグはそんなグランの不満な顔を消し飛ばすように快活に笑った。グランの頭をビシビシと叩いてそんな顔をするなと告げている。

 

「それはそれで面白くないからちょっと嫌かも・・・はぁ、セルグの背中がまた遠のいた。」

 

 グランは渋々納得するも、せっかく少しは近づけたと思った実力の差が開いたことに僻易する。

 2度目の天星器の使役で、魔晶を使用したポンメルンを退けたグランは少しずつ成長していた自分の実力を感じていたが、目標となる高みがさらに上がってしまったのだから彼の心情が複雑なのは仕方ないことかもしれない。

 

「悔しいと感じているなら上々だ。まだ追いつけるって事だからな。大きな開きがあれば人は絶望し諦める・・・悔しいと思えるならオレとお前達の差はそれ程大きくはないよ。まぁ、がんばるこった。」

 

 そんなグランにセルグは再度頭をビシビシ叩いて答える。慰めや気休め・・・ではないだろうとグランは感じる。彼の性格ならばここでその場しのぎの発言が意味のない事がわかってると思えた。

 セルグの言葉は十中八九本心からの言葉だと理解できたグランは、セルグに向けて言葉を返す。

 

「そんなもんかな、とりあえず一対一で今度は手合わせしてもらえない?自分の限界を知りたいしセルグからアドバイスとかもらいたい。」

 

 強くなりたい。そんな単純明快で強い気持ちがグランを動かす。目の前に佇む遥か高みにいる仲間へ少しでも近づこうと手を伸ばした。

 

「お、いいなそれ今からやろう。黒騎士の実力にオレも危機感を抱いていたからな。帝国と本腰入れて対立する前にちょっと強くなっておくか!」

 

「あ、私も一緒にお願いします!天星器を使いこなす練習もしたいし・・・グランに置いていかれるのは私も嫌だもん!」

 

「ふむ、このまま置いていかれては癪だ。セルグ、私も頼みたい。」

 

「ちょっとー!その前に私の魔法の力がどんなものかセルグに見せるのが先よ!」

 

 セルグの一言がきっかけにあれよあれよという間に大賑わいとなる仲間達。我先にと特訓を申し出るジータ、カタリナ、イオに詰め寄られタジタジといった状態になるセルグを見てアポロは口を挟む。

 

「フン、良かったな。大人気じゃないか。」

 

「おいおい、何言ってやがる。お前も手伝うんだよ!目的のために戦力強化は必要だろう?」

 

 このまま逃がしてなるものかとアポロへ援軍要請を出したセルグ。だがその言葉を聞いた瞬間にアポロの顔には身震いを起こさせるような嫌な笑みが張り付いた。

 

「良いのか?帝国では私の下についたら訓練で死ぬか戦場で死ぬかのどちらかだと言われていたのだが、そんな私に教えを請いて良いのか?」

 

「お前・・・何する気だよ?」

 

 不穏な雰囲気と発言に戦慄するセルグの表情を見た瞬間アポロは満足そうに悪い笑みを崩した。

 

「フ、冗談だ。」

 

 からかわれたのだと理解したセルグは若干だが苦々しい顔を浮かべてボソリと呟く。

 

「オイゲンに後で娘さんがめんどくさいですって言っておくかな・・・」

 

「貴様・・・」

 

 昨晩同様にまた不穏な空気になりそうな二人を仲間たちが必死に宥めて、グランサイファーの甲板で騎空団の特訓が始まる。

 それぞれの瞳には先に待つ帝国との戦いを見据えての戦う意志がギラギラと漲り、ラビ島に到着するまでの間、グランサイファーの甲板に静寂が訪れることはなかった・・・

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

長い投稿期間の空きの間にお気に入り100件とUA10000を達成しており、読者の皆様に感謝がつきません。
ありがとうございます!

次回は今回ほど間は明かないようにしたいですね。
楽しんでくれている人がいるのが作者のやる気の糧です

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第15幕

またもや大変長らくお待たせいたしました。
幕間でごまかしておりましたがラビ島編スタートです。(別にごまかしていたわけではないですがね

それではお楽しみください。


空域 ファータ・グランデ ラビ島周辺空域

 

 

 グラン達一行はグランサイファーに黒騎士を乗せ、一路、ラビ島を目指していた。

 

「空図によるとそろそろラビ島が見えてくるはずなんだが・・・」

 

 操舵士のラカムの言葉に甲板に出ていた仲間達は身を乗り出し周囲を見回すも、ラビ島がみえてくる気配はまだない。

 目的地がもうすぐだという妙な緊張感の中で、アポロは沈黙を保ったまま甲板に重苦しい空気を振りまく。

 

「・・・・」

 

「あーその・・・なんだ。メフォラシュだったか?今向かっているのは。」

 

 甲板に広がる重苦しい空気を嫌って、ラカムは閉口し続けるアポロへと問いかけた。

 ラカムの記憶の中にはラビ島の情報はない。目的地がどんな場所か知ることも含めて当たり障りのない話題を振る。

 

「そうだが・・・それが?」

 

「どんな街なんだ?俺たちは聞いたこともねえが・・・カタリナは何か知っているか?」

 

 取りつく島のなさそうなアポロから視線を移し、今度は元帝国軍人であるカタリナにも問いかけて見る。

 

「むっ?ああ・・すまない聞いていなかった。何の話だ?」

 

 話を聞いておらず上の空だったカタリナが聞き返すも、珍しいその姿にラカムを始め仲間達は怪訝な表情を浮かべた。

 

「おいおい、らしくねえな・・どうしたってんだ?」

 

「い、いや・・・」

 

「あ、あれ!?帝国の戦艦じゃない?」

 

 どもりながらラカムの言葉に弁論しようとするカタリナを遮りイオが遠くに帝国軍の戦艦を見つけ声を上げる。イオの声に反応して、示す先を見れば帝国の戦艦が数隻、駐留しているのが見えた。

 こちらを視認したのかグランサイファーへと近づいてきて帝国兵士は声の届くところまで寄ってはっきりと告げてくる。

 

「そこの騎空艇!この先のラビ島は我々エルステ帝国が立ち入りを制限している!寄港するのならばこちらに許可証を見せろ!そうでないのならば即刻引き返せ!」

 

 帝国の領土であり、上陸するには許可証が必要だと告げてくる帝国兵士の言葉に一行は思わず唸る。許可証など持ち合わせてはいないし、何よりも黒騎士を始めルリアにカタリナと帝国軍の中ではお尋ね者な一行だ。素直に応対すればどう考えても上陸は望めないことが読めた。

 

「ううむ、面倒だな・・・落としてくるか?」

 

「ちょっとセルグ!?過激にも程があるよ!!」

 

 セルグが少し考える素振りを見せたあとにとんでもない提案をしてくる。手っ取り早くあながち間違いでもない提案ではあるが、余りにも短絡的なセルグの思考をグランが止める。

 

「だが素通りして島で追いかけっこになるのはゴメンだろ?後顧の憂いは立つべきだ。オレがヴェリウスと一緒に・・・」

 

「いや、その必要はない。島に到着するまでに必要な分だけあしらいながら叩けばそれで十分だ。島に降りてしまえばそれで事は済む。」

 

 今度はアポロから強行突破の案が出された。セルグと50歩100歩な意見にグランがまたも呻く。どうにもセルグやアポロといった腕に覚えのあるものたちは力押しになりがちなようだとグランは頭を抱えそうになる。

 荒事になればまたグランサイファーを損傷するかもしれないと脳裏をよぎってしまうのは、ガロンゾにギリギリでたどり着いた記憶が鮮明に思い出されたからだろう。

 

「し、しかしだな!この先のラビ島は帝国の領土だろう?島の中にも兵士たちはいるだろう。騒ぎのままに上陸すれば向こうでも・・・」

 

 カタリナが上陸後のことを危惧する。島についてからも兵士に追われてはたまらないとアポロへと抗議するカタリナにアポロは小さく笑みを浮かべながら答える。

 

「安心しろ。奴らが固めているのは出入りだけだ。この島はそういう島だからな。」

 

「ふぅん。なんだかわからないけど帝国を取り仕切っていた貴方がそういうのなら間違いはないのかもしれないわね。団長さん!アタシは黒騎士の意見に賛成だよ。いちいち相手にするのもキリがなさそうだし。無駄に消耗もしたくないしね。

 

「グラン。ここは黒騎士さんの言うことを信じて飛び込もっか。」

 

「グラン、私も黒騎士さんを信じたいです!きっと、嘘じゃないです!黒騎士さんはオルキスちゃんのために必死に戦おうとしていたんですから!」

 

「ジータ、ルリア・・・」

 

 ゼタが賛同し、ジータとルリアがアポロを信じるとグランに訴える。

 

「ふん、まともな根拠がほとんどないような論理だが、それこそが本質だ。いかなる理由を重ねようが結局はお前たちが私の言うことを信じるかどうかだ。最終的な根拠はお前たちの気持ち次第なわけだからな・・・」

 

「はぁ・・・セルグと黒騎士のせいでみんなに無茶が伝染しそうだよ・・・」

 

 本来なら大人しく争いを好まないような二人の訴えにグランもため息をつきながら決心する。

 

「そう落ち込むな、いざってときは何とかしてやるから。」

 

「諸悪の根源はセルグだからね!?一番最初に最もむちゃくちゃな提案してきたセルグが良く言うよ!」

 

「お、おおう。スマン。悪かった。じゃあ代わりに突破の援護をしてやるから許してくれ。ラカム!最短ルートを突っ切れ!道は切り開いてやる。いくぞヴェリウス!!」

 

 言うや否や、すぐさまセルグはグランサイファーの外へとその身を投げ出す。ルリアとジータガ僅かに息を呑むがその瞬間に落下する事もなくすぐさま大きくなったヴェリウスがその背にセルグを乗せ帝国戦艦へと向かっていく。

 

「またああやって一人で行っちゃうんだもんな。あの戦い方だって一歩間違えれば空の奈落へ真っ逆さまなのに・・・人の気も知らないで。」

 

「グランさん。今は嘆いていても仕方ありません。私たちも迎撃の準備をしましょう。彼とて全てを防げるわけではありません。」

 

 ヴィーラがグランの傍らで剣を抜いて構えていた。僅かにその声にはグランを慰めるような気持ちが見えるもすぐに向かい来る帝国兵へと意識を向けていた。

 

「そうだねヴィーラ。ラカムとオイゲンは航行に集中して!折角ガロンゾで直したグランサイファーをまた壊されないようにしっかりね!ほかのみんなは戦闘の準備を!黒騎士、焚きつけたんだからしっかり戦ってもらうよ!」

 

「ふ、無論だ。あの程度の雑魚いくら群がってこようが一掃してくれる!」

 

 グラン達も帝国の包囲網を突破すべく迎撃行動に移っていく。

 

 

 

 帝国の戦艦を振り切り一行はラビ島へと上陸した。

 視界に映るほとんどが砂と岩の荒野に埋め尽くされ、緑はなく、人の気配が希薄な遺跡のように風化した家屋が立ち並ぶ。

 旧エルステ王国首都メフォラシュ。かつては栄華を誇り、今では忘れられた都がそこにはあった。

 

「ここが・・・ラビ島。なんだかちょっとバルツに似ているわね。」

 

「バルツも砂と岩ばっかりだったもんな・・おまけに火山があってめちゃくちゃ暑いし。干からびるかと思ったぜ。」

 

 フレイメル島のバルツ公国。かつて旅をした、荒野と火山に覆われた島を思い出しビィが僻易したように呟くと

 

「あら、バルツの人たちはあんな暑さでへばるほどヤワじゃないのよ。どっかの軟弱なトカゲとは全然違うんだから!」

 

「なんだとぅ、オイラはトカゲじゃねえし、軟弱でもねえぞ!!」

 

「ふふ、こーら。喧嘩しないの。」

 

 言い争いを始めるビィとイオをたしなめるのはロゼッタ。子供の兄弟喧嘩を収める姿はまるでお母さ・・・バラの香りがしてきたのでこれ以上はやめておこう。

 

「それにしても古い街並みだな・・・もはや街っていうより遺跡に近いだろこれ。」

 

「観光気分はいいが、油断はするんじゃないぞ。」

 

 ラビ島の様子をまじまじと眺めている一行を目にしてアポロは注意を促す。

 

「そうですね・・・帝国の領土なら兵士もいるだろうし・・」

 

「いや、その心配はまずない。それよりも」

 

 ジータの言葉にアポロが言葉を返す前に、上陸して早々、常とは異なる気配を連れてきた騎空団一行に魔物が押し寄せてきていた。

 

「なるほどな・・・兵士よりも魔物が先か。こりゃあ油断ならねえ街だぜ。」

 

「いまさら魔物程度にやられるわけもないがな・・・いつどこで襲われるかわからんってのは兵士よりも厄介だ。注意して進もう。」

 

 オイゲンとセルグはすぐさま迎撃に動いていく。

 相手にならない魔物といえど、見つかれば騒ぎ立てる兵士とは違い、有無を言わさず襲いかかって来る魔物は場合によっては兵士より驚異であった。

 一行は周囲を警戒しながら襲い来る魔物を蹴散らし、街の中央を目指して進んでいく。

 

 

 しばらく進むと一行の目の前に大きな建物が見えてくる。風化した街並みとは違い、まだしっかりとした形を残し、月日を感じさせる外観は、逆に厳かで深い歴史を感じさせる。

 

「見えるか?あれが、エルステ王国の王宮だ。帝国となり首都をアガスティアに移して以来、表向きはあそこには何もないことになっている。」

 

 言葉の後、僅かに溜めを作ってから睨むようにアポロは王宮を見据えると口を開く。

 

「フリーシアは恐らくあそこに居る。あの人形を連れてな。」

 

「なぜあそこに居るとわかる。艇で言っていた王国を取り戻したいって話と関係あるのか?」

 

「まぁ、そんなところだ。さぁいくぞ。早いところ王宮へたどり着かなくてはなるまい。のんびりしていては魔物に食われるぞ。」

 

 アポロがそう告げて足を進める。向かうは目の前に見えるエルステ王国の王宮。様々な想いを抱えてアポロは歩いていくのであった。

 

 

 

 足を進める一行は遺跡のような家屋が並ぶ街を歩く。相も変わらず魔物はあちこちに跋扈しており気の休まる暇もなかった。周囲を警戒し続けながら歩く一行に少しだけ疲労が見えて来る頃、カタリナがある疑問をアポロへと投げかけた。

 

「街中で兵士を見かけないどころか住人もまともに見かけない。現れるのは魔物のみとは・・一体どうなってるんだこの街は?本来ならば街中に現れる魔物など治安維持の兵士が真っ先に始末するはずだろう?」

 

 カタリナの疑問は尤もであった。これまでに一行が遭遇したのは魔物のみ。住人もいなければ治安維持の為の兵士も見かけない。街並みに整備や維持が行われた形跡はなく、かつての王都にしては余りにも寂れていた。

 

「そうだろうな・・・この島に配備されている兵士は少ない上、街を守るために配備されているわけではない。この島の秘密を守るために配備されているに過ぎない。島の周囲を守る戦艦もそうだ。あれは島への侵入を拒むと同時に島から人を出さないためでもある。」

 

「な!?それじゃこの島の人たちは・・・」

 

 ジータは驚きの声を上げてアポロを見据えた。優しき少女は自らの推測が間違っていないかと視線でアポロへと問いかける。

 そんな視線をアポロは受け流し、感慨なく言葉を返す。

 

「島を出ることはできない。エルステの許可無しにはな・・・最もそんな許可出た前例など、少なくとも私は知らないがな。」

 

「それってつまりエルステ帝国はこの街の住人たちを見殺しにしているってこと?」

 

「そうだな・・・言い訳をするつもりはない。私も含めエルステ帝国はこの島の住人を見殺しにしている。」

 

「なっ黒騎士!?」

 

 ジータとアポロの会話を聞いていたグランが今度は非難を込めてアポロを呼ぶ。だが、何か言いたげなグランの視線すらも受け流しアポロはグランにも強い視線と共に言葉を返していく。

 

「私を非道と罵りたいのなら好きにしろ。だがそれでも私には成し遂げねばならぬ望みがあるのだ。大切なものも、大切な場所も。何を犠牲にしてでも成し遂げねばならない望みがな。そのためなら何だって捨ててやる。誇りも安らぎも、思い出も・・・私の命さえもな。」

 

 強い意志を込めた瞳はアマルティアで牢獄にいた時と何ら変わらない。むしろ自由に動けている今は強くなったとさえ思える。そんなアポロの瞳は、一行にそれ以上の反論を許さなかった。

 だがそんなアポロに怯まずに言葉を返すものがいた。

 

「成し遂げねばならない望み・・・か。あのね、黒騎士さん。私も最近になってから気づかされたことなんだけどさ。貴方のその望みがもし誰かの為ならよく考えたほうがいいよ・・・貴方が全てを捨ててまで成し遂げることを、その誰かは望んでいるのかってことをね。」

 

「っ!?・・・何も知らない小娘が知ったような事を言わないでもらおう。」

 

 静かにゼタへと睨みを聞かせて答えるアポロは僅かに同様を声に表す。

 

「いいや、オレもゼタの意見に同感だな。今は物言わぬ誰かのため。オレたちヒトは己の中で勝手に他者の想いを決めつけて自分に押し付ける。きっと辛かっただろう。きっと悲しかっただろう。そんな勝手な決めつけで己を縛り、己の望みを他者のせいにする。黒騎士、よく考えるべきだと思う。お前が全てを捨てることで誰が喜ぶのかをな・・・」

 

「・・・無駄話は終わりだ。先を急ぐぞ。」

 

 ゼタに続いたセルグの言葉にも明確に返事を返すことはなくアポロは再度歩き始めた。

 少しだけ俯くその表情と後ろ姿に迷いが見えたのをグラン達はなんとなく感じた気がしたのだった。

 

 

 

 歩き続ける一行は口数少なく、重苦しい雰囲気のまま周囲を警戒し続けていた。

 

「やれやれ・・・アマルティアからこっち、どうにもピリピリしてるな。」

 

「そうだね、仕方ないとはいえちょっと息苦しいな。」

 

 ラカムが呻き、グランが同意を返した。決して仲良く旅を共にするわけではないアポロと一行の関係はどうしても和気藹々とした普段の雰囲気が消え去り重苦しいものと変わってしまう。

 

「だって私たちは今、あの黒騎士と一緒にいるのよ。カタリナは特に色々と思うところもあるだろうし空気だって重くなっちゃうわよ・・・」

 

 イオが仕方ないことだとグランと共に呟くがそれを聞いていたオイゲンは罰が悪そうに表情を歪ませた。

 

「なんつーかその・・・すまねえな。」

 

「そんな、オイゲンさんが別に謝ることじゃ・・・」

 

「ふふ・・そうよ、全てはあの子が自分で決めたことなんだから。」

 

 ジータとロゼッタはオイゲンのせいではないと言い聞かせるもそれで彼自身が納得できるはずもなく、顔を俯かせたまま肩を落とす。

 

「いや、しかしだなぁ・・・こんなんでもオレぁアイツの親だからよ・・・」

 

「じゃあ・・・あの子のやったことの責任を全て貴方が取るって言うの?国を乗っ取り、侵略を進め沢山の人達を犠牲にしてきた。バルツの大公さんの言うとおり一部は黒騎士が直接手を下していないことだとしても、あの子はそれを知って見届けてきた。見殺しにしてきた。その罪を貴方が贖うというの?」

 

「っ!?それは・・・」

 

 ロゼッタの言葉は自分を追い詰めるように表情を歪ませたオイゲンに対してかなり厳しい物言いだろう。

 

「ふふ・・・意地悪言ってごめんなさい。でもね、黒騎士だっていつまでも子供じゃないわ。もう立派に親の貴方が面倒を見きれないほどたくさんのことを成し遂げて来た。たくさんの想いを背負ってきた。」

 

 親であっても当事者ですらないオイゲンに何ができるわけでもない。親だからというだけで己を責めるのはお門違いだとロゼッタは告げる。

 

「悪事であれ善事であれ、彼女もあなたの手を離れいろいろなものを重ねてきたのよ。それを認めてあげて、その上で父親がすべきことって他にあるんじゃない?」

 

「オレがすべきこと・・・か。」

 

 オイゲンは少しだけ吹っ切れたような表情をして思案する。何ができるかわからなくても、ただ己を責めて俯いていては何も変わらないし何もしてあげられない。ロゼッタの言葉に気づかされたオイゲンの表情に活力が戻ってくるのをみたセルグはこそこそと後ろでグランと会話をしていた。

 

「年長者だと思っていたオイゲンに説く姿を見ると思うよな。ロゼッタって胡散臭いっていうか絶対見た目通りの年齢じゃないって・・・」

 

「セルグ、ダメだよそれは!?禁句だって!!」

 

「だ、だがなグラン・・・気にはならないか?ロゼッタが何者なのかとか、実はオイゲンよりもずっと年上だったりとか・・・」

 

 慌ててセルグを止めるグランをセルグに同意を示すラカムが逆に窘めた。ひょっとしたら、そんな推測が現実のものになるかもしれないと考えを巡らせていたとき、氷のような声音を二人は耳にする。

 

「ラカム、セルグ。女性に年を尋ねるのは無礼だと習わなかったのかしら?少し・・お仕置きが必要かしらね?」

 

 彼女の得意属性は風だったはずだ・・・いつの間に水属性を扱うようになったのだろう。そう思わせる冷や汗が流れるような恐ろしい雰囲気にセルグとラカムが固まる。そんな二人を一瞥したあとロゼッタは振り返りジータとイオの元へと向かった。

 

「女の魅力は秘密の数だけ増すものよ。ジータもイオちゃんもよーく覚えておきなさい。」

 

「え、あ、はい!」

 

「う、うん・・・!」

 

 一部始終を見ていた二人がどもりながらも元気よく答える。その答えにロゼッタは満足げに笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ふふ・・・良いお返事ね。それじゃあ先に向かいましょう。囚われのお姫様を救いに、ね・・・」

 

 実力が計り知れないセルグやアポロとは違った意味で、計り知れない雰囲気のロゼッタに一行がまた一つロゼッタの不思議を見つけた時だった。

 

 

 

 

 

「ひぃぃ!?」

 

 王宮へ向かう一行の耳に、突如悲鳴が聞こえる。

 

「っ!?今の悲鳴は?」

 

「向こうからだ!いくぞ!」

 

「え、あ、早い。もう行っちゃった・・・」

 

 慌てた様子で声の出処へと走っていくアポロを目にしてゼタが少しだけ驚いた表情を見せていた。

 

「あんなこと言ってたけど、やっぱり黒騎士も自分の国の人は大事なのね。」

 

「悠長なこと言ってるなよ!オレ達もいくぞ!!」

 

「うん、行くよ!みんな!」

 

 イオの暢気な言葉にセルグとグランが促すように声を発してアポロを追いかけていった。

 

 

 グラン達も追いつき一緒になって魔物を討伐する。

 

「はぁああ!!」

 

 アポロが魔物を斬り払いその場にいた魔物は全て沈黙した。

 

「ありがとうございます、旅の方・・・兵隊さん達は島の周りを守るばかりで街には見向きもしてくれませんで。本当になんとお礼を言ったらいいか。」

 

 襲われていたのは恐らくこの街の住人であろう老婆であった。命の危機を救われ、しきりに礼を重ねて一行に感謝を告げる。

 

「いや、それより怪我は・・・!?」

 

 そんな老婆に別に大したことはないとアポロは向き直るがすぐに何かに気づいて視線を逸らした。

 

「なんだ急にそっぽ向いて?」

 

「黙れ、先を急ぐぞ。」

 

 不思議に思ったビィが問いかけるも、取り付く島もない態度でアポロは先を急ごうとする。

 

「ああ!お待ちください、旅の方!大したものはお出しできませんがせめてうちでお礼を・・・貴方、どこかで?」

 

 そんなアポロを止めるべく老婆はぜひお礼をとアポロの前に躍り出た。しかしその表情はアポロと同様に何かに気づいたような素振りを見せる。

 

「やべぇぞ・・もしかしたらあの婆さん黒騎士に気づいたんじゃ・・・」

 

「いや、あの鎧姿の中身があれだとは普通思わないだろう?流石にそれはないんじゃないか?」

 

「確かにな・・・けどここは帝国の領地だし、鎧を外して出歩いてることだってありえるんじゃないか?」

 

 老婆の変化に一行はアポロの正体を感づかれたと推測した。帝国の領土である以上黒騎士の指名手配はここにも触れが出ているのかもしれないと察する。

 

「ああ、やっぱり!貴方・・・」

 

「やべぇ、完全にバレちまったみてぇだ!」

 

「仕方ない、すぐにここからずらかるぞ!」

 

「別に兵士なんか殆どいないしバレてもいいんじゃないかとは思うがな・・・」

 

 一人セルグだけ、慌てる仲間をよそに平常運転だ。未だに兵士の姿を見ていない以上それも仕方のないことかもしれない。

 だが次に老婆の言葉は一行の予想を裏切るものだった。

 

「アポロちゃん!アポロニアちゃんじゃないのかい?ねぇ、そうだろう?」

 

「へ、おばーちゃんこの人知ってるの?」

 

「ああ、随分久しぶりだがねぇ・・こんなに立派になって、一目じゃ誰だかわからなかったよ。こんな別嬪さんになって・・・」

 

 老婆の言葉はアポロと旧知の仲であることを表すものだった。

 

「そうだねぇ・・10年ぶりぐらいかね。ちょうどあの頃だったね。オルキス様の事は本当に残念で・・・」

 

「っ!?オルキスちゃんを知っているんですか?」

 

 思わぬ人物の名前にルリアが驚きの声を上げた。なぜこの老婆がオルキスの名前を知っているんだろうか。声を上げずともグラン達には同様の疑問が走る。

 

「へ?そりゃあ、知ってるもなにも・・・オルキス様はこのエルステ帝国の王女様じゃないか。」

 

「え?」

 

「は?」

 

「なんだって!?」

 

 老婆がもたらした情報は一行に更なる動揺をもたらした。すぐにカタリナがアポロへと詰めより疑問を投げかける。

 

「どういうことだ!?説明しろ黒騎士!」

 

「ご婦人の言っている事は何一つ間違いはない。オルキスはエルステ帝国の前身であるエルステ王国の王女であり・・・私の、たった一人の親友だったんだ。」

 

 

 既に大人となっているアポロと10年前から親友であるという現在幼い少女のオルキス。

 一行は徐々に明かされていく真実を垣間見た気がした・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ラビ島編は原作でもいろんな部分の謎や設定が明かされてくる説明回てきな意味合いが強いシナリオでこの作品でもオリジナルな要素は薄めになってくるかと思われます。
アマルティアやガロンゾよりも短くなるとは思いますがラビ島の後からがどんどん物語が動いてくると思いますので作者も執筆するのが楽しみであります。


投稿できなかった間にだいぶお気に入り登録が増えており嬉しさを隠しきれない作者であります。
皆様本当にありがとうございます。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第16幕

久しぶりの連日投稿!

でも説明回となっており、グランジータの影が薄く以前の砂神イベントのようになってきているかもしれません。(作者が成長していない証拠ですね

それではお楽しみください。


空域 ファータ・グランデ ラビ島

 

 

 老婆の窮地を救った一行は老婆の案内で洞窟のように岩をくり抜かれて作られたような街並みを歩いていた。

 

「さぁさぁ、こちらですよ。」

 

「い、いや・・だから私達にはこれから予定が・・・」

 

「まぁそう言わずに!アポロちゃん達に命を救われて何もお礼しないなんてできませんよぉ。それに・・・申し訳ないけど家までの道でまた魔物が出たらと思うと・・・」

 

 助けられたお礼をしたい。だが帰路の途上ですら危険が溢れているこの街に不安をみせる老婆を見せられては、先を急ごうとするカタリナも強くは言えないでいた。

 

「ううん・・・それもそうですね。グラン、ジータ!送ってあげましょう。」

 

「そうだな、この街じゃいつ襲われるかわかったもんじゃない。ここで無理に別れても気になってしまうだろうし安全な家まで送っていこうか。」

 

「うん、そうだね!」

 

 そんなカタリナを見て、ルリアの言葉に答えるグランとジータは老婆を家まで送り届けることにした。

 

「ふふ、ありがとうね、お嬢ちゃんたちも。」

 

「な、なぁこれは何かの罠って可能性は・・・?」

 

 トントン拍子に話が進み老婆の家へと向かうことになった一行の現状にラカムは僅かな疑問を呈した。だが可能性を示唆するラカムの言葉を今度はセルグが否定する。

 

「それはないだろう。先ほどの魔物に襲われている状況は間一髪だったし。周囲に人の気配もない。油断させて誰かがオレ達を殺すにしたってそれができそうな存在は確認できない。ヴェリウスにも探らせたが特に不審な人物は見当たらないとのことだ。最悪食事に毒物という可能性もあるが・・・」

 

「それこそないな。あのご婦人は私も知っている。そういうことはできない優しい方だ。それに私は”黒騎士”として過ごしている間鎧を外したことがない。今の私をみて帝国の黒騎士だと気づき何かを仕掛けられものは多くはないさ。ここに来ていることも予定されていたことではないしな。情報を流して準備するのは不可能だろう。」

 

「それなら・・いいんだが。」

 

 セルグの言葉にアポロも補足を加えて老婆の歓待は罠ではないと述べた。老婆のことを知るアポロが否定したことからラカムも納得をみせる。

 

「黒騎士さん・・・そんなことより先ほどの話。詳しくお聞かせ願えますか?あの人形のような幼い少女であるオルキスちゃんが10年来のあなたの無二の親友であるとはどういうことなのか・・・」

 

 先程から皆が思っていた疑問。老婆によってもたらされた新たな真実について、ヴィーラはアポロへと問いかける。

 アポロとオルキスに関する真実はこれから共に戦っていく上で知っておかなければならないことだと、仲間の誰もが感じていた。

 

「案ずるな。お前たちには全てを話す。だが今はその時ではない。今は話を合わせておけ。下手に騒いだほうが面倒なのでな。」

 

「さぁさぁ、こちらですよ!家に着いたらご馳走を振る舞いますからねぇ。」

 

 老婆には聞こえないようにアポロはその場でお茶を濁すだけにとどまる。その視線は笑顔で一行を案内する老婆に注がれたままであった。

 

 

 しばらく無言で歩いていた一行。急に何かを考える素振りを見せてルリアがソワソワする。

 

「あ、あの!おばあちゃん?」

 

「うん?なんだい?」

 

「あの・・・エルステ王国の王女様って。オルキス様ってどんな子だったんですか?」

 

 落ち着かなかったのは疑問に思ったことを解消したくて仕方なかったのだろう。無言の空気を壊すように意を決してルリアは老婆へと問いかける。

 

「ん?そうだねぇ・・・そりゃあもう、元気で明るい良い子だったさねぇ。あの頃はまだ、ヴィオラ女王が国を納めていてね。その一人娘だったんだけど、気取らない良い子で女王陛下とよく一緒に街を回ったりして・・・街の人たちといつも笑い合っていた。本当に優しい子だよ。」

 

 老婆はかつて見た光景へ想いを馳せる。王国が繁栄していた懐かしき時を顧みる老婆の記憶にあるオルキスは、この厳しい環境にあっても老婆に穏やかな顔をさせるほど笑顔に溢れる光景だったのだろうか。語る老婆の表情に一行はかつてのオルキスがどんな子だったのかが容易に想像できた。

 

「オルキスちゃんがそんな子だったなんて・・・そ、それじゃアポロニアさんとは?」

 

「ああ!二人は年も近くってそりゃあもう仲良しなものだったよ。アポロちゃん、覚えているかい?お祭りの日に二人でうちの店に来て・・・」

 

「忘れたな・・・」

 

「黒騎士さん!そんなにべもなく・・・」

 

 冷たく返すアポロを避難するようにジータが声を上げるも老婆がそれを抑えた。

 

「ふふ、いいんだよお嬢ちゃん。ともかく二人は姉妹みたいでね。可愛かったものさ。」

 

 今度は目の前に居る厳格そのもののアポロに対しても優しき表情を見せる老婆。オルキスと姉妹のようだったと聞かされ、無邪気に笑うアポロを想像した彼らが驚くのも無理はないだろう。

 

「おいおい・・・こりゃあ一体どーいうことなんだよ?」

 

「わかんないわよ・・・もう私には良くわかんないってことしかわかんないわ。」

 

「明らかに私達には何か重要な情報が欠けているようだ。」

 

「そうだな・・・オルキスちゃんが王女様だったり黒騎士と歳が近いって話だったり何が何だかさっぱりわかんねぇ。これが兵士達が守るこの街の秘密だってぇのか?」

 

 ラカム、イオ、カタリナは次々ともたらされる情報に驚き、考えの整理がつかないようだった。

 

「娘のことだってぇのに俺はこんなにも知らないことがあるだなんて・・・」

 

「今は成り行きを見守りましょう。ここに来て今更隠すことも無いでしょうし、あの子も話す気になったみたいよ。」

 

 オイゲンがまたも自責の念に囚われるように俯くも、ロゼッタが今は余計なことは考えても仕方ないと窘める。

 老婆の語りはまだ続いていた。

 

「二人は本当に仲が良くてね。でもそれがある時に起きた出来事で全て変わってしまった。国が変わって大事なものをたくさん失って。だからアポロちゃんもこの国を離れたんだろう?」

 

「そう・・・だな。私にとってもあれは大きな切っ掛けだ。しかし私は失ったままでいるつもりはない。失った全てを諦めはしない・・・全てを取り戻す。有るべき姿へと戻すために私は戻って来たんだ!」

 

 老婆の言葉にアポロはまたも決意の瞳を見せる。再燃する意志の炎が瞳の中に燃え上がり、それは覇気となって溢れるようだった。

 

「黒騎士、念を押すようだが必ず全てを説明してもらうぞ。」

 

「分かっている。遅かれ早かれこうなることは覚悟していた。貴様らには全てを知る権利があり義務があるだろう。だが・・・これは私の我儘でしかないが今は話を合わせてほしい。真実を・・・全ての人間に伝えるわけにはいかんのだ。」

 

 それに気圧されることなくカタリナは情報の開示を求めた。アポロもそれを無下にすることはなく、ちゃんと話すことを約束するも今はその時ではないと口を噤む。 

 

「黒騎士・・・」

 

「別に今更疑いはしないさ。カタリナ、大人しく待とう。黒騎士の言うとおり情報はむやみに広げるべきではない。オレたちと関わったことがわかれば、あの老婆が危険にさらされることも考えられる。」

 

 アポロの懸念を代弁するようにセルグはカタリナを抑えた。セルグの言うことに一旦の理解をしたカタリナもそれ以上詰め寄ることはせずにおとなしく待つことにする。

 沈黙が再び訪れた中で老婆だけは嬉しそうに歩いていた。

 

「さぁさ、もうすぐですよ!もうちょっとだけ、頑張ってちょうだいね。」

 

 老婆の弾んだ声に導かれ、一行はその日、老婆の家で歓待を受けるのこととなる。

 

 

 

 

 その夜、老婆からの歓待を受けたグラン達一行は、老婆の寝静まったあとに一室へと集まる。

 

「それじゃあ、話してくれないか。黒騎士、貴方が知る真実を。」

 

 開口一番、グランが代表としてアポロへと促した。

 その場に集まった全員を見回しアポロは静かに口を開く。

 

「ああ、わかっている。さて、どこから話したものか。」

 

 話す内容がまとまっていなかったのか。それとも話すのが謀られるのか。逡巡するアポロは少しだけ時間を置いた。

 部屋に僅かな沈黙が流れるも誰もが耳を澄ませてアポロが語るのを待つ。

 

「まず、私がアウギュステの出身だということは既に知っているようだな。随分幼い頃の話だが・・・そうだ、ちょうどそこの小娘くらいの歳だな。その頃に私の母が亡くなった。」

 

 イオのことをみやりながら静かにアポロは語り始める。彼女が知る真実とその目的について・・・

 

「母が亡くなったとき、その男は島に居なくてな・・・身寄りを失った私はアウギュステの経済特区支援を受けて、特待生としてエルステ王国に渡ったのだ。エルステ王国はこのファータ・グランデ空域でも有数の長い歴史を持つ国だったからな。星の民襲来以前より続く王国は歴史を学ぶには最高の環境だった。といっても所詮は幼い子供。周囲に頼れるものはいなく、心を許せるものもいなかった。いつも一人でただただ学ぶだけの時間を過ごしていたんだ。

 そんな時だ、彼女に出会ったのはな。」

 

 そうして黒騎士は王女オルキスとの出会いを思い出す。

 

「当時の彼女はいやに幼くてな・・・最初は私よりも年下だと思ったくらいだ。しかし・・・それ故に純真で明るく、私に無いものを全て持っていた。歳が同じでもこうも違うのかと驚いたよ・・同時に妬ましくもな。

 だが彼女が驕ることは決してなかった。誰に対しても分け隔てなく優しかった。よく笑い、よくはしゃぎ、よく食べる。子供というものを体現するような、隣にいるだけで元気になれる。そんな子だった。

 彼女のご両親・・ヴィオラ女王陛下達も私に優しくしてくれた。私は一生をかかっても返しきれないほどの恩をあの親子から受けたよ。オルキスと過ごした年月は間違いなく、私の中で最も幸せな時間だった・・・」

 

 思い出に想いを馳せながら語るアポロはこれまでで初めて、真に優しい笑顔を浮かべていた。

 これまで刺々しく人を寄せ付けない雰囲気を出し続けていたアポロが初めて見せた表情だった。

 

「女王陛下達から受けた恩、彼女達と過ごした時間を、私は決して忘れない。だから彼女を・・オルキスを取り戻すためならいかなる犠牲も払う・・・そう決めたのだ。」

 

 僅かに見せた優しい表情を隠しアポロはまた険しい顔を見せる。再度見せた決意の言葉は先ほどの柔らかな雰囲気に蓋をするように刺々しい雰囲気に覆われていった。

 その日、それ以上アポロが語ることはなかった。

 

 

 

 翌日の朝、目を赤く充血させた一行がいた。一行は歓待をしてくれた老婆に丁寧に挨拶をしてから王宮へと歩き始める。

 

「うう・・昨日の話が気になってよく寝られなかったわ・・・」

 

「私もだよイオちゃん。そういえばゼタさんも部屋にいませんでしたけど・・・眠れなくてお散歩でも?」

 

「うん?あ、ああ。そうね、そんなとこ!さ、いよいよ今日は王宮に乗り込むんでしょう?気合入れていきましょ!」

 

 ごまかすような慌てた様子にジータは怪訝な顔を見せるがゼタは空元気を出しながら歩いていく。

 一行が目指す王宮は目前に迫っているところだった。

 

 

 王宮への僅かな道中でまたもルリアはソワソワし始める。どうやらまた何か聞きたいことでもできたのだろうか。意を決したルリアの質問はアポロへと向けられる。

 

「黒騎士さん・・・昨日黒騎士さんが話してくれたことは全て真実なんですか?」

 

「もちろんだ。オルキスについてはあのご婦人も言っていた通りだ。」

 

「じゃ、じゃあ。一体オルキスちゃんの身に何があったんですか。黒騎士さんと歳が変わらないのに見た目は私と同じくらいの年齢に見えるし。昨日聞いた通りの子ならあんな人形みたいな無表情には・・・」

 

 昨日聞いた話の中ではまだ明かされていない部分についてルリアは問いただすようにアポロへ質問を投げかけた。

 

「そうか・・それをまだ話していなかったか。だが、残念ながら私もあの日、あの場所に居合わせたわけではない。10年前のあの日、オルキスの両親は死に、彼女は人形のようになって歳を取らなくなった。成長を止め心を失った人形のようにな・・・」

 

 表情は変わらないものの声音に僅かに怒りを滲ませるアポロ。何かを後悔し、何かに怒りを向けていた。その想いをグラン達は解することはできなくともその想いの強さは十二分に理解できる声音であった。

 

「何かが・・・あったと言うのだな。10年前のある日に何かが。」

 

「一体何が・・・」

 

「十中八九、星晶獣絡みだろうな。ミスラのように無意識下に働きかけて契約を遵守させるなんて奇特な能力をもっている奴が居るんだ。ヒトの成長を止めたり心を失わせたり、なんてことができるやつがいても不思議じゃないだろう?」

 

 星晶獣に関しては恐らく一番情報を持っているだろうセルグが推測する。

 

「その通りだ。私が駆けつけた時には全て終わっていてな。後になってその場に居合わせていたフリーシアからこのように全てを教えられた。星晶獣によって事は起こったと。結果的には表向き、女王とその夫、即ちオルキスの両親は国外での事故で死亡と報じられ、一人娘のオルキス王女は行方不明となっている。」

 

「そして実際のところは行方不明ではなく今のオルキスちゃんとなって帝国に匿われているというわけね・・・」

 

「そうだ・・・そして私はあの日以来必ずオルキスを元に戻すと誓ったのだ。あとは貴様等も知っての通りだ。フリーシアに裏切られて今に至るというわけだな。」

 

「アポロ・・それがお前の成し遂げねばならないことだったのか・・」

 

 オイゲンは我が子であるアポロの知らされずにいた過去と目的を知り、ただただ驚愕するしかなかった。

 娘のために何かできないか?そんなことを考えようとも、既にアポロは力を持っており自分に何ができるかなど見えてこなかった。心の奥底に一度しまいこんだ自責の念は簡単には消せなそうであった。

 

「ん?けどよぅ、元に戻すったってどうやって元に戻すんだよ?」

 

 ビィがふと気になった点を上げる。

 これまでのアポロの話から、彼女の目的やその経緯は判明してきたが、肝心の方法については全く分かっていないことに気づいた。

 

「案ずるな、方法はある。だがそのためには今のオルキスが・・あの人形が必要なのだ。今の貴様等にその方法を話すことはできない。だが、少なくともあの人形を取り戻すことでは我々の目的は一致している。

 雌雄を決するならば、人形を取り返したあとだ。まずは進むぞ。あの王宮へとな。」

 

 それ以上の問答は不要だとアポロは切って捨て、歩き出す。その背中には明確な拒絶の意思が込められていた。

 一行はその背中を追うように後ろに続く。

 

 

 少しばかりの時間をおいて、グラン達は王宮を目の前にする。

 

「遠目からではわからなかったけど、目の前にすると大きいね。それに何というか何も知らない僕でも歴史を感じる。」

 

「先にも言ったが星の民襲来よりも遥か昔から栄えていた王国だ。長い歴史を持つのは当然であろう。」

 

「言葉では言い表せられない・・・よね。」

 

 グランもジータも目の前に佇む王宮に何か感じいるものがあるようだ。それはほかの仲間達も同様で長い歴史を感じさせる厳かな建物に感嘆を隠しきれない。

 

「ここにオルキスちゃんが・・・」

 

「そのはずだ。どうだルリア何か感じるか?」

 

「いえ、特にはまだ・・・」

 

「貴様等!この王宮に何の用だ!ん?そこの蒼い少女は、手配中の!?」

 

「流石にここには警護の兵士がいるか。悪いが通してもらうぜ、オレ達はこの王宮に用があるんでな!」

 

「時間をかけて増援を呼ばれては面倒だ。手早く済ますぞ!」

 

 王宮へと進もうとする一行を目ざとく見つけた帝国兵士が声を上げるも、数も実力差も大きいこの状況ではどうしようもないだろう。

 数分と持たずに帝国兵士は沈黙させられることとなる。

 

「ふぅ、とりあえず落ち着いたかな・・・?あとは王宮に乗り込んで」

 

 戦闘が終わり一息ついたグラン。だが、張り詰めた声でアポロが警告する。

 

「いや、まだだ・・・来るぞ。構えろ!」

 

 響く機械音。重量を感じさせる足音が一行の前に立ち塞がる。

 

「こ、これは・・・ゴーレムか?」

 

 巨大な機械人形”ゴーレム”が彼らの目の前に立ちふさがっていた。

 

「そうだ、あの兵士連中などただの威嚇に過ぎん。王宮に人が寄らないようにするためのな。本当の守護者はこのゴーレムだ!」

 

「へぇ、おもしろいな・・・かつての栄華の立役者が今でもここを守るか。」

 

 セルグの感心した声が聞こえ一行はセルグへと注目した。ここにゴーレムがいることに一体何の意味があるのか。グラン達は疑問符を浮かべることになった。

 

「なんだ、お前は知っていたのか?」

 

「この国の歴史を多少知っている程度だ。深いことは知らないさ。」

 

「あの女がここの守護を任せるくらいだ。このゴーレムは間違いなく強い。油断するなよ!」

 

 アポロの声に戦闘態勢に入った一行は、油断することなくゴーレムと相対する。

 ゼタの炎が唸り、セルグの剣閃が閃く。イオの氷の魔法が動きを止め、ラカムとオイゲンは狙いすました攻撃で敵の戦闘力を奪っていく。

 

「ジータ、止めだ!」

 

「了解、行きます!」

 

 ”オーガ”スタイルの、グランが手に装備した”マナウィダンガントレット”に水が集う。圧縮された高密度の水が拳撃と共に爆ぜる。

 同時にベレー帽をかぶった身のこなしの軽そうな服装。”ホークアイ”となっているジータは、その手に持つ銃”裁きの鳴雷”へと魔力を込めた。

 

「フルクトゥアト・マーテル!/ヴェンディダード・レビ!」

 

 圧倒的威力を孕んだ二人の奥義はボロボロとなったゴーレムを破壊する。沈黙したゴーレムを見やってジータは口を開いた。

 

「けど、どうして兵士じゃなくてわざわざゴーレムを置いていたのでしょうか?」

 

 戦闘後で口調が少し定まっていないジータが疑問を呈した。それにアポロは間を置かずに答えていく。

 

「ふん、簡単な話だ。エルステ王宮の守りは遥か昔からゴーレムが担うと決まっている。

 ゴーレムという存在はエルステの民にとって誇りの象徴だ。星の民襲来によって星晶獣が現れるまで、この国はゴーレム製造によって栄えていた。当時では最大の戦力であるゴーレムの製法を持つこの国は栄華を極めた。星晶獣に最強の座を明け渡すまではな・・・千年以上も前のエルステの古い話だ。」

 

「セルグは知ってそうな感じだったね?」

 

「ん?まぁな・・・一応はここにも訪れたことはある。任務地の情報はある程度事前に調べておくのが鉄則だ。そうだろう、ゼタ?」

 

「う・・そ、そうだね。そのくらいはしとくもんよね。あ、あはは・・・」

 

同意を求めたら微妙な顔をされてしまったセルグは疑惑の眼差しをゼタへと向けた。

 

「お前・・・さては行き当たりばったりだっただろう?」

 

「そ、そんなことないわよ!アタシだって危険な任務地かどうかぐらいは調べるし・・・」

 

「つまり、ほとんど下調べはしていなかったってことか・・・呆れた。ターゲットを探す際にも現地の情報は必要不可欠だ。少なくとも訓練ではそう教わってるはずだぞ。」

 

「う、うっさいわね!情報収集とか嫌いなの!まどろっこしくてやってられないわよ。」

 

「はぁ、アイリスとお前がなんで気の合う親友となれたのか不思議で仕方ない。アイツはそこらへん怠らなかった。」

 

「・・・別に。性格が似通ってるからって友達になれるわけじゃないじゃない・・・別にいいでしょ、そのくらい。あの子と比べたりしないでよ・・・」

 

 シュンとするゼタの表情にセルグは僅かに罪悪感を感じる。何か心の琴線に触れる部分があったのだろうか。別に比べる気はなかったが比較対象に出したのは確かであったと思い、セルグもすぐに謝罪の言葉を口にした。

 

「そうだな・・・悪かった。別に比べてどうのってわけじゃなかったんだ・・・すまない。」

 

「別に良いわよ。謝らなくても・・・私だって悪い癖だっていうのは自覚してるし・・・」

 

 素直に謝罪するセルグにゼタも気にしていないと口にするが二人の間には少しだけ気まずい空気が流れる。

 

「そうか。さて道は開けたんだ。乗り込もうか。」

 

「この先にはあの女もいるはずだ。気を抜くんじゃないぞ。」

 

「わかってます。行きましょう、皆さん!」

 

 一行はとうとう王宮へと乗り込んだ。

 その先に待つ真実と希望を求めて・・・

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ラビ島編。後1,2話はこのような感じになりそうです。会話だらけの文章になりがちですね。
何度か読み返して修正を逐一加えていくことになりそうです。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。

完全捏造、アポロとオルキスの過去編とかすごく書きたくなってきた


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メインシナリオ 第17幕

しばらくぶりの投稿。大変長らくお待たせいたしました。

忙しかった仕事も落ち着きを見せるのでこれからは更新がはかどりそうです

まだまだ今回も説明回となるラビ島編ですがどうぞお楽しみください。




空域 ファータ・グランデ ラビ島

 

 

 太い柱が等間隔で並び、普通の家屋ではありえない高さの天井を余すことなく装飾が飾る。滑らかな純白の布が垂れ下がり、広間を照らす明かり一つをとっても豪華絢爛たる王宮の内部。

 厳かな外観から想像した通りの煌びやかな王宮へと足を踏み入れたグラン達一行は、目の前に広がる光景に感嘆を禁じ得なかった。

 

「流石はエルステの王宮といったところか。居心地が悪くなるくらい見事な装飾に彩られているな。」

 

「すごい・・・とは思うんですけど。ちょっと私には別世界って感じです・・・」

 

 自分の生活とは余りにもかけ離れた王宮の雰囲気に、ジータはセルグの言葉へと同意を示す。女の子としてお姫様の生活を夢見たことはあったがいざこうして王宮というものを目の当たりにすると、不思議なことにここで暮らす自分というものを全く想像できなかった。

 

「へへ、ジータは“お姫様”ってタイプじゃねえもんな・・・ふぎぇ!?」

 

「ビィ?それはどういう事かなぁ・・・」

 

 ビィがジータを茶化した瞬間、目にもとまらぬ早さでビィを捕獲するジータ。

 彼女もやはり女の子。お姫様は似合わない等と言われれば反発してしまうのは当然のこと。哀れなトカゲは尻尾を掴まれ振り回される刑に処されることとなる。

 

「ジータ!?や、やめろぉおおお。目が回るぅう。」

 

 口は災いの元とはこのことだ。悲鳴と共に振り回され続けるビィを見て思わず笑い合う一行は少しだけ緊張を解いた。

 

「ジータ、別に気にしなくても良いだろう。ゼタを見てみろ。見た目だけならそこの槍娘もお姫様みたいなもんだがどうだ?対して憧れることもないだろ。」

 

「セ、セルグさん!?ゼタさんに失礼ですよ!!」

 

「アンタは私を褒めてるのか貶してるのかどっちなのよ!!」

 

 バカにされて怒りたいのと、お姫様みたいと言われて嬉しいのとで気持ちがごっちゃになったゼタはセルグに詰め寄りながらも怒りを表に出し切れず、僅かに顔を赤くしていた。

 

「まぁまぁ、恐らくセルグは自分を見失うなと言いたいんだよ。どれだけあこがれようが結局は有りのまま自分が一番魅力的であり、無理に何かになろうとするもんじゃないと言いたいんだ。そうだろう?」

 

「またそうやって言いたいことをぼかすんだもん・・・いい加減めんどくさいのよね。」

 

 カタリナが通訳の様にセルグの言葉を解釈するとイオはうんざりといった様子でため息をつくのだった。

 しかし、当の本人は複雑な表情で二人に視線を送る。

 

「なんだか、最近言いたいことが曲解されて良いように解釈されてる気がするな・・・別にオレはそんな気はなかったんだが。」

 

「おい、遊んでる暇はないぞ。王宮内にも兵士はいるだろう。面倒が起きる前にさっさと人形を探すぞ。」

 

 王宮に乗り込んで早々につまらない会話をしているセルグ達へ若干の苛立ちも含まれたアポロの声が突き刺さった。

 アポロの最もな言葉に他の仲間達も同意して周囲を警戒しながら見回す。幸いにもまだ帝国兵の姿は見えず、兵士と追いかけっこをしながらオルキスを探すことにはならなそうである。

 

「黒騎士、それでオルキスや宰相さんはどこに?」

 

「流石にそこまでは私にもわからん。しらみつぶしに探すしかあるまい。」

 

 ラカムは一先ずの当てはないかとアポロに尋ねるも返答は求めた答えとは程遠く。見渡せる広さの王宮内をしらみつぶしに探すのは骨だろうとラカムは癖易した。

 

「この広い王宮をしらみつぶしに探すのは大変だけど、何が起こるかわからない現状で別れて探すのは得策じゃなさそうだし、固まって行動したほうが良さそうだ。」

 

「そうだな、周囲に気を配りながら皆で進もう。」

 

 グランとカタリナの音頭で一行は手近な場所から次々と王宮内を探索していくのであった。

 

 

 

 

 

「ああ、ここだ・・・」

 

 探索の途中、ある部屋に入ったところでふとアポロが小さく声を上げる。その声を聞きとれたのは近くにいたルリアだけであり、呟かれた声に優しさを感じたルリアは必然、アポロへ声を掛ける。

 

「ん?えっと、どうしたんですか、黒騎士さん?」

 

「あそこで、私とオルキスはよく本を読んでいた。

 幼く落ち着きのないオルキスはすぐに飽きて何処かへと行ってしまってな。それをヴィオラ女王陛下が連れ戻してくるんだ。それでもオルキスは落ち着かなくてすぐに本を放って何処かへいってしまう。

 懐かしい・・・ここは私にとって穏やかな思い出の場所だ。」

 

 オルキスとの出会いを語った時と同じ、優しい表情を浮かべながら懐かしき思い出の場所を見つめ語るアポロをみてルリアはその胸中を察する。

 

「そうなんですか・・・オルキスちゃんは本当に元気な子だったんですね!」

 

「ああ、彼女はいつでも日々を笑って生きていた。笑うことが少ないと自分でも思う私だが、彼女はそんな私の傍でもいつでも笑っていた・・・」

 

 彼女の笑顔にどれだけ救われたのだろうか・・・そんなことを考えながらアポロが想いを馳せていた時だった。

 

「見つけたぞ!?侵入者共が、ここをどこだと心得る!!」

 

 巡回していた兵士が一行を見つけてしまう。当然ながら職務を全うする為、侵入者を排除すべく声を上げた帝国兵士であったがそのタイミングは最悪の一言に尽きる。

 

「ここがどこか・・・だと?貴様こそ、ここがどこかわかっているのか?」

 

「な、なに?」

 

 不機嫌・・・そんな程度ではない。あからさまにアポロの表面に噴出するは怒り。

 穏やかで懐かしい思い出へと想いを馳せていた自分を無粋な声で現実へと戻した兵士に対して、アポロは感情をそのまま声と言葉に乗せていく。

 

「ここは私と、彼女と、あの方々の場所だ!!何も知らない下衆が、土足で踏み込んでいい場所ではないぞ!!」

 

「くっ貴様・・・何を知っている!?」

 

「貴様が知らぬ全てだ!!その全てが私の思い出なのだ!私の思い出に土足で踏み込んできた罪、貴様のその命で贖ってもらうぞ!!」

 

 突如向けられた殺意ともいえる敵意に怯みながらも兵士は果敢に職務を全うしようとするが相手は全空に名を轟かす色を冠する騎士。成すすべなく斬り伏せられ王宮の床を舐める事となる。

 

「下衆が・・・私の怒りを受けてもらおうか・・・」

 

 己の怒りの捌け口を求めてアポロは剣を振りかぶった。その冷たい視線は兵士を生かしては帰さないと物語っていた。

 

「落ち着け黒騎士。感情的になって騒ぎを起こすな。血を流せばオレ達の存在を気取られる。あくまでオレ達は隠密に行動しなければならない。」

 

「ふん、来るなら迎え撃つまでだ。どうせフリーシアを見つければ戦いになるだろう。遅いか早いかの違いだ。」

 

「そういう問題でもないだろ。大体お前にとって思い出の場所であるこの場を血で穢すのか?わざわざ殺す必要はないだろう。動けないようにしてどこかに放置しておけばいいだけだ。」

 

「・・・下衆が、命拾いしたな。」

 

 大切な場所を血で穢すことが憚られたのか、セルグの言葉に窘められアポロは吐き捨てながらも剣を納めた。

 目の前で兵士が無残にも斬られることを想像していたグラン達から安堵の息が漏れる。

 

「ふぅ、黒騎士って本当に血の気が多いと言うか、力押しというか・・・セルグといい勝負だよ。」

 

 セルグが止めなければこのまま兵士と戦いながらのオルキス捜索作戦へと変わっていたかもしれないとため息と共にグランの口から本音が漏れる。

 

「グラン、そんな事言っているとセルグさんとの特訓でいじめられるよ・・・」

 

「う・・・いや、まさかこんなことで。」

 

 アポロの様子を見ていたセルグに視線をやるとこちらの会話には気づいていない様でグランはそっと胸を撫で

 

「よし、グラン。次の特訓では目隠しした状態でヴィーラとゼタ相手に戦ってもらうなんてどうだ。もちろん二人には全力で攻撃してもらおう。」

 

 下ろす事が出来なかった。どうやらグランの呟きはばっちり聞かれていたようである。

 

「それ何の特訓!?」

 

「気配だけで戦う特訓とか?なんかグランならできそうな気がする・・・」

 

 双子の妹は他人事だと思っては止める気などを見せない。むしろ興味深そうにその光景を思い描いていた。

 

「それはおもしろそうですね。是非参加させていただきましょう。」

 

「おもしろそうね・・やるなら全力でやってあげる!」

 

「ちょっと二人共!?乗り気にならないでくれ!」

 

 会話に参戦してきたゼタとヴィーラに思わず大きな声で待ったをかけるグラン。このままではセルグが思いついた嬲られるだけの様な特訓をさせられると本気で止めに入ろうとする。

 

「落ち着け、騒ぐな、静かにしろ。冗談に決まっているだろう。兵士が聞きつけたらどうするんだ。」

 

「ちょっとグラン、騒ぎすぎ。」

 

 声を荒げたグランへの辛辣な二人の言葉は何の罪もないはずの彼の心にわずかな闇を落とした。”オーガ”となっている今、拳を使うのに不自由は無い。この怒りをぶつけるためにと拳を握るグラン。

 

「よしわかった・・・僕もそろそろ我慢の限界というやつだ。この怒りを全て乗せて君を殴らせてくれ。セルグ!」

 

 奥義すら放たんばかりの気合いの入れようでグランはセルグを1発殴ろうと拳を振りかぶった。

 

「3年早ぇよ。」

 

「ぐぇ!?」

 

 だが不用意に近付いて殴りかかろうとするグランは間合いという者を失念していた。

 拳の間合いに入る前に呆気なくセルグが鞘に納めていた天ノ羽斬で額を突かれた。のけ反りながら倒れたグランは恨みがましくセルグを睨みつける。

 

「絶対いつかぶん殴る・・・」

 

「その為にも特訓だな。ゼタ、ヴィーラ、グラン本人がやる気みたいだぞ。」

 

 売り言葉に買い言葉な二人のやり取りは決して本気なやり取りではないと雰囲気で分かるが、ここは帝国兵士もいる王宮の真っただ中。

 

「全く・・・緊張感の欠片もないわね。」

 

 下らない言い合いとやり取りを見咎めて、最年長?なお姉さんが呟く声が仲間内に妙に響く。

 一行はどうにも締まりきらない緊張感を抱えたまま探索を再開するのであった。

 

 

 

 

 

「ううん・・・なんだか・・・くんくん。」

 

 探索し周囲を見回しながら、しきりに匂いを嗅ぐ仕草を見せるルリア。王宮に来るまでの道中のようなソワソワした感じで何かを探しているようにも見える。

 

「どうしたルリア?なんかうまそうな匂いでもするのか?」

 

「なっ!?ち、ちがいますぅ!」

 

 鼻を鳴らしただけで食べ物の話につなげるとはデリカシーの欠片もないトカゲだとルリアは憤慨した。

 怒りの形相で詰め寄ってくるルリアに、尻尾を掴まれ振り回される刑を思い出したビィは素早くあとずさる。

 

「お、おう・・・なんだか匂いを嗅いでいるようだったからよぉ。」

 

「全く・・・その、なんだか懐かしい気がするんです。この王宮の匂いが・・・」

 

 怒りつつも気になっていることを吐露するルリアの言葉に一行は足を止めて耳を傾けていく。

 

「もしかしてルリアもここに来たことがあるのか?或いはエルステの出身とか・・・」

 

「そうなのでしょうか?・・・わかんないけどなんだとても懐かしい気がするんです。」

 

「カタリナは何か知らない?ルリアのお世話係だったんでしょう?」

 

「ううむ・・・残念ながら私も知らないな。少なくとも私が見ている間では無い。そもそも私自身ここに来るのは初めてなのだからな。」

 

 かつて、まだルリアが帝国に囚われていた時。ルリアの身の回りの世話をしていたカタリナへとジータが問いかけるも、カタリナも知らない部分の様である。

 

「残念だがルリア。それはない。」

 

 ルリアの疑問に答えるのはアポロだった。

 

「確かに人形とルリアは似たような能力を持っている。星晶獣を扱うと言う稀有な能力をもつ二人は同じ存在だと捉えがちだが、二人の能力の出自は全くの別物だ。」

 

「え?でもそれじゃ、ルリアとオルキスちゃんの能力に関連性はないんですか?」

 

「慌てるな。私が知るのは人形の能力についてだけだ。ルリアとの関連性など知らん。」

 

 ジータの問いかけを切って捨ててアポロはルリアの前へと歩み寄る。どことなくオルキスとルリアは見た目の雰囲気も似ている。ルリアを見るアポロの目にはルリアの先に別の存在が被って見えた。

 

「オルキスの能力か・・・ちなみに二人の能力に大きな違いはあるのか?」

 

「人形については星晶獣を扱えると言うだけだな。ルリアの能力については何ができるのか私には見当がつかない。」

 

 セルグの問いかけに間断なくアポロは答えていく。視線は未だルリアを捉えたまま離れないが、少なくとも答えてはくれるようだ。

 その様子に前に出たカタリナが先んじてアポロへと問いかけていく。

 

「黒騎士、一先ずはオルキスの事について話してもらえないか?私たちにとってもルリアにとっても重要な情報だ。」

 

「そうだな・・・まず、星晶獣とは何か?という部分から説明する必要があるか。」

 

「そんなの、星の民がつくり出した生きた兵器ってことくらいしか・・・」

 

 いざ説明となると、詳しい部分はほとんどわからないのが星晶獣という存在であった。

 言葉少なに回答するイオの様子はこの空の世界に於いて一般的な反応だろう。

 

「元々この空の世界で強い力を持っていた生き物達が星の民によって兵器へとされてしまったっていうのが通説だな。今は大星晶獣とされている各島の星晶獣達も、元々は島の守り神のようなものだったのではと言われている。まぁ今となっては調べようもないが。」

 

 少しだけ入り込んだ話を繰り広げるのはセルグだった。

 

「セルグ・・随分詳しいね。ここの歴史とかにも詳しかったしちょっとびっくり・・・」

 

「ある程度は必要な知識として教えられているしな。少し独力で調べたものもあるがこの程度ならゼタも・・・あからさまに目を背けるなバカ姫。お前まさか、知らないとか言わないだろうな?」

 

 セルグが向けた視線の先にはわざとらしい位にあさっての方へと視線を逸らすゼタの姿があった。

 

「と、当然じゃない!忘れてるわけないわよ!ってバカ姫って何よ、バカ姫って!!」

 

 どもりながら自白していくゼタはセルグの言葉に憤慨する。だがゼタの様子にセルグはため息と共に苦言を呈する。

 

「とりあえず、お前は後で座学だ。みっちり叩き込んでやる。戦闘に於ける必須な知識もあったはずだぞ。どれだけ今まで力押しだったんだ・・・

 っとすまない黒騎士、話の腰を折ってしまったな続きを頼む。」

 

「ああ・・・生きた兵器ということはだ、兵器である以上それを扱えるものがいるのは当然ではないか?」

 

「そりゃそうだろうが、そんなことできんのは精々・・・まさか。」

 

 察しの良いラカムが言葉と共に驚愕へと表情を変えていく。そう、”星”晶獣を操れる存在など今も昔も考えられる答えは一つ・・・

 

「ああ、察しの通りだ。オルキスには星の民の血が流れている。何百年も前にこの世界に襲来し、今はいるはずのない星の民の血が、な。」

 

 これまでで一番の驚愕の事実であろう。告げられた事実はグラン達から言葉を失わせた。

 何百年と前に襲来し、この空の世界の覇権をかけて争った星の民。その血が今尚途絶えずにこの世界に。オルキスに流れていると言うのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!?じゃあ何か、エルステの王族は星の民の生き残りから代々受け継がれてきた星の民の子孫だって言いたいのか?」

 

「少し違うな。エルステ王国の歴史は星の民襲来以前よりあるものだ。ヴィオラ女王陛下もその前の王族たちも、正式なエルステの系譜であることは間違いない。つまりオルキスは間違いなく、半分はエルステの血筋だ。」

 

「半分ってことは国王が星の民の子孫?」

 

「それも少し違う。オルキスの父君。かつてのエルステ国王は星の民の生き残りだったのだ。何百年と前に襲来した星の民の生き残りそのものだったんだよ。」

 

「そんなバカな!?」

 

 再度の驚愕。空の民同様、世代交代をしながら脈々と受け継がれているかと思われた星の民の血筋が、まさか覇空戦争の生き残りからもたらされたものだというのだ。

 

「つまりオルキスさんは空と星の民の混血・・・そんなことがあり得るのでしょうか?別の世界から来た者との間に子供なんて。」

 

 冷静な声で分析するヴィーラも表情には驚愕が隠し切れていない。告げられた話は余りにも荒唐無稽といって良い無いようであり致し方ないことだろう。

 

「現実に存在してしまっているのだからその議論に意味は無い。だが事が起きるまでにオルキスに能力の兆候は無かった。オルキスが能力を使えるようになったのは、あの人形のような姿になってからだ。」

 

「オルキスの能力にそんな経緯があったなんて・・・」

 

 まだ幼いイオにはただ驚くことしかできなかった。

 

「心を失い成長を止めた代償としてのあの能力か・・・高すぎる代償だな。神の一つや二つ操れたところで彼女の未来には代えられないというのに。」

 

「・・・・頭の痛くなる話だな。覇空戦争で襲来した星の民の生き残りだって?星の民は不老不死とでもいうのか。」

 

 告げられた事実の突拍子の無さにカタリナが呻く。

 冷静に処理しきれるような事実ではなく、少し時間が欲しいとカタリナは感じた。他の面々も同じように動揺を隠せないでいた。

 

「黒騎士、気になることがあるんだが。国王の姿は年老いてはいなかったのか?何百年と生きてきていたら普通なら相当年老いて見えるだろう・・・」

 

「いや、私が見た記憶ではヴィオラ女王陛下とそう変わらない年齢に見えたが。」

 

 アポロの答えに、セルグは真剣な面持ちで思案する。脳裏によぎる可能性を少しずつ精査していくと、結論がでたのか口を開いた。

 

「つまりその状態で成長を止めたとは考えられないか?それが星の民の能力であり、オルキスが成長を止めた原因・・・星晶獣を使役し不老の身体を持つのが星の民の力。それを使えるようになってしまったが為にオルキスは今の状態になっていると。」

 

「・・・納得はできなくもないが、だがそれでは心を失った彼女の状態への説明がつかない。ヴィオラ女王陛下と共に私に優しくしてくれたあの方が心を失っていたとは思えないが。」

 

「それにセルグ、オルキスの様子が変わった原因は星晶獣絡みだって話だったじゃないか。」

 

「そうか・・・」

 

 グランの言葉もあり、セルグはどうにも拭いきれない違和感を感じながらも一先ず納得をする。

 

「それに仮にそれが本当だとして彼女を元に戻す方法がわかるわけでもあるまい。」

 

「それはそうだが・・・」

 

「セルグ、ここで考えていたって何もわからないよ。もしかしたら宰相さんが知ってるかもしれないし今は進もう。」

 

 足を止めて考え込んでしまってからそれなりに時間が経っていることに気づき、一行はまた動き始めた。

 各々の脳裏に様々な疑問が渦巻き、その歩みはこれまでより少しだけ遅くなっていた・・・

 

 

 一向に成果の得られない王宮の探索も半分は終えただろうか。進展も無く、帝国兵士の妨害もない時間が続き緊張感が緩みそうな頃にルリアの質問がまたアポロへと投げかけられる。

 

「黒騎士さん・・・オルキスちゃんが星の民の子孫ならもしかして私も・・・」

 

 自分の出自。自分が何者なのか。その答えを求めるルリアは、この場で唯一その答えを出せそうなアポロへと気になったことを問う。

 だが先ほどの時とは打って変わり、アポロはルリアへと視線を向けずに冷たく言葉だけを返していく。

 

「ルリア、悪いがその可能性はない。」

 

「どうして・・ですか?」

 

「黒騎士、なぜそう言い切れるのだ。貴殿の話にあったオルキスの能力の出自。あの話からルリアが星の民の子孫である可能性も」

 

「これはオルキスの父君から聞いたことだが、星の民の生き残りは国王陛下ただ一人しかいないそうだ。そして国王陛下の血を引くのは正真正銘オルキスのみ。私が言い切れるのはルリアの能力は星の民の血筋にまつわるものではないと言う事さ。」

 

 類似する能力。どこかオルキスにシンパシーを感じていたルリアはアポロの言葉に悲しみの表情を浮かべる。

 星晶獣を扱う空の民ではありえない能力、とザンクティンゼルでセルグは口にしていた。当然の事ながら星の民のつくり出した兵器である以上空の民に星晶獣を操る者は存在しない。

 そしてアポロが告げたようにルリアは星の民の血筋である可能性も無いのだ。

 

「それじゃあ、私は・・・私はいったいなんなのでしょう?星の民でも空の民でもない私は・・・」

 

「ルリア・・・そうだな、お前は恐らくこの空に於いて唯一無二の存在だろうな。」

 

 ルリアへと投げかけられたアポロの言葉は容赦なくルリアの心に重くのしかかってくる。

 ヒューマン、エルーン、ドラフ、ハーヴィン。

 魔物に星晶獣。

 この世界には数多くの種族がいるがその中で唯一無二の存在。たった一人しかいない存在・・・

 

「私は・・・この世界で一人ぼっちな存在なんですね・・・」

 

 小さく、だがはっきりと。その言葉を口にしたルリア。その事実を認識するよう呟かれた言葉は彼女の心を如実に表す声音だった。

 

「ハッ、一人ぼっちだと?お前はこの状態でよくそんなことが言えるな。」

 

「え・・・?」

 

 呆れたように言葉を返したアポロに、ルリアは戸惑う。

 今しがたアポロは自分の事を唯一無二の存在と言ったではないか。

 悲しみが裏返り徐々に非難めいた目つきになったルリアがアポロへと感情をぶつけようとしたとき、ルリアはアポロと目があった。

 ルリアを見つめるアポロは本当に呆れたように笑っていた。

 

「これだけの仲間に囲まれて、よくそんな事が言える。それとも何か?お前は自分と全く同じ存在が欲しいのか?そんな鏡に写る自分の様な存在しかお前は認められないのか?」

 

「え?・・・私は・・・一人じゃないんですか?」

 

 言われた言葉がすぐに理解できずにルリアは聞き返す。アポロはもう視線を合わせようともしないで返していく。

 

「それに答えるのは私じゃない。周りを見てみろ。」

 

 ルリアが視線を巡らせればそこにはいつもの光景。

 グランがいて、ジータがいて。

 大好きなカタリナが後ろで守ってくれて、イオとビィがはしゃぎ合う。

 その後ろではラカムとオイゲンとロゼッタが見守っている。

 前を歩くはゼタとヴィーラ。先頭にいるのはセルグ。

 

「あ・・・一人じゃない・・・です。」

 

 漠然とルリアは理解する。自分の悩んでいたことは心底どうでもいい事だったのだと。

 自分の周りにはルリアの大切な人たちが、ルリアを大切にしてくれる人たちがいる。

 改めて気づいて喜びを感じる方がみんなに失礼だと思うほどにルリアは気づかされた。

 

「そうだルリア。僕たちの旅が始まってから、君はもう一人じゃない。」

 

「そしてそれはこれからも、変わらない。」

 

「全く、何をバカな事言ってんだぃ!次そんなこと言ったら噛みつくからな!」

 

 グランが、ジータが、ビィが笑いかけてくれていた。

 つられるようにルリアは笑う。わざわざ涙を流すこともなく、いつものように無垢な笑顔で。

 

 

「黒騎士さん、ありがとうございました!!」

 

 笑顔のままはっきりとルリアはアポロへ感謝の言葉を述べる。そこの表情にはもう陰りは無く、いつもの以上に明るい雰囲気であった。

 

「・・・礼を言われる覚えはないが?」

 

「私にはあります。黒騎士さんにお礼を言いたい理由が!」

 

 照れている、という訳ではないアポロの様子は、本当に何にもしていないと言葉通りの態度を見せるも、ルリアはお構いなしで嬉しそうにアポロの前へと躍り出る。

 

「黒騎士さんはさっき、ちゃんと私の事を見てくれました。私を通して見える誰かではなくて、私自身を・・・それが、嬉しかったんです!」

 

「フン、たまたま目に入っただけだ。」

 

「そうなんですね!」

 

 もはや会話にならないほど上機嫌となったルリアにアポロは僅かに苦笑した。どこまでも素直で、どこまでも明るい。そんな存在を見るのはこれで二人目だと・・・

 

 

 

 

「ねぇ、オイゲン。やっぱりあの子、私にはそんなに悪い子に見えないわ。」

 

「そうだな・・・俺もそう思う。ただ、あいつ自身は自分の事をどう思ってるのか。」

 

一連のやり取りを見たロゼッタは素直な感想をオイゲンに漏らした。

ルリアの心を救ったのはグラン達であったが、そのきっかけは間違いなくアポロの言葉だろう。

上機嫌となったルリアの様子は仲間内に伝染し明るい雰囲気のまま一行は王宮の探索を続ける。

 

 

 

 

しかし、アポロとグラン達が求める結果は王宮のどこを探しても得ることはかなわなかった・・・

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

もう2話くらいで終わりそうなラビ島編。

ラビ島おわったらイベントと過去編をまた更新する気です。お楽しみに(´∀`*)

最近大いに気になってることが一つ。この小説を原作プレイしていない人とか読んでたりするのだろうか
添削に見返すと原作をそこそこやっている前提で書いちゃってる部分が多いのですごく気になる。

後々ここらへんも意識して書き直さなきゃダメですね

それではお楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第18幕

連続投稿!

でもケルベロスとフェンリル討滅戦が始まったので4日間はそっちに集中するかもしれません。(半額の次はこれとか、少し休ませてくださいサイゲさん)

でもこれからは週1くらいのペースはできそうな気がします!

早く次の島へ進めたい~ラビ島終えたらイベント編を一つ挙げる予定ですがね(;´д`)

それではお楽しみください。


 

「くそっ!!何故だ、何故見つからない!?」

 

 静かな王宮内で、アポロの焦りの声が響いた。

 既に王宮の探せる場所はほぼ探し尽くしたグラン達。

 だが、いくら探しても、帝国宰相フリーシアやオルキスは見つからず王宮の探索に暗雲が立ち込めていた。

 

「ここではないと言うのか・・・?そんなはずは。奴がここ以上に執着する場所など・・・」

 

 焦るアポロにグラン達は少しずつ心配の表情を浮かべ始める。取り乱し始めた彼女の姿はこれまでの雰囲気からは想像もできない状態だった。

 

「おい、落ち着けアポロ!焦ったって何も変わらねえ!」

 

「くっ、黙れ!・・・こんなはずはない。奴がここにいない等ありえないんだ。頼むお前達、何としても奴を見つけてくれ!」

 

 娘を落ち着かせようとオイゲンが話しかけるもアポロはそれを一蹴する。グランとジータへ向き直ったアポロは半ば懇願するように二人へと探索を請う。

 しかしいくら探そうとも結果は変わらず、アポロの精神は恐慌状態に陥りつつあった。

 

「バカな・・・一体なぜここにいない?ここじゃない別の場所だと。そんなのあるわけが・・・」

 

 周りの見えていないアポロの姿にグラン達は逆に冷静になっていく。取り乱しても状況は好転しない。今は落ち着いて状況を見定める必要があることを理解していた。

 

「黒騎士、少し落ち着こう。貴方と同じように僕たちもオルキスを助けたい。その気持ちは変わらない。」

 

「フリーシア宰相の事を知っている貴方が唯一の頼りなんですから、貴方が冷静になってくれないと私達は、この先どうすればいいかわからなくなってしまいます。」

 

 グランとジータの言葉はまっすぐにアポロへと届く。オルキスを助けたいという気持ちに嘘はない。その想いを感じ取ったアポロが徐々に冷静さを取り戻していく。

 

「お前達・・・すまない。確信があったのだがな・・・見事に外れて取り乱してしまった。」

 

「とりあえず落ち着いた様で何よりだ。次の目的地を考えなきゃいけないところだろうが、まずは艇に戻ろう。ここに居ないとわかった以上、長居する必要はない。」

 

「そうね・・・いつ帝国兵に見つかるかわからないし、さっさとお暇しましょうか。」

 

「ああ、そうだな。すぐに移動するとしよう。」

 

 落ち着いたアポロに安堵したカタリナとロゼッタが一先ずの行動指針を示す。

 二人の言葉に従うように一行は一度、グランサイファーへと戻るべく王宮内を駆け出した。

 

 

 

「ねぇ、セルグ。」

 

「ん?なんだゼタ・・・」

 

 定期的に顔を出してくれる帝国兵を瞬間で、迎撃していきながら、先頭をひた走るセルグにゼタから声が掛かる。

 この状況で無駄話は無いだろうと、怪訝な表情と共にゼタへの方へセルグは振り返った。

 

「アンタ、アマルティアで襲撃受けたって言ってたよね?襲撃してきたやつって誰だった?」

 

「なんで急にそんな事?知らない方がいいと思うぞ。知れば組織に戻った時自然と振舞えなくなるだろう。お前は隠し事が下手そうだからな。」

 

 唐突で脈絡もない話題にセルグは、疑問を隠しきれなかった。今必要な話でもなければ、緊張の途にある今を和ますような話題でもない。

 

「ぐっ、うっさいわねーその位大丈夫よ!むしろアンタと一緒に居るってことを気取られないためにも知って置いた方がいいと思ったの。」

 

 思わず茶化しながら返してしまったセルグに、ゼタはムッとした顔を見せながらも真剣な表情で理由を明かした。

 

「そうか・・・余り伝えたくないんだがな。来たのは3人。バザラガとユーステス。あとクロードって奴だった。」

 

「ッ!?アンタ、それって・・・」

 

 サラッと告げられた名前に動揺するゼタ。

 それもそのはず、バザラガとユーステスはゼタにとって現在進行形で、組織の任務に於いてチームを組んでいる面子だ。

 さらに、まだセルグの事を恨んでいたゼタが組織で聞き及んでいた、セルグとっての数少ない理解者だと目されていた人物でもあった。

 

「知ってたのか・・・そうだよ、かつての師と友だ。組織で数少ない、オレが心を開いた仲間達だ。」

 

「そんなのって・・・」

 

 本人の意思か、組織からの命令か。経緯は知りえないが、あまりにも悲しい話だとゼタは俯く。数少ない理解者であった友が己を始末するために目の前に現れるなどと・・・

 

「なんでお前が辛そうな顔するんだよ・・・安心しろ。確かに辛いが、あの事件以降組織の人間とはもうともに歩むことはないと、昔の様には戻れないと諦めていたから思いの他ショックは小さい。

 それに今は、アイツ等もお前もいる。新たにできた大切な仲間が。今のオレには過去の繋がりよりも大切なものがあるから・・・大丈夫だ。」

 

 そうゼタに語ったセルグの表情に悲しみは無かった。話は終わりだと言わんばかりに前を向き少し足を早めるセルグの後姿をゼタは見つめる。

 だが、ゼタはセルグの表情と声の裏に確かな想いを聞いていた。

 

「どっちが隠し事下手なのよ。そんなに泣いてる癖に・・・」

 

 小さく呟かれた言葉は誰にも聞こえることなく一行の足音にかき消された。

 

 

 

 王宮を無事脱出したところで走っていた一行は一度速度を緩める。歩きながら艇へと向かいながら話を進めるようだ。

 

「さて、どうするか・・・奴がここにいないとなると私にもどこに行ったかは見当がつかない・・・」

 

「歴史への反逆・・・エルステ王国の再建。ここら辺がヒントだが、何をしようとしているかオレ達では見当がつかない。せめてどうやってそれを成すのか手段でもわかれば良いんだが・・・」

 

「それがわかれば苦労はしないさ。密偵を送り込んではみたものの具体的な事は掴めなかった。奴は決して無能ではない。むしろ政治や、謀略にかけては奴ほど厄介な人物はいないと思える。今から探っても簡単に掴ませてはくれないだろう・・・」

 

「なぁなぁ、ちょっと聞きたいんだけどよぉ・・・」

 

 真剣な雰囲気でフリーシアの行先を考えるアポロへとビィが声を掛ける。落ち着きはしたが以前ピリピリとした空気が消えてないアポロへと声を掛けるビィにルリアが内心「ビィさん凄いです!」とか考えていたのは内緒だ。

 

「なんだトカゲ、今はお前に構っている暇は」

 

「オイラはトカゲじゃねえ!!ってそうじゃなくて、何で黒騎士はここに宰相がいると思ってたんだ?ここに来たって何かできるわけじゃねえんだろ?セルグが言うように歴史の反逆とか王国の再建が目的だってんなら普通に何かするとは思えねえんだけどよぉ・・・この島に特別な星晶獣とかいんのか?」

 

 聞く価値が無いとばかりに思案を続けようとしたアポロを、ビィの質問が止めた。だが質問の内容を聞いた瞬間にアポロは呆れと共に言葉を返した。

 

「フン、お前は私の話を聞いていなかったのか?オルキスを人形のように変えた星晶獣。それがいるだろう。そいつがカギになると踏んでいたんだ。とんだ無駄足になってしまったが・・・」

 

「だったらよぉ、特殊な星晶獣の情報でも集めればなんか見えてきたりは」

 

「それでしたらアマルティアに保管してある蔵書の中にもしかしたら何か載ってるかもしれませんね。」

 

 ビィの言葉を遮り、誰かが声を上げた。

 

「なるほど、秩序の騎空団ならいろんな書物を保管してそうだし、あり得るな。」

 

 その声に同意するようにカタリナが声を上げる。

 全空域に団員がいる秩序の騎空団。その拠点になら様々な資料が保管されてるであろう。フリーシアの手段やオルキスを元に戻せるような星晶獣の話も見つかるかもしれない。

 行先がにわかに見え始めた一行がすぐさま動き出そうとしたところでまた誰かが声を上げる。

 

「なんにせよ貴方達には一度アマルティアに戻っていただく必要がありますが・・・」

 

「え・・・?」

 

 聞えるのは彼らの誰でもない者の声だった・・・・

 

 

 

 

「リーシャさん!?」

 

 想定外の人物の登場に一行の声が重なる。

 

「数日振りですね皆さん。随分慌てているようですが、如何なさいましたか?」

 

「リーシャ殿・・・どうしてここに?」

 

 アマルティアで見た時と変わらない落ち着いた雰囲気のまま、慌てて動き出そうとした一行を見咎めるようにリーシャが問いかけるも、それに応えるどころではない一行を代表してカタリナが聞き返す。

 

「それについてはモニカさんも交えてお話しましょう。まずは皆さんここを出て艇へ。騎空艇でモニカさんも待っています。」

 

 あえてここでは話さないリーシャの答えに一行は戸惑う。何か隠す必要があるのか?意図が読めないものの秩序の騎空団であるリーシャに疑いを持つ者はほとんどおらず一先ずは従おうと歩き出そうとするが、唯一反論する者が居た。

 

「待て小娘、今の我々には時間が無い。貴様に構ってる暇など」

 

「黒騎士、貴方が何をそんなに焦っているのかわかりませんが、そんなことでは事を仕損じますよ。

 それに我々は貴方が欲している情報を持っています。聞いてみるだけの価値はあると思いますが。」

 

だが、リーシャはアポロの言葉を遮り、有無を言わさぬように交渉のカードを切った。

 

「・・・ちっ、本当に強かになった。冷静に情報をちらつかせて主導権を握るとは。あの小さい奴の方がよっぽどやりやすい。」

 

「それは光栄ですね。七曜の騎士に認められるとは嬉しい限りです。私はまた一歩、父に近づけました。それでは参りましょう。」

 

「・・・ちっ、本当にやりづらい。」

 

 もしかしたら有益な情報が手に入るかもしれない。具体的な情報は与えずにそう思わせたリーシャの弁にアポロはしてやられたと苦々しく吐き捨てる。

 以前の彼女であればあっさりと情報を抜かれて終わっていたかもしれない。確かな成長を感じ取ったアポロはリーシャの評価を密かに上げる。

 

「黒騎士さん、全部セルグさんのせいですよ。リーシャさんが変われたのはセルグさんのおかげだって、私聞きましたから。きっと仲良く色んな事を教え込んでたに違いありません。」

 

「ジ、ジータ!?急に何を言い出すんだ。オレは別に何もしてないぞ・・・というかなんでそんな怒ってるんだ?」

 

「別に~怒ってなんかいないですよ。ただ、私たちが心配でたまらなかった時にセルグさんは秩序の騎空団の方々と、とぉっても仲良しだったってことを教えてあげただけですう~。」

 

 ギロリ。そんな効果音が聞こえそうな位に鋭く視線でアポロがセルグへと振り返る。

 

「よくも面倒を増やしてくれたな・・・本当に使えない男だ。」

 

 アマルティアでジータの中に根付いたセルグへの怒りは思いのほか深いようである。蒸し返された己に向けられた怒りの前にセルグはまたも縮こまる事しかできなかった。

 

「グラン・・・」

 

 視線だけで人を殺せそうなアポロのジト目と、居心地が悪くなるようなジータのジト目が向けられたセルグはタジタジといった様子で唯一頼りに出来そうな人物へと声を掛けるが。

 

「まぁ、仕方ないんじゃない?」

 

 頼みの綱である彼女の双子の兄は苦笑と共に諦めろと告げてくる。

 

「はぁ・・・どうしてこうなった?」

 

 見るからに落ち込むセルグだが、彼の受難は続く。

 

「それはそうとセルグさん。モニカさんが大層御立腹でしたよ。約束を放り出して逃げたって・・・おかげで私までとばっちり受けるし・・・何なんですかあの過酷な訓練・・・信じられない・・・団員達は泣いて喜んでるし・・・意味わかんない。」

 

 リーシャがモニカから受けた八つ当たりにも似た何かを思い出しぼやき始めた。先程までの落ち着いた船団長としての顔はなりを潜め、以前のようにオロオロと困ったような様子が垣間見えた。

 

「あ、ああ~そのなんだ。悪かったな、なし崩し的に出てきちまったから・・・別に約束を守らない気じゃなかったんだ。落ち着いたら戻るつもりだったし。」

 

 リーシャから告げられた言葉にセルグも目が泳ぎ始める。完璧に頭から抜けていたのか言い訳がましく体の良い言葉が出てくるものの、秩序の騎空団の船団長にはそんな言い訳が通じるわけもない。

 

「そんな言い訳は別にいいですからちゃんと宥めて下さいね。じゃないと私に被害が来るんですから・・・最近のモニカさんはどうにも子供っぽいと言うか・・・なんというか・・・と、とにかく、何とかしてください!」

 

 リーシャの雰囲気からモニカが何をしたのかを察したセルグに否はない。彼の返答は、”はい”か”Yes”かの2択に絞られることとなった。

 

「お、おう。わかった。できる限りの事しよう。」

 

「本当にお願いしますよ。それではみなさん行きましょう。」

 

 気を取り直すように皆へと呼びかけてリーシャが歩き出した。

 

 

 

 騎空艇への道が半ばに差し掛かる頃。幸いにもほとんど魔物とは出くわすことなくここまで順調に歩みを進めてきた一行の中で一人ソワソワと落ち着かない人物がいた。

 今回はルリアではない。

 

「あ、あのゴメン!ちょっと昨日のおばあちゃんの家に忘れ物しちゃったみたいでさ、あはは・・・取ってくるから皆は先に戻っててくれる?」

 

 タイミングを計っていたのか意を決したように、急に大きな声を上げたゼタに全員の視線が突き刺さる。

 

「忘れたって、一体何を忘れたんだゼタ?どうでもいい物ならあとでどこかで買っても・・・」

 

「あーゴメン、大事なものだけどちょっと言えないかな・・・大丈夫だよ、すぐ戻るから。魔物も大した事ないし、心配ないから先に戻ってて!!」

 

「あ、ゼタさん!?」

 

 今は少々急いでいる身である一行。重要なものでもなければ後で買えばいいとグランが提案しようとするがそれを遮るようにゼタは言いたいことだけ言ってあっという間に駆けだしていく。

 誰が見ても怪しい。挙動不審過ぎるゼタの姿に、疑問符ではなく疑惑の眼差しをグラン達は向けた。

 

「なんか様子がおかしい感じだったな・・・?グラン、ジータ。良いのか、一人で行かせて?魔物は大した事無いとは言え安全ってわけじゃねえだろうし。」

 

「そうですね、少しだけ心配です・・・グラン、私が」

 

「いや、オレが行こう。ヴェリウスも連れて行けば合流も楽になるだろうし。悪いがリーシャ、モニカの件は後回しだ。やることができたんでな。」

 

 付いていこうしたジータの声を遮りセルグが前に出た。その表情は少しだけ固い。ゼタの様子に何かを察しているようである。

 

「それは構いませんが・・・逃げないでくださいね。」

 

 リーシャが釘を刺すように告げる言葉に苦笑しながらセルグは答える。

 

「わかってるよ・・・これ以上アイツを怒らせたくないしな。グラン、すぐ戻るから先に行っててくれ。」

 

「わかった・・・大丈夫だとは思うけど気を付けて。」

 

「ああ、ヴェリウス。行くぞ!」

 

 ヴェリウスと共に、セルグも足早に駆けて行った。

 

「なんかセルグも・・・様子がおかしかった気がしない?」

 

「イオちゃんも感じましたか?私もです。なんだか少しだけ・・・怒ってました。」

 

 ゼタの挙動不審もそうだが、追いかけていったセルグの雰囲気もどこかさっきまでの様子とは違ったものをイオとルリアが感じ取っていた。

 

「はぁ、次から次へと心配事を・・・グラン、ジータ。私とヴィーラで二人を追いかけようか?」

 

 カタリナの提案にグランは考え込む。様子のおかしかったゼタと真剣な表情をしていたセルグにグランも思うところはあった。

 少しの思案のあとグランはゆっくりと口を開く。

 

「・・・いや、帝国からの追跡が来ないとも限らないし、今重要なのはリーシャさん達から必要な情報を聞くことだ。早く次の目的地を見つけ出さなきゃいけない。ヴェリウスが居れば緊急の連絡もできるだろうし、セルグならほとんどの危険には対処できるだろう。僕たちは先の事を考えておこう。

 リーシャさん行きましょう。」

 

「はい、それでは皆さん行きますよ。」

 

 グランの結論に異を唱える者はおらず、一行はそのまま艇へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ラビ島編は佳境に入ってきました。後2話ってところですかね。

今回はキリがいいところで一度切っちゃっているので短いお話となってしまいました。

次のプロットもほぼほぼできてるので時間はそれほどかからなそうですね。(長くなってしまったので途中で切った次第です。)

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


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幕間 彷徨う戦士に安らぎを

連続投稿part2

誰が望んでいるのか捏造100%の組織関連のお話。

しかも今回は少し長くなるという 。なぜか知らないけど 描きやすい?気がするのです。

それでは、お楽しみください。


 

 グラン達から逃げるように別れたゼタは一人、メフォラシュの寂れた街並みを歩いていた。

 周囲に魔物の気配は無く、本来であれば喜ばしい状況であるにも関わらず、歩いているゼタの表情は固い。

 

「はぁ、全く迷惑よね。こんなタイミングで呼び出してくるとか・・・」

 

 苛立ちを隠すことなく、ため息と共にこぼれた本音には彼女の心情が表れていた。

 そのまましばらく歩き続けたゼタがたどり着いた場所は、栄華を誇ったエルステの王国であれば、多くの民がそこを行き交いしていたであろうと思われる、今は無人の広場だった。

 

「来たわよ!・・・出てきなさい!!」

 

 傍から見れば急に大声を上げたゼタの行動は不可解極まりないが、広場にはその声に応える者がいる。

 周囲の建物の影からのっそりといった具合に姿を現すのは半裸に近い鎧を付けた大男。

 その後ろから続いてエルーンの男とヒューマンの男も姿を現した。

 アマルティアにてセルグを襲撃した部隊。バザラガ、ユーステス、そして秩序の騎空団に捕らえられたはずのクロードである。

 

「ゼタ・・・セルグはどうした?」

 

 開口一番、バザラガはゼタへと問いかける。その声には僅かながら怒りが見えた。

 

「バザラガ、見てわかるだろう。コイツは一人で来た。理由は定かではないが・・・」

 

「バザラガ、ユーステス。ってことはそいつがクロードか・・・」

 

 3人を順番に見回してゼタは確認した。ゼタの知らない唯一の戦士、クロードはそのゼタの視線に吠えるように声を上げる。

 

「おい、ゼタとかいったな。あの化け物はどうした?ここに連れてくる話だったんだろう?」

 

「バザラガ、ユーステス。アンタ達がアマルティアでセルグを襲撃したって言うのは本当?」

 

 しかし、ゼタはそんな声を意に介さず、そのままバザラガ達へと問いかけた。まがりなりにも今はチームを組んで任務に当たる面子だ。その二人がセルグを始末しに来たことをゼタは信じたくは無かった。

 

「おいてめえ、俺の話を」

 

「そうだ。俺達がアイツを始末するために送られた部隊だ。」

 

「可能であれば連れ戻せと言う指令だった。見ての通り失敗に終わっているがな。」

 

 発言を流されたクロードの抗議を遮り、バザラガとユーステスはゼタの問いかけに答えた。彼らも今この場に於いて、クロードの存在は不要な存在としてゼタとの話を優先させる。

 

「なんで!?セルグはアンタ達の仲間じゃなかったの!?何でそんな簡単にセルグを切り捨てることができるのよ!」

 

 声を荒げたゼタの言葉に非難が混じる。

 先のセルグとの会話で嘗ての友であり師であると答えた時のセルグの表情がゼタの脳裏に思い浮かぶ。

 なんの感慨も無く、表情に変化も見せずに答えたセルグの表情は、悲しさを無理やり押さえてる裏返しだとゼタは感じていた。

 

「我らとてそうしたくない。だからお前に頼んでセルグを連れ戻せないかと打診をしたのだ。セルグと共に旅をしているお前ならばと・・・なぜ連れてこなかった?」

 

 ゼタの声音にバザラガの声にも力がこもる。

 簡単に切って捨てる事などできるはずもない。バザラガにとってもユーステスにとってもセルグは大切な友であった。

 だからこそ昨夜、ゼタへと打診をしてセルグをこの場に連れてきてもらい、説得をするつもりだったのだ。

 目論見を覆されたバザラガがゼタに非難の声を上げるのも仕方ないことだろう。

 

「・・・セルグはもうアンタ達を何とも思ってない。もう元には戻れないって。今は団長さん達がいるから大丈夫だって。顔には出なくても、心で泣いてるってはっきりわかるような声で・・そう言ってた。

 二人ともわかってないよ・・・セルグを連れ戻したところでもうアイツは組織の中には仲間がいないと諦めてる。

 それなのにまたアイツを辛く悲しい過去へと引きずり戻すの?誰も頼る者が居なくて、誰にも助けを求められない。一人で抱えてずっと泣いてきたアイツを。」

 

 

 瞬間、二人は呻く。

 ゼタが告げる言葉は深々と二人の心を抉った。

 セルグが怒りではなく悲しみに声を上げている。二人は今でもセルグを友だと思いたくても、当のセルグは既に二人との縁を切り捨てていると言うのだ。

 

「だから、私は一人で来たんだ・・・」

 

 珍しく表情に変化を見せた二人を前に、ゼタは冷たく声を張る。冷たい声と裏腹に彼女が持つ槍は熱く猛る炎を吹き出し始めた。

 ザンクティンゼルでセルグに向けた時と同じように、ゼタは躰を巡る激情に身を委ねる。徐々に増していく炎の渦はあの時より精錬され、熱を増していた。

 

「アイツは今、団長さん達と会ってやっと前を向いて生きているんだ。あの子が守ってくれた命と向き合いながら、前を向いて生きているんだ!絶対に邪魔はさせない。あの子が命を賭して守った未来を・・・あの子が守ったものを犠牲にさせるもんか!!セルグの未来は私が守って見せる!!」

 

 叫ぶゼタの声に呼応して巻き上がるのは、セルグに向けた時とは違う決意の炎。

 ヒトは誰かの為に強くなれる。そんなありきたりな言葉を体現するように。過去の自分を置き去りにするようにゼタの炎は勢いを増していく。

 目の前に佇む3人の戦士を射抜いた彼女の淡く青い瞳は、ただ力強い光を放っていた。

 臨戦態勢ではなく、戦闘態勢でもない。己の全てを出し切るようなゼタの姿勢は決戦態勢とでも言うべきか。

 

「はは、血迷ったか!行くぞ二人とも!馬鹿な女にお仕置きの痛みをプレゼントしてやるぜ。」

 

 そんなゼタの姿に、いつもの調子を崩さない愚か者、クロードは腕に愛用の武器を装着し愉悦の笑みを浮かべながらゼタの前へと躍り出た。

 

「ユーステス・・・」

 

「わかっている。」

 

 バザラガとユーステスは言葉なく視線だけの会話を行う。もはや戦闘は避けられない状態だと判断し各々武器を取った。

 

「アルべスの槍よ!我らが信条示し、貫くための牙と成れ!!」

 

「滅爪イビルレギオン。我が眼前に仇名す愚者に、絶望の痛みを与えたまえ。」

 

言霊の詠唱。光り輝くアルべスの槍と、黒く鳴動するイビルレギオンが力を解放した。

 

「ゼタ、はやまるな!お前と言えどその武器相手では」

 

「うるさい!!」

 

 バザラガの忠告を聞く耳持たぬと一閃。ゼタはクロードの立つ地に向けて槍を振り下ろす。

 大振りな攻撃を難なく回避したクロードだが爆音と共に地面が爆ぜた。

 その余りの威力に戦慄するもそれは一瞬、すぐにゼタへと接近しクロードは攻撃を繰り出す。

 槍のリーチの内側にスルリと入り込んだクロードにゼタは、対セルグの為重ねた特訓の成果をありありと見せつけるようにその攻撃を捌いていく。

 

「・・・やむを得ない、ユーステス。一先ずはゼタを抑えるぞ。」

 

「仕方ない・・・か。」

 

 気構えの違いもあるだろうが、ゼタとクロードの差は明白に見えた。このままではすぐにクロードが倒されると読んだ二人は援護の為に戦闘に参加していく。

 

「チッ、さすがに3人相手は・・・」

 

「オラオラ!どうしたゼタぁ!」

 

 数的不利に立たされたゼタを容赦なくクロードが攻め入る。間断なく攻めたて、生まれる隙はバザラガとユーステスが埋めていた。

 

「くっ、案外やるわね。仕方ない・・・」

 

 人数の差で形勢が不利だと悟ったゼタは一気に攻勢に出る覚悟を決めた。

 大きく踏み込んできたクロードの爪を紙一重で避けカウンターを放とうと身をよじった。

 だがその瞬間

 

「つぅううあああああ!?」

 

 僅かに掠ったイビルレギオンによってゼタの悲鳴が響き渡る。

 

「ひゃっはー!イイ声で鳴くじゃねえか!この間の秩序の騎空団の女も良かったがお前はもっとイイな。最高の声じゃねえか!もう一回聞かせてくれ・・・。」

 

 ゼタの悲鳴に昂るクロードの言葉は仲間のバザラガ達から見ても胸糞悪くなる言葉であっただろう。

 激痛を放ち続ける斬られた箇所を押さえながらゼタは戦意に怒りを乗せてクロードを睨み付けた。

 

「ぐっ、噂には聞いていたけど、ホントクソみたいな奴ね。上等、掛かってきな。ぶちのめしてやるわよ!!」

 

 再度激突する両者の動きは先ほどとは真逆になる。

 いくら強がろうとも激痛に集中を乱され、本来の力を発揮できないゼタは徐々に捌き切れなくなってくる。

 ゼタにわずかな隙が生まれた瞬間をクロードは見逃さない。

 

「くっ!?」

 

「ほうら、鳴け!!」

 

 再びゼタの身体へわずかにイビルレギオンが届く。深々と斬らずに掠らせるように斬りつけるのはクロードが楽しむために他ならない。痛烈な悲鳴を期待してクロードがそのまま動きを止めた瞬間。

 

「ぐっうう・・・ざっけんじゃないわよ!!」

 

「何!?ぎゃああ!?」

 

 体勢を崩しながらもゼタが放った”サウザンドフレイム”がクロードを焼いた。

 

「はぁ、はぁ・・・きっついわねこれ。アタシとしたことが痛みで涙を流すなんて何年ぶりかしら。」

 

 理不尽な痛み。それを受けた時、人の反応は二つだ。何かに体をぶつけて唐突に大きな痛みを感じた時、痛くて辛いと思うか、痛みをもたらしたものに怒りを覚えるかである。

 本来であれば怒りを覚える事すら困難なイビルレギオンの激痛に、ゼタの怒りが勝った。

 振り切れた怒りが痛みに呻くよりもクロードへやり返すことを選んだのである。

 座り込んだゼタの瞳に滲む涙は、その激痛の程を物語る。

 

「ぐぅ、ぐぞう。やりやがったなこのアマ!!」

 

 炎に焼かれながらも立ち上がったクロードは、遊びは終わりと言わんばかりに狂気の目でゼタを見据えた。

 

「もう許さねえ、深々と斬りつけて地獄の痛みを味あわせてや」

 

 クロードの言葉が止まる。言葉の途中で彼は背後から絶大な殺気を感じ取った。

 

「先にお前が地獄に逝け。」

 

 小さく背後で呟かれた言葉。クロードが言葉の意味を理解する間もなく、小さく金属質な音が鳴る。まるで金属と金属をこすり合わせたような・・・

 その瞬間クロードの視界が反転した。上を見れば地面があり、下を見れば空が見える。どうやら宙を舞っているようだ。

 

「え、なんでおれ・・・とん・・で・・」

 

受け身を取ろうとするが体の感覚が無い。腕も足も動かせず、なすすべなくクロードは地面にボトリと鈍い音を立てて落ちた。

徐々に閉じていく視界の中で彼は最後に、動きを見せない己の身体を見つめるのだった。

 

 

 

 

「二度と喋るな。」

 

もの言わぬ姿となったクロードを見下ろし、セルグは絶対零度の瞳を見せる。

 

「セ、セルグ・・・なんでここに?」

 

驚きと共にセルグへ声を掛けるゼタを視認したセルグはいつもの表情に戻り、呆れたような顔でゼタへと歩み寄った。

 

「隠し事が下手すぎる。あれじゃ何かあるって言ってるようなもんじゃねえか。みんな怪しんでたぞ・・・まぁこいつらが島に来ているのはヴェリウスのおかげでわかってたからな。ホントはすぐにでも追いつくつもりだったけど、何故か魔物にやたらと絡まれて遅れてしまった。すまない。」

 

 すぐに駆けつけられなかったとセルグが悔やむも、ゼタから見れば折角一人で来たのに台無しにしてくれたと怒りが湧きあがる。

 目の前に歩いてきたセルグに向かい、立ち上がりながらゼタは声を荒げた。

 

「なんで、ここに来たのよ!?こいつらはアンタを」

 

 怒れるゼタの言葉が途中で止まる。

 ゼタの顔の横にはセルグの顔があり、背中と後頭部に添えられた手と全身に伝わる温もりは彼女がセルグに強く抱きしめられてることを認識させた。

 

「な、え、ちょ!?せ、セルグ!?」

 

 驚くゼタを余所に、セルグはその存在を確認するようにゼタを抱きしめる腕に力を込める。

 

「悲鳴が聞こえた時は血の気が失せた。足元が崩壊していくような心地だった。生きていてくれてありがとう・・・ゼタが一人でオレの為にこうして戦ってくれた。それだけで本当に嬉しい。もう十分だ、あとは任せてゆっくり休んでくれ、ゼタ。」

 

 ゼタを解放しながらあとは任せろと告げるセルグの姿はいつも通りだ。抱きしめられて内心、心臓がはちきれんばかりにドキドキしていたゼタとは雲泥の差である。

 だが、ゼタの不安の種は尽きない。セルグと彼らを戦わせるのは酷ではないかと心配で仕方なかった。

そしてなにより、彼らを戦わせてはいけないと心が告げていた。

 

「で、でもいくらアンタでもアイツら相手は辛いんじゃ・・・」

 

「約束、だろ?」

 

 何があっても守り抜く。不安を感じさせないセルグの自信のある表情に、セルグの誓いを思い出したゼタは急に瞼が重くなったのを感じる。セルグの言葉に安心を感じてしまったゼタの身体は休息を求めて意思とは関係無しに彼女を眠りへと誘う。

 身体に備わる全てを使ったゼタの身体は激痛と疲労で既に一杯であった。

 

「あ・・・セルグ・・・お願い・・だ・・か・・ダ・・」

 

 彼らを戦わせてはいけないと眠りに抗おうとするゼタの抵抗も虚しく僅かな言葉だけを発して眠りについてしまう。

 

「・・・・おやすみ。」

 

 ゼタの言葉をセルグは聞いていた。だが、その真意は伝わり切らなかった。

 ゼタの願いとは裏腹にセルグの瞳は冷たく、目の前の戦士を射抜く。

 

「確かアイツは秩序の騎空団が捕らえていたはずだったが?」

 

 今はもの言わぬ亡骸を一瞥してセルグは問いかけた。

 何故ここにこいつがいる?と言外に伝えるセルグの声に今さっき命を刈り取ったばかりの感慨は無い。罪悪感などありえない。

 

「帝国襲撃の混乱に乗じて連れ出した。放置すればいずれ組織にも不利益を与える。」

 

 簡潔に答えるユーステスは罰が悪そうな表情であった。状況だけ見ればクロードを連れ出した彼らにもゼタが傷ついた要因の一端がある。

 そんなユーステスの答えにセルグは笑みを浮かべた。

 

「じゃあこれで問題は無くなったわけだな。死人に口なし。もはやアイツと組織の関係を調べることもできないだろう。次はお前らだ・・・」

 

 目の前に立つ男にどれだけの力があるのか・・・計り知れない力を感じてバザラガとユーステスは恐怖した。

 膨れ上がる存在感と、身を切るような殺意が二人を襲う。

 

「セルグ我らは」

 

 最後の弁解をしようとバザラガは向けられる殺意を振りほどき口を開くも、それは最後まで言い切ることは適わずセルグに遮られる。

 

「今更言葉はいらない。ゼタに向けられていたその鎌と銃・・・もういいよな?宣戦布告と受け取って。言ったはずだ・・・来るのなら容赦はしないと。

 失敗したな・・・お前たちはあのクズを援護するために武器を取ってしまった。お前たちが丸腰となっていたならオレも止まっていたかもしれない。結局のところお前たちは初めから戦うしかないと諦めていたんだろう?オレを連れ戻すことなど不可能だと諦めていたんだろう?まぁ実際その通りではあるが・・・その気が無いならそんな言葉吐くんじゃねえよ。」

 

 ゼタの死を幻視した時感じた恐怖はそのまま彼らへの怒りとなってセルグより溢れ出す。

 

「今日は逃がさねえぞ。お前たちは許されない事をした。オレの大事なものを傷つけた。」

 

 臨戦態勢となったセルグは天ノ羽斬へと手をかける。柄を握る手は力の入れすぎで震えていた。

 

「ユーステス、何とか撤退をするぞ。最悪はオレが囮となってでも・・・」

 

「難しいだろう。ここは広い屋外、逃げ出すには障害物が足りない。それに、奴の力なら二手に分かれて逃げたところで逃げ切れないだろうな・・・」

 

 かつてアマルティアで見せたセルグの動きを思い出しバザラガとユーステスから焦りの声が上がる。撤退すら困難なほどの絶対強者となった目の前の男に、もはや倒される未来しか見えなかった。

 

「・・・ではどうする?」

 

「ふっふーん。困っているようだな?バザラガ、ユーステス!」

 

 この場に状況に余りにもそぐわない、少々抜けた声が広場に響き渡った。

 

「あ・・・?」

 

 怒りが僅かに露散し、呆けたセルグの声は二人の戦士とも重なる。

 3人の視線が声の出所へと向かうとそこには、少し離れた家屋の屋根に立つ人影があった。

 

「とう!!」

 

 大きな跳躍で彼らの間に降り立ったのは一人の女戦士。

 長い茶髪は後ろで束ねられ、スラリとした手足でありながら細すぎない体格は戦士として鍛えられたものだとわかる。

 ゼタの鎧と酷似した藍色の鎧と腰に下げた剣。一目で組織の戦士であることは明白だった。

 

「私が来たからにはもう大丈夫だ。どんな敵でもなんとかしてやるぞ!!さぁ、かかってこい!!」

 

 発せられた声と言葉にその場の空気が固まる。

 冷たい怒りの空間の中にブチ込まれた、明るく揚々とした声は3人の時を止めるには十分であった。

 

 

「ベアトリクス・・・空気を読め」

 

 流石に流し切れなかったバザラガが小さく苦言を呈した。

 

「バザラガ、コレはなんだ?戦士にしちゃアホ面過ぎる。というかアホだろ。」

 

「な、おまえ!?初対面でいきなりアホとは失礼極まりない奴だな!私はベアトリクス。ある男を超えていずれ組織最強の戦士となる女さ!」

 

 鎧の癖に大胆に開かれて、露わになっている胸元へ拳を当て女戦士、”ベアトリクス”が名乗りを上げた。

 

「とりあえず事情の知らない小娘はすっこんでろ。」

 

 珍入者に呆気にとられたもののセルグはすぐさまバザラガに向けて接近。不意を突いたセルグは刀を振り抜く。

 

「なに!?」

 

 だが、それは割り込んできた藍色に輝く剣に止められる。

 

「こんな悪そうな二人でも私の大事な仲間なんでね。悪いけどやらせるわけにはいかないな!」

 

 止めていた剣で押し返しセルグを後退させるベアトリクスは余裕の表情を浮かべてセルグと対峙した。

 

「チャンスだ。ベアトリクスの能力があればここを切り抜けられるかもしれん・・・」

 

 ベアトリクスが持つ剣に集まる藍色の光を見てユーステスは可能性を示唆する。

 バザラガもユーステスの思惑に気づき、セルグと対峙したベアトリクスへと指示を出した。

 

「ベアトリクス!その男はとてつもなく強い。全力で行け!」

 

「へぇ、そうなのかおもしろいじゃないか・・・エムブラスクの剣よ!我が前に渦巻く因果を喰らい、勝利への道を切り拓け!!」

 

 バザラガの言葉にニヤリと笑う。強者であると聞かされてこんな笑みを浮かべるのは彼女かガンダルヴァ位だろう。 だが、そこには裏付けされるだけの彼女の実力がある。

 言霊の詠唱と共に解放されたエムブラスクの剣は、ゼタの炎の様にベアトリクスを藍色の光で取り巻く。

 

「(アホな雰囲気に騙されたがオレの攻撃をあっさり防いだ・・・強いのか?そうは見えないが。解放による変化は光による剣の肥大化・・・単にリーチを変える武器とは考えづらいな。特殊な能力がありそうだが。さて、どうするか。)」

 

 目の前で藍色の光に包まれた剣を見てセルグは落ち着きを取り戻し思考する。

 動き出さなければ始まらないと結論に至るとセルグも天ノ羽斬を構えた。

 

「悪いが邪魔をするなら関係ない小娘でも手加減はしないぞ・・・覚悟しろ。」

 

「上等、来な。」

 

 ベアトリクスの言葉が終わらぬうちにセルグが動く。

 一足で接近。一撃で終わらせようと、油断している彼女の不意を突いて首元を狙い一閃。

 

「うっわ!?っぶな。」

 

 ギリギリのところで切っ先から延びる藍色の光で防いだベアトリクスは驚きのままに一度間合いを取った。慌てた様 子でギリギリの回避を見せたベアトリクスにバザラガから叱責が飛ぶ。

 

「ベアトリクス!全力で行けといったはずだ!」

 

「悪い悪い、ちょっと予想外だっただけ。もう油断はしない!」

 

「(なんだ・・・剣の肥大化が大きくなってる?)」

 

 己の一撃を防いだ、剣を包む光にセルグは考察していく。

 だが、セルグの思考を待つほど対する彼女は気長ではない。

 

「おりゃああ!!」

 

 接近して振るわれる剣はセルグの予想を超えた速さで振るわれた。

 

「(さっきより早い!?)」

 

 虚を突かれ回避を選択したセルグ。ベアトリクスの持つ剣の能力が不明確すぎて本調子に成りきれないセルグの様子にバザラガは確信の声を上げる。

 

「目論見通りだ。セルグのあの強さ・・・ベアトリクスとの相性は最悪。これなら撤退もできるかもしれん。」

 

「ああ、ベアトリクスにとってセルグの強さは格好の餌みたいなものだ。このまま上手く隙をついて撤退するぞ。機を逃すな。」

 

 二人は言葉と共に目の前で善戦を繰り広げるベアトリクスの援護を開始していく。

 

「チィ!?徐々に能力が上がってるのか?また意味の分かんない武器を・・・」

 

3対1となったセルグが予測のできない剣の能力に僅かに動揺した姿を見て、ベアトリクスは気分を良くする。

 

「へっへーん、アンタは相当強い様だがアタシには関係ないのさ。このエムブラスクの剣は窮地に陥れば陥るほど強くなる。つまり、アンタが強くて私がピンチになるほど、私は強くなれるのさ!!私はこの剣でドンドン星晶獣を倒して、いつかあの最強の戦士、セルグ・レスティアを超える!」

 

「愚か者が・・・」

 

 わざわざ自分から種明かしをするのは圧倒的な強者か、圧倒的なバカかのどちらかであろう。

 どうだと言わんばかりベアトリクスの様子にバザラガは心底残念そうに呻く。

 ベアトリクスの言葉に一度動きを止めたセルグは僅かな思考の中でそこにチャンスを見つけた。

 

「なるほど、道理でさっきからどんどん動きが良くなるわけだな。ちなみにそれってどう強くなってるんだ?」

 

「ん?具体的には剣が軽く感じたり、このオーラが大きくなって威力が上がったりだ。ふふん、凄いだろう?」

 

 セルグは確信する。コイツアホだ・・・と。

 

「おう、お前のアホさ加減は確かに凄いな・・・つまりあくまでお前が剣を振るうってのが前提か。それだけわかれば十分だ。お前が反応できない攻撃をすればそれで済む話だな。」

 

「え?」

 

 予想外に余裕そうなセルグの答えに、今度はベアトリクスが呆気にとられた。

 エムブラスクの剣はどんなに強大な敵でも、互角には渡り合える。少なくともこれまでのベアトリクスの経験上はそうであったし、苦戦することはあっても敗北など一度も経験したことが無かった。

 

「喜べ、お前が超えたがっている最強の戦士の最高の剣技を見せてやる。」

 

「へ?な!?」

 

 さらに続いた言葉にベアトリクスは僅かな驚愕と恐怖を浮かべた。

 目の前にいる男は今何と言った?

 告げられた言葉を徐々に理解してきたベアトリクスは、セルグが頭上に掲げる刀を見て目を見開く。

 

「絶刀天ノ羽斬よ、我が意に応えその力を示せ。立ちふさがる災厄の全てを払い、全てを断て・・・天ノ羽斬、解放!」

 

 天からの裁きの如き、圧倒的な奔流に晒され天ノ羽斬とセルグを光が包む。

 収束する光は、ベアトリクスの脳裏に初めて圧倒的なまでの敗北を予感させた。

 

「な、ははは・・・なんだよソレ。アンタまさか・・・」

 

 ベアトリクスから乾いた笑いが漏れた。目の前にいる男が持つ刀、そして感じる威圧感。その全てが自らの予想を正しいと思わせるものだった。

 

「そうだ。お前が目指す最強の戦士だ。残念ながらお前の野望はここで終わりになるかもしれないがな。」

 

 セルグは言葉と共に一閃。光の斬撃を飛ばす。最大解放の天ノ羽斬がもたらす見えない剣閃がベアトリクスへ、次々と襲い掛かった。

 

「な!?くっ、うわ!早すぎて見えない!?」

 

 ギリギリのところで剣のオーラに守られながら受けきっているベアトリクスにもう余裕はどこにもない。

 

「裂光の剣士の由来を知らないのか?オレを超えるつもりでそれはお粗末すぎる!」

 

 そんな慌てふためいた様子のベアトリクスに僅かな失望を感じながらセルグは接近。隙だらけとなった彼女の懐へと飛び込みケリを付けるべく力を溜めた。

 

「終わりだ。絶刀招来・・・」

 

あと数瞬。それだけあればベアトリクスはセルグの斬撃で体を真っ二つにされていたかもしれない。

 

「セルグ!ダメ!!」

 

 そんな絶妙なタイミングでセルグの耳にゼタの叫びが届く。

 切羽詰まったようなゼタの声に反射的に動きを止めてしまったセルグはベアトリクスの目の前で大きな隙を見せることになった。

 

「ッツ!?ここだぁ!!」

 

 藍色の光が肥大化、巨大な剣となったエムブラスクの剣がセルグへと振り抜かれた。

すんでのところでガードできたもの、セルグの腹部にはその威力がありありとわかるほど大きな衝撃を残す。

 

 

「ぐっ!?ゼタ、何故止めた!」

 

 痛みに顔を歪めながら声を荒げてゼタを見るセルグだったが、彼女を見た瞬間にその怒りは消える事となる。

 

「セルグ・・・お願い。今回だけ剣を納めて。その子には手を出さないで・・・お願い。」

 

 焦燥に駆られた表情。不安が頭から離れず、心を締め付けられてるようなゼタの表情にセルグは戸惑う。

 

「ゼタ・・・コイツはとんでもないアホの子だぞ。今ここで逃がしたら間違いなくオレの情報が組織に」

 

「それでも!私とあの子にとって大事な妹みたいな子なの・・・」

 

「ゼタ!?なんだよ、妹みたいな子って!!いつから私はあんたの妹になったって」

 

「うるさい!!ちょっと黙ってなさい!!」

 

「ひぃ!?」

 

 妹分と言われたベアトリクスが反論しようとしたところをゼタは恐ろしい剣幕で一喝。有無を言わさずベアトリクスを黙らせた。

 

「セルグ・・・お願い。」

 

懇願するゼタの目を見つめながら逡巡するセルグだったが、あっさりと天ノ羽斬納める。ゼタの言葉の中にあったある存在を告げられては、セルグにもう刀を振るう選択はできなかった。

 

「・・・はぁ、わかったよ。」

 

 ベアトリクスを倒せなくては後ろに控えるバザラガとユーステスも無理だとセルグは怒りを露散させる。

 落ち着いたセルグの様子に大きく息をはいて安堵したゼタは、セルグへ歩み寄っていった。

 ちゃんと伝えなきゃいけない事があると・・・

 

「ねぇ、セルグ・・・もう一度だけ、二人を信じることはできない?セルグが私の為に怒ってくれたのはその・・・正直嬉しかった・・・ありがとう。

 でもバザラガもユーステスも私の事を止めようとしただけ。殺意も敵意も無かった。二人が今ここでクロードと共に居た理由はたった一つ。セルグとまた仲間だった時に戻りたかっただけだと思うの。」

 

 大切な相棒たちと、大切なヒト。お互いがいがみ合う姿をゼタは見たくなかった。

 だがゼタの言葉を聞いたセルグの表情には悲しみが浮かぶ。

 

「ゼタ・・・お前はこいつらと共に組織に戻れって言うのか・・・」

 

「違う!そうじゃないよ。そんなのはアタシだって許さない。ただ・・・二人が組織の為ではなくセルグの事を想ってここにいるってことは確かなんじゃないかってこと。きっと3人はどこかすれ違ってるだけで、ホントは歩み寄れるはず。」

 

 ゼタはセルグの言葉を強く否定しながら優しく諭すように言葉を紡ぐ。

 

「セルグ、今となっては信じてもらえないかもしれないが、オレはただ裏切り者の烙印を払拭し、お前が堂々と組織に戻れるようにしてやりたかった。それだけだ。その為に本来であればクロードだけ向かうはずの任務に同行したのだ。」

 

 そんなゼタの言葉に同意するように、バザラガは心の内を明ける。呟かれた声音に取り繕う様子はなく、それが本当の気持ちだと思わせる、真剣な様子が伺えた。

 

「バザラガ・・・・」

 

 急に告げられた胸の内に戸惑うセルグの前に、今度はユーステスが立つ。

 表情の変化に乏しい彼には珍しく、思いつめてる事がはっきりとわかる、苦悶の表情だった。

 

「・・・俺はお前に何ができた?一人でいなくなってしまったお前に・・・上層部になにを訴えようと取り合ってはもらえなかった。思いついたのは俺が上の立場になることでお前を見つけ出すことはできないかと考え、必死に任務をこなすことだけだった。

 教えてくれ・・・俺はお前に何をしてやれたんだ?」

 

「ユーステス・・・」

 

 ユーステスの言葉も思いつめた表情も、セルグが驚くには十分であった。

 セルグの思考も様々な考えが渦巻き、戸惑いが生まれ始める。

 

「わかったでしょ?セルグはもう元には戻れないって言ってたけど、二人とも本当は仲間に、友達に戻りたかった。その為に動いたことで誤解が生まれてしまった。」

 

「い、今更そんなことを言われて簡単に信じられるわけが・・・」

 

 狼狽えるセルグの様子をみてゼタはセルグの手を取った。落ち着かせるように手を握りしめたままもう一度優しく言葉を紡ぐ。

 

「信じられない?組織であの子以外にセルグが心を開いていた数少ない人達でしょ・・・?」

 

「それは・・・そうだが。」

 

 何を信じていいかわからない。視線を彷徨わせ、思考が纏まらないセルグと答えを待つ3人。

 落ち着かない沈黙が広がる中で、それをぶち壊すものが表れる。

 

「なぁなぁ、話してるところ悪いんだけどさ、アンタ本当にセルグ・レスティアなのか!?」

 

 先ほど殺されかけたというのに現在進行形で割り込みにくい空気の4人の中に、興奮した面持ちでベアトリクスが入り込んでくる。

 

「ちょっとベア!いま大事な話の」

 

「いや~バザラガとユーステスから聞いてたからどんな化け物染みた奴かと思ったら、全然普通のやつじゃん!驚いたよ~二人の無二の友だなんていうから、二人と似て愛想のない、ブスっとした顔してるかと思ったら普通にカッコいい感じだし!あれ、そういえばアイリスさんの」

 

「ちょっとベア!?いい加減に・・・」

 

空気を読まないベアトリクスを黙らせようとゼタが怒りの拳を握ったところで、セルグから落ち着いた声が漏れた。

 

「なんだ・・・似たような事が最近にもあった気がするな・・・・」

 

 ベアトリクスの明るい声に落ち着きを取り戻したセルグはこの状況に既視感を感じた。

 

「ベアトリクスだったか?お前、組織からオレがやった事を聞いていないのか?」

 

「ん?ああ~まぁ、お偉いさんからも情報公開されてて一応知ってはいるけど、別に信じてないし。大体その話するとバザラガもユーステスもすっげー不機嫌になって近寄り辛くなるからさ~・・・私の勘がこれは何かあったんだなって確信してたからね。全然気にしてないよ。」

 

 明るく話しかけてくるベアトリクスに疑問を抱いた、セルグが尋ねるも、彼女の態度は変わらない。

 更には彼女の答えの中には、バザラガとユーステスのセルグへの想いも読み取れた。

 

「ふふ、だってさ・・・セルグ。」

 

 ゼタもそのことに気づいたのか笑みをこぼし始める。

 

「ふぅ・・・そっか。また一人で空回りか・・・・」

 

 ため息と共に空を仰ぎ見るセルグの声には穏やかな温かさが感じられた。

 

 

 

 彼らの間にもはや険悪な空気は漂うことが無かった。

 

「はぁ・・・ホント、ケインの時もそうだが、オレって空回りしてんな・・・」

 

「セルグ・・・我らは」

 

 何かを告げようとするバザラガの言葉をセルグは手を翻して遮る。

 

「とりあえず二人とも。今のオレに組織へ戻る気は無い。」

 

「今は?どういうことだ?」

 

 疑問を即座に返すのはユーステスだ。セルグはそれにすぐさま答えていく。

 

「グラン達の旅が優先だ。アイツ等の目的の為に力を貸すと決めている。」

 

「それが終われば?」

 

「ケインにも話を付けてある。機を見て組織に戻る気ではいた・・・あの事件に関わった奴を処分し、全てを公表して一から組織を建て直す。そして星晶獣の脅威から空の民を解放し、星晶獣による悲劇を撲滅する。それがオレの目的だ。」

 

 次々と答えるセルグは最後に己が目的を明かした。

 

「何故そういうことを先に言わないのだ。それを聞けば我らも」

 

「それでもしオレと志を共にしたとき、間違いなくお前たちが消される。それが怖かった・・・すまない。」

 

 バザラガが怒り露わに苦言を呈するも、申し訳なさそうにセルグも返していく。だが、それでバザラガとユーステスがおさまることは無い。

 

「愚か者が・・・・お主はいつもそうだ。すぐに自分の胸の内にだけ留めようとする。なぜ周りを頼らない?」

 

「お前が俺達の身を案じている様に、俺達もお前の身を案じている。いい加減一人で何でもしようとするのはやめろ。」

 

「・・・なんだか、それも最近言われたような気がするな・・・フッ、二人ともありがとう。」

 

 小さく笑みを浮かべながら答えるセルグが妙にしおらしく見えたゼタが、ニヤニヤしながらセルグへと声を掛けていく。

 

「ふーん。随分素直になったわね・・・なんだか今のアンタならなんでも言うことを聞いてくれそうな気がするわ。」

 

「なんだ?何かしてほしいのか?今だけはゼタ姫様のご要望に応えてやってもいいぞ。お前のおかげでまた、救われたからな。」

 

 からかい混じりではあるもののセルグは本気でそう思って言葉を紡ぐ。するとセルグの返答にゼタが慌て始めた。ゼタ姫と呼ばれた瞬間に脳裏によみがえるザンクティンゼルでの誓いの夜。突如訪れた気恥ずかしい記憶にゼタの顔が熱を持ち始める。

 

「え、何?ゼタ、自分のこと姫とか呼ばせてるの?うわぁいいな~セルグに姫って呼ばれてるのか~」

 

 何気なくからかうつもりだったセルグの言葉にベアトリクスが大きく反応した。

 

「はぁ!?ベア、あんたなにバカな事言ってんのよ。そんな事させてるわけないでしょ!!」

 

「え~でも今セルグがゼタ姫様って呼んだだろ。なぁなぁ、セルグ~。私も姫って呼んでくれよ!ベアトリクス姫ってさ~」

 

セルグの周りを飛び交うように、半ばくっつきながらねだるベアトリクスの姿に彼女が怒らないわけがない。

 

「ちょっとベア、調子に乗るんじゃない!」

 

「ふっふーん。別にゼタのオトコってわけでもないんだろ?なぁセルグ、1回だけでいいからさ!」

 

 ゼタの一喝を受け流し、さらりとセルグの腕を取る当たり、アホの子と見せかけて実はヴィーラみたいに思慮深い奴なのか・・・などと渦中のセルグはあさっての思考を回していたが、纏わりつくベアトリクスを若干うっとうしいと感じ始め、仕方なく要望に応えようと口を開きかけたとき

 

「フ、フフフ。どうやら今度は私の番のようね・・・ベア!そこに直りなさい!!」

 

 槍からではなく口から炎が吹き出そうな形相でゼタがベアを追いかけ始める。

 

「うぇえ、ゼタがマジになった!?やっばっっ!!」

 

「待ちなさい、ベア!全く誰のおかげで生きてられると思ってんの!!」

 

 ギャーギャーと命がけの鬼ごっこが目の前で繰り広げられる中で、何してるんだ・・・と小さく呟いたセルグはバザラガ達ともう一度向き直る。

 

「一先ずはそういうことだ。今は大人しくしておいてくれ。オレとケインが繋がっていることが知られればケインに危害が及ぶ可能性もある。悪いが二人ともケインとの接触は禁止だ。」

 

「ふむ、しばらくは大人しくしておこう。」

 

「わかった。」

 

「それから、あのアホの子の口止め・・・は難しいだろうからしばらく拠点に戻れない位任務を与えてやっておいてくれ。あれは絶対に隠し事ができない、というか全てを曝け出すタイプだ。」

 

 言いにくそうに頼み込むセルグの言葉に同意しかできない二人は頷く。

 セルグの推察通りベアトリクスは隠し事ができないタイプであることは二人も重々承知であった。

 

「・・・善処しよう。」

 

「・・・頼んだ。ゼタ!急いで戻るぞ!!大分時間が経ってしまった。そして今度は・・・モニカの相手か。」

 

 次なる恐敵(誤字に非ず)の事を考えてしんどそうな表情を浮かべるセルグがグランサイファーへ向けて歩き出す。

 

「全部自分のせいでしょ!ほらウダウダ言わないで早く戻るわよ。」

 

 隣に並んだゼタは、少しばかり嬉しそうな顔をしながらセルグの背中を叩いて早く戻るように促した。

 揃って駆け出す二人が視界から消える頃、バザラガとユーステスの元に息を切らせながら頭を押さえたベアトリクスが戻ってくる。

 

「はぁ、はぁ・・・いってぇ~ゼタの奴本気で殴りやがった。あ、なぁ二人とも。セルグってどのくらい強いんだ?いつかアイツを超えたいと思っていたけどちょっとレベルの差が桁違いな気がするんだよな~」

 

 先ほど確かに感じた圧倒的敗北の予感。実際ゼタが止めなければそのまま自分は死んでいたかもしれない。

 そのことが理解できないほどベアトリクスは馬鹿ではなかった。

 

「さぁな・・・オレ達にもわからん。」

 

 言葉少なに返すいつも通りのユーステスの反応を予想していたのか、それ以上追及することは無かったが、代わりに湧き上がった疑問がまたベアトリクスの口から飛び出る。

 

「でもさ・・・アイツ戦ってるときすっげ~辛そうな顔してたんだ。特に言霊の詠唱の後から・・・天ノ羽斬ってそんなに反動きっついのか?」

 

 光の斬撃を飛ばすセルグの顔は苦悶に歪んでいたとベアトリクスは記憶していた。確かに威力が高すぎるあまり、使用者に反動がある武器もあるにはある。

 そういった反動がある武器なのかとベアトリクスが尋ねるが、答えるバザラガには戸惑いが浮かぶ。

 

「なんだと・・・?そんなはずはない。奴は昔から天ノ羽斬を使い続けていた。そんな症状は一度も・・・」

 

「そうなのか?じゃあ見間違いかな~動きほとんど見えなかったしな。きっとそうだろう!」

 

 そう言って自己完結したベアトリクスが見間違いだったと結論付けるが、告げられた事実にバザラガとユーステスの胸中には言い知れぬ不安がよぎるのだった・・・

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

今回で一応の結着というか、組織関連は終いとなります。(終盤でちらっと顔をだすかもしれませんが

描いてて思ったのが、この流れゼタ姫ヒロインまっしぐらじゃないかと

で、でもモニモニもリーシャも当然ジータちゃんにもチャンスはありますよ

まぁそもそもイチャイチャする系男子ではないですし、どこからどう見ても未練タラタラな主人公なのでまだ大丈夫です。

ではでは。お楽しみいただけたなら幸いです。

追記 更新は週一ぐらいになるといったな、、、あれは嘘だ。
ということで来週は更新できなそうです(シゴト ダイジデスヨネ


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メインシナリオ 第19幕

ラビ島編終了のお知らせ。

今回は少しいろんな意見が出てきそうな内容ですね。

それではお楽しみください。



 セルグとゼタがグラン達と合流すべく走り出す頃、当のグラン達は、もうすぐグランサイファーに戻れるところまで来ていた。

帰路の途中を何度も魔物に邪魔されながらも、少し先にグランサイファーが見えてきた所で、ふとグランはあることが気になってリーシャに疑問を投げかけた。

 

「あの、リーシャさん・・・?」

 

「え?あ、はい。なんでしょう?」

 

 グランサイファーが見えてきたことでそっちに意識が向いていたのだろう。隣から声を掛けられたリーシャは、キョロキョロと周囲を見回してからグランを確認してから向き直る。

 

「モニカさんもこの島に来ているって話でしたが、アマルティアはもう大丈夫なんですか?」

 

「そうですね・・・一先ずは事態の収束はしました。

貴方たちの脱出により、黒騎士の抹殺を断念した帝国軍はすぐに軍隊を退いております。アマルティアは現在、準警戒態勢と言ったところです。

幸いにも二度目の侵攻の時は黒騎士抹殺に注力していたようで、団員達への被害はほとんどなく、各部署が機能できる状態を保っておりましたので一先ずは大丈夫かと思われます。」

 

 焦った様子もなく、心配の表情を浮かべることもなく、リーシャは淡々と回答していく。

 そこに今度はジータからおずおずと言った様子で声がかけられた。

 

「でも、また再度の侵攻があるかもしれないんじゃ・・・」

 

「あり得なくはないですが、その場合には高速艇による伝令を出す手筈にもなっております。それに、黒騎士のいないアマルティアにわざわざ侵攻する意味が薄いです。可能性は低いと思いますよ。」

 

「そうなんですか、それじゃ一安心なんですね!良かったです!」

 

 リーシャの答えでアマルティアが落ち着いて安全になったことを素直に喜ぶルリアの様子に、グランもジータも不安になっていた部分が解消されたのか顔を綻ばせた。

 

「うん、ザカ大公の事もあったし、心配ではあったんだよね。良かったね、イオ。」

 

 戦場となったアマルティアに残ったザカの事を心配しているのではと、グランはイオへ声を掛けた。

 

「う、うん・・・ありがとう、グラン。」

 

「おぉ?なんだイオ、素直にお礼を言うじゃねえか。さてはグランの気遣いが嬉しくて照れてるな?」

 

「な!?違うわよ馬鹿トカゲ!別にそんなんじゃないわよ!」

 

「んな!?馬鹿トカゲとはなんだ!!大体オイラはトカゲじゃないといつも言って」

 

「まぁまぁビィ君、落ち着いてくれ・・・怒ってるビィ君もかわいいな。」

 

やけにしおらしくお礼をいうイオとそれを茶化したビィが言い争いになりそうな所を窘めたカタリナはリーシャへと向き直るとグラン達と同様に疑問を投げかけるのだった。

 

「リーシャ殿、いくら事態が収拾したとはいえ要であるお二人がアマルティアを離れるのは些か軽率ではないかと思うのだが・・・」

 

 船団長であるリーシャと船団長補佐であるモニカ。アマルティアでの騒動でも二人を欠いていたことで秩序の騎空団の動きが鈍っていたことが記憶に新しい彼らには当然の懸念である。

 

「そうでしょうね・・・私たちとしても確かに不安な部分はありました。とりあえず、そこらへんはモニカさんも交えて理由をお話ししますよ。さぁあと少しです。行きましょう。」

 

 そういってまた前を見て歩き出すリーシャの背をヴィーラが見つめる。

 何か腑に落ちない・・・ヴィーラはカタリナの問いにも明確に答えを見せないリーシャに情報を意図的に隠していると嫌な気配を感じていた。

 

「なんでしょう・・・少しだけ違和感を感じますね。」

 

「あ?別におかしな感じはねえと思うが。」

 

 隣に立ったラカムがヴィーラの言葉に疑問を呈するが横からアポロが吐き捨てるように口を開いた。

 

「フン、暢気な連中だ・・・」

 

 僅かに焦りを含んだアポロの声は普段より固いもののその理由にまでヴィーラ達がたどり着くことはなかった。

 

「黒騎士さんは何かおわかりですか?」

 

「そうだな・・・少なくとも奴らが何故この島に来たのかくらいは、察することができたか・・・」

 

「それは一体どういう」

 

「残念だが、それを答える気はないな。」

 

「あらあら、意地悪な人ね・・・」

 

 話に入り込んできて話す気を見せないアポロへ今度はロゼッタが口を挟んだ。

 相変わらず飄々としてつかみどころのない彼女の雰囲気はこの場で悩む彼らを見て、楽しんでるようにも見える。

 

「貴様も同じだろう?理解していながら何も言いださないとは私より性質が悪いと思うが?」

 

 だが、返されたアポロの言葉に今度はロゼッタへと視線が集中した。

 さらりとその視線を受け流しながらロゼッタはそこで含みのある笑みを見せる。。

 

「なんだよ、ロゼッタも何か気づいてるのか?」

 

「フフ、ごめんなさいね。でもこれは貴方たちの覚悟の問題。貴方たちが選んだ道なのよ。お姉さんは邪魔しちゃいけないと思って。」

 

「とにかく行けばわかるんだな。早くグランサイファーに戻ろう!」

 

 埒が明かないとラカムはリーシャの背を追うように駆け出して行った。

 それに続いていく仲間達を見送りながら、一人その場に佇むロゼッタは呟く。

 

「さて、彼らはどの道を選ぶのかしらね・・・・」

 

 相変わらず楽しんでいる雰囲気を見せながらロゼッタは歩き出す。彼女の顔にはいつまでも微笑みが張り付いたままであった。

 

 

 

 

「おお、これはおいしいな・・・本当にお主は優秀な料理人の様だ。どうだ?私の下でその腕を振るうつもりは?」

 

 グランサイファーへとたどり着いた一行が最初に目にしたのは、おいしそうに食事を頬張る秩序の騎空団第四騎空艇団、船団長補佐のモニカの姿であった。

 

「あ~わりぃッスけど、俺が一生を懸けて料理を振舞う相手は決まってるんで・・・キャタリナさんと言う運命の人がいますから、そのお誘いには乗れねえんだ。」

 

「むう、そうか。是非拠点の食堂を任せたいのだがな・・・仕方ない。お、リーシャ戻ったか!」

 

 ローアインに誘いを断られ気落ちする姿まで見せるモニカの姿にグラン達は唖然。

 そんな光景を作り出したモニカにリーシャはため息と共に前に出た。

 

「はぁ、モニカさん・・・何をしてるんですか?」

 

「お主が行ったきり、いつまでも帰ってこないからグランサイファーにいた彼らと少し話していたのだ。仲良くなって食事まで御馳走されてしまってな。おいしかったぞ、話が済んだらリーシャも頼んでみると良い。」

 

「・・・なんだかモニカさん、アマルティアでの騒動以来少しだらけてませんか?」

 

 楽しそうに笑うモニカの姿にリーシャも驚きをと呆れが混じった表情となる。尊敬する先輩は任務中にこんな姿を見せる人であっただろうか・・・とリーシャの疑念が言葉となって飛び出した。

 

「うむ、そうかもしれないな。今まではリーシャが頼りなかったから気が抜けなかったが・・・もうリーシャはいっぱしの船団長だ。私が居なくても十分やっていけそうだから私は近々隠居の予定さ。」

 

 そんなリーシャの問いにモニカは遠い空を見ながら、安心しきった様に答えるのだった。

 

「モ、モニカさん!?何を言ってるんですか!!まだまだモニカさんには働いてもらわないと困ります!!私はまだ未熟の身・・・モニカさんがいないと私なんて・・・」

 

「またそうやって自分を卑下する。お主の悪い癖だぞ。気が抜けないと思っていた私がもう大丈夫だと確信したんだ。自信を持て!」

 

「む、そうやっておだてて逃げる算段ですね・・・騙されませんよ!」

 

 自分を卑下にするリーシャを窘めるようにモニカが言葉を贈るもリーシャはそれを素直に受け取れないでいた。

 彼女の中ではどこまで行こうと自分はまだまだなのだろう。モニカの言葉を言葉通りに受け取れず、リーシャは険しい目つきでモニカを見据える。

 

「ええい、本当にやり辛くなった・・・以前の方が可愛気があったぞ。」

 

「やっぱり逃げるつもりだったんですか!?」

 

「そ、そんなことはないぞ・・・ほら、グラン殿たちが置いてけぼりになってる。ちゃんと話を進めないと・・・」

 

 矛先を変えようと後ろで呆気に取られたままのグランたちへモニカはこれみよがしに視線を向けた。

 

「あ、そうでした・・・」

 

「ところでセルグの奴はどうした?一緒に居るはずだろう?」

 

 モニカの言葉にこんなことをしている場合ではないとリーシャが向き直ろうとするも、見知った顔の者がいない事に気づきモニカは催促するようにリーシャに尋ねた。

 

「セルグさんは途中で仲間のゼタさんが忘れ物を取りに向かったのに同行しております。すぐ戻るかと。」

 

「そうか、セルグは今いないか・・・少しだけ好都合かもしれないな。」

 

 小さく呟かれた最後の言葉はグラン達には聞こえない声量でリーシャにだけ届く。つぶやいたモニカの表情は先ほどと打って変わって険しさに染まっていた。

 

「はい・・・」

 

 その言葉に、目を細めながらリーシャも小さく返事を返す。まるでこれから戦いに赴くような、そんな雰囲気を醸し出しながら二人はグラン達の下へと歩いていく。

 

 

「あ、リーシャさん。えっと、それでなんでお二人がここに・・・?」

 

「そうですね、約束通りお答えしましょうか・・・」

 

 リーシャがグラン達の問いに答えるとモニカが一緒に前に出てきた。

 先ほどまで食事をとっていた、だらけた空気から一転し居住まいを正したモニカは大きな声でグラン達へ、とあることを告げる。

 

「我々秩序の騎空団は、貴公等に対し、大罪人である黒騎士とセルグ・レスティアの返還を要請する。」

 

「な!?」

 

 告げられた言葉にグラン達は声をそろえて返すのだった。

 グラン達の驚きを余所にモニカはそのまま声音を変えずに続けていく。

 

「尚、これはあくまで対等の立場での要請である。本来であれば勝手に大罪人を連れ出した貴公等にはそれ相応の罪が問われる可能性もあり得るところだが、あの時は状況が状況であった。」

 

「モニカさんの発言もある以上、一方的に貴方たちを罪に問うことはできません。しかし、事態の収拾がついた今、お二人の身柄はこちらに引き渡して頂きます。」

 

 モニカの言葉に続くようにリーシャが補足していくも、グラン達は戸惑いを隠せない。

 

「そんな、一方的に身柄を引き渡せなんて!?」

 

 突然の要求に思わず納得いかないと声を荒げるジータはリーシャへと詰め寄ろうとするも秩序の騎空団である二人は、それをあしらうように手で制する。

 

「先ほども申し上げました通り、あくまで要請です。これは貴方たちを罪に問わないための最大限の譲歩です。急を要する事態ではなかったはずのあの場に於いて、秩序の騎空団への連絡が一切無いまま島を離れた皆さんの行為は、事実上は脱獄の幇助に当たります。」

 

 脱獄の幇助・・・その言葉にグランとジータから血の気が引いた。

 オルキスを助けるためアポロと協力することを決めた。その為にアマルティアを離れたことでここまで大きなことになるとは考えてもいなかったのだ。

 突如飛び込んできた罪という言葉に、現実感を持てぬまま二人は言葉の意味をなんとか理解しようとしていた。

 

「ふ、やはりそういう事だったか・・・さて、そちらの要請を聞く前にこちらの質問に答えてもらおう。小娘、お前が言った私が欲している情報とはなんだ?」

 

 言葉の出ないグラン達を余所にアポロはこの事態を予想できていたのか、動揺を見せずに淡々と必要な情報を聞き出すべく口を開いた。

 

「それを今、貴方が知ってどうなりますか?貴方はアマルティアの拠点に戻り、再度自由を失う身です。それを知る意味は無いと思われますが?」

 

 だが、リーシャはその問いに対し冷徹に切り替えしていく。

 

「そうだろうな・・・だがこいつらは違う。私の目的、それを果たすためにこいつらにその情報を与えてもらおう。」

 

 あしらわれようと冷静に、アポロはどこまでも強かに交渉を続けた。

 

「なるほど・・・つまり彼らに貴方の望みを託すと?」

 

「それならばいいだろう?」

 

「そんな!?黒騎士さん!オルキスちゃんを助け出すんじゃないんですか!?」

 

 共に行くことを諦めたアポロの発言にルリアが声を上げた。

 これまでに見せていた決意や覚悟は偽物だったのかと非難の目を見せるも、アポロはルリアの声にも動じずに、諭すよう言葉を返していく。

 

「落ち着け。ここで強硬手段に出て逃げても良いが、それでは情報が手に入らない。奴を追うのが急務な今、私が大人しく捕まって情報が得られるのならお前たちに託したほうがまだ可能性があると踏んだ・・・それだけだ。」

 

「随分彼らを買っているのですね・・・いいでしょう。そこまで言うのでしたらお教えします。その前に・・・皆さん、黒騎士の身柄を拘束してください。」

 

 リーシャは周囲にいる団員達へ指示を下す。

 瞬く間にアポロの手には枷が取り付けられ、その左右に秩序の騎空団の団員が銃を向けたまま位置取ることになる。油断も隙も見せないリーシャの姿に、アポロはもはや感嘆を禁じ得なかった。

 

「フン、抜け目がないな。」

 

「情報を聞き出したところで強硬手段に出るくらい、貴方なら平然とするでしょう?」

 

「・・・チッ、本当に厄介だな。あの男・・・あとで叩きのめしてやろうか。」

 

 己の思考を完璧に読み切っているリーシャの強かさに、密かにセルグへと怒りを向けるアポロはここまで歩いてきた道を睨んだ。

 

「それでは我々の持ってる情報をお渡ししましょうか。」

 

 リーシャは部下より空域の地図を渡されるとそれをグラン達に見せながら説明をはじめる。

 

 

 

「秩序の騎空団は、このファータ・グランデ空域全域に団員を配置しております。彼らの報告によると帝国軍はアマルティアを撤退後、ルーマシー群島へと向かいました。補給や休息の為とも考えられますが、森しかないルーマシーで、わざわざフリーシア宰相が艇を降りて何処かへ行ったとの報告もありますから間違いなく彼女は其処に何かを求めて向かったと言う事になるでしょう。」

 

「ルーマシー群島・・・」

 

「なんでそんなところに・・・」

 

 グラン達が思考を巡らすよりも早く、大きな物音が響く。

 

「グァ!?」

 

 其処には蹴撃だけで周囲の団員達を昏倒させたアポロの姿。決して諦める事のない力強い瞳でリーシャを見据えたまま彼女は口を開いた。

 

「必要なことは聞けた・・・後はお前達を倒しこの場を!?」

 

 臨戦態勢を取ろうとしたアポロの言葉が止まる。

 同時にアポロは地面に倒れ伏し、その背中を力強く踏みつけられることになった。

 

「黒騎士・・・あまり我らを甘く見るなよ。秩序の騎空団である我々が、お主の様な者を簡単に逃がすと思ったか?」

 

 先ほどのだらけた様子は欠片もない。歴戦の戦士たる強さをまざまざと見せつけるようにモニカはアポロを組み伏せていた。

 倒れたアポロの目の前に刀を突きたてることでアポロに生殺与奪の権利はこちらにあると見せつける。

 更に周囲には秩序の騎空団の団員達が取り囲んでおり、各々武器を構えている。

 

「ぐっ、貴様ァ!!」

 

「黒騎士さん!?」

 

「モニカさん!!どうして黒騎士さんにそんなひどいことを!?」

 

 アポロへの仕打ちにルリアがモニカを糾弾するように声を上げた。

だが、当のモニカにこれまでのように親しみやすい感じはない。その瞳は冷徹なままルリアを見据える。

 

「ひどい?これが本来の我々の務めだ、ルリア殿。

 黒騎士もセルグも手配ランクSの重要人物なのだ。本来であれば即刻気絶させることも、場合によって殺すことすら厭わないくらいのな。」

 

「そんな・・・」

 

「どうやらアマルティアで一緒に居た時とは随分感じが違うようですね・・・」

 

 ヴィーラの呟きにモニカはアポロを逃がさない様に意識を割きながらも答えていく。

 

「そうだろうな・・・お主らを信じたが故にまんまと出し抜かれてしまったわけだからこうなるのも致し方あるまい。先ほども言ったな、本来であれば貴公等の行いは重罪であると。」

 

 またもや告げられた罪の言葉に一行の顔色が変わる。

 

「わかったかお前達。私と共に人形を助ける覚悟とはこういうことだ。もう一度問おう。こいつらを敵に回してまで、お前たちに人形を救う覚悟があるか?」

 

 動揺が隠せないグラン達にアポロは問いかける。

 焦りを隠しきれない声音は、彼女にとって今の状態が彼女ではどうにもできない状態だと言うことをグラン達に告げていた。

 罪を背負ってまでその覚悟はあるのか・・・と。

 

「う・・・グ、グラン・・・」

 

「く・・・こんな・・・」

 

「さ、さっきの情報を頼りに私達だけでルーマシーに行けばいいんじゃない?それなら少なくともオルキスを助けには行けるわけだし、ここでこの人達を敵に回しても・・・」

 

「だが、オルキスを元に戻す方法を知っているのは黒騎士だ。それに黒騎士は帝国の様々な部分に精通している。彼女なしで我々がどこまでやれるか・・・少なくともオルキスを取り戻す成功率が下がるのは間違いないだろう。」

 

 幼いイオがこの状況に妥協案を模索するが、カタリナがそれでは難しいと反論する。

 

「じゃ、じゃあどうするってんだ・・・」

 

 決断の進まない無為な会話を繰り広げる仲間達。

 余りにも簡単に選んでしまった覚悟の道を前にして、二の足を踏むグランとジータ。

 

「団長さん。これが貴方たちが選ぼうとした道よ・・・秩序から外れた先に目的を目指す覚悟があるか。今貴方達は試されている。」

 

 ロゼッタの言葉がまだ幼さの残る二人の団長に焦りを生んでいく。

 

「こんなこと簡単に決められるわけ・・・」

 

 まるで断崖絶壁を後ろにしたような切迫感であった。グランとジータは己の決定一つで仲間達のこれからの人生が変わるかもしれないこの状況に、回らない口で小さく呟くことしかできずにいた。

 

 

 

「ったく、何悩んでんだか・・・」

 

 そんな中、突如聞こえる呆れた声に、その場の全員が声の出所へと視線を向ける。

 

「セルグ!?」

 

 ゼタと共に現れたセルグは、事のあらましを秩序の騎空団の団員に聞いていたのだろう。近くに佇む団員に小さくお礼を言ってから彼らの下へと戻ってきた。

 

「追われる対象が増えるってだけだろう?オレとしては別にどっちでもいいかな。黒騎士なしでもオルキスを救い出す気でいるし、秩序の騎空団に追われようと逃げながら旅はできるだろうし・・・」

 

 セルグの心底どうでもいいと言いたげな言葉にモニカの視線が鋭くなる。

 

「ほう、随分な口を叩くじゃないか、セルグ・・・・ちゃんと無罪放免となって旅を続けたいのではなかったか?」

 

 歴戦の戦士たるモニカが周囲を威圧するような怒気をセルグへ向けた。

 セルグとは間違いなく仲が良かったはずのモニカが向ける怒り。グラン達を気圧さんばかりに放たれたそれに、セルグは対抗して押し返すように殺気を放ち始める。

 

「モニカ・・・余り怒らせないでくれ。ガロンゾでオレがあっさり捕まった理由は知っているはずだ。なんならここにいる団員全員血祭りにあげてやってもいいんだぞ。もともと組織に追われていたオレにとって秩序の騎空団に追われるようになろうが大して変わらない。

 確かにお前がオレを信じてくれたからアマルティアでは大人しくしていた。だが、無罪放免になった方が気楽に旅ができるってだけでそこにこだわるつもりは更々無いぞ。」

 

「セルグ・・・」

 

 セルグの言葉を受け、モニカの頬に冷や汗が伝う。セルグの実力であれば今の言葉は十分に実行できる。

 団員達の命は今、セルグの手に内にあるのだ。

 

「つまらない事を言って、そいつらを困らせないでくれ。少なくとも黒騎士が濡れ衣を着せられているのは事実だ。そいつの為にも、オルキスの為にも、そしてルリアの願いの為にも、オルキスの救出をオレ達は手伝うと決めた。」

 

 セルグの言葉にグラン達の表情が変わる。

 何故オルキスを助けたいのか。何故アポロと共に行くと決めたのか。焦りから忘れていた選択の理由を思い出した彼らから動揺と不安が消えた。

 

「セルグさん・・・そうですね。グラン!私決めた。」

 

「ああ、僕も・・・モニカさん、僕たちは黒騎士と一緒にオルキスを助け出す!」

 

「それを邪魔するのであれば、私たちは戦います。例え秩序の騎空団が相手でも!」

 

 もはや迷いはない。リーシャとモニカを睨みつけながらグラン達は各々武器を取る。

 武器を構えた一行を前にモニカはため息を一つ吐いた。

 

「つまり諸君は、秩序の騎空団を敵に回すと言うことで良いのだな?」

 

 最後の確認と言わんばかりの威圧を込めた視線は先ほどまでの彼らであったなら、答えを返すことなどできなかったであろう。

 

「構いません・・・それでオルキスを助けることができるなら、僕たちは迷わずにそれを選ぶ。」

 

だが既に、彼らに迷いは無かった。

 

 

 選択権が今度はリーシャとモニカへと移った。

 ここでグランたちを捉えるべく全面衝突するか、或いは・・・

 沈黙を保ったままの二人によって、グラン達に重苦しい空気がのしかかってくる頃、今度はリーシャがため息をつくと。

 

「はぁ・・・モニカさんが遊んでるからセルグさん来ちゃったじゃないですか。」

 

 リーシャは少しだけ責めるような口調となってモニカへと呟いた。

 

「お主の口上が長かったのだろ?私のせいにするな。本当に最近よく言うようになった。後で覚えておけ・・・」

 

 対するモニカは生意気になった後輩に小さな怒りを向けるように言葉を返した。

 

「ひ!?い、いやですねモニカさん・・・冗談に決まってるじゃないですか・・・」

 

「ほう・・・冗談だったか?お主から冗談など一度も聞いたことが無かったからな、思わず本気にしてしまった。」

 

 先ほどまでの重苦しい雰囲気を消して、これまでの様に親しみやすい声音へと戻った二人が繰り広げる会話に一行は呆気にとられた。

 

「あ、あの~一体これは?」

 

 状況の呑み込めないグランがおずおずと二人の間に割って入り尋ねると、モニカは罰が悪そうに答えるのだった。

 

「すまなかった・・・わかっていたさ、セルグと黒騎士がいる時点でこうなることはな・・・何とかグラン殿とジータ殿には理性的な判断をしてもらいたかったが・・・仕方ないか。」

 

「一体どういうことですか・・・?」

 

 ジータも疑問を浮かべながら二人へと聞き返していく。

 

「元から力尽くでは拘束するのが難しい二人だ。一応強硬策に対応するために我々二人が出張ってきたわけだが、出来るなら手荒い手段にはならない方向で連行したかった。その為に随分と無茶苦茶を言ってしまったな。」

 

 申し訳なさそうにするモニカに、ただただグラン達は困惑するしかなかった。

 

「えっと・・・つまり?」

 

「要するにハッタリで穏便に黒騎士とオレをアマルティアに連行したかったってわけだ。まぁ、茶番だな・・・」

 

「そうはっきり言ってくれるな。土台無茶な話なのだ、黒騎士とセルグだけでも何人必要かわからないのに。その上、天星器を扱う化け物二人に星晶獣を従える者に、特殊な訓練を積んだ戦士だって?私達に全滅しろとでもいう気か。いくら団員を連れてきても力尽くで拘束なんて真似、できる気がしないさ。ましてや部隊のほとんどは警戒態勢中のアマルティアから動かせない。」

 

 諦めを通り越して呆れへと表情を変えたモニカの言葉にグラン達は少しずつ状況を理解し始める。

 未だはっきりと呑み込めていない状況をグラン達が整理している間にリーシャはモニカの下へと歩み寄っていった。

 

「こうなっては仕方ないですね。モニカさん・・・船団長の座、お返しいたしますよ。」

 

 リーシャはこうなることが分かり切っていた様に、次なる方針を打ち出す。

 

「ああ、打ち合わせ通りになってしまったな・・・リーシャ、船団長として命ずる!これより船団長補佐としてエルステ帝国への捜査任務に当たれ。」

 

 リーシャの言葉に答えながら、船団長となったモニカは威厳を以てリーシャへと命令を下した。

 

「承りました。モニカ船団長!これよりエルステ帝国への捜査任務に着任いたします。」

 

 モニカの命令に、船団長補佐となったリーシャが敬礼と共に返す。

 するとすぐさまリーシャはグラン達へと向き直った。

 

「と言うわけで、グランさん、ジータさん。私の同行許可を願います。名目は帝国が行う悪事を暴くために・・・貴方達と黒騎士、セルグさんが秩序の騎空団と協力して事に当たるとします。同時に黒騎士とセルグさんには罪状軽減のための捜査協力ということで我らと契約をしてもらいますね。それから・・・」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!もう何が何だか・・・・カタリナ!パス!!」

 

「私も無理!カタリナ、お願い!!」

 

 状況の変化に追い付けないグランとジータは話が分かるであろうと踏んだカタリナに対応を丸投げする。

 

「な!?え!?ええい、仕方あるまい。そ、それではリーシャ殿。一体どういうことなのか説明を頂きたい。」

 

 リーシャの前へと押し出されたカタリナは、努めて冷静にリーシャと相対し質問を投げかけていく。

 

「はい、そうですね・・・我々秩序の騎空団としてはあなた方・・・いえ、黒騎士とセルグさんには監視下にいてもらわなければなりません。お二人を野放しにしていることは秩序の騎空団として何としても防がなければいけない事態です。しかし、残念ながら我々にはそれを押し付けるだけの力はありません。貴方達が嫌だと言ってしまえば我々にはどうすることもできないわけです。ここまではよろしいですか?」

 

「ま、まぁ・・・大丈夫だ。なんだか少々申し訳ないな・・・」

 

 リーシャの言葉でカタリナに少しばかり後悔がのしかかってくる。はたから見れば実力行使で己の意見を押し通している様なものなのだ、決まり事から外れた自分たちの行為を見返してカタリナは申し訳なさそうに謝罪をする。

 

「いえ、お気になさらず・・・そこで私が同行することで捜査協力と言う形で我々の管理下にあることとします。同時にメリットとして捜査協力による罪状の軽減を提示致します。貴方達は晴れて自由に目的の為に動けますし、お二人には事の顛末によっては終わり次第の自由の身となることもあり得るかとは思います。ここまでで何か質問は?」

 

「そうだな・・そちらが同行する上で私達に何か制約がかかったりは?」

 

「そうですね・・・あくまで私との協力捜査という名目、つまりは秩序の騎空団の管理下に置かれてるという体ですので・・・お願いですからこれ以上罪を重ねないでください。ホントお願いしますよ。特にセルグさんには注意してもらいたいです・・・絶対無茶苦茶すると思うし。」

 

 一斉に仲間達からの視線がセルグへと集中した。”絶対バカなことするんじゃねえぞ”と言いたげな刺々しい視線と”まぁ何を言っても無駄だろうな・・・”という諦めの視線がそれぞれ降り注いだ。

 突如向けられた視線にセルグがビクリと肩を震わせ縮こまっていく。

 

「ああ~それはその通りだな。我らとしても本当であればそんなことはしたくないし十分に気を付けるとしよう。」

 

 小さくなっていくセルグをみながら、カタリナはまたも申し訳なさそうに返すのだった。

 

「他には何か?」

 

「無茶をしないのであれば同行した私は一団員という扱いで構いません。あれこれ要求することもありませんし、自由に動いてもらって結構です。ただ、最終的な目的としては帝国の・・・牽いてはフリーシア宰相と黒騎士の罪の所在をはっきりさせると言う事だけ念頭に置いて欲しいと思います。結果を残せなくては黒騎士とセルグさんとの契約も成立しません。これは恐らく皆さんにとっても重要な事でしょう。」

 

「なるほど・・・だが、ううむ・・・随分と寛大な対応をしてくれるのだな・・・私たちはいわば秩序の騎空団に対する反逆者と言えるだろう。それなのにこんなに・・・」

 

カタリナは予想だにしない対応に驚きを隠せなかった。

 

「貴方達を敵に回すより、貴方達を味方に引き入れた方が様々なことが片付けられそうだと。そう、判断したまでです。その為にどこまで譲歩すればよいかも。まぁ、本当なら我々だけで片付けたいところではあるのですが、悔しいですね。力不足ですよ・・・」

 

「なるほど・・・と言う事だグラン、ジータ。彼女の同行を許可しても良いか?私が見るにどこにも不都合はないと思われるが・・・」

 

 後ろで聞いていた二人に改めてカタリナが問いかけると二人からは明るい笑顔で返事が返ってきた。

 

「そうだね、セルグも助かるんだったら願ったりかなったりだよ!リーシャさんが仲間になってくれるのも心強い。」

 

「オルキスちゃんも助けに行けるし・・・こちらからお願いしたいくらいですね。」

 

 二人の声にカタリナも思わず笑みをこぼす。そのままリーシャへと向き直り

 

「だそうだ、リーシャ殿。これからよろしく頼む。」

 

 落ち着いた表情でその右手を差し出した。

 

「はい。どうぞよろしくお願いします。」

 

 差し出された手を握り締め、リーシャも笑みをこぼした。

 こうしてリーシャはグラン達の仲間に迎え入れられる事となった。

 

 

 

「モニカ・・・」

 

 少し遠目に事の成り行きを見守っていたモニカにセルグが声を掛ける。

 

「ん?なんだセルグ?」

 

「悪かったな・・・」

 

 静かに、ただ一言。セルグは謝罪の言葉を口にした。

 後悔の表情を浮かべて謝るセルグにモニカはきょとんとした顔をみせて答える。

 

「何だ一体?約束の事なら別に守ってくれさえすればいつでも」

 

「いや・・・それじゃない。

 お前達にその気が無いことくらい・・・わかっていたんだ。それでもまだ子供であるアイツ等に脅迫紛いな要求をしている姿を見て少し・・・苛立ってしまってな。力で押し通すようなことをしてしまった。すまない・・・」

 

 再び謝罪の言葉を口にするセルグは心から後悔しているようであった。

 アマルティアで自分の言葉を信じてくれたモニカ。ケインとの邂逅の時にも、モニカはセルグの事を想って言葉を発してくれたはずだった。

 それをあっさり切り捨てた己の行いをセルグは悔やんでいた。

 

「それも全ては私達の力不足が原因だ。今回の事態を招いたのも、ここでお主たちを止められないのも。それはお主が気にすることではあるまい。彼らを脅迫して要求を通そうとしたのは事実だ。私としても謝られては心苦しいぞ。」」

 

「しかし・・・」

 

 気にすることはないとモニカが窘めるもセルグは納得しない。

 そんな思いつめた顔で俯くセルグを見たモニカの脳裏にひらめきが走る。

 セルグの後ろから歩いて向かってくるジータを視界に映したモニカはセルグには見えないように笑みを浮かべた。

 

「そんなことよりお主、突き放してきたと思ったらこうして歩み寄ってくるとは・・・女心をくすぐるのが上手いな。あんまりその気にさせないでくれないか。」

 

 ジータが射程圏内に入ったところで、これ見よがしに乙女の顔をつくるモニカは少しだけ大きく言葉を発する。

 モニカの発言の瞬間にジータの足が早まるのをみて彼女は隠していた笑みを深める。

 

「モニカ!?こんな時に何を言ってるんだ・・・オレは真面目な話を」

 

 哀れなセルグは背後から迫る災厄に気付かぬまま、唐突に恥じらうような表情を作るモニカに慌てた様子で誤解を解こうとする。

 セルグがモニカにちゃんと話を聞いてもらうべく、肩に手をかけようとしたときだった。

 

「セ~ル~グ~さん!」

 

「ジータ!?今のまさか聞いていたのか・・・」

 

 背後から飛んできた見るからに不機嫌そうな少女の声にセルグがたじろぐ。

 

「次の目的地はもう決まったんですから!モニカさんと()()()おしゃべりばっかりしてないで下さい。はやく行きますよ!!」

 

 そう言ってセルグの手をとるジータはモニカを人睨みすると、引きはがすようにセルグを連れ去っていく。

 

「うおぁ!?ジータ待てって、別にそんなに慌てなくても・・・悪ぃなモニカ!約束、また今度だ!!」

 

「うむ、楽しみにしているぞ!あと、リーシャの面倒を見てやってくれ!」

 

 遠ざかるセルグに大事な後輩を託しモニカはグランサイファーを見送った。

 飛びたったグランサイファーが見えなくなるとやれやれといった様子で自らの艇へと戻っていく。

 

「生真面目なやつめ・・・それにしてもホントに大人気の様だな・・・アイツ。」

 

 リーシャよりもからかいがいのある少女の不機嫌な様子を思い出して、またひとしきりニヤニヤしたモニカは団員に撤収の指示を出した後、再度グランサイファーが飛び去った空を見つめる。

 

「リーシャ、しっかりやるんだぞ・・・」

 

 期待と僅かな憂いを含んだ声は、一体何を想ってこぼれ出たのか・・・・漏れ出た声は誰にも聞かれることなく青い空へと溶けていった。

 

 

 

「というわけで、新たに同行することとなった秩序の騎空団のリーシャさんだ。」

 

 グランサイファーの甲板で改めて顔合わせをすべく一同が集まる中、グランの声に促されるように1歩前にでたリーシャは深々とお辞儀をする。

 流石は秩序の騎空団ともいえる模範的で丁寧なお辞儀に一行は思わず居住まいを正した。

 

「改めまして宜しくお願いします。同じ目的を持つものとして仲良くして頂ければ助かります。」

 

「はい!よろしくお願いしますね、リーシャさん!」

 

「付いてくるのはいいが、足手まといにはなるなよ。」

 

 元気いっぱいに返すルリアと、辛辣なアポロの対照的な対応に他の仲間達は思わず苦笑する。

 

「聞いておきたいんですけど、リーシャさんってどんな戦い方をするんですか?これから仲間となる以上戦力の把握はしておきたくて・・・」

 

 仲間となったリーシャの実力を把握すべくグランが質問を投げかける。

 リーシャは少しだけ考えると腰に携えた剣を手に取った。

 

「そうですね、私は戦闘に於いては剣を使いますが、これまで部隊指揮をすることが多く、モニカさんの様に武闘派ではありません。回復や風属性の魔法も使えますので前衛よりは中衛が好ましいと思われます。」

 

 太陽の光を反射する刀身にはそれほど傷が無く余り使い込んでるわけではない事が伺える。

 

「中衛か、カタリナやロゼッタと協力してもらいそうだね。そういえば・・・指揮といえば僕らを助けに来てくれた時のリーシャさんの檄はすごかったな・・・カッコよかったです。」

 

 帝国軍に囲まれたグラン達を助けに来た時のリーシャの姿を思い出し、少しだけ憧れを含んだグランの言葉を聞いて、リーシャは瞬く間に顔を赤くする。

 

「グ、グランさん!?戯れはよしてください!あんなの、勢いに任せたただけなんですから・・・やだ、もう恥ずかしい。」

 

「あら?お姉さん、女なのにドキドキしちゃうくらいかっこよかったわよ・・・それにしても慌ててる顔は可愛らしいとか、貴方いいわねぇ。」

 

「ロゼッタ・・・一応言っておくがあまり遊ぶなよ。」

 

 顔を赤くして謙遜に謙遜を重ねるリーシャの姿に、正に獲物を見つけた肉食獣の様な目をするロゼッタ。

 そんなロゼッタにセルグが釘を刺すように後ろから制止の言葉をかけた。

 

「あら、怖いガードマンがここにいたのね。」

 

 肩をすくませて残念そうな顔をするロゼッタに、セルグはやれやれとため息を吐く。

 

「出立間際にモニカに頼まれたからな・・・面倒をみてくれと。何を面倒をみる必要があるのかと思っていたが、多分こういう事だろうな。」

 

「べ、別に貴方に面倒見てもらわなくても私は大丈夫ですよ!!」」

 

 抗議の声を上げるリーシャは拗ねたように視線を逸らした。

 

「ま、オレから言うことは一つ。ここにいる間は背負う物が無いんだ。余計な事を考えないでリーシャとして過ごしたらどうだ?」

 

 言葉と共に頭へポンと乗せられた手のぬくもりに、リーシャは僅かな思い出しかない、父親との記憶を思い出す。

 無遠慮で不躾に頭に手を置くセルグへ厳しい視線を返すものの、思い出に浸った心は、否応なくリーシャを安心させその表情を和らげる。

 

「・・・そうですね。少しだけ、秩序の騎空団のリーシャではなく、ただのリーシャとして。ここにいようかと思います。」

 

 小さく呟いた言葉によって、リーシャは心を守る鎧が剥がれ落とされていくような妙な危機感と、心を優しく包み込まれるような幸福感を覚えた。

 船団長として張り続けていた緊張の糸を解されたリーシャの姿に、グラン達は秩序の騎空団のリーシャではなく、ただのリーシャとして彼女を迎え入れた。 

 

「何この気遣い?回りくどくない・・・こんなのセルグじゃないじゃん・・・」

 

 セルグの言葉で柔らかな雰囲気になったリーシャをみてグランから少し刺々しい声が上がる。

 セルグから普通に気遣いの言葉が出るのはおかしいとでも言いたげなグランの口調に、セルグはグランへと一瞬で詰め寄りその肩に手を置いた。

 

「・・・どうやら王宮内で言った事を実現する時の様だな。グラン!特訓の続きをしようか・・・ゼタとヴィーラに協力してもらおう。とりあえず課題は無傷でクリアだな。なぁに安心しろ。如何に無茶な特訓であっても半日も甚振られたら嫌でもできるようになるさ。」

 

 セルグは言葉と共にグランの服を掴むと甲板の広い所へと引きずっていく。その表情は実に嬉しそうな笑顔であったと、間近で見たリーシャは後に語った。

 

「のおおおお!!」

 

 口は災いの下である・・・・グランの悲痛な悲鳴がグランサイファーに木霊するのだった。

 

 




如何でしたでしょうか。

原作とは違うタイミングと形でのリーシャの加入。
理由付けとか果てしなくご都合感が・・・なんとかしたかったんですけどね

ちょっとした呟きなんですが、最近評価で星4を頂きました。
星4ってどういう位置づけの評価なのか激しく気になります(;´д`)
伸び代あるからもっとがんばれ的な?それとも単純におもしろくない?
1とか2ならその人に合わなかったんだろうなってなるんですが、4ってわからない
とりあえず精進していきます。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。



次回からルーマシーまでの間の幕間と過去編。
そして待望の(そんな人いるのか分からないですけど)イベントシナリオを一つ挙げたいと思います。


というわけで次回、グランブルーファンタジー その手が守るもの

 ”救国の忠騎士”

ご期待下さい



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幕間 明かされたのは罪の在処

イベントの合間で本編投稿。

今回は前半少しふざけています。場合によっては会わない人がいるかも。
後半はひどいです。こっちは批判が多そう。
少しだけご注意下さいと前置きしておきます。

あと少し書き方に手を加えています。読みやすく伝わり安くなっていると良いけど

それでは、お楽しみ下さい。


 ラビ島を離れ、グラン達はルーマシー群島へと向かった。

 目的は帝国宰相フリーシアが連れているはずのエルステ王国王女、オルキスの奪還。

 新たな仲間、リーシャを迎えて士気が高まる一行を乗せ、夜を迎えた空の世界をグランサイファーが走る。

 

 

 

 そんなグランサイファーの艇内では現在、新団員リーシャの歓迎会の真っ只中…だったはずなのだが。

 

「ウェーイ! ようこそリーシャちゃん、って激カワッ!?ちょっおいおい~まじかよ。グランダンチョ、また女の子引っ掛けてきたんスか…一体どうやってんのかそのテク、後学の為に教えて下さ」

 

 待機組だったローアインはリーシャを見た瞬間に何かを悟る。

 そう、 これは恋する乙女の雰囲気だと(※ただの勘違い)。恐らく原因は他ならぬ我らが団長のグラン、と当たりを付けたローアインは、キャタリナさんとの恋の成功を求めてグランに詰め寄る。

 

「へぇ…それで、そのテクとやらで一体何をするおつもりなのですか?」

 

 しかしそれを阻む。というよりは、ローアインの恋を許さない修羅が出現する。

 

「はぅあ!? ヴィ、ヴィーラちゃん…やだなぁ、俺はキャタリナさんには何もしな…」

 

「なるほど…つまり貴方はお姉さまから別のヒトに乗り換えたと? フ、フフフフフ…一生を捧げる覚悟も無く、その程度の想いでお姉さまに求愛しいたとは…やはりアナタは害虫だったようですね。 そこになおりなさい、今すぐその首落としてあげます!」

 

 狂気の笑みを浮かべ、ヴィーラは腰に差した剣を抜き放つ。

 再度述べておくが、今はリーシャの歓迎目的と謳った親睦会の最中である。

 

「お、落ち着けヴィーラ! 私は何も気にならない、というか君はなぜこの場で剣を持っている!?」

 

 カタリナから当然の疑問が上がった。食事と親睦を目的としたこの一室でなぜ帯剣しているのか。物騒にも程があるだろう。

 そんなカタリナの疑問を聞いた瞬間にヴィーラは剣を収め、身をひるがえし、瞬時にカタリナの目の前に移動して手を取った。

 

「あら、愚問ですわお姉さま。貴方を守るのは不肖、このヴィーラの役目です。いかなる事態にも対処できるよう帯剣しておくのは常でございます。」

 

「そ、そうなのか? だがな、前から言っているが私は君が言うような立派な人間ではない…。それに、ローアインも大切な仲間だ。君の気持ちは分かってあげたいところだがもうすこし彼に対して優しくだな…」

 

「お、お、お姉さま!? 何故そのようなお言葉を…まさか、既にあの害虫の毒牙に? こうしてはいられません。すぐに私が、イタッ!?」

 

 ローアインに対して優しさを見せるカタリナの言葉で、ヴィーラの脳裏に最悪(※彼女にとって)の光景がよぎった。 もはやそれを事実と思い込む程に動揺したヴィーラが必死の形相で悪を滅するべく、再び剣を取ろうとする。

 勘違いで暴走しようとするヴィーラに、カタリナは怒りを表すため、拳骨という古典的かつ効果の高いお仕置きの手法を取った。

 

「ヴィーラ! いい加減にしないか。」

 

「あぅう、でもお姉さまぁ…」

 

 涙目になりながらもヴィーラは引き下がろうとしない。当然だろう…彼女にとって最も大切なヒトが穢された(※事になっている)のだから。

 引き下がらないヴィーラの様子に拳骨だけでは足りない様だと、カタリナは思案して一つの決断を下した。

 

「わかった、もういい…君がそう言うのなら決めた。今度のお茶会は私とローアインでやろう。 君は一人で楽しむといい。」

 

 無情で無慈悲で強力無比の威力を誇るカタリナの言葉にヴィーラの表情が変わる。まるで世界が崩壊する様を目にしたような、信じられないものを見る目でカタリナを凝視したが、当の本人は涼しげに視線を受け流し、ヴィーラに背を向けて歩き出した。

 

「そんな!? お待ちください、お姉さま~~!!あ~ん待ってくださいお姉さま。ヴィーラを見捨てないで下さあぁい!」

 

 目の前で行われた出来事。渦中であったはずのローアインが一人取り残される。

 呆然としながら命の危機が去ったことに安堵するも、彼は一連の流れの中に信じられない言葉を聞いた気がした。

 

「あ、あれ…。これって…」

 

「良かったな、ローアイン。なし崩し的にチャンス到来だ。」

 

 肩に手をおかれ、振り返った先には笑顔で親指を立てるセルグの姿。

 瞬間、ローアインは意図せず素晴らしいチャンスを得たことを理解する。二人きりのお茶会…しかも恋焦がれる相手との逢瀬ともなればその期待値はリヴァイアサン登りに高まると言うもの。

 

「マジデぇ?セルグさんマジでぇ? ウェーイ!!テンションあがってきたぁ! エルっち、トモちゃん! 作戦会議だ。何としてもチャンモノしてやんぜ!」

 

「だっははは! 何言ってんだお前ぇ、あんなのヴィーラちゃんを抑えようとした出まかせに決まってんだろっつーの。」

 

「え~そうかぁ? キャタリナさん、騎士だし一度言った事は曲げないとおもっけど…」

 

 親愛なる友人の否定と同意を受けながら、ローアインは彼らと自室に戻った。きっとこれから夜を徹しての作戦会議が行われるのだろう。

 …再三述べるが、現在はリーシャの歓迎会の真っ最中である。

 

 

 

 

「あの~グランさん。この騎空団はその…随分、賑やかですね。というかあの人、あんな子供っぽい顔もするんですね…ちょっと意外。」

 

 目の前で行われた、騒がしい出来事にリーシャは開いた口が塞がらずグランへと問いかけた。

 ローアイン達だけではない。 ゼタとイオはロゼッタと女の子談義。ラカムとオイゲンはジータをからかいながら酒を飲ませようとしていた。思わず止めに行こうとするのを抑えさらに視線を巡らせると先ほどローアインに希望の言葉を告げたセルグはアポロとしんみり酒を酌み交わし、ルリアがその場を和ませていた。

 

 おかしい…決して不満があるわけではないが、これは私との親睦会を謳ったものではなかったかと。リーシャは目の前の光景に胸中で己へ問いかける。

 

「ん? 僕らは普段からこんな感じだよ。セルグが来た時もこんな感じだったし。ローアインとカタリナとヴィーラの関係は正にいつも通り。」

 

「いつも通りに、かなり歪な三角関係なのですか…。」

 

 自らの知らない世界が目の前に繰り広げられていることにリーシャが少しだけ慄いていた。

 

「あとは最近だと、セルグのせいでうるさいかな…ゼタやジータに追い詰められてる姿を良く見かける。今までジータはあんなに騒がしい奴じゃなかったはずなんだけど、最近は凄く…楽しそうだよ。」

 

 双子の妹が元気で快活に、時折怒りを見せて過ごす姿にグランは穏やかな笑みを見せる。

 

「グランさんは、余り騒がないのですか?」

 

「僕は、いつも貧乏くじ…かな。 間に入って仲裁して、何故かわからないけど、どちらにも叩かれたり…。」

 

「あ~その。大変そうですね。」

 

 リーシャは何故かグランに妙な親近感を感じて苦笑する。グランの表情に、色んな苦労が見えた気がした。

 貧乏くじを引かされるあたりは、モニカに振り回される自分と似ているかもしれない…

 

「察してもらえてなによりかな。リーシャさんは向こうの団ではどうだったの?」

 

 グランの問いにリーシャは幾ばくかの思案をする。

 

「――そうですね。 私は団長である人が父親なので、幼いころから秩序の騎空団の面々とは一緒におりました。訓練も生活も全部秩序の騎空団の中で、必然的に団員達とは家族のような付き合いでした。

 でも、大人になって、モニカさんの下に付いてからは…私は皆と壁を造るようになりましたね。偉大な父の娘として、馴れ合いをやめ団員達を律していかなくてはならないと。誰よりも強くあらねばならないと。 そんな強迫観念の中でとにかく必死に過ごしていました。 そのせいできっと…モニカさんには誰よりも心配をかけたのではと思います。」

 

 神妙な顔で語られた少し長いリーシャの独白にグランは共感する部分があった。

 グランの父もいろいろと凄い人だったらしい。 らしいと言うのは、そのほとんどがザンクティンゼルで集落の人たちから聞いただけでしかないからだが、双子のグランとジータでも息子であるグランには、どうしても父親の影が付きまとった。

 

 ”やっぱりあの人の息子だねぇ”

 

 この言葉を何度聞いたか。 聞く度にグランの心には小さな劣等感が生まれた。隣には身内贔屓を抜きにしても才色兼備、文武両道を地でいけるジータ。

 父親とも、妹とも、比べられる度に必死になっていたグランは、リーシャが他人には思えなかった。

 

「――あの」

 

「でも、もう大丈夫です。 私は、大事なものを見つけましたから…セルグさんとモニカさんが教えてくれました。 私には私をちゃんと見てくれる大切な人達がいる。偉大な父の娘ではなく、リーシャ個人として大切にしてくれる仲間がいる。だからもう、父の背中を追うのはやめたんです。」

 

「へぇ…強いんですね。リーシャさん。」

 

 少しだけ…グランは心に暗いものが落ちた気がした。

 彼女は既に大切な事を見つけている。迷わずに先を見据えている。誰かと比べることを辞め、自分を見つめることができているのだと…彼女の強さに心を打たれた。

 それに比べて自分はどうだろうか…剣の腕はセルグに適わない、魔法の実力もイオやジータに比べたら足りないし、先を見通す力ならカタリナやロゼッタの方がずっと上だろう。

 自分はこの中で、一体どんな役割を持てるのだろう…と、グランは思考の渦に陥っていく。

 

 そんなグランの耳にリーシャの明るい声が届いた。 

 

「フフ、私から見たら貴方の方がずっとすごいですよ。 グランさんはまだ若いのに、こんなに立派に団長としてやってる。 それに戦闘においても相当な実力だと知っていますから。ホント、尊敬しちゃいます。」

 

 裏のないリーシャの素直な称賛にグランの頬が熱くなった。

 比較されての称賛ではない。父親も妹も関係無しに向けられた称賛の言葉は否応にも気分が高揚してしまう。

 

「あ、ハハハ…そんな大した事無いと思うんだけどね。 戦いならセルグの方がずっと上だし、社交性とかでいえばヴィーラなんか凄いよ。ロゼッタは怪しさもあって智謀に長けてそうだし、そもそも操舵できるのはウチではラカムとオイゲンだけ。 僕は多分、切っ掛けに過ぎない。皆が集まる目印になっただけ。凄いのは皆だよ。」

 

 ここにいる皆が凄いだけ。たまたま最初に騎空団として立ち上げたから団長になっただけだと、グランはリーシャの称賛を照れ隠しで否定した。

 すると、グランの謙虚な姿勢と言葉にリーシャは一度ポカンと呆けて、後に納得したような顔を見せる。

 

「なるほど…。モニカさんはきっとこんな気持ちだったんですね。」

 

 ウンウンと一人頷いて、ブツブツとひとしきり呟いたのち、納得したリーシャは人差し指を立て、グランに迫った。

 

「グランさん! ヒトを繋げると言うのは立派な才能です。貴方やジータさんの人柄があったからこそ、今ここに皆さんがいるのだと私は思います。ヒトを惹きつけるというのは凄いことなんですよ。 全く、貴方が羨ましい…私にはないんだから。」

 

 最後に少しだけ拗ねた様に言い放ったリーシャに不覚にもグランの胸が高鳴る。照れ隠しの頬が更に赤く染まっていた。

 

「フンっ、つまらん話をしているかと思ったら。 全くもってつまらん悩みを抱えているようだな。」

 

「黒騎士…」

 

 聞いていたのか、つまらなそうにアポロとセルグが顔を出す。

 少しだけ驚いた様子を見せながらグランは、聞かれたくはなかったと少しだけ表情が陰る。

 そんなグランを見て、アポロはニヤリと笑うと口を開いた。

 

「グランだったな、年長者として一ついい言葉を贈ってやる。」

 

「黒騎士! グランさんはまだ、大人ではないのですからあまり厳しいことは」

 

 絶対に優しい言葉は出てこない。そんな確信をもってリーシャはアポロを止めようとしたが、それはグランに止められる。

 

「いや、良いよリーシャさん。 黒騎士、是非聞かせてほしい。」

 

「どうでもいいけど年長者としてって聞くとやたら歳とった様にきこえるのはオレだけだろうかッヘブ!?」

 

「死んでおけ…」

 

 アポロの背後から何か聞こえたような気がしたが思い違いであろう。 アポロの後ろに何か転がっている気がするが幻覚だろうと、グランはアポロから視線を外さずに言葉を待った。

 対するアポロは肩越しに放った拳を戻すとグランの頭に乗せる。

 

「さて、お前に送る言葉だが。 思い上がるなよ、小僧。」

 

 頭の上に乗せられた手にまさか、撫でてくれるのか? などとそんなバカな考えをもった事をグランは後に後悔する。

 

<バヂン>

 

 そう、バチンではなくバヂン。表現するならこれほど鈍い音がグランの頭から発せられた。

 

「いだあああああ!!」

 

「グランさん!? 大丈夫ですか!? 黒騎士、なんてことを!!」

 

 痛みに絶叫を上げるグランを余所にアポロは聞こえていないかもしれないグランに言葉を紡ぐ。

 

「お前は一人で何でもできるようになりたいのか? フン、そんなことできるような奴はどの空域を探したって一人もいない。多かれ少なかれ、ヒトはできる事できない事がそれぞれある。 この私ですら、様々なものを利用して最高顧問なんて地位に就いたんだ。お前みたいなガキがなんでもできるようになりたいなどと思うんじゃない。

 お前に必要なことは強くなることではない、出来るようになることではない。何でも使いこなせるようになることだ。 まず自己分析をして己ができることを見極めろ。次に仲間の分析をして仲間のできることを見極めろ…それができれば後は使い方次第だ。 どうだ、簡単だろ? 何も全てをお前ができる必要はない。」

 

 アポロの言葉に思わずリーシャもグランも動きを止めた。 理にかなった言葉。リーシャにとっては似たような言葉を最近言われた覚えがある。

 何も自分ができる必要は無い…。必要なのは手元にある物を全て使いこなせる力だと、アポロは語った。

 真剣にグランの悩みに答えをくれるとは思っていなかった二人は言葉を返せないまま呆けていた。

 

「流石年長者…亀の功より年の功ッダヴぁ!?」

 

「死ね…」

 

 又も余計な事をいった愚か者が散る。 アポロより激烈な拳の歓迎を受けた彼は珍しく酔っているのだろうか…どうにも普段よりバカな空気が見える。

 拳を受けたセルグが余りの衝撃にフラフラとしたのをみてリーシャが思わず受け止めようと動いた。

 鼻を抑えて涙を流すセルグは恐らく前が見えていなかったのだろう…

 

「セルグさん!?ちょっと黒騎士、いくらなんでもやりすぎです! 大丈夫ですかって、アッ、イヤ!! ちょっとセルグさん、倒れながら私の服を掴まないで、イヤッン!? 貴方って人はぁああああ!!」

 

 受け止めようとしたリーシャにセルグが倒れ込んだ時、様々な偶然が重なった。

 色を帯びたかすかな悲鳴がリーシャから漏れ、羞恥に顔が赤く染まり、次いで怒りの形相となったリーシャがセルグを床に叩きつける。

 今この場で何が起きたか、ちょっと今のグランには語れなかった。 リーシャによって目の前で行われる凄惨な制裁から目を逸らし、必死に平静を装って記憶に刻まれた素晴らしい光景を振り払いながら、グランはアポロへと向き直る。

 

「あ、あの。 ありがとう、黒騎士。あとなんだか悪いね、セルグが酷いことを言って…」

 

「気にするな、そこで折檻されている光景をみればいっそ哀れに見える。 むしろお前が大丈夫か? そんな顔をしてはとばっちりを食うだろう。援軍も来たようだしな…」

 

「え?」

 

 瞬間的に感じ取った殺気は誰のものか、グランにはすぐに分かった。

 振り返った先には、鬼の形相の親愛なる妹ジータと、炎の様に怒り狂うゼタ。

 

「セ~ル~グさぁ~ん!!」

 

「セルグ~!ア、アンタ、リーシャになんて事してんのよ!!しかもグランの目の前で! 見なさいグランの顔、今にも鼻血を吹き出しそうじゃない!!」

 

 そう、あの光景を見てしまった、健全な青少年たるグランは顔を真っ赤にしている。

 矛先が自分に向いてしまう気配を察知したグランは無我夢中で否定をしようと口を開いた。

 

「ぜ、ゼタ!? 何を言っているの。大丈夫だ、僕は何も見ていない。いや、見ちゃったけど全然見えてなかったから!」

 

「なッ!?グラン! 今すぐ忘れなさい! 貴方に、そういうのはまだ早いです…あ~もう! こうなったらオーガになって力尽くで」

 

「ジータ!? 何言っちゃってるの!? 殴っても簡単に記憶なんて飛ばないよ、落ち着いてくれ! だから僕は見てないって! だぁあ、もうセルグのバカヤロー!!」

 

 本格的に籠手の武器を取りに戻ろうとしたジータと必死に抑えるべく走り出したグランが消えていく。

 ゼタは既に倒れ伏してるセルグを捕まえてお仕置きタイムに入ったようだ。 その場に残ったのは顔を真っ赤にして俯くリーシャと、平常通りのアポロ。

 

「……見られた。うぅ……グランさんに…、恥ずかしい。」

 

「まぁ…大した胸でもないだろう? 気にするな小娘。」

 

「なっ!? なんてこと言うんですか! そもそも貴方のせいでしょう!! あぁ、もう! これからどんな顔して会えばいいんですかぁ…」

 

 涙すら流しそうな顔で文句を言い続けるリーシャの姿にいたたまれなくなり、さしものアポロも最後には謝罪の言葉を口にするのだった…

 

 

 

 

 

 

 騒がしい歓迎会を終え、夜の帳深い時間に、セルグはグランサイファーの甲板に出ていた。

 ヒヤリとした夜風が、腫れに腫れた顔をそっと撫でてくれるのが心地良く、セルグはそのまま甲板に寝そべった。

 

「お~イテェ…なぁヴェリウス…何故オレはあんな目に会った?」

 

 ”…知りたければ教えてやろう。全てはお主の口が悪い。”

 

「いや、まて。問答無用で殴ってきた黒騎士のせいだとは思わないか? というかアイツ自分が筋肉バカの七曜の騎士だって忘れてるだろう…ゼタやジータのよりも痛みが残ってるぞ。 クソッあとでお父さんに言いつけてやる。」

 

 ”…それはむしろ更なる災いを呼ぶと思うが…まぁ、勝手にするがよい。 む? お客さんだぞ。”

 

 ヴェリウスの言葉に、セルグが体を起こして立ち上がった。 少ない星明りではあまり先まで見えず目を凝らしてヴェリウスが言う来訪者を確認する。

 

「こんな夜更けまで外で何をしているんですか? セルグさん。」

 

 暗闇から顔を出してきたのはリーシャだった。

 

「…あ~何故ここに? オレとしてはあんなこともあって非常に今、顔を合わせにくいんだが…」

 

「ッ!? 思い出させないで下さい!! いや、思い出さないで下さい! 全く、貴方のせいで初日から散々です!」

 

 激怒したリーシャが秩序の騎空団の制服の、帽子を全力で投げつけた。 ベシっと音を立ててセルグの顔に当たった帽子は、腫れた顔には大ダメージ。

 思わずセルグは呻くことになる。

 

「す、すまない…不可抗力とはいえ、反省している。」

 

「不可抗力なものですか。あんなことを言われれば黒騎士だろうと女性、 怒るに決まってるじゃないですか。」

 

「だから悪かったって。 で、何をしに来たんだ?」

 

 謝りながらも、セルグは要件を聞いた。こんな時間にわざわざ自分の所に来たのだ。何か用があるのは明白だった。

 

「…一言、お礼を。」

 

「ん? なんでまた。」

 

「今日の黒騎士のグランさんへの言葉…アマルティアで貴方に言われた事と非常に似通っていました。 改めて、私は価値のある言葉をもらったと思って…」

 

 しんみりとした声音でリーシャは要件を告げる。 しかし話を聞いたセルグは、あからさまにつまらないといった表情を浮かべながら言葉を返した。

 

「…下らねえ…そんなどうでもいいことでお礼なんていらねえよ。」

 

「なっ!? どうでもいいとはなんですか。私は」

 

「やめとけやめとけ、同じことで何度も礼なんていってたらドンドン卑屈になっていくぞ。 終いにはそいつに逆らえなくなる。言って変わるのは言った奴の気持ちだけだ。言われた側はどうでもいいって思ってるさ。」

 

 まるで追い払う様に手を振ったセルグの様子に、リーシャも少しだけカチンときた。 折角お礼を言いに来たと言うのにまるで聞く気が無いどころか、追い払う仕草まで見せられてはリーシャとしてもそんな気は起きない。

 

「むぅ…わかりました。確かに卑屈になりそうだし、やめておきます。」

 

「殊勝な心がけだなっと。それだけか? だったらオレはもう」

 

「いいえ、まだです。 貴方には聞きたいことがあります。」

 

 先程までとは違う、張りつめた雰囲気を醸し出し、リーシャは再度話を持ち出す。

 

「…なんだ? まだ何かあるのか。」

 

 リーシャの雰囲気の変化に真剣なものを感じ取ったセルグは、だらけていた空気を消してリーシャに向き直る。

 セルグが真面目な空気を纏ったのをみて、リーシャはゆっくりと言葉を選びながら話を切り出した。

 

「少々今更な気もするのですが…貴方が連れている、そのヴェリウスについてです。 貴方は以前調書を取るときにこう言いました。 ”契約なんてそんな設定に無理があるとは思わないか?”と。 だとしたらそのヴェリウスと貴方の関係は一体なんですか? あの時はきっとまだ信用されていなかったのでしょう。当然と言えば当然です。だから、あの時の言葉が真実ではないとわかります。 …ですが仲間となった今なら、貴方とヴェリウス。そして貴方が関わった事件。その全てをお聞かせ頂けませんか。」

 

 沈黙が二人を覆う。

 リーシャの問いかけに、セルグはあからさまに迷いを見せた。 はっきりと断る様子を見せないそれは、セルグの中で巻き起こった迷い。

 信頼はしている。 言いふらすようなことはしないだろうし、立場上最も力になってくれるだろうとも。 だが、リーシャだけにと言うのは気が引けた。セルグは幾ばくかの間をおいて、結論を下す。

 

「――お前だけに、っていうのは不公平だな。 あとでモニカにだけはお前から伝えておいてくれ。」

 

「それじゃあ――」

 

 セルグの言葉に僅かにリーシャの声音が上がる。 要望を受け入れてもらえたことを信頼の証と取ったのだろう。

 そんなリーシャを窘める様にセルグは、声音を真剣なものに変えて語り出す。

 

「あぁ、全てを語ろう。決して面白い話じゃないからな。 少し…長くなるぞ。」

 

 

 セルグは語った。 かつての自分のしていたことを。

 セルグは語った。 最愛の人がいたことを。

 セルグは語った。 全てが終わり、始まった日の事を。

 

 

「これが…オレがお前達の言うS級警戒人物となった経緯だ。 聞いての通り、まぎれも無くオレは35人の命を奪った。己の怒りだけにまかせて…更にいえば追手を18人殺している。だが、ザカが言っていたが、それでもオレ自身悪いことをしたと言う意識は低い。 アイツの言う様に恨みつらみの怨差の声をたくさん聴いた。沢山の血を浴びたオレの手には血の匂いが染みついている。それでもオレは、お前達と何の気兼ねも無く仲間で居られている。 今ならばハッキリとわかる。オレは異常だって。」

 

 自嘲と共に締めくくられたセルグの話にリーシャは驚きを隠せなかった。

 

「そんな事が…でも、貴方の怒りは当然のものだし、それは正直に打ち明けていいものではないのですか!? なぜ無為に罪をかぶるような」

 

「リーシャ…やめてくれ。今は亡き彼女に、人殺しの理由を押し付ける気はない。 どこまでもオレはオレの意思で殺した。 オレの憎しみのままに殺したんだ。」

 

 多くのヒトを殺した理由を、憎しみの原因を、 最愛の人のせいにしたくは無いと。セルグはどこまでも己の罪だと言い張る。

 他者に罪を押し付けないところはヒトとして好感がもてるし、それが正しいヒトの有り方だとリーシャは考えるが、リーシャにはセルグの姿が強情を張る子供にしか見えなかった。 罰せられるべき人が他にちゃんといる。 裁かれるべき人が他にいると言うのに、自らに罪を押し付けようとするセルグの想いは秩序の騎空団の団員として見過ごせなかった。 リーシャはどこまでも反論しようと言葉を投げ続ける。

 

「またそうやって自分を悪くする…他人には偉そうに卑屈になるなと言っておいて、自分はどうなんですか! 一体いつになれば、貴方は自分を許せるのですか!?」

 

 セルグを大切に想っている人達がここにはたくさんいるというのに、彼にはその想いが届かない。 

 一体いつまで引きずるつもりだと。もう自分を許して先を見ていいのではと、リーシャはセルグを責めた。

 

「わかり切ったことを聞くな…死ぬまで、オレは自分を許さない。」

 

「セルグさん!!」

 

「あの時、オレが受け入れなければ、彼女は死ななかった。あの時、オレが振り払っていればアイツは今も生きていた…あの時、違和感に気付いていた時に動いていればオレ達はこんなことにはなっていなかった…」

 

 否定しようとするようなリーシャの叫びに、セルグはどこまでも淡々と己の中での事実を告げていく。

 

「オレといれば、関わっていれば不幸になると知っていたはずなのに…オレは自分の幸せを手放せなくてアイツを巻きこんでしまったんだ。」

 

 先ほどの話では手を掛けたのはセルグではないはずだと言うのに、まるでその手で殺したかのように自らの手を見つめるセルグの姿には、後悔しか浮かんでいない。

 

「ッ!? 悪いのは彼らでしょう! 貴方はただ」

 

「やめろ、リーシャ。 こんな議論に意味は無い。オレはきっと何を言われても変わらない。何人殺したって変わらないんだからな。 疑問は解けたか? 解けたならもう寝るんだ。秩序の騎空団ともあろう者が朝寝坊はいただけない。」

 

 とうとう、セルグは会話を放棄した。 リーシャに就寝するように促し、自らは空を眺めその場に立ちすくむ。

 まるで、今からグランサイファーを降りて空の奈落に落ちていきそうな、危なげな雰囲気を纏うセルグが、リーシャにはどうしようもなく弱々しく見えた。

 

「…わかりました。もう寝ます。 ですが、一つだけ言っておきます。」

 

 尊敬するモニカと並び何処か心の中で憧れていた存在だったセルグ。 そんなセルグが見せた余りにも弱々しい一面が、リーシャには許せなかった。 他者には強く優しい言葉を掛けるくせに自分には真逆の言葉を掛け続けるセルグが、歪で偽善的で許せなかった。

 だから、彼女は今日この時、決心する。

 

「…なんだ?」

 

「私は、貴方が自分を許さない事を許さない! 貴方の背負う罪は、貴方のものではないはずだ! 貴方の贖罪は自分を許さない事では無いはずだ! 必ずその罪の意識を解いてみせる。 首を洗って、待っていてください…」

 

 必ず秩序の騎空団の法の許で真実をさらけ出し、セルグを救って見せると。

 強い宣言を残して、リーシャは部屋へと戻った。

 その場に残されたセルグは、驚きの顔を浮かべた後、小さく笑う。

 

「許さない事を許さないか…首を洗って待ってろって、一体どうするつもりなんだ、アイツ。」

 

 ”随分厄介なのに目を付けられたようだな…それにしても、お主は本当に面倒な奴だ。”

 

「ほっとけ…」

 

 リーシャに続き、まだ何か言われるのかと、セルグはうんざりした様にヴェリウスの言葉を聞き流した。

 

 ”なぜ本当の事をいわない。本当はもう疲れているのだろう? 我は知っておるぞ。夜な夜なお主がうなされて起きているのを…”

 

「ん? ああ…それか。ちがう、ヴェリウス。あれは殺した奴の恨みの声じゃない…」

 

 ”なに…?”

 

 次の瞬間、星晶獣であるヴェリウスは目の前にいるヒトという存在に恐怖する。

 

「あれはな…」

 

 感情が消えた笑み。抑揚のない声。 それだけで余りにもヒトから外れた存在に見えた。

 まだヒト型を取っているガロンゾのノアの方が、ヒトに近しい存在だと思わせる程に、今のセルグはヒトから隔絶された雰囲気を纏う。

 ゆっくりと、セルグは口を開く。一言一言がまるで呪詛の様に…暗く重いチカラを纏ってそれは絞り出される。

 

「あれはな…オレの罪の意識が創り出した、アイツ(アイリス)に夢で殺されているんだよ。」

 

 

 もたらされた言葉は、壊れたヒトの悲鳴だった…

 

 

 ”なん…だと…”

 

「嗤えるだろう。 助けたかった人が助けられなくて、罪の意識からその人に殺される夢を見ている。 早くこっちに来てくれって…だからオレはもう逃げられない。死ぬまでアイツの幻影にうなされる。つくり出しているのはオレ自身だから…」

 

 乾いた笑いが恐怖を増長させる。壊れた声が異質な雰囲気を纏う。

 

 ”お主は…お主は、何を…いっておるのだ。 バカモノが! そんな状態になる前に何故言わなかった! そんな素振り見せなかったではないか! ええい、すぐにあの小娘に”

 

 今のセルグを一人にしてはいけないと、ヴェリウスは動こうとするが、セルグはそれを力尽くで抑える。

 

「やめろって、 言ったところで何も変わらない。それにしんどいのは起きるまでだ。起きてからはオレの身体はなんの影響も無く動いてくれる…つくづく、薄情なカラダさ。アイツが生き返りでもしない限り…誰に相談したところで無駄だ。」

 

 ”ッ!? セルグ…決めたぞ、我も許さぬ。”

 

「何?」

 

 ”我とお主は既に唯一無二の友であるはずだ。お主がそうして己を殺そうとするのを我も許さぬ。記録の星晶獣のチカラを以て、必ずお主を救って見せようぞ。”

 

「ハハ……期待しているよ。」

 

 セルグの姿を見てヴェリウスは己のチカラを呪う。

 乾いた笑みが、壊れた声がヴェリウスの記憶にはっきりと記録された。それは嫌でも思い起こされるほどに痛烈なイメージとなって残ってしまう。

 誓う相棒を残し、セルグはその場を去って行く。

 

 

 

 

 自室に戻ったリーシャはすぐに手紙を書いた。

 送り先は秩序の騎空団の拠点にいるモニカに向けて。

 

 自室へと戻ったセルグを見送ったヴェリウスは、すぐさま空を駆けた。

 ザンクティンゼルにいる本体の元へ。

 

 二つの決意が、夜の空に消えていった…

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?

少し感じていた人もいたのではと思うセルグの仲間を守る意識の強さは根底には夢に出てくるアイリスの恐怖があります。
失えばまたその恐怖にかられる、だから必死に守ろうとする。
守れてしまうと沸き上がる怒りはアッサリと身を潜めて報復があっけなく終わってしまいます。彼にとっては守れた事への安堵のほうが強いからですね。

復讐をやめた理由にも少し関わるところになります。

と、こんな感じで補足致しました。

それでは。お楽しみいただけれは幸いです。

感想、お待ちしております。


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とりま作戦会議中

以前からやりたかったトッポブ的なシナリオ
本編ではなかなかスポットの当たらない彼らの隠された物語を描いていこうと思います。
予め申し上げて起きますがギャグにしかなりません。

それではお楽しみ下さい。


 グランサイファーの一室。

 薄暗いこの部屋にて3人のエルーンの男たちが何やら怪しげにヒソヒソと会話を……

 

「ウェーイ!! さぁてどうする2人共~このチャンスをいかにモノにするか。とりまご意見箱設置~!」

 

 否、なにかを企んでいるようだが、どうやら声を抑える気は無いようである。

 ここにいるのはローアイン、トモイ、エルセムの仲良し3人組。

 先程のリーシャ歓迎会で、なし崩し的に得たチャンス、”キャタリナさんとの2人っきりのあまいお茶会(予定)”の決定を経て作戦会議中である。

 如何な流れを用意するか、決めのセリフはどうするかなど、事細かに今から話し合う(予定)だ。

 

「ってもよ~、ぶっちゃけ俺たちが何をどうこう考えたところでよくわかんなくね? 俺達庶民にお茶会の話とか聞かれてもよ~」

「確かに……つってもグラサイに乗ってる人でそんなお茶会が似合いそうな気品溢れるヒトなんていねえし。とりま誰かに相談するべきじゃね?」

「オイオイお前ぇら何弱気なこと言ってんだよ。そんなお茶会がどうのって話は関係ねぇだろ! キャタリナさんを落とすシチュエーションとそこまでの流れをだな」

「だから、そもそもそのお茶会の雰囲気が分からなきゃそんなの考えつかねぇってんだよ。」

 

 作戦会議開始から十数秒、いきなりの難問に彼らはぶち当たった。

 普段はヴィーラとカタリナの2人で行われるお茶会。2人とも明らかに気品溢れる上流階級と言った佇まいを見せる騎士だ。優雅な所作や言葉遣いだけを見ても間違いなく街のゴロツキに近い自分達とは雲泥の差がある。 それはつまり住んでいた世界が違うのだ。

 彼女たちの常識が彼らの非常識。彼らの常識が彼女たちの非常識である可能性は大いにあり得る。

 固まる3人は思考を重ねた。一人は起こり得るシチュエーション(妄想)を想像し、一人は頼れる人はいないか可能性を模索する。一人は、お茶会とはどんな感じなのか想像を膨らませる。

 

「とりま、セルグさん呼んでみね? あの人いつもローアインの応援してくれるし、今回も頼りに」

「フッ、キャタリナさん。これは今回のお茶会の為に俺が作った新作料理です。食べてみてください。ってのはどーよ?」

「うわうっざ、最初のフッってのがいらねえわっていうか人の話聞けよ!? まずお茶会とはどんなものかを知るために誰かに聞いてみなきゃ話になんねぇだろって!」

「でもよ~お茶会っていう位だから……お茶飲むんじゃねえの?」

「は? お前何当たり前な事聞いてんの? そうじゃなくて、お茶会とはどんな風に楽しむかってとこだろ」

 

 ボケる二人……ローアインとエルセム相手に、ツッコミのトモイ。若干トモイが疲れそうだが、彼らのバランスは上手く保たれているようだ。

 妄想を膨らます当事者と、状況を理解していない天然野郎を相手にトモイが一先ずの提案をする。

 

「とりま、セルグさんに聞いてみようぜ。 あの人色々知ってそうだしいつもローアインの新作料理とか手伝ってくれるしよ」

「でも、もう流石に寝ちゃってるんじゃね? さっきみんな部屋に戻ってく雰囲気あったし……」

 

 つい先ほど、部屋の前を何人かが通っていく気配がしたような気がしていと思っていたとエルセムは口にする。ちなみにあくまでも気がしただけである。実際のところは、歓迎会は以前進行中であり、現在はセルグがリーシャに折檻されている最中だ。

 

「あ~そうだな。とりま今日はキャタリナさんをどうやってキュンキュンさせるかってところを考えて、お茶会については明日、セルグさんに聞いて見るって感じでどうよ?」

「りょっ。それじゃまず、さっきしてた妄想の話を具体的によろ」

 

 一先ずの方針が決まり、彼らは作戦会議を再開する。まずは先ほどちらりと挙がったローアインの決め台詞の流れから考察していくようだ。

 

 ――――――――――――

 

 

 グランサイファーにあるカタリナの私室。彼女らしい整然とした部屋と静かな空気に包まれる中、部屋の主であるカタリナとローアインは優雅なティータイムと洒落込んでいた。

 

「どうだ? ローアイン。君には少々似合わないかもしれないが、こういう静かな空気の中で、お茶の香りと味をじっくりと楽しむと言うのも悪くないだろう。」

「キャタリナさん、何言ってんスか。俺だっていつでも騒いでるわけじゃ無いっスよ。たまにグラサイの甲板で一人静かな時間を過ごしたりなんてこともあるんスから。それに、貴方との静かな時間と言うのは心が躍る。」

 

 普段の彼からはありえない、静かで落ち着いた言葉。やや気障なセリフにカタリナが微笑んだ。

 勢いと反省を促す意を込めて今回のお茶会はヴィーラとではなくローアインと2人で開いてみたが、存外リラックスしている自分がいることにカタリナは驚く。

 ヴィーラの前ではどうしても頼れるお姉さまで居ようとしてしまうからだろうか。彼との二人の時間と言うのは心が安らぐことに気付いた。

 

「普段は騒々しい君とこうして静かな時を過ごすのは意外と落ち着くな。 ふむ、普段からそうしてくれればヴィーラとももう少し仲良くなれるのではないか。」

「キャタリナさん、それはちょっと甘すぎッスね。ヴィーラちゃんはキャタリナさん命っすから。何があろうと俺を認めることはないですよ。っとそうだ、今日はお茶を御馳走になるってことで、俺の方からもある物を用意しました。一緒に食べましょう。」

「ほう……一体何をつくってきたんだ?」

 

 カタリナの問いかけにローアインは自信満々に小さく笑う。

 その表情を見て興味深そうにローアインの様子を伺うカタリナの視線を受けながら、彼は後ろから小さな小包を取り出した。

 

「開けてみてください……」

「――随分と丁寧だな。只のお茶会で何もここまで……これは!?」

 

 カタリナから驚きが上がる。

 開かれた包には真っ白も真っ白。純白な白に染まっているケーキが鎮座していた。余計な装飾の無いそれが何故か妙に美しく見える。

 

「真っ白なクリームチーズで作った俺のスペシャルレアチーズケーキです。貴方のその穢れない美しさを表現してみました。」

「ローアイン……君は。フフ……全く、君はいつの間にそんなに気障な男になったんだ。これでは私も揺らいでしまうじゃないか。」

 

 観念したようにカタリナも小さく笑みを浮かべる。ほんの少しだけ照れくさそうなその表情は普段の凛々しさが成りを顰め、まるで恋する乙女の様。

 部屋を包む空気で、先程より2人の距離が縮まっていることを、互いに、確かに感じ取っていた……

 

 

 ――――――――――――

 

 

「ってな感じでどうよ! ヤバくね? これはもうキュン死に確定っしょ~!」

「――キュン死に確定っしょ~っじゃねえよバカ! 誰ださっきの。まず口調が安定してねえ&超絶にうぜぇしきめぇ。」

「大体そんな取り繕ったキャラで責めて意味あんのかよ……」

「お、エルっち良いこと言う。それだよそれ、モテメンでもないローアイン如きが気障なセリフとか寒いだけっしょ。有りのままの自分でもっとっていうか自分の強みを生かすような」

「っんだよそれ。んじゃとりま今の無しで、代わりに俺に相応しいモテポプリーズ」

 

 非難の嵐に全く動じずローアインは別な意見をトモイとエルセムに求めた。

 妄想の中のカタリナがキュン死にしていたのに全く相手にされなかった(当然だが)事に不満を募らせるものの、すぐに次の思考へと移る彼のメンタル面は非常に強いと言えるだろう。

 

「いやでも、さっきの妄想のお茶会の雰囲気……なんかすっげ~シックリきてた。意外とお茶会ってあんな雰囲気なんじゃね?」

「あ~それはありありかもしんね。普段キャタリナさんとヴィーラちゃんが2人で楽しんでるってことはあの静かな雰囲気がぴったりだわ」

「お、マジでぇ? んじゃさっきの雰囲気の中から俺様のモテポを最大限に生かす流れを考えっぺ」

「それでいくか……いや、やっぱりグラサイ一のモテメンのセルグさんから意見を求めるべきじゃね。あの人ならきっと何かいい言葉を」

「あ? ちょ、待てよトモちゃん。さっきからセルグさん推し多いけどどうしたんよ。確かにセルグさんモテメンだけど……モテメンならラッカムさんだってグランダンチョだってそうだろうよ。」

「もしかしてトモちゃん、セルグさんガチリスペクト的な?」

 

 何故かセルグを引き合いに出してくる不自然なトモイの言葉に2人から疑惑の声が上がった。

 確かにセルグは容姿もそれなりに良いし、強いこともあって、普通に考えればモテメン確定なのかもしれない。騒動の中心にはいつも彼がいるような気がするしヒトを惹きつけるタイプの人間なのだろう。

 だが、どうにもそれだけではない何かを2人はトモイから感じたのだ。

 

「あ~、割とガチかも。あのヒトまじカッケェ―んだ。正直、俺が女だったら惚れてる」

「なっ!? オイオイ何事? 一体何がトモちゃんをそこまで心動かしたのか、ガチで気になるんだけど~」

「まじか~もしかしてそこにモテメンの秘訣が隠されてる的な!?」

「ツーわけでトモちゃん語っちゃって~」

「良いけど……おめえらテンアゲしすぎて腰抜かすんじゃねえぞ……アレは、そう。ザンクティンゼルでセルグさんの歓迎会やった日の夜の事だった……」

 

 2人の声に応える様にトモイは目を瞑り語り始めた。

 まるで一つ一つ確実に思い出すようにしっかりと言葉を選びながら話す姿に、聞いているローアインとエルセムは唖然として表情を固める。

 

「(ちょ……エルっち、トモちゃんガチ語りはいっちゃったぞオイ)」

「(うっわ~まじっベェーじゃん。本物ジャン。ガチリスペクトじゃん)」

 

「唐突に夜風に当たりたくて甲板に出ようとしたらゼタちゃんの声が聞こえてきて……誰かと話してると思って、思わず隠れちまったんだ。そしたら……」

 

 

 ――――――――――――

 

 ※トモイの記憶によって補完された妄想です

 

 

「そっかぁ……あの子、ちゃんと幸せだったんだね。最後まで幸せに生きていたんだね……」

 

 親友の最後を聞いたゼタが流す涙が月明かりを反射し、彼女の端正な顔を儚く彩る。

 普段は強気な彼女のその弱々しい姿は、激しく庇護欲を掻き立てるような危うい魅力に満ち溢れていた。

 対するセルグもいつも通り、と思いきやこちらも雰囲気は優しく柔らかな空気を纏っていた。

 

「ゼタ、アイツとの約束があるんだ。聞きたいか?」

「え?」

 

 唐突に告げられた言葉を理解しきれず、ただ頷きながら肯定の意だけをゼタが返すと、セルグはゼタの前に跪く。

 その姿はまるで姫に仕える騎士の様にも、結婚を誓う恋人達の様にも見えた。

 

「今日より君と共にあろう。君の心の傷が癒えるまで。君がオレを超えるときまで。そして、アイツとの約束を果たすその時まで。君を守りぬくと誓おう。かつてのオレとは違う。大切な人を今度こそ、どんな理不尽からも守りぬいてみせる……これがお前に誓うアイツとの約束だ。」

 

 告げられた言葉にゼタが固まる。まるで時を止めたかのように微動だにしないゼタはたっぷりと時間を置いてから思考がやっと回り始め、今告げられた事を理解する。

 

「は? え、いや、あ? ちょっと待って!? いきなり意味が分かんないわよ。なんでいきなりそんな話に!」

「フッ、今言っただろう。君がオレを超える時まで、君を守る騎士となる。どこまでも、どんなことからも守り抜いてみせると」

 

 小さな笑みと共に告げられた言葉に、それが嘘偽りなく己に向けて約束された誓いだと理解したゼタは顔に熱が集まるのを感じた。

 目の前のセルグが直視できず、俯きながら小さく言葉を返す。

 

「その……ありがとう。頼りにするわ……」

「――ああ、頼りにしてくれ」

 

 恐る恐る顔を上げたゼタとセルグの視線が絡み合う。恥ずかしそうに互いに小さく笑う姿は愛し合う2人としか思えないだろう。

 優しい空気に包まれて2人だけの確かな誓いの夜を月明かりが照らす。

 向かい合うゼタとセルグの距離は手と手を繋ぐ程度には近づいていた……

 

 ――――――――――――

 

 

 

「マジか……マジですかぃ! っべぇーわ、セルグさんまじっベェーわ! なにこの最強のモテメンパティーン」

「だろ! 仲間になったその日に一生を懸けるような誓い。しかも守ってあげる系。これでキュン死にしないナオンはいねえよ的な!」

「これはセルグさんについていくしかねえべ……トモちゃんがリスペクトするのわかるわ~」

「だろだろ、だからセルグさんに意見を求めりゃ何とかなる気がするんだよ!」

「ん? ならよ~さっきのローアインの妄想と今のセルグさんの流れを組み合わせてみればもしかして」

「っ!? それだ! エルっちさえてる~ちょいまち、今シチュ練り(妄想)すっから……」

 

 

 ――――――――――――

 

 

「どうですか……キャタリナさん。お味の方は」

「――流石だな。正直只のお茶会でここまで素晴らしいものを用意されると私としてはちょっと心苦しくなってしまう」

 

 カタリナからは素直な称賛と共にわずかに苦い表情が贈られた。

 なにか失敗したかと考えを巡らせるもローアインに思い当たる節は見当たらず。どうしたのかとカタリナに問いかけようかとした矢先に、先にカタリナが声を挙げる。

 

「すまないなローアイン。私は情けなくもこんなに素晴らしい料理を作れる君に、女として嫉妬してしまっているんだ……折角こんなおいしいものを作ってくれたと言うのに私は君に対してよからぬ感情を抱いてしまった。許してくれ……」

「――キャタリナさん……。フッ、何言ってんすか。キャタリナさんがいくらパーフェクションなオンナだからってそこまでできちゃ俺の立場が無いっスよ」

「ローアイン……しかし」

 

 笑って気にしていない素振りを見せるローアインに、カタリナはますます己が抱いた暗い感情にいたたまれなくなった。

 俯き悲しそうな表情を浮かべるカタリナはそれだけローアインに嫉妬という感情を向けたことを後悔しているのだろう。だが当の本人は全く気にしていないし、むしろ自分にも彼女の為にできることがあることを狂喜していたところだ。

 自責の念がなかなか消えないカタリナに笑顔を取り戻そうと、ローアインは一つの決意をした。

 

「キャタリナさん。貴方に約束したいことがあります。」

「――約……束?」

 

 俯くカタリナの視線を占領するようにローアインはカタリナの前に跪く。

 そして誓いの言葉を告げるのだった。

 

「今日から俺と一緒に料理の練習をしましょう。貴方が胸を張って料理ができる様に、俺よりもずっとずっとおいしい料理を作れるようになるまで。俺が一緒に手伝いますから。これまでの俺とは違う。どんな料理ができようと必ず食べて感想を言います。どんな難しい料理をつくるときも必ず手伝います……これが、俺ができる約束です」

「ローアイン……私なんかの為になんでそこまで……」

「最初に言ったはずでしょ。からかってるわけでもなんでもなく、正真正銘、貴方に惚れたって……」

「ッ!? あぁ、ローアイン私も……本当は」

 

 見詰め合う2人の距離が近づく……

 部屋に漂う空気は、ローアインの作った真っ白なケーキよりもずっと、ずっと、甘ったるい空気であった……

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

「どうよ! どうよこの感じぃ! テンアゲ過ぎて途中から入り過ぎちまったけど、こんな感じならキャタリナさんももうマジでキュン死に5秒前的な?」

「うぉおおい! 今のヤベくね? とりま今の流れの何度もシミュ(妄想)っておかないと……」

「バァカ、お前がシミュ(妄想)ってどうすんだっての。つーか、ローアイン……やっぱり駄目だ。あの誓いはセルグさんじゃなきゃダメだ。エルっちの言うとおりだった……セルグさんの良さとローアインの良さは違う。やっぱりローアインはローアインじゃなきゃダメだってことが良く分かった」

「はぁ? オイオイ、どういう事よトモちゃん。もちっと具体的に感想は言えよコラ」

「端的に言えば、似合わない。あれはセルグさんだからできる事なんだって確信した」

「ちょ、待てよ!? トモちゃんあそこまで煽っておいてそれとかテンサゲすぎんぜ」

「っんだよ~それじゃ、一体どうすんだっての……」

「悪りかったって……とりまローアインの良いところから考えていこうぜ。そっからキュン死に確定な流れを組み立てんべ」

「りょ~。ひとまず3人で色々考えっか。ダメなら明日モテメンズに聞いてみようぜ」

「あいよ~んじゃ、とりま思い突いちゃったナウ!」

「お、いきなりノリノリ~発言を許可する」

「よっしゃいくぜ……最初の流れはだな……」

 

 自信満々の笑みでエルセムが語り始める。繰り出される提案に一喜一憂しながら彼らは会議を続けていく。

 

 こうして彼らの夜は更けていった。

 この作戦会議が果たして実を結ぶのか、徒労に終わるのか。

 それは誰にもわからない……

 ただ一つ言えることは……彼らはその夜をとても楽しそうに過ごした。なぜなら楽しそうな声が聞こえたと団員達からグランへ声(苦情)が上がっていたからだ……

 

 

 




如何でしたでしょうか。
正直彼らっぽい会話が難しくて仕方ないです。
ノリだけはそれっぽい気がする、、、

是非どうだったか感想をお聞かせいただきたい!

それでは。
お楽しみいただければ幸いです。


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幕間 みせられたのは罪の証

注意
暗いです、重たいです。
正直読まなくても本編には関係ないものですので
気分が悪くなるならブラウザバック推奨です。

短いですがセルグ視点で綴られる悪夢を描きました。
本当は作戦会議ネタと一緒に書いていたのですが、これと一緒にはできないと思って分けた次第です。

それでは、どうぞ。



 暗い……暗い世界に一人立っていた。

 まっさらで、なにもない世界。空は黒く、星も何もない。そのくせ松明様な光源も無いのに足元に広がる水面の様な景色はどこまでも見通せる。そんな不可思議な場所に私は立っていた。

 

「また……ここか。」

 

 呟いた自分の声は驚くほど色が無い。まるで機械の様に発せられた声はこの先、何が起きるのかも、何が出てくるのかも分かっていた。

 自嘲と共に視線を下げれば、そこには諦めにも似た表情を見せる自分の姿が映っている。

 ”あぁ、酷い顔をしている……”、なんて意味のない言葉がまた漏れ出てきた。

 

「また、来てくれたんだね……セルグ」

 

 聞こえた優しい声に視線を上げれば、そこには嘗て失った最愛の女性が微笑を浮かべて立っていた。

 死した時より幾分か歳を重ねて見えるのは、私の夢の中だからなのか。互いに若さよりも大人っぽい雰囲気を纏う様になったと思う。そんな彼女の姿に今尚、愛しいと思えてしまうのはやはり彼女が私にとってなにものにも代えがたい大切な存在だったからなのだろう。

 だが、それでもこれから起きることは夢のように甘いことではない私は分かっていた。

 

「アイリス……今日はどんなのを御所望だ?」

「うぅん~そうだね。いつも通りで行こうと思ったけど、少しだけ面白いのを思いついたんだ。」

 

 彼女の無邪気な笑みが深くなる。と同時に周囲に変化が巻き起こった。

 

 

 流れる風景が形を整えると、いつの間にか私はあの忌まわしい研究所にいた。

 無機質な人口の壁が洞窟を補強している通路に立ち、隣には彼女が、後ろにはアイツラがいた。

 

「この先に目標は居るのか?」

「はい、そのはずです。我々は後方支援に徹しますが何かあれば指示をお願いします」

「そっちの事はアイリスに任せる。アイリス、必要があったらそいつらに指示を出せ。対象の強さ如何では洞窟の崩落も考慮して撤退を視野に入れておいてくれ。」

「それはいいけど……また一人で何とかしようとしてない?」

「今更だな……一人で何とかできるなら何とかするさ。できなければオレも撤退する、安心しろ。」

「はいはい、ちゃんと帰ってきてよね。」

 

 記憶の通りに私は勝手に口を開いていた。まるでこの時の自分に乗り移ったような奇妙な感覚で、何もできず会話だけを眺めているのはもどかしくて仕方ない。

 ブスッとする彼女をそのままに、私の身体は意思とは逆に勝手に先へと進んでいく。その先に待つ運命を知らずに始まりと終わりの場所へと……

 

 

 

 床を紅が染める。

 身体を断たれ、倒れた彼女から流れ出る鮮血だけで、足元は紅く染め上げられていく。

 オレの中で眺める事しかできなかった私は、何もできないまま、ただ彼女の死の瞬間という悪夢を、再び見せつけられていた。

 

 ”化け物を庇ってこれとは……可哀想に、お前と関わらなければこんなところで巻き添えを食うことは無かっただろう”

 

 アイツラの一人が告げてくる言葉が胸に刺さる。何を今更と思いながらもわかり切っていた事実が否応なく貫くように心を抉った。

 

「”なぜ……なぜオレを庇った。なぜ……命を擲った。”」 

 

 奇しくも、過去のオレと今の私の言葉が重なる。どうしようもない現実を前に頭が割れそうなほど痛く、視界がはっきりとしない。

 もはや開くことのない彼女の双眸を見て、私の心はあの日に戻ったように黒い衝動に支配されていく。

 

「”よくも! よくも! 殺してやる……お前ら全員、殺してやる!!”」

 

 彼女を抱きしめながら呪いの様な感情の声が溢れた。荒れ狂う衝動のままに天ノ羽斬を手に取ろうとした瞬間に、カチャリと金属質な音が、私の耳に届いてくる。

 

「ダメだよ、セルグ。悪いのは全部セルグなんだから……」

 

 静かな声に反応し、見上げた視線の先には風火二輪を構えている彼女の姿。剣をもっていたアイツラだったはずの彼女達の姿だった。全員が緑の紋様が浮かんでいる銃を手にして、こちらに突きつけている。

 

「アイ……リス?」

「うん、私だよ、セルグ。さぁ……逝こう」

 

 もうオレと私の声は重ならなかった。聞えるのは私の声だけとなり、代わりに重なって聞こえるのは彼女達の声。

 いつもの笑顔と優しい声で告げられた瞬間に、その場に渇いた音がたくさん鳴る。

 パンッと音が鳴るのを3回までは聞こえた気がする。その先はもうわからなかった。

 視界が弾け、痛覚は消え、ただ衝撃だけが身を襲った。随所に穴が開き、私の身体は力なくそれを受け止めるだけとなる。それでも、奇跡的に飛ばない意識は抱きしめた彼女だけは手放さなかった……手放したくなかった。

 

 音が止んだ。

 私は消えた視界の中で懐の彼女を求めて腕に力をこめる。彼女たちからアイリスを守るように抱く腕の中から、私は最後の声を聞いた。

 

「どうして……こっちにきてくれないの?」

 

 すぐ近くで再び渇いた音が鳴った。

 

 

 撃鉄の音と寂しそうな声は懐から聞こえた気がした………… 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!? ハァ、ハァ……またか」

 

 額に玉のような汗を浮かべてセルグは目を覚ました。

 着ている服も汗でべっとりと張り付いていて目覚めの不快感が更に増す。嫌な夢を見たと言う程度ではない……剣を突きたてられたように痛む胸が、自身に何が起きたのかを如実に物語っていた。

 

「ヴェリウスのせいか……はたまたリーシャのせいか。最近は少なかったんだがな……」

 

 静かな部屋で久方ぶりに起きた目覚めの悪すぎる夢に、小さく乾いた笑いが漏れる。

 具体的にどんな夢だったのか、セルグは正直覚えていなかった。只、事実として彼女に殺される記憶だけが生々しく残っている。

 試しにと身体のあちこちを触ってみても特におかしな部分はない。

 

「余計な事を思い出させてくれるな、全く……少し、外に出るか」

 

 見れば外は徐々に明るくなってきているようだった。そろそろ夜もあける頃合いだろう。

 セルグは汗と共にまとわりつく陰鬱とした気分を振り払うために、甲板へと向かった。

 

 

 

 甲板へとでてきたセルグが気持ちの良い風を浴びようと船首へ向けて歩き出したところで後ろから声が掛かる。

 

「セルグ? こんな時間にどうしたんだ」

「カタリナ、こんな早くからお前こそ何してるんだ」

「私はいつも通りだ。早朝の剣の鍛錬にな……」

 

 手にしていた愛剣、ルカルサを見せつけてカタリナが笑う。その美しい貌と夜明けを迎えた早朝の雰囲気も相まってその姿は神秘的に思えるほどに美しかった。

 恐らくローアインが見てればその場でテンションバカ挙げ状態になるほどの、魅力あふれるカタリナの姿にセルグは思わず見惚れる。

 

「なるほど、ローアインやヴィーラが夢中になるのもわかる気がするな。朝日も相まってやたら綺麗に見えるぞ、カタリナ。」

「んなっ!? 何を言うんだセルグ! 顔を合わせていきなりからかうのはやめてくれ。大体そういう君だって妙に艶っぽい姿をしているじゃないか。その服をはだけて微妙に肌が見える姿はジータ達には刺激が強いから見られないようにしてくれよ。

 女の私から見ると君の身体はその……鍛えられた端正なカラダが妙に色気があると言うかだな……端的に言ってしまうと目に毒だ」

「あ~悪いな。 少し夢見が悪くて汗を掻いたからさ……気分を変えようとそのまま出てきたんだ」

 

 はだけた服のせいで目のやり場に困るようなセルグの姿に、カタリナが苦言を呈する。

 鍛えられた肉体は、セルグの褐色の肌と相まって男性としての色気を醸し出していた。

 視線をチラチラと寄越しながら告げてくるカタリナの言葉に、珍しいのかと意外そうな顔を浮かべてセルグは返す。

 

「そう言っているカタリナが既に直視できてないじゃないか。というか一度ガロンゾで見たことがあるだろう?」

「確かにガロンゾで見たには見たが、あの時は君が無事かどうかの心配の方が先に来ていたしな、何よりその微妙に見えるか見えないかという感じが良くないんだ。いっそのこと脱いでくれてる方がまだ良い」

「――カタリナ……その発言は少し問題じゃないか? というかそんな言葉訊かれたら要らない誤解を生むから慎んでく」

 

「なるほど……お二人は既に体を見せあえるような仲と言う事ですか。つまり貴方はお姉さまに近づく害虫という認識でよろしいのでしょうか?」

 

 セルグの懸念も空しく第3者の声が2人の間に飛び込んでくる。見ればそこにはヴィーラの姿。いつもの微笑を浮かべながらもその顔には狂気が見え隠れしており、カタリナとの鍛錬の為に携えてきた剣には手が掛けられていた。

 

「ヴィ、ヴィーラ。盛大に誤解していると言っておこう……おい、カタリナ! 何とかしろ!」

「ヴィーラ。 安心して良い、私とセルグは決して君が思うような関係ではない。だから! 一先ずはその剣から手を離すんだ……」

 

 慌ててセルグとカタリナが弁解を始める。だが、二人の慌てる様子はむしろヴィーラに更なる疑惑を与えたようで勢いを増して詰め寄ってくるのだった。

 

「ご安心をお姉さま。すぐにお姉さまを惑わす害虫は排除して差し上げます。」

「違う違う、ヴィーラ! 誤解だオレとカタリナは何も無い!」

「落ち着くんだヴィーラ、いくら君でもセルグが相手では……」

 

 このままではローアインの二の舞だと、本格的に逃げ出すべくセルグが動こうとした瞬間、ヴィーラは雰囲気をガラリと変えて本当の微笑を見せる。

 

「フフフ、冗談ですわ。お二人の会話は最初から聞いていましたから、全てわかっております。 セルグさんから口説き文句が出てきたのは驚きでしたが……」

「――全く、勘弁してくれ。ローアインの惨状を知っている身としては気が気じゃないぞ。ついでに言っておくが別に口説こうと思ったわけじゃない。少々夢見が悪くて落ちてた気分を和らげるためにからかっただけだ」

「あら? それにしては少し声音に本気が見えた気がしましたが……?」

 

 訝しげにヴィーラの視線が鋭くなってセルグを見定める。まるで隠し事は許さんとばかりに向けられた視線にセルグは少しの沈黙の後、照れくさそうな表情で視線を逸らしながら答えを返した。

 

「――まぁ、思っていたことは正直に言った……かな」

「ッ!? セルグ、からかうのはやめてくれ」

「フフフ、やはりそうですか……それならば仕方ありませんね。今回はお姉さまの美しさに気付いたと言うことで不問に致しますが、次からはお気を付け下さい。あまり誑かすようなことを言いますと……許しませんから」

 

 普通に見れば見惚れる麗しい令嬢といった佇まいのヴィーラの笑顔が、セルグには酷く恐ろしいものに見えた。一先ずは事なきを得たと胸を撫で下ろすが、危ない橋を渡る1歩手前までは行っていたのだと自覚して恐怖する。

 

「常々、心がけておくとしよう。まだ死にたくはないからな」

 

 

 いつの間にか、暗い夢で重たかった心が軽くなっていることにセルグは気付く。

 目の前で始まった2人の鍛錬を眺めながら、痛みが走っていた胸に手を当てると、落ち着いた鼓動が返ってくるのが感じられた。

 

 

 しかし、夢の事は払拭できたが、ヴィーラからまた違う恐怖を植え付けられてしまった朝の一幕だった。

 




如何でしたでしょうか。

後半に少し清涼剤を入れましたが、重苦しく描けていたかな、、、

セルグが見る悪夢がどんなものかを具体的に描いてみました
感想お待ちしております



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メインシナリオ 第20幕

大変長らくお待たせいたしました。

かなり久々の本編の更新です。
原作においても大きな話の動きがあるルーマシー編
本作においても非常に大きな動きが出てくるかと思われます。

それではお楽しみください


 リーシャからの情報を元に、ルーマシー群島へ向け進路を取ったグランサイファーが空を走る。

 

 もうすぐ島も見えてくるだろうと言うところで、グラン達は甲板に顔をだし、先を見て警戒を露わにしていた。

 これから向かう場所は既にフリーシアを筆頭に帝国の者達が先んじている場所なのだから当然と言えば当然の警戒だろう。ラビ島で島の周囲を囲んでいた帝国戦艦を思い出して、一向はいつもの柔らかい空気から張りつめた空気へと変わっていた。

 

 

 

「それにしても、なんでルーマシーなのかしら?」

 

 緊張した空気の中、ふと湧いて出たようにイオから疑問の声が挙がる。

 確かに情報として、リーシャからフリーシアの居場所が割れたものの、その目的は不明。思い出したように沸いた疑問は仲間達に伝搬していった。

 

「そうだよね……あそこって森に覆われた何もない島って話だし。カタリナ、何か知ってる?」

 

「ううむ、私もこれと言って思い当たる節は……」

 

「無いわけではない。尤も、確実かと言われれば怪しいがな」

 

「黒騎士?」

 

 問いかけるジータと悩むカタリナに被せる様に口を開いたのはアポロ。何かを思い出すよう思考を巡らしている様子が伺える。

 

「――ルーマシーの森の奥には、星の民の隠された遺跡がある。知る者はエルステ王国時代の関係者ぐらいのものだが、奴なら知っていてもおかしくは無いだろう」

 

「隠された遺跡……か。なんでまたルーマシーなんかに星の民の遺跡が? それにエルステ王国と何の関係があるんだ?」

 

 木に覆われ、およそヒトの立ち入ることのない未開の地。それがルーマシー群島である。仲間達の誰もが感じた当然の疑問がセルグから挙がると、アポロは少しだけ笑みを浮かべて答える。

 

「ふん、物知り顔なお前もさすがにこれは知らんか。だが、これを説明するにルーマシーの歴史を紐解く必要があるな」

 

 やや自慢げに見えたのは自分だけではないだろうと思いながらセルグは微妙な視線でアポロを見据える。少しだけからかおうかと思ったのは内緒である。

 そんなセルグの思考等露知らず、アポロは静かに語り始めた。

 

「ルーマシーは今でこそメネア皇国の領地となっているが、元々は王国時代からのエルステの領地だった。そしてルーマシーにはエルステが秘密裏に交流を持っていた星の民達の居留地があったんだよ」

 

「それってつまり……」

 

「あぁ、エルステは以前より星の民との友好関係を築いていた」

 

 アポロが告げる事実に仲間達の表情が変わった。

 星の民との共存……かつて空の世界を支配し、今尚星晶獣という爪痕を残している星の民と、エルステは友好関係を築いていたのだ。驚かないわけがない。

 

「本当なのですか? 古い話とは言え覇空戦争で星の民への心象は悪い。情報が洩れれば、空の民全体を敵に回しかねない程に。いくら人が寄り付かない森だけの島だからって、星の民を匿うというのは相当にリスクを伴いそうですが……」

 

「小娘、貴様は今まで何を見てきた? オルキスとルリアを帝国が重要視しているのは何故だ? 星晶獣という規格外の化け物を扱える者達。それだけで空の民を敵に回しても匿うに足る理由だと思えないか」

 

「それはそうだが……リーシャの言う様にリスクはでかい気がする。信じ難い話だな……」

 

「リスクが高かろうが、エルステは星の民を受け入れた。だからこそオルキスがいて、ルーマシーには遺跡がある。これは紛れも無く事実だ」

 

 今一合点がいかないのか、セルグも反論するが、アポロは純然たる事実を告げる。

 友好関係が無くては空の民と星の民の混血児など生まれるはずもない。ましてや王族に名を連ねるなどありえないと……

 オルキスと言う存在はこの事実を証明するまたとない証であった。

 

「そっか、それでオルキスのお父さんは星の民だったのか」

 

 グランが納得した様に呟いた。

 ラビ島で唐突に出てきた星の民の生き残りの存在。ましてや国王だったと言われて混乱したものだが、それには今アポロが告げたような経緯があったのだ。

 

「それじゃあ、フリーシア宰相はその遺跡を求めてルーマシーに?」

 

「その可能性位しか私は思いつかん。奴の過去を考えると知っているのは間違いないだろうから尚更な……」

 

「アポロ、それならそこに何があるのかお前さんなら知ってるんじゃねえのか?」

 

「いいや、私と言えど星の民が残した遺跡の中身までは知らん。フリーシアが求める可能性があると示しただけだ」

 

 オイゲンが更なる情報を求めてアポロに問いかけるが、これ以上はわからない様で、アポロもお手上げと言う様に両手を上げる。

 

「遺跡かぁ……星の民の残したってなると、やっぱり星晶獣がいるのかな。団長達と初めて会った時を思い出すね」

 

 星の民の遺跡と聞いてゼタが何かを思い出したように言葉を発する。

 

「あぁそういえば、ゼタとバザラガに初めて会った時も遺跡に星晶獣がいたんだよね。となるとやっぱりその可能性はありそうだ……」

 

 それはグラン達とゼタの出会いの話。

 未開の島の発見に際し、学者の護衛として付いていったグラン達と、組織の任務としてその島に居るやもしれない星晶獣を狩りに来たゼタとバザラガコンビとの、今は懐かしい思い出話である。

 

「へぇ、その話気になるな。初めて会った時ゼタとバザラガはどんなだった? ゼタとバザラガのコンビなんて噛み合わないだろうと思っていたからな……是非聞いてみたい」

 

 すぐさま食いついてくるのはセルグだった。興味津々な様子でグランとジータ、ルリアやビィに視線を投げる。

 セルグの言葉を聞いてすぐにルリアが答えた。

 

「う~んなんていうか、凄かったです。バザラガさんとはすぐにケンカするし、星晶獣ともすぐに戦い始めるし……」

 

「互いに一歩も譲らず手柄を奪い合おうとしてたしね……あの時のゼタは喧嘩っ早くておっかなかったなぁ」

 

「へへ、ゼタが喧嘩っ早いのは今も変わんねぇと思うけどな!」

 

「コラ、ビィったらもう……気にしないでくださいゼタさん。あの時の私たちはお二人に凄く助けられましたし、グラン達が言うほどゼタさんの事を悪くは……あ、あの、ゼタさん?」

 

 ルリア、グラン、ビィの言葉になんとかフォローを入れるジータだったが、時すでに遅し。

 目の前には手と膝をついて滅茶苦茶落ち込んでいるゼタの姿があった。

 

「あぁ、気にしないでジータ。自分でもちょっと自意識過剰だったって言うか、色々と思い出したのと素直な感想に凹んでいるだけだから。あの頃は……若かったのよ」

 

「ははは、散々な言われ様だな。俺達も知らない話だったがゼタはそんなにおっかねえ奴だったか。やっぱりゼタは男よりも男らしいみたいだな。 それにしてもお前さん、最後の一言はまんま無駄に年を食ったおっさんの発言だぞ」

 

 後悔の念がたっぷりと詰まったゼタの最後の一言で、ラカムが思わず噴き出した。

 からかい交じりに余計な言葉を言い放つ当たり、それなりに年を重ねていても彼の危険予知能力は低いと見える。

 案の定、危険なワードをちりばめられたラカムの言葉に火が付いた者が一人。

 

「ラカム、そういえばアマルティアでも余計な事言ってくれてたわね……丁度いいわ。今ここでシメてやる!!」

 

 投擲されたるのはアルべスの槍。残念ながらラカムに命中することはなく、ラカムの足元に突き刺さってしまうが、威嚇としては十分だろう……もしかしなくても威嚇じゃない可能性の方が高いが。

 

「おわっ!? あっぶねぇじゃねえか! いくらなんでも槍投げつけんのはやり過ぎだろう!」

 

「うっさい! セルグと言いラカムと言い、私の事をすぐからかって……覚悟しなさい!!」

 

 甲板に突き刺さった槍を拾い上げながらゼタが走り出し、ラカムが逃げる。いつだかにも見たことがある命がけの追いかけっこが始まりだ。

 

「どわぁ!? お、落ち着けゼタ! はやまるな。っていうか、からかう頻度ならセルグの方がよっぽど」

 

「ラカム!? てめぇ、ここでオレに矛先を向けるか! 自分の失言は自分で処理しろ!」

 

「だぁああもう、うっさいわね。問答無用!!」

 

 聞く耳持たずとゼタがラカムとセルグに強襲する。

 忘れられがちだが、ゼタは星晶獣を倒すために訓練された戦闘のエキスパートである。普段はセルグが相手の為、のらりくらりと躱される事が多いが、普通はそうはいかない。セルグはまだしも操舵士でしかないラカムでは逃げ切ることは不可能であろう……。

 

「ぐぼぇ!?」

 

 哀れ、セルグに囮にされたラカムはその背に盛大なドロップキックを喰らいマウントを取られた。

 その後彼がどうなったのかは、仲間達のみぞ知る……

 

 

 

「あわわ、ラカムさん。大丈夫でしょうか……」

 

「はぁ、全くこれからフリーシア宰相と対峙するかもしれないと言うのに……セルグが来てからどうにも落ち着きがなくなったと思わないか、グラン?」

 

 背景に追いかけっこの喧騒とその後の鈍い音が聞こえる中、ルリアは心配そうにしており、カタリナはため息一つ吐いてグランに苦言を呈する。

 

「同感だよ……ゼタはもう少し大人の落ち着きがあったように思ってたけど。って言ってもさっきの話を思い出すとそうでもないね」

 

 落ち着きがなくなったという意味でグランも同意をしめすもその表情は呆れたと言うより仕方ないと諦めの表情が強い。

 

「フフフ、グランとカタリナにはきっとわかんないだろうなぁ。ゼタさんはきっと……」

 

 見守る二人の間にジータが割り込む。どこか楽しそうに笑ってる姿に二人は疑問符を浮かべた。

 

「む? ジータは何か知ってるのか」

 

「な~いしょ。きっとあの感じじゃ本人もわかってないんだろうしね」

 

「あら、それは貴方にも言えるんじゃなくて? ジータ」

 

 妙にしたり顔なジータの言葉にカタリナとグランは何も言えなくなるが、今度はロゼッタが混ざってくる。

 

「ロゼッタさん……う~ん。どうなんでしょう? そんな気もするけど、私の場合グランに向けるのと同じな気もするんです」

 

 少しだけ悩む素振りを見せながら答えたジータの言葉にロゼッタは毒気を抜かれたように呆気にとられた。

 

「存外ドライな反応。ちょっと慌てるのを期待してたのに……」

 

「もうからかわれ慣れましたよ……特にヴィーラさんとロゼッタさんには」

 

 ジータから少しだけ疲れた笑みが漏れる。それはきっとこれまでに散々からかわれてきた経験が出せる、何とも言えない表情。

 

「でも彼に向ける目とグランに向ける目はちょっと違うと、お姉さんは思うなぁ~」

 

「そうなんですか? 私自身も最近よくわかってないんですけど……」

 

 既にグランとカタリナは会話から外れ、別の話に夢中になっている。これ幸いとばかりにロゼッタはジータに顔を近づけて、小さく呟いた。

 

「一歩引いて物事を見るようになると若さがなくなるわよ。まだまだ若いんだから、そこら辺をもっと楽しまなきゃ」

 

 最後にポンと頭に手を乗せてからロゼッタは去って行く。次なる獲物はリーシャの様である。

 真面目な話では強かになったリーシャもロゼッタ相手には形無しなのか、すぐに慌てふためく姿が見られた。

 リーシャをからかうロゼッタを見てからジータはそっと視線を下げる。

 

「ダメなんです。きっと……私じゃあの人は救えないから……」

 

 

 吐き捨てられた言葉は、悲しい声音に彩られていた……

 

 

 

 

 

 ルーマシー群島。

 ここファータ・グランデ空域に於いて、エルステと二分する大国、メネア皇国の領地である群島にグラン達は降り立つ。

 鬱蒼とした木々の中にある、ざわざわとした気配は動植物から魔物まで、数多の生物が長い時をかけて形成してきたこの群島の生態を表すか様に、ヒトを拒絶する雰囲気を醸し出していた。

 

 

「さぁて、たどり着いたわけだが……なぁリーシャ。お前さんの話じゃここに宰相さんがいるってぇ話だったが、本当にいるのか? 以前と同じでヒトの気配なんてまるでしな」

 

「いいえ、ラカム。間違いなく宰相さんはいるわ。この島の、ここからずっと奥の方に……」

 

 島の雰囲気からフリーシアの所在について僅かな疑念が渦巻いていたラカムをロゼッタが一蹴する。

 目を細めて薄暗い森の奥を見つめるその表情には、普段の彼女とは違う真剣さに溢れ、否応にも納得させる自信を感じさせる。

 

「ロゼッタ、何か知っているのか? 断言するからにはそれなりに根拠があるんだろう」

 

「セルグには言ってなかったわね。ここの森の中で私が知らない事はないのよ」

 

 ウインク混じりに返してくるロゼッタの言葉に、セルグが怪訝な表情を見せた。

 根拠を示せと言っているのに、知っているという事実だけ。求めていた答えが返ってこなかった事に加え、情報を出さないロゼッタにセルグの視線が鋭くなる。

 

「何を言っているんだ? ロゼッタ、事ここに至って仲間を疑う気はないが、何故知っているかを話せないのか? 秘密主義は余計な誤解を生むぞ」

 

「フフ、やぁね。そんな怖い顔をしないで頂戴。言ったでしょ、女は秘密を重ねるだけ美しくなるの……っていうのは建前で、本当は理由があるんだけどね。でも、まだこれは語れない……事情もあるし、私としてもまだ話したくはないのよ。いずれは話すからそれまで待ってもらえるかしら?」

 

 グランとジータを見やりながら少しだけ寂しそうに告げたロゼッタの言葉に、セルグは一先ず引き下がる。

 セルグとしては誤解を生むから一部隠すくらいなら情報を出さない方がマシだと言いたかっただけなのだが、どうやらもっと込み入った事情がありそうだと察してそれ以上何も言うことは無かった。

 

「ねぇ、リーシャ。本当に宰相さんはここに来たの? ラカムが言う様にヒトの気配がまるでしないよ」

 

「ゼタさん……お気持ちはわかりますが、この場合は逆です。報告をくれた団員も帝国の者も島には入っているはずなのです。それなのにヒトの気配がしなさすぎます。むしろ何かあると考えるべきです。 グランさん、一先ずは秩序の騎空団の団員と合流したいと思うのですがよろしいですか? 合流ポイントは決められていますので」

 

「うん、わかった。案内をお願いするよ」

 

「はい、ではこちらに……」

 

 

 一行はリーシャの案内の元、警戒しながら森を進み始めた。

 

 

 

 

 しばらく森を進んだ先、リーシャによると合流地点と思われる場所まで来たとき、一行は足を止める。

 木々が無い少し開けた場所。野営地にするには最適な場所と思えるここが合流地点の様である。

 

「やっぱり……誰もいないどころか痕跡すらない」

 

「なぁなぁここが合流地点なのかよぉ……何もねぇし、誰もいねぇぞ」

 

「そうですね……ここに来るまでに魔物さん達も見かけませんでしたし。あれ? セルグさん?」

 

 合流地点に何もない事、森の雰囲気がおかしい事に不安を見せていたルリアは、セルグの異常に気付いた。

 森の一点を見つめ、何かを必死に探しているような……集中していてルリアの声も聞こえていない様である。

 

「あ、あのセルグさん……?」

 

「ん? あ、あぁすまないルリア、どうしたんだ?」

 

「いえ、なんだかずっとあっちを睨んでいるようでしたので……」

 

「あぁ~気にするな。目が悪くなったような気がして遠くまで見えてるか確かめてただけだ」

 

「う~ん、遠くなんて暗くて、目が良くても見えないと思いますけど……」

 

 セルグが見ていた先に視線を向けてルリアは至極まっとうな疑問を投げる。

 薄暗い森の中。日の光は鬱蒼と生い茂る緑に阻まれ地表にほとんど降り注ぐことが無いこの島では、一寸先は闇とはいかなくても遠くを目視することは難しいだろう。

 

「そうだろうな、結局わからなかったよ。さて……リーシャ、ストップだ!」

 

 周囲に団員がいないかと捜索に動こうとしたリーシャを、セルグが止めた。

 

「なんですか? この異常事態に対し、いまから動こうと言う時に」

 

 不満そうなリーシャの声を受け流し、セルグは天ノ羽斬を抜いた。

 

「リーシャ、悠長な事を言ってるな。皆さん随分とお待ちかねの様だぞ」

 

「えっ――まさかっ!?」

 

 セルグの言葉に一瞬の間が生まれるも、その意味を理解してリーシャは周囲を見回す。だが、その時には既に一行の周囲に、多数の気配が現れていた。

 

 

 

「待ちくたびれましたよ、皆さん」

 

 突然現れた大量の帝国兵士達。更にその中から、一人のエルーンの女性が出てくる。

 その顔には勝ち誇ったような笑み。一行嘲笑うその表情にアポロが真っ先に不快感を表した。

 

「随分なお出迎えだな、フリーシア。こんな何の役にも立たないような有象無象をかき集めたようだが、まさかこれで勝った気になっているのか? だとしたらとんだお笑い草だが」

 

 嘲笑には嘲笑で返す。嘲るような笑みと共にアポロはフリーシアに辛辣に言い放った。己を含め、騎空団の面々もいるこの状況で、ただの兵士を何人連れてきたところで脅威ではないと言う様に。

 

「フッ、精々粋がっていなさい。――それにしても随分時間がかかりましたね。私達がルーマシーにいることは秩序の騎空団を通じて、とうに伝わっていたと思いますが?」

 

「当に伝わっていたってそれ、脱出したオレ達と秩序の騎空団が合流することが前提じゃねえか。一体何をどう推測したら時間がかかったなんて話になるんだよ。そもそもの前提から不確定要素だらけだろ」

 

 何の確証もない前提から成された推測だとセルグが苦言を呈すると、フリーシアの表情が歪んだ。

 

「協力して我々を突破していって何を今更。全く、貴方は相変わらず厄介な存在でしたよ。まさかあれほど兵士を押し留める事ができるとは思いませんでした……丁度いいですね、ルリアを取り返すついでにここで死んで頂きましょう」

 

 そう言ってギラリと睨み付けてくるフリーシアを相手にしてもセルグは肩を竦めて返す。

 

「おぉ、怖い怖い。人気者は辛いね。できれば遠慮しておきたい所だ」

 

 フリーシアの恐ろしい発言におどけたように返すその態度には、やられることは無いと思っている節が垣間見える。アポロ同様に彼我の戦力差はハッキリしているとセルグも言外に示していた。

 

「ここまで誘い込んだのに逃がすとでも思っているのですか? 前最高顧問である黒騎士と秩序の騎空団、そして貴方達が組んでいることなど想定内です。ならば当然然るべき対策を施して当たり前でしょう?」

 

 そういってフリーシアが合図を送ると、周囲を囲む兵士たちの一部が魔晶を取り出した。その人数はパッと見では数えられない程いる様に見える。グランもジータも、その他の仲間達もその脅威を知っているだけに僅かに息を呑む。

 アマルティアで見た魔晶兵士が出てくることは想定していたが、その時とは比にならない数である。彼我の戦力差は絶望的に思えてしまった。

 グラン達の動揺を見抜いてフリーシアは勝ち誇ったように笑みを深めた。

 

「フッ、どうやら状況が呑みこめたようですね。どうでしょう? 今ならまだ間に合います……我々の研究資材であるルリアを返してもらえるのなら命だけは助け」

 

 フリーシアの言葉が途中で止まる。直後にはフリーシアの背後にいた兵士の一人が吹き飛ぶ。

 天ノ羽斬を振り抜いて放たれた斬撃。それがフリーシアの顔のすぐ横を通り過ぎていた。

 兵士へと視線を向けたフリーシアは言い知れぬ不安に駆られながら恐る恐る斬撃の出所へと振り返る

 

「ルリアが……なんだって?」

 

「ッ!?」

 

 振り返るフリーシアへゆっくりと視線を向けて、セルグは再度問いかける。その身に暗い雰囲気を纏い、フリーシアを睨む姿はまるで悪鬼の様である。

 ヒトをヒトと……否、生き物を生き物と思わない発言はセルグにとって禁句であった。

 嘗ての記憶に残りし、忌まわしき施設。生きている者への実験の数々が行われた凄惨な場所の記憶が、フリーシアの発言によって甦り、セルグの心に深い闇を落とした。

 脳裏に思う浮かぶのはルリアが数々の実験によって辛い目に会っている姿。当然、そんなことが本当にあったかはわからないし、セルグには知る由もない。

 だがそれでも、フリーシアがルリアへ向ける視線はそれが実際にあったのだろうと思わせる様に、嫌悪感を抱く視線であった。

 普通に生きる事を許さないような……平和な生というものを脅かす存在に対して、セルグは暗い憎しみを募らせる。

 

「もう一度訊く。今お前はルリアが何だって言った?」

 

 再度投げかけた言葉は返答を求めているもののそれは既に、殺気という見えない暴力を叩きつけているに近い。

 これまでに味わったことが無いような殺意に晒されフリーシアが慄く。自分の命を握られている感覚。一度動けば首が飛ぶかもしれないと幻視させるほどの殺気は、戦いに従事することの無い者にとっては凶器に等しい。

 だが、怒りを覚えているのはセルグだけにとどまらない。

 

「あ~あ、怒らせちゃったよ……ガロンゾで言ったよね。()()()()()にも訂正しておけって。まぁ丁度いいかな……二度目の暴言に僕も振り切れたよ。ルリアをそんな風に見る奴ら……全員ぶちぬいてやる」

 

「私も今の発言は許せないかな……知ってますか宰相さん? 普段怒らない人って怒るとすっごく怖いんだよ。私もグランも今日はちょっと本気の本気で行かせてもらいます」

 

 先程まで動揺が隠せなかった二人からも静かな怒りが溢れ出す。グランはガロンゾに続いて聞いたのは二度目。ジータもそうだがフリーシアの”研究資材”の言葉に怒り心頭のようだ。

 セルグの怒りに触発されたように、彼ららしからぬ明確で強い怒りは彼らが戦力差を覆す予感をフリーシアに感じさせた。

 

「こ、小僧どもが何を粋がっている!? 皆さん、魔晶を使い奴らを」

 

「随分周りが見えていないようだなフリーシア……残念だが、貴様は竜の逆鱗というものに触れてしまった様だぞ」

 

 生意気にも多勢に無勢なこの状況で、自分達が裁く側だと言う様に言葉を叩きつけた彼らに対し、フリーシアは慌てて兵士に魔晶の使用を促そうとしたが、それをアポロが遮った。

 アポロが向ける視線の先にはこちらもやる気満々と言ったように闘志と怒りを漲らせる彼らの仲間の姿。

 

「まぁな。俺もイラッとはしていたんだ……ポートブリーズでのこともそうだがテメェ等はヒトをヒトと思わねえことばっかりしやがるからなぁ。一度キツイお灸を据えてやるよ!」

 

「騎士として、何よりルリアを見てきたものとして。先の発言は見過ごせんな。ヴィーラ、私の我儘の為に少し力を貸してくれ――――あの愚か者を叩きのめす!」

 

「もちろんですお姉さま。私としても、聞き捨て成りませんでした。殺生がキライな私としては残念ですが、今日はあまりよろしくない日になりそうです……皆さん覚悟はよろしいですか?」

 

 ラカムが、カタリナが、ヴィーラが、その目に敵意をハッキリと映し声を上げた。イオやオイゲン、ゼタも同様。

 追い回されて狙われて……これまでにため込んでいた怒りが爆発したかのように彼らはその意思をハッキリと示してフリーシアへと向ける。

 

「み、皆さん!? どんなヒトであろうと罰というのは秩序の騎空団の定めに則り」

 

「リーシャちゃん!? 今は余計なことは言わない方がいいわ」

 

 臨戦態勢の仲間達の余りの形相に、冷静でいたリーシャが止めに入るも、それは慌てたようにロゼッタに抑えられる。さわらぬ神に祟りなし……今の彼らに余計なことは言わない方が良さそうだとその場の空気が物語る。

 

「あ、はい……」

 

 小さくうなだれるリーシャ。共に居る仲間に押し負けるとは夢にも思わなかっただろう……同行するにあたって無茶はしないようにと約束したはずだったが早くも暗雲が立ち込めてきている事にリーシャは肝を冷やしていた。

 

 

 

「天ノ羽斬!!」

 

「四天刃!!」

 

「七星剣!!」

 

 セルグが天ノ羽斬を。

 ダークフェンサーの黒鎧を纏うグランは金色の短剣”四天刃”を。

 ウェポンマスターの鎧を纏うジータは金色の剣”七星剣”を解放する。

 

 

 

「全員ぶっとばしてやる!!」

 

 強者の気配を光の奔流と共に見せつけて彼らは今、大国であるエルステ帝国へその牙を剥いた。

 

 




如何でしたでしょうか。

のっけからオリジナル色に塗れていますがどうかお許しを。
執筆時間がグラブルのせいで確保できませんがちまちま進めております。
もう少しまとまった時間が欲しいですね、、、過去編も進めたいしネタの幕間も挟みたい
焦らずやって行きたいですがどうしても期間が空くと焦ってしまいます。
それでも途中でやめることはないのでそこだけはご安心を!

それではお楽しみ頂けたら幸いです。

感想お待ちしております


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メインシナリオ 第21幕

戦場もおわりそこそこ早めに投稿。

オリジナル色強く進んでいるルーマシー編になります。
原作でも大事なお話がそこそこ出てくるのでどう織り交ぜていくか悩みどころ。

それではお楽しみください


 こんなはずではなかった……

 

 一人、また一人なんて表現では到底追いつかない。

 フリーシアの目の前で行われる数の暴力ならぬ質の暴力。

 己の一言が大きなうねりとなって自らに迫ってくるこの状況にフリーシアは、恐怖していた。

 

 

 

「ジータ! ブラインドを掛ける、魔晶兵士を仕留めろ!!」

 

 声を上げると同時に前線に出ていたグランは帝国兵士を相手にしながらも暗闇魔法ブラインドを放つ。僅かな間に七度放たれたそれは仲間達に押し寄せようとしていた魔晶兵士を見事に捉えた。

 それと同時にグランの檄にジータが応える。

 レイジとウェポンバーストの発動。自身に滾る魔力と研ぎ澄まされた集中力は視界に入った複数の魔晶兵士をハッキリと捉え奥義の体勢をとる。

 七星剣を構えたジータの周囲に、輝く七つの光点が出現すると、巻き起こる力の奔流に身を任せ、ジータは七星剣を振り抜いた。

 

「一つ!!」

 

 剣に従い、光点の一つが魔晶兵士を貫く。

 

「二つ! 三つ!」

 

 立て続けに振るわれる剣によって光点が飛び交い、瞬く間に魔晶兵士が沈められていく。アマルティアでは苦戦していたはずの魔晶兵士であったが、今のジータは攻撃力と言う一点においては最強のウェポンマスター。アマルティアでの戦闘の経験も相まって、彼女の実力は大きく上昇していた。

 

「最後! 北斗大極閃!!」

 

 最後の一振りで七体目の魔晶兵士が沈む。

 

「ふぅ……良い感じ」

 

「隙だらけだ!!」

 

 息を吐いたジータを背後より帝国兵士が切りかかる。だがそれは無理無茶無謀と言うもの。

 言葉通り隙だらけに見えるジータだが、彼女は一人ではないからだ。

 

「隙だらけなのはテメェだ!!」

 

 横殴りに掻っ攫われるように、兵士が飛ぶ。魔力を込めた激烈な銃弾を受けて吹っ飛ぶ姿は、いっそ見ていて気持ちが良いなどと感じたジータは、そろそろ自分は危ないヒトの仲間入りなのではないかと少しだけショックを受けていた。

 

「大丈夫か、ジータ?」

 

「ありがとうございます、オイゲンさん。奥義後の隙を狙われました」

 

「へ、嘘吐けぇ、余裕で対処できただろうが」

 

「あ、バレましたか。最近セルグさんに黒騎士さんと強い人が多いですからね。団長として威厳を見せておかないと」

 

 そう言って笑うジータに、オイゲンは軽く恐怖を覚える。己の半分も生きていない少女が相当な高みにいながら更に高みを目指しているのだ。グランもそうだが末恐ろしいとはこの事だろう。

 

「ま、まぁあんまり無理すんなよ。お前達若いもんを守るのは俺達大人の役目なんだからよ。なぁヴィーラ?」

 

「オイゲンさん! おしゃべりはその位にして、ドンドン戦ってください。いくら弱いとは言え、相手は害虫の如くワラワラと湧いてくるのですから」

 

 声を掛けられたヴィーラは兵士を切り捨てながら、いつもの麗しい笑みを張り付けてオイゲンに苦言を呈する。

 

「お、おおう。わりぃわりぃ。すぐに援護するぜ!」

 

 こちらにもまた違う意味で軽く恐怖を覚えながら、オイゲンはすぐさまヴィーラの援護に入って行った。

 

 

 

「さぁて、チビッ子。いっちょやってやるか!!」

 

「ラカム! 子ども扱いすんじゃないわよ!! 見てなさいアイツラまとめて私の魔法でケチョンケチョンにしてやるんだから!!」

 

 ラカムの言葉にイオが吠える。クルクルと魔法の杖を回しながらイオが集中して魔力を解放した時、杖から放たれるのは幾つもの魔法弾。

 次々と兵士達を沈めていくイオの姿は正に天才魔法少女と言ったところだろう。子供にしては……そんなちんけな枠に収めることはできない程イオの魔法は優秀の一言に尽きる。

 一振りすれば敵を凍らせ、一振りすれば炎が猛り、一振りすれば光弾が飛ぶ。発展途上な彼女の実力は未だに未知数であり、限界をまるで感じさせない。

 

「お~お~いいね。その勢いで全部やっておっさんの俺を楽させてくれ」

 

「この……オジンラカム!! ちゃんと戦え~~!!」

 

 ケラケラ笑いながら軽口を言うラカムにイオは詰め寄るもラカムはその背後を打ち抜く。

 見れば、遠目からイオを狙い撃とうとしていた兵士の姿。

 

「安心しな。ガキを守るのは大人の役目だ。好きなだけ暴れていろ、危ない芽は俺が摘み取ってやる」

 

 ニヤリと笑うラカムにさっきまでの怒りはどこへ行ったか、イオも笑う。

 

「へっへーん、やっとラカムも私の実力を認めたって事ね。それじゃ、背中は任せたからね! ちゃんと守ってよ!!」

 

「ヘイヘイ、お姫様っと」

 

 イオが魔法で圧倒し、ラカムが隙を埋める。

 普段は何かといがみ合うことが多い二人だがこの時は見事に噛み合った連携を見せて、帝国兵士達を次々と打倒していった。

 

 

 

「ルリア、ビィ君! 私から離れるなよ。ロゼッタ、リーシャ殿、援護を頼むぞ」

 

「任せて頂戴。ここは私の故郷ですもの。ここを荒らすいけない子にはきっちりとお仕置きしてあげるわ!」

 

「攻撃魔法と防御魔法で援護します。何としても守り抜きましょう!」

 

 ルリアとビィを護るのはカタリナにロゼッタにリーシャ。

 カタリナは襲いくる兵士をあっさりと捌ききり、ロゼッタは茨で相手の動きを妨害する。リーシャが状況に合わせ適宜攻撃と防御を行う。

 視野が広く、手段の多い彼女たちは互いにカバーし合うことで、完璧な防御網を敷いていた。

 

「カタリナさん、六人接近です。半分はこちらで」

 

「わかった! ロゼッタ、少し守りを任せる」

 

「ハイハイ、行ってらっしゃい」

 

 言葉少なく伝達すると、すぐにリーシャの言わんとすることを察してカタリナは残りの三人を引き受けに走った。

 ロゼッタはすぐにルリアとビィの護衛体制。別の方向から来た三人を迎撃にでたリーシャは瞬く間に三人の兵士を無力化していた。

 

 同行する時は武闘派ではないと言っていたリーシャが思いのほかあっさりと帝国兵士達を捌いていく姿をみてカタリナは感心する。

 と同時に思いだすのはモニカの言葉。彼女の自己評価は低く、常に自分に求めるものを高くしていたと……

 

 彼女は知らず知らず、多くの研鑽を積んできたに違いないと胸中でリーシャの評価を多分に上げると、信頼しきってリーシャに前線を任せた。

 

「凄いわね、リーシャちゃん。貴方それだけ戦えるのに武闘派じゃないっていうの?」

 

 からかい交じりにロゼッタが問うとリーシャは顔を顰めて答える。

 

「モニカさんに比べたら私なんて足元にも及びません……ここにはセルグさんや黒騎士、あとは私よりずっと若いのにあの実力である団長の御二人もいますし、この程度で満足なんて」

 

 不服そうに、自分の強さを全然理解していない発言にロゼッタは呆れたようにため息を吐いた。

 

「あ~もういいわ。リーシャちゃん……それちょっと贅沢よ。それだけ戦えるのなら十分誇っていい。そりゃあ強い人はもっと強いだろうけど貴方の強さはそれだけじゃないんだし、素直に誇りなさいな」

 

「その通りだリーシャ殿。それだけ戦えて部隊指揮ができて、守りの戦いもこれだけできるのなら立派と言うものだ。いちいち自分を他人と比べていてはきりが無いぞ」

 

 カタリナも同意して口を挟む。二人の言葉にリーシャは呆気にとられるもすぐさま二人が言いたいことを理解して笑みを浮かべた。ここらへんも頭の回転が速い彼女だからこそだろう。

 

「――そうですね。本当、改めてここにきて良かったと思います。ここでなら、私は私として、強くなれる……さぁ、どんどん行きましょう!!」

 

 なかなか治らない卑屈癖を捨て去り、リーシャは今その力を思うがままに振い続けた。

 

 

 

 皆が存分に力を発揮し、すさまじい勢いで帝国兵士を駆逐していく中、背中合わせに立つのはグランとゼタ。次々と襲いくる兵士達を難なく迎撃していく姿は他の仲間達と同様、圧倒的である。

 そんな最中、ゼタは背後のグランに声を掛けた。

 

「はは、みんなすっごい勢い。ねぇ、グラン。ちょっと私と勝負しない?」

 

「なんだよゼタ、急に……こんな時に勝負って」

 

 困惑しながらも戦闘を続け、あまつさえ瞬く間に三人の兵士を四天刃で屠る様はこの場に於いて強者の一角であることを如実に知らしめる。だからこそ、ゼタは今ここで勝負を持ち出した。

 

「やっぱり納得いかないのよ。セルグが言った団内の実力評価って奴がね……年下の団長さん達に劣ってると言われてハイそうですかって簡単に引き下がれるほど、私は弱く在りたくないの」

 

「そんなのセルグが勝手に言った実力診断じゃないか。僕達自身そこまで強いとは思ってないしあんまり気にしなくても……」

 

「だ~め。それでも二人が強いのは確かなのよ。私が自信を失ってしまう位ね……だから試させて、アタシとアルべスの槍の本当の力と、貴方達と天星器の力。どちらが強いのか」

 

 真剣なゼタの表情にグランは何かを察した。どうせ引き下がらないと言うのもあるし、自分自身、ゼタとの差なんてないと言いつつもどこか勝っていてほしいと思う期待も持ち合わせていた。

 勝負と言うのはグランにとって魅力的な提案であった。

 

「……わかった。受けて立つよ、ゼタ」

 

「――ありがと。勝負はシンプル。立ちはだかる敵を薙ぎ払い、沢山倒したほうが勝ちね」

 

「えぇ……それって、攻撃型なゼタが滅茶苦茶有利なんじゃ……」

 

「あら、弱音? 自信無くなっちゃった?」

 

 安い挑発ではあったが、男として、自信が無いとは言えなかった。仮にそれが不利な勝負になるかも知れなくとも……グランはムッとしたような顔で即答する。

 

「いいよ……その条件で行こう。折角だから僕も優劣を付けさせてもらう」

 

「そう来なくっちゃ!! でも、簡単じゃないからね。私とアルべスの槍の本当の力、見せてあげる!」

 

 そう言うとゼタは一度瞳を閉じた、戦闘中に何をしているのか思うが、あくまで数瞬の間。視界を閉ざし、より鮮明に必要な事を思い描くため。

 集中を高めたゼタからアルべスの槍を解放するため言霊が紡がれる。

 

「アルべスの槍よ。我が信条を示すため、汝が最たる証を見せよ。その力の全てを今ここで解き放たん!」

 

 これまでと違う詠唱は彼女の信念の表れか。胸に去来するはラビ島での感覚。セルグの未来を護るためにと己の全てを使い切る全力を振るった時の事。ただ星晶獣を狩る為でしかなかった自身の戦いに明確に目的が生まれた時、彼女もアルべスの槍も大きく変わっていた。

 彼女の心の変化が現れた言霊にアルべスの槍が強く反応し、これまでよりもずっと紅い炎を纏う。神々しさすら感じさせて彼女は力を解放した。

 

「ゼタ……それって」

 

「こいつも文句を言ってるのよ。強いのは何も天星器だけじゃないってね」

 

 不敵な笑みをこぼすゼタの雰囲気はこれまでと違うことがグランにはわかった。炎を纏い敵を見据える姿は、初めて彼女と会った時の過剰な自信で塗れたものではなく、なにか大きなものに支えられた揺るがない自信で溢れている。

 

「さて、先にいかせてもらうわよ!」

 

 スッと音も無く動いたかと思えば、既にゼタは帝国兵士を一人打ち倒していた。

 今まで力強い戦いが多かった彼女の余りにも鋭い動きにグランは思わず目を奪われてしまうも、ゼタはそれで止まることは無い。最速で、最短で、最効率で。次々と兵士達を打ち払う。

 

「凄い……全く、セルグの見解なんて宛にならないや。往くぞ四天刃。僕達も負けてられない!」

 

 返事は無くとも、四天刃の輝きが増したのを感じて、グランも帝国兵士へと向かう。当然ながら対抗意識が燃え上がったグランもその能力を徐々に上げて戦いに没頭していく。

 二人の勢いは破竹の如く。押し寄せていた帝国兵士達を及び腰にさせ、前線を押し上げていった……

 

 

 

 

 

「ぐぅ、このままでは……貴方達! 全員で何としても時間を稼ぎなさい!!」

 

 既に敗北どころか壊滅の様相すら見えそうな目の前の戦況に、フリーシアは撤退を始める。兵士達にはその時間稼ぎを命じて、すぐさま森の奥へ消えようとした。

 

「フリーシア宰相閣下、それでは!?」

 

「マリスを使います。もはやなりふり構ってはいられない……貴方達が何と言おうと現在窮地に立たされているのは我々です。貴方達の役目は職務を全うし、彼らを私に近づけさせない事です。良いですね?」

 

「は、ハッ! 了解しました!!」

 

 反論を許さない威圧の瞳を向けながら、下された命令に兵士長は了承しかできない。

 フリーシアの命令に、成すべきことを一点に絞った兵士長は兵士達に向けて大きく声を上げた。

 

「全隊構えぇ!! ここで押し留めるぞ、続けぇー!!」

 

 フリーシアの言うマリス。これが何なのか知っている隊長は、この場に居合わせてしまった不運を呪いながら、部下と共に職務を全うするべく命令を下す。

 例えその先の結果がどう転んでも変わらない事を理解しながら……ただ彼は、迫りくる暴力的な強さを持つ騎空士達に抗い続けるのだった……

 

 

 

 

「おい、十二時の方向で数三だ」

 

「わかってる」

 

 短い言葉を交わした直後には剣閃が放たれ、遠目に居た兵士が三人打ち倒される。

 

「ほら、四時の方向でルリアを狙ってる奴がいるぞ」

 

「うるさいだまれ、見えている」

 

 鬱陶しいと言わんばかりの言葉を吐きながら、今度は魔法が飛び密かにルリアを狙っていた兵士が吹き飛んだ。

 現在最も目立たず、だが最も難しい戦いをしている二人、セルグとアポロである(本人達は至って平然としているが)

 戦場の中心に並び立ち、セルグは斬撃を、アポロは魔法を放って、密かに仲間を狙う兵士達の悉くを、何もさせずに打ち倒していた。

 

「変態的だな黒騎士。なんだそのほぼノーモーションな魔法の発動は? 剣だけじゃないのかよ」

 

「そっくりそのまま返してやる。なんだその出鱈目な剣閃は? この私ですら、距離を取られたままソレを放たれたらと思うと身の毛がよだつ」

 

「嘘吐け、艇で手合せした時難なく防いだじゃねえか。飛んでいくか直接斬るかの違いしかねえんだ。見えてるお前が対処できないわけがない」

 

「それはお前も同じだ。あれだけの身のこなしにその剣速。私が魔法を放つ前にお前が斬る方が早いだろう。そもそもお前相手では魔法が当たる気がしないな」

 

 互いに素直ではない称賛をし合っている状況ではあるが、会話をしながらも彼らは依然敵を屠り続けている。

 もはや常識が非常識と言えそうな、異常識な二人は、一度戦況を考察した。

 

「さて、黒騎士。勢いも弱まってきた……そろそろ攻勢に出るべきじゃないか? このままただ凌いでいるだけでは増援を呼ばれてきりが無くなる。オルキスを救うためにもまずはフリーシアを捉える必要がある」

 

「そうだな……幸いお前の仲間達もおおいに余裕がありそうではあるからな。それじゃあ先陣を頼むぞ」

 

「はぁ!? お前面倒だからってこっちに押し付け」

 

「私の魔法と剣はお前より遅い。お前の方が突破力があるだろう? 蹴散らして道を拓いてくれ」

 

 面倒事を押し付けられたとセルグが抗議するが、アポロの眼を見て留まる。真摯にセルグを見る目はそれが適当だと判断し頼んでいるからに他ならない。それをアポロの眼が言外に告げていたからだ。

 

「――まぁ、妥当か。わかった、すぐにオルキスの所まで連れて行ってやる。そのかわり、アイツラに怪我させるなよ!」

 

 代わりにセルグはアポロを信じて殿を任せた。こちらもアポロの方が妥当であるのだろう。アポロは少しだけ笑みを浮かべて返事する。

 

「フッ、誰に物を言っている。期待しているぞ」

 

「あいよ……リーシャ、包囲を突破する! ルリア達を頼むぞ!!」

 

 カタリナ、ロゼッタと護衛体制を敷いていたリーシャにセルグが大きく声を張って先に進むことを告げる。

 告げられた言葉で今からどう動くのかを察したリーシャも戦闘の音に負けないように大きく声を張って返した。

 

「任せてください! それから、お気をつけて!!」

 

 リーシャの声に返事を返すことなく、一度頷いてからセルグは走り出す。

 向かう先は最前線を張っているグランとゼタの元。

 オルキス救出の為に、騎空団が動き出した……

 

 

 

 

「流石ね、グラン。全然負けてくれない……」

 

「そっちこそ、ドンドン倒していくから付いていくので精いっぱいだ」

 

 やや疲れた表情を見せながら、ゼタとグランが笑い合っていた。周囲には数えることも億劫になるほど兵士達が転がっている。

 二人とももう勝負どころではなくなっているくらい兵士を倒していそうである。

 そんな二人の間をセルグが駆けていった。

 

「グラン、ゼタ! 行くぞ、道を切り拓く!!」

 

 駆け抜け様にかけられた声に、グランとゼタはすぐさま応じた。何をすべきかすぐにわかる当たり、二人はセルグとの相性もよさそうである。

 

「行くよ、グラン! こうなったらどっちが走り抜けられるかよ!!」

 

「望むところだゼタ! 絶対に負けない!!」

 

「それじゃ、二番手は私が行かせてもらいます!!」

 

 予想外な三人目の声にグランとゼタが呆気にとられた瞬間、ジータが二人の間を走り抜けていった。

 思わず、顔を見合わせた二人は出し抜かれたことに気付いてすぐに追従していく。

 

「負けられるかぁ!!」

 

「ジータ! 抜け駆けは許さないぞ!!」

 

「余計なおしゃべりしてるからですよ」

 

 二人の文句もなんのそのと受け流したジータが、立ちはだかる敵を屠りながらセルグについていく。

 前を走る男の背に頼もしさと頼り辛さの両方を感じながら、ジータはその背を追い続けた。

 

 その後ろを慌てたように追いかけ始めるグランとゼタ。

 続いてヴィーラ、オイゲン、ラカムにイオ。

 更にリーシャ達が続いて、殿はアポロだ。

 一行は帝国兵をなぎ倒しながら、森の奥へと撤退したフリーシアを追撃していく。

 

 

 

 

 鬱蒼と生い茂る木々の間を、フリーシアは可能な限り急いで進んでいた。

 置いてきた兵士の数を考えると時間の猶予は余り無い。彼女の表情に浮かぶ焦りがそれを物語る。

 何もかもが誤算であった……あの場であれ程までに抵抗されるとは考えていなかった事。彼らがあそこまで実力を上げているとは想定していなかった事。己の発言がああも彼らの怒りを買い、勢いを増す一助となった事。上げれば上げるほどに己の思慮の浅さを噛みしめていく事をフリーシアは実感した。

 だがそれでも……

 

「アマルティア侵攻の三倍は魔晶を用意した。ガンダルヴァ中将はいませんでしたが、ここまで一方的にやられることは想定外でした……天星器を使いこなしていたのは知っていたが、それでも魔晶兵士と同等と言って過言ではなかったはずだ。一体何がここまで奴らを変えた?」

 

 歩きながらも思考するのは、想定との食い違い。ガロンゾで出し抜かれてから、彼らに対しては最大限の実力を想定して戦力を投入してきた。

 事実、アマルティアでは彼らは島より逃走するしか手段が無かった状況に追い込んでいたのだ。七曜の騎士であるアポロの存在は大きいがそれだけではなく、騎空士の面々が想定より強くなっていたのは間違いない。

 

「ふふ、随分追い込まれているようだね……手助けが欲しくは無いかい?」

 

 思考していたフリーシアの耳に若々しい少年の様な声が届く。

 声を聞いた瞬間にフリーシアの表情が歪んだことから、声の持ち主に余り良い感情を抱いていない事が分かる。

 

「こんなところに何故貴方が……? 少なくとも貴方がここに用があるとは思えませんが」

 

 剣呑な声で返しながらフリーシアが見据えるのは、声に似つかわしい少年とも青年とも取れる若い男性の姿。

 動物の頭蓋や、毛皮、羽等の奇抜な装飾の衣装に身を包んだ酷く浮世離れした人物であった。

 

「これは心外だなぁ、せっかく君の事を助けに来て上げたのに」

 

「それは驚きです。貴方が我々に干渉するとは思わなかったものですから……それで、何をしてくれるのです?」

 

 フリーシアはにべも無く返す。言葉通りの思惑があるわけないと理解している。目の前の男がそんな事の為に動くはずがないと

 

「お前があまりにも使えないから少しだけ手伝ってやると言っているんだ。全く、無様にも程があるよね~あの程度の連中に後れを取ってあまつさえ計画自体がとん挫しそうなんだから」

 

「とん挫? 何を見て言っているのかわかりませんが? 予定外の事が多少あれど計画に致命的な障害など」

 

 男の言葉に訳が分からないと言う様に返したフリーシア。だが、その意味をすぐに知ることになる。

 

「見つけたぞフリーシア!!」

 

 この場に到着した彼らによって。

 

「バカなッ!? もうここまで。兵士達は何を!!」

 

 驚きと怒りの混じった声を上げる。それもそのはず。いくら彼らが強かろうと間には魔晶を持たせた兵士もいたのだ。こんなにすぐに追いつけるはずがない。

 

「だから、ダメなんだよ君は。君に追い付こうと必死な時にわざわざ兵士達を相手にするとでも? ねぇ?」

 

 見知らぬ男に話を振られて僅かに戸惑う一行。前に出たセルグが怪訝な表情のまま答えた。

 

「誰だ……? まぁそいつの言うとおりだな。わざわざ相手にしてられるか。面倒な魔晶兵士にはブラインド。迫りくる雑魚には片っ端から遠距離攻撃で吹っ飛ばして来た。さて、観念してもらおうかフリーシア」

 

 天ノ羽斬を突きつけて、フリーシアに鋭い視線をやるセルグは、この場で捉えようと息巻く。

 仲間達も同様、各々が武器を構えて、既に臨戦態勢となっていた。

 

「クッ、こんなところで……」

 

 この場で捕らえられては成す術もないだろうと、フリーシアが唇を噛んだ。周りに兵士達はいない。全てを足止めに回したと言うのに、それを呆気なく突破されて追い詰められてしまった。

 浅はかな予測と、護衛を連れなかった自分の愚かさに苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

 

「ほら、わかったら早く行ってよ。足止めはしてやるから。このままじゃ……全然面白くない」

 

 そんな中、男が言い放つ言葉にフリーシアは疑惑の眼差しを向ける。まさか本当に助けに来たのかと。あり得るはずがないと思い込んでいた事が現実のものになりそうで、フリーシアは淡い期待を抱きながらも男に視線を向けた。

 

「――信じてよろしいのですか?」

 

「信じようが信じまいが選択肢は限られてるだろ。邪魔だからはやく行けよ」

 

「――礼は言いませんよ」

 

 ぶっきらぼうに返されてフリーシアは走り出す。捨て台詞を男に残して。

 

 

「全く、本当に面倒くさいね。自覚有るのかなぁ、助けてもらうって……まぁいいや。さて、君たちには少し遊んでもらおうかな。このままじゃ簡単に終わっちゃうし」

 

「貴様、何者だ?」

 

 一行を前に余裕綽々な男の雰囲気はどうにも異質な気がしてアポロが警戒しながら前に出る。

 走り去るフリーシアを逃してしまったのは、この男が得体のしれない何かを持っていそうだったから……

 

「あぁそっか。今は君もそっち側だったね。と言うよりは、元々彼女とは袂を分かっていたかな。君がそっちにいるのは面白かったんだけど、問題はそっちの奴だよね」

 

 言葉の終わりに、男が在る人物へと視線を向ける。

 

「……セルグ?」

 

 誰かが呟いた疑問の声が妙に響く。だが、当のセルグは疑問の表情など見せずに男に向けて天ノ羽斬を向ける。

 アポロ同様に得体のしれないものが男にはあったが、それでも今優先すべきはフリーシアの確保。

 このままここで止まっていては逃げられてしまうと、僅かに焦りが見えていた。

 

「何を言っているか良くわからないが、そこをどいてもらおうか? こっちは面倒な奴を振り切ってここまで来たんだ。無駄な足止めを食らいたくないんでな」

 

「……フッ、ハハハ!! いいね、そうやって焦ってくれよ。君がそうやって悔しがってくれる方がこっちとしては面白いからね」

 

「話にならんな……行くぞお前達。相手にするだけ無駄だ」

 

 急に笑い出した男を目にして、呆気にとられた一行は、敵意を見せない男を相手にするのは無駄だと悟り、通り過ぎることを決める。

 

「そうだな。グラン、ブラインド頼む」

 

「う、うん……」

 

 ブラインドで視界を封じれば、時間は稼げるし通り抜けるのも容易だ。グランがブラインドを飛ばし一行がそのまま男を素通りしようとした瞬間

 

「ッ!? なんだ?」

 

 絶大な気配が一行を襲う。

 

「アッハッハッハッハ!! バカだねぇ、完全な存在である僕が君たちみたいな不完全な奴らを本気で相手にするとでも思った? 君たちの相手はこいつだよ。こい……”ギルガメッシュ”」

 

 男が嘲笑う。翻した手の先で空間が歪んだ。それはルリアがするのと同じ召喚の前兆。この空の世界に数多の傷跡を残した災厄、星晶獣の召喚。

 絶大な気配は歪んだ空間より、彼らの前に顕現した。

 

「おいおい……こんな時に」

 

「マジかよ……」

 

「こいつはヤバそうだな」

 

 

 浅黒の体躯は筋骨隆々。背に幾つもの武器を背負いしその姿は、それだけでどんな戦士も霞ませるような圧倒的威圧感を見せる。

 強者とは……戦士とはこれほどまでに強くなれるのかと。そんな戦士の頂を掴んだもの。

 神話に眠りし英雄王の名を冠した、絶対無敵の戦士が意思の無い瞳をグラン達に向けていた……

 

 




如何でしたでしょうか。

まさかの奴が介入、しかもすごい奴がやって来た。
攻撃とか特殊技とかボスの技の表現をどうするのかはいつも悩みまする

徐々に原作乖離が激しくなって来ております。原作崩壊とかタグつけた方がいいのでしょうか

それでは、お楽しみ頂けたら幸いです

感想お待ちしております。


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メインシナリオ 第22幕

メインシナリオ更新!

いよいよ重要な局面の一歩手前といったところまで来ております。
話があまり進んでいない焦らしプレイを楽しみつつ重要な設定に絡む話もある第22幕

どうぞ、お楽しみください。


 ズシン、と音を立てルーマシーの大地に降り立つのは、星晶獣ギルガメッシュ。

 大地の力をその身に宿し、幾多の戦場を駆け、幾多の敵を屠り、英雄の名をほしいままにした歴戦の戦士である。

 フリーシアを追うべく走り出した一行の目の前に、突如現れた強大な壁。ギルガメッシュを前にしてグラン達は思わず二の足を踏んでしまう。

 

「なんて威圧感だ……大星晶獣クラスじゃねえか!?」

 

 サイズは精々がドラフの男性の二、三倍と言ったところである。だがそれでもラカムの言うようにギルガメッシュから感じる威圧感はこれまでに遭遇してきたティアマトやユグドラシルといった巨大な大星晶獣に匹敵する。

 

「ヒト型を取っている奴等は大抵そんなもんだ……槍を持ってたり、弓を持っていたり馬に乗っていたりなんでもござれだぞ」

 

「なに冷静に言ってんだよセルグ!! ピンチだろうが!」

 

 嘗て、己が出くわした数々の星晶獣達を思い出してセルグは呟く。妙に懐かしそうに見えたのはツッコミを入れたラカムだけではないだろう。

 だがそれも仕方のない事。セルグにとって星晶獣と戦うことは日常茶飯事だったのだ。今更目の前に星晶獣が現れた程度で驚くはずもない。

 

「わかってるな。グラン、ここは……」

 

「オレに任せろって言ったらぶん殴るよ」

 

 セルグの言葉に被せる様に、グランは拳を握りしめながら言い放つ。しっかりと睨みを聞かせている当たり、本気で殴りそうだ。余りの勢いで告げられてセルグが驚きを見せるも、すぐさまグランの返答に不服な様子を見せた。

 

「おい、グラン……この状況でオレの心配なんて」

 

「何を言おうが一人でなんて許さない。せめて二人。いや、三人で……ッ!?」

 

 言葉の途中でグランもセルグも回避行動を取った。

 唐突に二人を分かつように振り下ろされたのはギルガメッシュが持つ無骨な大剣。まだ距離は離れていたはずが接近を感づかせない程の俊足で動き出したギルガメッシュに仲間達は分断されてしまう。

 

「あっぶねぇな……人様の会話を邪魔す」

 

 回避したセルグは自分の側にゼタとオイゲンがいるのを見てニヤリと笑った。

 

「ちょうどいい……グラン!! こっちはオレとゼタとオイゲンだ。すぐに片付けるから先に行っててくれ!!」

 

 三人という提示された条件を見事にクリアしたこの状況にセルグは笑う。星晶獣を倒すとなれば自分の領分。一人で片付ける気ではいたがゼタもこちら側なのを見て好都合だと言う様に笑みを浮かべていた。

 

「そんな事!?……だぁあ、もうなんて都合の良い展開!! わかったよもう!! 絶対にすぐ追いついてきてくれよ!!」

 

「追い付いてこなかったらビィに噛みついてもらいますからね!!」

 

「うぉい、ジータ!! オイラに何させる気だ!?」

 

「セルグさん、必ずですからね!!」

 

 もはやギルガメッシュと示し合わせているのではないかと言うほど都合の良い分断のされ方にグランは半ばやけくそ気味に叫んだ。

 しかし、迷うのは一瞬。捨て台詞の様に信頼の言葉を残し(一部おかしいのもあったが)、グラン達はフリーシアを追い始めた。

 心配だろうがなんだろうが分断されてしまっては仕方ない。ましてやフリーシアを逃がしては元も子もない。

 なし崩し的ではあったが、決断したからにはグラン達が振り返ることは無かった。

 

 残されたセルグ達は、ギルガメッシュと正面から対峙する。

 振り下ろした大剣を持ち直し、セルグ達を睨むギルガメッシュは、彼らを視界に捉えながらもまだ動き出す気配はなく、飛び出す機会をうかがっているようであった。

 

 

「さぁて……ゼタ、オイゲン。行けるか?」

 

 捨て台詞を聞かなかったことにして、セルグは背後にいる仲間達に呼びかける。その声音はどこまでも平常通り。

 恐れることは何もない。過去の自分とは違い、頼れる仲間に背中を預けられる今、セルグにとって星晶獣狩りなど児戯に等しい。

 

「むしろ聞き返してあげる。星晶獣狩りの腕は錆びついてないでしょうね?」

 

「へ、お前さんと一緒ならなんも怖くねえな」

 

 そんなセルグの気持ちを読み取ってか言葉を返すゼタとオイゲンもその声音に余裕を見せている。

 

「へぇ……まさか三人で相手にする気? さっき君の仲間が言ってたけど、ギルガメッシュは大星晶獣どころかそれを上回る強さを持っているけど?」

 

 この場にまだ残っていた謎の男が三人を挑発するように言葉を投げるが、対するセルグ達はそんなこと関係ないと言わんばかりに戦闘態勢を取った。

 たとえ大星晶獣を上回ろうとも、今の自分達が負けるはずがない。自らの勝利を微塵も疑うことなく、彼らはギルガメッシュを睨み付ける。

 

「言いたいことはそれだけか? 悪いがその程度じゃ相手にならねえよ。星晶獣相手ならこちとら百戦錬磨だ」

 

「どこの誰だか知らないけどアンタの思い通りにはいかないわよ! このでかいのを瞬殺して、すぐに宰相さんを追ってあげる!」

 

「ハッハァ! 残念だったな坊主。こいつら相手じゃどんな星晶獣も形無しだろうよ。当然、俺も援護に入るから尚更な……」

 

 挑発を返すように投げかけられた言葉に、男は興味深そうに目を細めた。品定めするようなその視線はセルグ達がどの程度の実力を持っているのか計っているのだろうか……幾ばくかの時を置いて、男は口を開く。

 

「おもしろそうだね……今後の為にも君たちには全力を見せてもらおうか。いけ……ギルガメッシュ」

 

 小さく呟かれた声に応えるようにギルガメッシュが動き出す。

 その巨躯をものともしない俊敏な動きは、巨躯故に一足でセルグ達の目の前まで距離を詰めてきた。

 空気を切り裂く鋭い音を纏いながら振り下ろされた大剣が地面を粉砕し、土砂が舞う。不意打ち気味に来た攻撃を無難に回避した三人は即座に動き出した。

 

 トンっと地面を粉砕した大剣を足場に跳躍。ギルガメッシュの眼前に跳びあがったセルグは天ノ羽斬を横薙ぎに一閃。

 

「光破!!」

 

 首元目掛けて放たれた光破をギルガメッシュは空いている手で背から別の剣を取りだして受け止める。金属の甲高い音が鳴り、天ノ羽斬と大剣が火花を散らす中、セルグは僅かに瞠目した。

 決して手は抜いていない己の剣閃を、あっさりと受け止めたギルガメッシュに強敵の予感を感じながらも、すぐさま次なる手を打とうとしたところでセルグは何かを察知。目の前の大剣を蹴りつけて緊急回避すると、真下より振り上げられた大剣がセルグの居た空を切った。

 

「良いのか? オレにかかりっきりで」

 

 距離を取ったセルグの言葉と同時に、防御と反撃に両腕を使ったギルガメッシュの脚に大きな衝撃が走る。

 見ればセルグに気を取られたギルガメッシュの膝にはアルべスの槍が突きたてられていた。

 刺さったまま連鎖爆発を起こすソレはゼタの全力、プロミネンスダイブ。

 無防備のまま受けた衝撃にギルガメッシュが膝を折るが、痛覚を感じていないギルガメッシュは大剣を手放しその剛腕を足元のゼタに向ける。

 空気を切り裂きながら唸る拳はヒトがその身に受ければ原型を無くしてグシャグシャに潰されること請け合いな無慈悲な拳。

 情け容赦の無い拳がゼタに迫るもそれは別の攻撃に阻まれる。

 

「させっかよぉ!!」

 

 オイゲンの渾身の一撃が迫る剛腕の軌道を変えた。ゼタに向かう拳はその目の前の地面を抉るだけに留まり、彼女の目の前にはギルガメッシュの無防備な顔までつながる一本道が出来上がる。

 

「もらいっ!!」

 

 すぐさまゼタは腕を足場に駆け上がった。狙いは炎を纏う槍を使っての頭部の粉砕。ヒトであろうが星晶獣であろうが確実に仕留められる最適解。

 だが、ギルガメッシュとて容易くやられるはずは無い。駆けあがるゼタの足場となっている腕を振り払い、ゼタを空中に投げ出す。

 

「やばっ!?」

 

 足場を失い、空中で身動きを取れないゼタをギルガメッシュの大剣が襲う。拳の次は大剣。ヒトなんて鎧を着ていようが容易く断つことのできる剣閃がゼタの目の前に迫っていた。

 

「こなくそ!!」

 

 間一髪。アルべスの槍の先端を当て、更には力を受け止めず流すようにしてその場でゼタは回避をとった。ギルガメッシュの膂力故に受け流した力はゼタをその場で回転させるが、何とか身体を断たれる危機からは免れる。

 

「ゼタ、次が来るぞ!!」

 

「うそぉ!!」

 

 回避したのも束の間、振り抜かれた大剣がすぐさま切り返されゼタを断たんと迫る。。

 オイゲンの声に危機は察知できたものの、既に体勢は崩れており、回避のしようがない。ゼタは覚悟を決めて防御を取ろうとしたが、セルグがその状況を許すはずもない。

 

「かかりっきりで良いのかって……」

 

 ギルガメッシュの足元に現れたセルグ。回避行動で離れた距離を数歩で詰め、地面を砕かんばかりに踏み込んだ足からその力を腕へと伝える。

 

「言ってるだろぉ!!」

 

 抜刀の鞘走りを利用したその剣閃の速度は普段の見えない剣閃を超えた最速の一閃。早さを切れ味へと変換してギルガメッシュの足を深々と斬り裂いた。

 辛うじて断ち切られるまでは行かないものの深く切りつけられた足は武器を振るうには踏ん張りが利かずに、ギルガメッシュの体勢が崩れる。

 ゼタを狙った大剣は空を切り、ゼタは無事に地上へと降り立った。

 セルグの援護が無ければ少なくとも攻撃を受けてはいただろう。ギルガメッシュが握る大剣とその強靭な体躯を見て、ゼタはその身を僅かに震わせる。

 

「ゴメン、セルグ。助かった……」

 

「気にするな。大星晶獣よりもって部分は本当らしいな。対応力から見てもある程度理性的に戦うタイプか……」

 

「おい、セルグ。星晶獣ってのはこんなにもヒトと同じ戦いができるもんなのか? こいつぁまるで星晶獣となったヒトを相手にしている気分だぜ……」

 

 嘗てグラン達と共に戦ったリヴァイアサンを思い浮かべながら、オイゲンはギルガメッシュの戦い方に驚いていた。

 冷静な思考の元、彼らの攻撃を防ぎ、攻撃を繰り出してくる戦い方は武器を持って戦うヒトとなんら変わらない。

 強大な力を持ちながらヒトと同じレベルで戦えると言うのは、力押しで荒れ狂う海神と戦うよりもよほど怖いと、オイゲンの頬を冷や汗が伝う。

 

「あの男に掌握されてるんだろうな。それを抜きにしても、明確な意思と言葉をもって戦いを楽しむやつとかもいるし今更驚くことではないよ。ただ……ヒト型は総じて強い」

 

「そうなの? 確かに、私が団長達と出会った時の風神と雷神も相当強い枠だったけど……」

 

「そもそもこいつらはヒトよりも圧倒的な力を持っているんだ。超常的な力から純粋な意味での力まで、オレ達とは比べ物にならない。その上で明確な意思を持っていると言うことはヒトと同じ思考ができるという訳だ。どうだ、基礎能力から圧倒的に違うヒトを相手にした時、簡単に勝てるか?」

 

 静かな考察の後、二人は納得したようにセルグの問いに答えた。

 

「そりゃあおめぇ……」

 

「――厳しいわね」

 

「だろ? だからヒト型ってのは厄介なんだよ。まぁそれでも、オレ達が負ける道理はないがな」

 

 再度天ノ羽斬を構えたセルグの纏う雰囲気が徐々に鋭さを増していく。それはこれまでが準備運動と言わんばかりの変化の兆し。

 様子見の一閃。仲間を気にした立ち回り。彼の真骨頂はそんな守りの戦いではない。

 

 攻めの戦い。

 幾多の星晶獣を屠り、命のやり取りを何度も体験してきた彼の戦いの本質は、命を奪う戦いだ。

 

「当然ね。アタシとセルグの武器はこういうのを相手にするためにあるわけだし。何より、このままやられっぱなしじゃアタシの気が済まない」

 

 言葉と共にセルグとゼタから軽い雰囲気が消えた。

 セルグは天ノ羽斬を全開解放。頭上に描いた光の円から落雷の如き奔流を受け、自身の能力を強化する。

 ゼタもまた、アルべスの槍の力を最大限に解放する。同時にたどり着くのは掴みかけている集中の境地。紅蓮の炎を纏いながら槍を構える姿は正に真紅の穿光である。

 

 セルグは元、と付くが組織の戦士として、二人が星晶獣を相手に後れを取るはずがない。オイゲンにそんな確信を抱かせる程に目の前の二人はその強さをはっきりと感じさせた。

 

「へへ、お前さん等と一緒なら負ける気はしねえな!」

 

 もはや勝利は見えたと言わんばかりの余裕の表情で彼らはギルガメッシュと対峙する。

 油断や慢心ではなく、純然たる事実として、彼らの実力はギルガメッシュを上回ってるのだろう。

 

 

 だが、忘れる事無かれ……

 

 

 ダンッ、とまるで銃の発砲音の様な大きな音が響き彼らは一陣の風を感じた。

 何かが彼らの間を駆け抜けていった……それは恐らく間違いない。だが目の前にギルガメッシュはいる。それならば何が?

 

 

 相手とて一体とは限らない事を……

 

 

「ゴフッ」

 

 嫌な音が聞こえ背後を振り返ればそこには、腹部を光の矢で貫かれ木に張りつけにされたセルグの姿。新たな脅威を感じゼタとオイゲンが視線を巡らせた先。ギルガメッシュの背後にそれは居た……

 

「どうだい? ちょっと足りなそうだったからもう一体呼んでみたんだけど」

 

 この状況に余りにも不釣り合いな無邪気な声の先……ギルガメッシュの背後にそれはいた。

 大弓を構え、光の矢を番えた星晶獣。その大弓から察するにギルガメッシュとは前衛後衛の役割分担もできて相性は良好だろう。それはつまり、彼らにとっては最悪な組み合わせである事を意味する。

 

 星晶獣ヘクトル

 

 ギルガメッシュと同等に英雄の名を欲しいままにする武勇の星晶獣が顕現していた。

 

 

 

 

 

 セルグ達と別れ、グラン達はひた走る。

 森の奥へと消えたフリーシアを追う彼らは、なかなか追いつけない状況に苛立ちを募らせながらも、襲い掛かる兵士や魔物たちを退け、可能な限り早く駆けていた。

 

 

「はぁ、はぁ……ルリア、イオちゃんも。大丈夫?」

 

 走り続けて息が荒いジータは、後ろを走る幼き少女達に声を掛ける。

 兵士たちを退けながらとは言え、前衛である自分達や大人であるラカム達にはまだ余裕があった。だが、彼らと比べるとまだ幼いイオや戦闘要員ではないルリアには体力的な不安がちらつく。

 

「はぁ……だ、大丈夫です……ジータ。まだっはぁ、走れます」

 

 案の定、ルリアは息も絶え絶え。イオはもはや言葉を返す余裕が無い。

 

「みんな、少し止まろう。このままじゃマズイ。ラカム、カタリナ。後方の警戒を」

 

「そうだな……このままじゃ追い付いても逆にピンチだぜ」

 

「良い判断だ、一先ず歩いて呼吸を整えよう」

 

 グランの声に皆が一度走るのを止める。アポロが先を急ぐと言い出すかと思われたが存外不満を見せずに共に留まったことにグランは少しだけ安堵した。

 周囲に敵の気配はない。帝国兵士達も追い付いては来ていないのか森は静寂に包まれていた。

 

「あまり悠長にはしていられないが、追い付いてみたら疲れ切って動けないでは話にならない。丁度いいな。少し話をさせてくれ」

 

 そんな落ち着いた空気の中、アポロは唐突に口を開いた。

 仲間達の視線が集まる中、アポロは少しだけ悔いる様に。だがその決意の眼差しを見せつけてグラン達に語り始める。

 

「これからフリーシアと対峙するだろうからな……先にお前達には話しておきたい。私の目的とこれから成そうとしていることを……ここまで協力をしてくれたお前達だからこそな」

 

「黒騎士……何を突然」

 

「静かに聞いてくれ。知っての通り、私はオルキスを取り戻す。その為に今こうして人形を助けに来た。だが人形を取り戻した暁には、私はお前達の敵になるだろう」

 

「なっ!?」

 

 アポロが告げる敵対宣言に誰もが反応を見せる。

 オルキス救出は彼らの願いでもあるから見返りが欲しいなどという気は彼らにも無かった。だが、感謝されるならまだしも敵対すると告げられてはアポロの意図が読めないのは当然だ。

 グラン達の驚きを余所にアポロは言葉を続けた。

 

「先にも言ったな。人形を取り戻すまでは我々の利害は一致すると。今、私の計画の全てを話そう……」

 

 口を挟ませないような硬い雰囲気の中、アポロは静かに語り始める。

 それはどこまでも自分本位で、聞けば誰もが怒りを見せるであろう、彼女の願い。

 

「私の計画は人形を取り戻し、人形とルリア。その両方を犠牲にすることでオルキスを取り戻す。これが……私が成す事だ」

 

 たった一人を取り戻す為に、他の全てを犠牲にする彼女だけのちっぽけで大きな願いであった。

 

 

 

「ふ……ふざけるな黒騎士!! 私達はオルキスを救い、ルリアを護るためにこうして戦っているのだぞ!! 貴様、今共に戦っている私達を愚弄しているのか!!」

 

 彼女の願いを聞いたグラン達から瞬く間に怒りの声が挙がる。

 裏切りと言っても過言ではないだろう。グラン達はフリーシアの魔の手から今のオルキスとルリアを護るために戦っている。そしてアポロはそこに自分の目的もあるからとグラン達に助力を求めて来たのだ。

 それが蓋を開けてみれば、グラン達が守ろうとするその二人を犠牲にする計画。

 怒りに震えるのは声を上げたカタリナだけではない。イオも、ロゼッタも、ヴィーラも。皆が怒りの視線を向ける。

 

「お、おちつけ姐さん!! まだ黒騎士の奴は詳しい事をなんにも」

 

「落ち着けるわけがないだろう!! こんな……こんなふざけた話があるものか!!」

 

 今すぐにでも剣を抜き放ちそうなカタリナをグランが抑える。一触即発な空気を纏うカタリナを抑えたグランはまだ冷静だと誰もが思っていた。

 だが、ジータとビィは気付いた。それが怒りを必死に抑えているに違いないであろう事を……普段は温厚で優しいはずの彼が纏う空気はいつもと違う。

 

「カタリナ、少し黙っててくれ……」

 

「ぐ、グラン……」

 

 グランが見せるのは僅かな殺気。理由は単純にして明白。

 アポロがルリアを犠牲にすると告げたからだ。

 オルキスを救いたい。その想いに嘘は無いが、その先にルリアの死の可能性があるのなら話は別。団長として、大事な仲間が死ぬ可能性に協力する程彼はお人好しではなかった。こういった時いつも怒りを見せる、今はここに居ない彼のように……ここで協力を止めてアポロを討ち取る事すら視野にいれてグランはアポロを睨み付ける。

 刺々しい殺気はまだ大人になりかけの青年が出すとは思えない冷たい空気と共にアポロに突き刺さった。

 

「改めて聞こう、黒騎士。一体何故、どうしてそんな事になってしまうのか」

 

「ふ、小童が一丁前に殺気まで放つとは。随分あの男に影響されたと見える」

 

「黒騎士、ルリアを護るためなら、僕は貴方を殺すことを厭わないよ。詳しく話してもらう」

 

 アポロの言う様に有無を言わさない声音は、まるでセルグの様だと背後に並ぶ仲間達も息を呑んだ。

 

「そういきり立つな……何をどうするか。正直なところ私も確実だとは思っていないし、本当にそれで大丈夫なのかもわからない。そうだな、まずはルリアの能力についてだ。ルリアの能力は、星の民との関係とかそんなものから来た能力ではない。ルリアの能力は星の民とは全くの無関係だ。私とフリーシアが調べてきて唯一わかったこと。それは……ルリアが適応者だと言う事だ」

 

「適応……者?」

 

「ああ。一つ聞きたい。お前は寒い暑いというもの感じたことはあるか?」

 

「それはもちろん、有るだろう。バルツでは暑かったし、ポートブリーズの風は涼しいと感じた」

 

「そうだな、それが普通だ。だが、ルリアの場合それは暑い寒いでは終わらない。ルリアはどのような環境に置かれても決して生命の危機的な状態にはならない。どのような環境に居ても活動でき、死ぬことは無いんだ」

 

「は? 一体何を言って」

 

「ルリアはその時々で己を変異させる。見た目が変わるわけではなく、もっと本質的な部分でな。広義的に言うのであればこの世界に於いて、求めるもの全てに成れる。それがルリアの能力だ」

 

 一様に皆が疑問符を浮かべる。突拍子が無さすぎて意味が分からない。そんな表情を浮かべながらそれぞれが今アポロが言った事の意味を計りかねていた。

 

「えっと……私は何にでも変身できるということなんでしょうか?」

 

「全然ピンとこねぇな。言っている意味も良くわかんねぇし。それで? それがオルキスの嬢ちゃんを救うのと何の関係があるんだ?」

 

「今のオルキスは嘗ての心を、いや魂を失った状態だ。つまりは元々あった部分が欠けてしまっている。そこで人形にルリアを適合させ失ったものを補完する。ルリアによって補完された完全なオルキスを生み出す……それが、私の計画だ」

 

「つまり今のオルキスちゃんをルリアちゃんで上書き……という所でしょうか? 七曜の騎士ともあろう者が随分不確定で成功の見込みが薄そうな計画を立てていますね。これならば艇にいる愚か者共のバカな計画の方が幾分かマシだと思えるほどに」

 

 吐き捨てる様に、ヴィーラが皮肉る。そもそものルリアの能力についても不確定。更にはルリアとの適合をして人格は混ざらないのか、身体に変化はないのか。

 何が起こるか予想もつかないような不安要素だらけの計画であった。

 

「そんなことは百も承知だ。それでも私はそれに縋るしかないのだ。そうしなければ私は私を保てない……オルキスを取り戻せなくては、私に価値など無いんだよ」

 

 自嘲の混ざったアポロの表情に仲間達の怒りの気配が薄れていく。それはこれまで弱さを頑なに見せようとしなかった彼女が晒すように見せた弱さ。

 そして気づいてしまう。彼女はもはや壊れかけているのだと……

 弱さを鎧で隠し、辛さを言葉で否定し、現実と言う絶望を願いという希望で塗りつぶしてきた。そうして彼女は何とか己を保ってきたのだ。

 只一つ、オルキスを取り戻すことだけを見続けて。

 

 だが、計画を告げられた今、そんな弱さを見せられたところで、グラン達がそれを良しとするわけがない。

 

「黒騎士さん……何故いまこんな話を? そんな話をされて、私たちが頷くわけがないのに」

 

 小さな哀れみを目に宿しながらも、ジータは彼女の計画を否定して、今告げてきた事への真意を尋ねた。

 わざわざ告げずに黙ってやれば計画の遂行はしやすかったはずだ。今この時、怒りの声を受けることは無かっただろうと。

 そんなジータの声にアポロは再びいつもの空気を纏う。一時みせてしまった弱さを完璧なまでに覆い隠した彼女はまた普段の強い口調で答えた。

 

「ふっ、今も星晶獣と戦ってるアイツや、こうして人形を取り戻すために必死になるお前達を見て、どうしても居た堪れなくなってしまった……と言ったところだ。協力したお前達とだけは正面から向き合いたいとな。人形を取り戻した後、私は私の目的の為に、正々堂々お前達と雌雄を決する。話はこれまでだ、休憩は十分だろう。行くぞ」

 

 思いの丈を一息に言い切り、アポロは歩き出す。その背に垣間見えるのは今まで通りの自信と覇気に溢れた背中。

 だがグラン達にはもう、それが強がりにしか見えず戸惑いの表情を浮かべてしまう。

 

「ホラ、呆けてないで! 早くいきましょう。彼女が何を想って話したのかはわからないけど、いまここで戸惑ってても仕方ないわよ」

 

 ロゼッタの一声で皆が我に返ったかのように動き出した。

 こういった時、彼女の存在と言うのは大きい。普段はからかったり、からかったり、からかったりとわけのわからない言動ばかりの彼女だが、芯の通った落ち着いた声は戸惑う彼らを現実に戻すにはピッタリであった。

 

「そうだな……思うところは在るけど。今はこうしていても仕方ない。カタリナ、ヴィーラ、それからリーシャさんも一応ルリアからは目を離さないでいてほしい。正々堂々といったが万が一と言うこともある。動いてくるなら対応を……」

 

「わかった、用心しておく」

 

「お任せください」

 

「了解しました。それからグランさん、私の事はリーシャと呼んでくださって結構ですよ。一応その……私もこちらの団の一員ですので」

 

「あ……そ、そうだね。秩序の騎空団の人だからつい……」

 

 リーシャの指摘にグランが妙に慌てた様子で弁解する。先程までの張りつめた空気はどこに行ったのか。今の彼はいつもの朗らかな青年に戻っていた。

 

「というかグランって妙にリーシャさんに他人行儀だよね。カタリナやヴィーラさん、もっというならオイゲンさんにだって普通に口を訊いてるのに……」

 

 そんなグランの様子を訝しむのはジータ。彼の口調は仲間かどうかの線引きだと思われていたが、もしかしたら違うのか? そんなどうでもいいところではあるが気になってしまう疑問が湧いてくる。

 

「あ~その……ね。今はそんなこと気にしている場合じゃないしとりあえず置いとい」

 

「フフ、まだまだねジータ。そんなの、グランだって年頃の男の子なんだから理由は一つに決まってるじゃない。ね?」

 

「えぇ!? そうだったんだ……ごめん、グラン。わたし気が付かなかった」

 

 やっぱり彼女は彼女のままだったようだ。ロゼッタによってサラリと落とされた爆弾をジータが間髪入れずにキャッチしてグランは瞬く間に顔を赤くした。

 

「ロ、ロゼッタ!! 変な勘繰りはやめてくれ!! 別に僕はそう言うんじゃなくて、純粋にリーシャさんに憧れというか感銘を受けていると言うか……とにかく!! 今はそんな事でお喋りしている時間は無い! ほら、黒騎士に置いていかれる。早く行こう」

 

 ここまで誤魔化すのが下手な奴も珍しい。普段からかわれるジータやリーシャと違い、慣れていないからなのか……視線は泳ぎ、無駄に声を張り、最終的には誤魔化し切れずに会話を打ち切ったグランに仲間の誰もが面白そうな視線を投げながら付いていく。

 

「あ、あの~……私は一体どう反応すればよかったのでしょうか?」

 

 一人立ち尽くすリーシャ。今目の前でいたいけな少年のような青年の、淡い想いを知ってしまったわけだ。彼女自身、そういった色恋沙汰と言うのはこれまで生きていてからっきしなため非常に反応に困っていた。

 

「リーシャちゃん。私たちの団長は優良物件よ! 器量よし、腕っぷしもよし。度胸もあるのに更に優しいとくれば、逃す手はないわ。さぁ、貴方から迎え入れてあげなさいな」

 

 チャンス到来と言わんばかりにロゼッタはリーシャへと詰め寄ってグランを売り込む。ロゼッタの言葉に少し先を想像してしまったのか、グランに続いてリーシャもその顔を赤く染めた。

 

「ロ、ロゼッタさん!? このような火急な事態を迎えている時にそう言う話題はやめてください。これから私たちはフリーシア宰相と対峙すると言うのに、そんな気の抜けた状態では」

 

 クソ真面目といっても過言ではないリーシャの言動にロゼッタがあからさまにため息を吐く。

 これはまだまだ面白くならなそうだと残念に思いながらも少しだけ真剣な表情を作りリーシャへと向き直った。

 

「はぁ……全く。まだまだお子様なのね……護りたい人がいる。それだけでヒトって強くなれるものよ。黒騎士を見てごらんなさい。あの子もいうなれば、過去のオルキスちゃんという存在を護るために戦っている……自分が壊れそうになっても必死でね。あの強さの根源は大切なヒトを想う気持ち。貴方もそう言うヒトの一人や二人、いてもいいと思うけど?」

 

「それは……そうかもしれませんが。だからといって急にそんなこと言われても……」

 

「難しく考える必要はないわ。その人をもう少し注意深く見てあげるだけ。それだけで色んな新しいことが見えて来るわよ」

 

「――はい。考えておきます」

 

 小さく、考えるそぶりを見せながらリーシャはロゼッタに応える。

 その表情には戸惑いが有りながらもどこか嬉しそうに見えた。

 

「よし! それじゃ、いきましょう」

 

 リーシャの答えに満足したのかロゼッタは仲間を追う様に走り出す。前を見れば黒騎士だけでなくグラン達とも少し離されていて、リーシャも慌てて追いかけた。

 

 こうして一行は歩みを進める。

 ある者は途切れそうな希望に縋りながら。

 ある者は気恥ずかしいであろう想いを持て余しながら。

 ある者は胸に抱いたわだかまりを抱えたまま。

 

 それぞれの想いを抱えたまま進む彼らの先には、一つの終着点が迫りつつあった……

 

 




如何でしたでしょうか。

戦闘の切れ方が前回と同じパターンんな所が少々不満でしたが他にいい区切りもなく、このような形です。
さて、ルリアの設定がちらりと明かされましたが、こちらはあくまで当小説内での設定ですので原作とはちょっと変わっています。(これ以上は余計なことは言えませぬ

次回こそフリーシアとご対面かな
戦闘中の3人がどうなるのかも含めてお楽しみに!

感想お待ちしております
それでは。楽しんで頂けたら幸いです。

最近グラブル小説が増えて来てる、、、オラワクワクすっぞ状態な作者です
もっともっと増えて欲しいですね。いろんなキャラの魅力を引き出して欲しい。作者は能力不足のため今のメンツでも出し切れずに四苦八苦しております故、、、


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メインシナリオ 第23幕

THE・戦闘回
シナリオ?残念ながら進みません。ごめんなさい

色々とテイストが変わっているのではないかと思われます。
地の文が多くなり描写を細かくしている(はずです)のでどうぞ情景を思い浮かべて読んでいただきたいです。

それでは、お楽しみください


 ルーマシー群島

 本来であれば自然がもたらす静かなざわめきしかないこのルーマシー群島の森では、木々の下は大抵の場合薄暗い。鬱蒼とした木々の葉が日の光を遮り地面まで届かないからだ。

 だが、そんな森の一角で少しだけ明るさを醸し出す場所があった。

 

 炎の力が、光の力が、大地の力が飛び交うそこは正に戦場。ざわめきを吹き飛ばし、轟音に塗れた。ヒトと星晶獣が織りなす激しい戦場であった。

 

 

 

「うぉおおらぁあああ!!」

 

 獣の咆哮の如く。ゼタの気合いの声と共にアルべスの槍が唸る。

 ガツンと盛大に、音と衝撃をまき散らしながらぶつかり合うのは槍と大剣。それを握るはゼタとギルガメッシュだ。

 膂力の違いも重さの差も、ものともせずにぶつかり合えるのは、その差を補って余りある程にアルべスの槍の力が高まっているからなのだろう。

 ギルガメッシュの大剣を受け止めきったゼタは後方を気にして声を張り上げた。

 

「オイゲンっ! セルグは!?」

 

「バカ野郎っ!! よそ見すんじゃねえ!!」

 

 沈黙の一途を辿っているセルグを気にした問いかけに対し怒声を返されてゼタは慌てて振り返った。視界に入るのはギルガメッシュの背後より飛来した光を帯びた矢。己に向かい飛んできたそれにゼタは寸でのところで回避を選択。大きな跳躍でギルガメッシュの頭上を取り回避行動からそのまま攻撃に移る。

 

「オイゲン! 撃ち落として!」

 

「おうよっ!」

 

 ゼタの声にオイゲンはすぐさま反応した。具体的な内容は無くてもこの場に於いてゼタの言葉に疑問を抱くほど彼の培ってきた経験は浅くは無い。

 宙に跳んだゼタを追撃するヘクトルの矢を、オイゲンは悉く撃ち落とした。

 

「お見事!! 行くわよ……プロミネンスダイヴ!!」

 

 空中からの吶喊。炎を纏いしゼタの奥義がギルガメッシュに落ちる。

 当たれば甚大な被害を受けるであろうそれに対し、ギルガメッシュは僅か一歩の動きでゼタの視界から消え失せて回避をした。

 

「はやっ!?」

 

 ゼタが驚愕に目を剥く。僅か一歩の動作だがその速度は恐ろしいまでに早く、恐ろしいまでに滑らかだった。

 判断に戸惑いが無い事が分かるその動きは、身体に染みついた経験から導かれる、思考ではなく反射に近い動きである。

 今度はゼタが窮地に追い込まれた。成すすべなく地上に降り立つだけとなったゼタの目の前には数を多大に増やした光の矢。オイゲンに撃ち落とされたことでヘクトルも攻撃方法を変え、狙い澄ました一矢から防ぎきれない面制圧へと変えてくる。

 

「ゼタ!!」

 

 オイゲンの切迫した声が挙がるが窮地の最中にいるはずのゼタはまだ落ち着いた思考の中にいた。

 面制圧なら自分にだってある。不発になった奥義の分も乗せてきっちり返してやろうと……

 そんなゼタの思考をくみ取るようにアルべスの槍が火柱を上げた。大きな炎の弧を描きながら振るわれた槍が放つのは彼女のもう一つの技。

 

「サウザンドフレイム!!」

 

 高まったチカラは迫りくる全ての脅威を灰燼と帰す灼炎の壁となった。

 

 

「くっそぅ……防いでるだけで手一杯って感じね。セルグがお荷物になるとは思わなかったわ」

 

 一先ずの膠着状態に入りゼタは一人毒吐く。

 不意打ちの一撃に腹部を貫かれ木に張りつけられたセルグは、オイゲンの応急措置も有り止血はしてあるものの、現在意識を失っていた。

 背後で眠る彼を護るため、ゼタとオイゲンは必然的に防戦を強いられることになったのだが相手は強大な星晶獣。

 ギルガメッシュは俊敏な癖に力も桁違いの完璧な戦士。背後のヘクトルはきっちりと隙を狙ってくる丁寧な狙撃主と言えよう。

 間断なく攻める事の出来る二体の星晶獣を相手に、ゼタとオイゲンはギリギリの防戦をしていた。

 

 

「それで、オイゲン。 セルグは?」

 

 不機嫌さを隠そうともしないでゼタはオイゲンに問いかける。あからさまに不機嫌な態度を見せるゼタの胸中は大荒れだった。

 不意打ちとは言え強気な発言の直後に攻撃をもらって気絶してしまったセルグ。三人ともその不意打ちに対処できなかったのだからこの状況は致し方ないと言えば致し方ないが、それでも彼が起きていたならこの状況は覆せるだろうとゼタは思っていた。だが同時にそれは今の自分ではどうしようもないのだと認める事にもなるのだ。

 現実として防戦一方となっている現状にゼタは歯噛みする。

 

「止血は済んだ。衝撃で気絶しちゃいるが、応急用のキュアポーションも飲ませた。とりあえずは大丈夫だと思うが……」

 

「さっさと起きてくれないと厳しいわね。このままじゃいずれ追い詰められる。お荷物背負って撤退なんて不可能だろうし、あの星晶獣達を倒し切るのもキツイ…・・となるとセルグに起きてもらうしかないんだけど」

 

 ゼタが視線を向けた先には瞳を閉じたまま静かに横たわるセルグの姿。

 何故だろうか? その姿に妙に苛立ちが募った。散々煽っておいてあっさりとやられた事も、やられたセルグを庇って不利な防戦を強いられていることもやたらと癇に障った。

 仕方のないことだとは思いつつも、この応急処置を施された腹部を蹴りつけたら痛みで飛び上がらないかなどと、危険な思考がゼタの脳の大半を占めて来る。湧き上がる危険思想をなんとか振り払いゼタは再度、星晶獣達を見据えた。

 

「仕方ないからこのまま防戦かな。オイゲン、一発だけ気付けに殴ってみてよ」

 

「お、おいゼタ。気持ちはわからんでもないが怪我をしているセルグにそりゃあ……」

 

「大丈夫よ。殺しても死なないような奴代表だし……さっさと起きてもらってこの窮地を切り抜けなきゃいけないんだから。多少の無茶は、ね」

 

 冗談か本気か分かりにくい笑い方で笑いながらゼタは槍を握りなおす。見ればギルガメッシュもヘクトルも新たに動き出す気配は無かった。

 召喚した男によって行動を掌握されているのか……ゼタとオイゲンには定かではない事だがこちらの様子を伺ってくれていたのは正直助かったとゼタは思う。

 ギリギリの攻防は神経をすり減らす。一息つけるとは大きな休息を意味するのだ。

 彼らの実力を計ろうとする謎の男の目論見通りだとしても、この休息は大きい。

 

「さぁて、いつでもいいわよ。かかってきなさい!!」

 

 高らかに吠えるゼタの声に応えるように、再び目の前の星晶獣達が動き出した。

 

 

 沈黙を保っていたギルガメッシュが駆け出す。圧倒的な早さで巨体が迫りくるのはヒトとして嫌が応にも恐怖を湧き起こす光景ではあるが、それを抑え込んでゼタも応じる様に接近。踏み込みから横なぎに来た大剣を膝をまげて前に踏み出しながらも回避すると、そのままギルガメッシュの股下を通り抜け、彼女はアルべスの槍に炎を灯す。

 

「倒れとけぇええ!!」

 

 振り向きながらの横なぎの一閃はアルべスの槍の先端でギルガメッシュの膝裏を深く切り裂いた。

 身体を支える両足の関節部を薙ぎ払われたギルガメッシュが両の膝を折り地面に付けた瞬間。

 

「ディアルテ・カノーネ!!」

 

 ギルガメッシュの視界が弾ける。撃たれたのはオイゲンの渾身の一撃。直撃したのはギルガメッシュの頭部。

 粉砕とはいかないまでも、多大なダメージを与え、爆煙で視界を奪った。

 

「やった!!」

 

 ゼタは思わず感嘆の声を上げる。脚を断ったからには機動力は下がり脅威ではなくなる。あとはギルガメッシュにも気を配りながらヘクトルと対峙していればまだ戦える。にわかに希望が見えてきたゼタはその瞬間、確かに隙を見せてしまう。

 

「ゼタ!! 避けろ!!」

 

 オイゲンの声と共にゾクリと身の毛がよだつ殺気をゼタは感じ取る。だが感じ取った瞬間にはもう遅かった。ゼタはギルガメッシュの巨大な腕に捕らえられてしまう。

 ゼタが挙げた感嘆の声に反応しギルガメッシュはゼタの居場所を察知。すぐ近くにいたゼタを握りつぶさんとその腕で捕らえたのだ。

 

「くっそ!! このっ、離しなさい!!」

 

 幸いにも自由な腕でアルべスの槍を突きたてるが力の入らない動きでは大した傷など付かない。ましてや痛覚の無い星晶獣は痛みに驚くことも無い。ゼタが逃れられる術は皆無であった。

 

 ギルガメッシュの力で徐々に締め付けられていく感覚にゼタはその表情を苦悶に歪めていく。

 

「あ、かっ……ぐっ、うぅ」

 

 見る見るうちにゼタは槍を手放した。それはもう槍を握っている事すらできない程にその身の自由を奪われた証。圧迫されていく身体はその力を失いつつあった。

 

「(あ、これ……本当に死んじゃうかも)」

 

 内臓が押し上げられ、肺が圧迫され骨が軋んでいく。

 口が回らず呼吸すら出来ない程に締め付けられたゼタは徐々に視界がぼやけていくのを感じた。

 

「(ハハ、割とあっけないものね……このアタシがこんなところで逝っちゃうなんて。アイリスになんて言おうかしら)」

 

 現実味の無い気の抜けた思考が回り、視界が徐々に暗くなっていた。意識が途切れかけ、虚ろとなった瞳は最後に大切な仲間達へ向けられた。

 オイゲンが必死にゼタを救おうと腕を撃ち抜いているのが見える。だが老練たる戦士のオイゲンではいくら振り絞ろうともその火力はギルガメッシュの脅威にはならずにゼタを救うことができない。

 その視界の先……横たわっているはずの彼が立ち上がっているのを目にする。

 

「(あれ? なんだ起きてるじゃない……全く、ラビ島でもそうだったけど遅いのよ……バカ…セ……ルグ)」

 

 閉じてく視界の中で、ゼタが最後に見たのは眩い光に覆われた世界だった……

 

 

 

 目が覚めた瞬間、セルグは状況を即座に理解する。

 剛腕に握りしめられて虚ろな瞳を向けるゼタ。

 それを視界に入れた瞬間、他の全ての思考を置き去りにしてセルグは最速で動き出す。

 握りしめていた天ノ羽斬にチカラを伝達。極光纏いしその刀は瞬く間にその範囲を広げギルガメッシュの無防備な腕を断ち切るべく巨大な斬撃を放った。

 

「うあぁああああ!!」

 

 恐怖に塗れた彼の怒りの声と共に。

 

 巨大な斬撃は見事にギルガメッシュの腕を断ち切る。腕を失いゼタを手放したギルガメッシュには目もくれず、セルグは空中でゼタを抱えオイゲンの元へと降り立った。

 

「ゼタ!? しっかりしろっ! 頼む、目を開けてくれ!!」

 

 焦燥に駆られた表情と声は、普段の彼からは想像できない。必死にゼタを揺するセルグにオイゲンは慌てて待ったを掛ける。

 

「おい、どうしたんだセルグ。落ち着け!! お前らしくもねぇ――――おし、脈もあるし正常に呼吸もしている。一先ずは無事だ」

 

「そうか……よかった……」

 

 無事の報を聞き安堵した様に俯くセルグだが、その表情は険しい。仲間の危機に怒りを見せるのはいつもの彼らしいが、今のセルグはどうにも不安が拭えない危険な雰囲気を纏っている。

 

「オイゲン……ゼタを任せたぞ」

 

 ユラリと立ち上がるとセルグは星晶獣達へと歩みを進める。

 みればギルガメッシュが脚を立たせており、この一時を経てわずかながら回復を施したことが伺える。

 だが、再び二体の星晶獣が戦いの姿勢を取るのを目にしても、セルグは変わらぬ速度で歩み続けた。

 射程圏内に捉えたのか、動き出したヘクトルが瞬時にセルグを捉える。立て続けに放たれたのは三本の矢。

 光の力を纏いし矢が迫るも、それをセルグは危なげなく斬り払った。

 

「何をしているんだオレは……」

 

 小さく呟かれるのは冷たい声音に乗せられた、後悔の声。

 

 不意を突かれた? 暗くて相手の姿が見えなかった? 

 どんな言い訳を並べようと今の彼は自戒しかできなかった。

 相手が一体だと思い込んだ……無様にも意識を飛ばし仲間を窮地に立たせていた……嫌でも募るのは己の無力感のみ。

 震える喉が震える声を絞り出し、彼は己への怨差の声を吐き出す。

 

「何度繰り返すつもりだ……」

 

 ガロンゾでも、アマルティアでも、ラビ島でも。仲間の窮地に自分はその場に立っていなかった。

 チカラを持ちながら肝心な時に無力な自分は一体何の為に仲間でいるのだと。

 

 ”君を守ると誓おう”

 

 嘗ての己の言葉を思い出す。軽々しく誓い等とよくも言えたもんだ。

 生気を失ったゼタの表情が嘗ての彼女(アイリス)の顔と重なった……

 

 ”護ってくれるって言ったのに……どうして護ってくれないの”

 

 幻聴の言葉は二人の声が重なって聞こえ、セルグの心を締め付ける。

 

「失うものか……二度と、奪われてたまるか」

 

 後悔から決意へ……いや、もはやこれは呪縛と言っていい。

 一度失い、今また失いかけたセルグの心に宿るは護らなければならないという呪い。

 

「だから……チカラを貸せ!! ヴェリウス!!」

 

 呼びつけるのは、グランサイファーの甲板で語って以来、姿を見せずにいたヴェリウス。

 ザンクティンゼルより戻ったヴェリウスとすぐさま融合し、セルグは深度3まで移行する。

 翼を生やし準備を終えたセルグは、その場から飛び出した。

 

 地面を踏み抜き、翔び出した彼はギルガメッシュとの距離を瞬時に詰め、そのまま首を落とす。

 反応ができなかったわけではない。ギルガメッシュとて歴戦の戦士である以上セルグの動きが早すぎるなんてことは無かった。まともに戦えば本来、時間のかかる相手のはずである。

 だが、地面を踏み抜いたと思えば真っ直ぐ眼前まで翔んでくるのは想定外であったのだろう。

 ゼタ達との戦いを経て足元へと意識を向け続けていたギルガメッシュは、地面を走るのではなく宙を翔ぶヒト非ざる動きに不意を突かれてあっけなく絶命した。

 ギルガメッシュが事切れるのを認識してすぐさまヘクトルが応戦に入る。接近を許すまいと放たれたのはゼタの時を超える量の、正に光矢の弾幕。

 避ければ後方の仲間にも被害が及ぶそれを目にした瞬間にセルグは次なる行動に入る。

 

「絶刀招来……」

 

 地面に降り立ったセルグは抜き放っていた天ノ羽斬を納刀。極限まで高められた光の力を鞘へと納める。解放される場を求めるように高まる力が鞘のなかで鳴動し、セルグは光矢の弾幕を見据えた。

 

「天ノ羽斬!!」

 

 抜刀と共に放たれるのはギルガメッシュの腕を断ち切った時よりも大きな斬撃。範囲を広げ拡散するように放たれた光は光矢の全てを呑みこんだ。

 

 相殺して生まれた光が消え入る前にセルグは再度飛翔。仲間達を背後に置かないようヘクトルの頭上を取るとそのまま急降下して接近していく。

 対するヘクトルは狙い澄ました矢を立てつづけに放ってセルグの接近を食い止めるべく動いた。

 狙い澄ましているにも関わらず、セルグの目の前に展開されるのは恐ろしい早さで次々と放たれる光矢の群。先程の弾幕とは比べるべくもないが、それでもこれは弾幕と言っていい攻撃の数である。

 だが、セルグはそこに臆せず飛び込んだ。翼の微妙な動きで姿勢を制御し、身体の末端まで神経を張り巡らせ僅かな動きで矢を回避していく。

 頬を掠る。翼が撃ち抜かれる。肩に矢が突き刺さる。いくら見切ろうと避けきれない矢がある中で、セルグは徐々にその勢いを落としていった。

 

 

 

 ”護ってもらう必要なんかないわよ!?”

 

 脳裏に誓いをした日の言葉がよぎる

 

「そうだな……護ってもらったのはオレだった」

 

 ”彼女を護ってあげてね”

 

 約束の言葉を思い出す。

 

「あぁ、今度こそ必ず。だから……」

 

 既にヘクトルは目の前。だが、ヘクトルの勢いは止まらない。更に増えた矢がセルグを一気に押し返そう飛来する。

 腕に、脚に、身体に、徐々に矢の数を増やしながらセルグは前だけを見続けた。呪いという名の決意を胸に抱き、その手に握る天ノ羽斬りにチカラを注ぐ。

 そして……

 

「負けられるかぁああああ!!」

 

 矢の奔流を凌ぎ切り、セルグは肩から足まで、ヘクトルの身体を大きく断ち切った。

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 息も絶え絶えなセルグがズブリと身体のあちこちに刺さった矢を抜き、ポーチから応急用のポーションを取り出して飲み干した。

 以前は入手が割と困難だったこの素晴らしき妙薬も、今ではそれなりに手に入りやすい。多少値は張るが、少量ずつ小分けして常に携帯しておいて良い位、騎空士にとっては必需品に近いだろう。

 身体の傷を癒しながら、セルグはもう動けないヘクトルの首を断ち切り、沈黙を保っていた元凶の男へと向き直った。

 

「片付けたぞ、クソ野郎。次はお前だ」

 

 後悔に塗れながらも、セルグは男に怒りの視線を向ける。隠れてヘクトルを呼んでいた事。それによりゼタが生死の境をさまよった事。

 無力な己だけでなく、目の前の男に対しても怒りを抱くには十分であった。

 

「ふぅ~ん。凄いね君たち。まさかこんな簡単に倒されるとは思ってなかったよ。誰か一人は死ぬと思ったんだけどな~」

 

 対する男は、相変わらず軽い口調で挑発じみた言葉を投げかけてくる。言葉からは予想外に目論見を崩された感があるが、それでも平静な様子はどこかこの状況を楽しんでいるようにも見えた。

 

「なんだと……この」

 

「ギルガメッシュとヘクトルを相手にキミを護り切った彼らも。そして二体の星晶獣を一人で葬るキミも、正直異常だね。彼女が手に負えないわけだ……キミたちはあれかな? 全空征服でもするつもりなのかな?」

 

 男の口調は冗談交じりに問いかける風だが、その目は笑っていない。言い知れぬ不安を呼び起こすその表情にセルグが小さな脅威を感じて男を切り捨てようかと思考を回した。天ノ羽斬を握る手に力が込められ、踏み出そうとした瞬間。

 

「あぁ、無駄無駄。僕を殺すのは不可能だよ。なんせ優秀な番犬が付いてるから……ねぇ、フェンリル」

 

 言葉の終わりと同時にどこからかセルグへ向けて氷の飛礫が放たれる。速さもサイズも明らかに殺す気で放たれたであろう氷塊の群をセルグはあらかじめ察知していたのか、難なく斬り払う。

 攻撃が止み、セルグが視線を向けた先に居たのは一人の少女?の姿だった。

 青よりも紺に近い髪色。なぜか腕を鎖で拘束されているが獣の耳が生えていることからエルーンかとも思われる。見ようによっては可愛らしくも見えるのだが、如何せんその目つきは鋭いの一言に尽きる。セルグを視線だけで殺さんばかりに睨み付けるその姿は確かに主を脅かす者に噛みつく番犬のそれかもしれない。

 

「殺気が見え見えだ。優秀と言う割にはあまり抑えが利かない様だな」

 

「あ~悪いね。そこらへんは逆に抑えを利かせない方がいいと思って」

 

「おい、ロキ!! 危ねぇ真似してんじゃねえぞ。オレがいなきゃ斬られてたかもしれないんだぞ」

 

「も~うるさいな。何のためにフェンリルがいるのさ。僕を守るのが役目だろう」

 

「注意しとかなきゃいけないこっちの身になれよ! それで、こいつ殺っていいのか?」

 

 ギラリと、ロキと呼ばれた件の男の横に並び立ちながら、鎖でつながれた少女はセルグを睨みつける。殺意も殺気も満々な視線は彼女の心を代弁するかのようだ。

 

「氷を放つ……星晶獣か? エルーンじゃないな」

 

「流石にわかるようだね。ご明察……この子は氷の星晶獣フェンリル。僕の大事な番犬だ」

 

 紹介するように手振りを加えて、ロキは傍らのフェンリルを見せつけた。ガルルと正に犬が唸るような声を漏らしながら佇むフェンリルを見てセルグは僅かに笑う。

 

「飼い犬の躾がなっていないな。主にも噛みつきそうじゃないか」

 

「お、痛いところ突いてくるねぇ。僕を想う余り、少々噛みつかれることがあるんだ。まぁそれもフェンリルの愛と思って受け取っているよ」

 

「そ、そんなんじゃねぇ!! オレの役目はお前を守る事だからだ。 んで、殺っていいのか悪いのかどっちなんだよ」

 

 急かすようにフェンリルはロキへと答えを求める。そろそろ噛みついてきそうな雰囲気を見せ始めるフェンリルをみてロキは少しだけため息を吐くと。

 

「今はダメ。多分無理だろうしね。彼だけじゃなく彼らもそれなりに脅威みたいだ……少し対策を練ろうかな。 というわけで、僕を殺したいキミには悪いがここは撤退させてもらうよ。キミ達の実力は良くわかったし……」

 

「ロキ、あぶねぇ!!」

 

 次の瞬間には、セルグの刀を鎖で受け止めるフェンリルの姿があった。

 

「逃がすと思うのか? 星晶獣を操るチカラ。フリーシアと話していたことからも帝国の関係者とわかる。悪いがここで始末させてもらうぞ!!」

 

 セルグの意思に呼応するように天ノ羽斬が光を増す。鎖を断ち切るべく力を込めた瞬間、ロキは冷めた声でセルグに問いかけた。

 

「目の前の事に熱くなるのはよろしくないねぇ。お仲間は良いのかい?」

 

 ロキの言葉でハッとした様に振り返ったセルグが目にしたのは、フェンリルによってオイゲンとゼタのいる場所に氷の雨が降り注ぐ光景。

 

「させるかぁあああ!!」

 

 目の色を変えてセルグはすぐさま反転。光の斬撃を飛ばし氷の雨を迎撃した。

 

「ハァ……ハァ……クソ野郎が」

 

 オイゲンもいた為何とか事なきを得たが、ロキとフェンリルはその隙に姿をくらます。

 

「覚えていろよ……」

 

 図星を突かれた己の弱点から視線を逸らしながら、セルグは吐き捨てる様に悪態をつくのだった。

 

 

 

 

「セルグ……お前さん、無事か?」

 

 セルグが二人の元へと戻ると、オイゲンが心配そうにセルグに問いかけて来る。

 ヘクトルとの戦闘。矢を受けながらもヘクトルを倒したセルグの安否をオイゲンが気遣うが、当のセルグはキュアポーションの効果で傷は消えかけており問題は無さそうであった。

 

「あぁ、ポーションも飲んだしとりあえず大丈夫だ。そんな事よりゼタは……?」

 

 逆にセルグはゼタの安否を気遣う。

 脅威の排除を優先しオイゲンにゼタを任せたが、彼女の容体がどうなのかは、はっきりとしていなかったのだ。

 一抹の不安がセルグの脳裏によぎる中、オイゲンは静かに笑みを浮かべる。

 

「心配しなさんな。圧迫されたことで酸欠状態になって意識を失ってはいるが骨に異常は見られない。恐らく問題は無いだろう」

 

「そうか……良かった。すまなかった、オレのせいで二人が危険な目に」

 

「セルグ、気にすんじゃねえよ。俺もゼタの嬢ちゃんも完全に不意を突かれていた。たまたまお前さんが狙われただけで俺達だって同じ目に会っていたさ。それによ、むしろ俺は嬉しいんだぜ。やられたお前さんを護るなんてことができたんだからな!」

 

 普段は皆を護るために何かと無茶をするセルグ。そんなセルグを護れたとオイゲンは誇らしげであった。

 ガハハと言った感じで愉快豪快に笑うオイゲンは、本心からそう思っていると分かる程快活な笑顔と声をみせ、セルグは呆気にとられる。

 

「オ、オイゲンはそうかもしれないが、ゼタは」

 

「ゼタの嬢ちゃんも一発気付けに殴っとけなんて、笑って言ってたからな。大丈夫だ、誰もお前さんを責めやしねえよ」

 

「し、しかし……」

 

 オイゲンの言葉は在れど、それで納得できるほどセルグの胸中は軽くは無かった。

 無様にも不意を突かれ二人を窮地へと追いやった自分には罵声でもなんでも怒りの声を向けて欲しかった。そうでなければ自分は失敗を繰り返すだろうと。だが、聞こえてくるのは別の怒りの声

 

「あぁ、もう! うっさいセルグ!! 仲間なんだから護るのも護られるのも当たり前でしょう。そんなことでいちいち気にしてるんじゃないわよ!」

 

 なかなか納得の見せないセルグに予想外なところから声が挙がった。みれば目を覚まし体を起こしたゼタがセルグとオイゲンの方へと視線を向けている。

 特に躰に問題は無いのか淀みなく立ち上がったゼタは、セルグを見つめながら歩み寄ってくる。

 

「ゼタ、オレは……」

 

 真剣な表情で歩み寄るゼタに緊張しながらセルグは対峙したが……

 

「――プッ……アッハッハッハ! なによその顔~そんな子供が悪戯したのがバレて叱られてるみたいな顔しちゃってさ」

 

「おい、オレはお前達を」

 

 ふざけたように笑うゼタにセルグの表情が歪むが、ゼタは真剣な表情に戻し再度、言葉を重ねる。

 

「気にするなって言ってるでしょ。これまでだって散々セルグが戦ってきた場面はあるじゃない。ガロンゾでも、アマルティアでも……ラビ島でも私の窮地に駆けつけてくれた。セルグが戦闘中に手を抜かない事は知ってる。今回のは私達だって不意を突かれたんだから仕方のない事よ。むしろ本当に油断して捕まった私の方が申し訳ない位だわ……だから、そんな顔しないでよ」

 

「その通りだぜ、いつまでもウジウジすんな。男らしくねえ」

 

 ゼタの言葉に追従するようにオイゲンもセルグを窘める。二人が己を責めない事は不服でありながら、セルグはどこか救われてもいた。だが、それでも……彼の心は晴れやかにはならなかった。

 暫しの黙考を経て、俯いていたセルグはゆっくりと口を開く。

 

「――あぁ……わかったよ。ありがとう二人とも」

 

 恐らくはまだ納得していないのだろう……その表情に笑みや明るさは無いが一先ずは振り切った様である。

 そんなセルグの胸中を察してゼタはひときわ明るく振舞うのだった。

 

「よし! それじゃ片付いたことだし、ちゃっちゃと追いかけますか!」

 

「あぁ、行くぞセルグ!!」

 

「あぁ、大分時間を食ったな。急ごう」

 

 

 予想外なヘクトルの出現もあり、大いに時間を取られた三人は全速力で森を掛けていく。

 

 その先では既に一つの終わりが始まっていた……

 




如何でしたでしょうか。

以前のアンケにお答えいただきまして過去の文を見返しながら練ってみました。

全体的に描写を増やし読んでて思い浮かべやすい文を書き上げたつもりです。
やりすぎると読み進めるのが億劫になって来そうな気もして微妙なので、どんな塩梅かぜひ感想をお聞かせいただきたいm(_ _)m

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。

四象イベントとケルフェン討滅が来るから次回は開くかもしれません。


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メインシナリオ 第24幕

少し間が開いてしまいました。
ルーマシー編のクライマックスに差し掛かる一歩手前といったところです。
それではお楽しみください


 フリーシアを追い続ける一行は、薄暗い森の中を足早に進む。足早と言っても、先に待つのはフリーシアとの決戦、と考えるとその足取りはあくまで疲れない範囲での、という制限が付くだろう。

 多少は余裕のある状態で黙々と皆が進む中、一人周囲を眺めながら歩くのは、未だ経歴や正体まで不明なロゼッタだ。

 

「ねぇ、イオちゃん……」

 

 沈黙を破り、ロゼッタは隣を歩くイオにポツリと声を掛けた。

 

「ん? なぁに、ロゼッタ」

 

「手を……繋いでもいいかしら?」

 

 にこやかに、普段であればこの瞬間にからかわれるのではないかと警戒する事間違いなしなロゼッタの笑顔がイオに向けられる。だが、今この時においては、何故かその笑顔が儚く見えてイオは戸惑いながらも応対した。

 

「い、良いけど……変なことしないでよ」

 

「あら、イオちゃんの中でのお姉さんの評価がどうなってるか気になる発言ね。警戒しないで、ちょっと人恋しくなっちゃったのよ」

 

「人恋しいって……もしかして恋人でもここにいたの?」

 

「フフ、当たらずとも遠からずってとこかしらね……」

 

「え~ホント?」

 

 やはりイオも女の子と言ったところか。まさかロゼッタから色恋話が出てくるとは思わず興味津々な様子で問いかける。

 

「まぁ私の事は置いておいて……イオちゃん。貴方は素敵なレディの条件って知ってる?」

 

 対するロゼッタはいつもの飄々とした雰囲気を崩さない。サラリと質問を受け流し話題をすり替える姿にはやはり年季を感じさせる……気がする。

 質問を流されたイオも、それが当然と言う様に返された質問に頭を捻った。

 

「素敵なレディの条件? う~ん、強くてカッコよくて綺麗で、身長とかも高くて……ヴィーラなんて正にそんな感じじゃない?」

 

「あ~そうね。見た目だけなら確かにあの子もそうね……」

 

 僅かな動揺がロゼッタに走った。確かにイオの言うとおりヴィーラは傍目から見れば相当スペックの高い女性だろう。

 容姿はもちろん言うまでもなく(たまにヤバい顔有り)、言葉づかい(やや危険な時有り)、物腰(稀にだが剣を振り回す時有り)、更には纏う雰囲気(一部狂気)まで、彼女ほど素敵なレディと言う言葉が似合う女性は珍しい(少し目を瞑れば)。まだ幼く純粋な少女から見ればヴィーラは憧れの対象といっても過言ではない。

 だが、ロゼッタはそんなことを言いたいわけではない(もちろん目指してもらいたくもない)。

 

「でもね、イオちゃん。そんなことより、もっと大事な条件があるの」

 

「大事な条件……?」

 

「えぇ。それはね、大切なヒトたちを支えてあげられると言う事」

 

「支えて、あげられる?」

 

 オウム返しのようにポンポンとイオが言葉を繰り返す。その光景はまるで母親に尋ねる娘の様だ。

 ロゼッタは何を伝えたいのか……答えが見えてこないイオがロゼッタの次の言葉を待った。

 

「イオちゃん。貴方には大切なヒト達を支えられる素敵なレディになって欲しいと、お姉さんは思っているのよ」

 

「なんで私なのよ……私なんかが支えなくても皆ならきっと」

 

 否定の言葉がイオから挙がった。グランもジータも団長として優秀だし、他の仲間達だって皆芯の通った強さをそれぞれ持っている。皆誰しもがいろんな事情を抱えて生きてきて、この旅で更に色々と経験をした。そんな彼らが支えを必要とするほど弱くは無いだろう。

 子供ながらに感覚的にソレを理解していたイオは当然の疑問を投げかけるが、ロゼッタは首を横に振る。

 

「ううん……彼らはきっと、これから大きな困難に立ち向かうことになる。強大な壁、大いなる宿命。彼らの前には数々の苦難が約束されてしまっている。特にグランとジータ。ルリアちゃんとビィは――そんな時、皆を支えてあげられるのはイオちゃんだけなのよ」

 

「何でよ? そこまでわかってるならロゼッタが支えてあげればいいじゃない? 子供の私が何かいったところで」

 

「違うわイオちゃん。貴方が子供だからこそできる事なの。大人になり、成長した彼らでは見えるはずの可能性が見えない。限界を知ってしまっているからこそ、彼らでは絶望的な状況に諦めが先に来てしまう。だからその時は貴方が無鉄砲な位に引っ張ってあげて欲しいの」

 

「むぅ、何か馬鹿にされてる気がする。まぁ、よくわかんないけど、私が皆を支えてあげればいいんでしょ。わかったわよ。でもロゼッタ……どうして今そんな事を?」

 

 イオの疑問は尽きなかった。ロゼッタの様子はまるでイオに何かを託すような口ぶりである。

 普段の飄々としているロゼッタのいつにもまして不自然な真面目っぷりにイオは疑問符を浮かべ続けていた。

 

「多分私が一緒に居られるのはここまでだから……私にできることは後を託すだけなの。だから、あとはお願いね」

 

「え? ちょっとロゼッタ、どういう事!?」

 

「なーいしょ。さ、行きましょう。はぐれちゃうわよ」

 

「ちょっと、ロゼッタぁ~」

 

 前を行くロゼッタから嫌な気配を感じるも、通常運転に戻った彼女からイオが真意を聞き出せるわけも無く、二人はそのまま静かに仲間達と合流した。

 

 

 

 

「さぁて、お次は……」

 

 相も変わらずの不思議な……いや、もはや不審な行動をとり続けるロゼッタ。次なるターゲットは……

 

「ねぇ、グラン、ジータ」

 

「ん? なんだよ、ロゼッタ」

 

「どうしたんですか?」

 

 我らが団長の二人の様である。声を掛けられたグランとジータは双子故か、見事に揃った動きでロゼッタへと振り返った。

 

「ちょ~っとお話があるんだけど…・…」

 

 怪しい。あからさまにご機嫌そうなロゼッタの声はグランに警戒態勢を取らせる。少し前に、己の淡い恋心を暴かれた事を彼は忘れていはいない(半分自滅とも言えそうだが)。

 

「な、なんだよロゼッタ。この後フリーシアと対峙するんだから気の抜けた事は言わないでくれよ」

 

 警戒態勢のままグランは先手を打つように牽制の言葉で応対した。

 

「ロゼッタさん、グランとリーシャさんに付いてロゼッタさんの見解を教えてください!」

 

「おぃ、ジータ!! こんな時に何を言っているんだ!」

 

 哀れグラン。双子の妹に絶賛触れてほしくない部分を掘り返されロゼッタへの牽制は無駄に終わった。

 流石は女の子と言ったところか。双子の兄の恋患い等、大好物なネタに違いない。興味津々にキラキラとした瞳を向けるジータは心なしかこれまでで一番楽しそうな顔をしているとグランは感じた。

 

「フフフ、最近はジータがドンドン手強くなってるようね、お姉さんちょっと楽しみだわっと、そんな話をしたいんじゃなくて……」

 

 いつもの彼女らしからぬ態度。面白おかしくからかい始める事請け合いな流れを断ち切り、ロゼッタは落ち着いた表情で口を開いた。

 

「私ね、今まで隠していたんだけど貴方達のお父さんを知っているの」

 

「えぇ!?」

 

 突然の告白に双子の声が重なる。これまで全く素性を明かさなかったロゼッタが、彼らの旅のきっかけともいえるグラン達の父親を知っているというのだから驚かないわけがない。

 

「フフ、隠していてごめんなさいね。なかなか言い出せなくて……それでね、お父さんから伝言を預かっているのよ。といってもずっと昔の話なんだけどね」

 

「一体何を?」

 

「早く教えてください!」

 

 ずいっと顔を近づけ、ロゼッタへと詰め寄る二人。あまりの食いつきに思わずロゼッタは苦笑した。

 

「ハイハイ、落ち着きなさいな」

 

 二人を窘めると、ロゼッタは深呼吸をしてから二人を見据えた。これから話すことはとても重要な事だと。見つめられた二人は言葉ではなく雰囲気でそれを理解しロゼッタの言葉を待つ。

 

「貴方達はきっと、これから空と星の狭間で揺れ動くことになる。

 多くの壁にぶつかり、多くの危機を迎えることになると思うわ……」

 

 語られるのは二人の今後。

 可能性でしかなくともそれが必ず訪れるであろうと思わせる声音でそれは綴られる。

 

「でも絶対に諦めないで欲しい。貴方達は必ず、より良い未来へたどり着ける。貴方達が諦めない限り、きっとみんなが幸せになれる未来にたどり着ける。これを忘れないで」

 

 締めくくられた言葉は只の根性論とも言える。何が何でも諦めない。言葉にすることは容易く、だがそれを成すとなれば非常に難しい事この上ないだろう。

 急に何を言い出すのかとも思うが、ロゼッタが真剣な表情で語った言葉はグランとジータの心に何の抵抗も無く染みていく。まるでそんなことは言われなくてもわかっていると言いたげな自信にあふれる表情でグランとジータはロゼッタを見つめ返した。

 

「うん、わかった。しっかり心に留めておくよ」

 

「何を今更と言う感じですが、忘れないように覚えておきます」

 

「フフ、ホント頼もしいわね。貴方達は彼とそっくりだわ。どこまでも深く、どこまでも大きい空の様に。貴方達の可能性は底が知れない。どうやら大丈夫そうね。さ、行きましょう」

 

 最後に懐かしそうな表情を見せたロゼッタは振り返ることなく先へと歩み始めた。グランとジータにはその背中が少しだけ寂しそうに見えた。

 

「グラン、私たちは負けられないよ」

 

「あぁ、ルリアの為にも、オルキスの為にも。そして、黒騎士の為にも……ね」

 

「うん。まずはオルキスちゃんの奪取。気合い入れて行こう」

 

「あぁ!」

 

 父親からの大切な言葉をもらった……

 元より諦める気など毛頭なかったが、あんな言葉を聞かされては燃えざるを得ない。

 より良い未来へたどり着くため。自分達もルリアも、オルキスも黒騎士も皆が笑い合う。そんな未来を手に入れて見せる。

 漠然とした願い。だが、確かな衝動に突き動かされて二人は森の奥へ足を踏み出していった。

 

 

 

 

 鬱蒼とした森。それはすなわち足元が薄暗く、足場が悪い上、目の前を植物が遮る。走り抜けるには非常に面倒な道である。

 そんな中を一陣の風が通り抜けていく。

 

 立ちふさがる?植物を何の苦も無く切り拓き先頭を走るセルグ。

 アルべスの槍に炎を灯して松明代わりに真ん中を走るゼタ。

 老兵には少し堪えて来たか、やや息を切らせつつあるオイゲン。

 三人共後れを取り戻さんと、正に可能な限りの速さと手法を用いて森を走っていた。

 

 

「セルグ、怪我は?」

 

 口を開くことなく淡々と走っていたゼタが前を走るセルグに問いかける。

 勢いを落とすことなく、天ノ羽斬を振るいつづけながら走るセルグはいつも通りの頼もしさを見せているが、ゼタの心配は消えなかった。

 セルグが受けた傷は相応に大きい。特攻じみた攻撃で受けた傷もそうだがヘクトルの不意打ちによって腹部を貫かれたのだ。普通であれば致命傷に近いだろう傷をポーションによって無理矢理もたせたに過ぎない。

 

「余計な心配だ。この状況で痛いなんて言ってられるか」

 

 ゼタの心配を切って捨てる様にセルグは即答で答える。表情には出ていないが実際彼自身も快調に走っているとは言い切れなかった。

 ゼタの懸念であるヘクトルから受けた傷は別段問題は無い。問題なのは……

 

「(融合の反動がマズイな。応急用のキュアポーションでは矢の傷は完治しても反動の分は消せなかったか)」

 

 融合の反動。星晶獣達との戦いで深度3まで深めた融合は本来であれば戦闘後に動けなくなる程、強く体に負担を掛けるものだ。彼の不可思議な治癒力が相まってかキュアポーションで快復の兆しは見せたものの、身体に残る反動の鈍痛は消えずにいた。

 

「余り無理はすんなよ。決して軽傷とは言えない傷だ。いくら薬を飲んだからって」

 

「そんなことは言ってられないだろう。アイツラは既にフリーシアと対峙しているかもしれないんだ。奴が無策にオレ達をおびき寄せるわけもない……諦めずに森の奥を目指していたと言うことはそこに何か状況を覆せる手があるからだ。とすれば、今度はグラン達が危ない。オレが少し無茶をして間に合うならいくらでも無茶をしてやる」

 

 拳を握り、力の入り具合を確かめるセルグは決然と言い放つ。セルグの決意は固いようで走るペースを落とす気配は無い。

 焦ったように走り続けるセルグにゼタは呆れたように待ったを掛けた。

 

「だからさぁ、なんでアンタはそんなに皆の事を信じてあげないの? グラン達だって強いのはわかってるでしょ。アンタが無茶して護ったところで誰も喜びはしないのに」

 

「アイツ等が強いのはわかってるさ。オレが無茶するのを望まないのも理解しているつもりだ。でも、それで納得できるほど今のオレは強くなれないんだよ。その場に居られず後悔だけはしたくないんだ」

 

 焦燥を隠しきれないセルグの表情が彼の心情を物語る。何もできないまま失うことを恐れる彼の気持ちは、ゼタとしても理解できないわけではない。だが、それにしてもこうまで弱々しい姿を見せるセルグにゼタは胸中でため息を吐いた。

 

「(はぁ、重症ね……いや、この場合心の傷って意味で重傷かしら。私が弱かったからって考えると少し罪悪感があるけど、それにしたってちょっと怯えすぎよ。融合の反動だってあるはずなのに平気な顔して無理しちゃって……無理した状態でまともに戦える訳ないのに)」

 

 仲間の心配が先に来て己を省みないのは彼の悪い癖だ。三人で戦った自分達と比べれば、向こうには倍以上の仲間がいる。更には七曜の騎士であるアポロもいることを考えれば、セルグの心配は杞憂だと言わざるを得ない。

 

「とにかく、少しペースを落として。おじいちゃんなオイゲンにあまり無理をさせるんじゃないわよ。私だって疲労が残ってる。このままいけば私達が足手まといになるわ」

 

 ゼタは焦るセルグを止めるべく、休憩を提案した。このまま進めば疲労をため込んだまま戦闘に入る可能性もある。激戦と言って差し支えない闘いを制した彼らは万全な状態とは程遠いのだ。セルグの焦りを抜きにしても休息は必要なのかもしれない。

 

「お、ありがてぇな。ちょいとキツくなってきたところだ。悪いが少し落としてくれ」

 

 ゼタの意図を呼んでオイゲンはわざとらしそうにこれ幸いと口にする。少しだけニヤリと笑ったように見えたのはゼタの気のせいではないだろう。

 

「――すまない。逸ってそこまで気が回らなかった」

 

「気にしなさんなって。誰も責めちゃいねえよ」

 

 相変わらずの後悔に塗れたような顔をするセルグに気にするなとオイゲンが気休めの言葉をかけるがその効果は薄い。それでも一先ずは落ち着いて休息を取ろうと足を止めるのだった。

 

「そういえば、こっちで方向は合ってるの? なんも考えずに走っていたけど……」

 

 気を紛らせようと話題を変えるゼタの言葉に先頭を走っていたセルグは沈黙で返す。改めて思案する顔はゼタの脳裏に嫌な予感をよぎらせた。

 

「――ちょっとセルグ、まさかあてずっぽうで」

 

「いや、こっちであることは間違いない。この森に入ってからずっと、森の奥に嫌な気配を感じていた。フリーシアが逃げていた方向とも合致するからこれは確かだ」

 

 慌てたように問い詰めるゼタを遮りながらセルグは森の奥へと視線をやる。その表情は先ほどまでの焦りに塗れたものではなく、警戒に警戒を重ねた表情。まるでこの先に何がいるのかが見えているかのようだった。

 

「感じるって……何アンタ、ルリアちゃんみたいに星晶獣の気配でもわかるようになったの?」

 

「星晶獣というよりは大きな力を察知できると言った感じだ。魔晶の発動の時も嫌なものを感じた。度合いは全然違うが、この先に同じものを感じている」

 

「それってつまり……この先にヤバいのがいるってこと?」

 

「この感覚が正しいならな」

 

 セルグの言葉にゼタもオイゲンも思案する。

 感覚……いうなればただの勘でしかないような憶測の域をでない情報だ。だが、フリーシアの奥の手があるはずだと考えればセルグの懸念は現実味を帯びてくる。

 森の奥に強大な何かがあってもおかしくないということは容易に想像がついた。

 

「――わかった。オイゲン、ゴメン。すぐに追いつこう。疲れてるかもしれないけどもう少し走って」

 

「あいよ。まぁ問題はねえさ。若い連中に心配されるほどまだ老いちゃいねえ」

 

「頼もしいな。すまんが少し無理をさせる」

 

「急ぐわよ」

 

 結果、彼らは一度取ろうとした休息を断念。仲間達に大きな危機が迫っているかもしれないと歩みを再開する。

 湧き上がる不安に押し潰されないように、彼らは懸命に走り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にとってそれは最後の希望だった。

 失ってしまった過去。消えてしまった未来。

 過ぎ去った時間を取り戻す唯一にして最後の希望。

 

「あぁ、やっと見つけた……」

 

 森の奥。自然の中でひときわ目立つ人工物に囲まれた場所。長い時を感じさせる風化した遺跡の中で、フリーシアの目の前にあるのは異形のモノだった。

 生物としての外観をおよそ持っていないソレは生きた兵器とされる星晶獣としては異質の雰囲気を醸し出し、起動していないが故に不気味さを際立たせる。

 

「人形、貴方の役目は理解していますね? 足止めはマリスを使います。貴方は器の覚醒を促し、起動を行う様に」

 

「わかった……」

 

 傍らにいる心を失った少女、オルキスを見やるフリーシアの目は先ほどの異形のモノを見るときと真逆に悪意と侮蔑に満ちていた。

 

「もう少し。もう少しです陛下。この偽りの歴史に歪められた世界を正しき姿へと戻し、貴方様をお救いするまであと……」

 

 オルキスの応答に満足するとフリーシアは再び異形のモノへと視線を戻した。愉悦が混じり始めた彼女の表情は正に狂気に染まっている。これから成すこと。世界に起きる事に想いを馳せる彼女の狂気の姿を、オルキスは何の感慨も無く光を失った瞳で見つめていた。

 

「フリーシア宰相閣下。例の騎空団の者共が間もなくここにたどり着くと」

 

 傍らに現れた兵士の声にフリーシアは表情を戻す。望みが叶う一歩手前までたどり着いたとしても、それに惑わされることなく彼女は思考を切り替え指示を出すべく口を開いた。

 

「そうですか、ではマリスの用意を」

 

「で、ですが、此処にも森にもまだ大勢の仲間が!」

 

 フリーシアの指示に兵士は切羽詰まったように現状を知らせる。仲間の多くがまだ戦っている中、フリーシアの言うマリスが使用されれば仲間達は巻き添えを食うのだろう。

 何とか踏みとどまってもらえないかと訴える兵士の声音にフリーシアは苛立ちを募らせた。

 

「はぁ……だからなんですか?」

 

「なっ!?」

 

 この後に及んで、今更何を言っているのだと。既に彼女の視線に慈悲や容赦はなく、兵士を見据える目は冷たい怒りに満ちている。

 

「役目を果たせない、足止めもできない。それで奴らがここにたどり着くと言うのに、使えない者に配慮する必要がありますか? それとも貴方が今から奴らを食い止めるとでも? 役目を全うできないゴミがどうなろうが知ったことではありません」

 

「宰相閣下!? 我々は!!」

 

「黙りなさい!! 申し開きなど何も意味を持たないわ! 結果で示せない者に慈悲など在るわけがない。不服なら、結果で示せ!!」

 

 兵士の抗議の声を遮りフリーシアは怒りを爆発させる。多くの兵士を用意し多くの魔晶を用意した。全ては只の一騎空団にすぎない彼らの実力を見誤らずに用意した戦力のはずだった。彼らの妨害を防ぎ己が目的を滞りなく進める為に用意したはずだった。

 だが現実は想定を覆し、彼らは難なく兵士達を退けもうすぐここにやってくる。

 余裕を無くした状況をつくったのは目の前にいる凡愚共に他ならないとフリーシアは断じた。

 

「クッ……仰せのままに」

 

「フンッ、もう遅いのよ……何もかも」

 

 兵士へと向けていた視線をその背後へと向けたフリーシアはつまらなそうな声で吐き捨てる。それは失望に染まった声でありながら狂喜に満ちた表情で絞り出された心の声。

 向けられた視線の先には……

 

 

「フリーシア!! 人形を返してもらうぞ!!」

 

 とうとうたどり着いたグラン達の姿があった。

 その瞳に決意の光を宿し、フリーシアを見据える彼らは既に臨戦態勢。

 いつでも動き出せそうな気配を見せて彼らはオルキス奪還の為にフリーシアと対峙した。

 

 

「全く……待ちくたびれましたよ」

 

 フリーシアがニタリと嗤う。冷静に、昂る感情を出さないよう努めて。できる限り落ち着いた声をひねり出す。

 

「随分遅かったですね。こちらは当に準備を終えていましたが」

 

 その言葉は恐らく、吠えるアポロに向けた言葉ではないだろう。

 永らく望んでいたピースがこの場に揃い、後は仕上げをするだけ。それで彼女の願いは叶う。

 

「フン、這う這うの体で逃げた奴が良く言う」

 

「戦略的撤退というのを最高顧問様はご存じないようですね。まぁ賢しい小娘には恐らく理解できないでしょうが」

 

「戦略的撤退だと? 何を企んでいるかは知らんがここまで追い詰めた以上貴様に勝ち目はない。大人しく人形を……」

 

 アポロの言葉が止まる。怪訝そうに見つめる視線の先には俯き、肩を震わすフリーシアの姿。何かを堪える様に、小刻みに震えるその姿は不気味の一言に尽きた。

 

「――クッフフ……フフフ……ハハハ……アッハッハ!!」

 

「貴様……何がおかしい!?」

 

「追い詰めたですか……誰が? 誰に?」

 

 我慢できず、心底楽しそうにフリーシアは嗤う。相手をだまし、良い様に動かすことは至上の喜びと言ったところか。目の前の小娘が勝ち誇ったような言葉を吐き、己の思惑通りに動いてくれたことは愉悦を浮かべるに十分なほど滑稽であった。

 

「勘違いも甚だしい! 貴方達はまんまとここにおびき寄せられたのですよ。この人形を餌にね!!」

 

「何? 一体何をいって」

 

「わからない様ですから教えて差し上げましょう。私の目的はここに、この場所に人形とルリア。その両方が揃う事。全ての準備は整いました……あとは起動するだけです。 星晶獣”アーカーシャ”をね」

 

 勝ち誇った笑みを隠すことなくフリーシアは声高々に告げる。これから彼女が手に入れる恐るべきモノの名前を。

 

「アーカーシャ……だと」

 

 アポロの顔が驚愕に染まる。余りにも突然の事態に思考が追い付かず言葉を発せないでいた。

 

「黒騎士、何か知っているのか?」

 

「もはや噂やおとぎ話レベルの話だ。星晶獣アーカーシャ。覇空戦争末期につくられた星の民の最終兵器。大戦での敗北を恐れた星の民が作った最後の砦だ」

 

「一体それが何だってんだよ。そいつが一体どんな能力を持ってるってんだ?」

 

「アーカーシャの能力は……歴史への介入。過去、現在、未来の歴史を塗り替える正に究極の兵器だ」

 

 星晶獣アーカーシャ。アポロの言う様に覇空戦争に於いて大戦の敗北を恐れた星の民が最後につくり出した究極兵器である。時間すらも超越した世界への干渉能力。それはこれまで辿られた歴史の全てを無に帰すことのできる、正に最後の切り札。

 実際に使われた形跡はなく覇空戦争は空の民の勝利に終わっている以上、アーカーシャの存在はおとぎ話、作り話の域を出なかった。

 余りにも現実味のない能力にグラン達は驚くことしかできない。

 

「バカな!? そんなのはもはや世界を創りかえる事と同義ではないか。創世神の所業だぞ!!」

 

「私も眉唾だと思っていた。そんな存在はあり得ないと。だが……」

 

 アポロが見据えるフリーシアの表情は嘘を言っているようには見えない。己の勝利を確信しグラン達を見下すように見るフリーシアの表情はそれが事実なのだと物語っていた。

 

「その通り。忌々しくも星の民の技術はそれをつくり出していたのです。世界を創りかえる事の出来る存在をね。この世界に於いて唯一の汚点である星の民の、唯一の贈り物ですよ。私はアーカーシャを使い、この空の世界に残された穢れた星の歴史を消し去るのです!!」

 

 天を仰ぎ拳を握るフリーシアの姿はまるでおとぎ話の舞台を演じる役者の様だ。そう、彼女が主役で世界をその手に収める様に……

 

「そんな……黒騎士さん。アーカーシャが起動したらどうなっちゃうんですか?」

 

「私にだってわからん。だが、今ある世界が消えてなくなるのは間違いない。過去を変えるとはすなわち、それによって生まれた世界が消える事を意味する。星の民の襲来が無い、別の歴史をたどった世界が生まれ、今ある世界は無くなるのだろう……」

 

 不安そうなルリアの問いにアポロは起こり得る結末を予測する。

 変えられる事象は世界の歴史に大きな影響を及ぼした星の民に関する事。であるならその変化は現行世界の崩壊につながることは間違いないだろう。覇空戦争も無ければ星晶獣もいない世界。もはや全く違う世界になることは明白だ。

 

「歴史への反逆……セルグが言っていた話の意味はこれか。確かに反逆だな」

 

 セルグの言葉を思い出したグランが納得した様に呟いた。

 ガロンゾでセルグが聞いたフリーシアの目的、歴史への反逆とはよく言ったものだと。

 世界がたどった長い歴史を改竄するなどカタリナの言う様に世界を作った創世神の所業なのだ。

 彼女の目的は世界を作った神への反逆ととってもいいかもしれない。

 

「これまでの歴史を覆す。言いえて妙とはこの事です。ですが……」

 

「それを私達がさせるとでもお思いですか? 宰相さんの計画は随分と浅はかなのですね」

 

 リーシャが、ヴィーラが前に進みでて、フリーシアへと剣を向けた。

 フリーシアの狙いを聞いた以上それを易々とさせるわけにはいかない。ここに集う者達は一様に頷き各々武器を取る。

 

「その通りだぜ!! オイラ達がそんなこと許すとでも思ってんのかぁ!!」

 

「フフフ、ここに来た時点でその結末は変わりませんよ。切り札はこちらにもあるのですからね!!」

 

 だが、フリーシアの余裕の表情は覆らない。それもそのはず。彼らが立ちはだかることはわかっていたし、絶対的な手段を持ち合わせているのだから。

 グラン達に見せつける様にフリーシアは懐からある物を取り出す。

 

「魔晶か……その程度で今更」

 

「フッ、精々足掻いてください。絶望を浮かべながらその目で世界が変わる姿を眺めると良い……」

 

 口元を笑みで歪め、フリーシアは呼び出す。アーカーシャと共に彼女の自信の元となる絶対的なチカラを」

 

「目覚めよ、摂理を歪められし偉大なる創世樹よ。今ここに顕現し、星の理、無情の摂理を以て、我が敵を滅ぼせ!!」

 

 フリーシアの持つ魔晶が黒く輝くと地面が躍動した。周囲のそこかしこから木の根が現れグルグルとグラン達の目の前で収束していく。木々が混ざり合う様に形を作っていき絡み合う根はまるで龍の咢の様な形を成して口を開いた。

 膨れ上がる気配と力がグラン達の肌をビリビリと刺激し、それがこれまで出くわしたどんな敵よりも強大だと悟らせる。

 その中心。木々が融合した塊のような中に淡く緑に光る星晶の明かりが灯っていた。そこにいたのは嘗てここを訪れたグラン達が戦った存在。

 ルーマシーに宿る大星晶獣ユグドラシルがボロボロに変わり果てて木々に捕らえられた姿だった。

 

「こんな……こんなひどい事……」

 

 星晶獣の気配を感じられるが故に、ルリアには目の前の星晶獣ユグドラシルがどんな状態か理解できてしまう。

 帝国兵士、ポンメルン。彼らは魔晶によって大きな力を得た代償として反動でその身に負荷がかかっていた。兵士達の中には死者も出たと言う。

 ならば目の前にいる星晶獣はどうか。悲鳴を上げず、痛みを訴えない星晶獣であるユグドラシルにはヒトでは耐え切れない程大きな魔晶の力を注がれていた。

 その結果生まれたのは魔晶兵士等比較にするのもおこがましい程あり得ないチカラを内包した壊れかけた星晶獣。

 

「行きなさい! ”ユグドラシル・マリス”!!」

 

 音の無い悲鳴を上げながら、グラン達の目の前に魔晶に支配された大星晶獣が顕現した。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

色々と必要な会話を入れようとして不自然な流れができてる気がしないでもないです、、、
ここら辺は実力不足という感じですね。
最近は地の文をしっかり入れて心理描写を加えられるように意識しております。
元々は練習のための小説だったので書いていく上で作者の成長に繋がるようにと考えております。
でも高い評価をいただいておりますのでクオリティは上げて提供したい。
と、色々と自分のために迷走することが多い作者ですがこれからもお付き合いいただきたいです。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです


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メインシナリオ 第25幕

ちょっと開きました更新。
さぁさぁお楽しみ下さい

クライマックスに向けて少しテンションが上がりました作者の駄作をしかとみよ!


 ルーマシーの森の中で巨大なチカラが目覚める。

 ルーマシー群島の大星晶獣ユグドラシルは、帝国宰相フリーシアによって多大な魔晶のチカラを注ぎ込まれその身を禍々しく変異させた。

 

 ユグドラシル・マリス

 

 本来であれば森の守護者である彼女は、守るべきはずの木々を従え、目の前のグラン達に牙を剥いた。絡み合う木々が龍の咢を象ったように大きな口を開け、絡み合う根はまるで槍のように先を鋭くさせて蠢いている。

 おおよそ相手を滅するためでしかないような姿へと変貌した彼女の姿は、元の優しい守護者からは程遠い。

 

「ユグドラシルに――魔晶を使うなんて」

 

 悲しげなルリアの声がグラン達の耳に静かに入り込んだ。

 星の民によって生み出された星晶獣は器となる寄り代と必要な能力を生み出すためのチカラ。この二つから生み出された既に完成された存在である。

 器となるユグドラシルのコアに負担をかけて無理矢理チカラ注ぎ込んだそれは、ユグドラシルに大きく負担を強いるものであった。

 強大な力と禍々しい気配とは裏腹に、その状態はいつ崩壊するかもわからないようなギリギリの状態であることをルリアは感じ取っていた。

 

「なんて……何てことを!! 貴方達は、静かに眠っていたあの子を起こすだけに飽き足らず、こんな惨い仕打ちまで――今すぐに魔晶を使うのをやめなさい!!」

 

 顔を蒼白にして叫ぶのはロゼッタだ。ルリア同様にユグドラシルがどれほど危険な状態なのかを理解しているのだろう。ロゼッタは腰の短剣を抜き放ち、怒りに震える切っ先をフリーシアへと向ける。

 

「フンッ! 兵器たる星晶獣がどうなろうが知ったことではありません。貴方達を片付けた後に崩壊するもよし。崩壊しなければ残りのお仲間の相手もしてもらうだけです」

 

「ッ!? 宰相さん――貴方って人は」

 

「落ち着いてくれロゼッタ。あれを相手に一人で飛び出すのは危険すぎる」

 

 フリーシアの言葉にロゼッタが飛び出そうとするのをグランが止める。

 魔晶の力によってユグドラシルは変貌しただけではなく、フリーシアの意のままに操られている。いまここで一人で飛び出すのは自殺行為に等しいだろう。ロゼッタもそれを察してなんとか踏みとどまった。

 

「あら、来ないのですか? ならばこちらから」

 

 そんなロゼッタの姿を嘲笑うように、フリーシアは魔晶を通じてユグドラシルに命令を下した。

 狙う先は――

 

「ルリア!?」

 

「えっ」

 

 ジータの叫びが木霊する。

 不意打ちで動いたマリスの双頭の一つがルリアを飲み込まんと向かっていた。

 まさかいきなり来るとは思っていなかったルリアはなんの抵抗もできずにただ茫然と目の前に巨大な口が広がるのを眺める事しかできない。

 

「ライトウォール!!」

 

 間一髪、カタリナが生み出した光の障壁がマリスを阻む。すぐさまルリアの前へと躍り出たカタリナはキツくフリーシアを睨みつけた。

 

「いきなりルリアを狙ってくるか。形振り構わずといったところだな――だが、そう簡単に思い通りにはさせんぞ! 私がこの剣を手にしている限り、ルリアには指一本触れさせん!」

 

 怒りと決意を示しながら、カタリナもロゼッタ同様フリーシアを睨みつける。彼女の狙いがルリアだとはっきりわかっている以上カタリナのすることも決まっている。

 激を上げるカタリナに呼応するようにヴィーラとリーシャが並び立ち、その前をラカムとイオが陣取った。ルリアを奪われないよう何重にも防衛線を張る仲間達が見据える先は、不敵な笑みを崩さないフリーシア。

 雌雄を決することなくいきなり目標を狙ってくるのは彼女らしい。いつでも対処できるように彼らは最大警戒でルリアを守るべく動いた。

 

 

 

 

「グラン、ジータ。お願い――あの子を助けるためにも、チカラを貸してちょうだい」

 

「ロゼッタ……」

 

「ロゼッタさん……」

 

 一番前でフリーシアと対峙していた二人にロゼッタが懇願する。彼女にとってユグドラシルは特別な存在なのだろうか。その表情には彼女にしては珍しい焦りと不安に満ちている。珍しいロゼッタの姿に呆けるグランとジータをアポロは叱咤する。

 

「何を呆けている小僧ども」

 

「黒騎士……」

 

「いいか、よく聞け。私達だけじゃない。この世界にとって今この時が歴史の分水嶺だと覚えおけ。奴の狙いがアーカーシャだとわかった以上、奴の目的が達成されればこの世界は終わる――ここであの化物を退け、人形を取り戻し、アーカーシャの起動を阻止しなければこの世界に未来はない」

 

 グランとジータに語るアポロの目は真剣そのもの。アポロの言葉通りに世界の行く末を決める分岐点と呼べる戦いになることを認識して、まだ若い二人の団長はその肩に背負う世界の重さを感じた

 グッと力の入り具合を確かめるように二人は自らの武器を握る。手に持つ金色の武器が二人の意志に応えるように少しだけ光ったような気がしてグランとジータはすっと目を閉じた。

 

「いいな小僧共、出し惜しみはなしだ。――全力でいくぞ!」

 

「――あぁ!」

 

「――はい!」

 

 目を見開き、アポロの声に応えた二人は即座に天星器を開放。光の柱を上げながら、その身に強大なチカラを纏う。

 同時に仲間達も全力の戦闘態勢を取った。各々武器を手にし、ヴィーラはシュヴァリエのチカラを身に纏う。

 未だかつてないほどに強大な相手を前にして彼らはその手に持つチカラの全てをぶつけるべく構えた。

 

「カタリナ、ロゼッタ! ルリアを奪われたら終わりだ。二人は後ろで絶対にルリアを守り抜いてくれ!」

 

「ラカムさん、イオちゃん! 相手の手数は多いです。前衛が隙を作らないよう、援護をお願いします!」

 

 ルリアを守るためにカタリナとロゼッタを配置。蠢く木の根や蔦を見てラカムとイオは援護に回るようグランとジータから指示が飛ぶ。

 

「わかった!」

 

「任せて頂戴!」

 

「おうよ!」

 

「任せて!」

 

 言葉は違えど意志は同じ。それぞれに了承を見せて四人が動く。今更指示に疑問を持つこともない。グランとジータの戦況を見る目は確かであることを仲間たちは知っている。そしてこの場ではもう一人確かな実力をもって指示を出せる人間がいる。

 

「妥当だな……グラン、貴様は秩序の娘と一緒に適宜攻防の援護に回れ。ジータ、ヴィーラ。お前達二人は、援護を受けながら巨大な口を持つ二つを対処しろ」

 

 かつて帝国の軍を指揮していた七曜の騎士たるアポロからもグラン達に指示が飛んだ。

 

「分かった――でも、それなら黒騎士はどうするんだ?」

 

「お前達が凌ぐ間に本体を落とす。援護はいらん、お前たちはお前たちでなんとしてもルリアを守りきれ」

 

「そんな!? 援護無しだなんて、あれだけの数の木々の攻撃をどうする気ですか!?」

 

「誰の心配をしている? まさかこの私の心配などしているわけではないだろうな。鎧も愛剣もないが、それでも七曜の名は伊達ではないぞ」

 

 心配そうなジータの言葉にアポロは僅かな怒りを交えて答える。その目はジータの懸念が要らぬ心配だと語り、同時に彼女からは溢れんばかりに魔力が漏れ出す。漏れ出た魔力は色を変え彼女が持つ剣へと収束。四つの色を纏う剣を振り抜きアポロは荒れ狂う魔力を解放した。

 

 轟音

 

 炎が蠢く根を焼き払い、氷がマリスの動きを止める。風が蔦を切り裂き、隆起した大地が木々を圧殺した。

 クアッドスペル――セルグをして変態的だと言わしめた彼女の魔法。兵士達を圧倒していた溜めの無い小さな魔法とは違い順序を辿り確実に練り上げられた魔法はその威力をまざまざと見せつける。

 

 本来、アポロの得意とする属性は闇である。彼女の愛剣も鎧も、闇属性を扱うために仕立て上げられたものであったし、彼女自身も闇属性が一番扱いやすい。

 だが、闇とは別にアポロは四大属性に適性を持つ天才中の天才であった。魔法と言う別の媒介によって武器に縛られることなく四つの属性を扱える彼女の才能は異端もいいところ。属性を扱う規格外の才能、これが彼女が七曜の騎士たる所以だ。

 

 目の前で暴力的なまでの魔法を見せつけてアポロはジータを見返した。

 

「わかったか小娘。私の心配など十年早い。援護は不要だ。いくぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

 アポロの声を皮切りにグラン達は一斉に動き出した。それに応じる様に魔法で動きを止めていたマリスも攻撃を受けた部分を瞬く間に再生し、打って出るように動き出す。

 

 今、世界の命運を決める戦いが幕を開けた。

 

 

「レイジ!!」

 

 ジータの声と同時に仲間達の動きが変わる。血液の流れすら知覚できそうな程、鋭敏になった感覚は彼らの技をより高威力、高効率に昇華する。

 

「アローレイン!」

 

「スピットファイヤ!」

 

「フラワリーセブン!」

 

 グラン、ラカム、イオの攻撃が前衛の侵攻を妨げる木の根と蔦を薙ぎ払う。マリスまでの道のりを切り拓きそこをジータとヴィーラが駆ける。

 すぐさまマリスは残った木の根と蔦で迎撃。しかし襲いくるそれらは後方から放たれた風の刃で切り落とされる。

 

「援護します、お二人とも駆け抜けて下さい!」

 

 リーシャが剣を一振りすると風が渦巻き仲間達を覆った。リーシャの防御魔法”ウィンドシャール”。耐久性は決して高くないが弱い攻撃であればその防御力は存分に効果を見せる魔法だ。

 風に守られたジータとヴィーラは狙い通りに攻撃を受けることなく、目標へとたどり着いた。

 

「(さっきの再生能力……あれがどこまで高いものかわからない以上、まずは一度全力を込めて確かめる必要がある)」

 

 アポロの魔法によって薙ぎ払われた木々が、ほとんど時間をおかず再生した姿をみていたジータ。その再生能力の程度を図るために初手から全身全霊で奥義を敢行。

 ウェポンバーストで高めた集中力が奥義を放つために魔力を練り上げると、出現する七つの光点を七星剣へと集結させる。極光で刀身を肥大化させたジータは光の剣を振り下ろした。

 

「北斗大極閃!!」

 

 押し潰さんばかりに肥大化させた光の剣が大口を開ける創世樹の咢に振り下ろされる。渾身の力を込めたジータの奥義は強化魔法をかけたウェポンマスターという、現状でグラン達が出せる最大火力。

 初手でこの攻撃は、通じれば一気に優勢になり、通じなければ途端に打つ手が無くなるかもしれない賭けの一手。

 

「(手ごたえはあった。間違いなく叩き潰したはず……これでだめなら)」

 

 ジータは半ば祈るような面持ちで押し潰された創世樹の咢を見た。

 その視線の先には再生をほぼ終えて音の無い咆哮を上げる様に口を開ける創世樹の咢が鎮座していた。

 

「そん……な」

 

 ジータの紛う事無き全身全霊。天星器を使い強化魔法も加えたそれは彼等にとって最強の一撃であった。

 そしてその威力を、マリスの再生力が上回ったのだ。この時点でグラン達だけではマリスの討伐難度は大きく上がる。

 

 余りのショックに呆然としたジータはマリスを目の前にして動きを止めてしまう。隙だらけな姿にグランが声を張り上げた。

 

「ジータ!!」

 

「ハッ、しまっ!? っくぅ……」

 

 恐らくフリーシアによるものではないだろう。敵対する者に自動で対処するのか、間髪入れずに動いた蔦がジータを縛り上げるように拘束した。

 

「ぐぅ……っあ」

 

 ギリギリと締め上げてくる蔦にジータが苦悶の声を上げるもマリスの本命はこれではない。これはあくまで拘束手段であり本命は――

 

「逃げろジータ!!」

 

 再生を終えた木の咢がジータの目の前で口を開けていた。

 目の前に現れた死を呼ぶ光景にジータの血の気が失せる。身動きはできず、防御も回避も不可能。大きく開けられた口の先、暗い暗い死が浮かびジータは慄いた。

 

「させません! アフェクションオース!!」

 

 ヴィーラの声と共に黒い影が走り抜ける。

 疾走するヴィーラの影はジータを縛り上げる蔦を切り裂き、拘束を解ききれていないジータをヴィーラが抱えて跳躍。

 

「イオさん、ラカムさん!!」

 

 追撃しようとする木の咢を前に、ヴィーラはイオとラカムへと呼びかける。

 

「任せろ! デモリッシュピアース!!」

 

「エレメンタルカスケード!!」

 

 ラカムが放つ炎を纏う銃弾が木の咢を打ち上げ、追撃の炎の魔法が木の咢を焦がす。アポロ程ではなくともイオの魔法とて十二分に威力を誇る。咢が再生しきるまでの僅かな時間を稼ぐことに成功した。

 

「ごめんなさい、ヴィーラさん。たすかりました」

 

「お気になさらずに。私も呆気にとられたのは確かです……ジータさんの全力を以てしても倒し切れないとは思いませんでした」

 

 戦慄の眼差しでマリスを見つめるヴィーラ。視線の先ではもう一方の咢を、後衛の元に行かせないようグランとイオが抑えていた。

 

「ヴィーラさん、あっちをお願いします。こっちは私とラカムさんとリーシャさんで抑えます。こうなってしまっては黒騎士さんに頼るしかない……私たちは足止めに専念しましょう」

 

「承りましたわ。ジータさん、くれぐれもお気をつけて」

 

「わかっています。ヴィーラさんも気を付けてください」

 

 そう言ってジータは再度木の咢を見据える。ヴィーラもグラン達と共に戦うべく走り出し、戦いは防ぎ防がれの壮絶な膠着戦へと突入していく。

 

 

 

 

「ルリア、私から離れるなよ!!」

 

「は、はい!」

 

 ルリアを狙う様に木の根や蔦が迫りくる。

 ポートブリーズのティアマトが風を支配するように。アウギュステのリヴァイアサンが大海を支配するように。ここルーマシーでは植物たちがユグドラシルの支配下に置かれその猛威を振るう。

 地面のそこかしこから現れ木々のあちらこちらから手が伸びてくる様は、森全体が敵となった様である。迫りくる木々の猛威をカタリナは次々と斬り払うがその終わりがくる気配はない。

 

「(くっ、数が多すぎる!?)」

 

 絶え間なく剣を振るい続けるカタリナの防御をかいくぐり、幾つかの木の蔦がルリアをからめ捕った。

 

「あっ、カタリナぁああ!!」

 

「ルリア!! くそっやらせるか!!」

 

 捉えられ宙へと運ばれるルリアを視認しカタリナは剣を一振り。同時に彼女が持つ剣のように鋭い氷の刃が幾つも生成される。

 

「グラキエスネイル!!」

 

 放たれた刃はルリアを捉える全てを斬り払った。

 解放され、宙から落ちるルリアをロゼッタが抱き留めるも木々の猛威は終わらない。すぐさま次の脅威がロゼッタに向かうがロゼッタの表情に驚きや焦りは無かった。

 

「全く、あの子ったら――少し悪戯が過ぎるわよ!」

 

 ゾクリとするような強いロゼッタの声に迫りくる植物達の動きが止まる。いくら凄もうが植物が恐怖心で動きを止める事など無いだろう。急に動きを止めた植物達に抱き留められているルリアが困惑するもロゼッタは一人思考に入り込んだ。

 

「(やっぱりこの程度なら支配下における……でも、あっちの大きいのはまず無理。今の状態だと小さいのを防ぐので一杯一杯ね。それでも、私とカタリナがいればルリアちゃんの安全は確保できる、か――前線は膠着状態。となると状況を変えられるのは黒騎士だけ)」

 

「ロゼッタ、これは一体……?」

 

 駆け寄ってきたカタリナがロゼッタに襲い掛からない植物を見て不思議そうに問いかける。

 

「このくらいなら私も支配下におけると言ったところね。一応植物を扱う身ですもの……ただあっちは団長さん達に任せるしかないわ。精々がここでルリアちゃんを守るくらいしか、今の私にはできないわ」

 

 歯がゆそうに唇を噛みしめるロゼッタにカタリナは小さく笑う。

 

「十二分に助かる。それなら私はっ!?」」

 

「これは!?」

 

 次の瞬間、三人の周囲の地面から数本の木の根が噴出する。ロゼッタの支配下に置かれない程度にユグドラシルの支配を受けた木の根がその鎌首をもたげ三人に襲い掛かった。

 

「ロゼッタ、任せろ! ”ライトウォール・ディバイド”!」

 

 カタリナの声に合わせ四つの光の障壁が現れる。それはロゼッタとルリアの四方を囲み難攻不落の要塞と化した。

 ライトウォール・ディバイド――普段のライトウォールよりも小さく取り回しの利く四つの障壁を自由に展開し防御するライトウォールの派生魔法だ。一つ一つの防御は劣るが多方向からの攻撃に対処できる利点がある。

 障壁で防ぎ切ったところで即座にカタリナは木の根を全て斬り払った。

 

「私の支配にあっさりと対処してきたわね」

 

「このままではいずれルリアを奪われかねん……マズイな」

 

 ロゼッタとカタリナの声が強張り始める。ロゼッタの支配にも難なく対処してきたユグドラシルによって、既にルリアを守る防衛線も綱渡りに近い様相を呈してきていた。

 いつ奪われるかもわからない張りつめた緊張感の中、この後も二人は神経をすり減らす防戦を強いられる事になる。

 

 

 

 

 

 襲い掛かる木の根を斬り払う。

 迫りくる蔦を焼き尽くす。

 

 ユグドラシル・マリスへと向かう足はルーマシーの大地を踏みしめ、アポロは一歩ずつ確実に前進を続けていた。

 

「邪魔をするな」

 

 再び襲いくる木々の猛威を払い除ける。その動作は無造作でありながら、堅実で無駄が無く効果的だ。焼き、斬り、防ぐ。全ては確実に前進するため。

 確証は無くとも道筋は見えていた。焦りはあれど確実に計画を進めてきた。

 目の前で猛威を振るうマリスがフリーシアの切り札であるなら、これを排除した時、己の悲願は手の届くところになる。

 であるなら今すべきことは確実に進み確実にアレを倒すことだけ。

 

「あいつ等もまだやられていない。ならばあとは私が成すべきことだ……」

 

 彼女の前進は止まらない。排除できないアポロを前にして、マリスは動き出す。

 現れるは三頭目の創世樹の咢。驚異的な再生力を持ち、グラン達では倒すことが不可能に近かった生命力の化け物。

 

「足掻くか――愛剣は無いが、我が歩み……止められると思うな!」

 

 アポロの瞳に光が宿る。何が立ちふさがろうと打ち砕く。その決意を宿し、彼女は剣にチカラを込めた。

 本来であれば彼女の得意な闇が付与される剣が今は四色の光に彩られる。凝縮した魔力を付与したままアポロはそれを一振りで全て叩きつけた。

 

「黒鳳刃・月影!!」

 

 剣戟に乗せられた魔力の爆発。空間ごと葬るようなその驚異的な威力に創世樹の咢は跡形も無く砕け散った。それはもう再生が追い付かない程に。

 

 さらに前進を続けたアポロは全てを排し、ついに辿り着いた。

 

「人形を返してもらうぞ、フリーシア」

 

 ユグドラシル・マリスの足元――フリーシアの目の前へと。

 

 

 

 

 

「人形を返してもらうぞ、フリーシア」

 

 ギラリと睨み付けるアポロの視線を受けフリーシアは感嘆の表情を浮かべた。

 

「まさかここまで抗えるとは思いませんでした……さすがは七曜の騎士と言ったところですか。よくもまぁここまで戦えますね。貴方を突き動かすのは一体何なのですか? まさか世界を救いたい等と高尚な事を言うはずもないのでしょう。こんな人形が、貴方にとってどれほどの価値があると?」

 

「――もうすぐなんだ。人形を取り戻せば、彼女が還ってくる」

 

「彼女……?」

 

「ルリアと人形を使って私は本当のオルキスを取り戻す。その為に帝国を使い、傭兵共を使い、準備をしてきたんだ! 貴様に取り戻したい過去があるように、私も取り戻したいヒトがいる。邪魔はさせんぞ、フリーシアぁ!!」

 

 慟哭にも近いアポロの激情の声が響き渡る。壊れかけた心を希望で繋ぎ止めてきた。彼女が放つ鬼気迫る声は聞くものの心を揺さぶる程強い願いの声。

 

「――そうですか」

 

 だがその願いは

 

「――クックック」

 

 フリーシアの嗤いと共に……

 

「クフ……フフフ……ハァハッハッハ!!」

 

 脆くも崩れ去る事になる

 

「何が……何がおかしい!?」

 

「これが笑わずにいられましょうか? まさかそんな無意味な事に必死になっていたとは……」

 

「無意味だと……ふざけるな!? ルリアのチカラを使えば失ったオルキスを補完できる。貴様から人形を取り戻せば」

 

「そのルリアのチカラとは、一体何のことです?」

 

「何……?」

 

 アポロの言葉を遮り問いかけるフリーシアの嗤いは、アポロの希望を踏みにじる喜びに満ち溢れていた。

 

「ルリアのチカラ。それは貴方の言う様に都合よく適合して埋めるような便利な能力ではありませんよ。器として存在するルリアは所詮受け皿でしかない。この空の世界に於いて、必要なものを取り込む能力。それがルリアのチカラです。星晶獣自体も星晶を操る能力も、全てはルリアが必要だと取り込んだものに過ぎない」

 

「そんなバカな……貴様は確かにルリアのチカラは適合するものだと!!」

 

「それをバカみたいに信じたのですか? まぁそれも仕方ありませんか――そうしなければ己を保てなかったのでしょう? 絶望から目を逸らし希望を抱き続けるにはもうそれしかなかった。情報の真偽を確かめもせずに叶わぬ願いを追い続けていたとは本当に滑稽だわ。断言してあげましょう。仮にルリアと人形を適合したのなら、人形を取り込んだルリアが出来上がるだけ。そこに貴方が求める者は存在せず、ただただオルキスであった人形を失うだけに終わるでしょう」

 

 フリーシアの言葉にアポロの身体が震える。目の前に見えてきたはずの希望が消えうせ、目を逸らし続けていた絶望が背後に忍び寄る。カタカタと震えるアポロはそれでも折れず声を絞り出した。

 

「ふ、ふざけるな……認めん、絶対に認めん!! ルリアを使えばオルキスが還ってくる。彼女ともう一度笑い合え」

 

「諦めなさい。貴方の願いは、叶わぬ夢でしかない」

 

 ピシャリとフリーシアは止めの言葉を言い放った。無情に、無遠慮に、無慈悲に。

 

「あっ……あぁ……」

 

 その瞬間にアポロの瞳から光が消えた。

 剣を手放し、崩れ落ちる身体。ルーマシーの大地にその身を横たえ、彼女は現実を見ることを放棄する。

 

「余りの絶望に壊れましたか……目障りですね。マリス!」

 

 感慨のない目でフリーシアがアポロを見据え、マリスに命令を下す。

 地面が躍動しまたも現れたのは創世樹の咢。サイズはグラン達が戦っているのより多少小さいもののヒト一人であれば丸呑みできるサイズだ。

 その瞳に何も写さないアポロを前にして木の咢が口を開いた。

 

「オル……キス……」

 

 最後まで呟かれるのは彼女の最愛の存在。全てを捨ててでも取り戻そうとした彼女の世界そのものの少女の名前。

 暗くなっていく世界の中、アポロはオルキスの名を呟き続けた。

 

「ふっざけてんじゃねぇぇえぞ!!」

 

 次の瞬間、光の斬撃がアポロを呑みこもうとした咢を食い破る。再生力は高いものの一度形を崩された咢はアポロを手放した。

 

 早足で駆けてきた足音の主。この場にやっとたどり着いたセルグは状況を見るやアポロを抱えすぐさま後退。次の瞬間には後方から巨大な炎の壁が迫りマリスの追撃を焼き払う。

 

「ゼタ、更に追撃が来るぞ。焼き払え!!」

 

「りょーかい!!」

 

 セルグの声に応えゼタは再度サウザンドフレイムで迎撃。アルべスの槍から噴き出した炎はマリスの追撃を全て灰燼に帰す。

 

「セルグ、ゼタ、オイゲンも! 無事だったんだな!」

 

 後退してきたセルグとゼタの元にグラン達が一度集う。無事であったことを喜ぶのと同時に彼らが加わればマリスを倒すことも可能かもしれない。

 膠着状態に光がさした瞬間でもあった。

 

「遅くなってごめんねぇ。ちょっと予想外に苦戦しちゃって」

 

「半分はオレのせいだ。悪いな、遅れて」

 

「もぅ――セルグ! だから違うって言ってるでしょ!!」

 

 未だ自戒の念が消えないセルグの表情にゼタが怒りを露わにしながら窘める。

 そんな姿にグラン達は目を丸くした。

 

「セルグ、またなにか」

 

「セルグ! アポロは無事か!?」

 

 グランが何があったのかと問いかけようとしたところでオイゲンが駆け込んでくる。

 セルグとゼタは追い付いてすぐさま前線に吶喊し、オイゲンはカタリナとロゼッタの援護に回っていた。前線から戻ってきたセルグがぐったりとしたアポロを抱えているのを見て慌てて駆け寄ってきたのだ。

 

「外傷はない。問題は……」

 

「すまない……オルキス……」

 

 セルグがアポロへと視線をやると、そこにはうわ言のようにオルキスの名前と謝罪を繰り返すアポロの姿。

 

「アポロ……一体」

 

「何があったかはわからんが、精神的に壊れてしまっている」

 

「おい、アポロ!! しっかりしろ!! どうしたってんだ!?」

 

「オルキス……オル……キ……」

 

 強く呼びかけるオイゲンの言葉にも反応せず、アポロは小さく呟き続けるだけであった。

 

 

「グラン、状況は?」

 

 アポロの事は一先ず置いておきセルグはグランに状況の確認をする。

 

「かなり厳しい状態だ。魔晶のチカラに侵されたユグドラシルは再生力が桁違い。森を支配下に置いているからルリアを守るのも一苦労だし倒すのなんて二の次で後手に回りっぱなしだ」

 

「黒騎士さんの攻撃で打ち砕いているのは見ましたから倒せない事は無いはずですが、私達では再生力を上回る攻撃が出せませんでした。セルグさん、ヴィリウスと融合して何とか倒せませんか?」

 

 答えるグランとジータを含め、仲間達はかなり消耗が伺える。前線に出ていたジータとヴィーラには傷が幾つもあったし援護に 回っていた面子も同様。己でなんとか逃げ回っていたルリアでさえ泥だらけで息を切らしている。

 ジータに問いかけられたセルグは僅かに表情を歪めた。それは言わずとも難しいのだと分かる表情。普段なら任せろと自信満々にいってきそうなセルグの微妙な顔にグラン達が疑問符を浮かべた。

 

「悪いが難しい。既に一度融合を使った反動で体がまともに言うことを聞かない。融合するには厳しい状態であるし、しても戦えないだろう。ゼタ、いけるか?」

 

「私も厳しいわね……さっきも大技連発でただでさえ疲れていたのが余計にキツイわ」

 

「まずいな、黒騎士まであんな感じじゃ打つ手が」

 

「作戦会議は終わりですか」

 

 会話を遮り、フリーシアが割って入る。

 既に一行はマリスの本体と木のアギトによって囲まれており、襲いかかるのを今か今かとと待つような状態。

 マリスの本体の後方で、フリーシアはお袈裟な身振りをしながら口を開いた。

 

「ここまでよく頑張りました、あなた方の功労を讃え人形をお返ししますよ」

 

「何……だと」

 

 フリーシアの言葉に臨戦態勢だったグランたちは怪訝な表情を浮かべる。周囲を囲むマリスの奥に目を凝らすと小さな人影を見つけた。

 

 

 そこにいたのはグランたちへと歩みを進めるオルキスが居た。

 

 




如何でしたでしょうか。

今回の見どころ

フリーシアさんが悪役っぽく描けてるかなぁってとこですね。
もう絶望に叩き落とすって感じに描けてたらいいんですけどもう少し言葉とか多分に使いこなしたかった。
ついでに嘲笑うような嗤いを声に出させるの難しい、、、

次回も大荒れになること間違いなしのルーマシー編をご期待ください。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。

ご感想お待ちしております


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メインシナリオ 第26幕

そこそこ仕上がって居たので早めに更新できました。
それではどうぞお楽しみください


 ”あなたは――だれ?

 

 それが目覚めた彼女の第一声であった。

 

 

 エルステ王国の王宮内。大きくて豪華なベッドに横たわっていた彼女は、意識を取り戻すと、すぐさま衝撃を受ける。見れば自分に抱きついて泣きじゃくる同じ年の頃の少女の姿。しきりによかった、と呟きながら彼女に抱きつく少女が顔を見上げた時、彼女はその第一声を放ってしまった。

 

 それがどれだけ少女を傷つけるかを知らぬまま……

 

 少女は一瞬固まり、続いて青ざめ、彼女の肩に手を掛ける。

 

 ”私だよ! アポロニアだよ!!”

 

 ”アポロニア……貴方の、名前?”

 

 問いかけられた少女は訳が分からなくなりその部屋を飛び出していく。目じりに溜まっていた涙が彼女のベッドに一滴の染みを残しており、彼女は少女を傷つけてしまった事だけを漠然と理解した。

 

 ”アポロニア……”

 

 理由はわからずとも彼女は少女に謝らなければと思った。

 だが、それ以降彼女の前に少女が姿を現すことは無く、次に彼女がその子と再会したのは幾年も月日を経てから。

 

 ”人形……今日から私と行動を共にしてもらうぞ”

 

 冷たい声

 冷たい鎧

 冷たい空気

 

 どこまでも冷たくなってしまった少女。されどその瞳は、決意の炎でどこまでも熱く燃えていた。

 

 

 

 

 

 ルーマシーの大地をゆっくりと、小さな少女が歩んでいく。

 足取りは遅く、だが視線を真っ直ぐに、決意の瞳を携えて。

 

「(アポロはずっと泣いていた……)」

 

 思い出すのは先ほどまで少女の目の前に来ていた彼女の姿。

 絶望に染まり、心を壊され、現実を見ることを諦めてしまった大切なヒトの姿。

 

「(私がオルキスになってしまったから。私が……オルキスを奪ってしまったから)」

 

 抱えていたのは彼女に対して酷いことをしたという罪の意識。

 少女自身に罪は無い。目覚めた時にはそうなっていたわけだし、記憶を失った少女に何故そんな事を言ったと責めるのは酷な話。

 だがそれでも、放ってしまった言葉は飲み込めない。少女の言葉が彼女の心をどれ程深く傷付けてしまったのか……それはこれまでの彼女を見れば痛い程わかった。

 

「(だから――私が取り戻す。涙を流さず泣いていたアポロの。ずっと必死に取り戻そうとしていたアポロの、大切な過去を)」

 

 その所業は、悪魔の所業だろう。壊れる前の彼女が言う様に、過去の出来事を変えるとは現行世界へ大きな影響を及ぼす。今の少女が消えて元のオルキスがずっと健やかに生きていた世界であれば、それは彼女の人生を大きく変えるはずだ。

 帝国最高顧問にまで上り詰めた彼女の人生が変わるとはこの空域に於いてどれ程の影響が出るかわからない。

 ここまで一緒にきた彼らの旅路だって……大きく変わるに違いない。

 

「(それでも、私はオルキスの偽物で、アポロにとっては大切なヒトを奪ったヒト。私がいなくなって、オルキスが戻れば、アポロは幸せになれる)」

 

 進めてきた歩みを止めた少女の目の前には喜びに染まる青の少女。己に飛びつかんばかりに駆け寄ってきた青に、少女は静かに最後の言葉を言い放つのだった。

 

 

「ルリア――ごめんなさい」

 

 

 翻された腕は世界の崩壊への序曲となる。

 

 

 

 

 

 向かいくるオルキスに一行は動きを止めてしまう。

 オルキスを返す……フリーシアの計画にはオルキスもルリアも必要なはずであり、だからこそこれまでルリアを奪おうと躍起になっていたはずだ。先ほどまでマリスを使ってルリアを奪うために攻撃を加えて来たのがその証拠。

 それが自らこちらの目標であるオルキスを手放すと言うのだ。マリスに追い詰められていることも忘れグラン達が戸惑うのは無理のない事だった。

 

「一体……何を考えているんだ」

 

「罠……にしちゃあからさますぎる」

 

 カタリナとラカムが困惑を言葉とするが他の仲間達も同様。周囲に別の気配は無いか、マリスに動く気配は無いか。罠を警戒しながらグラン達は動きが起きるのを待った。

 その中で只一人、セルグだけは目の前の光景に戸惑いではなく恐怖を覚える。

 

「(なんだ……この感覚。マリスの威圧感じゃない。具体的ではなくもっと漠然とした危機感)」

 

 胸の中に鉛でも詰め込まれたようにズシリと重たい不安がセルグを襲う。

 何が? と考えてもわかる事の無い言い表すことのできない不安は誰かから感じるものでもなく、強いて言うならこの世界から感じると言うべきか。

 

「グラン、罠かもしれない。ルリアを下がらせるんだ……」

 

 言い知れぬ不安を確かなものだと断じ、罠の可能性も含めてセルグは前に居たグランに指示を出した。

 

「え、あ、わかった――ルリア!」

 

 だが、グランがルリアを呼ぶも既にルリアはオルキスの目の前に。一足遅かった対処は世界を揺るがす強大な存在の目覚めを、許してしまう事となる……

 

 

 オルキスがルリアへと手を翳す。オルキスが放つ気配は星晶獣を扱う時の様に超常的な雰囲気となり、それはルリアや、セルグ達が相対したロキ等と同様。星の民のチカラを持つ者の証。

 

「我、アルクスの名において。星晶獣アーカーシャの起動を執り行う」

 

 小さな少女の小さな口から、鍵となる言葉が紡がれる。感情を現さないオルキスは淡々と、ただ必要な手順を進めていく。

 

「管理者の認証を完了。星晶獣アーカーシャの起動要請を受諾」

 

 オルキスの言葉を聞いた瞬間、ルリアの気配もオルキス同様に空の民とは違う異質なものへ変わった。

 無機質な瞳は人形と呼ばれたオルキスより機械染みており、ルリアの明るい声は成りを顰め、オルキス同様にただ必要となる言葉を紡ぐだけとなる。

 

「管理者権限を”ビューレイスト・アルクス”から移譲――掌握。星晶獣アーカーシャを起動します」

 

 ルリアの言葉と共にグラン達は絶対的な存在が目覚めた事を感じ取った。

 体中が恐怖に震えて、呼吸をすることを忘れる。その場を支配する空気が全身を圧迫するように彼らの動きを止める。

 余りにも規格外な存在感に誰もが恐怖する中、それは目覚めた。

 

 ”星晶獣アーカーシャ”

 

 その能力は世界の理の外。

 過去現在未来の全てに干渉し世界を創りかえる事の出来る神と等しき存在。

 星晶獣でありながら凡そ生物としての外観を持っていないそれは、白や青を基調とした何かで構成されているとしか言えない姿を見せて、ルーマシーの遺跡の奥より目覚めた。

 

 

 アーカーシャが起動した瞬間。皆がその存在感に気圧されて動けない中、セルグは己の異変を感じる。

 目の前の光景をどこか遠くの出来事の様に感じ、意識がふわふわとしていく……それはまるでもうすぐ眠りにつく様な危うい精神状態であった。

 

「(何をしている……早く……動かないと)」

 

 身体にいくら命令しようと動く気配は無く、セルグの意識はまるで身体から抜け出ていく様に上昇していく。

 

 ”我が子ながらさすがだな……ここまで抵抗するとは”

 

「(何だ……声?)」

 

 頭に響いてきた声はいつかどこかで聞いた覚えがあるも今の精神状態のセルグにはそれがいつだったか、どこだったかは思い出せない。

 

 ”そろそろいけるか。悪いがそなたの使命を果たしてもらう”

 

 その言葉が終わった時、セルグの意識はプツンと途絶えた――

 

 

 

 

「素晴らしい」

 

 身体の震えは恐怖からか。それとも歓喜からか。どちらにしてもフリーシアの表情は変わらない。狂気と狂喜に塗れた表情のままフリーシアはアーカーシャを見上げて嘆息する。

 これで悲願は叶う。うるさい小娘を絶望の淵に叩き落とし、望みのものを手に入れたフリーシアの気分は絶頂の最中だった。

 

「さぁ――命じなさい、オルキス。星の歴史をこの世界から抹消し、あるべき正しき姿へと戻すのです!」

 

「――わかった」

 

「ま、待つんだオルキス。アーカーシャを起動しては……っ!?」

 

「ダメだよ、オルキスちゃん。だめぇええ!!」

 

 止めようとしたグランとジータをマリスが動いて妨害する。一斉に地面より生え出てきた木の根に妨害されて他の仲間達も二人の元へとたどり着けずにいた。

 フリーシアの声に、答えたオルキスは再度ルリアへと手を翳す。ルリアを介してアーカーシャへと命令するため。オルキスが告げるのはこの世界が終わりを告げる最後の言葉。

 

 

 だが、フリーシアもオルキスも。ヒトの意志を甘く見ていた。

 儚く弱くとも、時に大きな力となるヒトの強き意志を……

 

 

「我、アルクスの名に於いて命ずる。この世界の」

 

 ”――オルキスちゃん”

 

 ハッとした様にオルキスの言葉が途中で止まる。脳裏によぎったのは目の前の少女の声。思い出されるのは、以前にグラン達がルーマシーを訪れた際に共に行動した時の記憶。

 

 ”これからよろしくね! オルキスちゃん!”

 

 まだ友達と言う者を知らなかったオルキスが、その言葉の意味を教えれらた初めての友達と呼べる存在。それがルリアであり、グラン達であった。

 

 ”よろしく……よろしくって何?”

 ”これから仲良くしましょうって事よ。私はイオ。よろしくね、オルキス!”

 ”そうですね、折角だから私も。私はジータだよ”

 ”僕はグランだ。よろしく、オルキス”

 ”よろしく……? みんな、友達?”

 

 ”あぁ、みんな友達だ”

 

 彼等はこんな人形みたいな自分を友達と呼んでくれた。

 自分がこの先の言葉を紡げば彼等はもしかしたらもう出会えないかもしれない。この先の言葉を言ってしまえば彼等とはもう会えない。

 瞬く間に見えてきた未来はオルキスのなかで葛藤となって膨れ上がる。

 アポロの幸せの為にアーカーシャを使う自分と、彼等の絆を無かったことにして良いのかと自問する自分。

 人形のように生きてきた少女にとってこの選択を決めることは容易ではなかった。

 

「この世界の……この世界を……」

 

 翳した手が震える。目の前にいるのは自分を大切な友達だと言って危険を顧みずここまで助けに来てくれた人達。オルキスにとってアポロと同様に彼らは大切なヒトになっていた。

 次第にオルキスの視界は滲んでいき震える手はゆっくりと降りていく。

 

「ごめんなさい――ごめんなさい。アポロ」

 

 アポロの為に、フリーシアを騙してアーカーシャを使おうと決めたのに。彼女を助けるためにオルキスに宿った意志が、皮肉にもグラン達を切り捨てる事を良しとせずにオルキスの願いを邪魔する枷となる。

 決意を秘めていたはずの瞳は涙を流し、その視線は壊れてしまったアポロへと向けられ、その口は望みを叶えられない事への謝罪を紡いだ。

 

「――あ、あれ……私、一体どうしたのでしょう?」

 

 オルキスの干渉が消え、ルリアは元に戻りアーカーシャも停止する。

 圧迫するような存在感は露散し、その場に静寂が戻った。

 

 

 

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 アーカーシャの停止を見て狂乱したフリーシアの声が轟く。なんという誤算か――言われるがままに動くはずの人形がまさか命令を拒否する等と、フリーシアは露ほども思っていなかった。

 事実、これまでの受け答えでもオルキスは声に感情は見られず命令を聞いたはずだった。

 だが、それもそのはず。オルキスに明確に意思が芽生えたのは他ならぬこの場。目の前で壊れたアポロを見た瞬間なのだから……

 

「できないだと!? 人形如きが何をふざけた事を言っている。早くアーカーシャを起動しろ!!」

 

 血走った目でオルキスへと向かうフリーシアの前にグランが立ちはだかろうとするも

 

「えぇい! 邪魔をするな、マリス!!」

 

 それはマリスの攻撃であえなく吹き飛ばされた。

 

「みんな! オルキスは奪取した。撤退するぞ、急げ!!」

 

 吹き飛ばされながらもグランは皆に指示を出す。一先ずの危機は去った。

 アーカーシャは停止しこちらにはルリアとオルキスがいる。ならば長居は無用でありマリスとわざわざ戦い続ける必要も無いのだ。

 グランの声に仲間達はすぐさま応え、一斉に動き出そうとする。

 だが、彼らにとっての脅威とはアーカーシャだけではなかった。

 

 

「セルグ、殿を頼むわよ……って、セルグ?」

 

 動き出そうとしたゼタはセルグの様子がおかしい事に気付く。

 俯いたままのセルグの表情は読み取れず、まだ落ち込んでいるのかとゼタが覗き込もうとしたとき、セルグは突如天ノ羽斬を構えた。

 

「これは僥倖だ――アーカーシャの一時的な停止を確認。最優先事項――アーカーシャ起動キーの抹消。二次目標として管理者の抹消も必要だと判断する」

 

 ルリアやオルキスとは違い機械的な感じではないものの、淡々と必要な事だけを口にするセルグは明らかに異常であった。

 

「ちょ、ちょっとセルグ。こんな時に笑えない冗談は」

 

「すまないが退いてもらおう。後顧の憂いを断つ為にも、あれは抹消しておいた方が良い」

 

 ゼタが止めるのを遮りセルグは構えを取ったまま動き出す。その先には、オルキスの手を取り、走り出そうとしたルリアがいた。

 

「ルリアちゃん、逃げて!!」

 

 危険を感じたゼタの叫びが響く中、セルグは躊躇なく天ノ羽斬をルリアへと振り下ろす。

 

 

 撤退しようと動き出す中、響き渡る金属音。その出所はルリアへ振り下ろされた天ノ羽斬を防いだカタリナの剣だった。

 

「セ……ルグ。一体何のつもりだ!!」

 

 ギリギリと鍔競り合う二人。膂力の差で徐々にカタリナが押される中セルグは口を開く。

 

「――邪魔をしないでくれ、ここで起動キーを消さなくてはこの世界は」

 

「はぁ!!」

 

 セルグの言葉が終わる前にヴィーラが全力で後ろから斬りかかった。遠慮も何も無い攻撃を加えたのはそうしなければセルグを退けさせることができないと判断したためだ。

 

「お姉さま、御下がりください! 私が食い止めます、すぐにルリアちゃんを――っ!?」

 

「邪魔だ」

 

 一瞬。カタリナへと声を掛るためヴィーラが意識を向けたその瞬間にはセルグはヴィーラの懐に入り込んでいた。

 瞠目したヴィーラが切り捨てられそうなところでリーシャが割って入る。

 

「貴方は……貴方は一体何をしているんですか!!」

 

 あれ程までに守れなかったことを後悔し、仲間を守る事に固執するセルグが今仲間を傷つけようとしている。怒りの乗った声に合わせるようにリーシャはセルグを押し返して、すぐさま魔法で風の刃を放って追撃。襲いくるセルグと距離を取れるよう次々と攻撃を繰り出していく。

 

「(まさかこんな形でこの人と戦うなんて……くっ、早すぎる)」

 

 セルグとはいつか立ち会ってみたいと思っていたリーシャ。モニカに対して抱いていた思いに近い、小さな憧れと対抗心からだったが、いざ立ち会ってみると改めてその強さに恐れを抱いた。

 接近させないように、自由に動かせないように牽制の攻撃を放ち続けるが、少しでも隙を作れば即座に剣閃が飛んでくるだろう。攻撃し続けることでリーシャはセルグの驚異的な攻撃から防御することしかできない。

 だが、元より武闘派ではないリーシャではいくら上手く立ち回ろうとすぐに限界がやってくる。狙いの逸れた攻撃を見切られ一足で接近を許してしまうリーシャにセルグが一閃を見舞う。

 

「ライトウォール・ディバイド!」

 

 カタリナの障壁が間に割り込みなんとか危機を免れたリーシャは後退しながらもそのまま攻撃と言う名の防御を続ける。

 突然のセルグの行動に動揺を隠せない一行はルリアとオルキスからセルグを引き離すように動くが、対するセルグは彼らの防衛網を躱してとうとう二人へと接近。

 

「しまった、ルリア!!」

 

 カタリナが叫ぶ中再度振り下ろされた天ノ羽斬。間違いなくルリアの首を落とそうと振るわれたそれを今度は別のものが邪魔をした。

 

「――荊?」

 

 セルグが天ノ羽斬を握る左手が地面より生えてきた荊に絡め取られていた。

 すぐさまセルグは天ノ羽斬を手放し、右手に持ち直す。だが今度は踏み込みながらの一閃を振るおうとしたセルグの足が絡め取られる。

 

「――クッ!? この程度で!」

 

「イオちゃん! なんでも良いから魔法で気絶させて!」

 

「わ、わかったぁ!」

 

 目の前で行われる攻防に見とれていたのか、どこか呆然としていたイオはロゼッタの声に応え、慌てて杖を振るう。身動きの取れないセルグの後頭部にイオの氷魔法アイスによる氷塊が当てられセルグは意識を飛ばす。

 横たわるセルグを見た瞬間にロゼッタは荊でセルグを拘束。カタリナが投げ出された天ノ羽斬を回収した。

 

「一体何が……」

 

「貴様らぁあああぁあ!」

 

 未だ状況が掴めないグラン達を今度はフリーシアの操るマリスが襲う。

 

「逃がすものか! 絶対に、絶対に絶対にぃいいい!」

 

 狂気に満ちた瞳は衰える事無くルリア達を狙う。グラン達はセルグを回収してすぐさま撤退を始めた。

 

「お、おい!まってくれ! アポロはどうするんだ」

 

 オイゲンが見据える先。既に追いすがってくるマリスの後方へと置き去りにされていたアポロに仲間達は表情を歪めた。

 セルグの突然の異変によってアポロを置いたまま随分と移動してきていたのだ。

 

「オイゲン、申し訳ないけど今は撤退が最優先だ。マリスに対抗できない僕達が今戻ってもむざむざやられに行くだけになる」

 

「苦しいかもしれませんが、ここは耐えて下さい。私たちは絶対に諦めず助けに来ますから!」

 

 グランとジータの必死の言葉にオイゲンは言葉を詰まらせる。

 できるなら戻りたい。大切な娘を助けに行きたい。だがそれは彼等とて同じ。己の半分も生きていないような少年少女がこの場で苦渋の決断をしたと言うのにここで我を通すことなどオイゲンにはできなかった。

 

「――ありがとよ二人とも……殿は任せろ」

 

 二人の決定に従ったオイゲンにできる事と言えば、置き去りにしてしまう娘を殿になって最後まで目に焼き付けるぐらい。

 遠くに消えていく娘を脳裏に焼き付けながらオイゲンは手に持った銃を固く握りしめ続けるのであった。

 

 

 

 

 

「クソッ!! 森全体がオレ達を狙ってきやがる――急げ!!」

 

 先導して走っていたラカムが一度振り返ると迫りくるマリスの攻撃を迎撃する。走りながら溜め込んでいたチカラを解放し、放たれたデモリッシュピアースがオイゲンを狙っていた創世樹の咢を迎撃した。

 

「イオちゃん、アタシと一緒に先導して。邪魔するのは全部焼き払うよ!!」

 

「オッケー! 任せて!!」

 

 ゼタとイオが先頭を走った。

 炎を扱える二人は前に出て、蠢く森がもたらす妨害の全てを焼き払っていく。

 

「グラン。セルグさんを落とさないようにね……黒騎士さんはどうにもできなかったけど。私、誰かを置いていくなんてイヤだから」

 

 セルグを背負って走るグランに、ジータから心配の声が挙がった。対するグランは気合いの入った顔で答える。

 

「わかっている。そのかわり援護は任せたからちゃんと護ってくれよ」

 

「うん! 任せて」

 

 答えるや否や表情を鋭いものに変えてジータは反転。殿を務めていたオイゲンの元へ。

 迫りくるマリスの攻撃に対して銃撃で対応していたオイゲンを援護しに向かう。

 七星剣の奥義が放たれ、七つの光点が縦横無尽にマリスの攻撃を迎撃していった。

 

「ジータさん! 気合いを入れるのはいいですがおひとりで何でもやる必要はありませんからね。私だって戦えるんですから」

 

「――いいえ、リーシャさんはさっきのセルグさんとの攻防だけでもかなり消耗してるんじゃないですか? 防御は任せてリーシャさんは走り続けて下さい」

 

「うっ、さすがに良く見ていますね――それでは全体の状況判断は私がします。艇の出航準備を考えればオイゲンさんとラカムさんには前を走ってもらいジータさんが足止めをすることになります。大丈夫ですか?」

 

「大丈夫……必ず守り抜きますから」

 

 それはグランに言った言葉を実現するためにみせるジータの決意の表情。誰も残すことなくこの島を脱出する。その為であればなんであろうとやり遂げると。

 ジータの気迫あふれる顔を見てリーシャも頷いた。

 

「わかりました。それではジータさん、2分だけマリスの足止めを――」

 

「大丈夫よリーシャちゃん。足止めは私の方で何とかするから。今はとにかく急ぎましょう」

 

「ロ、ロゼッタさん? 一体何を言って」

 

「この森は私の故郷だもの。奥の手の一つや二つ隠し持ってるわよ。だから信じて」

 

 突如割り込んだロゼッタの言葉に不審に思うも、リーシャの言葉が終わらぬうちにロゼッタは安心させるようにウインクを交えながら答えた。

 

「――わかりました。ジータさん。さっきのは無しです。まずは全力で逃げ切りましょう!」

 

「はい!」

 

 幸いにもマリスの動き自体はそれほど速くない。走り続ければある程度引き離せる。そうなればあとは森の妨害くらいだがそれはゼタとイオのおかげで大丈夫そうだ。

 最悪の予想を幾つも想定しながら、リーシャは二人と殿を走り続けるのだった。

 

 

 

 

「急ぐぞオッサン!!」

 

「ヘマすんなよ若造!!」

 

 走り続けた一行はグランサイファーの停泊している場所へとたどり着く。後は脱出するだけ……

 すぐさまラカムとオイゲンが乗り込み出航準備を始め、ゼタ、ヴィーラ、グランとその手伝いに走った。

 後方の警戒にまだ艇に乗り込まないのはロゼッタ、リーシャ、ジータ イオ。そしてビィがいた。

 マリスの気配は徐々に強まってきている。追い付かれるのも時間の問題。

 三人と一匹が緊張に包まれる中

 

「さて、ここまでくればあとはどうにでもなるわ。皆、艇に乗り込んで」

 

 静かにロゼッタは皆にグランサイファーに乗り込むように促す。

 

「ごめんなさいね。私はここに残らなければいけないの。崩壊の手前まで言ってしまったあの子を助ける為に……」

 

「あの子って……」

 

 ロゼッタの言葉に戸惑いと疑問が浮かぶ中、ジータがロゼッタに詰め寄った。

 

「ロゼッタさん!! 何を言っているんですか!? 貴方を置いていくなんてできるわけ」

 

「ごめんなさいね、ジータ。貴方の気持ちは痛い程わかる。それでも貴方が私を置いていけないように、私はあの子を置いていく事は出来ないのよ。ユグドラシルは島に眠るコアに魔晶によって過剰なチカラが注ぎ込まれている。純粋な星晶のチカラではなく、粗悪な模造品のチカラをね――そのせいであの子はもう崩壊寸前まで追い込まれてしまっている。誰かが傍にいてあげなければいけないの」

 

「そんな――」

 

「だからお願い、必ず助けに来て」

 

「えっ……」

 

 この島に残る。どれ程危険なのか理解しているジータはこれが今生の別れになるのではと恐れていた。

 だが、ロゼッタの想いは違う。先を見据え、なにかに希望を見出している。

 

「貴方達にはあの子を救うチカラがある。貴方達にはより良い未来へたどり着くチカラがある。それで、私達を救ってほしいの。――ビィ君、貴方は思い出したくないでしょうけどね」

 

「お、オイラ……?」

 

 ロゼッタの言葉にビィが戸惑いを見せた時、ロゼッタの背後からマリスが現れる。マリスを確認したロゼッタはすぐに真剣な面持ちとなって皆を促した。

 

「さぁ、行きなさい!」

 

「わかりました――ロゼッタさん、必ず戻ります。必ず!!」

 

「ジータ、待って!? そんな、ロゼッタぁ!!」

 

 離れたくないようにロゼッタに縋ろうとするイオをジータが抱えて艇に向かう。リーシャもビィもすぐにそれに続きグランサイファーは動き出した。

 

「イオちゃん、約束――忘れないでね」

 

 見上げるロゼッタは小さく呟くと後ろへと振り返った。

 

 

「貴様、よくも――よくも逃がしてくれたな!!」

 

 悲願を目前にしてまんまと取り逃がしたフリーシアの怒りは凄まじい。マリスを使い今にもロゼッタを甚振り殺しそうである。

 だが、それはロゼッタとて同じこと。

 

「よくも?――それはこちらのセリフよ!!」

 

 ロゼッタへと向かった創世樹の咢がロゼッタの周囲から生えてきた荊に絡め取られ身動きを封じられる。

 

「何……」

 

 驚いたのも束の間、フリーシアは巨大な気配を感じた。

 それはヒトが出せる者ではない尋常ならざる気配。いま己が操る星晶の獣と同じ絶対なる気配。

 

「私がここに残った理由。それは二つあるわ。一つはその子の傍にいてあげるため。もう一つは――怒りに震える私を、あの子達に見てほしくなかったからよ!!」

 

 次の瞬間。巨大な気配はその大きさのまま具現化し、目の前には荊を纏う星晶獣が顕現する。

 それはこの島のもう一つの守護者。ユグドラシルと共にこの森を見守ってきたもう一つの森の化身。

 そして彼女の怒りは、静かに眠っていたユグドラシルを崩壊寸前まで追い詰めた目の前の愚者へと向けられる。

 

「覚悟しなさい、帝国の愚か者たちよ――我こそは荊の女王……深緑と幻惑を統べる者! 貴方達の罪……その身にしかと刻んであげるわ!!」

 

 

 揺り籠を犯した愚者に、守護者は今、怒りの声を挙げた。

 




如何でしたでしょうか。

うん、色々と見えてくる回になったかと思います。(余計なことは喋りません
大筋は原作ままなはずなのに先行きがものすごく不安な気がしてます
ちゃんとまとめられるのか、、、
次回はイオちゃんヒロイン回です。
お楽しみに!

それでは。楽しんで頂けたら幸いです。


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メインシナリオ 第27幕

調子よく投稿。

次もそこそこ出来上がっております。
ドンドン楽しくなってきております。
読み返して自分の作品を自ら楽しむ気持ち悪いじょうたいです。
でもちょいちょいまた評価をいただき感激しております。

それでは、お楽しみください


 ルーマシー群島周辺ではエルステ帝国が誇る戦艦がいくつも滞在し、砲撃を続けていた。

 目標は一つ。ルーマシーを覆う繭を破壊するため……

 その内の一隻、宰相フリーシアが乗る戦艦の艦橋には彼女の苛立ちが表れた怒声が響き渡る。

 

 

「アドヴェルサ全機起動!! 各兵装全て自由です! なんとしても――あの荊を破壊しなさい!!」

 

 ルーマシーを覆う荊の繭を破壊するため、フリーシアの命令に即座に帝国兵士達は動き出す。瞬く間に集中砲火が始まり、ルーマシー周辺は火薬の匂いと轟音に包まれるも、その効果は微々たるもの。思うような結果が得られず、フリーシアは唇を噛んだ。

 

「ふざけるな……あと一歩。真の世界が手に入るまであと一歩だったのだ――なんだあの星晶獣は!? ヒトが星晶獣に変わるだと? 奴らの中に紛れていたのか。マリスを抑え、あまつさえ我々を島から追い出し、島を荊で覆うなどと。守護神にでもなったつもりか!」

 

 突如帝国の目の前に顕現した星晶獣はそのチカラでユグドラシル・マリスを抑えつけ、更には兵士達を蹂躙し、フリーシアに猛烈な攻勢を仕掛けた。幸いにも魔晶で呼び出したリヴァイアサンやミスラを使い、なんとか逃げおおせることはできたものの、島を脱出した瞬間に次々と島を荊が覆い始めたのだ。

 様々な兵装で攻撃を加えているが、荊の強さは尋常じゃなく貫ける気配は見られない。停止したアーカーシャも遺跡の中にあり手ぶらで帰還したフリーシアにとって、現状は想定される最悪の事態であった。

 

「人形の裏切り。それによるアーカーシャの停止。そのままルリアと共に人形も奪われ、切り札のマリスも失った。更に肝心のアーカーシャはルーマシーに残されたまま、こうして島を締め出されている。これ以上にないほどしてやられたではないか――例の騎空団を追った部隊から連絡は!」

 

「ハッ! 先ほど伝令があり、敵の騎空艇の早さが思いのほか早く、追従を断念したと」

 

 小規模の追撃部隊を編成しグラン達を追わせていたが、その成果も無し。もはや八方塞がりな状況にフリーシアの苛立ちが増していく。

 

「チッ、役立たず共が……」

 

「フリーシア宰相閣下。お耳に入れたいことが!」

 

 思わず舌打ちと悪態が口を出てしまったフリーシアの元へ、慌てたように兵士の一人が報告にやってくる。

 

「なんです? 今はそれどころでは」

 

「本国からの通達です――――とのことです」

 

 兵士に耳打ちされたフリーシアの顔がまたも歪む。

 

「わかりました――貴方達はこのまま攻撃を続けなさい。高速艇の用意を。私は一度本国へ帰還します」

 

「ハッ! 攻撃を続行するぞ、全砲座に人員配置!島からの攻撃も考えられる。警戒は厳にしろ!」

 

 命令を受けて即座に動き出す兵士に冷めた目を向けながら、フリーシアは期待をしないでその場を後にした。

 

「(面倒な時に面倒な事を……あの男、一体何を考えている?)」

 

 通路を歩きながら思考するフリーシア。この火急の事態に本来であれば戻りたくは無かったが、戻らざるを得ない相手から呼び出しであった。脳裏にその相手のにやけた顔が思い浮かぶ様な気がしてフリーシアは不機嫌そうに首を振る。

 

「これ以上、面倒なことにならなければいいのですが……」

 

 嫌な予感程当たると言うが、今のフリーシアはその予感が現実になる事を、半ば確信しながら高速艇に乗るため戦艦内を歩いていくのだった。

 

 

 

 

 ルーマシーより脱出したグラン一行。

 命からがらといった状態で出てきた彼らは、帝国の追っ手を振り切り一先ずの休息を取るため、ルーマシーより近いアルビオンへと停泊していた。

 だが、なんとかアルビオンには着いたものの、上陸することなくグランサイファーの甲板で誰しもが俯いて言葉を発せないでいた。

 疲労のせいもあるだろう――島についてからすぐに帝国の襲撃。怒りに任せての全力の戦闘の後にゼタやオイゲンはギルガメッシュ達との戦いが有り、先に向かったグラン達はどんな攻撃を繰り出しても倒せない化け物となったユグドラシル・マリスと戦い続けたのだ。

 アーカーシャの起動に継ぎ、異変が起きたセルグとの攻防。そのまま森を挙げての追撃を逃れる撤退戦。

 どれだけの時間神経を張り巡らせていたのかわからない程、彼らは長い時間を戦い抜いたのである。

 だが、彼らが静かな理由はそれだけではない。

 

「――ロゼッタ」

 

 グランが小さく呟いたその名は一向に影を落とす。

 ルーマシー脱出の際、一人島に残り彼らを見送る事になった彼女の存在が、皆気がかりで仕方なかった。

 

「ねぇ、ジータ。ロゼッタはなんで残ったの?」

 

 最後まで残ってたジータなら何か聞いているだろうか。そんな思考の元ゼタが問いかけると、話しかけられたジータは疲れで下げていた視線を上げると口を開いた。

 

「――魔晶のチカラによって、ユグドラシルは崩壊寸前のギリギリまで追い詰められてしまったそうです。ロゼッタさんは、誰かがユグドラシルの傍にいてあげなければいけないって……そう言ってました」

 

「それからもう一つ。ロゼッタさんから言伝が有ります。皆さんに向けて……」

 

 ジータから引継ぎリーシャも口を開いた。

 

「ロゼッタから言伝?」

 

「はい――”貴方達にはあの子を救うチカラがある。より良い未来へたどり着くチカラがある。それで、私達を救って欲しい”、と……」

 

 それは彼らに向けた懇願――自分ではどうすることもできなくて彼らに望みを託した彼女からの真摯なメッセージ。

 ロゼッタの言葉を受け取った仲間達は胸中で心を震わす。

 信じて託されることのなんと嬉しい事か。胡散臭い一面はあったが彼女も確かな絆を深めた仲間である事を改めて感じた。

 決意新たに、疲労で俯いていたグランとジータの瞳に力が宿る。それはどこまでも広がる空のように深い強さを秘めていた。

 

「皆、しっかり聞いて欲しい。私もグランも絶対に諦めない。絶対にロゼッタさんを助ける、絶対に黒騎士さんも助ける」

 

「そして最後にはオルキスも黒騎士も、そして僕達も笑える、一番の結末を手に入れる。確かにマリスには手も足も出なかった……僕もジータも正直不安だ。だけど、だったら強くなればいい! 今のままでダメなら今よりもっと強くなればいいだけだ……だから皆、一緒に付いてきてほしい」

 

 双子が揃って仲間達へと頭を下げる。危険な戦いが待ち受けるであろう道に再び飛び込もうとすることを申し訳なく思い。だがそれでも皆の力が必要だと助力を求めるため。

 

「グラン、ジータ――」

 

 そんな二人の言葉に仲間達は重苦しい空気に包まれる。二人を見る彼らの表情は窺えない。

 反応がないまま訪れた沈黙がグランサイファーを支配する中、一人が声を挙げた。

 

「へっ、何を今更! 任せてくれグラン。次は奴さんに風穴開けてやらぁ! 大体俺がいなきゃ誰がルーマシーまでお前達を届けるってんだ」

 

 ラカムが快活に笑いながら声を挙げる。続いて口を開くのは――

 

「その通りだな。操舵士がいなきゃ話にならねえだろ。ましてやヒヨッコ操舵士に命を預けるわけにはいかねえもんな!」

 

 ラカムを挑発するように言葉を投げたオイゲンだ。

 

「んだとぅ、上等だオイゲン! そろそろこの俺が上だってことを証明してやろうじゃねえか!」

 

「おぅおぅ、やってみな。返り討ちにしてやるぜ」

 

 先程の沈黙はどこへ行ったか、女子でもないのに姦しく騒ぐ二人にカタリナがため息一つ吐いてグランに向き合う。

 

「全く、男と言うのは。空元気にしてももう少し静かにしてもらいたいもんだ。さて、グラン。少しお説教をしてやろう」

 

「お、お説教?」

 

 まさかこのタイミングでお説教とは思わなかったグランがカタリナからのお説教発言に慄く。

 場合によっては平手くらいは覚悟しなくてはいけないかと考えたグランだったが対するカタリナは微笑ながら口を開いた。

 

「あまり私を侮辱しないでもらおうか。ザンクティンゼルで私はルリアと共に君たちと誓った。共にどこまでも行くと……今更一緒に来てほしい等と言われては聞き捨てならんな」

 

「あ、あはは。別にカタリナが来ることを疑ったわけじゃ」

 

「そうでしょうね。お姉様程の優秀な騎士を手放すことほど愚かな振る舞いはありませんもの……ところでグランさん、ジータさん。私が負けたまま大人しくいられるとお思いですか? おめおめと逃げおおせたままで私が引き下がるとでも? 全く、失礼にも程がありますわ。お姉様とは関係なく、私もこのまま引き下がるつもりは毛頭ありません。先程の問いかけなど是非も有りません」

 

「わ、私だって、カタリナと一緒にどこまでも一緒にいきますよ!!」

 

 間に入り込んで不服そうでありながらも喜びが垣間見えるヴィーラ、カタリナに負けじとどこまでもついていく意思を見せるルリア。三人の言葉にグランとジータは笑みをこぼした。

 

「全く、何言ってるんだかねー。そもそも私はマリスとほとんど戦ってないけど……星晶獣がいるのならそこは私の戦場よ。私としても、一緒に連れて行ってもらえなきゃ面白くないわよ!」

 

「御二人とも私が一緒にいる理由をお忘れですか。貴方達と共に帝国の悪事を暴き、黒騎士の罪の在処をハッキリさせる。秩序の騎空団として、ここまで関わって今更撤退などできるわけが有りません! ちゃんと最後までお供させていただきますよ」

 

 

 続くようにゼタもリーシャも、己の矜持の為にと二人についていく事を告げる。

 沈黙から一転し次なる戦いに向けて意気の上がる彼らはいつの間にか笑い合っていた。

 

 

 只一人を除いて……

 

「(やっぱり……みんな大丈夫じゃない)」

 

 一人、輪の中に入らずに俯いているのはイオだ。

 彼らの中でただ一人、ロゼッタから願いを託されたイオは、己の使命として彼女の言葉通りに彼らを支えようと思っていた。だが、思った通り彼らはあの強大なチカラをもったユグドラシル・マリスと戦った後でも折れることは無かった。

 

「(私なんて……怖くて仕方なかったのに)」

 

 一人だけ抱いていた想いが違うことにイオは恐怖した。何をしても効果のないマリス。圧倒的存在感で世界の崩壊すら招くことのできるアーカーシャ。あの二つを目の前にして幼きイオは命の危機をヒシヒシと感じていた。

 前衛と後衛の違い故か、これまでイオが命の危機を感じることは極稀であったし、あっても護ってくれる仲間がいた。

 森を支配下に置いてどこからでも攻撃してきたマリスと、その存在感だけで命の危機を感じさせるアーカーシャを思い出した時、イオの胸に去来したのは死の予感。

 ヒトとして――死に恐怖する事などなんらおかしい事では無い。生きている以上それは普通の事であり、それを恥ずかしく思う必要など無い。だが彼女の目の前には、死の恐怖に打ち克ち前を見る事の出来る仲間達がいた……いてしまった。彼らの強さに尊敬を抱きながらも、小さな孤独がイオの胸に広がり始める。

 

「おい、ガキんちょ。どうした――」

 

 一人俯いている彼女を心配したラカムが声を掛けた時イオが抑えていた堰は崩壊し、彼女の感情は零れだしてしまう。

 

「――――して」

 

「な、なんだって?」

 

「どうして!? なんで皆そんなに平気な顔してるの!!」

 

 大声を上げたイオに仲間達が驚きながらもイオを見つめる。

 

「何もできずにやられそうだったんだよっ! 世界を創りかえる事だってできるのが相手になるかもしれないんだよっ! そんなの、強くなったって勝てるかわからないじゃない!!」

 

 明確なヴィジョンが無くても目的を語れる。無鉄砲なまでの強さは本来イオがロゼッタに求められたもの。だがあっけなくイオの心は恐怖に染まり、それに対して彼らは恐怖を乗り越える強さを持っていた。彼らがまぶしく見え、それを否定する自分がひどく矮小 に思えてしまいイオは叫んだ。

 なぜそんなに前を向けるのだと。存在そのものが違う相手が怖くないのかと。

 

「イオ、君が恐れる気持ちはわかる。私達とて恐怖を感じた相手だ。だから私たちはもっと強くなろうと」

 

「わかってないわよ! カタリナもグランも! ジータもラカムもオイゲンも、みんなみんな私の事なんて全然わかってない!!」

 

 カタリナが窘めるのを遮りイオは叫び続ける。胸の内に宿った恐怖をどうにかしたくて。恐怖を知らない彼らに自分の想いを知って欲しくて……

 

「ち、ちがいますよイオちゃん!? 皆さんはきっとイオちゃんの事をちゃんとわかってくれてるはずです!」

 

「そんなのウソ! ロゼッタに私は託された……みんなが辛くて下を向いた時は貴方が支えてあげてって。でも、皆は全然大丈夫で、前を向いて歩き出そうとしている。あんなのを目にしたのに。全然敵わなかったのに、強くなろうとしている。それなのに私は、あの時から怖くて怖くて……もう戦いたくないと思っちゃって。でもみんなと一緒に戦わなきゃって……ルリアにわかるの!? 託されたのに応えられない私の気持ちが! みんなに、私の気持ちがわかるの!?」

 

 涙混じりに吐き出される慟哭は、まだ幼い少女が絞り出すには重すぎる程多くの想いを抱えたものだった。

 ポロポロと溢れる涙が甲板を濡らしていくのを見て、グラン達は少女が抱えた想いを知る。

 自分だけに託された想い。自らの使命と受け止め、果たそうとしたその想いは強大な存在に脆くも打ち砕かれた。

 彼女に託された想いも、それによって彼女が抱えた葛藤も、幼い身には重すぎたのだ。

 

 

 

「そうか……イオも、怖かったんだな」

 

「――え」

 

 イオの叫びで沈黙の途にあった一行からようやくグランの声が上がった。呟くような小さい声で言葉を発したグランはイオの元へ向かうと、目線を合わせて、震える小さな手を取った。

 そんなグランの手はイオと同じように()()()()()()()()……

 

「ゴメンな、イオ。実は僕もずっと怖くて足が震えてた。あんなに命の危険を感じたのは初めてだったし、アーカーシャなんて起動しただけで押し潰されるかと思ってた」

 

「あ、それアタシもだわ。流石の威圧感だったよね。世界を変えるだけのことはあるわ。呼吸をするのも忘れてたからもしかしたらそっちで死んでたかも」

 

 グランの言葉に乗っかるようにゼタも冗談交じりに己の胸中を語った。

 

「この年になってチビッたのは歳のせいだと思いたいくらい、俺もあいつにゃやべえもんを感じてたな」

 

 オイゲンもまた小さな笑みを浮かべながら、その時の心境を語る。

 他の仲間達も同様、先ほどまでの自信に溢れた表情は成りを潜め、代わりに浮かんだ表情は彼らの本心が露呈しているのがわかる。

 

「イオ。君の反応が普通だ。生きている以上、死の恐怖から我々は逃れることはできない――それでも私達が恐怖を抑えていられるのは何故だと思う?」

 

 イオに向かいカタリナは淡々と問いかける。

 

「そんなの……皆が強いからでしょ」

 

 対するイオは涙を堪えながらキッと睨みつけるように答えた。

 

「違うな、私たちが君より()()からだ。私にとってはグランやジータ、ルリアもそうだが、我々より幼い君たちがまだ戦おうとしている。そんな時に、大人である私が弱い姿を見せるわけにはいかないのさ」

 

「そうですね――イオさんにルリアちゃんが折れずに立っている姿を見れば、不思議と力が漲ってきますもの」

 

「違いねぇ。ガキんちょががんばってるのにオッサンの俺が折れるわけにはいかねえってな」

 

 カタリナに続き、ヴィーラもラカムも。語るのは大人としての小さなプライド。

 

「大人ってのは不思議なもんでなぁ……手前より幼い奴には弱みを見せたがらねえのさ」

 

 みっともなくともな――そう締めくくってまたオイゲンは小さく笑った。

 仲間達の胸中が語られ、彼らの強さの理由を徐々に理解し始めたイオは何も言えずに呆けていた。

 弱いのは彼らも同じ。怖かったのは彼らも同じ。それでも折れなかったのはまだ自分が折れずに立っていたから……

 空回りする思考がまとまらないイオは背後から優しいぬくもりを感じる。

 

「――ジータ?」

 

 イオの横にある優しい色合いの髪と優しく抱きしめてくれる腕。背中越しに感じるジータの気配もグランと同じで震えていた。

 

「ごめんね、イオちゃん……私達が強がったからきっと自分だけ弱いって傷ついたんだよね。でもね、みんなあの時イオちゃんと同じように……ううん、きっと皆は、イオちゃんよりも怖かったんだ。大人の方が死の恐怖と言うものを知っているから。私だってそう。それでも、皆ががんばれたのはイオちゃんがまだ立っていたから……貴方が私達よりもずっと強かったから私たちは負けるものかと立っていられたの。だから安心して、イオちゃんは私達よりずっと強い子なんだから」

 

 語りかける声は彼女の人を表すように慈愛に満ちて紡がれる。

 仲間達の言葉は決してイオを慰めるためではない。事実として彼らはマリスとの戦いでも、アーカーシャの起動の時も、その絶対的なチカラの差に明確な死を予感していた。勝ち目が見えずに折れそうになる心を支えたのは、懸命に抗い続ける、まだ幼き魔法使いがいたから。

 

「イオさん。弱い事なんて気にしなくていいんですよ。私達も同じでまだまだ、皆弱いのですから」

 

「知らず知らず、幼い君を私たちは同列に扱ってしまっていたんだな。すまなかった、イオ――君が皆を背負う必要はない。折れそうになったら今度は私たちが支えよう。だからもう一度、私達と一緒に立ち上がってもらえないか。君がいれば、私達もまた折れずに立ち向かえるんだ。君がいれば、折れそうなときに踏みとどまる事ができる」

 

「リーシャ……カタリナ」

 

「イオちゃん! 怖いなら怖いって言ってください。私は戦えないけど……その時は私が星晶獣を呼んででもイオちゃんを守って見せますから!」

 

「ルリア――」

 

 次々と声を掛けてくれる仲間達に堪えていたイオの涙が再度零れ始める。だがそれは、先ほどの様に慟哭に泣く涙ではなかった。

 

「フンッ、ルリアの癖に生意気! 私なんかよりよっぽど怖がりの癖して、どの口でそんなこと言うのかしら」

 

 嬉しさに涙を溢しながらも、イオはルリアにまけじと言い返した。

 

「むぅ、言いましたね。イオちゃんだってこの間一人で夜眠れなくてロゼッタさんのところに言っていた癖に!」

 

「ちょっとルリアっ!? 何でそのこと知ってるのよ?」

 

「ふふふーん。この間ロゼッタさんに聞いたんですよ。イオちゃんがしおらしくロゼッタさんの部屋に行って一緒に寝ていい?って来た事を。フフ、可愛いですね、イオちゃん」

 

「そんな、誰にも言わないって約束したのに……信じられない!? もぅ、ロゼッタのバカーーッ!!」

 

 先程の雰囲気はどこに行ったのか、空に向けて今はここにいない仲間に魂の咆哮を放つイオ。いつも通りに元気な姿は、彼女が胸に抱いた恐怖を、仲間と共に乗り越えた証。

 良くも悪くも子供と言うのは思い込みが激しい。この仲間たちとなら立ち向かえる。どんな相手だろうと戦える。心の底からそう思えたイオがもう恐怖に沈むことは無かった。

 ロゼッタが言う無鉄砲なまでの強さ。幼さゆえに見せられる皆を支える強さ、イオはそれを本当の意味でこの時手にしたのだ。

 

 

 彼等は笑った――

 次なる戦いに向けて、恐怖に塗れた心を押し潰そうと。

 望む未来を手にするために、必要な強さを得ようと。

 助けを待つ人達を必ず救うために。

 

「よし! まずは休息を取ろうか。今の状態じゃ焦って何かをしてもしょうがない。ヴィーラ、アルビオンでどこか宿を教えてもらえないか」

 

 グランがパンと手を叩き、気持ちを切り替える様に大きな声で一先ずの休息を提案する。

 今後の行動も決めなければいけないが今の状態では良い考えも思い浮かばないだろう。皆同意するとヴィーラへと視線を投げた。

 

 だが、元アルビオンの領主であるヴィーラは何故か思案顔になる。知り尽くしていると言っても過言ではない場所のはずである……仲間達はヴィーラの表情に疑問を浮かべた。

 

「ヴィーラ?」

 

「あぁ、失礼しました。実は宿を取る前にやるべきことがあるのを思い出しましたので……」

 

「やるべき事? なんなら私も手伝おうか。アルビオンなら私も良く知っているしな」

 

 同じアルビオン騎士学校を出たカタリナ。アルビオンについては地理もある。手伝えることは無いかと申し出るカタリナにヴィーラは嬉しそうに笑った。

 だが、この時。彼女の笑みが酷く歪んだものである事に仲間達は気付けなかった。

 

「それは嬉しい申し出ですわお姉様。それでは――――」

 

 ヴィーラは静かに剣を抜く。魔物退治でも必要なのだろうか? 剣を抜いたヴィーラに不穏な空気を感じつつも、仲間達は静かにヴィーラの動きを待った。

 

 

 

「そこに眠る男を殺すので、手伝っていただけますか?」

 

 

 意地悪な神は彼らに安寧というものを与えない。

 冷たい殺意は、まだ目覚めの訪れぬセルグへと向けられた――

 




如何でしたでしょうか。

原作とは違うイオちゃんヒロイン回。
本作では仲間達が仲間割れを起こすことにはならず、でも彼女の感情の吐露がされるような話の流れになりました。
読者からみた今回のヒロイン回。イオちゃんはちゃんとヒロインになっていたでしょうか。

イオちゃんのヒロイン力が見せられていたら幸いです。
それでは、またオリジナルに動きを見せそうな次回にご期待ください。


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幕間 示されたのは疑心の結果

オリジナル独奏会

今後はオリジナルな展開が多々増えてきますのでご了承ください。
でも原作崩壊にはなりませんので悪しからず。

それでは、お楽しみください


「そこに眠る男を殺すので、手伝っていただけますか?」

 

 唐突に。先程までの皆の雰囲気を断ち切るように、冷たい空気を纏ってヴィーラが言い放つ。

 いつもなら見る者を見惚れさせる麗しい微笑みが今は、同じ微笑みでありながらこうまで変わるのかと言うほど冷たい。

 そしてその視線は、まだ目を覚まさないセルグへと向けられていた。

 

「言い難いでしょうからわたくしが言いましょう。その男は危険です。今ここで殺すべきだと進言致します」

 

「なっ!?」

 

 仲間の全員が驚愕に目を剥いた。

 突然のセルグに対する抹殺宣言。誰もが予想だにしない言葉に動けない中、いち早く我に返ったカタリナがヴィーラへと詰め寄る。

 

「ヴィーラ! こんな時に何を言っているっ!! 今はロゼッタを救うために団結しなければいけないという時に、仲間であるセルグを殺すだと? いくらキミでも言っていい冗談と悪い冗談があるだろう!」

 

「お姉さま、私は言ったはずです。言い難いでしょうから……と。皆さんもお気づきになっているはずです。彼は危険すぎる。

 ルーマシーで彼は、ルリアちゃんに切りかかりました。更には止めようとした我々も敵として認識し、攻撃してきました。

 彼の人柄は理解しております。私からみても、彼は優しいという言葉が似合うお人です」

 

「だ、だったら何故……セルグが優しいとわかっていながら、殺す必要があるとでもいうのか!?」

 

「彼の人柄の問題ではないのです。彼の意識とは無関係かもしれませんが、彼には何らかの意思が備わっている。そして彼のチカラは私達では手に負えないかもしれない程危険です――残念ながら本来の彼ではあり得ない、ルリアちゃんや皆さんに切りかかったという事実は、彼の暴走を否定できない可能性に押し上げてしまいました。

 アマルティアでザカ大公の言葉を聞いたはずです。彼の意思の強さは異端だと。もし、彼にルリアちゃんを殺そうとする意思があった場合、それは躊躇なく実行されるかもしれない。邪魔するのであれば我々も――危険な芽は摘み取らなければなりません」

 

 最後の一言と共にヴィーラが剣を構える。一切の優しさを消した冷めた瞳をセルグへと向けるヴィーラの雰囲気は、冗談でも悪ふざけでもないことを物語っていた。

 

 突如もたらされた事態。

 イオやルリアの子供組はその雰囲気と仲間同士の諍いに何も言えずに怯え、ラカムやオイゲンは急展開についていけず思考が回らない。

 ルーマシーでセルグと全力で相対したリーシャは、その脅威度を理解していたのだろう。ヴィーラの言葉に反論ができなかった。

 秩序の騎空団の団員としては止めなければならない。だがその考えとは裏腹に、ヴィーラの懸念が酷く現実的に思えて仕方なかったのだ。セルグの仲間を思う気持ちの強さは知っているが故に、今のリーシャにはセルグへの懸念が払拭しきれなかった。

 

 皆が何も言えずに固まる中、その場で動いたのはグランとゼタの二人。

 どう考えてもおかしい……突然の事態とヴィーラの様子に異常を感じていたグランが横合いからヴィーラを止めるべく声を掛ける。

 

「ヴィーラ! 僕達は、彼と約束した。暴走するのならそれは僕らが止める。そう言って彼を仲間に迎え入れたはずだ! 今更そんな事を言って……それも追い出すどころか抹殺なんて、許されるわけがない!」

 

「そうだよヴィーラ! どうしたの……? ちょっと今のヴィーラおかしいよ」

 

 ゼタも合わせてヴィーラを止める為に言葉を掛ける。ゼタとは違う意味で怒らせると怖い彼女ではあるが、根は優しい女性であることをゼタは知っている。

 ザンクティンゼルで己の傷心を察して優しく抱きしめてくれた事が記憶に新しいゼタは、困惑した様にヴィーラを見つめていた。

 

「フフ、ゼタさん。私は何もおかしくはなっていません。ただ、これが必要だと。そう判断したまでです。彼の強さを考えればこれは必要な事なのです。

 まぁ、皆さんがお優しいことは百も承知でしたから、こうなるのもわかっておりました……ですので、私が一人でやりましょう」

 

 セルグに向かいヴィーラが歩き出す。淡々と、今からどこかに散歩にでも出かけるような足取りは、これから彼女が行おうとしている事とはあまりにも不釣り合いな軽やかさ。

 だが、剣を抜き放って歩むヴィーラの表情にそれが嘘だとは思わせない冷たい殺意に彩られる。

 

 これから行われるかもしれない凶行の前に仲間の誰もが息を呑んだが、ゼタはヴィーラの前に立ちはだかった。

 

「させないよ、ヴィーラ……セルグが殺されるのも、ヴィーラが仲間を殺すのも、私は許せない。やるっていうなら、私が相手になるよ」

 

 アルべスの槍を携え、キッとヴィーラを睨み付けるゼタは既に臨戦態勢。

 例え仲間であろうと……いや、仲間だからこそ、この凶行は防がねばならない。

 そんな立ちふさがるゼタの決意の雰囲気をヴィーラは嘲笑う。

 

「フフ、随分と彼にご執心の様ですね。ザンクティンゼルでの怒りが嘘のようです。――それは彼が仲間だからですか? それとも……彼を恨み続けた罪滅ぼしですか?」

 

「ッ!?」

 

 ヴィーラの言葉で、小さくゼタの表情が揺らいだ。

 ゼタ自身、意識はしていなかった。そんなつもりでセルグを護ろうとしたわけではなかった。だが、指摘されたことはどこかでゼタの心に乗っかっていた重石。

 恨み続けていた……憎しみをぶつけてしまった。その事実がヴィーラの言葉によって、ゼタの心に罪の意識としてのしかかる。

 

「ちがっ……そんなつもりじゃっ」

 

 強いはずの決意が揺らぎ、狼狽えたように後ずさるゼタに先ほどの勇ましさはなくなっていた。

 

 

「ヴィーラ!! 流石に今の言葉は看過できないぞ! 訂正しろッ!!」

 

 狼狽えるゼタを相手に勝ち誇るように歩みを再開したヴィーラにカタリナがすぐさま詰め寄った。余りにも心の琴線に触れる物言いに、さしものカタリナも怒りを見せる。

 だが、敬愛するカタリナの言葉を受けても今のヴィーラは止まることは無い。既にその視線はカタリナに向くことなく、殺意と共にゼタの後ろにいるはずのセルグへと向けられている。

 

「何にせよゼタさん。貴方の意思は関係ありません。ご本人がその気になっているようですから……ねぇ、セルグさん?」

 

 カタリナの糾弾を遮り、ヴィーラがゼタの後ろにいる人物へと声を掛ける。

 

「どけ……ゼタ」

 

「え? うわっ!?」

 

 乱暴にゼタを押しのけ、目覚めていたセルグはヴィーラと相対する。話を聞いていたのか、その視線は怒りに染まりヴィーラを睨み付けていた。

 

「随分な言い様だな、ヴィーラ。とても仲間に向ける言葉とは思えないが?」

 

「あら? 私にとって、貴方は既に仲間ではありませんが」

 

「オレに向けての言葉じゃない。ゼタに対しての言葉だ。訂正しろ……アイリスを想って憎しみを抱えていたゼタの気持ちを罪だと言うのは許さん」

 

「へぇ……許さないからなんですか? 私を斬りますか? 貴方が殺めた嘗ての仲間達の様に」

 

 セルグに対して、ヴィーラの辛辣な物言いが続く。まるでわざと煽るような言葉に、逡巡してからセルグの心が固まった。

 

 

「――いい度胸だ。お望みなら切り捨ててやるよ!」

 

 変わらぬヴィーラの態度に、セルグは天ノ羽斬を抜刀。牽制の一閃を見舞ってヴィーラを退けさせる。

 すぐに退いて躱したヴィーラは抜刀したセルグを見据えた。決して本気の剣閃ではない。明らかに手加減をした牽制の一撃に、ヴィーラは妙に苛立ちが募った。

 

「セルグさん!? 待って下さい……ヴィーラさんも一度落ち着いて話を」

 

「そうです! ヴィーラさん、私は全然気にしていないですからセルグさんとちゃんとお話を」

 

 とうとう刀を抜き放ち斬り払ったセルグと、尚も変わらない様子のヴィーラに危険を感じ取りジータとルリアが間に入る。仲間内での争いなどして欲しくは無い。家族同然の仲間同士が争う光景は、優しい少女達の心に大きな恐怖を呼び起こすものだった。

 

「フフフ、本当に単純な男。一途で直情的で……本当に……」

 

 だが二人の介入すら意に介さずにヴィーラはセルグと向き合う。呟かれた声が小さくなり、ヴィーラの表情が僅かに陰る。だがそれも束の間、嘲る笑みを戻したヴィーラはセルグを見据えながら改めて口を開いた。

 

「さて……貴方を相手にしてはさすがに私一人では難しいですね」

 

 既に敵を見るような目で睨み付けてくるセルグに対し、ヴィーラはやれやれと言う様に手を上げる。

 

「今更怖気づいたか、もう遅い……少しお灸を据えてやるよ」

 

 降参した様なヴィーラの様子を見たセルグも、もはや止まることは無い……ゼタを傷つけたヴィーラに対し、セルグの怒りが真っ直ぐ向けられた。

 

 だが……それはヴィーラにとっても同じこと。セルグと相対した瞬間から。否、セルグの危険性を皆に話し始めた時からもう後戻りはできないと考えていた。揺るぎない意志を以て彼女は、強い視線でセルグを射抜く。

 

「――勝手に勝った気にならないで下さい。ここはアルビオン……そして私にはシュヴァリエがいる。お見せしましょう、貴方が連れる些末な星晶獣とは違う。大星晶獣の本当のチカラを」

 

 いつもならセルグが見せる不敵な笑みがヴィーラに浮かぶ。思い通りにいくとは思えなくなるような自信に満ちた笑みは、相対するセルグに一抹の不安をよぎらせた。

 同時に、セルグの感じる不安が具現化するように、ヴィーラはシュヴァリエを呼び出して高らかに告げる。

 

「シュヴァリエ! 今こそ全ての記憶と共に、そのチカラを顕現せよ。主の纏う鎧と成り、主の掲げる剣と成りて、我が道阻むもの、その悉くを斬り払え!」

 

 ヴィーラの声と共に地鳴りがしそうなほど強大な力が彼女より迸る。

 絶大なる星晶の共鳴。悠久の時を生きた大星晶獣シュヴァリエは今、その戦いの記憶全てをもって存在の昇華を果たす。

 

 ”シュヴァリエ・マグナ”

 

 精霊のような優しい姿から一変し大星晶獣に相応しい巨躯と、騎士の形を得たシュヴァリエはヴィーラの背後に顕現すると、その力全てをヴィーラに預ける。シュヴァリエのチカラを身に纏うヴィーラの上位戦闘形態。それを今、ヴィーラは大きく昇華させる。

 闇属性を得意とするヴィーラにヒトでは得る事の適わない程の大きな光の力が宿る。光が収まり、変化を終えたヴィーラはまるで神の使いのように神々しく光る白い鎧を纏い、右手にはヴィーラの愛剣、左手にはシュヴァリエの力を宿した銃”シュヴァリエボルト・マグナ”を携えていた。

 

「これが私と、シュヴァリエの最終形態です。さぁ、貴方と同じ星晶の力を従えました……もう簡単に倒せるとは思わないでくださいね」

 

 変化を終えたヴィーラの顔に浮かぶ冷たい微笑は変わらない。だが、その力はもはやセルグと同等かそれ以上。大星晶獣たるシュヴァリエのチカラはヴェリウスとは比較にならないだろう。ましてやヴェリウスは所詮分身体。備わるチカラは雲泥の差だ。

 

「なるほど……上等だ。全力で相手をしてやる! ヴェリウス!!」

 

 対するセルグもヴェリウスと融合。深度2まで潜り翼を顕現させると、セルグは皆を巻きこまない様に空へと飛翔した。

 

「空中戦がお好みですか……それではお付き合い致しましょう」

 

 飛び立ったセルグを一瞥するとヴィーラは瞳を閉じた。次の瞬間には微細な魔力の流れが彼女を包んでフワリと浮かぶとヴィーラもその場を飛び立つ。

 ”飛翔魔法”――それは術式も魔力制御も非常に複雑で元来特別な才能や、際立った素養がなければ習得不可能とされる高度な魔法だ。しかし、悠久の時を生きる星晶獣ならば容易いのか、シュヴァリエの力はヴィーラに空を飛ぶ能力すら与えていた。

 アルビオンの空に二つの光が上がった……

 

 

 

 

「おおお!」

 

「はぁあ!」

 

 互いに扱うのは光と闇の力。ヴェリウスの力を纏う黒のセルグと、シュヴァリエの力を纏う白のヴィーラ。本来の自分とは真逆の色を使役し、二人がぶつかり合う。

 空中戦となれば、重要なのは飛翔能力。地に足がついてる地上と違い、攻撃防御回避と、全てはどれだけ自由に空中で動けるかに委ねられる。

 初めて飛翔するヴィーラはその点で不利だが、彼女には大きな強みがあった。

 

「シュヴァリエ! いきましょう、”アサルトマージ”!」

 

 距離を取ったヴィーラがまるで指揮者の様に剣を掲げ翻す。彼女が呼ぶ声に合わせ、槍、剣、斧が顕現し、セルグに向けて放たれた。

 

「クッ!? 面倒な……撃ち落とす!」

 

 飛び交うそれらは強烈な光の力を纏ってセルグに向かってくる。凶悪な武器達に対し、セルグはヴェリウスの力も織り交ぜ斬撃を飛ばして迎撃。見えない剣閃によって放たれる斬撃はヴィーラが放った攻撃を相殺しようとするが

 

「バカな!?」

 

 飛び交う武器は勢いを無くさずセルグを強襲した。辛うじて天ノ羽斬で防ぎ切ったもののバランスを崩してセルグは高度を落としていく。

 何とか体勢を立て直したセルグは、笑みを絶やさないヴィーラを見上げた。

 

「所詮はそこらの些末な星晶獣。大星晶獣たるシュヴァリエの力と比べてもらっては困ります。そして貴方お得意の接近戦は、地に足がつかない空中に於いてはその利点が大きく削がれる。純粋な力の勝負に於いて私に勝てるとは思わないでください。」

 

 セルグとヴィーラの差。それは星晶獣が持つ力の差だ。

 ヴィーラの言う通り、空中では地に足がつかない分踏ん張りが利かず、剣での攻撃は飛翔の勢いを乗せるか、腕だけで振るうかになってしまう。セルグの持ち味である動きながらの接近戦は利点を大きく潰される。

 遠距離戦となれば放てる力の強い方が勝つのだ。それはすなわちヴィーラの強みとなる。

 

 ”状況は良くないぞ、若造。大星晶獣の力ともなれば我の力だけでは対抗することは不可能だ。”

 

「ならば、接近して局地戦で勝負するだけだ!」

 

 ヴェリウスの声に遠距離では不利だと悟ったセルグは全速を以てヴィーラに接近する。いくら、攻撃力が高くても当たらなければ意味は無い。懐に入れば、剣閃の早さで押し切れる自分が有利だと考え、緩急をつけて攻撃を避けながら接近。ゼロ距離まで接近したところで全力の攻撃を敢行。

 

「堕ちろ! 多刃!!」

 

「見込みが甘いです。”イージスマージ”!」

 

 セルグの声を遮りヴィーラが叫ぶと、ヴィーラの目の前には飛び交っていた槍、剣、斧が集結し、振り抜かれる前に天ノ羽斬を防いでいた。

 

「なっ!?」

 

「攻防一体のシュヴァリエの力。如何でしょうか?これらは正に主の剣となり盾となるのです――隙だらけですね、喰らいなさい!」

 

 ヴィーラが左手に持つ銃にチカラが収束する。形を成したそれは大きな咆哮を上げ空へと打ち上げられた。

 

「断罪の証よ……降り注げ、”光の剣”!」

 

 絶大な威力を孕んだ光の剣がセルグに降り注ぐ。グラン達が良く使うアローレインと同種の技。だがそれは数は同じ程度でも、威力は比べるべくもない技であった。

 脅威を察知した瞬間にセルグは深度3に移行。その身を翼で包み込み防御の体勢を整えるも

 

「ぐ、がぁ……」

 

 光の剣はあっさりと防御を貫いた。ボロボロになりながらもセルグは何とか地面へと不時着するが、そのダメージは計り知れない。

 

 ”若造! しっかりせぬか! 何を押されておる、いつもの余裕はどこへ行った!”

 

「――こいつはキツイなヴェリウス。内包する力が桁違いだ……」

 

 自嘲するように笑うセルグの様子は余裕など微塵も無い追い詰められた様子である。空にいるヴィーラを見つめたセルグは幾つもの対抗策を考えるが有効な手立ては思い浮かばなかった。

 ルーマシーでの傷も癒えきってはいない。反動も残っていたところに重ねた融合は、セルグの状態を一気に苦境へと至らせていた。

 

「諦めましたか? それではどうぞ、遠慮なく逝ってください。」

 

 堕ちた地上にいるセルグをヴィーラは変わらぬ微笑で見下ろすと止めの一撃を与えんとその手に握る剣にチカラを集束させていく。

 光と闇の力を纏い、解き放たれるのを今か今かとせがむように鳴動する剣を前にセルグは進退窮まったかに見えた。

 

 ダメージの有無と扱う力の差は歴然。手の出せない闘いにグラン達が割り込めないまま、それでも追い詰められているはずのセルグが小さく笑う。

 

「ふぅ……甘く見るなよヴィーラ。この程度の窮地なら今までにも散々味わってきたさ。――どうやら忘れているみたいだから教えてやるよ」

 

「へぇ、一体何を教えてくれるんですか?」

 

 この状況に対抗できる手だてでもあるのかと、セルグの言葉にヴィーラは興味深そうに問いかける。

 

「オレが今まで相手にしてきたのはそのシュヴァリエに勝るとも劣らない星晶獣達だってことだよ」

 

 セルグの言葉にヴィーラの動きが止まる。告げられた言葉の意味を理解しようと僅かにもたらされた沈黙。次いでヴィーラはその意味を理解し肩を震わせた。

 

「――フッ……フフフ……アッハッハッハ!! 何言ってるんですかぁ? かつての貴方はヴェリウスを使役しないで戦っていた。今の貴方はヴェリウスと融合をして戦っている。それでこの様だと言うのに、今更過去の栄光ですか? 幻滅ですね。ここまできて過去の栄光に縋るような人だとは思いませんでした。興ざめです……さっさと逝って下さい!」

 

 まるで今までの功績に縋るようなセルグの言葉。己に言い聞かせるように吐き出された何の当てもない言葉に、ヴィーラの興味は消えうせる。

 すぐに終わらせてやると言いたげにセルグに向けられた銃が、チカラの咆哮を上げんと光り出すのを見ながら、セルグは落ち着いて集中力を高めていた。

 

「ヴェリウス……喰らったら終わりだ。」

 

 ”お主は攻撃と防御に意識を向けろ、飛翔魔法程度なら我の記録にもある。我の翼と魔法でお主の動きを手助けしてやろう。”

 

「頼りになる……任せた!」

 

 ズキリと痛む身体を無視して二人は飛翔。その速度を上げ、ヴィーラに対して早さを活かした多方向からの攻撃にシフトしていく。

 

「へぇ……まだそれだけ動けますか。イイですねぇ~どんどん足掻いてください。ウフフフ……そうですそうです、イイですぅ~もっと! もっとぉお!!」

 

 だが、抗い続けるセルグの姿を楽しそうに眺めながらもヴィーラの防御は破られることがない。聞こえてくるヴィーラの声が……言葉が、セルグの耳をくすぐった。

 まるで無邪気に遊ぶ子供の様な声は徐々に本来の彼女の気配を消していき、代わりに膨れ上がるのは狂気を孕んだ危険な予兆。

 

「(くっ、あの防御は簡単に破れないし、あの攻撃は厄介な事この上ない……マズイな。それになんだかわからんが、アイツ様子がおかしくなってきてやがる)」

 

「考え事ですか? ほぅら、イきますよ!!」

 

 セルグの動きに集中しきれていないと感じたヴィーラは剣を振り抜く。飛ばされるのはセルグと同様に光を帯びた斬撃。シュヴァリエに因って規格外の威力に跳ね上げられたそれは直撃すれば一撃で落とされるだろう。寸でのところで躱したセルグは即座に攻撃に移る

 

「(ここだ!)」

 

 タイミングを計ってセルグがヴィーラの懐に入った。不意打ち気味に狙うのは、セルグの最大攻撃である極光の斬撃。解き放たれた光はヴェリウスの闇を混ぜてヴィーラの光の剣同様に絶大な威力を誇る。

 直撃して巻き起こる爆発にセルグは手ごたえを感じて距離を取った。

 だが、巻き起こった煙が晴れるとそこには変わらずに無傷のヴィーラの姿が見えてくる。

 

「なん……だと。確かに手ごたえが」

 

「シュヴァリエが顕現できるものがアレだけだとでも。”イージス”マージと言うからにはあって然るべきものが脳裏に浮かびませんか?」

 

 煙が完全に晴れて見えてきたのは小さな盾。だが、それは光の剣同様に強大な力を纏って障壁を創り出していた。

 

「なるほど……確かにイージスと言うからには盾がなくちゃおかしいよな。本当に厄介だなおい」

 

 思わず冷や汗を流しながら苦笑するセルグの脳裏に敗北がよぎる。

 あっさりと自信の最強の技を受け止められた……それも無傷で。底の見えない強さを感じ取ったセルグは本格的に命の危機を感じ始めていた。

 

「あぁ! セルグさん、イイです! その表情! 仕留めたと思ってからの小さな絶望。無理だとわかっていながら挑もうとする苦し紛れな強がりの表情……是非最後まで抗って、もっと楽しませて下さい、そして最後には華々しく散ってください! かつての、脆弱な空の民のようにィイ!!」

 

 ヴィーラの声は高揚感……いや、まるで嬌声のように快感を得ているような際立った声で響き渡る。

 

 ”マズイぞ、若造。先程よりもあの娘から感じるシュヴァリエの力が増してきている”

 

「(あのバカ……おかしいのはシュヴァリエの記憶にでも呑まれたか? こっちは反動を考えるともう限界だっていうのに……打つ手は、あるが)」

 

 胸中での葛藤。やれば戦況は変わる。だが、同時にやってしまえばもう取り返しがつかないかもしれない選択がセルグの脳裏によぎる。

 だが、思い悩んでいる間もヴィーラの変化は刻一刻と激しいものに変わっていた。狂気に彩られた笑みで、セルグを堕とさんと放たれる攻撃は、さらに威力を高め苛烈を極めている。

 

「――ヴェリウス、往けるか?」

 

 またしても放たれた光の剣を掠りながら回避して、セルグは決断した。

 

 ”それを聞くのは我だ若造。良いのか……?”

 

「ここで手をこまねくわけにはいかない。どの道オレにはもう先の道は無いさ、せめてアイツは救ってやらないとな。」

 

 ”……心得た”

 

 二人だけにわかる短い会話が交わされ、互いの意思を確認し合った二人は、決意と共に一度地上に降り立った。

 見上げるセルグに諦めの表情は無い。代わりにあるのは覚悟の瞳。

 

「ヴィーラ、オレとお前では決定的に違うことがある。」

 

 セルグは声を張り上げヴィーラに呼びかける。声を聞きとったヴィーラは僅かに視線をセルグに向けるも、恍惚とした表情を浮かべたまま返事を返すことは無かった。そこには既に、本来のヴィーラは感じられない。

 何も返さぬヴィーラにセルグは構わず言葉を続ける。

 

「お前のは使役だ。あくまでシュヴァリエの力を借りてるに過ぎない。だがオレ達の融合は違う……オレとヴェリウスの融合は互いの力を合わせ高め合うものだ。シュヴァリエに呑まれかけてるお前に……仮初の力に、オレは負けない。見せてやるよ――深度4の融合を」

 

 言葉と共にセルグより闇が渦巻く。それは禍々しさの無い、煌めくような闇。星空を包むような漆黒の闇。

 解き放たれたそれはセルグを包みながら、大きな力の覚醒を告げた。

 ヒトとは比べ物にならない力を宿す星晶獣ヴェリウスの力。身体への負担を考慮し制限を掛けていた融合深度を、セルグは今ここで負担度外視の深度へと進める。こrまでセルグが合わせていたヴェリウスのチカラは深度3でも精々半分しか合わせられなかった。それを今。このくらいまでなら…そんな思想を取っ払って潜った融合深度は、これまでの段階的なものとは違う大きな一歩。深度4と言う名の最深融合。

 セルグの力とヴェリウスの力を均衡させた最大深度の融合はシュヴァリエ・マグナ以上にヒトの器には余る絶対的な力をもたらす。

 

「ぐぅ、くっ……さすがにヤバそうだな。やるなら一瞬だ」

 

 瞬く間に訪れた反動で、視界がチカチカとして暗転しそうになるのを気力で繋ぎ止め、セルグはヴィーラを見据える。シュヴァリエから解放するには少なくとも気絶させる必要があるだろう。

 やるべきことを理解したところでセルグは天ノ羽斬を持つ腕だけに意識を集中し、あとは全てをヴェリウスに委ねた。

 深めた融合深度は互いの意思を完璧に伝達する。既にセルグとヴェリウスの間に言葉は無い。

 セルグの意思を読み取り、ヴェリウスはその力を解放。鳥の星晶獣としての飛翔能力と強大になった魔力でブーストした飛翔魔法により気づけばセルグは、ヴィーラの目の前にいた。

 トンっと小さな衝撃。

 ヴィーラの目の前から消えたかのような動きでセルグはそこから背後に回り込み、天ノ羽斬の峰で首筋を軽く一閃。

 敗北の認識すらさせない早さでヴィーラの意識を沈めその腕に抱える。

 

「ヴェリウス……すぐに降りて解除だ……じゃないと死ぬ」

 

 ほんの数瞬で全てを片付けたが、ヴィーラを気絶させたセルグはもはや虫の息の様子であった。ヴェリウスに飛翔制御を任せ地上に降り立つとすぐさま融合解除。アルビオンの街に体を投げる。

 

「大人しく眠っててくれよ……お姫様。これ以上は対処できないからな。」

 

 静かに眠るヴィーラをみて、心配そうな表情をうかべるセルグ。力の加減を間違えてなければ問題ないだろうが、コントロールできているかは不安の一言に尽きた。だが、心配するセルグを見れば誰もが思う程に傍から見れば命の危機に瀕していそうなのはセルグのほうだろう。

 

「セルグ!! ヴィーラは……?」

 

 横たわるセルグとヴィーラに、グランとゼタが駆け寄ってくる。

 意識を失ったヴィーラを見て、グランはまさか殺したのかと嫌な推測が頭をよぎるが、それを察してセルグはすぐに口を開く。

 

「気絶しているだけだ。シュヴァリエの力に入り込み過ぎていた……人格の変貌。目の前の現実との乖離。恐らくは半分夢の中の様な状態になっていたと思う。あのまま深みに入っていては壊れていただろうな。すぐにどっかで休ませてやれ」

 

 嘗て自分の身にも起きた経験からセルグは休息が必要だと、グランにヴィーラを任せた。

 

「セルグ! そんなことよりアンタ……一体どうしたのよ? まるでもうすぐ死にそうな顔をしている……」

 

 蒼白くなった顔、弱々しくなった呼吸。ザンクティンゼルで暴走して倒れた時のような死にかけの姿にみえるセルグにゼタが心配そうに声を掛ける。

 

「死にそうな顔か……間違っちゃいないかもしれないな。下手すりゃ死んでいた。深度3では適わなくてな。負担度外視の融合をしたもんで体がボロボロだ。――だが」

 

 言うことを聞かない躰に鞭を打ち、セルグは起き上がる。そのまま立ち上がろうとするセルグをゼタが慌てて抑えた。

 

「ちょっと! 寝てなさい! 今ジータがキュアポーションを持ってきてくれてるから。」

 

「ダメだ……オレは行かなければいけない。ヴィーラが起きる前にな」

 

「はぁ!? 何意味わかんないこと言ってんのよ。いいから」

 

「ゼタ、聞いてくれ。ヴィーラの言うことは間違っていない。ルーマシーでルリアに切りかかった時、朧げながらオレには一応の意識があった。そしてその時のオレは間違いなくルリアを殺さなくてはいけないと考えていたんだ……間違いなく、今のオレがルリアと一緒に居ることは危険でしかない。

 お前たちが一緒に居れば大丈夫とか、暴走を止めてくれるとか。そんな希望的観測で見逃してはまずい状況だ。ルリアが一人の時にそうならないとも限らない。お前たちが何と言おうと、オレはここでお前達と一緒に居るわけにはいかないんだよ」

 

 ルーマシーでの一幕――あの時、セルグは別人のようでありながらその時の意識を記憶していた。ルリアへと振り下ろされる天ノ羽斬には確かにセルグの意思が通っていたのだと言う。

 

「そんな……だってセルグの意思じゃないはずでしょ!? アンタは、いつもルリアちゃんやイオちゃんを護って、仲間の誰より前で戦って、そうして皆を守り続けてきたじゃない! なんでそんなアンタが出ていかなきゃいけないのよ!」

 

 セルグの言葉であろうとゼタは信じられなかった。ルーマシーでセルグが己を責める様子は紛れもなく本物であった。何がどうなろうと彼が仲間を大切に思う気持ちに偽りはないはずなのだ。

 

「それでもだ! ヴィーラの言うとおり、意図せずとも暴走する可能性を引き上げてしまったんだ。別にもう会えないという訳じゃない……今は一緒に居られないと言うだけだ。今は少し、オレの出生を探る必要があるんだ。今まで気にしていなかったが、オレは組織に拾われる前の記憶が無い。失われた記憶が……オレも知らないオレの過去に何かがあると思うんだ。ありきたりだが自分探しの旅にいってくるだけだ」

 

「セルグ! ジータがキュアポーションを用意してくれた! とにかくこれを飲んでセルグも」

 

「ありがとう助かるよ、グラン」

 

 大急ぎで戻ってきたグランの手にあるキュアポーションを受け取るとセルグはそれを一気に飲み干した。

 決して飲みやすくは無い良薬が、身体の中を駆け巡り、傷ついた体を癒していくのを感じながらセルグはグランに向き直る。

 

「それじゃあ、グラン、オレは団を離れる……」

 

「なっ!? 何を言ってるんだ! セルグだって明らかにヤバそうじゃないか! はやく艇に戻って休ま」

 

「ヴェリウス! 行くぞ!」

 

 グランの心配の声を遮りヴェリウスを呼んだセルグは大きくなったヴェリウスの背に乗る。

 

「せ、セルグ!」

 

 訳もわからずいきなり脱退を言い渡してきた事に納得のいかないグランの声が響くが、それを受けたセルグに迷いは無かった。

 

「ゼタ! 説明は任せた。あとヴィーラに伝言を頼む。謝罪と感謝を……それから楽しそうなのはいいが、程々にしろと伝えてくれ。」

 

「――――わかった。気を付けて」

 

 長い逡巡の後、神妙な面持ちで答えるゼタの言葉に小さく頷くと、セルグはヴェリウスと共に空の彼方へと飛び立つ。

 瞬く間に見えなくなってしまったセルグを呼びとめることも叶わず、グランは呆然と見送る事しかできなかった。

 

「クソっ、また一人であんなっ!! ゼタ、何がどうなってるんだ!」

 

「ゴメン、グラン……少しだけ時間を頂戴。皆にちゃんと伝えるから」

 

 グランの言葉にゼタは弱々しく返す。彼女の中でも今回の出来事は急展開過ぎて御しきれない感情があるのだろう。

 思いつめたようなゼタの表情に落ち着きを取り戻したグランは努めて冷静になって再度問いかけた。

 

「ゼタ……一つだけ教えてくれ。団を離れるってことはセルグは戻る気はないのか?」

 

「――ううん、それは多分大丈夫だと思う。ただ、今は一緒には居られないって」

 

「そうか、わかった。とにかく僕達にもやらなきゃいけない事がある。グランサイファーに戻ろう」

 

「うん……」

 

 ヴィーラの様子も気がかりだし、何よりも今はルーマシーに残ったロゼッタを救うためにやらなければいけない事があるのだ。いくら衝撃的な事が起きたところで立ち止まっては居られない。

 グランはすぐさま気持ちを切り替えて動き出した。

 グラン同様に艇へと戻ろうとしたところで、ゼタは一度空の彼方へ振り返った。

 すでにそこには影も形も存在しない、蒼いばかりの空へ。

 

「必ず……戻ってきなさいよ。勝手に死んだら承知しないんだからね!」

 

 心配も、寂しさも、怒りも……ごちゃまぜにされて呟かれた言葉は誰に聞かれることもなく、空に溶けていく。

 胸に残る不安を抑えて、ゼタはグランサイファーに戻るために足早に駆け出すのだった……

 

 




如何でしたでしょうか。

マグナについては本当に勝手に用意した独自設定です。鍵となるのは記憶でした。
ついでに深度4はもう出ません。今回限りの背水の陣です。あんなもん使いまくったらセルグ死んじゃいます。
今回に向けて伏線をちらほらとはっておりました。うまく回収できたか微妙ですが、これが作者の精一杯です。ご勘弁を。

さて、調子よく投稿しておりましたが、リアル多忙につき2週間程度逃亡いたします。
楽しみにしている読者さまには申し訳有りませんが期待に胸を膨らませて(もらえたらうれしいですが)しばらくお待ちください。

それをでは。お楽しみ頂けたら幸いです。



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幕間 アマルティア最前線

2週間逃亡すると言ったな、、、あれは嘘だ。
というわけで書いていました、最新話。

一応原作通りのお話。原作では省かれていた部分になります。
当然本作では相違点が多少なりとも有りますが、どうぞお楽しみください

追記
本作オリジナル設定が含まれます。ご注意下さい


 時は少し遡る――――

 

 ラビ島にてグラン達を見送ったモニカは、アマルティアへと戻り、久方ぶりの休息を満喫していた。

 帝国の要請によりアポロを捕縛。グラン達への出頭要請のためガロンゾに向かえば、セルグと出会いこれを確保。アマルティアに戻れば組織からの襲撃と帝国の侵攻。騒ぎに乗じて組織の戦士クロードには逃げられ、逃げたクロードをラビ島まで追走。さらにそこにいたグラン達へ、アポロとセルグの返還要請……

 

 二転三転とする事態が怒涛のように押し寄せ、リーシャも含め彼女たちはなかなか心休まることがなかった。

 思い返した出来事にモニカはため息を一つ吐く。

 

「ふぅ……今も彼らと共に動いているリーシャには悪いが、休息を取らせてもらっても罰は当たらないだろう」

 

 呟くと同時に脳裏にかわいい後輩の苦言が聞こえてきた気がしたのを振り払い、モニカは自室でのんびり過ごすことを決め込む。

 自室の扉には鍵をかけ、万が一にも突然人が入ってくる可能性を潰すと、彼女は履いていた制服のブーツを脱ぎ、コートを捨て去り、帽子を投げ出しベッドイン。女性らしさのかけらもない乱雑な変身を果たし彼女は柔らかくはない秩序の騎空団のベッドに体を横たえる。

 

「くぅ~はぁ~、疲れていたのは間違いないようだな」

 

 重力から解放された足をピンと伸ばし、つま先から頭上に伸ばした腕まで全身を引き延ばすように伸びをしてから身体の緊張を緩める。力の抜けとともに疲れも抜けるような気がして、途端にモニカの意識はオフモードへと切り替わった。

 

「ふふっ、こんな姿団員どころかリーシャにも見せられないな」

 

 ポツリと自嘲気味に呟くとモニカは一人の時間を満喫する。

 秩序の騎空団として、船団長として、女性として……そんな対外的な仮面をすべて取り払い、誰にも見せることのないモニカと言う一人のヒトとなれるこの時間がモニカはたまらなく好きであった。

 もちろん普段であればいくら休息中であろうと、こんな姿は晒さない。緊急事態もあるかもしれないし団員が報告に来るかもしれない。船団長というイメージは軽くはないのだ。

 あくまで時々ではあるが今回のように溜りに溜まった疲れがある時だけ、モニカは自室に引きこもりしがらみから解放されるように休息を取る。

 大した時間は必要ない。少しの時間一人になるだけでモニカの心は大きく休まり、きっと1時間もしないうちに散らばった制服をちゃんと片付け、モニカは”休息をとる船団長モード”に戻るだろう。

 それでも今は一人だ……ただのモニカでいられる時は決して長くない以上、しっかりと心も体も疲れを取らなくてはならない。ベッドの上をゴロゴロとしながら、かわいい後輩に次はどんな意地悪訓練をさせようかなどと妄想をして、隠していたお菓子を食べてはニヤニヤ笑う。彼女はしばしの休息を堪能するのだった。

 

 妄想に耽るモニカの脳裏には、かわいい後輩の叱責がずっと聞こえていた様な気がして何とも言えない窮屈な気分も味わったのはまた別のお話……

 

 

 

 

 

 事はそれから数時間後。

 モニカが通常モードとなり、執務室で休息しながら団員の報告を聞いていた時に起きた。

 

「――以上が、街の警備状況となります。幸いにも警備隊で怪我を負った者も深刻ではないものがほとんどで、巡視体制は通常の形で回っております。家屋などへの被害もなかったのは不幸中の幸いでした」

 

「そうか、ご苦労だった。施設や家屋に被害がなかったのは僥倖だな。帝国の狙いが黒騎士だけだったとはいえ嬉しい誤算だ」

 

 報告内容に思わずモニカは安堵の笑みを浮かべる。

 先だって行われた帝国侵攻戦。アマルティアに上陸してきた兵士の数はとても把握できるものではなかった。モニカのいうように、狙いがアポロの抹殺だったとはいえ、拠点の設備や団員の家族が住まう家屋に被害がなかったのは奇跡と言って良いだろう。

 

「それから、別件での報告事項ですが、船団長がおられない間にとある事件の参考人として一人、アマルティアに留置しております。準警戒態勢でしたので調書などはまだ取れていませんが対応のほうは如何なさいますか?」

 

「参考人? どういうことだ」

 

「報告によると壊滅したある組織の拠点に一人いたと。関係者である可能性も踏まえて任意同行してもらった次第です。一応は客室に滞在してもらっています」

 

「そうか、わかった。そっちは後で話を聞きに行こう。それから、一先ずは準警戒態勢を解除。巡視体制を緩めてもいいだろう。このまま帝国に動きがないようであれば短いが各員に休日をあてがおうと思うので皆に伝えておいてくれ」

 

「わかりました。それでは失礼いたします」

 

 報告を終え、指示を受けた団員が退出するとモニカは一息つく。

 報告にあった参考人の事を考えながらもまずはアマルティアが落ち着いている現状に少し表情が綻んだ。

 アポロが島を離れた以上帝国にアマルティアを責める大義名分もない。突然の侵攻で後手に回ってはいたが秩序の騎空団とは空域を跨ぐ超巨大組織だ。

 リーシャが言うように、各島々に団員は常駐しているし、ここアマルティアにいる保有戦力とて少なくはない。仮に再度の侵攻があろうと己がいるこのアマルティアの拠点が落とされることはそうそうあり得ることではないだろう。

 

「これで今日の夜は安心して眠れそうだ――」

 

 呟かれたモニカの声には本心からの安堵が込められる。団員達とて疲労が溜まっているだろう。今日からは彼らを休ませられると考えたモニカは、執務室の窓から望むアマルティアの景色を眺めた。

 

「――あれは、なんだ?」

 

 ふと目についたのは空に見える黒い点。遠すぎてよくわからない黒い点は綺麗な蒼穹の空の中でやたらと目立ちモニカの目を引いた。

 机の引き出しから望遠鏡を取り出しそれを除いた瞬間、モニカは絶句する。

 

「――バカな……ありえない。奴らは本気で我々を潰す気なのか……」

 

 現実味のない光景にモニカは小さく呟く。その視線の先にあるのは黒い点。

 望遠鏡でのぞいた先に見えたのは、黒塗りで揃えられたエルステが誇る戦艦だった……

 

 

「報告!! エルステ帝国の戦艦がアマルティア目指して侵攻中!!」

 

 モニカが気づいたのと時を同じくして、団員もすぐに伝令として駆け込んでくる。

 茫然自失とした時間は僅か、モニカはすぐに我に帰った。

 戦力差は大したことはないかもしれないが、今ここにはリーシャがいない。指揮官としては、すでに己より高みにいるであろうかわいい後輩がいないのは状況としては大いに厳しいとモニカは感じていた。

 

「緊急事態宣言だ!! 警備隊に住民の避難をさせろ!騎空艇部隊は緊急発進。地上部隊には警備部隊と住民の防衛を最優先にさせるんだ! 急げ!!」

 

「は、はい!!」

 

 即座に指示を聞いて出ていく団員を見ながらモニカは戦闘服を着込む。滞りなくそれが終わると次いで愛用の長刀を携えモニカは執務室を後にした。

 脳内ではすでに彼我の戦力差の分析と戦況予測が行われている。数はおそらく大差ないが、こちらは疲弊している。再度の侵攻まで少しの時間があったのは恐らく十分な戦力を編成するためであり、彼我の戦力差は間違いなく不利に傾いているだろう。

 いくら帝国と呼ばれるエルステでも戦艦などそう簡単に派遣できるわけがない。彼らもまたこの空域の広範囲に勢力を広げているのだ。

 にも関わらずの再度の侵攻。それは全力でこのアマルティアの拠点を潰すために他ならない。何のために……そんな疑問に思考を回す余裕は無かった。

 

「全く、こんなことであれば彼らにリーシャをやるんじゃなかった……失策だな、愚か者め」

 

 反省の色を浮かべながら、この窮地をごまかすようにモニカは小さく笑う。三度目はないだろうとタカをくくり、リーシャを手放してしまった己の迂闊さを笑わなければ、モニカは立ち向かえる気がしなかった。

 

「相手のボスが倒せれば……そうすれば相手の士気を挫き、こちらの士気を上げられる。皆リーシャのおかげで自らの判断で動ける。ならば戦える私ができることは一つだ」

 

 急成長を遂げたかわいい後輩は見事に団員達へ集団戦闘のイロハを叩き込んでくれた。

 ちょっとした出来心から与えた無理難題な訓練目標。無理だと泣きついてくることを楽しみにしていたその訓練目標を達成した後輩は団員達の戦術眼を大いに引き上げてくれ、ある程度の指示はなくても彼らは動けるようになってくれた。であるならば……

 

「指揮するものを潰し相手の戦力を落とす!」

 

 瞳に宿った光と共に、彼女は前線に出るときの空気を纏う。それは戦場を駆ける覚悟ができた証。

 手塩にかけた直属の部隊は帝国兵士程度であれば難なく倒せるだけの実力を各々持っている。彼らと共に戦線を維持し増援が来るまでの時間を稼ぐ。

 彼らが待機している隊舎にたどり着いたモニカは、部下たちに激を飛ばした。

 

「状況は分かっているな? リーシャほどではないが、少しだけやる気を出させてやろう。全員! 死ぬな! 生きて守り抜け!!」

 

「イェス・マム!!」

 

 言葉短く部下を鼓舞するとモニカは地上部隊と合流するため走り出す。

 向かう先は久方ぶりの命を懸けた戦場。嘗ての己を思い出し昂る心を抑え、モニカはその刃を戦場に閃かせる。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~まったくつまんねぇ」

 

 帝国戦艦の艦橋。そこにいた司令官と思われる男はつまらなそうにため息を吐いていた。

 

「おい、戦況はどうなってる?」

 

 詰まらなそうというより気だるそうな声で近くの兵士に問いかける男はガロンゾでセルグによって重傷を負わされていたガンダルヴァである。

 その体に異常は見当たらず傷が感知していることが伺え、今はつまらなそうにアマルティアの戦場を見下ろしている。

 

「現在地上戦力との戦闘に突入し膠着状態になってるとのことです」

 

「中将閣下、増援を投入いたしますか?」

 

 別の兵士からの提案にガンダルヴァは少しだけ首を傾げる。

 

「そうだな……どうせ最後には砲撃で終わっちまうんだし折角だ、アドヴェルサと魔晶兵士を投下しろ。秩序の奴らに絶望を見せてやれ。それから、奴らの中に突出して前線を押し上げてくる奴が出てきたらすぐに報告しろ。大至急だ。いいな?」

 

 増援の許可とついでの指示。この任務を受けた時からひそかに願っていた楽しみを逃さないため、ガンダルヴァは兵士に念を押した。この状況であれば自分が知っている奴なら間違いなく前線に出てくる。相手の頭を潰すのは奴の十八番だったはずだ。

 

「そ、それでしたら、先程出てきた部隊が次々と兵士たちをなぎ倒し前線を押し上げて……」

 

「何っ!? バカが、なんでそれを早く言わねえんだ。どこだ?」

 

「はい、民家が並ぶ広場の交戦ポイントです」

 

「そうか……でてきたかモニカぁ。俺が出る。上陸準備だ」

 

「し、しかし中将閣下自らお出にならなくても」

 

 指揮官であるガンダルヴァが前線に出ては指揮をとれる人間がいなくなる。そう懸念して兵士が待ったをかけるがその瞬間、ガンダルヴァの纏う空気が刺々しいものに変わる。

 

「あぁ? だまれよ一般兵。お前たちじゃどうせ奴には勝てねえから俺が出張ってるんだろうが。詰まらねえこと言って俺様の邪魔をすんじゃねえよ。どうせあいつがつぶれれば秩序の騎空団は崩れ落ちる。俺様がさっさと終わらせてやろうって言ってんだよ」

 

 傍若無人とも取れるガンダルヴァの態度と空気に兵士たちが固まると、それを尻目にガンダルヴァは甲板に向かう。去り際に降下させろと一言だけ残したガンダルヴァの指示に兵士たちは大人しく従うことしかできなかった。

 逆らえば味方であろうと殺される。そんな予感をひしひしと感じた兵士たちは戦艦をアマルティアの地表近くまで降下させる。

 甲板に出て地上を見下ろすガンダルヴァは徐々に近づいてくる戦場の気配に、見る見るうちに心が昂っているのを感じその口元を歪める。ニヤリ、ニタリといった感じに笑うその姿は狂気に彩られていた。

 

「久しぶりの手合せだ、モニカ。ちゃんと楽しませてくれよ」

 

 愉悦に笑う戦闘狂は、その牙をアマルティアに突き立てるべく甲板から足を踏み出すのだった……

 

 

 

 

 

 

 長刀が閃くとまた二人兵士が崩れ落ちる。モニカが握る刀が振るわれるたび、アマルティアの大地に一人、また一人と帝国兵士たちが崩れ落ちていく。

 隊舎を出たモニカは地上部隊と合流した後、住民の安全確保を地上部隊に任せ部下と共に降下してくる兵士たちを迎撃していた。

 

「紫電……一閃!!」

 

 モニカの刀に紫電が灯る。同時に駆けだすモニカは瞬く間に居並ぶ兵士たちを一刀の元に切り伏せ、次なる標的へと向かった。

 姿勢を低くし、駆ける様はまるで餓狼のよう……その小さい体躯のどこにそんな力があるのかと帝国兵士たちが動揺する中、目一杯に身体を使って長い刀を振るう様は、美しさすら覚えるほど躍動感に満ちており、仲間たちを鼓舞する。

 

「広場を取ったか……ここを死守するぞ! お前たち、何としても守り抜け!!」

 

 戦いやすい広場を確保し、そこに人員を終結。攻め込ませないように守りに入る。

 一騎当千のモニカと獅子奮迅の働きを見せるその部下たちの参戦により、戦況は少しばかり秩序の騎空団に傾いていた。

 

「はぁああ!!」

 

 裂帛の気合いの声と共に、再び剣閃の花が咲いたとき、モニカは大きな覇気をもった何かを感じ取る。

 次の瞬間にはモニカが地上をかけ、舞い踊る戦場にズシンと音を立ててそれは降り立った。

 

「ハーッハッハッハ!! 久しぶりだなぁ手前等!! この俺がわざわざ出てきてやったんだ、しっかり楽しませてくれよ!!」

 

 右手に愛剣を握りしめ、戦いに狂う帝国の切り札が、快進撃を続けるモニカの行く手を遮り咆哮を上げる。

 

 

 

「貴様は……まさか」

 

 大きな声と共に戦場に現れたドラフの大男。帝国軍中将ガンダルヴァを見て、モニカの表情が驚きに染まる。

 

「久しぶりだなぁ、モニカ。腕は錆びついてないか? 折角俺様がここまで来たんだ。楽しませてくれないと殺しちまうからな」

 

「ガンダルヴァっ! 貴様、何故帝国軍に!?」

 

「ふん、何を今さら……当然の帰結だろう。団を追われ、戦う場を奪われた俺が行く場所なんか一つしかねえだろうに。帝国とはまさに俺にとって最高の場所だった」

 

 モニカとガンダルヴァ。初対面ではない会話からわかるように旧知の仲である。なぜならガンダルヴァは元秩序の騎空団の団員であった。秩序の騎空団の中でもその実力は折り紙つきで、モニカとはいい勝負のできる根っからの武闘派。強さをひたすらに求め、戦いをひたすらに求めるが故に、素行に問題があり、団長である青の騎士により秩序の騎空団を追い出された過去を持つ。

 

「ガンダルヴァ……貴様、何故今さらアマルティアの襲撃など」

 

「勘違いするな、それはただ命令されたから来ただけだ。お偉いさんからのご要望じゃ聞かざるを得ないだろ。だが、楽しみで仕方なかったぜ……久しぶりにお前とやりあえると思ったらな」

 

 言葉と共にガンダルヴァの気配が膨れ上がる。

 臨戦態勢となったガンダルヴァはその気配だけでもってその場にいた秩序の騎空団の団員たちを固まらせる。

 圧倒的強者の気配。自らの実力との差を感じ取ってしまい恐怖に動けなくなる団員たちの中で、モニカは衰えることのない光をその瞳に宿らせたままガンダルヴァと対峙した。

 

「随分と凄むじゃないか? そんなに脅さなくてもかわいい部下達をお前と戦わせやしないよ」

 

「ほぅ、それならお前ひとりで相手にするって事か? 今の俺と戦ってまともに戦えるとでも思ってるのかよ」

 

「少なくとも負ける気はないさ。ここでお前を倒さなければ我々の負けだからな」

 

 軽い口調で話しているがモニカの頬には冷や汗が伝う。目の前で発せられた気配だけで目の前の男がどれだけ強くなっているかが理解できた。そしてそれに対して己は弱くなっている事を理解していた。

 最前線を走っていたのは何年前だったか……後進の育成のためと第一線を退いてから、モニカは既に多くの時を過ごしている。

 後進の育成と言えば聞こえはいいが、モニカだけを見るならそれは停滞ですらない衰退。

 全盛期は青の騎士と肩を並べて立てるほどの強者であったモニカも、その強さの多くをそぎ落とされているのだ。

 強さを求めて走り続けた者と、後ろを振り返った者。その差は言わずもがな、走り続けた者に軍配が上がる。

 だが、それでもモニカは引かない。否、引けない。

 

「いくら前線を退こうが私は秩序の騎空団、第四騎空艇団船団長のモニカだ。力だけを振りかざす貴様に負ける気はないぞ!!」

 

 湧いてくる恐怖を気迫で抑え込み、押しつぶされそうな自信を奮い立たせる。ここで自分が折れれば仲間は総崩れになるだろう。ガンダルヴァを相手取れるものなど彼女以外にはいない。その先に待つのはアマルティアの陥落だ。

 ガンダルヴァ同様にモニカの気配もまた全力を振るうために研ぎ澄まされていく。

 

「ほぅ……いい気迫だ。やっぱりお前は最高だぜ。しっかり楽しませてもらうぞ!!」

 

「言ってろ。すぐに艇まで追い返してやる」

 

 覚悟を決めたモニカが刀を鞘に収めた時、睨み合う両者はどちらからともなく動き、絶戦が幕を開けた。

 

 

 

「うぉらああ!!」

 

「はぁあああ!!」

 

 

 地面が爆ぜる様な踏み込みから互いに得物を抜き放つ。剣と刀のぶつかり合いがその場に大きな音を響かせ、周囲の団員や兵士たちが動きを止める。

 兵士や一般的な騎空士とはかけ離れた、強大な力を持つ者同士のぶつかり合い。

 技の一つが放たれればその余波で吹き散らされるかもしれない。無防備に受けてしまえば死をも覚悟しなくてはならない。そんな二人の戦いはその結果がそのまま二つの勢力の行く末を決める程に、立ち入ることの許されない次元の違う戦いであった。下手に動き、邪魔をすれば戦犯にもなり得る状況が周囲の戦いの足を止める。

 互いの勢力が見守る中、二人の戦いは瞬く間にその密度を増していく。

 

 

「旋風雷閃!」

 

 重なる剣戟のわずかな隙間を縫ってモニカの声と同時に刀に雷が迸る。自らの強化が済んだところでモニカは小さな身をさらに低くして、地面を這う様に接近。走り込んだ勢いを乗せて迅雷の刃を振りぬく。

 

「喰らえっ!!」

 

「あめぇよ!!」

 

 対するガンダルヴァも”フルスロットル”で己の動きを強化。威力の上がったモニカの刀に対し、速さをもって防ぎ、躱す。

 モニカの攻撃が空を切り、今度はガンダルヴァがその隙を狙う。背後へと回り込んで狙う一撃はしかし、モニカにとっては織り込み積みの流れ。

 

「させん!!」

 

 逆手に持った鞘で視線を向けないままのカウンター。虚を突くように突き出された鞘が迫るガンダルヴァを捉え、ガンダルヴァが苦痛に顔を歪める。思わず後退したガンダルヴァにモニカは追撃。隙を作ったのであればそこは徹底的に攻め入るチャンス。刀が纏う雷が火花を散らし、その威力を瞬時に高めると、モニカは全力を持ってそれをぶつけた。

 

「春花春雷!!」

 

 春に咲く短き花のように、瞬く間に咲き散る雷の花。モニカが振るう瞬速連斬がガンダルヴァを打ち据え、ガンダルヴァは弾かれた様に吹き飛ばされていく。

 大きな音を立てて、ガンダルヴァは一つの家屋を破壊しながらその瓦礫に埋もれた。周囲にいた団員たちからは歓声が上がり、帝国兵士たちからは驚きの声が上がる。

 だが、声が上げる周囲とは裏腹にモニカの心は静まり返っていた。

 

「(つまらないあやつのいつもの癖か……あぁやって攻撃を受けて相手の実力を測る。先程ので仕留められるわけもなし。恐らく奴はまだ……)」

 

 胸中で膨れてくる予感が現実になるように、瓦礫が爆ぜると、その中からは健在の様子でガンダルヴァが立ち上がる。

 その様子をモニカは努めて冷静に見据えた。全力でぶつけた攻撃はほぼノーダメージ。もちろん人間である以上、先のモニカの攻撃が当たっていれば大きなダメージは受けるはずであり、それがないという事は理由は一つ。

 

「やってくれるじゃねえか……カウンターからの大技。隙を逃さない良い連携だったぜ」

 

「よく言ってくれる。あっさりと防いだ癖に」

 

 ガンダルヴァを見ればその服装には先程吹き飛ばされたことで汚れなどはあるが、斬りつけられているはずの胸部は無傷であった。

 モニカが放つ全力を、ガンダルヴァはフルスロットルで強化したその動きですべて防ぎ切っていたのだ。

 

「残念だぜ、モニカ。昔のお前なら今ので俺様をボロボロにしてもおかしくなかった。防いだところで防ぎきれないほどの強力無比な攻撃。それがお前の持ち味だったからな……それが腕に衝撃が残るくらいで今のお前の攻撃は防ぎきれちまった。残念だよ、こうまで弱くなっているとはな」

 

「何を勝った気になっている。私はまだ負けたわけではないぞ」

 

 不遜な態度を崩さないガンダルヴァに負けじと、モニカは再度刀を構えた。攻撃が当たらなかったなら当てればいい。無理でも無茶でも当てればダメージが入るのは自分も相手も同じだ。

 それに自分にはまだ奥の手がある。諦めるのは時期尚早だ。

 

「強くなったのが貴様だけだと思ったら大間違いだ。私が一線を退いて得た力を見せてやるよ」

 

「ほぅ……まだ何かあるのか。なら全部見せてくれよ。お前のすべてをな!!」

 

 再び走り出す両者。

 互いの間合いに入る前にモニカは足を振り上げる。ガンダルヴァが怪訝そうにそれをみた次の瞬間、モニカは振り上げた足で地面を強く蹴りぬく。はじき出された土や砂の礫がガンダルヴァに向かう。

 

「目くらましか!? 小賢しい真似を!!」

 

 つまらない手段にガンダルヴァは目を細めて、モニカの動きを観察する。地面を蹴りぬいたのと同時にモニカは急加速。ガンダルヴァの横へと回り込み、地面を削るように足で制動をかけて剣戟の嵐を叩き込んだ。

 

「まさか、さっきの詰まらねえ目くらましがお前の得た強さって言うんじゃないだろうな?」

 

「さすがにあれで強くなったとは言えんが、無くもないぞ!!」

 

「チッ、ふざけたことを!!」

 

 怒りに任せるように振るわれるガンダルヴァの剣を防がずに後退して躱すと、モニカはまたも急接近。回り込むように回り込むように、ガンダルヴァの周りを動き回り、間断なく攻撃を仕掛けた。

 

「ちょこまかとうっとうしいが、それだけだ……それのどこかが新たに得た強さだっていうんだ」

 

 先程より速さは上がっているがそれも全盛期のほうが上。威力は比べるべくもない。違うところと言えば、以前よりもかく乱するように動いて戦うこの戦い方ぐらいだと、ガンダルヴァはモニカの攻撃を捌きながら分析する。脅威など感じられないし攻撃を受けるようなヘマもしない。

 一度自分が本気を出せば今の膠着状態は崩れるような戦況にガンダルヴァは徐々に苛立ちを募らせた。

 またも地面を削るように制動をかけたモニカの足が、ガンダルヴァの背後で音を鳴らす。

 察知したガンダルヴァは、振るわれる刀をタイミングよく弾きモニカの姿勢を崩した。

 

「グッ!?」

 

「いつまでもちょこまかと……目障りだ!!」

 

 体制を崩したところでモニカの襟をつかみあげ、宙に持ち上げる。地に足着かなければ身動きはできない。宙吊りになるモニカを、あとはこのまま動けなくなるまで甚振るのも、あっさりととどめを刺すのも自由だ。

 既に目の前にある勝利に何の感慨も湧かず、ガンダルヴァはモニカを地面に叩きつけた。まるでいらなくなった玩具を壊すように。

 

「ガッハッ!?」

 

 漏れ出た苦悶の声が少しだけガンダルヴァの溜飲を下げるも、それで終わりはしない。地面に横たわるモニカを見下ろすと、今度は蹴り飛ばす。ボールのように蹴り上げられたモニカが数メートルに渡り飛ばされて地面に落ちるのを見て、ガンダルヴァはもう剣を収めた。今の蹴りだけで骨は間違いなく折れている。恐らくまともに動けるような状態ではないだろう。もはや剣はいらなかった。モニカを捕えるべく歩き出そうとしたところで、しかしガンダルヴァはその足を止める。目を向ければゆっくりとだが起き上がるモニカの姿。しかもその顔は勝利を手にしたような笑みに彩られていた。

 

「なんだ? ボロボロになって頭でもおかしくなったか? 何がおかしい」

 

「ふ、ふふふ。私の勝ちだよガンダルヴァ」

 

「なに? この状況で一体何をッツ!? これはっ!!」

 

 ガンダルヴァが驚きの声を上げる。彼を中心として、地面には幾何学模様の魔法陣。立ち上る光の力がガンダルヴァをその場で動けなくしていたのだ。

 

「モニカてめぇ、何をした!?」

 

「切り札はあった、刀を持たずに使えるとっておきの切り札がな。そしてそれを悟らせないのが私が得た強さという奴だよ。単なる戦いだけではたどり着けない、戦場を見る目が培った頭の強さという奴さ」

 

 先程までの攻防。地面を蹴った目くらましも、動きの制動をかけるために地面を削っていたのも、すべては地面に魔法陣を完成させるための布石。それを悟らせないよう、剣戟の嵐を叩き込み、限界に近い動きでガンダルヴァの周囲を動き回り、魔法陣の中心に留めた。

 全てはこの瞬間のためである。

 

「良い教訓になっただろう? 力だけが強さじゃないって言うな」

 

 ニヤリと笑うとモニカは魔法陣へと近づき刀を突き立てた、それがトリガーとなって魔法陣は輝きを増し、その発動を今か今かと待ちわびる。

 

「私の勝ちだ、喰らえ。”雷槍光陣”」

 

 モニカの言葉に合わせ、魔法陣に雷が迸り、ガンダルヴァを焼いた。

 

「ぐぅあああああああ!!」

 

 槍に貫かれたような痛みと衝撃にガンダルヴァは絶叫を上げる。皮膚を焼き、血液を沸騰させるような雷撃は、耐性を持つ光属性を扱えるものでなければその威力は十二分に発揮される。

 わずか数秒でガンダルヴァはその体を地面に投げ出し、動かなくなった。

 今、ガンダルヴァとモニカ。因縁浅からぬ二人の戦いに決着がついた。

 

「ハァ……ハァ……全く。よくもまぁ上手くいったものだ」

 

 息も絶え絶え、モニカは刀を支えに立ち、ガンダルヴァを見下ろす。

 限界ギリギリの攻防を続けながら魔法陣を描き、さらにはガンダルヴァをその中心に留める。成功する可能性は極めて低かったと言える。

 それでも、大口を叩き様子見させるように仕向け、限界ギリギリの動きを見せ何かがあると思わせ、ガンダルヴァがしびれを切らす前に魔法陣を描きあげる。狙いを悟られないようにしながらも、ギリギリの綱渡りな攻防の中でそれを成し遂げたモニカは流石といったところである。

 一先ずは上手くいった事に安堵しモニカは部下たちへと振り返った。

 

「これで何とかなりそうだ……お前たち、奴を拘束して牢獄へ」

 

「船団長!!」

 

 切羽詰まったように声を上げる部下の言葉にモニカは後ろを振り返ろうとしたが、その前にモニカの小さな体は横薙ぎに大きな力を受ける。ミシミシと嫌な音を立てた自らの肋骨には大きなドラフの健脚が突き刺さっていた。

 

「ぐ、っが」

 

 今度はモニカが瓦礫の中に埋もれる番であった。強力な蹴撃で蹴りぬかれたモニカはガンダルヴァ同様に一つの家屋を破壊して大きな音を立てて消える。

 

「ガッ、バカ……な」

 

 瞬く間に暗くなっていく視界の中、モニカは僅かな隙間から、仕留めたはずのガンダルヴァが立っている信じられない光景を目にする

 

(まさかあれで立ってくるとはな。リーシャ……すまない……あとは任せたぞ)

 

 脳裏に浮かぶ最後の希望は、いつも口うるさく抗議してくるかわいい後輩の笑顔であった……

 

 

 

「止めを刺さなかった。弱いくせにつまらない秩序に縛られたその甘さがお前の敗因だ」

 

 モニカを吹き飛ばしたガンダルヴァはつまらなそうに瓦礫の中を見つめる。

 自らの敗北は確かであったにも関わらず、モニカの対応が。秩序の騎空団として捕縛と言う手段を取ろうとしたがためにモニカは隙を晒し、敗北した。すぐさま己の首を取っていればこうはならなかった。止めを刺していれば、横たわっているのは己のはずであった。

 ギリギリで意識を取り戻し勝利しながらも実質的な敗北を味わったガンダルヴァは、やるせない気分で部下に指示を送る。吹き飛んだモニカに動く気配はなくとも自分まで同じ轍は踏まないと最大警戒のままモニカの拘束を命じた。

 

「中将閣下、お見事でした」

 

「詰まらねえ世辞はいい。すぐさま全部隊を降下させて拠点を落とせ。モニカがやられた以上奴らに抗う術はねえ」

 

「ハッ!! すぐに増援を回し拠点を落としてみせます」

 

 駆け寄ってきた兵士の労いを一蹴し、ガンダルヴァは指示を下す。瞬く間に伝令が出され次々と戦艦からは戦力が投下された。

 魔晶兵士、アドヴェルサ。そして数多の兵士。それらが、モニカを失い撤退する秩序の騎空団を追い回し、アマルティアを次々と占拠していく。

 

 

 この日、エースを失った秩序の騎空団、第四騎空艇団拠点。アマルティア島は帝国によって陥落した

 船団長モニカは自らの拠点であったアマルティアの牢へ投獄され、散り散りとなった団員たちは、アマルティアに潜みながら散発的なゲリラ戦を展開していくことになる。

 

 グラン達がアルビオンで休息を取ってから島を発つその四日前の出来事であった……

 




如何でしたでしょうか。

モニモニボロボロです。でも大活躍してました。(してたよね?)

可愛いモニモニとかっこいいモニモニ、上手く描けていたらいいなぁとおもいます。
何故か光属性になっているモニモニ。以前のアマルティア篇でも刀に雷付与していたのでそうなってしまいました。最後の技もオリジナル奥義です。そこら辺については御理解してくださいとしか言えません。
あとは少しきになるのがガンダルヴァの口調。なんとなく違う気もするんですが、どうにもしっくりくる感じが来なかったです。
是非感想をお聞かせ頂きたいです。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。




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幕間 アマルティア最前線 2

アマルティア最前線part2

オリジナル街道疾走中ですがご理解していただきたい。

それではどうぞお楽しみください


 グラン達と別れ、ヴェリウスと空を行くセルグ。

 星晶獣であるが故ヴェリウスは疲れを知らない。普通の鳥ではできない島と島の移動も、ヴェリウスのおかげで騎空艇を持たないセルグには難しいことではなかった。

 

「ヴェリウス。本当に知らないのか? 記憶を取り戻す星晶獣について」

 

 ”そんなものは知らぬ。他の空域を股にかける秩序の騎空団なら文献でも何でもあるだろうと、目的地を決めたのは貴様であろう。何をいまさらグチグチ言っておる。”

 

「いや、それはそうなんだが、今あそこに行くと出られないんじゃないかと思ってな……」

 

 セルグは一先ずの目的地をアマルティアへと定めた。記憶を取り戻す星晶獣……そんな特異な星晶獣の情報がアマルティアにならあるのではないかとの考えからだが、何故かセルグの表情は芳しくない。

 セルグが言いづらそうに言うのはまた牢屋にぶち込まれないかという懸念だ。別れ際に帝国の調査任務への協力という名目でセルグは自由を与えられたはずだった。それが理由はあれど騎空団を離れ一人で自由に動いている状態なのだ。彼の懸念も仕方のないことだろう。

 

 ”それについてはお主でなんとかする他あるまい。あの小娘とて話のできる者のはずだ。お主が現在の状況を話せば理解も示してくれよう”

 

「そうだといいがな……ついでにいうとモニカは小娘って年じゃないぞ」

 

 ”たわけが。いかに年を取っていようが、幾星霜の年月を見てきた我から見れば、人など等しくジャリ以下よ”

 

「まぁ、そうだな……それにしても、お前とのんびり空を旅するのは久しぶりだな。期間にしていえば大した時間ではなかったが、アイツ等との旅は退屈することがなかったからな」

 

 ”ふんっ、我としてはほとほといい迷惑だと言っておこう。小僧どもと旅をするようになってからというもの、お主は遠慮なしに我との融合を使うようになった。いちいち呼び出される身にもなれ”

 

 妙に刺々しい態度のヴぇリウスに、不思議に思いつつもセルグはヴェリウスの小言を聞き流した。

 老人のお小言とはいつの時代もどんな生物でも若者には届かないものでセルグも例外ではないようだ。

 

「そういやお前、ルーマシーに付く前にフラっとどっか行っちまったが何していたんだ」

 

 ”お主の負担軽減のために本体とのパスを繋ぎなおして来ただけだ。感謝せぬか愚か者。先のシュヴァリエの娘との戦い。間違いなくお主は死の一歩手前まで行っておったぞ。全く無茶をしおって”

 

 アルビオンでの戦い。想定を超えたヴィーラの強さに仕方なく使った最深融合による反動。それはポーションを飲んだからと言って簡単に消えるものではなかった。

 今のセルグの体は見た目は何ともなくてもまさにボロボロの状態。筋肉、骨、さらには内臓まで、極度の疲労によってもたらされた肉体の破壊は呼吸ですら痛みを伴うほどにセルグの体を蝕んでいた。自然治癒に任せている今、セルグの完治にはおそらくそれなりの時間をかけなくてはならないだろう。

 

「そうしなければどっち道殺されていたさ。すでに正気を失っていたしな……アイツ等、ヴィーラの事を責めていなければいいが」

 

 ”何故あの小娘を庇う? あの小娘はいうなればお前を死の淵に追い込んだ張本人ではないか”

 

 僅かに苛立ちを混ぜてヴェリウスが吐き捨てる。ヴェリウスにとってセルグが死に掛けるほどの状況に陥ったのはヴィーラによるもの。セルグを友とするヴェリウスには簡単にぬぐえぬわだかまりが残っていた。

 そんなヴェリウスに小さな感謝を抱くも、セルグは窘めるように飛び続けるヴェリウスの首を撫でながら口を開いた。

 

「それを言うならオレは、ヴィーラに仲間を排除するという余計な重荷を背負わせたクソ野郎だ。発端も原因もオレにある以上、責められるべきはオレだ……先に切りかかったのもオレだしな」

 

 己の異能が、己の行動が、己の過去が、ヴィーラに暗く重たい決意をさせた。セルグが懸念するのは彼女とのことでグラン達の仲が拗れないかだった。

 

 ”そうだったな、お主はそういう奴であったな。相も変わらずなんでも背負い込むとする愚か者だ。お主がそんな風に思うことを誰も望んでいないというのに”

 

「だからこそオレは自分を戒めなければならないんだよ。アイツ等はきっと何をしてもオレを許してしまうから」

 

 ”……馬鹿者が、勝手にしろ。それはそうと、そろそろアマルティアが見えてくるころだぞ。身体は大丈夫か。小娘の前で位、シャキッとしておれよ”

 

 恐らく何を言っても無駄だとヴェリウスも悟ったのだろう。適当にセルグの言葉を流し話題を変える。

 

「わかってる。これ以上心配かけたくないからな。敵襲だと間違えられて撃ち落とされたりしないように、お前こそ気を付けて……」

 

 だが、それに答えたセルグの声が尻すぼみに萎んでいった。それと同時に彼の表情がみるみる驚愕に染まっていく。

 

「アマルティアから煙が……!? ヴェリウス高度を下げろ! 帝国戦艦だ」

 

 煙を上げるアマルティアと、次いで視界に入ったアマルティアに停泊しているエルステ帝国の戦艦を見て、セルグはヴェリウスに高度を下げるように指示。島の底のほうへと回り込み状況を確認する。

 

「どういうことだ……いったい何が?」

 

 ”状況が読めぬな……一先ずお主を一目のつかぬところに降ろそう。我は上空より状況を探ってくる。お主は隠れながら地上で状況を探れ。わかり次第思念で伝える”

 

「わかった。頼む」

 

 ヴェリウスがアマルティアの木々の中にセルグを降ろすと、体を小さくし、目立たないようなサイズになって飛翔していく。

 それを見送るとセルグもすぐさま周囲を警戒しながら気配を伺った。

 

「(周囲に人の気配はないが、遠くでは戦闘音らしき音。声も聞こえるな……帝国の戦艦が堂々と停泊していることから考えても、秩序の騎空団の拠点は落ちたか?)」

 

 冷静に状況を予測するが判断材料は少ない。だがそれでも、戦闘が勃発している事。ここが秩序の騎空団の拠点であり、そこに帝国の戦艦が当たり前に停泊していることから、平和的な状況でないのは確実であった。

 

 ”若造、戦闘が随所で行われているようだ。帝国と秩序の騎空団の両者がぶつかり合っている。だが、状況は……秩序の者達が絶望的だ”

 

 ヴェリウスの思念が届き、セルグは僅かに息を呑む。想定はできたが状況が絶望的とは思わなかった。まさかの事態にセルグの警戒意識が高まり、木々の中に身を隠すように移動を始める。

 

 ”あの小娘の姿が見当たらん。どうやら秩序の者達は指揮官がいない状態のようだ”

 

「(モニカがいない? 何がどうなっているんだ――状況が読めないな。一先ず誰かから話を聞く必要があるか)」

 

 セルグは周囲の音を聞き分け、戦闘音のするほうへ向かう。未だ痛みの走る身体だがこれでも多少の戦闘はできる。兵士程度であれば楽勝ではあるし、融合さえしなければこれ以上悪くなることもない。右手で天ノ羽斬の鞘を握ると、しっかりとした感触が返ってきて、ある程度チカラが戻っていることもわかった。今の状態で、厳しい相手となると可能性としては限られてくる。

 

「(魔晶兵士がたくさん……とかでもない限り大丈夫だろう)」

 

 頭に浮かんだ嫌な予想を振り払いながらセルグは音の聞こえる方向へと走り出した。

 

 

 

 

 ガシャガシャと鎧の音を立てながら、帝国兵士が走る。その先にいるのは比較的軽装で走る秩序の騎空団の団員。今は投獄されているモニカ直属の部下の二人であった。

 

「クソッ! ちょろちょろと逃げ回りやがって!」

 

 怒り心頭な様子で帝国兵士がいきり立つ。発見してからすでに十数分。必死な想いで追いかけているが秩序の騎空団にとって庭のようなものであるこのアマルティアにおいて、彼らを追跡して捉えるのはなかなかに骨の折れる事であった。

 

「――おい、次の角だ」

 

「了解」

 

 逃げる二人は冷静に状況を見定める。短い言葉で互いに意思の疎通を図ると、細い路地へと入り込む。

 

「クッ、逃がすか!!――ッグ!?」

 

 視界から消えた彼らを逃がすものかと、息が切れながらも追い縋ろうと兵士が角を曲がった時、兵士の意識は途切れた。

 角を曲がった瞬間に振りぬかれた銃による打撃。走りこんでいた勢いも相まって、兵士は後方に回転するように倒れこんだ。

 

「――見つかる頻度が高くなってきたな。数だけはバカみたいに多いもんだから徐々に逃げ場がなくなってきている。結局第四庁舎にも近寄れずか……このままではモニカ船団長が」

 

 兵士を仕留めたドラフの男が呼吸を整えながら落ち着いた様子で呟く。

 

「そうだな。こちらの戦力は少ない……正面切っての戦闘は自殺行為だし、ああも警備を固められては打つ手がない」

 

「向こうとしてはわざわざ出向いてやる必要はないって寸法だろう。モニカ船団長を捕えている以上取り戻しに来るのは確実とふんだんだろうな」

 

 苦虫を噛み潰すように表情を歪める。偵察に出たはいいものの状況は厳しいの一言に尽きた。指揮官であるモニカは囚われ、リーシャは島を離れている。第四騎空艇団の柱ともいえるべき二人がいないことは彼らにとって、月明かりのない夜の森を彷徨うのと同義だ。打開策も、突破口も見つからないまま二人は周囲を警戒して、他の追手がいないことを確認すると、慎重に待機している仲間の元へと戻ろうとする。

 

「っ!? 誰だ!!」

 

 ガサリと背後の森が音を立てた。

 すぐさま小さくも強い語気でもう一人のヒューマンの男が銃を構えて森へ視線を向ける。

 反応を示さない不審者に二人が動こうとしたところで突如、二人の目の前に何かが飛来した。

 

「――刀?」

 

「それでオレは丸腰だ。頼むから打たないでくれよ」

 

 森の中から声と共に一人の男が姿を現す。両手を上げて降参するように二人の前に歩み出てきたのは丸腰の状態のセルグであった。

 

「あなたは……確か少し前に島に拘留されていた」

 

「バカ野郎! S級警戒人物だぞ!! 構えろ、隙を見せるな!!」

 

 落ち着いたドラフの男と対照的にヒューマンの男はあわてた様に銃を構えなおす。対するセルグは呆れたようにため息を吐いた。

 

「はぁ……丸腰だって言ってるじゃねえか。何なら後ろでも向いてやろうか? ほら、これで落ち着いてもらえるかい」

 

「な、何のつもりだ……いまアマルティアは」

 

「落ち着けエリク。少なくとも敵対の意思はなさそうだ」

 

「その通りだ。モニカに頼みがあってきたんだが、どうやら緊急事態のようだな……えっと、ドラフのアンタはなんて言うんだ?」

 

「俺はレド。あなたは確か、セルグ・レスティアだったか?」

 

「あぁ、覚えてもらえててうれしい限りだ。さてレド、聞きたいことがいくつかあるんだが……ッ!?」

 

 聞き出そうとセルグが口を開く瞬間、森の中より銃声が響き渡る。

 

「レド! まさか見つかったんじゃ!?」

 

「急いで戻るぞエリク! すまないが話は後で頼む」

 

 そう言うや否や二人は森の奥へと駆けだした。向かう先は現在、少しずつ終結してきた仲間たちがいる場所。響いた銃声に最悪の事態を予感して全速力で駆けていく。

 

「(緊急事態か。隠れ家が見つかったといったところだろうな……加勢して信用を得れば聞き出すのも楽になるだろうか)」

 

 その場に残されたセルグは脳内で事態を想定、終えたところで彼らを追うように駆けだす。一先ずは状況が分からなくては何もできない。

 もしかすればモニカがいるかもしれないと、淡い期待を抱きながらセルグも森の中へと走って行った。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 森の中にある小さな小屋。

 少なくはあるが終結していた秩序の騎空団の者が拠点としていた小さな小屋が帝国兵士によって発見。制圧部隊との激しい戦闘へと発展していた。

 

 数は騎空士達が圧倒的に有利ではある。発見されたとはいえ哨戒中の兵士など決して多くはない。だが、その中には不運なことに魔晶を持つ兵士がいた。

 

「グァッ!?」

 

 一人の騎空士が無残にも魔晶兵士によって叩き潰された。

 変異を遂げた魔晶兵士はその凶悪な四肢だけでも恐ろしい脅威となる。囲んで銃撃を放とうが、剣で切り付けようがお構いなしなその耐久力もあり、騎空士達の壊滅は時間の問題。

 絶対絶命の仲間たちの元へ、エリクとレドの二人が駆けつける。

 

「間に合ったか……だが」

 

「魔晶兵士か。こいつはまずいな」

 

 ギラリと駆けつけた二人に魔晶兵士が視線を向ける。その瞬間に命の危機を感じて怖気が走る二人だが、それ押し殺し仲間たちへ声を張った。

 

「ここは俺たちに任せて逃げろ!!」

 

「別の拠点に行け! 俺たちも後で合流する」

 

 エリクとレドの叫びに仲間たちは僅かな逡巡の後駆けだす。モニカ直属の部隊であった二人であれば時間を稼いだ後逃げられると取ったのか、それとも全滅するよりは良しと見たのか。それは定かではないが、それでも二人は彼らが逃げてくれたことに安堵した。

 

「さて、エリク。なんとかするか」

 

「かっこいいこと言っといてなんだけど、俺何ともならない気がしてるわ」

 

「少しだけかく乱してから逃げるだけなら……まぁ、なんとかなるかもしれんな」

 

「おい、おまえもそんなんかよ。よくもまぁぬけぬけと合流するとか言えたもんだ」

 

 絶体絶命である状態で二人は軽口を言い合い小さく笑う。

 怯えてても、やる気にあふれすぎてもこの場合は良くない。撤退が目的であれば、視野を広げ、一瞬の隙をついて逃げ出す冷静さが必要なのだ。

 二人は意識せずともそれをできるくらいには優秀であった。

 手に握る銃で牽制をかけて撤退戦を始めようとした時、二人の頭上を黒い影が通り抜ける。

 

 一閃……鞘から抜き放たれた刀は白光を纏い魔晶兵士が剣を握る右腕を断つ。続いて魔晶兵士の背後に降り立った影はそのまま回転と共に二閃目で足を断つ。倒れこんだ魔晶兵士に三閃目。その首を刈り取り魔晶兵士を絶命させる。

 

「不意打ちで悪いが、こちらも万全ではないのでな……」

 

 少しだけ申し訳なさそうな声を発して、魔晶兵士を刈り取ったセルグは鞘に天ノ羽斬を収めると二人へと向き直った。

 

「さて……ちょうどいい状況だ。聞かせてもらうぞ。今のアマルティアの状況をな」

 

 問われた二人に否はなかった。

 助けられたこともあるだろう……本来であれば死を覚悟して臨む戦いがあっさりと終わりを告げたのだ。それも二人にとっては何の苦もなく。目の前に躍り出て脅威を排除してくれた恩人であれば是非もない。

 だが、そんな感謝の念よりも先に二人の心は恐怖に染まっていた。魔晶兵士を瞬く間に倒す実力もそうだが、何よりも恐ろしきは今しがた命を刈り取ったというのに何の感慨も持たずに質問を投げかけてくる事だった。セルグの雰囲気は断れば死を予感させるほどにあっさりとしすぎていたのだ。

 

「げ、現在アマルティアはエルステ帝国の支配下にあります」

 

「お、おい。レドこいつは」

 

 口を開いたレドをエリクが止めようとするが、レドは聞く耳持たず続ける。

 

「昨日、アマルティアに帝国戦艦が襲来。応戦はしたもののモニカ船団長の敗北と共に我々は拠点を奪われ、各地で小規模なゲリラ戦を繰り広げているところです」

 

「モニカが負けた? それは本当なのか? 俄かには信じがたいが……」

 

 続くレドの言葉にセルグが驚きを見せる。モニカの実力が確かなのはセルグも知っていた。

 組織の戦士が襲撃した際、怒りに染まりながら全力で戦うモニカを見たのだ。彼女の剣の腕は確かであり、セルグが相手でも十分に渡り合える実力者のはずであった。

 

「船団長を倒したのは帝国の指揮官ガンダルヴァ。かつてこの第四騎空艇団の船団長だった男です」

 

 ガンダルヴァの名前を聞いた瞬間、セルグの雰囲気が変わる。先程まで驚きに染まっていたセルグは納得したように頷きながら、小さな怒りをその瞳に燃やしていた。

 

「ガンダルヴァか――、それならわからなくもないか。それで、やられたモニカは今どうしているんだ?」

 

「――それを聞いてどうするおつもりですか?」

 

「決まっているだろう。モニカを助けに行ってくる。場所さえわかればどうにでも――」

 

「それなら、俺たちと協力してもらえませんか? あなたほどの実力者がいれば拠点の奪還だってできるかもしれない。我々の隠れ家に一度来ていただき一緒に作戦を」

 

 僅かに見えた希望。先程の戦闘だけでもセルグの実力が確かなのは十分にわかる。さらに彼の肩書はS級警戒人物という危険ではあるが実力という意味では申し分ない肩書だ。協力を申し出るレドは、セルグがいればモニカ奪還の可能性が高まると考えたが、セルグの答えは決まっていた。

 

「悪いがお断りだ」

 

「な、何故ですか!? 我々も多少は戦力に」

 

 言い募ろうとするレドを手で制してセルグは続ける。

 

「そんな悠長なことを言ってる場合ではないだろう。お前たちはまだこの島に潜伏していて、ゲリラ戦を仕掛けているんだったな。先の話でも隠れ家というのがあるようだし、それはまぁいいとして。そんな状況で、捕えたモニカに何もしていないと思うのか?」

 

「そ、それは……」

 

「答えは決まりきっている。島の全土に偵察の手を伸ばすなんて非効率極まりない。情報を持ってるかもしれないモニカに拷問でも何でもして吐かせるだろう――アイツの事だ。決して吐きはしない。こうして悠長に話している時間なんてあるはずがない」

 

「し、しかし……焦って事を仕損じては」

 

「だから、今すぐ動けるオレが行くだけだ。お前たちにはお前たちの事情もあるだろうしすぐ動けない秩序の騎空団に合わせるつもりはない。なによりS級警戒人物との協力関係など、お前たちにとっては百害あって一利無しだ。お前たちはお前たちで動いていればいいだろう」

 

「フン、話にならないじゃないか。一人で何ができるってんだよ!」

 

 自分たちの助けなどいらないという態度のセルグに憤慨してエリクは背中を向けた。対してレドは沈黙し思案する。

 しばらくの塾考の後にレドは口を開いた。

 

「船団長が囚われているのは第四庁舎です。恐らくは収監されているでしょうから建屋二階の背面側のどこかにいると思われます」

 

 塾考の末、レドはセルグに己の持つ情報を伝えた。

 現状彼らにモニカを奪還する術はない。それは偵察に行ったレドだからこそわかる事実。自分たちの手で助け出したいという願いはあったがセルグの言うようにモニカが危険な目に会っていることを想定すれば事は急を要する。

 縋るような想いでレドは、セルグに希望を託した。

 

「了解した。助かるよ」

 

 必要なことを聞いたセルグはすぐさま彼らに背を向けて歩き出した。

 

「どうか、船団長をお願いします……」

 

 律儀に頭を下げるレドに、セルグは内心に、呆れと感嘆を覚えた。S級警戒人物との接触。それは秩序の騎空団にとっては大きな意味を持つはずだ。勝手に協力関係を結ぶなど以ての外だと……そう思うからこそセルグは突き放したわけだが、それでもレドはセルグに対して頭を下げた。実直な姿に好感を持ったセルグは、感じた呆れを声に乗せながら言葉を返した。

 

「――任せとけ、なんて答えるほどお前たちと親しくなったつもりはないが、安心しろ。アイツとは酒盛りに付き合う約束があるんでな……こんな状況じゃ約束もクソもないだろう? 必ず助け出してくるさ」

 

 言外に任せろと言うセルグの言葉にレドはとうとう涙を滲ませる。

 頼り切るわけではない。自分たちもこの後仲間と合流し、奪還の作戦を考え後を追うつもりだ。それでも今は、セルグの言葉が頼もしくて仕方なかった。

 

「お願いします……」

 

 重ねた願いの言葉を受け、セルグはヴェリウスを思念で呼ぶ。

 

「(さて、出番だぞ。ヴェリウス)」

 

 ”そのボロボロの体でまた無茶をするつもりか? 飽きもせずよくもまぁ背負い続けるやつだ”

 

「(半分はオレがガンダルヴァを仕留められなかったのが悪い。ガロンゾで仕留めておけばこうはならなかっただろうさ)」

 

 ”そもそもお主はあの時取り逃がしたわけでもなく不意を突かれ、やられていたではないか。流石にそれで仕留めなかった自分が悪いというのは無理が過ぎる”

 

「(いつものことだろ……そんなのは)」

 

 ”――あぁ、いつもの事だな”

 

 一目のつかないところにでるとセルグはヴェリウスに乗り、第四庁舎へと飛翔した。

 向かう先は囚われた小さな勇者の元。モニカの無事を願いながら、セルグはヴェリウスと共に空を駆けた。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「――――んっ、くっ……ぁ」

 

 小さな格子窓が一つあるだけの牢獄。薄暗く静かな牢屋の中で、モニカは目を覚ました。

 目覚めと同時に、脇腹へと響く鈍痛に寝ぼける暇もないまま意識を覚醒させて、モニカは現状を把握する。

 

「(ここは……第四庁舎の拘留室か。ご丁寧に手まで縛ってくれるとは、よほど私が怖いと見える)」

 

 一応は簡易的なベッドに寝かされていたが、モニカの手には手錠がかけられており、体を走る鈍痛から治療なども施されていないと見えた。

 痛み故深くは吐けない、浅い溜息と共にモニカはそっと目を閉じる。

 神経を研ぎ澄まし、傷つけられた体の状況を把握していく。

 恐らくあばらは折れているだろう。最後にもらった一撃はそれだけの威力があったし、やんわりと触っても走る鈍痛は呻きたくなるほど強烈なものである。体のどんな動きにもかかわるであろう部分の骨折に、モニカは嫌な顔をしながら続いて腹部を触る。コチラも触れば鈍痛が走った。内臓までは痛手を受けていないだろうが、内出血くらいはしているだろう。

 

「つぅ……二度も思い切り蹴りつけおって。私をなんだと思っているんだあいつは」

 

 腹部とあばら。二か所に走った痛みにモニカは直前の戦いを思い出す。互いに得物を持っているにもかかわらず、自分はボールのように蹴り飛ばされ、枯れ木のように蹴り倒された。妙にぞんざいなやられ方に憎まれ口の一つも叩きたくなるというものだ。

 

「(状況はわからないがまずは大人しくしておくべきだな……この状態ではどうせ何もできん。いずれは伝令を受けてリーシャも駆けつけるはず。恐らくは彼らも――)」

 

 そう結論付けて、モニカはそのまま寝ている状態を装う。目覚めたと知られれば、何らかの接触があるだろう。目的まではわからないが、モニカを殺さず生かしておいたということは、生かしておかなければいけない理由があるからだ。

 態々相手に付け入る隙を与えまいと、目覚めの気配を殺したが、それは無駄な努力に終わる。

 

「起きたのならそう言えってんだよ。寝たふりを決め込むとは意地の悪い奴だ……」

 

 牢の扉が重苦しい音と共に開くと、その先からガンダルヴァが現れた。ジロリと見据えてくるガンダルヴァの目は怒りと嘲笑を孕みモニカに向けられている。

 

「なんだ、居たのか。そっちこそ、態々人が起きるまで近くで待っているとは意地の悪い奴だ」

 

 対するモニカはガンダルヴァの言葉に皮肉で返す。目覚めたと同時にこの場に現れるとは、きっとモニカの目覚めを今か今かと待っていたに違いない。乙女の寝顔を眺めていた趣味の悪い奴という意味も込めてモニカは辛辣に言い放った。

 

「ふん、良い様だな。秩序の騎空団、第四騎空挺団船団長モニカが、手枷をはめられ牢獄の中とは」

 

「ふっ、自分でここにぶち込んでおいて、よくも抜け抜けとそんなことが言えるものだ」

 

「だから言ってんだよ。あのとき俺様に止めを刺していればこうはなっていなかっただろう。戦いに非常になり切れないその甘さが、今も昔も変わらない俺様とお前の決定的な差だ。強さだけかと思ったら、中身まで腑抜けになっちまいやがって」

 

 残念そうな声音で呟かれるガンダルヴァの言葉を聞きモニカの心に灯がともる。

 

「貴様のような戦闘狂と一緒にしないでもらいたいな。昔も今も、私の掲げる理念は変わらない。どんな者も正しき秩序の元に裁定を下す。青の騎士を信じて掲げた理念を、私は曲げはしない」

 

「それが甘いんだよ。どんな綺麗事を並べようが、正しい正論を並べようが、力は力だ。お前も、俺様も……そしてあのクソ野郎のヴァルフリートも、結局は力に頼ることしかできねえ。てめぇが信じるヴァルフリートも最後には力で俺を追い出しただろうが」

 

「ふっ、まるで子供の癇癪だな。もしかしてあれか? 青の騎士への嫌がらせのためにここを襲ったのか? だとしたらとんだお笑い草だな。つまらない男になったのはむしろお前のようだガンダル――」

 

 瞬間、モニカの体が宙を舞う。ガンダルヴァがベッドを蹴り上げ、宙に浮かんだモニカの首元を掴み上げた。怒りの形相を見せながら、ガンダルヴァは唸るように口を開く。

 

「お喋りはここまでだ。てめえのお仲間がまだチョロチョロと抵抗してやがる。どこかを隠れ家にしているようでな……こういった時の対処として合流場所とかを決めてあるんだろう? さっさと吐いてもらおうか」

 

「ぐっ――話すと思っているのならとんでもない侮辱だな。おとといくるといい」

 

「あぁ……そうかよ!!」

 

「ッ!?」

 

 声に力が入りガンダルヴァの剛腕がモニカの腹部に突き刺さる。不意打ちで抉り込むように突き刺さった拳にモニカは声を上げることすらできず、激痛に身を捩った。

 

「あっ……かは」

 

 漏れ出る吐息に交じるだけの微かな苦悶の声。今のだけで意識が途切れそうなものだが、それでもモニカの意識はまだ続いている。途切れずに保ってしまった意識は次なる機会をガンダルヴァに与えてしまう。

 

「もう一度聞こう。こっちもあまりのんびりしたくはないんでな。隠れ家となる拠点はどこにある?」

 

「うっ……ぐ、知らんな」

 

 激痛に悶えながらも、モニカは力を振り絞り拒否の意を示す。

 次の瞬間には骨折している脇腹に拳が振るわれた。

 

「あ"ぁぁあ"あ"あ"!!」

 

 視界がぐるんと裏返り、激痛にモニカの意識が飛ぶ。だが、それで終わることを許さず痛みに意識はまた戻され、訴え続ける痛みの信号がモニカの脳髄を焼いた。

 

「あっ、あぁ……」

 

 もはや身を捩ることすらできない力抜けた体を晒すモニカに、ガンダルヴァが苛立ちを募らせる。

 

「チッ、やりすぎたか……これじゃ受け答えもまともにできねえ」

 

 仕方なく治療用の魔導士を呼びつけようとしたところで、第四庁舎に轟音が響く。まるで建物を破壊せんばかりの衝撃と共にその音の発生源はガンダルヴァの元へと向かい、牢屋の壁をぶち破って現れた。

 

「ガンダルヴァあああ!!!」

 

 轟音の中から絶叫と共にセルグがガンダルヴァに向かう。モニカの悲鳴を聞きつけた瞬間にその居場所を察知して、セルグは瞬時に天ノ羽斬を開放。居並ぶ牢獄を全てぶち破り、最短ルートでこの場に辿り着いたのだ。

 

「てめえは!?」

 

 セルグの乱入にガンダルヴァは冷静に対応する。掴んでいたモニカを放り投げ、携えていた剣を抜剣。全力で叩きつけられる天ノ羽斬を防いだ。

 だが、放り出されたモニカを黒い影がすぐさま回収する。

 

「ヴェリウス!! すぐにモニカを連れていけ!! レド達のところに連れて行けば治療は受けられるはずだ!!」

 

 ヒューヒューと小さく歪な呼吸音が鳴るだけのモニカの様子に危険な予兆を感じ取り、ヴェリウスも戸惑うことなくその指示に従った。

 

 ”心得た! 先に行っておる。決して無茶はするでないぞ”

 

 すぐさまヴェリウスは外へと繋がる壁を破壊して飛翔せんと羽を広げようとしたが、それはガンダルヴァに阻まれた。

 

「バカが! 行かせるわけがねえだろ! アドヴェルサ起動。撃ち落とせっ!!」

 

 ガンダルヴァの声に外で待機状態だったアドヴェルサが起動。モニカを背負い飛び立つヴェリウスにその照準が向けられた。

 

「させるかよ!! 絶刀招来天ノ羽斬!!」

 

 セルグもアドヴェルサを破壊すべく奥義を放つ。放たれた極光の斬撃にアドヴェルサは成すすべなく沈黙し、脅威の消えた空をヴェリウスが飛び去った。

 突然のセルグの乱入。まさかの乱入者であり、あっけなくモニカを奪われるまさかの事態にガンダルヴァが殺意を込めて、セルグを睨みつける。

 

「てめぇ……いい度胸じゃねえか。こうまでしてやられるとは思わなかったぜ」

 

「それはこっちも同じだ。随分手荒い真似をしてくれたな。今度は全力で殺してやる!!」

 

 対するセルグも殺意を込めてガンダルヴァと対峙した。モニカのあの姿を見た瞬間からセルグに止まる気はない。ヴェリウスが飛び去ったのならばモニカの安全は確保できただろう。であれば、後顧の憂いを断つ為にここで目の前の暴君を消す。

 ガロンゾで対峙した時とは違い、互いに全力の殺意を込めて睨み合う両者の戦いは最初から全開の幕開けとなった。

 

「フルスロットル!!」

 

「光来!!」

 

 互いに自己強化をかけて真っ向からぶつかり合う。盛大な音を撒き散らしながらぶつかる刀と剣が離れると、すぐさま次の打ち合いが始まりその剣戟はとどまることを知らぬまま勢いを増していく。

 

「ッツ!? グッ!!」

 

 だが、怒りで意識の隅に追いやっていた痛みがセルグの動きを阻んだ。元々まともに戦える状態ではなかったにもかかわらず怒りのままに建物へ突撃。アドヴェルサの破壊のためにノータイムでの奥義の敢行と、彼の代名詞と言っても過言ではない無茶というものをすでにセルグはいくつも繰り広げている。

 痛みに僅かに硬直したセルグの隙を逃さずガンダルヴァが攻勢を強めた。打ち合いの衝撃のたびに広がり始める痛みにセルグが徐々に後退する中、耐えきれずに体勢を崩したセルグにガンダルヴァの剣閃が牙を剥く。

 

「くっそがぁ!!」

 

 間一髪。受け流すように間に刀を割り込ませ、セルグは攻撃を躱した。だが、躱した直後の隙だらけになったセルグをガンダルヴァが逃すはずもなく、掌底が叩き込まれる。

 声を上げる事すらできないまま、セルグは自らが明けてきた穴を通りいくつもの部屋を通り過ぎて吹っ飛んでいく。

 たった一撃……ガンダルヴァの実力が上がっているのもあるかもしれないが、掌底を受けただけでセルグの身体はもう言う事を聞かないほどのダメージを受けていた。

 

「グッ、く、このぉお……」

 

 痛みにうめきながらも必死に立ち上がろうとするセルグに、ガンダルヴァは警戒をしながらも歩み寄る。あまりにもあっけなさすぎるセルグの姿に疑問は抱きつつも、完膚なきまでに敗北したことを彼は忘れてはいない。どんなに優勢であろうと、どんなにセルグが弱く見えようとも。今のガンダルヴァに油断はなかった。

 

「どうやら本調子じゃねえみたいだな。おかげで楽に借りが返せそうだ――さて、死んでもらうぞ」

 

「くっ」

 

 身体は動かず味方もいない。絶体絶命の状況にセルグはガンダルヴァを睨み付ける事しかできない。

 不甲斐ない。情けない。様々な自身への罵倒が駆け巡るも、いかに罵倒して奮い立たせようと身体に力は入らなかった。

 

 

「うぅむ、どうやら不穏な状況のようだのぅ」

 

 

 そんな中、落ち着いた男性の声が二人の間に割り込んできた。

 怪訝な表情と共にガンダルヴァが声の主に視線を向けるとそこには、恐らく元々拘留されていたであろう老人がそこにいた。

 目深にかぶった帽子と、よれたマント。腰に刺さる二本の剣から旅の剣士といった所だろうか。帽子で表情は隠れて見えないが、その雰囲気はこの状況を見て尚、落ち着きはらっている。

 

「あん? なんだ爺。お前さんどこから出てきた?」

 

「何を言うか帝国の軍人さんよ。元はと言えば扱いが面倒だとお主らが儂をここに放り込んだんじゃろうて」

 

「おぉ、そいつは悪かったな。それじゃどこにでも行っていいから邪魔だけはするんじゃねえぞ」

 

 老人の相手も程ほどに、ガンダルヴァはセルグへと視線を戻す。

 借りを返す絶好の機会を逃すわけがない。剣を構えて、そのまま振り下ろした。

 だが……

 

「ッツ!? 爺……てめぇ」

 

 先程の老人が割って入る。腰に差していた剣を抜き放ちガンダルヴァの剣を受け止める姿は間違いなく練達した武人の気配を醸し出していた。

 

「目の前で若人が殺されようというときに、動かぬわけにもいくまい。ましてやそれが女子を守るために飛び込んできた優しき若人ならばな」

 

 飄々とした声でありながら、老人は虎のごとく鋭い目付きでガンダルヴァを睨み付ける。

 その双眸に強者の気配を感じると、ガンダルヴァは一度退いた。

 

「爺……てめぇ何者だ?」

 

「その辺にどこにでもいる老人と変わらぬよ。剣が使えること以外はのぅ」

 

「ほぅ……いい度胸だ。面白そうじゃねえか!」

 

 突如舞い込んできた強者との出会いにガンダルヴァが笑みをこぼす。再び臨戦態勢へと戻ったガンダルヴァを前にして老人は剣を収める。

 

「ううむ……お主の相手はちと骨が折れそうだのぅ。悪いがここはお暇させてもらおうか」

 

「何ぃ……?」

 

 ガンダルヴァが疑問符を浮かべた瞬間。一瞬の気が抜けた時を狙って、老人は剣を抜き放ち二閃。

 二人の間の天井を崩落させ、瓦礫で目の前を塞ぐとすぐさまセルグを抱えて逃走した。

 老体でありながら二階から飛び降り、軽やかな足取りで近くの森へと逃げ込む老人に、ガンダルヴァは事態の推移をみることも適わないまま、二人を取り逃してしまう。

 

 数分の後、第四庁舎にはガンダルヴァの怒りの咆哮が轟き渡った……

 




如何でしたでしょうか。

モニモニ、、、申し上げておきますが作者はモニモニ大好きです!!シナリオ上仕方なくあんな目に、、、モニモニファンの皆様申し訳ありませんすいません。許してください
さてさて、やっとの思いで出せたこの新キャラ。
正直口調とか大分怪しいですがわかる人には分かるかと、、、
恐らく半年くらい前のアンケートからの結果になります。
出演のタイミングは2回目のアマルティア編と決めていたので予定は変わっていないのですがここまでくるのに時間がかかりすぎましたね。
もし忘れず待っていた方がおりましたら申し訳ありませんでした。
イベント、過去編、特別編と浮気ばかりしていた作者のせいであります。

今後の展開にご期待下さいといったところで、それでは。

お楽しみ頂けたら幸いです。

感想……お聞かせくださいm(_ _)m (要約 寂しいです


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幕間 明かされた想い。見えて来た歪み

注意事項。

この先は作者の自己満足で構成されております。
人によっては非常につまらない話になるかも知れません。
ですが本作においては重要なお話となっております。
それでは、心してお楽しみくださいm(_ _)m


 アルビオンの宿の一室。

 整えられた清潔なベッドに横たわっていたヴィーラは、瞼を焼く優しい光の温もりに目を覚ます。部屋に差し込む日の光はそれなりの高さから降り注いでいて、朝をとうに過ぎた昼前くらいの時間であることが伺えた。

 

「――ここは、アルビオンの宿……でしょうか」

 

「そうだ……ついでにいうと、君は三日もの間、寝続けていたよ」

 

「っ!? お、お姉さま!?」

 

 目覚めの独り言に対しまさかの返事が聞こえて、思わず声が裏返ってしまう。ヴィーラは頬を僅かに染めながら、部屋にいたカタリナへと視線を向けた。

 

「気分はどうだ? 長いこと眠っていたから多少のだるさはあるかもしれないが、体に異常はないそうだ」

 

「は、はい……特に問題はありません」

 

「それは良かった。セルグ同様、君も事の直後には衰弱しきっていたからな。心配で仕方なかったよ」

 

 優しい口調のカタリナからセルグの名前が出た瞬間、ヴィーラの表情がわずかに揺れる。思い出したのは直前の記憶。様々な言葉を重ねセルグを追い込み、手を出させるように仕向け、それに応じて最後には殺そうとした。仲間達の焦燥の顔が思い起こされ、ゼタの震える姿が脳裏に浮かぶ。

 改めて自分が行った事を見つめ返したヴィーラは、不安に揺れそうになりながら恐る恐る口を開いた。

 

「お姉さま、彼は」

 

「そうだ。目覚めたのなら軽い食事を持って来よう。三日も寝ていたんだ、胃袋は空っぽだろうから消化の良い物をローアインに頼んで持ってくるよ。気に入らないかもしれないがちゃんと食べてくれ」

 

 ヴィーラが話し出すのに被せるようにカタリナは、食事を持ってくると言うと、部屋を退出していく。

 いつも通りに優しい雰囲気。少なからずヴィーラにだから見せてくれている優しさが垣間見え、ヴィーラは戸惑っていた。

 目覚めてすぐに思い返された直前の記憶。自分は皆と敵対してセルグを追い詰めたというのに、カタリナからは何もそのしがらみを感じなかった。まるで長い夢でも見ていたのではないかと思ってしまう程にいつも通り優しいカタリナに、ヴィーラは知らず知らずの内に安堵の息を溢す。

 仲間たちからどんな言葉も受ける覚悟はしていた。カタリナもあの時怒りの表情は見せたから、見限られることも覚悟していた。

 だが、その予兆は見られない。カタリナの性格上無為に誰かを傷つけるようなことはしないだろう。後になってから実は……等と趣味の悪いこと等しないのはヴィーラが一番よく知っている。

 であるなら、少なくともカタリナとはこれまで通りに接してもらえるのだ。

 漏れる安堵のため息は彼女が心から感じた想いの表れだ。

 疑問と答えに思考がぐるぐると巡る間にそれなりの時間を経ていたのか、再びカタリナが部屋へと戻ってくる。

 

「ヴィーラ、軽食を持ってきたぞ。それから少し伝えることがあった。私達は明日、アマルティアへ向けて出立する。目的はビィ君の出自に関しての資料を探しに……ロゼッタが最後に残した言葉を頼りに、皆で話し合った結果だ」

 

 ヴィーラが寝ている間に仲間たちは次の目的地を定めていた。

 ルーマシーで最後にロゼッタが告げた言葉。ビィはそこから自らがグランの父親と出会う前の記憶がない事を明かす。失われた記憶に……ビィの出自に、事態を好転させる何かがあると考えたグラン達は一先ず情報を得るために、リーシャの提案で空域を跨に掛ける秩序の騎空団の書庫を探すことにした。

 

「そう……ですか。それでは、私も一緒に」

 

「――そうだな。君がいれば、私たちも心強いのは確かだ。だが……その前に私達にはやらなければいけないことがある」

 

 ヴィーラの言葉を遮り、カタリナは言葉を続ける。真剣な面持ちとなり食事を近くのテーブルに置くと、ヴィーラの元へと歩み寄ってきた。

 

「――それはなんでしょうか?」

 

 ヴィーラは僅かに萎縮しながらも恐る恐るそれを問う。責められるのだろうか……成りを潜めていたはずのカタリナに突き放される恐怖が再び姿を見せるが、カタリナの言葉はヴィーラの懸念とは正反対の言葉であった。

 

「君が抱えていた想いを皆に教えてほしい。私達は、君の想いを知らなくてはならない。君が何を考え、何に気づき、何の為にあの行動をとったのか……仲間を殺すなどと、優しい君が簡単に言うはずがない。少なくとも私は君がそんな人間ではないのを知っている」

 

 知らず知らず視線をそらしていたヴィーラは疑問符を浮かべて、カタリナを見上げる。

 見上げた視線の先、カタリナの顔には、苦悶と後悔の念が張り付いていた。

 

「お姉さま……何を言って」

 

「私は……愚かな私は、上辺だけの君の言葉を聞いて、あの時君を糾弾したんだ。君が大切なものの為なら全てを背負う事を厭わない人間だと知っているのに……私だけはそれを思い知っているはずなのに……」

 

 嘗て犯した過ちを思い出し、後悔の念が浮かぶカタリナの表情にヴィーラも顔を顰める。自分がした事でこんなにもカタリナが己を責めている。そんな表情をさせたくないヴィーラは窘めるようにすぐに反論の言葉を投げた。

 

「……お姉さま、それは私が何も言わなかったからで、お姉さまが自分を責める理由には」

 

「いいや、これは私だけでなく皆の総意だ。ヴィーラ、君の胸の内にある想いを私達に教えてほしい。それを聞かなくては、私達には君を糾弾する権利も、君と共に行く資格もない」

 

 真剣な眼差しを向けられ、ヴィーラはカタリナの言葉の裏に仲間達の想いを感じ取った。自分が意識を失っている間に、きっと様々な話し合いが成されたのだろう。そして仲間達はその結果、全てを知り、全てを受け入れる事を望んだ。誰かのせいにするのではなく、皆のせいにするために。

 

 静かな時が流れて、逡巡の後にヴィーラはそっと決定を下す。

 

「――わかりました。今日の夜に、皆さんのお時間を取っていただけますか?」

 

「――わかった。皆に伝えておこう」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「あぁ、それじゃあ私もしばらく離れていよう。ゆっくり、心の整理をしておいてくれ」

 

「はい……」

 

 最後にまた優しいカタリナへと戻ると、静かに部屋を出ていく。そんなカタリナを見送り、言いつけどおりに食事を始めたヴィーラは、ぐるぐると回る思考と落ち着かない心を押さえつけて、己が心を見つめ返すのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 カチャリと扉が小さく音を立て、ヴィーラの部屋を出たカタリナは目の前に居並ぶ仲間達を見渡す。

 

「どうでしたか……カタリナ」

 

「そう不安そうな顔をするなジータ。大丈夫だ、落ち着いているし、混乱した様子も見られない」

 

「はぁあ~よかったです。ヴィーラさん、何ともないんですね」

 

「あぁ、心配かけたな。ルリア」

 

「それで、カタリナ。ヴィーラに話は……」

 

 ヴィーラの状態を聞き、安堵の笑みを浮かべるジータとルリア。対照的に未だ心配そうなのはグランである。

 

「今日の夜、皆と話をする機会を設けると言ってきた。今は考えを整理しているころだろう」

 

「そっか……それじゃ、それまでは一人にさせてあげよう。部屋の前にいるのも宿に迷惑になるだろうから、僕らは艇に戻ろうか」

 

 グランも安心したように一息つくと、その場をまとめる。一先ずは夜まで急を要することはない。張り続けていた緊張の糸は少し緩み、皆には休息を促す。

 

「そうだな。イオ、ルリア。私達は帰りに次の旅路のための食料などを調達してこようか」

 

「うん! ヴィーラさんがまたおいしい食事を食べられるように私も一緒に行きます!」

 

「そうね、少しは良いものを買いましょう。みんなここまで頑張ったご褒美としてね!」

 

 カタリナ、ルリア、イオの三人が宿を出ていく。その後ろにラカムとオイゲンが続いた。

 

「俺たちは艇に戻って艇の整備点検を完璧にしとくわ。明日には出立だからな……今のうちに見ておかねえと」

 

「そうだな。またこれからもグランサイファーには無茶をさせそうだし。せめてこういう時にはきっちりと整備をしておかねえとな」

 

 そう言うと先に出て行った三人とは別の方向に。グランサイファーが停泊している港へと向かっていく。

 

「ジータ、リーシャさんと一緒にシェロカルテのところに行ってくれるか? あれから三日。彼女ならもしかするとセルグの足取りを掴んでいるかもしれない」

 

「う~ん、シェロさんならあり得そうだね。わかった、聞いてくるよ」

 

 グランの要望に納得したように答えるとリーシャを引き連れて、ジータはよろず屋シェロカルテの元へと向かう。”どこにでもいて、どこにもいない”をキャッチフレーズにしているシェロカルテであれば、セルグがどの島に行ったかくらいはわかるかもしれない。僅かな期待を胸に二人が宿を出ていくと、グランは続いてゼタへと向き直った。

 

「ゼタ、宿に待機してもらっていいかな? 夜になったらヴィーラを連れてきてほしいんだ」

 

「それはいいけどって……あれ? グランは一人でどうするつもり?」

 

 ここに残るはゼタとグランのみ。指示を出したグラン自身は一体何をするのかと問われるとゼタの傍らから不満の声が上がる。

 

「おぉいゼタ!! オイラを忘れてるぞ!!」

 

「あっ!? やだ、ビィったら、珍しく静かだから忘れてたわ。あ、あはは」

 

 忘れていたと包み隠さず告げるゼタに、ビィは憤慨。その小さな身で飛びかかろうとしたところを、グランに尻尾をつかまれ引っ張られる。余りにもあんまりな扱いにビィは静かに呻いた。

 

「まったく……最近やけに出番が少ねぇんだよな……忘れるとか信じられねぇぜ」 

 

 ブツブツとつぶやき何やら”扱いが雑”だの”活躍できない”上を見上げながら何かに語りかけるようなビィを一先ずスルーして、グランはゼタの問いに答えた。

 

「とりあえず、僕たちは少し依頼をこなしてこようと思うんだ。こうやって空いた時間に少し稼いでおかないとね……最近は次から次へと島を渡ってるからこうでもしないといずれ立ち行かなくなってしまうだろうし」

 

 騎空団の維持というのは存外バカにならない金がかかる。航行には当然燃料が必要であるし、整備点検、修理となれば大きな額になるのが一般的だ。

 さらに決して多くないがそれなりの人数がいる以上、水や食料といった旅をする上での必需品というのも費用は嵩む。

 それらを賄うため、島を訪れた合間に依頼をこなすことで稼ぐのが騎空士の日常である。実力者集団であるグラン達であれば高額な護衛の依頼や魔物討伐も受けられるため、分担すればさして大きな負担にはならないのでまだ良いが、サボっていてはいずれ旅に支障をきたすのだ。

 

「それなら、私も」

 

「ゼタはここに居てあげてくれ。艇までヴィーラを案内するのを頼むよ」

 

 珍しく有無を言わさないようなグランの口調に、ゼタが少しだけ不信感を募らせる。普段であれば、安全も考え一人で依頼をこなそうとはしない。ビィがいるので一人ではないだろうが、戦闘要員ではないしグランやジータはできるだけ安全策を取ろうとするタイプだ。あえて一人でやろうとする姿にどことなく不安を覚えた。

 だが、疑惑のまなざしを向けるも、ゼタはそれ以上食い下がることはしない。天星器すら扱えるグランが今更この島の魔物程度に後れを取るはずもない。不信ではあるが、心配をする必要はないと考えた。

 

「仕方ないわね。わかったわ」

 

「ありがとう、それじゃ」

 

 そそくさと出ていくグランに、やはり少し不安を感じたゼタだった。

 

 

 

「さて、魔物討伐……気合い入れていくか」

 

 酒場で話が上がっていた魔物の討伐依頼を受け、グランは一人、野外の一角へと訪れていた。

 目の前にいるのは群れを成すウルフ族の魔物。

 ここアルビオンには、騎士学校があり、未来の騎士候補生の鍛錬のためと、常時街を襲う程度に魔物が跋扈している。魔物とて生物であり、繁殖することは多々ある。それ故に増えすぎた魔物の駆除というのはこの島では珍しくはない。

 例にもれず増えすぎた目の前の魔物を討伐するのがグランが受けた依頼だった。

 

「オイラはせいぜい囲まれないように注意引くくらいしかできねえから倒すのはグランだぜ」

 

「わかってるよ……」

 

 すっと目を閉じるとグランの雰囲気は変わった。魔物相手に情けは無用。殺気を纏うグランのそれは、ルーマシーでもアポロに言われたようにまるでセルグのように、研ぎ澄まされたものである。

 

「この感覚に、僕は慣れないといけない」

 

 意識するのは命を刈り取る戦い……これまで、旅路の中でいくつも潜り抜けてきた戦いはどこか甘かった。魔物の命を奪うことはあっても、ヒトの命を取ることはなかった。

 それは彼らの目的が、逃げる事であったからだろう。生き延びられれば良い。わざわざ相手の命を奪う必要はない。そうして潜り抜けてきた中で、グランが明確に殺気を放ったのは、アポロの計画を聞いてルリアの死を予感した時だった。

 自分でも恐ろしいほど落ち着いた感覚の中、相手の命を刈り取る事を脳裏に描いていたその瞬間。グランはさらなる高みへの可能性を感じた。

 

「これから、僕らは逃げるためではなく倒すために戦うことになる……アーカーシャ、黒騎士、もしかしたらセルグとも――そうなったとき、今のままではダメなんだ」

 

 アーカーシャの起動の時も、セルグとヴィーラの戦いの時も、自分はただ手をこまねいているだけであった。何もできず事の成り行きを見守る事しかできなかった、それらの出来事がグランに、一つの決心をさせる。

 

「この殺意を飼いならし、モノにする。やばかったら切り替えるから教えてくれ、ビィ」

 

「わかったぜ……グラン、無茶だけはすんなよな!」

 

「あぁ!」

 

 グランはウルフの群れを相手に全力で走り出した。

 攻撃に対する対応は防御か回避……これまでは防御からの反撃であった思考が、より早く倒すため、回避と反撃へと変わる。避けられるか避けられないかのギリギリの判断であれば防御を選択していた思考が、薄皮一枚を犠牲にしての回避へと変わる。僅かな隙間を見つけその身をもぐりこませ、最小限の動きで躱していくと……

 

「ハッ」

 

 小さな息と共に剣が降りぬかれる。

 攻撃は最小限に……最も効率的で早く相手の戦力を減らすには――その思考が回ると、グランはウルフの首を撥ね、四肢を落とし、奥義の一振りで複数のウルフを薙ぎ払う。次々とウルフの群れの戦力をそぎ落としていくその攻撃は、今まではどこか抵抗のあった急所を狙う攻撃だ。魔物を追い返す場合もあったから決してこれまでが間違いではないが、それ故に倒すまでに時間がかかるケースは多々あった。それが一振りで得られる効果に重きを置くようになりグランの戦いは劇的な変化を及ぼす。

 

「す、すげぇ……」

 

 唖然としたようにビィは声を漏らす。目の前に10体以上はいたウルフ族の魔物。それをグランは数分と待たずすべて刈り取ったのだ。襲い掛かれば全て躱され、躱されればその隙に命を刈り取られる。

 グランにとびかかるウルフの攻撃は自ら死ににいくようにしかビィには見えず、一人であることなど何の懸念にもならなかった。

 

「グラン……なんだかすげえじゃねえか……オイラ何が起きているか全然わかんなかったぜ」

 

 剣を収め戻ってきた相棒へ、驚きのままビィは声をかける。

 

「ギリギリでの回避。一閃で屠る剣技……少しは見えてきた。僕はきっと、まだ強くなれる」

 

 紙一重を見極め、最適解を選ぶそれは戦いにおける極意だ。

 確かな手ごたえを感じながら、グランはその場を後にする。どこか高揚した様子のグランにビィも思わず嬉しそうにはしゃぎながら着いていった。

 

 気づけばもうすぐ日が暮れそうであった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「あ、ヴィーラ!」

 

 宿の受付のところで待っていたゼタは、階段を下りてきたヴィーラを見つけた。

 

「ゼタ……さん。どうしてこちらに?」

 

「皆は艇で待ってるからね。どこに停泊しているかわからないだろうし、私が待ってて案内役ってわけ」

 

「そうでしたか……お手数をおかけしました。案内をお願いしますね」

 

「うん。それじゃ、いきましょ」

 

 疲れてる様子などはないヴィーラに安心したのか少しだけ声に明るさが増したゼタは、そのままヴィーラを連れて宿を後にする。そのまま港へと足を進めるゼタに並んで歩きながら、道のりも半ば程まで来た所でヴィーラは足を止めた。

 

「ヴィーラ? どうしたの」

 

「ゼタさん……艇につく前に先にゼタさんには」

 

 謝らなければいけない。彼女を傷つけたことは事実だ。どんな理由があろうと、己の心ない言葉にゼタが体を震わせていた記憶がヴィーラを突き動かした。

 

「待って、ヴィーラ。言いたいことは何となくわかる。でも、あなたが伝えるべきことも、私が伝えるべきことも。きっと今は、二人だけのものにしてはいけないと思うの……それはきっと、皆と共にしなくちゃいけないこと……だからごめん。今は何も聞いてあげられない」

 

 ヴィーラの言わんとしたことを察して、ゼタはヴィーラを止める。先程までの明るい声は消え、ヴィーラを見つめる視線は真剣そのもの。嫌がらせでも何でもなく、それが必要で正しい事だとゼタの瞳が訴えていた。

 

「そう……ですね。失礼しました」

 

「そんな顔しないでよ……いつも通りに、落ち着いて澄ました顔でさらっと話してくれればいいのよ」

 

 簡単に言ってくれるゼタの言葉に少しだけヴィーラの心がささくれ立つ。ゼタが思うほど、自分は余裕があるわけではない。しでかしたことの重さを誰より理解しているのは自分なのだから……むっとした顔でヴィーラはゼタに言葉を返す。

 

「そんな簡単にできたら苦労はしません」

 

「フフ、らしくないよ、ヴィーラ。いつものヴィーラならもっと余裕に満ち溢れてるもの。別に身構える必要ないんだよ――私達はヴィーラの想いを全て受け止める気でいるんだから」

 

 小さな笑みと共に紡がれる言葉。その意味を理解すると同時になんだかその言葉が心地よくてヴィーラのささくれ立った心はすぐに収まった。

 

「――わかりました」

 

 ゼタと同じように小さく笑みを浮かべるとヴィーラはまた歩みを再開する。

 向かう先は少し遠めにもう見えてきているグランサイファーの艇内。

 

「さて、それじゃいきますか」

 

 歩みを再開した二人は、滞りなくグランサイファーへとたどり着き、彼らの長い夜が始まる。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「お待たせ、皆」

 

「お帰り、ゼタ。ヴィーラ」

 

「お帰りなさい」

 

 ゼタの声にグランとジータが答える。そのあとに続く仲間達の声にはゼタだけでなくヴィーラも迎え入れる声があり、ヴィーラは少しだけ胸が熱くなるのを感じた。

 

 

「皆さん、今回は私のせいで大変ご迷惑を」

 

「待ってくれ、ヴィーラ。僕達は君に謝らせるつもりはないよ」

 

「私達はただ、ヴィーラさんが持っていた懸念を……抱いていた想いをちゃんと知りたいんです」

 

 さっそく切り出そうとしたヴィーラの手鼻を挫く二人の言葉。呆気にとられながら、その場に集っていた仲間達へと視線を向ける。

 

「お前さんみたいに思慮深い人間が、短絡的にあんなことをするとは思えねえ。ルーマシーの件だけじゃなく、他にもあの結論に至るまでに色んな兆しがあったはずだ」

 

「私は難しいことは分からないですけど……でもヴィーラさんが私やオルキスちゃんの事を考えて、言ってくれていたのは分かりました。だから、もっとちゃんと。ヴィーラさんの気持ちを知りたいんです」

 

「ヴィーラは、私とルリアを守るために、すぐに動いてくれた。私は、感謝してる」

 

 ラカムが、ルリアが、そしてルーマシーより連れ出してきたオルキスが。それぞれにヴィーラに言葉を投げた。

 

「ヴィーラ、先も言ったな。誰も君を責める気はないと。だから全てを教えてほしい。君がセルグを殺す決意をした理由を……君が抱いた懸念を。それはルリアと旅をする私達にとって、知らなければならない重要なことだ」

 

 最後にカタリナが前に出てくると、ヴィーラに席に座るように促した。

 今さら迷うことはない……席に着いたヴィーラは静かに目を閉じる。謝罪は拒否されたが、それも昼のカタリナの態度から想定はできていた。後は己の想いを語るだけ。

 ヴィーラはゆっくりと口を開いて語り始める。

 

 

 

「懸念は……最初からありました。ザンクティンゼルでの彼との決闘。私達は辛くも勝利を収めましたが、グランさんやジータさんも含め、六人を相手に互角の戦い……いえ、実際には勝ちはしたものの私達のほうが明らかに劣勢でした」

 

 ヴィーラの言葉にグランやジータが静かに頷く。確かに勝利はしたものの、セルグにはまだその先があった。後に本人から語られた通り、あの時点でセルグは本調子ではなく、結論から言えば、勝利こそしたものの実力では彼らのほうが下回ってる。というのが皆の見解である。

 

「星晶獣との融合……彼が私との戦いで言ったように、力を借りるのではなく、ヴェリウスと力を高め合うあの能力は、シュヴァリエを従える私だからわかった事ではありますが、異端中の異端なのです」

 

 仲間達の頭に疑問符が浮かんだ。何がどうおかしいのか、彼らでは皆目見当がつかない。カタリナが代表としてその疑問を問いかける。

 

「どういうことなんだ? 正直なところ君とセルグのチカラの違いが私達にはわからない……」

 

「う~ん私は、セルグさんとヴィーラさんの違いが何となく判りますけど……説明は難しいです」

 

 唯一感覚的に理解していたのは星晶獣の気配を感じ取れるルリアだけだったが、つたない彼女の語彙力では説明するのは難しいようだ。

 少し申し訳なさそうなルリアの頭をなでて、大丈夫ですよ。と言うとヴィーラは唐突に席を立ちコップやら水差しやらをテーブルに置いた。

 

「そうですね……例えるなら、水を注いだコップ。これが私です。器となるヒトの形と内包するチカラ。この見方であればどのようなヒトでも基本は同じはずですね」

 

「そうだな……大なり小なりの違いはあるだろうが、その見方ならそうだろう」

 

「はい、そしてシュヴァエリエのチカラを使う私はこうです」

 

 そういうとヴィーラはコップではなく食事を盛り付ける大きめの器に水を注ぎ、その中に水を満たされたコップを置く。

 

「ヒトという小さな器。それを覆う、大きな器とチカラ。これが私とシュヴァリエのチカラの使い方です」

 

 あくまでヴィーラのチカラは使役であり、その身に纏うことでシュヴァリエのチカラを使う。ヴィーラとシュヴァリエ。別々のチカラを使い分けているに過ぎない。

 

「それじゃあセルグは……?」

 

 グランの問いにヴィーラはまたも動いた。水差しではなく用意したのは暗所の戸棚から取り出したミルク。

 それをヴィーラは水が注がれているコップに注いだ。水とミルクは溢れながらもコップの中で混ざり合いその色彩は透明と白が混在する状態となる。

 

「これが……セルグさんの融合です。器を変えず、自らに内包されたチカラをヴェリウスと混ぜ合わせる。これが彼の言う融合です」

 

 仲間達はコップから目が離せなかった。混ざり合う液体と液体、この場合の例えでいうなら、セルグとヴェリウスの融合とは正に真の意味での融合である。

 

「このような異能……ヒトではありえない。それが私が最初に抱いた懸念でした。融合を解除して元に戻れることも含めて、彼の融合という工程は不可思議で仕方ありませんでした……次に抱いたのは、ザカ大公との話です」

 

 驚きに固まる仲間をよそにヴィーラの話は続く。

 

「彼の精神性は異端であると……過去の事件で36人。仮にそれが無我夢中で覚えていないとしても、その後の18人は明確に己の意思で殺している。それでも彼の精神は穢されていない。これがどれほど異常か、お姉さまやリーシャさんならばわかるはずです」

 

 途端にカタリナとリーシャは表情を歪めた。軍人であったカタリナ。秩序の騎空団として、任務地が戦場であったこともあるリーシャにとって、殺人というのは大きな意味を持つことをよく知っている。ザカのいう事に思うところが無かったわけではない。

 

「罪の意識はあった。彼はそういう部分では自らの罪から目をそらせない人です。ましてや快楽殺人者でない事は皆さんもわかるはず。それでも彼は、あまりにも殺人と言うものを感じさせなかった……皆さんと笑い普通に過ごす彼は私の中で、人の姿をした何かとなりました」

 

 徐々に、仲間達の表情は驚きから、恐怖へと変わっていく。次々と語られるヴィーラの言葉はセルグの異常性をみるみる紐解いていった。

 

「そして引き金となった、ルーマシーの一件。冷静に言葉を話していたことから間違いなく彼は明確な意思をもってルリアちゃんとオルキスさんを狙っていました。明確な殺意ももって……」

 

「待ってください、ヴィーラさん。ヴィーラさんも言ってたじゃないですか! セルグさんの意思ではないかもしれないって」

 

 ジータが割って入る。事が起きる前にヴィーラは確かに言っていた。彼以外の別の意思が備わっているかもしれないと。それならばルーマシーでの一件がセルグの意思ではない可能性もあるはずだと。

 

「ジータさん……それが最後の決め手です」

 

「えっ……?」

 

 だが、ヴィーラの懸念はそこではなかった。おもむろにリーシャへと視線を向けてヴィーラは口を開く。

 

「リーシャさん。貴方はラビ島を出た日の夜にセルグさんと甲板で話をしていましたね」

 

「えっ、そうですがなんでそれを? 確かにあの日の夜、私はセルグさんと話を……その彼にとっては少し重要な話をしました」

 

 唐突な話の振りに驚きながらもリーシャは事実を答える。

 

「すいません。私は間が悪く近くに居合わせてしまい話を聞いてしまいました。盗み聞きしたことについてはこの場で謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

 

「あ、いえ……別にそう改まって謝罪を受けるほどでは」

 

 丁寧な謝罪にリーシャが慌てる。少しだけ柔らかくなってしまった空気を取り戻すように、ヴィーラは努めて落ち着いた声音にして語りを再開した。

 

「話を戻しますね。貴方が部屋に戻った後、彼とヴェリウスとの会話を私は聞いてしまったんです。彼は……」

 

 話を再開したヴィーラがわずかに言い淀む。言いづらそうなその表情から、恐らくこの話の核心部分であるだろうと仲間達は予感した。

 

 

「最愛のヒトに……アイリスさんに殺される夢を見続けていると」

 

 

 部屋に沈黙が訪れる。皆が一様にヴィーラが言った言葉の意味を測りかねていた。

 そんな気配を察してヴィーラは言葉を続ける。

 

「グランさん、想像してみてください。もし、ジータさんに殺され続ける夢を見たら貴方はどうなりますか? オイゲンさん、最愛の娘である黒騎士さんに殺される夢を見続けたらどうなりますか? お姉さま、ルリアちゃんに殺される夢を見続けたらどうなりますか?」

 

 問われた三人だけではない。皆自分に置き換え想像した瞬間、顔を青ざめて体を震わせる。

 それは心を壊すための拷問。体は傷つかず死ぬことを許されず心だけをすり減らしていく、死より重い罰。

 

「彼の声だけで怖気が走りました。感情も何もない、まっさらな声。あれはもはやヒトが出すものではないただの音でした……何も読み取れない、何も感じられない。――彼はもう、壊れてしまっているんです」

 

 誰も言葉を発せない雰囲気の中ヴィーラは続ける。ここから続く、自らの想いの丈を。

 

「彼には彼以外の別の意思が備わっている。そうだとしたら、彼がそれに抗えずここにいる仲間を手に掛けてしまった時、彼の絶望は計り知れない。彼が執拗なまでに仲間を大切にしようとするのは、きっとこれ以上壊れないための最後の一線だからだと思うのです。守りきれなかった時、ここにいる誰かを失った時、きっと彼の心のタガは外れてしまう」

 

 ヴィーラは語り続ける。吐き出すように全てを。感じたこと、思ったことを包み隠さず。

 

「彼にとって皆さんは大切になりすぎてしまった。ヒトではありえない異能、壊れた精神、暴走の可能性。これらがある限り、彼がここにいるのは大きなリスクでしかない。皆さんにとっても、他ならぬ彼にとっても」

 

「だから……セルグを殺そうと?」

 

「お姉さま、何様と思うかもしれませんが、私はそれが彼にとっては救いではないかと思いました。私達と一緒にいる限り、彼は失う恐怖から逃れられない……私達といる限り、彼は自らの暴走に怯え続けなければならない。生きている限り、彼はアイリスさんに殺され続けなければならない。それならばいっそ……と」

 

「嘘だろ……だって、そんな様子全然」

 

 グランが小さく呟いた。普段、共に過ごすセルグにそんな予兆は見られなかった。彼の笑顔は心からの笑顔であったし、彼の怒りはその身全てで表したような怒りであった。とても心を壊してしまったヒトの出せるものではないと。

 

「グランさん、それも最後の一線なのだと思います。皆さんと一緒にいられる、皆さんと笑いあえることがきっと、守り切れていると実感できる壊れない為の最後の防衛線。だから、ここに留まろうとも、ここからいなくなろうともきっと彼の結末は変わらない」

 

 留まればいずれ仲間を手に掛ける。ここを離れれば一人、孤独のまま壊れていく。どちらも可能性でしかないが、それはどちらも可能性としては高い。そうヴィーラは感じていた。

 一息吐いて、ヴィーラは結論を述べる。

 

「どうあっても壊れてしまうのであれば、いっそ死んだほうが彼のためだと……私はそう考えて彼を殺そうとしたのです」

 

 

 長いヴィーラの独白が終わった。

 

 




如何でしたでしょうか。

終わりまで行かないまさかの二部構成。彼らの夜はもう一話分続きます。

シュヴァリエマージとの違い。作者独自の解釈であります。
大分オリジナル要素が増えて来たのではと思う今日この頃。アルビオンからの流れは随分前から構成を練っておりまして作者としては重きを置いている部分であったりします。
今後益々そういう流れが増えるかも知れません。

ですが大筋は原作通りですよ!!オリジナルは要素であってメインじゃ無いですよー!

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。


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幕間 明かされた想い。見えてきた歪み 2

作者の自己満足完結。

どうぞお楽しみください。


「何故だ……」

 

 静かになった部屋の中で、カタリナは声と体を震わせる。

 

「お姉さま?」

 

「君もセルグも、そうやって。勝手に背負って、己に罪を押し付けて……何故想いを明かさない! 何故己の胸の内にだけ留めて終わろうとする!! 君達は何故! 助けを求めてくれないんだ!」

 

 胸に宿った怒りはヴィーラが起こした事に対してではない。聞けば聞くほどに、ヴィーラがどれだけの想いで事をおこしたのかが理解できた。彼女は皆のためと言いその実、方向性はどうあれ、セルグを想い、事をおこしたのだ。仲間殺しの汚名を着てでも、ヴィーラは仲間と、セルグの心を救おうとしていた。

 そしてそんな事を露知らずにいた自分が、カタリナは情けなくて仕方なかった。

 

「仲間を疑うことを、皆さんは良くは思わないでしょう。ですから私は一人で」

 

「勝手に決めつけるな!! そうして何も知らないまま私は、大切な君にまた重荷を背負わせていた……私がのうのうとしている間に君はまた、自ら重荷を背負うような道を選んでいた。それを知って私が何も感じないと思うのか!!」

 

 慕うのならば頼ってほしい。想いを打ち明けてほしい。それがカタリナの心の底からの願いであった。

 気づけなかった自分にも、告げてくれないヴィーラにもカタリナの苛立ちは募る。

 

「私は、お姉さまの為ならどんな道であろうと」

 

 ヴィーラの言葉でカタリナの頭に沸騰したように血が上る。カッとなった感情が彼女の体を動かした。

 パンッと音を立ててヴィーラの頬が打たれ、カタリナはヴィーラの言葉を遮る。

 

「いい加減にしろ!! ヴィーラ、私の為なんて……そんなことの為に自分を捧げないでくれ。もっと自分の為に生きてくれ。君がその身を捧げるより、私は君が幸せになる姿を見たほうが何倍も幸せだ!!」

 

「お姉……さま」

 

 叩かれた事実に茫然としながらカタリナを見上げるヴィーラ。少しだけ滲んできそうな涙を堪え、ヴィーラは悲痛な表情を浮かべるカタリナを見上げ続ける。

 

「私は本当であれば君に慕われるべきではない咎人だ。君の想いを知っていながら、自らの目的の為にそれを利用した私は、君に糾弾されることはあれど、その身を犠牲にしてまで、慕われるような人間ではないんだ」

 

 嘗て、カタリナが犯した過ち。

 ここアルビオンの騎士学校には一つのしきたりがあった……騎士学校主催の御前試合。その優勝者はシュヴァリエとの契約を果たし、アルビオンの領主となる。

 騎士学校にいた時代、歴代でも最高峰の実力者とされたカタリナはその御前試合において、領主として島に縛られることを嫌い、決勝戦のヴィーラとの戦いで手を抜いた。

 カタリナが、島に縛られたくないという事を知っているヴィーラに。自らを慕っていると知っているヴィーラに、カタリナはすべてを押し付けたのだ。カタリナと共に居たいと言うヴィーラの想いをも知っていたというのに。

 だが、ヴィーラは決して糾弾しなかった。普通であれば裏切られたと罵るだろう事にもヴィーラは怒りを抱かなかった。昔と変わらずカタリナを慕うヴィーラの姿に、カタリナは常に心締め付けられていたのだ。

 無論、ヴィーラがカタリナを慕う理由もある。騎士学校入りたてのヴィーラが魔物に襲われていたとき、命の危機を救ったのはカタリナであったし、家柄故に孤独であったヴィーラといつも一緒にいてくれたカタリナにどれほどヴィーラが救われたのか。その程は想像に難くない。

 

 だがそんなことはカタリナにとっては取るに足らない当たり前の事。大きな過ちを犯して尚、慕ってくれるヴィーラをカタリナが大切に思わないわけがない。

 カタリナの手加減を見逃し領主を引き受けたこと。仲間殺しの非難を受けようともセルグを排除しようとしたこと。そのどちらも、()()カタリナにとっては許せないことであるのだ。

 

「君がアルビオンを離れ、私達と共に旅をすると決めてくれた時。私はもうこれ以上君を苦しめることはないと思っていた。犯した過ちの贖罪ができると安堵した。同時に、これからは君と共に在りたいと願った……お願いだヴィーラ。もう二度と、全てを背負おうとしないでくれ。私はそんなに頼りないか? グラン達はそんなに頼りないか? 君がそんな風に背負う事を私は望まない。私達はこれから、皆で背負っていかなければならないんだ」

 

 カタリナの懇願にヴィーラはまた涙が滲みそうになった。敬愛するカタリナの本気の願い。それが自分に向けられ、胸が高鳴ってしまう。

 

「お姉さま……私は」

 

「ヴィーラ、話してくれてありがとうね」

 

「ゼタさん……」

 

 カタリナの想いに答えようとしたヴィーラを遮りゼタが割って入る。ヴィーラは全てを語った。カタリナとのぶつかり合いもあり、ヴィーラは納得を見せようとしていた。

 だがカタリナ同様、ゼタにも伝えなければいけない大切なことがあった。割って入ったゼタは視線をヴィーラへと向けると、早々に話を切り出す。

 

「ヴィーラの話が終わったところで、私からもちゃんとヴィーラに伝えることがあるんだ。セルグからの伝言を」

 

「セルグからって……伝言の事一言も言ってなかったじゃないか。どういうことだよ、ゼタ」

 

「ごめんね、グラン。ヴィーラと一緒に伝えなきゃと思ってたから黙ってた。ヴィーラ、セルグはね」

 

 ゼタがヴィーラの手を取った。そっと握る手は温かで優しくて、きっと恨み言を伝えられるショックを和らげてくれてるのだと思い、ヴィーラはゼタの言葉をしっかり聞こうと耳を澄ませる。

 

「――謝罪と感謝。それを伝えてくれって」

 

 へっ、とヴィーラの声が漏れる。さぞや怒りの声があっただろうと思っていたが、予想外な伝言に思考が追い付かず呆ける事しかできないヴィーラを見て、ゼタが少しだけ笑った。

 

「フフ、セルグは言ってた。ルーマシーでは一応の意識があったんだって。あの時のセルグは間違いなくルリアちゃん達を殺そうと思っていた。ルーマシーでの一件で意図せずとも暴走の可能性を引き上げてしまった自分がここにいるのは危険でしかない。だから少し離れて自分の出生を探るんだって。ビィと一緒で、セルグも組織にいる前の記憶がないそうよ。セルグが起こした異常な行動には何か秘密があるからそれを探しに行くってさ……だからねヴィーラ。今回の事でセルグはヴィーラの事をこれっぽっちも恨んじゃいない」

 

「そんな!? だって私はひどい事を」

 

「セルグもきっと理解していたんだと思う。ヴィーラが言うように、きっとセルグは壊れてしまいそうなんだ。でも……今、セルグは何とかしようとしてる。自らの秘密を探り、またここに戻ってくるため、皆と一緒に旅をするために、セルグは前を向いている。だから、ヴィーラに大人しく殺されるわけにはいかなかった。ヴィーラと戦ったのはそれだけだと思うんだ」

 

 ゼタの言葉にヴィーラだけでなくグラン達も驚きを隠せなかった。

 ただ居られなくなったから、離れていった。それだけだと思っていたセルグが今、彼らとまた一緒に旅をするために動いているというのだ。

 心が壊れそうでありながらも、ギリギリのところで彼はまだ生きようとしている。

 その事実が、彼らの胸を打つ。

 

「だからね、ヴィーラ。私は一つを除いてヴィーラが言った事もやったことも気にしてないよ」

 

 少しだけ気持ちが上向いた仲間達に、ゼタは不穏な影を落とす。

 一つを除いて……その言葉にヴィーラもグラン達も疑問符を浮かべた。

 

「一つを除いて……?」

 

「そう、一つだけ――――」

 

 バンッとヴィーラの前に手をついてゼタはヴィーラを睨み付けた。

 

「納得いかないのよ! 一人で全部抱えちゃって。一人で全部解決する気になっちゃって! 何様のつもり!!」

 

「お、おいゼタ、おちつ」

 

 まさかの激昂にラカムが止めに入ろうとするが、ゼタの言葉は止まらない。

 

「ザンクティンゼルで私はヴィーラに救われた……恥も外聞もかなぐり捨てて私はヴィーラの胸で縋るように泣いた。何故だかわかる? ヴィーラの優しさがうれしかったから。ヴィーラが全てを受け止めてくれたからよ! それなのに、ヴィーラは一人で抱えてたっていうの!? ふざけるんじゃないわよ!! 私はやられたままは嫌いなのよ! お返しくらいちゃんとさせなさい!!」

 

 一息でゼタは思いのままに言葉を並べた。気性の激しい彼女ならではの想いを乗せた言葉は、そのままヴィーラの胸へと突き刺さる。

 

「ちゃんと言ってよ……私達を頼ってよ。貴方がしてくれたみたいに。そうやって一人で抱えてもよくないことは私を救ってくれたヴィーラならわかるでしょ……」

 

 一転してしおらしく想いを吐露するゼタの声には悔しさが滲む。ヴィーラが抱えていることに気づかずにいた。助けられてばかりで助けられないのはゼタにとって、悔しいの一言に尽きた。

 カタリナとゼタ。共に本気で言葉を投げてくれた二人にヴィーラの心は静かに動かされる。

 敬愛する人も、頼りになる仲間も、こんなにも本気で自分を思ってくれていた。それに対して自分はどうか。

 仲間を疑うことを快くは思わない。そんな決めつけで否定されることを恐れ、信用をせず抱え込んでいた。己のしていたことは何と失礼なことか。

 

 憑き物が落ちたようにヴィーラの心が軽くなった。少なからず恨み言の一つや二つ出てくると思われたセルグからは感謝と謝罪をもらい、敬愛する人と大切な仲間からは、一人で抱えるなと言われた。

 知らず知らず心にため込んでいた後悔や不安が今この瞬間、ヴィーラの心から抜け落ちていった。

 

「ゼタさん……申し訳ありませんでした。私はどこか、弱みを見せる事を嫌がってしまっていました。そのせいで今回みたいに一人で走り、こうして皆さんに心配をかけて。本当に、申し訳ありません」

 

 俯くゼタの顔に触れ至近距離でゼタの瞳を見つめると、ヴィーラは小さく笑う。妙に気恥ずかしくなったゼタが顔を赤く染め視線を下げると、ヴィーラは笑みを深めてその綺麗な顔をゼタに近づけた。

 

「ありがとう、ゼタ……」

 

 耳元でそっと呟かれた声は小さくてゼタにしか聞き取れない音ではあったが、ゼタはそれを確かに聞き取った。呼び名の変化に嬉しさを感じハッとしたように顔を上げるゼタだが、すでにヴィーラはカタリナへと顔を向けている。

 

「お姉さまも。申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございます。私の為にお姉さまが本気で言葉を投げて下さった……本当に嬉しいです」

 

 カタリナはヴィーラの言葉にまだ不服そうな顔を見せる。当然だ、まだヴィーラは感謝の言葉しか述べていない。

 カタリナが求める答えが。これからをどうするか、今後をどう生きていくかをヴィーラはまだ告げていないのだ。

 のらりくらりと躱すことはヴィーラの得意技だと熟知しているカタリナは機先を制す。

 

「誓ってくれヴィーラ。私の為ではない。君の為に、これからを生きると」

 

「はい、わかっております。ですが私が幸せになるために、まずはお姉さまに幸せになってもらわなければいけません」

 

「おい、ヴィーラ。まだ」

 

 相も変わらずカタリナ第一な考えを聞き、不満の声を上げるが今度はヴィーラが制する。

 

「フフフ、何を言われようとも、私の幸せはお姉さまが幸せであることが絶対条件ですもの。そこだけは変わりません。私を心配してくださるようでしたらまずはお姉さまが幸せになってください」

 

 いつも通りの見目麗しき彼女の笑顔がこぼれ、いつも通りの落ち着いた雰囲気が戻ってくる。彼女の変化にうれしく思いながらも、カタリナは変わらないヴィーラの言葉にため息を一つ吐いた。

 

「ハァ……やれやれ、前途多難だな」

 

 ため息を吐きつつもカタリナはヴィーラの言葉を許してしまう。どうにも厳しくはなり切れないようだ。そこがヴィーラが慕う所以でもあるわけだが、カタリナとしては複雑であろう。

 

 

「グランさん、ジータさん。ご心配をおかけしました」

 

 続いてヴィーラはグランとジータの元へ向かう。事の成り行きを見守っていた若き団長たちは、安心した様子でヴィーラを迎えた。

 

「ヴィーラ……僕もジータも。ヴィーラには感謝している」

 

「きっと私達は、セルグさんとの事を流したままでした。もし危なければ止めればいい。その程度の認識しかなかったんです。でもヴィーラさんはもっとずっと、色んなことを考えてくれて、色んなことに気づいてくれていて。たくさんの可能性を考えてくれていた」

 

「僕たちではできないことをしてくれるヴィーラには感謝はあれど責めるようなことは絶対にしない」

 

「だから今度は、皆が一緒にいられる道を、セルグさんが壊れない道を。一緒に探してもらえませんか」

 

「今度は、僕たちも一緒に考えるから」

 

 こうまで揃うのかと思うほど、グランとジータは交互に感謝と願いを告げる。示し合わせたわけでもないのに次々と口を開く二人に少しだけおかしくなり笑いながら、ヴィーラもまた答えを告げた。

 

「――ありがとうございます。お二人の気持ち、痛み入ります。ご期待に添えるよう尽力は惜しみません」

 

「あぁ、これからもよろしく頼むよ、ヴィーラ」

 

「ヴィーラさん、私からもよろしいでしょうか?」

 

「リーシャさん?」

 

「あの日の私とセルグさんの会話を聞いていたのでしたら、貴方にもご助力願いたい。私は、あの人の罪の意識を何としても変えてあげたいんです。ヴィーラさんはもう無理だと悟って今回の事を起こしたのだと思います……でもゼタさんが言うように、彼はまだ生きようとしている。だから、お願いします。ここにいる皆さんと共に、彼を救う道を見つけてほしいのです」

 

 決意を秘めたリーシャの言葉にヴィーラは目を丸くする。一呼吸、いや二呼吸程の間を置いたところで小さく吹き出すと、ヴィーラは笑い始めた。

 

「フ、フッフフ」

 

「ヴィ、ヴィーラさん!? 何が」

 

 慌ててヴィーラに詰め寄るリーシャにヴィーラは目じりに涙を浮かべながら口を開いた。

 

「もぅ、本当に面白いですねリーシャさん。私は今言ったではありませんか。団長さん達の願いに尽力致しますと。それにしても、随分と彼にご執心なようですね。ゼタさんと言いリーシャさんと言い。彼を引く手は数多のようですね。グランさん、ライバルは強敵のようですよ」

 

 ヴィーラの言葉にリーシャとグランが顔を赤く染める。

 

「ヴィーラさん!! 人が真剣なお願いをしているときに、そんな浮ついた話を持ち込まないでください!!」

 

 真面目に聞いてくれと言う怒りと、どことなく否定できない気もする勘ぐりに顔を赤く染めたリーシャ。

 

「ヴィーラ!! だから僕はそういうんじゃないって言ってるだろ!!」

 

 片や、グランは未だに慣れない色恋沙汰のからかいに大慌てで顔を赤く染めた。

 

「まぁ、二人してそんなに否定してはいらぬ誤解を生みますよ」

 

 何が誤解なのか、どれを否定していいのか。ヴィーラの言葉にわけのわからず思考がぐるぐる回る二人を見て仲間達は盛大に笑った。

 こんなに笑ったのはいつ以来だろうか。張りつめていた緊張は随分と長い事のように思えて、この日彼らは心行くまで笑いあった。

 

 ここ数日の暗さを吹き飛ばすように、ガロンゾでの一幕のように、盛大に。彼らは次なる戦いに向けて英気を養う。ラカムとオイゲンが歌い、カタリナとヴィーラは思い出話に花を咲かせ、イオとルリアまでも、遅くまで大騒ぎ。リーシャとゼタはグラン、ジータと一緒に今後の戦いについて真剣な談義をしていた。

 皆が寝静まったのは夜も大分ふけた深夜に近い時間帯だった。

 

 

 

「ふぅ……まさか私がこんなにも影響されるとは思いませんでした」

 

 皆が寝静まった頃、一人起きたヴィーラは甲板へと出ていた。三日も寝ていたのだ。そんな簡単には眠れないのだろう。

 思い出すのは先程までの皆との触れ合い。心の底から、ヴィーラは仲間としてその場にいられた気がした。

 思えば、セルグへの懸念を抱いてから、どことなく一歩引いた目線で仲間達を見ていたことに気づき、ヴィーラは小さく自嘲する。

 

「お姉さまだけでなく、彼らもまた、こんなにも温かい」

 

 胸に手を置いたヴィーラは仲間達の姿を思い浮かべる。

 まだ幼さの残る団長の二人。まだまだ子供の時分のイオとルリア。敬愛するカタリナにからかいやすいリーシャ。今はいないが何故か気が合うロゼッタ。どことなく危なっかしくも、頼りがいのあるラカムとオイゲン。そして今日から大切な友となったゼタ。それから艇に巣食う害ちゅ……一部思い出すだけで非常に不快な思いを抱くものがいたような気がしたが、気がしただけで既にそれは脳内から消去されていた。仲間を思い出して去来する、これまでにない安らかな感覚にヴィーラは酔いしれる。

 

「そして……セルグ・レスティア」

 

 次に思い返すのは、今回の発端ともいえる彼との戦い。

 圧倒的なシュヴァリエのチカラに飲み込まれてしまったヴィーラを助け出してくれたのは殺そうとしていた彼であった。

 

「謝罪と感謝……それを申し上げるのは私の方です」

 

 ゼタから聞かされた伝言。殺そうとし、命を救われた自分に向けられた言葉にヴィーラは顔を顰める。

 

「本当にどこまでも、愚直で、優しくて……」

 

 だから、命を奪うのには並々ならぬ覚悟が必要であった。壊れているセルグを救うにはこれしかないと思わなくては、セルグという人物を殺すことはできなかった。

 セルグへの懸念が高まるたびに、彼女の描く未来は現実味を帯びて来て、ヴィーラの心を締め続けていたのだ。

 そんなヴィーラに伝えられたセルグからの言葉。ヴィーラは心が軽くなるのを感じた。

 セルグが生きていて感謝と謝罪をくれたことにヴィーラは救われたのだ。

 

「だから、必ず戻ってきてくださいね。今度は私から、伝えなければいけないことがありますから……」

 

 黒に染まる空を見上げ、ヴィーラは憂いの言葉を紡ぐ。ヴェリウスはいるだろうが今のセルグは一人だ。

 彼女が今日語ったように、セルグの心が壊れかけているのなら、一人になっている現状は決して良い状況とは言えないだろう。

 

「セルグさん……どうか御無事で」

 

 憂いと熱を帯びた声が夜に溶けていく。見上げる夜空は、ヴェリウスと融合した彼のように、煌めく闇に染まっていた。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

本作ではゼタ×ヴィーラをお届けします!(冗談です

なかなか書き上げるのが大変でした。
心理描写というのは本当に難しいです。
本作の中でキャラクターが生きているように読者の皆様が感じていただけたら作者は嬉しいです。

次回から動きに動くアマルティア編開始です。(幕間長かった~

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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第38回MTG 女の涙はどれがイイ?

書いてしまったネタ回。
作者の自己満足第二弾となってしまいました

注意
この文章には真面目成分が含まれておりません。
本編とは全く関係ありません。
色々とキャラの風評被害も出るかも知れません。
ネタ枠要らない人は飛ばすことをお勧めいたします。

それでは、お楽しみください


 ――薄暗い室内

 

 ここはグランサイファーの一室。

 僅かな明かりだけが灯り、その部屋にいる三人の顔だけが不気味に浮かび上がるこの部屋で恒例となるであろう物語は始まる。

 今宵もここでまた、おもしろおかしい妄想ワールドが繰り広げられる……かもしれない。

 

 

「というわけで……第38回、MTG(ミーティング)inグラサイを開催しちゃいまっす!!」

「「ウェーイ!!」」

 

 そう、いつも通りのこの面子。いつも通りのこのテンション。

 ちなみに現在は深夜をしっかりとまわっているところ。先程まで大騒ぎで宴を催していた後である。(前回参照)

 

「さぁて、気になるお題はなんでしょう!!」

「ズバリ!”女の涙はどれがイイ?”についてだぁ!!」

「オォ!?――ちょいまち、一体全体なんでその議題が出てきたかについて詳しく説明プリーズ」

「確かに、唐突すぎてまるで訳が分かんねえぞ。ローアインに一体何があったか説明を求む」

 

 テンションが上がったと思えば急下降。ローアインから挙げられた議題にエルセムとトモイは説明を要求する。

 

「へっ、そう来ると思ったぜ……この前ダンチョ達がルーマシーから帰ってきたときあっただろ?」

「あ~、あのちゃんイオが泣いてたときな」

「あ~あれか。ちゃんイオ泣いたとき俺もウルッと来ちまったわ……」

「そう、それだ。んで、ちゃんイオが泣いてたところをジータダンチョが後ろから抱きしめて慰める。俺はあの時新たなワールドに到達した気がした……」

「新たな……?」

「ワールド……?」

 

 ローアインの言う事がさっぱり、全く、ピクちりピンと来ない二人が疑問符を浮かべる。脳裏に少し思い浮かんだのは女の子と女の子が絡み合う世界の事かとも思ったが、カタリナ一筋であるこの男にそんな思考はないと、親友としては思いたい。

 理解を示さない二人にローアインは瞳に炎を燃やし二人へ顔を近づけながら口を開いた。

 

「あのちゃんイオの涙に、俺たちもダンチョ達も大きく心を動かされた……つまりだ! オンナの涙ってのは恐ろしいほどの魅力が隠されてるってわけよ!」

「お、お、おぉ~!! なるほどね~確かに。ピクチリピンと来なかったけど言われるとすげえよな。ちゃんイオの涙」

「……すげぇな。ちゃんイオ。ってかそこに気づいたお前はやっぱり天才だわ。ローアイン」

「だろ。ってわけで本日の議題なわけよ! 涙ッつってもうれし涙、悲し涙、悔し涙って色々あっからよ。諸君でどれが一番魅力あふれる涙かシチュエーションも交えて語ってほしい」

「妙に言い方がムカつくけど面白そうだな……ちょいシンキングタイム」

「俺も俺も~」

「よっしゃ、今から三分でキメっぞ!」

 

 大の大人が何をアホな事を語り合っているのか……それはさておき、彼らの真剣な妄想は三分という短い時間をきっちり使い各々の最高の妄想が出来上がる。

 

「さて……誰からいく的な?」

「ここはやっぱり……」

「言いだしっぺから的な?」

「――上等。それじゃ俺から行くわ。題して、”笑顔と涙は赤い糸”」

 

 ――――――――

 

 グランサイファーの甲板で二人の男女が並び立つ。

 夜も更けたこんな遅くに外で語り合うのは、宴の席をそっと離れ静かな二人の時間を過ごす、カタリナとローアインである。

 

「ローアイン。私の想いは、ヴィーラに届いただろうか……」

 

 胸中に燻るのは、未だ拭い切れていないヴィーラの想い。

 慕ってくれるヴィーラに幸せになってもらうためにはどうすればいいか。相も変わらず優先順位をカタリナ一番に置いているようで、一先ずの納得は見せたものの、今後の彼女の生き方がどうなるか不安が残っていた。

 

「キャタリナさん……きっと貴方の想いは届いていますよ。そしてヴィーラちゃんは今。本当の意味で仲間となって皆と楽しんでいる……」

 

「何故……そんなことが言えるんだ? ヴィーラはさっきも私が一番であることは変わらないと」

 

 理解のできないローアインの言葉に、カタリナは疑問を呈する。

 

「実は俺……今までキャタリナさんと話しているときはいつもヴィーラちゃんの視線が憑いて回ってたんっすよ。俺の事が嫌いとかじゃなくて、きっとヴィーラちゃんはいつも、キャタリナさんの事を心配してたんじゃないかって思うんすよね……そしてそれが、今はない。今までは頭の片隅に必ずキャタリナさんがいたのが、今のヴィーラちゃんはあそこでキャタリナさんの事を忘れて心の底から笑っている。だからきっと、貴方の想いは届いているんだと思います」

 

「そう……なのか」

 

「えぇ。見てください。俺がここでキャタリナさんと二人でいるっていうのに、ヴィーラちゃん、笑ってるじゃないすか……あの笑顔。キャタリナさんにはどう見えますか」

 

 船室内の様子を二人でのぞき見る。ローアインの言うとおり、リーシャをからかいながら微笑むヴィーラの笑顔は心なしかいつもよりずっと柔らかく見えた。

 

「(ヴィーラ、君は本当は。そんなにも可憐に笑えるのだな……)」

 

 胸中で呟くカタリナは己が想いがしかと伝わった事を確信し微笑んだ。

 その目に一滴の涙を湛えながら……

 

 

 ――――――――――

 

「どうよ? もう俺キュン死に確定なんですけど!?」

「――あぁ、やっべぇよそりゃあ……」

「――まじでやばば過ぎんっしょ」

 

「「ヴィーラちゃんの可憐な笑顔とか、見てみてぇ~!」」

 

「はぁ? ちょっまてよ!? キャタリナさんのうれし涙の話だろ! てめぇら何聞いてんだっつーの。チョイどころかガチテンサゲなんですけどー」

 

 まさかの反応にローアインが二人へ苦言を呈する。力作のシチュエーション(妄想)の肝心なところにまったく無反応なのは如何なものか。ローアインの視線が俄かに怒りを帯びて二人へ向けられた。

 

「だってよぉ~そもそもそのシチュもうあり得なくね?」

「Do感……ヴィーラちゃんの想いはそんな甘くねえよ的な? 適わないシチュ練る事程、無意味な事ねぇべ」

「おいおい、妄想に現実的なLookポイント(※観点)求めちゃうわけ~そんなこと言ったらどんな妄想もできねえだろって」

「バァカ、俺たちはその妄想でさんざん作戦会議してきてんだろうが! 現実感を多少なりとも持たせねえと、何の価値もなくなっちまうだろうって話よ」

「ん? まぁよくわかんねえけどその通りだって」

「あ~よくわかりんご。んじゃま、とりあえず次回作にご期待って事で二人の意見を開示要請~なう」

「んじゃま、次は俺が行くか……題して、”見せない涙こそ色がある”」

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 薄暗い部屋……ここはグランサイファーのキッチンだ。

 アルビオンに到着し、大きな騒動があったのち、グラン達は落ち着くために食事をとり、各々部屋で休んでいた。

 当然このキッチンにもすでに人影はなく、静かなはずなのだが。

 

「……うぅ……く……」

 

 小さく、人が漏らす音があった。

 

「ん? 誰かいる感じ……ってジータダンチョ?」

 

 たまたま通りかかったトモイは、キッチンの隅で背中を見せている人影を見つける。

 薄暗くてわからないがまだ大人にはなり切れてない背格好は、この団でもジータかルリア、イオ位だ。髪の特徴からそれがジータだとわかるとトモイは静かに歩み寄りながら声をかける。

 

「トモイ……さん?」

 

「ジータダンチョ、泣いてんのか?」

 

「い、いえ……」

 

 慌てたように振り返り目尻を拭う仕草を見せるジータにトモイの疑問の答えは出た。

 

「昼間の件……か?」

 

 トモイの問いに、ジータは背中を見せたままビクリと肩を震わせる。

 

「……はい」

 

「ショック、やっぱり大きいよな。俺もそうだ……セルグさんに俺、憧れてたっつーか。その……っと!? ダンチョ?」

 

「ごめん、なさ……い。少しだけ、泣かせてください」

 

 振り返りトモイの胸に顔をうずめると、ジータは声を押し殺し泣き続ける。

 見られまいと押しとどめようとした涙はどうしようもなく溢れてしまい、せめてもの抵抗とジータは泣き顔を見られないようその顔を隠したのだ。

 件の一件。突如起きたヴィーラとセルグの戦い。それによるセルグの脱退。

 団長としても、ジータとしても。そのショックは大きすぎた。

 彼女にとって団員は家族同然である。いや、幼いころより母を亡くし、父も家にいなかったジータにとって、村も団も、関わる人は皆大切な家族になりえた。その大切な人同士の生死をかけた戦いは彼女の心の、深い深い部分にまで大きな傷を残した。

 止められなかった不甲斐なさが、気づけなかった浅はかさが。ただ、漫然といつまでも一緒にいられることを疑わなかった自分が……憎くて仕方なかった。

 そんなジータの気持ちを察してトモイはできるだけ柔らかい声音でジータの頭に手を置きながら答えるのだった。

 

「わかった……後でちゃんと目を冷やしてやるから。後の事は気にしないで思いっきり泣いて良いぜ」

 

「ありがと……ございます」

 

 そうつぶやくと、また小さく押し殺した声が続き、床を涙が濡らしていく。

 トモイは天井を見つめたまま、ジータの声が消えるまで、上を見続けるのであった……

 

 

 ――――――――――

 

 

「Do~よ、この感じ!? あの普段は健気で朗らかなジータダンチョが、悔しさと悲しさが入り混じった感じに泣く姿。敢えてその泣き顔は見せないところがポイントな。これがまた妙な保護良くを掻き立てるっつーか」

「トモちゃん、それはやばばだわ……」

「俺も……いろいろ危なかったわ」

 

「「「激カワッ!!」」」

 

 何故だろうか……こいつらの意思の統一性は尋常ではない。同様の事を想うならまだしも激カワッなどという言葉は常用ではないはずなのにこのハモり。

 そもそもの議題から色々とおかしいかもしれないが、彼らの妄想は突き抜けて留まる事を知らない。

 ひとしきり妄想内の(これ重要)ジータの魅力について語り切った三人は続いてエルセムの話に進んだ。

 

「んで、エルっちは誰推しの流れよ?」

「ローアインは分かってたけどキャタリナさん。俺はジータダンチョときて~?」

「ん~悪いんだけど二人とかでもいい? ちょっとシチュ的にはこの二人が絶対欲しいんだよな~」

「お、お、お~? 欲張りマンか? 良いじゃんそれでいいから語っちゃって~」

「よぉし、んじゃ行くぜ。題して”若葉だからこそ美しい”」

 

 

 ――――――――――

 

 

 夜も更けた遅い時間。宿へと泊まっている一行は皆それぞれに休息を取っており、ルリアとイオも例外はなく眠りについていた。

 

「ん……んぅ。おトイレ、行きたくなっちゃった」

 

 隣からルリアの静かな寝息が聞こえる中。ふと目が覚めたイオはベッドからもぞもぞと這い出す。

 宿やに備え着きのトイレは外に回らなければならず、イオは暗く静かな宿屋の中を歩くことを考え、二の足を踏む。

 

「(う~行きたくないけど我慢できないし……)」

 

 子どもというのは暗闇を嫌う。周囲が見えないというのはそれだけで大きな恐怖を呼び起こすものだ。お化けや幽霊という得体のしれないものをまだ信じてしまう年齢でもある彼女にとって、部屋の扉をくぐり、宿の外へ出て、暗いトイレで一人用を足すというのは、非常に難易度の高い事であった。

 

「ルリア……ねぇちょっと」

 

「んぅ、……なんですか、イオちゃん?」

 

 仕方なくイオは協力者という存在を作り不安を紛らわせることにした。静かに起こされたルリアが寝ぼけ眼で起き上がるのを見て、イオは小さな声で恥ずかしそうに告げる。

 

「そのね……おトイレ行きたくなっちゃったから、その……一緒にきてもらえない?」

 

「……えっと~一人じゃ怖いから一緒に来てほしいってことですね。わかりました!」

 

「ちょっ!? ちが……くもないけど。その、お願い」

 

 快く引き受けてくれたルリアに感謝しながらイオは部屋の外へとルリアの手を握りながら出ていく。

 既に深夜となった宿は真っ暗でそれぞれの部屋の前に小さく灯るろうそくの明かりだけが不気味に宿を照らしていた。

 二階から階段で降り、ロビーから正面扉を出たら、宿の裏手に回ってゴールだ。脳内に浮かんだ道筋を回ろうとしたところで、二人はスゥっと風が通り過ぎていくのを感じた。

 

「ひっ!? (ルリア……今、足の間を何か触っていった気がしたんだけど……)」

 

「(な、何を言ってるんですか!? そんなのきっと思い違いですよ!! 私はなんにも感じてませんし、撫でられたりなんてしてませんよ!)」

 

 風と共に何らかの感触が足を触れていき、小声となった二人は既に生まれたての小鹿のように震えている。

 ちなみにこの時の感触はただの鼠であったことが後にわかるわけだが、今の二人には知る由もない。風はただの窓の閉め忘れ。お化けや幽霊の正体というのは存外あっけないものである。

 余談はさておき、やや急ぎ足で階段を降り始めた二人はすぐにロビーまで辿り着く。一刻の猶予もない。直ぐにやるべきことを済ませ拠点(部屋)へと戻らなければ呪い殺されてしまうかもしれない。

 正面の玄関を開けようと思った所で二人は奇妙な物音を聞いた。

 

 ”シャリ……シャリ……”

 

 何かを擦るような? そんな音のような気がした。

 

「「―――――ッ!?」」

 

 声に出さずに悲鳴を上げる器用な事をして二人は口を押える。声が漏れないように。そしてしゃがみこんで音の出所を探した。

 怖いもの見たさとは違うかもしれないが、こういった時怖くても人はそこに近づいてしまう。危険があるかもしれないという想定よりも。何もわからない状態の方が怖いからだ。例にもれず音の出所を察知した二人はそこへとゆっくり足を進めてしまう。

 場所は食堂のほうであった。そこだけ小さく明りが灯っており、人影が見える。

 人影がある以上、少なくともお化けや幽霊の類ではないと二人が安堵した瞬間、見えていた影に包丁と思わしき影が映る。

 ガチガチと歯がなりそうな震えを抑え二人は顔を見合わせるとそっと影の正体を確かめようと近づく。

 危険人物であれば皆に知らせなければならない。恐怖で震えていても彼女達は真に勇気ある子供であった。

 決して見つからないように慎重に、音を立てず忍び寄ろうとした所で、

 

 ”ビタン”

 

「ん?」

 

 余りの緊張にルリアが足を縺れさせる。柔らかな肌が床を打つ小気味良い音が響き、影が動いた。

 一歩一歩、まるで恐怖を増幅させるように近づいてくる影に二人は抱き合いながら震える事しかできず、襲い来るであろう人影の恐怖に身をすくませる。

 そして影は二人のいる方へと顔を出して……

 

「ルリぴっぴ? ちゃんイオ? なにしてんそこで?」

 

 ひょっこりと顔を出したエルーンは抱き合いながら涙を浮かべている二人を見て、心底不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

「アッハッハッハ! なるほどなぁ。トイレ行こうと思ったら変な音が聞こえて確かめに来たら包丁の影が見えて怖かったと。ワリィワリィ。ちょっと小腹がすいてリンゴ剥いてたんだ」

 

 二人から事の顛末を聞いたエルセムはせっせと床を拭いている。理由は……察してあげてほしい。

 

「うぅ……もうお嫁にいけない」

「うぅ、怖かったです」

 

 目尻の涙はまだ消えず。二人は本当に恐怖していたのだととわかるとエルセムは作業を終えたのか手を洗って二人の前にしゃがみこんだ。

 

「ホラ、さっき剥いたリンゴだ。これ食べて元気出して早く寝ろよ~。明日寝坊したらダンチョ達に怒られちまうだろ」

「あ、ありがと……」

「わぁ! おいしそう!! ありがとうございます!!」

「あの、エルセム……この事は」

 

 イオが神妙な顔で、声をかけると、エルセムは頭に手を置いて朗らかに笑った。

 

「俺は今日、ここで一人でリンゴを剥いてた。一緒に用意していたコップの水を間違えて溢しちゃった。それだけだ」

「えっ……」

「俺は今日誰も見てない。そうだろ?」

「……うん!!」

 

 エルセムの言わんとしたことを理解し、イオは目尻に涙を浮かべたまま花の咲く笑顔を見せる。

 その笑顔に、つられてエルセムもまた、笑うのだった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「――どう?」

「かわいい……それは認める」

「Do感……ちゃんイオの花咲く笑顔ってのはやはり心動かされる魅力に溢れている。だが……」

 

「「長ぇえ!!」」

 

「えっ!? 今の流れでそこかよ! もっと他にあんだろって! ってかルリぴっぴにも触れてやれよ!」

「いや、その前にだな。エルっちおまえ、具体的な描写こそなかったけどよ、ちゃんイオとルリぴっぴにおもら――」

「ダメだトモちゃん! そっから先の発言は禁ずる! 二人の名誉の為にも俺たちは今のシチュ(妄想)を頭に記録してはならない。OK?」

「りょっ。ってかエルっち、さすがに今のはやべぇよ。色んな意味で……」

「そっかな~ちゃんイオとルリぴっぴの笑顔ってホント守ってあげたくなるっていうか笑顔にしてあげたくなるっていうか……」

「ってかそれ議題から外れてるという事に気づけダボ。それは魅力のある笑顔であって涙ではナイ!」

「んっだよ~、ちゃんと涙流してんじゃねえか。何が悪いってんだよ!!」

「落ち着けエルっち。とりま、今のはいろいろとまずいのは分かるだろ? ちゃんイオとルリぴっぴにおもら――」

「だから! トモちゃんも落ち着け、二度言わせんじゃねえ! 今のシチュについてはもう発言を禁ずる」

「「りょっ!」」

 

 

 珍しくトモイがボケに回り、珍しくローアインが取りまとめることになった一幕であった。

 

 

 

 

「さて……MTGもいよいよ終盤。続きと行くぜ!」

「ハイ、ローアイン先生!」

「なんだね、トモイ君。発言を許可する」

「うわうぜ。とりま一つ確認したいことがあんだけどよ……そもそもヒトによって魅力のある涙は違うと思うわけだ」

「あ~確かに。キャタリナさんなら、そっと流すうれし涙的な?」

「う~ん、さっきのちゃんイオとルリぴっぴなら安心した時にふっと零れる涙的な?」

「そうそう、だから今回のMTGはどの涙が魅力的か。ではなく、その人にはどの涙が魅力的かを語るべきだと提言する!」

「了承。方針の変更を認める」

「感謝。発言を所望する」

「許可」

「なんかこの流れかっこいいな……とりま、まだ上がっていない人にスポット当ててこうぜ」

「ん~それなら、リーシャちゃん?」

 

「「悔し涙一択!」」

 

「あ、はい……んじゃ、ゼタちゃんは?」

 

「悔し涙/うれし涙だろ」

 

「おっと~意見が分かれたぞ~。とりまうれし涙派のローアインさんは何故でしょうか?」

「ゼタちゃんああ見えて、尽くすタイプ的な? 悔しそうな顔より笑顔が映えるタイプと見た」

「対して、悔し涙派のトモイさんはどうでしょう?」

「勝気な感じのゼタちゃんが素直に負けを認めて悔しそうにする感じがたまんねえ」

「なるほど~甲乙付け難い?」

「エルっち的にはどっち派よ。エルっちの賛成票でゼタちゃんの涙が決まる的な状況だけど」

「ん~俺的には……怒り涙派?」

「んっだよそれー。まったくもって意味ぷーなんですけど」

「なんで二択の流れで第三の解答持ってくんだっての。天邪鬼か!!」

「いやさぁ、この間のラビ島での話らしいんだけどさぁ。ゼタちゃんさ、敵のめちゃくちゃ痛い攻撃を涙流しながらも我慢して反撃したってさ。それ聞いて俺、カッケーな~って思ったから。ほら、かわいいだけじゃなくてかっこいいのも魅力の一つだろ?」

「なるほど、エルっちのくせに良い事言った……」

「エルっちのくせに割とまともなこと言った……」

 

「「ゼタちゃんモテメン過ぎ!!」」

 ※メンズではなくこの場合モテ面です

 

「さすがだなゼタちゃん。やっぱりセルグさんの嫁候補なだけあるわ」

「お? 待てよトモちゃん。それならリーシャちゃんだってかなりその線あんだろうが!」

「何言ってんだよ~命救われたヴィーラちゃんが本命だろ?」

「それなら、ジータダンチョだってそこはかとなくその線が」

「待て待てお前ら、とりま落ち着け。そもそもセルグさんには過去に愛した人が居て」

 

 

「フフフ、そうですね。確かに彼には過去に愛した人が居ますね。私達が彼に好意を持っているかはともかくとして……」

 

 おかしい、何故ここに女性のお声が聞こえるのだろうか。鍵は締めてあるし、皆すでに寝ているはず。

 

「シュヴァリエがすぐに開けてくれました。音もなく……ね。随分面白いお話をしているようですね」

「アハハ。ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたかな? 誰がモテメンですって!」

「悔し涙一択ですか。そう思われているのはそれこそ悔しいです」

 

 聞こえた声が三つに増える。もはや冷気さえ纏っていそうな声音に彼らの背を冷や汗がつたう。

 

「あの~とりまどこから……?」

 

「強いて言うなら、終盤から、ですかね」

 

 祈る余裕は与えん! そんな声が聞こえた気がして、彼らは死期を悟った。

 最後の一声を彼らは盛大にあげることになる。

 

「「「ス、スイマセソ~~~!!」」」

 

 

 男たちの長い悲鳴はグランサイファーに響き渡り続けた……




如何でしたでしょうか。
1から37はどこ行ったって?ねぇよそんなもん

感想でもイオちゃんとルリぴっぴには触れてはいけませんからね!

第二弾となったローアイン回
地の文はほとんど取っ払い会話でどんどん作りました。
台本感は半端ないですが、、、

それでは。クスリとでも笑って頂けたら幸いです。






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メインシナリオ 第28幕

始まりました、アマルティア編。

のっけからオリジナル感マックスです。といってもその出来事への流れがオリジナルって感じで
大筋見るとそんなにオリジナルにはならないのかも、、、

それでは、お楽しみください


 ――――アマルティア陥落

 

 

 グラン達がその報を聞いたのは翌日の事である。

 心持ち新たに、アマルティアへと出立しようとした矢先、艇にいるリーシャを見た団員が報告に来たのだ。

 恐らくはリーシャがグラン達と共に居ることはまだ伝わってなかったのだろう。アルビオンに駐在していた団員は驚きと焦りが入り混じった様子で出立しようとしたグランサイファーに駆け寄ってきた。

 一旦出立を取りやめ、グラン達は詳しい話を聞くべくアルビオンの支部へと赴いた。

 

 

「それでは、詳しく報告をお願いします。状況が分からないので時系列も踏まえて」

 

 真剣な面持ちでリーシャが促すと、団員も姿勢を正しはっきりとした口調で報告を始めた。

 

「はい。事が起きたのは四日前になります。時間はお昼を過ぎたころでした。エルステ帝国の戦艦一隻がアマルティアに襲来。モニカ船団長をはじめ各員は迎撃に出ましたが、敵の指揮官、エルステ帝国中将ガンダルヴァによって、船団長が敗北。船団長はそのまま囚われの身となり、各員は散り散りとなってしまったそうです。その日の内に拠点は陥落。帝国の手に落ちました」

 

「モニカさんが……負けた?」

 

「ガンダルヴァってあの」

 

 仲間達から俄かに声が上がる。今の報告だけで状況はとんでもないことは理解できたし急がなければいけないとも理解できた。

 

「皆さん落ち着いてください。まだ報告は終わっていません。続きをお願いします」

 

「は、はい!」

 

 僅かに浮足立った仲間達を制し、リーシャは報告を促す。ここで慌てて飛び出したところで……一分一秒が変わったところで事態の好転はあり得ない。むしろモニカが囚われている以上、頼みの綱は自分なのだと、リーシャは動き出そうと焦る心を律した。

 

「現在、アマルティア島はエルステ帝国の支配下にあります。島にいた各員は散発的なゲリラ戦を展開しておりますが状況は悪化の一途を辿っています。アマルティアからの応援要請によって各島の駐在部隊から戦力をかき集めておりますが、拠点の奪還は至難、という状況です」

 

 団員が報告を終えると、リーシャは黙考する。今伝えられた報告だけでわかる事はかなり少ない。それでももたらされた情報から大まかな推測を立てなければ、今後の動きは決まらない。リーシャは必死に状況を読んだ。

 

「――モニカさんが捕えられたのが四日前……ゲリラ戦を展開しているとはいえ、拠点はすべて掌握されていると思って良いでしょう。奪還は、確かに難しいですね……戦力が集まるまではどれくらいかかりますか?」

 

「早くても後二日はかかります」

 

 思わず顔を顰めてしまう。拠点を奪われてすでに四日……今すぐにでも動きたいという状況で動かせる戦力がないのは、取れる選択肢が大いに限られる。

 

「厳しいか……既に後手に回っている以上、すぐにでも動く必要があります。一隻という事から考えても、帝国に恐らく余裕は無いはず。前回の襲撃では二隻回しての襲撃だったんです。二度の失敗、二度目は増援も用意していたことからも、戦力を落とした今回の三度目は、戦力的に余裕のある襲撃ではないと思われます」

 

 アポロを抹殺するために行われた二度の襲撃。それと比較して戦力は一隻である事。一度目の失敗から二度目には増援を寄越してきた事から考えると。拠点を潰すために送られた三度目の襲撃は余裕のない襲撃とリーシャは読んだ。

 

「それは、確かにあり得そうだな……そもそも帝国が襲撃する理由はなんだ?」

 

「はっきりとはわかりません。ですが、前回の襲撃後、我々は帝国に対し強い抗議を行いました。にも拘らず三度目の襲撃……恐らく帝国は秩序の騎空団を完全に潰すつもりなのでしょう」

 

 アポロがいないアマルティアを襲撃する理由は、秩序の騎空団の壊滅しかありえない。裏に隠された目的があったとして、現状それを知る術はないし、考えても仕方ない。無駄な推測を捨て置き、思考を進める。

 

「状況としてはかなり不利ですね。恐らく島に近づくのですら困難な状況かと思われます。島を掌握されたという事は迎撃準備も万端でしょうから……お姉さま、エルステの戦艦の搭載火力はどの程度でしょうか?」

 

「具体的な数は私も覚えてはいないが、艦底の火砲四門。側面の火砲十は下らないだろう」

 

「恐らくアドヴェルサもあるはずです。それだけの数の火砲を掻い潜り島に接近しなければなりません。一隻とて大きな脅威です」

 

「その通りですね。恐らく普通に騎空艇で接近しては島にたどり着く前に落とされる可能性のほうが高い」

 

「それじゃ、どうするってんだ……」

 

 リーシャ、ヴィーラの状況予測を聞くと、島に近づくのですら絶望的に思えてきて、オイゲンが呻く。

 グランもジータも、こういった状況には口を挟めず、話を聞くだけに留まっていた。

 

「――難しいですが皆さんの協力があれば……」

 

 少しの間をおいて、リーシャは打開策が見えてきたのか、おずおずと話し始める。はっきりとしない物言いはどこか遠慮がちな様子に見え、ここでグランは初めて動いた。

 

「リーシャさん。僕達はまずアマルティアに行かなければならない。その為なら強力は惜しまないです」

 

「あ、えっと……その。とても危険なのですが」

 

 グランの言葉にリーシャは言いづらそうに、危険が伴うと告げるが、そんなこと今の彼らには関係ない。

 

「元々帝国を相手にしようってんだ。今さら危険がなんだってぇ話よ!」

 

「大丈夫です、リーシャさん。私達はどんな困難にも打ち勝って見せますから! それに、私たちは帝国に対して協力関係なはずです」

 

 先程まで呻いていたオイゲンも、黙っていたジータも強く答えた。仮に目的地がアマルティアでなくても、彼らに協力の是非はない。仲間として迎え入れたリーシャが苦境に立たされているのなら、それは自分達も共にしなくてはならない苦境だ。できることがあるのなら全てやる。その決意の想いを以て彼らはリーシャを見据える。

 

「――はぁ、本来であれば無関係な貴方達を巻き込みたくはないのですが。どうせ気にしないんですよね……申し訳ありませんが、力を貸してください」

 

 わかってはいたが、こうして目の前で頼もしい姿を見せられると、つまらないことを気にしている自分がバカに思えてリーシャは呆れたように納得する。続いて力強い声音で彼女は助力を申し出るのだった。

 

 

 

 部屋を変えて会議室へと通された一行は団員達も交えて今後の作戦会議を始める。

 

「まずは秩序の騎空団で小型の高速艇を二艇用意します。操舵士はもちろん、ラカムさん、オイゲンさん。お二人にお願いします」

 

「ほぅ、小型のか……」

 

「大丈夫ですか?」

 

 小さく呟くオイゲンにリーシャは心配そうに声をかけるが、それに答えるのはラカムだった。

 

「グランサイファーに比べりゃ朝飯前だな」

 

 ラカムは十代半ばから商船の操舵士として活躍を始めている。グランサイファーは中型だが大型も当然経験はあるし、小型など練習として何度乗ったかわからないくらいである。

 ましてやラカムより経歴の長いオイゲンは言わずもがな。

 

「あぁ、任せときな!」

 

 二人の答えは簡単すぎてあくびが出ると言いたげな程、自信のある答えだった。

 

「お願いします。私達は二手に分かれてそれぞれにアマルティアに向かいます。戦艦の砲撃はすべて、お二人の腕で躱してください。ゆっくりと降り立つ余裕は無いでしょう……砲撃を上手く躱しながら周囲の森の近くに着陸してください」

 

「おいおい、無茶を言ってくれるぜ。森なんて障害物だらけで着陸には一番避ける場所だぜ」

 

「周囲に何もないところに降りてはすぐに囲まれる可能性があります。すぐに身を隠すためにも障害物の多い森の近くに降りるのは必須になります。島に着いたらまずは現地の団員と合流し状況を把握。そして、敵の防御を掻い潜り、ガンダルヴァを倒します」

 

「うわ~着陸プランも島についてからのプランも雑ぅ~」

 

「し、仕方ないじゃないですか!? 現状動けるのは私達だけですし、島の状況も詳しくわからないのでは……」

 

 雑――リーシャの計画はその一言に尽きた。島に降りるまでの手段ですらすでにリスキーである上に、着いてからも恐らく独自の判断での動きが多くなってくるだろう。

 思わず上げたイオの感想にリーシャは慌てた様子で口を開く。

 

「アッハッハ! 良いんじゃない。臨機応変って事でしょ。その方が私達らしいわよ」

 

「ヘヘ、ゼタの言うとおりだぜ! それに兵士なんかじゃグラン達は止められねえからな」

 

「少数精鋭で懐に入っての電撃作戦か……全く大人しい顔してなかなかとんでもないプランを考えるじゃないか」

 

「カ、カタリナさん! 大人しい顔ってなんですか!? 私は別に普通ですよ!」

 

 先ほどまで凛々しい船団長補佐の顔をしていたリーシャの仮面が、仲間たちによって瞬く間に剝がされる。

 目の前で180度ひっくり返ったような表情の変化を見せたリーシャに、その場にいた団員たちは目を丸くした。

 

「え~っと、そのリーシャ船団長?」

 

「あっ!? 気にしないでください。これはいつもの事なので。というか忘れてください! それから今の私は船団長補佐です」

 

「そ、そうでした。すいません」

 

「いえ、それではすぐに小型艇の用意をお願いします。アマルティアの状況次第では援軍の要請を出しますので戦力はできる限り早く用意できるように尽力してください」

 

「ハッ! 承りました!」

 

 リーシャの指示に敬礼と共に団員たちが一斉に動き出す。これだけを見れば立派な船団長補佐だということがわかる光景だろう。きびきびと動いていく団員たちを見て、ルリアは感心したように声を上げる。

 

「はわ~こうやって見ると、リーシャさん本当にかっこいいですね!」

 

「おいおいルリア、それってつまり普段はかっこよく見えないって言ってるようなもんだぞ……」

 

「へっ!? いえ、ち、違いますよ!? 私はそんな普段は大人なのに慌ててばかりでかわいいとか思ってないです!!」

 

「そ、そうですか……慌ててばかり……ですか」

 

 隠し事が下手すぎるルリアの、本音を聞いてしまい、リーシャはズゥンと擬音を漂わせながら会議室の床に四肢を着く。

 

「ドンマイ、リーシャ」

 

「うぅ、オルキスさんの優しさが目に沁みます」

 

 落ち着いたオルキスの声と言葉にリーシャは少しだけ元気をもらった気がして立ち上がる。

 

「あ、あの~リーシャ船団長補佐……」

 

「ハッ、っと何でもありません。気にしないでください」

 

 またも団員の声に慌てて、船団長補佐に戻るとリーシャは引き続き状況把握と指示に回った。

 

「なんていうか、ルリアの言ってることって的を射ているわよね……」

 

「確かに……よく見ていると思う」

 

 イオとオルキスはそんなリーシャを見て、ルリアの本音はよくリーシャという人を捉えていると感じた。団員たちの前では立派な船団長補佐になれるのに、ただのリーシャとして過ごした騎空団の空気に入ると妙に慌てていることが多い。

 

「フフ、オルキスちゃんもルリアの事をよく見てあげたらどう? きっと色んなところが見えてくると思うよ」

 

「色んなところ……食いしん坊?」

 

「うっ……それはそうかもしれないけど」

 

「あとは、怖がり」

 

「そうだね、よく見てる。他には?」

 

「夜にこっそりおやつ食べてた」

 

「えっ?」

 

 オルキスの証言に聞き捨てならない内容の話があって、ジータの眉がピクリと動く。すぐさまオルキスを問い詰めたジータはその後鬼の形相となってルリアへと向かった。

 

「ル~リ~ア~!」

 

「ジ、ジータ? 何がどうしてそんな怖い顔になってしまったんですか」

 

「オルキスちゃんから聞いたのよ。また夜におやつ食べてたんですって? あれほど! 太るからやめなさいって言ったのに!!」

 

「ひぇええ~グラン!! 助けてください!!」

 

 美しいよりは、可愛らしいのほうが強いジータの表情が、あまりにも恐ろしい貌となっており、色々と危険を感じたルリアはグランの後ろに隠れた。グランを盾にしてこっそりとジータの様子を伺うが……

 

「ジータ!? こんな時に何をしているんだ! 今は大事な」

 

「どいてグラン!? こっちも大事な話なの!! ルリア、コラっ、まちなさい!!」

 

 一瞬のスキをついて、ルリアが逃走。すかさずジータは追いかける。支部の中を走り回り始まった追いかけっこに秩序の騎空団は大騒ぎとなり、この後、二人はこっぴどく怒られることになるのだが、それはまた別のお話。

 

「……本当に大丈夫なのかなぁ」

 

 会議室に残っていた団員の一人がつぶやいた声が、支部全体に広まったのもまた、別のお話……

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 ボロボロとなった家屋の一つ。まだ崩れてはいない民家の中でセルグはベッドに横たわっていた。

 

「セルグ、調子はどうじゃ?」

 

 横たわって天井を見つめていたセルグの元にしわがれた老人の声が届く。

 視線を向ければ、セルグを第四庁舎から連れ出した老人がいた。腰には二本の剣。よれた外套と目深にかぶった帽子が特徴的な風来の剣士。

 

「大分良くなった。感謝してるよ、アレーティア」

 

 老人、アレーティアにセルグは小さく笑って返した。

 第四庁舎を脱出した二人は帝国の目を搔い潜り、この民家に身を潜め既に三日が経っていた。

 

「外の状況は?」

 

「まだ、抵抗は続いている。かなり小規模にはなってきておるがの」

 

「そうか……そろそろここもまずいだろうな」

 

「もう動けるかのう?」

 

「問題ない。ある程度なら戦えるくらいには回復した。モニカの様子も気がかりだ。秩序の騎空団と合流しよう」

 

「当てはあるのか?」

 

「優秀な相棒がいるからな。道中見つからなければ、場所については問題ない」

 

「ほっほぅ。それならば行くとしようかのう」

 

「あぁ」

 

 静かに荷物と天ノ羽斬を持つと、セルグはアレーティアと一緒に民家を後にした。

 

 

 アマルティアの街並みはすでに崩壊していた。

 潜伏している秩序の騎空団をあぶりだすために幾度となく行われた砲撃。先ほどまでセルグとアレーティアがいたような形を保ったままの民家はかなり稀であった。

 瓦礫だらけとなった街並みの中、セルグとアレーティアは帝国兵士に見つからないよう慎重に進んでいた。

 

「なぁ、アレーティア」

 

「む? なんじゃ」

 

「なぜ、オレを助けてくれたんだ? わざわざ帝国を敵に回したせいでこんな逃げ回る羽目になって……」

 

 自分を助けるためにこんな状況に巻き込んでしまったことを心苦しく思いセルグはアレーティアへと問いかける。

 助ける理由などあるはずがないのに、なぜ助けたのだと。

 

「フォッフォ、お主が気に入ったから……ではダメかのう?」

 

「納得はできないな。あの状況で気に入るも何もないだろう」

 

「何を言うか。お主はあの女子(おなご)を助けるために飛び込んできたのじゃろう? それだけで儂が動くには十分じゃよ。お主の怒り様。あれを見ればどれほどお主があの女子を大切に思っておるのかわかるというものじゃ」

 

「……別にそういうわけでは」

 

「照れるでない。若い者の特権じゃ。好いた惚れたは若い内に楽しまんといかんぞ」

 

「だから、そういうわけじゃ」

 

「ホレ、静かにせんか。見つかるぞ」

 

「くっ、隠れ家着いたら覚えてろ」

 

 思う存分話せる状況になったらしっかり誤解を解こうと固く誓うセルグは、そのままヴェリウスの思念を元に秩序の騎空団の隠れ家へと急いだ。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 秩序の騎空団によって小型の騎空挺が用意され、一行は再び会議室へ集まっていた。

 

「それでは、確認しますね。ラカムさんを操舵士としたグループにはグランさん、カタリナさん、ルリアさん、オルキスさん。それから私が乗り込みます」

 

「こちらはオイゲンさんを操舵士にゼタさん、ヴィーラさん、イオちゃん、私。それから一応ビィって感じですね」

 

 リーシャとジータを中心にそれぞれのグループが集まり、互いの顔を見合わせる。

 

「こちらは私が、そちらはジータさんが指揮を執ってください。島に着くまではまず無事にたどり着くことを最優先です。島に到着次第、第四庁舎より一番遠いこの地点の隠れ家に集結します」

 

 リーシャがアマルティアの地図を指し示す。第四庁舎から一番離れたところにある小屋と思わしき場所が合流地点のようだ。

 

「ここであれば残留している団員達もいるかもしれない。もしいなければ、今は使われていない昔の隠れ家なども探します。拠点の攻略の前に状況把握が先であることを念頭に入れておいてください」

 

 現場につけば合流するまで連絡は取れない。あらかじめ確認できることはしっかりと確認しておく必要がある。一行は戦闘の役割も含めて確認を怠らなかった。

 

「わかりました。ゼタさん、ヴィーラさん。私は今回現地の団員さんの治療も考えビショップで行きます。前衛はお二人に任せっきりになってしまいますのでよろしくお願いします。イオちゃんは周囲をよく確認しながら、二人の援護をお願いね」

 

「リーシャさん。僕はウェポンマスターで前にでます。カタリナにはルリアを守ってもらわないといけないし、オイゲンは後衛。前衛は僕一人で押し切るから、リーシャさんは中衛でその場の状況把握と指示に集中してください」

 

「それは頼もしいのですが……お一人で大丈夫ですか?」

 

「打ち漏らしは出るかもしれないけど、突破するのなら、一人で十分です。任せてください」

 

 自信ありの表情で見据えてくるグランに、リーシャはそれ以上疑問を抱くことはない。やるといったらやる。それができる実力があることはよくわかっているのだ。

 

「それでは、行きましょう。皆さん。現地で必ず合流しましょう」

 

「はい!」

 

 声を揃えて返事をすると皆それぞれに小型艇に乗り込む。最初から命のかかった作戦に緊張感が漂う中、二艇の騎空挺は一行を乗せ空へ飛び出した。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 アマルティアの空を砲弾が飛び交う。

 次々と戦艦から放たれる砲撃。地上からはアドヴェルサが砲撃を放ち、硝煙が漂う中、一行を乗せた小型艇はその中を縫うように駆け抜けていく。

 

「うっひゃーー!! なんて勢いだっての」

 

「ラカム!! なんで少し嬉しそうなんだよ!?」

 

「当たり前だろ! こんだけ難易度の高い航行、人生で一度あるかないかだ。しっかり楽しませてもらうぜ。っつーわけで、ちょいとマジになるから舌噛まねえように口閉じてろよ!!」

 

 ラカムが口を閉じた瞬間、ラカムの表情がガラリと変わる。狙撃をするときのように鋭い目つきとなり、硝煙の漂い方から風を、手に握る舵から艇の挙動を把握。次の瞬間には紙一重で砲弾を躱し、小型艇は急速に速度を上げる。尾翼の小さな動きが、風を捉え、舵の重さから細かく小型艇の姿勢を調整。瞬きもしない極限の集中の中、砲弾の嵐を避けて、ラカムは小型艇をアマルティアへと向ける。

 

「ぐっ、このぉお!!」

 

 再度すれすれを過ぎていく砲弾に後ろに乗る仲間たちがゴクリと唾をのみ込んだ気配がした。それでも、速度を抑えることはしない。

 高速艇ともなればその速さは戦艦の砲手とて簡単に追い切れる速度ではない。ましてや島に接近すればするほど、その動きは捉えにくくなるだろう。

 であるならまともに狙われているここを抜ければ、砲撃は一先ず潜り抜けられるのだ。

 張り詰めた神経をギリギリの綱渡りをしているような気分でつなぎ留め、ラカムは舵を握る手と視界に入る情報に意識を集中し続けた。

 

「――――抜けた!! 着陸するぞお前ら! しっかりつかまってろ!!」

 

 数舜。砲撃の嵐が途切れた瞬間に、ラカムは抜けられたことを確信しさらに速度を上げる。地面があっという間に近づいてきて仲間たちの顔から血の気が引く中ラカムはギリギリのタイミングで騎空挺の船首を上げ、地面に胴体着陸。ゆっくりと着陸する余裕は無いというリーシャの言葉に忠実に従い墜落に近い勢いでアマルティアへと着陸した。

 

 

 

「ラカムは行ったか……こっちも行くぞ。舌ぁ噛まねえように気をつけろよ!!」

 

「オイゲンさん! 信じてますから!!」

 

「おうよ! 任せとけ」

 

 ラカムが動き出すのと同時にオイゲンも動き出していた。ラカムとは違い、オイゲンは戦艦の砲門の向き、地上からのアドヴェルサからの砲撃を正確に把握し、できる限り狙いにくいところへとフラフラ飛んでいく。

 遠回りに見えるその航行はしかし、最も安全なコースを行く動きであり、狙いにくいオイゲンの艇よりもラカムの艇に砲撃が集中していく。

 

「お~お~、ラカムもやるじゃねえか。んじゃ俺も負けてられねえな!」

 

 オイゲンは次々と修正舵を取り、小型艇を巧みに操る。ラカムが砲弾の隙間を縫うように最短ルートを行くような動きなら、オイゲンは砲弾の嵐を読み切り確実に斜線を躱す堅実な動きだった。砲手が驚くようなトリッキーな動きで狙いをつけさせず着実にアマルティアへと近づく小型艇は島に近づいたところで、一気に減速。島の下側から回り込んだ小型艇は砲撃の射線を取らせないまま、森の中へとゆっくり着陸した。

 

 

それぞれ別の地点に降り立ったグラン達。

周囲を警戒しながら小型艇を降りればそこにはやはり、帝国の兵士が集まってくる。

完全に取り囲まれる前に方位を突破し、さらには振り切らなくては隠れ家には向かえない。すぐさま全力の戦闘モードに切り替わったグランとジータは、別の場所にいながら声を揃えた。

 

「よし……行くぞ!!」

「さぁ……行きましょう!!」

 

 アマルティアへと降り立った一行は、予定通りに森の中を駆けだした。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「もうすぐだ……この先の小屋が、秩序の騎空団の隠れ家らしい」

 

 セルグの案内で(正確にはヴェリウスの思念によるものだが)二人は秩序の騎空団の隠れ家の付近まで来ていた。

 道中何度か兵士に見つかることもあったが、増援も伝令も呼べぬままあっけなく二人に沈黙させられ、特に問題もなくここまで来たセルグは尾行されていないかも含め周囲の様子を確認しながら足を進める。

 

「それにしても先の砲撃音……何あったのかのう?」

 

 数十分程前、空を多数の砲撃音が覆った。帝国兵士が気を取られて空を見上げてるのをこれ幸いと二人は巡回中の兵士の間をすり抜けていたのだが、既にあぶりだしの砲撃はもうやり切ってるはず。何が目的の砲撃かはわからなかった。

 

「可能性としては、秩序の騎空団の増援が来たから迎撃に撃ってたってとこか……?」

 

「ううむ、それで自体が好転するとは思えんがのう……」

 

「リーシャが居ない今。モニカも動けない秩序の騎空団に勝ち目はない。多少の増援程度では砲撃もそうだが、ガンダルヴァを倒せない。状況は完全に手詰まりだろうな……」

 

「お主が本調子まで戻ればどうなのだ?」

 

 アレーティアがセルグに問いかける。

 数日体を休め、大分傷は癒えてきたものの、それでもセルグの体は全快とまではいかない。回復を待てば勝てる可能性はあるのではとアレーティアは考えた。

 

「厳しいな……傷は癒えているが本調子には程遠い。というよりはある程度以上の回復が見込めないといった状況だ」

 

 手を握りながら感触を確かめるセルグの調子は良くない……というよりは融合の反動が消えないのだ。傷は消えた。体を襲う鈍痛は消え、体を動かすのは問題無い。だが、融合によって体に残った疲労が消えていなかった。力を入れようと本調子の半分程度しか力が入らない。

 最深融合の反動か、それとも反動があるのに無理して戦ったからか。理由は定かではないが、セルグは今、培って来た剣技だけで戦うような状態であった。

 

「せめて、グランとジータでもいれば勝てる見込みもありそうだが……っていうかアレーティア。お前でもあいつには勝てないのか?」

 

「老人にあんなのを相手にしろとはお主はなかなかひどい奴じゃのぅ」

 

「まぁそりゃあ、あの状況でオレを抱えて逃げ切れるなら期待もするだろう」

 

「残念じゃが、あやつが相手では厳しいのは儂も同じじゃ。お主がいう通り、せめてグランやジータが居れば何とかなるかもしれんが」

 

「ん? 待て待て。グランとジータを知ってるのか?」

 

「ううむ。儂としてはお主が知っていることに驚きじゃ」

 

 拠点ももう目の前に見えてくるだろうというところでセルグは足を止める。

 何気なくアレーティアから出てきた名前に驚きを示し、セルグは詳しく話を聞こうとしたところで、その場に驚きの声が上がった。

 

「まさか……セルグ!?」

 

「もしかして、アレーティアさん!?」

 

 セルグを呼んだのはグラン。

 逆の方からはジータがアレーティアを呼んでいた。

 

「お前たち……何でここに」

 

「ホッホッホ、これは面白いことになってきたのう」

 

 アマルティアにこの日、反撃の狼煙が上がるのだった……

 

 




如何でしたでしょうか。

さぁ、名前も出ました新キャラ。アレーティアさんです。
次回にはキャラ背景が出てくると思うのでここでは割愛。

団員が増えてグラン達は喜び、作者は戦慄しております(ビィとルリあの影がまた薄くなりそうです
最近出番の薄かった操舵士二人には今回見せ場をつくったぁ!って気分でしたが如何でしたか?
かっこいい二人になってたら嬉しいですね。

それではこの後の展開にもご期待下さい。

お楽しみ頂けたら幸いです。


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メインシナリオ 第29幕

調子よく連続投稿

ですが今回もご注意をお願いします。
色々と作者は危険な香りを感じております。
書きたかった展開ではあるんですけど、読者の反応がかなり気になる29幕
伝えたいことがごちゃごちゃになっているかもしれませんが
どうぞお楽しみください。


「こちらです!!」

 

 慌てた様子で団員に案内され、一行は秩序の騎空団の隠れ家となる小屋へと来ていた。

 入口を通され、すぐさまに奥に通されたグラン達の目の前には

 

「モニカ……さん」

 

 まるで死んだように眠るモニカの姿があった。

 

「我々の中には治療の魔法をできるものがおりませんでした。せいぜいが鎮痛剤を打つ程度……はじめは意識を取り戻すこともあったのですが昨日から目を覚ましておりません……」

 

「男性陣は出て行ってください。イオちゃん、カタリナ。手伝ってもらえますか」

 

 ジータはすぐさま動く。ジータの言葉に男性陣が部屋を出ていく中、モニカの胸部にまかれた包帯を切り、上半身を露出させると診察を開始した。

 

「腹部は……まだ大丈夫そう。問題は……」

 

 歪に浮き上がる肋骨。それがあまりにも痛々しくて、イオが思わず目をそらす。

 

「イオちゃんは腹部のヒールに集中してて。私はリヴァイブで胸の方を治癒するから」

 

 イオの様子もあるが、胸部の方が重症であることがすぐにわかり、ジータはリヴァイブで胸部を。イオがヒールで腹部の治療に入る。

 

「カタリナ、内部の損傷がひどいから、グランにいってポーションも用意してもらってきてください」

 

「わかった。すぐに持ってくる」

 

 治療魔法で、損傷した部分が治っていく感覚に、時折モニカの表情が動くが、大きな問題はなさそうであった。死にかけの状態であるモニカが静かで安定した寝息を立てるまで、二人の治癒魔法は幾度となく続けられる。

 カタリナが持ってきたポーションの効果もあり、モニカの容態はその日の内に安定するまでには回復するのであった。

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 部屋を締め出されたグラン達は、互いに状況の確認をし合う。

 

 アルビオンから駆け付けたグラン達。

 ゲリラ戦を続けていた秩序の騎空団一行。

 潜伏し、動き出す機会を伺っていたセルグとアレーティア。

 

 示し合わせたようにここに集ったことに驚きながらも、彼らはすぐに情報交換を始める。

 

「まずは、状況を確認しましょう。皆さん、現在のアマルティアの戦況は?」

 

 リーシャが口火を切る。先ほど通された部屋で見たモニカの無残な姿に大きなショックを受けていたものの、今の彼女にモニカへできることはない。焦燥に押しつぶされそうな心を紛らすように彼女は小野がやるべきことに没頭する。

 

「ガンダルヴァは第四庁舎を拠点とし、島の各地に鎮圧部隊を送っています。我々は一番遠く見つかりにくいであろうここを最終的な拠点として動いておりました」

 

「これまでの被害は?」

 

「残っているのはモニカ船団長麾下の部隊が10名。その他、警備部隊の生き残りが15名。偵察部隊として動いているのが8名です」

 

「ボロボロ……ですね」

 

 決して状況は良くないことがわかるリーシャの表情に報告した団員も静かに俯いた。

 

「申し訳ありません」

 

「いえ、謝ることはありません。皆さんはモニカさんを守り通してくれた。全滅を免れ、こうして残っていてくれた事を私は嬉しく思います……この状況は、島を離れていた私の責任です」

 

「そんな!? リーシャ船団長補佐の責任では!!」

 

「落ち着いてください。私が来た以上、ここから何としても好転させて見せます」

 

 責任を感じるリーシャを団員がたしなめようとするが、それより早くリーシャは毅然とした表情でグラン達へと向き直る。

 

「力を……貸してください。皆さんの力を……秩序の騎空団を、取り戻すために」

 

 真摯に言葉を紡ぐリーシャにグラン達は頷く。状況はすこぶる悪い。拠点は取られ、戦力は少なく、歴戦の勇士たるモニカは動けない。だがそれでも、グラン達に負ける気はなかった

 

「任せてくれ。そろそろ帝国にも痛い目を見てもらわないと、僕らも面白くないしね」

 

「あの嬢ちゃんの姿を見て火がつかなきゃ男じゃねえってもんだな……」

 

「フフ! 私一回だけやってみたかったんだよね。多勢に無勢をひっくり返す戦いってやつを」

 

「へ~面白そうですね。ゼタ、私も混ぜていただけますか? 帝国の所業には怒りも一入。きついお灸は必要です」

 

 気負いも不安もない彼らの表情に、リーシャは心底救われる。状況は絶望的であるのに、彼らと一緒であればどうにでもなる。そんな漠然とした確信が湧きあがってきて、思わず微笑んだ。

 

「えっとさ、とりあえずなんだけど……セルグは良いとして、そこのお爺さんはどちらさん? ジータが名前を呼んでいるってことはグランも多分知ってるのよね?」

 

 決意もそこそこに、ゼタは燻っていた疑問をぶつける。この場で唯一知らない人物。それはセルグの隣にいるアレーティアだ。

 

「あ、そっか。アレーティアが離れてから、ゼタとセルグは来たもんね……この人はアレーティア。剣の賢者と呼ばれるほどの剣の達人だ。個人的な用事ってことでしばらく離れていたんだ。僕もここにいることは予想外すぎて驚いたけど……」

 

「久しいのぅ、グラン。他の皆も元気そうで何よりじゃ」

 

 剣の賢者アレーティア。剣だけを持ち、苦難から人々を守り続けたその者を人々はこう呼んだ。

 剣の道を目指すものなら一度は聞くことがあろう勇名となった剣の賢者の名は噂が噂を呼ぶ形で話を広げ、世に広まる。

 剣聖。生ける伝説。それらの呼び名をも手に入れたその剣の賢者こそが、今目の前にいるアレーティアである。

 

「それで、なぜここに? 用事っていうのは終わったの?」

 

 グランの問いに静かにアレーティアは目を伏せる。しかしすぐに細く目を開けると、小さく笑いながらやさしく答えた。

 

「終わった……というよりは終わっていたという方が正しいのぅ。そうして一人でいたところで少し秩序の騎空団に厄介になっておってな。そしたら今回の襲撃でいつの間にやら牢に放り込まれ、そこのセルグが飛び込んできたので一緒に逃げたといったところじゃ。いやはや、まさかセルグがお主たちの仲間であったとは思わなんだ」

 

 ちらりと寂しそうな雰囲気が垣間見えたが、すぐにアレーティアは朗らかに笑う。

 

「それはこっちもだ。まさかグラン達が言ってた、艇を離れている団員なんてのにたまたま会うとは思ってもみなかった。ましてや剣の賢者アレーティアが仲間だなんて。グラン達の人脈の広さには驚かされる」

 

「いや、別に僕らもたまたまアレーティアとは会ったってだけなんだけどね……それでセルグは何でここに? いきなり牢に飛び込んできたって話だけど?」

 

「オレは……一先ず情報を得ようとモニカに頼みにな……記憶を取り戻す星晶獣について文献でもなんでもいいから手がかりが欲しかったんだ。だが、ヴェリウスと来てみればこんな状態で。一先ず団員から話を聞けば、モニカが捕らえられてるってんで助けに……まぁ、本調子じゃないってのもあって、助けられはしたが、見事に返り討ちにあってきた」

 

 あっけらかんと話すセルグだが、その事実にグラン達は瞠目する。セルグが負けたというのは彼らからしたらとんでもない事実であった。アルビオンでの語り合い。その中でセルグの強さを改めて認識したのだ。ましてやアレーティアもいて逃げ帰ってきたというのだから、この事実は彼らの不安をあおるには十分であろう。

 

「あ~驚いているところ悪いが別にガンダルヴァが滅茶苦茶強くなってるとかじゃないからな。確かに多少は強くなってるだろうが、オレが弱かっただけだよ」

 

「セルグが弱いって……」

 

「悪いが今のオレはまともに戦えない。傷は全て癒えている。だが、融合の反動で残った疲労感が消えていない。一応徐々に良くはなってきているが、完全に元に戻るまでどのくらいかかるかわからない」

 

「それって、ヒールとかでは何とかならないの?」

 

「ポーションは試したから望み薄だな。一応後でジータには頼んでみるつもりだが……」

 

「そっか。まぁ、せっかくだしゆっくりしててくれよ。まともに戦えないんじゃ無茶することすらできないだろう」

 

 皮肉交じりにグランが言うと、セルグの視線が少しだけ鋭くなる。

 

「それはできねえよ。お前たちがいる以上少なくともオレは離れていた方がいいだろ。今日中にでもここを離れてどこかに潜んでいるさ」

 

 ルリアの近くにいてはまずいと彼らの元を離れたのにここで一緒に留まって一緒に戦って居ては意味がない。

 セルグの懸念は当然だが、アルビオンでの一幕のあとで今更それを良しとするグラン達でもない。

 彼らの胸に言葉が浮かぶのは同時。

 

「セルグ(さん)!!」

 

 仲間たちの声が重なった。

 

「そんな状態でルリアを襲えるっていうならやってみて御覧。今なら積年の恨みを乗せて返り討ちにしてあげるから」

 

「お前さんがどうなるかわかんねえってんなら、俺たちがいつでもふん縛る用意をしといてやらぁ」

 

「ルーマシーでは遅れをとりましたが、私とて。そうそう簡単に負ける気はありませんよ」

 

「グランのいう通りです!! 私もオルキスちゃんも、今度襲ってきたら返り討ちにしてあげます!!」

 

「セルグ……任せて」

 

「皆セルグの事逆にぶっ飛ばしそうで怖いわね……あ! 安心してセルグ。今日から私がきっちり監視しててあげるから」

 

「あら、ゼタ、きっちり監視ということはまさか夜もセルグさんと……これは面白くなりそうで」

 

「ヴィ、ヴィーラ~ちょぉっと向こうでお話ししましょうか」

 

「フフフ、冗談ですわゼタ。ですが、女の子としてもう少し余裕がなくてはセルグさんは落とせませんよ」

 

「ッ!? ヴィーラ~~~!!」

 

「失礼。口が過ぎましたか」

 

 なんだか少しおかしいのもあった気がしたが皆の思いは一つだった。

 

「わかったかセルグ? そんな状態で詰まらねえこと言って一人になる必要はねぇってことだ」

 

 態々離れようとするセルグをグラン達が素直に送り出すはずがない。ヴィーラからセルグの事を聞いた仲間達が彼を一人にするはずがない。

 完全に逃がす気のない仲間たちの言葉にセルグは観念する。確かに彼らのいう通り、今自分が暴走したところでできることなどたかが知れているだろう。

 決して楽観視してるわけではなく、そうだと感じるには十分すぎるほど彼らの決意が伝わったのだ。

 

「あ~なんだか、色々あったようだな。特にゼタとヴィーラの間には。……すまないな皆。迷惑をかける」

 

「ちげぇだろって。こういう時の言葉は一つだろうが!」

 

 オイゲンがバシッとセルグを叩く。痛みに僅かに顔を歪めたがセルグは言わんとしていることを理解し、照れくさそうに口を開いた。

 

「その、ありがとな。みんな」

 

 彼らしからぬ照れた表情に皆が固まる。これまでにセルグがこんな顔をしたことがあっただろうか。嫌、ない。

 そもそも彼は言い淀むタイプではなく言おうと思ったときははっきりと言うタイプだ。珍しすぎるセルグの表情に仲間たちはここぞとばかりにからかい始める。

 

「あれ~もしかして照れてる~?」

 

「へへ、セルグもそういうとこあんだな。今までそんな姿見たことなかったからびっくりしたぜ!」

 

「儂などずっと険しい顔しか見てなかった気がするのう。ふぉっふぉ、存外いい顔をするじゃないか」

 

「う、うっせぇな! 寄ってたかって人を笑いもんにすんじゃねえよ」

 

「フフ、面白いものを見せてもらいました。これでしばらくはセルグさんに反撃ができそうです……それでは皆さん!」

 

 和気あいあいといったムードになったのを律してリーシャはまた真剣な表情に戻る。話はそれたが現在は今後の行動を決めるべき話し合いの場だ。笑ってばかりはいられない。

 

「今後の動きを決めたいと思います。私たちの目標は、拠点アマルティアの奪還。懸念事項は圧倒的な戦力の差と敵の指揮官ガンダルヴァの二つです」

 

「まともにぶつかり合っては厳しいと思う。こっちは少数精鋭の域を出ない。恐らくは魔晶兵士も用意しているはずだ。耐久力の高い魔晶兵士に時間を取られればすぐに囲まれて全滅する」

 

「そうですね……となると指揮官であるガンダルヴァを真っ先に倒す流れが必要になってくる。正直なところ皆さんの実力があれば、兵士はいくらいようと脅威ではないと考えます。となると、戦況を覆すカードであるガンダルヴァをどう釣り上げるか……ここが焦点になるかと」

 

「だが、向こうは戦力十分でなおかつ迎え撃っていれば済む話だろう? 陽動をかけようが何だろうが動く気はないんじゃねえか?」

 

 オイゲンが疑問を呈する。戦力差は歴然。さらに彼らの目的である拠点の奪還はガンダルヴァにも当然察知されている。陽動をかけようが何しようが、出てきてもらえなければその時点で詰みなのではないかと。オイゲンの疑問にグラン達も同じように難色を示す。

 だが、それをセルグが否定した。

 

「それはないな。現状では確かに秩序の騎空団が負けている。だがそれでもこの騎空団は空域を跨ぐ超巨大組織だ。ファータ・グランデの各島どころか、各空域にまで組織を広げている秩序の騎空団を相手に現状のままではいずれ増援を回されて奪還されるだろう。帝国としては早くこの拠点を完全に占拠し、軍備の増強をしなくてはこの侵攻が無意味になるわけだ。だからこそ、島の各所に砲撃をばらまき、残っていた部隊をあぶり出していた」

 

「はい。私たちも帝国も決して余裕があるわけではありません。向こうは早くこちらを殲滅したい。こちらはこの状況を打破しなくてはいずれ全滅してしまいます。帝国とて増援の余裕ができれば送ってくるでしょう……互いに時間との勝負になってきます」

 

 帝国としてもこの状況は良くない。時間をかければいずれ出てくるのだ。秩序の騎空団を率いる最強の騎空士……碧の騎士ヴァルフリートが。そうなれば帝国側に勝ち目はない。逆に秩序の騎空団側としては何としてもここを耐えしのがなければならない。

 完全に島を奪われては帝国の思うがままにアマルティアを使われるであろう。それはヴァルフリートが動き出したときに大きな障害となるかもしれないのだ。

 アマルティアの行く末は今この時の彼らに委ねられていた。

 

「そうなるとモニカさんの回復を待つのは悪手になりますね。できるのであれば我々がこの島に入ったこの時が一番のタイミングでしょうか。時間をおけば増援を呼ばれる可能性があるのでは」

 

「待ってヴィーラ。アルビオンで聞いた話じゃ各島からの増援が用意できるのもあと二日でしょ? 時間をおけばその分セルグやモニカさんも回復するかもしれない。一概に待つのが悪手とも限らないよ」

 

「でもよぉ、もう四日も前から奪われてんだろ? 増援なんてとっくに呼んでるんじゃねえか? あと二日待ってる間に増援が来ちまうことだってあり得るじゃねえか」

 

「ううむ……難しい状況じゃのう。賢者と呼ばれた儂でもこれは答えの出さない展開じゃぞい」

 

 ヴィーラもゼタも、なぜかビィも加わり、さらにはアレーティアも頭を悩ませた。それほどまでに事態の予測は難しい。

 全員が頭を悩ませる中、リーシャは静かに思考を回していた。

 

「(恐らく待ってる余裕は無い。アマルティアと帝国首都”アガスティア”の距離はそこまで遠くない。更には、向こうは本国一か所からの増援だけどこちらはかき集めての増援。報告でも”早くて”二日と言っていた。遅れる可能性だって大いにあり得る。であるなら……)」

 

 リーシャは脳裏に巡る考えがまとまると目を開いた。

 

「――セルグさん。ここにいる皆さんの中でガンダルヴァに対抗出来得るのは?」

 

 リーシャの問いに一行は静まり返り、セルグを見つめる。唯一本気でガンダルヴァと戦ったセルグ。少なくともある程度の信憑性は得られているだろう。

 

「一対一で戦うのは不可能だと思うべきだな……ヴィーラ、アルビオンで使ったシュヴァリエのチカラは使えるか?」

 

「――申し訳ありませんが、シュヴァリエの昇華はあそこにシュヴァリエの加護があるからできたこと。アマルティアではこれまで通りのチカラしか振るえません」

 

 求められるチカラを出せないことにヴィーラが少しだけ申し訳なさそうに目を伏せる。だが、問いかけたセルグはそれに気にした素振りを見せず、少しだけ明るい口調で返す。

 

「そうか、まぁ正直もう止められる気がしないからお勧めする気はなかったさ。現状では三対一が無難だな。天星器持ちのグランとジータ。それと相性を考えるなら、臨機応変に対応できるカタリナとなら問題はないだろうな」

 

「他には……?」

 

「今のは安全策ならだな。負けはしないだろうって組み合わせが今の三人で、五分五分ってとこまで条件を下げるなら、イオを除いて四人いりゃ誰を組み合わせてもまともに戦えはすると思う」

 

「どういうことだセルグ……イオを除いてって」

 

 セルグの言葉に少しだけグランから怒りの声が飛ぶ。この期に及んでまだ子ども扱いしてイオを守られる対象とでも見ているのだろうか。そんな疑惑がグランの脳裏によぎる。それを察してセルグもすぐに口を開いた。

 

「あぁ、悪い。別にイオが弱いってことを言うつもりはないんだ。だが、奴の強さはあの体躯に似合わない俊敏な動き。そしてあの体躯に相応しい恐ろしい威力の体術。そして鍛え抜かれた剣技。仕方のない事ではあるが、成長しきっていない子供の体を持つイオでは一撃が致命傷だ。そしてあいつは戦いにおいては冷静で的確に弱点を突いてくるだろう。イオは間違いなく頭数を減らすために真っ先に狙われる……前衛として鍛えられているオレ達やしっかり防御もできるオイゲン、ラカムとは違って、イオは魔法の才能は抜きんでていても体術面は完全に素人だ。受け身も防御も取れないイオにガンダルヴァを相手にさせるのは危険過ぎる」

 

 セルグの懸念に皆一様に納得を見せた。その表情にはガンダルヴァに対する恐れが見え始めていた。

 

「さっきも言ったが四人いれば戦うことはできる。だが、仕留めるとなれば、グラン達の中でも組み合わせは限られてくるだろうな」

 

「そうですか……セルグさん、もう一つ。今の貴方の戦闘力はどの程度でしょう?」

 

「同じような回答になるが、攻撃を捌くだけならいくらでも。敵を倒すとなれば、今のオレの攻撃力は皆の中でも最低ラインだ」

 

 悔しそうにセルグは手を握りしめた。だがその感触ですらほとんどチカラが感じられない。力になれない現状にセルグは肩を震わせた。

 

「――わかりました。セルグさん、悔しさに打ち震えているようですが、しっかり働いてもらいますよ」

 

「は?」

 

 リーシャの言葉に驚きながら顔を上げたセルグは不敵に笑うリーシャの顔を見た。

 そう、これまでさんざん見せてきたセルグの笑みのように、自信にあふれた……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「はぁ……まったくとんでもねえな。アイツ」

 

 既に辺りは暗くなっている夜の時分。セルグは一人小屋の外に出ていた。

 

 ”さすがの我も耳を疑ったぞ。本当にあの小娘は強かになった”

 

「三日ぶりくらいか? ヴェリウス。ありがとうな。モニカを無事送り届けてくれて」

 

 隣に降り立ったヴェリウスを見て、セルグは優しい声音になりヴェリウスを労った。

 モニカを最優先にするセルグの意思を汲んで、ヴェリウスは振り返らずにモニカを送り届けてくれた。更にはずっと様子を見続けセルグに状況を伝えてくれていたのだ。

 ビショップとなったジータが来たのは予想外であったがセルグは今日、ヴェリウスからモニカの容態を聞いて、この隠れ家にキュアポーションを届けに来たのだ。

 

 ”それで、どうするつもりだ? あんな無茶苦茶な要求。飲む必要は”

 

「力になれるのならオレに是非はない。オレの目的もここにある書庫だからな。手伝うのは当然だ。お前もわかっているんだろう?」

 

 昼間に行われた話し合いで決まった翌日の決戦の策。大胆不敵なその策の要はセルグとリーシャの二人であった。セルグ自身大したことはできないと思っていただけにリーシャの作戦は度肝を抜かれるものだった。

 翌日の決戦に際してセルグに与えられた役目は重い。だが、ヴェリウスの懸念はそこではない。

 

 ”お主こそわかっているのであろう。お主がなぜ今、力を失っておるか……”

 

 嘘は許さない。ヴェリウスの声音がそれを物語る。そんなヴェリウスの様子にセルグは視線を向けないまま少し間をおいてから答える。

 

「――兆候はあったんだろうな。緩やかで気づかなかったが。きっかけは深度4だろう……オレの体に致命的な何かが起こった」

 

 消えない疲労感。徐々に良くなっているというのは嘘っぱちだ。セルグの調子は全く良くはなっていなかった。

 

 ”恐らくはルーマシーから間を置かずして融合したのも要因の一つであろう”

 

「だろうな。ザンクティンゼルで融合をまともに使うようになってから、徐々に反動は大きくなっていた。それに伴い、治る時間は長く……深度4で受けたこれは恐らく治りきることはないだろうな」

 

 ”軽々しく使っていた報いだ。馬鹿者が……”

 

 口では苦言を呈するが、ヴェリウスの声音は残念そうな、辛そうな。セルグへの思いが聞いて取れる。

 

「それでも必要であるから使ってきた。それでできたことがあるなら後悔はしないさ」

 

 ”本当に……愚か者が”

 

「シュヴァリエ!」

 

「ッ!?」

 

 突如セルグの手足がシュヴァリエによって拘束される。無論こんなことができるのはセルグが知る中でただ一人……

 

「ヴィーラ……」

 

「ご機嫌はいかがですか? セルグさん」

 

 静かな笑みを湛えながら、ヴィーラがセルグを見つめていた。

 

「まさか、アルビオンの続きでもするつもりか……? さすがに今のオレに勝ち目はないぞ」

 

「それこそまさかです。そんな愚かなことをする気はありません」

 

「では何を?」

 

 ”何を慌てておる若造が。この娘に殺気はないであろうが……”

 

「何?」

 

 ヴェリウスの思念にセルグは眉を潜めた。アルビオンでの記憶がすぐさまセルグに最悪を予感させたが、確かに言われてみればヴィーラは殺気も纏っていないし帯剣すらしていない。無論シュヴァリエのチカラだけでもセルグは殺せるかもしれないが、ヴィーラの気配はそれを感じさせなかった。

 

「貴方はこうでもしないと逃げると思いましたので……今宵は私と少し素敵なお話をしていただけませんこと?」

 

 既に嫌な予感しかしなかったセルグだが、仕方なく頷いた。セルグの反応にヴィーラは湛えていた笑みを深めると、ゆっくり一歩ずつセルグへと歩み寄ってくる。

 

「まずは最初に謝らなければいけません」

 

「まて、話は聞いてやるから少し離れろ。色々と危険な予感しかしない」

 

 唇すら触れそうなほど顔を近づけたヴィーラにセルグは首の動きだけで数センチの猶予をひねり出しヴィーラから離れた。

 

「あら、女性相手に離れろとは、まるで初心なグランさんのようですわね」

 

「そういう意味じゃねえんだよ。危険な予感って言ってるだろう」

 

「はぁ、まぁいいでしょう。一先ずは謝罪を。アルビオンでは申し訳ありませんでした。貴方を殺そうとしましたこと。心よりお詫び申し上げます」

 

「いらぬ謝罪だ。ゼタに伝言は伝えたはず。お前の謝罪は見当違いもッ!?」

 

 セルグの言葉が止まる。否、正確には止められる。

 なぜならセルグの目の前にはヴィーラの端正な顔があり、話していた口には柔らかい感触が伝わっている。同時にヴィーラの華やかな香りが鼻をくすぐり、彼女の紅玉のような瞳がセルグをのぞき込んでいる。

 それはキス。紛うことなき接吻。

 

「な、なな。何をしているんだ!?」

 

「先ほども言いましたでしょう。こうでもしなければ貴方は逃げると思いましたので……と。私の愛は受け取っていただけましたか?」

 

「拘束までしといて受け取るも何も……これは押しつけというものだろう!」

 

「逃げられてしまえば押し付けることすらできませんもの。この選択は正しかったようですね」

 

 妖艶にヴィーラは笑う。足元からスゥーっとするような感覚に陥りセルグは、息をのんだ。

 徐々に落ち着きを取り戻してきたセルグは、まだ鮮明に思い起こされる柔らかな感触を脳内より振り払い、努めて冷静にふるまいながら口を開いた。

 

「一体何を考えている? 明日は大事な決戦というときに色恋沙汰などと」

 

「セルグさん……私は貴方に命を救われました。それと同時に、私は貴方に命の危機を感じております」

 

 今度は一転して妖艶な様子から、真剣な眼差しでセルグを見据えヴィーラは語る。

 

「何?」

 

 セルグの視線が鋭くなった。どこか踏み込まれ過ぎて不快になるような感覚に剣呑な表情を浮かべる。

 

「貴方は自分の命を顧みない。貴方の精神は危うい。貴方は、過去の事件の罪の意識から、どうにか自分の死に場所を求めている。そうではありませんか?」

 

「――わかったことを言うな。君にオレの何がわかる?」

 

「わかりますわ。仲間になってからずっと、貴方の事を見てきたのですから。注意深く……」

 

 想いはどうあれ、ヴィーラはセルグの事を最も注意深く見てきた。それ故にアルビオンで事を起こした。それは逆を言えば、仲間たちの中で最もセルグを理解しているともとれる。

 

「そうだったな、君はそうしてあの結論に至ったのだからな。だが、それならなぜ今こんな話に」

 

「程度の差はあれ、グランさんもジータさんも。もちろんゼタやリーシャさんも。皆貴方を好いておられます」

 

「まて、そのメンツの中でグランはおかしくねえか?」

 

「あぁ、彼の場合は貴方への強い憧れといったところです。同様にほかの皆さんもですね。それなのに貴方は、わたくし達の想いを無視して死に場所を探し続けている」

 

「――否定はできないな」

 

「フフ、素直になってくれましたね。ですから、私は貴方を愛したのです。貴方が未練を抱く様に深く……貴方が誰を選ぶか。または誰も選ばないということもあり得ますが、私の狙いは貴方に未来を感じさせること。貴方がご自身から死を望まないようになることです」

 

「随分な献身だな。返ってくるかもわからない愛にその身をささげるつもりか?」

 

 セルグ自身、ヴィーラの想いに応えるつもりはない。血塗られた経歴に壊れた精神。何よりかつて失った大切な存在が、セルグに愛する人をつくることを躊躇させる。

 応えることのできない愛に全てを捧げようとするヴィーラをセルグは止めようとした。

 

「それを貴方が言いますか? 既にその手を零れ落ちてしまった人に、今だ全てを捧げている貴方が……」

 

 今は亡きアイリスに、セルグは囚われ続けている。彼女を想いすぎているが故にセルグはその心を壊しかけ、その命を擲っている。そんなセルグがいう言葉には説得力の欠片もない。

 言外に、いつまで囚われ続けているのだと責めるヴィーラの言葉にセルグは表情を歪めた。

 だがそれでも、セルグの気持ちは変わらない。ヴィーラから視線を外し、セルグは目を伏せて、はっきりと答えを告げる。

 

「オレに応える気はない。君以外の誰であろうとだ……皆を大切にすることはあってもオレは死ぬまで誰かを愛することはッ!?」

 

 不意打ちに二度目の接吻。目を閉じていたが故にセルグに防御の暇はなく、セルグの唇を割って、ヴィーラの柔らかな舌が入り込む。

 

「――――ッ!? ぷぁっ……ヴィーラ! お前っ!」

 

 聞く耳持たずと実力行使に出てきたヴィーラに、セルグの視線が鋭くなる。

 己の心深くへと入り込もうとするヴィーラにセルグはとうとう警戒心を露にした。

 

「逃がさない……といったはずです。たとえ貴方が何と言おうとも。私の大切な仲間たちは貴方の未来を望んでいます。私の大切な友は、貴方が死なないことを望んでいます。その為であるなら、たとえ拒絶されようとも、嫌われようとも。私は貴方を逃がしません。私を本気にさせた責任……ちゃんと取ってくださいね」

 

 もはや宣戦布告ともいえる清々しいまでの告白をすますと、ヴィーラはその場を立ち去っていく。

 シュヴァリエから解放されたセルグは、怒りや動揺に揺れ動く心を抑え、何とか平静を保つように深呼吸をした。

 

 ”ふむ、秩序の娘よりよほど厄介そうだな……”

 

「お前……何で助けなかった? お前がシュヴァリエからオレを開放していれば」

 

 ”言っただろう。我もお主が壊れることを許さぬと。シュヴァリエの娘の言葉はむしろお主にとっていい機会だと思ったのでな”

 

「この裏切りものが……」

 

 ”何とでもいうが良い。それでお主が助かるのであれば、我はいくらでも裏切ろうぞ”

 

「――クソッ。不意打ち過ぎるだろうが……どうしろっていうんだよ」

 

 脳内に思い起こされる柔らかな感触と優しい香り。否が応でも思い出してしまうのは、嘗て愛した人。

 ぐるぐると気持ちの整理ができず、今後の不安も巡ってきて、セルグはこの日眠れぬ夜を過ごすのだった……

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

この展開。アルビオン編からこの流れは作る予定でした。
ただヴィーラの歪な愛情とか、どうしてそこに思い至ったかっていう部分が
きっと読み手によって感じ方が変わってくるかと思われます。

キャッキャウフフな話ではないのであんまり関係ない気もするのですがヒロイン候補が増えましたよ(歓喜
最後にはきっと……

それでは調子に乗って書いてますので感想、ご指摘をお待ちしております。

お楽しみいただけたら、幸いです


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メインシナリオ 第30幕

さてさて、頑張りまして更新しております。

ここら辺が一番楽しいかも……でも今回の話はちょっと難しかった。
荒れに荒れてるオリジナルバトル編

どうぞお楽しみください


 

 

 アマルティアの第四庁舎の通路をガンダルヴァが歩く。

 秩序の騎空団の施設を我が物顔で歩くが、その表情は決して良いものではなかった。

 

「おい、報告はまだか?」

 

 そばに控えていた兵士の一人に尋ねる声には苛立ちが乗せられていた。問われた兵士は僅かに身をすくませながらも直ぐに答えを返す。

 

「現在も鋭意捜索中ではありますが、船団長モニカも逃げ出した老人も発見の報告は上がっておりません」

 

「昨日の小型艇についてはどうなっている?」

 

「大きさを考えても、乗れる人数は五人から六人といったところです。ですが……見かけた兵士の報告では例の機密の少女を連れた騎空団ではないかと」

 

「何?」

 

 兵士の報告にガンダルヴァの表情が変わる。歩みを止め顎に手を当てて思案の顔を浮かべると、ガンダルヴァは黙考する。

 

「(セルグとかいうのが居た騎空団だったな。団長のガキどもは結構なやり手だったが……なるほどなぁ。仲間のピンチに駆け付けたってとこか)」

 

「それから、別の報告では、船団長となっていたリーシャもいたそうです」

 

「何!?――そうか、フッ。ハハハ……ハッハッハ!!」

 

 突如声をあげて笑い始めるガンダルヴァに兵士は呆気にとられた。何かおかしいところがあったのだろうか。相手にいなかった指揮官が来たことは決して帝国としては嬉しい話ではないはずなのだ。

 

「まさか、ノコノコ餌になりにくるとはな。あのガキどもにセルグの野郎に謎の爺。更にはヴァルフリートの娘も来るとは……最高の展開じゃねぇか。おい、哨戒中の兵士共を第四庁舎に集結させろ。見回りも減らして庁舎の周囲を重点的に固めておけ。それから……あいつに庁舎の防衛に回るように伝えろ。いいな?」

 

「は、はぁ……了解いたしました」

 

 ご機嫌な様子でその場を去っていくガンダルヴァを見送りながら、兵士は指示通りに伝令を走らせるのだった。

 

「(まさか、あのクソ野郎の娘が来るとはな。最高だ……本当に最高だ!)」

 

 狂喜の笑みを浮かべたガンダルヴァの笑い声が第四庁舎に響き渡り続けるのであった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「それでは、グランさん、ジータさん。そちらはお願いいたします」

 

 朝も過ぎた頃、隠れ家の前には決意の表情を浮かべてグラン達と秩序の騎空団の戦力が集結していた。

 

「負けるとは思っていない……だが、頼むから気を付けてくれよ」

 

「セルグがそれを言う? 今回一番きついのセルグなんだけど?」

 

「本当ですよ……いくら効果的だからって。また私たちの気も知らないで……」

 

 心配な表情を浮かべるセルグに、逆にグランとジータから心配の声が上がった。

 昨日の作戦会議。リーシャが告げた驚きの作戦にグランとジータは全力で反対をした。

 なぜならそれは、現在まともにチカラを振るえない、セルグに最も負担をかける作戦だったからだ。

 だが、当の本人であるセルグには断る気は更々なく

 

 ”理には適っている。効果も高いだろう。何より、拠点を奪還できる可能性が高い。現状でこれ以上の作戦はオレは思いつかない”

 

 本人にこう言われてはやる気を出されては、グラン達も我を通すことはできなかった。

 画して、いつも通りにセルグが無茶をする作戦がこの日展開されることになってしまう。

 

「セルグさん……お気を付けを。昨日も言いましたが」

 

「やめろヴィーラ。昨日の事は絶対に皆の前で言うんじゃない」

 

 そっと近づいてきたヴィーラがセルグに耳打ちする。他の仲間たちはそれぞれに最終確認をしているようで二人のことは気にしていない。

 ヴィーラは静かに慌てるセルグの様子に微笑みながら言葉をつづけた。

 

「あら、私としてはむしろ」

 

「やめてくれ……決戦前にこれ以上オレを疲れさせるな。お前のせいで眠れなかったんだからな」

 

 セルグの言葉にヴィーラの目が細くなる。セルグの目を見ると確かに隈が浮かんでいる。それを確認した瞬間にヴィーラの笑みは深くなった。

 

「なるほど……どうやら効果は思いのほか大きかったようですね。良いことを聞きました」

 

 心底嬉しそうに、ヴィーラはセルグの元を離れていく。

 寝られなかった……それはつまり、ヴィーラの言葉か、ヴィーラの行いのどれかに考えさせられる事があったのだろう。

 それはヴィーラとしても、仲間としても嬉しい事の兆し。ヴィーラとしては自身の事を意識してもらえたのかもと心が躍り、仲間としては生きることへの意識に変化があるかもしれないと希望が生まれる。

 眠れなかったという事実は思いの他、ヴィーラに多くの情報を与えた。

 

「危険は多いと思いますが、何としても生き延びてくださいね。私はご一緒できませんので」

 

「死ぬ気はないさ。君の言葉があろうとなかろうと」

 

 既に戦闘へと意識を集中し始めるセルグはそっけなく答えるとリーシャと共に最終確認を始めていた。

 

「ヴィーラ? どうしたの。セルグと話してたみたいだけど」

 

 セルグが離れたところで、ゼタはヴィーラの様子を気にして声をかけてくる。妙に気にかけている……そんな気がして心配事でもあるのかと問うゼタに、ヴィーラは振り返りながら答える。

 

「ゼタ。いえ、本当に大丈夫かと心配になりまして」

 

「――まぁ、仕方ないよね。リーシャのいうことは、間違ってはいないもん」

 

「それはわかっています。私たちができることと言えば、早期に決着をつけるくらいしかありません。ゼタ、共に奮起いたしましょう」

 

「なんか……どうしたのヴィーラ? 妙にやる気というか、セルグの事気にしているというか」

 

 露骨であったか……そんな思考がすぐさまよぎり、ヴィーラはごまかす様に笑う。

 

「フフ、大切な友となった貴方が好いている殿方ですもの。なんとしても守り抜かなくては、貴方に顔向けできませんから」

 

「ちょっ!? もう、ヴィーラ!? こんな日にまで何を言ってんのよ!!」

 

 瞬く間に顔を染める目の前の友を見ながら、可愛らしい……などとヴィーラが思っていたのは内緒である。

 あっさりと話題をそらされたゼタが騒ぐのを受け流し、ヴィーラも最終確認のため、仲間たちの輪に入っていくのであった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 第四庁舎の周辺を見回る兵士は遠くから歩いてくる人影を見つけた。

 

 数は二つ。吹きすさぶ風に流される銀糸の髪と淡い赤茶色の髪が遠目からでも確認できた。

 

「あれは……例の騎空団の? もう一人は秩序の騎空団のリーシャか!? 中将閣下に報告だ!! 敵を発見。第四庁舎正面から向かってきていると報告しろ!!」

 

 近くにいた一人が伝令に走ると共に、周囲から兵士たちが集まってきて迎撃の準備を始める。抜剣し、杖を構え、弓を構える。

 遠目からでも戦闘態勢を整える兵士たちを確認した歩み来る人影は、その足を速め始める。

 

 

「リーシャ、見せるのであれば本気で行く必要がある……きっちりついてこいよ」

 

「貴方こそ、途中でやられたりしないで下さいね!」

 

「言ってくれる! じゃあ……いくぞ!!」

 

 セルグが声を上げると同時に二人の背後から、砂塵に隠れていた秩序の騎空団が現れる。その隣にはグラン達も並んでいた。

 数は決して多くないが、皆が全力で戦おうという気迫の下、一致団結して動くさまは、迎撃に構えた兵士たちの気勢を削いだ。

 

「絶刀天ノ羽斬よ! 我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て!」

 

 言霊の詠唱と共にセルグの動きが変わる。解放から即座の全開解放。天ノ羽斬の強化能力をフルに使った全力戦闘状態に入ったセルグは、リーシャを置き去りに走り出す。

 瞬足。次いで瞬速。瞬く間に接近してきたセルグに武器を振るうことすら適わず、兵士たちは振るわれた天ノ羽斬が放つ斬撃の投射で次々と沈んでいく。

 走り抜けて動きを止めたセルグに魔法と銃が向けられるが……

 

「撃てぇーーー!!」

 

 リーシャの声で後方からの援護射撃が敢行されセルグの隙を埋めた。

 怒涛の勢いを見せるセルグとリーシャによって今、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 ―――――――――――

 

 

「中将閣下! 敵が、敵が現れました!!」

 

「来たか!? どこからだ? 誰だ?」

 

「ハッ! 第四庁舎正面から、恐らく潜んでいた全戦力を回してきたのだと思われます。怒涛の勢いで前線を押し上げこちらに向かってきております。先頭を走るのはリーシャです」

 

「何ぃ? どういうことだ」

 

 兵士の報告にガンダルヴァは怪訝な表情を浮かべた。

 

「(モニカ……は動けないか。戦力差は歴然。それなのに正面からの突撃……なめてやがるのか)」

 

「それから、数日前に庁舎を襲撃したあの男と、機密の少女を連れた騎空団が居ると」

 

「何だと! バァカ、それを早く言えってんだよ! 俺様が出る! 部隊の半分を迎撃に回せ! 俺様が行くまで押し込まれるんじゃねぇと伝えておけ!」

 

「ハッ!!」

 

 指示を出し終えると、ガンダルヴァは速足で第四庁舎を後にする。

 

「(ふんっ、何が狙いかは知らねえが、所詮はガキだったってことか。戦力の把握もできねえと見える。こいつは本当にひょっとすると、ひょっとするかもな)」

 

 愉悦に笑みを浮かべたガンダルヴァは愛剣を携え戦場に向かう。まずはセルグ。逃げられたこともあり、溜飲はいまだ下がってはいない。しばらく動きがなかったということは本調子になるまでを待っていたのだろう。

 ガロンゾでの借りを返すには最高のシチュエーションであった。

 

「待ってろよ。今度こそきっちり白黒つけてやるぜ……」

 

 戦闘狂であるが故、ガンダルヴァの戦いにおけるプライドは高い。一度は負けた相手に油断などなく、付け入るスキを与えるつもりはなかった。

 握りしめる愛剣の鞘がミシミシと音を立て、ガンダルヴァの気配は徐々に膨れ上がっていく。見据える先は、彼にとっても大きな意味を持つ戦場であった……

 

 

 ――――――――――

 

 

「ぐぁあ!」

 

 また一人倒す……セルグは、止まることなく動き続けた。

 斬撃の投射。それを主軸に襲い来る兵士たちを全て払いのけ、隙ができれば前進する。

 少し後ろにはリーシャがついてきていて、セルグの援護のために風の攻撃魔法を飛ばしていた。

 

「バテてないだろうな?」

 

 追いついてきたリーシャに一言かける。かなりの勢いで攻め込んできた。遠目にも第四庁舎が見えてきて、このまま進めるのであれば一時間もしないうちに庁舎には攻め込めるような状況にあった。

 

「まだなんとか……それにしても弱くなっても規格外ですね。息一つ乱していないなんて」

 

「素直に化け物って言っておけよ。オレの代名詞みたいなもんだ」

 

「化け物ならあんなに必死に仲間を守ろうとはしませんよ」

 

 相も変わらず自分を卑下にする男だと胸中で笑いながら、リーシャは反論の言葉を投げる。

 

「そんな化け物もいていいだろ?――――もう少し走るぞ。ついてこい」

 

「道を切り開いて下さい。ですが、無茶はしないで下さいね」

 

「それもまた無茶だと気付いてほしいところだ……」

 

 苦笑しながらもセルグはまた走り出す。瓦礫だらけの街の中、天ノ羽斬が閃けば、次々と兵士たちが倒れる光景は変わらない。

 また一しきり倒したセルグが走り出そうとした瞬間。セルグは大きな殺気を感じ取り跳躍。大きく後方に下がった。

 セルグのいた場所には大きな爆発が起こり、砲撃がされたことがわかる。

 

「……アドヴェルサか? 嫌なことを思い出させる」

 

 地味に嫌な思い出が甦り、セルグが小さく毒吐く。だが、それは……彼にとっても同じことであった。

 

「それはこっちも同じだ……セルグ。俺様はこの木偶の坊によって助けられたんだからな」

 

 アドヴェルサのすぐ脇でセルグを見据えるドラフの大男。

 

「来やがったか……ガンダルヴァ」

 

「待たせたようだな。決着……つけようぜ」

 

 復讐の炎を瞳に燃やし、ガンダルヴァが決戦の部隊に降り立った。

 

 

 

「四日ぶりか? 元気にしてたかよ」

 

「おかげさまでな。あの時は見逃してくれてありがとよ」

 

「ふん、減らず口を。今日はまともなんだろうな。あんな腑抜けた戦い……俺様は満足できねえぜ」

 

 前回の戦いを思い出しガンダルヴァは疑わしげに視線を向ける。つまらない戦いは御免だと言外に語るその言葉にセルグは余裕の笑みを見せて答えた。

 

「その身で試せばいい。ガロンゾの再現をしてやるよ」

 

「はっ上等じゃねえか……魔晶部隊!! 奴らに地獄を見せてやれ!!」

 

 ガンダルヴァの声に応え三体の魔晶兵士が出現。後方に控える秩序の騎空団の部隊へと向かう。横槍を入れさせるつもりは無いようで魔晶兵士の相手だけで団員たちは恐らく援護はできなくなるだろう。まともに戦うなら指揮官であるリーシャが向かう必要がある。

 

「リーシャ……ガンダルヴァは俺が引き受けたぞ。あっちは任せた」

 

「――――信じていますから。貴方は大丈夫だと」

 

 静かな意思を込めた瞳にセルグが映り込む。相変わらず、余裕そうに見えるその裏でセルグが冷や汗を流しているのは察することができた。

 恐らくはガンダルヴァの実力が想定より強くなっているのだろう。予定されていたセルグの負担がさらに増えたのだ。

 だがそれでもここで作戦は変えられない。すでに()()()()()()……

 

「作戦会議は終わったか? それじゃ、行くぜ!!」

 

 ガンダルヴァがセルグに飛び掛かる。上段から振り下ろされた剣を躱したセルグは短く距離をとって、天ノ羽斬を構えた。

 

「もう一度見せてやるよ。裂光の剣士の由来を……」

 

「前と同じと思うなよ。てめぇを倒して、俺様は最強であることを示さなきゃならねえんだからな」

 

「そうかい……いくぞ!!」

 

 気合の声と共にセルグが接近。一足で間合いへと入り込んだセルグの剣閃がガンダルヴァに向かった。

 

「おりゃああ!!」

 

 対するガンダルヴァも剣を以て防いだ。刀と剣がぶつかり合い、その場に大きな音が響く中、セルグはチカラの衰えを悟られないようすぐに動く。

 鍔迫り合いを解除。ガンダルヴァとの押し合いをわずかに引いて流すとそのまま背後に回り一閃。

 

「ちょろすぎらぁ!!」

 

 迎撃の剣閃がセルグの一閃を打ち払う。なんの捻りもない、ただの力だけでセルグの一閃は弾かれるも弾かれたその勢いすらセルグは力へと変える。

 

「光破!!」

 

 弾かれた勢いで体を回転。その勢いのままにチカラを乗せた光破にガンダルヴァは目を見開いた。

 瞬時の判断でガンダルヴァはフルスロットルを発動。その巨躯を躍らせ、大きく跳躍。今度はガンダルヴァがセルグの背後を取った。

 

「くっ!?」

 

「喰らえぃ!!」

 

 蹴撃。長身から繰り出される驚異的な威力を孕んだ蹴りがセルグの腹部を捉える。

 だが、脚から伝わる感触に、ガンダルヴァは蹴撃の不発を悟る。

 

「捕まえ……た!!」

 

 腕を交差して衝撃を吸収。更にインパクトの瞬間に後方に飛ぶことで、威力を弱めたセルグは、伸びきった脚を捉えていた。更に捉えた脚の下に潜り込み、片足立ちとなったガンダルヴァに足払いを仕掛ける。

 

「調子に……乗るんじゃねえ!」

 

 潜り込んだセルグにそのまま捉えられた脚を振り下ろす。攻撃に移っていたセルグは虚を突かれ、ガンダルヴァの巨大な足に踏みつけられた。

 

「ぐっ!?」

 

 小さく苦悶の声が漏れる中、セルグは不躾に乗せられた足を切り落とさんと刀を振るう。当然ガンダルヴァはそれを察知して僅かに後退。二人は再度にらみ合う形となった。

 

「そのちいせえ体で俺様に体術を仕掛けるとはいただけねぇな……ご自慢の剣技はどうしたよ?」

 

 消極的――先ほどの攻防に仕留める気が感じられず、ガンダルヴァは怪訝な表情を浮かべた。

 

「そんなに死に急ぐなよ。すぐに終わったら今度はオレが詰まらねえだろ」

 

 対するセルグは余裕の笑みで返す。だがその裏で、セルグの胸中は穏やかではなかった。

 全開解放時の天ノ羽斬はセルグからもたらされる光のチカラを増幅して纏い、本来であれば驚異的な威力を誇る。光破や多刃といった技でなくとも振るえばその威力は簡単に防げるものではないほどに……だがそれを、先ほどの攻防でガンダルヴァが力任せに弾いたのだ。

 天ノ羽斬が増幅する元であるセルグのチカラが弱すぎる。剣速も衰えているそれは、様子見の戦闘でありながら、その実セルグにとってはすでに精一杯の戦いなのだ。

 体術に移行したのはチカラの衰えを悟られないため。だがそんな小手先の技術が通用する相手ではない。

 

「てめぇ……まさかとは思うが、この間みたいに弱ぇんじゃ――」

 

「焦るなと言ってるだろう。そんなに見たきゃ見せてやるよ」

 

 総毛立つ程の殺気……セルグの気配が膨れ上がり、その身を闇が覆う。

 星晶融合。ごまかしきれないと悟ったセルグは深度1にすら届かないヴェリウスとの融合を用いて、奥の手を見せる。ガロンゾの戦いでは……ガンダルヴァとの戦いではまだ使っていないこれであれば、まだ本気には見せられる。

 セルグにできることはもはや、どれだけ強く見せられるかだった……

 

「ほぅ、まだ面白そうなものを隠しもってやがったか……いいねぇ。それでこそ倒し甲斐があるってもんだ」

 

「その余裕……すぐに消してやる」

 

 嬉しそうにガンダルヴァが嗤う。対するセルグは先ほどまでの余裕の笑みを決して、今できる全力を捻りだしていく。

 

「はぁ!」

 

 不意打ち気味にセルグが動いた。前触れのない唐突な動きを予期していたようにガンダルヴァは無難に躱し、セルグとガンダルヴァは剣戟の嵐を作り始める。

 ヴェリウスによって僅かにブーストされたチカラが天ノ羽斬によって増幅され、強烈な一撃となった剣戟が徐々にガンダルヴァを押していく。

 

「グッ、いいぜ! もっと、もっとこいよ!! この程度じゃまだ満足しきれねぇえ!!」

 

 押されながらもガンダルヴァは嗤う。本気となったセルグと打ち合い、ギリギリの攻防を見せる。魂をすり減らすような限界ギリギリの戦いを、彼は求めていた。

 二人の戦いはここから、十分近く届かない打ち合いが続く。

 

 

「くっ……チィ!?」

 

 僅かな隙。それを付かれ、セルグが態勢を崩した。天ノ羽斬を持つ腕が弾かれ、がら空きとなった胴体に付きが放たれる。

 ギリギリで右手で鞘を引き抜き防いだセルグは一度大きく後退。長きにわたる打ち合いが終わりを迎えた。

 

「はぁ……はぁ……(そろそろ限界だな)」

 

「チィ、逃したか」

 

 ガンダルヴァも仕留めきれなかったと悪態を吐いていた。

 戦局はまだ五分。互いに決定的な一撃はまだもらっていない。魔晶兵士とリーシャ達の攻防も進展はほとんどないまま膠着状態を保っている。セルグがこの状況に静かに息を吐くと、ガンダルヴァは疑わし気にセルグに視線を向けながら呟いた。

 

「……面白くねえな。何を企んでいる?」

 

「何?」

 

「気づかないと思ったか。ガロンゾであったような圧倒的な威圧感のないお前の攻撃。恐らくは本調子ではないと見える。そんなてめぇだけで俺様を抑えるのが作戦か? 俺様を倒せる唯一の可能性であるてめぇを当ててきたって作戦だと思ったが、余りにも拍子抜けだ」

 

「(気づかれていたか……)何を勝った気になっている。拍子抜けとは心外だな。互角で戦ってる奴が粋がってんじゃねえよ」

 

「そうして俺様をお前にくぎ付けにしておいて、別動隊が庁舎を狙うってとこだろうが……戦力を分けたのは失敗だったな」

 

「――何を言って」

 

 ガンダルヴァが、手を上げる。すると周囲には帝国兵士、アドヴェルサ、魔晶兵士と次々と姿を現す。

 圧倒的な戦力差。それがセルグ達の目の前に突き付けられた。

 

「これと同じだけの戦力が、第四庁舎には詰めている。そっちと違ってこちらの戦力は十分だ。お前たちが向かってくるのなら押しつぶせば勝てる。お前らの少ない戦力で、あれをすぐ抜けるとは思えねぇ。よしんば抜けたとしても、こっちを片付けてから俺様が向かえば戦況はすぐにひっくり返る。一人で戦況を覆せる俺とお前がここにいる時点で、戦力差で有利なこっちの勝ちは揺るがねえんだよ」

 

 仮にグラン達が第四庁舎を襲撃したところで、これだけの数と同等の戦力が防衛についているのであればグラン達だけですぐに制圧は難しい。事前に得ていた情報から、ガンダルヴァはグラン達の行動を読み、きっちりと戦力を残してきていたのだ。

 

「勝った気になるなと言っているだろう。お前をここで倒せば済む話だ。終わらせて――」

 

「強がりはよせよ。余裕もチカラもねえのはもうわかってんだ……どういうわけか知らんが短い間に随分と弱くなっちまいやがって、本当に残念だったぜ」

 

 自らを負かした相手。完膚なきまでに叩きのめされた相手との再戦は見るも無残なほど弱くなった、相手の弱体化によってあっけなく勝利に終わる。ガンダルヴァにとってすでにセルグは相手にならず、再戦に勝利したというよりは、再戦する前から勝利していた状態で、ガンダルヴァの落胆は一入であった。

 

「もういいだろ? じゃあな」

 

 ガンダルヴァの指示でアドヴェルサが起動。その照準をセルグへと向けると砲撃の準備へと入った。

 既に自らの手で決着をつけることすら放棄してガンダルヴァは踵を返した。そのすぐあとには砲撃の爆発音のようなものが聞こえ、ガンダルヴァはつまらない戦いへと終止符を打った。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 第四庁舎を目の前にして、佇む彼らは、チカラがみなぎるのを感じる。

 既に戦闘が始まってから小一時間は経過しているだろうか。ガンダルヴァが戦力の半分を伴い出撃していったのは彼らにしてみれば僥倖であった。それでも、第四庁舎は、多くの兵士に守られている。ここを落とさなくては勝利は無い。

 多勢に無勢。全体を見れば戦力差はそれに近い状況である。

 だが……

 

 

「行くぞ……お前達」

 

 構える騎空士は声に従う。。

 

「皆、全力で行くぞ……」

 

 頷く仲間は武器を取った。。

 

 

 彼らには恐怖も迷いもない。

 何故ならこれは約束された勝利の戦い。一人で戦況を覆せるガンダルヴァをセルグが一手に引き受け、その間に第四庁舎を落とす作戦であり、その為に、陽動となったセルグとリーシャ。一部の団員以外は全てこちらに回っている。無論セルグとリーシャは数に押しつぶされて長くは持たないだろう。ならば、その前にここを落とし、その後に全員でガンダルヴァを倒す。

 多勢に無勢な戦力差でそれができるのかと言えば、普通なら誰もが無理だと答えるだろう。だが、彼らにはそれをできるチカラがあった。何より、彼らには頼もしき応援が駆けつけてくれたのだ。

 

「リーシャが頑張っているというのに、私が奮起しないわけにはいかないからな」

 

 彼らの先頭を行くのは小柄な女性。セルグとガンダルヴァ以外で一人で戦局を覆し得る、もう一人の圧倒的強者。

 シャンと音を鳴らしながら、彼女がその長刀を抜き放った時、彼らの心には炎をが灯る。

 

「行くぞ!! 第四騎空挺団船団長モニカ!! 今一度、戦場を駆けよう!!」

 

 倒れたはずの秩序の牙が、グラン達の前を走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

正直なんかリーシャの作戦が上手くまとまらなかった。
前回でドヤ顔させておいて大した作戦じゃなくてリーシャファンごめんなさい。
ほんとはもっと鳥肌立つくらいすごい作戦立てさせてあげたかったんですが、今回作者の頭はそれを捻りだしてくれませんでした。
でも戦闘シーンだけはすいすいとかけちゃってそれとのすり合わせがまた微妙になってきて。……
うん、反省します。

感想、ご指摘お待ちしております。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第31幕

大幅というわけでは無いのですが、致命的なミスがあり、一旦削除しました。
これって一話だけ非公開とかできないんでしょうか?

大筋は変わらないので超展開にご注意くださいとだけは警告しておきます。

それではどうぞお楽しみ下さい。


 大きな爆発音が上がり、ガンダルヴァが顔を上げる。

 

 

「中将閣下!!」

 

 部下の一人の声にガンダルヴァが向けた視線の先は第四庁舎。近くで煙を上げており戦闘が始まったのだと伺える。

 慌てた様子で走りくる兵士を見据え、ガンダルヴァは報告だろうと待った。

 

「中将閣下!! 第四庁舎が秩序の騎空団の強襲を受けております!! 敵の指揮官は、秩序の騎空団の船団長”モニカ”!!」

 

 驚愕に目を見開く。船団長補佐であるリーシャが指揮を執り突っ込んできた時点でモニカの怪我は簡単に完治するようなものではないと、戦力に含めていなかった。

 そんなモニカの復活の報にガンダルヴァは大きく動揺する。

 

「なんだと!?」

 

「中将閣下!!」

 

「隙だらけです!!」

 

 動揺したガンダルヴァの背後から、リーシャが斬りかかる。

 すんでのところで防御したがガンダルヴァの顔に一筋の赤い線が走った。怒りの表情を浮かべてガンダルヴァはリーシャを睨みつける。

 

「ありがとうございました、ガンダルヴァ」

 

 挑発するように、リーシャは笑った。

 

「んだと……」

 

「さすがにここまでリーシャの思惑通りにいくとは思わなかったぞ。オレ達だけを相手にここまで戦力を持ってきてくれるとはな」

 

 並び立つセルグも小さく笑う。

 

「最初に全員で姿を現したのはブラフ。途中で本隊は迂回して皆第四庁舎に向かっていたんですよ」

 

 わざと帝国兵士の目の前に姿を現し、全戦力を見せつける。報告を出した兵士は全戦力で攻めて来たと報告を出すだろう。

 だが最初の一当てのあとはセルグが全力で前線を押し上げる間にひそかにグラン達は離脱。潜んでいたモニカと第四庁舎に向かっていた。

 

「最初だけでもオレ達が全員で攻め込んできたと思わせればお前は戦力を伴って出てくる。戦力を分断したならあとはオレとリーシャが何とかここにお前をつなぎ留め、本体が第四庁舎を落とすまでの時間を稼げばいいわけだ」

 

 驚異的な戦力を保有するガンダルヴァが居なければ、十二分に拠点の攻略は可能だ。セルグとリーシャの役目はできるだけ長く、そして本気で攻め続け、その攻撃が全力を込めたものだと示すことだった。

 

「貴方は一人で戦況を覆せるといいましたね。確かにその通りです。貴方が本気になれば、ある程度の優勢はひっくり返せる」

 

「残念ながら、お前の言う通り今のオレにそのチカラは無い。であるなら、オレ達が作るべき状況は一つだ」

 

「貴方を足止めし、その間に圧倒的優勢を作り出す。それが私たちの作戦です」

 

 第四庁舎を奪還し、そこを主軸にすれば戦力の差は埋められ、グラン達とモニカが揃えば仮にここでセルグ達がやられてもガンダルヴァを倒すことはできる。セルグとリーシャを捨て石として、第四庁舎を奪還するのが、リーシャが提案した作戦だった。

 

 グランや治療を終えて戻ってきたジータからの反発はそれは強いものだった。

 既にまともに戦えないとわかっているセルグにガンダルヴァを当てる。ガロンゾで負けてリベンジに燃えるガンダルヴァを考えるとどれだけ危険なのかは火を見るより明らかである。

 それでもリーシャは、セルグの言葉を信じた。倒すことはできなくても戦い続けることはできる。その言葉は間違いではないだろうと。

 更に起き上がったモニカの同意もあり、リーシャの作戦は決行され、今こうして実を結んでいる。

 

 わなわなと肩を震わせるガンダルヴァを見ながら、セルグとリーシャは再び戦闘態勢をとった。仮に今からガンダルヴァが戻っても、その頃には第四庁舎は彼らの手の内だろう。

 だが、セルグにそれを許す気はない。

 

「さて……続きだガンダルヴァ。第四庁舎が落ちるまで。もう少しオレと踊ってもらうぞ」

 

 勝ち誇るように笑うセルグに、天ノ羽斬の切っ先を向けられたとき……

 ガンダルヴァは歪に口を歪めて嗤った。

 

 

「そうか、そうか……モニカも出てくるとは思わなかったぜ……重症にまで追い込んだはずだったからな」

 

 やけに落ち着いた声に、セルグとリーシャは眉を潜めた。肩を震わせていたガンダルヴァは愉悦に表情を歪めている。

 それは、彼らの思惑が。彼らの作戦が、ガンダルヴァにとって取るに足らない、予定調和だということ。

 

「フッフッフ……ハァッハッハッハ!!」

 

 ついに声を上げたガンダルヴァは顔に手を当てその表情を隠すように笑い続ける。

 

「本当におもしれえ奴らだ。確かに見事な采配だ。モニカの存在を忘れ、お前の存在に引っ張り出された俺様は、てめえらの作戦にまんまと引っかかったわけだ」

 

「そこまで理解していて随分と余裕だな。負けが見えて諦めたか」

 

「ちげぇよ。それでも尚、てめえらに勝ちは無いから笑ってんだよ。クックック……」

 

 ガンダルヴァの発言にセルグとリーシャの顔に緊張が走った。

 今更強がるとも思えない二人は、すぐに身構え、ガンダルヴァを見据える。

 

「残念だがなぁ、いるんだよこっちにも。俺様なんかより、よっぽど覚悟を以て、チカラを手に入れた優秀な軍人ってのがな。モニカが居たところで、第四庁舎が簡単に抜かれることはない。更にいうなら、今ここにいるお前たちはもはや絶望的って状況を忘れてねえか」

 

「ほぅ、急いで戻らなくていいと? 素直に負けを認めないところはお前らしいが、下手な強がりは」

 

「てめぇは知ってるだろ、セルグ。ポンメルンの奴だ。今のアイツは強ぇ。俺様ほどじゃなくても、特別製の魔晶を使ったアイツはモニカとなら渡り合えるだろう。モニカがもし、本調子じゃねえなら、下手すりゃ潰しちまうぜ」

 

「なん……だと」

 

 セルグの脳裏に思い浮かぶのは前回の邂逅。部下の為に覚悟を決めたポンメルンの姿。それがさらに強くなってグラン達の前に立ちはだかっているというのなら、ガンダルヴァの余裕は納得がいく。

 それは同時に彼らの前提が崩壊することと同義である。

 

「残念だったな、ポンメルンが居なきゃお前たちの勝ちもあったかもしれん。だが、アイツが居る限り、第四庁舎は落ちねえよ」

 

「そんな……モニカさん」

 

 セルグとリーシャは僅かに絶望を浮かべる。状況は完全にひっくり返った。作戦は成功していた。思惑通りにガンダルヴァも帝国の戦力も分断でき、帝国の戦力の半分はこちらに呼び寄せたのだ。そう正しく()()()……

 ガンダルヴァと大差ない強さを持つポンメルンが第四庁舎に待ち構えている。グラン達は第四庁舎をすぐに落とすのは難しくなり、そしてセルグとリーシャ達は……

 

「ッ!?」

 

 セルグが攻撃の気配を察して呆然としていたリーシャを抱え後退。

 次の瞬間にはアドヴェルサの砲撃が着弾する。

 

「呆けるな、リーシャ!! どんな状況であろうと、お前が諦めたら、オレもここにいる仲間たちも終わりだ! いったはずだ、戦況を見据えろ。全てを使いこなせ。まだお前にはできることがあるはずだ!!」

 

「ッ!? ハイッ!!

 

 セルグの叱咤に直ぐに応え、リーシャはまた剣を握りしめた。

 

「うるせぇな、今のお前たちに何ができるってんだ?」

 

 諦めの悪い言葉を吐くセルグにガンダルヴァは苛立ちを募らせ睨みつける。

 

「オレに対抗できる力はないが、まだ手はあるんだよ! ヴェリウス!!」

 

 セルグの呼びかけに応えヴェリウスは地上に降り立つ。その姿はいつもの小さい姿ではない。ザンクティンゼルにいる本体から多くのチカラを受け取っている今のヴェリウスのサイズは、グラン達と初めて出会った時のように大きな姿をとっている。

 

 ”ふんっ、呼び出すのが遅いぞ若造!”

 

「頼む、こいつらを守ってくれ……お前が居れば少しはまともになるはずだ」

 

 ”そう来たか……我を取り込むよりはよほどマシだな。任せろ。お主の願い、今再び適えてくれよう”

 

 融合するかと思っていたヴェリウスはセルグの言葉に一安心といった様子をみせ、飛翔した。

 星晶獣ヴェリウス。記録を司る星晶獣ではあるが、星晶獣として当たり前の能力は持っている。それ即ち、その巨躯を以て兵士を薙ぎ払うぐらいはできるのだ。

 セルグと融合はしなくてもヴェリウスとて戦いという点では、星晶獣というヒトからすれば規格外の枠組みに入る。飛翔し、爪と嘴を持ち、さらにはエネルギー体となる羽を打ち放つことができるその戦闘力は十分であろう。

 

「なるほど、てめえにはそんな相棒がいたのか」

 

「さっきも言ったな。もう少しオレと踊ってもらおうか」

 

 ヴェリウスが援護に回り、リーシャと、少ない団員達は帝国軍と戦闘を再開する。

 ガンダルヴァと対峙するセルグは、刺し違えても仕留める覚悟を決め、今再びガンダルヴァとぶつかり合った。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 グラン達と第四庁舎に待ち構える帝国軍との戦い。

 そこには二つの誤算があった……

 

 

「うぉおおお!!」

 

「はぁあ、ですねぇええ!!」

 

 グランが持つ七星剣と、ヒトの形を保ったままのポンメルンの剣がぶつかる。

 第四庁舎を責める一行の前に現れたのは、魔晶を持ったポンメルン。しかしそのチカラは、彼の姿形には変異を及ぼさず、その能力だけを馬鹿みたいに増幅させるように使われていた。これまでのように大きな異形の形へと変化することなくそのチカラを手にしたポンメルンは天星器を使うグランもジータも歯牙にかけず戦えるほど強かった。

 モニカを含めてすぐに第四庁舎を奪還するつもりだったグラン達は苦戦は必至だろうと即座に判断。窮地に陥るであろうセルグとリーシャの下にモニカと団員達を向かわせることを決定する。

 切迫した状況ではあったが、グラン達の実力の程をみてモニカもそれを承諾。

 果たしてグラン達は仲間だけで第四庁舎を奪還することとなった。

 だが、体に変異をもたらさないポンメルンの魔晶の強さは……

 

「甘い、ですねぇええ!!」

 

 恐ろしい強さへと変貌していた。

 ポンメルンによって吹っ飛ばされたグランのカバーにゼタとヴィーラが走る。

 

「アルベスの槍よ。我が信条示すため、汝が最たる証を見せよ! その力の全てを今ここで解き放て!!」

 

 言霊の詠唱と共にアルベスの槍が炎を纏い、そうして彼女自身も紅蓮の槍となって吶喊。

 

「プロミネンスダイヴ!!」

 

 跳躍からのゼタの攻撃をポンメルンは手を翳して魔力障壁を張って防御。

 

「隙だらけです!!」

 

 背後に回ったヴィーラの剣閃がポンメルンを襲うが、それをポンメルンは紙一重でかわし蹴撃で反撃。ガンダルヴァのように大きな体を持っていなくとも、目一杯に体を使い振りかれた回し蹴りはヴィーラの腰を捉え、大きく吹き飛ばした。

 

「ヴィーラさん!? イオちゃん、お願い!!」

 

「うん!」

 

 ジータの声に応え回復にイオが回り、ジータは五神杖を携え前線に出る。

 走りながら翻した手の周囲に魔法弾を構築、それを放ち牽制をしながらの杖による魔力爆発での攻撃を狙う。

 

「はぁああ!!」

 

 動作は最小限。突き出された杖に対し、ポンメルンは回避を選択。回避といってもそれは、突き出された杖を剣で軽く反らし、ジータを懐に入れるための回避である。

 

「捕まえた……ですねぇ」

 

 ジータの胸元に当てられた手には大きな魔力。次の瞬間、ポンメルンの手から放たれるのは寸勁。ゼロ距離からの掌底は魔力で底上げされジータの体を貫通するような衝撃と共に、肺に多大なダメージを与えた。

 

「がふっ……」

 

 吐血したジータに近くにいたルリアはポーションを飲ませる。モニカの時とは違い、重症ではあるが、すぐにポーションと自身での魔法によって治癒が施され、すぐに立ち上がるジータ。だが、その足は震えていた。

 

「なんて……強さ」

 

 もはや付け入るスキがない。ただでさえ苦戦しているのに相手はポンメルンだけではないのだ。

 魔晶兵士だっている。当然兵士だって数が多い。ラカムとオイゲン、イオといったメンツは援護だけで手一杯だ。

 それでも前衛のグランとゼタ。ヴィーラとカタリナが、そして剣の賢者アレーティアがポンメルンと魔晶兵士三体によって完全に封殺されている。

 

「ジータ!? グランが!!」

 

 ハッとして視線を向けたジータは、グランがポンメルンの攻撃で大きく切り付けられたのを見た。

 

「クッ、ゼタさん、ヴィーラさん。カバーしてください!!」

 

 直ぐに治療に向かうジータのカバーに入った二人は魔晶兵士の数を減らそうと奮戦するが、ポンメルンの脅威がちらつき、倒すことに専念できないでいた。

 

「グラン! しっかりして!」

 

 ヒールの魔法で治療しグランの傷が塞がっていく。切り付けられていたのは剣を握る右腕。一度軽く振って調子を確かめたグランは礼を述べる余裕すら見せず、すぐに戦線に復帰した。

 

「(マズイ……ヒールだって無限にできるわけじゃない。こっちの消耗が激しすぎる!!)」

 

 次々と負傷していく仲間たちにイオとジータの回復が止まることはない。だがそれとて無限ではないのだ。戦線の崩壊は目の前に迫っていた。

 

 

 

「てやぁああ!!」

 

 渾身の一振り。七星剣はとうに解放状態であり、そのまばゆい輝きは間違いなく大きなチカラの奔流を纏っている。

 だがそれでも、

 

「無駄ですねぇえ!!」

 

 ポンメルンの障壁を打ち破ることができない。

 

「グラン離れて!!」

 

 ゼタの声に反応し、グランが交代すれば後方より炎の壁が迫る。ゼタが放つサウザンドフレイムがポンメルンの周囲にいた兵士も含めて炎の壁に押しつぶした。

 それでも、ポンメルンは健在だ。兵士がやられたところを目にしたポンメルンが、静かな怒りを秘め、ゼタを急襲。

 ガツン!と大きな音を鳴らして武器をぶつけ合ったゼタは、つい最近こうして力をぶつけ合ったギルガメッシュ並みの強さを感じる。

 

「(形は変わってなくても大きくなってる時と同じレベルで化け物じゃないのよ!)」

 

 胸中でポンメルンの異常な強さに悪態を吐きながら、ゼタは打ち合わないように後退。入れ替わるように新たな仲間、アレーティアが肉薄。

 既にポンメルンの強さは把握している。アレーティアは出し惜しみなしの全力攻撃に入った。

 

「つぉおお!」

 

 一閃。アレーティアが持つ土の属性を纏った渾身の一閃”序”。威力としては申し分ないそれはセルグの光破と同じタイプの一撃に重きを置く強烈な技。

 それをポンメルンは魔晶で底上げした膂力で返す。

 

「はぁ!!」

 

 間髪入れずに、アレーティアは二本目の剣を抜剣。吹き散らすような嵐の剣技”破”を叩き込む。ポンメルンは後退しながらの防御を選択。間合いから逃れるように確実な防御をこなしながら数歩下がった。

 

「逃さん!!」

 

 アレーティアにチカラが漲る。瞬間的に剣へとチカラを付与する”急”でその攻撃力を絶大に高め、後退したポンメルンの懐まで入り込む。

 

「受けてみるがよい! ”白刃一掃”!!」

 

 両手に持った剣による交差する剣閃。序から始まるアレーティアの攻撃は、彼が長い人生をかけて培ってきた全てと言ってもいい程、研鑽と洗練が見える技であった。

 

「調子に乗るなですネェ!!」

 

 交差する剣閃に対しポンメルンは真っ向から反撃。アレーティア同様に魔晶によって高められたチカラを付与し、振りぬかれる白刃を打ち払った。

 

「なんと!?」

 

 瞠目しながら、アレーティアは後退。己の全てをぶつけて尚、上回られたことに静かな動揺と大きな敗北感を感じながら、アレーティアは仲間達の元に一度終結した。

 

「なんて男じゃ。まさかこうも完璧に防がれるとはのぅ」

 

「何なのあれ……聞いてないどころか反則級なんだけど」

 

「これまでとは全く異なる強さ、ですね」

 

「でも、第四庁舎を奪還して早くセルグ達のところに向かわないと」

 

「落ち着けグラン。焦っては隙を晒すことになる。奴は既に油断も慢心もない、恐ろしい相手となった」

 

 焦るグランにカタリナが釘をさす。モニカは向かったがそれでも向こうにはガンダルヴァが居る。決して優勢になるとは言えない今、できるのであれば早く援軍に向かいたいのが現状だ

 だが、既にグラン達も他を気にする余裕がない。戦闘が始まってから十数分。一気に消耗した彼らには、まだまだ兵士たちが残っているというのに疲労が見えてきている。

 

「俺達後衛の攻撃力じゃまともに渡り合えねえ……悪いが足止めが精いっぱいだ」

 

「いいえ、ラカムさん。痛打を喰らわないためにも前衛の隙を埋める援護は必要不可欠です」

 

「ジータの言うとおりね。正直、さっきからヒールの使い過ぎで魔力が持ちそうにないわよ。もう少し消耗を避けないと」

 

「二人一組だ。アレーティアと僕でポンメルンを抑える。皆は前衛と後衛で組んで、できるだけ隙を晒さないように他の兵士達に当たってくれ。ジータは皆の回復を。それから状況に応じて指揮を」

 

 一斉に頷く仲間達を見て再度剣を握りしめると、グランは待ち構えるように立っているポンメルンを見据えた。

 

「おしゃべりはもういいですか、ネェ?」

 

 動き出さないグラン達に焦れたか、ポンメルンが口を開いた。

 

「相変わらず貴方方の強さには驚かされますネェ。こちらはこれだけの数をそろえているというのにまだ凌ぎ切っているというのですから」

 

「聞き捨てならないな、ポンメルン。攻めているのは自分達みたいな言い方じゃないか」

 

「ルリアが居る以上そちらはいくら攻めても最終的には守りに入る戦いでしょう? こうして戦場にまで戦えぬルリアを連れ出してきている時点で、貴方たちが拠点を攻め落とすなんてこと、不可能なんですネェ」

 

 ビクリとルリアの肩が震える。

 ポンメルンの言葉でルリアの心には大きな罪悪感が生まれた。拠点を取り戻す大事な戦い。なのに、戦えないくせに奪われてはいけないという爆弾を抱えているせいで、仲間たちが本気で攻め入ることができていないのだと。

 

「(私が……みんなの邪魔をしている?)」

 

 小さく浮かび上がった疑問はルリアの中で大きな不安を掻き立て始める。だが、そんなルリアの胸中を察してカタリナがすぐに声を上げた。

 

「そうしてルリアを手放したところを奪い去っていくつもりか? 随分と姑息じゃないか」

 

「いえいえ、そんな気は全くありませんですネェ。ただ事実を言ったまでです」

 

「黙ってもらおうか。そんなつまらない小細工に乗せられるつもりはない!!」

 

 グランの怒りの声と共に戦いが再開される。

 作戦通りにポンメルンと戦うのはグランとアレーティア。

 魔晶兵士を叩きに向かうゼタ、ヴィーラ、カタリナとそれを援護するオイゲン、ラカム、イオ。

 ジータはルリアの守りに回りながら、回復と度々迫りくる兵士達を五神杖で迎撃。

 徐々に兵士の数を減らしながらも、彼らの消耗は激しく、その戦いが長く続くことはなかった。

 一人また一人と力尽き倒れていく。

 

 それは彼らがこの旅で味わう、初めての完全なる敗北であった。

 

 

 

 

「終わりですネェ!!」

 

 ポンメルンの剣にグランとアレーティアが切り捨てられる。

 ゆっくりと倒れ伏す二人の仲間を視界に収めながら、ルリアは周囲を見回した。

 

 

 魔晶兵士につかまりラカムが叩きつけられていた。

 ポンメルンが放った魔法により、イオは爆発に巻き込まれ気を失う。

 オイゲンは肩に銃弾を受けその手に持っていた銃を手放していた。

 ゼタとヴィーラはやっとの思いで魔晶兵士を倒したところで不意打ちを受け、重症。

 視界に閃いた光を見れば、ルリアに向けて魔法が放たれており、次いでルリアはその身に小さな衝撃を受ける。

 

「ルリア!!」

 

 付き飛ばしてくれたのは彼女の大切な存在カタリナ。魔法に飲み込まれ、カタリナが目の前から消えたとき、ルリアは胸にこみあげてくる仲間を失った恐怖にその場で嘔吐した。

 いつも頼もしく戦って。最後には必ず勝利してきた大切な人たちが今、見るも無残な姿で戦場に倒れている。

 信じられない。認めたくない。そんなはずはない。

 

「(ウソだ……ウソだウソだウソだウソだウソだ)」

 

 胸中で何度否定しようと戦場の音は消えず今、最後の一人が目の前で倒れた。

 

「ルリア、逃げ……」

 

 パタリと力なく落ちたその手がルリアの目の前に差し出されたまま動かなくなった。

 

「ジー……タ」

 

 ルリアに手を伸ばしながら小さく呟かれた声に、隣にいた小さな仲間が涙を流しながら応える

 

「ルリア!! 逃げるぞ!! セルグ達の所に行って助けを呼ぶんだ!! ルリア、早く行くんだよぉ!!」

 

「ビィ……さん」

 

「早くしろぉ!! このままじゃあいつらが、みんなが死んじまう!?」

 

「ルリア……急ぐ」

 

 一緒にそばにいたオルキスもまたルリアの手を取り、引っぱる。。曲がりなりにも、アーカーシャを起動に導いたオルキスは、己とルリアの重要性を知っていた。今ここで帝国に捕まるのは非常に危険であることを理解していた。何としても逃げ切らねばと必死にルリアの手を引こうとするが、これまでまともに体を動かすことのなかった彼女にヒト一人を、ルリアを引っ張って走る力など備わってはいない。

 握力が入りきらず滑って手放してしまったオルキスが尻餅をつく中、ルリアの思考は現実を見ることなくぐるぐるとまわり続けていた。

 

 

「(死ぬ……? みんなが。何で……? そんなはず)」

 

 ルリアはわかっていた。今セルグ達の下に助けを呼びに行ったって。きっと彼らも動けない。ましてやここまで傷を負った彼らを治療する術などない。

 ルリアはわかっていた。もはやどうすることもできない。彼らは負けて、自分はこのまま帝国に連れていかれるのだろうと。

 ルリアはわかっていた。ここが自分たちの旅の終着点なのだと。

 

 

 一歩一歩、兵士たちが近づいてくる光景をどこか夢見心地な頭で視界に入れながら、ルリアはただただ茫然としていた。

 

「――ここまでのようですネェ」

 

 笑みを深めるポンメルンが徐々にルリアの視界を埋めていく。近づいてくるポンメルンを見て逃げろと叫ぶ思考とそれを全く受け付けない体が相反し、ルリアは立ち上がろうとして転んだ。

 ドシャっと地面に倒れたルリアは諦めの最中、小さな仲間と小さな友が必死に呼び続ける声だけを耳に入れ、意識が浮かんでいくのを感じる。

 

 

 

 ”ここで……終わり?”

 

 胸に黒い絶望が渦巻いた。

 

 ”皆、死んでしまう……?”

 

 現実感を帯びてきた恐怖に胸が押しつぶされそうだった。

 

 ”私には何もできない……?”

 

 続いて去来する無力感に心が壊されそうになる。

 

 ”もう、カタリナとも。グランやジータとも、会えないのかな?”

 

 思い浮かぶのは仲間達の笑顔。ずっと助けてもらって、守ってくれた、大好きな人たちの笑顔。

 

 ”セルグさん……お願いです。皆を助けてください”

 

 縋るように、ルリアはセルグを思い浮かべた。

 強くて……とにかく強くて。いつも何とかしてしまう。そんな彼の強さはルリアにとって、揺らぐことのない信頼にも似た絶対的強さで、この状況を何とかしてほしいと強く願ってしまう。だが、

 

 ”君の手はまだみんなを守る様な大きな手じゃない”

 

 セルグを思い浮かべた瞬間に、ルリアの心に光が灯った。思い出したのは自ら封印すると決めたきっかけの言葉。

 胸に灯るは、手をこまねいていた己への怒り。チカラを使わぬと決め、いつの間にか守ってもらうことを当たり前と思っていた自分にルリアは怒りをぶつける。

 

 

「(違う!!)」

 

 

 

 必死に立ち上がらせようとしたビィとオルキスを跳ね飛ばし、ルリアは立ち上がった。

 今消えようとしている命の灯を見て、彼女の想いは奮い立った。

 

「違う! 私たちは、まだ終わってない!!」

 

 誰に向けた否定か。誰に向けた意思表示か。言葉には出せない渦巻いた勇気が彼女の忌まわしきチカラを開放する。

 

「私はもう、守られるだけじゃない!!」

 

 嘗て己に誓った想い。仲間に誓った想い。だが、仲間に止められた想い。両手を広げたルリアに集うは忌まわしきチカラの証。星晶の鳴動。

 

「私の手は……もう小さくない!!」

 

 枷となっていた、大事な仲間の言葉を否定し、今ルリアは自らその扉を開ける。星晶のチカラ。空に非ざる、星の獣を統べるチカラを。

 

「今度は……私が。だからお願い。みんな……チカラを貸して!!」

 

 蒼の少女の願いに応え、星は空に反旗を翻す。

 

 

「皆を助けて! ”フェニックス”!!」

 

 彼女の声に応え顕現するのは炎の化身。終わりと再生の象徴……星晶獣フェニックス。

 その炎は癒しの炎とされ、その身に刻まれた傷の全てを燃やし尽くし。あだなすものには終わりとなる灼炎をもたらす。

 巨大な炎の鳥が顕現すると、帝国兵士たちは瞬く間に焼かれ、グラン達に降り注ぐ炎は彼らの傷を全て燃やし尽くした。

 

「チカラを貸して! ”マナウィダン”」

 

 顕現するは双子の雨神。荒れ狂う水を操り、島を沈めることすら可能な水神。

 双子の腕の一振りと共に、帝国兵士の目の前に巨大な水の壁が広がり、兵士たちの悉くを押し流した。

 

「撃ちぬいて! ”サジタリウス”」

 

 顕現するは人馬一体の星晶獣。その手に持つ大弓に星晶のチカラが収束する。

 解き放たれたそれは巨大な一矢となりて次々と魔晶兵士を貫いていく。

 

「ルリア、あぶねえ!!」

 

 ビィが叫んだ瞬間、遠目から銃撃と魔法がルリアを狙う。だが、ルリアは止まらない。

 

「助けて! ”シルフちゃん”!!」

 

 ルリアの声に応えるは小さな少女の姿をした星晶獣シルフ。シルフはルリアの周りを繭のようなもので覆いすべての脅威からその身を守った。

 

 

 

「あれは……今までルリアが取り込んできた」

 

「星晶獣達……」

 

「それも四体同時になんて」

 

 フェニックスの炎で回復したグラン達が驚きの声を上げる。自分たちが横たわっている間に形成はひっくり返っていた。

 それも、これまで守り続けていた少女のチカラによって。

 驚きと共に見せるのは小さな恐怖。どうすることもできない戦力差を、今ルリアはその小さな手に宿るチカラだけで、全て埋めたのだ。

 以前セルグに止められて以来、ルリアはこのチカラを使うことはなかった。必要がなかったというのもあるかもしれない。 だが何より、このチカラを使うことが、危険を呼び寄せるかもしれないと知ったからだ。

 大切な仲間が。家族同然となった仲間が危険にされされないよう、ルリアはできる限りこのチカラを恐れた。

 だが、目の前で仲間を失いかけたとき、抑えられていた想いを開放したルリアは、その純然たる意志の下、出来る全てのチカラを行使。

 元々制御できるように一度に呼べる数は一体であった召喚は、彼女の願いのままにその数をふやして帝国軍を蹂躙する。

 これまでの旅路で取り込んできた星晶獣達を、ルリアはその想いのままに制御下に置き、今、完璧な使役を見せつけた。

 

 

 

「これが、ルリアの本当のチカラ……なのですネェ」

 

 炎が、水が、風の矢が。攻撃を加えようが、その悉くが眉に防がれる。次々と部下たちが屠られていく姿に、ポンメルンは戦う意思を失う。

 仕方ない事だろう。星晶獣が四体。そんなのはチカラを失う前のセルグですら無謀な戦力差だ。

 今使っている魔晶の制限時間ももうすぐであり、グラン達はフェニックスによって回復。もう……勝ち目はなかった。

 

「動けるものは動けないものを連れて撤退しなさい、ですネェ」

 

「た、大尉!? 何を言うのですか!!」

 

「第四庁舎も放棄。すぐに戦艦に戻り撤退準備をしておきなさい。こうなった以上我々に勝ち目は無いでしょう。吾輩は中将閣下をお連れしなければなりません」

 

 次は自分たちの撤退戦だ。第四庁舎を守り切ることができなかった今、目の前にいるグラン達がガンダルヴァの元へ向かえば、いくらガンダルヴァといえど全てを跳ねのけることは不可能。そうなったとき自分はガンダルヴァを連れて撤退しなければならない。それが特別な魔晶と共に強さを授けてくれたガンダルヴァへの恩返しだ。

 

「……了解しました。ご武運を!!」

 

 ポンメルンの想いを悟ってか部下の一人はすぐさま撤退を始めた。まだ戦闘自体は終わっていない。今であれば戦艦に戻るのはたいして難しくはないだろう。

 部下たちが一斉に撤退を開始するのを見届けると、ポンメルンは、その場を後にして走りだすのだった。

 

 

 戦う者がいなくなり、静かになった戦場で。息を切らせたルリアと星晶獣だけが、ただ悠然と立っていた。

 




如何でしたでしょうか。

まさかのアレーティアとオルキスの存在を忘れて書いてしまうとは。
やっとの思いで出演してもらったのにパッとしない出番でしたし、作者は大いに反省しております。
でも最終決戦ではきっちりみんなに出番がありますからどうぞお楽しみに(いつになるかわかりませんが

次回は、リーシャファン必見回を予定。
鳥肌立つような回にしたいですね。どうぞおたのしみに。

それでは、楽しんで頂けたら幸いです
改めて。感想、ご指摘お待ちしております


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メインシナリオ 第32幕

カッコいいと思える話を書きたかった。
完成度の程はわかりませんが、どうぞお楽しみ下さい。


 無機質な音を立て、天ノ羽斬が地面に落ちる。

 

「くっ……限界か」

 

 震える手を抑え、セルグは呟いた。

 もともと戦える力の衰えていたセルグだ。全力と見せかけるための怒涛の攻めで前線を押し上げ、出てきたガンダルヴァを釘付けにするために最小限ではあるが融合を使い、さらに作戦が成功してからも変わらぬ状況のまま、戦い続けてきた。

 戦いが始まってからここまで、常に全力で動き続けた彼の体は、既に立っているのもやっとな程、疲労に染まっていた。

 

「セルグさん!!」

 

「終わりだぁ!!」

 

 天ノ羽斬の音を聞きつけ、リーシャが救援に向かおうとするが、それよりも早く、動けぬセルグにガンダルヴァの拳が叩きこまれる。

 

「ぐっ、が……」

 

 ドラフの肉体から繰り出される拳撃に撃ち抜かれセルグはふわりと浮き上がると、続いて振りぬかれた蹴撃でその身が風に吹き散らされる木の葉のようにアマルティアの大地を転がっていく。

 

「よく粘ったが、ここまでのようだな……」

 

 勝利の愉悦を見せつつ、横たわるセルグの元に、ガンダルヴァは一歩。また一歩と歩き出した。その足音はセルグの死へのカウントダウン。

 一歩進むたびに近づくセルグの死の予感に、リーシャは必死で助けに向かおうとするが、それはほかの帝国兵士たちに阻まれ進むことを許されない。

 セルグの元へとたどり着いたガンダルヴァは、勝利を確信し、その剣を振り下ろした。

 

「春花春雷!!」

 

「何!?」

 

 振り下ろされる刃がセルグの命を刈り取る直前。気合の声と共に瞬速連斬の花が咲く。

 モニカが放つ攻撃は前回同様に放たれ、だが前回とは違い不意打ちとなってガンダルヴァに直撃。ガンダルヴァを大きく弾き飛ばし、モニカはセルグのそばに降り立った。

 

「全員! 戦闘開始!! リーシャ達の援護に回れ!!」

 

 続いて戦場に現れるはモニカが引き連れた部隊の姿。一斉に帝国兵士達へと向かう部隊の数は少ないがモニカ直属の部隊員たちは次々と帝国兵士達を屠っていく。

 

「モニカさん!? どうしてこちらに」

 

 第四庁舎を奪還したにしては早すぎる。むしろガンダルヴァの話から、奪還はできないとさえ思っていたリーシャは驚きと共に問いかけた。

 

「彼らの強い要望だ。お主たちの火急の危機に際し、彼らは私に救援に向かえと……彼らは自分たちだけで第四庁舎を落とすつもりだ」

 

「ぐっ、モニカ……何をバカなことを。ポンメルンもいる第四庁舎でお前が居なくてどうやって奪還するというんだ」

 

 セルグが苦しそうに起き上がりながらも怒りの視線を向ける。モニカがこちらに来たのなら、グラン達は苦戦どころか、下手すれば全滅だってあり得る。胸の内に一気に広がった不安にセルグは動きだそうとするが、モニカはそれを制して、セルグにあるものを手渡した。

 

「これは、キュアポーション……?」

 

 セルグの手に渡されたのはしっかりと中身の入った小さな瓶。緑色の液体が満たされており、淡い色合いがユラユラと揺れていた。

 

「彼らから渡されたものだ。それからお主が第四庁舎に向かおうとしたら伝えてくれと伝言を預かっている。”セルグ、思い上がるなよ。今のセルグは僕たちを守れるほど強くない。今のセルグは守られる側だと覚えておけ”、だそうだ」

 

「――アイツ等。意趣返しのつもりか」

 

「どういう意味だ?」

 

「オレが以前ルリアに言った言葉だよ。皮肉にも自分に返ってくるとはな」

 

 守られる側であったルリアに向けた戒めの言葉。それがまさか皮肉にも自分に返されるとは思ってなかったセルグは小さく笑う。

 グラン達は今のセルグよりは戦える。チカラを持っている。そんな自分たちを心配して弱いセルグが動こうとするなと、グラン達は告げてきたのだ。

 モニカの伝言に清々しいくらい言い返されてしまい、会話を終えたセルグはその場でキュアポーションを飲み干した。疲労と怪我が急速に癒えていき、体にある程度力がみなぎる。反動によって残っていた疲労感は相変わらずだが、それでも体の状況は、戦闘前に近い状態まで戻っていた。

 グラン達の意思を受け止め、セルグはその場で再度戦うことを決意する。

 

「さすがに助かったな……正直もう動けなかった」

 

 活力を取り戻したセルグはすぐに天ノ羽斬を回収し、再び戦闘の雰囲気を纏う。見据える先は悠然と歩み進んでくるガンダルヴァ。

 モニカの攻撃を受けたというのに、大きなダメージを受けていないその姿はセルグに一つの疑念を抱かせた。

 

「モニカ……お前まさか」

 

 疑惑のまなざしと共に疑問が投げかけられると、モニカは苦笑しながら答える。

 

「あぁそうだ。数日の間飲まず食わずで寝ていた体は衰弱していた。身体は衰え、怪我は決して治り切ってはいない」

 

 昨日の作戦会議で意識を取り戻してきたモニカは開口一番で自分も参戦すると告げた。

 少しでも戦力になればとの想いから参戦したが、それによって秩序の騎空団の団員たちは大いに士気を上げ、モニカの決意は多大な影響を及ぼしていた。

 その反面、無理に出てきた彼女の体はセルグ同様に本調子からは程遠い。

 生死の境を彷徨いかけ、飲まず食わずの状態で数日を過ごし、ギリギリのところでジータとイオの治療により命をつなぎ留めたに過ぎないのだ。

 

「こっちに駆けつけてくるとは思わなかったぞモニカ……ついでにここまで弱いともな」

 

 余りにも威力のなかった攻撃にガンダルヴァの失望の声が広がる。

 

「本当だな……そんな状態でよくも参戦するなんて言ったもんだ」

 

「んな!? お主がそれを言うか。状態で言うならお主の方が悪いだろう」

 

「ちょっと、お二人ともこんな時に何を言い争っているんですか!?」

 

 ガンダルヴァの声に同意を示しモニカを非難するセルグと、負けじと言い返すモニカ。この状況でまさかくだらない言い争いをするとは夢にも思ってなかったリーシャが二人を責めるようにたしなめる。

 そんな三人を、ガンダルヴァは冷めた視線で見つめていた。

 

「余裕そうだなガンダルヴァ。一応私達は今から二人でお前と戦うつもりだが?」

 

 モニカとセルグ。強者として彼らと並び立てるものは極稀であろう。その強さはリーシャもガンダルヴァも同意である。だが

 

「てめぇらがまともに戦える状態なら余裕は無かっただろうな。つまりは……そういう事だ」

 

 ガンダルヴァは嘲笑を込めて笑う。それは既に彼の勝利が確定的なほどにセルグとモニカがまともに戦えない事を示している。だが、そんなことで引く二人でもない。

 

「言ってくれる……その余裕、すぐに消してやるぞ!!」

 

 適わぬと分かっていながらも、セルグとモニカはガンダルヴァに立ち向かう。

 時間稼ぎしかできない。それは本人たちがよくわかっていた。彼らの戦況は緩やかに敗北に向かっており、決定的な何かが必要であった。

 

「(鍵はリーシャだ……アイツが覚悟を決めたとき、アイツの世界はひっくり返る)」

 

 一縷の望みをかけるは、未だ目覚めぬ大器の覚醒……

 

 

 ――――――――――

 

 

 秩序の騎空団、第四騎空艇団の拠点。第四庁舎を奪還したグラン達はとある一室に集まっていた。

 

「――ルリア」

 

 医務室であろう場所でベッドに横たわり、静かな寝息を立てているのは蒼の少女。

 守られる側だった自分を奮い立たせ、星の獣を使役し、大切なヒトを守り通したルリアだ。

 

「ジータ……ルリアの容態は?」

 

 ルリアの状態を診ているジータに、カタリナは問いかけた。集中していたジータの表情に、嫌な予感が高まっていたのだろう。その声音は、焦燥にかられている。

 

「――うん、大丈夫です。疲労と緊張による一時的な気絶といった所です。外傷も内傷もありません。脈も正常です」

 

「そうか。よかった……」

 

 心底安堵したように、カタリナは息を吐く。

 帝国軍が撤退した後、顕現させた星晶獣を回収したルリアは、パタリと糸が切れた人形のように倒れた。

 当然、グラン達は大慌てで駆けより、意識を失ったルリアを見るや、第四庁舎へと担ぎ込んで、ジータが容態を診ていたのだ。

 

「恐らくは、かなり無理をしたのだと思います。元々ルリアは召喚の時には意識を集中して行っていました。フェニックス、マナウィダン、サジタリウス、シルフ。呼び出した星晶獣を制御しながら立て続けに行った連続召喚が、ルリアに負担をかけたのではないかと」

 

「そうでもしなきゃ……どうにもならなかった、って事か」

 

「完敗だったわね。戦力の違いがあったことは認めるけど、それを覆すつもりではいたのに」

 

「逆にこちらの予定を見事に覆されましたね……彼の強さは想定外でした。

 

「……どんなヒトだって全てを読み切れるわけじゃないから仕方ないよ。とにかくルリアが無事ならこうしてはいられない。リーシャさんとセルグがまだ戦っているんだ」

 

 すぐに援軍に向かう必要がある。現在の状況を思い出し、グラン達はすぐに動き出した。

 のんびりしている暇はない。モニカが向かったとは言え、ガンダルヴァが相手では戦況は厳しいはず。

 元々の作戦でも第四庁舎を全力で奪還し、すぐに援軍に駆けつける手はずになっていたのだ。

 

「カタリナとイオちゃん、それからオイゲンさんはここでルリアを看ててもらえますか。兵士が戻ってこないとも限らない。流石にもぬけの殻にするのはまずいと思います」

 

 ルリアが動けない以上護衛は必要だろう。

 ジータの指示に、三人は頷きながら答える。

 

「そうだな、ルリアが心配だし私は残ろう」

 

「そうね。私も心配だわ」

 

「ちょいと老体には厳しい状況だ。素直に残らせてもらうぜ」

 

 三人の答えを聞いて、ジータもグラン達を追うように駆けだす。だが、向かう先では既に一つの決着がついていたことを、彼らは知る由もなかった。

 

 

 アマルティアの戦いは今、最終局面を迎える。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「ゴフ……」

 

 ズルズルと音を立てて、セルグが地面に横たわる。

 

「そん……な」

 

 リーシャの目の前に広がる光景。その光景にリーシャは小さく声を漏らした。

 団員たちは多くの帝国兵士達と戦い倒れ、援軍に来たモニカとセルグが先程ガンダルヴァの攻撃で沈んだ。

 駆けつけてきてくれたモニカの部下のおかげで兵士達の数は大きく削ることができたが、それでも肝心のガンダルヴァは健在。

 長い時間、ギリギリの戦いを強いられたセルグに動き出す気配はなく、怪我をおして出てきたモニカも同様。

 モニカの話では第四庁舎の奪還も困難を極めるであろうと予測され、リーシャは己の不覚を痛感した。

 

 脅威はガンダルヴァだけだと甘く見ていた。本調子ではないモニカとセルグに頼りすぎていた。

 幾ら囮とはいえ、リーシャ側の戦力が低すぎて渡り合うには無謀に過ぎたのだと現状をみて痛感する。それはその時になるまで、予測ができない己の無能が招いたことであり、今その自分のミスのせいで、大切な先輩も。大切な仲間達も命を散らそうとしている。

 

「よく頑張った方だ……てめぇらはみんな大健闘だったぜ。だが……これで終わりだ」

 

 ガンダルヴァが倒れ伏すセルグに剣を向ける。それが示す意味はただ一つ。彼の命を奪う事。

 軍人として敵に情けは無用。ましてや今倒れているのは、一度は彼を叩きのめした相手。見逃すわけがないだろう。

 

「残念だったなリーシャ。頼みの綱のこいつも、頼りにしていたモニカも倒れ。庁舎を攻めた騎空団の連中は今頃全滅でもしてる頃だろう。お前たちの負けだ」

 

「くっ、黙れ! 彼らは負けない! 私達も、まだ終わったわけじゃ」

 

 そんなわけがないと否定するリーシャは、剣を構え、ガンダルヴァに向き直った。

 だが、強がりにしか見えないその姿は、強者を求めるガンダルヴァの興味を引く事はなく、ため息を吐かせる。

 

「やめてくれそういうのは……弱者の足掻きほど面白くねえもんはねえ。ただこっちが詰まらなくなるだけだ。いくら頑張っても、弱者に強者は倒せねえんだよ」

 

 まるで子供を諭すような口調で語るガンダルヴァの言葉はこの現状を大いに表していた。圧倒的強者であるガンダルヴァと、弱者である自分達。そんな構図が、目の前に広がっているのだ。胸中に広がる不安を振り払うようにリーシャは叫び続ける。

 

「――違うっ! 私達は負けない! 私は諦めない。何としても貴方を倒し、この島を守る!」

 

「ハッ、いくら偉そうに言葉を並べようが、無理だってんだよ!! 現実を見ろ! てめぇが憧れるモニカも、圧倒的だったセルグも、今こうして地に伏している。何故だかわかるか?――弱いんだよ、覚悟がな!」

 

「ふざけるな!! お前なんかとは違う! 二人とも大切なものの為に」

 

 モニカとセルグを愚弄する言葉にリーシャは認めないと言葉を荒げた

 

「それが弱いってんだよ! 誰かの為、正義の為、弱者の為。そんな詰まらねえことに気を取られて、根本である己の為が抜けてるからてめえらはこうして地に伏している」

 

 くっ、と唇をかみ、リーシャは言いよどんだ。何を言おうが目の前の現実はガンダルヴァの言葉を肯定し、リーシャ達の想いを否定する。心のなかで、それが広がり始め、リーシャは反論する言葉が見つからなかった。

 

「そしててめえの父親もだ、リーシャ」

 

「何!?」

 

 この場にいない父親の話が出てきて小さく表情を揺らすリーシャを尻目に。ガンダルヴァは己が想いを語りだす。

 

「あのクソ野郎も、チカラを振りかざしながら御大層な正義を振りかざす。あれだけの強さを持ちながら、詰まらねえ何かの為にそれを振るう」

 

 秩序の騎空団の創始者。最強の騎士ヴァルフリートとの因縁が、ガンダルヴァの生きるすべてであった。

 

「俺様は我慢ならなかった。俺様よりも圧倒的に強いあの野郎が! 詰まらねえ正義の為にチカラを振りかざすあの野郎が!! そして、その詰まらない正義に負けちまう俺が……俺は心底大嫌いだったんだよ!!」

 

 只の戦闘狂だと思っていたガンダルヴァの心の奥底から湧き上がるような咆哮にリーシャが竦む。

 そんなリーシャを見て、昂った感情を抑え、ガンダルヴァは歪な笑みを浮かべながらまた落ち着いた声で話し始めた。

 

「感謝しろリーシャ。てめぇだけはまだ殺さねえ。お前は餌だ……ヴァルフリートを呼び寄せる為のな。そうしてでてきたアイツの目の前でお前を殺す。アイツに己の無力を感じさせ、絶望に落としてから、俺様はアイツにすべての復讐を果たす!」

 

 もたらされた計画の全容は、リーシャを餌にすべての復讐を果たす事。

 ただひたすらに父親への復讐の為に生きてきた悪鬼をみて、リーシャの心が奮い立つことはなかった。

 目の前の男は最強の騎士に復讐を果たすために生きてきた。そんな男に、未熟な己が勝てるわけがない。

 諦めに似た感情がよぎり、静かに膝をついてしまう。

 ガンダルヴァの言葉にリーシャは顔を伏せる。

 勝てない……抗えない……

 圧倒的な実力の差。目の前に現実を突き付けられ、心が折れる。

 だが、そんな彼女を再び燃え上がらせたのは外ならぬガンダルヴァの言葉であった……

 

「力こそが正義だ!! どんなご立派な正論も、ご立派な想いも、圧倒的な力の前では無力。ヴァルフリートも、セルグも、モニカも皆同じだ。より強いものにひれ伏す……それが世界の真理だ!」

 

 

 

 

 ”同じ……?”

 

 呆然としたまま、リーシャは己に問う。今ガンダルヴァが言った言葉を、その意味を。

 

 ”力こそが……正義?”

 

 憧れる先輩も、無茶をし続ける仲間も、追い続けてきた父親も。皆ガンダルヴァと同じであるのか。

 胸中でその是非を問いかけたとき、リーシャの視界は揺らぐ。

 それは悔しさから……情けない自分に。折れかけた自分に。ガンダルヴァの言葉に負けそうになった自分に、リーシャは涙が滲んだ。

 問うまでもなかった。考えるまでもなかった。

 自分はこれまでに多くの人から支えられてきた。秩序の騎空団としてもリーシャとしても。

 だから誓ったのだ……強くなると。

 だから求めたのだ……守れる力を。

 そんな自分と、支えてきてくれた人達が。目の前の男と同じはずがない。

 

 

 

「――違う」

 

 静かに、リーシャは口を開く。体は疲れを訴え、動きを阻害しようとするが、今のリーシャにとってそれはどうでもいいこと。

 

「――絶対に違う」

 

 口から出た言葉はただの否定の言葉。だがそこに込められた想いは彼女の心に、今再び大きな炎を灯す。

 

「モニカさんもセルグさんも、グランさんもジータさんも、そして父さんも。みんな、貴様なんかとは違う!!」

 

 立ち上がったリーシャは鋭くガンダルヴァを睨み付ける。剣を掲げ、立ち上がるリーシャの声は先の弱さを消し去り、ガンダルヴァと同じだけの覇気を秘めて放たれた。

 滾る想いが、リーシャを突き動かす。想いだけを込めた全力の一撃。それは無難な形でガンダルヴァに防御されるも、その威力の大きさは、これまでの彼女とは比べ物にならない。

 

「訂正しろガンダルヴァ!! チカラだけを求め、己の為だけに戦う貴様と、彼らを一緒にするなぁ!!」

 

「ハッ! 何が違う? 所詮は同じ穴のムジナだ。強い奴ほどな。アイツらだってこれまでにチカラで散々他者を踏み躙ってきている。それで何が違うってんだ、おい!!」

 

 リーシャの変化に僅かに瞠目しながら、それでもガンダルヴァを揺るがすことはなく、顔を突き合わせた二人は鍔迫り合いながら言葉をぶつけあう。

 

「違う!! 彼らは、誰かの為に涙を流せる! 彼らは誰かの為に必死になれる! 彼は……心を壊して尚、仲間の為に戦えるヒトだ! そんな彼らがお前と一緒であるはずがない!!」

 

 己ではなく誰かを想い涙を流せる人達を。己ではなく誰かの為に必死になれる人達を。そして自分を壊し続けて尚、愛する人を想い続けているヒトを、リーシャは知っている。

 そんな彼らと、己の為だけに戦い続けてきたガンダルヴァを一緒にされることが、リーシャには我慢ならなかった。

 彼らの優しさを否定することを許せるわけがなかった。

 激情のままにガンダルヴァを押し切ると、リーシャはガンダルヴァに一閃。しかしそれは軽く躱され、ガンダルヴァは僅かに後退するだけにとどまる。

 

「だったらどうする! いくら叫ぼうが結末は変わらねえ。俺様が今ここで立っている以上、俺様の正義は覆せねえよ!」

 

 現実をみず、言葉だけを掲げるリーシャの詭弁に、ガンダルヴァが引く事はない。強いのは自分であり、勝利しているのは自分だ。故に正しいのは己であるという絶対的自負がガンダルヴァにはあった。

 

「だったら……私が覆して見せる……」

 

 静かに、リーシャは己に問いかける。自分が誓ったことは何だと。

 

「私は誓った。もう迷わないと、皆を守るために強くなると……そう誓ったのは私なんだ」

 

 その心に宿るのは、一度は捨てた想い。まだ未熟だった自分が無理に背負おうとしていた誓い。

 

「強くなると……仲間を守ると誓ったのは私なんだ!!」

 

「誓うだけなら誰でもできるさ。所詮お前は青くさい小娘でしかない。いくら叫ぼうが、お前一人じゃ俺様には勝てねえよ」

 

 誓うだけでは何も変わらない。リーシャの実力ではガンダルヴァには到底及ばない。所詮彼女はリーシャでしかない。

 

「――そうだ、確かに私だけでは勝てない。だが」

 

 それでも、ガンダルヴァの否定を蹴飛ばして、並べられた言葉を跳ね除けて、リーシャは再び己に問いかける。自分は誰か。自分は()()()かを……

 

「忘れるなガンダルヴァ! 私は、全空が誇る碧の騎士……ヴァルフリートの娘、リーシャだ!」

 

 リーシャは今再び背負う。未熟な己には重石となっていた名前を。背負いきれなかった生まれを。

 

「私が背負う想いは私だけのものじゃない! 秩序の騎空団として。碧の騎士の娘として。私は全てを背負って戦う。これが……私の覚悟だ!! この覚悟は誰にもわたさない。私が……いや、私達が! 今ここで、お前を倒す!!」

 

 それは彼女が真に目指した姿。仲間の想いを背負い戦う、誇り高き碧の騎士と同じ覚悟であった。呪いにも似た彼女の肩書が今、彼女に全てを背負う強さを与える。

 

 

 ただ一人。見方は崩れ、一人だけで立っている状況で挙げられた声に……覚悟を決めたリーシャの気迫に、ガンダルヴァはついに笑みを消す。

 感じられるのは強者の気配ではない。リーシャから放たれるのは強さではない。

 

「(あのクソ野郎と同じ、気配……)」

 

 感じたのは彼女が娘だからか、それともその高みに近づきつつあるからか。どちらにしても、それは大きな変化であった。

 ガンダルヴァにとっても。

 

 そして倒れ伏していた彼らにとっても……

 

 

「……うれしいぞ、リーシャ。お主がこんなにも強くなってくれて」

 

 ユラリと立ち上がると、モニカは小さく笑った。

 

「覚悟を決めた奴ってのは本当に強いもんだな……ボロボロになって尚、こんなにも奮い立たせてくれる」

 

 地に付していたセルグが、天ノ羽斬を杖代わりに立ち上がった。

 更には周囲に倒れ伏していた騎空団の団員たちが続々と、傷だらけの体を持ち上げ、リーシャの声に応えるように起き上がる。

 

「なん……だと」

 

 動き出す気配のなかった二人の目覚めにガンダルヴァが驚愕を浮かべる。当然だ、彼らはすでに死んでもおかしくないほどにボロボロであったはずなのだ。リーシャでさえ、二人が立ち上がるとは思っていなかった。

 長時間に渡る戦いの最中、モニカは全身を打ちのめされており、セルグはさんざんに切り付けられ大量の血を流している。もはや緩やかに死を待つだけの状態であったのがセルグとモニカの二人だった。

 

「てめぇら……なぜ動ける?」

 

 二人が動いたところで脅威ではない。だがそれでも、ガンダルヴァは問わずにはいられなかった。

 驚愕を浮かべたまま問われた二人は、小さく笑うと、さも当然のように口を開いた。

 

「リーシャが言ったじゃないか。お前を倒すのは私達だ……と」

 

「お前と戦えるのなんてリーシャ以外じゃオレ達ぐらいだ。リーシャ一人に戦わせるわけもない」

 

 何かおかしいことがあるか? というように二人は肩を竦ませる。

 僅かな余裕を見せた二人も自身がなぜ動けるかなどわかってはいない。確かに二人は先ほどまで意識を失っていたのだ。

 だがそれでも大きな声を聞いた……強い覚悟の声を聞いた。それに導かれるように彼らはその身にもう一度チカラをみなぎらせ立ち上がった。

 

 言魂(ことだま)……それは真に人の上に立つ者の証。

 想いを乗せたその者の声はチカラを持ち、聞くものに大きな影響を及ぼす。

 ヒトとは単純なものである。嬉しいと言えば嬉しくなり、悲しいと言えば、悲しくなる。大なり小なりの違いはあれど、人は言葉だけで影響されるものだ。

 言魂をもつものは、その声だけで、多くの仲間を鼓舞し、勝利へ導く。

 碧の騎士の娘だからではない。彼女が秩序の騎空団だからではない。

 声を上げたのがリーシャだから……彼女が悩み、苦しみ生きてきたこれまでが。彼女が決めた覚悟が言魂となり、聞くものにチカラを与えたのだ。

 

「絶刀天ノ羽斬よ。我が意に応えそのチカラを示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て!!」

 

 立ち上がったセルグが、沈黙していた天ノ羽斬に呼びかける。光の奔流にさらされて再び立つ姿は、ボロボロであろうと頼りがいのあるいつもの彼の強さを纏っていた。

 

「いかせるか!!」

 

 不意打ち。ガンダルヴァのみを見据えていたセルグの背後から、隠れていた帝国兵士が襲い掛かった。

 虚を突かれたセルグがギリギリで防御しようとしたところで、横合いからドラフの男が帝国兵士を殴りつける。

 

「ここは任せて、あんたは行ってくれ、セルグ殿よ」

 

「俺達じゃあいつとは戦えねえ。だけど、あんたならやれるんだろ!」

 

 そこにいたのはセルグに向かおうとする兵士たちの前に立ちはだかる、ボロボロの状態のモニカの部下達。アマルティアで最初にセルグが接触したレドとエリクだった。

 

「お前達……そんな状態で」

 

 ボロボロなのはセルグも変わらないが、帝国兵士を相手に再び多勢に無勢の戦いに挑もうとしている。躊躇するセルグだったが、セルグに背を向けながら、レドは小さく願いを告げた。

 

「船団長達を頼む……」

 

 それは、彼らの変わらぬ願い。自分たちではどうしようもないから託す、彼らの想いであった。再び告げられた彼らの真摯な願いに、セルグは奮い立つ。

 

「……わかった。()()()!」

 

 二人にその場を任せ、セルグがガンダルヴァの元へと向かう。彼らの想いを守るため。彼らの大切なものを守るため。

 

 

「さて、今度は泣き言言えねえぞ。エリク」

 

「そのでかい図体で活躍してくれるんだろ、レド」

 

 軽口と共に笑いあうと、二人はチカラを振り絞り、帝国兵士を相手に必死の抵抗をつづけるのだった。

 

 

 

 周囲で再び起こる、死力を尽くした戦い。魔晶兵士はもういない。リーシャの活躍の下、アドヴェルサも破壊されている。起こっているのは少ない数で抵抗を続ける秩序の騎空団と、いまだ多数残っていた帝国軍の兵士との戦い。

 そんな命を燃やした戦いの喧騒の中、静かに四人のヒトが対峙する。

 

「覚悟してください、ガンダルヴァ」

 

「力こそが全てだったな。三対一でも、今さら文句は言ってくれるなよ」

 

「ガロンゾからの因縁……ここでケリをつけてやる」

 

 リーシャが。モニカが。セルグが並び立ち……

 

「驚きはしたが、勝てると思ってんなら甘ぇよ。俺様の勝利は変わらねえ」

 

 冷徹な瞳のまま、自信に溢れてガンダルヴァが答えた。

 

 

「行くぞ!!」

 

 

 いざ、最終決戦へ……

 

 




如何でしたでしょうか?

さて、少し補足致しますと、言魂と言うものが出てきましたがこれは別に特殊能力でもなんでもなく、要するに力が湧いてくるような凄い応援です。
彼女がもつ人を惹き付ける力がもたらす影響といったところでしょうか。
原作での今回に当たるシーンに負けぬよう。本作ならではのリーシャに主人公を演じてもらいました。

戦いばかりが続くアマルティア篇。次回で終着となります。ご期待下さい。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。


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メインシナリオ 第33幕

アマルティア編完結、、、では無いですね
でも戦いは完結致します。

どうぞお楽しみ下さい


 徐々に日が落ちてきているアマルティアで最後の戦いが始まる。

 睨み合う四人。三対一の状況でありながら、ガンダルヴァには余裕の雰囲気があり、対するリーシャ達には張りつめた空気のみが漂う。

 

 風の刃が閃いた……軽く簡単な魔法であるとは言えその発動までの速度は尋常ではなく、リーシャが放つ魔法が口火を切る。

 

「フンッ」

 

 牽制である事は分かり切っている狙いの甘い攻撃に、ガンダルヴァはあっさりと躱すが、即座にセルグが接近。

 

「おぉお!!」

 

「おせぇ!!」

 

 振るわれたのはセルグの全力の一閃”光破”。それを簡単に切り払うと、ガンダルヴァは反撃に横薙ぎの一閃。セルグは受け止めることはせずにその場を後退し、攻撃直後の隙を狙いモニカが懐に入る。

 至近距離、顔がふれそうな程近くにまで入り込んだモニカにガンダルヴァが面食らった瞬間。

 

「雷槍光陣」

 

 地面に刀を突き立てて行うモニカの攻撃。前準備なしのそれはほとんど威力を持たないが、それでも地面から迸る雷撃は次なる隙を作り出すには十分であった。

 

「はぁああ!!」

 

 すぐに離れたモニカと入れ替わりにリーシャが攻めに転じる。セルグとモニカは散開し別の方から隙を伺うように回り込んでいく。

 

「(こいつ……)」

 

 俄かにガンダルヴァの表情が変わった。

 攻め込んできたリーシャに対し反撃を見舞うもそれを悉く躱され、逆に隙を突かれていく。

 

「ウインド!!」

 

 声とは裏腹に冷静な思考のまま、接近状態から放つ風の魔法でガンダルヴァを大きく後退させると、リーシャは間髪入れずに風の刃で追撃。体勢を整えようと動いたガンダルヴァの機先を制す。リーシャの追撃でガンダルヴァがわずかに体勢を崩した。

 

「ここだ!」

 

「落ちろ!」

 

 動きの鈍った瞬間をセルグとモニカが見逃すはずもない。挟むように振るわれた二人の刀にガンダルヴァは舌打ちしながらもモニカの腕を蹴り上げ、セルグの剣閃を防ぐ。

 

「隙だらけです!!」

 

 だが、それでは終わらない。ガンダルヴァの目の前に詰めてきているリーシャが剣を突き出す。

 眼前に突き出された剣を、ガンダルヴァは首を傾けて躱すが、それすらリーシャには織り込み済み。

 

「春華春雷!」

 

「多刃!」

 

 ギリギリの回避に意識を持ってかれたガンダルヴァに二人の攻撃が叩き込まれた。光のチカラを付与した瞬速連斬の技にガンダルヴァは防御しながらも大きく後退させられる。

 

「ぐっ――調子に乗るんじゃねえ!!」

 

 押されていた状況からガンダルヴァが一転。”フルスロットル”で身体能力を強化し不意を衝いて動き出す。剣撃からの体術でセルグとモニカを打ち倒し、そのままリーシャへと向かった。

 

「一撃で終わらせてやる、リーシャ!!」

 

 手加減もなにもなく、ガンダルヴァは全力で剣を振るった。リーシャの中に碧の騎士ヴァルフリートを感じたときから、ガンダルヴァにリーシャへの油断はない。

 仮にリーシャが何も変わらず全快時のセルグやモニカと比べ、大きく戦闘力で劣るとしても、全力で剣を振るう事をためらわない。

 それほどまでに今のリーシャの気配は、ヴァルフリートの気配を感じさせていた。

 情け容赦なく振り下ろされた剣閃はセルグやモニカ同様、リーシャにとっては驚異的な速さである。しかし……

 

「んだとっ!?」

 

 リーシャの剣はそれをはっきりと捕えていた。

 

「はぁ!!」

 

 驚愕に染まるガンダルヴァを尻目に、すぐさま受け流して反撃。回避して後退したガンダルヴァへと更に踏み込み、リーシャは追撃を行う。

 

「(マグレか……いや、そんなわけがねえ。こいつは間違いなく、俺様の剣が見えてやがる!)」

 

 胸中でリーシャの動きに動揺しながらもガンダルヴァは冷静に思考を回した。

 絶えず続けられる攻防はリーシャにとっては全力であるが、ガンダルヴァの脅威にはなっていない。実力の違いは確かである。だというのにリーシャはガンダルヴァの攻撃を難なく防いだ。

 落ち着いて己の剣が止められたからくりを突き止めようとするガンダルヴァだが、そんな悠長なことを彼らが許すわけもない。

 

「紫電……一閃!」

 

「チィッ!!」

 

 モニカの剣閃がガンダルヴァを襲う。刀を纏う紫電が薄い光の軌跡を残し、攻め入るリーシャの反対から迫るがガンダルヴァはそれを跳躍で回避。中空へ逃れたガンダルヴァを、しかしセルグとリーシャが追撃。同様に跳躍した二人とガンダルヴァが交錯するが、ガンダルヴァとてやられてばかりではない。

 

「だから……」

 

 ゾクッとするほどの気配。ガンダルヴァの目が光ったと錯覚するほどの殺気にリーシャとセルグは危険を感じ取った。

 

「調子に乗ってんじゃ……」

 

 だが感じ取ったのもつかの間、回避を許さないよう、剣を手放し両手を自由にしたガンダルヴァは間合いに入っていた二人の手をつかみ、地面に向けて全力で叩きつける。

 

「ねぇってんだよ!!」

 

「がっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 呻きと悲鳴に彩られた二人の声が響く中、今度はガンダルヴァが攻め入る。地面に刺さった剣を拾うより先にすぐさま立ち上がったセルグとリーシャに突進した。

 

「おらぁああ!!」

 

 拳撃によるラッシュ。息もつかせぬほどのそれは拳の弾幕だ。嵐のような攻撃に既に足元のおぼつかないセルグは躱すことができず吹っ飛び地面に転がされた。吹き飛んで転がったセルグに止めを刺さんとガンダルヴァが走るも

 

「行かせません!!」

 

 ガンダルヴァのラッシュを躱し切り、リーシャが立ちはだかる。先程の弾幕のような拳撃すら躱したリーシャに驚きはするもののガンダルヴァは全力で突撃。

 対するリーシャは距離を詰められる前に、周囲に風の刃を構築すると、自らも飛び込む形で放つ。

 放たれる風の刃とリーシャの動きを見て、ガンダルヴァは剣がない事は不利だと悟ったか、仕方なく大きく飛び退くことで一度後退。愛剣を拾い上げ一度戦う手を止めた。

 

 戦いは再び睨み合いへと戻る。

 

「大丈夫か、セルグ」

 

「あぁ、悪いモニカ。やはりとても調子が良いとは言えないな……」

 

 先程のガンダルヴァの攻撃を成すすべなく受けていたセルグはもうまともに攻撃を躱そうとしてもできないだろう。怪我が治ったわけではない。今のセルグは只気力だけで動いているに過ぎない。そしてそれはモニカも同様。

 動けはするがもう攻撃力はまともに期待できない。そんな状況である。

 だが、それでもリーシャには二人のチカラが必要であった。

 打つ手はある。リーシャにも奥の手と言える程強力な攻撃があった。だがそれに反して隙が大きく、当てるのは至難なその技は、狙うのであれば致命的な隙を作り出す必要がある。

 

「私が接近戦に入ります。セルグさん、モニカさんは隙あらば全力を叩き込んでください」

 

 リーシャが前に出ながら、作戦を提示する。聞いた二人は悩むこともなく、頷いた。

 既にリーシャの強さに疑う余地はない。先程の攻防でもいかにリーシャが優秀であるかは分かったのだ。ガンダルヴァと渡り合えるリーシャに対し、囮か、隙を狙うくらいしかできない自分達よりも主体はリーシャの方がいいと二人もすぐに理解する。

 

「無理だとは思わない。だが、無茶は」

 

「大丈夫です――私は負けませんから」

 

 僅かに心配な様子を見せるセルグの言葉にリーシャは答える。嘗ての牢屋でかたくなに戦おうとした時とは違う、今のリーシャに弱さは微塵も感じられなかった。

 むしろ彼女が見せるのは自信のある顔。これまで見てきた中で最も強さにあふれた顔だ。

 自信満々の顔で前に歩み出てきたリーシャを見て、ガンダルヴァはとうとう、警戒心をあらわにする。

 不可思議なほどに攻撃をかわし続けていたリーシャは、からくりは分からなくとも、すでに強者の一角だ。

 油断も隙もなく、ガンダルヴァはリーシャを見据えていた。

 対するリーシャもまた、ガンダルヴァを鋭く睨み付ける。

 

「(集中しろ。見るんじゃない……見通せ。次の動きを。奴の思考を)」

 

 リーシャの脳を思考が駆け巡る。彼女は今グランやジータと同じ極限の集中力を発揮していると言っていいだろう。

 だが、二人と違いそれは自らの動きを高めるためではない。

 

 先読み……相手の動きからその先を読むそれは戦いにおいて非常に重要な要素だ。

 セルグやモニカは感覚的にそれを読むタイプである。脳で処理するのではなく、視界に入った情報から、感覚的に次の動きを察知するそれは、勘や気配と言ったものを感じ取る能力。

 だが、リーシャの先読みは違う。リーシャのそれは、一挙手一投足という言葉ですら生ぬるい極限の分析。ガンダルヴァの視線、呼吸、足の配置や腕の位置、関節の曲がり具合など、すべての部分から情報を抜出し次なる行動を読むそれは、指揮官として戦場を読む彼女だからこそできる事だ。

 身体だけでなく、思考まで読み取ろうとするリーシャの先読みは恐ろしい精度を以て、ガンダルヴァの先を見通す。

 ガンダルヴァが出した答えは間違ってはいない。リーシャには、ガンダルヴァの剣が視えていたのだ。

 

「随分とやるようになったじゃねえか。お前まで俺様と渡り合えるとは思ってなかったぜ、リーシャ」

 

「セルグさんとモニカさんがいなくても私は貴方に勝つつもりでした。この程度で驚かれては困ります」

 

 こんな状況にもかかわらず、静かにセルグとモニカが目を見合わせる。

 冷ややかに――強がりであろうとも、地味にセルグとモニカをいらない子認定するリーシャに、二人の中で後のリーシャへのお仕置きが決定した瞬間だ。

 そんなセルグとモニカの思考など露知らず、リーシャは静かに構える。

 リーシャの戦いの性質上、防ぎ、捌き、反撃で仕留めるのが最も戦いやすい。ガンダルヴァが動き出すのを待ち構えるように、リーシャは動きを待った。。

 

「――そろそろ手加減は終わりだ。最後まで足掻き切って見せてくれ、全空が誇る最強の騎空士の娘よ」

 

 言葉と共に膨れ上がる気配にリーシャはガンダルヴァが勝負をかけてくるのだと悟る。

 

「お二人とも、ここで決めます。どうか……私にチカラを貸してください」

 

 動き出す気配を見逃さないように、視線はガンダルヴァに固定したまま、リーシャは静かに呟く。

 セルグもモニカもバカな思考を消して、最後の気配を察すると、それに相応しい選択をした。

 

「これで最後、出し惜しみは無しだ。――光来」

 

「終わりにしてやるぞガンダルヴァ。――旋風雷閃」

 

 最後の一撃。残り少ないチカラを高め、セルグとモニカは刀を鞘に納めて構える。どちらも、それが抜き放たれたときが最後の一撃となるだろう。

 二人の張りつめた気配を感じてガンダルヴァは嗤う。

 

「たのしかったぜセルグ、モニカ。お前達の存在は俺様にとって更なる高みへの踏み台となった」

 

「こっちはそんな余裕なかったぜ。次があったら本調子でもどうなるかわからん」

 

「お前との戦い程疲れるものはないな。前回の勝負でお前に一泡吹かせられたからまだ良いが、負けっぱなしというのはやはり癪にさわる」

 

 ガンダルヴァが名残惜しそうに告げると、セルグとモニカは呆れたような、疲れたような声で返す。

 そんな二人から視線を外し、リーシャを見ると今度は嬉しそうに口を開いた

 

「そしてリーシャ。お前も今日から化け物の仲間入りだ。俺様と互角に渡り合える奴なんてほとんどいねえ……やはりお前は、全空が誇る化け物の娘だ」

 

「――それは違いますガンダルヴァ。私は貴方達のように強くは成れません。いくら足掻こうとも、貴方達と同じ高みには至れない。だからこそ私は……私だけは、貴方の正義には負けられない。私が負けてしまえば、皆が信じる正義が偽物になってしまうから」

 

 セルグ、モニカ、ガンダルヴァ。皆、最強の名を取り合ってもおかしくない、根本から違う強者。こと強さという点では、リーシャは彼らに遠く及ばない。

 彼女が目指したヴァルフリートも、そういった戦士の一人であり、リーシャには決してたどり着けない境地にいる存在だ。

 だが、だからこそ、リーシャはここでガンダルヴァに負けるわけにはいかなかった。

 彼女が知る正義は力ではなく想い。何かを守りたいと、誰かを守りたいという想いが彼女も、そして仲間も支える正義だから。

 

「正義なんて人それぞれだ。手前が全部背負うもんでもねえ。だからみせてくれよ、お前が信じる、お前だけの正義の強さってやつを……力を否定した、本当の強さってやつをよぉ!!」

 

 言葉と共に巻き上がるチカラ。これまで体術と剣術でしか戦わなかったガンダルヴァが今初めて見せる属性のチカラ。

 彼の飽くなき闘志に相応しいそれは炎のチカラだった。愛剣のチカラを解放しガンダルヴァは、今全てを出し切って戦いに臨む。

 

「いくぜ!」

 

 フルスロットルで強化された強靭な肉体が躍動する。一足で接近したガンダルヴァが振るう剣をリーシャはギリギリで躱す。

 動きの先読みはできても威力までは読めない。ギリギリで躱したのはそれが防御をしたら叩き潰されるであろうと察したからだ。

 振り下ろされた剣に地面が爆砕されるのを見た瞬間に、リーシャはその感覚が間違いではなかったと気づく。と同時に、リーシャはガンダルヴァの背後に回り一閃。

 

「ソニックアウト!!」

 

 風のチカラを込めた一撃がガンダルヴァを捉えた。

 

「躱した上に良い攻撃をしてくるじゃねえか!」

 

 瞬時に反転しリーシャに向き直るとガンダルヴァは剣を振るう。それはセルグと同様、炎の斬撃となって投射され、リーシャに放たれた。

 

「ウインドシャール!!」

 

 躱しながら避けきれないものをウインドシャールで防ぎ、今度はリーシャが接近。斬撃の投射後間髪入れずに動いていたガンダルヴァを迎え撃つ。

 

「はぁあああ!!」

 

 全身全霊。すでにガンダルヴァの攻撃を迎え撃つにはそれだけの力が必要であった。打ち合っては不利とはわかっているリーシャは数合の攻防からすぐに先読み、ギリギリの回避をして、隙を作り出し剣を振るう。

 

「チッ!!」

 

 僅かに触れた剣閃がガンダルヴァの左手を浅く切り付ける。出血は多少あるが、この程度では全力の戦いを繰り広げるガンダルヴァの動きは阻害されないだろう。お返しとばかりに振りぬかれるのは虚を突く様に振るわれた蹴撃。

 先読みの弱点たる感情に任せた攻撃にリーシャが吹き飛ばされる。

 切り付けられたことへのとっさの反撃といったところだ。態勢からは理に適った動きではなくとも、それはリーシャの読みを覆す厄介な攻撃。

 

「もらったぁ!」

 

 瞬時に駆けだしたガンダルヴァは攻勢にでる。リーシャは立ち上がったばかり。迎撃の体制を整える前に攻め入ろうとするところは、油断も隙も見逃さないガンダルヴァらしい。

 対するリーシャはギリギリの劣勢の中それでも思考を落ち着いて回す。一撃一撃が強大な威力を誇るガンダルヴァの攻撃。防御の選択肢は潰され、さらには属性の相性としても、猛る炎にリーシャの風は不利であった。

 ならば……

 

「何ぃ!?」

 

 打たせなければいい……。

 リーシャの剣が、振りぬこうとしたガンダルヴァの剣の初動を抑える。

 動きとタイミングを完璧に読み切ったそれはタイミングを間違えば致命的な隙を晒し、動きを読み間違えばあっさりその身を切り捨てられていただろう無謀に過ぎる賭け。

 だがそれでも、リーシャはその賭けに打ち勝ち、攻撃に入ろうとしたガンダルヴァの動きを抑え込んだ。

 そしてそれは、大きな隙となる……

 

「絶刀招来――」

 

「春花――」

 

 リーシャが抑え込んだガンダルヴァの攻撃を跳ね除け、体勢を崩す。もはや言葉はいらない。隙を晒したガンダルヴァにセルグとモニカは高めていた力を解き放った。

 

「天ノ羽斬!!」

 

「春雷!!」

 

 極光の斬撃、次いで高めに高めた、雷刃の瞬速連斬がガンダルヴァに叩き込まれる。

 瞬時にガンダルヴァは迎撃を選択。

 

「ぬああああ!!!」

 

 激烈なまでの攻撃力。属性を加えたそれは、ガンダルヴァの奥義”ブルブレイズバッター”。その猛るチカラを相手が崩れるまで叩き込むような全力の連続攻撃である。

 その勢いだけで、ガンダルヴァは迫りくる二人の一撃を相殺してみせた。それだけにとどまらず技を放った二人をも巻き込み沈黙の途に就かせる。止めの一撃であろう二人の攻撃を迎撃しガンダルヴァは勝利を確信する。あとはリーシャを倒せばこの戦いは終わる。

 

「終わりだリーシャ! 手前の攻撃力では俺様は……」

 

 勝ち誇ったガンダルヴァがリーシャを見据えたとき、ガンダルヴァの表情は驚愕に染まる。

 落ち始めた夕日を背後に、リーシャに集うは渦巻く烈風。凝縮した風のチカラがその剣に集い、解放を今か今かと待ちわびて音を鳴らしていた。

 

「これが私の……覚悟の形だ!!」

 

 リーシャが飛び出す。跳躍に近い勢いで前方に飛び出すとリーシャはその全てを剣に乗せて突き出した。

 

「トワイライトソード!!」

 

 全力を放った直後のガンダルヴァにそれを迎撃する術はない。だがそんなことでガンダルヴァが引く事もない。

 

「打ち砕いてやらぁ!!!」

 

 咆哮と共に剣を構えると、渦巻く風のチカラに剣を叩きつける。再度炎のチカラを解放し、猛る炎熱がリーシャの全てを乗せた攻撃を押し返そうとした。

 

「くっ……負けない! 私の覚悟はこんなもんじゃない!!」

 

 押されかけた己を叱咤し、リーシャが叫ぶ。それは自分への言魂……もてるチカラの全てを振り絞るための彼女自身に向けた魂の叫び。

 覚悟の声に押されるように、リーシャの風が勢いを増すと、ガンダルヴァが徐々に押されていく。

 

「バカな!? ぐっ、……こんなことが。こんな……ち、ちくしょうおおおお!!」

 

 全てを込めたリーシャの一撃にガンダルヴァが飲み込まれていく。

 静かになったアマルティアの大地に、ガンダルヴァが横たわっているのを見て、リーシャは静かに笑う。

 

 秩序の騎空団に今、勝利の女神が微笑んだ。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「よくぞやったリーシャ!!」

 

 バシバシとリーシャを叩き、モニカが労う声が辺りに響く。ついでにリーシャの身体にも……

 少しの後に目を覚ましたモニカは戦闘の結末を見て綻んだ。

 意識を失う直前まで、かわいい後輩の心配は尽きなかったが、最悪どころか最良の結末を手に入れた後輩に飛び上がらんばかりに喜んでいた。

 

「ホント、よくぞまぁ……打ち勝ってくれたな!」

 

 セルグもリーシャの頭をバシバシ叩き始める。既にお仕置きは実行されているようだ。

 モニカとセルグは一瞬だけ目を合わせると、全力を出し切りボロボロなリーシャにやんわりと苦痛を与えていく。

 

「ちょっ、いたっ、お二人とも!! 痛いですって!」

 

「本当によくやったリーシャ。正に今回はお主の大金星だ!」

 

「初めて会った時が随分と遠い昔のようだ。こうまで強くなるとは、思ってもみなかったぞ」

 

 身体に響く、お仕置きが終わり、モニカとセルグから素直な賞賛を向けられ、リーシャは頬を赤く染めた。

 

「いえ、そんな……結局お二人が居なければ、どうしようもなかったですし、私一人の力では」

 

「またそんなことを言って、それを言われたら足で纏いに近かった私とセルグはどうなるんだ」

 

「誇れよ、もっと。お前は確かに逆境を跳ね除け自分の力で奴に打ち勝ったんだ」

 

 謙遜を重ねるリーシャに、二人は優しく告げる。本当によくやった。卑屈なリーシャが真に自分の功績を認められるように。

 その想いを察して静かにリーシャが笑おうとした時

 

 

「ううむ……まさかこうなっているとは、ですネェ」

 

 

 瞬間、声の聞こえた方向に、セルグが目を向ける。

 

「ポンメルン!!」

 

「お久しぶりですネェ。ついでに貴方達の健闘を称えましょう。よくもまぁ、この程度の戦力で中将閣下を打ち破り、兵士たちを打倒してくれましたネェ」

 

 静かに、ポンメルンが魔晶の気配を放つ。グラン達との戦いでそれなりに消耗はしているが、実質彼の状態は無傷に近い。ルリアの覚醒により部隊のほとんどをやられたため撤退を決めたが、彼自身はまだ戦えるのだ。

 必然、セルグ達には緊張が走る。消耗なんてものではない、すでに彼らは全てを出し切りもはや戦う事も困難だ。今の彼らに抗うすべはない。

 

「そう身構えなくても結構です。第四庁舎は奪還され、中将閣下は敗北。今回は帝国の完敗ですネェ。私は中将閣下をお連れして撤退させていただきます」

 

「何っ!? そんな事させるわけ」

 

「落ち着けセルグ! 今の我らで奴を相手にすることなど」

 

「その通りですネェ。かと言ってこちらももう戦力はなく、この島を放っておくしかない。痛み分けということでここは終わりとさせて頂きますネェ」

 

 動こうとしたセルグをモニカが抑え、ポンメルンは悠々とガンダルヴァを回収していく。その場にまだ健在であった兵士達数人がガンダルヴァを運ぶ姿をみて、セルグは歯噛みしながらもそれを見る事しかできなかった。

 

「それでは、私も撤退させていただきます。あぁそうだ、一つ忠告を差し上げましょう」

 

「何?」

 

 セルグに向き直ったポンメルンの忠告と言う言葉に、セルグは眉をひそめた。意図が読めず戸惑うセルグをよそにポンメルンは告げる。

 

「ルリアのチカラ……あれはとんでもないものです。努々、注意されますようお伝えしておきます、ですネェ」

 

 そういって、ポンメルンは兵士を伴い彼らの前から姿を消していく。

 残されたセルグ達は、勝利の余韻も吹き飛ばされて、ポンメルンが残した不穏な言葉に、わずかな不安を胸の内に抱えることになった……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

イメージは本作フェイトエピのように緊迫した戦いからの王道な流れを描いたつもりです。
リーシャの扱い優遇しすぎじゃねって?
原作じゃここしか活躍どころないしアニメもハブられたっぽいんでサイゲへの一種のアンチテーゼです。ご理解ではなくご容赦頂きたいです(土下座
一応作者としてはどのキャラにもしっかり見せ場を作っていくつもりで書いてありますので決してリーシャのみってわけではないことをお伝えしておきます。

アマルテイア激闘編いかがでしたでしょうか。
作者としてはかなり前から構想を練っていたので読者様が心動かされる話になってれば嬉しく思います。

それでは。お楽しみ頂けたら幸いです。

感想、お待ちしております


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メインシナリオ 第34幕

数日開けての投稿。
前回に引き続き、キリがいいところで区切っちゃったので少し短め。

少しふざけつつもちゃんとしっかり真面目をやります。
それではどうぞお楽しみください。



「はぁ…………」

 

 悩まし気に溜息を吐くのは、淡い茶色の髪の女性。秩序の騎空団第四騎空挺団船団長補佐、リーシャである。

 肩書きのやたら長い彼女が現在いる場所は、アマルティアの拠点にある書庫。戦いも終わり、一日の時を経て、今は求めていた情報を探しにグラン共々書庫にこもりっきりだ。

 船団長補佐として仕事はないのか? と言われると心苦しいところではあるが、彼女の体のあちこちには痛々しく包帯がまかれている。

 死力を尽くし、己の限界を超えるような戦いを制した彼女はその体に多大なダメージを負っており、団員達の計らいでアマルティアの復興作業には指示を出すだけにして、こうしてグラン達と書庫をあさる作業についているのだ。

 

 

 ポンメルンがガンダルヴァを回収し撤退した後、駆け付けたグラン達をみて、リーシャ、モニカ、セルグの三人は意識を失った。

 全力の戦い。倒れて尚、リーシャの声に立ち上がったモニカとセルグは未だ夢の中にいる。リーシャとて、一日は眠りについていた。

 まだこうして起き上がって書庫を漁ることができる自分は軽い方なのだろうと思い、リーシャは再び書棚に目を向け、目標のものを探し始める。

 

「リーシャさん~見つかりましたか?」

 

「あ、ルリアさん……」

 

 書棚の影からひょこっと顔を出したルリアから明るい声がかかる。

 彼女も疲労により眠りについていたが、リーシャが目覚める頃にはすでに元気一杯のルリアが復活しており、以前にも増して彼女の明るさは底抜けになっていた。

 目覚めたルリアに向けられた仲間からの心配の声。次いで掛けられたのが

 

 ”ルリアのおかげで助かったよ”

 

 その言葉を聞いた瞬間に、ルリアは自らの想いが間違いではなかったと悟り、皆を守れたことに歓喜した。

 皆の無事に安堵して涙が滲んで来たルリアに、グラン達がまたオロオロと心配する場面もあったが、ルリアがそれ以降一段と元気になったとはカタリナ談だ。

 

「簡単には見つからないようですね。ビィさんについてもですが、セルグさんが求める記憶に関する星晶獣についても……」

 

「う~ん、皆さんもなかなか見つからないって――」

 

「そうですか……とにかく地道に探すしかないですね。ここら辺はもう探したので私はあちらの方を探してみますね」

 

「わかりました! それじゃ私は、グランとあっちを探してみます――」

 

 ルリアがグランを探しに離れていくのを見ながら、リーシャは一人別の書棚を探し始めた。

 相変わらず無関係なものばかりが並ぶ書棚の中、古ぼけた一つの本が目に付く。

 

「うん? これ……日誌? 記入者……ヴァルフリート。これ、父さんの?」

 

 それは碧の騎士、ヴァルフリートが記した日誌。父でもあり、七曜の騎士の一人でもあるヴァルフリートの日誌に、僅かな期待を抱きながら、リーシャはおもむろに日誌を開く。

 

「ってこれ、前半がかなり破られてる……後半の方は――」

 

 ”小さな赤き竜。人語を解し星のチカラを抑える特異な存在。その出自は不明ではあるが、星晶のチカラ。ひいては星に関わるチカラを抑える特赦な能力を持つ。”

 

「これ、小さな赤き竜はビィさんの事? 星に関わるチカラを抑える能力……他には何か――これって、まさか」

 

 求めていた情報が見え隠れしてきて湧きあがってきそうな興奮を抑え、リーシャは次々とページに目を通していく。だが、その表情は、喜びから俄かに不安へと変わっていく。

 

「”小さな赤き竜と蒼の少女は決して相容れない存在であり、互いの為に近づくべきではない。”これってまさか、ビィさんとルリアさんの……」

 

 求めていた情報が見つかると共に、また別の不安の種が飛び込んできて、リーシャはしばらくそこで頭を悩ますのであった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 ベルトを締め、黒のコートを羽織り、傍らに置いてある天ノ羽斬を手に持つ。

 病室で一人目を覚ましたセルグは、周りにまだ目覚めぬモニカ以外誰もいないことを確認して、すぐに身支度を整えはじめた。

 戦いは終わった――自分がここにいる必要はもうない。グラン達に見つからないうちに早く出ていこうと、準備を終えたセルグは、ベッドに横たわるモニカの傍へと歩み寄った。

 

「悪いな……約束、また今度だ」

 

 安らかに眠るモニカの顔にかかる髪を払い、セルグは静かに呟くと、ヴェリウスを近くに呼んで島を離れようと歩き――

 

「また、約束を破るんですか?」

 

 だせなかった。病室の外へと歩き出そうとしたセルグの目の前には、無表情なままセルグを見つめるジータの姿。言葉を発せず固まるセルグをよそにジータは言葉をつづける。

 

「まだ、体調は万全ではないはずですよね。せめてちゃんと快復してからでも良いじゃないですか。――これ以上心配をかけないで下さい」

 

 いつもならここで不機嫌さでも出しそうなものだが、ジータの声も表情も変化はない。そんなジータにセルグも落ち着いて言葉を返していく。

 

「そうはいかない。オレが離れた理由は聞いているだろう? 今のオレは一緒にはいられないんだ」

 

「それを言うなら皆の言葉を聞いたはずです。今のセルグさんが暴走したところで何ができるんですか? そんな状態で組織の戦士に見つかったらどうするんですか? 今はむしろ、私たちと一緒にいるべきだと思います」

 

「ヴェリウスが居れば問題はない。危険な可能性を態々抱え込む必要はないだろう」

 

 そう言ってセルグは静かに歩き出す。だが、ジータの横を通り過ぎ部屋を出ていこうとしたところで、セルグはジータの気配が変わるのを感じ取った。

 

「ッ!?」

 

 振り返った瞬間にはジータが目の前にいた。驚きながらもセルグは距離を離そうとするが、その前にジータは潜り込むように背後に回り込み、回転を利用した肘打ちでセルグの背中を強打。まさかの攻撃にセルグが怯んだところで、足を払い、倒れ込んだセルグのマウントをとって目の前に拳を突き付ける。

 

「こんなにもあっさり私に倒されて……それでもセルグさんは自分が危険だというのですか?」

 

「随分と手荒いじゃないか……ジータがこんな強行手段に出るとは思っていなかったぞ」

 

「――こうでもしなければ貴方は逃げてしまいそうでしたから」

 

 その瞬間、セルグの表情が一変する。まるで悪いことをしていたのがばれた子供のような、何を言われるのか不安な表情へと。

 

「――まさか、聞いていたのか?」

 

 恐る恐る、セルグは問いかけると、今度は無表情だったジータの表情も変わる。

 

「聞いていた……というよりは見ていた、といった方が正しいですけど。最初から最後まで、しっかり見ていました。その……あの瞬間も」

 

「ッ!? 言っておくがオレに応える気持ちは欠片たりとも」

 

「それはわかっていますけど……やっぱりその……ヴィーラさんって大人だなって思ったり」

 

 先ほどまでの無表情で、わずかに怖い雰囲気すら醸し出していたジータが一転しておろおろと自信なさげになったのを見て、セルグも同様におろおろとなったりする。

 そんな空気もつかの間、セルグは一先ずどいてもらおうと体に力を込めた。

 

「ジータ……どいてくれないか? 君が重いなどという気はないが、今のオレには君を振りほどくことは困難を極める」

 

「それなら治るまでどこにも行かないと約束してください。そしたらどいてあげます」

 

「それは困る、君たちに襲い掛かることを考えたら、オレはここにいることはできん」

 

「それじゃあ、仕方ないですね。私は貴方にこうして跨り続けます」

 

「おい、ジータ。頼むから――」

 

「ふぅん、面白そうなことしてるわね……それで、私はどうすればいい? 一先ず、襲い掛かるかもしれないセルグを叩きのめしておく? それとも跨り続けるジータに大人として色々と大切なことを教え込むべきかな……」

 

 冷たい……冷たい声が二人の耳をくすぐった。

 倒れるセルグとその上にいたジータの背後には、愛槍アルベスを携え、鬼のような形相をしているゼタがいた。その声音とは反対に、槍からは紅蓮の炎が噴き出しており、彼女の怒りは計り知れない。

 

「ぜ、ゼタさん!? 何でここに……グラン達と書庫を探しているはずじゃっ!?」

 

「リーシャが手がかりになりそうなやつを見つけて、今グラン達と話を進めているの。それでジータも呼んで来ようと思ってね。そしたら襲い掛かるとか跨り続けるとか聞こえたから、すこ~し嫌な気配を感じて急いで来てみたらなんだか面白そうな状態になってるじゃない。是非私に説明してもらえないかなぁ~」

 

 あからさまに不機嫌な様子を見せるゼタ。彼女自身、なぜそんなに怒りを覚えるのかはわからなかったが、倒れるセルグに跨るジータと、それを迎え入れるかのように手を伸ばそうとしていたセルグの姿が妙に親しい……否、特別な関係に見えて彼女の心はかき乱された。

 

「ゼタ、ちょうどいい。お前からも言ってくれ。ジータはオレがここを離れることを許してくれないんだ。ゼタならわかっているはずだ。オレがここにいるわけにはいかないってことが」

 

「あぁ、そういうことか……わかったわ。とりあえずジータ、どいていいわよ」

 

「で、でもそしたらセルグさんが」

 

「安心して、私も逃がす気は無いから……ハイこれ」

 

 ゼタがおもむろに取り出したるは縄。目の前に出されたそれにジータは目が点になるが、そんなジータにゼタは笑って返す。

 

「ラカムが用意してたのよ。”セルグは上手い事言っていなくなろうとするに決まってらぁ。勝手に行こうとしたらふん縛ってでも押さえつけてやれ”ってね。さっ、早く縛って連れて行くわよ」

 

「ちょっ、ちょっとまてゼタ!? お前は何を言って――」

 

「なるほど……さすがラカムさんですね。わかりました、お手伝いします!」

 

 清々しい程の笑顔で告げられた言葉にジータも笑いながら答える。

 目の前でうきうきとした様子で縄を手にしている二人に、セルグは言葉を失い、未だチカラの戻らぬ体からさらに自由も奪われるのであった……

 

 

 

 ――――――――――

 

 戦禍の爪痕が残るアマルティアの街並みを、一行が歩いていた。

 

 

「それにしてもお手柄でしたね、リーシャさん。まさか碧の騎士の手記にビィの事が書かれているとは思いませんでしたけど、これで何とか目的地もわかった」

 

「え、えぇ。私も、まさか父さんがビィさんを知っているとは思いませんでしたけど」

 

 グランが嬉しそうに声を上げる。

 書庫でリーシャが見つけたヴァルフリートの手記。その内容にはビィのチカラ、またそのチカラが封印されていることが記されていた。封印されている場所は、始まりの場所、ザンクティンゼル。

 グラン達の旅が始まった場所であり、セルグと出会った場所である、彼らの物語の始まりの地。

 

「この島についてから随分と色々あったような気がするが、ようやく前進だな。ザンクティンゼルに行けば、間違いなく何かがつかめる!」

 

「まさかあの田舎の島にそんな封印があるとは思いもよらなかったが、ひとまずは先に進めそうだな」

 

 ラカムとオイゲンが意気揚々とグランサイファーへ向かい歩き出し、仲間達もつられて明るい雰囲気のまま、後に続いた。アルビオンで帝国襲撃の話を聞いてからというもの、彼らはまたも気の休まる暇のない事の連続で、肝心の目的である、ロゼッタを助けるための手がかりに手を付けられなかった。ようやくの想いで見つかった手がかりは彼らの気持ちを上向けるには十分な内容であった。

 

「な、なぁグラン」

 

「ん? どうしたんだビィ」

 

 そんな中でビィだけは、その表情を曇らせてグランの頭に掴まっている。まるで不安な心を紛らわせるように、ビィはグランに寄り添っていた。

 

「オイラの封印……きっとお前の親父さんがしたやつだと思うんだよなぁ。オイラ、本当にそれを解いちまっていいんだろうかって気になってて……」

 

「ビィ……」

 

「親父さんがオイラに態々封印をするなんて、きっとなにか大切な理由があるんじゃないかって……」

 

 七曜の騎士とも肩を並べるグランとジータの父親。ロゼッタの話では、二人の父親は本当に色々と突き抜けてすごい人物だと言っていた。そんな人物が封印まで施したビィの能力。記憶がないことも含め、ビィの胸中に不安がわいてくるのは仕方ないことだ。

 

「しかし……ロゼッタがビィ君に言伝したのは恐らくだが、この能力の事だろう。星のチカラを抑える能力……星晶の模倣である魔晶もこれであれば抑えることができると。ロゼッタが危険な手段を私達に伝えることはないと思いたいが……」

 

「ロゼッタは父さんを知っているって言ってた……父さんを知っているロゼッタが、いくらユグドラシルの為だからって、危険のある事を教えてくるとは、僕も思えない」

 

「そう……だよな。ロゼッタの事はオイラも信じてるし、助けてやりてぇ。気にしてても仕方ねえよな! よしっ、さっさと行こうぜ!!」

 

 カタリナとグランの言葉に吹っ切れたのか、ビィも明るい雰囲気を取り戻し、グランの頭を離れる。力強く羽ばたくと、前を行くラカムとオイゲンに追いつき、元気に声を上げるのだった。

 

「あ、グラン! みんなも。もう話は終わったんですか?」

 

「少し遅かったか。ごめんね、ちょっと色々とあって遅くなっちゃって」

 

 そんな彼らの元に、実に清々とした顔でジータとゼタが合流する。その後ろには……

 

「ン―――ッ!」

 

 何かを訴えるような音を漏らし、妙な動きを繰り返す、麻袋に包まれたナニカがいた。

 

「あ、あの~お二人とも、戻られたのは良いのですが、一体ソレは……」

 

 リーシャがおずおずと問いかける。少なくとも中に何かが入っているのは確かであり、ソレが声のようなものを漏らしているのだ。気にならないわけがない。

 

「ん? セルグが入ってるだけよ。あ、ラカム。縄、ありがとね。役に立ったわ~」

 

「あ、あぁ……確かに縄は渡したがまさか本当に縛って? というか、さらに袋詰めってお前さんら」

 

「だって、セルグさん……絶対に逃げ出しそうでしたし。念には念をってことで、秩序の騎空団の方にこうして袋を用意してもらって、絶対に逃げられないようにしたんです」

 

 にこやかに、だが話している内容はとても十代半ばな少女が話しているとは思えない内容に、仲間達の顔が引きつる。ただ一人除いて。

 

「なるほど……セルグさんはまたお一人でどこかへ行こうとしていたのですか……」

 

 ジータやゼタとはまた違った笑みを浮かべた彼女の狂気を感じ取り、セルグは袋の中でビクリと自由の利かない体を震わせていた。

 

 

「なんか最近、セルグへの対応がひどくなってきている気がしないでもない」

 

「奇遇だなカタリナ、俺達もそう思っていた」

 

「というかゼタはともかく、ジータはもう少し優しいと思ったんだけど……」

 

「仕方ないよ、イオ。僕も正直セルグには愛想が尽きているところがあるからね。さっさと改心してもらうにはあれくらいの方がいいかもしれない」

 

「フォッフォッフォ。どうやらセルグは尻に敷かれるタイプのようじゃのう」

 

「どうでもいいけどおめぇらの言っていることも結構ひどいからな……」

 

 彼らの優しさは時に激しく、時に厳しく、時に乱雑なようである…………

 

 ―――――――――――

 

 

「はぁ……どうしてこんな扱いになった?」

 

 一先ず袋からは救出されたものの未だ縄に雁字搦めな状態のセルグが疲れたように呻く。袋詰めでさらにはここまで引きずられてきた。復興が始まったばかりで瓦礫だらけの街並みを歩いてきたのだから、セルグが受けた衝撃はさぞや凄かったのだろう。擦り傷がちらほらうかがえる程度には雑な扱いを受けたようである。

 

「とりあえず一緒に来てもらうよ。もう今更逃げることもしないだろうけど、縄はそのままね」

 

「おい、グラン。お前まで何を言っているんだ」

 

 ”安心しろ小僧共、こやつは我が飛ばなくてはどこにも行けん。今の我にこやつの為に飛ぶ気は無い。よってこやつが逃げ出すことは不可能だ”

 

「んなっ!? ヴェリウス、お前まで」

 

 ”どうせ目的地は同じだ。ちょうどいいであろう……”

 

「えっ、セルグの目的地って……」

 

 ヴェリウスの言葉に仲間たちは驚きと疑問を浮かべる。仲間達の疑問を察して、セルグは言いづらそうにだが口を開いた。

 

「ヴェリウスの本体……奴なら知っていることがあるかもしれない。こっちのヴェリウスを通じて聞こうと思ったらあいつは結構気難しくてな……直接来いとのたまいやがった」

 

「それでザンクティンゼルに?」

 

「あぁ、そっちはなんでだ? リーシャが手がかりを見つけたらしいが」

 

「はい。私の父、ヴァルフリートの手記にビィさんについての記述が……星のチカラを抑える能力が、ビィさんにはあり、それがザンクティンゼルに封印されていると」

 

「なるほど……それで魔晶のチカラを抑えると」

 

「あぁ、可能性としてはそれで対抗はできるんじゃないかと考えている」

 

 カタリナの言葉に、セルグは思案顔となった。そんなセルグにグラン達は再び疑問を浮かべるもセルグの思考を遮るように、セルグを呼ぶ声が仲間の中から発せられる。

 

「あの、セルグさん」

 

 静かな声の主は、ルリア。

 セルグの目の前に出てきたルリアは、落ち着く様に深呼吸すると、真剣な面持ちで口を開く。

 

「あの……私は……私の手は、もう小さくありません。私はもう守られるだけじゃなくて、みんなを守れます。今回の戦いで私は、皆さんを守るために、セルグさんとの約束を破ってチカラをつかいました。でも私は、間違ったとは思わないです。そうしなければ私はきっと後悔していた。だから……私はこれから、皆さんと一緒に戦います! 皆を、そしてセルグさんも、守って見せます! だからお願いです、もう自分から一人になろうとしないで下さい」

 

「ルリア……」

 

 それは戦いが終わり、己を見つめなおした小さな少女の大きな決意。必要であれば、自分も戦う。大切な人たちを失いかけた少女の決意は、一つの大きな歩みを見せていた。

 

「もう嫌なんです。誰かが居なくなってしまうのは……私にとって、ここにいる人たちは大切な人なんです。セルグさんも一緒のはずです。だから、一緒に居てください。私と一緒に皆を守ってください」

 

 そしてそれは、一人になろうとする、彼を必死につなぎ留めようとする言葉であった。

 ルリアの真摯な思いを聞いたセルグは、ルリアのその決意を秘めた瞳を見つめ返す。

 真っ直ぐに、セルグを見つめる蒼い瞳と、それを見定める蒼い瞳が交錯する。誰もが言葉を発せぬ空気が続き、カタリナがルリアのためにも言葉を重ねようとしたところで、セルグが口を開いた。

 

「ヴェリウス」

 

 一言呼ばれたヴェリウスは、セルグの思惑を読み取り動くと、セルグを縛る縄を解く。正確には鋭いその嘴を上手く使い噛み切り解したといった感じだが、それによりうろたえる仲間をよそに、自由になったセルグは、ルリアの視線に合わせるようにしゃがみ込むと、小さな頭に手を置いた。

 

「君も……大きく成長したんだな。ありがとうルリア。目覚めたばかりでグラン達の戦いを知らなかったが、君がそうして決意しなければ、今こうして皆が揃っていることはなかっただろう。そうなってたら、きっとオレは耐えられなかったと思う。君の決意を、君の想いを、今度は尊重しよう。君はもうチカラの使いどころを間違えないはずだ。君はもう戦いの怖さを知っている……それならもう、決意した君にオレがとやかく言うことはないよ。――よくやったな、ルリア」

 

 またも、向けられた賛辞の言葉にルリアが歓喜の涙を滲ませるとセルグはそっとそれを拭って立ち上がる。静かに立ち上がり、仲間達へと視線を向けると、セルグも決意を携え口を開いた。

 

「ルリアが決意した。だというのにオレがうだうだするわけにはいかないな……信じよう。お前達なら止めてくれると。ルリアなら、オレを返り討ちにできると。あぁ、ついでにオルキスもだな。もう迷いはない。共に……行かせてくれ」

 

「セルグ……私とルリアなら、負けない」

 

「あぁ、そうだな。頼りにしている」

 

「任せて……」

 

 オルキスもルリアの決意と同じようにセルグに強い意志を秘めた瞳を見せる。

 

「フフ、やっと素直になったわね」

 

「なんだか納得いかないです。私の時はあんなに頑なだった癖に……まさかルリアに!?」

 

 微笑ましく見守っていたゼタと、なんだか不機嫌なジータ。まさかの方向に転がったジータの思考にゼタが静かに呆れた声でたしなめる。

 

「ジータ……そろそろセルグも怒ると思うわよ」

 

「い、いえ、まさか。冗談に決まってるじゃないですか」

 

 ジータの返事を聞きながらも、セルグの様子をみて、”まさかね……”などと小さな疑いを持っていたのは内緒だ。

 再び一丸となれたグラン達はまた、意気を上げて、グランサイファーへと向かうのであった。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

次回でアマルティア編は終了な流れですね。
次回も予定している内容だと短めになりそうですがご容赦を。
大体一話どのくらいの文字数がいいんでしょうね。(今更な気もしますが)
作者個人的には一万文字以内ってとこが長くも短くもないラインとしているのですが、如何でしょう?

そういえば、どっかのブログやまとめサイトで本作が紹介されてるのを見つけました。
テンション振り切れて発狂する勢いで作者は狂喜乱舞しました。
家族に見られて頭おかしいと思われました。

そんなこんなでまたやる気があふれてきてます。仕事忙しくて月曜から書けるかわかりませんがそんなに間は空けませんので次回にご期待ください。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第35幕

注意事項

作者は特定のキャラが嫌いと言うことはありません。
作品中、どんな扱いであろうとも、作者は皆好きです。

少し悪く描いてしまったのであらかじめご了承下さい。

それでは、お楽しみ下さい



「おーい! こっちこっち!! ちょっと、へるぷみー!!」

 

 どことなく間の抜けて、助けを求めているのに緊迫感のない声が、グランサイファーへと向かう一行の足を止めた。

 

「……なんだ? 皆、何か聞こえたか? いや、オレは聞こえていない。少なくとも今の声は助けを求めるような声ではなかった。さぁ、先を急ぐぞ」

 

「うぉいセルグ!! 聞こえているのか聞こえていないのかどっちかにしろぃ!!」

 

 本格的に何を言いたいのかわからないセルグの言葉に、ビィが盛大に突っ込みの声を上げる。

 

「いや、オレも真剣な声なら耳を傾けるが今のはどうにも……」

 

「あぁ、悪いんだけどセルグ。一応僕達、今の声聞き覚えがあるんだよね」

 

「多分知ってる人……」

 

「そう……だな」

 

 グラン、ジータ、カタリナが歯切れ悪くもセルグに告げる。告げられた事実にセルグは少しだけ驚きを浮かべるが、グラン達の知っている人物となればセルグとしても話は別なのだろう。

 向かおうとするグラン達を止めることもせず、大人しくついていくことにした。

 

 

 

「いや~来てくれて助かったよ君たちぃ。久しぶりだね、元気にしてたかな?」

 

 声の主の元へと赴けば彼らを迎えたのは、蒼い髪のエルーンの男性と赤い髪のドラフの女性。

 瓦礫に挟まれ助けを求めて声を上げていたのは、どうやらエルーンの男のようである。軽薄そうな笑みを貼り付け一行に。正確にはグランとジータに助けを求めていた。

 

「うむ……アレーティア、何点だ?」

 

「30点じゃのう。初対面のメンツもいる中での馴れ馴れしい口調。助けを求めているにしては声に頼む感じがない。次いでいうなら、そこの赤い女子が随分とキツくお主を睨んでおるでな」

 

「だ、そうだ。頼み方がなっていない。やり直し」

 

「えぇっ、ちょっと!? 初対面でそれはむしろそっちの方がきつく無い!?」

 

 アレーティアとセルグの息の合ったコンビネーションに蒼の男が驚き交じりに抗議の声を上げる。

 

「せ、セルグ。待ってくれ、彼らは一応」

 

「冗談ではある。だが、半分本気だ、そんなにきつく睨みつけられて、警戒するなという方が無理だ」

 

 そう言って視線の向ける先にいるのはアレーティアが言う通り、セルグをきつく睨みつけるドラフの女性。

 

「お前……」

 

 静かに口を開くと、今すぐにでも腰にある剣に手を掛けそうなほど不穏な空気を纏い、セルグを睨みつけた。

 

「ちょっとちょっとスツルム殿ぉ~どうしちゃったのさー。スツルム殿のせいで僕助けてもらえなくなっちゃいそうなんですけど!?」

 

「少しだまれドランク。そこのお前……依然連れていたあの犬みたいな女はどうした?」

 

 問いかけられた言葉にセルグが目を見開いた。

 彼がこれまでに連れ立って歩いていた人間は極一部に限られる。グラン達と出会うまで一人でいたセルグに懐いていた人間などたった一人しかいない。それは同時に彼にとって最も触れてほしくない心の深域。

 そんな事は露知らず、目の前のドラフの女性はさらに言葉を続けた。

 

「あれだけお前に懐いていたあの女が今、お前の傍にいないのは何故だ? 随分と濃い死臭を纏っているな。私たちの界隈でもそうはいないくらい……まさかお前、アイツを――」

 

 次の瞬間、目の前を何かが閃いたように彼女は感じた。睨みつけた男に特に動きは無い。だがそれでも

 

「それ以上しゃべったら……二人とも殺すぞ」

 

 絶大な殺気を纏い、静かにセルグが口を開く。

 余りにも無警戒に踏み込んでしまったセルグにとって絶対不可侵の領域。過去に僅かに接点を持ってしまったがために邪推をし、スツルムと呼ばれた女性は今、命を奪われてもおかしくない程セルグの心の奥へと踏み込んでしまった。

 

「セルグ、落ち着くのじゃ。その殺気はちびっ子達はおろか儂にも響く」

 

「そうです、セルグさん。私の目の前で無作為な暴力を行えると思わないで下さい」

 

「グランさん、ここはお任せいたします。セルグさん少しお話をいたしましょう。どうぞこちらへ」

 

 静かにアレーティアが宥め、リーシャが立ちはだかり、ヴィーラが手を引いて離れさせる。

 セルグは何も言う事なくヴィーラに従い、その場を離れるが、セルグの手を取った時ヴィーラは彼の異変に気付いた。

 

「(震えて……いる?)」

 

 僅かにではあるがセルグの手は震えていた。絶大な怒りはある種の恐怖の裏返し。無作為に踏み込まれた心と、かけられた言葉は、セルグにとって最も危険な言葉だった。

 

 ”アイツの事を殺したのか?”

 

 恐らくそう口にする気であったのだろう。それの意味することはただ一つ。彼が最も囚われている過去であり、最も己を攻めたてている部分だ。それが音になる前にセルグは止めた。全力の殺気で……

 言葉にされたとき、また罪の意識に潰れていたかもしれない……手に伝わる彼の震えからヴィーラはその可能性を感じて、無遠慮に他人の心の琴線に踏み込んだ愚か者へと冷ややかな目を向ける。

 

「(もし次があったら、その首を落とすのは私の役目です)」

 

 狂愛の騎士は、静かにその瞳へ新たな炎を宿した……

 

 

 

「だはぁ~もうホントに死ぬかと思ったね……スツルム殿ーなんであんなバカみたいな事したのさぁ。カレ、本気も本気、全力で僕達の事殺す気だったよ」

 

「……すまない。少し早とちりした」

 

 珍しくしおらしい相棒の姿にドランクも目を細める。普段なら反撃に一突きぐらいはしてきそうなものなのに、珍しく彼女は余裕のなさそうな顔で俯いていた。

 

「あのさ……教えてもらっていい? 何であんなこと聞いたのか」

 

「先ほどのは流石に、無遠慮というか、気遣いが無さすぎるというか……初対面ではなさそうだが、互いにちゃんと見知ったものではないのなら人違いということもあるんじゃないか?」

 

「私達もセルグさん程じゃないけど、少し怒りを覚えました」

 

 グラン、カタリナ、ジータの声に、スツルムと呼ばれた女性は少しだけ俯く。言うことは最もだろう。無遠慮に過ぎるのは彼女自身も理解していた。疑念と感情が先走ってしまい、言葉が出たのは確かであった。少しだけ間を置いてから、スツルムは口を開き始める。

 

「私は一度、あの男と会ったことがある。会ったというよりは見かけた、ってくらいだったが。たまたまドランクとも別行動で一人でいたときの事だ。 ポートブリーズで妙に親しみやすいヒューマンの女に会った。なんでも仕事で来てて連れが迎えに来るのを待っているって……何故だかわからないけど断り切れなくて、そいつと一緒にその日は店を見回ってその……買い物とか女の子らしい事っていうのをやったんだ」

 

 最後の方で僅かに頬を染めながら語るスツルムに、ドランクの顔がにやける。

 

「あれあれ~もしかしてスツルム殿なんか恥ずかしがってなっ痛ってぇ!? ちょっ、待って待って!? 今防御も回避もできな」

 

「う、うるさいんだよ、いちいちお前は! ひとが真剣に話しているときに余計なことばっかり!!」

 

「あっ、ダメやめてそこは、アーーッ!」

 

 無残な悲鳴と共にスツルムの照れ隠しがドランクを襲う。少々スプラッタな光景にジータとリーシャが子供二人の目を覆う。一しきりお仕置きが済んだところで、一度咳ばらいをして、真剣な空気を取り戻すとスツルムは再度口を開いた。

 

「――話を続けるぞ。そいつがしばらくしたら、迎えが来たって言って一人の男の元へと走っていったんだ。目つきが悪くて、不愛想で、どことなく怖い。そんな男の所に……アイツは懐いているようだったけど、男の方は全然そんな感じがなくて。でも、妙な取り合わせだなってくらいで、別にその時はそんな気にしていなかった」

 

 話を聞くグラン達はそれが誰であるのかは見えてきた。そして、それが彼女の暴挙の理由になりえることも。

 スツルムの話は続く……

 

「ところが、その日の夕方くらいに、今度はその男とすれ違った。さっきの奴と同じように滅茶苦茶な殺気を纏った男と……その男の雰囲気が妙に気になって、翌日以降、空いた時間にその二人を探してみたが、見つかることはなかった。女の名前は”アイリス”。多分私にとって、短い間だったが友と呼ぶに相応しいヒトだった」

 

 グラン達に沈黙が訪れる。

 語られたのはスツルムの早とちりではあるが、彼女にとっても非常に重要な事であったのだろう。

 セルグを目にした瞬間に必然的に思い起こされたのは、わずかな間ではあるが友と呼べるまでに心を開いた存在。それが死臭をまとって現れたセルグによって、感情と疑念が高まり、つい言葉が出てしまった。セルグとアイリスの事の顛末を知らないスツルムにとって、かける言葉は間違えたが、聞かざるを得ない疑念ではあったのだ。

 

「もし知っていたら教えてほしい。あの男とアイリスとの関係は? あんなに怒ったんだ。私はひどいことを……」

 

「そうね……全てを知っていて、あの子と親友だった私からしたら、アンタの邪推は今すぐぶっ飛ばしたくなるほどひどいものだったわ」

 

「ゼタ!!」

 

 怒りの声を上げるゼタをグランが窘めるも、ゼタに引く気はない。彼女はそれだけの暴挙を行った。

 

「黙ってグラン。アイリスを殺した……それをもっとも感じているのは他ならぬセルグよ。それが事実とは全く異なることだとしても。そうして罪の意識に潰れそうなあいつがルリアちゃんのおかげでやっと前を向き始めたっていうのに、再びその奈落へと落としたこいつを私が許すと思う?」

 

「だが、彼女だって知らなかったことだ。確かにかける言葉は間違えたかもしれないけど、それだってアイリスさんを想っての事ならセルグだってわかって」

 

「そういうことを言っているんじゃないの。確かに今の話を聞けば、アイツならきっと許しちゃうでしょうね。でもそれだけよ。あいつはアンタを許すことはできても、自分を許すことは決してしない……どういうことかわかる? アイツはあんたからどんな弁解の言葉をもらおうが、あいつ自身の傷は癒えないのよ。最近やっと前を向いてくれそうな気がしていたあいつの心をまた再び落としてくれちゃってさ、どうしてくれるのよ」

 

 ゼタの言葉にスツルムはうなだれる。己の軽率な発言が原因で一人のヒトを大きく傷つけてしまった。彼女は傭兵ではあるが、荒くれものとは違う。照れ隠しや怒りで相棒には簡単に剣を突き立てたりはするが、彼女もまたグラン達と同様に心根は優しいヒトなのだ。

 

「……すまない。本当に」

 

 言い訳など出るはずもなく、ただ謝罪だけが紡がれる。

 

「え~っとぉ、僕からもいいかな? スツルム殿が心を開いた人なんてとっても少ないからさ……彼女にとってそれだけ大きな存在だったから慌ててしまったってことで、ここは一つ許してあげて欲しいなぁ~なんて……」

 

「今言ったでしょう? 許す許さないって話じゃないのよ。問題は落ち込んだアイツをどうやって前に向かせるかよ。言っておくけどアイツ、ちょっとやそっとじゃ絶対に前向かないからね……」

 

 静かにゼタが笑う。先ほどまでの怒りを抑え、スツルムとドランクにどうすればいいかを指し示す。

 アイリスを想っていたが故に出てきた疑念。それはゼタにも十分にわかった。であるならゼタが彼女を糾弾などできようはずがない。言葉では許さないと言いつつも、ゼタにとって、スツルムは、大切な親友の大切な友であるのだ。

 

「そうですね……まずはドランクさんがぶすぶす刺される光景で笑いをとるって作戦で行きますか」

 

 ゼタの雰囲気の変化を察して、今度はジータが助け舟を出す。恐らくスツルムはこういった時にどうしていいかわからないタイプだ。何をすれば罪滅ぼしとなるのか、何をすれば自分が納得できるのか。根が生真面目な彼女にとってその提案は渡りに船であった。

 

「わかった……まずはそれから行こう。いくらでもやってやる。ドランク、いつもより少し痛いかもしれないが我慢してくれ」

 

 ジータの提案に迷いなくスツルムは頷く。どうやら想いの他、彼女に余裕は無いようだ。普通なら突っ込みが入るところだが、なんの疑問も持たずにジータの提案を受け入れてきた。

 

「あっれ~、何で僕がそんな目にって痛って!? まって、まってスツルム殿当たり前に刺すのもおかしいけど、まだ目の前にカレが居ないのに刺すのもおかしくない!?」

 

「……練習だ」

 

 静かに顔をそむけるスツルムの頬が赤くなっているのをドランクは見逃さない。嬉々としてスツルムの心情を読み切ると、痛みで歪めた表情を、こんどは愉悦に歪め始めた。

 

「あれあれ~さては逸って間違っちゃった? ふふ~んそうか、つまりそのくらい彼に対して大きな想いを抱いてしまったわけね。やっぱりスツルム殿はいい子だな~痛って!? 待って待って、回数増えてるよスツルム殿!? 本番の前に僕が穴だらけになっちゃうって」

 

「安心しろ、峰打ちだ。死にはしない」

 

「ブスブス刺しといて峰も刃もないんじゃないかな!?」

 

 目の前で行われるバカみたいなやり取りに少しだけ呆れた溜息が漏れるグラン。先ほどのセルグの様子から相当面倒な事態だというのに、彼らの能天気さはもしかしたら何とかしてしまうかも知れないと、少しだけ淡い期待をしてしまう。

 

「あ~あのさ。とりあえずセルグとのことはまた後で話すにしてさ。本題に入りたいんだけど……結局僕達を呼んだのはなんで?」

 

「ッ!? そうだった。さっきの今で悪いがこっちも要件があった。私たちを一緒に連れていってほしい」

 

 唐突な同行の願いにグラン達は一斉に疑問符を浮かべる。というのも、そもそも目の前の二人は元は彼らと対立する立場にあった。

 彼らは傭兵。黒騎士アポロに雇われ、帝国軍と一緒にルリアを付け狙っていた二人なのだ。本来なら警戒してもいいくらいである。

 そんな彼らの疑問を察して、ドランクが口を開く。

 

「僕達ね~実は黒騎士を助けたいんだ」

 

 ハッとしたように顔を上げてオルキスがドランクを見つめた。

 

「ドランク……アポロを助けてくれるの?」

 

「そうだよオルキスちゃん。ま、僕達一応傭兵だからね……お金もらっちゃったら雇い主は大切にしなきゃいけないわけ」

 

「それに黒騎士には借りがある。あいつは……雇い主の癖にあたし達を助けた。だから今度は私たちが助ける」

 

「助けたってどういうこと? そもそも、黒騎士って秩序の騎空団に掴まってからあたし達と一緒に居たんだし助けられるはずないと思うんだけど……」

 

 イオが疑問の声を上げる。イオのいう通り、アポロは牢屋から脱獄して以降、ずっとグラン達と一緒にいた。その間に彼らが関わったことはなく、二人のいうことには矛盾が生じていた。

 

「そうそうおチビちゃん~でも実はその前の話なんだよって冷たっ!? ちょっとおチビちゃん、スツルム殿真似して僕に氷の魔法打つのやめてくれない!?」

 

「あ、ゴメン……チビに反応してつい」

 

「うるさいぞドランク。話の邪魔をするな。黒騎士は自分が秩序の騎空団に捕まることを予期していた。捕まる直前に私達に自分の元から離れるようにって言ってきたんだ……」

 

「まいっちゃうよね~あんな怖い顔してるくせにお人好しなんだもの~。まんまと僕達も彼女の鎧の顔に騙されちゃったわけ。ま、あの人の事だから、捕まった先まで見通していたかもしれないけどね……」

 

 少しだけ悔しそうな表情を見せるドランク。先ほどから何をされても……そう、何度刺されても飄々としていた彼が初めて見せる感情の現れた顔であった。

 

「アポロ……もしかしたら大丈夫?」

 

「いいや、オルキスちゃん。あの人は今、本当に危機に陥っている……オルキスちゃんがあの人の手元を離れて、君たちに預けられているのが何よりの証拠」

 

 アポロにとっては全てに優先されるオルキスという存在。人形と呼ぼうが本物でなかろうが、オルキスはアポロにとって要である。

 そんなオルキスが今、アポロの手元を離れ、グラン達の元にいる。それは既に彼女のチカラが及ばない状況にあることを示していた。

 

「となれば、助けに行くしかないでしょ! 僕たちは傭兵。契約は守らないとね。ねぇ、スツルム殿?」

 

「当然だ。あたし達は傭兵。雇い主は守るのが――」

 

「とか何とか言っちゃって、いい子なスツルム殿は、あの人がほっとけないんだよね~って痛って!? ちょっと、スツルム殿! 心の準備くらいは必要だから無言で刺すのはやめてホント!!」

 

 

「そういう事情があったのか……どうする? グラン、ジータ」

 

 カタリナが問いかける言葉は仲間達の気持ちを代弁する。胡散臭い。その言葉は間違いなくあてはまる。だが、それだけで断るのは忍びなかった。スツルムがセルグと一悶着あったことも考えると、できればそこは解消しておきたい思いがグランとジータの脳裏に浮かんでくる。

 

「グラン、ジータ」

 

「オルキス?」

 

「オルキスちゃん?」

 

 決めかねていた二人にオルキスから声が上がる。

 

「私、二人と一緒に行きたい……二人は、本当はいい人。きっと……この気持ちは本当」

 

「そっか……」

 

「ドランクは変なことばっかり言ってるけどよく飴をくれる。スツルムはいつも怖い顔しているけど、二人の時はとっても優しくしてくれた。いつも、私と遊んでくれた」

 

 オルキスの言葉に、ドランクはにやけ、スツルムは瞬く間に顔を赤く染めた。無言でドランクへと近づき……

 

「っ痛ぇ!? ちょっとスツルム殿!! 照れ隠しにしては少し激し」

 

「う、うううううるさい!! 笑うな、大人しくしておけ!」

 

「ちょっとスツルム殿、やめてってばぁ~」

 

「フフフ、オルキスちゃん、良かったですね。お二人とも優しくて」

 

「ルリア? うん。私はとっても嬉しい」

 

「グラン……私は良いと思うよ。お二人が居たら、オルキスちゃんも安心だろうし」

 

「ああ。スツルム、ドランク。二人にも一緒に来てもらう。黒騎士の救出は、僕たちにとっても重要なことだしね」

 

 照れ隠しに顔を赤く染めながらドランクを穴だらけにしていくスツルムを見ながら、一行は少しだけ心穏やかになるのを感じ、二人の同行を受け入れるのであった。

 

 

「あ、あの~ドランクさん穴だらけになってますけど、本当に大丈夫なんでしょうか……?」

 

 一人……真面目系女子代表リーシャが、おろおろとしている以外は、彼らに特に問題は無いようである。

 

 

 

 

 静かに、深く息を吐いたセルグは、傍らに控えていたヴィーラに手を握られていた。

 本来セルグとしては彼女と二人きりというのは多分にまずい状況であるのかも知れ無いが、今のセルグにとって、傍らに仲間がいるという状況は一つの安寧であった。

 

「落ち着きましたか?」

 

「すまない……大分取り乱した。もう大丈夫だ」

 

「私としては少し役得というものですから、お気になさらず」

 

 静かに微笑むヴィーラにセルグは何も返さず……というよりはこの状況に気恥ずかしくなったのか慌てたように立ち上がった。

 

「その……もう大丈夫だ。これ以上は君にいらない勘違いをさせる。君のおかげで助かったのは事実だが、オレの気持ちは変わらない」

 

「えぇ、それでも私がこうしていたいのだから良いのです」

 

「……君は本当にそれを続けるつもりか?」

 

「可能であるなら、ほかの皆さんにも担っていただこうと思っています」

 

「勘弁してくれ……」

 

 思わず顔に手を当て、セルグが呻く。ヴィーラの好意だけでも大いにかき乱されているというのに、その上ほかの仲間達にまで捧げられては持たない。そうセルグは慄いた。

 この時点で既にセルグはヴィーラの術中にはまっているわけだが、どうにも今のセルグにそれを察する余裕は無いようだ。

 ヴィーラとしてはこうしてセルグに仲間を感じさせることで、未来というものを意識させていく必要がある。その為ならば、自分だけでなく他の仲間達からも大いに想いを告げてもらい、意識してもらうことが一番だと考えていた。

 幸せだと思わせること……それこそが、セルグを救う手立てだとヴィーラは思考を巡らす。

 

「それなら早々に諦めることです。彼らの諦めの悪さは最初の決闘で知っていますでしょう? 折れた方が楽な場合もありますよ」

 

「だったらオレの意思の強さも知っているはずだ。大公殿からのお墨付きだぞ」

 

「それこそ、私たちはアーカーシャを目にしても心が折れない強者ぞろいです。言ったはずですよ……私を本気にした責任は取ってもらいますと」

 

「……勘弁してくれ」

 

 言い返すことができなくて、セルグは再び脱力したように言葉を繰り返した。

 いつの間にやら、震えていた心は平常通りに落ち着き、随分と胸中も穏やかになっていた。

 それ自体は嬉しくはあるのだが、計算高く幾重にも思惑を重ねているくせに、向けてくる想い自体は純粋で、ただセルグの幸せを願う彼女の想い。心を侵してくるような慈愛に、セルグとしては流されそうな危機感も覚えていた。

 無論、それはヴィーラにとって狙い通りなわけだが……

 

 

「セルグ、落ち着いた?」

 

 少し離れていたセルグ達にスツルムとドランクを連れたグラン達が合流する。

 

「あぁ、随分取り乱してしまった。悪かったな。それでそっちの二人は?」

 

「黒騎士が雇っていた傭兵。元々はルリアを狙っていて僕達とは敵対関係だったけど……黒騎士を救うため、一緒に行くことになった。セルグには悪いけど」

 

「待ってくれ、グラン。そこから先は私がいう事だ」

 

 静かにスツルムとドランクがセルグの前に出てくる。

 

「セルグだったな。悪かった……お前を見た瞬間に、私にとって唯一の友であったアイツを思い出して、色々と邪推して……お前の事を深く傷つけてしまった。許してほしい」

 

「僕からも頼むよぉ~スツルム殿、ホントはとってもいい子だからさー。たった一人の友人を思い出して少し気持ちが逸っちゃっただけなんだよねって痛った!? ちょっとスツルム殿!? 予定と違くない!!」

 

「予定と違うのはお前だドランク! ホントは良い子は余計だ! 人が真剣に話しているときに、なんでお前はいつもそうやって私をからかうんだ!!」

 

 どうやら打ち合わせ通りの言葉ではなかったのか、照れ隠し交じりにスツルムがドランクに剣を突き刺していく。顔を赤らめ、ドランクを刺す光景には一種の狂気が迸りそうな気がするが、ジータとゼタはこれでもいいかと静観。対するセルグは目を丸くしていた。

 

「ちょっ!? まってまってスツルム殿!? 僕が穴だらけになる前にちゃんと彼に」

 

「フッ……ハハハ……」

 

 ふと、セルグから小さな笑いがこぼれる。今度はスツルムとドランクだけでなくグラン達も目を丸くした。

 

「なるほどなぁ。確かにこれはアイツの友人になりえそうだ。そっか……アイリスの友人だったか……それならさっきの問いも納得がいく。スツルムだったな。こっちも悪かった、いきなり殺気をぶつけてしまって」

 

 柔らかな雰囲気の中、セルグも謝罪の言葉を口にした。奇しくもゼタの言うとおり、スツルムにはあっさりと許しが出されてしまう。

 だが、同時にセルグ自身の心持はゼタの推測を大きく外れていた。

 

「今日は少し夜更かししそうだな。ゼタ、スツルムと三人で今日は語らないか。折角アイツの友が乗ってきたんだ、互いに昔話でもしよう」

 

 それは自ら傷へと触れる行為。それは傷が治っていれば特に問題の無い行為。

 何が彼を変えたか……ルリアの決意か、ヴィーラの慈愛か、スツルムの照れ隠しか。もしくは彼を囲う仲間達か。

 それは分からないが、セルグの心に大きな変化が起きたのは事実だった。

 

「いいわね……私もアンタとあの子の関係には色々と聞きたいことがあったのよ。スツルム、一緒に今日は夜明かししましょ! 今夜は寝かせないわよ!」

 

「お、おいドランク……私はどうすればいい?」

 

「ん~いいんじゃない? 折角だし楽しんできなって! お許しも出たんだし仲良くなって来ればいいと思うよ」

 

 急な話の流れにスツルムが戸惑うも、ドランクはここでしっかりとスツルムの背中を押してやる。普段から基本は他者と深くかかわらない彼女だ。こういった時に一度打ち解けてみれば案外良いことが起きるかもしれない……そんな思惑が頭をよぎる。

 

「そう……か。お前が言うなら、今日はお前たちと夜明かしというものをしてみよう」

 

 ドランクの言葉に静かに頷いてスツルムはセルグへと視線を投げた。少しだけ未知の世界に不安そうな顔をしているスツルムに、ここでセルグにも悪戯心が芽生える。

 

「剣で刺す割には、存外結構な信頼をしているんだな。ドランクの言葉であっさりと傾いてくるとは。良い旦那じゃないか」

 

「――――ッツ!?」

 

 言葉にならない変な音を漏らし、スツルムはドランクへと駆け寄って先程の数倍の勢いで剣を突き刺していく。

 

「えっ!? ちょっ!? まって、待って痛って!? まってスツルム殿、これまでで一番危ない勢痛って!?」

 

「うるさいうるさい!! そうやってお前はいつも私をからかう! いい加減にしろ!」

 

「待って、待って!? 今言ったのは彼でしょって痛って!? やめてスツルム殿ぉ~!?」

 

 みるみる打ちに体に穴をあけていくドランクを眺めながら、発端であるセルグは、全くダメージを負っていなさそうなドランクの不思議に興味深そうに目を細める。

 

「ちょっとセルグ、このままじゃドランクが」

 

「安心しろって。アイツ、あれを全部魔法か何かで防いでやがる。防御壁でも無い、治癒しているわけでもない。穴は空いているのに出血はしていない。何かしているのは確かだよ」

 

「――本当だ。確かに血は出ていない」

 

 驚くゼタをよそに、セルグは踵を返してグラン達と一緒に艇へと向かうように歩き出す。

 

「行こう、グラン」

 

「あ、うん。大丈夫なのか?」

 

 僅かに心配そうなグランの声に、セルグは笑みを浮かべるだけで何も答えない。

 不思議そうにするグラン達を尻目に、セルグは一人でどんどんと歩き出していった。

 

「(さぁて、覚悟。決めるか)」

 

 

 

 心持新たにセルグは未来を見据えた。

 その先に待つのは変わらずにある破滅か、変わりつつある願いか。

 揺れ動く心は徐々に、旅の終着へ向けて動き出した。

 




如何でしたでしょうか。

最近気づきましたがこれ、主人公がヒロイン枠になってきてないかと思ったり、、、
流石にそんな気は無かったのですがね(^_^;)

次回から次の島に入ります。
その前にいつもの幕間で繋ぎます。
どうぞご期待下さい(過度な期待は禁物です

それでは。お楽しみいただけたら幸いです!


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幕間 向けられたのは切なる想い





 ザンクティンゼルへと飛び立つべく、グラン達はグランサイファーの元へと向かう。

 新たな仲間、スツルムとドランクを加えて、さらに不安要素の塊だったセルグにも大きな変化が見られ、意気揚々と秩序の騎空団の騎空艇停泊所にたどり着いた一行は、グランサイファーの前で仁王立ちしている人影を見つけた。

 

「フフフ、待っていたぞ」

 

 秩序の騎空団、第四騎空艇団船団長、モニカその人である。

 

「目が覚めたんですねモニカさん! お怪我は大丈夫ですか? 私はまだ何とか起きれましたが、それでもあちこち痛みが走ります……モニカさんやセルグさんは」

 

 モニカを見つけて開口一番、嬉しそうにリーシャは駆け寄った。

 ぐっすりと眠り続けていたモニカ。命に別状はない状態とはいえ、眠り続けるモニカを置いてザンクティンゼルに向かうのは忍びなかったリーシャは一安心といったところなのか矢継ぎ早に言葉が飛び出てくる。

 

「えぇい、うっとうしい! 大丈夫だ、怪我は確かにひどいがもう動ける。そんな事よりリーシャ……私に一言もなしに、出発しようとしたな?」

 

「えっ、いえ……その……やっと手がかりが見つかったのでつい。一応モニカさんの部下には伝言をお願いしていたのですが……すいません」

 

 冷ややかな視線とモニカの言葉にいたたまれなくなって、リーシャは思わず謝罪を口にするが、その瞬間にモニカはニヤリと笑った。

 

「フッ、冗談だ。そもそもお主は今出向中の身。思う存分にグラン殿達の下で活躍すると良い。それよりだな……セルグ、ちょっと良いか?」

 

「ん? な、なんだ?」

 

 リーシャをからかった所で、モニカは視線をセルグへと向ける。この瞬間にセルグは何やら嫌な気配を感じていた。つい最近も、こんな嫌な気配を察した覚えがあるが、具体的な事は思い出せない……だが、そんな理由で逃げ出すわけにもいかず、セルグはモニカの手招きに従いその身をモニカへと寄せた。

 目の前には少しだけ、言いづらそうにもじもじするようなモニカの姿。――既に心の警戒レベルは警鐘を鳴らしていた。

 

「そのだな……アレーティア殿から聞いたんだが、私の危機にお主がものすごい勢いでガンダルヴァに向かっていったと聞いてな。それを知って、私は不覚にもお主に心をうば――」

 

「ちょっと待てぇええ!! てめぇこのクソ爺! そんなんじゃねえって言っただろうが!!」

 

 モニカの言葉の途中で色々と先を察したセルグは魂の咆哮を挙げる。ついでギラリと音が聞こえるような目つきで発端である老人へと視線を向けた。

 

「フォッフォ、嘘はいかんぞセルグ。お主は”正に”鬼の形相で奴に立ち向かい、その後”必死な”様子でヴェリウスにモニカ殿を任せ、最後まで”心配そう”に見送っていたではないか」

 

「確かに言ってることは事実だが、色々と含ませんじゃねえよ!!」

 

 何食わぬ顔で、様々な憶測を呼びそうな風に事実を語るアレーティア。セルグの嫌な予感は現実のものとなり、続いて危険な気配が鎌首をもたげる。

 

「良いじゃないかセルグ。元々私はお主の事は好いていたぞ。窮地に颯爽と現れ必死に守られたとあっては乙女の顔にもなってしまうというものだ」

 

 第一声は本人からであった。

 セルグとしてはまさかの想いにうろたえる中、モニカは頬を染め、乙女の顔を作り出し(演技かどうかはセルグにはわからない)セルグの胸の中へとしだれかかる。

 歴戦の戦士であるというのに華奢で、柔らかな身体は小柄な彼女の魅力を存分に引き立て、セルグの心をくすぐる。

 

「待て待てモニカ。悪いがオレにそんな気は」

 

「ふぅん……ここまでさせといてその気はないんだ。アンタって本当に……」

 

 次いで上がった声には多分な熱を感じた。いや、声ではなく空気に熱を感じる。それもそのはず、セルグの背後から聞こえた声の主は炎を扱うのだから。

 声を上げたゼタはアルベスと心から炎を吹上げ、今にもセルグに一撃くれそうだ。

 

「ゼタ!? ち、違う!? オレはモニカが命の危険かもと思って必死になっただけだ! そこにそんな変な気持は」

 

「男のくせにうるさい奴だな……ホラ、こっちを向け」

 

「待てモニカ、だからオレはッ!?」

 

 慌てて振り向いたセルグは、その瞬間に己の不用意さを呪った。瞬間的に感じた感触になんだか既視感を感じながらセルグは目を見開く。

 目の前にはモニカの顔、感じるのは柔らかな感触。逃れえぬ状態でもたらされたそれは紛うことなき接吻。

 キス、口づけ、唇と唇のまぐわい。表現は多種にできようが意味することは一つ。

 それは愛する者への行為に他ならない。目の前の光景にセルグだけでなく、周りも言葉を失い、ひと時の静寂が流れた。

 数秒か数十秒か。妙に長く感じられた時間が終わりをつげ、二人が離れた時、セルグは複雑に脳裏を駆け巡る言い訳や思考を捨て、ただ茫然としていた。

 

「…………おい、さすがに」

 

「私の想いは伝わったか?」

 

「――ッ?!」

 

 少しだけうるんだモニカの瞳に目を奪われ、しかし次の瞬間には気恥ずかしくなってセルグは顔を赤くしたままその場を逃げ出しグランサイファーへと走り出した。そう……あのセルグが顔を赤くし、逃げ出したのだ。

 

「あ、セルグ!!」

 

「逃げた!!」

 

「待ちやがれ、セルグ!!」

 

 仲間達は楽しそうな顔をしたり、怒りに顔を染めたり、呆れたような顔をしたりしながら、逃げ出したセルグを追いかける。

 その場に残っていたのは……

 

「これで良かったか? ヴィーラ殿」

 

 静かに笑みを湛えたヴィーラと少しばかり顔を赤くしたモニカだった。

 

「ご協力ありがとうございました。少々やり過ぎだとは思いますが……」

 

「これくらいは良いだろう。想いを告げるという木っ恥ずかしい事を皆の前でしたのだ」

 

「――接吻は予定に無かったと思いますが?」

 

 静かに、視線鋭くモニカを睨み付けるヴィーラ。

 彼女の言うように、セルグを好いているであろうと踏んだモニカにこのことを持ちかけたのは自分だ。決戦前夜のあの日の夜にモニカに皆の前でという条件付きで願い出ていた……確かにやってみれば相当に恥ずかしい事をさせたのは自分だから文句は言えないのかもしれないが、それでもやはり嫉妬心というものは出てきてしまう。

 

「そこはまぁ……私とて素直にあいつを好いているからな。役得というものだ」

 

「――まぁ良いでしょう。これであの人はまた、未来を見てくれそうです」

 

 顔を赤くした……すなわち羞恥心をセルグは露わにしたのだ。モニカの想いに気付き、受け止め、意識をしている。

 それはヴィーラにとって大きな前進だった。

 

「気にすることではないのかもしれないが、お主は本当に良かったのか? 普通なら自分だけを見てほしいものだろう?」

 

 モニカとしては不思議で仕方ない部分であった。セルグを好いている部分を見抜かれたことは驚きであったが、それ以上にヴィーラはその想いを利用させてくれと頼んできた。

 既に自分は想いを告げている。だがそれではまだ足りない……と。

 

「それは、当然ありますが……私だけではきっと足りないのです。あの人を救うためには……」

 

 セルグをスツルムの前から連れ出した後の語らいでも、セルグはまだ頑なであった。相変わらず口では否定を続けていた。

 だが、モニカによってセルグの牙城は大きく崩された……。

 言葉ですら否定を出せずに逃走したのが何よりの証拠。既に彼に否定する程想いを跳ね除ける余裕は無かったのである。

 

「まぁ赤くなったセルグという本当に貴重な姿も見れたからな。きっかけをくれたお主には感謝しているよ」

 

「どういたしまして。今後も機会があれば存分に伝えてください。あの人が私達との未来を見たくなるまで」

 

 最後にそう言葉を残して、ヴィーラは微笑んだままその場を去っていく。

 残されたモニカはヴィーラの強かさに僅かに恐怖を覚えながらも、未だ冷めやらぬ余韻に当てられ、頬を赤く染めるのだった……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 全員が乗り込み、アマルティアを飛び出したグランサイファーの一室。

 そこは彼の部屋であり、そこは現在、彼にとって唯一安らげる安息の地であった。

 

「…………はぁ」

 

 小さなため息を漏らすのはセルグ・レスティア。魂の抜けたような目でボーっとしている。

 何故彼がこんな状態なのか? それは言わずもがな先程の記憶を脳内から排除し、すべての思考を捨て、忘れ去ろうとしているからである。

 ドアの外から多分に喧騒が聞こえるが知らない。説明しろだの、モニカさんを誑かしただの、どうする気だだの、ぶっ飛ばすだの、いろいろ聞こえるがとにかく知らない。

 今の彼には落ち着ける時間が必要であった。静かにセルグは目を閉じて最終手段狸寝入りに入ろうと目を閉じ――

 

 ”お主がああも取り乱すとは思わなかったぞ。実に面白い表情が見れた”

 

「おわぁ!?」

 

 できなかった。突然傍らに現れたヴェリウスの声にセルグは寝ていたベッドから転げ落ちる。

 次いで怒りの形相を向けるもヴェリウスはそのままベッドに体を休めていた。

 

「ヴェリウス……てめぇ」

 

 ”外がうるさくて適わぬ。早く静めてこぬか”

 

「誰が行くか! 行ったら面倒になるのは目に見えてるだろうが」

 

 ”それも全てはお主を想うが故よ……素直に受け止めてはどうだ?”

 

「ふざけろよ……二人から好意を寄せられて応えられるわけがないだろ」

 

 ”何を今さら常識人ぶっておる。この艇の中で最も非常識なやつの言葉とは思えんな。英雄色を好むと言うだろう。複数の異性と関係を持ったところでここの者達は誰も責めまい”

 

 どことなく達観したような言葉を告げられ、セルグの目が点になる。

 長い時を生きて様々なものを見てきたからこそ言える事なのかもしれないが、それを言っているのは星晶獣なのだ。余りにも人間臭い事をのたまうヴェリウスにセルグは驚きを隠せなかった。

 

「お前……星晶獣のくせになんて事言ってんだ?」

 

 ”記録の星晶獣故に、お主のような状況の男はごまんと見てきておる。まぁ、そのどれもが最終的には悲惨な結末を迎えていたがな……”

 

 プツリと何かが切れるような音が聞こえそうであった。人間臭い事をのたまったと思ったら、まるで挑発するような言葉。静かに、セルグは拳を握りしめる。

 

「このっ……余りふざけたことを言ってると」

 

 ”それでも……お主にはシュヴァリエの娘や先の小娘のような、想いを向けてくれる存在が必要だ。嘘偽りなく、な”

 

「ヴェリウス……」

 

 ”想いを受け止めることを恐れるな。お主は先程、過去と向き合う覚悟を決めたはずだ。それに比べれば、想いを受け止めることなど造作もなかろう”

 

 突然の真剣な声音と言葉にセルグは呆気にとられる。

 自らを大事にしないセルグに、ヴェリウスも常々危機感を覚えていた。ヴェリウスとて、壊れそうなセルグを助けたいと願っていたのだ。

 そんなセルグに舞い込んできた彼女たちの想いは、セルグが生きようとするためには必要不可欠だと感じていた。

 静かな逡巡の後に、セルグは真剣な面持ちとなり口を開いた。

 

「オレが過去と向き合うのと彼女たちの想いを受け取るのは別の問題だ……オレは」

 

 ”まずは今日の夜をしっかりと乗り越えて見せよ。さすれば明日の朝にはお主の気持ちは大きく変わっておろう”

 

 一応は長い時を生きているヴェリウスの言葉に、セルグは多少なりとも何かを感じ取ったのか、押し黙ると僅かに黙考した。短い沈黙が流れ、そののちに

 

「……わかった。よく考えておく」

 

 静かに(部屋の外はうるさいままだが)、セルグは決意の表情を浮かべる。

 喧騒に包まれたまま、セルグは夜まで知らぬ存ぜぬを貫き続けた。

 

 

 ――――――――――

 

 

 所変わり、こちらは船室の一角に集まったグラン達。

 笑顔、怒り、呆れ、多様な顔をしているが一様にその空気は明るい。

 

「それにしても見たかグラン。あのセルグが顔を赤くして逃げ出したんだぜ? く~アイツもやっぱり男だったってことだな」

 

 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらラカムがグランに話しかける。対するグランは少しだけ心配そうな顔だ。

 

「ラカム……程々にしとかないと出てきたときにセルグにシバかれるかもしれないよ」

 

 特訓と称したいじめを受けたことのあるグランとしては、嬉々としてセルグをからかいそうなラカムの方が心配であった。

 具体的には、目隠ししながらルリアが呼んだ星晶獣と戦うくらいは特訓としてやらせそうである。そんな光景を思い浮かべグランは思わず身震いする。

 

「モニカさん、なんていうかすっごく大人っぽかったです。身体はあんなに小さいのに……」

 

「ルリアさん!? 言っておきますがモニカさんは私達より年上ですよ。確かに、小柄なので幼くは見えますが、それでも育ってるところはしっかり育ってて……」

 

 ルリアを窘めたリーシャは小さくなっていく声と共に自らの身体へと視線を向けていく。

 何故だろう……別に明確にそうだと思っていたわけではないのだが、大きな敗北感を感じた。

 頭を振り、湧き出てきたそれを振り飛ばすと、リーシャはまたルリアにモニカの凄さを語り始める。

 

「と、とにかく! モニカさんは私なんかよりもずっと年上でずっと凄いヒトなのですから、モニカさんの前で小さいとか言っちゃだめですよ!」

 

「は、はい!? ってモニカさん、そんなにずっと年上なんですか?」

 

 リーシャの言葉に思わずルリアが疑問を浮かべる。

 

「あっ、い、いえ、年齢については私も詳しくは……ただ既に長い事秩序の騎空団として前線で戦っていたとしか知りません」

 

「そうなんですね……一体おいくつなんでしょう?」

 

「ルリアさん。それも聞いてはいけませんよ。私も一度だけそれを聞きましたが、その後地獄のような訓練に連れていかれました」

 

 憔悴し切った顔でリーシャが語る。そう、一度だけリーシャはモニカに年齢を聞いたことがある。その時の事は今でもはっきりと思い浮かぶ。

 

 ”ほう……まだ下らない事に気を回す余裕があるようだな。どれ、少し追加メニューと行こうか。付いてこい、生き地獄を味合わせてやる”

 

 魔力のような、オーラのような、何かかがモニカに纏い、その後リーシャは意識が途切れるまで地獄のような訓練を行った。これからの生涯でどれだけ頑張ってもあそこまで体を酷使することはないだろうというほどの……女性に年齢を聞くのはご法度だと、リーシャはその日心の奥に刻み付けたのだ。

 余計な疑問はルリアにとって危険であると、リーシャはその後モニカの英雄譚をルリアに聞かせてやった……

 

 

「ゼタ……いい加減落ち着いては如何ですか。別にセルグさんはモニカさんの想いにお応えしたわけではないのですよ」

 

 不機嫌さが未だ収まらない様子のゼタの元にはヴィーラがいた。相変わらず静かな笑みを湛えているが、その感じはまた少し、裏のありそうな笑みである。

 

「べ、別に私はアイツが誰と一緒になろうが知ったこっちゃないわよ。ただ、誰彼構わずその気にさせる様な事をしているから気に食わないだけで……」

 

 ヴィーラの言葉にゼタは慌てた様子で言葉を返すが、ヴィーラにはそれが強がりだとすぐにわかった。

 

「つまりは、ちゃんと自分を特別に見てほしい……と? 本当にゼタは初々しいですね。ジータさんと変わらないくらい」

 

「ちょっとヴィーラ!? それどういう意味よ!」

 

「安心してください。貴方は本当に可愛らしいのですから自信を持って堂々と、貴方らしく振舞っていればいいのですよ」

 

「だ、だから違うって言ってるでしょ!? もぅ、最近のヴィーラちょっと意地悪じゃない?」

 

「親友とはこういうものでしょう? ゼタも私の事をからかっていいのですよ。できるのでしたら、ね」

 

 ブルっと総毛立つような悪寒に見舞われ、ゼタは自分の肩を抱く。いつの間にやら燃え上がっていた不機嫌の炎は鎮火し、代わりに出てくるのは目の前にいるどうにもそこが知れない親友への恐れである。

 

「やめとく……ヴィーラを相手にそんなことしたら反撃喰らって落ちるのが目に見えてるわ」

 

「あら、残念……フフフ」

 

 静かな笑みが、深まった気がしたゼタだった……

 

 

 

「う~ん。君たちって~いつもこんな感じなわけ?」

 

「流石に少し驚いたな。あれほどの殺気を向けられる奴が、あんな顔をして逃げ出すとは」

 

 スツルムとドランクの疑問と驚きの声がジータに向けられる。船室内で皆が騒いでいる中、一応の案内役としてジータとイオが二人と一緒に連れ立っていた。

 

「あ~そうですね……私もさっきのセルグさんには驚きましたけど、基本はこんな感じで皆さん楽しそうですよ」

 

「そうよね……セルグが来たときも、リーシャが来たときも、いつも大騒ぎだったし」

 

 一行を眺めながら、二人は興味深そうにしていた。

 そんな中、ドランクはふと思い立ったように口を開く。

 

「ふ~ん。ところでさ彼って一体何者なわけ? スツルム殿は言っちゃたけど、僕も感じてた。彼の纏う気配は僕らの界隈でも相当珍しい……いや、少なくとも僕はあれほど強い死の匂いを纏うヒトを見たことはないね」

 

 さっきまでのおちゃらけた様子は隠れ、その視線には真剣さと問い詰めるような、そんな意思が含まれていた。同じように彼らも殺しの経験があるのだろうか。それとも、傭兵故ヒトを見る目は確かなのだろうか。

 声音と視線には鋭さが表れ、ドランクはジータに問いかける。

 

「おい、ドランク。口が過ぎるぞ私達は確かに同行しているが、仲良しの仲間になったわけじゃ――」

 

「君たちみたいな無垢な騎空士達の中で彼は異質すぎる。僕らから見れば羊の群れの中に狼がいるような気分だ。それでも彼は、自然に羊の群れに溶け込んでいる。これが保たれているんだから不思議で仕方無い……」

 

 わざとらしい声音に何らかの意図を感じるが、今後一緒に行動するというのに彼らの仲間である一人を疑うような言動。これ以上は無用な挑発だと、スツルムは動いた。

 

「ドランク、いい加減に――」

 

「話はそれだけですか。だったら今すぐその不快な口を閉じてください」

 

 だが、スツルムの言葉を遮って発せられた静かなジータの声に、スツルムもドランクも固まった。

 鋭利なナイフの様に鋭く、ジータはドランクを睨み付ける。戸惑うスツルムと、品定めするようなドランクの視線がジータに突き刺さるが、そんなことは気にならない程、ジータの視線は怒りを秘めていた。

 

「へ~そんな怖い顔もできるんだ。訂正するよ……君たちは羊ではなく猟犬の類だったようだね」

 

 普段は主人に従順な犬。それが一度解き放たれれば、狩りの為に得物を追い回す猟犬。二面性というのであれば今のジータを表す、適格な表現かもしれない。

 驚いた様子を隠さずドランクはジータに言葉を返す。

 

「口を開くなと言いませんでしたか? 今から艇の外に突き落としてあげても構いませんよ」

 

「いいね~その冷めた目付き。新しい世界に目覚めてしまいそうだよ。でも悪いけど、僕にもここで引けない理由があるんだ」

 

「引けない……理由?」

 

 ジータの怒りが露散する。興味本位で踏み込まれた事への怒りが消え、代わりに出てくるのは疑問。ここに来たばかりの二人が彼との事で引けない理由とは何か。疑問符を浮かべたジータにドランクは真剣な表情となり答える。

 

「ここにはあの人が大切にしているオルキスちゃんがいる……さっきも言ったけど、僕らから見たら君たちは羊の群れと狼だ。彼の事を知らない僕たちとしてはオルキスちゃんの安全を考えると、知っておかなければいけないことだったんだよ。少なくとも危険性は感じられたからね」

 

「だったら、そう言ってくれれば……」

 

「それだと仲間内だから本当の事を話さないかもしれない。今君がそうやって見せた怒りの様に、本当を知るためには、感情の起伏をもたらさなければ見えてこないものなんでね。まぁおかげさまで君たちが彼を心から信頼しているのは見て取れたからもう十分だけど……君たち見たいな無垢な騎空士がそこまで怒りを見せる程。彼は君たちから慕われている」

 

「ドランク……お前、私にはそんなの一言も」

 

「ごめんね~スツルム殿にはこういう腹芸って無理だと思ったからさぁ~。悟られないためには言い出せなかった痛って!? 待ってスツルム殿!! 僕大切な事したんだよ!? 必要な事だったんだってばぁ~」

 

 ふざけた雰囲気を取り戻し、控えめに己をバカにした相棒に、スツルムは問答無用で剣を突き立てた。ギャーギャー騒ぐ愚か者に先程もたらしてしまった不穏な空気の分までしっかりお仕置きをする気構えで次々と突き刺していく。

 気が済むまで突き刺したところでドランクを蹴飛ばし、スツルムはジータに向き直る。

 

「悪かったなジータ。こいつのせいで不快な思いをさせた。只、こいつの言うように必要な事だったとは思う……許してやってほしい」

 

「い、いえ……私もその、すこし言い過ぎました。ごめんなさい」

 

 面と向かって告げられた謝罪にジータも静かに返す。既に表情は、心優しいいつものジータに戻っていた。

 

「ふ~ん。なんかドランクもセルグみたいなのね」

 

 ふと零れたイオの声に、三人が目を丸くする。何を言っているのかわからないといった感じの三人にイオは逆に不思議そうな顔で口を開いた。

 

「ほら! だっていっつもセルグ、言いたいことをちゃんと言わないで回りくどい気遣いしてたじゃない? 今のドランクのだってオルキスの事を考えてのことだもの……なんかそっくりだなって」

 

 本心を隠し、相手に別の方向から話を切り出す。言いたいことを素直に伝えない所は確かにセルグそっくりと言える。

 そのことに気付かされたジータは納得したように頷き、小さく笑みを浮かべたスツルムはドランクへ小バカにするように視線を向ける。

 

「フッ、よかったなドランク。お前も狼の仲間みたいだぞ」

 

「あっれ~なんか僕一気に危険な感じにランクアップしちゃったんですけどぉ!? スツルム殿~僕は狼になんか」

 

「そうよね、狼よりはコロコロ色が変わるカメレオンなんかいいんじゃない?」

 

「あ、イオちゃんのいう事わかるかもしれません。なんていうか、本当の色が見えてこない感じ……ドランクさんをよく捉えていると思います!」

 

「あっれ~、むしろ爬虫類にまでランクダウンしたんですけど!? ちょっとそれはひどいんじゃないかなぁ~」

 

「いや、お前には妥当な評価だ。ジータ、一先ず私達はオルキスを守らなくてはいけない。それだけは覚えていてほしい」

 

「わかりました。元々は私達の方でも守り切るつもりでしたからお二人がいてくれれば助かります」

 

 否定に騒ぐドランクを尻目に、ジータとスツルムは手を握り合う。何度か彼らとの戦闘経験があるジータとしては彼らの加入は大きい。

 チカラの衰えたセルグにこれまでのような戦闘力は期待できない。むしろ期待したくはない。

 気持ち新たに、期待を込めてジータは二人を迎え入れるのだった。

 

 

 




えがったですか? (いかがでしたでしょうか?)
やっと日の目を浴びることができた作者のモニモニへの想い。
とある本で表紙を飾ったモニモニに作者は心を奪われた。
この気持ち! まさしく愛だ!!
というリビドーに駆られ書き上げました。
っていっても妄想は最初だけですぐ真面目モードでしたけど。
モニモニファンの皆様これで納得してもらえないですかね。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです


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幕間 過去と覚悟と救済を

仕上がりました……
まず最初に述べておきます。
ほぼ普段の2話分まとめてありますのでひっじょーに長いです。

次に本作においては重要な話となりますが、多分にどうでもいいと思う人がいるかと思います。
ですが、作者からのお願いです。
どうぞしっかりとお読みになっていただきたく思います。
作者の主人公への想いが詰まっております。

それではどうぞ……


 グランサイファーのとある一室。そこには今、三人のヒトが集っていた。

 時刻は既に夜となり、外は闇に覆われている。小さな明かりがあるだけの部屋は、怪しさ満点な雰囲気を醸し出すが、明かりに照らされて浮かび上がる彼らの表情はひたすらに真剣そのものである。

 

「さて、時間を取ってもらってすまない。スツルム、ゼタ……」

 

 アマルティアを出立する前に告げた、昔話をする会とでも言おうか。集まってくれた二人に感謝をしながら、セルグは話を始める。

 

「別にいいわよ。私としても面白そうではあるし……昔話に花を咲かせるなんて事、アンタから提案されるとは思わなかったけどね」

 

「私なんて、たまたまアイツと親しくなってるってだけなんだぞ。少し……場違いじゃないか?」

 

 ゼタは気の抜けたように返事を返し、スツルムは少しばかり緊張気味だ。それもそのはず、呼ばれた理由もさることながら、セルグとは今日が初対面。

 別段そんな気はセルグとしても更々ないのだが、初対面の女性を夜に部屋に招き入れるとは本当にこの男は何も考えていないのだろう……冷静になってこの状況を見たゼタは少しだけセルグの倫理観というものに疑問を覚えた。

 そんなゼタの懸念は露知らず、セルグは話を進めていく。

 

「お前達二人に頼みがあるんだ……二人が知っているアイツの事を教えてほしい」

 

 セルグからもたらされた言葉にゼタが眉をひそめた。

 

「セルグ? むしろアンタが一番知ってるんじゃないの。言いだしっぺのセルグが最初に話してよ」

 

 すぐにゼタから抗議の声が上がる。

 呼び出したのはセルグだ。昔話に花を咲かせるならいいスタートを切ってくれと言わんばかりにゼタはセルグを睨みつけた。

 

「私も……大した話はできない。あの日一緒に買い物をしたくらいなんだ。セルグとゼタがどの程度アイリスと親しいのかはわからないが私はそんなにアイツを知ってるわけじゃ」

 

「スツルムのいう事は最もだ。だが、違うんだ……オレには、話せない理由がある。そしてそれは、今日二人を呼んだ理由でもある」

 

「話せない理由……?」

 

 二人から集中する視線にセルグは静かに頷く。

 

「今日の昼に、スツルムは言ったな。アイリスの事を犬みたいな女……と」

 

「あ、あぁ。アイツはお前を見つけて主人を見つけた犬の様に走って行ったからな」

 

「そうか。――ゼタ、アイリスはどんな風にいつも笑っていた?」

 

「どんな風にって……そんなこと言われても。一言でいうなら裏表のない笑顔ってやつかしら。ヴィーラみたいな感じじゃなくて、なんていうか……一番近いのはルリアちゃんかな」

 

 セルグの問いに、二人は思考を巡らしながら答えた。今の問いに一体なんの意味があるのか……。二人の脳裏には疑問が浮かぶが、答えを聞いたセルグの表情は陰りを見せていた。

 

「スツルムからアイリスの事を聞かれて気づいたんだ。今のオレは……アイツがどんなヒトだったかがわからない。今のオレは、アイツの事を思い出せないんだ。

 オレの記憶のアイリスはもう、オレの罪の意識に塗りつぶされてしまっている。見せるのは悲しそうな顔と歪んだ笑み。狂気に染まった姿だけ……オレの知っているアイツがどんなだったか。それが、今のオレには思い出せない」

 

 セルグは記憶を失っているわけではない。彼女に紐付く記憶は……思い出というものは、しっかりと脳裏に刻まれている。だというのに、セルグにはアイリスがどんなヒトだったのかが思い出せないでいた。

 声も、顔も、仕草も……すべてがいつもセルグを襲う悪夢の姿へと変えてしまう。

 そうして悪夢にうなされるたびにセルグの記憶は塗りつぶされていき、いつしかセルグは彼女を思い出すことをやめた。心を壊されないように、忘却の彼方へと消し去ってしまったのだ。

 

「ゼタ、お前が知るアイツは誰かを恨み続けるようなヒトだったか?」

 

「――そんなわけないじゃない。あの子はどんな人にでも優しくできるような子だった」

 

 親友はそんな冷たい人間ではない。ゼタは僅かな怒りを秘めて答える。

 

「スツルム、お前が友となったアイツは、誰かの死を願うようなヒトだったか?」

 

「――少なくともアイツは、一人でいた私を寂しそうだと言って連れまわすような、能天気なバカ娘だった」

 

 見ず知らずの他人に寂しそうだと言って、明るく声をかけられる彼女を表現するには、能天気以外に何があるだろう。そんな人間が、死を願うような黒い感情を持つわけがないと、スツルムは答える。

 

「そうだ……オレの記憶も、それを知っているはずなんだ。優しいアイツを、どこまでも誰かの為に優しくなれるアイツを知っているはずなんだ。

 だから教えてくれ。思い出させてくれ。オレは本当のアイツを思い出す事で初めて、過去と向き合える」

 

 塗りつぶされてしまった大切なヒトの記憶を掘り返し、セルグは過去と向き合う事を決めた。

 告げられた大切な仲間からの想いが、告げられた大切な仲間からの決意が。セルグの背中を押してくれた。

 知らず知らず思い返すことを避けていた最愛のヒトを思い出し、セルグは己を責める罪の意識と向き合う事を決めたのだ。

 

 

「――セルグ、わかった。私から話すよ。 スツルム、事情はよくわからないと思うけど私からもお願い。貴方があの子を友達と思うに至った話を聞かせてあげて」

 

「あ、あぁ。わかった……」

 

 ゼタが静かに口を開く。スツルムにも協力を願い出ると少しだけ思案を始めた。

 セルグの真剣な表情。それはどこか覚悟を秘めた目をしていた。

 セルグにとって、アイリスの事を思い出すのは最も触れたくない部分に触れるのと同義だ。

 彼女の事を思い出せば当然、その先で彼女を失った絶望の結末へと帰結する。

 聞けば聞くほど、振り返れば振り返るほど、それは守れなかった己を責める一助となってしまうかもしれない。

 それは傷口に塩を塗る行為に等しい。

 

「言っておくけど、途中で待ったは無しよ。あの子を忘れてるなんて、許すわけがないんだから……きっちり思い出すまで、何度でも話してあげる」

 

「分かっている。よろしく頼むよ」

 

 まるでこれから全力で戦いを始めるような雰囲気の二人に挟まれ、スツルムが肩身を狭くする中、ゼタが静かに語り始めた。

 

「まずはあの子との出会いからかな……」

 

 ――――――――――

 

 

「アンタが私の相棒?」

 

 少しだけぶっきらぼうな声にビクリと肩を震わせ、目の前にいるちんまい生物は恐る恐る振り返ってくる。

 既にこの場にいるのは自分と目の前の相棒の二人だけ。さっさと自己紹介だけ済ませて訓練に入ろうとする気持ちからか、声が不機嫌そうに聞こえたのだろう。

 振り返った彼女は不安そうな顔を隠しきれていなかった。

 

「あの……その……貴方が、ゼタさんですか?」

 

「えぇ――それじゃアンタがアイリスなのね。よりにもよってひ弱そうな奴か……貧乏くじを引かされたわね」

 

「えっ、どういう」

 

「ああ、こっちの話。――とりあえずゼタよ。しばらくは一緒にやっていくでしょうから仲良くしておきたいところだけど、足だけは引っ張らないでね」

 

「は、はい。アイリスです……ゼタさん、よろしくお願いします!」

 

「もぅ、敬語なんていいわよ。相棒なんだから……さ、行きましょ。アイリス」

 

 そう言ってゼタは足早に歩き出して訓練に向かう。アイリスは慌てたようにその背中を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 訓練の始まり。まずは武器適性を見るために各々使えそうな訓練用の武器を選んでいる。ゼタも早々にその手には槍を取った。

 元はとある島で騎士団に所属していた彼女だ。組織の戦士になったところで得物は変わらない。

 続々と他の訓練生も皆選び終わろうかと言うところでだが、アイリスは目移りしたまま己が武器を選べずにいた。

 

「武器は何を使うの?」

 

「あ、ゼタさん。えっと……特に定まったものはないんですけど。非力なので軽い得物にしようとは思っています」

 

「あ~とりあえず、敬語なんてやめてもらっていい? そんな他人行儀じゃ、これから一緒にやっていけないでしょ。いいわよ、ゼタって呼んで。それで私はアイリスって呼ばせてもらうから」

 

「あ、はい。じゃなくて……わかった、ゼタ」

 

「よし、それで? 非力なアイリスの武器か……ちなみに戦闘経験は?」

 

「恥ずかしながら、全く」

 

「武器を握った事は?」

 

「一度だけ、狩りで弓を使ったことが」

 

「腕前は……?」

 

「矢が飛ばずに、終わりました……」

 

「……完璧ね」

 

 思わず、ゼタは呻く。これからここにいるメンツは様々な戦闘の訓練を受けて星晶獣狩りのエキスパートになる戦士の卵たちである。

 荒くれ者から、ゼタの様にどこかの騎士団を抜けて来たものまで。皆それなりに戦闘技能をもった者達が集まっているのだ。

 そんな中でこのちんまい生物は、何も経験がないと来た。剣や槍と言った、自らの腕で振るう武器は一朝一夕でできるほど簡単なものではない。

 そもそもの基本的な能力が足りないアイリスにゼタの頬が引き攣ってしまうのも仕方ない所だ。

 

「う~ん、どうしようか。そもそも土台から違うんじゃまともに武器を持たせても扱えるわけ……ん? アイリス、あれはどう?」

 

 ふと、視界に入った武器にゼタが声を上げた。視線の先には小さな鉄の塊。

 アイリスがゼタの視線に先にあるその小さな塊を取り上げる。

 

「これって……銃?」

 

「えぇ、しかも銃身が短くて軽い。その分狙いはつけにくいし反動も考慮しなきゃいけないけど……これなら、今から剣を握るよりよっぽど簡単に戦えるようになるわよ」

 

「そう、なんだ……わかった。ありがとうゼタ、私の武器を選んでくれて。これ……大事にするね!」

 

「フフ、訓練用の武器ぐらいで何言ってんのよ。それより、これからしっかり頼むわよ……私の相棒となったからにはしっかり頑張ってもらうから」

 

「うん!!」

 

 花が咲いたように、アイリスは明るい返事と共に笑った。そんなアイリスの笑顔につられながらゼタも笑うと、二人はこれからの訓練に向けて気合い十分というように拳をぶつけ合う。

 

 希望の花が二人の心を彩っていた……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「今さらながらに思うけど……私って何様なんだろう」

 

 語っている途中で、少しだけ過去の自分に嫌気がさしたのか、ゼタは俯いていた。

 対するセルグとスツルムは苦笑いしかできない。語ったと思えば、自分の偉そうな態度を思い出しショックを受けるとは、自爆にも程がある。

 気合いが入り過ぎたか、出会いの一幕を完璧で忠実に語ったゼタは、己の言動をオブラートに包むことを忘れたようだ。

 

「二人ともらしいと言えばらしいな。オレの元に来た時もアイツは……」

 

 ハッとしたようにセルグ小さく笑みを浮かべていた口を閉ざした。脳裏に浮かんだのは、ケインに連れられ、緊張した面持ちであいさつをしてきたアイリスの姿。

 

「ゼタ、アイツはどんな顔をしていた?」

 

「どんなって……私のせいもあるけど、ちょっと不安そうというか、最初は思いっきりビビってたわよ」

 

 不安そうなアイリスの顔。ゼタが言うそれをセルグは知っていた……

 

「――思い返せばオレといたとき、アイツはいつもそんな顔だったな。初任務なんか不安で一杯って顔しかしてなかったっけ……」

 

 ゼタの言葉にセルグの中で少しだけ思い出がよみがえる。

 それは彼女との邂逅の時――ケインに連れられ、自分の前にやってきて、面倒だから突き返そうとしていた彼女との初対面の時だ。

 

「そういえばあの子、セルグの下についてから、割と愚痴を吐くことが多かったわね……あの子の上司がセルグだとは私も知らなかったけど、やれスパルタ過ぎるだの、苛めるのを楽しんでるだの喚いてたわ。 セルグだって大概ひどいんじゃない」

 

「上司と部下ならそれでいいだろうに。お前みたいに相棒に対してって言うわけじゃないんだからな。逆に言わせてもらうならアイツはいつもゼタにすぐ叩かれたと嘆いていたさ」

 

 ゼタの言葉に、セルグは負けじと言い返した。残念ながら互いにアイリスに対して酷いというのであれば、あとは程度の問題であり、どっちもどっちというのが一番正しいと言えるだろう。

 

「知らない私から見たら、お前達二人と深くかかわってしまったアイツが不憫で仕方ない……」

 

 静かだったスツルムからの静かな一言に、セルグとゼタは表情を固める

 

「――ま、まぁ、とりあえず少しずつ思い出せそうだ。続きを頼む」

 

 何も言えなくなったセルグは司会進行。次なる話を求めてゼタを促した。

 

「そうね、意外と余裕ありそうだしドンドンいくわよ――次は~あの子と初めてケンカした時かな」

 

 

 ―――――――――――

 

 二人の出会いから数か月。

 二人の周囲には、あちこちで喧騒が巻き起こっていた。

 組織の訓練課程で行われるサバイバルレース。攻撃、妨害何でもアリのルールの中、相棒と共にゴールを目指すだけの非常にシンプルにして危険なレース。目的は様々な危険の予測、予知能力を養うという名目のこの訓練。

 ゼタとアイリスも当然参加しており、半ばまで順調に来たところではあったのだが……

 

「ゼタのイノシシ!!」

 

「うるさい、この臆病ウサギ!!」

 

 鬱蒼と生い茂る森の中、ゼタとアイリスは睨み合う。互いに相手を睨み付け、怒り心頭な様子で想いの丈を言葉にしてぶつけ合っていた。

 

「いい加減ちゃんと周りを見てよ! さっきも危うくほかのチームにやられるところだったし……その無鉄砲な癖直さないと、星晶獣と戦うとき絶対危ないよ!」

 

「うっさいわね! アイリスこそ、いい加減その慎重過ぎるのを何とかしなさいよ。アンタがいつもそんなんだから訓練時間が延びるんでしょ。慎重と臆病は違うのよ!」

 

 意見の不一致といった所か。

 先に進みたがる猪突猛進なゼタと、慎重に慎重を期す、臆病なアイリスは度々意見の食い違いでぶつかりあい、今日この時において、その不満が爆発していた。

 

「なっ!? そんなこと言ったらゼタの突撃だって、なんも考えてないただの突進じゃない! そういうのはね、バカの一つ覚えっていうんだよ!」

 

「ッ!? 言ったわね……まともに戦えずにいつも援護ばかりの癖して。アッタマきた……それじゃ私は下がるからアンタが前に出なさい」

 

「えっ……」

 

 静かに、アイリスは目を見開く。いつも頼もしく前に出てくれていた相棒が、今この時になって、己の発言が原因で後ろに下がっていく。まさか本当に自分に前に出ろと言うのだろうか……。敵に出くわした時の対処などできるわけがないアイリスは、あり得るかもしれない敵との遭遇に恐怖を浮かべる。

 だが、驚き固まるアイリスをよそ眼に、ゼタはその手に握る槍で小突いて、先へ進めと言うように促した。

 

「ぜ、ゼタッ!?」

 

「なによ……そこまで言うなら、前にでて着実に進むくらいできるんでしょ? 早く進まないとビリになって私の評価も下がるんだけど」

 

 ぶっきらぼうに返事をして、ゼタはアイリスが泣き出しそうな気配を醸し出しそうとも前に出ようとはしない。

 

「うぅ、ぜ、ゼタぁ……」

 

 情けない声を漏らしながら、前と後ろを交互に見やるアイリスにとうとうため息を吐いたゼタは前にでてくると、アイリスに背を向けたまま答えた。

 

「ホラ、結局こうなるじゃない。アンタの慎重っていうのは臆病なだけ。周りを見たり、冷静になるのは良いけど動き出せないんじゃ意味がないのよ。だったら無茶でもなんでも動いた方が何倍もマシ」

 

「でも、さっきだって危なかったじゃ」

 

「まだ言うの? 危なくても私は何とかする。アンタはできるか知らないけど、私はちゃんと対処して見せるわよ。見てなさい……さっさと目的地まで突破してやるから」

 

「うぅ……わかった」

 

 納得はしていない……それは声からも感じられたものの、アイリスが一先ず後ろに付いたのを察して、ゼタは目的地に向けて走り出した。

 下らない言い合いで時間を食ったし、声を聞きつけて襲撃に会うかもしれない。

 遅れを取り戻そうと急ぐゼタはしかし、周囲に漂う不穏な気配に気づくことはなかった……

 

 

 しばらく走り続けた二人。視界の悪い森の中で、アイリスは小さな気配を感じた。

 

「――ねぇ、ゼタ」

 

「何よ、まだ文句あるの?」

 

「そうじゃなくて、なんか嫌な感じがしない?」

 

「はぁ? 何も感じないわよ。しゃべる余裕があるならもう少し急ぐわよ」

 

「で、でも確かに……ゼタ、ストップ!!」

 

「えっ!? 何言って――っうわ!?」

 

 何かを察して、アイリスは突如大きな声を上げた。ゼタがそれに動きを止めた瞬間、

 

「クソッ!?」

 

 ゼタの目の前を一人の荒くれ者が横切った。飛びかかるように横切ったその感じから、恐らくゼタを取り押さえようとしたのだろう。すぐさま起き上がってゼタを睨み付けていた。

 

「チッ、ギリギリで勘づきやがったか……余計なことしやがって。おいお前ら!」

 

 苛立ちを隠そうともせず悪態をついた男の言葉をきっかけに、二人の前には次々とガラの悪そうな男たちが表れた……その数は五人。

 

「へへへ、何でもアリのサバイバル訓練……って事はナニしてもいいんだよな?」

 

「前からお前は狙ってたんだ。余りにもレベルが違ぇから手が出せなかったが、待ち伏せして数を揃えりゃどうにでもなるだろ」

 

 下卑た視線を向けられ、ゼタは僅かな吐き気を催す。真面目に訓練をしている人間もいる中でこのような腐った思考を持つ人間もいることは、ゼタの性格上我慢できないことであるし、自分をそんな邪な目で見られては、何もされていないのに穢された気分になるというもの。

 

「何? アンタらみたいなクズに、用はないんだけど……」

 

 辛辣に、できる限りの侮蔑を込めて、ゼタは言い放った。アイリスを後ろに隠し、男どもを睨み付けると、槍を構える。

 

「ゼタ……もしかしたらこの人達」

 

「アンタは後ろにいなさい。こんな奴らに負ける私じゃない……すぐに終わらせてやる!」

 

 そういうや否や、ゼタは走り出した。だが、それもつかの間、アイリスは何かに気付いてゼタを追う。

 

「ゼタッ!? 伏せて!!」

 

 間一髪、ゼタはアイリスに組み伏せられ、その頭上をドラフの拳が通り過ぎる。隠れて横合いからの不意打ちを狙っていたようだ。

 

「チィ! このガキがぁ!!」

 

 逃した八つ当たりか、拳を避けられたドラフのあらくれがゼタを組み伏せて横になっているアイリスを蹴りつけた。

 

「あぅっ!?」

 

「アイリス!?」

 

 小さな呻きと共に、アイリスが苦痛に顔を歪め地面を転がる。すぐに向かおうとするゼタだが、それは別の荒くれ者に阻止された。

 

「次はお前だ!」

 

「ッ!? ざっけんな!!」

 

 怒りに任せてのカウンターが男を打ち据え沈黙の途に就かせる。邪魔者を排除したゼタはすぐさまアイリスに駆け寄った。

 

「このバカッ! 私なんかを庇ってやられてんじゃないわよ!」

 

「ホラ……言ったとおりでしょ。ちゃんと周りみないと危ないって」

 

 慌てて容態を診るが言葉を返すアイリスはやせ我慢をしながら小さく笑う。特に大したことはなさそうで痛みに動けないだけのようだが、アイリスが無事とわかってもゼタの胸中は大荒れだった。

 

「アイリス……待ってなさい。直ぐ片づけるから」

 

 スッと立ち上がると男たちを睨み付けるゼタ。アイリスの言葉を否定しようとムキになって突っ走った事も、不意を突かれた自分を、アイリスが庇って蹴りつけられたのも、彼女の自尊心を大きく傷つけた。

 自分は相棒なんかよりずっと優秀だと見下していた。戦いの苦手な相棒の言葉を臆病だと罵り、あげくその臆病な相棒に助けられ、情けない事この上ない。

 

「お~お~涙ぐましい友情ってやつか? 健気だね~……お前ら! 今の内だ、さっさとふんじばってやれ!!」

 

 リーダー格と思われる男の声で、ゼタに一斉に向かう荒くれ者達。数は五。カウンターで沈んだのを入れれば六。

 ギラリとゼタの瞳に炎が灯る。荒れ狂う彼女の激情を解消するに丁度いい、愚かな男が五人。ゼタは力の限り槍を握りしめた。

 

「へへ、隙あrっへぶ!?」

 

 最初に襲い掛かった男は、開いた口がふさがらなかった。

 驚き? 恐怖? 否……目にもとまらぬ速さで槍が振るわれ、顎の骨を砕かれたのだ。

 

「な、何!?」

 

 余りにも無残にやられた仲間と余りにも早すぎる攻撃に、他の荒くれ者たちは皆瞠目する。

 

「て、てめぇ……何しやがった!?」

 

 ユラリと一歩ずつ踏み出してくるゼタに、男たちは一様に震えた。

 

「次はどんな風にやられたい? 今なら死ぬ一歩手前まではどんな要望も受け付けてあげる……」

 

 怒りと喜びが混ざったような、嗤いを浮かべ、激情は彼女を突き動かした。

 繰り広げられるは誰も付いていけない恐るべき力の一閃。次々と振るわれる槍はすぐにその場を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えていく……

 

 

 

「ゆ、ゆるし……」

 

「フンっ、これに懲りたら二度と下種な考えを持たない事ね」

 

 掴んでいた最後の男を離しゼタは踵を返す。

 向かう先はまだ、体を起こさない相棒の元。

 

「アイリス……大丈夫?」

 

「う、……うん。痛いけど動ける。ごめんね、ゼタ……私がもっとはっきり言っておけば」

 

 静かに俯きながら謝る相棒に、ゼタはまたも怒りがこみ上げた……

 迷惑をかけたのは己であるのに。聞く耳持たないと突っ走ったのは己であるのに、ここで相棒に謝らせていては自分は情けないだけではないか。

 僅かな怒りを込めて、ゼタはアイリスの頭に

 

 ”ゴツンッ”

 

「いったぁ~!?」

 

 拳骨をくれてやった。

 

「この大馬鹿ウサギ。悪いのは全部私なのに謝ってんじゃないわよ。アンタのいう事を聞かずに、アンタの言う事を臆病だと言った私が全部悪いの。アンタのおかげで私は助かったんだから嬉しそうな顔くらいしなさい!」

 

「ゼ……タ?」

 

 怒られた意味が色々とわからなくて混乱するアイリスを立たせると、ゼタは転がって汚れてしまったアイリスの身体を払う。

 

「ごめんね、私のせいで痛い思いをさせちゃって……アンタの言うとおり落ち着いて周りを見ていれば、あんな不意打ち喰らわなかったし、アンタが蹴られることもなかった。無鉄砲だったわね……許して頂戴」

 

「そんな!? それこそ私が戦えて、ゼタの背中を守れてればなにも」

 

「いいのよ……元々騎士団である私と、素人のアイリスじゃ差があって当たり前だし、その分アイリスはしっかり周りを見ることができる。私達の力関係はこれでいい――私が戦い、アイリスがフォローする。これで私達はしっかりやっていける。でしょ?」

 

「ゼタ……うん! わかった。私がしっかりフォローするよ!」

 

「頼むわよ……それじゃ、全力で走るからしっかり付いてきなさい! 遅れた分を取り戻すわよ!!」

 

「うん!!」

 

 そうして二人は駆けだした。互いの弱点を補い合いながら、目標に向かい一直線で……

 その勢いを止められるものは訓練生の中に誰一人としておらず、二人の快進撃はとどまることを知らなかったらしい……

 

 

 ――――――――――

 

 

 少しばかり長い語りとなったゼタは、終えたところで一息ついた。

 随分と長い事喋っていた。のどの渇きを覚えたところセルグが目の前にコップと水挿しを用意する。

 

「ありがと。気が利くわね」

 

「無論だ。あくまでオレがお願いをしている立場だ」

 

「別にそこまでかしこまらなくてもいいんだけど……それで、どう?」

 

 ゼタの問いに、セルグは小さく頷いた。

 

「また少し思い出せたよ……アイツは時々、オレの心配をして困らせてきたっけ。一人で討伐に向かうオレをいつも心配そうに見送っていた。訓練時代から、アイツはそうだったんだな」

 

「そうね。あの子のおかげで助けられたことは結構あったわ。あの子は心配の種を見つけるとすぐ気になっちゃう子だったから……スツルム、貴方と会った時ってどうだった?」

 

 ここまでまだ語らずのスツルムはゼタの言葉に言いにくそうに口ごもる。

 

「――私がアイツと出会った時は……その、アイリスの奴、私を迷子だと勘違いしてたんだ。確かに、ドランクがいつの間にかどっか行っちゃって、キョロキョロと探してたんだが……大人だけど迷子さんかな? って言ってきて。失礼にも程があるだろ……なんだお前達。なにがおかしい?」

 

「いや、なんていうか……」

 

「割と、ありそうな気がしてな……」

 

「なっ!? なんてこと言うんだお前達まで!」

 

 セルグとゼタの言葉にスツルムは声を荒げて立ち上がった。ドランクにやるみたいに剣を抜くまではしないが、今にも二人に詰め寄って胸倉をつかむくらいはしそうな勢いだ。

 

「お、落ち着け! 何もお前が迷子になりそうって言うんじゃなくて、アイリスならそんな勘違いをしそうだって意味だ!」

 

「そ、そうよ! 落ち着いてスツルム。別に貴方を子供っぽいとか思ってないわよ」

 

「む……そうだったか。すまない、また早とちりした」

 

 二人の弁解を聞いて、落ち着き直したスツルムが座ると、セルグとゼタは、大きく息を吐いて安堵した。

 ちょろい、等とは思っていない。

 

 

「さて、次はどうする?」

 

「そうだな、少しスツルムからも話を聞かせてほしい」

 

 落ち着いたところでゼタは続きを促した。セルグもそれに応え、スツルムへと視線を向ける。

 

「別に語るのは良いんだが、さっきも言ったけど私が一緒にいたのはあの日だけだし、二人に比べたら全然大した話はできないぞ」

 

 燻り続けていた懸念を口にするスツルムだが、セルグは気にしてないように首を振った。

 

「良いんだ。オレやゼタよりも初対面だったスツルムの話のほうがきっと本来のアイリスを捉えていると思うから。教えてくれ……」

 

「――わかった。さっきも言ったが、あの時はドランクが居なくなって一人でポートブリーズをウロウロしていた時だった……」

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 喧騒に包まれているポートブリーズの街。多くの騎空士が訪れ、旅の準備をする、騎空士の拠点とも呼ばれるこの街で周囲を見回すドラフの女性が一人。

 赤い髪を短めに切りそろえ、少し勝気な目を携え、腰には二本のショートソードを刺している。

 彼女の名前はスツルム。相棒であるドランクと共に傭兵を生業としている。

 

「全く……ドランクの奴、一体どこに行ったんだ。何を言わずにフラフラと消えて……戻ったら覚えてろ」

 

 いつの間にかいなくなってしまった相棒へと悪態を吐きスツルムはまた、周囲を見回した。

 賑やかさに包まれたこの街は、商売の声とヒトに溢れ返っており、いくら探そうとも目的の人物は見つからず視線を彷徨わせるしかなかった。

 そんな彼女に、後ろからそっと声がかかる。

 

「あのぅ……もしかして迷子さんですか?」

 

「なに? それはもしかして私に言ってるのか?」

 

 ギロっとした目付きで思わず声をかけてきた人物を威嚇する。

 迷子に間違われたのも癪だが、さらに言うなら迷子になっているのは愚かな相棒であって断じて自分ではないのだ。射殺すような視線を向けると、声をかけてきた相手はビクリと縮こまっていく。

 

「あ、あはは、すいません。どうやら勘違いだったようで……」

 

「フンッ、別にいい。用はそれだけか? それなら」

 

「そうだ、誰かを探しているのなら私も手伝いますよ! 私も丁度ヒトを探してるので、一緒に探しましょう!」

 

 突然の申し出にスツルムは目を丸くした。たった今、恐ろしい視線を投げたはずなのに、臆さないどころかさらにこちらへと踏み込んできた目の前の少女のような女性に、驚きを禁じ得なかった。

 

「お前……何を言ってるんだ。別に助けなんか必要ないしお前には関係」

 

「だってさっきから、寂しそうでしたから……なんだか、捨てられた子犬みたいに不安そうで。だから一緒に行きましょ!」

 

 そういうと目の前の少女のような女性はスツルムの手を取り歩き出した。

 強引な女だと思いつつも、こちらを心配していたといわれては拒絶するのも憚られたのか、スツルムは振りほどくことができなかった。

 

「そうだ! 忘れてました、私はアイリスです。貴方の名前は?」

 

「――スツルム」

 

「スツルムさんですね。さ、一緒に行きましょ。まずはあのお店です!」

 

 そう言って指差すは、キラキラしたアクセサリーが並べられた店。

 怪訝な表情を浮かべてスツルムはアイリスを見た。

 

「お前、何を考えてる? あんな店に行ってどうするんだ」

 

「フフ、私と私の親友とスツルムさんでお揃いのアクセを買いましょ! もしかしたらお店に探し人がいるかもしれないし」

 

「おい、お前! 私は買い物なんてする気は」

 

「ホラホラ、折角かわいい顔してるんですから、オシャレしてかわいくならないとダメですよ。そんな飾りっ気がない恰好では、折角のカワイイ顔が台無しです!」

 

 妙に力を込めてスツルムに説くアイリスの瞳には炎が宿っており、スツルムは抵抗をあきらめた。

 

「わかったからそう引っ張るな……なんなんだ一体……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらもスツルムはアイリスと、件の店へと入っていった。

 

 

 

 

「あ、これどうですか! あ、こっちもいいかも。う~んスツルムさんどれも似合いそう~」

 

 店に入るとそこは既にアイリスのテリトリーであった。次々と商品を指差しては脳内でそれをスツルムと合成していきウンウンと唸り始める。

 あっちこっちスツルムを引っ張りまわして、アイリスはご機嫌な様子で店を回る。

 

「あ、これ……スツルムさん、これにしましょう」

 

「……なんだ、納得できるものが見つかったのか?」

 

 開始数分で既に疲れが見えているスツルムが視線を向ける。アイリスの指差す先にあったのは小さな翠の石だった。

 

「これ、ティアマトの加護を受けた石だそうです……出会いと別れの象徴ともいえるこの街で、このティアマトの加護は、必ずまたここで巡り会える。そんな願いが込められているんだそうです。今日の出会いの記念にこれを買いましょう」

 

 嬉しそうに目の前の翠の石の意味を語るアイリスは、スツルムの反応も見ないまますぐにその石を三つ購入した。

 

「どうぞ、スツルムさん! こうやって首にかけて……どうですか?」

 

「あ、あぁ。明るいお前にはぴったりだろうな……私は、その。そういうのあんまり好きじゃないんだ」

 

 少しだけ申し訳なさそうに言うスツルムに、アイリスは少し思案して見せた。

 

「それじゃ……こういう形はどうですか?」

 

 スッとスツルムに近づいたアイリスはスツルムの腰にまかれたベルトへと手を伸ばす。

 

「ほら! これなら、首にかけるオシャレな感じより、ちょっと飾ったかっこいい感じになりますよ! フフ、似合ってます! クールなスツルムさんにピッタリですね」

 

 離れたアイリスのいたところを見ると、ベルトに紐で結ばれた翠の石。

 

「そ、そうか……ありがとう」

 

 アイリスの言葉が世辞ではなく素直な感想だと、漠然とだが理解し、スツルムは己をみて小さく笑みを浮かべた。

 こんな風に誰かに何かを買ってもらう事も、誰かに褒められる事も、スツルムにとって随分と長い事忘れていた感覚で、目の前で嬉しそうな顔をするアイリスが途端に身近な存在に感じられてしまう。

 流されまいと頭を振ったスツルムは努めて固い口調で話し始める。

 

「さぁ、もういいだろう。この店にはいないようだし他を当たろう」

 

「う~ん、そうですね。行きましょうか」

 

 アイリスも特に反対するわけでもなくスツルムと一緒に店を出て行った。

 

 二人はその後も幾つかの店を回り、昼時には食事を共にし、夕方になるまでその日を一緒に過ごした。

 

 

 

「はぁ~楽しかったです。スツルムさん、今日はありがとうございました。結局探し人は見つかりませんでしたけど……」

 

「――当たり前だ。大体最初から探す気なかっただろう。お前、一体なんで私に近づいてきたんだ?」

 

 店を見つけてはフラフラと、品物を見ては楽しそうにするアイリスは間違いなく誰かを探すそぶりをしていなかった。

 何故スツルムに話しかけて来たかも含め、アイリスへの疑問は尽きなかった。

 

「う~んとですね……本当に大した理由じゃないんですけど。キョロキョロと首を振って探している姿がとても寂しそうで、見つけて欲しそうな背中をしていたから……ですかね。私が話しかけて寂しくなくなるならそれもいいかなって。それに何より……私は今日お買いものをする日だったので、誰かと回った方が楽しいと思ったからです!」

 

「お前……殴ってもいいのか? そんなふざけた理由で」

 

「フフ、最近の私は寂しそうな人はすぐわかるんです。あの人も、すぐそうなるから……」

 

 にこやかな笑顔とは違う。微笑むような慈愛に満ちた笑みでアイリスが笑う。

 

「あの人……? 誰だか知らないが、一緒にしないで」

 

「スツルム殿~!!」

 

 アイリスの言葉に反論しようとしたスツルムの声を遮り、遠目から蒼い髪のエルーンの男が走ってくるのが見える。スツルムの名前を呼んでいることから彼女の探し人なのであろう。

 それを確認したアイリスはそっとスツルムの手を取った。

 

「探し人、見つかりましたね。というよりは見つけてもらった感じですけど……」

 

「ふざけるな、アイツが勝手にどっか行ったんだ。探していたのは私だ」

 

「フフ、ハイハイわかりました。それじゃ、石の加護の通り、またここで巡り合えることを楽しみにしていますね!」

 

 そう言うと、アイリスは走り去っていく。アイリスが向かう先にはいつの間にか仏頂面をした男がいて、静かにアイリスを迎え入れていた。

 少しだけ、その雰囲気が殺気を纏っているような気がしたが、あんな底抜けに明るいヒトと一緒にいるやつがそんな危険なやつではないと、余計な思考を消し去り、スツルムは走り寄ってくるドランクへの迎撃行動へとチカラを込める。

 

「フラフラとどこへ行ってたんだこのバカ!!」

 

 剣を相棒に突き刺しながらも、スツルムは小さな笑みを浮かべていた……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 そっと閉じていた目を開いて、スツルムは語りを終えた。

 静かで柔らかな雰囲気の中語るスツルムの姿は、本当に懐かしさを噛みしめるような感じで、聞いていた二人は、これまでのスツルムと雰囲気とかけ離れていることに目を丸くしている。

 

「これが、私とアイツとの出会いだ。今でも思うがアイツは本当に自分勝手に私を連れまわして……いい迷惑だったぞ」

 

「ふ~ん……そんなに穏やかな顔で語っておいて?」

 

「ドランクに見せてやりたいくらい柔らかな雰囲気だったな。おかげでオレもアイツの事をいろいろと思い出せたが、それでいい迷惑って言うのは、信じられんな」

 

「――ッ!? ち、ちがう!! 別に私はアイツからのプレゼントとかが嬉しかったわけじゃなくて」

 

「そう、それ……ちょっと気になったんだけどさ。もしかしてそのアクセサリーってコレの事?」

 

 ゼタが取り出したのは、紐の付いた翠の石。普段は荷物の中から出すことのないそれは、ゼタにとって親友からもらった大切なものであり、いつもはしまってあるはずの物であった。

 アイリスとの昔話をするという事で思い出の品を持ち出して来たら、まさか話に上がってくるとは思わず驚いていたが、それはゼタだけではない。

 

「それか……実はオレも持っている」

 

 セルグは普段は腰に巻いているポーチから、ゼタが取り出したのと同様の石を取り出した。

 

「スツルムの話の終わりに出てきたのはオレだろうな……あの日、アイリスからもらった物だ」

 

 ゼタとセルグが取り出したのを見て、スツルムも肌身離さず付けていた腰の石を取り出す。

 

「同じ……ものか?」

 

「そうみたいね……」

 

「ティアマトの加護……か」

 

 ”必ずまた巡り会える”

 

 スツルムの話にあったアイリスの言葉を思い出し、三人は押し黙った。

 彼女の言うとおり、石を持った三人は何の因果か巡り合うことができた。偶然でしかないが、それはどこか運命的なものを感じ、三人はそれぞれ胸中でそれをくれたヒトへと想いを馳せる。

 

 

「――セルグ、次はお前だ」

 

「もう色々思い出したでしょ? 次はアンタの番よ」

 

 ひとしきり感慨にふけった、二人は未だ何も語らないセルグへと視線を向ける。

 二人の言葉にセルグは、静かにゆっくりと頷いた。

 

「そうだな。そろそろ、向き合わないとな……」

 

 セルグは、一度目を閉じて深呼吸をした。ゆっくりと心を落ち着けるように……深く、深く。

 

「少し、長くなるぞ。始まりは三年と少し前だな。オレの元にアイツが部下として回されてきた。本当を言うならそれが試験みたいなものだったらしいがな。とにかくそれを機に、アイリスとオレは一緒に任務に赴くようになった……」

 

 

 セルグは語る。

 かつて彼女と共に旅した事を。かつて彼女と共に戦っていた事を。かつて彼女を愛していたことを。

 そして……かつて彼女を死なせてしまった事を。

 その全ての思い出を、セルグは克明に語った。

 忘れていた最愛のヒトの表情を思い出し、忘れていた最愛の人の声を思い出し、忘れていた最愛のヒトの言葉を思い出し。忘れていた最愛のヒトの死に様を思い出し……セルグは、全てを語った。

 

 

 時刻は深夜をとうに回っているだろう。

 セルグの長い語りは終わり、話を聞いた二人には僅かながら涙が浮かんでいる。

 

「全部……思い出せたな。本当に全部、オレは忘れていた」

 

「そう……それならよかったじゃない。思い出せたなら、もうどうすればいいかはわかるでしょ?」

 

「私が知っているアイツも、お前が知っているアイツも、何一つ変わらない。優しくて、心配性で、どこまでも温かい奴だ」

 

「そうだな。オレは随分と、自分に殺されていたようだ……アイツはそんな心ない人間じゃない。改めて、それを知ることができた。ありがとう二人共。オレは本当に大切なモノを取り戻せた気がする」

 

「ハハ……セルグ。泣いちゃってるよ。ほら、しゃんとしなさい」

 

 静かに胸に手を当て涙するセルグを、ゼタが優しく抱きしめる。

 セルグが涙を流しているのは嬉しいからだけではない。

 全てを思い出し全てを語ったセルグは同時に、最も悲しい過去も鮮明に思い出したのだ。

 取り戻した嬉しさと同時に込みあがってくるのは、守り切れず失ってしまった後悔。

 それを悟ったゼタは震えるセルグの身体を抱きしめ、慈愛の言葉を紡ぐ。以前に自分が仲間に助けられたように……救われたように。

 

「あの子は絶対に、セルグに幸せに生きてほしいと願っている。あの子は絶対に、セルグと出会えたことを幸せだと感じている。あの子の笑顔と、親友だった私の言葉を信じて。だから……自分を責めるのは、もう終わりにしよう」

 

「全てを聞いた今なら私からも言える。アイツは……お前の元に向かっていったアイリスの顔は間違いなく幸せに溢れていた。お前といる事を心の底から喜んでいた。それなのに、お前はいつまでアイツの事を疑う気でいる? お前はアイツの想いを疑うのか? お前はアイツの言葉を疑うのか? もしそうなら私は友として、お前の事を突き刺して改心させてやる。アイツは絶対にお前に嘘を吐かない。これだけは確かなはずだ」

 

 ゼタに抱かれるセルグに、スツルムも言葉を投げる。

 目の前で抱かれている男に、大切な友の想いを理解してもらうために。

 

「本当、そうだな……全部、オレが勝手にオレを恨んでいただけだった。全部、オレがアイツのせいにして自分を恨んでいるだけだった……オレは、最初からアイツを忘れようとしていたんだな」

 

 伝わるゼタの温もりに安らぎを感じながら、セルグは涙を流し続ける。

 死に際まで笑顔であった彼女の心に恨みなどあるはずがない。ましてや己の死を願うことなどありえない。それがわかったセルグに、もう罪の意識は無かった。

 ただ、大事なものを取り戻した事を喜び、セルグはひたすら、涙を流し続けた……

 

 

 

 

「二人とも……遅くまですまなかった。本当にありがとう」

 

 涙を流し終えたセルグは、随分と遅い時間まで話し込んでいたことに気づいて、二人に感謝を告げた。

 

「私もアイツの色々な話ができて嬉しかった。お前の言うように昔話ができて楽しかったぞ」

 

「もう……アンタは大丈夫だよね? ちゃんと前を向いて生きていけるよね?」

 

 スツルムは小さく笑い、ゼタは心配の表情を浮かべていた。

 清々しい顔をしているが、これまでの長い間抱え込んでいた罪の意識が簡単に消えるとも思えず、ゼタはセルグを伺う。

 

「大丈夫……とはっきり言えるかはわからない。だがそれでも、今のオレはアイツの笑顔を思い出せる――それだけで十分救われる」

 

「ちょっとセルグ、そんなんで――」

 

「大丈夫だって。朝にはきっと、全部終わってる……」

 

「はぁ? もうホント、セルグの言うことって、意味わかんない。とにかく大丈夫なのね。私が抱きしめてまで上げたんだから、朝にシャキッとしてなかったらぶっ飛ばすからね。それじゃ、お休み」

 

 一息で言い切り、ゼタはセルグの部屋を後にする。

 

「私も行こう。改めて言うことも特にないが……とにかく、がんばれよ」

 

「あぁ、感謝するよ。スツルム」

 

「フンっ、ゼタも言っていたがシャキッとしておけよ」

 

 スツルムも静かにセルグの部屋を後にする。

 残されたセルグは、静かに一息ついたところで、ベッドへと体を預け眠りにつく。

 後二時間もすれば日が昇り始めるだろうこの時間からでも、セルグの意識は深く、深く。闇の中へと沈んでいった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 暗い……暗い世界に一人立っていた。

 まっさらで、なにもない世界。空は黒く、星も何もない。そのくせ松明様な光源も無いのに足元に広がる水面の様な景色はどこまでも見通せる。そんな不可思議な場所に私は立っていた。

 

「――ここか」

 

 呟いた自分の声は驚くほど自然で当たり前のように色を持っていた。静か過ぎる周囲を見回しながら、私はソレが来るのを待った。

 

「――また、来てくれたんだね。セルグ」

 

 聞こえた優しい声に視線を向ければ、そこには嘗て失ってしまった最愛の女性が、いつもの微笑みを浮かべ立っていた。

 死した時より幾分か歳を重ねて見えるのは、私の夢の中だからなのか。互いに若さよりも大人っぽい雰囲気を纏う様になったと思う。そんな彼女の姿に今尚、愛しいと思えてしまうのはやはり彼女が私にとってなにものにも代えがたい大切な存在だったからなのだろう。

 

「また、来てしまったよ」

 

「懲りずによく来るね……今日はどんなのにしようか?」

 

 いつも通りの無邪気な笑みを湛えて、彼女は私に問いかけてくる。

 既にその頭の中では幾通りもの心を壊す思い出が作られているのだろう。無邪気な笑みは既に狂気を孕んでいた。

 

「そうだな……今日は私がお前を殺すっていうのはどうだ?」

 

「え?」

 

 静かに右手を翻す。私の右手に現れるのは、長い間共に戦い続けてきた相棒――

 

「絶刀天ノ羽斬よ……我が意に応えそのチカラを示せ。立ちはだかる災厄の全てを祓い、全てを絶て」

 

 抜刀と共に解放。

 夢の中故か、私のチカラは衰えを知らない。高まるチカラは落雷を纏うように天ノ羽斬を包み、音を鳴らす。

 

「何をしているのセルグ? 私は」

 

「理解したんだ……いくらその姿をとろうがお前はアイリスじゃない。お前は、私が作り上げてしまったオレ自身の罪の意識だ」

 

 言葉と共に私は天ノ羽斬を解放。世界を埋め尽くさんばかりの光が暗い世界を照らし出す。

 私の目の前にいたアイリスは、オレの姿へと変わる。

 

「気づいたんだな……ようやく、一歩踏み出せたというところか。だが、それだけで何が変わる? お前が彼女を死なせてしまったことには変わりない。何を理解したところで、現実は変わらず、お前のせいで彼女は死んだ」

 

「そうだ、私のせいで彼女は死んだ。だが、彼女の優しさも変わるはずがない……優しい彼女が、私に幸せになってくれと願うのも絶対に変わらない。だから私は決めたんだ。今度こそ全てを守り、幸せになって見せると……それが()()の覚悟だ」

 

 再び天ノ羽斬へとチカラを込めた。全開解放によって高まるチカラは、現実で衰えたオレでは出せない正真正銘の全力。

 極光纏う相棒を構え、オレは目の前に佇むオレを睨む。

 

「終わりにしよう。私が生み出したオレ自身よ……もうオレにお前は必要ない。もうオレは己を責めることはしない。もうオレは、彼女を忘れはしない」

 

「そうか……お役御免というやつだな。いいだろう、好きにしろ。二度と、こんな無様なもの(オレ)作り出すんじゃねえぞ」

 

「あぁ……肝に銘じておこう」

 

 絶刀招来……

 極光の一振り。それはオレを飲み込み、無へと還す……後に残るは、黒から白へと変わった、オレの世界だけだった

 

「いままで……ありがとう」

 

 呟かれた声は、少しだけ……少しだけ涙を湛えていた気がした……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「――ん」

 

 静かに目覚めたセルグは、目じりに溜まった涙を拭う。

 心は穏やかでありながら、どこか虚しさがあるような、奇妙な感じにセルグは首を傾げた。

 

「なんだろうな……なんだか妙に、気持ちの良い目覚めだ」

 

 いつも通り、具体的な記憶はない。それでもセルグの心持は大きく違った。

 正に生まれ変わったような気分で、胸に手を当て、落ち着いた鼓動を感じ取る。

 

「それはよかったですわ……昨夜はさぞお楽しみになったのでしょう?」

 

 突然聞こえた声にセルグはビクリとしながら、視線を向ける。

 

「ヴィーラ……なんでここに」

 

「昨日の貴方が少し心配でしたので。どうやら杞憂のようでしたが……」

 

 既に身支度を整えて、いつもの姿をしているヴィーラはそう言うと、静かにセルグへと歩みを進める。

 

「昨日までの貴方と比べると見違えるようです。お聞かせください。過程は良いので、結論だけを」

 

 ヴィーラの言葉の意味を理解し、セルグはベッドから降りて立ち上がった。

 己の決意、過去と向き合うきっかけとなったのはきっと彼女が想いを告げてきたからだろう。彼女の覚悟にも似た想いが己を変えてくれたと理解したセルグは、ヴィーラの問いに応えるべく、口を開いた。

 

「君のおかげで、オレは乗り越えることができた……君のおかげで、オレは覚悟を決められた。

 ――君のおかげで、オレは生きることを許された。本当にありがとう」

 

 いつも彼女が湛える静かな笑みでセルグが笑う。吹っ切れたようで清々しいその表情は、これまでの無理のある笑みではなく、自信に満ちた笑みでもなく。強いて言うなら、安心をさせる表情といったところか。

 不意にもたらされた見慣れぬセルグの柔らかな顔に、不覚にも胸が高鳴り、ヴィーラは視線を背けた。

 

「私によるものではありません。全ては貴方が覚悟し、そして()()()()と乗り越えた結果です」

 

「お、おい……なんか妙に棘がないか?」

 

「いえ、そんなことは無いこともないですわ」

 

「――あるんじゃねえか。言っておくが君に感謝しているのは本当だぞ」

 

「理解しております。貴方はそういう嘘はつけませんもの。ただ、やっぱり力になれなかったとは思ってしまうわけです。女心というのもご理解してください」

 

 知らないからどうしようもないとはいえ、セルグの覚悟の一助となれなかったことはヴィーラにとってはやはり悔しかったのだろう。

 ゼタとスツルムにらしくないくらい嫉妬していたのは表には出さないが間違いなかった。

 

「それなら、少し君に頼りたいことがある。ザンクティンゼルに行く前に、ポートブリーズで物資の補給をするだろ? その時少し付き合ってほしい。二人で出かけないか?」

 

「――はい?」

 

 思わず間の抜けた声が漏れる。まさかこの朴念仁からそんな話が出てくるとは思わず、ヴィーラは呆気にとられた。

 

「一応体は本調子ではないからな。護衛兼まぁ、その……感謝を込めたデートというやつだ」

 

「……本当によろしいのですか?」

 

「あ~その、あくまで感謝のってわけであって、君の気持ちに応えるというわけではないんだが……オレにはやはり、アイツが忘れられないというかな……すまん、なんかオレ、今滅茶苦茶ひどい事言ってるな」

 

 己の言っていることを途中で理解して、セルグは申し訳なさそうに謝罪をする。考えてみれば、応える気はないのにデートをするなど普通であれば許されるはずがないどころか、その場で叩かれて捨てられても文句は言えないだろう。

 

「フフ……なるほど。それはつまり私への挑戦ということですね? いいでしょう、必ずやアイリスさんから貴方を奪ってみせます」

 

「――は?」

 

 今度はセルグから間の抜けた声が漏れた。

 どうやら彼女はセルグが思う以上に、いや、相当逞しいようだ。

 怒りを覚えるわけでもなく、悲しみを覚えるわけでもなく、抱くのは今は亡きセルグの最愛のヒトへと向ける闘志。

 カタリナほどではないが自分もそれなりに魅力を持った女性で在る自負をもつ彼女にとって、セルグの言葉は心に火をつけるきっかけとなったようだ。

 

「楽しみにしていてください。二度目になりますが、私を本気にさせた責任……必ず取らせて差し上げます」

 

 いつも通りの麗しい笑み。いつも通りの僅かな寒気。

 部屋を立ち去ったヴィーラを見送ると、立ち尽くしていたセルグは何を間違ったのかと、再びベッドに潜り一人反省会を始めるのであった……

 

 

 空を、明るい日差しが蒼く染めていた……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

まずは読者様には謝らなければいけません。
今回の回。現時点では未完の話となります。
本来であれば過去編の完結に合わせ今回の話を書き上げる予定でした。そうすることでセルグが語る全てを読者様にはちゃんと展開しようと考えていたのですが、本編を進めることを優先している今、過去編はほとんど出来上がっておりません。本編の一旦の完結をしてからの執筆となりますので、今回の話は現状未完のままとなってしまいます。申し訳ありません。

オリ主に関することをひたすらに書き綴ったので、いかんせん読者様からの批判もありそうですが、主人公の構想が出来上がった段階から、どこかで救済の回を書き上げるのは決めていました。
もうすぐ一年連載になる本作で一番重要な話になったかと作者としては思っています。

途中はゼタ、スツルム。最後にヴィーラと浮気しまくりでヒロイン未定な本作主人公ですが変化を起こした彼の今後の展開にご期待いただければと思います。

次回、デート回です。(トッポブ的ネタ枠

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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幕間 過去と覚悟と救済を 2

前回で入りきらなかった部分を更新。
短くまとめてデート編を書こうと思ったら思いの外長くなってしまい
急遽分けて投稿致しました

それでは、お楽しみ下さい


 セルグが過去を乗り越えた翌日。

 

 ヴィーラからの宣戦布告もあったが、それを頭の片隅に追いやり、朝食の場に付いたセルグは開口一番にこう言った。

 

「おはよう、皆。セルグ・レスティアだ。今日からよろしく頼むよ」

 

 

 告げられたグラン達はポカンと口を開け、ただただ固まる。

 既に見知った相手に自己紹介をするセルグの発言のおかしさに固まったわけではない。セルグが寝巻のまま出てきたというわけでもない。

 彼が静かに微笑んでいたのだ。しかもそれは、いままでずっとその表情をしていたかのように自然で当たり前な感じに。作られた笑みではない事が感じられる笑みであった。

 戦闘中の不敵な笑み。ラカムやオイゲンと語り合うときのような楽しそうな顔。ローアインと話しているときの苦笑交じりな顔とも違う。それが余りにも見慣れていなく、だがあまりにも自然に過ぎて、仲間達は固まっていた。

 

「――ん? どうしたんだグラン、ジータ。というか皆……なんでオレを見て固まっているんだ? ヴィーラ、オレはどこかおかしいか?」

 

 仲間からの無反応に己を見直すセルグ。先程、部屋で会っていたヴィーラにおかしい所はないかと問いかけるが問われたヴィーラはため息一つ。

 

「はぁ……確かに見違えるようでしたがここまでとは思いませんでした。一度鏡にいって自分の顔でも眺めてきたらどうでしょうか?」

 

「ん? なんだ、意味が分からんが、そうしよう」

 

 ヴィーラの言葉に従い、セルグは己の顔をペタペタ触りながら、一度自室へと戻っていく。

 残された仲間達は今の会話でヴィーラは何かを知っていると理解、すぐさまグランとジータが詰め寄る。

 

「ヴィーラ! 一体セルグはどうしたんだ?」

 

「ヴィーラさん! ま、まさか昨夜セルグさんと大人の痛っ!?」

 

 色々とよからぬことを口走ろうとしたジータに拳骨が落とされる。耳年増とはこの事だろうが、まだ十代半ばのジータが色々と危険な発言をしようとしていることにヴィーラは危機感を覚えて少しだけ厳しい視線を向ける。

 

「グランさん。皆さんも落ち着いてください。それからジータさんはあとで淑女としての嗜みというものをしっかり勉強しましょうね。覚悟しておきますように……一先ず彼の変わりようはゼタと、スツルムさんのおかげのようです。折角です。昨夜の出来事というのを私達にもお聞かせいただけませんか?」

 

 グイっと視線が二人に向けられる。余りにもそろって動く仲間達の顔が妙に恐怖心を煽り、ゼタとスツルムはビクッと肩を震わせた。

 

「あ、あ~っと。そのね……昨日、セルグの言うとおり少し昔話をしてね……」

 

「端的に言えば、アイツにとってトラウマとなる部分を克服したってところか」

 

「そう、そんな感じ。それでセルグはもう大丈夫なのかな? さっきの顔を見る感じだと……えっとつまり、その、あぁもう面倒くさい! ちょっとセルグ!! 早く戻ってきて説明しなさい!」

 

 結論。ゼタにもよくわかってはいなかった。

 昨夜の最後に聞いた言葉は朝になれば終わってる。だったか……結局のところセルグの心境がどうなったのかはゼタにも告げられずに終わったのだ。結果を求められても答えられないというもの。

 

「なんだゼタ? 朝から随分と元気だな。一体何を説明しろって――」

 

「とぼけんじゃないわよ。朝になれば終わってるなんて意味のわかんない事言われて、私だってセルグがどうなったかなんてわかんないわよ。散々心配かけてきたんだから、ちゃんと皆に説明しなさい」

 

 ゼタが噛みつくように事情を話すと、セルグはハッとしたように仲間達を見回す。

 既に視線を全員がセルグに向けており、心配そうなのも興味津々なのも嬉しそうなのもニヤけているものもいる。ゼタのいう事である程度状況を察したセルグは静かに口を開く。

 

「朝食の後にでも報告しようと思ったが、なんだ……皆随分と気になってるみたいだな」

 

「そりゃあお前さんのあんな優しい顔を見せられちゃな……誰だコイツって感じだったぜ」

 

「オイラもびっくりして思わず飛ぶのを忘れて床に落ちるくらいだったぞ」

 

「男子三日会わずば何とやらと言うが、一晩でここまで変わるのはお主くらいじゃろうて」

 

 三人に言い返され、セルグは唸る。自分としては気持ち新たにといった程度の変化のつもりだったが、彼らの驚き様はその程度では収まらない様であった。

 

「まぁ、ゼタの言うように散々心配かけたんだろうしな。一先ず最初に言わせてくれ。皆……ありがとう」

 

 セルグの突然の感謝に、仲間達が固まる中、セルグはそのまま言葉を続けた。

 

「皆と出会ってこうして旅をしなければ、オレは救われなかった。ただ組織への復讐だけを考えて、いずれは罪の意識に押しつぶされていた。皆が居なきゃオレは大事なものをずっと思い出せずにいた。

 ルリアの決意が、モニカの想いが、お前達の優しさが、オレに向き合う勇気をくれた。ゼタとスツルムが、オレの大事なものを取り戻してくれた。おかげでオレは、今心の底から笑うことができる……未来を見据えることができる。――だから、ありがとう」

 

 セルグは感謝を告げる。己の全てを救ってくれた仲間達に。生きる意味を見出してくれた仲間達に……

 その言葉がグラン達の胸に一つの安心をもたらした。

 ヴィーラは気づいていたが、グラン達とて、セルグの仲間を守る姿には異常を感じていた。それがどこか自分の死に場所を求めていると感じていたのはヴィーラだけではなかった。

 だが、今のセルグは、未来を見据えている……己が生きる未来を思い描いているのだ。

 

「そっか……これで僕たちとしては一安心って感じだよ」

 

「今まで悪かったな……心配ばかりかけて」

 

「ホントです! 心休まる時がなかったくらいですよ……それで、昨夜一体何があったんですか?」

 

 興味津々な様子でジータが問いかけてくると、セルグは一息ついて、落ち着いたようにまた口を開いた。

 

「オレは今まで彼女の事を忌避していた。罪の意識にとらわれ己を責めて、思い出すことを恐れていた。いつしかオレの記憶は、オレの罪の意識に塗りつぶされていたんだ。彼女がどんな人だったかを忘れ、彼女がどんな声で話していたかを忘れ、彼女が何を願っていたのかを忘れていた。それを昨夜、二人に思い出させてもらったんだ……そして理解した。オレの贖罪は、オレが幸せになって初めて成されるんだと。

 だから、皆に誓おう。オレは必ずお前達を守り抜き、幸せになって見せると。――これが、オレの覚悟だ」

 

 セルグが少し長い独白を終え、部屋の中は静まり返る。誰もが言葉を発せないでいた。

 覚悟を決めたセルグの姿は、その言葉もありどこか神聖さすら感じさせるほどに清々しく前を向いている。

 静まり返る部屋の中、徐々に何か間違ったかとセルグの脳内が焦りを覚え始めた頃

 

「――ふぅん。それならまぁ許してあげるかな」

 

 ゼタが静かに声を上げた。おもむろにセルグの前へと躍り出ると、その頭に手を乗せる。少しだけ上目遣いとなるのはご愛嬌という奴だ。

 

「セルグがあの子の事で自分を責めているのはみんなわかってた。みんな何とかしてあげたいと思ってたんだよ……それでも、アンタは自分を犠牲にしようとし続けた。あの子がそんなこと望むはずがないのに。

 そのアンタが幸せになると言ったのなら、きっとあの子も喜ぶはずよ。だから、あの子のせいにして自分を殺していたことは許してあげる」

 

「――感謝する。今度はちゃんとアイツとの約束を果たそう」

 

 守り抜く……かつて彼女の前で口にした誓いを思い出し、セルグははっきりとそれを告げる。

 セルグの言葉に瞬く間にその光景をフラッシュバックさせたゼタは思わず目を背ける。

 

「……うっさい。もう、必要ないわよ……バカ」

 

 二人だけにわかる会話。ゼタが微かに頬を染めるのをみて、セルグは苦笑した。相変わらずわかりやすくからかいやすいなどと思っていたセルグだが、それを言葉にはせずに留める。視線を逸らして照れる姿はどことなく彼女を思い出し愛おしいとも思えた。

 

「セルグさん、もう一人になろうとしないですか?」

 

「もう……大丈夫?」

 

 次に動いたのはルリアとオルキスだ。二人の事を考えて一度は一人になろうとしたセルグの覚悟を聞き、ルリアは嬉しそうに。オルキスは相変わらず表情に乏しいがどことなく軽い足取りで近づく。

 対するセルグは目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「あぁ、今のオレなんかより二人の方がよっぽど強いだろうからな。わざわざいなくなってもしょうがないだろ。何より、オレは二人を守らなくちゃいけない。二人の命を狙った罪滅ぼしも兼ねてな」

 

「そんな、罪滅ぼしなんて……私達は気にしてません」

 

「うん……気にしない」

 

 セルグの言葉に二人は首を横に振るがそれでは納得できないのがこの男だ。

 

「兼ねてって言っただろう。気にしようがしまいが、これはオレがやりたい事だ。お前達を守るために戦うのなら是非もない」

 

「うぅ、なんだか素直に喜べないです」

 

「フッ、子供が余計な事を気にするな」

 

 納得できないように笑顔を曇らせるルリアの頭に手を乗せ、セルグがわしゃわしゃと撫でていると、次はカタリナが歩み寄る。

 

「セルグ、私からも良いか?」

 

「手短に頼む。どうやら皆一言二言、言いたそうにしているからな」

 

「自業自得だ……ヴィーラにも私は言った。仲間の為、誰かの為。その思いは立派だが、もっと自分の幸せの為に生きてほしい。私達も、君が幸せになる姿を見たほうがよっぽど嬉しい。君がその身を擲ってまで――」

 

「ストップだ。それ以上は良い……重々承知はしている。それについてはオレの答えは一つだ。守れなかったオレは守れた時に幸せになれる。敢えて言うなら、お前たちが幸せに生きていること自体がオレの幸せだ。そこに嘘はない。……ただ今は、そこに自分が混ざっていればいいと思う。それだけだ」

 

「ッ!? 君たちは似たような答えを言うのだな。本当に、前途多難だ……」

 

 同じような答えをつい最近にも聞いた覚えがありカタリナはため息を吐いた。

 

「似たような?」

 

「私に身を捧げようとするヴィーラも同じことを言う。私の幸せが自分の幸せなどと……気持ちはありがたいがそんな事で己を捧げる必要は」

 

「あぁ、なるほど……理解した。オレも似たような事を言った手前あまり強くは言えないが、後で言っておこう」

 

「――説得力の欠片もないな」

 

「言うな……」

 

 苦笑しながら苦言を呈するカタリナに、思わずセルグも苦笑い。だが、こんな軽い言い合いもどこか柔らかく楽しそうにしているセルグに、カタリナは顔を綻ばせる。

 そんなセルグの肩に後ろから手が置かれた。

 

「へっ、随分と柔らかくなったじゃねえか、セルグ……」

 

「笑ってるところ悪いが……一発殴らせろ!!」

 

 振り向いた瞬間に視界がぶれ、セルグはラカムとオイゲンに殴り飛ばされる。

 

「よっし! これですっきりしたぜ」

 

「今ので全部チャラだ。お前さんが俺達に助けを求めなかったことも、お前さんが俺達を信じてなかったことも含めてな」

 

「オイゲン、ラカム……」

 

 セルグも含め突然の暴挙に皆が固まる中、オイゲンとラカムは、セルグを引っ張り起こした。

 その顔には俄かに悔しそうな表情が張り付き、殴ったはずの二人の方が怒られているようにも見えてしまう。

 

「情けないッたらなかったぜ……てめぇに信じられなかった俺達がな」

 

「お前さんはいつも一人で抱えてやがった。戦いの時も、戦いじゃないときも。そうして抱え込んでたお前の心の悲鳴に、俺達は終ぞ気付いてやれなかった。これでどの面下げて仲間だなんて言えるってんだよ!」

 

「二人とも……違う、オレは」

 

「「うるせぇ!!」」

 

 思わずセルグが押し黙る。

 仲間として……彼らはセルグから頼ってほしかったし、助けてやりたかった。だがその思いも全ては事が終わってヴィーラから話を聞いてから。それまでセルグの事を頼れる仲間としか思っていなかった二人は何も気づけなかった自分を呪った。

 ガロンゾで先を酌み交わしたり、グランサイファーで夜に飲みながら語り合ったこともあった。ヴィーラよりもよほどセルグと近くにいたのではないかと。

 

「俺達は……お前と仲間に成れてなかった……」

 

「それは違う。オレが自ら話すことができなかっただけだ」

 

 ラカムが俯く、その姿がセルグには痛々しくて仕方ない……

 

「俺は、強いてめぇを見て、勝手に大丈夫だと思っていた」

 

「違う、以前のオレはそう思われることこそが価値であった。誰にも心配をかけまいとすることで自分を満たしていたに過ぎない」

 

 後悔に塗れるオイゲンの姿に、その言葉を否定する。セルグの言葉は事実である。

 以前までのセルグは、自らの事を話すことは極端に少なく、頼られることで自らの存在意義を確立しようとする節があった。

 だが、それを知ってしまったからこそ、二人はセルグと友でありたいと願ったのだ。

 

「だからよ……これからは隠し事は無しにしようぜ……」

 

「てめぇの事を少しは聞かせてくれ。ちゃんとな……」

 

「ラカム、オイゲン……」

 

 二人の真摯な言葉にセルグは胸を打たれた。

 今までの自分はどれだけ彼らを信じていなかったのか。小さな意地や向き合う事への恐怖が、己の胸の内を打ち明けることを嫌がり結果、彼らを傷つけている。

 

「ありがとう二人とも。これからは頼りにさせてもらうよ……」

 

 乗り越えた今ならば迷いなく言える。セルグはそんな胸中を声に乗せ、二人に言葉を返した。

 そんなセルグの言葉にラカムとオイゲンも、小さく笑う。

 

「ちょっと! むさくるしいオッサン同士で見つめ合うのやめてくれない?」

 

 笑いあう三人の中にイオが不満げに割り込む。一応言っておくがセルグはまだ25歳、ラカムもギリギリ30には至っていないことを記述しておこう。

 

「イオ、ラカムはまだそんな年ではないだろう?」

 

「いいの! 戦いの時はすぐ私に押し付けてサボるんだから……年齢より体が年を取ってる証拠よ。そんな事よりセルグ、お帰りなさい。一人で寂しくなかった?」

 

「ハハ、こいつは手厳しいな……ただいま、イオ。ヴェリウスがいたからオレは一人じゃなかったけど、皆といられなくて寂しかったのは間違いないな。だから今は嬉しいぞ」

 

 近寄ってきたイオの頭に手を乗せ、セルグはまた優しく返す。強がりも何も見せずに素直にセルグが寂しかったと言うと、イオは俄かに嬉しくなって綻んだ。

 

「やっぱりセルグは、私達がいないとダメね。だからね、もう一人でどっかに行くのはやめてよ……心配で仕方ないんだから」

 

「――あぁ、心配かけてすまなかった。もうどこにもいかないよ。安心してくれ」

 

「うん!!」

 

 セルグが優しく答えると満足する答えだったのか、花が咲いたようにイオが笑う。

 心配かけまいと強がるセルグも、大人ぶろうとするイオも、もういない。二人は以前よりずっと素直に成れていた。

 

「セルグさん、よろしいですか?」

 

 続いて声をかけてくるはリーシャ。少しだけぶっきらぼうに聞こえるのはセルグだけではないだろう。

 固い雰囲気を纏うリーシャの姿にグラン達も疑問を浮かべる。

 

「リーシャか……何を言いたいか何となくわかるが一応聞いておこう」

 

「それでは……”オレは死ぬまでオレを許さない”、なんて言っておいてこうも簡単に覆すとは思いませんでした。全く……ざまぁみろ」

 

 軽く暴言に近い言葉がリーシャから飛び出て、セルグは目を丸くする。直ぐに我に帰ると、苦笑交じりにリーシャを見据えた。

 

「お前、随分と言うようになったな」

 

「――どうですか今の気分は。勝手に己を責めて勝手に罪を押し付けて、それが間違いだと気づき解放された気分は? 言っておきますが今の貴方はあるべき正しき形へと戻っただけです。貴方が本当に幸せになるのはこれからですから、気を抜かないで今度はご自分の本当の罪を消せるよう、これから尽力ください。以上です」

 

 一息に、言いのけたリーシャだが、その言葉の中には不遜でありながら、彼女なりの気遣いが見える。

 まだスタートラインに立ったに過ぎない。本当に改心したのならこれからをしっかり生きなくてはならないと、リーシャは暗に告げてきたのだ。ついでに名目通りに秩序の騎空団の為に働け。との意味も込められているかもしれないが……

 

「お~おっかない。まぁそれでも、お前には感謝しているよリーシャ。リーシャがあの時オレを許さないと言ってくれなければ、きっとオレはそのままだっただろうからな……ありがとう」

 

 言い返されると思っていたのか、素直なセルグの感謝にリーシャが顔を赤くした。

 どんな言葉を返されるのか、様々な言い合いになることをアマルティアで掴んだ先読みの無駄遣いで想定しセルグの言葉を推測していたリーシャは、予想外の言葉に返す言葉が出てこない。

 

「べ、別に! 私は正しくない事を言う貴方が許せなかっただけです。私が正しいと思った事を言っただけで……ってニヤニヤしないでください皆さん!! もぅ、何なんですか全く!!」

 

 照れ隠しの言葉だとわかりやすすぎるリーシャの言葉に、周囲の仲間達からは温かい視線が向けられる。この場合は生温かい視線と言うべきかもしれないが、そんな仲間達にリーシャは憤慨しながら、顔を背けた。

 その顔は照れくささからか赤いままであった。

 

「さて、一通り終わったか? それじゃ、朝食にしよう。朝から真面目な話をして腹が減った」

 

「フフ、そうですね。グラン、準備しよっか」

 

「あぁ、ローアインにお願いしてくるよ」

 

 グランが厨房に消えると、彼らの間にはまた静かなざわめきが流れ、それぞれに柔らかな空気の中雑談が始まる。

 また一つ絆を深めた彼らは、気持ち新たにザンクティンゼルに向け空を駆けていくのだった……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

これにて救済回終了といったところです。
次回については難航しているので少々お待ちを、、、


それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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幕間 風と空と恋の行方

一応ネタ枠。
ほのぼの、ネタ、真面目のごった煮状態です。
真面目成分の方が多いですが、どうぞお楽しみ下さい。



 全ての事の始まりはセルグが朝食の前に皆に報告をした日の夜の事だった。

 

 

「頼んます!! 俺に、キャタリナさんをキュンキュンさせる秘策を下さい!!」

 

 セルグの前で頭を下げるのはローアイン。その隣にはエルセムとトモイもいる。

 朝食の終わったのちにローアインにも話をしようと赴いたセルグは、この日の夜に何故かここ、彼らの部屋に呼び出されていた。

 部屋へと入ってすぐに土下座するような勢いでローアインが頭を下げてきて、セルグは困惑、続いて沈黙。脳内を様々な予測が駆け回り、戦闘中並みに思考を高速回転させたセルグは結論をはじき出した。

 

「……オレは何も見ていないし、何も聞いていない。というわけでさらば」

 

 面倒事の予感しかしないと断定し、セルグは逃走を図る。

 

「ちょちょちょちょまち、いや待ってくださいって!?」

「は、な、せ!? オレは自分の事だけで既に手一杯なんだよ! これ以上厄介事に首を突っ込んでられるか!!」

 

 チカラ衰えようと相手はセルグ。三人は必死の形相で押さえようとするがそれを振りほどかんばかりの勢いでセルグは扉へと向かう。

 

「待ってくれセルグさん、アンタならローアインとキャタリナさんの仲を取り持つことだって不可能じゃないはずだ。お願いだ……最近の俺達は妄想の中ですらぴくちりピンとこねぇんだ。親友としてこいつの事を応援してやりてぇんだ!」

「頼むぜセルグさん、ローアインに秘策を~」

「はなせ!? 秘策もクソもあるか! 大体なんだキュンキュンさせるって。そっからオレには意味わからねえよ!」

「あ~それもそっすね。ちゃけば、キャタリナさんが胸キュンするようなシチュとセリフをセルグさんに考えてほしい的な? 聞いたところによるとセルグさん、モニモニも落としたらしいじゃないすか。是非そのモテメン力でキャタリナさんとの恋を実ら――!?」

 

 最後まで言わせない様にセルグはローアインの口を押える。周囲を見回し気配を伺い、人影がないかを探った。

 数秒黙ったセルグはヒトの気配がない事に安堵してローアインを解放する。

 

「一つだけ忠告しておくぞ。言葉にするのはやめておけ。命がいくらあっても足りない」

「う、うす……」

「それから、モニカの事は言うんじゃない。いいな、絶対言うなよ。特に皆の前ではな」

「え、えあす」

「全く、なんでいきなりこんなことに……とりあえず、話だけは聞いておこう。頼りになるかはわからんがアドバイス位はひねり出してみるよ」

「あざす! それじゃセルグさんがどうやってモニモニを落とし――ぐほえ!?」

「お前はヒトの話を聞いていたのか? その頭には一体何が詰まっているんだ? ええおい? 触れるなと言って開口一番にそれとはいったいどういう了見だ?」

「いや、今のはどう見てもフリ――ぐっは!?」

「(ひ、ひぇ~おっかねえ。セルグさんガチおこだよ)」

「(っべーわ。ローアイン死ぬかも)」

 

 その後数分に渡り、ローアインがシバかれる音が部屋に鳴り響いていた。

 

「すんません、ちゃんと理解したんでお話聞かせてください」

「――悪い、少しやり過ぎた。まぁとりあえず、この間のお茶会の件はどうなった?」

「あぁ、それなら、キャタリナさんがこの間、口に出した以上はやるって言ってました」

「エルセムとトモイもそれに?」

「いや、ウチらは待機っす。行くのはローアインだけで」

「とりま、俺らじゃお茶会とかよくわかんねえし、行っても邪魔になりそうだから的な?」

「まぁカタリナとヴィーラのお茶会が元だからな……アルビオンの士官学校って事はいいとこのお嬢様がほとんどだろうし、オレやお前達にとって別世界だろうな」

「一応明日ザンクティンゼルに付く前にポトブで補給するからその時にやるとは言われたっす」

「なんだ、期日も決まっているのか。ならポートブリーズで買い物でもしてきたらどうだ。そこで茶菓子買うか、あるいは材料買ってローアインが作って、でその後はのんびり二人で楽しんでれば仲良くは成れるだろう。流石にそこでいきなり進展はないだろうが、ゆっくりやっていけば良いんじゃねえか?」

「いやでも、俺がキャタリナさんと話しているといつもヴィーラちゃんがガチおこで止めに来るから二人で出かけるなんて既にヤババっすよ」

「あ~つまりあれか? どっちかっていうと仲良くなるのが難しいんじゃなくて、ヴィーラが壁となってて難しいって話か?」

「それは……あるっす」

「Do感。まず間違いなくあり」

「最近はわりかしスルーされてっけど、それでも視線はビンビン感じる的な?」

「――――わかった。丁度いい機会だしな。ヴィーラについては何とかしよう。とりあえずポートブリーズに付いたら、二人で出かけるといい。オレにできるのはそれだけだ。後は自分で何とかしてくれ」

「まじで? まじでぇ!? ヴィーラちゃん何とかしちゃうんすか? ウェーイ!! さすがセルグさん、マジパね~しょん!」

「リスペクト・フォー・マジ。とりま、俺達はシチュ練りしておこうぜ」

「りょ。後はローアイン次第ってやつ?」

「あ、あぁ……(何言ってるかわかんねぇ)」

「とりまあざっす。明日はよろしくオナシャス」

 

 少し疲れたような顔をして、セルグは返事を返すことなくその場を後にする。

 この後また別の事で頭を悩ませることになるわけだが、後ろから聞こえる喧騒は気にしないようにして、セルグは自室へと戻っていった……

 

 

 ――――――――――

 

 翌日。

 

 ポートブリーズへと停泊した一行は、予定通りに一日の休息を取った。

 アマルティアでの戦いからそのまま動き詰めだった彼らとしては必要な休息であっただろうし、物資の補給というのも必要であった。

 グランとジータとルリア、ついでにビィと、そこに保護者役でリーシャが付き添い物資の買い出しへ。ついでに言うならエルセムとトモイが荷物持ちに駆り出されている。ラカムとオイゲンは艇の整備にいそしみ、イオはアレーティアに少しばかりではあるが、体術の基礎を教わっていた。戦いの後にセルグの発言を耳にしたのだろう、悔しさを覚えていたイオは必死に取り組んでいるようだ。

 

 

 そんなこんなで皆がそれぞれに動く中、停泊しているグランサイファーの前で、静かに目を閉じて佇む男が一人。

 いつもの黒を基調とした服ではなく、今日の彼は身体の各部位に蒼と黒で彩られた鎧の要素を含ませた服を着ていた。重要な部位を守りつつ体の動きを阻害しない、戦闘服としてはかなり優秀であろう服装である。

 そんな様相の己を見て彼は小さく呟く。

 

「久しぶりに引っ張り出してきたが……相変わらず派手だな。どうして組織は秘密主義なくせに目につきやすい恰好をさせるんだろうな」

 

 ゼタの赤い鎧しかり、ベアトリクスの、女性としては大胆すぎるほど胸元の空いた藍色の鎧しかり。

 星晶獣狩りを想定して組織の戦士にはそれなりの防護服や防護鎧が支給されていた。今セルグが身に纏うのは、単独任務をいくつもこなした後にその功績を讃えて送られた軽装鎧である。

 一応はヴィーラと出かけるという事で普段の服装から変えてきたわけだが、彼の容姿も相まってその姿は道行く人々の目を引く程度には目立つ。

 普段着ている薄汚れた服ではさすがにみっともないと引っ張り出した過去の遺物。少しは身なりをよくしてきた事もあり、セルグはしばらくの間衆目にさらされることになる。

 

 

「お待たせしました」

 

 背中に掛けられた声に、セルグが振り返ると、そこには多少なりともめかし込んだヴィーラの姿があった。セルグ同様に予備の服装を引っ張り出してきたのだろう。

 いつもと同じだが、旅路の痕跡がない真新しい服装で、セルグの元へと歩いてくる。

 

「その服は、どうされたのですか? 」

 

「君の隣を歩くとなっては薄汚れた恰好では歩けないだろう。無骨にはなるがこっちのほうがまだ良い。その位の甲斐性はあるつもりだ」

 

「フフ、少しでもそういう意識をしていただけたのなら嬉しい限りです。ですが普段からその格好でも別に良いのではありませんか? 随分と似合っておいでですが」

 

 ヴィーラの言葉にセルグは顔を顰める。周りから見れば二人そろってさらに目立つわけだが、当のセルグにとってはむしろそれは嬉しくない状況。目立てば話は広まる。それはすなわち、セルグの所在が広まる事と同義だ。余りセルグとしては嬉しくはない事である。

 

「やめてくれ、こんな目立つ恰好……性能は良いが今のオレには不要だよ」

 

「皆さんはなんと?」

 

「見せているわけがない。戻ったらすぐに着替えるさ」

 

「そうですか。残念です……ところで私には何か言ってはくれないのですか?」

 

 スッと目を細めてヴィーラが語気にその意味を含めて問う。その言葉の意味をセルグもすぐに理解したが、言われて素直に返事を返せるほど、今の彼に余裕は無い。

 そっとヴィーラに視線を移せば、自然な感触を残したままの薄い化粧。頬は違和感のない色彩で色が足され、唇は艶やかで薄く桃色が乗せられている。髪を縛るリボンも新調しており普段の赤いリボンから白いリボンへと変えられていた。

 元々の素材が良い彼女ではあるが、少し気を使うだけでその魅力は大きく変わる。それをまざまざと見せられたセルグの返事はやや固かった。

 

「君が綺麗なのは理解している。今さら何か言う必要もないだろう。普段より魅力があるのは確かだが……」

 

「まぁ! ありがとうございます……では、参りましょう」

 

 苦し紛れというか、ひねくれ者というか……素直には言葉を出せないセルグに微笑むとヴィーラはその手を差し出した。エスコートしろ、という事なのだろう。

 

「勘弁してくれ、君と触れ合っていたらどうなるかわからん。さらに言うなら何をされるかもわからん」

 

「あら、残念……フフフ」

 

 セルグは忘れてはいない。シュヴァリエに拘束され身動きできない己が何をされたのかを……ヴィーラの静かな笑みに、セルグの心は既に警鐘を鳴らしていた。

 

「自分から今日の事を言い出しておいてなんだがな……あまり期待はしないでくれ」

 

「それなら、何度目になるかわかりませんが、私を本気にさせた責任を取ってもらいますので……どうぞ期待していてください」

 

 微妙にかみ合わない会話をしながら、二人は歩き出す。片や嬉しそうに。片や少し疲れた顔で。対照的な二人だが、その容姿故に人目を引くのは二人とも共通だ。

 セルグは居心地悪そうに、ヴィーラは堂々としながら、ポートブリーズの街を歩き始めるのだった。

 

 

 そして、二人が歩き出した数分後、グランサイファーの前で、また別の物語が始まる。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 ソワソワウロウロと落ち着きのない男が一人。一人でいるという事は待ち合わせの時間よりは幾分か早いのだろう。相手を待たせない様に早く来たのは立派だが、あまりにも落ち着きがなさすぎる。

 セルグとはまた違った意味で衆目を引く男、ローアインがそろそろウロウロしすぎて汗ばんできそうなところで、後ろから声がかかった。

 

「すまない、少し待たせてしまったか?」

 

 反射的に振り返った先には待ちに待ったカタリナの姿。緊張したその顔をさらに強張らせて、ローアインは直立姿勢を保っていた。

 

「い、いや。全然まてねえす」

 

「ん? どうしたんだ」

 

「い、いえ、大丈夫っす。さ、さぁ行きましょう!」

 

「あ、あぁ……それにしてもセルグに言われてきたが、君とこうして出かけるとはな。なんでも今日のお茶会に合わせてお菓子を作ってくれるんだって? 楽しみだよ」

 

「あっと、そっすね~。とりま果物系から見て回りましょうか?」

 

 自然な空気のまま語りかけてくるカタリナに緊張がほぐれたのかローアインも徐々に落ち着きを取り戻し始める。

 

「果物か。一体何を作る気でいるんだ?」

 

「最近の俺のトレンドっすね。タルトなんですけど、バリエーション豊富過ぎてまじぱねぇんすよ。良い果物があったらフルーツタルトっすね。他にもレアチーズケーキなんかはタルトの一種ですからそれも候補に。あとは、野菜にもちらほら合うのがあるんでそっちも見てみたいっす。キャタリナさんが出してくれる茶に合うと良いんですけど、俺には茶の種類とかは分かんねえっすから、とりま作る時はキャタリナさんと味見をしながら――」

 

 先程までの緊張はどこへいったか、次々と楽しそうに話を始めるローアインにカタリナの表情も和らぐ。更には話の流れで一緒に料理する約束まで取り付ける。本人は分かっていないだろうが意中の相手に対してなら理想的な会話の流れと言ってよいだろう。いつもの調子を取り戻したローアインとカタリナはそうして、ポートブリーズの街中へと繰り出していった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「はぁ~なんだか既に疲れて来たな……」

 

 ところ変わり、こちらはセルグとヴィーラ。

 表には出さないが少しの緊張感と、いつの間にやら取られている腕に伝わる感触に大いに疲れてきているセルグは、息を吐きながら呟いた。

 

「よろしくないですね。女性と連れ立って歩いているというのに、大きなため息とは。紳士としてあるまじき行為ではありませんか?」

 

「既に、防衛線をいくつも潜られたんだ。ため息も吐きたくなるというものだ」

 

 店を数件回るだけの間で、既にセルグの心の防衛網は崩壊していた。

 周囲の店に気を取られている間に、まずは手を取られる。手をつなぐだけであればまだセルグとしても問題はなかっただろう。その程度で慌てるほど子供でもない。

 だが、気にしないよう意識して心を落ち着かせていたセルグの様子にヴィーラは次なる一手を加える。

 それが今の状態。腕を取り、事もあろうに体を寄せてきたのだ。並んで歩いていた状態から一転し体を密着させてきたヴィーラにセルグの平常心は瞬く間に瓦解。寄せ付けまいと決めていた心は何の抵抗もなくヴィーラに占められていく。

 さらに追い討ちとして、ヴィーラは普段より饒舌に話しかけてきた。直ぐ近くから発せられる声と吐息にセルグの耳がくすぐられセルグは先程から緊張しっぱなしだ。

 

「逞しすぎて涙が出そうだ。応えられないと言えば言うほど、君はオレの心に入り込もうとしてくる」

 

「ゼタに少し先を行かれていますから。私としてはまだ足りないと思っていますが」

 

「まてまて、ゼタは関係ないだろう。モニカならまだしもアイツは一言も――」

 

「そんなことを言って、もう気づいているのでしょう? ゼタの想いも……ご自身がゼタに惹かれ始めているのも」

 

 切り替えされた言葉にセルグは押し黙る。納得はできないが、否定もできない。

 どこか心の奥底ではヴィーラの言葉を受け入れそうになる自分がいて、セルグの胸中が荒れる。

 

「やめよう……君といるときにこんな話をしたくはない」

 

「嫌です。例え貴方が私を選ばなくても、私は貴方の本当のお気持ちを知りたいのですから」

 

「それが君を傷つけるのなら御免こうむりたいな……」

 

「傷つく傷つかないは私の勝手で、貴方が気にすることではありません」

 

 引かないヴィーラの言葉にセルグは空を仰ぎ見た。実際、こうまで自分を想ってくれる彼女の想いをセルグ自身受け入れつつあるのは自覚していた。些細な抵抗はそれを認めたくない小さな反抗心といった所だろう。

 さらには彼女の言うように、ゼタに心惹かれているのもどこかわかる気がしている。恐らく、モニカを前にすればその時もセルグの心はまた揺れ動く。

 結局のところセルグの心はまだ、彼女達の間で揺れ動いている。

 それでもセルグ自身、彼女たちに惹かれ切る事はないと思っていた。一昨日まで彼の心には過去に愛した人しかいなかったのだから……だが。

 

「ヴェリウスの言っていたことはこれか……」

 

「……どういうことですか?」

 

「過去を乗り越えた時、オレの気持ちは大きく変わっているだろうってな。確かに、君の言うとおりオレの気持ちは揺らいでいる。アイリスしかオレにはいないと思っていたのに……優柔不断と言われそうだが、オレはきっと、君達それぞれに惹かれているのだろう」

 

 過去を乗り越える。言い換えればそれは過去を過去のものにするという事だ。これまで囚われ続けていた罪の意識だけでなく、愛していたヒトもセルグは過去のものとした。それは決して忘れたわけではない……だが、もはや囚われてはいないのである。

 それ故にセルグは、今向けられている想いに染まり、その狭間で揺らいでいる。

 

「正直戸惑っている。そもそもオレはアイツともいつの間にか惹かれあっていた感じだから。他に愛する人が居たわけでもない。こうして想いをぶつけられ、感じて……誰かを選ぶなんて事が今のオレには難しいんだよ」

 

「私としては悩む必要はないと思いますが? それぞれに惹かれているのなら、それぞれに愛せば良いではありませんか」

 

「……無茶を言ってくれる」

 

 余りにも世間の常識から外れたヴィーラの言葉に、セルグが顔を顰めた。

 

「英雄色を好むと言います。王族など一夫多妻は当たり前ですし、世の中の普通に囚われる必要はありませんよ」

 

「ヴェリウスからはその先は悲惨な結末しかないと聞いたぞ」

 

「それは器量の差でしょう。それを認める事の出来ない矮小な器量では先に待つのが悲劇なのは私も同意です。貴方程の男性であれば、お姉さまも取り込みあの害虫を寄せ付けないこともできます。そうなれば私の願いであるお姉さまの幸せも目の前に」

 

「まてまてまて、飛躍させるな、話を広げるな、これ以上オレの心労を増やすな。カタリナまで回されたらオレの立場上よろしくない。オレはローアインについては応援してやりたいと思っている」

 

 ヴィーラが告げるまさかの思惑に大慌てでセルグは止めに入る。ローアインを応援する側にいると言うのにそれとは真逆のヴィーラの計画が現実のものとなってしまえば、自分はどの面を下げて彼と向き合えばいいのか。無論当人の気持ち次第だが少なくともセルグにカタリナを受け入れる余裕は無い。

 

「あの男を応援?……それは本当ですか?」

 

「無論だ。態度や風体はあれだが、アイツほどヒトと打ち解けられる奴はいないよ。カタリナは騎士然として固く融通の利かないところも多い。柔軟なローアインの人当りはカタリナとぴったりだと思う」

 

「どうやら随分とあの男を高く評価しているようですね。ですが、お姉さまを穢すであろうあの男が貴方よりもお姉さまに合うとは思いませんが」

 

 ヴィーラの言葉にセルグが僅かに押し黙る。少しだけ迷う素振りを見せると、セルグは口を開いた。

 

「今日あの二人は、お茶会に合わせて買い物をして午後にはのんびり楽しむとの事だ。存外カタリナも楽しみにしていた様だぞ」

 

「なんですって……」

 

 俄かにヴィーラの雰囲気が変わる。こうしてはいられないと言うように周囲を見回し始めるヴィーラに、セルグはすぐさまそれを抑えるよう言葉を重ねた。

 

「ついでにカタリナから伝言だ。”何を聞いても、私のところに来ることは許さない。今日は君の為に楽しめ”だそうだ」

 

 告げられた言葉にヴィーラは目を見開いた。それは、ヴィーラの行動を見越して伝えられていたカタリナからのメッセージ。自分の為にヴィーラが動くことを許さぬというカタリナからのきつい言いつけである。

 それを理解した時、ヴィーラは僅かに睨むようにセルグを見据えた。

 

「まさか、セルグさん。お姉さまと共謀して今日の事を」

 

「誤解はしないでくれ。君に今日の事を告げたのは一昨日の朝だ。間違いなく今日の事を決めたのはオレの本心からだよ。確かにカタリナと共謀するようにはなったが、それこそ今日の朝にカタリナと話をして伝えられたことだ。君が傷つくような事を、オレもカタリナもする気はない」

 

「そう……ですか」

 

 少なくとも傷つけるような事はしない。大切な二人からの言葉は裏を返せば自分の事を大切にしているともとれる。ヴィーラはささくれ立った心が落ち着いていくのを感じ、同時に嬉しさに満たされていった。

 先の発言からもセルグが自分に惹かれ始めているのは確かなようであるし、カタリナも決して突き放そうとしているわけではない。自分の事を想い、自分の為に生きろと言ってくれているのだから。

 

「まぁ、あの男が何をしたところでお姉さまが簡単に振り向くことはないでしょうし、一先ずは置いておきましょう。随分と話し込んでしまいましたね。そろそろ昼食に致しませんか?」

 

「あぁ、そうだな。以前訪れた時に泊まった馴染みの宿屋が旅人向けに食事を提供している。味は保障するがそこでどうだ?」

 

「しっかりと予定を考えて頂き嬉しい限りです。それでは、お願いいたします」

 

 互いに曖昧な気持ちを抱えたまま、二人は次の場所へと向かう。

 組まれた腕と、体を寄せ合う姿に二人は先程より少しだけ、距離が近づいたような気がしていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 買い物から帰ったローアインとカタリナはグランサイファーのキッチンにいた。

 既に周囲には色んな作業の跡があり、料理は終盤の様相を呈している。

 

「……ううむ、少し酸味がきつくないか?」

 

「いいや、これは最終的にレアチーズの甘さとの比較になりますから、このソース単体では酸味がきついかも知れないけどトータル的には間違いないっす。キャタリナさん、出来上がった段階での味を想定するのは忘れちゃいけないっすよ」

 

「む、そうか。確かに、レアチーズの甘さを考えるとそうなのかもしれないな……奥深い」

 

 良質なクリームチーズが手に入ったところでローアインはレシピをレアチーズケーキに決定。奇しくもいつだか妄想した通りのレシピを作ることに何かを感じ、料理をしながらも脳内では絶賛シチュ練り(妄想)がはかどっている。

 だが、グラサイコックとして料理には妥協をしない彼だ。

 タルト生地からしっかり作り焼き始めると同時に、市場で入手したベリー系のフルーツ数種で酸味が強いミックスソースを作り、カタリナと味見をしながらレアチーズとの兼ね合いも考え味を整える。カタリナにはレアチーズの生地を作ってもらうため材料を混ぜ合わせるだけの簡単な作業をやってもらっている。無論監視は怠っていない。

 この時点で彼はカタリナと相当距離感が近づいているのだが、料理に真剣な彼はその事に気付いてはいなかった。

 ベリーソースはゼラチン質で固まるようにして、焼きあがったタルト生地にレアチーズの生地を敷き、その上にベリーソースを広げる。そうして仕上がったところで便利魔導師イオの氷魔法を用いて(顰蹙を買ったが)冷蔵して、時間をおけば完成だ。

 

「ふぃ~仕上がりっと。大分大きめに作ったから皆の分もできましたね。一時間もしないうちに多分固まりますから戻ってきた買い出し組にも振舞いますか……ってキャタリナさん?」

 

 何故だかボーっとしているカタリナにローアインが疑問符を浮かべる。

 

「あ、あぁすまない。いや、何というか、普段は全く見ない君の真剣な表情というかだな。料理に関しては君が本当に力を注いでいるのだと思うと、感謝の念が湧き上がって来てしまって。――いつもおいしい食事をありがとう。ローアイン」

 

 カタリナからのまっすぐに向けられた感謝にローアインの心が有頂天になる。

 湧き上がる歓喜を表に出さない様背を向けると、ローアインは心を落ち着かせるようにシチュ練り(妄想)で対応した。

 

 

「それなら、また今度一緒に料理をしませんか?」

「そうだな……ぜひ今度皆の食事を一緒に作らせてくれ」

「その時は今日言った事を忘れないでくださいね。味は出来上がったところでの想定を忘れちゃいけないっす」

「あぁ。それから……その、恥ずかしながら、包丁の扱い方というのも教えてはもらえないか? 刀剣と同じだと思って今まで侮っていたが、包丁を扱うと私は途端に危なっかしくなってしまって……」

「へへ、任せてください。なんなら今からでもいいっすよ。ホラ、こうやって握って、添える手は指を曲げて食材を指の腹ではなく背で押える様に――」

「ロ、ローアイン!? 近っ、近いぞ!?」

 

 カタリナの背後に回り、その手を取るとローアインはまな板の上でカタリナに包丁を握らせ、包丁の扱いを教えていく。戦闘を生業としているカタリナにとって、料理を作り出すローアインの繊細な手つきは妙にこそばゆく、緊張が走った。

 

「ろ、ローアイン!? ちょっと待ってくれ!」

「あっと、動かないでくれキャタリナさん、実際に少し切ってみましょう」

 年の近い男性とのかなり至近距離で繰り広げられるレッスンにカタリナは終始慌てっぱなしであった……

 

 

 

「ローアイン? どうしたんだ急に背を向けて?」

 

 背を向けたと思えば少しだけ俯き、動かなくなったローアインを訝しく思いカタリナは口を開く。

 

「っとすんませんキャタリナさん。と、とりあえず、今度また一緒に料理をしてみませんか?」

 

「む? そうだな。確かに私も料理は是非やりたいところだが、最近は息つく間もない状況が多くてな。機会があれば、といった所か。だが、今日の君との料理はすごく参考になったよ。少し合間を見つけてまた自分でやってみよう」

 

「そ、それならその時は今日言った事を忘れないでくださいっす。味は出来上がったところでの想定を忘れちゃいけないっすよ」

 

「そうだったな。緻密な味のハーモニーと言う奴は簡単ではなさそうだが、ぜひ今度は君に料理を振舞ってみたいところだ」

 

「お、良いっすね。それなら俺は審査員として、パーペキにダメだしして見せますよ。しっかり全部食べてからね」

 

「フフ、楽しみにしている。そうだ! それじゃあ次は私がお茶の淹れ方をレクチャーしようじゃないか。普段はヴィーラが淹れてくれるんだが、私とて自信はあるぞ。道具を取ってくるから少し待っててくれ」

 

 そう言ってカタリナがキッチンを離れていくと、ローアインは拳を天に突き上げる。

 

「(ウェーイ!! なんか今日バリ調子よくね? もぅテン上げ程度じゃ収まらねえ的な? ッべーよ。マジッべーよ。とりまこの後のシチュを練らねえと……)」

 

 声には出さず態度には出さず。だが彼の心のテンションはとどまることを知らず。

 妄想しながら一人キッチンでニヤつくローアインを見て、アレーティアはイオを遠ざけ、ラカムとオイゲンは後で何かいいものを持って行ってやろうと決意し、戻ってきたグラン達は心配そうに声を掛けるのであった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 食事を終え、更にまたしばらく街を回り、そろそろ日が傾いてくる頃。

 セルグとヴィーラはのんびりと小高い丘になっているところまで歩いてきていた。

 進む先には一軒の店がある。少しだけ商店街から外れたこの場所にあるのはここポートブリーズでもそこそこ名の知れた、武器工房であった。

 

「悪いなヴィーラ。今日のオレの目的に付きあわせてしまって……」

 

「いいえ、今さら貴方といる時間を嫌と思う事はありませんから。ですが、何故こちらに?」

 

「少し……知り合いに用があってな」

 

 街から外れた工房……ヴィーラは疑問符を浮かべていた。

 そもそもセルグに知り合いと呼べるものはほとんどいないはずなのだ。正確には見知ったもののほとんどは組織の関係者である以上、敵しかいないと言った方が正しいが、そのセルグがわざわざ会いに行く人が居ると言うのだろうか。

 ヴィーラは感じた疑問を素直に口に出した。

 

「どういった方なのですか?」

 

「別に深い関係ではないよ。ただ、大切な用事ではあるかもしれないってだけさ……」

 

 それ以上はしゃべらずにセルグは黙ってしまう。今日一日の中で一番余裕のない表情を見せるセルグに、ヴィーラも沈黙を保ってしまう。

 二人はそのまま工房の中へと入っていった。

 

 

「いらっしゃい! 今日はどういった用で……」

 

 来客に威勢の良い感じで、店主であるヒューマンの男が声を張った。すぐさま応対しようと二人に近づいてくるが、店主の表情はセルグを見てすぐに驚きへと染まっていく。

 

「久しぶりだな。店主」

 

「――お久しぶりです」

 

 別段気まずい、という雰囲気ではない。ただ驚きに静かになった店主と、落ち着いたままのセルグの間に沈黙が流れた。

 

「――今日はどういった御用ですか?」

 

「勝手は承知なんだが……アレを返してもらいたくてな。まだ……あるか?」

 

「もちろんです。この店にとって、アレを作れたことは誇りですから。ですが、よろしいのですか?」

 

 意味深な会話にセルグの背後に控えていたヴィーラは口を挟めずに成り行きを見守る。

 店主の言葉にセルグが少しだけ反応し体を揺らしたのを確認したが何を言わずに静観を続けた。

 

「必要になった。それと同時に私が持っているべきだと気づいた。だから、気にしないでくれ。それと、勝手を言ってすまないな」

 

「とんでもありません……そうですか。わかりました。少しお待ちを」

 

 何かを悟ったように店主は壁の高い所に掛けられた一つのショーケースを梯子でのぼり、取り外してくる。

 戻ってきた店主の腕に抱えられたショーケースに飾られていたのは二丁の銃だった。

 

「手入れはずっとしておりましたので、問題はないと思います。流石に使う事はできませんでしたので確約は致しかねますが……」

 

「手入れしてくれていただけでもありがたいよ。本当に感謝する……ちょっと今は色々と立て込んでいて暇がないが、また今度顔を出すよ。ありがとう」

 

「いえ、こちらはそれを眺めているだけでも嬉しかったですからお礼など。お参りもしていかれますか?」

 

「あぁ、そのつもりだ」

 

「あちらも手入れはしております、どうぞごゆっくり。それでは、またのご来店を心よりお待ちしております」

 

「重ねて感謝するよ。ありがとう」

 

 銃を受け取ったセルグは、そのまま店を退出していく。最初から最後まで何も言葉を発さなかったヴィーラは、丁寧に一礼だけして、セルグの後を追うように店を去っていった。

 感慨深くセルグを見送った店主が一礼していくヴィーラの姿に見惚れてすぐさま奥さんに抓られていた……

 

 

 

 店から少し離れたところには柵で囲われて花で飾られた小さな墓があった。

 墓の前で静かに黙祷を捧げるのはセルグ。その後ろでヴィーラはここにセルグが来た理由を察した。

 

「彼女の……墓ですか?」

 

「あぁ、亡骸はここにはないがな……一応は組織の方で丁重に弔ってくれたらしい。ここはオレの為だけに作ったアイツの墓だ」

 

「……何故ここに?」

 

「オレがアイツにあげることができた唯一の贈り物。それがこれだ」

 

 セルグは店主から受け取った銃を見せる。風を象る緑の紋様と、炎を象る紅い紋様の浮き出ている銃。

 眉をひそめるヴィーラに、セルグは再度語り始める。

 

「銘は”風火二輪”。風と炎を統べる星晶獣”ナタク”のチカラが込められた銃だ。ナタク討伐任務を請け負った時、ナタクの素材を手に入れてここの工房で作ってもらったんだ。非力なアイツに合わせてできるだけサイズは小さく。だが、威力は申し分ない。素材の希少性も相まって、ここら辺の工房では一番の逸品になったらしい」

 

「それで店主の方は誇りと……」

 

 先程の店主の様子は、この風火二輪に並々ならぬ感慨があったように見受けられた。その理由もセルグの言葉を聞けば納得いく。まさしくこの銃は彼にとって誇りなのだろう。

 

「そうだ。あの日唯一の形見としてこれを回収していたオレは、作られたここの工房にこれを預け、店主に墓を作ってもらったんだ。亡骸はないが、これと一緒に安らかに眠ってほしいと思って……」

 

「でしたら何故今さら取りに戻ったのですか?」

 

 安らかに眠ってほしいと願っていたのなら、何故今取りに来たのか。ヴィーラの問いにセルグはまた静かに目を閉じて口を開く。

 

「――今のオレには天ノ羽斬は使えない。正確には真価を発揮しない。強化されるオレのチカラが弱まった今、天ノ羽斬はただの刀に成り下がってしまった。オレのチカラはゼロになったわけではないから切り札にはなるが、今後の戦いを考えると別の武器が必要だった。これが理由の一つだ」

 

「一つ?」

 

「あぁ、もう一つの理由の方が大きいかな」

 

 そう言うと、セルグはホルスターを取り出して腰に巻きつけた。今日彼が唯一ヴィーラの為でなく自分の為に購入したもの。ホルスターを腰に巻く理由は一つ……セルグはホルスターに風火二輪を収めるとヴィーラへと向き直る。その表情にはもう、先程までの静かで寂しそうな感じは含まれていなかった。

 

「アイツはいつも、オレの後ろを追いかけていた。アイツが死んでから、オレはいつもいなくなってしまったアイツを追いかけていた。だが今日からは違う……今日からオレはアイツと共に歩んでいく」

 

 思い出したくなくて手放した形見の品をその手に取り、セルグは戦う事を決意した。

 過去を乗り越え、過去を過去とし、そして形見と共に歩むことを決めたのだ。

 

「それが今日ここにきた理由……という事ですか」

 

「あぁ、今のオレはこれを見ても自分を責めることはない。そして君のおかげでオレは今日自分の気持ちに気付いた……きっとアイツは、なかなか前に進まないオレの背中を押してくれるだろう。だからヴィーラ。少し、待っていてくれないか? 答えは、きっと出して見せるから……」

 

 セルグの言葉。それはヴィーラの想いへの回答であり、ヴィーラの思惑の成就でもある。

 結論には辿り着いていないが、それでもセルグはもう過去に縛られるのをやめ、これからの未来を選択しようとしている。誰を選ぶかはわからないが、少なくとも誰かを選びはするだろう……死に場所を求めていたのが嘘のようなセルグの変化に、ヴィーラは一先ず安堵する。

 

 だが……

 セルグのその答えを許すヴィーラではなかった。

 

「そうですか、フフフ。とりあえずはきっちりと答えを出すと言った所は褒めてあげます。ですが……少々考えが甘いですね」

 

「……は?」

 

 決意の声から一転、気の抜けた声がセルグから漏れる。

 

「言ったはずですよ。悩む必要などなく、皆愛してしまえば良いのではないか、と」

 

「おいまさか、それを本気で言ってんのか?」

 

「ええ、もちろん。本気ついでに言うなら、お姉さまを貴方の手籠めにすることも本気です。ゼタにモニカさん。もしかしたらジータさんやリーシャさんも加わるかもしれませんが貴方の器量で何とかしてくださいね。私は何人いようが私も愛して下さるのであれば一向に構いません」

 

 ヴィーラの言葉にセルグの血の気が引いていく。

 脳裏を思考が駆け巡り、次々と様々な修羅場が思い描かれる。いや、大丈夫だ。皆ヴィーラと同じ思考であるはずがないと思いつつも、それがどこか現実味を帯びてセルグの脳を侵食して来る気がして、セルグは頭を振る。

 

「皆が皆君の様に考えるわけではない。君の計画は――」

 

「ご安心を。既にモニカさんからも色よい返事は頂いております。一先ずの問題はゼタですが、彼女なら私からも上手く良い含められるでしょうし問題はないでしょう」

 

 いつもの静かな笑み。だがその目は完全に捕食者の目になっているヴィーラの表情に、セルグは足元が崩れていくような錯覚を感じた。

 何故だろう……乗り越えて囚われないように決意した過去にむしろ戻りたいと思ってしまいセルグは背後の墓へと振り返ろうとする。

 

「シュヴァリエ!!」

 

「ッツ?!」

 

 だが、それすら目の前の女性は許してくれないようだ。いつだかのように縛り上げられたセルグは強制的に前を向かされる。

 

「今しがた貴方は過去を振り返らず前を向いて歩く決意をしたはずです。私が目の前にいると言うのに後ろ(アイリスさん)を振り返るとはどういうおつもりですか?」

 

「ま、まて、今のは別れの挨拶をすまそうと思っただけだ。ッツヴェリウス!!」

 

 ”なんだ、若造。随分と面白い事をしているな。長きに渡りヒトを見てきたがお主のような趣味のものはかなり稀な――”

 

「バカな事を言ってんじゃねえよ! 早く助けっんむ!?」

 

 こうして無理やりされるのは何度目か。

 再び交わった唇の柔らかな感触にセルグは驚きつつもどこかそれを諦めに似た境地で受け入れた。数秒の交わりですぐ離れるヴィーラを、少しだけ視線鋭く睨み付けるとセルグは呆れも乗せた声音で言葉を投げる。

 

「――――君はもう少し節度のある淑女だと思っていたが?」

 

「貴方がいけないんですよ。私に惹かれていると言いながら、後ろを振り返ろうとするんですもの」

 

「はぁ、徐々に受け入れつつ……というか流されてきている自分が怖い。――――勘弁してくれ」

 

 

 過去を乗り越え、未来を見据えても、セルグの心はどうやら休まる気配がなさそうだ。

 余韻に浸り、僅かに頬を染めるヴィーラの表情に、セルグはまた静かにため息を吐くのだった……

 

 

 空と二人を、太陽が茜色に染めていた

 




如何でしたでしょうか。
非常に中途半端なネタ枠になってしまいました。

ヒロイン誰だって?主人公です。といっても過言じゃない状態。
まぁすでに作者の構想ではヒロイン決まってますがね、、、ネタバレはしません。

ローアインの口調に関してだけは、作者の技量不足だなぁと思います。
全然らしさが出ていない気がして、でもわかんなくてハゲそうでした。

とりま、こんな回でも楽しんでいただければ幸いです。
キャラ愛に溢れている人の感想をお待ちしております!

追記 風火二輪についてはシナリオ中で後々説明しますが過去編の設定に詳しく書き記してあります。


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メインシナリオ 第36幕

少しお待たせしました。

ザンクティンゼル編は大まかな構成はあれど文章は結構練り直ししてて時間がかかっております。
次も少し遅れそうです。
まぁ6月が描くの楽しくて張り切りすぎたので少し落ち着こうとは思っています。

それでは、お楽しみ下さい。


 ――――閉ざされた島ザンクティンゼル

 

 自然豊かで風光明媚な島であり、ここファータ・グランデ空域でも端の方に位置するこの島は、周囲に山が連なり、中央に小さな集落があるだけの、本当に田舎としか言いようのない小さな島である。

 島の大きさと、山脈が周囲を囲み騎空艇が停泊するには適さない島の形状故、訪れる商船は少なく、また領土的価値も低いためどこかの国に支配されるという事もない。

 集落で興味を引く程の大きなことと言えば、どこかの家の旦那さんが風呂を除いただの、どこかの夫婦がケンカしただのと、そんな他愛のない話しか聞けないような、のどかな島である。

 

 

「なんか、随分長い事帰って来てない気がするな……セルグと出会った時からだからそんなに時間は立ってないと思うんだけど」

 

「そうだね、目まぐるしい程いろんなことがあったから。振り返ってみたら休む暇なんて昨日のポートブリーズでの一日くらいしかなかったし」

 

「でもやっぱりここに来ると落ち着くなぁ……早く家に帰ってリンゴを食べたいって気持ちになってくるぜ」

 

「アハハ、いっつも幸せそうに家でリンゴを食べてたよね、ビィは」

 

 以前と同じように森と集落の近くの平原へと降り立った一行は、騎空艇を下りて思い思いにのんびりとしたのどかな雰囲気を味わっていた。

 特にグランとジータ、ビィの三人は故郷の空気に感動も一入といった所だろう。静かで柔らかな笑顔は、故郷の空気に安心したが故か、自然な様子で落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 

「うぅ~ん、風光明媚な田舎って感じの島だね~。傭兵やめて二人で隠居するならこういうところがいいよね~ねぇ、スツルム殿?」

 

「知るかそんな事。傭兵やめた時の事なんてその時になってから考えれば良い」

 

「またまた~そんな事言って、いつもの刺々しい雰囲気がなくなってるよ~」

 

「というか当たり前に今返したけど、スツルム。傭兵やめてドランクと暮らすことは確定なんだな……仲が良くて羨ましい限りだ」

 

 何となく自然すぎて流していたドランクの言葉の意味に気付いてしまい、セルグはそっと問いかけた。その視線には多分にからかいの雰囲気が伺える。そして示し合わせたようにドランクへ視線を向ければドランクも小さく笑っていた。

 ハッとしたような表情を見せるスツルムは何を思ってかは分からぬが小刻みに体を震わせている。哀れなドランクはその先に起こりうる事に気付こうとはしていない。セルグの言葉に合わせるようにドランクからも意地の悪い声が上がった。

 

「ふふふ、そっか~スツルム殿との隠居生活というのはとっても魅力て痛って!? まってスツルム殿痛ったぁ!? 待って待って待ってスツルム殿ほんの冗談、ほんの遊びで言っただけだから本気にしな痛って!? ちょっ、ちょっとセルグ君見てないで助けてくれないかなぁ~」

 

「フッ――巻き込むな。自分で蒔いた種だろう」

 

 ドランクからの救援要請にそっと視線をそらし、セルグは浮かべていた笑みを深くする。正に計画通り……これまでで一番の照れ隠しモード(照れ隠しかどうかは本当の所わからないが)のスツルムがドランクを穴だらけにする光景を見てセルグはほくそ笑む。こうまで期待通りの反応を返されては、ゼタやリーシャよりよっぽど扱いやすい。そんな悪い思考がセルグの脳裏をよぎった。

 

「セルグさん……あまり女性をからかうのは感心しませんね。ましてや相手がジータさんの様に初心なスツルムさんなら今のはいささかやり過ぎかと」

 

 ビクリと肩を震わせるセルグは油の切れた機械の様にぎこちない動きで後ろを振り返る。振り返った先にはおもむろに歩み寄ってくるヴィーラの姿。思い返すのは先日の出来事。

 いや、ポートブリーズでのことだけではない。彼女らの想いを受け入れつつあるセルグにとって、ヴィーラが意味深な笑みを湛えて近づいて来れば、様々な記憶が呼び起される。

 至近距離にまで近づかれてその手を取られたセルグは瞬く間に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

 

「貴方も他人をからかうほど余裕が無いでしょう――――痛みは伴いませんが、少し痛い目を見てみますか?」

 

「――結構デス」

 

 少しではあるが顔を赤くしながら片言で答えるセルグの様子にヴィーラは満足し、ドランクもスツルムから剣を刺されながら子供みたいな笑みを浮かべた。

 

「ふっふっふ、僕とスツルム殿をからかっておいて一人だけ逃れようなんて痛って!? ちょっとスツルム殿! 事の発端は彼にも」

 

「これ以上余計な事をしゃべるな……まだ足りないか?」

 

 ギラリと短剣を見せつけられて、ドランクは冷や汗を流す。既に二桁回は刺されているであろうドランクに選択の余地はなかった。

 

「結構デース」

 

 奇しくも答えはセルグと同じであった。

 セルグとドランクの、情けなくもバカみたいなやり取りを眺めて笑いながら一行は一先ず、情報収集といった所でグランとジータ、ついでにビィが住んでいた家を調べてみることにした。

 和やかな雰囲気の中、集落へ向けてその足を進め始める。

 

 

「――やっぱり、そうなの……かな?」

 

 少しだけ不穏な。少しだけ哀しげな空気を纏う一人……否、二人を交えて。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「――――魔物だ」

 

 もうすぐ集落を目の前にするという所で、気配を察したグランが呟く。

 仲間達も察していたのか、小さな呟きであるにも関わらずグランが呟くのとほぼ同時に皆動きを見せた。ここら辺はもう百戦錬磨といった所か。数々の死線を潜り抜けてきた彼らは既に、どれほど気が緩んでいようと戦いの可能性がある場所では警戒を怠っていないのだろう。

 向かってくるのは、虫型の魔物が複数。それなりの数はいるが今さらこの島の魔物に苦戦するグラン達でも無い。応じようとする仲間達にも余裕が感じられるが、その中でセルグが唐突に前に出る。

 

「あー、悪いんだが皆少し下がっててもらえないか? ちょっと腕試しをさせてくれ――アレーティア、前衛を頼みたい」

 

「むぅ? それは構わぬが何故に前衛を欲しているのじゃ。お主の武器は」

 

「今日からちょっと変更だ。後衛で援護に回らせてもらう……まぁ、弱くなったのを何とかするための苦肉の策ってやつだ」

 

 そういってセルグはコートで隠れていた風火二輪を見せる。左右に差してあった風火二輪を両方とも抜き放つとその手に魔力を込めて感触を確かめるように銃を握った。

 スッと向かい来る魔物の一匹に狙いを定めてその引き金を引けば、風の魔力を纏いし銃弾が、狙い通りに弾け飛ぶ。その姿は使い慣れていない武器とは思えない程様になっていて、アレーティアは静かに唸った。

 

「ううむ、素人……というわけでは無さそうじゃな。よかろう、グラン、ジータ。少し勝手をさせてもらうぞい」

 

 そう言うや否や、アレーティアが魔物に向かって駆け出す。それと同時にセルグも前へと走り出す。

 

「アレーティア! 打ち漏らしは任せろ。それから息つく暇くらいは作ってやる!」

 

 セルグの声に言葉を返さず足を速めることで返事をしたアレーティアは魔物の群れに吶喊。

 抜き放った一閃で一匹。続いて返しの二閃目で二匹。一度離れて迫りくる三匹目を躱そうとしたところで後方から乾いた音が聞こえ、同時に襲い掛かってきた三匹目が弾ける。

 一瞬呆けたアレーティアが我に返るころには、彼を狙い次々と襲い来る魔物達が、音と共に弾けていった。

 

「ほっほぅ、これはまた、どうして……やりおるじゃないか」

 

 驚きと感心が混じったようにアレーティアは声を漏らす。最初の攻防だけで、セルグの狙いが読めたのだ。

 セルグが前衛を頼んだ理由は、恐らく前衛を任せたいからではない。敵を近づけないように留めてほしいわけではない。

 セルグが想定するのは今後の戦いで前衛が敵と戦う混戦状態を想定しての援護のシミュレーション。仲間の動きを想定し、魔物の動きを想定し、必要な行動を選択するその戦闘モデルを構築するため。

 アレーティアを選んだ理由は、彼程の剣の達人であれば、前衛としての動きが想定しやすいからだろう。剣の腕という点で考えた時、最も天ノ羽斬を扱うセルグと似通っていると踏んだのだ。

 

「どれ、もう少し動くとしようかのぅ」

 

 セルグの援護だけでも魔物は倒しきれる事がわかったところで、だがそれでは意味がなくなるだろうとアレーティアは再び動き始めた。

 剣の賢者と言われる所以、その練達した剣捌きは向かい来る魔物を丁寧に屠り、その身のこなしは襲い来る魔物の攻撃をあっさりとかわす。躱された魔物のその先には弾丸による死の宣告が待ち構えている。

 援護しやすく立ち回りを予測しやすい動きは、セルグにとって非常に助かる前衛の動きであった。

 わかり切っていたことではあるが、襲い来る魔物に成す術は無かった……

 

 

 

「チッ、やっぱり得意属性じゃねえからそんなにうまくはいかねえか!」

 

 小さな悪態と共にセルグは打ち続けていた風の風火二輪から弾倉を抜き出すと、次のを装填。その動きはとても一日二日ではたどり着けないほどなめらかな動作で行われ、次々とまた弾丸を放ち始める。

 押し寄せる魔物たちは強くはないがそれなりに数はいる。アレーティアを無視する魔物もおり、抜けて来た魔物を一匹残らず迎撃していくが、その中で一撃で仕留められない時が多々あり、セルグは武器属性との相性に思わず顔を顰める。

 

「火の方がまだいけるか?」

 

 右手に握る炎の風火二輪を構えると、魔力を高密度に圧縮。迫りくる魔物の中から複数固まっている箇所に狙いを定めて射撃。

 圧縮した魔力が打たれた魔物を中心に弾け小規模ではあるが爆発を起こし、複数を巻き込んで絶命させる。

 

「扱いにくい風は手軽な弾速強化だけにしておこう」

 

 更に他方から迫りくる魔物に今度は風の風火二輪を構える。込められた魔力で弾丸は覆われ、弾丸の最大の敵。空気による抵抗を消し去り弾速を跳ね上げた。

 乾いた音がなれば、弾速の上がった弾丸により次々と魔物が弾けていく。

 

「セルグ!!」

 

 グランの焦った声に目を向ければ、感触を確かめていて気を抜きすぎていたのか一匹の魔物に接近を許してしまっていた。

 仲間達も大丈夫だろうと完全に油断をしていた。援護は期待できない状態であるが、それでもセルグに焦りはない。

 当然だ……彼の本来の戦闘は天ノ羽斬による接近戦。

 

「この距離はオレの領分だ」

 

 風の風火二輪を上に放り投げ、抜き放った天ノ羽斬で一閃。最後の一匹であった魔物を倒しその場に静寂が訪れる。

 

「――っと。久しぶりにしては上出来だな」

 

 放り投げた風火二輪をしっかりとキャッチして、セルグは満足そうに笑った。

 

「上出来だな、っじゃなくてなんだよセルグ。その武器は?」

 

 落ち着いた状況にグランはため息交じりにセルグへと問いかけた。相も変わらず驚かせてくれるセルグの行動。もはや恒例行事になりつつある。セルグが持っている武器も、それを普通に扱えることにも、仲間達は一様に驚きを隠せないでいた。

 

「急な話になって悪かったな。少しだけ驚かせたかったのは、まぁ否定しない……こいつは風火二輪。風と炎を統べる星晶獣、ナタクのチカラを受けた銃だ」

 

「風火二輪って、セルグ……どこからそれを?」

 

「元々はアイリスの武器だよ。アイツが死んでから、ポートブリーズの工房に預けていたんだが、それをポートブリーズに立ち寄った時にもらってきたんだ。今のオレには天ノ羽斬をまともに使えないからな……」

 

 力なく笑うセルグの表情には僅かに悲しさが込められる。大切な相棒……そのチカラを十全に行使できないのはひとえに己が無茶を重ねてきたから。愚かであった以前の自分を恨むように自嘲している。

 

「天ノ羽斬が使えないってセルグ……どういうことよ?」

 

 疑問の尽きない仲間達を代表するようにゼタが問いかけた。組織から与えられた特殊なチカラを持つ武器たち。

 炎を様々な形に操るゼタのアルベスの槍。窮地をチカラに変えるベアトリクスのエムブラスクの剣。凄絶な痛みを与える奇妙な能力を有するクロードが使っていたイビルレギオン。

 そんな組織の戦士に与えられた特殊な武器の中でも、天ノ羽斬の性能は規格外だとゼタは組織から聞かされていた。それが使えないとはどういうことなのか……当然の如湧きあがってきた疑問にセルグは静かに答えた。

 

「天ノ羽斬の真骨頂。それは徹底的なまでの自己強化だ――――全開解放時の剣閃の加速。付与されるチカラの増幅。

 開発コンセプトはアルティメットワン……一点において究極の性能を誇る武器。それが天ノ羽斬のチカラだ」

 

「それじゃ、天ノ羽斬を使えないっていうのは」

 

「そうだ、強化されるオレのチカラが弱くなり過ぎた。剣速は衰え、付与できる光のチカラも弱い。元が弱くてはいくら強化しようと話にならないという事だ」

 

「それで別の武器を……だがお前さん、俺達なんか目じゃねえくらい、使いこなしてなかったか?」

 

 ラカムの言葉にオイゲンも頷く。形は違えど同じく銃を扱うもの同士。先程のセルグの戦闘は間違いなく訓練に訓練を重ねた、熟練の動きであった。

 

「そりゃあまぁ、初めてじゃないさ。アイリスの訓練の時に何度も実演はしたし、アイツの訓練に付き合うために何度も銃は扱ったからな。苦労したぞ、アイツはお手本に120%の完成度を求めるもんだったからな……」

 

 苦笑交じりに思い出し笑いをするセルグに、仲間達はその意味を理解した。

 面倒見の良い彼の事だ。訓練や特訓をする前に恐らく自分で徹底的にそれを扱えるようにしたのだろう。120%の完成度を求めたのは恐らく彼女ではなく、彼自身だと。グラン達は察した。

 

「まったく、自信が無くなっちまうな。ああも見事に銃を扱われちゃ、俺達の立つ瀬がないぜ」

 

「そう言わないでくれ。武器は扱えてもずっと前衛をやってきたオレは援護というのは素人だ。それに武器の性質上狙いも相当に甘い。前にも言ったが技巧派と言える二人の戦い方は参考にさせてもらうよ。もちろん、イオの戦い方もな」

 

 オイゲンの言葉にまたも苦笑しながらセルグはフォローの言葉を紡ぐ。当然幼い魔導師の事も忘れてはいない。彼らはこれまで、後ろから仲間達を支えてきた援護のエキスパートなのだ。前衛で好き勝手に暴れていたセルグの本心から出たであろう言葉に三人ともまんざらでもないように顔を綻ばせた。

 

「ふっふーん。それじゃ今度は私と並んで戦ってみて! 援護の天才魔法使いがセルグに手ほどきしてあげるんだから」

 

「あぁ、よろしく頼む。イオ先生」

 

「にっしっしー。セルグに先生って言われるのちょっと気持ちがいいかも」

 

 嬉しそうに笑うイオにつられてセルグも柔らかな笑みを浮かべた。

 

「さて、ということでグラン、ジータ。これからオレは前にあまり出られないから気を付けてくれ。一応天ノ羽斬は使える。だが使えるだけで以前の様には戦えない。風火二輪を使った方が役に立つとは思う」

 

「う~ん、それは分かったけど。別に弱くなったならむしろ無理して戦う必要もないんじゃないか?」

 

「そこはオレの気持ちも汲んでくれ。足手まといになりたくないのは分かるだろう」

 

「そんなこと言って。どうせ風火二輪に変えたところで無茶するのは変わらないんじゃないですか?」

 

 目を細めて、微妙に睨み付ける様な視線を向けるグランとジータ。少しだけ辛辣なジータの言葉にセルグが口を閉ざして呻く。

 きっとジータのいう事は間違いない。セルグ自身、無茶でも何でも必要であれば天ノ羽斬で限界までチカラを振り絞る事は辞さないだろう。銃を手に取り後衛でありながら囮となるため前に出たりするかもしれない。

 そんな未来が容易に想像できる程度には仲間達のセルグへの信頼は薄い。

 

「ま、まぁ必要とあればな……残念ながら風火二輪は属性の相性もあるから完全に使いこなせるわけじゃない。それこそ二人みたいに武器に適応して使えるんであればこいつは弾丸の威力も速さも自由自在のバカみたいな武器になるんだが、オレにもそこまでの才能は無いようでな。戦力としては微妙である事だけは覚えておいてくれ」

 

「フンッ、先程あれだけの戦闘をこなしておいて微妙なんてよく言えたものだな。あれだけの数を動じずに迎撃していくなんて何の冗談だと思ったぞ」

 

「ホントだよね~。僕らから見たらさっきのだって十分に異常だと思うんだけどー」

 

 セルグの言葉にスツルムとドランクは難色を示した。それだけ戦えて微妙とは嫌味のつもりか。といった所だろう。珍しく二人そろって苦言を呈してくる。

 

「仕方ないわよ二人とも。セルグは基本的に非常識が常識みたいなやつだから。私達とはもう感覚が違うのよ」

 

「フフ、ゼタの言うとおりですね。本来のセルグさんであればもっと異常な戦いをしていましたから。私達としてはあの程度では今さら、といった感じです」

 

「あ、あの~皆さんそこら辺にしておかないとセルグさんがしゃがみこんで落ち込んでいるんですが……」

 

 リーシャがおずおずといった様子で口を挟むと、仲間達が向けた視線の先でセルグがしゃがみこんでいるのが見えた。普段はからかってばかりであった彼のそんな姿に仲間達は二度目の驚きの表情を浮かべる。

 どうにもセルグは過去を乗り越えて柔らかな雰囲気になった半面、今まで強がって保っていた表情が崩れやすいようだ。人間らしくショックというものを受けて弱弱しい姿を見せやすくなっているきらいがある。

 そんなセルグの頭にビィがそっと乗っかり優しく慰めの言葉を発すた。

 

「まぁ、気にすんなってセルグ。オイラはいつもセルグの事をすげぇなって思ってたからよ……まぁ元気出せって」

 

「そうですよ! セルグさんはとっても強くて、とっても優しくて……わたしも凄いって思っていました。例え少しおかしい所があってもそんなの私と一緒ですから大丈夫です!!」

 

「お、おう。ありがとな、ビィ。ルリア……」

 

「セルグ……落ち込まないで」

 

「あぁ、オルキスもありがとう」

 

 顔を上げたセルグは三人の言葉に少しだけ元気を取り戻して立ち上がる。

 

「さて、それじゃさっさと行こう。こんなところで無駄話をしていても仕方ない」

 

「そうだね、私達の家はこちらです。付いてきてください」

 

 セルグが立ち上がったところでグランとジータが先導し一行は再び集落へと歩み始める。

 あと少しのところで魔物に阻まれたが集落はもう目の前だ。

 嬉しそうに歩く二人とビィの案内で一行は彼らの始まりの地へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「お? んん? まさか……グランとジータか? うぉーい!!」

 

 集落に入ってすぐの所で一行の姿を目にした少年から声がかかった。大きな声で駆けられた声に二人がそちらを向けば声の出所を確認して、すぐにグランもジータも駆け寄っていく。仲間達を置いてけぼりに知り合いの元へと向かった二人は晴れやかな笑顔を見せていた。

 

「久しぶりだな二人とも!」

 

「アーロン! ホント久しぶり!」

 

「元気そうでよかったよ。村の皆も変わりない?」

 

「あぁ、二人がいなくなる時に帝国が来ていらい、特に何もなく相変わらずここは穏やかなままだ。そういやこの間二人が帰って来てたって聞いたんだけど――――いつ来てたんだ?」

 

「あぁ、それはホントにちょっとだけ用があって立ち寄っただけで……まぁ、今回もなんだけど」

 

「あの時はちょっと艇が壊れそうで急いで出発したの。挨拶もなしに言っちゃってごめんね」

 

「ふぅん……まぁこうしてまた戻ってきたならいいけどさ。あっちの皆さんが仲間か? う~わ。そろいもそろって美人ばっかり……グラン、随分いい思いをしているみたいだな。あとでちょっと紹介してくれよ」

 

「何言ってるんだアーロン。さっきも言ったけど、用事が終わったらまた行かなくちゃいけないから無理だって。大体彼女たちはただの仲間で、僕個人とは何も――」

 

「あっれ~そんなこと言って今、リーシャさんに」

 

「わぁーー! ジータ!? やめろって、違うって言ってるじゃないか。大体ジータだって最近セルグの事気になっ」

 

「ちょっと!? 何言っちゃってるのよ! それこそグランの勘違いじゃない! 勝手な事言わないでよ」

 

「あ、あぁ~なんだ? 二人とももしかしてあの中に意中のヒトが」

 

「「違う!!」」

 

「お、おお…………そんな怒らなくても」

 

 二人の余りの剣幕に思わず尻餅をついてしまった少年アーロンは、不用意な発言をした自分を呪いながらも目の前で喧嘩を始める二人をみて少しだけ楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 仲よさそうに話す三人の姿に仲間達は、特に大人組は感慨深そうに彼らを見据えた。

 帰ってきた二人を出迎えた同じ年頃の少年。無邪気に笑いながら(慌てながら)再会を喜び話し込む二人を見た時、彼らは改めて気づいた。

 団長として仲間を引き連れ、旅をしている二人はまだ大人にすらなっていない少年と少女だという事に。

 

 帝国に立ち向かい、アーカーシャを目にし、それでも折れずに戦おうと仲間を奮い立たせた立派な二人の団長が、あどけなく笑い合い故郷の友と話し込んでいる。

 ルリアやイオは彼らより確かに幼いが、それでも彼らとてまた未成熟なはずの子供である事を目の前の光景を目にして認識した時、それを見守る大人達の胸中には大きな感情のうねりが広がった。

 

「知らなかったな。二人とも……あんな顔をするんだな」

 

「――あぁ、団長として、彼らはどこか大人びて物事を見ている節があったが……あんなにも自然な表情ができるのだな」

 

「あんな笑い方をするまだガキの二人が、今この空域を左右するような大きな事に挑んでいるって考えると。なんつーか、大人としてやるせねぇっつーか……」

 

「知らず知らず、俺達ぁあの二人に重荷を背負わせていたのかもしれねえな……」

 

「あの表情を見るとそうかもしれないわね。セルグと一緒であの二人もきっと違うって答えるでしょうけど」

 

「そうですね。まぁセルグさんと違い彼らはまだ心配なさそうですが……」

 

「で、ですからお二人ともそんな言い方をされてはまたセルグさんが…………まぁ、否定はできませんが」

 

 ゼタとヴィーラからの辛辣な物言いにセルグが呻く。リーシャが僅かにフォローを見せるも最後の一言で台無しだ。何故ここで自分に矛先が向くのか……そろそろ理不尽な気がしてきてセルグはまたもその場にしゃがみこみそうになった。

 

「お前らなぁ……終いには泣くぞ」

 

「ううむ、御嬢さん方は随分とセルグに手厳しいのう。こっちもこっちで心配じゃぞい」

 

「ま、君もそうだけど、彼らも含めて、少し肩肘張り過ぎなんじゃないかな?」

 

「同感だ。そんな事ではすぐに折れる……」

 

 またも珍しく意見のあったスツルムとドランクの言葉に一行は小さな決意をした。

 未だ大人になり切れていない団長を心の底から支えてやろうと。未だ発展途上である二人は、今後の経験いかんでいくらでもそのヒトと成りが変わる。グランとジータの未来が変わってくるのだ。

 二人を起点に集いし仲間達は彼らの未来が明るいものになることを願って、戻りくる二人を改めて優しく迎え入れるのだった。

 

 

 

 楽しそうに話す二人を待つこと数分。久方ぶりの友との再会に嬉しそうな顔を見せながら、グランとジータが戻ってくる。

 

「ごめん、ちょっと話し込んじゃって」

 

「皆さん、ごめんなさい。直ぐに案内しますね」

 

 少しだけ申し訳なさそうに謝る二人だが、それを安心させるようにカタリナが優しく笑いかけた。

 

「なに、気にするな。久しぶりの再会に水を差すほど無粋ではないさ」

 

「折角帰ってきたんだ。もっと皆に顔を見せてきてもいいんだぜ」

 

「逞しくなってきた姿ってのを見せてきてやんな」

 

 ラカムとオイゲンも加わり優しく二人を諭すも、名残惜しさを見せずグランとジータは首を振った。

 

「ううん。僕たちはやらなきゃいけないことがあるから……」

 

「確かに皆と会えるのは嬉しいですけど、今の私達はロゼッタさんの為にも止まってられない」

 

 先程の顔はどこへやら。いつもの団長の顔へと戻った二人に彼らも何も言わず頷く。

 それが二人の嘘偽り無い意志であるのなら、自分たちがどうこう言う事でもない。

 

 変わらぬ頼もしさを見せる二人に案内されて、一行は目的地へと赴く。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 集落の少し奥に行った所。小屋と呼ぶには大きいが家と呼ぶには少し小さい。そんなサイズの家がグラン達の家だった。

 取り立てて特徴がなく、素朴で贅が見られない家は静かなここの集落らしい。

 だがそれでも、久しぶりに帰ってきた我が家を前にして、どうしても心穏やかになってしまうのをグラン達は抑えられなかった。

 

「こう目の前にすると、本当に久しぶりな気がするな」

 

「フフ、ほんとにそうだね。家の中は埃だらけになってそうでちょっと怖いけど……」

 

「そういやオイラ達、本当に何の準備もしないで出て行っちまったからなぁ……」

 

 グランが懐かしめば、ジータとビィは想定される事態を思い浮かべ苦笑い。二人と一匹の旅のきっかけを考えれば仕方ないかもしれないが、集落の者に何の言伝もなく出て行ったのは間違いであったと今更ながらに思った。

 小さな集落だ。頼めばある程度家の維持ぐらいはしてくれたであろう。そんなあとの祭りな事態を考えている二人と一匹の前にセルグとカタリナが躍り出る。

 

「グラン、ジータ、ビィ。感慨にふけるのは後回しだ…………カタリナ」

 

「あぁ――――恐らくは二人。少なくとも集落の者ではないだろうな」

 

 二人は真剣な表情のまま互いに感じた情報を確認する。

 グランとジータの家。今は誰もいないはずの家から感じられるヒトの気配。しかもそれは明らかな敵意を含んでいることが感じられ、警戒を露わにしていた。

 

「ルリア、オルキス。間違いじゃなければいいんだが星晶の気配は?」

 

「それが、その……」

 

「家の中……一ついる」

 

 セルグの問いに答えた二人の言葉で一行はすぐさま警戒態勢を取った。ただ不審な人物がいると言うだけでは済まされない事態。

 辿り着いた目的地にいた先客はまさかの星晶獣という可能性に緊張が走る。

 

「僕達に気付いていないのか……動きはなさそうだけど」

 

「でも、むやみに刺激はできないよ。こんな所で星晶獣が暴れたら皆にどれだけの被害が出るか……」

 

 ヴァルキュリアのグランが雷神矛を構え、ホーリーセイバーのジータがラスト・シンを構える。

 最悪は相手を引き付けてこの場を離れていく必要があるだろう。場所が場所なだけに非常に戦いづらいのは間違いない。

 僅かな焦りと不安が二人の脳裏をよぎった。

 

「私が行きます。ファランクスも張れるから仮に不意打ちで攻撃されても被害は最小限に――」

 

「バカを言うな。ジータにそんな危険な真似をさせられるか。それならオレが」

 

「ダメです。今日からセルグさんは後衛で戦うって言ったじゃないですか。前衛は今、私の仕事です」

 

 ホーリーセイバーとなったジータの固い口調ではっきりと断られてセルグがジータの後ろへと押し切られる。それでも言いつのろうとするセルグを今度はグランが抑えた。

 

「セルグ、僕もジータの方が良いと思う。防御力から考えても今のジータ以上に適任はいない。今更僕たちを信じられないわけでもないはずだ」

 

「それは、信頼はしているが……」

 

 信頼はしている。既に彼らの強さは十二分に理解している。それでも明確に危険があるとわかっている場所に簡単に送れるほど、セルグは強くなれなかった。

 

「こうしていても始まりません。思い切って突入します」

 

 瞳に力を宿したジータが走り出そうとする。セルグが止めるよりも早く動きだし、家へ走り出した。

 だが……

 

 

「そんなに意気込まなくても、不意打ちでキミたちを倒そうなんて気は更々ないよ」

 

 

 ジータがドアにたどり着くよりも先に開いたドアの先から一人の男。その後ろから一つの気配が表れる。

 

「少し久しぶりかな? キミ達がいつ来るかと心待ちにしていたよ」

 

「随分待たせやがって。ちゃんと楽しませてもらうからな!」

 

 以前と同じように薄ら笑いを浮かべて、ルーマシーで出会ったロキと、星晶獣の気配を持つ、蒼い少女が。彼らの前に悠然と佇んでいた。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ひょっこり出て来た、素の顔。
二人がいくら優秀でもそこには薄くとも消えはしない仮面というものがある。そんなところを描いた一話かなと。セルグの新武器なんてどうでもいいっす。

さぁさぁ、クライマックスが近づいて来ており作者は心の底から震えております。
どうぞ読者の皆様、飽きること無いように今後も読み進めていただければと思います。

感想お待ちしております。
それでは、お楽しみいただけたら幸いです。

追記。アニメ見て色々と描写が増えそうです。作者の中で曖昧だった部分っていうのが色々と見えて来たので、、、修正修正と増えて来そうです


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メインシナリオ 第37幕

少し間が空いてしまいました。

ついでに言うと少し短めです。
それでは、お楽しみください。


 

 目の間に現れた男と、その後ろから現れた星晶獣と思われる少女のような存在に、グラン達の誰もが動揺を見せる。

 それもそのはず。男との出会いは激戦の最中にあったルーマシーでの事。更に言うなら、男は先を急ぎたいグラン達の行く手を阻み、星晶獣ギルガメッシュを使役して見せたのだ。必然、グラン達は家の様子を伺っていた時よりも警戒を強めた。

 

「おやおや、随分と険しい顔をしているねぇ。折角この僕が挨拶に出向いてあげたんだから少しは反応が欲しいところなんだけど?」

 

「――挨拶? 生憎だけど、そんなもの返す気はないわよ。アンタのせいで、セルグは面倒だったし、いらない時間を取られるしで散々だったんだから! ルーマシーでの恨みここで晴らしてやるわ!!」

 

「その通りだぜ! お前さんが余計なことをしてくれたせいでこちとら大切な奴らをあの島に置き去りにしてきちまったんだ……覚悟はできてんだろうな」

 

 猛る激情を槍に乗せ、ゼタが飛び出さんばかりに意気を上げた。呼応するように、オイゲンも武器を取り出し、戦闘態勢を取る。

 ルーマシーで直接相対した二人にとって、目の前の男は脅威であり、仲間を置いていかざるを得ない状況となった要因でもある。

 ギルガメッシュやヘクトルに阻まれていなければ、アーカーシャにたどり着く前にフリーシアの狂行を阻止できたかもしれない。あの時点では、確実にグラン達がフリーシアを追い詰めていた段階であったのだ。胸の内に燻る怒りが、二人を突き動かした。

 そしてそれは、セルグも同様。

 

「ロキ……だったな。挨拶とはずいぶんと余裕をみせてくれるじゃないか。あの時はあっさりと逃げられたが、そこの喚くだけでうるさい犬っころと一緒に、今度こそここで仕留めてやる」

 

 ゼタやオイゲンの燃えるような怒りとは対照的に冷たい殺気を纏いながら言い放つセルグもまた、風火二輪を構え、戦闘態勢を見せる。静かで長閑なザンクティンゼルの集落に今、冷たい風が吹き始めた。

 

「てめぇ、犬っころだと!? 上等だ、クソみてぇに脆いだけの空の民が調子に乗りやがって。その喉、喰いちぎってふざけたことをぬかせないようにしてやる!!」

 

 セルグの言葉に、男の後ろに控えていた少女のような星晶獣は、大きく気配を膨れ上がらせた。その気配はギルガメッシュやヘクトルと同等に、星晶獣として当たり前の、規格外のチカラを感じさせて、冷たい風をさらに冷たい冷気で包み込んでいく。

 

「あ~だめだめ、フェンリル。今日は挨拶と宣誓にきただけなんだから、彼等を倒すのはお預けだ。大体、君のモチーフは犬ではなく狼だ。まずはそこを否定しないと」

 

「て、てめぇ……ロキ! オレをおちょくってるのか!?」

 

 この場の空気にそぐわないロキのダメだしに、フェンリルは大きく憤慨した。だがそれと同時に主人からのお預けの言葉に反応して、フェンリルの戦闘の空気が露散していくのを感じ、グラン達も警戒態勢を僅かに緩め始める。

 

「挨拶と宣誓……? 一体どういうつもりだ」

 

「私達にはそんなものをされる謂われは無いですが?」

 

「そう怖い顔をしないでくれないかな? あまり睨まれると、つい誰かを喚んでしまうかもしれないよ」

 

 ハッとしたようにグランとジータは口を閉ざす。ここで自分たちが対処を間違えば、ロキと呼ばれた男は本当に星晶獣を呼ぶかもしれない。使役できることが分かっている以上、それは大いにあり得る選択肢であり、必然的に村に危害が及ぶ可能性が高まる。

 もはや、集落の行く末は、ロキの手の中にあった。

 

「人質……というわけか」

 

「――卑怯な」

 

「そんなつもりはないさ。何かを要求する気もない。ただ、大人しくしてくれと言うだけさ。

 さて、まずは自己紹介と行こうじゃないか。まだ僕の事を知らない人もいるだろうしね……僕の名前はロキ。”エルステ帝国初代皇帝”のロキだ。よろしくね」

 

「エルステの……」

 

「初代皇帝だって?」

 

 ロキの言葉に、またも仲間達に動揺が広がった。

 アポロから聞かされていたように、帝国を牛耳っていたのは宰相のフリーシアであり、帝国最高顧問であったアポロですら皇帝の存在は知らないと発言していた。最高顧問と言えば国を取り仕切る者達の相談役だ。そのアポロが知らないという以上、少なくともロキの存在は相当に秘匿されていた、正に極秘と呼べる事実である。

 

「ん~? ちょっと待ってほしいなぁ。それは本当かい? 僕たちだって何も知らないわけじゃないんだよ。皇帝って名乗るには血筋ってものが必要だよね~。僕たちが知る限りで、今エルステの皇帝を名乗れる血筋を持つヒトなんて、エルステ王国の王女殿下の血を引くオルキスちゃんぐらいしか――」

 

「それはちがうね。君が知っているのは所詮、空の民だけの血統だろ? 僕をそんな卑しい血統に織り込まないでくれるかな。僕の血筋は、オルキスの父方の血筋だよ」

 

「それって……じゃあ、エルステの国王様の?」

 

 ドランクが疑り深く問いかけ、イオが先を推測する。紐解かれる事実は一行を次々と新たな事実へと巻き込んでいった。

 

「そうだね。オルキスの父、”ビューレイスト”は僕の兄さんだよ。これなら皇帝の血筋としては問題ないだろう?」

 

「ってことはつまり……オルキスの」

 

「私の……叔父さん?」

 

 ラカムの言葉に続いたオルキスの声で、薄ら笑いを浮かべ続けていたロキの笑みが消えた。無表情となったその顔をオルキスへと向ける。数秒オルキスを眺めた後、ロキはまた貼り付けたような薄ら笑いを浮かべて、口を開いた。

 

「そうだね、確かに血筋から見れば僕は君の叔父さんという事になる。だけどね、オルキス……僕は君の事が大っ嫌いだ。二度とそんな近しい続柄で呼ばないでくれるかな? 次言ったら、フェンリルの餌にするよ」

 

 声音も表情も変化は無いと言うのに、その言葉はひどく陰鬱で刺々しく放たれた。命の危機を感じ、思わずビクリと体を震わせたオルキスの前にカタリナとヴィーラが立ちはだかり、彼女の視界からロキを隠す。

 

「子供相手に随分な言い様だな。皇帝様は随分と器量が狭いようだ」

 

「可愛らしいオルキスさんに、あまり不躾な視線を投げないでくれませんか? 度が過ぎますと切り捨てて魔物の餌にして差し上げますよ」

 

「フフ、これは頼もしいナイトのご登場だね。残念だけど僕の興味はそんな無価値な人形には無いから気にしないでくれて構わないよ。それよりも、だ。君たちはどうして――」

 

 瞬間、乾いた音が鳴った。同時に言葉を止めたロキの頬には薄く細い傷が一線。

 音の出所は風火二輪を構えたセルグであり、それを見た瞬間にロキの笑みはまた深くなった。

 

「どういうつもりだい? 宣戦布告とみて星晶獣を喚んでもいいのかな」

 

「グダグダと話が長いんだ。挨拶をしたなら、とっとと宣誓ってのを済ませて早く消えてくれないか?」

 

「それを告げるにしては穏やかじゃないね? 一歩間違ったら当たってるよ」

 

「そのまま殺されるよりはましだろう? 犬っころも動けなかったようだし、これで命の借りが一回だな」

 

 口調は笑っているがその表情には欠片も笑みを浮かべていない。言外に、当てようと思えば当てられたととれるセルグの言葉にフェンリルがまた怒りを見せる。

 

「てめぇ、卑怯くせぇ事しやがって。ロキ、やっぱりこいつはここで――」

 

「ハハ、いいね~このやり取り……本当に君は僕を楽しませてくれる。フェンリル、君も彼を見習ってもう少しこういう雰囲気を楽しまないと」

 

「楽しむだと? ロキ、いい加減にしろよ。オレは今すぐにでもこいつらを喰らって」

 

「ダメダメ~。そういう短絡的なのは良くないぞフェンリル。いいかい? 僕が、この状況を、たのしめ。 と言っているんだ」

 

 まるで子供を諭すようなロキの言い様はいよいよをもってフェンリルの怒りに火をつけた。

 

「ロキっ……あんまりふざけやがると」

 

「まぁそれでも……やっぱり僕を傷つけたのは許されないかな。流れ出てしまった偉大なるエルステの皇帝の血は、そこらの些末な集落程度では賄えないぞ」

 

 フェンリルの怒りが向けられる瞬間に、これまでの軽い雰囲気から一転してロキは静かで厳かな雰囲気を纏い始めた。

 語られるのは、空の民を道端の石ころ同然の価値しか見いだせない恐ろしいまでの価値観。一筋の線からながれた己の血と一つの島に住むヒトを天秤にかけ尚、己の血に価値があるという恐ろしいまでの自意識。

 

 

「フェンリル……この島にいるの全て、”喰らっていいぞ”」

 

 その意識はその先に続く恐るべき言葉を紡いだ。

 

「貴方、一体何を言って……ッ!? まさか!!」

 

 言葉の意味を真っ先に理解したリーシャが止めようと動くがそれより早く、ニタリと笑ったフェンリルが声を上げる。

 

「あぁ、わかったぜ……」

 

 念願適ったと言うようにフェンリルがあざ笑うと、光に包まれフェンリルは彼らの前から姿を消した。

 

「消えた!? 一体どこに」

 

「まさか村の皆をっ!?」

 

 フェンリルの行く先を察してグランとジータは慄きに声を上げる。言葉通りに意味を受け取るならフェンリルが向かった先は集落に住む者達の元。そして行われるは、島が鮮血で染まるであろう残虐な蹂躙。

 すぐさま皆の元へと動き出そうとした二人は、だがその足をすぐ止めることになる。

 

「グァッ?!」

 

 すぐに聞こえてくるであろう、耳をつんざく様な悲鳴を待ち、耳を澄ませていたロキ。だが、聞こえてくるのはくぐもったフェンリルの呻きであった。

 音の出所へ目を向ければ……

 

 ”ふんっ。そうそう何度も好き勝手できると思うでない。愚か者が……”

 

 巨大化したヴェリウスの巨体に踏みつけられたフェンリルの姿。

 上空で待機していたヴェリウスは、フェンリルが消えると共にその気配を最大警戒で探知。まだ移動もほとんどしていないところで急降下しフェンリルを抑え込んでいた。

 

「前回はあの犬っころに好き勝手されたんだ。同じ轍を踏むわけないだろう……ヴェリウスを待機させておいて正解だったな」

 

 風火二輪を構えたまま、セルグはロキを睨み付けた。少しだけ安堵の息が漏れたのはこれが賭けに近い事であったからだろう。

 脅しを込めた一発。命を奪えたことを言外に示し、撤退を仕向ける意味を込めたものだったが、同時にそこには今の様に怒りにふれ危険な行動を呼び込む可能性がある事もわかった一発であった。危険な賭けである事は知りつつ、だがそれでもセルグは風火二輪の引き金を引いた。

 ヘクトルによって不意を突かれ、むざむざ仲間を危機に陥れてしまったセルグが、ロキを目の前にして、挨拶と宣誓などという言葉を鵜呑みにするわけがなかった。

 ルーマシーで動けない仲間達に平然と氷の雨を降らせたロキを相手に、油断などできるはずがないのだ。セルグの予測と対応は当然と言えよう。

 

「へぇ、さすがに君は抜け目ないね。他の連中には動揺が見えたのに」

 

「星の民様が相手だからな……予防線くらいは張っておかないと迂闊な事は出来ないさ。さて、次はどうする? 優秀な犬っころは駆けつけてくれないぞ」

 

 セルグの言葉と共にグランもジータも敵意を込めてロキを睨み付けた。

 何の躊躇もなく村を滅ぼそうとしたロキを相手に平然と相対することなど不可能。大事な故郷を蹂躙されかけた二人は、親の仇を見るようにロキに怒りを示す。

 

「ふぅん……君たちが厄介なのは変わらないか。仕方ない……フェンリル、戻っておいで」

 

「てめぇ、状況を見てものを言えよ! そんな簡単に」

 

「ヴェリウス……どいてやれ」

 

 ”よいのか? 次動かれては対応できんぞ”

 

「主が戻れと言ったんだ。暴走して飛び出すほど忠誠心が無いとは考えられないから大丈夫だろう。それに今度はグラン達もすぐに動ける。犬っころ一匹で何ができるわけでもない」

 

 ”――ふむ、それもそうか”

 

 セルグの言葉に納得した後、ヴェリウスは抑え込んでいたフェンリルを解放した。まだ警戒は完全に解いていないのか、すぐさま上空へと飛び上がり、警戒のままにフェンリルを睨みつけていた。

 

「がるるる……この鳥野郎、いつか絶対喰いちぎってやるからな!!」

 

 ”勝手に吠えておれ。空を飛べぬ犬っころに我を捉える事はできぬわ”

 

 売り言葉に買い言葉といったところか、星晶獣同士の言い合いを聞き流し、ロキはため息と共に口を開いた。

 

「はぁ……さて、こうなっては仕方ない。全面衝突も考えたけど、元々今日は本当に挨拶と宣誓だけのつもりだったからね。今回は素直に帰ることにするよ。あぁ、話の途中で遮られて忘れてた。宣誓がまだだったね」

 

 気を取り直したように一行へと視線を巡らすと、ロキは先ほどのように厳かな雰囲気を纏った。

 

「ご存知の通り、僕は星の民だ。完全なる存在であり、空の世界の敵となる者。というわけで今後とも末永く、よろしく頼むよ」

 

 宣誓、ではなくそれはもはや宣戦布告。明確な敵対宣言をしてきたロキにグラン達は僅かに息を飲んだ。

 動きを止めた一行の中、静かにリーシャは剣を抜き放つ。

 

「空の世界の敵……ですか。そうであるなら私も、秩序の騎空団としてそれ相応の対応をさせてもらいます」

 

 その切っ先をロキへと向け、秩序の騎空団として、嘗ての侵略者の残滓を見据える。

 空の世界の敵……つまりは覇空戦争の再来でもする気なのか。全ての言葉を鵜呑みにはできないが、それでも明確な敵対宣言を受けた以上、簡単に見過ごすこともできない。

 一触即発の雰囲気を見せるリーシャだが、それをジータが止める。

 

「待ってくださいリーシャさん。ここで戦闘を始めては村の皆が巻き込まれかねません。撤退してくれるのなら、今は無策に戦うべきではないと思います」

 

「その子の言うとおりだね。そっちにもルリアがいるから戦力としては引けを取らないかもしれないけど、星晶獣同士の戦いなんて起こせば、下手すれば島ごと沈むかもしれないからね……賢明な選択だ」

 

「くっ、卑怯な」

 

「あぁそうだ、もう一つ伝えなきゃいけないことがあった。僕は今回帰らせてもらうけど、残念ながら皆が皆僕と同じように悠長とは限らないから気をつけた方が良いよ。特に彼は今、とっても不安定だからね……」

 

「彼……? ちょっと、一体何を企んでるの。ちゃんと教えて行きなさいよ!」

 

「そこまでは語る気はないかな……その方が面白いからね。それじゃ、ごきげんよう、不完全な空の民の諸君」

 

 イオの追求を受け流して、ロキは光に包まれ始める。ロキの元へと戻ったフェンリルも同様に光に包まれる中、ギラリとセルグを睨みつけた。

 

「てめぇ、次にあった時は覚えていろよ。その鳥野郎と一緒に必ず噛み砕いてやるからな!!」

 

 敵意満々にセルグにその牙を見せるフェンリル。対するセルグは、やれやれといった表情を見せて言葉を返した。

 

「御託はいいから早く主人と一緒に帰れ。置いて行かれるぞ」

 

「このぉっ……ロキ、やっぱりこいつ」

 

「ダメだってフェンリル。ほら、置いていくよ」

 

「くっそぅ、次は絶対噛み砕いてやるからな!!」

 

 捨て台詞を残し、ロキとフェンリルは光に包まれて消えていった。

 二人が消えるのと同時に、ザンクティンゼルにはまた静かで長閑な空気が戻り、一行は静かに息を吐く。

 突然の強敵との邂逅。直接戦闘に及ぶことはなかったが、ルーマシーでの記憶も新しい一行にとって、ロキとフェンリルとの邂逅は、場所が場所なだけに、緊張するには十分な脅威であった。

 

「っはぁ~全く無茶してくれるぜ。おい、セルグ。いくらなんでも挑発がすぎるって」

 

 一歩間違えれば集落の人々が襲われていたかもしれなかった事態にラカムは発端となったセルグへと苦言を呈する。

 

「すまなかった……一応は撤退を促すための一発だったんだがな」

 

「いいや、ラカム。セルグの判断は間違っちゃいねえよ。あの野郎は平然と恐ろしい事をできるトンデモねえ奴だ。なぁゼタ」

 

「そうね……こっそり星晶獣を召喚して不意を衝く様な奴が、正々堂々宣誓しにきたなんて言っても、信憑性の欠片もないわ」

 

「そうだな……それらがあったから、最初から村を滅ぼす可能性だって十分に予測できた……危険は承知でもああやって取らせる行動を限定させた方が対処はしやすいと思ったんだ」

 

「なりふり構わない……というよりは躊躇が無いと言った感じですか。必要と感じたらそれを最大限の効果の下行う。ああいった手合いは本当に厄介だと思われます」

 

「儂も今までに様々なヒトを見てきたが、あそこまで破綻しておるものは見たことがないわい。一滴の血をこの島の者達より重いとな……それを当然だと思っているところまで、恐ろしき若者じゃ」

 

 少しの侮蔑と少しの恐怖を浮かべながら、ヴィーラが吐き捨てるように口にすると、アレーティアも同意しながら慄いていた。

 

「いやまぁ、覇空戦争の生き残りだろうから、ウン百年と生きているだろうし、若者とは言えねえんじゃねえか?」

 

「そうですね……ラカムさんの言うように星の民なら若者とは呼べないかも。まぁ、とにかく村の人達に被害がなくてよかったです」

 

「あぁ、本当に良かった……フェンリルが消えた時は血の気が失せたよ。ジータ、僕は一応村の皆に被害が出てないか確認してくる。ラカム、ヴィーラ、それからドランク。一緒に確認に回ってもらって良いかな?」

 

「あいよ、小せぇ集落つっても一人じゃ時間かかるだろうからな」

 

「承りました。それでは私はこちら側から」

 

「それじゃ僕はこっち~ついでに村の人達とも仲良く……痛って!? スツルム殿! なんで刺したの!?」

 

「まじめにやれ……一応は哨戒任務だ」

 

 そうだよな……ドランクに剣を突き刺しながら、そんな言葉が聞こえてきそうなスツルムから向けられた視線にグランがウンウンと頷く。

 

「ま、まぁそうだね。よろしく頼むよ、ドランク」

 

「はいはい……スツルム殿ぉ~最近ちょっと刺すまでのハードルが低すぎやしませんかねぇ?」

 

「基本的に不真面目なお前が悪い。ほら、さっさと行け」

 

「はぁ~い」

 

 渋々といった感じでドランクもその場を離れていき、グラン、ラカム、ヴィーラ、ドランクの四人が集落を回っていく。

 

 

「さて、こちらは家の中を調べましょうか。ビィのチカラについて、父さんが何か記録を残しているかもしれません」

 

「ジータ、オレはヴェリウスと周囲の警戒に当たろう。ロキが言っていたことも気になる……スツルム、一緒に来てもらって良いか? 傭兵なら周辺警戒というのは慣れているだろう」

 

「そうだな……オルキスの事はお前達に任せる。私も周囲の警戒に当たろう。何かあればすぐに知らせる」

 

 言うや否や、その場を離れ集落の外へと向かうスツルム。その後を追うようにセルグも向かう。

 

「ううん……私も同じように外を警戒しておくわね。何かを探すのとか調べるのって、苦手で……皆、そっちは任せたよ」

 

 ゼタもまた、集落の外を見回りに一行を離れていった。残された面々を見回したところでジータも俄然やる気といったように口を開いた。

 

「それじゃあ皆さん、ビィの手がかりを探しましょう!」

 

「はい! イオちゃん、オルキスちゃん、誰が一番に手がかりを見つけられるか競争ですよ!」

 

「あ、ルリア!? ちょっと抜け駆けはずるい~。オルキス、早くいきましょう!」

 

「うん……急ぐ」

 

「へへ、なんだかルリア達やけに張り切っているな。オイラ、なんだか嬉しいぜ……さて、オイラも」

 

「フフ、ビィ君。さあ、一緒に手がかりを探そうじゃないか。私と一緒に仲良く……な」

 

 一瞬。なにが起きたかわからないほどの瞬間的な動きを見せ、カタリナがビィを背後より捉える。その顔は、普段の凛々しい彼女の顔からは想像できないほどに緩み、ニヤケ切っており、ビィは己の不運を呪うことになる。

 

「お、おぃい、姐さん!? 待ってくれって。オイラは自分で飛べるっての! だぁああ、抱くな撫でるなぁあ!」

 

 ギャーギャーと喚きながら、ビィはカタリナに抱えられ家の中へと消えていった。

 

「フフ、カタリナに任せておけば大丈夫……かな?」

 

 先ほどのルリア達を眺めていたビィにはどこか寂し気な雰囲気が伺えた。寂しげというよりは少しだけ嫌がるような気配だったかもしれない。恐らくは、記憶を取り戻すことに思うところがあるのだろう。

 それを察してかは定かではないが、カタリナによって元気な声を上げていたビィをみて、ジータは胸中でカタリナに感謝した。

 大切な旅の相棒だ。グランと同様に幼いころよりずっと一緒に居た相棒の辛そうな姿など見たくはない。

 

「さて、私も――」

 

「ジータよ、お主の家が子供たちによって滅茶苦茶にされそうだが大丈夫かのぅ?」

 

 そっと告げられた言葉に家の方へ視線を向ければ、ビィが逃げ回る声や、カタリナが追いかける声や、張り切って意気揚々な声に、何かが壊れる音まで様々な音がジータの耳に届いてくる。

 

「――――やっば!? 全然大丈夫じゃないです!!」

 

「全く、調査をするのは結構ですが、これはちゃんとルリアちゃん達に言い聞かせなければいけませんね。ジータさん行きましょう」

 

「そうさな、せっかくの手がかりがあったとしても壊されちゃ話にならねえ。張り切っている嬢ちゃん達には悪いが少しお叱りが必要だな」

 

「ハイ!」

 

 リーシャ、オイゲン、アレーティアを引き連れ、ジータも家の中へと入っていった。

 

 新たな脅威と新たな敵の出現に不安を覚えながらも、一行は必要な情報を求め動き始める。

 差し迫る大きな悪意と、空と星を隔てる壁の厚さに気づかぬまま、一行は真実への扉を開き始めるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

アマルティア編でたくさん戦ったせいでザンクティンゼルは戦闘少なめになるかと思われます。(前回のは戦闘ではなくただの腕試しですのでノーカン)

ロキのわけのわからん感じとフェンリルの怖そうでかわいい感じを描けていたら作者は満足な今回。
読者さんが楽しめていたら幸いです。
それでは、次回にまたご期待ください。


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メインシナリオ 第38幕

7月に入ってから少々のんびり執筆しております。
ザンクティンゼル編は少々話の内容が薄い気がしてならない作者です。

それでは内容が薄くなりがちなザンクティンゼル編の中盤です。
どうぞお楽しみください。



 

 

 エルステ帝国が誇る戦艦の艦内。その艦橋にて、ロキは冷めた目付きで外の景色を眺めていた。

 ザンクティンゼルから戻ってきたロキは、騒ぐフェンリルを宥めた後、この艦橋で一人物思いに耽っている。どことなく儚げな雰囲気もありそうなロキの表情に、周囲で動いている兵士達には沈黙が広がり、戦艦内は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「皇帝陛下……そろそろよろしいでしょうか?」

 

 そっと静かにロキへと声を掛けるのは、眼鏡をかけてやや幼くも理知的に見える小さな将校。ハーヴィン族特有の小さい体躯である故に、剣や槍と言った武器は持たないが、回転の速い思考と、腕力を必要としない銃。そしてどんな非道な手段でも躊躇なく取れる徹底した効率主義によって少将という位にまでのし上がった男だ。

 彼の名は”フュリアス”。グラン達とはポンメルン同様に因縁浅からぬ相手である。

 

「ん? あぁ、君か。う~んそうだねぇ……もう少し待ってもいいと思うけど、行きたいなら良いよ。別に僕は止めはしないし。それに早く試したいんでしょ?」

 

「流石は皇帝陛下。良くわかってらっしゃる。それでは、これより……」

 

「うん、いいよ。その代わり、楽しませてくれればね」

 

「わかりました。それではどうぞ期待してお待ちになってください。存分に楽しませてあげますよ……」

 

 込みあがってきそうな笑いを押しとどめて、フュリアスはその場を去っていく。歪みに歪んだその表情は見るものをゾッとさせる狂気に近いものを秘めていた。

 フュリアスを見送ったロキは、それをみて同様に笑みを浮かべる。嬉しそうに、楽しそうに……それはまるでおやつを待つ子供にも似た、何かを待ち詫びるような様子であった。

 

「さぁて、彼らはどうなるかねぇ。折角だから彼には島ごと沈めてほしいとも思うけど、どうなるか本当に楽しみだ」

 

 小さな呟きは、静かな艦橋に広まり、兵士たちは軽い口調でもたらされた島が沈む可能性に戦慄し、その手を止めていた。

 作業の音すら消えた艦橋の中で、ロキの微かな笑い声だけが、静かに、静かに響いていた。

 

 

 

 艦橋を離れたフュリアスは部隊の編成を済ませて降下の準備を終える。

 脳裏に浮かびあがるはこれまでに二度も己の思惑を覆してくれた憎き騎空団の者達の顔。

 

 帝国に反発を繰り返すポートブリーズ群島を沈めるべく、大星晶獣ティアマトに魔晶を埋め込み暴走に追い込む作戦では、暴走までは追い込んだものの旅を始めたばかりのグラン達によってティアマトの魔晶を砕かれ、暴走を止められてしまい失敗。

 元アルビオンの領主と結託してカタリナを帝国に取り込み、機密の少女たるルリアの奪還を企てるも、それもまた領主の裏切りと、奥の手として持ち出したアドヴェルサをグラン達に難なく破壊され、アルビオンとの関係も拗れ、大きな責任を負わされた。

 順風満帆と言って良い彼の軍属としての人生の中で、短期間に大きな失敗を二度も味合わされたフュリアウのプライドは大きく傷つけられていた。

 

「フ……フフフ……ハッハッハ。見てろよぉ……お前ら皆、空の底に沈めてやるからな」

 

 怒りから愉悦へとシフトする思考が、島に降りた後の光景を幻視して、フュリアスの表情は徐々に喜色へと変わっていく。

 

 

 愉悦の笑みと共に声を上げて笑い続けるフュリアスの懐で、禍々しい輝きがチカラの鼓動を始めていた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「もーー!! なんで何も見つからないのよー!」

 

 グランとジータ。ついでにビィの家に、イオの怒りの声が響き渡る。

 他の仲間達も同様、怒りは見せていないものの落胆の色は隠せておらず、手がかりを探し出してから早二時間。

 集落の者に被害が出ていないかと様子を見に行ったグラン達も戻ってきており、家の中を相当に荒らして探し回ったが、ビィの出自や能力については全くの収穫無しであった。

 最初は元気だったルリア、オルキスも面白くなさそうに探し回っている事から、既に何度も同じ場所を探し飽きが来ていることが伺える。

 

「こいつは参ったな。これだけ探してなんも出てこねえってなると、こりゃあ別の所を探す必要があるぞ」

 

「だがラカム、探すと言っても一番手がかりがありそうなグランとジータの家を探したんだ。他にどんな候補があると言うんだ?」

 

「そうは言ってもよー。これだけ探してなんも見つからねえんじゃ、手がかりがあるのかは疑問だろうよ」

 

「リーシャさん、貴方が見つけたお父様の手記には他に何か記述はなかったのですか?」

 

「えっ?! あっ、いえ……特にありませんでした。ビィさんには星晶のチカラを抑える能力があると言う話しか」

 

 ヴィーラの問いに、慌てたようにリーシャが答える。質問された瞬間に脳裏にルリアとビィの記述がよぎったものの、告げるのは謀られた。これだけ絆の深い団内に無用な混乱を招くまいと、リーシャは静かに己が知る情報を隠し通すことにする。

 

「そうですか……グランさん、ジータさん。村の方で何か知っていそうな人はいますか? 例えば、お二人のお父様の事を古くからご存知の方とか」

 

「う~ん……皆父さんの事はそれなりに知っているとは思うんだけど」

 

「ただ、その中にビィの事を知っている人はいないと思います」

 

「ふむ、それはまた……何故じゃのぅ?」

 

 言い切るジータの言葉に、アレーティアが疑問符を浮かべる。他の仲間達も同様にグランとジータへ視線を向けると、二人は少しだけ考える素振りを見せてから答えた。

 

「これまでも僕達は父さんの事は多少なりとも聞いたことがあるんだ……だけど」

 

「私達、一度も父さんと一緒にいたビィの話は聞いたことがないんです。本当に……」

 

「ってことは何か? ビィはもしかしたらいつからこの村にいたのかってのもわかんねえのか?」

 

「お、おぅ……オイゲンの言うとおり、オイラ、いつの間にかグラン達と暮らしてた。 親父さんに拾われたのがどこだったかとか。どうやってこの島に来たのかとか……そこらへんは全く覚えてねぇんだ」

 

 羽と頭と耳を項垂れて、ビィが申し訳なさそうに口を開く。何も思い出せない事も、己の為に探してくれている皆の力になれない事も、ビィには大きな罪悪感としてのしかかっていた。

 

「ビ、ビィさんのせいじゃないですよ!! きっと、ビィさんはすっごいチカラを持っていて、仕方なく記憶ごとグランとジータのお父さんに封印されちゃったとかで」

 

「封印……か」

 

「グラン、もしかしてあそこなら」

 

 ルリアの言葉にグランとジータが思考を巡らした。

 封印……その言葉が関係ありそうな場所が島の中に一つだけあった。それは――

 

「ヴェリウスの本体がいた祠……確認してみる価値はあるだろうな」

 

「セルグ!?」

 

 突然割り込んできたセルグの声に家の中にいた全員が驚きと共に視線を向ける。家の扉をくぐり、入ってきたセルグとゼタとスツルムを迎え入れたところで、家の中は大所帯となるが、そんなことは気にならないほど一行は新たな情報の入手先の事で頭がいっぱいであった。

 

「随分と散らかしたな……原因はルリア達あたりか? まぁそれは良いとして、グラン、ジータ。あの祠ってこの村ではどんな扱いなんだ?」

 

「えっと……一応は巫女さん以外はそもそも森にも近づいちゃいけないっていう決まりがある神聖な祠かな」

 

「実は前回のセルグさんがあそこにいたのって、結構マズイことだったりするんですよね……許可なく入るのは本来村の人間も怒られる話でして…祠の周りも荒らしちゃったしだから、知られたらマズイと思って仕方なく逃げるようにここを離れちゃって」

 

 グランからは気まずそうな視線が、ジータからは少しだけ責める様な視線がセルグに向けられる。

 

「あ~、なんだ……その、実は迷惑をかけてたようですまないな。ヴェリウスに呼ばれるがままにたどり着いたんで、わざわざ村の人達に知らせる必要もないと勝手に入り込んでしまった。すまん」

 

 素直に謝罪をするセルグだが、これについてはセルグとしても致し方なしといった部分である。あの時点ではまだ、セルグは組織に見つからない様、ひっそりと生きていたのだ。己の来訪を告げる様な事をするわけがない。

 仲間達もそれを理解しているのか改めて責める様な事はなかった。

 

「なぁなぁセルグ……ヴェリウスの本体っていつからあの祠にいたんだ?」

 

「う~ん、さすがにオレもそんな話は聞いていないからな。ヴェリウス、どうなんだ?」

 

 ”本体より生み出された我に本体がいつからこの島にいたかなどとわかるわけがあるまい。だがまぁ、我とて生み出されてから多くの時を見てきた。ヒトの子ではたどり着けない年月この島に身を置いていることは確かであるぞ”

 

「だ、そうだ。ビィ、つまり奴なら知っている可能性が大いにあるようだな」

 

「という事は、祠に行けばわかるってこと?」

 

「それは確約できない。オレの事についてもここに来なければ語らないと言ってきたからな。機嫌か内容か、何が問題なのかわからんよホント。星晶獣の思考は読めない。こっちの鳥の方はある程度わかりやすいっていうのにな……」

 

 そう言って傍らのヴェリウスへとセルグは視線を向けた。次いで不躾にその躰を撫でつけてまるでペットの様にヴェリウスを扱う。

 

 ”若造……最近のお主は少し調子に乗っておらぬか? 偉大なる星晶獣たる我をつかまえて無礼であろう”

 

「ヒトと星晶獣である前に、オレとお前は良き相棒であり、良き友だろう。この位で怒るなよ」

 

 ”ふん、相も変わらずお主は、そうやって心地の良い言葉ばかりを吐きおる。我をあの秩序の小さい娘と一緒にするでないわ”

 

 言葉とは裏腹にその場を動こうとせず、撫でつけられるままになっているヴェリウスにセルグもグラン達も小さく笑う。その雰囲気は間違いなく撫でつけられて気持ちよさそうにするペットのそれだ……

 機嫌を損ねないように撫で続けながら、セルグはグラン達へと視線を向ける。

 

「オレの目的もある。手がかりを求めるなら祠に行くのは間違いないと思うが……どうする?」

 

「祠か……何らかのチカラが封印されているのであれば、あり得そうなのは確かだね」

 

「うん。ヴェリウスさんの本体と、以前にルリアが、祠に封印されていたバハムートを目覚めさせたわけだし、関係はありそうです」

 

 彼らにとっての旅の始まり……帝国に追われたルリアがこの島にたどり着き、戦いの末目覚めさせた祠にいた星晶獣”バハムート”。ルリアが初めてそれを召喚して見せたときのセルグの言葉から、そこらの星晶獣どころか、セルグがこれまで見てきたどんな星晶獣よりもその存在感は圧倒的であり、強大なチカラを持つ星晶獣だ。

 更に同じ場所に、セルグが連れる星晶獣ヴェリウスの本体もいるのだから、彼らが求めるものが一番ありそうなのはその祠というのも感覚的に仲間達は理解できた。

 

「でも、許可が要るんですよね? そんな簡単に許可してもらえるんでしょうか?

 

 ルリアが沸き上がった疑問を口にする。心配そうな表情でグランとジータに視線を向けると、二人からは安心させるような笑みが返された。

 

「一応、大丈夫だとは思う。場合によっては事情も説明するし、明確に危険なものが封印されているなんて話も聞いたことないから、僕たちが必要なことだと訴えれば問題はないと……」

 

「うん。とりあえず村長さんとお話してきますね。皆さんしばらく家で待ってて――」

 

 ジータとグランが家を出ようと動き始めた瞬間。

 一行は体の底に重く響くような轟音を耳にした……

 

「今のっ!?」

 

「砲撃音!!」

 

 瞬時に緊張感に包まれて、オイゲンとリーシャが窓から外の様子を伺う。

 聞こえてきたのは間違いなく砲撃のように火薬を使用した爆発音。そして、長閑なこの集落においてそんなものが爆発する事は非常事態でしかありえない。

 

「――煙が上がっている気配はねえ……だが、様子は明らかにおかしい」

 

「そうですね。外に大きな音は聞こえませんが、注意して村の様子を見に――あれは?」

 

 リーシャが窓の外に何かを見つけた。

 

「グラン、ジータ! 大変だ、また……帝国の戦艦がこの島に来たんだ! 村の皆が次々と捕まって拘束されている!!」

 

 鬼気迫る表情で家に入り込んできたのは集落に着いてすぐにグランとジータに声をかけてきた二人の幼馴染。アーロンであった。

 

「なっ!? アーロン、それは本当なの」

 

「くそぅ、また帝国か!! グラン、ジータ。すぐに皆を助けにいかねぇと!!」

 

「落ち着くんだビィ! 確かに緊急事態だけど、いきなり動くのは危険だ……アーロン、相手の戦力とかはわかる?」

 

 すぐにでも飛び出しそうなビィを抑え、グランが問いかける。

 状況がわからないまま飛び出しても危険なだけだ。村の皆が捕まっているいるのであれば人質にされる場合も考えなければならない。

 むやみに動いては何もできないままやられる可能性もあるのだ。

 

「それが……捕まらないように直ぐに逃げ出してきて俺も状況は……ごめん!!」

 

「そうか。いや、大丈夫だよアーロン。どうせ原因は僕達だからそれこそ僕たちの方が申し訳ないよ。セルグ」

 

「あぁ――ヴェリウス、偵察を頼む。ジータ、この集落には人が集められそうな場所はあるか?」

 

「――それでしたら、話し合いとかで使われる寄合所がちょうど中央の方にあります」

 

 セルグの問いに少しの間を置いてジータが答える。最初こそ心配からか取り乱しそうであったが、グランとセルグの言葉に落ち着きを取り戻し、いつもの頼れる団長の顔に戻っている。

 

「アーロン、知らせてくれてありがとう。あとはここに隠れていてくれ。僕たちが何とかするから。皆、一先ずは警戒しながら寄合所に向かってみよう。村の皆が捕らえられているのが気がかりだ。帝国が来た以上、下手をすれば島を落とすことすらあり得る。油断はできない」

 

 グランの真剣な表情に仲間達もうなずきながら一斉に動き出す。

 前方の様子を見ながらゼタとヴィーラ、カタリナが先頭を行き、セルグとオイゲン、ラカムが周囲を警戒しながら続く。残りは後方からルリアとビィを守るように囲みながら付いていく。

 最初の轟音以外には特に大きな音は聞こえないものの、争いの音も、叫び声も聞こえない集落の雰囲気が、この緊急事態に際してあまりにも不釣り合いで、一行は嫌な予感に包まれながら集落を進んだ。

 

 

 

 ”若造……戦艦は一隻。部隊の人数は大したことないようだ。恐らくアマルティアでの敗北が効いているのであろう。村の者たちを次々と捕らえて、集落の中央へと集めている”

 

「そうか、助かるよヴェリウス。読みが当たったな……寄合所の方に村の者は集められていたか。ヴェリウス、いざとなったらまた頼む。上空で待機を」

 

 ”ふむ……そうならないことを祈るが、まぁ心得た”

 

 セルグの要請に、ヴェリウスは再び飛び立ち上空へと向かった。

 

「――ゼタ、何か見えますか?」

 

「あ、ヴィーラ。うぅん……まだ遠いわね。人がたくさんいるのは見えるけど」

 

「もう少し近づかないとわからないな」

 

 前を進んでいた三人が物陰から様子を見るが、詳しい状況はまだわからないようだ。追いついてきたグラン達と一先ずは状況を予測し始める

 

 

「うぅむ……もう少し進んだ方が良さそうじゃのうぅ。いざとなったときこの距離では動けんでな」

 

「そうさな。ルリア、魔晶の感じはあるか?」

 

 ルリアへと向き直りながら、オイゲンが問いかける。それに応えるようにルリアは目を閉じると、感じるがままにチカラの気配を伺う。

 

「――えっとぉ、今感じられる魔晶の数は恐らく一つ……です。まだ発動していないからかもしれませんが、魔晶兵士はいないようです」

 

「……まてよ。すると既に発動している魔晶があるってことか? どうなんだルリア?」

 

「ラカム、発動している奴がいるならもう少しその気配があるはずだ。ルリアが感じ取っているのは恐らくまた別の何かだと思われる。一応オレにも魔晶発動なら感知できるからな」

 

「ってセルグもそんなことわかんのかよ。ってか初耳だぞ」

 

「オレの場合は正確には強大なチカラを感じるって程度だから、厳密にはルリア程優秀じゃないがな」

 

「とにかく、もう少し近づきましょう。ここでは手の出し様がない。皆さん、見つからないように慎重に……」

 

「なんだか、嫌な予感がするぜぃ……」

 

 ジータの声で一行は更に進んでいく。

 慎重に進んでいく中、ビィは言いしれない不安がその胸中に重くのしかかってきているのを感じていた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ザンクティンゼルの集落。その中央に位置する寄合所には帝国兵士が物々しい様子でひしめいており、草場に村人たちは縛り上げられた状態で座らされていた。

 居並ぶ村人達を眺めながらニヤニヤと不快な笑みを浮かべているのは、戦艦より島へと部隊を率いてきたフュリアスである。

 

「ほらほら、さっさと並ばせてよ! 的は綺麗に並んでいないと意味ないだろう?」

 

 的……その言葉に村人から血の気が引いた。

 この場に居て的と呼ばれるもの。横一列に並べられているのは自分達であり、フュリアスが言う的とは何を指すのがすぐに理解できてしまった。

 

「貴様ら、一体何の理由があってこんな――」

 

「っていうか数が少なくない? しょうがないな……おいそこのお前、お前も的になれよ」

 

 意を決して抗議の声を上げた村人の声を聞いていないように、フュリアスは近くにいた兵士へと命令を言い渡した。

 声を掛けられてしまった兵士。この場合は彼の気まぐれに選ばれてしまったというべきか。無為な気まぐれで命を捨てろといわれ、兵士の一人は慌ててフュリアスへと言葉を返す。

 

「お、お待ちください! フュリアス将軍閣下! 現在も捜索は続行中でありますが、森に逃げ込んだ者もおり、捕獲が難航しております。今しばらく……」

 

「森にぃ~? じゃあいいよそいつらは。そのまま森ごと焼き払っちゃって」

 

「は……?」

 

 言い募った兵士はフュリアスの言葉に思わず間の抜けた声を返してしまう。

 森に火を点ける。今フュリアスはそう言ったのだ。島周囲を山が連なり、その山に囲まれた部分の半分は森に包まれているこの島に火を点けると……

 森に一度炎が広がれば、それは山に阻まれ逃げ場のないこの島において、島全体が炎に包まれる可能性があることが分かっているのだろうか。一歩間違えれば戦艦に戻ること適わず、自分たちも焼かれる可能性があることが分かっているのだろうか。

 そんな思考がよぎり、兵士が何も言えないでいる姿にフュリアスは苛立ちを募らせた。

 

「森に火をつけろって言ってんの! 煙に巻かれれば、そのうち出てくるだろ!!」

 

「そ、そんなことをすれば島全体が火に!?」

 

「あぁっ!! だから何! 何だって言うの? ああもう、なんかもう、お前……もういいや! 誰か、こいつ縛り上げて森に捨ててきてよ! それでそのまま森に火を点けてきて!」

 

「フュリアス将軍閣下!!」

 

 止めなくては……そんな良心が残っていたのが彼の仇となった。フュリアス命令で別の兵士に捕らえられ、彼は縛り上げられながら森へと連れて行かれる。

 

「あぁ、どうせなら少しだけ燃やさずに残す様にしようか……逃げ場を求めて集まってきたところをそのまま狙い撃ちにできるしね。ホラっ、早く行ってきてよ!!」

 

「は、はっ!! 畏まりました」

 

 兵士を連れていく別の兵士は、恐ろしさを感じながらも、従うことしかできなかった。

 他に幾人かの兵士を連れて、森へと向かい始める。

 

「そんな……森が」

 

「村は、島はどうなるんだ……」

 

 目の前で繰り広げられた恐ろしい会話に、捕らえられた村人たちは口々に恐怖で慄きながら声を上げていた。

 

「クックック。残念だったねぇ、君たち。でもこの島が悪いんだよ。あのガキ共が僕の邪魔ばっかりするからさぁ。 帝国の邪魔を……僕の邪魔をする奴らはこの空に必要ないんだよ。ま、恨むんなら僕達じゃなくて、あのガキ共を恨むんだねぇ。クックック……ハァッハッハッハッ!!」

 

 高笑いを上げるフュリアスに、村人たちは絶望の表情を浮かべた。

 火を点けるべく、森へと向かう兵士。銃を構え、その銃口を自分達へと向ける兵士。

 そして、自らも腰に差していた銃抜き、引き金へと指を掛けるフュリアス。

 村人達はその瞬間に自分達の死期を悟った。

 

 

 乾いた音は、その直後に幾つも鳴り、彼らの耳に木霊した……

 

 

 

 

 ――痛みは来なかった。

 

 

 フュリアスも含め、帝国兵士たちはその光景に驚愕の表情を浮かべ、恐る恐る目を開けた村人たちは、目の前に光の障壁が張られ、銃弾が全て防がれたことを悟る。

 

「初めてです……こんなにも同じ人間が憎いと思ったのは」

 

「お前ら……生きて帰れると思うなよ」

 

 そこにいたのは未だ嘗てないほどに怒りの炎を宿したグランとジータ。

 雷神矛とラスト・シンを構えた二人は、視線だけで射殺せるほどの目つきでフュリアスを睨みつけていた。

 

「あはぁ、やっと出てきた! おい、お前ら! 早く森に火を点けてこい。あいつらの目の前でこの島を焼け野原に――」

 

「そんな事、させると思っているのですか。ラカムさん!!」

 

「相変わらず命令するだけでイライラさせてくれる。オイゲン!!」

 

 力強く言い放つ二人の言葉に合わせる様に乾いた音が複数回響き渡る。今度は帝国兵士が持つ銃からの音ではない。

 

「ぐぁ!?」

 

「がはっ!?」

 

 動き出そうとした兵士たちが乾いた音と共に倒れ伏す。

 

「ったく、ホントチビ将軍はどうしようもねえな……」

 

「まぁ、あんな奴の方がぶちのめすには心が痛まねえって話だ」

 

 森の方へと向かった兵士を打ちぬいたのはラカムとオイゲンであった。兵士たちの前に立ちはだかり、悠然と銃を構えながら立つ姿にはグランとジータ同様怒りが垣間見える。

 

「何っ!? おい、誰でもいい!! 早く火を点けて来い!!」

 

「はっ、了解しました!」

 

 怯まないフュリアスが命令を下し再び、森に火を点けようと別の方向へと兵士が走るが、それもまた乾いた音と共に次々と、倒れていく。

 

「くそっ、ならこっちだ」

 

 切羽詰まったように別の方向へ向かおうとした別の兵士は次の瞬間に視界が暗転する。

 振り返った兵士の目の前にいたのは、セルグ。そしてそれを認識した瞬間には、兜を掴まれ地面に全力で叩きつけられていた。

 

「何しにこの島に来たのかは知らねえが、そろそろ人様に迷惑をかけるのをやめようなゴミ共。こちとら色々と予定が詰まっているんだ。悪いが……手加減する気は無いぞ」

 

 目の前に立ちはだかったセルグを見て、兵士たちから明らかに恐怖が広がる。

 他の仲間達とは違う。暴力的ともいえる殺気を纏いながら、セルグは森へと向かおうとする兵士たちを威嚇した。ガロンゾ、アマルティア、ルーマシー。これまで幾度となく行われてきた帝国とグラン達との戦い。その中で兵士たちの中ではすでにセルグは戦ってはいけない化け物という認識になっている。

 セルグを見て、兵士たちが動けなくなるのは無理もない事である。

 

「くそぅ、お前ら、なにしてるんだよぉ! 早く森に火を点けろって言って――」

 

「よそ見していて良いのかっ!!」

 

 騒ぎ出すフュリアスの声を遮り、瞬足でグランが接近。

 上段からフュリアスへと雷神矛を振り下ろす。

 

「くっ! ガキが調子に乗りやがって」

 

 ギリギリで躱した、フュリアスは反撃に一発銃を打ち放つもそれをグランは銃口と引き金にかけた指から予測、回避という離れ業で躱しきる。

 

「んなっ!? ふざけんなよぉ!」

 

 怒りに我を忘れたように銃弾を放ち続けるフュリアスだが、今度はグランの前方にカタリナのライトウォールが張られ、全てを防ぎ切る。

 

「フュリアス……今回ばかりはグランもジータも許せないようだぞ。当然……私もな!」

 

 グランの背後から歩いてくるカタリナもギラリとフュリアスを睨みつけた。

 

「スツルムとドランクには村の人たちの救出をしてもらっている。ゼタ、ヴィーラ、アレーティアは森に言った兵士達を片付けに行った。グラン、ジータ。あとはここにいる愚か者だけだ」

 

「ありがとう、それとゴメン。勝手に飛び出しちゃって……」

 

「ごめんなさい、カタリナ。でも我慢できなくて……」

 

「なぁに気にするな。私とてこういった時に我慢できずに飛び出してしまう性質だからな。二人の気持ちはよくわかっているつもりだ。さぁ……やろうか」

 

 グランとジータに安心させるようにフッと笑ったと思えば、直ぐに殺気をみなぎらせてカタリナは剣を構える。

 

「うぅ、カタリナの本気って実は相当怖いのね。というかジータもすごい……これからは怒らせないようにしとこうかしら」

 

「フフ、イオちゃん。大丈夫ですよ。カタリナだって何も怒りっぽいってわけじゃないんですから。ただ、人として間違った事は許せないんです。ジータだって優しいからこそ、こんなに怒っているんだと思います」

 

 カタリナの余りに形相に、イオがおっかなびっくりといった様子でその後ろに並んだ。殺気を纏うほどの怒り……カタリナがそれほどの怒りを見せることは今までイオが見た限りではなかったのだろう。厳しくも優しいお姉さんであったカタリナの新たな一面にイオは少しだけビビり気味だ。

 

「フュリアス、覚悟しろ。ポートブリーズからの因縁。ここで終わりにしてやる」

 

 グランが雷神矛を再度構えた。ジータ、カタリナ、イオが並びその後ろにはルリアとオルキスが村人たちの拘束を解いていた。

 周囲ではラカムとオイゲン、セルグの包囲網が森へと向かう兵士たちを全て打ち抜き、戦況は間違いなく帝国不利の状況。

 村人を逃がされ、兵士たちを駆逐され、森にも火を点けられず、フュリアスの思惑は全て覆された。

 

「貴様らぁ!! よくも、よくも邪魔してくれたなぁ!」

 

 恐ろしい形相となったフュリアスの怒声が向けられるが、グランとジータは何の感慨もなく返す。

 

「だから? それで? よかったですね……また思い通りにならない経験ができたじゃないですか。これで三度目でしたっけ?」

 

「そう言ってやるなよジータ。彼にもつまらないプライドってやつがあるんだろう。まぁ僕らが居る限り絶対に成功させてやらないけどな」

 

 痛烈な皮肉を返しながら、グランとジータは挑発的な笑みを浮かべた。

 それはどこか年相応に、嫌いな奴への意趣返しといった感じだ。行っていることはとても年相応とは言えないが……

 

「いい度胸だなガキ共が……僕が本気になれば、こんな島すぐに落として――」

 

「前置きが長いんだよ。ガンダルヴァやポンメルンに比べたら温すぎる」

 

 デュアルインパルスからの俊足で接近。またも不意を突いたグランの槍の一閃がフュリアスを襲う。

 

「くっ、そぁ!!」

 

 間一髪で回避したフュリアスをだが、ジータが追撃。

 振り下ろされた剣を銃身で何とか防ぐも、既に幾多の戦いを潜り抜けてきたジータの攻撃は、瞬く間に銃身を叩き切る。

 

「元々策を弄することでしか戦えない人でしたもんね。部下をこき使って自分はいつも高みの見物……裸にされた気分はどうですか?」

 

「調子に乗んなっていってんだよガキがぁ!!」

 

 怒りに任せた予備の銃から放たれる銃弾は全てジータのファランクスに防がれていく。

 部下も策もないフュリアス等、グラン達にとって既に脅威ではなかった……

 

「大人しくお縄についてもらいましょうか。帝国の少将ともなればいろんな情報を聞き出せると思います。罪状は今見聞きした事だけでおつりがくるほどありますので問題ないでしょう。皆さん、お気持ちはわかりますが決して命までは奪わないようにお願いしますね」

 

 リーシャの言葉に居並ぶグラン達が静かに頷いて、武器を構える。

 

 

 ジータの言うように用意したもの全てを丸裸にされ、フュリアスの進退は窮まった。できることと言えば、あとは自棄の特攻ぐらいしかできないだろう。

 グラン達も油断はしていないが、もうフュリアスに手立てはないと考えていた。

 だが、そんなグラン達の思考をフュリアスはあざ笑う。

 

「はぁ……ホント。もうホントお前ら調子に乗るなよ。勝手に僕を追い詰めた気になっちゃって……アハハ。良いよその勝ち誇った表情。全部ひっくり返してやるよ!」

 

 追い詰められた表情から一転。余裕と笑みを取り戻したフュリアスから、禍々しいチカラがあふれ出す。それは間違うことなくさんざん目にしてきたチカラの片鱗。

 魔晶。それもこれまでに感じたことがないほど強大なチカラを発するものであった。

 

「グラン、ジータ!! さっき感じてたやつです! 何これ……今までと全然違う!?」

 

「ルリア! オルキスを連れて下がっているんだ!! グラン、ジータ。決して油断するな」

 

 カタリナがルリアを下がらせ、グランとジータに注意を促す。二人も言われるまでもなく、感じられる気配に最大警戒をみせていた。

 グラン、ジータ、カタリナ、リーシャ、イオが並ぶ目の前で、フュリアスがその身を変貌させていく。それはガロンゾからポンメルンが見せていたような、巨大化と凶暴化を併せ持ったような変異。

 体の一部を槍と盾へと変異させ、鎧と肉体が混ざっていくような気色の悪い変態をしながら、フュリアスは懐に隠し持っていた魔晶のチカラを解放する。

 

 

「フッフッフ……ハァッハッハッハ!! 最高だよコレ。さすがは皇帝陛下のプレゼントってやつだねぇ……さぁて調子に乗ったゴミ共。覚悟はできてんだろうなぁ!」

 

 ユグドラシル・マリスに勝るとも劣らない強大なチカラが……圧倒的なまでの魔晶の光が、ザンクティンゼルに立ち昇っていた……

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

原作と微妙に違う流れですが違和感はありますかね?
フュリアス君をもっともっと悪い奴に描きたかったというのが今回の反省点。
基本悪役にも悪役なりのカッコ良さがあるようなキャラの描き方をしていこうと思っている本作品の中でクロードに続いて二人目の本当に嫌な奴として描いております。

悪役じゃないフュリアス君はフュリアス君じゃないとおもってカッコよさはなしで描いていくつもりです。フュリアス君ファンにはごめんなさいと言っておきます。(クロードのように当て馬感は出さないのであしからず)

読者の皆様がフュリアス君にヘイトを向けてくれれば作者としては計画通りです。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。
感想、お待ちしております。


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メインシナリオ 第39幕

じっくり書き進めております。

ガロンゾ編の修正が終わったのでアマルティア編にも手をつけ始めております。
本編の更新が鈍るにはご理解いただきたいです。

それではどうぞ


「オラァ!!」

 

 静かな森の中にゼタの気合いの声が響く。アルベスの槍に盛大に打ち据えられて、また一人帝国の兵士が沈んだ。

 

「全く、対して強くもないくせに厄介な事ばっかりしようとするんだから」

 

 襲撃を受けたザンクティンゼルの集落。村人達の一部は捕まるものかと森へ逃げ込んでおり、それを兵士たちが追い立てていた模様だ。

 ゼタが既に何人もの兵士を倒してきていることから兵士達がどれだけ躍起になっていたのかがわかりそうである。

 崩れ落ちた兵士を眺めていた所で、同様の任に就いていたアレーティアとヴィーラがゼタの元へと集う。

 

「ふむ、ゼタよ。今ので大方片付いたかのぅ……」

 

「あ、アレーティア。うん……多分大体は片付いたかな」

 

「一応はもう少し見回りましょう。仮に残っていて集落の人達を人質に……などという事になれば皆さんに申し訳が立ちません」

 

 ヴィーラの言葉で二人が周囲を見回す。

 幸いにも人影は見当たらなかったが、気になってしまうと不安を覚えてしまうのがヒトの性。見落としていれば事なだけに、三人は改めて緊張した面持ちとなった。

 

「そうね……それじゃもう少し――」

 

 瞬間、辺りが光に照らされる。

 三人の背後から立ち昇った禍々しくも強烈な光。それが周囲を照らし出して、三人は即座に振り返った。

 

「あの光は……魔晶の光?」

 

「うぅむ、肌にビリビリと伝わってくるような強大なチカラの気配がするのぅ。これは兵士たちを探している場合ではないかもしれん」

 

「そうね、急いで向かいましょ!!」

 

 兵士と魔晶。より驚異の高い方をと考え三人は光の立ち昇った場所へと向かう。

 つい最近も見たことがある嫌な光に、一抹の不安を抱えながら……

 

 

 ――――――――――

 

 ズシリと重量感のある足音を響かせ、巨体となったフュリアスがザンクティンゼルの大地を踏みしめた。

 

「ク……ククク、アーッハッハッハ!! どうだいこの姿……強靭にして巨大な肉体。重い槍と盾を軽々と振り回せるこの力」

 

 魔晶による変貌を遂げ、感極まったように声を発するフュリアスの姿は正に異形。背丈は精々ヒトの三倍程度ではあるが、重々しい巨大な槍と盾を持ち、皮膚を頑強な鎧の様に変化させたフュリアスの姿は元の小さいハーヴィンの面影など欠片も見当たらない。

 異常なまでの魔晶のチカラ……アマルティアで驚異的な強さを見せつけたポンメルンをも上回る気配に、グラン達の表情が固まる。

 

「そして極めつけは……」

 

 フュリアスが巨大になった手を翻した。

 徐々に高まる魔力がうねりを上げ手のひらへと集うと、それは禍々しい光と共に魔力による砲撃とも呼べる一撃となって放たれる。

 

「クッ、どんな攻撃であろうとファランクスなら――」

 

 即座にジータはファランクスを展開。驚異的な威力というのなら、ホーリーセイバーのファランクスとて驚異的な防御力を誇る。集落の被害を減らすためにも防御の選択をしたジータだったが、寸前でカタリナの焦った声を聞く。

 

「ジータ、避けろ!!」

 

「えっ……」

 

 放たれた砲撃は何の抵抗も無いかのように、ファランクスを貫きジータを呑みこまんと目の前に迫っていた。

 呆けたジータをセルグが抱きかかえ、間一髪のところでその場を退避。

 通り過ぎた砲撃は集落の地面を大きく抉るような爆発を起こし、周囲に土砂が降り注いだ。

 

「気をつけろジータ! ルリアが言うようにこれまでに見てきた魔晶とは違う。今までが通用すると思うな!」

 

「す、すいませんっ!?」

 

 直ぐに立ち上がったセルグを見上げながら、ジータは己の浅はかさを胸中で呪ってからセルグと共に並び立つ。

 

「あはぁ、どうやら防ぎようがないみたいだねぇ。それじゃあもう一発……」

 

「フュリアス少将……あまり派手にやっては機密の少女ごと島が落ちる可能性もあります。チカラの解放は程々に」

 

「あぁ? 何言ってんだよ今更ぁ……僕らはこの島で機密の少女なんて見かけていない。そうだろう? ついでに言うなら、不運にもこの島は帝国に逆らった罪で島ごと空の奈落に落とされてしまいましたってねぇ!!」」

 

「少将閣下! しかし、それでは宰相閣下の命令がっ!!」

 

 軍人として当たり前である命令の遂行。フュリアスに語りかける兵士の言葉は間違いではなかった。

 だが、それは間違いではなくとも今この場では告げてならなかった……

 

「あ~もう良いよお前。詰まんないから消えて」

 

「は……? お、お待ち下さい!! フュリアス少将閣――」

 

 冷たく言い放つと同時。兵士の言葉を耳に入れようともせずにフュリアスが手に握る槍が兵士を頭から惨たらしく叩き潰した。

 そう……突き刺したわけでは無く、巨大な槍で叩き潰したのだ。

 

「あ……あぁ……」

 

「そんな……」

 

「味方である兵士を……殺しただと……」

 

 ヒトがあっさりと潰されて息絶える凄惨な光景にルリアとイオが慄き、カタリナが愕然とする。

 他の仲間達も同様に、あまりの光景に目を逸らしたいのに、その光景から目を逸らせなかった。

 

「どうして。どうしてこんなひどい事をっ!?」

 

 ジータが涙交じりにフュリアスへと叫んだ。

 ただ進言しただけの兵士に一体何の罪があると言うのか。怒りと悲しみに塗れた瞳がフュリアスを責めるが、フュリアスにその声は届かない。

 

「あはぁ、この感じ癖になりそうだね。今まで得物を持って振るうなんてことしたことなかったけど……あぁ、こんな感じなんだ」

 

「おいおい、仲間を殺しておいてアイツ……なんて顔で笑うんだっつの」

 

「ふざけやがって。とことんいかれてやがる」

 

 愉悦に塗れた声にラカムとオイゲンも恐怖を浮かべ、同じ帝国の軍人であったカタリナは激情の声を上げる。

 

「この下種が……同朋を手に掛けるなどと。フュリアス!! 貴様、軍人として恥ずかしくないのか!!」

 

「はぁ~? ふんっ……僕はね、見下ろされるのが大嫌いなんだ。ハーヴィンであると言うだけでどいつもこいつもふんぞり返って偉そうに僕を見下ろしやがってさぁ。だから僕は色んな手段でそんな奴らを全部蹴落としてやってきたわけなんだけど……」

 

 僅かに明かされるフュリアスの胸中。種族の差をものともせずにのし上がってきた彼が抱え続けてきた異常なまでの自尊心。

 種族の差を受け入れることを良しとせず、彼はこれまで上から見下ろす者を悉く蹴落としてきたのだ。

 

「わかるかい? 見下ろされる苛立たしさっていうのがさぁ。フフ、快感だったよ、僕を見下していた愚図共がいつの間にか僕にひれ伏して頭を垂れる様はね」

 

 思い出した光景にまた愉悦を浮かべてフュリアスが嗤う。

 

「まぁでも。まだ足りないんだ……まだ皇帝サマも宰相サマもいるからね~。こうしてコンプレックスというものは克服できたわけだけどこれだけじゃね……だからさ。アイツ等も全部蹴落として、僕は必ず頂点にまで上り詰める。その為ならどんな者も利用し、どんなことだってしてやるのさぁ!!」

 

 兵士の亡骸を踏みつけ、咆哮のような声と共にフュリアスの気配が膨れ上がる。

 魔晶のチカラをその身に宿し、威圧する様は正に暴君。徐々に高まるチカラの気配に後方にいた兵士の一人が警告を発した。

 

「フュリアス少将閣下……あまり興奮なされては魔晶の影響に身体の方が付いて――ガッ!?」

 

 瞬間、兵士が消し飛んだ。先程とはいかないまでも無造作に放たれた魔力砲撃に飲み込まれ文字通り消し飛んだ。

 

「何ぃ? なんか言った? 今すっごくいい気分なんだから、邪魔しないでくれるかなぁ~」

 

「クッ、今の少将には見境が無い。総員退避ぃーー!!」

 

「あはぁ、逃がすわけ……無いじゃないか!!」

 

 余りの暴虐に耐えかねた兵士たちが戦艦へと帰還しようとするが、フュリアスにそれを許す気はない。

 大きく跳躍をしたと思えば兵士たちの目の前へと降り立ち、退路を塞いだ。

 

「ククク……知ってるよ。お前ら皆、僕の事をチビ将軍とかほざいていたんだってぇ? そんな奴ら、僕が見逃すと思ってるの?」

 

 感慨なく、フュリアスはその槍を振るった。

 一人、また一人と、巨大な槍に兵士が潰されていく。あえて突き刺さないのはその感触を楽しんでいるからか……喜々として仲間であるはずの兵士を潰していく様は正気を失っているとしか思えない。

 

 

「ギャァーー!!」

 

「く、くるなぁああ!!」

 

「アッハッハ!! ギャッハッハッハ!! ホラホラ、もっと逃げなよ~」

 

「うわぁあああ!!」

 

 追い回すフュリアスと逃げ惑う兵士達。相対していたはずのグラン達を放置して、仲間であるはずの兵士達へ次々と手を掛けていくフュリアス。

 

 

 そのあまりの暴虐にグラン達が沸点を迎えた……

 再び兵士へと叩きつけられそうな槍が無機質な金属音と共に阻まれる。

 

「私達の前で……」

 

 そこにいたのはジータ。剣に闇のチカラを纏わせながら、巨大な槍を受け止めていた。

 

「これ以上……」

 

 グランの持つ槍が光を纏う……同時に撃鉄が鳴り、杖が輝き、剣が抜かれる。動いたのは全員。

 

「ふざけた事をさせるかぁ!!」

 

 各々の武器が最大限のチカラを発揮し、暴虐の徒フュリアスを捉えた。

 村人たちを人質にされたグラン達が兵士を救うのはおかしいことかもしれない。下手をすれば兵士達にまた村人を人質にされる可能性だってある。

 

 だが、それでも。グランとジータは目の前の地獄絵図をただ黙って見ていることはできなかった。

 二人に呼応するように全力を叩きつけた仲間達も同様。仲間どころかヒトをヒトと思わない所業に、利だけを求めて行動しないなどありえない。

 怒りが込められた一撃は各々が出せる全力の一撃となった。

 

 

「ふぅん……今のが全力? だったら、全然効かないねぇ」

 

 だが、攻撃を受けて吹き飛んだものの、フュリアスはダメージを受けていない様子で立ち上がる。

 無防備で受けた全力の一撃の嵐。盾で防ぐことすら適わずその身に全て受けたと言うのに無傷に近いフュリアスの様子に、一行には僅かな不安が生まれるがそれを押し殺しグランとジータが吠える。

 

「そうかい。だったら効くまでやってやるよ」

 

「覚悟してください。貴方みたいな人に慈悲なんかあげません」

 

 二人が武器を構えると同時にカタリナが逡巡。後方に控えていたルリアとオルキスに声を上げる。

 

「ルリア! オルキスと一緒に村の人達を連れて避難しておいてくれ。ここにいては危険だ。グランサイファーがある場所に行くんだ……スツルムとドランクがいたらこちらの援護に来てくれるように伝言を!」

 

「わ、わかりました。オルキスちゃん、行くよ!」

 

「うん……みんな、こっちに」

 

 村人の拘束を解いた二人は、皆を引き連れグランサイファーへと向かった。

 サイズとしては中型の騎空艇であるグランサイファーだ。乗せようと思えば百人二百人は余裕で乗せられる。

 殺された兵士が言ったように島が落ちる可能性があるのなら、皆を乗せて脱出を考える必要もあるだろう。

 更には二人とも星晶獣を使役できる。いざという時に規格外の戦力を保有している二人だ。護衛としても申し分ない。

 

 

「さぁて……こっちはちゃっちゃと化け物退治といきますか」

 

 軽い口調で肌がひりつくほどの刺々しい空気を纏うラカムが、フュリアスを睨み付ける。

 

「油断するなよラカム。言っておくが、気配だけならマリスと同等だ」

 

「マリスと同じだろうが関係ねぇぜ。アイツぁ仲間を手に掛けるなんてやっちゃいけねえ事をしたからな。全力でぶちのめしてやらぁ!」

 

「皆さん、決して油断はしないように。手を抜ける相手ではありません」

 

「そんな事は分かってるわよ。でも、負けるつもりなんてないんだから!!」

 

「皆……行くぞ!!」

 

 グランの声に合わせ、フュリアスとの戦いが始まった。

 

 

 前衛が接近する前に、セルグが風火二輪で牽制の射撃。鎧の隙間、関節部をきっちり狙った攻撃だったが全くの効果を見せずフュリアスとグランが得物をぶつけ合う。

 

「チッ、こんな豆鉄砲じゃ効かねえか……なら」

 

 悪態吐くと、セルグは風火二輪に語りかける。同時にセルグの銃には膨大な炎のチカラが込められた。

 

「烈火激槍!!」

 

 小さい銃弾と侮るなかれ。放たれた銃弾は炎の激槍となって、フュリアスの頭部へ爆炎と共に大きな衝撃を与える。

 

「おやっさん、合わせろよ!」

 

「外すんじゃねえぞラカム!!」

 

 続くようにラカムとオイゲンが各々最大の一撃を狙う。

 

「バニッシュピアース!!」

「ディアルテ・カノーネ!!」

 

 セルグ同様に炎を纏う銃弾と、土のチカラを纏う銃弾が威力を高め、立て続けにフュリアスの頭部を揺らした。

 爆炎と強大な衝撃に包まれ、フュリアスが動きを止めたところをカタリナとジータが接近。

 

「はぁ!!」

 

 巨大な敵を倒すセオリーとも言えよう。二人の攻撃がフュリアスの両足を深々と斬り付けた。

 

「グラン、今!!」

 

 ジータの声にこたえるように、グランの雷神矛に迅雷の光が灯る。雷神矛に強烈な光のチカラを付与したグランは、そのままデュアルインパルスで自身の速さを強化して飛び出した。

 

「調子にのりやがってぇ!! 砕けちれぇえ!」

 

 だが、フュリアスもされるがままではない。頭部を揺らされ、足を止められようが腕は動かせる。

 力任せにグランに槍が叩きつけられそうなところで、だが幼き魔導師がそれを阻む。

 

「やらせるわけがないでしょ! フラワリーセブン!!」

 

 七つの魔法弾が槍を逸らす。的確に同じ方向からぶつける事で振り下ろされた槍をグランから僅かに逸らしたイオの援護は正に、完璧な援護と言えよう。

 隙だらけのフュリアスの胸部に向けてグランは槍を突き出した。

 

「貫け……真・雷鼓!!」

 

 迅雷と共に突き出された槍は、速度とチカラを高めた絶大な威力の一撃。

 巨体となったフュリアスの腹部を捉え、見事に打ち貫いた。

 

「やったかっ!?」

 

 胸部を穿たれ動きを止めたフュリアスに、後退したグランは僅かに喜色を含んだ声音で呟いた。

 だが次の瞬間、グランを魔力砲撃が襲う。

 

「クッ!?」

 

 ギリギリのところで回避したグランは再度フュリアスを見据えた。そこには穿たれた胸部が再生していくフュリアスの姿。

 

「アッハッハ! 何を勝った気になってるのかなぁ? この魔晶は特別性……内包するチカラはもちろんの事、魔晶自体がコアとなって砕かれない限り再生を繰り返せる、正に空の民が生み出した大星晶獣ともいえる完璧な魔晶なんだよお! キミ達程度がいくら頑張ったってたって倒せるわけがないのさ。ギャッハッハッハ!!」

 

 声を上げて笑うフュリアス。貫かれた胸部が完治していくのを見てグラン達は驚きはしたものの、すぐに思考を切り替える。

 

「僕では力不足だ……皆次行くよ!」

 

 どうするか……そんなことを言う必要はなかった。仲間達が恐れも油断もなく、任せろと言った様子で視線を返してきたのだ。各々を見ればまだ手があるのだと十二分に理解できる。

 グランの声に応えるように皆が散開する中でセルグが小さく口を開いた。

 

「神力よ、彼の者に宿れ……“風火二輪”!」

 

 セルグが詠唱と共に風火二輪を発砲。だが狙いはフュリアスではなく、ラカムとリーシャである。

 

「ウオッ!? ってこいつは……」

 

「なんて……チカラ」

 

 弾丸が二人に当たる直前に弾け、ラカムとリーシャそれぞれに炎と風のチカラが宿る。

 風火二輪……銃の銘と同じこの技はナタクのチカラを宿しているが故にできる援護魔法だ。銃に込められた属性のチカラを、放たれた者へと付与することで一人では出せないほどの属性力を発揮できる。

 仲間内で炎と風を扱う二人に、セルグから強力な援護魔法が飛んだ。

 

「ラカム、タイミングを計って狙ってみてくれ! リーシャさん、止めの一撃をお願いします!」

 

「ジータ! グランと共に前に出るぞ!」

 

「ハイ!」

 

 狙いを察知したグランがすぐに指示を飛ばすと共に、グランとジータ、カタリナがフュリアスに接近。

 

「動きを止めるわ、皆行って! クリスタルガスト!!」

 

 イオが杖を振るった瞬間、フュリアスの足元より冷気の風が巻き起こった。相手を凍らせて動きを止めるにはうってつけの魔法がフュリアスの動きを鈍らせ、その隙にグランが接近。

 

「うぉおお!!」

 

 跳躍で頭上を取ると、雷神矛を振り下ろした。

 フュリアスはそれを鈍った体で盾を使い防御。だがその隙にジータとカタリナが懐へともぐりこむ。

 

「コンヴィクションネイル!」

「グラキエスネイル!」

 

 同時に放たれた剣閃から魔力形成された闇と氷の刃が放たれる。飛び交う刃は縦横無尽にフュリアスの足を刻んだ。――さらに

 

「ライトウォール・ディバイド!」

 

 カタリナの詠唱と共に作られた魔力障壁が周囲に浮かぶと、それを足場にセルグとオイゲンが跳躍。

 

「余裕は与えん!!」

「こいつを喰らってオネンネしな!!」

 

 フュリアスを飛び越えるように中空へと躍り出た二人は飛び越えざまに至近距離の全力射撃でフュリアスの頭部を揺らした。

 膝を折り、衝撃に揺られながらフュリアスが動きを止める。先程と同じ流れで隙を生み出し、グラン達は本命となる二人で止めの一撃を狙った。

 ほとんど言葉を解さずとも己の役割を理解し戦える彼らの連携能力は、旅の中で培ってきた信頼が成せる恐るべき練度の連携だろう。。

 思惑通りに動きを止めたフュリアスの胸部に狙いを定め、ラカムは相棒の銃を向けて引き金を引いた。

 

「デモリッシュピアース!」

 

 自身と風火二輪のチカラを受け、暴発しそうな程の炎のチカラを込められた銃弾がフュリアスを打ち抜いた。先程のグランの時と同様に小さいが胸部を穿つだけの威力を見せ、フュリアスがたたらを踏む。

 

「追撃、行きます。――トワイライトソード!!」

 

 荒れ狂う風を剣に付与し、リーシャが穿たれた胸部に追撃の奥義を突き立てる。

 アマルティアでガンダルヴァに放った時の比に成らない程の威力となったリーシャのトワイライトソードが、小さく空いた胸部に更なる風穴を開けるべく放たれた。

 

「グッ……調子にのるなよぉおお!!」

 

 暴風がその身を削っていく嫌な感覚に抗いながらフュリアスが激昂と共に、リーシャへ槍を叩きつける。

 重さもさることながら、その勢いも並ではない。

 

「きゃあ!?」

 

 胸部に剣を突き立てていたリーシャが地面に叩きつけられ、胸の奥深くに眠っていた魔晶を砕けずにグラン達の攻撃は失敗に終わった。

 だが、フュリアスはそれで終わりはしない。

 

「このクソ共がぁああ!!」

 

 そのまま、フュリアスは地面に横たわるリーシャを踏みつぶさんと足を踏み出した。

 

「させるか!!」

「させません!!」

 

 カタリナとジータ。ライトウォールとファランクスがリーシャの盾となり、その間にグランがリーシャを抱え後退。

 追撃に動こうとするフュリアスをイオとセルグの攻撃が押しとどめた。

 

「大丈夫ですか、リーシャさん!?」

 

「うっ、痛ぅ……申し訳ありません。仕留めきれませんでした」

 

 痛みにうめくリーシャの姿にグランがその身へ視線を巡らせると、リーシャの腕があらぬ方へ曲がっているのを目にした。

 槍を受ける瞬間にリーシャはウインドシャールで僅かに防御。当然それだけでは足りなかったところを腕を犠牲にして何とか体を打たれることを防いでいたのだ。

 

「マズイ――イオ、治療を!!」

 

「わ、わかったぁ!」

 

 直ぐに後退したイオがリーシャの元へと走り、ヒールで治療を始める。

 骨折ともなればそれなりに時間がかかるだろう。ビショップの時のジータの様にリヴァイブのような高位回復魔法を使える者は、今のグラン達にはいない。

 この瞬間にグランの頭からリーシャとイオの戦線離脱が決まった。

 

「イオ、リーシャさんを連れて、一度下がっててくれ」

 

「なっ!? グランさん、私はまだ動け」

 

「落ち着けリーシャ。その腕で更に一撃もらえば取り返しのつかないことになりかねない。オレ達としてもその状態のお前をそのまま戦わせるのは心身共にリスクになる」

 

 まだ戦えると反論するリーシャをセルグが制した。

 腕が使えなくてはまともに戦えないのは当然。そのまま無理に戦わせて仲間達に気を遣わせるのは、リーシャだけでなく集中しきれなくなる仲間達にも致命的な隙を生みかねないという事だろう。

 

「――わかりました。それなら……イオさん、治療は良いです。私も一応は回復魔法を使えます。応急手当程度になりますがそれで何とかしますので皆さんと一緒に戦線に復帰を――」

 

「大丈夫よリーシャ……私達が来たからイオと一緒に少し休んでていいわ」

 

 少し後退していたリーシャの更に後方から、声が聞こえると共にそのすぐ横を二つの影が駆け抜ける。

 

「いくぞ、ヴィーラよ」

 

「お任せを」

 

 前線へと躍り出たアレーティアとヴィーラ。アレーティアは剣戟の嵐“破”を叩き込み、ヴィーラは残影と共に刻む“アフェクションオース”でフュリアスへと攻撃を加えた。

 

「アルベスの槍よ。我が信条示すため、汝が最たる証を見せよ! その力の全てを今ここで解き放て!」

 

 言霊の詠唱と共にゼタのアルベスの槍が火を噴く。

 

「サウザンドフレイム!!」

 

 二人に続くように解き放たれた炎の壁がフュリアスを包み込みその身を焦がした。炎に包まれフュリアスが崩れ落ちる中、グラン達は一度大きく後退し終結する。

 

 

「三人とも、来てくれたか。助かった……」

 

「かなり厳しい相手です。相変わらずの魔晶のチカラとはいえ今回はその完成系に近いようで」

 

 グランとジータが駆けつけた三人を出迎える。

 

「セルグが言った通り、あの感じはマリスと同じだぜ……あの再生力じゃ正直、倒せる気がしねえよ」

 

 ラカムが悔しそうに唇を噛んだ。

 セルグからの強化魔法も受けたラカムとリーシャの二段構えの一撃。もしかしたら止めをさせていたかもしれない二人の攻撃でありながらも、結果としては失敗し、リーシャとイオが戦線離脱を余儀なくされる。

 ゼタの炎で動きを止めているフュリアスだが、すぐにでも再生して動き始めるだろう。暢気におしゃべりをしている余裕は殆どなかった。

 

「ゼタ、来て早々で悪いがオレと前衛に出てもらうぞ」

 

「はぁ!? ちょっとセルグ。アンタ今日から援護に回るって言ってたじゃない。なんでいきなりそうなるのよ」

 

 またセルグの無茶が始まったか……そんな空気が流れ始めた。ゼタだけでなくグラン達にも呆れの表情が張り付いているが、セルグは真剣な面持ちを崩さずに言葉を続けた。

 

「フュリアスが言った。アレは魔晶の完成系……星晶獣を模倣して空の民が作った星晶獣だと。であるなら対星晶獣用のオレ達の武器は有効かもしれない」

 

 星晶獣狩りの為に作られたアルベスの槍と天ノ羽斬であれば有効打を与えられるかもしれない。セルグのいう事は試してみる価値はあるものの、それは以前のセルグならという状況付きだろう。

 ため息と呆れを交えながらゼタは言葉を返す。

 

「だからって、ポンコツになったセルグが天ノ羽斬を使った所で本領を発揮できないんでしょ? だったらセルグが前に出る必要なんてないじゃない」

 

「ポっ!? てめぇ、よりによってポンコツって言いやがったな、この短期槍娘が!」

 

「何よ! 短期って言うならアンタだってぶっちゃけ同じようなもんでしょ。直ぐに自分にも相手にも怒り振り切れて面倒くさくなるくせに!!」

 

「自分に対してはもうある程度克服した。お前のイノシシ思考な短期よりマシだ!」

 

「イノっ!? なっ、なんですってぇ!」

 

「だぁああもう!! ゼタもセルグもなんでこんな時に喧嘩してんだってぇの!!」

 

 下らない言い合いに終始しそうな流れをビィが割り込んで止める。実際問題として下らない事この上ない。本当にいい歳した大人が何を子供みたいなことを言い合っているのだと他の大人組の方がため息と呆れに彩られる。

 

「そんな事よりグラン、ジータ。ここはオイラの出番だぜ」

 

「ビィ? どうしたんだ急に。力になりたいのは分かるけどさすがに戦いに関してはビィのチカラでは……」

 

 小さい幼竜でしかないビィに戦闘能力は皆無だ。その意志は尊重するが、かと言ってビィに戦わせることなどできようはずがない。

 申し訳なさそうに窘めようとするグランだが、ビィとしてもそんなことは百も承知である。

 

「違うんだ、オイラさっきから祠に呼ばれてるような気がしてて……多分なんだけどよぅ、オイラが使えるはずの星晶を抑えるチカラ。きっとあの祠に眠ってると思うんだ」

 

「え? ビィ、それって一体どういう事なの?」

 

 グランもジータも不思議そうにビィへと視線を向ける。

 

「以前にルリアがあの祠から目覚めさせたプロトバハムート……魔晶によって操られていた魔獣ヒドラから、魔晶のチカラを追い出していたよな? 多分、オイラにもあんな風に魔晶に対してのチカラがあると思うんだ。だから、オイラ……あの祠に行ってそのチカラを手に入れて、アイツの魔晶を何とかしてやる!」

 

 力強くハッキリと告げたビィの言葉にグラン達が押し黙る。可能性としては無くはない。元々はそのチカラを求めて島を訪れたわけだし、封印されている場所の候補として祠以外に選択肢は見つかっていなかった。

 現状ではセルグとゼタの武器のチカラをもってしても倒せるかは不安である。ユグドラシルマリスと同等であるなら、アルベスの槍と天ノ羽斬であろうとそこまで有効打にならないだろう。

 ルーマシーでは仕方なくといった側面はあるが倒すことができずに撤退してきたのだ。

 

「――そうか。ならば仕方ない。ここはビィに譲るとしようか」

 

 沈黙を辿った一行の中から、セルグが口を開く。天ノ羽斬を左手で抜き放ち、右手には風火二輪。今彼が使えるチカラの全てを構えていた。

 

「グラン、ジータ。ビィをつれて例の祠に……その間はオレ達で食い止めよう。なぁに心配はいらない。追加で二人援軍が来たようだからな」

 

 セルグが明後日の方に視線を向けると、そこには遠めにだがグラン達の下へと走ってくる蒼と赤の人影が見えていた。

 

「なるほど……それならば私達は全力で食い止めるとしようか。ビィ君に全ての希望を託してな」

 

「トカゲが鍵を握るのは癪ですが、今日はお姉さまに同意いたしましょう。ですがトカゲ……これでダメだった時は覚悟をしておきなさい」

 

「お、おぅ。わかったからそんなに睨まないでくれよ……おっかなくってトカゲにツッコミすることもできねぇぜ」

 

「大丈夫だビィ君。何が起きても私が守って見せるからな!」

 

 ヴィーラの視線に怯えるビィを、カタリナが凛々しさの欠片もないだらけた笑顔で抱きしめた。

 ギリッと奥歯を噛み締めたヴィーラの心に、暗い影が落ちる。

 

「(クッ、こうしてまたトカゲはお姉さまからの寵愛を……まぁ、良いでしょう)」

 

 あっさりと密かな嫉妬を隠しヴィーラは一先ずフュリアスへと視線を向けた。全身を炎に焼かれたフュリアスは再生に多少の時間がかかっており、こうして話をするくらいの時間をとれた事は僥倖だった。

 だがそれももう終わり、再び元の姿へと戻ったフュリアスは大地を踏みしめ、グラン達と対峙する。

 

「クソが……やってくれたなキサマ等ぁ。倍にして返してやる!」

 

 槍と盾を持ち直し、フュリアスが一行に向けて駆け出す。

 ゼタとアレーティア、カタリナとヴィーラの四人が前にでて迎撃に入る中、セルグも共に駆け出す。

 

「行け、三人とも! さっさと行って、さっさと何とかしてくれ。でないと……倒しちまうからな!」

 

 いつも通りに自信に塗れた言葉を残してセルグが向かうのを見て、グランとジータは顔を見合わせると静かに頷いた。

 有効策の可能性があるのなら、そこに縋るしかない。状況としては既に手詰まりであるのだ。賭けの一手をするなら今……

 

「ビィ、掴まれ! デュアルインパルスで走り抜けてやる!」

 

「行きますよビィ! 振り落とされても拾ってあげませんからね!!」

 

「うぐぇ!?」

 

 グランがまるでぬいぐるみを掴むように無造作な動きでビィをつかまえると、祠に向けて全力疾走で駆けだした。その隣にジータも続き二人は瞬く間に森の奥へと消えていく。

 

「俺達もいくぞ、おやっさん」

 

「おうよ! きっちり足止めしてやらねえとな!」

 

 ラカムとオイゲンが駆け出して前線メンバーの援護に回る。それを見送ったリーシャは折れた腕に回復魔法を掛けながら、そばにいてくれたイオへと向き直る。

 

「イオさん、私の方は良いですから皆さんと共に戦ってください。アレが相手では一人でも援護の手が欲しいはずです。結局セルグさんは後方には回ってくれそうにないですから、イオさんが頼りです。お願いします」

 

「あ、うん。わかった! 任せてちょうだい!」

 

 リーシャに言われるがままにイオは戦線に復帰していき、一人後方に残ったリーシャは静かに思考を巡らせた。

 もうすぐ駆けつけるスツルムとドランク。そして今ここで戦っているメンバーを含めてどう立ち回ればフュリアスを倒せるか。

 一先ずは駆けつけてくれる二人に魔晶についてを多少なりとも聞いてみるべきだろう。黒騎士の側近として帝国側にいた二人だ。何らかの情報は持っているはず。

 ビィのチカラを宛にはしたいが、それがだめだった時の事を考えなくてはいけない。戦えないリーシャには戦況予測をするくらいしかできないのだ。

 

 

 歯がゆさに焦る思考を落ち着けながら、リーシャは一人、スツルムとドランクが駆けつけるまで思考を巡らし続けた……

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

目標はフリーザ様くらいのつもりでしたが、どうにも作者のフュリアス君は小物臭が半端ないですね、、
悪役難しいです。

少しまたご指導頂いたこともありまして完成度が上がっているといいなぁ

それでは、お楽しみいただけたら幸いです


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メインシナリオ 第40幕

盛り上がりの第40幕。

あらかじめ言っておきます。
真面目100%ですから間違えないよう。
不真面目に見えるかもしれませんが原作再現重視で真面目に書いております。

それではどうぞ、お楽しみください。


 ザンクティンゼルの森を一陣の風が走り抜ける。

 その勢いは正に風の如し。デュアルインパルスで加速した動きのままグランとジータは疾走を続けていた。

 

「お、おぉい! グラン、ジータ! 落っこちそうだってぇの!?」

 

 全力で森を駆け抜けるグランの頭の上で、上下に激しく動く揺られながらも必死にしがみついているビィが泣きそうな声で叫んだ。

 

「しっかり掴まっててくれ! 落ちたらジータに踏みつけられるぞ」

 

「えぇ、任せてください!」

 

「っておぉい! ジータ、何言ってやがんだって!」

 

 全く最近二人ともオイラにひどくないか……そんな言葉が頭の上から発せられるのを耳にしながらグランは疾走する足をまた早めた。

 

 仲間達にフュリアスの足止めを任せ、頼みの綱のビィのチカラを解き放つため、グランとジータは見知った森を駆け抜ける。

 二人にとっては長年特訓と称して散々ぱら冒険してきた森だ。勝手知ったる我が家のようなもの。

 魔物が居ようと置き去りにするか瞬殺するかのどちらかで二人の足が止まることはない。

 

「なぁ、ビィ……本当に祠にそのチカラがあるのか?」

 

「ああ、多分」

 

「多分って、何か確信があったんじゃ……」

 

「おう……今も近づくにつれて呼ばれているような感じが強くなってるから間違いないとは思うんだ。だけど……」

 

「だけど?」

 

 歯切れの悪いビィの様子にグランもジータも不安な様子を見せる。これでビィのチカラが解放できなければ、今フュリアスと戦っている仲間達の窮地は免れない。

 更には島がフュリアスによって落とされる可能性もあるのだ。自分たちにとっても、この島で共に暮らしてきた多くの同郷の人達にとっても、それは筆舌に尽くしがたい悲劇となるだろう。

 

「祠に近づくにつれて、オイラの中になんていうか……どんどん変な不安が溜まってくるような、嫌な感じがするんだ」

 

 だが、それと同じぐらいビィの弱弱しい姿にも二人は不安を感じた。祠が近づくにつれ、ビィの様子は元々小さい体がさらに小さく見えるような弱弱しい気配を醸し出している。

 

「嫌な感じ……?」

 

「あぁ……オイラずっと考えててよぉ。親父さんがオイラのチカラを封印した理由も、ロゼッタがオイラに言った思い出したくないだろうって言葉も、考えるとそのチカラの封印を解いちゃいけないんじゃないかって……そんな気がしてて」

 

「それが……不安の理由か?」

 

「でもロゼッタさんはそれこそ、ビィのそのチカラが必要だからそのことを教えてくれたんだし、ロゼッタさんが危険なチカラを解放しろって言うとは思えないよ」

 

「オイラも、そう思うんだけど……ルリアがプロトバハムートを目覚めさせた時、オイラなんだか懐かしい気分になって。

 その……怖いんだよぅ。あのプロトバハムートみたいなとんでもないチカラを持っているんじゃないかって」

 

 三人の旅の始まりの出来事……帝国が放った魔獣ヒドラに対抗するべくルリアが目覚めさせた星晶獣、プロトバハムート。その強さは、グラン達のこれまでの旅路の中で恐らく最強と言えるチカラを持つ星晶獣であろう。

 

「セルグが言ってたじゃねぇか。あれほどの星晶獣はセルグですら見たことないって。もしオイラが同じような化け物だったらって思うと……怖いんだ」

 

 封印する必要があるほどのチカラ。それも、どのようなものかはわからないチカラを解放する。

 もしそのチカラが、手を付けられないほど強大なチカラで制御が利かないようなものであったら……

 それがビィの不安の種だった。

 

「なぁ……グラン、ジータ。もしオイラが暴走したりして皆を傷つけるような事をしたら――」

 

 その時はどうするんだ?

 

 ビィはその先の言葉を言うことができなかった。

 聞くのが怖くて? 違う。

 聞いてもどうしようもないから? 違う。

 

 

「大丈夫だろう」

「どうせビィの事だから大したことないよきっと」

 

 

 ビィの不安な声を遮り、グランとジータは殊更平坦な声でにべもなくビィのの不安を切り捨てたからだ。

 二人の言葉にビィは呆けるも、そんなビィの様子など気にも留めないで二人は言葉をつづけた。

 

「どんなチカラを持っていようと、どんな姿になろうと。ビィはビィだ」

 

「仮にあのプロトバハムートみたいな姿になったとしてもね。そんなこと別に怖がる必要ないでしょ」

 

「グラン、ジータ……」

 

 走り続けていたグランとジータが足を止める。するとグランは無造作な手つきで頭にしがみついたビィを抱きかかえると、まるで子供に高い高いをするように持ち上げた。

 

「この小さい体のどこにそんな力があるっていうんだ? どんなチカラがあるかもわからないのに、気にするだけ無駄だろう」

 

「そうなったらそうなったで私たちが何とかするよ。忘れた? 私達にはルリアやオルキスちゃんもいる。セルグさんやゼタさん。剣の賢者のアレーティアさんにシュヴァリエを従えるヴィーラさん。これだけの人達がいて何とかできないと思うの?」

 

 でもよぅ……と納得を見せないビィの様子にグランはため息一つ吐いてからビィを頭に乗せ直した。

 

「それに忘れてるぞ、ビィ」

 

「忘れてる……?」

 

「ロゼッタが、そんな危険なチカラを解放しろって言うと思うか? ユグドラシルを救うためだとしても、仲間であるロゼッタがビィにそんなことを教えると思うか? 僕はむしろ危険なチカラだったら絶対に教えないと思う。ロゼッタだったら猶更ね」

 

「その通りだよ。私達の仲間は皆、優しい人達ばかりのはずでしょ?」

 

 あっ……そんな悟ったような声がビィから漏れた。

 そうだ、その通りだ。そんな危険なチカラであったなら態々教えるはずがない。そんな事、これまでの旅路の中で知っているはずだった。

 斜に構えているけど、一歩引いたところから見守るお母さんのような、そんなロゼッタが仲間達を危険にさらすような事を言うはずがない。

 

「そっか……そうだよな! オイラは一番大事なことを忘れてたぜ。ロゼッタはそんなひどい事しない。オイラがするのは怖がることじゃなかったんだな……ロゼッタの事を考えれば怖がる必要なんてねぇじゃねえか!」

 

 弱弱しく折れていた耳が起き上がり、声に力がみなぎる。諸手を上げて喜ぶさまを見せたビィにグランとジータは微笑むゆっくりと走り出した。

 

「行こうぜグラン、ジータ! 早く皆を助けてやらねえと!!」

 

 先ほどまでの弱さを微塵も見せず、ビィが高らかに告げる。

 グランとジータはその声に応えるように、またビィを振り落とさんばかりの勢いで祠へと走るのであった。

 

 

 

 森の奥で、静かな光が灯り始めていた……

 

 

 ―――――――――――

 

 

 集落の人達を連れたルリアとオルキスは平原に停められていたグランサイファーへとたどり着くと、すぐにローアイン達を呼びつける。

 

「ローアインさん!! 皆さんをよろしくお願いします。艇に順番に乗せて守ってあげてください!!」

 

「皆……こっち。乗って」

 

 ローアインを呼ぶルリアと、グランサイファーへと案内していくオルキス。

 

「これが、グラン達の騎空艇なのか……あぁ、お嬢ちゃん達。ありがとうね」

 

「おかげで安全にここまでこれたよ。ありがとう」

 

 次々と乗り込んでいく集落の人達にお礼を言われながらルリアとオルキスは次の行動へと意識を移していく。

 

「いえ、まだ安全かはわかりませんから。さぁ、早く乗ってください!!」

 

「お~いルリアちゃん。とりまこっちはトモちゃんとエルっちに任せっからよ。グラサイが狙われる的な状況はある感じ?」

 

 呼ばれて赴いたローアインは状況の確認に二人へと問いかける。兵士たちが襲い来るのなら迎え撃つ必要があるだろう。

 待機組とはこういう時に戦うためにいるのだ。

 

「恐らく兵士の人達が向かってくるかと思いますが、そっちは私とオルキスちゃんで対処しますから大丈夫です。ローアインさんは皆さんをお願いします。行くよ、オルキスちゃん!」

 

「――うん」

 

 ローアインに一方的に告げると、ルリアとオルキスは艇を降りて走り出していく。

 

「ってちょっ、まっ……行っちまったぜ。なんかわからんけどルリアちゃんとオルキスちゃんやる気バリバリ……」

 

 やる気に満ちたルリアの後ろ姿にどことなく不安を覚えたローアインは逡巡の後に声を上げる。

 

「トモちゃん、エルっち! とりまこっち任せていいか? ちびっこ二人に任せっきりなんて俺様のプライドが許せねえ」

 

「ハッ、何調子に乗ってんだし。ローアイン一人でなにができるだっちゃ」

 

「よくわかんねぇけど、ここでグラサイと皆さん守ればいいんだべ? だったらオレ達がやる事は一つ……」

 

 だが呼ばれた二人は不敵な笑みと共に、決意の表情を見せる。ここで何をするべきか……そんなことは決まっている。

 

「へっ、そうだな。グラサイ守って、ちびっこ守る。それができなきゃ男じゃねえ……だな。行くぜダチ公!――騎馬戦だ!!」

 

 グランサイファーより男たちが出撃する。

 例え弱く、普段は力になれなくても。それでも騎空団の一員としてできることをやる。そんな決意を携えて……

 

 

 

「チカラを貸して、イフリート!」

 

 ルリアの声に応え、炎の魔獣イフリートが顕現。

 屈強な肉体を持つ二足歩行の魔獣が、大きな咆哮を上げながら近づいてくる兵士達を殴り飛ばした。

 

「いけ……ミスラ」

 

 オルキスの声に応え、ガロンゾの星晶獣ミスラが顕現する。その身の一部である歯車が飛び交って帝国兵士達を襲った。

 

 星晶獣を従える少女二人によって帝国兵士達は成すすべなく蹂躙されていく。

 空の民として、星晶獣という規格外の化け物を目の前に出されては兵士達に抗うすべはないだろう。

 

 だが、勘違いしてはいけない。

 星晶獣がどれだけ強かろうと、彼女たちは所詮、星晶獣を使役できるだけのただの少女に過ぎない。戦闘のエキスパート等ではない。

 

「懐ががら空きなんだよ!!」

 

「きゃぁ!!」

 

 密かに回り込んでいた兵士の一人がルリアを捕えていた。イフリートもミスラも兵士たちの迎撃の為に彼女たちからは離れた位置で戦っていた。

 戦闘のイロハも知らず自衛のできない少女二人では、回り込まれての不意打ちをされれば打つ手がなかった。

 

「オラァ! さっさと星晶獣共を戻しやがれ……さもないと機密の少女だろうと刻んで捨てるぞ!!」

 

 そしてルリアを人質とされてはオルキスに打開の術などない。表情は変わらず無表情のままだが、オルキスは悔しさに唇を噛んでミスラを戻した。

 

 

「へへ……それでいいんだよ。後はお前達を連れ帰り――」

 

「シャッオラァアアア!!」

 

 

 突如、怒号のような声と共に駆け込んでくる人影が兵士を襲う。それは、エルセムとトモイという”馬”に乗ったローアインである。

 人馬一体となった三人がルリアを捕えていた兵士達を轢いていった。

 

「行くぜダチ公。まずは付近のインペソを一掃だ!!」

 

 帝国兵士。インペリアルソルジャー。略してインペソらしい。

 ローアインの声に従い、エルセムとトモイがその足を早める。

 

「なんだあのふざけた奴らは! さっさと倒して機密の少女を確保するぞ!!」

 

 向かい来るローアイン達を迎撃しようとタイミングを計り、兵士が剣を振り下ろす。だがそれは突如足を止めた三人によって空を切った。

 

「なっ!?」

 

「シャオラァア!」

 

 無防備な姿を晒した兵士に向けてローアインの攻撃が炸裂する。それ即ち、三人の重さを乗せた体当たりだ。

 

「ぐっほぁ!?」

 

 またもや轢きつぶされた兵士を尻目にローアイン達が次々と兵士達を勢いのままに屠っていく。

 何故? そんな疑問が兵士達の中に広がった。

 明らかに戦い辛いはずの三人による騎馬戦。普通に戦えば三人で戦えると言うのに、二人で一人を持ち上げると言う愚行のせいで移動スピードとて決して速くない。普通に戦える兵士達が負けるはずがないと言うのになぜ?

 

「はっはぁ! 良い事教えてやるぜインペソ共が! このパティーン……地元じゃ敵無しなんだよ!」

 

「ローアイン騎馬隊長! 十時の方向より敵接近~」

 

「ばぁか、あっちは二時の方向だ!」

 

「オラオラ、かかってこいやインペソ野郎共が!」

 

 宣言通りの敵無しな勢いでローアイン達が動き回る。

 決して速くない。決して強くない。だと言うのに、全く兵士達を寄せ付けない。

 不可思議なその強さはひとえに彼らのこの戦い方にあった。

 

 明らかに不利な戦い方、それ故に兵士達は簡単に倒せるだろうとたかをくくる。強くないであろうと錯覚してしまうのだ。

 心には余裕ができ、冷静に動き回ってくる三人に対し待ち構えるように迎撃を選択してしまう。そしてタイミングを計り切りつけようとすれば……

 

「ほいっとな」

 

 急制動、急旋回で躱されるのだ。そして隙だらけとなったところをローアインが叩き潰す。

 二本脚の二人が騎馬となったこの形態。詰まりは足が四本であり二足歩行では適わぬ挙動を生む。そのあまりにも予測できない動きに兵士達は虚を突かれていた。

 

「バカな、こんなふざけた戦い方で一体なぜ……」

 

「わかってネェなお前ら。たかが騎馬戦だと侮ってる時点でお前らに勝ち目はねえんだよ! 騎馬と騎手の思考の融合……騎馬戦のあるべき姿であるこのモードに敵はいねぇ!」

 

 正に一騎当千……その言葉を体現するように、三人はぐるぐると周囲の兵士達を駆逐していく。

 助けられたルリアとオルキスは目を点にしたまま、その光景を眺めているのだった。

 

 

「ヘヘ。掃討完了っと。大丈夫か~? ルリぴっぴに、オルキスちゃん」

 

「とりま、艇に戻っておくぞ。どんどん来るようならグラサイに立て籠もって迎撃した方が良い」

 

「ってなわけで戻るぜお二人さん。二人が無理して戦う必要ねぇから、あとは俺達に任せな!」

 

 暴れまわって走り回って。そうして十人程度はいた兵士達を一方的に倒したと言うのに、彼らに疲労の気配はなかった。

 頼もしく告げてくる三人にルリアの表情が綻ぶ。オルキスも安心したように一息ついていた。

 

「す、すごかったです。ローアインさん達、実はすっごくつよかったんですね!!」

 

「三人とも、なんでかわからないけど強かった……弱そうなのに」

 

「へへ、それが逆を言えば俺達の強さってわけよ。さぁ、戻ろうぜ」

 

「ハイ!」

 

「うん……」

 

 五人はそのままグランサイファーに立て籠もり、近づく兵士達を寄せ付けないように迎撃を繰り返すのであった。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 森の奥、相変わらずの静かな雰囲気に包まれた祠の目の前まで辿り着いた三人は光の粒子が飛び交っている不思議な状態の祠を目にしていた。

 

「これ……一体何が?」

 

 光の粒子が祠を包むように漂っていて、以前はただの不思議な祠であったものが、今は更に不思議な祠となって、三人を出迎えている。

 

「こんな事今までなかった……よな?」

 

「うん。少なくとも私は見たことがないよ」

 

「オイラも見たことねぇや」

 

 三人とも不思議な状態の祠に首を傾げる事しかできなかった。

 これまで生きてきた中で何度か見てきたことがあった祠だが、こんな状態になる事は知らない。だが同時にこの光景は、ビィのチカラに祠が呼応しているのではないかとも取れた。

 

「ビィ……止まっていても仕方ない。準備はいいか?」

 

「お、おう……緊張はしてるけど、大丈夫……だぜ」

 

 表情は強張っているが、それでももう弱弱しさはない。だが、やはりその手は祠を開こうとするのを躊躇してしまう。

 ビィの心の中にある葛藤がその手を止めていた。

 やはり怖いものは怖いのだ。その手が祠を開いた時、その先にもしかしたら最悪の未来があるのではないかと。

 小さく震える己の手を見つめて、ビィは決心したように口を開く。

 

「――なぁ、グラン、ジータ。オイラの手、握っててくれないか?」

 

「え?」

 

「どういうこと?」

 

 疑問符を浮かべた二人に、ビィは小さく淡々と言葉を続ける。

 

「オイラの手を握っててほしいんだ。グランは右手を、ジータは左手を。二人と一緒ならオイラ、何が来たって怖くねえから。んでもって祠を二人に開けてほしい……そしたらオイラきっと大丈夫だから」

 

 自分では開けられない。心が拒絶するような手の震えにビィはそう悟った……そしてビィは、祠を開けるタイミングを二人に委ね、更には最大限の信頼を込めて、二人に手を取っておいて欲しいと懇願した。

 大切な旅の相棒であるグランとジータ。二人と一緒ならどんなことも乗り越えられる。

 理論も根拠もない無鉄砲な自信を振りかざし、ビィは意味のわからない不安に打ち克つべく相棒との絆に寄り添った。

 

「――良いのか。ビィ?」

 

「無理なら別に」

 

「良いんだ二人とも! オイラ……小さくて弱いけど、でもオイラにできることがあるなら。オイラががんばってこの島が救えるなら、やってやる! オイラだって騎空士の一員だ。故郷のピンチに奮い立てなくて、騎空士を語れるかってんだ! どんなチカラを持ってようと、オイラはオイラだから……だから大丈夫だ!」

 

 恐怖に震えながらも決意の声を上げるビィの想いを聞き、グランとジータは視線を交わして頷き合う。

 

「わかった。ジータ」

 

「うん。了解」

 

 手をこまねくわけにもいかない。状況としては仲間達もそろそろ限界であろう。

 本人からの決意を聞いた以上二人にやめると言う選択肢はなかった。

 祠の前に並んだ三人はそっと手を繋ぐ。

 

 

 

「行くぞ、ビィ……」

 

 頼れるグランは、言葉少なくただビィの手を強く握った

 

「何があっても私達が付いているから。大丈夫だよ」

 

 優しいジータは、静かな声音で安心させるようにビィを励まして小さな手を優しく包み込んだ。

 

 

 

 力強く光を纏う祠を睨み付けると、二人はその手で勢いよく祠を開け放った

 

 

 

 

 次の瞬間、三人は巨大な龍の咆哮(こえ)を聞いた気がした…………

 

 

 ―――――――――――

 

 

 地面を強く踏み抜いて、肉薄したアレーティアとスツルムがフュリアスを切り付ける。

 

「つぉおお!」

「やぁああ!」

 

 長剣と短剣の二重奏が剣戟の嵐を叩きこんだところで二人はすぐに後退。

 

「いくぞヴィーラ!」

 

「はい!!」

 

 中衛の位置にいたカタリナとヴィーラは剣を一振り。露散した魔力で刃を形成しフュリアスに向けて放った。

 

「ふん、弱い弱いぃ!!」

 

 それをフュリアスは動じずに防御。堅牢な盾がその全てを防ぎ、二人に接近すると巨大な槍で薙ぎ払う。

 

「おぉらああ!!」

 

 咆哮を上げながら、ゼタが巨大な槍にアルベスの槍を叩きつけ、地面へと打ち付ける。

 

「ナイスだゼタ!!」

 

 好機とみてセルグが槍を足場に接近。駆けあがるその先はフュリアスの頭部。

 鞘に納めていた天ノ羽斬には既に光来でチカラを蓄えており、あとはそれで首を断ち切り終わらせる。槍から跳躍しフュリアスの目の前まで躍り出たセルグは天ノ羽斬に手を掛けた。

 

「絶刀招来――」

 

「なめんなよぉ!!」

 

 盾を手放したフュリアスはその手をセルグに向けて魔力砲撃を放つ。

 

 ”馬鹿者が!!”

 

 間一髪。空中で態勢を整えられなかったセルグを、中空にいたヴェリウスが救出する。上に向けて放たれた砲撃は蒼い空へと消えていった。

 

「すまん、ヴェリウス。助かった」

 

 ”あまり無理をするでない若造。本来のお主であれば魔力砲撃ごと叩き切っていたはずだ。それができない以上、お主が決め手になることはないと思え”

 

「くっ、もどかしいな……」

 

「気にすんなよ。今までのお前さんを考えりゃ十分すぎる程戦ってきたんだ。今だって十分に頼もしいぜ……だから無理すんじゃねぇよ」

 

「ラカム……」

 

「そうそう~そうやって肩肘張っているといつか余裕がなくなっちゃうよ。ほぅら笑って笑ってー」

 

「ドランク……」

 

 後退したセルグの隣に並び立ったラカムとドランクに一瞬呆けるもセルグは小さく笑みを浮かべて天ノ羽斬を納刀。新たに抜き放つは風化二輪。

 

「そうだな……倒せなくてもできることはあるよな」

 

「そうそう~その表情だよ。真剣なのはいいけど余裕をなくしちゃ――」

 

「ドランク!! いい加減ふざけてないで援護をしろ!!」

 

 気の抜けた声が聞こえて苛立ったか、スツルムの罵声がドランクに突き刺さる。

 

「おっと、ハイハイ! 今やるよ!」

 

 飄々とした様子でありながら、先ほどまでの気の抜けた様子を消し、ドランクは懐より色の違う宝玉のような球をを三つ取り出す。

 それは魔力を纏いながらふわりと浮かび上がり、ドランクの目の前でクルクルと動き始めた。

 

「さぁて、僕のマジックショーと行こうかな~……ほいっと!」

 

 瞬間、宝玉から次々と火球が放たれる。次々と連射される炎の球はまるで休むことなく発動されるイオのフラワリーセブンのようにフュリアスへと襲い掛かった。

 

「へ~魔法系だったのか。どんな戦い方をするのか気になっていたが、なるほど。大したもんだ」

 

「君に比べたらそれこそ大したことないけどね~ほい次っと」

 

 三つの宝玉が回る速度を早めると、水流が巻き起こり竜巻となって巻き上がる。

 水の竜巻がフュリアスの巨大な体を押しつぶすようにぶつかっていった。

 

「グッ、傭兵風情がぁあ!」

 

 盾で防いだフュリアスはそれを力任せに押し返す。

 その瞬間、フュリアスの目がギラリと光ったように感じた一行は反射的に回避行動をとった。

 

「死ねよクソ共がぁあ!!」

 

 巨大な魔力を纏いながら巨大な槍が薙ぎ払われた。正に暴力の塊ともいえる驚異的な威力を孕んだ槍の一振りは居並ぶ一行の動きを止め、隙を作り出す。

 接近しようとしていたところで、緊急回避に地面へ伏せたゼタへフュリアスが追撃に入った。

 

「ほぅら一人目ぇ!!

 

 倒れていたゼタへ巨大な足が落とされる。

 容赦なく落とされた巨大な足はヒト一人などトマトのように簡単に潰せるだろう。

 明確な死を幻視できる程の脅威を前にゼタが身を竦ませるが、そんなことを許すわけがない。。

 

「させるかよぉ!!」

 

 ヴェリウスに乗り宙へと逃げていたセルグが飛び降り様に奥義を敢行

 両手から込められた魔力が、風火二輪を伝い銃弾へと集うと、風と炎の激槍がフュリアスを撃ちぬいた。

 

「ドランク、ラカム! 追撃頼む!」

 

「はいは~い」

 

「任せな!!」

 

 踏みつけようとした足がたたらを踏み、僅かに体勢を崩したフュリアスへ、セルグの声に応えた二人が援護に入るのを見届けて、ヴェリウスがゼタを掴まえて後退。

 

 一行は再びフュリアスとにらみ合うような形になり、戦いは動きを止める。

 

 

「はぁ……タフというかなんというか……アイツ何回攻撃を受けたら倒れるんだ?」

 

 僻易したようにセルグが呟いた。

 先程セルグが放った風火激槍。ラカムとドランクによる追撃もダメージとしては入ったものの、それはすぐに再生されて終わる。

 正しく終わりの見えない戦いに、セルグだけでなくラカムやドランクも疲労と呆れを見せていた。

 

「傷を回復しているのですから止めとなる一撃を決めなくては倒せませんよ。愚痴る前にもう少し頑張ってください、セルグさん」

 

「リーシャ。あのなぁ、お前簡単に言ってくれるが、それができたら苦労してないだろう」

 

「確かにそうだな。ちまちました攻撃じゃ埒があかないが、かといってアイツもさすがの実力。大きな隙は無いし、攻撃力は驚異的でデカい一撃なんか狙えやしないぞ」

 

「そうね、スツルムの言う通り、ちょっともう打つ手がないわよ。ヴィーラ、何かある?」

 

「難しいですね。やはり団長さんたちを待つしか手はないと考えるべきですね。無理をしてやられては話になりません。防御魔法を使えるお姉さまを中心として、援護と防御主体に切り替え時間を稼ぐ方にシフトした方が良いかと」

 

「ううむ、だがそれとて簡単ではあるまい。どうやらあちらさんは随分とご機嫌斜めのようじゃからのぅ」

 

 アレーティアの声にフュリアスへと視線を向ければ、再生を終えたフュリアスが常軌を逸した様子で立ち上がるのが見えた。

 

「ハァ、ハァ……クソっ。ちょこまかうろちょろと。いい加減早く潰れろよ!!」

 

 思うように一行を仕留められない事に苛立ちが募っているようである。その気配はアルビオンでシュヴァリエに呑まれ掛けたヴィーラの様に、徐々に魔晶の気配に塗りつぶされているようであった。

 

「ハハ、いいやもう。さっさと終わらせよう。お前達も、集落の連中も、この島も…………みんなみんなみんな! 全部空の底に沈めてやるっ!!」

 

 吹っ切れたように声を上げたフュリアスはその手を一行に向けて翻す。フュリアスの意志に応えるようにその手には徐々に膨大な量の魔力が集い、禍々しい力の気配を巨大にしていく。

 

「おいおい、あんなもんぶっ放されたらっ」

 

「――まさか本当に島ごと落とすつもりか」

 

 オイゲンとカタリナが慄く。一行に向けられる砲撃はこれまでとは比較にならない威力を持つと容易にわかるだけの魔力が収束されていた。

 避ければ島に着弾しフュリアスの宣言通りに島が落とされるかもしれない。だが、避けなければ彼等の命は間違いなく消し飛ぶだろう。

 ファランクスを使えるジータはいない。カタリナのライトウォールはそこまで高い防御力を持つ技ではない。

 できる対抗策は限られていた。

 

「撃たせるな!!」

 

 セルグが叫びながら走り出すと同時に。アレーティアとゼタ、スツルムとドランクが阻止に動き出すも、既に魔力は臨界点を迎えている。

 できる事と言えば全力で砲撃を迎撃し相殺するしかない。瞬時に判断したセルグが天ノ羽斬を抜き放つ。

 更にゼタとアレーティアも並び全力で迎え撃つ体勢を整えた。

 

「消えてなくなれ!! カタストロフィ!!」

 

 無常にも放たれた極大の砲撃を前に三人が挑む。

 

「絶刀将来天ノ羽斬!!」

「白刃一掃!!」

「プロミネンスダイブ!!」

 

 全身全霊の奥義が僅かに威力を減衰させるも、抵抗なく三人を吹き飛ばし砲撃は後方で待機していた仲間達へと向かう。

 

「ライトウォール!!」

 

 焼け石に水であろうと、最後の抵抗にカタリナが障壁を展開。全魔力を注ぎ込み障壁の強度を保ちながらギリギリで受け止めた。

 

「(グッ、無理だこんなの防ぎきれるわけ――)」

 

 受け止めた瞬間にカタリナは悟る。余りの威力に障壁は数秒と持たないと……

 

「皆、すぐに私から離れろ!!」

 

 犠牲になるのは一人でいい。このわずかな数秒で仲間が助かるのなら己が成した事にも意味があるだろう。

 返答を聞く事すら適わないギリギリの状況で、すぐに障壁が突き破られ、カタリナの視界を暗く重い魔力砲撃が埋め尽くす。

 

 

 ”あぁ……ルリア。すまない”

 

 

 黒く塗りつぶされていく世界の中、カタリナは静かにその目を閉じて、ルリアへと想いを馳せた。だが次の瞬間――――

 

 

 

 ”させるかぁあああ”

 

 

 

 聞きなれた可愛らしい声と共に世界に大いなる咆哮が木霊した

 

 




如何でしたでしょうか。

ビィ君覚醒。次回激しく活躍してもらいます。
ローアイン覚醒。こじつけかもしれない。そんなわけあるかと思うかもしれない。
だけど彼らも戦えると言うことをちゃんと描きたかった。
批判もあるかもしれませんが、どうかご理解いただきたい。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。

感想お待ちしております


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メインシナリオ 第41幕

少し難産でした。

思ったように書きたいことが伝わる文章になっているか不安ですが

どうぞお楽しみください。


 

 ザンクティンゼルの森の中を、グラン、ジータ、ビィの三人がひた走る。

 

 

「ビィ、本当に何ともないのか?」

 

「どこか痛いとか、どこか痒いとか本当にないの?」

 

 相変わらずの全力の疾走の中、グランとジータは心配そうにビィへと問いかけた。

 

 封印されたチカラを手にしたビィ。その姿は別にこれまでとなんら変化は無く、だがビィにはどこか漲るチカラの気配が見受けられる。

 ビィ本人も、祠を開けた直後、今までにないチカラが己の内に生まれたような気がすると語っていた。

 別段大きな変化はビィに見受けられない。それが逆にグランとジータの不安をあおった。

 封印されたチカラを手に入れたことで、二人は本当に異常がないかとビィの様子を伺う。

 

「大丈夫だってぇの! オイラはなんもおかしい所ねぇぞ。なんだか思いっきり叫びたい気がするってくらいだ!」

 

 ウズウズするようにビィは笑った。

 

 

 祠を開いた瞬間。ビィは大いなる咆哮を聞いた。

 別に、大きな音を聞いたわけではない。何かの叫びを聞いたわけではない。

 だがそれは、確かにビィの元へと届き、三人の間を駆け抜け、そしてビィの中に何かを残していった。

 それが何かは分からないが、ビィはそれが封印されていたチカラであると確信する。

 己の内に宿ったそれは、今か今かと解放の時をせがむようにビィの中で燻っていたのだ。

 

 

「よし、見えて来たぞ……どうやら何とか間に合ったようだ――なっ!?」

 

 遠目に見えてきたフュリアスと仲間達の姿にグランが安堵の声を漏らすもそれはすぐに驚愕に染まった。

 見えてきたのは途轍もないチカラを込められた魔力砲撃が放たれる光景。

 ゼタ、アレーティア、セルグが全力の奥義で相殺を試みるが、何の抵抗もなく木の葉の様に吹き飛ばされた。

 迫りくる砲撃をカタリナがライトウォールを展開して受け止めようとしている。

 

「ここからじゃファランクスは届かない……みんな!!」

 

 目の前で仲間の命が消えようとしている……焦燥に駆られたジータの声が響き渡った。

 

「グラン! オイラを思いっきり投げてくれっ! 必ず皆を助けてみせる!」

 

 仲間の絶体絶命の事態を目にしてビィが叫んだ。

 ビィに何ができるのか、何を思ったのか……それは分からなかったがグランはビィの言葉に一縷の望みを掛けた。

 

 

「――いっっけぇえええ!!」

 

 

 乱暴にビィを掴みあげる。続いて全力でボールのようにビィを放り投げたグランは、直後に少しだけ後悔して胸中でビィに謝った。

 本当に遠慮なくぶん投げてしまったのだ。だが、当の本人は気にすることなく投げられた勢いのまま空中に躍り出て小さな羽を広げる。

 

 小さな羽ではあるが中空に漂う様は…………その姿は紛う事なき龍種の姿。

 

 既にカタリナのライトウォールは突き破られている。その後ろにはまだリーシャやイオもいる。

 砲撃に呑まれかけているカタリナ達を目にした瞬間、ビィの瞳に赤い光が灯った。

 

「オイラの……大事な仲間達を……」

 

 燻っていたナニカが鎌首をもたげ、喉元へとせりあがってくるのをビィは感じた。

 周囲の時間の流れが遅くなったような奇妙な感覚に包まれ、ビィは心臓の様に脈打つ衝動に突き動かされるまま、燻っていたチカラを叫びと共に解き放った。

 

「やらせるかぁあああ!!」

 

 

 始まりの咆哮(カタストロフィ)

 

 轟く叫びが、一筋の光条となってフュリアスの砲撃を打消し、魔星のチカラを打ち砕いた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 静寂がその場を包み込む――――

 

 無情にも放たれたフュリアスの砲撃がカタリナを呑みこみ、そのまま島を落とすかと思われた刹那。

 愛らしい仲間の声に混ざって轟いた咆哮が聞こえた瞬間、フュリアスの砲撃がナニカにかき消されたのだ。更にそのナニカはそのままフュリアスを断ち切るように奔っていき、巨体となったフュリアスを腹部から肩口に掛けて断ち切っていた。

 

 目の前に迫っていた砲撃に死を覚悟していたカタリナ達は、助かった事実に茫然とし、助けに入ろうとしていた仲間達は目の前で起こった事に動きを止めた。

 

「い、今のは……」

 

「一体、何が起きたんだ」

 

 状況が読み込めないスツルムとドランクが周囲に視線を巡らす。

 

「おぉ~い! 皆大丈夫かぁ!」

 

 茫然としていたカタリナ達の前に、嬉しそうな声と共にビィが飛び込んできた。

 

「大丈夫か姐さん! やられてねえよな?」

 

「ビィ……君? さっきのは君が?」

 

 目の前でカタリナの安否を気遣うビィを確認して、カタリナは未だ信じられないという表情のままビィに問いかけた。

 防ぐのは不可能かと思える一撃であったのだ。それがあっけなく目の前でかき消されては信じられないのも無理はないだろう。

 驚きのままにカタリナに問われたビィは、嬉しそうに表情を綻ばせながら答える。

 

「おうよ! オイラのチカラで魔晶のチカラは全部吹っ飛ばしてやったんだ!」

 

 始まりの咆哮(カタストロフィ)

 ビィより放たれたそのチカラが、星晶の模倣たる魔晶のチカラを打消したのだ。

 

「へ~すごいじゃない! まさか本当に何とかできるチカラを身につけてくるとは思ってなかったわ」

 

「確かにな……本当ならこちらで何とかするつもりだったが、まぁどうにもならなかった。助かったぞ、ビィ」

 

 相殺を狙ったゼタとセルグは満身創痍のボロボロの状態でビィへと語りかける。直撃はしていないものの、砲撃の前に躍り出て全力の攻撃を行ったのだ。避けきれずに受けた砲撃の影響が垣間見える二人に、一行は改めて先程の攻撃の脅威を感じ取った。

 

「イオ。セルグとゼタの回復をたの――」

 

「待って、グラン。私達より、アレーティアとカタリナが先よ。二人ともアタシ達よりひどいはずだから」

 

 ゼタの言葉にグランが視線を巡らせる。少し離れた位置で地に伏しているアレーティアと、疲労の色が隠せないカタリナの様子にグランが頷いた。

 

「ジータ、アレーティアにポーションを……イオはカタリナを頼む」

 

「うん、わかった」

 

「任せて!」

 

 グランの指示にジータとイオがすぐさま動きだし。残りのメンツは警戒の色を湛えたまま、フュリアスへと視線を向けた。

 だが、そこには――――

 

 

「ぐっ、がはっ……はっ、なんだ……なんだよこれはぁ!」

 

 断ち切られた傷口が再生されず、苦痛に悶えているフュリアスの姿があった。

 

「なんだよこれ……なぜ再生しない!? 魔晶が全く反応しない……くそ、ふざけんな! 貴様ら! 一体何をしたってんだよぉ!」

 

 これまで幾度となく再生し復活していた身体が治らず、恐るべきチカラを発揮していた魔晶は全くの反応を示さなくなり、フュリアスが声を荒げた。

 さらに苦しんでいたのも束の間、フュリアスは徐々にその身体を変貌させていき、瞬く間に元の姿へと戻っていく。

 

「これ……は。そんな……なんで。クソッ、クソクソクソ!! 誰かっ、誰かいないのかよ! 早く僕を助けろって……おい、誰かっ!!」

 

 成す術がないと悟ったか、苛立ちと共にどこにもいない兵士を呼びつけるフュリアス。

 そんなフュリアスの姿にグラン達は僅かな憐憫の情を抱く。

 

 

「――自業自得だな、フュリアス」

 

「何っ……」

 

 回復を受けて立ち上がったカタリナが静かに声を上げた。

 

「すべては己の不徳さが招いたことだ。今そうして一人で地に伏せるのも、誰も助けに来ないのもな。お前にも他者を大切にする心さえあればそうはならなかっただろうに」

 

 部下を、同僚を、仲間を。自分を取り巻く人たちを大切にする気持ちがあればこうして一人になる事は無かっただろうとカタリナは告げる。

 

「フンっ、何を言うかと思えば、そんなくだらない仲間ごっこに何の意味がある? えぇ! 初めから僕を見下していたゴミ共がどうなろうと知ったこっちゃないし、ゴミはゴミらしく使われてればいいんだよ! そうして僕の為に使われるならゴミで終わらない分幾らかましだろう……むしろ感謝してほしいね!」

 

 あざ笑うように、フュリアスが言い放った言葉に、グランとジータの胸中にまた怒りの炎が灯る。

 村人達に前に躍り出た時の様に、二人の思考が真っ赤に染まった。

 

「ふざけるなよ! そんな……お前なんかの為に使われていい命があってたまるか!」

 

「許せない……一体何様のつもり! ヒトの命は、貴方のおもちゃじゃない!!」

 

 ポートブリーズでもこの島でも、躊躇なく島を落とそうとしたフュリアス。

 命を軽んじるだけでなく、仲間であるはずの兵士すらふざけた理由で殺戮の限りを尽くしたフュリアスに、二人の怒りが振り切れた。

 ビィのチカラで魔晶を潰されたフュリアスには、もはやまともに動く力すら残っていないだろう。

 

 

 ”思い知らせてやる……犠牲になった人達の痛みを”

 

 

 普段は優しいが故に。大切な人達の危機を間近に感じたが故に……二人の思考が黒く染まった。

 雷神矛とラスト・シンに手を掛け、二人はフュリアスに向かって歩き出した。

 

 だが、激情に駆られて歩き出した瞬間、二人は鎧の襟元を掴まれ後ろに引っ張られる。

 

「うあっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 小さな悲鳴と共に、二人とも地面に尻餅をつく形で後ろに倒れた。

 一体誰だと、睨み付けようとした二人の目の前にはセルグの後ろ姿。更にはゼタ、とヴィーラも立ちはだかり、回復を受けて持ち直したカタリナもそこに並んだ。

 

「はぁ……怒りを覚えようがなんだろうが、まだガキのお前らにそんな事させるわけないだろう。いきり立つのは良いが、そういうのはオレの仕事だ」

 

「セルグ、どいてくれ! 僕たちはそいつを許すことはできない」

 

「そうです! それに、私達は何も命を奪うようなつもりは――」

 

 フュリアスに皆が受けた痛みを思い知らせてやりたい……命まで奪うつもりはないと言おうとしたジータだが、セルグの表情を見て固まる。

 小さく笑って、呆れたような顔をして……だがどこか悲しそうな目を見せて。セルグの表情にグランとジータは言葉を失った。

 

「それだよ……後顧の憂いを断つ為に殺すならまだしも、憂さ晴らしの為に痛めつける。そんなことを見過ごすわけにはいかない」

 

 村の人達を危険な目に会わせてしまったから。大切な人達が巻き込まれたから。二人の怒りは十二分にセルグ達も理解していた。

 普段は大人しく理性的であるはずの二人がそれだけの怒りを見せる程、フュリアスの所業は外道の一言に尽きた。

 だがそれでも、二人の目的が胸の内に生まれた憂さ晴らしの為だと気付いて、セルグ達は止めに入った。

 セルグはそのまま周囲の大人組に視線を巡らせ、全員から頷きを返されるのを確認して踵を返す。

 

「――リーシャ、一緒に来てくれ。カタリナ……後は頼む」

 

「あぁ、わかった……」

 

「私ですか? はぁ……わかりました」

 

 セルグに応えたカタリナがグランの怒りを宥めるように武器を引かせた。

 突然呼びつけられたリーシャは、疑問符を浮かべながらもフュリアスの元へと向かうセルグに付いていく。

 

 

 セルグとリーシャを見送ったところで、カタリナは二人へと向き直った。

 

「グラン、ジータ。気持ちは分かるが、少し落ち着くんだ」

 

「でもっ! あんな奴許せるわけ」

 

「そうだよ! あんな……あんなひどい事をした人。許せるわけ……」

 

 ジータの脳裏に、無残にも槍に潰された兵士達の姿が蘇った。

 ヒトの死に目を見るのが初めてではない。だがそれでも、喜々として行われたヒト殺しを見せられたのだ。

 あのような非人道的な行い、簡単に許せるわけもない。

 その矛先が大切な人々に向かっていたかもしれないのに、ヒトの命を奪う事を楽しむような存在を許せるわけがなかった。

 

 涙を浮かべたジータは睨むように、立ちはだかるカタリナを見据える。

 

「グランさん。まずは落ち着いてお姉さまの話を聞いてください。ジータさんも」

 

 カタリナに詰め寄りそうな二人をヴィーラが抑え、優しい声音で宥めた。

 

「ありがとうヴィーラ。二人とも……良く聞いてくれ。確かにフュリアスの所業は許せない事だ。

 怒りに任せ打ちのめす。戦闘中であれば、私もそれを間違いとは言わない。やらなければやられる状況でもあった……」

 

「だったら、なんで止め――」

 

「だが、既に戦うチカラの残っていない者にそれを行う事は、大人として許すわけにはいかない。

 それはフュリアスがやった事と同義だ……そんなことをさせてしまっては、君達のお父上やこの島の人達に、私は顔向けができなくなってしまう。

 私は一応、二人の保護者だ。二人にそんな非道をさせるわけにはいかないんだよ」

 

 そう告げながら、カタリナが小さく笑う。二人のささくれだった心を解きほぐす様に。怒りに囚われないように……

 

 旅のきっかけを。二人が島を離れなければいけない事情を作ってしまったのはルリアとカタリナだ。

 帝国に追われる理由を作ってしまった事に負い目があったカタリナはこれまで、グランとジータの保護者として旅をしてきた側面もあった。

 

「カタリナ……」

 

 カタリナの言葉を聞いて二人の気配から怒りが露散していく。

 二人の変化に気付き、カタリナは武器を握っていたグランとジータの手を取った。

 

「――これは、私のわがままだ。だが……

 ルリアを助けてくれた……ルリアを共に守って来てくれた君達の手は、強さと優しさに満ち溢れた、穢れないままであってほしいんだ。

 ここにいる仲間達を繋いできた君達の手は、繋ぎ合える温かい手であって欲しいんだ。

 だから、只の暴力を振るうような…………そんな事はやめてくれ」

 

「そうだなぁ……お前さんらがいなかったら今こうして俺達が集う事は無かっただろう。お前さんらは、そろってバカみたいにお人好しで仲間に迎え入れてくれたもんなぁ」

 

「へっ、違ぇねえ。

 なぁグラン、ジータ。俺がもう一度飛べるようになったのは二人が手を差し伸べてくれたからだ。腑抜けになった俺を……飛ぶことを拒んでいた俺を信じて、二人が手を差し伸べてくれたからこうして今飛べてる……カタリナと同じで、俺もお前達の手は温かい手であって欲しいと思う」

 

「ししょーを探すの手伝うって言ってくれた二人の手……籠手を着けててザラザラでちょっと汚れてて……でも温かかった。

 ねぇ、ジータ……今のジータの手はあったかい?」

 

「イオちゃん……それは」

 

 次々と掛けられる言葉にグランとジータの心が揺れる。

 告げられた想いは仲間達のわがままでありながらも、仲間達が二人を大切に想うが故の言葉。

 

 フュリアスへの報復。

 それを許してしまったら、優しい二人の手が……優しい二人が消えてしまいそうな気がした。村に入ってすぐ、年相応に無垢な笑顔を浮かべていた二人が偽物になってしまう気がした。

 そんな漠然とした不安が彼等に二人の行く手を阻ませる。

 

「ねぇグラン、ジータ。怒りっぽい私が言うのもなんだけど、怒りに任せたおこないって、後になってから結構くるものよ。私なんて本当に、後悔ばっかり……」

 

「そうだのぅ。儂も未熟な内はよく失敗を繰り返したもんじゃて……年長者として、若者に同じ轍を踏ませたくはないのぅ」

 

「あら、それは是非とも後で聞かせてほしいですね。どんなエピソードが聞けるのか楽しみです。

 と、それはさておき、お二人とも。よく考えてみてください。あのような愚か者を怒りのはけ口にしたところで何にもなりません。後に残るのは虚しさとゼタが言うように後悔だけだと思います。

 私達がすべきはあの愚か者からできる限り、私達が欲するものを搾り取る事です。有益なことが一つでもあれば溜飲も下がりましょう……

 まぁそれはあの人に任せればいいのですが」

 

「あの人……?」

 

 ヴィーラの言葉に二人が疑問符を浮かべた瞬間。

 

「うぁああああああああ!?」

 

 少し離れたところから、断末魔のような叫びが聞こえるのだった…………

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 カタリナに二人を任せたセルグは、リーシャと共にフュリアスの元へと向かった。

 セルグの後ろ姿に明確な怒りは感じられないものの、刺々しい空気は間違いなくこの後何かをすることが容易にわかり、リーシャの顔には緊張が走っている。

 

「セルグさん、一体何を――」

 

「リーシャ。見逃せとは言わない。後で文句は好きなだけ言っていい。だが、今からする事は止めないでくれよ……」

 

 セルグの言葉に、リーシャの中でこの先の予想が確信に変わる。

 させるものかと、すぐにリーシャは言葉を返した。

 

「ダメです。必要であれば止めます。彼らを真っ先に止めた貴方がその想いを覆すような事をするなら何としても」

 

 これまでを鑑みれば、セルグがこれからやりそうなことなど予想がつく。だが、そんな事させるつもりはないリーシャは断固とした面持ちで答えた。

 

「そうか……それなら安心だ。お前の思う通りではないからな」

 

「は?」

 

 危険な事はさせない。そう告げたと言うのにセルグは安心したように笑った。

 予想外な答えにリーシャが呆けるも、セルグはそれを尻目に地に伏せているフュリアスへと視線を落とした。

 

「さて、フュリアス。少し話を聞かせてもらおうか……」

 

 殺気を漲らせながら問いかけるセルグを見てもフュリアスの表情は変わらず、相手を取るに足らない矮小な存在として見ている。見上げながら見下したような目はリーシャを不快にさせるには十分であった。

 

「ハッ、バカが。答えるわけがな――」

 

「あの魔晶……どうやって生み出した?」

 

「はぁ? そんなの帝国の研究成果に決まって」

 

「魔晶はルリアの能力を解析した賜物だったな。ルリアが帝国を離れたのは随分と前だ。同じ能力を持つオルキスがいたが、黒騎士が居た以上、オルキスを利用などさせるはずがない。

 そもそも長い事ルリアのチカラを研究していて生み出せたのは粗末な魔晶ばかりだったと聞く。

 ガロンゾから見てきたが、兵士が使う低位の魔晶。ポンメルンが使っていた上位の魔晶。アマルティアでポンメルンが使用した特別性の魔晶。お前が使った異常なまでの出力を誇る魔晶。

 開発が進むにはあまりにも早すぎる……何故こんなにも短期間で強化ができた?」

 

 一般の兵士でも使えるように出力を抑えた魔晶程度なら量産型として片付けられただろう。だがその後次々と持ち出されてきた新たな魔晶は、ポンメルンのような自己強化から、フュリアスの様に超常的な変身を遂げるもの。更にはフリーシアの様に魔晶を用いて星晶獣を操る等と、汎用性に富み、その効果は徐々に大きなものへと変化してきた。

 研究対象であったルリアがいないと言うのに、短期間で魔晶は大幅な進化は遂げているのだ。

 只の研究ではなく裏に何かがあると思えるのは当然である。

 

「――知るかよ! 僕はそういった事には興味ないんでね。知っていたとしても教えるわけが」

 

「ならば聞き方を変えよう。お前が使った魔晶はどこから持ち出してきた?」

 

「だから! 知っていたとしても教えるわけが無いって言って――」

 

 嘲笑うフュリアスの言葉が止まる。同時に感じるのは、焼けるように熱を放つ痛み。

 見ればフュリアスの細い腕に天ノ羽斬が突き立てられていた。

 

「う、うあぁああああ!!!」

 

 目の前の光景と脳髄を焼くような痛みにフュリアスが悲鳴を上げた。

 

「セルグさん、なんてことを!?」

 

「魔晶を使った時と違ってしっかり痛覚はあるようだな……もう一度聞く、どこからあの魔晶を持ち出してきた?」

 

 冷たく……リーシャの言葉を聞き流しセルグは再度問いかけた。

 腕を貫き、地面に突き立てられた天ノ羽斬のせいでフュリアスは逃げようにも逃げられず、痛みにのた打ち回っている。だが、そんな姿を見たところでセルグの雰囲気に変化はない。

 天ノ羽斬を一度抜いて、恐怖と痛みに怯えるフュリアスをよそにセルグはポーチよりキュアポーションの入った小瓶を取り出してフュリアスの腕へとふりかけた。

 痛みに耐えられず答えられなくては問答にならない。一度痛みが消えればその分次への恐怖心が増して答えやすいだろうと、セルグは優しさではなく実利の為にフュリアスを治療する。

 腕の傷が徐々に癒えていき、フュリアスが痛みに呻かなくなったところで、セルグはまた口を開いた。

 

「次は腕を飛ばす……早く答えたほうが身の為だぞ」

 

「お、おまえ! こんなことをしてただで済むと思ってんのかよ!」

 

「セルグさん! こんなこと許すわけにはいきません! こんな拷問、どんな人であろうと許されるはずが――」

 

「リーシャ。さっきグラン達にも言ったはずだ。後顧の憂いを断つならと……こいつが今回使った魔晶。使えば島すら落とせるような高出力が得られる以上、それがどこから来たのか、量産されているのか、適合は容易なのか。それらを聞きださなくてはならない。

 最悪は兵士一人で島を落とせるような戦力になるんだ。今ここで聞き出しておかなくては取り返しのつかない事になり兼ねん。

 そしてこいつに普通に聞いたところで、答えが返ってくるはずもないのは分かるだろう」

 

「それは……ですが、こんなことをしてはグランさん達に示しが」

 

「これもさっき言ったがこういうのはオレが適任だ。必要であれば情け容赦なく命を刈り取る事を厭わないオレだからできる尋問だ。

 自分が大好きな奴ほど、己の死には弱いからな。明確な死を予感すれば素直に答えるだろう」

 

 そう言いながら、セルグが無表情のままフュリアスへと視線を落とした。

 流れ出た血にその身を染めながら、荒い息遣いでセルグをにらむフュリアスにセルグはまだ抵抗の意思を感じ取る。

 天ノ羽斬の切っ先をそののど元へと突き付け、セルグは冷たく声を発する。

 

「ただですむと思ってるのか、だったな……お前に何ができる? どうせお前はこのまま秩序の騎空団に捕えられて檻の中だ。魔晶無しのお前に何ができるわけでもない。

 お前にできる事は一つ……大人しく答えて生き永らえるか、ここで死ぬかだ」

 

 嘘じゃない……フュリアスはそれを瞬時に悟る。

 躊躇なく腕に天ノ羽斬を突き刺した事もそうだが、何より恐るべきは殺すと宣言していると言うのに何の感慨もない瞳。

 まるでヒトを殺すことなど造作もないと物語るそのセルグの瞳に、フュリアスは抵抗する意思を瞬く間に失った。

 促されるままに答えたくはない。そんな小さなプライドにこだわっていては間違いなくここで死ぬ。そう確信させるだけの殺気がセルグからは感じられたのだ。

 

 

「ぼ、僕が使った魔晶は、陛か――――」

 

「それ以上はしゃべっちゃいけないよ。フュリアス君」

 

 

 意を決してフュリアスが口を開き、話し始めた瞬間。別の声が聞こえ同時にセルグとリーシャがいた場所には氷柱の雨が降り注いだ。

 声が聞こえた瞬間にセルグとリーシャは危機を察知して後退。声の聞こえたほうへと視線を向ければ、そこにはフェンリルを連れたロキがフュリアスの背後に佇んでいた。

 

「へ、陛下!? 何故ここに?」

 

「いやぁ~楽しませてもらったよ。あわよくば島ごと彼らを葬ってくれるかもと期待したけどさすがにそう上手くはいかなかったね。

 それでもこの臨場感は他では楽しめない。正に命を懸けた戦いだったよ。せっかく楽しませてもらったから、もう少し君には頑張ってもらおうと思ってね……

 というわけで君たちには悪いけど彼は回収させてもらおうよ。フェンリル」

 

「あぁ? チッ、しょうがねぇな」

 

 ロキの言葉を受け、フェンリルがフュリアスを回収していく。若干手荒で時々フュリアスからうめき声が聞こえるが、そんな事セルグとリーシャに気にする余裕は無かった。

 このままでは情報を得られずに逃げられてしまう……先のセルグの説明からリーシャも現状に大きな危機感を抱いていた。

 ロキの思い通りにはさせまいと二人は同時に動き出す。

 

「逃がすと思っているのですか! ウインド!!」

 

 リーシャが風の攻撃魔法でフェンリルを狙う。牽制と不意打ちとなったそれをフェンリルは危なげに回避するがその隙にセルグが接近。

 

「そいつは置いていってもらうぞ!」

 

 天ノ羽斬を全力で振り下ろす。セルグが放つ光破がフェンリルを捉えると思った瞬間。

 

「なっ!?」

 

 フェンリルの姿は光の粒子となり消えて、すぐにロキの隣へと出現していた。

 

「おいロキ! 危うく切られそうだったじゃねえか。助けるのが遅ぇんだよ!」

 

 ギリギリのタイミングで助けられたフェンリルがギャーギャーと文句を言うのを聞き流し、ロキは睨みつけてくるセルグへと向き直った。

 

「そういわないでよフェンリル。転移魔法なんて簡単に使えるものじゃないんだからね。

 あ、ごめんね。悪いけど僕たちはこれで帰らせてもらうよ……ついでに教えてあげるけど、彼が使った魔晶は実験段階の本当に特別なもの。君たちに壊されちゃったからまた一から作り直さないといけない。

 残念ながら、あんなおっかないものを使えるのは彼のように少し頭のねじが外れたような人間じゃないと使えないかなぁ。

 どうだい? これで満足した?」

 

 聞き出したかった情報。それがあまりにもあっさりとロキから差し出されて、セルグは混乱した。

 意図も意味も分からない。疑問はすぐに口をついて出る。

 

「お前、一体何のつもりだ?」

 

「余計な懸念を払拭してあげようと思ってね。あんな危険なものたくさん持ってたらそれだけで君たちには対抗する手段がないでしょ? それじゃ面白くない。

 君たちと帝国にはもっともっと楽しませてほしいからね。世界が終わるかどうかのギリギリの戦い。これほど面白いものはない……だから簡単にあきらめないでね。それじゃ」

 

 あっさりとした挨拶を残し、ロキはフェンリルと共に転移魔法で消えていった。

 静寂に残されたセルグとリーシャは、二人とも抜いていた剣を納め、持たされた情報から思考を始めた。

 

「どういうつもりだ……間違った情報を与えてのミスリードか?」

 

「それにしては、少し現実味のある話でした。魔晶の反動の事を考えれば、まともな人間では使えないというのはわかりますし、あの性能が実験段階の産物というのも納得できるとは思います……確証がないのがもどかしいですね」

 

「だが鵜呑みにして裏をかかれるのも――――」

 

「セルグ!!」

 

 反論しようとしたセルグに、怒りの混じった大きな声が届き、セルグがビクリと肩を震わせた。

 次の瞬間には、サァーっと血の気が引くような感覚に見舞われ、セルグはやっちまった、と言わんばかりのぎこちない引きつった笑みを浮かべる。

 既にこちらに向かう足音は怒りに塗れ大きな足音を立ててきている。怒られるのは確定のようだ。

 

「リーシャ……理由は聞いたはずだ。援護してくれ……」

 

「――嫌です。どうぞ存分に怒られてください。私だって、納得はしてないんだから……」

 

 事情を理解しているであろう、目の前の頼みの綱にも見捨てられ、セルグは肩を落とした。

 尋問は想定していても拷問は想定していなかったのであろう。多少の強引な尋問ぐらいならわかるがセルグが行ったのは明らかな拷問。

 つまりはセルグに任せて見送った、カタリナ達からも盛大にお怒りを受ける。

 

 こうしてセルグは、様子を見に戻ってきたルリアとオルキスが合流するまで、散々に怒られることになる。

 

 ゼタに叩かれ、オイゲンに殴られ、ラカムにどつかれ、イオに杖で突かれ。

 カタリナからは延々と説教され、人道というものを散々に説かれる。

 いつも通りの微笑の中、目だけが笑っていないヴィーラからは”今日の夜に少しお時間をいただけますか?”と言われる。セルグはその瞬間に目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。

 そしてグランとジータからはしばらくの間、口を利いてもらえないという悲しみを背負わされる。

 

 ぐったりと落ち込んだセルグを、アレーティア、スツルム、ドランクが優しく慰め、セルグはまたも涙を流すのだった……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

地の文が多く少しバランスが悪かったですかね?

故郷であるから。素の自分になれる場所だから、グランとジータにとってはフュリアスの行いはクリティカルであったのです。
二人の怒りがらしくないとかんじましたら、それは作者の表現不足でありますが、根本としてこの話では、二人にとって故郷というものが、故郷の人達が特別な存在であると語りたかった。
そんな感じの一幕でした。

ご感想(ご指摘もありそうですが)お待ちしております。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。



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幕間 故郷

真面目成分多めの、ほのぼの回のつもりです。

どうぞお楽しみください。


 フュリアスを退けたグラン達一行。

 特別な魔晶という新たな不安の種を残され、素直には安心できなかったものの、集落の安全は無事に取り戻され、ザンクティンゼルには再び平穏が戻った。

 幸いにもフュリアスによる砲撃でうけた島の被害は、グラン達の活躍のおかげか軽微であり、多少の負傷者、数件の家屋被害程度で済んでいた。

 一段落となった現在は集落の大人達が寄合所に集まり、一行が今回の経緯を説明しているところである。

 

 

「つまり……そこの帝国から逃げ出してきたルリアちゃんが二人の旅の始まりだったと?」

 

「うん、追われていたルリアを助けて、その結果僕たちは帝国に指名手配される形となった。島にいるわけにもいかず、帝国の追手から逃げながら、時には戦ったりもしてずっと旅をしてきた」

 

「色んな人達に出会って、色んな事情があって。いつの間にか本格的に帝国とは敵対する形になってしまって、そのせいで今回はみんなに迷惑を掛けてしまいました。――本当にごめんなさい」

 

 説明を終えた二人は、静かに頭を下げた。

 ルリアを助けた事に後悔はない。間違いだとは思っていない。これまでの旅路で選んできた選択にも間違いはないと信じている。

 だが、その結果大切な故郷の人々を戦いの最中に巻き込んでしまったのだ。

 どんな謗りも受けるつもりで二人は頭を下げた。

 

 

「なぁに小童どもが一丁前に謝罪なんかしておる。若いのがそんな事に気を遣うでない」

 

「そうさねぇ、結局の所悪いのは帝国って話じゃない。そんな事で二人が謝る必要はないわ」

 

「そうだとも。むしろ俺達は助けられたわけだろう。聞けば島を落とされる瀬戸際だったと言うじゃないか。グラン、ジータ、それにビィも。良く島を守ってくれた」

 

 村長が優しく二人を叱りつける。

 幼馴染のアーロンの両親が。幼い頃より親が島にいなかったグランとジータの面倒を見てくれていた、アーロンの両親が。何をバカな事を言っているんだというように、優しく二人の頭に手を乗せる。

 それに続くように、寄合所に集まった皆から口々に二人を褒め称える声が広がった。

 

「皆……どうして?」

 

「私達のせいで、大変な目に逢ったっていうのに……」

 

 罵声どころか賞賛の声。呆ける二人は集まった皆に視線を巡らせる。

 

「何が原因だろうと、集落にどんな被害が出ようと。お前達は必死にこの島を守ろうとしてくれた」

 

「島も、ヒトも、欲張りな位全部守ろうとしてくれたでしょ? それで十分」

 

「そんなの! だって、ここは……私達の大事な故郷で、皆は大事な家族で……そんなの当たり前でしょ!」

 

 島の皆は家族であり、ここはその大切な人達が住まう島。グランとジータにとっては守るのが当たり前の故郷である。

 そんな当たり前の事に賞賛などと、ジータは彼らの言葉を否定する。

 

「あぁそうだとも、当たり前だな。だから俺達のこの言葉も当たり前だ…………ありがとう二人とも」

 

「お仲間の皆さんもありがとうございました。本当に感謝に堪えません」

 

 故郷を守るのが当たり前なら、それに礼を言うのも当たり前。単純にして明快な返しにジータから否定の色が消えた。

 さりげなく向けられた礼の言葉に、二人の後ろに控えていた仲間達も俄かにうろたえてしまう。

 何を言われようが、原因は自分達であり、この結果は自業自得だと思っていた。

 だが村の皆はそんな彼らの自責の念を切って捨てるのだ。

 

「ほれほれ、二人とも感謝の言葉は良いが堅苦しい話はこれでおしまいにしよう。感謝の気持ちは形にせんと……」

 

 村長が前に出てそう告げると、見計らっていたかのように寄合所には人が溢れんばかりに集まってきた。まるで今か今かと待ち構えていたように一斉に……

 皆、集落中から料理や飲み物を持ち寄って集まって来ていた。

 

「さぁ、盛大に振舞わせてもらいましょう。思うがままに食べて飲んで、今宵を楽しんでくだされ」

 

 一行の戸惑いをよそに、瞬く間にその場で大宴会が催される。

 集落を救った英雄達に、感謝の意を示すため。

 寄合所の外にたくさんのテーブルが並べられて、次いでその上を多くの料理が彩った。酒樽が運ばれ、ジョッキに次々と酒が注がれていく。

 

 それからすぐに、ザンクティンゼルの空には、いくつもの笑い声が立ち昇るのであった…………

 

 

 

 

「ぷはぁ! うんめぇなコレ! 親父さんよ、こいつは一体なんの酒なんだ?」

 

 すっかり打ち解けた様子でラカムはアーロンの父と杯を酌み交わしていた。

 既にほろ酔い気分なんて軽い状態ではないが、それでも楽しそうに会話を弾ませながら、飲むラカムの姿にアーロンの父も気分よく答える。

 

「良いモンだろ? こいつはウチの女房の手作りでな、この島でしか取れない果物を組み合わせたオリジナルだぜ。他にも別の家じゃ木の実の酒もある。こっちはまた酒の肴との相性が抜群でよぉ、兄さんも一杯いってみるか?」

 

「へぇ……田舎の村だと侮っていたがこいつは一級品の気配がしやがるな。是非とも頂こうか」

 

 アーロンの父とラカム。二人は村の美味な酒に舌鼓を打ちながら、楽しそうに笑い続けていた。

 

 

 

「はむ……んんーー! おいしいです! あぁ、こっちもおいしい!」

 

「ルリア……こっちもおいしい」

 

 所狭しと並べられた料理を次々と口に入れていくルリアとオーキスは、その味に目を輝かせる。

 

「おいおい、ルリア。オーキスもさっきからちょっと食べ過ぎじゃないか?」

 

「何言ってんだいビィちゃん。トカゲのアンタにはそうかもしれないが小さいお嬢ちゃんはまだまださね。さ、お嬢ちゃん。遠慮せずドンドンお食べ」

 

「はい! ありがとうございます!! ホントどれもおいしくてうれしいです!」

 

「たくさん……食べる」

 

 その小さい体のどこに入るのか。一説には星晶獣召喚には非常に体力を消耗するという話も聞くが真偽の程はわからない。

 確かなのは、小さな少女が大人の何倍も次々と食事を平らげていくという事実だけ。

 

「アハハ! 嬉しい事言ってくれるじゃないの。食後にはおばちゃんのとっておきのデザートもあるから楽しみにしておくんだよ」

 

 ルリアとオルキスの様子に朗らかに笑う恰幅のいいおばさんが、無くなるそばから次の料理を運んでくる様にビィはやれやれと呆れ半分だった。

 

「まったく、本当によく食べるよな……オイラもさすがにっておばちゃん! さりげなく流してたけどオイラはトカゲじゃねえっての!」

 

「あら、そうだったかい? 以前よりトカゲっぽさが増している気がしてつい……ごめんなさいね」

 

「フフ、トカゲのビィちゃんね……やっぱりみんなトカゲって認識じゃない」

 

「なんだとぅ! そんなこと言ったらイオだっておチビちゃんだろ! ドランクがそういってたもんな」

 

「な!? レディに向かってなんてこと言うのよこのトカゲぇ! ちょっとそこになおりなさい、氷漬けにしてやるんだから!」

 

 杖は無しでも多少の魔法は使える。イオの手のひらに氷の魔力が集い始めた。

 その様子にビィはすぐさま逃走を図る。

 

「へ~んやってみろってぇの! オイラがそんな簡単に魔法に当たると思ったら大間ちが――ふげ!?」

 

「コラコラ、ビィ君。ヒトがたくさんいるところでそんな風に飛び回ってはいけないぞ。さぁ、私と一緒に料理でも楽しもうじゃないか。

 イオ、怒るのは良いがほどほどにな。こんな場所で魔法など持っての他だぞ」

 

 前を見ずに飛び出したビィを受け止め、イオをさらりと窘め、カタリナが席に着く。少し顔がにやけているのは気のせいではないだろう。

 

「うむ、その通りじゃ。しかし、カタリナ……なんというかお主、少し母親が過ぎるんじゃないかのぅ。まだまだそのような歳でもなかろうに。少し老成しすぎではないか?」

 

「あ、アレーティア殿!? 何を言うのですか! 母親などと、私はそのような歳ではありません!」

 

 まさかの母親という言葉に、カタリナが顔を赤くして返す。

 名家の出身であるカタリナは、士官学校に入るまでは英才教育を施され、入学してからはひたすらに研鑽を重ねているだけであった。

 結婚どころか交際の経験すら皆無であるわけだ。

 

「だから母親が過ぎると言ったのじゃがのぅ。面倒ばかり見ておらんでお主ももう少しこの場を楽しんでも良くはないかのぅ? 子供連中は儂が見ておくでな」

 

「しかし、私はルリアの保護者として……」

 

「今さらこの場に何か危険があるわけでもあるまい。お主も少し肩の荷を下ろすがよいぞ」

 

 アレーティアの言葉になかなか動き出せないカタリナだったが、幾らか逡巡した後、静かに席を立つ。

 

「――それでは、少し酒を嗜み村の人達と交流を深めてまいります。アレーティア殿、感謝いたします」

 

「何もそこまで堅苦しく……っと行ってしまったか。全く難儀な性格の女子じゃて……のうオイゲン」

 

 隣に並んでいたオイゲンへと声を掛け、二人は静かに杯に注がれていた先を酌み交わし始めた。もちろん、はしゃぐ子供達から目を話すことはしていない。

 仲間内でも幾分か多く歳を重ねている二人は感慨深そうに、この場を楽しむ若者たちを見やった。

 

「ちげぇねえな。まぁらしいっちゃらしいが、ルリアを連れ出した事やそれでグランとジータを巻き込んだこと。それがカタリナの重石になってるんだろうな……

 村の連中が言ってくれたように、ほとんどが帝国のせいだとしても、自分の決断で巻き込んでしまったことがやはり、御しきれないんだろうよ」

 

「まぁ儂らも他人の事を言えた義理ではないかもしれんがのぅ」

 

「――それもまたちげぇねえな」

 

 互いに脳裏に浮かぶは我が子の顔。

 分かり合えず、すれ違ったままの関係。手を伸ばそうと思えば、怖くなり手を引いてしまう。それを幾度となく繰り返してきた。

 共に御しきれない想いを抱えたまま、二人は静かに杯を傾け続けていた……

 

 

 

「ん……ふぅ。このお酒おいしいわね~。ねぇおばちゃん、もう一杯いただけない?」

 

「あらあら、良い飲みっぷりね。ウチの旦那よりずっと爽快だわ。でも少し顔が赤くなってきているけど大丈夫? あんまり飲み過ぎて明日に響くようなら考えちゃうわよ」

 

 所変わってこちらはゼタ。美味しいお酒と美味しいつまみに、ご満悦な様子で次々と杯を空にしていく。

 幾分かオーバーペースな勢いで飲んでいるようで、注いでくれたおばちゃんからは不安の声が上がった。

 

「大丈夫だって! ちょっとやそっとで酔いつぶれる様な軟な鍛え方してないんだから!」

 

 ゼタはそんな心配をよそに、注がれた酒をまたぐいぐいと飲み始めた。酒が杯より消えていく勢いにおばちゃんの不安が加速するが、ゼタの勢いはとある声に止められる。

 

「なるほど。それではガロンゾでの醜態はちょっとやそっとではない勢いで飲んだという事ですね。まぁおもしろかったのであれはあれで良かったですが。

 ――可愛らしかったですよゼタ。呂律も回らず泣きながらセルグさんに抱きついて甘える貴方の姿は」

 

 ぶぅー! っと効果音が聞こえる様な勢いでゼタが酒を吹き出す。

 ヴィーラは予期していたのか、被害が出ないようにナプキンを用意して対応。やれやれと言った様子で口を開く。

 

「はしたないですよゼタ。女性がみだりに口に含んだものを出すなど……」

 

 ゴホゴホとしばらく咽ていたゼタは、その気配が収まったところで恨めし気にヴィーラを睨みつける。

 

「ヴィ、ヴィーラが変な嘘吐くからでしょ!? 私がいつそんな事したっていうのよ!」

 

 全く記憶にない話に、からかうためのヴィーラの作り話だとゼタが断じる。しかしそれを聞いたヴィーラは、驚きにその顔を染めた。

 

「――もしかして覚えていないのですか? あれだけしっかりと体を押し付け、まるでキスでもせがまんばかりにセルグさんに顔を寄せていたと言うのに?」

 

 何を言っているんだと言わんばかりのゼタに、何を言っているんだと言わんばかりにヴィーラは返す。

 そんなヴィーラの表情に、ゼタから血の気が引いた。

 まさか、そんなはずは……そう思うにも記憶にない事を否定するのは難しい。あの日は確かにしこたま飲んでいた。更には全員の面倒を見たセルグとヴィーラの記憶に間違いがあるとは言い難い。つまり――

 

「う、嘘だよねヴィーラ? 私そんなこと……」

 

「ありがたい事に全て事実です。信じられないのでしたら今からセルグさんに確認を――」

 

「わぁーー! 待って待ってヴィーラ! ダメ、それは絶対にだめ!」

 

 踵を返そうとしたヴィーラを全力で止めに入るゼタ。

 目の前で始まった面白そうなやり取りに成り行きを見守っていたおばちゃんからも声が上がった。

 

「へ~なんだか面白そうな話じゃない。ゼタちゃんだったかい? そのセルグってのはどんな人なのさ。おばちゃんに話してみなさいな。応援してあげるよ!」

 

「ち、ちがうって! セルグは別にそんなんじゃ……」

 

 あからさまに顔を赤くしているゼタの様子におばちゃんも全てを察したが、それでもゼタの否定の声は変わらない。

 

「あらあら……それでは奥様。私の相談に乗っていただけますか? 実の所私もセルグさんには淡い想いを抱いておりまして……この可愛らしいゼタを押しのけて彼を我がものにするにはどうしたらよいか。一つご教授いただけませんか?」

 

 まさかのヴィーラの告白にゼタの表情に影が落ちる。

 何となく最近のヴィーラの変化から察してはいた。更には遠目からではあるが、とある現場も目撃していたからその可能性は予想していた。

 分かっていたことなのに、それを言葉にされると、胸の中にどうしようもない何かが生まれてきて、ゼタの心は暗くなっていく。

 

「ヴィーラ。ポートブリーズでセルグとキスしていたの……やっぱり見間違いじゃなかったんだね」

 

 ゼタの言葉に一瞬だけハッとしたような表情を見せるも、ヴィーラはすぐにいつもの微笑を取り戻す。

 見られていようがバレていようが、彼女としては何も問題ない。ゼタの今の雰囲気だけで彼女の想いは容易に察する事ができ、であるなら自身の目指す目的は何も変わらない。

 

「……見ていたのですか。であるなら答えは一つ。見たとおりです。残念ながら、彼からはしてもらえませんでしたが……」

 

「だったら! セルグの事を好きなら、なんで私にこんな話――痛ッ!?」

 

 怒りの声を上げようとしたゼタの額に、ヴィーラが指を弾いた。

 

「残念ながらゼタ。私は彼を好きなのではありません――愛しております。間違いのないように。

 そしてモニカさんも同様……そんな私達の想いに、彼は応えてくれました」

 

「応えたって……それじゃ!?」

 

 既にヴィーラとセルグはもう……そんな思考が回ると同時に、ゼタは違和感に気付く。

 ――私達?

 

 そんな疑問を浮かべたゼタの思考に気付いたかヴィーラがその笑みを深めた。

 

「いつか答えを出す……それまで待っていて欲しいと。

 彼はちゃんと己の内を打ち明けてくれました。私に、モニカさんに、そしてゼタ、貴女にも惹かれていると……ですから、貴女にもちゃんと、素直に向き合って欲しいのです。

 貴女も彼に惹かれている。それは間違いないはずです」

 

 そんなことはない。そう言ったら嘘になる。

 ゼタは少しだけ逡巡した……惹かれている、それは間違いない。だが同時に、親友が愛した人というのがゼタの心に足かせとなっていた。

 

「それは……多分、そうなのかもしれないけど。でも……セルグはアイリスの旦那だったわけだし、あの子を差し置いてなんて……大体ヴィーラはなんでそんな事私に言うのよ。わざわざライバルである私に素直になれだなんて、意味がわからないよ」

 

 ゼタに疑問が駆け巡る。

 なぜわざわざライバルを増やすようなことをするのかと。そんなことをすれば己の想いの成就が遠ざかるではないか。

 だが、ヴィーラはそれに笑顔で答えた。

 

「フフフ、私にとってはゼタが素直になった方が好都合だからですよ。残念ながら私の狙いは彼に私だけを愛してもらう事ではないのですから」

 

「は? なにを言って……」

 

「彼には私達全員を愛してもらおうと思っています。あわよくばお姉さまもと考えておりますが、まぁそこは追々……私が愛した殿方ですから女性の五人や十人、等しく愛せる器量くらい持っていただかなくてはなりませんからね」

 

「ヴィ、ヴィーラ……それ本気?」

 

 思わずゼタの声が震えた。今目の前の親友が語る事はとんでもない野望の様に思えてならなかった。

 

「えぇ、何か問題でも?」

 

「問題しかないじゃない! ちょっとおばちゃん、この世間知らずなお嬢様に常識ってものを教えてあげて! 普通は――」

 

「セルグさんにも言いましたが、世の中の普通に囚われる必要はありませんよ。それにこれなら皆が幸せになれます。だから、是非ともゼタには協力してほしいと思っていたのですが……ゼタは皆で幸せになるのが嫌なのですか?」

 

 ヴィーラが僅かに寂しそうな顔を見せる。それが普段から見せる魔性の表情なのか本当の表情なのかはゼタには判断がつかない。

 言外に、私と一緒に幸せになるのは嫌なのか……そう告げてきている気がして、ゼタの胸中がまた荒れる。

 大切な友となったヴィーラ。彼女の願いとなればそれは嫌が応にもなるが、だからと言ってこれまで当たり前だと認識していた常識を覆すのは簡単な事ではない。

 

「お、おばちゃん! 何とか言ってあげて!」

 

 言い返せなかったゼタは頼みの綱として、隣にいた肝っ玉母さんの雰囲気を持つおばちゃんに委ねた。おかしなことを言う親友を説得してくれと。

 

「あらまぁ、これは随分と複雑な話になってきたわね……あぁ、ちょうどよかった、ちょっと奥さん! この子達のお話を一緒に聞いてもらえないかしら? 私一人じゃ手に負えなそうなのよ」

 

 頼りにされたおばちゃんも無責任に口は挟めないと援軍を要請。

 あれよあれよという間に五人ほどの奥様方が集まり、緊急会議が宴の席でひっそりと行われた。

 

 こうして酔いをどっかに吹っ飛ばし、経験豊富な奥様方からの助言を頂き二人は結論へとたどり着くのだった。正確にはゼタがたどり着いただけだが……

 

 結論だけ語るのであれば――――計画通り。である。

 宴の席でまた一つ、ヴィーラの念願が適った瞬間であった。

 

 

 

 

 少しだけ宴の席を離れて、セルグは夜空を眺めながら酒をあおっていた。

 今飲んでいるのはラカムが聞いていた、木の実を用いた酒だ。果実の甘さが無く、喉を通るあっさりとした味わいと、自然の産物が生み出す柔らかなコク。すこし高めの酒精が喉を熱く燃やしていき、ほっと吐息が漏れる。

 傍らにはヴェリウスがいて一人ではなかったが二人の間に声は無かった。

 

 ”ヴェリウス。気づいているか?”

 ”うむ、本体が嫌というほど呼んでいるようなだな”

 ”用件は……?”

 ”生憎の音沙汰なしに検討もつかぬ……小僧どもには内緒で向かうか?”

 ”――――いや、やめておこう。またグラン達に騒がれそうだからな。こっそりいなくなったなんていったらどうなるかわからん。只でさえ今日もまた怒らせているんだ。これ以上はそれなりに身の危険を感じるところだよ”

 ”なんとも大の大人が情けない事を言うものだ……お主らしいがな”

 ”ほっとけ……”

 

 思念の会話。何故そんなことをしているかと問われれば、答えは単純。

 声を出すことで見つかりたくないからだ……

 

 最初はセルグとて宴に混じって楽しんでいた。ドランクとスツルムのお決まりのやり取りを眺めたり、グランとジータが故郷の人達と仲良くしているのを見て少しだけ心温まったりと、セルグも大いに楽しんではいた。

 だが、聞いてしまった。奥様方に囲まれたゼタとヴィーラの会議を……

 初心なゼタと積極的なヴィーラへの奥様方からのアドバイスは、やれ酔った勢いで迫れだの、やれ押し倒せだの不穏な言葉しか聞こえて来なかった。

 流石に真に受けるとは思わないが、その場で本人登場などとなろうものなら面倒なことは火を見るより明らか。下手すれば探し始め兼ねないと、可能性を感じてセルグは夜の闇に行方をくらましたのだ。

 

 はぁっと音を出さない様にため息一つ吐いて、セルグはまた再び杯を傾ける。

 口の中に広がる苦みが、心の模様を物語るようで僅かに顔を顰めた。

 

「「はぁ~」」

 

 再度漏れ出たため息は誰かと重なる。

 互いにすぐ近くから聞こえたため息に視線を向ければ――

 

「君は、確かアーロンだったか?」

「あ、騎空団の!?」

 

 すぐ隣にいたのはグラン達の幼馴染の少年アーロンだった。

 

 

「どうしたんだ? グランもジータも向こうにいるぞ。ましてやため息等。楽しくないのか?」

 

「いや、それはまぁ楽しいと言えば楽しいんですけどね……こんなに騒いだの久しぶりだし、グラン達と話すのも久しぶりだし。それに騎空団の皆さんは綺麗なヒトばかりでお話できるだけで嬉しかったり……」

 

 少しだけその表情がニヤけるようになったのをセルグは見逃さなかった。

 

「フッ、君も男だな。残念ながら見た目だけに惑わされるなと忠告しておくぞ。ジータも含めて彼女たちは一癖も二癖もある強者ぞろいだ。もっとも一番癖のある奴は今ここにいないがな。純粋なのはルリアぐらいのものだよ」

 

「ジータもですか? 村じゃ優しくて器量良しの良い子って評判だったんですけど、そんなに?」

 

「――いや、半分はオレのせいかもしれないから深くは言えん」

 

「貴方のせいって一体何を……まさかジータに変な事したんじゃ――痛って!?」

 

 あらぬ方向に予想が飛んだアーロンの頭にセルグは軽く拳骨を落としてやった。

 軽く……本当に軽くだ。決して本気ではない。アーロンが頭を押さえて悶えているがセルグのせいではない。

 

「色ボケるのは構わんが、それをオレに当てはめるんじゃねえよ。それより少年、結局ため息の理由はなんだ?」

 

「うっつぅ……あ、いや、大したことじゃないんですけど。皆さんと話して、旅の事とか色んな話を聞いて。アイツ等、随分遠くに行っちゃったんだなって……」

 

 頭を押さえながら、アーロンは力なく笑う。その雰囲気は少しだけ迷うような空気を醸し出し、アーロンは幾分か間を置いてからおずおずと話し始めた。

 

「実は俺、アイツ等の事が少しだけ嫌いだったんです……いつも親父さんからの手紙をみて、必ずイスタルシアに行くんだって言ってた二人が……

 島の外は危険だらけなのに、あるかどうかも分からない島をひたすらに求めてる姿が。無鉄砲で怖いもの知らずで、夢だけ見てる二人が……

 もちろん幼馴染として、仲良くはありました。二人は俺にとって大事な親友です。

 だけど、イスタルシアを目指す二人だけは、どうしても好きになれなかった……」

 

「それが今こうしてあちこち旅をしている姿をみて、話を聞いて、思うことありってところか?」

 

 セルグが続けた言葉に、アーロンは小さく頷いた。

 

「はい……二人の世界は旅にでて大きく変わった。色んなものを見て聞いて……きっと夢に向かって歩いているんだなって思った。

 そしたら急に、この狭い島にいて何も変わらない世界でおさまっている自分がひどく小さく思えて……俺も変わる必要があるのかなって」

 

 アーロンの想いはただ一つだった。

 あるかもわからない島を探して、当てのない旅を始めようとするグランとジータを止めたい。ただそれだけ…………

 ひとえに幼馴染である二人の事が心配だったのだ。

 だが、心配の途にあった自分の想いを余所に二人は立派になって帰ってきた。自分達よりずっと年上の人達を引き連れて、騎空団の団長として。

 アーロンの心は羨望や嫉妬に染まり、自分の心配が杞憂であったのだと感じた。

 言い表せない感情が、暗く重い気持ちが、アーロンを俯かせる。

 

「ふむ……そうか。

 一つ、教えてくれないか。君は今日、グラン達と再会してどう感じた? 旅に出る前の二人と、今の二人に大きな変化はあったか?」

 

 静かに、セルグは問いかけた。努めて普通な声音で、なんてことない、取るに足らない普通に質問だというように。

 

「――いいえ。二人は相変わらず底抜けに明るくて優しい二人のままだった。でもそれがなにか?」

 

 そうか……

 そう小さく呟くと、セルグは少しだけ思案をして見せる。

 そんなセルグの様子にアーロンは首を傾げながらセルグが口を開くのを待った。

 

「そうだな……まず、少年をバカにするわけじゃないのは先に理解しておいて欲しい。

 少年、アイツ等は旅に出て本当に色んなものを見てきた。島を落とせる星晶獣。それをけしかける愚かな者。過去の妄執に駆られた者に、世界を全てひっくり返そうとするとんでもない者まで。そして、憎しみを抱えた復讐者なんかもいた」

 

 これまでの旅路の中でグランとジータが見てきたものは非常に多い。様々な組織に触れ、様々な敵にぶつかり、様々な言葉を聞いてきた。

 それは普通に騎空士をやっているものでもとても適わないほど多岐にわたる出会いに満ちた旅路であった。

 一つ所に。この島にいるだけでは想像がつかないほどの……

 

「バカにするわけではない。だが、君が知らない、世の中の様々な闇を二人は見てきた。

 だがそれでも、君の言う通りここに帰ってきた二人は旅に出る前の二人であった。何も変わらず、君の前ではいつもの二人であったのだろう?

 オレ達は二人のあんな表情を見たことが無い。間違いなくあれは君の前だから見せていた顔だ」

 

 集落に入ってすぐにアーロンと話していたグラン達の表情に、セルグ達は本当に驚きを見せていた。

 全く知らない二人の顔であった。年相応に同じ年代の者と楽しく話す姿……それは騎空団に団長の顔ではなかったのだ。

 

「オレ達といるときは、二人は騎空団の団長である仮面を外さない。オレ達はきっとどこまでいっても団長と団員にしかなれない。決して絆が深くないとかそういうことではないが、どう頑張ろうが、オレ達は同郷の君達と同じ存在にはなれない。

 だから、二人にとってはこの島にいるときだけが唯一その仮面を外せる時なんだと思う。

 二人がこの島で仮面を外せるのは。この島が……君が、以前と変わらずにいてくれるからだという事を、どうか覚えていてほしい。

 変化を望むのは自由だ……だが、その変化を誰が望んでいるのか。本当に必要なのかを考えてほしい。変わらなくていい事だってあるはずだ。変わらない方が良い事だってあるはずだ。

 少なくともオレは、君やこの島の人達にはグランとジータの為にも変わらずにいて欲しいと感じている」

 

 セルグの少し長い言葉を噛みしめるように、アーロンは頷きながら聞いていた。

 変わったと感じても変わっていないことがある。例え団長になろうが、強大な帝国を相手にとっていようが、グラン達にとってはここは故郷であることは変わらない。二人とアーロンが幼馴染であることも変わらない。

 変わったことに目をとられて、あるべき姿を見失ってほしくないとセルグは願っていた。

 大きく変わってしまったであろう二人を見る目を、変えてほしくないと願った。

 セルグのその想いが、思い悩んでいたアーロンの胸中にすっと入り込んでいく。

 

「そう……ですね。ありがとうございます。なんだか少し吹っ切れた気がします。

 あの……折角なのでお名前を聞かせてもら――」

 

「セルグさん!? こんなところで何をしているんですか?」

 

 アーロンの声を遮るように、ランタンを持ったリーシャが顔を出してきた。暗がりの中に人影があったので確かめに来たといったところだろうか。

 少しだけ警戒の色が見えていた

 

「リーシャ? 何と言われてもな……敢えて言うなら迷える少年に行く道を説いていたといった所か。なぁ、少年」

 

 セルグがアーロンに視線を向けるが、話しかけられたアーロンはリーシャに視線を固定したまま動きを止めていた。

 どうしたのだろうか? アーロンの視線を追うようにリーシャに目を向けたセルグはその理由を理解した。

 

「行く道って……えっと、間違っていたらごめんなさい。アーロンさんでしたか? セルグさんから一体どんな話を?」

 

「あ、えっと……そのあの……」

 

 リーシャに問いかけられたアーロンはしどろもどろといった感じでまともに言葉が出せなかった。

 しきりに視線を動かし、リーシャと明後日の方向へと視線を泳がせている。

 

「あのー、どうしましたか? 顔が少し赤いようですが……まさかセルグさん、未成年にお酒を飲ませたんじゃ!?」

 

 アーロンの様子にリーシャは嫌な予感を感じてセルグへと振り返った。だが振り返った先でセルグは呆れた様子を隠そうともせずにため息を吐いている。

 

「はぁ……バカ! その反応はどう見てもお前のせいだろう! っていうか少し自分の姿を見返せ! ついでに秩序って言葉を調べてこい!」

 

「――? 何を言って……!? ち、違います! 私はそんなつもりじゃ――」

 

 恐らくは食事と多少なりとも飲酒をしたことで体が火照っていたのだろう。普段なら取らない秩序の騎空団の制服である帽子とコートを脱ぎ去り、今リーシャは非常にラフな格好をしていた。その姿は正に目の毒という程に……

 上半身は薄手で胸部しかまともに覆わないようなトップス。肩や腕回りは覆うものはなく、細身の彼女のスタイルもあって非常に色っぽい。

 下半身を覆うものには変化はないが、元々がロングブーツとタイツ、そこにミニスカートという普段からあまりに衆目にはよろしくない格好だ。

 結論、今の彼女は控えめに言って扇情的に過ぎる格好をしていた。

 

「無自覚ってんなら尚性質が悪い! グランと言い少年と言い、お前は年下キラーか? 少しは年齢ってものを考えろ!」

 

「なっ!? 失礼な! 私はそこまで年を重ねてはいませんよ!」

 

「そうじゃねえ! 逆だよ、若いんだからもう少し気を遣えって言ってんだ! 只でさえ見た目が良いんだから扇情的な格好してんじゃねぇってんだよ無秩序女!」

 

「きゅ、急に何を言っているんですか! こんなところでそんな事言ったって私は」 

 

「あ、あの! 俺は別に気にしてないんでお二人とも」

 

 まさか、こんな言い争いになるとは思わず、視線を泳がせていたアーロンはひとまず落ち着かせようと口を開いたが、次の瞬間口の動きが止まるほどの強烈な何かを感じ取った。

 

「――――ふぅん。見た目が良い……ね。確かにリーシャはアタシから見ても可愛いとは思うけど、今度はリーシャにも手を付ける気になってるの? セルグ」

 

「まぁまぁゼタ。今のは決して本心ではないでしょう。私達に惹かれていると言いながら、そんな下心丸出しな言葉、言うはずがありませんもの。ねぇ、セルグさん」

 

 酒精のおかげで温まっていた体がすっと冷えていくのをセルグは感じる。

 危機感知能力が警鐘を鳴らし、今すぐにでもこの場を去る方が良い事を頭が訴えるがそれに反して、彼の体は言うことを聞いてくれなかった。

 なぜ今このタイミングで彼女たちがここにいるのだろうか……不運にもほどがある。

 

「あ~なんだ、とりあえず一つ聞かせてくれ。結論は出たのか?」

 

「まぁね」

 

「計画通りです」

 

 ヴィーラの言葉に色々とこれからの平穏が崩れ去ったのをセルグは理解した。

 ついでに言うならこれからの危険度指数も上がったかもしれない。

 覚悟を決めたセルグは自分以外の犠牲者は出してはなるまいと、戸惑うアーロンへと振り返った。

 

「あ~その、なんだ。アーロン、君は少しこの場を離れたほうが良い。明日には出立するだろうからな。折角再会したんだ、今日は思う存分二人と楽しんでくると良い」

 

「そんな!? セルグさん、何を言うんですか! 元はと言えば俺が」

 

 並々ならぬ覚悟をセルグから感じ取り、アーロンは留まろうとするが、セルグは静かに首を横に振った。

 

「良いんだ、これはオレの定めだよ。知りながら進んできた道だ。君が気にする必要はない。さぁ、行け……」

 

「くっ――わかりました。どうか御無事で!」

 

 後ろ髪引かれる思いのまま、アーロンが宴の席へと戻っていく。

 それを見送ったセルグは、背後に迫る脅威へと振り返った。

 

「さぁて、夜のお散歩と洒落込むか…………」

「あ、待ちなさい!」

「逃がすとお思いですか!」

 

 脅威を視界に入れたところで、セルグは逃走。

 今ここに、命は掛かっていないが色々と大事なものを掛けた壮絶な鬼ごっこが幕を開けた。

 

 

 

 

「只でさえ見た目がいい…………か。小娘からは脱却したのかなぁ」

 

 宴の席へと戻ったリーシャは静かに盃を傾けながら一人物思いにふける。

 アマルティアでセルグに諭されてからそれなりに時間が経ち、自分としても成長を大いに実感している。短い時間ではあるが大きな成長を遂げた自分は、彼にとってどの程度の存在になったのだろうか……

 考えても答えが出ることがない浮かび上がってくる疑問に、リーシャは延々と悩み続ける。

 そんなリーシャに後ろから声がかかった。

 

「あ、あの! リーシャ……さん」

 

「えっ、あ。アーロンさん。どうしたのですか? グランさんとジータさんなら皆さんと一緒に王様ゲームというもので遊んでいるようですが……」

 

「えっとその。あの……」

 

 視線を泳がせ、どうにも落ち着かないアーロン。

 なかなか切り出せない感じのアーロンの様子に疑問を浮かべるリーシャ。

 首を傾げているリーシャを見て、意を決したようにアーロンは口を開いた。

 

「あの、俺……貴方の事が好き……です。俺と……付き合ってもらえないですか」

 

「――――――――へ?」

 

 沈黙、困惑、動揺。

 たっぷりの時間をかけ、三段階の行程を経て、リーシャはようやっと言われた言葉の意味を理解する。

 伝えられたのは純粋にリーシャに向けられた好意。碧の騎士の娘だとか関係なく、リーシャ個人だけをみて向けられた想い。

 といっても今日出会ったばかりだ。せいぜいが一目惚れ程度で在ろう。会話をしたのも先程のが初めてだった。

 最近はグランから好意を向けられてるという話がまことしやかに団内で噂されていたが、こうして面と向かって想いを伝えられたのは初めてであり、リーシャは意味を理解したとたんに顔を赤くさせる。

 

「え、あ、え……ご、ごめんなさい!!」

 

 混乱の一途にあったリーシャは心を落ち着けるためにその場を逃走。集落の外、森の中へと消えていく。

 一世一代と言わんばかりの覚悟で気持ちを伝えたアーロンは去り際の言葉を、言葉通りの意味に受け取り、その場で燃え尽きたように固まって動かなくなった。

 集落の入り口で一目見た途端に芽生えた少年の淡い恋物語が一つ、この夜もろくも崩れ去ったのだった……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

一応ザンクティンゼル編のテーマとなっていたのはグランとジータと故郷という部分をテーマとしておりました。
伝えたいことがちゃんと伝わってればいいのですが。

次回、次々回でザンクティンゼル編が終わりの予定です。
構成次第で二分割になるかといったところで書きたいことは決まっているのですがかなりの重要な話となるので難航しそうです。
少しお待ちいただきたいと思います。

それでは。
お楽しみいただけたら幸いです。


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幕間 邂逅、全ての始まり

いつも通りの難航しそう詐欺。
重要な話っていうのは前もってかなり準備しているから書き上げるのに時間はいらないようです。

それではどうぞ、お楽しみください


「悪いな、皆。オレの予定に付き合わせて……別に村で待ってても良かったんだが」

 

 ザンクティンゼルの森の中をグラン達一行はのんびりと歩いていた。

 

 昨夜の宴の席の中、グランとジータは村長に祠へ行くことの許可を申し出ており、快諾をもらった。

 朝を迎えた二人は早々にそれを皆に伝え、こうして祠に向けて歩いているというわけだ。

 

「別に僕たちは気にならないよ」

 

「それに、セルグさんの過去の事なら少し興味ありますし……」

 

 彼らとしても、セルグの事については知っておきたいのだろう。

 アルビオンでヴィーラから聞いた通り、能力も含め彼には不可思議な点が多い。

 星晶獣との融合、ヒトとは少し外れた精神性。それらを認識したところでそれらの解明がされたわけではない。

 気になるのは当然だ。

 

「残念だが聞きたいことがあるなら聞きに来いって感じらしくてな。確定情報ではないんだが……まぁいいか」

 

 俄かに楽しみな様子を見せる仲間達を見て、苦笑いをしながらセルグは歩みを再開した。

 そう、ザンクティンゼルを訪れたのは元々は記憶を取り戻す星晶獣の存在についてを問うため。この先に彼に関することが分かるわけではないのだ。

 わざわざ指摘をする必要もないと、それ以上訂正することはなかったが、セルグ自身大きな期待はしていなかった。

 

 だがそれとは別に、昨夜のヴェリウスとの会話の事も気になっていた。

 

 ”本体が嫌という程呼んでいる”

 

 融合できるセルグとヴェリウスの間には思念通話ができるだけの繋がりが構築されている。本体との契約時に構築されたもので、それ故に言葉なくとも会話ができる。だがそれは本体とは繋がっていない。

 一応分身体たるヴェリウスには本体からの声が届くらしいが、そちらについては音沙汰無し。具体的な言葉がなく、呼ばれているという感覚だけが二人に共通して与えられていた。

 

「過去と言えば、のぅセルグよ。一つ聞きたいのじゃが、お主の剣術は一体どこで教わった? 

 お主の動きは無茶苦茶な部分も多いが、基礎基本というのは忠実に守られている。お主の動きはきっちりと叩きこまれた基礎を応用しているといった方が正しいような感じが見受けられていた。誰かに師事をしておったのなら、お主の過去を知っている可能性も――」

 

「あぁ~それはないだろうな。確かにアレーティアの言う通り、基礎基本ってのはある人に教えてもらった。不愛想で無口な、だが滅茶苦茶に強い人だった。

 んで、師事したのは少しの期間だったからそれ以降は我流なわけだが、師事したってのは組織の訓練生になってからだから知っているはずもない」

 

「ふむ、そうか……手がかりにはなりそうだと思ったんだがのぅ」

 

「それじゃあ、アンタが覚えている一番古い記憶って何歳くらいの頃の話よ?」

 

「――――気づいた時には訓練生でいたからな。朧気な記憶なら、ギリギリで覚えているのは父親代わりの奴に拾われた記憶があるくらいだ。五歳とか六歳くらいらしいが……つまりその前を知りたいんだよ」

 

「ふぅん……セルグの両親とかちょっと興味あるわね。こんなめんどくさい子供を産むなんてどんな人だったんだろう……」

 

 少し棘の含まれた言葉にセルグが顔を顰める。

 みれば微妙に不機嫌そうな気がしないでもないゼタの雰囲気にその原因へと思考を巡らした。

 

「お前な……まだ昨日の事を怒ってんのか? というか、何をそんなに気にすることが」

 

「べ、別に気にしてないわよ! っていうか怒ってないし!」

 

「いや、どっからどう見ても不機嫌さが……まぁいいか」

 

「そうよ。別にいいの」

 

 またも、受け流す様に苦笑いを見せながらセルグは歩みを再開する。ゼタも特に追求する事なくセルグから視線を外していた。

 いつもなら、そのまま言い合いに発展しそうである二人であったが、今日はどことなく落ち着いている。仲間達から疑問符が浮かび上がるが、そこには理由があった。

 

 

 脳裏に蘇るは昨夜の出来事。森に逃げ込んだセルグはヴィーラの奸計もあり見事ゼタ一人に追い詰められていた。

 

 そして――――

 

 

 ”あの子には悪いけど、私は決めたんだ。あの子の分もアンタを幸せにしてやるって……覚悟しなさい。本気になった以上絶対モノにしてやるんだからね”

 

 ゼタはその場で己の想いを告げた。ヴィーラによって想いを告げる勇気をもらい、ヴィーラによってセルグを救う覚悟を決めた。

 これまでどこか素直になれなかった自分の想いに気づき、ゼタは親友の分もセルグを幸せにすると誓ったのだ。

 そして対するセルグも……

 

 ”悪いな、先に言わせて……一応オレも、お前の事は幸せにしたいと願っている。残念ながら優柔不断なオレは迷って、揺れ動いて、はっきりと答えは出せないが、覚悟はしている……全てに()()()覚悟を。だからもう少し待ってて欲しい。弱いオレは、まだ君たちの想いに押しつぶされてしまいそうなんだ……もうすこし強く成らせてくれ”

 

 その場でセルグも想いを伝えた。まだ覚悟が足りずはっきりとした答えにはならなかったが、それでも互いに惹かれあっていると知っていた二人は、改めてその想いを言葉にして確かめ合った。

 

 

 

「(全く、本当に彼女の言う通りになってきそうだな……恐ろしい事だ)」

 

 胸中で……己とゼタ、さらにはモニカにまでこうして変化を及ぼしたヴィーラにセルグは、感謝と恐怖の相反する感情を覚えて一人ごちる。

 最近の扱いから見てもどうにも頭が上がらなそうだ。いや、確かにもたらしてくれた事を思えば頭は上がらないが、それでは男として余りにも情けない。

 向けられた想いに応えることは自身の心の中で決まっていた。まだ全てに応える覚悟ができていないだけ。

 そして、いざそうなった時、本当に頭が上がらなくならないように、セルグは胸中で強く成ることを誓う。

 具体的にどう強く成るのか……そんなことはわからないが、とにかく強く成らねばならないのだ。

 

「考え事ですか? 心ここに在らずといった感じですよ」

 

 思考が深すぎたか……いつの間にやら隣を歩いていたヴィーラの言葉に現実に戻され、セルグは表情には出さずに驚愕するも、冷静に返した。

 

「――さらりと隣に立つのはやめてくれ。というか少しは自重してくれ。最近行動に出すぎだろ……ゼタもその気になってしまったんだ。少しは隠す努力をしてくれないと、皆の中に不和を生む可能性も……」

 

 ヴィーラの話では、下手すればジータやリーシャにもその可能性があるというのだ。そこまで自惚れているつもりはないが、万が一それが本当だった場合、あまり大っぴらにしていてはいらぬ亀裂を生む。

 セルグの懸念を聞いたヴィーラは、いつも通りの微笑を讃えた。

 

「確かに愛憎という言葉があるように、表裏一体の感情ですから不和を生む可能性は否定いたしませんが、私の計画であれば貴方次第でどうにでもなります。問題はありません」

 

「そこでオレの事は気にしてくれないのか?」

 

「不和を生む可能性と言えば、貴方が他にも好かれている可能性しかありませんから。全ては貴方のこれまでが生み出してきた感情(もの)でしょう? ご自分でしっかりと対処してください」

 

「全く……手厳しい」

 

 だからこそ、彼女はしっかりと言ってくれるのだろう。それくらいは自分で御しきってもらえないと困るというわけだ。

 そこまで余裕があるわけではないセルグだがそういわれては応えないわけにもいかない。

 先ほどの誓いは、更に強いものとなった……

 

「そのくらいの器量は持って欲しいと思っていますので。期待をしていますよ」

 

「それが何に対しての期待なのかは聞かない方が良いのだろうな……」

 

「聞きたいですか?」

 

「――遠慮しておこう」

 

 先ほどの誓いは、もっと強いものとなった…………

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 しばらく進んだ一行は、祠の前へと到着する。

 森の中に少し開けた場所。相変わらずの神秘的な雰囲気を醸し出す祠は、依然と変わらず。

 昨日のビィに反応していたような、光を纏うような状態ではなく、普段と変わらない状態を保っていた。

 

 だが、一行はその場にたどり着いた瞬間に動きを止める。

 雑談に動いていた口を閉ざし、祠を見やって全員が動きを止めていた。

 

 

「来たか――ヴェリウス、付き合ってくれてありがとう。楽しい時間を過ごせたよ」

 

 そこには少女が居た……まだ幼さの残る顔立ちから年の頃はグランやジータと変わらないくらいだろうか。

 白く輝く癖の強い銀糸の髪を、腰までたなびかせ。軽装の鎧に剣と盾。傍らには二匹の小さな竜を従えている。

 特徴的な姿をしている少女だが、グラン達が動きを止めている理由はそこではない。

 

「貴女は一体……」

 

「君は、何者だ?」

 

 ジータとグランが問いかける。

 警戒を見せているわけではなく本当に少女が何者なのか気になって仕方ない。そんな感じである。

 

 少女の雰囲気はあまりにもヒトと違った。

 まるで何にも染まることのない白い布のような、無垢な気配。

 深淵をのぞき込むような、深く底の見えない存在感。

 少女の周りだけ世界から隔絶した場所のような、そんな印象を与えられる。

 

 少女はそんなグラン達の反応に意を介さず、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「君たちを待っていた。まずは初めましてだな。グラン、ジータ、ルリアにビィも――――そしてセルグ」

 

 呼びあげた順に視線を巡らせた少女は、セルグへと視線と留めた。その瞬間にセルグの気配が戦闘モードへと変わる。

 天ノ羽斬を抜刀し、グランとジータの前に躍り出た。

 

「離れろ、二人とも……こいつは」

 

「そう警戒しないでくれセルグ。今の私にルリアへ危害を加える気はない」

 

「ふざけるなよ……そんなことが信用できるわけ」

 

 突然警戒の色を見せたセルグに仲間達が困惑する。

 確かに普通とは違う雰囲気を纏う少女であるが、危険性は見えない。セルグの行動に疑問符が浮かんだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれセルグ! 一体どうしたんだ?」

 

「落ち着いてください! いきなり何をしているんですか!」

 

「ルーマシーでオレの意識が飛んだ時、オレはこいつの声を聞いた……あの時オレの意識を奪ったのはお前だろう?」

 

 怒りを混ぜたセルグの言葉に、グラン達にも警戒が広がる。

 セルグの言葉……それを解釈するなら、ルーマシーでルリアを襲ったのはセルグではなく、目の前の少女であるのかもしれない。

 すぐさまカタリナがルリアを後ろに隠し、グランとジータも武器に手を掛けた。

 

「そうだ。あの時はそれが最善だと考えた。だが、今は違う……君たちに大きな可能性を感じている。だから私は顕現したのだ。

 セルグ、落ち着いて話を聞いてくれないか。グラン、ジータも。この世界の未来がかかっている」

 

 対する少女は剣を格納している盾ごと、武器を地面に置いた。

 戦闘の意思はない……それを示す様に。

 構えていたセルグは逡巡の後、ゆっくりと天ノ羽斬を鞘に納め、再度少女へと問いかける。

 

「その気が無いと言うなら――答えろ、お前は以前にもオレの意識に出てきたな。お前は何者だ……いや、知っているんだろ。オレが何者なのかも。全てを話せ……オレにはその権利があるはずだ」

 

 ガロンゾ、ルーマシー。

 二度にわたって脳裏に聞こえた声の主、それが目の前の少女である事を確信したセルグは、彼女が己の全てを知っているのだと察した。

 警戒は消えてはいないものの、どこか縋るように、セルグは少女へと問いかける。

 

「それも含めて話そう。君たちが行く未来の事。セルグの事。私が伝えなければいけない全てを」

 

 セルグの様子と少女の言葉に、一行も警戒の色を収め少女の言葉へと耳を傾けた。

 

 よく通る凛とした少女の声が、静かに森の中に紡がれ始める。

 

 

「まず初めに私についてだ。私は…………そうだな、世界を守る存在であり、世界の均衡を保つ存在だ。

 この空の世界の監視者にして、均衡を保つ調停者。それが私だ」

 

「えっと……どういうことですか? ねぇグラン、ジータ。わかる?」

 

 ルリアが早速疑問を投げた。そんなルリアの様子に少女が小さく笑みを浮かべる。

 ルリアの無垢な様子に優しげに少女は答えを返していった。

 

「この世界は様々な不安を抱えている。星晶獣、ヒト……もっと言ってしまえば、歴史より消え去った、世界の闇……

 それらを全て監視し、世界の均衡を崩す可能性のあるものを抹消する。いうなれば私は世界の味方というやつだ」

 

「世界の味方……ということは君は神様とかそんな感じ?」

 

「それは少し違うかな。私を生み出したのは世界の意思。

 私が世界を生み出したのではなく、世界が生み出したのが私だ。私といえど、神の御業は真似できないよ」

 

 グランの問いに答えた少女はまたしても小さく笑った。

 その笑みには先ほどまで感じていた、ヒトと違う雰囲気がなく、普通の少女の柔らかな笑みといった印象を受ける。

 

「さて、話を戻そう。セルグの言うとおり、私はルーマシーに君たちがいるとき、セルグの身体を乗っ取った。目的は一つ。ルリア……君を抹消する事」

 

 再び真剣な表情となった少女の言葉に、一行にまた張り詰めた空気が広がるも、それを抑えるように少女は手を翻す。

 

「勘違いしないでほしい。この世界において、グランとジータ、ビィにルリア。君たち四人は非常に重要な存在だ。

 君たちの存在はこの世界の行く末を左右すると言っても過言ではない。本来であれば、私もルリアを抹消などという選択肢は取りたくなかった。

 だが、それ以上に、アーカーシャの起動は危険なんだ。彼の者の発現はこの世界を全てなかったものにできるのだから」

 

 世界を守る。突拍子もない話ではあるが、納得できる部分ではあった。

 アーカーシャの発動は世界の全てをなかったことにできる。過去を改竄し、現行世界の崩壊をもたらし得るアーカーシャを考えれば、世界の味方と自称する少女の言葉も理解できなくはない。

 

「だから、鍵となるルリアを消そうと?」

 

「奪われた意識の中で理解はしていたようだな……セルグ、その通りだ。

 一度表舞台に出てきてしまったアーカーシャの存在は、常にこの世界を崩壊の危機と隣り合わせにしてしまう。狙うのは帝国の彼女だけではないだろう。

 だから、最も安全で確実な方法として、私は鍵となるルリアの抹消を選んだ。

 だが、先程も言ったように今は違う。ヒトの子でありながら、アーカーシャの発現を目にして、君たちは折れる事なく立ち向かおうとしている。

 セルグの存在と君たちの強さに、私は大きな可能性を感じた。ルリアを失ってしまうよりも君たちの強さに賭けたほうが世界の為には良いと判断したのだ」

 

 少女の言葉にグラン達は互いを見合う。少女の言う通り、アーカーシャを止める……正確にはアーカーシャを使おうとしているフリーシアを止めるつもりだが、グラン達はあきらめずに立ち向かうことを決めた。

 改めて認識した決意にグラン達の瞳へ力が宿った。

 

「意思は衰えていないようだな……だから私は今ここにいる。君たちの今後と、セルグの使命、それを伝えるために。

 私が何者で、何故ここにいるかは終わりだ。――次はセルグ、そなたのことを話そう」

 

 少女がそう言ったところで、少女の背後にあった祠から闇が漏れ出して一行を覆う。

 

「なっ!?」

 

「これはっ」

 

「安心してほしい。これは祠にいたヴェリウスのチカラだ……ヴェリウスが所有する記憶の共有。私が頼んで、私の記憶を皆に見せている」

 

 少女の言葉に落ち着いた一行は徐々に視界が鮮明になっていくのを感じた。見えてきたのは空の世界を上空から見下ろしている光景であった。

 

「これ……ファータ・グランデ?」

 

「違うな、瘴流域も見える。これはもっと空の高いところから見下ろしている状態だ」

 

 イオの疑問にカタリナが答えた。

 見えてきたのは瘴流域に区切られてる空の世界の全容ともいえる光景だ。

 余りの雄大な景色に一行が感嘆を浮かべるなか、セルグだけは少女がこれから見せるであろう光景へと想いを馳せて難しい顔をしていた。

 

「セルグ、全てを語ろう。私が犯した罪と、そなたが何者であるかを……」

 

 セルグと少女が互いを見合う。少女の紅玉の瞳とセルグの碧空の瞳が交錯する。

 言葉を発せぬ雰囲気のまま、少女は静かに口を開いた。

 

「20年前……私が世界を眺めていた時だ。とある島で一人の幼子を見つけた。

 寒空の下、暗い森の中で、あと一刻もすれば死するであろう、悲しき捨て子を」

 

 一行が見ていた景色が変わる。とある島の、森の中の一角へと降り立った一行の目の前には、母親に抱えられたまだ幼い赤子の姿。

 だが、母親の顔は悲壮に塗れ涙を流しており、一行は嫌な予感を感じた。

 案の定、母親は布に包まれて動かない赤子を森の中へと置き去りにし、走り去っていってしまう。

 仲間達に動揺が広がる中セルグは、それが自分の事だと確信した。

 

「その時既に、アーカーシャの発現が視えていた私は、その幼子を利用することを考えた。死を目の前にした幼子の下へと降り立ち、私は魂の一部を分け与えた。

 私の目となり、耳となり、いずれはこの空の世界の脅威から守る手駒として作り上げるために……この空を守るものでありながら、私は守るべき子を傀儡へと変えた。これが、私の罪だ」

 

 僅かに少女の声に苦悩がよぎる。これまで穏やかだった声に一つの感情が見え始めていた。

 

「もう気づいているだろう、セルグ…………その幼子こそがそなただ。ヒトの身でありながら調停の翼の魂を持った、この世界で唯一無二の存在……その身に私と同じ使命を帯びた、世界の調停者なんだよ」

 

 少女の語りと共に見せられる映像は少女の言葉をなぞっていく。

 幼子の元へと現れたかつての少女はその手を翳して幼子を光に包み込んでいく。

 光が晴れた時、そこにいたのは今のセルグをずっと幼くしたような子供の姿であった。

 褐色の肌、蒼い瞳。輝く銀糸の髪。今のセルグの特徴を持った幼い子供……仲間達が信じられないものを見るような目で映像の子供とセルグを見比べる。

 突然告げられた事実にセルグは体を震わせていた。

 

「一体何を言って……こんな話いきなり言われて、はいそうですかと信じられるかよ。この光景が本当だっていう証拠がどこにあるってんだ」

 

 ぐちゃぐちゃになった思考を回し、セルグは努めて冷静に振舞った。

 信ずる証拠がないなら、こんな与太話に付き合う必要もなし……セルグは少女を不躾なまでに睨みつけた。

 

「確かに、この光景の真偽は確かめようがない。だが、事実は変わらない……ヴェリウスとの融合がその証拠だよ。

 我らの魂は何者にも侵されない。例え一時取り込もうが、異物であるヴェリウスの魂は純然たる状態のまま吐き出される。そもそも融合事態がヒトの子では不可能なのだ。ヒトの子の魂程度では、星晶獣の魂は受け入れられない。――シュヴァリエの娘、そなたならわかるだろう?」

 

 仲間達の視線が一斉にヴィーラへと向けられる

 唐突に振られた話に虚を突かれたヴィーラが驚くも、ヴィーラは静かに答えを返した。

 

「――――はい。少なくとも、私では融合というプロセスには至れません。当然です、受け入れる側の私の方がシュヴァリエよりも小さいのですから」

 

「セルグは、器はヒトであるが、その魂はそなたらヒトの子とは格が違う。それ故の異能だ」

 

 いつの間にか、周囲の景色はもとに戻り、一行はザンクティンゼルの森の中へと立ち尽くしていた。

 持たされた情報に、一行は沈黙を浮かべる。

 セルグの異能……その理由が分かっただけでなく、セルグという存在の異常というものが紐解かれた。

 誰も言葉を発する事が出来ないでいた。

 

「もしかして……ザカ大公が言っていた、セルグの穢れぬ精神っていうのは、その調停者だからってことなのかな?」

 

 セルグのもう一つの異常……ヒトとはどこか外れた精神性。

 それも今の事実で片付く事なのかと、グランが少女に問いかけた。

 

「そこは……私の誤算だグラン。

 魂を分ける際、私はセルグに二つの使命を植え付けた。深層心理に深く根付いたその使命とは、私と同じ……この空に生きるヒトの子を守る事と、世界を脅かす危険分子の抹消。

 だが、幼子を利用する罪の意識からか、セルグにはヒトの子を守る強い意識が芽生えてしまった。それはもう、自分自身でもどうしようもないほどに」

 

 僅かに悔いるように、少女は表情を歪ませながら、グランの問いに答えた。

 感情的な少女の姿に、グラン達に少なからずあった毒気が抜かれる。薄れていた警戒は完全に消え、少女の様子を伺った。

 

「その結果がこれまでのセルグだ。大切なヒトを守れなかった事に絶望し、大切なヒト達を守れるかと怯え……セルグは守ろうとする使命に穢されてしまった。

 セルグはヒトの子を殺すことに抵抗がないのではない。セルグがこれまでに殺めてきた者達は多かれ少なかれ、世界の脅かす危険の対象となる者達であった……世界を脅かす者。そこにはセルグの命を脅かす者も含まれる。世界を守るためにセルグは存在し続けなければならない。

 そうして使命を果たしていたのだ。そこに忌避感は出てくるわけがない」

 

 殺された組織の者たちは全てセルグの命を狙う者達であった。アマルティアで命を奪われた兵士は、その局面がアマルティアの行く末を決める要因となる。つまりはアーカーシャの起動につながる可能性があるから。

 全ては世界を守るため、セルグの意思ではなく、深層意識にある調停の翼としての使命がセルグに命を奪わせたのだ。

 驚愕に包まれるセルグとグラン達を余所に少女の語りは続く。

 

「だが、守る方は別だ。調停の翼としてのチカラと使命を持とうが、器はヒトの子。ヒトの身を持ち、ヒトの心を持つが故に、守れなかったものが出た時……使命を果たせなかった時に、強く発現してしまった使命の意識がセルグを壊すほど責めたてた。それはヒトの心によって大きな罪の意識として根付いてしまった。

 グラン達はセルグの心が壊れていると言っていたな。それは違うんだ。いくら絶望しようとセルグの心が壊れる事はない。使命を帯びたその魂は決して使命を手放さない。

 だが、逆を言えばその使命はいつまでもセルグを縛り続ける。君たちのように、セルグにとって大切なものがいる限り……この世界にヒトとしてセルグが生きている限り」

 

 少女の言葉にまたしても仲間達が言葉を失う。

 何たる仕打ちだろうか。根付いた使命は消えはしない。セルグがヒトとして生きている限り、失う恐怖からも、失った苦悩からもセルグは逃げることができない。

 一度失えば壊れかけるという状態の中で、セルグはこれからも生きていかねばならないのだ。

 

「ふざけんじゃないわよ!! アンタ、一体何のためにセルグを生み出したのよ!! こんな……使命に縛られるセルグを生み出して、アンタは何がしたかったっていうのよ!!」

 

 激情に駆られて、ゼタが少女を掴みあげる。

 なぜそんな存在を作り上げたのか。何らかの手違いがあったにせよ、まるで世界を守る生贄のような生み出され方をしたセルグを想い、ゼタは感情のままに声を上げた。

 

「調停の翼である私の存在は大きい。今でこそこうして顕現しているが、これはこの一時の為に生み出した仮の姿に過ぎない。私には、アーカーシャを止めるためにこの世界で動ける分身が必要だった」

 

「何を言ってるのよ! アンタが居ればどうにでもなる事じゃないの? そんなアンタの勝手な理屈で――」

 

 そのまま殴りつけそうなゼタを見てカタリナが動いた。

 

「落ち着くんだゼタ! 今ここで怒っても仕方ない事だ!」

「おやっさん、ゼタを抑えるぞ!」

「お、おう!」

 

 三人に抑えられゼタが引きはがされていく中、少女は尚も落ち着いた様子で語り続ける。

 

「世界という器に存在できる万象の総量というのは決まっている。世界の理の外にいる私が十全たるチカラを振るえる状態で世界に顕現するのは、この世界に大きな負担をかけてしまうのだ。アーカーシャを止めるためとはいえ、その選択はリスクが高すぎる。

 先も言ったように私にはこの世界で動ける存在が必要だった。だが、私も神ではない。命を生み出すことはできない……それ故、死を迎えるであろう幼子を利用した。使命を負わせ、いずれくる脅威を排除する為にこの世界で生きてきてもらったのだ」」

 

「だからって、そのせいでセルグはずっと辛い思いを……」

 

 涙を溢さんばかりにゼタの顔に悲痛の表情が張り付く。

 やっとの思いで、過去の罪の意識を乗り越えたセルグ。これまでのセルグの苦悩を考えれば、怒りを覚えないわけにはいかない。ゼタが再度少女に言い募ろうとした所で

 

 

「やめろ、ゼタ。そいつのいう事は間違っちゃいない」

 

 

 ずっと沈黙を保っていたセルグが静かに口を開いた。

 俯いていた顔を上げて、吹っ切れたような表情で、怒れるゼタの感情を宥める。

 

「セルグ……」

 

「――色々と納得がいった。組織にいたころからオレの強さは異端だった。組織に復讐を誓った時は憎しみに囚われていた心が、お前達と旅をする頃にはその憎しみが大きく削がれていた。

 組織は既に空の世界に必要な存在になっている……だからだったんだな」

 

 ケインに諭されてあっさりと消えた憎しみ……正確には空の世界にとって組織は必要な存在になっていたことで、抹消対象にはならなかったのだろう。

 憎しみが消えたのではなく向けることができなかったのだ。

 

「常に守る事に怯える。守れなかったときの苦痛に狂い咽ぶ。まんま言うとおりだよ。

 オレが死んでしまっては、アーカーシャを止めることが難しくなる。だからオレは襲い来る組織の連中はなんの気兼ねもなく殺せたんだな。逆に、幾ら怒りを覚えようと、バザラガもユースも殺すことはできなかった。アイツ等は真にオレを処分しに来たわけではなかったからだな……自分の憎しみのままにヒトの子を殺すことには大きな抵抗が生まれたんだ」

 

 セルグは己の胸中を次々と振り返っていく。これまでの旅路で抱いていた想いの理由を。抱いていた違和感の原因を……

 

「ルーマシーに着いたとき、オレは最初からアーカーシャの存在に気付いていた。森の奥に大きな存在があるのを感じていた……魔晶の気配も星晶獣の気配も。これまでオレが感じていたのは、世界を脅かす可能性のある者達だったわけか」

 

 ルリアと同様に、様々なものを感じ取る気配を見せていたセルグの能力は、調停の翼として空の世界の脅威になるものを感じ取っていた。アーカーシャ然り、魔晶然り、星晶獣然り。それらは全て空の世界には本来無い物であり、空の世界にとって脅威足りえるもの。

 セルグの使命に大きく関わるものであった。

 

「全てに納得がいくな。オレがずっとアイリスに囚われていたのは、彼女がオレにとって最初で最後の守れなかったヒトだからか……そしてあれだけ囚われていても壊れずにこれまで戦えてこれたのはそれが使命だったから。

 不可思議な治癒能力。ヴェリウスとの融合。全てオレがヒトではないなら納得だ……」

 

 吹っ切れた表情のままセルグは力なく笑った。

 

「ケイン、バザラガ、ユース……やはりオレは、ヒトではなく化け物だったよ」

 

 

 絞り出された声は、どこか達観していて、どこか観念していて……どこか寂しげであった。

 




如何でしたでしょうか。

全てが明かされました。
これが本作主人公の設定となります。
まぁ読者の中にはある程度予想していた人もいるとは思いますが(わかりやすかったですし
これまでの物語中で、もやる部分が解消できたかなぁと、作者は思っております。

それでは、次回を乞うご期待。

楽しんでいただければ幸いです。
感想お待ちしております。


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幕間 邂逅、全ての始まり 2

パート2



 背中に何かがぶつかる小さな衝撃を感じて、セルグは振り返る。

 みれば腰にしがみ付くようにしているルリアの姿。

 どうした? そう問いかけようとしたセルグより先に、ルリアが小さく声を上げる。

 

「セルグさんが化け物なら……私だって化け物です」

 

「ルリア?」

 

「今更そんなことで、悲しい顔なんてしないでください!」

 

 大きな声を上げ、僅かに怒りを含んだルリアの様子に、セルグは面食らう。

 確かにショックではあった。自分がヒトとして生まれたわけではない事を知ってショックを受けないわけはない。しかしそれに反して、自分ではその事実を簡単に受け入れているつもりであった。

 

 だがそれでも……体の震えと、疲れたような声はセルグの胸中を如実に物語っていたのだろう。

 ルリアだけではなく、ジータもセルグの元へと向かいその手を取った。

 

「使命なんか関係なく、セルグさんが必死に皆を守ろうとしてきた事を私達は知っています。貴方が優しいからだと知っています。それは、貴方が化け物ではなくヒトだからだと思います」

 

 優しく手を握っていたジータが、視線を移す。つられるようにその方向を見たセルグの視線の先には、いつも通りの雰囲気の彼らがいた。

 

「セルグさん……私は今、貴方の全てを知りました。ですからこれからは、貴方を救うため、本当に全てを捧げて見せます」

 

「前にも言ったな、セルグ。優しさから怒れる人間に悪い奴はいねえって。優しさから怒れるお前は誰が何といおうと俺達と同じヒトだ」

 

「散々無茶をして皆を守ってきた君を、私は知っている。それは間違いなく、使命など無関係に君自身の想いによるものだ。悲観することなどあるまい」

 

「っていうか、いい加減その面倒な性格やめてもらえない? そんな事でいちいち励まさなきゃいけないこっちの身にもなってよね」

 

「お前がヒトじゃねえってんなら、同じように規格外なウチの娘も化け物になっちまうじゃねえか。ふざけたことは言いなさんな」

 

「わかってみればあっけないものですね……あなたの罪の意識はつまらない使命のせいですか。一体いつから、貴方は与えられたことに素直に聞くようなヒトになったのですか? いつも通りに不敵に笑い飛ばして見せてくださいよ」

 

「儂も若い頃より散々化け物扱いされたからのぅ。老いた儂はさらに妖怪とまで言われたぞぃ。それに比べればお主なんてまだまだじゃろうて」

 

「なんでぇ、オイラなんてもっとわけのわかんねぇ奴だぞ。いちいちヒトと違うからって気にするんじゃねぇやい!」

 

「ふふ~ん。つまりはセルグ君ってとんでもなくすごいヒトって事でいいんだよね? ねぇねぇスツルム殿。彼に取り入っておけばあの人の救出も簡単に――痛って!? ちょっと、スツルムどの!!」

 

「黙れドランク。簡単に他人に頼ろうとするんじゃない。黒騎士は私達が助けるんだ。それが私達の仕事だ。

 大体、こんなすぐにへたれる奴に任せておけるか。下らない事でいちいち落ち込むような奴をあてにするな」

 

「セルグ……別におかしくない。いつも頑張ってる、良いヒト……」

 

 ルリアとジータを皮切りに、皆が一様にセルグへと言葉を掛けていく。

 そのどれもが、セルグの生い立ち等……セルグの正体など歯牙にもかけていない。

 

「セルグ」

 

「ゼタ?」

 

 少女に怒りを上げて握っていた拳を解くと、ゼタは静かにセルグの元へと歩みより、その頭へと手を乗せる。

 まるで幼い子供をあやす様に……

 

「――あの子が愛したあなたも、あの子を愛したあなたも、化け物なんかじゃない。だからそんな悲しそうな顔しないでよ……あの子も私達も、あなたの不器用な優しさを知っている。どんな存在であろうと、あなたの優しさはヒトだから持てるものでしょ」

 

「セルグ……今さらどんな存在かわかったところで、それがなんだって言うんだ。聞いた話じゃ僕の父さんの方がよっぽどセルグより化け物だよ。今さらそんな事で、僕らが君を突き放すと思ってるの?」

 

 バカにするな。グランの表情が言外にそれを語った。

 数多の空域を超え、父親がイスタルシアに辿り着いたような化け物であるグランにとって調停の翼がなんだという事なのだろう。

 

「いや、別にそんなことは思っていないが……何だお前達。別にオレは驚きはしたがそんなショックを受けているわけでは――」

 

「フッ……フフフ、ハハハ! 本当にすごい。グラン、ジータ……君達と出会えたことはセルグにとって最大の幸運だ」

 

 仲間達の言葉に気恥ずかしくなったか。強がるセルグの弁解を遮って、突如少女がコロコロと笑う。

 年相応の少女の様に、明るい声で。本当に可笑しなものを見たかの様に。

 目尻に涙を浮かべるほどに笑った少女は、その雰囲気のまま語り始めた。

 

「ヒトの子は弱い。己と違うものを認めず、外れた者を忌避する……だが君達は違った。君達はこんなにも温かく、我が子たるセルグを迎え入れてくれた。そして、だからこそ私は今日ここに顕現し、君達にセルグの事を話した……」

 

 徐々に笑っていた雰囲気を消し、再び真剣な表情へと戻した少女は、改めて一行を見回した。

 

「話の続きだ。私の願いを聞いてほしい。

 セルグと共に私の使命を……アーカーシャの起動を防ぎ、世界を守って欲しいんだ。

 残念ながら、私が私のチカラを持って介入するのは本当に最後の手段になるだろう。世界が崩壊し、この世界が消え去るかもしれない事態に陥った時、私は最後の手段として顕現することになる。

 だが、先にもいった様にそれは世界に負担を与えてしまう最終手段だ。できるのであればそんなことにはならない様にしたい……だから、セルグと君達にこの世界の行く末を託したいのだ」

 

「まてよ、それはオレの使命なんだろう。グラン達は関係」

 

「上等……僕たちは元よりそのつもりだ。セルグがどんな存在だったとしても、今さらそこは変わらない!」

 

「やって見せます! 調停の翼なんて関係ない……私達は自分の手で未来を掴んで見せます!」

 

 セルグの反論を押し退けるように、グランとジータはその瞳に力を漲らせて答える。

 やる気は十分。負ける気など更々ない。ルーマシーを出るときに自分たちは最良の未来を掴み取ると決めている。

 伝搬するように仲間にも二人の気概が広がっていった。一様にその目に強い意志を秘め、挑戦的な目で少女を見やる。

 

「お前達……」

 

「フフ、頼もしいな。セルグ……世界を守る私達の使命は重い。だがそなたには、こんなにも頼もしく、一緒に使命を果たしてくれる仲間がいる。

 忘れるな、ヒトの身であるそなたは一人で背負う必要はない。ヒトの心を持つそなたは一人になる必要はない。そなたが育んできたヒトの子等との絆、努々忘れないでくれ」

 

 少女はそう言っておもむろに地面に下ろしていた盾と剣を拾い上げた。

 

「私が伝えたいことはこれで全部だ。そろそろ顕現の限界も近い。グラン。ジータ。それに皆も……どうか、この世界を守って欲しい」

 

 少女の言葉にセルグを除く皆が頷いた。

 改めてやるべきことを再確認した一行の士気は鰻登りに高まり、今すぐ艇に戻って飛び立たんばかりである。

 

「それでは、私は消えよう。セルグ……頼んだぞ」

 

「無論だ……元々オレは皆と戦うと決めている」

 

 迷いのない瞳を見せてセルグが答える。

 どれだけ自分にとって大きな事であっても、彼らはそれがどうしたと言わんばかりに悲しみを蹴飛ばしてくれた。

 全てを知った今、セルグは彼等の言葉に心から感謝した。

 彼らと共に使命を全うしようと……決意を新たに少女を見据えた。

 

「もう、心配する必要はなさそうだな」

 

 セルグの答えに満足したように、少女は笑みを浮かべて消えていった。

 

 

 

 

「さて、目的は達した。グランサイファーに戻ろう! これでやっと、ルーマシーに向かえる」

 

 随分長い寄り道となってしまった一行は意気揚々とグランサイファーへ向けて歩き出す。

 アルビオン、アマルティア、ザンクティンゼルと。魔晶への対抗手段を得るために、長い事足止めを食ってしまったが、やっと目的へと邁進できる。

 目指すはルーマシーへと赴き、ロゼッタと黒騎士の救出。

 そしてその先は帝国の、ひいてはフリーシアの野望であるアーカーシャの起動の阻止、或いは破壊だ。

 

 この先は恐らく決戦の連続だろう……これまでですらかなりの激戦であったがその上をいく激戦が予想される。

 それでも、彼らに不安は微塵もない。世界の行く末を託され、世界を守る翼を手に入れたのだ。

 

 決意と緊張が混在した心地よい昂りの中、一行は未来へ向けて進軍を開始した。

 

 

 

 ――――――――――

 

「――っと、悪い。肝心なことを忘れていた。ヴェリウスの本体と少し話が合ったんだ。ちょっと行ってくる」

 

 歩き出して少ししたところで、セルグは軽い口調で声を上げた。

 

「ん? なんだよセルグ、本体と話って……?」

 

「融合の反動についてだ。弱くなったオレの状態を治せないのか……あるいは反動無しとかできないかとな……これからの戦いを考えれば、今のオレは足手まといに近い。

 要であるオレがまともに戦えない等笑い話にもならないだろう。――少し艇で待っててもらっていいか? ちょっと行ってくるから」

 

「あ、セルグ!?――はぁ、正体がわかったところでなんていうか、変わらないなぁ……」

 

 返答を聞かずに祠へととんぼ返りしていくセルグを見送ってグランはため息と苦言を漏らした。

 

 まともに戦えない……そんな事はないだろう。

 確かにヴェリウスとの融合は使えなくなったが、それでも風火二輪の性能や、自己強化無しでも十分な天ノ羽斬での戦闘を考えれば、相変わらずセルグの戦闘力は圧倒的と言える。少なくとも弱くはないのだ。彼がまともに戦えないなどと、それこそ笑い話にもならない。

 だと言うのに、それでは満足できないのだから、相変わらず一人で何とかしようとする意識が強いセルグには一同、呆れしか出てこなかった。

 

「とりあえず、先に戻ってようか。艇の出航準備もありますし、私達は一応集落の皆にも挨拶をしてきたいので……」

 

「そうだな……昨夜あれだけの祝宴を設けていただいたわけだし、私達も挨拶に行った方が良いか。オイゲン、ラカム。艇の準備を頼む。他の皆は一度集落に向かおう」

 

「あいよ。しっかり準備をしておくぜ」

 

 カタリナの指示を受け、グランサイファーの出航準備に二人が離れていく。

 

「それじゃ、僕らも行こう」

 

 それを見送ると、一行は集落へと向けて歩き出していった。

 

 

 

 

 

「――来たぞ。でてこいよ」

 

 祠の前まで戻ったセルグは、着くなり早々誰かを呼びつけた。

 静かな森の空気の中、セルグの声に反応するものはおらず、辺りを静寂が包み込む。

 立ちすくむセルグが、返事を待っていると、突如祠から闇が漏れ出しセルグを包み込んだ。

 

 

「来たか……セルグ」

 

「当然だ。あんなことを言われればな」

 

 闇に覆われた世界の中、セルグを迎えるのは先程邂逅した世界を守る少女。紅い瞳がセルグを見つめていた。

 そしてもう一つ……

 

 ”良く来たな……壊れた翼の欠片よ”

 

 闇の世界の中で、一際存在感を放つ闇の塊。

 鳥型の分身体ではなく、正真正銘の”星晶獣ヴェリウス”がいた。

 

「ヴェリウス。久しぶりだな。お前のおかげでオレの復讐はあっさりと終わった。まぁ真実を聞けばお前のおかげではないのかもしれないが……とにかく一応は礼を言っておく。ありがとな」

 

 ”あの時点では我も分身も、そなたをヒトの子だと思うておったわ。つまらないヒトの子の感情に振り回されたくなかっただけぞ”

 

「そうかい……それで、どういうことだ? ”全てを伝える”っていうのは?」

 

 鋭く睨み付ける様なセルグの視線が、少女を射抜いた。

 先程の邂逅で、消える間際に意識に直接飛んできた言葉。更なる事実を伝える旨を告げられたのだ。

 

「単刀直入に言おう。そなたは既に壊れている」

 

「は?」

 

 単刀直入すぎる……セルグは思わず気の抜けた声を漏らした。

 だが、当然の反応を見せるセルグを余所に、少女は続ける。

 

「星晶融合……このイレギュラーが全ての原因だ。調停の翼としての魂、それに合わせて作り上げられたヒトの身の器。そこに、受け入れてしまったヴェリウスとの融合によってそなたの器は崩壊へと向かっている」

 

「何を……言っている?」

 

 思考が追い付かず、言葉の意味を解せないセルグが問い詰める。

 冗談などを言うような存在ではないのは分かっている。真剣そのものの少女の表情は、その雰囲気と相まって、少女の言葉を肯定しており、嫌でも嘘ではないことがわかった。

 

「本来、そなたはこの世界でチカラを取り込み徐々に翼としての覚醒を迎えていく予定であった。数多の星晶獣と戦い、それらからチカラを取り込み、蓄えていくはずであった。

 もし、アーカーシャの起動と言う最悪の事態を迎えた時は、覚醒したそなたによって世界に負担をかけずに彼の者を滅する予定であったのだ」

 

 想定される最悪の事態。アーカーシャの起動という事態に対するカウンター。

 セルグの存在はひとえにここに集約される。

 世界を作り変える事すらできる、アーカーシャの存在とチカラは、世界の理の外にあるもの。それはすなわち空の世界に生きる事のない、調停の翼たる彼女と同種の次元の違うチカラだ。

 それを滅するには空の世界にあるチカラでは不可能である。それ故、彼女は空の世界に生きる分身を作り上げたのだ。

 最悪の事態にはそのチカラを以て、アーカーシャを滅する。セルグの生まれた理由とはこれに尽きる。

 

「だが、そなたは独自にチカラを得てしまった。私と同じく万象からチカラを取り込む能力を持ちながら、そなたはヴェリウスとの融合と言うイレギュラーに辿り着いてしまったんだ。

 チカラではなく魂を受け入れたそなたの融合はそのまま器へと負担をかけ、一時的な能力の強化と引き換えに器の崩壊をもたらした」

 

 ヒトとして生まれたが為に、セルグは感情のままにチカラを欲した。そしてたどり着いたのはヴェリウスとの融合という爆弾つきのチカラ。

 無理やり取り込んだ魂に、ヒトの身であるセルグの器が耐えきれなかった。

 その結果が、反動という名の器の崩壊の始まりである。

 

「自分でも気づいているはずだ。そなたの融合の反動が治る気配がないという事を……融合を使わなければこれ以上崩壊が進むことはないだろう。だが、既に辿ってしまった崩壊をもとに戻すことはできない。

 そして……壊れかけた器では、これまでの様にチカラを取り込むことはできても蓄える事は出来ない」

 

 万象の全てをチカラとして取り込み、己の糧とする……世界を守るために与えられた調停の翼としての能力を持ち、数々の戦いを己の糧としてきたセルグは、ヒトであるが為にそれ以上を求めて壊れてしまったのだ。

 

「そなたの覚醒は、もはや叶わない状態となっている……心するんだセルグ。

 アーカーシャに対抗する手段は起動を阻止するしかない。起動されたら最後、そなたではもう止められる事はないだろう」

 

「――だったら、阻止すればいいだけだろう。オレがダメでもアイツ等がいる。皆の言葉を聞いたはずだ。それができないとは思えない」

 

 自信ではなく他信……自分が壊れているのは分かった。だが、その程度で彼らが負けるわけが無い。彼らが目指す未来を掴みとれないわけが無い。

 セルグは仲間への最大の信頼を見せて答えた。

 

「そうか……本当にこれまでとは打って変わって頼もしいな。頑なに誰かに頼る事は無かったそなたが嘘のようだ。

 良く聞いてくれセルグ。器はチカラを失ったが、代わりにそなたは絆というチカラを手に入れた。そなたが失ったものより多くの強さを与えてくれた。

 私が呼び出したのはこれを伝えるためだ。壊れた代わりに手に入れたチカラを、忘れてはいけないよ。本当に、彼らには感謝してもし足りない……」

 

「あぁ、本当に……そうだな」

 

 セルグと少女。大きな使命を負った二人が、静かに想いを馳せる。

 世界を守る。その大きな使命を共に背負ってくれた仲間達に……感謝をしながら。

 

 

 

「さて、今度こそ私は還ろうと思うのだが。最後にセルグ、少しお願いがあるのだが良いだろうか?」

 

「は? なんだ急に? まだ何かあるっていうのか」

 

 少しの間、静かな時が流れたあと少女が口を開いた。改まってのお願いと言う言葉にセルグが疑問符を浮かべるが、少女は少しだけ楽しそうな様子である。

 

「――――ヒトの子の営みを観ていた私の、願いを叶えてはくれないか?」

 

「何……一体どういう意味――」

 

「一度でいいから私を……母と、呼んで欲しい」

 

 

「は?」

 

 

 最近はお約束になりつつあるセルグの間の抜けた声が漏れる。どうにも想定外な事を告げられると、セルグはこれが漏れるようである。

 

「母親とは子に呼ばれると本当に嬉しそうな顔を見せる。私もその気持ちを知りたいのだ……ダメか?」

 

 期待と不安。それが入り混じった何とも人間らしい表情を見せる見た目の年相応の少女の姿に、セルグは総毛立つ。

 立場上、と言うよりは事実上は母親と言っておかしくない関係だ。だがいかんせん目の前の母となる存在の見た目は紛う事なき少女の姿。年の頃はジータと変わらないくらいの少女の姿なのだ。

 男で、いい年した大人である自分がそんな少女を母親と呼ぶ……違和感、背徳感、その他諸々、セルグの胸中に様々な不安が膨れあがった。

 

「何をバカな事を言ってるんだ。大体オレもお前もヒトじゃないのにそんな普通の親子みたいな事したって何も感慨なんて――」

 

 ”何を抜かすか若造が。散々感情に振り回され、やっとの思いで乗り越えてきたお主が良く言う”

 

 何とか阻止しようとした反論を、だんまりであったヴェリウスが切り捨てる。

 キッと睨み付けるセルグだが、星晶獣のくせに声には多分にからかいの念が含まれているヴェリウスには何の効果もないだろう。

 

「それはオレの事だろう、純粋ヒトではないこいつにそれがわかるわけ」

 

 ”どんな理屈を並べようと、お主にとっては母親よ。こうして我が子の為に顕現してきた母親の頼みも聞けぬようでは、お主は良い親に成り得ぬぞ”

 

「くっ、何をわけのわからない理屈を……」

 

 微妙に今のセルグにとっては関係が無いとも言い切れない言葉に、セルグが押し黙る。

 かつては抱いていた夢……アイリスと共に我が子を抱く幻想を思いだし、そしてまだ定まらぬ未来の光景を幻視した。

 ヒトとして当たり前の営み。二親が子を見守る光景を思い描き、セルグの胸中にまた言葉にできない不安がよぎった。

 

 

「いや、良いセルグ、嫌ならば無理をすることはない。確かに私は勝手にそなたを作り出したからな。素直になれない気持ちもわかる。更には本来の母親もいるのだ。仮初の母親など――」

 

 セルグの様子に少しだけ悲しそうに笑う少女の姿を見せられて、意を決したようにセルグは静かに口を開いた。

 

「――ぇ」

 

「え?」

 

「”母上”……。これでいいか?」

 

 ボソリとつぶやいた言葉を繰り返し、セルグは照れくさそうに、少女を母と呼んだ。

 

 ”フッ、なぜそうも普通ではないのか。普通ならここはお母さんだろうに”

 

「う、うるせぇよ! この年になって初めて呼ぶんだ! 呼び方なんかしるか!」

 

「フ……フフフ。なるほど、確かにこれは思わず嬉しくなってしまうな……ありがとうセルグ。初めての感覚だが満足したよ……それでは、今度こそ私は還ろう。どうか、そなたの行く道に幸あらんことを」

 

 またも年相応な様子を見せる少女は、言葉通りに満足したような顔を見せて、光の粒子となって消えていく。

 残されたセルグは、それを最後まで見送りながら、感慨深そうにつぶやいた。

 

「――結局、母親の癖に名前すら告げていかなかったな。まぁ、いずれまた会えるだろう」

 

 ”感傷に耽っているところ悪いが我からもお主に伝える事……いや、託すものがある”

 

 余韻に浸っていたセルグを現実へと戻し、次は自分の番だと言わんばかりにヴェリウスが話を切り出した。

 

「託すもの? 本体のお前が一体なにを……」

 

 ”お主が戦えないのは世界の危機であるからな。この世界に在る者として我もチカラを貸そう。喜ぶが良い、正真正銘、星晶獣ヴェリウスのチカラだ”

 

 言うや否や、一筋の闇がセルグの胸へと繋がる。

 次の瞬間、セルグは大きな闇のチカラに覆われた。

 

「――これは……融合じゃない?」

 

 ”我とお主で繋がりを構築した。融合の様に器に負担を掛けぬよう、その身に纏うチカラの形だ。残念ながら分身との融合程ではないが、まぁお主であればこれで十分だろう”

 

「ヴィーラとシュヴァリエと同じような感じか……助かるが、良いのか?」

 

 ”なに、我は分身よりはヒトの事を見ているのでな。お主の心が筒抜けになるだけでこれからが面白くなるそうなので構わぬ”

 

 つまりは分身体よりも人間臭く、その感情を理解できると言う事なのだろう。そして、セルグの心が覗き込めればこれからが面白くなりそうだと……そんなヴェリウスの魂胆に気付きセルグが慌てる。

 

「はぁ!? ちょっと待てお前! そんなふざけた話があるか! 今すぐ切れ! こんな繋がり願い下げだ!」

 

 ”嫌なら恥ずかしくない生を全うすることだ……これまでの様に無茶をできると思うでないぞ。そなたの存在は世界の要だ”

 

 先程のは建前。ヴェリウスに真剣に諭されて、慌てた様子を見せたセルグも落ち着きを取り戻した。

 ヴェリウスの行動は単純にセルグの身を案じての事。世界の要となるセルグの身を守るためのできる限りの助力であった。

 

「――ったく、本当におせっかいなやつばかりだ。まぁ……感謝だけはしておく。だが、絶対に余計なことしてくれるなよ。最近ただでさえ心労が多いんだ……これ以上疲れてたまるか」

 

 ”ふむ、それもまたお主次第だな……余計な事をして欲しくないのなら早く答えを出すことだ”

 

「……本当に筒抜けなのかよ。忌々しい」

 

 ”そんなわけがあるまい。そこまで深くは繋いでおらん。若造の心など読みやすいからに決まっておろう”

 

 己の心持をあっさりと読みぬかれ、セルグは呆気にとられた。

 簡単に読まれている……筒抜けでないのならそういう事だ。どちらにしろ、口うるさく小言を言ってきそうな存在と繋がってしまった事に変わりはない。

 

「――どっちにしろ忌々しい」

 

 捨て台詞と共にセルグは闇の世界から解放され、祠の前に降り立った。

 一人となったセルグは、祠の前で空を見上げる。

 

 

 

「はぁ……さて、どうなることか」

 

 壊れている……それもこれまでの自分のせいで。

 新たに告げられた事実はセルグの心に重石となってのしかかる。

 

 だが、自分がもたらした事も多々あるのだと気づかされた。

 これまでの自分がしてきたことが、自分が失ったものよりも大きなものを与えてくれた。そう聞かされた。

 だったら、悔やむことなどないだろう。

 

 

「ヴェリウス」

 

 ”なんだ若造”

 

 呼ばれて傍らに降り立つ分身体のヴェリウスへと視線を向けたセルグは、静かにその身体を抱き上げた。

 

 ”む、何だ若造。急にどうしたのだ?”

 

 驚き戸惑うヴェリウスが妙に可愛げがあるような気がしてセルグはそのままヴェリウスを肩に乗せる。

 

 全てはヴェリウスと出会い、融合を果たすためこの島に来たことから始まった。

 ヴェリウスと出会い、組織を壊滅させると誓ったところから始まった。

 

 

「ありがとう……」

 

 

 ずっと共に居てくれた友に。多くの繋がりを与えてくれた友に。

 セルグは感謝の言葉を捧げるのだった……

 

 




如何でしたでしょうか。

アーカーシャ、調停の翼。
どちらもかなり独自の設定になっているかもしれません。
本作の始まりの設定は今回で全て語りました。
これであとは簡潔まで邁進するだけです。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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幕間 重なる想い、向き合う想い

大いなる蛇足回。
ぶっちゃけ読まなくても問題ない回です。

欲望のままに描きたいことを書き連ねました。
いつものネタ回枠なので楽しみにしていた方はどうぞお楽しみください。(ネタ要素はあの三人が出てくるくらいです


 

 後に彼は語った。

 

 それは女神との出会いであったと。

 

 

 

 ザンクティンゼルの集落に住む少年アーロンは、その日もいつも通りに薪割りなどの手伝いをして、のんびり過ごしていた。

 一仕事終え休憩をしていた所、彼は集落を訪れる集団を目にする。

 良く目を凝らしてみるとその中に見知った顔を見つけ途端に彼は喜びを露わにして声を上げた。

 

「グラン、ジータ! おーい!!」

 

 いつの間にか島を離れ安否が気になっていた幼馴染二人の姿がそこにあったからだ。

 アーロンの声に気付いた二人も笑顔で駆け寄ってきて、彼はそのまま嬉しそうに二人を迎え入れた。

 

「久しぶりだな二人とも!」

 

「アーロン! ホント久しぶり!」

 

「元気そうでよかったよ。村の皆も変わりない?」

 

 嬉しそうな二人の姿にアーロンも妙に嬉しくなる。

 故郷に帰ってきたことが嬉しい。それを二人の雰囲気が物語っていた。

 

「あぁ、二人がいなくなる時に帝国が来ていらい、特に何もなく相変わらずここは穏やかなままだ。そういやこの間二人が帰って来てたって聞いたんだけど――――いつ来てたんだ?」

 

「あぁ、それはホントにちょっとだけ用があって立ち寄っただけで……まぁ、今回もなんだけど」

 

「あの時はちょっと艇が壊れそうで急いで出発したの。挨拶もなしに言っちゃってごめんね」

 

 少しだけ言い淀むグランの様子に、長居はしないのだと察してアーロンの気持ちが少しだけ落ち込むが、それを心の片隅に押しこめてアーロンは二人と共に居た騎空団の面々へと目を向けた。

 色とりどりの衣装や鎧に包まれた華やかな面々。厳ついおっさんに目付きの悪い男、腰に剣を刺した老人。一部お子様も混じっているがいずれも歴戦の戦士といった雰囲気を醸し出しておりアーロンは息を呑んだ。

 あんな人達を引き連れているのか……

 そんな驚きに包まれる中、彼は一人の女性に目を止めた。

 その瞬間、すっと思考が消えてなくなるほど彼はその女性に目を奪われてしまう。

 

「ふぅん……まぁこうしてまた戻ってきたならいいけどさ。あっちの皆さんが仲間か? う~わ。そろいもそろって美人ばっかり……グラン、随分いい思いをしているみたいだな。あとでちょっと紹介してくれよ」

 

 心を揺さぶる動揺を悟られない様に軽い口調で二人へと返し、アーロンは彼女を見つめた。

 すらっとした細身の体。何かの制服だと思われる衣装は、どことなく落ち着きと高潔さを醸し出している。そんな中に綺麗と言うよりは可愛い寄りの端正で小さな顔。細く柔らかな色合いの赤茶の髪がサラサラと風に流れ、日の光を反射している。

 風に揺られる帽子を押さえている姿すら、どこか美しい。そんな一つの芸術とさえ思うほどの衝撃がアーロンを襲った。

 

 これが少年アーロンの短い恋の始まりだった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 時刻はそれなりに遅い時間となった夜の時分。

 ザンクティンゼルの村の寄合所で行われた宴会。大量に摂取したお酒のせいでそれなりに出来上がったものから談笑に入るものまでまちまちとなり、各々が大いに楽しみはじめる、宴会の一番おいしい時間帯での事だ。

 

 

「貴方の事が好きです!」

 

「え、あ、えっと……ご、ごめんなさい!」

 

 

 聞こえてきたおもしろそうでありつつ不穏な言葉を聞き、テン上げ(テンション上げ上げ状態)の最中にいたローアイン、エルセム、トモイの三人組は声の出所へと急行する。

 そこで目にしたのは燃え尽きたように茫然とした少年と少し遠めに走り去っていく後ろ姿をみせるリーシャ。

 瞬時にその場で何が行われたのかを察した三人は、第39回緊急MTGをその場で開催。

 小声でのMTGとなったが、各々がこれから成すべきことを含め、話し合いを始めた。

 

 

「おいおい、何がどうしてこうなった? 緊急事態だ! とりまこの流れに辿り着くまでの流れについてご意見箱設置!」

「待て待てローアイン、一先ずは傷心の少年を俺達が癒してやる方法を考えるとこだろ! あんな燃え尽きた少年を見てまず野次馬根性の邪推とかてめぇ恋する男の風上にもおけねえ!」

「でもよぅ、その前になんでそうなったか考えねぇと下手すりゃ地雷踏み抜くかもしんねぇじゃん? とりま何がどうしてああなったのかは考える必要があるんじゃね?」

「んな事言ったって、そんな推測あの一部始終だけでわかんのかよ? どう考えたって答え出ないパティーンの方が可能性高めだろ。そんな推測する位ならできるだけ傷を抉らないように聞き出した方がナンボかマシだっちゃ」

「あぁ~なるりょ。確かに俺達がシンキングした所で何もわからない可能性バリ高。ハイご意見箱開示~とりま、どんな感じで行く?」

「そこはあれだべ、ローアインが割と頼れるメンズな雰囲気を醸し出しながら自然な感じに近づいて……」

「あとは流れで……的な? お前なら何とかしてくれると俺達は信じてる」

「オイオイ、おめぇら俺の事何だと思ってんだよ。そんなモテメン力もってたら今頃キャタリナさんとの事で苦労なんかしてねぇっつぅ話なわけで――」

「ん~なんつーかここは三人で第40回MTG、with少年Aで行くとかどうよ? ローアインの為にやってることを目の前の少年Aの為にやってやればいいだけじゃ」

「エルっち激冴え! とりま行くぜダチ公!」

 

 一先ず第39回MTGを終了とし、三人は傷心の最中にいる少年の元へと歩み寄っていった。

 寂しげな背中に何故か緊張感漂う三人は意を決して少年Aへと声を掛ける。

 

「ウィーッス。あれ、どうしたん少年? なんだか背中が泣いている的な?」

 

 突如掛けられた声にビクリと肩を震わせた少年Aは背中越しでもわかるような涙を拭うそぶりを見せローアイン達へと振り返った。

 

「えっ? あ、いや別に何でもないです!? ちょっとボーっとしてただけで……」

 

 振り返った少年の目が赤くなっている事。拭い切れていない涙の跡がはっきりと残っていることから、滲むどころかぽろぽろと零れ落ちるほどに涙を流していたのだと察することができた。

 

「(ちょっ、激泣き……こりゃマジぱねぇショック受けてんじゃん)あ~とりま少年も一杯やってみるか的な? 少年歳いくつよ?」

 

「えっと……一応、15歳です」

 

「なるりょ。まぁジータダンチョにもガロンゾで飲ませて大変な事になっちまったらしいけど、一杯くらいなら多分大丈夫だろ。エルっち、トモちゃん。少年の分一杯もらってきてくんね?」

 

「りょ~。秒で持ってくるわ」

 

「俺はつまみ調達してくんよ」

 

 すぐさま行動を開始する二人。本当にこういった時の行動力はピカイチである。

 

「頼んま~。んで少年……どうしたんよ? ツライ事があったなら吐き出しちまいな的な? 俺達こう見えても人生経験豊富なオトコだから相談乗るくらいできんぜ」

 

「い、いえ……個人的な事ですから。皆さんに相談する事では……」

 

 力なく笑う感じは意固地になっているのとは違う。多分、泣いていた事、泣くような事があったことを悟られたくないのだと、少年Aの態度からローアインは察した。

 

「恥ずかしがんなよ少年。男だろうと泣きたい時は泣いてイイってのがオレの持論よ。そんな泣きそうな顔でそんな事言ったって説得力ないっつーか、我慢すると体に毒だっつーか。とりま溜め込んじゃいけねぇって」

 

「お~いローアイン。持ってきたぞ」

 

「こっちも準備オッケーだ」

 

 見計らった様に、戻ってきた二人を迎え入れ、ローアインは真剣な表情となり少年Aと向き合う。

 

「俺等の仲間のセルグさんもずっと溜め込んでて、泣いてないのにずっと泣いてたっていう酷い事になってたからよ……少年みたいに泣きそうな奴ほっとけねぇーんだわマジ。力になると約束する。話してみてくれないか?」

 

 口調は幾分か軽いままだが、その雰囲気にはいつものふざけた感じはない。

 真剣な面持ちとなったローアインの言葉に感化され、少年はポツリポツリと話し始めた。

 

「その、実は……今さっきここで女性にフラれて、落ち込んでいました」

 

 フラれた。端的に言えばそれで事足りる。それはローアイン達も一部始終を目撃していたわけだし、ここまでは予測済みだ。その先の言葉を聞き逃さない様にローアイン達は少年が語るのを待った。

 

「皆さんのお仲間のリーシャさんに……今日初めてお会いしたんですが一目惚れというやつですかね……好きになってしまいまして。明日出立だと聞いていたものですから、さっき意を決して想いを告げたら、ごめんなさいと」

 

 言葉にしていくにつれ、徐々に重苦しい雰囲気になっていく少年の声に思わずローアイン達は顔を顰める。

 ごめんなさい……この言葉は恋する男にとっては凶器だろう。

 対面で話を聞いたローアインも同じような経緯でぐっさりと一度やられている。

 

「あ~そっか。そいつはつれぇよな。俺も一度はその言葉を受けた身……少年の気持ちは正に痛いほど良くわか……ん?」

 

 自分の言葉を認識しながら、ローアインの中に一つの疑問がよぎった。

 

 一目惚れ・即告白・ごめんなさい。

 

 こんな流れを自分は知っている気がする……

 

「つーかこれ、ローアインと丸被りなパティーンじゃね?」

 

「確かに。なんか聞いたことある話かと思ったら、ローアインとキャタリナさんのパティーンだわ」

 

「あ~つまりだ。もしかすっとこれ……」

 

 

「「「まだワンチャンあんじゃね?」」」

 

 勝手に盛り上がり始めた三人に少年は呆ける。

 ワンチャン……意味が分からない。

 パティーン……パターンだろう。

 キャタリナさん……確かカタリナという名前のヒトがいたからその人の事だろう。

 難解なパズルを紐解くような感じで目の前で繰り広げられた会話を解読している少年の胸にローアインが拳を押し当てた。

 

「少年。一つだけ確認したい……リーシャちゃんへの気持ちは本物か?」

 

「――それは当然、本物です」

 

 ハッキリと、静かな声ではあるが告げてくる少年の言葉に納得したようにローアインは口を開いた。

 

「だったら少年の為にも真実を教えよう。このパティーン……恐らくは俺と一緒だからな」

 

 そうして少年に語られるのはローアインの始まりの物語。

 しがないコックでしかなかったローアインの前に現れたカタリナとの甘い(かどうかは分からない)恋の始まり。

 

 

 ポートブリーズでコックをしていたローアインはバイト先の店に訪れたグラン達の接客中にカタリナに一目惚れしてしまう。

 即座にその場で夜会えないかとアポをとり、その日の夜にそのまま告白。

 これまで騎士として生きてきただけであったカタリナには色恋沙汰など無縁の話であり、自分にそのような好意が向けられることが初めてであったカタリナは顔を赤くして慌てながらこう答えた。

 

 

「この話は無かったことにしてくれ!?」

 

 

 言葉を残してカタリナはその場を逃走。追い縋る事もできずに一度彼の恋物語は終わりを迎えた。

 だが、傷心の最中親友たちに慰められつつも、諦めきれないとグラン達の艇に転がり込んだローアインはそこでカタリナの真意を聞くことになる。

 

 曰く、その手の話にはめっぽう弱い、というか知らないため何と言って良いかわからなかった。

 曰く、まだ良く知らない相手にそんなことを言われてテンパった。

 曰く、今はまだルリアを守るだけで精一杯で己の事は二の次だ。

 

 等々。

 即ち断られたわけではなくそもそも前の段階として、彼の恋物語は始まってすらいなかったのである。

 

 

「つまり……何が言いたいかっていうとだ。リーシャちゃんもキャタリナさんと同じで、少年の告白を断る云々の前にそもそもまだ恋を知らない女なわけよ!」

 

「ぜってぇそのパティーンだわコレ。グランダンチョの疑惑が出た時も、”今はそんな浮ついた話をしないで下さい”で終わっちったからな~ちゃけばキャタリナさんよりお堅い気がする的な」

 

「あん時のグランダンチョ、ガチ凹みしてたな……とりま少年の想いは叶う叶わないの前にまだちゃんと届いてねぇよ的な? 諦めるにはまだ早いって話だ」

 

「その通りよ。つーわけで今から第40回緊急MTG、with少年の開催を宣言しちゃいまっす! とりま議題はどうすればお堅いリーシャちゃんに恋の味を覚えさせるかってとこで、いざご意見箱設置ぃ~」

 

 とりあえず、まだあきらめるには早いとの言葉をもらった少年であるが、俄かには彼らの言葉が信じられなかった。

 浮かんできた疑問をすぐさまローアインにぶつける。

 

「えっと~あの。本当に、あり得るんですか? リーシャさん、普通に大人のヒトですよね? そんな恋に恋するどころか恋を知らないような人生あり得ない気が……」

 

「あ~まぁ、俺達も詳しくは知らないけど、リーシャちゃんの生まれって割と特殊らしいんだよな。秩序の騎空団の団長が親父さんでずっとその中で暮らしてたから同じ年代のダチとかいなかったって話。割と……ていうかガチでキャタリナさんと同じパティーンなんだよな」

 

「そもそも、ガチの気持ち持ってんなら一回二回断られたくらいでへこたれんなって話。本気なんだべ? だったら諦めんな。ガチマジで!」

 

「エルっちに同意。そんな生半可な気持ちだとウチのヴィーラちゃんだったら激おこ案件だぜ。俺等もこれからの少年の想いを応援するためにMTGすっからがんばれって」

 

 三人の言葉に少年の心に希望が灯る。

 慰めなどもあるのかもしれない。だがそれでも、傷ついた少年の心には彼らの言葉が心地よく沁みてきてもう一度夢を見たいと思ってしまう。それが嘘か真かわからなくても、簡単に諦めたくはない想いは少年の心に再び火をつけたのだった。

 

「――ありがとうございます。俺……もう一度ぶつかります! ちゃんと意識してもらえるように、何度でも想いを告げて見せます」

 

「お~ノってきたな少年……とりま名前教えてくれ的な?」

 

「あっ!? すいません。アーロンです」

 

「お~けーい! んじゃ第40回MTG開催だこらぁ! とりあえず明日の出立までにリーシャちゃんにアロっちが想いをぶつけるにはどうしたらいいか、ご意見箱設置~」

 

 いつものメンツに新たな仲間を迎え入れ、彼らは酒の勢いを加速させながら静かで盛大に妄想を膨らませた。

 どんな言葉を紡ぐか。どのタイミングで二人きりとなるか。贈り物とかはどうだろうか。

 様々なシチュを練りながら、彼らは次の日に向けて語り合うのであった……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 暗い森の中……といっても、鬱蒼と生い茂っているわけでもないザンクティンゼルの森には月明かりも降り注ぎ、暗いと言うには足りないかもしれないが、その中をセルグは一人駆けていた。

 

「はぁ、全く……どうにも押され気味な気がするな。最近は特に」

 

 以前であればなんてことない風に言葉を返していただろうが、互いに意識し合う関係である以上、嫉妬と呼べるであろう感情をあらわされて、涼しい顔ができなかった。嫉妬とはそれを表現される側とて恥ずかしいのである。

 その結果あの場を逃走する事にしたのだが、残念ながらまだ撒けたわけではない。後ろには変わらず追い縋る人の気配がしていて、間違いなくゼタが追ってきていることが分かった。

 不審な事に、二人目の気配がしないのは気がかりだが、薄暗い森の中をこれ以上無為に走るのも危険だとセルグはその場で止まる事にする。

 

「追いかけっこはここまでだな。そろそろ落ち着いたか?」

 

 立ち止まり後ろにいるであろうゼタへと問いかけたセルグは月明かりが良く届く少し開けた場所で振り返る。

 特徴的な銀色の髪が光を反射し、ゼタの目の前で彼の雰囲気は途端に幻想的な様相となった。

 

「やっと止まってくれた……全く、あんな勢いで逃げなくていいでしょ! ちょっとからかっただけじゃない」

 

「いや、お前……あんなドスの聞いた声出せるのはお前とヴィーラ位だぞ。あんな声聞いたら誰だって逃げる。オレだって逃げる」

 

「アンタが誰彼かまわずちょっかい出すのがいけないのよ、この女たらし。折角ヴィーラのおかげで素直になれそうだったのに……アンタのせいで台無しよ」

 

 あの時……セルグとアーロンが話をしていた場所に赴いた時の事だが、ヴィーラと奥様方からの助言を受けて、己の気持ちを見つめなおしたゼタは期待と不安に揺れながら穏やかな気持ちでセルグと話をしに来ていた。

 だが話しかけようとしたところで、なんだかイチャイチャと言い合うバカ(セルグ)とリーシャの姿が見えてしまい、穏やかだった気持ちは瞬く間に消える。

 脳裏によぎるのはその気はないのだろうとわかっていても抑えきれない醜い感情。どうしてこの男はこうも、間が悪くヒトの神経を逆撫でするのだろうか。

 素直になれそうだった気持ちを素直にさせてくれない件のバカに、本気ではなくとも怒りが出てくるのは仕方ない。

 

 

 そんなゼタの膨れ面で怒っていますと言いたげな雰囲気だけは、暗がりの中で察することができて、セルグは小さく笑う。

 バレない程度に笑ったはずなのにゼタにはわかってしまったようで、すぐに肩をいからせるようにして歩み寄ってくるゼタを目の前にしても、セルグの笑みは消えなかった。

 

「何笑ってんのよ……一応私、怒ってるんだけど?」

 

「フ、ハハ……いや、なんていうかホント。お前のそういうところは可愛いと思ってな」

 

 からかいなど感じられない毒気の無い声と言葉にゼタの顔が怒りとは別に熱を持った。

 またこれだ……怒りをみせて押そうとすると、すっと引いて懐に引き込んでくる。心地いい言葉を恥ずかしげもなく告げて、そうやって散々にヒトの心を揺り動かす。

 

「ま、またそうやって心にもない事言ってごまかそうとする! 私は騙されないわよ。リーシャにだって同じ様なこと言ってたじゃない」

 

「あれは、そういう意味じゃないさ……今お前に言ったのとは違って容姿は良いんだから人目を気にしろってことだ。秩序の騎空団ともあろうものがあんな無秩序に色気振りまくような格好しているのが悪い。状況から見てもあの言葉が出てくるのはオレのせいじゃないだろう……」

 

「つまり、リーシャの事そういう目で見てんじゃない。ヴィーラから聞いたけどモニカにもヴィーラにも惹かれてるって? 男なんだからはっきりしなさいよ! そんなんだからアマルティアでもポートブリーズでもされるがままなのよ!」

 

「ポートブリーズでも……? お前まさか」

 

 ゼタの言葉にセルグが疑問を呈した瞬間、ゼタの表情がしまった、と言うような表情に変わり、またしてもセルグは胸中で笑う。

 本当にわかりやすい……ポーカーフェイスではヴィーラの圧勝だと下らない事を考えながら、少し怒りを見せた振りをしてゼタへと詰め寄った。

 

「お前……さてはあの日尾行してたな?」

 

「い、いや……ちがうわよ。そんな事して――」

 

「あの時間は既に夕刻だった。偶々あそこを通りかかる可能性は場所を鑑みてもゼロに近い。ヴィーラが話す可能性もあり得ない。アイツにとってはリードポイントだろうからな……白状しろよ、ゼタ」

 

 有無を言わさぬ声音に、ゼタが観念して俯く。

 幾分かの迷いの後、消え入りそうな声でゼタは静かに語りだした。

 

「ごめん……見かけたのは偶々だったけど、セルグとヴィーラが腕組んで歩いているのを見て、気になってそれで……」

 

「腕組んで……か。ってことはそこからずっと?」

 

「――うん。ごめん」

 

「そうか……ってことは、工房と墓もみたんだな。別に気にしていないからそんな顔するなよ」

 

 しおらしいゼタの様子に、セルグは声音を戻した。安心させるように、ゼタの頭に手を乗せるとまた小さく笑う。

 からかわれた……そう察するのに時間はかからずゼタの瞳にまた怒りが灯りそうになるがそれより早く、ゼタはある疑問を口にした。

 

「あの工房で風火二輪を持ってきたしやっぱりあの墓は……?」

 

「――あぁ、オレが想いに耽るためだけのアイツの墓だ。お前は知っての通りあそこに亡骸は無い」

 

 組織の戦士であった以上、ゼタは彼女の死に目を見て、埋葬された所を知っている。

 それでもポートブリーズに墓を用意しお参りをしていたセルグの想いに気付き、ゼタの怒りが消えていく。

 

「そっか……でもあの子の事だからきっと今はあの墓にいるんじゃないかな。大好きなセルグがいつも来てくれる場所に……」

 

「そうだと……いいな。この間の事で思いっきり怒られそうだが……」

 

「あ、あはは……そりゃあ目の前でセルグが他の人とキスしてたらね~。よく考えたらアンタ最低な事してるわね」

 

 言葉にしてから気付いたセルグの行いのひどさにまたもゼタの声に怒りが見え隠れし始める。

 ゼタの言うとおり彼女がポートブリーズに眠っているのならセルグは目の前で浮気現場を見せつけているに等しい。

 本人としては彼女の墓の前でこれからを幸せに生きるために尽くす誓いを立てただけのはずが、事実上はゼタが言うように最低な事をしているだろう。

 

「言葉にするのはやめてくれ……不可抗力とはいってもその事実は非常に心に刺さる」

 

 セルグとしてもそこは分かっていた様で、幾分か後悔の念を見せて答えた。

 

「フフフ、そんな顔しちゃったらあの子が落ち着けないでしょ。大丈夫よ、あの子がそんなことで怒ると思う? もし今のあの子に意識があったらちゃんとセルグの幸せを願ってくれるはずよ」

 

「――そうか? まぁアイツならそうだろうな。無駄な心配と言う奴か……だからと言って開き直る気はないが」

 

「その気持ちだけでいいでしょ。それに、そんなこと言い始めたら……私も何も言えなくなっちゃうし……」

 

 明るい声で語っていたゼタの様子が萎んでいく。違和感を覚えたセルグがゼタの様子をみるとそこには自信なさげに俯くゼタがいた。

 

「どうした? 何か気に障る事を言ったか?」

 

 俯くゼタの表情に陰りが見えるのを見逃さず、セルグは心配そうに問いかける。怒らせるような事を言ったつもりは無いだけに、また無自覚に余計な事を言ったかと不安を浮かべていた。

 そんなセルグの言葉にゼタは意を決して口を開く。

 

「――ねぇ、セルグ……ヴィーラから聞いたんだけど。モニカやヴィーラだけじゃなくてその……私にも惹かれているって本当? 私、ヴィーラみたいに落ち着いてないし、モニカみたいに包容力なんてないし……怒りっぽいし力任せだし。あの子みたいに優しくもないよ?」

 

 自分にも惹かれてくれている。そう聞いたときはやはりゼタも嬉しかった。だが、よくよく考えてみると、他の面々には十分に惹かれる要素が見えても自分にはそんな美点等無いのではないかと。

 そんな思考がよぎってしまいゼタは不安そうに問いかける。

 

「――いや、本と」

「ごめん、やっぱ今の無し」

 

 本当だから安心しろ。そう答えようと口を開いたセルグを遮り、ゼタが顔を上げる。

 

「こんな風に相手の気持ちを確かめようとするのアタシらしくないよね……おばちゃん達とも約束してきたし」

 

 開き直ったような明るい声でそう言って、ゼタは力強い瞳でセルグを見つめた。瞳に宿るは決意の光。ゼタは想いのまま高らかに告げる。

 己の想いとその覚悟を……

 

 

「私はセルグが好き……あの子には悪いけど、私は決めたんだ。あの子の分もアンタを幸せにしてやるって……だから、覚悟しなさい。私が本気で好きになったからには絶対モノにしてやるんだから!」

 

 

 集落からはかなり距離を取っている。叫んでいるわけでもないので誰かに聞かれる心配はないだろう。それでも十分に聞こえる大きな声で告げられた言葉にセルグは目を丸くする。

 逃げ出す前の二人の言葉から察してはいたが、先程のしおらしい態度から一転して高らかに想いを告げられるとは予想外だったのだろう。

 

 だが呆けてばかりはいられない。想いを告げてもらったのに、このまま何も返せなくては押されっぱなしの情けない男まっしぐらだ。

 ましてやゼタに惹かれているという事実をヴィーラを通して告げてしまっている。己の口から伝えずに相手に先手を打たれたままで終わっては彼女達に想いを寄せられる資格もないと言うもの。

 セルグも意を決して己の想いを紡いだ。

 

 

「悪いな。先に言わせてしまって……オレも、お前の事を幸せにしたいと願っている。アイリスの事を乗り越えた今、オレにとってお前は一番大切な存在となった。残念ながら優柔不断なオレはまだ迷って、揺れ動いてしまって、はっきりと答えを出せていないが、覚悟はしている……全てに応える覚悟を。

 だからもう少し待ってほしい。弱いオレはまだ、君達の想いに押しつぶされてしまいそうなんだ……弱いオレに、もう少し強くなるまでの時間をくれないか」

 

 対するセルグの回答は、承諾と取っていい保留であった。

 まだ全てを受け入れるほど己の中に余裕は無い。全てに応え、返せるだけの自信がない。

 セルグにとって彼女たちは己を救ってくれた大切な人達。

 誰かを選び誰かを悲しませる答えを、セルグはどう考えても出せなかった。

 

 そんな中ヴィーラに示されたのは、全てを選ぶ選択。

 ヴィーラが言うように彼女達はそれを受け入れつつあり、後は己次第だと言うのならそこにもう是非は無かった。

 全てに応える……例え傲慢であろうと、優柔不断と言われようと、それをすべて受け入れその手に掴むと決めたのだ。

 

 

「すまないな、ゼタ。今のオレに出せる答えはこれが精一杯だ……」

 

「ううん、良いわよそんな事……私達はセルグが弱くないって知ってるから。いつかちゃんと受け止めてくれるって、そう信じているから。今はそれで良い」

 

 恥ずかしそうに笑うゼタを月明かりが彩り、セルグは思わず目を逸らした。

 破壊力が高い……ただでさえ意識している女性だと言うのに羞恥に染まる頬、いつもとは違う物静かな雰囲気。普段が普段なだけに静かで乙女な雰囲気を纏うゼタは、非常に愛らしいかった。

 ”まるでどこかのお姫様みたいだ”。と初めて会った時の己の言葉が思い起こされる。

 目を背けたセルグの様子に、疑問を覚えたゼタはすぐにその理由を理解。小さく小悪魔的な笑みを浮かべて離れていた一歩の距離を音もなく動いてゼロにした。

 

「お、おい……」

 

 至近距離まで近づいてきたゼタにセルグは嫌な予感を感じてたじろぐ。

 身長差がある以上セルグを見上げる様な形になったゼタの表情には嬉しそうな、楽しそうな、そんな子供みたいな笑顔が張り付いている。

 

「そういえばさぁ~私気付いちゃったんだけど……私だけまだ一歩出遅れてるんだよね」

 

「出遅れ……てる?」

 

 近づかれて離れる様な事はしたくなかったのか、セルグはその場でのその位置関係をキープしていた。しかし、見上げてくるゼタを可愛いと抜けた事を考えながらも、この位置関係に多分に嫌な予感を感じて仕方なく後退の一歩を踏み出す。

 

「待ってよ……セルグ」

 

 だが、離れそうなセルグの腕をつかみゼタが引き寄せた。甘える様な声がセルグの耳をくすぐり、思考を揺さぶる。

 

「ゼ、ゼタ。お前はこういう事に関しては強引に行かないタイプだろう? 一先ず少し離れよう」

 

「――ダメ。出遅れている以上、少しくらい良いでしょ? ねぇ、セルグ。二人から受けたように……私にセルグからしてくれない?」

 

 何を……そんなことは言葉にせずともわかるだろう。

 出遅れているとは言うものの別段そんなに気にはしていないゼタだったが、それを口実にセルグには受け身ではなく、自分から動いてもらいたい。悪戯心も含まれているが狙いはそれである。

 少し優越な気分になりたいとかそういうわけではない……決してない。

 

 そんなゼタの思考は露知らず。誘われたセルグの胸中は激しい葛藤に見舞われる。

 応えるか、ごまかすか……するのとされるのでは心持が大きく違うのだ。簡単に応えられようはずがない。

 だが、躊躇は生まれるものの、甘えるように誘ってくるゼタの様子は、悪魔的な破壊力があり、抗うのも謀られる。

 僅かな間に恐るべき速度で思考を回しているが応えは出ず、その間にもゼタは準備万端とばかりに、瞳を閉じていた。

 

「はぁ、本当にお前達はそうやってオレの心を占めてくる……」

 

 一息吐いて、一言漏らして。意を決したセルグのやれやれと言った空気が流れた後。

 

 二人の影が重なった。

 

 僅かな間ではあったが確かに触れ合った時間があり、想いを感じる瞬間を感じた二人は音もなくそのまま離れる。

 気恥ずかしげに、だが、これでいいだろうと思ったセルグがゼタを見ると、そこには不満の表情があった。

 

「――あんた子供もできてたって事は、あの子ともっとすごい事してたんでしょ……なんでそんなに不器用なのよ」

 

 良く言ってつたない。悪く言って下手くそな口づけにゼタが苦言を呈する。期待外れとは言わないが、予想外ではあったのだろう。軽く触れるだけでしかなかった口づけに僅かに不満を見せていた。

 

「無茶を言うな。戦いしか知らなかった男がたった一度の経験で器用にこなせるものか」

 

「何言ってんのよ、戦闘中なら見ただけでなんでもこなす癖に……まぁここら辺は要練習ね。感謝しなさい、付き合ってあげるから」

 

「べ、別にこんなことに練習なんかいら――!?」

 

 言葉を遮られ、お約束と言わんばかりの光景にセルグは目を見開く。

 先程自分から行ったのよりも深く長い口づけ。求めるかのように唇に吸い付いてくるそれは、彼女らしく感情がこもった情熱的な口づけで、おもわずセルグも反応してかえしてしまう。

 離れた瞬間、互いに大きく呼吸をするほどのまぐわいとなったそれを終えて、ゼタは少し顔を赤くして笑った。

 

「――どう? 練習……必要でしょ?」

 

 言葉なくとも、行為だけでこんなにも想いを語れる。そう言いたげなゼタの想い込められた口づけにセルグは頷く事しかできなかった。

 自分がした口づけとは比べ物にならないほど、想いが込められていた。彼女の想いを雄弁に語っていた。

 

「――その、すまない。まだまだ未熟で……言葉なくとも語れるくらいにはちゃんとなるよ」

 

 余りの程度の差に少しばかり落ち込み気味でセルグはゼタへと言葉を返す。

 

「ま、私も見様見真似ってやつだけどね……ちなみに実習の相手はあの子よ」

 

「はっ!? え、嘘だろ。お前らそんなヴィーラみたいなこ――うぐっ!?」

 

 思いがけない事実に、不穏な言葉を口走ろうとしたセルグの腹部へゼタの拳が突き刺さった。

 

「お、おまえ……二つの意味で不意打ちすぎんだろ……」

 

「セ、セルグがいけないんでしょ!? 変な事言うから! 私達は二人ともノーマルよ! あの子もアタシも、こうしてアンタの事好きになったでしょうが!!」

 

「だからってお前……」

 

「訓練時代は、体目当てのような奴ばっかで相応しい相手なんていなかったし。練習相手に好きでもない男とそういう事やりたくなかったし、かといって経験無しなんて言うのもちょっとね……って話をしてた時にちょっとあの子と悪乗りしちゃっただけよ。変な想像しないで」

 

「いや、その事実だけでも十分に変な想像しちまうだろう……」

 

「まだ言うの? 今度皆の前で公開練習でもさせてあげよっか?」

 

「勘弁してください」

 

 公開練習。そんなことは絶対に御免だと、セルグは間髪入れずに平謝り。只でさえ、ヴィーラやモニカとの事が皆に周知されているのだ。そんな中でゼタと…………誰かに刺されそうである。

 

「よろしい」

 

 

 蓋を開けてみれば結局の所押されっぱなしだと、胸中でため息を吐いてセルグは降参とばかりに手を上げた。

 ヴィーラに始まり、モニカ、ゼタ……想いをハッキリと伝えたのはゼタだけであるが、いずれは同じように二人にも伝えることになるだろう。

 そうすればまた今の様に押されに押され情けない事になるのだろうかと。

 そんな想像に不安を覚える一方で、少し前の壊れかけていた自分と今の自分を比較して心温かくなるのを感じた。

 こんなにも求められている。生きることを、愛する事を……血に塗れ、復讐と贖罪に生きていた自分が。

 湧いてくる穏やかな気持ちのままセルグは我慢できずにゼタの手を取った。

 

「え? なによ急に、どうしたの?」

 

「そろそろ戻るぞ。これ以上いたらオレが持たない……ヴィーラが探しに来るかもしれないし。見つかって同じことを要求されたら死ねる」

 

「――フ、アハハ、その時はその時で面白いからいいけど、まぁ時間も時間だし……そうね。戻りましょうか」

 

 片や照れくさそうに、片や満足そうに。固く手をつないだまま二人は集落へと引き返し始めた。

 繋がれた手から感じる温かさに、互いの想いを感じながら……

 

 

 

 

 二人を見つめる視線に気づかないまま……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 翌日、一行が出立する際。見送りに来た集落の人々から少し離れ、アーロンはグランを呼びつけた。

 

「リーシャさんに伝えたい事があるから呼んできてくれないか?」

 

 強い眼差しのアーロンの姿に並々ならぬ覚悟を感じたグランはそれを承諾。

 かくしてアーロンの二度目の告白イベントが幕を開けたのだが……

 

「昨日は逃げ出してしまいすいませんでした。えっと……お気持ちは嬉しいのですが、申し訳ありません。私は貴方の気持ちにお応えすることはできません。

 私には今……抱えている想いがあります。ハッキリとはまだ言えませんがこれから大きくなるであろう想いがあります。

 だからごめんなさい……私は貴方の気持ちに応えられないです」

 

 アーロンが想い告げる前に、リーシャが先んじて一晩悩んだ末に出した答えを告げる。

 

 ルーマシーでロゼッタに諭されてから意識し始めた、自分にとって大切に成り得るヒト。

 それが誰なのかハッキリわからなくても、徐々に意識してきた想いは大きくなりつつあり、自分にとって確かなものになるという予感があった。皮肉な事にアーロンの告白によってそれを確かなものとして認識し始めたのだ。

 それ故に、リーシャはアーロンの気持ちに応えられない……ハッキリと告げるのは彼女なりの優しさだろう。

 変に期待を抱かせてズルズルと引っ張らせては酷だ。真摯な想いにはちゃんと向き合って応えなくては失礼だと、リーシャは先んじて己の答えを告げた。

 

「――そう、ですか。まぁ仕方ないですよね。俺とリーシャさんじゃ住む世界が違うし。俺なんかよりグランの方がずっとすごいだろうし……そういえばセルグさんなんかも」

 

 失意に塗れたアーロンの声を遮り、俯くアーロンの頭に優しく手が乗せられる。

 

「俺なんか……そんな言葉を言わないでください。

 貴方は勇気をもって想いを告げた。それもこうして二度も告げる勇気を見せてくれた。私はそんな貴方から勇気をもらいました。自分の気持ちに向き合う勇気を。貴方の勇気は誇るべきものです……だから、ご自分を低く見ないでください」

 

「リーシャさん……」

 

「多分、今私が何を言っても、貴方の心には悲しみしか増えないと思いますからこれだけ伝えさせてください……ありがとうございました、アーロンさん。こんな私に向けてくれた想いと、貴方が見せてくれた勇気に深く感謝を致します」

 

 最後に笑って、リーシャはアーロンの目の前から立ち去っていく。

 その笑顔に伝えられるだけの感謝を込めて。少年の心を傷つけた胸中に渦巻く罪悪感を押し殺し、リーシャはアーロンが好きになった凛々しい姿のまま彼の前を去って行った。

 

 

 

「アーロン……その、僕なんて言って良いかわかんないんだけど――」

 

 残されたグランは気まずそうに声を掛ける。

 目の前で失恋した幼馴染。グランとしてもその光景はやはり悲しみが募るもので、何と言葉をかけていいかわからなかった。

 

「なぁ、グラン。リーシャさんって、一体どんな人なんだ?」

 

 そんなグランの惑いを余所に、アーロンは静かに問いかける。

 さっきまでの失意に塗れた声ではなく、淡々と疑問を解消したいと言った感じの声に、グランは努めて冷静に返した。

 

「空の世界の秩序を守る治安維持組織。秩序の騎空団第四騎空艇団、元船団長。今は僕たちの騎空団団に船団長補佐として任に就いている人だよ」

 

「そっか……かっこいいんだな。秩序の騎空団って……女のヒトなのに、あんなにきっぱりと言い辛い事でもハッキリ言って。更には俺の事を励ましてくれて。

 ハハ、なんだか情けないな俺。なぁ、グラン……騎空士って大変な事ばかりなのか?」

 

「そりゃあ、大変な事もたくさんあるさ。でもみんなとこうして楽しくやってる……空を飛びまわって生きている。

 僕たちは空が好きだから……」

 

 空が好き……この言葉に込められた言葉はきっとたくさんあるのだろうとアーロンは感じた。

 色んな想いが込められた声と表情には、言葉では表せられないチカラがあった。

 ”生きている”。それを強く感じる何かが……

 旅の前と後で大きく変わった、変わらない幼馴染の姿に、アーロンの気持ちが固まる。

 

「なぁ、グラン。今度戻ってきたらさ、俺を一緒に乗せて連れて行ってくれないか? 俺も、外の世界を見てみたい。空の世界を飛んでみたい」

 

 急な話にグランが言葉を失う。小さいころから二人が旅に出るのを危険だからやめろと反対していた彼が告げた、外の世界を見てみたいという言葉に、グランの心が弾む。

 嬉しい……素直にそう思えた。小さいころから反対していたアーロンから出た言葉と約束は騎空士として旅に出た二人を認めてくれたような気がしたのだ

 

「――あぁ、良いよ。それまでに親父さんの説得と、剣くらいは握れるようにしといてくれ。ウチの皆は働かないものには容赦しないからね」

 

 グランと同じように空を眺めながらアーロンから漏れた言葉に、グランは快諾の意志を見せる。

 只のその場だけの約束かも知れない。それでも、この約束はきっと三人にとって大きなものとなる。

 そんな期待がよぎった。

 

「それじゃ、もう行くよ……そうだ、リーシャさんとの事、ジータには言わないで置くよ。その方が良いだろう?」

 

「あ、あぁ。そうだな……ちょっとかっこわりいから」

 

「――了解」

 

 男として、あまりかっこ悪い話は言いふらして欲しくない。

 そんな年相応に小さなことを気にしてしまった事に小さく自嘲するも、アーロンは嬉しそうに飛び立つグランサイファーを見送った。

 飛び去るグランサイファーに憧れの視線を向けて。

 

 

 いつかきっと。彼らと並んで旅をしてみたい。

 

 そんな大きな目標を胸に抱いて……

 

 




如何でしたでしょうか。

ゼタ、可愛かったですか?
はい、可愛かったです。
作者が読み返したくなるだけの回でごめんなさい。

そしてどんどんかっこよくなるリーシャ。アガスではガンダルヴァとサシで勝ってもらおうかなぁ、とかよぎってしまいました。
少年を堕とすヒーローの鑑です。グラン君が落ちたのは1度目のアマルティア編で、リーシャが駆けつけて檄を上げた時です。

本編の最新話もすぐに更新いたします。それでは
お楽しみいただけたら幸いです

感想、、、最近めっきりでいただけたら嬉しいです


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メインシナリオ 第42幕

長かった幕間が終わり本編進行



 

――守れなかった

 

 私が守らなくてはいけなかったのに

 

 静かに眠っていたあの子を……私が守ってあげなくてはいけなかったのに

 

 無理矢理に起こされ、戦わされ。挙句の果てにあの子は崩壊寸前にまで追い込まれてしまった

 

 あの戦い(覇空戦争)でボロボロとなった所をあの子に救われたというのに。この体たらく……

 

 あぁ、ユグドラシル。ごめんなさい

 

 

 

 もう少しだけ待ってて頂戴。絶対に貴方を消させはしない

 彼らならきっと、私達を救い出してくれる。

 だから、もう少しだけ待ってて頂戴……

 

 

 貴方の苦しみは、私が受け止めて見せるから

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ザンクティンゼルを飛び立った一行は全速力でルーマシー群島へと向かった。

 

 艇へと戻ってきたセルグが新たに手に入れたチカラに驚いたり、出発間際にアーロンとグランの間で一悶着あったり。

 相変わらずの騒がしい出立となってしまった一行ではあったが、ルーマシー群島の周辺へと辿り着いた一行は、目の前の光景に緊張感をたたえる事になる。

 

 

 

「やっと……戻ってこれた」

 

「といっても、もはや影も形も無い様だな……」

 

 グランサイファーの甲板の上で、ジータとグランが見据える先。

 暗く重い雰囲気を纏い、荊に包まれたルーマシーの姿があった。

 

「まるで繭のようだ。あれはユグドラシルのチカラか」

 

「ともあれ、折角戻ってきてもこの状況。まずは突入の方法を考えなくちゃならねえ」

 

「そうですね。周囲を見るに、帝国の戦艦も何とか島への突入を試みているようですが、どうにも上手くいっていないようです」

 

 そういって島の周囲の空へとリーシャが視線を巡らせる。

 その視線の先では、多くのエルステ帝国戦艦が、まるで島と戦うかの様に次々と砲撃を放っていた。

 

 

 

 

「全兵装、休むことなく撃ち続けろ! もうすぐ本国からの補給も来る。宰相閣下が戻られる前に、あの島をこじ開けるぞ!」

 

「イェッサー!!」

 

 指揮官の声に応え、兵士たちは次々と砲撃を打ち出す。

 放たれる砲撃は、荊の島の表層を削るものの、すぐに再生され効果はまるで見られなかった。

 命令遂行の為、一点集中の砲撃や再生が追い付かないようにと面での飽和攻撃、更には魔導師部隊からの魔法斉射も行っている。

 それでも突破できる気配のない状況に指揮官である男が歯噛みする中、島の荊が戦艦を襲い、逆に慌てて後退させる事もあり、状況は撤退もやむなしな状態であった。

 

 

 

 

 正に手一杯。そんな帝国の様子に、一行は少しだけ安堵の表情を漏らした。

 この先に控えるのはユグドラシルマリスとの決戦だ。余力は残しておきたいときに、面倒な帝国の相手などしていられない。

 

「あの様子ではこちらに対応する余裕などないでしょうから、私達は何としても彼等より先に突破して島に突入しなければなりませんね」

 

「だがあの様子じゃ、あの荊を突破するのだって至難の業だぞ。砲撃を散々撃たれて平気だとすると簡単にはいかねぇ」

 

「そうさなぁ。幾ら俺達でも戦艦の砲撃に勝るような攻撃なんてホイホイできるもんじゃ……」

 

「あ、あの! 私が星晶獣で」

 

 荊を突破するだけの威力。戦艦の砲撃を上回る攻撃となれば真っ先に思いつくのは星晶獣による一撃だろう。アマルティアの時の様に、多重召喚で一点集中を狙えばどんなものとて粉砕できるはず。

 そう考えて自分の出番だと声を上げるルリアだったが、それをグランが制した。

 

「待ってくれルリア。あの荊……星晶のチカラに因るものか?」

 

「えっと、多分そうだと思いますけど……? それがどうしたんですか、グラン」

 

 ルリアの問いに合わせて仲間達からグランに視線が集うが、当のグランは思案顔のまま僅かに黙り込む。

 考えがまとまったグランは顔を上げ、セルグとゼタへと視線を向けた。

 

「セルグ、天ノ羽斬は使える?」

 

 少しの期待を込めて、グランがセルグへと問いかける。

 セルグとゼタ……星晶獣を倒す組織の戦士として、その攻撃力はグラン達の中でも折り紙つきだ。万全の状態とは言えないセルグへの不安があったがヴェリウスから授けられたチカラでそれを払拭できるか。それが、グランの問いの真意である。

 問われたセルグは、僅かに笑みを浮かべながら答えた。

 

「以前の様に……とは行かないが、新たに使い方も覚えたんでな。期待には応えてみせるさ」

 

 融合ではなくその身に纏うヴェリウスとの新たなチカラ。ヴェリウスからは融合程ではないといわれたチカラだが、その使い方は既にセルグの中で確立しているのだろう。ある程度のチカラの上乗せができる以上、天ノ羽斬の能力もフルに使える。

 相変わらずの自信にあふれたセルグの表情に、グランの思惑が定まった。

 

「セルグ、ゼタ。二人の武器のチカラで突破してほしい……全力の一撃であれを打ち破ってもらう。僕たちはその援護に……ルリア、星晶獣フェニックスで二人が荊に狙われない様に援護をしてくれ。アマルティアで星晶獣を使った後の事を考えると、今ここで無理なチカラを使わせたくはない」

 

 グランの懸念は、ルリアの体への影響であった。

 もし威力が足りずに星晶獣の召喚を重ねた場合……アマルティアで戦闘後に倒れて意識を失った事から、その影響は大きいと思われたのだ。

 グランの心配の念を察したルリアは静かに頷く。

 

「――わかりました。お二人のお手伝いですね。がんばります!」

 

 落ち込む素振りなどなく、再びのやる気を見せて、ルリアは召喚の準備に入るのだった。

 

 

 

 

 

「さぁて、準備はいいかお二人さん」

 

 ルーマシーの直上へと登り始めるグランサイファーの甲板の上で、操舵の舵を取りながら、ラカムが問いかける。

 甲板の端、眼下のルーマシーを見下ろした二人は真剣な表情で答えた。

 

「オレ達ならいつでも行ける」

 

「任せてよ。それよりもそっちこそ、風穴開けたらさっさと突入してきてよ」

 

「ヘイヘイ、わかってますよ。おやっさん、ちっとシビアな動きになりそうだ。援護たのむぜ」

 

「おうよ。任せとけって」

 

 攻撃に集中する二人と、艇の操舵に集中する二人が準備万端とばかりにグランへと視線を向けた。

 準備完了だ……言葉無くそれを伝えたラカムの視線にグランが頷く。

 

 

 やるぞ!

 

 

 音のない視線だけの声に一斉に頷いた。緊迫した空気に包まれる中、グランが声を上げる。

 

「レイジ!」

 

 ウェポンマスターとなったグランのレイジでセルグとゼタの感覚が研ぎ澄まされる。

 鋭敏になった感覚がチカラの流れを知覚し二人は己の武器へと語りかけた。

 

「絶刀天ノ羽斬よ。我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て」

「アルベスの槍よ。我が信条示すため、汝が最たる証を見せよ。その力の全てを今ここで解き放て」

 

 言霊の詠唱。次いで武器の全開解放。天ノ羽斬が眩く輝き、アルベスの槍が火柱を噴き上げる。

 星晶獣を滅する為の武器達がうなりを上げた。

 さらに――

 

「風火二輪」

 

 乾いた音と共に撃鉄が弾け、ゼタに風火二輪による火属性の強化がかかる。高まる炎のチカラは止まる事を知らず、あまりの炎の勢いにラカムが冷や汗を流して声を上げた。

 

「おいおいゼタ! 気合い入れすぎてグランサイファーも燃やすんじゃねぇぞ!」

 

「わかってるわよ! その位はちゃんと制御する!」

 

 どことなく楽しそうに笑うゼタの様子にラカムの冷や汗が止まらないのは仕方ない事だろう。

 木製であるグランサイファーの甲板の上で火柱が上がっているのだ。ラカムだけでなく他にも慄くものは何人か見受けられる。

 

「ゼタ、セルグさんとの共同作業で浮かれるのはいいですが、しっかりこなしてくださいね」

 

「も~ヴィーラ。こんなときまでそんな事いって……心配しないでヴィーラ。ちゃんと二人でやってくるから!」

 

 普段からかわれている意趣返しか。少しだけ『二人で』の部分が強調された様に聞こえるのはヴィーラの気のせいではないだろう。

 

「フフ、それならば良いですが……お気を付け下さい。決して簡単ではないのですから」

 

「それもわかってる。ちゃんと無事に帰ってくるわよ――ちょっとカタリナに似て心配性になって来てない?」

 

「あら。貴方も私の大事なヒトなのですから当然でしょう?」

 

 しれっと告げられた言葉に、ゼタの顔が熱を持った。

 同性のゼタから見ても綺麗と言えるヴィーラからの歯の浮くようなセリフに思わず、顔を赤らめる。

 恥ずかしげもなくこんなことを言えるこの親友には、やっぱり何を言っても適わない気がして、ゼタは思わず目を背けた。

 

「あのな、頼むから真面目にやってくれよ……」

 

 緊張感に溢れるこの場面で何顔を赤くしているんだ。声音にそれを含ませたセルグの言葉にゼタは慌てて取り繕うように気合いの声を上げた。

 

「わ、わかってるわよ! っていうか本来ならこういうのはセルグの担当でしょ」

 

「心外だな。オレはいつも戦いに関しては真面目だ。少なくとも戦闘中に口説くような事はして…………もしかしてみんなそういう認識だったのか?」

 

 語りながら見えてきたある予測にセルグが仲間達へと視線を巡らせれば、概ね一同から苦笑いと頷きが返され、セルグはそっと目を背ける……そんな素振りはなかった。そうだと言い切りたいが、現在の自分を取り巻く色々を考えれば否定できる自信もなくなる。

 

 

「はぁ~本当に、最近は……みなさん気が抜けてますね。それではぁ、ふたりとも。よろしくお願いしますね~」

 

 緊張感のない会話をしていた三人の中、更に気の抜けた間延びした声。

 この中で一番緊張感のない声を漏らしたのは魔法系統に特化したスタイル、『ハーミット』の姿となったジータであった。

 

「ね、ねぇグラン……ジータ、どうしちゃったの?」

 

 余りにもこれまでの姿からはかけ離れた雰囲気のジータの様子に一行が目を丸くする中、イオが恐る恐ると言った様子でグランへと問いかける。

 

「あ~えっとだね……イオ。実は今まで皆には隠していたんだけど、ハーミットのジータってこんな感じなんだ。ホラ、いつものアレのせいで……」

 

 ジータの見た目に性格が引っ張られる特徴。

 普段であれば見た目に引っ張られるように、戦闘中に限り丁寧になったり、勇ましくなったり、凛々しくなったりする程度で、基本はジータであった性格が、ここにきてこれまでを覆すような激変。

 余りにも大きな変化は、本人にとってあまり嬉しい事ではなかったようで、今まで仲間達には隠していたようだ。

 

 だが、援護魔法を扱うスタイルとしてはこれ以上のものは無い。

 ジータがその手に持つ五神杖をセルグとゼタに向ける。

 

「数多連なる万象のチカラよ、彼の者に宿れ……”エレメンタルフォース”」

 

 瞬間、制御が利かなくなりそうな程二人に宿る属性のチカラが高まる。

 エレメンタルフォース――受けた者に宿る属性のチカラを跳ね上げる援護魔法において最大級の魔法だ。

 更にそれを扱うのは五神杖を扱うジータ。

 のんびりとした性格は逆を言えば動じない精神の確立。緊迫した状況下においても一切の乱れなく集中しきるジータの魔法の練度は群を抜くだろう。

 魔法を受けたセルグとゼタはこれまでにないチカラの高まりに、思わず乾いた笑いが込み上げた。

 

「は、はは……ホント、二人には驚かされてばかりだな。澄ました顔して使う魔法は超魔法じゃねぇか」

 

「なんていうかアタシ……ヴィーラどころかジータにもいつか逆らえなくなりそう……」

 

 乾いた笑いと向けられた言葉にキョトンと呆けた顔を見せるジータは、特に言及することもなく二人の背中に最後の魔力の一押しをして一歩下がった。

 

「それでは……セルグさん、ゼタさん。お願いしますね~」

 

 準備完了。

 最大級の援護を受け取り、二人が甲板より身を乗り出す。

 眼下には荊に覆われたルーマシー群島。直上からの落下の勢いと、高めに高めた全力の一撃で荊の繭を貫き、できた穴からグラン達は艇で突入する。

 再生される前に突入しなくてはならないため、突入タイミングはシビアであり、艇が通るためには、それ相応に大きな穴を空ける必要がある。

 着いて早々の難関に緊張感が高まる中、セルグとゼタが声を上げた。

 

「ラカム! オレ達が飛び降りたら全速で降下しろ。必ずドデカイ風穴空けてやる!!」

「しっかりやるから付いてきてよ! 間に合わずに入れませんでしたなんて言ったらぶっ飛ばすからね!!」

 

 力強い声と共に甲板より身を投げ出した二人は、ルーマシーへと向かって落ちていった。

 二人が踏み出した瞬間にグランサイファーは急加速して降下。二人の先へ回り込むように、横合いからルーマシーに向かう。

 

「ルリア、僕が支えているから、フェニックスの使役に集中するんだ!」

 

 大きな艇の動きに足を取られそうなルリアをグランが支える。

 小さなその背を支えられ、グランの言葉ですぐさまルリアは召喚に集中してその手を空へと翳した。

 

「行って……フェニックス!」

 

 ルリアの意志に従い、顕現したフェニックスが落下中のセルグとゼタの元へと向かう。

 ヴェリウスよりもずっと大きな神鳥フェニックスはその羽ばたき一つですぐにセルグとゼタの前へと躍り出る。

 

「二人を守って!」

 

 ルリアの声に応えるように、フェニックスはセルグとゼタの前で、その身の全てを使い、島から伸びてきた荊を焼き払っていく。

 炎の身を持つフェニックスにとって荊など何の脅威にもならない。、二人へと迫りくる荊は全て消し炭となって落ちていった。

 

 

「こいつは上々。いくぞゼタ!」

 

「任せて!」

 

 ゼタに声を掛けながら、セルグはザンクティンゼルにいるヴェリウスを呼んだ。

 

 ”――早速だが貸してもらうぞ”

 ”良い。好きに使え”

 

 胸中で行われた短いやり取り。その直後にはセルグの身から大きな闇のチカラが漏れ出る。

 その身を覆った闇のチカラをセルグは天ノ羽斬へと一点集中。ブーストされたチカラを天ノ羽斬が更に強化し、今この時の一振りに限っては全盛期を凌駕するチカラを蓄えた。

 

 準備ができたところでセルグとゼタは視線を交わす。互いにこれまでに無いほどの全力。

 その身どころか、仲間達からももらった全てを蓄えて、眼下に迫るルーマシーへと向けた。

 

「絶刀招来――」

「アルベスの槍よ、その力を示せ――」

 

 刀と槍がチカラを解放する。暴走しそうな程の強大なチカラは共にその範囲を大きく拡大して、遠目から見ていた仲間達からもはっきりと見えるほどのサイズとなり立ち昇った。

 

「天ノ羽斬!!」

「プロミネンスダイヴ!!」

 

 一振りに込められた二人の全力は、類を見ないほどの強大な一撃となる。

 巨大な爆発と共に、ルーマシーを覆う荊の繭に大きな穴を開けるのだった……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 無事にグランサイファーごと、ルーマシーに降り立つことに成功した一行は早々に艇を下りて警戒の色を見せる。

 相変わらずの不穏な気配が溢れる森の中にいる以上、ユグドラシルマリスの影響でいつ森が襲ってくるかもわからない。首尾よく島に侵入はできたがここはまだスタート地点であり、油断などできるはずもなかった。

 

 

「っと、なんとか島に降り立つことはできたかな」

 

「一先ずは成功ですね。セルグさんとゼタさんは、どこに降りたんでしょう……一応はヴェリウスさんが拾ったのは見えましたが……」

 

 通常モードのジータが心配そうにつぶやいた。

 作戦の通りであれば、艇の外に身を投げ出した二人は鳥型のヴェリウスが回収する手筈になっている。

 スピードを上げて二人が空けた穴に艇ごと飛び込む以上、回収も合流もできるわけなく、二人は一行とは別の場所に着地したのであろう。

 目印となるグランサイファーを見て合流する筈ではあるが、その気配はまだ見受けられなかった。

 

「まずは少し待機だな。二人を待って合流してから動いた方が良いだろう。グラン、ジータ。着替えるなら今の内だがどうする?」

 

 カタリナが二人へと問いかける。

 セルグとゼタの援護の為、ウェポンマスターとハーミットとなった二人。この後の戦闘を考えた時そのままで良いのかという事だろう。

 

「前回の戦いから考えると私はこのままの方が良いかも知れないです。私の得意なのは本来魔法系統なので……七星剣で倒しきれなかった以上、私が戦える可能性としては強化魔法と殲滅魔法での援護になるかと思います」

 

「逆に僕は前回のダークフェンサーよりはこっちの方が良いかな。短剣よりは長剣の方が得意だから。それに、最近は少し接近戦の練度が上がって来てるんだ。僕の攻撃をジータの魔法で強化して今度こそユグドラシルマリスを倒しきってみせるよ」

 

 二人が金色の剣と杖を構える。

 セルグとの決闘以降、幾度となく扱うようになってきた天星器。

 激闘だらけの旅路の中で、確かな経験を培い、確かな実力を身に付けてきた二人はいつしか当たり前の様にこの武器を扱うようになってきた。

 それも二人の成長に伴い、開放されるチカラは底が知れず。二人が強くなるほどに天星器はそれに応えるようにそれまで以上にチカラを発揮した。

 

 前回とは違う……それを体現するかのような二人の覇気に仲間達は静かに息を呑んだ。

 

「へへ、やっぱり二人はすげぇな……でも、オイラも今度は戦えるんだからあまり二人だけで盛り上がるんじゃねぇやい!」

 

 二人の周囲を飛び回りながらビィは、嬉しそうにグランとジータへと飛びついた。

 強くなったのは二人だけではない。仲間達も勿論そうだし、戦えなかった自分も、新たなチカラを携えてきたのだ。

 

「ビィさんの言うとおりです! 私だって、今度は一緒に戦えます!」

 

「私もですよ。グランさん、ジータさん。アマルティアでガンダルヴァに打ち勝った私の力を甘く見られては困ります。お二人だけで頑張る必要はありません」

 

「ほっほぅ、それを言うなら今回は剣の賢者と謳われる儂がおるでな。前回がどうだったのかを知らなんだが儂にもしっかり期待してもらわんとな」

 

 ルリア、リーシャ、アレーティアの言葉に、張り詰めていたグランとジータの空気が解れていく。

 自信もやる気もある。だがそれでも、前回成す術がなかった記憶と言うのは簡単に払拭できるものではなく、自然と二人の肩に力が入り過ぎていた事を仲間達は見逃さなかった。

 

「それでは、戦闘の確認でもしておきましょうか。グランには最前線に出てもらいますが他には――」

 

 ”がさっ”

 

 肩の力を抜いたところで、戦闘の最終確認をしようとしたジータの言葉を、背後の茂みから聞こえた音が遮る。

 反射的に戦闘態勢を取る一行を前に、茂みを揺らす音は徐々に近づいてきて、緊張感が高まる中

 

「おいおい、気合い入れるのは良いがそれをオレ達に向けるな」

「茂みを切り裂いて進むセルグが悪いんでしょ! そんな不穏な音を立てながら近づいてきたら誰だって警戒するわよ!」

 

 ルーマシー突入の立役者二人が合流したのだった。

 

「ふぅ、全く勘弁してくれ。早速ユグドラシルマリスが来たのかと思ったよ」

 

「悪かったなカタリナ。鬱蒼としすぎて回り道をする気にならなかった」

 

「皆特に問題ないみたいね。さすがはラカムとオイゲンってとこかしら。ちゃんと突入できたか心配してたのよ」

 

「大した事ねぇよ。あの程度ならまだアマルティア突入の時の方が危なかったぜ」

 

 互いの無事を確認して改めて安堵の息を漏らす一行。

 全員そろった所で後は、決戦に赴き大事な仲間を救出するだけ。士気が高まる中、装備や道具、戦闘への最終確認を行った所で進軍を開始する。

 

 

「ルリア、ユグドラシルの気配はわかる?」

 

「はい。えっと……こっちです」

 

 ジータの問いに応えて、ルリアが星晶獣の気配を探る。ルリアの指し示す方向へ視線を向けて、一行はまた緊張感に包まれた。

 旅路の中突如戦いに巻き込まれるのとは違う。アマルティアでの決戦と同様に明確に戦いに赴く心持となった彼らは、普段の気の抜けた空気とは打って変わって、張りつめた雰囲気を醸し出す。

 

「それじゃ……行こう。皆」

 

 グランの声に返る言葉は違えど、示される意志は同じ。

 置き去りにしてしまった大切な仲間を救うべく、一行はそのまま森の奥へと歩み出した。

 

 

「えっと、悪いんだけど僕達はここでお別れかなぁ」

 

 

 だが、無粋な男の無粋な声に阻まれて、全員がすぐさま動きを止める。

 

「私達はここから別行動だ」

 

 緊張感の欠片もないドランクと相変わらず固い空気のスツルムの声に、一行は張りつめた空気を露散させ、出鼻を挫かれるのであった……

 

 

 




如何でしたでしょうか。
いつも通りのっけからオリジナルの流れ。

思い出したかのように出てきましたハーミット。
魔法ジョブはイオちゃんの強み持っていきそうで避けていた次第です。
プロロ特別篇でも書きました通り一応魔法得意設定のジータちゃんにこれから頑張ってもらいます。

ルーマシー帰還編も大分オリジナルな流れが多くなり、読者さんを楽しませることができるたら嬉しいですね。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第43幕

しばらく落ち着いていました。
更新再開いたします。

どうぞ、お楽しみください。


 

 思ったより浸食が深い……まぁ、当然かしら

 

 理性も何もない狂人が行った行為に加減などあるはずがないものね

 

 何とか魔晶のチカラをこちらで肩代わりしたから崩壊は免れたけど……その代わりに私とあの子はコアの深い所で繋がってしまった

 

 押し寄せるように侵食してくる魔晶のチカラは、徐々に私を飲み込もうとしている

 

 これは思ったよりキツイ。やっぱりそろそろ年なのかしら……なんて柄にもない事考えてる場合じゃないわ。

 

 ここまで来るともう私でも抗えない。きっとあの子達には迷惑を掛けちゃう……

 

 まぁ、心配はあっても不安は無いけど……あの人の子供達がこんなところで負けるわけが無いもの。

 

 

 だから……後はお願いねグラン、ジータ。

 

 

 お姉さん、少しだけ眠る事にするわ。

 折角だから、起こすときには優しい目覚めのキスでもいただきたいものね……ラカムとオイゲンはちょっと遠慮したいから、グランかセルグがいいかしら? 

 どうせならセルグにしてもらう方が、その後が面白くなりそうね……

 

 それじゃ、おやすみなさい――――信じてるわよ

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 静かな森の中、もたらされた言葉に一行の空気が固まる。

 アマルティアより同行してきた傭兵の二人、スツルムとドランク。

 相変わらずの飄々とした雰囲気のドランクと、むすっとした仏頂面のスツルムが一行から少し離れて並び立つ姿を見て、イオが怪訝そうに口を開いた。

 

「スツルムもドランクも急にどうしたのよ。折角ここまで一緒に来たのに……なんで?」

 

 少しだけ寂しそうにも聞こえる声がイオの胸中を物語る。

 これから向かうは、成すすべなく撤退する事しかできなかったユグドラシルマリスのもと。傭兵として度々一行の前に立ちはだかり、ザンクティンゼルでは共闘した二人が抜けるのは戦力的には大きいだろう。

 大きな戦いを前にして確かな実力を持つ二人が抜けるのは痛手である。

 

「ごめんねぇ~僕たちもできるなら一緒に行ってあげたいんだけど……」

 

「私達が優先するべきは黒騎士だ。お前達が大事な仲間の下へと向かうように、私達はあの世話のかかる依頼主を早く見つけ出さなきゃいけない」

 

 二人の言葉にハッとしたようにイオは口を噤む。

 一緒に戦っていたこともあって忘れていたが、二人は黒騎士の側近であり、一行の仲間ではないのだ。

 

「――そう、でしたね。お二人とも、あくまで付いてきただけで目的は別。私達と共に行く必要もないですよね」

 

 二人の言葉に、ジータも視線を下げて寂しそうに呟いた。

 

「そんな言い方されちゃうと弱っちゃうな~。確かに君達と一緒にはいけないけど、そんな風には思ってないよ。

 ただね……あの人はたった一人でここに取り残されてしまった。僕達を遠ざけて、たった一人でオルキスちゃんを助け出そうとして、そして一人になってしまったんだ」

 

「私達は傭兵だ。正しく在る傭兵だ……金をもらった以上、相応の働きをする。お前達に協力はしてやりたいが、一人になってしまった黒騎士を、私達は何よりも優先しなければならない」

 

「またまた~そんなこと言って、あの人に情が移っちゃったんでしょ~ホントスツルム殿ってかわ――痛って!?」

 

「余計な口を挟むな――すまないな、お前達。だが、ここまで運んでもらった恩もある。黒騎士を見つけたらすぐにそっちに行ってやるさ」

 

 スツルムがドランクを突き刺しながら、一行を見回して告げた。

 傭兵だから、依頼主を優先する。そして傭兵であるから、受けた恩には報いる。ギブアンドテイクは傭兵の基本だ。

 二人の意志を汲み取り、一行の空気は少しばかり明るくなった。

 

「わかりました。期待して待っていますね」

 

 俯いていた視線を戻し、笑顔で返すジータ。そのジータの表情に安心したかスツルムとドランクは頷きをみせて、森へと歩き出そうとする。

 

「待ってくれ二人共」

 

 歩き出そうとした二人をカタリナが制した。

 出鼻を挫かれ、振り返る二人はカタリナへと視線を向ける。

 

「ん~、なんだい? 君達の為にも急いで黒騎士を探すつもりなんだけど~」

 

「少し聞かせてほしい……君達は確かに傭兵なのだろうが、何故そこまで黒騎士に尽くすのだ? 報酬分は働くと言うのは分からなくはないが、大国を相手にしてまで仕える様な義理もあるまい。幾ら傭兵として当然とは言え、君達がそこまで尽くす理由がわからない……普通の傭兵であれば手を引いているだろう?」

 

 報酬に対する働き。それは傭兵としては当然である。

 だがその一方で、命の危機がある場合にはそれを切り捨てる事も辞さない。命あっての物種とはよく言ったものだがまさしくその通りで、傭兵とは命を懸けてまで依頼をこなすような忠義の者ではない。

 二人がアポロにこだわる姿は、傭兵としてどことなく異質なものに感じられた。

 

「そんなつまらない事を聞きたいのか? 答えは私達が傭兵だからとしか言えないな。どんな依頼内容であれ報酬をもらった限りはきっちり働く。そこに尽くす理由も何もない。確かに他の傭兵では手を引くかもしれないが私達は――」

 

「ハイハイ、ストップ~スツルム殿。多分そういう話じゃないんだよね。カタリナちゃんが聞きたいのは……体裁的な理由じゃなくて感情的な理由。僕らが黒騎士との依頼をどう考えているかって所かな?」

 

「あ、あぁ……そんなところだが、ちゃんはやめてくれないか?」

 

 ドランクの呼び方に気恥ずかしげな雰囲気を見せるカタリナ。そんな彼女の様子に仲間達が俄かに笑いそうなところを、カタリナは一睨みで抑え込み、ドランクへ視線で質問の回答を促す。

 

「おぉ、こわ……まぁなんていうかね、僕らにとっては彼女もやっぱりヒトの子だったって所かな。ね、スツルム殿?」

 

「まぁ、そうだな。柄にもなく報酬以上の仕事をしてやりたいと思ったのは初めてだった」

 

 少しだけ懐かしそうな、そんな表情が二人によぎる。要領を得ない答えに一行が首を傾げる中、二人はそのまま語りを続けた。

 

 

「僕達が黒騎士に雇われたのは数年前。当時エルステ王国が崩壊しエルステ帝国ができた頃の話だよ」

 

「どこでもその話題で持ちきりだった。そんな時に馴染みの酒場の店主からとある依頼人を紹介されたんだ」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは馴染みの酒場で次の依頼をどうするかと話していた時の事。

 酒場の主人に連れられ、二人と共に店の奥へと通された一人の女性の姿。

 その容姿からか向けられる下卑た視線やバカにしたような声も聞こえる店内を、一睨みで静める様な鋭い目つきで視線を巡らしていた。

 

「――それこそが彼女だった。あの雰囲気と目付きだけでところ構わず威嚇しちゃってて、なんていうか場馴れしていない感じが凄くてね……」

 

「カモが来た……最初は誰もがそう思った」

 

「そうそう。それでまた依頼内容もびっくりでね、ただの傭兵である僕等に側近になれって。しかも報酬は前金で全部払っちゃって……もうなんていうか引いちゃうくらいびっくりな依頼主だったよね~」

 

 呆れと苦笑交じりに語るスツルムとドランクの言葉。

 あの不遜極まりないような黒騎士の意外な過去に一行は驚きを隠せなかった。

 

「えっと……ねぇカタリナ。依頼するのに報酬払うのって別におかしくないよね? なんでドランクさん達はそんなにびっくりしたの?」

 

「ん? あぁ、違うんだルリア。傭兵に限らず依頼をして報酬を払う場合は大抵、前金で半分、成功報酬でもう半分と言うのがセオリーなんだよ」

 

「そうだ、まともな傭兵ばかりとは限らないからな。私達と違い、金だけもらって逃げる奴や、逆に依頼をこなしたのに報酬を払わない奴なんかもいる。だから報酬は普通、半分前払いが基本だ」

 

「だからこそ、彼女の行動は驚いたわけ。前金で全部出しちゃっていいの? って聞いたら、金を払った以上、報酬分は働いてくれるんだろうって……何の疑いもなく答えるんだ。僕らの様に汚れた世界とは無縁な、綺麗な世界で生きて来たんだろうなって……そんな世間知らずな彼女の実を知ったら、急に彼女が弱々しく見えちゃってね。あの目付きも雰囲気も威嚇しているかわいいワンちゃんにしか思えなくなっちゃったんだ」

 

「たかが傭兵を側近にした理由はフリーシアの息がかかっていない駒が欲しかったから……確かに当時の黒騎士の周囲は味方と言える存在がいなかったからわからなくはないが、私達には助けを求めているようにしか聞こえなかった。一人では戦えない、一人では立ちむかえない。そんな声が聞こえてきそうだった……本当に柄じゃないが、手伝ってやりたいと思ってしまったんだ」

 

 穏やかな声でスツルムが胸の内を語る。

 七曜の騎士という規格外の存在となりながら、どこまでも一つの願いの為だけに生きていた彼女を助けてやりたい。

 アポロが強くなる前の事を知っている二人だからこそ抱くその想いが、グラン達にも伝わっていく。

 

「と言うわけで、僕たちはあの手間のかかる黒騎士をさっさと助け出したいわけ、ね~スツルム殿?」

 

「あぁ、手間がかかるし、世話が焼ける。その上人使いは荒いし滅茶苦茶な事ばかりいう依頼主だが……まぁ、やりがいのある仕事だ」

 

 ドランク同様に少しだけ笑みをこぼすスツルムの様子に、一行は彼らの想いを悟る。

 報酬だけが全てではない。彼らなりの信念やプライドと言ったものが、今彼らを動かしているのだとわかったのだ。

 

 

「君達にも、信念と呼べるものがあったのだな……話してくれてありがとう」

 

「なんつーか、互いに事情を知っちまって、この先やりにくくなっちまいそうだが……」

 

「そうですね。黒騎士の最終目標がオルキスさんを復活させる事である以上、私達はいずれお二人と黒騎士。三人と敵対することになります」

 

 そう、フリーシアの野望を阻止した暁にはアポロは改めて雌雄を決すると言っていた。

 失われたオルキスを取り戻すため、今のオルキスとルリアを犠牲にすると。その為にグラン達とは戦う事になるだろうと……いずれは敵対する相手の同情を引くような過去を聞いてしまい彼らの決意が鈍る。

 

「だが今は違う。今はまだ、互いに手を取り合うところじゃ……我々は互いに、大切なものを取り戻しに来たのじゃろう?」

 

「ふふん、そういうわけだね~。ということで今度こそ僕達は行かせてもら――」

 

「待ってくれ」

 

 再度動き出そうとした二人を今度はセルグが止める。

 一斉にセルグへ視線が向いたのと同時に、嫌な予感がしてグランが先に口を開いた。

 

「まさかと思うけどセルグ。二人と一緒に行く気じゃないだろうね?」

 

 言い出しかねない。セルグならあり得るだろうとグランは問いかける。

 ここでセルグまで離脱されては戦力が大幅に下がってしまう。島に降り立つ際に見たセルグのチカラは以前と遜色ないレベルであり、ユグドラシルマリスと戦うには不可欠と言っても過言ではない。

 

「ちょっとセルグ……、まさかそんなふざけた事言わないわよね?」

 

「落ち着いてくれゼタ。……いくらオレでもそんな事はしない。だが、黒騎士をここに置き去りにしてしまった理由はオレにある。そうだろ、オイゲン?」

 

 問われたオイゲンは沈黙を返す。

 セルグのせいにはしたくはない。だが、前回のあの場において、セルグの暴走が無ければアポロを置き去りにすることはなかっただろう。

 思い起こされた娘を置き去りにした罪悪感が、オイゲンの表情をゆがませる。

 

「セルグのせいだなんて言えねえさ。あの時のお前さんには意識が無かった……体の自由を奪われていたお前さんに責められる謂われはないはずだぜ」

 

 セルグを責められようはずもない。知らない存在に体の自由を奪われ、意識すら飛んでいたセルグを仲間の誰もが責められなかった。

 だが、この男はそんな彼らの想いを否定する。

 

「それは違うな、オイゲン。あれは意識を奪われたオレと軽率な行動をした母上のせいだ。親子揃って犯した過ちだ……オレには払拭する理由がある」

 

「母上……?」

 

 オイゲンが疑問符を浮かべる。それだけにと留まらずに仲間達にも疑問符が浮かんだ。

 その瞬間、セルグはハッとしたように一度口を噤んだ。

 

「――事実上はオレの生みの親だからな……そう呼べと言われた」

 

 言い辛そうに、呟くように発した言葉に仲間達から俄かに笑みがこぼれた。ザンクティンゼルで出会った少女。事実上は確かにセルグの母親と言えるだろう少女の事をセルグが母親と呼んでいる。

 ”そう呼べと言われた”……ここらへんにセルグの照れが多分に含まれていて仲間達は一様にからかう様な笑みを浮かべる。

 

「へ~あの子の事お母さんだと思ってるんですね。ちょっと意外です」

 

「フフ、やはりセルグさんも存在は違えどヒトの子。母親は恋しいと言うわけですか。良い事を聞きました、モニカさんにも後で教えてあげましょう」

 

 ジータとヴィーラがここぞとばかりに声を上げた。ヴィーラはまだわかるがジータに意外な食いつきにセルグが驚く中、仲間達の口撃は止まらない。

 

「そう照れるなセルグ。ヒトとして……決しておかしくはない感情だ。少々遅すぎるかもしれんがな」

 

「フォローの全てが最後の一言で台無しだぞカタリナ。言っておくが別にオレは母親ができて嬉しいなんて気持ちはこれっぽっちも――」

 

「フッ、そんな事言って、この間ゼタに頭を抱かれた時も随分と大人しくしていたじゃないか? 無意識にお前はそういった存在を求めていたんじゃないのか?」

 

「「なっ!?」」

 

 スツルムの言葉に、ゼタとセルグが同時に顔を赤くする。

 

「ちょ、ちょっとスツルム! 勘弁してよ、こんな面倒な息子願い下げよ!」

 

「変な勘繰りはよせ、オレは断じてそんな事ない」

 

「へ~ねぇねぇセルグ君。ゼタちゃんに頭を抱えられた時どうだった? スツルム殿程じゃないけどゼタちゃんも立派なものをお持ちだし色々と嬉しい感触が――ゴへッ!?」

 

 子供もいる前で色々と危険な質問を投げかけようとしたドランクの姿が消える。

 珍しく剣ではなく蹴りを見舞ったスツルムと、話題の最中のゼタ。そして当然ながらふざけたからかいを行った制裁としてセルグも加わり、蹴り、槍、鞘による途轍もないフルスイングを受けてドランクは森の奥へと消えていった。

 

「スツルム……奴の処理は任せた」

 

「任せろ、きっちりヤキを入れておいてやる」

 

「火が欲しければ言って。今なら特大火力を出してあげるわ」

 

 ギリギリ何を言わんとしていたか察したのはグランとジータまで。イオとルリアが疑問符を浮かべていることに静かに安堵し、セルグは改めてスツルムへと向き直る。

 

「盛大に話がそれた。オレがそっちに行くことはできないが、ヴェリウスを連れて行ってくれ。本体からチカラを受け取れるようになった以上、今のオレに融合と言う選択肢はないからな……ついでに」

 

 言葉の終わりと同時にセルグを闇が包み込む。燃え盛る炎の様に揺らめく闇がセルグの手に集まるとそこから三つに分かれ離れていく。

 離れた闇は徐々に形を作り、小型の分身体を作り出した。

 

「ヴェリウス、パスをつないで制御と統合をして二人の力になってくれるか?」

 

 傍らに呼び出した分身体のヴェリウスに告げてセルグは小型の分身体の制御を任せた。

 

 ”ふむ……本当にお主はそつなくこなすな。小型の分身体との情報を我が共有し探索範囲を大幅に増やすとは……よかろう。本体からチカラを送れる以上、我に戦闘での出番はないだろうしな”

 

「助かる……というわけでこれを助力としたい。大丈夫か?」

 

 ポカンとした表情でスツルムはセルグを見返した。

 これを以て助力……この男は一体何を言っているのだろうか。言われた意味を理解したところでスツルムの中に苛立ちが募ってきた。

 

「大丈夫かだと? お前は今自分が何をしたかわかっているのか? ハッキリ言ってそんな力があれば私達はいらないじゃないか」

 

 ヒトよりも格段に動きやすい鳥型の分身体。それをヴェリウスと合わせ四体。スツルムとドランクが動くよりよっぽど早くアポロを見つけることはできるだろう。セルグを見るスツルムの視線には僅かに怒りが込められる。

 

「ヴェリウスができるのは見つけて運ぶくらいだ。置き去りにされた黒騎士が命の危機にあった場合治療するためにも、二人はいたほうが良い。オレの協力は見つける段階までしか機能しないさ」

 

「フン、そういう事にしておいてやる。グラン、ジータ。そういうわけで私は行く。先も言ったが片付け次第援護に向かうが……この常識はずれのバカがいるなら私達は必要ないかもしれないな」

 

「あ、うん。そうだね、ホント。常識外れすぎて僕達も言葉が出ないよ……」

 

「それでもお二人の力が必要になるかもしれませんので、お願いします」

 

「分かっている。それから……オルキス」

 

 準備が整った所で、不意にスツルムは静かだったオルキスを呼んだ。

 

「私達は黒騎士を探しに行く。幸いにも手軽に探せる手段を手に入れた。お前も一緒に来るか?」

 

 アポロの願いをかなえるため。感情の無い人形だったオルキスに芽生えた心に、スツルムは問いかける。

 そこにいていいのか、一緒に来なくて良いのか……そんな意味を込めて

 

「迷惑……じゃない?」

 

「聞いているのはこっちだ。一緒に来たいかと聞いている」

 

 オルキスの言葉をにべもなく切り捨て、スツルムは再度問いかける。

 迷惑とかそんな事関係なく、オルキスの意思はどうなのだと……

 少しの時間、オルキスが黙り込み、我慢できずルリアが助力の声を上げようとしたところで、オルキスは静かに口を開いた。

 

「――行きたい。一緒に行って、アポロを助けたい……アポロを助けて、一緒に、ユグドラシルと、ロゼッタさんに謝りたい」

 

 アーカーシャを起動しようとした時と同じ。明確な意思と声を以てオルキスは答えた。

 

「私は……アポロに言われて、静かに眠っていたユグドラシルを起こしてしまった。そして起こされたユグドラシルはフリーシアに目を付けられて、こんなことになってしまった。私とアポロは、ユグドラシルとロゼッタさんにちゃんと謝らなきゃいけない」

 

 一人抱えていた、罪の意識がオルキスから吐き出される。

 言われるがままだった人形の自分が起こしてしまったユグドラシル。それが発端となり、今こうして多くの者に迷惑をかけてしまった。

 芽生えた心が、良心の呵責が、オルキスに新たな決意を促す。

 

 アポロと一緒に必ず謝る。

 

 その決意の下、オルキスはスツルムと行くことを決めた。小さな歩幅で、だがしっかりとした足取りでスツルムの元へと向かうとその隣に並び立って振り返る。

 

「ルリア、グラン、ジータ。皆も……ごめんなさい。私はスツルム達と行く」

 

 オルキスはひとたびの別れを、謝罪と共に口にした。

 

「そっか、行ってらっしゃい。ちゃんと無事に帰って来てね」

 

「その時は黒騎士も一緒に……ちゃんと四人で頼むよ」

 

「行ってらっしゃい、オルキスちゃん!」

 

 対する彼らは心良くそれを見送る。

 止められようはずもない……人形のようだった彼女の意志がそう決めたのだから。

 

 

「それじゃ、行ってくるからな。ドランク! いつまで寝たふりをしている! 置いていくぞ!」

 

「はいは~い! ちょっと待ってよスツルム殿~あれだけ思いっきり蹴りつけておいて寝たふりは無いんじゃないかな~あの威力下手すりゃ――」

 

 気の抜けた会話を残しながら、そうしてスツルムとドランクはオルキスを共だって森へと歩き出していった。

 

 

「ヴェリウス、黒騎士を見つけ次第二人の案内だ。小型の一体を二人の傍に置いておけば合流も容易だろう」

 

 ”わかっておる。若造が考え付くことが我に思い至らぬ道理はないわ”

 

「そうだな……それじゃ、頼んだ」

 

 ”心得た”

 

 バサッと翼を広げヴェリウスが飛び立つ。同時に小型の分身体も森の中へと飛んでいき瞬く間に薄暗い木々の向こうへと消えていった。

 

 

「これで、見つけるのは楽になるだろう……」

 

「なんか、随分と便利になってるね。さっきのも本体からのチカラ?」

 

「ん? あ、あぁ。戦闘力としてのチカラはただ闇のチカラを送られてくるだけなんだが、さっきのは形をもって送られてきた感じかな。記録という元々アイツが司る分野だ。諜報、偵察には有用そうで助かる」

 

「アンタ、便利なのは良いけど、悪用したりしないでよね。下手すりゃ犯罪紛いの事だって――」

 

「お前は何を言っているんだ。ドランクでもないのにその疑いをもたれるのは地味に傷つくんだが……」

 

「大丈夫ですよゼタさん。そんな事をしているとわかった時点でまたアマルティアの牢獄に放り込んであげますから安心してください」

 

「リーシャ……お前まで」

 

「ま、まぁまぁ。お二人ともその辺で……」

 

 ゼタとリーシャの言葉に地味にへこんで俯くセルグをジータが窘める。

 一度スツルムとドランクが向かった先を見たジータは、改めて纏う空気を変えた。

 

 おふざけは終わり。おしゃべりはおしまい。

 ここから先は、リベンジも兼ねた救出戦。緩んだ空気から張りつめた空気へと持ち直し、ジータは声音を変えて告げる。

 

「それでは、私達も先へ進みましょう。随分話し込んじゃいました……早く行って、ロゼッタさんを助け出さないと」

 

「そうよ。私達は早くロゼッタを助け出さなきゃいけないんだから! ホラ、セルグ! シャキッとして!」

 

「分かっているさ。まぁ、負ける気も救えずに終わる気も更々ない。今度は手加減無しの全力で戦えるからな……きっちりカリは返してやる」

 

 イオに焚き付けられ、気を落としていたセルグの表情も真剣なものへと変わる。

 前回は、その前の戦闘で融合を使っていた為まともに戦えなかった。仲間に求められたチカラを出せなかった事が悔しかったセルグにとってもマリスとの戦いはリベンジである。

 

「よし、今度こそ進もう! ルリア、案内を頼むよ」

 

「ハイ、任せてください。あっちの方です!!」

 

 グランの声にルリアが元気に答えると、進むべき道を指し示した。

 暗い森の奥、陰鬱とした雰囲気が漂う中、彼らの意気は止まる事なく高まる。

 

 待つのは助けを待ちわびているはずの仲間と、その仲間が必死に救おうとしている星晶獣。

 多くの回り道を経てしまったが、助けるための準備は整った……後は手を伸ばすだけ。

 気負いも恐れもなく、一行は意気揚々と進み始めるのだった。

 

 

 伸ばしたその手が振り払われることを知らぬまま……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

アポロの為に戦う二人の想いや、オルキスの決意なんかが今回の見どころといった感じです。


それでは、お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第44幕

久々更新。
佳境にはまだ遠く、盛り上がりに欠けますがどうぞお楽しみください。


 

 薄暗い森の中に銃声や魔法の音が響き渡る。

 次いで聞こえるのは金属同士がぶつかり合う甲高い音。それが幾重にも重なり、森の中を喧騒が包んでいた。

 

「セルグ! 手数が足りない。風火二輪で援護に回って、前衛は僕等が行くから……ゼタ、ヴィーラ、カタリナ、アレーティア。前線を押し上げるよ!」

 

「わかった!」

「お任せください!」

「了解だ!」

「行くぞい!」

 

 グランの声に天ノ羽斬を抜いて前に出ていたセルグは大きく後退。跳躍で下がりながら風火二輪での援護に回り始め、騎士達が代わりに前に躍り出る。

 

 迫りくるのは操り人形となった帝国兵士。

 前回この島を訪れたグラン達が叩きのめしたまま、島に取り残されていた兵士達が魔晶の影響強いこの森でその瘴気に呑まれていた。

 理性を失い、狂気を纏った兵士達は次々と武器を構え、森を進むグラン達へと襲い掛かってきたのだ。

 

 

「ハッ!」

 

 小さな息と共にグランは七星剣を振り抜く。

 正気を失い、ただ向かい来るような兵士達をグランは一撃ですべて刈り取っていった。

 セルグ同様に七星剣へと強烈なチカラを付与し、しっかりと踏み込んでの一閃。それは回避も防御もいらない、先の先をとる剣技。

 牽制などで隙を作り出すようなことはしない戦い方は、グランの実力が兵士では足元にも及ばないことを物語る。

 

「今日の僕は……本当に全力だ! 北斗大極閃!!」

 

 七つの光点が七星剣を包む。肥大化した光の刀身を構えたグランはそれを横薙ぎに一閃。

 前方より迫りくる兵士達を全て薙ぎ払った。

 

 

「困りましたねー。森の中でこんなに暴れたら、動物さん達もお花さん達も困っちゃいますよ~」

 

 戦闘モードへと入ったジータは、気の抜けた声を挙げるがその間も周囲には魔法弾が構築され、彼女の意志に従い次々と放たれていく。

 縦横無尽に飛び交う魔法弾が兵士達を撃ち払い次々と沈めていく中、ルリアの護衛に回るリーシャは、そのあまりにも不釣合いな光景に戦慄していた。

 

「全く、末恐ろしいですね……あの黒騎士の魔法ですら霞んできそうですよ」

 

 大人しい顔して使う魔法は超魔法とはセルグの談だったが、リーシャも同じような思いであった。

 ビショップとなったジータの回復魔法にも驚かされたが、攻撃魔法となると圧倒的と言う他ない。

 魔法の構築速度から、威力、制御能力まで練度が桁違いなそれは、アポロと並んでも遜色ないであろう。

 

「何呆けているんだリーシャ。休んでいる暇があったら、戦況の分析でもしてくれ」

 

「わ、わかっています! セルグさんこそ、援護に回るからには前に出ないでしっかり援護に徹してくださいよ! 銃やボウガンを構えている兵士が多いんです。間違ってルリアちゃんに当たったりでもしたら……」

 

「リーシャ、お前は何の心配をしているんだ……良く見ろ。ルリアとビィにはシルフが付いている」

 

 セルグの言葉にリーシャがルリアへと視線を向ける。

 その視線の先には星晶獣シルフが生み出した魔力の繭に守られるルリアの姿があった。銃弾も矢も……その悉くを防ぎきるそれは兵士が束になってかかったところで破れる事は無いだろう。

 その様子に自分が抱いている不安は無駄以外の何物でもないことを理解したリーシャは気を取り直す様に一息吐いて、気持ちを落ち着ける。

 

「――どうやら要らない心配だったようですね。それではセルグさん、三時の方向をアレーティアさんと一緒に迎撃してください。突破のタイミングがありましたら指示を出しますので前に出過ぎないでくださいね。まぁ、言っても無駄かもしれませんが……」

 

「一応は状況を理解しているつもりなんだが……最近信用が無さ過ぎると言うか風当りが強くないか? もう余計な事は言ってないぞ……」

 

「余計なことは言ってなくても、問題な事ばかりしています。フュリアスへ行った事について、私はまだ納得していませんから」

 

 見るからに怒っていますと言いたげな目付きで睨まれ、セルグはたじろぐ。

 一過性ですぐに収まるだろうとたかをくくっていたリーシャの怒りは、思いのほか根強く残っているようだった。

 実際のところはやった事への……と言うよりは必要な事とはいえそれを相談せずに行い、一人でやろうとしたことへの怒りであったがセルグがそれに気づくはずもない。

 

「いや、だからあれは必要な事だって――」

 

「ホラ、早く援護に行ってください」

 

 弁解の言葉を遮られ、渋々セルグはアレーティアの援護に向かうのだった。

 

 

 

 

 兵士達より放たれた銃弾がルリアの前で阻まれていく。

 防ぐのは繭の様にルリアを覆う淡い赤の魔力障壁。そしてそれを構成するのは、傍らに浮かんでいるルリアより小さい、少女のような星晶獣シルフだ。

 幼い少女の姿に蝶のような翅を生やしたその姿は一見可愛らしい事この上ないが、どんな姿を取ろうと彼女は星晶獣。その能力は簡単に打ち破れるものではない。

 ザンクティンゼルでの失敗を糧に、防御を最優先としたルリアに死角はなかった。

 

 住人がいないルーマシーで誰にも見られる心配はないこの状況。相手が正気を失った帝国兵士であるなら、ルリアはチカラを使う事を躊躇わない。

 己のチカラが危険を呼び、仲間に及ぶのであれば今度は自分も戦うと。そう覚悟を決めたルリアにとって今は戦う時……大切な仲間を取り戻すために、今この時はルリアも全力を傾けていた。

 

「シルフちゃん……防御魔法をイオちゃんにもお願いします」

 

「わかった」

 

 決然と言い放ったルリアに、オルキスと同じように感情の希薄な声で答えたシルフは、即座にルリアに付与しているのと同様の防御魔法を展開。

 足を止め援護の魔法に注力できるようにと、イオを包み込む。

 

「これって……?」

 

「イオちゃん! シルフちゃんが守ってくれますから思う存分戦ってください!!」

 

 突如己を覆った防御魔法に困惑するも、ルリアの声を聞いてイオの顔が喜びに輝く。

 

「ありがとルリア、シルフも!! よーし、ジータに負けてられないし全力で行くわよ!!」

 

 相手の攻撃への懸念が消えたイオは、瞳を閉じて意識を集中する。

 魔法を行使するうえで最も必要なのは集中力。適正な量の魔力を適切に運用する制御能力だ。特異な性格上、戦闘時にも全く動じないハーミットのジータに比べ集中力では劣っていたが、イオにも純魔導師としての意地がある。

 懸念となる相手の攻撃が気にならなくなった今、フルパフォーマンスの魔法を見せつけてやろうとイオは闘志をみなぎらせた。

 

「てぇい!!」

 

 気合い一閃。剣を振るうのとは違うが振るわれた杖から放たれた光弾が次々と向かってくる兵士を打ち倒していく。

 イオの得意魔法フラワリーセブンが飛び交う中、彼女は即座に別の魔法へと切り替えて発動。己の中に渦巻く魔力を形にして、最も単純な魔法に最大限の強化を付与していく。

 

「いっけぇー! アイス!」

 

 放たれたのは凍結魔法アイス。だがそれは以前にセルグの腕を凍らせたようなちゃちなものではない。放たれた魔力は広範囲に拡散し、一行に迫りくる兵士達を一網打尽にする程の威力を持っていた。

 周囲を一面凍りつかせる様なイオの魔法に兵士達は皆動きを止めるか鈍らせる。それは歴戦の戦士となった彼らにとって格好の的となり、次々と兵士達が沈められていった。

 

「ふふん! どんなもんよ!!」

 

「うわぁ~イオちゃんすごいです!」

 

 今までイオが見せた中で一番の威力を誇るだろうその魔法を見て、声を上げたルリアだけでなく仲間達から一斉に賛辞が飛び出てくる。

 

「すごいじゃないかイオ。いつの間にそんなに強い魔法を身に付けたんだ?」

 

「あれだけ凄ければ黒騎士とも渡り合えそうだよなー。いや、大したもんだ」

 

「ホントですね……ジータさんにも驚きでしたが、その若さでこれだけの魔法。ホント皆さんはいつか秩序の騎空団の脅威になりそうで今から怖いです」

 

 カタリナとラカムが賞賛を述べ、リーシャは余りの強さに慄いた。

 グラン、ジータ。若くしてこの団を取りまとめ、自身も天星器を扱えるだけの力を持つ二人と、最年少のイオが今見せた魔法。

 成長しきった大人の面々を差し置いて見せられた若きチカラに、見守る側の大人たちは戦々恐々といった所だろう。

 自分達が同じ年の頃はどうだったか……そう考えるとグラン達の強さは異常と思える程に強い。

 

「どう、セルグ? 私だって戦えるんだから。あのガンダルヴァってやつが相手だって大丈夫なんだからね!」

 

 挑戦的な表情で、イオはセルグへと言い放った。恐らくはアマルティアでのセルグの一言への言及といった所だろうか。

 ガンダルヴァを相手にするのはイオでは心許ないと言った事を思い出して、セルグは思わず苦笑い。

 

「ふふ、アレーティアさんに体術を習った後は私の所に来て、”一緒に魔法の特訓をしましょう”だったもんね。セルグさんに一人だけ特別扱いされたことを気にしていたみたいですよ」

 

「――あれは向き不向きの話だ。優劣を語ったわけじゃないんだが……そう生き急がなくても、イオが優秀なのは十分知っている。子供であることも含めて、そんなに気にするなよ……」

 

 ジータの言葉で罰が悪そうにセルグが答える。セルグとしては間違った事を言ったつもりもないし、イオの事を軽く見ているわけでもなかった。

 実力云々では覆せない、体格の不利というものを認識してもらいたかっただけであったのだが、それはどうやらイオのやる気を加速させたようだ。

 

「フンッ! 私だけ弱い者扱いなんて許さないんだから!」

 

「ホラホラ、その辺にしておくんだ。イオ、セルグは決してバカにしているわけではないんだぞ。私が守る事に長けるように人には向き不向きがある。なんでもこなせるのは様々な戦闘スタイルを使いこなすグランとジータぐらいだ。 今日もハーミットのジータと言う隠し玉を見せられたしな……君には君の強みがある。何も戦闘における全てで張り合う事はないさ」

 

「そうだぜガキンチョ。カタリナの言うとおり、何もお前さんまで前で戦う必要はねぇんだ。こうしてほとんどの敵の動きを止めるすげぇ魔法を使えるんだしな。この魔法だって、以前じゃこんな凄くはなかったんだろ? 十分じゃねぇか」

 

「フォッフォ、子供の成長と言うのはすさまじいのぅ。魔法に関しては儂にはわからんが、先程のグランの前線での暴れっぷりもすさまじかったぞい。セルグ、我らも油断はしておれんのぅ」

 

「そうだな……以前よりも斬る事への迷いがなくなった。と言うよりは、効果的な斬り方を覚えたと言った感じか。相手が格下とわかるや、牽制も何もなしに一撃で仕留める事に重きを置いた剣閃は、戦況を読んだ見事な戦い方だったよ」

 

「ま、まぁ……皆に頼ってばかりじゃね。魔法じゃジータには適わないし、剣の腕だけは絶対負けるものかとがんばって来てたから。ついでに言うと僕の中ではセルグの戦いが参考になってたりするよ」

 

 突如向けられた賛辞にグランが照れくさそうにしながら剣を収めた。周囲に既に動く気配は見当たらない。一先ずは迎撃しきったといった所だろう。

 戦闘の終わりを感じ、各々は武器を収めていた。

 

「ほ~。確かにあの有無を言わさぬような戦い方はセルグっぽいのぅ」

 

「やめておけグラン。オレの戦い方なんて真似するもんじゃない……有無をいわさぬっていうのに間違いはないがそれは天ノ羽斬による剣速の強化があってこそだ。同時に斬撃の投射と言う間合いを選ばない技もあってのな……格下なら戦えるだろうが、強敵相手では下手すれば返されるぞ」

 

「うん、それは分かってるよ。ちゃんとそれについても考えている……いつか、セルグと互角に戦えるようになるためにね」

 

 セルグの指摘にグランは言い訳もごまかしも感じさせない笑みで答えた。自信ありげなその表情は、セルグの中に沸いていた不安を簡単に取り除かせる程にグランの成長を感じさせた。

 

「どうやら心配は無用の様だな。いつか来るその時を楽しみにしているよ、グラン」

 

 戦士として、強者との戦いに心躍るものがあるのか……初めて出会った時と比べ、大きく実力を上げたグランの今後と、いつか対峙する事に想いを馳せて少しばかり嬉しそうなセルグであった。

 

「ハイハイ、男同士で盛り上がるのは勝手だけど、私達は急ぐ身でしょ。ほら、早く行きましょ」

 

「そうですね。襲撃されたことを考えれば、一所に留まるのもあまり良くは無いでしょう……グランさん、ジータさん。私も早々に進むことを提案します」

 

「そうですね~。ヴィーラさんの言うとおり、早く行った方がいいんじゃないかな?」

 

 まだ若干戦闘モードが抜けきっていないジータの、気の抜けた声を聞きながら、一行は浮ついた気持ちを落ち着けて再度進行を開始した。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ”ううむ……思いのほか捜索は難航しなかったな。我が動いている以上当然と言えば当然だが……”

 

 森の中を少しゆっくりと飛びながら、一人(?)ヴェリウスはごちた。

 後ろにはスツルムとドランク。そして必死についてきているオルキスの姿があり、今は絶賛道案内の途中だ。

 

 別れてアポロの捜索を始めて一時間程度であろうか。小型の分身体からの映像で思いのほか早くアポロを見つけたヴェリウスは、三人を伴ってその場所へと向かっていた。

 

「ヴェリウス……だったな。黒騎士の状態はどうなんだ?」

 

 僅かに心配を覗かせるスツルムの問い。後ろでドランクが気づかれない程度ににやけるのを見逃さずにヴェリウスは小型の分身体の映像より必要な情報を読み取った。

 

 ”外傷は特に無し。魔物も跋扈するこの森で姿かたちを保ったままでいるのは幸いと言えよう。倒れているわけでもなく現在もフラフラと歩き続けている。どこに向かっているか、それは定かではないがな”

 

「つまり一応動けるんだ? というか本当にヴェリウス君便利だね~どう? セルグ君から僕らに乗り換えて一緒に仕事しない?」

 

 偵察として、情報収集にこれほど役立つ存在はそうはいない。

 言葉が話せて、空を飛べて、鳥型であるから隠密する必要が無いのだ。

 傭兵と言う仕事には情報収集が必要になってくる場面も多い。そんなときヴェリウスが居たらどれほど楽なのかは想像に難くない。

 

 ”たわけが。有象無象のヒトの子と共に行くなどありえぬ。我が付き従うのはあ奴のみよ”

 

 ヴェリウスの答えに、ドランクが表情を固める。

 

「ふ~ん。普段はあんな態度だけど、随分セルグ君に入れ込んでいるんだね。一体、何が君をそうさせるんだい?」

 

 思わぬヴェリウスの態度に、ドランクが興味深そうに問いかけた。一緒に仕事をすると言ったのは冗談のつもりであったが、返された言葉は、至極当然だという様な返しであり、問いかけたドランクだけではなく、スツルムも聞き耳を立てる程に二人の興味を引く。

 ついでに加わったオルキスも含め三人の視線が集まると、ヴェリウスはドランクの肩へと止まりこのまま進み続けろと告げて、静かに思考を巡らした。

 

「ヴェリウス……どうしたの?」

 

 ”――少し長い話をするぞ”

 

 ゆっくりと落ち着いて話をさせろと。そういう事なのだろう。オルキスの問いに答えたヴェリウスはドランクの肩にとまり、静かに語り始める。

 

 ”我は元々、あの若造や小娘の組織に囚われていた。星晶獣に有効な武器作りの為という事でな。奴等の研究施設で散々に与えられた仕打ちは、お主らヒトの子では耐えられ無いほどに凄惨なものであった。

 苦痛と恐怖に満ちた日々と言うのは星晶獣である我をもってしても絶望するには十分であった”

 

「一応はかじった程度だけど彼から聞いているよ。実験動物ってやつだよね」

 

 ”その通りだ。元々我ら分身体は本体の元へと戻る事で記録した情報を伝える。あの時点では本体との繋がりもなく、我は孤立無援な状態であったのだ。

 そんな我の前に現れたのがあの若造だ……目の前で最も大切な者を失い、絶望と憎しみにとらわれた奴を見て、我は好機とみて同調した。我にあった憎しみも全て預け、愚かなるヒトの子に思い知らせてやろうと。思念で呼びつけた若造に檻を解放してもらい、我は身に宿る全てをあの者に預けて融合という状態へと至った。そして――――全てを覗いたのだ”

 

 僅かにヴェリウスの声音が下がる。話すのが少し謀られるのか、その様子は力無く見えていた。

 

「覗いた? 一体何を覗いたって――」

 

 ”憎しみにとらわれる裏で、ひたすらに守れなかった事を嘆き続ける奴の心をな……あの若造の表に出ていた奴等への憎しみなど氷山の一角にすぎなかった……今でこそわかった事だが、使命に因る奴の守る事への意識はあり得ない程に強い。そして、融合した我は今度は同情してしまったのだ……”

 

「セルグの……心に?」

 

 ヴェリウスの言わんとした事がわかったのか、オルキスが確かめるように問いかける。

 スツルムとドランクが、オルキスに少しばかり驚きの視線を向けるがオルキスは自然と口から零れるように言葉が出ていた。

 

「セルグも、アポロと一緒で泣いてた……涙を流さずに泣き続けてた?」

 

 ”そう……だな。人形と呼ばれた娘の言うとおり、奴は心の内で常に泣いていた。一度だけの融合であったつもりが、我はその時より奴の元を離れようとは思えなくなってしまったのだ。

 若造の心は他者へ向ける憎しみより、守れなかったと嘆く己への憎しみの方がはるかに強かった。弱いヒトの子に非ざる、奴の心に我は呑みこまれてしまったのだ。共に誰かが居ておらねばならぬと……その時、我は決めた。奴のおかげで救われたこともそうだが、我自身が若造を。救うべき……付き従うべき者と決めたのだ”

 

 友として共にある。それだけでセルグの心は幾分か救われた。

 ヴェリウスがいたから共に復讐に生きると誓い、ヴェリウスがいたからグラン達とも出会えた。

 セルグはそれを言葉にして説明することはなかったが感謝の気持ちだけは伝えてくれた。

 だからと言うわけではないが、ヴェリウスにとってもセルグは大いに特別な存在となっているのだ。

 

「ふ~ん。君とセルグ君との関係には少し不思議な気はしてたんだよね……星晶獣ともあろうものがなんで人間なんかに付き従ってるんだろうって。そういう事だったんだ……ホント彼はどこまでもあの子が言っていた使命ってやつに踊らされちゃうんだね」

 

 ザンクティンゼルで邂逅した少女。セルグの母とも呼べる少女が植え付けた使命は正に呪いと呼ぶに相応しい。星晶獣であるヴェリウスを呑みこむほどのセルグの悲しみとはどんなものなのか……ドランクには想像すらできなかった。

 

「アイリスの事は乗り越えた……そう言ってはいるが、この先同じことになればどうなるかわからないとは、本当に面倒な奴だな」

 

 ”分身体である我に死は訪れない。本体とのパスをつないだ今、仮にこの身体が破壊されようと、本体からそのまま蘇る事ができる。死なない理解者と言うのは、若造にとって最も安心できる存在であるのだ。我はこの立場を変える気はない。

 更に言うのであれば、もとよりヒトの子へは深い憎しみを持っていた我にとって、若造と小僧共までは特別扱いしても良いが他の者は有象無象に過ぎぬ”

 

「わぁ~清々しいまでに僕等、有象無象扱いなんだね~。少しだけショックだよ……」

 

「フン、別に星晶獣に好かれようが好かれまいがどうでもいい……だが、そういうなら、アイツだけでなくグラン達もしっかり守ってやるんだな。じゃなきゃアイツは生きていけないだろう」

 

 ”言われなくてもわかっている”

 

 スツルムの言葉に静かな声で返したヴェリウスは、話は終わりと言わんばかりにドランクの肩より飛び立つ。

 三人の少し前に躍り出た事から道案内を再開したのだろう。

 ヴェリウスにかける言葉が出てこない三人を尻目に、ヴェリウスは何も言わずに進み始めた。

 

「まぁ、今の話は僕らもちょっと他人事じゃないよね……オルキスちゃんをこうして連れている以上、あの人にとってセルグ君同様に、失えば致命傷になり兼ねない」

 

「少なくとも私がいるから大丈夫だ。危険な目に遭わせる気はないからな。ドランク……お前もしっかりと守」

 

「ふふ~ん。なんだかんだ言ってやっぱりスツルム殿って優しいよね~。さっきのだって、突き放されたっていうのにセルグ君の為にヴェリウス君に助言しちゃうとことかさ~なんていうか最近普通に優しい子になって来てて僕も嬉しいなぁ~。ねぇねぇスツルム殿~もしかしてセルグ君に惚れちゃっ――痛ぇ!? ちょっとスツルム殿!! 問答無用はだめだって……」

 

 不意打ちの制裁にドランクが抗議の声を挙げるが、視線を向けた先のスツルムの表情に声が消えていく。

 

「次余計な事言ったら刺すぞ……」

 

 照れ隠しではない。そして次は無い。

 それを言外に語っていた。

 既に刺されているので次も何もないと言うのは野暮だろうが、つまりは次も刺されるという事であるのは間違いない。

 

「もう刺してマース」

 

「ドランク……今のはドランクが悪い」

 

 悪ふざけが過ぎたドランクに味方するものはおらず、三人はヴェリウスを追いかけて進行を再開するのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 鬱蒼と茂る森を疎ましく思いながらも進む足は止めない一行。ゼタとアレーティアが道を切り開いていき、その他のメンバーは周囲を警戒し、着実に進んでいた。

 だが、進むにつれ先に待つユグドラシルの威圧感が徐々に高まって来て、一行は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「そういや、さっきの兵士達。とても正気とは思えない感じだったが、一体何を狙って襲い掛かってきたんだろうな……」

 

 緊張感漂う中ふとオイゲンが声を挙げる。

 先程の襲撃。一先ずは応戦し撃破したが振り返ってみると謎が多かった。

 自我を失っていると思われる兵士達がなぜか一様にグラン達へと襲い掛かってきた。

 命令も何もないのに、統一された目的の下動いているように感じられた襲撃は一体なんだったのだろうか。気にすれば疑問は尽きなかった。

 

「そういえばそうですね……フリーシア宰相もいないのに命令なんか出てるわけないですし、同士討ちとかしていなかったのは不思議です。ねぇ、ルリア。あの人たちからは何か感じた?」

 

「そうですね、う~ん――いいえ、ジータ……感じたのは魔晶のチカラに侵されてるってことぐらいでした。恐らくなんですけど、ユグドラシルの魔晶の気に当てられて、森と同じように操られていたのかなぁって……」

 

「なるほど。確かにその線はあり得そうだな。魔晶の気に晒された彼らですらユグドラシルの支配下という事か……ん? リーシャ殿、どうしたのだ?」

 

「えっ、あ……えっとですね」

 

 思案している様子のリーシャにカタリナが問いかける。カタリナの声で我に帰ったリーシャは皆の視線に僅かに言いよどむも、己の考えを話し出した。

 

「勘に近いのですが、彼らの動きを見るに狙いは中央にいたルリアさんとビィさん。どちらかであると思われます」

 

「私と……」

 

「オイラ?」

 

 告げられた二人が首を傾げる中、リーシャは話を続けた。

 

「ルリアさんを狙う理由は、元々フリーシア宰相に操られていた命令が残っている可能性。ユグドラシルに残されたその命令が、彼らを操りルリアさんを狙わせたのではないか……と。ビィさんを狙う可能性はビィさんがザンクティンゼルで手に入れた星晶に対抗するチカラを感じ脅威と認識した……といった所です。どちらも推測の域を出ませんが、兵士達の動きを見るにお二人を狙っていた可能性は高い」

 

「なんだってぇ!? 何でオイラが狙われることに……」

 

「だ、大丈夫ですよビィさん! ビィさんはシルフちゃんが一緒に守ってくれますから!」

 

 一度はグラン達が手も足も出なかったユグドラシルマリスの敵意が己に向いているかもしれないと知り、ビィが恐れ慄く。

 こうなるとやはり少し大きなトカゲでしかないビィを励まそうと、頼もしくなったルリアが抱き抱える中、グラン達はリーシャの推測を見返していた。

 

「なるほど……という事はビィのチカラはもしかしたらユグドラシルにとって大きな脅威なのかもしれないって事か」

 

「もしルリアちゃんではなくトカゲを狙っていたのだとしたらリーシャさんの推測は現実味を帯びてきますね。グランさん、ジータさん。トカゲを戦術に組み込むことは考えておいでですか?」

 

 トカゲの単語にビィがいつも通りのツッコミを入れて、それが華麗にスルーされていく中、問われたグランとジータは少しの思案の後口を開いた。

 

「う~ん。一応はフュリアスを倒した時の事を考えて想定はしてました。後衛でユグドラシルの攻撃を抑え、前衛がユグドラシルの防御を崩し、急所になると思われる魔晶を注がれたコアをビィが打ち抜く。魔晶のチカラを打ち消したビィのチカラならこれでユグドラシルを助けられないかとは考えたんですが……」

 

「不安要素はそれが星晶獣のコアに何の影響もないかどうか。試したのはザンクティンゼルでの一回きりだし……元々ビィのチカラっていうのは星晶のチカラを抑えるって話だった。魔晶のチカラだけを綺麗に消せるかはわからない」

 

「はい……グランの言う通りです。ロゼッタさんが願ったようにユグドラシルを魔晶から助け出す事を考えた時、ビィのチカラが何の影響もないか……それが心配です」

 

 言われてみればその通りだと、仲間達の中に動揺が広がる。

 その身を挺して逃がしてくれたロゼッタの願い。彼女にとって大切な存在であろうユグドラシルを魔晶から救い出すために手に入れてきたビィのチカラだが、未知数に近いチカラが星晶獣のコアにどのような影響を及ぼすのか。それが大きな不安要素であった。

 そもそも星晶獣について彼らは殆ど知らないのだ。コアと言われてもピンと来ない。

 

「ねぇ、セルグ。ヴェリウスからは何か聞けないの?」

 

「ん? 一応聞いては見たが魔晶についてはさすがにわからないそうだ。更に言うならビィのチカラについてもな……だがまぁ、オレ達ができる事なんて決まっているだろう」

 

「え? なによそれ……それってどういう――」

 

「暴走状態の星晶獣なんてのは思いっきり叩きのめして大人しくさせるのが基本だ。どうせまずは倒さなければいけない。ビィのチカラの影響が未知数ならわざわざ危ない橋を渡る必要はないだろ。忘れてないか、ゼタ? 星晶獣を倒すのは簡単だが殺すのは難しいって事を……」

 

 なんてことはない……簡単だろう。

 そんな言葉が見え隠れしそうなセルグの態度にゼタが呆気にとられるも、その意味を理解して吹き出す様に笑い始める。

 

「プッ……アッハッハ! そっか、そうよね……グラン、ジータ。私達は何しに来たんだっけ?」

 

「何って、ユグドラシルマリスを倒してロゼッタを助け出すために――」

 

「そう、星晶獣であるユグドラシルを倒さなきゃいけない。私かセルグしか殺すことができない星晶獣をね……」

 

 ゼタの言葉にグラン達は疑問を浮かべる。ゼタが言いたい事がわからず首を傾げそうな彼らを見て、ゼタは己が知っている事を語る。

 

 

 元来、星晶獣とは封印されていたり暴走を起こしたりといった事で、現れる事が多い。星晶獣を殺すような存在が出てきたのはゼタやセルグの組織ができたつい最近の事である。

 古くから空の民にとって脅威であった星晶獣は、覇空戦争後も度々封印と暴走を繰り返している存在であった。

 その対応策は全力で叩きのめして大人しくさせるか、封印を施すか……とどのつまり、空の民に星晶獣を消し去る手段はなかったのだ。

 星晶獣とはコアが崩壊しない限り死ぬことが無い。そしてそのコアはどうやっても破壊できるものではない。これが空の世界の常であったのだ。

 つまり、グラン達がロゼッタとユグドラシルを助けるにしてもが問題となるのはユグドラシルマリスを倒せるかどうかに集約される。

 

「こんなところね。全部組織からの情報ではあるけど……要するに、コアを破壊できる武器を持つ私とセルグがその気にならない限り、星晶獣ってのは死ぬようなことが無いのよ。まぁ私もセルグもこの武器が何故星晶獣のコアを破壊できるのかは知らないけどね」

 

「そこらへんは謎のままだな……オレも与えられてそのまま使ってきたクチだ。母上なら知っているかもしれないが生憎と音信不通。理論までは語れない……」

 

「いや、その情報だけでも十分だよ。流石は星晶獣狩りのエキスパートだな。おかげで心置きなく戦える……ところでセルグ、母上はもう変えないのか?」

 

「うるせぇ、今更もう恥ずかしくなんかねえよ。オレにとっては母親だ。母親を母と呼んで何が悪い!」

 

 カタリナの言葉に、半ばやけくそ気味にセルグが答える。

 もう今更隠すようなこともない様で、また一つ正直になったセルグに、グラン達は嬉しく思う。

 以前と比べ本当に丸くなったとはゼタの談だ。

 

 そんなセルグの様子はさておき、一行は一先ずのすべきことがわかり安堵した。

 折角のビィのチカラが未知数なために使えないのは残念ではあるが、やらなければいけないことは単純にして明快。

 ただ、思いっきり戦って倒せばいい。それだけなのだ。

 

「こいつは朗報じゃねえか、要するに遠慮なくリベンジに燃えて良いって事なんだろ?」

 

 ゼタとセルグの話を理解して、オイゲンも声を挙げる。

 

「儂も余計な心配が無くて安心したぞい。何かを気にしながらの戦いとは神経を使うのでな……」

 

「これほどわかりやすい事もねぇな。いっちょやってやろうぜ!」

 

 ラカムの言葉に頷いて、一行は改めて進み始めた。

 感じられる気配から、ユグドラシルマリスはもうすぐそこだろう……決戦はもう間近に迫っているが、彼らの表情に陰りは欠片も浮かんでいなかった。

 

 

 走り抜けていく一行に……暗い森が人知れず手招きをしていた。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 

 多少なりとも魔物が襲い掛かってくるルーマシーの森を、スツルムとドランクが迎撃しながら進む。

 疲れなどは見えないが、進行を再開してからまたしばらく経っている。

 少しだけ焦れてきたスツルムが口を開こうとした時だった。

 

 

 ”もう直ぐの所だ……慌てるな”

 

「何?」

 

 スツルムの気配を察したか先にヴェリウスが告げた。

 先程の長い話から沈黙を保っていたヴェリウスの言葉に、スツルムとドランクが目を凝らして森の奥を見ると、うっすらとだが人影が見えるのが伺える。

 

「アポロ……」

 

 少しだけ声が上擦るオルキス。

 グラン達といた時とは明らかに違う、人形と呼ばれたオルキスらしからぬ感情が見える声が響く中、暗い森から彼女は姿を現した。

 

 

「オル……キス?」

 

 そこには暗い森の中に、見るも無残と言うほどに変わり果てた……生きている気配のしないアポロの姿があった……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

少し落ち気味だったモチベが回復してガガガっと書いています。
ルーマシー編が終わればもうクライマックスが見えてくるので楽しみです。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第45幕

大変長らくお待たせいたしております。
半額期間中のグラブルできくうし業に勤しんでおりました。

動き出すルーマシー帰還編
それでは、お楽しみください。


「アポロ」

 

 

 気付いた時にはオルキスは走り出していた。

 二人と一緒にいる時とも、グラン達と一緒にいる時とも違う。

 感情の希薄な様子から一転して、目の前に現れたアポロへと焦燥に駆られた様に走っていくオルキス。そんなオルキスを一人で行かせまいと、追いかけるようにスツルムとドランクも続いた。

 

「アポロ……アポロ……」

 

 決して大きな声ではないが、人形と呼ばれた彼女にしては力のある声が響くも、向かい来るアポロに反応は無い。まるで幽鬼のようにユラユラとした足取りでゆっくりと歩みを進めるだけであった。

 アポロの元へとたどり着いたオルキスは、彼女を支えるようにその身に抱きついていく。

 

「アポロ……無事だった? どこか、怪我してない?」

 

 すぐさま出てくるのは心配の言葉……壊れかけた精神状態のまま一人ルーマシーに取り残されたのだ。

 ヴェリウスが無事を教えてくれてはいたが、それで安心できているわけではなかった。

 アーカーシャを起動した時の様に、オルキスらしからぬ声と表情が見える中、声を掛けられたアポロは小さく笑う。

 

「オル……キス? あぁ、そうか……私は取り戻せたのだな……フッ、フフフ。あぁ、オルキス……また逢えて嬉しいよ」

 

 いつものアポロではない……

 

 瞬間的にそれを悟ったオルキスの瞳が揺れる。

 あの自尊に満ちた不遜な態度と、一人の孤独の中ギラギラとした瞳で己の野望だけを見続けていたアポロの。

 そんな彼女とは相反する柔らかな口調と声と消え入りそうな微笑み。

 嘗てオルキスと共に失われてしまった、彼女の本来の姿と言うものが、壊れながらもそこにあった。

 

「一緒にラビ島に帰ろう。私と共にヴィオラ様が描いたエルステ王国を再建しよう。ヴィオラ様の国を取り戻すんだ。今の私には力がある……オルキスが願うなら私はいくらでもこの力をつか――」

 

「ダメ、アポロ……」

 

 オルキスの肩に手を置いて嬉しそうな表情を見せていたアポロを、オルキスは静かに振り払った。

 少しだけ残念そうな……そんな瞳を見せて、オルキスはアポロを見つめる。

 目の前でフリーシアの言葉によって絶望し、壊れてしまったアポロ。再び見せつけられたアポロのその姿にオルキスの心が大きく揺さぶられる。

 感情と言うものをほとんどみせないオルキスの気持ちがこれほど揺れ動いたのはこれが二度目。

 前回も今回も、アポロへの想いが故にであった。

 

 

「アポロ……私をよく見て」

 

「――オルキス? 何を」

 

「私はオルキスじゃ……ない。オルキスの姿だけをとったただの人形……アポロから彼女を奪った、許されない存在」

 

 壊れかけたアポロを見てオルキスの胸に去来したのは悲しみ。

 それは本物のオルキスと間違えられたからではない。自分は求められていないのだと存在を否定されたからではない。

 壊れかけたが故に出てきてしまった、本来のアポロを見せられて、己と言う存在が彼女をどれだけ変えてしまったのかを理解したからだった。

 少なくともこんな風に優しいアポロをオルキスは知らない。優しさに満ちた笑みなど欠片も見たことが無かった。

 本来のアポロとは、今のオルキスが知るアポロとはかけ離れていたのだ。

 

「思い出して、アポロ。私は人形……オルキスを取り戻すための器に過ぎない。アポロが取り戻すのは、私じゃない」

 

 だからこそ。オルキスは本来のアポロを切って捨てた。

 こんなところで何を夢見ているのだと。まだ何も取り戻していないだろうと。

 例えそれが己の存在を否定する事だとしても……アポロの為に、オルキスは嬉しそうなアポロを再び絶望の現実へと叩きつけようとした。

 

「オルキスちゃん、ダメだよ……いまの彼女にそれ以上は」

 

「ううん……ダメ。アポロはちゃんと取り戻さなくちゃいけない。アポロの為にも……本当のオルキスの為にも」

 

 フリーシアによって現実を見ることをやめてしまったアポロにこれ以上は酷だ。

 ドランクはオルキスを諌めようとするが、オルキスは止まらない。

 アーカーシャを使ってアポロを救う事が出来なかった以上、彼女の為にもここで夢を見続けさせるわけにはいかない。何と言われようとここで立ち止まらせるわけにはいかない。

 

「オルキス……一体何を言っているんだ?」

 

 信じられないものを見る様な目で見つめるアポロへと、オルキスは首を横に振って返す。

 

 

「貴方は――誰?」

 

 

 瞬間、今度はアポロの瞳が揺れた。

 

 フラッシュバックする始まりの思い出。それは彼女にとって悪夢となる現実が始まった最初の言葉。

 オルキスとしては自分が何者なのかを思い出せと言った意味でしかなかっただろうそれは、アポロにとって絶望を思い出させる禁句の一言。

 

「アポロ、思い出して。アポロが取り戻したいのは人形じゃなくてオルキス……アポロが失った大切な思い出……それは、私じゃない」

 

 きっぱりと言い放ったオルキスの言葉に、アポロが崩れ落ちる。

 フリーシアに現実を叩きつけられた時と同じく崩れ落ちたアポロにオルキスの心がまた揺れる。だがそれは表に出る事は無くオルキスはひたすらに元の人形のような雰囲気を纏いながらアポロを見下ろし続けた。

 

 それが自分であると言わんばかりに……それをアポロへと見せつけるように。

 

 

 

 

 

 数秒か数十秒か……崩れたまま動き出さないアポロを見て、ドランクが静かに口を開く。

 

「――スツルム殿、一先ず救出には成功だよ。これ以上はもうダメだ……黒騎士を連れて彼らの元へと戻ろう」

 

 オルキスの言葉によって更なるショックを受けたか……動き出さないアポロにドランクはこれ以上は時間の無駄だと感じた。

 アポロの余りに変貌ぶりに驚きしかなかったスツルムはドランクの声を聞いて我にかえる。

 

「あ、あぁ……そう、だな。オルキス、残念だがこれ以上は意味がない……アイツラの所に援護にも向かってやらなければならないしな。黒騎士には悪いが邪魔にならないように艇に置いて――ッ!?」

 

 スツルムの言葉が止まった。唐突に感じた悪寒……思わず口を閉ざしてしまったそれが、すぐ目の前から発せられる強大な気配だと察するのに、時間はいらなかった。

 

 

 

「言うようになったじゃないかスツルム。この私を邪魔者扱いとはな……七曜の騎士の名は伊達ではないと今この場で教えてやろうか?」

 

 

 

 力強い声……崩れ落ちた彼女から発せられた声はスツルムがよく知る声音。

 

「何を呆けている? 私の側近ともあろう者が間の抜けた顔をするんじゃない」

 

 瞳に炎を宿し、その身に覇気を纏い、彼女は再び立ち上がった。

 思い起こされた最初にして最悪の思い出が、彼女にまた黒騎士の仮面を被らせた。

 オルキスの言葉によってアポロは、己が取り戻したい者を……否、取り戻さなければいけないものを思い出したのだ。

 

「あれまぁ、どうやら完全復活しちゃったみたいで……。喜ばしい事とはいえ、さっきまで呆けていた貴方がその言葉はひどいんじゃないかなぁ~」

 

「フンッ、そんなことは露ほども思っていない癖によく言う。相変わらずお前は本心を隠すのが下手だなドランク」

 

「あっれ~それを貴方に言われちゃうとちょっと僕も困っちゃうな~……貴方が相手じゃどんなヒトも形無しだと思うけど? それに本心を隠すのが下手なのは僕よりもよっぽどスツルム殿の方が――痛って!? ちょっとスツルム殿!」

 

 正気に戻ったアポロに少しばかりまた我を忘れていたスツルムは剣呑とした表情を浮かべながらドランクを突き刺しつつ、アポロを睨み付ける。

 

「うるさいドランク。余計なことばかり言うお前が悪い。それより黒騎士、答えろ。側近である私達をなんで遠ざけた? 私達をバカにしているのか? 例え秩序の騎空団だろうと、依頼を受けたからには私達はお前の味方だ……ちゃんと依頼を遂行させろ」

 

 言いたいことを言ってやったとばかりにスツルムは息を吐く。

 二人は確かに傭兵だ。

 契約をして、金をもらう事で依頼を遂行する。金でしか動かない傭兵だ。

 だからこそ……傭兵である以上。金をもらい側近として働くと契約したなら契約中は側近として働くのだと……そうスツルムは告げた。

 侮るな……見限るな……そんなスツルムの思いが言葉となって口を出ていた。

 

「あぁ、悪かったな……私としてはそんな気は更々なかったさ。いざとなった時、私の為に動ける人間であるお前達を簡単に手放すはずがないだろう。現にこうしてお前達は助けに来てくれたからな……安心しろ、これから骨の髄まで扱き使ってやる」

 

「上等……折角の秩序の騎空団との戦いを逃したんだ。あのチビ助と戦う機会があったら私に回してもらうからな」

 

「好きにするが良い。だが、私を捕らえるのに一役買った奴だ……簡単ではないと言っておくぞ」

 

 恐らくはモニカの事であろう。アマルティアで見かけた時から強い事は薄々分かっていた。アポロを捕らえる立役者であるなら依頼主を守ることができなかった汚名を雪ぐには適当な相手と言える。

 再び上等だと繰り返すスツルムを流し、アポロは静かなままのオルキスへと視線を向けた。

 

 

 静かな空気の中互いの瞳が交錯した。

 

「アポロ……おかえり」

 

 アポロと二人との会話を見て、オルキスは自分が知っているアポロが帰ってきた事に、僅かばかりの感情を声に乗せて迎えいれる。

 長い付き合いのスツルムとドランクぐらいにしかわからないその変化を、当然ながらアポロは感じ取っていた。

 少しだけそんなオルキスに、嘗てのオルキスを思い浮かべてしまい、アポロは流されまいと己の心を律する。

 

「図に乗るな人形が。私を助けたつもりか? 今一度言っておく。私はオルキスを取り戻すためにためらいはしない。たとえお前を犠牲にしてでも、必ず彼女を取り戻して見せる。お前が何をしようがそれは変わらない。お前が私を助けようとしてもだ」

 

「うん……それでも、いい」

 

 

 はっきりと告げたアポロの願い。アポロの成す事はオルキスにとって、いうなれば死刑宣告に近い。

 それでも、オルキスはいつも通りの声で彼女の言葉を受け止める。受け止めて……そして己の願いを口にする。

 

「それでアポロが幸せになるなら……それでいい」

 

「ッ!?」

 

 再び、アポロの脳裏に思い出が蘇る。

 それはオルキスの覚悟の証。

 アーカーシャを使ってアポロの大切な過去を取り戻そうと決めたオルキスに芽生えた確かな願い。

 十数年前……幼い身でありながら一人メフォラシュへと渡ったアポロが一人でいた時。執拗に構ってくるオルキスへとアポロは問いかけた。

 

 ”なんでそんなに私に構うの?”

 

 一人になろうとするアポロが純粋に想った疑問であった。何故一人にさせてくれないのかと。自分なんかに構って何の意味があるんだと。

 お節介だと罵った……

 だが、そんなアポロの言葉にオルキスは、明るく笑って答えるのだった。

 

 

 ”それでアポロが笑えるかもしれないなら……それでいいもん”

 

 

 口調も言葉も違うが、それでも本質は同じ言葉が人形であるオルキスから発せられて、僅かにアポロの決心が鈍った。

 騙されるな、これは偽物だ……そう言い聞かせなければオルキスに優しい言葉をかけてしまいそうな程に、アポロにとっては意味のある言葉であった。

 

「――人形風情が生意気に意思を見せるとは。まぁいい……スツルム、ドランク、状況を教えろ」

 

「はいは~い。えっとね、まずは――」

 

「私達はグラン達の協力を得てここまで来た。一先ずはアイツ等と合流し、ロゼッタを助けに行かなければならない」

 

「そう、それそれ。何でも魔晶に侵されたユグドラシルを助け出すって……どうするのかはわからないけど、前回手も足も出なかったって話だから僕達も援護にね」

 

「アポロ……グランとジータは、アポロの為に強力してくれた。私とアポロは、ロゼッタさんとユグドラシルに謝らなきゃいけない」

 

「何?」

 

 まさか人形であるオルキスが意見を述べるとは思わずにアポロの表情が固まる。更には自分に対して謝らなければならないと言い聞かせてきた。

 知らないうちに大きく変化している人形であった存在にアポロの心は再びかき乱されていく。

 彼女が心を持ち、変化を見せれば見せるほど……容姿も相まってそれはどうしても取り戻すべきオルキスを連想させる。

 

「――――まずは、アイツラの援護に行けという事か。良いだろう……どちらにしろ足は必要だ。フリーシアの計画はまだ動いているんだろう? ならばそれを阻止しなければならないからな」

 

「はいはい~っと。それじゃ、ヴェリウス君、案内をお願いするよ。できるだけ急いでね……」

 

 話がまとまった所で、これまでだんまりであったヴェリウスへと四人が視線を向けると、ヴェリウスは何も言わず突如その姿を巨大化させた。

 足取り遅いオルキスを乗せて飛ぶのだろうか……?

 そんな思考が僅かによぎったところで、ヴェリウスは静かに告げる。

 

 ”若造共がいるのはこっちの方角にまっすぐ行った所だ。小娘、星晶の気配は察知できるな?”

 

「うん……でも、なんで?」

 

 ”お主が方角だけでも案内せよ。我は悪いが先に戻らせてもらう。若造どもが苦戦しておるようだ”

 

「うん、わかった」

 

 嘴で方角を差し占めたヴェリウスは、オルキスの言葉を受けるや、すぐさまに飛び立った。

 急ぎ足ならぬ急ぎ羽で飛んでいくヴェリウスを見送った所で、四人は纏う空気を変える。

 

「状況は切迫しているやもしれんといった所か……ドランク、オルキスを連れて後から追いかけてこい来い。スツルムは私と共に、急いで駆け付けるぞ。付いてこい」

 

「わかった」

 

「え、ちょ、ちょっとまっ」

 

 ドランクの戸惑いを聞く事なく、二人はヴェリウスが指示した方角へと走り出した。オルキスが居なくても、二人の戦士としての勘がその先にいる強大な存在の気配を感じとっており、その足取りに迷いは全く見られない。

 置き去りにされたドランクは静かにため息を吐いてオルキスへと視線を向けた。反論すらさせてくれない彼女の保護者に苦笑いが浮かぶのも仕方ないだろう。

 

「まったく、復活したかと思えば元気も元気。本当にあの人は人間なのかあやしいよねぇ」

 

「ドランク……冗談は良いから。急ぐ」

 

「はいはい~、それじゃ僕等も行こうか。すこしだけ走るよ、頑張って付いてきてね!」

 

 瞬間、お茶らけた雰囲気を消してドランクも表情を変える。

 脅威を感じ取っているのはドランクも同じであった……視線を向けた先、強大なチカラの気配を感じてドランクは不安を覚えながらもオルキスと一緒にグラン達の下へと向かうのだった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「――――はぁ」

 

 盛大なため息が漏れ、ラカムが俯いた。

 目の前に広がるルーマシーの大地に一滴の汗が染みを作っていき、ラカムは余計に疲労感を感じた。

 

「ちょっとラカム! いくら疲れてるからってそんな大きなため息吐かないでよ! 聞いてるこっちまで疲れてくるじゃない」

 

「んな事言ったってガキンチョ。実際問題疲れてきてんだろう」

 

 そう言って振り返ったラカムが一行を見れば、それなりに疲労の色が伺えた。

 別段襲撃があったり、森を進むのが困難だったりしたわけではない。

 最初に兵士を殲滅してから魔物すら姿を見せず、森を進むのもセルグが切り払ったり、ゼタが焼き尽くしたりと問題は殆どなかった。 

 問題は別……

 

「確かに疲れますね……この重苦しい空気は嫌でも緊張感が増してきます。必然、肩に力は入りますし心休まる事も無い。歩き出して既に長い時間が経っていて、疲労が見えるのは無理もないです」

 

 リーシャが述べるように問題なのは森の空気だった。

 ユグドラシルマリスの影響を受けて重苦しくなった空気は、彼らから気の抜く時を奪った。

 以前の撤退戦では森全体が彼らの敵となった事から、いつ襲われるかもわからぬ状況と言うのは緊張と警戒を強要するものだった。

 

「ルリア、ユグドラシルまでは後どのくらい?」

 

「えっと……その、ごめんなさいグラン。星晶の気配が森全体に広がっている感じで具体的な感じは奥に大きいのがいる事くらいしか……」

 

「そっか……セルグはどう?」

 

「さぁな。オレも奥に強いのがいる事しかわからん。だが――」

 

 何かを言おうとしてセルグが言いよどむ。

 グランも含め仲間達に疑問が浮かぶが、セルグは目付き鋭く森の奥を睨みながら口を開いた。

 

「予感めいたものだが、かなり嫌な感じがしている。さっきから胸の奥を締め付けられるような……ここからは警戒を強めたほうが良さそうだ」

 

 感じていたのは戦士の勘とでもいうべきか。脅威が迫っているとセルグは告げた。

 

「それは私も感じてたわ。なんていうか、ソワソワしちゃって仕方ないのよね……もう落ち着かなくて」

 

「同感ですね。警戒を続けたまま焦らされていて、この感触は非常に不快です」

 

 ゼタも、ヴィーラも同様の事を感じていたのか、セルグの言葉に同意を示す。

 他にも皆ある程度何かを感じ取っていたのだろう。それはつまり会敵が近い事を告げていた。

 

「それじゃ僕とゼタ、アレーティアで前を警戒しよう。カタリナとヴィーラは左右を。距離を選ばないセルグとリーシャさんでルリアとビィを中心にして護衛に。ラカムとオイゲンは後方警戒で。イオとジータは中距離での迎撃担当だ。ここからは全方位を警戒しながら進もう」

 

「了解。皆さん、気を付けてくださいね」

 

 グランの言うとおりに配置について、一行は更なる警戒を見せながら森を進み始めた。

 

 

 

 

 事態はそれから数十分後に動き出す。

 少し開けた場所……おあつらえ向きに水場もあり、気を休めるにはもってこいの場所へと出た一行は警戒しながらも水辺へと向かう。

 

 

「ッ!?」

 

 ゾワっとする悪寒。背筋を震わせるそれをルリアとセルグが感じたのは同時であった。

 

「足元だ!!」

 

 次の瞬間、地面より何本もの木の根や荊が現れた。足を絡め取られたり、腕を取られたりと仲間達は様々な形で植物からの拘束を受けてしまう。

 戦士ではない故にルリアは察知したものの声を挙げる事敵わず、反射的に動いたセルグに抱えられて宙へと難を逃れた。

 

「セルグさん、皆が!?」

 

「心配するな! あの程度でやられはしない」

 

 仲間達を心配するルリアの声を受け流し、セルグは炎の風火二輪を抜いてチカラを収束。

 

「弾けろ!」

 

 打ちだされた炎弾が更に出てくる植物を打ち砕き、仲間への追撃を阻止。

 そのまま地面へと降り立ったセルグはルリアを解放して、腕を取られた仲間へと支援を開始する。

 足元を取られた者も腕を取られた者も、セルグの援護もあってか各々が自力で拘束を解除し、一度集結した。

 

「ごめん、セルグ助かった!」

 

「気にするな、オレが気づいたのもギリギリだ……」

 

「ごめんなさいグラン。私がもっと早くに気付いていれば」

 

「謝る必要ないよルリア。誰かがやられたわけじゃないんだから――それよりも」

 

 互いに安否を確かめながら、一行は蠢く木々の先を見つめる。

 動き出すまで気配を隠していたか……不意打ちを食らわせてきた今、その気配は明確に感じられた。

 彼らの視線に応えるように、地面から次々と木の根が出現し前回と同じように絡み合いながら形を作っていく。

 そう……前回と同じ行程。

 だと言うのに、それが形作るものは以前と異なり、大きさと禍々しさを増して作り上げられていった。

 

 大樹の怪物

 

 魔晶によって変貌を遂げたユグドラシルマリスは巨木をそのまま魔物にしたような姿となっていた。

 あの苦戦を強いられた創生樹の咢が四頭に増え、蠢く木の根や荊は数知れず。

 一行の前に立ちふさがるは正に木々の壁の如き魔獣。

 

 

「何という姿じゃ……これほどまでに禍々しい樹木。とても信じられんぞい」

 

「前回のも相当だったがこれに比べりゃ可愛いもんじゃねえか。あのアーカーシャってのといい勝負だぜ」

 

「無駄口はそこまでにしてください。来ますよ!」

 

 思わず嘆息するアレーティアとオイゲンをリーシャが窘める。

 間髪入れずに動くは夥しいほどの木の根や荊。

 一行へと襲来するそれらは全部に対応していたらどうあっても間に合わない手数であった。

 それに対抗するのは――

 

「不意打ちしておいて……調子に乗るんじゃないわよ!!」

 

 ゼタがアルベスの槍を地面に突き立て、一行の周囲を炎の壁が覆う。

 襲来する脅威の全てを焼き払うそれは、地面からの襲撃すらも焼き尽くす絶対防御となる。

 

「前回はすぐに撤退しちゃったからね……今回は思う存分やらせてもらうよ!」

 

 盛大に炎と声を挙げ、ゼタが吠えた。

 対星晶獣戦において役に立てなかった前回を思い出し、鬱憤を晴らすべくやる気を漲らせるゼタの声に、僅かに浮足立っていた仲間達も落ち着きを取り戻していく。

 

「確かに、前回は成す術がありませんでした。ですが今回は私も秘策を用意しています。ゼタ、貴方だけの舞台ではありませんよ」

 

「何を言うか。儂なんぞ参戦すらしておらん。ここは儂の頑張りどころじゃろうて」

 

 シュヴァリエのチカラを身に纏い、全力戦闘へと移行するヴィーラ。

 剣を抜き放ち、虎の如き雄々しい目で、目の前の異形を睨み付けるアレーティア。

 他の面々も同様、不意打ちを食らえど、既にやる気満々な様子で武器を取っていた。

 

「フッ……頼もしいなぁ、イオ。これが君がくれた勇気と言うものだ。どれ、私も滾るとしようか」

 

「何いってるのカタリナ、この程度なら皆勝手に強くなってたでしょ。皆がこんなのに負けるわけないもの!」

 

「おーおー嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。それじゃ、じじいも少しはがんばんねぇとな」

 

「張り切り過ぎてやられんなよおやっさん。あれが相手じゃ介護はできねえからな」

 

 カタリナとイオが笑い合い、オイゲンとラカムが軽口を叩く。

 前回成す術なく撤退した相手だと言うのに……前回より強くなってるであろう相手だと言うのに。

 いざ目にした途端、彼らから気負いが消えた。

 そんな頼もしい仲間を見て、グランとジータ、ビィも笑う。

 

「へへ、本当に皆すげぇ奴等だぜ」

 

「あぁ……だからこそ、僕達も団長として負けられない」

 

「うん。行くよグラン!」

 

「あぁ!!」

 

 一瞬の没入。

 意識と思考が100%戦闘へと向けられた二人が七星剣と五神杖を解放する。

 光り輝く天星器を構え、二人は戦闘の開始を告げようとした。

 

 

「――――待ってください!」

 

 

 動き出そうとした一行を止めるように、ルリアの声が割って入る。

 振り返る彼らが目にしたのは焦燥に駆られたルリアの表情。そのルリアが視線を向けると同時にセルグが俄かに動き出した。

 

「セルグさん、もしかしたら……」

 

「あぁ、わかっている。絶刀天ノ羽斬よ、我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て」

 

 言霊の詠唱、次いでそこから放たれる剣閃が異形のコアと思われる部分へと直撃する。

 決して本気ではないと思える一撃が光が漏れていたコアの外装と呼べる部分を剥き出しにした時、その中にいた者に、一行は愕然とするのだった。

 

「誰かがそばにいてあげなくてはならない……ロゼッタさんはあの時、確かにそう言ったんです」

 

 誰かがそばにいてあげなくてはならない。そう、正にその通りだった――――

 

 

「おいおいおい……嘘だろ」

 

 前回と同じ様でありながら違った部分。

 

「そんな……」

 

「こんなことって」

 

 言葉は違えどそれぞれが抱いた思いは同じ。彼らの目に映るは信じ難い光景……彼らがこれから戦うべき相手は魔晶に侵されてしまったユグドラシルマリスだけではない。

 前回コアの部分にあった、魔晶に侵されボロボロとなったユグドラシル――そこに今度はユグドラシルを優しく包み込むように抱きかかえる彼女の姿

 

 

 

「ロゼッ……タ?」

 

 

 目の前の異形のコアとなる部分に、魔晶に侵され変わり果てた、仲間の姿があった。

 

 




いかがでしたでしょうか。

アポロとオルキスのやりとりなんかは本作独自でありながら、原作のキャラを崩さないように描いているつもりであります。
このキャラちょっと違うなぁなどと思うところもあるかもしれませんがどうかご容赦いただきたいです。

最近またちらほらとお言葉をいただき嬉しい気分での作者です。
今後もご愛読いただけたら嬉しいです。

次回はガッツリ戦闘シーン回。黒騎士も復活し大活躍するかも。
どうぞお楽しみに!

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。





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メインシナリオ 第46話

お久しぶりでございます。
少しリアル事情で執筆活動を停止しておりました。
再開記念に緊迫した戦闘回をお送りいたします。

それではどうぞ、お楽しみください。


 

 空気を裂く音が鳴り、グランの頬を荊が掠める。細くしなやかな荊があちらこちらで蠢くのを確認し、グランは僅かに踏み込むのを躊躇った。

 

「くっ、これでは入り込めない! ジータ、援護を!」

 

「う~ん、ちょっとぉ……無理かなぁ」

 

 縦横無尽に暴れまわる木々の暴威に二の足を踏んだグランは援護を要請するが、返ってきた声は口調こそ間延びしているが余裕のない言葉であった。

 それもそうだ、既にジータの魔法はあちらこちらで炸裂し、仲間を狙う創世樹の咢を爆散させている。

 一発一発が驚異的な威力の魔法を放つジータのおかげで前衛はまだ戦えているといった状況である…………だがそれは時をおけば再生され、ジータの疲労を増やすだけ。

 

 ユグドラシルとロゼッタ……二つの存在を取り込み、溢れんばかりの星晶の力で一行を襲う異形の木となったユグドラシルマリスを相手に、グラン達は苦戦を強いられていた。

 驚異的な生命力を誇る創生樹の咢。地面より無数に湧き出てくる木の根や蔦に荊。

 倒してもキリがないそれらは彼らに攻め入る事を許さず、襲い来る木々の攻撃を迎撃するしかなかった。

 そしてもう一つ……

 

 

「イオ、危ねぇ!!」

 

「え?」

 

 動きを止めていた幼き魔導師は、ラカムの声で我に帰る。目の前に迫っていたのは鋭くしなる荊の鞭。当たればたやすく皮膚を切り裂くであろう勢いのそれは、避けるには遅く防ぐ手立てもなかった。

 

「チィ!!」

 

 瞬間的にラカムは荊の根本を炎の銃弾で撃ち砕いた。反射的に撃った銃弾は狙いも碌につけられなかったが、幸運にも直撃してイオに迫る脅威の動きを止める。

 

「何を呆けてやがる! 何もしないで殺される気か!」

 

「だって……あれはロゼッタなんだよ! ロゼッタに攻撃なんてできるわけ――――ッ!?」

 

 再び迫る荊の攻撃にイオが息を呑んだ瞬間、ラカムは落ち着いてイオを抱えて後退。脅威の届かない後方へと下がり、ルリアを守るリーシャやセルグと合流した。

 

「ラカム、無事か?」

 

「あぁ……なんとかな。リーシャ、セルグ。わりぃがイオを頼む。あれを見て萎縮しちまってる……イオが抜ける分も俺は援護に向かわなきゃならねえ。任せたぜ!」

 

 見つめる先……カタリナとヴィーラが木の根や荊を躱しながら創世樹の咢と奮闘している姿を見て、ラカムはすぐさま駆け出した。

 止まっている暇などない。戦況は刻一刻と劣勢に傾き始めている。

 だが、残されたイオはその場に残りラカムを見送ることしかできなかった。

 

 中衛として、イオが戦闘で占める役割は大きい。

 ラカムやオイゲンの様な銃撃では点での援護しかできないからだ。

 魔法による面制圧ができるジータやイオの存在は、無数の木々が蠢くこの戦いにおいては特に重要な戦力である。

 だが、大樹となったユグドラシルマリスの中にロゼッタを見た瞬間、イオは戦意を喪失。

 取り込まれたロゼッタを見た瞬間から、イオにとってユグドラシルマリスはロゼッタとなった。

 前回には無かった荊による攻撃は、中心に囚われているロゼッタが取り込まれてしまった証。

 母親のような存在であった彼女が使役していた荊が今、己へと向けられて、イオは動けなくなってしまったのだ。

 

 

「イオ、気持ちは分かるが今は――」

 

「セルグさん。ルリアさんがイフリートを召喚して前に出ます。護衛に回ってください。援護は私が」

 

「セルグさん、グランの援護に向かいます。あそこまで連れて行ってください」

 

 イオへと何かを告げようとするセルグを遮って、リーシャはセルグに前へ出るように指示を出す。暗にここは私に任せろと言う事だろうか。

 リーシャが言うようにルリアも前線のグランの元へと向かおうとしているのが見えて、セルグは己がすべきことを理解。視線でリーシャに任せる意思を見せると同時に駆け出した。

 

「ルリア、シルフは解除だ。多重召喚は負担が大きい……前線まではオレが無事に連れて行こう」

 

「わかりました、お願いします」

 

 共に走り出す二人を見送り、リーシャは風魔法での援護に傾注。傍らで佇むイオを守りながら、前衛の援護に徹する。

 自然とイオを己の後ろ手に隠して、リーシャはそのまま前を見て戦い続けた。そんなリーシャの背を見ながらイオは己の不甲斐なさを痛感する。

 

 ”何もできない”

 

 助け出すために来たのに、敵意を向けられて……

 己の魔法がもしかしたらロゼッタを傷つけてしまうかもしれないと考えてしまい、イオは魔法を行使する為に集中することができなかった。

 セルグとゼタがコアを破壊できるのは自分達だけだと言ったからイオの魔法でロゼッタやユグドラシルが死ぬことは無いのかもしれない。

 だが、怪我するかどうかは別だ…………傷付くかどうかは別なのだ。

 幼い頃より両親を亡くしたイオにとって、優しく面倒見の良いロゼッタは、姉とも母親ともとれる家族に近しい存在。簡単に割り切って戦える程小さな存在ではなかった。

 

「リーシャ……あの、私――」

 

「無理をする必要はありません。イオさん」

 

 小さく息を漏らし、イオがリーシャの背を見上げる。

 頼もしい後ろ姿のまま、リーシャは背後にいるイオへと言葉を投げるのだった。

 

「イオさんにとって、ロゼッタさんはとても大切な人だと……その反応を見ればわかります。ですから、無理をして戦わなくてもいいんです。貴方が後ろにいるなら、守ろうとする私はまた一つ頑張れそうですから……」

 

 幼い魔導師に無理をさせてなるものかと。気勢高くリーシャは己を鼓舞する。

 秩序の騎空団としての矜持が、ギリギリの攻防を続けるリーシャの心をまた強くした。

 

「リーシャ、でも――」

 

「ただ……もう一度思い出してください」

 

 だが、その一方でリーシャはこのままで良いはずがないとも感じていた。

 既に仲間達は手一杯。自分だって己の身を守りながら援護するだけで精一杯。誰かを守りながら戦うとなると苦しい状況であった。

 端的に言って、今の彼らにお荷物を抱えたまま戦う様な余裕は無い。

 

「思い出してください……イオさんも私達も、ルーマシーを脱出したあの日に何を決意したのか」

 

「決意……?」

 

「そしてイオさんは、ロゼッタさんから何を託されたのかを」

 

「託された……」

 

 リーシャの一言一言が、イオの脳裏に次々と記憶を呼び覚ます。

『皆が俯く状況でも、引っ張ってあげられるように強く在れ』

 ロゼッタに求められた子供であるが故に持てる強さは、今この時において子供であるが故の弱さとなってしまった。

 優しい故に。子供であるがゆえに。イオは大切な仲間を傷つけられないと戸惑ってしまった。

 

 だが、同時に思い起こされるは必ず助け出すと誓った仲間達との決意……

 魔晶のチカラがなんだと、そう言って乗り越えようと決意したはずだった。

 

「ここで何もしなければイオさんはきっと後悔すると思います……戦況は切迫している。このままでは私達は、ロゼッタさんを助けだせないかもしれません。もしそうなったとき、何もしなかった自分を、イオさんは許せますか?」

 

「それは――――そんなの、許せるわけないじゃない」

 

「だと思います。なら、答えは出るはずです。もう一度言いますよ……私達はあの日、何を決意しましたか?」

 

 手をこまねいていて良いのか。何もできないままでいいのか。

 リーシャの言葉に、イオの心が震える。

 

 傷つけることを恐れていた? そんな事の前にもっと恐れるべきことがあったはずだ。

 何もできず救えなかったなら、傷つけたことを謝る事すらできない。

 必ず助け出すと誓った仲間を助けられなくてどうするのだと、イオは胸中で己を奮い立たせる。

 

「――ごめん、リーシャ。思い出したよ私……皆が俯いてても私だけは前を見てなくちゃいけなかった。そんな私が、こんなところで見てる場合じゃないよね」

 

 瞳に力が宿ったイオに、もう迷いは無かった。

 託された想いは。求められた強さは。少女にとっては大きく重たいものであった。

 だがそれを軽くできる術を少女は見つけたはずだった……必死に戦い、必死に強く在ろうとする仲間がいれば自分はどこまでも強くなれるのだと知ったから。

 自分にできる事……それはこんなところで縮こまる事ではないはずだと、今幼い魔導師の心に火が灯る。

 前を向き、己が戦うべき戦場を見据えた。

 

「もう――――大丈夫のようですね。それではイオさん、ラカムさんとオイゲンさんのバックアップに回ってください。突破はグランさん達に任せますので、皆さんがやられないように援護を」

 

「うん、わかった……ねぇ、リーシャ」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「これが終わったら、ロゼッタにごめんなさいって言いに行くのに付いてきてもらえる?」

 

 やる気から一転、僅かに不安な顔を見せるイオの言葉の奥を読み解きリーシャは小さく笑う。

 これから本気で攻撃する事への詫びか、それとも惑い戦えなかったことへの詫びか……

 どちらにせよそんな事、謝る必要ないと切り捨てられそうな内容であることが容易に想像できた。

 

「フフ、わかりました。ちゃんと一緒に付いててあげますから」

 

「うん、ありがとう…………それじゃ、迷惑かけた分しっかり頑張らないとね!」

 

 声に力が滾る。動きに意志が宿る。

 その身に膨大な魔力を従え、躍動するイオが戦線に飛び込んだ。

 カタリナを狙う木の根を焼き払い、ヴィーラに迫りくる創世樹の咢を凍り付かせ、縦横無尽に飛び交う光の魔法弾が次々と木々の脅威を打ち砕く。

 幼い魔導師が参戦したとたん前衛の戦況は一気に好転をみせ、仲間達に僅かな余裕が生まれる。

 

「(本当に、見事と言うほかないですね……あれだけの数の魔法弾の制御に、複数の属性を扱う才覚。適した魔法を選択する慧眼といい、とても子供とは思えない)」

 

 リーシャは目の前で奮戦するイオの戦いに一人ごちる。

 特に魔法による面制圧が有効な場面とは言え、イオの強さは戦況を覆せる一手となっていた。

 だが同時にそれは、イオが居なければ何れ戦線は崩壊していたことを意味する。

 既に前衛には疲労と負傷が目立ち、対する相手に衰えは見えない。

 戦況は間違いなく不利に傾いていたのだ。

 

「はぁ……それしかないとは言え、それらしい言葉で焚き付けて、まだ年端もいかないような少女を戦線に押し出すのですから――――我ながら非道ですね。父さんの耳に入ったら何と言われることか」

 

 戦いながらも重くのしかかってくるため息の原因に、リーシャは一人心を沈ませる。

 今更心持ち程度で戦闘に大きな影響を及ぼすことは無いが、それでも握った剣は重く感じ、魔法の練度は衰えたように感じる。

 

「(防戦一方で攻め込むことすらできなかった……本番はここからだ)」

 

 ロゼッタとユグドラシルを救い出すためには、マリスを倒すしかない。

 だがここまでひたすらに防戦一方であった彼らは、今ようやっとこの戦いのスタートラインに立ったに過ぎない。

 

 奮闘するイオを視界に入れないようにしながら、リーシャはひたすらに戦況を見据えて動き続けるのであった。

 

 

 

 

 

「グラン、イフリートを突撃させます! 一緒にコアを狙ってください!」

 

 前線へとたどり着いたルリアは、前に踏み出せなかったグランへと援護の手を差し伸べる。

 僅かな間の集中、次いで光の中からイフリートを召喚。猛る炎の魔獣が木々の脅威をものともせずにユグドラシルマリスへと吶喊していく。

 

「グラン、儂も共に行こう。迫りくる脅威を薙ぎ払いコアとなる部分へと攻撃を行うぞい!」

 

「うん、わかった!」

 

 イフリートの対処にユグドラシルマリスが攻撃を集中した隙を狙い、アレーティアとグランが隙間を縫って突撃。

 荊や蔦などの細かい攻撃を卓越した剣捌きですべて凌ぎ、二人は本体へと接近していく。

 二人の進行を阻むべく前方に突如現れた荊を、イフリートが放つ業炎が焼きつくして、援護を受けた二人はマリスへと一直線に駆け抜けた。

 このまま抜けられるかと思ったが、地面の揺れと同時に二人の前には創世樹の咢が出現。簡単に倒しきることのできない巨大な咢が二人の行く手を遮った。

 しかし――

 

「アレーティアは行ってくれ! アレは僕が!」

 

 二人はそこで止まらなかった。音は無いものの、まるで咆哮を挙げるかのように口を開いた木の塊に対してグランは即座に行動を選択。

 七つの光点を七星剣に収束。極光纏いし剣を走りながらの勢いそのままに上段から振り下ろす。

 七星剣が奥義”北斗大極閃”。それはグランの力やウェポンマスターの適正とも相まって、前回のジータの時より更に強力な一撃となり、創世樹の咢を上から叩き潰した。

 

「好機!!」

 

 任されたアレーティアは足を止めないまま潰れた創世樹の咢を足場に跳躍。巨大な大樹の幹の部分に囚われた二つの存在を救うべく、アレーティアも全力の奥義を叩き込む。

 ”急”の発動で地属性のチカラを二刀へと瞬時に付与。ギラリと向けた視線がロゼッタとユグドラシルを覆うコア部分を見据える。

 

「白刃一掃!」

 

 地属性のチカラを宿した二刀による渾身の一撃は、ユグドラシルとロゼッタが囚われているコア部分へと確かに届くのだった。

 

 

 

「むぅ……?」

 

 確かな攻撃の感触に感じ入る暇を持てないまま、アレーティアは唸った。

 攻撃は確かに届いた。だがそれでも、その効果はまるで見られない……

 

「アレーティア!!」

 

 切迫したグランの声に、アレーティアは反射的にその場を離れる。次の瞬間にはアレーティアの真下から現れた創世樹の咢が、その口を開けて飛び出していた。

 グランの下へと後退したアレーティアは間一髪だった事に冷や汗を流しながらも新たに現れた脅威を睨み付ける。

 

「すまんのぅグラン。仕留めそこなったばかりか、危うくやられるところじゃったわい……」

 

「気にしないでくれ……どうだった?」

 

 何が。とは聞かなくてもわかる……共に本体を狙っていた以上脳裏によぎるのは攻撃が効くか否か。

 直接攻撃を加えたアレーティアの見解はその表情に表されていた。

 

「恐らくちょっとやそっとでは、あの魔晶の檻は破れんじゃろう。二人のチカラを取り込んで相当強固な防御を張っていると見える」

 

 見据える先。コアとなる部分に見られるは禍々しい結晶体に囚われた二人の存在。二人を守る結晶体はアレーティアの攻撃に無傷であった。

 

「となると……やっぱり必要なのは威力か」

 

 互いに戦況を確認し合って、襲い来る攻撃を捌きつつも二人は思考を巡らした。

 アレーティアの攻撃とて決して弱くは無い……だと言うのに斬り付けた瞬間にアレーティアが感じたのは、固く壊れる事の無い金属の塊のような感触。

 込められた属性力も功を奏さず……取れる手段は一気に絞られた。

 

「とにかく、一度後退しよう。このままでは孤立して動けなくなる」

 

 地面より無限とも言える勢いで生えてくる木々の脅威を捌きながら、二人は一度大きく後退。仲間と合流するべく動き出した。

 他の前線メンバーも同様に一度大きく後退し、マリスの追撃が来ない距離まで下がって集結。

 最初は不意打ちまでして襲い掛かってきたマリスも、基本的には防衛が主なのか、無為に追撃するような事はしてこず、戦況は一度膠着状態へと入った。

 

 

 

「リーシャさん、皆の状況は?」

 

 警戒をしながらも一度終結した一行は、状況を確認しあいながら各々治癒を施す。

 携帯したポーションや回復魔法。武器に異常はないか確認をして、次なる動きを待った。

 

「良くないですね。防戦一方で相手の勢いも衰えることはなく、皆さんには疲労が見えてきています。そちらは?」

 

「コア部分には攻撃を加えることができたけどアレーティアの全力でも打ち破れなかった。あの魔晶の檻を壊すにはかなりの威力が必要だと思う。取れる手段は限られてくる……」

 

 不安がグランの顔によぎるも、かぶりを振ってそれを散らす。グランはすぐさま気を取り直した。

 

「こっちもこっちで相変わらずの驚異的な生命力だ……切っても切っても再生してくるのは兵士の人海戦術よりよっぽど恐ろしい」

 

「そうですね……兵士ならばまだ恐怖心などを煽って弱体化もできますが、あれらにそんなこと効きはしないでしょう」

 

「ルリア……疲労は大丈夫か? 島に来てからフェニックスにシルフ、イフリートと連発しているが……」

 

「大丈夫ですセルグさん。フェニックスの後は少し休みましたし、多重召喚はしていませんからへっちゃらです!」

 

 力のある声で答えたルリアに、セルグは少しだけ表情を緩めるが、それをゼタが後ろから小突いて窘めた。

 戦闘はまだ終わっていない。それどころか、活路が見えていない。状況はかなり苦しいと言えるだろう。

 

「さて……どうする?」

 

 オイゲンが皆の思考を代弁するようにつぶやいた。

 目の前にいるのは、迎撃準備万端と言わんばかりに、植物の猛威を構えた異形の大樹。

 大樹の幹の中心に囚われた、ロゼッタとユグドラシルを救い出すにはどうすればいいか…………一行は頭を悩ませた。

 

 そんな中、彼らの傍らに大きな鳥が降り立つ。

 

 ”苦戦しているようだな、若造”

 

「――――ヴェリウス」

 

 巨体となったままセルグの隣へと降り立ったのは、アポロ達から先んじて援護に飛んだヴェリウス。眼前の異形を見据えたまま、一行の前へと躍り出る。

 

 ”若造、黒騎士は傭兵の女と共にこちらに向かっている。すぐ後にもう一人の傭兵と小娘の方も来るであろう……”

 

「黒騎士は無事か……よかった」

 

「はい、良かったです。オルキスちゃんも無事のようですし」

 

「そうだねぇ~でもいまはこの場を何とかしないとだねぇ~」

 

 ヴェリウスからの報告にグランとルリアが安堵の息を漏らし、ジータの声で再度気を引き締めなおした。

 

「それなら、こっちも何とかしないとだ」

 

「だがよぉ、グラン。一体全体どうする気だ? コアにたどり着くのも難しい上に、アレーティアの全力でも厳しいんだろ? そんなのどうやって突破するんだよ」

 

 とれる手段は限られる。先にグランが言った通り、大樹となったユグドラシルマリスの防衛網を掻い潜りさらにコアを抜くのは難しい。

 だがそれを解決する手段が、今降り立ってくれた。

 

「ヴェリウス……協力をお願いできないか?」

 

 ”む? 何だ小僧。我がお主らにできる援護と言えば、あの邪魔な木々を薙ぐ事ぐらいぞ”

 

 何を期待しているのか。ヴェリウスの声音に疑問が垣間見える中、グランは自信ありげに口を開いた。

 

「僕とルリア。二人を乗せて、上空からユグドラシルのコアへと突撃してほしい」

 

「なっ!?」

 

 グランの言葉に驚きが広がる。どんな手を取るのかと思えば、単なる特攻に近い作戦に仲間達からすぐに抗議の声が上がる。

 

「何を考えているグラン! 君だけならまだしもルリアを一緒にコアまで突撃させるなんて、そんな馬鹿な作戦があるか」

 

「落ち着けカタリナ。こんな状況でふざけるはずもない。グラン、一体何を考えている?」

 

 激昂するカタリナを抑えたセルグが問い詰める。

 無為にルリアを危険な目に合わせるはずもないのはこれまでを振り返ればわかる。グランの作戦の意図は読めなかった。

 

「聞いてくれ、一人のチカラであれは突破できない……突破するには、島に突入した時と同様に、チカラを重ねる必要がある」

 

「――――確かに、そうだろうな。だがそれがルリアを突撃させるのとなんの関係が?」

 

「フェニックスにはさすがに乗れないからね……地上でイフリートを呼び出してもコアに攻撃は届けられない。空中からイフリートを召喚して僕の攻撃と合わせてもらう。ルリア、行ける?」

 

「は、はい! やって見せます!」

 

 グランの問いにやる気を見せるルリア。そんなルリアをいて空を仰ぎ見るカタリナ。

 心配でたまらないのだろう。これまで前線に出ることなど一切なかったルリアが最前線で作戦の要を務めるのだ。無理もない。

 

「ルリア、ありがとう……それから」

 

 グランの視線が、ジータへと向く。

 

「ジータ、それにイオ。二人が遠距離からの魔法でタイミングを合わせてくれ。4人同時攻撃でコアに攻撃を加えて魔晶の檻を()く」

 

 二方向からの同時攻撃。それがグランの作戦だった。

 セルグやゼタでは、万が一の事を考えると任せられない。彼らはロゼッタ達を助け出したいのであって殺したいわけではないのだ。

 だが人数をそろえて同時攻撃を加えるのは正面からでは難しく、相手の防衛能力も高い。

 そこでヴェリウスに乗って空中からの接近。それに合わせて距離を選ばず攻撃できる魔法型の二人による同時攻撃。

 天星器を扱うグランの攻撃力と、ヒトから外れたチカラを持つ星晶獣を操るルリア。エレメンタルフォースで属性力を高めて規格外の攻撃魔法を扱えるジータとイオで魔晶の檻を貫くのだ。

 

「また随分と大それた作戦だな……勝算は? それで抜けるという保証はあるのか?」

 

「セルグ、こんなのはただの思い付きだよ……勝算なんてわからない。でも、現状でできる最大火力の攻撃だ。これでだめなら打つ手はなくなる」

 

「だったらグラン! オイラのチカラを使ってくれ!」

 

「ビィ? ビィのチカラは影響が未知数だから今回は――」

 

「違うんだってグラン。オイラのチカラ、皆に分けてやるんだ」

 

 要領を得ないビィの言葉にグランが疑問符を浮かべるが、ビィは目を閉じて集中し始めた。

 集中するビィは次第に淡い光を帯びていき、一行の疑問は別のものへと変わり始める。

 

「――こ、これは?」

 

「何だろう……不思議な感じ」

 

「只の強化魔法とは違う。強く成った感じはない……だが、何か別のチカラを感じる」

 

 各々がその感触に首を傾げている中、ビィはその身に似合わない巨大な咆哮を挙げた。

 

 ”うけとれぇええ”

 

 意思を届かせる咆哮。言葉ではなく音で伝えられたビィの意思をグラン達が受け取る。

 その身に宿ったのは、小さき竜の大いなるチカラ。

 魔晶を砕き、星晶のチカラを抑える、ビィだけの確かなチカラが今仲間達に宿った。

 

「オイラのチカラが宿った皆なら絶対いける! あとは任せたぜぃ!」

 

 もう安心だと言わんばかりに笑顔を見せる旅の小さな相棒の言葉に、彼らの決意が固まった。

 作戦に不安はあったが、それを覆す一手が手元にあったのだ。ならば、あとは成すだけ……やるだけだ。

 

 ”ふむ、確かに不思議なチカラを感じるな。面白い……小僧、良かろう。我の背に乗れ”

 

「はぁ、仕方ない。心配ではあるがこの状況でそんなことも言ってられないしな…………ルリア、必ず無事に帰って来るんだぞ」

 

「ありがとうカタリナ。必ずやり遂げて帰って来るから見ててね」

 

 不安を押し殺しカタリナがルリアを送り出す。

 厳かなヴェリウスの言葉。ヴェリウスからの承諾の言葉をきっかけに、全員の思考が切り替わった。

 

 

「よし、やろう。皆!」

 

「応!」

 

 

 声が重なる。意思が重なる。動きが重なる。

 見据える先、囚われた仲間と救うべきものを視界に捉え、一行は己がなすべきことに集中していく。

 

「こちらは私が指揮を執ります。グランさんとルリアさんはヴェリウスに乗って飛んでください。他の皆さんは攻め込むように動いてできるだけ注意を引いてください。ジータさんとイオさんは時が来るまで待機です。魔法の行使に全神経を集中して待っていてください。タイミングは私が伝えます!」

 

 ”往くぞ小僧共。振り落とされないようにしっかりと掴まっておれ!”

 

 その背に二人を乗せヴェリウスが舞い上がる。

 それを見送ると同時にセルグは天ノ羽斬を抜刀。

 

「アレーティア、最前線で暴れるぞ。剣聖と裂光の剣士の剣技というものを見せてやろう」

 

「良いじゃろう……若者にはまだ負けておれんのでな!」

 

 リーシャの指示と同時、セルグとアレーティアが駆けだす。一直線に本体へと向かう二人は全ての妨害をその剣技で切り裂いて突き進み始めた。

 

「さぁて、おやっさん。俺たちも少し暴れるとするか」

 

「ハッハッハ、全く若ぇ奴らは元気だな。まぁ、アポロも向かってくるってのに情けない姿は見せらんねぇ。行くぞラカム!」

 

 オイゲンとラカムが戦場へと躍り出る。狙うは突き進み続けるセルグとアレーティアを狙う木々の脅威。それらを全て打ち砕き、二人の進行を支援していく。

 

「ヴィーラ、カタリナ、私たちは三人の護衛ってところね……茨一本通せないわよ、いける?」

 

「フッ、問題はあるまい。私達が居るならその程度たやすい事だ。そうだろう、ヴィーラ?」

 

「当然ですお姉さま。今回は少し秘策と呼べるものも用意致しましたから…………シュヴァリエ!!」

 

 ゼタとカタリナの言葉に挑戦的な笑みを見せたヴィーラは、シュヴァリエを顕現。いつも通りにシュヴァリエを身に纏うと思った二人はその(おもむき)に驚きを浮かべた。

 

「ヴィーラ……それって」

 

 黒を基調としていた彼女の様相は変わらずとも、纏う雰囲気は多分に白を交えたもの。どこか神々しさすら感じるそのチカラは光の星晶獣たるシュヴァリエのチカラを大きく表に出していた。

 そう、()()()のように――――

 

「アルビオンの時ほどではありませんが、セルグさん風に言うならば深度を深めたと言ったところでしょうか……身に纏うシュヴァリエのチカラを高めています。少し以前より興奮状態になってしまうのが難点ですが、こう言った場なら問題は無いでしょう」

 

 周囲に浮かぶシュヴァリエのチカラを帯びた武器、身に纏う光のチカラと彼女本来の闇のチカラ。その姿に僅かな不安がよぎったゼタとカタリナだが、これ以上に頼もしい味方はいないだろう。

 多少不安は残るかもしれないが…………

 

「やれやれ……どうも皆に無茶というものが伝染しているようだな。一体誰のせいだか」

 

「候補なんて一人しかいないでしょ。ヴィーラ、暴走だけは勘弁してね……それじゃ、行くよ!」

 

「はい!」

 

「あぁ!」

 

 ゼタのアルベスの槍が炎で焼き払い、ヴィーラの剣と、シュヴァリエのチカラが、迫りくる攻撃を全て切り落としていく。何とか掻い潜ろうともその先には取り回しのきく小さな障壁を展開し即座に切り落とすカタリナの防衛網が待ち構える。

 まるで要塞のごとき三人の防衛によってリーシャ、ジータ、イオの三人は攻撃を受けることないまま、魔法を放つに適した場所まで進んでいく。

 

 森の中で再び大きな音と閃光が飛び交い始めた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「フッ、随分と盛大にやりあっているようだな……」

 

 遠からぬところで鳴る轟音に眉を潜めて、アポロは呟いた。

 ヴェリウスが飛んで行った方向へと全力で走っているところであるが、戦場にはいまだつかず。

 鳴り響く轟音は着いたところで出番などないのではないかと邪推してしまう程激しいものであった。

 

「前回は成すすべなく逃げ出してきたらしいからな……正直あの男やグラン達も居て敵わなかったって言うのは信じられなかったが」

 

「相性の問題だ……私のように一撃で全てを屠るような攻撃力がなければあれはどうにもならん。島全体の生命力の結晶みたいなものだからな。再生力を上回る攻撃力を持つ者などこの空でも有数だろうさ。もう少し急ぐとしようか」

 

「それは良いけど、お前は大丈夫なのか? 正気に戻ったとはいえ、間違いなく本調子じゃ――」

 

「あぁ、だがそれでも振るえるチカラはある。人形を取り戻し、お前たちをこの島に導いてくれたあいつらにはそれ相応の感謝を示さねば私の気が収まらん」

 

 長い時間森を彷徨っていたアポロ。正気に戻ったとはいえ、万全の状態からは程遠い。

 彼女が言うような全てを屠る一撃など、今のアポロでは到底放てるわけがない。

 そんなことアポロは百も承知であった。

 それでも、走らなければならない。駆けつけねばならない。

 己が絶望し折れた後も彼らはオルキスを助け逃げ伸びて、チカラを付けて自分を助けるために帰ってきたのだ。いずれは敵対するはずの自分を……

 己以上に己の望みの為に戦ってくれている彼らを無下にできようはずがない。

 

「フッ、随分と丸くなったじゃないか。以前のお前なら、そのままルリアを奪う算段をしていたと思うぞ」

 

「ふざけたことを言うんじゃない。私はオルキスを取り戻すためなら何をすることも辞さない。だが、同時にあいつ等とだけは対等でありたい。そう思っているだけだ」

 

「――――丸くなっているじゃないか?」

 

 何を言っているんだろう。そんな感じの声音がスツルムから漏れる。何をすることも辞さないと言いつつも、選択できる手段を縛っている。

 嘗ての野望を秘めた意思がどこか薄れているようにスツルムは感じた。

 

「おしゃべりは終わりだ。急ぐぞ」

 

「――わかった」

 

 ぴしゃりと会話の終わりを告げたアポロは足を速め、スツルムは僅かに淡い期待をしながらそれに追従した。

 彼女とてアポロの願いは知っている。それがオルキスとルリアを犠牲にすることも。

 スツルムもドランクも、元のオルキスを知らない。

 知っているのは人形となった後のオルキスのみであり、アポロが欲してやまないオルキスの事を知らないのだ。

 必然長い付き合いとなった今のオルキスには情があったし、少しの間だが一緒に居たルリアも犠牲になって欲しくはないと思える少女であった。

 アポロの意思が綻んできたように思えたのはスツルムにとってわずかではあるが嬉しい事となった。

 

「まぁそれでも私達は……お前に従うがな」

 

 胸に秘めた想いは出さず。静かに呟いたスツルムの言葉は、アポロに聞こえないまま、薄暗い森へと置き去られていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。
随分間が空いてしまいすいませんでした。
間が空いたことで作風が変わって居たりして居ないか心配ですが、作者としてはしっかり書き上げた所存です。

次回、ルーマシー帰還編クライマックスです。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。
感想お待ちしております。


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メインシナリオ 第47幕

一か月以上の更新停止は初めてでした……お待ちしていた皆様申し訳ありませんでした。
何分仕事が変わり、大きく執筆に割ける時間が減ってしまったため、停滞の一途をたどっております。

本当は二週間くらい前に一度仕上がりそうでしたが、修正もあり断念。
やっとの思いで書きあげました。

長い間を開けて作風が変わっていないか大いに心配ですが、どうぞお楽しみください。
ルーマシー帰還編のクライマックスといったところです。どうぞ


 木の根が蠢き、茨が走る空間を駆け抜ける。

 矢の如く疾走するセルグとアレーティアは、ラカムとオイゲンの援護を受けて異形の大樹の本体へと突撃していく。

 迎撃は最小限。背後からもたらされる援護に脅威の撃退を任せ二人は先にいる救うべき仲間を見据えた。

 作戦の本命はグラン達による同時攻撃……だからと言って気を引くための突撃だけでは物足りない。走り抜ける二人の思惑は同じである。

 

「アレーティア……まさか効きませんでした、で退く気は無いんだろ?」

 

 直ぐ背後に追従するアレーティアへ声をかけるセルグの声音には、多分に挑戦的な意図が含まれていた。それに応えるアレーティアの声もまた自信と覇気に満ち溢れている。

 

「当然じゃろう。一撃目がダメなら二撃目。それでもだめなら効くまでやるぞい」

 

 狙うはグラン達の本命がなくとも魔晶の檻を破壊するだけの攻撃。ただ大樹の意識を引き付けるだけの攻撃だけで在っては注意を引き切れないかもしれない。

 だからこそ走る二人は本命を決めるつもりでの気概で攻撃する気でいた。

 

「道を拓こう……すぐに続く」

 

「ならば貫いてみせよう。お主が必要なくなるように」

 

 互いに浮かべた僅かな笑みに、思考が重なった。

 細かい攻撃を背後の援護に任せセルグは目の前に現れた巨大な咢を見つめる。行く道遮るそれを破壊するためにセルグは足を止め、アレーティアは意に介さずに走り抜けた。

 

 

「斬撃では破壊しきれない。ならば……」

 

 得意の奥義は剣閃。線の攻撃であり目の前の巨体を破壊するには足りえない。必要なのは驚異的な威力を誇り、尚且つ面での攻撃をできる技――――

 

 その解決策をセルグは既に得ていた。

 呼びかけた本体のヴェリウスよりチカラを受け取ると、それを即座に天ノ羽斬へと移す。全開解放と同時に解放された光と闇のチカラが荒れ狂うそれは、島に突入する時と同様一撃に全力を込める形。

 準備万端となったセルグは、それを弓なりに引いて構えた。

 

「絶”槍”招来、天ノ羽斬!!」

 

 瞬間光が奔る――――

 

 見えない剣閃同様に振るわれたのは、刺突…………本来であれば点の攻撃であるそれは、点である範囲をそのまま広げて目の前の巨大な咢を跡形もなく粉砕した。

 

 

「ううむ、さすがにやるのう」

 

 意気揚々といった声のアレーティアは目の前で砕け散った咢を見ると、足を早めながら呟いた。

 あの巨体を破壊するのに剣士であるセルグがどう対処するのか――――できることを疑うことはなかったがその手段はアレーティアには思いつかなかった。

 接近戦を主とする剣士にとって面での攻撃とは簡単ではない。再生力が高く、粉砕するしかない巨大な咢は、アレーティアでは破壊できない存在なのだ。

 それをセルグは、剣閃ではなく刺突にすることで帯状に広がる斬撃を限定し、面での破壊を可能としたのだ。

 そんなセルグの活躍を見てアレーティアの体にもチカラが漲る。

 

「往くぞ! 星と空が混ざりし獣よ!」

 

 力強く声を上げ、大樹を支える太い根を足場に、アレーティアは跳躍。

 せっかく前に出させてもらったのだ。一太刀でも多く浴びせねば、チャンスを作ってくれた若者に申し訳が立たないというもの。

 魔晶の檻の前へと躍り出たアレーティアは、己の攻撃を防いだ壁を前に、再びその剣技を研ぎ澄ます。

 ”急”の発動で乗せたチカラ、そこに加えられる熟練の太刀筋。魂を込めた二刀による剣戟が始まる。

 

「はぁあ!!」

 

 白刃一掃。剣に付与されたチカラが咆哮を上げ魔晶の檻を打ち砕かんとする。

 だが、それは既に試された行程…………結果は依然として変わらない。ならばどうする――――

 

「なめるでない!!」

 

 交差した剣閃からアレーティアは動きを止めなかった。

 一振りでだめなら二振り。更にだめなら届くまで……前言のとおりにアレーティアは己が誇りたる剣技をぶつけ続ける。

 踏み込みと体の回転を加えた二刀同時の薙ぎ。そこから左右不同の剣戟の乱舞。

 彼の技である”破”。それを手数そのままに一閃一閃、渾身のチカラが込められたアレーティアの技は魔晶の檻を削り始めた。

 ビィにより託されたチカラと、彼の人生が培った剣技が魔晶の防御力を上回ったのだ。

 

 全身全霊の攻撃に脅威を感じた大樹は動く。すぐそばに噴出するように現れたのは新たな木の根の迎撃網。本体の目の前で戦うアレーティアにはその防衛力の全てが注ぎ込まれるだろう。

 

「相手は儂だけではないぞい!」

 

 だが、アレーティアの動きに変化はない。いくら大樹の攻撃が向けられようがアレーティアの攻撃は止まることがない。

 

「年寄りが目の前で頑張っててサボれるかってんだよぉ!」

「駆けよ、風火裂槍!」

「任せなアレーティア!」

 

 ラカムの炎の銃弾がアレーティアの右を。セルグの炎の銃弾が左を。オイゲンが打ち漏らした全てを悉く潰していく。

 後方からの援護を疑うべくもない……今のアレーティアにとって成すべき事は、全てをこの攻撃に傾けるのみ

 仲間の援護に力をもらったアレーティアの剣に再び地のチカラが滾る。

 削りは順調。今一度奥義を打ち放たんと全力の連撃で疲れた体に鞭を打った。

 

「今一度味合わせてやろうぞ、儂の奥義をな!」

 

「ラカム、アレーティアに合わせてぶち込め!」

 

「おうよ!」

 

 セルグの風火二輪によるチカラの増加と同時にラカムは狙撃体制へ移行。

 天ノ羽斬を再び抜刀したセルグは、オイゲンと共に多刃による迎撃で全ての攻撃を潰していく。

 アレーティアの剣が鳴動し、ラカムの銃が炎を吹き上げた。

 

「喰らえ、白刃一掃!」

「ぶち抜け、デモリッシュピアース!!」

 

 渾身の一振り。砲撃と見まがうほどの銃撃。

 グランの作戦通りの同時攻撃が。男たちの魂を込めた攻撃が。今本命に先んじて放たれるのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「おぉらぁ!」

 

 響き渡る轟音には目もくれず、ゼタが槍を振るう。

 既にサウザンドフレイムによる炎の壁で焼き尽くした回数は、片手では数えられないくらいにはなっているだろう。消耗を恐れてゼタはアルベスの槍に炎を纏わせ切り伏せる事に傾注した。

 

「ヴィーラ! そっちは大丈夫?」

 

 視線を向ける余裕は無く、ゼタは後ろ手に声をかけ逆側で防衛を続ける相方に声をかけた。

 

「シュヴァリエもいる以上、私よりゼタの方が苦しいのではありませんか。こちらはまだ問題ありません」

 

 言葉とは裏腹に僅かな忙しなさが声に垣間見えて、ゼタはヴィーラの状況を察する。

 先ほどからゼタの側で打ち漏らしが増え始め、カタリナの援護が多くなってきている。恐らくヴィーラはその分だけ一つも通すまいと全力で剣を振るっているのだろう。

 思いの他前衛の引きつけが上手くいっていない…………前方ではしゃいでいる男共に胸中で悪態を吐きながらゼタは思考を回した。

 こちらの狙いに気づいているのか? やたらと前衛よりも後衛である自分達に攻撃を回してきている気がしていた。

 確実な防御ができなくなり始めたのは、本当につい先ほどからだ。魔力を高めて集中しているジータとイオを察知したのだろうか。

 幾つかの可能性がよぎるも、だからと言ってどうこうする事ではないとゼタは再び迎撃に集中する。

 こちらに気づいていようと、飛び立って中空より機を見計らっているグランとルリアには気づいていない。大樹の手が空にまで伸びていないのがその証拠だ。

 ならばやることは変わりはしない。このまま守り抜いて、全力の攻撃をアシストするだけ。

 

「リーシャ、あとどれくらい!」

 

「もう少し接近します。距離が遠くなれば防御される可能性もある……ですが、あと少しです!」

 

 必要なのは魔晶の檻を正面に捉えることができ、尚且つセルグ達が注意を引きつけているその背後。

 相手の防御はセルグ達が払い、何の障害もなく魔法を撃ち放てる絶好の場所への移動である。

 

「わかった! カタリナ、こっちはもう大丈夫。ヴィーラを助けてあげて!」

 

「…………了解した。だが、無茶はするなよ!」

 

 ゼタの雰囲気の変化に何かを察したか、カタリナは、僅かに押され始めていたヴィーラの援護に回る。

 駆け足に必要なことだけを告げたゼタは、一つ集中の深度を増した。

 それはいつだか体得した集中の境地――戦闘に100%集中した理想の戦闘状態。

 チカラの消耗も疲労もそこそこ溜まってきている中、それでも全てを潰すためその身を戦いの意思に委ねる。

 防衛戦でありながら殲滅戦。迫りくる全てを叩き潰す、彼女らしい全力の攻撃モードへと。

 

「いくわよ」

 

 小さく呟いた言葉をスイッチにゼタの動きが変わる。

 振るわれた槍の軌跡に炎を奔らせ、ゼタは迫りくる攻撃の悉くを焼き払い始めた。

 迫りくる攻撃を見据えて瞬時に走らせるは、最適効率の軌跡を描くアルベスの槍……サウザンドフレイムによる力任せの殲滅ではなく、その腕で槍を振るうだけの最も消耗の少ない戦い方だ。

 

 もっと早く、もっと細かく。

 

 そんな思考が見えそうな程に洗練された槍の動きは、いとも容易く大樹の攻撃を捌いていく。

 だがそれでは、手の届く範囲しか……正確に言えば槍の届く範囲しか守れない。

 案の定、彼女の攻撃範囲を逃れジータ達の元へと向かおうとする不届き者たちが増えた時、彼女は小さく笑った。

 

「それをさせる程、お優しくはないわよ!」

 

 地面に突き立てたアルベスの槍から炎が伝わり火柱を上げる。

 消耗の少ない戦法で燻った彼女の魂の咆哮が形を持ったかのように、ゼタの目の前には横一杯に広がる炎の壁が噴き出した。

 疲労と消耗の少ない技巧の槍と、それを補うための大技――――チカラの放つタイミングを見定め、的確に戦う戦闘法はこれまでの大雑把な彼女の戦い方ではなかった。

 彼女が真に体得したのは集中の境地ではなく、最適効率でチカラを振るうための思考に基づく丁寧な戦い方だった。

 

「この程度じゃ、私は抜けないわよ! さぁ、どんどんかかってらっしゃい!」

 

 挑発じみた声が伝わったか、ゼタの元へと攻撃が集中する。

 狙い通りと言わんばかりに舌なめずりをしながらゼタは更に己の神経を研ぎ澄まし、戦闘の練度を上げていく。

 自分に集中してくるのならこれほど楽なことはない。目的は後ろに控える魔導士達の防衛なのだから……

 一つたりとも抜かせるわけにはいかない、ギリギリの綱渡りのような状況を楽しみながら、ゼタは小さく派手に舞い続けた。

 

 

 

 

 

「フフフ、頼もしい事この上ないですね」

 

 ゼタの奮戦を背後に感じ、迫りくる攻撃を切り払いながらもう一人の防衛ラインが小さく笑う。

 大きくはないが、凛として力強い声は、彼女という存在を如実に表していると言えよう。リーシャ同様に聞くものに強さをくれそうなその声に、押され気味であったヴィーラの意識も切り替わる。

 

「――――ッ!?」

 

 突如胸中に膨れてきた違和感に、ヴィーラは意識を持っていかれた。

 己の中に伝わるのは、何やら煩いくらいに主張するシュヴァリエの意思。一体何だと戦いながらもその声に耳を傾けたヴィーラは、シュヴァリエの意思を聞く。

 

「なるほど……確かに、今の私達なら問題はありませんね」

 

 具体的な言葉を聞いたわけではない。だがそれでも、シュヴァリエは明確にヴィーラへとその意思を告げてくれた。

 同じ轍は踏まない。もっともっとチカラを使ってくれ……と。

 シュヴァリエはアルビオンの主とずっと共に在った、いわば忠義の騎士だ。その意思は明確にヴィーラを想い、ヴィーラを助けようとしている。

 もしかしたら前線でチカラをもらっているセルグとヴェリウスを見た対抗意識もあるかもしれないが、とにかく今のシュヴァリエにとって、ここは主の力となる奮起の時。

 

「ならば、チカラを貸しなさい、シュヴァリエ!」

 

 決心したヴィーラの声に応えるように更なるチカラが顕現する。周囲に漂っていたシュヴァリエの加護をもつディバインウェポン達とは別に、幾つも浮かんだ光が形を成し、小さな羽の生えた宝玉が周囲に幾つも顕現する。

 シュヴァリエのチカラを宿した”プライマルビット”――敵を迎撃する数多の端末となったそれは、ヴィーラではなくシュヴァリエによって制御され、幾多の光条が彼女を襲う全てを撃ち払う。

 

「これならもう少し奮えそうです。そうでしょう、お姉さま?」

 

「いや、それはそうだが――――その妙な笑い方はやめてくれないか? いくら私でも、その目だけ笑っていない表情は不気味の一言に尽きるのだが……」

 

 駆け付けたカタリナは問いかけられて戸惑う。

 表情と声音には多分に笑いがこみあげているというのに、目だけは笑っていないヴィーラの様子に、カタリナは僅かな不安がよぎった。

 だがそれは杞憂というもの。今のヴィーラは狂気を顔に張り付けながらも正気であった。

 

「ご心配なくお姉さま。既に飼いならしております。あとは存分に振るうだけですわ」

 

「そ、それならいいのだが」

 

「つきましてはお姉さま。少し協力いただけますか?」

 

「協力?」

 

 突然の申し出にカタリナが疑問を浮かべる。

 互いに背中を守りながら、迎撃しているこの状態で既に協力と言える。一体何を求めてくるのかと思考したところでヴィーラの笑みは不気味なものから別の笑みへと変わる。

 

「このままでは埒があきません。相手の再生力は驚異的……であるなら、全てを一掃し、一気に押し進みましょう」

 

 凶悪な攻めの意思が見える笑み。チンピラ風情では震えあがる事間違いなしの、その表情はセルグの自信に塗れた笑みと同じ気配を醸し出していた。

 少しだけ呆けたカタリナは、ヴィーラの様子に小さなため息を一つ。

 

「――全く。最近セルグに感化されてきていないか? これまでの君であったなら、戦闘中にそれほど凶悪な顔はしなかったぞ」

 

 いやいや、それはねーっす。っとどこかから聞こえる気がするのはさておき、カタリナの言葉にヴィーラは一つ雰囲気を柔らかくして答える。

 

「お姉さまも言ってくれたではありませんか? 私に幸せになれと……今の私はとても幸せですよ。愛しきヒトと親しきヒトが傍にいるのですから。

 友が背中を守り、あの人が前線で奮起しているのですから、ここで奮わなくては顔向けできません」

 

 共に並び立ち、共に歩みたい。その想いがヴィーラの心を滾らせる。

 視界の中で奮戦するのは親しき友に愛するヒト。これまでカタリナ以外の全てを有象無象としていたヴィーラにとって新たにできた大切な人達。

 セルグへの愛が、ゼタへの友愛が、カタリナへの親愛が。負けるものかと奮い立つヴィーラの意思を汲み取り、付き従うシュヴァリエのチカラが吠える。

 セルグ同様に危惧していたヴィーラの未来への不安がここに来て消え去る。カタリナの胸中は憑き物がおちたように、晴れやかになった。

 

 

 グラン達と旅を共にしてからもヴィーラに大きな変化はなかった。昔と変わらず、カタリナ一筋であり、カタリナに付き従うに等しかった。

 それがどうだろう。カタリナ以外を受け入れることのできなかったヴィーラは今、それ以外の他者の存在を受け入れ肩を並べている。

 全てを語らせたあの日から。愛する人と友を得たあの日から、ヴィーラは大きく変わってくれた。

 

「本当に――――君もセルグも、良きパートナーとなったようだな」

 

 似たもの同士であったセルグとヴィーラ。共に己を殺し、他者に捧げる共通点のあった二人は奇しくも、互いが互いに大きな変化を与え合っていた。

 カタリナから自然と漏れた声は、この戦場にはそぐわない程優しさに満ちている。

 

「ならば頼れる姉として、ここは快く引き受けよう――薙ぎ払うぞ、ヴィーラ!」

 

「はい!」

 

 並び立つ二人の騎士が剣を振るう。蒼と黒、そして白の剣が閃いた。

 その軌跡に魔力の刃が次々と残されていくのを見ながら、二人は幾度となく剣を振るう。

 高密度にその場で増え続ける蒼と黒、そして白の魔力刃。更にはシュヴァリエのプライマルビットも射撃体勢に入り、準備は整った。

 

「お受けなさい、我らの奥義を……」

「その身に刻め、我らの意思を……」

 

「「トリニティ・ネイル!」」

 

 振るわれる剣は指揮棒(タクト)のように。二人の指揮の下、解き放たれた魔力刃が戦場を蹂躙する。

 その様は宙に走る流星群のように。煌びやかな凶刃が幻想的な光景を作り出しながらも、彼女等に迫る脅威の全てを撃ち落としていく。

 

「リーシャ、進んで!」

「今が好機です!」

「ジータ、イオ! ロゼッタを頼む!」

 

 道は開けた。彼女たちを阻んでいた脅威は消え、前線で奮起しているセルグ達の攻撃もあり、大樹の再生は追いついていない。

 

「わかりました。お二人とも行きますよ!」

「ありがとうございました~」

「ありがとう三人とも、必ず助けて見せるから!」

 

 夥しい大樹からの攻撃を一掃した三人からの激に、リーシャ達は歩みを一気に進めた。

 大樹の中心にあるコアを、正面に捉えた絶好の攻撃位置。

 これまでひたすらに己の魔力を高め続けたジータとイオも準備は万端。

 

「お二人とも準備は良いですか!」

 

「は~い」

 

「任せて!」

 

「それでは、行きますよ!」

 

 間延びした声と気合に満ちた声を聞いたリーシャは満を持して、合図の光を空に打ち上げるのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 森を抜け、上空で待機していたグランとルリア。

 既に待機を始めてからそれなりの時間が経っており、嫌が応にもルリアは落ち着きなくそわそわし始めていた。

 

「グラン…………皆さんは大丈夫なんでしょうか?」

 

 天星器を持つグラン、とジータ。そして強力な魔法を放てるイオを除いて、大樹の攻撃を全て迎撃。つまりはこれまでの負担は全て他の仲間達にかかるのだ。

 一杯一杯の状況であったそれまでの戦闘から考えると、苦戦するはずだ。忙しなく森の中へと視線を走らせるルリアの様子は焦燥に駆られている。

 

「大丈夫だルリア。皆を信じよう」

 

「で、でも……」

 

 ”落ち着くのだ小娘。セルグに何かあれば我にも多少は伝わってくる。今のところその傾向はなさそうだ……己がすべきことに集中せよ”

 

 落ち着かぬルリアを窘めるのは、セルグの様子が僅かに伝わってくるヴェリウスだった。

 普段とまるで変化のない落ち着いた声はルリアの焦燥を意に介しておらず、ヴェリウスの言葉にルリアも、そして僅かに不安を感じていたグランも落ち着きを取り戻す。

 

「本当に大丈夫なのか、みんなは?」

 

 ”全てを知ることができないのは我も同じだ。だが、ここで焦ろうと安否を気にしようと我らにできることはない。落ち着き、時が来た時に失敗せぬようにすることしかできぬのは変わるまい。小僧は今皆を信じると言ったであろう。ならば信じよ、お主等の仲間とやらを”

 

 ヴェリウスも下の状況を全て把握できるわけではない。ヴェリウスにとってもセルグの安否というのは気がかりな部分はあるのだろう。

 だがそれを押し殺して、今すべきことをする。ここで心配だからと無為に動いては作戦の全てを台無しにしてしまうのだ。

 落ち着いて機を待つヴェリウスの言葉にグランとルリアも改めて頷いた。

 

「わかりました……私は召喚の準備に入ります」

 

「うん、僕はリーシャさんの合図がすぐにわかるように見張っておくよ。ヴェリウス、合図が来たら頼むよ」

 

 ”落ち着いたようだな…………案ずるな。若造が居る以上、下で滅多なことは起こるまい。奴には既に本体からの加護があるのだからな”

 

 少しだけ気持ちの上がった声。心配はあろうと、既に必要なチカラは持っているセルグに大きな心配は無用だといったヴェリウスの思いが垣間見えた。

 

「そう……だね。セルグがいて皆がいるなら、どんな危険だって乗り越えられる。だったら僕達は、託された想いに応え――――」

 

 グランの言葉が止まる。

 目の前に上がるのは緑の光。リーシャが合図に打ち上げた魔法の狼煙。

 瞬間、グランの思考は切り替わる。

 

「合図だ! ヴェリウス、頼む! ルリア、しっかりつかまって!」

 

 ”往くぞ小僧共、振り落とされるでないぞ”

 

「はわっ!? お願いします!」

 

 三者三様の反応を示した後、即座にヴェリウスは森へと急降下。自由落下の速さに、翼による制御を加え、目標地点へと一気に落ちていく。

 グランとルリアは、耳元で空気が唸るほどの速さの中それでも目を開いて落ちる先を見つめた。

 

 暗がりの森の中、その視線の先に徐々に見えてくるのは閃光と爆音が飛び交う戦場の一点。

 赤黒い魔晶の檻に覆われた大切な仲間が遠目に見えてきたところで、大樹はグラン達の気配を察知する。

 

 ”まずいぞ! しっかり掴まっていろ!”

 

 ヴェリウスの声の直後にはグランとルリアの身体が大きく揺さぶられる。

 空に向け伸ばされたのは茨の迎撃網。向かってくるそれをヴェリウスが隙間を縫って躱していく。

 躱された茨はそのまま伸び続けて、今度はヴェリウスを追従し始める。

 流石にノーガードとはいかない。迎撃の攻撃にグランとルリアは肝を冷やしながらも、ヴェリウスを信じて動く時を待ち続けた。

 

 ”森の中に入る直前で放り出すぞ! 覚悟は良いな!”

 

「うん!」

「ハイ!」

 

 有無を言わさぬ声音にも臆さず、二人は応えた。既に森は目の前。ルリアは、離されないようにとグランにしがみつき、グランは剣を握る手と逆の手でルリアの手を握った。

 

 ”往け、ヒトの子らよ!”

 

 木々の中へと突入する直前、ヴェリウスは急停止。背中に乗っていたグランとルリアはその勢いのまま大樹の直上へと躍り出る。

 追従していた茨にヴェリウスが絡めとられていくが二人にはわからない。いや、仮に見えていようと今の二人は揺るがないだろう。

 目の前には既にターゲットが見えているのだから――

 

「行くよ、ルリア!」

 

「ハイ!!」

 

 瞳を閉じたグランが天星器を解放。同時にルリアはイフリートを召喚。

 光の剣と、炎の魔獣が魔晶で覆われたコアへと突撃していく。

 

「ッ!? まだ来るのか!」

 

 ヴェリウスを捕らえたのとは違う、茨の第二陣の追撃にグランは捌き、イフリートが防ぐ。

 大樹の必死の防衛に、ヴェリウスから飛び出した二人の勢いが落ちていく。

 

 これではジータやイオとタイミングが合わない――――

 

 瞬間的によぎる不安が襲う中、グランは傍らから強い声を聞いた。

 

「フェニックス! サジタリウス! 打ち払って!」

 

 多重召喚。負担度外視の連続召喚で呼び出された、人馬一体の魔獣と炎の不死鳥。

 渦巻く風の一矢が、灼熱の炎の身体が、二人の前に躍り出て迎撃の茨を一掃する。

 更に――

 

 

「往くぞヴェリウス! はぁああああ!!」

 

 次なる攻撃が迫るも、地上から放たれた閃光が全てを切り落とした。

 

「絶刀招来……道は開けたぞ、グラン!」

 

 突撃したグラン達を視認した瞬間にセルグは再び奥義を敢行。

 今度は範囲を全力で広げた得意の剣閃。帯状に広がった斬撃が二人に迫る脅威を切り払った。

 

 

「二人とも、今です!」

 

 機を逃さないリーシャの声に、ジータとイオが目を見開いた。

 

「行くよ、ジータ!」

 

「はーい」

 

 己に渦巻く魔力は長い時間をかけて、大きな奔流となって体中を駆け巡っている。

 魔導士達はそれを手に持つ杖へと介し、術式を構築。

 

「私の本気、くらいなさい! エレメンタルカスケード!」

 

 地面に描かれる魔法陣より生み出されしは特大の火球。貯めに貯め、集中に集中を重ねた今この瞬間だけの特大火力の魔法だ。

 

「四方より混じりて、形を成せ。 エーテルブラスト」

 

 四大属性のチカラがジータの目の前で渦巻く。混ざり合い形を成したそれは、まるで龍のように動き出す。

 

「「いっけえええ!!」」

 

 重なる声に合わせて、特大の火球と、四色に彩られた龍が大樹に向けて放たれた。

 

 

 

「往くぞ、七星剣……」

 

 七つの光点を収束。目の前に出てきたコア部分を見据えたグランが、七星剣を強く握る。

 同時に発動したレイジが己に新たな集中をもたらし、全てを知覚したグランは体の隅々からその身に宿るチカラを集約。一振りの剣に全てを掛けた。

 

「イフリート、お願いします」

 

 優しく、そして強い声で命を下すルリアに応えるように、イフリートの剛腕が炎に包まれた。

 落下の勢い。星晶獣故の圧倒的なチカラ。そして見た目に違わぬ腕力(ちから)。その全てがコアに向けられる。

 七星剣の奥義、北斗大極閃。巨大な光の剣を突き出しグランが吶喊する。

 同時にイフリートの最強技である”エグゾーストノヴァ”。炎の剛腕が魔晶の檻へと振り下ろされる。

 

 

 ぶちぬけえええええ!!!!

 

 

 

 仲間たちの意思と声が重なる。

 光の剣が、炎の鉄拳が。特大の火球が、四色に彩られた龍が。

 今、ユグドラシルマリスのコア部分へと炸裂した。

 

 




如何でしたでしょうか。

ちょっと残念?なお知らせですが、原作の方でヴィーラちゃん最終モード実装されちゃいました。
今回の話を投稿直前だったので少しビットの部分とかも盛り込みましたが、当小説内の設定とは多分に食い違いがあるかと思います。
原作ファンが多いであろう当小説ですがこちらについては訂正はしません。
(具体的に言うなら原作ではヴィーラとシュヴァリエのあれは融合のようです)
もう色々と書き進めてきている今、小説内でこの設定は織り込めないのでこれまで描かれた設定で進めていきます。
原作ファンの皆様、ご容赦ください。

次回がいつになるかわかりませんが、今度は早く投稿できるように頑張りますので、今後もよろしくお願いいたします。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第48幕

ルーマシー帰還編ラスト。
どうぞ、お楽しみください。


 

 

 

――――届いた!

 

 

 無機質な何かが割れる音に仲間達は攻撃が届いた事を確信する。

 罅割れ程度ではなく、完璧に砕いた魔晶の檻が崩れていき、囚われていた二つの存在が解放されていく。

 大切な仲間であるロゼッタ。そして、ロゼッタの守ろうとしたユグドラシル。

 チカラを奪われ、コアに負担を掛けられたロゼッタとユグドラシルの姿はボロボロそのものであった。

 突撃した直後のグランとルリアは二人を受け止めるとその光景に、二人を仲間の元へと連れて行こうとする。

 

 だが――

 

「なっ!?」

「きゃぁ!?」

 

 突如としてグランとルリアは木々の手により縛り上げられた。

 魔晶のコアは打ち砕いた。だが、大樹自体はまだ滅んでいない。

 その身に残る魔晶の残滓が最後のあがきと言わんばかりに突如動き出したのだ。

 魔晶の檻を破壊し、二人を救い出したグランとルリアは成すすべなく捕らえられてしまう。

 木の蔦に縛り上げられた二人には既に抜け出せる手段はない。

 グランとルリアはそれぞれできることで応戦しようとするがそれよりも早く、木々は二人を縊り殺そうと締め付けを強め始める。

 

「ぐっ…………」

「うっ、ぁ…………」

 

 身じろぎすらできないほどの締め付けに二人の脳裏に死がよぎる。

 視界には二人を助けようと、魔法を放とうとするジータとイオ。再び天ノ羽斬を振りかぶったセルグの姿が映るがそれよりも先に二人の首がへし折られてしまうだろう。

 万事休すか――――

 

 

「木偶人形如きが……調子に乗るなよ!!」

 

 

 四つの光条が二人を縛る全てを破壊する。

 漂うのは四大属性の魔力。聞こえたのは、幾日も森を彷徨っていながら衰えを知らない力強い声。

 七曜の騎士たる所以。彼女だけの魔法を撃ち放ち、二人を助け出したアポロの姿がそこにあった。

 

「スツルム、片付けろ!!」

 

「わかっている!!」

 

 グランとルリアを救い出したと同時にすぐさまアポロが叫ぶと、今度はグラン達の頭上から声が返される。

 二本のショートソードを抜き放ち、炎を纏いながら降りてくるのはアポロが雇った忠実な傭兵。

 報酬の為ではなく、雇い主の為に命を張れる誇り高き傭兵が、魔晶の残滓に支配された大樹の残骸を見据えた。

 

「手加減はしない……”フロム・ヘル”!!」

 

 一閃。一度振るえば炎の軌跡が二度刻む。剣と炎の斬撃が、スツルムより巻き起こった。

 かろうじて保っていた大樹の残骸に向けて放たれたのは彼女の奥義。

 落下と同時に上から下まで切り刻まれた大樹の残骸が、焼かれ刻まれ、崩されていく。

 

「ぼさっとするな。すぐに離れるぞ!」

 

「え、あ。うん、わかった!」

 

「わかりました!」

 

 救出された二人に出迎えられたスツルムは、ユグドラシルを抱えて大きく後退。

 拘束を逃れたグランもロゼッタを確保して直ぐにそれに続いた。ルリアは再びサジタリウスを召喚し駆け抜ける。

 前方の巻き添えの心配がなくなったところで、アポロはもう一人の従者を呼ぶ。

 

「ドランク、続け」

 

「ハイハーイ」

 

 スツルムの攻撃でも完全には滅する事のできない大樹を見て、アポロのはるか後方に姿を現した一人の男が動きを見せる。

 

「さぁて、僕も張り切っちゃおうかな~。そぉれ!」

 

 手に持つのは二つの宝玉。宝玉より描き出された魔法陣からは即座に魔法が放たれる。

 ドランクの魔法の一つ。”フェアトリックレイド”。小規模ではあるが多種な魔法を連続で使いこなす技である。

 放たれた炎の魔法が大樹を焦がしていく。

 

「小娘共、呆けるな! 私だけでは足りん。力を貸せ!」

 

 ジータとイオの横に並び立ったアポロは、魔法の準備に入った。

 クアッドスペル――彼女を七曜の騎士たらしめる、魔法。

 先ほどグランとルリアを救った魔法は詠唱を破棄した低威力のものに過ぎない。かといって、正しき手順を踏んだところで今の彼女に大樹の全てを滅するだけの魔力は捻りだせない。

 ならば、チカラを合わせる他ないだろう。

 

「わかりました」

「やってやるわ!」

 

 落ち着いた声と気合の声を返して二人の魔導士が並ぶ。

 

「再生力は失われている。これで終わりだ」

「みなさーん。伏せていてくださいね」

「今度こそ終わりにしてあげる。手加減無しなんだから!」

 

 ジータのエーテルブラスト。イオのエレメンタルカスケード。そしてアポロのクアッドスペル。

 再び放たれた大きな魔法に、魔晶の残滓だけで動いていた大樹が吹き飛んでいく。

 炎と爆発に塗れて、傀儡となっていた大樹が消失した。

 

 グラン達はとうとう、フリーシアが作り出した魔獣を撃破し、仲間を救出したのであった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「――――止まった……のか?」

 

 指揮官であった彼は、目の前で戦艦を襲っていた茨が動きを止めたのを確認して呟いた。

 どれだけの時を戦い続けていただろう…………代わる代わるで砲撃をつづけていたがそれでも茨の壁は破れず。

 兵士達には疲労がたまり、次の補給を最後に彼は撤退指示を出すつもりであった。

 

「隊長! 茨が次々と崩れていきます。もしや、あの星晶獣が活動を停止したのでは?」

 

 兵士の言葉に指揮官である彼の脳裏に、一つの星晶獣の記憶が呼び起こされる。

 島を離れる際に一度だけ見た星晶獣。

 茨を使役し、身も凍るような怒りと共に、兵士達へと攻撃を仕掛けてきた星晶獣は頭から離れない程に印象強く残っていた。

 遠目からでもわかった、怒りが具現化したような猛攻。島に兵士を残さざるをえない程の怒涛の攻撃に、苦渋に塗れながら彼は島を即座に離れることを決断した。

 逃げ惑う部下を見殺しにして、彼は上官であるフリーシアと己の命を優先したのだ。

 

 

 

「――――これは恐らく好機。先程突入した例の騎空団の奴らが何とかしたのかもしれんな。

 全部隊に通達。降下準備に移るのだ! 命令通りに例のモノを回収し、本国へと帰還するための準備をしろ!」

 

 優秀な指揮官であった彼は即座に現状を読み解く。

 これまで、襲い来る茨の届く範囲を把握し、射程外からの攻撃を続けることができたのは、ひとえに彼の手腕によるものだ。

 そんな優秀な指揮官である彼がこの状態に手をこまねくはずもない。

 島の中で何が起きたかはわからなくとも、茨が崩れ落ちたことからあの星晶獣が活動を停止したのは明白。

 障害が消えた今、彼は命令遂行の為に部隊に一斉指示を出した。

 

「回収艇を島に近づけろ! 魔晶部隊は妨害を予測し全周配備。砲撃艇は島を狙える位置でそのまま待機だ。急げ!」

 

「イェッサー!」

 

 彼の指示が終わると同時に、次々と兵士たちが動き出す。

 指示を出した後で自らも島に降り立つべく、降下準備を始めようとしたところで、彼には後ろから声がかかる。

 

「ふむ……どうやらちょうどいいタイミングできたようですネェ」

 

「ポ、ポンメルン大尉!? いつからこちらに!?」

 

 声の主の正体は、本国へと戻り別の作戦行動中であったはずの上官。

 落ち着いた様子でそこに佇むポンメルンを見て、思わず彼は敬礼を返した。

 

「高速艇で今しがた到着した所ですネェ。それより、降下部隊の手筈はどうなっていますか?」

 

「は、ハイ! 島を覆う茨が崩れ落ちたので好機とみてすぐに降下部隊を送るところです。私もそちらで指揮を――」

 

「なるほど、でしたら私が行きますので貴方はこちらで回収部隊を待っていてください。宰相閣下がご所望のモノを回収したらすぐに本国へと帰還できるよう手筈を整えておくのですネェ」

 

「――――それは是非にとお願いしたいのですが、魔晶部隊だけでもよろしいのでは? 大尉自ら赴かなくてもよろしい気が……」

 

「それは考えが甘いですネェ。私が行ったところでどうというわけではありませんが、例の騎空団の者達がいる以上過剰な戦力になることはあり得ないのです。

 本当であれば中将閣下にも来て頂きたかったのですが、中将閣下は本国にて報告に出ているためこちらにはおられません。

 命令遂行のためには油断してはいけないという事を覚えておきなさい、ですネェ」

 

 引き留める指揮官の言葉に、ポンメルンは真剣な面持ちで答える。

 その視線は島の中枢へと向けられており、そこには油断も隙も無い雰囲気が伺える。

 

「――わかりました。それでは私は帰還の手筈を整えておきます。ポンメルン大尉、すぐにでも降下部隊は整います。ご武運を」

 

「ご武運を祈られるような事態にならないことを、私は祈りたいですが……ネェ」

 

 少しだけ苦々しい表情に変わるポンメルンの脳裏には不安が募った。

 アマルティアで痛み分けとなった記憶は新しいが、彼らの戦力は既にポンメルン一人でどうにかなるレベルではない。

 天星器を使いこなす双子に、星晶獣を従えた男。それだけで魔晶兵士の優位性は消え去る。

 己が使いこなす魔晶のチカラを含めても時間稼ぎ程度しかできない実力差なのは明らかだ。

 必然戦闘になることがあれば、兵士達には多くの負傷者が出るだろう。

 

「本当に……どうしますかネェ」

 

 指揮官が奔走し始めたのを見送り、ポンメルンは島へと向けた不安を一人静かに吐き出すのだった……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 静かな音が聞こえる……

 

 

 

 まるでそよ風に晒されて木々が騒いでいるような、そんな他愛ない音。

 どこか聞きなれていて、どこか聞いていると安らぐ。

 そんな……嬉しくなる音。

 

 

 

 

 

「――――ん、んぅ……あれ、私?」

 

 心地よい感覚に包まれながら、ロゼッタは目を覚ました。

 最初に視界に入るのは小さな鳥達。

 彼女の肢体を遊び場とするようにチョコチョコと動き回っていた。

 

 ”―――――♪”

 

 鳥達に目をとられたロゼッタにまたも音が届く。

 それは彼女しかわからない言葉が込められた音。

 植物に覆われた島、ここルーマシーの地で永い時を共にしてきた存在。己の身を捨ててでも守ろうとした大切な子の声であった。

 

「ユグ……ドラシル?」

 

 ”――――♪”

 

 ロゼッタの頭を足に乗せ、目覚めるのを待っていたのだろう。

 呆けてはいるが無事な様子のロゼッタを確認してまた一つ、鈴の音のような綺麗な音で返したユグドラシルの顔に、嬉しそうな表情が浮かんだ。

 素直に感情を表に出している珍しいユグドラシルの様子に、ロゼッタはまた一つ困惑。

 

「あれ……私……」

 

 どうにも要領を得ない光景に、ロゼッタは身体を起こして周囲を確認しようとした。

 

「おはよう、ロゼッタ」

「おはようございます、ロゼッタさん」

「とりあえず大丈夫そうじゃねぇか。良かったな、ユグドラシル!」

 

「グラン、ジータ。それにビィ君も」

 

 そんなロゼッタに聞こえたのは、これまたよく知る声。

 彼女にとってはそれなりに縁深く、見守っていくと決めた大切な子達。

 双子の兄弟と小さな竜がいた。

 

「ご無事そうでよかったです。ユグドラシルと違い、なかなか目を覚まさないので心配しました」

 

「セルグやルリアが言うには、魔晶からの負担を肩代わりしすぎたんだろうって……ユグドラシルの為とは言え、少し無茶が過ぎたんじゃない?」

 

 いつも通りの穏やかな雰囲気。

 その雰囲気に当てられて、ロゼッタの遅かった思考が平常を取り戻し始める。

 

「そう、か……私。フフ、どうやら随分と迷惑を掛けちゃったみたいね」

 

「気にすんなって。皆ロゼッタに迷惑かけられたなんて思っちゃいないんだからよ!」

 

 微かな記憶に残っているのは、魔晶に侵され己のチカラを暴走させていた記憶。

 その光景までは覚えていなくても、どす黒く染まった己のチカラが散々に振るわれた覚えだけはあった。

 島を守るために開放した己のチカラが、魔晶の影響で見事なまでに彼らの壁となってしまったのだ。

 ビィの言葉は嬉しいが、それだけで納得できようはずもない。

 

「皆は……無事なの?」

 

 口から自然と言葉がこぼれる。無事なのか? 怪我はしていないか? 無茶はしていないか?

 仮に己のせいで、誰かが犠牲になっていたならなんと言えば良いのか。ロゼッタの胸中に少しだけ恐怖が膨れ始めた。

 

 問われた双子は一拍の呼吸を置いて顔を見合わせる。

 その反応だけでは何もわからないロゼッタが眉を寄せるが、対する双子は並び立っていた場所をどき、その背後を見せた。

 そこには――

 

 

 

「コラッ、まてルリア。まだ治療は終わってないぞ!」

「うわーん、セルグさん助けて下さい~」

「っと、どうしたルリア?」

「セルグ、ルリアを渡せ! まだ怪我は治っていないのにヒールを嫌がって逃げるんだ」

「だって、カタリナさっきから怒ってるだもん!」

「当たり前だ! 必要であったとはいえ、負担のかかる多重召喚をしたんだ。そんな無茶を教えた覚えはない! 大体私はルリアが最前線に出るだけでも反対だったのに……」

 

 目を吊り上げて怒っていますと言いたげなカタリナがルリアを追い回し、逃げるルリアはセルグの陰へと入り込んで盾代わりにする。

 事態を悟ったセルグはというと、少しの苦笑いと共にカタリナへと向かい合った。

 

「あぁー。そう言うことか。全く……落ち着けカタリナ。心配なのはわかるが、ルリアもこれからは無茶をしないさ。必要な事だと悟り、それを選択したルリアを心配だからと頭ごなしに否定していては、ルリアの気持ちをないがしろに――」

「無茶ばかりしてきた君のせいであることを少しは自覚してくれ。君のこれまでがそうだったから、皆もルリアも最近無茶をするようになった」

「お、おいおい。なんでそこでオレにまで飛び火――」

「そうですねお姉さま……私もそこについては同感です。ルリアちゃん、今回はお姉さまにしっかりと怒られて下さい」

「そうね、セルグの真似なんかしてたら命が幾つあっても足りないわよ。そいつは最近まで歩く自殺願望だったんだから」

「おい、お前ら。なんてことを言うんだ。少なくともオレは――」

「ハイハイ、セルグさんはいつも通りお二人に怒られていてください。相変わらずの突撃癖。作戦を無視しての無理な攻撃。お陰でオイゲンさん達も必要のない怪我をしてしまいました。ヴィーラさん、ゼタさん、たっぷりと絞ってあげてください。

 それからルリアさん。カタリナさんの言葉もルリアさんを思っての事なんですから、素直に治療とお説教くらいは受けましょう。体にも心にも、傷痕が残ったりしたら嫌でしょう?」

「それは……そうですけど。うぅ、わかりました」

 

 逃げるルリア。追うカタリナ。少し余裕のあるリーシャ。ゼタとヴィーラに責められるセルグはやや真新しい気がするが、そこには見知ったいつも通りの光景があった。

 またも呆気にとられたロゼッタだったが、別の方から聞こえた声にまた視線を向ける。

 

「おーイテテテ。やっぱり老体には堪えたか。なぁ、アレーティア?」

「ううむ、やはり年月にはかなわんかのぅ。体力もそうじゃが、何より戦いの後の反動がキツイの一言に尽きるわい」

「全く。張り切って前ではしゃいでたくせに情けないんだから……オイゲンにアレーティアはまだしも、ラカムまでそんな状態って本格的に歳なんじゃないの?」

「このっ、ガキンチョが。痛っ!? 俺は二人を庇って受けた名誉の負傷だっつの! 幸いにもセルグの援護のお陰で大事には至らなかったが俺だってーー」

「そんな事言っても、セルグはあんなにピンピンしてるわよ?」

「俺をあんなビックリの塊みたいな奴と一緒にすんな! こちとら元は只の操舵士だぞ。アイツとは戦士としてのモノが違ぇよ」

「ふーん、そうなの? だからってそんな事言ってると、またセルグが拗ねるわよ。最近……今までもだったけど、セルグのメンタルは弱いんだからね。それより、三人とも治療するから並んで座って」

 

 何やら年寄り臭い男ども。内二人は本当に年寄りなのだから仕方ない事だが、それをまるで母親のような態度で治療に入る少女の姿。

 余裕と自信に溢れてるイオの姿に、ロゼッタはまた少し新鮮な気持ちを抱き、されるがままの男衆を後でからかってやろうと決めた。

 

「後は、あっちかな?」

 

「あっち?」

 

 他に誰かいただろうか。ロゼッタの頭に疑問が浮かぶ。

 アレーティアが合流していた事には驚きであったがそれ以外にも誰か合流していたのだろうか。

 何人か艇を降りていたメンツを思い浮かべるが、予想に反してそこにいたのは全く別の者たちであった。

 

「アポロ、お腹空いてない? お腹空いてると……死んじゃうよ」

「黙れ、私は空腹などで死にはしない」

「でも、ずっと森で彷徨ってーー」

「黙れと言っている。いつからお前は私の保護者になった? 調子に乗るのも大概にしろ」

「まぁまぁ黒騎士。オルキスちゃんはそれはもうずっと貴女の事を心配していたんだから少しはその気持ちを汲んであげようよ〜ねっ!」

「下らん。人形に気持ちも何もあるまい」

「も〜頑固だなぁ。スツルム殿からも何とかーー」

「良い……ドランク。私は気にしてないから……」

 

 微妙ではあるが陰りを見せるオルキスの表情。

 それを見た瞬間にアポロの顔が僅かに歪んだのを、ドランクは見逃さなかった。

 

「(ねぇねぇ、スツルム殿。やっぱり彼女)」

「(死にたくなければ余計なことは口走らないことだ。今のアイツはーー)」

「ドランク……出せ」

「えっ、は?」

「腹が減っている。携帯食料くらいお前なら持っているだろう。早くしろ」

 

 不躾で無遠慮な物言いで、アポロはドランクへと手を差し出す。

 その行動自体が非常に面白くないのか、視線でドランクに早くしろと訴えていることが伺えた。

 そんなアポロを見て、ドランクもせっせと携帯していた食料を取り出して差し出す。

 

「――もぅ、本当に素直じゃないよね」

「何か言ったか?」

「いいやぁ〜何にも喋ってないですよ! ねっ、オルキスちゃん」

「うん。ドランク、喋ってない」

「チッ……忌々しい奴らめ」

 

 どこか荒んでいるのに、どこか優しい。そんな光景が飛び込んできた。

 悲しそうな表情を浮かべたオルキス。

 それを見ていたたまれなくなったように見えたアポロ。

 茶化すドランクと、見守るスツルム。

 ロゼッタが知る、刺々しい雰囲気を纏ったアポロではなく、ロゼッタが知る感情の希薄なオルキスでは無かった。

 

「あえて言うなら、いつも通り……だよ」

 

「もぅ、グランったら。仲間も増えてるのにいつも通りな訳ないじゃない」

 

「いやぁジータ。オイラから見てもこれはいつも通りの感じだぜ……仲間が増えたってだけでよぉ」

 

 そう、いつも通り。

 見せられた仲間たちのやりとりや雰囲気も。

 目の前で嬉しそうな表情を見せてる双子と竜も。

 それに毒されてしまった、以前までの敵対する者達も。

 

 皆等しく、無事でいつも通りの姿を見せてくれていた。

 

「(聞かなくてもわかる。多くの苦難を乗り越えたことは)」

 

 一人一人の実力が。内面も外面も大きく成長しているのだと手に取るようにわかった。

 ここは彼女のテリトリーであるし、そうじゃなくても彼らの表情はそれを如実に物語っている。

 

「(これはやっぱり、この子達だったから……なのかしらね。或いはあの人の子だったから? もう一つ挙げるなら彼がいたから……か)」

 

 思い浮かぶのは目の前の双子の父親。

 思い出すのは、彼を見たときに感じた異質な存在感。

 見据えたのは、着々と、それも恐るべき早さで進化していく目の前の兄妹。

 

「(何であろうと、言えることは一つね)」

 

 様々な思考が駆け巡るも、今考えようと仕方ない事ばかり。

 それよりも先に自分は伝えなければいけない事が有るだろう。

 ロゼッタは出来る限りの柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「ありがとね――みんな」

 

 何に対してのありがとうなのか。

 そこにはきっと様々な言葉が含まれているのだろう。

 それを全て察して、対する双子は笑って返す。

 

 

「おかえり、ロゼッタ」

「おかえりなさい、ロゼッタさん」

 

 

 優しき守護者は今、旅の仲間の元に帰還した。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「さて、あまりのんびりもしていられない」

 

 

 休息と治療を少々施したところで、セルグは面持ちを変えた。

 再会を喜んでいる仲間達には悪いが、彼にはロゼッタ救出の先にまだやるべきことがあった。

 

「どうしたのセルグ? あとはグランサイファーに戻るだけじゃ……」

 

「いいえ、グランさん。忘れてはいけません。フリーシア宰相の狙いはこの島にあるアーカーシャ……私たちがルーマシーを離れてから戻るまでの間、帝国が島に突入するために攻撃を続けていたのは何故だと思いますか?」

 

「それは…………そっか、アーカーシャの確保」

 

 リーシャの問いにグランは思案してから答える。

 幾日もの間、島に突入するために攻撃をしていた理由は何なのか。その答えはすぐに出てきた。

 

「そうだろうな。オレ達がロゼッタを助けたと同時に島を覆う茨は消えた。機を逃さない指揮官が居れば、すぐにでもアーカーシャの確保に動くはずだ」

 

「つってもよぉ。今更帝国の連中がいくら束になったところで、もうグラン達の敵でもねぇじゃねえか。そんなに心配しなくても――」

 

「だめだよビィ。私達は消耗してる……黒騎士さんだって全然本調子じゃない。まともに戦える人が限られてる以上、私たちは対処を急ぐべきだと思う」

 

「その通りだな。今まともに戦えそうなのはスツルム殿にドランク殿。それからセルグくらいなものだ。皆チカラを使い果たしていると言って良い。フリーシア宰相の思惑を阻止するのであれば、ここでアーカーシャを確保されてはマズイだろう」

 

「あら、それなら私がすぐにでもアーカーシャの確保を――――ッ!?」

 

 少しだけ疲れた様子のロゼッタが立ち上がり、意識を島に張り巡らせた。

 植物を扱いそれを支配下に置ける彼女にとって、島の状況を把握することは容易だ。足元より島中の植物へと意識を介すれば島の全てを把握できる。

 だが、意識を割いて、島の把握をしていたロゼッタの表情はすぐに驚きへと変わった。

 何を知ったのか……仲間たちが疑問を浮かべるが、ロゼッタが表情を変えたのは島の状況を把握してでの事ではない。

 

「どうしたんだロゼッタ?」

 

「――――どうやら、遅かったようね」

 

「何?」

 

 

 

 

 

「既に我々の回収部隊が動いているからですネェ」

 

 彼女の視線の先には見知った帝国の軍人がいた。

 

 

「ポンメルン!?」

 

 即座の臨戦態勢。

 アマルティアでの激闘が記憶に新しいグラン達は最大警戒で姿を見せたポンメルンへと向き直った。

 

「ロゼッタ、アーカーシャは!?」

 

「既にこの島から持ち去られた様ね……私が知覚できないということはそういうことよ」

 

 苦々しく呟いたロゼッタの言葉を聞いてセルグはすぐに動き出す。

 

「ヴェリウス! 戦艦ごと墜とす。翔べ!」

 

 ”心得た”

 

 ヴェリウスを呼び出し即座に跳躍。その背に乗って一気に空へと飛翔した。

 

「セルグ! いくら君でも単騎で特攻など無茶だ!!」

 

 カタリナが呼び止める声もむなしく、セルグは瞬く間に遠くへと消えていく。

 だが、そこでセルグに意識を割いたのが彼女の最大の間違いであった。

 

「隙だらけ……ですネェ」

 

「なっ!? ゴハッ」

 

 瞬時に接近したポンメルンによる腹部への一撃。

 カタリナは抗うことなく意識を落とした。

 

「カタリナ!?」

 

「クソッ、いきなりやってくれるじゃない!」

 

 自分達の懐へと飛び込んできたポンメルンを見て、ゼタの心に火が付いた。

 たった一人で自分達とやり合う気でいるとは嘗められたものだと。怒りをチカラへと変換しアルベスの槍が火柱を噴き上げる。

 

「はぁあ!」

 

「甘いですネェ」

 

 振るわれた槍を剣で防ぎ、ポンメルンは後退。

 距離を取り、グラン達と再び対峙する。

 

「貴様も強かになったな、ポンメルン。僅かな隙をついての不意打ち。それに、そのチカラは魔晶か? 随分強く成ったと見える」

 

「さすがに七曜を冠する貴方程ではありませんがネェ。とは言っても……今の貴方であればまだ何とかなりそうですが」

 

「チッ。さすがに見抜かれているか」

 

 己の身体の状況を見抜かれていることに、アポロは小さく舌打ち。

 疲弊したグラン達。森を幾日も彷徨い、とてもまともに戦える状態ではないアポロ。

 ゼタの攻撃も難なく防がれたことから余力がないのは火を見るより明らかである。

 先に把握した通り、まともに戦えそうなのはスツルムとドランクぐらいであった。

 

「その体でまともに動けていることが脅威だと私は思いますがネェ。普通であれば倒れていておかしくありませんよ」

 

「スツルム、ドランク。仕事の時間だ」

 

「わかっているさ」

 

「当然だよね~ちょっときつそうだけど」

 

「貴様らは援護に徹しろ。生半可では手痛い反撃を受けるぞ」

 

 冷静に判断を下したアポロは二人の従者に任せた。

 前に出ようとするグラン達を抑えて、後ろに退けさせる。

 

「ですが、それではお二人が……」

 

「ジータさん。今の私達が前に出るべきではありません。援護に徹しましょう」

 

 心配の表情を浮かべるジータを制して、ヴィーラはシュヴァリエのチカラを用いて援護の体制に入る。

 それを見てグラン達も援護体制を取り、いつでも動けるようにポンメルンを見据えた。

 

「ふむ……やはり私だけではどうにも荷が重いですネェ」

 

「今更何を言っている。先に手を出してきたのはそっちだ。悪いがやられたらやり返す主義なんでな」

 

「逃げられると思わないで欲しいなぁ~元々帝国のやり方は好きじゃなかったから……今日は本気でやらせてもらうよ」

 

 怒気を混ぜたスツルムと、お茶らけた雰囲気を消したドランク。

 二人が全力で戦う様子を見せて、グラン達は息を呑んだ。

 激戦を潜り抜けたことで強くなった自信があり、嘗て彼らと敵対していた時の事から彼らの実力を把握していたつもりであった。

 だが、違う。二人はこれまで一度たりとも本気で戦う姿を見せてはいなかった。

 

 二人に垣間見えるのはセルグ同様に、殺気を見せた闘争の意思。相手の命を奪う戦いに臨む姿勢。

 それが二人の気配を鋭く際立たせている。

 

「――行くぞ。ドランク」

 

「了解。スツルム殿」

 

 態々攻撃に移る事を知らせる愚策を取りながらも、言葉によってきっかけを作り出し、二人は動いた。

 詠唱破棄の小規模の魔法をドランクが牽制で打ち放ち、スツルムはショートソードを抜いて接近。

 

「はぁ!」

 

 紅蓮を纏う剣がポンメルンを襲う。

 スツルムの一閃はセルグ同様の斬撃の投射。それを直接斬りつけながら行うことで、多重の斬撃を可能とした彼女だけの接近戦。

 一度に二度斬りつけることができる彼女の斬撃を、しかしポンメルンは防御ではなく回避で対応。

 

「ドラフにしては鋭い攻撃ですね。もう少し力任せかと思いましたが……」

 

「あまり私を怒らせるなよ。男共みたいに全部が全部鈍重だと思ったら大間違いだ!」

 

「これは失礼。ですがそちらもあまり私達を甘く見るべきではないかと」

 

「何?」

 

 視界のはずれで何かが閃く。

 危険を感じ、瞬間的に回避行動をとったスツルムの居た場所に銃撃の嵐が見舞われる。

 

「スツルム殿!? マズッ!」

 

 集中して魔力を操り、ドランクは銃撃に晒されそうなスツルムを水の障壁で防御。

 大切な相棒を守り抜き、すぐに銃撃の出所へと目を向ける。

 ポンメルンの背後。大きく距離を取って、幾人もの兵士が彼らに銃を向けていた。

 

「これだけ距離を取れば魔法や銃による攻撃も簡単ではないでしょう。こちらの攻撃も届きにくいかもしれませんが。私の目的は貴方たちを倒すことではありませんからネェ」

 

「やってくれる……自分を前面に押し出して兵士たちの援護を徹底的に受けるか。厄介だな」

 

「さすがにあの数の援護を退けながらは厳しいかなぁ」

 

 一度距離を取った二人が後ろの援護部隊を睨みつける。

 ポンメルンとて簡単な相手ではない。目の前で集中しなければいけない相手であるのに援護を気にしなければいけないのは致命的だ。

 

「あの男が向かったというのに余裕だな。時間稼ぎが目的か? 一体何を考えている?」

 

 グラン達を倒すのが目的ではない――――

 ポンメルンの言葉に疑問を覚えたアポロが問いかけた。

 後ろに多くの兵士を並べておいて殲滅に来たわけでもないとはどういうことなのか。

 疲弊した現状では危うい状況であるグラン達にも冷や汗が伝う。

 

「貴方たちとぶつかり合えばこちらの被害も甚大になるでしょう。わざわざ兵士達を犠牲にする必要はありませんからネェ。私の役割は少しの時間を稼ぎ、彼らの撤退時間を稼ぐこと。

 それともう一つ。先も言いましたがあまり私達を甘く見ない方が良いですネェ……あの男が一人で向かったところでできることなどたかが知れています。本国へと向かう高速艇へ砲撃の嵐を掻い潜りながらたどり着けるとはとても思えません、ですネェ」

 

 瞬間グラン達の血の気が引く。

 アマルティア突入の際に受けた砲撃の嵐が思い起こされ、そこにヴェリウスに乗ったセルグが突撃していく姿が思い浮かんだ。

 ルーマシーに突入する際に見た戦艦は二隻。それだけで砲撃の量はアマルティアの二倍になる。

 当たれば墜落は必至。アマルティアでは分散されていた狙いがセルグ一人に集中することを考えれば。当たる事も必至となるだろう。

 

「マズイ、急いでグランサイファーに戻ってセルグを――」

 

「隙を晒すな小僧! 背中を見せれば撃たれるぞ!」

 

「だけど、それじゃセルグが!?」

 

「行きたいのならどうぞご自由に。こちらも悠々と撤退できます。それに今から行こうと、決して間に合いはしない。突撃する彼を救うことも、回収艇に追いつくこともね。我々は被害なく撤退できればそれで良いのですよ。下手に貴方たちを撃ってここで怒りを買う方が恐ろしいですネェ」

 

 僅かに勝ち誇った顔。ポンメルンの言う通り、既にここでグラン達が何をしようと結果は変わらない。

 帝国はアーカーシャを確保し、フリーシアの野望はまた一つ手の届くところへと近づいた。

 それに合わせて、セルグは命の危機に陥っている。

 グランとジータは迷う事無く、今できる最善の選び出す。

 

「スツルムさんにドランクさん。殿(しんがり)をお願いします。ゼタさんとヴィーラさんでその援護に」

 

「ルリア、星晶獣でカタリナを頼む。僕たちは全速力で艇に戻ろう。急ぐよ!」

 

 反論の余地はない。答えを返す暇すら惜しい。

 一斉に動き出したグラン達は全力でグランサイファーへと駆けだした。

 殿を受け持ったスツルムとドランクは、ポンメルンの動きを警戒しながら後退しようとするが、二人の前に静かに人影が躍り出る。

 

 ”――――!”

 

 背後にチカラを感じてグランが振り返ると、そこには木々を操り、グラン達の背を守る星晶獣の姿。

 

「――ユグドラシル。あなた、何を無茶なことを!?」

 

 ”――――♪”

 

 コアに散々負担を掛けられたユグドラシルにチカラなどほとんど残っていないはず。

 現にロゼッタは身体を動かすだけで精一杯である。

 グラン達の為に動いたユグドラシルを慌ててロゼッタは止めようとするが、ユグドラシルは小さく微笑んでそれに応えた。

 

 凛とした鈴の音のような言葉がロゼッタに伝わる。

 迷惑をかけた。守ってもらった。

 だから今度は自分の番だと。

 

「――――全く。戻ってきたら少しお仕置きよ」

 

 ユグドラシルの頑なな意思を伝えられ、ロゼッタは小さく毒吐くとグラン達と共にグランサイファーに向け走り出した。

 幸いにも背後で大きな音は聞こえない。

 ポンメルンの言った事は正しく、彼らは無事に撤退できれば良いのであろう。

 そこに戦いの気配が巻き起こることはなかった。

 

 

 

 

 ”きっと大丈夫”

 

 

 

「え?」

 

 微かに聞こえた音の中に微かな言葉を聞いた気がして走っていたグランが呆ける。

 

「どうしたんですかグラン?」

 

「いや、なんか声が聞こえた気が……」

 

「こんな時に気の抜けた声出さないでよ。急がないとセルグさんが危ないかもしれないんだよ!」

 

「うん、ごめん。とにかく急ごう」

 

 ルリアとジータに応えながら、グランは気にしていた背後を振り返らずに走り始める。

 

 

 走る彼らの前を、植物たちがが避けてくれていた……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「あれだ! 一隻だけ動き出している。アーカーシャの気配もあれから出ている。追うぞ、ヴェリウス!」

 

 戦艦と戦艦が陣取るその背後。

 一隻だけ進路を取り、動き出そうとしている騎空挺を見つけて、セルグはヴェリウスと共に空を駆け抜ける。

 

「射線を取らせるな! デカいのはオレが打ち払う!」

 

 セルグの声を聞くと同時に、ヴェリウスは急降下。

 戦艦の下方へと回り込み、狙える火砲を制限させる。

 撃たれたら危険な大きい砲門に狙いをつけ、セルグは多刃で迎撃。

 砲門を潰してその場を切り抜けようとするが、それよりも回避を優先するヴェリウスの動きで狙いが取れない。

 

「クソッ、大技の攻撃で落とす。直上に行けないか!」

 

 ”落下とは違うぞ若造。いくら我でもそんな速さで上昇することはできん。のんびり羽ばたいている間にハチの巣になる”

 

「チッ! だったら……」

 

 瞬時に天ノ羽斬を納刀。風火二輪を抜き、セルグは狙いをつけずに射撃。

 全力の射撃を幾度もぶち込み、艇体に衝撃を与え始める。

 

「これは牽制だ。本命は……」

 

 またも瞬時に切り替えて天ノ羽斬を握る。打ち放つは全てを断つ一刀。

 

「絶刀招来、天ノ羽斬!」

 

 巨大な斬撃の投射が戦艦を襲う。だが――――戦艦は衝撃を受けるだけに留まり、断たれて墜とされることはなかった。

 

「威力不足か!?」

 

 本来であれば断ち切れるだけの威力を誇るセルグの奥義も、既に幾度も撃ち放ち、ヴェリウスの本体からの援護もなしでは威力の減衰は激しい。

 精々が己を狙う砲撃の嵐をいくつか迎撃するだけに終わった攻撃にセルグが唇を噛んだ。

 

「ヴェリウス……一点突破だ。全てを掻い潜り、戦艦の間を抜けアーカーシャを乗せた艇を追う!」

 

 ”それは無謀が過ぎるぞ若造! いくら我でもこの火砲を潜り抜けるのは不可能。お主とて遠距離が主体のスタイルではない。このままいけばむざむざ死ぬだけだとわからんか!”

 

「アーカーシャを持ち去られているんだぞ! これを逃せば、どうなるかお前だって理解しているだろう!」

 

 ”自重せぬか! まだ蒼の娘がいる。星の民の娘もだ。カギとなるのはこちらが握っているのだ。ここで無理をしてお主を失うことがどういうことかお主こそ理解しているであろう!”

 

「だがっ――――クソッ! 何て失態だ! みすみすアーカーシャを渡すなどと……」

 

 ヴェリウスが砲撃を回避しながら、追うことを諦めないセルグを窘める。

 ヴェリウスの言葉に言葉を詰まらせたセルグは、抜刀したばかりの天ノ羽斬を納刀し、ただ去っていく騎空挺を見送った。

 

 ”これまでだ……いくら吠えようと、我は行かぬ。お主は自身の命をまた擲つつもりか? そんな事、我も小僧共も許しはせん。落ち着くのだ。ここは引いて対策を練るべきであるぞ”

 

 砲撃の届かぬ場所へと引き返し、ヴェリウスは既に突撃することを諦めた。

 その意思を感じて、セルグもヴェリウスを労うように一撫ですると、大人しくその背に跨る。

 

「――奴もバカじゃないはずだ。ルリアやオルキスなしで何とかする方法を考えているかもしれん。ここで逃したことは大きいぞ……」

 

 ”我もそれは理解している。それでもお主には小僧共がいるはずだ。まだ挽回はできよう……これ以上己だけで何とかしようとするのはやめよ”

 

「――――そう、だな。悪かった、無茶を言って」

 

 ”今更だな。もはや慣れた事よ。気にするでない”

 

「フッ、言ってくれる――――戻るぞ、ヴェリウス」

 

 ”心得た”

 

 帝国戦艦が不動を保っているのを尻目に、セルグとヴェリウスはルーマシーへと帰還する。

 途中で飛び立つグランサイファーを見つけ、無事に合流したセルグは、一人で突撃したことでお約束の説教を仲間達から受け、二度の意気消沈を味わうことに成るのだった。

 

 

 

 空の破滅が、足を忍ばせ這い寄り始めていた…………

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ほぼオリジナルで構成されたルーマシー帰還編。
といってもアマルティア激闘編もオリジナル一色だった気がしなくもない。

さてさてルーマシー編も終わり、少し幕間を挟みつつ、クライマックスに向けて仕上げていく所存です。
どうぞ今後も乞うご期待という感じです。
更新頻度は今回くらいが限界になりそう(お許しください)

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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幕間 最後の日常

終幕へ向けた最後の幕間。

三部構成を予定しておりますので
メインシナリオが始まるのはしばらく先になります。

それでは、どうぞお楽しみください。



 

 

 グランサイファーの甲板の上。

 対峙する二人は互いを見据えたまま、動く機を伺っていた。

 白刃がその鋭さを見せつけるように日の光を反射し、向けあっている剣は刃引きをしていないものだとわかる。

 切っ先を相手に向けて構える二人には実戦さながらの雰囲気があり、見るものを嫌でも緊張させた。

 

 

 蜃気楼のように揺らめいて、片方が動いた。

 倒れ込むように膝を抜いて重力を味方につけ加速。間合いを詰める踏み込みから剣を振るう。

 

「ハッ!」

 

 対する相手はそれを綺麗に受け止めた。

 牽制に近い攻撃は崩すには容易く、防御と同時に反撃。返しの攻撃は首元を狙うような突き。

 返された攻撃に対し先手を取った方は、その反撃を予期していたか流れるように対応していく。

 

「うぉお!」

 

 反撃を紙一重で回避。同時に、そのまま懐へ潜り込んだ。

 

「ッ!?」

 

 顔が触れそうな距離まで入られたことに相手が怯んだ。

 だがそこで馬鹿正直に攻め手をとっても彼女は簡単に躱すだろう。ならば、その先を見据える。

 懐に入り込んでからさらに一歩。足を絡ませるように回り込ませ、支点を作り体を回転させた。最短の動きで背後まで回りこむ。

 

 ――とった!

 

 無防備の背中をとらえて彼は勝利を確信した。

 横薙ぎに振るう剣がその背中を斬りつける刹那。

 

「甘いです」

 

 彼の視界は反転した。

 屈んで剣閃を躱した彼女は、躱したと同時に剣を握る腕を取った。そのまま背負うように引き寄せられて彼は投げられてしまう。

 背後から正面へと叩きつけられながら戻された彼は、動きの最後まで読み切られていたことを悟る。

 

「また、僕の負けですか……リーシャさん」

 

「また、私の勝ちですね。グランさん」

 

 日の光を後ろに背負い見下ろすリーシャと、それを見上げるグラン。

 喧噪だらけの甲板の上で一つの決着がついたところだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「はぁ…………なんだか自信なくなるよなぁ。強くはなったと思っていたのに」

 

 目の前で行われるアレーティアとカタリナの鍛錬の様子を見ながら、グランは大きくため息を吐いた。

 

 

 現在グランサイファーは補給と決戦の準備の為にガロンゾへと向かっている途中である。

 ルーマシーを離れ、セルグと合流したグラン達。

 無事の帰還を果たしたロゼッタとアポロにそれまでの事のあらましを説明し、情報を共有。

 すぐにでも帝国本国へと赴き、フリーシアの野望を阻止するべきと考えるセルグやアポロに対し、グランとドランクは戦いに向けた準備が必要だと提案。

 グランサイファーの整備を完璧にしたい事もあり、彼らは一度ガロンゾへと向かうことにした。

 

 

 その途上で、それぞれが暇を持て余し訓練を始めたわけなのだが、グランはリーシャとの剣の勝負にあっさり負けたことにショックを受けていた。

 

「ねぇ、セルグ。僕は……まだ弱いのかな?」

 

「んあ? 何を言ってるんだグラン。お前レベルの奴なんて早々いないだろう。場合によっちゃ嫌味だぞそれは」

 

 傍らで同じように観戦しているセルグへと、グランは己の不安を問いかけた。

 決戦は近い。だというのに、グランにはまだ己の強さへの手応えが感じられなかった。

 アマルティアでポンメルンに惨敗したこと。ルーマシーで帝国にいいようにアーカーシャを持ち去られたこと。

 どちらも己が強ければ状況は変わっていたかもしれない。そのかもしれないがグランの心に小さなしこりを残していた。

 

「今の手合わせを重く捉えているようだがグラン……お前の強さはどちらかというと対星晶獣向けだ。ジータもそうだが、これまでの戦闘は星晶獣戦の方が多かっただろう? 細かな戦いよりチカラの大きさが求められる。戦闘経験値からいっても恐らくそうだろう。

 対するリーシャは逆だ。治安維持組織である秩序の騎空団は対人戦の方が圧倒的に多い。リーシャの先読みは対人戦特化と言ってもいいだろう。対人戦に慣れていないお前の動きが読みやすいのもあるだろうが、要するに相性の問題だ」

 

「そんな事言っても……これから戦うのは帝国だし、その対人戦が重要じゃないか。それじゃ、セルグならリーシャさん相手にするときはどうするんだよ?」

 

「そうですね、私も少し興味があります。ガンダルヴァにも通用したこれが貴方には通用するのか。セルグさん、一回手合わせ願えませんか?」

 

 傍で聞いていたリーシャが割り込む。

 自分が会得した先読み。これがどこまで通用するのか興味はあったし、これにどんな弱点があるのかも気になった。

 若干のやる気を見せているリーシャも加わり、面倒な流れになってきたことにセルグは小さく息を吐くと了承するように立ち上がった。

 

「まぁ、そのくらいは構わないが……二人して望む結果が得られると思うなよ。グラン、剣貸してくれ」

 

「え、なんで? 天ノ羽斬じゃダメなの?」

 

「態々抜く必要はない。どうせ初手で終わる」

 

「なっ!? 聞き捨てなりませんね。いつまでも私を子ども扱いできると思わないで下さいよ」

 

「わかったから構えろ。ほら」

 

 位置に付いたセルグは早くしろと言わんばかりにリーシャを呼ぶ。

 余裕綽々。その態度が雰囲気にも言葉にも表れていて、リーシャの胸中が穏やかではなくなった。

 

「(絶対に一矢報いてやる!)」

 

 僅かにバカにしたような雰囲気を感じ取り、リーシャは何としても一撃を見舞ってやると。そんな気迫を携えてセルグに向けて剣を構えた。

 一挙手一投足を見逃さないように目に力を込めて、リーシャはセルグの全てを見透かすように視線で射抜く。

 対するセルグは――――

 

「んじゃ、いくぞ」

 

 まるで散歩に行くように、軽い口調で手合わせの始まりを告げるとセルグは歩き出した。

 無造作に、無遠慮に……剣を握った腕も下げていてとても即座に動けるとは思えない。そんな状態でセルグは歩みを進める。

 そのままセルグは剣が届く間合いへと躊躇なく入っていく。

 

「(そんな……この距離まで来ておいて、動きだす気配が()()()!?)」

 

 無警戒のまま間合いにまで入り込んできたセルグの動きに、リーシャは徐々に焦りを覚える。

 いつ動くのか、何をしてくるのか。セルグの思考が読めず、リーシャの対応は既に後手へと回っていた。

 そうこうしているうちにセルグは、剣が届く距離から拳が届く距離まで歩みを進めてきた。

 それでも、セルグに攻撃の気配はない。やむなくリーシャは距離を取ろうと動き出そうとする。

 だが――

 

「遅い」

 

 僅かにリーシャが動きを見せようとした時、既に彼女の目の前には剣が突きつけられていた。

 

「(は、はやい……)」

 

 動き出しを読み取れなかった……リーシャの表情が驚愕に染まる。

 

「違うな。お前が動くのが遅すぎたんだ。ここまで距離を詰められれば相手の全身を視界に収めるのは難しいだろう。お前の先読みはこの時点で機能はしない。更に言うなら、距離が近い程反応する時間は短くなる。

 相手に先手を取らせて返すその戦い方は悪くないがそれにこだわったのが失敗だったな。と言っても、そう来るとわかっていたからできたことではあるが……相手が動くまで動けないのがその戦いの弱点だよ」

 

「そんな……こんなあっさりと破られるなんて」

 

 先ほどの気概もあっさり消えて、リーシャは呆然と膝をつく。

 少しは戦えると思っていた。それがすぐに終わると言われ馬鹿にされた様で悔しくて……リーシャはなんとしても一撃入れるつもりでいたのだ。

 それがふたを開けてみれば簡単に攻略されて宣言通りに直ぐに敗北を喫した。

 先程まで落ち込んでいたグランの影が、今度はそのままリーシャに移っていた。

 

「お前の先読みと同様、実力者ともなれば相手の構えでどんな戦いをしてくるかは見えてくるものだ。お前の構えからは攻めの気配が感じられない。オレや黒騎士からすれば崩すのは簡単だ」

 

「ん~でもセルグ。それって逆に言えば無防備で間合いまで入り込んでて危ないんじゃ……?」

 

「そうだな……何をするにも接近する以上、動きの早さが要求される。グランでは難しいだろうな」

 

 剣閃の早さも身のこなしも。セルグのように早くなくては今の戦い方はできない。

 相手よりも早い動きができて初めて可能な攻略の仕方であり、実行できるのは彼だけだ。

 

「それじゃ意味がないじゃないか……」

 

 拗ねたように口を尖らせ、グランは文句を垂れる。

 少しは参考になるかと思ってお願いしたのに、ふたを開けてみれば全く参考にならない攻略法を見せられたのだ。

 いや、そもそもセルグを当たり前の枠に当てはめてお願いしたのが間違いなのだろう。

 常識が非常識なセルグに、まともな事を聞いてもまともな答えが返ってくるはずがなかった。

 

「だから言っただろう。グランにとってもリーシャにとっても、望む結果が得られるとは思うなって。大体リーシャみたいな戦いをする奴は極稀だ。リーシャ対策なんか考えてもしょうがないだろうに」

 

「それじゃ……僕はどうすれば強くなれるんだよ?」

 

 諦めきれないグランは再びセルグへと問いかける。

 この先帝国との決戦が待ち受けるのに今のままでは勝てない。

 自分が実力を一番発揮できるウェポンマスターであってもリーシャにまったく適わないのだ。グランにはここで引けない理由があった。

 視界の片隅では、魔導士としての実力を上げるべくアポロへと指南してもらっているジータが見える。

 

「強くならなきゃいけないんだ。団長として、僕もジータも負けるわけにはいかない場面がきっと出てくる。だから僕らは互いに得意な分野で強くなろうと決めた」

 

 帝国との決戦を控えた今、二人の団長には小さな焦りが生まれていた。

 止まることを知らない、魔晶の脅威。ポンメルンもフュリアスも。普通の兵士でさえも。恐るべき強さとなりえる可能性がある魔晶のチカラ。

 更には、目的が読めないロキや、魔晶無しでも圧倒的と言えるガンダルヴァ。

 いくら仲間達の強さを信じても不安が尽きることはない。

 団長として、仲間を背負うものとして、二人は帝国に負けないチカラを欲していた。

 

「その意思は立派だが、戦いの全てを若いお前たちが背負うものでもない。そう焦るなよ――――って言ったところで納得はできないんだろうな」

 

「セルグさん。これからの戦いを考えればグランさんの成長というのは決して悪い事では――」

 

「それはわかっている。まぁ強さなんてのは早々向上するものでもないが……そうだな。リーシャ、とりあえず指南してやれ。お前の先読みはグランの戦いから悪い部分を除くにはもってこいだろう。剣を振るう癖、読みやすい挙動なんかをできるだけ潰してやってくれ」

 

 先読みしやすい。それはつまり、付け入る隙が多くあるということだ。

 リーシャがグランに連戦連勝できているということは、グランにはまだ相手に悟られやすい挙動や癖があることに他ならない。

 それを見つけられるリーシャは、まさにうってつけの指南役と言えよう。

 

「なるほど……確かに、そういった指導なら効果はありそうですね。わかりました」

 

 それをすぐに理解して、リーシャはセルグの言葉に快諾。グランと再び手合わせをしようと剣を握った。

 そこには既に、先ほどのショックを受けていた姿は影も形もなく、セルグはリーシャの成長をまた一つ感じて小さく笑う。

 

「それからグラン。ガロンゾに着いたら少し出かけるぞ。ビィから聞いた話じゃ掴みかけてるらしいからな。最後の一押し、してやるよ」

 

「え?――うん、よくわからないけど。お願いするよ」

 

 それだけ言い残しセルグは騒がしい甲板を離れていく。セルグの要領を得ない言葉に困惑しながらも、グランはできることをしようとその場でリーシャと手合わせを再開。

 騒がしい甲板にもう一つ喧噪が増えるのにそれほど時間はかからず、グランサイファーでの特訓はより激しいものに変わっていくのだった……

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「それで――――何故私の所に来た?」

 

 少し睨みつけるように見えるのは気のせいではないだろう。

 アポロの前で並ぶ二人は少し尻込みしながらも、それに答えるべく口を開いた。

 

「少しでも強くなっておきたくて……」

 

「黒騎士さんなら、私達の知らない事をたくさん知っていると思ったので……」

 

「杖を持って私の所に来るとは、七曜の騎士の意味を分かっているのか? 騎士である以上私の強さの根幹は剣による戦いだ。魔法等、おまけ程度でしかない」

 

 詠唱破棄の高速魔法。四つの属性を自在に使いこなし、それを様々な形で魔法として行使できるアポロの魔導士としての実力は異常である。

 だがそれでも、七曜を冠する騎士であるアポロにとっては剣での戦いこそが根幹。

 目の前で居並ぶ魔導士達に教えること等あるわけがないと、アポロは教えを乞いに来た二人を突き放す。

 

「それでも! 黒騎士さんの魔法は私達よりずっと凄いですから」

 

「お願い。私たちの中じゃ魔法を使える人って少ないから強くなるには黒騎士にお願いするしかないの」

 

 他に適当な人物はいない。それはアポロにも理解できた。

 だが、懇願を見せるイオの表情にアポロは良い顔ができなかった。

 

「――全く、すっかりお仲間気分だな。忘れてはいないか? 私とお前達はいずれ敵対する者同士だぞ」

 

 そう。事が終われば敵になる。

 それはアポロの発言からもはっきりとしている。ここでアポロが指導するのはアポロにとってプラスでもありマイナスでもあるのだ。

 いずれ敵対することが分かっている相手に塩を送る。それはオルキスを取り戻す己の悲願の障害を作るのと同義である。

 対するジータとイオも、アポロが簡単に首を縦に振るとは思っていなかった。

 縋るような気持ちで、ジータはイオと並んでアポロへと頭を下げる。

 

「そうですけど……でも、オルキスちゃんを守るためにも戦力は必要なはずです。私達が強くなればそれも楽になるはずです」

 

「お願い黒騎士。私達はまず、ルリアとオルキスを守り切って帝国に勝たなきゃいけない。そうでしょう?」

 

 以前のアポロであれば、容易く断っていただろう。

 だが、ここでアポロは迷いを見せた。受けるか否か……その迷いを。

 ルリアとオルキス。その両方を守りながら戦うには戦力の向上は確かに必須と言える。

 だが、アポロの胸中にはメリットとデメリットより先に燻るものがあった。

 

「(何故……こんなにも穏やかな気持ちになっている?)」

 

 彼女たちが己の悲願の一助となってくれそうだからか? それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からか?

 去来する穏やかな気持ちの正体を掴めないまま、アポロは静かに首を縦に振ることにした。

 

「いいだろう。お前たちの戦力はアテにしている。特別に教えて――」

 

「だから! 私達はそれでも強くなりたくて……っていいの? 本当に!?」

 

 勢いに任せて割り込んだイオがアポロの言葉を理解して顔を輝かせた。

 はしゃぐイオにつられてジータも顔を綻ばせて、二人して見合うとアポロへと頭を下げる。

 

「「よろしくお願いします!」」

 

「あまりはしゃぐなよ……言っておくが、手取り足取り優しく教えてもらえると思うんじゃないぞ」

 

「「はーい」」

 

 声をそろえて返してくる二人に、アポロは僅かに頭痛を覚える。

 誰かに指導をするなど柄にもない事をこれからしなくてはいけない。更には相手が小うるさい少女二人だ。

 既に後悔が見えてきており、アポロは安請け合いした自分の選択を呪った。

 

 

「はぁ――それで、どうしたい?」

 

「はい。黒騎士さんが使う魔法……特にあのとっさに撃てる詠唱無しの魔法を教えて欲しいんです」

 

「普通なら魔法はカギとなる詠唱がなければ使えない。なのに黒騎士はそれを無視して魔法を使ってる。私達もそれをできるようになりたいの」

 

「なるほどな……言うのは簡単だがあれはそれほど単純なものじゃないぞ」

 

 アポロの言葉に、ジータとイオは疑問符を浮かべる。

 

「お前たちは魔法を使う時どこまで意識している?」

 

「意識……ですか?」

 

「言い方が悪かったな。発動される魔法のイメージはどの程度浮かんでいるかと聞いている」

 

 わかりやすく、アポロは言い換えて再度問いかける。

 魔法を発動する際のイメージ。その練度と言えばいいか……どれだけ完成された魔法がイメージできているのか。

 

「私は一応、魔力の練り上げから、術式を介して魔法が組みあがっていくまでくらいはしっかりイメージしてるわよ。師匠からも教わったし……」

 

「私は……そのー、なんとなくって言うのが一番正しいかもしれません」

 

 アポロの問いにイオは自信たっぷり。ジータはどこか自信なさげ。対照的に二人は答えた。

 ジータの答えにアポロの表情が僅かに歪むも、二人がそれに気づくことはなく、アポロはそのまま話を続ける。

 

「理論で言えばチビ助が正しい。発動する感覚でいえば小娘が正しいと言ったところだな」

 

「ちょっ、チビ助ってなによ!」

 

「まぁまぁイオちゃん落ち着いて。黒騎士さん、それってどういうこと何ですか?」

 

 怒りを見せるイオを押さえつけて、ジータはアポロへと続きを促した。

 時間を無駄にはできない……イオには悪いがここは我慢をしてもらうべきだ。

 

「まずは魔法について理解しておく。本来魔法とは鍵となる詠唱があって初めて発動される。それは良いな?」

 

「はい……そうですね」

 

「いうなれば魔法とは詠唱という鍵を使って開く扉という認識だ――さて小娘共。お前たちは鍵のかかっている扉を前にして鍵がない場合どうする?」

 

「うーん? 鍵のかかった扉を前に鍵がない…………壊す? 痛゛ぁ!」

 

 ジータの見当違いな答えに、思わずアポロの拳骨が落ちた。

 これまで感覚的に魔法を扱ってきた彼女だ。理論的なものには疎かったのか、余りに的外れな答えが飛び出し、アポロの腕は反射的に動いてしまう。

 

「うぅ~痛いじゃないですか!」

 

「これで少しは阿呆が治るといいな。そんな力業で魔法が発動できると思っているのか?」

 

「あ、あはは……ある意味流石ねジータ。――う~ん私だったら、構造を理解して鍵を作り出すかな? これでもバルツでは色々作ってたし。鍵を作るくらいならできそう」

 

「フンッ、チビ助は多少理解が早いようだな。お前の言う通り、簡単な方法は構造を理解する事だ。それができれば扉を開けることは造作も無い。ここまで言えば詠唱破棄の条件がわかるだろう?」

 

 イオとジータが首を傾げる。

 互いに疑問符を浮かべながら少しの時間を思考を回すと、ジータの中でその答えが出た。

 

「――そっか、詠唱という鍵がなくても扉を開けられるくらいに術を理解する……こういうことですね」

 

「そうだ。チビ助は魔法をしっかり理解しているがそれを組み立てる感覚が足りない。イメージが足りず扉を開けるまでの魔法の構成ができていないんだ。

 小娘の方は逆だ。感覚的に魔法を使いこなしているということは、そっちの素養は十分だろうが、いかんせん頭が足りていない。

 自分が使う魔法を、魔力の運用から魔法発動のプロセスまで全て理解しろ。あとは己に流れる魔力を知覚し魔法へと構築できる感覚があれば、詠唱破棄は容易い。

 つまり最終的にものを言うのは、慣れ……だ」

 

「慣れ……ですか?」

 

「あぁ、理論なんていうのは簡単に詰め込める。だが、それを運用する感覚は結局のところ魔法をどれだけ扱ったかだ。チビ助にそれが足りないのは、まぁ年齢を考えれば仕方ないのかもしれんな。アドバイスくらいはしてやる。私が見てやろう。

 小娘の方は、ロゼッタにでも教えてもらえ。アイツなら知識はあるはずだ。素直に教えてくれるかは知らないがな」

 

 思ったより丁寧に説明してくれたアポロの解説が終わる。イオは自分に足りないものを認識してショックを受け、ジータはこれから教えを乞うであろう女性を思い浮かべて少し苦笑い。

 互いにやるべきことが見つかったものの、それが簡単ではないことはよくわかっていた。

 それでも、やらなければならない。

 詠唱破棄の高速魔法は魔導士にとって究極と言えよう。それを身に着けることは、大きな戦力アップにつながるはずだ。

 

「それじゃ、黒騎士。よろしく頼むわ」

 

「私はロゼッタさんとお勉強してきます」

 

「ふっ、簡単な事ではないが期待させてもらうぞ」

 

 

 不安と期待を胸に抱きながら、少女たちは強さを求めて新たな階段を上り始めた。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 艇内へと戻ったセルグは一人椅子に座って考えに耽っていた。

 グランとの特訓も考えなくてはいけないが、それよりも気になるのは逃してしまったアーカーシャの事。

 ヴェリウスに言ったように、ルリアやオルキスが居なくてもアーカーシャの起動ができるかもしれない。その可能性はゼロではない。

 星の民しか扱えないはずの星晶獣を魔晶によってコントロールした帝国の技術というのは、決して侮れるものではなかった。

 

「あ、セルグ。どうしたんだ? 皆と特訓はいいのかよ?」

 

 そんなセルグの元に、同じように甲板から艇内に戻ってきたビィが声を掛けた。

 

「ん? ビィか。オレは特訓してもある意味しょうがない状態だからな……のんびりさせてもらってるよ」

 

「そっか。まぁセルグの場合は特訓なんかしなくても普通につぇえから良いんじゃねえのか?」

 

 ビィの言葉にセルグの視線が少し下がる。

 

 アーカーシャを逃した時。セルグの能力が万全であったのなら、結果は違っていただろう。

 戦艦を斬り墜とし、いくらでも追うことができたはずだった。

 それができずみすみす逃したのはひとえにこれまでの己の無茶が招いた事であった。

 グラン同様セルグにも、かもしれないの後悔が燻っていた。

 

「そういうわけにはいかないから少し困っている。まぁ、そこは何とかするさ……そういやビィ。ちょっと聞きたいんだが」

 

「なんだよセルグ。そんな改まって?」

 

「結局のところビィの記憶はどうなった。 ザンクティンゼルで何か思い出せなかったのか?」

 

「うーんそのことかぁ。記憶については結局さっぱりなんだよなぁ……あのチカラが使えるようになった分余計に気になることが増えちまって、オイラもわけがわかんねぇんだよなぁ……」

 

 困ったような声音でビィの耳がうなだれる。

 相変わらずよく動く耳だと余計なことを考えながらもセルグはビィを慰めるように抱え込んだ。

 

「そうだったか……まぁオレも出生の話は聞けたが記憶については思い出せてないから何も言えないがな。ビィはビィだろ。気にすることもないさ。グラン達だってそう言ってただろ?」

 

「そうだけどよぉ、やっぱり気になっちまうっつぅか……」

 

「気にしても何も始まらないさ。それよりビィ、お前柔らかくて気持ち良いなぁ……これは確かにカタリナが腑抜けるのもわかる気がするよ」

 

 ぬいぐるみのような柔らかな感触。

 小動物特有というべきか、ヒトよりやや高い温もりが、ビィを抱え込んだセルグを襲う。

 これは抗い難し……そう思うには十分な心地よさにセルグの心が腑抜ける。

 

「っておぉい! セルグまで何言ってんだよ! コラッ、離せ!」

 

「良いじゃねえかこのくらい。考えてみたらお前とはこんな風に接することもなかったからな……こういう時間も悪くないもんだ」

 

「オイラはペットじゃねぇぞ! 姉さんと違って害がないからまだ良いけどよぅ……全く勘弁してくれよなぁ」

 

 顔を膨らませ不満を見せるビィを撫でながら、セルグはされるがままのビィを見て物思いにふける。

 

「(触れ合ったからといって特別なチカラは感じない。だが、確かな何かをビィは持っている。これまでは何も感じなかったビィに、オレは小さな違和感を感じるようになった。これはやはり、ザンクティンゼルでの一件が関わっているのだろうか? ビィの正体はわからんな。母上も何も教えてくれなかったし、不思議のまま……か)」

 

 星晶を抑える不思議なチカラ。

 強さといった概念での何かを、セルグはビィから感じることはなかった。

 だがそれとは別に、小さな違和感を感じるようになっていた。

 それはいつからか……ビィがチカラを得た時か。己が調停の翼の一部だとわかってからか……それは定かではなかったが、いずれにしても、ビィに関する疑問が尽きることはなかった。

 

「ん? どうしたんだセルグ。固まってるぞ」

 

「あ、いや何でもない。ビィが竜なのかどうかを少し考えていた。トカゲとは言わないが、こうしているとやはり竜っぽくはない気がしてな」

 

「なっ!? だからオイラはれっきとしたドラゴンだって言ってんだろ!」

 

 怒り心頭。思わぬセルグの言葉にビィがすぐに不満を露にした。

 抱きかかえているセルグの腕を振りほどこうともがくも、ビィが抜け出せる程セルグの拘束はやわではない。

 

「ホラホラ、暴れんなって。あまり暴れると尻尾つかんでぶんぶんの刑にするぞ」

 

「んげ!? じょ、冗談だよなセルグ……セルグはジータと違ってオイラをそんな風には……」

 

「じゃあこのまま大人しくしているのと、このままカタリナの所に連れていかれるのとどっちがいい?」

 

「おぉい! その選択肢はひどすぎんだろ!」

 

 冗談だとはわかっているものの、それを想像して慄くビィを見てさすがにいたたまれなくなり、セルグは安心させるように撫でるのを再開する。

 

「冗談だ。ある意味癒しの時だからな。態々手放すこともないだろう……っとそうだ、もう少しビィには教えて欲しいことがあるんだがいいか?」

 

「なんだよセルグ。今日はやけに色々と話したがるなぁ」

 

「ビィが知ってるグランとジータの事……思い出話でもなんでもいいんだ。故郷にいた二人と、旅を始めてからの二人……これまでの二人がどんなヒトであったのかを少し教えて欲しい」

 

 少しだけ真剣な面持ちとなって、セルグはビィに請う。

 質問の意図が読めなくとも、何か重要な事だと悟り、ビィは静かに口を開いた。

 

「何だかわかんないけど、それじゃ昔の二人の事でも教えてやろうか? あいつら昔はすっげーやんちゃだったんだぜ」

 

「今でもそれなりにやんちゃなのは変わらん……ってほどでもないか。半分はオレのせいかもしれないがな」

 

 己が散々に無茶をしてきたから……彼らはそれを抑える側に回るようになったのではないか。

 静かに、セルグは自らのこれまでを自戒した。

 

「そうかもなぁ……あいつら旅に出る前はセルグみたいに無茶苦茶ばっかりだったんだぜ。例えば――」

 

 

 そうしてビィは語りだす。

 ザンクティンゼルでの思い出話から始まり、ルリアとの出会い。

 ポートブリーズ群島、バルツ公国、アウギュステ列島にルーマシー。アルビオンを経て、霧深き島。

 これまでの旅路を振り返ってセルグに聞かせた。

 セルグは時に驚き、時に呆れ、時に怒りを見せながら、グラン達のこれまでを知っていく。

 甲板から聞こえる喧噪は気にせずに、二人はしばらくの間こうして穏やかな時を過ごすのだった…………

 

 




如何でしたでしょうか。

シナリオだけでなく、魔法に関しての部分にも多分にオリジナルの解釈と設定が入り込んできております。

正直詠唱破棄の部分については表現が稚拙というか上手く書けていない気もするのですが……ちゃんと伝わっていますでしょうか。
もしツッコミどころがあったら教えていただけると嬉しいです。

前書きにも書きましたが三部構成の幕間。次回もご期待ください。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。


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幕間 最後の日常 2

第2部。

すごく長くなってしまいました。
色々と回収する話となりました今回は、色々と物議を醸し出しそうな内容となっております。

それでは、お楽しみ下さい


 

 騎空挺の聖地、ガロンゾーー

 

 それぞれの特訓も順調に進んでいたところで、一行はガロンゾ島へと寄港。

 一時の休息と決戦への準備の為に、グランサイファーを降り立った。

 

 

「さてと……ラカム、オイゲン。いつも通りに艇の事は任せて良い?」

 

 開口一番二人に問いかけるグラン。

 艇の事について、もう二人に任せっきりとなっている所は申し訳ないと思いつつも、間違いなく万全の状態に整えてくれるだろうとグランは信頼して依頼する。

 ましてやここはガロンゾ。必要な道具から必要な素材まで、整備するのに困ることはないだろう。

 

「おうよ、いつも通りに完璧に仕上げておくぜ!」

 

「あーまってくれオッサン。 悪いがグラン、その質問に答える前にちっと時間をくれ」

 

「えっと……何かグランサイファーに何か問題が?」

 

 大きな損傷はないはず。最近の帝国とのぶつかり合いでグランサイファーが攻撃を受けた記憶はないし、無茶な航行もしていない。

 休憩や補給を挟むたびに整備を施していたから、万全とは言わずとも問題は特にないはずであった。

 

「違うんだ。恐らくグランサイファーは整備なんかいらないくらい問題はない。だが、これから帝国とやりあうってのにこのままはちっと不安でな……俺なりにできることをやろうと思ってよ――――ってわけで、ルリア、オルキス、それからセルグ。ノアを探せないか?」

 

「ノアさんって……以前にここでお会いした星晶獣さんですか?」

 

「そうだ、グランサイファーの設計者であり、艇造りの星晶獣……あいつなら、グランサイファーに施す改修案を考えられるだろう。俺やオッサンは操舵士にはなれても設計士には成れねえ。帝国とやり合うためのグランサイファー強化にはノアの力が必要だ」

 

「なるほど、確かに設計者であればそれは頼りになりそうだが……オレはさすがに探せないぞ。あのふわふわ小僧はかなり近くにまで来てくれなきゃ星晶獣の気配がしないからな。そもそもオレは星晶獣の気配というよりは、強大なチカラの気配を感じるだけだからあいつは範囲外だ――ルリア、オルキス。二人はどうだ? 近くに星晶獣の気配は感じ――――る必要はなさそうだな」

 

 お手上げな様子のセルグは、ラカムからルリア達へと視線を向ける途中で苦笑い。

 その様子にルリア達が首を傾げるも、セルグは並び立つルリアとオルキスの背後に向けて声をかける。

 

「早い到着だな……まるで待っていたかのようじゃないか。ノア?」

 

「ふふ、艇造りの星晶獣たるもの、我が子の帰還を察知できないようではお話にならない。そうは思わないかい、セルグ?」

 

 

 そこには依然と同じように弱弱しく儚い雰囲気のまま、グラン達に向かい歩み寄ってくる白い少年の姿があった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「それじゃカタリナ、そっちは任せたよ」

 

「あぁ、補給と宿の準備。任せてくれ。スツルム殿とドランク殿の分も一緒に手配していいのか?」

 

 グランの声に答えるカタリナ。その後ろにはロゼッタ、ヴィーラ、ゼタ、アレーティア。子供組のルリアとオルキスにビィが居た。

 街での物資の買い出しと宿の手配。アポロ達も加わり人数がそれなりになってきた事で宿も分担して手配が必要なようだ。

 

 ノアの登場によってグランサイファー改造計画が発足。ラカム、オイゲン、ノアの三人はひとしきり悩んでから作業に移りだした。

 ラカムとノアが提示した寄港期間は今日と明日一杯。出立は明後日になるとのこと。

 それまでに決戦の準備を万全にしておけるように、グラン達は依頼をこなして資金の調達と物資の補給を済ませることにした。

 

「一先ずは構わない。代金も今からこいつらと一緒に稼いでくるさ」

 

 そう言ってスツルムが視線を向けた先には、セルグ、ドランク、そしてグラン。

 ちなみにジータとイオはアポロと一緒に特訓の続き。リーシャは秩序の騎空団の支部に顔を出して、お仕事真っ最中である。

 

「あ、言っておくけど依頼料は僕達と君達で折半だからねー」

 

「別にそれは構わない……しっかり稼いできてくれるなら」

 

「あっれ~それって暗に僕達の実力を疑ってる? 一応これでも僕達、それなりに名を知られている傭兵のつもりなんだけど?」

 

 挑戦的なグランの言葉に、ドランクは僅かに驚きつつも返す。

 依頼を請け負う傭兵稼業を始めてから二人はそれなりに長い事やってきている。最近騎空士になったばかりのグランがどれだけすごかろうと、稼ぎで負ける事などありえない。

 

「グラン、ドランク……互いに対抗心を持つのはいいが焦ってしくじるなよ」

 

「私たちにとっては取るに足らない依頼の一つかもしれないが、依頼主からすれば重要な依頼かもしれないんだ。一つ一つきっちりとやっていくぞ」

 

「はいはい。も~スツルム殿ってば真面目ー」

 

「刺すぞ」

 

 言葉の後には既に実行に移しているスツルムと、刺されるドランクのいつもの光景を見たところで、グランとセルグは早々に依頼を受けに移動。

 

「艇の改修費も考えると、稼いでおきたいところだな。グラン、二手に分かれて討伐依頼をこなすとしようか」

 

「そうだね。じゃあ僕はあっちの酒場で……」

 

「オレはここと反対側の方に回ってみる。それから夕方あたりここで一度合流しよう。いいな?」

 

「了解。それじゃ、また後で」

 

 方向性を定めたところでグランとセルグは二手に分かれて疾走。狙うは、高額報酬が期待できる凶悪な魔物の討伐依頼。

 まだ騒がしいスツルムとドランクを置き去りにして、二人は次々と依頼を受けていくのであった……

 

 

 

 

「さて、私達も行こうか。今日はやる事が盛りだくさんだ」

 

「ハイ、お姉さま。今日は久しぶりにお姉さまとの楽しいひと時を過ごせそうで嬉しいです」

 

「あのねぇヴィーラ。私達だって別に遊ぶわけじゃ……」

 

「あら、良いじゃないゼタ。私だって魔晶のせいで凄く疲れているんだし、ヴィーラちゃんはもとより、貴方だってやっぱり疲れてるはずよ」

 

 ルーマシーでの激闘。

 その疲労たるや相当なものである。全力を繰り返したアマルティアでの激闘に匹敵するだろう。

 依頼をこなしに行ったのがグランとセルグだけなのはそういう理由であった。はっきりとグランがそれを伝えたわけではなかったが、仲間の誰もがそれを察していた。

 

「だからってグランとセルグに任せっきりで私達だけのんびりするのもねぇ……大体私はアイツと一緒なら疲れていても――」

 

「ふふ……そっか、大好きな彼と一緒なら疲れていても気にならないものよね。貴方もいつの間にか随分と素直になってて、お姉さん嬉しいわよ」

 

「なっ!? 何言ってんのよロゼッタ。私は別にセルグの事なんて一言も」

 

「あら? 私セルグとは一言も言ってないわよ? ふふふ、いつの間にかヴィーラちゃんもそうなってたのは驚きだったけど、一体三人の間に何があったのか、ちょっとお姉さんに教えてくれないかしら?」

 

 得物を見つけた狩人の目がゼタを見据える。

 不用意な発言がロゼッタにいいネタを提供してしまい、ゼタは静かに己を戒める。これは是が非でも依頼をこなす方に回っておけばよかったと後悔するが時すでに遅し。

 目の前の自称お姉さんな、(よわい)何百年の仲間は、ウキウキとした面持ちでゼタに詰め寄ってきていた。

 

「悪いけど絶対話さないわよ……ロゼッタに話したらからかわれるに決まってるもの」

 

「あら、そんな事ないわよ。貴方はともかく、ヴィーラちゃんは意外すぎたもの。これは純粋な興味……ホラ、早く教えて頂戴」

 

「いーやーだー。絶対言わない」

 

「もう、頑固ね。今日はゼタを攻略するだけで終わっちゃいそうだわ……」

 

 今日は始まったばかり……ロックオンされたゼタはこの後の事を思い浮かべ辟易し、ロゼッタはどう攻略してやろうかと楽し気に思考を巡らす。

 今ここに、仲間内での大いなる戦いの火蓋が切って落とされるのだった。

 

 

 言葉巧みなロゼッタの口撃で、午前中の内にゼタが全てを吐いたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎空挺を止める工廠で煙草をくわえながらラカムはグランサイファーを見つめる。

 ポートブリーズで難破船となっていたこの艇を人生を掛けて修復し空へと還すことができた。

 そんな人生の伴侶とも呼べる艇に、今改修という名のメスが入ろうとしている。感慨にふけるには十分な光景であった。

 

「ラカム……ここにいたのかい」

 

「ノア? あぁ、ここでこうして改修されるこいつを眺めていたくてな」

 

 感慨深くグランサイファーを眺めているラカムに、ノアは嬉しそうに返す。

 

「君は本当に設計者冥利に尽きる操舵士だね……ここまで艇を愛してくれる操舵士に出会えて、この子も本望だと思うよ」

 

「どうだかねぇ……散々ボロボロにされて怒ってるかも知れねえぞ。なんせウチの団長は無茶ばっかりさせるからな」

 

 戦艦の砲撃を受けるだけに飽き足らず、艇体を使っての突撃。

 以前にガロンゾに来なければならないハメになった理由を思い出して、ラカムは苦笑いと共にぼやく。

 

 全ては帝国との戦いが原因であった。そして今尚、帝国との戦いの為にグランサイファーには無茶をさせるかもしれない。

 だからこそ、ラカムはグランサイファーの為にここで艇にメスを入れることを決めた。

 少しでも困難を乗り越えられるように。無事に皆と戻ってくるために。

 仲間を乗せる艇の操舵士として……戦士としてではなく操舵士として、ラカムは己がすべきことを見据える。

 

「姿勢制御の為に風車を増設、機関部にも手を入れて出力の向上を図ったよ。それから主翼と尾翼にも手を加える。早さはもとより、小回りも随分と利くようになると思う。ただ……その分の操舵難度は跳ね上がるよ。これまでより早い動きの中、より細かな操舵が要求される。はっきり言って危け――」

 

「心配すんな。明日の試運転でモノにしてみせらぁ。何としてもな……でなけりゃ、強くなっていくアイツ等に合わせる顔がねえ。俺ができるのはこれだけなんだからな」

 

「そう悲観することはないんじゃないかい? 彼らは君を不要だと思ったりはしないはずだよ」

 

「そんなことはわかってるさ。だからこそ、俺は強くならなきゃいけないんだ。グランサイファー(こいつ)と共に……」

 

 戦力としての強さではない、ラカムに必要とされる強さ。それを携えて帝国との決戦を迎える。

 震える手を握り込んで、ラカムは改修されていくグランサイファーを眺め続けた。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 静かな空間に炎が奔る。

 無音のまま、詠唱をすることなく放たれた魔法はしかし、目標物に着弾する前に掻き消えた。

 

「あ~もう! 何で出来ないのよ!!」

 

 怒りを露にしてイオが叫ぶ。

 杖は無し、口を開くこともないまま、練り上げた炎の魔法は打ち放つまではできたものの、完全な発動適わず消えてしまった。

 まだイメージが足りない。自分の手足を動かすのと同じレベルにまで魔法を扱えていない。

 それが、現時点でのイオの結果であった。

 

「焦るな、そもそもその年齢で挑んでいる事自体がおかしい技術だ。先にも言ったが慣れと言う部分ではあっちの小娘の方が優れているのは仕方ない部分だ。天性のものもあるかもしれないがな……一先ずは落ち着いてもう一度集中しなおせ」

 

「でもぉ……ジータはあんなにすぐにできたのに」

 

 そう言って向けた視線の先には、徐々にその発動までの早さを短くしているジータの姿。

 ひとたび理論を飲み込めばその先は早かったジータは、すぐに詠唱破棄の魔法を習得して見せた。

 苦戦している目の前でまざまざと見せつけられた魔法を扱う経験値の差に、イオは悔しさを覚えるしかなかった。

 

「貴様はザカから魔法を教わったのだろう? あの男の口癖はなんだったか思い出すのだな。

 お前が戦うべき相手はあの小娘ではあるまい。対抗心を燃やすよりも、初心を思い出せ」

 

「師匠の口癖……? ってなんであんたが師匠の事を知ってるのよ!」

 

「さぁな……どこだかで聞いた覚えがあるだけだ。それよりも早く再開しろ。こちらは疲れているのにお前達の面倒を見てやってるんだ」

 

「わ、わかってるわよ!」

 

 アポロに促され、イオは再び集中の途につく。

 ジータを見てささくれた心を落ち着かせ、初めてザカより教わった攻撃魔法を思い出す。

 

 ”魔法は笑顔のためにある”

 

 それはザカがたどり着いた真理の言葉。

 魔法を扱うものは、誰かを笑顔にするために魔法を行使する。

 誰かを笑顔にするため。誰かの笑顔を守るため。

 大公であるザカが描いた、そこに生きる人々が笑う国。未来を夢見て子供達が笑える国。

 それを作ろうと願うザカの想いを体現する言葉だった。

 

「(そういえば私……いつの間にか笑顔を忘れちゃってたなぁ)」

 

 強さを求めてからか……いつの間にか笑顔を忘れて険しい顔で特訓を続けていた気がしてイオはこれまでを振り返る。

 最初にザカより見せられた魔法は、本当にとるに足らない陳腐な魔法であった。

 手のひらに花を出現させる魔法。それは見ようによってはただの手品。

 だが、一人孤独に泣きそうになっていたイオを笑顔にするために現れたザカの、陳腐であり究極の魔法であった。

 

「(師匠の魔法のおかげで笑顔になれたのに……これじゃ私、師匠の弟子失格よね)」

 

 焦って忘れてた初心を思い出し、イオが小さく笑う。

 同時に思い浮かべるは最初に覚え幾度となく使ってきた魔法。

 

「良い表情(かお)になったな。それでこそあの男の弟子というものだ。さぁ、その手で掴んで見せろ。お前の欲するチカラをな」

 

 焦りによる緊張が消え、笑顔を浮かべるまで緩んだ余裕が最適な精神状態を作り出す。

 魔力は必要最低限で良い。あとはそれを術式を介して発動するまでのイメージを鮮明に思い描く事。

 己に流れる血流を感じ取るかのように、巡る魔力を微細に調節し指先へと集中。使い慣れたその魔法は見る見るうちに形を成し、発動の準備は整った。

 

「(――あれ? なんだろうこれ? すっごくあっさりと……)」

 

 僅かに思い浮かんだ疑問より早く、指先に形成された魔法”アイス”が放たれ目標物に命中する。

 その光景に思わず呆気にとられながら、イオは己の指先を見据えた。

 

「でき……た?」

 

「子供であることが幸いしたな。心持ち一つで大きく影響されるのはガキの長所だ」

 

「なっ!? そんな言い方しなくてもいいでしょ! っていうかできたんだからちょっとは褒めなさいよ!」

 

「ふんっ、まだスタート地点に立ったに過ぎん。忘れるな、今お前が使ったのは最も初歩的な魔法だということを……高位な魔法になればそれだけ術式は難しくなりイメージも遠のく。想像力という点ではあの小娘に劣るお前は、常にそれを意識し続けろ。それを続けていれば、いずれお前は私に勝るとも劣らない魔道の使い手に成れるだろうさ」

 

 憤慨するイオをスルーしながら言葉を残して、アポロはやることが終わったと言わんばかりに背を向けて歩き出した。

 ジータもイオも詠唱破棄の魔法自体はできるようになり、あとは練度の問題だ。これ以上は教えることがないのだろう。

 さりげなく褒められた事に気づいてイオが呆気にとられていると――

 

「ふふ、みてたよイオちゃん……できるようになった上に黒騎士さんから褒められるなんて凄いじゃない!」

 

「ジ、ジータ!? いつからそこに!」

 

 突如湧いて出てきたジータに驚きを浮かべながらイオは距離を取った。

 情けなく嫉妬していたところまで見られていないだろうかと少し不安になるも、ジータがイオに向ける笑顔はどこにも影がなかった。

 

「さっきイオちゃんがアイスを成功させた時から見てたよ。もうすぐできそうな気がしたから……ねぇ、イオちゃん。少し手合わせしない? 互いに足を止めての魔法戦。口を開かずひたすら無言で魔法を撃ち合う勝負。どう?」

 

 あとは慣れ……アポロの言葉に偽りはないだろう。

 詠唱破棄の魔法も構築するまでに時間がかかっては意味がない。

 放たれた魔法を魔法で迎撃するためには迅速な魔法構築が必要不可欠だ。ジータの提案は今の二人にとって、もってこいの訓練であった。

 

「面白そうね。いいわ、やりましょ! 手加減なしだからね!」

 

「ふふ、望むところだよ! それじゃ、やりましょう」

 

 互いに距離を取って向かい合う二人。

 口を開かない以上、合図は魔法が放たれた時。互いに抑えられぬ緊張感の中、ジータが先手をとりそこから激しい魔法の応酬が始まる。

 炎と氷がぶつかり合い、光弾が風に撃ち落とされる。

 言葉無き魔法の応酬は、二人の練度を恐るべき速度で向上させていく。

 二人の魔導士が、究極の領域に踏み込み始めた……

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 夕暮れ時、ガロンゾの街の一角で再び集結した四人。

 互いに稼いできた報酬をぶら下げて今から山分けにすると言ったところだろうか。

 スツルムが腰にぶら下げた革袋取り出す。

 

「こんなところだ。そっちはどうだった?」

 

 袋一杯に入った金貨。これだけでも傭兵としての優秀さは伝わってくる……スツルムもドランクも、ずっしりと重たさを感じさせる袋をぶら下げていた。

 

「こっちはこれだけです。あとはセルグがやりたい放題やってきた分があれだけ……」

 

 グランも同様に稼いできた袋を取り出す。重さは五分五分といったところか。だが、後ろにいるセルグのさらにその背後、大きくなったヴェリウスが首に括り付けている革袋の数にグランは苦笑いしていた。

 

「おいおいグラン。なんで悪い事してきたみたいに言ってるんだよ。普通にやる事やってきただけだぞ」

 

 スツルムとドランク、そしてグランの稼ぎを足した分くらいを一人で稼いできたセルグ(バカ)がそこにいた。

 

「一体どうやったらそんな稼ぎになるのか疑問だよね~というかグラン君とも同じくらいだし、僕達形無しじゃない?」

 

「そうだな……少しショックではある。さすがにあの男と比べる気は失せたが」

 

「はぁ……少し反則使っただけだ。オレ一人の稼ぎじゃないさ。な、ヴェリウス」

 

 呆れを見せる三人にいたたまれなくなり、セルグは言い訳をして見せる。

 

 ”こやつは大量の討伐依頼を一度に受けて我に目標を探させたのだ。あとは我が見つけて若造が倒しての繰り返し。目標を探して倒し、報告してまた次にと向かうお主等ではできぬ方法だ……”

 

「というよりそれ、本当に反則だよね……普通依頼は一つこなしたら報告。依頼の緊急性の事も考えて幾つもの依頼を掛け持つのは暗黙の了解というか余計なトラブルをなくすためにご法度なんだけど」

 

「それは一つ一つ時間がかかるからこその制約だろ。索敵に時間を掛けなくていいオレには当てはまらない……という建前の元やりたい放題やってきたことは事実だな。ちまちまとやっていくのが面倒だったって言うのは否定はしないが、まぁ準備運動には物足りなかったんでな、反省はしているが後悔はしていない」

 

 ドランクの指摘に、グランは冷や汗を流し、スツルムは若干怒りを見せてセルグを睨む。

 だが、当のセルグにはそれになんの反応も示さず、グランを見据えていた。

 

「まぁ、稼ぎが増えたのはとりあえず良かったかな……それじゃ僕達も宿の方に戻――」

 

「スツルム、ドランク。二人は先に戻っててくれ……オレとグランは一つ野暮用があるんでな」

 

 グランの言葉を遮り、セルグはヴェリウスを促して全員分の革袋を持たせた。そのままヴェリウスは飛び立ち、ガロンゾの街へと消えていく。

 

「どういうことだ? まだ何かやることがあるのか?」

 

「君たちだけ戻らないと、絶対にお仲間が心配して動き出すと思うんだけど~」

 

「――悪いがすぐ戻ると言っておいてくれ。それから、ジータにビショップで待機しておいてくれとも……」

 

「何? 一体何をする気だ。もし危険な事だというならみすみすお前達だけ行かせるわけには――」

 

「大丈夫だ。少なくとも命の危険はない。あとはグラン次第だが、安心して待っててくれ」

 

 命を懸けた戦いに赴くような雰囲気ではないのは、スツルムにもわかった。

 だが、どうにもセルグとグランがこれから何をするのか解せない。二人が疑問を飲み下せずにいる中、グランが今度は口を開く。

 

「大丈夫だ二人とも。遅くなるかもしれないけどちゃんと戻るから皆に言い聞かせておいてもらえないかな?」

 

 なにかを察したようなグランの雰囲気に二人もついに納得。

 

「わかった。お前は心配をかける常習犯なんだから、あまり遅くはならないようにしろよ。抑えておくにも限界があるからな」

 

「善処するさ」

 

 スツルムが最後に釘をさして、二人とも宿へと歩き始めた。

 

 残されたのは、セルグとグランのみ。

 互いに向き直ると、先ほどまでの柔らかな空気が変わる。

 

 

「少し人気のないところに移動するぞ」

 

「うん」

 

 言葉少なく、促すセルグにグランは付いていく。

 しばらく歩いた先は、街の賑わいが遠くに聞こえる静かな裏路地。

 周囲に人がいないこの空間に着いたところで、セルグは振り返った。

 

「艇で言ったな。最後の一押しをしてやると……」

 

「うん……それが僕には必要だから」

 

 強くなるためにどうすればいいか……グランはその答えをセルグに求めた。

 リーシャと続けた特訓も、細かな癖をなくすことはできたものの、それが強さに直結するとは思えなかった。

 何かが足りない……それが何なのかわからない。

 アルビオンで俄かに見えた強さの頂は思いのほか遠く、その後の戦いでそれが見えてくることはなかった。

 思考を巡らせても、自分より強い者を参考にしても、わからない。

 

 

「教えてやる……お前に今必要な事を――――それまでお前が生きていればだがな」

 

 瞬間、グランを悪寒が襲う。

 突如放たれたのは、セルグがグランに向けた殺気。荒れ狂う怒りではなく、棘を刺すような静かな殺気。

 受け慣れない、鋭い殺気にグランの身体が委縮した。

 

「セ、ルグ……一体何を」

 

「オレから言える事は一つだ……己の感情を解放して跳ね返せ」

 

「ちょっと待ってくれ!? 一体どういう――」

 

「いくぞ」

 

 有無を言わさぬセルグは、グランの懐へと飛び込む。

 まだ戦闘準備もできていないグランは難なく懐へと飛び込まれ息を呑んだ。

 

「うぐっ!?」

 

 納刀状態の天ノ羽斬で腹部を突かれ、グランは肺から息を吐きだしながら路地の壁へと叩きつけられた。

 

「ガ……は……」

 

 不意打ちで防御の準備もできていなかったグランは激痛に身を捩った。

 壁に叩きつけられた事で受けた背中の衝撃が呼吸を妨げ、苦痛と息苦しさを蹲りながら耐える。

 

「――いつまでそうしている。早く立て」

 

「グッ……セルグ、一体何を教えてくれるっていうんだ」

 

 戸惑い、焦り。

 セルグの思惑を読めずグランが口を開くが、セルグはそれに天ノ羽斬を抜いて応えた。

 その切っ先をグランに向け、セルグはまた踏み込んだ。

 

 耳障りな金属音を響かせ、今度は受け止めることができたグラン。だがそれもつかの間、すぐに振りぬかれた蹴撃がグランをまたも吹っ飛ばす。

 

「ぐっ……本気なのか?」

 

「いつまでそんな顔をしている。早く構えろ。次からは急所を狙うぞ」

 

「――わかった。これで何か掴めるのなら、僕も本気でやってやる」

 

 思考を切り替え、グランの目つきが変わる。

 呑まれて委縮していた体に意思が宿り、抜いていた七星剣を構え、セルグを見据えた。

 

「やっとか……ここからが本番だ。本気でいくぞ」

 

 対するセルグはさらにギアを上げる。

 宣言通りに振るわれた一閃は、グランの首を刈り取らんばかりに閃く。

 ギリギリで読んでかわしたグランは、振りぬいて隙だらけのセルグにお返しの一閃。

 胴を狙った一閃はしかしセルグが鞘を引き抜いて防御することで防がれる。

 

「なっ!?」

 

「いちいちうろたえるな」

 

「がはっ」

 

 またも振りぬかれた蹴撃で吹き飛ぶグランは地面を転がりながらも直ぐに体制を立て直した。

 だが――

 

「呆けてるなよ」

 

 既にセルグは目の前にいた。

 頭部を掴まれたかと思えばそこでグランは一瞬意識を飛ばす。

 後頭部から地面に叩きつけられグランは力なく体をビクリと震わせた。

 

「あ……ぁ」

 

 朦朧とする意識の中、グランは意思の宿らぬ体を懸命に動かそうとした。

 

「なんだこれは……オレが相手だから本気になれないのか? ザンクティンゼルで出会った時の方がまだ骨があったぞ。真面目にやってくれよ」

 

 心底がっかりしたようにセルグはグランを掴み上げた。

 虚ろな目をしているグランの意識をはっきりさせるべく、再び壁に叩きつけた。

 

「ッ!? くっ、あ……セルグ。本気で僕を……?」

 

「オレは最初から本気だ……本気じゃないのはお前だけだよ。がっかりだグラン……こんなんじゃ帝国との決戦なんて勝てるわけがない。

 殺す気で来いよ。これからお前が赴くのはそういう戦いだ」

 

「殺す気……で? そんなセルグ相手にそんな事」

 

「だからこうまで良いようにやられてるんだ。いつからお前はオレを気遣えるほど強くなった? 舐めるなよグラン、この程度の実力で相手を気遣うなんて甚だしいんだよ。早く、本当の意味で本気になる覚悟を決めろ……相手の命を奪う覚悟をな」

 

「相手を気遣っている……? 僕はそんなつもりは」

 

「本当にそうか? なら試してみろよ。オレの急所を狙って殺す気で来てみろ」

 

 挑発を繰り返すセルグに、グランは僅かな怒りを覚えて立ち上がる。

 七星剣を握り、構えた。その視線を構えるセルグに固定して、己の意思を吐き出す。

 

「――わかったよ。本当に本気でやってやる」

 

 訓練などで寸止めできるような中途半端な思いを、グランは捨てた。

 相手を帝国の手の者だと思い、グランの意識が徐々に鋭くなっていく。

 

「いくぞ、セルグ!!」

 

 本気で行く。狙うはセルグの頭部に向けた突き。

 対するセルグはそれを防御する構えで待ち構えて――

 

「なっ!?」

 

 眼前に突き出された剣を前に身じろぎすら起こさなかった。

 グランはギリギリのところで剣を止める。防御も回避も起こさず、あと一瞬でも遅ければ、セルグの顔を七星剣が貫いていただろう。

 だが、これこそがグランの限界。本気で行くといくら吠えても、寸前で止められるほどに本気になり切れていない。

 それが分かり、セルグの殺気が膨れ上がる。

 

「これがお前の覚悟か? オレにかすり傷すらついていないが?」

 

「そ、それはセルグが――うぐっ!?」

 

 再び蹴り上げられたグランが飛ぶ。

 追撃を恐れてすぐさま立ち上がるも、グランの足は震えていた。

 

「だから本気じゃないと言っているんだ。興冷めだなグラン――――もう終わりにしてやる」

 

 天ノ羽斬を納刀。その身に残されたわずかな光のチカラを集約し、天ノ羽斬で増幅。

 鞘越しでもわかるチカラの高まりにグランは息を呑んだ。

 

「死にたくなきゃ覚悟を決めろ。半端な覚悟じゃ止められないぞ」

 

 セルグが向ける視線が。セルグが放つ殺気が……グランを本気で殺す気でいるのが感じられた。

 目の前に迫る死の予感にグランの身体が恐怖で縛られていく。

 

 ”本当に本気なのか?”

 

 これまでの旅路で見てきたセルグを思い起こせばそれはあり得ないとわかる。

 だがその先入観を覆すだけの雰囲気がセルグにはあった。

 

「そのまま怖気づいて終わる気か……本当に、興ざめだな」

 

 冷めた視線を向けながら、セルグは構えから動き出す。

 グランの死へ向けた一歩一歩が数瞬の時の中で始まる。

 死にゆくものが最後に許される走馬灯を見るための時間の中、グランは確かにセルグの動きを見つめていた。

 

 ”本気じゃないか……”

 

 足運びも天ノ羽斬りに蓄えられたチカラも、そのどれもが本気だと、グランは遅い時の中で察する。

 既に間合いにまで入り、鞘から天ノ羽斬が抜かれていくのが見えた。

 あとは彼の真骨頂。極限まで早さを追求した剣閃はグランに対処を許さずに切り捨てるだろう。

 

 

 

 ”死ぬ……? 本当に……?”

 

 

 ”帝国との決戦を前にして、こんなところで……?”

 

 

 天ノ羽斬が届く……その刹那、グランの脳裏に幾つもの情景がよぎる。

 意識してみたものではないそれは正しく走馬灯。

 その中でグランは、幾つもの決意を振り返る。

 

 黒騎士の為にオルキスを取り戻す事。

 ルリアを守りフリーシアの野望を阻止する事。

 全ての問題を乗り越え、皆が笑いあえる未来を掴み取ると決意した。

 そして――

 

 ”必ず行こう、イスタルシアに”

 

 幼き頃より共にいた片割れと相棒。

 最も古い約束を思い出しグランは反芻した。

 

 ”――――ない”

 

 ふつふつと湧きあがる感情が全てを振り払って叫びだす。

 

 ”――死ねない”

 

 はっきりと胸中でつぶやいた言葉は、グランの今の想いが全て込められた。

 

 

 

 

「死ねるかぁあああ!!」

 

 

 

 

 時間を跨いだかのように、間に合わないと思われた七星剣の防御が間に合った。

 動いた瞬間に七星剣はその意思に応えるように解放。

 間に挟んだ七星剣のチカラは一瞬で膨張し、弱弱しいセルグのチカラを押し返す。

 

「なっ!?」

 

 驚くのも束の間、グランが我を忘れて振りぬいた七星剣がそのままセルグを押し切り、大きく吹き飛ばした。

 

「はぁ、はぁ……こんなところで死ねない。僕には……やらなきゃいけないことがたくさんある!」

 

 起き上がろうとするセルグへ向けて、七星剣を向ける。

 既にその目は、先を見据えて輝いていた。

 

「本気で行くよセルグ。セルグがその気だというのなら、僕は迷わない……たとえセルグが相手だろうと、殺されるわけにはいかない!」

 

 決意の表明をしてグランは、セルグの動きを待った。

 思いっきり吹き飛ばしたことで距離は大きく離れている。不意をついて動かれても対処できるし、今のグランにはいくらでも対応できる自信があった。

 

「――上等だグラン。やっと本気になってくれてオレも嬉しいぞ。さぁ、本当に本気の勝負と行こうか」

 

 再び納刀。続いてセルグを闇のチカラが覆う。

 それはセルグにとって正真正銘の全力。自身だけでなく、ザンクティンゼルにいるヴェリウスのチカラを纏った全力の戦闘モードだ。

 

「来いよ――グラン」

 

「ッ!? うぉおおお!!」

 

 地面が爆ぜるような踏み込みで距離を詰める。

 全身全霊の奥義で最初から決めに行ったグランは、七星剣のチカラを最大限に開放。

 セルグの間合いの外から、極光の剣を振り下ろそうとした。

 だが――

 

「それでいい……グラン」

 

 静かに呟いたかと思えば、セルグはグランの攻撃を無防備で受け止める。

 巨大な光の剣がセルグを叩きつぶし、恐ろしいまでの圧力をかけて、地面へと叩きつけた。

 

 ぐしゃっと何かを潰すような音を立てて目の前から消えたセルグを見て、グランが動きを止める。

 

 

 

 

「――――セルグ?」

 

 

 静寂の中呟いた己の掠れた声が、嫌に耳に残った。

 目の前で石畳の地面に埋もれるセルグに動く気配はない。無論返事など帰ってこない。

 悪い冗談だと最悪の予感を振り払い、グランは再び口を開いた。

 

「なぁ、セルグ……冗談だろ? いつも通りに平気な顔をして……」

 

 ”残念だが小僧。若造の状態は紛うことなき命の危機だ”

 

「ヴェリウス!?」

 

 ”すぐに宿にいる小娘の元に連れていくぞ。若造の指示通りに治療の用意をして待っているだろう”

 

「どういうこと何だヴェリウス!! セルグは一体何のつもりで――」

 

 ”それについては本人より聞くが良い。我は先に若造を連れて戻る。小僧も直ぐに戻ってくることだな”

 

「ッ!? わかった急いでくれヴェリウス。セルグを死なせないように全速力で頼む」

 

 ”心得た――――それから若造からの伝言だ。グラン、死なないから安心しろ。だそうだ。全ては奴が進んでやったことだ。気に病むことはない”

 

 伝えることだけ伝えたヴェリウスは、グランを置いてすぐに宿へと飛び立つ。

 残されたグランは心に大きな不安を抱えながら、急いで宿へと戻るのだった。

 

 

 この夜、ビショップとなって待っていたジータとイオ、カタリナによる治療魔法。

 加えて、今日の買い出しで補給しておいたポーションの効果もあり、セルグはすぐに命の危機を脱して安定状態まで回復した。

 セルグ自身のヒトから外れた回復力もあり、瞬く間に容態が良くなっていったことには、一同呆れとため息しか出なかった。

 

 一応夜を徹してジータが看病についていたが、夜が明ける前にはセルグの意識は戻るのであった。

 

 

 

 

静かな部屋の中、セルグは意識を覚醒させる。

視線だけ動かして周囲を伺うと見知らぬ部屋であることが分かる。

 

「――――ここ……は、宿か」

 

 ”あぁ、思ったより早い目覚めだったな。愚か者が”

 

「ヴェリウス……もしかしてずっと看てくれてたのか?」

 

 ”大馬鹿者が……ずっと見ていたのはそこの小娘だ。あとでちゃんと礼を言っておけ。またもお主の無茶に付き合わされた挙句、顔を蒼くさせる程の心配をかけたのだからな……小娘の胸中を想えば、我もお主に制裁を加えてやりたいところよ”

 

 ヴェリウスが視線を向ける先。ビショップとなり、セルグの寝ているベッドに突っ伏して寝ているジータを見てセルグの雰囲気が一つ柔らかくなる。

 

「そうか……本当、申し訳ないな。ずっと心配ばかりかけてそろそろ刺されそうだ。まぁ、もうこれっきりだよ……多分な」

 

 ”そこで言い切れないところがお主らしいが、まぁどうせ皆から制裁を受けるのは確定しているから良い。覚悟しておくのだな。槍娘はともかくシュヴァリエの娘ですら涙を流していたぞ。無事とわかってどんな叱責を受けるかは想像に難くない”

 

「お前……今日はやたら棘があるな」

 

 ”我も怒りを覚えていると言っているのだ。お主は自分の命が軽くはないものだと自覚したはずだ。何故あのような事をした?”

 

 そう、母親たる少女からも、ヴェリウスの本体からも、セルグは己の存在の重要さを説かれていたはずであった。

 にもかかわらず、今回の暴挙。誰もが怒りを覚えるのは当たり前だろう。

 

「死なない算段はあったさ。それにグランにとって必要な事だった。もはや強くなることができないオレがアイツを強くしてやれるなら是が非でもやるしかないだろ」

 

 ”ほかにやりようはあったであろう。体を張ってまでする事とは思えぬ”

 

「荒療治になったのは仕方ない。決戦は目の前だ……帝国の戦力を考えれば、過剰戦力なんてことはあり得ないだろうからな。だから今回は――」

 

「――んっ……んぅ?」

 

 話している途中で覚醒の気配を感じてセルグが動きを止める。

 少し声が大きかったか……微睡みから呼び起こすには十分な刺激が彼女の意識を覚醒させた。

 

「――んっ……セルグ……さん?」

 

 寝ぼけ眼のまま、体を起こしているセルグに呼びかける。

 いまいち実感が湧いていないのだろう。本来の彼女であれば飛び上がらんばかりの反応をすると思われたが、随分と大人しかった。

 

「あぁ……また心配をかけて悪かったなジータ。それから、助けてくれてありがとう」

 

 できるだけ安心させるように、セルグは優しく声を掛けた。

 呆けるジータの手を取り、生きている証として己の体温を伝える。

 布団に入っていたセルグの手から伝わる温もりがジータの意識を一気に覚醒させた。

 

「セ、セルグさ――」

 

 思わず大きな声を上げようとしたジータの頭に手を置いて、セルグが押し黙らせる。

 既に夜も深いだろう……態々皆を起こす必要もない。

 

「色々言いたいこともあるだろうが、一番にまずグランを呼んできてくれないか? すぐに伝えたいことがあるんだ……終わったらちゃんとみんなの話を聞くから」

 

 柔らかな雰囲気から一転。真剣な面持ちで口を開いたセルグの言葉に、ジータは散々考えていたセルグへの文句を飲み込んだ。

 

「――わかりました。きっと起きてるだろうからすぐ呼んできますね」

 

「だろうとは思ってたよ……頼む」

 

 少しだけ急いだ様子で、ジータは部屋を出ていった。

 足音を立てないようにしながら遠ざかっていくジータの気配に、セルグは一つ大きく息を吐く。

 

「さて、この後が重要だ。ちゃんと伝えてやらんとな……」

 

 覚悟を決めたような表情のまま、セルグはグランを待つ。

 文句は腐るほどあるだろうがそれより先に伝えねばならない事があった。

 その為に死にかけてまでグランと戦った。

 

 静かな空気を保ったまま数分。

 近づいてくる気配を感じて、セルグは居住まいをただした。

 

 

 

 

「――セルグ。目が覚めたんだね」

 

部屋に入り開口一番。心配を隠せないグランがすぐに問いかけた。

 

「あぁ……心配かけたな。言いたいことはあるだろうけど、まずは話を聞いて欲しい」

 

「わかってる……僕も今更セルグがただ無茶をするとは思えない。教えてくれセルグ。一体僕に何を伝えたかったのか……」

 

 予想外に落ち着いた様子のグランに、身構えていたセルグは僅かに呆けるも、落ち着いて話を切り出そうとする。

 

「えっと……私も居ていいですか。一応経緯は知りたいというか……」

 

「構わない。恐らくジータにも関わってくると思うからな……」

 

 居心地悪そうだったジータはセルグの言葉に顔を明るくさせて、セルグを看ていた時に座っていた椅子へと座った。

 グランはベッドから少し離れ立ちすくみ、ヴェリウスはベッドへと降り立ち体を休めはじめる。

 各々が聞く姿勢ができたところで、セルグは静かに口を開いた。

 

「まずは、グラン。オレを殺そうとした時、何を考えていた?」

 

「な、なにをって……セルグを倒すことしか考えてなかったよ。頭の中はそれだけで、全力を叩きつけることしか頭になかった……だからこんな事に」

 

「そうか……それじゃ、その前にオレの攻撃を防いだ時はどうだった? 少なくともお前が動きを見せるまではお前に抗う気配は無かった。そのまま切られるはずだったお前を、何があの時突き動かした?」

 

 セルグの問いにグランが記憶を掘り返す。

 あの瞬間の様々な記憶を見直し、その先にみた己の決意。

 

「――――死ぬわけにはいかない。僕にはやる事がまだたくさんあるから死ねないって……そう思った」

 

「なるほどな。それがお前に大きな力を与えたわけだ。

 さて、本題だ……グラン、ジータも。ビィから聞いたが、二人はザンクティンゼルでよく喧嘩もしてたらしいな。同年代の子達とも普通に……そう、同じ年代の奴らと同じように子供であったと」

 

「それはまぁ……」

 

「当然、じゃないですか?」

 

 年相応に子供であった。それをビィから聞いた時に感じたセルグの違和感。

 それは二人があまりにも大人びていたこと……

 

「そうだ、当然であるはずなんだ。年相応に子供らしくあることは……それじゃもう一つ聞こう。その子供らしさはいつ消えた?」

 

 セルグの問いに、二人が黙り込む。

 答えが分からない……セルグの問いの意味が分からない。そんな感じが見えてきて、セルグはそのまま話を続けた。

 

「旅に出て、団長となり。お前たちは知らず知らずの内に、一歩引いた目線で物事を見定めるようになった……同時に大きく感情を表すことがなくなった。子供だからと舐められないようにか、子供らしさというものを消して、様々なものに蓋をしてきたんじゃないか?」

 

「それは……確かに」

 

「そうかもしれません。シェロさんからも頼りにされたりして、大人の仲間入りしたって感じで、私達はどんどん大人になった気でいました」

 

 冷静になるために怒りを抑え、弱気を見せないように哀しみを抑え。大人びて見せるために喜びを抑え、仲間が喜んでくれるようにと自らの楽しみを抑える。

 繰り返された団長としてあるべき姿が二人の感情に少しずつ蓋をしていった。

 

「不自然だったんだ……ザンクティンゼルでの二人は今まで見てきた姿とどこか違った。年相応の笑顔に、これまでに見たことがない程の怒り。オレはそれを故郷に帰ってきたからだと思っていたが、そういうことではなかった。

 あそこでは二人は団長ではなく、一人のヒトに戻れるからだったんだな。フュリアスへの怒りは団長としてではなくヒトとしての感情が表に出ていたからだ。団長であるお前達ならあそこで報復なんて選択はしないはず」

 

 ザンクティンゼルで垣間見えた二人の大きな感情の変化。

 故郷を荒らされた事。故郷の大切な人たちを傷つけられそうになった事。

 それらに明確で強い怒りを表して、それは次いで憎しみにも近い感情にまでなった。

 

「グラン、ジータ。感情は……想いは。戦う力の源だ。お前達も理解はしているだろう。守りたい、助けたいという気持ちがヒトを強くする。それに蓋をすることは自ら制限を掛ける事と同義だ。

 だからオレは今回、グランを追い込んだ。生死の境まで追い詰め、生きたいと……死ぬわけにはいかないと感情を奮い立たせた。そしてオレを倒す事一色に染まった攻撃は止まる事ないまま、オレを叩き潰してくれた……無防備を晒したオレを叩き潰したことからグランの意思は間違いなく固まっていたはずだ」

 

 あの一瞬。セルグが無防備を晒したところで、グランに攻撃を止める術はなかった。

 完全に攻撃を決めるつもりであったグランには止める予定はなく、制動を掛ける意思はなかったのだ。

 

「うん……止められなかった」

 

「それで良いんだ。オレの攻撃を防ぎ、オレを叩き潰した。確固たる意思がお前を強くした。

 グラン……ジータも、よく覚えておいてくれ。二人は弱いわけじゃない。ただブレーキをかけていただけなんだ。グランは体感したからわかるはずだ。あの一瞬、オレの攻撃をギリギリで防いで押し返した時、間違いなくお前の力はオレを上回っていた」

 

 セルグの全力を防ぎ切り押し返したこと。その事実よりもグランにとってはあの死ねないと強く思った瞬間の感覚が、セルグの言葉を肯定してくれた。

 冷静に戦う時とは違う、意思が込められた攻撃はこれまで知らず知らず抑えていたチカラを解放した感覚があったことは間違いなかった。

 

「感情の枷を外せ。暴走する想いを制御して力に変えろ。二人が戦う意思に全てを委ねた時、お前達に敵は居ないだろう。特にグラン、お前はな……」

 

「それが、セルグの伝えたかった事?」

 

「私達が強くなるために……必要な事」

 

 噛みしめるようにグランとジータが呟く。

 正に命を懸けてその道を示してくれたセルグの並々ならぬ思いを感じ入りながら。これまでの自分達を振り返り、セルグの言葉が的を射ているのだと徐々に理解していく。

 

「魔導士であるジータには時に感情を律して集中する場面が必要だ。魔法はチカラではなくコントロールで変わるからな。だが前衛であり、剣士であるグランは別だ。だから今回グランには荒療治として戦ってもらった。

 大人しく戦うな……感情と想いを乗せてチカラに変えろ。お前の決意は必ず応えてくれるはずだ」

 

 全てを伝えたところで満足したように、セルグは一息つく。

 命を賭してまでやる必要があったのか? ヴェリウスが言うようにそこには疑問が残るが、剣士であるグランだからこそ、セルグは実戦で伝えることを選んだ。

 戦いの中でそれを感覚的に知る。その天才的な戦闘センスに賭けたのだ。

 

「ありがとう……セルグ。僕はおかげで掴めたと思う。今までは見えなかった、強さの先が……」

 

「私たちの為にありがとうございました。命を懸けてまでやったことは絶対に許しませんけど。お礼は言わせてください」

 

「あ、あぁ……やっぱり怒ってはいるんだな」

 

「当たり前ですよ!」

「当たり前だよ!」

 

 瞬間、まさに抑えていた感情が爆発するようにセルグは二人から怒りの声を聞く。

 思わずビクリと体を震わせて、セルグは恐る恐る周囲の気配を伺う。

 

「――ふぅ。もう遅い時間なんだからあんまり大声を出すなよ。みんなが起きたらどうするんだ」

 

「別に良いんじゃないですか? 起こされ私達に怒るより先にここに来てセルグさんが怒られる方が先ですからー」

 

「覚悟してくれ。皆カンカンに怒ってたんだからさ」

 

「はぁ……一応死なないための備えはしてたんだがな。まぁ死にかけたのは誤算だったよ。想定以上にグランが強すぎた。ヴェリウスのチカラで防御壁は張っていたんだ。それでも簡単にそれを潰してグランはオレを殺しかけた……嬉しくもあり、危なくもあった誤算だ」

 

 嬉しそうでありながら苦笑いを浮かべて、セルグは力なく笑った。

 本当に想定外だったのだろう……今のセルグ、グランの底知れぬ強さに恐れを抱きつつあった。

 

 

 

「そうですか……つまり貴方はそんな不確定要素だらけの予測に簡単に命を擲ったのですね?」

 

 

 

 冷ややかな声。それが聞こえた時、セルグの背筋を一陣の木枯らしが吹き抜けた……気がした。

 さび付いた機械のような動きをしながら視線を向ける先には、扉から顔を見せていた愛しい人()の姿。無事に目覚めた今、会いたくもあり会いたくなかった人達である。

 

「誤算で済ませるような大馬鹿にはきついお仕置きが必要よね。ねぇ、皆」

 

 真紅の姫君がその場を退くと姿を見せるは待ち構えていたように部屋の前に並んでいる、仲間達全員の姿。

 

「皆……何でこんな時間に起きて――」

 

 ”シュヴァリエを通じて我が全員を集めてやった。言ったはずだ、我も怒りを覚えていると”

 

「ヴェ、ヴェリウス! おまえ!?」

 

 動きを見せていなかったヴェリウスの密かな裏切りにセルグが咎めようと手を伸ばすがその手は、暖かく柔らかな手に包まれた。

 

「ゼ、ゼタ……」

 

 優しい雰囲気……激しい怒りに見舞われると思っていたゼタのその雰囲気に、セルグの心は警鐘を鳴らしていた。

 これは嵐の前の静けさだ。現に彼女の目は()()()()()()()

 

「フフ、ヴェリウスを責める余裕があると思ってんの。今からアンタは眠れぬ夜を過ごすんだけど?」

 

 訂正。声も笑っていなかった。

 明らかな怒気にセルグは早くも己の無茶を呪う。

 

「あー、そのだな……今日は体調を考えてもう少し寝たいとか思っていたりな」

 

「あ、セルグさんの傷は完治させたので問題ありませんよ。多少のだるさくらいはあるかもしれませんが許容範囲だと思います」

 

「ジータ! ここでその言葉は――」

 

「さて、言質も取れたことだしこれで文句は無いわね。セルグ……ちょっと話しよっか?」

 

 こうして眠れぬ夜は幕を開ける。

 夜明けを通り越して、朝になっても、セルグへの叱責は続く。

 流石に今回の無茶は仲間達全員が一丸となって怒るには十分であったのだろう。

 終わらない怒りは正午まで続き、セルグは真っ白に燃え尽きた状態で後にアポロによって発見された。

 

 

 

「こんなはずじゃなかったんだがなぁ……」

 

 

 アポロにそう言葉を残して少しの眠りについたセルグは、その日更なる受難が待ち受けていることを知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

いわゆる主人公覚醒回というやつになりました今回。この場合の主人公はグランをさすわけですが、
かなり無理矢理な話になってるかなぁとは思いました。
それでも、グランとジータには強くなって貰う必要があったし、その要素をひねり出すのが難しくてこうなりました。
それっぽい伏線は張っていたつもりでしたがあからさまだったのでどこか上手く無いと感じてしまいますね。
ひとまずは真面目終了。第3部はほんわかする、いつものネタ枠になる予定。
タイトル通り最後の日常となります。
どうぞご期待ください

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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幕間 最後の日常 3

明けましておめで投稿。

難産となった日常回第三話。どうぞお楽しみください。


 

 ヒヤリとした冷たく心地の良い感触……額に感じた温度の刺激から、セルグは意識を覚醒させる。

 

「ん……あ……リーシャ?」

 

「あ、セルグさん。起きたのですね」

 

 視界に入ったのは赤と茶の混じった色合い。長く綺麗な髪がその色合いと共に目に移り、セルグはそこいるのがリーシャであると認識した。

 額に感じたのは水に濡れた布。どうやら燃え尽きて放置されたセルグを看てくれていたようである。

 少しだけ予想外な人物が看てくれていた事に驚きを感じながらも、セルグは思考を己の状態確認に回す。

 不具合は無し。ジータの治療によって体の状態は万全に整っているようだ。

 

「また随分、無茶苦茶をやらかしたみたいですね。本当……バカみたいです」

 

 そんなセルグの思考を余所に、リーシャは腰に手を当てて呆れたようにセルグを看た。濡れた布を取り去り、傷は癒えているかとセルグの様子を伺う。

 

「いきなりご挨拶だな。悪いがもうお説教は勘弁だぞ」

 

「こってり絞られた様ですから私から言うことはありません。体の調子はどうですか? ジータ団長からは完治していると聞いていますが、傷が残っているような治療しますよ」

 

 特に異常は無い。外傷も見受けられず一先ず安心したようにリーシャは息を吐いて問いかける。

 

「あ、あぁ……なんだ調子狂うな。傷は恐らく完治している。ただ散々に怒られたんで、疲れていただけだ。

 やったことを考えれば自業自得なのはわかるが、あんなに怒ることもないと思うんだが……」

 

 反省――はしているのだろう。一応言葉の中に自戒の念が見えてくるのは間違いがない。

 だがそれ以上に、セルグにはどこか不貞腐れたような気配が垣間見えて、リーシャはまた呆れと共にため息を吐く。

 

「はぁ……セルグさん、貴方はグランさんが無茶をして怪我したらどうしますか?」

 

「そりゃあ当然怒るに決まってるだろう。何を当たり前の事を――」

 

「貴方は本当にバカなんですね。今のご自分の答えが全ての答えじゃないですか。呆れた……まだ理解していないなんて」

 

 リーシャは心底呆れたように、額に手を当てる。

 自分の事を棚に上げてよくも言えたもんだと、怒りを覚えそうなセルグの言葉に、さすがに頭痛がしてきた。

 

「オレのは無茶ではあっても、死にはしない算段がある。そもそもオレはヒトから外れた体を持っているんだ。お前達と一緒にするな」

 

「開き直らないで下さい。そうして傷つく貴方を見るだけで皆さんは悲しみに暮れるんです。ヒトから外れた体であろうとも、仲間であることは外の誰とも変わらない。いい加減自分だけ特別だと思うのはやめてください」

 

 何度無茶を重ねるのか。何度己を顧みずに行動するのか。

 出自を知り、使命を知り、成すべきことを理解したはずのセルグは変わらずの無茶をし続けている。

 例えそれが本人にとって無茶ではないとしても、それを見せられる仲間の気持ちをないがしろにするセルグの行動にリーシャは苦言を続けた。

 

「今日は随分と突っかかるじゃないか。これ以上のお説教は勘弁してくれ……」

 

 目覚めからいきなりの手厳しい言葉の連続。セルグの雰囲気は更に罰が悪そうに陰っていく。

 

「モニカさんの為に貴方の監視は怠れませんからね。帝国との決戦の為にも死に向かう貴方を止めるのは私の大事な役目です。公私に置いて共に、貴方は私にとって重要な人物なのですから当然でしょう」

 

「はいはいわかったよ。これ以上無茶してモニカにまで報告されたら敵わねえからな……もう無茶をする気は無かったが無茶はしないようにするさ」

 

 降参とばかりに両手を上げて、セルグは反論することを諦めた。

 どうあがいても今回は分が悪い……完全に論破されつつある自分はそろそろ本格的に態度を改めないと団内でのヒエラルキーが最低ラインにたどり着く気がして慄いた。

 

「そうしてください……それから今回の事は既にモニカさんには報告しましたのでご心配なく。所用もあるため今日中にでもガロンゾに来られるとおっしゃっていましたから覚悟するように。それでは、私はこれで――」

 

「は? ちょっと待て、お前今なんて」

 

 聞き捨てならない言葉を聞いて、セルグはリーシャを呼び止めるも、リーシャはそのまま部屋を退出すべく扉に手を掛けてから振り返った。

 

「ど・う・ぞ! 覚悟しておいてください」

 

「嘘だろ……お、おいリーシャ!?」

 

 明確にわかる怒り。語気も荒々しく部屋を出ていったリーシャが残した言葉を理解してセルグは縮こまりながら見送ることしかできなかった。

 

「こりゃ、やばいかもな……」

 

 静かな部屋に取り残されたセルグは、更なる追い打ちが決まったことに頭を抱えて、モニカへの言い訳を考え始めるのだった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 ガロンゾの停泊所。

 グラン達一行はグランサイファーの元へと集まっていた。

 前日に改修を終えたグランサイファーには、既にラカムとオイゲンが乗り込んでいる。

 

「つーわけで、今日はグランサイファーの試運転をすっから俺とオッサンは一日中飛んでる。お前らはのんびりしててくれ」

 

「決戦前の最後の休みだ。しっかり英気を養っておきな」

 

 改修直後にいきなり本番とはいかない。

 騎空挺造りの星晶獣ノアの設計であっても、突貫工事に近い改修は色々と不完全が否めず、安定した航行が可能かテストする必要がある。

 その為の試運転であった。

 

「わかった。ありがとう二人とも。それとゴメン……この埋め合わせは決戦の後にちゃんとするよ」

 

 艇の事ゆえ、グラン達に出番はない。

 試運転で何かあっても困る為、グラン達を置いて出発する二人。二人に全て任せて休息をとるのは若干の抵抗を覚えてたグランが申し訳なさそうに謝った。

 

「よせやいグラン。これは俺たちにしかできないことだからするだけだって。若い者がそんな細けぇこと気にしなさんな」

 

「そういうこったな。それじゃオッサン。行くとするか」

 

「おうよ、しっかり頼むぜラカム」

 

 グラン達には見えない信頼関係。

 彼らと旅に出る前から面識があり、ずっと昔には共に旅をしていたことがあった二人の絆が今、改修を施されたグランサイファーに挑む。

 強化された機関部が唸りを上げ、飛び立つ二人とグランサイファーを見送り、グラン達は一息ついた。

 

 

「それじゃ、今日は各々自由行動にしようか。僕は宿に戻っているから何かあったら連絡してくれ」

 

「私も宿にいますね。皆さんはゆっくりしててください」

 

「って言われても、私達も団長二人が宿で待機しててのんびりするのはちょっと……」

 

 自由行動と言いつつも、宿で待機と言い張る二人を見て、ゼタや仲間達にも遠慮が見えた。

 そんな仲間達をみて焦ったようにジータは口を開く

 

「そんな、気にしないで下さいゼタさん。私達は、また一つやることができただけなので」

 

「ん? なんだよジータ。やる事って……?」

 

 ビィが疑問の声を上げる。

 今ジータは私達と言った。つまりそれはジータだけでなく、グランも含まれる。

 思い当たる節が見当たらず仲間達が疑問を浮かべた。

 

「セルグの様子を見に行くのと、僕達は昨日の事で話し合わないといけないことがあるから」

 

「やり方はどうあれ、セルグさんが示してくれた道。私達は強くなる為の(しるべ)にしたいんです……」

 

「うん。そういうわけだから僕達の事は気にしないで皆はゆっくりしてて。あ、頼むから騒ぎだけは起こさないでくれよ」

 

 昨日示されたセルグの見解。それを今一度かみ砕こうと、グランとジータは宿へと向かう。

 二人を見送る仲間達はそれを少し気に掛けるも、各々自由行動とするべく話を始めた。

 

「それじゃあルリア、私と一緒に買い物に出かけましょ。ロゼッタも、ね」

 

「あら、いいわね。久しぶりにのんびりしたいわぁ……ルリアちゃん、オルキスちゃんも連れて皆で行きましょうか」

 

「ハイ! 皆でお買い物……楽しみです! カタリナも一緒に行こう!」

 

「あ、ああ。ロゼッタだけでは少し心配だからな……ヴィーラ、君はどうする?」

 

「申し訳ありませんお姉さま。私は少し宿に戻ってやることが……」

 

「あ、私も。行きましょ、ヴィーラ」

 

「えぇ」

 

 一足先に集団を離れるヴィーラとゼタ。仲間達はそれを疑問に思うことはなく、素直に見送る。

 恐らくはグラン達と同じで宿に戻ってセルグの元へと向かうのだろう。

 昨日に引き続きセルグの疲れる姿が頭に浮かんできそうではあるが、自業自得だと捨て置いて、彼らはガロンゾの街に繰り出していく。

 

「アレーティアも一緒に行く?」

 

「フォッフォッフォ、さすがに女子だらけの中に混じるような事はできないぞい。儂は少し鍛錬をしておるので気にせず行くとよいぞ」

 

「うーん。わかった! それじゃお土産ちゃんと買って帰るから楽しみにしててね!」

 

「フォッフォ、それは楽しみじゃ。よろしく頼むぞい」

 

「はーい。それじゃ、行ってくる!」

 

 一人手持無沙汰なアレーティアをイオが誘うも、さすがに面子をみて断りを入れたアレーティア。その姿はまるでおじいちゃんと孫といった様子である。

 街へと向かったイオ達を見送ると、アレーティアも宣言通りに鍛錬の為、街はずれの方へと歩き出していった。

 

 

 

 こうしてイオ達は決戦前の最後の休日を過ごし始める。

 

 イオやルリア、オルキスを着飾るべくロゼッタがあちこち連れまわしたり。

 おいしい食事を求めて、ルリアが大暴走したり。

 アポロへのお土産を探すオルキスを手伝ったりと、穏やかで楽しい時を過ごしたのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「さて、ヴェリウス。オレ達も少し出かけるとしようか」

 

 ベッドから抜け出たセルグは少し出かけるべく準備をしていた。

 先ほどグランとジータが訪れ、今日は各々自由に行動をしていると聞き及び、せっかくだからのんびりと街を散策しようかと思っていたところである。

 

 ”それは良いが、小僧共が言ってたように今日は皆自由行動なのであろう。あの娘たちと過ごさなくて良いのか?”

 

「昨日の今日で、今はできる限り顔を合わせたくない所だ。これ以上何か言われては疲れが明日に残ってしまう」

 

 ”相変わらず頭が上がらないようだな……ついでに言うと少しばかり遅かったようだぞ”

 

「何……?」

 

 ヴェリウスの言葉に疑問を抱くも、すぐにセルグは扉が開く音を聞いてその意味を理解した。

 

「せっかく私達が来たっていうのに、そんな事言うんだ……」

 

「ご自分が心配かけていることはよく理解しているというのに、どうにも貴方はその先のケアが足りていませんね。こういう場合は埋め合わせとして普段にもまして気にかけて欲しい所だというのに……」

 

 不機嫌そうなゼタ。冷めた視線を向けるヴィーラ。

 二人が扉から姿を現して部屋に入ってくる。

 

「あー……とりあえずいつからそこに?」

 

「今しがたよ。せっかくの自由時間だもの、一緒に過ごしたいと思ったって良いでしょ?」

 

「それが説教だらけのデートになるのなら御免被る」

 

「それでしたら心配はありませんね。代わりにしっかりとエスコートしていただければ問題ありません」

 

「オレにそんな甲斐性があるとでも?」

 

「無いなら無いで、育てるまでよ」

 

「その通りです。そのくらいの器量は身に着けてもらいたいですから」

 

「さいですか……」

 

 小気味いいテンポで会話が続き、ゼタとヴィーラに言いくるめられ、セルグは諦めの境地へと達した。

 もはや何を言おうと言い返されて終わるだろう。別段彼女たちとの時間を持つのはセルグとしても嬉しい事ではあるし問題は無い。

 一人の時間を過ごした後は彼女達と過ごすつもりでもあったし、早いか遅いかの違いであった。

 だが、先ほどリーシャより投げかけられて浮上した別の問題があった。

 

 

「それなら、私が一緒でも問題は無いな」

 

 

 ゼタ、ヴィーラとは別の三人目の女性の声。女性にしては高い身長の二人に挟まれ、少し小柄な体躯が目立つ女性。

 リーシャより聞き及んでいた彼女(モニカ)の存在である。

 

「モニカ!?」

「モニカさん!?」

 

 ゼタとヴィーラの驚きの声が響く中、二人の間より顔をだしたモニカはおもむろにセルグの元へと向かう。

 

「お早いお着きだな……モニカ。聞いていたより早いと思うんだが?」

 

「お主の安否を確かめるとあっては急ぎたくもなるというもの。想像していたよりも元気そうで嬉しい限りだ」

 

 元気そうな様子のセルグに安心も一入と言ったところか……零れる笑みは優しさと安心に満ちており、彼女がいかにセルグを想っているかを感じさせる。

 

「仕事はどうしたんだ? リーシャの話じゃこっちには秩序の騎空団の所用があると聞いたが」

 

「リーシャが喜んで引き受けてくれたよ。代わりにお主を頼むと言ってな」

 

「あのやろう……」

 

 去り際の怒り。恐らくはこうしてモニカを送り込むことまで算段していたに違いない。彼女なりの粋な計らいというやつか、無茶をするセルグへのささやかな仕返しなのか。

 答えは彼女のみが知ると言ったところだが結果的にセルグは、想い人達に囲まれる事となった。

 

「さぁ、でかけるのだろう? 私にとっても久方ぶりの休息の時間だ。今日は目一杯楽しませてもらうぞ!」

 

 胸中でリーシャへ毒吐いているセルグを現実へと引き戻し、モニカがセルグの手を取った。

 部屋を連れ出そうと引っぱるモニカを見て、おいてけぼりとなっていたゼタとヴィーラも我にかえる。

 

「モニカの登場には驚いたけど、別に良いわよね、ヴィーラ?」

 

「構いません。むしろ私としては好都合ですから。せっかくですし皆で楽しみましょう」

 

 モニカの登場を意に介さず、ゼタとヴィーラも準備万端というようにセルグを連れだそうとする。

 そこにモニカも加われば、セルグも抵抗するだけ無駄というところだろう。彼女達の誘いのまま宿を出て、四人はガロンゾの街へと向かい始める。

 

 

 

 宿を出て、何故か仲の良さそうな三人が前を歩く姿を眺めてセルグは小さく笑った。

 

「やはり……疲れそうだな」

 

 ”だが、幸せなのだろう?”

 

「さぁな……わからん」

 

 ”フッ――馬鹿者が”

 

 静かに……一人と一匹は目の前の光景を見て呟き合うのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「セルグさん達も出かけたみたいだね」

 

「これでまた一つ、心配事が消えたかな」

 

 宿の部屋から外を眺めていたジータとグランは小さく安堵の溜息をこぼして笑う。

 三人の女性に引かれるように連れ出されたセルグには相変わらず心配が尽きないが、三人の想い人が近くに居ればとりあえずは大丈夫だろう。

 

 部屋の中で二人だけとなったグランとジータは互いに向かい合う。

 仲間に話した通り、セルグが示した答え。二人が強くなる為の話を始めた。

 

 

 

「なぁ、ジータ……僕達はいつから喧嘩をしなくなった?」

 

 旅に出る前。旅に出た後。記憶を一つ一つ遡り、グランはジータへと問いかける。

 神妙な面持ちで記憶を掘り返すグランに倣い、ジータも静かに様々な記憶を思い返しながら答えた。

 

「――多分、ラカムさんを迎えて、団長になってからはしてないかな?」

 

「思えばあの時からだよな……”団長として”。その言葉が頭に浮かぶようになったのは」

 

 突如として舞い込んだ、団長という立場。

 成り行きではあったかも知れないが、それでも二人はその責任感からそれを全うしようと努力をした。

 物知りなシェロカルテから騎空士の生き方を教わり、仲間達が離れていかないようにと気を遣い、仲間達が危険な目に合わないようにと全力で戦ってきた。

 全ては、団長として団員を守るために。団をまとめる者として、皆の命を背負う覚悟をしたのだ。

 

「ザンクティンゼルを出た時はまだ違った……カタリナもルリアも。ただ大切な仲間だった……」

 

「でもラカムさんが来て、騎空団を結成して。そこから私達は、団長と団員となって……」

 

 いつからだろうか? 心の底から無邪気に笑うような、子供っぽさを捨てたのは。

 いつからだろうか? 一歩引いた目線で物事を見るようになったのは。

 いつからだろうか? ()()()()()守らなくてはいけないと思い始めたのは。

 

「ずっと……無理してきたのかな。いきなり団長になって、しっかりしなきゃいけないって……」

 

「うん。仲間を守れる団長で在りたい……仲間に傷ついて欲しくない。そう思うこと自体は当然だとは思うけど……」

 

「でも僕達は……いつの間にか団長だからっていう仮面越しで皆を見るようになっていた」

 

「帝国に狙われるルリアを助けてあげたい。ルリアを守ろうとするカタリナの力になりたい……それがザンクティンゼルを出た時の私達の気持ちだったのに……」

 

「それがいつの間にか、仲間だから……その一言で終わっていた気がする」

 

 何故助けようと思ったか。何故力になりたいと思ったか。何故仲間に成ろうと思ったのか。

 仲間になった一人一人に向けた想いがあったはずなのに、いつの間にか団長だから……仲間だからで全てを一括りに見ていた。

 

「きっと……怖かったんだよね。

 初めてできた大切な仲間達。離れて欲しくなくて、傷ついて欲しくなくて……だから自分達よりも仲間を優先するようになって」

 

「嘘をついてきたわけじゃないけど……心の奥底っていうのかな。本音っていうのを隠して振舞っていた」

 

 見つめなおして紐解かれていく自分達のこれまで。

 二人は噛みしめるように次々と言葉を続けていった。

 

「この間のザンクティンゼルでの一件……僕達はフュリアスに対して抑えきれない怒りを抱いていたけど」

 

「今思い返せばわかる。あれはいつもの……というか団長としての私達ではなかったよね」

 

 セルグが言った通り、ザンクティンゼルでは団長としてではなくグランとジータとしての顔が出ていた。

 故郷を荒らされた怒りに燃える二人は、セルグに止められなければ間違いなくフュリアスを痛めつけていたであろう。

 

「セルグに止められて、カタリナに諭されて……そこで初めて、頭に血が上っていることに気づかされたんだ」

 

「でもきっと、セルグさんが言ったのはそういうこと何だと思う。荒れ狂う感情を制御しチカラへと変えろ――私達はあの時のように団長としての枷を外して、グランとジータで在るべきなんだ」

 

「団長としてではなくグランとして。ジータとして。僕達は戦いに臨むべきなんだ」

 

 思い出す感覚。

 団長になるよりもっと以前の、最も古い約束が昨夜のグランを奮い立たせた。

 共に歩んできた片割れと相棒。共に夢見てきた果てない旅路。それを必ずや成し遂げようと約束して生きてきたこれまで。

 グランとして生きてきた全てが、あの瞬間に死を受け入れることを否定させた。

 

「思い出そう、ジータ。僕達は何のために旅を始めたのか。僕達は何で皆を仲間に迎え入れたのか……僕達はなんで帝国と戦おうと思ったのかを」

 

 強い視線でジータへと言葉を投げるグランにジータも強く頷く。

 気持ち、心構え、覚悟……天星器を扱うための集中力と言い、まだ若い二人はそれだけで大きく変われる……その可能性がある。

 

「うん、思い出そう。何を思いここまで戦ってきたのかを……団長としてではなく()()としての戦う理由を……」

 

 静かな宿の一室で、グランとジータはこれまでの旅と仲間との出会い。そして数々の戦いを振り返る。

 一つ一つの出会いを。迎え入れた時の喜びを。戦うと決めた時の決意を。

 

 夕暮れ時になり、仲間達が宿に戻ってくるまで、グランとジータは粛々とこれまでの旅を振り返り続けるのだった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 ガロンゾの街の一角。

 とある店にて、セルグは試着室の前で待機していた。

 状況からしてここにいる理由は一つ。目の前には都合よく並ぶ三つの試着室。その全てはカーテンによって閉められており、使用中であることが分かる。

 であるなら、その中にいるのは彼女達に他ならない。

 小さくカーテンが引かれる音が鳴ると、視線を下げていたセルグは顔を上げた。

 

「セルグ! これはどう?」

 

 セルグと並ぶことを意識したのか、黒を基調としたラフな服装。

 真紅の鎧姿しか目にしてきてなかったセルグは、カジュアルで戦士の気配が消えたゼタの服装を見て柔らかく答える。

 

「あぁ、良い感じだ。そうしてみると普通の町娘みたいだな……」

 

「普通とは聞き捨てならないわね……これでも容姿にはそれなりに自信ありなんだけど?」

 

「そういう意味ではなく、とても炎をぶっぱなして戦う戦士とは思えないって意味だ。あまり悪くとらないでくれ」

 

「フフ、慌てちゃって……大丈夫よ、ちゃんとわかってるから」

 

 不機嫌さを見せたかと思えばコロッと笑うゼタの様子にセルグは、慌てふためいた空気を隠す。

 そんな二人とは別の方から声がかかる。

 

「セルグさん、こちらは如何ですか?」

 

 次いで開いた試着室からはヴィーラの姿が。こちらは普段の衣装のイメージからそれほど変わらず。多少動きやすさや、騎空士としての雰囲気が薄れたものの普段の感じからは変化が感じられなかった。

 

「ヴィーラには少し地味ではないか? 暗い雰囲気からシフトしても良いと思う。暖色を選んでみてはどうだろう」

 

「そうですか……貴方の隣を歩くならこういった感じの方が好まれるかと思ったのですが……」

 

「そんな気遣いでヴィーラの魅力を落とす必要はない。どんな姿だろうがオレは構わないさ」

 

「ありがとうございます。それではもう一度選んできますね」

 

 セルグの言葉に喜色を浮かべると、ヴィーラは再び自分に合う服を選びに店内へと消えていく。

 それを見送っていると、またも別の声。

 

「セルグ、こんなのはどうだろうか?」

 

 最後の試着室が開き姿を現したのはモニカ。

 フリフリのミニスカート。白を基調とした服装に胸元のリボン。髪もリボンで縛りツインテールに。

 そこには、どことなくイオのような少女っぽい服装へと着替えたモニカの姿があった。

 

「お前は少し、普通というものを学べ……」

 

「むぅ……意外とセルグには受けるかと思ったのだが不評だったか……予想が外れたな」

 

 幼い少女が着そうな可愛らしいを前面に出した服装に、セルグとゼタは引き攣る。予想外らしい反応にモニカは困った様子を見せた。

 

「何を思ってその結論に至ったのかは知らんが、何を思おうともその結論に至ったことをオレは怒って良いよな?」

 

「待て待て、ちょっとしたおふざけだ。今度はちゃんと選んでくる。少し待っててくれ」

 

 ヴィーラ同様、店内へと消えていくモニカを見送り、セルグは小さくため息。

 まさかのモニカのセンスに驚きと呆れが込み上げてきて、ゼタと並んで疲れた様子を見せる。

 

「まさか、本気であれを選ぶとは思わなかったわ……さすがに無いわよって言っておいたんだけど……」

 

「アイツもずっと秩序の騎空団の制服しか着てこなかったんだろう。お前みたいにセンス溢れるとはいかないんだろうさ」

 

「あら、嬉しい事言ってくれるわね。あの子と一緒にあちこち買い物に行ってたことは無駄ではなかったかしら」

 

「アイリスにその気配は見えなかったけどな……というかオレは着飾らなくても気にしない」

 

「あんたが気にしなくてもそれを女に押し付けるのはご法度。女はいつでも着飾っていたいものよ」

 

「左様ですか……まぁ、三人とも魅力的な事は事実だからオレは嬉しいさ」

 

 そう言って穏やかに笑うセルグに、ゼタは僅かに見とれる。

 相変わらず戦いに関しては無茶が多いものの、こうして笑う姿にはどこか安心感を覚える。

 言葉では言い表せないが、セルグはやはり変わったのだとゼタは再認識した。

 

「やっぱり……いい表情(かお)するようになったわね。あの子といた時のアンタはこんな感じだったのかしら?」

 

「さぁな……自分でもわからん。ただ素直に嬉しいと言葉にするようになったのはこれで二度目だろうな」

 

「そう……ならあの子も浮かばれるわね」

 

「三人に囲われていてもか?」

 

「うん」

 

 少し自嘲の混じったセルグの問いに即座に返すゼタ。

 あの子を疑うな――そんな声なき声がセルグには聞こえた。

 親友を思うゼタの言葉に、セルグはゼタを見つめてまたも柔らかく頷く。

 

「ずるいなゼタ殿。一人だけその距離感を作り出しては私達が遅れを取るではないか」

 

「大丈夫ですモニカさん。この後はしばらく私達の番ですから。ゼタはザンクティンゼルで随分と良いことをしていましたから我慢してくれるでしょう――ね、ゼタ?」

 

 だが、忘れてはいけない。

 ここは服を販売している店内であり、二人には他にも連れが居ることを。更に言うなら、店内には他にも客や店員が存在していることを。

 至近距離とはいかないまでも、互いに近い距離で見つめ合っているセルグとゼタは、傍から見れば仲睦まじいひと時を場違いな店内にて繰り広げている迷惑な客にすぎない。

 新たな服を用意して戻ってきた二人と、他にも点在していた数名の客や店員から冷めた目つきを向けられるのは仕方ない事であろう。

 

「仲良しなのは結構ですが、時と場合と()()が居ることをお忘れなく」

 

「私なんてゼタ殿やヴィーラ殿と違い、なかなか一緒に行動できることもないのだからもう少し私を見てもらっても罰は当たらないだろう……」

 

 やや悲し気な雰囲気まで見せるモニカにセルグは大慌て。

 そんなつもりではなかっただけに、動揺が大きく表れてしまう。

 

「わ、悪いモニカ。別にそんな気じゃなかったんだ。ただ、どうにもこんな状況というのが慣れなくてだな……」

 

「ゴメンねモニカ。私もそんな気じゃなくて、なんていうか少し懐かしんじゃっただけというかね……ほら、しばらくセルグの隣で歩いていいから機嫌直して。ね?」

 

「むぅ……そう子供をあやす様に言われるのは、それでまた妙に面白くないのだが……まぁしばらくはそうさせてもらおうか。さぁ、服も買ったことだし、次に行こう」

 

「そうですね、随分と時間をかけてしまいました。良い頃合いですし先に食事と致しましょうか」

 

 

 戦闘服。モニカの場合は秩序の騎空団の制服だが、それで町中を動き回るのには抵抗があり、こうして今日の為の衣装を買いに来ていた四人であったが、いかんせん時間を掛け過ぎていたようだ。

 既に正午を過ぎており空腹もそこそこ。体の内から大きな音は立てずとも食事を要求する声が聞こえてそうな感覚に四人は次の行動を決めた。

 

「それなら昨日依頼を受けにいった酒場が昼には食事処となっていたな……あそこで良いだろう」

 

「美味しいんでしょうね?」

 

「生憎と注文はしていない。だがまぁマズイものは出さないだろうさ。店を探して時間を潰すのももったいないし我慢してくれ」

 

「それもそっか。それじゃ、案内してよセルグ」

 

 そういってさらっとセルグの手をとるゼタ。

 当然そこには待ったの声がかかった。

 

「待つんだゼタ殿。そこは今から私のポジションだろう! さぁセルグ、行こう。時間は待ってくれないからな!」

 

 セルグの逆の腕を絡めとると、モニカは並んで歩き出した。

 小柄ではあっても女性らしさがしっかりとしているモニカの柔らかな感触と、対抗するように手を握るゼタに温もりを感じながら、案内するはずのセルグが引っ張られていく。

 

「あらあら、お二人とも慌てちゃって……可愛らしいですね」

 

「何を言っているんだヴィーラ。街中では多分に迷惑だろう。お前からも二人を止めてだな――」

 

「あ、私も後でそのポジションを頂きますのでお楽しみに……といっても、貴方にとっては二度目になりますか」

 

「――なんだと」

 

 ポートブリーズの再来。

 自然と思い出したあの日の出来事を思い出しセルグが呻く。

 忘れようはずもない。突き放そうとすればするほど的確に距離を埋めてくるヴィーラの巧みな位置取りを。隙を見せればすぐさまセルグの心に接近してくるような話術を。

 想いを受け入れつつあるセルグにとってはそれほど大きな問題ではないと思われるが、現状彼にそれを平常心で受け流す心の余裕は無い。

 純粋で真っ直ぐな愛を向けつつも行動には計算高さが含まれるヴィーラに比べれば、腕を取るだけのゼタやモニカはかわいいものである。

 

「今日は勘弁してくれ。君の隣は非常に気を遣う」

 

「気を遣わずとも良いでしょう? 私達はその程度の間柄になるつもりはないのですから」

 

「――それでも今日は勘弁してくれ。もう既に余裕がないんだ」

 

 リーシャのように旅に同行できない分を埋めるよう甘えるモニカ。

 セルグ同様、なかなか素直になれなかった自分を解放したように嬉しそうに手を取るゼタ。

 二人の猛攻だけで既にセルグは手一杯であった。

 

「まぁ、残念ですわ。それではこの埋め合わせは次回にとっておきましょうか。フフフ――」

 

 気になる含み笑いを残しながらも、セルグの状態を察してヴィーラが一歩退く。

 既に決戦の後事まで己の予定は定まっていきそうで少しだけ震えた。

 嬉しくはある。それは間違いない事だが、どうにも慣れない。

 

 

 三人の想い人に囲まれながらセルグは今後の彼女達との日常というものにしばらく思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ、今日は楽しかったよ。セルグだけでなく、ヴィーラ殿もゼタ殿も……ありがとう」

 

 夕暮れ時となって、ガロンゾの街の一角で景色を眺める四人。

 あの後昼食を取り、女性陣の買い物を済ませ彼らはここで赤く燃える夕日を見ていた。

 

「別に良いわよ。というか私の事はゼタで良いわ。私もモニカって呼んでるんだし」

 

「そうですね、私の事もヴィーラとお呼び下さい。代わりにゼタ同様モニカと呼ばせてもらいますね」

 

「そ、そうか……それでは改めて。ゼタ、ヴィーラ、今日は楽しかったよ。ありがとう」

 

 互いに呼び名を交換し、改めて仲を深める三人。

 同じヒトを愛する者同士、今日だけで随分と仲良くなったように思えると、セルグは三人を眺めていた。

 

「セルグもどう? 楽しかった?」

 

「あぁ……こんな穏やかな時を過ごす時が来るとは思わなかった。素敵な贈り物ももらったしな……」

 

 そう言ってセルグは己の姿を見直す。

 彼女達からの贈り物……それは無茶をするセルグの戦い方を知っている彼女達だからこそできるセルグに適した戦闘服。三人が真剣に悩み、相談しながら見繕ったセルグが今来ている服が本日の一番の買い物であった。

 

 ”生きて帰ってきて欲しい”

 

 ただ純粋にそれを思って贈られた戦闘服を受け取り、セルグの心にまた一つ生きる決意の炎が灯る。

 だがそれと同時に、セルグの心に小さな不安も燻っていた。

 

「ん? どうしたのだセルグ。少し浮かない顔をしているように見えるが……」

 

 セルグの小さな変化を察知してモニカが問いかける。

 表情が陰っているわけではないが、どこか落ち着かない。そんな雰囲気を感じ取っていた。

 

「少しだけ……いや、少しじゃないんだが。どうしても不安が拭えなくて怖くなっているんだ」

 

「怖い……?」

 

「何がでしょうか?」

 

 ゼタとヴィーラもセルグの様子と言葉に疑問を抱きながら答えを待った。

 彼女達に応えるべく、セルグは静かに己の内を吐露し始める。

 

「こうして穏やかな時を過ごして、三人に惹かれて……それを知った今、失った時の恐怖が拭えないんだ。

 帝国との戦い……これまで以上に熾烈を極めるだろう。グラン達にしろお前達にしろ、誰かを失うかもしれない。もしそうなった時、オレはきっと耐えられない」

 

 強く発現した使命の事ではなく、これはセルグだけの想いからくる恐怖。それが明日から始まる決戦への不安を膨れ上がらせていた。

 今日の穏やかな時が。彼女達との触れ合いが。楽しい、嬉しいと思えば思う程、その不安は加速していった。

 

「それこそアーカーシャの起動を許せば、お前達皆を失――」

 

 続けようとしたセルグの言葉が止まる。

 唇に当てられて少し冷えた指先。視線を向ければ居並ぶ彼女たちの姿。

 一様に、その表情はセルグの不安を拭い去るように優しい笑みに彩られていた。

 

「らしくないわよ。いつものセルグなら不敵に笑って全部守ってやるくらい言いそうな状況でしょ」

 

「私達は必ず貴方が生きて帰ると信じてその服を贈りました。ですから、貴方も私達を信じてください。私達を……仲間達を」

 

「あまり舐めないで欲しいな。蒼の騎士の右腕と呼ばれた私の心配など不要だよ。私達から見たらセルグの方がよっぽど危なっかしい。そのセリフはむしろ私達のセリフだよ」

 

 戦う前からそんな調子でどうするのかと、優しく激をくれた三人は示し合わせたようにその拳をセルグの前へと突き出した。

 

「不安なんか抱えてる暇無いわよ。私は誰かが欠ける結末なんて絶対認めないんだから」

 

「楽観とは違いますが、誰かが欠けるような未来など想像もできません。私達は必ず皆で帰ってくるのです」

 

「だからセルグ……肝心のお主がその調子でどうする? シャキッとしてくれ」

 

 震えるセルグを激励する三人。

 不安など微塵もない三人の顔と言葉に、セルグの不安が解けていく。

 

 

「――ハハハ。ホント、お前達を好きになれて良かったよ……」

 

 

 不安を上回る戦う意思。恐怖を打ち殺す戦う決意。

 乾いた笑いと共にセルグに宿ったのは、頼もしすぎる想い人達と必ず生きて帰ると決めた誓い。

 突き出されていた拳に己の拳を合わせ、瞳を輝かせたセルグは口を開く。

 

「必ずだ……必ず生きて戻り、未来(あす)を共にしよう」

 

 紡がれた言葉は短く。だが、込められた想いは強い。

 

「ええ」

「はい」

「あぁ」

 

 故に返される声も短く強かった。

 

 

 決意と想いを胸に秘め。不安を消したセルグは彼女達と共に宿へと戻った。

 

 

 

 ――――――――――

 

 翌日

 

 朝もそれなりに早い時間からガロンゾの宿の前に彼らは集った。

 グラン達一行にアポロ達一行。そして迎えに来たモニカとリーシャ。

 

「皆さん、揃いましたね」

 

「どうやら、それぞれに覚悟はできているようだな」

 

 リーシャの言葉を受け、アポロは全員の様子を見て面白そうに笑った。

 決戦前でひりついた空気かと思えば柔らかく、だがどこか覇気のある空気。

 グランとジータだけではない。仲間の誰もがそれぞれの想いを抱いて決戦に臨む気配があった。

 

「負けるわけにはいかない……僕達はそれを知ったからね」

 

「ちげぇねえな。負けるわけにはいかねえ」

 

「またみんなで楽しく街へ繰り出したいものね」

 

 グラン、ラカム、ロゼッタが答える。

 

「決めたんでな……共に生きると」

 

「負ける気なんか更々なし」

 

「必ず、未来を守り切って見せましょう」

 

 セルグ、ゼタ、ヴィーラがその先の未来を見据える。

 

「こいつは上々だ。どいつもこいつも、目をぎらつかせやがって……貴様らも準備はできているんだろうな?」

 

 グラン達からリーシャとモニカへと視線を移し、アポロは確認するように問いかける。

 

「打ち合わせは既に済ませてあります。あとは赴くだけです」

 

「お主の方こそ大丈夫なのか? 本調子でなくば、お主とて――」

 

「無用な心配だ。既に私は万全……足手纏いになるつもりはないさ」

 

 ぎらつく視線はグラン達だけではない。決戦を控え昂るのはアポロも同じであった。

 周囲を威圧しそうな覇気は七曜の騎士らしく、規格外の強者の気配を醸し出していた。

 

「そうだよね~昨日あれだけ僕達で試しておいて調子が悪いはず――痛って!?」

 

「時間を食うからお前は口を開くなドランク。話が進まなくなる」

 

 お約束のやり取りも全員でスルーして、彼らは表情を変えることなく空を見据えた。

 見据える先はアガスティア……エルステ帝国の首都がある島である。

 

 

「行きましょう。帝都アガスティアへ!」

 

 ジータの声で、彼らの長い決戦が始まりを迎えた。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

決戦前で描きたかった部分が多く、またもや長々となってしまいました。
恒例のローアイン達との絡みは今回に限り無しの方向でお許しください。

次回からはいよいよ最終章。
ながながと続いた幕間を終えて、ここからは波乱づくめのクライマックスへと突入していきます。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第49幕

日常編が難産でこっちは並行して進んでおりました。
早々に更新いたします。

最終章は完全にオリジナル路線。
どうぞお楽しみください。


 帝都アガスティア。

 エルステ帝国の本国にして中枢。大きな建物が幾つも並び、帝国の象徴とも呼べる中枢のタワーが中央に鎮座する島である。

 島の防衛には幾重にも重なった迎撃網と戦艦が配備され、難攻不落の要塞と化した島は攻め入るには非常に困難である。

 

 そんなアガスティアの中枢タワーにて、エルステ帝国の上層部が一堂に会していた。

 

 

「――ってのがまぁ、事の顛末ってわけだ」

 

 報告書を手に口を開いているのはエルステ帝国中将ガンダルヴァ。

 アマルティアでの戦い。グラン達と激闘の末敗北し撤退してきたことを報告していた。

 

「要するに俺様は負けてきたわけだ。あのガキ共が率いる騎空団にな。ついでに言うなら秩序の騎空団にも……」

 

 苦渋に塗れた表情を浮かべ、ガンダルヴァの顔がゆがむ。

 再戦となったセルグとの戦いも、復讐ともいえるリーシャとの戦いも。その両方を結果的には敗北で終えてきた。

 負けるつもりも負ける要素もなかったはずのガンダルヴァにとって、それは理解及ばぬあり得ない敗北。

 それをこうして自ら報告する事など屈辱の極みであった。

 

「それではフュリアス少将。次の報告を」

 

 フリーシアの声で報告会は先に進む。次なる報告者はザンクティンゼルでグラン達と戦ったフュリアスである。

 

「はいはい。それで僕が今度はアイツラとぶつかったわけね。辺境でつまらないド田舎で……せっかく陛下からもらった魔晶で楽しい気分だったのにさぁ……あのトカゲのチカラが僕の魔晶を打ち砕きやがって」

 

 こちらもやはり、苦渋に塗れた顔で報告をする。

 無敵と思えた魔晶のチカラ。それを不可解なチカラで打ち消されもはやこれまでと言ったところをロキに救われた。

 無様を晒し、醜態を晒し、何一つ結果を残せなかったフュリアスの苦渋はすさまじいものであった。

 

「その件については研究班と再度情報を共有し詳しく検討する必要がありそうですね。最悪は魔晶に因る戦力を全て無力化される可能性もあります。急がせましょう――少将からは以上ですね。後は……」

 

 フリーシアが別の人物へと視線を向ける。

 その先にいたのはドラフとそう変わらない程体格の良いヒューマンの軍人。

 力強い体躯とやや細い目つき。将校らしい白を基調とした厳かな服装からガンダルヴァやフュリアスより高い位の軍人かと思われた。

 

「こちらからは……何もありません」

 

 短い報告を終え、沈黙に戻る彼から視線を外しフリーシアはこの場の最高権力者に向き直る。

 

「報告は以上になります――――陛下」

 

「うん、ありがとうみんな。これで状況はよくわかったよ」

 

 いつも通りの薄ら笑いを浮かべ、大きな椅子に座るのはエルステ帝国の初代皇帝となったロキ。傍らに変わらずフェンリルを従え、報告してくれた上層部の面子を見回す。

 

「僕のエルステ帝国は、想像以上に惨憺たる状況のようだね……みんな不甲斐ない事この上ない」

 

 報告で歪んでいた一同の表情がさらに歪む。

 使えない。情けない。そんな落胆を目の前で見せられたのだ。何も思わぬわけはないだろう。

 

「どうする? 誰か言い訳でもしてみる? 面白ければそれで僕は構わないよ」

 

 ロキが問いかけるもそれに答える者はいない。言い訳などできようはずもないし、そんなことをしても結果は何も変わらない。

 

「何だ……誰もしないんだ。それはそれで面白くないんだけどなぁ……面白いっていうのは何にも勝る大事な目的だって言うのに。ねぇ、フェンリル?」

 

「あぁ? 何言ってんだロキ。オレがそんな事知るかよ」

 

 飼い主のいきなりの質問にぶっきらぼうに応えるフェンリル。相変わらず訳が分からない奴だと呆れも混じっているがそれをロキが気にする様子は無かった。

 

「そうだろうね……君はそれでいい。君たちはそれでいいんだ。全てを知っているのは僕だけで良い」

 

 自らを神と呼べるだけの自負。全てを知り、全てを見るのは己だけと言える傲慢がロキから放たれた。

 

「さぁ、面白くなってきたよ。彼らは間違いなくここを攻めに来るだろう。君たちはそれをどう対処するのかな?」

 

「まずは防衛戦力によって削り、地上戦力を集結。包囲殲滅を――」

 

「あぁ、そういうのは良いよ。忠誠心なんていうのは元から求めていないんだ。僕が求めているのはただ一つ……」

 

 ロキに視線が集まる。

 まるで崇められるかのようなその視線を受けながら、ロキは笑みを深めて口を開いた。

 

「手段も倫理も問わない。同じ目的なんていらない。無軌道で無秩序な各々の求める事をやってごらん。その過程で邪魔になるなら僕ですら排除してかまわない。

 今よりももっと激しく、空の世界を焼き尽くすんだ。僕がこの世界を楽しむために……ね」

 

 全てはただの遊び。ロキにとって……星の民にとって、ここ空の世界は楽しむための箱庭。

 そこに生きる者達はそれを最大限に楽しむための駒に過ぎない。

 

 そんなロキの言葉にガンダルヴァとフュリアスは嘆息し、フリーシアは小さく顔を歪め、沈黙の軍人は沈黙を続ける。

 悪意と野望と愉悦に塗れた会議室はエルステの行く先を暗示するかのように、混沌とした空気に支配されていくのだった……

 

 

 ――――――――――

 

 

 空を奔るグランサイファー。

 その甲板の上で向かう先を見つめる一行は、少しの緊張と戦闘を控えた気持ちの昂りに包まれていた。

 

 

 帝都アガスティアへの侵攻。

 アマルティアからの秩序の騎空団本隊を後ろに控え、帝都へと進行する先兵としてグラン達は先頭を走っていた。

 ガロンゾの支部にて行われた作戦会議で決まった作戦。それはグラン達少数精鋭によるアガスティア防衛網の無力化を第一段階とした秩序の騎空団による侵攻作戦である。

 船団長補佐であるリーシャが見聞きした事だけで、帝国……否、フリーシアの計画は全空の脅威であることは明白。

 秩序を守る騎空団として、ファータ・グランデを担当する第四騎空挺団は全戦力をアガスティアに向けることを決定した。

 だが、相手は帝国と呼ばれる程の軍事大国。闇雲に侵攻をしたところで被害は無為に大きくなってしまう。

 そこでリーシャとモニカはグラン達に先陣を切ってもらいアガスティアに侵入、防衛戦力の無力化を狙うことを提案した。

 グラン達に七曜の騎士アポロ。更には部隊指揮の為に戻ったリーシャに変わり、秩序の騎空団最高戦力のモニカがグランサイファーに乗り込み、過剰戦力のような面子を乗せて、アガスティアへと向かう。

 

 

 

「まさかこんな形で貴様と共に戦うことになるとはな……」

 

「私も同じ気持ちだ……だが、これ以上に頼もしい仲間もいないと思っているよ」

 

 船首で先を見据えるアポロとモニカ。互いに一度は戦い、敵対した間柄でありながら、今こうして同じ目的の為に轡を並べている。

 それが少し面白くて互いに小さく笑みを浮かべていた。

 

「後続は問題ないのだろうな? 私達が突入した後で間に合いませんでしたでは話にならないぞ」

 

「リーシャが居るのだ。その心配は無用だよ。それよりも僅か一隻の騎空挺で軍事大国たるエルステの本国に向かう私達の方がよっぽど問題さ」

 

「それこそ問題は無いな。一隻でありながらここの戦力は帝国をひっくり返せる。なんせこの私が居るのだ。心配は無用だ」

 

 万全の状態のアポロ。それはつまり全空に名を轟かす七曜の騎士との共闘となる。

 負けるわけがない。不安を覚えるはずもない。

 そんな気持ちにさせる程に、その名と強さは伝説的だ。有象無象の全てを払い、敵対する者を全てなぎ倒す。それだけのチカラを彼女は持っている。

 

「ふっ、本当に頼もしい限りだ。期待しておこう」

 

「まぁ、全てはアガスティアに着けるかどうかにかかっているがな」

 

 そういってアポロが振り返った先。甲板の一所にて話し合っているグラン達。

 防衛網からの砲撃に晒されながらグランサイファーで島に突入するための作戦会議中といったところのようだが、既にその方針については二人とも聞き及んでいた。

 提案したのは相変わらず無茶を言ってくる(バカ)だったが、その提案は予想外すぎるとともに効果的でもあった。

 

「そうだな……まぁ心配ではあるが、私達は信じてできることをやるだけじゃないか」

 

「無論だ。奴らにおんぶにだっこではさすがに格好がつかん」

 

 

 そう言ってアポロは再び先を見据えた。

 徐々に昂る気持ちが、二人にアガスティアの接近を知らせる。恐らく、そう時間を置かぬうちに作戦空域に入る事だろう。

 逸る心を抑え、二人は粛々とその時を待ち続けた。

 

 

 

「見えてきたな……」

 

「あれが、帝都アガスティア……」

 

 グランとジータの視線の先。遠目に見えてきた煌びやかな明かりの色。

 ここら辺の空域がそうなのか、周囲はまだ日中だというのにどこか薄暗く、建物には多くの明かりが灯っている。

 道標のようなその明かりはグラン達の目の前で存在を主張するように煌めき、一行は決戦の時が来たことを肌で感じ取った。

 

「往くぞお前ら! 接近を感づかれる前に一気にスピードを上げる! 掴まってろ!」

 

 ラカムが声を上げるとグランサイファーの機関部が唸りを上げる。

 まだ帝国側に動く気配はない。先手を取る為ここからは一気に接近を図った。

 

「オッサン、援護は任せたぞ!」

 

「おうよ、しっかりやれラカム!」

 

 風を受ける風車や帆の動きはオイゲンが細かく調整。ラカムは機関部の調整と操舵に集中。

 二人はアマルティアに突入した時と同じように全力で艇の動きへと集中していく。

 

 同時に、アガスティアには警報の音が鳴った。

 大きな動きを見せて察知されたようだが、先手を取ったのはグラン達。防衛準備ができる前に彼らは更なる手を打つ。

 

「セルグ、ヴィーラ!!」

 

「お願いします!」

 

 船首の先、身をも投げ出せそうな端にて立っているのは二人の男女。グランとジータに呼ばれたセルグとヴィーラの姿があった。

 

「囮がメインだ。無理はしないでくれよ」

 

「防御能力のない貴方の方が心配です。決して無茶はされませんよう」

 

「――安心しろ。全てを叩き切って戻ってくるさ」

 

「もぅ……本当にギリギリまで心配させてくれますね」

 

 並んでアガスティアを見つめる二人は、互いに相手を想いながら、それぞれの相棒を呼びだす。

 

「ヴェリウス!」

「シュヴァリエ!」

 

 互いに主の元へと現れたヴェリウスとシュヴァリエは各々の主へとその身を捧げた。

 セルグはザンクティンゼルのヴェリウスよりチカラを受け取り、分身体との軽い融合によって翼を得る。

 シュヴァリエのチカラを身に纏うヴィーラは、アルビオンの時に近い白の衣装へと変わる。その手に持つのはシュヴァリエのチカラの結晶ディヴァインウェポン。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 嘗ては向かい合い命を奪い合った白と黒の光が、向くところを同じにして再び飛翔する。

 

 

 終幕への戦いが今、幕を開けた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 けたたましいと表するしかない警報の音が鳴り響く中、防衛部隊の隊長である男が声を張り上げた。

 

「全砲門を稼働させろ! 防衛戦艦は出港を急がせるんだ! 敵は一隻、集中砲火で仕留められる、急げ!」

 

 部下達に指示を出すも、その動きは芳しくない。

 突然に過ぎる事態で防衛の準備は全くできていなかった。火砲がまともに稼働する頃には、接近中の騎空挺はかなり距離を縮めているだろう。

 焦る彼に更なる、火種が舞い込んでくる。

 

「隊長! 砲門が……砲門が次々と破壊されています!?」

 

「何!? どういうことだ!!」

 

 稼働させようとした砲門が破壊されている。

 接近中の騎空挺には武装らしき武装は積まれていないことを確認しているし、攻撃を受ける事などありえないはずだった。

 

「飛翔する小さな敵勢力を確認しています。恐らくは、敵の兵器かと」

 

「バカな……一体何だというのだ!? そんな小型の兵装で砲門が次々と破壊されるなどあるわけが――」

 

「隊長、奴らは……星晶獣を従えています! 砲撃が通りません!」

 

 次々と頭を悩ませる自体に隊長である彼の思考がパニックに陥る。経験にあるような簡単な事態ではない。

 何をするにも先手を打たれたような敵対勢力の動きに、どうするかを見いだせずにいた。

 

「くっ!? 砲門を潰す謎の兵器に、砲撃が通らない騎空挺だと……こんな事態は想定されて――」

 

 

「司令塔はここか……ヴェリウス、良く見つけてくれた」

 

 ”我からすれば造作も無い事よ……お主のおかげで索敵能力は飛躍的に上昇したのでな”

 

 

 

 そんな彼の元に届いた落ち着いた声。

 

「空を奔る……ヒト?」

 

 この事態には不釣り合いなその声が聞こえた瞬間。彼はその存在をはっきりと認識する暇もないまま光に包まれその意識を闇に落とした。

 

 

 

「ヴィーラも無事なようだな……グランサイファーは?」

 

 ”安心しろ。砲撃に晒されているお主よりは幾分かマシな状況だ”

 

 身に迫る砲撃という脅威をヒラヒラと躱しながら、セルグは次なる得物を狙う。

 ヒトという騎空挺と比べて小さすぎる的が騎空挺よりも高速でさらには高機動を以て空を奔る。砲撃など狙いをつけられるはずもなく、ただ飛翔するだけでその射線を躱せるセルグとヴィーラは、帝国にとって悪魔に等しき存在で在ろう。

 緊急事態を受けて出港しようとしている戦艦に向けて、セルグの全力の一閃が無慈悲なまでに巨大な戦艦に致命傷たる傷を作り、航行不能にまで陥らせる。

 逆側では、イージスマージによってすべての砲撃を完全防御しながら、次々とシュヴァリエのビットで砲門を潰していくヴィーラの姿があり、セルグは安心と戦慄を覚え息を吐く。

 シュヴァリエを纏うヴィーラは正に小さな要塞。砲撃などで落とされるはずもなく、その戦果は圧倒的であった。

 

「負けてはいられないな……」

 

 ”飛翔魔法を我も加えよう。自由に飛ぶがよい”

 

「助かる……行くぞヴェリウス!」

 

 再び次なる獲物を見据え、セルグとヴェリウスが飛翔する。

 細かい砲門を潰すのはヴィーラに任せ、セルグはできるだけ注意を引き、その身を砲撃の雨に晒し続ける。

 そのまま戦艦を幾つも狙い、手を出しては次へと向かう。

 囮として、次々と注意を引くことでセルグはグランサイファーの安全を確保しようと動いていった。

 

 

 

 

 

 セルグとヴィーラが飛び立ったグランサイファーの甲板で、一行はいよいよ気を引き締めて戦う準備に入る。

 既にセルグとヴィーラは砲撃の雨に晒されながらずっと先で戦闘を始めている。

 直にグランサイファーもその最中に飛び込むだろう。

 

「いいかお前ら! アガスティアの街中に突撃するまで砲撃に耐える時間は約5分ってとこだ。その300秒を何としても守り抜いてくれ!」

 

 島との距離、砲門の稼働具合。そこからラカムが予測した時間は5分。

 その間をグランとジータのファランクスやカタリナのライトウォール、ルリアのシルフといった防御障壁。

 ゼタの炎やロゼッタの茨による防御。その他皆による砲門への迎撃で耐え忍び、アガスティアへと突撃する。

 街に降り立てば砲撃による脅威は無くなる。そうなればあとは白兵戦だけでとなり、それこそ彼らの真骨頂で在ろう。

 突撃して内側より防衛網の無力化をすれば、秩序の騎空団本隊が到着できる。

 

「グラン、ジータ、カタリナ、ルリア! 守りは任せたぜ!」

 

「あぁ」

「任せて」

「無論だ」

「やります!」

 

 四者四様の答えを聞いて、ラカムは砲弾飛び交う空域へとグランサイファーを飛び込ませる。

 仲間達に頼り切るつもりはなく、風の向きや砲門の場所。様々な要素を視界に捉えながら、グランサイファーが狙いにくくなるように巧みに艇を動かす。

 細かな挙動の変化だけで遠距離での砲撃は大きく狙いが難しくなる。改修されたグランサイファーが、最高速を維持したまま、小さな動きを交えてアガスティアへと接近していった。

 

 視界に入る砲撃の瞬間。

 

 火薬が爆ぜた光と音が鳴った瞬間にラカムはそれを察知して寸前の回避をして見せた。

 

「くっ!? 次は避けらんねぇ、頼むグラン!」

 

「了解!」

 

 回避行動の先を狙われたところでラカムは素直にグランへと援護要請。即座に張られた光の障壁が砲撃を防いだ。

 

「上下からの砲撃は視認し辛い! ジータ、カタリナ。上手く防御してくれ!」

 

「わかりました」

「任された!」

 

 視界に入りにくい上下からの砲撃はジータとカタリナがきっちりと抑え、イオとアポロが魔法による迎撃に回る。

 グランとルリアはラカムと意思の疎通をしながら、的確に前方から押し寄せる砲撃を防いでいく。

 だが、たった一隻に集中する砲火。その全てを防ぎ切れるわけもない。

 

「マズイ! 一つ当たるぞ!」

 

 切羽詰まったラカムの声に仲間達が衝撃に備える。

 次いで来たるは、大きく艇体を揺らす衝撃。僅かに逸らした砲撃がグランサイファーの最後部を掠めてその艇体の一部を破壊していった。

 

「んやろう! せっかくノアが作ってくれたこの艇を壊しやがって!」

 

 二度喰らって溜まるかとラカムが更なる奮起をするとともに、仲間達も気を引き締めなおして防衛を続ける。

 残りは半分と言ったところか。接近するほどに砲撃の密度は増すだろう……ここからが正念場であった。

 

「ドランク! 牽制を仕掛けるぞ。奴らに己の命が握られてることを教えてやれ!」

 

「はいはーい! 任せてってね」

 

 僅かな形勢の不利を悟り、アポロとドランクが動く。

 超長距離からの魔法による攻撃。範囲攻撃に近いそれは狙い甘くとも大きな爆発を起こし、防衛網となっている帝国軍の気勢を削ぐ。

 当たれば命奪われるであろう魔法による砲撃は、命の危機を感じ気勢を削ぐには実に最適であった。

 

「防御は任せた! 私達は徹底的に奴らに恐怖を叩きこんでやろう。このまま突っ込め!」

 

 アポロの声と魔法により、砲撃の嵐が僅かに弱まる。

 ラカムはその瞬間に一気に機関部を限界まで動かした。

 

「前方に障壁を集中! 一気に抜けるぞ!」

 

 防御役の四人が前方の防御に集中すると共に、ラカムとオイゲンはひたすらに艇速を上げることに傾注した。

 普通の騎空挺ではありえない速度を出している中、それに更なる酷使を加えて艇体が軋む。それでも、悲鳴を上げるグランサイファーに鞭を打ち、ラカムとオイゲンは速度を上げ続ける。

 みるみる近づいてくる帝都。徐々に砲撃に晒され始めるグランサイファー。

 

 迎撃及ばず被害を受けていく中、速度を維持したグランサイファーはそのまま砲撃届かぬ帝都へと突撃した。

 

 

 

 

「突入したようだな……ヴィーラ、オレ達も行こう」

 

「全く……二人きりだというのに、休む間もないですね」

 

「そう言うのは後だ。リーシャ達が楽に来れるように道を作らなければならない」

 

 グランサイファーがアガスティアへと突入したのを見て、セルグとヴィーラも身を翻し、すぐ近くのアガスティアへと降り立っていく。

 忙しなく動く状況にヴィーラがやや不満を見せるが、セルグは苦笑しながらそれを窘めた。

 

「わかっています。ですから今はこれで良しとしましょう」

 

「ん? これでって――」

 

 言い終わる前に伝わる柔らかな感触。小さく頬に口づけられたセルグは戦場にいるというのに隙だらけで呆けた。

 

「何て顔をしているんですか? しっかりして下さい」

 

 そんなセルグに苦言を呈するヴィーラは、小さく微笑んでなんの反応も示さずに周囲を警戒し始めた。

 

「こんな時に何をしているんだ……昨日時と場を弁えろと言ったのは君だろうに」

 

「貴方が落とされずにここにいることを確かめたかっただけです。そのくらいは良いでしょう?」

 

「今のやり方でなくとも良いだろう」

 

「そこは役得というやつです。お気になさらず」

 

「――全く。気にするなという方が無理だっての」

 

 小さくため息をついて、思考を切り替えたセルグは、次々と迫りくる足音を聞いた。

 恐らく降り立つのを目撃されて迎撃に兵士が向かってきているのだろう。

 ニヤリと笑いが込み上げてくるのを我慢せずにセルグは天ノ羽斬を握りしめた。

 

「さぁ、このまま合流するまで徹底的に薙ぎ払っていくぞ」

 

「はい、思う存分やらせていただきます」

 

 二人は向かい来る兵士達を舌なめずりするような面持ちで見据えると、駆けだした。

 向かうは、街中へと降り立ったグランサイファーの元。

 空を奔る悪魔となっていた二人は、そのまま地上を走る悪魔となって帝国兵士達を蹂躙していった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「急げ! すぐに外縁の防衛網を無力化する! リーシャにもすぐに連絡をしろ! 本体が到着する前に終わらせるぞ!」

 

 グランサイファーを降り立ち、モニカはすぐに配下の団員達へと指示を出した。

 モニカが伴い、グランサイファーへと乗せてきた麾下の部隊員20名が二手に分かれて動き出す。

 

「アレーティア、ゼタ。二人は彼らと共にあっちを。ジータはカタリナと向こうの方に一緒に行ってあげてくれ」

 

「了解じゃ/任せて」

「うん/心得た」

 

 モニカの部隊と共に、四人が防衛部隊の無力化に動く。

 残る者達はここでセルグとヴィーラが合流するまで艇を守ることに注力するようだ。

 

「ドランク、スツルム。お前達は一足先に中枢へと侵入しろ」

 

「黒騎士?」

 

「あぁ~ごめんねグラン君。僕達は先に情報収集に向かうよ。彼女の鎧と剣も取ってきたいし、何より宰相さんの狙いをしっかりと探っておかなければいけないからね」

 

「そういうことだ……悪いが任せたぞ」

 

「案ずるな。きっちりとこなしてくるさ」

 

「それじゃ、またね~痛って!?」

 

「軽いんだお前は……真面目にやれ」

 

 いつものやり取りを見せて、スツルムとドランクがアガスティアの中枢へと向かっていく。

 もはや恒例のやり取りに反応を示す者はいない。

 走り去っていった二人を見送ると、

 

「……僕達は防衛戦力が無力化出来たら秩序の騎空団と連携してこの島の制圧に動くよ。黒騎士、警戒すべき人物とかはいる?」

 

「――そうだな、強いて言うなら目の前の帝国軍最強の男だろうか」

 

「え……」

 

 アポロの言葉にグランが視線を向ける。

 大きな通りの真ん中を一人悠然と歩んでくる一人の男。

 屈強な肉体とやや細い目つき。その身に纏う覇気はアポロとそう変わらない。絶対強者の気配をもつ。

 

「お久しぶりですね。最高顧問殿」

 

「お早いお出ましだな、帝国軍大将――”アダム”」

 

 グラン達の目の前に現れたのは、大国エルステにおいて最も位の高い軍人。

 エルステ帝国軍大将アダムその人であった。

 

 

 

 

 時を同じくして、防衛網の無力化に向かったゼタとアレーティア。ジータとカタリナはその歩みを止める。

 背後に伴だっていた秩序の騎空団の団員達を抑えて、目の前に現れた人物へと鋭い視線を向けた。

 

 

「お主は……」

 

「いきなりボスキャラのお出ましか。面倒ね……」

 

 ゼタとアレーティアが即座に武器を構える。

 

 

「行きなり貴方が来ましたか……」

 

「こいつは厄介だな。ジータ、いけるか?」

 

 愛剣を抜き放ち臨戦態勢のカタリナと、意識を完全戦闘モードへと移し、天星器を解放するジータ。

 

 

 彼らの目の前には……

 

 

「フンッ、あのトカゲが居なければ何も怖くはないね」

「それなりには楽しめそうだな。悪いがここで潰させてもらうぜ」

 

 

 フュリアスと、ガンダルヴァ。

 二人の軍人が彼らの行く手に立ちはだかった。

 




如何でしたでしょうか。

リミヴィーラ実装によって本作でもヴィーラの強さが留まることを知らない感じとなっておりますが、あれは疲労や反動も大きいリスクありの能力であると捉えて欲しいです。
あれが常ではないということを明記しておきます。

実は原作のゲームの方で、本作の根本を覆す事実が出てきてしまいましたが、修正は無し。
このまま完結まで綴っていきますがどうぞよろしくお願いいたします。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第50幕

アガスティア編 第2幕

どうぞお楽しみください。


 

 

 時は少し遡る――

 

 帝国の戦艦内。

 ルーマシーにてアーカーシャを確保しアガスティアへと帰還したポンメルンは、フリーシアの元へと報告に赴いていた。

 

「中枢のタワーへ運び込みましたですネェ。これでよろしいので?」

 

「ご苦労様でした。奴らの妨害を逃れこうしてアーカーシャを持ち帰った貴方の働きは勲章ものです。次なる指示は追って伝えます……今は部隊の者達と休息を取っておきなさい」

 

 珍しく労いの言葉をもらい、ポンメルンの面持ちが軽くなる。

 だが、そこで終わりとはせずにポンメルンは運送中にずっと抱いていた疑問を口にした。

 

「はい……ところで、一つお伺いしたいのですがあのアーカーシャと呼ばれるものは一体何なのでしょう? 星晶獣と聞き及んでおりますが、とてもそうは見えませんでした。何やら不気味な雰囲気を放っており、正直なところアガスティアに運び込むのには抵抗がありましたですネェ」

 

 生きた兵器と呼ばれた星晶獣。そうであるなら生きていてしかるべきだが、アーカーシャにその気配はなかった。

 起動する気配もなければ、強大なチカラを持っている気配もない。

 それでも、確保したアーカーシャを眺めた時、ポンメルンは大きな不安と恐怖に襲われた。

 何かが違う――これまで見てきた星晶獣や強大な魔物と言った生物とは根本的に。

 理屈抜きで本能的にそれを感じさせるアーカーシャは、命令でなければ空の底に放り出していても不思議ではなかった。

 

「貴方が気にすることではありません。ですが、一つだけ教えておきましょう。アレはこの帝国のみにならずこの空の世界にとって最も大切なものです。くれぐれも変な気を起こさないようお願いしますよ」

 

「は、はぁ……わかりました、ですネェ」

 

「よろしい。それでは、もう行きなさい」

 

「はっ、承知しました。ですネェ」

 

 促され、ポンメルンが立ち去る。

 報告を受けたフリーシアは必要なものが揃った事に笑みを深めた。

 

 

「これで準備は整った……もう少し、もう少しですヴィオラ様。もう少しで私は全てを取り戻して見せ――」

 

「フリーシア宰相」

 

 背後から掛けられた声に、フリーシアは僅かに肩を震わせた。

 

「報告に上がりました。フリーシア宰相」

 

 そこにいたのは、帝国軍大将アダム。

 エルステ帝国の軍事力全てを統括する大将である。

 

「貴方でしたか、アダム大将。報告をお願いします」

 

 新たなる吉報の予感を感じて、気持ち上ずった声でフリーシアは報告を促した。

 

「”リアクター”については予定通りの性能を発揮しております。開発と設計には問題がなかったものの、製造段階で若干の遅れが出ていますが、それも直ぐに取り戻せるかと……魔晶の状態も安定しており、こちら側は準備が整ったと言えます」

 

「そうですか……それでしたら後は時間の問題ですね。完成を急がせなさい。完成次第、計画を実行に移します」

 

 沈黙……フリーシアの命令に、アダムは言葉を発する事なく佇む。

 

「不服ですか? 返事をしないということは承服できないと?」

 

「――フリーシア宰相。本当にこの計画を実行に移すおつもりですか?」

 

 正気の沙汰ではない。それは計画を全て把握し理解をしているからこそ言える事。

 フリーシアの計画のその全容を唯一知っているのは対象であるアダムだけであった。

 

「フッ、今更何を言っているのです。実行しないのなら何のためにこれまで準備を進めてきたのですか? 事ここに至って、迷う必要がどこにあるというのです?」

 

「しかし、この計画では犠牲が……アガスティアの民全てを犠牲にしてしまいます。以下に必要とはいえ、余りに多すぎる」

 

「その先で私は更に多くの者を救うのです。幾星霜の歴史を積み重ねてきたエルステに関わる全てを……幾億の命が育んだ誇りも、幾億の手が生み出した技術も、奴らによって失われた悲しき命も。それらを救うための犠牲に、一体何をためらうというのです?」

 

 大を救うために小を切り捨てる。大政者としては永遠の議題と言える。

 他の大多数を救うために、仕方なく少数を切り捨てる決断をする場面というのはままあるというもの。

 だが、ここに置いての話はまた違う。フリーシアの言う救うと、アダムの捉える救うは前提から違うものであった。

 

「ですが――」

 

「星の民によって狂わされた全てを取り戻すのです。汚された歴史を浄化し、正しき今を取り戻し、輝かしき未来を創り出すのです。

 私達が……この手で」

 

 アーカーシャを用いて、星の民が関わる全ての歴史を消す。

 星の民によって奪われた空の世界の全てを取り戻し、空に置いて最大勢力であった輝かしきエルステ王国を取り戻す。

 そうすることで、フリーシアは星の民によって奪われた全てを救うと述べる。

 だが、アダムはそこにフリーシアの本心を見出せなかった。

 かぶりをふってアダムはフリーシアへと言葉を募らせる。

 

「フリーシア宰相……貴方が取り戻したいのは……貴方の本心は。貴方を選ばなかった()()()()()取り戻したいだけなのではないですか? そのために今のエルステを犠牲にすることなど、あのお方は望ま――」

 

「黙れ! 人形風情がわかったことを言うな! 貴方に何が分かるのですか。慕う者を失い、孤独に苛まれたまま誤った歴史を辿ることを強いられてきた私の気持ちが! 選ばれず、ただ遠くから眺めることしかできなくなった私の羨望が! 貴方にわかるというのですか!」

 

 激情に塗れ、フリーシアが声を荒げた。

 長き時を己の内に燻らせていた己の心の深域。それを知っている者にしか吐き出せない思いがアダムへとぶつけられた。

 

「フリーシア宰相……やはり貴方は」

 

「私は証明しなければならない。奴らより……あの男より優れていることを。他ならぬ奴らの遺産を用いてでも、それを成し遂げねばならないのだ……でなければ、私もエルステも救われない」

 

 目の前の希望に縋るような。そんな面持ちとなって、フリーシアの独白は続く。

 ここに来て迷いをもたらすような言葉はいらない。決意を鈍らせるような話は必要ない。

 ただただ、あと少し無事に準備が進み計画が遂行できれば、彼女の全ては救われる。

 崩れた居住まいを正し、フリーシアは宰相の顔へと戻る。

 

「完成を急がせなさい。遅れは許されません。良いですね」

 

「――――承知致しました」

 

「よろしい。行きなさい」

 

「はっ」

 

 長い沈黙の後、了承の意を返したアダムは踵を返した。

 

「これで――これで良いのです。私は、全てを取り戻す」

 

 静かなフリーシアの部屋で、彼女はただひたすらにその時を待ち続ける。

 計画の完成は間近。あとはそれまでの妨害の手を払いのけなければならない。

 未だ諦めを見せない黒騎士に、ルリアを連れた騎空団。その中にリーシャもいた事から秩序の騎空団も動くだろう。

 軍事大国であるエルステにとっても簡単な相手ではなかった。

 

「後は――あの男の動向にも注意しなければいけませんね」

 

 思い出すのはルーマシーにいた自分を不躾に呼び寄せた忌まわしき男の存在。

 思考も思惑も読めない彼の存在は計画において不確定要素以外の何物でもない。

 

「まぁ良いでしょう。いざとなればこの身を捨てる事すら厭わない。それで計画を完遂できるのであれば……失うものなど何もないのですから」

 

 懐に忍ばせた、鈍く輝く結晶を見て、フリーシアは嗤う。ただ不気味なまでに。

 

 狂気と野望は、刻一刻と空の終焉を手繰り寄せ始めていた……

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「やぁあ!!」

 

 気合の声の下、ジータはその手に握る短剣、四天刃で斬りつける。

 斬りつけると言ってもその間合いは明らかな遠距離。だが、剣閃はそのまま斬撃の投射となってガンダルヴァを狙う。

 甲板の上でホーリーセイバーとなっていたジータは現在、鎧を脱ぎ大きな帽子を被った魔女めいた服装となっていた。

 

「はっはー! いい感じじゃねえか小娘!」

 

 放たれた斬撃をガンダルヴァは無難に切り払う。セルグ程早くもなければモニカ程威力もない。

 何もかもが足りない斬撃など彼にとっては何の脅威にもならない。

 

「眼中にないとは……嘗めるな!」

 

 斬撃を切り払ったガンダルヴァに肉薄。カタリナが追撃に入った。

 剣閃と同時に形成した氷の刃。剣と氷が織りなす乱れ刃がガンダルヴァを襲うも、それはまだ彼の身に届くには至らない。

 

「嘗めちゃいねぇぜ。アンタも俺様にとっちゃ楽しみの一つだからな!」

 

「ぐがっ!?」

 

 防御されるだけに留まらず、カタリナを強烈な拳が襲う。

 腹部を殴りつけられ、後方に飛ぶカタリナを救うべく、ジータは四天刃を握らない左手で魔法を発動。

 牽制のエーテルブラストがガンダルヴァを狙い、追撃に入ろうとしたところを抑える。

 

「すまないジータ。助かった……」

 

「大丈夫。それより、傷は?」

 

「鎧越しだったから問題は無い。飛ばされたのも半分は自分で飛んだからだ」

 

「なかなかいい反応だったぜ。やはりアルビオン士官学校の首席は伊達じゃねえな」

 

「嫌味な奴め……実力の半分も出していなそうなくせして」

 

 二人の前に姿を現したガンダルヴァ。いきなりの強敵を前にして、ジータとカタリナは秩序の騎空団の団員達を先に行かせ二人で応戦していた。

 アマルティアでの決戦を前に、セルグから聞いた話ではガンダルヴァを相手にするには二人だけでは心許ない。

 だがそれを覆すだけ、強くなっているのも事実。

 更に言うなら重要なのは防衛網の無力化であり、ガンダルヴァを倒すことではない。

 攻めず引かずの時間稼ぎの戦い方で、二人はガンダルヴァと一進一退の攻防を見せる。

 

「それはてめえらも同じだろう。まともに攻める気のない戦いで俺様を足止めしやがって……まぁてめえらがその気だって言うなら、こっちはそろそろ全力で行かせてもらうかな!」

 

 焦れてきたか。それとも早く倒さなければならない状況か。

 剣のチカラを解放し、ガンダルヴァが炎を纏う。

 その身から放たれるは強者としての威圧感。その場の空気を……空間を己で支配するような強者の気配。

 

「どうやら本気でくるみたいだな。ジータ、大丈夫か?」

 

「大丈夫だよカタリナ。それにちょうど良いでしょ……私達にとってはね」

 

「フッ、そうだな。私もジータと同じ気持ちだよ……こいつは都合が良い」

 

 不敵に笑うジータ。つられるようにカタリナも笑う。

 挑戦的で好戦的。その笑みの意味を図り兼ねて、ガンダルヴァが目を細めた。

 

「何だ……一体何が都合良いってんだ?」

 

「――実は私、()()()凄い負けず嫌いなんですよね」

 

 まるで日常の中の会話のような、そんな声音で突然自分語りをするジータに、ガンダルヴァは怪訝な表情を浮かべる。

 ザンクティンゼルでグランと特訓していた時からそうだった。男だから……女だから。そんな下らない違いで負ける理由にするのは許せなくて、ジータはいつもグランと対等に渡り合おうとした。

 剣も魔法も、一度たりとも負けを仕方ないで済ますことはなかったのだ。

 

「あ? それがどうしたんだよ。そんな話どうでも――」

 

「お忘れですか? ガロンゾで初めて貴方と戦ったのは私達だって言うことを……」

 

 旅を始めて最初の完全なる敗北。その時から燻っていた、許容できないジータの負けず嫌いという感情に今火が灯る。

 ジータより溢れ出すのは膨大な魔力と四天刃によって膨れ上がる強者の気配。

 

「手も足も出ずに敗北したまま……というのは我慢にならなくてな。こうしてリベンジの機会が舞い込んできたことに感謝しよう」

 

 次いでカタリナも、攻撃に意識を振った切り替えを行い、前傾姿勢で剣を構えた。

 負けたままでいるつもりはない。二人が告げるのは今この時に、ガンダルヴァを倒しリベンジを果たす決意。

 

「さぁて、私達の全力……お見せしましょうか」

 

「覚悟しろ。お前は私達が倒す」

 

 準備ができたのか。構えた二人は恐ろしいまでに洗練されたチカラを纏い佇む。

 挑戦する側でありながら、ガンダルヴァを誘うようなチカラの躍動を感じて、ガンダルヴァはニヤリと笑った。

 

「最高じゃねえかてめえら……良いぜ、受けて立ってやるよ!」

 

 戦闘狂たる己を満たせそうな二人の変化に愉悦の笑みが浮かぶ。

 同時に剣を構えたガンダルヴァを見て、ジータとカタリナは遠慮なしにと飛び出した。

 

「おぉお!!」

 

 勇ましい声と共にカタリナが接近。振るわれる刃はガンダルヴァの胴を狙うが、難なく防御されると同時に反撃の一閃がカタリナを襲う。

 

「甘い!」

 

「何!?」

 

 ライトウォール・ディバイド。小さな障壁がカタリナを守り、ガンダルヴァの攻撃は阻まれる。

 攻撃と防御の両立。接近戦という意識の大半を割く戦いの中、防御魔法をそこに割り込ませるカタリナの新たな戦法がガンダルヴァの虚を突いた。

 

「隙ありです!」

 

 背後に回ったジータが逆手に持った四天刃を振るう。狙うはガンダルヴァが剣を持つ右腕。

 虚を突かれながらもガンダルヴァはこれに対応。四天刃を握るジータの腕を蹴り上げ、その体制を崩す。

 だが――

 

「ッツ!?」

 

 不意に腕に痛みが走り、ガンダルヴァはそのまま追撃に入るのをやめて距離を取った。

 

「小娘……何をした?」

 

 切られた感触はない。だというのに、ガンダルヴァの腕は鋭利な何かに斬られたような傷を受けていた。

 

「無詠唱での風魔法。今の私は間を置かずに魔法を放てます。短剣による接近戦と、無詠唱での攻撃魔法……これが私の新たなスタイル”ウォーロック”です」

 

 魔法使いとしての正道とは違う、ジータの新たなスタイル。高速の無詠唱魔法を接近戦の中に織り交ぜる、魔導士としては異色の戦い方がガンダルヴァとの実力の差を埋める。

 接近戦でも十分な実力を持つジータが虚をついて放つ魔法は、相手の武器に意識を向ける剣士にとって脅威である。

 現にガンダルヴァは、ジータの四天刃は見切れても、魔法の発動までは察知できなかった。

 無論、それをはじめから可能性として知っていれば多少は違うだろうが、それだけで対処できるほど、魔導士としてのジータの実力は軽くない。

 

 様々な戦闘スタイルを経験してきた彼女だからこそ生み出せた、剣と魔法の両立。

 今、ジータは戦士として新たなる扉を開いた。

 

「ジータ、感触はどうだ?」

 

「問題無し。後はやるだけだよ」

 

 互いに不敵な笑みは崩さずにガンダルヴァを見据える。

 だが、ガンダルヴァとて歴戦の戦士であり絶対的な強者に他ならない。虚を突いた先ほどの攻防では先手を取れたが、このまま簡単に倒せはしないだろう。

 その証拠にガンダルヴァの表情には新たなおもちゃを見つけた子供のような喜色の笑みが浮かんでいた。

 

「おもしれぇ……雑魚だと思っていたが二人揃えば十分に俺様と渡り合えそうだな。行くぜオラァ!」

 

 反撃と言わんばかりに今度はガンダルヴァが攻勢に出る。

 フルスロットルの発動。格段に早くなった動きがジータとカタリナの予想を超える。

 

「くっ、ライトウォ――」

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 全力の拳。至近距離にまで接近したガンダルヴァは、カタリナの防御が整う前に全力で殴りつける。

 打ち上げられたカタリナは、痛みを押し殺して、追撃に跳躍したガンダルヴァを見据える。

 

「調子に乗るな! グラキエスネイル!!」

 

 向かい来るガンダルヴァに、打ち放つ奥義。

 幾重にも重なる氷の刃がガンダルヴァの視界を埋める。

 

「ぬおおりゃああ!!」

 

 対するガンダルヴァも自身の奥義たるブルブレイズバッターで相殺。

 被害なくカタリナの攻撃を打ち消したガンダルヴァは再びカタリナの間合いに入るが

 

「させない!!」

 

 無詠唱のエーテルブラスト。

 四つの光がガンダルヴァを横合いから殴りつけるように吹き飛ばす。

 仕留めきれなかった事に僅かな怒りを覚えつつも、苦戦というスパイスがガンダルヴァの脳を刺激し、表情は更に喜びに染まっていった。。

 

「良い援護だ。だが、その程度の攻撃じゃ、俺様の動きを押しとめる事は出来ても、俺様を仕留めることはできねえぞ!」

 

 嬉しそうに声を上げながら、ガンダルヴァは再び攻勢に出た。ジータとカタリナもそれに応じて動き出す。

 エーテルブラストでガンダルヴァの足元を爆砕。足止めと共に視界を奪った瞬間には左右に挟んでの剣閃。

 それをガンダルヴァは跳躍で回避と同時に、中空で二人の頭部に対して強烈な蹴撃を見舞う。

 寸でのところで躱すジータと障壁できっちりと防御したカタリナは、再び攻撃に入る。

 

「”チェイサー”!」

 

 ジータとカタリナの得物に光が宿る。振るえば幾つもの斬撃を打ち放てるジータの援護魔法チェイサーによって、ガンダルヴァにはいくつもの飛刃が迫る。

 

「やろう!」

 

 回避は不可能と踏んだガンダルヴァは全力で防御に移る。放たれる飛刃を幾つも切り払うが全てを迎撃することはできずその身に幾つかの傷を受けた。

 

「ここ!」

「もらった!」

 

 隙を生んだガンダルヴァに対し二人は大きく踏み込む。間合いに入り込み狙うは、ガンダルヴァの両腕。

 

「させねえよ!!」

 

 切り落とすつもりで踏み込んできた二人に対し、ガンダルヴァは自爆覚悟で地面に剣を叩きつける。

 大きな衝撃と共に地面が爆ぜ、三人はその場から大きく吹き飛んだ。

 

「つぅ……無茶苦茶なやつめ」

 

「予想外すぎるよ、全く」

 

 大きなダメージは受けなかったもののすぐに起き上がったカタリナとジータは破砕された瓦礫によっていくつかの傷を受けている。

 ガンダルヴァも直ぐ身を起こして、戦いは一旦の膠着に入った。

 

「耐久力では俺様の方が断然有利だ。ダメージはそっちの方が大きそうだな……」

 

「ちっ、まるでセルグのような無茶苦茶っぷりだ」

 

「同感だね。自分の身を顧みない所は結構そっくりかも……」

 

 ダメージが少なそうなガンダルヴァの様子に、ジータとカタリナは軽口を言い合い再び攻め入る気配を見せる。

 ガンダルヴァもそれを迎え撃つように構えたところで、膠着状態の三人の間に一つの声が矢のように飛び込んだ。

 

「うてぇ!」

 

 同時に鳴り渡る銃声。瞬間的にその場を飛びのき、事なきを得たガンダルヴァは、視線を音の出所へと向ける。

 そこにいたのはやるべきことを終えて戻ってきた何人かの秩序の騎空団。

 遠目からの援護射撃でガンダルヴァを不意をついたのだ。

 

「クソ共が……横やりを入れやがって。防衛拠点は落ちたようだな……仕方ねえ」

 

 形勢は不利。更に彼らの出現によって防衛網の瓦解を悟ったガンダルヴァは即座に撤退を決める。

 跳躍で街の建物へと飛び上がると、最後にジータとカタリナへと振り返った。

 

「勝負はお預けだ。といってもまた戦えるかはわからんがな……次の機会を楽しみにしているぜ」

 

 そう言葉を残し、ガンダルヴァはアガスティアの街へと消えていく。

 追走は街に精通しているガンダルヴァ相手では難しいだろう。ジータとカタリナはその場にとどまり、戦闘の終了を察して一息ついた。

 

「何とか渡り合えたが……さすがに強いの一言だな。未だ底が見えない」

 

「そうだね……仕留められる気は、まだしないかな……」

 

 互角の戦いはして見せた。それ自体は嬉しいものの、まだガンダルヴァを倒しきるには足りない。

 次の機会がないとは言い切れない以上、倒すための算段は必要だ。

 

「まだまだ、戦い方が定着していないかな。どうしても剣と魔法が交互になっちゃう。接近戦と同時に発動するくらい、両立させないとだめだね」

 

「焦ることはないさ。ぶっつけ本番であれだけ渡り合えたんだ。すぐに慣れるだろう……そもそも、その戦い方からして規格外だ。今でも十分だよ」

 

 納得を見せないジータを窘めてカタリナは剣を収めた。ジータも解放状態の四天刃を収めカタリナに倣うと二人は援護に来た秩序の騎空団の団員達の元へと向かう。

 

「助かったよ。首尾はどうなった?」

 

「こちらは予定通りに防衛網の無力化に成功しております。本体が到着するのもすぐかと……」

 

「そうか……それなら私達は艇の方に戻る。君たちはこのままここで警戒を。行こうか、ジータ」

 

「うん、急いで戻ろう。ガンダルヴァが動いていたってことは艇の方にも来ているかもしれない。こっちはお願いしますね」

 

「了解です。お気をつけて」

 

 休んでいる暇はない。次なる帝国の動きを予期して二人はすぐに次なる行動に移る。

 この場を秩序の騎空団に任せ、カタリナとジータはグランサイファーに向かって走り出した。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 アガスティアの路地を疾走する。

 石畳の大地を踏みしめ瞬足で駆け抜けるはアルベスの槍を担いだゼタ。

 

「はぁあ!!」

 

 先端に集う炎が爆ぜて、突き立てた個所を焼き潰す。ゼタのアルベスの槍は、魔晶によって変化したフュリアスの巨体の足を正確に撃ち抜いた。

 

「アレーティア!!」

 

「任されたぞい!」

 

 バランスを崩したフュリアスの眼前まで跳躍したアレーティアが二刀を振るう。回転と共に地属性のチカラを込められた二刀一閃がフュリアスの胸部を穿つ。

 

「むぅ……届かんか?」

 

「残念、その通~り!!」

 

 ザンクティンゼルの戦いで分かっていたコアの位置。そこに叩き込まれたアレーティアの攻撃はコアにまで届くことなく終わる。

 反撃に振りかざされたのは、巨大な槍であったフュリアスの新たな得物。

 

「吹き飛びなぁ!!」

 

 魔晶のチカラを蓄えた砲撃がアレーティアを襲う。フュリアスの手にあるのは、ヒトの頭部程もありそうな口径の大筒。魔晶のチカラを打ち出す大砲であった。

 ギリギリで躱したアレーティアが後退する。ゼタと合流し再びフュリアスを睨みつけた。

 

「やはり、再生力に及ばぬか……これは厄介じゃぞゼタ」

 

「わかってる……かといってアイツを放置すれば下手すると本隊としてくる騎空挺すら落としかねない。ここでやるしかないでしょ!」

 

 形勢の不利から目を反らし、ゼタはこの状況に負けるまいとアルベスのチカラを更に解放。留まることを知らない炎を纏いゼタが構えた。

 

 

 ジータやカタリナと同様。目の前に現れた強敵を前に、二人で応戦し防衛網の無力化を秩序の騎空団に任せたアレーティアとゼタは苦戦を強いられていた。

 巨大な火砲を手にしたフュリアスの攻撃力は脅威。ザンクティンゼルで島を落とせるような砲撃を放っていた事を考えると、放置すれば被害は甚大になりかねない。

 ガンダルヴァとは違い倒すことを前提とした戦いとなったが、魔晶による再生力を二人だけで突破するのは難しく、繰り返した猛攻によって二人はチカラを消耗し続けていた。

 

「――アレーティア、援護はいいから私の後に続いてコアをぶっ壊して。表層の部分は私の全力でぶち抜くから」

 

 ゼタの言葉にアレーティアが目を見開く。

 勝負を決めるべく、次の一撃に全力を込めんとゼタはアルベスの炎を集約していた。

 

「むぅ、それではお主は奴の攻撃に晒されるぞい」

 

「援護と攻撃。役割を分けていてはどうあがいても足りない。波状攻撃で間髪入れずコアを狙わないと無理だわ」

 

 先ほどまでの攻防は、注意を引き隙を作ったところでコアを狙う攻撃を叩きこんでいた。

 必然コアを狙う攻撃はどちらか片方だけとなってしまう。

 それでは、足りない。魔晶の再生力を上回るには二人の同時攻撃が必要だと、ゼタは悟ったのだ。

 

「じゃが……」

 

「強力な攻撃というのは私やセルグの十八番。強固な壁をぶち破るのは私の役目。そのかわり、仕留めるのは任せるから……」

 

 アレーティアの表情が曇る。

 援護無しで向かうということは、チカラを高めるため回避に選択を絞られたまま接近しなければならない。武器に蓄えたチカラを解放するまでは、攻撃も防御もできなくなるのだ。

 フュリアスによる砲撃に晒されるであろうゼタの作戦はリスクが高すぎる。

 

「やるしかないのよ……ここまで来て私が危険だからやめようなんて言わないで頂戴」

 

「全く――お主も大概無茶をいいおる。若い者に頼りきりなのは情けない所じゃが、ここは従うとしよう」

 

 妥協ではなく信頼を以て、アレーティアはゼタの作戦に従った。

 二刀を収め、身に宿るチカラと武器に宿る属性を解放。抜き放たれるその時まで、ひたすらに己のチカラを高め始めた。

 

「悪いわね……無茶言って」

 

「お主もセルグの事は言えんのう……じゃが、勝手にやらないだけまだマシじゃ」

 

「はは、それなら良いや。――それじゃ、いくよ!」

 

 姿勢を低くし、駆けだすゼタ。少し遅れてアレーティアも動き出す。

 

「作戦会議は終わりかなぁ! じゃあさっさと死んじゃえよ!!」

 

 すぐさまフュリアスが砲撃を放ち始める。威力は抑えてチャージの時間を短く。数瞬でチャージを終えた魔力砲が次々とゼタを襲った。

 着弾すれば地面に小さな穴を開けるだけの砲撃をゼタは接近しながら躱していく。

 左右に体を揺らし、僅かな跳躍や姿勢を下げる事で砲撃の隙間を縫うように駆け抜けてくるゼタに、フュリアスは小さく嗤った。

 

「良い動きをするじゃないか。それならこいつはどうだい!!」

 

「なっ!?」

 

 少し長めのチャージ。次いで放たれるのは拡散する砲撃。一度に放たれる不規則な拡散砲撃にゼ、タはギリギリで地面へと転がり込むことで回避をして見せる。だが、予想外の散弾を回避したゼタに次の動きへの考慮はない。

 

「ほうら、隙だらけだ!!」

 

「しまっ――」

 

 体勢を取り戻す前に直ぐに放たれる砲撃が迫る。

 視界を禍々しい光が埋め尽くし、ゼタにフュリアスの攻撃が直撃した。

 

「ゼタ!!」

 

 大きな爆発を起こし、爆炎に消えたゼタを呼ぶアレーティア。無事であることはあり得ない……それほどの爆発にアレーティアの脳裏に最悪がよぎる。

 呆然と煙が薄れていくのを眺めて立ち尽くすアレーティアは、目を凝らしてゼタの無事を願うことしかできなかった。

 

 

 

「あ……れ?」

 

 痛みが来ない……衝撃もない。

 煙が晴れてきて、周囲を確認できるようになったゼタは来るはずの痛みと衝撃が来ないことに疑問を抱いて目の前を見る。

 

「盾……だと?」

 

「これって」

 

 フュリアスの驚愕の声。仕留めたとおもったゼタが健在だったことに驚きを見せていた。

 そこにあったのは光のチカラを湛え、ゼタの前に強固な守りを張る小さな盾。

 疑問を抱くのも束の間、ゼタの耳には聞きなれた声が飛び込む。

 

「呆けるなゼタ! タイミングを合わせろ!」

 

 声の出所は裏路地から飛び出してきたセルグ。ゼタを守る盾の正体は、ヴィーラが使役するシュヴァリエのイージスマージ。

 グランサイファーへと戻る途上であった、二人の姿があった。

 

「ヴィーラ、援護は任せた! アレーティア、オレ達で打ち抜くから仕上げは頼んだぞ!」

 

 そう言ってセルグは風火二輪を抜き放つ。即座に打ち出された銃弾はゼタの元へと向かい、その身に更なる炎のチカラを纏わせる。

 呆けていたのも束の間、援護を受けた瞬間にはゼタも疾走を再開。

 

「やろう……いつもおいしい所だけ持って行って。まさか見てたんじゃないでしょうね」

 

 タイミングよく表れたセルグに小さく毒吐くも、ゼタの顔には安心と信頼からくる笑みが零れた。

 窮地を救われた事と、二人のおかげで戦闘の形成は逆転した事。セルグとヴィーラが居れば、魔晶のコアを砕くことは十分に可能だった。

 振り切れるゼタの気勢がアルベスの炎を紅く滾らせていく。

 

「くっ、ちょこまかと……うっとうしいんだよ!」

 

 苛立ちを募らせてフュリアスは大きな砲撃を放ち、二人を薙ぎ払った。

 だが、それは全てイージスマージによる防御を抜くことはない。

 ヴィーラの援護によってゼタとセルグは、フュリアスの攻撃を受けることないまま、接近していく。

 プライマルビットが放つ光条がフュリアスの意識を削ぎ、関節を撃ち動きを止めた。

 

「行くわよ! セルグ」

 

「しくじるな、ゼタ!」

 

 次の瞬間、ゼタは大きく跳躍。セルグはその場で足を止め、天ノ羽斬を弓なりに構える。

 

「アルベスの槍よチカラを示せ――プロミネンスダイブ!!」

「絶槍招来――天ノ羽斬!!」

 

 炎槍と光槍。二つの強力な槍がフュリアスの胸部を穿った。

 

「今よ!!」

 

 ゼタの叫びが響く。二人の攻撃によって露出した魔晶のコアを見据え、アレーティアが再びフュリアスの眼前まで跳躍。

 チカラの蓄えは十分。高められた属性のチカラはアレーティアの攻撃力を最大限にまで発揮させる。

 

「これで終いじゃ――白刃一掃!!」

 

 僅かにタイミングをずらし抜き放たれた一閃が魔晶のコアを摘出。続く二閃目が魔晶を砕いた。

 流石は剣聖というところか、寸分違わず狙いすました剣閃は綺麗にフュリアスから魔晶を奪い去る。

 

「くそっ……くそぉおお!!」

 

 断末魔のような怒りと後悔に塗れた声と共に、魔晶を奪われたフュリアスがその身を変えていく。

 巨体は縮み、気配を萎み、魔晶の反動で身動きする事すらできないまま地面に蹲るフュリアス。ザンクティンゼルでの二の舞となったこの状況に、フュリアスはできる限りの憎しみを乗せて彼らを睨みつけた。

 

「クソが、クソがっ!! なんでこんな奴らに負けるんだよっ! あのトカゲが居ないってのに何でこんなことに……」

 

「カウンターになるビィが居なければ負けないとでも思ったのか? 所詮は星晶の模倣でしかない魔晶……万能でもなければ、無敵でもない――ここまでだな」

 

 フュリアスの目の前まで歩みより、セルグは今度こそ止めを刺さんと見下ろす。

 逃す理由はない……再び魔晶を取れば大きなチカラをもって立ち塞がる可能性がある以上、ここで命を奪わなくば後の戦いに影響を及ぼす。

 せめてもの情けと首を一瞬で刈り取ろうとするセルグは、その瞬間――――フュリアスが不気味に嗤うのを目にした。

 

「セルグ、避けるのじゃ!!」

 

「もうおせぇ!」

 

 アレーティアの忠告とほぼ同時、勝ち誇るフュリアスの声に従うように響き渡る銃声。

 数発の発砲音を受けて、セルグはその身を僅かに後退させる。

 

「くっ……そが……」

 

 苦痛に顔を歪めるセルグ。腹部に一か所、肩に一か所。血に染まったその身から銃撃を受けたことが分かる。

 

「セルグ!!」

「セルグさん!!」

 

 ゼタとヴィーラの悲痛な声が響く中、セルグもフュリアス同様に蹲った。

 致命傷には至らない……セルグは駆け寄ってきそうな二人を手で制して、フュリアスの背後へと視線を向ける。

 

「ハハハ……ばぁか!! 僕一人で戦うとでも思ったのかよ!」

 

 そこには建物の影から次々と姿を現す帝国兵の姿があった。

 

「クックック……僕一人でどうにもならない事なんて百も承知さ。だけどいくら君達でも僕を相手に楽勝とはいかない……それこそ全力を重ねなければ魔晶の再生力に追いつけないのは前回で立証済みだからね。だったら僕を囮にお前達に隙を作らせればいくらでも狙撃のチャンスはあるってわけだ!」

 

 動かない体を駆け寄ってきた兵士達に担がせ、フュリアスは目の前で蹲るセルグを見下ろす。

 背後で狙撃体制に入っている兵士たちによってゼタもヴィーラもアレーティアもうかつには動けない。セルグを守る手段が潰えて歯噛みする三人の表情に、フュリアスは勝利を確信する。

 勝ち誇った笑みが深くなる中、作戦は成功したと言わんばかりに、全容を明かしたフュリアスは背後の兵士たちに更なる合図を送るべく口を開いた。

 

「ここで君を潰せるのは僥倖だね……お前ら、こいつを――」

 

「お前も甘いな――そうやって相手を見下ろしてばかりいるから勝機を逃すんだ」

 

「なに……?」

 

 

「うわぁああああ!!」

 

 

 セルグの言葉に怪訝な表情を浮かべた瞬間、フュリアスの耳に届く切羽詰まった兵士の声。

 背後に向けた視線が捕らえたのは、居並ぶ兵士達を巨大な黒鳥が薙ぎ払う姿だった。

 

「お、おまえ――」

 

「遅い!」

 

 銃創による衰えを見せない動きでセルグはフュリアスを担ぐ兵士に接近。閃く剣閃が兵士の腕を落とし、フュリアスを放り出させる。

 そのままフュリアスを斬り捨てようとしたセルグだが、視界の片隅に己へ狙いをつけている兵士達を確認して大きくその場を飛びのいた。

 

「チッ、仕留めそこなったか……グッ!?」

 

 三人と合流したセルグが痛みに膝をつきながら、悪態を吐いた。

 動いたのはやせ我慢に過ぎない。余裕を見せたその裏で激痛に喘いでいたセルグは隠すことなくその痛みを露にした。

 

「セルグさん!!」

 

 直ぐに駆け寄るヴィーラは追撃を防御するためシュヴァリエを使役。イージスマージによる障壁で全員を守る。

 

「少将を確保したら撤退するぞ! 弾幕を続けて退却の援護をしろ!」

 

 対する帝国兵士達もフュリアスを確保すると同時にセルグ達をその場に射止めるよう一斉射を放ってその場を撤退していく。

 

「セルグ、大丈夫か?」

 

「このバカ、なんて無茶してんのよ!」

 

「痛ぅ……悪い三人とも。フュリアスに偉そうな事は言えないな……仕留められるはずが仕留められなかった」

 

「そんなこといいから! 早く傷を見せて!」

 

 押さえられている腹部と肩。セルグの手を除けたアレーティアとゼタは傷はそれなりに深いと悟る。

 手持ちのポーションでごまかすよりは回復魔法も薬の用意もできるグランサイファーへ戻るべきだと判断したアレーティアはすぐにセルグを背負う。

 

「儂が背負うぞい。皆と合流し治療せねば」

 

「お願いアレーティア。道中の露払いは私とヴィーラが」

 

「任せてください。行きますよゼタ」

 

 アガスティアの侵攻作戦第一段階は既に達成している。

 ゼタ達の活躍によって、秩序の騎空団は防衛網の無力化に成功しており、直に本隊はアガスティアに到着する事だろう。

 

 ゼタとヴィーラが先導し、セルグを背負ったアレーティアが駆けだす。

 セルグに大きな負傷を与えながらも、アガスティア侵攻戦の初戦はグラン達騎空団側の優勢で終わった。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

まだまだ前哨戦。ファンタジーにおける最終決戦とは様々な事実が明らかになりながら、これまで以上に激しい戦いになるというのが作者の定説。
読者の皆様が楽しめるよう、手に汗握る戦いと、戦いとは別の様々を描いていきたく思います。

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第51幕

正月気分はここまでです(ヴィーラ風)

ということで初勤務前の最後の投稿。
どうぞお楽しみください。


 彼にとって、それは重荷以外の何ものでもなかった……

 いや、人形である以上重荷に感じるというのもおかしな話だ。

 だが人形如きに国の行く末を任せるというのは些か問題であるというのが当時からの彼の懸念であった。

 

 

 ”エルステの未来を守る”

 

 

 それが彼に与えられた命題。

 彼の全てはその為に作られ、彼の生はその為に使われる。

 幾星霜の年月を刻んできた歴史ある国を、未来永劫栄えさせるために……決して滅びの時を迎えることが無いように。

 だから彼には寿命に縛られることのない肉体が幾つも用意され、いざというときのための戦闘力も備えられた。

 

 だが――――

 

 

「必ず取り戻すのです……あのお方とエルステの全てを。貴方にも協力してもらいますよ」

 

 とある星晶獣による暴走。起こった一つの事故がエルステの全てを変えた。

 付き従うべき存在を失い、後任となった彼女は彼の命題とは別に嘗てのエルステを取り戻すために奔走を始める。

 禁忌に手を染め、災厄を追い求め、遂に見つけたのは全てを無に帰す禁断の星晶獣。

 狂気に染まった彼女の計画は、いつしか止められない所にまで来ていた。

 

 人形である自分に一体何ができたのか。

 人形であるが故彼女を止めることは彼にはできない。進言は幾度となく受け入れてもらえず、彼女を止めることはできなかった。

 その先にあるのは破滅以外の何ものでもないというのに、それを知っている己はそれを手をこまねいて見ていることしかできない。

 自室にて後悔に染まる彼の下に、ある人物が訪れたのはそんな時だった。

 

「君も難儀だねぇ。人形でさえなければ彼女を殺して使命を果たすことも可能だったろうに……そのせいで僕も全然面白くなくなっちゃったよ」

 

 軽い口調。軽薄な笑み。人形でありながら自然とこの男には視線が鋭くなってしまう。

 立場的にはこの男にそんな視線を向けるのは間違いであるが、彼の行動はエルステどころか世界の崩壊すら楽しむような気配があった。

 己にかけられた制限がこの男には働かない事もあって、腰元の剣を探るように手を動かした。

 

「やめなよ。ここで僕を殺したところで、彼女は止まらない。君がすべきことは僕すらも利用して彼女を止める事じゃないのかな?」

 

「――既に私では止められないところまで来ています。説得も強行もできない私に今更何ができるというのです」

 

 人形らしからぬ落胆を見せて彼は剣にかけた手を戻す。手を組んで俯く姿は既に諦めを雰囲気を醸し出し、男はそれを冷めた目つきで見つめる。

 

「それじゃ面白くないんだよね。すんなり彼女の計画が進んでは面白くないだろう。だから君にはもう少し頑張ってもらわないと……ということで朗報だよ。――――もうすぐ、彼らが来る。秩序の騎空団を引き連れて、彼女の計画を止めるためにね」

 

「何?」

 

「アレの完成度から考えてタイミングはギリギリ。この世界を守りたいなら彼らに手を貸すがいいさ。彼女を止めることは君にできなくても、彼らに協力することはできるだろう。あとは彼ら次第だけど……まぁそれでも五分五分だろうからね」

 

 疑問が駆け巡る。

 世界の破滅を見たがるような言動。エルステをその先兵とするような思考が垣間見えたはずの男が告げてくる言葉に、彼は怪訝な表情を浮かべる。

 今の言葉は、いうなれば世界を救うための助言ととってもいいだろう。まさかの人物からのまさかの言葉に彼は惑いを覚えた。

 

「貴方はこの世界の破滅が目的ではないのですか? 一体何故こんなことを……」

 

「言ったはずだよ。この世界を楽しもうって……僕としてはこの世界がどうなろうとどうでもいいんだよ。ただその過程にこの世界だけの面白さがあればね。――さぁ、抗って見せてよ。定まりそうな破滅への運命ってやつにね」

 

 言いたいことだけ告げて、男は部屋を退出していく。正確には扉へと歩むことなく光に包まれて消えたわけだが、今の彼にそんなことを気にする余裕は無かった。

 まだ、間に合うのか……? すべてが本当だと鵜呑みにすることはできないが、あの男がもたらした情報は信憑性も確かである。

 報告からアガスティアに進行することは予測できていたし、秩序の騎空団が動くことも読めていた。

 だがそれでも、一騎空団と秩序の騎空団が手を組んだところで、大帝国たるエルステの軍事力に適うわけがない。兵士の数も当然ながら、本国であるアガスティアには大量の魔晶に因る戦力があるのだ。

 

「いや……それでも彼らはここまで、彼女の計画を阻み続けていた。本当であれば既に彼らは彼女によって命を落としていたはずが……」

 

 そうだ、彼女の計画は順風満帆とはいかなかった。それこそ一時は彼女が捕らえられ計画が潰える可能性まであったのだ。

 それも全ては、件の騎空団によるもの……

 

 人形である彼に希望の光が灯った気がした。

 

「良いでしょう。全てはエルステの未来の為に……私もまた、彼女に抗い続ける」

 

 可能性はまだゼロではない。できることがあるのなら抗わなければいけない。

 でなければ、彼が造り出された意味がない。存在する意義も……

 

 自室を出た彼は、騒がしくなり始めた帝国の首都を見てその足を早めるのだった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 警報が鳴り続け、戦闘の音が蔓延するアガスティアの帝都においてそこだけ静かな空気が流れていた。

 

 

「貴様……今何と言った」

 

 視線鋭く睨みつけるアポロ。その視線の先にいるのは帝国軍大将アダム。

 一人でグラン達を迎え撃つかと思われたアダムに警戒するのも束の間、アダムからは驚くべき言葉を告げられた。

 

 

「今申し上げた通りです……貴方たちの手で、エルステ帝国を滅ぼして欲しい」

 

 

 再度投げられた言葉に聞き間違いという可能性は消えた。

 帝国軍大将が、今グラン達にその帝国を滅ぼせと告げてきたのだ。

 

「奸計にしては出来が悪いな……小僧共、信用するな。こんな馬鹿な話あるわけがない」

 

「待ってくれ黒騎士。嘘をついているようには見えない……一人で来たことも含めて、決めつけるには不審な点が多すぎるよ」

 

「つってもよ、相手は帝国の大将さんだぜ。フュリアスやガンダルヴァを見てきた身としては、はいそうですかって信じらんねぇだろう」

 

 殺気だつアポロを抑えるグランと、それを逆に制するラカム。

 どちらの言うことも一理あり、他の仲間達は動揺に口をつぐむ。

 

「信じられないのは百も承知です。ですが、私にはもう貴方達に協力を仰ぐしかありません」

 

 視線を下げ、頭をわずかに下げる。敵を前にして行うことではない所業に、僅かにアポロが動揺する。

 そんな最中、静かで落ち着いた声が彼らの中を通り過ぎた。

 

「アポロ……アダムは嘘をつかない」

 

 誰もが答えを出せないこの状況で、一石を投じたのは後ろから歩み出てきたオルキスであった。

 グラン達が止める間もないまま、前に出てきたオルキスは、アポロとアダムの間まで歩いて止まった。

 

「人形、どういうことだ?」

 

「わからない……でも私は知っている。アダムは嘘をつけないって」

 

「答えになっていないぞ! 早くそいつから離れろ」

 

 声を荒げるアポロを余所に、アダムはオルキスを見つめた。

 その雰囲気には、戦場に似つかわしくない優しい雰囲気が垣間見えた。

 

「(貴方は、全てを失って尚……私を覚えておいでなのですか?)」

 

 よぎる思考と共に、アダムはオルキスへと歩み寄る。焦るアポロやグラン達を尻目にアダムはオルキスの前で跪いた。

 

「これは、今の貴方様にするべきではないのかもしれません。ですが……これが今の私が示せる最大限の証です。どうか、話を聞いていただきたい」

 

「大丈夫……私は信じるから」

 

 それは忠誠の証。王へと尽くす忠義の姿勢。

 突如見せられたアダムの姿に、グラン達は面食らう。

 

「――黒騎士。私は話だけでも聞いていいと思う。我らと帝国の戦力差は正直なところ大きい……嘘か真かわからなくても今ここで得られるかもしれない情報を捨てるのは愚策だろう」

 

「その点は同感ね。少数精鋭の域を出ない私達がフリーシア宰相を止めるためには、情報も協力も欲しい所よ。ここで大将さんが味方に付いてくれるのならこれ以上心強い事はないわ」

 

 モニカとロゼッタが、賢明な判断を下す。

 一時の感情や疑念に惑わされるより、得られるかもしれない実を取るべきだと。

 それが必要なくらいにはアガスティアでの戦いは熾烈を極めるのだ。

 

「黒騎士さん……私はオルキスちゃんを信じます。オルキスちゃんが信じるのなら、私もアダムさんを信じます!」

 

 ルリアも加わったところで、アポロは逡巡。

 彼らが言うことはわかるが、フリーシアの狗であるはずのアダムが本当に信じられるか。

 この疑念は、帝国最高顧問となっていたアポロにしかわからない疑念であった。

 

「――――信ずるに足る証拠を見せろ。手放しに信じるような事……私はできん」

 

「ありがとうございます。それではこれでどうでしょう」

 

 譲歩を見せたアポロ。それに対しアダムは予想していたのか間髪入れずに大きな袋をアポロへと放り投げた。

 

「これは……私の剣と鎧」

 

 中に入っていたのは、アポロが黒騎士たる証拠。鈍く輝く漆黒の鎧と七曜たらしめる一振りの剣”ブルトガング”。

 

「貴方の私室は帝国中枢部。取りに来るのは困難だろうとお持ちしました。これで信じていただけないですか?」

 

「貴様……余計なことを。スツルムとドランクに無駄足をさせてしまったな――良いだろう、話を聞かせてもらう」

 

 己の装備を持ってきた。それだけであっさりと手の平を返したアポロにグラン達は僅かに呆気にとられた。

 鎧と剣をもってきただけでそんなにも信用に足るのか、甚だ疑問である。

 だが、そんなグラン達にアポロは装備を整えながら小さく笑うのだった。

 

「グラン。貴様も同じだろう? 剣一振りでチカラは大きく変わる。私にとってこの鎧と剣を持つということは、そういうことだ。この男は私に最大級の手土産を持ってきたんだよ。尤も、私の場合は貴様の比ではないがな」

 

 鎧を着込み、腰に剣を刺したアポロ。それは七曜の騎士として完成された状態。

 天星器に勝るとも劣らない七曜の一振りを握り、それを最大限に使いこなせるアポロの実力は、ここまでジータの予備の剣で戦ってきたアポロと比べるべくもない。

 アダムが持ってきた手土産は、アポロにとって信ずるに足る最もわかりやすい証拠であった。

 

「期待させてもらおう……大将であるお前が何を語るのか。私達にとって喜ばしい情報なのだろうな?」

 

「はい……全てをお話しします。フリーシア宰相の計画の全てを……そしてこの世界を守る方法を」

 

 そう言って、アダムは己が知るフリーシアの計画の全てを語り始める。

 

 

 

 フリーシアの最終的な目的はアーカーシャによる世界の改変。

 この空の世界に星の民が存在していた記録を抹消し、空の民だけの空の世界を取り戻す。

 星の民に奪われた多くを取り戻し、嘗て栄華を極めていたエルステ王国を取り戻すことであった。

 だが、アーカーシャはそれ単体では起動できない。起動するには鍵となるルリア。そして管理者であるオルキスの存在が必要不可欠だった。

 計画の完遂には三つの要が必要……だが、オルキスを取り戻そうとするアポロや、ルリアを守るグラン達を考えるとそれらを揃えることは困難を極める。

 そこでフリーシアは代用できるとあるものを建設した。

 それが――

 

 

「リアクター……?」

 

 一同がアダムの告げた単語に疑問符を浮かべた。

 

「はい……ルリアとオルキス。その二つの要を必要としないまま強引にアーカーシャを起動する。その為に必要な星晶のエネルギーを、魔晶とあるエネルギーから変換するための設備です」

 

「ということは何か? あの宰相さんは俺達が何をしようとアーカーシャを起動できるってわけか?」

 

「その通りですオイゲンさん。フリーシア宰相の計画はもう、リアクターが起動した段階で最終段階となるでしょう。そしてリアクターの完成は間近……既にアーカーシャの起動は目前に迫っております」

 

 全員が息を呑んだ。

 可能性が無いとは思っていなかったが、ルリアとオルキス……その二つを確保している以上、まだ状況は切迫しているとは考えていなかった。

 だが、アダムが告げたのはもはや猶予はないという現状。グラン達に冷や汗が伝った。

 

「急いでアーカーシャを破壊しに行こう。ジータ達が戻るのを待ってられない……」

 

「落ち着けグラン。こうして話をしに来たんだ……まだ間に合うのだろう?」

 

 焦るグランを抑え、アポロはアダムへと促す。

 ギリギリであるのならここで悠長に話に来る事もないはず。それに彼らはまだ、アダムが言った世界を守る方法というのを聞いていない。

 

「はい、まず先に伝えておかなければいけません。彼女の計画を阻止するにはルリア……貴方のチカラが必要不可欠です」

 

「え……私ですか?」

 

「貴方が持つ星晶獣を使役するチカラ。リアクターのコアとなる部分に用いられているのはとある星晶獣なのです。

 その名は、”デウス・エクス・マキナ”……リアクターが変換する星晶のエネルギーの元。ヒトの精神に干渉する能力を持つ星晶獣です」

 

「デウス・エクス・マキナ……」

 

「ヒトの精神って、一体どういうことだ?」

 

 ルリアの呟きにグランが続く。アダムの告げる新たなる事実がをしっかりとかみ砕き、飲み込んでいかなければならない。

 冷静に思考を回すグランの問いに答えるのはアダムではなかった。

 

 

「母上風に言うなら魂ってとこだな。言うなれば肉体という器に詰め込まれた個人を形作る何か。そしてそれに干渉するということは、母上同様に分けたり移したりといったことができると言ったところか」

 

「セルグ!?」

 

 飛び込んできた声に驚くグラン達だが、戻ってきた四人の姿に更なる驚きを見せた。

 腹部を抑え、苦痛に顔を歪めるセルグ。あちこちに傷を作り、汚れたゼタとアレーティア。

 激戦を潜り抜けてきた様子の四人にグラン達は駆け寄ろうとするが、セルグが先に口を開く。

 

「落ち着いてくれ……イオ、治療を頼めるか。大事な話なんだろう? 誰かは知らないが、続きを頼む。オレ達は後で簡単に聞かせてもらうさ」

 

「イオさん、腹部と肩の治療をお願いします。私は艇から治療薬を持ってきますので、セルグさんはこのまま大人しくしていてください」

 

「わ、わかった! セルグ、お腹からやるから手をどけて……何で受けた傷?」

 

「銃創だ。弾はヴェリウスに取り除かせた……塞いでくれればいい」

 

「甘く見ないで。ちゃんと治しきって見せるから大人しくしてなさい」

 

 傷の具合を聞くと共にイオは回復魔法で治療に入る。セルグを横たわらせ、杖を翳すと緑色の光が優しくセルグへと降り注いだ。

 傷が癒えていく感覚に心地よさを感じながら、セルグはそのままアダムへと視線を向ける。

 

「話の腰を折って悪い。続けてくれ……」

 

「貴方のチカラも恐らく必要不可欠でしょう。あまり無理はなさらぬよう」

 

「油断して受けた傷だ……はずかしくて無理をしたとは言えないな」

 

 強者として、セルグの戦力を当てにしているのかアダムがセルグを窘めるが、対するセルグはいつも通り。無茶は今回していないかもしれないが、無理はしている。相変わらずの自重のなさにゼタは頭を抱えた。

 

「――何言ってんのよ、バカ。あれは不可抗力でしょ」

 

「わかったわかった……ほら、話が進まないだろ。続きを頼む」

 

「わかりました。では、続けましょう……彼が言ったように星晶獣、デウス・エクス・マキナの能力は、ヒトの器から精神を抜き出したり、抜き出した精神を戻したりといった能力を持ちます。

 リアクターはそうして()()から抽出した精神体を集め、魔晶を使って星晶のエネルギーへと変換。アーカーシャ起動の糧とします」

 

「……待ってくれ、人々ってことはアーカーシャ起動の為に必要なのは」

 

「そうです。一人等と生易しいものではありません……必要な精神体の数はざっと百万。アガスティアに住む人々全てを犠牲にする計算になります」

 

 百万――兵士、市民、その他この帝都に住むもの全てを犠牲にする数。

 余りの数に絶句するグラン達一行。

 

「なんて……計画だよ」

 

「簡単に犠牲と言って良い数ではないだろう」

 

 オイゲンとモニカが呻く。

 多くのヒトを率いたことがあるからか。人々の生活、一人一人に当たり前にいる家族。それらを知っている二人は、殊更この犠牲の数に対する恐怖が大きかった。

 

「ですが……その数だからこそ、まだ時間があるのです」

 

 だが、絶句する彼らを我に帰らせる様にアダムは再び口を開いた。

 

「どういうことだ?」

 

「この戦いで犠牲になる人々、巻き込まれる人々。既に生を終えた者や、老いて寿命が近い者。精神体とはいわば生命エネルギー……一人分に満たない者というのはたくさんいます。フリーシア宰相は貴方方が攻めてきた事を好機と捉えました。

 アガスティアだけではまかなえなくなるであろうエネルギーを、侵攻してきた秩序の騎空団の者達で賄う気です。リアクターの起動は完成しても直ぐではないでしょう。そして……起動しても、精神を抜き出すまでの時間は個人差はあれど決して早くはありません」

 

 これだけの壮大な計画だ。曖昧な数で事を起こすことはない。

 それはつまり、必要な数を揃えるまでの猶予が生まれる。アダムの言う通り、戦いが起きて犠牲者が出るかもしれない懸念があるこの状況こそがフリーシアの計画を止める好機であった。

 

「なるほど……本隊が来てからの起動であれば、まだまだ対処の時間はあるということか」

 

「本隊が来る前に起動してしまえば、今度はフリーシア宰相自身がもたない。先行して起動することはあり得ません。

 貴方達は帝国の防御全てを突破し、中枢のタワーへ侵入。最上階にあるリアクターの元へと向かい、デウス・エクス・マキナをルリアの手で吸収する。これが、世界を守る唯一の方法です」

 

「なるほどね……つまりは全力で全員ぶっ飛ばして、ルリアをそこまで連れて行けばいいわけね」

 

 新たに飛び込んできた声。

 聞きなれたその声は、セルグ達とは別の方から戻ってきたジータの声であった。

 

「ジータ、カタリナ……」

 

「大事な話に後れちゃったかな? グラン、後で詳しく説明して」

 

「今は余計な話は置いておこう。それで、私達はどう動けばいい?」

 

 状況はわからなくとも、とにかく行動の指針は必要だと、カタリナはすぐに問いかけた。

 そんなカタリナの問いにアダムも間髪入れずに答える。

 

「貴方達は準備を整えてください。タワーまでは私が案内します……大将故、帝国のつくりは把握しております。立場を利用すれば侵入も容易でしょう。後は、彼女の抵抗がどれだけ――」

 

 別行動であった仲間達も揃った。

 すぐさま行動に移るべく立ち上がって今後の動きを説明するアダム。それを漏らすまいと全員が耳をそばだてる中、彼らはまたも別の声を聞く。

 

 

「なるほど……貴方はエルステを裏切るのですね」

 

 

 それは、アガスティア最深部で待ち構えているはずのフリーシアの声であった。

 

 

 

「フリーシア……いつの間に」

 

 グラン達は即座に警戒態勢。

 治療を受けている途中のセルグを守るべくゼタとアレーティアはその身を盾にしてセルグを隠した。

 

「宰相……何故ここに?」

 

「監視をつけないと思いましたか? 貴方が動くのは予測済みですよ。そこの者達と接触した時点で貴方は国家反逆罪で手配しています。貴方の権限は消え去り、タワーの侵入は困難でしょう。

 そして……」

 

 おもむろにその手を上げたフリーシア。

 それを合図に一斉に姿を現す夥しい量の兵士達。

 戦いとは数だ……圧倒的物量はそれだけで戦力である。そういわんばかりの兵士の壁に一行は僅かに気圧される。

 

「既に包囲は完了しました……防衛網を無力化したくらいで良い気になっていたようですが、所詮は浅知恵。のんびりこんなところでお喋りをしていればこうなるのは自明の理でしょう?」

 

 兵士達の中にちらほらと見える魔晶兵士。ずっと背後には砲撃用のアドヴェルサ。

 正しく包囲網は完璧であった。

 

「あぁ、それからもう一つ……既にリアクターは起動しております。アーカーシャの起動は間近……もはや止めることは不可能です」

 

 一行の表情が驚愕に染まる。

 たった今アダムによって見えてきた希望がいともたやすく消え去った。

 既にリアクターが起動しているということは、そこにはもうアーカーシャ起動の算段がついていることを示す。

 今からこの並みいる戦力全てを薙ぎ払い中枢タワーへと向かう時間はあるわけがなかった……

 

 

「――アダム、そこをどけ」

 

 全てを察したアポロが動く。

 間にいたアダムを除けるとともに、兵士たちの間を抜けていこうとするフリーシアを強烈な殺気と共に見据える。

 

「愚かな、態々その身を晒しにくるとは……ここで終わりにしてくれる!!」

 

 最後の手段に近いそれは、今この場でのフリーシアの抹殺。彼女をここで仕留め、全ての思惑を潰す。

 わざわざ目の前に出てきたフリーシアをおめおめと逃すほど、アポロは甘くもなければ、できない程弱くもない。

 

 ブルトガングに光が宿る。これまで四つの閃光に彩られることしかなかったアポロの剣にいま、大きな闇の光が灯る。

 彼女が真に扱う属性。煌めく漆黒の闇が剣に纏い、アポロはそれをフリーシアへと叩きつけた。

 

「黒鳳刃・月影!!」

 

 生命力の塊であった創世樹の咢さえ粉々に砕いたアポロの奥義が炸裂する。

 剣に付与されたチカラが解放され、空間ごと葬るような爆発を起こし、アポロとフリーシアは爆炎の中に消えた。

 

「アポロ!!」

 

 オルキスが叫ぶが、グラン達は心配を見せていない。

 彼女の気配は健在であるし、兵士達に動きもなかった。

 攻撃は()()()()()()()()()()()……

 

 

「なん……だと」

 

「クックック……ハァッハッハッハ! バカが!!」

 

 だというのに、聞こえるのはアポロの驚愕とフリーシアの嘲り。

 煙が晴れて見えたのは、障壁を展開しアポロの攻撃を正面から受け止めたフリーシアの姿だった。

 

「思った通りでした……ポンメルンはいい仕事をしてくれましたよ。魔晶一つで七曜の騎士にすら並べる……如何ですか? 七曜などとバカげた称号に踊らされ、相手の実力を見誤った感想は……もはや貴様であろうと私の敵にはなりえない」

 

 反撃の魔力砲。ザンクティンゼルでのフュリアスを彷彿とさせる砲撃にグランがアポロを救いに駆けだす。

 ギリギリでアポロを取り押さえ、砲撃は背後の街へと着弾。大きな爆発を起こし街の一角を崩した。

 

「攻撃力も上々……問題はなさそうですね。あとは……」

 

 魔晶によって七曜に対抗できることは知らしめた。もはやアポロなど恐れるに足りない。

 それを見せられた兵士達の士気の向上はすさまじい。

 七曜の騎士という名前は、それほどまでに大きく、アポロの攻撃を跳ねのけたのはそれほどまでに絶大な効果を発揮する。

 フリーシアは兵士たちの元へと歩き去ると去り際に高らかに告げた。

 

 

「エルステの兵士達よ! これまでの屈辱に終止符を打ちなさい。奴らを撃ち払い、我が国に勝利をもたらせ!」

 

 

 返す言葉は言葉ではない。

 雄たけび、叫び、銃撃、砲撃。

 兵士たちの全ての戦意を形として……

 今、帝国軍が一つとなり、グラン達にその矛先を向けた。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

アダムについては多分な自己解釈が混じっています。
それほど違和感は出てきていないと思いますが、原作でアダムが作られた時期というのが明記されていたらご指摘いただきたいです。

もはや原作の流れは影も形もないですが、重要な部分に改変は加えていないつもりです。
そこらへんももしご指摘在りましたらお願いいたします。
更に更に、アポロの武器がブルトガングであることについては目を瞑っていただきたいです。

それでは。楽しんでいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第52幕

 

 戦場を音が支配する。

 発生源は夥しい数の帝国兵士達。島を震わせるようなその雄叫びは空へと轟き、彼らの意思を解き放った。

 

 絶叫にも似た雄たけびの下、夥しい数の兵士達より放たれるは幾多の攻撃。

 矢、銃弾、多色な魔法に魔力砲撃。受ければひとたまりもない嵐のような攻撃の後には、なだれ込むように駆け込んでくる兵士。

 声を上げる暇は無い。即座に対処に移るのはカタリナとロゼッタ。

 ライトウォールと地面より一斉に生えて組みあがる茨の盾がグラン達を守る。

 第一波の攻撃を全て受け止めたところで、アポロが兵士に負けぬように声を張り上げる。

 

「応戦するぞ!」

 

「全く……多勢に無勢がすぎるわよ」

 

 アポロの声にジータが是非もなく反応。いつもの見た目に引っ張られた人格が、彼女らしからぬ小さな悪態を吐くが、言葉とは裏腹に彼女の戦闘スタイルはこんな時こそ真価を発揮する。

 殲滅魔法と援護魔法。その両方を扱い尚且つ自分も前線に出れる彼女の戦いは、器用貧乏ならぬ器用万能。

 四天刃を構えながら駆けだしたジータは、共に駆けだした頼もしき仲間達に二つの援護魔法を唱えた。

 

「”チョーク”! ”チェイサー”!」

 

 幾つもの飛刃を飛ばす能力を付与するチェイサー。そしてその飛刃の範囲大きく広げるチョーク。

 一度剣を振るえば面制圧を可能とさせる援護魔法を受けてグランとアレーティア、そして治療途中であったセルグが前に出る。

 剣士として最高峰の三人が受けた援護は、ジータによる最高峰の援護魔法。押し寄せる兵士の波を見据えて、グランが先手を取った。

 

「北斗大極閃!」

 

 七星剣を解放。収束した光は巨大な剣を形成し前方を薙ぎ払う。七星剣から放たれるはセルグの奥義のような巨大な斬撃。それを幾つも放ち、グランは押し寄せる兵士の第一陣を根こそぎ吹き飛ばす。

 

「アレーティア、行くぞ!」

 

「任せよ!」

 

「私もやるぞ!」

 

 モニカも加わり、それぞれに鞘から抜き放った剣閃は幾重にも重なる。

 アレーティアの”破”

 セルグの”多刃”

 モニカの”春華春雷”

 いずれも数瞬で何度も刻む瞬息連斬の攻撃であり、ジータの援護との相性は抜群。

 解き放たれた飛刃は空間を埋め尽くし、更に押し寄せる兵士を片っ端から迎撃していく。

 

 

「怯むな!! 回り込んで包囲しろ!」

 

 

 グラン達が第一波を退けたところで、帝国軍もすぐさま行動に移った。

 ただ押し寄せるだけでは今の繰り返しで終わってしまう……戦力の逐次投入は下策で在り、多面からの同時攻撃で対処を遅らせ一気呵成に責め立てるこそ上策。

 建物を回り込み、路地を迂回してグラン達の側面と背後へと出てきた兵士達に、対処が遅れたグランの表情が歪む。

 

「コロッサス!」

「リヴァイアサン」

 

 だが、戦えるのは剣士であるグラン達だけではない。ルリアとオルキスによって呼び出された二体の星晶獣が回り込んできた兵士を迎撃。

 巨大な鉄人が地面を奔らせる熱波と、水神が放つ圧壊の水流が兵士達を撃ち払った。

 

「私達も戦います!」

 

「こっち側は……任せて」

 

 仲間達に守られながらも頼もしい二人の姿に、少しだけ安心するとグランは前方へ意識を集中する。

 気遣う必要はない。守られるだけである少女達の戦う姿に背後への気遣いを捨て、グランの思考は目の前で相対すべき敵だけに染まっていく。

 剣を握りしめ、押し寄せる兵士達を見据えた。

 

「(ここで負けていては、何もできないまま世界が終わってしまう……思い出せ、あの時の感覚を。今この時が、世界の命運を決める戦いだと意識しろ……)」

 

 徐々に鋭くなっていく感覚。解放されていた七星剣は輝きを増し、グランの意識は戦闘以外の余計な部分を消していく。

 負けられない……フリーシアが作り出したこの状況が、グランの危機感を煽り彼の心を追い込む一助となった。

 

 

 カッと頭に血が上ったような気がしたグランは、次の瞬間には一人の兵士の懐へと踏み込んでいた。

 怒りに狂ったりしているわけではない。その証拠に、グランの頭はどこまでも冷静で最も効率よく敵の戦力を削ぐことにのみ集中していた。

 高まるチカラのままに暴れだしそうな戦いの意思を制御し、グランは兵士が剣を握る腕を斬り飛ばした。

 

「――――ぇ」

 

 微かに漏れるのは兵士の声。

 グランの攻撃は既に一兵士が視認できるレベルではない。落とされた腕を見て止まった思考が兵士に痛覚をもたらすまで数秒。

 その数秒の間に、グランは兵士たちの間を縫うように駆け抜けて更に五人の兵士の四肢を飛ばした。

 

 

「う、うわああああ!!」

「あ……いてぇ……いてぇよおお!」

「足が……足がああぁああ!!」

 

 噴き出す鮮血と訪れた痛みに兵士達から悲鳴が上がる。

 グランとしては最後の良心が命を奪うことだけは避けていたにすぎないこの攻撃が、兵士たちの恐怖を煽った。

 鮮血に塗れ、痛みに啼く兵士達を見て、押し寄せる兵士たちの勢いが衰えた。

 

「怯むな! 囲めえええ!!」

 

 指揮官らしき兵士の声に、怯んでいた兵士たちがまた押し寄せる。

 だが、今のグランは包囲することですら容易にはさせない。

 

「――ウォオオオ!!」

 

 冷静な思考とは裏腹な獣の如き声と共に、グランは次々と兵士達へと踏み込む。

 視界はクリアになり、知覚領域が広がる。敵の動きを全て認識できるような全能感がグランを包み込んだ。

 押し寄せる兵士達を盾にすることで後方からの射線を潰し、接近戦のついでで後方の兵士達を薙ぎ払う。

 目の前の兵士を切れば、後方の狙撃手を潰し。振り向きざまに斬り捨てれば、放たれた魔法を迎撃する。

 

 戦闘に全ての意識が向いた精神状態。

 思考ではなく反射に近いようなその戦闘スタイルは、正に人が変わったような変化であった。

 

 ――”ベルセルク”

 

 それは自らを追い込んだグランがたどり着いた、戦士としての頂であった。

 

 

 

 

 背中合わせに立ったイオとラカム。次々と襲い来る兵士達を互いに迎撃しながら、減ることのない兵士達に徐々に押されていた。

 

「ラカム! デカいの狙うから援護お願い!」

 

「何する気だイオ! ちょっとやそっとじゃこいつらは止まらねえぞ!」

 

 最速で魔法を構築し次々と迎撃していたイオは、埒が明かないと強力な魔法の準備に入る。

 狙うは襲い来る兵士達を一気に薙ぎ払う制圧魔法。今更それができる事を疑うことはないラカムであったが、それでも簡単には止まる気配のない兵士達を見て、その可否を問いかけた。

 

「フンッ――――止まらないなら、止めてやればいいだけよ!」

 

 その身に渦巻く魔力を従え、イオの顔に笑みが浮かぶ。

 詠唱破棄の魔法を覚えるために行った特訓――それは何も、詠唱破棄ためにだけ効果があるわけではない。

 魔法を完全に理解し、発動する魔法のイメージを完璧にする……それはむしろ正しき手順を踏んだ魔法にこそ効果を発揮するものだ。

 完全に理解した魔法は魔力の無駄をなくし、完璧なイメージは魔法の威力を思うがままに操れる。

 足元に浮かぶ魔法陣。荒れ狂う魔力を緻密に制御して杖へと介す。

 発動を待ちわびて淡い青に光り輝くイオの姿はどこか神々しさすら覚える。

 準備が整ったところでイオはその杖を振りかざした。

 

「凍りつけぇ、クリスタルガスト!!」

 

 膨れ上がる魔力を全て乗せ切ったイオの魔法は、これまでとは段違いの威力。

 駆け抜ける魔力の風は兵士達を瞬く間に凍り付かせ、更には押し寄せようとする後続の兵士をも足を止めさせる。

 後続は進行を邪魔され、思うように押し進むことができなくなり、イオとラカム僅かばかりの余裕を手に入れる。

 

「へっ、さすがは天才魔導士ってか……んなら次は俺の番だな!」

 

 イオに触発されるように、ラカムも銃を構えた。

 銃口に集う炎のチカラ。せっかく凍り付かせた兵士達に炎をぶち込む気かとイオが慌てるが、ラカムの狙いは足を止められた兵士達ではない。

 

「デモリッシュピアース!!」

 

 兵士たちの隙間を縫うように狙撃されたラカムの攻撃は後方の魔導士部隊へと着弾。

 大きな爆発を起こして幾人もの敵を吹き飛ばす。

 

「ラカムやっるぅー!」

 

「お前さんだけにいいかっこさせらんねぇさ。ホラ、次がくるぞ!」

 

 互いの頼もしい姿にイオもラカムを意気を上げる。

 どれだけ奮起したところで優勢には程遠い状況は、精神的にひどく苦しい。互いに支え合わなくてはすぐに折れてしまいそうだった……

 

「オッケー。ならドンドンやってやりましょ!」

 

 言い聞かせるように杖と銃を構え、二人は押しつぶされないように中距離での制圧戦を制していった。

 

 

 

 戦場を駆け抜ける――

 

 天ノ羽斬と本体のヴェリウスからのチカラでセルグは自身の能力を限界まで高めて、並み居る兵士を斬り捨てていた。

 再び纏うヴェリウスのチカラ。機動力を上げるための僅かな融合。

 アマルティアでの撤退戦の時と同様、翼をはやして地上を駆けるセルグの戦いは帝国兵士にとっては悪夢に等しい。

 だがアマルティアとは違い帝国の戦力は底知らずで尽きることが無い。

 触れることすら適わず兵士を屠っていく中でセルグに生まれた僅かな硬直。その一瞬を見計らったかのように振り下ろされる巨大な剣を躱し、セルグは新たな敵の出現を悟った。

 

「――――魔晶部隊も出てきたか」

 

 これまでグラン達に苦戦を強いてきた、魔晶によって変異した兵士達の登場。セルグへの警戒の為か、魔晶兵士の一群が目の前に現れてセルグは静かに視線鋭く睨みつけた。

 

「(多勢に無勢のこの状況でこいつらを相手にする余裕等、皆にはない)――――ヴェリウス!!」

 

 思念で伝えたセルグの意思を汲み取り鳥のヴェリウスが宙を駆ける。

 向かう先はルリア達と後方にいた小さな竜、ビィの下であった。

 

 ”チビ竜よ、出番であるぞ!”

 

「ヴェリウス? オイラの出番ってうぉああああ!」

 

 問答の暇は無いと巨大になったヴェリウスの足で鷲掴みにされ、哀れなチビ竜は驚きの声を挙げながら上へと連れていかれる。

 

「ちょっ、ヴェリウス。一体何だって――」

 

 ”お主の身は我が守る。仲間達に余裕は無い……お主のチカラで中空より魔晶部隊を滅ぼせ!”

 

 伝える事だけ伝えるとヴェリウスはビィを放してその背に乗せた。そう、ビィがもつ魔晶の打ち消すチカラ。セルグの狙いはそれで厄介な魔晶部隊を片付ける算段だ。

 目立つ中空へと飛んだ二匹にもそれほど多くはない銃撃が放たれるが、その程度では星晶獣たるヴェリウスは墜ちはしない。翼を広げ、ビィの安全を確保したところで、ヴェリウスは真剣な声でビィへと語り掛ける。

 

 ”出来ねば小僧共が死ぬぞ……事ここに至って、泣き言も甘えも許されぬと心得よ”

 

「そういうことか――任せとけ! 魔晶の兵士はオイラが全部ぶっ飛ばしてやる!」

 

 突然の事態に呆けていたビィだったが状況とやるべきことを理解しすぐさま己の羽で宙に浮かぶ。

 出番が来たことを喜んでいるわけではないが。自分にしかできぬことがあるのならその期待に応えようと意気も上がると言うもの。

 

 ”まずは蒼と星の民の娘に向かい来る奴らからだ。その次は若造が相手をしている一群を……最後に正面のタワーへと向かう道に点在している者を蹴散らせ”

 

「そ、そんなにか!? よぅし……やってやるぜぃ!」

 

 思いの他ターゲットが多かったことに驚くのも束の間、ビィはその身に宿ったチカラへと意識を向ける。

 同時にヴェリウスより伝えられた魔晶兵士部隊を視界に収める。数は15といったところか。ターゲットを認識したところで、ビィは鎌首をもたげる。

 ザンクティンゼルで放った時と同じ。喉元へとせり上がる何かが自身の内で騒ぎ始めると、ビィはその身に似つかわしくない巨大な竜の咆哮を上げ、チカラを解き放った。

 

 幾本もの光条が奔ると、ビィの攻撃が魔晶兵士を穿つ。

 ルリア達を狙ってアダムと戦っていた者を。

 セルグが引き付けていた一群を。

 少し遠目の後方に控えていた者達を。

 チカラの源であった魔晶を砕かれ、次々と元の姿に戻っていく兵士達を見届けてから、ビィは意識を失ったかのようにフラっと地面に落下を始めた。今回でまだ二度目だ……制御に難ありかチカラを使い切ったようでビィの身体はひどい倦怠感に包まれていた。

 すかさずヴェリウスが追い付いて受け止めるとそのまま地面に着地。

 

「ビィさん!? 大丈夫ですか……」

 

「お、おぅ……ルリア。ちょっと疲れただけだから……大丈夫だぜぃ」

 

 ”案ずるな小娘……攻撃を受けたわけではない”

 

 駆け寄ってきたルリアにビィを預けて問題はない事を告げると、ヴェリウスは再び飛翔。セルグの援護に前線へと舞い戻る。

 

 ビィの働きによって厄介な魔晶部隊を退け、戦況は膠着状態にもつれ込んだ。

 グラン、アポロ、セルグは単独で最前線を守り続け、ジータはモニカ、アレーティアと連携して近中距離を制圧。

 ヴィーラとゼタ、イオとラカムは互いに背中を預け敵陣の中を食い破り、最後衛でロゼッタ、カタリナ、オイゲン、アダムが防御と護衛に回る。

 

 

 戦いは既に長丁場の様相を呈していた……

 

 

 

 

 

「大将さんよ! どうすりゃいいんだ!?」

 

 後方で援護に徹していたオイゲンは、すぐ隣でルリアやオルキスの護衛に回っていたアダムに問いかける。

 士気高い帝国軍の猛攻は打ち払おうと弱まる気配はない。

 多勢に無勢なこの状況に、リアクターが起動されているという事実が焦りを生む。

 このままここで戦い続けていてはフリーシアの思う壺だ。彼女の時間稼ぎに馬鹿正直に付き合っていては世界は終わってしまう。

 当然、それを理解しているアダムは迎撃の手を緩めないままオイゲンの問いに声を張り上げる。

 

「できることは変わりません! 全てを突破し、リアクターを止める。これしか道はない!」

 

「チッ、簡単に言ってくれる……」

 

 やらなければいけない事は変わらない……だというのに状況はフリーシアによって一気に最悪へと転がったのだ。この状況にアポロは憎々しく呟いた。

 剣と魔法による迎撃。単純な彼女の闘いは七曜の実力を知らしめながら次々と兵士達を屠っていく。只の兵士程度ならどれだけの数が居ようとアポロを加えたグラン達にとって最終的に脅威にはなりえない。

 だが、時間制限付きとなれば別だ。

 既にリアクターは起動している。今すぐにでも中枢のタワーへと押し進み始めなければ世界は終わる。賽は既に投げられているのだ。

 

「(このままではまずい……膠着状態ということは現状を維持するだけで手一杯ということだ)」

 

「黒騎士! このままでは間に合わなくなるぞ」

 

「黙れチビ助! そんなことはわかっている」

 

 モニカの声に思わず言葉を荒げて、アポロは中枢タワーの方を見据えた。

 兵士の壁は殊更に厚い…………当然だ。帝国軍が守るのは中枢タワーに他ならない。

 突破をするだけなら簡単だ。グランにセルグ。そこへ自分も加えれば突破力は十分だ。

 だがこの場を抜けたところで次に待つのは背後を守りながらの戦い。庇護対象のルリアを連れての突破は困難を極めるだろう。

 リアクターにたどり着くまでルリアを守り切らなければいけない以上、背後を突かれての戦いは危険であり不利だ。現状でも手一杯に追いやられている彼らにその手段を取れるかと問えば否である。

 

 

 戦力()が足りない……

 

 

 切迫した状況が、とれる手段を限らせていた。

 本来であれば損害なく到着した秩序の騎空団本隊と協力して進行していくはずだったのだ。

 それを許さない状況となった事が一気に彼らの状況を不利に傾けた。

 

「黒騎士! 僕と一緒に一点突破だ、合わせて切り拓こう!」

 

「バカ者が! 突破したところでこの壁は変わらん。前後を挟まれ押しつぶされるのが目に見えているだろう!」

 

「ならばオレが殿を務める! グラン達は皆でタワーへと向かってくれ!」

 

 膠着状態を打破するべく、セルグが声を上げた。

 突破したグラン達の背後を守り、ここで殿を務めるというのだ。

 セルグの言葉にアポロは逡巡。現状を打破するためには動くしかないのも事実であり、答えを示す様にアポロは剣を構えて答えた。

 

「――良いだろう。今度はちゃんと殿を果たしてもらうぞ」

 

「上等。今度こそお前の手は煩わせねえよ」

 

 いつだかの撤退戦。一人残り敵を抑えると言ったセルグの情けない働きを思い出しアポロは責めるように、セルグは挑戦的に言い合う。

 状況は似たようなものである。規模は桁違いだがやることは変わらない。全てを相手にとって全てを抑え込まなければいけない状況だ。

 

「黒騎士もセルグさんも! 何を言っているんですか!」

 

 ジータが声を荒げた。

 多勢に無勢で防戦一方となっているこの戦力差を一人で引き受ける。

 これほど無理だとわかっていることもないだろう。セルグの案は捨て身の作戦に等しい。

 

「ジータ、この状況でオレの気遣いをしている余裕は無い! 急がなければ全てが終わるんだ。アダム、こいつらを任せたぞ!」

 

「――承りました」

 

 状況を理解しているアダムに反論はなかった。僅かな沈黙の後に答えを返したアダムは、オルキスとルリアを抱え込む。

 

「お二人は私が。皆さんは突破に集中してください」

 

「ちょっとセルグ! ふざけた事言ってんじゃ――」

 

「大丈夫だゼタ。私も一緒に残ろう。リーシャが来たら私も部隊指揮をしなければならないからな……私もここにいるべきだ。このバカ者の事は任せてくれ」

 

 ゼタの声を遮り、モニカがセルグの隣に並び立った。

 確かに秩序の騎空団の本隊が来た時の事を考えれば、モニカも残った方が良いだろう。

 だがそれは、死地となるこの場にセルグだけでなくモニカをも置いていくことになる。

 思わぬ流れに巻き込む気がなかったセルグと、心配を隠せないゼタとヴィーラはモニカに詰め寄った。

 

「おい、まてモニカ。ここはオレだけで――」

 

「モニカ……本当に大丈夫なのですね?」

 

 静かに問いかけるヴィーラ。対するモニカはそれに自信たっぷりに答える。

 

「万全の状態の私を見たことはないだろう? 悪いが君達相手でも十分に渡り合えるくらいには強いつもりだ――任せてくれ」」

 

 忘れてはいけない。彼女は味方の協力があったにせよ七曜の騎士アポロの捕縛に一役買った人物だ。

 そんな彼女が弱いわけはない。

 

「わかりました……お二人とも、覚悟してください。絶対にやられることは許しませんので」

 

「あーもう!! 結局無茶ばっかりじゃないのよ! いい、リーシャが着いたら必ず追いかけてきなさいよ! やられてたりしたらぶっ飛ばすからね!」

 

 静かなヴィーラと呆れた様子のゼタ。二人の承諾の言葉で動きは決まった。

 

 

「またそうやって一人で…………どうしてわかってくれないんですか」

 

 小さく不満を漏らすジータも、押し黙ってセルグを睨みつけるだけでそれ以上何も言うことはなかった。

 やるべきことが定まり、グラン達は一度集結する。

 

 

「ゼタ、ヴィーラ。二人も前衛だ。黒騎士とグランと共に押し進め!」

 

「小娘共は魔法で突破の援護をしろ。特訓の成果を見せてもらうぞ!」

 

「アダム殿は中央に。私とロゼッタが後方を守ろう。オイゲンとラカムは適宜後方の援護を」

 

 一斉に走り出した一行は、押し寄せる兵士を迎撃しながら陣形を整える。

 戦闘を走るのはグランとアポロ。

 兵士の壁を前にしてもその足をは止まることはなく更に加速していく。

 あわやそのまま突撃かと言ったところで、彼らの頭上にセルグが飛び上がった。

 

「そのまま走れ! 絶刀招来――天ノ羽斬!!」

 

 放たれた巨大な斬撃が兵士の壁をこじ開ける。

 打ち砕いた壁の隙間を崩す様に、グランとアポロが飛び込み、次いでゼタとヴィーラが切り抜けていく。

 こじ開けた壁を仲間達が次々に走り抜けたところで、最後尾についていたセルグとモニカは反転。追走しようとする帝国軍の前に立ちはだかった。

 

 

 最初の一団を振り向きざまに斬り捨てると二人は一息つくように体の力を抜いた。

 

「全く。お前も物好きだな……こんなオレと一緒に残るなんて」

 

「そうかもしれないな。まぁお主を好きになった時点で物好きなのは分かっていただろう?」

 

「――――違いない」

 

 小さく笑う二人。

 互いに死地に近いこの状況でありながらやられる気など微塵もない。

 半日程前に誓ったばかりなのだ。

 

 ”共に明日を迎えよう”と

 

 

「悪いが面倒は見てやれないぞ……今からオレは昔に戻るんでな」

 

「そんな気は更々ないさ。昔に戻るというのなら私もだよ……」

 

 感情が呼び起こす、戦いの意思。思考を置き去りにした意識を捨てるような戦闘の集中状態。グランが見せたそれはセルグにも体験がある。

 グラン達と出会う前、一人星晶獣と戦うときはいつもそれであった。

 そしてモニカもまた、強者として戦場に立つときは同じような状態に陥ったことがある。

 碧の騎士と轡を並べ、共に駆けた日々は彼女の全盛期と言えよう。

 振り返り遡る嘗て(過去)を、(現在)へと置き換える。

 戦士としての熟練の差というべきか、二人にはそれだけで準備が終わる。

 

 小さな鍔鳴りと共に二本の刀が鞘へと納められる。

 意思の力がもたらした今この時だけの全力状態。万全の精神状態とは様々な条件が整って初めて起こりうるものだが、それを二人は自らの手で手繰り寄せた。

 最初から全力……高まる光のチカラを愛刀へと蓄え、二人は帝国軍へと向かって走りだす。

 

 

「おぉおおおおおおお!」

「はぁあああああああ!」

 

 押し寄せる帝国兵(絶望)に押しつぶされないように声を上げながら、二人は最後の一歩を踏み込んだ。

 

 

 

 ――――音が聴こえた

 

 

 

 極光の斬撃……十八番の奥義が放たれようとする刹那、セルグは一つの音を聴きとる。

 それは戦場となったこの場において当たり前に聞こえるはずの渇いた銃声。だがそれはなぜかセルグにだけ綺麗に届き、なぜかセルグはその音に動きを止める。

 

 聞こえた瞬間に脳裏をよぎる記憶。

 あり得ないと思いつつも聞き間違いのはずがないと、己の心は懐かしき音に逸った。

 兵士たちは目の前まで迫っている。急に動きを止めたセルグによってモニカも動きを止め、焦ったようにセルグへと口を開こうとした。

 だが、モニカが視線を向けた先、セルグは戦場であるにもかかわらずに隙だらけで呆けている。

 そんな隙だらけのセルグが見つめる先に、音の出所たる存在はそこにいた。

 

 

 

「フラメクの雷よ、(とき)は来た。共に憤怒を叫び、蒼天を焦がせ……!!」

 

 

 

 聞こえた声は、続く爆音と閃光にかき消された…………

 

 




如何でしたか。

リーシャの出番? ごめんなさいもう少しお待ちください。
モニモニの活躍? ごめんなさいもうしばらくお待ちください。

お待ちください続きで申し訳ないですが、ラビ島編から今回の流れは決定事項でしたので次回は彼らのターン。
イベントでも大活躍だった彼らの活躍にご期待ください。(さすがにイルザさんは組み込めませんでした)
それでは、お楽しみいただければ幸いです。


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幕間 交わる道は戦火の中に

 

 とある島の小さな酒場。

 時刻はまだ昼日中といった時に、一人酒場でミルクを飲んでいる男が居た。

 

 大きな体格からドラフの男性だと思われるが、その外見は黒く刺々しい鎧に覆われており兜もあって表情をうかがい知ることはできない。

 幸いにも口元はそれほど覆われていないのか、ギリギリ兜を被ったままグラスを傾けているがそうまでするくらいなら兜を外せと思ったのは酒場の店主談である。

 

「ここにいたか……バザラガ」

 

 そんな彼の背中に寡黙で落ち着いた声がかけられる。

 腰に大きめの銃を差したエルーンの男性が、バザラガの背後に立っていた。

 

「ユーステスか……次の任務の話はどうなった?」

 

「全員集まったところで任務の話を聞く。アイツはまだか?」

 

「む? ベアトリクスなら別の店で食事をとってくると出ていった……もうすぐ戻ってくるだろう」

 

「そうか……ならば少し待つ。マスター、俺には紅茶を頼む」

 

 そう言ってバザラガの隣のカウンター席に座り、注文を済ませたユーステスは静かに一息ついた。

 日中であるため、食事処ともなっている酒場は少しばかりの喧騒に包まれており、静かな雰囲気の二人はどことなく居心地の悪さを感じた。

 こういった時は、いつも騒がしい彼女が居てくれた方が場をもたせるには適任だと、口数の少ない二人は珍しく彼女が早く戻って来ることを望んでいた。

 

「上層部の動向はどうだ? 奴らのお気に入りのお前なら多少の話は聞かされているだろう?」

 

「その言い方はやめてくれ。大した情報は与えられていない……俺もお前達と同じで使い勝手の良い駒がいい所だ」

 

「それでもお前がチームの隊長となった以上それなりの信頼があるはずだ……それで?」

 

 質問の答えはと、促す様にバザラガは再度問いかける。

 

「厄介な話は聞いた……俺達武器の契約者とは別の部隊を創設するらしい。場合によっては俺達と取って代わるかもしれないと……」

 

「ほぅ、一体何を戦力に仕立て上げるのか興味はあるな。だが、俺達もお払い箱となるわけではないだろう?」

 

「そこらへんはこの後聞けるだろう。情報源はケインだ……ついでに次の任務もケインからの指示となっている」

 

「ケインから……? だが奴との接触はまだするべきでは――」

 

「あ! 悪い~。私待ちだったか? ちょっと店の方が混んでて遅くなっちゃって」

 

 バザラガが言い募ろうとしたところで、もう一人の仲間が到着する。

 カウンターで座る二人を見て待たせたのだと悟ったベアトリクスが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「気にするな、俺も来たばかりだ。グラスの様子からバザラガもそれほど待っていない」

 

「あ、そうなのか。良かった……それで、ユーステス。次の任務は?」

 

 ベアトリクスの問いにユーステスは空いているテーブル席へと移動しながら答えた。

 

「伝声機でこれから伝えられる。相手はケインだ……」

 

 そう言って、ユーステスはテーブルの上に小さな機会を置いた。

 伝声機……離れた場所へ声を届けることができる小型の通信端末だ。

 

「ケインって言われても、私は上層部の連中の事なんか知らないんだけど……」

 

「知らなくていいだろう。深入りは寿命を縮めるだけだぞ」

 

「むぅ……バザラガは知ってるのかよ……私だけ知らないのは納得いかない」

 

「連絡が来た、静かにしておけ」

 

 ユーステスの声でテーブルの上に置かれた伝声機を見ると、僅かな振動を繰り返して呼び出しが来ていることが分かる。

 端末の小さなボタンを押すと、僅かなノイズ音の後に声が発せられた。

 

『ユーステス、聞こえているか?』

 

「聞こえている。通信は良好だ」

 

『そうか……その場にいるのは三人だったか?』

 

「あぁ、バザラガとベアトリクスもいる。話を進めて構わない」

 

 淡々と確認をしていく二人の会話を聞きながら、バザラガとベアトリクスは任務の内容について聞き漏らすまいと耳をすませていた。

 

『それでは任務の説明をしよう……君達には星晶獣アーカーシャを討伐してもらいたい』

 

「アーカーシャ……? 聞いたことが無いな。能力は?」

 

『――信じられないかもしれないが、能力は歴史への干渉。過去、現在、未来の全ての歴史へと干渉し、改竄を加えることができる能力を持つ』

 

「……なんだそれは。冗談ではないのか?」

 

 ケインが告げたアーカーシャの言葉にバザラガが思わず声を挙げた。

 余りにも信じがたい能力。世界を創り出した創世神のような能力に驚かないわけはないだろう。

 隣にいたベアトリクスも、理解及ばぬアーカーシャの能力に言葉を出せず固まる。

 これまでに散々星晶獣を狩り続けてきた彼らから見ても、その能力は異端中の異端といえるものであった。

 

『事実だ……だが、まだ起動には至っていない。君達には起動する前にアーカーシャを破壊してほしい』

 

「――了解した。場所は?」

 

 スッと立ち上がり、ユーステスは真剣な目で伝声機を見つめた。

 急ぐ必要がある……それをアーカーシャの能力から判断したユーステスはすぐに任務地へと赴こうとケインに場所を問いかける。

 

『落ち着け、ユーステス。まだ話は終わっていない』

 

 だが、ユーステスの声からそれを読み取ったケインは落ち着かせる様に言葉を続けた。

 任務地を伝えるでもなく、話に続きがあると言うケインに、怪訝な表情を浮かべたユーステスは静かにまた腰を下ろした。

 

『落ち着いて聞いて欲しい。今回の任務は私の独断によるものだ……ユーステス、お前はこの意味が分かるか?』

 

「――上層部の総意ではないのか?」

 

『既に、幾つもの派閥に分かれている今の上層部で総意を取るなど不可能だよ……だが、アーカーシャについては他にも動き出している者がいる。()()するべしとな……』

 

 ユーステスが目を見開いた。

 星晶獣を破壊するのが主な任務である組織に置いて、星晶獣の確保など聞いたことが無い。

 思惑が読めない上層部の意思に、ユーステスは不振感を露にした。

 

「何……? 一体何のつもりで」

 

『もはや上層部に嘗ての面影はない……星晶獣を破壊し空の世界を守っていた理念は形骸化した。今では腐った連中の私欲と陰謀に塗れている。

 アーカーシャの能力を聞けばわかるだろう、使い道などいくらでもあるのだよ』

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! それじゃもしかしたら、そのアーカーシャを確保しようと任務を受けている奴らもいるかもしれないじゃないか!」

 

『その動きについてはまだ見られない。眉唾な能力だからな……半信半疑なのもあるだろう。何より任務難易度が高く、赴ける戦士が居ないのだ』

 

 向かえる戦士が居ない。難易度が高い。

 この二つの部分で、三人に疑問符が浮かんだ。

 動かせる戦士が居ないだけなら納得できるが、まだ起動していない星晶獣の破壊に難易度も何もないだろう。

 だが彼らの疑問は続くケインの言葉で驚きと共に解消される。

 

『状況を説明しよう……アーカーシャは現在エルステ帝国首都、アガスティアの中枢に位置するタワーに置かれている。

 更には起動の為の準備と防衛戦力の配備。警戒態勢を敷いていて、簡単にタワーにはたどり着けない状況だ」

 

「そういうことか……潜入は不可能、起動までの時間制限付き、更にエルステと正面からやり合うことになる。確かに難易度はただの討伐任務の比ではないな」

 

 状況を聞いてバザラガが唸った。

 ベアトリクスは顔を青ざめ、ユーステスはどうするべきかと思考を巡らせる。

 

『だが、やらねばならない……アーカーシャは危険すぎる。あのような危険な能力をリスクなしで使えるわけもないだろう。場合によっては世界の全てが変えられてしまう』

 

「だが、ケイン。お前の言う通り簡単ではない。僅か三人で赴いても成功の可能性は極めて低いぞ」

 

『はっきり言って良い。三人では不可能だ』

 

 バザラガの言葉を受けて、きっぱりとケインは告げた。

 その事実は反論の余地なく正しいだろう。だが、任務を言い渡しておいて不可能だと言い切るケインの言葉にベアトリクスは僅かな怒りを覚える。

 

「おいおい、だったらなんでこんな話――」

 

『三人であったなら……だ』

 

 声を荒げようとしたベアトリクスを遮り、ケインは少しだけ意気の上がった声で話を続けた。

 

「増援でも寄越すのか? 少し増えたところでエルステを相手に正面からやるのには足りん」

 

『そんな余裕はない。そして、そんなつもりもない……改めて君達に任務を伝えよう。

 急ぎアガスティアへと赴き現地で作戦行動中の”真紅の穿光、”裂光の剣士”と協力してアーカーシャを破壊しろ』

 

 再びの驚愕。

 伝えられた任務内容に……もっと言えば伝えられた二人の片割れに三人の顔が驚きに染まった。

 

「ケイン……何のつもりだ?」

 

『今伝えた通りだ。彼らは既に秩序の騎空団と協力体制を作りアーカーシャの起動を阻止するために動いている。秩序の騎空団が居れば戦力は十分に対抗できるだろう。だが、先も言ったようにこの任務は生半可な討伐任務ではない』

 

 驚きと困惑に揺れるユーステスに答えたケインの声は希望に満ちていた。

 それはこの任務が、彼がこれまでに動いてきた様々な工作の、最後の一手でもあるからだ。

 

『そしてだからこそ、これはチャンスなのだ。

 不可能と思える任務を作り上げ、あやつの汚名を払拭する。その功績と共に偽りの真実を払い、全てを白日の下に晒すのだ。そうすることで私は初めて、あの子と向き合える……協力してくれないか。ユーステス」

 

 いつか……いつかどうにかしたいと思っていたケインの心根であった。

 組織の為、世界の為。そんな大仰な話ではない。そんな大義名分を掲げるわけではない。

 この任務におけるケインの狙いはただ一つ……我が子同然のセルグを偽りの真実から救い出し、友である彼らと共に歩んで欲しいとおもう願いのためであった。

 

 ベアトリクスが固まっていた。

 彼女としては上層部の一人であるケインの下手な態度と、驚きの任務内容に面食らっているといったところだ。

 だが、ユーステスとバザラガは既に驚きから立ち直っていた。

 胸に去来するのは確かな声。

 一度は殺し合いかけた大切な友と、また肩を並べられるかもしれない

 

 心が……身体が。その歓喜に打ち震えていた。

 

 

「ケイン……勝算は?」

 

『あやつが居るのだ、余裕だろう」

 

「違う、任務の事じゃない……あいつを救える勝算だ」

 

 既にユーステスの中で、任務は成功されるものだと考えられていた。

 状況もそうだが、何よりここにいる自分ともう一人は絶対に成し遂げる気でいるからだ。

 ユーステスが考えるのはその先……任務を達成した後の事。

 

『根回しは済んでいる。情報統制はもう意味をなしていないから簡単だった……、戦士達からのあやつへの印象は悪くない。むしろ好印象さえある……組織の人員の大半は現場で調査と戦闘をこなす者達だ。大半を味方につけたと言っていい』

 

「――――了解した。すぐに向かう」

 

「行くぞ、ベアトリクス」

 

「お、おう……なんだこの、私だけ置いてけぼり感」

 

 必要な情報は得たと言わんばかりに伝声機を切り早足で歩きだしたユーステス。遅れることなくそれに追従するバザラガと、どこか納得のいかない表情を見せるベアトリクス。

 

 三人はすぐにケインが用意した高速艇を駆り、帝都アガスティアへと向かうのだった。

 

 

『頼んだぞ……三人とも』

 

 通信の切れた伝声機を握りしめながら、ケインは一人暗い部屋の中で希望の未来を見据えていた……

 

 

 

 




補足回。
彼らはこうしてアガスティアに向かいました。


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メインシナリオ 第53幕

お待たせいたしました。


 

 

 疾走――

 

 

 煌びやかな光が灯るアガスティアの街をグラン達はひた走る。

 先頭を走るのはグランとジータ。戦士の頂へと到達したグランを完璧なサポートでジータが援護し、二人は何者も寄せ付けない勢いで阻むものを退けながら走り続けていた。

 

「これ以上は行かせんぞ!」

 

「なんとしても死守しろ!」

 

 前方より聞こえる兵士達の叫び。壁の様に居並ぶ兵士達を視認した瞬間にグランは加速、ジータはその手に炎を灯し前方を薙ぎ払う。

 最前列の兵士達が魔法の爆炎に吹き飛び、それを目眩ましにしてグランが兵士達の群れに飛び込んだ。

 

「うおおお!!」

 

 情け容赦なく振るわれる七星剣が兵士達の間を閃く。次々と切り飛ばされる兵士達の腕、腕、腕。

 鎧の隙間……間接部を狙ってグランは兵士達の腕を斬り飛ばした。先程の広場での一幕で、この攻撃が思いのほか有効だと悟ってから、グランの攻撃に容赦は無かった。

 見慣れた体の一部が欠損することは簡単に受け入れられることではない。兵士と言えど人間……任務より我が身が大切だと思うのは当然であろう。相手の戦力と戦意を削ぐには充分である。

 

 鬼神の如き剣閃で兵士の壁をこじ開けたグランが視線を前に向けると、前方には射撃体勢を取っている兵士達がいた。前衛の壁と後衛の壁……足止め役と迎撃役で構えられた二段防衛網が攻撃後の隙だらけであったグランを捉えようとしていた。

 

「イオちゃん!」

 

「任せなさい!」

 

 ジータの声に応えてイオが構える。

 足を止め、集中を経ての魔法の構築。生み出されるは特大の火球を生み出すイオの魔法、エレメンタルカスケードである。

 

「いっけぇええ!!」

 

 イオはそれを気合いと共に、兵士達の中心へと放り込んだ。

 着弾と同時に巻き起こる爆音と爆風。吹き飛ばされた兵士は言わずもがな、解き放たれた炎の熱は兵士達が着込む鎧を熱してその周囲の兵士達ですら間接的に行動不能へと追い込んだ。

 だが、それだけで兵士達を全て仕留められるわけでもない。

 

「怯むな! 食い止めるぞ!」

 

 運良く攻撃を受けることの無かった兵士が、再び壁となって立ち塞がった。

 帝国側も必死だ。天星器を扱うグランとジータ、アルベスの槍による苛烈な攻撃で兵士達をいとも簡単に吹き飛ばすゼタ。

 突破力に優れる三人だけでも食い止めるのは至難の業だというのに極め付けとなる彼女の存在がある。

 

 

「雑魚共が……散れ!!」

 

 

 黒き奔流。圧倒的なまでの闇のチカラが立ち塞がろうとした兵士達を木の葉のように吹き飛ばした。

 一度ブルトガングが閃けば、そこに残るのは兵士達の残骸のみ。

 生死は定かではないが少なくともこれ以上戦えない程物言えぬ姿へと変えている。

 

 次元の違う強さとはこのことだろう。

 広場でフリーシアが受け止めた攻撃など彼女の全力からは程遠い。当然だ、宰相であるフリーシアに戦闘力など皆無であるはずなのだから。必然そこには意識せずとも手加減が生まれる。

 その誤った認識がフリーシアを逃がしてしまった……表には表れない自責の念がアポロにから手加減というものを奪った。己の得物を手にし、迷いも遠慮もない全力を振るうアポロの攻撃は止める止めないの次元では語れないほどに圧倒的である。

 黒き奔流が、極彩の魔法が、立ちふさがる間も与えぬまま兵士達を蹂躙していく。

 

「黒騎士、飛ばし過ぎじゃないか? まだ道半ばどころかタワーに辿り着いてもいないのにそんなに飛ばしたら――」

 

「案ずるな。この程度でへばる程軟でもなければ先が見えないほど愚かでもない。手加減はしていないがまだ肩慣らしといった所だ」

 

 余りの苛烈さにグランが心配を見せるがアポロはそれを一蹴する。

 今の彼女は言うなれば機関部に火を入れたばかりの騎空艇だ。唸りを上げ、最大まで能力を発揮するには慣らし運転がいる。

 つまり今の時点では、全力を出しているが全力ではないという事だ。

 

「頼もしいと言う他ないが、それでだけで楽観視もできない状況だ。先程広場の方から聞こえた轟音……恐らくはセルグかモニカ殿の技だろう。不安を掻き立てるには充分だった」

 

 疲れの気配を微塵も見せないアポロの様子に、カタリナが焦燥を込めながら返した。

 広場を駆け抜けてすぐの事である。島中に轟いた轟音が彼らの足を僅かに止めた。振り返れば広場の方に煙が上がっているのが見え、彼らの胸中を一気に不安が襲う。

 帝国の新たな兵器の可能性や、新たな強敵の出現――嫌な予想は幾通りもあれど、それを確かめる術はなかった。

 不安を拭いされないまま疾走を再開したグラン達には、表情に陰りが見えていた。

 

「やはり、二人だけを残してきたのは失敗――」

 

「大丈夫ですお姉さま。セルグさんもモニカも歴戦の戦士……たかだか兵士程度に負けるはずがありません。後続にはリーシャさんもいるのです」

 

「私達ができるのは振り返らずに全力で駆け抜ける事だけよ」

 

 そんな彼らの不安を斬って捨てるように、最も不安を抱えているはずであろうヴィーラとゼタが前を走る。

 迷いや不安があるのは同じであっても、それを払拭できるだけの信頼が二人にはある。違えるはずのない約束があるのだ。

 陰るグラン達を鼓舞するように、二人は前衛へと躍り出た。

 

「その通りだ……今優先すべきことは奴らの安否を気にすることではない。小僧共、腑抜けていると置いていくぞ」

 

 そんなゼタとヴィーラの様子に追従して、アポロは再び魔法で立ち塞がる兵士を薙ぎ払う。

 後ろを振り返っている余裕は無い。急がなければ世界が終わるかもしれない今、何としてもタワーへとたどり着いて、星晶獣デウス・エクス・マキナを止めなくてはならない。

 その意志を示すかのように前を走り続けるアポロを見て、焦燥に駆られていたグラン達も落ち着きを取り戻す。

 

「まぁなんつーか、今更だよな……」

 

「そうだな……セルグの野郎が心配かけるのも、その後でケロッとした顔で戻ってくるのも」

 

「儂は存外、ボロボロのセルグの方が印象深いのじゃが……皆はそうなのか?」

 

 これまでを振り返り、若干呆れた様子のラカムとオイゲン。二人の言葉にアレーティアは疑問を覚える。

 アレーティアからしてみれば最初の邂逅から、セルグはガンダルヴァに殺される寸前であった。何の根拠もない二人の言葉は信じられる要素が見当たらない。

 

「なんだかんだ色々とあったが、結局のところセルグは強ぇからな。これが他の奴だったら心配も尽きねえ所だが……」

 

「アイツは死なない。何故かそう思えるんだよな」

 

「それ、ちょっとわかるかも。確かにセルグって何があっても最後は生きて帰ってきそう」

 

 ラカムとオイゲンに続くように、イオも同意を見せた。

 心配は心配だが、兵士が何人いようと彼がやられる姿が思い浮かばないのも事実。ヴェリウスも一緒であれば彼の戦闘力は留まる事を知らないだろう。

 だが、そうは簡単に割り切れない者もいた。

 

「もう、ラカムさんにオイゲンさんにイオも、なんでそんな楽観視できるの。今までのセルグさんを見てきたらそんな風に思えるわけないじゃない」

 

「落ち着けってジータ。三人は楽観視してるわけじゃなくてこれまでを考えればセルグがやられるなんてこと早々無いとわか――」

 

「そうやって……グランがちゃんと止めないからいつまでもセルグさんは無茶ばかりするんでしょ! さっきだって……私は残る事を反対したのに」

 

 グランの言葉に、一人沈んだ表情のままだったジータが声を荒げた。

 絶望的な戦力差。それを覆す手段はあると思えなかった。

 ジータの目からはどうあがいても、残った二人に死が訪れる未来しか見えなかった。

 自分達への追撃を防ぐために逃げる事は許されない。必然、二人はあの夥しいと言える戦力を全て引き受けようとするだろう。

 突破されようものならその身を犠牲にしてでも食い止めようとするだろう。

 残った二人が今どれ程の苦境にいるかと思うと、ジータは身を引き裂かれるような気持ちであった。

 

 疾走しながらも、一行に沈黙が流れる。突然声を荒げたジータの面持ちに、グラン達は言葉を返せずにいた。

 

 

「こーら」

 

 

 そんな沈黙を破り、軽い声でジータの頭をゼタが小突く。

 

「ゼタ……さん?」

 

「勝手に二人がやられるって決めつけないの。折角皆不安を振り払おうとしているのに、団長であるジータがそんなんでどうするのよ」

 

 言い聞かせるように、ゼタは優しい声音でジータを窘めた。

 不安なのは良くわかるが、それを今騒いでもしょうがない。

 そう言外に伝えてきたゼタの言葉に、ジータの募る不安は僅かな怒りへと変わる。

 

「ゼタさんは心配じゃないの!? あんなにたくさんの部隊をたった二人で食い止められるわけないのに。むざむざ――」

 

「心配に決まってるでしょ。でもそれとこれとは別……あの時はあれが最善だった。

 状況も戦況も切迫している。誰かが残らなければいけなかったし、適任はセルグとモニカだった。違う?」

 

「それは……そうかもしれないですけど」

 

 ゼタの言う事は正しい。だが、ジータにそれを御するだけの余裕は無かった。

 不安で仕方ないのだ……ガロンゾで、団長としての顔とジータ個人の顔というものを認識した。これまでであれば、団長として必要な決断と割り切れるかもしれなかった事も、生来の優しいジータとしての心根がそれを邪魔する。

 決戦の舞台であるからこそ、一つの決断が大きな過ちではなかったかとジータの心に尾を引いた。

 

「それにね、心配だけど私は信頼もしてるの」

 

 そんなジータの耳に不安を感じさせないゼタのまっすぐな声が届く。

 

「――どういう事ですか?」

 

「組織にいた頃のセルグは常に一人で戦っていた。強大な星晶獣を屠る戦いを一人で幾つも潜り抜けてきたのよ。そして、どんな苦境でもアイツは必ず生き延びてきた……組織を離反する時までね。

 モニカにしたってそう。この黒騎士を相手にして、捕縛に一役買った実力者よ。

 そんな二人を相手にして帝国の兵士程度で勝てると思う? 私はそうは思わない。心配なのはわかるけど、信じてあげて……二人の実力と、二人のこれまでを」

 

「ゼタさん……でも」

 

「そこまでにしなさいジータ。心配なのは皆一緒……でもゼタの言うとおり私達は信じて先に進まなければいけない。迷いを持ったまま戦えば隙を生む。

 彼が無事に帰ってきたとき、彼の居場所でもある私達が欠ける事はあってはならないのよ。彼を想うのであれば、今は目の前の戦いに集中なさい」

 

 言い募ろうとするジータを、口調鋭くロゼッタが言い聞かせた。

 有無を言わせない真剣な雰囲気と、ゼタとは違う厳しい声音にジータは少しだけ萎縮したが、その言葉の意味をしっかりと理解したのだろう。

 徐々に弱々しかったジータの雰囲気が覇気のある力強いものへと変わっていく。

 

「そう……ですね。ごめんなさい、こんな時に一人だけ弱気になってしまって。

 もう大丈夫です、先を急ぎましょう」

 

 優しく厳しい言葉に、ジータの意識が前向きなものへと切り替わった。

 弱さはもう見えない……いや、見せていないだけで胸中に不安は燻っているのだろう。

 だが、そんな気持ちで戦っていては命を落としかねない。セルグが戻ってきたとき、もしそんなことになっていれば彼はまた己を責めるであろうことは自明の理であった。

 

「お二人の言う通りでした……信じて、そして全員で戦い抜かなければいけない。なら私にできる事は、皆を助ける事だけです」

 

 瞬間、仲間達に宿る属性のチカラが膨れ上がる。

 エレメンタルフォース――詠唱無しで発動させたそれは通常の工程を踏んだものと大差なく、その練度の高さが伺える。そこに迷いの入るすきは一分たりとも在りはしなかった。

 

「無茶はしませんが、少し無理をします。援護魔法と攻撃魔法で道を切り開くので一気にタワーまで駆け抜けましょう!」

 

 四天刃を構え、ジータが前に躍り出た。

 

「ふっ、らしくなってきたな……ガキなんだからその位に無鉄砲で丁度いい」

 

「それじゃ、黒騎士は魔法の師匠としてジータを助けてやってくれよ。僕も前で走り続けるから!」

 

 迷いを振り払ったジータの様子に感化され、グランもまた先頭に躍り出る。

 ジータの援護魔法を受けて、グランから瞬く間に放たれる剣閃の数々が視界に入る兵士達を次々と討ち捨てていく。

 

「じゃ、じゃあ私もサジタリウスを喚んで一緒に走ります!」

 

「こらルリア、さすがにこの場に星晶獣を喚んで走り回るのはマズイ。今はアダム殿の元で大人しくしていてくれ」

 

「それじゃあ……私が」

 

「人形、ふざけた事を言うんじゃないぞ」

 

「――がっかり」

 

 そんな二人を見て、逸る子供二人を保護者二人が窘めていた。

 

 全員の表情から不安や迷いが消えていた。

 仲間を置いてきた事でやはりどこか落ち着かなかった心が、落ち着きを取り戻していた。

 そう、誰か一人でもかける事は許されない。ロゼッタが言うように、セルグの生い立ちを考えればここにいる仲間達は誰も死ねない。

 セルグが帰れる場所である為に、一行は心を一つにして帝国軍へと挑む。

 

「へへ、なんだか皆良い顔してんな! それじゃ、ガンガン進もうぜ!」

 

 勢い新たに走り出す一行を小さな竜が鼓舞し、タワー目指してグラン達の進撃が続く。見ればタワーへの道のりの中程までは来ただろうか。相変わらず兵士の迎撃は後を絶たないが、それはむしろタワーへと近づいてきた証左とも言える。

 

 

 その後方では大きな戦闘の音が幾度となく鳴り続けていたが、彼らはもう振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「フラメクの雷よ、(とき)は来た。共に憤怒を叫び、蒼天を焦がせ……!!」

 

 

 それは建物の上にいた彼が発した言葉。

 平穏と静寂を好む彼の声など戦場の音にかき消されて聞こえないはずだというのに、セルグにはそれがはっきりと聞き取れた。

 次の瞬間、戦場は耳をつんざく巨大な爆音と閃光に包まれる。

 降り注ぐ雷の雨……空気を無理やり裂いて迸る雷が幾本もアガスティアに降り注ぎ、二人の目の前に押し寄せていた帝国兵士達を打ち砕いた。

 

 

 ――静まり返る戦場

 セルグとモニカにとっても、帝国軍にとっても、理解の追いつかない事態に戦場は静寂に包まれる。

 特に帝国軍の指揮官は目の前の光景に唖然とすることしかできなかった。

 無謀にもこの場に残り、兵士達を食い止めようとしていた愚か者二人(セルグとモニカ)に、兵士達を差し向けた次の瞬間には、突如降り注いだ落雷によって兵士が吹き飛んだのだ。

 想定外も想定外。思考は回らず、ただ静かな時間だけが過ぎていた。

 

 そして、この場に置いて唯一何が起きたかを理解できる人物も、それが信じられないと言わんばかりに呆けることしかできなかった。

 

 

 

「ユース……?」

 

 目の前の光景が信じられないというように、半信半疑で建物から降りてきた人物の名を、セルグは呼んだ。

 記憶に残っている通りの仏頂面……記憶のままの雰囲気はとても偽物とは思えない。

 そんなセルグの混乱を尻目に、その人物はセルグの目の前まで歩み寄ってくる。

 

「珍しいな。お前のそんな顔は」

 

「お前……なんでここに」

 

 声を聞いて確信を得たか。セルグは問いかけた。

 チームを組んでいるはずのゼタからも話は聞いていない。アガスティア(こんなところ)にいるはずのない友の姿にセルグはまともに思考が回らなかった。

 

「私達もいるぞ!!」

 

 だが戸惑うセルグが答えを得る前に、どこかから若い女性の声が飛び込んでくる。

 この場にそぐわぬ少し気の抜けた声と同時に、呆けるセルグの前には新たに二つの人影が舞い降りた。

 

「ユーステスばかりにいい格好はさせないからな!」

 

「状況と空気を読めベアトリクス。ここは余計なことは言わずに加勢するべきだ」

 

 ゼタと酷似した鎧をまとうヒューマンの女性と、大鎌をもった黒鎧に包まれるドラフの男。

 組織の戦士、”ベアトリクス”と”バザラガ”が、落雷を受けず再び押し寄せていた帝国兵士の渦中に飛び込んだ。

 

「エムブラスクの剣よ、因果を喰らえ!」

「大鎌グロウノスよ、力を示せ!」

 

 同時に解放された二人の武器が光りだす。

 エムブラスクは藍色のチカラで大きく肥大化。グロウノスは赤黒い雷を灯す。

 それぞれのチカラに染まった二つの武器は、兵士達を刈り取らんとアガスティアの街に咆哮を挙げた。

 大きく振りぬかれる剣と大鎌。二人が放つ二つの斬撃が帝国兵を薙ぎ払う。

 

 

「なんだ!? 一体何が起きたのだ!?」

 

 落雷に次ぐ前線の崩壊に指揮官である兵士が狼狽える。

 だが、それはセルグも同じ様で、状況の変化に呆けたままであった。

 

「本当に珍しい顔をしているなセルグ。お前がそんな顔をしているのはあの娘から想いを告げられた時以来か?」

 

「しっかりしてくれよセルグ! 私がお前を倒す時まで死なれちゃ困るんだからな! というかバザラガ、あの娘ってアイリスさんの事だよな? なんでバザラガはそんな事知って」

 

「――――はぁ、お前は少し黙っていろ」

 

 戦場だというのに相変わらず気の抜けているベアトリクスに溜息を吐くバザラガ。思わず拳骨を落としてベアトリクスを黙らせる。

 そんな二人のやり取りを見ても、セルグはまだ目の前の現実が信じられなかった。

 

「バザラガ……アホの子まで」

 

「セルグ!? あ、アホの子ってなんだよ! 私にはベアトリクスっていう名前が――」

 

「少し黙っていろ」

 

「ちょっ、バザラガぁああぁあ!?」

 

 バザラガが騒がしいベアトリクスを掴まえて再び迫りくる兵士達の中へと放り投げた。同時に、自分もその中に続いていく。

 二人によって瞬く間に兵士達へ阿鼻叫喚が生まれる中、落ち着いた様子でユーステスはセルグと向き合う。

 

「――ここに来たのは任務だ」

 

「任務だと?」

 

「星晶獣アーカーシャ。組織もこの存在に気づいた。アーカーシャを確保するために動き出そうとしていたが、お前の父親が俺達へ先に任務を回したんだ」

 

「ケインが……」

 

 ユーステスの言葉でセルグの脳裏に父親代わりの男の姿がよぎった。

 

「確保する部隊が動く前にアーカーシャを破壊する。それが、ケインから通達された俺達の任務だ――ここは任せろ。星晶獣の破壊ならお前の専売特許だ。早く行け」

 

「これだけの数を相手に何言ってんだ。それに、そんなあからさまな妨害行動……下手すりゃお前やケインの立場が――」

 

「心配するな。組織も一枚岩ではない……もはや舵を取れる者はいないからな」

 

 セルグに直ぐに浮かんだ懸念。

 アーカーシャを確保しようとする組織の動きに真っ向から喧嘩を吹っ掛けるような任務を通達したケインも、それをこなそうとしているユーステス達も、反抗の意思有りとみて粛清されるかもしれない。

 己と同じ悲劇が生まれそうな彼らの行動にセルグは待ったをかけようとするが、ユーステスは心配はないとセルグの懸念を切って捨てた。

 

「創始者は消え、上層部は派閥を幾つにも別れている。俺たちの動きも悟られていないし何より今の状態はチャンスだ」

 

「チャンス……? 一体何の――」

 

「お前が戻ってくるチャンスだ――――既にあの一件の情報統制も形骸化している。上層部がお前に対処する前に、真実を白日の下に晒すことも可能だとケインは判断した。奴からの伝言だ。『しっかりやれ。これがお前の復帰任務だ』。だそうだ」

 

「復帰任務……ってことはまさか!?」

 

「ああ、この任務は俺達三人とゼタ。そしてお前の五人に当てられた任務。後は……お前が選ぶだけだ」

 

 そう言い残して、ユーステスはバザラガ達の援護に向かう。

 流石は組織の戦士と言ったところか、各々が持つ武器の特性を生かしながら、彼らは帝国軍を押しとどめていた。

 その姿はどれも全力……星晶獣を倒すために活躍していたかつてのセルグと重なった。

 

「セルグ」

 

 モニカがセルグに駆け寄った。その表情には少しだけ不安の色が垣間見える。

 

「彼らは以前アマルティアを襲撃した……」

 

 忘れるわけはない……アマルティアを襲撃し、リーシャを負傷させた部隊にいたユーステスとバザラガ。被害は軽微だったとはいえ、二人の襲撃を受けた団員達もいたのだ。

 彼らの出現はセルグにとってはただの驚きで終わるが、モニカにとっては簡単に信用できない事態だった。

 

「――――モニカ、悪い。今だけはそれを忘れてアイツラと一緒に戦ってくれ」

 

 だが、彼女のその想いを理解したうえで、セルグは告げる。

 彼らの救援。ケインによる根回しがあったとは言え、彼らはセルグの為に駆けつけてくれた。

 セルグと共に任務を全うし、セルグと共に組織へと帰還するため……かぶせられた汚名を雪ぎ、もう一度セルグと歩むことを友は望んでくれたのだ。

 

 セルグの心は決して強くはないと言えよう。

 化け物と呼ばれ疎まれ、仲間殺しの誹りを受けてきた。その存在と使命故に壊れ、折れることが無くても、彼の心は傷つかないわけではない。

 そんなセルグにとって、共に歩んでくれる者の存在が非常に大きいのはグラン達との出会いからもわかる。

 

 であるなら彼らとの絆はどうだろうか。

 訓練時代から知っているユーステスと、戦士としての戦いを教えられたバザラガ。二人とセルグの出会いはグラン達よりももっと以前の事だ。

 袂を別ったと一度は捨てた彼らとの絆が、今セルグを助けるべく舞い戻った。

 

 

「――セルグ? ふふ、わかった。ここは私と彼らに任せて先にいけ。こっちを片付けたら私も必ず追いつく」

 

 セルグの頬を伝うものを見て、モニカは全てを悟る。

 彼らの救援が、ユーステスの声が、ケインの言葉が。組織に連なるセルグの罪悪感を赦してくれたのだ。もう一度共に歩み、肩を並べる事を許してくれたのだ。

 失った絆を取り戻せた歓喜に、セルグは打ち震えていた。そんなセルグの背中を押す様に、モニカは兵士達を睨み付け背中越しに語りかけた。

 

「行って来い! かつて失った、お主の居場所を取り戻すために!」

 

 ユーステス達が居れば、ここでの役割はセルグとモニカ抜きでもこなせる。かといってモニカはこの場を離れるわけにはいかない。

 直にリーシャも来るのだ。部隊の到着を待ち、指揮を執る必要が出てくる。

 先を託し、背中合わせでモニカはセルグへと道を示した。

 

「ありがとう……モニカ。先に行ってる」

 

 小さくそれだけモニカに告げたセルグは駆け出す。

 己が使命を全うする為。生まれた意味を果たす為。消えかけている未来を守る為。

 傍らにヴェリウスを従えて、セルグは全速力でアガスティアの街を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 離れていく足音を背中で感じながら、モニカは目の前の戦場を見つめた。

 

「あいつとは、親しいのか?」

 

 一当てして後退してきたユーステスが静かにモニカへと問いかける。

 一度は敵対した者同士。簡単に共闘できるかと不安ではあったが、ユーステスの声音に敵意は無かった。

 

「なんだ、羨ましいのか? あやつとは将来を誓う仲だ」

 

 少しだけ得意げな様子で返したモニカの言葉に、ユーステスは目を丸くする。

 冗談とは思えないほど、モニカには心満たされている者だけが持つ充足感と言うものがにじみ出ていた。

 

「驚いた……次は無いと思っていたからな。だが、そうであるなら一つだけ言っておこう」

 

「死ぬな、だろ?」

 

 言いたいことは分かっていると、機先を制したモニカの言葉にユーステスは再度目を丸くした。

 だがそれも束の間、目の前の女性が真にセルグの事を理解しているのだとわかり、嬉しさがこみあげてくる。

 

「――わかっているなら良い。行くぞ」

 

「ふっ、心得た!」

 

 刀を抜き放ち走り出すモニカ。その背を守るように銃弾を打ち放つユーステス。

 願いと想いをチカラに変え、二人は数多の帝国軍を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

「うおりゃぁあ!!」

 

 渾身の一振りが兵士達を薙ぎ払う。

 押し寄せる帝国軍を相手に、バザラガとベアトリクスは奮戦していた。

 

「くそぅ、滅茶苦茶いるな。なんだよこの数!?」

 

「無駄口を叩く暇があったら少しでも剣を振れ。この状況……お前にとっては好都合のはずだ」

 

「それはそうかもしれないけど、簡単に言うなよな。ピンチの基準なんて正直曖昧でどれだけこいつがチカラを発揮してくれるかわからないんだ――ッ!?」

 

 瞬間、放たれる銃撃をベアトリクスは剣が纏うオーラで防ぐ。

 反射的に行ったその防御は、先程までの彼女の懸念をあっさりと払拭するほどに、剣が己に従う感覚を覚えさせた。

 ピンチの時こそ、その能力を十全に発揮するエムブラスクの剣。それは持ち主である彼女の能力とも相まって多勢に無勢の今のような時こそその能力が開花する。

 

 

 意のままに使ってみろ……そんな言葉が聞こえる気がした。

 総毛立つ寒気にも似た感覚にベアトリクスは陥る。これまでとは違う確かな剣の変化。己の身と一つになったかのような一体感を感じ、彼女は口元を弧に歪めた。

 

「――へぇ、今日は随分と素直だな。バザラガ、前言撤回だ。今日は思いっきりやれるぞ!」

 

「安心しろ……お前の言葉の半分は信用していない」

 

「ぐっ!? あのなぁ……いくら私でもそろそろ」

 

「だが、こういう時のお前の実力は理解している――頼らせてもらうぞ」

 

 背中越しに預けられた言葉に、ベアトリクスの心が躍る。

 普段の扱いも、彼女のこれまでを考えても、仕方ないと言えば仕方ないが、どうにも低く見られがちであった。だがそれでも、彼女の実力は本物であるとバザラガもユーステスも認めている。

 故に掛けられたものは信頼であり、預けられたのは背中であった。

 

 剣と仲間。二つの信頼が彼女に大きな力を与える。

 自分の実力をいかんなく発揮できる。そんな精神状態へと没入するための一押しを受け、ベアトリクスの胸は冷静と興奮の入り混じる何とも言えない状態になった。

 

「――ははっ、こんな状況だっていうのに。嬉しくなってきた」

 

 目の前に並ぶ兵士達を見回しながら、ベアトリクスは剣を振るった。長剣でしかないその間合いを纏うオーラにて肥大化。正に薙ぎ払う。

 次いで襲い来る攻撃に対し、防御を選択。剣に纏うオーラが形状を変え彼女の身を覆うように展開する。

 放たれた銃撃も、横合いから振り下ろされた剣も全て防ぎ切り、同時に彼女はその場を疾走。恐るべき早さで銃撃後の兵士達の群れに吶喊して

 

「はぁああああ!!」

 

 大剣となったエムブラスクを叩きつけた。

 剣本体の形態変化。更に纏うオーラによる肥大化。彼女の意思に応え、破壊力を極限まで高めた一撃が、兵士の壁を砕き潰す。

 

「距離を取って戦え! 近づけばやられるぞ!」

 

 石畳の床すらも砕き、兵士達を圧殺したベアトリクスを見て指揮官の声が響き渡る。

 巨大な剣を軽々と扱えることに疑問を持たないまま、ベアトリクスはすぐに次の標的を定め兵士の懐へと飛び込む。

 

「邪魔だ!」

 

 大剣から短剣へと。至近距離の接近戦へと移り、またも形態を変えたエムブラスクが閃く。

 力任せではなく丁寧に、鎧の隙間を通し突き刺した短剣が、兵士の息の根を次々と止めていく。

 

 

 武器の形態変化と変幻自在なオーラ。そしてそれを扱う者にもたらされる肉体強化。これがエムブラスクの剣の真骨頂だ。

 攻、防、動の三要素に徹底的にもたらされる戦闘能力の強化。それは彼女が目指す目標、セルグの天ノ羽斬と同種であり上位の能力。

 剣に宿る属性力と肉体強化。シンプルな自己強化の天ノ羽斬とは対照的に、エムブラスクの剣は多様な形態と多様な強化能力を持つもう一つの”アルティメット・ワン”

 それをベアトリクスは天才的なセンスで使いこなしていた。

 思考はいらない。反射的に動く身体と、戦場の情報を正確に得るための五感。

 それらがベアトリクスに最適の選択をさせ続ける、最高のパフォーマンスを生み出し続けるのだ。

 

 

 

「ううむ、これがベアトリクスの底力と言うやつか……見事だな」

 

 八面六臂の大活躍といっても過言ではないベアトリクスの戦いに、自分も戦いながらバザラガは舌を巻いた。

 元々実力がある事は知っていた。彼女の能力は事の結果だけでは評価し辛い面があった。

 あっさりと敵勢力に捕縛されたかと思えば、全部丸ごと壊滅させて帰ってきたり。

 油断していきなり星晶獣に踏みつけられたと思えば、セルグを思わせるほど重く鋭い一撃で一瞬の元に星晶獣を刈り取る事もあった。

 

 癇癪玉……彼女の教官がもっぱらそう評価していたが、正に言い得て妙である。

 恐らく今目の前で見せているこの戦いぶりは、次求めても簡単にはできないだろう。

 能力の発揮にムラがある。だから彼女は癇癪玉なのだ。

 

「まぁ、せっかくベアトリクスが爆発してくれたのだ。俺も少しは張り切るとしよう」

 

 心配は無いと、バザラガはベアトリクスに割いていた意識を目の前に集中する。

 視界に入るのは魔晶によって変異した巨大な兵士。幾人も並んでおり、切り札を切ってきたのだろう。

 ドラフの巨躯を軽々と凌ぐそれらが繰り出した、巨剣による一撃を視認した瞬間にバザラガはグロウノスの柄でその全てを受け止めた。

 

 音と衝撃が盛大に散らされ、足元が陥没するもバザラガにダメージは無い。

 防いでることもそうだが、彼の体は特別製。仮に受けようとダメージは無い。

 

「魔晶か……ちょうどいい。お前達には餌になってもらおう。俺とグロウノスの餌にな……」

 

 兜の奥でバザラガの目が光る。

 ドラフの巨躯が躍動し、巨剣を打ち払うと同時にグロウノスの刃が魔晶兵士の体を断った。

 決して早くは無いがバザラガの怪力と大鎌のリーチ目一杯に振るわれた一閃は、何の苦もなく魔晶兵士を切り裂いてのける。

 

 次の瞬間、バザラガが纏う闇のチカラが膨れ上がる。グロウノスが赤黒く光り、鎧を闇のチカラが覆った。

 

「星晶獣に比べれば粗末なものだが、まぁ良いだろう……少しは足しになりそうだ」

 

 喰ったのだ、魔晶兵士が持つ星晶獣にも匹敵するような膨大なチカラを。

 喰らったチカラはグロウノスの刃に乗り、バザラガにも還元される。戦えば戦うほど強くなる、悪魔のような戦士が帝国兵士の前に立ちふさがった。

 

「うぉおおお!!」

 

 怪力無双と言わんばかりの大鎌による乱舞。標的が魔晶兵士という事もあって、バザラガは大きく鎌を振り回した。

 一閃、二閃、三閃。次々と魔晶兵士をグロウノスの錆にしていく様は、刺々しいデザインの鎧も相まって、正に悪鬼の様。

 帝国軍にとって止める事のできない化け物へと早変わりした。

 

「黒い奴も離れて対処しろ! 近づけば真っ二つだ!」

 

「魔導師部隊! 援護しろ!」

 

 接近戦を避け、帝国軍は魔法と銃撃による遠距離戦に移行する。

 遠目に構えていた魔導師部隊による魔法と、後衛の狙撃部隊の銃撃。その集中砲火がバザラガに寄せられた。

 更に、味方への損害も構わずに待機していたアドヴェルサも火を噴いた。

 ヒトに放つものではない砲撃の着弾。魔法による爆発の後に続いたアドヴェルサの一撃が命中したのを見て、帝国軍からは歓声が挙がる。

 

 

「よし! まずは一人………このまま前衛で足止めをして残りもアドヴェルサで――」

 

 僅かに口元を緩めながら、その大きな音と爆発にバザラガを討ち取った事を確信した指揮官は、次の標的を定めようとしてその動きを止めた。

 

 

「まだまだだな、この程度では星晶獣の一撃には遠く及ばない。

 この身体は特別製だ。俺を倒したいなら、セルグの様に全てを断つ一閃で首を狙う他ないぞ」

 

 

 煙の中、悪鬼は再び姿を現す。

 歓声を挙げた兵士だけでなく指揮官も言葉を失った。魔法も銃弾も砲撃も、その全てはバザラガに直撃していたはずだ。

 だと言うのに、倒すどころか傷一つ付いていない。

 

 この身体は特別製……とはバザラガの口癖だがこれは嘘やハッタリでは決してなかった。

 体内に幾重にも張り巡らされた魔術回路。後天的に施された施術によって、バザラガの体は全身を覆う魔力障壁の防御と、体内を巡る再生魔法に守られている。

 防御と再生。正に魔術によって造られた特別製の身体なのだ。

 彼が言うように、命を奪うにはその首と胴を切り離すしかないだろう。

 

「バカな、そんなバカな!? ええぃ、アドヴェルサ第二射だ! 次で必ず仕留めるぞ」

 

 指揮官の指示が飛んだと同時に作動するアドヴェルサ。本国を防衛するために訓練を重ねてきている兵士はその訓練の成果を発揮するように、各々ができることを最速で行う。

 相手が普通であればこれで十分に戦えたであろう…………が、今この時においてはそれが通用しない。

 

 

「――させると思うか」

 

 

 再びバザラガへの攻撃が始まる直前。まるで小さな羽毛を思わせるようひらりと彼らの頭上へと翻る人影があった。

 静かな声と対照的な爆音が再び戦場を支配する。渇いた銃声が一発。続くように落ちた本日二度目の爆雷がアドヴェルサを破壊した。

 長銃フラメクの雷を握る男ユーステスが戦場の中心へと降り立つ。

 

「くっ、またしてもあの雷……奴の得物は銃だ! 囲んで圧し潰せ!」

 

 指揮官はユーステスの武器を見て包囲殲滅を選ぶ。点での攻撃しかできない銃では数に対抗するのは難しい。指揮官の判断は正しいと言える。

 

「ふっ……この感覚も久しぶりだな」

 

 兵士に囲まれた状況に、普段は変化に乏しい彼の表情が変わった。

 数的不利。包囲と言う状況。浮かぶのは好戦的な笑みで、思い出すのはかつて友と駆け抜けていた訓練時代の事だった。

 今思えば、ベアトリクスの癇癪玉という呼び名が彼女の教官から飛び出たのも必然だったのだろう。

 なんせ自分たちは彼女に鉄砲玉と呼ばれ続けていたのだ。

 スイッチが入れば止まらない。目的完遂に向けてなにがあっても走り続ける……そんな自分達を彼女はそう評した。

 

 自然と体の力が抜けて姿勢が低くなる。

 ゆらりと揺れたユーステスがまるで倒れ込むように体を前に投げ出した瞬間。

 

「ガッ!?」

 

 ユーステスの正面にいた兵士の顔には足が突き刺さっていた。

 そのままユーステスは兵士の顔を足場に跳躍。空中へ躍り出ると同時にユーステスは上下逆さに体勢を取り引き金を引く。

 態勢を整え石畳に降り立つまでの数秒の間に放たれる弾丸の嵐が、無造作にばらまかれ包囲する兵士達の数を一気に減らす。

 重力に従い再び地に降り立ったユーステスの背後を、兵士の一人が襲い掛かるもそれはすぐに振りぬかれた蹴撃であえなく阻まれ、次の兵士を足場にユーステスは再度跳躍。

 空中に躍り出れば弾丸をばら撒き、地上に降り立てば恐るべき体術で兵士達を薙ぎ払う。

 エルーン故の軽やかな身のこなしが全ての動作を間断なくスムーズに次なる攻撃へとつなげていく。

 そしてフラメクの雷は、魔力により弾丸の形成し内蔵された炎属性の機構によってそれを発射する、リロード要らずの長銃。

 

 ”不絶の魔弾”。

 絶えることのない体術と、絶えることのない銃撃。終わることのない攻撃から、彼はそう評されていた。

 包囲殲滅という戦術を嘲笑うように、ユーステスは跳び、躱し、撃ち、打つ。

 

 

「疲れはないか、バザラガ?」

 

「珍しいなユーステス。前に出てくるとは」

 

 ひとしきり打ちのめしたところで、ユーステスはバザラガと合流。

 ベアトリクスはまだ単身で戦っているが、エムブラスクの能力もあってかやられる心配はなさそうであった。

 攻撃を受けながら兵士達を薙ぎ払うバザラガを心配していたが、こちらも未だ全く衰えを見せていなかった。

 

「少し勢いが必要だと判断した。打ち漏らしは彼女に頼んだから問題はない」

 

「ほう、どうやら心配は杞憂で終わったようだな。任せて良いのか?」

 

「下手すると俺達よりも上だ。セルグと同格だと思って良い」

 

「そうか、ならば俺達は全力で殲滅しよう。我らの武器はこういった時こそチカラを発揮する」

 

「あぁ――――フラメクの雷よ、憤怒を叫べ」

 

「大鎌グロウノスよ、力を示せ!」

 

 三度目の落雷の嵐。次いで、肥大化したグロウノスの巨大な斬撃。

 居並ぶ兵士達を二人が根こそぎ打ち払うその先で、藍色の光もまたその強さを見せつけるように輝いていた。

 

「エムブラスクの剣よ、因果を喰らえぇえええ!!」

 

 各々がもつ全力が、押し寄せる兵士達を薙ぎ払う。

 

 だが、それでも数の暴力は変わらない。打ち倒せるのは表層のみで、後ろから湧き出るかのように次々と現れる帝国軍が途切れることはなかった。

 

 

 

「セルグの友……元同僚か。あやつもそうだが、彼らも大概だな」

 

 打ち漏らしを通さぬよう後列で待機しているモニカは、前方で大暴れしている三人を見て感嘆の声を漏らしていた。

 最初から見せつけるように行われた全力の攻撃。帝国軍に甚大な被害を出す彼らの攻撃力は武器に因る部分もあるだろうがモニカには出せないものであった。

 その脅威度を見せられては彼らを放置してグラン達を追う事も難しくなる。グラン達を追撃しようと背を見せれば今度は自分達が背中を撃たれるのだ。

 帝国軍の選択は速やかに彼らを撃破し追撃に移行ということになるが、それをさせるほど彼らは甘くない。

 

「だがそれでも……あのような全力戦闘、長くは持たないだろう」

 

 肌に感じるほどの属性力の解放。一撃一撃に込められたチカラは多大な消耗をもたらしているはずであった。

 足止めが精一杯であることは明白であり、限界が来るときはそう遠くは無いだろう。

 

「まぁ、私ができる事は変わらないがな」

 

 懐から取り出した円筒に火を点ける。放たれるのは赤色の信号弾であった。

 さっさと来いという意を込めた可愛い後輩への催促だが、見えるほど近くにいるかはわからなかった。

 少々薄暗いアガスティア周辺ならば見えやすいとは思うが、遠ければ当然見えないだろう。それはつまり、リーシャが駆けつけるのはまだまだ先になる事を意味する。それまでは自分達だけで乗り切るしかない。

 苦しい状況ではあるがそれでも、モニカにはなんとなくリーシャの到着がもうすぐだと思えた。

 

 顔を挙げる……自分に殺到する兵士達を見据えた。刀の鯉口を切り、モニカは愛刀を抜刀。

 

「旋風雷閃」

 

 空を切った愛刀に紫電が灯り、準備万端と構えたモニカは迎え撃つより前に駆け出す。

 姿勢低く兵士の懐へと踏み込んで一閃。体勢整え二閃。その僅かな動作だけでモニカは五人の兵士を打ち倒す。

 最少で最短で最効率。消耗少なくモニカは襲い来る兵士達を屠る。

 派手な戦いは彼らに任せて、モニカは徹底して効率的に敵の数を減らす。

 強化した刀で斬るのみ。肉体を酷使するのは数瞬。踏み込んで切り捨てるその瞬間だけだ。

 正面から相対するのなら、一度に襲い掛かれるのはせいぜいが四人程度。打ち倒し続けるのに何の苦もない。

 横や背後に回り込まれてしまった時は。

 

「それだけでは甘いよ……春花春雷」

 

 縦横無尽に閃く迅雷の剣技。

 視認する事すら許さず、周囲の兵士をモニカは切って捨てた。

 状況判断、攻撃の選択、危険の無い位置取りと、百戦錬磨の騎空士であるモニカを打ち取るのは至難の業である。

 彼女の強さは攻撃力や防御力といった直接的な戦闘力に因るものではない。

 自分を活かす戦い方。相手の強さを殺す戦い方。巧みで緻密な戦闘こそが彼女の強さである。

 無論、戦闘力という点でも彼女は決して低いわけではない。僅かな攻撃で次々と兵士を屠れるのは、愛刀と自身の肉体の強化を極めているからこそできる芸当だ。

 

「ほぅら、ドンドン来て良いぞ。私はまだまだ元気だ!」

 

 兵士達を引き付ける様に、モニカは戦場で舞う。

 流麗な剣閃は間断なく閃き、止まらぬ足は踊りの様に軽やかだ。

 剣乱舞踏……そう呼ばれる彼女のこの戦いを前に、帝国兵士達は成す術が無かった。

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 できるだけ細い路地を選び、セルグは走り続けていた。

 

「ヴェリウス、状況は?」

 

 ”小僧共はもうすぐタワーまでの道のりの半分と言うところだ。広場の方はまだ無難に戦っている。心配なのはわかるが落ち着いて今はとにかく先を急げ”

 

 セルグが生み出したヴェリウスの分身体による情報から、一先ずは心配がない状況にセルグは安堵した。

 置いてきたモニカ達はもちろんのことだが、先を行くグラン達にも大きな危険が待ち構えていないかと不安であった。相変わらずの心配性なセルグの様子に、ヴェリウスは苦笑する。

 

 ”それよりもお主の状態はどうだ? 非常に軽度とは言え、翼を得るために融合をしたのだ。影響がないわけではあるまい”

 

「そっちは思いのほか小さいよ。多分強化目的ではなく飛翔魔法と翼の為だけに使ったからかな……肉体の強化は本体からのチカラで済ませた分、融合の反動は殆どない」

 

 ”それは嬉しい誤算だが、無理はするなよ。お主の身体が壊れかけているのに変わりは無いのだ”

 

「わかっている。大事な目的も増えたしな……」

 

 そう言ってセルグは手を握りしめた。

 アガスティアでの戦いの先……組織へと戻る未来。

 新たに提示された未来は、セルグにとって希望に彩られる明日であった。

 また友と気安く話せる時が来る。また友と肩を並べて戦える日が来る。

 グラン達と出会う以前と比べて、愛する女性と親しき友を得たセルグの心は本当に救われていた。

 罪の意識にさいなまれ、復讐の炎を胸に宿していた時が嘘のようである。

 

 だから、彼は忘れてしまっていた……

 己の罪は決して消えるものではないということを。

 

 

 

 

 

 

 ”パン”と乾いた音が鳴る。

 

 戦場に相応しいその音は少量の火薬が爆ぜた証。

 アガスティアの街を駆け抜けていたセルグは、己の頬に一筋の赤い線ができるのを見てその足を止める。

 綺麗に頬をかすらせた技量。そこからわかるのは、今の一発は単なる足止めの為の威嚇に過ぎないという事。そして聞こえた銃声はまたも聞き覚えのある音であった。

 

 

 フワリと言った様子でセルグの目の前に一人の女性が舞い降りる。

 エルーン特有の耳。白を基調とした服装は所々動きやすさを求めた肉抜きがされており、所々から垣間見える女性らしさが目を引く。

 だが、何よりも目を引くのはその女性の瞳であろう。

 煌々と煌めく力強い眼差しの中に含まれる敵意。セルグを睨む視線は仇を目の前にした時のそれだ。

 

 

「久しぶりだな、セルグ・レスティア」

 

 

 小さな呟きの後に向けられた銃。

 向けられた敵意の持ち主は……彼の罪の証であった

 

 




いかがでしたでしょうか。

組織勢の活躍を描こうとしたら冗長となってしまったのは否めませんが、しっかり描きたかった部分であります。
各キャラのエピソードや設定には脚色がしてあり賛否両論かもしれませんが、本作だけの設定としてご理解いただきたいです。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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幕間 彼女が教官となった日

本作に置ける彼女を描きました




 

 

 組織の拠点がある小さな島。

 その島のとある場所に位置する小さな酒場で、一人セルグはグラスを傾けていた。グラスを傾けると言ってもそれは酒精の無いただのハーブティー。緊張を和らげ疲労回復に効果があると聞き、飲んでいるに過ぎない。

 

 久方ぶりの休日……幾つもの星晶獣を倒し、次から次へと回ってくる任務を終えたセルグはこの日をのんびりと過ごそうと決めていた矢先の事である。

 

 ”お前に話がある”

 

 そう告げられて今日この日に呼び出されたセルグは、現在この酒場で待ち合わせの最中というわけだ。

 

「すまない、待たせてしまったか?」

 

 背後より掛けられた声に、セルグは居住まいを正す。

 彼女の性格上、幾ら休日とはいえだらけた様子を見せればうるさい小言が飛んでくる。

 ましてや自分は多少なりとも知った仲だ。初対面がどうのという遠慮など彼女にはないだろうが、小言を漏らしやすい程度の仲であることは間違いない。

 

「精々茶を一杯程度だ。大して待ってもいないし今日は休日……この島で忙しい日々を送るお前に比べたらオレの時間はお前の時間程の価値は無い。――久しぶりだな、イルザ」

 

「久しぶりだ、セルグ。だが、嘘を吐くにしてももう少しマシな嘘を吐くんだな。結露した水滴が付くグラスと氷の解け切った中身。それなりの時間を待っていることが一目でわかる」

 

 セルグの目の前に置いてあるグラスの様子から、彼がこの店で一人待っていた時間が長い事を推測し、現れたエルーンの女性イルザは言葉とは裏腹な申し訳なさを醸し出して返した。

 

「気にするな。どうせやる事も無い、ただ暇な時間を過ごすだけの日だ。お前を待たせるよりはまだこの方がいいさ」

 

「ふっ、珍しく気を利かせてくれるじゃないか。少しは外で女心というものを学んできたか? マスター、私にも彼と同じものを頼む」

 

 カウンターにいる酒場のマスターに注文をしつつ、イルザはセルグの隣へと並び立った。

 数分の後、マスターから出されたハーブティーを口にしてイルザが一息ついたところで、セルグは改めて口を開く。

 

「それで、一体何の話だ? わざわざ店を指定して呼び出したんだ。それなりに重要で内密な話と見たが……」

 

 拠点の中ではなく、わざわざ人も疎らな昼の酒場に呼び出されたこと。セルグが言うように、あまり聞かれたくない内容であると推測される。

 問われたイルザは、落ち着きと真剣さをもって静かに口を開いた。

 

「そうだな。いい話と悪い話、どちらから聞きたい?」

 

「どうせどっちも碌でもない話だろう。一応悪い方から聞こう」

 

「わかった――――セルグ、少し注意しておいた方が良い。先日、訓練生の報告のために上層部へと赴いたが、最近のお前の働きを快く思わない者がいる。特にお前の討伐速度と、負傷の少なさは異常だと」

 

「下らないな。そんな話を聞いたところでオレの戦い方が変わるわけでもなければ、任務を受け無くなるわけでもない。そんなどうでも良い事を伝えに来たのか?」

 

 心底どうでも良いと言いたげな様子で、セルグはイルザに言葉を返した。

 わざわざ内密な話と呼び出すには不適当な話だと、セルグはイルザの言葉を聞き流していた。

 

「セルグっ! 私はお前がいずれ上層部にとって不都合な存在にならないかと心配で――」

 

「それを聞いてオレに何ができる? のんびりと討伐して遅らせるか? わざわざ攻撃を受けて負傷して来いと? そんな事をしていては組織に回ってくる任務は滞るし、討伐率にも影響が出る。その間に星晶獣による被害が増える様な事になっては話にならないだろう」

 

 組織に届く任務は急務であることがほとんどだ。

 何故なら星晶獣は封印や休眠によって大人しくしていたところに何かをきっかけにして暴走状態へと陥る事が多い。つまり、星晶獣が見つかるという事はその星晶獣による被害が出ている事と同意義なのである。

 

「オレの任務が遅れればそれだけ被害者は出る。待つことも手を抜くこともオレはするつもりはない」

 

「ならせめて、相棒を連れるなり仲間に頼るなりできないのか。なぜ頑なに一人でやろうとするんだ。ユーステスと組んでいれば、まだお前の評価は違っていたはずだ」

 

 一人で討伐していなければ……セルグの功績が一人のものでなければ、彼が異常だと思われることもなかっただろう。

 上層部の懸念は生まれる事が無く、セルグが恐れられるような事は無かった。

 

「簡単に言うなよ。ユースだって当たり前に優秀だ。一人で星晶獣を倒せるオレと、契約者として優秀と名高いユースが組んで同じ任務に行くことは無駄でしかない。第一、任務が滞っている現状でそんな組み合わせを上層部が認めるはずもないだろう」

 

「なら別の誰かでも良い。とにかく一人で行くのは――」

 

「そうやって組んだ相方のほとんどはオレを恐れて去っていったのを忘れたのか? ユースやバザラガのような契約者は稀だ。大抵の契約者は実力が足りずオレに付いてこれないで終わる。最後にはオレを恐れて去っていくんだ」

 

「それは……確かにそうだが」

 

 言葉が詰まり、イルザは押し黙る。

 セルグとて最初は仲間と共に討伐に赴いていた。探索班の協力を仰ぎ、相方と共に星晶獣を倒しに向かっていた。

 だが、対象の危険度が高くなるにつれ、相方の存在はセルグの戦いの枷でしかなくなってしまう。

 危険だから下がっていろ。そう言って矢面に立ち続け、負傷する事なく星晶獣を討伐してのけるセルグの姿に、相方となる戦士は一人また一人と彼の元を去って行った。

 ”命がいくつあっても足りない”

 そう言い残して……

 

「気にしたって仕方のない事だろう。任務を止めるわけにもいかない。相方になれる奴はいない。現状、上層部がどんな懸念を抱いていようと対応の仕様がないだろう。まぁ。忠告は受け取っておく。今後上層部の動きには注意しておくよ」

 

「そうやってお前は、こちらの気も知らないで……私達が一人で任務をこなすお前をどれだけ心配しているかわかっているのか。ユーステスもバザラガも……無論私も、お前が死に急いでいる様にしか見えなくて心配しているんだ」

 

 僅かに語気を強めて、イルザはセルグへと詰め寄る。

 星晶獣を倒す執念にも似た使命感。星晶獣の脅威から空の世界を守ろうと、彼を突き動かすその想いが巡り巡って彼を悪く思う原因となっている。

 誰よりも守るために戦う彼が、その戦い故に悪く思われるなど、イルザには許せなかった。

 

「望んで一人でいるわけじゃないさ。ただ、相方に成りえる奴がいないってだけでな」

 

 ほう……と、イルザの口から思わず言葉が漏れた。

 今セルグは確かに相方の存在を望んだ。望んで一人でいるわけではないと発言した。

 ニヤリと口が歪んでいく。計画通りと言わんばかりに、イルザの瞳が怪しく光っていた。

 

「――相方になれる奴が見つかれば良いんだな?」

 

「ん? あ、あぁ。まぁそういう事だが……」

 

 先程の真剣な様子からうって変わり、怪しい雰囲気のイルザにセルグは若干引きながら答える。

 容姿は良いと言える彼女のその妙な笑い方は、ある種の恐怖を思い起こし、セルグの心を一抹の不安がよぎる。

 小さく笑い続けるイルザは、その不気味な表情のままやや大きな声でセルグへとある事実を告げた。

 

「ふっ……ふふふふ。言質を取ったぞ。

 セルグ、改めて良い方の話をしてやろう。喜べ、お前には今度訓練課程を終える者を一人付ける事が決まった!」

 

 

 

「――――は?」

 

 何を言われたのか理解できないセルグが間抜けな声を漏らした。

 まるで探偵が犯人に証拠を突き付けるかのように、ビシッと指を突き付けて、イルザは愉快そうに口を開いていく。

 

「いわゆる実施訓練の延長だよ。まだまだヒヨッコな訓練生をまともな戦士に仕立て上げるためのな。

 お前の実績は素晴らしいの一言に尽きる……どんな難度の任務も軽々とこなしてのけるお前の下であれば様々な経験も積めるだろう。宛てられる訓練生にはお前の事を英雄と称しているからしっかり頼むぞ、英雄殿」

 

「――おい、自分が何を言ってるかわかっているのか。オレにそんなヒヨッコを付けたら下手すりゃ巻き込まれて死ぬぞ。大体オレに回される討伐対象なんて危険度の高い奴しかいないっていうのに」

 

「ヒヨッコの内は、本当に危険な対象と戦うときだけ連れて行かなければ良い。何も問題はあるまい」

 

 セルグの言い分を、強引に論破する姿には普段の聡明さが伺えない。

 どちらかと言えば脳力に難ありの、残念な子の雰囲気が垣間見える。

 

「それじゃそいつを付ける意味が何にも――」

 

「お前がそいつを鍛え上げて相方にまで仕立てあげればいいだけだろう。大丈夫だ、私が見てきた中でもやる気と根性だけは本物だ。少々泣き言は多いかも知れないが、やればできる奴だ。訓練はしっかり頼むぞ――それじゃあ私は仕事に戻る。任せたからな」

 

「お、おい! せめてどんな奴かだけでも教え……チッ、本当に両方とも碌でもない話じゃねえか」

 

 必要な事は伝えたと、イルザは問答を放棄して自分の仕事に戻るべく酒場を後にした。

 出されたハーブティーを去り際にきっちりと飲み干していくところは彼女らしいが、残念ながら支払いまではしていない。

 当然それはセルグへと回される。

 

「ったく、一体何がどうなってんだ。というか本当にアイツ何のために呼び出して来たんだ……」

 

 マスターに彼女の分の支払いも済ませながら、セルグはぶつぶつと独り言をつぶやいて店を出た。

 結局のところ、上層部の動きに気を付けろという事と、近々自分の所に一人付くという事だけであったが、本心を言えばセルグにとってはどうでも良い事この上無かった。

 上層部が何を考えていようが、彼のやる事は変わらないし、誰が来ようが突っぱねるつもりだ。

 

 一人で良い……一人が良い。

 

 そう思うようになってから久しいのだ。今更誰かと組んで任務に赴く気は更々ない。

 思い出すのはこれまで自分の元を去って行った仲間達の姿。

 皆一様に、申し訳なさとどことなく見え隠れする自分への恐れを滲ませていた。

 

「相方、か。悪いなイルザ……どうせそいつも無理だよ」

 

 仲間の力など期待しない。相方の存在など望むことは無い。

 

「オレは、”化け物”だから」

 

 

 何も持たない空虚な掌を握り、セルグは寂しそうに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「どうですか教官! 今日こそ時間内に終わらせることができましたよ!」

 

 嬉しそうにはしゃぐ一人の女性。

 本日の訓練課程を終え、喜びをあらわにする彼女の名はアイリス。

 いつも訓練に付いていけず遅くまで残っていた彼女が初めて、制限時間内に訓練を終えたところであった。

 

「よし、良くやった子兎(ラビ)! それじゃあ子犬(パピー)と一緒に追加でグラウンド20周だ!」

 

「ハイッ! ってなんでですかぁ!!」

 

 まさかの暴挙。喜びもひとしおなアイリスに無情な追加訓練を言い渡し、イルザは彼女を地獄の淵へと叩き落とした。

 

「ただでさえお前は遅れているんだ。いつもお前が終わるまで付き合ってくれている子犬の為にも早く追いつけるようにここで努力して置け!」

 

「そ、そんなぁ~。ゼタぁ、助け――」

 

 ここで走らされては堪らないと、アイリスは隣で終わりを待っていた相棒へと助けを求めるも、当のゼタはその余りにも情けない相棒の姿に、気持ちはイルザ寄りへと早変わりしていく。

 

「ほら、早く行くわよ。さっさと終わらせないと晩御飯に間に合わなくなるでしょう」

 

 携えていた訓練用の槍を置き、走る準備を始めるゼタに、アイリスの顔が引きつった。

 

「無理だよゼタぁ~今から20周なんてとても」

 

「泣き言いう暇があったら走りなさい。アンタのせいで飯抜きなんてゴメンだからね」

 

「う、うぅ……うわぁあああん!」

 

 救いの手が伸ばされなかったアイリスは、やけくそ気味に夕暮れ時のグラウンドを走り始める。

 文句を言いつつも、何とか晩御飯に間に合わせようと必死な様子が伺え、ゼタは一先ず安心した。

 

「やればなんだかんだ言ってできるのに、なんでああも泣き言が多いんだか……それじゃ教官、私も行ってきます」

 

「あぁ、悪いが付き添ってやってくれ。子兎一人じゃ何があるかわからないからな」

 

 何があるかわからない……イルザのいう事は正しかった。

 アイリス一人に居残り訓練をさせては、いつの間にかぶっ倒れてるか、下手すると見知らぬ場所に迷い込んでたりする。

 ぶっ倒れてるのならまだわかるが、見知らぬ場所に迷い込むのは一体どういう事なのだろうか……グラウンドを走っていたアイリスがなぜか訓練用の山中で発見されてから、彼女を一人にするのは危険だと言うのが、イルザとゼタの共通認識であった。

 何がどうしてそうなるかはわからないが、とにかくアイリスは何をしてくれるかわからないのだ。

 

「教官のいう事は理解してるから良いですよっと。あっ……あの、一つ聞いて良いですか?」

 

「ん、なんだ子犬?」

 

「あの子、基礎訓練はまだ何とかなってますけど、ぶっちゃけ武器を使った訓練はお世辞にも良いとは言えないですよね……もうすぐ訓練課程は修了ですけど、あの子やっていけると思いますか?」

 

 もうすぐイルザが課す訓練課程も終わりを迎える。

 ゼタはその能力の高さ故に、既に組織が用意した特殊な武器、アルベスの槍の契約者となっており、近々実戦に赴くことが決まっている。

 しかし、彼女の相棒であるアイリスは逆にその能力の低さ故に、契約者にも成れず次なる任地も決まっていなかった。

 

「――現状では無理、だろうな」

 

「うっ、やっぱり……」

 

「慌てるな子犬。私だってそこは懸念していた。何とかしようともな……つい最近妙案が思いついてその許可を上層部に取ってきたところだ。安心しろ、子兎には格別の計らいをしてやった」

 

「ほ、ホントですか!? あ、でもあの子の為だけに教官がそんなに肩入れするのはまずいんじゃ……」

 

「それも問題ない。不出来な訓練生をしっかり戦士に仕立て上げるための特別措置だからな。それに、小兎にとっては大きな試練にもなるだろう。特別措置と言えば聞こえはいいが、正式な戦士になるまでの補習のようなものだ」

 

 思わぬイルザの助け舟に喜んだのも束の間、所々に見られた不穏な言葉にゼタは恐る恐るイルザへと問いかけた。

 

「一体あの子には何が待ってるんです?」

 

「いずれ正式に戦士となった小兎から聞くんだな。面白おかしく話してくれるか、憔悴仕切った顔で話してくれるかはその日までのお楽しみと言う奴だ」

 

 実に晴れやかな笑顔だとゼタは苦笑する。この教官にはどこかサディスティックな一面があるのは周知の事実だ。

 教官である以上、多少はそういった面も必要なのかもしれないが、事アイリスに関してはイルザは余計にそれを表に出す傾向にあった。

 

「そ、そうですか……(アイリス、死ぬんじゃないわよ)」

 

 お先真っ暗とは言わないが、イルザが用意した大きな試練を想像して、ゼタは相棒に心の中でそっと合掌。静かに未来での無事を祈る。

 

「相棒の事を気にしている暇はないぞ子犬。お前はすぐに実戦で活躍を期待されているんだからな。少しでも早くアルベスを使いこなし、私の訓練に報いて見せろ」

 

「了解です、教官! それじゃ、行ってきます」

 

 アイリスの話だけで終わらず、イルザはゼタにもしっかりと発破をかける。優秀な分その期待は大きいのだろう。

 イルザにとっては期待の生徒と手のかかる生徒の二人であっただけに想い入れも強かった。

 

「子兎の分の食事は部屋に届けさせる。片付けは自分でしろと伝えておけ」

 

「わかりました。ありがとうございます!」

 

 厳しい訓練を課すかと思えばアフターケアも忘れない。

 そんな彼女が教官で良かったとゼタは心から感謝をこめて返事を返した。

 

「ふぅ、これで今日も終わりか……」

 

 アイリスを追って駆け出すゼタを見送り、イルザはその場を後にする。

 訓練課程修了までの期間はもう残り少ない。彼女の瞳には多くの期待と一抹の不安が浮かんでいる。

 

「あいつなら、アイリスを守り抜いて、一人前にしてくれるだろう。私では星晶獣を相手にして、絶対に守り切れるとは言い切れない。アイリスを任せることができるのはあいつだけだ」

 

 縋るような声で、イルザは小さく呟いた。

 生きぬいて欲しい……その願いを、一人の男に託して。

 

「死ぬことは許さないぞ……二人共」

 

 期待と不安を抱かせる訓練生は、彼女の気持ちを知らぬまま、夕暮れ時のグラウンドを仲良く走り続けていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 組織の拠点のとある一室。

 教官であるイルザは、上層部の集まる会議室へと呼び出されていた。

 

「それは一体、どういうことですか!?」

 

「何がだね、教官」

 

 声を荒げて、事の真偽を確かめようとイルザは問いかけた。

 

「次の任務に訓練生の全員を実施研修で連れて行け? 訓練生は30名……いくら手練れを何人か同伴させるからと言って、そんな戦力にもならない連中を連れて行って何か間違いがあれば」

 

「今君が担当している訓練生は貴重な実験サンプルなのだよ。画一された武装と統率された戦術。契約者と取って代わる新たな部隊となる者達だ。それを作り上げるには訓練中に一度実施任務を経験しておいた方が良い。

 あのセルグ・レスティアが受け持つ任務だぞ。間違いなど起こりようがないだろう?」

 

 バカにするように小さく笑い、一人の男が言葉を返した。

 その醜悪な表情だけで、言葉通りの目的だけではないのだと嫌でもわかる。

 何か別の目的がある事は明白であった。

 

「ふざけないでください! いくらあの男が強くても、足手まといをそんなに抱えては戦えません。それに、アイツは既に一人面倒を見ている者が――」

 

「イルザ教官。少しは我々の見解を信じたまえ。何も無作為に全てを彼へ押し付けるわけではない。

 君が懸念する間違いが起こらないように、追加で5名の戦士を派遣する。これで文句は無いだろう」

 

「5名!? そんな余裕どこに……」

 

 寄せられる星晶獣の討伐任務。戦士に余裕がない事は明らかである。

 だからこそ彼女の仕事は急務となり、一刻も早く武器の契約者となりえる者を仕上げる必要があった。

 一つの任務に合計6名の契約者を派遣するような事できるはずがないのだ。

 

「それは君が気にすることではない。話は終わりか? であれば、早々に訓練生に準備をさせたまえ。その後の事は彼等に任せて君には少し休暇を与える。生意気な訓練生から解放されるのだ。羽を伸ばしてくると良い」

 

 話は終わりだと退出を促され、イルザは解消しきれないわだかまりを抱えたまま静かに一歩下がった。

 

「――――わかりました。失礼します」

 

 音をたてない様、静かに退出していく。

 イルザが部屋を出て、その場を離れていく足音が遠ざかるまで、会議室には静寂が訪れた。

 

 

 

「全く、扱いにくい女だ……」

 

「そう言うな。彼女がいなければ、これほどの数の優秀な戦士は育たなかっただろう。やや情が移りやすいきらいはあるが、彼女の訓練は優秀だ」

 

「それより問題の訓練生の仕上がりはどうなのだ? 折角の実施訓練だ。奴を仕留めるだけで終わらせては意味がないだろう」

 

「抜かりはない。切り札は奴のすぐ近くにある。後は彼らが上手くやるさ」

 

「伊達ではないよ。彼らの実力は……No2からNo6までの契約者を用意したのだ。これで仕留められなかったらそれこそ奴の脅威は留まる事が無くなる」

 

「そうか……確実に、仕留めねばなるまいな」

 

 

 不穏な雰囲気に包まれる会議室。

 悲劇の足音は着実に、彼女の背後へと忍び寄っていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 しばしの休暇を終え、訓練生が任地より戻る予定日となった日。

 イルザは再び呼び出しを受け上層部の会議室へと訪れていた。

 

 

「全……滅?」

 

 告げられた言葉に理解が追い付かないまま、イルザは確認するように呟く。

 

「あぁ、そうだ。全くしてやられた!」

 

「だから私は言ったのだ! 奴にあの武器を使わせるべきではないと!!」

 

「今更そんな事を言っても仕方あるまい。今はとにかく、急ぎこの損害への対応を」

 

 口々に荒々しい声が挙がるも、イルザに現状を把握させるには至らず、慌てて口を挟んでいく。

 

「一体、何が!? どうしてそんな事になったのですか!」

 

 女性らしい高い声と、切羽詰まった雰囲気を感じ取り、会議室内に静けさが戻る。

 会議室にいる重鎮達の視線が一斉にイルザへと向けられた。

 そのうちの一人。筆頭と思わしき男が静かに口を開く。

 

「教官である君には、ちゃんと伝えておこう。

 星晶獣ヴェリウスを討伐目標とした今回の任務において、絶刀天ノ羽斬の所有者セルグ・レスティアが組織を離反。討伐対象である星晶獣ヴェリウスと契約を果たし、その規格外の能力をもってその場にいた全員を惨殺した」

 

「確認された死体は36名。訓練生30名と組織内でも上位の契約者5名。それからあの男に付けていた部下が1名だ」

 

 絶句する。

 あり得ないはずだ。彼が……星晶獣から皆を守るために戦い続けていた彼が、その星晶獣と契約して反旗を翻すなど。

 

「バカな……何かの間違いでは……あの男はそんな事」

 

「現実を受け止めたまえイルザ教官。死亡者の顔と名前は一致している。あの任務に赴き、唯一死体が出てきていないのはあの男だけであり、目撃情報もある。

 我々はあの男によって貴重な契約者5名と、新設部隊の候補である訓練生30名を失ったのだ」

 

「君には次の訓練生の教育を急務としてもらう。契約者と新設部隊の候補生を選り直ぐってもらおう」

 

「時間はそれほど多くは無い。失った戦力は大きい……すぐにでも補充しなければならない」

 

「契約者候補については大至急選出と訓練の仕上げに入れ。時間をかける事は許されん」

 

 矢継ぎ早に告げられていく言葉。失われた命を毛ほども振り返る事なく上層部の人間は組織の未来だけを見据えて、イルザに指示を出していく。

 感傷に浸る暇どころか、真偽の程を確かめる事すらさせてもらえず、彼女には次なる任務が言い渡された。

 

「し、しかし、時間を掛けねば優秀な戦士に等できるはずも――」

 

「それを何とかするのが君の仕事だ。急ぎ取り掛かれ」

 

 前回と同じように、これ以上は邪魔だと言わんばかりに退出を促される。

 何も言えず、イルザはその出かけた質問を呑みこむしかなかった。

 

「くっ、承りました」

 

 努めて冷静に、その場を後にした。

 思考はぐちゃぐちゃだ。わかった事は告げられた全滅と言う事実だけだし、事の経緯も何もわからない。

 なにより、己の教え子たちが全員無残な死を遂げた事が確定されたのだ。

 死亡者の顔と名前が一致している。それはその者が死んだ事が確実とされる報告だ。

 当然、上層部がそこに嘘を吐く必要はないし、嘘であれば彼等もあんなに騒ぐことは無いだろう。

 

 僅か数日の間に、奪われてしまったのだ。

 彼女の大切な教え子達は……

 

 

 

 フラフラとした足取りのまま、イルザは歩き続けていた。

 気付けば自室の前に辿り着いており、彼女は何も考えずにそのまま自室へと身を滑らしていく。

 

「何故……どうしてこんな事になった……」

 

 ベッドへと身を投げ出した。枕に顔をうずくめ、空回りする思考を何とか落ち着かせようと努力する。

 

「一体何があったと言うのだ……」

 

 想像できなかった。告げられた事実だけでは何が起こったか全く予想がつかない。

 彼女には、悲愴と空虚が混在するこの気持ちを吐き出す、はけ口が必要であった。

 

「どいつもこいつも未来があったはずなんだ」

 

 浮き出てくるのは、この事象に対する怒り……未来ある者たちの道が閉ざされてしまった。

 一人一人思い浮かぶ、教え子たちの顔。厳しい訓練ながらも必死にこなし、強くなろうと邁進する彼等に、自分はできる限り心血を注ぎこんで鍛えてやってきた。

 

「努力を重ね、一人前になって。この空の為に戦える戦士に成れたはずなんだ……なのに」

 

 そう、もうすぐ一人前であったのだ。長い訓練を終え、研鑽を積んで、それぞれが立派に戦士として訓練を終えるはずだったのだ。

 彼らも……そして彼女も。

 

 強くなったと聞いていた。戦えるようになったと聞いていた。

 彼の元へと配属されてからも、彼女は幾度となく自分の元へと足を運び、その成長を報告してきたのだ。

 そんな彼女の大成を、イルザは心待ちにしていた。

 

「私が……私があいつの下に付けなければこんなことには」

 

 己の判断が……自分では無理だと判断して彼に任せたその過ちが。

 巣立たせたかった子兎を殺してしまった。

 彼女を殺したのは、他ならぬ自分であった。

 

 

「許してくれ……アイリス」

 

 

 明りの無い暗い部屋で、彼女もまた己に罪を着せるのだった。

 

 

 

 

 数日後――

 

 

 

 契約者候補の選出は終わった。今日からはまた、新たな訓練生の教育に入る。

 鏡の前で、姿勢正しく立つイルザは自身をかえりみながら静かに口を開いた。

 

「憎まれろ……どんな罵詈雑言を投げられようが、この意思を貫け」

 

 ”これから向かうのは、訓練と言う名の戦場だ。よちよち歩きのヒヨッコ共に生き残る術を教える為の戦場だ。”

 

「私は教官だ。私の仕事は、戦場で死なない立派な戦士に仕立て上げる事だ」

 

 ”訓練所という名の、死ぬことのない戦場で奴等に生き残る術を叩き込め。”

 

「嫌われることを恐れるな。生き残るための覚悟を教えろ」

 

 ”慈悲はいらない。慈悲なく刈り取られるくらいなら、慈悲なく鍛え上げてやれ。”

 

「役立たずは容赦なく刈り取られる。それを許さないのは私の使命だ」

 

 ”片時も目を離すな。できるできないを見極めろ”

 

「甘えた心は徹底的にしごいてやれ。私に羞恥心などいらない。そんなものは溝にでもくれてやれ」

 

 ”感情を捨てろ。甘さは己にも彼らにも毒にしかならない”

 

「覚悟なき者を決して許すな。覚悟知るまで決して見放すな。覚悟在る者に心許すな。歪んだ覚悟はまっすぐ正せ」

 

 ”教え、導き、正し、引き上げろ。それが私の役目だ”

 

 

 胸の中で幾度となく反芻した言葉を繰り返す。

 表情を固め、教官の仮面を貼り付け、その身に鬼の教官らしく強者の気配を纏わせて。

 それらが終わった時、彼女の覚悟は完了した。

 

「さぁ、行くぞイルザ。今日からウジ虫どもとの楽しい訓練の始まりだ……」

 

 マントを翻し、颯爽と部屋を出ていく彼女は、まっすぐに訓練所へと向かう。

 

 

 

 

「整列しろ、ウジ虫ども!!!」

 

 強烈な第一声で、訓練を待つヒヨッコ達が縮み上がりながら彼女の前に居並ぶ。

 どれもこれも、不安や期待、自信に彩られた顔をしており、思わずイルザは舌なめずりした。

 

 ”今日一日で全員、覚悟を決めさせてやろう”

 

 

 

「私がお前達の教官のイルザだ! 私の仕事はお前達をウジ虫からいっぱしの戦士に仕立て上げる事だ!!」

 

 ヒヨッコの時点から不安など感じる必要はない。スタートラインは全員同じだ。やる前から恐れを抱くな。

 

「先に言っておく。私はお前達に合格等と優しい評価を突き付けるつもりは一切ない!!」

 

 できる事も定まっていないのに期待をするな。先にある道は苦難の連続だと覚えおけ。

 

「覚悟して臨め! 私から合格をもぎ取りたくば、私の予想をはるかに超える覚悟をみせろ!」

 

 ヒヨッコが一丁前に自信を持つな。一人前でない時点でそれは慢心だ。それを捨てて初めてヒヨッコに昇格だ。

 

 

「では始めるぞウジ虫ども! まずは基礎体力作りのランニングからだ! グラウンド50周、日暮れまでに終わらせろ。行けぇ!!」

 

 怒声と共に、彼女の訓練は始まる。

 あらん限りの優しさと厳しさを両立させて。

 彼女は今日も訓練生をしごきあげる。

 

 

「(もう二度と……私の過ちで死なせてなるものか)」

 

 

 己が罪に押しつぶされない様に……

 




いかがでしたでしょうか。

自然に彼女の設定に組み込めたと思っていますが違和感はあるのか心配ですね。
新たに実装された彼女ですが、イベントを見てフェイトエピを見て。組み込まずにはいられませんでした。
組織関連のキャラクターである事はもちろん彼女が非常に魅力的なキャラクターだったので
本作のオリジナル部分にすっぽりとハマってくれた気がしています。

色々とご意見が出てきそうですが、作者はこの回を描けて満足しております。
それでは。お楽しみいただければ幸いです。

感想お待ちしております


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メインシナリオ 第54幕

連休中に何とか投稿。
どうぞお楽しみください。


 

 音を立てないように足を忍ばせる……

 

 周囲に喧噪の気配はないが、遠くでは明らかな戦闘音が幾つも鳴り響いており、事態の急展開が予想された。

 どうやら少し急ぐ必要がありそうだと前を行く相方も理解しているのだろう。振り返り言葉なくその意思を瞳で語った彼女はその足を早めてアガスティアの裏路地を走り始める。

 

 グラン達に先んじてタワーへの潜入を任されていたスツルムとドランクは現在、タワー付近にたどり着いていた。

 ここまでは人目を忍んで防衛の網を潜り抜けてきたが、タワーを目の前にした今そうもいかない。どこか警備の穴はないかと探しているが、それも見つからず。

 厳重な警備と巡回に阻まれ、二人は見つからないように移動をしながら潜入のチャンスを待つことしかできなかった。

 

「どうしようか、スツルム殿? このままじゃ潜入はおろかいずれ見つかって戦闘になるのが関の山だよ」

 

「わかっている。お前も少しは考えろ……くそっ、何とか入り込める経路は」

 

 状況確認も含めた言葉に、スツルムは焦りを混ぜて返してくる。

 急がなくてはならないが、二人で潜入に来ている以上強行手段は取れない。元々スツルムは小難しい事が苦手なきらいがありこういった時の対応はドランクの方が適任であった。

 周囲をしきりに見回して潜入経路を探すスツルムに倣い、ドランクも注意深く潜入に役立ちそうな場所はないかと目を凝らしていく。

 こうしている間にも、戦闘音は数と勢いを増してタワーに向かってきている。ドランクの思考にも焦りが出てくるのは仕方のない事ではあるが、目の前で更にオロオロと顔を振るスツルムを見れば逆に冷静に帰れるというもの。こんな時こそ頼れる相棒でいなければと、ドランクは冷静に思考を回した。

 

「(帝国の中枢……いわばお偉いさんの巣窟なわけだから出入り口が正面だけってことは普通あり得ないよね。帝国とは言え独裁国家ではない。中核となる存在は皇帝さんや宰相さんだけじゃなくて他にもいるはず……となれば秘密の通路ぐらいはありそうなものだけど)」

 

 攻め入られた時、緊急の脱出経路が存在することは、国家の重役が居る場所に置いては常だ。

 それが無ければ最悪、国の要人が全滅なんて事態に成り兼ねないのだから……そう思考が回ったところでドランクは高くそびえるタワーの外観を見上げる。

 

「(これだけ高い建物ならありがちなのは緊急発進できる小型艇が上にあるって話だけど……見た感じそれはなさそうなんだよねぇ。となると……)」

 

「おいドランク、何とか――」

 

「スツルム殿、正面入り口以外でどこか警備が厚い所ってあったかな?」

 

 思考を回しだんまりだったドランクに声を荒げそうなスツルムを制して、ドランクは問いかける。潜入経路を探していたドランクに比べスツルムは戦力の方に注視していたから気になるところは覚えているだろう。

 予想が正しければあるはずだ。この緊急事態に際しお偉いさんが逃げるために必要な経路とそれを守る部隊が固める場所が。

 

「――何を聞きたいかわかんないけど、正面以外ならさっき通り過ぎた港の防衛部隊位だ……だが、港だし何もおかしい事は」

 

「ふぅん、港ね。確かに攻め入られることを考えれば何もおかしくはないし間違ってはいないね……」

 

 少しだけ、可能性が見えてきたことにドランクは口元を緩めた。

 

「そこに行こう、スツルム殿。もしかしたらあの防衛網を潜り抜けることができるかもしれない」

 

「――わかった。時間が惜しい、今は何も聞かないでそこに向かう」

 

 ドランクが何を思いついたかはわからなくとも、事ここに至っていつもの不真面目が出るはずもない事はスツルムだってわかっていた。

 何も聞かず、疑問を向けることもなくスツルムは、戦力が集中していた港の方に足を向ける。

 港に向かう最中ですら気は抜けない。相変わらず警備の巡回はあるし、兵士達の空気は張り詰めている。

 見るからに怪しい二人組が姿を見せようものならあっという間に逃走劇の始まりだ。

 時間は惜しいが慎重に足を進め、二人は港へと急いだ。

 

 たどり着いた先、兵士達が防備を固める港を見て、スツルムは僅かに責める視線をドランクへと向けた。

 

「着いたが、一体何しにここに来たんだ? 艇でも乗っ取ってタワーに向かうつもりか? こんなとこに来ても何もできないじゃないか」

 

 艇の出入りを徹底的に兵士が固めているこの場所で一体何ができるんだと。疑惑の視線がドランクを襲うが、当のドランクは港ではなく、その周囲に視線を巡らしている。

 特に不審な点は無い……予想は外れたかと落胆の念が去来しそうになるところで、ドランクは不自然に兵士が配備されている妙な路地を見つけた。

 港から少し外れた目に留まりにくい路地。その先は袋小路となっており、そこを固める意図が不明である。

 目立たないが不自然な場所。ドランクの予想は徐々に確信へと変わっていった。

 

「これは――ビンゴかな」

 

「ビンゴ? ドランク、いい加減説明をしろ」

 

「まぁまぁ、種明かしは本当にうまくいったらって事でね……それじゃ、行こうか。スツルム殿」

 

 ふくれっ面になりそうなスツルムを窘めながらドランクは彼女を伴い、件の路地へと向かう。

 道中も変わらずスツルムの先導で巡回の目を掻い潜り、たどり着いたところで防衛部隊にはドランクの魔法による陽動であっさりと侵入させてもらった。

 本当にこれで軍属か、等と疑念と呆れが含まれたため息がスツルムが漏れる中、進んだ先にそれはあった。

 

「これは、地下通路への入り口か……?」

 

 驚きながらも声を潜めて、スツルムは目の前にあるもの見つめる。

 石畳の地面の中にある取っ手のついた鉄扉。作られてから全く使われた形跡はなく、ところどころ錆びついているがそれは紛うことなき地下への入り口であった。

 

「そうだね……恐らくはタワーに繋がる秘密の通路って所だよ」

 

「秘密の? そうか、それでこんな目立たない所に……さしずめ重役共の逃げ道というやつか」

 

 タワーへの秘密の通路と聞いてスツルムも合点がいった。扉を開いて見れば、地下に広がる通路は間違いなくタワーの方へと伸びている。

 そう、これは侵入口ではなく脱出口なのだと。

 

「その通り~さすがスツルム殿。すぐにわかってくれて説明の手間が省けっ痛て!? ちょっと、スツルム殿!? 今回はまじめだったでしょ!」

 

「うるさい。大声を出すな……態々隠さなくてもいいだろう。教えてくれれば、私だって注意深く探したのに……」

 

 やや馬鹿にしたようなドランクの言葉に思わず、手ならぬ剣が出てしまったが、ハッとして反省するようにスツルムは目を伏せて呟く。

 こういった国であるからこその経路等、スツルムには考えつかなかっただろう。いざ目の前にこうした通路が現れて初めてその可能性に気付けたのだ。

 もし最初からこういった可能性を自分が考えることができていれば、こうも潜入に手間取ることはなかっただろうと、スツルムは表情を歪める。

 

「あ、いやね。確信が持てなかったものだからさ。帝国ともなれば敵なしの国だしそういったものを作らない可能性だってあって別にスツルム殿に隠そうと思ったわけじゃ――」

 

「そんなわけないだろう……帝国ともなればそれこそお偉いさんの生き意地の汚さはそれ相応のはずだ。こういった通路が無いはずがない」

 

「ま、まぁそうだね……どうしたのスツルム殿? 何かいつもより随分冴えて――痛って!?」

 

 再び、余計な事を口走る愚か者(ドランク)に、反射的な速さで剣を突き刺しながらスツルムは先ほどまで抱いていた申し訳なさを消して蹲るドランクを見下ろした。

 

「お前はいちいち、私を怒らせないと気が済まないのか? いい加減にしないと次は貫通させるぞ」

 

 流石にこの状況では真面目になるだろうと、ちょっと前に少しでも思ってしまった自分を殴りたい。そんな後悔を抱きながら、怒りの視線を向ける彼女を前にして、ドランクは静かに生唾を飲み込んだ。

 決して怒らせる気は無かったが、どうやら今日の彼女はおふざけが通用しないらしい。いつもより三割増しで刺される回数が多い事を感じて彼女の言葉に数度小さく頷く。

 無論口を開くことなどできな――

 

「――ゴメンナサイ」

 

 訂正、誠心誠意を込めた謝罪以外口にすることは適わなかった。

 

 

 

 音を立てないように静かに地下通路へと降り立ち、二人は先を見据える。

 細い通路は否応なく音を響かせ思わず二人は顔を顰めて見合う。隠密には不向きな通路であったが音を立てない方法などいくらでもある。

 さっと小さな布を取り出し靴へと履かせれば一番厄介な足音を遮断でき、あとは不用意に音を鳴らさなければ大丈夫であろう。

 

「さって、ここからは下手すると帝国軍と鉢合わせの可能性もあるからね。慎重にいこうか」

 

「わかっている。だが、時間も大分取られた……急ぐぞ」

 

「ハイハイ、了解ってね」

 

 薄暗い地下通路を駆けだし、二人はタワーへと向かった。

 鬼が出るか蛇が出るか。それはわからないが鬼が出ようと蛇が出ようとやることは変わらない。

 彼らの目的は戦うことにはあらず、調査と回収の二つだ。

 残念ながら回収目的である黒騎士の装備は既にアダムが持ち出しているため達成する事適わないが、そのアダムすら出し抜いたフリーシアの計画の全容はまだ不明な部分がある。

 しかるに二人の役目は重大なのだ。

 

 地上から響いてくる地鳴りが思いの他近い事に驚きながら、二人はできる限り急いで地下通路を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「――ハッ、止まれ!?」

 

 後ろで走っていたアポロからの鋭い声に反応し、グラン達はすぐに足を止めた。

 瞬間、一行の目の前で大きな爆発が起きる。

 地面を粉砕し、その場に大きな穴を開け、放たれたのは砲撃だと理解した瞬間にグラン達はその出所を探した。

 

「チッ、次弾発射だ!!」

 

 聴こえた声、その出所は彼らが居るところより少し先にいる小さい人影から。同時に両脇の建物の上に配備されているアドヴェルサがチャージに入るのを彼らは目にする。

 

「ジータ、イオ。頼む!」

 

 グランの声に反応するより早く、既に魔法の体勢に入っていた二人が杖と腕に光を灯した。

 チャージ完了までの時を与えず、ジータのエーテルブラストとイオのフラワリ―セブンが二つのアドヴェルサを破壊する。

 

「――フュリアス。不意打ちとはさすがだな……伊達にその(なり)で少将までは昇りつめてはいないか」

 

 小さな人影。帝国軍少将フュリアスの登場に、一行は顔を歪め、アポロは兜の奥で小さく笑った。

 ザンクティンゼルでの邂逅が記憶に新しい彼らにとっては、到底許せる存在ではない因縁の相手。だが、笑うアポロにとっては取るに足らない、雑魚の一人に過ぎない。

 そんなアポロの思考が声に見えて、フュリアスは返す様に小さく馬鹿にした笑みを張り付ける。

 

「言ってくれるね~最高顧問サマ。伊達に七曜の騎士と呼ばれてるわけじゃないか。

 聞いたよ~もう宰相さんにすら後れを取ったんだってね? アッハッハ!! そんなんで七曜の騎士とかよく言えるよねぇ。僕だったら恥ずかしくてとてもそんな大層な肩書き名乗れないよ。秩序の騎空団に捕まって、宰相さんに後れを取って、そして今ここで、お前は僕に殺される……最高に無様じゃないか」

 

 皮肉を混ぜて痛烈に返したフュリアスはそのまま転げるように笑う。

 純然たる事実であった。モニカ率いる秩序の騎空団に捕らえられ、フリーシアの策略にまんまとはまり、こうして無様にも根城であるアガスティアのタワーを目指しているのだ。

 全空に名を轟かせる七曜の騎士がかくも無様な姿を晒していては、フュリアスの口から侮辱の言葉が出るのも仕方のない事であった。

 だが、それで平静を失う程、アポロは愚かではない。

 相対するフュリアスという人間は、他人の感情を逆撫でることが得意な正に嫌な奴の代表ともいうべき存在。いちいち反応する気もなければ、吐き出される言葉を真に受けて激昂するような事もない。

 侮辱と傷つけられた自尊心(プライド)の対価はその身をもって償ってもらえばいい……怒りを抑え、アポロはその先を見据えて愉悦の笑みを浮かべる。

 

「ほぅ、つまり貴様はこの私を殺しに来たと?」

 

「ああ、そうだよ。陛下は約束して下さった……君を倒し、彼らを食い止めることができたら僕を皇帝にしてくれるんだってさぁ。この僕が、エルステの皇帝にね。凄い事だろう? この空域で僕に逆らえるものはいなくなるんだよ」

 

 夢見る少年の如き、大きな希望をチラつかせられて儚い夢を追いかけている、小さな少将の大きな野望がそこにはあった。

 元々宰相フリーシアですら蹴落とそうと考えていた男だ。皇帝という立場を対価にだされてはそれがいかに難しい事でも手を出したくなるというものだ。

 

「ふっ、そうか……それは良かったな。大層な夢が見れて」

 

「――夢? 違うな、これは決定事項だ。僕は陛下より賜ったこの魔晶でお前を殺し、この国の(おう)になる……だから、死んでもらうよ。黒騎士!!」

 

 野望の為。最初から最後まで徹頭徹尾己の為に彼らの前に現れたフュリアスは、懐より取り出した魔晶の力を解放する。

 肉体の肥大化、巨大な砲塔を携え、大きな盾をその身より創り出す。魔晶によって生み出された肉体は強靭であり、その力を打ち出す砲撃は島すら落とす可能性のある超威力を持つ。

 これまでに二度その変容をみせた魔晶に因る変身だが、最後の最後の特別製なのだろう。ザンクティンゼルの時とは比べ物にならない邪悪なチカラの覚醒に、成り行きを見守っていたグラン達は息を呑んだ。

 

「なんてチカラの気配だ……びりびりとしびれる程肌に感じる」

 

 後ろに控えていた仲間を守るようにその身を盾にして、グランが構える。

 いくら魔晶で強くなろうと引く気はないし引いてられない。幸いにもこちらは多数で向こうはフュリアスを覗けば後方でアドヴェルサを操作していた兵士が数名程度。

 フュリアス以外は物の数ではなかった。

 指示を出すべく口を開いたグランだったが、それはアポロがその身を前に滑らせてきたことで遮られた。

 

「貴様らは下がっていろ。小僧はそれほどでもなさそうだが他の奴らには疲れも見えているようだ……それに、ああも正面から喧嘩を売られて黙っていられるほど、私は温厚な人間ではないのでな」

 

 黒の鎧に黒きチカラの奔流が纏う。

 やる気に満ち満ちたアポロの気配は、至近では体の毒だと思えるほどの圧倒的な威圧感をもってグランを押し下がらせた。

 セルグが針のような殺気を放つなら、彼女は津波にでも押し流されたような強烈な圧迫感のある闘気を放っていた。

 

「だ、だが黒騎士……あのフュリアスを相手に一人は」

 

 それでも、たった一人で今のフュリアスを相手にできるのだろうか……グランの不安は消えなかった。

 都合よくこちらはセルグ以外の仲間が全員そろっているのだ。広場での戦いでビィは消耗しているが、それでも十二分に戦えるはずの面子が残っている。

 無理をしてここで黒騎士が大きなダメージでも受けたらこの後の戦いに響く可能性だってあるのではないかと。素直にグランは引き下がれなかった。

 それはジータも同じだったのか、四天刃を構え、グランと共に並び立とうとする。

 だが――

 

「それじゃお願い~私はちょっと厳しいし任せるわ」

 

「ちょ、ちょっとゼタさん!?」

 

「では頼もうかのぅ。儂も走り詰めで息が上がってしまったわい」

 

「アレーティアまで!? って皆ちょっと待っ――」

 

 ゼタ、続いてアレーティア。更にその後にこぞって仲間達はアポロから距離を取り、少し後ろへと離れていく。因縁深き相手であるにも関わらず、アポロの言葉であっさりと引いていく仲間達を不思議に思うが、振り返った瞬間に二人はアポロの言葉の意味を理解させられる。

 最前線で道を切り拓き続けたゼタは大技の連発で疲労困憊。後方を守りながら走り続けていたカタリナとアレーティアも同様。

 確かにアポロの言う通り、ここまで戦いながらの疾走という無茶を続けた結果が仲間達には強く表れていた。

 比較的余裕のありそうなロゼッタやイオに、回復魔法の治療を受けながら、ここが戦場だというのにグランとジータを除く仲間達は皆休息モードへと入っていった。

 

「皆! こんな時にこんなところで何をしてるんだよ!」

 

「そうですよ! 相手はあのフュリアスなんですよ! 一緒に戦った方が」

 

 戦場のど真ん中でのんびり休息に入り始めた仲間を咎めるが彼らはどこ吹く風といった感じだ。

 ザンクティンゼルでの怒りも一入。二人は自身も戦うべくやる気を出していたというのに、頼りになるはずの仲間達はあっさりとアポロの言葉を聞いて引き下がってしまった。

 本気で怒ってるわけではないが、僅かばかりの叱責の念を込めて二人は仲間達を呼び戻そうとする。だが、既に戦闘モードを解除している彼らにその声は届かない。

 アポロが下がっていろと言った手前、二人としてはこれ以上強く言う事も出来ずもやもやとした感情が募った。

 

「うるさいぞ小僧共。一先ずの休息は必須だ……タワーまでまだたどり着けていない以上、万全で戦える私が応じるのは間違いはなく、その間回復に努めるのも間違いはない……奴らの行動は、今できる最善を取っているだけだ。それに、すぐそこにちょうど良くよろず屋が居るだろう? 精々利用させてもらえ」

 

 えっ、と二人が声を漏らしたと同時に、アポロが向けた視線の先、小さな路地の隙間から大きなリュックサックを背負った小さなヒトが現れる。

 ハーヴィン族特有の小柄な体と頭に乗せた小さな鳥。その姿をグラン達は見覚えがあった。

 

「あらら~ばれちゃいましたか? さすがは黒騎士さんですねぇ。

 どうも、お久しぶりです皆さん。よろず屋シェロちゃんが出張サービスに来ましたよ~」

 

 よろず屋『シェロカルテ』。全空を股にかける……と噂の謎多き商人であった。

 どの島にいようと、求めた時にそこにある。シェロカルテは各島に一人ずつ存在しているのではないかともっぱら噂になるほど彼女は旅の行く先々で必ず利用できるよろず屋である。

 グラン達もこれまでの旅の中で何度も利用しており、騎空士向けの以来の斡旋や物資の補給、はたまたリゾート地へのお誘いなど、何から何までお世話になった人物である。

 

「シェ、シェロさん!?」

 

「おいおい、一体なんでまたこんなところに」

 

「って言うかどうやってここまで……」

 

 ジータ、ラカム、グランと三者三様に驚く中、彼らの前に歩いてきたシェロカルテは小さな体不釣り合いな大きなリュックを下ろしながら満面の笑みで答える。

 

「ふふふ~。需要あるところにシェロちゃん在りですよ。さぁ皆さん、良質な薬から腹ごしらえできる食料まで様々ありますのでどうぞ~」

 

 ここは間違いなく戦場だと言うのにいつもの商人として顔を見せながら、シェロカルテは様々なものをリュックから出して見せる。

 治療のためのポーションから、消耗したチカラを回復させる薬まで多種多様に取り揃えている様は正に万屋(よろずや)である。

 

「助かることは助かりますが、本当に底知れぬ御方ですわね。お姉さま、驚くのはわかりますがここは黒騎士さんの言う通り休息を」

 

「あ、あぁ。そうだな……ルリア、大丈夫か? 一先ずシェロカルテ殿から何か飲み物でも」

 

「は、はい……シェロさん、私とオルキスちゃんの分を頂けますか」

 

 もはや驚きだけで余計な事を突っ込む気にはなれないのだろう。早々にやるべきことを済ましてしまおうとヴィーラは回復のための薬をもらった。

 他の面々も同様に、困惑をしながらも今必要な事を済ましていく。

 ちなみに、こんなところにお金をもってきているわけはなく支払いはツケである。それが通るくらいにはグラン達と彼女の関係はしっかりしたものだ。

 

 

「わかったか小僧共、あいつ等は今必要な事を選んだんだ。お前達の気持ちも理解したうえでな。故郷を荒らされた気持ちはわからなくもないが、今は休んでおけ。

 あの程度私一人で十分だ。むしろお前たちの力が必要なのはこれからなのだから、こんなところで消耗されても困るんだよ」

 

 シェロカルテの登場で戦闘の気配を消された二人に、落ち着いた様子でアポロは休息を勧めた。

 道はまだ長い。タワーにたどり着いてゴールではないのだ。ならばその先を見据えて休む必要があるのは否めないだろう。二人がいくらアポロと肩を並べられる程の実力者だとしても、ここまで消耗がないわけではない。

 少しばかり優しい声音のアポロの言葉にグランとジータも観念したのか、そっと構えていた武器をしまった。

 こういう時は黒騎士も本当に頑固だ。セルグといい勝負だ、等と胸中で文句を言いながらも素直に彼女の言葉に従うように背を向ける。

 

「――わかったよ。頼んだ、黒騎士」

 

「お願いします。でももし危なかったら……ってその心配はないですよね。失礼しました」

 

「あぁ、安心して休んでると良い」

 

 背中越しに返された声に、また少しだけ彼女らしからぬ優しさを感じながら二人はその場を離れた。

 

 

 

 

「何というか……本当にこれで良いので?」

 

 その場に残ったのは休息の必要が無いアダムとアポロ。そして長々と待たされているフュリアスであった。

 フュリアスとしては徒党を組んで来られるよりは都合が良かったのだろう。相手がアポロだけとなった今、目的である足止めもしやすいと一人笑みを深めていた。

 

「小僧共は広場であの男を信じて後ろを託した。そして今、小僧共は私を信じてこの場を託した。それだけの事だ……これまでなら危険を一人に押し付けるような作戦だけは絶対にとらなかった奴らだが、ここに来て、託すべき時と己がすべきことをしっかりと理解するようになったと言ったところだ。だから、これでいいんだよ。それに何より――」

 

 そしてアポロもまた、邪魔なくフュリアスと戦える事に笑みを深めた。

 先ほどの発言通りに、彼女は決して温厚な性格などではない。言われてそのままそれを受け止める事などありえるはずがない。

 となれば必然その後は決まっている。

 

「邪魔なくこの愚か者を思う存分ぶちのめせるんだ。私にとっても大いに好都合というわけさ。なぁ……フュリアス?」

 

「ふぅ~ん。せっかく待ってあげたんだから、楽しませてくれるんだろうね?」

 

 問われた声に応える声。

 どちらも共に相手を思う存分にぶちのめすことを考えて笑みを漏らす。

 こうまで後ろ暗い喜色というのも珍しい。普通であれば相手を痛めつけることを喜ぶような人種は少ないものだ。

 だが、ここにいるのは普通からは程遠い二人なのだから仕方あるまい。

 片や魔晶でヒトから外れ、片や余りの強さ故に七曜の騎士と呼ばれる人外へと至った者。どちらも等しく普通ではない。

 

 

 

「来い、フュリアス。――魔晶程度では埋められない格の違いというやつを教えてやる」

 

 ブルトガングを構え、アポロは不敵な態度を崩さずに言い放つ。

 その身に宿るチカラは荒れ狂い、今にも暴発しそうな姿は彼女の昂ぶりが現れていると言えよう。

 

「ずっと気に食わなかったんだよねぇ、その上から目線の態度が……この姿となった今、真に上に立つのは僕だって言うことを教えてあげるよ」

 

 対するフュリアスは、巨体となりこれまで適う事なかった強敵を見下ろした。魔晶による肉体を得て、強大なチカラを手にし、負ける事など微塵も疑う事無く己が勝利を幻視した。

 

 互いの距離は近くはないが遠くもない。アポロならば一足で踏み込める距離である。

 先手を取れるアポロであったが強者故の余裕か、フュリアスが動くのを待ち構えるように彼女は微動だにしなかった。

 その意図を察した瞬間に、フュリアスが先手を取る。

 

「得物の差を理解してないのか、バァカ!!」

 

 初手は巨大な砲塔からの砲撃。ドス黒いチカラの塊がアポロへと打ち出される。

 近距離で振るう剣を持つアポロと、遠距離からの攻撃が可能なフュリアス。普通なら打たせまいと先手をとってアポロは踏み込むべきであっただろう。

 動き出すのを待ったアポロの失策を嘲笑い、フュリアスは巨大な砲撃を次々と放った。

 

「ふん……目くらましだな」

 

 対してアポロは、巨大なチカラの塊を次々と切り払う。それも街に被害を出さぬ様、ブルトガングに相殺できるだけのチカラを上乗せしてだ。

 避ける事はしない。避ければ後ろで休息中のグラン達にも危害が及ぶ可能性があるし、普通に切り払えば残ったチカラが周辺の街並みを破壊しつくすだろう。

 後先を考えないフュリアスの攻撃に対し、アポロには守るべき者と場所がある分不利であった。

 それでも、強大な魔晶の砲撃を相殺できるだけのチカラ。迫りくる砲撃に対しその全てをブルトガングで切り払う技量はやはり一線を画す実力が伺える。

 

「へぇ、さすがにやるね。それならこれはどうだい!!」

 

 ゼタの虚を突いた時と同様、巨大な砲塔から放たれる予想外な散弾。一つ一つが弱くとも回避と迎撃の選択肢を奪う攻撃。

 迫りくる脅威を前に、アポロは小さくため息を突いた。

 

「――ふん、その程度か」

 

 無造作に、アポロはブルトガングを振りぬいた。

 それはあまりに雑で、先ほどの技量からは考えられない一振りであったが、それでも放たれた散弾の悉くをかき消して見せる。

 ブルトガングからチカラを解放しそれを拡散させる。たったそれだけで、砲撃の壁を全て打ち消していた。

 呆然とするフュリアス。今の一振りで様々なものが見えてしまった。

 全然本気ではない……魔晶による強大な力をあっさりと相殺するアポロにはまだまだ余裕が感じられた。

 

「図体がデカくなったせいでいろんなものを見落とす様になったようだな、フュリアス」

 

「な、なんだとぉ!!」

 

 力を手に入れた。それも大きな力を。

 だというのに、それが全く通用しない。そんな事、フュリアスは認められなかった。

 再びの攻勢を取り、散弾、連射。幾度となく砲撃を浴びせかけるが、それは先ほどの光景を焼き増すだけで終わる。

 やはり間違いはない……彼女のチカラは、フュリアスの想定をはるかに超えていた。

 

「その力を手にするまでは、お前は勝てる戦いと勝てない戦いの見極めくらいはできたはずだ。お前の武器はその小狡い頭だったからな。

 だが、魔晶を手にし強大な力を手にしたせいでお前は彼我の戦力差すら図れなくなった。

 正面から堂々と向かってくるなんてらしくないじゃないか? なぁ、フュリアス」

 

 兜の奥で、アポロはフュリアスを嘲笑う。魔晶に溺れ、己の強さをはき違えた者を。

 

 以前のフュリアスであれば、使える駒を最大限に使い、幾重にも罠を張り巡らせてアポロを倒しに来たであろう。

 だが、魔晶を与えられその力に舞い上がった彼にその選択肢は取れなかった。

 自分の手で下したいという気持ちももちろんのことだが、彼にとって個人が持つ強さというのは、手の届かぬ頂であったのだ。

 事、戦闘においてハーヴィンという種族がもつハンデは大きい。

 小さな体に備えられる運動能力の限界。剣や槍と言った得物を持った接近戦においては、リーチのないハーヴィン族は土俵にすら上がれないのが普通だ。

 故にフュリアスの得意な武器は銃しかなく、更には直接戦うのではなく戦いの隙を狙うのが常であった。

 そんな彼にとって直接手を下せる肉体とチカラというのは抗い難い魅力だったのだ。

 

「その姿をとって戦う以上、お前の戦闘力の限界がそのままこの場の戦いでの勝敗を決める。

 直接倒しに来たお前に次善の策は無いだろう……そしてその姿では早さも何もあるまい。チカラの押し合いでしか戦えぬお前が、その押し合いで勝てぬ様ではもはや勝敗は決している。更に言うなら貴様のチカラは――」

 

「う、うるさいんだよ! 勝手に勝った気になって――」

 

 敗北を認められず、フュリアスは砲塔のチャージを開始。

 限界までため込んだそのチカラはザンクティンゼルの時のように島一つを落とせる程のチカラを内包していく。

 

「はっはっは!! こいつならどうだ? 避ければアガスティアは墜ちる。これだけのチカラ、お前だけで打ち消せやしないだろう!!」

 

 これまでに見た中でも一番の砲撃。巨大な漆黒の砲撃がアポロに向けて放たれる。

 内包するチカラは確かに島を落とせるだけの威力を持っているだろう。

 相殺するだけの準備もできていなかったアポロの姿に、後方のグラン達が大きく声を挙げているのが聴こえる中、アポロはまたも小さなため息を吐いた。

 

「あの老いぼれは気に食わなかったが、この剣をもらった事には感謝だな……」

 

 小さく誰にも聞こえない声で呟いて、アポロはブルトガングを砲撃に添える。

 先ほどまでの相殺ではない。迎撃するだけのチカラを内包していない以上、それは敵わない。だと言うのに、先ほどまでと同じように砲撃はかき消える。

 

「な、そんな……どうして……」

 

「七曜の騎士の一振り……真なる王だかから賜ったものだが、これは世界の始まりに付き従う七つの刃。

 空に在らぬ星の世界の力……偽りの世界から作られた力等、この剣にとっては虚構にしかならない」

 

 強大な砲撃。それはアポロが持つブルトガングによって食われた。

 七曜の騎士がそれぞれに持つ七本の剣。空の世界の起こりに関わる七本の剣は、この世界に在らぬ力を認めない。

 星晶の力も、それを元に生み出された魔晶の力も、本来この空の世界には存在するはずのない力であり、この世界において存在してはならぬ力である。

 空の世界が正しくあるために、七本の剣は存在し。空の世界が正しくあるために、七曜の騎士はその手にそれぞれの剣を握る。

 この世界には、セルグ同様に空の世界を守る事を使命とした存在が居るのだ。

 

「仮に貴様が私より強くとも、この剣がある限り貴様に勝ち目はない。

 無論、私が貴様より弱い事などありえないが、どうあがいても勝てないことはわかっただろう?」

 

「ば……ばかな。こんな、こんなふざけたことが」

 

「言っただろう。お前の武器はその小狡い頭だと。それを捨てたお前が私の脅威になる事などありえないんだよ」

 

 勝敗は決した。まともにぶつかり合う事もなく……その実力の差が大きく露呈した。

 いや、そもそもこれは勝負にならなかったのだろう。アポロが言うようにフュリアスは最大の武器である狡猾さを捨て、前に出てきてしまった。

 魔晶を手にしてようが、己を見失わず、知略の限りを尽くせばもっとちがう過程が生まれていたはずだろう。

 グランにもアポロにも、ルリアやオルキスといった付け入る隙はある。人質を取る事も、セルグにやったように密かに狙撃することも十分に可能だったはずだ。

 だと言うのに、皇帝という地位に目がくらみ、己を見失った結果がこれだ。

 

「う……うあぁああああああ!!!」

 

 やり場のない怒り。それはアポロに向けたものか自分に向けたものか。どちらにしても自暴自棄に近い、フュリアスの感情がその体を突き動かす。

 認められない、認めたくないと。アポロの言葉を否定するように再びその砲口をアポロに向けた。

 

「忘れるところだった……無様だなんだとよくもほざいてくれたな」

 

 一足。その動きは先ほどまでの迎撃に専念していた姿からは想像できない早さでアポロは砲塔を構えたフュリアスの懐に入る。

 喰らったチカラはをブルトガングに纏わせ、解放の準備は万端だ。後は胸に燻るこの怒りと共にそれを解放するだけ……

 

「身の程を知れぇ!!」

 

 黒鳳刃・月影。

 彼女の最強の技であり、今この瞬間だけは喰らったチカラを上乗せした彼女にとって過去最強の一撃。

 魔晶による再生力も、コアがどこにあるかも関係ない。その巨体の全てを滅するチカラの解放でアポロはフュリアスを一撃のもとに葬る。

 

 宣言通り。アポロは七曜の騎士としての格の違いというものを見せつけて、魔晶によって強化されたフュリアスを難なく撃破して見せるのだった。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

書いては直し書いては直しといった感じで。
本当はもう一話連休中に投稿したかったのですができずじまいでした。(ナルメアさんのCD聞いて短編書き始めてましたが)

今回はアポロの強さと七曜の騎士の力を描く回でした。
フュリアス君は当て馬感ですが、まぁ彼女相手では仕方ないかなぁ……
作者は別にフュリアス君が特別嫌いと言うわけではないのですが扱いが微妙になってしまって、ファンの方が居たら申し訳ないです。

正直、七曜の騎士の一振りの設定かなり扱いづらいく苦戦しました。
ナル・グランデ編で出てきたお粗末なあの設定のせいで組み込むとどうしてもこの先星晶獣相手の戦いがやりづらくなる。剣の効果が及ばない理由付けが必要で困ってます。
多少矛盾とか出てくるかもしれませんが、何かありましたらご連絡下さい。
最終的には本作の独自設定ってなっちゃいますけど……

と、そんなこんなで、楽しんでいただけたら幸いです。
また次回をお楽しみに。


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メインシナリオ 第55幕

遅くなりました。
主にきくうし業のせいです(言い訳)
次の古戦場は少し先なので執筆頑張ります。

それではお楽しみください


 ――いつからだろうか

 ふと、その事を考え始めた。

 

 いつからこの世界に色が無くなったのだろう。

 いつから己の心は空虚となり、ただ何かを求めて笑みを浮かべる様になったのだろう。

 

 思い出せなかった。

 恐らくその答えは記憶の片隅にでも封印されてしまい、引き出したくはない事柄なのだろう。

 別段思い出せなくても、今の自分にとってはどうでも良い事であるし、それが必要な事も皆無である。

 だが、ひたすらに楽しむことだけを考えて遊んできた空の世界は、いつの間にかどんなことが起きようと楽しむことができなくなっていて、何を画策しようと先の出来事に想いを馳せる様な事はなくなっていた。

 

「こんなんだから、兄さんは僕を捨てたのかな……」

 

「あぁ? 何か言ったかロキ?」

 

 無意識に口から零れ出た言葉に反応し、傍らの獣が問いかけてくる。

 今の自分にとっては唯一関わりの深い対象だ。言う事もすることも時々わけがわからなくて、小さな驚きを得られるのは地味に楽しかった。それこそ、この世界が転げまわる様を見るのと同じくらいに。

 

「なんでもないよ、フェンリル。ただ、そろそろ彼らが来るんじゃないかと思ってね」

 

「彼ら? あぁ、あのムカつく鳥を連れた奴等の事か。良いぜ、来たら一番に迎え撃ってやる……あの島での借りを返さないと気が済まねえ」

 

 見た目だけなら可愛らしいと言えなくもない傍らの星晶獣は、その姿に似つかわしくない低い音を出して唸る。ムキになりやすい彼女だが、彼らとの因縁は彼女にとってかなり強いものらしい。

 漏れ出てくる星晶のチカラが周囲の気温を下げていき、抑える様にその頭を撫でつける。

 

「ダメだよフェンリル。これは彼らと彼女の世界を懸けた戦いだ。僕達はできる限り楽しめる位置で観戦して、できる限り面白い形で横槍を入れる。どちらに転んでも一方的なのは面白くないからね。

 勿論、必要ならフェンリルにも戦ってもらうよ。だから、その時を楽しみにしていると良い」

 

「ハッ、相変わらず意味の分かんねえことを……その時が来たらすぐにやらせろよ。腹も減ったんだ。何か食わねえと収まりがつかねえ」

 

 うずうずとしているフェンリルの様子から、相当に我慢している事は明白だった。

 しばらくお預けだったからか……暴食を司る星晶獣である彼女にザンクティンゼルでの邂逅以降、好きに遊ばせてやらなかったのは失敗だったかと、少し頭をよぎった。

 一応代わりのおやつはたんまりあげたはずなのだが、如何せん自分でも彼女の底なしの胃袋は未だ量り切れていないらしい。やはり、この獣は面白い。

 

「さて、餌を与えられた小人はどう動くか? 道を示された人形はどうするのか? そして、破滅へと向かうこの世界を彼は守り切れるのか? 

 ふふ、少しでも僕の予想を覆してくれると嬉しいな」

 

 いつも通りの貼り付けた笑みを深くして、そびえ立つタワーの上層より眼下の街を見下ろす。

 気付けば島中にサイレンが鳴り響き、待ち人の来訪を告げていた。

 

「役者は揃った……誰にも予測できない終幕を始めよう。できるだけ僕を楽しませてくれよ」

 

 そっと滑る様にタワーから身を投げ出し、地上に向けて落ちていく。

 落ちながらも視線を戦いの元へと向けると、次々と戦艦を落としていく飛翔体の姿を目にした。

 

「いいねぇ、そう来なくっちゃ。フェンリル、ゆっくり彼らの元へと向かおうか。餌を与えられた犬がどうなるのか見に行かないと」

 

 後ろから追いかけるように落ちてきたフェンリルを共に魔法陣に加えながら、転送魔法を起動。

 目標設定を眼下の地上に設定して、安全に着地を済ませる。

 

 並んで共に向かうは、騒がしくなったばかりのアガスティアの街中であった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「久しぶりだな、セルグ・レスティア」

 

 鋭い視線と共に向けられた銃――セルグは僅かに息を呑んだ。

 知っている瞳だ……覚えている感情だ。この向けられた想いを自分は痛い程知っている。

 初めてゼタに出逢った時のような、純粋なまでの敵意と殺意。

 窮地に駆けつけてくれた友と、同時に見せられた未来。それによって浮付いてしまったセルグの心を突き落す様に現れたのは、彼の罪の証であった。

 

「――久しぶりだな、イルザ。どうしてここに?」

 

「どうしてだと? しばらく見ない間に貴様の頭は随分とお花畑になったようだな。それとも、わざと言っているのか……昔の貴様であれば、戦場で敵意を向けた相手にそんな暢気な事は言わなかっただろう」

 

 敵意を向けられればその悉くを殺す。そこに例外は無い。

 彼の嘗ての所業を含んだイルザの言葉に、セルグの表情が強張る。

 

「ッ!? イルザ、お前が抱く想いも、言いたいことも分かるがオレの話を――」

 

「聞きたくはない!!」

 

 動揺するセルグの言葉を遮り、イルザは吠えた。

 まるで嫌な想像を振り払うように頭を振り、認めはしないと気丈な態度を絞り出していた。

 

「私は既に知っている。貴様が何故離反したのかも、何故彼らを殺めたのかも! それで十分だ。今更その現実に……その事実に、貴様の言葉など要らない!」

 

 どこか恐れを抱いているようにも見えるイルザの姿は、セルグの目にひどく弱々しく見えた。

 固めた意思を曲げたくないと。己の中の真実を否定されたくないと。

 崩されたくない事実に縋る様は、セルグが知っている彼女からは想像もつかなかった。

 

 彼が知る彼女は、心も体も強い女性だったはずだ。

 化け物と呼ばれる自分に何の壁も持たず接してくれ、本当に数えるほどではあるが共に星晶獣と戦う事もあった。セルグと肩を並べて戦える者など、この空域でそうはいない。

 そんな彼女が、苦悩に顔を歪めながら己へと銃を向けている。彼女の心が、セルグには読み取れなかった。

 

 

「セルグ……私は貴様を討ち、己の罪を払拭しよう。

 あの日大人しく引き下がった過ちと、あの日貴様にアイリスを預けると決めた過ち。

 貴様を討つことで、私は初めてこの罪から解放される」

 

 イルザは静かにその心の内を吐露する。

 上層部からの提案に何故食い下がらなかった? 

 何故セルグを信じてアイリスを任せてしまった?

 事が起こった後に彼女に宿ったのは、果てしなく深い後悔であった。

 諦めていたのだ……反対しても無駄だと。

 諦めていたのだ……自分では無理だと。

 

 彼らに手を差し伸べる教官である自分が、真っ先にその手を引いてしまった。

 結果、上層部の手に引かれた彼らはセルグの手に掛かり。セルグの手に引かれた彼女は、巻き込まれて命を落とした。

 イルザがその手を離さなければ、きっとまだ生きていたであろうはずの命であった。

 

「消えないんだ……彼らの怨嗟の声が。 アイリスの恨みの声が」

 

 深く根付いた後悔は、次第に彼女を蝕んでいく。

 やがてそれは罪の意識となり、やがてそれは悪夢へと至る。

 それは、グラン達と出会う前のセルグと同じである。

 見せられ続けた悪夢に抗うために、彼女は教官としての仮面をかぶり、同時に膨れかけていた憎しみに蓋をしたのだった。

 奪われたのは自分のせいだ――そう断じて。

 だが、同じ過ちを繰り返さぬよう没頭した教官としての日々は、彼女の罪の意識を和らげるものの決して癒してはくれなかった。

 どうしても残ってしまうのだ。心にへばりつくように……奪った者への憎しみが。

 

「どれだけ、訓練生を鍛えても、どれだけ優秀な戦士を育て上げても、彼らは私を赦してくれなかった。私の贖罪はお前を殺さなければ終わらない」

 

「イルザ……お前」

 

 だからイルザはここに来た。

 ケインとユーステス達の動きを知り、セルグの所在を知り。組織が命令を下すよりも早くに、自身の手で過去との決着をつけるために。

 

「私はお前を殺す。そうすることで初めて……私は私の過ちを清算できる」

 

 決断は復讐という、仇を取る形で彼女の中に定まってしまった。

 

 

 

 

 ――何という事だろう。

 

 目の前で己に銃を向けるイルザを見て、セルグは胸中でため息を吐いた。

 同じなのだ……彼女も。

 救われる前の自分と。己を許せなかった自分と。

 そうして壊れかけて初めて、誰かに憎しみを向けるしかなくなった。

 ヴェリウスと言う同士がいて、その魂が故に壊れる事が無かったセルグとは違い、彼女は罪の意識に壊れてしまった。

 そんな罪は、初めから存在しないと言うのに……

 

 

「――イルザ」

 

 想いの丈を聞き、憎しみの言葉を受け取ったセルグは静かに口を開いた。

 

「悪いがそれは無理だ。オレは死ぬわけにはいかない。大切な約束がある……守りたい未来があるんだ。オレはもう、生きる事から逃げ出さないと誓った」

 

 救わなければいけない。己が生み出した罪のせいで苦しむ彼女を……

 

「勝手な事を……あれだけの命を奪っておいて今更何を」

 

「それが償いだからだ。 オレの……オレだけのな」

 

 受け取らなければならない。彼女が背負うその罪を。

 

「星晶獣の脅威から空の世界を守り、オレは戦い続ける。今は亡き彼女の想いと共に……願い果たせなかった彼等の為に。

 オレは、この刀と命を賭して、この空で戦いの人生を完遂する」

 

 ならば示そう。壊れかけた彼女に、罪を償い、生きて戦う覚悟を。

 

「だからイルザ。その背負っているものを寄越せ……それは最初から最後までオレの背負うべきものだ」

 

 そして、伝えよう。

 彼等と彼女の真なる想いを。

 

 

「アイリスを守れなかったのも、彼らを殺したのも全てはオレの罪だ。お前が背負う事ではない……」

 

 

 皆が願うのは、世話になった大好きな教官の幸福であるのだから……

 

 天ノ羽斬を収め、セルグは風火二輪を構える。今は亡き彼女の意思を胸に秘め、その引き金に指を掛けた。

 対するイルザもセルグに向けていた長銃、調停の銃”ニバス”の引き金に指を掛けて臨戦態勢に入る。

 

 互いに微動だにしない静寂。

 それが破られた時、その場に起こったのは銃弾と想いが行き交う苛烈な死闘の始まりだった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 ずるずると、動かぬその身を引き摺るようにして、フュリアスはもはや原型留めぬ魔晶の肉体から這い出る。

 奇跡的な幸運によって本体は原型を保った状態で生きていられたが既に虫の息に近い状態であった。

 アポロによる絶対的な攻撃もそうだが、なにより回数を重ねて使ってきた特別製の魔晶による反動が強い。元々命すら落としかねない魔晶のチカラを底上げして使用しているのだから反動が増えるのも当然の帰結だろう。

 

「ハァ……ハァ……く、くそぅ。こんな……ところで」

 

 衰える事のない野望を瞳に燃やしながら、フュリアスは周囲を見回す。

 使える手は無いか。駒はいないか。

 言う事を聞かない体を酷使して、その思考だけは普段の彼の様に素早く回っていく。

 だが――

 

「くそぅ……何もないじゃないか」

 

 彼を救える者も、この状況を打開できるものもそこには無かった。

 アポロが言った通り、次善の策など用意していない。手柄を独り占めするつもりであったが為に最初のアドヴェルサによる奇襲以外で連れてきている兵士はいない。

 その兵士も既に状況をみて撤退をしたのだろう。たかが二人の兵士で何とかなるとは思えなかったが、それでも見捨てられた事実にフュリアスの心は怒りへと染まっていく。

 

「アイツ等……戻ったら必ず」

 

「戻ったら? どこに戻るつもりだ?」

 

 フュリアスの目の前に綺麗な一振りの剣が突き立てられた。

 つい先程、魔晶ごと彼の体を打ち砕きその強さをありありと見せつけたアポロが、フュリアスを見下ろす形で立っている。

 

「さて、ここで質問だ。知っているかフュリアス、エルステより挙げられた私の罪状と言うやつを?」

 

「な、何?」

 

 この期に及んで一体何の話だと訝しむフュリアスを余所にアポロは淡々と告げていく。

 

「エルステの乗っ取り及び独裁による各島への苛烈な侵攻……思えば貴様は良くやってくれたな。ポートブリーズ然り、アウギュステ然り、更には――――アルビオンもだったか?」

 

 挙げられていく島の名前にフュリアスの顔が強張ってくる。

 どの島も、フュリアス主導での大きな侵攻作戦を行った島だ。島に関わる星晶獣を利用して、帝国に逆らうのなら存在する価値無しと、沈める事すら厭わなかった島だ。

 

「ま、待てよ! それはお前も関係有――」

 

「そうだな、見て見ぬふりをした私も同罪だろう。己の目的の為に、故郷すら見殺しにしようとした……だから私も、この戦いの後に罪を償う。

 だが貴様は違う。罪を償う気も無ければ、罪だと感じている事も無いだろう?」

 

 己が目的の為に様々な犠牲を出してきた……エルステの支配を盤石とするために各島への侵攻を推し進めたのはほかならぬアポロだ。そこには別の目的もあったが事の始まりはアポロとフリーシアの二人である。

 だがそれでも、そこには良心の呵責があった。犠牲になったものへの追悼の想いが少なからずあった。

 目の前の……己の野望の為なら失われた命を何とも思わないクズとは違う。

 

「貴様の命程度で償えるはずもないが、少しは足しになるだろう……あとは私が背負ってやる。

 潔く逝け、フュリアス」

 

 容赦の無い視線を向け、アポロはブルトガングを振りかぶった。

 この場でフュリアスを見逃せば、後顧の憂いとなる可能性があるだろう。

 戦略的な面も一応はあるが、今語ったように彼女なりの償いの面が強い。

 失われた……犠牲になった者達の意思などわかりはしないが、フュリアスの命を絶つことでその溜飲が少しでも下がればいい。

 そんな、死者の想いを騙ったアポロの身勝手な罪滅ぼしであった。

 

「……待てよ、そんな事許されるわけ」

 

「往生際が悪いな。貴様は、あれだけ好き勝手やっておいて許されると思っていたのか?」

 

 苛烈な侵略の主犯はフュリアスである。あくまで各島を支配する事が目的であったアポロやフリーシアの思惑とは異なり、彼の行った行為は島を落とす事すら厭わない侵略ではなく暴虐の行為。

 許すはずが……許せるはずが無かった。

 

「死ね、フュリアス」

 

「や、やめ――」

 

 断末魔の叫びが上がる中、アポロはブルトガングを振り下ろした。小さな身体に付いている小さな頭を切り落とすべく、その首筋目がけて。

 

 

 

 ――聞こえた音は肉を切り落とす音ではなく、衝突する金属音であった。

 

「小僧、小娘……何のつもりだ?」

 

 間に入る金色の長剣と短剣。アポロの剣を防いだのは、後方で待機していたグランとジータであった。

 止められるとは思っていなかったアポロは驚きを一瞬見せるも、受ければすぐさま萎縮しそうな程の怒気を交えて二人を睨み付ける。

 対する二人は、その視線と真っ向から向き合いながら静かに口を開いた。

 

「たとえどれだけの悪人であっても、目の前で貴方に命を奪わせはしない」

 

「どれだけ酷い人でも、生きて償わせるべきです」

 

 散々見せられてきた強い意志を秘めた瞳がアポロに向けられる。同時に吐き出されるのは、引くことを感じさせない強い声と言葉。

 この時点で二人を相手に押し切るのは難しいと思えるも、アポロが素直に引き下がるはずもない。

 

「貴様ら、自分がどれだけ甘い事を言っているのかわかっているのか? この男をこのまま野放しにすることがいかに危険か理解しているのか?」

 

 アポロに苛立ちが募る。この場においてまだそんな甘い事をと。

 優しさと甘さを履き違えた典型的な愚か者だと二人を睨み剣に力を込めるが、二人はそれに抗ってきた。

 

「わかっている。それでも、僕達は貴方の行為を見過ごせない」

 

「こんな人の為じゃありません……貴方と、オルキスちゃんの為です」

 

 ジータの言葉にアポロはハッとしたように振り返る。

 動いていたのはグランとジータだけではなかったようで、ヴィーラはシュヴァリエのプライマルビットを、イオは光弾の展開を済ませており、オイゲンとラカムは彼女が握る剣を弾き飛ばそうと引き金に指を掛けていた。

 そしてそんな中で、間に合うはずもないのにアポロを止めるべく走り出していたオルキスの姿が飛び込んでくる。

 

「アポロ!」

 

 らしくない大きな声が、嘗ての記憶と重なる。

 そのまま黒い鎧が覆うアポロの腕へと抱きつき、オルキスは彼女を止めようと呼びかけた。

 

「ダメ。こんな事、誰も望んでない。皆も、私も、スツルムとドランクも……きっと本当のオルキスだって望んでない」

 

 またしても……吐き出された言葉に思わずアポロの表情が歪んでいく。

 ルーマシーからここまで、どうにもチラついてくる過去の記憶が、アポロを不快にさせた。

 本物の彼女とは違う存在なのだと否定し続けていたというのに、感情を表す様になりアポロを大切にしようとする想いが見え隠れするオルキスの姿が、嫌でもアポロに本物を感じさせる。

 人形が真似事をするなと否定する一方で、今のオルキスの姿にどうしても揺り動かされる。そんな自身でも制御できない想いがアポロの心をかき乱した。

 

「――調子に乗るなと言っているだろう人形。お前に彼女の何がわかる? 知った風な口を利いて私の心に土足で踏み込んでくるんじゃない!」

 

「ッ!?」

 

 一瞬、小さく体を震わせてオルキスが押し黙る。

 

「――それでも」

 

 だが、気圧されながらもオルキスは負けじと何の抵抗にもならない力を込めて食い下がった。

 調子に乗っている……確かにそうなのかもしれない。

 只の人形でしかなかった自分ではわからなかったアポロの雰囲気の変化。それに気を許し、優しくなったと勘違いしているのかもしれない。だがそれでも――

 

「それでも、アポロがヒトを殺すところを見たくない!」

 

 今のオルキスも知っているのだ。

 本来優しいはずの彼女を。最愛の友を失い、涙流していた彼女を。

 そんな彼女の未来に影を落とすような事を……自らして欲しくはなかった。

 

 

「は、ははは。なんだ、仲間割れかい? 甘ちゃんばかりの愚図と一緒にいると大変だねぇ黒騎士?

 良いのかい、僕をやらなくて? こんなガキどもに諭されて止まっちゃうような腑抜けじゃあの女には――」

 

 重苦しい音が鳴り響き、挑発をかけていたフュリアスの言葉が止まる。

 鳴り渡るは銃声。弾丸の辿り着いた先はフュリアスが這いずるその目の前であり、出所はグラン達騎空団の老兵の一人であった。

 

「お前さんは……これ以上喋りなさんな。テメエがこれまでに散々やってきた事……俺達も忘れてねえぞ」

 

 静かに、だが恐ろしい程の殺意を乗せて。オイゲンはフュリアスを黙らせる。

 アウギュステやポートブリーズ。島の守り神とされていた二つの島の二つの星晶獣を苦しめ、島を窮地へと陥れられたことは記憶に新しい。

 アウギュステの水神リヴァイアサンに多大な恩を感じていたオイゲンは、とりわけその怒りが強いと言えよう。

 

「それからもう一つ……ウチの娘に下らねえ殺しをさせんじゃねえよ。

 てめぇみたい奴の薄汚い血で娘が穢れるくらいなら、俺がその狡賢い頭に詰まった脳漿ぶちまけてやらぁ」

 

 嘘やハッタリの疑いを持つこと適わない、本気の声に乗せられた本気の言葉。フュリアスの中ではロートルの域を出なかったオイゲンの殺意がその場の全員の動きを止める。

 大事な娘が目の前でヒトの命を奪う事を許容できるわけがなかったのだろう。反射的に狙ったのはアポロを止める事ではなく先にフュリアスを仕留め自分がその罪を被る事であった。

 

 大事な時に傍にいてやれず、父親らしいことを長らくできていなかったオイゲン。時を経て再開した後も、星晶獣が暴走する危険な島に置き去りにすることとなった彼の後悔は、その体を突き動かし、己の身を挺してでも娘を守ろうとすることを選択させていた。

 

「貴様……今更父親面するなと」

 

「はいはい~。そこまでにして下さい」

 

 オイゲンの言動にまたアポロの怒りが灯るが、それを抑える様にシェロカルテの間延びした声が割り込んだ。

 空気が読めないと言えば聞こえが悪いが、殺気だったオイゲンやアポロを止めるにはむしろ都合がいい。

 戦場に不釣合いな声に、引かれてアポロの刺々しい空気が露散する事を感じグラン達はそっと胸をなでおろす。

 

「無抵抗にもなった方を目の前で殺されては私としてもしかるべきところへと手配を回さざるを得ません。黒騎士さんもオイゲンさんも何やら色々と事情がありそうですが、その方の処遇については私に任せて頂けませんか? 

 エルステ帝国がばら撒いた魔晶についてや市井の治安を著しく低下させた危険物質の事なども含め、目の前で貴重な情報源を失うのはシェロちゃんとしても避けたいのです」

 

 依頼された秩序の騎空団と、依頼したエルステ帝国の者しかわからないはずのアポロの罪状。

 それを知っている事自体は彼女であれば不思議ではないかもしれないが、その罪状の情報源としてシェロカルテはフュリアスを選んだ。当の本人であるアポロがいるにも関わらずにだ。

 彼女は、世間に流されている情報が虚構であり、真実が隠されていることを知っている。そしてその内容ですら突き止めているのだと、グラン達は理解した。

 

「おいおい、何を言ってるんだよ。それはエルステから正式に秩序の騎空団へと依頼した内容だろ? それについて知っているのはこの黒騎士であって僕には関係――」

 

「気づかないとお思いですか? よろず屋シェロカルテが、市井の治安悪化という商売の邪魔をされてその原因を掴んでいないとでも? 商人の情報網というのをあまり軽んじてはいけませんねぇ。利益の気配だけでなく、不利益の気配にも敏感でなければ、よろず屋は務まらないんですよぉ」

 

 彼女にとって上客であるグラン達がいる以上、彼女は商人としての仮面を崩さない。

 いつもの間延びした声と、いつもの笑顔。それはもういつも通りである。

 だからこそ見る者には逆に底知れぬ恐怖を湧き立たせた。

 

「治安低下は各島侵攻への足掛かりでしょうか。治安維持の名目を得るか、或いは反抗勢力の減退を狙ったものでしょうねぇ。魔晶のばら撒きは主にその性能テスト……貴方や兵士の皆さんが使用するものは、その性能テストから改良を加えた正式採用版といった所でしょう。

 いずれにしても、貴方主導の行為はあまり褒められたやり方ではありませんでしたねぇ」

 

 フュリアスの表情が固まっていく。

 知られている……フリーシアによってアポロを陥れる提案がなされてから、彼女に擦り付けるべく行ってきた自分の非道を彼女は知っている。

 

「覚悟してくださいね~。軍務であれ貴方の非道は決して許されることではありません。

 証言と証拠を頂いたら、私ができる最大限の手配をして最も過酷な余生というものを約束してあげます」

 

 誇張などではなく、それを根回しする事が可能なくらい彼女の影響力というのはただの商人の範疇を超える。

 最強の集団。かの十天衆も彼女とは懇意にしており、彼女からの依頼とあれば二つ返事で引き受けるくらいだ。

 全天を統べる最強集団。空の抑止力とも呼ばれるかの騎空団からそれほどまでの信頼を得ている彼女が直接的な戦闘以外でできない事等ないのではなかろうか。

 

「だ、誰がそんな――」

 

「そうだねぇ。それはちょっと困るなぁ。僕の貴重な玩具をそんな風にされたら僕が楽しめないじゃないか」

 

 追い詰められた状況に震えるフュリアス。彼を縛り上げようと動き出そうとしたシェロカルテ。

 あの間に突如聞こえた声と同時にフュリアスを淡い光が包みこむ。次の瞬間には、アポロの足元にいたフュリアスの姿がかき消えた。

 グラン達に緊張が走り、一斉に聞こえた声の出所へと視線を向けると、そこには貼り付けられた笑みを湛える男と、傍に控える氷の星晶獣の姿ある。

 

「貴様は、ロキ!」

 

「へ、陛下!?」

 

「やぁ君達。僕の玩具で楽しんでくれたかな? と言ってもその様子だと、どうやら不足だったみたいだね……」

 

 警戒態勢を強めるグラン達は休憩を挟み、万全に近いところまで回復していた。あまり消耗を見せていないグラン達を見て、ロキはため息を一つ吐く。

 

「ダメじゃないかフュリアス、もう少し頑張ってくれないと。折角皇帝の地位を譲ってあげるって言ったんだからさ」

 

 言う事を聞かない子供を叱り付けるように、足元へと呼び戻したフュリアスへと苦言を呈して、ロキはその笑みを深める。

 

「あの~失礼ですが貴方は――」

 

「シェロさん、下がって下さい! あの人はエルステ帝国の皇帝ロキ。ヒトの命を何とも思わない危険人物です」

 

 突然現れたロキに問いかけようとしたシェロカルテをジータが抑えて、グランがその背にシェロカルテを隠した。

 まさかこんなすぐにロキが出てくるとは思っていなかったのか、グラン達は一斉に警戒心を強めてロキとフェンリルを睨み付ける。

 周囲に兵士を伴っている気配はないが、自由奔放で掴みどころがない分、ロキの出現はどんな罠が待ち受けているか読めない。

 カタリナとヴィーラ、ロゼッタは防御の用意をし、ラカムとオイゲンは周囲に敵影は無いかと目を凝らす。

 アレーティアとゼタはフェンリルの動きに備えていた。

 

「あ~そんなに警戒しないでよ。ここで僕が君達に何かをするなんて事はないよ。ただ僕は餌につられた玩具の様子を見に来ただけだからね。

 どうだったかな? 彼との戦いは満足できた――」

 

「ロキ! 危ねぇ!!」

 

 ロキの言葉を遮り、控えていたフェンリルが前に出る。

 同時にそこには極彩色の魔法が着弾し、彼らを煙で包み込んだ。

 

 

「くっ、てめぇら……不意打ちとは上等じゃねえか」

 

 煙が晴れてフェンリルが睨む先には、クアッドスペルでロキを狙ったアポロの姿。

 それは先ほどフュリアスと相対していた時よりも激しい怒りに彩られていた。

 

「貴様みたいなどこの馬の骨とも知らない奴が皇帝などと……笑わせてくれるなよ。そこは今も昔もあの御方の場所であり、これからは彼女の場所だ。

 認めるわけがあるまい。そのような不遜で傲慢で礼儀知らずな行いを……私が生きている限り、認めるものか」

 

 エルステの王。それは今は亡くとも、由緒正しきエルステの血縁たるオルキスの両親から継がれるものであり、それを継ぐのは遠からぬ未来に全てを取り戻す大切な彼女(オルキス)だ。

 目の前の……ただ世界を玩具にして楽しむような下賤な輩のものでは断じてない。

 不遜で無礼なロキの言葉にアポロは怒りを見せて剣を構える。

 

「ふぅん……君は随分と兄さん達にご執心のようだね」

 

「当然だ、あの方々が遺したのは彼女(オルキス)であり、座すべきはあの国の玉座だ。それを阻む者は全て私が取り除く」

 

 すっと、ロキの表情が変わる。どこかアポロの言葉に心の琴線に触れる部分があったか、薄く浮かべていた笑みが消えザンクティンゼルで一滴の血を流した時のような冷たさを感じさせる雰囲気となった。

 

「やめてよ。兄さん達が遺したのはこのつまらない世界と、完全な存在である星の民の出来損ないだけ……そんな出来損ないが兄さんの国の王になる? 笑いたくもないのに嗤ってしまうじゃないか」

 

「なんだと……貴様」

 

「はぁ、予定変更かな。回収だけのつもりだったけど、少し荒らしたくなっちゃった……」

 

 ロキの言葉に、アポロもまた不快を示すがそれを歯牙にもかけずロキは足元で這いずるフュリアスへと視線を投げた。

 

「フュリアス、もう少しだけ彼らを楽しませてくれるかな? 足りないチカラは僕が貸してあげよう。その身の全てを捧げて皇帝たる僕の為にそのチカラを振るってくれ」

 

「へ、陛下……? ですがもう身体が――――っ」

 

 ロキを見上げるフュリアスの血の気が失せる。

 そこにあったのは良く知っている笑みだった。

 命を何とも思わない。散り行く命を嘲笑う。そんな命を踏みにじることを何とも思わない、己が良く浮かべていた無情な笑み。

 そして、その手にあるのは新たな黒い無機物――――魔晶。

 

「言っただろ、チカラは貸してあげるよ」

 

「あっ……あぁ、そんな」

 

「見せてくれよ。君がもつ皇帝への執念ってやつを……その身の全てをもってさ」

 

 

 瞬間、耳をつんざく悲鳴が上がる。

 発生源は他でもないフュリアス。ロキによってその身に注がれるのは、先程まで使用していた魔晶を超える、過剰なまでの魔晶のチカラ。

 

「ふ、ふふ…………あっはっは! そうだ、もっともっと面白く変わってくれよ。その方が彼らも楽しめるだろうからねぇ」

 

 フリーシアがユグドラシルに施したような、器の崩壊を考慮しない過剰なチカラの供給に、再びフュリアスはその身を変異させる。

 

「そんな……こんな状態になったらもう」

 

 ロキの非道な行いと、フュリアスの余りに惨い状態にルリアが慄いた。

 感じられる気配はユグドラシルマリスとさして変わらないのだろう。器の大きさという意味では星晶獣とヒトで天と地の開きがある以上、過剰な魔晶のチカラにフュリアスが耐えられるはずはない。それは即ち、フュリアスという存在の崩壊が決定づけられた事と同義である。

 

「貴様、いくらフュリアスとは言え、ふざけたことを……」

 

「そんなことを言っている暇はないよ黒騎士。さぁ、二回戦だ。既にヒトの面影はない、理性もない。ただ暴れるだけの兵器と化した彼を、君たちはどう対処するのかな……お手並み拝見だ」

 

 薄ら笑いと、暴走したフュリアスを残し、ロキとフェンリルは光に包まれて消えていく。

 

 再び立ちはだかる魔晶とフュリアスの大きな壁を前に、アポロとグラン達はまたも足を止めて戦うことを強いられる。

 遅々として進まない進軍は、彼らの劣勢を徐々に確かなものにしつつあった……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

シナリオ自体は全然進んでなくてごめんなさい。
次回はもう少し進むと思いますが、ここにきて文章力に悩みを抱え始めて苦心しております。
更新が遅くなりがちですが暖かく見守っていただけたらと思います。

それではお楽しみいただけたら幸いです。

感想。いただけたら嬉しいです。


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メインシナリオ 第56幕

少し短めです。



 

「フラメクの雷よ、憤怒を叫べ」

 

 引き金を引き、幾度となく放たれた雷の雨がまたもや兵士達を打ち砕いた。

 頬を伝う汗は、それがかなり無理をして捻りだしているチカラである事を物語り、ユーステスは努めて冷静に思考を回し現状を把握する。

 

「(かなり疲労が出てきたか……彼女もそうはもたないだろう。バザラガとベアトリクスは……まだ元気のようだな)」

 

 戦い始めてからかなりの時間が経った。規格外の身体をもつバザラガといつまでも元気なベアトリクスはさておき、普通の人間であれば全力戦闘の継続だけで疲弊しきっているはずだろう。

 常人であると自覚しているユーステスは、後方で打ち漏らしを片付けているモニカの事を鑑みて思案する。

 

「ユーステス、俺は一旦彼女の援護に向かおう」

 

 そんな彼の思考を読み取ったかのように、背中合わせに立つ仲間が進言してきた。

 こういったところは、それなりに以心伝心ができて楽だ。態々言葉にしなくていいのは彼としては好ましい関係である。

 

「――了解した、こっちの癇癪玉は任せろ」

 

「無茶はさせるなよ」

 

「あぁ」

 

 最低限の伝達をすませて、二人は弾かれるように再び動き出す。

 バザラガはモニカの元へと向かい障害を吹き飛ばしながら走る。ユーステスは視界の片隅にベアトリクスを収めながら弾丸の嵐と体術で押し寄せる兵士を食い止める。

 

「ベアトリクス! 一度下がれ!」

 

「お、おぅ!!」

 

 らしくない大声を張り上げ、再びフラメクのチカラを解放。しばしの猶予を捻出しようと、ギリギリの疲労の中フラメクのチカラを絞り出した。

 雷の雨を降らせ大勢の兵士達を撃ち払うと、ベアトリクスの近くに着地。

 

「バザラガが後ろの援護に向かった。しばらく二人で押しとどめるぞ。奮起しろ」

 

「そうはいうけどさぁ。こいつらいくらぶっ倒してもキリがないんだぞ」

 

 3人から2人に。状況の僅かな悪化と、あきらめず……否、あちこちから次々と湧いてくる兵士達を目にして辟易したようにベアトリクスがぼやいた。

 恐らく戦果という点では、ユーステス、バザラガよりも余程ベアトリクスの方が大きいだろう。

 最前線で戦い続けていたこともそうだが、エムブラスクとベアトリクスの実力が噛み合った時の強さは凄まじい。

 そんな彼女が長時間兵士達を屠り続けているというのに、いまだに帝国側の衰えは見えてこないのだ。呻きたくもなる。

 

「泣き言か? そんな事ではアイツには勝てん」

 

「んなっ、そんなんじゃない! 誰が泣き言なんていうもんか。

 良いぜ、やってやろうじゃないか。私一人でもこのくらい全部片付けてやるっての」

 

 挑発めいたユーステスの言葉にあっさりと乗せられるベアトリクスは再びエムブラスクと対話する。

 言葉を直接交わすわけではないが、呼びかけてその能力を十全に引き出して見せる。

 

「ふぅ…………いくぞ!!」

 

 呼吸を整え藍色の光が増し、ベアトリクスの身体を覆うと目にもとまらぬ速さで駆けて出していく。居並ぶ兵士共を叩き伏せ、再び彼女は鬼神の如き強さを見せて大暴れを始めた。

 

「ふっ、恐ろしい程に元気だな」

 

 その大暴れを目の当たりにしてユーステスは思わず感嘆の声を漏らす。

 自分は疲労も消耗も激しい……身体は徐々に言うことを利かなくなってきているし、放てるチカラは衰えを見せ始めている。

 だと言うのにベアトリクスは人海戦術に対して精神的に疲労を見せてはいても、その体が発揮する戦闘力という点では衰えがまるでない。

 窮地に陥れば陥る程に強くなるエムブラスクの剣が無限に彼女のパフォーマンスを高めている。その分体への負担は大きいだろうが元々色々な意味でタフな彼女だ。剣にこき使われたところで大丈夫だろう。

 仲間である彼女に対して普段は抱かない頼もしさを感じながらユーステスも戦線に加わり、次々と敵を屠っていった。

 

 

 

 

 

 ――――白刃閃く

 

 幾度となく振るわれているその刀は、纏うチカラも剣閃の早さにも衰えを見せずに、再び帝国兵士達を刈り取った。

 

「くっ、さすがに疲労は効いてきているか……」

 

 それでも、戦い続けた時間は彼女の感覚に明確な疲労を感じさせ、衰えを悟らせぬように苦心させる。

 何人切り伏せたか。何度大技を放っているか。

 瞬間的に巡らせる記憶を頼りに、現状がかなり苦しい展開である事を理解した。

 

「もらった!!」

 

 僅かに目の前から思考を割いた故に狙われる隙。5人も6人も一斉に詰め寄ってきて囲まれ、モニカは再びその身にチカラを滾らせる。

 

「このぉ、春花春雷!!」

 

 雷光と共に幾重にも走る剣閃が再び兵士達を沈める。

 だが、相手も慣れてきたもの。波状攻撃による第二陣が既に詰め寄って、大技直後のモニカの隙を狙っていた。

 

「まだまだぁ!!」

 

「くっ……しまった!?」

 

 疲労で判断が遅れたか。

 術後の意識の隙を突かれ、迎撃も防御も間に合わない兵士の一撃が迫りモニカは身を強張らせる。

 

「やらせはせん!」

 

「ガッ!?」

 

 迫る一撃。剣を振り下ろす兵士の背後に突如現れた黒い影が、兵士を全力で蹴り飛ばした。

 黒い鎧に身を覆われ、巨大な鎌を背負ったドラフの大男がモニカの前に立ち尽くす。

 

「貴公は、組織の……」

 

「バザラガだ。すまない、少し抜かれすぎていた。随分負担をかけてしまったようだな」

 

 疲労が見え隠れするモニカの姿に、やや反省を込めてバザラガが自戒の言葉を発した。

 前衛で好き勝手に大暴れしすぎて後方の事を考えていなかったか。そういったところはセルグと同様、どうにも組織の戦士には集団戦闘は期待できないらしい。

 散々に抜かれて、後方で打ち漏らしを片付けていたモニカに負担をかけてしまったのだとバザラガは悟った。

 

「いや、気にしないでもらいたいバザラガ殿。貴公らの援軍だけでも大きな助けだったのだ。むしろこの状況は、遅れているこちらの増援のせいと言える。もうしばらく厳しい戦いに付き合ってもらう事を詫びねばならないよ」

 

「ふっ、余計な気遣いだったか。だが、こちらとしてもこの戦い……強いてはこの任務を成功させなければならんのでな……助力は惜しまん」

 

 身を投げ出して緊急回避をしていたモニカを助け起こし、バザラガはその身で隠す様に彼女の前へと躍り出た。

 黒い兜の奥、強い意志を秘めた瞳が光り並ぶ兵士達を躊躇させる。

 

「ふぅ……感謝しよう。あやうく手痛い攻撃を受けるところだった。あちらの二人は大丈夫なのか?」

 

「問題無い。荒事には慣れている……そう簡単にやられる奴らでもないしな。

 だが、疲労の色は拭えん……先ほど言っていた増援がまだならそろそろ厳しくはなってくるだろう。来るのか?」

 

 何をとは言わなくてもわかるが、その答えをモニカは明確に出せなかった。

 元々じっくりと時間をかけて進行していくはずだった作戦だ。

 防衛網の無力化。それが終わるまでにできる限りの戦力を集め本隊を派遣する。

 指揮官として成長したリーシャなら逸って急ぐような真似はしない。万全の準備を整えてくるのであれば、今ここで増援を期待するのは厳しいと言える。

 

「現状では、まだ来るとは思えない。来れば戦況は簡単に覆せるだけの戦力を伴ってくるだろう。その分――」

 

「その分準備には時間をかけるか……ならばこちらも少し妥協せねばならないな。それなりに時間は稼げた。今ここを抜かれてもセルグ達はかなり先を進んでいるだろう」

 

「――そうだな。確かに貴公の言うように、そろそろここを明け渡しても良いかもしれない。だが……」

 

 続けようとしたモニカの言葉が止まる。

 訝しんだバザラガが前方に意識を裂きつつ背後のモニカの様子を伺うと、そこには空の一点を見つめ、徐々にその表情を喜色へと変えていくモニカの姿があった。

 

「……む? だが、どうした? この広場に留まる理由が」

 

「あぁ、たった今その理由ができたようだ……前の二人と合流しよう。ここからは反撃といこうじゃないか!」

 

 疲労を重ねたその身を震わせ、モニカは打って出るべく刀に宿る属性の力を解放。

 刀に紫電を灯し前傾姿勢となって、兵士の壁を突破するべく構える。

 

「行こうバザラガ殿。二人と合流して、帝国軍へ打って出るぞ!」

 

 気勢を上げるモニカの視線の先に飛来するものを確認しバザラガも即座にその意味を理解。

 同調するようにグロウノスの力を解放し同時に走り出す。

 突然の反撃に及び腰となった兵士達をそのままに二人は一気にその壁を打ち砕く。

 立ちはだかるものをなぎ倒し、阻むものを切り伏せ、前方で戦っていたユーステス達の元へと向かう。

 

 そんな二人の視線の先、朧気だった影は見る見るうちに大きくなり、アガスティアの直上へと飛来した。

 

 

 

 

 

 先頭を走る騎空艇。

 第四騎空艇団旗艦、グランツヴァイスの甲板から、リーシャは戦場となったアガスティアを見定めた。

 

「防衛部隊の艦影なし。無力化は成功しているようですね……ならば状況は地上戦が想定される」

 

 作戦通りに進んでいる事を確認しつつ、リーシャは先程僅かに見えた緊急事態の信号弾の意味を推定する。

 防衛部隊の無力化は成った上での想定外の事態。考えられる事態は幾つかあれど共通して言える事はあった。

 

「時間の猶予はあまりないでしょう……のんびり港から制圧していられない」

 

 緊急を要する信号弾が上がったという事は少なくとも余裕のない事態になっているという事。

 作戦通りにアガスティアを制圧していく暇がない事を意味した。

 

「全艇に伝令! 操舵士は砲撃による迎撃を考慮しながら全艇アガスティア直上に向かいます。直上より一斉降下。降下後は直ちにアガスティアを制圧します!」

 

「リーシャ船団長補佐! アガスティア広場にて戦闘を確認!」

 

 頭上から望遠鏡で戦場を確認した団員より声が挙がり、リーシャは即座に決断。

 

「グランツヴァイス、及び旗下3艇で広場に降下! 戦闘中の味方と合流します!」

 

 指示を受け、グランツヴァイスは艇団から抜け出て加速。追従するように3隻の騎空艇が続き、戦闘中のアガスティアの広場直上へと向かう。

 

「全員、戦闘態勢!」

 

 高度を落とし、徐々に近づいてくる地上を見定めリーシャは激を上げて剣を抜いた。

 はっきりと見えてきた戦場で戦っているのはやはり、憧れの先輩であるモニカその人であった。

 周囲は数多の帝国軍に囲まれ、多勢に無勢と言える中で必死に戦っている。

 部隊の規模から考えても既に帝国が本腰を上げての戦いに入っている事がわかる。仕方なくとも大事な戦いに遅れてしまった事を申し訳なく思い、自然とリーシャの身体が怒りに震えた。

 騎空艇の縁へと身を乗り出して、降下用のロープから次々と降りていく団員たちを尻目にリーシャはそのまま甲板から飛び降りる。

 着地直前に風の魔法を放って衝撃を抑え、胸に燻る熱と共に暴風纏う剣を一閃。

 不意打ちに放ったトワイライトソードが暴威の塊となって向かい来るモニカ達の道を切り開いた。

 

 

「総員、直ちに制圧戦に入れ!その胸に宿る崇高な意思の下、この空を守るために全力を以て戦い尽くせ……いけぇ!!」

 

 昂る熱をそのままに、高らかに吠えたリーシャの言魂が団員達の士気を跳ね上げた。

 ある者は怒声を上げ剣をかまえ、ある者は冷静に敵を撃ち始め、ある者は合流しようとするモニカ達を迎え入れるために走り出す。

 それぞれ部隊毎で小さな集団を作り次々と兵士達を撃破しながら進撃していく。

 アガスティアで今、新たな戦いの火蓋が切って落とされた

 

 

 

「(他の部隊もそれぞれにアガスティアの各所へと降下している。混乱も誘えたから状況は一先ずこちらが優勢……)」

 

 モニカの道を拓くため最初の一撃で敵をなぎ倒した後、すぐに状況把握に移行したリーシャは周囲を見て思案する。

 広場に強敵の気配はない。早々にガンダルヴァやポンメルンと言った強敵と戦う可能性も想定していたが、気配がない事に僅かに安堵した。

 

「リーシャ! 良くぞ来てくれた」

 

「モニカさん!」

 

 団員達に連れられて合流したモニカは珍しくその顔に子供のような笑みを湛えてリーシャの元までやってくる。

 背後に一緒にいる組織の面々に少しだけ視線を向けてから、リーシャもまた無事な様子のモニカに嬉しそうに応対した。

 

「ご無事で何よりです、モニカさん。遅れてしまい申し訳ありませんでした……部隊の集結に少し時間がかかり」

 

「なに気にするな。想定よりも事が早く進んでいたのだ。リーシャが来るのはもうしばらく後だと考えていたから、むしろ早く来てくれて助かったぞ」

 

「それでも、本当に間に合って良かったです……しかし、喜んでばかりはいられません。モニカさん、状況を教えてください。先の緊急の信号弾……グランさん達はこの場にいないし、状況は想定よりも悪いと推察します」

 

 喜びも束の間、すぐに真剣な表情を取り戻し、リーシャは思考をフル回転させる。

 やらなければならない事、知らなければならない事が多い。時間の猶予がない事は分かっているのだ。のんびりおしゃべりしている場合ではない。

 

「あぁ、まずは現在の状況だ。エルステ帝国軍大将アダムよりフリーシアの計画の全容を聞かされ、グラン殿達と黒騎士はアガスティアの中枢タワーへと向かっている。目的は只一つ、アーカーシャ起動の要となる星晶獣、デウス・エクス・マキナをルリア殿が吸収しに行く事」

 

「星晶獣デウス・エクス・マキナ……ですか」

 

「あぁ、ヒトの魂に干渉できるといった能力を持つらしい……アガスティアに住む人々全ての魂を抜出して、アーカーシャ起動のエネルギーとするのがフリーシアの計画の全容だ」

 

「……なんて非道な」

 

 被害の規模は数えられるような規模ではない。恐怖を抑えきれない計画にリーシャの顔が引きつった。

 

「彼女に人道の観念は存在しないのかもしれない。全てを覆し、やり直す以上、その過程で発生する犠牲ですらなかった事になると考えているのだろう」

 

「だが、星晶獣アーカーシャがそんな都合よくヒトの願いを叶えるような代物であるわけが無い」

 

 二人に会話に割って入るように、モニカの後ろに控えていたバザラガが一歩前に出た。

 バザラガとユーステスの姿に少しだけ警戒を露わにしたリーシャは静かに、モニカへと問う

 

「モニカさん、こちらは……」

 

「あぁ、すまない。先を行くグラン殿達の背後を守るため私とセルグで広場に残って戦っていたんだ。そこへセルグの為に駆けつけてくれた組織の仲間だ。リーシャにとっても少し因縁があるとは思うが今はそれを忘れて協力して欲しい」

 

「それはまぁ、モニカさんと一緒に戦っていたわけですし、疑う事はありませんが……えっと」

 

「バザラガだ。こっちがユーステス。それから、ベアトリクスだ」

 

 戸惑うリーシャの考えを察して、バザラガが名前だけの紹介を済ませた。

 何故か名前を呼ばれただけで誇らしげにするベアトリクスを見て、先程浮かんだ僅かな警戒心も薄れていく。敵対する気は無い。何となくだが彼女をみてそれがわかる気がする。

 あれは隠し事をできないタイプの人間だ……彼女に敵対心が見られなければ恐らく疑う余地はないだろう。

 少しだけ思案を見せたリーシャはすぐさま考えをまとめたかバザラガへと言葉を投げかける。

 

「それではバザラガさん、貴方達の目的は一体?」

 

「俺達の任務はアーカーシャの破壊だ。そしてそのためには秩序の騎空団との協力が必要不可欠と考えた。アマルティアでの一件について謝罪すると共に、協力を申し出たい」

 

「それはもちろん、ありがたい申し出です。モニカさん、よろしいですか?」

 

「既に共に戦っている。私に異論はない」

 

 先程までの戦いの中でもピンチを救われたし、何よりモニカはセルグと彼等のやり取りを見ている。セルグが歓喜に打ち震えていた姿を見ている。

 反対する気はなかった。

 

「わかりました……最優先事項はグランさん達がタワー中枢へと辿り着き星晶獣デウス・エクス・マキナを止める事。であれば、私達ができる事は一つです」

 

 セルグやゼタと同じ組織の戦士。それだけで強者である証明には事欠かない。

 今ここにいる5人だけでも戦闘力としては申し分ないだろう。できる事は大きい。

 リーシャは自分が述べた最優先事項の為に僅か5人でできる最大の戦いを考えた。

 

「彼らを追いましょう。彼らの障害となるものを排除し、彼らの道を切り開くために」

 

 できる事は一つ。万難を排し、グラン達の目的達成にできる限りの助力をする。

 世界が無くなるかの瀬戸際なら、今そこに全てを掛けるしかない。

 

「戦力面でこちらは優位に立ちました。全部隊でアガスティアを制圧し彼らを妨害する帝国軍を排します。帝国軍の目をこちらに向け、機動力があり少数精鋭である私達は直接彼らの援護に向かいましょう」

 

 指針を示すと同時に、リーシャは傍らにいた副官へと命令を伝える。

 前もって伝えられていた通りにアガスティアの各所を制圧していくようにとの指示だが、その上で更に”迅速に”、と付け加えられた。

 指示を受けた副官はすぐに伝令を回す。そう時を置かずにアガスティアの街では秩序の騎空団による更なる制圧戦が開始されるだろう。

 

「なるほど、部隊による間接的な援護と俺達による直接的な援護か。ならば急ごう……広場に押しとどめていたとはいえ、他にも戦力はあったはずだ。先を急いだ者達の疲弊は免れん」

 

 リーシャの言葉を即座に理解したバザラガはユーステスとベアトリクスに確認の視線を回す。

 両者共に頷くと、再び臨戦態勢となり武器のチカラを解放した。

 

「モニカさん、休息は必要ですか?」

 

 準備万端な様子の彼等とは対照的に、やはり疲労が隠せない様子のモニカをみてリーシャは問いかけた。

 無理もない。アダムとフリーシアの出現から始まりこれまで戦い続けてきているのだ。

 先に行ったグラン達よりも、駆けつけてくれたユーステス達よりも、更に長い時間を戦い続けてきている。

 

「疲れていないとは言えないが、そうも言ってられないだろう。ここでのんびりと指揮を執っている場合でもないしな」

 

 訓練を重ねてきている秩序の騎空団の団員であればモニカやリーシャがいなくてもある程度の戦いはできる。

 先程のリーシャの言葉の通りにグラン達を援護するのであれば、部隊指揮に回るよりはモニカも直接赴いた方ができる事は多い。

 

「その小さな体で戦い続けは疲れるだろう……俺が暫くは担いで行こうか?」

 

 何ともなしに、バザラガから提案が出される。

 戦闘者故にルリアやオルキスなどと比べたら軽くは無いが、それでもモニカは小柄な女性だ。

 2mをゆうに超える体をもつドラフのバザラガからみれば、どちらも等しく軽い事に変わりは無い。小柄なヒューマン一人、バザラガにとっては荷物にも数えられないのだろう。

 彼女の疲労を心配して出されたバザラガの提案であったが、緊急とは言え流石に担がれて運ばれるのは嫌なのか、モニカは難色を示した。

 

「い、いや待ってくれ!? 私はこれでもれっきとした大人だ。団員達からの目もあるし、遠慮させてくれ。走っていれば多少は回復するから気遣いは無用だ」

 

 取り繕うように指揮官らしい顔を貼り付け、モニカはバザラガの提案をやんわりと断る。

 実は彼女、アマルティアでの一件以来、囚われの姫君等とメルヘンチックな物語のネタにされている。牢屋に囚われたモニカをセルグが助け出したといったエピソードが団内に広まったせいで、やや船団長の威厳を保てなくなってきている気配があるのだ。

 断らなければ今後の立場がよろしくない。

 

「ん~そうなのか? 折角楽ができるんだから、バザラガに担いでもらえば良いじゃんか。別に誰に見られていようがそんなの関係ないだろう」

 

「ベアトリクス。お前と違って彼女には立場と体裁がある……ついでに羞恥心も。お前と一緒にするな」

 

「な、なんだと! ユーステス、私だって羞恥心くらい――痛っ!?」

 

 余計な言葉と、余計な話にバザラガから拳骨をもらい、ベアトリクスは痛みに唸りながら黙り込んだ。

 

「話が進まないから黙っていろ――すまなかった、無用な気遣いだったな。それでは急ぐとしようか」

 

 その気は無かったが失礼になった事を謝罪し、バザラガとユーステスは振り返って中枢タワーへと目を向けた。後ろで文句を吐き続けるベアトリクスはそっとリーシャに抑えられており、僅かに緊張感が緩む。

 まだ戦いは半ば……まだ事は終わっていない。

 先に向かったであろうグラン達には、兵士ではなく帝国の主力達が壁となって立ちふさがっているはずだ。

 

「こうしてみると……大きいな」

 

 そっと呟くはモニカ。

 それは恐らく距離やタワーの大きさを指した言葉ではないのだろう。

 タワーの上部、リアクターが設置されている場所までに立ちはだかるであろう壁。

 フュリアス、ガンダルヴァ、ポンメルンに星の民の生き残りである皇帝ロキ。要となる戦力が待ち構えているのは確かだろう。

 激戦の予感が、嫌でも中枢タワーを高く見せる。

 

「おいおい、眺めてても始まらないだろ。ほら、早く行こうぜ!」

 

 重苦しくなった雰囲気を軽くさせる。彼女の能天気さは時として大きな武器となるのかもしれない。

 強張っていた4人の顔から堅さが消えて、各々小さく息をついた。

 

「そうだな……怖気づいてる暇もなければ、何が来ようと負ける気もない」

 

「同感ですね。私達が負ければこの世界は終わります。行きましょう……エルステの中枢へと」

 

 消耗少ないリーシャが先頭に立ち、まだまだ元気なベアトリクスが続く。ユーステスとモニカが中衛に続き、バザラガが殿を務める。

 

 秩序の騎空団と組織の戦士達。

 セルグをきっかけに一度は対立した者達が手を取り合い、今巨大な帝国に挑み始めた。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

とうとう参戦しました秩序の騎空団。
といっても見せ場があるのはリーシャとモニモニだけですが……

場面転換が多くなってきてて少し心配ですが大丈夫ですかね。
何かありましたらご感想お願いします。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです


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メインシナリオ 第57幕

オリジナルオンリー回。
賛否ありそうな話ですがお楽しみください。




 

 渇いた音。

 瞬間的に弾け、音を認識したと同時に身体のどこかに痛みが走る。

 何度目の銃声か。何度目の被弾か。

 必死に射線を取らせないように動き回りながら、セルグは傷ついた身体に命令を下し続ける。

 

「どうしたセルグ! 貴様の実力はこの程度ではないはずだ!」

 

 次々と弾丸を放ちながら、イルザの怒声が響く。

 アガスティアで再開した二人の戦いは、一方的に攻めるイルザと防戦一方のセルグという形で続いていた。

 ギリギリの回避。いや、掠らせるだけに留まらずセルグの身体には至る所に血が滲み、大きな怪我となっている部分があった。セルグが本体のヴェリウスから加護を受けて身体能力の底上げをしているにも関わらずだ。

 

「……はぁ、はぁ。好きに言ってくれる!」

 

 猛攻を凌ぎ切って一瞬息を吐くセルグ。

 攻撃が再開されるまで。リロードの合間の僅かな時間を使って彼女の死角に回ろうと動きだした。

 風火二輪でイルザの周囲の地面を爆砕。石畳の地面が瓦礫となって弾け、彼女の意識を逸らし、視界を奪う。

 即座に足へ魔力を込めて地面を蹴る。強化された身体能力がセルグの早さを高め、イルザの背後を取りに――

 

「チッ、またか!?」

 

 脱力感に襲われ、セルグは勢いを失って倒れ込む。

 動きを止めてはマズイとそのまま前転で体勢を立て直し、襲い来るであろう攻撃へと回避行動をとった。

 

「くそっ……さすがは封印の銃だ。弾丸に込められた封印術を地面に撒くだけでこうまで良い様にしてやられるとは」

 

 セルグの苦戦の原因。それは調停の銃ニバスとの相性にあった。

 

 星の民が作り出した星晶獣。その中には空の世界に益をもたらすものが少なからずいる。各島に奉られる大星晶獣などは良い例だろう。

 風を運ぶティアマト、海を守るリヴァイアサン。

 そういった空の民にとっても欠かせない星晶獣の暴走に対し組織は、星晶獣を破壊するのではなく星晶獣を封印するための武器を用意した。

 それがイルザの持つ武器。調停の銃ニバスである。

 銃身に宿る封印術。そこを通って吐き出される弾丸は、強大になった属性のチカラを抑え込み、打ち消す事ができる。

 自身を最大限に強化することで戦うセルグとの相性は最悪であった。

 更に。

 

「いつまで遊んでいるつもりだ! 気付かないと思ったか……貴様は私の身体を一度たりとも狙っていないだろう!」

 

 飛び出したイルザの言葉に、思わずセルグの瞳が揺れた。

 気付かれていた……本気で戦ってはいても、セルグは本気で攻撃はしてないのだと。攻撃こそしているものの、そこにイルザを倒す意思は皆無であると。

 当然であった。セルグにとって彼女は助けなくてはいけない仲間。

 組織の戦士としてのセルグを知る数少ない人物であり、嘗てはユーステスと共に良き理解者でもあった。

 そんな彼女が、己のせいでいらない罪を背負ってしまったのだ。

 戦う事は出来ても攻撃する事など……ましてや命を奪う様な事できるはずがない。

 まともに攻撃をされないとわかっていれば、これ程戦いやすい敵はいないだろう。

 

「くそっ……それができたら苦労はしないんだよ!!」

 

 やり場のない怒りをぶつけるように言葉で吐き出して、セルグは牽制に数発。

 自分から視線を反らせるためにイルザの顔の横を狙う。

 だが、当たらないとわかっている以上イルザの視線はセルグに固定されていた。牽制等意味を持たない。

 外れた射撃が、イルザの暗い感情を逆撫でる。

 

「今更仲間の命は奪えないとでも言うつもりか! そんな事認めはしない……貴様は容易く仲間の命を奪える化物であり、私から大切なものを奪った仇だ! 反撃して見せろ、セルグ!!」

 

 化物、仇。

 投げかけられる過去の罪が、セルグの心を締め付ける。

 

 許された気になっていた。

 出自を知り、忌まわしき記憶と向き合い、過去の事を乗り越えた気でいた。

 でもそれはなんてことは無い只の自己満足で……自分はまだ何もできず何も償えていないのだと、悲愴と復讐に表情を歪める彼女の顔を見て思い知らされる。

 またも放たれた弾丸を紙一重で避け切り、セルグは空中に身を投げる。身動き取れない所を追撃するイルザだが、そこをヴェリウスが拾って回避。セルグは無事に地へと降りた。

 

「――確かにそうだ。オレはたくさんの命を奪い多くの罪を重ねた。使命なんか関係ない、オレの意思がそれを成した」

 

 だがそれでも。それは彼女に復讐を走らせる理由にはならない。

 殺された彼らに、殺された彼女に。そんな事を願う意思は無いのだから。

 だからこそ、こんな復讐を許してはいけない。

 彼女を止めるためにセルグは動きを止め、必死に言葉を紡いだ。

 

「償いをするのはオレだ……贖うべきはオレなんだ。

 お前がやらなきゃいけないことは、彼らと彼女の分もこれからを満足に……幸せに生きる事のはずだ!」

 

「ふざけるな! あんな事件を起こして、貴様は私にのうのうと幸せになれというのか! 笑顔で生きろというのか! 詭弁だ……彼らの遺志を貴様が騙るな! 私の心に暗い感情を残し、未来の幸せを奪ったのは貴様自身だろう!」

 

 怒りに狙いがずれたか、動きを止めたセルグを狙ったイルザの銃弾は頬を掠めるだけに留まる。

 それでも怯まず、セルグは言葉を投げかけ続けた。

 

「遺志を騙るなと言うならそれはお前も同じだ!

 誰がお前に復讐を願った。誰がお前に笑顔で生きるなと言った。そんな遺志はありはしない。所詮は生きているオレ達が勝手に抱いている幻想だ!」

 

 そんな最中、セルグは大切な友の言葉を思い出す。

 復讐に燃えていたゼタと、過去の記憶に殺されていた自分を助けてくれた、新たな友の言葉を。

 

 死にゆく者達が、死んだ者達が願うのは何か。

 

 そう問いかけた自分に彼らは笑って答えてくれたのだ。

 

 ”そんなに恨みやつらみがあったら、今頃この空の世界は呪いや悪霊だらけじゃないっすかね。それこそセルグさんなんて呪い殺されてもおかしくないし。

 だからやっぱりウチのばっちゃんは間違ってないんすよ。死んでいく人が心の底で想うのは、暗い気持ちよりも、好きなヒトの幸福を願う温かい想いなんだって”

 

 ”ぶっは!! なにそのセリフどこ引用よ。カッコつけすぎだわまじ……ちゃけば普通に考えて人生の中で恨んだり怒ったりなんてずっとやったら疲れんじゃね? 俺等的には基本テン上げが正義だし、無意味に激おこしてても何も嬉しい事なんもねえぞって話”

 

 ”だよなぁ~ちゃけば激おこ案件とかの後はぜってぇ腹減るし。そもそも激おことかした事ないけど……俺等がもし死ぬとしたら、やっぱり皆にこれからも笑って生きていて欲しいって思うわな”

 

 彼等らしく口調にはどこか不真面目な感じが拭えないが、それでもセルグにとってそれは意味のある言葉だった。

 真偽の程はどうでも良い。

 現実はそれほど優しいくはないし、実際死の間際に恨みの声を聞いた事だってあるのだから。

 だがそれでも、彼らの言葉は大切な彼女に当てはまっていたのだ。

 

 

「少なくともオレは――」

 

 優しい彼女が最後に遺した言葉は、感謝の言葉だけだった。

 

「彼女の最後の言葉を聞いている!」

 

 任務の前日に聞いた彼等の想いは、教官への感謝しかなかった。

 

「彼らの抱いていた願いと志を聞いている!」

 

 だというのに、彼らのせいにしていつまでそんな顔をしているのだと。

 そんな顔を見せて、いつまで彼らを悲しませる気だと。

 

「見せてやる……彼らの本当の遺志を。アイツの最後の言葉を……ヴェリウス!」

 

 言葉では解ききれないイルザの心を解放する為、セルグはヴェリウスを呼ぶ。

 空中に逃げていたヴェリウスは舞い降りて僅かの間に融合。本日3度目の翼の為だけの融合を果たしてセルグに飛翔能力を与える。

 

 ”共有の為のパスは繋いだ。後はあの者に頭に触れれば良い。何としても切り抜けて見せろ……行け!” 

 

 ”ヒト同士の記憶共有は初の試みだ。翼よ……心を乱すな。見せる記憶だけをはっきりと思い浮かべよ”

 

 分身体と本体。胸の中から聞こえる声に従い、セルグは飛翔。同時に伝えるべき過去の光景を思い浮かべる。

 乗り越えた忌まわしき記憶を……そこで聞いた本当の彼等の遺志を。

 

 近づかせまいと放たれる弾丸を躱す。

 

「ヴェリウス、飛翔魔法の上乗せだ……」

 

 小さく呟くと同時に足に小さな翼が顕現。

 回避先の建物の壁を利用して強化した脚で加速。同時に翼が羽ばたき、飛翔魔法が起動。

 跳躍と翼と魔法。3つの力を合わせてセルグは弾けるように飛び出した。

 

「とどけぇえええ!!」

 

 次の瞬間には、迎撃の狙いすらつけさせない速さでセルグはイルザを掻っ攫う。彼女の頭を包む様にその腕で抱きかかえて。

 

 抱えられたイルザは抵抗の声を挙げることもできないまま、瞬く間に思考も視界も暗闇に呑まれていった。

 まるで気持ちの良い微睡の中に、落ちていくように……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「んっ……ここ、は?」

 

 立ったまま目覚めたイルザが居た場所。そこは騎空艇の甲板の上だった。

 

 夜の帳下りた空の世界を走る騎空艇。

 周囲を見回すと多様な人がまばらに居て、甲板で空を眺めている。

 恐らくは乗合の騎空艇だろう。島と島を行き交う、騎空艇を所有しない人達に向けた定期便だ。

 その一角。何やら騒がしい気配を感じ取り、イルザはそちらへと目を向ける。そこにはたくさんの訓練生に囲まれたアイリスの姿があった。

 

「へー、それじゃあ皆さんもイルザ教官から訓練を?」

 

「はい。それはもう厳しい訓練で……」

 

 団欒する懐かしき顔達。一人離れたところでそれを聞いているセルグ。

 アイリスも多くの訓練生達も、嘗ての記憶のままの姿であった。

 

 

 

「これは一体……」

 

 ”ここは、オレの記憶の世界だ”

 

「ッツ!? セルグ、どこにいる!」

 

 困惑するイルザの脳に直接飛び込んでくる声。

 先程まで戦っていたセルグの声が聞こえ、イルザは慌てて警戒の色を示した。

 

 ”星晶獣ヴェリウス。記録を司る星晶獣が持つ力だ。今お前には、あの事件前夜のオレの記憶が見えている”

 

「記憶だと? そんなもの、一体なんのために」

 

 ”知っておいて欲しいんだ、イルザに……彼らが抱いていた想いと、あの日の顛末を”

 

「――今更そんなもの見せられて、私にどうしろと言う」

 

 ”死んでしまった彼等が伝えられなかった言葉だ。ちゃんと……聞いてあげてくれ”

 

 静かで優しげな声を残し、聞こえていたセルグの声は消えた。

 不明瞭な状況に困惑は続くも、イルザは一先ず落ち着いて目の前の光景へと視線を戻した。

 何を伝えたいのか。セルグの意図は分からないが抵抗するにも記憶の中などと言うこの状況が終わらなければどうしようもない。

 

「いいだろう。望み通りに見てやる……貴様と私の罪の証を」

 

 イルザはこの世界が終わるまで静観する事に決めた。

 

 

 

 明るい雰囲気のまま、目の前で語らいは続いていた。

 同じ教官に鍛えられた者同士。共通の話題は事欠かず、笑い声を上げながら彼らは談笑を続ける。

 

「私なんかてんでダメだったので教官から散々苛められましたよ。もうそれこそ、私の訓練なんて終わっても終わっても次があったんですから」

 

「ははは、教官は以前からそうなんですね。私達の中にも特別にしごかれたのは何人もいますよ。皆訓練に付いていくだけで精一杯でしたが、付いていけない者は付いてこれるようになるまで鍛えあげると。妥協を許さない鬼教官ですからね」

 

「ホント鬼教官って感じですよね。あ、でも本当はすっごく優しい人なんですよ。

 訓練生の異変にはすぐ気が付くし、無理な訓練は絶対にさせない。不注意で怪我すると全力で怒られるんだけど、そのあとしっかり原因と対策まで抗議してくれてケアは怠らない。もしかしたら、私だけだったかもしれないけど……。

 イルザ教官はね、本当にしっかりと観てくれるんだ」

 

「確かにそうですね……教官の訓練は厳しくもありますが、全ては私達を想っての優しさの上にある事を感じています」

 

「あんな優しくて厳しい人がお母さんだったら、きっと子供はまっすぐで強く育っていくんだろうなって……女性としても、本当に尊敬できる人でした」

 

「イルザ教官がお母さんですか……それは朝寝坊すら許されそうにないですね」

 

「教官がお母さん……それも良い」

 

「ばか、お前みたいなのが子供とか教官に失礼だろうが!」

 

「そうだそうだ。教官は皆のお母さんだろう!」

 

「待てお前等落ち着け。教官をお母さんなんて呼んだ事が知れれば、俺達生きて明日を拝めなくなるぞ」

 

「だが、それも良い。教官に念入りに苛められるとかなんてご褒美だよ……」

 

 

 続く会話。絶えぬ笑い。

 一部心をざわつかせる部分もあったが、楽しそうに会話を弾ませる彼らの姿。今はもう失われたものだとわかっていてもイルザの心を昔に戻らせるには十分だった。

 

「あいつら……心にもない事をペラペラと」

 

 今を思えば当時の自分は随分と優しい教官であったのだろう。

 罵詈雑言で訓練生を叩きのめすようになったのはこの後なのだから当然と言えば当然だが、それでも訓練自体は徹底的に厳しくしていた。

 嫌われて当然と念を押して鍛え上げていた彼女の心根は、しかし正しく訓練生に伝わっており、彼らとアイリスの言葉は嫌が応にも彼女の心を優しくさせる。

 

 

「あはは……皆さんも教官が大好きみたいですね。一部おかしい人もいますが」

 

「見なかった事と聞かなかった事にしてください。死んでしまいます……それはそうと、私達は皆、本当に教官には感謝しています。

 決して見捨てず、決して見放さず、決して妥協しない。徹頭徹尾私達の事を考えてここまで鍛え上げて下さいましたから」

 

「だから私達は戦士として立派になり、必ずこの恩に報いると決めたんです」

 

「今回の実地訓練を終えれば訓練課程の修了は目の前。新設の部隊として本格的に戦えるんです。ですから、必ず生き残ってみせます」

 

「そうなんだ……うん、私も応援してます。皆さん、頑張ってください!」

 

「はい!!」

 

 

 紡がれた言葉に嘘なんかないと彼らの顔を見ればわかった。

 嬉しそうに、輝きに満ちた顔で未来を語る姿は今のイルザには眩しかった。同時に仄暗い感情が胸をよぎる。

 この未来ある者達が、そう時を置かず命を落とすことになるのだ。

 目の前にあるのは彼らが犠牲になる直前の一幕。

 尊敬する教官から受けた恩に報いると。希望に溢れ楽しく語らっていた、今は亡き者達の姿である。

 表情が険しくなっていくイルザを尻目に、周囲の景色が歪んでいく。

 ここでの記憶はこれまでなのだろう。少し離れて話を聞いていたセルグが甲板から艇内へと移動しているのが見えた。

 

 変化していく光景は次第に形を作り、それは次なる記憶へと……始まりの惨劇の場所へと固まった。

 

 

 

 とある洞窟。

 急な場面の切り替わりに、イルザは周囲へと視線を走らせた。

 寒さは感じないがあちこちに霜が付いている洞窟は、惨劇の場所ノースヴァスト山中の洞窟だとすぐにわかる。

 人工的な明かりが灯り、洞窟内はしっかりと照らされ、本来凹凸があって規則性が無いはずの内壁は綺麗に整っている。

 

 

「化物を庇ってこれとは……可哀そうに。お前と関わらなければこんなところで巻き添えを食う事は無かっただろう」

 

 

 聞こえた声に振り返ったイルザは、その光景に息を呑んだ。

 先程までは姿の無かった5人の戦士。30人の訓練生。それらが居並ぶ目の前で蹲る男。

 

「なぜ……なぜオレを庇った。なぜ命を擲った」

 

 身体を上下に断たれたアイリスをその腕に抱き、悲しみに体を震わせるセルグがいた。

 鮮血が地面を染めていく。切られた直後か、まだ広がりを見せていない鮮血は彼女の命を即座に奪う事は無く、まだ意識のあるアイリスが微かに口を開いた。

 

「セ……ルグ」

 

「”アイリス!”」

 

 掠れた声が聞こえ、駆け寄ったイルザは聞こえないとわかっていながらもセルグと共にアイリスの名を呼んだ。

 ここで一体何が起きたのか。そんな事よりも先に考える事があった。

 記憶の世界だとわかっていても、彼女の安否を気にするほうが先であった。

 

「あ、あはは……ごめん、ね。こんな事になっちゃって……」

 

「何を言っている。謝る事なんかない。何も……謝るのは寧ろオレの――」

 

 自分を責めようとするセルグに華奢な指が添えられ、セルグは押し黙る。

 この状態、痛覚は既に無いのだろう。もしかしたら視覚も無いかも知れない。

 それでも、アイリスの口はまだ動いてくれていた。

 

「あまり時間はないから……最後だから……ちゃんと言わせて。

 幸せだったよ、セルグ……イルザ教官のおかげで貴方と巡り会えて、私は沢山の幸せをもらえた」

 

「アイリス! ダメだ、逝かないでくれ!」

 

「死にそうな今でも、私には感謝の言葉しか思い浮かばない。

 幸せをくれた貴方に……めぐり合わせてくれた教官に」

 

 涙流さず悲しみに震えるセルグの隣で、イルザはその目に涙を浮かべた。

 死を迎える最後の時ですら、目の前の彼女は笑顔でいる。

 幸せな人生であったと。心の底からそれを想い、最後の言葉を口にしている。

 

「あぁ、大事な親友との約束は守れなかったなぁ……セルグ、あとで謝っておいてね」

 

 掛けられた言葉に小さく頷き、もはやセルグは言葉を返すことできなかった。

 徐々に弱くなっていく声が、彼女の最後を物語っていた。

 

「もぅ……終わりみたい……」

 

 神が与えた最後の時間。意識が薄れてきたアイリスがその終わりを告げる。

 彼女を抱えるセルグも、傍にいたイルザも受け入れ難い現実に首を振った。

 

「やめろ。聞きたくない……終わりなんて」

 

「大好きだよ……セルグ。貴方と出会えて……よか……た……」

 

 セルグの頬に添えられた手が力なく落ちていく。

 思わず投げ出されたアイリスの手を握ろうとして、触れられないとわかっていながらもイルザは手を伸ばした。

 だが、次の瞬間には浮上するような感覚と共に、その場からイルザは遠ざかっていく。

 またしてもここまでがセルグの記憶なのだろう。確かだった惨劇の場所はうねりながら歪んで閉じていき、夢の終わりを告げるように、イルザの視界は暗い世界へと変わる。

 

「待て!? アイリス……アイリスーー!!」

 

 死にゆく彼女の姿を目に焼き付けながら、イルザ届かない手を伸ばし続けることしかできなかった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「うっ……くぁ……」

 

 うっすらと目を空け、視界が徐々に鮮明になっていく。

 夢見心地な感覚は徐々に薄れていき、飛び込んできた薄暗い景色からイルザは地面に横たわって空を仰いでいるのだとわかった。

 

「起きたか……イルザ」

 

「セルグ!!」

 

 横たわった自分の視界に新たに入ってきたのは、先程まで殺そうとしていた男の顔。

 慌てて体を起こそうとしたイルザを、セルグは力任せに抑え込む。

 幾ら戦闘に長けていようと、彼女は女性。腕力という点において、セルグにかなうはずはない。

 だが、抑えられていてもイルザが抵抗を止める事はなかった。

 

「ニバスはヴェリウスが咥えている。今のお前に戦う力はない。そう、暴れないでくれ」

 

「離せ! 既に戦える状態ではないと理解している! だが、この状態は止めろ!」

 

 イルザが暴れる理由……この状態とは、胡坐をかいたセルグの足にイルザの頭が乗っている状態のことである。

 膝枕の派生、胡坐枕とでも呼ぶべきか。

 傍から見れば……ここが戦場でなければ、仲睦まじい光景であることは間違いない。

 起きた瞬間に今の状態を察知して気恥ずかしくなったイルザは、故に離せと暴れたのだった。

 

「だめだ。話を全て聞くまで我慢してくれ」

 

 だが、セルグもそれで折れる様な事はしなかった。

 見せたのは記憶だけ。それも肝心な部分は抜け落ちている。

 あの日あの場所で何があったのかは見せられていない。

 

「――――質問に答えろ。何故あそこでお前の記憶が途切れた?」

 

 セルグの言いたいことが薄々わかっているのだろう。イルザは沈黙を置いてから静かに問いかける。

 アイリスが死んだ直後、すぐにイルザの意識は記憶の世界から戻された。

 そこから先の出来事は恐らくセルグの記憶には存在しないのだとあたりをつけていた。

 

「怒りと憎しみに我を失った。事の顛末を知ったのは全てを破壊しつくしてからだ……そこにいるヴェリウスから記録を見せてもらってな。見せられた記憶故に、イルザにオレから見せる事はできなかったんだ」

 

「ならば教えろ。あの日あそこで起きたことを……お前が見せられた全てを」

 

 問われたセルグは静かに息を吐くと、その記録を語った。

 全てが終わり、全てを失い。その先に得た友がセルグに見せたのは破壊の記録。

 そこに区別はなく、全てのヒトが平等であった。

 平等に……セルグの手によって殺されていた。

 

「組織はオレを殺すために任務を計画した。洞窟内でオレは彼女を人質に取られ虫の息となり、彼女もまた口封じの為に殺された――――殺したのは、彼等だ」

 

「なっ!? そんな事、あるわけが」

 

 イルザから直ぐに否定の言葉が漏れる。

 そんな事をするような者達ではない事は十二分に理解していた。

 アイリスの言うように、教官として彼女は本当にしっかりと教え子たちを観ていたのだ。仲間を殺すような……そんな者達ではない

 

「あぁ。全ては上層部の思惑通りだったんだ……不穏分子であるオレを排除。そのついでに、新設部隊となる彼等に立場をわからせるためのな。

 上層部はその場で彼等に、オレとアイリスの止めを刺せと命令した。断れば、”別の役割”を与えると付けて……彼等は命令に抗う事はできずオレを殺そうとし、それを庇ってアイリスは殺された」

 

「そんな……なんでそんな事を」

 

「命惜しさ。それもあっただろう……だがそれよりも、彼らはあの任務で立ち止まるわけにはいかなかった。あそこで道半ばで終わる事を良しとはできなかったんだ。

 歩むべき未来があった……帰りを待つお前を悲しませたくなかったんだ」

 

 イルザはハッとしたように、先程見てきた記憶を思い返す。

 思わず照れ隠しの言葉が出るほどに慕われていた……彼らの言葉を思えば、今のセルグの言う事が理解できた。

 

「お前は言ったな……彼等とアイリスの声が消えないと。オレを殺さなければ、彼らの恨みは消えないと。

 ならば、お前が知っている彼等はお前を恨むか? お前が知っているアイリスはお前を恨むか? 自分達を死に追いやった存在として、オレに復讐するように言うと思うか?

 オレの記憶の中で知っただろう。彼らもアイリスも、お前に感謝こそすれ恨むような事はあり得ないはずだ」

 

 見せられた事実と告げられた言葉がイルザの心を戸惑わせる。

 教官として、イルザは真に慕われていた。

 だからこそ彼らは、”別の役割”へと墜ちるわけにはいかなかった。

 仲間であるセルグを殺してでも、彼らはその先の未来で戦う事を選んだのだ。全ては、イルザから受けた恩に報いる為に。

 

「命令を聞いただけの彼らを殺したのは正しくオレの罪だ。アイリスを殺され、全てを敵と認識したオレはあの場にいた全ての人間を殺した。だからオレはそれを償う事から逃げはしない。

 だが、お前が自身に抱く罪は違う。そんな罪ありはしないはずだ。お前は彼等を想って罪を感じ、彼らを理由にして自分を責め続けているだけだ」

 

「違う……あの事件は私が引き下がったから起きたんだ……上層部に食らいつき、任務を撤回してもらっていれば彼らは」

 

「それが通るのならお前はその選択をしていただろう。しなかったのはそれが通るわけがないから……お前が何を言おうがあの事件は起きた。それは変わらない」

 

 所詮は過去の話であり仮定の話。

 何を想定しようともはや変える事は出来ないし、変えられないのならその仮定は無意味であろう。セルグはイルザの自責の念を否定する。

 だが、それで納得できるほど彼女の自責の念は軽く無かった。

 一つ違う選択をしていれば違う未来があったはずだと信じてやまないのだ。

 

「どちらにしても任務を決めたのは上層部であり、選択したのは彼ら。そして殺したのはオレだ。教官として見送ったお前にあの事件で関与できる余地はない。

 なぁ、イルザ。もう、良いだろう……あの事件においてお前に罪はない。

 彼らを忘れろとは言わない。だが、その罪悪感だけはお前にとっても彼らにとっても何の意味もないものだ。

 オレが言えた事ではないのかもしれないが、最後まで感謝の言葉を遺したアイツの為にもお前にはこれからを笑って生きて欲しい……幸せに生きて欲しい。それが彼らの願いでもあり、オレとアイツの想いだ」

 

 幸せに生きる。

 セルグの言葉でイルザの脳裏にふと己の幸せとは何かよぎる。

 そんな事を考えたのはいつ以来か、長い時を暗い感情と共に生きてきた彼女にとってそんな未来が頭にあるわけはなく、答えは出なかった。

 

「貴様も……そう想っているのか?」

 

 憎しみをぶつけた。恨み言をぶつけた。感情のままに先程まで銃弾と言葉を浴びせかけた。

 それでも、そんな自分の幸せを願うというのか。

 記憶の中の言葉も、セルグの言葉も簡単に信じることができないイルザだったが。そんなイルザに

 セルグは真剣な声とで答える。

 

「当然だ。オレにとって数少ない理解者であり旧知の仲だ。少ない友人の幸せを願うくらいは許して欲しい。

 それに……この戦いが終わったら組織に戻ってオレは最前線に立つ。共に戦うであろう仲間に、辛い想いはして欲しくない」

 

 つい先程、ユーステス達とも約束してきた。

 この戦いが終われば組織へと戻り、再び空の世界の為に星晶獣と戦う。

 その過程で組織の腐った部分を取り除き過去の事件の清算をして、己の犯した罪と向き合い続ける。

 それがこれからのセルグの戦いであり、生きる全てとなるのだ。

 少しでも、セルグは自分の周りを……空の世界の笑顔を守りたいと願った。

 

 暫く、二人の間に沈黙が続く。

 伝えるべき事を伝え答えを待つセルグと、深く思考の渦に入り、口を閉ざしたままのイルザ。

 既に先程見せていた羞恥は欠片も感じていない様で、彼女は静かに瞳を閉じて黙考を続ける。

 

「――イルザ、これでもまだ」

 

「だまれ」

 

 再び言葉を重ねようとしたセルグを遮り、イルザは静かに体を起こして立ち上がった。

 横たわっていた自分の服から埃を払う様な仕草をして、イルザは座ったままの手をセルグへと差し出す。

 

「――イルザ?」

 

「私のニバスを返せ。一先ず、貴様への処分は保留だ……どうやら私が真にやるべきなのは貴様と一緒に組織へと戻り、元凶であるクズ共を塵芥に変える事のようだからな」

 

「イルザ、お前」

 

 俄かに声が明るくなったセルグは、慌てたように差し出された手を掴もうと手を伸ばした。

 だが、それはあっさりと躱されセルグは前のめりに倒れ込む。

 躱したイルザは、思念によって指示を受けたヴェリウスよりニバスを受け取り、その状態を確かめた。

 

「勘違いをするな。私は全てを許したわけでもなければ、先程のお前の言葉に納得したわけでもない」

 

 僅かな嬉しい兆しを即座に打ち砕かれ、セルグはがっくりと頭を下げた。

 

「ただ……少しばかり時間を掛けて向き合ってみようと思う。

 お前が伝えてくれた言葉と、彼らが遺してくれた想い。そして、子兎の言葉をな」

 

 続く言葉に、セルグは下げた頭を勢いよく上げてイルザをみた。

 その顔には先程まで戦い合っていた時の憎しみに歪んだ表情がなく、どこか柔らかい雰囲気が伺える。

 少なくとも先程までの、暗く重い復讐に囚われた顔ではなかった。

 

「なんだセルグ? なにがおかしい」

 

 全てとはいかなくても、少しは伝わった。

 憎しみと自責に囚われた彼女を救う事が出来たと、心の中でセルグは安堵する。

 心の中で安堵していても、それが表にでてしまい笑みが浮かんでしまうのはご愛嬌といった所か。すかさずイルザからは刺々しい口調と視線が向けられる。

 

「はは……なんでもない。ありがとう」

 

「ふん、相変わらずわけのわからないやつだ。とにかく、貴様と組織へ戻るためにも今は貴様に助力をしよう。

 アーカーシャの破壊……現状はどうなっている?」

 

 やる事を見定め、イルザは改めてこれからやるべきことを問う。

 何も情報を入手しないでくるほど彼女は愚かではない。

 ここにセルグがいる理由。ユーステス達が来た理由。それらを知っている。

 星晶獣アーカーシャの破壊任務。それが今、彼女の目的となったのだ。

 

「破壊できるかは不明……と言うよりは恐らく不可能だろうな。今は起動の阻止と封印の為にグラン達が動いている。

 だが、エルステ帝国という国を相手にする以上簡単にはいかないだろう。ユース達も援護に来てくれたが戦力の差は大きい」

 

「ならば私も共に行こう。アーカーシャについては貴様等に任せる。私はユーステス達と共に援護に回る」

 

「あぁ、わかった。ありがとう、イルザ」

 

「忘れるなよセルグ。全て許したわけではないからな」

 

「わかってる。それでも感謝するよ」

 

 再三の確認の様にイルザはセルグへと苦言を呈する。

 それでも、今のイルザに先程までの歪んだ自責の念は無いようにセルグには思えた。

 全てを割り切れたわけではないのだろうが、自分の中でどこか納得した部分や飲み下した部分があるのだろう。

 憎しみをぶつける対象が変わったと言えばそれまでかも知れないが、少なくとも自責の念が軽くなった事は間違いない。

 

 

「それじゃ、行くぞ。前衛は任せろ」

 

「撃ち漏らしは許さん。代わりに前だけ見ておけ」

 

 

 軽口一つ。互いの役割を確認。

 見る方向を同じくした二人は、未だ冷めやらぬ戦場の中へと同時に駆け出した。

 再び肩を並べられることができた事を、心のどこかで嬉しく思いながら……

 

 

 




如何でしたでしょうか。

少し蛇足なお話となってしまいましたが、イルザ実装と共に本作に出演させたくて違和感ないように練り上げてきたお話になります。
イルザさんとオリ主の関係は……まぁ、もしかしたら期待できるかも程度の関係(何がとは言いませんが)

補足というか、本文中にありました”別の役割”についてはシナリオイベント
Right Behind You を参照してください。
ここで語らないのはイルザさんの魅力を広く知ってもらおうという作者のわがままですが、お許しいただきたい。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。

感想……お待ちしております。



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メインシナリオ 第58幕

久々更新になってしまいました。
遅々として進まない本編ですが確実にクライマックスへと向かっています。
それでは、お楽しみください。


 

 

 

 遠くより去来する轟音。

 また一つ大きな爆発を起こしどこかで戦いが激化していた。

 タワー上層より、未だ嘗てない喧噪に包まれるアガスティアの街を見下ろしていたフリーシアは静かに息を吐いてその視界を閉ざす。

 

「随分と……騒がしくなりましたね」

 

 耳に届く戦闘音のオーケストラ。声、魔法、銃声、爆発。

 アガスティアの街全てを巻き込んでの戦いとなっている事が容易にわかった。

 グラン達を押し留めんとするエルステ帝国軍と、フリーシアの野望を打ち砕くべく進行してきた秩序の騎空団。

 少数精鋭の域をでなかったグラン達進行軍に秩序の騎空団が加わり戦力は互角。いや、グラン達に黒騎士、秩序の騎空団のモニカとリーシャ。更には報告に在った謎の武器を扱う集団。

 量で並ばれ質で劣るエルステ帝国軍は、既に勝ち目はないと言っても過言ではなかった。

 

「まさかここまで押し進んでこれようとは……想定外の事は幾つもあるが」

 

 フリーシア自身、決して甘く見ているわけではなかった。エルステ帝国の総力と呼べる防衛戦力の配置をし、それを扱える者達に任せていた。だが、大将アダムの離反とフュリアスの暴走。元々一匹狼であったガンダルヴァも自由に動くようになり、防衛の指揮系統はまともにぶつかりあう前から瓦解。

 更にはエルステの戦力を容易く踏み越える力を持つ者達が相手となれば、押しこまれるのは必然であった。

 数で押すしかできないのが一国家の戦力とは悲しいものだと、表情が歪むのが分かる。

 

「だが……想定内であることは揺るがない」

 

 それでも、足元で煩わしく動く彼らをせせら笑うことができるくらいには、彼女の計画に抜かりは無かった。

 ここまでの過程は想定外があっても、この事態は想定の範囲内。散々煮え湯を飲まされてきたのに、戦力を用意しないような愚か者では、彼女はなかった。

 静かに、フリーシアは懐より禍々しき結晶を取り出す。

 幾度も使い、今尚彼女にとって最大の切り札と言える最大級のチカラ、魔晶。

 幾通りも使用方法が見いだせたこの結晶の出所は、彼女が忌み嫌う者だった。

 

「本当にあの男は何を考えているのか……まぁ何を考えていようと、私がやるべきことは変わらないですが。

 さぁ、この世界が遺す最後の戦いです。相応に、最高の踊りを見せてもらいましょう」

 

 彼女が掲げた魔晶が鈍く輝くと、アガスティアの至る所に黒い光の柱が上がる。立ち昇るチカラの柱はそれ一つ一つが空にとって脅威となりえる闇を孕んでいた。

 

「さぁ、往け。貴様らの本能のままに……この空の破滅のために」

 

 弧を描く口元が、彼女の狂気を語る。

 世界を創りかえる。そのためであればどんな犠牲も厭わない。

 未来を見据えた彼女の野望は、アガスティアに更なる激震をもたらすのだった。

 

 

 

 

 

 

 ”む……若造!”

 

 初めにそれに気づいたのはヴェリウスであった。セルグとイルザの二人と並走して飛んでいたヴェリウスは、その気配に思わず動きを止める。

 

「ッ!? この気配……魔晶か!」

 

 ヴェリウスの言わんとした事に気付いたセルグも足を止めた。同時に周囲の気配を感じ取ると、その事態にみるみる表情を変えていった。

 

「嘘だろ……何だこの数は」

 

 一つ二つ、そんなレベルではない。

 散らばっているその数だけでもゆうに20は超えるだろう。そのどれもが、ビリビリとその気配を大きくさせていた。

 

「どうしたセルグ? 一体何が」

 

 ”組織の女よ、今この街の至る所で魔晶の気配が発現した。感じ取れる気配は一つ一つが星晶獣クラスの力を内包している……戦況はこれで絶望的と言えよう”

 

「魔晶……? 例の星晶獣を操ることも可能にするとかいうあれか? そんなものが一斉に発動などとなれば何が起きるかわからなくても状況が悪い方向に傾くのは必然だ」

 

「急ぐぞイルザ。すぐにグラン達に追いつく」

 

 イルザを促すと同時に、セルグは再び走り出す。その足を先ほどよりも格段に早めており、迷う事なくイルザも直ぐに続く。

 

 タワーへと向かう道を走りながら、セルグは胸に重くのしかかる強大な力の気配に焦燥していた。

 状況は既に不利に傾いている。グラン達は未だタワーにたどり着いておらず、更には絶望的なまでの戦力差へと陥るこの気配。

 

 感じられる気配は彼が良く知るもの。紛う事なき、星晶獣の気配であった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 消えていく……

 

 虚ろな意識の中で、フュリアスは己の存在が崩れていくのを感じ取っていた。

 まるで自身の重さが無くなってしまったかのような浮遊感。

 思考も意識も全て脳から溶け出していき、このまま微睡の中で消えていくのだと。

 

 はっきりとした認識ではないが、彼の自意識が最後に感じ取っていたのはある程度正しいものであった。

 魔晶による過剰なチカラ。受け止めきれない器は崩壊を始め、このまま少しの時を置けば彼の身体は崩れ落ちるだろう。

 

 ”……いやだ。”

 

 だがその中で。彼は心に残った最後の欠片を握りしめる。

 

 ”このままで終わりたくない。”

 

 それは執念。

 生きる事、生きて想うがままに上り詰める事。そうして上り詰めた先に得られる、圧倒的優越感と支配感。

 見下される事を我慢できず、見下すために生きた彼が最後に握りしめたのはその飽くなき執念だった。

 

 ”……消えるのなら、お前らも道連れだ!”

 

 その執念は消えかけた自意識を取り戻し、暴走するその身に再び意思を宿す。

 

「アァアアアアア!!」

 ”絶対に、殺してやる!!”

 

 膨れ上がるチカラ。

 魔晶に因る暴走へと陥ったフュリアスが言葉にならない悲鳴と絶望を叫んだ。

 明確な思考は無い。その身に宿る執念が、目の前に並ぶグラン達を何としても叩き潰さねばならない怨敵と認識し、膨れ上がるチカラそのままに魔力砲を放とうとした。

 

 瞬間、グラン達は動く。

 

「グラン! 援護するから行って!」

 

 術式の発動。詠唱破棄をせずに段階を踏んだジータの魔法がグランへと放たれ、七星剣にチカラが溢れる。

 

「うぉおおおお!!」

 

 跳躍して、エレメンタルフォースによって高まるチカラのままに一閃。

 再び集中状態へと陥っていたグランは、己が出せるすべてのチカラを集約して全力で七星剣を振り下ろす。セルグの奥義同様に巨大な光の斬撃を放ち、巨大化したフュリアスを叩き潰した。

 

「ヴィーラ、ゼタ!」

 

「準備は……」

 

「万端です!」

 

 続けと言わんばかりにグランが呼ぶと、フュリアスの背後に回り込んでいたゼタが跳躍。シュヴァリエ纏うヴィーラは闇と光に染まる剣を突き出した。

 

「ぶち抜けぇええ!」

「アフェクションアビス!」

 

 紅蓮に染まりながら落下するゼタのプロミネンスダイブと、ヴィーラが突き出した剣から走る赤い一筋の光。そこから茨のように伸びる刃がフュリアスの胸部を前と後ろから穿つ。

 

「ウ……ガァアアア!!」

 ”まだ……まだだぁ!!”

 

 だが、フュリアスはそれで止まるような状態ではなかった。まとわりつくグラン達を振り払い、無造作なまでに魔力砲を打ち出す。

 元々魔晶によって肥大化した肉体に痛覚はない。ロキによる過剰なチカラの供給で自意識を失いかけているフュリアスにその身がどれだけ傷ついているかなど知る由はなかった。

 暴走した彼が止まるのは、その身から全ての戦闘力が奪われた時であろう。

 

「カタリナ、街に被害を出すな」

 

「わかっている!」

 

 無造作に放たれた砲撃に対し、アポロはブルトガングで相殺。カタリナはライトウォールで防御。

 頑強なアガスティアの建物を全壊させるような砲撃を、なんとか防いでいった。

 

「シルフちゃん、お願い!」

 

「行け、リヴァイアサン」

 

 ルリアもシルフを呼び出して、アガスティアの街の防衛に回る。

 同時にオルキスはリヴァイアサンを召喚してフュリアスを追撃。質量の暴力となった圧壊の水流が、フュリアスの動きを止めた。

 

「アレーティアさん!」

 

「任せよ!」

 

 ジータの声に応えてアレーティアが疾走。

 急の発動で剣にチカラを付与し同時に打ち放たれた強力な斬撃、序でフュリアスが砲塔を持つ腕を切り裂く。

 そこへ続くように、背後から強力な銃弾による援護が追加。腕を引きちぎらんばかりの威力で放たれたオイゲンのディアルテ・カノーネと、腕を焼き落とすように炎滾るラカムのバニッシュ・ピアースが続けざまに着弾し、フュリアスの腕を撃ち抜く。

 

「ウォオオオオ!!」

 ”調子に乗るなぁああ”

 

 それでも、フュリアスは止まらない。彼が宿した最後の執念が止めさせない。

 千切れかけた腕を逆の腕で支えながら、再び砲塔を構える。チャージは数秒。それだけあれば事足りる。

 

「潰しきれねえ、頼むアレーティア!」

 

「援護するわ、行って!」

 

 だが、止まらなかったのは彼等も同じであった。

 脚を止める事なかったアレーティアが、そのままフュリアスへと吶喊していた。

 迎撃に振るわれた砲塔を躱し、踏みつぶさんと迫る足はロゼッタが荊でからめ捕る。

 接近を果たしたアレーティアは跳躍からそのまますれ違うようにして一閃。

 

「はっ!!」

 

 鞘に納め蓄えていたチカラを解放し、一刀の元に今度こそフュリアスの腕を落とした。

 腕を落とされ、バランスを崩したフュリアスが膝をつくと仲間内に僅かに喜色が広がる。

 と同時に、フュリアスの正面には走り込んでいる二つの影。

 

「躊躇うなよ……いくぞジータ!」

 

「わかってる!」

 

 ――勝機。

 攻撃手段を奪われ、ボロボロとなり身体がいう事を聞かなくなったフュリアスを見て、グランとジータが構える。

 これ以上放っておくことはできない。先程はアポロの為にと止めた行為を、双子は躊躇うことなく選んだ。

 二人が持つ金色の武器達が吠える。ウェポンバーストによって漲るチカラが七星剣を輝かせ、自身にもかけられた援護魔法によって四天刃が躍動する。

 

「終わりだぁあああ!」

「これで最後です!」

 

 北斗大極閃。グランが振るう七星剣に従い七つの光点が奔り、フュリアスの四肢を穿つ。

 四天洛往斬。ジータが瞬足で接近、そこからすれ違い様に幾度も斬り付け、斬られた個所からは光の柱が上がった。四天刃がフュリアスの身体を穿つ。

 

「ギァ……ガ、ガァア……ギ」

 ”嫌だ……オワ、リタク……ナイ”

 

 二つの奥義によって、暴走したフュリアスの身体は完全に砕かれるのだった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…………皆、怪我は?」

 

 仲間達とアガスティアの街。周囲を見回して、グランは静かに口を開いた。

 

「攻撃を受けた者はいない。街の損害も精々が余波で窓が割れた程度だろう」

 

「一応私は回復役で待機していたけど、必要なかったみたいね」

 

 どちらも問題ないと言うように、カタリナとイオが答える。

 暴走と同時に全員の思考が一致したかのように動けたのは僥倖であった。

 まだ本格的に動き出していなかったからこそ、僅かな時間で打ち倒せる事が出来たのは言うまでもないだろう。

 

「私を止めたお前達が、結果的に止めを刺すことになろうとはな……」

 

 変異したその身が砕かれ、形を保つことができなくなったフュリアスの残骸が、崩壊し消えていく。

 魔晶によって跡形も無い最後を迎えたフュリアスを見て、アポロは静かに呟いた。

 先程一思いに彼女に殺された方がまだ良かっただろうか。

 利用されるだけ利用されて、死体すら残らない死に方を迎えたフュリアス。彼のこれまでの所業を考えれば同情の余地はないが、それでも止めを刺す事になった目の前の二人の心情は気がかりであった。

 

「彼には気の毒だけど、ここでこれ以上時間を取られるわけにもいかなかった」

 

「彼の暴走を許せば、時間を取られるだけでなく周囲にも被害が大きく出ると判断しました。

 躊躇わないで良かったと、思っています」

 

 戦闘態勢が解けてない二人が静かにアポロの言葉に返す。

 初めて、明確に奪ったヒトの命。それも無残な死を迎える事になった。どうしても、その声には沈んでる気配が見えた。

 

「まぁ、どのみちあの状態となったフュリアスが、生き残る術は無かっただろう。どう思ってるかは知らんが、気に病むなとは言っておくぞ」

 

「割り切れてはいなくても理解はしているつもり」

 

「大丈夫です」

 

「そうか……ならば先を急ぐぞ」

 

 これ以上は何を言っても無駄だろう。後は自分で割り切り、飲み下すしかない。

 経験則からも、アポロはそう結論付けて、静かになった一行の先頭に立ちタワーを見据えた。

 

「――時間をかなり取られている。アダム、予想で構わん。我々に残された時間はあとどれ程だ?」

 

 沈黙を続け、見ているばかりであったアダムへと向き直り、アポロは問いかけた。

 戦いながらの進軍。フュリアスによって止められた進行。タワーにかなり近づいてきてはいるが、それでも取られた時間は長い。

 リアクターが起動している今、その猶予がどれほどなのかは大きな問題である。

 僅かに思考の時間を置いて、アダムは静かに答えた。

 

「私が聞かされていた計画。アガスティアの全市民と攻め込んできた秩序の騎空団、それらを合わせてリアクターがエネルギーとして抜きだすまでに掛かる時間はおおよそ5時間程度とされていました。

 我々が動き出してから約1時間程度。時間だけで見れば残り4時間と言いたいところですが……」

 

「ですが? 何かあるのか?」

 

「リアクターはいわば生命エネルギー抽出器。もう2時間も経つ頃にはみなさんの活動に影響が出てくるでしょう……そうなればあとは時間の問題です。一人一人動けなくなるまでの時間に差はあるでしょうが4時間を過ぎれば……恐らく意識を保てる人はいなくなるでしょう」

 

「ならば、間に合わせるには後2時間と言うところか……」

 

 苦しい想定である。各々の顔に若干ではあるが不安がよぎっていた。

 タワーにはもうすぐ辿り着ける位置にまで来ているが、それでもこの先更なる妨害がある事は明白。

 一つ一つ対処していては到底間に合わない。誰かに任せ、先に進み続ける必要があった。

 

「とにかく急ぐしかねえんだろ! だったら、急ぐだけだぜ!」

 

「あぁ、ビィの言うとおりだ。シェロさん、補給ありがとうございました。僕達はこのまま急いでタワーに――」

 

 ビィが鼓舞し、グランが促す。

 シェロカルテに手早く礼を済ませて、一行が走り出そうとした瞬間である。

 

 

 アガスティアの街に幾つもの黒い柱が立ち昇った。

 

 

「この気配……魔晶!?」

 

「でも、すごくたくさん」

 

 

 突如現れた魔晶の気配をルリアとオルキスがいち早く感じ取り、動き出そうとした足を止める。

 遠目にもわかる魔晶の光。黒き柱の数は街のあちこちで見えていた。

 偶然か必然か、それは彼らの目の前でも……

 

「リヴァイ……アサン?」

 

 オイゲンが信じられないものをみたように呟く。

 そこにいたのは黒きチカラを纏う海神。蛇の様に長い体躯を持つアウギュステ列島の守り神である大星晶獣。先程までオルキスによって喚び出されていたリヴァイアサンが彼らの前に顕現していた。

 顕現したリヴァイアサンは彼らを視界に納めた瞬間に咆哮。同時にその口元へと水流が集う。

 彼らが呆けている間に準備は整い、圧縮された水流はそのまま一直線に、茫然としているオイゲンへと放たれる。

 

「何を呆けている!!」

 

 間一髪、茫然としていたオイゲンを蹴り飛ばし、アポロが窮地を救った。

 

「この愚か者が! 星晶獣を前にして動きを止めるなど、死にたいのか!」

 

「すまねぇ……」

 

 アポロの罵声によって我に帰ったオイゲンは静かに警戒を露わにするも、先に進もうとした矢先のこの状況に、誰もが歯噛みした。

 

「クソっ、時間がねえっていうのに」

 

 ラカムが牽制に放つ銃弾を意に介さず、リヴァイアサンが強くしなやかな尾を振り回した。

 発生する風圧が一行の出鼻を挫く。足を止めさせたところで再びの高圧水流がグラン達を襲った。

 アダムがルリアとオルキスを守り、他の者達は各々で回避行動をとって薙ぎ払われた水流を避け切る。

 

「皆、先に行って! 星晶獣ならアタシが専門よ。こいつは私がぶっ潰すから、皆は早くタワーに!」

 

 回避直後にゼタが叫んだ。

 目の前に現れた障害が星晶獣なら、それは彼女の領分だろう。

 水と炎という相性の差はあるが、それを補えるほどアルベスの槍とゼタの組み合わせは確かな強さを持っている。

 ゼタの声に一切の不安を抱かず、グラン達は頷いて同意を示す。

 

「わかった。ゼタはここでリヴァイアサンをたの――」

 

「ちょっとまったぁあああ!!」

 

 だが、そんな流れを打ち砕くように割り込む大きな声。次いで彼らの背後から大きく飛び出してくる人影があった。

 

「いくぞ、エムブラスク……」

 

 藍色に光る剣を取り出して語りかける。

 瞬間、増大するオーラはそのチカラを最大にまで高めて剣を肥大化させる。

 

「イモータル――アソールト!!」

 

 リヴァイアサンの頭上をとった彼女は高まるチカラそのままに、黒き海神へその全てを叩きつけた。

 巨大になった剣がリヴァイアサンを地面へと叩きつけ、更には地面ごと陥没させる。

 命奪う事なくとも、身動きさせないレベルにまでリヴァイアサンを叩きのめしていた。

 

「よっと……待たせたなゼタ。ここからは私が援護してやるぞ!」

 

 着地して、誇らしそうに胸を張りながら振り返るのは、組織の戦士の一人ベアトリクス。

 相変わらずの場にそぐわない明るい声は緊張感を台無しにしてくれる。

 有無を言わさぬ圧倒的なチカラ。先程の一撃はフュリアスを屠ったアポロの攻撃に勝るとも劣らない、それだけの威力を秘めていた。猛るリヴァイアサンを一撃で沈黙させたことからもそれは伺えるだろう。

 だと言うのに、そんな強者の雰囲気を欠片も表に出せない辺り、彼女の強さは色々な意味で底が知れない。

 あっけらかんとした声で振り返るベアトリクスの登場に、奮起しようと息巻いていたゼタは驚きを隠せなかった。

 

「ベアっ……何でここに?」

 

「俺達も一緒だ。ゼタ」

 

「バザラガ!? ユーステスまで……」

 

 続いて背後からもたらされる予想外の人物たちの登場に、ゼタは驚きの声を上げた。

 グラン達の背後から追い付いてきたのは、広場から全速力で駆けつけた秩序の騎空団の二人と組織の面々である。

 

「なんだなんだ、私とリーシャは仲間外れかゼタ? せっかく急いで駆け付けたと言うのにひどいものだ」

 

「モニカさん……何を言ってるんですか。そんな事言ってる場合じゃないんですよ。この感じ……恐らくアガスティアの各所で同じ様な状況が」

 

「わかっている。だが、ここには星晶獣狩りの専門家がたくさんいるじゃないか……頼っていいんだろう?」

 

 リーシャの苦言に、ヒラヒラと手を翻しながらモニカはバザラガ達へと目をやった。

 言外に含まれる、”やれるか?”という問いに、バザラガは是非も無しと頷く。

 

「無論ここは俺た――」

 

「当然だな。これは私達の領分だ。そこの鎧チキンと癇癪玉を、死ぬ一歩手前まで思いっきり酷使してくれ。無論、私とユーステスも助力させてもらう」

 

 答えようとしたバザラガの言葉を遮り、別の所から声が挙がった。

 そこにいたのは別の方向から駆けつけてきたセルグとイルザ。セルグには幾つもの傷が残り、痛々しい姿をしていたがイルザの方はほぼ無傷である。

 恐らくは、相当無理してここまで急いできたのだろう。前衛を任されたセルグが無茶をしてここまで駆けつけてくる光景が思い浮かぶようであった。

 

「イ、イルザ教官!? えっ、な、なんで!? なんで教官がここに」

 

「誰が無駄口を叩けと言った癇癪玉! 貴様の仕事はなんだ! 折角私が貴様の成長ぶりを見に来てやったんだ……そのお上品な口からクソを吐き出す前にお前にはやる事があるはずだ。無様にもクソみたいに這いつくばる姿を晒したら地獄の訓練所に逆戻りさせてやる。それが嫌なら、ここで私も驚くような戦果を挙げてみせろ。いいな!」

 

「は、はいぃ!!」

 

 予想外過ぎた人物の登場で、微妙に情けない声を上げたベアトリクスを一喝。

 何やら逆らえない雰囲気を醸し出してイルザが罵声を浴びせると、ベアトリクスは動きを見せようとしていたリヴァイアサンを叩き潰しに走った。

 その背に少しだけ哀愁が漂っていた気がするのは気がするだけであろう。

 

「ユーステス! 癇癪玉の手綱を握ってやれ。鎧チキンは私とツーマンセルだ。これよりアガスティアの各所に向かい、星晶獣共を駆逐する! 子犬(パピー)、お前は仲間達と共にアーカーシャの方に向かえ。何としても起動を阻止して見せろ」

 

「は、はいっ!! ありがとうございます、イルザ教官!」

 

 子犬(パピー)。そう呼ばれたことを嫌がる素振りすら見せずに快諾するゼタ。

 二人にとってこの会話は普通のことなのだろうか。そんな仲間達の疑念を挟む余地与えず、話は進んでいった。

 

「よし、良い返事だ子犬。これが終われば、特別休暇を申請して共にアウギュステでバカンスでも楽しもう……絶対に失敗するんじゃないぞ」

 

「ははは、良いですねそれ。絶対行きましょう!」

 

 戦いに移る前の軽口でしかないが、それでもその光景を思い描いてゼタは自然と(ほころ)んだ。

 思い返せばここ最近必死に戦ってばかりである。合間合間の休憩程度はあってもしっかりと休める日々などなかったのだ。

 イルザからの提案は非常に魅力的であった。

 

「はぁ……というわけだモニカ、リーシャ。魔晶によって顕現した星晶獣達は全部ユース達に任せる。オレ達は先を急ぐぞ」

 

「ちょ、ちょっとセルグさん!? いくらなんでもそんな無茶を」

 

 目の前で繰り広げられた会話に緊張感を奪われてセルグは一つ小さなため息を吐く。

 次いで置いてけぼりになったモニカとリーシャに声を掛けるも、リーシャは慌てたように反論を返した。

 アガスティアの街の至る所に立ち上った黒い柱は、その一つ一つが目の前のリヴァイアサンの様に魔晶によって喚びだされた星晶獣だろう。

 いくら組織の戦士が対星晶獣戦を得意だとしても限度がある。

 

「所詮は魔晶を憑代に呼び出した劣化品だ。ルリアやオルキスが呼び出す本物の分身体とはモノが違う。あの程度であれば何とかしてくれるだろう。

 それよりも優先すべきはアーカーシャだ。オレやお前達がこうしてグラン達に追いついてしまった……これ以上の遅れは取り返しがつかなくなる」

 

「だが、本当に良いのかセルグ? いくら彼等でも、たった4人で幾多の星晶獣を相手にと言うのは」

 

「無論容易くはない。危険なのは百も承知だ。だが、できなければ死ぬだけなのは変わらんのだろう? ここで星晶獣共に殺されるか、アーカーシャが世界を創りかえるかのどちらかしかないのだ。

 そんな事私は許さない……であるなら我々は何としてもこいつらを倒して見せよう。だから、そちらはアーカーシャを何としても止めて欲しい。私にはまだ、やらなければならない事がたくさんあるのでな……」

 

 割って入るイルザの表情に、リーシャとモニカは反論の言葉を呑みこんだ。

 危険な戦いなのは彼等も、グラン達も同じ。だがそれを制さねば世界にも自分たちにも未来はない。

 悩む暇も、躊躇う理由も、そこにはなかった。

 

「――わかりました。皆さんに秩序の騎空団の仲間を預けます。彼らと共に、アガスティアと世界を守るためにご協力をお願いします」

 

「了承した。リヴァイアサンは癇癪玉が叩き潰してくれるはずだ。後顧の憂いはこちらにすべて任せ、振り返らずに走ってくれ」

 

 イルザ達はアガスティアの制圧に。グラン達はアーカーシャの阻止に。

 それぞれが成すべき事は決まった。

 

「話は付いたか? ならば急ぐぞ」

 

 話が終わった所でアポロが早速切り出す。

 時間がない事はアダムから聞かされたばかりだ。無駄話をしている暇は無い。

 

「あいつ等が何者なのか聞かないんだな?」

 

「会話だけでそれなりに察しは付く。敵でないのならどうでも良い事だ」

 

「そうかい、ありがとよ……それじゃあ、急ぐとしようか」

 

 余計な問答は不要と言わんばかりのアポロの態度に、セルグは少しの感謝の意を示してから一行の中へと合流する。

 グラン達に負傷している気配はない。無事であった彼らの姿にまた一つ、セルグは心の内でアポロへと感謝告げる。

 そんなセルグに開口一番、グランは溜め息交じりに言葉を投げた。

 

「はぁ、セルグはイオから治療を受けておいて。その傷……一つや二つじゃないだろ?」

「あ~そうだな……悪いイオ。また頼む」

「ハイハイ。ホントセルグってばアタシがいないと全然だめになっちゃって……」

「そこはかとなく危険な発言は止めろ。まるでイオが居ないとダメ人間みたいだろうが」

「――セルグさん、まさかイオさんにまで」

「いい加減怒るぞリーシャ。最近お前、狙ってオレに妙なレッテルを張ろうとしているだろう」

「自業自得ではないか? セルグの場合はな」

「モニカ……そんな事は無いと言わせてくれ」

「まぁ仕方ないですよね。結局無茶する癖は変わらずでこうして傷だらけで合流して、更にはまた別の女性を連れてくるんですから」

「ジータ!? イルザは別にそういう間柄では」

「へぇ……面白そうですね。この戦いが終わったら少し彼女とも話を……」

「やめといたほうが良いわよヴィーラ。イルザ教官かなりおっかないから……変な事言うとニバスをぶっぱなされて死ぬかもしれないよ」

「というか貴方達、いい加減緊張感の無い会話は止めなさいな。全く私がいない間に随分逞しくなっちゃって……お姉さん付いていけなくなりそうよ」

「へへ、こういうのがいわゆる若さってやつじゃねえのか。俺達にはない、な」

「ラカム……何が言いたいのかしら?」

「い、いやぁ。別に変な意味合いは含んでねぇよ!」

 

 僅か1分あまりで怒涛の様に広がる会話。

 何故だろうか、緊張していたはずの彼らの空気は緩み、気の抜けた会話が声を柔らかにさせる。それは、セルグが戻ってきた事で起きた変化だった。

 戦力的に頼りになる……それもあるが、兎にも角にも一行の中で一番の心配の種と言うのは無茶を重ねる彼の存在に他ならない。

 そんなセルグが一応無事に戻ってきた事で、彼らの胸につっかえていた不安が取り除かれた。

 彼がここにいるのなら、もう余計な心配はしなくて良いだろう。

 不安の解消は必然、前へ進もうとする彼らの背を押してくれるのだ。

 

「フォッフォッフォ、やはりセルグが戻ると騒がしくなって良いのぅ。何より全員、切羽詰まった空気が抜けておる。ほれグラン、ジータ。そろそろ動き出さんと黒騎士殿がお怒りじゃぞ」

 

 好々爺と言った感じのアレーティアの言葉に前を見れば、やや苛立ちを募らせ始めているアポロがいた。

 時間がないと言うのに呑気な様子のグラン達へ一言文句でも言わなけらば気が済まなそうだ。

 

「よし、行こう皆!」

 

「行きましょう皆さん!」

 

 狂気に支配されたフリーシアの野望を打ち砕くべく、再び集結した仲間達は走り出す。

 

「皆さん気をつけて下さいねぇ~」

 

 直ぐ近くでリヴァイアサンとベアトリクスが激闘を繰り広げている中、いつもの調子を崩さないシェロカルテの声に見送られて。

 




如何でしたでしょうか。

やっぱりこんな終わり方になってしまったフュリアス君にごめんなさい、、、
原作では復活しそうな感じなのに、本作ではあっけない幕切れとなってしまいました。

アガスティア決戦編が他の島と比べてとんでもない長さになって来てますが、だいたいここらで構成的には半分といったところ。
読者の皆様にはもうしばらくお付き合いいただきたく思います。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。


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メインシナリオ 第59幕

お待たせしました。
ひと夏の物語を書いて満足しておりましたが、更新再開です。

もうすぐ終わりが見えてくる本作。
どうぞお楽しみください。


 

 アガスティアの各所で起こる咆哮。

 それは彼にとってみれば粗末な模造品のうるさい遠吠えに過ぎなかった。

 

 星の民。

 それは嘗てこの空の世界を席巻した支配者。

 過去に栄華を極め、この世界の神すらも堕とした侵略者。

 そして今は、その殆どがこの世界から居なくなってしまった消失者。

 その数少ない残りが彼、エルステ帝国皇帝のロキである。

 

「ロキ、何を嗤ってやがる?」

 

「嗤ってる?」

 

 傍らの従者のような星晶獣が怪訝な顔を浮かべていた。

 投げかけられた疑問を確かめるように顔に触れてみれば、確かに頬が上がり口の箸が吊り上っていることがわかる。

 ――嗤っていた。

 

「あぁ、そうか……楽しみなんだ僕は」

 

「楽しみ?」

 

「そうだね、抵抗虚しくも堕ちた神の仕業か、それともこの世界を守らんとする何らかの意思か。

 とにもかくにも、この現状はフリーシアの負けと言える」

 

「なっ!? どういう事だよロキ……この状況、あれだけの数の星晶獣が出てきてアイツラに勝ち目があるって――」

 

 周囲に巻き起こっている喧騒。

 既にアガスティアの街では各所で顕現した星晶獣による被害が出ているだろう。

 フリーシアの思惑通り、その対応にまで追われてしまうであろうグラン達のほうが不利だとフェンリルは考えていた。

 だが、ロキの目に見えているものはそれだけではない。

 

「彼等だけでは確かに足りなかった。だけど何の因果か、ここには次々と彼による繋がりが集結しつつある。それは彼等が引き寄せたものか、それとも彼が引き寄せたものか。

 どうやら神様と言う奴はどうあってもこの世界を守りたいらしいね」

 

 納得したように一人語るロキの様子が、妙に悲しげに見える。

 嗤っている……だというのに、その目は一つも笑っていない。そんな主人の思惑がフェンリルには全く見えてこなかった。

 底がしれない闇の様で、どこまで読み取ろうとしても見えてこない。そんな異常な主人の思惑がフェンリルを戸惑わせる。

 

「お前、何を言ってんだよ? 結局何がおもしろいんだ?」

 

「堕ちた神とは別の神……世界の意志に対して僕も反旗を翻そうと思ってね。なんせ僕も神様を自称しているからさ。

 楽しみだよ。世界が何を見せてくれるのか、僕も想像がつかない」

 

 笑みが深まる。

 感じられる気配はどこか朧気で、幽鬼のように思える程つかみどころが無くなっていく。

 僅かばかりの恐怖が芽生えてくるが、フェンリルはそれを押し殺した。

 ロキの考えがわからない事など今更ではあるし、自身が成すべきことは変わらない。

 ただこの意味の分からない事をのたまう主人をまもり、立ちふさがる敵を噛み砕く。それだけだ。

 

「あぁ? ほんとにわけわかんねぇ奴だなお前は――とにかく、俺はお前を守るだけだ。奴らが来たら今度こそ俺が」

 

「黙っているんだフェンリル。ここから先は、唯一僕だけが楽しむステージだからね。君の出番は今ここではない――――そうだろう、諸君?」

 

 不意にフェンリル以外に投げかけられる言葉。

 その意味を理解し、彼女の気配は即座に膨れ上がる。

 最大警戒の中、彼女が向ける視線の先には――

 

 

「ロキっ!!」

 

 

 居並ぶはグラン達一行。

 セルグが戻り、リーシャとモニカが加わり、そして七曜の騎士アポロと帝国軍大将アダムがいる。

 およそ一人で相対するには豪華すぎる顔ぶれを前にして、ロキは歪な笑みをまた深めた。

 

「さぁ、反逆の時ってやつだ」

 

 その目に浮かぶは勝利への意志ではなく、愉悦の渇望。

 ただただ己が楽しむ為だけに生きる道化が今、最高の愉悦の為に最高の舞台へと登る。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

「急げっ、住民の避難を最優先に! 出てきた星晶獣はその場になんとしても釘づけにしろ!!」

 

 幾多の強大なチカラと共に、アガスティアの街が激震していた。

 声を張り上げて命令を下した彼は、すぐに目の前にいる星晶獣、ミスラへと意識を戻した。

 突如発現した魔晶。そこから出現した星晶獣への対応に回るため、秩序の騎空団はアガスティア制圧戦を中断。

 この状況は聞いていないのか動揺が広がる帝国軍を余所に、作戦を星晶獣に因る被害を防ぐ方へとシフトしていた。

 

「騎空艇団に伝令! アガスティア本島より周囲の島へ住民を運ぶ。急がせろ!」

 

「了解!」

 

 部隊指揮を任されていたリーシャの副官である彼が声を張り上げ、秩序の騎空団はできる限り星晶獣の被害を食い止めるように動いた。

 

 アガスティア制圧戦といっても、秩序の騎空団側は島を落とすような事は考えていない。あくまでフリーシアの野望を防ぐために帝国軍を抑える必要があるから進行してきたまで。

 島の住人の危機とあって作戦を続ける事はできなかった。

 グラン達の侵攻に際して既に大将であるアダムから住人には避難命令が出ていたこともあり、主戦場となっていた街中には、住民は既にいなかった。

 だが、星晶獣が何体も現れる様な事態となれば話は変わってくる。

 魔晶によって現れた星晶獣の全てが好き放題に暴れれば、街は壊滅し、いずれは島自体が落ちる可能性すらあるだろう。

 住民の避難と言うのは可及的速やかに行わなければならなかった。

 

「船団長達が居ないときにこんな事になろうとは……」

 

 一騎当千の彼女達が居ればまだ星晶獣を順に駆逐していくような手段も取れたかもしれない。

 だが常人の範疇に在り、一般的な騎空士である彼らにその術はなかった。

 グラン達のせいで感覚が麻痺しがちだが、本来星晶獣とは簡単に倒せるような存在ではない。

 自然災害にも匹敵する脅威……というのが”普通”の空の民にとっての常識である。

 いきなり現れた星晶獣を相手にして、”倒す”などという選択肢はあり得ないのだ。

 歯噛みしながら、現状の戦力を以て星晶獣を押し留める手段を考えながら彼はミスラが放つ歯車の攻撃を躱す。

 同時に手にもつ長銃が火を噴くが、それは見えない防御壁に阻まれる。

 一点突破の火力か、防御壁を消す魔法か……何か別の手段がなければ一矢報いることすらできない。できることは注意を引いてこの場に釘付けにすることくらいだ。

 何もできない無力さが、彼の胸にのしかかった。

 

「くそっ、一体どうすれば――」

 

「調停の銃ニバスよ、チカラを示せ!」

 

 そんな焦燥に駆られる彼の耳に届いた勇ましい女性の声。

 同時に聞こえた頭上の方へと視線を向けるとそこには、一人のエルーンの女性がいた。

 

 

 

 

 

 

 ――目の前で戦闘行動に入る星晶獣の一つを見据える。

 無機物で構成されたそれは、生きた兵器と呼ばれる星晶獣らしからぬ姿ではあるが、今の彼女にそれを気にする余裕は無かった。

 打つ手がなさそうな秩序の騎空団にアレを抑え続ける事は適わないだろう。

 彼女も、後ろを走る大男もやるべきことが山積みである。

 

「――だが、成さねばならない。そうだろう、セルグ」

 

 思わず小さく笑みが浮かんだ。

 状況は苦しくありながら、彼女に引く気は無かった。

 最悪の想定……それを訓練兵に教え続けていた彼女は常に死を覚悟して任務に臨んできた。

 ヒトは簡単に死ぬ。それを知った時から、彼女はいついかなる時も任務における死を覚悟していた。

 だが、今この時は違う。この戦いの先にやるべきことができた。果たすべき約束ができたのだ。こんなところで自分も世界も終わらせるつもりはない。

 昂る気持ちをそのままにニバスのチカラを解放。強力な封印術を施したニバスに光が迸り、そのチカラを高める。

 

「調停の銃ニバスよ、チカラを示せ! ”バースト・イレイザー”!!」

 

 咆哮と共に放たれる閃光。

 長銃ニバスから放たれた極大の閃光が、副官の目の前で今まさに暴れんとしていたミスラを撃ち抜いた。

 火花を散らし、動きを鈍らせるミスラ。それでもまだ動きを見せているという事は倒せてはいないという事。

 ならば次が必要だ。

 

「鎧チキン! フィールドは抜いた、止めを刺せ!」

 

 即座に指示を出すイルザ。撃ち抜かれたミスラへと続くは巨大な鎌を携えた大男である。

 

「わかっている……ぬぉおあああ!!」

 

 一気に接近したバザラガの大鎌グロウノスが、赤黒いチカラと共にミスラのコア部分へと突き立てられる。そのまま引き裂かれ、流れに逆らわず連撃。次々と無機質な音を立てて、ミスラが刻まれていく。

 チカラを喰らい脈動するグロウノスが最後に唸りを上げると、円状に回転する斬撃の軌跡を残してミスラを削り切った。

 見るも無残な姿になるまで切り刻まれたミスラは活動を停止し、魔晶の粒子となって消えた。

 

「ふむ……粗悪ではあるが足しにはなったな」

 

 グロウノスから感じるチカラに、バザラガが唸る。

 ここまでの道中に刈り取ってきた星晶獣から喰らってきたチカラ。グロウノスに蓄えられたそれが魔晶による粗悪なものであっても強まってきており、少しだけ兜の奥で笑みが浮かぶ。

 

「よくやった鎧チキン。すぐに次へと―――」

 

「あ、あの! あなたがたは……」

 

 すぐさま次の目標へと移動しようとしたイルザへ、副官が急いで声をかけた。

 呼び止められたことを僅かに煩わしく思いながらもイルザは振り返る。

 

「秩序の騎空団だな? そちらの船団長より要請を受けている。街に出現した星晶獣は我らが片付けよう。

 そちらは私達が赴くまでの足止めと住民の避難を優先してほしい」

 

「船団長から? お二人は一体何を――」

 

「幸いにもあれは正式に喚びだされたモノではなく、魔晶をベースに情報を載せただけの劣化コピーのようだな。ここまでの道中でリヴァイアサンと先ほどのしか見かけていない。恐らくはそれしかデータが無いのだろう。

 種類も限られている以上、俺達だけで対応は何とかなりそうだ」

 

「劣化コピー? え、ええと……わかりました。とにかくご協力に感謝いたします!」

 

 状況を正確には掴めないが、自分達では覆せない状況を何とかできる者が現れた。

 渡りに船と言わんばかりの状況に、副官は急ぎ改めての命令を伝達。

 更に、二人へ現状の星晶獣が現れた位置を伝達して、できる事をすべく動いていった。

 

「呆けてはいても、冷静に状況を見れるようだな……さすがは秩序の騎空団と言ったところか。あぁ言ったところは訓練兵共に見習わせたいものだ」

 

「そんな事を言ってる暇は無い。全ては事が終わってからだ……珍しいな、お前が任務中に余計なことを考えるのは」

 

「む、すまない。少し気が緩んでいた……次へ向かおう」

 

「気にするな、それは気の緩みではなく余裕というやつだ。奴と再会したからか? 最近まで張り詰めっぱなしだったお前が嘘のようだ」

 

 どことなく気配が柔らかい気がする。

 嘗ての出来事から教訓を得たイルザは任務中、常に死への覚悟を持って居た。張り詰めっぱなしだった彼女らしからぬ柔らかな気配は、バザラガには緩みではなく余裕に見えていた。

 その要因をなんとなくだが推察して、バザラガは少しだけ嬉しそうに声をかける。

 

「鎧チキン……貴様のそれは余裕ではなく油断だ。そのクソだらけになった無様な身体に風穴を開けられたくなかったらそれ以上くだらない事を喋らないことだ」

 

「ふっ、落ち着け。急いては婚期を――」

 

「殺すぞ」

 

「すまん、冗談だ」

 

 軽口が過ぎたらしい。殺気交じりの短い言葉に冷や汗を流しバザラガは謝罪を述べる。

 封印術を込められた弾丸をぶち込まれてはバザラガの身体に施された魔術回路も意味を為さない。彼にとってもまた、ニバスの能力は天敵といえる。

 宣言通りに風穴だらけにされてはたまらないと、焦るバザラガが取り繕うとしたところで、街の彼方より轟音が聴こえ二人は音の出所へと視線を向けた。

 

「あっちの二人はどうなってる?」

 

「何かあればユーステスから連絡が来るだろう。何もないと言うことはさぞかし癇癪玉が活躍しているんだろうさ」

 

「いつになく褒めるな。お前にとってアレの出来はあまり良くないと思っていたが?」

 

「癇癪玉はムラがあるだけでその能力は十二分に高い。先ほどの戦いを見るにエムブラスクとの相性も良さそうだった……この状況、癇癪玉にとっては餌にしかならん」

 

「本人の前では言うな。調子に乗ってまたポカをするぞ」

 

「当たり前だ。言うわけがない……次に向かうぞ」

 

「あぁ」

 

 頷き合う二人。

 次なる標的を定めて、二人は同時に走り出すのだった。

 

 

 

 

「あぁー! もう、めんどくさい!!」

 

 何度目かわからない回避。

 吐き出された高圧の水流カッターがベアトリクスを襲い、それを彼女はギリギリのところで回避する。

 水に薙ぎ払われた街並みを見て、ベアトリクスは焦りを禁じ得なかった。

 

「くそっ、これじゃ近づけない……ユーステス、何とかしてくれよ!」

 

「全く、簡単に言ってくれる……フラメク!」

 

 要請を受け、ユーステスがフラメクで射撃。寸分違わぬ狙いがリヴァイアサンの顔を撃ち抜き怯ませる。

 大したダメージは稼げないが、意識を割かせ尚且つ向けられた攻撃をきっちりと回避すれば、ベアトリクスが接近する時間を捻出するには充分だろう。

 

「よしきた、”クロックオーデルタ”発動! 走るぞ、エムブラスク!」

 

 リヴァイアサンの注意が反れたところで、ベアトリクスは剣へと語りかけチカラを解放する。

 彼女が剣の気分に振り回されず能動的に扱える唯一のスキル”クロックオーデルタ”。

 正確にはエムブラスクの能力の一端、自身の肉体に掛けられる強化のみを任意で引き出せるだけであるが、筋力の強化、神経節の強化による速度上昇、更には強力な魔力壁による防御力の向上と駆けられた肉体強化はそれだけで星晶獣もどきを屠るには十分である。

 

「はぁあああ!!」

 

 速度の上がった勢いと共に助走をつけて飛び出す。

 彼女を視界に収めていなかったリヴァイアサンの横っ面に一閃。エムブラスクの剣が深くリヴァイアサンを切り裂いた。

 

「まだまだぁ!!」

 

 そのまま角を掴んでリヴァイアサンの頭上を取り一閃。形態変化した大剣の剣閃にリヴァイアサンの頭部が地面へと叩きつけられる。

 

「とどめええ!!」

 

 何とか頭を起こそうとしたリヴァイアサンに止めの一撃。

 落下の勢いを利用して大剣を頭部へと突き刺し地面へと縫い付けると、そのまま力任せに剣を振り抜く。

 頭部から綺麗に体を真っ二つにされ、魚の開きならぬ星晶獣の開きとなったリヴァイアサンはそのまま魔晶の塵となって霧散した。

 

「ふっふーん。どうだ!」

 

 ユーステスの方へと振り返りながら誇らしそうに胸を張る彼女の姿に、ユーステスは思わず呆気にとられる。

 時間にして数秒。大技など無しのほとんどその剣技だけでリヴァイアサンを圧倒して見せた目の前の問題児に驚嘆していた。

 

「……やるな。まるでアイツの様な手際だった」

 

「なっ!? ほ、ほんとか?」

 

 まさかの言葉に思わず声が上擦る。

 ベアトリクスにとってはある種最大の賛辞とも取れる言葉だった。

 ユーステスへと駆け寄るベアトリクスはまるで主人からご褒美をもらう犬のような勢いで、心なしか尻尾が見える気がしない事もない。

 

「有無を言わさず即座に仕留めるのは、見えない剣閃と全てを断ち切る一閃を持つアイツの十八番だ。

 今のお前の様に、反撃の隙を与えずに仕留めきるような芸当は、そう簡単にできるものじゃない……随分とやるようになったな」

 

「な、なんだよユーステス……今日はいつになく褒めるじゃないか。なんだか逆に気持ちが悪い」

 

 言葉では気持ち悪いとは言いつつも、にやけた顔が制御できないベアトリクスの顔の方が気持ち悪い事になっているが、ユーステスはそれを見て尻尾を幻視した事を頭の片隅に押しこんだ。

 こんな気持ちの悪い顔をする奴が犬に似ているはずがない……そう、こんなバカで無鉄砲で癇癪玉で囚人王な彼女が犬っぽいはずなどないのだ。

 やや抜けていた気持ちを切り替え、ユーステスは努めて自然に気持ちの悪い顔をしているベアトリクスから視線を外す。

 

「次に向かうぞ。今のお前なら苦もなく倒せるだろう」

 

「へへ、上等……指示をくれればいくらでもやってやるって」

 

 打てば鳴るような忠犬の如きベアトリクスの言葉に、ユーステスの中でまた僅かな緩みが発生する。

 なるほど、これはこれで扱いやすい……やはりさっき犬っぽく感じたのは間違いではなかったようだ。

 有頂天にならないようにだけは気を付けねばなるまいが、事戦いにおいて、調子に乗った彼女の力が凄まじいのは実証済みだ。

 

「ならば行くぞ。目標はアガスティア全域の制圧だ……遅れるな」

 

「了解。全部片付けて、教官達と合流だ!」

 

 気合いを入れ直し、再度戦いを始めようとした二人。

 次なる目標へと走ろうとしたその時だった。

 

 

「ッ!? なんだ?」

 

「くっ、この気配は!?」

 

 

 世界が変わった。

 両肩に岩でも載せられたかのような重圧。

 世界が丸ごと呑みこまれたかのような圧倒的気配。

 二人だけではない。顕現した星晶獣もどき達も、戦っていた秩序の騎空団も、イルザ達も。

 その時アガスティアに居た者が全てその気配に呑まれ動きを止める。

 

 同時に響くのは、巨大な……全てを破壊せんばかりに轟く、大いなる咆哮であった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 ――睨み合う。

 

 周囲の喧騒はどこか遠くに消えたように耳に届かず、グラン達は異様な気配のロキに気圧されていた。

 タワーは既に目の前。フュリアスに続く帝国の誰かが待ち構えているとは考えていたが、まさかまたもロキがいるとは思っていなかった。

 ましてやこうもぶつかり合う様な気配を見せてくるなどと、誰が想像しただろうか。

 

「どうやら、今回はやる気の様だな」

 

 アポロが静かに口を開く。

 飄々として掴みどころがなかったこれまでの気配とは違い、ロキの意識は明確にグラン達へと向けられている。

 どこへも向けていなかった彼の視線が今始めて、彼らと相対するように向けられていた。

 

「あのっ! ロキさん、私達はフリーシアさんを止め――」

 

「あぁ、ちょっと待っててねルリア。君の出番にはまだ早いよ」

 

 ロキを退かせようと、前に出たルリアは説得を試みる。

 フリーシアの計画は世界を壊す。そうなればロキ自身も消える事になるのだ……ここで本来争うべきではないと。

 だが、少女が掛けた声は即座に遮られた。

 

「出番……?」

 

「一体何を企んでいる?」

 

 ロキの言葉に嫌な気配を感じて、反射的にセルグとアポロが前に出る。

 一切の油断を消し、警戒を露わにする二人とは対照的に、ロキは小さく笑っていた。

 

「悪いけど貴方なんかに構っている暇は無いんです。今すぐどいて下さい! どかないなら力づくで――」

 

「落ち付いて下さいジータさん。焦る気持ちは分かりますが不用意に飛び出しては危険です」

 

「だがリーシャ、この気配に呑まれてばかりもいられない。時間はあまりないのだ」

 

 リアクターの完全な起動まではそれほど余裕があるわけではない。

 こんなところで問答をしている場合ではないと、誰もが焦燥に駆られていた。

 だが、そんな彼らの焦りを嗤うロキはいつもの口調を崩さずに告げる。

 

「やだなぁ君達。折角僕がその気になったんだからそう焦らないで少し話でもしようよ。

 どうせリアクターの起動にはまだまだ時間がかかる。そうだね、完全起動までは3時間って所だ。

 ここで少しおしゃべりしたって間に合うと断言しても良いよ」

 

「それを信じられると思うか? 僕達はそこまでお人好しじゃない」

 

「一体何が目的ですか? そんな事を貴方が我々に教える理由が無いでしょう」

 

 突如告げられた言葉にグランとアダムが反応する。

 楽しむのが目的なこの男がもたらす情報。鵜呑みにできるわけもない。彼を良く知るアダムを筆頭に、グラン達は警戒を強める。

 

「そうでもないさ。僕がここで君達と相対したいと思ったんだ。君達はそれに応える義務がある。

 なら、君達を落ち着かせるくらいならしてもいいでしょ?」

 

「ロキのいう事は間違っちゃいねえよ。あの女が自分で言ったからな。それが嘘の可能性はあるけど、わざわざタワーを守る兵士達に嘘を吐く必要なんかねえだろ。多分ホントだ」

 

「話が見えねえな。結局てめえはここで何がしたいってんだ?」

 

 意図が読めないロキの言葉にラカムは苛立ちを募らせながら、銃を構えた。

 誰一人警戒を怠ってはいないこの状況。自然と空気は張りつめ、一触即発の様相を呈する。

 そんな状況でも、それを意に介する事なく小さな笑みを浮かべているロキ。

 

「うーんそうだねぇ……できるならまずは不安要素の誰かを排除、かな」

 

 瞬間、そこにいた全員に怖気が走る。

 強さも何も感じない……だと言うのに不安を覚える様な気配。

 恐怖を直接叩きつけるられるような慣れない感覚にまだ子供のイオやルリア、オルキスが震える。

 

「っ!? みんな、気を付けてくれ!」

 

「やはりここでやる気か……かような気配。剣を抜くには充分じゃぞい」

 

 強者故の反応か、グラン達は一斉に身構えた。

 自身の命を掴まれたような、危なげな感覚が生々しく脳裏に刻まれ、一瞬たりとも気が抜けないと思わせる。

 

「ふぅ……慌てないでくれよ。フェンリル、少し下がっていてくれ。じゃないと彼らの警戒が取れない」

 

「チッ、わかったよ……」

 

 一気に臨戦態勢となったグラン達を見て、ロキは静かに両手を上げた。

 手を出す気はない。その意思を示すかのように。

 同時にロキから少し離れた位置まで後退するフェンリルを見て、グラン達の毒気が抜かれる。

 この僅かな間で既にロキの危険な気配は消えていた。

 

「これで話を聞く気になったかな? 話が終わるまでは、僕から手を出すことは無い」

 

「つくづく意味の分からない奴だな……ここで話をすることに何の意味がある?」

 

「意味か……そうだね、君には関係ないかもしれないけど、彼らにとっては大事なことかもしれない」

 

「何?」

 

 アポロに返したロキ。同時に彼が視線を向けたのはグランとジータの二人。

 七曜の騎士アポロではなく、星晶獣を扱えるルリアやオルキスでもない。

 視線を向けられたのは、まだ大人に成り切れていない少年と少女の二人であった。

 

「ははは、そう身構えないでくれ。まだ何もしないって言っただろう。

 さて、一つ問おうか。この戦い……君達はアーカーシャを止められるかな?」

 

 唐突に、ロキからグランとジータに向けられた質問。

 だが、二人を庇うようにオイゲンが前に出てそれに答える。

 

「そんなもん、止めてみせるに決まってらぁな」

 

「じゃなきゃこの世界が無くなるんだ。当たり前だってぇの!」

 

「バザラガ達にイルザ教官まで来てくれたのよ。止められなきゃ困るわよ」

 

 ビィとゼタも続き、挑戦状を叩きつけるような勢いでロキの問いに答えた。

 声を上げなかった者も、その意思は同じ。誰一人、この決意に不安を覚えている者はいない。

 

「ははは、そうだろうね。現状では帝国の戦力に君達を止めるだけのカードは無い。

 フリーシアの切り札である魔晶の一斉発現もいずれは全て潰されるだろう。

 大規模な秩序の騎空団による侵攻、予期せぬ対星晶獣組織の増援……フリーシアは今頃頭を抱えているんじゃないかな?」

 

 先程までとは違う、不安を覚えない愉快そうな表情でロキは笑った。

 実際、本当におかしいのだろう。

 一国家であるエルステ帝国を相手に、ここまでグラン達が戦えるとは思えなかった。

 だからこそアダムには彼等への助力を提案したし、それでこの戦いはより面白くなるはずだと期待していた。

 それが蓋を開けてみればどうだろうか。

 彼らの奮闘はもちろんの事、予想外に大規模な秩序の騎空団の増援。セルグの為に駆けつけたバザラガ達。

 フュリアスは討たれ、指揮系統は瓦解。

 この戦いでエルステは、帝国とは名ばかりの砂上の楼閣に過ぎなくなったこの惨状。予想できなかったのは確かだが、こうまで一方的になるとはロキも思っていなかった。

 

「でもさ、随分都合が良いとは思わない? たかが一騎空団に集まった仲間。ここ最近で築かれた繋がりだけで集った戦力。それだけでこんなにも君達はエルステ帝国を相手に優位に戦えている。

 アーカーシャの存在もフリーシアの計画も大々的に空域中に広まった話ではないと言うのに、帝国と呼ばれる一国家に対抗するだけの戦力が僅かな間にここに集ったんだ」

 

「……何が言いたい?」

 

 何がおかしいのか? セルグは疑問を投げつけた。

 フリーシアの計画を聞けばだれもが止めようと思うだろう。そこに疑問の余地は無い。

 だが、全員がロキの言いたいことを読み切れないでいる中、誰かが気づいた。

 都合が良い……その意味に。

 

「ザンクティンゼルでの……出会い」

 

 小さく溢したのはヴィーラだった。

 それが何を意味するのか。即座に理解できたものは少ないだろうが、ロキは彼女の溢した言葉で笑みを深める。

 

「聡いね、アルビオンの領主。疑惑はあった……ただそれが確定するまでには至らなかった。

 運命的とも言える君達双子とルリアの出会い。作為的とも取れる、君達双子とセルグの出会い。

 そして君達がこれまでに紡いできたヒトとヒトとの繋がり。

 今ならはっきりと言える。君達の中には……世界の中心たる”特異点”がいるのさ。

 世界を動かし、全ての出来事の最中にいるとされる存在。世界の行く末を定める、この空の特異点が。

 僕の見解では……グランとジータ、それからセルグの内誰かだ」

 

「特異点……」

 

「世界の、中心?」

 

 聞きなれない単語。理解の及ばない話に一行は警戒しながらもロキの話を聞き入っていた。

 雰囲気に呑まれてはまずいと警戒しながらも、その話の続きを待ち望んでしまっていた。

 それほどに彼の話にはどこか、他の思考を奪う”何か”を感じていた。

 

「グランとジータの元に集った仲間。これまでセルグが築いてきた繋がり。この二つが綺麗に交わり、今世界を守ろうと動いている。

 この特異点と言うのは本当に厄介な存在だ。世界の意志に守られた、いわば世界の庇護者。

 特異点が動けば、世界は特異点を中心に回り始め、世界の行く末は特異点によって決まる。

 それほどにその他大勢とは次元の違う存在だ」

 

 ロキが告げてくる事にグラン達は言葉を失う。

 思い当たる節は確かにある。グランとジータがルリアと出会った事。それからラカム、イオ、オイゲン、ロゼッタと……。

 次々と共に歩む様になった仲間達は皆、運命的なタイミングで邂逅し、本に描かれた物語のような出来事を得て仲間になった。

 どの出会いも少しの時間のズレ、少しの間違いがあれば共に歩むことは無かったであろうものだった。

 そしてセルグとの出会いも……

 

「何故かあの時……僕らは島へ帰ろうと思った」

 

「島の様子を見に行きたいって、二人同時に考えた……」

 

 思いだし確かめるように、グランとジータが呟く。

 二人はあの日、何かに呼ばれるように同時に故郷の島を想った。

 示し合わせたかの様に同じタイミングで、故郷へ帰りたいと思った。

 それも、”たまたま”セルグが島を訪れている時にだ……。

 

「おもしろくないだろう? まるで誰かに操られたかのように動かされてる事に気付かないかい?

 世界に守られ、全てが思い通りに進んでいくような存在。まぁ別に世界を意のままに操れるとかそんなわけじゃないから自覚は無かったんだろうけどね」

 

 一人納得したように頷くロキは、”それでも――”と続ける。

 

「フリーシア如きの野望に対して、そんな特異点が動いてしまってはフェアじゃない……僕はもっと先の見えない混沌とした世界が見たいんだよ」

 

 彼が欲するのはただただ楽しむこと。それ以外に目的は無かった。

 予想がつかない世界。先の見えない世界だけが唯一、空虚な彼の生を満たすものだった。

 そんな彼にとって、特異点なる世界の庇護者は面白くないの一言に尽きる。

 分かってしまうのだ。フリーシアの計画など、防がれて終わってしまうのが。

 

「だからね、僕はこの戦いに本気で介入する事にしたよ。

 星の民というこの空の世界から外れた存在である僕なら、世界の庇護すら跳ね返せるだろう。特異点であろうと消す事も可能だ。

 無論これは世界と戦う事と同義だから簡単ではないだろうけど……僕にとってそれは一つの楽しみでもある」

 

「楽しみだと?」

 

「そうだよセルグ。完全な存在である僕にとってこれまでできない事なんてなかった。生まれてこの方初めての、()()というやつなんだ。楽しまずにはいられない」

 

 張り付いていた笑みがまた深くなる。

 本当に感じ入っている愉悦の笑みだ。

 大きな期待が満ちていながら、気持ちがよくなるものでは決してない笑い方だった。

 

「ふざけた話だな。要するにグランとジータ、セルグを殺しに来たと言うわけか。そんな事、私達が許すと思うのか?」

 

「例え三人がどんな存在であろうと、彼らが消されていい理由にはなりません。

 自信の快楽の為に他者を玩具にする貴方の方がよっぽど、許される存在ではない」

 

 ロキの言葉と気配に不穏なものを感じ始め、モニカとリーシャが声を挙げた。

 これまでの言動、フュリアスへの非道な行いにザンクティンゼルでのフェンリルへの命令。

 全てが秩序の騎空団である彼女たちにとっては大きな問題とされる行為だ。

 今ここでまともにやりあうと言うのなら、秩序の騎空団として、それ相応に対処するつもりである。

 

「ははっ、手当たり次第に殺すようなおもしろくない事はしないよ。誰が特異点かわからないからこそ、僕にも楽しむ余地が出てくるからね。

 さて、話はここまでにしようか。僕の介入によって特異点の影響を潰せるか、或いは特異点自体を殺せるか……一つ勝負と行こうじゃないか」

 

 リーシャとモニカに返し、同時にロキの嫌な気配が溢れる。

 これまでに一度たりとも見せなかった彼の臨戦態勢。

 微動だにせず、只立っているだけだと言うのに、神様を自称するに相応しい程の威圧感がその場を支配した。

 

「……とは言っても、僕が直接戦うわけではないけどね」

 

 だが、漂った威圧感は僅か数秒。直後にこれまでと同じつかみどころのない感じに戻ったロキ。

 霧散した気配と共に気勢をそがれたグラン達が呆気にとられる中、彼らの間で光の柱が上がる。

 

「……えっ」

 

 小さく声を漏らしたのは蒼い髪の少女。

 光の柱に包まれたと同時、その姿はかき消えた。

 

「ルリアっ!」

 

 光へと伸ばしたカタリナの腕が空を切り、光の柱は消える。

 何が起きたのかをすぐに理解した面々が即座に向けた視線の先には……

 

「カタリナー!」

 

 ロキの横に転送されて捕えられていたルリアの姿があった。

 

 

「怯えなくても大丈夫だよ。大事な鍵に危害を加えるつもりはないからね」

 

 ロキがいつも通りに嗤う。

 最初から狙いはルリアだったのか……虚を突かれ、あっけなく守るべきものを奪われたカタリナの心が激情に染まる。

 

「貴様、何のつもりだ!」

 

「何のつもりって、先程教えたとおりだよ――――この戦いに介入する。もっというなら君達を倒そうとする、って所かな」

 

「貴様っ、ふざけ――」

 

「お姉さま! 不用意に飛び出しては危険です!」

 

「カタリナ、落ち着くんだ!」

 

 ルリアを人質ともとれるこの状況。冷静さを欠いて飛び出そうとするカタリナをヴィーラとグランが止める。

 同時にアポロとセルグが二方向に散開。リーシャとモニカが最前列へとでて冷静に構えた。

 

「うんうん。この状況でも冷静でいられるのは流石だね……さっきも言ったけど安心していいよ。僕はルリアに危害を加える気は無いからね」

 

 膠着状態となったところで、フェンリルもロキを守るべく前に出ていた。

 一触即発……何かきっかけがあればすぐにでも戦いが起こりそうな空気の中、ロキは静かに動き出す。

 

「さぁ、よく見ておけ出来損ない。これが……本物の星の民が扱う鍵のチカラだ」

 

 オルキスへと視線を向けながら、ロキが手を翳した。

 その先にいるのはルリアであり、その光景には見覚えがあった。

 ルーマシー群島……少し前にオルキスがアーカーシャを起動した時と同じように、ロキの呼びかけに反応してルリアの瞳から生気が消えた。

 

 

「管理者権限発動。”ビューレイスト・ルーク”の名において、星晶獣プロトバハムートの起動を要請」

 

 

 尊大な気配と共に紡がれる言葉。

 それに応えるように強まっていくルリアの光。

 

「管理者の星紋を認証。管理者ビューレイスト・ルークを認識。要請を受諾。プロトバハムートを最大稼働にて起動します」

 

 無機質な声がルリアの口から零れる。

 それはアーカーシャ起動の時と同じく、何の意思も持たないまま要請に応えていく機械の様であった。

 

「ルリア……ダメッ!」

 

 オルキスがルリアへと手を翳す。

 アーカーシャの時と同じことをしているのなら、オルキスにもルリアの行動へ介入する事が出来るはず。

 必死に手を翳し、管理者として訴えるが、オルキスのその願いは虚しくも届かない。

 止まる気配の無いルリアの様子に、オルキスの表情が絶望に染まった。

 

「無駄だ出来損ない。半端者なお前が僕から鍵を奪えるはずがないだろう」

 

「うっ……」

 

 諦めるなとオルキスは自身を叱咤するも、既に格付けは済んでいた。

 オルキスのチカラでは届かない。ルリアのチカラを止められない。純粋な星の民であるロキには敵わなかった。

 次の瞬間には、力づくで止めようとセルグとアポロが飛び出していたが、それは瞬間的に降り注ぐフェンリルが創りだした氷柱に阻まれる。

 

「チッ!」

「この程度、すぐに――」

 

「もう遅いよ……さぁ、目覚めろ。 星に平伏した創世の神よ。数多連なる星の獣の祖よ。星の元へと還り、再びこの世界に顕現せよ」

 

 強まる気配。高まる威圧感。

 それは彼のものが顕現する予兆。空を創り、星に堕ちた、忘れ去られし世界の創造主の声であった。

 アガスティアに立ち込める暗雲が割れる。同時に世界が唸り、島が揺れた。

 

 

「起動、完了……召喚、プロトバハムート」

 

「ルリア……だめええ!」

 

 

 無機質な蒼の少女の声と、感情を湛えた人形の叫びが響き渡った時。

 アガスティアの空に、巨大な光が降り注いだ……。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

色々とオリジナルで語られた部分がありました。
本作は約二年前からの執筆であり、その時点で原作では明かされていない部分の設定を多分に捏造しております。
もちろんこの二年間で明かされた設定や増えてきた設定にはある程度沿わせてはおりますが、いまだにルリアとビィ君の正体についてはちゃんと判明してなかったりで、本作独自の解釈や設定が多分に含まれてしまっています。組織の武器関連なんてもう修正不可能でした……
どうかそこらへんは、ご理解いただきたいと思います。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第60幕

絶望感。
それが伝わったらいいです

独自解釈と設定が垂れ流しになります。
ご注意ください


 

 ――――星晶獣

 

 それは空の世界とは違う世界、星の世界から来た者が創りだした兵器。

 星の民と呼ばれる存在が、空の世界を支配する上で生み出した、生きた兵器の事であった。

 

 

 だが、この星晶獣という存在には疑問が残る。

 

 

 何故、星の民は星晶獣となる兵器を創りだしたのか?

 

 

 星の民とは完全なる存在。故に、その能力は空の世界において比肩するものが居ない。

 空の世界とは一線を画す魔法の数々。星晶獣でなくとも強力な兵器はいくらでも創れる。

 空の世界を支配するのに、新たに星晶獣と呼ばれる兵器を創る必要が、果たしてあったのだろうか。

 

 

 答えは否。

 星晶獣等なくても、星の民にとって空の民は取るに足らない弱い存在。支配する事は容易であった。

 空の世界を”支配する上で”生み出された星晶獣は、空の世界を”支配する為”に生み出されたわけではなかったのだ。

 

 星晶獣の起こり……それは偶発的なものに過ぎない。

 発端は、星の民が空の世界に来訪したその時にまで遡る。

 

 

 平和に暮らす空の民。安定した静かな世界。

 支配せんと訪れた星の民に対し、彼らは対抗する術も持たなかった。

 抗えず、戦えず、生存の為に支配を受け入れる空の民達。星の民は、着々と空の世界を支配し、席巻していった。

 

 しかし、順当な支配を進めていた空の世界に、星の民に抵抗する存在が現れる。

 

 

 ――創世神”バハムート”

 

 

 それは世界を創りし神であり、それは空の世界を守りし神であった。

 星の民の来訪に対し、神はその存在全てを掛けて星の民と戦いを始めたのだ

 

 ”破壊”と”再生”

 

 そのチカラを持つ神には全ての攻撃を破壊し、全ての傷を再生するチカラがあった。

 どんな攻撃も打ち砕かれ、どれだけ傷つけても再生を果たす神を相手にしては、星の民と言えど倒す術を見出すことはできず…………倒す事叶わぬ神を相手にして、星の民は敗北への道を辿っていた。

 

 だが、そんな時である。

 星の民は辿り着いてしまった。神すら支配する悪魔の如き所業に……

 

 

 星晶――それは星の民が扱うチカラを宿した結晶体。

 魔法にしろ、兵器を動かす動力にしろ、全てはこの星晶を媒介にする。

 星晶を操り、星晶を用いて、星の民は多くのチカラを形としてきた。

 

 ならば神ですら、この手に収めて見せよう。

 

 誰かが言ったこの言葉は、瞬く間に広がった。

 元々バハムートですら支配への障害としか考えていなかった星の民にとって、神を御する事に抵抗などあるわけもなかった。

 計画は進み、星の民は幾重もの魔法と幾重もの兵器を使ってバハムートを抑え込むと、この星晶をありったけバハムートへと注いだのだ。

 

 傷を負うわけでもないその身は再生できず、自身の身体故に破壊する事も出来ず。

 抵抗虚しく、バハムートは星の民が操る星晶によって侵されてしまった――神は星の民の手に堕ちてしまったのである。

 最後の抵抗として、星晶に侵されていない部分を抽出し半身として世界に逃がしたが、それによりバハムートは完全な形を保つことができなくなってしまう。

 意思を奪われ、その身に宿るチカラの大半を失い、星晶に侵された神は空の世界に反旗を翻すことになる。

 

 

 原初となる、星晶獣の誕生であった。

 

 

 後に、制御しきれない神のチカラを危険と判断した星の民によって、バハムートは幾重にも厳重なる封印を掛けられて、空の世界の偏狭の地へと封印される。

 しかし、星の民はこれをきっかけにして空の世界にいる強大な生物達を。星の民に抵抗しうる存在の悉くを、星晶獣へと堕としていった。

 世界から神の庇護は消え、島々から守り神が消えた……覇空戦争が起こるその時まで、空の世界は長きにわたる支配の時を迎える事となったのだ。

 

 

 これは、創世神話に記されることのなかった世界の起こりの一節である。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 暗雲を切り裂き光が堕ちる。

 目を開けられない程ではない……いや、むしろその光景はまるで引き付ける様に目を離せないものであった。

 神々しい光の柱の中で、徐々に形を作り生まれ出る巨大な龍。

 ぼやけた輪郭がはっきりしてきて、押し潰されそうな威圧感は止まる事を知らない。

 落ちた光の柱が収束して消えていくとき、世界は巨大な龍の咆哮に震えた。

 

 

「くっ……なんて存在感だ」

 

「こんな強大なの、今まで見たことが無い」

 

 セルグとゼタが呟く。

 プロトバハムートを見るのはこれが初めてではないはずだった。

 グラン達はザンクティンゼルにて、他の仲間達もガロンゾへと辿り着く前にルリアが召喚した姿を一度見ている。

 だと言うのに、今目の前に降臨したこの星晶獣はその時の気配をはるかに凌駕する存在感を放っていた。

 記憶と余りにも違う強大な気配。隔絶されたチカラの差を感じて、その場にいる誰もが足を竦ませていた。

 

「当然だろう? 正当な管理者たる僕の要請の下、鍵となるルリアが完全な召喚を果たしたんだ。これまでルリアがやってきたお遊戯の召喚とは別物だよ。

 封印も拘束具もない完全なる顕現を果たしたバハムートは、原初にして頂点の星晶獣。

 神に等しきチカラはヒト如きが抗えるものではないと知ることだね」

 

 目に光が灯ると同時に、大翼を広げ再び咆哮するバハムート。

 その翼のはためきで突風が起こり、島がゆれた。

 

「――手始めに一撃。まずは小手調べだ」

 

 ルリアを通して、バハムートへとロキが命令を下す。

 命令を受けて、バハムートの意識がグラン達へと向けられた。

 

「ッ!? 黒騎士!!」

 

「わかっている!!」

 

 瞬間、膨れ上がった悪寒。反射的にセルグとアポロが動いた。

 天ノ羽斬の全開解放。ブルトガングを抜剣。猶予一つない状況で最速を以て最大のチカラを練り上げる。

 

「ヴィーラ! 余波を頼む!」

「お任せください!」

「全員伏せていろ!!」

 

 セルグの声に応じてヴィーラはシュヴァリエによる守護結界を張り、アポロの声に他の仲間達が全員地へと伏せる中、巨大な龍の巨大な腕が振るわれた。

 それが残すのは只の魔力の軌跡に過ぎない。だが、魔力を込められた巨大な腕が島を叩けばそれだけで島を落とせるだろう。

 故に叫んだ二人の行動は言葉なくとも一致していた。

 

「絶刀招来――天ノ羽斬!!」

「黒鳳刃・月影!!」

 

 振り下ろされた腕へと、全力を以て迎撃。

 

「おおおお!!」

「はぁああ!!」

 

 押し切られる――そんな不安を振り払うように叫んだ二人は、渾身のチカラを込めてバハムートの腕をなんとか押し戻してみせる。

 

「セルグ、黒騎士!」

 

 だがその代償は大きかった。脅威が去った瞬間に二人は力が抜けたように崩れ落ちた。

 準備する間がないとっさの迎撃……いくら最速で練り上げようと余裕の無い中振り絞ったチカラは、決して大きくは無く、無理矢理押し切った二人の疲労度合いを大きく跳ね上げた。

 

「流石だね、ヒトの身でありながらバハムートの攻撃に真っ向から挑めるなんて。君達二人は人間辞めてるといっても過言ではないと思うよ――――まぁ、今のが限界の様だけどね」

 

「ハァ……ハァ……これはまずいな」

 

「くっ、私と貴様でこれか……対応できる者は限られるぞ」

 

 苦渋に顔を染めながら、二人は悠々と空に佇むバハムートを睨み付けた。

 ヴェリウスの加護を受けたセルグと、七曜の騎士アポロ。間違いなくこの世界において比類なき強さを持っている者達である。

 その二人のチカラを合わせて尚、ギリギリの拮抗しかできない。

 無論カタリナや、ヴィーラとシュヴァリエの様に防御面に秀でていないといった相性もあるが、単純なチカラの押し合いにおいて、バハムートには到底かなわないことが裏付けられた。

 

「お二人ともご無事ですか!? イオちゃん、お願い!」

 

「わかってる!」

 

 崩れ落ちた二人にすぐさま駆け寄るのはジータとイオ。

 ウォーロックとなっているジータも簡単な回復魔法程度ならできるだろう。二人で急ぎセルグ達を動けるようにしなくては、バハムートに対抗できない。

 同時に余波を防いでいたヴィーラがシュヴァリエと共に前にでた。

 

「お姉様。皆をお願いします……空中に出て、私が注意を引きましょう」

 

「バカをいうな! そんな危険な事させられるわけが無いだろう!」

 

「無理は承知です。それでも、シュヴァリエのチカラを限界まで引き出せば時間稼ぎくらいはできます」

 

 ヒトの身でありながら……その枠で捉えるならヴィーラが扱うシュヴァリエのチカラはそこに当てはまらない。

 セルグとアポロが動けない今、バハムートに唯一対抗できるのは彼女が従えるシュヴァリエぐらいであった。

 バハムートは巨体だ。ヒトの身のまま大星晶獣のチカラを扱えるヴィーラであれば、回避と防御に専念する事で時間稼ぎくらいはできる。

 そう考えたヴィーラであったが、そんな危険な事をカタリナが許せることもなく、また相対していたこの男もそんな事を許しはしなかった。

 

「あぁ、そう言えば君にはシュヴァリエがいたね。たかが一つの島の大星晶獣如きでは適わないと思うけど……僕が君達に立て直しの暇を与えると思うかい? 

 言ったはずだよ、君達の中には特異点がいる。絶望的であっても君達は簡単には殺されてくれないだろう……だから僕は、隙を与えはしない」

 

 余裕がある中、それでもロキは彼らに隙を与えはしなかった。

 再びロキより下されるバハムートへの命令。グラン達の間に緊張が走り、一斉にバハムートへと視線が注がれる。

 広げられた翼が今一度はためいて、龍種らしい長い首が鎌首をもたげると、その口元に強大な光が集い始めた。

 

「さっきのは大した攻撃じゃなかったね。今度はそうはいかない――全てを滅する破壊の光だ」

 

 大いなる破局。

 破壊と再生を司りし星晶獣の、純粋で偽りのない破壊のチカラ。

 ザンクティンゼルの祠に眠っていた時とは違う、幾重の封印を解かれた、星晶獣プロトバハムート本来が持っているチカラである。

 先程の魔力を纏った腕など足元にも及ばない、彼の星晶獣の絶技だ。

 

「あれは、ルリアが使役していた時と同じ……」

 

「くっ、シュヴァリエ! イージスマージ最大稼働。私の事は構いません。何としても防ぎなさい!!」

 

 先程とは比べ物にならない脅威を感じたヴィーラの声に応じて、彼女の装いが変わる。

 アルビオンではないため完全な覚醒には至れないが、それでも彼女とより深く繋がったシュヴァリエは主の願いに応えその身を覚醒へと至らせる。

 シュヴァリエ・マグナ――嘗てセルグを殺めんと至った姿にまで昇華したシュヴァリエが、ヴィーラの姿に色濃く反映されると共に、周囲に顕現させるプライマルビット。そして要となる盾イージスマージを顕現。

 空の世界において、ほぼ無敵の要塞へと姿を変える。

 

「ジータ! 全員に援護魔法! 皆は僕と一緒に少しでも相殺するぞ!」

 

「イオ、カタリナ、ロゼッタさんはヴィーラさんを手伝って! リーシャさんはオルキスちゃんをお願いします!」

 

「全員全てを振り絞れ! この攻撃……我々が抜かれればこの島は落ちる!」

 

 モニカの声で全員が意を決した。

 あの光がアガスティアに落ちれば、島毎消える。それだけの威力を孕んでいる。

 今ここで、バハムートの攻撃を受け止めきらなければ、アーカーシャの発動を待たずして彼らに未来は無い。

 天星器が輝き、アルベスの槍が火を噴く。過剰にチカラを蓄えた銃が唸り、二本の剣が鞘に納められ、迅雷蓄えた刀が鞘の中で鳴動した。

 イージスマージに重ねられる青い盾と光のヴェール。更に、その先で何重にも張られる荊の結界。 

 全員の迎撃準備が出来上がったところで、そこに加えられるジータのエレメンタルフォース。

 膨れ上がる属性のチカラを感じながらも、それは目の前で収束し続けるチカラの前には心許ない気がしてならなかった。

 

「さぁ、受け止められるかな?――やれ、バハムート」

 

 ロキの声と共に突き出されるバハムートの頭部。そして放たれる黒き光。

 後ずさりそうな巨大な光を前に、彼らは必死に目を見開いてその場に踏みとどまり、更に迎撃の一歩を踏み出す。

 

「いけええええ!!!」

 

 

 彼らがチカラを振り絞ったその数瞬後、アガスティアに黒き光の奔流が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 アガスティアのタワー内。

 港にあった隠し通路より侵入したスツルムとドランクは、足を忍ばせながら、タワー内を進んでいた。

 タワー内は外の喧騒が嘘のように思えるほど静かで、警護の兵士がちらほらいる程度。

 その中で見回りの目を掻い潜りながら、既に鎧と剣を手にしているアポロの為に彼女の私室へと向かっている。

 非常に残念ながら、アダムが持ち出していた事など終ぞ知る機会はないまま、二人はその目的地まで辿り着いてしまっていた。

 

「ふ~周囲に兵士の影無し。スツルム殿、ちゃちゃっと必要なものだけ取って次に行かないと」

 

「わかっている。見張りを頼んだ。確か黒騎士の装備はあの箱に――なっ!?」

 

 大きくはないが小さくもない、スツルムの驚いた声に周囲を警戒中のドランクは振り返る。

 

「どしたのスツルム殿? 珍しく大きめの声が出てたけど」

 

「――無いんだ、アイツの装備が……ごっそりと持ち出されている」

 

 スツルムが見つめる先……鍵付の宝箱のような大きな箱の中が空っぽになっているのを確認して、ドランクも驚きに顔を染める。

 

「え~、じゃあなに? 僕達ここまで無駄骨ってこと?」

 

「そういう問題じゃないだろう。くそっ、私達の動きが読まれて隠されたのか……いや、いくらなんでもそんな深読み……」

 

 思考を回しながら、スツルムは周囲に視線を走らせる。

 どこか別のとこにしまったか? それとも、誰か別の人間が持ち去っているのか? だとしたら何故持ち出された?

 湧き上がる疑問に答えを求めて思考を回し続けるスツルムの隣で、ドランクも状況を読んだ。

 

「僕らの動きを読むっていうのはちょっと怪しい気がしない?」

 

 グラン達と秩序の騎空団。進行してきた彼等との決戦とあって、ここまで侵入されて鎧と剣を取りに来る可能性を考えるだろうか……無いだろう。

 フリーシアが戦略的観点や戦術的思考にそれほど通じていないのはグラン達より聞かされている。

 狡猾さはあれど、事戦いにおける様々な可能性を読む事ができるかどうかは別問題なのだ。

 フリーシアによってこの場所の装備が持ち出される可能性は低いと思われた。

 

「う~ん、ありそうなのは誰か別の人間に使わせるとか?」

 

「あれはアイツだけの特注品だ。鎧には別に特別なチカラは無いし、依然聞いたがあの剣はアイツにしか扱えないものらしい」

 

 黒騎士が纏う鎧、それ自体はある程度性能がいい鎧というだけで片が付くものだが、ブルトガングは別物だ。

 彼の剣は七曜の騎士として定められた者に与えられる剣。資格者として、ある種の契約に近いものが、使用者と剣の間に成されている。

 ドランクの予想は無くはないが、可能性はやはり低い。

 

「う~ん、どうにも読めないね。流石にこの状況で当てもなく探すのは無意味だろうし……一先ずはもう一つの目的を優先しようか」

 

「――仕方ないか。急ぐぞドランク。あの剣が無いとなれば、黒騎士でも苦しい」

 

「おやおや、誰かと思えば黒騎士に使える傭兵風情がお二人……一体こんなところで何の用ですかネェ?

 まさか依頼主の部屋に盗みに来るほど落ちぶれていたとは思いたくありませんが」

 

 動き出そうとした二人を固まらせる突然の声。

 やや間延びした声の方へと振り返った二人は、その声の主に覚えがあった。

 

「ッ!? お前は!」

 

「あら~いつの間に? お久しぶりだね大尉さん」

 

 そこには、帝国軍大尉、ポンメルン・ベットナーが不敵な笑みを浮かべながら立っていた。

 後ろに部下を引き連れている様子はなく、彼一人の気配しかない。まさか部下を伴わずに来るとは思わなかった二人が、驚きを見せる中ポンメルンはわざとらしく咳払いを一つしてからゆっくりと口を開いた。

 

「オホン、ネズミが入り込んでいる事は警備システムが機能してわかっていましたのですネェ。

 何が目的かわからないから泳がせていたまでの事……あぁ、ちなみにそこにあった物は既に裏切り者のアダム大将によって彼女の手元へと渡っているそうですネェ。良かったじゃありませんか?」

 

「へ~それは朗報ってやつだね。僕達は無駄骨だったけど、彼女の手にそれが渡ってるなら僕達としては問題なしだよ」

 

「あぁ、それならもう一つの目的を果たさせてもらおうか……この部屋にいるという事はお前はタワーの防衛を任されているはずだな? 答えろ、フリーシアは一体どうやってアーカーシャを使おうとしている?」

 

 視線鋭く睨み付け、スツルムがポンメルンへと問い詰める。

 ルーマシーにてポンメルンの部隊が確保していったアーカーシャ。あの時、ポンメルン達はルリアとオルキスを狙う事が無かった。アーカーシャの起動には必要だとされていた二人の確保が適う状況であって、ポンメルンはその命令を受けていなかったのだ。

 必然、そこにはなぜ動かなかったか疑問が湧いてくる。

 グラン達は既にアダムより聞き及んでいるが、星晶獣デウス・エクス・マキナとリアクターとよばれる装置。その二つをもって起動に必要なエネルギーをまかなう。

 これらの計画を二人は知らされていなくとも推測はしていた。ルーマシーでの帝国の動きから、何か代替案がある事を予想していたのだ。

 

「そんな事は知りませんネェ。私はただ誇り高きエルステ帝国の軍人として、宰相閣下に従い、エルステに尽くすのみですから」

 

「もしその行動が、この帝国どころか世界を消し去る所業であったとしてもかい?」

 

 ドランクは揺さぶりをかけるようにポンメルンに問いかける。

 帝国軍人として……正に軍人の鏡と言えるくらいに帝国の発展だけを考えて軍務についてきたポンメルンにとって、この揺さぶりは利くかもしれない。そんな少なからずの期待を込めるが、ポンメルンはそれを小さな笑みで一蹴する。

 

「世界を消し去る? ふんっ、貴方方は何もわかっていないのですネェ……アーカーシャを使い星の民の歴史を消し去る。それはこの空の世界において何より正しい歴史の修正である事がわかっていない」

 

 口ぶりから察するに、フリーシアが何をしようとしているのかまでは聞き及んでいるのだろう。

 フリーシアによる洗脳の類も考えられなくはないが、それでも今のポンメルンの瞳に宿る意思は、とてもそうとは思えない程彼自身の決意を秘めていた。今の言葉は彼自身の言葉である事を疑う事が出来なかった。

 やがて、嘆息しながらポンメルンは言い聞かせるように二人へと口を開いていく。

 

「貴方達は知っていますか? この世界の起こり、創世の時代からもたらされた星の民による悲劇を……。

 嘗て蹂躙された空の世界、覇空戦争により奪われた空の民、そして星の民の置き土産、星晶獣によって今尚増え続ける被害を。

 星の民がこの世界にいなければ、どれだけの数の人々が救われるか、貴方達はお分かりですかネェ!」

 

 僅かに、怒りを湛えたポンメルンの声に二人は気圧される。

 星の民によって生まれた悲劇。そんなものは数えればきりがない。其れほどまでに、彼の者達が空の世界に残した爪痕は多い。

 星晶獣という災厄が残されている今、過去現在未来と全てにおいて、星の民の犠牲は終わる事は無いだろう。

 ポンメルンとて空の民の一人。むしろエルステの軍人として、星晶獣とは決して浅からぬ関わりがある人間だ。

 必然彼のこれまでには、決して忘れられない星の民による喪失が数多く存在した。

 

「星の民が居なければ、星晶獣が居なければ……幸せであった人、幸せを奪われなかった人はこの世界にごまんといる! それを救う事のなにが悪いのですネェ!」

 

 帝国に限った話ではない。彼が守らなければいけなかった部下や市民達に限った話ではない。

 どこの島でも聞ける星晶獣の逸話、覇空戦争より伝わる圧倒的戦力による蹂躙。

 この空の世界において、星の民は最も忌むべき存在と言える。

 

「だから我輩はルリアを利用したんですよ……星晶獣を操り支配下におけるあの少女のチカラを研究し、星晶獣共を操れる魔晶を創りだしたのです。嘗ては支配された空の民が今度は逆に彼の者達が残した遺物を支配できるわけですネェ。これほど皮肉なことも無いでしょう。

 最も、副産物として我輩の戦闘力を高める事も出来たのは嬉しい誤算でしたがね」

 

 そう言ってポンメルンが懐より取り出すのは、禍々しき結晶――魔晶。

 星晶獣を蝕み手中に収める事も、その身に作用して戦闘能力を強化する事も出来る、正に魔法のような結晶。

 その発動と共に膨れ上がるポンメルンのチカラが二人にも伝わってくる。

 強い……それはもう間違いなく。そしてその意識は二人を倒す事に向けられている。

 臨戦態勢となったポンメルンの気配は、グランやアポロ達と比べても遜色がないだろう。

 苦戦どころか敗北すら浮かびそうなチカラの発現を目の当たりにして、だがスツルムとドランクは臆することなくそれぞれの武器を構えた。

 

「下らないな。結局はお前も過去の事で喚いているだけの人間ってことだ。

 あいつらを見てきた今なら言える。たとえどんなに辛くても、どんなに悲しくても……その過去の積み重ねが今の世界を作ってきたんだ。お前やフリーシアは過去ばかりを見て、一つも今を見ちゃいない」

 

「セルグ君を見て来たからこれだけはハッキリと言えるね。

 覆せない過去、取り戻せない過去を乗り越えた先で人々はこれまで幸せを掴んできた。

 大尉殿や宰相さんがどれだけ失ってきたのか、僕達には分からないけど……今この世界で幸せに生きている人全てを無視して、過去に救われなかった人だけを見る君達の計画は独善的で偽善的だ」

 

 目の前にいるポンメルンに強い想いがあるように、彼等にもまた譲れない大きな想いがある。

 傭兵としてではなく、彼等個人として。この戦いに参戦し、柄にもなく今の世界を守りたいと願ったのだ。

 ここで負けるわけにはいかないと、二人は意気を上げた。

 

「どうやら、貴様はフリーシアの計画をしっかりと聞かされているようだな。手間が省ける……力づくでその全容を聞きだして、お前達の計画を止めてやる」

 

「一人で来たことを後悔させてあげるよ。伊達に長い事相棒をやって来てるわけじゃないからね……僕達の力、見せてあげる」

 

 前衛のスツルム、後衛のドランク。

 互いに補い合える理想の組み合わせは、1+1の常識を覆す。

 そんな彼らの言葉にポンメルンも再び魔晶のチカラを引き上げた。

 フリーシアで実証済みのそのチカラは七曜の騎士にさえ匹敵しうる。

 狭い部屋に、強烈なチカラの渦が巻き起こった。

 

「――良いでしょう。もとより貴方方を捕らえるつもりでした。彼らの到着ももうすぐでしょうし……後顧の憂いはここで断つとしますかネェ」

 

「上等だ。魔晶を手に入れたくらいでいい気になるなよ」

 

「こっちはそんな紛い物じゃなくてナチュラルパワーってやつだからね。無理して手に入れるチカラなんて付け入る隙だらけなんだよね!」

 

「では隙を突かれる前に終わらせてあげましょう。このポンメルン・ベットナーが帝国の首都たるアガスティアで負ける事などないと思い知る事ですネェ!!」

 

 

 2本のショートソードを構えるスツルムと、蒼い宝玉を握るドランク。細身で装飾豊かな長剣を携えるポンメルン。

 黒銀の翼はためくアガスティアの街とは別の所でまた一つ、強き想い同士がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 どれだけ耐えられたのか…………

 

 グラン達の感覚的には幾分も幾時間も経っていたのかもしれない。

 だが、実際のそれは僅か数秒での出来事だった。

 

 暴れ狂う黒き奔流。

 始めに食い止めんと立ちはだかった茨の結界は僅か数瞬で破られ紙切れのように吹き飛ぶ。

 茨を破った黒き奔流を待ち構えるのはグラン達。

 構えたチカラはその時彼らが出せる極限。限界にまで高めたチカラが迎撃に放たれる。

 グランが握る七星剣。ジータが振るう四天刃。主と共に吶喊するアルベスの槍。

 幾重にも飛刃を放つモニカとアレーティア。デモリッシュピアースとディー・ヤーゲン・カノーネを撃ち放つラカムとオイゲン。

 全てがヒトの身に打ち放つのであれば過剰とすら言える攻撃も、黒き奔流を打ち砕くには適わず……彼らは自身の身をギリギリ守れるだけ相殺する事しかできずに木の葉のように散らされていく。

 相殺できたのは如何程か……残る壁は光のヴェールと青い盾。そして難攻不落のはずの大星晶獣の防御。

 画して、彼ら最大の防御網が黒き奔流にぶつかった時、それを支える三人の女性が感じた事はたった一つだった。

 

 ”格が違う”

 

 その身にかかる重圧。支えられるのは数秒が限度のそれは、瞬く間に彼女達の膝を折った。

 白きヴェールが破られ、青い盾が砕かれ、最後の砦となる光の盾すら今にも押し込まそうである。

 

「(このままでは……この島が)」

 

 ギリギリを耐えるヴィーラの脳裏に最悪の予感がよぎる。

 全てを出し尽くした仲間達に彼女を支える余裕はない。

 そうこうしている内に、彼女が支える盾は皹が入り崩壊が目の前であることを告げる。

 彼らの中に諦めがよぎりそうになる……だが、彼らの中にはまだ動ける人物がいた。

 

「駆動部最大稼働。抜剣と同時に最大出力にて相殺開始」

 

 機械染みた声と共に、ヴィーラの前に飛び出すのは帝国軍大将アダムであった。

 

「はぁ!!」

 

 腰に差していた長剣を抜き放ち叩きつける。それは黒き奔流とは対照的に眩い光に包まれていた。

 すると、アダムの長剣から放たれる光によって、黒き奔流は押し留められていた。

 

「――アダム、殿?」

 

 チカラを出し尽くして崩れ落ちている彼らを守るべく、踏み出した彼の腕は黒き奔流の余波でその皮膚を剥がされ、内部から鋼の腕部が露出していた。

 ヒト非ざるその腕を見て、カタリナが小さく呟く。

 

「その姿は……」

 

「私は嘗て、エルステ王国によって生み出されたゴーレム……エルステを未来永劫見守り続ける為に作られたこの身は、朽ちる事をしらず、尽きる事もない」

 

 黒き奔流を防ぎながら、アダムは自らを語った。

 遥か昔、まだエルステ王国が健在で在り覇空戦争の只中にあった時代。

 星晶獣と並ぶ兵器、エルステ王国が創りし究極のゴーレム。

 それはエルステの未来を憂いた国王によって作られ、意思を持ち永遠にエルステの為に生きることを義務付けられた。

 星晶獣と同じく星晶のコアを用いており半永久的に持続する動力と、エルステを守る事を至上命題としたプログラムを組み込まれたアダムは、そうして悠久の時をエルステの為に生きてきたのだ。

 故に、彼にエルステの民を害することはできず、彼にフリーシアを止める事は出来なかった。

 

 

「皆さん……エルステを、お願いします……」

 

 半永久的な動力を持っていようと、出力は足りない。じりじりと押し潰されていくアダムは己がこのまま押し切られることを悟った。

 その身を襲う余波で次々と鋼の内部を露出していき、駆動している部分は悲鳴を挙げ始めている。

 だが、グラン達の攻撃とヴィーラ達の防御が功をそうしたか。黒き奔流は徐々に衰えおり、これであれば島を落とすほどの威力はないであろう。

 アダムはエルステの危機を守り切れたのだ。

 

「……オル……キス、様」

 

 ボロボロとなったアダムはぎこちない動きを見せながら、背後にいたオルキスの無事を確認した。

 リーシャによって守られているオルキスは、どこにも怪我を負う事なく健在であった。

 

 ”よかった”

 

 ヒトではないのに……ゴーレムであると言うのに、アダムはエルステ王国が遺した遺児を守り切れた事に安らかな笑みを浮かべる。

 それが、彼の使命の全てであったから。それが、彼がなさねばならぬことだったから。

 エルステを見守り、エルステを守る。遥か昔より賜った使命は今ここで――

 

 

 

 黒き奔流が、砕かれた剣ごとアダムを呑みこんだ。

 

 

 

 

 

 爆煙が視界を覆い、グランは力入らぬ身をなんとか立たせて周囲を確認した。

 

「皆は、無事なのか?」

 

 仲間達は――皆ボロボロではあったが無事である。

 一様に、再びの動きを見せ立ち上がろうとしているのが確認できた。背後で守られていたオルキスもリーシャと共に健在。

 辛くも、バハムートの攻撃を退ける事に成功したのだ。

 

「そうだ、アダムは!?」

 

 ハッとして振り返る。

 先程黒い光に呑みこまれたアダム。その安否は――

 

「あ……あぁ……」

 

 渇いた声が漏れた。

 振り返った先にあったのは”残骸”。

 アダムの形が僅かに垣間見えるだけの残骸であった。

 動く事は無い……黒き奔流を受け止めた格好のまま、アダムはその身を全て破壊しつくされていた。

 

「人形にしては良くやったね……君達を守り、そこの半端者を守れたのなら彼も本望だっただろう」

 

 無遠慮に投げられた言葉に、グラン達は憤りを覚える。

 ゴーレムだから? ヒトではないから?

 そんな理由で死んだ事を良い様に語るなと、怒りの視線がロキへ注がれる。

 

「ロキ……貴様」

 

「そんな目をしても何も変わらないよ。彼は壊れ、君達は何とか生き延びた――そして、今一度君達には光が降り注ぐ」

 

 怒りを覚えるのも束の間、ロキの命令を受け再び動き出すバハムート。

 その動きは、先程の光の第二射へ向けた準備だった。

 

「なっ!? 連続だと」

 

「そんな……あんなのもう」

 

 グラン達に絶望が浮かぶ。

 全員のチカラを合わせて足りず、アダムが命を燃やして防いだ大いなる破局。

 それほどの攻撃を連続で放てると思わなかったグラン達は、反撃に出ようと奮い立たせていた身体を恐怖に震わせる。

 

「言っただろう? 隙は与えないと……一撃で仕留められるとは思っていないさ。それこそ君達ならこの第二射ですら何とかしかねない。僕が相手取る世界は、僕に優しくないからね。

 だから――余裕を与える気はないよ!」

 

 収束していく光。

 チカラを出しきり二射目は威力が落ちる等と、一縷の望みもそこには存在しない。

 変わらぬ光は変わらぬ威力を孕んでいるだろう。

 

「止められなければ島は落ちる。僕はルリアを連れて転移して逃げるけど、アーカーシャは島毎堕ちるから君達にとってはそれも有りかもしれないかな?」

 

 恐怖に動きを止めたグラン達をみて、ロキは気休め程度の言葉を投げる。

 この程度で終わる事は予想外であったが、彼らに抵抗の意志はもう無い様に見えた。

 せめてもの情けと投げかけたのは、これが防げなければ世界が終わる事は無いと言う事実である。

 

「さぁ、世界は君達を救うために何を見せてくれるのかな……」

 

 だが事ここに至って尚、ロキはグラン達が生き残る可能性を考えて期待に胸を膨らませていた。

 この後何が起こるのか、世界は特異点を守るために何を見せてくれるのか。

 絶望し抗う事をやめた特異点は特異点足りえるのか。

 脳裏に流れる様々な予想と疑問が、彼の心を満たしていく。

 

「このまま終わりじゃ面白くない。せめてもう一回……見せて欲しいな!」

 

 期待に満ちたままロキは手を翳して命令を下す。

 指示は唯一つ。目の前にいる彼らを葬り去る事。

 収束していく光は臨界を迎え、再びグラン達に向けて放たれた。

 

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

 刹那、彼らの前に一つの人影が飛び出す。

 光と闇を纏いし刀を携え、彼はその全てを叩きつけた。

 

「ヴェリウス、来い!」

 

 僅かの拮抗。直ぐに押し切られそうになるところを死力で繋ぎ留め、セルグはヴェリウスと融合。

 何の躊躇もなく、その深度を限界まで深める。

 アルビオンの時と同じ、その身に宿る絶対的なチカラ。解放された闇を天ノ羽斬へと集約し、セルグは黒き奔流を相殺するべく全てを振り絞った。

 

 ”翼よ、死ぬ気か”

 ”若造、これ以上はもたんぞ”

 

 頭に伝えられる、本体と分身体からの声。

 使えば器の崩壊は免れないと言われていた最深融合を行い、限界以上にそのチカラを引き出しているセルグの身は見る見るうちに異常をきたしていた。

 筋肉の断裂、内臓の破損。骨は僅かな衝撃で砕けそうな程に皹が入り、神経は機能不全を起こし感覚を失う。

 それであっても、セルグは只一つを要求した。

 

「全てのチカラを寄越せ!」

 

 負荷などどうでも良い。押し切られれば意味は無い。

 何もかもをかなぐり捨て、セルグは目の前に広がる絶望の光を防ぐだけのチカラを欲した。

 それでも、その身に宿るチカラだけでは……ヴェリウスが送るチカラだけでは、この絶望を打ち払うには足りなかった。

 嫌な音が聞こえた。それはセルグの骨が砕けた音か、それとも絶望に晒され続けた彼の相棒が砕けた音か。

 

「がっ……くっ……そおおおおお!!」

 

 視界が黒く染まっていく。既に絶望の光は目の前。セルグのチカラは届かず、彼は後ろにいる大切な者達を守る切る事が出来なかった。

 

 ”ごめん、皆…………届かなかった”

 

 薄れた意識の中、諦めと共にセルグは呟く。

 

 守れなかった……守りたかったはずのものをまた。

 届かなかった……守ろうと伸ばした手がまた。

 

 その事実が辛くて、苦しくて、無限とも言える一瞬の中でセルグはただ悲しみに打ちひしがれる。

 二度と失わぬと決めたのに。共に明日を見る事を誓ったのに……

 砕けた相棒と砕けた心。それらと共に、セルグは黒き奔流に呑みこまれようとしていた。

 

 

 

「また……守れなかった……な」

 

 

「いいや、十分守ってくれたよ」

 

 

 

 沈んでいく意識の中、セルグは誰かに抱きとめられる。

 最後に聞こえた声はどこか軽く、だが強く優しい声音の……聞き覚えの無い声。

 

 

「誰……だ?」

 

 

「よくやってくれた。おかげで間に合う事ができた……あとは私達に任せると良い」

 

 

 先程とは別の声。

 続けて投げられた声はもはやセルグの耳に届く事は無かったが、セルグは不思議と安心した顔でその意識を落としていくのだった……

 

 




如何でしたでしょうか。

最初の創世神話いるのか。でもプロトバハムートという存在が何なのか定めないと書けなくて、、、

破局のくだりだけで長々と書いたのはそれだけ無理ゲー感を出したかったからですが、冗長になってしまった気がします。難しいですね。
ポンちゃんはもう完全にあっち側、、、かもしれないです。この先の展開にご期待ください

それでは。お楽しみいただけたら幸いです


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メインシナリオ 第61幕

 

 彼女の家系は、由緒ある家柄であった。

 

 はるか昔より栄えていたエルステ王国とよばれる国。

 その執政官として王を支え、民を幸せに導くのが彼女の血筋が辿ってきた道であり、彼女自身その事を誉として努力を重ね、その血筋に相応しい宰相として民を導き国を支えていた。

 

 全ては、幼き頃より共に生きてきた主君の為に。

 

 永き血筋故に。エルステの王たる家系と、支えとなる彼女の家系は懇意にあった。

 その為、幼き頃より彼女は全てを捧げる主君と共に生きて居た――いや、そのヒトを愛していた。

 

 君主と臣下である前に友であった。君主と臣下である前に大切なヒトであった。

 友愛は親愛に……親愛はいつしか、届くはずもない恋慕へと変わっていた。

 彼女は、彼女の全てを欲してしまっていた。彼女は、彼女からその寵愛を賜りたかった。

 

 だがその想いが届くはずも、許されるはずもなかった――

 

 

 

 彼女の前に立ちはだかったのは、空の世界を蹂躙した敵。

 星の民と呼ばれ、空の世界を支配した支配者。その一人であった。

 その出現と共に、彼女の世界は一変する。

 

 全てを――奪われていた。

 大切な友の傍らも、仕えるべき王の傍らも――愛するヒトの寵愛も。

 共に笑う時間が。共に国を語らう時間が。共に生きる時間が……奪われていた。

 

 

 国を継ぎし子ができていた。

 国が豊かになっていた。

 民が笑顔になっていた。

 

 だがそこに、彼女の幸せは無かった。

 

 揺るぐこと無かった彼女の想いが揺らぐ。

 なぜ? どうして? 

 全てを捧げ愛していたのに……他の誰よりも愛していたのに。

 選んでくれなかった主君に。奪い去っていった男に。行き場のない怒りの感情が募っていった

 そんな醜い感情に無理矢理蓋をして、彼女はそれでも主君に愛を向け続けた。

 いつか振り向いてくれる。いつか取り返して見せる。そんな希望に縋りながら――

 そんな時だった。

 

 “取り返したくはないかな? 君の居場所”

 

 彼女の前に姿を現したのは、怪しく気味の悪い服装で、嫌な笑みを張り付けた男。

 警戒を抱かない方が不自然な男だったが、不思議と彼女は男の言葉を聞き入っていた。

 

 “チカラを貸してあげるよ。君に、星晶を操るチカラをね”

 

 そう言われて渡された結晶。煌びやかな虹色が、彼女の手の中で輝く。

 

 “使い方は自由だ。好きなように、君の想うとおりに使うと良い”

 

 彼女にそれを手渡した男は直ぐに音もなく消えてしまった。

 不可解でありどう考えても怪しい話でありながら、彼女の中にそれを処分するような考えは生まれなかった。

 縋りたかったのだ。なんでも良い、何かを変えられるのならと。

 ここで自身が新たに何かをできるようになれば……主君に認められれば、取り戻せるかもしれない。

 希望を抱きながら、彼女はその結晶を解析に回し使い方を調べた。

 辿り着いたのは、星晶獣を操ることができるという事。そして、エルステ王国には星晶獣がいると言う事であった。

 

 星晶獣“デウス・エクス・マキナ”

 

 ヒトの精神に干渉し、その身から抜きだす事も体に戻すこともできる能力を持つ。

 この星晶獣を利用し何ができるのか……普通であれば邪魔となる者を取り除こうとするところだが生憎とそれでは何も変わらないだろう。

 選ばれなかった自身を選ばせるためには、何かを成し遂げねばならない。

 彼女は愚かではあっても馬鹿ではなかった。

 彼女は見つけた……エルステの為にできる最高の所業を。

 

 それは、生きたゴーレムの制作。

 ヒトの精神を抜出し、ゴーレムの躯体へと放り込む。ただそれだけだが、これは大きな可能性を秘めていた。

 精神をそのまま反映させたゴーレムは、ヒトと同じように考え動く事ができ、躯体次第で星晶獣にも勝る生きた兵器と成りえる。

 また、老いた体を捨てゴーレムの躯体を手に入れれば、その者は実質不老不死になりえる。

 エルステという国とヒトを守り、保管し続ける夢のような計画が生まれた。

 

 ”これが成功すればヴィオラ様もお喜びになるはず”

 

 確信があった。成功すれば途轍もない国益となる。

 国を支える臣下として、大きな役に立てば彼女は振り向いてくれるはずだと。

 惑うことなく、彼女は計画を推し進めていった。

 

 解析を進め、装置を作り、遂に実験段階にまでこぎ着ける。

 有志の老人の志願により行われた、ヒト型ゴーレムの制作実験。

 精神を抜出し、躯体へと定着させる途中。最悪のタイミングで事は起こった。

 

 “暴走”

 

 何がきっかけなのか、どうしてこのタイミングで起きたのか。

 それは定かではないが事実として星晶獣デウス・エクス・マキナはそのチカラを暴走させた。

 

 そしてあろうことかその被害は彼女にとって最も悪い形で終わりを迎えてしまう。

 

 ”皆の者、早く逃げるのです!!”

 

 この場に呼んでいるはずの無い声……聞こえるはずの無い声が彼女の血の気を引かせる。

 そこにいたのは愛しきヒトと忌まわしきヒト。

 エルステ王国において最も重要な人物である二人が、暴走した星晶獣に向かっていた。

 

 制御しようと試みる国王。その場にいた者達を避難させようとする女王。

 だが二人を嘲笑うかのように、星晶獣はその矛先をとある人物へと向けた。

 

 “えっ”と茫然とした音が漏れる。星晶獣が放ったチカラの先に居たのはまだ幼い御子。

 次代のエルステを背負うはずの、この国において最も大切な存在であった。

 次の瞬間には二人の親が駆け出していた。

 その身を盾とし、我が子を守るため星晶獣のチカラへと背を向ける。

 

 光が爆発したその先――そこに残っていたのはもぬけの殻となった二親と、それに寄り添って眠る幼き御子だけであった。

 

 

 

 程なくして、エルステ王国は崩壊する。

 王を失った国。二親と共に記憶も全て失った御子。何もできない臣下達。

 国を引き継げる存在はそこにいなかったのだ。

 唯一国を守る事が可能であった、宰相である彼女自身もまた、全てを失っていた。

 

 

 悲しみに暮れ、彼女は自身を恨み続けた。

 自身を恨み続け、過去を悔やみ続けた。

 いつしか彼女の瞳は、未来を見る事を止めていた。

 

 廃れていく国の広場で一人、彼女は自失したままただ世界を眺めていた。

 

 

 “フリー……シア”

 

 

 声が聞こえた。

 それは、待ち望んだ自身を呼ぶ声だった。

 同じ世界へと自身を誘う、愛するヒトの声であった。

 

 呼ばれるがままに視線を上げる。愛するヒトを求める渇望が満たされその瞬間、彼女は真に幸せだったのかもしれない。

 

 “フリーシア”

 

 だが、そこにいたのは面影だけを残した愛するヒトの遺物であった。

 記憶と感情を失った、無機質で無気力な瞳が彼女へと向けられていた。

 瞬間、彼女の中で何かが外れる。

 

 どうしてこんな事になった? なんで彼女は奪われた? 

 何故、どうして、誰のせいで――

 

 その想いは全て目の前にいる遺物へと向けられた。

 目の前の遺物。その先にいる二親の片割れへと――――

 

 “お前がっ! お前達がいなければぁああ!!”

 

 細い首に手を掛ける。

 握りしめられていく手が気道を塞ぎ、骨を軋ませる。

 窒息などと生温いものじゃなく、首を握りつぶさんばかりに力を入れて。彼女は目の前の御子へと殺意を向けた。

 

 そうだ……コレが全ての始まりだ。

 浅ましくも空の世界の大国たるエルステへと取り入り、大切な場所へと土足で入り込んできた男。

 覇空戦争の生き残り、最後の星の民。そんな言葉に踊らされ国へと招き入れた事が間違いだったのだ。

 

 いや、違う。

 この世界に星の民などいなければ、空の世界は平和で、彼女は愛するヒトといつまでも一緒に居られたはずだったのだ。

 星晶獣も、忌まわしき男も、目の前にいる遺物も。全ていなかったはずなのだ。

 

 

 首を絞めていた彼女は護衛の騎士に引きはがされるが、彼女は血走った目を怪しく光らせて狂ったように嗤い始めた。

 

 見つけてしまったのだ。世界の過ちを。

 見出してしまったのだ。彼女がこれから生きる意味を。

 

 

 “取り戻して見せます……忌まわしき星の手から、必ずや貴方様を”

 

 

 暗い嗤いを湛えながら、彼女の足は今この時より踊り始める。

 破滅へ向けて……終幕へ向けて。

 

 狂気に染まった想いを抱いたまま世界を取り戻そうとする、世界の敵の誕生であった。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 それは刹那のタイミングで行われた。

 

 

 黒き暴威に呑みこまれるセルグ。

 アダムと同じように破壊しつくされるかと思われたその瞬間に、グラン達全員を守るように青白い結界が張られる。

 張られるタイミングも位置も、完璧だったそれはバハムートが放った破壊の奔流から彼らを何の苦労もなく防ぎ切って見せた。

 

「また……守れなかった……のか」

 

「いいや、十分守ってくれたよ」

 

 破壊の奔流に吹き散らされたセルグを、突如飛び込んできた一人の男が抱える。

 その身の全てを引き換えにして島を守ろうとしたセルグ。損傷した余りの姿に、男は目頭が熱くなりそうになるのを堪えて丁重にその身体を地へと横たわらせた。

 

「誰……だ?」

 

 掠れて漏れ出た声がセルグの身体の状態を物語る。

 意識は落ちかけ、身体に備わる機能の大部分を失い、その身は既に命の輝きを失いそうであった。

 先の一撃でボロボロとなったグラン達と比べても、比較にならない損傷。仲間達の誰もが彼の死を予感した。

 セルグの元へと駆け寄ろうとしたグラン達だが、新たに舞い降りる人影を見つけその足を止める。

 小さな体。不釣合いな長い槍。落ち着いた様子で彼らの前に降り立ったのは一人のハーヴィンの男だ。

 

「本当に良くやってくれた。君達のお陰で私達は間に合う事が出来た――感謝しよう。

 後は私達に任せると良い」

 

 安心感を与える様な、静かではっきりとした声がセルグと、そしてグラン達の耳を震わせる。

 彼の言葉は聞こえていたのか、セルグはそのまま意識を落とし眠りについていった。その表情にはどこか安心したような不思議な柔らかさが宿っていた。

 

「“シエテ”……彼のがんばりを、無駄にしてはいけないよ」

 

「当然だ“ウーノ”。危うく何もできないままやられるところだった……」

 

 突然現れた件の二人は、先程までの柔らかな気配を消して口を開いた。

 空に佇むバハムートに警戒を露わにしており、既にその身から漏れ出るのはグラン達ですら適う気がしない強者の気配。

 思わず、グラン達は声を掛ける事を躊躇った。

 直ぐにセルグに駆け寄りたい、治療をしなければならないと言うのに、目の前の二人はその場に結界でも張ったかのように彼らをその場に釘づけにする。

 

「貴様等、何者だ?」

 

「嫌だなぁ、そんなに睨み付けないでくれよ。俺達は依頼を受けて君達を助けに来ただけなんだからさ」

 

「依頼? 一体誰からそんなものを――」

 

「細かい話は後々。ウーノ、一先ず彼等の守護と治癒は任せたよ。俺達はアレを大人しくさせてこよう」

 

 アポロとの問答を放り出し男が構えたその瞬間、その場の空気が変わった。

 セルグを横たわらせた件の男がチカラを解放する。その瞬間に彼の周囲には数多の光り輝く剣が召喚された。

 薄緑の柔らかな色合いでありながらそれは、一つ一つが大きなチカラを蓄えており、主の命を今か今かと待ち構えるように発光していた。

 白いマントをたなびかせ、件の男は剣の中から一本を手に取ると、その切っ先をバハムートへと向ける。

 その瞳には、隠す気の無い怒りが乗せられていた。

 

「久しぶりだね、その剣気。珍しく君の本気が見られそうだ」

 

「当然だろう。これが俺達の存在意義だ。

 いくぞトカゲもどき――――天星剣王シエテ、参る!!」

 

 振るわれた刃は空を奔り、一筋の閃光となって空に佇むバハムートを貫いた。

 

 

 

 

 時を同じくして、アガスティアのとある建物に8つの人影が集結していた。

 

「おぉー! アイツ滅茶苦茶でかいな。食ったらうまそうだぞ、“カトル”!」

「止めておいた方がいいですよ“サラーサ”。星晶獣なんて、旨い不味いの前に食えるもんじゃないですし」

 

 快活で無邪気な感じが拭えないドラフの少女に、幅広で存在感のある短剣を腰に差したエルーンの少年が冷静に返す。

 

「ねぇねぇ“ニオ”! あちしはここで何すればいいのー?」

「私が知ってるわけないわ。それより“フュンフ”、少し静かにしてちょうだい……貴方はいつも騒がしいの」

 

 杖と琴。どちらもその小さな身体には不釣合いな長い武器を背負ったハーヴィンの少女が二人。

 

「はっはっは。童は真に騒がしい子よの。お主も少しは見習ったらどうじゃ、“シス”よ」

「やめろ“オクトー”。俺は騒がしいのが苦手だ」

 

 大らかに笑いながらもどこか精悍な様子が隠しきれないドラフの大男と、静かに小さな声で呟くように返すのは仮面をつけたエルーンの青年。どことなくうんざりとした様子が見える。

 

「“ソーン”、久しぶりだね。元気にしていた?」

「久しぶり“エッセル”。皆に会えなくて少し寂しかったけど、元気だったわよ……なんていうか、皆相変わらずね」

 

 久方ぶりの再会なのだろう。無難な再会の挨拶を交わすのは銃と弓をそれぞれに携えているエルーンとヒューマンの女性二人だ。

 

 8人の男女。

 種族はバラバラでその手に握る得物もバラバラ。

 斧、短剣、琴、杖、刀、爪、銃、弓。

 見事にばらけた特徴を持つ彼等ではあるが、そんな彼等には大きな共通点があった。

 

 それは、強さ。

 

 その武器を使わせれば他に右に出るものはいない。追従する事さえ許さない。

 そんな、戦闘能力の一点において圧倒的な実力を持つ強者の集団。

 所属する……いや、所有する戦力が全空において脅威と認識されてる、“空の抑止力”となる存在。

 それが彼等、“十天衆”である。

 

 和気藹々と言葉を交わしてる様でありながらその実、彼らの気配は油断無しの臨戦態勢。

 その意識は、アガスティアの空に佇む星晶獣バハムートへと向けられていた。

 最強と呼べるだけの絶大なチカラを纏い、底が知れない威圧感を放ち続けるバハムートの姿は彼等にとってみても、警戒をするには十分な存在であろう。

 

「ううむ、この気配……真おもしろい。骨が折れそうであるぞ」

「ん~そうなのか? それじゃ、私が思いっきりぶっ叩いてあいつの骨を折ってやるぞ!」

「……見て、皆。剣拓だよ」

 

 エッセルの声に、7人が一斉に視線を向けると一筋の閃光が空を駆け、バハムートを貫いていく。

 その瞬間、彼らの気配は臨戦態勢から、一つ上へとシフトした。

 

 あれは合図だ……彼らに向けた戦闘開始の。

 これは挑戦だ……最強である彼らにとってまたとない。

 

 

「ニオ、足場をお願いしますよ」

「わかった」

 

 殺気と短剣を携えて、カトルが飛び出す。

 同時にニオが琴を取り出して旋律を奏でた。彼女の旋律に操られた魔道ビットが放たれ、魔力壁による足場を幾つも形成してカトルの動きをサポートする。

 

「あちしは“ウーノ”が呼んできたからあっちに向かうね」

「俺は術者を叩く。どうやらアレは操られているようだ」

 

 杖で地面を軽く叩いたフュンフは、フワリと浮いたかと思えばそのまま飛翔魔法によって飛び去っていく。

 同時にシスは、その手に爪を装着したかと思えば瞬きの間にその場から音もなく消えていった。

 

「サラーサ、我と共に直接斬り付けにいくぞ。遅れをとらぬようにな」

「良いぞ、だったら競争だな! どっちが先に頭をぶっ叩けるか勝負だ」

「はいはい、競争するのは良いけど無茶しちゃだめだからね。エッセル、私達は援護に回りましょう」

「うん、わかったよ」

 

 巨大な戦斧を担ぐサラーサと、腰に三本もの刀を差している男オクトー。二人のドラフは接近戦を挑むべく、ニオの足場を使ってカトルに続いた。

 建物の屋上に残ったエッセルが二丁の銃を構え、フュンフと同じく飛翔したソーンは大弓を構え矢を番える。

 収束していく魔力、引き絞られる魔力弦。

 見据える狩人の瞳が、その獲物を捉えた。

 

「さぁ……行くわよ!」

 

 解き放たれる一矢は、サイドワインダーとなったグランのキルストリークを軽々と凌駕する速さで空を駆け抜けた。

 

 ソーンの一矢が火蓋を切り、今ここに天上の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

「そぉらよっと!!」

 

 裂帛の気合い、そこに多大なチカラを載せてシエテが振るう剣がバハムートの腕を払いのける。

 そこで手を止める事の無いシエテは追撃。周囲に漂う淡い光を纏った剣達を円錐状に集結させる。

 彼が持つ能力、“剣拓”。世界に存在する様々な剣を解析して彼の魔力によって模された剣達だ。

 切れ味も、備わる能力も、全てオリジナルと変わらぬ剣拓を彼の意のままに操る事ができる。

 集結させた剣拓へと、シエテは命令を下した。

 

「貫かせてもらう……“インフィニート・クレアーレ”!」

 

 払いのけたバハムートの腕へ、一つの巨大な槍となって剣拓が発射される。

 バハムートはそれを脅威と認識して迎撃。一つ一つが、イオのエレメンタルカスケード級の威力を持つような黒い魔力弾を幾つも形成し剣拓へと放った。

 空中でぶつかり合う強大なチカラが、島を揺るがす程の衝撃を撒き散らしながら爆ぜる。

 

「チッ! ウーノ、幾つか来るぞ!」

 

「わかっているよ――“螺旋檜鉾”」

 

 余剰の魔力弾が彼らのいる場所に降り注ぐが、それはウーノが距離を跨いで飛ばす刺突によって一つ一つ丁寧に潰され迎撃されていく。

 爆発と同時にグラン達を覆うように再び障壁が展開されており、余波ですら届かせずにウーノがバハムートの攻撃からグラン達を守り切った。

 

「ウーノ~。あちしがきたよー」

 

 そんな緊迫した状況に、到着したのは間延びした幼子の声。

 十天が一人、杖使いのフュンフ。杖使いと言うよりは魔法使いと言った方が正しいだろうか。

 僅か7歳にして数多くの魔法を使いこなし、魔法を扱う者の中で頂点に立つ神童である。

 十天の選定に成長に因る期待値は加味されない。それはつまり、この歳にして彼女は現存する全ての魔法使いを上回る実力を持っている事を意味する。

 

「来てくれたか。フュンフ、彼らの治療と彼の蘇生を頼む。一刻を争う状況だ」

 

「ん~? ありゃ、これはマズイ状態だぞ! わかった。治してあげればいいのね。えーい!」

 

 ウーノに指示されてグラン達とセルグの様子を見やるフュンフ。

 バハムートの攻撃を防いでボロボロのグラン達と、その身体から命の灯を消してしまいそうなセルグ。

 ウーノが告げた言葉を理解したフュンフは、即座に杖を振りかざした。

 

「まずはあなたたちね。ホイさ!」

 

 グラン達が状況について行けずにいる中、フュンフは杖で地面を叩く。次の瞬間、グラン達は膨大な魔力が解放されるのを感じ取った。

 今彼らが立つ場所とその頭上。生み出された二つの魔法陣から柔らかな光が溢れだす。

 

「これ……は」

 

「回復魔法?」

 

 グランとジータの驚きの声に、全員が後を追うようにその表情を驚愕に染めていく。

 瞬く間に言えていく傷。取り去られていく疲労。

 それは、膨大な魔力がもたらす驚異的な治癒の光。ジータやイオのヒールとは比べ物にならない程に隔絶された圧倒的な回復魔法であった。

 

「暫くそこにいてね。あちしはこのお兄ちゃんを治しちゃうから!」

 

 グラン達を魔法陣で治療している間に、次の作業へと移るフュンフ。

 そんなフュンフの言葉に、驚愕で忘れていたセルグの安否へと意識が移ったグランはすぐに声を上げた。

 

「そうだセルグ、セルグは大丈夫なのか!?」

 

「こらー! そこから出ちゃダメ! 心配なのは分かるけどあちしがちゃんと何とかするからそこで待ってて!」

 

 動き出そうとしたグラン達を制して、フュンフは杖から光を当ててセルグの状態を看はじめた。

 不安に揺れるグラン達を尻目に解析魔法によって、セルグの身体の状態を事細かに診察していく。

 頭から順に足先まで……淡い光がセルグの身体をなぞっていき、その過程で真剣なフュンフの表情が徐々に曇っていくのをグラン達は、嫌な予感をしながら見ていた。

 

「フュンフ、彼の容態はどうだい?」

 

 バハムートの攻撃を防ぎながら、ウーノが問いかける。

 その間にも飛び込んでくる魔力弾を潰し、障壁を展開し鉄壁の防御能力で彼らを守っているのは流石の十天衆といった所か。

 背後のグラン達をも気にしながら、そこには一片の隙もありはしなかった。

 

「う~ん……えっとね。ゴメン、治すのはちょっと難しいかも……」

 

「そんな!?」

 

 フュンフの静かな言葉にグラン達が驚きと絶望に染まる。

 誰が見ても瀕死の状態のセルグ。一縷の望みをフュンフに掛けていたが彼女ですらその治療は既に手に負えない状態であった。

 それはつまり、彼がもう死に絶えている事を意味する。

 

「そうか……ならば先程言ったように“蘇生”の方を頼む」

 

 だが……そんなフュンフの言葉にも、ウーノは冷静に返した。

 わかっていたと言わんばかりに……対するフュンフもウーノの言わんとしたことを理解しているのだろう。小さく頷いた小さな少女は、その身に宿る魔力を最大にまで解放し魔法陣を展開。

 優しい光の魔法陣がセルグの身体を照らした。

 

「わかったよ! 絶対に戻すから終わるまで攻撃が飛んでこないようにお願いね! 絶対に絶対だよ!」

 

「了解した。こちらには余波の煙ですら流さないと誓おう」

 

 互いに背中を預けるように構えた二人はそれぞれに己の敵と相対する。

 空中で他の十天と戦い始めているバハムートと目の前で既に死に絶えているセルグ。

 一筋縄ではいかない相手を前に、だが自信と自身を崩さない二人は確固たる決意を見せながらそれぞれの戦いに入る。

 詠唱と術式の展開。緻密な魔力の制御に集中するフュンフに、飛翔魔法を用いて中空へと飛び出すウーノ。

 そんな彼等を見て何もできないでいるもどかしさがグラン達に募っていく。

 

「ほうら、呆けているなよ。少年達」

 

 そこに放り込まれた厳しい声に、一行の視線が集中する。

 そこにいたのはウーノと入れ替わりで後退してきた剣拓を従える剣士の姿。

 

「貴方は……」

 

「十天衆の頭目。天星剣王のシエテだ……全く、シェロちゃんから依頼を受けて駆けつけてみれば。なんとまぁ大変な事になってるじゃない。あそこで蘇生されている彼が居なければ今頃、島ごと空の底に真っ逆さまだったよ」

 

 おちゃらけた言葉遣いの中で、隠そうとしない強者の雰囲気が殊更目立つ。

 意図せず相手に圧迫感を与えるようなシエテの気配にグラン達が気圧されていると、シエテは視線鋭くグラン達を見据えた。

 

「あのトカゲもどきは俺達に任せてもらおう。強大な敵ではあるが何とかしてみせるよ。

 君達は治療が済み次第、先に進むと良い。時間がないんだろう?」

 

「で、でもっ! あんな状態のセルグさんをおいて行くなんて!」

 

「そうだ……それに要となるルリアをロキに奪われてしまった。このまま進んでも意味がない」

 

 悲痛な表情と苦悶に染まったジータとカタリナが言葉を返す。

 セルグもルリアも、置いて先に進める状況ではない。

 調停の翼としてアーカーシャのカウンターに成り得るセルグと、デウス・エクス・マキナを止めるために必要なルリア。どちらもこの戦いにおいては要と言える存在であり、ここで捨て置くことはできなかった。

 

「彼については安心してくれ。今フュンフが展開している魔法は“リーインカーネーション”。

 回復を促す魔法ではなく、その魂に沿う肉体を再構成する“回帰魔法”だ。死した身体に回復魔法は利かないが彼女の回帰魔法であれば確実に彼の身体は元に戻ると断言していい。

 さらわれた少女についても今シスが向かっている。君達の治療が済む頃には奪還してくれるだろう」

 

「それは、本当なんですか!?」

 

「それができるくらいの強さを持っている自負があるよ……俺達にはね。

 だが、あのトカゲもどきは俺達でも手一杯になるだろう。必然、帝国の……ひいては彼女の野望を止めるためには君達の力が必要だ。

 だからね、後の事は宜しく頼むよ」

 

 最後に少しだけ軽くなった声音は切羽詰まったグラン達の緊張を取るためか。言いたい事を告げたシエテは再びバハムートとの戦いに赴いていった。

 剣拓を放ち、空を駆け、他の十天衆と共に神に等しき星晶獣と戦う様はやはりグラン達からみても格が違う強さである。

 だが、そんな彼等であってもバハムートを相手にしては簡単にはいかない。繰り出される攻撃の一つ一つが、確実に彼等を追い詰めようとしていた。

 空の世界の覇者たる彼等ですら、現状の維持が手一杯である事を思い知らされる。

 

 

「小僧共……人形を頼んだぞ」

 

「え?」

 

 目の前の戦いに言葉が出なかったグラン達の中でアポロが声を上げる。

 小さく反応したオルキスを捨て置き、再びブルトガングを握るアポロの姿には変わらぬ強さが感じられた。

 

「お前達は回復に専念していろ。いきなり現れた連中にはいそうですかと任せきりにするような状況ではないからな。

 私もルリア奪還の為に動く。あの男の蘇生については任せるしかないが、ルリアの奪還は別だ。あの自称皇帝様から奪い返しすぐにタワーへと向かわねばならない。

 待っていろ……すぐに取り返してくる」

 

 それほど負傷が多くは無かったのだろう。

 シエテの言葉に嘘があるとは思えないが、それでもルリアの奪還を確実にするため、アポロが動いた。

 

「黒騎士……わかった、僕達はすぐに動けるように治療に専念しておく。頼んだよ」

 

「気ぃつけろよアポロ……決して楽な相手じゃねえからな」

 

「フン、戻ればすぐに動く事になるんだ。自分の心配でもしていろ」

 

 現状、治療中の自分達にできる事は無いとグランは逡巡を見せてから快諾。

 オイゲンの心配の声をあしらったアポロは、魔法陣から抜けて駆け出して行った。

 

「僕達は治療に専念だ。シェロさんからもらった道具も使ってすぐに治療しよう」

 

 グランの声に、一行は静かに各々の回復に専念した。

 何もできず逸る気持ちを抑え、一行はひたすらに動く時が来るのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

「流石は特異点……こんな援軍を呼び出すとはね」

 

 近くの建物の屋上へと転移して、ロキは目の前で繰り広げられる天上の戦いに呟きを漏らした。

 確実に仕留めるつもりで命令を下したバハムートの攻撃。それを一時的に凌いで見せたセルグと、そのおかげで間に合う事が出来た十天衆。

 先の大いなる破局でセルグが命を落とした事から鑑みるに、特異点はグランかジータの二人に絞られた。

 一先ずは特異点候補の一人が消えた事に一つの達成感を覚えるが、そんな事を考えている場合でもない。

 バハムートに対抗しうる十天衆の介入はやはり厄介な事この上無かった。

 

「どうすんだよロキ……あいつらをぶっ殺すってんならオレが行ってやるぞ」

 

「まぁ、待ってよフェンリル。言っただろう……君の出番はまだ早いって。

 まだルリアとバハムートはこちらが掌握しているんだ。流石に十天衆と言えどバハムートを相手にしては防戦一方だし、まだ慌てる段階じゃ――」

 

 瞬間。ロキは言葉を止めて反射的に近くの建物へと転移した。

 直後に彼がいたところを薙ぎ払う絶爪。

 躊躇なくその命を刈り取らんと爪を振るったのは、十天が一人、神狼の二つ名を持つシスである。

 その身を武器とした最強の格闘術の使い手であり、暗殺を生業とした部族の最後の生き残りだ。

 

「――逃したか。次は仕留める」

 

 静かに言い放つその声には、感情や意志が宿らないような機会染みた平坦さがあった。

 

「へぇ……厄介な気配の持ち主だね。今逃げられたのはラッキーだった。ギリギリで感じ取れて反射的に跳べたに過ぎない。

 フェンリル、少し離れていろ。こいつが相手では君でも分が悪いだろう」

 

 フェンリルを後ろに控えさせながら、ロキはルリアの制御をそのままにシスと向き合う。

 先程の言葉に嘘は無い。予感めいた感覚で反射的に転移して回避できたのは奇跡的だ。

 それ程までに目の前の男の気配は静かで自然であった。

 

「全く、本当に楽しませてくれるね特異点。僕を脅かせるようなのがこの空の世界に居るとは思わなんだよ」

 

「問答は良い。その娘を返してもらおう」

 

 言葉と同時に掻き消えるシス。同時にまたもロキの背後へと現れて爪が振るわれるが、ロキも先程の焼き増しと言わんばかりに瞬間的な転移魔法で逃げ切って見せる。

 

「動きを悟らせた時点で僕は転移魔法を起動する。君が如何に早く動こうとも簡単に僕を捉えるような事は――ッ!?」

 

 瞬間的に感じた悪寒。制御の為にルリアへと伸ばしていた腕を引こうとするがその時には既にロキの手首から先が消えていた。

 

「――言ったはずだ、次で仕留めると」

 

 そこにいたのは爪を振り下ろしたシスの姿。

 なんてことはない、転移した瞬間にはロキの居場所を把握してシスが先回りしていたのだ。

 その驚異的な早さを以て。

 

「幾ら消えようとも魔力の気配くらいは追える。転移先を掴むことなど造作もない。

 ましてやそれだけ瞬間的な魔法の発動だ。大規模な移動はできないだろう……この程度の距離を詰めるのは一瞬だ」

 

 手首を落とされ、ロキの制御から解放されたルリアをシスが抱える。

 

「――ふぇ? あれ? 私……」

 

「口を閉じていろ。舌を噛むぞ」

 

 即座にシスはその驚異的な身のこなしでその場を離脱しようとするが、それをロキが許すわけもない。

 転移と同様の反射的な魔法の発動。束縛を目的とした光の鎖がルリアを抱えるシスへとのびた。

 

「チッ!?」

 

「逃がさないよ」

 

「いいや、逃がしてもらおう」

 

 だが、瞬間的な魔法の発動ができるのは彼だけではない。

 彼女もまた、驚異的な速度で魔法を構築し放てる稀有な存在の一人だ。

 

「クアッドスペル!!」

 

 四色の閃光が、シスを追う鎖を貫く。

 それは彼女だけの特異な技能。4つの属性を操る、異端の魔法使いの魔法。

 

「――お前は?」

 

「安心しろ。少なくとも敵ではない。ここは任せてルリアを早く連れて行け」

 

 アポロの言葉を受け取り、シスは口を開くことなく即座に駆け出した。

 

「フェンリル!」

 

「やろう、逃がすかよ!!」

 

 ロキの声に応え、フェンリルが動いた。

 氷の星晶獣としてのチカラを発現し、放たれるのは巨大なつららの群れ。

 先端を鋭利に尖らせた丸太ほどもありそうな太い氷柱が次々と放たれるも、立ちふさがるのは黒き鎧。

 ブルトガングが閃き、閃光が駆け抜ける。

 全てを打ち砕き、追いかけようとするフェンリルの前にアポロが立ちはだかった。

 

「行かせはしないさ。丁度いい……散々面倒を掛けられた借りをここで返させてもらおう」

 

 シスとは違い、荒々しく荒れ狂うチカラと気配。アポロの胸中に燻る怒りが漏れ出る。

 不甲斐ない……動けなかった自身がもどかしい。そう思っていたのは何もグラン達だけではない。

 寧ろ七曜の騎士という強者としての自負がある分彼女の方がより強く自身の不甲斐なさを悔いていただろう。

 ロキに良い様にしてやられたことも、バハムートを相手に不覚を取った事も、彼女の自尊心と言うものを痛く傷つけた。

 

「繰り返すまい……もう二度と。己の無力を呪うのはこれで最後だ」

 

 思い出すのは幼少の頃から積み重ねてきた無力な自身への後悔。

 母を失い、オルキスを奪われ、取り戻さんと昇りつめた地位もあっけなく追われた。

 後悔をするのはもうたくさんだと、アポロは兜の奥で誰にも見えない顔にその決意を露わにする。

 

「全てを思い通りにできると思うなよ。私は……この世界は。其れほど甘くはないぞ」

 

 七曜の騎士となってから知らず知らず積み重ねてきた驕りを捨て、アポロは一人、無力な自身を振り払うべく目の前の敵を見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 フュンフの魔法による治療も終わり、全快となったグラン達。

 シエテが告げた、ルリア奪還に向かったシスの帰還を、今か今かと待ちわびていた。

 

「ヴィーラ、反動とかは大丈夫? セルグみたいに後遺症になってたりとかはしない?」

 

「大丈夫ですよゼタ。私とシュヴァリエはそれ程厄介な戦い方をしてはおりません。反動と言うなら、天星器を使い続けである団長さん達お二人の方が心配です」

 

「僕らは大丈夫だよ。もう、集中しなくても応えてくれるくらいには使い慣れてるしね……」

 

「はい。私としてはオイゲンさんやアレーティアさんの方が少し……心配です」

 

「おいおいジータ。今更俺達を老いぼれ扱いすんなって」

 

「心外だのぅ。これでも儂は常に最前線で戦ってきたじゃろう」

 

「そうよね。オイゲンやアレーティアよりも、普段からサボってばかりのラカムの方がよっぽど疲れてんじゃない?」

 

「うっせーガキンチョ。んな事言ったらガキンチョなお前さんやオルキスの嬢ちゃんの方が――」

 

「ラカム……コロッサスとリヴァイアサン……どっちが良い?」

 

 静かに星晶の輝きが満ち始めるオルキスの手を見て、ラカムが慌てる。

 皆一様に、軽口を並べながら、自身の逸る気持ちを抑えていた。

 回復は済んだ……だが、まだ動く事ができず待つだけのこの状況が嫌でも彼らの気持ちを焦らせる。

 十天衆とバハムートの戦いは未だ続いていて、ウーノは時折彼等を守るために障壁を展開していた。

 手伝えないか。戦えないかと。燻る思いとは裏腹に、その身は先に受けたバハムートの攻撃の記憶が蘇り彼らを躊躇させる。

 

「やはり……上には上がいるってことを嫌でも痛感させられるな」

 

 ふとモニカが呟いた。

 ここにいる面々は十二分に強い。それは疑いようもない事実である。

 帝国との数々の戦い。星晶獣との命を懸けた死闘。

 それらを潜り抜けてきた彼らが弱いはずはないだろう。

 

 だがそれでも、目の前で繰り広げられる戦いはその彼らをして入り込むことを躊躇させる戦いであった。

 

「十天衆……ですか。シェロカルテさんはとんでもない人達との繋がりがあったのですね。

 私達秩序の騎空団とは別の形での、空の世界を守る人達……」

 

 感慨深くリーシャが言葉を漏らした。

 圧倒的な戦力を以て、世界に仇なす驚異への抑止力として存在する十天衆。

 それは、リーシャが目指す秩序の騎空団とは対極にある存在と言えよう。

 力無くとも想いを糧として、数多くの同士が集う秩序の騎空団は、圧倒的な“群”による抑止力。

 対して十天衆は、圧倒的な“個”の力による抑止力だ。

 一人一人が全空に適うものなしと言われる戦力を保有する彼らが動けば、それだけで悪事を企てる者などいなくなる。

 もっとも簡単な世界の理、力による抑止はヒトという種族に対して最も効果的と言えるだろう。

 

 そんな抑止力の究極とも言える存在を目の当たりにして、リーシャは自分達の弱さを殊更感じてしまう。

 

「やっぱり私は、まだ弱いままだ……」

 

「――おい」

 

 目の前の戦いに夢中になっていた彼らに、無愛想な声が掛けられる。

 

「ッ!? 何者だ!」

 

 無様なくらいに隙だらけだった事は承知だが、誰にも気取られる事なく彼らの背後を取った声の主に一行は一斉に警戒を露わにした。

 声を上げたカタリナが振り返るとそこには――

 

「カタリナ!!」

 

 彼女へと駆け寄る、大切なヒトの姿。

 僅かに目尻に涙を浮かべながら、カタリナへと抱きつくルリアを見て、そこにいるエルーンの男が聞かされていたシスだとわかり、グラン達の警戒が薄れていく。

 

「その娘で間違いはないな?」

 

「あ、あぁ……シス、殿だったな? シエテ殿から聞かされている。改めて、ルリアの奪還に感謝しよう――ありがとう」

 

「礼はいい。そんな事より早く向かってやるのだな。お仲間の黒い騎士がこの先で戦っている」

 

「黒騎士が? そうか……わかった。重ねて感謝する。

 グラン、ジータ」

 

「うん。急いで向かおう」

 

「でも、まだセルグさんが……」

 

 直ぐに向かおうと動く仲間達の視線が、魔法陣を展開し蘇生の最中であるフュンフへと注がれる。

 既にそれなりの時間が経過しているが、まだ彼女の魔法が終わる気配は見られなかった。

 そもそも、命の蘇生などと言う規格外な魔法に半ば懐疑的であった事から、ジータの不安は未だ燻ったままである。

 

「行くわよジータ。さっきシエテってやつが言ってたでしょ……あのフュンフって子なら必ずセルグを治してくれるって」

 

「ならば我々は、あやつの為にも先に進まなくてはならない。あやつの頑張りを無駄にしない為にもな」

 

 そんなジータの様子に、釘をさすように声を掛けるのはゼタとモニカだ。

 心配なのは彼女達も一緒だろう。だがそれでも、今はやるべきことがある。

 切迫した状況に足踏みしている暇はなかった。

 

 少し前のやり取りをジータは思い出す。

 広場にセルグとモニカをおいて行った時も同じ様な事を言われた気がする。

 そして、その時も自分はもう信じて進むと決めたはずであった。

 

「そう……ですね。進みましょう! 信じて先に!」

 

 今更、彼の心配をして動けない等と言う気は無い。

 ジータは、惑う気配を一新してゼタとモニカに返す。

 

「それでは、ロゼッタさんとカタリナさんでルリアちゃんとオルキスちゃんをお願いします。私とモニカさんは殿を引き受けます。

 皆さん、急ぎましょう」

 

「おい、お前」

 

 号令の下動き出そうとしたリーシャを、しかしシスが呼び止めた。

 相変わらずの無愛想な声だが、少しだけその声には何かを伝えようとする意志が感じられる。

 

「えっ? 私……ですか?」

 

「一つだけ言っておく。俺達十天衆はたとえ一堂に集まってようが“一人”だ。どこまで行っても、俺達の強さは一人の強さでしかない。お前達のように……共に戦う強さと言うものを、俺達は知らない」

 

「はぁ……えっと」

 

「おせっかいだったな。忘れろ」

 

 言いたい事は言ったと言わんばかりに、そそくさとその場を退散し自身の戦場へと向かうシス。

 対して、言葉を投げられたリーシャも含め、一行は思いもかけない彼の言葉に目を丸くしていた。

 

「なぁ、アイツ何が言いたかったんだ……一体?」

 

「フフ、さすがは十天衆って所なのかしらね」

 

「ロゼッタ? シスさんの言いたい事がわかるの?」

 

「まぁ、何となくはね。リーシャちゃんの呟きが聞こえたんでしょ……彼は貴女の強さは一人じゃないと言いたいのよ」

 

「私の強さ?」

 

 えぇ……と答えながら、ロゼッタは戦いを続ける彼らを見据えた。

 

「さっきから彼等の戦いを見てて思ったの。確かに彼等は強い……底が見えないくらいにね。

 でも、連携も何も殆どないのよ。彼等は隔絶した強さ故に全てを一人でこなせてしまうような存在だから、共に戦う事を知らない。

 あのバハムートを相手にしても、彼等はほとんど、各々が“一人”で戦っている」

 

 前衛後衛の役割分担程度はあるだろうが、それくらい。

 目の前で戦う十天の者達は、共に戦ってはいるがそれぞれが1対1であった。

 強すぎる集団であるが故に、彼等は支え合う事も気遣い合う事もない。

 それはどこまでも一人で、どこまでも孤独な戦いに見えた。

 

「わかるでしょ? 貴女の強さは違う。一人では戦えないから貴女には仲間がいて、仲間がいるから貴方は強く成れた。

 一人では強くないからこそリーシャちゃん。貴女は“強い”のよ」

 

「なるほどな……ロゼッタ殿のいう通りかもしれない。

 ふっ、相も変わらずリーシャは自身の強さに引け目を感じているようだな」

 

 嘗てセルグに諭され、アポロの言葉を聞き、アマルティアの戦いも経て。

 変われたと……そう思っていたリーシャであったが、十天衆という強大な強さの前に、根付いていた卑屈な心がまた顔を覗かせていた。

 シスは、そんなリーシャの心境を感じ取り自分を見失うなと伝えたかったのだろう。

 

「うぅ……もう乗り越えたと思ってたのになぁ」

 

 モニカの言葉で、改めて自分の“弱さ”を突き付けられ、リーシャの顔が羞恥に染まる。

 未だに自身の強さにブレが出てしまうところは彼女らしいかもしれない。

 そんな彼女に、グランは優しく声を掛けるのだった。

 

「――僕も何となく気持ちは分かるよ。セルグや黒騎士を見て、自分の弱さを痛感してたし。何より、僕にも背中さえ見えない父がいたから」

 

 適わない……届かない背中を追いかけ生きてきた、同じ境遇を持つ二人。

 羞恥に俯くリーシャを勇気づけるように、グランはリーシャ手を取った。

 

「大丈夫だ。“リーシャ”には僕達がいる。一人で届かなくても、一緒ならきっと届く。

 だから行こう、僕達と一緒に……どこまでも」

 

「――グランさん。ありがとうございます。

 行きましょう皆さん。共に……どこまでも」

 

 その言葉はこの戦いに限った話ではないのだろう。

 出会い、仲間になった彼等は文字通り、どこまでも共に歩んでいく仲間として、今再び心を一つにしていた。

 

 

「フュンフちゃん……セルグさんを、お願いね」

 

「はぁい! ちゃんと元通りにしてあげるから、あちしに任せて! お姉ちゃん達にはやる事があるんでしょ? 早く行かないと!」

 

「うん、ありがと。フュンフちゃん」

 

 静かに……後ろ髪引く想いを振り払い、ジータはフュンフへと背を向けた。

 

 

「アダム殿……あとは任せてくれ」

 

「――いくわよ、モニカ!」

 

「あぁ、すまない。直ぐに行く!」

 

 破壊され残骸となったアダムの姿を目に焼き付け、モニカもまた背を向けて走り出す。

 目指していたタワーは目の前であった。

 これが正真正銘、帝国との最後の戦いとなるだろう。

 

 様々なものに背中を押され、グラン達は再び走り出した。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――熱い

 

 酷く不明瞭な意識の中、セルグはそれを感じ取っていた。

 

 ――まるで、体が溶けていくようだ

 

 溶けた鉄の中にでも放り込まれたような感覚が全身を覆い、しかし痛みも苦しみもなくその熱は自身を包み込んでいく。

 そう、自身ですらも鉄に溶けだしていくかのような不思議な感覚であった。

 

 ――もう……死んだのか

 

 僅かに思い浮かぶ直前の光景。

 バハムートの攻撃を防ごうとして、その攻撃に呑みこまれ……恐らく自分は。

 

 ――皆、悲しんでるかな

 

 思い描かれる仲間の悲痛な表情が、不明瞭な意識の中でセルグの心に影を落とす。

 散々無茶をして、その度に悲しませて……それでも、守らずにはいられなかった。

 大切な彼らを失う事など耐えられないから。

 

 ――約束、また守れなかったな。

 

 “こんなところで、何してるの?”

 

 突然思考に割り込んできた声に、意識だけをびくりと震わせる。

 聞こえてきたのは間違えようがない程、懐かしい声であった。

 

 ――アイ……リス?

 

 “我が子よ……眠るにはまだ早いぞ”

 

 ――母上?

 

 更に飛び込んでくる、聞き覚えのある声。

 意識だけで視界も何もないと言うのに、感覚的にセルグは周囲を見回す。

 届けられる声を追い求めるように。どこか、助けを求めるように、セルグは声の出所を追いかけた。

 

 “らしくないよ。途中で投げ出すなんて”

 

 “言ったはずだ。そなたは一人ではないと”

 

 ――何が……何を言って

 

 “誓ってくれたでしょ。守ってくれるって”

 “決意してくれたのではないですか。幸せになると”

 “約束してくれただろう。未来を共にすると”

 

 聞こえる声が、愛しき者達に移り変わる。

 反響して重なる声に、セルグは惑う意識を落ち着けた。

 

 ――そうか……そうだったな

 

 いつしか、意識に身体が備わり始めていた。

 

 ――まだ、死ねないよな

 

 不明瞭な意識が明瞭へと変化していく。

 身体がある事を知覚し、セルグの意識は徐々に感覚と言うものを取り戻していった。

 

 ――つくづくオレは、お前に救われてるな

 

 取り戻した感覚は視界を生みだし、目に映る景色は何度も夢で見てきた彼自身の世界であった。

 

 ――助かったよ……ありがとう、ヴェリウス

 

 

 

 ”ふん、全く世話の焼ける若造だ”

 

 

 

 落ちた翼は、それでも折れずに飛び続ける

 

 

 ――――――――――

 

 おふざけNG編

 

「大丈夫。僕も……リーシャも、強いから。

 行こう、一緒に。この世界を守るために」

「――グランさん。そうですね、行きましょう!」

 

 先程の自ら挙げた布陣はどこへ行ったのか。勇んだグランとリーシャは並んで走り出す。

 仲間達の事など既に意識の外なのかもしれない。どことなく二人の距離は近く、やたらと親しさが垣間見える。

 

「あのさ、これってもしかして」

「ふふふ、これは面白くなってきましたね」

「ですよね! この感じは間違いなく」

「ははっ、なんだかんだ言ってグランも男って事だよな」

「ちげぇねえ。カッコいい所をみせてくれるじゃねえか」

「フォッフォ、若いのぅ。爺には嬉しい光景だぞぃ」

「せめて時と場所を選んで欲しいんだけどー。全く、大人っていうのはすぐにそうやってイチャイチャするんだから、もぅ……」

「ほらほらぼやかないの。セルグとゼタ達に比べたらまだマシでしょ」

「失敬な。私達は時と場所位は弁えるぞ」

「モニカ……皆の前でセルグに抱きついて……好きだって……」

「そういえば、アマルティアでのモニカさんはすごく大人っぽいと言うか……かわいいというか」

「いっ!? いや、あれはだな……その、むしろ皆の前だからこそ意味があったというか」

 

 

「んもーー!! うるさくて集中できないから早く行っちゃえーー!」

 

「「「「ごめんなさいーー!!」」」」

 

 

 全空一おっかない7歳児に怒られ、一行は急いで二人の後を追うのだった。

 




如何でしたでしょうか。
グラブルのモチベがここ2ヶ月でだだ下がりでしちゃって、なかなか書き上げられませんでした。ごめんなさい
モニモニ実装でまたやる気出たから次回はもう少し早く描けると思います。

誰がとは言いませんがポメらないからね。絶対ポメラせませんからね。
カッコよかったでしょう?

それでは、お楽しみいただけたら幸いです。
感想お待ちしております。


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メインシナリオ 第62幕

本当に長らく更新出来ず申し訳ないです。
お楽しみください。


 帝都アガスティアの中枢となるタワー。

 そびえ立つその巨大な塔の中で、グラン達とはまた別に激しい戦いが繰り広げられていた。

 

 

「はぁああ!!」

「あまいですネェ!!」

 

 ぶつかり合う剣と剣。ぶつかり合う気迫と気迫。

 鍔迫り合いの末弾き飛ばされたのは、炎を纏う小剣。

 

「チッ! ドラン――」

 

 声が途切れると同時にその場から小柄な彼女の姿が消える。

 振り抜かれた蹴撃。それがスツルムの腹部を綺麗に捉えており、撃ち出された彼女の身体は、タワー内の壁を一つぶち破り奥へと消えた。

 

「スツルム殿!? ってまっず!!」

 

 相当な痛手を受けたであろうスツルムの安否を気にした瞬間には、ドランクの目の前には投射された斬撃が迫る。

 黒く禍々しいそれは、受ければ先程のスツルム同様に大きく吹き飛ばされて痛手を被るであろう強大な一撃。魔晶によりブーストされたチカラはフリーシアが証明したように七曜の騎士にすら並ぶ。

 すんでのところで回避をするも、顔を上げた先ではドランクに向けて剣が突きつけられていた。

 

「あ~っと……これってもしかしてピンチってやつかなぁ……なんて」

 

「ピンチ? 違います。これでもう……終わりですネェ」

 

 命を刈り取るべく首元へと突き出されたポンメルンの剣。

 だが、ドランクとて簡単にやられる程軟ではない。

 

「何の!」

 

 宝玉より繰り出す水の魔法を剣に当てる事で、軌道を逸らして回避して見せる。

 首を掠めながら通り過ぎる剣。正に首の皮一枚で繋ぎ留めた己の命運に僅かに安堵をしながらも、前のめりになったポンメルンにむけてドランクは反撃へと転じた。

 

「スツルム殿の分もお返しさせてもらうよ!!」

 

 力強い声と共に宝玉より放たれるは幾多の魔法フェアトリックレイド。

 火や水だけに留まらず、純粋な魔力弾まで雨霰と降らせるドランクの攻撃をポンメルンは障壁を展開して受け止める。

 

「むぅ……なかなかしぶといですネェ」

 

「貴様もな!!」

 

「なにっ、がはぁ!?」

 

 ドランクに意識を集中していたところで横合いより叩き込まれる剣戟。

 二本のショートソードに蓄えられた炎のチカラが解放され、紅蓮と共に突撃してきていたスツルムによって今度はポンメルンが障壁ごと吹き飛んだ。

 お返しと言わんばかりに壁へと叩きつけられてポンメルンが苦悶の声を上げる。追撃に入ろうとするスツルムだったが、彼女もまたその顔に苦悶を浮かべて踏み出すのを躊躇してしまった。

 

「くそっ……かなり重い一撃をもらった」

 

「ごめんねスツルム殿。前衛をまかせっきりにしちゃって」

 

「言うな。それより早く回復を頼む」

 

「わかってるよ」

 

 短いやり取りをして、スツルムの周囲をドランクの宝玉が回る。淡い光に包まれ、スツルムの表情が徐々に和らいでいった。

 簡単な回復魔法。と言うよりは、痛みを抑えるための鎮静魔法といった具合のものだ。

 回復魔法を得意としていないドランクでは、今この場で即座に治療と言うのは難しい。時間を掛けなければできなくもないが、状況はそれを待ってはくれないだろう。

 その証拠に、ポンメルンは既に立ち上がっている。

 

「流石は、あの黒騎士の側近といった所ですネェ。簡単には勝たせてもらえませんか」

 

「大尉さんの方も随分と強くなったみたいだね~。まさか僕達二人でかかって互角とはさ……あの団長さん達もそうだけど、世の中強い奴なんてのはたくさんいるもんだからもう……参っちゃうねホント」

 

「言ってる場合じゃないだろう……時間もないんだ、さっさと終わらせるぞ」

 

「はいはい」

 

「時間が無いのはこちらも同じですネェ。早々に決着をつけさせてもらいますよぉ」

 

 仕切り直しと言わんばかりに再びぶつかり合う両者。

 狭いタワー内で場所を移り変えながら、徐々にその戦いは激しさを増していく。

 炎が爆ぜ、魔法が飛び、魔晶のチカラが解放される。

 戦いの余波でタワーの内部を破壊しながら、両者は互いの身を削り終幕の場へと向かって突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 どしゃり――と、足元にある物言わぬ体を踏みつけアポロは視線を前へと向ける。

 

「次は貴様だ。覚悟は良いか?」

 

 鈍く光る刀身。闇を纏いしブルトガングを突き付けるアポロ。足元に転がるフェンリルだったものを踏みつける様は、何たる強者の様相だろうか。

 

 

「――やってくれるね。フェンリルをここまで一方的にやるだけでなく、僕の魔法を軽々と打ち砕いてくれるとは……ちょっと過小評価してたかな」

 

 アポロとロキの戦い。激闘になるかと思われた戦いはそれ程時間をかけずに決着がついていた。

 シスによって奪われた片腕を即座に魔法によって再生し、ロキは万全の状態でアポロ迎え撃った。だが、ロキの魔法もフェンリルの氷も……全てを薙ぎ払い、アポロは七曜たるその力をまざまざと見せつける。

 こうしてフェンリルと言う護衛を失った裸の王に向けられるはこの世界でも稀有な、七曜の剣という絶対的な力。

 輝くブルトガングを突き付けられ、余裕であったロキの内心に僅かばかりの焦りが生まれていた。

 

「(これは想定外だったなぁ)」

 

 間の抜けた感想を抱きながら、胸中でロキは状況を打開するべく思考を巡らした。

 召喚は時間が掛かる。星晶獣を呼び出そうとしたところでアポロの剣がロキを打ち砕く方が確実に早いだろう。

 転移魔法で逃げる――これも危うい。先程十天衆のシスが転移先を察知して回り込むと言う離れ業を見せたのだ。魔道に長けたアポロであればシス以上に魔法に対する感知能力が高いだろう。必然、転移先に魔法をぶち込んでくる可能性は高い。そして、距離を大きく跨ぐ転移は当然ながら座標指定に時間がかかり隙を晒す為難しい。

 

「さぁて、どうしたものかな……」

 

「考え事は終わりか? それでは遠慮なく貴様を滅するとしよう」

 

 声音からロキの胸中を悟ったか。アポロは油断なく、だが勝利を確信したかのように一歩前進した。

 既に奥義の準備はできている。後は外すことなくこれをぶち込むだけだ。

 厄介な存在であるロキを消すことができれば戦いにおける不確定要素が一つ消える――その確信があった。

 これ以上目の前の男の気まぐれに振り回されるなど、我慢ならない。

 

 だが、何の因果か……はたまたこれも定めなのか。世界はこのままロキが消されることを良しとすることもなかった。

 

「ちっ!!」

 

 突如何かを察知して舌打ちと共にその場を飛び退くアポロ。次の瞬間には禍々しい黒い魔力がその場に落とし込まれた。

 作為的に過ぎるこの攻撃の正体は、彼方で戦闘中である巨大な龍、バハムートが打ち放った魔力弾の流れ弾。ウーノによって弾かれ、本来向かうべき着弾地点に落ちる事の無かった攻撃の一部が偶然にも彼女の目の前に飛来してきたのだ。

 眼前で解き放たれた禍々しい魔力の奔流に晒され、アポロの身体が飛ばされると同時に、ロキもまた反対の方向へと転移んでいた。先回りの対処ができない隙を狙ったロキの魔法は確実にその効果を発揮し、彼を少し離れた場所まできっちりと送り届ける。

 

「予想外だったけど、この事態には感謝しないとね」

 

 彼らしい、口元の歪んだ笑みが深まっていく。

 追い詰められたと言っても過言ではない状況。それを覆す手立ての無かった所に放り込まれた救いの手は正に天啓。

 優しくないはずの世界が見せた気まぐれに小さく感謝して、倒されたフェンリルのコアを魔法で回収すると、ロキは静かにその場から掻き消えた。

 

 潔いまでに何も言わずに、ロキはその場から撤退を成功させたのだ。

 

 

 

「くそっ、間が悪いにも程がある――――慎重が過ぎたな。一息に攻めたてるべきだった」

 

 静かに反省の言葉を溢して苦々しげにアポロは剣を収める。

 本来はルリア奪還の為に来たので目的は達しているが、できれば消しておきたい相手であった。

 アガスティアで戦い始めてから2度、ロキとは遭遇して足止めを強いられているのだ。

 ここで仕留められなかった事は3度目の邂逅として、切迫したこの状況に重くのしかかってくることだろう。

 

「黒騎士、無事か!」

 

 背後より掛けられる声に、アポロが振り返る。

 そこにはフュンフによる回復魔法で万全の状態へと戻り、ルリアを引き連れたグラン達がいた。

 

「ルリアは、ちゃんと取り戻せたようだな。

 人形、ルリアを介してバハムートの制御は試したか?」

 

「ごめんなさい……私では制御ができなかった」

 

「だろうな。奴の事だ、その位の対策はしているだろう」

 

「でも、今は十天衆の皆が抑えてくれている。僕達は急いでタワーに!」

 

「わかっている。悪いがロキは取り逃がした……この先もう一度相見える事になるだろう――急ぐぞ」

 

 アポロの言葉に、グラン達は気を引き締めなおす。

 先の失態が……むざむざルリアを奪われたつい先程の出来事が彼らの心に重くのしかかった。

 特にカタリナの気の張りつめようは痛々しい。

 

 すぐ傍に居ながらロキにルリアを奪われたことを……守れなかったことを後悔しているのだろう。ルリアへと寄り沿い、周囲の警戒を怠らないその姿は決してやる気や気合いに満ちたものではなく、慎重や臆病を思わせるそれであった。

 

「ルリア、安心しろ。今度こそ私が――」

 

「カタリナ……私はちゃんとここにいるよ」

 

「ルリア?」

 

 そんなカタリナの様子に……守ってもらっているからこそ、ルリアはそっと距離を取った。

 惑うカタリナを見つめて、ルリアは静かに口を開く。

 

「さっきのはカタリナのせいじゃない。気を抜いて、何もできなかったのは私も同じだよ……」

 

 染み付いていた……守ってもらう事が当たり前であった長い時が、ルリアに咄嗟の行動と言うものをさせてくれなかった。

 星晶獣を喚びだし抵抗する事はできたはずなのに。

 闘う事は、できたはずなのに。

 

 そのせいでバハムートを召喚させられてしまった――――仲間達を窮地に追いやってしまい、アダムを破壊し、セルグを殺した。

 カタリナの後悔が大きいのなら、ルリアの後悔とて負けず劣らずの大きなものであろう。

 幾ら守れなかったとカタリナが嘆こうが、事態の引き金を引いたのはカタリナではなくルリアだ。

 バハムートへと命令を下していたのはルリアなのだ。

 

「だから、もう大丈夫」

 

 だが、普段なら落ち込む素振りを見せる状況に、ルリアは顔を上げて前を見つめる。

 後悔は後回し。悔いるくらいならその分を取り戻せ。

 そう言わんばかりの決意の表情にカタリナが戸惑う中、ルリアはその手を翻す。

 

「セルグさんと約束したんです……今度は私が皆を守るって!」

 

 顕現するは星の獣。雨を司る双子の星晶獣マナウィダン。

 召喚主たるルリアの呼びかけに応え、星の獣は彼等の目の前に降り立った。

 

「皆さん、マナウィダンが先行します。立ちはだかる帝国の人達は全部私が薙ぎ払います。

 ――私も一緒に、戦います!」

 

 揺るぎ無い意志と共に己の力を解放するルリアに、グラン達は言葉を失う。

 小さな身体の華奢な肩に乗せられた、大きく重い後悔。

 未だ背後で鳴り響く轟音は、十天衆とバハムートの戦いの証。抵抗できなかった彼女が起こした結果だ。

 己のせいで引き起こされた事態に後悔しながらも、正面から向き合い前を見る姿には、これまで守られるだけだった少女から確かな強さを感じさせるものだった。

 不安、心配、懸念。そんなものはいくらでもあろうが、同時に少女の姿に希望や期待を抱くのもまた事実。

 忌まわしきその力は使い方ひとつで毒にも薬にもなろう。

 

「ルリア――わかった、先陣は君に任せよう。

 ヴィーラ、ルリアの傍に居てあげてくれ。君ならどんな攻撃からも守り切れるはずだ」

 

 だから、そんなルリアの姿に……守り続けてきたからこそ彼女もその手を放して見せる。

 自身の背へと守っていた立ち位置を入れ替える。先を行くのはルリアで、後ろから追うのが彼女。

 その見慣れない構図に、声を掛けられたヴィーラが呆けるも、既に二人は先を行く事に意識を切り替えていた。

 

「お姉さま?」

 

「ふっ、アマルティアでもその力はまざまざと見せつけられているんだ。今更疑問を挟むこともない。

 心配な部分は私達がフォローする――ルリア、君の力で道を切り開いてくれ」

 

 掛けられる言葉。それを発したのは少女を最も大切にしていた彼女から。

 それが一番の信頼に足る言葉である事は言うまでもない。

 仲間達がそこに口を挟むことは無く、ましてやマナウィダンを使役している少女の決意に反対など有りえなかった。

 

「カタリナ、ルリア……わかった。ジータ、ルリアの護衛は任せる!」

 

「了解! そっちはルリアの援護をしっかりね。いくらマナウィダンを使役できるからって全部に対応できるわけじゃないよ!」

 

「ふぉっふぉっふぉ、そこらへんは儂やゼタがおるじゃろうて。老いぼれとて楽ばかりする気はないぞい」

 

 異論無しと戦闘態勢を取った彼等はタワーを見据えて走り出そうとする。

 が、先行こうとする彼らを別の声が遮った。

 

 

「いたぞ、こっちだ!!」

 

 

 聞こえる声に一同が視線を向ける。

 アガスティアのあちこちで星晶獣もどきが暴れまわり、更にはバハムートもいるというのに、与えられた任務を忠実にこなそうとする帝国兵士の姿がそこにあった。

 一様に彼等の行く手を阻まんと、目の前に隊列を作り始めている。

 

「マナウィダン!!」

 

 反射的に下したルリアの命令に応えて、マナウィダンが動く。

 翻された手の動きに合わせて放たれるのは巨大な水の壁。それはリヴァイアサンの様な高圧力の水流カッターではない。圧倒的な勢いで押し潰す水辺の無い場に現れた小さな滝だ。

 

「ぎゃあああ!?」

 

 重なる悲鳴。押し潰されていく兵士達。

 星晶獣を前にして、たかが兵士程度では相手になるはずもない。発見したのも束の間、帝国の兵士達はすぐさま地面に転がる事となる。

 

「今だ、走れ!」

 

 迎撃を終えてルリアが表情を綻ばせるも、その空気を断ち切るようにカタリナが声を上げた。

 間髪入れずに、疾走するグランとアポロ。そこへ続くルリアを守るようにヴィーラとジータが横を守り、他の面々は周囲を警戒しながらその後ろに続いていく。

 

「タワーはもう目の前だ。突っ切るぞ!」

 

 そびえ立つタワーの麓が視界に飛び込んでくる。

 様々な妨害に遭い、なかなか進んでいない様に感じていたタワーも、存外近くまでは来ていたようだ。

 走り出した先に目を向ければ、視界には巨大な防壁のように分厚いタワーの入口。そしてそれを守るように居並ぶ帝国軍による最後の防衛網。

 目指してきた目標地点が見えてきた事で、彼らの気勢は一気に上がる。

 

「小僧、第一陣を薙ぎ払え!」

「ビィ! 魔晶兵士をお願いね!」

 

「わかってる!!」

「任せろってんだ!」

 

 同時に下された指示にグランが飛び出すのと、ビィが飛び立つのもまた同時だった。

 レイジとウェポンバーストの発動。お約束となった七星剣の奥義は、その力を一振りに集約。

 極光の剣を限界まで引き伸ばし、横薙ぎに振り抜いた。

 飛び上がったビィもバハムートを思わせるように、胸に燻る力を口元へと集めた。

 可愛らしい見た目に似つかわしくない雄叫びと共に、ビィはその全てを解き放つ。

 

「北斗大極閃!!」

「いっけぇえええ!!」

 

 戦場となったアガスティアの街を光が彩る。

 同時に放たれたのは金色と赤の閃光。居並ぶ兵士を吹き飛ばす巨大な斬撃と、身構えていた魔晶の兵士を全て無力化していく閃光が兵士達の第一陣を打ち砕いた。

 

「ルリアちゃん……イフリートは召べるかしら?」

 

「え、あっはい!マナウィダンと一緒でもへっちゃらですよ!」

 

「ふふ、頼もしいわね……それじゃ、今から言うとおりにしてくれる?」

 

 走りながらそっと耳打ちされていくロゼッタからの指示をルリアが聞いている間にも、彼らの疾走はまた一つ加速していく。

 

「行くわよアレーティア!」

「負けぬぞ娘っ子!!」

 

 兵士達の陣形が整わぬ内に飛び込むのはゼタとアレーティア。

 グランとビィがこじ開けた隙間を押し広げるべく二人が突撃していく。

 

「アルベスの槍よ……その力を示せぇええ!!」

 

 真紅の穿光が駆け抜ける。

 愛槍アルベスと共に吶喊していくゼタがその炎を広範囲に広げながら兵士の壁をこじ開けていった。

 並み居る兵士達をものともせずに押し進んでいく様は、正に全てを貫く槍の如し。

 

 勢いを衰えさせないまま兵士達の壁を貫き、ゼタが道を切り開くと、追いかけるようにアレーティアが続いていく。

 

 

「我が剣技……とくと見るが良い!」

 

 鞘に納められていた白刃が閃く。

 宝剣アンダリスと共に舞うは剣聖アレーティアの至高の剣舞。

 二振りの剣を縦横無尽に閃かせ、アレーティアは敵陣の只中で舞い踊る。

 寄れば切られ、寄らねば飛刃に討たれる剣の舞に兵士が次々と打ち倒されていった。

 

 ゼタとアレーティア。二人の奮起によって切り開かれたタワーへの一本道を、ルリアは召喚の準備をしながらひた走る。

 射程距離まではもう少しと言った所だろうか。まだ、その歩みが止まる気配は無かった。

 当然行かせまいと動き出す帝国兵だが、続く彼女達がそれを許しはしない。

 

「少しは良い所を見せないとな。行くぞリーシャ!」

「はい! 私達も遅れをとるわけにはいきません」

 

 白翼を掲げる空の守護者達が帝国軍の前に立ち塞がる。

 既に連戦続きであるはずがその気配を微塵も感じさせないモニカと、やる気も元気も満ち溢れているリーシャの二人はそびえ立つタワーを睨み付けながら自身のチカラを高めていた。

 

「悪いが手加減はできないぞ。立ち塞がるなら容赦はしない――ヴィントシュナイデン!」

 

 柔らかな光がモニカを覆う。

 ガンダルヴァのフルスロットルと同様、自身の身体能力を大きく引き上げる強化魔法。その発動と共にモニカは地を這うように疾走した。

 鞘に納めていた愛刀に紫電が纏う。それを抜き放つと同時、加速した動きは兵士達の意識を置き去りにした。

 

 一陣の風が兵士の間を駆け抜けていく。それは視認すら許さぬセルグと同じ閃光の如き剣技。

 

「――旋風紫電裂光斬」

 

 すれ違い様に叩き込まれる剣閃の嵐。駆け抜けたモニカが背後に追いやった兵士達の悉くが倒れていく。

 その早さ故に声を挙げることすら適わぬまま、モニカは数多の兵士を無力化して見せた。

 

「続いて行きます――――モニカさん、そこにいると危ないですよ」

 

 先往くモニカを見送ったリーシャはその背に一応の警告だけ告げて剣を掲げる。

 自身の言葉に慌てふためく先輩の姿を可愛らしい等と思いながら小さく笑みを浮かべるあたり、随分と余裕がありそうだ。

 天高く掲げられたリーシャの剣に集うのは風、風、風………凝縮し、圧縮し、固め切った暴風を剣に宿しリーシャは眼前の敵を見据えた。

 

「いきます――トワイライトソード!!」

 

 弓なりに構えてから突き出された剣が凝縮された暴風を解き放つ。

 渦巻き、荒れ狂い、そうして通った後に何も残さないような暴威の塊。およそ秩序の騎空団に相応しいとは思えない暴力の嵐が、彼女の眼前の敵を全て木の葉の様に散らしていった。

 

「道は開かれました。ルリアさん、行ってください!」

 

「はい!」

 

 目の前に開かれた道。

 仲間達の奮起によってできたタワーへの一本道をルリアがマナウィダンと共に走る。

 その横にはシュヴァリエと共に守りに入るヴィーラと、僅かな動きも見逃さずに兵士達を迎撃するジータが並んでいる。

 止まらない……止まれない。

 決意を宿し、戦う意思を手にした少女は、恐れも迷いもなく全力で駆け抜けていく。

 

 十分な距離を詰めたところでルリアは停止。同時にその手を頭上に翻した。

 

「イフリート!!」

 

 直上に現出する光の環から炎の魔獣が顕現。星晶獣イフリートがタワーへと向けて飛び出していく。

 

「あなたのチカラを……貸してください!」

 

 “ウォオオオオ!!”

 

 ルリアの声に応える様に大きく咆哮すると同時、星晶獣イフリートはその巨大な拳に炎を纏った。

 ルーマシーで魔晶の檻を砕くときにも見せたイフリートの奥義を見舞うのだろう。纏いし炎は見る見るうちに肥大化して巨大な拳を包み込んでいく。

 更に、巨躯を躍動させて疾走するイフリートを見送るルリアの背後からは、撃鉄を起こす音。

 

「精製完了……はい、ラカム。イオちゃん特性火属性全開の魔弾よ!」

 

「サンキュー。こいつでドデカイ風穴空けてやらぁ!」

 

 イオの魔力を込められた弾丸を装填して、さらには自身のチカラをも上乗せしたラカムが、爆炎を構えて立っていた。

 

「ラカムさん、イフリートと一緒に……お願いします!」

 

 口を開くことなく、僅かな頷きで答えてラカムは狙いを定めた。

 タワーの強固な門を全力で殴りつけるイフリートに、タイミングを合わせて狙撃する。

 狙いもそうだがタイミングもシビアな一発に自然と緊張が身を固めるが、それをラカムは強靭な精神力で制して見せる。

 操舵士は常に皆の命を預かり危険な戦いをこなしているのだ。この程度で体が竦んで良いわけが無い。

 視線の先、駆け抜けたイフリートが跳躍し強固な門へと巨大な拳を叩きつける刹那。

 

「ぶち抜けぇ!」

 

 イフリートの咆哮が轟くと同時に。かちりと何かがかみ合ったようなタイミングで発射された業火の魔弾が戦場を奔る。

 それは前線で戦っていた仲間達をも焦がしていくような熱を蓄えながら、イフリートの拳と共にタワーの門へと着弾した。

 

 響き渡るは耳を塞ぎたくなるような爆発音。巨大なエネルギーの解放による熱がタワーの門を焦がす。

 

 

「どうだ!?」

 

 煙が晴れていく先に目を凝らしていくグラン達であったが、その表情は徐々に曇り始める。

 視線の先には大きくひしゃげ融解しているものの、まだ健在と呼べる強固な門の姿があった。

 

「クソっ、あれだけの爆発で抜けねえのかよ!」

 

「大丈夫だラカム――――あれで、十分だ」

 

 思わず悪態を吐いたラカムの傍を通り過ぎ、一人の騎士が前に出た。

 細身の剣を携え、勝ち誇ったような小さな笑みを浮かべた彼女は、同性ですら見惚れさせるような凛々しさを湛えて剣を掲げる。

 これまで守り続けてきた少女。マナウィダンを使役するルリアと共に――

 

 

「あとは私の出番だ――そうだろ、ルリア?」

 

「うん、マナウィダンと一緒に……力を貸して、カタリナ!」

 

「あぁ!」

 

 指揮棒のように剣が躍る。

 カタリナによって頭上に形成される3つの氷の刃に、マナウィダンによって水が纏わりつき、その姿を大きく鋭くしていく。

 生み出されたのは3本の巨大な氷の剣。少女を守りし剣は今、少女と共に敵を穿つ刃と成った。

 

「我らが氷の刃。お見せしよう――アイシクルネイル!!」

 

 戦場を矢の如く、氷の刃が駆け抜ける。

 道を切り開いた仲間達の頭上を奔り、透き通る氷の刃は何者にも阻まれる事なくタワーの門へと直撃した。

 瞬間――

 

 轟き渡る爆発音。

 

 先程打ちこまれたラカムとイフリートの攻撃の時ですら生温い。そんな爆発が巻き起こり、その場にいた者達が衝撃を受ける。

 鋼鉄の門が融解するほど熱せられた所に打ちこまれたのは、潤沢な水を湛えた氷の剣。休息に冷やされ脆くなった所に巻き起こる、巨大な水蒸気爆発によって強固なタワーの門は完全に打ち砕かれていた。

 

 濛々と上がる蒸気の先、望み見たタワー内部を見据えた瞬間、グラン達は互いに頷き合う。

 ここまで来れば、ゴールは目の前だ。広い屋外と違い、狭いタワー内部となれば少数精鋭な彼等の方が断然有利である。

 

「行くぞ!」

 

 誰が挙げた声か。それが誰の声であろうと、聞こえるより先に仲間の誰もがタワー目がけて雪崩込んでいく。

 追従しようとする兵士達をマナウィダンが激流によって跳ね除け、背後より討とうとする者をイフリートが踏みつける。

 ルリアの使役……いや、既にルリアの支配下にはない。喚び出したルリアの想いに応えるように、二つの星晶獣は自らの意思で彼らを守るべく殿へと付いた。

 

「ありがとう……マナウィダン、イフリート」

 

 ぶち抜かれた狭き門を塞ぐ、二つの星晶獣。グラン達を追撃しようとする兵士達を躊躇させ、進行を戸惑わせる。

 そうして、青と赤の星晶獣に守られながら。グラン達はとうとうタワーの内部へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

「――やっと、到達か」

 

「皆さん、怪我はないですか?」

 

 喧騒を外へと置いてきたように、一転して静寂に包まれているタワー内でグラン達は少しだけ乱れた息を整えながら互いを見合う。

 幸いな事に負傷者は無し。マナウィダンとイフリートの同時召喚に因る疲労もルリアの様子からは見受けられず、一先ず安心と言ったように誰もが息を吐いた。

 

「消耗戦になる前に突入できたのは幸いだったな……アポロ、オルキスの嬢ちゃんも無事か?」

 

「あぁ、問題ない」

 

「うん、大丈夫」

 

「それじゃあ、急ぎましょう。ルリアちゃんのお陰でマナウィダンとイフリートががんばってくれているけど、それもいつまで続くかわからないわ。

 何より、こうしている間にもアーカーシャの起動が――っ!?」

 

 ロゼッタの声を遮る様に、巨大な地響きが彼らを揺らす。

 外で行われている、十天衆とバハムートの戦いがその激しさを増しているのだろう。

 最強の集団である十天衆といえど、簡単ではない相手……いや、バハムートの規格外な強さを身を持って体感しているグラン達としては、十天衆が敗北する可能性の方が高く思えた。

 グラン達は急ぎフリーシアを止め、更には十天衆と協力してバハムートも止めなければならないのかもしれない。

 

「急ごう……アガスティアが落とされる前に、フリーシアとバハムートを止めないと」

 

「私達が先導します。皆さん周囲を警戒しながら――」

 

「はいはい、急ぐのは良いけど焦らないの。二人とも、まずは目の前の目標に集中しなさい」

 

「ゼタの言うとおりだ。フリーシアもバハムートも、簡単に済む相手ではないぞ。確実に止めなければ世界の終わりなのだからな。まずはフリーシアとアーカーシャに集中しよう」

 

 直ぐに駆け出そうとしたグランとジータをゼタとモニカが諌めた。

 焦燥に駆られる気持ちはよくわかるが、その状態で先導など任せられるわけが無い。焦る年若き団長二人から視線を外しモニカは指示を下した。

 

「リーシャ、黒騎士と共に先導だ。団長の二人には一度落ち着いて隊列の中央に入ってもらおう。カタリナ殿、私と殿をお願いしたい」

 

「わかりました」

 

「了解した」

 

 惑うことなくモニカの言葉に従って動くリーシャとカタリナ。アポロも返事はしなくとも、モニカの言葉に反対は無い様で前に出ていった。

 焦り、逸って前のめりになっていた想いを挫かれ、グランとジータは渋々と言った様子で隊列の中央へと並ぶ。

 しかし、ルリアとビィを挟むように位置につくと、二人は雑念を吐き出すように静かに深呼吸を重ねた。

 不満を僅かに感じたものの、今更そこで切り替えられない程子供でもない。

 モニカの指示は的確だろう。タワーの構造を知っているアポロを先導にし、接敵しても指示を出せるリーシャを並ばせる。浮足立っていた自分達では危険だったかもしれない。

 

「フフ、落ち着いたようですね。それでは私からも一言。

 お二人共、一つ大きな事を忘れていますよ」

 

 気持ち新たと言った様相で身構えていたグランとジータの緊張感を、柔らかな声が再び解いた。

 振り返るとそこには声と同じように柔らかく微笑むヴィーラの姿がある。

 彼女の言葉に疑問符を浮かべる二人は揃って首を傾げた。

 

「――――忘れている?」

 

「何をですか。ヴィーラさん?」

 

 微塵も不安など抱いていない。

 そんな印象を抱く笑みを、ヴィーラは浮かべていた。

 

「あちらには、あの人が居るのですから。心配するだけ無駄というものです」

 

 あっ、とルリアが音を漏らした。

 そして皆一様に納得したように僅かな笑みを浮かべていく。

 

「その通りだな」

 

「間違いないわね」

 

 ヴィーラの言葉にゼタとモニカが続く。

 そうだ。この空の世界において最強の集団がいて、対星晶獣戦において最強の男があの場にいるのだ。

 心配するだけ損と言うもの。

 ならば、彼らが見定めるべき目標はフリーシア只一人。

 タワーに辿り着いたとはいえ、この先まだまだ障害となる敵は残っているだろう。後顧の憂いなど気にしていられないのも事実だ。

 

「――貴様等。こんな敵地のど真ん中で気を緩めすぎだ」

 

 だが、和やかになった彼等の空気をアポロの声が一蹴する。

 その視線はある一点を見つめており、その気配は既に臨戦態勢へと移っていた。

 

 

「その通りだな黒騎士様よ。この俺様が一番に出迎えてやったっていうのに、お前等油断し過ぎだぜ」

 

 

 突如割り込んてきた声に驚き、全員が視線を向けた。

 聞き覚えがあるその声は彼らの警戒度を最大にまで引き上げさせ、歩みくる軍靴の音が強敵の来訪を告げる。

 

 

「いきなりのお出ましか。アマルティア以来だな――ガンダルヴァ」

 

「今日の調子はどうだモニカ。前回みたいな腑抜けた戦いはしてくれるなよ」

 

「生憎だったな。今日の私は絶好調と言わせてもらおう」

 

「そいつぁ良い――さぁ、終幕を彩る最後の舞台だ。最高の戦いにしようじゃねえか!」

 

 

 不敵な笑みと共に、巨躯は彼等に向かって駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 光に照らされ明るくなった世界の中で、セルグとヴェリウスは向かい合っていた。

 

「ヴェリウス。それで、オレは……いや、オレ達はどうなったんだ?」

 

 “我とお主は融合の途にあったままその身と魂を砕かれた。故に今同じ所にいると言える”

 

 ヴェリウスの言葉にセルグは直前の記憶を辿る。

 禍々しく目の前を埋め尽くす黒の閃光。許容を超えたヴェリウスとの融合。限界を超えた先で黒き奔流に耐えきれず砕けた相棒。そして、その身を破壊されていく感覚。

 

「――ここはあの世とかそんな話か?」

 

 “長い歴史を見てきた我とて死した先の話など知るわけも無かろう。そもそもこうして意識を正しく持っていて我らは死したといえるのかどうかですら疑問だ”

 

「そう、だな……こうしてはっきりと意識を持っている以上死んでいると考えるのは早計か。だが、朧気な記憶の中でオレはバハムートの攻撃ではっきりと身体が破壊されていく感覚を覚えている。生きていると考えるのも絶望的だ」

 

 思い出される感覚に僅かに身体が震えた。

 その身を襲ったバハムートのチカラは絶望という言葉が相応しい。

 何者も抗えず全てを破壊しつくすチカラを確かに感じ取れた。

 

 

 

 

「そうであろうな。実際にそなたの身体と魂は砕かれている」

 

 

 

 

 突然飛び込んできた声に、セルグとヴェリウスは振り返る。

 二人だけだと思っていたこの空間。いや、先程までは確かにセルグとヴェリウスの二人しか存在していなかった。

 そんな中に突然現れた気配とそれを視界に収めたセルグは二重の意味で驚いた。

 

 

「っ!? お前は……」

 

 

 ヒトと似かよった容姿でありながらドラフの男性を軽々と凌駕する体躯。

 大槍を携え、雄々しき風と猛々しい炎を従えるその姿に、セルグは見覚えがあった。

 

 

「久方ぶり、と言わせてもらおうか――欠片よ」

 

「星晶獣……ナタク」

 

 

 

 驚きに塗れながら、セルグは嘗て自身の手で屠った星晶獣を見据えていた。

 

 




如何でしたか。

夏終わったあたりから急速にモチベ低下に見舞われて本編の執筆ができませんでしたがやっとこさ更新。
まだ読んでくださる読者さんがいれば嬉しいです。
周年アプデは微妙でしたがやる気自体は少し上がってきたのでまた頑張りますのでお付き合い頂きたいと思います。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。
感想お待ちしております

追記
アンケート機能なるものが実装されていたのでお試しに挿入してみました。
展開自体はもう定まっていますが執筆する際の文章力に本気度が増すかもしれないのでよければ回答いただけると幸いです。


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メインシナリオ 第63幕

五周年、嬉しい事は少なかったですが執筆意欲は上がっています作者です。
その勢いのままにドンドン書き進めたいと思います。

それではどうぞお楽しみください。


 

 

 ――最強。

 

 この二文字を欲するものが空の世界にどれだけいるのだろうか。

 大なり小なり、強さを求める者なら……戦いを常とする者であるなら、誰もが一度は夢にみる頂だ。

 誰もが求め、誰もが届かぬ頂きだ。

 

 秩序の騎空団。第四騎空艇団船団長のガンダルヴァにとっても、それは同じ事であった。

 

 鍛錬に鍛錬を重ね、戦いに戦いを重ね、強さだけをただひたすらに追い求める。

 彼にとって人生とは、最強へと登るための果てなき戦いであり、強さとは自身と言う存在を確かなものにする証明であった。

 

 

「こんなものか! 俺はまだ戦い足りねえぞ!!」

 

 

 任務において戦う機会があれば常に最前線へと赴き、全力で戦う。

 相手がだれであろうと、どれほど実力の開きがあろうと関係ない。

 

 全ての戦いは、最強へと登るための踏み台だ。

 そんな過剰なまでに強さを追い求める彼の思想は秩序の騎空団内でも問題視され、彼には団からの追放が言い渡された。

 自身の闘争心を満たすには都合の良い騎空団からの追放に不服の意を示したガンダルヴァは、七曜の騎士にして秩序の騎空団の団長。蒼の騎士ヴァルフリートに決闘を申込み、激闘の末に敗北した。

 

 

 

「ははっ、この俺がこうも簡単に負けるとはな。流石は七曜の騎士様だぜ」

 

 

 感無量であった。

 どれだけ猛ろうとも、どれだけチカラを込めようとも。それは全て受け流され、返される。

 強さとは絶対的なチカラだと信じ続けていたガンダルヴァにとって、ヴァルフリートの強さは異端であり、底知れなかった。

 

「君は確かに強い。だがそれは、秩序の騎空団の意向にはそぐわないものだ。真に残念ではあるが君には」

 

「殺せよ、詰まらねえご高説なんかに興味はねえ。強いか弱いか……俺にはそれが全てだ」

 

 最強へと至れない自身に存在している意味があろうか?

 清々しいまでに敗北を喫したガンダルヴァはそこで終わる事を求めるも、ヴァルフリートは首を横に振って返す。

 

「――――申し訳ないが、君の要望には応えられない」

 

「てめぇ、俺に情けを掛けようってのか……」

 

「そうではない。ヒトには誰しも生きる意味がある……ここで負けたからと言って、君の生きる意味が無い等と決めるのは早計だ」

 

 生きる意味? この男はなにを言っている。

 たった今、自身の生きる意味を奪い去った男が垂れる詭弁に我慢がならなかった。

 動かぬその身を無理矢理叱咤し立ち上がると、ガンダルヴァはヴァルフリートを睨み付ける。

 

「ふざけるなよ……俺にとっては強さこそが全てなんだよ。てめえに負けた以上、俺に生きる意味なんて――」

 

「ならば、私を倒すことを生きる意味としたまえ。いつの日か君が、真に生きる意味を見出すその時まで……私は君が生きる導となろう」

 

「てめぇ……ふざけるなよ。ふざけんじゃねえぞ、ヴァルフリートぉおおお!!」

 

 飛びかかろうとするも、無理矢理動かした肉体が言う事を聞くはずもなく、その場に倒れ込む。

 隙だらけの背中を晒す。それだけでも屈辱の極みだ……だがそれでも。

 倒れた彼を一瞥だけして遠ざかり始める背中を、ガンダルヴァは目に焼き付ける事しかできなかった。

 

 

「ヴァル……フリートォオオオオ!!!」

 

 

 屈辱と憤怒に塗れたまま、その日彼は新たな生きる意味を見出したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 床を砕かんばかりに踏み抜いた瞬間、フルスロットルを発動する。

 見た目から想定する鈍重さを覆し、俊敏に動くその巨躯は、大きく間合いを開けていた彼らの距離を正に瞬きの間にゼロにした。

 

「うぉらああ!!」

 

「ちぃっ!」

 

 武器すら抜いていないグラン達へ急接近すると同時に、抜剣して力任せに叩きつける。

 間一髪、不意打ちを予測していたアポロがリーシャを狙う一閃を防ぐが、込められた力の重さに思わず舌打ちを漏らした。

 

「反応がおせえんだよ!!」

 

 防御された事を予期していたか。強化した身体能力に任せてガンダルヴァは更に大きく踏み込む。

 アポロを躱し彼らの懐へと入り込むとその体躯を活かして長い足を振り抜いた。

 

「ガッ!?」

 

 その脚が捉えたのは辛うじてガンダルヴァの奇襲に反応し、ルリアの前に躍り出ていたカタリナとジータであった。

 下手すれば着込んでいる鎧すら砕かん勢いで打ちこまれた蹴撃は、二人をタワー内の隅へと弾き飛ばし、一瞬の出来事にグラン達の視線が奪われる。

 

「ジータ、カタリナ――きゃああ!?」

 

 その僅か一瞬の隙がルリアの命取りとなった。

 大きく無骨な手がルリアの身体を掴みあげ、その首元を締め上げる。

 

「あっ――か、はっ」

 

「ガンダルヴァ、貴様」

 

「おっと、動くなよモニカ! 動けばこの細い首が握りつぶされるぜ」

 

 掴みあげる腕を切り落とさんと刀に手を掛けたモニカの機先を制して、ガンダルヴァが悪辣な声を張り上げる。

 奇襲に次ぐ奇襲。大胆にも彼らの懐へと飛び込み、あまつさえルリアを人質に取る事を許してしまったグラン達に動揺が広がった。

 

 

「なりふり構わずか……貴様の戦いに向ける姿勢だけは評価していたが、それも地に落ちたようだな」

 

「はっ、そいつは見当違いだぜ黒騎士様よ。俺様は何も人質をとってお前たちを制しようなんて考えちゃいないさ。今更機密の少女だなんだってのはどうでも良い話だしな。

 ただこの先に行きたいなら俺様を倒してからにしろ……このガキはその要求の為の人質ってわけだ」

 

 そう言ってガンダルヴァは一歩ずつ後退しグラン達から距離をとる。

 迂闊に動けないグラン達は警戒しながらも、武器を抜くことすら叶わずにそれを見送ることしかできなかった。

 

「一人ずつだ……俺様と一人ずつ戦ってもらうぜ。折角強い奴らがこんなに揃っているんだからな。じっくり楽しまなきゃ損ってもんだろう?」

 

「その要求を僕達が呑むとでも?」

 

「後ろの階段の方に狙撃手を一人配置している……妙な動きをすればこのガキを殺るぞ」

 

 ハッとしたようにガンダルヴァが示す方を見れば確かに、狙撃体制となり構えている一人の兵士が居た。

 鈍く光る銃口がルリアへと向けられており、いつでも狙撃できる状態にグラン達は慄く。

 

「くっ、卑怯な……」

 

 状況は切迫しているというのに……こんなところで時間を食うわけには行かない。

 そんな焦りがグランたちを襲った。

 様々な思考を巡らしこの状況を打破する手立てを探るが、どれもルリアへのリスクが高い。

 警戒されているこの状況で不意を突いて狙撃手とガンダルヴァの両方を確実に仕留める手段など、そう簡単にあるわけがなかった。

 

「状況はしっかり理解できたようだな……まずは団長である小僧。お前から――」

 

 瞬間、ガンダルヴァは視界の隅で何かが閃いたのを察知する。

 確認するよりも早く彼の体はそれが脅威であることを理解し回避行動を取っていた。

 その場に着弾したのは極彩色に染められた閃光。わずかな爆発によって体勢が崩れたところでガンダルヴァの懐にはさらなる脅威が潜り込む。

 

「言ったはずだぞ、ルリア――」

「以前に言いましたよね、ガンダルヴァ――」

 

 蒼光煌く長剣と、金色に輝く短剣の二つが迫る。

 怒りと殺気に彩られた二つの刃は、不躾にルリアを掴み上げていた太い腕を半ばから断ち切った。

 

 

「今度こそ君は、私が守ってみせると」

「汚い手でルリアに触るなって」

 

 無骨な手から解放されたルリアを受け止める。

 怒りの炎を目に宿し、二人の女傑が静かにルリアを奪還してみせた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

「ぶっつぶれろぉ!!」

 

 巨大な龍に負けぬ巨大な掛け声と共に、小柄な体躯が躍動する。

 振り下ろされるはその身に不釣合いな戦斧。そして叩きつけられるはそこに圧縮された絶大なまでのチカラ。

 十天が一人、怪力無双のサラーサが放つアストロ・スプレションがバハムートの頭部を揺らした。

 

「これで、どう――ッ!?」

 

 効果の程はどうか、などと様子を見る余裕は無い。

 野性味あふれるサラーサは反射的に叩きつけた反動を利用して退避。直後その場をバハムートの口から放たれた閃光が過ぎていく。

 一瞬でも遅ければ焼き払われて墜ちていただろう。回避に成功したサラーサはニオがつくる足場に着地しながら苦々しげにバハムートを見据えた。

 

「くっそぅ、なんなんだよアイツ。全然堪えないぞ!」

 

「攻撃の手を緩めるなサラーサ。前線の俺達が引き付けなければ防御に回っているウーノがもたない」

 

「わかった! 一度でダメなら何度でもだな!」

 

「あぁ、その意気だ!」

 

 サラーサの様子に小さく笑みを浮かべながら、足場を利用してシエテも接近していく。

 先程のサラーサの攻撃で生半可な攻撃ではびくともしないのは理解していた。

 ならば、叩き込むのは生半可ではない攻撃でなければならない。

 

「天星剣王の妙技、とくと括目してもらおうか」

 

 緩い表情を一転。険しく鋭い目つきは彼にしては珍しい、正真正銘本気となった証であった。

 周囲に剣拓を展開。その数は百をゆうに超える。その全てを意のままに操りシエテが形成するのは、円錐上に連なった剣拓の槍であった。

 

「斬りつけてダメなら……削り斬るっ!!」

 

 剣拓のタワーが高速で回転をしながらバハムートへと突き刺さる。

 バハムートの硬い表皮を耳障りな音を立てながら……宣言通りにシエテはバハムートの胸部を削っていく。

 

「ありがとうシエテ――――感謝するわ」

 

 直後、ふわりとシエテの前に浮かび上がってきたのは大弓を構えるソーン。

 既にその弓には幾重にも重なった魔矢が番えられており、それを狙い済ますこともなく即座に打ち放つ。

 ディプラヴィティ――撃ち放った矢を媒介に、相手の体を魔力で蝕む彼女の得意技である。

 バハムートの硬さゆえに届かなかった攻撃であったが、シエテが穿った穴を伝うことで毒の様に蝕む魔力はその効力を発揮する。

 時間にして数秒。バハムートの動きが鈍り、苛烈な攻撃が衰えた。

 その隙を逃すほど、彼らは甘くはない。

 

「調律する。皆行って――“クオリア”」

 

 この場には似つかわしくない、静かで緩やかな旋律。

 ともすればこの喧騒の中では全てかき消されてしまうような音であるが、それは直接頭に届くように確かに彼ら耳へと届いた。

 ニオが奏でる旋律が彼等の心身の調子を整えていく。聞く者の精神に合わせ、昂るも落ち着けるも自在な旋律はその身に宿る能力の全てを発揮できる最高の精神状態へと、各々を持ち上げる。

 戦士として最高峰である彼らの最高の状態。

 それは言わずもがな、空の世界に置いて他に比類無き極限のチカラの発現となるだろう。

 

 

「シス、共に行きますよ」

 

「無駄口はいらん。ただ滅するのみ」

 

 

 それぞれの武器を構え、カトルとシスが足場を跳躍。

 身軽な二人が狙うのは巨大なバハムートの両腕。

 振り下ろされる腕を、カトルは受け流しながら短剣を突き刺すと重力を無視するかのような動きで腕へと乗り移った。

 

「全く、こんなトカゲ野郎にここまで苦戦するとはね……」

 

 表皮が硬く、僅かに突き刺さるだけに留まっている短剣を見て、カトルは苦々しげに呟いた。

 バハムートを倒すべく、十天衆が全員ここに集結している。

 星晶獣と言った強大な存在から一国家の戦力まで……一人いれば全てを覆せる程の実力を持つのが十天衆だ。その実力があるからこそ空の抑止力足りえるというのに、そんな彼等が一堂に会して尚ギリギリの戦いを強いられている。

 絶対的強者としてのプライドが揺るぐには十分である。

 

「その腕、細切れに切り刻んでやるよ――メメント・モリ!!」

 

 両手に握った幅広の短剣。それを縦横無尽に叩きつける。

 シエテ同様斬るのではなく削るような斬撃の嵐。閃光の如く閃く数多の剣閃はバハムートの腕を容赦なく切り刻んだ。

 

 

 ――――バハムートから咆哮が轟く。

 

 

 痛覚などは無い。

 だが、腕に与えられた違和感。切り刻まれ言う事を聞かなくなった肉体の原因をすぐさま察知したバハムートは、極大の魔力を込めて逆の腕を振り上げた。

 セルグとアポロ。二人の全力を以てやっと押しとどめた攻撃が迫る――――が、カトルに焦りは無い。

 

「隙だらけですよ。トカゲ野郎」

 

 巨大な腕が振り下ろされようとする刹那、一陣の風が駆け抜ける。

 否、駆け抜けたのは風ではなくヒト。

 目にもとまらぬ速さで飛び出し、すれ違い様にバハムートの腕を幾重にも深く刻むのは、絶爪を携えるシスであった。

 

「キェエエエ!!」

 

 普段の彼からは想像もつかないような気合の声と共に、俊足は躍動しアガスティアの空を駆ける。

 足場から足場。中空から地上へ。更にはバハムートの身体のそこかしこを蹴りつけ。

 縦横無尽を体現するかのようなシスの機動は、巨体であるバハムートにとって知覚できぬ未知の脅威に近い。

 シスの動きを捉えることができぬまま、バハムートの腕は徐々にその傷を増やし、深くしていく。

 

「天地虚空夜叉閃刃!!」

 

 神速の動きと斬撃がバハムートの腕を潰すのにそれほどの時間はかからなかった。

 

 

 成すすべなく刻まれたバハムートの両腕が、力なく垂れさがる。

 だが薙ぎ払うことも、叩きつけることもできないその身がもどかしいと感じる前に、その攻撃能力を削がれたバハムートは次なる行動に移っていた。

 大翼が動く。巨大な羽ばたきがその身を一つ分ほど上昇させたところで、バハムートの周囲の空間が歪んだ。

 現出するのは有り余る魔力に任せた無数とも呼べる魔力の塊。それによる飽和攻撃であった。

 

 飽和攻撃とはすなわち、島全体に降り注ぐであろう超広範攻撃。

 如何に絶対的な防御能力を持つウーノであろうとも、島全体を覆うことは不可能だろう。防御力の高さと範囲は比例するわけではない。

 ウーノだけで防ぎ切るのは難しかった。

 

 

「シエテ、ソーン。迎撃行くよ!」

 

「準備OKよ。撃ち漏らしは私が!」

 

「減らすのは俺の担当だ!」

 

 

 三者三様に構える。

 エッセル、ソーン、シエテの三人が地上から迎撃態勢を取っていた。

 

「逃さない――――ダンス・マカブル!!」

 

 撃鉄が鳴る。

 魔力を用いて無限に吐き出される弾丸が操られているように飛び交い、エッセルによって撃ち落とされていく。

 数えるのも億劫に思える数の魔力弾。その悉くが彼女によって潰されていくが驚異的なのはその精度……ではない。

 踊るように飛び交う銃弾。その最中彼女もまた、踊るように足場を飛び交い移動している。

 待ち構えての迎撃などではない。彼女は次々と魔力弾を撃ち落としながら移動し、死角にあるものまでカバーしているのだ。

 

「天星剣王が奥義――――ディエス・ミル・エスパーダ!!」

 

 翠の剣拓が飛び出す。

 千の剣拓、その全てを展開し打ち出したシエテは狙いなど二の次で魔力弾を片っ端から潰していく。

 飛ばしたすぐ傍から再召喚。止まる事なく、尽きることのない剣拓の驟雨は膨大な数の魔力弾を次々と面制圧で薙ぎ払っていく。

 

「すべて捉えるわ――――アストラルハウザー!!」

 

 宣言通り、数を以て処理するシエテの打ち漏らしを全て撃ち落とすのがソーンの役目であった。

 驚異的な視力。異常なまでの空間認識能力。

 そこに展開されるのは、シエテの剣拓によって悪くなった視界の中ですら打ち漏らしを見つけ出し射貫くことができる彼女の領域。

 距離をとっての迎撃という手段を取った時、彼女がもたらすのはウーノとは違う形の絶対防御と言えよう。

 彼女の迎撃を耐えると言う選択肢以外では、この領域を抜くことは不可能である。

 

 

 僅かな間、アガスティアの空を覆った強大な魔力弾の群れは、三人によってその全てを打ち砕かれた。

 

 腕を潰され、魔力弾を潰され。僅か……ほんの僅かな惑いがバハムートの中に生まれた。

 無論、ロキとルリアによって強制的に呼び出され暴走状態に在るバハムートに冷静な思考などは存在しない。

 単純に狙い通りに攻撃が出せず、破壊という結果が得られなかった事への惑いである。

 そんな惑いが僅かによぎった瞬間。

 

「隙ができたな――――巨大な龍よ」

「今度こそぶっ潰してやる!!」

 

 二つの殺意を直上より感じ取る。

 上昇したバハムートの更にその上を取っていたのはサラーサとオクトーであった。

 二人ともその身に宿るチカラを限界まで高め、その手にもつ得物へと込めている。

 

「全部……全部もっていけ!!」

 

 怪力乱神。

 戦斧から大剣へとフォルムを変えていたサラーサの武器がその全てを解放する。

 ヒトという枠から外れたような規格外の属性の力。それが作り出す隕石と見紛う程のチカラの塊。

 バハムートの頭部すら容易に飲み込めそうなその塊を、サラーサは渾身の力と共に振り下ろした。

 

「メテオ・スラスト!!」

 

 バハムートの巨体を押しつぶさんばかりに叩きつけられた塊が大きな爆発をもたらす。

 防御、抵抗。そんな事をする余裕がなかったバハムートは無防備なままサラーサのメテオ・スラストを受けて僅かな悲鳴を挙げた。

 だが、これで終わりではない。

 衝撃であおむけに落下を始めるバハムートをそのままオクトーが追撃する。

 

「――絶刀招来」

 

 両手に握られた刀を収める。

 一撃に重きをおいた今この時、彼が用いるは両手に握る切り結ぶための二刀ではなく、相手を断ち切るための一刀。

 魔力をつたえ自在に動く長い白髪が最後の一刀を握る。刀神オクトーはこれにより、剣士として絶対に超えられないある壁を突破した。

 

 それは、間合い。

 自在に、それもしなやかに動く長い髪が刀を握る。それは間接や長さといった制限を取っ払った長大な間合いを取る事の出来るもう一本の“腕”である。

 間合いが……リーチが伸びるほど、振るわれた時の先端の速度は加速的に増す。

 ドラフの長身を以てすら地面を引き摺らんばかりの髪が握るその先端の速度は如何ほどになるだろうか。

 剣速が、ヒトの出せる領域を超える。

 

 一刀に込められたチカラが解放されていく。

 彼がもつ地属性のチカラが限界まで引き出され、それは奇しくもセルグと同様の奥義の形をとる。

 即ち、一撃だけの全力の一閃。

 

「捨狂神武器!!」

 

 身体を回し、頭を振り……予備動作を最大限にとり、遂に打ち放たれるのは巨大な斬撃。

 最大の剣速と込められた強大なチカラが相乗し、オクトーの奥義は巨大な一閃となってバハムートを襲う。

 落下中のバハムートを加速させ、首元から腹部に掛けて……深い裂傷が刻まれる。

 シエテをして削る事しかできず、カトルやシスであっても幾重にも刻みやっと傷を残せる程の防御力を誇るバハムートの身体を、オクトーの一閃が深々と切り裂いた。

 

 明確に、確かな悲鳴がバハムートより挙がった。

 サラーサとオクトーがもたらした衝撃はそれ程までにバハムートにとって驚愕に値する威力を持っていたのだろう。

 悲痛とも取れる声を挙げながら地上へと落下していき、バハムートは噴煙を上げてアガスティアの地表へと激突した。

 巨体の質量がもたらす激しい地響きを聞きながら、十天の面々は警戒を解かぬまま噴煙の中に消えたバハムートの様子を伺う。

 

 これで終わりのはずがない――――全員の脳裏にその予想がよぎる。

 

 感じられる存在感と気配にほとんど衰えは見られない。

 彼等の攻撃は確かに効いてはいるが、それは彼の星晶獣の行動を抑えるだけに留まり、その存在にダメージを与えるまでには至っていない。

 威力が足りないとかそういう事ではない。

 バハムートが司るは破壊と再生。星晶のコアを砕かれない限り、その身は再生をしていく。

 

 数秒か、数十秒か。少しの間静寂が訪れ徐々に噴煙が晴れていく……

 

 

「むぅ、あれでもまだ足りぬか」

 

「くそぅ、あれでも全然だめなのかよ」

 

 オクトーとサラーサが僅かに驚嘆の声を漏らす。

 噴煙晴れた先に在ったのは、両腕の再生を終え腹部の深い裂傷に明らかな怒りを見せて唸るバハムートの姿。

 

「さっきよりも旋律が荒れてる……それに、散漫だった意識が同じ方向を向いた。多分、私達を完全に敵として認識した」

 

 ニオの言葉を真とするようにバハムートの威圧感が増す。暴走状態にあり島全体を標的としていたバハムートの意識が彼らのみに集中していた。

 大翼が再び羽ばたき空へと舞い戻ったバハムートは、空へと吠えた。

 暴力的なまでの音が空の世界に木霊する。

 バハムートのチカラに呼応し吹き荒れる風が音と共に彼らを怖気づかせ、同時にバハムートの身体が僅かに大きく成ったかのような錯覚を起こさせた。

 全身の鱗が逆立ったかのようにバハムートから漏れ出たチカラがその身を覆っていく。

 

 正に逆鱗に触れられた龍は、彼らを滅する為に真の力を解放したのだ。

 

 

「ははっ、シェロちゃん……ちょっと冗談キツイんじゃないかなこれ」

 

 

 最強の集団。

 その頭目である彼であっても、目の前にいる絶望を体現した存在に、不安を隠すことはできなかった……

 天井知らずのチカラに対抗する術は徐々に減っていくだろう。

 彼らの戦い方はロゼッタが言っていた一対一の戦いでは、既になくなっている。

 付け焼刃ではあるが互いに援護し、協力をしなくては対する事が出来ないでいた。

 

「それでも……頼みの綱はまだ残されてるってね」

 

 再び始まるギリギリの戦いへと身を投じながら、シエテは一瞬だけそれに意識を傾ける。

 魔法陣の上で多大な魔力に包まれ、復活を今か今かと待ちわびている男の元へと。

 

 

 感じられる気配は、いつの間にか小さく希薄なものへと変わっていたのだった……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 機密の少女の奪還。

 

 目を離さずに狙いをつけていた矢先、視界外からの攻撃と余りに早い事態の変遷に反応しきれなかった狙撃主は瞬間的に我に帰る。

 

「くっ、中将閣下!!」

 

 慌ててガンダルヴァの腕を切り落とした二人へと銃口を向けて引き金を引くが、それはカタリナが張る障壁に阻まれた。

 

「閣下、後退を!」

 

「引っ込んでろ!」

 

 援護するべく立ち上がった兵士を制して、ガンダルヴァは切り落とされた腕を拾い上げる。

 その顔には予想外にも、未だ小さな笑みが浮かんでおり、ルリアを奪還された事を歯牙にもかけていない様子が伺えた。

 

「俺様も大概だな……仕留めたと思って油断して足元を掬われるとは。お前達を甘く見てはいけないのだと、ちゃんと意識していたはずなのによ。あの瞬間、防御障壁を張っていやがったか――――カタリナ中尉?」

 

 敵意を剥き出しにして自身を睨み付けるカタリナの、無傷な様子にガンダルヴァは事態の推移を推測した。

 

「あぁ、本当なら受け止めきるつもりだったが、威力を殺しきれなかったよ。そのせいでジータも巻き込んでしまった。

 それでも、これ以上ルリアを守れない失態は犯せないからな。不意打ちも奇襲も想定はしていたさ」

 

「負けず嫌いだと言いましたよね。これ以上貴方に好き勝手させるとお思いですか?」

 

 挑戦的に返す二人に、思わず小さな笑みがこぼれる。

 予測されていた……思い通りに事が運んだと思わされていた。

 互いに予想外な部分はあったが、またしても一枚相手が上手だったのだ。まだまだ相手を甘く見ていたのだと思い知らされる。

 

「ハハッ、カタリナ中尉だけでなく小娘にまでこうして対応されちゃ俺様もいよいよもって余裕がなくなってきたな。

 全くどいつもこいつも、簡単に俺様を超えようとしてきやがる――――おい、ここはもういい。お前は上層の持ち場に戻りな」

 

「し、しかし閣下」

 

「行けと言ってんだよ――俺様の事は気にするな。どうせお前一人いたところで何も変わらねえ」

 

「――分かりました、ご武運を!」

 

 後方で待機していた狙撃主を持ち場へ帰らせるとガンダルヴァは一人嘆息する。

 最強を追って幾星霜。人生の全てを費やしてきたと言っても過言ではない己の戦いを振り返る。

 ヴァルフリートに敗れ、セルグに敗れ、リーシャに敗れ――――最強を目指すにしては余りにも敗北に塗れているだろう。

 そして今また目の前で、カタリナとジータが自身を打ち倒さんばかりに気勢を上げている。

 揺るがぬ強さはどこへ行ったか。何者も犯せぬ頂きはどこへ消えたか。

 負ける事を知らない己を……どこに置いてきてしまったのか。

 

 払拭しなければならない。敗北に塗れた自身の強さを。

 取り戻さなければならない。どんな強者にも打ち勝つ強さを。

 その為なら――

 

 

「全くいやらしい物だよなぁこいつは……」

 

 

 懐をまさぐる。

 目当ての物が指先に当たる感触を得て、僅かな間を置くもすぐにそれをガンダルヴァは掴みとった。

 

 

「紛い物だとわかっていても……俺様みたいに強さを求める人間には魅力的に過ぎる」

 

 

 禍々しい黒の結晶――魔晶。

 純粋な戦士として、紛い物である強さを認めたくはない。以前の彼であればそう言って切り捨てたであろう。

 だが、そう考える一方で。使えばフリーシアですらアポロと渡り合えるのだと聞かされて、自身が使った時どうなるかと想像する事は禁じ得なかった。

 どれ程までに強く成れるのか。どれ程までに最強に近づけるのか。

 溢れる興味が、その手に魔晶を取らせることを躊躇させることはなかった。

 

 

「フリーシア、ポンメルン、魔晶兵士。性能の証明は十分だろう」

 

 

 まるで自死をするかのような心持ちのなか、ガンダルヴァは魔晶を解放する。

 使用と共に極端に膨れ上がるチカラ。

 鼓動と共に血流の様に巡るチカラ。

 切り落とされた腕を切断面に合わせれば、ブーストされた再生力は正に元通りの状態へとガンダルヴァの腕を再生させる。その様に、もはやヒトである事を捨て去った気がした。

 

 

「心地良い感触だ。何をしても持て余しそうなくらいチカラの高まりを感じる」

 

 

 強者としての矜持。そんなもの既に必要ない。

 敗北に塗れ、最強から遠ざかった己にとって何よりも欲しいのは高みへと至った証。

 世界が終わるその寸前まで、自身が最強へと近づいた事を証明したかった。

 呆然と、その変容を見る事しかできなかったグラン達を尻目に……荒れ狂う暴風のようなチカラを身に纏いったガンダルヴァは剣を構える。

 禍々しいチカラを湛えながらも、そこにフュリアスのような狂気は微塵もない。ただひたすらに戦いを求める闘志だけが彼の身体を突き動かす

 

「さぁ、世界が終わる前に……お前達全員で最高の戦いをさせてもらおうか」

 

 強さのみを求め続けた男の、最後の戦いの幕開けであった

 

 

 

 

 未だかつてない強敵へと変身を遂げた彼を前に、グラン達は静かに息を呑む。

 

「おいおい、只でさえ強い中将さんが魔晶使うとか……そんなのありかよ」

 

 思わず呻いたラカムの言葉は彼らの心を代弁しているだろう。

 一兵士どころか戦闘とは無縁なフリーシアですら強大なチカラを手にすることができる魔晶。

 それを一線級の強敵であるガンダルヴァが使用したのだ。その戦闘力は既に想像できる範疇を超える。

 

「お前達、全員で掛かるぞ。自身を強化するあの使い方ではフュリアスと違い私の剣も効果がない。

 純粋な戦闘力において、あの男は既に私にも匹敵する」

 

「了解だ黒騎士。僕とアレーティアで前衛を、皆は距離を取りながら援護を――」

 

「待ってください、グランさん」

 

 即座に戦闘態勢に移行するグランに待ったをかけ、リーシャとモニカが前に出る。

 決然と言い放つリーシャに嫌な予感がヒシヒシと感じられる中、紡がれるは悪い意味でグランの予想通りの言葉。

 

 

「ここは私達が引き受けます。皆さんは先へ」

 

 

 小さくため息が漏れかけた。全く、すぐこれだ……

 こんな状況にも関わらず胸中でため息を吐かざるを得ない言葉に、グランが思わず目を伏せる。

 これはセルグのせいだろうか? どうにも強敵を相手に自身で一手に引き受けようとする輩が彼らの中には多い。

 言われて先に進み、仲間を置いて行く側の身にもなって欲しいものである。

 

「リーシャ、そんな事俺様が許すと思ってるのか? お前達二人で掛かってくるよりは全員で掛かってきた方が利口だと思うぜ」

 

「そうだよリーシャ。ガンダルヴァの言う通り……全員で掛かって早く決着をつけるのが最善だ」

 

 まさかガンダルヴァの言葉に同意するとは思わなかったが、グランはバカなことを告げた二人に対して苦言を呈する。

 状況が切迫しているのは重々承知だ。

 理解はしているが、かといって彼女達の提案はあまりに無謀が過ぎる。

 

「ですが、全員が足止めされてはそれも危険です。時間を取られれば取られるだけ、フリーシアの思惑通りになります。

 それに――勝ち目が有ろうと無かろうと、身内の不始末は私達の責任です」

 

「あぁ、ヴァルフリート団長の……ひいては奴を野放しにしてしまった秩序の騎空団として、私達はこの男を止めなければならない」

 

 ――秩序の騎空団として。

 ヴァルフリートが……秩序の騎空団が創りだしてしまった結果が今目の前に在るのなら、払拭するのは自分達でなければならない。

 全空を守る秩序の騎空団としての矜持がそこにはあった。

 

「成るほど、確かにそうだな……身内の不始末なら、責任を負わなければならないだろう」

 

「カタリナ!? 何を言って――」

 

「それならつまり、私達の責任でもあるって事だよね」

 

「えっ? ジータさん、何を言って」

 

 だが、そんな矜持など知った事かと言わんばかりの者が二人。

 グランとリーシャの惑う声を聞き流し、更に前へと歩み出るのはカタリナとジータ。

 先程ガンダルヴァの腕を切り落とした時の空気は霧散し、今は軽い口調と雰囲気を纏っているがそれでも油断なくガンダルヴァを見据えていた。

 

「つまりこういう事でしょ。ガロンゾでセルグさんが取り逃したのが悪いんだから身内の不始末の責任を負えって事だよね」

 

「その通りだ。仕方ないな……こうなれば私とジータもここに残り二人と共にガンダルヴァを打ち倒して見せよう」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい二人とも。私達はそういう意味で言ったんじゃ――」

 

 少しばかり責める様な声音で、リーシャは二人を止めようと口を開くがその肩をアポロが抑える。

 

「良いだろう小娘にカタリナ。お前達のその提案に乗ってやる……行くぞグラン、状況が切迫しているのは間違いがない。

 優先目標はルリアをリアクターの場所まで連れていく事。奴等を全て打ち倒す事じゃあないはずだ」

 

「黒騎士!? でも魔晶を使ったガンダルヴァを相手にして」

 

「案ずるな。小娘は強い……この私から魔法を教わったのだ。少なくとも簡単にやられはしないだろう」

 

「ふふふ、ありがとうございます。ということだからグラン、ここは任せて先に行って。

 ――私は、必ず追いついて見せるから!」

 

 ジータの言葉にグランは逡巡。僅かな思考を回すも、結論はすぐに出た。

 誰よりも信頼できる双子の片割れがこう言っているのだ。それを信じられないと言えるものか。

 何より、先を託す彼女達の信頼を無下にできようものか。

 

「――わかった。四人とも、必ず追いかけてきてくれよ。

 ルリア、いくよ!」

 

 同じ轍は踏まないとルリアの手を引き、グランがガンダルヴァを避けるように走り出す。ついでに逆の手ではビィの頭を掴んでおり、小さな悲鳴が挙がった。

 アポロが最後まで警戒を続ける中、他の面々はグランに追従していく。

 

「お姉さま……」

 

「何をしているヴィーラ。早く行くんだ」

 

「共に戦えない私の不義をお許しください――どうか、ご武運を」

 

 危険な戦いとなる事は火を見るより明らか。

 そんな戦いにおいて敬愛するカタリナと肩を並べられない事を嘆き、しかしながらそれを割り切って先へ進む……ヴィーラにできる事は只、カタリナの武運を祈る事だけであった。

 

「安心してくれヴィーラ。私は絶対に、君を残して死ぬことはしないさ」

 

 懸念を払拭するように柔らかな声音がヴィーラの耳を震わせる。

 いつも通りの凛々しさ。彼女だけに向けられた気遣いの声が、ヴィーラの後ろ髪引く想いを断ち切った。

 

「いくわよヴィーラ」

 

「ええ、行きましょうゼタ」

 

 ゼタの呼びかけに応じて走り出すヴィーラはもう、振り返る事は無かった。

 

 

 

 ジータ、カタリナ。

 リーシャ、モニカ。

 互いの矜持をもってこの場に残った4人と、ガンダルヴァが対峙する。

 

「あっさり行かせてくれたな。どういうつもりだ?」

 

「どういうつもりもねえさ、モニカ。ここでお前達を片付け、すぐに追いかけるだけだからな」

 

「心外ですね。私達4人を相手に勝てるとでも?」

 

「随分と自身過剰だなリーシャ。いつからお前はそんなに強くなった?」

 

「お二人とも油断はしないでください。この男は元々、一人で全員を相手にする気でいたんですから」

 

「その通りだ……決して、軽く見てはいけない」

 

「よくわかってるじゃねえか。セルグの野郎がいなかったのは予想外だったが、俺様は全員をここでぶったおす予定だったんだ。甘く見てるとすぐに終わっちまうぞ」

 

 言葉と同時に解放される、炎のチカラ。

 魔晶とは別の、ガンダルヴァがもつ本来のチカラ。それが魔晶によって増大し、彼の気配は更に一段階膨れあがる。

 

 しょっぱなから全力。手加減など欠片もない。

 

 その雰囲気を察知し、ジータ達も構えた。

 カタリナはライトウォール・ディバイドを周囲に展開。リーシャもウインドシャールで全員の防御力を補助。

 ジータはエレメンタルフォースで全員のチカラを底上げし、モニカはヴィントシュナイデンで己のリミッターを解放する。

 

「行くよ――四天刃」

 

 更にジータは四天刃を解放。

 金色の光に包まれ、まだ幼さ残る少女は戦士として遥かな高みへと昇り詰める。

 

 

 

 いざ!

 

 

 声無き号令を耳にし……4人と1人は全てを賭して今、ぶつかり合う。

 

 




如何でしたか。

アンケートに結構お答え頂きまして非常に嬉しかったです。
以外であったのが主人公の活躍を期待する人もいた事。
そしてスポット参戦であった十天の皆さんに期待する人も多かった事で作者はもう気が抜けないであります。

また逃げられない古戦場が始まってしまうので執筆できない時間が続きますが、GWあたりを目処に次回投稿予定です。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。
感想、お待ちしております。


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メインシナリオ 第64幕

書く書く詐欺でごめんなさい。
アプデで重周回多過ぎてGW中も全然書けず。
個ラン分稼いだので戦場中に書き上げました。

それではお楽しみください。


 

 

「久方ぶりだな。欠片よ」

 

 

 目の前に現れた見覚えのある顔。

 嘗て自身の手で屠った星晶獣を前にして、セルグは戸惑いを隠せなかった。

 

「星晶獣ナタク……なんでお前が」

 

「ふっ、驚いているようだな。

 そなたのその顔を見れただけでも一興か。長らくそなたの内に眠っていた甲斐があったと言うものだ」

 

 星晶獣だというのに、ヒトに似せて妙に整った顔が感情豊かな様子で笑った。

 それを見てセルグの中に無性に苛立ちが募る。まるで我が子に向けて微笑むような表情は、嘗て死闘の末に自身を屠った相手に向ける様なものではない。

 そしてナタクのその雰囲気はどことなくセルグの母親に酷似しているように感じられた。

 苛立ちを表に出さぬ様、セルグは無表情を装いナタクへと口を開く。

 

「なんで……どうしてお前が出てくる。そもそもオレの内に眠っていた? ここは一体なんだってんだ」

 

「うむ、当然の疑問だな。

 ここは、そなたが形成した内なる世界。そなたが翼の欠片から覚醒へと至るためにその身へチカラを取り込むその器、といった所か」

 

「器? チカラを取り込む……って事はあれか。もしかしてお前意外にもオレが戦ってきた奴等がいるってのか」

 

 ナタクの言葉で、セルグの脳裏に次々と思い浮かぶ星晶獣達。

 目の前にいるナタクも含め、これまでセルグは数えきれないような数の星晶獣を屠ってきた。

 母親である少女からも、セルグのこれまでは覚醒へと至るための準備期間であることをほのめかされている。

 であるなら、ナタクがここに出て来た以上あるこの状況に対する答えにはある程度の察しが付いた。

 

「残念ながらこうして意識を持つのは我だけだ。我が託した魂……あれがそなたの内に影響を及ぼしたのだろう。我がチカラを取り込み、そなたは我が魂にも触れたのだ」

 

「って事はやはり、オレが倒してきた星晶獣達がこの世界にいるのか?」

 

「母君が言っていたであろう。そなたは覚醒へと至るためにこの世界で生きてきたと。

 対アーカーシャとして、そなたは覚醒へと至るためにこの世界で戦い続け、幾多の星晶獣を倒しそのチカラを内へと取り込んできているのだ。

 そうして行き付く先で……そなたはセルグと呼ばれる存在の格を引き上げる必要があった」

 

「存在の格を、引き上げる?」

 

「万象の全てをチカラとする……そなたに母君が与えた魂の持つ特性だ。

 母君が言っていた様に、世界に存在できる万象の総量は決まっている。その中で世界に負担を掛けずに母君が顕現するのは不可能であった────世界という器に、母君の存在は大きすぎるのだ」

 

「だからオレを創り、世界の器の中で母上と同じ存在へと昇華させる……そう言う事か」

 

「然り。故にそなたは空の民を守る事を義務付けられた。星の民が残した遺物が跋扈するこの世界で、全ての空の民を守らんとする使命を与えられた。

 そなたはその心のままに我らを倒し続け、この内なる世界へと我らのチカラを取り込んできたのだ」

 

「それで? いきなり出て来たお前がその事実を語り、一体何をさせ──」

 

 問いかけようとした瞬間、世界が揺らぐ。

 正しく文字通り。視界に映るセルグの内なる世界は数秒に渡り揺らぎを見せ、その感触は不安を掻き立てるには十分な何かを孕んでいた。

 

「──どうやらあまり語る時間は無いようだな」

 

「ナタク、今の揺らぎは一体」

 

「欠片よ、剣を取れ」

 

 再び問いかけようとしたセルグの機先を制し、ナタクは言葉と共にその手に持つ大槍を向ける。

 

「いきなり何を……これは!?」

 

 何のつもりだ。そんな疑問に応える様に周囲に次々と顕現していく気配。

 10、20……いやもっとあるだろうか。どれもこれも、セルグにとって見覚えのある存在達ばかりであった。

 

「ここにいるのは皆、そなたの器の崩壊と共に解き放たれてしまったチカラの残滓達だ。我も含めて。

 自我こそ無いものの、その強さはそなたの魂に刻まれた通り。遜色などなかろう」

 

 氷炎纏う摂理の化身。大弓構える太陽神。死を振りまく不死の王に鳴雷従える地霊の使者等、記憶を遡ればキリがない。

 ナタクも含め、そこにいたのは属性のチカラを……世界の摂理を体現したかのようなチカラを持つ星晶獣達。

 その強さ、その全てはセルグの記憶に深く刻まれており、大星晶獣と比べても勝るとも劣らない強大な星晶獣ばかりであった。

 

「総出でお出迎えとはな……懐かしい顔ぶれに再び見えた事は嬉しい限りだが。一体どういうつもりだ?」

 

 意思の無い瞳から向けられる視線に突き刺されながら、セルグはこの中で唯一会話を成せるナタクへと問う。

 既に気配は警戒状態に入り、隙を見せる事なく顕現した星晶獣達を睨み付けていた。

 そんなセルグに応えるよう、ナタクは星晶獣達の元へと歩み寄り並び立つ。

 振り返り見せるは、意思の無い視線の中で一際目立って見える力強い瞳。

 武神。そう謳われるに相応しい戦いの意思を湛えた姿であった。

 

「────欠片よ、今一度我らを討ち、失ったチカラを繋ぎ留めよ。

 できなくばそなたの魂はここで消え、蘇生された肉体に回帰できずに死に至る」

 

「バカな、今のオレは身体を失って闘うチカラなんか何も残っちゃいない」

 

 セルグは直前の記憶を呼び起こす。

 酷使して崩壊へと向かう身体……バハムートの攻撃により折れた相棒。

 今の自身に、戦うチカラなど残っているはずが無い。

 

「間の抜けたことを言っている……ここはそなたの内なる世界。であれば、今そなたがそなたの姿を成しているのは何故だ?」

 

 呆れたようなナタクの指摘に、セルグは僅かに目を見開いて自身の身体を見つめる。

 不思議に思わなかった。疑問を抱かなかったが確かに今セルグの身体は全くと言って良い程に無傷である。

 いや、もっと言うならば疲労やチカラの消耗ですら感じられない。直前の出来事を考えれば、まともに立っている事すらできないはずだというのに。

 万全──その言葉がふさわしかった。

 

「──自分が記憶している、最も自身と呼べる正しい姿、って所か?」

 

「左様。そなたの魂に刻まれし記憶から当たり前なはずのそなたの姿が再現されている。あとは分かるな?」

 

「成るほど……上等だナタク。状況はまだよくわからねえが、今ここでやるべきことは理解したよ。

 ついでに、ここで出来る事もな────ヴェリウス!」

 

 ナタクの指摘と言葉に、この世界の仕組みを理解したセルグは小さく笑った。

 いつもの彼らしい不敵な笑み。目の前に嘗て屠った星晶獣達が一堂に会するこの絶望的な状況においてそれでも尚、セルグは余裕の笑みを浮かべていた。

 

 “ふっ、我のチカラ無しに倒してきた者達を今度は我と共に討つか。貴様の目論見通りであればこの程度もはや相手にもなるまい”

 

 それはセルグの傍らに並ぶヴェリウスも同様。表情こそ伺い知る事が出来なくとも、その声音には多分に余裕が見られる。

 

「これだけ囲まれていても……か?」

 

 ”──自身が無いか? ”

 

「ならばやるぞ。さっさと片付けて向こうに戻る!」

 

 やれるだろう? 互いの声音がそう語る。

 セルグとヴェリウス。二人は今再び混ざり合った。

 内なる世界とも言えるこの場において、彼らを形作るのは魂に刻まれし記憶。

 記憶が形作る彼等は、現実であった器の崩壊からセルグを解放し、嘗ての……最高の状態を再現して見せる。そして記憶が肉体を再現しているに過ぎないこの空間において、融合による器の崩壊は存在し得ない。

 器の崩壊というリスクを取り去った時、そこに残るのはセルグとヴェリウスにとって真の意味で最深融合となるだろう。

 記憶から万全の状態を創りだせるのなら、リスク度外視の最強の自身ですらここでは創りだす事ができるのだ。

 

「絶刀天ノ羽斬よ。我が意に応えその力を示せ。立ちはだかる災厄の全てを払い、全てを断て」

 

 記憶から呼び出した天ノ羽斬を抜刀。

 抜き放たれた刀身に宿る光。幾何学的な紋様に青白く光りが灯り、言霊で解放された愛刀をセルグは頭上に掲げた。

 

「全開解放──光来」

 

 切っ先が描く真円から、雷の如く落ちる光の奔流。

 鍔元まで有り余るチカラを蓄えた絶刀は言霊通りに全てを断つ一振りである。

 最深融合と全開解放。

 自身の肉体に強化を重ねた……セルグの魂が記憶する正に最強の自分。

 

「見事……と言いたいところだが、それだけではまだ足りぬ」

 

 圧倒的なチカラを湛えるセルグを見て、ナタクもまた不敵に笑う。

 侮りではないだろう。嘗て自身を屠った相手に対しそのような感覚は微塵もない。

 だが、ナタクは……正確にはセルグの内なる世界にいた彼等はまだこれでは足りない事を知っている。

 

「そなたの存在。その全てを、まだそなたは取り戻していない。

 だから欠片よ……我らを倒し、己の深淵へと辿り着くがいい」

 

「とどのつまりはお前らをもう一回倒せばいいって事だろう? 一度下した相手に負けるつもりは毛頭ない。今一度思い出させてやる。お前らを屠ったのは誰かって事を!」

 

 互いの挑戦的な言葉と共に、世界を揺り動かすようなチカラが発現していく。

 空間を支配していくのは、ヒト非ざる者同士が見せる強大なチカラ。各々が発するチカラがそれぞれの領域を主張せんばかりに範囲を拡げていった。

 

 そしてセルグとナタク。二人のチカラの領域が触れ合う刹那。

 

 

「絶刀招来!!」

「火尖槍!!」

 

 

 内なる世界で”セルグ”の最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 タワーの上層へと向かい、グラン達はひた走る。

 幾つもの階層を抜け、都度現れる兵士達を薙ぎ払い、正に一丸となって突き進んでいた。

 ジータ達を置いて走り出してから既に十数分。

 タワー突入からいきなりガンダルヴァが出て来た事を考えると、以後の侵攻を防ぐ障害は拍子抜けであり、然程消耗することなく進んでこれた。

 それが却って不安を煽る心理状態を作るが、そんなことに構ってはいられない。

 時間も状況も切羽詰まっている。グラン達は世界を守るべくひたすらにタワーの上層へと向かって走り続けた。

 

 

「黒騎士、いまどのくらいだ!」

 

「さぁな、私とてこの建造物の全てを網羅しているわけではない。殊更私は外にいる事が多かったからな……だがまぁ、登ってきた感触から考えても、ざっと三割といった所だろう」

 

「三割……そいつは心許ねぇ数字だなアポロ。ガンダルヴァの野郎がいきなりお出迎えだった事から考えて、この先いくらでも強敵が待ち構えているだろう。当然っちゃ当然だが、状況的にこれから先は誰かにその場を任せて進むしかなくなってくるぞ」

 

「今更それができないなどと甘えた事はぬかせんぞ。小娘共をあの場に置いてきたんだ……奴等の想い、無下にはできまい」

 

「やめなさい黒騎士。

 決断したのはまだ若い団長二人なのよ。無為に責任を押し付けるような言い回しは許さないわ」

 

「そんな気は毛頭ない。何を責任に感じる事がある? お前達は全員そろってアーカーシャを止めてみせるのだろう? 

 だったら、疑うことなく進み続けるしかあるまい」

 

「ありがとうロゼッタ。僕なら大丈夫だから気にしないでくれ……ジータ達もセルグも、必ず無事に合流してくれる。

 だから今はとにかく進むだけだ。リアクターのある最上部を目指してね」

 

 ロゼッタの気遣いを制して、グランはアポロの言葉に頷いた。

 事ここに至って、置いてきた仲間を気にして戦えない等と言う気はなかった。そして彼女達をおいて行く決断をした以上、ここから先同じ決断に迫られても迷う気はなかった。

 今ここに共にいる仲間達に、そのような無粋な心配等不要であると。グランは自身の心へと言い聞かせる。

 

「黒騎士、案内役である貴方には最後まで前を走り続けてもらう。先導をしっかり頼むよ」

 

「ふっ、この私を顎で使うか……いいだろう、この先に次の階段がある。全員離れずに付いてこい──」

 

 先導しようとアポロの表情が強張る。

 次の瞬間、固まっていた彼らの足元に魔法陣が浮かぶ。恐らくは彼らが上に乗る事が発動の鍵であったのだろう。

 与えられた術式が起動し立ち昇る光の奔流が彼らを包み込む。

 

「転送魔法か!?」

 

 ここにくる道中、既に何度か見た光景であった。

 空間を跨いで移動を可能にする超高等魔法。今の所扱える術者は一人しか思い当たらない。

 

「ちっ……人形、掴まれ!」

 

「ッ!? グラン、ごめん!」

 

「えっ、あだ!?」

 

「ルリアさん、後でお詫びします」

 

「え、ヴィーラさ──きゃあ!?」

 

「おわぁ!? なんだってんだよぅ!」

 

 僅かな思考で答えに至った三人が瞬間的に行動した。

 アポロはオルキスを抱え即座にその場を離脱。

 ゼタは一言謝罪を告げながら目の前にいたグランを蹴り飛ばす。

 ヴィーラもまた一言告げた瞬間には蹴りだされたグランに向かってルリアを抱え放り投げた。ルリアに抱えられたビィも一緒にグランの下へとダイブである。

 

 

 この転送魔法の先、間違いなくあの道化がいるだろう。全員でその罠に飛び込む愚策を犯す必要はない。

 幸いにもその考えが一致したアポロ、ゼタ、ヴィーラが取った行動は見事に噛み合いリアクターに辿り着かなければならない人物を窮地から追い出す事に成功する。

 

「そんな、皆さん!!」

 

「近づくなルリア。巻き込まれれば一緒に飛ばされる」

 

 転移魔法の途中で魔法陣に出入りをすればどんな事態になるか予想が付かない。中途半端な転移は最悪肉体の分離を招く。

 転移が始まってしまった以上、もはや互いに手を伸ばす事は出来なかった。

 徐々に光の柱の中に消えていく仲間達を見送る事しかできないルリア。手を伸ばせば届く距離に居ながら、手を伸ばすことができないこの状況が彼女の不安を煽った。

 

「ちゃんと私達も後から追いかけるわよ。そんな心配そうな顔しないでよ」

 

「ううむ、歳をとると突然の事態に身体が付いていかんのぅ……見事にかかってしまったわい」

 

「私が付いているんだからこっちは大丈夫よルリア。むしろ心配なのは私達が抜けて戦力ダウンなそっちなんだからね」

 

「はは、ちげえねえな。

 グラン、俺達の事は心配すんな。すぐに追いついてやるからよ。だからそっちもしっかりやんな」

 

「黒騎士、団長さん達をお願いするわね。決して、追い込んだりしないで頂戴」

 

「過保護が過ぎるなロゼッタ。いつまで子ども扱いするつもりだ。

 小僧はもう立派な騎空士だ。過ぎた気遣いなど侮辱に他ならん」

 

 今際の際とでも言う様な転移直前での会話。

 互いに心配をかけない様、彼等は微かに笑みを浮かべながらその時を待つ。

 光が徐々に強く成りやがて互いの姿が見えなくなると──

 

「消えちゃった……」

 

 オルキスの呟きが妙にはっきりと聞き取れる静寂の中、グラン達の目の前から仲間達の姿が消えていった。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「どらぁああ!!」

 

 裂帛の気合い。そんなものは言わずもがな。そこに乗せられたのは気合いだけに留まらない。

 強さへの執念、力への渇望、そして何よりもその身に宿った多大なる魔晶のチカラ。全て乗せられた一閃は何者をも砕く一撃となって彼女達を襲う。

 

「させん!」

 

 咄嗟に展開していたライトウォールを間に挟む。

 無双の一振り止める事叶わず盾は木の葉の様に砕け散るが、ほんの僅かな時間を稼げればそれで十分。

 

「チッ!」

 

 思わず舌打ちが漏れたガンダルヴァの懐には、脅威となる一撃を紙一重で回避し踏み込んでいるカタリナの姿があった。

 

「もらった!」

 

 氷のチカラを蓄え疾走と共に一撃。カタリナの”エンチャントランズ”がガンダルヴァを捉える。

 だが、魔晶で強化されるのは何も攻撃能力だけではない。強靭な肉体を更に覆う漏れ出たチカラ。形を持たずともそれは鎧の様にガンダルヴァの身体を守り、生半可な攻撃ではビクともしない防御力を与えていた。

 

「隙だらけだぜ!」

 

 走り抜け背中を晒していたカタリナへガンダルヴァが迫る。

 カタリナが与えた一撃などまるで意に介していない。怯ませることもできない自身の技の弱さを痛感するがカタリナは即座に回避行動をとる。

 掴みかかろうとした腕を掻い潜り間合いの外へとカタリナが逃げると──

 

「隙だらけだな」

 

 閃光奔る。一瞬の元に幾度も斬り付けるは紫電を従え自身を限界まで強化しているモニカ。

 激戦続きで尚その業に衰えは見えず、数多の剣閃がガンダルヴァへと叩き込まれた。

 

「勝機だ、リーシャ、ジータ殿!」

 

 体勢が崩れ、カタリナとモニカに意識を割いたこの瞬間。

 頃合いを図ったかのように突撃するジータが四天刃を振るう。

 四天洛往斬──四天刃の奥義にして、今の彼女が振るえる最大火力。

 すれ違い様に一閃、二閃、三閃。次々と斬り付けた箇所で光の柱が上がりガンダルヴァの身体を焼く。

 

「まだまだ!!」

 

 更にジータは右手に四天刃を握りながら左手に魔力を集中。最後の一撃と共に極限まで溜めたエーテルブラストを叩きつけた。

 巨体を焼く白き閃光と、巨大な爆発をもたらす極彩色の閃光がガンダルヴァの身体を揺らす。

 

「──ぐっ、ぬぅう。このっガキが!」

 

「リーシャさん!」

 

「これで……止めです!!」

 

 爆炎を裂いて突撃するリーシャ。突き出された剣より解放される烈風がガンダルヴァの身動きを封じその身を刻んでいく。

 蓄えられたチカラはアマルティアの時と同様リーシャにとっての全身全霊。

 じりじりと押されるガンダルヴァの姿は嘗ての焼き増しの光景となり、リーシャは勝利の糸を手繰り寄せたかに見えた。

 だが──

 

「今の俺様を押し切れると思ってんのかぁ!!!」

 

 激情の発露。

 同じ手が通用すると思っているのか。そんな言葉が込められたような咆哮と共にガンダルヴァはリーシャの攻撃を一蹴して見せる。

 一振り。全力の一撃でもってリーシャのトワイライトソードを打ち払ったガンダルヴァは間髪入れずに踏み込んだ。

 

「ごっ!?」

 

 強靭な肉体から繰り出された全力の拳がリーシャの腹部を打ち抜く。

 細身なリーシャの身体に手加減無しの一撃。散々に強化されたガンダルヴァの肉体から繰り出される拳撃など大砲と変わらぬ威力を持つだろう。

 奥義直後で隙だらけだったリーシャに回避も防御も挟む余裕はなく、無防備で受けた一撃は彼女の身体の内部へと衝撃を伝え恐ろしい速度で弾き飛ばした。

 

 床と並行に飛び、壁へと叩きつけられるリーシャ。

 そのままずり落ちたリーシャは激痛にのた打ち回る事も、苦々しく呻くような事もなく、事切れたように静かなまま僅かに身体を痙攣させて横たわった。

 

「リー……シャ?」

 

 モニカが漏らす掠れた声は恐らく彼女に届いてはいない。

 焦点の定まらない瞳が虚空を見つめている。かろうじて小さな呼吸音が聞こえている事から死んではいないだろうがそれだけだ。

 たった一撃でリーシャは戦闘不能に追いやられたのだと残りの三人は理解し、その事実に戦慄した。

 

「くっ、ガンダルヴァ、貴様ぁ!!」

 

 激情に駆られ、モニカが突撃する。

 繰り出された拳を寸前で掻い潜り、両手持ちにした刀で正確無比な一閃。

 回避行動の勢いすら利用した一閃はガンダルヴァの首を落とさんと迫るがそれは間に挟まれた剣によって防がれる。

 

「くっ、このぉ──」

 

「モニカさん下がって!」

 

 間合いを取っていたジータの声に反応しモニカは即座に離脱。

 間髪入れずにガンダルヴァに飛来するは4つの魔法。四大属性に分類される初級魔法、ファイア、アイス、ウインド、グレイブ。

 確実な詠唱と最効率の魔力運用から導き出されるは膨大なまでに展開される初級魔法の嵐。

 

「打ち砕け! エーテルブラスト・ディバイド」

 

 指揮者の指示の下、幾多の魔法が乱舞する。

 エーテルブラスト派生形。カタリナのライトウォールからヒントを得たジータのディバイドは、一つまとめて打ち放つエーテルブラストをまとめるのではなくそのまま打ち放つ。

 床から突き出た岩がガンダルヴァの動きを封じ氷がガンダルヴァの身体を凍てつかせると、風が切り裂き、炎が焼く。

 

 爆煙に包まれるガンダルヴァに直撃を確信するも、煙を切り裂き投射された斬撃がジータとモニカに迫り二人は慌てて回避をとった。

 

「数は多くても威力が足りねえよ……俺様を倒したいのならリーシャを超える一撃じゃなきゃな」

 

 煙の中、予想を覆すようにダメージ皆無な様子でガンダルヴァは現れた。

 

「リーシャが墜ちて戦力ダウン。その上残る三人ではどうにも力不足と来たか……こりゃ思ったより早く終わりそうだ」

 

 ジータ、モニカ、カタリナの三人に冷や汗が伝う。

 甘く見ているつもりはなかった。間違いなく過去最強の敵として最大限に警戒をして戦っていた。

 だがそれでも、彼女達の想像を上回るほどに目の前にいる男は強く成っていた。

 魔晶の使用。自身の命すら顧みない程の覚悟を以て高みへと至ったガンダルヴァは既に人智を超える。

 気合いや精神力でどうにかなるレベルには、既に居ない。

 

「──カタリナ殿、リーシャを頼む?」

 

「モニカ殿!? 一体何を」

 

「大事な後輩の安否が気になるのだ。すまないが面倒を見て欲しい」

 

「だ、だが──」

 

「大丈夫だよ、カタリナ。私とモニカさんで何とか抑えるから。今の私は回復魔法を使えないし、お願い」

 

「くっ──わかった。二人とも、決して無茶するなよ」

 

 逡巡の末、二人の申し出を受諾したカタリナは急いでリーシャの元へと駆けつける。

 行使できるとはいえカタリナのヒールは、ビショップとなったジータやイオ、ましてやフュンフの様にそれを得意とする面々と比較すると拙い。時間は多く掛かるだろうし応急処置が精一杯だろう。戦線復帰はかなり難しいと言える。

 

 それを承知の上でカタリナに治療を任せたモニカとジータは、視線鋭くガンダルヴァを見据えた。

 4人から2人へ。戦力はいきなり半分となり、ガンダルヴァの強さは予想以上。

 だがこの状況であっても、二人の瞳は決して諦めを湛えてはいなかった。

 

「勝った気になるなよガンダルヴァ。久方ぶりに、怒髪天を衝くと言った心持だ」

 

 大切な後輩を傷つけられ、モニカの胸中は怒りに染まる。

 それがガンダルヴァ相手だと言うのだから猶更だ。

 ここにきて先輩だから守ってやらなければ等と甘い考えは持っていなかったが、目の前で無残にも殴り飛ばされたリーシャを見て怒るなと言うのが無理だろう。

 刀は紫電を迸り、彼女もまたリスク度外視で再び己に強化魔法ヴィントシュナイデンを重ねる。

 

「諦めないよ。たとえどれだけ不利になろうとも、私の心は折れはしない」

 

 隣並び立つジータもまた同じ想いであった。

 彼女にとって家族同然である仲間。それが目の前で瀕死へと追い込まれた。

 ザンクティンゼルでフュリアスに向けた時同様、団長である顔を捨てた彼女はその想いのままに内に宿るチカラを解放していく。

 天星器の解放。その先、四天刃へと呼びかけるように更なるチカラを渇望した。

 

 ”────ぅ”

 

 ジータの脳に微かに届いた声は既に彼女の意識に割り込むことは無かった。

 集中の度合いは更なる深さへと到達し、ジータはグラン同様、意識を完全戦闘状態に落とし込んでいく。

 

「上等じゃねえか。まだまだ楽しませてもらうぜ……俺様の最後の戦いをな」

 

 

 激闘から死闘へ。極限の集中と極限の緊張。

 途方もない程に身体を酷使しながら、彼女達の戦いは苛烈さをまして再開する。

 だが、彼女達の全力を以てしても今のガンダルヴァには届かない。

 

 

 戦いは徐々に劣勢に……死闘はやがて蹂躙へと変わっていくのであった。

 

 




如何でしたか。

導入的な部分は多いですがボス連戦となると難しいところ。
物語を進めたいのですが作者の力量ではこんな風になってしまいます。

それでも楽しんでくれる方がいる限り失踪はしません。
物語完結を望んでいるのは他ならぬ作者自身ですので。
もうしばらく駄文にお付き合いいただければ幸いです。

それでは。感想お待ちしております


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メインシナリオ 第65幕

次話も多分きっと恐らくすぐに、、、


 

 

 ──視界が揺らぐ。

 

 膝を付き、地面へと下ろしていた視線を必死に持ち上げればそこには今尚暴走の気配冷めやらぬ星晶獣もどきのリヴァイアサンがいた。

 背中に深く走った裂傷はリヴァイアサンが放った水流の一閃を受けたのだろう。流れ出る血液が下半身を伝い、身体から徐々に力が抜けていくのを感じる。

 

「ぐっ、はぁ……ハハハ、失敗しちゃった、なぁ……」

 

 藍色の剣士ベアトリクスは絶体絶命の状況に思わず苦笑を漏らした。

 背中を穿った致命に近い一撃。幸いにもエムブラスクの能力でギリギリの防御は試みた為、身体を切断されることは無かったがそれでも時間を置けば死に至る程の深い傷であった。

 パートナーのユーステスは今ここには居ない。彼もまた別の地点で別の相手と戦いを繰り広げている。

 

 油断したか? 否──純粋に、連戦の疲労が彼女の動きを鈍らせた。

 まだ避難しきれていないエルステの民を守りながら、不得手ともいえる器用な立ち回りを余儀なくされ、彼女らしい一心不乱な戦闘ができずにいた。

 結果、避け切れずに受けた攻撃は鎧を断ち、背中を穿った。

 足元に血溜まりをつくりながらベアトリクスは相棒の剣を杖替わりにし立ち上がろうとする。

 

 動け、立ち上がれ。

 

 胸の内で叱咤激励を続けるも、幾ら自身と相棒に呼びかけようと彼女の身体がその声に応える事は無かった。

 ずるりと足を滑らせ倒れ込む。意識は混濁し彼女は再び一撃加えようと口を開くリヴァイアサンを見据えた。

 

「へ、へへ……まいったな……もう、ダメっぽいや」

 

 諦めの念が彼女を支配した。

 援軍は望めない。身体はいう事を聞かない。そして目の前には今にも放たれそうな水流の槍。

 打つ手なしの状況が彼女の瞼を重くさせていく。

 

(悪いなゼタ……約束、守れそうにない)

 

 口うるさい姉のような親友に胸中で謝る。

 きっとゼタは自分が先逝くなどとは露程も思っていないだろう────ゼタの予想を覆せたと思うとなんとなく、彼女は少し勝った気になれた。

 

(はは、何バカな事考えてるんだか……こんな終わり、私の一人負けだっていうのに)

 

 徐々に暗くなっていく視界の中、彼女が最後に自嘲の笑みを浮かべる。

 死ぬ気など更々なかったと言うのに……任務でも戦闘でも彼女の人生は思った通りに行かない事ばかりだ。

 

 

「死ぬなよゼタ……私は、先に逝っちゃうから……」

 

 

 上手くいかない自身の人生を僅かに呪いながら、ゼタへと最後の言葉を遺しベアトリクスの意識は闇に堕ちていった。

 

 

 

 

「エルステの為に駆けつけた貴女方を、死なせることなどあってはならない。我らの主君ならそう仰るでしょう」

 

 

 

 

 その耳に、静かな男の声を聞きいれながら……

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 ベアトリクス同様に劣勢であったイルザ、バザラガ、ユーステスの下にも、援軍が到着していた。

 

「主君の命により、アガスティアへと馳せ参じました」

 

 大柄な体躯。

 細く開かれた目は、惨憺たるアガスティアを見て憂いを帯びている。

 抱く憂いは義憤となって、心ないはずの彼に確かな怒りを宿らせていた。

 国と民を守れなかった自身に、今目の前で荒れ狂う星の民の遺物に……。

 

 嘆いてる暇などなかった。主君と前任者より託された使命は果てしなく重い。

 剣を抜いた瞬間、僅かにその身を巡る電気信号が荒れた。出力が上昇していき彼に相応しいチカラが解放されていく。

 軍という実力がものを言う世界における絶対支配者。星晶獣ですら取るに足らないと言えるだけのチカラを、その躯体は備えている。

 そう、彼は嘗てエルステにおいて大将にまで上り詰めた帝国最強の男。

 その名は──

 

 

「私は、“エルステ王国”最高顧問────躯体No002。統一名称はアダムです」

 

 

 今は亡き王より賜った命を帯びて。

 最後の救援がアガスティアの街に到着した。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 転移の光が晴れた先、徐々に明瞭になっていく視界が状況を把握し始める。

 周囲はある程度照らされるくらいの光源はあるものの薄暗い。外にアガスティアの街並みが見える事からタワー内、ないしタワー同様に高層な建造物にいる事がわかる。

 魔法陣によって転移させられてきたラカム達は、警戒を解かぬまま一か所にかたまり来るであろうはずの襲撃を待ち構えていた。

 

 

「ようこそ……と言ったところかな?」

 

 

 静寂を切り裂いて飛び込んで来る声に、緊張で張りつめていた身体が僅かに跳ねる。

 瞬間、聞こえてきた方向へとラカムは銃を向けた。

 

「そこか!!」

 

 躊躇なく撃ち放たれた弾丸は苦も無く障壁で防御されたが、おかげで件の人物がそこにいる事を全員が認識した。

 即座に戦闘態勢へと入り、各々が武器を構える。

 

「不意打ち上等と言わんばかりに撃ってきたね。まぁ、こちらもその程度は織り込み済みだけど」

 

「ロキ……やっぱりてめえだったか」

 

「当然。僕以外に転移魔法なんて使えるわけないだろう」

 

 相変わらずの薄ら笑いを浮かべて……予想通り待ち構えていたロキの姿に、ここが彼によって用意された舞台の上だと全員が理解した。

 どんな手を使ってくるか読めない以上、ラカム達は背中合わせとなり全方位を警戒する。

 そんな彼らの警戒を余所に、ロキは掴みどころない雰囲気のまま暢気にラカム達へと指を向けると、声に出しながら数を数えていった。

 

「えっと~7人か……思ったより捕まらなかったようだね。ルリアと出来損ないを逃したのはちょっと大きいかな」

 

「捕まらなかった? 何を言ってるのか理解しかねますね。後顧の憂いを断つ為私達は敢えて飛び込んできたのですよ。

 ──これ以上、道化に振り回されるのは不快なので」

 

「違ぇねえな。何年生きてんのかは知らねえがこれ以上若造に振り回されてたまるかってんだ」

 

「先に行ったのはルリアとオルキスだけじゃないんだからね。私達の団長であるグランに黒騎士も一緒。ついでにトカゲもね。

 アンタがここにいる以上、ルリア達がフリーシアの所に着くのは時間の問題よ」

 

 ヴィーラが悪辣に。オイゲンが快活に。イオが膨れっ面でロキへと返す。

 フュリアスと……バハムートの暴走。ロキの手によって彼らの戦いは大いにかき乱された。

 これ以上好きにさせるまいと、彼等はこの場でなんとしてもロキを討つつもりでいる。

 

「ガンダルヴァはジータ達が。貴方の相手は私達。あとは……ポンメルン大尉くらいかしら? 彼だけでグランや黒騎士を止められるとは思えないわね」

 

 仮に討てなくても、ここで釘付けにしておけばこれ以上かき乱される事なくグラン達が先に進める。

 ロゼッタが言うように帝国に残っている戦力は少ない。

 星晶獣を使役できるという大きな切り札を持ったロキが、ここで足止めできれば戦いは優位に運べるだろう。

 

「そういう事じゃ。当然じゃがお主を逃がす気はないのでな、覚悟……してもらおうかの」

 

 二本の剣に手を掛けて、アレーティアの視線がロキを射抜いた。

 歴戦の剣士が向ける殺気交じりの視線。普通の人間であれば腰が抜ける程殺意を感じるものだが、道化は軽く受け流し笑みを絶やすことはない。

 

「う~ん、良い気配だ。皆やる気十分なようだね……それでこそ僕もがんばり甲斐があるってものだよ。

 バハムートと言う切り札を切ったけど、やっぱり君達は何とかしてきた。まだ世界は、僕の手で転がす事を許してはくれないらしい」

 

「世界を転がす、ね……何様のつもり? そんなアンタの下らない支配欲に、世界を巻き込むんじゃないわよ。

 そんな事のために──」

 

「だからまた一つ抵抗して見せよう。

 リアクターの起動まで残り時間は決して多くは無い。僕らしくはないが黒騎士と君達の団長については残りの者達に任せるとして、ここで君達を確実に足止めする事が……僕にとっても最良だと思うんだよね」

 

 怒り心頭なゼタの言葉を遮り、改まってロキが見せてきた戦う意思に対して、一行は身構える。

 もはやいつ飛び出して攻撃を始めてもおかしくはない一触即発の空気が流れる中、それでもロキはゆったりとした動作でその手を翻した。

 防御、回避。如何様にも動けるように警戒する一行の予想に反して、翻された手からは蒼い光が漏れ出て形を作っていく。

 ヒト型で、大きさも彼等と変わらない────寧ろやや小柄な印象を受ける光が形作ったのは既に何度も相対してきた星晶獣、フェンリルの姿だった。

 

「おはようフェンリル……気分はどうだい?」

 

 新しく構成された身体の感触を確かめながら、フェンリルは低く唸る。

 不機嫌な様子を隠す気等更々ない。すぐさま漏れ出る氷のチカラは周囲に霜を広げ始める。

 目の前で身構える一行を見回しながら、フェンリルが静かに口を開いた。

 

「最低だな。

 あの女騎士……ズタズタに裂いてかみ殺さなきゃ俺の気持ちがおさまらねえ」

 

「そうだろうねぇ、君があれほどまでに何もできずにやられたのは初めてだった」

 

「てめぇロキ、喧嘩売ってんのか!」 

 

「はいはい、その調子なら問題はなさそうだね。それじゃ、相手は違うけどそのイライラを彼らにぶつけてやってくれ」

 

 正に飼い犬をあやす様にフェンリルを宥めると、ロキは命令を下す。

 目の前にいる一行を倒すように、と。

 その言葉に反応し、思わず一行から険悪な空気が漂う。

 

「へー、私達全員を相手にしてその犬っころだけで足りると思ってるわけ?」

 

 余りにも一行を舐めた物言いにゼタがすぐさま口を開いた。

 事ここに至って、一介の星晶獣如きで自分達を倒せると思っているのか。

 大星晶獣でも、ルーマシーでロキが召喚したギルガメッシュの様に強大な星晶獣でもない。

 “普通”の星晶獣がたった1体いた程度では彼らが倒せないのは当然であった。

 

「はは、まさか。今のフェンリルじゃ君達全員を相手にするには遠く及ばないよ」

 

「ロキっ、てめぇいい加減に──」

 

「だから安心して欲しいなぁ……ちゃんと枷は外してあげる」

 

「枷?」

 

 疑問符を漏らした一行だが、すぐに答えは見つかった。

 枷──それはフェンリルの両手を縛る枷とそこに繋がる鎖の事だろう。

 枷を外すという事は即ち、更なるチカラの解放を示す。ゼタの脳裏には僅かに不安がよぎった。

 

「良いのかよロキ……お前にとって大事なものなんだろう?」

 

「そうだね、君を縛る楔……と同時に、僕と君の関係を成り立たせるものだ」

 

 確認の意を込めたフェンリルの言葉に、ロキは是と返す。

 主従の関係を成り立たせるフェンリルの枷。気性が荒く、星の民を心良く思っていないフェンリルが裏切らぬようにと付けていた……正確には付けられていた枷を外すという事は、ロキにとっても大きな意味を持つ事だった。

 

「だったら──」

 

「今更君は、僕を裏切るような事はしないだろう? 兄さんを失ってからずっと……拾われてからずっと、僕に付き従ってきた君を、今更疑う必要もないさ」

 

 信頼したのだ。

 この空の世界において唯一、彼の傍にいた彼女を。

 これまで彼に付き従ってきたたった一つの兵器を。

 その言葉の意を汲んで、フェンリルの顔つきが変わった。

 苛立ちが成りを潜め、新たに漏れ出るのは冷気を溶かすような闘志。

 星晶獣という生きた兵器であるが故に、フェンリルもまたその精神状態が戦闘に影響を及ぼすのだろう。その気配は明らかに先程までの意識が散漫した中途半端な怒りの状態とは違った。

 

「ロキ……そうかよ、だったらやってやる。後悔はさせねえ!」

 

 頑丈な枷が外れ……重たい鎖が解かれた。

 物理的な影響だけではない。彼女の枷が封じていたのはもっと根本的な部分……星晶獣としての動力源、星晶がもたらすチカラ。

 軛を解かれたコアが躍動する。目覚めにも似た心地の中、自由になった手足が羽のように軽くなり、封じられたフェンリルの本能が目覚めようとしていた。

 

「但し、対抗策は用意するけどね」

 

「あ? 何をいって──てめぇ、その魔法陣は!」

 

 フェンリルが振り返った先で、ロキは再び手を翻す。

 浮かび上がる魔法陣。黒くはあるが禍々しい気配は感じられない。

 だがその魔法陣にフェンリルは見覚えがあった。

 忘れる事は無い──自分と同じく、ロキのもう一つの従者を喚ぶ魔法陣。

 

「ビューレイスト・ルークの名において、主の呼びかけに応えよ」

 

 最後の星の民として、その能力を発揮したロキはその名を紡いだ。

 

「──召喚。星晶獣”ケルベロス”」

 

 瞬間、赤黒い魔法陣から大きなチカラが噴出する。

 一行が警戒を強める中、チカラの奔流から彼らの前に飛び出してきたのは──

 

 

「じゃじゃーん! 呼ばれてきたわん!」

 

 

 両手に可愛らしいぬいぐるみをはめた、なんとも軽い空気を纏う女性の姿だった。

 フェンリル同様に獣の耳が覗き、姿形はエルーンの女性に近いだろう。

 手甲脚甲で手足は覆われているものの全体的にかなり露出の高い姿は、やはりどこか人と外れた印象を受ける。

 顕現したケルベロスは周囲を見回してロキを見つけると、端正な顔を輝かせるようにして飛びついた。

 

「久しぶりだね、ケルベロス。元気にしてたかい?」

 

「も~ご主人様ったら全然私を呼び出してくれないから寂しかったわ」

「不義理だわん」

「面白くないわん」

 

 フェンリルとは真逆でロキに懐いている様子をみせるケルベロス。

 少しばかり予想外な星晶獣ケルベロスの姿に思わず一行が呆ける中、ロキとケルベロスは互いに挨拶を交わした。

 なぜか彼女の両手にはめられたぬいぐるみまで喋っている気がするが恐らく気のせいだろう……。

 

「悪かったね。呼び出すような事態も無かったし、フェンリルがいると君とすぐ喧嘩しそうだったから……だけど、そうも言ってられなくなっちゃったんだ。

 また、君のチカラを貸してくれないかい?」

 

「ご主人様の為なら条件付きでオッケーしてあげる」

「これからもずっと一緒わん」

「もうそいつばかりにいいかっこさせないわん」

 

 ラカム達をそっちのけに話が進んでいく。

 こうしている間にでも不意打ちの一つや二つ食らわしてやれば戦闘を優位に進められたのかもしれないが、フェンリル共々緊張と闘志に漲っていた空気に放り込まれたケルベロスの衝撃は、彼らを現実に戻すまでに多分な時間を要するのだった。

 

「もちろんさ。フェンリルと共に今後は僕のそばで戦ってもらいたいな」

 

「ふふ、そうこなくっちゃ」

 

 考える素振りすら見せずにケルベロスの条件をロキは快諾。

 瞬間、星晶獣と知らなければ誰もが見惚れるであろう愛らしい笑顔で、ケルベロスは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 思わず顔を逸らしたラカムの姿を、ゼタとイオは見逃さなかった。

 

「おいてめえ、いつまでそこでイチャイチャしてんだよ! 

 聞いただろ、さっさとこいつらを潰すぞ」

 

「あらフェンリルも、久しぶりね」

「良く生きてたわん」

「別にいなくても良かったわん」

 

「このっ……まぁいい、とにかくやるぞ」

 

「はいはい、御主人様の為にもがんばるわよっと」

 

 フェンリルとケルベロス。

 同種の星晶獣が目の前に2体並び、再び彼らの間に緊張感が戻った。

 

「全く、何かと思えば煩い犬がもう一匹増えただけですか……これでは余り期待できそうにないですね」

 

「あぁ? 空の民風情が舐めた口利きやがって……おい、ロキ。全部喰っちまっていいんだよな、こいつら?」

 

「好きにしてくれ。空と星、格の違いを知らない愚者にその差を教えてやると良い」

 

「まったくこれだから狼は品がないわん」

「誰彼構わず喰らうとか、低俗わん」

「でもとりあえず、思いっきりやっちゃっていいのよね?」

 

「あぁ、構わないよ。思いっきりやってくれ」

 

 ロキの言葉を受け、ケルベロスもまた小さく口を歪ませる。

 主に似たその軽い笑みはしかし、一行の不安を掻き立てるには十分であった。

 枷を解かれたフェンリル。それに並ぶ同種の星晶獣ともなればそこに力の差はほぼないだろう。

 事実、感じられる気配はルーマシーでゼタが対峙したギルガメッシュやヘクトルにも勝るものであった。

 

 

「ちっ、こっちも全力で迎え撃つわよ! 

 アルベスの槍よ、我が信条示す為汝が最たる証を見せよ。その力今ここで解き放たん!」

 

「そろそろ反動も積み重なって来ていますが、致し方ありません……シュヴァリエ!」

 

 アルベスの槍の解放とシュヴァリエとの同化。

 ゼタとヴィーラを筆頭に、一行は全力の戦闘状態へと移行する。

 アガスティアに来てからこれまで一度たりとも気を抜ける戦いなど無かったが、この場においてはそれすら生温い死闘と成りえるだろう。

 目の前にいる2体の星晶獣に、全員がその気配を察知していた。

 

「ゼタ、ヴィーラ。儂と共に前衛じゃ」

 

「援護は引き受けた、三人とも気ぃ付けろよ!」

 

「イオちゃん、私と一緒に相手の攻撃を阻害するわよ。やれる?」

 

「任せて、あんな犬っころ達に好き勝手させないんだから!」

 

「全員気を引き締めろよ! ここ一番の正念場だ!」

 

 ラカムの号令と同時に、ゼタ、ヴィーラ、アレーティアが飛び出す。

 接敵の前に放たれたオイゲンの銃弾がフェンリルとケルベロスを分断し、即座に前衛3人は接近。

 それぞれに一撃を見舞おうとするも、それを軽くあしらい、フェンリルとケルベロスは一行を見据えた。

 

「調子に乗るなよ……人間風情が!」

 

「あんまり甘く見ないで欲しいな……なんてね」

 

「上等。必ず叩き潰してやるわよ!!」

 

 

 負けじと吠えるゼタの声を皮切りに、タワー内で新たな激闘の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 自身を追ってくる青い炎が地を焼いていく。

 焼く、という表現には語弊があるかもしれない。何故ならその炎は触れた者を凍り付かせる氷結の炎なのだ。

 

「ちっ、ヴェリウス!」

 

 ”速度を上げるぞ、振り回されるな! ”

 

 画一した意識が互いの意思を伝え合い、セルグとヴェリウスは一つとなった身体を十全に機能させて宙を駆けた。

 その速度たるや、一瞬にして追従してきた攻撃を振り切る。同時に攻撃の主である星晶獣フラム=グラスの背後へと回り込み一閃。

 

「光破!!」

 

 唐竹に振り下ろされた一閃がフラム=グラスを真っ二つに割り、星晶の塵へと還す。

 切り捨てた勢いそのままに、天ノ羽斬を掲げると頭上より飛来する雷が天ノ羽斬へと落ちる。

 

「雷霆公、それにバアルもか!」

 

 どちらも光のチカラを扱う星晶獣。故にセルグにとっては与し易い。

 同質の光属性を用いて防御、そして効果が高いヴェリウスの闇のチカラを天ノ羽斬に付与すると。

 

「絶刀招来天ノ羽斬!!」

 

 極光であった斬撃を闇へと変換し、2体の星晶獣を屠る。

 

「流石だな、欠片よ!」

 

「ナタクっ!?」

 

 奥義後の隙を狙うように振り下ろされる大槍。

 この中で唯一セルグと言葉を交わせるナタクの声に反応してセルグは切り結ぶ。

 既に残りはこの武神ただ一人。意識をナタクのみに向けセルグは天ノ羽斬を強く握った。

 嘗ては膂力の違いで鍔迫り合いなど有りえなかったが、今は違う。内包するヴェリウスのチカラ。天ノ羽斬により強化された自身の力はナタクと対等に戦う事を可能としている。

 身体と武器の大きさをものともせずに、セルグはナタクと対等に切り結び続けた。

 

「ふっ……ははは、最高だぞ欠片よ。この武神と小細工無しに切り結べるようになっているとは。

 ならば少し上げるか──風火二輪!」

 

 炎と風が大槍へと集う。ナタクの風火二輪によって早さと威力を跳ね上げた一撃が次々とセルグを襲う。

 

「くっ、やろう……調子に乗るなよ!」

 

 対してセルグは右手を翻す。

 天ノ羽斬を持つ手と逆の手に現れるは翼を象る一振りの剣。夜空を思わせる漆黒に彩られた一振りの剣翼を顕現させると、セルグは攻めに転じた。

 

「多刃・絶」

 

 2本になった事で2倍増し……になるわけではないが、防ぐ手と攻める手、二刀を以ての攻め、選択肢の増加はそれだけ戦いの幅を広げる。

 防戦から転じて先の先を取る攻めへと転じたセルグは一気呵成にナタクを斬り付ける。

 一閃、二閃、三閃……防御を打ち崩し、隙を作った身体に叩き込まれる剣閃は無慈悲にも深々とナタクの身体に刻まれた。

 

「ぬぅ、まだ……まだだ!」

 

 不利を悟るも、それを振り払うように声を上げナタクは飛翔する。

 頭上高くへと翔んだナタクの姿を見てセルグには、嘗て彼と死闘を演じた時の光景が重なった。

 

「ナタク……あの時と同じにはならねえよ」

 

 剣翼を消し、天ノ羽斬を弓なりに構える。

 防御も、回避もしない。見据える狙いは只一つ。

 迎撃──ナタクの攻撃を完全に打ち破り、更にそのまま叩き伏せる。

 それができると疑う事は無い。

 

「欠片よ、今一度我が奥義の前に伏せよ」

 

 ナタクは風火二輪によって跳ね上がるチカラを槍へと集約。全身全霊をかけての奥義を敢行する。

 疾風の如き速さで落下を始め、大槍が炎に包まれた。烈風が更にナタクの背を押し、目にもとまらぬ速さを奥義の一助として。

 本来なら投擲する筈の大槍を握ったまま、ナタクはセルグに向けて吶喊していく。

 

「いくぞ、欠片よ!!」

 

 自身をそのまま一つの槍と化したナタクの奥義を前に、セルグもまた地上より飛翔して応じた。

 弓なりに構えたままナタクに向かって突撃すると、そのまま天ノ羽斬突き出した。

 ルーマシーで大樹の一部を打ち砕いた天ノ羽斬の奥義派生。

 二つの奥義が、セルグの内なる世界を揺るがしてぶつかり合う。

 

 

「火尖槍!!」

「絶槍招来!!」

 

 

 拮抗は一瞬。

 

 最深融合によって強化されたセルグの奥義はナタクの火尖槍を完膚なきまでに打ち砕いた。

 その身体ごと突撃していたナタクはセルグの奥義によって右腕から肩にかけてを吹き飛ばされ、制御を失い地に堕ちていく。

 

「がっ、は…………ふっ、ふふふ。見事だぞ、欠片よ」

 

「お前にとってもそうだったかもしれないが、オレにとってもお前との戦いはリターンマッチだ。

 あの時のオレはまだ弱かったからな……真正面からお前を倒すことはできなかった」

 

 ナタクの傍へと降り立ち、セルグは光蓄えた天ノ羽斬を向ける。

 この光景もまた、嘗ての戦いの時と同じ。見下ろすセルグと見上げるナタク。

 その位置関係が二人の強さの序列を表していた。

 

「どちらにせよ俺は二度も負けたわけだ……もはや武神などとは名乗れぬな」

 

「どのみちお前もオレの中に取り込まれた存在なわけだろ? ならこれからはオレがお前で、オレが武神になってやるさ」

 

「ふっ、なるほど。その言い分もある意味正しいと取れるか」

 

 嘗ての時と同じ構図でありながらセルグがナタクを見る目は大きく違った。

 任務の討伐対象としてしか見ていなかったセルグ。嘗てのセルグにとって星晶獣は基本的に絶対悪であった。

 そんな星晶獣と、僅かに笑みを浮かべながら軽口を言い合えるような時が来るとは夢にも思わなかっただろう。

 

「そういえば戦う前に言っていたな。融合だけではまだ足りないって……あれはどういう事だ?」

 

「その事か……なに、すぐにわかるさ」

 

 そう言ってナタクは残った左手で在る場所を指差した。

 ナタクが示した先に僅かに光が輝く場所が見え、セルグは訝しんだ。

 

「そなたの全てが、この先にある。行くが良い欠片よ」

 

「そうか──こんな事言うのも変な気分だが、ありがとう、ナタク」

 

 星晶の塵へと還りつつあるナタクの姿を見送りながら、セルグは感謝の言葉を紡いだ。

 ここで倒した全てが、これまで自身のチカラとなってくれていたのだと────その事実に。

 

「礼は不要だ。俺も、楽しかった……から……な……」

 

 穏やかな笑みを見せながら、他の星晶獣達と同様、ナタクも消えていく。

 

「──ナタク」

 

 “感傷にでも浸っているのか? そんな暇はあるまい”

 

「わかっているさ。行くぞ……アイツが示した先へ」

 

 

 ヴェリウスの声で我に帰ると、セルグは歩き出した。

 ナタクが示した先。内なる世界で一際輝く、光が集う場所へと…………

 

 

 

 時間としては恐らく大した時間にはならないだろう。

 そもそも時間の流れが現実とこの内なる世界で同じものなのかはともかくとして、セルグの体感としては10分程度の歩みであった。

 

 光が徐々に大きく見えてくるその手前で、セルグの視界にはあるものが見えてきた。

 

 白く、大きな……ゆりかごのようなベンチ。

 そこに座る一人の女性。

 

「はぁ、今度は誰だ」

 

 “お主に縁のある存在の誰かであろう”

 

「とは言ってもな。ヒト型星晶獣だって割といるし、いちいち全部覚えちゃ──」

 

 言葉の途中でセルグの動きが止まった。

 不審に思うヴェリウスが何かを言っているが、既にその声は耳に届いていない。

 目を見開き、セルグの視線は白いベンチに座る女性に釘付けになっている。

 

 “若造? どうしたのだ”

 

「──嘘、だろ」

 

 視線の先、少し短めの茶色い髪が揺れていた。

 やや小柄な身体は星晶獣とは似ても似つかない。必然そこにいるのはヒト以外にありえないだろう。

 セルグの呼吸が浅くなっていく。記憶の彼方まで掘り起こして目の前のそれを否定した。

 

 居るはずが無い。会えるはずが無い。

 

 

 だって、彼女は目の前でその命を失ったのだから……

 

 

「アイリス──なのか?」

 

 

 

 目の前の現実を受け入れられず、震える声が内なる世界に木霊した。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか。
着実に物語は歩みを進めております。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、また。

ご感想の程、どうか宜しくお願い致します。


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メインシナリオ 第66幕

お待たせ致しました。
全力戦闘回。どうぞお楽しみください。


 

「はぁああ!!」

 

「おらぁあ!!」

 

 

 刃と刃がぶつかり合い、耳障りな音が弾ける。

 膂力任せの攻撃を早さを以て迎撃したモニカは即座に後退。

 直後にモニカの背後より風の刃が放たれガンダルヴァを襲うが、魔晶のチカラを纏ったガンダルヴァは回避する事も無いままそれを受け切った。

 驚異的な防御力を改めて目の当たりにしモニカは小さく舌打ちすると、再びヴィントシュナイデンを重ね掛けしてガンダルヴァの懐へと飛び込み一閃。

 

「紫電……一閃!」

 

「足りねえってんだよ!!」

 

 剣速は最大。セルグの見えない剣閃と変わらぬであろうモニカの一撃は確実にガンダルヴァの首元へと向けられた。

 しかし、限界を超えた強化を掛けて尚、今のガンダルヴァには届かない。

 放たれたモニカの剣閃は難なく打ち払われ彼女の身には大きな拳の一撃が迫る。

 

「くっ、こんのぉ!」

 

 力を抜き、身体を投げ出すようにしてモニカは受け流した。

 小柄な彼女だからこそ、大きく避けずとも僅かに逸らせば攻撃は空を切る。故に、空振りを生み出したこの瞬間は再び懐へと潜り込み一閃見舞うチャンスとなった。

 

「受けよ迅雷。雷槍光陣!」

 

 床に突き立てた刀より広がる魔法陣。雷の網がガンダルヴァを捉え光の槍がガンダルヴァを貫いていく。

 

「足りねえって──」

 

 太い腕がモニカを捉えた。

 乾坤一擲のつもりで放った大技ですら、ガンダルヴァの意識を飛ばすには至らず、太い腕がモニカを掴みあげると彼女の身体はまるで小枝のように大きく振り上げられる。

 

「言ってるだろうが!!」

 

「がっ!?」

 

 僅かに怒りも乗せられ床へと叩きつけられたモニカ。その衝撃によって一瞬か数秒か……モニカは意識を飛ばす。

 無論身体が受けたダメージは大きい。受け身すら取れずに叩きつけられた衝撃は背中から内臓にまで届き、一時的に呼吸困難へと陥る。それだけにとどまらず、骨への損傷や内臓へのダメージによる吐血。端的に言えば彼女の身体が負った怪我は重傷と呼ぶにふさわしいだろう。

 

「止めだ!」

 

「──させ、るか!」

 

 激痛からか、運よく彼女は僅かな間に意識を取り戻すと、振り下ろされる剣を血を吐きながらも受け流して見せた。

 彼女を狙って床へと突き立てられた剣を蹴り付け再び踏み込む。死にもの狂いで繰り出す渾身の一閃は無防備であったガンダルヴァの腕を大きく切り付けた。

 

「ぐっ!? てめぇ──」

 

「よそ見しすぎだよ、ガンダルヴァ!!」

 

 モニカを蹴り飛ばそうと脚を引いたガンダルヴァだが、その前に金色の光が視界をよぎった。

 それが何か、等と確認する悠長なことはしない。

 重傷なモニカを捨て置き、迎撃するべく振り返ろうとするがそれよりも金色の刃が閃く方が僅かに早かった。

 

「四天洛往斬!!」

 

 多大な光のチカラを纏いジータの四天刃が閃く。

 チョークとチェーサー。二つの強化魔法を加えて繰り出されるは金色の斬撃の乱舞。当たればその身を光の柱が焼く数多の斬撃が、視界を埋め尽くさんばかりに放たれ、ガンダルヴァは成すすべなく刻まれていった。

 

「ぐっ、ぬぉおおお!」

 

「まだまだ!!」

 

 ガンダルヴァが足を止めたとみるや否や、ジータは次なる行動に移る。

 四天刃を放り出し両手に魔力を集中。

 最適な手順と完全なイメージ。詠唱と同時に組みあげられる魔法は、彼女が繰り出せる最大魔法への一手。

 

「エーテルフラップ!」

 

 4つの光がガンダルヴァを囲うように放たれる。

 放たれた光はそれぞれ四大属性に彩られ大きな魔法陣となった。

 

「これが私の奥の手────エーテルフラップ・ブラスト!」

 

 続けてジータが放つは最大まで溜めた4つの光、エーテルブラスト。

 放たれたエーテルブラストはそれぞれフラップを介して大きな光となり、再び収束する。

 

 エーテルブラスト派生形エーテルフラップ・ブラスト。

 予め展開した魔法陣にエーテルブラストを放ち強化して撃ち出す。エーテルブラストの数段上の威力をもつ、今繰り出せるジータの最大魔法だ。

 

 ガンダルヴァを塵にも変えそうな巨大な爆発が襲った。轟音と爆炎が彼女の魔法の威力を物語り、抵抗する気配すら見せずにガンダルヴァは吹き飛んで煙の中へと消える。

 確かな手ごたえのある一撃を叩き込む事ができ、僅かながらにもジータの表情には喜色が浮かんだ。

 既に、かなりの時間を全力で戦い続けている。極度の疲労と緊張に身体が悲鳴を上げ始めていたジータにとって、決着とまではいかなくてもこの一撃は自分達を優位にする大きな一手であった。

 

「はぁ……はぁ……これで……」

 

「ごほっ……見事な、技だジータ殿。あれならば流石にガンダルヴァにもダメージがあるだろう。今の内に少しでも治療を──」

 

「させると思ったか?」

 

 並び立つモニカと、互いに傷の具合を確認しようとした矢先。ぞくりと総毛立つような気配の中、爆煙より斬撃が放たれる。

 ガンダルヴァの奥義ブルブレイズバッターが疲労困憊な二人を襲った。

 

「なっ!?」

 

「ぐぁ!?」

 

 防御も回避も間に合わない。何の抵抗もなく受けた斬撃は彼女達の身体を刻み床に血溜まりをつくる。

 油断など毛頭なかった二人だったが疲労と負傷が祟り直撃。

 ジータはかろうじて意識を繋ぎとめているがモニカは倒れ伏したまま動き出す気配がない。

 ダメージを負いボロボロでありながらも悠然と歩みを進めてくるガンダルヴァを、ジータは鋭くにらみ続けるが、彼女の身体にも既に力は入らなかった。

 

「さすがに良いダメージを受けたぜ。かなり血を流したし、魔法による爆発も効いた。魔晶のチカラも大分削られた、が──それでも再生自体は順調に終わるだろう。

 リーシャが倒れ、モニカが落ち、残るは満身創痍の小娘と一人だけ元気なカタリナ中尉か……勝負は付いたも同然だな」

 

 状況は完全なる劣勢に陥った。

 勝ち誇った顔を見せるガンダルヴァの言うとおり、ギリギリで互角を維持していた戦力はここにきてモニカの脱落とジータの負傷により一気に傾いた。

 ジータの集中力は薄れ、四天刃の解放はもはや適わない。

 だが、今ガンダルヴァと渡り合えるのは己だけだと震える身体を叱咤し、ジータは何とか立ち上がろうとした。

 

「ふ、ふざけないでよ……勝手に勝った気にならないで。

 私はまだ──」

 

「ストップだジータ。後は私がやる……少し休んでてくれ」

 

 重くいう事を聞かない体に鞭打って立ち上がろうとしたジータだが、後ろから肩に手を置かれ、次の瞬間には僅かながら身体が楽になった事を感じる。

 

 掛けられたのは回復魔法のヒール。掛けたのは、目の前に歩み出した姉の様に慕う騎士。

 

 

「奴の言う通り、一人だけ元気なのでな。ここからは……私が相手だ」

 

 

 切れ長な双眸で鋭くガンダルヴァを睨み付け、カタリナ・アリゼが騎士の本懐を遂げるべく戦場に立った。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 目の前で繰り広げられるハイレベルな攻防。

 

 天星器を解放したジータと、無茶な強化を施し限界ギリギリの戦いをするモニカ。

 そして、その二人を軽くあしらう事ができるガンダルヴァ。

 

 

 

 いつからであろうか。

 

 大きな壁を────大きな差を感じるようになったのは。

 

 

 まだ若い、幼さすら見え隠れする団長二人。若干11歳にして魔法の才覚を発揮するイオは言わずもがな。

 発展途上の彼らが旅を経て見せる急激な成長は、恐れすら抱くほどに顕著であった。

 

 

 ゼタ、ヴィーラ。セルグ、アレーティア。

 

 

 いずれも、戦いにおけるエキスパートと言えるだろう。

 経歴、武器、星晶獣、と各々が持つ要素は様々だが一概に言えるのは強さという一点において、他と隔絶した実力を持っている。

 自分などでは到底及ばない。

 

 

 戦闘という点において明確に彼等との差を感じ、自身が劣っていると卑下するようになったのは……いつからであろうか。

 

 留まる事をしらない魔晶の脅威。

 ポンメルンもフュリアスも、自分では適わない事が如実に感じられた。

 守る事に長けた戦いができるのだと自身に言い聞かせても、結局の所敵を倒す事は出来ないのだと思い知らされた。

 ルーマシーで情けなくも一撃の下に気絶させられ、ザンクティンゼルではフュリアスの砲撃に何も抗うことなく飲み込まれかけた。

 

 そしてアガスティアでは……何もできず、ロキにルリアを奪われてしまう。

 その結果は悲惨極まりないものであった。

 バハムートの召喚によって案内役となっていたアダムは破壊されセルグは瀕死。

 断言できよう。十天衆が駆けつけなければあの場ですべての戦いの決着は付いていた。自分達の敗北とこの世界の終焉という形で。

 

 ──守る。

 

 その一点ですら自身の価値を見出すことができず、無意識のうちに戦う事から一歩引く様になっていた。

 

 今だってそうだ。

 目の前の二人にガンダルヴァを任せ、自分は体の良い回復役に甘んじている。

 自分では渡り合う事など不可能なのだと、諦めの気持ちが生まれてきてしまっている。

 

 

 仮にリーシャ殿が負傷せず、万全の状態であろうとも……だ。

 

 

 

「カタ……リナ……さん」

 

 目の前の戦闘に目を向けていた私の耳に、消え入るような微かな声が聞こえてくる。

 

「リーシャ殿!? 意識が戻ったのか。身体は──」

 

「私の事……は良い、ですから。二人の援護に……私も、自分で治癒したら加わりますから……」

 

 そう告げたリーシャ殿は、ヒールを掛ける私の手をどけると、自身の魔法で治療を始める。

 リーシャ殿は身体こそボロボロであっても、その瞳には決して諦める気配が無い。

 むしろ、目の前で繰り広げられている戦いに入れない事に苛立ちすら抱いているようであった。

 

 ガロンゾで初めて出会ったあの頼りない姿が嘘のように、そこには秩序の騎空団船団長補佐としての、リーシャ殿の矜持が見える。

 

「無理をするなリーシャ殿。既にかなりの重傷なんだ、後は私達に──」

 

 不意に言葉が止まる。

 任せろ──その言葉が言えるのか。そう自身に問いかけてしまった。

 ここで手をこまねいている自分がどの面を下げて、そんな大口を叩けるというのか。

 

 適うわけが無いと、諦めている自分に。勝てないと、臆病風に吹かれている自分に……

 

 

「カタリナさん?」

 

「──すまない、リーシャ殿。私は」

 

「怖い……のですか?」

 

「っ!?」

 

 思わず表情が強張るのを感じ取る。

 流石は先読みの目を持つものといったところか、私の瞳にある迷いを見抜いたのだろう。彼女は的確に核心をついてきた。

 

「分かります。私も……つい最近まで、常にそうでしたから」

 

「あぁ、そうだったな」

 

 彼女の自己評価が低い原因。

 秩序の騎空団団長にして七曜の騎士の一人。そんな偉大な父を持ってしまった事がこれまでのリーシャ殿を苦しめてきた。

 あまりにも大きすぎる比較対象は彼女という存在を覆い隠してしまう程で、リーシャ殿はある意味、父の陰に怯えて生きて来たと言っても過言ではないのだろう。

 故に彼女はどれだけ強く成ろうとも、どれだけ優秀になろうとも。心のどこかで本当の強者には適わない、と諦めていた。

 

「父に……青の騎士と比べられ、すぐ近くにはモニカさんも居て。比較対象が大きすぎたから、私は弱い……きっと父さん達には絶対に適わないって……そう思っていました」

 

「なら、君はなんでそんなにも……?」

 

 目の前で圧倒的な強さを見せつけるガンダルヴァ。既にその領域は彼女の父にも並ぶだろう。モニカ殿とジータを相手にして尚優勢と言える状況だ。

 そんな強敵を前にしても、リーシャ殿の目は死んでいない。

 恐怖に竦んで等……いなかった。

 

「強くなんかないです」

 

「えっ」

 

 驚きの声を漏らした私に、リーシャ殿は僅かな笑みを見せた。

 こんなにも強く在るというのに、それを否定されては私などもっと──

 

「私だって、未だに弱いままです……ガンダルヴァにも、モニカさんにもセルグさんにも。きっと適いません」

 

 リーシャ殿の独白は達観したような声と表情のまま続く。

 

「それでも────私は強く在ると決めたから。弱い自分を否定して、皆を守ると決めたんです。

 知ってますか? 人間、こうと決めれば意外と何とかなるもんなんですよ」

 

「そんな、気持ちだけでどうこうできるような話では」

 

「セルグさんが教えてくれました。大事なのは自分にある全てを使いこなす事だと……私には仲間と、先を見通す目があった。

 それならカタリナさんにだってきっとあるはずです。まだ使いきれてない、貴方だけの力が」

 

「私が使い切れていない力……」

 

 リーシャ殿と同じように……だと。そんなもの、あるわけが無い。

 私とてこれまでただ無為に過ごしてきたわけではないのだ。

 

 早朝の鍛錬は欠かしていない。剣での戦い以外にも対応できるようにジータやイオと訓練した事だって少なくないだろう。

 連携の訓練も、星晶獣との戦いも。これまで鍛錬を怠る事は無かった。

 だが、騎士としての戦い方が完成した私に、大きな成長が期待できるはずもない。

 既にこの身は成長の時期を過ぎ、私の戦い方に大きな変化など──

 

 ふと、葛藤する私とリーシャ殿の目があう。

 彼女と鍛錬をして成すすべなく敗北を喫したのは記憶に新しい。相手の挙動を一手も二手も読みきって戦う姿にはどこか得体の知れない恐怖を感じたものであった。

 だが同時に、戦い方一つでここまで変われるのだと新たな可能性を感じたのも確かだった。

 

 

 ──あるのだろうか? 私にもそんな戦い方が。

 

 

 私にもリーシャ殿の様に……いや、私だけの戦い方が。

 思考がまとまらずにいる私の手を、再びリーシャ殿が押し返してくる。

 

「すぐに立ち上がりますから、少しだけ……少しだけ時間を稼いでください」

 

 苦悶の表情は未だ冷めやらない。

 幾らここで私の回復魔法を行使したところで、万全な状態まで回復する見込みは皆無であろう。

 それはリーシャ殿の回復魔法でも同じ事。回復魔法が専門ではない私達では焼け石に水である。

 だが、彼女はそれでも立ち上がる気なのだ。

 万全でなくとも、動ければ──と。

 

 

「──いいや、先も言ったが、既に重傷なんだ。後は”私”に任せてくれ」

 

 

 気付けば、言葉は出ていた。

 幾ら動けるようになったところで、彼女の怪我の影響は計り知れない。今一度直撃をもらえば今度こそ死に至るかもしれない。

 だと言うのに、闘志衰えぬリーシャ殿の姿に、私は不遜にも”守らなければならない”と感じていた。

 騎士として、大切な仲間をこれ以上傷つけさせまいと……

 それは随分と昔、アルビオンで騎士となる事を目指した時に抱いた誓いであった。

 

 

 “守る”

 

 

 その言葉が、私が騎士を目指した根幹。

 騎士を目指した時も、帝国からルリアを連れ出すと決めた時も、私はこの言葉を抱いたはずであった。

 恐怖に竦んでいても、私の心の奥底には確かな想いが。確かな、戦うべき理由が残っていた。

 

「……ありがとうリーシャ殿。行ってくる」

 

「はい」

 

 安心したように見送ってくれるリーシャ殿から手を引き、私は立ち上がった。

 目の前で無残にも直撃を受けたモニカ殿とジータが横たわる。

 どちらも深手だろう……ジータはまだ動けそうではあるが、それでもこのまま戦闘続行は不可能に近い。

 愛剣を握る手に力が入った。長く苦楽を共にしてきた愛剣を見れば、刀身に刻まれた戦いの記憶が蘇ってくる気がする。

 

 歩みを進めながら戦場を見据える。

 満身創痍の姿で尚立ち上がろうとしているのは、まだ幼さ残しながらも私達を束ねる団長である、優しい少女だ。

 

 守らなければならない。

 

 再び、心に誓いが宿った。

 ヒールを行使しながらジータの肩に手を置き制すると、彼女は切羽詰まったような表情で私の事を心配してくる。

 当然と言える。私の実力でガンダルヴァと一対一など正気の沙汰ではない。ガロンゾでの邂逅からこれまで、まともに勝てた事など無かったのだからな。

 だが──

 

「全く、まだまだ子供の癖してこの私の身を案じるとは。生意気にも程がある。そこで良く見ておけジータ」

 

「カタ……リナ?」

 

 ジータにだけ聞こえるように小さく言い聞かせるように言葉を残して、強大な敵となったガンダルヴァを見据える。

 後ろでジータが何かを言い募る気配が感じられるがすぐにそれは私の意識の外に締め出されていく。

 私の全ては目の前の強敵にのみ向けられていくのが感じられた。

 

 全てを使いこなせ────か。

 成程、確かに。こうして自身を見つめ相手を見据えれば、嫌が応にも様々な戦い方が頭に浮かんでくる。

 戦闘力の高さ……その一言では測り切れない強さ。出たとこ勝負な気がするのは否めないがまぁ良いだろう。

 リーシャ殿の言うとおり、結局の所やると決めれば何とかなる────いや、なんとかするさ。

 

 

「奴の言う通り、一人だけ元気なのでな。ここからは……私が相手だ」

 

 

 私の肩には、大切な仲間の命がかかっているのだから。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 己と相対する一人の騎士の姿に、ガンダルヴァを困惑を禁じ得なかった。

 

 この状況……何か作戦でもあると言うのか。

 様々な可能性を考え周囲に意識を向けるも、ジータやモニカに戦える気配は無い。無論、リーシャも同様。

 周囲に援軍が来ている気配もなく、カタリナの先程の言葉通り、これから彼女は一人でガンダルヴァと対峙する可能性が高かった。

 

「──聞き間違い、じゃぁねえよな。

 カタリナ中尉、まさかあんた一人で俺様とやろうってのか?」

 

「そう取ってもらって構わない。

 ここからは、私一人でお前の相手をしようと言っている」

 

 剣を抜き放ちガンダルヴァへと向けるカタリナの姿には、相手へと向ける闘志。それだけが感じられた。

 奸計の類はない。それは彼女の性格と雰囲気から察することができ。ガンダルヴァは深まる疑問を呑みこまずに言葉を重ねる。

 

「わかんねえな。最初は四人全員、次はそこのガキとモニカ。

 どちらも全力で挑んできてこの様だってのに、今更あんた一人で渡り合えると思ってるのか?」

 

「さぁな、やってみなければ何もわからんさ。

 一つだけ言える事があるとすれば────甘く見ないでもらおうか、と言った所だ」

 

「そうかい……それなら何も言わねえ。ついでに恨みっこなしだぜ!」

 

 疑問を抱いていたのも束の間、増援や奇襲の類が無いと判断した瞬間にガンダルヴァは意識を全てカタリナへと移して飛び出す。

 もはや決着は目の前だ。ジータやモニカとの戦いは十分に楽しめたが、彼の標的はまだ他にもいる。

 早々に終わらせようと接近したガンダルヴァの一閃がカタリナの頭上へと振り下ろされた。

 

「──言ったはずだ、甘く見るなと」

 

 僅かに怒気を孕ませて、カタリナの声が冷たく響く。

 振り下ろされたガンダルヴァの剣は空を切った。綺麗に、カタリナの身体を避けてその身体のすぐ傍を……

 

「てめぇ……何をしやがった?」

 

「自身を守った、それだけだ」

 

 何かを悟った様な……確信を得たような、力強い表情がカタリナに宿っていた。

 同時に剣を構え一閃。間合いを取りながらのエンチャントランズでガンダルヴァを押し切るとカタリナは声高々に吠える。

 

「今一度この剣に誓おう。私はこの剣で、大切な者達を守って見せると!」

 

「上等じゃねえか。リーシャと同じように何か絡繰りがあるんだろうが、小細工だけで俺様を倒せると思ったら大間違いだ」

 

 

 カタリナの宣言に応えるようにガンダルヴァが再び強襲。

 間合いを一足でゼロに。踏み込んだ勢いのままに逆袈裟に一閃。驚異的な速度の一閃は狙い違わずカタリナの首元を正確に狙う。

 

「甘い!!」

 

 無機質な何かが割れる音が響くと同時、剣閃は僅かに逸れてカタリナの頭上を通り過ぎた。

 

「はぁ!」

 

 空を切り、隙だらけとなった身体に向けた刺突。

 細身の剣は抵抗なく魔障の防壁を貫き、ガンダルヴァの腕部を突いた。

 

「ちっ……この野郎!」

 

「ぐっ!?」

 

 咄嗟に間合いを離そうと繰り出した前蹴りがカタリナを捉え、再び両者は距離を置く。

 ダメージはそれ程でもないカタリナと、ダメージは大したこと無いが動揺の大きいガンダルヴァの両者は同じ状況でありながら対称的に面持ちで睨み合う。

 

「空振りする前に感じた感触……てめぇ、まさか」

 

「あぁ、正面から受けては私の剣では容易く押し切られるだろう。ならば取れる手段は一つだ。弾いて逸らすしかない。

 展開したライトウォールを貴様の剣に沿わせるようにぶつけ軌道をそらす。

 先程思いついた方法だし、上手くいくかは正直予想がつかなかったが……どうやら成功したようだな」

 

 冷や汗を流しながらも、小さく笑みを漏らしたカタリナ。

 自身でも常人とは外れた人間だと自覚のあるガンダルヴァをもってしてうすら寒い感覚を禁じ得ない笑みであった。

 高速で迫る剣閃に、ライトウォール・ディバイドをぶつけて逸らす。それも適切な面を適切な角度で。

 その手に握る剣と言う、最大の防御手段を捨ててカタリナが敢行したのは綱渡りのような危険な防御方法。

 逸らせなければ身体を断たれる、正に博打のような一手であった。

 

「──リーシャに続いてアンタもか。俺様が言えたことでもないがどうにもてめえ等は皆、頭のネジがどっか飛んでるみたいだな。

 一歩間違えば簡単に真っ二つにされるような賭けを平気でしやがる。イカれてやがるぜ」

 

「そうでもしなきゃ貴様とは渡り合えないだろう。生憎とこちらは命をbetしなければ同じ舞台には立てないレベルなんだ。

 危険だろうがなんだろうが、やらなければ戦いにならないのさ」

 

「薄氷の上を渡るようなその防御がいつまで持つのか……失敗した時がてめえの死ぬときだ」

 

「失敗する前に終わらせるさ……早く仲間に追いつかなければならないんでな!!」

 

 言葉の応酬を終えると、今度はカタリナから踏み込む。

 

「あ?」

 

 呆けたガンダルヴァの声が漏れる中、カタリナが踏み込んだのはガンダルヴァを前に数歩の間合いを開けた奇妙な位置取り。

 斬りつけてくるかと構えていたガンダルヴァの虚を突き、カタリナが大きく前方を薙ぎ払う。

 

「グラキエスネイル!!」

 

 剣が奔る軌跡に沿って生成される数多の氷の刃が放たれる。

 煌びやかに光り放たれる氷の刃は視界を奪い、至近距離故に回避もさせないままガンダルヴァへ次々と突き刺さった。

 

「ぐっぁ、てめえ──」

 

「はぁああ!!」

 

 怯んだ隙を逃すほど、彼女は甘くは無い。

 今度こそと懐へ踏み込んだカタリナは、その剣を閃かせ瞬く間に十と数回切りつけて見せる。

 セルグやモニカのせいで霞んで見えるがカタリナとて剣士として一流。その上愛剣は取り回しの軽い細身の剣と在れば、この程度の芸当は朝飯前だろう。

 

「やってくれるじゃ……ねえか!!」

 

 それでも、今のガンダルヴァには致命打足りえない。

 ジータの攻撃で大きくダメージを受けていようとも、カタリナの攻撃が幾度となく叩き込まれようとも。怯みはしても、ガンダルヴァは倒れる事なく再び剣戟を見舞う。

 

「これならどうだ!!」

 

「くっ!?」

 

 一撃ではなく連撃。

 弾かれ、逸らされた所から即座に切り返し追撃。

 逃しはしないと、その意思が感じられるような執拗な攻撃に対し薄氷の防御方法を取り続けるしかない。

 

「たかが数度防いだくらいでどうにかなると思ったら大間違いだ。このまま押し切らせてもらうぜ!」

 

「──だから、甘いと言っている!」

 

 一転。視線鋭く殺気すら込めてカタリナがガンダルヴァの懐へと飛び込む。

 新たな防御方法。それは守り切るための防御ではない。

 その手に持つ剣を介さぬ防御障壁に因る防御。それも軌道を逸らし空を切らせるという事は、避けて体勢を崩す事も受けて競り合いになることもない。

 それはつまり、自身の攻め手を自由にしつつ相手に隙を創りだすことと同義である。

 空振りの一瞬に付け入り踏み込む。同時に突き出された剣がガンダルヴァの腹部に抵抗なく刺さった。

 

「がっ、てめぇ!」

 

 手痛い反撃を受け、反射的にガンダルヴァの拳が繰り出される。

 間合いを取るように一旦後退するカタリナだが、そのままガンダルヴァは追撃。

 カタリナの攻撃などまるで意に介してない様子で、次々と体術を繰り出していった。

 極限まで鍛えこまれたドラフの肉体はそれだけで凶器といえる程のヴァイタリティを誇る。魔晶で増幅された今、その耐久力は首でも落とさぬ限り致命的とはならないだろう。

 防御しながらの攻撃では、どうしても決め手に欠ける。驚異的な耐久力を持つガンダルヴァに攻め手を見いだせないカタリナは、拳をライトウォールで逸らしながら再び距離を取り追撃に続くガンダルヴァの攻撃を一手一手確実に防ぎ躱していく。

 

「(止めを刺せない事など百も承知だ……だが、時間を稼げば勝機はある!)」

 

 ガンダルヴァの言うとおり薄氷を渡るような胆の冷える心地を覚えながらも、カタリナは攻撃を躱し続けた。

 既に戦い始めてからかなりの時間が経つ。ジータが四天刃を解放できなくなったのが良い証拠だ。

 であるなら当然、来るはずなのだ。ガンダルヴァにも──

 

「(魔晶の副作用……あれだけ強大な力を使っているんだ。いくらガンダルヴァの肉体が頑丈だからと言って限度はある。

 耐えたその先、回復したジータとリーシャ殿がいれば──)」

 

「考え事してんじゃねえぞ!!」

 

「しまっ──がっ!?」

 

 空振りした拳の勢いを殺さずそのまま振り抜かれた蹴撃がカタリナを捉えた。

 ボロ雑巾のように転がるカタリナへガンダルヴァは容赦なく追撃に走る。両手を伸ばし、その手を広げる。

 カタリナの防御技に対する回答。それは打撃でも斬撃でもない。逸らす事の不可能な組つきによる攻撃。

 伸ばしたその手がカタリナの首を掴んだ時、彼女の首は間違いなくへし折られる事だろう。

 

「ぐ、く……させるか!」

 

 既に至近にまで迫られながらも身体を起こすと、カタリナは迎撃に移る。

 剣を向けて翻す。生成されるは3本の氷の剣。今にも彼女の首に手が掛けられるかといった次の瞬間に、ガンダルヴァの懐で彼女の奥義が炸裂する。

 

「アイシクルネイル!!」

 

 組み付くために大きく間合いを詰め、尚且つ無防備で飛びかかってきたガンダルヴァに再び突き刺さる氷の刃。

 数多の刃を生成するグラキエスネイルの比ではない、大きな刃が3本。見事にガンダルヴァの胸部を撃ち抜き、後方へと大きく吹き飛ばした。

 

「ぐっ、ごほっ……はぁ、はぁ」

 

 だが迎撃に成功したもののカタリナの代償も大きかった。

 ガンダルヴァの体術をもろに受けた……リーシャやモニカ同様に、そのダメージは計り知れない。

 

「は、ははっは……なかなかに痛かったぞ。バカにしていたが結構いい攻撃するじゃねえか」

 

「──ちっ、化け物が」

 

 吹き飛んだのも束の間、即座に立ち上がって見せたガンダルヴァの姿に、思わず悪態が漏れる。

 既にかなりのダメージを負っているはずだと言うのに、未だ衰える気配がガンダルヴァには見られない。

 対してカタリナの方は、綱渡りの攻防で神経をすり減らし、一撃の痛打だけで既に身体がいう事を聞かなくなっている。

 劣勢──それは火を見るより明らかであった。

 

「満身創痍……か。悪かったなぁカタリナ中尉、アンタはやっぱり流石だったぜ。

 一歩間違えればその身を断たれる危険な賭けに挑み、それを戦いの中で見事にものにした。それだけにとどまらず、こちらの意識の隙を付くような攻撃にカウンター。流石は、アマルティア士官学校の史上最強と呼ばれた主席殿だ」

 

 過小評価をしていなかったと言えば間違いなく嘘である。

 ガロンゾで初めて邂逅した時から、ガンダルヴァにとってカタリナは脅威足りえない実力と言う評価であった。

 だがここにきて、その想定は大きく覆された。

 リーシャの先読み同様、強さではなく上手さとでもいうべきか……技に長けたその戦いぶりは恐らくこれまで欠かさず重ねてきた鍛錬が実を結んだ結果なのだろう。

 剣を幾度となく振った経験と、剣を幾度となく合わせた戦いの記録が、彼女に針の穴をも通すような判断力を身に付けさせ、先の防御方法を生み出したのだろう。

 だがそれでも、僅か一撃で戦況をひっくり返せるガンダルヴァの強さが、いまここに置いて最強であった。

 

「ふっ、嫌味にしか聞こえないな。その主席を相手にして見下し、更には完膚なきまでに叩きのめしているのはどこのどいつだ。

 悔しいが、勝負はどうやら貴様の勝ちのようだな────尤も、賭けは私の勝ちだが、な」

 

「あぁ? 今更負け惜しみってやつか。アンタも意外と往生際が悪いんだな」

 

「違うさガンダルヴァ。私は勝負には負けた……だがそれでも。この戦いは私達の勝ちにさせてもらう」

 

 

 そうだ。これは何も、カタリナ一人の戦いではない。

 

 

 

「ありがとうございました、カタリナさん……ここからは私も共に戦います!」

 

「こっちも回復は十分。さぁ、一気に決めるよ!」

 

 

 立ち上がるは彼女の大切な仲間達。

 彼女を信じて回復に努め、今一度共に戦わんと立ち上がったリーシャとジータだ。

 前に並び立つ二人を見て、勝利を確信した様にカタリナもまたは再び立ち上がり剣をガンダルヴァに向けた。

 表情こそ気丈に見せていても実質ギリギリの状態で立ち上がったリーシャ。何とかビショップの意識を呼び返し短い時間で多少の治療を施せたジータ。どちらも、余力は少ない。

 カタリナとガンダルヴァは言わずもがな、今ここで戦える4人全員が既に倒れる寸前といって過言ではない。

 

「最終決戦だガンダルヴァ。ここまで来て卑怯などと言ってくれるなよ」

 

 

 必然、決着の時は近かった。

 

 

「最初からそんな事思っちゃいねえよ。掛かってきな三人で……全員ぶったおして、俺様は最強を証明する」

 

 既に体中の至る所で始まっている、魔晶による反動の影響。

 筋肉が切れ、骨が軋み、激痛がガンダルヴァを襲っているはずだが、意に介した様子も無くガンダルヴァが笑った。

 勝利……ただそれだけを見据えた渇望が、肉体の余計な情報をカット。

 痛覚は消え、ガンダルヴァの思考は未だかつてない程明瞭な状態に入っている。それはベルセルクとなったグランと比較しても遜色ない完璧な没入状態と言えよう。

 

 

 

 どう戦うか……否、どう攻めるか。

 早くなった思考が次々とこれから先の戦いを脳内に構築していき、それが組みあがると同時にガンダルヴァの身体は動き出す。

 

「それじゃぁ……いくぜ!!」

 

 身体の限界が近いのは間違いないのだろう。

 一足で縮められていた距離に数歩を要し、ガンダルヴァの剣がリーシャに向けて叩きつけられた。

 不意打ち……であろうがリーシャには意味が無い。既に動きが視えていたリーシャにとってそれは不意打ちにあらず。ガンダルヴァの動き出しと同時に回避行動に移っている。

 

「ソニックアウト!!」

 

 回避と同時に隙だらけの身体に叩き込む一閃。

 風のチカラを蓄えた一撃がガンダルヴァに新たな傷を刻むが、同時にリーシャの身体を激痛が襲う。

 

「がっ!?」

 

 腹部に突き刺さる鞘。これまで見せてこなかった攻撃パターンを読み切れなかったのか。既にそれを読み切るほどの余裕は無かったのか。

 理由は定かではないが、完治には程遠い箇所に追撃を受けたのはリーシャにとって致命的であった。

 意識が飛びそうになる痛みと共に、喉元へとせり上がってくる鉄臭い何か。

 だが、それを気迫だけで制する。

 突き出された鞘を掴むと、自身へと引き込んだ。リーシャの動きもまたガンダルヴァには予想外だったのだろう。鞘を手放す間もなくガンダルヴァは一歩たたらを踏んでリーシャの懐へと踏み込まされる。

 

「──つかまえ、た!!」

 

 引いた腕とは逆の腕が突き出される。

 やられたらやり返すと言わんばかりに繰り出されるのは、勢いだけで放ったリーシャの拳。

 引き込んだ勢いと合わせるように自身も踏み込み、ガンダルヴァの腹部へと彼女なりの全力で拳を叩き込んだ。

 

「血迷ったかリーシャ! てめえの細腕で一体何ができ──がっ!?」

 

 懐へと入り込んだリーシャに反撃の拳を叩き込もうとした刹那、腹部に感じる違和感。

 それは衝撃。リーシャが撃ち抜いた腹部にもたらされるのは自身を軽々と吹き飛ばしそうな強い衝撃であった。

 

「て、てめえ……一体」

 

「ああああああ!!」

 

 全てを絞り出すように声を上げてリーシャがその腕を振り抜く。

 ガンダルヴァの懐、リーシャの手の中でそれは瞬く間に膨れあがりその正体を現した。

 そこにあったのは風のチカラ。リーシャの掌に隠され、極限まで圧縮された風の塊。

 剣に絶大なチカラを溜め込み打ち放つトワイライトソードの応用。

 握りこぶしに凝縮されたそのチカラは、極詳サイズとなった竜巻のようなものだ。

 それをリーシャはガンダルヴァへと叩きつけた。解放された風のチカラは彼の腹部で荒れ狂い、巨体を大きく吹き飛ばすほどの威力を持つ。

 

「ごほっ、ごほっ……お二人とも、今です!!」

 

 決死の一撃を加えたリーシャは、血を吐きながらも勝鬨のように声を上げる。

 吹き飛んだガンダルヴァが体勢を整えるその前に、この勝負に決着をつけるべく飛び込むのは残りの二人。

 

「行くよ、カタリナ」

 

「合わせるぞ、ジータ!」

 

 金色と蒼。二つの光が煌めき、二人の身体を包み込む。

 補助魔法を掛ける余力は無い。これがいま彼女達の出せる全力の一撃。

 

「四天洛往斬!」

 

「グラキエスネイル!」

 

 乾坤一擲。全てを掛けた全力の奥義が放たれる。

 二色の刃はまだ体勢を整えていないガンダルヴァへと向かい、その両腕を切り落とさんと迫った。

 

 

 ──ふざけるんじゃねえぞおおお!! 

 

 

 音が轟く。

 言葉ではなく叫びのような音と共に、ガンダルヴァは再び強大なチカラを纏い立ち上がった。

 肉体の限界は超えている。魔晶のチカラも既に切れた。

 それでも、負けられない一心で捻りだしたチカラは彼の命と引き換えにした最後のチカラだろう。

 

「俺様は…………」

 

 未だかつてない程に渦巻く炎のチカラ。それが剣にまとわりつくと同時、彼の奥義が繰り出される。

 

「最強だぁあああああ!!」

 

 一撃。巨大な一閃がジータとカタリナの奥義を喰らう。

 

 出し尽くした。それは4人全員が。

 己に宿るチカラの全てを出しつくし、数瞬の静寂が訪れる。

 だが、それで終わるはずが無い。

 

「まだ……まだだぁああ!」

 

 倒れ込みそうになる寸前、ギリギリで踏ん張るのはガンダルヴァ。

 満身創痍。全てを出しつくし最後に残るのは巨大な肉体が持つ純粋な力。

 命を燃やすようにその身を躍動させ、ジータへと迫る。

 

「これで、俺様の勝利──」

 

「そうです──私の負けで、私達の勝ちです」

 

「なにっ!?」

 

 瞬間、ガンダルヴァは全てを悟った。

 視界に収めているリーシャ、カタリナ、ジータの三人にもう勝ち筋は見られない。

 それでも尚目の前の少女が勝ち誇る理由を────

 

「悪いな、ガンダルヴァ。私達の勝ちだ」

 

 チリっと小さく何かが迸る音。続いて金属質な何かが擦れる音。

 解放される紫電。閃く数多の剣閃。それはガンダルヴァの横合いより瞬く間に叩き込まれる。

 

「──旋風紫電裂光斬」

 

 

 ボロボロになりながらも立ち上がったモニカよって、タワー最初の死闘に幕が下りるのだった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 ────駆けあがる。

 

 ひたすらに前だけを見据えてグラン達は駆け続けた。

 先頭を走るはアポロ。後ろにビィを抱えるルリアが続き殿をグランが務める。

 

 ラカム達を置き去りにしてからどれだけ駆けあがってきたか。

 妙な事に配備されている帝国の戦力は無く、ここまでに戦闘となるような事はなかった。

 タワー外に大半の戦力を置いていたのだろうか。それとも一カ所に集めグラン達を迎え撃つ気でいるのだろうか。

 多くの仲間達を置いて先に進んできたこの状況。周りに頼りになる仲間がいない現状にグランの不安は膨れていくが、それを目の前にいるアポロの背中をみて押さえつける。

 

「案ずるな。敵の戦力も残り少ない。私とお前が居て突破できないものなどそうありはしないだろう」

 

 グランの不安を読み取ったかのように機先を制した言葉。

 そう、目の前に七曜の騎士であるアポロが居て自身もいるこの状況。

 対抗できる者などこの空の世界に置いて極一部に限られるはずだ。

 

「わかっているよ。だから必ず、ルリアをデウス・エクス・マキナの所まで連れて行く

 ルリア、まだ走れる?」

 

「はぁ、はっ……はい。まだ、いけます!」

 

「お、オイラはそろそろ自分で飛びたいんだけどよぅ……ずっと抱えられて目が回ってきたぜ」

 

 ここまでひたすらに駆けつづけていた事で、ルリアは息も絶え絶えな様子であったがそれでも気丈に振る舞い力強く返した。

 今この瞬間にも、大切な仲間達が命がけで戦っている。そんな時に休んでいられるはずもない。

 

「その意気だ。昇ってきた感触からもそろそろ上層だろう。私の私室がある階層もすぐそこだ」

 

 階段を駆け上がると、長い通路の先にある大きな扉をアポロが指差していた。

 

「恐らく最後の関門だろう。戦いうには都合の良い広い空間がある」

 

 瞬間。何かを決意したかのようにグランもアポロも雰囲気が変わる。

 ここまでに幾度となく不意打ちや奇襲を受けてきた。

 もはやどんな事態にも対処して見せると身構える二人は警戒しながら通路を歩み始める。

 

 外の喧騒が嘘であるかのように、通路内は静かであった。

 駆けぬければ僅か10数秒と言った通路をたっぷり時間をかけながら、3人と1匹は静寂に包まれた空間をゆっくりと歩いていく。

 不審な気配、異質な音。何かサインがあれば即座に動けるように警戒しながら確実に歩みを進め、扉へと辿り着くかと思われた──その時である。

 

「黒騎士!」

 

「分かっている!!」

 

 二人同時に何かに気付き即座に前に出たグランと身構えるアポロ。

 次の瞬間鈍い音が響き目の前の大扉がぶち破られた。

 

 飛来してくる何か。それが何かを把握した瞬間、グランとアポロは構えていた剣を放り捨てた。

 

「ドランク!?」

 

「スツルムさん!?」

 

 扉をぶち破り飛んできた二人を受け止め、アポロとグランは驚きの声を上げた。

 

「うっ……いてて。

 ごめんね黒騎士にグラン君。ちょっとモロにデカいやつ喰らっちゃってさ」

 

 そう、飛来してきたのは先んじてタワーに潜入して居た二人。

 ボロボロになったスツルムとドランクであった。

 

「チッ……悪かったなグラン、助かった。重かっただろう」

 

「い、いや!? そんな事は」

 

「気にしなくて良い。ドラフで傭兵なんて稼業やってれば女だろうと重くはなる。私は気にしない

 それにしても、お前達もとうとう追い付いてきたか……悪いがここから先、簡単にはいかないぞ」

 

「そのようだな。お前達二人を相手にして押し切れるか。

 本当に強く成ったものだ────なぁ、ポンメルン?」

 

 既に扉の名残すらない、大きな入口となった先。

 鋭い視線と声を以て、警戒を露わにしながら言葉を投げるアポロの視線の先に二人をボロボロにした敵がいた。

 

 

「やっときましたか。ですがここから先へは何人たりとも行かせません────ですネェ」

 

 

 立ちはだかる強敵の気配に、グランの顔に冷や汗が伝うのであった……

 

 




如何でしたか。
1つ目の戦い、決着となります。
戦闘描写が長くなってしまいやや冗長な気がしてなりませんが、
きちっと書きたい戦いでした。

大体月1ペースの更新となっていますがリアル(グラブル)事情がもう少し楽になれば更新もっとできてると思います。
戦場そろそろテコ入れしてくれないかな、、、

とりあえず失踪する事なく書き続けることができておりますので、読者の皆様もう少しお付き合い頂ければ幸いです。
感想、是非是非よろしくお願いします。それでは。


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メインシナリオ 第67幕

ごめんなさい。
放置してごめんなさい。
書く気が起きなくてごめんなさい。
音沙汰無しでごめんなさい。

グランデHLの解禁と共に投稿させていただきます。


 

 

 エルステ帝国帝都アガスティア。

 

 巨大な帝国となったエルステにおいて最も人口が多い都市でありその数は百万単位に昇る。

 高層の建物が幾つも鎮座し、島の外観は殆どがその建造物で埋め尽くされている。

 雅、といった印象を抱く事はないが発展した都市は空の世界に置いて最先端と言っても過言ではないだろう。

 

 

 そんなアガスティアは今、空の歴史に刻まれるような大きな戦禍の真只中にあった。

 

 

 

 

 敵性勢力の突然の襲来。

 中型騎空艇が一隻、帝都に突撃し帝国軍との全面衝突を始める。

 その後、更に駆けつけた秩序の騎空団による大船団の増援。それに応ずるようにアガスティアに出現する数多の星晶獣。

 更には突如空に顕現した、超巨大な龍による暴威。

 

 

 アガスティアに住む人々にとって平和であったはずの帝都は今、大きな混乱と共に巨大な戦火に包まれた。

 

 

 

「鎧チキン、次で決めろ!! 絶対に仕損じるんじゃないぞ!!」

 

 顕現した星晶獣を狩り続けるイルザ達組織の面々。

 

 

 

「近くの島に避難します。慌てずに誘導に従って騎空艇に乗り込んでください!!」

 

 逃げ惑う人々を誘導し騎空艇で避難させる秩序の騎空団。

 

 

 

「まずいわシエテ。アイツ、少しずつ私の動きに順応してきてる」

「ソーンは回避に専念してくれ! サラーサ、オクトー、俺と一緒に切り込むぞ!」

「あぁ、任せろ!」

「委細承知」

 

 星晶獣バハムートを抑えるべく死闘を繰り広げる十天衆達。

 

 

 既に戦いはアガスティアに攻め込んできた勢力と帝国との戦いから、別の戦いへとシフトし、皆自分が胸に抱く何かの為に戦っていた。

 

 

 そして彼……いや、この場合“彼等”と表現する方が正しいかもしれない。

 彼等もまた、アガスティアで己の成すべき事を成す為、戦い続けていた。

 

 

 

「アガスティアの全市民を島から非難させます。駐留軍は直ちに避難誘導と騎空艇の発進を急がせて下さい」

 

「し、しかし……アダム大将は既に」

 

「今この時に置いて、エルステの軍人が最優先すべき事は何かを良く考えて下さい。

 裏切り者である私のいう事が聞けないと言うのならそれでも良いでしょう。しかし、それを理由に大切な事を見失っては成りません。

 貴方達エルステの軍人が守らずして、誰が民を守ると言うのです」

 

 元帝国軍大将アダムの言葉に、兵士達がたじろぐ。

 既に戦況は混沌としている。兵士達からすれば、任務を全うするべく戦う相手が誰なのかすらわからないのが現状。

 フリーシアによって裏切り者の烙印が押されようと、元大将であるアダムの言葉には信ずるにたる強さと重みがあった。この混沌とした戦況に置いて、従うべき言葉を与えられていない兵士達には正論に過ぎた。

 

 目の前で逃げ惑う市民たちを前にして成すべき事……そんな事は兵士の誰もが即断できるであろう。

 

 

「迷っている時間はありません──何もできないのであれば、何もしなくて良いです。ですが、せめて我々の妨害だけはしないでもらいたい」

 

「我々……?」

 

「今この島で戦う者達全てです。

 皆、この島の……ひいてはこの空の為に戦っています。避難を誘導する者から、脅威を食い止めるものまで。

 その邪魔をすると言うのであれば、エルステの者であろうと容赦はしないと思って下さい」

 

 ゴーレムの躯体……身も心も作り物であるはずのアダムが醸し出す、本気を思わせる気配。作り物が出せるはずのない威圧感は兵士を圧倒してみせる。

 勿論この兵士がアダムの正体など知っているわけがないので、元大将を相手に気圧されるのは当然なのかもしれないが、それ以上に今のアダムには鬼気迫るものがあった。

 

「────わかりました。これより部隊は全て避難誘導に回します」

 

 故に、彼等兵士には作り物であるはずのアダムの想いが正しく伝わった。

 戦意と警戒に包まれていた部隊長が指示を出すと、次々に伝令が飛んでいく。

 口々に飛び交う言葉は戦闘の中止と避難誘導への指示。

 それは実質、フリーシアへの裏切り行為であり、エルステ帝国との戦いの終わりを意味した。

 

「私も部隊と共に作業に加わります。秩序の騎空団との連携は大将閣下にお任せしても?」

 

「承りましょう。迅速にお願いします」

 

「ハッ!」

 

 走り去っていく隊長を見送るアダム。

 命令を守る。兵士として当然の責務であるが、それ以上に大切なものを彼は正しく持っていたのだろう。

 無差別に破壊の手を広げる星晶獣やバハムートの出現。状況が味方した面もあるだろうが、おかげでアガスティア市民の避難は楽になった。

 住民の避難が進めばリアクターによるアーカーシャ起動も、必要出力に至らずに止められるかもしれない。

 決して楽観視はできないが、状況に光明が見えてきたのは間違いがなかった。

 

 

「皆さん────空の世界を、お願いします」

 

 

 光明が見えた。だと言うのに、アダムの胸騒ぎは収まらない。

 未だ止まる気配のないバハムート。そして曇天を突き刺すようにそびえ立つタワーの最上部。

 二つの懸念が言い様の無い不安を煽り、呟かれた声には多分な憂いが込められた。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 互いの間合いはゼロ。

 踏み込んだ勢いそのままに振るわれる七星剣。それを迎撃するは、ポンメルンが握るやや細身の両刃剣。

 天星器が纏う金色の輝きに対するは、魔晶が齎す黒きチカラ。

 

 結果は────

 

 

「くっ!?」

 

 拮抗した数瞬の末弾かれた、グランの敗北に終わる。

 

「きぃええええ!!」

 

 弾いた勢いそのままに追撃に移るポンメルンの一閃がグランの首元へと迫るが、膝を抜き首を傾けることで最小限の動きをもってグランは躱した。

 既に意識は戦闘への完全没入状態。周囲の景色すら意識の外へと追いやるレベルでグランにはポンメルンの一挙手一投足が見えている。

 

「はぁあ!!」

 

 ウェポンバーストの発動。魔力によって強制的に漲らせた光のチカラを七星剣へと宿し、七つの光点を集結させる。

 

「北斗大極閃!!」

 

 最速を以て振るわれる絶対的七連撃。ポンメルンに金色の刃が情け容赦なく迫った。

 

 一閃。ポンメルンはそれを半歩下がって躱す。

 二閃。続いて剣による迎撃でいなされる。

 三閃、四閃、五閃、六閃。迫る刃を立て続けに魔晶によって張られた障壁に防がれる。

 

 七閃────最後の一撃はグランの手を狙ったポンメルンの蹴撃に止められた。

 

「なっ!?」

 

「隙あり、ですネェ!」

 

 続けざまに腹部に入れられた蹴撃にグランは自ら後ろに跳ぶことで大きく間合いを開ける。

 距離を開け両者は再び相手を視線で射抜くと、僅かに表情に陰りがみえた。

 互角────そう言って差し支えないだろう。互いに負けられない戦い、だが実力……と言うよりは恐らく僅かな経験の差が一連の流れに見えていた。

 斬撃の躱し方、防ぎ方。

 総じて防御面においてポンメルンはグランより上手と言える。

 

「ううむ、流石といった所ですか…………あの黒騎士に“任せる”と言わせただけはありますネェ」

 

「それはこちらのセリフだ。あの黒騎士に“簡単だと思うな”なんて言わせただけはある。まさか全部防がれるとは思って無かったよ」

 

 互いの言葉に、二人は件の人物を思い出す。

 広いホールのようなこの場に今はグランとポンメルンの二人しかいない。

 一緒にいたはずのビィ、ルリア、オルキスは、アポロ達に守られて先へと進んでいた。

 

 

 この状況に至るまでに経緯があった。

 スツルムとドランクを打ち負かし、グラン達の前に立ちはだかったポンメルンを前にして、グランは己がすべき最善を選んだ。

 それは即ちこれまでの仲間達同様、ルリアを先に行かせるためにこの場に残る事。

 

『黒騎士。それにスツルムさんにドランクさんも……ここは僕一人でいい。全員で先に行ってくれ』

『グラン!? 何を言うんですか、皆で一緒に──』

『小僧、貴様……自分が何を言っているかわかっているのか?』

『わかっている。本当のオルキスを取り戻すためにルリアを犠牲にしようとしている貴方に……一時的にでもルリアを預けたくはない。

 でも、ここで全員が足止めされていては間に合わなくなるかもしれない。僕達は、今できる最善を以て最速でリアクターを止めなければならないんだ』

『だからってよぅ、何も一人で戦う事ねえじゃねえか。スツルムかドランクのどっちかでも』

『ここから先、何が待っているか、誰が待っているかもわからない。ここで無為に戦力は割けない。できるのなら戦力は極限まで後に残しておきたいところなんだ。

 だから行ってくれ。この先何が待ち受けていようと、絶対に負ける事は無いと思える黒騎士が……七曜の騎士である貴方がルリアの最後の護衛に相応しい』

 

 ルリアとビィの反対を押し切り、グランは一息に促す。吐き出されたグランの言葉には一人でポンメルンを倒す覚悟があった。

 ここに残せるのは最小限の戦力────そう語った言葉とは裏腹に、グランの瞳は物語る。

 ここでポンメルンを倒す腹積もりなのだ。食い止めるでも時間を稼ぐでもなく、倒すと。

 それは彼自身にとって半分意地のようなものかもしれない。

 

 一度はアマルティアで惜敗した相手、故に負けられないと言う意地。

 惜敗したガンダルヴァにリベンジを果たそうとしたジータに対しての負けられないと言う意地。

 

 自分より強く、よりルリアを守れる可能性のあるアポロに先を託す意味合いも当然ながらあるが、まだ少年の域を出ないグランらしく、負けられない意地というものがグランのこの選択に多分な影響を与えていると思われる。

 ガロンゾでセルグに諭されたように、団長としてではなくグラン個人としての意思は、体の良い言い訳を並べながら目の前の宿敵との戦いに大いに戦意を燃やしていた。

 

 そう、宿敵なのだ。

 グランにとってポンメルンは、初めての強敵といえる。

 ザンクティンゼルで旅立ちの切っ掛けとなった戦いからこれまで。

 ガロンゾ、アマルティア、ルーマシーと幾度となく相対した目の前の強敵は、既に因縁浅からぬ相手となった。

 その宿敵を前に団長である仮面を取り払ってしまえば、今のグランに残るのは強敵との戦いに決着をつける気概。それに尽きる。

 

 

『────良いだろう、ここは任せたぞグラン。

 だが気を付けろ……奴もまたガンダルヴァ同様、既に計り知れない領域にいる。決して簡単だと思うなよ』

『わかっている』

『グラン……絶対に絶対、負けないでください。私も必ず、リアクターを止めて見せますから』

『安心してルリア。僕も必ず追いつくから。スツルムさんにドランクさん……黒騎士と一緒にルリアを頼みます』

『全く、カッコつけやがって……このままじゃ私達はやられただけの足手纏いになるじゃないか』

『あ~、つまりこういう事ね。今回は僕らのメンツの為にも依頼料はタダで良いってさ。まぁ、僕としてもこのまま良い所無しじゃ恰好がつかないし。大船に乗ったつもりでいてよ』

『グラン……気を付けて』

『あぁ、ありがとう。三人共』

 

 こうして一行は先に進んだ。この場にグランとポンメルンの二人を残して。

 スツルムとドランクを相手にして下せる程に、今のポンメルンは強い。

 だが、グランであれば負けはしない────その信頼と共に。

 

 

 

 

 

「お前と会った事が随分昔のようですよ……思えばあのド田舎な島でお前達に出会ってしまった事がエルステの運の尽きだったのかもしれませんネェ」

 

 どこか、過去を懐かしむ様な……思いを馳せる様な声音でポンメルンは呟いた。

 ザンクティンゼルでの出会い、それはグラン達だけでなく帝国の、ひいてはポンメルンにとっても大きなターニングポイントであっただろう。

 カタリナがルリアを連れ出そうとしなければ。ルリアがグラン達と出会わなければ。グラン達がなんてことない、只の一般人であったなら。

 きっとこれ程までに、エルステ帝国が危機に陥る事は無かったはずだ。

 尤も、そうなればフリーシアの計画を止める者がおらず、近い内に世界の崩壊は免れなかったかもしれない。

 アーカーシャによって、星の民が襲来する事のない歴史を刻んだ空の世界へと書き換わっていただろう。

 そう考えると、ロキが唱えた世界の意志と呼べるものも、あながち荒唐無稽とは言えない。

 運命的とも言える彼等の巡りあわせは、世界の意志に導かれた必然であったのだ……

 

「僕達はあの時の出会いに感謝しているよ……ルリアと出会い、そしてお前達が来なければ、こうして旅をしてイスタルシアを目指す事も、強く成る事もなかった」

 

「フンッ、本当に可愛げのない子供ですネェ。確かに貴方達の侵略によってエルステの軍は瓦解。

 帝都がこれだけの戦火に包まれれば責任追及やその他諸々で、我輩もフリーシア宰相閣下も無事にはいかないでしょう────無論、貴方達がこのままアーカーシャを止められれば、ですがネェ」

 

 戦闘の優位に緩んだか、ポンメルンは少しばかりグランを……いやグラン達を見下す挑戦的な言葉を吐いた。

 アダムの離反、組織の面々の助力、更には十天衆の介入。

 恐らくではあるが帝国にとって不利となる事態が三点。それも全て戦局を大きく覆すようなものばかりだ。

 これらがあって、まだエルステ側に余裕があるのか。

 ポンメルンの態度にグランは訝しまずにはいられなかった。

 

「できないと思ってるのか? 追い詰めているのはこちらのはずだ。お前がここにいる以上、残る戦力はたかが知れている……いくら魔晶を使った所で黒騎士がフリーシアに負けるはずも──」

 

「リアクターの起動が必要、とはアダム大将からの情報でしたかネェ?」

 

「何?」

 

 唐突な話題の転換に眉を顰める。

 投げかけられた言葉の意味を理解すると共に、それが今の話の流れから出てくることに、グランは嫌な予感が沸々と湧いていた。

 

「残念ながらリアクターの起動などアーカーシャには必要ありません」

 

「なっ!?」

 

「あぁ、少し違いますかね、正確にはアガスティアの住民から時間をかけてリアクターにエネルギーを取り込む必要など無いと言うべきでしょうネェ」

 

「それじゃあ、まさか……」

 

 アダムが告げた残された時間。その根底が覆った。

 体感的にもまだ猶予はある。そう信じて疑わなかった残り時間は既に皆無である事を遠回しにポンメルンに告げられる。

 

「ご想像の通り、既にリアクタ―の起動は始まっているでしょう。我々が散々使い続けてきた魔晶のエネルギーを用いて……ですネェ。

 大体、アガスティアに居る人々全てから精神エネルギーを抽出してリアクターのエネルギー源にするなど非効率極まりない。抜かれれば行動不能になるリスクをこの島にいるすべての人間が負うのですから我々にとっても大きなデメリットになる。

 そんな強行策、実行に移すわけが無いでしょう。アダム大将の謀反の可能性を見越したフリーシア宰相閣下は既に別の策を用意していたわけですねぇ」

 

 勝ち誇った顔がグランの神経を逆撫でる。

 不安と焦りから隙を生ませる事も考えての情報の開示だろう。乗せられてはならないと思うものの、それを御しきる程冷静沈着にはグランはなれなかった。

 七星剣を構えて、チカラを解放する。

 

「それでも、こうしてお前が足止めに来てるって事はまだ時間を稼ぐ必要があるってことだ。だったらさっさとお前を倒して──」

 

「できますかネェ? 仮にも一度貴方を完膚なきまでに叩いて見せた我輩を相手に……短時間で倒して見せると?」

 

 戦意を燃え上がらせ攻め入ろうとするグランを見て、ポンメルンがあからさまに表情を侮蔑へと変えた。

 状況は理解している。焦ろうとする気持ちは良くわかる。

 だが、小僧の分際で己を侮るような発言。既に倒した気になっているグランの言葉はポンメルンの怒りを買った。

 

「思い上がるんじゃありませんよガキが。これまでの辛酸。失ったもの。我輩とて負けられないのは同じ事。

 帝国軍人として最後の意地というものを、お前に見せつけてやりますネェ!!」

 

 過剰な魔晶のチカラを解放し、ポンメルンから禍々しく黒い光が立ち昇る。

 反動など度外視。世界の改変を望むものにとって、先の心配など不要だ。

 求めるのは今この時この瞬間、目の前の不遜な少年を上回るチカラのみ。

 立ち昇るチカラを剣へと集約。グランの光に対する闇属性を剣に湛えて、ポンメルンが吠える

 

「さぁ、やりましょうか! 正真正銘、最後にして最強の我輩で貴様を血祭りにしてやりますネェ!!」

 

「上等だ、そっちに魔晶がある様にこっちにだって切り札はある────いくぞ、七星剣!!」

 

 対するグランも七星剣のチカラを解放していく。

 武器との対話。天ノ羽斬やアルベスの槍のように使い手を選ぶ武器という点では天星器も同じ。

 それはつまり、使い手次第でチカラの解放に更なる段階を踏める事に他ならない。

 より深く、より強く、七星剣の奥に眠るチカラを引出し己のチカラへと変えていく。

 

 

 ──振り回されない様に気を付けることだ。

 

 

 

「──―いくぞ、ポンメルン」

 

 既に意識は目の前の敵へと全て向けているグランが、胸の内に燻る声に気付く事はない。

 共に強大なチカラを剣に宿した二人は、タワー全体を震わせるような轟音と共に、再びぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 驚愕とはこれ程までに思考が回らない事態なのであろうか。

 

 己の内なる世界という非現実的な空間に意識を留めながら、己にとって最も非現実的である目の前の光景に、セルグの意識は固まっていた。

 無意識に加速していく呼吸。何かを求めるように伸ばされる手。

 脳裏にフラッシュバックする過去の記憶が目の前の光景を否定し、胸中に湧き上がる想いが目の前の現実を受け入れようとする。

 相反する心と意識が、セルグの身体から自由を奪っていた。

 

「────どう、して?」

 

「どうして、か……折角久しぶりに会えたのに、その反応はちょっと悲しいんだけどなぁ」

 

 言葉とは裏腹に、少しからかう様な気配。

 苦笑ともとれそうな柔らかな笑みが浮かび、嘗ての記憶と重なる。

 セルグの罪の意識が生み出した幻影などではなく、そこに在ったのは共に生きて幸せであった頃と同じ、優しい彼女の表情であった。

 

「もぅ……ずっとここで見て来たけど、本当に変わっちゃったね。昔は自信満々でいつでも落ち着き払ってて、驚いた顔なんてほとんど見せなかったのに。

 まぁ、それも私のせいだからとやかくは言えないけど……」

 

 そうして僅かながらにアイリスはため息を吐くと、足取り重いセルグに代わって軽やかに歩み寄っていく。

 やや頬を膨らませた子供っぽい仕草は、やはり生きていた頃と同じであり、セルグの疑念は徐々に払拭されつつあった。

 歩み寄ったアイリスの華奢な手が、無骨なセルグの手を柔らかく包むと、彼女は静かに口を開く。

 

「今ここに居るのは正真正銘の私。貴方を愛し、貴方が愛してくれた、アイリス本人だよ」

 

 伝わる声と温もりが、セルグの疑念を払拭する。

 どんな理屈かは知らない。だが今目の前で微笑む彼女は本物であり、嘘偽りの無い言葉を掛けてくれているのだと理解できた。

 

 同時に、セルグの胸中には止めどなく感情が溢れてくる。

 嘗て彼女と過ごしていた様々な記憶が再びセルグの中で巡り、それらはその終着点へと帰結する。

 

「──お前が」

 

 故に、セルグの口は自然と言葉を吐き出していた。

 抱き続けていた想い、抱え続けていた疑問、囚われ続けてきた罪の答えを。

 

「お前がもし本当にアイリスだと言うのなら教えてくれ。

 最後の時、お前はどうして笑って逝けた? なんでお前はこれから死にゆくと言うのに恨み言の一つも言わずに逝く事が出来たんだ」

 

 罪の意識を乗り越えた。イルザとの邂逅もあり、その認識はより強固となった。それはセルグの中で間違いなく言い切れる事であった。

 それでも、その原点たる彼女が目の前に現れて、聞かずにいられはしなかった。

 確かめずにはいられなかった。

 

「ずっと忘れられなかった。ずっと怯えて生きてきた。

 罪悪感が、ありもしないお前の憎しみを生みだし、俺はお前に殺される夢を見続けた」

 

「うん、知ってる」

 

「何度も死にたいと願った。この苦しみから解放されお前の元に行って裁きを受けたい。

 だがそうなる前に、オレは組織の連中に復讐を果たさなければいけない────その想いで生きてきた」

 

「うん……わかってるよ」

 

 俯き独白を続けるセルグに、アイリスは優しい声音で言葉を返していく。

 

「ごめんね、私があそこで死ななければ……私が貴方の傍に居ようとしなければ。貴方はきっとあんな風に苦しむことは無かった」

 

「そんな事は無い。オレはお前と過ごした時、確かに幸せだった。戦いの中でしか生きる意味を見いだせなかったオレに、お前は本当の生きる意味をくれた。

 オレにとって、お前はかけがえのない大切な存在だったんだ……」

 

「うん、その通りだよ。私は貴方にとってかけがえのない大切なヒトになれた。そして貴方もまた、私にとってかけがえのない大切なヒトになってくれた。

 同じなんだよセルグ。貴方と生きた時間、私は確かに幸せだった。戦えず逃げる事しかできなかった私に戦う術を教えてくれた。守る力を与えてくれた。

 そんな貴方を、私は心の底から愛していた。だから私は最後の時でも、満足して逝くことができた。貴方の傍で幸せのまま死ねたのだから」

 

 アイリスに手を握られながら、縋るように独白を続けたセルグが顔を上げる。

 語られた言葉に一縷の迷いも感じられないそれは、彼女の心情を如実に表し、セルグへ余すことなく伝える。

 死す時ですら笑顔であった彼女の想いを。

 

「こうして再び会って話せる機会に恵まれたから、私の口からちゃんと教えてあげる。

 貴方が自分を責める必要なんか無い。私は貴方からたくさんの幸せをもらった。感謝こそすれ、恨むような事……何一つありません」

 

 どこか呆けた様子で、セルグはその言葉を聞いていた。

 聞きたかった言葉。確かめたかった想い。

 だが、いざそれを耳にすると、簡単に受け止めきるのも難しかった。水と油の様に、その事実を自身に溶け込ませるには少しばかり時間が必要だった。

 

「アイリス、オレは──」

 

「だから、笑って生きて下さい。未来を共に生きる事を誓った、あの子達と共に……今度は、その手で全てを守って、幸せに生きて下さい。

 その為なら、私も全てを捧げて貴方のチカラになって見せるから」

 

「な、何を言って?」

 

 アイリスの発言に不穏な気配を感じ取って、セルグの焦燥が再び沸き起こった。

 目の前の最愛だったヒトを見ればどこか達観したような、決意を新たにしたような、そんな空気を感じさせる。

 嫌な予感が僅かによぎった。

 

「私がここに存在している理由がまだだったね。

 私は死の間際、貴方によってここに取り込まれた魂の一欠片。死んで、無に還るだけのはずだった私を失うまいと、貴方が無意識のうちに取り込んだ、私の最後の残滓」

 

「故にここに在るのは彼女であって彼女ではない。個として存在するには少なすぎる魂の残滓は彼女の形と意識を取ってはいても、既に死した事実は揺るがないだろう」

 

「母上!? 何でここに」

 

 突如飛び込んできた第三者の声。正確には黙っていたヴェリウスもここにいるので第四者だが、声の主をみてセルグはまた驚きの声を上げた。

 そこには真紅の眼を向ける彼の母親と呼べる少女。世界を監視し、維持する為に存在する調停者の姿があった。

 

「そなたの出自を忘れたか? 私の魂もまた、そなたに一部取り込まれている」

 

「そうか……そうだったな」

 

 驚きを消して、セルグは納得した。

 アイリスが魂の欠片、残滓としてここに存在するのなら、この少女の姿をした母親もまた、その魂の一部をセルグの中へと移している。

 

「さて、セルグ。この世界でそなたが成すべき事を伝えよう」

 

「成すべき事? という事はやはりオレはまだ死んではいないんだな」

 

「その通りだ。今、そなたの肉体は現実の世界で再生が成されている。

 だが、掛けられた魔法は死した肉体を蘇らせる様な再生魔法ではなく転生魔法に近い。漂う魂に寄り添う形で肉体を構築する魔法であるが為に、一つの個ではないそなたの歪な魂が肉体の再生を阻害しているんだ」

 

「オレの魂が歪?」

 

「うん。ここにいる私にしても、貴方のお母様にしても、貴方がこれまでに取り込んで来た星晶獣達の残滓にしてもそう。

 取り込んできてしまった全てが、貴方の個としての存在を朧気にして歪めてしまっている」

 

「ここに来る前に、セルグはこの世界で星晶獣達を全て倒し自身の魂へと還元した。それはこれまでのように取り込む形ではなく、完全なる画一という形に至っている。

 もうわかったはずだセルグ。そなたが生き返り、現実へと戻るために必要な事が……」

 

 母親である少女の声に、セルグの脳内で点と点が繋がっていく。

 この世界で戦った星晶獣達。目の前にいる最愛のヒトと母親。

 

「────お前達を取り込み、全てを一つにまとめなければならない」

 

 “そういう事になろうな”

 

「ヴェリウス……あぁ、そうだよな。お前も含めて……だよな」

 

 そう、ここにいる全てを統合し、個として一つにならなければ、セルグの蘇生は適わないのだ。

 

「私も、お母様の欠片も、そしてこのヴェリウスも、全て貴方と一つとなる。

 画一され、一つの魂へと至らなければ貴方が生き返る事はない」

 

「画一の為の不純物の残りはここにいる私達3人だけだ。後は先程の星晶獣同様、そなたの天ノ羽斬で私達を切り、“個”のままで残っている魂を砕けば画一は終わる」

 

 “迷うな若造、既に選択の余地はない。お主が蘇れなければ世界は消える”

 

 詰め寄るかのように、自身を破壊しろと口にする三人に、セルグは僅かに後ずさった。

 セルグがセルグで在る以上、その心には根深く存在する使命がある。

 親しき者達に手を掛ける事。セルグにとって簡単にできる事ではない。

 ここで消えようと存在し続ける母親の方はまだ良いだろう。魂の大元は存在している。消えるわけではない。

 だがアイリスとヴェリウスは別だ。既に死しているアイリスと、分身体とは言え個の存在となっているヴェリウスでは話が違う。

 

「何を簡単に……母上はまだしもお前達二人は」

 

「貴方と一つになれるのなら、私は望むところ」

 “お主と一つとなるのなら、我には何も異論はない”

 

 迷うセルグの声を、当の本人達が遮った。

 被ると思っていなかった当人たちもまた、顔を見合わせる。

 思わず、アイリスの表情の笑みが差した。わかりにくいがヴェリウスもまた心中は同じであっただろう。

 

「気が合うね、ヴェリウス」

 “よさぬか。散々に若造を苦しめてきた小娘に、我と若造の何がわかる”

「あー、何よそれ。私だってずっと内側からセルグの事を見て来たんだからね。それこそ、セルグの事だったら何から何まで知っているんだから! 逆にヴェリウスの方こそ、私達の何を知っているのよ!」

 “若造から小娘との記憶は全て見せてもらっている。何ならそなた等のとある夜の出来事を我の主観による感想も交えながら、仔細に──”

「わ──!? ちょっと何を言ってるの!! お母様の目の前で!」

「ほう……ヴェリウス、仔細な説明などではなく是非記憶の共有をできないか。我が子の営み、どのようなものだったか非常に興味深い」

「お母様!? 何を言ってるんですか! もーセルグ、ちょっと二人を止めて──」

 

 二人が始めた言い合い。その姿には恐怖、不安、ましてや後悔など感じられない。

 当然のようにセルグが悩んでいる事を受け入れている。

 重なった二人の言葉は本心なのだろう。迷う事、既にそれは二人への侮辱だとセルグは思えた。

 一つため息を吐くと、セルグは僅かに呆れた様に笑う。

 

「悩んだオレがバカだったな……悪かった二人共。さっさと済ませよう」

 

 言葉は軽く、決意は重く。大切な二人をその手で砕く意思を見せ、セルグは天ノ羽斬を抜刀した。

 揺蕩うような奇妙な心地に思えた。セルグは自身の覚醒をどことなく感じとり、蘇る事が出来るとわかった事にやはり喜びを感じていた。

 それが大切な者達を砕く果てに辿り着くのだとしても、だ。

 そんな彼の姿を見つめながら、少女は口を開く。

 

「安心しなさい。画一とは消失ではない。アイリスもヴェリウスも、消えるのではなくそなたと共に在るようになるだけだ」

 

「分かってる。それと心配せずに眺めていろ。世界は必ず守って見せる」

 

「あぁ、心配等していないさ。こんなにも頼もしい二人が見守ってくれているのだからな」

 

 未だ言い合いを続けているアイリスとヴェリウスを見やってから、彼女はセルグの前にその身を差し出した。

 無防備に、切ってくれと言わんばかりに歩み寄ってきた少女を、セルグは静かに切り捨てる。

 

 ──硝子のように砕け散った少女は、その欠片の全てをこの世界に溶け込ませて消えていった。

 

「先にして悪いヴェリウス。その……最後に二人になりたくてな。次はお前だ」

 

 いつの間にか寄って来ていたヴェリウスへと向き直り、セルグは申し訳なさそうに口を開いた。

 

 “相変わらず面倒な思考をする奴だ。答えの定まっている選択に躊躇するのは愚行よ。

 我の最後の忠告だと思って良く覚えておくのだな”

 

「いいや、最後にはしないさ。これまでもこれからも、お前はオレの友であり相棒だ」

 

 “ふんっ、なれば早く戻ってくるのだな”

 

 数度言葉を交わすと、ヴェリウスもまた、その身を差し出した。

 無防備なその躰へと振り下ろされる刃。硝子の様に砕け、また世界に溶け込んでいく。

 

「────アイリス、次だ」

 

「ふふ、ゼタ達お陰かな。最後に二人きりにしてくれるくらいの甲斐性ができたのは。

 まぁとにかく、怖くないし、哀しくもない。これは本心だからね。

 これからは本当の意味で貴方と共に生きていける。そう考えたら嬉しい位なんだから」

 

「さよならも言わない。オレがいう事は一つだけだ────またな」

 

「ふふ、そうだね。また……でも、この姿では最後なわけだし、最後に──」

 

 言葉は続かなかった。アイリスはセルグの腕に抱きしめられその胸の内にいた。

 強く、強く、そこにいる事を……ここにいた事を刻み込むように、セルグは彼女を抱きしめた。

 別れではない……だがそれでも、もうこの姿で逢う事はできない。

 それを惜しみながら、セルグは言葉を紡ぐ。

 

「好きだった……愛していた……」

 

「ふふ、ありがとう……私も、大好きだったよ」

 

 互いに、過去形で言葉を終える。

 それはどこまでも真実の囁きであった。

 愛する者同士の口付けもない、強く切ない抱擁だけして二人は離れる。

 もう、言葉は無かった。三度目の砕ける音がして、全ては世界に消えていく。

 

 

 

 ──統合は成った。

 

 セルグの内なる世界は揺れ始め、崩れようとしている。

 世界からセルグで在った者は消え、“セルグであった者”が新たに生まれようとしていた。

 

 

「────さぁ、共に迎えよう」

 

 

「オレの……セルグという存在の終末を」

 

 自身に宿ったであろう者達に語りかけるように、セルグは一人残った静かな世界で呟く。

 光を失い闇へと消えていくこの内なる世界。崩れゆく世界で、セルグは一つ、別れの言葉を告げた。

 

「────悪いな、みんな。さよならだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 十天が一人。魔導の申し子フュンフは、目の前の光景に茫然としていた。

 

 目の前に浮かぶ歪な存在。

 それは彼女が魔法による蘇生を施していた人物であり、普通であれば損傷した肉体が元に戻るだけであるはずだった。

 だが、目の前にいる彼は違った。

 

 彼女の魔法が及ぶにつれ、彼の肉体は徐々に……その気配をヒトから外れた者へと変化させていった。

 ヒトの枠を外れ、その存在は徐々にヒト非ざる大きなものへと膨れ上がっていった。

 

 フュンフは惑う。これまでに覚えの無い目の前の光景に……

 

 彼女の魔法に誤りはない。十天の一人であり魔道の申し子たる彼女が魔法に失敗する事など有りえない。

 であるならこれは、彼女の蘇生魔法が正常に機能して起きている事なのだ。

 

 ふと、何かの気配を感じて術式に集中しながらフュンフは振り返る。

 

「鳥……さん?」

 

 そこにいたのは黒と白の対なる鳥。

 彼女がいつも見上げるオクトーの倍くらいありそうな巨大な鳥の姿がそこにあった。

 いつの間に現れたのか……突然感じた気配から恐らく今この瞬間にこの場に現れたのだろう。

 振り返った彼女へと視線を向ける一対の鳥達は、厳かな雰囲気を醸し出しながらも、小さな彼女に頭を垂れた。

 

 ”魔導の童よ。我が主を頼む”

 

 ”もう少しで目覚めると思うから、それまでお願い”

 

「主、ってこのお兄ちゃん?」

 

 ”うむ……我らが主であり、我の大切な友だ”

 

 ”そう……私達の主人であり、私の大切な人”

 

「そうなんだ……わかった、任せて! もうすぐ終わるからね!」

 

 突然現れた得体のしれない鳥であるも、不思議と恐怖や敵意を感じる事は無かった。

 目の前にいる一対の鳥からは慈愛の念しか感じられなかったのだ。その視線の先は、件の彼に注がれている。

 言われるがままに、フュンフは蘇生の仕上げに入った。

 既に彼の身は、ほぼ完治に近いだろう。あとは離れかけた魂を定着させ、安定した状態へともっていくだけである。

 

 強大な存在との戦いに周囲は喧騒に包まれていた。

 そんな中、ウーノにより守られていたこの空間だけがこのアガスティアにおいて最も安全な場所であり、そこは異質な静けさの最中に在った。

 

 

 “感謝しよう。魔道の童よ”

 

 “これであの人は、また戦える”

 

「もうすぐ……もうすぐ終わるよ!」

 

 二つの声に見守られながら、魔力を高めるフュンフ。

 魔力と共に強まる光が周囲を照らし、彼の身体を徐々に包み込んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 バハムートと死闘を繰り広げていたシエテ達は……只ならぬ気配を感じていた。

 

 そんなものは目の前に神に等しき星晶獣がいる時点で、何もおかしい事ではない。

 ヒト程度では抗えないと思わせる強大な存在感。

 今戦っている星晶獣は、十天衆である彼等でなければとうの昔に殺されていてもおかしくない強大な存在なのだ。ただならぬ気配を感じるのは当然のことである。

 

 

 だが……違う。

 

 

 感じられた気配は背後から。

 もっと言うなら、それは同じ十天の一人である、小さき少女の所から感じられる。

 増大していくチカラと膨れ上がっていく存在感は、否応なく彼らの気を引き、かの星晶獣もまた、その異常な気配を察知して遂にはその動きを止めた。

 

 

 誰もがその存在へと目を向けていた。

 少女の目の前で浮かび上がっていく一人の男を……

 

 白と黒。二つの大きな鳥が慈しむようにその身へと寄り添い、彼の者の“誕生”を見守っていた。

 

 

 ”そろそろ良いか、若造”

 

 ”早く起きないと、守れなくなっちゃうよ“

 

 

 聞き慣れた声、懐かしき声が、彼の目覚めを促していく。

 ずっと共に在った。ずっと心に在った。

 二つの声に導かれ彼の者は静かにその目を覚ました。

 

 柔らかな動作で、空中に浮かびながらゆっくりと体を起こすと、彼は蒼穹の色合いを思わせる双眸で終幕へ向かおうとする世界を見つめる。

 傍らの鳥達は、彼の目覚めを祝福するように大きく翼を広げ、高らかに鳴き声を響かせた。

 

 翼の目覚めを。

 彼の再誕を。

 

 

 

「────いこう“ヴェル”、“リアス”。共に世界を守ろう」

 

 ”良かろう。黒の翼は常にそなたと共に在らん”

 

 ”行こう。貴方にはいつも白の翼の加護がある”

 

 

 

 厳かで、それでいてどこか柔らかな声に応えると、一対の鳥はその身を光へと変え彼の者へと飛び込む。

 

 瞬間、彼の者は真に覚醒を迎えた。

 

 蒼き瞳は真紅の眼へと変わり、銀糸の髪は所々跳ねた癖のある長い髪へと伸びていく。

 極限まで鍛えられた、戦士らしい肉体は僅かばかりにその大きさを小さく細くし、数年分若返ったような印象を抱かせる。

 背には、白と黒。二対の翼を負っていた。

 お伽噺に聞く天司のような姿となった彼は、喧騒続く世界で静かに口を開く。

 

 

「我は、ジ・オーダー」

 

 

 それは、世界を守る名。

 

 

「“ジ・オーダー・アナザー”」

 

 

 それは彼に託された使命の翼。

 

 

 

 

「往くぞ、蒼天の写し鏡たる我が刃にて。今、万象の憂いを断たん!」

 

 

 

 

 混ざりし魂は起源を超え──今、万象を守る光となる。

 

 

 

 

 




言い訳になりますが、原作のゲーム方がやる気起きなくなっちゃって熱意が消えてしまい放置してしまいました。
未完で終わらせることはありません。必ず書き上げます。
これだけは絶対です。
年末年始、また書き上げます。今回はやるやる詐欺しません。
それではお楽しみいただければ幸いです



グランデ石でもゾーイでも良いから最終解放して欲しい、、、できれば石の方



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メインシナリオ 第68幕

年始と言うにはアウトなタイミング。
ちょっと修正とか諸々ありまして、、、、でも更新致します。
どうぞお楽しみください。


 

 

 

 長い戦いの最中。

 アガスティアの街はバハムートや星晶獣達の暴威に晒され、帝都と呼ばれた面影のほとんどを無くしていた。

 市民の大部分は既に避難を終えている。残るはこの島にて戦う者達がほとんどであろう。

 

 その、島に残り戦う者達の一人。組織の戦士ベアトリクスは虱潰しに回っていた最後のリヴァイアサンに止めを刺したところで、何かを感じ取り振り返る。

 

「やっと終わった──ん? なんだあれ?」

 

 少し遠くに見える暴威の龍。その名までは知らないが目につくという表現に収まる程度ではないその存在感は顕現してからと言うもの、常に彼女の全身を圧迫してくるような迫力があった。

 そんな、暴威の化身たる龍の手前に、誰かが居る。

 惹きつけられるような感覚を覚えて凝視したそれは、見覚えの無い姿でありながらどこか知っているような気がする。

 新たな敵か。それとも味方か。どちらにせよ黒く巨大な龍がまだ暴れている以上、彼女と彼女の仲間達の戦いはまだ終わらない。

 戦いの中心とも言えそうな目立つ目印に向け、ベアトリクスは足を速めて向かった。

 

 

 彼女だけではない。同様にイルザ、ユーステス、バザラガの三人もベアトリクスと同じく件の場所へと向かい始める。

 

 

 新たな現れた、奇妙な気配を感じ取って────

 

 

 

 

 

 

 

 

「────星晶獣バハムート。星の手に堕ちた空の神」

 

 真紅に変わった双眸を向け、調停者ジ・オーダーへと覚醒を果たしたセルグはバハムートと対峙する。

 その場にいる誰もが、威圧感とも安心感とも取れる様な奇妙な気配に動きを見せない。喧騒の中にあって静寂を湛えたこの場に、セルグの声は小さくもはっきりと響き渡った。

 

 

 セルグとバハムートの対峙、静寂が続いたのは僅か数秒。

 

 

 世界を揺らす様な咆哮が轟く。覚醒したセルグの気配を脅威と判断したか、バハムートは動きを止めた十天衆を捨て置きセルグへと悪意の鎌首をもたげた。

 口腔へと集う魔力。黒く禍々しいチカラが輝きを増していく。一度はセルグを殺したバハムートの全霊。大いなる破局が放たれようとしていた。

 

「あれは……まずいっ、城郭の構──」

 

「大丈夫だ、強きヒトの子よ。今度は我が防ぐ」

 

 島を落とさんとするチカラの胎動を前に、障壁を張ろうとするウーノをセルグが制する。訝しむウーノを納得させるよう、即座にセルグはその手を翳した。

 

「隔絶せよ、極彩色の結界──“プリズムヘイロー”」

 

 僅かに原色が揺らめくシャボン玉のような薄い膜がアガスティアを覆う。同時、悪意の光は放たれた。

 黒々とした光の奔流が再びアガスティアを襲う。が、その威力を発揮するどころか、防いでる音すら響かずに薄いはずの障壁が黒き奔流を防いでいた。

 隔絶。余波ですら街に及ばせないように張られたプリズムヘイローは、その頼りない見た目とは裏腹に、文字通り世界を切り取り異相へとずらす。絶望の黒光であろうとも、世界の理の中に在る以上、隔絶された世界にチカラを及ぼす事などできない。

 絶対領域を生み出す守護結界──プリズムヘイロー。世界の意思が生み出した調停者に与えられた、守りの神技である。

 

 

「なんという……力だ」

 

「ふぅ、どうやら完全に復活……と言うには少し変わりすぎてる気がするけど、もう大丈夫そうだね。

 セルグちゃんだったかな? 調子はどうだい」

 

 ウーノの驚きの声が挙がる中、シエテが笑みを浮かべて近くへと降り立つ。

 バハムートの攻撃を難なく防げた事に、僅かばかり安堵の息を漏らしながら続くように十天衆がその場へ集った。

 

 全員、疲労はもちろんの事負傷も目立つ様相であった。

 ルリアによる制御が失われ、暴走状態となったバハムートは既に制限も加減もない正に暴力の化身。

 破壊を司るに相応しい圧倒的な攻撃力と、再生を司るに相応しい生存能力。その二つを有しているのだ。彼等でなければとうの昔に堕ちていただろう。彼等であったからこそ、まだ生きていられたとも言える。

 

「強きヒトの子達よ、世界の為にその身命を擲ってくれた事、心から感謝する」

 

 プリズムヘイローの外で、バハムートが障壁を破ろうと再び動き出したのを尻目に、セルグは集った彼等へと柔らかな声を向けた。

 その言動には既に彼の面影は少ない。外見も含め、その在り方は覚醒と同時に大きく変化をしているようだ。

 

「凄く……不思議な旋律。楽譜のない音楽みたい──貴方は何?」

 

「何って……どういうことニオ? 確かに雰囲気は少し違うけどそんなに大きな違いは──」

 

「大丈夫だニオ。ちょっと変な感じだけどコイツからは悪い感じがしないぞ。滅茶苦茶強いと思うけど、敵じゃない」

 

 見た目や気配より深く、その者の魂を旋律で理解するニオはセルグの存在の不明瞭さに少しばかり恐怖を覚えた。

 対するサラーサは、勘と言うべきか感と言うべきか。彼女の全身がセルグを敵ではないと認識していた。

 ニオの懸念を払拭するようなサラーサの言葉に各々、彼女の感を信じて湧き上がる疑問に蓋をした。

 

「すまない、今は時が惜しい。問答は後に……魔道の童よ、彼らの治療をお願いする、時間は我が稼ごう。

 今一度、そなた等の力を借りたい」

 

「良いけど、すぐには終わらないよ。それにあちしは大丈夫だけど、皆は武器もボロボロで……」

 

 そう言いながらフュンフは仲間達を見やる。

 即座に淡い光が彼らを覆い、回復魔法が発動しているのは流石としか言い様がない。

 そして少女の言うとおり、バハムートとの戦いに因る代償は彼らの得物にも現れていた。

 剣拓を使うシエテや支援役のニオはともかく、直接斬り付けるサラーサやカトル、シスにオクトーは損耗などと生易しいものではない。エッセルの銃は銃身が完全に焼けついてしまっているし、ソーンの弓もバハムートの攻撃の盾替わりとした時に破損していた。そしてバハムートの攻撃を切り払い続けたウーノの槍は完全にその役目を終えているだろう。

 彼らの殆どが、戦闘能力の大半を失っていた。

 

「俺とニオとフュンフはまだ何とかなるが、他の皆はとてもじゃないが戦えないよ。

 俺達は十天衆、誇張無しにそれぞれの武器を扱う人間として最強を謳える者達だ。生半可じゃ武器の方が持たない。何か手でもあるのかい?」

 

「無論。彼の星晶獣は破壊と再生を司る神に等しき存在。世界の理の中に在ってはその再生の力を滅する事叶わず。

 例えそなた等の武器が無事であっても、滅ぼす事はできない。だが、これらならば────」

 

 セルグの手に光が集う。白く輝く光は徐々に青へ……真っ青と呼べる遥かな空の色へと変わっていく。

 集った光は十へと別れ、各々に合わせた形へと変容した。空の青を体現した十種の武器へと。

 青の槍。青の弓。青の斧。青の短剣。青の杖。青の手甲。青の長剣。青の刀。青の琴。そして青の銃。

 目を引く青の輝きに引き寄せられるように、シエテ達は各々に合わせた武器を手に取る。瞬間、全身を駆け巡る形容しがたい感覚に包まれる。

 これまでに扱ってきた属性のチカラ。武器のチカラ。それらとは全く異なる質の何かが青き武器を通して全身を巡る。

 強く成ったという感覚ではなく、何かをただ受け取った感覚に近いだろう。

 

「コスモス。それがそれらの武器に乗せられた名司だ。我の力の一端が宿っている。

 それを以て、バハムートを────くっ!?」

 

 セルグの言葉が終える前に、小さな衝撃が彼等の元へと届いた。

 反射的に目を向けた先で、プリズムヘイローを破ろうとするバハムートの攻撃が、周囲の島々にまで被害を及ぼしていた。

 

「強きヒトの子等よ、急ぎ戦う準備を整えて欲しい。そなた等の準備が整うまで、彼の星晶獣は我が食い止めよう」

 

「了解~おしゃべりの時間はなさそうだね。フュンフ、回復を頼む。整い次第、全員で今度こそあのトカゲ野郎を落とす!」

 

 シエテの言葉に声が重なる。形は違えど、音は違えどそれは了承の意を込めた返事であった。

 珍しく……本当に彼らにしては珍しく、意思と息のあった返事であった。瞬間、頭目である彼が僅かばかりに涙ぐんだのは仕方ないことかもしれない。

 

 そんな彼らをおいて、セルグは……否、ジ・オーダー・アナザーは意識の全てをバハムートへと向けた。

 バハムートの攻撃の余波で被害を受けた周囲の島々が、崩れながら空の底へと落ちていくのが目に入る。

 怒り、はもう湧いてくることは無かった。守れなかった事を嘆く悲しみこそ僅かにあるものの、それに引っ張られる事もない。既に彼の心理構造はヒトであった時とは大きくかけ離れた形を取っており、感情の機微は殊更小さいと言えよう。

 故に、プリズムヘイローを解除してバハムートの眼前まで飛翔したアナザーは平坦な声音を張り上げた。

 

「星晶獣バハムート。星の手に堕ちた空の神よ。今一度、空の世界に還られよ!」

 

 返答は振り上げられた巨大な腕であった。

 目の前にまで近寄ってくれた獲物を相手に、暴走したバハムートは魔力を込めた腕を叩きつける。

 アナザーはそれを無難に回避し再びバハムートの眼前へと躍り出る。

 

「やはり、我の声も届かないか……」

 

 “仕方あるまい、蒼の少女が内に宿したものから最大具現させた星晶獣だ。規模、能力に相違はないが真なるコアはここに在らず……あれもまた複製に過ぎん”

 

 “時間はあまりかけられない。あの破壊のチカラは、振るえば振るうほど、世界の器が壊れていく”

 

「わかっている。分身に近い我では簡単ではないが、彼等のチカラがあれば滅する事も可能なはずだ。

 まずは────大人しくなってもらう」

 

 ヴェルとリアス。二つの分身体の声に応えながら、アナザーは視界の隅に視線を向ける。

 アガスティアの地表の隅で小さく光を反射する欠片。それは嘗て、ヒトであったセルグが共に歩んできたヴェリウスと並ぶ相棒。

 星晶獣狩りの組織の中で彼を最強たらしめた、至高の一振り。その残骸……

 

「──来たれ、天ノ羽斬」

 

 折れ、砕け、その体を保てなくなった欠片達を呼び寄せる。

 星晶獣を滅する為に生まれ、星晶獣に砕かれた相棒を、今再び手にするために。

 

「絶刀天ノ羽斬よ、心意に応えその力を示せ。世界にあまねく悪意を断ち、世界を襲いし災厄祓う為。我が身に宿りて今再び転生せん」

 

 言霊が紡がれる────共鳴し光を帯びた欠片達は、アナザーの中へと取り込まれた。

 砕けた天ノ羽斬を憑代に、アナザーは創り上げる。

 自身のチカラを体現する、新たな相棒を。

 

「顕現せよ、神刀──天ノ尾羽張(アメノオハバリ)

 

 アナザーの胸より引き抜かれる新たな絶刀。幾何学的な模様を刀身に浮かべ、コスモスと呼ばれた武器と同じ青く不思議な金属でできた柄。刀身は刃を白の、峰を黒の光が模る。

 抜刀、そして解放。込められるはコスモスと同様に調停の翼である彼に宿る世界の理の外のチカラ。

 それは目の前にいる再生を司る星晶獣に唯一対抗出来得るチカラ。

 稲光を纏い、輝きを増して、今その一刀が全てを断つ。

 

 

「神刀顕来(けんらい)・天ノ尾羽張」

 

 

 放たれる光の刃はバハムートを深々と切り裂き、アガスティアの街へと叩き墜とした。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 セルグが調停の翼として覚醒を果たし、グランがポンメルンと激闘を繰り広げ始めた頃。

 タワー最下層。つまりは入ってすぐの広間では、死闘を潜り抜けた四人が身体を横たわらせていた。

 

 勝利────こそしたものの、その被害は甚大であった。

 腹部へまともに喰らった一撃、負傷したところへ追い打ちの二撃目。それらを受けながら、それでも無理をしてガンダルヴァをぶん殴ったリーシャは、口元を己の血で汚し内臓へのダメージに苦悶の表情を浮かべながら、無言で回復魔法による治療を進めていた。

 

「くっ、流石というか……なんというか。本当に強敵だったな。何度走馬灯を見たかわからないような心地だ」

 

 渇いた笑いを浮かべながらカタリナが呟く。

 意識こそ保ちこちらも微弱な回復魔法を行使しているがカタリナもまた相当に深手である。鎧越しに受けた蹴撃。鎧越しであったからこそ、砕けた鎧の破片が幾つも腹部に突き刺さり、彼女の足元に血だまりを作っていた。

 それでも、ジータも含め三人はまだ意識を保っていた。だが──

 

「ジータ、モニカ殿の状態は?」

 

「かなり……危険な状況かな。床に叩きつけられた時の内臓へのダメージ。呼吸もままならないような状態で無理して動いたものだから、そのダメージは更に深刻に」

 

 そう、今ここで一人昏睡状態にまで陥っているモニカだ。

 リーシャ同様に内臓へのダメージは勿論、ガンダルヴァに斬りつけられた外傷も多い。呼吸は浅く、虫の息に近かった。

 

「正直今の私の魔法じゃとても。せめてポーションでも無いと──」

 

「ポーションなら! 私のポーチに一つだけあります。ジータさんこれを」

 

「助かります、リーシャさん。モニカさん……失礼しますね」

 

 運よく残っていたポーションをリーシャから受け取り、ジータが横たわるモニカ抱える。

 出来るだけ体勢は変わらない様に配慮しながら、口をこじ開けポーションを流しこもうとした。

 だが。

 

「──ッ!? モニカさん」

 

 寸での所でジータの腕を止める手。

 それは意識を取り戻し、目を開けたモニカの手であった。

 

「────待って、欲しい。ジー……タ殿……」

 

「何を……何を言ってるんですか。こんな状態で待つ必要なんて!?」

 

「アイツに……ガンダル……ヴァに……」

 

 掠れた声で必死に力を振り絞って、モニカが指で示す先には死んだように横たわるガンダルヴァの姿。

 彼女達との戦いで受けた傷がある上、魔晶による反動は致命的である。ぎりぎりの所でまだ心臓が動いているに過ぎない。そんな状態であった。

 

「ガンダルヴァに……? なんでそんな事。モニカさんが優先に決まってるじゃないですか!」

 

「流石に私も同意だ。いくら秩序の騎空団とは言え、自身の身より相手の身を優先する必要は無いはずだ。

 誰であろうと死なせずに捕らえたい気持ちは分かるが今は──」

 

 モニカの言いたい事はカタリナにも理解できた。

 秩序の騎空団として、どれだけの悪行を重ねようと、正しく法の裁きを受けさせる。

 目の前で、当然のように死なせて良い命など有りはしないと……

 だが、それは彼女が死に掛けていなければの話だ。目の前に瀕死の仲間と敵がいるなら優先するのは当然ながら仲間である。

 その当然を、モニカは跳ね除けようと言うのだ。

 

「ここまで派手にやってくれたんだ……アイツには償いの為にもしっかり働いてもらわないと割に合わん。

 大丈夫だ……また反旗を翻すような事に成らない様に……今度は私とセルグで見張るからな」

 

「そんな事言ってる場合じゃないんですよ! もぅ、リーシャさん! モニカさんに何とか言ってください!」

 

 ジータの声に合わせてモニカの……カタリナの視線もまたリーシャへと向いた。

 回復魔法はそれなりに作用しているのだろう。苦悶を浮かべていた表情は少し薄れ、立ち上がり歩みを進める様は多少しっかりとしたものに変わりつつあった。

 自身に向けられるジータの視線。正に狼狽えると言った表現が正しく、焦燥に駆られ、モニカを止めてくれと言わんばかりの表情であった。

 向けられたモニカの視線。そこに込められた意思をリーシャは読み取る。口を開こうとはしなかった。ただ、変わらぬ強い意志がモニカの瞳には宿ったままであった。

 逡巡──リーシャはジータへと歩み寄ると手を差し出す。

 

「────ジータさん、そのポーションを渡してもらえますか?」

 

「リーシャさん? は、はい」

 

 リーシャがモニカへと強い視線を向ける。

 ジータはそれを自身の願いへの肯定と受け取った。自分よりもリーシャの方が説き伏せ易いだろうと素直にポーションを渡す。

 

「ありがとうございます。では、ジータさんは今すぐ上層に向かってください。

 カタリナさんも、モニカさんも、私も。既に戦える状態ではありませんが、ジータさんはまだ動けます。ここで言い争うより先に私達にはやる事があるはずです」

 

 突き放すように返された言葉に思わず目を丸くした。

 

「そんな……この状況で皆さんを放っておくなんて」

 

「いや、行ってくれジータ。こんな所で……私達のせいで、君の歩みが止まってしまうなど。戦いの状況を考えれば許容出来る事ではない」

 

「カタリナまで……」

 

 驚きに染まったジータであったが、カタリナからも声が挙がり、睨み付けるように振り返った。

 こうして会話こそできているが誰一人重傷の域を出ていない。三人が三人とも深手を負っている状態なのだ。

 状況が切迫しているとは言え、こんな状態の仲間を放っておくことなど、ジータに決意できるはずが無かった。

 

「大丈夫です。頑固なモニカさんを懐柔するのは私の仕事ですから。ちゃんと助けますよ……だから、先を急いでください」

 

「私もいる、そう心配するな……ちゃんとモニカ殿は助けて見せるさ」

 

「カタリナ……リーシャさん……」

 

 安心させる様な声音で背中を押すように語りかけてくる二人に、今度はジータが逡巡する。

 共に戦う関係とは言え、セルグとの事もありモニカはジータにとって既に仲間だ。騎空団の団員となんら変わらない、彼女にしてみれば家族同然の仲間の一人である。

 故にその命が危険な時にこの場を離れて先を急ぐなど、本来できるはずが無かった。

 だが、このアガスティアの戦いの中で彼女は一つ決意をした。

 信頼する事を────強く頼りになる仲間が、こんな所で死ぬことなど無いと強く想う事を。

 肉体を破壊され、一度は目の前で死しているはずのセルグですら、再び立ち上がるであろうと信じているのだ。今ここで信頼できる仲間達の言葉に押されて尚、首を横に振る事など彼女にはできなかった。

 例えその仲間達の言葉が嘘だとわかっていても……

 

「────わかりました。絶対、モニカさんを死なせないでくださいね。絶対に、絶対ですよ」

 

 だからジータは首を横にも縦にも振らなかった。

 彼女達の意思を汲み取り、条件だけ言い残してやったのだ。

 

「はい、絶対に大丈夫ですから……さぁ、行ってください」

 

「はい!」

 

 リーシャの声に背中を押され、ジータは強く走り出す。

 死闘を超えて尚、ジータに衰えは見られなかった。

 治療は自身で済ませた。疲労こそあるがそれ程でもない。何より、意識は完全に後ろに置いてきた仲間達を押し出して、昇っていく先の戦いへと向けられている。

 

 “すぐに追いつくから……待ってて皆”

 

 昇っていく先にもまた、彼女の仲間達は居るのだから……

 

 

 

 

 

 

 

「全く、私達は嘘が下手だな。完全にバレバレじゃないか」

 

「仕方ありませんね。立場上、私は嘘を吐けませんので」

 

 ジータが去った後、呆れたように笑うカタリナとリーシャ。

 その言葉の意味するところは、二人の先程の言葉には多分に嘘が含まれていた事を示す。

 

「……二人とも、何を?」

 

「モニカさんは少し黙っててください。全く、セルグさんと一緒で無茶ばっかり……命令を聞く身にもなってください」

 

 奇妙な雰囲気の二人に惑うモニカが口を開くも、リーシャが拗ねた様に黙らせた。

 彼女の意思を汲み取りはしたものの、にべもなく同意をしたわけではない。不満はリーシャの中で大いに燻っている。

 大体何を考えているのだろうかこの上司は。重傷も重傷、下手すれば生きているのが不思議といっても過言ではない程の負傷を負っている状態だと言うのに。その身を心配する自身やジータの意見を押し切って、戦っていた敵の命を救えと言うのだ。

 馬鹿だ、大馬鹿だ。こんな上司の部下についたら今後無茶な要望ばかり投げられるだろう。

 

「はは、上司(モニカ)の命令を聞きいれる。更に団長(ジータ)の願いも聞き入れる。両方やらなきゃいけないのが部下(リーシャ殿)の辛い所だな」

 

「ホントですね全く。それじゃカタリナさん、先に始めてもらってて良いですか。

 ────私はあっちを片付けますので」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

 二言三言と掛け合うと、リーシャはジータから受け取ったポーションを持って横たわるガンダルヴァへと近づいていく。

 カタリナはそんなリーシャを見送りながら、モニカの外傷を一つ一つヒールで治療していった。

 

 

 

 

「──何の用だ、リーシャ。俺様は今最高に良い気分で寝ているんだ。邪魔すんじゃねえよ」

 

 ガンダルヴァのすぐ傍まで来たリーシャは、意識があるとは思っていなかったのか、声を掛けられ僅かに驚きを見せる。

 モニカよりよほど重傷であろうとも、やはり身体の頑丈さが違うのか、ガンダルヴァは思いの他はっきりと言葉を紡いでみせた。

 

「御断りです。何勝手に死ぬ気でいるんですか? 貴方には今回の騒動も合わせて罪状がたくさんあります。それを償わずに、易々と逝けると思ったら大間違いです。例え死んだとしても地獄から引っ張り出して償わせます」

 

「ハッ、厳しいこった。それじゃ何か? ここまでやった俺様をわざわざ助けようってのか。治療なんてしてみろ、その時はまた最強を求めてテメエ等に挑んでやるからよ。

 悪い事は言わねえ、俺様みたいなやつは百害あって一利無しだ。素直に死なせときな」

 

 ポーションを取り出しガンダルヴァへと差し出す……が、まるで子供の様にそっぽを向き、挑発染みた言葉を返してくる。

 瞬間、彼女の中で何かが鎌首をもたげる。

 それは怒りだった。狼狽える団長を厳しい言葉で追い払い、仕方なく上司の意思を汲み取って、痛む身体に鞭打ちながらこうして命を助けてやろうと言うのに……一体こいつは何様のつもりなのだと。

 生殺与奪。それは最も簡単な上下関係と言えよう。横たわる上司、横たわる敵。総じて、今この場で動く事ができ治療を施せる妙薬を持っている自分に彼女と彼への対応を決める権利があるはずだ。

 それを償わせるだの素直に死なせろだの。面倒にも程がある。

 

「────全く、どいつもこいつも」

 

 湧き上がった感情に身を任せ、リーシャはポーションの蓋を取るとガンダルヴァの口元へと寄せた。

 

「飲め、ガンダルヴァ! また挑んでくる? どうぞ勝手にしてください。それでも貴方には徹底的に罪を償ってもらいます──秩序の騎空団として、モニカさんの下で。

 これだけの騒動を引き起こしたんです、簡単に死ねると思うな、死なせてもらえると思うな! 

 本当に最後を迎えるその時まで、最強を目指して足掻き続けてみせろ」

 

 カッコ悪いったらありゃしない。口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 偉そうに最強だなんだとほざいておきながら、負けたらそこで諦めるのか。その最強を目指してきたこれまでをここで無為にして良いのかと、リーシャは目の前にいる人間が今回の騒動に大きく加担していたとしても、思わずにはいられなかった。

 彼は……ガンダルヴァは決して悪人ではない。そう言って差し支えないと思えたのだ。

 最強を目指す、その為の戦いを求め、その為に帝国側に居たに過ぎない。傍若無人では在るが、そもそもが武人なのだ。

 ならば、モニカの言うとおり、彼を使って今後に活かす方が良い。

 最強目指して一途な彼だ。扱い易いと言えば易いだろう。

 

「報酬は最強の称号を懸けた戦い……それを提供してやる。だから、お前には秩序の騎空団で働いてもらう。いいな!」

 

 その提案にガンダルヴァは目を丸くする。

 ただ償え……そう言われるだけだと思っていた。御大層な大義名分を説き、再び秩序の騎空団に所属していた頃のように戻れと言ってくるのだと。

 だが違う。今彼女が述べた提案は、ガンダルヴァを正しくガンダルヴァと見て、契約を提示したのだ。

 

「────ふっ、ふふふ」

 

 自然と、ガンダルヴァの口から声が漏れた。笑みが零れた。

 悪くない提案だと……素直にそう思えた。

 

「はっはっは!! 小娘が、調子に乗ってんじゃねえよ」

 

「今ここで私達に負けた負け犬が何を言うか。そういう態度は私達に勝ってからにしなさい」

 

「へっ、負け犬とは言うじゃねえか。

 良いだろう……報酬は最強の称号を懸けた戦い。俺様が望む相手を用意してもらうぜ……それで手を打ってやる」

 

 今ここに、新たな契約が成立した。

 罪人との契約など秩序の騎空団としてあるまじき行為かもしれない。正式な手続き等もなく、勝手に定められた契約に如何ほどの効力があるかもわからない。

 だがきっと、この契約は果たされる────そんな予感がした。

 

「成立ですね。さぁ、飲んでください。動けるようになったら貴方に最初の命令を下します」

 

「あ? 早速かテメエ。父親よりも人使いが荒いな」

 

「最重要任務です。よろず屋シェロカルテの所までモニカさんを抱えて搬送してください。丁重に、丁寧に扱う事。良いですね」

 

 きっぱりと、ミスは許さんと言わんばかりの口調。

 今更そんな事で目くじらを立てる様な気分ではないが、考えてみれば報酬の代わりに上司と部下の関係になる。

 詰まりは基本的に命令には絶対服従に近いと言える。

 

 

「────やれやれ、こいつは受けない方が良かったかもしれんな」

 

 

 脳裏によぎった一抹の不安は、きっと間違いの無い事だと……そんな予感がしていた。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 無機質な音が響き弾かれる剣。

 

 持ち主は老練たる剣士。その二刀はこれまで数多くの敵を屠り、切り捨ててきたはずであった。

 得物を弾かれがら空きになった胴に、小さな物体が突き刺さる。

 まるで腹話術の人形のような、少しファンシーで少し愛らしい。そんなぬいぐるみのような物体が──

 

 高速を以て剣士アレーティアの胸部を撃ち抜いた。

 

「ぐっ、ぬぅうお」

 

「アレーティアっ!? んのやろう!!」

 

 呻きと共にアレーティアが後方へと弾き飛ばされる。間髪入れずにその穴を埋めようとゼタが飛び込んだ。

 烈火一閃。アルベスの槍に炎を灯し、追撃に踏み込んできたフェンリルを迎撃する。

 

「そんなもんでどうにかなると思ってるのかよ!!」

 

 強固な氷を纏った拳がアルベスの槍に打ち付けられた。

 消える炎、それだけにとどまらず衝撃が今度はアルベスの槍を打ち上げ彼女の防御を崩す。

 

「──ハイ、ありがとね」

 

 まるで日常風景の一コマのような軽い声音で呟かれる言葉。次の瞬間、ゼタの真紅の鎧にあのぬいぐるみのような物体が二つ突き刺さる。

 

「がっ、あっぐ!?」

 

 衝撃が貫けていく。鎧越しでありながらその強さは巨大な星晶獣に勝るとも劣らない。小さく愛らしい見た目とは裏腹に凶悪の一言に尽きるその威力に、ゼタは一瞬意識を飛ばした。

 だがその程度で攻撃の手を緩める程、相手は優しくない。

 

「そうら、千切れろよぉ!!」

 

 強靭な力。純粋な腕力を以てフェンリルがゼタの四肢を千切らんと迫る。

 枷を外され、全ての制御を取り払われたフェンリルの強さは凶悪であった。

 圧倒的なまでの身体能力。攻撃力に全振りしたようなその身体が繰り出す攻撃だけでもとんでもないと言うのに、解放された彼女のチカラはそれだけに留まらなかった。

 氷柱が舞う。それはカタリナのグラキエスネイルの刃より大きく多い氷の暴力。これを縦横無尽に撃ち放ち攻撃してくるのだ。

 例えるならベルセルクに目覚めたグランの近接戦闘と、無詠唱魔法を会得したジータの魔法戦闘。その両方を備えた様な正に化物と呼べる戦闘能力を持っていた。

 接近戦ではアレーティアとゼタを軽く凌駕し、後方への攻撃では難なくイオやロゼッタ、ラカムやオイゲンを押しのけて見せる。唯一対抗できるのはシュヴァリエを纏うヴィーラ位だが、それもここまでに幾度となく使用した反動で限界に近い。

 

「ゼタ! くっ、シュヴァリエ!!」

 

 ゼタの危機にシュヴァリエのプライマルビットが躍る。

 制御は完全にシュヴァリエに任せている為、正確無比な光線の射撃がフェンリルを狙い、あえなくフェンリルは後退。

 

「クッ……ごめんヴィーラ、助かった」

 

「大きく踏み込んではいけません。チカラの強さでは完全に負けています……どうにか早さと技術で隙を作らない──ッ!?」

 

 気配を感じてヴィーラはイージスマージのみを起動。撃ち出されていたぬいぐるみの片割れ、“ココ”を防いだ。

 

「私達を放っておしゃべりは……いけないワン」

 

 戦闘が始まってから一度も変わっていない、不敵な笑みがそこにはあった。

 フェンリルとて十分に脅威である。が、まだ直接的に相対するだけマシであった。

 星晶獣ケルベロス。星晶獣であるが故彼女と呼んでいいのかは微妙であるが、彼女もまた途轍もない強さを持っていた。

 両の手に嵌めた“ココ”と“ミミ”。彼女の攻撃手段はこれらを撃ち出すだけの非常に単純な攻撃だ。

 フェンリルの様に多くの数を放つわけでも、彼女自身が接近して攻撃してくるわけでもない。一貫して、攻撃の手段はココ&ミミに因る突撃のみ。

 しかしその威力、早さ、そして何よりココとミミがそれぞれ意思を持っており無軌道に動く事ができると言う事実がその脅威度を格段に引き上げる。

 威力は先程のアレーティアやゼタが受けた攻撃を見ればわかるだろう。早さもまた、銃弾とはいかないものの目で追えるような早さではない。魔法を放ち迎撃などできる様な速度ではなかった。そして、軌道。正面に居ようが隙を見せた瞬間には横合いから頭部を撃ち抜かれている可能性すらある。ココとミミは、魔力で軌道を操れる銃弾のようなものなのだ。

 動きを止めて改めて対峙する二つの星晶獣。二人の頬を冷や汗が伝った。

 

 

「お二人さん……どうだ、まだやれるか?」

 

「ラカム?」

 

「ラカムさん?」

 

 そんな二人の緊張を和らげるように、煙草を吹かした操舵士は軽い口調で問いかけると前に躍り出た。

 背後には、既に昏倒させられた仲間達が横たわっている。

 イオ、オイゲン、つい先程、アレーティアも加わった。

 戦況は既に、圧倒的不利に傾いているはずである。それでも、ケルベロスに負けじと返す彼の不敵な笑みはどこか頼れる気配がしていた。

 

「ちょっとぉ、私は蚊帳の外かしら? さすがに忘れてもらっちゃ困るんだけど?」

 

 更にロゼッタも並び立つ。今この場に立っているのは何とか攻撃を防ぐ、躱す、迎撃する事が出来たこの四人だけ。

 

「悪い悪いロゼッタ。別に忘れちゃいなかったぜ、なんたって俺は操舵士だからな」

 

「どうだかね。とりあえず……ゼタ、ヴィーラちゃんも、ここからは私も前に出るわ」

 

「ちょっと、何言ってんのよ。ロゼッタ、接近戦をやるタイプじゃないでしょ!」

 

「流石に無謀が過ぎませんか? いくらシュヴァリエでもそう何度は──」

 

「あら、誰が誰を守る気でいるのかしら? 枷を掛けているのは何もあの子だけじゃないのよ」

 

 妖艶に笑みを深めるロゼッタ。

 ゾクリと総毛立つような気配だった。気配の変化でもない、魔力の昂りとも違う。あえて言うなら存在感の肥大。それが起こるだけの事情というものを知ってはいるが、改めてそれをゼタとヴィーラに感じさせた。

 そしてもう一人……

 

 

「さぁて、逆転といこうぜ。

 ケルベロスへの対応は全部俺がやる。三人はフェンリルに集中してくれ」

 

 

 極限の集中状態が一目でわかるほどに研ぎ澄まされた気配。

 

 ニヒルな笑みを浮かべながらも鋭くケルベロスを睨み付ける、頼れる操舵士の姿がそこにはあった。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

やるやる詐欺じゃないよ、、、、書き上げてたけど書き直してたんだよ。
ということで、遅れてしまってごめんなさい。
話も全然進んでない。ごめんなさい
でも次回は結構描き上がってるからすぐあげられると思います。
古戦場近いのがちょっとキツイけど頑張るのでお待ちください。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。
感想、どうぞお願いしますm(*_ _)m


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メインシナリオ 第69幕

話全然進んでない。
けど、書いておかなきゃいけない話。
そんな一幕。

どうぞお楽しみください


 

 初めてグラン達と出会ったのは、ポートブリーズの平原だった。

 あの時はまだ、垢抜けない少年少女って感じで。一緒に居たビィにルリアにカタリナと、少数の小さな騎空団だと思ったものだ。

 艇の事や航行の事なんてからっきしみたいで、柄にも無く親切な大人を演じてやった。どうにも危なっかしくて魔物と戦うときには援護してやったり、まだ敵対していたスツルムとドランクを相手にした時は街を守る為に共闘もした。

 

 そうこうしている内にティアマトの暴走が始まり、いつの間にか俺はあいつらと再び空を飛んでいた。

 飛び立つのを待ち続けていた、グランサイファーと共に。

 

 

 旅を続けていれば色んな事があるってもんだ。

 特にウチの団長は人が好過ぎる。何でもかんでも首を突っ込んで、巻き込まれて……その先で様々な事を成してきた。

 星晶獣絡みのゴタゴタなんてしょっちゅうだ。国絡みのいざこざにも巻き込まれた事がある。

 普通の騎空士では到底有りえない出会いの数々────そして、強敵との戦い。

 垢抜けなかったはずのあいつらがいつの間にか団長の顔になり、俺の助けなんてなくても戦えるようになるまでに時間はかからなかった。

 

 

 才能……ってやつなのかね。

 次々と編み出されていく戦闘スタイル。双子故の息のあった連携。どんな武器も使いこなし、どの距離でも万能に戦う。

 ポートブリーズから共に旅立ち、騎空団を結成して以降。メキメキと頭角を現してきた二人に……俺は頼もしさと一縷の不安を禁じ得なかった。

 その強さ故に、その才覚故に。あいつらは今後、頼るから頼られる人へとシフトしていくだろうと。

 事実、これまでの帝国との戦いを見たってあいつらの実力に頼り助けられている場面は多かった。

 

 それ自体はあいつらとしても望むところなのだとは思う。頼られる事に喜びを感じている節はこれまでに幾度となくあった。

 頼まれたら断り切れず、だから色んな事に巻き込まれんだ。

 そんな二人の姿勢に、不安が募った。

 

 幾ら強く、才能に溢れようとまだまだ子供のはずだ。本来なら二人は頼る側でいて良いはずだ。

 こんな……帝国とのいざこざなんかに巻き込まれず、自由に空の旅をしていて良いはずなんだ。

 

 あいつらを取り巻く環境に、そしてその環境をものともしない二人の強さに────俺はいたたまれなくなってしまった。

 

 

 そんな俺にとって、セルグの加入は喜ばしいものだった。

 紆余曲折はあったが、あいつの事情を知り、あいつの強さを見せつけられたその日、俺は心を震わせた。

 

 星晶獣との数えきれない戦い────その経歴から裏付けされるアイツの強さは、グランとジータの二人を以てすら届かない高みにあった。

 必然、戦闘に於いて二人が頼れる寄り辺になる。これまで頼られっぱなしであった二人にとって、これ程心強い存在はないはずだ。

 その上、組織の連中と命のやり取りをしてきたアイツは、ルリアの危険性や帝国との戦いにおける懸念など色んな事に気が付いてくれた。グランやジータだけでなく、俺達にとっても大きな存在であった。

 本当に────頼りになる奴だと思った。

 

 

 

 

 

 それじゃあ……俺には一体何ができる? 

 

 過った疑念は、俺の心の深い所に根付いた。

 

 激化していく戦い。

 操舵士である俺にとって、戦闘力なんてのはおまけみたいなものだ。

 ポートブリーズに居た時から、俺の戦闘は所詮自己防衛の延長でしかない。

 元から戦うために強く成ってきた連中とは、違って当たり前だった。

 

 

 適わないのは────当たり前だ。

 

 

 ガロンゾでガンダルヴァと相対した時、銃弾を鞘で弾く離れ業を見せつけられ沈んだものだった。

 かと思えば、セルグはそんなガンダルヴァを軽く圧倒して見せた。

 

 あいつらもう……人間じゃねえって思った。

 

 

 

 あんな連中とやりあってちゃ命が幾つあっても足りない。なんて事を思うが、それでも逃げるわけにはいかねえ。ここでロキが呼び出した星晶獣二体を相手にしなくちゃならねえんだ。

 今こうして戦っている俺達に空の世界の未来が掛かってるだもんな。

 

 枷を外し、軛を解かれたフェンリルは、忠犬から猛犬へと早変わり。仲が悪い様に見えたもう一体のケルベロスと一緒に、互いの穴を埋める様見事な戦いぶりを見せつけてくれている。

 元々身体能力が低く魔法に特化したイオや、いよいよ身体が追い付かなくなってきたオイゲンは既にケルベロスによって倒されていた。ロゼッタも、防ぐので手一杯、状況の打開は見込めない。

 前衛であるゼタ達三人は、苛烈な攻撃に晒され負傷もそこそこだ。

 

 どうにか、戦況を変えなくちゃならねえ。

 

 だが、俺に一体何ができる? 

 

 操舵士の俺が、この戦いで一体どんな役に立てるってんだ。

 

 

「ラカム……何、突っ立ってんだオイ」

 

「お、おっさん!? 大丈夫なのかよ」

 

 掛けられた声に振り返れば、身体のあちこちに殴打の跡があるオイゲンが意識を取り戻して身じろぎをしていた。

 

「へっ……ヒヨッコの癖して一丁前に俺の心配とは偉くなったもんだな」

 

「何強がってんだよ。ケルベロスの攻撃に完全に目が付いていってなかっただろうが」

 

 そうだ。あの弾丸みたいなぬいぐるみがあちこち飛び回って、オイゲンをぼこぼこに……

 

「おう、流石にこの年になるともう厳しいもんがあるな……んでお前さんはどうしたラカム? そんなところで突っ立ってて、俺と同じように相手の攻撃が見えてないとでも言うつもりか?」

 

「ぐっ、んなわけねえだろう。だが、あの戦いに下手に首を突っ込めばあっという間に──」

 

 目の前で繰り広げられる戦いは、とても俺が入り込めるようなレベルじゃなかった。

 一瞬……それだけあればフェンリルは容易く俺の身体を引きちぎれるだろう。

 ケルベロスにしたって同様だ。一瞬の隙さえあれば即座に俺をぼこぼこにすることができるはずだ。

 俺にできる事なんて────

 

「勘違いすんじゃねえラカム……俺達はどこまで行っても操舵士だろうが」

 

「操……舵士?」

 

 意味が分からねえ。操舵士が何だってんだ? 

 確かに俺もおっさんも操舵士だ。元々は騎空艇こそが俺達の戦いの場。

 こんな真正面から戦う、本物の戦場に顔を出しているべきじゃねえ。

 

「風の変化を読み、視界の全てから情報を得て艇を動かす。全身で騎空艇の挙動を感じ取り、僅かな動作で艇をコントロールする。それが、俺達操舵士ってもんだろう」

 

 その通りだおっさん。

 視界の全てから航行に必要なものを読み取り、僅かな動作で艇をコントロー……

 

「だったらできる事をやりやがれ……もう見えなくなってきちまった俺に代わってな」

 

 あぁ……そうか、そうだよな。

 俺としたことが、操舵士であることを忘れて、何戦いにムキになってんだ。

 

「──悪かったな、おっさん。まだまだ半人前の操舵士でよ」

 

「バカ言え、改修したグランサイファーを手足のように扱ってこの島に突撃したんだ────今じゃお前の方が、よっぽど優秀な操舵士だぜ」

 

 天啓を得た気分だ。

 出来る事がない? そんなわけなかった。

 俺は……俺達は誰よりも……

 

 

「サンキュー、おっさん」

 

 

 燻っていた迷いは消えた。

 操舵士としていつまでも先輩であったおっさんから太鼓判も押された。

 俺の目には既に、これから自分ができる事が“見えていた”。

 

「お二人さん、どうだ……まだやれるか?」

 

 

 苦戦しているゼタとヴィーラに声を掛ける。

 さぁて、いっちょやってやろうか。

 一人前の操舵士になった俺の、いっちょまえの戦いってやつをな! 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 私は、監視者のはずだった。

 

 

 あの人に任されて、託されて。

 

 

 大切なあの子たちの旅を、ただ見守るためだけに居る筈だった。

 

 

 

 グランとジータ。

 ビィ君にルリアちゃん。

 抗えぬ、覆せぬ宿命を背負うあの子達。

 

 できるなら、静か……とは行かないまでも、順風満帆で危険など無い旅をさせてあげたかった。

 でも、運命はそれを許さなかった。

 

 ────エルステ帝国。

 対する必要はない。相手取る必要など無い。

 なのに、運命はそれを良しとしなかった。

 大きな波に浚われるように、彼等の旅は大きな野望に巻き込まれる事になった。

 

 

 私は監視者だ────彼等の旅に、私は傍観者でいなければならない。

 私にとっても皆は大切で、あの子達を愛おしく思うけれども。

 

 

 私は、私の意思で彼等の旅に関わってはいけないのだ。

 

 

 

 いけない……はずだったのに。

 

 

 

『我こそは荊の女王。深緑と幻惑を統べる者──貴方達の罪、その身にしかと刻んであげるわ!』

 

 

 自分でもらしくないと思えた。

 魔晶のチカラをコアに注ぎ込まれたユグドラシル。余りにも無惨で、痛々しくて、目を向けられなかった。

 グランサイファーへと向かう途上で沸々と湧き上がる怒りは、あの子達にとって優しいお姉さんだった私を、凶気に染めさせるには十分だった。

 本当であれば、あの愚か者達にアーカーシャを取らせなければ良いだけだったのだ。

 報復等……する必要は無いはずだった。

 だが、最も長く時間を共にしてきた、同胞とも呼べるユグドラシルへの仕打ちに、我慢などできるはずもなかった。

 

 ──結果は、散々だ。

 

 ユグドラシルを助けるために自ら魔晶に取り込まれ、あろうことか戻ってきたあの子達にその牙を剥けたのだ。

 荊の鞭を振るい、木々をけしかけ、巨大な咢で喰らおうとした。

 魔晶に飲み込まれ、薄れていた意識の中で、その感覚だけが痛い程伝わっていた。

 

 柄にも無く泣き出しそうであった。やめてくれと心で喚き続けた。

 でも、私の意思など関係なく、あの子達が私を助け出してくれるまで、私の攻撃は苛烈なまま続いていた。

 

 

 目が覚めた私を出迎えてくれたのは団長の二人。

 あんな事をしたと言うのに、変わらない……人懐っこい笑顔で『おかえり』と言ってくれた。

 

 私は自分がしでかした事が許せなかった。見守り続けなきゃいけないあの子達を傷つけ、害した自分を。

 だが、二人はそんな私の気持ちに薄々気づいていたのだろう。

 伸ばしかけて止めた私の手を……二人は躊躇なく取ってくれた。自分達はいつも通りだと。なにも変わっていないと。

 言外にそう告げていた。

 私の胸につかえる棘を、二人は抜いてくれたのだ。

 

 

 そして、もう一人────

 

 

 

『ロゼッタ!!』

 

 私を見て、私を確認して……男共を魔法で治療していた小さな女の子は弾かれた様に駆け出して、私に顔をうずめる。

 

『イオ……ちゃん?』

 

『バカッ、バカッ、ロゼッタのバカぁ!』

 

 泣きながら、少女は確かめるように腕に力を込めて私に抱きついていた。

 身体を震わせ、その様はまるで迷子の子供が母親を見つけたような……そんななんとも言えない安堵感に満ちていた。

 

『心配したんだから! もう会えないんじゃないかって、寂しかったんだからっ!』

 

 慟哭を叫んで泣き続ける少女にいたたまれなくなって、静かに抱きしめ返した。優しく撫でつけてやりながら────小さく聞こえる嗚咽が止まるまで。

 

 魔晶から解放された時よりずっと、思いっきり殴られた気分だった。

 変わらぬ態度で迎え入れてくれた────ジータもグランも、きっと私の事を仲間として大切な、かけがえのない存在なのだと思ってくれている。

 だがこの少女はそれ以上に。常日頃の大人ぶった仮面を取り去って泣きじゃくる程に。

 私の事を想ってくれていた。

 自身の中にあった何かが壊れた気がした。守ろうと決めていたラインを踏み越えた気がした。

 無意識に、自然に、少女を抱きしめ撫でていたのだ。

 

 

 もう自分に嘘を吐く事は出来なかった。

 大切なヒト達を前に、監視者で……傍観者でいる事はできなかった。

 旅についてきた優しいお姉さんなどではなく。皆“私の事”を大切に想ってくれている。

 

 あの人に託されたから、任されたから。そんな名分はもう要らない。

 ユグドラシルを守る為、この子を守る為────私は自分の意思で戦う。

 

 

 そう……決めたのよ。

 

 

 

 

「ロゼッタ……」

 

「イオちゃん!?」

 

 ケルベロスの攻撃によって意識を失ったイオちゃん。

 無理もない。あの早さの攻撃を前にして、防御も回避もイオちゃんには難しい。

 私でさえ気配を察知して防ぐので精一杯だったのだ。前衛であるゼタやヴィーラちゃん、アレーティアならまだしも、魔法以外では年端もゆかぬ少女でしかないイオちゃんに、あれらを防ぐ手立てはない。

 それでも、意地をみせたのだろう。ギリギリのところで魔法に因る迎撃を行っていたイオちゃんは、朦朧としているが意識を取り戻していた。

 

「大丈夫、イオちゃん……今魔法で」

 

「ごめんね……ロゼッタ、足手纏いになっちゃって……」

 

 一瞬呆気にとられた。しかし、すぐに歯を食いしばる。

 情けない──彼女の事ではない。こんな事を言わせている私自身がだ。

 イオちゃんの魔法は強力だ。一度その才を振るえば、戦況を大きく変える。それを活かすためにも、リーシャちゃんやカタリナ、私と言った守る事の出来る者が一緒にいる筈なのに。

 無様にも出し抜かれこの体たらく────私はイオちゃんを守ると誓ったのではなかったのか。

 

 ルーマシーの時の様に、再び沸々と湧いてくる怒りが私を支配していく。

 そうだ、決めたのだ。傍観者でいる事は辞めると……後ろから見守るだけなのはもう辞めると。

 ならばもう抑えておく必要もない。本当の私を……私という存在を。

 

「ロゼッタ」

 

 不意に服の裾を引かれた。

 視線を向ければそこには不安そうなイオちゃんの姿があった。

 

「あの時と、同じ顔してる……ルーマシーで1人だけ残った時と」

 

 はっと目を見開く。

 イオちゃんは見抜いていた。私の気持ちの、その変遷を。

 そして気づかされる。今私が考えた事は、怒りに任せてチカラを解放するだけだという事を。

 守ると決めたこの子の事を何一つ考えない、攻め一辺倒の戦いだという事を。

 

「ふふ」

 

「ロゼッタ?」

 

 自然と笑みを零した。

 守るなどとおこがましい……私は今この時この子の言葉に守られていた。

 この胸に燻る怒りのままに私のチカラを解放すれば、確かに敵を倒す事はできる。

 だが、その選択はルーマシーの二の舞になるだろう。

 広間ではあっても屋内。荒んだ心のままにチカラを使えば私の攻撃は否応なく仲間達を巻き込む可能性を孕む。

 相手を倒す事に傾注してしまっては、横たわるこの子に危害を加えてしまうかもしれないのだ。

 

「大丈夫よ、イオちゃん。ちょっと危ないから下がってて頂戴。イオちゃんはお姉さんが守ってあげるから」

 

 そんな愚を犯すものか。

 軽い回復魔法をかけて意識の覚醒を後押ししながら、イオちゃんを置いて立ち上がる。

 大切な想いを疎かにするところだった。

 守ると決めた──守る為に戦うと決めた。

 あの愚直なまでに仲間を大切にする彼と同様に、私も私の意思で仲間達を守ると。

 

「えぇ、守って見せるわよ」

 

「あー、ロゼッタ……悪いがケルベロスの方は俺に任せてくれないか。代わりに、ゼタとヴィーラと一緒にフェンリルの奴を相手にして欲しい」

 

 声を掛けてきたのはラカム。彼も私同様、何か覚悟を決めたような顔つきであった。

 

「へぇ、何か秘策でもあるのかしら。悪いけど不確定要素だらけだったら、譲れないわよ」

 

「安心しな。俺は操舵士だ……仲間の命を背負いながら戦うのは得意なんでね」

 

「──いいわ、それじゃ私は冷たい氷が皆に飛ばない様、きっちり前線を抑えてあげる」

 

「おー怖い怖い。珍しく随分やる気じゃねえか。今日は雨でも降るかな」

 

「違うわ……振るのは雨じゃなくて、美しい薔薇の花びらよ」

 

「そうかい。それじゃ期待させてもらうぜ」

 

「そっちもね」

 

 

 さぁロキの犬共、平伏しなさい。

 薔薇の葬列で送ってあげる。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 睨み合う四人と二体。

 

 戦いを優位に進めていたはずのフェンリルとケルベロスは惑い。

 対する四人の方は惑う者二人、自信の笑みを湛える者二人。

 後ろから不遜な言葉と共に顔を出してきたラカムとロゼッタに、ロキも含めて他の者達は呆気にとられて膠着する。

 

「ふぅ~ん。成程……確かに君が本当の姿になるのなら、対抗する事は可能かもね」

 

 合点がいったかのようにロキが笑う。

 流石は星の民といった所か。ロゼッタの……星晶の気配には敏い。

 彼女に渦巻くチカラと気配は、徐々に大きく先鋭化していく。それはヒト非ざる者の領域であり、その程度だけで言えば今ここに置いてフェンリルとケルベロスに対抗出来得る唯一と言えよう。

 

「だが不思議だね、今までその気なんて欠片も無かったくせに、どうして急にやる気になったのかな?」

 

「さぁてね、女心は秋の空っていうでしょ。そんなの、気まぐれの一言で終わっちゃうわよ」

 

「気まぐれ、ねぇ……まぁいいや、今は君達との会話を楽しむ時でもないし」

 

「おい、ロキ。下らねえおしゃべりしてんじゃねえよ。この女がどうなろうが関係ねえ。さっさと引きちぎって噛み砕くだけだ」

 

「ご主人様、悠長にはしていられないワン。嫌な予感がするし、早々に終わらせるワン!」

 

 主人の会話を遮らない様黙っていたフェンリルだが焦れて来たのか、怒ったように吠えた。

 次いで、彼女より落ち着きがありそうなケルベロスも、フェンリルの気勢に続くようにココとミミを構える。

 ロゼッタの気配が星晶獣のものである以上、決して良い方向に転ぶ変化ではない。

 機先を制し戦力を削らんと、負傷が積み重なってきているゼタに狙いを定め、ココとミミを突撃させる。

 

「ふぎゃ!?」

「わん!?」

 

 虚を突かれたゼタにココとミミが突き刺さる刹那。この場にそぐわない間の抜けた呻き声が挙がった。

 ゼタのすぐ傍に落ちる二つのぬいぐるみのような何か。

 言わずもがなココとミミであるが、二つとも焦げた跡を残して目を回している。

 

「そんなっ!?」

 

 何が起きたかと疑問を抱く一堂の中、持ち主のケルベロスだけが事態を把握していた。

 ゼタへと突き刺さる直前、ココとミミは撃ち落とされたのだ。炎を纏う銃弾によって……

 

「捉えたっていうの? ココとミミを」

 

「ブンブン飛び回るだけの毛むくじゃらなんて、撃ち落とすのはわけねえさ。俺には手に取る様に見えてるからな」

 

 不敵な笑みを崩したケルベロスが僅かに睨み付ける先。硝煙漂わせた銃口を向けながら、操舵士ラカムは肩を竦めて呟いた。

 なんてことは無い。そんな気配を醸し出しているが彼が今行った事は掛け値なしに驚異的と言えよう。

 言葉通り彼には見えていた。ケルベロスの視線、ココとミミの動き出す気配、更には動く気配のないフェンリルにロキ。

 視界に映る脅威の要素。その全てを脳内で認識し、感覚的に大まかな未来を脳内に描く。

 リーシャとは異なる、操舵士故の先読み、未来予知だ。

 

 操舵士は常に命のやり取りと隣り合わせである。

 小型、中型、大型。どのような騎空艇で在れど、そこには自身以外の誰かが乗る。背負う命の重みは自身の命でやり取りをする戦闘者の比ではない。

 ラカムのように一つの騎空団に所属しているのなら猶更だ。背負うは大切な仲間の命。艇の挙動一つに、自身のみならず仲間達全員の命運がかかる。

 故に、操舵士として命を預かる彼等の危機感知能力は、群を抜く。

 操舵士は微細な風の変化を読み、艇が受ける影響を予測し、必要な操舵を取る。

 だが、ラカムは違う。

 彼の場合数多の砲弾の中から命中しそうなものを見分け、回避できるコースを選出し、仲間達を振り落とさぬよう最小限の動きで艇を押し進めてきたのだ。

 グランサイファーの挙動を全身で感じ取り、視界に映る光景の全てを見落とさず危機を感じ取る。仲間の援護こそあったものの、中型騎空艇一騎のみでアガスティアの防衛網を掻い潜ったラカムの危機感知速度、判断速度は、ゼタやヴィーラを以てしてもたどり着けない領域に至る。

 

 だから見えた。ココとミミがゼタへと突撃していく未来が。

 故に落とした。あれを喰らっては今度こそゼタが落とされるだろうと判断して。

 早打ちは得意だった。小さい頃から良く訓練していたものだった。

 

「ラカム、あんた一体……」

 

「あの攻撃を見切る? それができるのならなぜ今まで──」

 

 驚嘆もそこそこにヴィーラの視線から温度が消えていく。

 戦況は切迫している。傍から見れば今まで手を抜いていたとしか思えないような、鮮やかな手際であった。

 

 出来なかったのは意識の違いだ。

 戦場に立つのは騎空士としての自分。操舵士である自分の戦闘力に劣等感を抱き続けていたからこそ、戦場で彼は操舵士になる事は出来なかった。

 化物揃いとも言えそうな仲間達を前にしては、戦えなくても仕方ないと免罪符を張れる“操舵士”ではいられなかったのだ。

 

「あーっと悪いな、お二人さん。言いたい事はあるだろうが今は後回しだ。気を抜いてたらできない芸当なんでな。ちっと集中させてくれ────ロゼッタ、宣言通りフェンリルの方は任せたぜ」

 

 そんな心境を語れるわけもないと、追及を逃れるようにロゼッタへ。

 冷めた視線は未だ離れないが彼の言うとおり、今それに意識を割いている余裕はない。

 こなすには集中しきる事が必要だ。グランサイファーでアガスティアに突撃した時のように、視界の全てに気を回し脅威を感知しなければならない。

 だから攻めに転ずるのは彼女に任せるのだ。

 

「ふふ、どうなるかと思ったけどまさか本当に防いで見せるとはね……これは私も負けられないかしら」

 

 フェンリルとケルベロスの驚嘆が冷めやらぬうちに、彼女の本性が鎌首をもたげる。

 必要なのは目の前の脅威を叩き潰すチカラ。守る為に防御する(守る)のではなく、守る為に攻める、暴力の一手。

 彼女の足元より深緑の荊が解放されていく。

 10、20、いやもっとだ。彼女を包むように生えてきた荊は100本を優に超える。荊は頭上からドームを作る様に大きく広がり再び床へと潜っていった。

 出来上がったのはこの広間を覆い尽くすような半球状の檻。荊によって形成されたロゼッタの為の戦闘空間。

 

「これは……ちょっとまずいかもね」

 

「フフ、言葉の割に余裕そうね。それじゃ────派手に踊りなさい!」

 

 苦笑いを浮かべるロキの様子に満足したように、ロゼッタは胸中で命令を行使した。

 瞬間、脅威を察知したロキがその場を転移。彼がいた場所には床から太い荊がつきだしていた。

 転移が遅れれば串刺しにされていただろう……ロキにしては珍しく間一髪の回避である。

 

「ロキ!? てめぇ、不意打ちなんて舐めたマネ──ッ!?」

 

「ご主人様! 今お助けに──きゃっ!?」

 

 ロキを守らんと動き出す二体もまた、足元より突き出た荊に貫かれるところであった。

 フェンリルは寸でのところで冷気を解放し荊を凍らせて止め、ケルベロスはいつの間にか回収されていたココとミミをぶつけて軌道を逸らす。やや痛そうな声が聞こえた気がするが気にする余裕はなかった。

 

「星晶獣“ローズクイーン”が生み出す、荊に因る完全支配域──ドミネーションフィールド。

 本当は空間全部を荊で串刺しにする技なんだけどね。私の守るべきかわいい子達が一緒にいるからそういうわけにもいかなくて……指示発動型にさせてもらったわ。さぁ、貴方達の血で薔薇の花を咲かせてあげる」

 

 妖艶に、ロゼッタは嗤った。美しい女性としての色香、そこに多分に混ざる嗜虐心の気配。

 恐怖……星晶獣である以上そんなもの感じる事はないと思っていたフェンリルとケルベロスの背筋がゾクリと粟立つ。

 生きている以上、生物としての本能と言うべきか。自身の死を予知しそうな危険な気配を感じ取っていた。

 ロゼッタは……否、ローズクイーンは自分達と同じ星晶獣。元々戦うために生まれた兵器であり、ヒトのように甘くは無い。敵対する者に対して、容赦なく殺す選択肢がとれる。自我があろうとも、情に流されるヒトと違い容易に冷酷と成れるのだ。

 

「上等だ……ロキ! もう一段階外せ!」

 

「ご主人様! 私も本気になるワン!」

 

「良いだろう。ここからは全力だ。僕も、フェンリルにケルベロスも……君達も。

 終幕に相応しい、冷たい殺し合いと行こうじゃないか」

 

 常であった薄ら笑いがロキから消える。

 その気配はザンクティンゼルでオルキスを見た時と同じ。陰鬱で刺々しく、世界の全てを憎んでいるようなものであった。

 星の民のチカラを解放し、ロキはフェンリルとケルベロスのリミッターを外していく。

 ロゼッタ同様、膨れていく気配はまだ理性的に戦えていた彼女達の本能を呼び覚ましていった。

 敵に爪と牙を剥く、猛犬の本能を……

 

「がっ……ぐ、るるる」

 

 漏れていく唸り声。フェンリルは両手を地に着けた。

 二脚から四脚へ……それはより早く、鋭く動くための形。

 

「んっ、う……ぅううう」

 

 不敵な笑みは完全に消え去り、ケルベロスもまた唸り声を漏らしながら両手を地に着けた。

 ココとミミは既に外され宙にふわふわと浮いている。

 

 姿勢低く、四足となった二体が前傾姿勢のまま威嚇するように遠吠えを挙げる。

 既に彼女達が言葉を発する事は無い。兵器としての意識が完全に目覚め、頭に在るのは目の前の敵を殺しつくす事だけである。

 相対していた四人を圧殺せんばかりのチカラの解放に、タワーが揺れた。

 

「全く……やれるかと思ったらすぐこれだ。場違いにも程があんだろ俺」

 

「泣き言なんて聞きたくないわよ。さっきは凄いって思ったんだから私達を見直させたままでいてよね」

 

「ゼタ、ヴィーラちゃん……ラカムと私で迎撃はして見せるわ。二人は何とかして接近戦で渡り合ってくれる? 

 隙を作りだせたらすかさず貫くから」

 

「わかりました──ゼタ、相性の悪いフェンリルは私が。貴方はケルベロスを」

 

「オーケイ……任された!」

 

 

 再び、彼等はぶつかり合う。

 互いに解放された更なるチカラ。

 戦いは激しさを増し、互いの命を削り合う死闘の領域へと突入していった。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ラカムの活躍、ロゼッタの活躍のために書いたお話となりました。
ロゼッタの事は色々とボカしちゃってますが、原作での事情とかちょっと把握しきれてなかったりする部分があるのでご容赦を、、、
以前にも述べていたのですが本作執筆開始は2016年の8月と、随分古い話でして。其の時点で思い描いていた作者の設定がまだ使われております。
執筆遅い作者が悪いと言えばそうなのですが、どうしても原作で新たに明かされてる部分とは違って来ることが出てきてしまうのは御理解いただきたいです。その上でできれば楽しんで欲しいです。

では、お楽しみいただければ幸いです。


追記。新しくアンケートを設置致しました。
本編完結後の描きたい話が頭の中に沢山あって迷ってます。少し参考にご意見をおきかせください


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メインシナリオ 第70幕

古戦場前に投稿。

自信作というわけではありませんが、今回のお話はずっと以前からこの展開を描きたかったって部分のお話となります。
どうぞお楽しみいただければと思います。


 

 

 破壊の化身、バハムートを倒すべく覚醒を果たしたセルグ。

 ガンダルヴァを下し、タワーの最上目指して駆け上がるジータ。

 ロキを相手に死闘を演じ始めるラカム達。

 全てを賭して、目の前の宿敵を打ち倒さんとするグラン。

 

 フリーシアの野望を……アーカーシャの起動を防ぐため、帝都アガスティアで幾つもの戦いが繰り広げられていた。

 互いに、自身が抱く想いがある。譲れない、負けられない理由がそこにはある。

 それぞれの想いに比例するかのように戦いは激化し、否応なくその身を食い合う様な様相へと変わっていく。

 

 どの戦いにおいても実力は伯仲。相手を制し、余力を残せるような生易しい戦いなど一つとてありはしない。

 気を抜けばその瞬間に落とされる。一瞬の気の緩みが仲間を危険にさらす。

 必然、油断も慢心も彼等の中からは消えうせる。

 

 

 それは最強と呼ばれる彼女にとっても同じ事であった。

 グラン達騎空団の面々を全て置き去りにして、遂にフリーシアが待つ最上層を目前にする。

 七曜の騎士という称号に預けられた信頼。この戦いの要となるルリアとオルキスを連れ、今や腹心の部下といえるスツルムとドランクを従え、彼女はこの争いにケリを付けるべく眼前の大扉を睨んだ。

 

「スツルム、ドランク。ルリアとオルキスから片時も離れるんじゃないぞ。戦いは全て私が引き受ける……一切の容赦なくあの女を斬り捨て、リアクターの元へと向かう」

 

 この先、間違いなくフリーシアが待つだろう。

 街中で戦った時に取り逃がしてから、既にフリーシアの戦力は想定した。先言の通り今度は全力で以て迎え撃つ。

 後顧の憂いはスツルムとドランクに任せ、アポロは意識をこの先の戦いに集中させていた。

 

「こっちは既に満身創痍だしねぇ、精々盾になるくらいしかできないけど……ルリアちゃんとオルキスちゃんの事は任せといてよ」

 

「私達のせいでやられたなんてなったらアイツラに顔向けもできないしな。守り抜いて見せるさ」

 

「わ、私達だって、自分の身ぐらい自分で守れますから。黒騎士さんは気にせず戦ってください!」

 

「アポロ……私達は大丈夫だから」

 

「まぁ、一応オイラもいるしな……」

 

 若干頼りにならない返事だと思わないでもないが、気にせずアポロは大扉へと手を掛けた。

 重々しく開いていく木製の扉。今この瞬間ですら不意打ちを警戒するアポロに死角はない。

 膨れあがるチカラを検知、即座に扉から手を離し彼女の得意属性である闇のチカラを用いて障壁を張る。

 

 余波で大扉を全壊させながら、魔晶による砲撃が着弾した。

 

 パラパラと破片が散る中、無傷のアポロは先を見つめる。

 チカラの脈動を見せる魔晶を片手に、砲撃を放った直後と思われるフリーシアの姿がそこにはあった。

 

「手荒い歓迎だ。こんな不意打ちでこの私を倒せるとでも?」

 

「手段を選ぶ必要などありませんよ。この戦いはそういうものでしょう?」

 

「あぁその通りだ、形振り構ってなどいられない。貴様は私を、私は貴様を殺し、互いの成すべき事を成すだけだ」

 

「よろしい、それでは参りましょう。私の計画……その最大の障害である貴方を排除します」

 

「終わりにしてやる。貴様の野望も、私の後悔も……全てを終わらせ、私は取り戻す」

 

 合図の確認は不要だった。

 互いに言葉を交わしている間にも、既に脳内で戦闘は始まっていた。

 感知できる互いの戦闘力を分析。内包するチカラは魔晶によるブーストがある分フリーシアが上か。

 だが、戦闘能力では完全にアポロに軍配が上がる。知識も経験も技術も、宰相であったフリーシアに勝ち目などあるわけが無い。

 必然、フリーシアに取れる手段は限られていた。

 

 開戦の合図も無しにアポロは突貫。黒鳳刃・月影……ブルトガングを持ったアポロが放つ最大最強の技で勝負に出た。

 戦いを焦っているわけではない。フリーシアが作れる障壁の強度はもう把握しており、彼女のこの一撃を防ぐにはどうあがいても足りない事を確信しているからだ。

 防ぐ手立てがなく、戦士でないフリーシアに躱す術もない。なればこの一撃は必中となりえる。

 確実な一撃を叩き込むべく、アポロは大きく踏み込んだのである。

 

「散れ、黒鳳刃・月影!」

 

 

 

 ──そうだ。フリーシアにアポロの攻撃を防ぐ術は無い。

 

「そ……そんな」

 

 ──戦士ではないフリーシアに、アポロと対等に渡り合う戦闘力など無い。

 

「ばか……な」

 

 ──故に彼女の戦術はたった一つであった。

 

 

 奇襲

 

 

「く、くくく……ふはは、あははははは!!」

 

 慄きの声は誰のものか……恐らく後ろに控えていた全員が声を震わせていただろう。

 それをかき消すようなフリーシアの嘲笑が響き渡る中、全く想定していなかった光景に、ルリア達は目を見開いていた。

 

 

 

 フリーシアの背中より伸び出た8本の脚が、ブルトガングを振り下ろす前にアポロを串刺しにしていたのだ。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 二対の翼を以て空を駆ける。

 その早さ、既に視界で捉えきる事叶わず。魔眼の二つ名をもつソーンだけが、唯一セルグの姿を追い続ける事が出来た。

 

「光破・天閃」

 

 巨体であるバハムートを翻弄するように背後に回り一閃。

 彼の技である光破がその規模と威力を格段に引き上げ、バハムートの背中を斬り付ける。

 威力自体はオクトーやサラーサが与えた全力の一撃の方が上であろう。しかし、その一閃にはバハムートにとって毒とも言える厄介な効果が付与されている。

 セルグに付けられた傷に再生の力が働く事が無い。浅くはあるが亀裂のように奔った剣閃の跡は癒えないまま残っていた。

 調停の翼となったセルグが扱う世界の理の外のチカラ──コスモス。理の中で再生を繰り返すバハムートでは抗えぬチカラである。

 それを理解しているバハムートの対応は早かった。再生能力に任せない、防御と回避を意識した動き。

 巨体でありながら、その大翼を一度はためかせれば十分に高機動を可能としていた。

 さらにセルグの攻撃に対して迎撃の魔力弾で応戦する。コスモスの影響を受けない様に理知的な戦い方を見せるバハムートはとても暴走状態にあるとは思えなかった。

 

「流石は神に等しき星晶獣。暴走状態であろうと、戦闘における判断力は隔絶しているという事か……」

 

 “地上の10人が回復するまで今しばらく掛かる。彼らが動けるようになるまで落とされるような事はあってはならんぞ”

 

 “幾ら対抗できるコスモスがあるからって、あの破壊のチカラは脅威。私達だって簡単に落とされるんだからね”

 

「わかっている、チカラの無駄遣いも出来まい──剣翼展開」

 

 呟きと共に黒と白の翼を象る剣を幾つも展開。

 その数はシエテのお株を奪うように100を優に超える。

 

「多刃・剣翼」

 

 展開した剣翼にて迫りくる魔力弾を迎撃していく。

 超密度の弾幕が爆ぜ、超密度の魔力が瞬く間に彼等の視界を覆った。

 防がれたと理解したバハムートは追撃に動こうとしてしかしその動きを止める。直上より感じ取る気配……そこにはバハムートの目の前で魔力弾を迎撃していたはずのセルグがいた。

 迎撃と同時にそのばを離脱していたセルグはバハムートの頭上をとり天ノ尾羽張を構えている。

 

「ナタク、技を借りる」

 

 声と共にセルグはバハムート目がけて急降下。

 瞬間、天ノ尾羽張に炎が渦巻いた。先端で螺旋を描く風に乗り天ノ尾羽張は徐々に炎に包まれていく。やがて炎はセルグ自身をも包み込んで巨大な炎の槍となってバハムートへと突撃していった。

 

「火尖槍!!」

 

 爆音を奏でて、巨体が揺れる。

 防御も回避も間に合わないままバハムートは直撃。機動力とその身の小ささを利用したセルグの奇襲にバハムートが再び墜落していく。

 島を巻き込まぬ様空中戦に移行していた為、落下地点はアガスティアではない。墜ちていく先は空の底へ。

 このまま落ちれば浮遊限界高度を超えてバハムートは戻れぬだろう。

 

「しまった」

 

 セルグがバハムートを追う。空の底……そこは理の中に在る空とは別の埒外な世界。そんな所にバハムートを落としてしまえば、この先どのような影響があるかもわからない。

 既に高度は限界ギリギリ。接近してプリズムヘイローでバハムートを囲い、落下を止めようと──

 

「なっ!?」

 

 墜ちていくだけだったバハムートが突如顔を向ける。

 誘いだったのか? 否、たまたま動けるようになったのがこのタイミングだっただけだろう。

 しかしそれは最悪のタイミングであった。既にセルグはプリズムヘイローをバハムートの為に展開している。

 即ち、今彼が自身を守る術は無い。

 

 悪意の光が迸った。

 黒く、禍々しいそれは何度目かの”大いなる破局”。

 破壊のチカラの奔流は無防備であったセルグを呑みこもうとした。

 

「ヴェル、リアス!!」

 

 “剣翼展開。操作は任せた! ”

 

 “天ノ尾羽張に同期、行けるよ! ”

 

 プリズムヘイローの展開で動けなかったセルグに変わり、融合しているヴェルが剣翼を展開、制御をリアスが行いセルグの持つ天ノ尾羽張と同期させる。

 瞬間、集結する剣翼と共にセルグは天ノ尾羽張の一閃で迎撃。その一振りに追従する形で展開された数多の剣翼が大いなる破局を相殺していく。

 

「──神刀顕来・天ノ尾羽張!!」

 

 剣翼で生み出した刹那の猶予を以て奥義を敢行。

 巨大な剣閃が大いなる破局を切り裂いた。

 

「危なかった……何とか防ぐことはできたが……」

 

 ギリギリの所で難を退けたセルグを尻目に、反転したバハムートが再び飛翔を開始する。

 空の底からアガスティアへと……恐らくは十天衆を先に片付けようと言うのだろう。邪魔者を破壊する為にセルグを捨て置いて飛び立ったわけだ。

 このままでは後僅かな時間の内に再びアガスティアにバハムートの暴威が振り下ろされる。

 だが、セルグの中に焦りは無かった。

 

「我を後回しにして先に彼らを? ────神よ、それは軽率と言うものだ。彼等はヒトの子達の中でも最たる集団。いわば理の中で神とされるそなたに、最も近しいチカラを持つ者達だ……」

 

 島の高さまで浮かび上がったバハムートが再び世界を震わす咆哮を挙げる。

 数多の魔力弾を展開。嵐の如き弾雨がアガスティアを覆った。

 そんな中を、蒼い閃光が縫うように駆けぬける。

 

「ヒトのチカラ──甘く見てくれるな」

 

 胸部へと着弾。爆発を起こし、悲鳴を挙げたバハムートの攻撃は不発に終わった。

 同時に、巨大な蒼き剣閃が二閃。バハムートの大翼を深々と切り付け、アガスティアの街へと墜落させる。

 

「────流石だ、強きヒトの子等よ」

 

 感情の機微が薄くなったセルグだが思わず僅かな笑みが浮かんだ。

 空の民は……この世界に生きるヒトはこんなにも頼りになるのだと。神の化身を相手にこうも簡単に抗ってくれるのだと。

 

 蒼い大弓を構えるソーン、蒼い双銃を構えるエッセル。先程の閃光はこの二人に因るもの。

 次いで蒼い長剣と蒼い刀。構えるは十天衆が頭目シエテと刀神オクトー。

 他の面々も己に相応しい蒼の武器を構え、万全となった彼らが居た。

 

 

 

 

「問題はないようだな、ヒトの子等よ」

 

 臨戦態勢となった彼らの隣へと降り立ち肩を並べる。

 先程の大いなる破局を防いだことでやや消耗は大きいが、それでも目の前の彼らを見れば問題ないと思えた。

 

「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろってね。

 対抗できる武器と時間稼ぎまでしてもらったんだ。これで対抗できなきゃ俺達の矜持に傷がつく」

 

「ここからは任せて。これ以上、街を破壊させるような事はさせない」

 

「汝が創り出したこれらも真に強き武具。なればそれを振るう相手に不足がない事も実に良きかな。

 武芸者として、これほど血沸き肉躍ることもあるまい」

 

 シエテ、エッセル、オクトーがそれぞれに意気を上げる。

 個々人が胸に抱く信念は違えど、彼らが見据えるはたった一つ。目の前の存在の排除のみ。

 

「お膳立てはもういりませんよ。これ以上は侮辱と取ります……どうぞ、僕達に任せてください」

 

「もぅ、カトルったらそういう言い方しないの。おかげでちゃんと戦えるのよ」

 

「大丈夫、この人の旋律。今は凄く穏やかで心地良いもの」

 

「なぁなぁ。この斧だったらアイツもぶっ飛ばせるんだよな? 大丈夫なんだよな?」

 

「少し黙っていろサラーサ。そんな事はやってみなければわからん────だからと言って不用意に飛び出そうとするな!」

 

「ねぇねぇウーノ。あちしはどうすれば良いの? 皆と一緒に戦うのなんて初めてだからあちし何していいのか……」

 

「ふふふ、好きに戦うと良い。今の私達は君の回復を必要としないだろう……君のその魔導の才、存分に振るってもらいたい」

 

 残りの七人も口調こそ軽いが同様に闘志を漲らせる。もはや苦戦していた事など忘れたかのように。

 当然だ。コスモス無しで渡り合えた彼らが、今揃って対抗する手段を手に入れたのだ。

 それも今度は、十人全員が肩を並べて臨む。

 

 最強である自負が、彼らに勝利を確信させた。

 

 

「──感謝しよう。ヒトの子等よ……ヴェル、リアス、我の事はもういい。彼らに翼を」

 

 “心得た”

 “わかったわ”

 

 瞬間、セルグの気配が萎んでいく。

 彼の身体から黒と白の光が離れ、それに伴いセルグの姿は覚醒したアナザーの姿から元のヒトであった姿へと戻っていった。

 同時に解放された光は幾つかに分かれ形を作る。

 大人一人を軽く乗せられそうな、大きな鳥の形へと。それは彼らの傍にそれぞれ寄り添い、頭を垂れて背を見せた。

 

「オレの分身体がお前達を運んでくれる。

 これで決着にしよう。空の世界の未来、お前達ヒトの手で守り抜いてくれ────行くぞ!」

 

 ヒトへと戻ったセルグの声に従い、飛び立つ十天衆。

 

 立ち上がったバハムートの咆哮を合図に、今最後の決戦の幕が上がる。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「そこだ!!」

 

 何度目になるかわからない、ココとミミの攻撃を防ぐ。

 いや、正確には防ぐのではなく妨害すると言った方が正しい。

 意識と思考は最速。ラカムの脳内ではケルベロスの次なる攻撃が幾つも幻視され、その全てを早打ちで抑えていた。

 だが相手もさるもの。ココとミミは既に撃ち落とされず、ラカムの早打ちに対し回避行動をとるように変化していた。

 勿論そのせいで攻撃には至れないものの、ココとミミの脅威は消えることなく飛び回り続けている。

 

「来なさい────シュヴァリエ!」

 

 負担と反動が顕著なヴィーラは、無茶をせず堅実な戦いに移行。

 受け入れの少ないシュヴァリエマージで自己強化に止め、暴走的な勢いのフェンリルに対していく。

 

「小賢しいんだよ!!」

 

 そんな彼女の堅実を嘲笑うように、フェンリルはヴィーラが振るった剣を弾き懐へと潜り込んだ。

 

「くっ、アフェクション・オース!」

 

 魔力を用いて操る影が彼女とフェンリルの間に入り無理やり間合いを開ける。

 空気を切り裂く嫌な音を耳に残しながら、フェンリルの鋭利な爪がヴィーラの服の繊維を掠め取った。

 

「ここっ! エンドレスローズ!!」

 

 攻撃を殻ぶらせた僅かな隙を見逃さず、ロゼッタがチカラを行使。

 普段であれば地面に描かれた魔法陣から茨の槍が突き出す彼女の技だが、星晶獣としてのチカラを解放した今のロゼッタはその程度に留まらない。

 床だけでなく、フェンリルを包むように全周囲を魔法陣が囲む。その全てから突き出される茨の槍は、当たればフェンリルの全身を余すことなく突き刺していくだろう。

 当たれば────

 

「うがぁるああああ!!」

 

 言葉ではない。正に狼の如く吠えたフェンリルの咆哮に合わせて冷気が放出。

 迫りくる茨の槍は一瞬の内に凍り付きその動きを止めた。

 フロストラウンド────解放されたフェンリルはその咆哮一つで周囲の全てを凍てつかせることができた。

 

「何てでたらめな……ゼタ、お願い!」

 

「わかってる、サウザンドフレイム!!」

 

 圧倒的冷気を、炎の壁で突き破る。

 横薙ぎに振るわれたアルベスの槍に合わせて現出した炎は、凍らされた茨ごとフェンリルを飲み込まんと迫る。

 

「させるわけないでしょ!!」

「助けるワン」

「止めるワン」

 

 しかし、ゼタが放った炎の壁は飛び込んできたココとミミによって、フェンリルの身体一つ分だけの隙間を生み出して見せる。

 ケルベロスは主となる闇と同時に火のチカラも宿す星晶獣である。ココとミミに炎を宿らせ打ち抜く“ラヴァ・ダムネーション”でゼタのサウザンドフレイムの一部を打ち払ったのだ。

 

「今度はそっちが隙だらけだ!!」

 

 サウザンドフレイムは大きく横薙ぎに振るう技で隙が大きい。しかし放てば炎の壁が阻み懐に踏み込まれる事はないはずの技である。が、それが仇なした。

 ケルベロスの援護が早かった事もあり、フェンリルの目の前にはまだ槍を構えなおしていないゼタが鎮座している。

 床に着けた四脚が、爆発したかのような加速を生む。彼我の距離は数メートルといった間合いだ。今のフェンリルであれば正に一足で詰められる。

 

「がぁるあ!!」

 

 気付けば、ゼタの目の前でフェンリルは前足を振り下ろしていた。

 身動きできないままゼタがそれを見つめる。鋭利な爪が彼女の肩から脚にかけてを無惨にも引き裂くのが幻視できた。

 

「やらせるか!!」

 

 間一髪。ラカムのデモリッシュピアースがフェンリルに直撃。

 奥義による一撃は小さくない衝撃とダメージを与え、フェンリルの身体を大きく吹き飛ばす。

 しかし、吹き飛ばされたフェンリルは何事もなかったかの如く即座に体勢を整える。

 獣らしい機敏さを見せた直後には、邪魔されたことを理解しチカラを解放。

 

「先にてめえからだ、死ね!!」

 

 大量に生成される氷柱。それが一斉にラカムに向けられた。

 勿論ラカムはそれを全部視界に収め対抗しようとする。だが──

 

「(おいおいふざけろよ……どうしろってんだ……)」

 

 操舵士としての彼の頭は瞬間的に理解する。

 遠くから砲撃されるのとはワケが違う。全てがきっちりラカムめがけて殺到しており回避は不可能。その数も早打ちで全て落とせるような数ではない。

 点での迎撃しかできない彼に、面制圧の弾幕は脅威にしかならなかった。

 

「くっそぉ!!」

 

 窮地を救ったのは、やはり操舵士としての勘であった。できるだけ弾幕の少ない所を見つける。

 ギリギリのところで回避行動。前に転がり込む動作で氷柱に対する自身の面積を小さくすると共に、射角からできるだけ逃れるように飛び込んだ。

 

「がぁっ!?」

 

 それでも、殺到した氷柱の脅威から逃れきることは難しく背中と足、肩にも突き刺さった氷柱にラカムは悲鳴を挙げる。

 命があるだけでも幸運……否、最善の行動をラカムはとれたと言える。だが、戦況は一気に傾いた。

 援護に回っていたラカムが動けなくなった瞬間に、ココとミミの枷が外れる。

 

「ラカムっ!? こんのぉおお!!」

 

「ゼタっ、ダメです!!」

 

 逸ったゼタがフェンリルへと踏み込もうとした瞬間、解放されたココとミミが強かにゼタの頭部を揺らした。

 

「くっ、しま──がっ!?」

 

 ゼタが致命的な隙を晒す。体勢を崩し、ココとミミによって頭部を打たれたゼタは視線すら定まっていない。

 その隙を逃さずケルベロスが直に攻撃。しなやかな肢体が躍動し、強烈な蹴撃がゼタを吹き飛ばした。

 

 壁へと叩きつけられ、意識が僅かに飛ぶ。

 頭では立ち上がらなければいけないと理解するも、ゼタの身体はその衝撃に言うことを利かなくなっていた。

 

「ロゼッタさん、二人を! 私が全てを賭して食い止めます──シュヴァリエ!!」

 

 猶予はなかった……ラカムとゼタの戦線離脱にヴィーラはシュヴァリエのチカラを最大まで解放する。

 白き鎧に装いを変え、プライマルビットを展開。ヒトでは出せぬその圧倒的なチカラは大星晶獣らしく、目の前の二体に勝るとも劣らない。

 負担も反動も度外視のそれは正に無茶と呼ぶにふさわしいが、その無茶と引き換えに今の彼女は何者も侵すこと適わぬ鉄壁の要塞と化す。

 

 

「犬風情が……これ以上私の大切な人を害せるとは思わない事です!」

 

 

 ディバインウェポンとイージスマージの展開。更にプライマルビットによる迎撃。

 自身に負担を掛けながら、ヴィーラは苛烈に攻め立ててくる二体の星晶獣を相手に仲間達を守り始める。

 

 

 もって数分であろう。

 アガスティアに突撃する時から、幾度も用いたシュヴァリエのチカラは確実にヴィーラの身体を蝕んでいる。

 それでも、むざむざ目の前で仲間をやらせるわけにはいかない。

 彼女にとって、ここにいる仲間達は既に敬愛するカタリナと同様、何ものにも代えがたい大切な人達である。

 己が無理をしてでも守りたいと願う人達である。

 身体の痛みを無視し、途切れそうな意識を気力でつなぎ留め、ヴィーラは奮起した。

 敵もこれが長く続かないことは理解しているのだろう。彼女を無視し、狙いを彼女の後方にいる仲間達へと向けてくる。

 

 

 

 自身の防御すら疎かにして仲間を守るヴィーラは、徐々にその身に傷を増やしていった。

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 ──何をしている。

 

 苛烈と呼ぶにふさわしい二体の星晶獣の攻撃に、ヴィーラはされるがまま。それでも引き下がらず無茶を続ける親友の姿にゼタは嘆く。

 ロゼッタがラカムに回復魔法を施していた。徐々に意識を取り戻し始めたイオ。オイゲンとアレーティアも、もう少し時間があれば立ち上がれるだろう。

 

 まだ、皆戦える。

 だというのに、ただ力の入らない腕で相棒の槍を握りしめることしか、今の彼女にはできなかった。

 

 ──アイツの為にも負けられないのに。

 

 脳裏をよぎる最愛を思い浮かべてゼタは唇を噛んだ。その身に力入らずとも未だ闘志と怒りだけは衰える事が無い。

 寧ろ自身の情けなさに、怒りは二倍増しで膨れ上がっている。

 それでも、煮えたぎるような感情は彼女に立ち上がるだけの力を与えてはくれなかった。強く重い衝撃が全身を駆け巡り、言うことをきいてくれなかった。

 

 ──ふざけんじゃないわよ。こんなことでこの私が。

 

 再び苛烈な攻撃を続ける敵を見つめる。

 氷と闇。二つのチカラをそれぞれ纏い、ロキの犬は大事な仲間達を散々っぱらに痛めつけている。

 胸にこの状況を仲間に強いている己への怒りが宿った。

 

 ──星晶獣を相手に私が最初に屈するなんて、真紅の穿光の名が泣くでしょうが! 

 

 怒りで湧き上がった気力だけを味方に付け、ゼタは何とか立ち上がった。

 

 目の前では依然として熾烈な戦いが繰り広げられている。

 ケルベロスの攻撃が縦横無尽に飛び回り、フェンリルが接近して氷の爪と強靭な健脚でヴィーラを追い込んでいく。

 その表情には、いつこの状態が崩れるかわからない焦燥が渦巻いている。

 

 

 ──ぶちのめしてやる

 

 乱雑で乱暴な思考がゼタによぎる。

 苦戦を強いられる事も、犬共によって親友が傷つく事も我慢できなかった。

 ましてや今足手纏いとなっているのは己だ。強者として、組織の戦士としてのプライドが彼女の怒りの枷を外していく。

 対星晶獣戦は自身の領分ではなかったか。こんなところで燻っていて何が真紅の穿光だ。

 未だフラつく体を罵倒するように言い聞かせ、ゼタは再び燃え上がるような闘志を滾らせる。

 

 そんな時、自身が握る相棒に再び炎が灯ったような感覚をゼタは覚えた。

 感覚だけではない。アルベスの槍の先端には再び炎が宿り、その身を僅かに淡く光らせている。

 瞬間、ゼタの脳裏に一つの光景が過った。

 

 

 ”天ノ羽斬──全開解放”

 

 

 切っ先が描く真円。そこからもたらされる莫大な光のチカラ。

 最愛の彼が見せた全力の戦闘形態。それは自身と武器のチカラを余すことなく発揮する文字通り彼にとっての最強。

 もし、あれが天ノ羽斬だけのものでないのだとしたら……

 

「全開解放……それがあるっていうの? アルベス」

 

 愛槍を見つめ、ゼタは物言わぬ相棒へと言葉を漏らす。

 彼女から零れた言葉を理解してか、愛槍は光を強める事で応えた。

 切っ先より漏れ出る炎が強まり、青く輝く槍身がゼタに奮い立てと叫んでるように見えた。

 

「──わかった、だったら見せて頂戴。お前が見せる、私達の全開解放を!!」

 

 声などない。言葉などない。だが、ゼタの胸の内に、アルベスの叫びが届く。

 自身を情けなく思い怒っているのは彼女だけではない。相棒であるアルベスの槍もまた、怒りの炎を挙げていた。

 それを理解し、ゼタはアルベスの先端に灯る炎で自身を中心にした円を描く。

 

 彼女の気配の変化を察知したのか、ケルベロスとフェンリルが連携し、ヴィーラの防御を抜いて彼女に氷柱の雨を届かせる。

 だが次の瞬間にはアルベスの軌跡が描いた炎の真円が、そのまま彼女を包む火柱となり、迫りくる氷の脅威を蒸発せしめた。

 

「アルベス! 我が怒り届かせる牙と成れ!!」

 

 確信に満ちた叫びと共に、ゼタは愛槍を床へと突き立てる。

 タワーの硬い床を難なく砕き、彼女の叫びに応えるように炎が爆ぜ火柱が大きく膨れ上がる。

 その最中、炎の世界に閉じ込められたゼタはその圧倒的熱量に包まれながらアルベスの槍を握りしめた

 

 ──絶対に認めない。私が……私とアルベスが弱いなんて事、絶対に

 

 留まる事を知らず枷を外された彼女の怒りの矛先は、最も身近な存在、自身に向けてのものであった。

 弱い自身に、情けない己に対し、彼女はこれまでにない程の怒りを覚えた。

 

 嘗てヴィーラは言った。彼女の怒りは炎の様に猛々しく、それこそが彼女の強さなのだろうと。

 であるなら、今の彼女の強さは如何程になるだろうか。

 怒りの矛先は自身へ。もっと言うなら弱い己。

 故に彼女の怒りが行き付く先は、一つに定まっていると言えよう。

 

 

 それ即ち、最強の自分である。

 

 

 主の呼びかけにアルベスの槍が答える。

 アルベスの柄より伝わるは炎の熱量に負けない様な奇妙な温かさ。彼女を支え、今一度奮い立たせる様な……そんな優しい熱であった。

 それは無様を晒すなと叱咤しているようで、一人で戦うなと諭しているようで、どこか心地が良い。

 アルベスの槍が選んだのだろう。自身の全てを振るうに相応しい、最大級の(怒り)を秘めた彼女に、全てを捧げる事を。

 身体の芯から湧き出る様な熱情がゼタの身体を支配していく。

 煮えたぎる怒りは真っ直ぐに敵へと向けられ、ゼタとアルベスの槍は一つとなって、今新たなステージへと登った。

 

 

「アルベスの槍よ、そのチカラを示せ! 全開解放──“シリウス”!!」

 

 

 膨れ上がった火柱が爆ぜ、炎の世界を解き放った時。

 そこには、全開解放に至ったゼタがいた。

 

 青い炎を纏うアルベスの槍。そして彼女を囲むように展開された、淡く輝く青い光の槍が6本。

 アルベスの槍に酷似したそれらは、まるで猟犬のように主の周囲をぐるぐると回っている。

 

 

「何がどうなっても」

「関係ないワン」

 

 ヴィーラの防御を抜き、ココとミミが迫る。

 既に限界近くか……ヴィーラの動きはもう精細さを欠いていた。

 彼女の防御が及ばなくなってきている────ゼタの脳裏にまたも炎が灯った。

 

「んぎゃ!?」

「ふぎゅ!?」

 

 先程までゼタが感知することも、防ぐこともできなかったココとミミが叩き落とされる。

 幾重にも張り巡らされた、青の槍の防衛網に。

 

 ──上々。脅威を察知しオートで迎撃……忠犬のような機能ね。

 

 満足したように叩き落とされたココとミミを一瞥し、本体のアルベスを握りしめる。

 状況の変化に二体が惑いを見せている今がチャンスだ。ゼタはアルベスの槍のチカラを衝動のままに解放した。

 

 

 

「全てを穿て、アルベス──シリウス・レイド!」

 

 

 

 ヴィーラを攻め立てていたフェンリルとケルベロスに青い槍が飛び交う。

 アルベスの槍────その全てを解放したゼタは、宣言通りにヴィーラを狙う獣達を打ち貫いた。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

前書きの描きたかった部分ってのは、ゼタとアルベスの槍の覚醒のお話。
2年前にアガスティア編に入ってからずっとこの展開を考えていました。一年前にゲームの方でそれっぽいのが見られたので参考にはしましたが、元々ゼタの覚醒はセルグと同じ全開解放が予定でした。
彼女の最終解放が実装される前に描けて良かったと作者は、少しだけ満足しています。

そして、今回でアポロがさらってやられた感じになっちゃいましたが、少しだけ弁解いたします。
本作の彼女は決して弱くありません。無論この後しっかり戦ってもらいます。
ただ、今回はフリーシアが完全に奇襲を成功させたってだけの事です。
原作のように魔晶使わせないですけど、作者の中では依然七曜と十天は同等の認識で描いていくつもりです。

本当に、もう完結までの流れが目の前にきております。
もう少しなので、最後までお楽しみいただければと思います。

後、アンケを新しく用意しましたのでお答え頂ければ幸いです。

最後に、作者のやる気を振り切るために感想を……どうかお願いします。
もらえると本当に嬉しいのです。読者の声が聞けるとやる気が満ちてくるのです。
どうぞ、お願いいたします。


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メインシナリオ 第71幕

古戦場の感覚短くて忙しかった(という言い訳)
ちょっと詰め込んだ71幕。どうぞお楽しみください


「ヴィーラっ! 大丈夫?」

 

 苛烈にヴィーラを攻め立てる獣達を退け、ゼタは親友へと駆け寄った。

 ゼタの声に意識がほどけたか、戦闘の気配を失い崩れ落ちるヴィーラ。思わず、ゼタの脳裏に最悪がよぎる。

 

「ヴィーラ!!」

 

「──フフフ、焦らなくても大丈夫ですゼタ。私はここに……何も問題はありません」

 

 ボロボロではあるが、そこには柔らかに微笑む彼女の姿があった。光を纏ったような純白の鎧は欠け、体中に攻撃の痕を残し、その表情には極限の疲労を宿している。死線をいくつも潜り抜けたような傷が全身に刻み込まれていた。

 それでも、彼女は微笑んでいる。親友に情けない姿を見せぬよう……心配をかけまいと。

 そんなヴィーラの姿がゼタの心を締め付けた。

 

「ヴィーラ……ごめんね、私が不甲斐ないばかりに」

 

「気にするな、と言っても気にするのでしょう? でしたら、私から言えることは一つですよゼタ────貴女の新しい強さ、早く私に見せてください」

 

 微笑みが不敵なものに変わる。挑戦的なそれは、ゼタの闘志をくすぐった。

 確かにそうだ、気にするなと言われて納得するような、そんな安いプライドをゼタは持ち合わせていない。

 強者であり、対星晶獣戦のエキスパートである自負を、そんな言葉だけで取り戻せるわけがない。

 

 己の弱さがこの苦境を生み出したのなら、己の強さで取り返せ。

 胸中で叫びあがる声がゼタの心を奮わせた。

 

「残念ながら、もう私は動けそうにありません────後は任せます」

 

「上等、ゆっくり休んでなさい。後は私が全部ぶっ飛ばしてやるから」

 

 先程までの殊勝な態度を隠し、ゼタはヴィーラへと返した。彼女の意志に頷くように、周囲を囲う光の槍がぐるりと一周回って見せる。

 ヴィーラを抱きかかえゼタは立ちあがると、その体を壊れ物を扱うように丁重に、ラカムを治療しているロゼッタの元へと持っていき共に横たわらせた。

 言葉少なにロゼッタへ任せると伝える彼女のその行動は、つまりは己一人で目の前の星晶獣二体を相手にするともとれた。

 

「ゼタ、貴方まさか……一人でやるつもり?」

 

 不遜。傲慢。

 先程までの苦戦を考えればそう思わずにはいられないが、それを為さねば成らないほど、今の彼女は自身を追い詰めていることの証でもあった。

 全開開放。それを経た今、仲間を守り敵を……星晶獣を討つのは己において他はない。心配の声を上げるロゼッタを尻目に、脳裏に浮かぶ最愛のヒトを想ったゼタの気配は鋭利なものへと変わっていく。

 

 

「(アイツならこの程度……何の苦も無く倒して見せるんでしょうね)」

 

 

 そう考えた瞬間、追い詰めていたはずの心は軽くなる気がした。

 全開開放により同じ高みへと昇った……ならば負ける道理などあってはならない。

 気合十分と、ややシャープな形に変異を遂げたアルベスを一振りし、ゼタは挑戦的な目を眼前の敵へと向けて、闘志を剥き出しにした。

 その姿、目の前にいる二体に負けず劣らずの猛犬を思わせるような様相である。

 

 

「覚悟しなさい犬っころ。アタシの仲間を傷つけた罪は重いわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 次から次へと厄介な変貌を遂げていく。

 チカラの解放は星晶獣こそが専売特許であろうに、それに追従するように次々と限界を超えてくる一行に僅かな恐怖を抱きながら、ロキはフェンリルとケルベロスに思念で指示を下した。

 いくら強くなろうが、完全に枷を外した二体を前に勝てるはずなどない。これは連綿と紡がれてきた、星と空の格付け。長きに渡り受け継がれてきた空の歴史がそれを裏付ける。

 空の民が幾ら奮起しようと、今この場でその歴史が覆ることなどあり得ないと、ロキに疑うことを是とさせなかった。

 

「わかったぜロキ……すぐに終わらせる!」

 

「これ以上煩っていられない」

 

 故に、最も信頼できる戦い方を下す。

 四脚による機動力を活かした至近戦。懐に飛び込めば膂力で比較にもならない差がある二体が有利である。

 ゼタの目の前からかき消えるような早さをもって、フェンリルとケルベロスは強襲する。

 突撃の速さそのままに鋭利な爪を振り下ろすフェンリルと、強烈な踏み込みからその勢いを多分に乗せた回し蹴りを放つケルベロス。

 

「なっ!?」

「嘘っ!?」

 

 左右から挟むように繰り出された攻撃を、しかしゼタは視線すら向けずに防いでいた。

 いや、正確には違う。防いだのは彼女を囲うように展開していた光の槍が三本。それぞれ左右に折り重なるように展開し攻撃を防いでいた。

 それはまるで槍の檻。全開開放と同時に展開した六本のアルベスは主と戦う槍であり、主を守る盾にもなる。

 

「──バースト・ロア」

 

 トリガーとなる言葉と共に、6本の槍が爆裂。

 蓄えられた火属性のチカラによりフェンリルとケルベルスを大きく吹き飛ばすと、ゼタの傍らへと再び控える。

 

「イイ子ね……“フォロー”に移行。ここからは付いてきなさい」

 

 再び彼女の言葉をトリガーに、六本のアルベスがその動きを変える。彼女の傍を少し離れ広く展開。

 それを見届けるや否や、ゼタは吹き飛ばされた二体の片割れ、フェンリルに向けて踏み込んだ。

 

「はぁああ!!」

 

 最速を以て突き出されるアルベス。

 力任せ、勢い任せな戦いなど、今の彼女にはあり得ない。全身の可動域を余すことなく利用した鋭い突きは、彼女にとって確かな最速である。

 バースト・ロアによって僅かに生まれた意識の隙間。ゼタの追撃に一瞬対応が遅れたフェンリルは回避すること間に合わず肩口にアルベスを突き込まれた。

 

「ぐぁっ、て、てめえ──がっ!?」

 

 言葉は続かなかった。ゼタの動きに追従するように2本のアルベスがフェンリルの両足を射抜いている。

 更にゼタは追撃。

 

「焼き尽くしなさい──ブレイズ・ロア!」

 

 本体と二本の分身。計3本のアルベスより伝わる炎がフェンリルの体を包み込む。

 その火力は全開開放前のアルベスの比ではない。

 悲鳴の声すら挙げさせることなく、フェンリルの躰を焼き尽くした。

 

「ちっ、なんていう火力だ。ケルベロス、再構成の時間をお願い」

 

 思わぬ事態にロキの余裕が消える。

 即座に転送して呼び戻したフェンリルのコアから再構成を開始。消失した躯体を創り出す間、ゼタに対応させるべくケルベロスを差し向ける。

 

「ココ、ミミ行くよ!」

「本気わん! 

「ぶったおすわん!」

 

 その手に戻したココとミミにケルベロスは絶大なチカラを宿す。

 直後、闇のチカラを付与された二匹を、最速で打ち出し縦横無尽に駆け巡らせた。

 

「トライアド・ダムネーション!」

 

 これまでとは違う、速度も威力も桁違いとなったココとミミの突撃。

 空間を埋めつくすかのように無軌道を描くケルベロスの奥の手は、数瞬の間を置いてゼタの体を狙う。

 頭部と頸部。人体において急所と言えるであろう場所を的確に狙ったそれは星晶獣のチカラも加わり必殺の一撃となるだろう。

 

 だが、これまでと違うのはゼタとて同じ事。

 全開開放となったアルベスのシリウスモード。

 先程のオートで迎撃した防御はまだ彼女が扱いを把握していなかったからに過ぎない。今の彼女にはケルベロスの攻撃がどこから来るのかが手に取るように感じ取れた。

 シリウスモードの利点。分身体のアルベス6本による知覚領域の拡大。敵性存在を機械的に検知し、それを感覚的にゼタへと伝える。ラカムのような危機察知能力を、アルベスを介することでゼタも同様に得ているのだ。

 無論、分身体による攻防への利点も計り知れないだろう。

 故に──

 

「甘いのよ!」

 

 手の持つ槍と、分身体の迎撃網がココとミミを打ち落とす。

 

「再構成完了。いけ、フェンリル」

 

 ゼタの躍進にロキの声音が冷たさを増していく。

 常であった薄ら笑いも軽い気配も存在していない。

 冷酷で無慈悲な声の下、再びフェンリルをけしかけケルベロスにも指示を下す。

 

 今度はこちらの番だといわんばかりにフェンリルが吶喊。

 先程焼き尽くされた分も含めてやり返さんとゼタに迫った。

 

「うぅがるぁああ!!」

 

 氷の咆哮が氷柱を生み出す。ゼタの能力を見て図ったフェンリルは搦手を選択。氷柱で隙を生み出し叩く作戦に出た。

 

「くぅ……よくも。ココ、ミミ、もう一回行くよ!」

 

 同時にケルベロスも怒りの炎を宿し動き出す。

 再び放たれたトライアド・ダムネーション。さらに今度はケルベロスもゼタの下へと踏み込み直接叩きに来ている。

 氷柱とフェンリル。ココとミミとケルベロス。先程より明らかに多い攻め手は、偶然にも完全一致のタイミングでゼタへと襲い掛かった。

 

 全開開放を経たところで、知覚領域が広がった所で、ゼタ自身の身体能力には変化は無い。それは反応速度も反射速度も当然である。

 天ノ羽斬のように自己強化を施す術を持たない以上、アルベスとゼタではこれほどの攻撃を捌く手段があっても、捌き切れるだけの能力は無い。

 

「ロゼッタ!!」

 

 ならば、とゼタは自身での対応を捨てる。

 一人でできる。一人で倒せる。そんな思い上がりが今更あるわけもなかった。

 だから、仲間を頼ることを厭わない。

 彼女の呼びかけに当然の如く応える茨の結界。

 氷柱が突き刺さる寸前に、ココとミミがゼタを捉える寸前に、茨の結界が割り込み事なきを得る。

 

 

 そして────

 

 

「今度はばっちり見えてるだろ? おっさん!」

 

「生意気言うじゃねえか。満身創痍だからって外すんじゃねえぞ、ラカム!」

 

 ロゼッタによる防御が成った瞬間を見逃さず、二人の操舵士は体を地面に横たわらせたまま狙撃体勢へ。

 二人とも負傷はそこそこ。ロゼッタによる治療とて僅かな時間では効果が見込めるはずもない以上、今の二人は負傷を圧しての動きだが、不安を抱かせるような気配ではない。

 

「バニッシュピアース!」

 

「ディアルテカノーネ!」

 

 ありったけ、全てを込めた銃弾が二つ。ゼタへと突撃していたフェンリルとケルベロスを正確無比な射撃で打ち落として見せた。

 

「がぁ!?」

 

「こんの、調子に乗──」

 

「──隙だらけじゃぞ、星の獣よ!」

 

 全力の一撃を防がれ、更には全力の一撃をもらい生まれた僅かな隙が、この戦いの明暗を分ける。

 肉薄するは老練の剣士。

 ラカムが、ロゼッタが、ヴィーラが、ゼタが……仲間達が稼いだ時間が今一度彼等に立ち上がる猶予を与えてくれた。

 だから飛び込んだ。もっとも危険のある星晶獣の懐へと。

 そして再び閃かせる……剣聖と呼ばれた者が培った剣技の全てを。

 

「イオよ、援護は任せるぞ……はぁああ!!」

 

 一閃。全力を込めた一撃“序”がケルベロスを打ち上げる。

 同時、その場を駆けた一つの光弾がフェンリルを打ち上げる。

 

「逃れられると思わないでよね!!」

 

 打ち上げられた二体に対して追撃。序から“破”へ、目にもとまらぬ連続攻撃へと移行したアレーティアによってフェンリルとケルベロスが幾度も打ち出され、その全てをイオのフラワリーセブンが追撃。

 都度七回、二体の星晶獣をアレーティアの眼前へと叩き落とし続けた。

 

「こんなもんで」

 

「このくらいで……倒せると思ったら」

 

「否! これで終いじゃ────白刃一掃!!」

 

 “急”の発動によって、アレーティアは己に宿るチカラの全てを開放。極限まで振り絞った集中力とチカラを以て奥義を打ち放つ。

 剣聖の持つ二刀が、態勢を整えようとするフェンリルとケルベロスを捉えた。

 ギリギリの所で四肢による防御だけはできたものの、二体はアレーティアの一撃に大きく後方へ弾き飛ばされる。

 ──その先には、二体を使役するロキの姿が。

 

 

「お膳立ては済んだようです──後は貴女が決めてください、ゼタ」

 

 

 もはや動けぬヴィーラは、きっと届いていないであろう声を少し先にいる親友の背中へとかけた。

 少し遠目ではあるが目に見えてわかる。ゼタの周囲を渦巻く尋常じゃないほどのチカラの奔流。

 それが解放されたアルベスによるものなのか、それとも彼女自身が持つチカラなのか。あるいはその両方なのかもしれないがとにかく、この戦いに終止符を打つであろう事を予感させた。

 

 

「アルベスの槍よ、全てのチカラを今ここに」

 

 

 静かに構える彼女の呟きに応え、集う分身の槍が六本。彼女の目の前で踊るように円筒状に並んだ。

 その様は槍でできた巨大な砲身を思わせる。解放されていくチカラがそこに集い、淡い青の光を徐々溜め込んでいく。

 ロゼッタが生み出した茨の空間を、青く優しい光が埋めつくしていった。

 

「二人とも、早くこっちに。今すぐ転移を──」

 

「遅い!」

 

 飛ばされてきた二体を傍に呼び寄せ、ロキは慌てたように転移魔法を起動。

 だが、やられ続ける二体の再構成を考えて意識と魔法のリソースを割いていた事。二体がこうも簡単にやられる事を想定していなかった意識の隙がロキの明暗をも分けた。

 

 

「これで終わりよ! ──穿光招来、シリウス・ロア!!」

 

 

 両手で担いだアルベスの槍で、ゼタは砲身を貫いた。

 次の瞬間、きっかけを与えられた砲身から決壊したダムの様に青い光が溢れ、ロキに向かって迸る。

 魅入るほど眩い、絶大なまでの青き穿光“シリウス・ロア”が、そこにいたロキだけにとどまらず全てを飲み込み撃ち貫いていった。

 

「でぇやぁあああ!!」

 

 止めない。手心は加えない。

 そういわんばかりの気合の咆哮。彼女の声に従い閃光は激しさを増していき、光はより太く巨大になって埋めつくしていく。

 

 どのくらいの時を青い光が蹂躙しただろうか。

 時間にして数秒の出来事であろうが、傍で魅入っていた仲間たちには妙に長く感じられる光景であった。

 光が収束し、全てが終わった後に残るものは、静寂とぽっかり空いた外まで見える巨大な穴が一つ。

 

 

「ふぅ、皆が一緒で良かったね……」

 

 

 静かな空間の中で、ゼタの呟きだけが妙に綺麗に響き渡るのであった。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「行くぞ!」

 

 

 セルグの声を皮切りに、火蓋を切って落とされたバハムートとの最終決戦。

 

 巨大な咆哮が轟く中、真っ先に飛び出したのは彼女。青い大弓を構え、すでに収束した魔力矢をつがえたソーンである。

 コスモスのチカラを得たその一矢は、当たれば間違いなくバハムートの存在とチカラを削ぐことができよう。

 

「ニオ、強化をお願い!」

 

「わかってる」

 

 滑るように彼女に追従して並んできたニオが旋律を奏で、彼女の調子を整える。

 際立つ集中力、鋭くなっていく気配は狩人である彼女の本能が剥き出しにされたようであった。

 

「そこっ!」

 

 引き絞られた弓から矢が放たれる。

 グランのキルストリークを軽く凌駕するであろう、ソーンの必殺の一矢“クリンチャー”が暗雲立ち込める空を駆け抜けた。

 着弾──爆発のような派手な音を立てることはないが、その威力をはっきりと物語るように、バハムートの胸部が大きく抉れる。

 コスモスによる再生叶わぬ今、その傷は間違いなくバハムートにとって深手となる大きなものであった。

 そして今まで付くことなかった傷が出来たなら、そこを突くのが常套手段といえる。

 セルグが生み出した白い鳥に乗り、バハムートへと吶喊するのは槍を握るウーノ。

 

「これでも槍使いで最強を謳う自負があるのでね……守りだけだと思われては癪というものだ」

 

 鋭くバハムートを見据えたウーノは白の鳥リアスと共に接近していく。

 無論バハムートとて手をこまねいているはずがない。巨大な腕が、巨大な魔力弾が、そして破壊の奔流が……情け容赦なくウーノを襲う。

 それらを突き、払い、そして受け止めていく。ただの防御ではなくカウンターを織り交ぜた迎撃は、確かな威力を発揮し、バハムートへとダメージを蓄積していった。

 そして、十分に接近したところでウーノはリアスの背を蹴り飛び出す。

 

「受けるがいい──天ノ逆鉾!」

 

 青の槍を構え、リアスの飛行速度に跳躍の速度を加えたウーノは弾丸の如くバハムートへと迫り、ソーンが付けた傷へとその槍を突き立てた。

 青のチカラと共に、一筋の光となったウーノの一撃はソーンのクリンチャーで穿たれた傷をさらに深く──

 

「ぬぉおおお!!」

 

 否、裂帛の気合と共にウーノはこの一撃に全てを込めた。抉られた胸部をさらに深く、深く……そしてとうとう貫いてみせる。

 バハムートの巨躯に空虚な穴が開いた。

 

 空を揺るがすような咆哮が悲鳴へと変わる。

 

 その大きさゆえに耳をつんざくような悲鳴と形容できる。が、悲鳴は同時に怒りの証左でもあった。

 大翼をはためかせ僅かに上昇。胸部を貫かれて尚、全く衰える事のないバハムートは幾度となく放ってきた破壊の奔流を口腔へと溜めていく。

 コスモスにより再生のチカラこそ機能しなくなったものの神に等しき星晶獣には依然として純然たる破壊のチカラが備わっている。悲鳴の咆哮は怒りの砲口となり、バハムートの口元より眼下へと解き放たれようとしていた。

 

 

 

 常人であれば怯んで動けなくなるような悲鳴の咆哮を聞きながら、地上にもまた彼らの次なる一手が待ち構える。

 

「フュンフ、無理はしちゃダメだよ」

 

「ありがとーエッセル。でもあちしは大丈夫だよ」

 

 地上にて準備万端と構えているのはフュンフだ。

 ここまで最も活躍しているであろう最年少のフュンフをエッセルが気遣うが、魔導の申し子である彼女はどこ吹く風といった様子である。

 自由に戦っていいとウーノに言われたせいか、枷を外されたような感覚でフュンフは攻撃魔法の行使を始める。

 瞬間、膨大な魔力が彼女より迸った。

 ジータもイオも……恐らく黒騎士ですら届かぬ魔導の才。正に神童と呼ばれるに値する規格外の才覚が今解放される。

 光の魔力が宙を漂い、その形を成していく……イオがよく扱う魔力弾だろうか? 或いはジータのエーテルブラストの様な放射型の光魔法? 

 彼女が形作ったその魔法はどちらでもなかった。敢えて比べるのであればルリア。本質は違うが目の前の巨龍を喚びだしたルリアが近い。

 

 そこにあったのは莫大な魔力が作り出す光の龍。それが、彼女がもたらした埒外の魔法であった。

 顔や鱗といった表面上の細部に造詣はないが、その形だけは紛うことなき龍種のそれ。サイズこそバハムートには遠く及ばないだろうが、生物の頂点に君臨する龍種と呼ぶに相違ない。

 

「いっけぇえ──!!」

 

 杖の一振りと幼い声が合図となった。口にあたるであろう部分を大きく開いた光の龍は、その身と同じ光を束ねバハムートへと打ち放つ。

 少女を背に乗せて余りあるであろうその体躯を超えるような、強く大きな閃光を。

 同時に、バハムートも破壊の奔流を解き放つ。

 アダムを壊し、セルグを殺した大いなる破局を……少女が生み出した龍が放つ、白き閃光が食い止める。

 

 白と黒の対照的な光がアガスティアを照らした。拮抗する互いの攻撃はアガスティアの直上でぶつかり合い激しい魔力の火花と音を散らす。

 もはやヒトの入る余地がないと思える、強大すぎるチカラのせめぎ合いであった。

 だがそれでも、ヒトが生み出したチカラではバハムートに届かないのが覆せない事実だ。

 

「うぅ~ちょっと無理そうだよ~」

 

 徐々に、白き閃光の方が押されていく。

 白き龍の背に跨り、その身に魔力を供給し続けるフュンフであったが、彼我のチカラの差を感じ取り苦悶の表情を浮かべていた。

 そんな彼女を勇気づけるように、一人の男が声を挙げる。

 決戦に臨む佇まい。その身より漏れ出る覇気は純然たる強者の証。天星剣王シエテその人である。

 

「大丈夫だぞフュンフ。今日はお兄さんが本気も本気、超本気だからね。もう少し耐えてくれ……あのくらいすぐに俺が──」

 

「もーおしゃべりばっかり長いんだよぉ!! こっちは大変なんだからさっさとしてよ。もぅホント、そーいうとこだぞ!!」

 

「あぁーわかった、わかったって……それじゃ、天星剣王シエテ参る!」

 

 幼子にどやされながらもシエテは目つき鋭くバハムートを睨みつけ青い剣に宿る全てのチカラを開放する。

 いつものように剣拓を召喚することはない。アナザーより渡された青い剣の剣拓を取ろうとしたができなかった以上、バハムートに有効なのはこれ一本以外に他はないのだ。

 剣拓の様に打ち放つことなく、剣の柄を握りしめる感覚にどこか緊張に似たものを感じて、知らず知らずシエテは何度も握りなおした。

 

「今日だけの特別な一太刀だ。ありがたく受け取りな──はぁああああああ!!!」

 

 感触を確かめたのも束の間、青き光が天を突くように立ち上ると、その光と共に全てのチカラをのせて振り下ろす。

 巨大、というよりは青い光によって長大な一振りとなった剣が、大いなる破局を切り裂いていき、破壊の奔流だけに留まらずバハムートの身体をも切りつけ、アガスティアへと叩き落とした。

 

「シス、カトル! 手を止めるな、次だ!」

 

「言われなくても」

 

「わかっていますよ!」

 

 バハムートが地上に叩き落されたところで、次なる一手へ。

 態勢を整える猶予を与えることなく、上空よりシスとカトルが急襲する。

 青く輝く尖爪と短剣を構え、足場としていたヴェルとリアスの背から飛び出すとバハムートの大翼へと目掛けて急降下を開始する。

 

 叩き落されたバハムートは二人の気配に気づき迎撃──僅かに先手を取った。

 勢いよく身体を起こしそのままに巨大な腕で二人を薙ぎ払う。暴風を思わせるような音を立て、空気を切り裂きながら二人を襲う。空中で落下するだけの二人にそれを回避する術は無い。

 あわやといった所で、バハムートの腕を立て続けに爆発が襲った。まるで機関銃のように連続した爆発音。もたらしたのは地上で二つの銃を構えるエッセルである。

 

「ジャマはさせないよ、“スターダスト”!!」

 

 コスモスに上乗せされた火のチカラ。魔力によって生み出される弾丸が瞬く間に十発吐き出される。

 音を聞けばわかるだろうその弾の密度。繋がった一つの音のように聞こえるのは、誇張でもなんでもなく一瞬のウチに十発の弾丸を撃ち出しているからだ。そしてその密度のまま火属性による爆発力を持った弾丸は一瞬の内にバハムートの腕で十度弾ける。

 

 質量僅かな銃弾で巨大なバハムートの腕を弾いてみせる離れ業が、シスとカトルの背中を押した。

 

「行って、二人とも!」

 

 物静かなエッセルがらしくない大声を張り上げて叫ぶ。

 その声に応えるように無言のまま二人は二枚の大翼へと己が得物を突き立てた。

 

「行くぞ」

 

「遅れは取りませんよ」

 

 互いに届いてはいないであろうやり取り。左右にある一対の大翼それぞれに得物を突き刺した二人は、次の瞬間には空を駆ける。

 バハムートの巨体を蹴り、ニオが用意した足場を跳び、中空で受け止めてくれる白と黒の鳥の背から飛ぶ。

 大翼を幾重もの閃光が刻む。二人が通りゆく軌跡にそって数多の傷が刻まれていく。

 大翼に無造作に走る軌跡に、毛細血管のように刻まれた傷。その全てはコスモスにより再生を施せない傷痕となってバハムートに刻まれた。

 数秒、それでことは済んだ。大翼はボロボロに様変わりし、もはやバハムートに飛行能力は皆無であろう。

 バハムートを刻みに刻んだシスとカトルは、役目を終えたと言わんばかりにその場を離脱──

 

 そう思った瞬間、世界の色が変わる。

 

 バハムートを中心に爆発したかのような衝撃。

 放射状に広がったその衝撃は至近にいたシスとカトルを弾丸のように弾き飛ばしアガスティアの街を瓦礫に変えながら沈めていく。

 何が起こった? と疑問を挟む余地は無かった。

 黒銀の身体の節々から赤黒い光が漏れていた。その姿はさながら終わりを迎える恒星のようなエネルギーの塊を予感させる。

 間違いない。臨界に達したバハムートの怒りが最後の手段を講じさせているのだと彼らは理解した。

 

「サラーサ、準備はいいか!」

 

「待ってたぞ……準備万端だ!!」

 

 バハムートの様子を見て、焦燥を乗せたシエテの声がかかる。

 それに応えたサラーサの声に合わせ、同種のチカラがアガスティアの街にもう一つ顕現する。

 巨大で強大な、目の前の巨龍に匹敵するであろうチカラが……

 そこに座するは小さな魔神。比類なき膂力と、ヒト一人が備えるには埒外なチカラを内包する規格外の少女。

 青き大斧を構えて全てを粉砕するべくサラーサは獣の如く前傾姿勢で構えていた。

 

「調律するわ」

 

「応援は任せろー!」

 

 傍らに降り立つニオとフュンフにより仕上げが入る。

 膨大なチカラを制する手助けと、単純なチカラの総量を増やす、更なる強化。

 

 同時に、バハムートのチカラも臨界点を迎えていた。

 傷ついたボロボロの腕を頭上に振り上げる。これは腕による攻撃の予備動作ではない。

 バハムートを中心に広がっていた力場が場所を移していく。バハムートの直上で、巨大なチカラの塊となって。

 奇しくもそれは先にサラーサが与えていたであろう一撃、メテオスラストに酷似した破壊の球体。

 超大なエネルギーをそのまま眼下へと落とし全てを無に帰す、バハムートの最後の手段“スーパーノヴァ”である。

 バハムートはそれを渾身でもって振り下ろす。

 全てを灰燼に帰す、破壊のチカラが投げ込まれた。

 

「ヴェル、リアス、彼女にチカラを!」

 

 セルグもまた二人に指示を下す。

 即座に反応した黒と白の鳥はサラーサの元へと向かうとその翼で彼女を包み込んだ。

 分け与えられる調停者のチカラ。一時的な間借りだとしても、ヴェルとリアスにより与えられたチカラによってサラーサは今、覚醒してアナザーとなったセルグと並ぶだろう。

 

「いっくぞぉおおお!!」

 

 種族故の小柄な体にこれでもかと詰め込まれたチカラをサラーサは一挙に解放。

 破壊をもたらす光の球に向かって飛び出した。

 

「これが私の全力だ! アストロデストラクション!!」

 

 破壊の光を前に、その全てを叩きつける。

 調律され、幾多も上乗せされた、彼女自身も図れぬ未知の領域のチカラを。

 瞬間、彼女が感じ取ったのは僅かな均衡。そして次ぐ敗北感。

 足りない、これでは押し切られる。それを瞬間的に悟った。

 

「なんだよこいつ、これでも──」

 

 ダメなのか。頭を過ぎりそうになった言葉を即座に否定する。

 敗北は死。今この場だけのことではなく、彼女にとって敗北は常に死と同義である。

 弱肉強食の世界で生きてきた彼女にとってそれだけは飲み込めない。

 ましてや今ここに在るのは己だけではない。

 覚悟が定まりサラーサの背中を押した。敗北など──あってなるものかと。

 

「ごぉあぁあああああ!!」

 

 言葉とならない叫びの中、サラーサはアストロデストラクションに追撃を加える。

 追撃とはいっても二撃目ではない。一撃目で押し切るべく更に力を込めただけだ。

 だが、その膂力が。敗北を許さぬ不退転の決意が、わずかに破壊の光球を上回る。

 

 爆発──破壊の光球スーパーノヴァはサラーサによって、アガスティアに落ちる前に爆散した。

 その衝撃だけでもアガスティアを大きく揺るがすものであったが、至近でそれを受けたサラーサはシスとカトル同様、街を瓦礫へと変えながら沈んでいく。立ち上がる気配は──ない。

 

 やはり圧倒的であった。

 コスモスを得た彼ら、十天衆をもってしても、こうも簡単に落とされる。それが神に等しきチカラを持つ星晶獣のチカラなのだ。

 

 バハムートは吼える。

 未だ破壊できないアガスティアの島も、必死に戦う彼らもすぐに先の三人と同じようになるだろうと言わんばかりに。

 

 

「何を勝ち誇っておる、強き龍よ」

 

「ここまでが全部お膳立てだ……バハムート」

 

 

 バハムートの咆哮を引き裂くように、鋭い声が響き渡った。

 立ち上る青き光。双光は居並ぶ剣士二人が放つものであり、その気配はサラーサのように強大なものではなく、薄く薄く研ぎ澄まされた刃の様。

 

「嘗ての童よ、今のそなたは如何程か?」

 

「アンタの教えの通りだよ。最強の一閃……それがオレの答えだ」

 

「是非もあるまい──いざ」

 

 嘗ては師弟であった二人、刀神オクトーとセルグが並ぶ。

 コスモスを宿した刀と、神刀天ノ尾羽張。アナザーが生み出した二刀が今、世界を守る一太刀を担う。

 

「絶刀招来」

 

「神刀顕来」

 

 髪を用いてヒトの剣速を超えたオクトー。

 極限の自己強化により、見えない剣閃を放つセルグ。

 その二人が放つ最強の剣技。

 

「捨狂神武器!!」

 

「天ノ尾羽張!!」

 

 最強を体現する何者も阻めることのない至極の一閃が二閃。アガスティアの街を駆け抜ける。

 寸分の狂いもなく同時に、寸分の狂いもなく同じ場所へと、至極の一閃は放たれた。

 結果は──

 

 

「ははっ、これは何とも……見事という他ないね」

 

 

 呟きはシエテ。

 渇いた笑いを浮かべる彼の視線の先、そこには頭から綺麗に真っ二つとなったバハムートの姿。

 頭部にあったであろうコア毎綺麗に断ち切られ、徐々に星晶の塵へと還っていく。

 

 後に残るのは静寂を取り戻すアガスティアの街と、刀を納める静かな音が鳴り響くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 おまけ

 

 

 

『“それぞれ”の死闘』

 

 

 激しい戦いが続くアガスティアの街。

 フリーシアの野望を止めるべく、エルステ帝国の幹部と戦うグラン達。

 破壊と再生を司るバハムートを抑えるべく死力を尽くす十天衆。

 アガスティアの市民を守るべく奮闘する秩序の騎空団を始めとした面々。

 誰もが必死に戦っている。

 

 

 そんな中、彼等もまた己に課せられた使命の為戦っていた。

 

 

 

「うおぉああああ!?」

「びぃええいいいえええ!?」

「どぁああっはあああ!?」

 

 

 声の感じから察するに、やべー状態なのだろう。三者三様に悲鳴を挙げている。

 奇怪である事はこの際言及するまい。

 

 とにかくそんな感じで悲鳴を挙げながら疾走する四脚戦車は、後を追いかけてくる水流カッターを躱し、飛来してくる歯車を弾き、僅かな合間を狙って攻撃──ではなく僅かな時間で必死に休息をとる奇妙な戦いを繰り広げていた。

 

 

「っぜぇ、ぜぇ……エルっち、トモちゃん……あとどのくらい動けるよ?」

 

「はぁ……はぁ──そろそろ足攣りそう」

 

「ひぃ……ふぅ……控えめに言ってガチで倒れる5秒前的な? ってかこっちの心配よりローアインこそあとどんだけ捌けんのよ?」

 

「あぁ? ばかおめぇ、俺ってばコックで料理専門だぜ────既にナイフボロボロ腕パンパンで無理めに決まってんべ」

 

「「ですよねー」」

 

 疲労困憊。それをここまで体現できる者など彼等以外に居ないだろう。

 軽口の応酬の裏で膝は笑い、腕は上げる事適わず、心臓は早鐘を通り越して機関銃のように跳ねまわっている。

 本来なら息をつくためにも喋らない方が良いはずなのだが、何故か彼等は無理を押して口を開く。

 そうしなければ疲労を認識してしまう。認識すればすぐにでも身体はいう事をきかなくなると本能的に察していた。

 

 

 

 

 アガスティアへと突入したグランサイファーの艇内で、戦闘要員ではないローアイン、エルセム、トモイの三人は待機していた。

 己の分は弁えているといった所か。決戦とはいえ下手について行けば足手纏いが確定的に明らかなこの状況では、待機組に甘んじるしかない。甘んじるもなにも、これまでずっとそうだっただろうとは口が裂けても言ってはいけない。

 

 とにもかくにも、待機組として大人しくグランサイファーに潜んでいた三人であったが突然の地響きが彼らを襲う。

 続いて轟く巨大な咆哮に好奇心が勝り、艇内から顔を出してしまったのが彼らの運のつきであった。

 

 遠くに見える巨大な龍に驚愕を浮かべた刹那……もっと近く、もっと手前にもまた、やべー奴がいる事を確認する。

 

 

「(アッ──ー!!!)」

 

 

 副音声に起こすとこうであろうが、実際には表現するにし難い驚愕に染まった音が漏れるだけであった。

 細くしなやかで長ーい体を持つ蛇に酷似した何か(星晶獣)と、ゼンマイ式の時計の中身を引っ張り出したような何か(星晶獣)が音に釣られて彼等を視界に収め、そしてその意味を認識する。

 

 

「(へっへっへ、新しい獲物みーっけ)」

 

「(待ちなウナギ野郎。あれはこちらの獲物だ)」

 

「(つれねーこと言いなさんな、仲良く分け合おうじゃねえか)」

 

 言葉は発せないが恐らくこんな事をのたまっているに違いない。

 その証拠に奴等は互いを害する事なく、三人の元へと向かって来ていた。

 

 

「ど、どどどどどうすんだっておい!?」

「お、お、おおおちつけエルッチ! ここは腹括るしかねえ状況だっつーの!」

「や……やってやろうじゃねえか!! 行くぜ二人とも、騎馬戦だぁ!!!」

 

 

 かくしてここに決戦の火蓋は切って落とされた。

 艇を傷つけさせまいと飛び出し、二つのやべーやつの注意を引くべく、四脚戦車が戦場を駆ける。

 

 

 無論、彼らにこのやべーやつを倒せる手段は──────ない。

 

 

 それはどこまで行っても消耗戦。

 どこまで耐えようとも逃亡戦。

 そして、この混沌とした戦場ではどれだけ頑張ろうとも日の目を見る事のない静かな防衛戦となるであろう。

 

 だが。それでも待機組としてここから逃げ出すわけにはいかない。

 彼らの背には、大事な仲間達と過ごす大事な家が鎮座している。

 

「掛かってこいやウナギヤロ―が!!」

「ローアイン騎馬隊長が三枚におろして刺身にしてやんぞコラぁ!!」

「そこの時計ヤロ―もネジになるまでバラして組みなおしてグラサイの一部にしてやっからな!!」

 

 震える声を抑え必死に気勢を上げると、彼等は正しく彼等だけの戦いを始めた。

 

 時に騎手であるローアインを放りだして躱し、時にその辺に転がっている兵士の盾を剥いで防ぎ、時に四脚から六脚に────要するに三人バラバラになって逃げて混乱を誘ったりもした。

 

 できる事は全てやった。使える手段は全て使った。

 その結果が冒頭の疲労困憊である。

 

 彼らの体力が無いと言う事では決してない。

 料理とは突き詰めれば、体力勝負なものである。

 キッチンは料理人の戦場であり、調理とは言い方を変えれば食材との戦闘だ。

 コックとして優秀である彼等は、その辺のチンピラ風情では適わない程度に強者であることは間違いなく、そう易々とバテる筈もないだろう。

 

 だが、そんな彼等でも戦闘開始から既に1時間強がたつと話は変わる。

 反撃に打って出るだけの戦う術を持たない彼等にとって、命をすり減らしながらの艇を守る防衛戦は酷だ。

 あの手この手でのらりくらりと躱すにも限界がある。

 身体と神経を酷使した三人が先に終わりを迎えるのは自明の理であった。

 

 

 

「さぁて、ウナギヤローの水鉄砲チャージ完了を確認。どうすれば躱せるかご意見箱設置~」

「とりま時計ヤローにも目を向けるべきじゃね? あっちもあっちで歯車ブンブン丸してるもんよ~」

「つかよ、これもう無理寄りの無理じゃね? 俺達詰んだ感ありまクリスティよ……」

「はい、ご意見箱開示~。つまりもうワンチャンも無くて無理めなパティーン」

「んっだよ早々に諦めんのかよー、ここはローアインが隠されたチカラを解放してヒーロー案件になるとこだろー」

「んなことよりどうすんだってマジ。早いとこ打つ手考えないとマジでやばばば────」

 

 

「安心しろ、後は俺達に任せると良い……」

 

 

 命の危機に際して尚チャラけた態度が崩れないのはいっそ称賛に値する。

 そんな彼等の元に届いたのはやや低く唸るようでありながら、まるで呆れたような印象も受ける、実に落ち着いた声であった。

 

「団長達の艇を守っていたのか。戦えもしない癖によくやったな」

 

 彼ら曰くチャージされた水鉄砲が放たれるも、それを赤黒く巨大なチカラを纏った大鎌で相殺。

 弾けとんだ水飛沫を一帯に降らせながら、落ち着いた声の主は振り返る。

 駆けつけたのは黒く鋭利なデザインの鎧と、禍々しい鎌を肩に担いだ組織の戦士、バザラガであった。

 

「あ、あんた、バザラガパイセンじゃねえか!?」

「うおおお、これ九死に一勝? だっけか、とにかくこれそんなパティーンだわ!」

「…………マジで死んだかと思った」

 

「ふっ、相変わらず騒がしい奴等だ」

 

「鎧チキン、無駄話は後だ。さっさと仕留めるぞ」

 

「わかっている。

 お前達、少し離れていろ……悪いが今は、あまり加減ができなくてな」

 

 隣に並んだイルザの声に応えると、バザラガは再びグロウノスのチカラを解放していく。

 それはこのアガスティアに来た時と比べ随分と様変わりをしているようだった。

 元々赤黒く大きな鎌であったが、ここに至るまでにアガスティアの各所を回り、星晶獣もどきから喰らい続けた魔晶のチカラ。それがグロウノスに蓄積され大きく変容をもたらしている。

 より大きく、より禍々しく、より鋭く。

 解放の言霊の通りに喰らったチカラを刃と成して、グロウノスがリヴァイアサンへと牙を剥いた。

 

「ぬぅううあああああ!!」

 

 解放したチカラを以て斬り付ける。奥義も技も必要ないと言わんばかりに地を砕く巨大な一閃がリヴァイアサンを真っ二つに切り下ろした。

 真っ二つに裂かれたリヴァイアサンが魔晶の塵へと還っていく姿を見ながらバザラガは次なる得物へと視線を向け口を開く。

 

「あちらはお前が適任だ。任せる」

 

「あぁ──調停の銃ニバスよ、チカラを示せ!」

 

 イルザもまた、ニバスを解放する。

 封印術が込められたニバスの銃口に収束する光。弾丸に込められた術式と魔力が、引き金と共に放たれると巨大な閃光がローアイン達の目を焼いた。

 

「バーストイレイザー!!」

 

 障壁の有無など関係なく極太の閃光がミスラのコアの中心を撃ち抜き、魔晶の塵へと還す。

 

 

「すっげぇ……さすがゼタちゃんのいる組織メンだわ」

「やっぱやばばばバハムートだわ」

「──マジパネーション」

 

 一撃。長い事戦い続けていた彼等からすればとんでもなくあっさりと脅威は取り去られた。

 

 驚愕と共に渇いた笑いが漏れ、次いで自分達の弱さに胸中で落胆する。

 待機組として戦力に成れない事は理解している。だが、目の前に漫然とそれを見せつけられてしまうと、無い物ねだりの感情が出てくるのは仕方のない事なのだろう。

 仮にそれが、思い違いなのだとしても……

 

「いいや、お前達が消耗させてくれていたおかげだな。既に魔晶のチカラは殆ど残っていなかった様だ」

 

「その様だな。魔晶カスがほとんど出てこなかった。随分と長い事チカラを使い続けていたらしい」

 

「えっと……」

「それってつまり?」

「どぅゆこと?」

 

「魔晶が尽きればあれらはその身を保てず自壊する。元々クソみたいな素材から生み出されたなんちゃって星晶獣だ。

 倒されぬ限り消えない本物とは比較するのもおこがましいクソの塊だ」

 

「つまり俺達が来なくとももうアイツラにチカラは残されていなかっただろうという事だ。

 先程も言ったがよくやったな────この艇を守ったのは、正しくお前達だ」

 

 

 二人の言葉に歓喜を覚えてしまうのは仕方ないだろう。

 待機組として名高い彼等なのだ。

 弱い自分達が役に立てた事。頑張りが無駄ではなかった事。

 それらは、自身を誇るに値する貴重な事態である。

 そしてパリピとしても名高い彼等であれば、こういった時どうすれば良いかを、良く理解していた。

 

 

「「「お褒めいただきあざーっす!! ウェーイ!!」」」

 

 

 

 ここにまた一つ、死闘の幕が下りた。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

佳境佳境詐欺と言われそうな程終盤の文章長くて引っ張ってますが、もうしばらくお付き合いいただきたいです。
あと最後のおまけは終盤の空気的にこいつら入れるの難しいなっておもってNGにした没ネタでした。
裏では一応活躍していたんだよって事で知っておいて頂ければと思います。

それでは。お楽しみいただけたら幸いです。
感想お待ちしております。

アンケートを見るとやはり空蒼の人気が高い事が良くわかる。
各キャラとのエピソードを求める声が多いですが、個人的には連載の主軸1本と短篇書きながらって考えてるので、とりあえず空蒼書きながらキャラエピソード書いていく予定です。


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メインシナリオ 第72幕

少し超展開。

頑張ると決めたので完結に向けて邁進中です。
どうぞお楽しみください。


 

 ラカム達がロキを退け、タワーの外で十天衆達がバハムートを倒した。

 そんな中、未だ留まることを知らない死闘がタワー内部を揺らしていた。

 

 

 

「はあぁあああ!!」

 

「きぃええいい!!」

 

 幾度合わせた剣であろうか。

 死闘の最中そんな回数を数えているはずもないが、恐らく数えきれないと表現するのが相応しい。

 高密度に打ち合わされる剣戟の嵐。止まることのない体術の応酬。

 グランとポンメルンの戦いは、勢いが増すにつれ徐々にその規模を小さくしていった。

 互いに無駄なチカラを込めず、最小、最速を主とする動きへと変えていく。

 チカラの押し合いではない。チカラの差し合いだ。

 相手の攻撃を捌く、躱す、防ぐ、そして自身の攻撃を当てる。

 先鋭化された戦士による極限の戦いは、徐々に無駄を削いだこじんまりとした戦いに様変わりをしていった。

 

 

「はっ!」

 

 眼前に突き出された七星剣。神速の領域へと達したグランの突きを、ポンメルンは剣の切っ先で逸らしそのまま踏み込む。

 

「させない!」

 

 懐へと踏み込まれた瞬間にはグランの脚が動いていた。踏み込んできたポンメルンの真横から迫る蹴り。死角からの鋭利な一撃だ。

 

「遅いですネェ!」

 

 側頭部に蹴りが入る前にポンメルンが踏み込んだ勢いを加速させグランの腹部へと剣の柄を叩き込む。

 カウンター気味に入った一撃は、グランを大きく後方へと吹っ飛ばし広間の壁へと叩きつける。

 

「がっ!?」

 

 衝撃が全身を駆け巡った。

 肺から酸素が押し出され、苦しそうに呼吸を行う。ずるずると壁からずり落ち朦朧としそうな意識の中、追撃を想定してグランはすぐに顔を上げる。

 

「──実力の差が、わかりましたかネェ?」

 

 そこには先の一撃から微動だにしていないポンメルンがいた。

 嘗められている。それを痛烈にグランへ感じさせた。

 だがそれ以上に……

 

「はぁ、はぁ……強い」

 

 圧倒的ではない。隔絶した実力差があるわけではない。

 幾度も剣を交えて十二分に渡り合えている。ここまでを見れば互いの能力に差はほとんどない事がわかっていた。

 だが、経験の差が……戦いにおける駆け引きの差がグランとポンメルンの明確な差であった。

 読まれているのだ。ここ一番の動きが。

 誘われているのだ。一手一手を確実に。

 それはどこかリーシャの先読みを相手にしたような感覚と言えた。全てを見透かされ、負けへの道筋を辿らされているような。

 

「(全く……何がリーシャのような戦い方は稀だよ。ホントセルグのいう事は信用できない)」

 

 気持ちを和らげるように胸中で毒を吐いて、再びポンメルンへと視線を向けて立ち上がった。

 

「まさかここまで強いとはね……ちょっと心が折れそうだよ」

 

「恥じることはありませんネェ。魔晶による反動を考えれば、我輩もそろそろ危険な時間です。

 そこまでの出力を持つ魔晶を使って初めて、我輩はお前と同等、というわけですネェ」

 

「──反動、か」

 

 グランの脳裏に僅かな勝機が過ぎる。

 長期戦となれば、反動で鈍ったポンメルンに勝てるかもしれないと。

 だが、すぐに頭を振った。

 

「その通り、貴方に時間は残されていませんネェ。

 急ぎアーカーシャの所までたどり着かねばこの戦いは貴方達の負けで終わる。故に我輩は反動を度外視して貴方と渡り合うために魔晶を使用しています」

 

「なんで……なんでそこまでして。フリーシアに味方するんだ」

 

 自分の身体を犠牲にしてまで。

 命令だから? それだけで戦うポンメルンに、グランは怒りを覚えた。

 

「貴方は軍人のはずだ! あの人の計画が成れば、帝国のヒトだって皆消えてしまうんだぞ! それで良いのか!」

 

「勘違いしないで欲しいですネェ! アーカーシャによって消えるのは星の民の痕跡のみ。星の民によって奪われたものが取り戻せることはあっても、今あるものが消えることにはなりません!」

 

「それは詭弁だ! 世界が巻き戻るなら……星の民が消えた世界に変わるのなら、今の世界に生きる人達は今を生きる人で無くなる! 今ある世界を犠牲にしてまで取り戻したものに何の意味があるんだ!」

 

「それは失った事がないガキがほざく戯言だ。貴方のお仲間にもいるでしょう……時を戻して、世界を変えてでも取り戻したい過去がある人間が何人も!」

 

「違う! 等価ではないかもしれない。それでも……失ったから得られるものがある! 変えられない過去を乗り越えたから、変わった今があるんだ! そのを奪う権利なんて、誰にもあるものか!」

 

 戦いをやめ、互いに言葉を交わす二人。

 だが、互いの主張は相手を説き伏せるには至らない。もとよりこの場において、こんな問答など無意味であった。

 グランは必ずフリーシアの計画を阻止すると決めてここまで来た。ポンメルンもまた、必ずフリーシアの計画を遂行させるつもりでこの場に待ち構えていたのだ。

 

「能書きはたくさんですネェ……いくら叫ぼうがお前の言葉が私に届くことはありません。

 届かせたたければ、その剣で届かせて見せなさいですネェ」

 

 挑発的な言葉がグランの耳を震わせる。

 ここまでの戦いの流れがポンメルンに余裕を与え、対するグランには焦燥が募っていた。

 

「──わかった。次で、勝負を決めてやる」

 

「ほぅ、大きく出ましたネェ。ここまで防戦一方であったお前が、我輩に次で打ち勝てると?」

 

 静かに、グランは呟いた。

 覚悟を決める……次の一撃に全てを掛け、目の前の相手を倒すと。

 出来なければ、世界は終わるのだと。

 世界が終わる────そんなこと、グランが許せるわけがない。

 頭は冷静でありながら、グランの心は枷を外したように荒れていく。

 感情の波が渦巻くようにうねり始めた。

 

 想いが、戦う力の原動力だとセルグは言った。

 世界を守る、世界を背負うなどと大それたことを考えるつもりはない。

 頭にあるのは大切な仲間達。その仲間達とすごすことのできる空の世界。

 

 

 ──失う事など認められない。

 

 

 思い描いたとき、自然とグランの頭はその思考一色に染まった。

 

 七星剣にチカラが集う。

 先程までの差し合いをするようなような気配ではない。

 全力。チカラの押し合いで勝負を決めるべく、グランはその気配で以てポンメルンへと果たし状を叩きつけた。

 

「(相変わらず驚異的な没入ですね。すでに周囲の音すら聞こえていない。何よりこの気配──これはもしか、本当に決めてくるかも知れない……ですネェ)」

 

 変容したグランの気配を冷静にポンメルンは分析する。

 これまで幾度となく彼らの底力は見せられてきている。今更どんな変化があろうと驚くべきではないと、努めて冷静になり目の前のグランを見据えた。

 

 

「──行くぞ」

 

 

 静かな呟き。ゆらりと揺れ動くように踏み出すとグランは一足でポンメルンの間合いへと踏み込んだ。

 七星剣に光が集う。七つの光点、それを集めた極光の斬撃を振るう奥義──北斗大極閃。

 

「(この感じは光点を収束して威力を増した、七つ斬撃の小僧の奥義────既に見切ってますネェ。防御と回避で十分に対処っ!?」

 

 一閃。振るわれた一撃目はポンメルンの首元へと向けられ、かろうじてポンメルンは防御した。

 

「(早い!? 何より、重い!?)」

 

 これまでを……否、想定したその先の威力ですらを超えるグランの一撃。

 想定外の技の威力に、ポンメルンの体幹が崩される。

 隙が──生まれた。

 

「おぉおおおお!!」

 

 二閃、三閃。

 ギリギリで踏みとどまり、逸らし、防いでいく。既に回避の余裕等ポンメルンには無かった。

 北斗大極閃は全力を込めた七閃。まだ、終わらない……

 

 四閃、五閃、六閃。

 逸らす事も既にできなくなった。

 防いでいた剣が悲鳴を上げている。体は完全にグランの勢いに押され流されていた。

 

「(馬鹿な、こんな突然技の威力が数段も増すなどと、集中力だけの問題では────)」

 

「づぇああああ!!」

 

 七閃。

 煌めく極光の一閃がついにポンメルンの剣を断ち切りその身を捉えた。

 尋常ではない威力の連撃にさらされ最後の一太刀を受けたポンメルンは、意識がギリギリ保てた最後の数舜。

 目の前の光景にどこか呆けていた。

 

「──蒼い、チカラ?」

 

 七星剣の光の後ろで、わずかに蒼い光が揺らめいていたのを。

 

「はぁああああ!!!」

 

 

 グランは全身全霊をもって七星剣を薙いだ。

 弾け飛ぶポンメルンが、先程と対照的にポンメルンを壁に叩きつける。

 ずり落ちたポンメルンに意識は、ない。

 

 

「僕の、勝ちだ」

 

 

 静寂に響く勝者の声は、少しだけ愉悦が混じる、くぐもった声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポンメルンを打ち破ったグラン。

 少しだけ目の前の現実に呆けたものの、その事実を認識したとたんに大きな虚脱感が彼を襲った。

 

「は、はは────ありがとう、七星剣」

 

 全ては己の想いに応えてくれた七星剣のおかげだと思えた。

 これまでに無い程の没入感と、そこから引き出された、恐らくはより深い領域での七星剣のチカラ。

 嘗て、ザンクティンゼルで初めて天星器を開放した時とは、次元の違う領域のチカラであった。

 

「見事な一撃。いや、七連撃でしたネェ」

 

「ポンメルン……」

 

 さほど時間を置かずに意識を取り戻したポンメルンから声がかかる。

 深々と切りつけられた腹部からは出血もそこそこではあるが、まだ余裕を感じられる気配であった。

 

「まさかお前みたいな小僧に負けるとは。本当に我輩もヤキが回ったというものですよ」

 

 自嘲を浮かべてポンメルンは清々しい表情を浮かべていた。

 負けるとは思っていなかったのだろう。経験の差と魔晶による底上げを考えれば負けるはずはない。負けるとしても、時間稼ぎは十分にできると踏んでいた。

 

「ポンメルン、貴方がこれまでに失ってきたものは僕には想像も──」

 

「シャーラップ!! 

 勝者が敗者にかける言葉などないのですネェ。お前はさっさと目的の為に邁進してればいいんですよぉ。

 今ならまだ……アーカーシャの起動も止められるかも知れませんからネェ」

 

 先の問答を続けようとするグランを制し、ポンメルンは先を促した。

 その声には少しだけ達観したような、そんな気配をグランは感じた。

 

 

「────わかった」

 

 

 何か、思い至ることがあったのかもしれないと結論付けて、グランはポンメルンに背を向けて走り出す。

 向かう先は、タワー最上層。

 先に進んでいるであろうルリア達の下へと。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 彼らの誰もが目の前の光景に慄いていた。

 

 

 苦戦ぐらいはするだろう。人間であるのだから。

 手こずるくらいはあるだろう。相手もまた強いのだから。

 

 だが、それでも。目の前の彼女がこうも簡単に敗北するとは思っていなかった。

 絶対的、圧倒的、理不尽。それらを体現できるだけの実力を持つ者にだけ許される称号、“七曜”の座を掲げているのだから。

 

 

「アポロ!!」

 

 人形らしからぬ声音でオルキスが叫ぶ。

 即座にスツルムとドランクは戦闘態勢に。黒く長い八本の脚に宙づりにされたアポロを救うべく動き出そうとした。

 

「──まさか、これで終わりな筈がありませんよね?」

 

 宙づりにされたアポロの足先から、血のしずくが流れ落ちていく。傍から見れば十分に大量出血と言えよう。

 重傷と判断できるその様を見て──それでもフリーシアは警戒を解くことなく目の前の黒騎士を見つめる。

 

「黒騎士、今助け──」

 

「下がれ」

 

 飛び込もうとしたスツルムを、彼女だけに向けられた声と重圧が制する。

 おもむろに動き出した黒鎧の腕がフリーシアから伸びている脚の一本を掴むと、何の抵抗もなく握りつぶした。

 

「っ!? さすがは化け物の代名詞。この程度ではかすり傷にもなりませんか」

 

 フリーシアが脚を戻す。解放されたアポロは何の苦も無くその場に降り立ち、兜の奥から衰えることのない眼光をもってフリーシアを睨みつけた。

 

「見事な奇襲だった。さすがは宰相閣下と言った所か。小僧どもの内の誰かであれば今ので決まっていただろう」

 

「お褒めに預かり光栄……とでも言っておきます」

 

「だが甘い。追撃も何もせず黙ってみているなど、愚の骨頂だ。そのツケは貴様の命で贖うことになるぞ」

 

「怖い声ですね。それでは、今一度……お相手願いましょう!」

 

 再び虚をつくタイミングでフリーシアは八本の脚を伸ばす。

 上下左右、さらには前後まで囲うように、鋭い先端を持つ脚がアポロを襲うもそれらを捌き、躱し、そして切り捨てていく。

 先程足元に血溜まりを作っていながら、その動きに微塵も負傷は感じられなかった。

 

「全く、人騒がせな奴だ。無事なら無事と早く──」

 

「いや、無事じゃないよスツルム殿」

 

 安心したように息を吐いたスツルムに反してドランクの声は固かった。

 怪訝な表情を浮かべて振り替えるスツルムは、ドランクの険しい表情を目にする。

 

「──ドランク?」

 

「見て、スツルム殿。あの出血量……少なく見積もってもコップ2杯じゃ足りない量は出ている。

 いくら七曜の騎士と言われる彼女であっても、体内に流れる血液の量は常人とさほど変わらない」

 

 人体を動かすのは筋肉。そしてその筋肉を動かすのに必要なのが血液だ。

 その血液を大量に失ったとあれば、体の動きは必然精細さを欠いていく。力を失っていく。

 即座に治療ができるのでもなければ、怪我による出血はアポロといえど止められるものではなく、戦いながら血を流し続けることになるだろう。

 

「つまり?」

 

「すでに彼女は時間制限付きの戦いに足を踏み入れてしまっているって事だよ。これは──手をこまねいているわけにはいかなくなったね」

 

 自身の武器である宝珠を取り出すドランクはスツルムへと目配せした。

 全うにやれば、アポロの勝利は揺るがないだろう。だが、時間制限そしてフリーシアが時間稼ぎに徹したのなら話は別だ。

 この広間は彼女が待ち構えていた場所。次の手が、次の次の手がいくらでも用意されているはずだ。

 アポロを仕留めるための策略が……

 

「わかった、何を言われようと加勢するぞドランク」

 

「流石スツルム殿、話が早い──それじゃ行きま、おわっと!?」

 

 参戦しようとしたドランクの足元を魔法が打ち抜く。

 出所は彼らに背を向けたままでいるアポロ。フリーシアの攻撃を捌きながら、彼らの会話を聞いていたのか機先を制するようにその動きを止めた。

 

「勝手なことをするなドランク。この程度で苦戦していると思われるのは甚だ心外だ。

 お前たち二人はルリアとオルキスを連れてリアクターへと向かえ。ここは、私一人で良い」

 

「だ、だがその出血で」

 

「嘗めるなと言っている。従え、命令だ!」

 

 衰えぬ気配、垣間見える自信。それらがアポロから伺える。

 確かに絶対的強者だ。先程の危惧もフリーシアとの戦いが長引けばという予想の先の話でしかない。

 逡巡したドランクは肩をすくめながら、呆れるようにため息をついた。

 

「はぁ──全く、無茶な命令ばかり言ってくれるね。行くよスツルム殿」

 

「あ、おいドランク、まて!?」

 

 ドランクは走りながらルリアとオルキスを一編に肩に担ぎ、広間の奥へと疾走。

 相棒の有無を言わさぬ動きに流されるようにスツルムも追従した。

 ちなみにビィはルリアの腕の中である。

 

 結論。触らぬ神に祟りなしといった所か。

 意思の固そうなアポロの言に従い、ドランクは先を目指すことを選択した。

 だが、それを彼女が良しとするはずもない。

 

「行かせると思いますか!」

 

「え? あぁ、そんなもうっ……」

 

「ひゃぁあああ!!」

 

 何かの気配を感じて担いでいた二人をドランクはぶん投げる。広間の先のドアの向こうへ。

 次の瞬間、スツルムとドランクは水の刃の壁に阻まれバックステップを取った。

 

「くそ、まだ戦力があったのか」

 

 思わず毒づくスツルムの目の前には魔晶で呼び出されたリヴァイアサンの姿が。

 それも普通ではない。恐らく顕現後にさらに魔晶による付加を続けた、いうなればリヴァイアサンマリスと言った状態である。

 

「スツルムさん、ドランクさん!!」

 

「二人とも大丈夫かよぉ!」

 

「あ~とりあえずね。ただ、これはちょっと……厳しいんじゃないかな。

 ルリアちゃんにオルキスちゃん、それにトカゲ君も。三人で先に進んでくれるかい? 僕たちもこれを片付けたらすぐに追いかけるからさ」

 

 目の前のリヴァイアサン倒すべく構える二人。

 それは即ち、ここから先ルリアとオルキス。そしてビィの三人だけで進むことを意味していた。

 

「そんな私達だけで──」

 

「いくぞルリア! ここまできて、皆の思いを無下にできねえ!」

 

「ルリア、私達なら星晶獣も呼べるから大丈夫。先に行く」

 

 ビィとオルキスの言葉でルリアの脳裏に過ぎる仲間達の姿。

 皆、この戦いで自分を先に行かせるために残っていった。彼らの言葉と思いが、逡巡するルリアをすぐに前に向かせた。

 

「わかりました、私達は先にリアクターに向かって……この戦いを終わらせます!」

 

「頼んだよ~、こっちもすぐ終わらせるからさ、痛って!?」

 

「緩みすぎなんだよお前は! 来るぞ!」

 

「ハイハイ、わかってるよ。一旦黒騎士のとこまで下がろうか」

 

 走りゆくルリア達を見送り、リヴァイアサンの攻撃を躱すと、スツルムとドランクはアポロの下まで後退。

 走り去ったと思えばわずかな間にとんぼ返りしてきた二人を見て、アポロも戦いを止めフリーシアと距離を取った。

 集結するや否や、兜越しに嫌でもわかるアポロの剣呑な視線がドランクを突き刺す。

 

「お早いお帰りだなドランク。私は先程何と言った?」

 

「いやぁ~ごめんねって、さすがにあそこで立ちはだかられちゃ僕たちでもどうにもさ……とりあえず送り出してきたからまずは一緒にこっちを片付けるって事で」

 

「すまない黒騎士。すぐに片づけて後を追う」

 

「──まぁいい。あいつがここに居る以上、これ以上の障害はないはずだ」

 

 そう言って、アポロは目の前に佇むフリーシアを睨んだ。

 傍らにリヴァイアサンマリスを。そしていつの間にかもう一体、魔晶によって顕現させリヴァイアサン同様に魔晶の更なる付加を行った、ミスラマリスと呼べるものを生み出していた。

 戦力は十分。そう言わんばかりの表情であったが、アポロからすればこの程度まだ脅威にはなりえない。

 

「出し抜かれてしまいましたか……少々侮っていましたね」

 

「随分余裕だな。ルリアが先に進んだんだ、貴様の計画はもうすぐ終わるぞ」

 

 僅かに、アポロは違和感を感じた。フリーシアはこの状況をまるで意に介していない。

 胸中に湧き出てくる言い知れぬ不安を拭い去るようにアポロは焦りのないフリーシアを睨みつける。

 

「ふっ、相変わらず笑わせてくれますね小娘」

 

「何?」

 

 返答は嘲笑であった。

 思い返される光景。それは先日のルーマシーでの出来事と同じ。

 ルリアのチカラを使う事でオルキスを取り戻せる。そう思わされて掌で踊らされていた事を知ったあの時と同じであった。

 記憶をなぞる様に、再びフリーシアの肩が何かを堪えるように揺れる。

 

「くっ、くくく……アーハッハッハ! ルーマシーの時から何も変わらない! 

 貴方たちは掌で踊らされていることに最後まで気づかず、再びルリアを私の計画の為に差し出した!」

 

 高らかに上がる声。勝ち誇った笑み。

 想起される、嫌な記憶がアポロの心を縊り殺すように締め付けた。

 

「貴様! 一体何を──」

 

「全て……全て、想定通りなのですよ。

 アダム大将の裏切りも、それによって貴方達がどう動くのかも────この戦いの全てがね!」

 

 何だと? 

 と、傍らでスツルムが零すのを聞きながら、アポロは思考を巡らせた。

 予定通り──アダムの裏切りが、アダムからの情報がもたらされることも予定通りであり、尚且つルリアを先に行かせたというのか。

 点と点が繋がっていく心地よいはずの感覚が、今この時は恐怖を呼び起こす。

 謀られたのか? 仕組まれていたのか? ここまでの戦いが全て? 

 ルリアをこの先へ行かせることが目的なのだとしたらつまりそれは……

 

「あぁ、やっと……やっとです陛下。後はただ待つだけ……それで、全ては変わる」

 

 そう、アーカーシャの起動。

 それが現実のものとなることを示している。

 

「くっ、させん!! どんなことがあろうとそれだけは」

 

「世界が変わるまで、後僅か。それまでは────リヴァイアサン、ミスラ!」

 

 気勢を上げるアポロの勢いを挫くように、フリーシアは魔晶を用いてマリスとなった二体を使役する。

 それだけに留まらない。フリーシアは最後の切り札を、勝利を確信したこの瞬間に切った。

 懐に持っていた魔晶を取り出す。これまでにガンダルヴァもポンメルンもフュリアスも使用していた、己を絶対的に強化する最高レベルの魔晶を。

 

「たとえこの身が朽ちようと! たとえ全てを失おうと! 

 わが悲願の成就まで、貴方にはこの場で付き合ってもらいましょう────あぁああああああ!!」

 

 それは正に、今この世界にある全てを失うことを厭わない覚悟の証であった。

 過剰なまでに汚染されたフリーシアの身体は恐らくすぐに力尽きるであろう。反動による肉体の崩壊はガンダルヴァより早く、そして強く出てくるはずだ。

 後僅か……少しの時を稼げれば良い。その先に自身の命がなくともだ。

 フリーシアは今、この世界での未来を全て捨てた。

 

 長く伸びていた鋭利な八本の脚を地に付け、彼女の変異が進んでいく。

 おとぎ話に出てくる女郎蜘蛛のように、妖しく、禍々しく、ヒトと蜘蛛が混ざり合った奇怪な化け物へと。魔晶は彼女を変貌させていった。

 金切声のような咆哮が始まりの合図……いや、終わりの合図かもしれない。

 

 

「さァ、セカイのオワリマデ、私とオドリなさい!!」

 

 

 悲願の成就を目の前にして、狂気と狂喜を孕みながら彼女の戦いが幕を開ける。

 

 

「──それがどうした。いくら出し抜かれようと、私がやることは変わらん」

 

 衰えぬ気配。

 茫然自失となることも、うろたえる事もなくアポロは言った。

 

「こうなっては私だけで貴様の計画を止めることは不可能だろう。だがそれでも……貴様を滅ぼすのだけは変わらん」

 

「上等。最後まで突き合わせてもらうぞ、黒騎士」

 

「もちろん僕もね。時間は稼がれるだろうけど、後はきっと……彼らが何とかしてくれるさ」

 

「ふっ、癪ではあるがな。あの男の言う通りであれば小僧と小娘は世界の行く末を決める特異点とやらなのだろう。

 お膳立てにはちょうどいい配役だ」

 

 今この場で彼女達が先へ行くことは叶わない。だが、戦っているのは彼女達だけではない。

 託そう────この世界の行く末を。

 

 

「行くぞフリーシア。我が刃、止められると思うなよ」

 

 

己が成すべき事を見定め、彼女もまた死闘の火蓋をきった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ホント、まさかこれ程までに完敗するとは思いもしませんでしたネェ。

 さすがは“御子”、といった所ですか」

 

 一人残されたポンメルンは深々と切られて痛むであろう腹部を押さえながら、軽い口調で呟いた。

 誰に向けたわけでもない。それは本来ただの独り言であったのだが、何故かこの時、その独り言には返事が返ってくる。

 

 

「はっはっは、それはそうだろう。彼も、そして彼女も……あの人の御子です。

 その可能性は簡単に測り切れるものではないと、私は思いますよ」

 

 

 大らかで朗らか。そんなイメージを抱く落ち着いた声であった。

 

「おやおや、こんな鉄火場まで如何用でありますか────緋色と黄金が揃って。お二人とも暇ではないでしょうに」

 

 緋色と黄金。それは正にその表現の通り。

 色鮮やかで燃えるような緋色の鎧を着こんだ大柄な男。体格から恐らくはドラフだろう。

 黄金は対照的に細身の女性だ。耳があることからエルーンと思われるがどちらも、兜によって顔を隠しており表情まではうかがえない。

 アポロと同じ、色を冠する騎士──七曜の騎士の内の二人、緋色の騎士と黄金の騎士の二人がそこにいた。

 

「当たり前だ。私は万が一に備えて仕方なく……主に貴様らが問題を起こさないかの監視役だ」

 

「これは手厳しい。我々は随分と信用されてない様子」

 

 黄金の物言いに肩を竦める緋色は同意を求めるようにポンメルンへ視線を投げた。

 そんな緋色の視線を受けて、ポンメルンはわざとらしくため息を一つ吐く。

 

「“バラゴナ”様は仕方ありませんネェ。今回の指示と言い真に無茶ばかりおっしゃるし、無茶ばかりしなさる」

 

 声音にこれでもかとたっぷり悲哀が乗せられてポンメルンは答えると、緋色の騎士バラゴナを半ば涙目で恨みがましく見返した。

 

「確かにな。御子の可能性を確かめるために貴様を鍛え上げ、事実御子の成長を促せるまでになったのだ。貴様の言う通り無茶としか言えんな」

 

「そうですネェ、もっと言って欲しいです“アリア”様。我輩のような下っ端には過分な役目……遂行の為にこんなにも我が身を犠牲にして魔晶に染まってしまったのですからネェ」

 

 体中が痛いですネェ、と悲鳴を上げながらポンメルンは恨み節を吐き続けた。

 

「はっはっは! 良いではないですか。強くなればまた任務にも幅が出るというもの────さて、無駄話はここまでにしておきましょうか。状況は如何ですか?」

 

 軽い空気を一転。緋色の騎士バラゴナの声音が真剣なものへと変わる。

 それは正しく上司と部下の関係を明確に示す態度でポンメルンへと、仔細を問うものであった。

 問われたポンメルンは、血が止まった腹部から手を離しながら、少しの間瞠目すると意を決したように口を開く。

 

「──残念ながら我輩は監視役。計画を阻止する事はできませんでしたネェ。

 既にフリーシア宰相の計画は佳境です。今頃はアーカーシャとルリアが御対面していることでしょう」

 

 瞬間、黄金の騎士アリアの空気が変わった。

 

「なっ!? 貴様、そこまで読めていながら何故何もしなかったのですか! 

 ちっ、やはり貴方達に任せたのが間違いでした。私が──」

 

 慌てた様子でタワー上層へと目を向けると今にも駆けだしそうな雰囲気になったが、それをバラゴナが手で制する。

 

「お待ちください。まぁそう慌てず。まだ……我々が動くにはまだ早いです」

 

「何? 一刻の猶予もないはずだ、落ち着いていられる状況ではあるまい?」

 

 アリアの問にバラゴナは頭を振る。それはつまり、アリアの言葉に否を示している。

 落ち着いて、まだ静観していられる状況であると言外に告げていた。

 

「アリア嬢。貴方は御子達を侮っておいでだ。さらに言うなら、この世界というものを」

 

「何を言っているバラゴナ。このままではこの世界が」

 

「このまま手をこまねいているほど、世界は優しくはない……という事です」

 

 親が子供に言い聞かせるような……優しく、だが厳しい。バラゴナはそんな重たい声でアリアへと述べる。

 疑問を隠し切れないアリアであったが、わずかに逡巡。バラゴナの言葉と雰囲気に何かを感じ取り、焦燥の気配を押し込めた。

 代わりというように、視線をタワー上層へと続く通路へと向けてバラゴナを促す。

 

「──せめて動ける準備くらいはしておけ。本当に遅くなってしまっては元も子もないからな」

 

「ご理解いただき感謝の極みです」

 

 アリアの答えに満足したのか、再び軽い声音へと戻ったバラゴナは仰々しい口調で、感謝を述べた。

 ふざけているとすぐにわかる声音が、言い含められたアリアの琴線を撫ぜる。

 

「ふむ……相変わらずアリア様は少々そそっかしいご様子で」

 

「うるさい!」

 

「アッ──! ですネェ!!」

 

 余計な一言を挟んだポンメルンの腹部に脚甲付きの蹴りが突き刺さった。

 哀れ、ポンメルンはその一撃に本格的にダウン。わずかに体を痙攣させながらその場にうずくまるだけとなった。

 

 

 

「──さて、後は貴方達次第です。グラン様、ジータ様」

 

 

 そんな二人を捨て置き、バラゴナは物思いにふける様に瞠目する。

 その脳裏に過ぎるのは一体何か。その仔細は誰にもわからないが、一つだけ言えることは彼の気配は大きな憂いを抱えていることであった。

 

「そして……貴方もです。異物の特異点殿」

 

 

 

 

 世界の行く末を決める戦いの中、渦巻く陰謀の影が静かに鎌首をもたげていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

「ところで、随分と熱演だったね。ああいう感じの熱意に満ちた演出が好みなのかな?」

 

「確かにな。随分と気合の入った熱弁だった。演技と知って尚、お前の言葉は心を動かす何かがあったように思える」

 

「あーそのですネェ、我輩としてはそのー小僧の熱気に当てられたと言いますかですネェ……少々恥ずかしいので忘れて頂けるとありがたいのですがネェ」

 

「次回の任地には人気の劇団にでも放り込んでみよう。実に愉快な事になりそうだ」

 

「ま、待ってくださいですネェ~~!!」

 




如何でしたでしょうか。

驚いたと思います。でもポンメルンが強く成っていた背景には実はこういう事があったりしました。

あと、ちょっとです。
もう終わる終わる詐欺もやめて終わらせます。焦って雑に書くつもりはありませんが、その気配を感じられたらご指摘いただければと思います。

本作をもう少しお楽しみいただければ幸いです。

感想、お待ちしております。


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メインシナリオ 第73幕

いよいよって気がしてくる73幕

どうぞお楽しみください。


 

 

 ──静寂。

 

 薄暗く静かな通路を、警戒しながら歩みを進めていく。

 アポロ達を置き去りにし、ルリア、オルキス、ビィの三人はタワーの最上層へと向かってゆっくり進んでいた。

 

 状況は切迫していると嫌でも理解している。

 だが仲間たちを全て置いてきた今、全うに戦うことができる者はこの中にいない。

 星晶獣を召喚できるので切り札こそあるものの、狭い通路で召喚を行えばこちらの身動きも取りにくくなるだろう。

 故に今、彼らは警戒に警戒を重ね静かに通路を進むのであった。

 

「ルリア、何か感じられるか?」

 

「いえ……今のところは何もなさそうです、ビィさん」

 

「私も。何も感じない」

 

 小声で互いに周囲を確認しながら通路を進んでいく。

 これまでが嘘のようにヒト一人見当たらない、物音一つ聞こえない。

 三人は知る由もないが、外で破壊の限りを尽くしていたバハムートは屠られ、タワー内の激闘も一つ、また一つと終幕を迎えている。

 アガスティアの街にひしめき合っていた星晶獣もどき達も、ユーステスやイルザ達によって駆除されている今、アガスティア全体が静寂に包まれていたのだ。

 

「随分高くまで登ってきたからもう外の音も届かなくなってきたんかなぁ」

 

「とにかく、先に進みましょう。行きますよ二人とも」

 

 いつでも召喚できるように身構えながらルリアが先導していく。

 彼女とて、こうして前に立ち先導することは初めての事であり、緊張も不安も一入であったが、それでも今この場では最も対応力に優れるだろう。

 感情の機微が薄く、落ち着いているが動きも遅いオルキスや、特別なチカラこそあるものの一度抑えられてしまえば何もできなくなるビィでは万が一の危険が高い。

 

 不安を押し殺しながら、ルリアは勇気を振り絞って前を歩いた。

 

 

 

 

 どれだけの時を進み続けただろうか。

 ルリアにとってはとてつもなく長く感じられた時間と通路が終わりを見せていた。

 僅かばかり差し込んでくる暗い光。恐らくはアガスティアを覆う暗雲の空だ。

 つまり、上り続けた先でタワーの最上部、屋上への出口へとたどり着いたのである。

 

「ルリア……この先」

 

「はい、間違いなくあります。アーカーシャが……きっとリアクターと星晶獣デウス・エクス・マキナも」

 

「いこうぜ……オイラ達で早く、この戦いを終わらせねえと」

 

「はい、行きましょう!」

 

 出口が見えたことで意気が上がった三人は駆けだした。

 暗雲の光が漏れる、タワーの屋上に向かって。

 

 

 

 

「これ……は……」

 

 

 

 出口をくぐった先、開けた視界に飛び込んでくる光景にルリアは固唾を呑んだ。

 

 そこはもぬけの殻であった。

 何もない。リアクターも、デウス・エクス・マキナも、アーカーシャでさえも。

 拍子抜けになり、ルリアが呆ける中、オルキスがこの空虚な光景の中に何かを見つけた。

 

「ルリア……あれ」

 

 オルキスが指さす先。そこにはボロボロとまで言わないまでも、ひどくくたびれたような印象を受ける真っ白の大きな布が捨てられていた。大きい──テントを張るような布でもこれほど大きくはないだろう。

 薄汚れているのに……なのにその白さは何故か“死”を連想させるような、奇妙な忌避感のある色だった。

 

「白い布が落ちてるだけ……オイラ達、どっか道を間違えたんかな?」

 

「ううん……アポロ達と別れてからはずっと、分かれ道は全部小さな部屋があるだけの行き止まりだった。ここ以外に道はなかった」

 

 惑うビィとオルキス。

 周囲を見回し、見落としがないかと探すが現実は変わらず、やはりここには白い布以外に何もなかった。

 じりじりと焦燥感だけが募ってくる。世界が終わるかどうかの瀬戸際、仲間達から未来を託された現実が、目の前の空虚のせいで殊更重くのしかかってくる。

 

「──仕方ねえな、とにかく一旦引き返してここまでの道のりをもう一回探してみようぜ!」

 

「うん。ルリア……行こう」

 

 慌てた様子で引き返そうとする二人。だが、ルリアはその場から動かずに、ある一点を見つめていた。

 

「ルリア?」

 

 ルリアの様子に首を傾げるオルキス。必然、視線はルリアの後を追う。

 未だ何もない、空虚の屋上しかそこにはない。なのに、ルリアは固まったようにそこを見つめ続けている。

 

「ルリア、急──」

 

「違う……違うの、オルキスちゃん」

 

 否、ルリアは見つめて等いない。その目は何も見ていなかった。

 ルリアの声には恐怖が刻み込まれていた。

 未だ嘗てない程に。心の芯まで刻み込まれたような恐怖が彼女の口から漏れ出していた。

 いつの間にか、彼女の吐息だけが白く凍り付いている。いつの間にか彼女の身体だけが、凍えるように震えている。

 それは正に彼のモノのチカラが漏れている証なのかもしれない。

 

「二人とも……私を置いて逃げて下さい……」

 

「何言ってんだよ! そんなに震えてんのにこんなところに置いて行けるかってんだ」

 

 尋常じゃない様子なルリアの言葉に、思わずビィが声を荒げる。

 だが、近くに寄ってきたビィの言葉すら意に介さず、ルリアは最後の力を振り絞ってビィを掴むと、オルキスに向けて思い切り投げつけた。

 

「ふぎゃっ!?」

 

「オルキスちゃん、お願い……行って!!」

 

 投げつけられたオルキスが何とかビィを受け止める。ルリアに視線を戻したオルキスはそこにあった光景に目を見開いた。

 

 

 “マチワビタヨ──ルリア”

 

 

 

 まるで釣り針に引っ掛けられて吊り上がったように浮かび上がった白い布の奥。

 そこから伸びた躯の手のような何かが、ルリアを捉えて引きずりこもうとしていた。

 

「お願い! 逃げ──」

 

 最後まで言葉を届けられぬまま、ルリアは白い布へと飲み込まれていく。

 オルキスもビィも瞬間的にそれが何なのかを理解した。

 

 否、理解させられた。

 

 ルリアを取り込んだ瞬間に、彼のモノの気配が胎動する。

 脈打つ気配。それは余りにも大きくて世界が悲鳴を挙げたような気がした。

 

「ルリア!!」

 

 オルキスとビィの声が重なって響き渡る。

 その嘆きを背景にして、ついにそれは長き眠りより覚醒した。

 

 

 

 

 星晶獣“アーカーシャ”──起動。

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 フリーシア。そして二体のマリスと戦闘中であったアポロはそれを悟った。

 

「っ!? この気配……まさか、起動したのか!?」

 

 明らかに感じられる異質。世界の空気が変わったような感覚だった。

 その違和感に彼女だけでなくスツルムもドランクも、フリーシアとマリスも動きを止める。

 

「──ナッタ、キドウは成った。セカイは直にかわる! 星の民のイナイ、タダシキ空の世界へ!」

 

 狂ったようにくぐもった声でフリーシアが嗤う。

 彼女の悲願は達成された。世界はアーカーシャによって創りかえられる。

 その現実を噛みしめるようにフリーシアは嗤った。

 

「だから──どうした!!」

 

 一蹴。強力無比な一撃、黒鳳刃・月影がフリーシアの躯体を大きく破壊する。

 

「アァ? イマサラまだ抗うカ?」

 

「言ったはずだ、やることは変わらんと。貴様を滅ぼし、“私達”はアーカーシャを止めるだけだ!」

 

 アポロは吼えた。それが虚勢であっても、無為であろうとも。

 止まらぬと決めた。諦めぬと決めた。全てが無に帰し、自分が消えゆくその時まで、彼女は己が目的の為に進み続けると決めたのだ。

 

「秒読み開始ってわけだね。こりゃあ大変だ」

 

「まだ起動しただけなんだろう? だったらまだ間に合うさ」

 

 主人に倣うように、ドランクもスツルムも再び闘志をむき出しにする。

 まだ世界は消えていない、変わっていない──ならばまだ、可能性はゼロじゃない。

 

「そうだ────だから行け、グラン! ジータ! 

 主役は貴様等に譲ってやる。何としても、アーカーシャを止めてこい!」

 

 アポロの背後より駆け抜ける二つの人影。

 ガンダルヴァを倒し、ポンメルンを制してきた双子の兄妹が広間のど真ん中を突っ切っていく。

 

「約束するよ!」

 

「任せてください!」

 

 動き出したリヴァイアサンもミスラもなんのその。

 勢いを全く衰えさせる事なく二体の攻撃を躱して、先の通路へと突っ込んでいく。

 

「あらら、グラン君が来たってことは、ポンメルン大尉に一人で勝っちゃったわけね……ちょっと複雑ぅ~」

 

「だまれ、この非常時に……今は目の前の事に集中しろ」

 

「お前達はもう限界に近いだろう。無理せず下がっていいんだぞ」

 

「冗談。最後まで付き合うと言ったはずだ」

 

「そうか──いくぞ、一気に片付ける!」

 

 

 ────戦い続ける。

 その先の未来が消えてなくなるとしても、今を生きる己の為に。

 

 

 決戦は遂に最終局面へと突入していく。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 青い閃光が全てを打ち砕き、ゼタはロキとの激闘に幕を下ろした。

 大きな穴があいた壁の先には何もなく、間違いなく勝利したことを確信させる。

 幾分か警戒を解かずにいたが、転移魔法の気配も外から攻撃が来る気配も未だ無い。仲間達も警戒を解かずにまだいたが、これ以上は無意味であろう。

 そっと胸を撫でおろすように、ゼタは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 

「っはぁ~キツかった。ホント皆が居てくれて良かったわ」

 

「お疲れ様です、ゼタ。最後の一撃、セルグさんにも勝る見事なものでしたよ」

 

 未だ疲労の表情と至るところについた傷の痕が痛々しいが、微笑みを浮かべながらヴィーラが手を差し出す。

 労いは彼女にこそ向けられるべきだろう。体に負担を掛けながらも、最後まで死力を尽くして仲間を守ってくれたヴィーラに比べれば、ゼタは全力を振り絞って一撃くれてやったものの、まだ動ける余裕があると言える。

 思わず、差し出された手を無視してゼタは己の力で立ち上がった。

 ゼタの行動に、予想外だったのか呆気にとられるヴィーラだったが、さらなるゼタの行動に今度こそ驚愕に顔を染める。

 

 虚を突いてヴィーラの足元へと潜り込む。次いで膝裏へと腕を回しこみ足払いの要領でヴィーラを膝からかっさらう。

 無論後ろへ倒れこむようなことはさせない。背中に回されたもう一方の腕でしっかりとキャッチをし、ゼタはゆっくりと立ち上がった。

 

「全く、無茶ばっかりして……一人で何でもこなそうとしないでよ。私が惨めでしょう」

 

「ゼ、ゼタ!? 何をしているのですかっ、早く降ろしてください!」

 

 お姫様だっこ。二人の様を簡潔に記すのであればこれだ。

 無論抱えているのがゼタであり、抱えられているのがヴィーラだ。

 慌てふためくヴィーラがにわかに顔を朱くする。それは気恥ずかしさからであろうが、常に冷静で達観したような彼女の表情を染め上げたことに、ゼタは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ふふん、振り払う余力もない癖に強がるからよ。大人しくこのまま抱えられてなさい。ロゼッタの所に連れて行ってあげるから」

 

「──全く、対抗意識の表れにしても男らしすぎます。貴女らしいといえば貴方らしいですが」

 

 聡いヴィーラは抵抗しても無意味だと悟ったのだろう。無駄に騒いでも気恥ずかしさが増すだけだと判断し、されるがままで落ち着きを取り戻す。

 お返しに皮肉を返すのは忘れない。

 

「ちょっ、それって暗に私の事を男らしいって言ってない?」

 

「ご推察の通りですが?」

 

「こんの……全く疲れていても口が達者なのは変わらずね」

 

「このやり取りが心地よいですから」

 

 これまで幾度となく見てきた微笑ではなく、心の底からの笑み。

 やはりアルビオンで全てを語ってから、ヴィーラは微笑みではなく、よく笑うようになった。

 特に、こういったやり取りを自然にゼタとは取るようになっている。対等の、正に友と呼ぶにふさわしい間柄を感じられる時であった。

 

「あっそ……とりあえずロゼッタ、ヴィーラの治療もお願い。一人で凌いでたからかなり傷をもらっちゃってる」

 

「あらゼタ。随分と男らしいのね。そんなんじゃ女の子達が放っておかないわよ」

 

「ちょおっ!? ロゼッタまでなんてこと言うのよ! この私のどこがそんなに男らしいって!!」

 

 ヴィーラに続きロゼッタまで投げかけてきた言葉に思わず頬が引くついた。

 やや膨れてきた怒りのはけ口を求めて、声に感情が乗せられていく。

 

「な、何よ急に。そんなに怒らなくても……冗談に決まってるでしょう」

 

「立て続けに言われたら冗談じゃなくなってくるっての!!」

 

 ヴィーラを抱えているためできないが、ゼタは思わず頭を抱えたくなった。

 セルグとのやり取りもあり、自身が女性の魅力に溢れているはずだと認識していた。だが、確かに男勝りな面、勝気な面というのは自分でもよくわかっていて、彼女たちの言葉が一概に否定はできない事実だとも思える。

 こんな決戦の地で一体何を馬鹿な事をと思うが彼女にとってはそれなりに重要な問題であった。

 

 だが、それはそれ。ここは決戦の地なのだ。戦いの場所なのだ。

 今考えるべきことではないと努めて冷静になったゼタは静かにヴィーラをその場に寝かせる。

 

「はぁ……疲れる。とにかく、急いで治療して先に行きましょう。ここがどこかわかんないけどタワーのどっかであることは間違いなさそうだし」

 

「そうね。苦戦もしたし、グラン達からは相当遅れを取っていると思うわ。恐らくジータ達もケリをつけて後を追っているでしょう。急がないとまず──」

 

 ロゼッタの声が止まる。

 いや、この場にいた全員がその瞬間動きを止めた。

 

「何、この感じ……凄く気持ちが悪い」

 

「イオちゃん、落ち着いて。大丈夫だから私が傍にいるわ」

 

 胸の奥につっかえるような不快感。そして全身を圧し潰すような威圧感。

 自然と震えてしまっていたイオの手をとってロゼッタが傍に身を寄せる。

 

「おいおい、今の感じもしかして……」

 

「間違いねぇ。ルーマシーの時と同じ感覚だ。幸いまだ遠いようだからあの時程きつくはないがそれでも……」

 

「禍々しい、のぅ。まるで心臓を握られた感覚じゃわい」

 

 オイゲンもラカムもアレーティアも、その感覚を確かに感じ取った。

 世界が色を変えるような感触とそれに伴ってやって来る、自分が異物と思ってしまうような不快感。

 まるで世界が全て敵となり、敵意を向けてきてるような……そんな感覚だ。

 

「ヴィーラ、この感じはやっぱり?」

 

「えぇ、シュヴァリエが感じ取っています。間違いなくこれは星晶獣アーカーシャによるもの」

 

「なら急いで向かわなきゃ──」

 

 ヴィーラの言葉にゼタは焦燥を浮かべながら振り返ろうとして動きを止める。

 ゼタが見つめる先、どうしようもない現実が、そこにはあった。

 

「(無理よ、皆もう満身創痍……怪我の治療だって必要だし消耗だって──)」

 

 そう、既に皆戦える状況ではない。

 反動と疲労に塗れたヴィーラが万全になるには間違いなく休息が必要だ。

 無理を圧して戦ったオイゲンとラカムも間違いなく万全とは言えない。

 イオは魔力切れ寸前であるし、アレーティアも体力の消耗が著しい。

 唯一動けそうなのはロゼッタだが、彼女もまた星晶獣としてのチカラを開放した結果、消耗としては著しいだろう──動けるであろうだけだ。

 

 無理だ。ここにもう戦えそうな仲間はいなかった。

 自分を除いて──

 

「ゼタ、貴方だけでも行きなさい」

 

「私達のことを気にかけてやるべきことを見失ってはなりません」

 

「行くのじゃ、恐らくは先に行ったグラン達が戦っているはずじゃろうて」

 

「俺達も動けるようになったらすぐに向かう。今行かなきゃ全空の危機だってんなら、迷う必要はないだろう」

 

 数瞬の彼女の惑いを、彼らは見逃さなかった。

 ロゼッタが、ヴィーラが、アレーティアが、ラカムが。畳みかけるように掛けられた仲間達の声に、ゼタはアルベスの槍を握りしめる。

 彼らも自覚はしていたのだろう。動けるゼタと動けない自分たちの状況を。

 そして今この時が世界の分水嶺だと察している。

 

 ゼタが惑うのには理由があった。

 警戒を解いたが、ロキが転移魔法で戻ってきて再度戦いになる可能性は大いにあり得る。

 ゼタのシリウス・ロアは確実なタイミングでロキを捉えたはずだが、そもそも空の民の常識など通用しない相手だ。

 あの攻撃を躱していて再び戻ってきても不思議ではない。

 そうなれば今の彼らに戦う術はないだろう。

 その先には確実に彼らの死が待つ。

 

「皆──わかった、先に行ってる!」

 

 だが、事は一刻を争う状況だ。

 手をこまねいていることはできない。

 惑う先でゼタは決心して、一人先行くことを選んだ。

 

「絶対に追いついてきなさいよ。早くしないと片付けちゃうからね!」

 

 

 

 走り去っていく背中を見つめ、思わず全員ため息を吐いた。

 理解している。ゼタの惑いの理由も、今自分たちが置かれている状況も。

 

「つっても、そうすぐに動けるようには成りそうにねえよな……」

 

 ラカムが氷柱で抉られた足を見た。

 

「そうね。怪我の状況や疲労から考えても戦線復帰は現実的じゃないわ」

 

 自身の手を握りしめてはチカラの感覚を確かめるロゼッタ。

 

「ってぇことはつまり」

 

「ゼタと……そして先に向かったであろうグラン達に後は託すしかないという事か」

 

 オイゲンとアレーティアは顔を見合わせ、その顔に刻まれた皺を深いものにする。

 

「信じて待つしかないわよ。少なくとも動けるようになるまでは」

 

 イオは逸る気持ちを抑えるように杖を握りしめ、自身の治療を始めた。

 ここに居る誰もが、戦えない情けなさで胸中を穏やかにできなかった。

 

 いや、一人だけ違う。

 皆が落ち着かぬ中、一人だけ心穏やかにゼタの背を見つめるヴィーラがいた。

 不安も心配も彼女の胸にはなかった。世界の危機──その真っただ中に世界は今あると言うのにだ。

 

「(大丈夫。シュヴァリエが感じ取ったのは何も、アーカーシャだけではありません)」

 

 そう、彼女だけが唯一知っている事実。

 世界は何も危機に脅かされてはいないと、彼女に思わせる事実だ。

 

 

「貴方がいるのでしたら、大丈夫でしょう。ねぇ……セルグさん」

 

 

 再び立ち上がった彼の健在という事実を、彼女は穏やかな心で噛みしめていた……

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「十天衆の皆……ありがとう。おかげで何とかバハムートを還すことができた」

 

 

 バハムートを倒した十天衆とセルグ。

 まだ戦いは終わったわけではないが、地上に降り、張りつめていた緊張を緩めていた。

 既にコスモスを宿した武器はヴェルとリアスへと還元され、彼らの手元から消えている。

 バハムートを倒した事実を認識してか、どっと押し寄せてくる疲労感が彼らを襲った。

 

「いやいや、俺達がもう少し早ければあのトカゲ野郎を呼ばれることもなかったかもしれないしね。もっと言うなら君だって、そのせいで一回死んでる身なんだよ。

 俺達としては遅れてしまった事に申し訳ない気持ちで一杯さ」

 

 お茶らけて返すシエテの言葉に思わずセルグは苦笑した。

 確かに、一度死んでしまったセルグ。フュンフのおかげで何とか生きて却ってくることはできたが、彼らがもっと早くに到着していれば……と、たらればを考えれば、シエテからこんな言葉が出てくるのも仕方のないことかもしれない。

 

「そう言ってもらえるのはありがたいが……とにかく本当に色々と助かったよ。

 吹っ飛んだ仲間達は大丈夫なのか?」

 

 バハムートとの戦いの最中、瓦礫の中に沈んでいったシス、カトル、サラーサの安否を気にするセルグ。

 いかに強いとはいえ、人体の耐久力についてはヒトのそれと変わらないはずだ。重傷だろうと想像するに難くなかった。

 

「今ソーンとニオが目と耳で探してるよ。まぁ見つかりさえすればフュンフがいるからそこら辺は大丈夫さ」

 

「そう、か……確かに彼女がいるなら安心だな」

 

 シエテの言葉にセルグの声音が少し上擦った。

 駆け付けてくれた彼らから死者が出たとあっては、余りに申し訳が立たない。気がかりの一つが解消され、セルグは胸中で安堵のため息を吐く。

 

 

 

 バハムートの脅威は退けたものの、アガスティアの街は散々な被害であった。

 元々フリーシアによって呼び出された星晶獣もどきのせいで軽微な被害が多数出ていただろうが、バハムートによる被害規模はその比較にならない。

 圧倒的な破壊のチカラは煌びやかで光溢れる大都市を、面影を感じさせない程に破壊しつくしていた。

 彼らができたのは島を落とさせなかった──これだけである。

 大都市の半分は瓦礫となって崩れている。高層建築の数々は東海による二次被害も多いだろう。

 帝国軍と秩序の騎空団が連携して人民の避難を進めていたものの、短時間で全てを避難させられるわけもない。

 バハムートの攻撃の余波は周囲の島にまで及んでいるため、避難した先で被害を被った人もいる。

 

 最強と呼ばれる者達でもどうにもできなかった現実がそこにはあった。

 

「──すまないがもう少しだけ協力して欲しい。動けるようになったらこの街の人々をできる限り助けてくれ。君達なら疲れてはいてもまだ動けるだろう。

 オレにはまだ、やらなければならないことがある」

 

 自責の念が見え隠れする表情でセルグはシエテへと零した。

 まだ、戦いは終わりではない。調停の翼として覚醒した今、世界において更なる脅威が残っていることをセルグは如実に感じ取っていた。

 だが、これ以上は彼らに頼れなかった。

 

 バハムートとの戦いは心身共に彼らを疲弊の極致へと至らせただろう。

 体力や魔力の消耗はもちろんの事、極度の疲労に武器の損耗と、戦うには余りに厳しい状況だ。

 先に言ったようにアガスティアの人々を助けなければならないのもまた事実。治療役のフュンフはこの場を離れられないだろうし、彼らの能力があれば要救助者を助けられる確率は格段に上がる。

 

「良いのかな? 君がまだやるべき事……それはまだ戦いが終わっていないことを暗に示していると思うが」

 

 セルグの決意の言葉に、ウーノが疑惑の目を向けて返した。

 戦いの気配こそ、既に感じられないがこの状況でまだやるべき事など、聡明でなくとも察しはつく。

 依然として、アガスティアでの戦いは続いているのだと。

 

「後はオレの役目だからな、ちゃんと果たすさ。だから、できるだけ……この世界に生きるヒトを守って欲しいんだ」

 

「──そうか、了解した。後は君に託そう。

 シエテ、急ぎ動くとしようか」

 

 セルグの言葉に幾分か思考の時間を設けたウーノは、逡巡の末要請を快諾。シエテと視線を合わせて頷き合うと、近くにいるであろうシェロカルテを探した。恐らくは治療薬の手配等に奔走するのだろう。

 

「よぅし──フュンフ、これから何十人も治療してもらう事になるけど余力はあるかい?」

 

「あちしなら大丈夫だよ。まだまだ、元気モリモリだもの!」

 

 幼い声が元気よく答えると、少しだけ空気が明るくなった。

 後悔する暇はない。今できることを全力でやるだけだと……彼女の声を聴くとそんな言葉がよぎるような気がした。

 ふわふわと目の前で浮いているフュンフに、思わずセルグは笑みを零し彼女の頭を撫でつける。

 

「ありがとう、フュンフ。君のおかげでオレもまた却ってこれた。

 大変だろうが、もうしばらく皆を助けてほしい」

 

「オッケー。それじゃ、あっちこっち飛び回っちゃうからお兄ちゃんも頑張ってね」

 

 静かにフュンフの言葉にセルグは頷く。

 満足したように満面の笑みを浮かべた後、フュンフがふわりと飛翔魔法を起動。早速治療に飛び回ろうとしたが、寸前に低い声がそれを遮る。

 

「そこのちびっ子は治療ができるようだな。丁度いい、こっちを先に見てくれ」

 

 やや不遜な感じを抱く、男の声──そこには帝国軍中将ガンダルヴァの姿があった。

 体中、あちこちから出血の痕がみられるが今は止まっているようだ。だがその見た目は死闘を潜り抜けてきたことを如実に感じさせる。

 

「ガンダルヴァ!? 貴様、何しに──」

 

「あぁ? セルグじゃねえか。早速再戦と行きてえところだが今は任務中でな。てめえの相手は後回しだ」

 

「──何を」

 

 予想外な敵の出現にセルグは即座に戦闘態勢に入るも、邪険に扱われ呆気にとられた。

 だが、すぐに気づく。ガンダルヴァの巨体のせいで目立たないが、彼の腕には小柄な女性が抱えられている。

 

「まさか──モニカ!」

 

 見覚えのある見た目に、セルグの鼓動が逸った。

 もはやガンダルヴァの事は完全に思考の外に追いやり、セルグはガンダルヴァに抱えられた小柄な女性モニカの下へと駆け付ける。

 ぐったりとした体。まるで生気を感じない顔色に、セルグの頭は最悪を思い描いていた。

 

「モニカ! おい……返事をしろ、モニカ!」

 

「あぁ、ったく。うるせえんだよ!」

 

「ガッ!?」

 

 無防備だったセルグを蹴り飛ばし、ガンダルヴァが一喝する。

 数メートルを吹っ飛ばされながら、立ち上がったセルグにガンダルヴァは不服そうに睨みを利かせるのだった。

 

「邪魔すんじゃねえよ、こいつを死なせちまったら面倒な事になんだよ。

 つーわけでちびっ子、この女を先に治療してくれ。出血は多いし、あちこち骨がイっちまってる」

 

 浮いているフュンフの前へとガンダルヴァがモニカを差し出すと、セルグの時と同様にモニカの身体をフュンフが持つ杖の光が照らし、彼女の容態を診始めた。

 

「うわぁ……もうあっちこっちめっちゃくちゃだよ。すぐに治すからそこに寝かせて! ゆっくり、そっとだよ」

 

 フュンフの言葉に従い、地面へとモニカを寝かせるとガンダルヴァはその場を退いてフュンフに空ける。

 即座に緑の魔法陣が展開し、フュンフが持つ杖先から柔らかな光がモニカへと降り注いだ。

 

「っぅ……うぅ……」

 

 治療の感触に僅かにモニカが身じろぎをし、セルグの視線が険しいものへと変わっていく。

 痛みを堪える姿。ボロボロとなった体に残る切り傷の痕。未だ止まっていない出血がアガスティアの石畳を染めていき、セルグの心を締め付ける。

 自分がその場にいれば付かなかった傷だ。自分が弱くなければ感じるはずのない痛みだ。

 セルグにとって目の前の光景は、未だ容易に乗り越えられないものであった。

 

「フュンフ……モニカは大丈夫なのか?」

 

「──大丈夫、お兄ちゃんの状態に比べたらまだすぐ治せるから!」

 

「そうか……良かった」

 

 迷いのない答えに心底ホッとしたような声音でセルグは息をついた。確かに一度死んだ己と比較すれば、どのような状態であろうと生きている限り軽い方だろう。すぐ治せるとの言に、安堵が漏れる。

 だが、すぐに緩んだ気配を引き締めるとガンダルヴァへと視線を向けた。

 先程までのモニカの扱いを見れば敵意は感じられない。だがそれだけで油断できるほど、セルグとガンダルヴァのこれまでは穏やかな関係ではないのだ。

 

「教えてもらおうか。なんでお前がモニカを連れて?」

 

「そう睨むなよ。こちとら多少回復したといったも万全には程遠いんだ。それに、お前が考えているようなことは無いから安心しろ」

 

「そんな言葉を信じる程、オレは甘くない。アマルティアと違い今のオレは万全だ。返答次第じゃここで斬り──」

 

「──セル、グ、待て」

 

 今にも切りかかりそうなセルグをか細い声が止めた。

 治療により意識を取り戻したのだろう。幾分か苦悶の表情を和らげたモニカが顔を上げていた。

 

「モニカ! 大丈夫なのか……痛みはどうだ?」

 

「ハハッ……安心しろ、死にはしないよ。この子の魔法のおかげでみるみる楽になって行く。

 驚かせてしまってすまない。ガンダルヴァは私達との戦いに敗れ、今や秩序の騎空団の一員として抱えることが決まった」

 

「馬鹿な。こいつが今までにしてきたことを考えれば、そんな事まかり通るわけ」

 

「無論、罪は罪としてちゃんと負わせる。だが贖罪の仕方は今後の働き次第というわけさ」

 

 それはどこか既視感のある話であった。

 秩序の騎空団の要請に従い働く。そうすることで贖罪を果たす、というのは前例がないわけではない。

 

「──オレと、同じ……ってわけか」

 

 正に、セルグが秩序の騎空団と交わした契約と同義のものであった。

 

「そうだな。お前ともそういう取り決めだっただろう」

 

「そう、だったのか。すまない、早とちりして……」

 

「気にするな。お前のその気持ちを、私は心より嬉しく思う」

 

 痛みが引いて楽になったモニカは、そう言って屈託なく笑みを零す。

 やや熱を持った肌が、彼女の顔をやや朱く染める。思わず照れ臭そうにセルグは顔を逸らしてガンダルヴァへと向き直った。

 

「ガンダルヴァ、すまなかった。今回のことはいずれ詫び──ッ!?」

 

 

 言い終わらぬ内に、セルグは何かを感じ取った。

 それは途轍もなく嫌な感触をした、悲鳴のような何か。

 誰の……何の悲鳴なのかはわからないが、胸中にこびりつく様にべっとりと残る、冷めやらぬ感触であった。

 

 

「この気配────起動したのか」

 

 

 きっとこれはそう言う事なのだろう。

 恐れていた事が現実になり、世界は終わりへと向かい最後の加速を開始した。

 

「おい、セルグ。この感じはなんだ? もしかしてこれが例の」

 

「悪いガンダルヴァ。ちょっと急ぐんでな」

 

 世界の不快な変化をガンダルヴァも感じ取っていたのだろう。帝国の中将だったガンダルヴァはその気配に当たりがついた。

 確かめるように問うてくるガンダルヴァであったがそれを手で制して、セルグは再びモニカの傍にしゃがみこむ。

 

「モニカ」

 

「セルグ? どうし──んむ!?」

 

 治療の感覚に心地良さを覚えて閉じていたモニカが目を開くと、モニカの目には視界一杯に広がるセルグの顔があった。

 数秒──多分それくらいだったであろう。モニカの体感時間では混乱のせいか一瞬にまで縮まったしまったが数秒の間、セルグは優しく触れるような口づけをモニカに落とした。ちなみにこの時、天星剣王の剣拓がフュンフの視界を神速の領域で塞いでいたことを記述しておく。

 

 唇を離し、今度は額を合わせて互いの熱を感じながら、セルグは感極まったように言葉を紡いだ。

 

「生きていてくれて良かった──本当にありがとう」

 

「きゅ、急にどうした? さすがの私も皆の前でこれは──」

 

「ヴェル、リアス、行くぞ!」

 

 モニカの困惑を聞き届けないまま、セルグは立ち上がると黒と白の相棒を呼び寄せる。

 

 “もう、良いのだな”

 

 “この感じ、まだなんとか間に合いそう”

 

「あぁ、オレの使命を果たそう────行くぞ!」

 

 黒鳥ヴェルの背に飛び乗ると、セルグは飛び立っていった。

 向かう先は最後の戦いの場所。中枢タワー最上層へ……

 

 

 

 

 

「──セルグ」

 

 

 

 

 どこか違和感を感じた彼女の呟きを、耳に入れることのないままに……

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

少しだけホラー感があるアーカーシャ。

さて、これまでに何度かお伝えしておりますが、本作のルリアやビィの設定と言うのはこれまでに公式から明かされた設定を活かしてはおりません。
執筆開始当初の時点で明かされていた情報から作者が多分に独自解釈をした設定となっております。
これだけは執筆開始の時点で大筋と設定が定まっていたのでご理解いただきたく思います。

それでは。お楽しみいただけたなら幸いです。

感想お待ちしております。


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メインシナリオ 第74幕

 

 

 

 ──星晶獣アーカーシャ。

 

 その名を知る者は決して多く無いだろう。

 何故なら、彼の星晶獣が歴史上に登場したことは一度たりとも無いのだから。

 現存する文献など存在しない。出所の不明な、噂話や御伽噺の類の中にのみその存在は語られ、何故か脈々と潰えることなく空の世界に語り継がれてきた。正に架空の星晶獣である。

 

 

 そう、架空の星晶獣のはずであった……

 

 

 星晶獣アーカーシャは実在をしていた。

 数百年と遡り、数百年と続いていた覇空戦争末期。

 空の民との戦いの最中、星の民が最後の切り札として創り出した、究極の星晶獣。

 過去、現在、未来の全ての歴史を管理し、書き換える事ができるという、神の所業……いや、神をも超える能力を与えられて生み出されたもの。それが星晶獣アーカーシャであった。

 

 だがそれならば。

 何故、覇空戦争で星の民は負けたのか。

 神を超える星晶獣は、何故一度も歴史に名を残すことなく、その存在を闇へと葬られたのか。

 

 アーカーシャの名前を知る、極僅かな者はこう語る。

 

 曰く、余りの埒外な能力に星の民ですら使う事を恐れたのだろうと。

 曰く、空の民にとっても逆転の切り札となりえる性能故に、鹵獲されてしまう前に廃棄をしたと。

 

 当時の星の民がこれを聞いたなら鼻で笑っただろう。

 バハムートすら手中に収めんとした星の民が恐れるもの等あるものかと。

 脆弱な空の民に奪われる事など、あるわけがないだろうと。

 

 その通りだ。良くも悪くも空の民を圧倒的に見下し、自分達を神と同列に語れるような星の民が、そんな理由でアーカーシャの使用を躊躇うなどあり得ない。

 アーカーシャの能力を考えれば使用を躊躇う事など、どんな理由があっても存在しないだろう。

 では、何故……答えは至極簡単であった。

 

 

 星晶獣アーカーシャは完成していなかった。

 いや、これには少し語弊がある。正確に述べるのであれば恐らくこうだ。

 

 完成した星晶獣アーカーシャを使用するには、星の民が未完成だった。

 

 アーカーシャの使用。それは未来までも含めた世界の記憶、アカシックレコードを覗き見る事と同義である。

 世界の起こりから始まり、世界の終わりに至るまでの、全ての事象を脳に叩きつけられるようなものだ。

 膨大な時、膨大な世界、そこに刻まれたありとあらゆる事象。その情報量だけで、ヒトの脳は簡単にパンクする。

 それが進化途上の空の民であろうと、完成されたと言われる星の民であろうと、関係は無い。

 ヒトの枠に収まっていては、使用と同時にその能力を生かす暇無く死へと至るのだ。

 扱えるのは。ヒトではない何か。それこそ、ヒトを超えた神に等しい存在でしか扱えない。

 完成された埒外の能力を持っているが為に、アーカーシャは使用者に神と同等の存在を要求する未完成な星晶獣であった。

 

 故に、星の民はこれを封印。

 その能力をついぞ生かす事できないまま、彼らは歴史をなぞっていく。

 覇空戦争に敗れ、星の民の存在は空の世界から消え……そして数百年の歳月が流れた。

 

 

 

 だが、忘れてはならない。

 彼のモノは星晶獣……生きた兵器なのだという事を。

 

 封印されて僅かしか残らなかった自我が、数百年の歳月を以て覚醒へと至る。

 だが自我があろうと、世界を変えるに足る判断基準が何もないアーカーシャには結局のところ何もできはしなかった。

 アーカーシャ自身には、変えたい歴史などないのだ。

 故に求めるのは自身の能力を求める使用者と……自身を使用するに値する“鍵”となる存在。

 

 振りまかれた、(御伽話)はやがて世界に伝搬し新たなる使用者を見つけ出す。

 因果の鎖は絡まり解け、数百年の時を超えてアーカーシャは覚醒へと向けて歩みだしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ついに、動き出してしまったのか────このままでは、世界が」

 

 空の果て。空の彼方。

 騎空挺が飛べる高度限界を優に超える、空の世界を一望できるような彼方にて、世界の守護者たる少女は未来を視ていた。

 視ていたといっても、未来の光景が見えるわけではない。彼女が推し量れるのはあくまで世界の脅威。それを感じ取れるだけである。

 

「既に世界は終幕に向かって歩き出してしまった……」

 

 脳裏に描かれる終幕までの道筋。それに対抗しうる手を幾つも考えるが──難しい。

 その存在の大きさ故に。そのチカラの強大さ故に。アーカーシャを破壊するために空の世界に顕現してしまえば、世界に大きな負担をかける。それは彼女が望むところではない。

 

「止める……しかないのだろうな」

 

 だがどうやって? 

 自問自答が彼女の頭を過ぎっていく。

 複雑に絡んだ空の世界の組織関係。幾多の国と組織が存在する世界で、彼女が頼れるのは世界の脅威となる存在の気配を感じ取れる事だけ。

 どこにアーカーシャ起動に関わる存在がいるのか。皆目見当がつかなかった。

 空の世界に降り、より近いところでその気配を感じ取る必要があった。

 

「────む、あれは」

 

 ふと一望している空世界の片隅に、嫌な気配を感じた。

 死の気配……もう間もなく死を迎えるであろう小さな気配である。

 別段珍しくは無い。生物である以上抗えない定め。殊更それに同情を挟むような思考は持ち合わせていない。

 

 幼子が一人、寒空の下の森の中。薄手の毛布に包まれ捨てられている。

 もうさほど時を置かずにその命は途絶えるだろう。明瞭になって行く死の気配が、少女の想像を確信に変えていく。

 

「──それが定めであると言うのならば。私が手を出すべきことではない……だが」

 

 目に付いた。普段なら取るに足らないその事象が。

 ならばこの決断も、世界が予定した定めなのかもしれない。

 己の存在を極限まで小さくして、少女は幼子の下へと顕現を果たした。

 木々の根本に捨てられた幼子。そのすぐ傍に降り立った少女は、慈しむように幼子を抱く。

 吐く息など既に感じられず、死の間際であることを察する。事情など知る由もないが、惨い仕打ちだと思うくらいは少女にもできた。

 必然、安心させるように火のチカラを少し纏い、温かい手で撫でつけてやった。

 

「──すまないな。私は今から、そなたにもっと惨い事をする」

 

 撫でつける合間に、彼女は準備を済ませて行く。

 撫でている手とは逆の手を翳した。極限まで小さくした己の存在の一部を、光と共に幼子へと与えていく。

 同時に、幼子の未来が見えてくるようであった。

 これから先、決して平穏に生きる事敵わない。戦いと苦難の日々を……彼女は幻視した。

 

「許されないとはわかっている。だがそれでも──そなたを生み出す母として、そなたが幸せに生きる事を願わせて欲しい」

 

 分け与えられた彼女の一部によって、幼子が息が吹き返す。

 規則正しい寝息と、少しだけ成長が進んだ身体が、彼女の罪悪感を重くさせた。

 彼女は今、守るべきであるヒトの子を殺し、己が使命の為にその存在を奪ったのだと。

 目の前の幼子だった子供に、もう面影は残っていなかった。

 

「いつか、きっといつか。そなたが必要となる時が来る────だからそれまで」

 

 再び木の根本へと寝かしつけ、その周囲に結界を展開。これで一晩の間は安全を確保できるだろう。

 周囲に誰もいないことを確認して、少女は光の粒子となって還り始めた。

 

「強く生きてくれ────我が子よ」

 

 

 

 零れた言葉には、多分に後悔が乗せられていた……

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「ルリア!!」

 

 オルキスとビィの声が重なると同時に、ルリアの姿が完全に彼らの前から消え去った。

 まるで巨大な生物に丸呑みされるかのように、タワー屋上に捨てられていた白い布に、ルリアは取り込まれていったのだ。

 

 瞬間、ソレは覚醒した。

 

 脈打つ気配。目まぐるしく変化をしていく様相。

 星晶獣らしい生物の印象は、まるで感じられない。

 巨大な外套のように全身を覆っている白い布。その内側へ徐々に肉体と呼んでいいのかわからないナニカが形成されていく。

 人間でいえば顔に位置するところには奇妙な仮面のようなものが。ルリアを浚っていった躯の手は2本しかないが、それとは対照的に、筋肉を高密度に圧縮したような腕が幾本も布の奥から伸び出ている。

 足はない……代わりに巨大な海洋生物の面影をみせるような、ゆらゆらとヒレの様なものが後ろへと流れていた。

 

 声は無い。音も無い。

 それでもオルキスとビィはアーカーシャの声を聞いた。

 甲高く高らかに鳴く鳥の声だろうか。世界を揺るがすような咆哮であろうか。

 違う、それはどこか足元が覚束なくなるような、狂喜を示した笑い声の様な気がした。

 

「やべぇ……間違いねぇ。こいつが……」

 

「アー……カーシャ……」

 

 呟く声は震えていた。

 今ならわかる。あれ程までに震えていたルリアの様子の意味が。

 聞こえた瞬間にわかる。これはどこまでも格の違う、次元の違う存在なのだと。

 

「──ルリアを、返して!」

 

 震える身体を叱咤して、オルキスは手を翳した。

 召喚、リヴァイアサン。呼び寄せた圧壊の水流がアーカーシャへと襲い掛かった。

 

 が、水流はアーカーシャの手前で見えない何かに阻まれたかのように弾けた。

 

「だったら……」

 

 再び翻す手。淡い光に包まれ、何かの共鳴を誘うように明滅を始める。

 それはルーマシーの時と同じ、ルリアに対しての権限の行使だ。

 

「我、アルクスの名において……管理権限、星晶獣アーカーシャの停止を要請」

 

「オルキス、あぶねぇ!!」

 

 返されたのは無機質なルリアの声ではなく、アーカーシャの巨大な腕であった。ハンマーのように振り下ろされた腕が、オルキスの目の前の地面を粉砕する。

 

「あぅ!?」

 

「ふんぎゃ!?」

 

 オルキスを体当たりで押し飛ばしたビィと二人そろって、その衝撃に大きく吹き飛ばされてしまう。

 屋上を転がるオルキスは、すぐに立とうとして僅かに眩暈を覚える。

 当然だろう、彼女にとってこのように大きく吹き飛ばされて地面に転がるなど初めての経験だ。

 直接戦闘をしたことのない彼女では、衝撃への耐性など無きに等しい。

 

「くっ、ミス──」

 

 手を翳して呼び出そうとしたがもう遅かった。

 目の前にはアーカーシャが迫ってきている。ルリア同様に、死を匂わせる躯の手が二本、オルキスを捉えようと伸びてきていた。

 

「オルキス、逃げろ!!」

 

 ビィの叫びも虚しく、躯の手がオルキスの脚と腕をそれぞれ掴んだ。

 躯の手がその見た目に合わぬ恐るべき力で、いとも簡単にオルキスを持ち上げた。

 

「ダメ、ビィこそ逃げ──」

 

 まるで焼き増しの様な光景。ルリア同様に、アーカーシャの下へとオルキスが浚われていきそのまま……

 

 

「北斗大極閃!!」

 

 

 次の瞬間、閃光が奔った。

 ビィの背後より飛来する七つの光点が躯の腕を破壊する。

 解放されたオルキスがアーカーシャから投げ出されるも、局所的に起こされた風魔法ウィンドによって、オルキスは床に投げ出されることもなく受け止められ、事なきを得た。

 

 屋上へと至る入口。そこには七星剣と四天刃の二つを開放して構える、グランとジータの姿があった。

 

「ごめん、待たせたね」

 

「後は私達に任せて」

 

「グラン、ジータ!! 二人ともナイスタイミングだぜ!」

 

 二人の登場に、思わずビィが顔を輝かせる。

 先程まで完全に諦めの状況であったが、二人がいるならもう心配ない。そう思わせるだけの実力を、今の二人は持ち合わせているだろう。

 

「ありがとう……二人とも。あれが多分……アーカーシャ」

 

「うん、なんとなくわかる」

 

「ルリアが居ないのは、やっぱり……」

 

 周囲にルリアの姿がないこと……オルキスが告げた言葉に二人が疑問を挟む余地は無かった。

 ポンメルンより聞かされた情報はグランを通してジータにも伝わっている。

 そして先程階下にいたときに感じ取ったアーカーシャ起動の気配────嫌でもその予測は付いた。

 

「よく分かんねえんだけど、あいつに取り込まれちまったんだ」

 

「でもこの感じ……どういう事なんだろう。なんだかあやふやな感じ」

 

 ジータは怪訝な表情を浮かべながらアーカーシャを見やった。

 確かに、鍵となるルリアを取り込み起動したのであればすぐに世界に何らかの変化があってもおかしくはなかった。

 だがその兆候は見られず、未だアーカーシャは強大な気配を振りまいているだけで終わっている。

 ジータの疑問にオルキスが口を開いた。

 

「多分……まだルリアを取り込んだことで起きた変化に追いついてない。扱いきれてなくて暴走に近い感じだと思う……」

 

「オルキス、それは本当なのか?」

 

「似てる……感じられる気配が」

 

 グランの問いに頷くオルキスを見て、二人に光明が差した。

 感じられるチカラの気配は未だ変化を続けている。確かにオルキスの言う通り、まだ変化の途上でありその能力を十全に発揮できないのだとしたら、まだこの世界に時間は残されているという事だ。

 

「つまり、まだ猶予はあるってことだな」

 

「そうだね。まだ世界は変えられない……今の内に」

 

 獰猛な笑みと共に、二人は振り切った怒りをチカラへと変えていく。

 感情は戦うチカラを生み、怒りは肉体の限界を押し上げる。

 その手が握る得物に、今日何度目かわからない問いを再びかける。

 

 “まだ行けるか? ”

 

 胸中でかけられた問いに黄金の武器達が答える。

 鋭く研ぎ澄まされていく集中の境地の中、互いの天星器は空高く光の咆哮を挙げた。

 

「「ルリアを返してもらう!!」」

 

 グランとジータの声が、決戦の開幕を告げる合図となった。

 

 

 

 

「グラン、行って!」

 

 思考加速。詠唱破棄。

 ジータが最速で組み上げた魔法、エレメンタルフォースがグランのチカラを底上げする。

 術式が効果を及ぼす頃には既に、グランも最速の踏み込みを以てアーカーシャの懐へと飛び込んでいた。

 

「うぉおお!!!」

 

 極光纏う剣で一振り。技でもなんでもない、横なぎに振るったただの一閃。だがその威力は推して知るべし。

 この戦いで死闘を潜り抜けきたグランのそれは、既に一撃が必殺。絶大なチカラを込めた不可避の速攻は、確実にアーカーシャを捉えていた。

 

「なにっ!?」

 

 しかし、結果はグランの予想とは違う形で終わる。

 何もない……ないはずの空間に、グランの七星剣は阻まれて動けずにいた。

 

「なんだ……この感触……」

 

「グラン! 離れて!」

 

 一瞬、防がれた事と腕から伝わる感触に眉をしかめていたがジータの声に反応して後退。

 即座に四色の閃光がアーカーシャを襲った。

 しかし、それもまたアーカーシャに届く前に弾かれたように霧散する。

 

「なっ、一体なにが──っ!?」」

 

 敵性存在を検知したアーカーシャは、すかさず二人へと強靭な腕を何本も伸ばして叩き潰そうとしてきた。

 グランとジータはそれをきっちり対処。切り払い、打ち抜いて、迎撃をしてみせる。

 

「グラン、ジータ……多分、アーカーシャには攻撃が通用しない」

 

「何?」

 

「どういう事オルキスちゃん?」

 

 割り込んできたオルキスの声を聞きながら二人は次々と迫りくる脅威を危なげなく回避していく。

 起動時の気配こそ規格外の脅威を感じたアーカーシャであったが、既に百戦錬磨である人相手では分が悪いのか、なかなか有効打が見いだせないようである。

 

「リヴァイアサンの水流も、当たる前に弾かれた……アーカーシャに攻撃するにはあれを突破しないと」

 

「──特殊な能力であるという事か。ジータ、どう見る?」

 

「まだまだ皆目見当もつかない」

 

「ならまずは攻撃あるのみ。奴の秘密を暴くぞ」

 

「時間は掛けられないよ。アーカーシャがまともに機能し始めるまでどれだけ時間が残されてるのかはわからないんだから」

 

「上等!」

 

 考える事を放棄するように、グランとジータは再び攻めに転じる。

 

「ジータ、チェイサーを!」

 

「了解!」

 

 先程同様に、ジータの援護魔法を受けてグランは吶喊。

 だが懐に飛び込む前に、その剣を振るう────七つの光点を収束した七連撃の北斗大極閃だ。

 ジータによって増やした七連撃は倍の十四連撃の斬撃となってアーカーシャに放たれる。

 だがこの攻撃もまた、アーカーシャの前に弾けて消えた。

 

「まだまだ!」

 

 間髪入れずにジータが動いた。

 四天刃に魔力を収束。それをアーカーシャの頭上に打ち放つと、弾けてアーカーシャへと降り注いだ。

 

「アローレイン!!」

 

 降り注いだ魔力は矢となってアーカーシャを襲う。

 その範囲はアーカーシャの全身を覆いつくすように。その数は数えきれないという陳腐な表現では足りない程に。

 これまでの旅で成長してきたジータのアローレインは、空間を埋めつくすような超高密度の魔力矢を降らしていく。

 

 だが、それでも────

 

 

「あれでも一本も刺さってないのかっ!?」

 

「そんな!」

 

 驚愕から少しだけ二人の表情が焦燥に染まる。

 グランの北斗大極閃は既に比類なき威力を持つであろう最強レベルの一撃だ。チェイサーを乗せたその攻撃はそう防ぎきれるものではない。

 そしてジータのアローレインもまた、空間を埋めつくすレベルまで密度を上げた超魔法。一つ一つの威力は低くとも、その範囲は間違いなくアーカーシャの身体全てを覆っていた。

 そのどちらもが、まったくダメージを与えられなかったのだ。

 アーカーシャの防御能力は威力に対しても範囲に対しても、一分の隙もないのである。

 

「くっ、ジータ。もう一回行く!」

 

「わかった、今度はチョークも上乗せするよ!」

 

 再び突撃するグランに、今度は完全詠唱でジータの援護魔法が入る。

 攻撃範囲を広げるチョーク、追撃を乗せるチェイサー。そしてチカラを底上げするエレメンタルフォース。

 完全詠唱でありながら、その三つをグランがアーカーシャに肉薄するまでにこなすジータの魔導は恐るべき練度であろう。

 そしてそれだけの援護を受けたグランの一撃もまた、先程までの攻撃を大きく上回る。

 

「うぉおおお!!」

 

 ウェポンバーストによるチカラの強制開放。グランは溢れんばかりのチカラで七星剣を覆い肥大化。アーカーシャを大上段から叩き潰すように、七星剣を振り下ろした。

 

「これでも──だめかっ!?」

 

 鍔迫り合いのように振り下ろそうとしたまま動かずにいる七星剣に、グランは歯噛みした。

 正真正銘、これ以上はもう上げられない最大級の奥義だ。

 それでも尚、アーカーシャの防御を崩せない。

 

 七星剣に乗せられたチカラが霧散していき、アーカーシャの腕が虚を突いてグランを捉えた。

 

「がはっ!?」

 

 蹴り上げられたボールの様に飛んでいくグラン。その先は屋上から外れ、地上へ──

 

「まずっ、ちょっと痛いけど我慢してねグラン!」

 

 詠唱破棄から放たれるエーテルブラストが緩く弧を描いて、落ちていきそうなグランの背中を撃った。

 エーテルブラストによる小さな爆発を起こして、その勢いで無事に帰還を果たすグラン。手荒な方法で助けてくれた妹に、一言申したいところであったが、既に事態は動いていた。

 

「ジータっ!!」

 

「ふぇっ?」

 

 呆けているジータの頭上。巨大な火球が落ちてくるのをグランは目にしていた。

 アーカーシャが創り出した“エンシェントフレア”。その規模はイオのエレメンタルカスケードを軽く凌駕するであろうサイズだ。

 

「やばっ……ビィ、オルキスちゃん、私から離れないで! フラップ展開!」

 

 間髪入れずに対処に動くジータはエーテルフラップを前面に展開。真っ向勝負で打ち破ることを選択する。

 

「四方より交じりて、チカラを成せ……エーテルフラップ・ブラスト!」

 

 火球が落ちてくるまでの僅か数秒で練り上げられる極大魔力を、四つの魔法陣を介して照射。火球の手前で炸裂させ誘爆させる。

 

 空に大きな火花が上がる。

 

「ふぅ……ギリギリ間に合ったっ!?」

 

 息を吐くのも束の間、すぐに追撃の腕がジータに迫る。慌ててジータがオルキスを抱えながらその場を飛びのいていく。

 回避すると同時に戻ってきたグランが腕を切り飛ばし、再びアーカーシャへと向かい合った。

 

「──ちょっと痛かったけど助かったよ。吹っ飛ばしてくれてありがとう」

 

「ちょっと皮肉利いてない? 助かっただけ感謝してよね」

 

 軽口と共に二人は小さく笑うが、ここまでの攻防で状況が劣勢であることは明らかになった。

 都度三度。連携しながらの攻撃は全てアーカーシャの手前で防がれた。

 それがどんな能力なのか、どうすれば抜けるのか、未だ不明。ただ無為に消耗しただけで終わった攻防が、二人をより劣勢だと自覚させる。

 

「二人とも……どうするの?」

 

「何か、わかんねぇのかよぉ…………」

 

 見ていたオルキスとビィもお手上げなのだろう。

 自信なさげに二人へと問う姿にはどこか縋る様な思いが見え隠れしていた。

 

「グラン、何か考えは?」

 

「悪いけど浮かんでない。ジータは?」

 

「──気になることは一つだけ」

 

「気になること?」

 

 アーカーシャの警戒をしながらジータへと視線をやるグラン。少しだけ思考の渦に入っている妹の様子に僅かな期待を膨らませる。

 

「さっきやったグランの最後の攻撃────あれ、やられる前に七星剣のチカラが消えていったよね?」

 

「やられる前? そういえば確かに、僕が吹っ飛ばされる前に七星剣は光を失っていたけど……別に攻撃の無力化なんてあってもおかしくないだろう?」

 

「うん。そうだけどね……問題は私達が相手をしているのはアーカーシャだっていう事。

 あれはもしかしたら攻撃が無力化されてるんじゃなくて、“無かったことにされてる”んじゃないかって思ったの」

 

「無かったことに……確かにアーカーシャが聞いた通りの能力を持つならあり得ないことは無いかもしれない」

 

 事象の改変。アーカーシャであれば……いや、アーカーシャであるからこそ、ジータの推測は現実味を帯びてくる。

 世界の全てを変えることができるのなら、二人の攻撃が完全に無効化される事にも納得がいく。

 

 だがそうだとしたらどうするのか。

 

「ジータ。アーカーシャの防御の絡繰りがわかってきたところで、じゃあどうするんだ」

 

「それは──」

 

 ジータが口を開こうとしたところで、彼らを大きな衝撃が襲う。

 

「ふぎゃ!?」

 

「くっ……うぅ、あ!?」

 

 その勢いに負け、吹き飛ばされたビィとオルキスは、強かに入口の壁へと打ち付けられて気を失った。

 だが、それを気にする余裕はグランとジータに残されていない。

 

 衝撃だけではない、今まで感じていた重圧が一段と重さを増し、感じられる気配がよりはっきりと明確になった。

 外套の様な白い布の中にあった肉体がより人間に近い形に変化していく。

 二本の躯の手。足の代わりになるのは先程までグラン達に襲い掛かっていた強靭な腕の様なものが纏わりつくように足元を固める。背中には作り物の様でとても飛べそうにはない不格好な羽が三対。

 ふわふわと浮き上がっていた形状から一転し、地に足をつけたアーカーシャは世界を侵食するようにその気配を露わにしていく。

 気を抜けば吹き飛ばされそうな衝撃に抗いながら、グランとジータはその変化に慄いた。

 

「──第二形態って事か」

 

「つまり、時間切れも近いってことだよね」

 

 焦燥感が募る。

 二人が有効な手立てを模索するその間に、刻一刻と終末は近づいてくる。

 

「──グラン、あれ」

 

 焦燥の中、目に付いた光景にジータの瞳が揺れた。

 ジータが見つめる先、変化したアーカーシャの顔に当たる部分。目を凝らして見つめる先で、グランは見た。

 仮面の額というべき部分から、何かが出ている。否、埋め込まれているというべきか……

 

 それが何かを理解した瞬間、二人の心が赤く染まった。先程までの焦燥は怒りに変わり、怒りはチカラに変換されていく。

 思考にあるのはただ一つ──奪還のみである。

 

 

「ルリアぁああ!!!」

 

 

 磔にされた蒼の少女目掛けて、グランとジータは駆けだした。

 足元にまとわりついていたアーカーシャの腕が解かれ、二人へと向かっていく。

 寄せ付けないための迎撃行動を、二人は速度を緩めないまま躱していく。

 切り払い、焼き払い、そしてアーカーシャの目の前へとたどり着いた。

 

「返してもらうぞ!!」

 

「返しなさい!!」

 

 磔にされたルリアを救うべく、アーカーシャの仮面へと二人は刃を突き立てようとした。

 しかし──

 

「くぁ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 依然として変わらぬ無力化。そこに加えられる腕による追撃にたやすく吹き飛ばされる。

 振り出しに戻ると言わんばかりに、駆けだした位置へと飛ばされた二人は怒りの形相でアーカーシャを睨みつけた。

 

「ふざけるな……ふざけるなよ!」

 

「絶対に、許さないんだから!!」

 

 普段の二人らしからぬ勢いで、二人は声を挙げる。

 容易く振り払われたからではない。世界の終末が迫ってきていることに焦っているわけではない。

 もっと単純で、明快な理由が二人の怒りの根源であった。

 

 

「────敵性勢力残存。排除、継続」

 

 

 紡がれた無機質な声はルーマシー以来であろうか。星晶獣を扱う鍵として利用されるとき、彼女の眼は生気を無くし、彼女の声は熱を失っていた。

 されど、彼女はルリアのままであるのだ。

 

 ──磔にされている少女は涙を流し続けていた。

 

 無機質な声を絞り出し、その眼から光が奪われていて尚。彼女の瞳は哀しみに涙を流している。

 泣いている理由など知らない。わからない。どうでもいい。

 ただ、大切な仲間が涙を流している。助けを求めて涙の叫びを見せている。

 その事実だけで十分だった。

 

「行くぞジータ……何としても、あの仮面を破壊する!」

 

「グランだけには任せない。私も接近して必ずルリアを助け出すんだから!」

 

 留まることなく解放されていく天星器のチカラが、彼らの状態を物語っていた。

 前だけを向き、思考にあるのはアーカーシャからルリアを開放することだけ。

 互いの援護を捨て、守りを捨て、全てを攻撃にすることだけに傾ける。

 

 だから気が付かなかった──背後から迫る、岩塊の雨に。

 アーカーシャが生み出した岩の雨。それが二人に降り注いでいた。

 気づいたときにはもう遅い。振り返った二人の目の前には、大人一人分くらいはありそうな岩の雨が迫っていた。

 瞬間的に悟る。走馬灯が過ぎり、死が訪れるまでの引き延ばされた時間を二人はただ、何をもできずに眺めていた。

 だが、眺めていた視界を次の瞬間には光が覆った。

 

 

「レイン・オブ・フューリー!!」

 

 

 覆われたのではない。よく見ればそれは、ジータのアローレインと同等に降り注いだ、光の槍の驟雨であった。

 聞こえてきた声は二人がよく知る声。アルベスの槍の契約者にして、頼りになる仲間──ゼタである。

 空間を埋めつくさんばかりに降り注いだ槍の雨が、二人に迫る岩塊の悉くを破壊し、砕かれた後の小石がこつこつと頭に降り注ぐ。

 

「待たせちゃったわね~。ここからは私も参戦するわよ!」

 

 普段通りで変わらぬ彼女の態度に、どこかホッとしたようで二人の緊張が解ける。

 

「ゼタ」

 

「ゼタさん」

 

 青白く光るアルベスの槍を担ぎ、健在な様子のゼタを見て喜色を浮かべる二人。だが、すぐに慌てたように口を開いた。

 

「ぜ、ゼタ!! 後ろ!!」

 

 まだ岩の雨は続いていた。第二陣といった所か。迎撃されたことを認識してすぐさまこれを降らせてきたアーカーシャの対応力は確実に上がっているだろう。

 

「ちぃ、まだ残ってたか。シリウス・ロ──」

 

「展開──全てを砕け、多刃・剣翼!」

 

 ゼタが応じようとしたところで、また別の誰かが声を挙げた。

 今度の声は頭上から。黒く大きな鳥と、白の大きな鳥が居並ぶその先で、彼に翻された手に従い降り注ぐ、翼を模した剣達。

 今度は剣の雨が、岩塊の全てを打ち砕いた。

 瞬間、グランとジータだけでなくゼタも併せて、顔を綻ばせる。

 間違うはずがない。この声も、そしてこの圧倒的な技も。彼以外にはあり得ないのだから。

 

「セルグ!」

 

「セルグさん!」

 

「全く、そんな所でカッコつけてんじゃないわよ」

 

 天ノ尾羽張を携え、黒と白の翼を従え、落ちた翼は再び彼らの下へと舞い戻った。

 

 

 

「待たせて悪かったな────さぁ、世界(ルリア)を守るぞ」

 

 

 

 いざ、最後の戦いへ。

 

 

 




読者の皆さんに楽しんでいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第75幕

古戦場お疲れ様でした。
周年でやること増えて執筆止まってしまいましたが、また再開致します。
どうぞお楽しみください。


 

 

「はぁあ!!」

 

 禍々しく彩られた魔晶の光を打ち消し、ブルトガングが閃いた。

 砕けていくフリーシアの身体。正確には魔晶によって構成された、巨大な蜘蛛を模した肉体ではあるが、それが次々と打ち砕かれていく。

 八本あった脚は二本に。支えきれなくなった身体が無様に転げまわるが、そこは魔晶がベースとなった肉体だ。

 未来を捨てた捨て身のフリーシアは瞬く間に魔晶の肉体を再生していく。

 

「ちっ、キリがない」

 

「お判りでショウ? アナタと言えど、この変異したカラだを全て砕くコトは不可能。魔晶の貯蔵も潤沢なこの躰ハ、世界の改変がハジマルまで十二分にもつ──まだ、アラガイますか?」

 

 勝ち誇った様子が、巨大な蜘蛛の中に埋まっているフリーシアから感じられアポロの神経を逆撫でる。

 確かに、アーカーシャが起動し、自身もここで足を止められている。このまま世界が創りかえられれば、彼女の勝利だろう。

 

 だが、アポロの胸中に焦りは無い。

 既に賽は投げられた。足を止められているのはフリーシアも同じであり、フリーシアにとってはアーカーシャ、アポロにとってはグランとジータが切り札である。

 既にこの戦いの行く故はこの場に残る彼女達ではなく、この先に待ち、この先に行った者達に委ねられているのだ。

 ならば、アポロが今するべきことは一つ。

 

「何度も言わせるなフリーシア。私がやることは変わらん……今ここで貴様を滅ぼし、私は貴様との因縁にケリをつけよう」

 

「余裕デスネ。あの小僧共がアーカーシャをトメられると? 何を根拠にソンナ世迷い事──」

 

「この私が信ずるに値すると託した。それで根拠としては十分だろう? 

 スツルム、ドランク! いつまで梃子摺っているつもりだ。さっさと片付けろ!」

 

 叱咤するようなアポロの罵倒に、ドランクが肩をすくめ、スツルムは苦虫を噛み潰したように表情を歪めているのが見えた。

 あちこちに受けた傷と肩で息をする姿が、二人の今の状態を表していた。

 ポンメルンとの激戦。更に、ユグドラシルと同様に、魔晶によってマリスとなったリヴァイアサンとミスラを二人で相手にしていたのだ。戦いの激しさは推して知るべしといえる。

 だが、余裕がないことはわかっていても、自分と腹心の部下の二人が、目の前の女が用意した相手に苦戦するのは許せない心境であった。

 

「ハハっ、簡単に言ってくれちゃうんだからもう!」

 

「良いだろう、やってやるさ!」

 

 そんな満身創痍の身体に鞭を打って、呼ばれた二人は並び立つ。

 主の声に奮い立つ心のままに、最後のチカラを振り絞った。

 

「援護は任せてよ──スツルム殿」

 

「容赦はしない──これで決めるぞ、ドランク」

 

 普段がどうであれ、長きにわたって連れ添った相棒だからこそわかることがある。

 勝負所のここで何をするのか、どんな手段に出るのか。それは言葉にせずとも伝わり、故に口から出たのは決意の言葉だけ。

 

 手に持つ宝玉を放り投げたドランクは、大舞台で劇でも演じるように両手を広げて俯いた。その両手に宝玉が落下してくると手に収まる前にふわふわと浮遊していた。

 俯いていたドランクが顔を挙げると、そこには軽薄な笑みから不敵な笑みへと──普段より少しだけ真面目なドランクの姿があった。

 

「さぁ、ちくっと本気の僕を見せてあげよう」

 

 浮遊した宝玉が光を纏う。それは薄い膜のようになって円周上に広がっていき、光の円板を形取った。

 

 

「いくよ、スツルム殿」

 

 

 小さな呟きが聞こえる前に、隣にいたはずのスツルムは駆けだしていた。

 スツルムが両手に持ったショートソードに炎が灯る。駆けだしたスツルムの速さはすさまじく、炎の軌跡が尾となって後を引いていた。

 迎撃に入るミスラとリヴァイアサン。ミスラは歯車を飛ばし、リヴァイアサンは水流を放つ準備に入る。

 迎撃に放たれた歯車の一団がスツルムの正面から迫る。だが、彼女には回避も防御の気配もなかった。

 それは、当たらないことを知っているから──

 

「待ってましたぁ!」

 

 スツルムへと襲い掛かる歯車が甲高い音と共に弾かれる。

 ドランクが持っていた宝玉の一つが光の円を纏い、回転しながら歯車を弾いていた。続く歯車をもう一つの宝玉が。さらに次の歯車を先の宝玉が……二つの宝玉がスツルムに迫る脅威を打ち破っていく。

 

 トリッキーな魔法で翻弄するドランクの、最大の奥義“ナインス・アワー”。それは宝玉を光の刃で強化してぶつける、魔法使いらしくない技。

 多彩な魔法で戦う彼らしくないからこそ、彼らしい。物理的な攻撃に寄った意表を突く奥義である。

 だが、その威力は十分。彼の魔導の才によって強化された宝玉は、刃としての役割を十二分に全うする。

 ましてやそれが彼の意志により縦横無尽に飛び交うのだ。下手な魔法よりよほど脅威である。

 その証拠に、ミスラの歯車は見事に弾かれ、砕かれている。

 

 ドランクの援護を受けながら、スツルムはミスラとリヴァイアサンへと接近していく。

 だが、ミスラがダメでもリヴァイアサンが居る。準備を完了したリヴァイアサンが、大量の水を纏って待ち構えていた。

 螺旋を描き大量の水が加速していくと、リヴァイアサンの咆哮と共にスツルム目掛けて放たれた。

 このまま行けば津波の如く押し寄せる水流が、スツルムを圧殺するだろう。

 

 ──それでも、スツルムに止まる気配は見当たらない。

 

 

「そのままだよー、あれも僕にお任せってね!」

 

 光の円板を巨大化。ドランクの指示に従い宝玉はスツルムの前方へと展開していく。

 同時、リヴァイアサンより放たれた水の壁がスツルムの行く手を阻んだ。

 彼女が小柄なドラフであるが故に、尚の事水の壁は大きく見えるだろう。が、臆さずにスツルムは飛び込んでいく。

 

 水飛沫と轟音が上がった。

 そのまま飲み込まれたか……そう思われる刹那、水飛沫を上げる事なく激流の中からスツルムが飛び出してきた。

 ドランクのナインス・アワーが、スツルムの前方に展開し巨大な水の壁を切り開いていたのだ。

 故にスツルムはそのまま距離を詰めていき飛び出すことができた。

 烈火の二刀と炎を纏い、リヴァイアサンとミスラの間へと。

 

「流石だドランク……後は、私の仕事だ!」

 

 種族故の膂力、そこに女性らしいしなやかな動きが加わる。振るわれるショートソードが二閃。

 炎の軌跡を残しながら斬撃を放ち、ミスラとリヴァイアサンへと叩き込まれる。斬りつけ、焼く……彼女の攻撃は二つの顔を持った攻撃だ。

 だがこれで終わりであるわけがない。飛び出した中空で、舞のように振るわれるスツルムの斬撃は、最初の二閃からすぐに加速度的に増えていく。

 斬る、斬る、斬る。噴出した炎が彼女の剣速を引き上げ、取り回しの良いショートソード故にその勢いはとどまることを知らない。

 無数の斬撃を以て相手を刻む、スツルムの奥義“フロム・ヘル”が無防備であったリヴァイアサンとミスラを一息で切り刻んだ。

 再生の暇すら与えず、高密度の斬撃がコアを容易に斬り砕く。このスツルムの一撃で、リヴァイアサンとミスラはコアを砕かれ魔晶の塵へと還った。

 

 

 だが──これで終わりではない。

 

 

 轟音と主に、別の場所から水飛沫が上がる。出所はリヴァイアサンの水流の余波が及んだアポロの下。

 降りぬかれたブルトガングが水の壁を断ち切っており、黒鎧の兜の奥で鋭い眼光が煌めいていた。

 

「上々だ──その傷ついた体でよくやってくれた。これで私はこの女に集中できる。

 喜べ、この戦いが終わった暁にはお前達には十分な報酬を約束してやろう」

 

 珍しく。本当に珍しく素直な賞賛の言葉であった。

 チカラを使い果たしてへたり込むスツルムとドランクの二人が呆けて目を見合わせる程に。

 そして二人の活躍に対抗するように、アポロの気配が膨れ上がった。

 威風堂々と大蜘蛛になったフリーシアを見据え、ゆっくりと歩みを進めていく。

 ブルトガングに光が灯り、予感させるは絶大なチカラを乗せた彼女の最強の一撃。

 

「これ以上無様は晒さん──この一撃で終わらせよう、フリーシア」

 

 全身から漏れ出る強者の気配。留まることを知らないチカラの胎動。

 最強を冠する七曜の騎士。その名に恥じぬ、絶対的強者の姿であった。

 

 

 

「小娘ガ……デキルとおもうなぁ!!」

 

 気圧されたフリーシアがアポロへと数本、脚を伸ばして貫こうとする。

 だが、一瞬。わずかに視界に走った閃光が過ぎると全ての脚は砕かれた。

 なんてことはない、彼女が得意とする詠唱破棄の魔法クアッドスペルが、最速を以てフリーシアの脚を撃ち貫いたのだ。

 

「な、なんダト……」

 

 狼狽えるフリーシアだが、すぐさま再生は進んでいく。再生が終わると同時に再び繰り出される脚が幾度もアポロを貫こうとするが、それが当たることは無い。

 仕方ないだろう。元々戦闘力においてアポロとフリーシアの間には隔絶された差がある。攻撃事態は単調であり、牽制も何もない数だけの攻撃など、アポロにしてみれば取るに足らないのだ。

 最初の奇襲こそ成功しアポロに手傷を負わせたもののそれだけ。魔晶の耐久力のせいで膠着状態にはなっていたが、耐久力だけで御せる程、七曜の座は軽くないのである。

 

「先程問うたな、まだ抗うのかと……これがその答えだ」

 

 ブルトガングの光が強まっていく。

 しかし、アポロの心はそれに反して穏やかであった。

 抗うのか──先程のフリーシアの言葉に世界の終わりを意識する。だがその際に脳裏に過ぎったのは、取り戻すと誓った大切なヒトと、健気に自身へと心配を寄せる忌まわしきヒト。

 同一でありながら違う、二人のヒトであった。

 

 瞬間、アポロは一つの真実を悟る。

 アポロは嘗て大切なものを失ってしまった。だが、失ってしまったと同時に得たものがあった。

 いつの間にか守るべき大切なものは、一つではなくなってしまったのだと。

 

 まだ、取り戻せていない。

 まだ、失うわけにもいかない。

 

 二つになった大切なものを守るためにこんなところで負けられるわけがないと。

 誓いと覚悟で雁字搦めだったはずの彼女の心は、更なる枷をかけながらも素直に自身の心の変化を受け入れた。

 素直にその先の言葉を紡いだ。

 

 二人のオルキスが生きるこの世界を守って見せる、と。

 

 彼女の想いに呼応するかのようにブルトガングは鳴動する。

 七曜の剣の一振り。そのチカラが今、彼女の真なる覚悟に触れて解き放たれていく。

 闇のチカラが膨れ、黒い光が集う。

 その気配はこれまでの彼女の奥義を凌駕する一撃を、確かに予感させるものだった。

 戦士ではないフリーシアでも容易にわかるその気配に、彼女は慌てて脚を伸ばした。だが、それが届くより先にアポロが告げる。

 ──確信と共に放たれる勝利宣言を。

 

 

「受けろ。これが、私の覚悟の証だ──“無明剣”」

 

 決意の言葉と共にブルトガングが閃く。

 三度──振るわれたアポロの剣は、迫りくるフリーシアの攻撃を切り裂き、無へと還す。

 即座に再生を施し、追撃に入ろうとするフリーシア。だが、再生は起きなかった。

 惑うフリーシアを尻目にアポロはブルトガングに秘められたチカラを全て開放。グランの七星剣同様に、強大なチカラで肥大化した剣を振り上げた。

 

 大きな、黒い光の一閃がフリーシアを断ち切る。

 差し向けられた脚の全てを砕き、巨大な蜘蛛となったフリーシアを真っ二つへと。アポロの一撃は芸術とすら思えるほど綺麗な一太刀となってフリーシアを切り裂いた。

 

 無明剣──それは一点の明かりすら存在しない、即ち“無”へと還す究極奥義。

 

 星晶や魔晶のチカラを打ち消せる七曜の剣であっても、創り出された肉体は消せない。魔晶によって瞬く間に再生が施されるフリーシアは本来ブルトガングのチカラでは消せないはずであった。

 だが、アポロの想いに応え全てのチカラを開放したブルトガング。そしてそのチカラをアポロが昇華。

 その結果編み出されたのが切り裂いた全てを無に帰す究極の剣閃、無明剣である。

 

「がっ、ば、ばかな!?」

 

 外装であった魔晶の肉体が滅び、転がり落ちるフリーシアの本体。幸運にも無明剣に本体が切りつけられてはいなかったようだが、その肉体は負担度外視の魔晶の行使により死の間際である。

 放っておいてもすぐに崩壊するであろう彼女を見下ろして、アポロは静かに口を開いた。

 

「終わりだ、フリーシア……貴様の野望はここで潰える」

 

「ふっ、既にアーカーシャの起動は成っているのです。私の勝ちは揺るぎませんよ」

 

 虫の息を体現するかのようにか細い声でありながら、アポロに返すフリーシアの顔は勝利を確信していた。

 いまここでアポロに倒されることも、自身の命が尽きる事ですら彼女にとっては想定の範囲内。全てはアーカーシャによる歴史改変によって無意味になる。

 今のこの状況に……死を目の前にしたこの現状ですら、彼女には一分の後悔も無かった。

 

 だが、勝利を確信しているという意味であればアポロも変わらない。

 グランとジータ。自身が信頼し、未来を託した二人が仕損じるとは思えない。ロキの言葉が本当であれば、彼らはいわゆる世界の庇護者だ。特異点などと曖昧な言葉に踊らされるつもりはなかったが、確かに彼らのこれまでを振り返れば運命的という他ない旅路を歩んできている。

 事実として、彼らの旅は特異点という存在を思わせるだけの何かがあることはアポロ自身も感じ取っていた。

 

 ならば、彼らに負けは無い。

 アポロもまた、その未来を確信していた。

 

「そうか────なら、最後の勝負だな。互いに信じた未来のどちらに転ぶか」

 

 横たわったフリーシアの隣に腰を下ろし、アポロは兜を取り外した。

 露わになった彼女の顔には血の気が無い。最初の奇襲からこれまで、多量の出血を感じさせずに戦ってはいたものの、やはり肉体は正直であった。

 失われた血は確実に彼女の身体から力を奪い、死への道を歩ませていたのだ。

 

「随分、酷い顔をしていますね」

 

「おかげさまでな」

 

 互いに相容れなかった二人は戦いが終わった静寂の中、奇妙な心地で言葉を交わす。

 世界の行く末は既に彼女達の手が届く所にあらず。後は座して待つだけの状況だからであろうか。

 戦いに決着がついた今、敵同士であった二人の胸中はどこか穏やかであった。

 

「一足先に逝ってますよ。私の望みが叶おうと叶うまいと、今ここに居る私の結末は変わりません」

 

 穏やかな心のままフリーシアの感覚が消えていく。

 自身の全てを犠牲にしたチカラの行使。その反動がこの僅かな合間にフリーシアの肉体の崩壊を加速させていた。

 崩れていく体。薄れゆく意識。もう残された時間は幾らもないだろう。

 そんなフリーシアを一瞥しアポロは口を開いた。

 

「眠れフリーシア。小僧共が勝った時には墓くらいは建ててやる」

 

「ふっ、本当に最後まで……気に食わない……小娘……です……ね……」

 

 最後に憎まれ口を叩いて、エルステ帝国宰相フリーシアは塵となって消えた。

 どこかやるせない寂しさを、アポロの胸に残しながら。

 

 

 

 

 

「全く、最後までこの私を小娘扱いとは恐れ入る。まぁあいつから見ればそれも……間違いでは……なかった……か……」

 

 空虚となったそこを見つめて、アポロもまたその意識をゆっくりと暗闇へと沈めていく。

 

 遠巻きに見守っていた傭兵二人がその様子に慌てふためく中、エルステ帝国との戦いは今ここに決着するのだった。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ここ、は?」

 

 暗闇に溶けていくような虚ろな意識から、ルリアは覚醒した。

 周囲に人の気配は無い。それどころか、覚醒したルリアが視界に収めたのは全てを無に還した様な暗闇だけであった。

 直前の出来事を思い起こし、足元がなくなる様な恐怖がルリアを襲う。

 アーカーシャに取り込まれた事。そこから推測できる世界の崩壊。もしやこの空間は世界が創り直される前の無だけが残る空間なのではないかと。

 だが、その考えを否定するように。ルリアの視界は暗闇以外の何かを捉えた。

 

 ──待っていたよ、ルリア

 

 ぞわりと全身が悪寒に震える。

 呼び起こされるは直前の記憶──アーカーシャに取り込まれる前に感じ取った、ヒトの根源を揺さぶる様な恐怖の気配。

 全身を凍り付かせるような仄暗い声と共にルリアの前に現れたのは、一人の少女であった。

 背格好はルリアと同じくらいだろうか。いや、よく見れば髪型も、衣装も、顔ですらまるでルリアを模したようにそっくりである。

 

「──貴方が、アーカーシャ?」

 

 唯一違うのはその色合い。蒼い髪をなびかせるルリアとは違い、髪に限らず全身が灰色を纏ったような色合いをしていた。

 

 

 ──ずっと待っていた。鍵である貴方が私の下へ来るのをずっと

 

「──鍵、ですか? 私があなたの?」

 

 震える声を押さえつけ、ルリアは何とか言葉を交わした。

 模しているルリアと同じ声でありながら、無機質で平坦な声はやはり生き物の気配を感じさせず。

 得体のしれない者への恐怖がルリアの身体を強張らせる。

 

 ──私が創られたのは貴方が生まれるずっとずっと後の話だけれど。私が十全に機能するためには貴方が必要だった。

 

「機能する? 一体どういう……っ!?」

 

 瞬間、ルリアの脳裏に膨大な量の光景が過ぎった。

 規則性も何も無い。例えていうなら世界中に己の分身が存在してそれらが見ている映像を一度に見せられているような、理解する余裕もない圧倒的な情報量を湛えた光景だった。

 

「今の、は?」

 

 ──世界の記憶。幾千幾万と続いてきたこの世界の歴史。世界の始まりから今に至り、更には未来すらも網羅した、この世界の記録……アカシックレコード。

 

 思わずルリアは息をのんだ。

 過去から今に至るまでの記録であれば、星晶獣ヴェリウスでも見せられるだろう。記録を司る星晶獣ヴェリウスという例がある以上、その程度では驚きはしない。

 だが、未来すらも網羅しているとなれば別だ。まだ確定していない未来、それすらも網羅しているのであれば、それを見せられるのは人知を超えた何か──神の所業だ。

 

 ──何を驚いているの? 世界の記憶を見せたのは何も私の機能を教えるためではない、貴方の機能を確かめる為。

 

「どういう事ですか?」

 

 ──星晶獣アーカーシャの機能は世界に関わる全ての事象の統括、及び管理。故にその機能の使用者は世界の記憶への接続を必要とする。星の民でも、空の民でも、ヒトの身ではその情報量に耐え切れず扱えない。

 

 相変わらず淡々と紡がれる言葉ではあったが、どこかそこには熱が混じってきていた。

 生きた兵器。意思を持つ星晶獣故の、決して無くすことのできない感情の波。それが先程ルリアに世界の記憶を見せた時から垣間見えていた。

 

 ──でも貴方は違う。短い時間ではあったけど、貴方は世界の記憶に触れて平然としている。これがどういう事かわかるでしょう。

 

「私は……ヒトじゃない」

 

 ──その通り。世界の記憶に触れて耐えることができる人知を超えた存在。数多の星晶獣を生み出した星の民。その星の民を生み出した星の世界、その生みの親……星の神の別身(わけみ)。それが貴方。

 

「星の神の……別身」

 

 惑うルリアを尻目に、ルリアを模したアーカーシャが動き出す。

 静かにゆっくりと、だが決してその視線は目の前のルリアから離さないまま、歩みを進めていく。

 その気配を察知しルリアが後ずさろうとするが、この不可思議な空間はアーカーシャが支配しているのか、ルリアは指一本動かせないまま待つことしかできなかった。

 

 ──さぁルリア。一つになりましょう……そうすれば私は完全なる覚醒を迎え世界を創り直せる。

 

「なんで……そんなことができるのに。フリーシアさんの言う事を聞き入れるんですか。それをやってしまえば、貴方だって生まれなくなっちゃうんですよ!」

 

 焦ったように叫ぶルリアの言葉に喜色が浮かんできていたアーカーシャの表情が元に戻る。

 歩みを止めたアーカーシャはまた元の平坦な声音となって答えた。

 

 ──例え世界を創りかえられる機能を持っていようと、星晶獣は星晶獣。造物主たる星の民が下した命令には逆らえない。

 

「造物主って……まさか」

 

 ──星の民の生き残り。最後の管理者は覚醒していない私へ先んじて機能の要請を予約している。覚醒と同時に行使されるのは過去の改ざん。空の世界に星の民が来なかった世界を創ることが確約されている。

 

「だったら猶更、覚醒なんてしちゃ──」

 

 ──ルリア、分かっている筈。仮に今それを回避したとしても、空の世界が終わることは変わらない。

 

 ルリアがまたも息をのんだ。

 アーカーシャの言葉に何かを察したように視線が揺れ、必死に後ずさろうとしていた体は完全に動きを止めた。

 目の前の星晶獣が放った言葉の意味を、理解していた。

 

 ──さっき垣間見たでしょう。ここで私を止めても、遠からず空の世界は終わりを迎える。

 

「そんな……事」

 

 否定しようとするもその言葉は続かなかった。

 世界の記憶に触れた時、膨大な光景の中から確かに、ルリアはある光景を見て取っていた。

 それは空の世界が赤く染まり、虚無へと崩れ消えていく悪夢のような光景。

 アーカーシャが言うように世界の終わりと呼ぶに相応しい。全てが消えていく、世界の終わりの記憶であった。

 

 ──仔細を知る必要はない。でも世界の記憶にある以上、空の世界はそれを迎える。

 

「違う、違います! まだあんな風になると決まったわけじゃありません!」

 

 振り払うようにルリアはアーカーシャの言葉を否定した。

 確定していない、まだ見ぬ未来。そこに世界の終わりが予見されていようと、世界の記憶等という不確かな光景の全てを信じるわけにはいかなかった。

 

 ──ルリア。私と貴方が一つになれば、終わりが約束されたこの世界を変えられる。今の世界は無くなるけれど、代わりに終わりのない世界が創れる。どちらが良いかなんてわかる筈。

 

「いやっ! そんなの、絶対にいやっ!!」

 

 半ば涙を流しそうになりながら、ルリアは頭を振ってアーカーシャを拒絶する。

 カタリナが、グランとジータが……大切な人達が生きるこの世界が終わる等と。そんなこと認めたくない。

 まだ見ぬ未来を恐れてアーカーシャを受け入れる等、できるわけがない。

 

 恐怖を押し殺し、ルリアはアーカーシャを睨みつけた。

 

 

 

──そう。どうあっても、終わりの未来を受け入れるというの。

 

 

 吐き出された言葉は、熱のない無機質な声音だった筈が、妙に冷たく感じられた。

 これもまたアーカーシャの少なく小さな感情の揺れなのだろう。ルリアに拒絶されたアーカーシャの気配は間違いなく冷たいものへと変わっていた。

 

──創造主の願いを叶えるためには、完全なる覚醒が必要だった。そしてそれにはどうしても鍵となる貴方と、使用者となる貴方の意志が必要だった。でも、代案なんて腐るほどある。

 

「創造……主。願い?」

 

 恐怖こそ呼び起こすものの害意は感じられなかったアーカーシャの変化に、ルリアの表情が引き攣っていく。

 何か取り返しのつかない失敗をしてしまったような……胸を揺さぶる不安に首を振ることしかできなかった。

 

 ──管理者が要請を予約するよりも遥か先。まだ原型しかできていなかった私に創造主は組み込んだ。いつか私の機能が完全なる覚醒を迎えた時、神が創造した世界をリセットするように。ルリア、私の目的は創造主の願いを叶える事。その為であれば貴方が持つ機能の一部を壊す事も厭わない。

 

 平坦な声でありながら力の籠った、そんな不思議な決意の声と共にアーカーシャが手を翻した。

 何もない暗闇の空間。翳された手に合わせて、そこに何かが映りだす。

 それを見た瞬間、ルリアは目を見開いて慄いた。

 

「あぁ……そん……な……いやぁ……」

 

 見ることを拒否するように震えた声が絞り出されるが、その声に反してルリアの視線はそこから外れない。

 外せるわけがない。そこには先程思い浮かべた大切な人達が映っている。

 

 

 ──ゆっくり眺めるといい。貴方のその意思が壊れるまで。

 

 

「いやぁあああ!!」

 

 

 絶命するまで痛めつけられた大切な人達の姿を見て、ルリアの悲痛な叫びが木霊した。

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

「ヴェル、援護しろ。突っ込む」

 

 “心得た”

 

 剣翼を展開。制御を黒翼担うヴェルに任せて剣の雨を降らせると、セルグはそのまま天ノ尾羽張と共に吶喊。

 炎と風を纏った火尖鎗で上空からアーカーシャを打ち砕きにかかった。

 

「ゼタ!!」

 

 呼びつけられたゼタもアルベスのチカラを一挙に解放。プロミネンスダイブによるセルグとの同時攻撃を敢行する。

 だが──

 

「ダメかっ!?」

 

「これでもっ!?」

 

 叩き込まれた攻撃はどちらも届かずにチカラが霧散していく。

 事象の改変。攻撃に付加されたチカラを無かったことにされ全力の一撃をかき消されたセルグとゼタの攻撃は不発に終わった。

 

「二人共離れて!」

 

 惑いは一瞬。即座に反撃に移ってきたアーカーシャの巨大な腕による攻撃を回避して離れると、入れ替わるようにグランが飛び込んでくる。

 

「おぉおおお!!」

 

 光を纏う七星剣が一閃。伸ばされた腕を幾本も切り落としそのまま本体へと振り下ろした。

 焼き増しのように消えていく光。グランの七星剣に宿ったチカラもアーカーシャの能力によって打ち消され無力化されていく。

 だがそんなことはグランとて百も承知だ。

 

「まだだぁああ!!」

 

 ウェポンバーストの発動で即座に取り戻すチカラ。

 再び宿る金色の輝きを、グランはアーカーシャへと振り下ろした。

 

「グラン、だめっ!!」

 

「なにっ──ぐぁ!?」

 

 ジータの声に反応するが僅かに遅かった。攻撃に傾注していた意識の外から、巨大な火球がグランの身体を殴りつけるように打つ。

 爆裂と同時に吹き飛ばされるグラン。着こんでいる鎧は半ば砕けて熱を持ち、肌を焼きながら痛苦となってグランを襲う。

 

「ちっ……リアス、離れてグランの治療に回れ!」

 

 “うん、任せて”

 

 セルグの背にあった白の翼が消え、代わりに鳥となって飛び出す。白の鳥リアスがグランへと寄り添い翼で包みこむと、淡い光がグランの身体を癒していく。と同時に、今度はジータが前線へと躍り出た。

 

「援護します。二人でダメなら三人です!!」

 

 アーカーシャに向けて四つの魔法陣を展開。並行して強化魔法チェイサーをセルグとゼタに付与。これまでの戦いで練度を増してきたジータの魔法はこれらを瞬時に終える。

 チェイサーの付与でセルグとゼタもジータの意図を読み取り攻撃態勢へ移行。

 

「エーテルブラスト・ディバイド!!」

 

「多刃!!」

 

「シリウスレイド!」

 

 三位一体。三方向からの一斉攻撃がアーカーシャを襲う。

 機銃の掃射の如く放たれる四色の魔法。一瞬の内に放たれた都度十を超える剣閃。そして青く煌めく槍の乱舞。

 どれもがマリスとなった星晶獣すら倒せそうな、規格外の威力を持つ攻撃であろう。

 ジータが。セルグが。ゼタが。

 アーカーシャの能力を上回るべく、全てを掛けて攻撃を続ける。

 

「ちぃ、まだ届かないか!」

 

 それでも尚、アーカーシャには届かない。

 

 無力化によって爆炎すら巻き起こらない静かな攻防は、やはりアーカーシャに軍配が上がっていた。

 

「ここだぁあああ!!」

 

 静かな空間を切り裂くようにグランの咆哮が響き渡る。

 無力化に次ぐ無力化。三方向からの三人の攻撃を全て受け切ったアーカーシャの直上より、回復したグランが七星剣を振り下ろす。

 金色に光る剣に、アーカーシャは巨大な火球エンシェントフレアで“防御”にでた。

 その瞬間、何かを悟った三人が即座に動く。

 

「リアス!!」

 

「アルベス!!」

 

 セルグの声に再び飛翔した白の鳥がグランの前に躍り出て踏み台となると、その先でアルベスの槍の分身体がエンシェントフレアの盾となり爆散させる。

 

「行って、グラン!!」

 

 ジータは瞬時に組み上げたエレメンタルフォースでグランのチカラを底上げ。

 アルベスによって誘爆したエンシェントフレアの爆炎を切り裂き、グランはアーカーシャの懐へと飛び込んだ。

 

「北斗──大極閃!!」

 

 肥大化した光の剣を一閃。ルリアが囚われている仮面のような部分を避け、アーカーシャを上から下まで大きく切りつけた。

 アーカーシャに引かれる一筋の光の線──グランの攻撃が遂にアーカーシャへと届いたのだ。

 

「届いた!!」

 

 思わず挙がったグランの声に、残りの三人もアーカーシャを見やりながら頷いた。

 これまで一つとして有効とならなかった攻撃であったが、今ようやく一撃を叩き込むことができた。

 そしてアーカーシャの攻略法についても概ね理解ができたと言える。

 

 “小娘の読み通りであったようだな”

 

「あぁ、頭の中で魔法を構築し行使するのと同様。能力を使い攻撃を無力化するのなら、その分だけ能力の行使にリソースを割かなければならない」

 

「だったら無力化には限界がある。同時攻撃や無力化の直後には必ず攻撃が通る筈……だったわね」

 

 先程の攻撃。

 ジータ、セルグ、ゼタによる同時攻撃を無力化するために能力を行使したアーカーシャは続くグランの攻撃に事象の改変による無力化ではなく、エンシェントフレアによる迎撃をとった。

 それはつまり、他に手段がなかった。無力化をしなかったのではなくできなかったと取れる。

 

 そも事象の改変ができるのであればこうして戦う必要などなく、彼らの存在を無かったものにしてしまえば良いはずなのだ。

 彼らが消されずに戦っている以上、アーカーシャの覚醒は完全なものではなく、その能力も一端しか扱えていないのだろう。

 

「正直、当たっているかは微妙なところでしたけどね……魔法の並行発動とかやってたからなんとなくそんな気がしたっていうだけで」

 

「でも大きな一歩だ。攻撃が届くとわかった以上、後はこのまま──」

 

 並び立つ四人は光明が見えて意気を上げる。

 対するアーカーシャはグランに斬り付けられたのを最後に沈黙。動きを止めて微動だにしていなかった。

 ──それは嵐の前の、最後の静けさだったのかもしれない。

 

 

 ぴくりと僅かに動いた躯の手がにわかに震えだす。震えはアーカーシャの全身に伝わり、更には空間を伝搬して彼らにまで伝わる。

 意思とは無関係に震える身体を押さえつけようとして、彼らはそれが自身の震えではないことを悟った。

 

「なんなんだ……この揺れは」

 

「もしかして、これもアーカーシャのチカラ!?」

 

 思わず慄くグランとジータ。

 文字通り今、世界が震えていた。

 島を跨ぎ、空域を跨ぎ、空の世界の全てが彼の者に怯えて震えていた。

 

「──セルグ、これって」

 

「恐らく、起動の段階がまた一つ進んだ。この揺れは、世界の書き換えまでいよいよ秒読みってことだろうな」

 

「そう、だったら……急ぐまでよ!」

 

 事が始まる前に終わらようと、ゼタが駆けだす。グランが斬り付けた一筋の線に向けて更なる追撃を加えようと槍を振りかぶった。

 

 瞬間、ゼタの視界は閃光で白く染まる。

 アーカーシャの内側から爆発したかのようにあふれだす光。グランがつけた一筋の線からみるみるうちに亀裂が入っていき、埋めつくす閃光と共にアーカーシャの身体が砕けていく。

 閃光と衝撃にゼタが弾き出され、眩い光の中から変貌を遂げたアーカーシャが姿を現した。

 

 強靭な多腕を備えた白い体はヒトの上半身に近しいだろうか。背負う羽は増え、素早い動きすら可能になったその姿はどこか神聖さを感じさせる。

 対して下に伸びる下半身は海洋生物をいくつも取ってつけたようなおぞましいものへと変わっており、相反するその印象にはやはりまともな生物の気配を感じられない。

 

 

「これが、アーカーシャの本当の……」

 

「呆けるなジータ!! 来るぞ!!」

 

 頭部に当たる部分にぼんやりと灯る光が明滅すると、アーカーシャの周囲の空間が歪み始めた。

 展開されるはいくつもの光を湛えた穴。まるでジータの魔法陣を模倣したようにそこから巨大な閃光が幾本も発射される。

 

 

 “いやぁああああ!! ”

 

 

 悲鳴となって届いた聞き慣れた声と共に、閃光は四人の身体を撃ち貫いたのだった。

 

 




いかがでしたでしょうか。

残り僅かな本作、お楽しみいただければ幸いでございます。


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メインシナリオ 第76幕

ごめんなさい……


 

 閃光が(はし)った。

 

 幾重にも重なった光条がアガスティアを照らし、暗い空をにわかに染め上げる。

 その余りに常軌を逸した光景に、地上にいた人々は思わず目を奪われた。

 

 いまだ避難の終わらぬアガスティアの市民。

 

 その誘導に奔走する秩序の騎空団と、一部のエルステ帝国軍人。更には人々の救助に回る十天衆。

 

 既にアガスティアの各所に出現していた星晶獣はすべて駆逐されており、秩序の騎空団とエルステ帝国の戦いもほぼ終息しつつある。

 落ち着きを見せつつあったアガスティアの空を巨大な閃光が満たす光景は、殊更目を引くものであっただろう。

 

 

 

 

「んで? どうすんだよロキ」

 

「このままでいいの~。せっかく呼び出されたっていうのにもう終わりじゃ、私も面白くな~い」

 

 中枢タワーから少し離れた高層建築の一つ。その屋上で暗雲立ち込めるアガスティアの空を見上げながら、ロキは耳に届く愛犬? 達の愚痴を聞き流した。

 先程の気配……そして空を埋めた閃光。状況から察するにアーカーシャの起動は最終段階を迎えているだろう。

 それは即ち、アーカーシャとルリアの同化が進んでいることを指す。

 

 世界に残された時間は、本当に後僅かとなっていた。

 

「ていうか、本当にこのままで良いのかよ。例の奴が完全に起動したら俺達だって終わりなんだろ?」

 

「さっきも連中とあそこまでやりあったっていうのに……あんなにあっけなく撤退しちゃうし、ご主人様が何をしたいのかさっぱりよね」

 

 どことなく不満な声を漏らすフェンリルとケルベロスに、ロキは苦笑した。

 そう、アーカーシャがフリーシアの目論見通りに起動すればグラン達はおろか、ここにいるロキやフェンリル達とて無関係ではない。

 むしろフリーシアの願いを考えれば星の民であるロキの方が他人事ではいられないはずであった。

 だというのに、ゼタのシリウス・ロアによる一撃を辛くも転移で逃れたと思えば、この場でロキは事の成り行きを見守るように傍観に徹している。

 フェンリルとケルベロスの健在な様子から、先の戦いに対して不完全燃焼な感も否めず、こうして不満の声が出るのは無理もない事なのかもしれない。

 

「う~んそうだね。正直に言うと僕もどうしたいのかはわからない……ただ、一つ言えることはもう僕たちが出る幕ではないと言う事かな」

 

 まるでそれが確定した事だと諭すように。口調こそ軽いものの有無を言わさぬ声音でロキは告げた。

 また始まった……呆れと溜め息がフェンリルから零れ、ケルベロスも不思議そうに首を傾げる。

 未だに掴み切れない主人の思惑は深く、規則性もなく……故につき従う彼女達には読み取れなかった。

 そもそもロキが何をしたいのかがわからないのだ。必然、彼女達は惑うばかりで何ができるわけでもなく落ち着けずにいた。

 

「ほんっとにお前は訳が分かんねえ。わざわざ連中の妨害をした理由も、戦えたのに撤退してきた理由も。お前は一体何がしたかったんだよ?」

 

「ご主人様が命令するならまたあいつらの所に行って戦う事も構わないのに」

「やらないワン?」

「どうしてだワン?」

 

 何もしないのか? 

 言外にそれを匂わす二人の様子にロキは再び苦笑した。

 

「そうは言うけどさ、二人ともコアだけの状態にまでなってさっき再構成を終えたばかりじゃないか。僕が居なきゃあの攻撃でコアごと破壊されてたんだし、もう大人しく見てても良いだろう?」

 

 うっ、と思わず視線を逸らすフェンリルとケルベロス。

 ゼタが放ったシリウス・ロアによる砲撃は星晶の躯体を軽々と滅し、露出したコアですら破壊する一撃であった。

 間一髪、ロキの転送魔法が間に合い、この場にコアと共に跳んでこれなければ、今頃彼女達は甦ることなく無に帰していただろう。

 痛い所を衝かれたのか目が泳ぐ二人に、ロキの苦笑が小さな笑みへと変わり、知らず握りしめていた拳を開いた。

 彼女等の仕草に少しばかり気が解れたか。自身の存続の危機という事実にはさすがのロキも、無意識のうちに緊張に似た何かを感じて、身体に力が入っていた様だ。

 僅かに早鐘を打っていた自身の拍が落ち着きを取り戻していき、静かにロキは深い息をつく。

 

「まぁ、もうすぐ幕引きなんだ。特等席とは言えないけどここでのんびり見物するとしよう。

 アーカーシャ、特異点、調停者……複雑に絡んだ因果の糸が紡ぐ未来はもう僕ですら予測できない。見世物としてこれ以上に上等なものは無いだろ?」

 

 “このつまらない世界にはもったいないくらいね”

 

 と、ロキは締めくくると再び中枢タワーの頂上を見上げる。

 感慨など覚えるはずもなかった──少なくとも兄を失った時からはこの世界で一度も。

 だからこの世界が終わりを迎えることに抵抗はなかった。

 アーカーシャに起動後の命令を加えていたのもただの気まぐれ。それでこの空虚な世界が少しでも面白くなるのなら……そんな程度の考えしかない。

 

 

「さぁ、秒読みは始まったよ。君達がどんな結末を引き寄せるのか見せてもらおうか────特異点達」

 

 

 それでも……先の見えなくなってきた物語の結末は、色を失ったロキの世界をわずかながらに染め上げていた。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 タワー最上部。

 幾つも連なるように生えているアガスティアの高層建築の中で飛び抜けて高いこの場所は、正にこの空の世界を見下ろせるに足る高さにあった。

 

 そんなタワー最上部にて、無機質な蒼の瞳が世界を見下ろす。

 

 普段なら感情豊かに揺れる瞳と表情が、今は嘘のように冷たく。

 小さく弱いはずの少女の身体を、今は星晶の躯体が包み込んでいる。

 

 アーカーシャとの同化が進んだルリアは、見せられた悪夢の虚像に心を揺さぶられ、悲痛な叫びと共に図らずもチカラを解放してしまった。

 悲痛な叫びと共に放たれた光条は空を染め上げ、グラン達を打ち貫いた。

 

 

 

「────セルグ!?」

 

 閃光に奪われた視界が戻り始めたゼタは、目の前で自身を守る盾のように立ち尽くすセルグを目にし驚愕の声を挙げた。

 

「っく、ゼタ……無事か?」

 

「無事かって、アンタまさか──」

 

 苦悶の声と共に届くのは微かな水音。

 ゼタの目の前では、粘り気をもって滴り落ちる深紅がセルグの腹部を染め上げていた。

 

「セルグ!? そんな、私を庇って」

 

「ぐっ、そんな不安そうな顔をするな……今のオレは、そう簡単に死ぬような器じゃない」

 

 慌てるゼタを制して、セルグは同化しているヴェルとリアスの補助を受けながら致命傷に近い腹部の傷を治療する。

 調停の翼として覚醒した今、セルグの肉体は既にヒトの身に非ず。

 バハムートの戦いによって翼としてのチカラであるコスモスこそ使い果たしているものの、多少の肉体の損傷は時間さえあれば修復できた。

 淡く白い光がセルグの傷を包みこみ治癒が始まると、ゼタの表情から不安が消えていく。

 

「もぅ、心配かけないでよ……ただでさえアンタは死にかけてばっかりなんだから」

 

「オレはまだ良い。だが──」

 

「グランっ!?」

 

 セルグが覚えた一抹の不安がすぐに現実のものへと変わる。

 響き渡る悲痛な叫びは近くにいたはずのジータから。見れば二人とは少し離れた所でジータが焦燥に駆られながらグランを抱えていた。

 セルグとゼタはすぐにジータの元へと駆け寄る。

 二人の下には、セルグ同様に夥しい鮮血が広がっていた……先程のジータの声からその鮮血が誰のものなのかは明白である。

 

 恐らくはジータを射線上から庇い、先の光条を受けたのであろう。

 身体の随所を光が貫通し、ボロボロとなったグランの姿がそこにはあった。

 

「グランっ!? しっかりして、グラン!!」

 

 意識すら無いグランを呼び続けるジータを横目に、駆け付けたセルグとゼタは息を呑んだ。

 状況は一気に劣勢に陥った……グランの状態はとてもすぐに戦えるような状態ではない。

 いや、戦うどころではなく直ぐに治療を始めなければ命に関わるだろう。急所を外れ今生きていることがもはや奇跡的であった。

 必然、治療に回るであろうジータも戦線から外れる。

 致命傷にはならなくとも深い傷を負ったセルグとて、すぐ戦えるような状態ではない。

 実質、戦えるのはゼタだけとなってしまった。

 

「ジータ、落ち着け。とにかく急いで治療だ……リヴァイブは使えるか?」

 

「使えますけど、今この状況では──」

 

「ゼタ、二人で引き付けるぞ。アーカーシャの防御を抜くには何としても4人の波状攻撃が必要だ」

 

 言って、立ち上がりアーカーシャへと視線を向けるセルグ。腹部の出血は止まったようだが、傷は全く塞がっていない。

 どう見ても万全には程遠いがそれでもセルグは既に臨戦態勢へと移っていた。

 その姿に不安を覚えながら、ゼタも並び立つ。

 

「ここまで来てホントに無茶苦茶な事言ってくれるわね。そう言うセルグだってまともに戦えるような状態じゃ──」

 

「今更無茶するなと言ってくれるな。できなきゃ世界が終わる。ならやるしかないのだからな。

 ジータ、ポーションでもなんでもあるものを全部使って何としてもグランを治療してくれ。その間は──オレ達で奴の相手をする!」

 

 ゼタの懸念を聞き流し、セルグが飛び出すと彼女も援護するように後へと続いた。

 残されたジータは不安を覚えるその背中を見送ると、即座に己がすべき事へと思考を向けて手を動かす。

 

 世界を蝕むであろうアーカーシャの存在が。残された時間という枷がジータの心に焦りを生む。

 それでも──

 

「──絶対に死なせない!」

 

 焦燥に駆られ折れかけた心を奮い立たせ、ジータは微細な魔力を完全にコントロール。

 更にウォーロックで鍛えた戦い方が功を奏し、魔法の発動と合わせてキュアポーションの使用を同時に進める。

 無理矢理嚥下させた魔法の液体と、最高率で施された蘇生魔法リヴァイブによって、グランの身体は急速に快復へと向かい始めた。

 

「お願い、早く……早く!」

 

 通常ではありえない速度で進んでいく治療でも、今の状況ではもどかしくて仕方なかった。

 焦りで魔力の乱れがあってはならぬと己に言い聞かせても。セルグとゼタが戦う音が、世界を揺るがすアーカーシャの気配が、嫌でもジータに焦りを生ませる。

 

 こんな状況なのに自身に心配をかけたままいつまでも目を開けぬ双子の片割れが、この時ばかりは憎くてたまらない。

 

 あの時……アーカーシャより光が迸ったあの瞬間。

 ジータは耳に届いたルリアの悲痛な声に、意識を持っていかれ回避を怠ってしまった。

 本来であれば躱せた、もしくは魔法で相殺だって可能だったかもしれない。

 だが、できなかった──動きを止めたジータの代わりにグランはその身に光の矢を受けたのだ。

 

 ジータの胸に後悔が募る。

 自身がしっかりしていれば、こんな状況にはならなかった。

 世界の命運がかかっているこの場に置いて、足手まといとなってしまったのだ。

 

「このまま終わるなんて、絶対に嫌なんだから」

 

 死なせない。生きて何としても自身を庇ったことに文句の一つでも言わせてもらわなければ、この惨めな気持ちは贖えないのだ。

 だから、世界も絶対消させない──必ずグランの治療を間に合わせ、アーカーシャを止める。

 決意に塗れて、ジータはグランの手を握った。

 

 “早く起きろ”

 

 その言葉を届けるように。

 

 

 

「避けろジータぁあああ!!!」

 

 

 

 稲妻のように意識の中に割って入るセルグの声に、ジータは反射的に顔を上げた。

 

「えっ……」

 

 呆けた声が漏れたジータの眼前にはアーカーシャの巨大な腕が、まさに二人を押し潰さんと迫っていた。

 セルグとゼタの牽制を掻い潜り、先に二人を始末せんとアーカーシャが伸ばしてきたのだろう。

 だが、今のジータはグランの治療に全神経を集中して魔力をコントロールしている。更には先程からグランを抱えた状態。

 危機を知らされ避けろと言われたところで即座に動けるような状態ではないし、魔法による迎撃だって不可能だ。

 

 死の瞬間が頭をよぎる。

 

 回避、防御共に不可能。

 視界の端では何としてもこちらに駆け付けようとしたのだろう。逆に隙を見せ、ジータ同様に光の矢によって命の危機となっているセルグの姿があった。

 ゼタも駆け付けようとしているがとても間に合わない。

 

 ジータにできることはせめてもの抵抗に、抱えたグランを庇い巨大な腕に背を向けることだけであった。

 

 

 

「ごめん、グラン……守れなくて」

 

 

 

 最後に謝罪の言葉を遺したジータの身体を、轟音が駆け巡る。

 それは()()()痛みを伴い、強張った彼女を揺らした。

 

 

 

 

 “──あれ、痛……くない? ”

 

 

 

 僅かな痛みだけ感じた事に違和感を覚え、ジータは恐る恐る閉じていた瞼を開ける。

 そこには変わらない、終焉へと近づく世界がまだあった。

 ジータはまだ、終わりかけている世界の中で生きていた。

 

 

「ふぅ、間一髪と言った所だな……何にせよ間に合って良かった」

 

 余りの音に少しばかりバカになった耳が、静かで凛々しい声音を捉える。

 それを聞いた瞬間に、ジータの胸に安堵が広がった。

 そうか、彼女であれば今自身が生きていることにも説明がつく。

 

 

 

「よく頑張ったな、ジータ。ここからは、私も参戦させてもらおう!」

 

 

 彼女はずっと、一人でルリアを守り続けていた騎士なのだから……

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「ヴェル、リアス、腹部の治療を進めろ。その間は援護無しでやる」

 

 治療に入るジータを置いて駆け出したセルグは、天ノ尾羽張を握り突撃。

 アーカーシャの注意を引くべく地面を疾駆しながら、手数を増やして切り付けていく。

 無論その全ては、アーカーシャの能力によって無力化され何も効果を見せない。

 勿論そんなことは──

 

「想定内だっ!」

 

 一足。ただそれを以て加速。ヴェルとリアスによる翼の補助がなくとも、天ノ尾羽張が持つ強化能力とセルグ自身の身体能力があれば、彼の動きは常軌を逸する。

 アーカーシャの周囲を幾度も駆け抜け、その度に十を超える剣閃が舞う。

 

「ゼタっ!」

 

「任せなさい!」

 

 裂光の剣士の真骨頂ともいうべき目にもとまらぬ剣閃が折り重なるのと同じくして、ゼタの紅蓮の炎もまた乱れ舞う。

 疾駆するセルグと対照的にゼタは足を止める。少しばかり距離を置き間合いを空けたその位置から、しかし彼女の攻撃は紅蓮の穿光となってアーカーシャへと届く。

 アルベスの穂先を包む炎がゼタの動きに合わせて軌跡を残し、アーカーシャの躰を貫かんと閃いた。

 突く、薙ぐ。単純な動作であってもこれまでを戦い抜いてきた彼女のそれは至高の領域。目にも止まらぬ槍の軌跡は分身のシリウスを従え数多となってアーカーシャへと向かう。

 

 セルグとゼタ。二人の戦士が織り成す攻撃は決して並ではない。

 二人の実力も、武器が持つチカラも右に出るものは居ないといって差支えがないだろう。

 

 ──だが、いくら奮起しようとも。同じレベルにまで至っているであろう双子の抜けた穴を埋める事など適わない。

 グランとジータが戦えなくなった今、アーカーシャはその能力にものを言わせ二人の攻撃を改変消滅。それだけにとどまらず余裕ができたアーカーシャは彼ら“四人”へ反撃に転じた。

 

「──防衛行動終了。排除へ移行」

 

 取り込まれかけているルリアの無機質な声に合わせて、アーカーシャは彼らの頭上に岩塊を召喚。

 その数は四人の頭上を覆いつくすほどに膨大であり、セルグとゼタは一瞬瞠目するも即座に迎撃へと意識を向ける。

 

「撃ち漏らすなよゼタ!」

「わかってるわよ!!」

 

 二人の背後には、無防備をさらしているグランとジータがいるのだ。

 

「神刀顕来!」

 

 セルグは鞘に納めた天ノ尾羽張を解放。天ノ羽斬の時より続く奥義にて岩塊のほとんどを薙ぎ払う。

 

「シリウスレイド!」

 

 同時にゼタが撃ち漏らしを全て迎撃していく二段構えで二人は岩塊の雨を打ち砕いた。

 だが──それだけで終わるはずがない。

 

「次が来るぞ!」

「くっ、こんのぉおお!!」

 

 余裕ができたアーカーシャの追撃は止まない。

 エンシェントフレアによる火球、更にグランを貫いた光条“相克”。

 二段構えで受けた二人に対してアーカーシャは波状攻撃を以てその防御を崩していく。

 

「多刃・剣翼!」

「レイン・オブ・フューリー!!」

 

 背後にいるグランとジータに攻撃を通さぬ為に、奥義後の反動を無視して二人は迎撃に力を振り絞る。

 数多の刃を撃ちだして火球を切り裂き、無数の青い槍が光条を弾いていく。

 

 砕けた火の粉が舞い、光の粒子が辺りを覆った。

 空間を幻想的に染めた戦いの最中、アーカーシャの追撃が遂に二人の迎撃を上回る。

 

「あぅっ!?」

 

 苦悶を乗せた声がゼタから漏れる。

 エンシェントフレアと相克の合間を縫って伸ばされたアーカーシャの巨腕がゼタへと叩きつけられていた。

 

「ゼタっ!!」

 

「私はいい!!」

 

 返された言葉にセルグはハッとしてすぐに迎撃へと向かう。

 アーカーシャは無情にもセルグとゼタを避けて無防備なグランとジータの元へとその腕を伸ばしていたのだ。

 

「させるかぁああ!!」

 

 閃光の如く駆け抜け、伸ばされていた腕を全て切り捨てる。

 辛くも脅威を退けたセルグは続くであろう追撃に応ずるべく態勢を整えようとした。

 だが、勢いを制動する前に続く巨腕がセルグを床へと叩きつける。

 

「がはっ!?」

 

 

 ──まずい。

 

 

 そう察した瞬間には既に遅かった。

 伸ばされた巨腕は多数。

 立て直したゼタが駆け付けるよりも早く、叩きつけられたセルグが拘束を砕くよりも早く。

 

 

 脅威は双子へと叩きつけられようとしていた。

 

 

 

「ふっざけんなぁあああ!!」

 

 治療に回していたヴェルとリアスのチカラを強制開放。

 瞬間的に開放する翼としてのチカラでアーカーシャの拘束を打ち砕く。

 だが拘束を砕きセルグが立ち上がるも、彼をその場に縫い付けるように光条がセルグへと向かう。

 先読みされたセルグの目の前に迫る光は幾重も向けられており、セルグもまた絶体絶命の窮地であった。

 それでも、今の彼に自身を省みる余裕は無い。

 

 無防備なままアーカーシャの巨腕に叩き潰されるなど、結果は火を見るより明らか。

 見たままの質量と速度は容易くヒト二人を圧殺するだろう。

 圧し潰されて原型すら残らない────そんな双子の姿を幻視してしまった。

 

 “動け動け動け動け動け”

 

 叱咤する肉体は虚しくも硬直して動かない。

 セルグの心は失う恐怖と共に締め付けられる。

 

 

「避けろジータぁあああ!!!」

 

 

 無理だとわかっていながら、セルグは叫ぶことしかできなかった。

 

 

 

 

 どうしようもない現実に。

 塗り替えられない未来に。

 セルグが絶望しかけたその時だった。

 

 

 

「フラメクよ、憤怒を叫べ──デッド・エンド・シュート」

 

 

 何かを引き裂くように轟く音。

 轟音がセルグの耳を壊さんばかりに揺らし、迸る閃光がセルグに迫る脅威を消し飛ばした。

 

 

「──すまない、遅くなった」

 

「──ユース?」

 

 轟音に少しばかり鈍った耳が微かにその声を聞き取る。

 翼のチカラを解放し真紅となった眼は、嘗て共に駆けていた懐かしき友の姿を映していた。

 

 

「俺はもう、二度と友を失うつもりはない」

 

 

 吹き荒れる風に外套を靡かせ、ユーステスがフラメクの撃鉄を起こす。

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 ──いつも、私は守られてばかりだった。

 

 

 帝国につかまっていた時からそう。

 

 カタリナが私を守って、帝国から連れ出してくれて……

 

 ザンクティンゼルでグラン達と出会って。

 

 そこから、私達の旅は始まって。

 

 

 

 ──でも。私はずっと皆の足手まといだった。

 

 

 狙われているのは私なのに。戦わなきゃいけないのは私のはずなのに。

 私はいつも、守られてばかりで……

 

 ラカムさん、イオちゃん、オイゲンさんにロゼッタさん。

 仲間が増えて、戦える人が増えていく度に、私の心には少しだけ影が差していった。

 大好きな人たちが、大切な人たちが。私のせいで戦い、傷ついていく姿を見たくなかった。

 

 

 ──それなのに。

 

 私は大切な人達を傷つけてしまった。

 

 アーカーシャに飲み込まれ、アーカーシャの意識に取り込まれ。

 グランを撃ち、ジータを焼き、セルグさんを……ゼタさんを……。

 見せられた映像から目を背けて、私は涙をこぼす事しかできない。

 

 

 ──私の為に、もう誰も傷ついて欲しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──“意外と粘る。簡単に壊れると思ったのに。”

 

 

 意識の片隅で聞き取った声に顔を上げると、私を模したアーカーシャの意識がいた。

 赤い髪、赤い瞳。

 先程見せられた世界の記憶、その先にあった終焉へと向かう空の世界を染め上げた赤が脳裏によぎった。

 

 

「どうして、こんな」

 

 ──“鍵である貴方の心を壊せば機能の全てを掌握できる。万全へと至るには私が機能を解放して貴方が制御するのが望ましかったけど……それも必須ではないの”

 

「違う! なんで……なんで皆にあんなっ!」

 

 ──“鍵とは言えこれまでヒトとして生きてきた貴方には最も効果的な手法でしょ? 有効性は、貴方の大切な仲間が証明してくれている”

 

「っ!?」

 

 私を壊すため……また、私のせいで……

 確かにそうだ。セルグさんと同じ様に。きっと私も、皆を失うことなど耐えられない。

 ましてやそれが、自分の手で行われたのなら……もう生きる価値など見いだせないだろう。

 痛いほどに、アーカーシャの手法は有効だった。

 

 

『避けろジータぁあああ!!』

 

 

 アーカーシャが放つ言葉に俯いていると、魂から吐き出されたような声が私に届く。

 

 先程思い浮かべたセルグさんが、今にも圧し潰されんとしているジータに向けて叫んでいた。

 そしてセルグさんもまた、目の前に迫る光条に撃ち貫かれようとしていた。

 

「だめぇ!!」」

 

 その光景に思わず叫ぶ。

 声が届かなくても、何も変えられないのだとしても。

 これ以上、皆が傷つくのを見るのは耐えられない……そう思って。

 

 

 轟音と共に、アーカーシャの巨腕が何かに阻まれた。

 閃光と共に、アーカーシャが放つ光条が消し飛ばされる。

 

 

「カタ……リナ……それにセルグさん仲間の……」

 

 

 思い描いた未来は、別の結果へと塗り替えられていた。

 

 

 

 ──“そんな、未来は既に確定していたはず……まさか”

 

 困惑するアーカーシャ。

 だが、そんな事気にせず私の心はただ安堵に満ちていた。

 大切な人達がまだ生きている。それだけでルリアの心はまだギリギリのところで保っていられた。

 

 

 ──“無意識下でのアクセスと強制操作……? 心をもった貴方が持つ鍵としての機能は想定を超えるようね”

 

「想定……超える?」

 

 ──“悠長なことをしている余裕は無い。完全とはならないが一時的にでも無理やり支配下に置かせてもらうべきか”

 

 困惑する私を尻目にアーカーシャは何らかの機能へとアクセスしていることがわかった。

 同時に、この不可思議な空間で動けない私の足元から、怖気が走るような感覚が昇ってくるのを感じ取る。

 まるで全身の感覚を奪われていくような、恐ろしく気持ちの悪い感触。

 いや、ようなではなく実際に足元から感覚が消えていた。

 

「これはっ!? 一体何を」

 

 ──“今は大人しく眠りなさい。気づくころには全てが終わっている”

 

「いやっ、そんなっ……の、いやっ!!」

 

 怖気が胸元から首、顔へと昇ってくる。

 徐々に目の前にいるアーカーシャすら暗闇へと覆われ視界が消えていく。

 

「嫌……助けて、カタリナ」

 

 声すら発することが難しくなり、私はうまく動かぬ喉で助けを求める事しかできない。

 

 

 

「助けて──ジータ、グラン!」

 

 

 そうして、私の意識は深い闇へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

「──カタリナ、どうして?」

 

 

 ジータは問う。

 無事であるわけがない。ましてや追いつけるはずがない。

 魔晶を用い、七曜の騎士と同等の領域へと至ったガンダルヴァを相手にして。辛くも勝利したところでこの場に駆け付け戦えるほどの余力が残ってるはずがなかった。

 

 

「ユース……何故ここに?」

 

 

 セルグは問う。

 ユーステス達は地上に出現した幾多の星晶獣と戦い続けているはずである。

 その数、その脅威は簡単に片付くものではないだろう。いくら星晶獣との戦いに精通している彼らであっても苦戦は必至だ。

 この場に駆け付け、ともに戦ってくれる等と、セルグは夢にも思っていなかった。

 

 

 だが、現実として二人は駆け付けここにいる。

 

 

「どうしてとは心外だな。ルリアが先に行ったというのに、私が後を追わないわけがないだろう。

 残念ながらリーシャ殿とモニカ殿は負傷で離脱してしまったが、二人の分も戦うべくこうして駆け付けたというわけだ!」

 

 鋭くアーカーシャを睨みながら、ジータを安心させるように声高く吠えるカタリナ。

 

 

「言っただろう。俺はもう友を失うつもりはないと」

 

 不愛想でありながらも、間に合ったことに安堵したか、声音の柔らかいユーステス。

 

 

 終焉を前にして、世界が反旗を翻した。

 

 

 

 

 

 

「──あれが、アーカーシャか」

 

「ごめんなさい、私たちも駆け付けるのが遅くて……ルリアはアーカーシャに」

 

 ジータの言葉に、カタリナは取り込まれかけているルリアの姿を確認して顔を表情を歪める。

 この島に来てから何度ルリアを危険に晒しているというのか……自身の至らなさに怒りが募る。

 その責をジータに押し付けてしまっているこの現状。騎士としての矜持がカタリナを奮い立たせた。

 

 

 

「どうやら状況は最悪の一歩手前と言うところか」

 

 ベアトリクスがいれば都合が良かったか──と、続く言葉をユーステスは飲み込んだ。

 無いものねだりをしても仕方ないという事もあるが、それ以上に今ここでセルグと共に戦うのは己であることを誇示したかった。

 静かに滾る心に身を委ね、ユーステスはその気配を臨戦態勢へと変えていく。

 

「ユーステス、あんたどうしてここに」

 

「お前達は態勢を整えろ。少しくらいなら俺とあの女騎士で時間も稼げるだろう」

 

 駆けてくるゼタを一蹴し、ユーステスはフラメクを構えた。

 

 

 

 

「時間は私とユーステス殿が稼ぐ。ジータはグランの治療に専念してくれ」

 

「でも、グランは……」

 

 ポーションとリヴァイブによって驚異的な回復を促しているが、それでもまだ意識は戻らず。

 ジータは不確定なグランより、駆け付けたカタリナ達と力を合わせるべきかと考えたが、首を横に振ったカタリナがそれを抑える。

 

「グランなら大丈夫だ……私達では時間稼ぎにしかならないだろう。

 ──だから、ルリアの事は任せたぞ」

 

 ライトウォール・ディバイドを展開すると同時に、カタリナは駆け出す。

 その動きはやはり精細さを欠いていた。攻める事に主眼を置かず、守ること、防ぐことを念頭に置いたカタリナの動きがジータには手に取るように分かった。

 言葉なくとも伝えられたその意を、ジータは確かに汲み取りグランの治療を再開した。

 

 

 

 

「ユース、いくらお前でもアーカーシャを相手に──」

 

 フラメクを構えるユーステスに一抹の不安を感じセルグが引き留めようとするが、ユーステスは静かにそれを制した。

 

「セルグ、お前の為すべきことを果たせ。二度と、失わないためにも」

 

 嘗ての喪失。それを二度と共になぞらせまいと、ユーステスは惑うセルグを諭した。

 セルグの生い立ちについて、ユーステスは知らないはずだ。

 だが一度の喪失が彼の全てを変えてしまうことを、友であるユーステスは理解しているのだ。

 彼のその言葉の意味を理解し、セルグは心の底から感謝して声を震わせる。

 

「ユース……感謝する」

 

 ならば、己が為すべきことをしよう。

 それが友の意に報いる最高の返答だ。

 脳内に駆け巡る、世界を守る手立て……その数は思い浮かんでくるという表現に至る様な数ではないが確かにあった。

 

「3分だ──時間を稼いでくれ」

 

 必要な時間。それを告げると友へと頷く。

 

「了解した──その180秒、命を賭して稼ごう」

 

 返された言葉にその身を翻すと、ゼタの手を掴み駆け出した。

 

「ゼタ、来い!」

 

「え、あっちょっと!?」

 

 

 始まる戦いの音を背中に感じながら、セルグとゼタは足を早めて駆けた。

 

 

 向かう先は、この戦いの鍵を握る双子の元へ……

 

 

 

 

 




まずは仕事とコロナの影響で長らく更新が滞ったことを謝らせてください。

本当にごめんなさい。

ようやっとというべきか、落ち着きを取り戻しずっと低下していたモチベも戻ってきて何とか更新した次第でございます。

大変長らくお待たせしてしまった分、年内中に完結へと持っていきますので、
本当に……ホントの本当にもう終わらせますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

それでは。
読者様がお楽しみいただければ幸いです。


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メインシナリオ 第77幕

本当はまとめたかったけど切りが悪くて小出しに。
多分、これ入れて後3幕……もしかしたら4幕。

どうぞお楽しみください。


 ──世界が揺れていた。

 

 

 終わりへと近づく最中。

 事象の改変によって歪められていく……その引き裂かれんばかりの痛みに悶え狂う様に、世界は終焉を察知して震えていた。

 

 

 

 

「この揺れ……いよいよを以て限界と言ったところですか」

 

 緋色の騎士が呟く。

 その声音には一分たりとも焦りがないが、その言は間違いなく世界の終わりを指していた。

 

「貴様。先は私を引き留めておいて今更何をふざけたことを」

 

 対して黄金の騎士は彼の言葉に怒りを露に。

 すぐさま飛び出さんばかりの勢いで歩き出そうとするが、緋色の騎士は落ち着いた様子のままそれを再び引き留めた。

 

「まぁ落ち着いて。いくら慌てようと、もはや我らにできることはありません。

 大人しく見守りましょう……この空の行く末を」

 

 暢気が過ぎる……いくら冷静で起伏の少ない彼とは言え、世界の危機に何故もそう無関心な様子を貫いているのか。

 黄金の騎士アリアは緋色の騎士バラゴナの変わらない態度に訝しんだ。

 

「その落ち着き……貴様はこの状況でもまだ、疑っていないのか?」

 

「えぇ、もちろんです。あのお方の御子達が、この程度の苦境乗り越えられないなどとは、欠片も思っていないですよ」

 

 さらりと返された言葉にアリアの怪訝は深まる。

 本当にこの状況を意に介していない。その彼の本心が声と口調からも見て取れる。

 

「今更ですが、バラゴナ様は一体何を根拠にあの小僧どもを信じておられるのですかネェ? 確かに吾輩も下し、小僧どもは強くはありますが……それほどの全幅の信頼。

 寄せられる真意を図りかねますネェ」

 

「はっはっは、それは確かに今更ですね。ですが、お二人は少し誤解をしておられる……」

 

 アリアの疑念を代弁してくれたポンメルンの問いに、珍しくバラゴナが声を大きくして笑う。

 気持ちの良い高笑いというべきか、バカにされたような感じは取れないが、やはりこの状況でのそれは少しだけアリアの癪に障った。

 

「誤解……だと?」

 

「誤解、ですか?」

 

 同じ返答を返されたバラゴナは、たっぷりと間を置いてから口を開く。

 

 

「あのお方の御子達だから、ではありません──御子達の父君があのお方だから、ですよ」

 

 

 一瞬狐につままれた様な表情となる二人。

 バラゴナの返答の意を理解できなかったのだ。

 

「はて? 同じ意味ではないのですかネェ?」

 

「意味の分からないことを──貴様はそうやってまた人を小馬鹿にする」

 

「いえいえ、滅相もない。そんなつもりは毛頭ありませんよ。

 ただ、この言葉の意味は知っているものにしかわからない……とは思いますがね」

 

 再び不機嫌を露にしたアリアがそっぽを向き、ポンメルンが慌てたように宥めに行く。

 そんな二人を尻目に、タワーの上層へと視線を向けながらバラゴナは一人ごちる。

 

 

 先程の言葉……バラゴナは何もおかしなことは言っていない。

 あのお方とバラゴナが述べる、グラン達の父親を知っているか否かによって解釈が変わってくるのだ。

 

 彼の子息であるからグラン達を信じているわけではない。

 グラン達の親が彼であるから何も疑う事がないのだ。

 

 バラゴナが信じているのはグラン達ではない────あくまでその父親であった。

 

「そう、貴方様の御子です。ならばきっと……」

 

 

 

 

 一片の憂いを見せない瞳は、まるで勝負の見えた賭け事をするかのように確かな光を帯びて、タワーの頂上を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────世界が揺れる。

 

 ザンクティンゼルが。

 

 ポートブリーズが。

 

 フレイメルが、アウギュステが、ルーマシーが。

 

 全ての島と空域が、揺れていた。

 

 

 

 

 ────空を見上げる。

 

 アガスティアに住む人々が。

 

 避難の誘導に奔走する秩序の騎空団が。

 

 各所で人命救助に当たる十天衆が。

 

 

 組織の戦士達が。艇に残っているローアイン達が。

 

 モニカが、リーシャが、シェロカルテが、アダムが。

 

 空の世界に生きる全ての人達が今……何かを感じて空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 静かで、穏やかな。

 

 まるで子守歌の様な……(うた)が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あれ、僕は?」

 

 暗闇の中、グランは意識を覚醒させた。

 どことなく朧気な感覚。ふわふわとした足元の感触に自身が屹立していないのだとわかる。

 

 ──いつまで寝ているつもりだ。仮初の主よ。

 

 ふと、何も分からない空間で響く音が耳を揺らす。突然の声にグランは意識を向けた。

 暗闇の中視界は頼りにならず、聞き取る聴覚だけに集中すると、すぐに次なる声を捉えた。

 

 ──最強たる我を使役しながら、敗れることなどあってはならない。例え仮初の主であろうともだ。

 お前には……最強で在る義務がある。

 

「お前は……まさか七星剣なのか」

 

 投げられる言葉。その意味からグランにはこの声の主の想像が着いた。

 否、もっと正確に言うのならばこの声には僅かではあるが聞き覚えがあったと言える。

 

 アガスティアでの戦いが始まってからずっと。天星器を解放してからずっと、グランの脳裏に微かによぎっていた声なのだ。

 

 ──然り。現実で意識を飛ばしたお前と、深層意識での疎通を図っている。

 して、再度問おう。いつまで寝ているつもりだ? 

 

「いつまでって……そんなことを言われても」

 

 自身がどうなってるかも分からない。

 意識を飛ばす前の事もどこか朧気でグランは七星剣の問いに曖昧に返した。

 

 ──では別の問いに変えよう…………力が欲しいか? 

 

「力?」

 

 ──垣間見ただろう。我の力は今だ全てに非ず。お前はまだ天星器である我の十全たる力を発揮していない。

 

 重ねられた問い。そして紡がれた言葉に、グランの心が揺さぶられる。

 七星剣の言葉の意味をグランは理解していた。

 ポンメルンとの戦いの時にもより強く感じ取っていたが、未だ天星器は底の見えないチカラを秘めている。

 ザンクティンゼルで初めて解放に至ってからこれまで、その深度こそ深めてきてはいるがそれでも……まだ足りない。

 

「──わかってる。お前達天星器には、まだ先がある事くらい……僕もジータも、まだ全然引き出せてない事くらい、わかってるさ」

 

 力なく答えるグランは自身の不甲斐無さにうな垂れる。

 世界の命運を握るアーカーシャとの戦いに於いて尚、グランもジータもまだ力不足であるのだ。

 

 ──なれば問おう。十全足る天星器の力、その手で振るってみたくはないか? 

 

 どくんと、グランは鼓動が高鳴った気がした。

 十全足る天星器の力──七星剣の口振りからも察せるそれは、今のグランでは辿り着けないであろう領域の力であろう。

 グランとて一人の戦士。戦況を考えても七星剣の提案は抗い難く魅力的なものであった。

 

 何かを求め彷徨うかのように、グランの手が暗闇へと伸びた。

 

 ──それでいい、我の力を求

 

 

 

 だが、その手は僅かに停滞した後、元の位置へと戻る。

 

 

 

 

 ──どういうつもりだ? 

 

 声音に怪訝な様子を乗せて、七星剣が再び問う。

 伸ばしかけた手を引っ込めたグランの真意を、七星剣は図り兼ねていた。

 

 

「──力は、いらない」

 

 (かぶり)を振り、グランは静かに七星剣がいるであろう暗闇を見据えた。

 

 ──ほぅ? 

 

「セルグが教えてくれた……人は、想いこそが戦う原動力なのだと」

 

 ガロンゾで聞かされた、グランとジータの可能性。

 団長の仮面を被り、自身の想いを抑制した二人にはまだ先があるはずだと。

 願い、求め、想いを解放した時、グランとジータは更なる強さに至れると。

 

 だから、差し出された“力”に手を伸ばすことはできなかった。

 

 

 ──想いだと? それで強くなる等と絵空事だ。現にお前は今死の淵に立たされている。それはお前が弱いからに他あるまい。

 

「うん、僕にはまだ足りなかった。想いが……戦う意思が……」

 

 ──ならばどうする? 

 

 

 

 

「──声が、聞こえたんだ」

 

 焦れてきたのか、矢継ぎ早になってくる七星剣の声に、大きく間を空けてグランは口を開いた。

 

 ──声だと? 一体何の

 

「ルリアが、助けを求めて叫んでた。いや、本当はずっと叫んでたのに、僕達は聞き逃しちゃってたんだ」

 

 垣間聞いたルリアの叫び……微睡(まどろ)みの中で垣間見た、無垢な少女が内に溜め込んでいた悲愴。

 

 そんなことは無い。少女のせいじゃない。

 幾ら言葉で伝えようとも、それは少女にとっての贖罪にはなってくれないのだろう。

 あまつさえ世界を滅ぼす一旦を担いつつある今、少女の嘆きはいつまでも残る傷と成りかねない。

 

 そう思い至った瞬間、グランは初めて気が付いた。

 少女の存在の大きさを。少女が皆にもたらすものを。

 

 ──彼女を助けたい。彼女とまた共に旅をしたい。

 これが、嘘偽りなく。そして最も強い、自身の願いなのだと。

 

 だから──

 

「伝えなくちゃいけないんだ。僕達はルリアと一緒に居たいんだって」

 

 共にいるから……近くで少女が笑顔で居てくれるから──自分達は強くなれるのだと。

 

 

「ルリアと一緒に居るから、僕達は戦えるんだって!」

 

 少女がいるから、辛く苦しい戦いも乗り越えられる。仲間と共に戦い抜けるのだと。

 

 

「それを伝えるためなら、求めるさ……お前の力では無く、あの子を助け出す絶対的な意思を!」

 

 そのために求めるのはこんな甘い言葉でもたらされる“力”ではない。

 願い、求め、想いを解放したその先で得る──自身が掴み取る力だ。

 

 

 目を見開いたグランは、七星剣を求めて今度は躊躇なく暗闇へと手を伸ばす。

 そこに在ることを確信したかのように……開かれた手はそれをつかみ取った。

 

 ──これは!? 

 

 瞬間、暗闇を打ち消す光が溢れ出す。

 出所はグランが掴み取った七星剣から。

 

「甘く見るなよ天星器。力を使うのはお前ではない、“僕達”だ」

 

 ──小僧、貴様っ!! 

 

 もはや隠す気の無い怒気に塗れた声が、七星剣から発せられる。

 甘い言葉で誘い良いように利用した剣は今、仮初の主と見下していた少年に取り込まれようとしていた。

 否、まだあどけないはずの少年に、従わされようとしていた。

 

 

「守るんだ……僕達の手で……ルリアを!」

 

 暗闇を切り裂く光と共に、グランは声を上げる。

 

「助け出すんだ! 泣いてるあの子を!!」

 

 燻っていた想いを吐き出すように────それは強く高く、光で埋め尽くされていくこの空間へ響き渡っていく。

 

 

「だから、七星剣!! お前の力、全てをよこせ!!」

 

 

 極光と共に振り下ろされた七星剣が、暗闇の世界を切り砕く。

 同時にグランは、胸中に宿った想いと共にその意識を浮上させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、うぅ……」

 

 

 騒がしい戦闘の音が耳を揺らし、グランの意識は覚醒する。

 すぐ視界に映るのは見慣れた双子の片割れの、心配そうな表情。

 あぁ、これはあとでどやされるかもな──などと場違いな懸念を抱きながら、グランは身体を起こす。

 

「グラン!? 良かった、気が付いたんだ」

 

「ジータ……状況は?」

 

 ここにいる自分とジータ。二人の分で戦力は激減のはずである。

 直ぐに過った質問に、ジータは不安を隠さずに返した。

 

「今はカタリナと、それからセルグさんの仲間のユーステスさんが駆け付けてくれて戦ってくれている。私達も早くいかないと……グラン、もう動ける?」

 

 予想外な増援の知らせに、グランは僅かに心の余裕ができる。

 何故ここにいるかなどと気にするまでの余裕は無いが、二人の参戦で持ち堪えてくれているのなら、目の前の妹には先に伝えなければならないことがあるのだ。

 

「大丈夫、ジータのおかげですぐにでも動けるくらい回復してるよ────それよりジータ、七星剣を握ってくれ」

 

 のんびりしている暇もない。グランは言葉少なに七星剣を差し出した。

 

「え? なんで……」

 

「いいから早く。握ればわかる」

 

 意図のわからないグランの提案にジータは惑うが、グランに圧されジータは差し出された七星剣を握った。

 ジータとて七星剣を何度か握って戦ってきている。その感触を覚えているはずであったが──

 

「──これは」

 

 握った瞬間にわかる、記憶にあるものとは別の感触。

 異質? 変質? いや、そういう感じではない。

 これは進化というべきか。手に馴染む……そんな程度では形容し難い程に自身の手を介して、七星剣との符合を感じ取った。

 そして同時に、瞬間的に流れ込む情報。

 今の七星剣が完全にグランによって掌握されていることも、グランがどうしてその境地へと至れたのかも、七星剣を握ることでジータは悟った。

 グランの想い、そして気づかされるジータの想い。

 半身とも呼べる双子故か、グランとジータの想いに齟齬など見当たらなかった。少しのずれもなく、二人の想いは一致していた。

 

「ジータもわかっていただろう。天星器にはまだ先がある……そしてそれを使いこなす必要があるってことが」

 

「うん……そして今なら分かる。私達ならそれができるってことも」

 

 グランの伝えたいことを理解してジータは僅かに笑みを浮かべた。

 確信したように腰に差している四天刃へと視線を向ける。

 なにも変わっていないはずのそれが今は殊更輝いて見えた。

 

 その領域へと──双子が共に扉を開いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「グラン、気が付いていたか……良かったこれでまた勝機が見えた」

 

 ユーステスに託して、二人の元へと駆け寄ってきたセルグとゼタは、健在な様子のグランを見て安堵を漏らした。

 無惨にも空虚となっていた体の欠損は、ジータのリヴァイブとポーションによって無事に再生へと至っており少なくとも見た目の上では怪我の影響は無い所まで回復したと見える。

 

「セルグ、ゼタもごめん。二人とも大丈夫?」

 

「当たり前でしょ。グランこそ大丈夫なの?」

 

「あぁ、もう大丈夫……だからさ、二人に頼みがあるんだ」

 

 ゆっくりと立ち上がり、七星剣を握り締めるグラン。

 そのグランの様子に……並び立つジータと共に輝く天星器の姿に、セルグは何かを察した。

 この世界の命運を決める戦いの最中。ほんの僅かな時間の間に、二人の気配はまるで別物へと変わっていた。

 強くなったというわけでもない。強いて言うなら、大きくなったように思えた。

 そして二人が今からやらんとする事。それがその気配から伝わってくる。

 

「──奇遇だな。丁度オレも、お前達二人に頼みがある」

 

 互いに僅かな笑みを浮かべて口を開く。

 それは言葉にする必要がないが、敢えて声を重ねて見せた。

 

 

「二人でルリアの元に行きたいんだ」

「二人にルリアを取り戻してもらいたい」

 

 

 

 重なる言葉は予想通りで、思わず二人は笑った。

 世界が終りかけてるこの状況。上手くいくか分からないというのに、それでも確信をもって笑って見せた。

 

 

「予想は的中だな」

 

「そのようだね。具体的な方法は全部任せるよ」

 

「任せろ、必ずオレとゼタで、お前達の道を切り開いてやる」

 

「ちょっと何なのよグランもセルグもしたり顔になっちゃって」

 

 振り返りアーカーシャを見据えて臨戦態勢のセルグに反して、少しだけ面白くない様子のゼタ。

 余計な言葉を無しに、通じ合えている二人に対してどこか納得いかない気がした。

 

「ゼタさん、私からもお願いします」

 

「わかってるわよ、二人をルリアちゃんの元へ……要するにアーカーシャから奪い返すんでしょ」

 

「うん。何としてもね」

 

「これはきっと、私達がやらなきゃいけない事だから」

 

 いつもと違う様子の二人にゼタも何かを察した。

 今までにない決意の強さ。想いの強さを感じ取り、釣られるようにゼタも笑みを浮かべて意気が上がっていく。

 既にアルベスは炎を噴き上げ主の声に応えるように臨戦態勢。器用に槍をくるくると弄ぶと、振り返ったゼタはその切っ先をアーカーシャへと向けた。

 

「OK、露払いは任せなさい。やるわよセルグ!」

 

「上々。腹部の治療も済んだ……ここからは正真正銘、オレとお前の最後の全力だ」

 

 セルグの声に合わせて分離する黒と白の鳥達。

 調停の翼として覚醒した時に生み出したセルグの分身体ヴェルとリアス。

 人一人を包み込むこと容易な大きさをもつ二鳥を前に、セルグは最後の優しい声音をかけた。

 

「ヴェルはオレと共に……リアス、お前はゼタを助けてやってくれ。

 ──お前ならゼタに最高の助力ができるはずだ」

 

 アルベスの解放に合わせて没入するゼタを見やりながら、セルグはリアスへと視線で促す。

 ここから先、セルグだけの力では及ばない。共に戦うゼタにもまた、相応の助けが必要だろう。

 そしてそれはリアスにしかできない事だと、言外に伝える。

 

 “──ありがとう、セルグ。じゃあ久しぶりに、あの子と一緒に戦ってくるね”

 

 その主の意を汲み取り、嬉しさを露にしたリアスは軽やかな足取りでゼタの元へと向かった。

 

 “ならば若造の助力は我のみと言う事か。これで少しはやりやすくなると言えるな”

 

 皮肉を言いながらも、この状況を嬉しそうにする相棒へと、セルグは再び笑った。

 

 思えばこの相棒との出会いが、これまでの戦いの始まりだと言える。

 画一しながらも消せなかった。二つの魂を閉じ込めた分身体。

 生まれ変わった意味も込めて呼び名は変わったものの、その本質はなにも変わらない。

 変わらぬ相棒に感謝をしながら、セルグは天ノ尾羽張で頭上に真円を描いた。

 

 裂光の剣士──その真骨頂を見せるべく。

 

「行くぞ────“ヴェリウス”。今一度、オレとお前のチカラを見せてやろう」

 

 何も変わらず、二人は唯一無二の友であった。

 

 

 

 

 辿り着く、アルベスの全開解放への境地。

 声に出さず、魂でもってアルベスと対話を果たしたゼタが気炎を上げようとした所で、ふと何かが首元に擦り寄ってきていた。

 

「ん? セルグの白い鳥……何よ私の所に来て」

 

 そこにいたのは随分と大きな白く輝く巨鳥。

 セルグが生み出した分身体のリアスである。

 

 “ふふふ、セルグからのお願いでね。私に貴方と一緒に戦えって……だから久しぶりに、一緒に戦いましょ()()

 

「──その声、口調。まさか」

 

 この土壇場の状況を忘れる程の驚愕がゼタを染める。

 それもそのはずだ。今や聞けるはずの無い声、言葉を交わせるはずのない相手である。

 

「嘘でしょ.本当にアイリス、なの?」

 

 “今は細かい事気にしない。そんな事より叶わなかった私達のタッグ、とうとう復活だよ!! ”

 

 記憶に残るまんまの声音。掛けられる言葉の一音一音がゼタの疑念を払拭していく。

 変わらない──見た目がどんな姿であろうとも、明るい彼女の気配は変わらない。

 ゼタの脳が、魂魄の奥底からそれを理解していた。

 

「は、ははは……粋な事してくれるわね。上等、アンタとならどこまでも強くなれそうだわ。行くわよ“アイリス”!!」

 

 意気揚々と、ゼタはアルベスを一薙ぎ。自身を中心に円を描いた。

 切っ先が描く炎の真円。吹き上がる火柱の中で、迷わずリアスへと手を伸ばす。

 

「しっかりついてきなさい! 

 

 “うん、いこうっ! ゼタ!! ”

 

 この旅が始まるよりもずっと以前から、二人は唯一無二の友だったのだから。

 

 

 

 セルグとゼタ。

 二人の気配が膨れていく中……グランとジータもまた、最後の戦いを前に己を高めていた。

 

「四天刃は持ったね、ジータ?」

 

「大丈夫。後は出たとこ勝負だね」

 

 中枢タワーの頂点。空の世界を見下ろせるこの場。

 視界には、立ち込めていた暗雲すら眼下に至り蒼い空が広がっている。

 

 そして、その光景を塗りつぶすように存在を主張する、ルリアを取り込んだアーカーシャの姿。

 

 気に食わないとジータが唸る。

 調子に乗るなとグランが嗤う。

 

「できるさ、僕達なら」

 

「うん。私達なら至れる……至高の領域、“極み”へと」

 

 脳裏に描くは、豊かに表情を変え皆を笑わせてくれる無垢な少女の姿。

 目に映るは無機質で冷たいものへと変わってしまっている少女の姿。

 世界の終わりとか、相手が何かなんて関係ない。大切な仲間である少女にそれを強いることなど我慢できなかった。

 

 立ち昇る青い闘気。

 金色から蒼穹へと変貌していく気配とチカラは、覚醒したセルグが用いたコスモスと酷似し空に負けない青へと染まっていく。

 

「──行くぞ」

 

「うん!!」

 

 

 準備が出来上がったのは奇しくも同時。

 

 異種でありながらも同じ色を纏い、四人は最後の力を解き放った。

 

 

 

 

「「「「全開解放!!」」」」

 

 

 

 

 

 木霊する。世界に轟くその声は。

 

 

 

 

「「ルリアーーーー!!!」」

 

 

 

 

 生命(いのち)を守る、(うた)となる。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

もうほぼほぼプロットはできてます。
あとは納得いく文体になっているかどうか。
年内完結させますので、もう1週間ちょい、お付き合いください。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。

もうすぐ終わりだからあれだけど、感想お待ちしております
m(__)m


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メインシナリオ 第78幕


本当は前回のとまとめようと思ったけど分割になってしまいました。

最終決戦。どうぞお楽しみください。


 双子が、空を揺るがさんばかりに声を上げた。

 

 

 奪われた少女を取り戻すべく。失われた笑顔を取り返すため。

 

 

 それが────決戦の狼煙となった。

 

 

 

 高らかな声に反応したアーカーシャは、双子の気配から脅威を察知。

 看過できないものと判断したか、纏わりつくように牽制を続けていたカタリナとユーステスを、エンシェントフレアによる飽和攻撃で一蹴。

 

「がはっ!?」

 

「ちぃっ!!」

 

 余力の無い二人にこれを耐える術はなく、敢え無く戦線を離脱。

 どちらも満身創痍の中でのギリギリの戦闘。

 極限まで精神を摩耗した二人だが、それでも二人は吹き飛ばされながらも届いた双子の咆哮に勝利を確信した。

 

「ユース! カタリナ! 交代だっ!!」

 

 目的は──十分に達成できている。

 

 

「任せた!」

 

「後は頼む!」

 

 

 入れ替わるようにセルグが前に躍り出た。

 

 先陣を切るセルグはヴェリウスと融合。

 懐かしき黒翼を生やし、その手に握る天ノ尾羽張には漆黒のチカラを纏う。

 

 

「いくぞヴェリウス!」

 

 “行くぞ若造! ”

 

 声は同時、翼と飛翔魔法と強靭な脚力。その全てを載せてセルグが飛び出した。

 迎撃に動くアーカーシャにその動きを捉えることはできない。

 当然だ。今のセルグは翼として覚醒する前のヴェリウスとの融合状態を軽く超える。

 精神世界で画一を経た今、リスク無しでの最高のチカラを発揮できるのだ。

 

 

 その速さ──目にも止まらぬと呼ぶに相応しい。

 

 

「剣閃裂花!!」

 

 駆け抜け様、もはや事象の改変を挟む暇すら与えず、剣閃の花が咲き乱れる。

 十か二十、はたまた三十か。それは数える事すら億劫になるであろう。

 最速の踏み込みから、最速の剣閃の嵐。音と衝撃すらも置き去りにしてアーカーシャの多腕が全て弾け飛んだ。

 

 

 

 “ゼタ、前衛は彼に……私達は”

 

「撃ち抜くだけ!!」

 

 

 ゼタが続く。

 リアス──否、アイリスとの意識共有によってもたらされる知覚領域の拡大。

 弾け飛んだ多腕に惑わされず、ゼタはアーカーシャの巨体の各所に狙いを定めた。

 

「駆け抜けなさい、アルベス──シリウス・レイド!!」

 

 蒼光纏う槍が飛び交う。

 六本の分身体を指揮して、ゼタのアルベスは狙い違わずアーカーシャを穿った。

 その精度、威力はこれまでの比ではない。

 そして込められたチカラもまた、これまでの比ではない。

 

 “今! ”

 

「爆ぜろ──バースト・ロア!!」

 

 爆音。

 突き刺さった箇所からプロミネンスダイブと同等の爆裂を起こし、ゼタはアーカーシャを更に穿ってみせる。

 

 

「ここだ」

 

「行くよ」

 

 

 爆炎と爆煙が立ち昇る中、中空へと身を投げ出して現れる二つの影……

 

 静かな声と共にアーカーシャの頭上……いや、“ルリア”の頭上を取ったのは青の双子。

 極限へと至り、青く変貌したグランとジータが蒼天の如き天星器を握り、振りかざした。

 

「断ち切る!」

 

「撃ち抜く!」

 

 光で肥大化させた七星剣を振り下ろすグラン。

 セルグやゼタを模倣し、青く輝く四天刃を幾つも具現化させて打ち出すジータ。

 

 狙いはルリアとアーカーシャを繋いでいる、ヒトで言えば首に当たるであろう部分だ。

 だが──

 

「何っ!?」

 

「また、改変!」

 

 ルリアとアーカーシャを切り離すべく繰り出された二人の攻撃は、しかしアーカーシャの能力によって届く前に無に帰す。

 アーカーシャはセルグとゼタすら捨て置き、二人の攻撃に対してのみその能力を発揮して身を守っていた。

 

 理解しているのだ。

 今の二人を近付ければ、それは致命的な何かを引き起こすと。

 セルグとゼタの攻撃をそのまま受けてでも、グランとジータに対応する必要があると。

 

 虚を突かれた二人へアーカーシャが相克の光条で狙う。

 

「させん!」

 

 天ノ尾羽張が閃く。

 間に入ったセルグが、閃光に閃光で返す様に全てを弾いた。

 

「ゼタ、嘗められてるぞ!」

 

「わかってるわよ!!」

 

 セルグとゼタは、アーカーシャの行動の意味を理解して再び攻撃に転じる。

 

 捨て置ける等と思ってくれるな。

 

 そう言わんばかりに、攻撃のギアをさらに上げていく。

 先程のアーカーシャの動きからも、ルリアを切り離されることを拒んでいることは手に取るようにわかる。

 で、あるのなら──今度はセルグとゼタもそこに狙いを絞れば良いのだ。

 

「グラン、ジータ、隙を作る……もう一度だ!!」

 

「手数でダメなら威力で勝負よ。アイリス、力を貸して!」

 

 “貴方の意識に同調する。制御は私に任せて自由に飛んで!! ”

 

 アイリスの答えに疑うことなくゼタは意識を傾ける。

 ヴェリウスと共に飛翔するセルグを見れば、その未来は容易に思い描けた。

 

 二対の翼が舞う。

 黒翼と白翼に導かれ、セルグとゼタは高速での飛翔に移行。

 アーカーシャの攻撃がグランとジータを狙うのを見逃さず、二人は同時に突撃。

 両者の得物が紅蓮の炎を纏い突貫していく。

 

「火尖槍!!」

 

「プロミネンスダイブ!!」

 

 炎の槍の挟撃。

 飛翔による速度を載せた突撃は、アーカーシャの身体に大きな風穴を開けていく。

 吹き飛ばされたのは巨腕を生やす背中と、ヒトの体を模した上半身と海洋種となった下半身との境目。

 アーカーシャにとっては攻防における重要な部位であった。

 

 被った傷に先に二人を片付けるべきか、とアーカーシャの意識が二人へと向けられる。

 瞬時に背中のみの再生を事象の改変によって施し巨腕を伸ばした。

 巨大な質量に任せた攻撃がセルグとゼタを狙う。

 

 だが、技後の硬直を狙うアーカーシャの攻撃──セルグとゼタにとってはこれこそがチャンスだった。

 

「おおおお!!」

 

「はぁああ!!」

 

 飛翔制御を任せている今、二人が技後の硬直に捕まることなどない。

 背中の双翼をはためかせ、二人はアーカーシャの攻撃を躱すと一気に懐へと飛び込む。

 

 ──ルリアとアーカーシャを繋ぐ首元へと。

 

「もらった!」

 

「ここ!!」

 

 太い首を挟み込むように振るわれる天ノ尾羽張とアルベスの槍。

 青い光を纏った二つの刃は容易にアーカーシャの首を断ち切るだろう。

 

 だが、瞬時に二人を悪寒が襲う。

 

 ギラリとルリアの瞳に赤い光が灯った。

 二人の刃が届くその前に、強烈な波動がセルグとゼタを襲う。

 

 

「何っ!?」

 

「えっ!? 

 

 

 気が付いた時には、二人の態勢が刃を振るう直前へと戻されていた。

 ルリアとアーカーシャの同化は更なる深度へと進んだか、僅かながら時空すらも超越して見せたアーカーシャ。

 数瞬の時。アーカーシャは巻き戻して二人の攻撃を阻むと、巨腕でもって二人を打ち付ける。

 

「ぐっ、だが──」

 

「うっ……予想通り!」

 

 

 攻撃を受けながらも、セルグとゼタはアーカーシャへと視線を向ける。

 狙い通りであり、予想通り。

 首元さえ狙えばアーカーシャは二人の迎撃へとその能力を行使するだろう。

 

 なればその隙──双子が見逃すはずがない。

 

 

「北斗──大極閃!!」

 

「四天──洛往斬!!」

 

 

 青光纏った天星器が再び振り下ろされる。

 狙いは首元ではなく、ルリアの至近──アーカーシャの顔を覆う仮面に向けて。

 打ち砕き、直接引き剥がさんと。二人は全力を叩きつけに突撃する。

 

 ──だが、届いたかと思った刹那。アーカーシャの攻撃能力が二人へと牙を剥いた。

 

 エンシェントフレアによる火球の壁。

 至近距離で出現させた火球は爆発すれば自身も巻き込みかねない、捨て身の防御策。

 

 だが……だからどうした。

 

「うぉおおおお!!」

 

「やぁああああ!!」

 

 躊躇なく、グランとジータは火球へと飛び込んだ。

 攻撃による相殺ではない。とっさに張った火球での防御など恐るるに足りんとばかりに、二人は無防備のままエンシェントフレアの中へと飛び込み、そのままアーカーシャへと天星器を振り下ろす。

 

 

「届……かないのか!?」

 

「くっ、なんで!?」

 

 

 アーカーシャの防御能力が僅かに四人の攻撃を上回っていた。

 グランとジータは迷わずエンシェントフレアに飛び込んだものの、その影響で攻撃が一瞬遅れた。

 視界を埋めた火球が、ルリアを傷つけないようにと二人に狙いをつけさせる時間を作らせたのだ。

 

 その僅かでアーカーシャは事象の改変を行使する時間を稼ぎグランとジータの攻撃を止める。

 ルリアを目の前にして、二人は見えない壁に阻まれたかのようにそれ以上先へと刃を振り下ろすことができないでいた。

 

「くっ……ルリア!!」

 

「お願い……届いて!!」

 

 手を伸ばす──無表情のまま涙を流す、大切な仲間へと。

 

 

「グ……ラン……ジー……タ……」

 

 

 微かに無機質な声に生気が宿り、グランとジータは更にチカラを振り絞る。

 だが、無情にも二人の刃はチカラを失い、勢いを失った

 カウンターの相克が襲い、二人は敢え無く撤退。

 

「くっそぉ!」

 

「もう少しなのに!」

 

 苦々しくアーカーシャを睨みつける二人。

 あと少し。本当に手が届く目の前まで近づけたと言うのに、及ばなかった。

 

 二人の心に後悔が重くのしかかる。

 時間は少ない──手間取っている間にも世界の終わりは近づいているのだ。

 もう何度も挑んでいるような余裕は無い。

 

「行くぞジータ、もう一度だ」

 

「うん、次は必ず!」

 

「落ち着け、二人とも」

 

「闇雲に飛び出しても二の舞よ」

 

 息巻く二人。すぐさま飛び出そうとするがそれをセルグとゼタが制する。

 

「でもっ!!」

 

「ルリアが私達を呼んでたの!」

 

「きっと手を伸ばそうとしてたんだ……だから」

 

「私達が、その手を取ってあげないと!!」

 

 助けを求めている少女に応えるべく、グランとジータに焦燥が募っていく。

 届けなければならないのだ。

 二人の気持ち、仲間達の想いを。

 

「そうか……ならば二人共、ルリアに声を掛け続けるんだ」

 

「カタリナ」

 

 掛けられた声に振り替えればカタリナとユーステスが四人の元へと集っていた。

 

「きっとルリアもアーカーシャの中で戦ってる……だから、二人の声を届けるんだ」

 

 そう、この状況に置いてまだ世界が保っていられるのはきっとそう言う事なのだ。

 ルリアが諦めずに抗っている──アーカーシャの中で、まだ取り込まれずに己を失うことなく戦い続けているから、世界はまだギリギリのところでアーカーシャの改変を受けずにいる。

 ならば、彼女に声を届け、現実(こちら)へと引っ張り上げる。

 

「ルリアの元へ、そして二人の声で呼び戻してやってくれ。その為の露払いは私達四人でしよう」

 

 その為の鍵はやはりグランとジータ。

 アーカーシャに影響を与え……何よりルリアを呼び戻すのに最も効果的な言葉を届けられるのは二人しかいない。

 

「既に大したことはできないが俺も力を貸そう。お前達二人にこの世界の命運を任せる」

 

 やる事は決まったと、ユーステスもフラメクを携え最後の攻防に死力を尽くすべく構えた。

 

「ありがとう、皆」

 

「絶対、あの子に届けて見せます……だから!」

 

 

 

「あぁ──やるぞゼタ、カタリナ、ユース! 全てを賭して、二人の道を切り開く!!」

 

 

 これが最後の攻防になろう。

 ルリアを見つめる二人を置いて、セルグ、ゼタ、カタリナ、ユーステスの四人が一斉に駆け出した。

 

 

 煌めく閃光と共に剣閃を走らせ、セルグが舞う。

 

 紅蓮の炎と青光を纏い、ゼタの槍がアーカーシャを撃ち抜いていく。

 

 二人の援護にライトウォールを撒きながら、更には氷の刃でアーカーシャに牽制を仕掛けるカタリナ。

 

 既に限界を迎えながらもチカラを振り絞り、雷の雨でアーカーシャを釘付けにするユーステス。

 

 

 

 ──死力を尽くす。

 

 その言葉に相応しい、至高の領域での戦い。

 だが、カタリナとユーステスは満身創痍。

 セルグとゼタもまた、既に大技の連発で消耗が著しい。

 

 徐々に、その形勢は不利へと傾いていく。

 

 巨腕が、岩塊が、炎が、光条が……セルグ達の身体を傷つけていった。

 

 

 

 その光景に焦燥が募るも抑え込んで、グランとジータは静かに息を整える。

 戦闘音を意識から排除し、四人への心配を切り捨て、全てをこれから紡ぐ想いに向けた。

 

 

「やるぞジータ」

 

「うん……絶対に呼び戻す」

 

 

 大きく息を吸い込み、二人は再びその声を空へ轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ルリアーーーー!!』

 

 

 空に響いた声が虚ろに沈んだルリアの意識を呼び覚ます。

 

 

 “──声? ”

 

 

 動かない身体でその視界にとらえるのは必死にルリアへと叫ぶ二人の姿。

 

 

 “あれは、グランと……ジータ……”

 

 

 次に映るのは必死にアーカーシャを倒すべく攻撃を繰り出すセルグとゼタ。

 更には、ボロボロになりながらも援護しているカタリナにユーステス。

 死力を尽くして、全てを賭して、仲間達が戦っていた。

 

 

 “みんな、あんなに必死になって戦っている……私は皆を傷つけたのに……”

 

 

 その姿はルリアの心を再び苦しめた。

 

 

『必ず助ける!!』

 

 

 グランが叫んだ。無防備のまま、ただルリアだけを見つめている。

 向けられた攻撃の全てをセルグが打ち払い、グランはひたすらに声を上げていた。

 

 

 だが、自分ではどうすることもできない力で大切な仲間達をルリアは傷つけてしまった。

 

 

 “私は、助けられる資格なんてないはずなのに……”

 

 

 抗えなかった自分を、皆を傷つけた自分を助けようとしないでくれと……ルリアは塞ぎ込む。

 この手は既に、仲間の血で染まってしまったのだ。

 

 

『絶対助け出して見せる!!』

 

 

 ジータが呼び掛けた。無防備のまま、ただルリアの事だけを想って声を上げていた。

 ジータに向けられた攻撃の悉くをゼタが焼き尽くし、撃ち抜く。

 

 

 それでも、想いとは裏腹にルリアは願ってしまう。

 

 

 “私はいつも、助けられてばかりで……”

 

 

 皆との旅は楽しくて、暖かくて。

 許されるのならば、と願ってしまう。

 

 

『ルリアとまた旅をしたいんだ!!』

 

 

 もう一度彼らと笑いたい。

 もう一度彼らと一緒に過ごしたい。

 

 

『貴方の笑顔がみたいから!!』

 

 

 募る想いは強さを増していく……

 

 

 “ズルいですよ……”

『だから、頼む……』

『だから、お願い!』

 

 

 喉が潰れんばかりの声がルリアの耳を揺らしていく。

 向けられた言葉の数々が、ルリアの心を動かしていく。

 

 

 “そんなに呼ばれたら……”

『目を覚ませ!』

『目を覚まして!』

 

 

 動き出した感情は、波紋のように広がりルリアの想いを突き動かしていく。

 助けて欲しくはない。でも、助けて欲しい。

 そんな矛盾で染まった心が解かれていき──

 

 

 “────助けてほしくなっちゃいます”

 

 

 空に響いた(うた)は少女を覆う檻を破壊した。

 

 

 

「グラン、ジーターー!!!」

 

 

 

 蒼の瞳に命が宿り、少女は空へと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

「取り戻した!!」

 

「今よ二人共!!」

 

 聞こえた声に、響いた声に……セルグとゼタは全てを悟る。

 同時に残った全てを絞り出す。

 

 ルリアの目覚めと同時に、グランとジータは青の闘気と共に吶喊。

 アーカーシャの妨害の全てを仲間に任せ、最短のルートを最速でもって駆けていく。

 無論、それを見ているだけのはずがないアーカーシャは全ての攻撃能力を以て迎撃。

 岩塊の雨が放たれ背後には超巨大な火球を召喚。

 

 その全てを、グランとジータへと向ける。

 

 

 “ゼタ、これが最後!! ”

 

「えぇ、ぶちかます!!」

 

 駆け抜ける二人の前へと躍り出たゼタが猛々しく吠えた。

 ゼタの元へと集うアルベスの槍──そして展開される巨大な砲身。

 

 “全てを載せて、行くよゼタ!! ”

 

「穿光──招来!!」

 

 青の光が空間を埋め尽くしていく中、ゼタは己に残る全てを込めて砲身へとアルベスを突き入れた。

 

「シリウス・ロアぁああああ!!!」

 

 ロキに放ったのとは比べるべくもない。

 超巨大な青の穿光──ゼタの放ったシリウス・ロアがアーカーシャへと向かう。

 サイズは正に規格外。迎撃に放たれた岩塊全てを飲み込み、アーカーシャの躯体の大半をぶち抜く。

 

「まだまだぁああああ!!」

 

 それだけに留まる彼女ではない。

 青の穿光はそのまま、背後にあったエンシェントフレアの全てを撃ち抜いた。

 

 

 

 

「真っ直ぐ、一直線に突き進め。グラン、ジータ!!」

 

 “行くぞ若造”

 

 

 駆け抜けていくグランとジータの背後で構えるセルグ。

 自身に宿る全てを、天ノ尾羽張握る左手へと集約。

 アルティメット・ワン──すべてのチカラを刀振るう腕に集め限界まで強化する。

 

 ゼタによって吹き飛んだ躯体の一部を再生させたアーカーシャは巨腕を伸ばし、更には光条放つ光の魔方陣を夥しい程に展開していく。

 ここが分水嶺だとアーカーシャも理解し、全て能力を二人の迎撃へと回していた。

 

 グランとジータの目の前を、アーカーシャの飽和攻撃が埋め尽くす。

 

 

「我が剣閃、無尽となりて全てを断たん」

 

 “剣閃──招来”

 

 鞘に納められた天ノ尾羽張が解放される。

 そこから生み出されるのは、もはや斬撃では無い。

 閃光──否、線光と言うべきか。空間に無数の光の線が奔る。

 アーカーシャの飽和攻撃、その全てを絡めとるような空間を埋め尽くし返す線光。

 

「神刀顕来──天ノ尾羽張・無幻」

 

 鍔なりの音と共に、空間を全てを切り刻む。

 アーカーシャの飽和攻撃の悉くを打ち払う、無限の剣閃。

 それは迎撃だけではない。残されたアーカーシャの躯体の全てを塵へと帰した。

 

 

 

 ──道は拓かれた。

 

 

 

「行け、二人共!!」

 

 カタリナが展開するライトウォールを足場に二人は跳ぶ。

 

 ルリアの元までは──残り足場による一歩のみ。

 

 だが、アーカーシャは最後の抵抗とばかりに光の障壁を展開。

 グランとジータを阻むべく、最後の改変能力へと踏み切った。

 

「させるものか、フラメク!」

 

 そこへすかさず撃ち込まれるユーステスの攻撃。

 巨大な閃光、デッド・エンド・シュートがアーカーシャの障壁を打ち破った。

 

 

 ──障害は全て取り除かれた。

 

 

 否、最後の最後でアーカーシャは最後の切り札を切る。

 

 彼らの頭上に現れる超巨大な岩塊──いや、これは隕石の類である。

 アーカーシャの切り札、“崩天”。

 その名の通り天から落とす岩塊にて空の世界を崩し尽くす最後にして最大の攻撃。

 

 絶望が過る。

 規格外に過ぎるその規模は、ヒトが破壊できる大きさではない。

 

 だが、グランとジータは即座に隕石へと目を向けて身構える。

 

 ──双子の動きに迷いはなかった。

 

 

「行って……グラン、ジータ!!」

 

 

 何故なら彼らには少女から齎された規格外のチカラが宿っていた。

 目覚めたルリアを介してもたらされる、破壊と再生を司る最強の星晶獣──バハムートのチカラ。

 青の闘気と共に天星器を紫電が包み込む。

 

 極みへと至った二人のチカラ。

 完全解放へと至った天星器のチカラ。

 そして覚醒したルリアによるバハムートのチカラ。

 

 

「行くぞ、七星剣」

 

「やるよ、四天刃! 

 

 その全てを込めて、双子は規格外の脅威を打ち砕きに跳ぶ。

 

 

 

「「レギンレイブ・天星!!」」

 

 

 

 放たれる巨大な蒼の閃光。

 

 ゼタのシリウス・ロアすら小さく見えるほどのチカラの奔流が巨大な隕石を微塵に砕いた。

 

 

「うぉおおおお!!」

 

「はぁああああ!!」

 

 

 そして二人はそのままアーカーシャの仮面へと天星器を突きたてる。

 

「「ルリア!!」」

 

「グラン、ジータ!!」

 

 伸ばされた両の手を、二人が取るとアーカーシャより少女を引きずり出した。

 同時に、天星器を介して伝うチカラがアーカーシャを壊していく。

 

 鍵となるルリアの喪失。

 限界まで能力を用いた結果、チカラの源たる星晶も尽き、アーカーシャは自壊を始めた。

 

 グランがルリアを抱え、静かに降り立つと、そこには静寂だけが残る。

 

 

「おかえり、ルリア」

 

「おかえりなさい、ルリア」

 

「──うん、ただいま。グラン、ジータ」

 

 

 

 空の脅威は、今ここに消え去った。

 

 

 

 




いかがでしたか。

決着しました。
残りはあと2話で、本当に終わりになります。
完結までもう少々お付き合いください。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


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最終幕 別離

最終幕とエピローグ。
これで本当に終わりとなりますが、どうぞお楽しみください。


 

 

 

 

――世界の震えが止まった。

 

 

止まらない揺れに、空の世界に住む人々は何も知らずとも世界の終焉を察していた。

 

 

それが――止まった。

 

 

 

 

 

「揺れが――収まった?」

 

「この感じ……やってくれたようだな」

 

治療に専念していたラカム達もそれに気づいて空を見上げた。

イオが呟き、ラカムが答えると、それを皮切りにオイゲン、ロゼッタ、ヴィーラにアレーティアも。

張りつめていた気配を緩め、彼等の勝利を喜んだ。

 

「よしっ! 治療もある程度済んだところだし、グラン達の所まで行くとしようぜ」

 

「うむ、賛成じゃ。紛うことなき死闘であったじゃろう……急ぎ治療が必要な事態である可能性も高い」

 

「確かに心配ね……先に行ってるのは無茶する子ばかりですもの」

 

世界の危機は去った。

それはここにいる全員が感覚的に理解していた。

どうしようもなく不安を抱かせる世界の揺れも、空を照らす戦いの気配も、一切が消え去り静かになったのだ。

で、あるからこそ……彼らの不安はまだ拭い去れない。

 

楽な戦いであるはずがない。

この場でロキ達と戦った彼らよりも、更に強大な敵と戦ったはずなのだ。

負傷はおろか、最悪の場合は誰かが欠けている可能性すらあり得る。

急ぎ、グラン達の元へと向かう必要があった。

 

「それじゃ、急ぎましょう! ホラ、早く立ってよおじんラカム!」

 

「はいはい、わかってるよ……ったく、急に元気になりやがって。こちとらまだ傷が治り切ってねえんだぞ」

 

「動ければ問題は無いでしょう? 私も早く彼らの安否を確かめたいですし、急いで下さい――それとも、ここで置いていかれますか?」

 

妖しく微笑むヴィーラにまで急かされ、僅かに血の気を引かせながらラカムは慌てて立ち上がる。

折角少しではあるものの治療をしてもらったのだ。ここで新たな傷を増やしたくはない。

 

「まっ、待て待て早まるな。大丈夫、動けるから……だからその笑いはやめてくれ――薄ら寒くなる」

 

「フフ、さすがに冗談ですよ。問題なさそうで何よりです。さぁ、行きますよ」

 

そうして歩き出すヴィーラを先頭に、皆が続いていく。

世界を守れた安堵と、グラン達の無事を想っての不安の両方を抱きながら。

 

 

「(どうかご無事でいてください……死んでたりしたら許しません)」

 

 

拭いきれない悪い予感に、ヴィーラの足は自然と早まるのだった……

 

 

 

 

 

 

地上でもまた、震えていた世界の変化に声が挙がっていた。

 

 

「モニカさん、グランさん達がやってくれたみたいです!!」

 

喜色を隠し切れないリーシャは、フュンフの治療を受けているモニカに抱き着かんばかりに喜んだ。

世界を守れた――その大業に感動も一入と言ったところなのだろう。

父親の影に霞むことなく彼女自身が成した今回の一件は、彼女にとって胸を張って誇れる事に違いない。

はしゃぐのも無理のない事であった。

 

「あ、あぁ……そのようだな。何はともあれこれでようやく落ち着けそうだ」

 

「おいリーシャ、はしゃぐのは構わねえが怪我人に飛び付くような真似はすんじゃねえぞ。傷が開いたらどうする気だ」

 

珍しくはしゃぐ彼女が危うく本当に飛び込みかけて近くにいたガンダルヴァに抑えられる。

 

「し、失礼ですね。いくら嬉しくてもそこまで分別のないことはしません……ほっ、本当ですよ! 何ですかその目はっ!?」

 

やや冷ややかな視線がガンダルヴァはおろかモニカからも突き刺さり、リーシャの目が泳ぎ始める。

慌てて弁解を見せるも、そこに説得力は欠片もない。

 

「さっき俺様に啖呵切った時とは大違いだな――やっぱりお前に賢しい姿は似合わねえよ」

 

「なっ!?」

 

大概失礼な事をのたまいながら、ガンダルヴァが盛大に笑った。

対してリーシャは怒り心頭と言った様子を見せるが、ここでムキになってはガンダルヴァの言葉を体現してしまうと怒るに怒れず……怒りに静かに体を震わせることしかできなかった。

 

「おいおい、あまりリーシャをからかわないでくれるか。仮にもこれからお前の上司になるんだからな。今の内に良い関係を築いておかないと困るのはお前だぞ」

 

「はっ! 今更俺様がそんなことを気にするとでも?」

 

「だろうな……まぁそこは上手くこちらでも折り合いをつけさせてもらうさ」

 

小さくため息を吐いて、モニカは再び治療の心地よさに目を閉じる。

流石は魔導の申し子と言った所か……フュンフの治癒魔法は瀕死の淵にいたモニカの身体を確実に治療してくれていた。

もうしばらくすれば動くことすら可能だろう。そうすれば、今回の一件の事後処理にリーシャと共に奔走しなくてはならない。

 

「(忙しくなるだろうな……アイツと再び会えるようになるのも、少し先になりそうだ)」

 

ならば今だけは、この心地の良さに身を委ねても許されるだろう。

そんな風に思いながら、モニカは静かに眠りについた。

 

どこか腑に落ちないような不安を、胸に抱きながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ルリアぁ!」

 

 

開口一番――飛び付いてくる赤いチビ竜を受け止めながら、ルリアは微笑みと共にその小さな体を抱きしめ返した。

 

「このぉ! 心配かけやがってぇ!!」

 

「ビィさん、もぅくすぐったいですよ」

 

胸の中でぽかぽかと自身を叩くビィをやんわりと窘めながら、ルリアはその温もりを感じ取ってほっと息を吐く。

 

助かったという安堵。

大切な人達を誰も失っていない事への安堵。

世界が終わらなかった事への安堵。

 

様々な安堵に、ルリアは胸を撫でおろした。

 

「――ルリア」

 

控えめにかけられた声に振り向けば、そこにはビィと同じように目を覚ましたであろうオルキスの姿。

多少なりとも擦り傷が見受けられるが、特に問題もなさそうで、ルリアは顔を輝かせる。

 

「オルキスちゃん! よかった、無事だったんですね!」

 

「それは、私のセリフ……アーカーシャに捕まって、もう取り戻せないって心配……してた」

 

「うぅ、そうでした。ごめんなさい。たくさん……いっぱい心配をかけてしまいました」

 

「――でも、ちゃんと帰ってきてくれた。だから、いい」

 

静かな……でも確かな感情の起伏。

人形と呼ばれる彼女が見せた、喜色の声音を感じ取り、思わずルリアも綻んだ。

 

「ありがとうございます……オルキスちゃん」

 

「ルリア……本当に、よくぞ無事で帰ってきてくれた!」

 

「カタリナ!」

 

本当は一番最初にルリアに駆け寄り抱きしめたかったのだろう。

勢い良くルリアを抱き寄せると、カタリナはその存在を確かめるようにルリアの身体を抱きしめた。

守れた――その事を嚙みしめる様に。

 

「怪我はないか? どこか異常は……」

 

「うん、大丈夫だよカタリナ。グランとジータのお陰でどこにも怪我なんか無いよ」

 

「あぁ、良かった……本当にすまなかったな。私が居ながら、君を何度も危険な目に合わせてしまった」

 

罰が悪そうに俯くカタリナ。

ルリアの騎士として、守ると誓ったのに……自身の至らなさを痛烈に感じとってカタリナの表情が歪む。

 

だが……それはルリアにとっても同じ事であった。

 

「――それを言うなら私も」

 

「ルリア?」

 

「私のせいで、皆がたくさんたくさん危険な目にあってしまって……私の方こそ、ごめんなさい」

 

ロキに捕われ、アーカーシャに取り込まれ。

自分はどれほどの危険を仲間達になすりつけたのだろうか。

自分が居なければ……こんな危険な戦いが起こることすらなかっただろう。

 

「ルリア……」

 

ルリアの御しきれない想いを感じ取り、カタリナも口を噤む。

否定はできなかった……軽々しく否定できる程、ルリアの自責の念は軽くはない。

掛ける言葉を探してカタリナが顔を顰めるが、その心配は杞憂に終わる。

 

「こーら!」

 

「いひゃっ!? ジ、ジータ!?」

 

「全く……僕からもだ!」

 

「ふみゅっ!? グランまで!?」

 

少しだけ責める声音と共に、ルリアの頭に優しく拳が落とされる。

ジータ、そしてグランが不満を宿した表情でルリアを見つめていた。

 

「私達が言った事、聞こえてたでしょ?」

 

「僕達はルリアと一緒に旅がしたいんだって……ルリアが笑ってくれるから、僕達はこうして戦えるんだって」

 

「でも……私のせいで……」

 

「危険な目に遭うのなんて関係ないんだよ……そんな事よりルリアと一緒に居られることの方がずっと重要だもん。大体、悪いのはルリアを狙う奴らの方」

 

「そうそう、そんな事言ってたら、狙われる方が悪いって話になるだろう。そんなのおかしいじゃないか」

 

二人の言うことは極論ではあるが自責の念に駆られるルリアの胸にすとんとはまっていく。

何より、二人は本心からルリアと一緒に居たいと言ってくれている。それがたまらなく、ルリアは嬉しかった。

 

 

「だからさ――」

 

俯いていたルリアが顔を上げると、グランはその頭に手を置き、ジータは背中よりそっとルリアを抱きしめる。

 

「そんな顔しないで……笑って欲しいな」

 

囁かれた言葉が、ルリアの罪悪感を拭い去っていく。

二人の声が……伝わる温もりが……自分はここに居て良いのだと言っているようで、曇っていたルリアの表情に光が差した。

 

「グラン、ジーターーーー本当に、ありがとうございます!!」

 

「ふふ、やっぱりルリアは笑顔じゃないとだね。ねっグラン?」

 

「うん。無事で本当に良かった……」

 

 

こうして、彼らは互いの無事を噛みしめるのだった……

 

 

 

 

 

「はぁ~~とりあえず、ルリアちゃんも無事みたいだし、ギリギリだったけど何とかなったわね……全く、この島だけで一年分は戦った気がするわ」

 

だぁーっと力尽きた様に……いや、本当にもうどこにも余力が残っていないのだろう。

少し離れたところでグラン達の様子を伺っていたゼタは、ぐったりとした様子でその場に座り込んだ。

 

「今回ばかりは俺も同様だな――しばらくは任務を控えたい」

 

こちらも同様……仏頂面こそ変わらないものの、全身から疲労の気配がうかがえるユーステスもその場に座り込んだ。

長い戦いであったことは間違いない。休む間もないままの連戦は、歴戦の戦士である彼であっても限界ギリギリの戦いであった。

 

「へぇ、珍しいわねユーステス……普段なら絶対そんな事言わないくせに」

 

「任務には身体はもちろん精神面での安定も重要不可欠だ……今の俺は間違いなく心身共に疲弊している」

 

からかう様子のゼタにいつもの皮肉も言えない。正直に疲弊していることを告げるユーステスに、ゼタは面食らった。

いつもなら絶対に弱ってる気配を隠すはずだ。それができないということは本当にもう余裕がないのだろうと、ゼタも察する。

 

「――本当に珍しい。まぁせっかくセルグとも仲直りしたんだし、しばらくのんびりしても良いんじゃない? ね、セルグ」

 

このアガスティアの戦いで帝国との因縁も終わり、一件落着。

暫くは落ち着くこともできるだろう。

 

セルグとユーステスは昔のように、友人としての関係に戻る事もできるはずだ。

そんなことを考えてセルグに呼びかけたゼタだが近くに気配がせず、周囲を見回した。

見れば二人から少し離れたところで空を見上げて佇んでいるセルグの姿があった。

 

まだ何かを警戒しているのか?

周囲に星晶獣の気配はもう感じられないし、戦いは完全に終わったように思える。

だというのに、セルグの気配は未だ警戒を解いてはいなかった。

 

「セルグ? 何してんのよ……もうアーカーシャは完全に消えて」

 

安心させる様に声をかけていくゼタに気付き、セルグが振り返った。

 

「セルグ?」

 

 

言いようのない……妙に胸騒ぎを掻き立てるような、そんな寂しそうな表情を、セルグはしていた

 

 

「――ごめんな、ゼタ」

 

「えっ? ちょっと何よいきなり」

 

謝られる意図が分からず惑うゼタを尻目に、セルグは再び視線を戻すと天ノ尾羽張を顕現させる。

 

「――ヴェル、リアス。最後の仕上げだ」

 

“もう……良いのだな?”

 

“準備はできてるよ”

 

傍らに黒の鳥ヴェルが現れ、それに合わせてゼタの元にいたリアスもセルグに付き従うように傍へと寄る。

 

瞬間的に、ゼタは嫌な予感を感じた。

 

「――行くぞ」

 

ヴェルとリアスを伴い、歩き出すセルグ。

 

「ちょ、ちょっとセルグ!?」

 

「セルグ、何をしている!」

 

同じ様に嫌な予感を感じていたのだろう。

ゼタと同じくユーステスも思わず声を挙げてセルグと止める。

 

穏やかな雰囲気の中に走った不穏な声を聞きつけ、グラン達も彼らの元へと駆け寄ってきた。

 

 

 

「どうしたんだゼタ?」

 

「一体どうしたんですか?」

 

「グラン、ジータ! セルグを止めて! よくわかんないけど、絶対なにか良くない事をしようとしてる!」

 

これまでの旅路から、セルグが何をするかはわからなくても、それが決して良い事ではないと察してゼタは余力のない身体に鞭を打ち駆け寄ろうとする。

だが、一歩遅かった。

 

 

「――プリズムヘイロー」

 

 

セルグとゼタ達の間に張られる、極彩色の結界。

空間を断絶し、バハムートの攻撃すら通すことのない絶対不可侵領域が展開された。

 

 

「これは!? セルグ、一体何のつもりだ!!」

 

「何をしてるんですか! 何をする気なんですか!?」

 

もはや、予感は的中したと言って良い。

不穏な気配と共に彼らを突き放すようなセルグの所業に、グランんとジータも捲し立てていく。

 

そんな彼らを一瞥して、セルグは静かに口を開いた。

 

 

「今ここで、アーカーシャのコアを完全に消滅させる」

 

 

告げられた言葉に、一行は息を呑んだ。

既に戦いは終わったはずである……周囲にはどこにも星晶獣の気配がないはずなのだ。

 

間違いなく――星晶獣アーカーシャは倒したはずである。

 

「アーカーシャのコアだって? さっきの戦いで破壊したんじゃ――」

 

「アーカーシャはルリアを取り込み、ほぼ完全な状態の覚醒を迎えた――事象の改変にまで至れた以上、空の世界の理の中では完全に破壊することは不可能なんだ。

どれだけ破壊しようとも、改変能力を限定する事で最低限の自己保持をし続ける」

 

そう言って、セルグは静かに頭上の一点を指さす。

そこには、赤い光が小さく渦巻く奇妙な空間が発生していた。

 

「アーカーシャのコアの残滓だ……時を於けば、いずれ転生という形で再び世界に現れることに成るだろう」

 

躯体全てを覆うことはできなくても小さなコアの状態であれば……いかに破壊しようと極小範囲に限定することで最低限の改変能力を発動し復元。

アーカーシャには不滅と呼べる転生機能が備わっていた。

 

「いくらコアを破壊しようとも、あれは滅する事ができない――この世界に存在する力ではな」

 

「そんなっ!? それじゃあ、どうやって……」

 

「調停の翼として完全に覚醒し、その力をもって理の外に封印する」

 

「それってつまり……?」

 

“セルグはヒトの器を完全に捨て、その存在を昇華する……要するにお母様と同じ存在に至るの”

 

理解が追い付かないグラン達へ、セルグに代わりリアスが詳しく説明を加える。

 

空の世界の理の中では、アーカーシャを完全に消し去ることはできない。

消し去るには、セルグの調停の翼としての力……“コスモス”の力が必要であった。

 

だが、バハムートとの戦いで力を使い果たした今、セルグは翼としての力を失っている。

再び使うには、ヒトの器を捨て完全に覚醒を果たす必要があった。

 

「それじゃまさか」

 

“うん……世界に存在できる万象の量は決まっている。

存在を昇華すれば、セルグは世界という器に大きな負担を掛ける存在となってしまう”

 

「無論、それはオレが存在し続ければの話だ……そうなる前に顕現を終え、オレは世界から消える」

 

 

リアスとセルグの言葉を理解して、グラン達の表情が驚愕に染まった。

アーカーシャを完全に消し去るために、この世界から消える……それは今この時に置いて、考え得る最悪と言えよう。

 

「何を……何を簡単に言ってんのよ! あんた、自分が消えるってわかってて」

 

“わかってるよ……ゼタ。セルグはちゃんと……それを理解してる”

 

声を荒げるゼタをリアスが悲し気な声音で制した。

だが、そんな事ではゼタの気持ちはおさまりがつかない。

睨みつけていたセルグからリアスへと視線を移し、再びゼタは声を荒げる。

 

「だったら!! 何でそんな――」

 

“それでもこれが()()の使命なの……”

 

「私達って……」

 

“バハムートによって一度命を失ったセルグは、内に取り込んでいた数多の星晶獣の魂と画一を果たし転生した。

その中に私も、ヴェリウスも含まれている……今のセルグは“嘗てセルグだった者”であり、厳密にはもうセルグではないの”

 

そう――今のセルグは、内なる世界で画一を果たした存在。

主人格こそセルグであるもののその本質は全ての魂を統合した全く別の存在であり、肉体もその魂に合わせてフュンフが生み出してくれたもの。既にセルグとしての肉体とは大きくかけ離れたものになる。

 

“そして私達はセルグである前に、覚醒を迎えた調停の翼――その使命は世界の脅威となる存在を取り除くこと。

今の私達は、それを最優先にしなくてはならない”

 

「だからって……セルグが消えてまで、アーカーシャを封印する必要ないだろう!!」

 

押し黙るゼタに代わりグランが声を挙げる。

団長として……何よりグラン個人として。こんな事、認められなかった。

 

「そうだ! ルリアがアーカーシャを取り込んで僕達で管理すれば……」

 

「グラン、母上が言っていたはずだ。

一度歴史に出てきてしまったアーカーシャの存在は、この世界を常に終焉の危機と隣り合わせにしてしまう。存在が知られた今、狙うのはフリーシアだけではない。だから、何としてもこの世界から消し去らなければならないんだ」

 

「そんな――本当に、本当にそれしか方法がないんですか? アーカーシャを消すのなら私がバハムートを呼んで」

 

ルリアも必至に思考を巡らし代案を出して見せるが、それもセルグの首を縦に振らせることは適わない。

 

「バハムートと言えど空の世界の神であり理の内にある存在だ。アーカーシャを消し去る事はできないだろう」

 

「そんな……」

 

答えの見つからない一行が徐々に視線を落としていく。

何かないか……彼を失う事無くこの状況を打破する何かが……

 

だが、そんなものが都合よく思い浮かぶはずもない。

倒したと言っても、未だアーカーシャは彼らにとって未知の存在。

どうすれば完全に消し去れるか等、ヒトである彼らが知るはずもないのだ。

 

焦燥に駆られたゼタは小さく体を震わせながら、何とか引き留めようと震える声を絞り出した。

 

「あんたは……セルグはそれで良いわけ!! そんな自分を犠牲にして空の世界を救う事が正しいわけ」

 

「アイリスが言ったはずだ。今のオレにとって最も重要なのは、世界の脅威の排斥……オレの意思は関係ない」

 

「っ!? セルグ!!」

 

余りにも自身を顧みない物言いに、責める様に声を荒げるゼタ。

どうしてわかってくれないのか……一体何度言えば理解してくれるのか。

いくら叫んでも彼に届かない想いがもどかしくて仕方ない。

 

 

 

「――本当に、ごめんな」

 

 

 

ゼタの目の前にあったプリズムヘイローの結界が解かれる。

部分的に解かれた結界をくぐり、ゼタだけが唯一セルグの元へと駆け寄った。

 

「セルグっ!」

 

「オレの力不足で、またお前を悲しませる……本当にオレはいつまでも弱いままだ」

 

嘗てアイリスを守れず彼女を悲しませ、今もまた己の力不足で彼女を悲しませる。

二度に渡り……セルグはゼタから“大切なヒト”を奪うのだ。

 

「だったら……やめれば良いじゃない。誰も文句なんて言わない。私が、文句なんて言わせない!!」

 

「それではほかの誰でもない、オレが自身を赦せなくなる――それくらいわかっているはずだ」

 

「そんなのわかりたくない! お願いだから……こんなの、やめてよ」

 

縋りつくようにセルグの背中に顔を埋め、萎れた声でゼタは懇願する。

突然の別れを突き付けられ、ただ懇願する事しかできない――ただ、涙を流し引き留めることしか、今のゼタにはできなかった。

 

「本当にお前は……最後の最後まで、オレの意思をかき乱してくれるな」

 

「そんな言い方っ――!?」

 

こんな時まで憎まれ口かと、顔を挙げようとしたゼタの身体を不意に小さな衝撃が襲う。

 

小さな震えと共に伝わる温もり。僅かに息苦しさを覚えて、ゼタは振り返ったセルグに抱きしめられていることを感じ取った。

 

「辛いに決まってる……悲しいに決まってるだろう」

 

先程までの平坦な声とは違う。

ひどく弱弱しくて、とてもしおらしい……か細い声であった。

 

「お前を、グラン達を、大切な仲間達を置いて……誰が消えたいと願うものか」

 

その声には彼の想いの全てが表れていた。

望んでなどいない。でも、それを望まざるを得ないのだと……

 

「――だったら」

 

「それでも、これがオレの使命なんだ……オレが生まれてきた意味なんだよ」

 

か細い声は続く。

己の内に溜まり込んだ毒を吐き出す様に……余すことなく全てを伝える為に、セルグは胸の内を吐露していく。

 

「この空を守る……それが母上がオレに宿した命題であり、これがオレの存在する理由なんだ。

果たさなければ……生きている意味がないんだよ」

 

セルグの言葉が、声音が、ゼタにそれを理解させた。

 

もうこれは、避けることのできない決まった未来なのだと。

今自身を抱きしめてくれている温もりは、もうすぐこの世界から消えてしまうのだと。

 

「うぅ……セルグ……」

 

涙を零しながら、ゼタはセルグの背に腕を回す。

最後の最後……少しでも長く、彼の存在に触れる為に。

 

時間にして数秒……その僅かな時間を噛みしめるように、互いに抱き合うと、セルグはそっと抱擁をやめた。

 

 

「悪いな――ゼタ」

 

 

目線を合わせる……淡い青の瞳が憂いを帯びながら雫を零している。

最後の最後まで泣かせてばかりの自身に自嘲しながら、せめてもの償いとしてその涙を優しく拭う。

 

 

「これで――最後だ」

 

 

髪をかき分け、露になった額に、触れるだけの口付けをした。

 

ゼタを引きはがしたセルグは、再びプリズムヘイローを展開し後ろ髪引く想いを断ち切るように振り返ると静かに口を開いた。

 

 

「来い、ヴェル……リアス」

 

“準備はできている”

 

“私も、大丈夫だよ”

 

 

呼びつけた分身体と融合。

再び二対の翼を背負い、セルグは浮かび上がっていく。

 

 

「――来たれ、調停の翼よ」

 

 

同時に膨れていく気配。

世界に溶け込むように広がっていく尋常ならざる気配。

そして増していく、蒼く輝くチカラ。

 

 

コスモスを纏い、今ここに調停の翼が顕現する。

 

収まらぬ強烈な光の中、ゼタと……そしてグラン達もまた片、時も目を離さずにその光景を見つめていた。

 

真紅となった双眸。

長く伸びた銀糸の髪がところどころ跳ね、その風貌は母親にあたる少女の姿に酷似していく。

 

 

「さらばだ、ヒトの子等よ……」

 

 

口調も、声も違う。完全に別の存在となっているであろう。

それでも……仲間も守る優しい彼の声音は、変わらないままだった。

 

覚醒と共に膨れていく気配とチカラ。それを余すことなく解放しながら、セルグはアーカーシャのコアが渦巻く場所へと向かう。

 

 

「許せ……ヒトの子が甦らせし反逆の徒よ。

その存在を深淵へと封印し、森羅万象の理の外へと消してくれる」

 

 

厳かな声と口調のまま、セルグは天ノ尾羽張を抜刀。

白と黒で彩られた刀に、青の光が纏わりついていく。

 

集うその力はコスモス。

調停の翼となった彼だけがこの世界で使える唯一無二の力。

 

そしてそれを、彼がヒトの頃から変わらぬ奥義でもって打ち放つ。

 

――それが、世界を守りし最後の技。

 

 

 

「消えよ、アーカーシャーーーー“世界が紡ぎし唄(ソングオブグランデ)”」

 

 

 

巨大な青の一閃が、空間ごと世界を切り取る。

余りの眩しさにグラン達が目を細め、その輝きが空の世界を照らし出す。

 

 

後に残されるのは――何もなくなった空間と、音もなく舞い落ちる黒と白の羽。

 

そっと......その二枚の羽を手に乗せるとゼタは何かを追い求めるように当たりを見回した。

 

そこに、彼女が望んだ世界は映されておらず、ゼタは崩れ落ちながら羽を握りしめる。

 

嗚咽を漏らして彼女は静かに泣いていた。

 

全てが、終わってしまったことを......理解した。

 

 

「うっ……あぅう……セルグぅーーーー!!!」

 

 

 

静かな空に、ゼタの慟哭だけが虚しく響き渡るのだった

 

 




いかがでしたでしょうか。

後はエピローグを残すのみです。

文章もほぼ完成しております。

後1話。長かった本作を最後までお楽しみ頂ければ本当に幸いです。


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エピローグ 誓い

 厳かな雰囲気の大きな広間の中……二人は向き合う。

 

 

 片や、七星剣を握るグラン。

 既に、精神は七星剣との同調を終えて開放状態。

 金色の光に彩られながら、完成された戦士の域へと達したグランは何の気負いも感じさせず、平静のまま目の前の漆黒を見据える。

 

 そしてその視線の先にいるは、七曜の騎士が一人……黒騎士のアポロ。

 ブルトガングを握り、構えという構えを取らず佇んでいた。

 ただそこにいるだけで発せられる覇気は、この世界において屈指の実力者、最強の名を欲しいままにする七曜の名にふさわしい。

 

 相対すれば誰もが委縮するであろうアポロを前にして、グランはこの状況に至った経緯を振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 セルグとの別離と共にアガスティアでの戦いを終えたグラン達。

 

 

 事の顛末を聞いてゼタと共に泣き崩れるヴィーラ。

 何も言葉を発せぬまま空を仰ぎ見るラカムとオイゲン、そしてアレーティア。

 イオとルリアはジータに抱かれながら嗚咽を漏らし、カタリナとロゼッタは苦々しく表情を歪めながら悲しむ仲間達に声を掛けられずに沈黙する。

 

「そうか、結局あの男は最後まで……自身を省みることは無かったのだな」

 

「黒騎士……」

 

 合流したアポロ達。

 満身創痍なスツルムとドランクもこの状況に何が起きたかを察して静かに瞠目していた。

 

「小僧……いや、グラン。失意の中にあるお前達にこんなことを言うのは気が引けるが」

 

 アポロにしてはらしくない、歯切れの悪い感じにグランが訝しむ。

 正直、今の仲間達の状況を考えると少し時間をおいて落ち着く必要があった。

 アポロの言葉からも、余り自分達にとっては良い話ではない事を察して僅かばかり身構えてしまう。

 

「アガスティアでの戦いでは互いの利の為に協力したが、本来私とお前達の目的は一致しない。

 ──この戦いが終わった今、私はお前達との因縁に決着をつける必要がある」

 

「けっ……ちゃく?」

 

「いつになっても構わん──メフォラシュの王宮で、待っているぞ」

 

 それだけ告げたアポロはスツルムとドランクを引き連れて静かに去っていった。

 

 

 多少は気を遣ってくれたアポロの言葉にグランは少しだけ感謝を抱きながらそれを見送った。

 同時に、彼女の言葉を理解してたった一人この先に待つであろう戦いに想いを馳せる。

 

 アポロの目的──それは失われたオルキスを取り戻すこと。

 だがそのためにはルリアを、更には今のオルキスを犠牲にするかもしれない。

 フリーシアによって本当のオルキスを取り戻す方法が定かにはなっていない状況だが……アポロの決着とは恐らくルリアと今のオルキスを差し出せという事だろう。

 

 その為に、グラン達と雌雄を決するのだと。

 

 グラン達は七曜の騎士が一人黒騎士と、大切なヒトをかけて勝負するのだ。

 

 

 

 

 

 

 数日だが間を置いたグラン達は、すぐにメフォラシュへと向かった。

 

 到着した一行を出迎えたのは、嘗ての帝国軍大将であったアダム。

 その彼の案内の元、アポロが待つこの王宮の広間へと踏み入ったグラン達は、万全の状態で待ち構えるアポロと対峙した。

 

 

「よく来てくれたな──お前達」

 

「それは勿論……僕達にとっても、貴方にとっても、大事な事だろうからね」

 

 

 仲間達を代表するように、グランが前に出て答える。

 その姿はウェポンマスターの鎧と七星剣を携えた、今のグランにとっての最強の状態。

 アガスティアでの戦いを乗り越えた末に身につけた、天星器のチカラを最も解放しやすい姿である。

 

「確認させてもらうよ……ここで貴方は何を望む?」

 

「わかっているのだろう? 私の望みも、この戦いの意味も」

 

「なんとなくね……でも貴方の口からはっきりと聞かせて欲しい」

 

 試すようなグランの声音に、アポロは静かにその胸の内を語った。

 

 

 必ずオルキスを取り戻す……そう誓ったというのに、今のアポロは迷ってしまっていた。

 犠牲にする事を厭わないはずだった。だが気づかされてしまった……彼女が取り戻したいオルキスも、グラン達と共にいるオルキスも。

 どちらも等しくオルキスであり、どちらも等しく彼女にとって大切な存在になってしまったことを。

 メフォラシュに存在する星晶獣、デウス・エクス・マキナによって失われたオルキスを取り戻そうとすれば、人形と呼ぶオルキスを失う。

 逆に人形のオルキスを取れば、オルキスを蘇らせることはできない。

 アポロにとって選ぶことのできない選択となった。

 

 だから、アポロはグラン達との決着にその選択を委ねようとした。

 

 黒鎧の源泉たる彼女の覚悟と、グラン達のオルキスを守る想い。

 そのどちらが上か、この場で決するというのだ。

 

 それがどのような結果になったとしても、彼女は必ず後悔をするだろう。

 だがその先で初めて、彼女は未来に向けてようやく歩みだせるのだと。

 

 それは、必ずどちらかを手にしどちらかを失うことが決まっている……生半可な覚悟ではないと思えた。

 

 

 

「──なんだよそれ」

 

 

 だが、彼女の覚悟にグランは否定の声を挙げた。

 

 何故、最初からどちらかしかないと決めつけるのか。

 何故、最初から諦めているのか。

 何故、まだ手が届くかもしれないのに手を伸ばそうとしないのか。

 

 

「貴方が手に入れたいものは、まだこの世界にあるじゃないか!!」

 

 

 大切な仲間を失ったばかりのグランからすれば、アポロの覚悟は何の覚悟でもないと思えた。

 

 まだ、できることがあるだろう。

 まだ、可能性があるだろう。

 まだ、決めつけるには早い筈だ。

 

 

「良いよ、決着をつけてやる。

 貴方が勝てばルリアも含めて好きにすると良い────だが、僕が勝った時には決して諦めないことを誓ってもらう!」

 

 

 思わずカタリナが声を挙げようするのを制し、グランは大きく声を挙げた。

 それはこれ以上誰かが悲しむ未来を見たくなかった……そんな子供らしい願望からきた言葉である。

 だが、最初から諦めていたアポロにとっては最も必要な言葉であった。

 

 

 静かに七星剣を抜いたグランは、アポロを見据えて構える。

 

 

「行くぞ、黒騎士!!」

 

 

 それは、失ったばかりの少年がみせた小さな小さな反抗の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビィ、そろそろいくぞー」

 

「あっ、まってくれよぉ。おばちゃん、リンゴありがとな」

 

 商店の並ぶ雑踏の賑やかしさに負けないような声が響く。

 恐らくは買い出しの途中なのだろう、いくつもの買い物袋を持ったグランは一つの露店でいつまでも店主と話し込んでいるビィを呼んだ。

 

「早く戻らないとまたジータとイオにどやされるぞー。さっさと帰らないと」

 

「そんなに焦んなくたって良いだろう。第一、急いで帰ってもラカムの奴だって一旦家に帰ってるし、艇だって整備中。出発するわけでもねぇじゃねえか」

 

「ルリアが腹を空かせて待ってるんだ……これだけで二人が騒ぐには十分だろ」

 

「それは……確かにあり得るけど」

 

 歩きながら会話する二人は、待っているだろう仲間達の顔を思い浮かべ、足を早めて自分達の艇へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 あれから……アガスティアの戦いから、グラン達は幾月の時を経ていた。

 

 

 

 アポロやフリーシア、フュリアスにロキといった、国の中枢を担うはずの人物が居なくなったことでエルステ帝国は事実上の崩壊。

 戦いの爪痕を大きく残したアガスティアの復興には秩序の騎空団と、星晶獣デウス・エクス・マキナによって再び肉体を取り戻したエルステ王国現女王“オルキス”によって着実に進んでおり、元通りとはいかないまでもアガスティアに暮らしていた人々は嘗ての生活を取り戻し始めていた。

 

 エルステ帝国の解体によって、各国間のバランスが崩れ一時的に争乱の気配が増えたものの、秩序の騎空団とエルステ王国の新生によってそれも収まりつつある。

 

 ファータ・グランデ空域は、少しばかりの平穏の時代を迎えていた。

 

 

 

「ただいまー。皆、帰ったぞー」

 

 どこか投げやりな感じを拭いきれないまま、グランは騎空挺へと帰還する。

 

「ウェーイ、グランダンチョのお帰りだ~野郎共、お荷物お持ちしちゃって頂戴なぁっと」

 

「アイサ―」

 

「アイアイサー!」

 

「あ、あぁ……ありがとう」

 

 早速出迎えてくれたグラサイ料理長ローアインと、エルセム、トモイに買ってきた食材を渡して、グランは押され気味になりながらもローアインに昼食の準備を頼んでグランサイファーの甲板へと向かう。

 

「あぁ、グランダンチョ。ジータダンチョならルリピッピと“オーキス”ちゃん連れて甲板に出てましたよ。なんでも、手紙を書くとか何とか」

 

「手紙? 誰にだぁ?」

 

「さぁ……とにかくわかった。ありがとう、行ってみるよ」

 

 手紙と聞いて、思い当たる事のないグランとビィは首を傾げた。

 

「三人の所に行くなら昼食はもうちょい待って下さいって、ルリピッピにおねがいしゃっす」

 

「了解ー。それじゃ、また後で」

 

「うぃーっす」

 

 ローアインと別れた二人は改めて、ジータ達の元へ向かおうと甲板を歩き出す。

 中型騎空挺のグランサイファーの甲板となればそれなりに広い。端から端まで歩けば数分掛かる程である。

 甲板に出て周囲を見回すグランとビィは、目当ての人物達が船首の方で固まっているのを見つけた。

 

 

「えーっと私達は、もうすぐ次の目的地に向けて旅立つ予定です、っと。ジータ、これで大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがとうルリア。オーキス、そっちも大丈夫?」

 

「うん……同じ文章で、ちゃんと書けた」

 

 和気藹々と言った様子で手紙を窘めるのはジータとルリア。

 そして、嘗て人形と呼ばれていた少女……オーキスの姿があった。

 

 アガスティアにて、アポロとの戦いにグランは勝利した。

 それにより、二人のオルキスを助ける手立てを必ず見つけ出すと、アポロと共に動き出そうとした矢先の事であった。

 人形と呼ばれたオルキスは、星の民としての管理権限を行使。ルリアにデウス・エクス・マキナの起動を要請し、自身の身を犠牲にして元のオルキスを復活させようとした。

 嘗てデウス・エクス・マキナの暴走によって、肉体から乖離していた本当のオルキスの魂を、自身の肉体に定着させ彼女の目論見は見事に成功した。

 呆気なく、アポロが追い求めていたオルキスは復活を果たしたのだ。

 

 代わりに、肉体を追い出されたオルキスの方はそのまま魂だけの存在となっていずれ無に還るはずだった。

 だが、まるで奇跡の様にそんな結果を覆す手段が用意されていた。

 本物のオルキスと、王宮にてずっと魂だけであったオルキスの話し相手となっていたアダム。二人の機転によって、彼女には魂を定着させる依り代……エルステの技術の粋を集めて作られたオルキスそっくりのゴーレムの躯体が用意されていたのだ。

 画して、星晶獣デウス・エクス・マキナの能力により、ゴーレムの躯体へと定着されたオルキスは、オーキスと名を改めグラン達の騎空団の一員となったのである。

 

 

 

「おーい、三人共こんなところで何の手紙書いてるんだぁ?」

 

「あ、ビィさん。それにグランも。おかえりなさい」

 

「ただいまルリア。それで手紙を書いてるって聞いたけど一体誰に?」

 

 グランとビィが合流し、三人が書いてたという手紙へと視線を移した。

 可愛らしい便箋に封入された手紙。既に書き終わっているようである。

 グランとビィの視線を受けて、ジータが答えた。

 

「色々ともう落ち着いてきて、私達もそろそろ旅を再開するって話だったでしょ? 一度艇を離れちゃったゼタさんやヴィーラさん達に近況を報告しておこうと思ってね」

 

「あぁ、そういう事か。確かに、シェロさんを通して手紙のやり取りはできるし、連絡は取っておいた方が良いね」

 

 

 そう、ジータが言うように、今のグランサイファーには嘗ての仲間達が居ない。

 メフォラシュでの事を終えたところで、一度落ち着いて気持ちの整理をつけようという話になり、一行はグランサイファーをポートブリーズに向けた。

 そこで一度解散となり、しばらくの休養となったのである。

 それに合わせて何人かの団員はグランサイファーを離れ、各々の目的の為に島を離れた。

 

 組織の任務も滞ってきた為、一度戻るとゼタが。

 エルステ帝国の崩壊によって空域内の情勢が変わった今、アルビオンの領主が不在のままでは大変だろうと、空けていた領主の席に戻ったヴィーラ。

 自身の抱える問題にケリをつける。その決心をして、艇を降りて行ったアレーティア。

 少し寂しくなったグランサイファーの甲板を見て、グラン達は今ここにはいない三人に思いを馳せる。

 

「ん? でもそれにしちゃ手紙が多くねえか? ゼタにヴィーラにアレーティア……今艇を離れてるのって三人だよなぁ? 

 手紙……四通あるじゃねえか」

 

 ビィが視線を向けた先には、ルリアが二通、オーキスが一通の手紙を持っていた。

 そしてジータの手には、少しだけ装飾のしっかりしたやや大きい便箋が握られていたのだ。

 

「あー、えっとその……これはまたちょっと違うというか」

 

「ん? どうしたんだよジータ。珍しく歯切れが悪いというか」

 

 どことなく罰が悪いような……ビィの言葉に件の便箋を後ろ手に隠したジータの様子に、グランもビィも訝しんだ。

 特別な感じのする便箋。そして彼女の態度が様々な憶測を脳裏によぎらせていく。

 

「もーお二人ともダメですよ。これは乙女の秘密なんですから」

 

「デリカシー……無い」

 

 少しばかり冷ややかな視線と声でルリアとオーキスに窘められ思わずグランとビィが慌てて首を振った。

 

「うぇ!? オイラ達はそんなつもりじゃ」

 

「そうだよ。僕はただ……」

 

「……言っておくけど、別に変な手紙じゃないよ。ただ、ちょっと女々しいというか」

 

「女々しい?」

 

 やはり歯切れの悪いジータ。

 普段ならはっきりと物事を言うタイプであることは良く知っているだけに、彼女の様子は奇妙に思えてグランの視線がジータを追求していく。

 

「──その……この手紙は、セルグさんに向けた手紙なの」

 

「セルグに……」

 

 思わず言葉を失くすグランとビィ。

 セルグへの手紙……彼の名前が出てきた事で押し黙ってしまった二人は、手紙を書いていたジータの真意を図り兼ねていた。

 

「ジータ、それは──」

 

「わかってる。届かない手紙を綴って、帰ってくるはずのない人に思いを馳せるのが愚かだってことは私もわかってるよ。

 でもこうして私達の近況を綴って、届くわけじゃないけどあの人に向けた手紙を書くことで……セルグさんと、これからも一緒に旅をしていきたいって思ったの」

 

 もうこの世界には居ない。

 もう会えることのない人であっても、いつまでも一緒に旅をしていく仲間であることを忘れないように、ジータは届くはずのない手紙を窘めていた。

 未練がましいと言える。彼女自身が言うように女々しいと言えるだろう。

 だが、忘れたくなかった。世界を守るために一人で消えていった……大切な仲間の事を。

 団員は家族──そう思ってるジータにとって、セルグの消失はやはり大きかったのだ。

 塞ぎ込んだゼタやヴィーラと同様、ジータもまたしばらく塞ぎ込んでいた。

 ようやっと、こうして彼の事を話題にしても暗くなるようなことはなくなったが、それでもまだジータにとっては簡単に忘れることはできない出来事となっていた。

 

 

「そっか……良いんじゃないか。ジータの気持ち、僕も良く分かるし」

 

「そうだなぁ。オイラも良いと思うぜ……これからもセルグは、オイラ達の仲間だもんな」

 

「そうですね。ね、オーキスちゃん」

 

「うん……私も、そう思う」

 

 

 ジータの想いを汲み取り、四人は優しい声音で同意を示した。

 

 

「ちなみにジータ。その手紙、見せてもらうわけには……」

 

「ダーメ。乙女の秘密、軽々しく覗こうなんてエッチだよ」

 

「え、エッチって。そんな内容なのか!?」

 

 思わぬ返答に、グランの表情が驚愕と僅かな嫌らしい笑みに代わる。

 見ればわかる。思春期特有の色ぼけた思考がグランの脳内を駆け巡っているのが。

 そんな気は更々ない。無論手紙の内容も至極真面目なものであるのにグランの言葉に思考がそっちへ向いたか、思わずジータの顔に熱が集まった。

 

「なっ!? 何言ってるの!! そんな変な内容なわけないでしょ!!」

 

「ちょっ、ま、待って、剣を抜くな、振りかぶるな!? こっちは丸腰なんだぞ!」

 

「う、うるさーい! グランのバカぁーー!!」

 

「お、おわぁあああ、失礼しましたーー!」

 

 大きく振りかぶられた剣に両断されそうになったグランが必死の形相で逃げていく。

 逃げるグラン、追うジータ。些細な事で始まった命を懸けた鬼ごっこを見送り、残された三人は呆気にとられながらため息を吐いた。

 

「今のは、グランが悪いです……」

 

「流石に今のはなぁ……グランの奴、偶にやっちゃいけないタイプのからかいをしちゃうんだよなぁ」

 

「でも、少しだけジータ……元気になってた」

 

 セルグの事を話したジータはやはり、どこか暗かった。

 グランのからかいはもしかすると、そんなジータを元気づけるためだったのかもしれない。

 あくまで、かもしれないだが、そんなグランの気遣いも垣間見えた気がして、三人静かに微笑んだ。

 

「そうですね、やっぱりそこは双子だから……っていうことなんでしょうか」

 

「おーい、ダンチョさん達。昼飯、できたっすよぉ~」

 

「あ、ローアインさん。はーい、わかりましたー! それじゃ、オーキスちゃん。行きましょうか」

 

「うん。ビィも、おいで」

 

「ふみゅ!? お、おいオーキス。オイラは自分で飛べるって!」

 

 穏やかな空気のまま三人はローアインの声に呼ばれてグランサイファーの食堂へと向かっていった。

 

 

 

 そのすぐ後に、グランとの鬼ごっこを終えて戻ってきたジータは、まだ書き終わっていなかった手紙を仕上げる為に便箋より取り出して書き始める。

 

「――全く、グランったら……本当に失礼なんだから」

 

 先程のやり取りを思い出しながら、ジータは愚痴を吐きつつ手紙を書き進めた。

 

 時折云々と唸りながら、胸の内にある想いをつらつらと綴っていく。

 

 

 

 

 

 

 拝啓 セルグさんへ

 

 

 

 あれから数か月。世界はようやく落ち着きを取り戻しました。

 

 

 セルグさんがアーカーシャを消した後、私たちは王都メフォラシュへと向かい、そこで黒騎士さんとグランが戦って……その後、本物のオルキスちゃんを目覚めさせる儀式を行いました。

 私たちはそこで本物のオルキスちゃんと、人形と呼ばれていたオーキスちゃんという新たな友達に出会う事が出来ました。ルリアの喜びようときたら、まるでリンゴに囲まれたビィみたいでしたよ。

 

 セルグさんがいなくなってから……グランはかなり無茶苦茶な特訓を重ねるようになりました。

 もう二度と仲間を失いたくない! って、セルグさんみたいな最強の戦士となるために必死に強くなろうとしています。ちょっと頑張りすぎて心配ですけど……私も一緒に強くなっていくので、どうか空で見守っててください。

 

 カタリナとルリアは相変わらず。姉妹みたいに仲良くしています。でも最近ルリアが反抗期みたいでカタリナを困らせる事もしばしば……なんでも、言う事を聞くばかりでは強くなれない! と、言っているみたいです。ビィと一緒に“強くなるには? ”談義もしているようで、カタリナも困った様でありながら、成長するルリアが嬉しくて仕方なさそうでした。

 

 ヴィーラさんとゼタさんは一度グランサイファーを降り、今はそれぞれの道を歩み始めています。

 居なくなったセルグさんの分も星晶獣と戦うために組織の任務に向かったゼタさん。エルステ帝国の崩壊に伴い、士官学校の輩出先を失ったアルビオンを立て直すべく、不在となった領主の席に戻ったヴィーラさん。二人とも、セルグさんが消えてしまったことでしばらくの間ずっと塞ぎ込んでいましたが、今では以前にも増して強く生きているみたいです。

 ついでに、最近お二人はすっごく仲良しになっているみたいで、ゼタさんはセルグさんに誇れるいい女になりたいってヴィーラさんに女の子らしさを学んでいるみたいですよ。この間送られてきた手紙にはゼタさんが綺麗な衣装に身を包んだ写真が入ってましたけど、まるで別人みたいに可愛くなってますよ! 本当にお姫様みたいでした!! 

 

 同様に、アレーティアさんも今は艇を離れています。セルグさんの姿に何やら思うことがあったみたいで、自身が抱える問題に決着をつけてくると、早々に降りていきました。すぐ戻ってくるとは聞いていますが、しばらく連絡も取れてなくてちょっと心配しています。

 

 オイゲンさんとラカムさん。最近は良く甲板で空を眺めてることが多いです。寂しそうな表情もしてたりするのですが、時々ローアインさん達とバカみたいに騒ぐようになりました。アイツにこの声を届かせてやる! って、良く言ってます。(聞こえてたりしますか?)

 

 そのローアインさんは最近、よく料理の修行といってなぜかショッピングに出かけます。食材の目利きの為とか……私にはまだわからないですが、いろんなものを見にいくらしいです。あと、この前カタリナに料理の手ほどきをしていました。どうやら仲良し度はアップしているみたいです! ついでに命の危険度もアップしているみたいですが……たまに切り傷を付けられたローアインさんが倒れてたりします。(もうヴィーラさん……艇に居ないはずなんですけどね。ちょっと本格的に心配です)

 

 ロゼッタさんは今まで通り。相変わらず何を考えてるか良くわからないし、すぐに人の事をからかってきます!! でもイオちゃんとおしゃべりしているのをよく見かけるようになりました。この前なんかイオちゃんが夜遅くにロゼッタさんの部屋に入っていくのを見かけてしまって、ちょっと問い詰めてみたのですが秘密の大人のレディ講座とかなんとか。(イオちゃん、大丈夫かな……)

 

 イオちゃんは最近素直になった気がします。大人のレディ講座の成果かもしれませんがあまり意地を張らなくなりました。素直にお礼を言うようになったし、素直にごめんなさいもするようになりました。成長を感じます! 

 

 それから、ちょっと話は逸れますけどリーシャさんとモニカさん。セルグさんの最後を聞いて泣き崩れていました。

 モニカさんはともかくリーシャさんも……二人ともセルグさんの事大好きだったみたいです。それでも、さすがは秩序の騎空団のお二人と言った所か早々に立ち直って空の世界の為にまた奔走してるみたいです。何度か依頼を受けましたが、以前と変わらない様子で安心したのを覚えています。(ご心配なさらずとも大丈夫そうですね)

 

 

 ここまで書いてきた通り、私たちは前を向いて今を生きています。きっとセルグさんは嫌がるでしょうけど、貴方を忘れずにこれからも生きていきます。

 

 だから、空の彼方で見ていて下さい。私達の旅を……私達のこれからを。

 

 

 貴方と共に、空で生きています。

 

 

 

 敬具

 

 

 

 

 

 

「うん、これで良いかな」

 

 

 確認を終えたジータは、丁寧に手紙を折りたたみ綺麗な便箋へと入れると、大切そうにそれを胸に抱えた。

 

 手紙を書き終えたおかげか、少しだけ気持ちは晴れやかに……ジータの心はどことなくこれからの旅に向けて期待を膨らませていた。

 

 

「見ていてください……貴方が守ってくれた世界で、私達はずっと生きていきますから」

 

 

 明るい声で空に向けて呟いたジータは、軽い足取りとなってグランサイファーの食堂へと向かい始める。

 

 そんな彼女の背中を、ポートブリーズ特有の優しく温かな風が後押ししていく。

 

 

 

「それじゃ、いってきます」

 

 

 いってらっしゃい──そう返す様に、一際強い風が吹いた

 

 

 

 

 彼の者は語り継がれる

 

 数多の敵を屠り 数多の人を救い 全てを捨てて世界を守った。

 

 

 彼の者の名はセルグ

 

 その手が守るものは 果てしなく広がる、空の世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 アフターエピソード 『誓い』

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……んじゃ、また明日」

「あぁ、しっかり休んでおけ」

「あんたもね、バザラガ」

 

 とある島にて。声に多分に疲労を載せたゼタは、今夜宿泊する宿屋を前にしてバザラガと別れた。

 グランサイファーを離れて早数か月。

 次々と舞い込んでくる星晶獣討伐任務の為に奔走し、今日もまた命を懸けた戦いを繰り広げてきている。

 相棒であるバザラガも一緒の為、まだ苦戦という苦戦は見られないが疲労の蓄積は自身でも感じ取れるくらい大きなものとなってきていた。

 

 バザラガと別れ宛がわれた部屋へと辿り着いたゼタは、まずはというように備え付けられたベッドへと体を横たわらせる。

 

「はぁ~つっかれたぁ~流石に今日はきつかったわね。

 っていうかアルベスの全開解放で強くなったせいか、最近回されてくる任務多すぎじゃない?」

 

 思わず口から愚痴が漏れた。

 アガスティアで全開解放に至って以降、ある程度自由にその能力を行使できるようになったせいか彼女とバザラガに課せられる任務は数も危険度もどんどん上がってきていた。

 

「明日もまた、別の島に飛んで討伐……かぁ。忙しいのは仕方ない事とは言え、団長達とも全然会えなくなっちゃったし……きっついわね」

 

 全身の疲労を洗い流す様に、バスルームで温かいシャワーを浴びてゼタは早々にベッドへと潜り込んだ。

 暫くグラン達とも連絡を取れていない。僅か数か月の時が、忙しかったせいかもう何年もたったかのように長く感じられ、騒がしかった彼らとの生活に思いを馳せてみた。

 

「とは言え、文句ばっかり言ってられないか────アイツの分も、戦うって決めたんだし」

 

 ふと、己の言葉に思いを馳せて想い出してしまう。

 自身の決意の原因となった、彼の事を。

 消えてしまった彼の分も星晶獣と戦い、この世界に生きるヒト達を守ろうと決めたのだ。

 泣き言等……言ってる暇はなかった。

 

 ──それでも。

 

「なんで……いつまでも帰ってこないのよ」

 

 想い出してしまい、想い返してしまう。

 最愛となった彼の事を。

 記憶に残っている声を、記憶に残っている匂いを、記憶に残っている温もりを。

 想い返しては、ゼタの心に空虚が押し寄せた。

 帰ってくるわけがないとわかっている。帰ってこないと理解をしている。

 でも、求める声は止まなかった。

 

「帰って……きなさいよぉ……」

 

 いつものように何食わぬ顔で。

 いつものようにボロボロになりながら。

 どれだけ絶望的な状況でも……彼はいつも戻ってきてくれたのだ。

 

「うっ……くぅ……セルグぅ……」

 

 ぽろぽろと零れていく涙を拭うこともせず、追い求める様にゼタの手は空虚を掴む。

 記憶を頼りに彼の感触を想い出し、記憶を頼りに彼の声を頭によぎらせる。

 

「必ず、未来(あす)を共にしようって……約束したじゃない」

 

 恨みがましく、ゼタは彼との約束を想い返した。

 最後の戦いの前、モニカとヴィーラと四人で過ごした最後の日常……そこで彼は誓ってくれたはずなのに。

 

 

「約……束……」

 

 

 約束したのに、帰ってこない。そんなセルグの声を想い出しながら、ゼタは何か御しきれない引っかかりを覚えた。

 

 

 

 

「──約束」

 

 

 

 

 

 

「約束!!」

 

 

 

 

 まるで暗闇の中に急に太陽が現れたような面持ちであった。

 

 

 

 

 忘れてしまっていた……大切な約束を。

 

 

 

 

 ベッドから飛び起きたゼタは、脱いでいた鎧を再び着込んで、宿屋を飛び出した。

 ──向かう先は乗り合いの騎空挺が発着する港。

 

 

 疾走して港へとついたゼタは急いで定期便の予定を確認する。

 

「────あった、“ガロンゾ”行!」

 

 僥倖……目的の定期便はもうすぐ出発するところであった。

 急いでお金を払い乗船券を買うと、騎空挺へと乗り込む。

 既に夜の帳は降りており、目的地に着くにはちょうど一晩かかるだろう。

 

 だが、今のゼタはとても眠れる状態になれず、甲板で一晩を明かす。

 視線はひたすらに、艇が走る先を見つめていた。

 

 

 翌朝、目的地のガロンゾへと辿り着いたゼタは、ごった返す他の乗客を出来得る限り避けて擦り抜けていき目的地へと急いだ。

 向かう先はそう──あの日約束したあの場所へと。

 

 

 焦燥と期待を抱きながら、ゼタはガロンゾで一番広い噴水のある大きな広場へと辿り着いた。

 

 

 

 ここだ……あの日、彼と約束した場所は。

 

 

 

 “ミスラ”の居るこの地で約束を交わした場所なのだ。

 

 

 息を切らせながら、ゼタは周囲を見回した。

 期待と不安が入り混ざる……早鐘を打つ心臓が、ゼタの耳に妙に大きく鼓動を伝えていた。

 

「セルグ……セルグ!!」

 

 朝食の時間を少し過ぎた頃合いだ。広場にはそれなりに人の往来もあったが、人目を気にせずにゼタは彼の名を呼んだ。

 聞こえれば応えてくれるだろう。自分がここにいる事を知らしめるように、彼の名を呼ぶ。

 

 

「セルグっ!!」

 

 

 ──だが、答えは返ってこなかった。

 

 

「セル……グ……」

 

 

 まるで足元が崩れていくような心地でその場に崩れ落ちていくゼタ。

 期待が大きかった分その落胆はすさまじいものであった。

 

 やはり、彼とはもう──

 

 

「遅かったじゃないですか、ゼタ」

 

「私達は昨日の内にはガロンゾに着いていたぞ」

 

 

 背中にかけられる、聞き覚えのある声。

 振り返るとそこにはしばらく振りとなるヴィーラとモニカの姿があった。

 

「ヴィーラ、それにモニカまで……一体どうしてここに?」

 

「それを聞くのですか? 貴方と同じく、私達が今この時にこの場にいる理由なんて一つしかないでしょう?」

 

「私達も想い出したんだよ。アイツとの約束をな」

 

 

 地に落ちた期待が再び持ち上がる。

 自分も約束を思い出して、今ここに来た。そして二人も同じように、約束を想い出してこの場に来た……示し合わせたかのような自分達の行動は、まるで何かに導かれる様。

 否、これは間違いなく導かれて辿り着いた結果のはずだ。

 ならば……まだ可能性はあるのではないか。

 

「それじゃあ、もしかしてアイツも──」

 

 彼女達と同じく、ここで彼は共に約束をしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「悪い──オレだけ少し遅れてしまった様だな?」

 

 

 

 

 

 ゼタの背筋が跳ねる。

 彼女の問いの答えは、すぐに背後から返された。

 

 男性らしい太い声。

 散々待たせたというのに全く悪びれもしない感じは、記憶の通りである。

 

 

「──なかなか元通りの肉体を創るには時間がかかってしまってな。

 ようやく出来上がったと思ったら今度はチカラを行使するのに慣れなくて。ここまで飛んでくるのにまた少し時間がかかってしまった」

 

 

 

 聞こえた声にゼタは振り返る。

 

 ──そこには記憶通りの彼が居た。

 少しだけ伸びた銀糸の髪を靡かせ、傍らに黒と白の鳥を従えている。

 こちらを見つめる淡い青の瞳が彼女を映して揺れていた。

 

 

「セル……グ」

 

 

 もはやゼタの思考は回らなかった。

 聞こえた声、目に映る姿。この現実が嘘ではないのだと、ゼタは理解した。

 

「待たせてしまった様だな」

 

「全く、待たせ過ぎだ」

 

「ふふ、おかえりなさい」

 

「あぁ、ただい──おっと」

 

 和やかに交わされる三人の言葉すら耳に入らず、ゼタは彼の胸に飛びこんだ。

 

 

 触れられる。温かい熱が互いを行き交う。

 

 

 間違い無く……彼は、ここに居る。

 

 

 その事実が本当に……心を満たしていく。

 

 

「遅いのよ、バカ」

 

「だから、悪かったって」

 

「でも──帰ってきてくれた」

 

「時間はかかったがな」

 

「だから、許す────おかえり」

 

 

 こんな時まで素直になれない自分を恨めしく思いながら、ゼタは照れ臭そうにその言葉を彼に向けた。

 そんなゼタを見て静かに微笑んだ彼は、愛おしそうに胸の内にいるゼタを抱き寄せる。

 

 

「ただいま────ゼタ」

 

 

 

 

 

 

 




これにて、完結となります。

ここまで、読了して下さった読者様に深く感謝をいたします。

あとがきはもっとちゃんと書きますので、この場ではここまで。

それでは。読者様が本作品をお楽しみいただけてれば、幸いです。


追記 完結記念に是非読者様の感想を聞かせていただければと思います。


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キャラクター紹介

エンディング的な位置づけのキャラクター紹介。

必要であれば増やします。

本作における設定やエンディング後のキャラの動向など。

エピローグだけでは語り切れない部分を綴っております。




 キャラクター紹介(本作設定準拠)

 

 

 

 

 セルグ

 

 本作主人公。

 嘗てはゼタが所属する組織に居た凄腕の星晶獣狩り。組織の裏切りに遭い離反した彼はその後静かに復讐の刃を研いできた。

 しかしグラン達との旅の中で友であるユーステス、バザラガとの和解。更には組織に居たかつての上司との和解を経て彼の復讐は一度終わりを迎え、以後はグラン達との旅の為に戦いに身を投じていくこととなる。

 対星晶獣用の契約武器“天ノ羽斬”による自己強化。更には星晶獣ヴェリウスとの融合により戦闘能力は作中屈指の強さを誇る。反面、肉体への反動や戦闘による負傷を顧みない一面があり、仲間となったグラン達に大いに心配と迷惑を掛ける事となった。

 そんな彼の正体は、世界が生み出した世界の守護者……調停の翼ジ・オーダー・グランデが死にゆくはずだった赤子に魂の一部を分け与えて生み出した、調停の翼の分身体。ヒトの中で空の世界を守り、いずれは起動する星晶獣アーカーシャの脅威に対して用意した対抗手段であった。

 

 グランデが想定した通り起動したアーカーシャの脅威を滅するため、セルグは自身の存在をヒトから完全に昇華させ、一度は空の世界から消え去ってしまう。

 しかし決戦直前にガロンゾで交わした約束を辿り、ミスラの能力の下、再びヒトの肉体を得て空の世界へと帰還を果たした。

 

 現在はグラン達の元を離れ、秩序の騎空団の一員となりモニカやリーシャと共に空の世界の為に奔走中。

 更にイルザ、ユーステスの助力もあり組織の戦士としても復帰。秩序の騎空団としての仕事をこなしながら単独任務を回していく多忙な日々を送っている。

 更に更に、アルビオン士官学校にて非常勤講師としての一面も持ち、主に戦闘面での指導に当たっている。

 勿論、グラン達の騎空団の一員であることも忘れてはいない。

 

 最近の悩みは、立場が多すぎて時間が足りないとのこと。

 

 

 分身体:ヴェル、リアス

 

 調停の翼として覚醒した際にセルグが生み出した、彼の分身体。その姿は黒と白の鳥を模っており、サイズや姿に及びその数には多少の融通が利く便利な存在。

 その中身は嘗てセルグと共に戦っていた記録を司る星晶獣ヴェリウスの分身体と、亡くなる前にセルグが自身の中に取り込んだ彼の恋人アイリスの魂の欠片を宿している。

 画一を果たしたセルグから分離させた存在であるために、二人と融合しなければセルグは調停の翼としての力を発揮できない制約があるものの、基本的にはセルグと共に居る為大きな不便は感じないとのこと。

 記憶、記録は元の魂が宿していたものをそのまま所持しているため、真面目で不遜なヴェルと能天気なリアスの仲はややよろしくない。

 

 最近の悩みは、止まり木代わりのセルグの肩が片側だけ鎧で覆われているため、乗るには不便で毎度喧嘩となる事。

 

 

 グラン、ジータ

 

 原作主人公。

 お人好しで頼まれたら断れない、絵にかいたような主人公気質の二人。ルリアとの出会いを経て故郷であるザンクティンゼルを飛び出し、カタリナ、ラカムと共に騎空団を結成。その後、旅の中で様々な人達と出会い、幾つもの戦いを乗り越えてきた。

 アガスティアの戦いを経て心身共に大きく成長し、現在は仲間達と共に再び星の島イスタルシアを目指して旅を進めている。

 衣装に合わせて様々な戦闘スタイルと武器を使いこなし、型にはまらないその実力は七曜の騎士に匹敵しつつある。

 アガスティアの戦いの中で天星器の完全開放へと至ったが、まだ使いこなすには及ばず……現在は天星器の使用を禁じて実力を上げるべく旅の中で努力を重ねている。

 

 因みに、普段は温厚で主人公気質な二人だが帰還したセルグを見て堪忍袋の緒が切れたらしく、しまい込んでいた天星器を引っ張り出して全力で折檻した模様。

 最近の悩みは互いに年頃となってきて、大人の皆さんに色恋事でからかわれることが多くなって事。(主にロゼッタとかロゼッタとかロゼッタとか)

 

 

 ゼタ

 

 本作ヒロイン。

 星晶獣狩りの組織の戦士。親友であるアイリスを失いセルグへの復讐心に駆られていた彼女は、強く在る事を己に課していた。彼女の実力が元々高い事もありグラン達と出会う前の彼女は自信家な面が強かったが、星晶獣に狙われるルリアを見て己の戦いに守る意義を見出す。

 ザンクティンゼルでセルグと出会い、紆余曲折を経て親友の死の真相を知ったゼタはセルグと和解。以後、旅の中でセルグに徐々に惹かれていく。

 アガスティアでの戦いを経て、ゼタは消えてしまったセルグの分も戦うべくグランサイファーを降りて組織の任務に赴くことを決意。アルベスの槍の全開解放へと至ったゼタは組織内でも最強格の戦士へと成長し、相棒のバザラガと日夜奔走する。

 ガロンゾでミスラの力の下セルグと再会したゼタは、改めて互いの想いを伝えあい確かめ合った。

 現在は偶に任務でかち合った時ぐらいしか出会えない状況ではあるものの、時と共に二人の距離は近づいている模様。

 

 最近の悩みは、忙しすぎてセルグとの時間が取れないことをバザラガに気を遣われる事。(本人はそっとしておいて欲しいらしい)

 

 

 ヴィーラ

 

 本作ヒロイン。

 元アルビオン領主。アルビオンの士官学校時代、命を救われたカタリナに心奪われお姉さま一筋を貫いていた彼女。他者との深い関わりを避けていたヴィーラであったがグラン達との出会いを経て、徐々にその狭い世界を広げていく。彼女にとって大切な者はカタリナだけであったがグラン達との旅を経て彼女は大切な存在を増やしていった。

 それ故に、セルグの強さと不安定さに最も危機感を抱いており、ルーマシーでルリアへと切りかかったセルグを危険な存在と判断し排除へと踏み切った。

 結果的にヴェリウスとの最深融合を果たしたセルグによって彼女はその命を救われ、更にその後の仲間達との対話を経て彼女は自身が抱く想いに気が付くことになる。

 騎士になりたいカタリナの代わりにアルビオンの領主を受けるなど、元々自己犠牲の精神が強かった彼女は、同様に自身の身を顧みない戦いをするセルグの危うさに気が付き、良き理解者となるべく想いを伝える。例え想いを返してもらえなくても、彼の命を救えるのならと……そこにはやはり彼女だからこその愛があった。

 アガスティアでの戦いを経た彼女は、エルステの崩壊と共に一度グランサイファーを降りてアルビオンへと帰還。情勢の変化に対応するため、再び領主の席へと戻り多忙な政務の日々を過ごしていくことになる。

 ゼタ同様に、ガロンゾでミスラの力の下セルグと再会を果たした彼女も、そこで改めてセルグと想いを確かめ合った。

 現在はアルビオンの士官学校の非常勤講師にセルグの席を設けて、計画的にセルグとの時間を確保しながら政務に追われる日々を過ごしている。

 

 最近の悩みは、ヴェリウスの影響で人間味の増してきたシュヴァリエがよく物申す様になってきた事。

 

 

 モニカ

 

 本作ヒロイン。

 秩序の騎空団、第四騎空挺団船団長。小柄でありながらその実力は第四騎空挺団随一。セルグ同様に刀を扱い秩序の騎空団のエースとして活躍していた。

 組織からのリーク情報によってセルグをS級警戒人物として逮捕。その後アマルティアにてセルグを抹殺に来た組織との戦いや、グラン達とエルステ帝国の争いにも巻き込まれながらセルグと接していくことで、仲間を守るその姿勢に徐々に惹かれていった。

 想いに気が付いたのはガンダルヴァに尋問された自身を助けられた時。強者として守る側であった彼女にとって、自身の身を顧みることなく助けに駆けつけてくれたセルグの姿は非常に心を奪われるものであったらしい。

 先の二人と同様、ガロンゾでセルグと再会を果たした彼女もまた、改めてセルグとの想いを確かめ合った。

 現在はセルグとガンダルヴァという、非常に頭痛の種になりえる二人を第四騎空挺団に組み込み、団の業務を回すために日夜頭を悩ませている。

 

 現在の悩みは無論、セルグとガンダルヴァという爆弾の扱いに非常に困っている。(具体的には毎日拠点のどこかで二人の争いが勃発している)

 

 

 ルリア

 

 原作ヒロイン? 

 星の世界の神、その別身(わけみ)。星の民にとっては星晶獣の性能を完全に制御する事の出来る鍵であり、管理権限を持つのは現在の所ロキとオルキスのみ。

 作中でルリアが扱う召喚はコアを介さない各星晶獣の分身を呼び出しているに過ぎず、コアを介した完全なる召喚には、管理者であるロキかオルキスの力が必要である。

 旅の中で仲間達に守られながらも多くを経験した彼女は、自身の力の使い方を学び守られるだけでなく仲間達を守る存在に成長した。

 アガスティアでの戦いを経て、星晶獣の運用をより戦略的に行えるようになった彼女は、今後守られる存在から守る存在へと変わっていくことだろう。

 現在は魔導士であるイオやジータに教えを乞い、戦いにおける自身の立ち回りを学んでいる。お気に入りの星晶獣はイフリートとリヴァイアサン。炎と水が分かりやすく運用できるらしい。

 

 最近の悩みは、カタリナが過保護な為未だに戦いに参戦する事には良い顔をされない事。

 

 

 ビィ

 

 空の世界の神、その別身(わけみ)。ザンクティンゼルで本来の力の一端を得た。

 基本的には原作準拠。現状はマスコット的存在であり、唯一活躍できる魔晶を無力化できる能力も、今後は発揮する場面が少なくなるであろう悲しい子。

 

 最近の悩みは、マスコット脱却ができない事。

 

 

 カタリナ

 

 アルビオン士官学校主席卒業の騎士。エルステ帝国軍中尉の肩書を持ちながらルリアの為に軍を脱走。グラン達と出会い共に騎空団を結成した。

 セルグの加入に伴い自身の実力に疑問を抱き始めた彼女は、旅の中で徐々に最前衛を退き後ろで見守るような立ち位置へと変わっていった。

 胸の内に燻っていく彼女の劣等感を解いたのは意外にも、共に戦っていたリーシャ。決して強くはないはずのリーシャが強く在れるその理由と、彼女が得た強さ。それに共感を得たカタリナは、アガスティアの戦いにて己の強さを確立。守ることで攻める彼女だけの戦い方を生み出した。

 アガスティアでの戦いを経て、彼女はルリアとグラン、ジータの保護者として変わらず騎空団に所属し日々を過ごしている。払拭した劣等感を糧に再び強さへの求心を宿した彼女は、以前にも増して鍛錬に打ち込むようになったとは、少し心配しているルリア談である。

 

 最近の悩みは、保護者が板についてきてしまったせいか、よく母親と間違われるようになった事。

 

 

 ラカム

 

 ザ・操舵士。特別な訓練を積んでいないにも関わらず、激化するエルステ帝国との争いを戦い抜いた。

 カタリナと同じく、セルグの加入によって己の強さに劣等感を抱いた彼もまた、旅の中で戦いから退いていく立ち位置へと変わってしまっていた。しかし、オイゲンに諭され彼もまた己だけの強さを確立。

 中型騎空挺グランサイファーを駆り、砲撃を掻い潜りながらアガスティアへと突入させた彼の目と状況判断能力、そして危機察知能力は、戦士のそれをはるかに凌駕する。自身に向けられる攻撃、仲間に向けられる攻撃。当たるか当たらないか。迎撃か、回避か。カタリナとは違った、彼だけができる守る戦い方である。

 アガスティアでの戦いを経て、操舵士としても騎空士としても成長した彼はポートブリーズでの休養の後にグラン達の元へと戻り、再び彼らの操舵士として一緒に日々を過ごしている。セルグの復活の報を聞き彼も喜びを露にしたのだが……彼とゼタ、ヴィーラやモニカとの関係も一緒に聞き及んでおり、少しだけ羨ましいと感じてしまったらしく、出会いを求めて度々艇を降りるようになったとのこと。(情報源は某天星器を扱う少女)

 

 

 オイゲン

 

 原作準拠。残念ながら本作においては特に変化が描かれていない。(ファンの方には申し訳ない)

 今後、アポロを交えてのフェイトエピソードを描く予定。

 現在は熟練の先輩騎空士としてグランとジータの相談役。主に処世術の面で彼らの騎空団を支えている。

 

 

 ロゼッタ

 

 基本的に原作準拠、というよりはいまだに原作でも彼女の過去がしっかりと描かれていない為、評価が難しい人物。

 アガスティアの戦いにおいて、傍観者であることをやめ、必要とあらば自身の星晶獣としての力も余すことなく用いる事を決意。

 中距離から戦域を全て支配することもできる彼女の能力は、グラン達にとって大きな助けとなった。

 現在は、多分にからかいながらもまだ大人ではない彼らの成長を見守る完全にお母さんポジションに就いている。

 

 

 リーシャ

 

 本作ヒロイン(予備軍)。現状ではフラグはたっていない。

 秩序の騎空団、第四騎空挺団船団長補佐という長い肩書を持つ女性。細身の彼女は腕力も低く戦闘力という点では少々心許なかったが、セルグとの出会い……そしてグラン達の旅を経て心身共に大きく成長した。七曜の騎士である父の影に怯えていた彼女はもういない。アマルティアでの戦い、そしてアガスティアでの戦いを経た今、指揮官としても戦士としても、彼女は超一流の仲間入りを果たしたと言えよう。戦術においても戦闘においても、相手の先を読み切り勝利への道筋を手繰っていく彼女は正にコマンダーと呼ぶに相応しい。

 現在はモニカと共に第四騎空挺団を取りまとめる立場に。自信をつけた彼女は以前にも増して秩序の騎空団の為に働くようになったとはモニカ談である。

 

 最近の悩みは、セルグが甘いせいでモニカがサボることを覚えた事。気が付くとふらふらと出かけて拠点内を徘徊するようになった模様(本人は仕事の一環だと容疑を否認している)

 

 

 

 



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あとがき

特に読まなくていいです。
読了してくれた読者様に向けたあとがきです。
作者と本作の色々と、最後に今後の事を綴ってあります。

興味ある方だけ、ご覧ください。


 

 

読者様。

本作の読了、誠にありがとうございます。

 

投稿開始が2016年の8月。

完結が2020年12月の終わりという事で四年と半年。リアル都合等で更新の停滞も多い中、本当に長い期間をかけて完結へと至りました。

ここまでこれたのはやはり、読者がいるという事実……それが作者にとっては未完で終わらせない支えとなり、本日まで続けることができました。

改めて、読了してくれた読者様には感謝いたします。

 

 

さて、本作について作中では語れなかった事を少し語っていきたいと思います。

 

 

本作について。

 

まず作者は元々、連載小説を執筆するつもりがありませんでした。

当時、本当に熱中していたグランブルーファンタジーの世界を、文章として表現してみたい。その中で世界観に合わせたオリジナルキャラクターを構想し、大好きなキャラ達と絡ませて……と自己満足の極みでフェイトエピソードを書き始めて、それで終わる予定でした。

後は、ここハーメルンに投稿されている素晴らしいグラブル小説を読んでいればいいや……と、そんな感じだったのですが。

当時から人気の高かったグラブルだったのに、意外にもハーメルンに小説はほとんど投稿されてなく、連載のものなど未完で数話しかないようなものばかりでした。

 

そこで何を思ったか作者は、執筆していたフェイトエピソードを軸に連載小説を投稿し、ハーメルンでのグラブル二次小説の先駆けになってやろうと決心してしまいました。

今思うと非常に愚かでした。

作者にとって本当に長い挑戦の始まりです。

 

 

主人公のセルグについて。

彼は連載を開始した当初からほとんど設定は変わっておりません。

まず本作はグランとジータ。二人が双子として両方が存在する設定であり、それに合わせてルリアとの出会いや設定も改変を加えております。

そしてその中で、オリジナルとなる主人公を加える。グラブルの物語の中で主人公であるグランとジータを差し置いて、本作の中に主人公を創るには、グラン達と同様に世界において重要な存在でなくてはならない……そんな思考の下に生まれたのが、セルグです。

また、王道の成長していくタイプの主人公はグランとジータがいたから、後ろ暗い過去を持ちながら今を生きている……そんな影のある主人公というのもコンセプトにはありました。

 

勿論、執筆する上で原作へのリスペクトを忘れてはならない……これは、二次創作に置いて本当に大事なことだと作者は考えています。

その為、セルグだけの物語になってはならないと、ストーリーの構成には長い時間を掛けました。

グランとジータは勿論、カタリナ、ラカム、イオ、ロゼッタ、オイゲン。

自由に描ける二次創作だからこそ、作者が思う通りに彼らに物語の中で活躍してほしいと思ってシナリオを綴ってきたつもりであります。

 

完結して、一から全部読み返してみると、至らない点は本当に多くて、げんなりするものでしたが……それでもやはり、ここ一番と言うところには作者が描きたい強い部分があって、作り手でありながら読者として熱くなれる部分もあり、自画自賛になってしまいますが良い作品を描けたと自身を褒めていたります。

 

 

ヒロイン設定について。

魅力的なキャラクターが多すぎるグラブルに置いて物語のヒロインを選出するのは中々に苦労したものでした。

初期プロットの段階でセルグは組織の戦士という設定がありましたのでゼタは早々に選ばれておりましたが、その後増やすべきなのかと言うところからまずは思い悩み。増えていくにしても誰なのか、シナリオ上で納得いく描写を経てヒロインに仕上げるにはどのような物語が必要なのか。

初期の設定ではゼタとリーシャがヒロイン枠あったので、完結した今だからわかりますが紆余曲折がありました。仔細は省きますが結局のところ、作者が満足する形にしたかったという事で落ち着きます。

 

 

原作との整合性について。

執筆当初はまだ原作のゲームも、最新のシナリオがダイダロイトベルトを終わったところであったため、色んな設定が明かされた現在とは大きく設定が乖離しています本作になりました。

アルベスやグロウノスといった封印武器の話とかはもう本当にどうしようもなくて……結局本作独自の設定として通すことに。

今後イベント編で執筆する時には上手く合わせていかなきゃいけませんが、他にもルリアの事、ビィの事、覇空戦争やそれ以前の星の民との話など。

本作のあちこちに本作独自の設定がちりばめられており、原作をやりこんでる人ほど納得できない部分が多々あったかとは思います。

これについてはもう修正のできない部分もあり、今後のイベント編やキャラクターエピソードでも、本作の設定をそのまま流用していくことになるかと思います。

勿論、うまく修正できるところはやっていくつもりです。あくまで原作の設定を優先するのが作者の意思であります。これでご了承いただきたく思います。

 

 

最後に、作者が思うグラブルについて。

長い時間を経て、やはりゲーム性という部分には飽きであったり面白いと思えない部分だったり。そういったマイナスの部分というのは感じるようになってきてしまいました。

キャラクターの数も膨大となってきており、推しのキャラが全然出てこなかったり活躍しなかったりと。(作者はずっとガウェイン好きだったのですが、ようやっとイベントで描かれる去年まで、本当に今か今かと待ち続けておりました。)

そんな中で、新しく実装されたキャラクターに心奪われることも多く、シナリオイベントを見て感動することも多く……ゲーム性の衰えは感じてもファンタジー作品としての魅力はやはり変わらないと感じています。

作者は執筆が進まない時は好きなイベントシナリオをよく読み返しておりました。そうすることで自分が感動した部分や要素を思い返し、それを自分が描く物語の中で読者にも感じてもらいたいと……そうすることで執筆のやる気につながってくれて、その度にやっぱりグラブルを好きなんだと思うものでした。

 

完結した今、次はこの話を、このキャラをと……描きたいと思う話はいくらでも湧いてきて、今後も変わらず続けていけそうだと思っています。

 

ということで、今後も変わらずグラブルの小説を書いていきますので、またお楽しみいただければ幸いです。

 

 

完結に合わせてアンケートを取ってみましたが、ジータ推しの方が多い様で……鋭意製作中とだけ言わせていただきます。

アンケートはあくまで執筆順番を考える指標なので、アンケートに出した5人は全員予定しておりますからご安心ください。本編完結前から全員執筆は進めております。

 

また、連載としてはイベントシナリオ『どうして空は蒼いのか』を連載予定です。

 

 

以上、『granblue fantasy その手が守るもの』 あとがきとなります。

 

読了、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予告編

 

『どうして空は蒼いのか』

 

 

 

 

 

 

 

「――俺は『天司』さ。空と星の狭間の者という意味だそうだ」

 

 

 

――空の世界に訪れる未曽有の危機。

 

 

「島が……落ちた?」

 

「それって一体、どう言う事なんですか?」

 

 

――訪れる脅威に、嘗ての仲間達が集う。

 

 

「四大元素を司る天司の消失……ねぇ。のんびりしてる暇はなさそうよ、バザラガ」

 

「この事象は空域どころか空の世界の危機です。団長さん、力を貸していただけませんか?」

 

 

――明かされる世界の起こり。紐解かれる世界の謎。

 

 

「創世神話――空も星もない、世界の本当の始まり」

 

 

――舞い降りるは災厄か……それとも救いか。

 

 

「――ほう、ヒトの身で天司の戦いに割り込んでくるとはね……何者だ」

 

「セルグが命を懸けて守ってくれた世界なんだ……」

 

「それを壊そうなんて、許さないよ!」

 

 

――世界の彼方。狭間の狭間で翼は知れず顕現を果たす。

 

 

「ここが……空と幽世の狭間か」

 

「――君は一体、何者だ?」

 

 

――翼と羽が交わる時、世界は創世からの因果と向き合う。

 

 

「さようなら特異点――話せて良かったよ、良い旅を!」

 

 

――覚醒した青と赤は、再び扉をこじ開ける。

 

 

「――今度は私が!」

 

「――オイラは絶対に!」

 

 

 

 

――天司は問う……その意味を。

 

 

「友よ、教えてもらえないか?」

 

「なんだ一体? お前が知らなくてオレが知ってる事なんかないと思うが」

 

 

 

 

 

「友よ、どうしてヒトは――――――

 

 

 

 

 






本当に、本当にありがとうございました。


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どうして空は蒼いのか
プロローグ


キャラクターフェイトと合わせて執筆開始。
時系列は本編エピローグ後。セルグがまだ戻る前の時系列から始まります。

正直、シナリオ構成は悩みに悩んでおります。
リチャ、テレーズ、スタン、アリーザ、ユーリ、ファラ。こいつらの扱いどうしようって感じで……

大筋はもうできてるんですけどね。作者の小説では初見になっちゃうから既に関係性のあった人物としてイベント通りに描写するのが難しく。

もしかしたら大きく原作とは変わってくるかもしれませんね。

なにはともあれ、プロローグですが、どうぞお楽しみください。


 そこは────世界の中心であった。

 

 中心とはいってもそれは空の世界の更には一つの空域、ファータ・グランデの……と付く。経済的な意味合いで在ったり国家的な意味合いで在ったりもない。

 ただただそこは文字通り、ファータ・グランデ空域における中心地である。

 

 カナンの地。

 それは、ファータ・グランデの超低層域にある一帯。球状の厚雲に覆われ、浮力は効かず、時空すら歪んでると言われる……現在のヒトでは到達不能な区域であった。

 存在自体が眉唾物。実態がそもそも不確かなそこは“ヒト”では辿り着けないであろう完全なる未開の地。

 

 そんな誰も知らない未知の中の未知にも。確かに存在するものがある。

 

 小さな……本当に小さな、島としての体を持つぎりぎりの浮島。そこにぽつりと建てられた、厳かな神殿。

 

 そこで彼は、空の世界を見守りながら、幾千年の時を過ごし続けてきた。

 

「──世界が、揺れる」

 

 静かなつぶやきに答えるものは居ない。

 低く抑揚のない、無機質な声音が神殿内に響き渡った。

 声からすれば男性……なのであろう。上質で軽装な感じの黒鎧を身に纏い、腰には複数の長刀が差されている。

 何より目立つのは、その背に生える白き羽。左右三対の六枚羽が大きく彼の背後を覆い、端正な顔立ちと共にその神聖さを際立たせていた。

 

「──これも、進化の行く末なのか」

 

 一体何が見えているのか……その呟きの意味は計り知れるところではないがそのセリフには憂いが含まれていた。

 その最中、静かな空間で物思いに耽る彼の耳が、何かを引き裂くような強烈な音を拾う。

 ばりばりと目の前の空間を光が裂いていく。予見するは顕現の気配……未来を見通すように回った思考は、この先に何かが現れる事だけは容易に掴めた。

 

「ここが……空と幽世の狭間か」

 

 張り裂けんばかりに膨れた光が収まりを見せる時、そこには一人の男が彼と同様に低く抑揚のない声で呟きながら立っていた。

 背には彼と同じように黒と白の二対の()を持ち、腰には空のように澄んだ蒼の鞘をもつ刀を差している。

 

「──君は一体、何者だ?」

「理解はしているのだろう。我も、其方(そなた)も……」

「予想はできている。君の存在理由は恐らく空の安寧。そして、その為にここに顕現した。違うか、コスモスの使者」

「その通りだ。世界を見守る中で不穏な動きを察知して応ずるためにここへと顕現した──すまないが顕現し続けるには形態を変える必要がある。少し待って欲しい」

 

 そう告げると、現れた男は再び光に包まれる。

 蒼の光を纏いながら、そこに黒と白の光が分裂していき、やがてまたも収束していく。光が収まった時、そこには先程より軽い雰囲気となった男と白黒の鳥が一羽ずつ肩に止まっていた。

 

「待たせて悪いな。挟間とはいえ覚醒状態のオレの存在は空に影響を与えてしまう──さて、自己紹介をしておこうか。オレの名は“セルグ”だ、天司長殿」

「こちらの事は知っていると見受けるが一先ずは返そう。私の名は“ルシフェル”──聞かせてもらおう、君がここに顕現した理由を」

「あぁ、まずは──」

 

 互いに互いの存在を理解している。そんな奇妙な二人は紹介もそこそこに本題へと入っていく。

 

 

 翼と羽の邂逅……ここから、世界は未曽有の危機に陥っていく。

 数千年に渡る因果の鎖と、過去からの因縁。

 明かされる世界の始まりと、時を超えて蘇る終焉の使者。

 

 天司とヒトが紡ぐ、大いなる物語の始まりだった。

 

 

 

 ──────────

 

 

 アウギュステ列島区役所。

 その場は、いつもと少しだけ違う雰囲気に包まれていた。

 列島の中で名だたる商会が集まる会議の中で、普段であれば腹の探り合いをしながらもアウギュステの発展の為に実のある話し合いが行われる。

 だが今はどうか? 各人の声はどこか固く、表情は険しい。

 

「ふむ、主だった商会はそろった様だな。では緊急会議を始めようと思う」

 

 招集をかけたと思われるハーヴィンの男。区長である彼が取り仕切り、会議の始まりを告げた。

 

「集まってもらったのは他でもない。すでに聞き及んでいる者も多いだろうが、各地で起きている『災厄』と呼ばれる事象についてだ」

 

 “災厄”──その言葉に集まった商会の代表たちは眉を顰める。

 無論、情報とはビジネスにおける最大の武器。ここに居る皆がその情報についてある程度の情報を聞き及んでいた。

 

 曰く、突然島が落ちる。

 曰く、ファータ・グランデだけでなく他の空域でも同様。

 曰く、気流気象に異常は無く島の落下は、島に働く浮力の消失が有力。

 曰く、被害は面積の小さい島から。その規模は徐々に拡大している。

 

 情報源も内容も様々ではあるがどれも裏付けの取れた確定情報。

 つまり今、この空の世界で間違いなく島々の落下現象が起きていた。

 それが──災厄である。

 

「僭越ながら利権には中立的な立場である私が、連絡系統に優れる皆さんの協力と共に対策を検討していきたいと思う」

「それでは私から。まずは情報を整理して各勢力に連絡が必要でしょう。私の商会は規模が大きいですし末端の商会から市井にまで注意を呼びかけます」

「こちらは各国とのパイプが太い。各国の首脳陣に話をしてみます」

「んじゃぁ俺は……帝国か? 確かにパイプはあるが、少々面倒だなぁ」

「それでしたら私は、騎空士さん達に情報提供をしておきますね~」

「あぁ、シェロカルテ君。ついでに信頼できる騎空団には空の避難経路の確保を頼みたい。お願いできるかね?」

 

 次々と今後の動きを決めていく各商会の代表。

 その中には、あのよろず屋シェロカルテもいた。騎空士に対して多くの仕事を斡旋し、あの十天衆とも懇意にしている彼女であれば、できることも多いだろう。

 区長の依頼に、シェロカルテは脳内で動けそうな騎空団をピックアップ。脳裏によぎるのは最近活躍の著しい“彼等”であった。

 

「それでは、グランサイファーの皆さんに依頼をして──」

 

「その者達こそが、今回の災厄の元凶だとしたら?」

 

 飛び込んできた声に、その場にいた全員が驚愕する。

 聞き覚えの無い声は間違いなくこの場にいるはずの無い部外者。それがいつの間にか、音もなく部屋に入ってきて壁に背を預けてそこに居たのだ。

 目深にかぶったフードで顔は伺えないが、声から察するに男性か。腰に差した剣と黒い鎧が物々しく、とてもこの場に不釣り合いな男であった。

 

「君は、誰かね。今は会議中だ……無関係な者はすぐに出ていってもらいたい」

「無関係とは心外だ。せっかく君達に事の真相と商談に来たと言うのに」

「商談……? 貴方は一体……?」

「俺は『天司』さ。空と星の狭間の者という意味だそうだよ──ナンセンスだろう? 星の研究者の感性はどうも理解できん」

 

 天司。その言葉の意味を図り兼ねて惑う会議の面々であったが、男は意に介さず話を続けていく。

 

「さて、商談を始めようか。

 何、シンプルな話さ。俺は空の世界に審判を下す……できる限りスピーディにね。だが、君等の連絡系統が微妙に邪魔になる。

 だから、成り行きを静観してもらいたい──対価は、俺が創る新世界の民に選んでやろう」

 

 どうだろうか? 

 そう締めくくられた言葉に、再び惑う面々であった。

 理解のできない言葉が多い。審判? 新世界の民? 一体この男が何を言っているのか、この場に理解できたものは一人もいないだろう。

 それ程までに彼の言葉は荒唐無稽と言えるものであった。

 

「君は何を……意味が分からない、一体何が目的だ?」

「──そうか、話せて良かった。ではヴァーチャーズ、後始末を」

 

 区長の言葉に交渉決裂と取った男は指を鳴らして合図を送る。

 瞬間、その場に異質な気配が複数顕現を果たした。

 黄色の球体を囲う赤い結晶が三つ。そこに紫の羽根が生えたような奇妙な物体。明滅をしながらもその気配は不穏なものへと膨れ上がっていった。

 

「まずい、皆逃げるんだ!」

 

 区長がその気配にいち早く気が付き声を挙げるが遅かった。

 部屋を横切る閃光が、二人の代表を撃ち抜く。奇跡的に急所を外していたためか息はあるものの重傷と言って相違ない。

 突如として牙を剥いた男の行動に、残りの者が慌てる中、ヴァーチャーズと呼ばれた小型の攻撃端末は次なる標的へと狙いを定めた。

 

「おいおいおい、なんだよこりゃ……一体どういうつもりで」

「お二人共息はあります。とにかく急いで脱出を──」

「いかん、シェロ君!!」

 

 狙われたシェロカルテが息を呑んだ。閃光が奔る──走馬灯を垣間見る中、彼女の命を刈り取らんとそれは寸分違わぬ狙いをつけてその眉間へと向かっていた。

 

「(グランさん……ジータさん……)」

 

 

「させるか!!」

 

 

 閃光は、穿光によって弾かれた。

 紅蓮を纏うアルベスの槍が間一髪のところでシェロカルテを狙う攻撃から彼女を守り、そのままヴァーチャーズを破壊する。

 

「貴方は……ゼタさん」

「どうも、よろず屋さん。全く、異様な気配に気が付いてきてみれば……一体何がどうなってんのこれ?」

「囀るなゼタ。今はこの場をどうにかするのが先だ」

「へぇ、ヴァーチャーズを容易く……何者だい?」

「何よアンタ? とりあえずこの騒ぎの主犯ってことで良いわけ?」

「気を付けてください、その男は恐らくグランさん達とも何か関係があるみたいで」

 

 男との一連のやり取りから少ない情報を拾ったシェロカルテの言葉に、ゼタの気配が一つ剣呑なものへと変わる。

 シェロカルテの命を狙う男が、グラン達とも関係? となれば、間違いなく良からぬ話に違いない。

 助けに来ただけのゼタであったが、今目的は目の前の男を捉える事にシフトした。

 

「バザラガ、ここに居る皆をお願い……アンタの身体ならこの変な奴からも皆を守れるでしょ?」

「構わん、だが……問題は無いのか?」

「ちょっとわかんない。全然気配が読めないし──でも、負ける気はないわよ!」

 

 俊足。瞬く間で間合いを詰めて繰り出される刺突を前に、男は腰の剣を抜き放ち防御。

 その表情からは余裕が消えていた。

 

「やるじゃない、今のは本気でやる気だったんだけど……」

「ヒトにしてはやるじゃないか。微妙に──危なかったよ!」

「っ!?」

 

 即座に離れるゼタの足元が薙ぎ払われる。

 その剣は間違いなく早い。グランやジータと同等か……もしやそれ以上。

 

「バザラガ、行って! こいつやばい!」

「逃がすと思うのかい?」

 

 お返しとばかりの俊足。ゼタを避け、バザラガが庇うより早くシェロカルテの元へと至った男が剣を振り上げた。

 

「させん!!」

 

 間一髪、その身を盾にシェロカルテを守ったバザラガが苦悶の声を我慢する。

 瞬時にゼタは全開解放。シリウスを呼び出し男を穿たんとアルベスを打ち出した。

 

「おっと、これは少々厄介だね。仕方ない──ここは引くとしようか」

「逃がすわけないでしょ!! シリウス・ロ──」

「待てゼタ……それはこの建物を崩壊させる」

 

 バザラガの静止を受けて僅かに舌打ちをしながら収束したチカラを霧散させるゼタ。

 狙われていた男は不敵な笑みを残したまま光の粒子と共に消えていく……。

 

「してやられたって感じね……一体何者よ、アイツ」

「わからん。だが、少なくとも奴の攻撃力はこの体を楽に重傷へと追いやることが出来るほどに強い──ぬぅ」

「ちょっ、バザラガ!?」

 

 崩れ落ちるバザラガの姿に慌てるゼタ。

 バザラガの身体は魔術による施術を施した特別性だ。防御力はもとより、再生力も高い。不死身と呼ばれるほどの肉体を、僅か一太刀でここまで追い詰めるなど、一体どんな攻撃をしたというのか……ゼタの不安は募った。

 この相棒の事だろうから時間を置けば元通りにはなるだろうが……新たな敵の出現に、ゼタの頬を冷や汗がつたう。

 

「ねぇ、よろず屋さん……あの男、団長達と関係があるって?」

「はい~、詳しくはわかりませんが、今空を騒がせている災厄の原因は彼らにあると……」

「何それ……とにかく、急がなきゃまずそうね。行くわよバザラガ」

「わかっている。団長達の事が気がかりだ」

 

 一先ずの脅威を退けた二人は駆け付けた警備兵たちにその場を任せ、騎空挺の発着場へと向かう。

 空を見れば、憎たらしいくらいに晴れ渡っていて、外に出た二人の目を焼く。

 そんな快晴の中走る二人の心は、いつになく曇ったままなのであった。

 

 二人は世界を揺るがす脅威の存在を、その肌ではっきりと感じ取っていた……

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

現在はサイドストーリーの方でキャラエピも更新しておりますので、一緒に読んでいただければ幸いです。

感想お待ちしております。

それでは。


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第一幕 開幕

いつもながら、大変お待たせしておりました。
コロナと仕事と病気と。色々と執筆していられない事情がありましたが9月よりようやく落ち着いてきまして執筆再開です。
一先ずは空蒼の第一弾。その後半端で止まってるフェイトエピを締めて、空蒼第二弾の予定です。
予定通りには執筆できないことに実績のある作者ですが、今一度温かく見守っていただけたらと思います。
それではどうぞ、お楽しみください。


 

 

「それでは、今回の事で君は空の世界の危機を察知して顕現したと?」

 

 

 厳かな神殿に響く声。

 

「概ねはその通りだ。今述べたように、オレは空の世界の安寧の為に存在する。故に、その危機を漠然とだが知りえる事が出来る──オレの顕現はつまり、空の世界に危機が迫っていることと同義だ」

 

 落ち着いた声でまとめるルシフェルに対するセルグもまた、落ち着いた様子で返した。

 

 彼方、カナンの地にて相対する二人は静かな雰囲気のまま会談を続けていた。

 ヒトが辿り着けない未開の地。二人以外には誰も存在することの無い神殿には、ただ二人の声だけが響き渡り、互いの言葉をより理解させる助力となる。

 聞き逃すはずもない言葉は滞りなく互いの情報を伝えあっていた。

 

「概ね、とは?」

「あぁ、確かに空の世界の危機を感じ取ってはいる……だが、それは恐らく今回の『災厄』と呼ばれる事象に関してではない。曖昧な感覚ではあるが、今回の騒動を発端にしたその先にある未来での事だと、オレは感じ取っている」

「この先の未来? 島々の落下は空の世界において十分な危機だと考えるが……更なる危機があると?」

「具体的な確証も傍証もない。あくまで、調停者としての感覚でしかないものだ」

「不確定だ。君の言葉には不思議な説得力があるが、論理的には何も証明するものがない」

「そうだろうな……残念ながらお前を納得させる弁を、オレは持ち合わせてはいない」

「では、私の前に顕現した理由は?」

「今お前が言っただろう。島々の落下は、少なくともそこに生きる人達にとっては十分な危機だ。だから、力を貸してほしい。お前であれば、被害を食い止める事もできるはずだ?」

 

 何? と小さな吐息と共にルシフェルは疑問符を浮かべる。

 空の世界の危機を察知して、それに対するために彼は顕現したと言った。そしてまた、今回の災厄が危機に成り得ないとも……であれば、セルグは今回の災厄ではなくその先にある危機に応ずるために顕現したのだと捉えられた。

 だが、今の言葉を理解するなら彼は今回の災厄の為にルシフェルに助力を求めてきている。となれば、彼自身もまた動くつもりなのだろう。

 微妙にルシフェルの理解とセルグの言葉に噛み合わない部分が生まれ、僅かに惑う。

 

「何を呆けた顔をしているんだ? まさか、今回の災厄を前に守護者であるオレが何もしないとでも思っていたのか」

「今回の件に危機を感じていないと、君は言ったはずだ」

「それはそうだが……そんな冷たいことを言うなよ天司長殿。危機にさらされるヒトがいるなら助けたいと思うのがヒトの性だろう」

「君は、ヒトではない」

「元はヒトさ。それで、どうなんだ? 島々の落下、阻止はできないのか?」

 

 口調と態度が僅かばかり崩れているのを、ルシフェルは感じ取っていた。

 先程とは違う。まるで、調停の翼である彼とは別の……彼の言葉から察するに、ヒトであった彼に移り変わったような変化である。

 表情が乏しいが故に、ルシフェルの惑いが表に出る事はなかった。だが、内心の惑いを取り繕う様にルシフェルはセルグの問いに首を振って返す。

 

「無理だ。私の司る力では、島々の落下を防ぐことはできない」

「では、お前はこの災厄を前に一体何を?」

 

 再び戻る気配。

 空の世界を守る者として、空の安寧を見守る者へ少しばかり鋭い視線が向けられる。

 その視線が物語る……手をこまねいているわけではないだろう、と。

 まるで、この災厄の発端も原因も。更に言うなら結末ですらも。全てを見透かしているかのような眼差しであった。

 そんな視線に一拍。大きく息を吐いてルシフェルは胸の内を吐露するように小さく口を開く。

 

 

「────私が、できることを」

 

 

 ──そうか。

 それだけセルグが返すと、二人の間には沈黙の帳が下りた。

 

 変わらずの静寂が神殿内を覆い、空の世界の安寧を願う者達は新たな言葉を交わすことのないまま、遠い空の世界の行く末を見据えた。

 

 

「────そうだな。オレが、できることを」

 

 呟かれた声は、静寂の神殿ですら響かぬ小さなものだった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 アーカーシャ事変。

 

 それはエルステ帝国宰相フリーシアが画策した世界改変計画によってファータ・グランデ空域を巻き込んだ戦い。

 その最中、事態の解決に一役買った騎空団があった。

 

 騎空団“蒼の翼(そらのつばさ)”──まだ年若い双子の団長が率いる、小さな騎空団である。

 

 人伝てに広がった彼らの活躍。

 団長であるグランとジータの名前は勿論、団員であるカタリナやラカム、オイゲンにロゼッタ。直後に艇を降りたゼタ達も含めて、その勇名は空域中に広まった。

 ルリアやビィに至るまで有名となった今、自分達を象徴する名前が必要であるとシェロカルテから提案されてグラン達が決めた団の名前が“蒼の翼”である。

 その名に込められた想い。それは彼等のみぞ知ると言った所だろう。

 

 そんな騎空団、蒼の翼を評すると、

 

 曰く、少数ながらその実力はかの十天衆にも匹敵する。

 曰く、空域中のあちこちに知り合いがいてその人脈は留まることを知らない。

 曰く、依頼成功率100%。トラブル遭遇率100%。問題解決率100%。

 

 ──らしい。

 

 そんな彼等ともなると、災厄についての調査依頼が舞い込んでくることなど自明の理であろう。

 

『島が──落ちた?』

『それって一体どういうことなんですか、シェロさん?』

『はい~、実は現在空域のあちこちで島々が落下している現象が起きていまして。皆さんにはその調査を────』

 

 至急の依頼として、シェロカルテから頼まれた調査の依頼にグラン達は快く了承。

 空域どころか全空中にひろまっている災厄の手掛かりを得るため、騎空団蒼の翼の団員はファータ・グランデの各地に散らばり、災厄の実態を調査していた。

 

 

 ラカムはポートブリーズへ。

 イオはバルツ公国、フレイメル島へ。

 オイゲンはアウギュステ列島。

 ロゼッタはルーマシー群島へと。

 

 そして団長であるグランとジータは、残るカタリナ達と一緒にスフィリアにある大図書館────全空中の書物を保管することを目的に作られた“叡智の殿堂”で関連資料の捜索にあたっていた。

 

 

「う~ん……浮力とは島に含まれる物質と待機中の物質による生成物で……」

「えっと~? 星晶獣とは兵器でありつつも、議論の余地を残す機能もあり……」

「グラン、こっちの本には浮力について詳しい記述が……」

「ん? どれどれ……成程、つまり島の浮力は元々……」

 

 ビィ、ルリア、ジータ、グランと。難しい書物を時間をかけながらもじっくり読み進めていく。

 

 現状で手に入った情報は高が知れている。

 否応なく焦り逸る心を押さえつけて必死に頭を回すが、いかんせん内容が内容だ。

 専門家でもなければ理解できないような話がほとんどであるし、彼らは学術を主とする生き方をしてきてはいない。

 必然、調べられることには限界があった。

 

「う~、もう頭が爆発しそうです~」

「オイラもだぜ……こんなのわかんない事だらけでちっとも進まねえ」

「──確かになぁ。僕もジータもさすがに門外漢だし……カタリナ、そっちは?」

「私もだ。わかるのは一般的な話までで、災厄の原因など皆目見当がつかない」

「だよねぇ……司書のアルシャさんが親切に色んな本を持ってきてくれてるけど、ちょっと私達では限界な気がする」

「とりあえず、現状で分かってることをまとめてみようか」

 

 グランの声に、それぞれ調べていた本を手にしながら一度集まった。

 図書館に設置された机にいくつもの本を広げ、各々の調べた結果から調査の進展をまとめていく。

 

「まずは私から。そもそもの島が浮いている要因なんだけど、これは四大元素が競合と調和を為すことで均衡を保っているから浮いていられるって話なんだって。

 要するに、空には火水土風の四つの元素が満ちていてピンっと張った網のように均衡した力場を形成している。だからその上に島を乗せていられるって解釈かな」

「ジータが言った元素っていうのは、世界の存在する物質の最小位になるものね。つまり世界のどんな物質も紐解いていけば元素がいくつも集まった集合体って言う事になるんだ」

「と言う事は、二人の言う事から推測すると島々の落下現象はその四大元素に何らかの異常が発生して浮力が消えた……と言う事か?」

「成程なぁ……張られた網がどこか緩めば、上に乗ってたものも落ちちまうもんな」

「でしたら、私が感じた星晶獣の気配はもしかして……四大元素を操る星晶獣のものなのかもしれません」

 

 口元に手を当て、深く思考にふけるルリア。

 この災厄が起こった……恐らくはその瞬間から、ルリアが感じ取っていた異様な気配。

 普段感じ取る星晶獣の気配とは違う。朧気で不明瞭で、形もチカラの質も読めない、奇妙な感覚。

 それがルリアに付きまとっていた。

 

「改めて聞くけどルリア、今でもその感じは……」

「はい、ジータ。今でも変わらず、続いています」

「とすると、やっぱり四大元素と関連のある星晶獣の存在が見え隠れしてくるか……よし、星晶獣関連でもう一度調査を再開しよう」

 

 仲間達とも別れてから早数日。依然として変わらず続いている災厄による落下現象の話はこの数日の間にも幾つも耳にした。

 早くしなければ──いつ故郷であるザンクティンゼルが落ちるかもわからない状況に、焦燥に駆られながら調査を再開すべく動き出すグラン達。

 だが、そんなグラン達をカタリナが引き留めた。

 

「まぁ待てグラン。ここ数日、ずっとこの図書館に詰めて調査を続けている。多少の成果も出た事だし一度休憩を挟むべきだろう。ルリアとビィ君だって顔にはかなり疲れが見えている。何より二人共、睡眠時間も削って調査をしている事……気づかないと思ってたか?」

 

 ハッとした様にカタリナから顔を背ける二人の目元には隈。そんなわかりやすい反応にカタリナの追求の視線がさらに向けられていく。

 

「真剣になるのは良いが、やりすぎは効率の低下も招く。一先ず宿に戻って今日は休憩に──ッ!?」

 

 瞬間、カタリナは何かを感じ取る。

 

 それは顕現の予兆。何らかのチカラの気配と共に、周囲に幾つもの何かが顕現を始めた。

 黄色の球体を囲う赤い結晶。紫の羽根を以て浮かぶそれはアウギュステでゼタ達が遭遇した物体、謎の男が使役した“ヴァーチャーズ”と呼ばれるものであった。

 

「これって……」

「なんだ、こいつらは……」

「呆けるなグラン、ジータ!!」

 

 疲れて気が緩んでいたのか。

 顕現と共にチカラを行使する気配を見せるヴァーチャーズを前に、グランとジータの対応が遅れた。

 放たれる──命を刈り取ること容易な閃光を、間一髪のところでカタリナが飛び込んで四人を押し倒す。

 

「ぐっ!?」

「カタリナっ!? くそっ!」

 

 くぐもった声がカタリナから漏れ、己の失態を理解したグランとジータは押し倒された状態から即座に反転。

 その手に集う金色の粒子と共に得物である天星器を呼び寄せる。

 

「二王弓!」

「十狼雷!」

 

 グランの手には黄金に輝く弓が。ジータの手には黄金に輝く銃が握られ、数瞬の内にヴァーチャーズを全て撃ち抜いて見せた。

 不意を突かれはしたものの流石は蒼の翼の団長といったところか。その手並みは鮮やかの一言に尽きるが、如何せんそんなことに喜べる状況ではない。

 この場に顕現したヴァーチャーズは全て撃ち落としこの場は落ち着いたが、先の顕現の瞬間から叡智の殿堂だけでなく恐らくスフィリアの街全体が喧騒に包まれているのを

 二人は感じ取っていた。

 

「おい、(あね)さん……ケガしてるじゃねえか!?」

「そんな!? カタリナ、大丈夫ですか?」

「心配ない二人共──かすり傷だ」

「ごめん、カタリナ。油断してた……」

 

 ヴァーチャーズへの警戒を解いて駆け寄ったグランは、少しだけその表情を歪めてカタリナの怪我を診た。

 飛び込んだ時に僅かに閃光が掠ったのだろう。幸いにも足首から出血はしていたが然程大きい負傷ではなく、一先ずグランは安心する。

 

「ジータ、カタリナの治療をお願い。僕は──」

「任せて。グランは街の方を」

「あぁ」

 

 双子故の短いやりとりで互いのやるべきことを確認すると、グランは二王弓を携えて駆け出した。

 外の喧騒には悲鳴が混じり始めている。恐らく既に犠牲者すら出ているだろうことが容易に想像ついた。

 アガスティアの戦い以後も研鑽を続けているグランは間違いなく、この世界で最上位に分類される強者だ。グラン自身にその自覚はなくそれ故に驕りも存在しないが、そんなグランがこの緊急事態に際してできることは大きい。

 ましてやそれが、“守る”ことであるのなら、グランの気概はさらに高まるというもの。

 

 天星器の強大なチカラをまといながら、街の守護に駆け出したグランを見送りジータもすぐさまカタリナへと駆け寄って回復魔法の行使を始める。

 

「カタリナ、ごめんなさい。私もグランも、呆けちゃって……」

「ふっ、そう悲嘆するな。幸い大した怪我じゃないし、その後の対応は二人とも惚れ惚れするほど見事だったぞ……また、腕を上げたな」

 

 気にするなとでも言うように柔らかく笑むカタリナ。腑抜けた姿を見せて叱責の一つでも受けようかという中で賛辞まで送られジータの頬に僅かに照れの赤みが差す。

 こういうところは全く適わない。自責の念に駆られるであろう自身を先読みする見事なまでのフォローだ。

 

 グランと共に有名となってしまい、正式に騎空団の名前を決めてからというもの、カタリナは妙に母親臭くなった。

 団長としての舵取りを二人に任せる一方で、二人が気が付かない点などに細かなフォローを入れるといった感じに……なんというか、保護対象がルリアだけだったのがそこにグランとジータも加えられたという感じか。

 ルリアへの甲斐甲斐しい感じとは違うが、向けられる視線は同種のものであった。

 

「──これでよしっと。痛みはどう?」

「あぁ、流石の技量だな。完璧なヒールだよ」

「ふふ、ありがと。それじゃ……」

「外へ急ごうぜ! 多分グランが一人で戦ってる!」

「はい、急ぎましょう! カタリナ、ジータ!」

 

 不安そうに様子を見てたルリアとビィがカタリナの完治に安堵すると即座に声を上げた。その声にカタリナとジータは表情を戦うときのそれへと変える。

 外の喧騒は更に増してきている。

 人々の混乱の声に紛れて恐らくは警備隊であろう者達の戦闘音。物が壊れる音や、魔法による炸裂音なども……緊急事態であることは火を見るより明らかであった。

 

 四人は、警戒を露わにしながら外へと向かい駆け出した。

 

 

 

 

 ────────―

 

 

 

 

 弦に魔力矢を番えると即座に放つ。

 既に打ち出した矢の数は100を超えるが、それでも依然として状況は変わらずグランは歯噛みをした。

 二王弓を呼び出したものの、今のグランは戦闘に向けた衣装ではなく動きやすい軽装の私服。

 その身に纏う衣装に合わせて戦闘スタイルを千変させるグランとジータにとって、服装とは戦闘に没入するための一つのトリガーだ。必然、戦闘を想定していない今の姿では二王弓のチカラはもちろんのこと自身の能力ですら十全に発揮できるとはいえない。

 その腕前故にいくつものヴァーチャーズを撃ち落してはいるが、その戦果は本来の実力からすれば比べるべくもなかった。

 

「ちっ、数が多すぎる!!」

 

 逃げ惑う人々。応戦する警備隊。

 行き交う人とヴァーチャーズに視界を埋められ、アローレインによる殲滅も難しい。弓を番えて撃つ──このサイクルを最短で回し続けて数を減らしていくことしか今のグランにはできなかった。これがサイドワインダーでもあったならヴァーチャーズだけを狙ってアローレインで殲滅することも可能だっただろう。

 できたかもしれない可能性を思い浮かべて、再びグランは歯噛みする。

 

 

 ────違う。

 

 

 瞬間的に、グランは自身の思考を否定する。

 服装がなんだ。できたかもしれないとはどういうことだ。

 そんな理由で、目の前で窮地に陥っている人々を見過ごせるというのか? 

 

 彼ならば、自身への無茶は喜んで押し通すだろう。

 彼に代わりに……守ると決めたのだ。ならば守り抜け! 

 

「全員伏せろ!!」

 

 叱咤した心のままにあらん限りの声を広場に轟かせる。

 誤射の可能性をできる限り減らすためであったが、それを起こす気は毛頭無い。

 強大な魔力を二王弓へと番えると、視界に入る光景を俯瞰し、敵となる物だけを意識に留めて……グランは暴威の弓を解き放った。

 

「二王双極雷洪!!」

 

 雷を纏い、数多の魔力矢が撃ち放たれる。それらは人々を避け、兵士達を避け、寸分違わずヴァーチャーズだけを撃ち抜いた。

 

「落ちろ、雷洪!」

 

 グランの声をトリガーに、突き刺さった矢へと空から閃光が叩き落される。

 避雷針替わりの魔力矢に合わせた、雷の追撃。二王弓から放たれた奥義が広場一体のヴァーチャーズを殲滅した。

 

 この場での被害は──ない。

 

 

「ふぅ……よしっ!」

 

 満足いく戦果に思わず拳を握るグラン。

 きっと以前までのグランであればできなかったであろう。

 これ程に敵味方の入り乱れた状況で安易に殲滅攻撃などすれば、味方まで巻き込んでしまうのは至極当然。以前のグランであればそんな危ない橋は渡らず確実に敵を減らす手段をとったことだろう。

 だが今は、違う。

 背負うと決めた……彼の代わりに強くなって守ると決めたのだ。

 その覚悟が、グランの潜在能力を引き上げた。

 

「っと、落ち着いている場合じゃない。すぐに次の場所にも回らないと──」

「おーい、グラン──!」

 

 次なる行動に移そうとしたグランを呼び止める聞きなれた声に、グランは振り返った。

 見れば叡智の殿堂から出てきた四人の姿。特におかしな様子もなく一緒に向かってくるカタリナを見て怪我の影響はないことを汲み取りながら、グランも歩み寄っていく。

 

「先程、一際大きな音がしたが……無事のようだな?」

「あ、まぁうん。多分ちょっと大技使ったからきっとそれ。カタリナも、怪我は大丈夫?」

「はい、ジータがちゃんと直してくれましたから!」

「そっか、それじゃ急いで街を守ろう。ここの広場は片付けたけど、街にはまだまだ──」

「そのことなんだがグラン……ちょっと待ってくれないか」

 

 え? っと疑問符を浮かべながらグランは制止をかけるカタリナを見やる。

 こうしている間にも街のそこかしこで戦闘が起き誰かがぎせいになってるやもしれない。焦るグランであったが、カタリナの……ひいては他の三人にも真剣な表情が見て取れる。

 無為な制止でないことは確かであった。

 訝しんだグランがその意図を察して話を聞く雰囲気となると、言葉を選ぶように逡巡しながらルリアが口を開く。

 

「さっきの羽根宝石……あれが出てきてから、ずっと感じていた妙な気配が変わったんです。なんというか少し大きく、強くなった様な。それの代わりに、一つ何かが欠けたような……」

「ルリアが感じ取っているのは恐らく星晶だ。だとすれば……この状況は災厄における一つの進捗ではないかと、私とジータは考えた」

「災厄を画策する何者かがいて、その計画は一つ段階を進めたんじゃないかってね」

「何者か……段階って……それじゃ」

「今回の一連の騒動は現象ではなく事件性のあるものではないかということだ。そして今、ルリアは先程大きくなった気配が動いているのを感じ取っている」

「はい、移動しています。少なくともはっきりと姿形のあるものです」

 

 ルリアの言葉に、グランも含めて改めて一行は戦慄した。

 島々の落下。そして先程のヴァーチャーズによる襲撃……全空域で起きている災厄だ。その被害など、とても把握しきれないほど大きく、そして多岐に渡るだろう。

 それが誰かの……何者かによる意思で引き起こされているのだとしたら。

 それはなんと表現して良いか分からない程、悪意の所業である。

 許す許されざる。そんな次元では到底収まらない。

 

 アーカーシャ事変……あの災厄に勝るとも劣らない。

 今この世界で起きているのは、そんな次元の話なのだ。

 

「そんな……ようやくこの空域も落ち着いてきたっていうのに、どうして」

「嘆くのは後だ。何としてもこの災厄を止めねばならない……だからグラン」

「街の防衛はカタリナに任せて私達は災厄の元凶へと向かうよ」

 

 驚愕を隠せないグランに追い打ちをかけるようなジータの言葉に、再びグランは目を見開いた。

 街の各所でいまだ戦闘音が鳴り続けている。

 戦える自分が今この場を離れていくことなど許されるものかと、憤りを露わにする。

 

「なっ!? 事の重大さは理解したけど、だからってこの状況でこの街を放っておくなんてできるわけないだろ!」

「私が残ると言っている! スフィリアは大きな国だ。幸いにもこの街にいる警備隊はかなりの数がいる。無限に湧き出てくるなら死線にもなるだろうが、有限であるのなら私だけでも十分に対処は可能だ」

「だ、だからといって……」

「ルリアが気配をつかめている今がチャンスなの。仮にその気配が犯人だとしたら、遠く離れたところからも察知されて追いかけられるとは露とも思ってないはず。その犯人の計画が更に進む前にどうにかできるかもしれない」

「逆に、もし私の感知が悟られて気配を消されたら、もう追いかけるのは絶望的になるかもしれません……私も、この状況の街を見過ごすなんてしたくないですけど」

 

 見るからに陰を作るルリアの表情に、彼女達がいかな思いでこの提案をしているのかを理解して、グランは口を閉ざし押し黙った。

 正しい、ではない。これは必要なことであるのだと。

 数日、叡智の殿堂で調査してもさしたる情報が掴めなかったのだ。その状況でこうも変化のある事態に、その元凶と思われる者の所在が分かるのであれば逃す手はない。

 先程守る為に覚悟を決めて奮起したグランにとって、大きく迷いの出る問題ではあったが迷ってばかりもいられない。

 決して猶予がある状況ではないのも事実だ。

 

「わかった……急いで元凶に向かおう」

 

 苦渋押し殺し、決意の表情でグランは答えた。

 

「ふっ、安心してくれ。こちらを片付ければラカム達とも合流してすぐに後を追いかける。それにグラン、この規模の戦いにおいては私の方が適任というものだろう」

「適任?」

「街の防衛ともなれば重要なのは個人ではなく統率された集団行動だ。確かにグランやジータの実力は高いが、組織された指揮系統に組み込まれて戦うことはしたことがないだろう? 私は昔取った杵柄とは言え元軍人。組織的軍事行動には慣れている」

「確かに……私たちは所謂訓練された戦闘行動っていうのはしたことがなかったよね」

「そう……か。確かに、適材適所だね」

 

 カタリナの言葉を理解して、少しだけグランの表情が柔らかくなる。

 確かにそうだ。グランもジータも個人の実力では超一流に分類されるが組織、指揮系統、なんてものとは無縁でこれまで来ている。

 精々が騎空団として小集団での戦闘行為くらいだ。街を守るような、大規模な戦闘経験など、ない。

 アガスティアでの戦いは規模こそ大きかっただろうが、中身は結局騎空団としての戦闘でしかなかった。大軍を相手にすることは幾度かあったが、大軍と組み込まれることはなかったのだ。

 カタリナの言うことは的を射ている。

 

「よし、僕達は避難用の騎空挺に乗って元凶を叩きに行こう」

「うん、なんとしてもこの災厄を止めないとね!」

「私も! 精一杯力になります!」

「オイラもな! これ以上、島を落下なんてさせねえぜ!」

 

 決断したグラン。応じるように意気を上げた三人。

 

「カタリナ、ここはお願い!」

「できるだけ、被害が出ないように……」

「わかっている、大船に乗ったつもりでいてくれ」

 

 決めたのならすぐだ。

 グランとジータは万全の準備をするべく宿へと戻って荷物を取りに行き、ルリアとビィは元凶に向かうため避難用騎空挺を探す。

 後顧の憂い……というものを頭の片隅に追いやり、己がなすべきことに向けて全力を向ける。

 

 数分後には、目の前で飛び去って行く騎空挺に乗った四人の姿を見送るカタリナであった。

 

 

 

「さて、大口を叩いたのだからな。情けない結果は残せないぞ……カタリナ!」

 

 自身の名を口にして己を鼓舞する……この名はもう、小さくない意味を持っているのだ。

 自身が無様を晒せば、有名となった騎空団の名にも傷がついてしまうだろう。

 苦渋の決断をグランにさせたのだ。無様を晒せば顔向けができないのもある。

 

「ライトウォール・ディバイド展開」

 

 小さな蒼い盾。サイズとしては所謂小盾(バックラー)といった類の大きさだが、その数なんと十。

 その小さな盾を引き連れ、カタリナは“守る”為に駆け出した。

 

 アーカーシャ事変によって、彼女にはとある二つ名がついていた。

 騎士然としたその戦い方、振る舞い。そして仲間を守る蒼い魔力の盾。

 

 

 蒼天の守護騎士カタリナ────それが、今の彼女が背負う名前である。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

話の展開は概ね一緒ではありますが、一部キャラについては出演させないこととなりました。
やはり本作で全く縁のなかったキャラ達を突然原作通りの関係性で出演させるには無理がありましたので。

執筆できなかった期間も、ずっと頭の中では物語の展開を考え続けていたので然程時間はかからないと思いますが、次回は一応10月中にはと宣言しておきます。

改めてまた本作をお楽しみいただければ幸いです。

感想、お待ちしております


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第二幕 奔走

意外と早くに書けました。
落ち着いて執筆できる環境になった気がします

それではどうぞお楽しみください


 

 

 

 ヴァーチャーズが各地に現れる少し前────

 

 ポートブリーズ群島、エインガナ島。

 グランサイファーを駆り、この島に調査に赴いたラカムは現在、調査そっちのけで街中を疾走していた。

 

「はぁ、はぁ……ったく一億ルピってなんだよ!!」

 

 頭をよぎる疑念。

 一億ルピ……それは彼に掛けられた賞金首の金額である。

 島に降り立って数日。あちこちの図書館や島にまつわる昔話などを中心に調査を進めていたところで突如、チンピラ共に因縁をつけられ追い掛け回される事態へと発展した。

 

「いたぞ、賞金首だ!! 逃がすなよ、回り込め!」

「この、ちょこまかと……! 面倒くせぇ、オラオラオラ!!」

 

 訳も分からず逃げること一時間。本当なら昼食でも取ってる時間だがそんなことはお構いなしに追い回されていた。

 裏路地へと入り込んだところで追手に見つかると、仲間であろう連中がこぞって集まってくる。

 その内の一人が逸ってその手の銃を撃ち放った。

 寸前、射撃の気配を察知して物陰に飛び込んだラカムは、遮蔽物を背にしながら叫んだ。

 

「一体誰と間違えてやがる!!」

「間違い? アンタで間違いないさ、クサレ操舵士のラカムさんよぉ!」

「おかえりなさーいってか? 大金ぶら下げて大物になったもんだぜ!!」

 

 まるで心当たりのない賞金首の話に反論するが、チンピラ共は全く持って聞く耳を持ってなかった。

 だが、チンピラの言葉から察するにどうやら賞金首の件について間違いはなさそうである。

 操舵士……程度のくくりであれば間違いもあるだろうが、彼らはラカムを名指しで挙げているのだ。

 

「どんな馬鹿な話かは知らねえが、そんなもんデマに決まってんだろ、デマに!!」

「はっ、それこそ知るかよ。そんなもん賞金を懸けたやつに言うんだな」

 

 突っぱねる様に返された言葉に、思わずラカムは押し黙った。だめだ、金に目が眩んで思考を放棄していて話にならない──こうなってはもう仕方ない。

 観念したようにラカムは物陰よりチンピラ共の前に姿を現した。

 仲間が仲間を呼び、連中の数は10は下らないだろう。

 島が落ちる災厄──そんなこの世界の一大事の最中に、デマに踊らされてよくもまぁこんな無駄な事に集まるものだ。

 っと、ラカムは胸中で悪態をついた。

 

「ったく、とんだ帰省になっちまったもんだ──仕方ねえ」

「潔いじゃねえか、年貢の納め時だなぁ……三年前に酒場で殴られた痛み、今ここで晴らさせてもらうぜ──ッガ!?」

 

 両手を上げて出てきたラカムの姿に油断して、不用意に近づく一人。

 その振りかぶった拳を最小限で躱し、ここまで追い回された恨みを載せて全力の拳をぶち込む。

 ──まずは一人。ラカムからすれば児戯に等しい粗末な攻防を終わらせる。

 騎空団、蒼の翼(そらのつばさ)の名は伊達ではない。

 団長であるグランやジータ。その武勇で名を馳せたゼタやアレーティア達と比べれば確かに劣るかもしれないが、それでもアーカーシャ事変を戦い抜いたラカムが弱いわけがない。

 たかがチンピラ。何人徒党を組もうが負ける道理などないのだ。

 

「全員まとめてかかってきな。ちっとばかし痛い目に遭って貰うぜ!!」

 

 愛銃ベネディーアに魔力を込めると、ラカムは不敵な笑みと共に宣言した。

 

 

「て、てめぇ……かかれ──ー!!」

 

 

 ラカムの言葉がチンピラ共の薄っぺらい自尊心に傷をつける。

 怒り心頭になって襲い掛かろうとする、十数名ばかりのならずもの集団。

 

 

「まったく、なにを──しているのですか?」

 

 

 しかし、それはラカムによって痛い目に遭わされる前に、空から降り注ぐ光によって全員昏倒させられるのだった。

 路地裏に建てられた家屋の一つ。その屋根の上からラカムへと声がかかる。

 呆れたような、そんな声音であった。

 

「おいおい、来てたんならもう少し早く助けてくれよ──」

「お生憎様ですが、たった今駆け付けた次第です」

「へいへい、そりゃあどうも……っていうかこいつら、動かねえけどまさか殺ってないだろうな?」

「どうでしょう? 特に加減はしていませんので当たり所が悪ければもしかしたら──まぁこの非常時にこのような愚かな振る舞い、殺されても文句は言えないでしょう?」

 

 ふわりと言った感じで軽やかに下りてくる彼女に、少し罰が悪そうに出迎えた。

 追い回される事態になり助けられた……その事自体には感謝するが目の前の彼女と一緒にいる方が、ラカムは余程肝が冷える気がした。

 彼女の言を額縁通りに受け止めるつもりはないが、恐らく殺されても文句は言えないと言った部分は本心だろう。

 彼女は必要ならそれを迷うことなくする。その確信があった。

 

「有象無象についてはどうでも良いです。それよりラカムさん、成果の程は? まさかあんな連中と遊んでて何もないなんてことは――ありませんよね?」

 

 そんな彼女の冷ややかな視線がチンピラ連中からラカムへと向けられた。

 その視線には、成果無しであれば痛い目を見ることを予見させる冷たさがあり、やはり肝が冷えた。

 

「あ、あぁ。もちろん──」

 

 慌てて思考を巡らし、これまでの調査の成果を脳裏に浮かべた──ところで目の前の彼女の雰囲気が柔らかなものに変化する。

 冷たい視線が鳴りを潜め、僅かな微笑み。元が見目麗しい彼女だ。不覚にもラカムの鼓動は跳ねた。

 

「ふふ」

「ったく、年上をからかうんじゃねえよ」

 

 あぁ、これはしてやられた……所謂手玉に取られたというやつだ。

 慌てて狼狽えるラカムを見て楽しんでいたのだろう。

 

「相変わらずだな──ヴィーラ」

 

 

 嘗て共に戦った仲間の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、調査の結果は如何なのですか?」

 

 先程の裏路地から場所を移し、人気のない倉庫に身を隠したところでヴィーラはすぐさま問いかけた。

 

 数日前、アルビオンにて政務に追われていたヴィーラに届いた一通の手紙。

 そこにはアルビオンでも噂となっていた災厄の情報とその調査を彼らが請け負う事が記されており、更にヴィーラ宛のお願いとしてラカムの護衛に付いて欲しいという事だった。

 

 グランサイファーの所有者で操舵士であるラカムに何かあれば身動きが取れなくなる。

 バルツに向かったイオには保護者としてのザカ大公がいるし、アウギュステに向かったオイゲンは元々自警団の頭領で仲間がいる。ルーマシーへと向かったロゼッタは言わずもがな。彼女を害することができる存在などそうはいない。

 各島へ調査に向かうに当たって一人となるラカムの身を案じて、団長二人の命により護衛として呼ばれたのがヴィーラであった。

 

 政務に追われていたヴィーラであったが、災厄の実態とかつてアガスティアで敵であるロキが発した“特異点”という言葉を思い出しすぐさまアルビオンを発った。

 グラン達が調査に乗り出したのであれば、今回の事態もまた、彼らが大きく関わる……そんな確信を得ていた。

 そうして、ポートブリーズへと赴いてみれば先程の大捕り物を演じているラカムを発見したというわけである。

 

「あぁ、だがその前に改めて……駆け付けてくれてありがとな、ヴィーラ。グラン達から言われたときは馬鹿にするなとも思ったもんだが、実際問題あんな事態になっている以上、俺一人ではどうにもならなくなっただろうし」

「そのようですね……この島についてすぐの事だったのでまだ完全には把握できておりませんが、どうやら蒼の翼の面々には多額の賞金がかけられているようです」

「その内容は?」

「災厄──それが蒼の翼によるものだと言われているようです。恐らくは、ルリアさんの星晶獣を使役する能力に尾ひれがついたのではないかと」

 

 そんな馬鹿な、と呻く一方でラカムは納得できる気もした。

 帝国に追われていた時こそ、ルリアの能力はできるだけ隠し通していたがアガスティアの戦いではそれも大っぴらに使っていた。

 隠し通すことはもはや不可能と判断した彼らは、有名となったことをきっかけにこれを公表。

 規格外なレベルとなった彼らの実力と合わせて、ルリアの星晶獣を使役する能力の話は蒼の翼に更なる箔をつけることになった。

 

 だが、星晶獣を使役できる……それは一般人からすれば荒唐無稽で未知の能力だ。

 必然、前代未聞な今回の災厄に際しては疑いの目が向けられるのも無理のない話であった。

 

「なるほど……なぁ。確かに調査の結果からすると、恐らく今回の災厄は星晶獣に関連したものである可能性は高い」

「ということは、何か関連する話が?」

「あぁ……ポートブリーズには風の守護者であるティアマトが祀られているが、実は郊外の方にティアマトとは別の何かを祀ってる祠があるらしい」

「祠、ですか?」

「おう。んでもってそこに祀られてるのが……風の“天司”様なんだと」

「天司? 聞き覚えのない名前ですね」

 

 聞きなれない言葉を耳にしてヴィーラは脳内で反芻した。

 記憶の中に覚えはないか……自身の記憶を辿るが該当する言葉は出てこなかった。

 

「その、天司とは一体どんな存在なのですか?」

「残念だがそこまでは分かってねえ。だが、相当古い祠らしい。ティアマトがこの地で守護者と呼ばれるよりも、もしかしたらずっと……」

「ですが、そのような星晶獣がいるのなら以前にここを訪れた時にルリアさんが気づいていてもおかしくないのでは?」

「調査に入る前にルリアが言ってたんだ。漠然と、空域全体を包むような星晶獣の気配がするってな。ってことはこうは考えられねえか。『あまりに当たり前に存在していて気が付かなかった気配に変化が起きたから気が付いた』ってな」

 

 そう、その気配を気配と認識する前から感じていたのなら……それが当たり前の感覚でいたのなら。変化があるまで気が付けないのも理解できる。

 空に空気があることが当たり前だと思うように。空が蒼く見えることに違和感を抱かないように。

 それが当然であれば、疑念をはさむ余地はない。初めから異常であり、異常に変化がないのなら、それは正常へとなり得るのだ。

 

「つまり……この空全体に影響を及ぼすような何らかのチカラをもつ星晶獣がいて、その能力が不調をきたしている……と?」

「その可能性があるとみている」

「であるのなら、シュヴァリエが感じている気配もそういうことなのかもしれませんね」

「ん? シュヴァリエが……なんだって?」

「この島についてから……貴方の言う郊外の祠の方からだとは思いますが、微弱な星晶獣の顕現を察知しているそうです」

「なんだって!? ってことはまさか本当に」

「はい、ラカムさんが言う可能性は現実味を帯びてきています」

 

 意図せず、二人の心拍は上がり表情が強張り始めた。

 状況確認と情報共有のつもりが、思わぬ形で核心に繋がってきた。

 この推測が本当であるなら、この災厄の真相がすぐ近くに転がっているかもしれないのだ。

 静かに、二人は互いの視線を交わすと頷き合う。

 

 もはや推測は不要であった────すぐに件の祠へと向かうべきだ。

 

「前衛は私が……最悪はシュヴァリエがいますので貴方だけでも逃がすことはできます」

「そんな最悪な予想すんじゃねえっての。お前さんだけ残して逃げるなんてしたら、カタリナに顔向けもできねえしよ……何かあったときは俺が先導して一緒に逃げるぞ」

「ふふ、その物言い。まるで誰かさんの様ですね」

「あいつと一緒にしてくれんな。俺に守るだけのチカラはねえよ」

「まぁ、守るのは私の役目ですから」

 

 言葉を交わすうちに少しだけ柔らかくなる雰囲気の中、件の祠へ向かって走り出す。

 二人に星晶の気配を感じる力などないが、それでもこの先に待つ物が事態を大きく変える……そんな予感をヒシヒシと感じていた。

 

 

 疾走する二人の背中を押すように、ひ弱な風が吹いていた……

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「うわぁああ、西門にもバケモンがでたぞぉ」

「馬鹿野郎、こっちに逃げてくるんじゃねえ。お前が持ち場を離れたら──っぐあ!?」

 

 別方向からの侵攻に隊列が乱れ、また兵士の一人が落ちた。

 スフィリアが誇る警備隊は必死に街の防衛に努めているが如何せん数が数だ。

 徐々に警備隊への被害も大きくなってきており、兵士達も浮足立っていた。

 

「慌てるな! 小隊でまとまって各個撃破に努めろ!」

 

 次々と放たれる光条をライトウォール・ディバイドで防ぎながら、戦線を維持するべくカタリナは指示を飛ばしていく。

 先程指揮官である男がやられ、統率の取れなくなった部隊を引き継いだカタリナは、エルステ時代の経験を武器に彼らをまとめ上げていた。

 

「ヤツ等の攻撃パターンは難しくない! 射線さえ読めれば恐れる敵じゃないぞ!」

「りょ、了解!!」

 

 カタリナの檄に乱れた隊列を持ち直した兵士達が奮戦する中、状況の推移を見てカタリナの表情が険しくなる。

 

「状況は良くない……この先は避難所で引くこともできず、少しずつだが兵士達は数を減らしている。私が前線を押し上げられれば良いが、この状態では身動きが──」

「いやぁあああ!!」

 

 騒がしい戦場を切り裂く悲鳴。

 真に迫った、正にそれは断末魔に等しい。その出所へと振り返った瞬間、カタリナは慄いた。

 そこにいたのはまだ幼い少女。逃げ遅れたのだろう、どこかに隠れていたのが見つかって出てきたのか……防衛に戦っていた戦場からは少し離れた場所であった。

 その背後に迫る、ヴァーチャーズ。そのコアが光り輝き今にも死の光が少女を貫こうとしていた。

 

「させるかぁああああ!!!」

 

 限界を超えんばかりに足を動かし、ギリギリ射程圏内へと入ったカタリナが氷の刃を放つ。

 ライトウォールを展開する余裕はなかった。がむしゃらに放ったアイシクルネイルの刃が奇跡的に光条を迎撃し、綺麗な魔力の欠片となって散る。

 だがその一瞬があれば十分である。少女の元へと駆け付けると、すぐに抱きかかえて避難所へと──

 

「くっ!?」

 

 反射的に展開したライトウォールが、数多の光条を弾いた。

 兵士達を抜いて幾つものヴァーチャーズがカタリナへと殺到してきているのだ。

 次々と飛んでくる光条をカタリナは弾いていくが、防げど防げど死角を狙って次の攻撃が飛んでくる。

 防いだ隙に反撃して倒せればなんてことはないが、そんなことをすれば抱えている少女が再び狙われる。

 

「うっ、うぅ……」

 

 胸の内で恐怖に呻く少女の声がカタリナを焦燥へと駆り立てる。

 こうしている間にも指揮官を失った部隊は崩れていくはずだ。カタリナがいても一杯一杯だった以上、そのカタリナが抜けた今瓦解は免れない。

 再び、カタリナを囲うようにヴァーチャーズが攻撃に転じた。

 

「くっ……この程度で。嘗めるな!!」

 

 瞬間的にカタリナは射線の把握。ライトウォール・ディバイドを適する角度で当てて弾き、同士討ちを引き起こすことで周囲のヴァーチャーズを一気に減らす。

 数が減れば如何様にも対処できる。少女を守りながら即座にヴァーチャーズを切り捨て危機を脱した。

 

「ふぅ……さぁはやく、避難所まで走るんだ!」

 

 安全を確保したところで少女を降ろすと、涙をこぼしながらも少女は確かな足取りで駆け出していく。

 恐らくは母親である女性が避難所から少女を迎えに走ってきており、それを見届けてカタリナは戦場へと視線を戻した。

 

 僅かに、カタリナから安堵の息が零れていた。

 あの瞬間、少女の死を幻視していた。間に合わない、その確信があった。

 だが、その未来を許せない自分がいた。結果、限界を振り絞った彼女はこれまでの限界をほんの僅かだけ超えてその手を届かせることができた。

 

「私もまだ……捨てたもんじゃないな」

 

 視線を戻した戦線では徐々に押し込まれる様相が見て取れた。

 背後には避難所。先程の少女も含め、力無き者達が死の恐怖に慄き怯えている。

 再び、カタリナの胸中にそれを許すことができない怒りが沸いた。

 守るべき者達をそんな恐怖に晒させて────なるものか。

 

「戦線を押し上げるぞ!! 全員ここが踏ん張りどころだ、死力を尽くして敵を討て!!」

 

「「了解!!」」

 

 ライトウォールを展開し、更には中距離からの氷の刃を撃ち放つ。

 攻守両面で一気呵成に全力を振るうカタリナの檄が、兵士たちの士気を奮い立たせる。

 

 

 その奮戦の甲斐あってか、数時間後に事態は収束。

 警備隊には少なくない犠牲が出たものの、非戦闘員の中から負傷者こそ出たものの死傷者は出なかったとのことで、カタリナの勇名はスフィリア中に轟くことになった

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 祠があると思われる、郊外の森へと向かっていたラカムとヴィーラ。

 足を踏み入れた当初は何らおかしいところのない、木々が生い茂る普通の森であったが、その雰囲気は徐々に異質なものへと変わっていき、二人の足取りもそれに合わせて重くなっていた。

 

「っ!? またこの……奇妙な風」

「強かったり弱かったり、暖かかったり冷たかったり……まるで空域中から色んな風が集まってるようだぜ」

「それも吹く先は決まって、私たちが向かう祠の方へ──やはり」

「風の、天司様か」

 

 風が……それも普通ではありえない。統一性のない様々な風が一点に向かって吹いている。

 推測は確信に。この先にはやはり、風にまつわる何かがいると二人に知らしめていた。

 

 ──だが。

 

「はっ、この感じ!?」

「伏せろ、ヴィーラ!!」

 

 そんな二人の行く手を阻むように、ヴァーチャーズが顕現する。

 ラカムの声に疑う余地もなく、何かを察知していたヴィーラは迷うことなくその場に伏せた。

 伏せたその頭上を幾本もの光条が奔り、脅威の到来を認識すると二人は即座に臨戦態勢に。

 

「貫通力は低そうです、木々を遮蔽物に!」

「一射毎のタイムラグがあるようだ。一度躱せば接近は簡単だろう!」

 

 互いに戦術をフォローしながら一息に散開。

 ラカムは木々を遮蔽物にヴァーチャーズの射線を阻みながら先の先を取って迎撃。

 ヴィーラは光条を掻い潜りながら確実に接近して次々とヴァーチャーズを仕留めていく。

 囲まれるほどではない。この程度では数の内に入らないだろう。

 大した脅威ではない……だというのに、二人の表情に焦りが浮かんでいた。

 

「お、おいヴィーラ!」

「わかっています。この先にあった気配が……萎んでいく!」

 

 奇妙な、あの風がいつの間にやら吹かなくなっていた。

 そして何か……そう、大きさの読み切れない奇妙な気配が新たに出現していた。

 

「くそっ、ここまで来て空振りはゴメンだぜ!」

「はい、急ぎましょう!!」

 

 事態の急変を察知して二人は一気にヴァーチャーズ達を撃破。

 慎重に進んでいた森を一気に駆け抜ける。

 

 その先には──

 

 

「くっ、まさか……このような事態に陥るとは」

 

 

 苦悶に表情を歪める、ヒトの姿をした何かが居た。

 

「あんたが……風の天司様、か?」

「この感じ、少なくともヒトではありませんね」

「──汝等、ヒトの子か」

 

 声から察するに男性、ではあるのだろう。性別という区別が天司にあるのかはわからないが少なくとも低くくぐもった声だった。

 ヒトに似た姿形をしているが、頭部の左右から羽を生やしており、水鏡のような膜を張る奇妙な武器らしきものを携えている。

 何より、微弱な風のチカラが彼より感じられた。弱弱しくはあるものの綺麗な風が二人の頬をなでる……ティアマトの風を力強い活力の風と評するなら、彼が吹かせるのはまるで母に抱かれるような優しい風。命の息吹を感じさせる風である。

 

「間違い、無いようですね」

「なんか苦しそうだが……大丈夫か、天司様よ?」

「──何故にそんなことを問う? ヒトの子に出来ることなど皆無だ」

 

 突き放すような言葉に、怪訝な表情を浮かべるラカム。

 対してヴィーラは気にする様子を見せずに質問を投げかけた。

 

「何をできるかはこれから考えます。まずは今この空で起こっていることを聞かせてもらえませんか?」

「今この世界では、島が浮力を失って落ちていってんだ……俺達の見立てじゃ風の天司様。あんたに関係していると踏んでる」

 

 投げかけられた言葉に、風の天司は逡巡した。

 思考するようでありながら、同時にヴィーラとラカムを値踏みするように視線が動いた。

 

「成程、汝等は星の獣の加護を受けし者達か。故にここまで導かれたのやもしれん」

「星の獣の──」

「加護だって?」

 

 質問の答えになっていない言葉に二人は顔を見合わせた。

 星の獣の加護……ヴィーラのシュヴァリエと、ラカムの場合はグランサイファーを作った星晶獣、ノアの事だろう。

 だが、それが一体何の関係があるのだろうか。二人は疑問符を浮かべた。

 

「四大天司はヒトとの関わりを持たない。我等の影響はあまりに大きい為、ヒトが近づくことができぬようになっている。

 故にこの地に今までヒトが訪れることはなかった」

 

 恐らくはここに来るまでに吹いていたあの風の事だろう。

 様々な風が近づく人々を遠ざけ、風の天司がいたこの地を隠し通していた。

 だが、二人は星晶獣との繋がりを持つ非常に稀有な存在であった為にそれが効かなかった。

 或いは、その風の機能自体が消えていた……

 

「そ、それで……一体全体何が起きてるんだ。天司様よ」

「島々が落ちる原因。教えてはもらえませんか?」

「──天司の間隙を縫えるのは天司のみ。だが、四大が均衡を崩すことはありえない。我等の均衡を崩す第五の天司が……」

 

 語る途中で何かに気づくように、風の天司は口を閉ざした。

 その表情は変化に乏しくわかりにくいが、口が過ぎたことを自戒するようであった。

 

「ヒト子等よ……今のは忘れよ。これは汝等には関係の無い話」

 

 そう言い切った風の天司を、翠緑の光が包み込む。

 同時に、弱かった風が力を取り戻したかのように強風へと変わり吹き荒んだ。

 

「お、おい……ちょっと待ってくれよ!」

「まだこちらの質問は終わっていません!」

「……事は急を要する」

 

 光に包まれ薄れていく風の天司にラカムとヴィーラが慌てた。

 まだ肝心な情報が全然聞き出せていないのだ。

 

 この世界に何が起きて、どうすれば良いのか。

 だが無情にも、そんな二人の目の前で風の天司の姿は掻き消えていく。

 

「消えて……しまいましたね」

「らしいな。まったくわけがわからねえぜ」

 

 まともな問答にならなかった事にラカムが憤慨する。

 数日の調査に賞金首の話、これらを経てようやくたどり着いた手掛かりだったというのに。事態は何も進展していない。

 具体的な話は何も聞けず、こうしている間にも島々は落ちていっているのだ。

 

 焦燥感に苛まれるラカムであったが、対するヴィーラは思考に耽っていた。

 必死に先程のやり取りを思い出した。冷静に、一言一句を思い出しながら情報の整理をしていく。

 

 祀られていたのは、風の天司で間違いがないだろう。

 会話の中で節々に出ていた単語。四大、均衡、そして均衡を崩す第五の天司……ヴィーラの脳内で推測と共にパズルが組みあがっていく。

 全容は掴めない。だが、事態の端は掴めた気がした。

 

「我等の影響力はあまりに大きい……この言葉と今回の事態から察するに、恐らく島の浮力に関わってる能力を持っているのでしょう。

 その“我等”の括りに入る単語として“四大天司”。そしてその均衡を崩す別の“第五の天司”」

「我等……あの風の天司と同じような存在が四大天司として島の浮力に関わっているって事か」

「はい、そしてあの口ぶりから何らかの力の均衡を保つことで島に浮力を持たせていた彼等の均衡が崩れたのが、島が落ちた原因」

「ってことはその第五の天司が島を浮かせていた四大天司に何かをした……ってことか」

 

 神妙な面持ちで二人は紐解いていく。

 穴あきだらけの情報の中から、考えられる道筋。

 先の風の天司同様に島の浮力に関わる四大天司の存在が大きく関わることは見えてきた。

 

「なるほどなぁ……無駄足にはならなかったってわけだ」

「推論ではありますが、話の流れとしては筋が通っているかと」

 

 当たらずとも遠からず。

 そう思えるくらいには、筋道は通っている。

 少なくとも彼等、天司と呼ばれる存在が関わってることは確かだ。これだけでも情報としては大きいだろう。

 

「よし、一先ず調査の成果も出たことだしグランサイファーを飛ばして皆と合流だ」

「そうですね。風の天司が消えてしまった以上、ここに留まっていても得られる情報はもう無いでしょうし」

「急いで街に戻るぞヴィーラ。さっさとグランサイファーに乗って──ッ!?」

 

 ハッとするように、ラカムもヴィーラも街の方角へと振り返った。

 風の天司が消え去った今、森は静寂に包まれていた。この場所は他の生物が寄り付かない、そういう場所なのだ。

 故に届く……街から聞こえる異音。低く響く轟音に乾いた破裂音。そして俄かに立ち上る……煙。

 

「お、おいおいおい。まさか街で何か」

「先程の羽根が生えた宝石ような物……まさか街にも」

「こうしちゃいられねえ! 走るぞヴィーラ!」

「はい!」

 

 やはり、事態は急変していた。

 先程の風の天司の様子。あれは何かが“起きた”直後の様相だった。

 つまり、あの場には少し前まで風の天司が言う“第五の天司”がいたはずだ。

 二人を阻んだヴァーチャーズはその手先。そして今それは島の各地にまで顕現している。

 

 再びの焦燥感に駆られながら、ラカムは故郷の危機に走る。

 視界に広がる空は、憎らしいほど蒼く晴れやかであった……

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

あくまで、本作の世界で繰り広げられる“どうして空は蒼いのか”になります。
原作通りには、行かない部分も多いです。

次回もまた10月中には投稿したいと思います。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。


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第三幕 前哨

いつもの有言不実行でごめんなさい。
次は早めに投稿できると思います。


 

 

 空を走る騎空挺。

 

 その甲板にて落ち着かない様子でいるのは、スフィリアより脱出してきたグラン達四人である。

 無論、心配の種はスフィリアに置いてきたカタリナと街の安否。

 彼女の実力は信頼しているし信用している。

 悪いことにはなっていないだろうと思いながら、やはりもしもを考えては胸中に宿る不安を抑えられずにいた。

 

 更には、災厄の問題がある。

 ルリアが感じた気配から想定するは、今回の一件が誰かによって引き起こされている可能性。

 その誰かが、何をするかはわからないが決して捨て置ける事ではないだろう。

 既に島々は落ちている。被害規模は計り知れず、いつ彼等の故郷であるザンクティンゼルが落ちるかもわからない。

 忍び寄る災厄の魔の手は、すぐ背後まで迫っているかもしれないのだ。

 

「ルリア、例の気配は?」

「ごめんなさい。スフィリアを出た頃から、霞のように捉えられなくなってしまって……」

「気配を消した……ってこと? 意図的に、つまりは表立って行動するのは避けたいってことなのかな?」

「まだわからないよ。どのみち、確定した情報なんて何一つ持ってないしね」

「でもよぅ、そうなるとオイラ達はこの後どうすれば良いんだ?」

 

 ビィの言葉に思案する一行。

 スフィリアで得た手掛かりは、島を浮かせる星晶獣の存在……その可能性だ。

 だがそれを調べるにもどこを調べれば良いのか。

 

「──まずはポートブリーズでラカムと合流しようか。グランサイファーがないと、僕たちは身動きがとりにくい。それに、風に所縁のあるポートブリーズなら四大元素の星晶獣の事も何かわかるかもしれない」

「うーん、そうだね。確かに、あそこなら風の星晶獣について詳しい情報がありそう」

 

 グランとジータの言葉にルリアとビィも頷く。

 やることが定まってしまうと、また待つ事しかできなくなって不安が沸きあがるが、四人は騎空挺が進む先を見据えて心を落ち着けるよう努めた。

 

「あの、君達……もしかして騎空団蒼の翼かい?」

 

 突然かけられる声に四人が一斉に振り返る。

 声に敵意こそ感じられないものの、スフィリアでの失態があってかグランとジータは瞬間的に警戒を露わにした。

 

「誰だ?」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!? 別に何か危害を加えようってんじゃないんだ!」

 

 振り返った先には、恐らくはどこかの騎空団の一団と思われる五人組がいた。

 グラン達よりは年上だろうが、それでもまだ若そうな……駆け出しの雰囲気が垣間見える。

 

「あ、あぁ、ごめん。ちょっと色々とあって警戒しちゃって……」

「確かに私達は、騎空団蒼の翼ですが、何か御用ですか?」

 

 警戒を解いて応対する二人に、思わずホっと息をついた件の男は、改めて一枚の紙を取り出すと二人に差し出した。

 

「君達がポートブリーズへ行くって話してたのが聞こえて、もしかしたらと思って声をかけたんだ」

「これって……」

「一億ルピの、賞金首」

「なんでも、島が落ちる災厄は騎空団蒼の翼が起こしたものであると……眉唾の話だけど、どこかの富豪が本気にしたらしくてポートブリーズにはその手配書が回っていたんだ」

 

 手に取った一枚の紙には人相書きと賞金額が五人分。グランとジータ、ルリア、カタリナ、そしてラカムまで。流石にビィの分までは無かった。

 恐らくは手配の出所がポートブリーズだったのだろう。彼らの仲間全員と言うわけでもないが、それでも賞金総額はとんでもない。

 思わぬ事態に声が出ない中、いち早く我に返ったグランが再び警戒心を露わにする。

 こんな手配書が出回っているのなら、もはや近づく人間は(ことごと)く敵になりかねない。

 

「まさか、君達は賞金目当てで僕達に──」

「わわ、待ってくださいグラン!? それならわざわざこんな紙渡してくれませんよ!」

「どっちかっていうと、警告……ですよね? ポートブリーズに向かおうとする私達への」

「あぁ、その通りだよ。大体俺達みたいな弱小騎空士が君達を捕らえられるわけないだろって」

「確かになぁ……兄ちゃん達言っちゃ悪いけど全然強くなさそうだもんな。グランとジータを捕まえるなんて──ふがっ!?」

「ビィ、失礼極まりないよ。ごめんなさい皆さん。それからありがとうございます。手配書の事、教えていただいて」

 

 余計なことを口走るトカゲの口を塞ぎ、ジータは愛想笑いで返した。

 だが、こうなってしまうと素直にポートブリーズへ行くわけにもいかなくなった。勿論ポートブリーズにいるであろうラカムの事は心配ではあるが、既に手配書が回っているなら、状況は進展しており彼がポートブリーズを離れていてもおかしくはない。

 護衛をヴィーラに依頼していた以上、最悪の事態は回避できていると踏んで、グラン達はポートブリーズを避けるべきかと考えた。

 

「とはいえ、そうなると……どうする?」

 

 グランの言葉の意味を理解して押し黙る三人。

 カタリナを置いてスフィリアを脱出したというのに、途端に手詰まりとなってしまった。

 手配書などという事態が完全に想定外なのもあるし、それによってラカムと合流できなくなることも考えてあるはずがない。

 

 どうするかと悩む四人だったが、事態は彼らを差し置いて変化していく。

 

「ッ!? グラン、ジータ! 例の気配です!」

 

 沈む空気を切り裂くように走るルリアの声に、グラン達はおろか手配書をくれた彼らにまで緊張が走った。

 

「ルリア、状況は?」

「はっきりと感じます。多分、今さっきまた顕現……した? それに似たような気配がもう一つ。もしかしたら仲間とかじゃ……」

「ルリア、気配の具体的な場所はわかる?」

「はい、ジータ。ここからそんなに遠くないです。あっちの方角に……」

「っていうことは、バルツ方面か」

 

 グランとジータは顔を見合わせる。

 千載一遇と言ったところだ。これを逃すわけにはいかない。

 頷きあった二人は同時にルリアへと視線を向ける。

 

「ルリア、いける?」

「そこまで大きな距離じゃないですし、大丈夫です」

「よし、それじゃ早々に行こうか」

「あーグランとジータだったか。一体何を……」

 

 声をかけ辛そうにしていた件の男の声にハッとすると、二人は改めて彼らに向き直った。

 

「ごめんなさい、私達は直ぐにいかなきゃいけないので────手配書の事、ありがとうございました!」

「ありがとうついでに、もう一つお願いがあるんだけどいいかな?」

「お願い?」

「ポートブリーズに着いて、もし手配書のラカムって人を見かけたら、伝言をお願いしたいんだ」

「そ、そのくらいなら問題ないけど……なんて伝えりゃいいんだ?」

「僕達は災厄の原因を追ってる。その先で合流しようって」

「災厄の原因……だって?」

「おーい行くぞグラン!!」

「わかってる!! それじゃ、お願いね!」

「お、おいお前ら!? 一体何考えて──」

 

 驚いた様子を見せる彼ら。それもそのはず、グラン達四人は信じられないことに空を走る機空挺の甲板から飛び出さんばかりに走り始めていた。 

 落下防止の柵まで突撃していったかと思えば、四人はほぼ同時に跳躍し、蒼き空へと飛び出していく。

 

「おいおい、嘘だろ! 何考えてんだ!!」

 

 彼らの騒ぎを聞きつけ目を向けていた他の乗客たちからも悲鳴が上がった。

 慌てて彼らも、落ちていったはずのグラン達の安否を確かめんと揃って駆けだす。

 

「ルリア!!」

「はい! お願いします────『フェニックス』!!」

 

 瞬間、駆けつけようとした彼らを熱風が襲った。

 炎の具現、ルリアが召喚した星晶獣──神鳥フェニックスが落ちたはずの四人をその背に乗せて彼らの目の前へと舞い上がった。

 

「うおわぁ!?」

 

 眼前に突如現れた強大な気配に思わず尻餅をついて転げる彼ら。

 そんな彼らを尻目に、フェニックスは大空を舞う喜びを表すかのように悠々と飛び去って行く。

 残されるのは、あまりの展開に呆ける彼らと、ヒソヒソト囁かれる他の乗客たちの声。

 

 ──あれが例の騎空団の? 

 ──やっぱり噂は

 ──星晶獣を従えるなんて

 

 聞こえてくる言葉と声音には、驚嘆と共に畏怖を感じられた。

 

「あれが、例の……星晶獣を従える少女」

「大丈夫か?」

「あ、あぁ。驚いただけだよ」

 

 仲間の手を取り立ち上がった彼は、グラン達が飛び去ったほうを見据えていた。

 

 

「いつか……いつかきっと……」

 

 

 静かに呟かれた言葉は、風と空にかき消されていった。

 

 

 

 ────────―

 

 

 

 

 バルツ、フレイメル島近くのある島にて、剣の賢者と評される老人──アレーティアは難しい顔をしながら、道なき道を進んでいた。

 よろず屋シェロカルテから密かに聞き及んでいた、全空を襲う災厄。その調査にグラン達も携わったと聞いて、彼もまた独自に調査を進めていた。

 それなりの苦労をして手に入れた情報から、この島の洞窟には火を司る星晶獣が祀られていると聞き、ようやっとの思いでここまでたどり着いたのである。

 

 だが、いざ辿り着いてみると──なんという事だろう。

 まるで洞窟を崩落させんばかりの超常たる激戦が、彼の目の前で繰り広げられているのだ。

 重ねた齢が、彼に驚愕の声を上げさせることだけは止めたが、彼が動きを止めるのまでは防げなかった。

 呆然と足を止め、超常たる戦いに視線を走らせる。

 

 片や、目深に被ったフードによって顔こそ見えないものの体付きからは男だとわかる剣の使い手。

 片や、なんとも形容し難い意匠の衣を纏い、槍を以て男に応じている……恐らくは女傑。

 

 互いに恐るべき練度の戦いをしていた。

 身体を操作する精度が尋常ではない。

 皮膚一枚……薄皮一枚をこすらせるような絶妙な距離感での回避。かと思えば、荒々しく繰り出される剣戟は全身のくまなくを使って繰り出される乾坤一擲。

 断言できる──あれは自身が未だ辿り着けぬ境地の戦いであると。

 妬みが湧き出てこないと言えば嘘になるが、アレーティアはつぶさに目の前の戦いを観察する。

 勝負は互角に見えた。それすらも、未だ至らぬ己の見分では怪しいが、とにかく互角かのように見えた。

 繰り出される槍の刺突を往なす男。お返しに薙がれた剣を、僅かな動きで躱す女。

 目まぐるしく変わる攻防を、目を見開いて観察していく。

 

「(むぅ……誘いか)」

 

 男の動きに微かな違和感を抱く。

 僅かな綻びだ──理路整然と突きつけられる尋常じゃない攻防の中に、時折顔をのぞかせる僅かな隙。

 相対していないアレーティアだからわかるであろうそれは、対峙する彼女には気付けない巧妙さがあった。

 

「(潮時かのう……)」

 

 戦いの終わりという意味を込めて、アレーティアは脳内で呟く。

 

「がはっ!?」

 

 彼の呟きが聞こえたかのように、戦いは決着へと向かっていた。

 誘いに誘われ、釣りだされた槍の女は勝負を決めようとして逆に返される。

 隙を突かれて大きく切り付けられた背中に裂傷が走り、それは彼女の動きを阻害するに十分な負傷となった。

 

「さすがだった。武勇を誇る天司……やはり後回しにしておいて正解だったようだ」

「くっ、痴れ者め。妾の顕現する隙を狙うとは……ただで済むと思うなよ」

 

 切り伏せられた姿のままきつく男を睨みつける彼女に、少しだけ覗かせる男の口元が小さく歪んだ。

 それは酷く、嫌悪感を抱かせる嗤いの形であった。

 

「ふぅん? ただで済ませる気はないと? それじゃあ──どうなるのかな!!」

「ごはっ!?」

 

 徐に、伏せって成す術ない彼女を蹴りつける。続いて蹴り転がす。無様に転げまわる彼女の姿に更に男は嗤いを深めていく。

 醜悪と表現することしかできない嗜虐の行動に、アレーティアの表情が険しくなっていく。

 

「良い様だ。嗜虐趣味に目覚めてしまいそうなくらいな!!」

「がっ!?」

「ふっ、血と泥に塗れた姿も一興に値するぞ」

 

 頭部を強かに踏みつけられ、男の言葉通りに血と泥に塗れる彼女であったが、その表情と視線には依然変わらぬ、屈することのない強さが備わり続けていた。

 

「ぐっ、はぁ……はぁ……痴れ者が。随分と歪んだ嗜好をしている」

「当然だ。何千年と暗い檻に閉じ込められれば誰でもそうなる。歪むには良い環境だろうさ」

「っ!? やはり貴様は──」

 

 ここに来て初めて、彼女の表情が崩れる。

 男の正体に当たりがついたのだろうか。察した事実に驚愕するとともに、その事実が覆せない脅威の出現を確信させる。

 

「もう遅い。既に二つの羽根は奪った。そしてここで──三つ目だ」

「くっ、貴様ぁ!!」

 

 これ見よがしに見せられるは、男によって奪われたばかりの大切なもの。彼女のチカラの根源であり、この空を守るための掛け替えのないチカラである。

 それを奪われ、あまつさえ空の世界を破滅させる一端となってしまう事が……彼女の琴線に触れた。

 

「ふっ、先よりよほど良い表情じゃないか。とはいえ……、羽根を奪われてもこの戦闘力。やはり武勇の天司は侮れないか。ここで叩いておくに越したことはないだろう」

 

 ぎらりと見せつけられる直剣の刃。その先は言わずともわかる。僅かに息を飲むも、彼女の毅然とした態度は崩れることはなかった。

 

「やってみろ。火の元素あるところに妾もまたある────貴様如きに滅ぼせると思うなよ」

「その威勢にも飽きてきたところだ。それじゃ──サヨナラ」

 

 無常にも刃は振り下ろされる。

 変わらぬ態度で男を睨みつける彼女の首を目掛けて、鈍い光を反射しながら鋭い刃が迫った。

 

 鳴り響く音は、生々しい肉を切る音ではなかった。

 悲鳴のようにつんざく金属音。刃は刃でもって防がれ、男か彼女かが息を飲んだ音が聞こえる。

 

「悪いが……見るに堪えない非道を見過ごせるほど、儂もできてはおらんのじゃよ」

 

 振り下ろされた剣を受け止めて、剣の賢者アレーティアは男の前に立ちはだかった。

 

「へぇ、俺の剣を容易く……この間の槍使いと言い、人間にしては強いのがよく出てくるものだ」

「ほぅ、ということはお主はヒトではないと?」

「答える義理はないよ。まぁ人間でない事くらいはわかるだろうけどね」

「であれば──容赦は必要あるまいな!」

 

 剣のせめぎあいをしながら男と言葉を交わしたアレーティアは、一つ自身の中でスイッチを切り替える。

 目の前の存在は、油断どころか決死の覚悟を以てもしても敵わぬ相手であると。

 それは即ち、相手が侮っている今だけが唯一、抗えるチャンスなのだと。

 裂帛の気合と共に、宝剣アンダリスが鳴動する。

 彼の剣に宿りし全てを開放し、己のチカラの一助とする。

 目に見えるほどの強大な地属性のチカラを纏い、アレーティアは獲物を狩る虎の如く、眼前の男を睨みつけた。

 

「へぇ……やっぱりすごいな、キミ。彼我の実力差はわかっているだろうに、それでも俺の前に本気で立つとはね」

「勝敗と実力は別物だと心得よ。勝敗は必ずしも相手を下すことではない。弱くとも……勝てる方法はいくらでもある!」

「何?」

 

 訝しんだ男が、一瞬だけ惑った。

 その隙を見逃さず一閃。アレーティアは眼前の男ではなく、洞窟の天井へとその刃を振るった。

 二閃、三閃と振るわれたアレーティアの全力は瞬く間に洞窟の天井を崩落させる。

 アレーティアはそのまま瞬時に伏せっていた彼女を抱えると、道中も剣を振るい、洞窟を崩落させ続けながら外へと撤退した。

 轟音と埃を振り払いながら、どうにか洞窟を脱出したアレーティアは、しばらく続く崩落の音が鳴りやむまで警戒を続けていた。

 ようやっと収まりを見せ、静寂が辺りを包んだところで、大きく息を吐いて座り込む。

 剣の賢者と言われた彼でも逃げの一手。それほどまでに先の男に脅威を感じた。

 長い年月を重ね、幾多の戦いを乗り越えてきた彼は、強さの気配により敏感なのであろう。

 無鉄砲に挑むことはできなかったのだ。

 

「ふぅむ、どうにか逃げ切れたか」

「ヒトの子よ、なんて無茶を。一つ間違えれば妾諸共生き埋めになっていたところだぞ」

「ふぉふぉふぉ、あれ程に危うい相手は初めてでのぅ……逃げの一手にしても確実に逃げるにはリスクをとる必要があった」

「おかげで助かった……と言いたいところだが、残念ながら今すぐ其方は逃げたほうが良い」

「足止めにもならんか?」

 

 崩落による生き埋め。普通であれば生きて出てくることすら難しい。普通であれば────

 

「恐らくはな……その証拠に」

 

 チカラの気配。顕現の予兆。

 武勇の天司と呼ばれた彼女の言葉を裏付けるように、ルリア曰く羽根宝石と呼ばれる存在。ヴァーチャーズが周囲に顕現を始める。

 

「これは?」

「下位天司だ。我ら上位天司の使役物ではあるが、それでもヒトの子には十分な脅威となろう──加えて」

 

 崩落した洞窟の岩山から光の柱が上がった。

 光の柱は、岩の中を何の苦も無く押し進んでアレーティアの方へと向かってくる。

 かくして、光の柱の中からは無傷の様子の男が現れた。

 

「やってくれたね、微妙に死ぬかと思ったよ」

「チッ……心にもないことを」

 

 思わず漏れ出る武勇の天司の悪態を聞きながらアンダリスを握り直し、再びアレーティアが構える。

 武勇の天司を後ろ手に隠し、あくまでも応戦する構えをとった。

 

「人間にしては見事な機転だったよ。惜しむらくは相手が天司だった事かな」

「ほぅ──随分な自信だのぅ。些か過信にはなっておらんか?」

 

 おどけた様にアレーティアが返す。

 今さっきまでの張りつめた気配が霧散していた。

 アレーティアの豹変に、同じ轍は踏まないと男は惑う様子を見せずに警戒を露わにしたまま構えた。

 

「まさか? 純然たる事実だよ。手負いの天司と人間であるキミ。対して無傷の俺……力の差は歴然で障害になるわけもない」

 

 今度はきっちりと仕留める────その事を、男は言外に告げた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。その程度しか見えておらんから過信だと言っておるのじゃ」

「何?」

 

 歴然たる実力の差。絶体絶命のはずを覆すその声音に、今度こそ男が訝しんだ。

 次の瞬間、空を切り裂き、空気を切り裂き、何かが飛来した。

 瞬間的にその場を退き、難を逃れる男。彼が居た場所には金色に輝く剣が突き刺さっていた。

 

 新たな敵の気配に警戒する男。武勇の天司も同じように警戒を見せていた。

 そんな中に、彼らを包み込むような熱風が吹き荒れる。

 直後流星の如く大地へと降り立つ二つの影。

 

 騎空団、蒼の翼が団長──グランとジータが戦場へと降り立った。

 

「目の前の男が災厄の元凶……そう言うことで良いんだね、アレーティア?」

「構わぬ。ついでに女子を甚振る歪んだ嗜好の持ち主じゃ」

「最低──それじゃ手加減はいらないね!」

 

 グランは突き刺さった七星剣を引き抜く。

 同時、ジータはその手に五神杖を顕現させた。

 

 沈んでいく──集中の境地へと

 昇っていく──最強の高みへと

 

 

「「全開解放」」

 

 

 溢れ出る金色の極光。天星器の輝きが周囲を照らした。

 

「ふぉっふぉっふぉ、久しぶりだというのに最初から全力じゃのぅ」

「こやつら、本当にヒトの子か……」

 

 おどけるアレーティアとは対照的に、武勇の天司が驚愕に顔を染める。

 感じ取れるチカラの気配は既に、ヒトの範疇を超えていた。

 それは彼女が人間とは遥かに一線を画す、天司と呼ばれる存在であるがために、余計に信じられない事実であった。

 

「へぇ、ヒトの身で天司の戦いに割り込んでくるなんてね────何者だ」

 

 対峙する男もまた、目の前の二人の存在を感じ取り、最大限の警戒を見せていた。

 彼の言葉は、単純にこの戦いに割り込んできたことを指すものではない。

 人間の身でありながら、天司と遜色ない領域へと踏み込んでいる、ヒト非ざるチカラを見せる、二人に対する言葉である。

 

 そんな天司達の驚愕など意に介さず、グランとジータは眼前の敵を睨みつけた。

 

 

「セルグが……命を懸けて守ってくれた世界なんだ」

「それを壊そうなんて、許さないよ!」

 

 

 大切な仲間が守ってくれた世界を──失ってなるものかと。

 

 一つだけ──たった一つだけの大切な想いが、そこにあった。

 




如何でしたでしょうか。
お楽しみいただければ幸いです。

感想、是非にお願いします。励みになります


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第四幕 友

頑張って投稿
年内に空蒼終わらせたいけどいけるかな……


 

謎の男と対峙する、グランとジータ。

天星器を解放し、高ぶる勢いのままに戦闘へ入ろうとしたところで……二人はその足を止めていた。

 

「どうしたんだい? 戦うつもりできたんだろう?」

 

挑発的な声に惑わされず、二人は最大警戒で男の一挙手一投足をみる。

成程……これは確かに危険だと思えた。

今では七曜の騎士と並ぶとも評される二人をもってしても互角……あるいはそれ以上。少なくとも、男の実力の底は見当がつかないものであった。

 

「ジータ」

「わかってるよ」

 

奇妙な沈黙が下りる。

アガスティアの戦いを経てから、どこか天狗になっていたのだと二人は思い知らされた。

自分達を超えるような敵が現れる事など、そうはないだろうと。七曜の一人である黒騎士アポロとも互角に渡り合える二人。その二人が並び立てば適うものなどいまいと……そう、たかをくくっていた。

だが目の前の男は違う。強者の気配とか、実力者の雰囲気とか、そういうものではなくもっと根本的に、違った。

存在から、内包するチカラの総量から。ヒトの枠を……ともすれば星晶獣の枠すらも逸脱した存在。

目の前の男は、そういう次元の敵なのだと……二人は感じ取っていた。

 

「来ないのかい? なら――」

「させない!!」

 

沈黙と均衡を破る男の機先を制して、ジータが手にする五神杖が輝く。

瞬時に向けられる魔法弾――――その数、正に数多。

普通の魔導士からすれば卒倒ものな数の魔法弾をジータは完璧なまでに制御し、男へと向けた。

 

「この程度、躱す必要はない」

「うおおお!!」

「っ!? へぇ……」

 

防壁を展開し防ごうとする男へ、同時にグランが肉薄。

完璧なタイミングだ。互いの動きを理解した二人の攻撃は全くの同時に繰り出された。グランの七星剣を受ければ魔法弾を受けるし、その逆も然り。

画して男は防御ではなく回避を選択。肉薄するグランを突き放すように大きく後ろへと距離をとる。

 

「甘い!!」

 

直後……着地の隙をつくように降り注ぐ魔力矢。魔法弾と時間差で放たれたジータのアローレインが、男をその場に射止める様に襲いかかる。

 

「もらった!!」

 

そこを更に踏み込んだグランが続く。今のグランはホーリーセイバーの鎧を着こんでいる……降り注ぐアローレインをファランクスで防ぎながら突撃することなど朝飯前だ。

極光纏う斬撃――横なぎに振りかぶられる巨大な一閃と、驟雨の魔力が同時に降り注ぐ。

男の動きを読み切った完璧な連携に、後方で観戦していた武勇の天司とアレーティアが舌を巻く中、二人の攻撃は男を完全に捉えるのだった。

 

 

音が――鳴り響く。

 

 

グランは嫌な記憶を思い出していた。

この感覚はそう……ザンクティンゼルで初めてセルグと出会い、共に旅をするために戦いをしたとき……

 

「ふぅん……連携は完璧、威力も人間の枠で言えば規格外。つくづく面白い……それでも、チカラの差は致命的だな」

 

男はグランの斬撃を片手で持った剣で防ぎ、逆の手で防壁を作ってアローレインを防いでいた。

その背には、一対の()が顕現している。

 

「俺に羽を出させるとはね……人間だと思って甘く見ていたのは認めるよ」

「くっ!?」

「引いてグラン!!」

 

五神杖を回転――円状魔法陣を構築し四つの基点から魔法を吐き出す。ジータの制御を受けて飛び出す四色の光、エーテルブラストが悪魔的な破壊力をもって男に迫る。

二つは男が切り払い、残り二つはジータの制御を受けてグランと男の距離を開けるために地面を爆砕させる。

寸前にファランクスをはさんでどうにかダメージを受けずに後退できたグランは転がりながらも、ジータの所までもどって体勢を立て直した。

 

「よくもやったな! ありがとう!」

「どういたしまして、集中して!」

 

軽口叩きながらも、油断せず男を見据える。

男はまだ二人の様子を伺って動き出す気配はなかった。

 

「目的は一応果たしている。わざわざここで付き合って戦うなどナンセンスだが――興味はある。君達が新世界の民にふさわしいかどうか、ね?」

「新世界の民? ふざけたことを……」

「さっきも言ったはずです。今の世界を壊そうなんて、許さないと!」

「そうかい、なら早めに厄介の種は摘み取っておくべきだな。悪いけどここで――っ!?」

 

剣を構え、グラン達へ牙を剥こうとした男を紅蓮の炎が襲った。

 

「ちっ……『ミカエル』、もう復活したか!」

「でええああああ!!」

 

咆哮と共に男へと吶喊するは、紅蓮の炎を思わせる深紅の剣を握った武勇の天司ミカエルであった。

その力強い剣戟をもって、男と鍔ぜり合うミカエル。だがそこに余裕は無い。

 

「手負いの分際で……」

「ヒトの子等よ! 全力で叩きのめせ! 好機はいまぞ!」

 

ミカエルの声に我に返るグラン達。

事態の変遷に呆けるのは一瞬。男が災厄の元凶であることは先の言動からもわかる。ならば、今は刃を振るう時。

 

「やるぞ二人共! 北斗大極閃!!」

「聖柱五星封陣!!」

「白刃一掃!!」

 

三位一体となって奥義を放つ。

男を包み込む光の方陣が焦がし、七点極光の七連撃が容赦なく襲い、二刀一閃の一撃が屠る。

 

「お願い、サジタリウス!!」

 

止めの一撃。ルリアが呼び出したサジタリウスの放つ巨大な一矢が、叩きのめされた男を吹き飛ばした。

崩落した洞窟の岩肌を砕きながら、奥へと消えた男。沈黙が再び辺りを覆った。

 

「よ、よぅ……やったのか?」

 

恐る恐ると言った様子で問いかけるビィに、誰も口を開けなかった。

生半可な攻撃ではなかったが、それでも倒し切れた確信は得られない。

どことなく、手応えが薄かった感触があった。あれは恐らく、直撃は与えられていないと……

 

「気を抜くな、奴の気配はまだ生きている!」

 

ミカエルの言葉に緊張が走る。

身構えると同時、崩れた岩を突き破り男は空へと飛び出した。

無傷――ではない。手傷は負わせている。

が、そこまでだった。致命傷には見えないし健在といえる。

そして男の表情には、憤怒の形相が浮かんでいた。

 

「――さすがに、本当に死ぬかと思ったぞ。まさか天司であるミカエルと合わせてくる人間がいるとは思わなかった」

「ふんっ、羽を奪ったくらいで増長するからそういうことになる。奪ったところで仮初の力……馴染ませ、扱うにはまだ不十分だろう」

「つくづく気に食わないな。まるで羽を奪われても怖くないとでも言わんばかりじゃないか」

「その通りだ。四大天司の羽を奪いまわってる様だが、それを真に扱いきれる器など、天司長様しかいまい。どこの馬の骨かは知らんが身の丈に合わない事などするものではないぞ」

 

ミカエルと謎の男の雰囲気に気圧されて入りこめないグラン達を差し置いて、二人の会話は続いていく。

グラン達からすれば、既にわからないことだらけの会話だが、男がミカエルの仲間から何かを奪って回っていることだけは読み取れた。

 

そしてこの災厄には、天司と呼ばれる者達が深く関わっているのだと。

 

「気に食わない……だが、こちらも少し手傷を負った。ここは素直に引くとしよう――羽を馴染ませる時間も欲しい」

「妾が言ったことが理解できていないようだな。どこの馬の骨かもわからん奴に扱える代物では――」

「君の物差しで測らないことだ。その程度の器、俺には許容範囲さ」

「何?」

「それじゃ、また……次に会う時は覚悟しておくと良い」

「あっ、ちょっと待て!!」

 

訝しむミカエルを尻目に、男が飛び去ろうとするが、今度はグランが呼び止める。

まさか止まってくれるわけないと思っていたが、意外なことに男はグランの声に耳を傾けるのだった。

 

「ん? 何だい。新世界の民になりたいというなら、後にしてくれ」

「そんなの許さないと言ったはずだ! そりより、その翼……お前も調停者なのか?」

「調停者? 何のことだい。俺は天司さ……空と星の狭間の者、らしい」

「天司……それじゃあ、セルグって名前を知らないか?」

「――知らないね。少なくとも俺は。後はそこにいるミカエルにも聞いてみると良い。俺よりは詳しいだろう」

 

それじゃ、と妙にきさくな様子で謎の男は飛び去って行く。

グランとジータはそれをもどかしそうに見送った。

男が背に負う翼……既視感を覚えるそれは嘗ての仲間の姿だ。思い出したと同時に、同じ類の存在ではないのかと考えた。

だが、そうであれば矛盾があった。消えてしまった彼は、空を守る為に存在する調停者なのだから――――結論、先の男と彼には何の関係もなかったようだ。

 

胸の内に突っかかっていたとげが抜けたようで少し安心できたが、それだけで済ませられないのが現状だ。

ここで仕留められれば、災厄は止められたかもしれない。そう思うと、あの男を逃したくはなかった。

ルリアのフェニックスで追う事も考えたが……しかし、男の実力の底が知れないため無茶もできない。

小さく息をつくと、大きく肩を落としてしまう。

 

落ち込んでばかりもいられない。グランとジータは示し合わせたかのように気を取り直して振り返る。

目の前にはもう一人、大事な情報源がいた――こちらの方は逃すわけにはいかないだろう。

 

「小童……いや、グランと言ったな。言いたいことはわかっておる。話をしてやる故、そう目を尖らすな」

「それじゃあ聞かせてもらうよ――この空で今、何が起こっているのかを」

「あぁ、教えよう。そなたたち人間が言う災厄と、奴や妾が何者なのかを」

 

 

静寂に包まれた荒野の中、ミカエルは静かに語りだした。

 

 

――――――――――

 

 

「四大天司は――随分と手酷くやられているな」

 

彼の地、カナンにてセルグとルシフェルは空の世界を見ていた。

彼らが災厄に対して何をしているのか……それは計り知れるところではないが、未だ彼らの会談は続いている。

 

「四大天司と言っても万能ではない。ましてや無敵などと言う事はあり得ない。必然、彼らにも突け狙う隙はあるだろう」

「それが……顕現のタイミングか」

「そうだ。四大天司達は島を浮かせる浮力を維持するため、本来形を持った状態での顕現をしない……そして顕現には多くの力を必要とする。つまり顕現した時が一番消耗していると言う事だ」

「そうとわかっていて何故……態々顕現してこんな事態を招くことになったんだ?」

 

セルグは僅かに顔をしかめていた。

わざわざ消耗して顕現したばかりに隙を突かれ、またも四大天司の一角が崩れたのだ。

お陰で、災厄の進度はさらに進んだ。時期に島がまた落ちるだろう。

 

「発端は土の天司から始まった……彼の男は土の天司が管轄する領域にて元素を乱し、誘いをかけたのだ。そして、顕現した隙を突き――」

「なるほどな。そして一角が崩れれば他の天司の顔を出させるのも造作ないというわけか」

「その通りだな」

 

淡々と答えるルシフェルに少しだけ対応が刺々しくなってしまうことを自戒しながら、セルグは情報を整理していく。

一角が崩れれば、他の天司達は調和と均衡を保つために動かねばならないだろう。そうなれば顕現する必要がある。

最初の土の天司が崩されなければと思わなくもなかったが、担当領域に異常があれば動くのが必然。と、考えれば対応を責めることもできない。

厄介だが見事な計画だと思えた。

 

「それで、あの男については?」

「――まだ、わからない」

 

初めて。淡々と受け答えをしてきたルシフェルの答えに惑いと微かな感情の揺れが見られて、セルグの表情が変わる。

 

「まだ? ということは何か心当たりはあると?」

「不確定だ。推論や疑惑だけで語ることは肯定できない」

 

対応が戻るも、ルシフェルの答えにはそれ以上は話さないという意思が込められている気がした。

セルグは追及を深めていく。

 

「その推論や疑惑から可能性は生まれ、真実が見えてくるんだ。災厄を止める為にも必要な情報だろう。不確定でも良い、教えてもらおう」

「――彼の正体は、恐らく」

 

逡巡は僅かであったが、ルシフェルは言葉を選ぶように少しづつ話始めた。

災厄……その元凶となる話を。

 

 

 

 

 

 

「奴は、四大天司に非ず……妾は『第五の天司』に他ならぬと考えておる」

 

ミカエルの言葉に、グラン達は僅かに息をのんだ。

 

あれから、小一時間は話しただろうか。グラン達がミカエルから聞いた話はこうだ。

災厄が始まる最初――――発端は四大天司の一人、土の元素を司るウリエルの気配が消えたことから端を発する。

それによって元素の均衡が崩れ、災厄と呼ばれる島の落下現象が始まったのだと。

四大天司はウリエルの動向を知ると共に、再び元素の調和と均衡を保つため、最も元素が乱れていたこのファータ・グランデ空域へと顕現。

各々が、自身が顕現しやすい元素の集まる場所にて顕現を果たしたが、先に顕現したラファエルの気配もウリエル同様に消えた。

事態を重く見たミカエルも早急に対処しようと、件の洞窟へ顕現したところで先の男に襲撃され、羽を奪われたのだと言う。

羽とは、天司が持つ最重要器官。司る力の源泉たるコアが組み込まれている。それを謎の男はウリエル、ラファエル、そしてミカエルと。四大天司の内、三人から奪っていったということだ。

 

この状況……これを残る四大天司であるガブリエルが起こすとは考えにくい。そもそも、四大天司は知己の間柄だ。戦闘までしてミカエルがガブリエルに気が付かないなどありえない。

故にミカエルは、今回の災厄の主犯を『第五の天司』と断定したのだ。

 

「第五の天司……それが今回の災厄の犯人」

「そうだ、羽を奪われた妾は脆弱な獣に過ぎん。対して、奴の力は既に神に等しい。土に風、妾の火をも手に入れた奴を相手に、ガブリエルだけで抗うのは不可能だろう」

 

深刻な表情で、事態を語るミカエル。

対してグラン達は、聞いた情報から次なる動きを考えた。

 

「第五の天司。あいつの次の狙いはそのガブリエルさんで間違いないんですね?」

「恐らくはな。三つの羽を奪ったんだ……今更四つ目を躊躇はするまい」

「顕現する場所に検討は?」

「水の元素が集まる場所……としか言えんが」

「ってーと……アウギュステじゃねえのか?」

「そうだな。リヴァイアサンと関わりも深いし、水の元素が集まるところっていったらアウギュステくらいしか思い浮かばないけど……」

「じゃがアウギュステに向かおうにも、先に起こった羽が生えた宝石の襲撃で、今は渡航規制がかかっておる。儂もフレイメルからここへ運んでもらうのにずいぶん苦労したものじゃ……果たしてアウギュステに向かえる艇があるかどうか」

 

アレーティアの言葉に、唸る一行。

流石にルリアのフェニックスでミカエルとアレーティアを含めたこの人数は厳しいだろう。

島と島を渡るにはかなりの時間を要するため、ルリアが持たないのもある。

やらなければいけないことがあるというのに……現状の彼等にはその手段がなかった。

 

 

「グランさ~ん、ジータさ~ん」

 

 

そんな彼らを、間延びした聞き覚えのある声が呼んだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……あの戦いのせいで、そんな事が」

 

神妙な面持ちで、セルグは視線を落とした。

ルシフェルより聞かされた、今回の災厄の犯人と思わしき正体と原因。そこにはまだヒトであったときの彼が深く関わっていた。

 

「君達のせいではない。あれの原因は星の民である男の暴走が原因だ。故に君が……君の仲間が責を覚える必要はない」

「それは詭弁だ。顕現を許したオレ達に原因の一端はあるだろう……これは、四大天司達を責められなくなったな」

 

落とした視線を上に……天を仰ぐようにしてセルグはため息をついた。

頭の中で様々な思考が回っている。その結果は……

 

「どこへ、行くつもりだ?」

 

ルシフェルへと背を向け、カナンの神殿を後にするべく歩き出すのだった。

その胸の内にある決心を……彼の心の機微を、ルシフェルは感じ取れなかったがいきなり動いだした彼が何かを思い立ったのは優に想像がつく。

掛けられた声に、セルグは足を止めて振り返らずに手を翻す。

 

「――空へ」

 

答えは一言で十分だった。

セルグは元々、今回の災厄に手を出すつもりはなかった。

これが空の世界の――空の民の問題だと捉えていたから。空の民だけで……超えられる問題であるはずだからだ。

だが、事の発端。その更なる原因には嘗ての自身がいた。

彼が愛する空の世界における災厄に、自身が関わっていたとあれば。それは何よりも、彼が許せない事態であろう。

間接的に、災厄による被害を出しているのは、彼でもあることになるのだ。

 

問答はもう必要ないと再び歩き出そうとする背中にルシフェルは再び口を開く。

 

「できないのだろう?」

「必要ならと……方法は考えてきた。代わりに捨てるものはあるが」

「なら、少しは待っていても良いだろう」

「どういう事だ?」

 

予想外な言葉に、セルグは振り返った。

 

「彼らは、きっとこの災厄を止められる……止めてくれるだろう。君は、その先の災厄の為に来たのだろう?」

「だが、このままでは島が……それに塔の封印も」

「確定した未来ではない。君はもう少し、君の仲間を信じることを覚えるべきだ」

 

淡々と、諭してくるルシフェルの言葉に、セルグは少しだけ自責に荒んだ感情を落ち着ける。

確かに、この災厄の結末はある程度見えている。だが、ルシフェルが言う通り確定ではない。良くも悪くも転ぶだろう。

それは、ルシフェルも同じだ。目の前の存在はそうしてここで空の世界を眺めながら、この空を守る為に一人でずっと差配してきたのだ。

先に聞いた天司の起こりから、何千年もの長い間を……

 

「無表情で……よくも言ってくれる」

 

ルシフェルの言葉を聞き届ける様に、背を向けていたセルグは再度振り返りルシフェルに歩み寄った。

目の前まで歩みよると、ルシフェルの前に彼はその手を差し出した。

 

「その手は何だ?」

「きっとお前は、ずっとこの空を守ってきたのだろう? 母上が顕現できず、オレがヒトのまま遊んでいた時もずっと。だからこれは、空を守ってくれた先達への敬意と、同じ使命を持つ者同士の友好の証だ」

 

守るべき者に災禍が及ぶ時、眺めるだけなどセルグには我慢できない事だ。故に、永劫に近い時をここで自らの使命に従い続けていたルシフェルの事を考えると、セルグは畏敬の念を禁じえなかった。

彼のこれまでに……彼の言葉に畏敬を感じ、セルグは手を取り合いたいと考えたのだ。

 

「友好の……証?」

「知らないのか? ヒトは皆友好の証として手を繋ぐんだ」

「知ってはいる。だが、それは我々にも適する話なのか?」

 

淡々と疑問を呈するルシフェルに思わず呆れたため息が漏れた。

セルグはルシフェルのこれだけは真似できないと思えた。淡々と、感情の無い人形のような……先の問答のなかでわずかに感情の機微が見えたがそれっきりだ。

正直生きている感触がしない。

 

「細かいことは良いんだよ――――オレの名はセルグ。空を守る使命をもって生まれた調停の翼だ。ルシフェル……これからは手を取り合って、共に空を守っていきたい」

 

宣言するように、強い口調で今一度その手を差し出す。

どうするんだ、と言いたげな視線を向けられ、ルシフェルは思案した。

 

「手を取り合って……か。何故だろうか、今までにない妙な感覚が私の中に生まれている」

「その感覚に身を任せると良い。きっと少しは、これから生きるのが楽しくなる」

「そうなのか……では、助言の通りに君の手を取るとしよう」

 

ルシフェルが差し出されたセルグの手を取り、握る。

空を守る者同士の――友好の証であった。

 

「よろしく頼む――ルシフェル」

「こちらこそ、君の助力に感謝しよう――セルグ」

 

 

翼と天司は交わった。

終焉へと向かう空の世界を……その脅威と立ち向かうため。

 

静かな神殿に数千年ぶりの新たな風が吹き込んでいた。

 

 




如何でしたでしょうか。

感想お待ちしております。


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今更ながら報告とお伺い

本作を読んでくださってる方、どうもありがとうございます。

 

更新がない事からお察しの事かとは思いますが、本作について続きを書く気が無くなっています。

 

元々メインシナリオのファータグランデ編だけで完結していたこともありますし、劇場版の「どうして空は蒼いのか」は蛇足と言うかおまけだったのですが、何よりも作者が原作に興味を持てなくなりリスペクトを持てなくなってしまったからです。(とっくにゲームの方は引退しちゃいましたし)

ここで書く事じゃないかもしれませんが、本当にシナリオイベントに魅力がなくなって、作者はこのイベント書きたいな、このキャラ書きたいなと思う事がなくなってしまったのです。

心待ちにし続けたリリンクが結局延期延期だったのも要因でしょう。あれが2020年に出てれば今でも書いてたかもしれません。

 

 

そして、自身で作品を読み返してみれば、本作は随分と稚拙な作品であり、今の作者からすると許せない部分が多くあったりで、いわゆる黒歴史とかしています。

なので、このまま終わるつもりでいたのですが……先日活動報告でコメントを頂きまして、続きを心待ちにしているとの声を頂きました。

 

やっぱり読者としてこういった声は本当に嬉しい気持ちで、完全に捨てていた気持ちが再び湧いてきているのは事実です。

空蒼についてはプロットも用意していたので不完全燃焼であったこともあり、だったら書くべきかなと考えている次第です。

実際中途半端なのは他にもたくさんあって、ナルメアのフェイトエピソードや十二神とジョヤと調停親子(セルグとゾーイ)の短編エピソードも書きたかった。

モンハンコラボ短編も途中でしたし、こくうしんしんもプロット考えていたので、書きたいとおもっていました。

4騎士イベントは第2段の亡国の最初で止まっちゃってるし、本当何もかも中途半端ですね。

 

本当は書く予定でしたが、8週年で運営に愛想が尽きて完全に全部切り捨てちゃいました。

 

それでも待っている人が居るのなら。心待ちにしている人が居るのなら、もう一度書いてみようかなと思っています。

大分忘れちゃってるから、一度全部読み返して、設定想い返して。

少しリハビリ帰還が必要かもしれませんが、以前よりは少しレベルアップできたであろう文章で、もう一度。

 

 

なので、一度読者の皆様からの声を聞きたいと思います。

何年もほったらかして置いて今更ではありますが、アンケートにてお声をお聞かせいただけたら幸いです。



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