GATE SF自衛軍彼の地にて斯く戦えり (炎海)
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プロローグ 燃える世界 歩みは未だとまらず

重ねて新作を作るバカ一名がここに。

この作品は、GATE世界の日本に攻殻とかその他もろもろのSFネタを好き放題ぶっこんでやりたい放題する作品です。
面白そうなSFネタがあれば随時適当に放り込んでいく次第です。そのため世界の整合性とかはあんまり気にしないでください。

2016/08/23
誤字修正をおこないました


そこは人の言葉で形容するならば、「地獄」という言葉がふさわしい光景であった。

 

「――――誰か、誰かいないのか!?お願いだ、誰か返事をしてくれ!」

 

 すべてが赤と黒で彩られた世界。マスク越しでも感じられる熱気と肉の焼ける臭いで形作られたそれは、つい少し前まで人が住んでいた街だったとは思えない変貌ぶりを果たしていた。

 その生物すべての生を拒絶するような場所を、数人の白い人影が瓦礫を避けながらあるく。

 

「隊長、本部から通信です。核攻撃第二波が接近中、状況次第では予定を早め、ヒトフタマルマルに第二次救助隊は撤退させるとのことです」

「くそっ!あんなのがまだ続くのか。了解、第三救助隊はヒトヒトマルマルにポイントH-4へ集合せよ。……二次被害を出すわけにはいかない」

 

 核攻撃により焼き払われた東京。巻き上げられた粉塵により空は黒く覆われ、しかし決して暗くなく、毒々しいほどに赤い炎に照らされていた。

 

 

「ダメです。ここももう死体しか……生きてる人なんてもう……」

「諦めるな!まだだ、まだどこかに生きてる人がいるはずだ!」

 

 足元に転がる幾つもの死体は蹲るもの、子供だったであろう「ナニか」を抱きかかえるもの、上半身を水に突っ込んだままのもの、そのすべてが黒い炭のかたまりとなっていた。

 

「畜生!畜生!ちくしょう!誰か……、お願いだ。頼むよ……音だけでいい。誰か、誰かぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

いまより少し未来、義体や二足歩行兵器が現実となった世界。けれどもどれだけ技術が進歩しようとも、人間の愚かさが変わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「あなたがたの人類史上最悪の凶行により、我々は多くの国民を失いました。罪無き人々の命が、家族が、愛するものが奪われました。我々は知性ある人間としてこの行いを、この蛮行をあなたちの「絶滅」をもって罰とします」

 

 

 

 

 

 

しかし何度も殺し殺され、血で血を流しながら築き上げた歴史は……。

 

 

 

 

 

 

「皇帝陛下、我々の歴史は今に至るまで多くの血と屍により積み上げられてきました。我々はその愚かさを知った上で尚、それを国是としているのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー決して、意味の無いものとしてしまってはならないのである。

 

 

 

 

「当然のことですが、その土地は地図にのっておりません。門の向こうに何があるのか、どうなっているのかは不明です。今回の事件で多くの逮捕者を出しました。今の日本において彼らは刑法による犯罪者、あるいはテロリストとなります。世論では門を破壊せよという声もあります。しかし門がまたいずれ、別の場所へ現れる可能性もありえます。故に我々は門の向こうを日本国内とし、彼の地の調査のため、補償獲得のため、赴くことを決定いたしました」

 

 

 

 

 

そして時間は流れ、異なる歴史を歩み、異なる文化と言語をもつ世界が繋がる。門という、小さな次元の穴を通して。

 

 

 

 

 

 

「これより、門の向こうへの突入を開始する!斥候は何度か行われているが、特地の実態はいまだ不明である。門を越えた瞬間から戦闘がある可能性も覚悟せよ!」

 

 

 

 

 

この出来事を、のちの自衛官達はこう記した。

 

 

ーーーー自衛軍、彼の地にて斯く戦えり、と。

 




用語解説

『電脳』
脳に大量のマイクロマシンを注入し、神経細胞と結合させることで脳と外部ネットワークを結合させる技術。これにより脳から直接ネットで思考をやり取りすることができる(電脳通信)。便利な反面ゴーストハックや電脳ウイルスといった脅威にもさらされる危険性がある。
(元ネタ:攻殻機動隊)


『義体化』
いわゆるサイボーグ技術。人工臓器や義肢技術の発達により、ほぼ全身を生身から換装することが可能になった。高い身体能力や欠損した部位を補うことが可能な反面、高い義体であればメンテナンスにかかるコストや義体それ自体が盗難等の危険に晒されるなどの問題が発生しやすい。


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第一章 接触編 (上)
第一話 銀座事件 接触


まずは第一話を。

FAとか戦術機とか出したいけどどれがいいだろ……?

それと「こんなんにわかだボケェ!!」というのがありましたら遠慮なくひっぱたいてください。覚悟はできています。



……エロスーツ出してえ。

追記 2016/08/15

指摘された誤字の修正と、一部修正を行いました。


 その日は、よく晴れた蒸し暑い日であった。破壊の爪痕がいまだ残る20XX年の夏、しかし多くの努力と協力により人々が休日を楽しめるほどに復興した東京都中央区銀座。

 

 午前11時50分

 

 ぎらぎらと照り付ける太陽が中天に達し、その気温が最高潮に達したそのとき、「それ」は突如出現した。

 「異世界の門」(ゲート)、のちに人々からそう呼称されるその門からは、鎧の騎士に始まりオークやトロル、はては飛竜までもが出現した。

 彼らは目につくもの全ての人々、男も女も老人も子供も関係なく平等に襲った。

 道路や建物を血や屍で埋め尽くし、その山の上に旗を突き立ててこう宣言した。

 

「この地は我々が征服し、我々の領土となった」と。

 

 彼らは元の世界では頂点の存在であった。世界中余すところなく全てを征服しただ一つ君臨する帝国であった。ゆえに彼らは確信していた、この戦い、この遠征、必ずや勝利で終わるだろうと。

 そう、まさしく彼らの知る戦いでは彼らは無双であった。だが、彼らは思いもしなかった。異世界にはさらにそれを上回る戦いがあると、そして彼らの開いた先の世界は、その中でも特に恐ろしい技術を持った者たちが住む場所であるなどとも。

 

 

 

---------------------

 

 

 

 午前12時15分銀座

 

 突如出現した謎の集団による虐殺が行われる中、街中は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。すでに非常事態警報は発令され、あたりにはサイレンが鳴り響き、電脳通信をはじめとした各種情報通信手段を通じて避難誘導が行われていた。

 各シェルターが解放され、避難民が次々になだれ込んでくる。かつてならともかく今のシェルターは大幅に改良されており、人数も大量に収容できる。しかし収容人数人数に限りはなくとも時間はそうではなく、敵が近づいて来れば閉めざるをえない。こうして締め出された避難民たちは他のシェルターを目指すか、敵に殺されるかの二択のみであった。

 警察も武装して立ち向かうが、装備はともかく避難民全員を守るには人数が少なすぎた。

 

「このっ!このっ!、ちくしょう、数が多すぎる!!」

 

 いくら技術が進歩しようともSATのような部隊ならともかく、通常の警官に支給される武器などたかが知れている。質こそ上がってはいるものの、大量の敵相手には分が悪すぎた。

 

「きゃあ!!」

「しまった!子供が逃げ遅れている!!」

 

 そうしている間にも鎧を着た敵の一人が、逃げ遅れた女の子に襲い掛かった。

 

「くそっ!その子を放せ!!」

 

 その様子を見た警官が女の子を守るために襲い掛かった敵に発砲するが、その隙に新たな敵が警官へ斬りかかる。

 警官たちが押されている理由は、何も数だけでは無い。彼らはあくまで治安維持のための訓練を受けているのであって大多数の警官、それこそSATや自衛軍上がりなどの戦闘に特化した場所での経験でもない限りは、これだけの数相手の殺し合いは慣れていないのである。おまけに桜田門より南の官庁街が壊滅し指揮系統がズタズタになった結果、効果的に対応できなくなっているのである。本来ならばこういう場合は義体装着者の警官へ状況に応じた戦闘用の義体OSのパッケージが送られてくるのであるがそれも望めないのだ。

 そうこうしている間にも敵の数は増え続け、避難中の市民にも被害が出始める。

 

「た、たすけてくれ……ギャアアァ!!!!!」

「いやっ!いやぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 腕を切りとばされた老人が絶叫し、逃げ遅れた女性が悲鳴を上げながら地面に叩きつけられる。すべての市民を守るには圧倒的に人数が足りない。

 

「くそっ、捌ききれない。……おい君!こっちだ!さあ早く逃げて」

「奥さん、こっちへ早く。先輩!このままじゃいずれ全滅です!」

「分かってる!!なにか策は……。ーーーー不味い!抜けられた!!」

 

 そうこうしている内に、遂に包囲を抜ける敵が現れる。彼らは後ろの逃げる市民へ斬りかかりーー。

 

「おっと、通さないよ!!」

 

 しかし、その凶刃は何者かによって阻まれた。

 その男は敵の武器を持った腕を掴むと、そのまま後ろへ回り込み腕を極めつつ首を締め上げる。そのまま相手の武器を奪うと、それを躊躇いなく首へ突き刺した。義体化していない人間の体は脆い、首からおびただしい量の血をだしながら敵はピクリとも動かなくなった。

 

「……ふう、危なかった。大丈夫っすか?」

「え、ええ……。ありがとうございます」

 

 目の前で起こった光景に怯えつつも礼を述べ去って行く市民と、それを見守りながら警官の方へ向かってくる男性。

 

「あなたは一体?」

 

 明らかに只の市民ではない。あの躊躇のなさからみて少なくとも殺し合いに関わっている人間。しかし、男性の格好はショルダーバッグに短パンTシャツと、明らかにその辺にいそうな一般人であった。

 

「俺……自分はこういうものです」

 

 そう言って彼が提示した身分証には『陸上自衛軍伊丹耀司三等陸尉』と書かれていた。

 

 思わず敬礼する警官に、あまりかしこまられても困ると彼はそれをいさめる。

 

「たまたまこの近くを通ったので、手助けが必要かなと思いまして」

「それはありがたい。ですが、原隊に戻らなくてもよいので?」

 

 警官の疑問はもっともである。この場合はそれが基本的な対処である。

 

「事態が発生したときにこの近くにいたのと、避難の誘導を手伝っていたらここが見えたので」

 

 その言葉に警官は心底感謝した。この状況だ、人手は多い方が助かるのだ。

 

「それはありがたい。申し訳ないが手伝ってもらえると助かる。避難誘導だけでも感謝する」

「いえ、こんな状況ですから、それよりも……」

 

 そういって伊丹が次の言葉を出そうとした瞬間であった。倒れていた別の敵が起き上がり、伊丹に向かって突撃してきたのだ。

 倒したはずの敵からの突然の奇襲、警官も伊丹もとっさのことに対処できなかった。そのまま敵の握った剣が彼の腹に突き立てられる。致命傷だ、そう敵は確信した。

 

 

 

「痛っーーっ!!あっーーーーぶねえなこの野郎!!」

 

 

 

 しかしその腹からは血は出ず、代わりに鋭い蹴りがくりだされた。

 

「§♀¥*●◆▼¥∃▲□※@∞×ーーーー!!」

 

 理解不能なものを見たように喚き散らす敵。無理もないだろう、今まさに致命傷を与えたはずの人間が平然と立って蹴りを繰り出すのだから。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ、問題はないっす。……くそっ『目標の活動停止まで警戒しろ』、アホみたいに叩き込まれてたのに……」

 

 そう言いながら伊丹は剣で敵の胸と頭蓋を破壊する。その姿は面倒なものを始末するそれであった。

 

「脳も胸部も異質なものは見当たらない。やっぱ生身の人間ってことでいいのかな?」

 

 警官がその慣れたを越えて異常すら感じる様子に吐き気をこらえる。無理もない、目の前でいきなり死体を解体し始める様子など平時ではまず見ないのだから。

 目の前で繰り出される光景から目をそらしながら、警官は伊丹に疑問を投げかける。

 

「もしかして……義体ですか?」

「ん?……ああこれか、まあそんなもんです。今時めずらしくもないでしょ?」

 

 『義体』。義足や義手の延長線上のものであり、いわゆるサイボーグのようなものである。人工臓器や義肢技術の発達により、この時代では一般にも普及しているのてある。しかしそれは自身を機械に置き換えるということでもあり、腹部のような部分まで義体化しているとなると相当なものである。

 

 しかし、それを伊丹はさらりと回答した。その事に警官は驚くが、今はそんなことを考えている暇ではないと思考を正す。まずはこの状況を好転させる方法を考えなければならない。

 どうやらその事は伊丹の方でも考えがあったらしく、彼の方からその話をふってきた。

 

「ところで逃げ遅れた人たちなんですけど、彼らを皇居まで誘導するよう伝えてください」

「皇居に……ですか?」

 

 提案を受けた警官は怪訝な顔をする。一般の警官にとって皇居とは、天皇陛下とかそういう方々が暮らしてるというくらいしかイメージがないのである。しかし伊丹はその理由を説明する。

 

「皇居っていうのは元々江戸城で、古くとも立派な軍事施設なんだ。敵は爆発や魔法のような破壊力のあるものは使わずに剣や槍、弓矢なんかを使ってきた。そのレベルの軍事力なら守り切れる。それに半蔵門から西へ人々を逃がせば篭城の必要もない。なにより今の皇居は改修されて防衛設備も整っている」

  

 彼は少しの間逡巡していたが……。

 

「わかりました。本部に意見具申します」

 

 そういうと、電脳通信で連絡を取り始めた。

 その様子を見ると伊丹は、他の警官や民間人にも誘導の協力を仰ぐため行動を開始した。

 

 

 すべては同人誌即売会を守るために。

 

 

 

 

 

---------------------

 

 

 

「ここは一体何なのだ……」

 

 それが異世界侵攻軍総指揮官である将軍の、この地に対する感想であった。

 かれは長年帝国に仕えた軍人であった。代々優秀な武官を輩出してきた家の出であり、彼自身もその卓越した指揮と人望により出世してきた。幾度となく異民族や周辺諸国への遠征を任され、そのたびに莫大な戦果を挙げて帰ってきた歴戦の猛者である。それゆえに、彼は各地で様々な文化や建造物を目にしてきたのである。

 だが、その彼をしてもこの世界の文明は明らかに様子が違った。 

 門をくぐって目にしたものは、天をも突こうかというほどの摩天楼、見たこともない建築材や宙に浮いて光り輝く大量の異界の文字であった。

 

「これほどの文明、技術を持った国がこの世に存在するとは」

 

 帝国を超えた技術を持つ文明は少なくはない。精霊術に秀でたエルフや優れた建築・鍛造を行うドワーフがその例である。しかし……。

 

「事前の調べではここの住民は軟弱で怯懦と聞いていたが、これでは考えを改めねばならぬかもしれぬな」

「しかし、今に至るまで反抗の様子がほとんどありません。ここは一気に攻め滅ぼすのも手では?」

 

 そう具申するのは将軍の副官。彼もまた長年の部下であり、意見に反して不安をぬぐい切れていなかった。

 

「おまえも考えているのではないか?何かがおかしいと。これだけの文明や技術を持ちながらなぜ反抗してこない?かつて征服した非力な種族も手痛い切り札を残していた。奴らも同じかもしれん」

 

 そう考えると将軍は、部隊に警戒を緩めないように伝える。

 

「全軍警戒を厳重にせよ!!一人残らず降伏させるまで気を抜くな!!慎重に進め!!」

 

 だが全部隊に進軍を通達したその直後、逃げた住民の追撃部隊がいる方向で轟音が鳴り響いた。

 

「はじまったか……、全軍陣形を崩すな!!たとえ未知の軍隊であろうとも、冷静に対処すれば恐れるものではない!!」

 

 そして将軍は進軍を再開した、その先の揺るぎないはずの勝利を信じて。

 

 

 

 

---------------------

 

 

 

 皇居桜田門前

 

「押さないで!誘導に従ってください!」

 

 皇居への避難誘導を開始した当初、皇居警察が内部への避難を渋っていたが『偉いお方』の鶴の一声で避難が可能になった後。

 警視庁からの通信を受け、皇居前にはSATや特別警備隊などをはじめとした警察各部隊が集結し始めていた。

 

 

「伊丹三尉、住民の四分の三の半蔵門からの脱出が完了しました」

「わかった。それと、どこが一番だ?」

 

 伊丹が警官に訪ねているのは、自衛軍の応援部隊のことである。

 

「もっとも近いのは市ヶ谷から五機、練馬から一連隊です」

 

 そうしている内にも敵はすぐ近くまで侵攻してくる。

 警察側の配置が整う。暴徒鎮圧用の完全装備で武装した各部隊が陣形を整える。前列に義体使用者や強化外骨格を装備した部隊、後方には狙撃や支援の部隊が配置される。

 

 

 『二重橋の戦い』『銀座防衛戦』。後にそう呼ばれる戦いが、今始まろうとしていた。

 

 




用語解説

『強化外骨格』
人工筋肉や電動アクチュエーター等を用いて作られた、いわゆる『強化服』。その意味は広く、戦闘用の全身装甲型のものに始まり、極地作業用や一般家庭用など様々なものが存在する。明確な工業規格は存在しないが、一般的に『人間の動作を補助するもの』『パワードアシスト等の動作の強化拡張』が特徴として挙げられる。
(元ネタ:多すぎて不明)

『シェルター』
過去の核事件以降、日本各地に設置された対災害施設。強固な防壁と大規模な人数の収容、最大人数で一か月もつ物資の備蓄を持つ。欠点は奇襲等への即応性に欠けること。
(元ネタ:オリジナル)




うーん、なんかレイバーとか戦術機みたいなのを入れたいがどれにすりゃいいか。さすがにこれを全部ぶっこんだら世界観が破綻するし。後付けねつ造設定を入れてもいいが元ネタファンの人怒るだろうなぁ。


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第二話 銀座事件 終息/終わりは斯くも唐突に

最初に一言。

マジすみませんでしたぁぁァァァアァァァァァァ!!!!!

いやほんとごめんなさい。今回あれを入れるにおいて元ネタからの大幅な乖離、独自設定の追加は避けられませんでした。今回はマシですが、今後登場させると無視できないレベルの改変が発生することをお許しください。本当に今回投稿するか半日くらい悩んでたレベルです。




全てはエロスのために。

2016/08/23
指摘された誤字修正しました


 かれは若くして竜騎士となった男であった。経験は熟練の騎士には劣るが、その槍の冴えと飛竜を駆る技量は他の同期達の追随を許さぬほどであった。

 彼はこの遠征に選ばれた当初、辺境の地への遠征などという泥臭いことに不満を感じていた。しかし知ればそこは未知の敵が住む国、そこで多大な功績を挙げればきっと素晴らしい栄誉と地位が約束されるだろう。例え未知の敵であろうとも、自分と相棒ならば打ち倒せる。そう信じていた。

 

 

 だが、その希望は敢えなく潰えることとなる。

 

 

 最初こそ彼と、彼が所属する軍は快進を続けた。逃げ惑う敵国の民を串刺しにし、街を蹂躙し続けた。異世界の国は物珍しい物が多く、飛竜の上からみる景色は格別であった。

 上空からの警戒に少々飽き、そろそろ腕の立つ戦士でもいないかと見回していたときであった。

 

「なんとこれは……。くくっ、名を上げる獲物に相応しいな」

 

 彼が見つけたのは、巨大な黒い動く物体であった。その大きさは飛竜以上、伝説の炎龍にすら匹敵するのではないかと言うほどの物であった。

 

「竜か鳥か、あるいは今だ知らぬ怪物か。とは言えこれだけでかい図体、討ち取ればさぞ功績になるだろうな!ーーハァ!!」

 

 一直線に飛竜を駆る。さあ敵はどうする、炎を吐くか水を吐くか、あるいはその巨体で襲い掛かるのか。まだ見ぬ敵の攻撃に身震いする。高揚感と共に槍を掲げ、その大きな腹に槍を突き立てーーーー。

 

「…………………………………………………えっ?」

 

 一瞬の出来事だった。いつもは素直に従うはずの相棒が、突然自分の指示を無視して方向を変えた。その事を彼が把握するより早く、身体中を衝撃が襲う。何が起こったかわからず体をみると、右半身の半分が無くなっていた。なんだ、何にやられた?彼がその疑問も痛みも感じるより早く、衝撃が彼の意識を刈り取った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「目標沈黙。次目標了解、照準変更」

 

 重い音を立てて薬莢が地面に落ちる。落ちていく敵が活動不能になっているのを確認し、重い銃口を次に観測手が指示した目標へ向ける。

 銃を持つのは人間ではない、しかしそれを動かしているのは人間である。人間より遥かに大きく、それでいて人間のように細かな動きを行う巨人。

 

 『戦術歩行戦闘機』略称『戦術機』。元々は作業用に開発されていた強化外骨格に武装を施し、人間に扱えない兵器を歩兵に使用させたのが始まりであった。この戦術はかつては閉所などの限定状況下などで使用されるものであり、航空戦力が整った屋外での使用はほとんどなかった。しかし、核事件以降その戦術は一変した。

 対空防衛システム『ヤタノカガミ』の登場である。現行の狙撃システムとしては最高峰の精度と拡張性を誇る代物である。本来は弾道ミサイル等の超高高度からの攻撃を迎撃するための戦術リンクシステムであったが、通常の対空迎撃へも用いられた。その命中精度はこの時代においても異常といわれるほどであり、捕捉された戦闘機が五秒で撃墜されたほどであった。無論その性能を最大に生かすためには専用の演算装置や衛星や観測手等の補助は必須である。だが、それを差し引いても『ヤタノカガミ』の性能は既存の戦術を一変させるには十分な性能であった。その結果従来の航空戦力や大陸間弾道兵器を用いた戦術は見直しを余儀なくされ、現在のようにまず地上戦力を用いた制空権の確保が行われるようになったのである。そのため、地上において航空兵器が使用できるまでの代替となる兵器が開発された、それが『戦術機』の発展の始まりである。その高い汎用性を生かし、戦術機は戦場において活躍してきたのである。

 

「目標沈黙。……やけにあっさり処理できるわね。」

 

 飛竜を打ち落とした戦術機の操縦士であり、敵の空戦力を打ち落としていた彼女――コールサイン『フェンサー06』はそうつぶやいていた。

 この時代、航空戦力があっさりと無力化されることは珍しいことではない。疑問に思ったのは敵が異様なまでにあっさりと空中の戦力を打ち落とされていったことである。『ヤタノカガミ』配備直後ならばともかく、今の時代に地上や衛星のシステムに対し何の対処もせずに航空戦力を飛ばすことなどまずありえない。それゆえに彼女はこの状況に疑問を感じたのである。―――陽動作戦、あるいは別の何かか……。そして彼女の疑問は正しかった。そう、相手がこの世界の軍隊ならば。

 ところでこの世ではごくまれにではあるが、当事者は真剣にやっているのにはたから見れば喜劇にしか見えないような事態が発生する。この場合もそれに該当するのだろう。フェンサー06の名誉のためにもう一度言っておくが、彼女の疑念はあって当たり前のものなのである。最大の問題があるとすればそれは相手が異世界の、それも対空迎撃という概念を持たない軍であったことである。当然であるが彼女は門の向こう側の敵とはこれが初の接触であり、故に敵がどのような戦術で動いているのか知らない。早い話が敵を過大評価しすぎちゃったのである。敵の能力が不明であるため万全の状態で迎撃態勢を整え何が起こってもおかしくないと最大限に警戒していると、今度はその敵が拍子抜けするようにかかってくれるのだ。変な疑問を持ってしまうのも当然といえるだろう。そして、想定外にさらに想定外の事態が重なった以上余計に警戒を緩めるわけにもいかない。

 こうして片方はあるはずのない地雷を探し、もう一方は何が起こっているのかわからないまま網に頭から突っ込むという何とも言えない光景が発生してしまったのである。当事者たちの名誉のためにもう一度言うが、これは様々な原因が招いた結果であり、彼らには一片たりとも非はないのである。

 

「本部から通信?……S-106小隊をこのブロックの警戒に残して残りの戦力は皇居桜田門に集結せよ。……なるほど、そういうことね」

 

 彼女が確認したのは、現戦域の敵がリアルタイムで反映される戦域マップである。これにより現戦域で活動する敵をリアルタイムで共有することができるのだ。そして現在の戦域マップ上の敵は、そのほとんどが皇居前に向けて進軍していたのである。そして彼女は知らないことではあるが、現在桜田門外では警察と、一人の自衛官が戦っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 皇居桜田門付近

 

 重い銃撃音が絶え間なく響く。腹の底へ響く一つ一つが敵の身体を撃ち抜き、その命をもぎ取っていく。すでに凱旋濠も桜田濠も死体で埋め尽くされ、美しかった景色は血で染め上げられていた。

 

「くそッ!!予想はしてたが数が多すぎる。いったいどんだけいるんだよあいつら……」

 

 借りた89式5.56mm小銃を構えながら伊丹は毒づく。それほどまでに異常な数の敵が押し寄せてきているのである。

 すでに交戦開始からそれなりの時間が経っている。もうすぐ増援は到着するだろうが、こちらも相当疲弊している。

 そして何より、装備の火力が足りないのだ。人間型の敵はともかく、オークやトロルを止めるには5.56㎜では火力が足りないのである。

 

「あー、大口径主義のあいつらの気持ちが少しわかったわ。それといまだに現役なんだなこの銃、ほんとすげーわ」

 

 義体が一般化する今、それに合わせた装備の更新も行われている。そんな中で生き残ってきた89式に伊丹は素直な敬意を表する。現在では霞のように消え去ったどこぞのキング・オブ・バカ銃とはえらい違いである。

 

「とっ、アホなこと考えてる場合じゃない。このままだと消耗戦だな……」

 

 現在桜田門には警視庁や皇居警備隊からの増援でそれなりの戦力がそろっている。しかし……。

 

「籠城戦になれば精神的な疲労も大きいからな」

 

 ここにいる人間の全てが殺し合いに慣れているわけでは無い。中には実戦が初めてのものもいるだろう。余裕はあるが気は抜けない、そんな状況である。

 強化外骨格に装備された20㎜リボルバーカノンが空に向けて火を噴く。『ヤタノカガミ』に対応した装備ではないため照準精度は劣るがそれでも放たれる火力はすさまじく、降下してきた竜騎士を肉片に変えるほどの威力を持っている。本来人間の手では扱えない兵器も扱えることこそ強化外骨格の利点の一つである。

 

 そして集まってくる敵の数が通りいっぱいにあふれ始めたころ、それは起こった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 基本的に作戦や部隊武装を展開する場合、必要となってくるのが敵のEEI(情報主要素)である。「どこにどんな敵がいるか」、「どれだけの戦力を配備すれば勝てるのか」その情報が必要となってくる。……しかし、今回に限っては「どんな敵であるか」というのはあまり参考にはならない。なぜなら敵は正体不明、どこの存在かすらもわからない敵であるからだ。しかし、敵がどんな装備をしているのか、あるいはどれだけの脅威を持っているかはある程度交戦すれば判明する。それゆえに作戦本部は今回の件を現有戦力で対処可能であると判断し、銀座付近の戦力に対して皇居前への集結命令を出した。

 作戦は皇居桜田門前に集結する敵勢力を挟撃するもの。幸いというべきなのかほとんどの敵勢力は皇居前に向かって侵攻しており、そこを叩けば一気に敵勢力を減らせるだろうというのが狙いである。

 

 そして、日本側による反抗が開始された。

 最初に気がついたのは誰だったのか?桜田門を囲む軍勢の内後方に位置していた兵士だろう。彼の耳に今まで聞いたこともなような轟音が聞こえたのである。無論ここに来てからは絶えず不思議なものを目にはしていた。しかし、今回はそれらを超えてさらにまずいものが迫ってきているような気がしたのだ。隣の仲間はいかに戦果を挙げるかに気を取られて気が付いていない。しかし、彼には昔似たようなものに襲われた記憶があった。そのときは死に物狂いで逃げ、必死に命乞いをして助かった、しかし次も同じ保証はない。少し逡巡したあと、彼は一目散に駆け出した。仲間の制止を振り切り建物の中へ逃げ込む。それが、彼とほかの兵士たちの命運を分けた。逃げ込む直後、彼は後ろを振り返り自分が正しかったと確信した。その目に映ったのはすさまじい速度で軍へ迫る巨人たち。そう、戦術機による増援であった。

 鎧の兵士や異形の怪物たちがひしめき合う皇居前内堀通り。鬨の声や方向で埋め尽くされた魑魅魍魎の群れの中へ、それらすべての音を塗りつぶす様に爆音が鳴り響いた。

 戦術機隊による掃討である。

 ひしめき合う敵の群れへ36㎜チェーンガンが叩き込まれる。それは今まで放たれていた火力の比ではない。棒立ちの敵はもちろん、オークの背後に隠れようとする敵も、盾を並べてしのごうとする者も瞬く間に殲滅していった。上空からこれを止めようとする飛竜は次々と後衛の狙撃部隊に打ち落とされ、あっという間に全滅していった。

 それだけではない。到着した歩兵部隊や機甲部隊からも銃撃が放たれる。

 敵側も投石機や弓矢などの武器で応戦するが、攻城兵器のほとんどは先制攻撃によって破壊され、放った弓矢もそのほとんどが届かない。もし届いたとしても、その巨体を傷つけることなどできはしないだろうが。

 運よく銃弾を受けなかった者、まだ歩けるものは必死にその場を離れようとする。彼らに理解できたことは自分たちが一瞬で窮地に立たされたこと、このままいれば自分も目の前の巨人に同じように殺されるであろうということだった。あるものは自分たちが追い込まれたことを信じられずに立ち尽くし、またあるものは目の前の巨人へ神に祈るが如く命乞いを始める。少し前まで隣にいた仲間が柔らかい音を立てて血や脳漿をぶちまけ、不幸にも死にぞこなった者が赤黒い血だまりの中で痙攣し続ける。皇居前の三叉路には無数の兵士の血や臓物で出来た絨毯と、放心して立ち尽くす生き残りの兵士のみが残されていた。彼らには目の前のものが何なのかわからない。ただ、それが絶対に怒りを買ってはならぬものであること、自分たちが何かとてつもなく恐ろしいものの怒りを買ったことだけは理解できた。

 そうして動くものがほとんどいなくなったころ。部隊長の号令で銃撃を停止すると、上空に待機していたヘリから次々と隊員たちが降下を開始し、残った敵を拘束し始める。通常の人間であろう敵は生身の隊員が、オークやトロルのような異形はサイボーグや強化外骨格をまとった隊員が行う。桜田門で迎撃を行っていたものたちも加わって速やかに拘束は終了した。

 軍隊は動き始めるは遅いが、いざ動き始めると迅速に行動して目的を達成する。まさに今回の戦いはそれを象徴するものであった。最初こそ主要機能中枢にダメージを受けたために指揮系統や命令が錯綜した結果効果的に対処できなかったが、指揮系統が回復してからは戦力の的確な運用により早期解決を可能とした。

 この戦いにより敵部隊のほとんどが壊滅。壊走したものや皇居へ集結せず各エリアを荒らしまわっていた敵も、追撃によりほとんどが制圧された。いくつかの敵は門の向こうへ逃げ帰ったがその門も制圧が完了し、周囲には調査用のテントや多目的車両が設置され始めていた。

 

 

 飛び去って行くヘリの音と後始末に駆け回る自衛官達の足音を背景に、『二重橋の戦い』は終わりを告げようとしていた。

 

 




用語解説

『戦術歩行戦闘機』
有人操縦型の二足歩行兵器。元々は通常の強化外骨格に武装を搭載して使用していたものが発展し、装甲や武装の増加、内部運動機関等の改良を繰り返した結果誕生したもの。後述のシステムの発達により戦場に出ずらくなった航空機の代替戦力として発達したが、現在ではその運動性と汎用性から兵器として独自の地位を獲得し始めている。…………というのが本作における戦術機の概要で、元ネタの戦術機はその誕生の歴史から少々違うためここでは説明を割愛させていただきます。
(元ネタ:『マブラヴ』およびそのシェアワールド)

『ヤタノカガミ』
核事件以降、大陸間弾道ミサイル等の脅威に対して本格的に対応策を模索する途中、ある兵器生産企業が開発した対空迎撃システム。
当初は戦術機や義体の超長距離への狙撃へ対応したOSとして開発されたものであったが、ある領土防衛戦の際に居合わせた試験部隊がこのOSを用いて敵爆撃機を地上から撃墜させたことで見直され、現在では衛星や演算装置の補助を用いることでほぼ100%に近い精度で航空戦力、および攻撃を撃墜できる総合対空迎撃システムとなった。
また、対空のみならず本来の狙撃用OSとしても使用可能であり、補助を用いなくても優れたOSとして単独使用可能である(もっともその場合の精度は使用者の技量に左右されるが)
(元ネタ:FAでブンドドやってたとき思いついたネタ)



戦術機に関してですが、当然ながら世代が上がるごとに登場が難しくなっていきます。特に武御雷とか出せる気がしねえ……。というかそれのみならず元ネタの戦闘機がこっちの世界だと普通に出てたりするので、名前を借りた全くの別物か、あるいは完全オリジナルの戦術機が出てしまう可能性もありますがご容赦ください。……へたし撃震から変わってきます。
『ヤタノカガミ』完全に中二のノリで作ってその辺にほッぽってたネタを、光線属種の代わりになるよう作り直したものです。というかこうでもしない限り戦術機出せないもん……。
今回は本当に苦労しました。まだ二話目なのにこれだよ……。
それと、コメントでアドバイスをくださった方々、本当に感謝しております。おかげで設定がさらに楽しくなりました。


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第三話 特地突入 夜明けは未だ来ず

「さあ今日も面白い小説のチェックを~♪ん、なんかこの題名見たことあるような……………………」


キェェェエェェェェエ!!アァァァアァァァァアアァ!!ルーキーランキング入っとるゥゥゥゥウウゥゥゥ!!



というわけで頭を殴られたような衝撃というものをリアルで体感しました。
点数つけてくださった、お気に入り登録してくださった皆さん、心から感謝します。ランキングにふさわしい出来に仕上げられているかどうかとガタガタ震えています。

今回からどんどんオリ要素が入ってくるため、そういうのがあれな方は覚悟をお願いします。

追記

2016/08/18
指摘を受けた誤字の修正を行いました。

2016/09/13
ご指摘を受けましたので、一部メカニックの設定を修正しました。


 目の前に広がるのは赤黒く燃え盛る大地。

 地獄のような大気の熱が、保護スーツ越しに頬を焼く。

 

 水を求める声が、親を探してすすり泣く声が聞こえる。

 死体に刺す旗はもう無い。使い果たしてから、これは何体目の死体だろう?

 

 彼が服のようにぶら下げているのは、きっとずり落ちた彼の皮膚だ。

 背負っていた黒く焼け焦げた女性は、きっと呻かなくなった時には死んでいたのだ。

 

 助けた人が死んだのは何回目だろう。

 仮設テントで同僚が泣いている。寝付けずに吐き続ける者もいる。

 

 何度も探して何度も助けられなかった。

 何度も何度も懇願を聞いた。

 何度も何度もなじられた。

 

 

 何度も何故と問い続けた。

 

 

 

 何故、自分達が何をしたのだと…………。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ーーーーッ!?……ぜえッ、はあッ、はッ!!」

 

 声にならない叫びをあげて飛び起きる。が、あたりを見回すと、そこは破壊された街でも救護室でもなく、彼の住む家の寝室であった。

 

「…………はあ。夢か……」

 

 彼――伊丹はベッドから起き上がると、洗面所へ向かう。どうやら同居人はまだ起きてはいないらしい。蛇口をひねるとそのまま水流に頭を突っ込む。晩夏に差し掛かった季節の水道水は冷たく、ぐちゃぐちゃの頭を冷やしてくれる。

 一通り冷水を堪能したあとリビングへ向かうと、机の上に突っ伏したままの妻を見つけた。

 

「……またそのまま寝てる。いくら夏でも毛布くらい掛けろよな」

 

 そういうと、散らばっている電気ネズミが描かれた毛布をつかみ、彼女へかける。イベントもないのに何をそんなに徹夜することがあるのか……。

 

「ま、普通に考えて寝ずらいよな。夜中にいきなり叫ぶ奴と一緒に寝るとか」

 

 まだ外は暗く、出勤までには時間がある。とはいえ二度寝すればおそらく遅刻するだろう。

 久しぶりに飯でも作るか。そう考えると、フライパンと食材を取り出して適当な料理を作り始めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 『銀座の英雄』、『二重橋の英雄』。マスコミや人々は敬意を込めて、本人には甚だ不本意でははあるが、伊丹はそう呼ばれている。

 呼ばれる切っ掛けとなったのは、言わずとも銀座事件が原因である。事件発生後、迅速に皇居への避難誘導を指揮し、多くの人々を救った功績により伊丹は大臣直々に表彰されたのである。

 

「……はぁ。重いんだよなぁそういうの」

「何いってるんですか、大臣から一級賞詞もらったうえ、昇進までしておいて罰当たりですよ?」

 

 そう言ってくるのは、同じ基地に最近赴任してきた倉田武雄三等陸曹である。伊丹とはそういう方面の趣味が合うことから、そこそこ仲がいいのである。

 ここは基地内にある食堂。午前中の課業を終え、倉田と伊丹は昼食をとっていたのだ。

 

「あのね、俺は趣味のために仕事してんの。だから趣味か仕事どっちを取るって聞かれたら迷わず趣味優先なの」

「相変わらずっすね二尉は。それで今のところは?」

「お前それわかってて行ってるだろ……。毎日毎日休日返上で銀座の後始末だよチクショー!」

 

 いくら銀座で活躍したといってもそれはそれ。たとえ英雄様だろうとも出動の連続である。なまじ評価されている分余計に仕事が増えてる気がするのだ。伊丹にとってはもはやいじめ同然の所業である。まあ他の隊員から言わせてみれば一級賞詞もらったうえ昇進までして何を文句言っているのだという話であるが。

 

「ホント同一人物とは思えませんよね。まあそれが伊丹さんの……なんていうか持ち味なんでしょうけど」

 

 かけられた声に伊丹が振り向くと、そこには一人のWAC(女性自衛官)が経っていた。

 肩まである黒髪は束ねて肩から垂らしており、口調に反し快活そうな顔の女性である。

 

「はっきり言っちゃっていいよ~泉。自覚はあるし」

「あら失敬。伝わってました?」

 

 泉二等陸尉、この基地の戦術機大隊に所属しており、狙撃手として活躍している女性である。銀座事件以降、こうして泉は伊丹へ何かと話しかけてくるのだ。

 伊丹の言葉に微塵も悪びれず、泉は彼の隣へ腰を下ろす。

 

「お疲れさん。瓦礫の撤去作業、まだかかりそうなの?」

「今は小隊ごとに交代で作業してます。操縦の訓練になるとはいえ、細かい作業だから神経使うんですよね」

 

 昼食の味噌汁をすすりながら彼女は答える。食べながら肩や首をほぐしてるあたり中々疲れているのだろう。

 

「戦術機も元をたどれば強化外骨格だし、こういう作業にも向いてるんだろうな」

「壊滅的な被害ってわけじゃないんですけどね。それでも大なり小なり瓦礫は出ますし」

「どこもかしこも人手不足ですしね。俺ら普通科の方もこき使われてますし、助けは多いに越したことはないと……」

 

 そういった作業用の機械も当然ある。しかし、やはり早期復興のためにはこういった支援も必要なのである。

 しばらくお互いに仕事の愚痴を言い合ってると、倉田が思い出したように話を切り出した。

 

「そういえば聞きました?銀座の門の前……今は銀座駐屯地ですけど、そこに戦車とか戦術機とかが運び込まれてるらしいですよ」

 

 『銀座駐屯地』、銀座事件のあと、自衛軍は即座に今回の騒動の原因である門を制圧したのである。門の周囲をコンクリートのドームで覆い、周りをフェンスで囲んで通行規制までしていることから、世間ではその様子を『銀座駐屯地』と言っているのである。まあ、調査のためにドローン等による斥候が入っており、そのための施設もおかれているからあながち間違いでもないのだが。

 

「…………おいおい倉田クン?君が何を言っているのか僕にはわからんなあ……」

 

 とぼける伊丹ではあるが、逃がさぬとばかりに泉が追い打ちをかける。

 

「そういえば最近、隊内の一部の義体適用者にイモータル義体の配備が進められているらしいのですけど、…………まあそういうことじゃないんですか?」

「そういうことって何よ!?」

「つまりそういうことですよ」

「…………ふっ。わからんなあ」

 

 相変わらずとぼけつづける伊丹、だが、それに反して泉は少し真面目な声で話す。

 

「『特地特別対策法案』もうすぐ通りそうらしいですよ」

「………………」

 

 その言葉に伊丹は押し黙る。彼女の言葉に少なからず心当たりがあったからだ。

 

「……なんか暗い顔してますね。倉田くんと伊丹さんのことですからよろこぶかなーって思ったんですけどね?ほら、二人とも好きでしょそういうの」

 

 だが、その言葉に対する伊丹の言動はつれない。

 

「つっても今わかってるのは豚とか犬頭の、それもあんまし可愛くないのばっかじゃん」

「ですよねー。こうなんていうか、ケモ耳っ娘とか期待出来たらテンション上がるんですけどね」

 

 謎の軍勢が出現してきた(ゲート)、政府主導で調査を行ったところ、その向こうには広大な、全く未知の土地が存在することが分かったのである。つまり、ファンタジーなどで語られるような異世界が存在するかもしれないのだ。日本政府はこの場所を『特地』と命名し、その特地に関する問題を解決するために『特地特別対策法案』を国会に提出したのである。

 

「なーにそんな湿気たこと言ってるんですか。いるかもしれないじゃないですか喋るライオンとか」

「それって、衣装ダンスを抜けたらそこは雪国でした。ってパターンじゃん」

 

 知り合いの意外なロマンチストっぷりに苦笑する伊丹。だが、確かに望みを捨てるのも性急過ぎるだろう。

 

「もしデカい怪獣とかいたら守ってくんない泉?巨大怪獣と戦うロボットとかお約束でしょ?」

「あはは、もしそうなら私、たぶんやられ役ですよ?」

「射撃徽章持ちが何言ってんだか。マニュアル操作で超長距離狙撃成功させたくせに」

「ヤタノカガミのバックアップ無しでですか?それって……」

「あー、おしまいおしまい!あれはホント偶然と奇跡の結果ですって!!」

 

 そうしてつかの間の休息は過ぎていき、戦士たちはまた任務へ戻っていく。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 数日後、伊丹宅

 

 激しい雨が窓を叩く。突然の豪雨により作業は中止となり、結局その日の課業終了時刻となってしまった。

 痛いほど冷たい豪雨の中帰宅した伊丹は、肩にタオルを掛けながらニュースを垂れ流していた。

 

『当然のことですが、その土地は地図にのっておりません。門の向こうに何があるのか、どうなっているのかは不明です。今回の事件で多くの逮捕者を出しました。今の日本において彼らは刑法による犯罪者、あるいはテロリストとなります。世論では門を破壊せよという声もあります。しかし門がまたいずれ、別の場所へ現れる可能性もありえます。故に我々は門の向こうを日本国内とし、彼の地の調査のため、補償獲得のため、赴くことを決定いたしました』

 

 テレビ画面の向こう、映し出される国会中継の中、現首相北条重則総理の演説が流される。それは、自衛軍を特地に派遣する『特地特別対策法案』が可決した演説であった。

 伊丹は手元にある紙を眺め、そのままベッドに倒れこむ。

 

「決まったんだね、派遣」

 

 部屋の入り口で声がする。それは今伊丹と一緒に暮らしている妻、伊丹梨紗の声であった。

 

「ああ、今度編成される特地派遣隊。その第一波に決まったよ」

「そか」

 

 そのまま彼女は入ってこず、部屋の前に立ったまま話続ける。

 

「特地ってさ、この前の……ああいう化け物がいる場所なんだよね?」

「たぶんな。ああいうの、あそこにはいっぱいいるんだろうな」

「いったらさ、戦いになるかもしれないんだよね?」

「まあ、運が悪ければ。っていうより間違いなくなるだろうな」

 

 しばらく静かになった後、こぼれるようにぽつりとこぼした。

 

「また……、危ないところに行くの?死んじゃうかもしれないのに……」

 

 その言葉を聞き、伊丹は少し返答に迷う。自分は戦うことが仕事であり、命の危険がある場所へ行くのは当たり前だ。それは今も昔も変わらない。

 少し迷った後、伊丹は結局梨紗が何を聞きたいのかがわからずにこう答えた。

 

「大丈夫さ。何かあっても保険金出るし、生活に困ることはないよ。死んだら貯金も使い物にならないしな」

 

 無難な答えだったと、伊丹自身は思っている。だが、梨紗の様子は違った。

 

「そっか」

 

 そうぽつりと呟いて、彼女はリビングへ戻っていった。その時に一瞬見えた彼女の顔は、まるで何かを悟ったような、悲しそうな笑みをしていた。

 

 

 

 

 

 その数日後、伊丹は梨紗から離婚届を受け取った。伊丹梨紗は葵梨紗となり、伊丹耀司は自ら暮らしていたマンションを出て行った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 銀座事件から三か月後、元銀座六丁目交差点。

 かつては車や人が往来していたそこは、今や自衛軍とその兵器が整列していた。

 周囲はフェンスやホログラム投影による交通規制案内で囲まれており、一般車の通行は無い。しかし、封鎖地帯より外は見物に来た野次馬でごった返していた。

 カメラを手に戦車や軍用強化外骨格の写真を撮るもの、報道に来たマスコミ、『戦争法案反対』等のプラカードやホロを掲げる活動家、様々な者が注目する中で、自衛軍による特地突入が開始される。

 総理を始めとした政府高官たちの『お話し』が終わり、今回の特地方面派遣軍総指揮官、狭間陸将が壇上に立った。

 

 「指揮官の狭間である!!これより、門の向こうへの突入を開始する!斥候は何度か行われているが、特地の実態はいまだ不明である。門を越えた瞬間から戦闘がある可能性も覚悟せよ!」

 

 狭間陸将による激励と作戦開始の命令を聞き、隊員たちが配置につく。あるものは軽装甲機動車(LAV)に、またあるものは戦術機用自走整備支援担架や2-42式戦車などへ、それぞれが決められた車両へ乗り込む。

 門を覆うドームが開き、乗車の完了したものから次々と突入していく。運転するもの、乗車するものたちの緊張が最大に高まる。門を抜ければ、即戦闘となる可能性があるのである。

 暗闇の終わりはすぐにくる。門を抜けると、そこは全く別の場所であった。アスファルトで舗装されていないむき出しの地面、そして車窓から見える天候も、昼夜からして異なるものであった。

 号令がかかり、全員が降車する。各隊が地面に伏せ、あるいは倒木などの物陰に隠れる。前方を警戒していた部隊が、敵を発見したのである。

 突入が完了した部隊は三割にも満たない。加えてこちらは罠も、弾除けの土嚢すらも敷いていない状態である。弾幕をかいくぐって接近されれば、完全に無防備となる。

 2-47式機械化歩兵装甲を纏った部隊が前衛に立ち、前方の敵に12.7㎜重機関砲を向ける。

 

 

 

 こうして、特地における特地派遣軍最初の異世界人との接触が開始された。

 

 

 

 

 




用語解説

『2-47式機械化歩兵装甲』
国内製軍用強化外骨格の2047年モデル。12.7mm重機関砲を始めとした高火力武装を装備し、歩兵と連携して運用することを前提に設計されている。そのため爆発反応装甲等の装備はオミットされており、近接戦闘においては他のモデルに一歩譲る。
現在はサイボーグ等の登場で新型のモデルの配置転換が進んでいるが、その高い信頼から未だに運用継続を望む声は高い。在庫処分とか言っちゃダメ、絶対。
(元ネタ:名前、及び兵装はマブラヴ『87式機械化歩兵装甲「MBA-87C」』より参考)

『2-42式戦車』
この時代においてはこちらも旧型戦車であるが、歩兵連携を主とした設計、運用思想のもと開発されている。
そもそも2040年代には『ヤタノカガミ』こそ存在しなかったものの、航空戦力の届かない場所や、無人機の投入が難しい戦場が多く発生していた。そのため、歩兵と連携する、いわゆる全時代に近い兵器が多数開発された。また、その頃はサイボーグの発達も不完全であり、生身の兵士に配慮したものとなった。
(元ネタ:オリジナル)

『戦術機用自走整備支援担架』
戦術機を運搬、及び整備基地より離れた場所で運用するための軍用車両。あくまで簡易的なメンテナンスまでであり、著しく破損した際は撤退するほかない。しかし、戦術機本体の推進剤等を用いずに輸送出来るのはメリットであり、陸上での長距離移動が想定される際に運用される。

『ホログラム』
いわゆる三次元空中投影映像。専用の投影装置を用いて非実体の立体や図形を作り出す技術。実体のある看板などと違い、非実体であるため通行等の妨げにならない。また、映像であるため設定の変更で自由に形を変えることができる。欠点としてはコストがかかること、実体と区別がつかないことである。そのため事故の原因になることも稀によくある。
(元ネタ:色々多すぎて不明。本作ではサイコパスを参考に使用)

『テレビ』
注文すればチョコレートが取り出せる…………かも?
(シラネ)


人物

『泉沙耶』
陸上自衛軍戦術機大隊所属二等陸尉
以前は対馬国境警備部隊に所属し、そこで対空スナイプを行っていた。射撃徽章持ちであり、通信異常によりヤタノカガミが使用不能になった際、補助を受けない戦術機での超長距離スナイプに成功している。
勤務地移転で東京へ来た後、銀座事件にて鎮圧に出動している。なお、本人は童顔であることを少々気にしているもよう。

『伊丹梨紗』
旧姓 葵梨紗、伊丹耀司の妻。
原作と名前が異なるため記述。電脳とか以外は原作とほぼ変わらず。義体化は無し。


人物関連は、あんまり書くとネタバレしちゃうのでこの辺で。兵器の○○式に関してですが、そのまま下二桁を使うと年代があれなことになっちゃうのでこんな感じに。あと、実際の自衛隊に比べて髪に関する規律が少々緩いですが、この辺はあくまで別の組織であるからという感じでお願いします。


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第四話 前夜 未だ知らぬ思い人

海だ!夏だ!今さらだ!

今回はまあ、改変できるとこ少なかったんですよね。
そのため色々不整合な面が出てるかもしれませんが、見ないふりしてそっと教えてください。
いつも感想、楽しく読ませてもらっています。


投稿直後に卿を郷にするミス発覚
ハズイ………………。


帝都元老院議事堂、円形に作られた石造りの建物に、およそ三百人のいかめしい顔つきの男たちがいた。彼らは帝国を支配する元老院議員達であり、今この議会も、まさに帝国のこれからを決めるものであった。

 

 「此度の遠征、大失態でしたな皇帝陛下。帝国の保有する総戦力、その六割が失われたというこの損失。皇帝陛下は一体どのような策をご講じになられるのか?そして、一体どのようにこの国をお導きになるおつもりですかな」

 

 議事堂中央に立ち、皇帝モルト・ソル・アウグスタスへ糾弾の声を上げるのは、元老院議員カーゼル侯爵である。

 

「残りの遠征軍による再侵攻も失敗。兵の殆どが死ぬか捕虜となり、肝心の門とアルヌスの丘は敵に占拠される始末。奴等は今にでも、この帝都へ進軍を始めるやもしれませんぞ」

 

 彼が糾弾するのは、鳩派からの「まず外交交渉をもって敵を探るべし」という意見を無視し、遠征軍を向かわせたことである。

 

「数人ばかりの住民をさらって調べ、敵が軟弱であり怯懦であるなどと決めつけるのはやはり早計でした」

 

 カーゼル侯爵は身分のあまり高くない貴族の出身であり、それゆえに自らの努力により掴んだ元老院議員という職務に高い誇りを持っていた。彼の皇帝への言動の苛烈さには、自らが元老院におけるリベラルの一角であるという強い意思があった。

 しばらく糾弾を聞いていた皇帝であったが、少し息を吐くと、口を開き始めた。

 

「カーゼル侯爵、卿の心中は察する。此度の遠征により帝国の他国に対する軍事的優位は失われた。そして卿らは帝国に服した外国や諸侯が、今に槍先を揃えてこの帝都へ進軍してくると思い、……夜も眠れぬのだろう?」

 

 そうあざ笑うように言い切ると、皇帝は口元に薄笑いを浮かべ言い放った。

 

「…………痛ましいことよな」

「なに、なにをおっしゃる?」

 

 疑念を浮かべるカーゼル候へ、まるで諭すかのような声で皇帝は言葉を続ける。

 

「我ら帝国は幾多もの危機に瀕した際、皇帝、臣民、元老院、女男老人子供そのすべてが……。そのたびに一丸となって乗り越え、更なる発展を遂げてきたのだ」

 

 そう、それこそが帝国の歴史。かつて小国であった帝国が大陸一つを飲み込むまでにした過程を、ここにいる者は皆、誰に言われずともわきまえているのだ。

 

「戦争に百戦百勝など無い、ましてや常勝の将などな。ゆえに此度の遠征の責は問わぬものとする。…………まさかこの危機に、誰がその責を負うかなどということで裁判ごっこを始めるものなどおるまいな?」

 

 その言葉に議員たちからざわめきが走る。

 カーゼル侯爵は内心で舌打ちをした。現場の将帥の責を問わぬとなれば、皇帝の責を問うことも出来ない。上手く責任を逃れたものである。

 苦渋の表情でその場を下がると、皇帝はなおも言葉続ける。

 

「さて、此度の遠征において我々は、選りすぐりの軍勢を差し向けた。兵士に魔導師、怪異、そのすべてが精鋭の中の精鋭であり、それを指揮する将もまた優秀な者達であった。がしかし、遠征軍は壊滅し門のあるアルヌスの丘は逆に奪われた。これが此度の結果である」

 

 そうくくると皇帝は、アルヌス奪還を指揮した老将ゴダセンに、当時の様子を語るよう命じた。

 

「わしらは丘を奪還せんと騎兵を率い進軍した。逃げ延びたもの、侵攻せず控えていた軍、丘の上に構えていた敵兵などとるに足らんほどの数で攻めいったのだ。だが、そのすぐあとに我らは木の葉を掃くか如く叩き潰された。やつらの武器か魔導か、あるいは怪異の技か。パパパッ!という音と共に馬は倒れ、兵士は肉塊と化していた。……わしは何十年と生きてきたがあんなものは初めて見たわ!!わしらが得た情報はそれと、奴等が見たこともない怪異を使役しとるということだけじゃ!!」

 

 その報告に議事堂内が騒然となる。ゴダセンは決して無能ではなく、ここにいる議員達も彼を信用している。それ故に、彼らに与えた衝撃は大きかったのだ。

 議会内に様々な憶測や意見が飛び交う。そのなかで禿頭の老騎士、ポダワン伯がひときわ大きな声で叫んだ。

 

「戦えばよいのだ!!逆らう属国はすべて滅ぼし、その勢いで異世界の軍勢も滅ぼしてしまうのだ!!」

 

 あまりに強引過ぎる意見である。だが、何人かの議員はそうだそうだと野次を投げる。帝国は過去にも似た行為を他国に対して行ったことがあり、それを支持するものも現れる。しかし、同時に非現実的だと非難を叫ぶ声もあり、議事堂内はさらに混迷を極めた。

 

「兵が足りなければ属国から、物資が足りなければその村々から供出させればよいのだ!!いくら敵の技が優れようとも、当たらなければ造作もない、奴等を矢避けにでもして攻め込んでしまえばよいのだ!!」

「ふざけるな!!各地の防衛はどうするのだ!」

「そもそも奴等が従うものか!」

「引っ込め戦争バカ!」

「なにおうこいつめ!」

「ハゲ!」

「汚デブ!」

「○○○の、□□□□が!!」

 

 皆が口々に罵倒や暴言を撒き散らし、もはや乱闘もかくやという有り様となる。いよいよ議論という名の罵りあいが白熱し、誰かが拳を振り上げかけた頃、議事堂内に手を叩く音が響き渡った。

 野次の飛ぶ元老院内でも響き渡る音、その音を響き渡らせた張本人である皇帝が口を開き、議事堂内は一気に静まり返る。

 

「さて、敵は決して貧弱ではなく、強力な兵、あるいは魔導や怪異を保有するかもしれぬ。ゴダセンよ、どのようなものであったか?」

「はっ、我らが見たのは城塞もかくやという大きさの巨人でございました。さらにはその足元にも人とは思えぬ巨躯の異形どもがたむろしておりました。」

「なるほど、それだけの軍ならば苦戦するのも無理はない。しかし、そうといえども放っておけば奴等はじきにこの帝都へ攻めいって来るだろう。故に、余はここに『連合諸王国軍』を糾合する事を提案する!」

 

 その言葉にまた議会はざわめく。『連合諸王国軍』とはかつて帝国と諸王国が、異民族へ対抗するために作り上げたものである。

 

「しかし陛下、諸王国が素直に従うとは……」

「なに、大陸全土が狙われているとでも伝えれば、彼の者達も動かざるを得ぬだろう」

 

 カーゼル侯は皇帝が、一体何を目的にそれを提示したか思い至り、そのあまりの考えに血の気が引いた。

 

「へ……、陛下。アルヌスの丘は、人馬の骸で埋まりましょうぞ」

「なに、余としてもこの戦の勝利を期待する。しかししかし、敵はそれだけの強大な軍、いかに連合諸王国軍とて苦戦は免れまい。そして…………、万一に甚大な被害が出れば、それはとても悲しいこと。力を失った国々には、それらを統べるだけの勢力が必要よなぁ」

 

 そう、皇帝はアルヌスへ攻めいるためだけに連合諸王国軍を糾合するのではない。彼らが異世界の軍を打ち破ればそれでよし、万一敗北しても、帝国に翻意を持つ逆賊の芽を摘むことができるのだ。それも帝国が血を流すこと無くである。

 彼ら鳩派はその事に絶句し、生け贄となるであろう諸王国軍の身を心の中で案じた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

特地、門周辺地域

 

 特地にて門周囲の安全を確保してから早数日。特地派遣軍は施設科の隊員を中心に、今日もフル稼働で拠点構築にいそしんでいた。作業用の機材が唸りをあげ、資材を担いだ隊員たちが駆ける。そんな中、陣地防衛を担当する第五戦闘団所属となった伊丹は、終了した警戒任務を引き継いで、休憩に入っていた。

 

「があぁぁぁぁぁあ!つっかれたぁぁぁあぁぁぁ!!」

 

 警戒任務である以上、常に集中をしていなければならない。無人機等の発達により敵影の発見は簡単になったが、それでも最終的には人の眼が必要となるのだ。伊丹は無人機の操作の担当ではないが、それでも自分たちの初動が防衛に少なからず影響する以上、下手に手を抜くこともできないのだ。結果彼にはらしくないことに、真面目にやらざるを得ないこととなったのである。

 

「ほんと人は選んでほしいよ。よりによってなんで一番ちゃらんぽらんな人間に任せるのかなあ……。おかげで同僚から気持ち悪いもの見るような目で見られて、最後なんて『おまえ、もうすぐ死ぬのか?」、みたいな顔されたしさあ……」

「それだけ頼りにされてるのでは?それに、なんだかんだで仕事はしてたみたいですし?」

「疑問形だねぇ……」

 

 彼の隣には泉が座ってコーヒーを飲んでいる。彼女も偵察行動が終了し、休憩に入っていたのだ。

 

「なあ、泉さ……ちょっといいかな?」

「なんです?」

 

 疲れのせいか、死んだ目で遠くを見つめる泉に、伊丹は先ほどから気になっていた問いを放つ。

 

「いやまあすぐに任務があるのはわかるから着替え云々は言わないからさ。けどね……、せめて隠すとかしないの君?」

 

 伊丹が指摘するのは、彼女の格好のことであった。

 通常戦術機のパイロットは専用の強化装備が支給され、これを着用しなければならないのである。これは使用者の生命維持機能や耐衝撃、間接思考制御に必要なものであり、そもそもこれなしでは戦術機の機動に耐えられず、操縦すら危ういのである。それだけ優秀な装備であるのだが、一つだけ問題があった。

 そう、それは身体のラインが丸見えになってしまうということである。仕様なのか何なのかは知らないが、素材として使われているのは極薄の特殊保護被膜であり、身体のラインがもろに出てしまうのである。無論これには事故率の高いが故の負傷個所の早期発見などの理由があり、断じてセクハラなどではない。そのため、養成課程においては羞恥心の鈍化などがある始末である。

 しかし、そんな訓練なぞ受けていない普通科の隊員からしてみればたまったものではない。むさい筋肉野郎ならともかく。若い、それも身体つきの良い女性であれば尚のことである。事実、通りかかった隊員の何人かが、前屈みになりながら通り過ぎて行ってるのだ。

 

「あー、うん。もうなんていうか、いちいち取りに行ったりするの面倒でさ。どうせまたしまいに行かなきゃってならもうこのままでいいかなって。何かが減るわけでもないですしー」

「あー、そう。そっちもお疲れー」

 

 少なくとも女性としての何かが減る気はするのだが、この様子だといっても無駄だろう。何より任務明けで疲れている伊丹には、その気持ちが少しわかってしまうのである。普段の敬語もかなぐり捨ててる当たり、相当疲れているのだろう。

 

「しかし敵さんも大概だねえ。えーと、一昨日で何回目だったっけ?」

「三回目……、ですね。人型の敵に限定すればの話ですけど」

「確か概算で敵の死者六万人だってさ。一度目と二度目は正面、三回目は夜襲、敵の方も徐々に学んでいるようだけど、明らかに犠牲の方が多い。……ちょっとした都市一個分の人口がなくなってるんだよ。これで一体敵さんはどうするんだか……」

 

 伊丹が考えるのは、敵の殉死者の数である。現代日本においても六万という人数は尋常ではない。ならば全く違う世界である向こうの国はどうなのか?わからないが、少なくとも尋常な被害ではないだろう。例として東日本大震災の死者数が約1万人半であることを思えば、どれだけ異常かがよくわかる。

 

「死体の中には、まだ子供くらいの容姿の奴もいたし。もしそういう種族とかなんじゃなくて本当に子どもだとしたら、それこそ子供を戦場に出す国なんていよいよ末期だろ?」

 

 大の大人ならともかく、子供の死体を回収して埋葬するのは気が滅入る。と伊丹は加える。

 死体は放っておけば疫病等の事態を引き起こしかねなく、また隊員の精神衛生的にも悪い。現在の伊丹たちの仕事には、この防衛で死亡した敵兵士の埋葬も含まれているのだが、これが中々面倒なのである。何せ派遣軍全員の数倍の人数が存在し、埋葬に割ける人数もそう多くないのだ。なにより無人機等に任せるのは倫理的にまずい。そのため、手の空いてる自衛官が交代で埋葬作業に当たっていた。

 

「敵が自分でやってくれればいいんですけど、全滅しちゃってますからねえ。そういやその件を受けて、いくつかの深部偵察隊が作られる話も出てましたっけ?」

「あー、そういや倉田がケモ耳っ娘探しに行きてー、って話してたわ。冗談はともかく、確かにこんな様子だと敵の情報の調査は急務だよな」

「それだけじゃなく風習や宗教なんかも、賠償にしろ和平にしろ、そこのとこを知ってなきゃ話になりませんからね」

「もしできたら大変そうだよあ。何せ言葉もほとんど通じないんだから」

 

 そう、現在に至るまで、敵言語の完全な解読は未だできていないのである。勿論、ある程度の解読は進んでいる、片言な意思疎通であれば可能だろう。しかし、成功したはずの翻訳が間違ってるかもしれず、それを証明するには実際に使うしかないのである。しかし、情報源である敵の捕虜とは未だに上手くコミュニケーションが取れず、間違ったまま使用すればすれ違いからの争いを招く恐れもある。そのため、早期の文化調査が望まれるのだ。

 

「そう言ってると、伊丹さんに命令が来るかもですよ?」

「俺にぃ?まっさかあ」

 

 そう言ってからからと笑う。そうして話してるうちに時間が経ち、二人の戦士はまた元の戦いへ戻ってゆく。

 

 

 

 

 

 伊丹が直属の上官である檜垣三佐に、深部情報偵察隊の第三偵察隊隊長を命じられ、フラグの重要性を嘆くのはもう少し先の話である。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 栗林志乃二等陸曹は人間兵器である。それが、彼女の所属していた自衛軍体育学校内で共通の認識であった。

 『義体殺し』『栗林殺法開祖』『鋼の女』、様々な名で恐れられていたのはひとえに、彼女の白兵戦での強さが所以であった。かつて脱柵が起こりその追跡任務を受けた際、彼女は追跡対象である義体化しているはずの自衛官を、なんと素手で無力化したのである。脱柵した自衛官は決して無能ではない、訓練でも優秀な成績を残しているものであった。彼が脱柵したのは、やむにやまれぬ事情あってのことであったのだ。そして、現在の軍用義体は、出力も耐久性も、生身の人間をはるかに凌駕する。ここで知っておいてほしいのは栗林が、電脳以外の一切の義体化処置を行っていないという点である。強いて使用したものといえば、拘束するための電脳錠くらいであろう。それ以外は一切、武器はナイフすら使用せずに完封してしまったのである。

 そんな栗林が特地派遣を志願したのは、やはりというか強いものにあこがれてのものであった。

 彼女はかつての上官をして、「奴はただの脳筋ではない。頭のすべてを殴るために思考する、考える脳筋だ」と言わせるほどである。なまじほかの脳筋と違って、深く考えたうえですべて殴るを選択するからタチが悪いのだ。

 それゆえか、自衛官になったのち彼女が行った思考は、後に友人たちを絶句させるものであった。

 

「自衛軍とは強い男たちがいる場所だもん。なら私も強くならないと結婚だってできないよ」、と。

 

 そんな意味不明な思考の結果、気が付けば彼女は求婚どころか畏怖の視線を向けられる存在となっていた。勿論栗林自身も、その程度で尻込みする男など論外である。それ故に彼女は、更なる強い男を求めて最前線へとやってきたのである。

 そんな彼女が、『二重橋の英雄』と呼ばれる人物。伊丹耀司に興味を抱くのは当然であった。

 

「ふふっ、どんな人なんだろうなあ……。伊丹隊長♪」

 

 そして彼女は今、願いが叶いあの憧れの『二重橋の英雄』が新しく率いる、第三偵察隊の一員に抜擢されたのだ。このときの栗林の顔は、まるで意中の男性に告白されたような乙女の顔をしていた。その時の様子を見ていた檜垣三佐が、彼女の様子を哀れむかのように見ていたことも、栗林は全く気にならなかった。

 

 「ふんふんふふーん、ふんふふーん」

 

 鼻歌すら交え、殆ど上の空で歩いていた彼女が人とぶつかるのは、ある意味で自然だったかもしれない。

 全面に衝撃が走り、栗林の思考は現実へ引き戻される。

 

 「ーーうわぁっ!ごめんなさい。怪我はないですか?」

 

 憧れの自衛官に出会ったとき何を話すか、どんな質問をするか考えていた栗林は、前からヨロヨロと歩いてきた人間に気が付かなかったのである。

 これがいざこざの英訳を冠するギャグ漫画などであれば、栗林の凶器にすら喩えられる乳は揉まれ、相手が血祭りにあげられるであったろうが。今の栗林にそんな隙はない。

 幸い向こうも大したことはなかったらしく、少しのけぞっただけであった。

 

「……ん?ああ、そっちも大丈夫かい?」

 

 栗林が激突したのは、壮年の自衛官であった。風貌はお世辞にもかっこいいとは言えず、死人のようにも、お通夜のようにも見える雰囲気のせいで余計にそれが際立つ。だが、栗林が注目したのはもっと別の場所であった。

 これだけのやる気の無さでありながら、栗林と正面から激突し、少しのけぞっただけであった程度で終わったことである。

 

(義体適用者ね、間違いなく)

 

 栗林は全身生身であるが、義体に理解がないわけではない。手足を失った人間の悲しみを、彼女はよく見てきたからだ。

 だが、それ故に彼女は安易に義体化するもの、或いは義体の性能に胡座をかく者へ嫌悪を示していた。それは、自身が義体を素手で倒せるほど強くなって、さらに増していたのだ。なぜ努力をしないのか、なぜ機会を無駄にするのか、全身義体の隊員たちが怠けている姿をみると、栗林はいつもやり場のない怒りに襲われるのである。

 それ故に目の前の覇気のない男に対して、ある意味で理不尽とも言える怒りをとっさに抱いてしまった。

 いつもであれば冷静な判断が出来ただろうが、今の彼女は人事のことで少々舞い上がってしまっており。咄嗟に説教を初めてしまった。

 

「あなた……、もしかして義体適用者でしょう?」

「………?まあ、そうですけど。それがなにか?」

 

 その言葉に、やはりと栗林は形のよい眉を吊りあげる。

 

「………やっぱり!なんなんですかその覇気の無さは!?疲れたなんて言葉受け付けないわよ!!」

 

 突然のことに動揺する男性。しかし、栗林はなおのこと続ける。

 

「だらしないわね、仮にもサイボーグなんだからもう少し頑張りなさいよ!そうやっていつもいつも努力するべきときにしない奴を見てるとイライラするのよ!!」

 

 サイボーグだから。普段の栗林なら絶対言わないような言葉まででてくる。それはなにも、舞い上がっていたからだけではない。

 栗林はこの特地に来るまで、派遣軍に尊敬に近いものを抱いていたのだ。正体の知れない敵であろうとも、自らの危険を省みること無く戦う姿勢に感銘を受けていたのだ。そのため覇気のない同僚の姿を見ると、自分の希望は馬鹿だったのではないのかと思ってしまったのである。無論それは身勝手な希望であるし、その事は栗林自身がよくわかっていた。だが、割り切りというのはそう簡単に出来るものではない。

 そうして栗林の説教はどんどん白熱していきそして…………。

 

「もし、もしもこれが『二重橋の英雄』だったら……」

 

 そう続けようとして、栗林ははっと我に帰る。自分が『二重橋の英雄』のことを語るなどおこがましいこと、先程から様々な失言をしたことに気づき、徐々に顔が赤くなっていく。

 

「ええと……」

 

 気まずい沈黙のなか、さっきまで栗林の罵声のような説教を受けていた男が声をあげる。

 

「……その、『二重橋の英雄』っていうのは……」

「ごっ、ごめんなさいぃぃぃぃいぃぃ!!」

 

 その場にいることができず、栗林は一目散に駆け出していった。説教気取りで暴言を吐いたこと、ろくな謝罪もしなかったこと。穴があったら入りたい、いっそ穴があったら入りたい衝動に駆られ、その日の栗林の課業は失敗続きであった。

 

 

その夜

 

 

 栗林は簡易官舎のベッドのなかで一人、打ち上げられた魚のように悶絶していた。その様子は、一緒の官舎の住人が皆、気味悪がって近づかないほどであった。

 

(うがぁぁぁぁぁあぁぁあ!!やっちゃったやっちゃったやっちゃったぁぁぁぁぁ!!)

 

 内容は当然自己嫌悪、今日の日中のあれである。確かに栗林は怠ける隊員が、特に伸びしろがありながらそれを棒に振る人間が嫌いだ。だが義体化するのは何も自分の意志でだけではない。人によってはやむを得ず、全身を義体化した人間もいるかもしれない。その例を自分は見てきたはずなのに、そのことを忘れて暴言を吐いてしまった。それが、栗林にとっては何より許せなかったのだ。

 

「ううぅ……、最悪だぁ。私最悪の人間だぁ……」

 

 課業終了後も結局謝る相手は見つからず、こうしてベッドで悶絶する他無かったのである。

 そうしてベッドでのたうつのやめて少しした後、彼女に声をかける女性がいた。

 

「栗林二曹、落ち着かれましたか?」

「……ん、クロ。どうかしたの?」

 

 彼女は黒川二曹、栗林と同じ第三偵察隊に配属されたWACである。

 

「よろしければ何があったか、ご相談に乗りましょうか?」

「え……?」

「一人で悩むよりも誰かに聞いてもらった方が、案外解決しやすいかもしれませんよ?」

 

 栗林は少し迷う。なぜなら、これは自分の壮絶な自爆だからである。しかし、一人で悩んでいてもどうにもならないのも事実だ。

 

「わたくし達は同じ隊です。だから、私になら相談しやすいかとおもいまして……」

「そっか、…………うん、ありがとうクロ」

 

 そうして、栗林は黒川に自分が思い悩んでることを話す。しばらく何も言わず聞いていた黒川は、話し終わった後に少し考えたのち、口を開いた。

 

「まあ、ほぼ全面的にクリが悪いですわね」

「でしょうね……」

 

 遠慮なくぐさりと刺さる一言であった。

 

「ですがまあ、名前を知らないのでは謝ろうにも何もできないでしょうね」

「そうなのよね。あとわかっているのはたぶん全身義体ってことくらいかな……」

「どうしてわかるのですか?」

 

 黒川は首をかしげる。確かに現在は技術の向上で、ぱっと見では人の義体率というのはわかりづらい。それこそ見た目が意図的に変わっているのでもなければだ。

 

「一応あの時、それなりの大きさでぶつかったの。それこそ驚くくらいには。それでこけるどころかゆっくりとした反応しかしないなんて、それこそ全身義体か、それに近いくらいの義体化率だろうし」

 

 かなり暴力的ではあるが、一応栗林の意見は理に適っている。そして、相手が全身義体ということは……。

 

「なるほど、もしかしたらその方、見つけられるかもしれませんわ」

「----っ!?本当!!」

「ええ、腕や足だけ、あるいは複数の部位という方は多くても、全身義体となればやはり限られてきます。それでも数千人以上はいるでしょうが、その時勤務外だった自衛官を当たれば、調べはつくかもしれません」

「そっか、ありがとうクロ!!やっぱり話して正解だったよ!!」

 

 今にも黒川に抱き着きそうな顔をして喜ぶ栗林。どうどうとなだめつつ黒川は続ける。

 

「ですが、明日からは偵察任務もあります。調べるのはしばらく日が経ってからになってしまいますね」

 

 その言葉に、栗林は一気に萎れる。

 

「そっか……、そうだよね。大丈夫かな……」

「何の報告も呼び出しもないのなら、向こうが忘れてしまっているかもしれませんわね。少なくとも、すぐに謝らなければということは無いでしょう」

 

 そういう黒川に、そういうことじゃないんだけどなー、と答える栗林。

 

「はあ……。うん、よし!とりあえず明日からは切り替えよう!!うじうじしていても仕方ないしね」

「そうですわ。では、明日からよろしくお願いしますわね」

「まかせてよ!!」

 

 時計を見れば、もう直ぐ消灯時刻である。明日のために備え、二人はすぐに寝ることにし始めた。

 布団の中で栗林は彼のことを思う。

 

「『二重橋の英雄』伊丹耀司、………いったいどんな人なんだろうなあ」

 

 栗林は頭の中で、精悍かつ屈強な軍人を思い浮かべ、夢の世界へ旅立っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「うっひょう、これ欲しかった新作の同人誌じゃん!!」

「手に入れるの苦労したんですよ。会場設営手伝って、サクチケ譲ってもらったんですから」

「うおお……、まじかよ。なあ!なあ!これ少し借りていいか!!」

「構いませんけど……。そうだ伊丹二尉、確か『めい☆コン ドキドキ!!愛と魔法のクッキング』の限定版持ってましたよね?」

「……知っていたか。よし!ならそれで手を打とう!!」

「うっしゃあ!!」

 

 お互いに手をがっしりと握り合い、不敵な笑みを浮かべるおっさん二人。

 

 「幸せの絶頂から落とされる絶望もまた格別」とは、いったい誰が言っただろうか。

 

 栗林の夢の果ては、もう直ぐそこであった。

 

 




用語解説

『強化装備』
様々なものを指し示すが、ここでは戦術機操縦士用のものを解説する。
戦術機用周辺装備の一つであり、高い伸縮性を持つ特殊被膜で主に形成される。
戦術機の機動に耐えるための耐G性能のほか、生体モニタや各種電子機器等を内蔵し、脳波と体電流による戦術機の間接制御の役目も果たす。そのため、戦術機搭乗においては必須ともいえる装備品である。
なおその性質から身体にぴったりとくっつき、ボディラインがくっきりと見えてしまうが、これは事故率や撃墜による負傷の際、いち早く患部を発見することが可能とするためである。
気密用のヘルメットを装着することで、人体に有害な場所での活動も可能となる。
(元ネタ:マブラヴシリーズ)

『電脳錠』
電脳化が主流になった際に開発された、いわゆる電脳へかける手錠のようなものである。
基本的に使用には非対象者のQRSプラグ(電脳に優先で接続するコネクタ。大概はうなじのあたりにある)に直結することが必要であるが、そのぶん効果は強力であり、生命維持以外の一切の電脳機能をロックさせられる。この状態で電脳のロックを解くことは理論上は可能であるが、自前の脳のみで暗号全てを解くことはほぼ不可能に等しい。
(元ネタ:イノセンス)

『無人機』
いわゆる遠隔操作や自立駆動で動くロボット。その形状、目的は様々であるが、基本的に偵察や警邏などに使用される。戦闘用も存在するが、衛星通信が不可能であり、敵性識別が困難な特地ではほぼ使用はアルヌスの丘等に限られる。
(元ネタ:色々あるが今回はサイコパス、およびメタルギアシリーズを参考)

『めい☆コン ドキドキ!!愛と魔法のクッキング』
人気アニメ、『めい☆コン』の携帯ゲーム用ソフト。
電脳通信が発達した現在でも物質的なデバイスは需要を持ち、本作は『project mei☆kon』の初代作品である『めい☆コン』の久しぶりの新作ゲームである。
他にも『めい☆コン シュバイン!』とか『トゥーレン♪めい☆コン』とかあるがこれ以上は色々やばいので割愛する。
(元ネタ:ゲート 自衛隊彼の地にて斯く戦えり)


うーん、流石にクリボーの下りは強引すぎたでしょうか?ただ、このシーンは書いておきたかったので(あと前半の補填)、多少強引にでも入れさせていただきました。
元老院の部分も、これカットしていんじゃね?と思いましたが、入れないと話がわけわからんくなるため残させていただきました。
めい☆コンネタ、自分でも酷い自覚はあります。……綴りあってるかな?

なお、本作で戦術機操縦士のことを衛士と呼ばないのは意図的です。不快に思われる方がおられれば、その辺はご容赦ください。


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第五話 別離 彼の者は既になく

調子乗って執筆してたら合宿の用意何もしてなかった。
時が過ぎるとは……、残酷なものだな。

回を増すごとに意味不明になっていくタイトル。傍から見りゃ只の痛い詩だなこれ。

ついに色が付きました!点数付けていただいた皆様、ありがとうございます。うれしく、そしてガクブルが止まりません!!


「はあ……、人間って身勝手よねぇ」

「クリ?どうしたのです?」

 

 集合の号令をかけられて集まった隊員たちを見て、栗林はそう呟いていた。

 そこには、最年長でもあり『おやっさん』とみんなからしたわれている桑原陸士長の号令で、第三偵察隊の面々が整列していた。

 そのメンツを見た栗林が抱いた第一印象は、「なんだこれ?」であった。

 別段偵察隊の面々が悪いわけでは……個性の強い面々のため無いとは言い切れないが、とにかく栗林としては精強なイメージを期待していたのである。

 だが、桑原の勧めでお互いに自己紹介をしたところ、写真やオタク趣味、果ては注射が趣味(注射が趣味とはいったい?)という何ともコメントのしづらいものであった。特に、彼女は昔学生時代にその手の人間から不快な行為を受けており、中々嫌悪感が抜けきらないのである。

 彼女は最後の希望と思い、『二重橋の英雄』と呼ばれる伊丹二尉へ希望を向ける。あれだけ称賛される人間なのだ、きっと素晴らしい人物だろう。

 桑原が「そろそろ来る頃だろう」と言い、栗林の期待は一気に高まる。あこがれの人物、一体どんな人なのか。

 そうして待つこと少し、栗林の耳に聞こえてきたのは。

 

 

「メ~タボを何にたとえよう~、やらかした過去の残りかす~」

 

 

 なんというか……、間抜けな歌だった。

 

「え…………………………?」

 

 何かがおかしい。これがあの伊丹隊長?……いや、そういう以前にそもそもこの歌はいったい……。

 様々な疑問に駆られてその方向に顔を向けると、そこには巨大な物体がいた。

 

「ヒチコマ、お前何歌ってるんだ?」

「自作の歌ですよー。自らの犯した過ちと、その末路を知ってなお破滅に突き進む人間の愚かしくもまっすぐな人生の歌!」

「俺にはダイエットに失敗したメタボの歌にしか聞こえないんだが……?」

 

 訂正しよう、あれは歩行戦車と、それの質問に答え続ける自衛官だ。

 彼と一匹(?)は自分たちの前に来ると、桑原に話しかけた。

 

「ああ、おやっさんわるいね。こいつの受領に時間かかっちゃって」

「いえ、隊長。第三偵察隊、全員揃いました」

 

 そういって、彼は自分たちの目の前に立つ。

 

「今回、第三偵察隊隊長に上番した伊丹です。みんな、これからよろしく。こっちは思考戦車のヒチコマ、今回各偵察隊に一機づつ配備されることになった。仲良くしてやってくれ」

 

 それは、あのとき栗林がやらかした時の自衛官であった。

 そしてこの瞬間、栗林の理想が粉々に砕け散ったのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 絶望のどん底のような暗い顔をした栗林や他の第三偵察隊を乗せた高機動車二台と装甲車一台、そしてその後ろを追尾するヒチコマが広い草原をかける。

 

「青い空、緑の平原、のどかだねえ」

 

 家一つ無く、飛行機も何も飛ばない平原を見て伊丹は呟く。

 

「まあそうですけど、もっとこう異世界に行ってる感じの……。ほら、ドラゴンとか妖精とかいないっすかねえ。さっきから見えるのって羊とか牛ばっかだし」

 

 つまらなさそうにぶーたれる倉田に、通信機から声がかかる。

 

「でも倉田クン、こ~いうのって山頂とかにいるんじゃないの?ほら、古の遺跡を護ってるような」

 

 そういうのは、隊列の最後尾から無線で話しかけるヒチコマである。自分の管理権限をもつ隊長の影響なのか、徐々にそっち方面の知識を持ち始めている。

 今回上が各偵察隊にヒチコマを配備させたのは、こういった通信もできず情報も少ない中で、いかに民間人を撃たないかという実験も含まれているらしい。さらにAIの育成という目的もあるらしく、隊員には積極的にヒチコマとしゃべることが推奨されているのだ。

 

「古の力でも眠ってそうな場所だな。声とか」

「やだよー、骸骨相手に銃ぶっ放すとか」

 

 そんなことを喋りながら、車列は平原を進んでいく。

 

「倉田、この先に川があるはずだ。そしたら右に行って川沿いにすすめ。そうすればコダ村の村長が言ってた森につくはずだ」

 

 戦術機とドローンの偵察により作成された地図を確認しながら桑原が指示する。この世界には衛星もGPSも存在せず、目印となる建造物さえこの辺りにはろくにないのだ。視界投影型のナビゲーションシステムを作ろうにも、それを作るのは自分たち偵察隊の情報である。そのため、方位磁針や地図を用いた位置の正確な確認が必須となる。こういった支援を受けられないときに前時代的な方法に頼らざるを得ないのは、技術が進歩しようと変わらないものである。

 

「流石おやっさん、頼りになるわあ」

「頼られついでに意見具申を、森には入らずに、手前で野営の準備を行いましょう」

「賛成」

 

 伊丹は電脳通信で第三偵察隊全員の電脳へその決定を送信する。特地では人工衛星どころかネットすら存在しないことから通常の通信を行うことはできないが、偵察隊には全員QRSプラグ接続式の無線装置が配られており、それを介することで直接電脳でやり取りを行うことができるのだ。

 

「このまま森に入らないんですか?」

「この時間だし、入るころには夜になってるよ。ただでさえ暗い森の中、どんな生き物がいるかもわからない場所で夜を過ごすとかぞっとするよ」

 

 そういいながら、伊丹は解析されたこの地の言語の一覧を視界AR(拡張現実)に表示させる。片手にメモや書類を持たずに文章を確認できるAR技術は、こういう時に非常に役に立つ。音声ファイルを一緒に再生させながら、挨拶の予習をはじめる。

 

「サヴァール、ハル、ウグルゥー?(こんにちは、ごきげんいかが?)」

「いくら電脳でカンニングできても、使う本人がこれじゃあ意味ないっすね」

「ほっとけや!」

 

 倉田の頭を軽くはたき、前方へ視界を戻すと、義眼が何かをとらえて視界に警告を発する。

 

「倉田!」

「こっちにも警告出てます!」

 

 義眼がその部分の解析を終了しその結果を表示させる。同時、伊丹は視界を拡大させ、その結果を表示する。

 

「煙?それも大規模な火災の可能性あり…………まさか!」

「―――山火事ですか!?」

 

 すでに高機動車は肉眼レベルでもそれを確認できる位置にある。

 

「まずいな…………」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「うわあ……」

「ひでえ……」

 

 隊員たちがそう呻くのも無理はないほど、それは悲惨なものであった。

 見渡す森のあちらこちらで火の手が上がり、煉獄のように炎が燃え広がっていく。

 毒々しい赤が立ち上り、黒い夜空を地上から彩っていく。

 地獄のような惨状、その光景に伊丹を始めとした数人の自衛官が呻く。

 

「……くそっ、やなもん思い出させやがる」

「あの時とは違うとわかってはいても、気分のいいものじゃありませんね」

 

 毒づく伊丹に、桑原が同意する。

 

「どうします?ここ、確か集落があるんじゃ……」

 

 そう尋ねるのは栗林である。彼女も見ていて気分がいいものではないのだろう。考えているのは、この森にいるらしい住民のことか。

 

「幾ら何でもこの装備で突入するのはまずい。二次災害出して帰ってくるのがオチだ。それにほら……、何も炎だけが脅威じゃないみたいだしな……」

 

 そう言われて、栗林は携帯していた双眼鏡をのぞいて「あっ!」、と声を上げる。

 そこには、デカい恐竜か何かに翼をくっつけたような生き物が飛び回っていた。

 

「ドラゴン……?」

「ぽいね。見てる感じ、この火事の元凶もあいつっぽいし」

 

 伊丹が指をさす中、そいつは地面に火炎放射器のように炎を吐く。

 

「あれさ、何もないとこに火を吐くと思う?」

「まさか……っ!!」

「やべえ!まさか襲われてるんじゃ!?」

 

 焦りだす隊員たちに指示を出しながら、伊丹は今の状況を秤にかける。

 

「あんな化けもんと火災の組み合わせ……、いくら義体適用者でも危険だな。野営は後回しだ!全員移動準備にかかれ!!」

 

 伊丹は夜空を見上げる。これだけの火事だ、運が良ければ雨が降り、すぐにでも突入できるだろう。巨大生物に関しては、今のところは飛び去るまで待つしかあるまい。

 

 

 夜はまだ明けず、炎だけが燃えさかっていく。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 夜が明け、森の日がほぼ鎮火した頃、伊丹たち偵察隊は森の中へ入っていった。

 木々は黒く焦げ、緑豊かであっただろう面影はどこにもない。

 動物たちの影も見当たらず、半長靴を通してほのかに温かい地面と、柔らかな灰の感触がする。

 伊丹の予想した通り、森の中の村は灰と炭の山となっていた。

 

「ひでえもんだ……」

「これ、生存者いるんですかね?」

 

 義眼やスキャンデバイス、様々な機器を用いて生存反応を確認する。開けた場所はもちろん、焼け崩れた建物や集落であったであろう場所の周囲もくまなく調べ上げる。ヒチコマには対空警戒を命じた、またあの怪物が戻ってくる可能性もあるからだ。

 生存者は見つからないが、所々に人の形(・・・)をした炭の塊が散見される。少し前の東京でよく見かけたものだ。

 

「………隊長あれって」

「ああ、倉田の思ってると通りだよ」

「うう……、吐きそうっす」

 

 伊丹と違い、倉田は直接核事件を経験していない。そのため、二人の反応では差が出るのだ。それはほかの隊員にも表れており、経験しているものとしていないものでは表情が全く違う。核事件を経験していないものは、そこまで簡単に焼死体に対し割り切れないのだ。

 伊丹たちも、別に平気なわけではない。ただ、そうやって割り切らなければいけない程、多くの焼死体を見てきたのだ。

 周囲の捜索があらかた終わり、栗林から伊丹へその報告がまとめられる。

 

「およそ三十二件の建物が確認できましが、確認された死体は27体。幾らなんでも少なすぎます」

「建物の下は?」

「生体反応は確認できず、死体に関しても焼け残った建物と一緒になっており、確認は困難かと……」

「下敷きになったうえの焼死の可能性あり……、酷いもんだ。確認できない死体も、食われてる可能性があるな」

「食料にされた……、ということですか」

 

 栗林が眉をしかめる。やはり考えたくはないのだろう。

 

「ここのドラゴン、肉食性、および人間を襲う可能性があるって報告しなきゃな」

「……ですね。銀座に現れた翼竜も、何とか12,2㎜徹甲弾で貫通できるかどうかでした」

「あいつはその倍くらいあったし、同じように通用するとも限らない。ちょっとした自動爆撃ヘリだな」

 

 そういいつつ、伊丹は井戸へ桶を放り込んだ。水をくむためである。毒物などの危険もあるが、伊丹は全身義体のため体内でほぼろ過される。

 しかし、井戸の底から聞こえてきたのは、スコーーンという甲高い音だった。

 

「あら、なんだろこれ?」

「いま、コーーンって音がしましたよね」

 

 つい少し前まで人が住んでた集落の井戸だ、まさか枯れているということはあるまい。

 何かあるかと覗き見ると、何かが浮かんでいるのがわかる。

 義眼によるスキャンが表示された結果を確認した伊丹は、その結果に血相を変えて叫んだ。

 

 

「――――ッ!?人だ!!人命救助急げ!!…………いや、人……なのかな?」

 

 井戸の底には長い耳の少女が、金色の髪を乱して倒れていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「エルフっすね」

「エルフだな」

 

 ヒチコマにワイヤーを垂らさせて井戸の底から少女を回収し、現在は黒川と栗林が少女の様子を見ている。

 

「たとえ違う世界でも環境が同じなら、知的生物は同じ進化をたどる。やっぱりあの教授の説は正しかったんだねー」

「エルフかあ……。なんだか異世界って実感わいてきましたねえ」

 

 そう感想をこぼすのはヒチコマと倉田である。この二人、ある意味当然と言うべきか仲がいいのである。

 

「倉田お前ケモ耳好きだったんじゃないのか?」

「エルフがいるんだったら、ケモ耳っ娘とかも期待できるじゃないですか!?」

 

 尚の力説をする倉田と、エルフ少女の身体を調べようとして近づいて、栗林に脚部装甲を殴られるヒチコマ。

 

「緊張感もへったくれもないねえ……。ま、その方が気楽でいいんだが」

 

 濡れた半長靴を脱ぎながら伊丹は呟く。義体化しようと濡れた半長靴が気持ち悪いのは変わらないのである。

 他の隊員たちは、みな瓦礫を掘り起こして日用品なんかを資料にしたり、円匙を使って埋葬用の穴を掘ったりしている。

 半長靴の中の水を捨てて乾かしていると、エルフの少女を診終わったのか黒川が近づいてくる。

 彼女の左腕は簡易医療装置内蔵の義手になっているようで、左手から無数のアームが展開されていた。

 彼女の腕の周りにはホロが展開され、少女のバイタルが表示されている。

 

「人間の基準で見るなら各バイタルは全て安定。心音、体温、脳波その他すべて異常なし。頭に出きていたこぶも問題ないでしょう。ですが……」

「そうだな、連れまわすのもそれはそれでまずいし、かといってこの近くには民家とかはなさそうだしな、この森に女の子一人でおいていくのも不人情だろうしな。OK、一応保護ってことで基地に連れ帰りましょう」

「お持ち帰りー、朝帰りー」

「誤解を招く言い方すんなヒチコマ……。黒川、それで文句ないな?」

 

 その言葉に、黒川はにっこりと微笑む。

 

「はい、二尉ならそうおっしゃると持っていましたわ」

「人道的でしょ?僕」

「どうでしょう?二尉が特殊な趣味をお持ち、とか何とか言っては失礼ですわね」

 

 そう言って黒川はにっこりとほほ笑みながら、カチャカチャと義手を鳴らす。その様子を見て、伊丹は気のせいか無いはずの汗腺から汗が吹き出るような気がした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 周囲が熱い、燃えるような空気が肺まで焦がす。

 立ち向かった親友は食い殺された。

 

 父が私の手を引いて走る。

 

 走る

 

 走る

 

 走る

 

 戦士たちが弓を引き、怪物へ矢を放つ。

 だが、その射は無残に阻まれた。

 

 父の矢が怪物の左眼に突き刺さる。精霊の加護を得た一射、閃光に迫る一撃。

 しかし、それでも怪物は止まらない。

 

 見知った顔が食い殺される。

 引き裂かれる、焼かれる、踏みつぶされる。

 

 父が私を担ぎ、井戸へ投げ入れた。

 隠れていろと、ここに居ろと言って。

 

 

 笑う父とその後ろの口。

 それが、私が最後に見た光景だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

コダ村

 

 本部に少女を保護した旨を伝えると「しゃあないな、はよ帰ってこい」という感じの返信が返ってきたため、伊丹たちは来た道を戻り、途中のコダ村で村長に森であったことを伝えていた。

 どうやら村の子供たちはヒチコマのことが気にいったらしく、アームや胴体に取り付いて遊んでいた。ヒチコマの方も乗り気らしく、日の丸の書かれた扇子を取り出して(どこから手に入れた!?)、ちょっとした芸を見せている。……いよいよこの戦車が兵器なのかわからなくなってきたが……。

 一方伊丹は、ヒチコマが変なことを起こさないか義眼の端でチェックしながら、たどたどしい現地語で村長に説明していた。

 

「ええっと……、大きな鳥いた。森、村、焼けた」

 

 イラストを見せながら説明をする。すると、その絵をみた長老が血相を変える。

 

「こ、これは『古代龍』じゃ!!それも炎龍だと!!」

 

 伊丹はドラゴンの現地語をデータに記録する。

 

「炎龍火出す。人、沢山焼けた」

「人ではなくエルフじゃ。あそこにはエルフが住んで居る」

 

 村長がエルフを示すであろう単語を繰り返し、それを伊丹は音声ファイルとともに記録する。

 村長は村の人間を何人か呼び寄せると、村に迫るであろう危機を伝える。それを聞いた村人たちは大慌てで村中に知らせ、あたりはあわただしくなる。

 伊丹は、高機動車に乗せていたエルフの少女を村長に見せる。この村で保護できないかと尋ねたが、村長の返事はすげないものであった。

 自分たちは村を捨てて逃げねばならない。何より、種族の違うものたちでは習慣も異なるとのことだ。

 

「村、捨てる?」

「………ああ、生き延びるにはそれしかあるまい。エルフの味を覚えた炎龍はきっとここも襲うじゃろう。どこの者と知らぬ方、炎龍の報を伝えてくださって感謝する。おかげで我らは生き延びることができた。このまま知らなければ、きっと我らも食われていただろう」

 

 そういうと、村長は後ろで慌ただしく逃げる準備をする村人たちへ混じっていった。

 

 




用語解説

『思考戦車』
歩行戦車、および無人機の一種。人工知能を搭載し、自律的に攻撃、作戦行動を行う。衛星通信能力も有し、ネットワークを介した命令の受け付けも行う。軍用のほか、一部公安警察等にも配備されており、高度なものになるとゴースト(魂のようなもの、個人を個人たらしめる脳の情報)を有している可能性も確認される。
(元ネタ:攻殻機動隊)

『ヒチコマ』
剣菱重工製思考戦車の一つ。四脚の足とマニピュレーター付きのアームを装備する。内部に搭乗スペースも有し、強化外骨格としても運用可能(単座)。武装は各アームにガトリングガン12.7㎜弾使用)と背部に擲弾発射器を有する。また、その他に液体ワイヤーや熱光学迷彩を有している。大さも含め戦車よりも自立駆動する強化外骨格に近く、AIの性格も含め不信感を持たれにくいことから今回の偵察に配備された。サイズは一般的な大人より少し大きい程度、車両程度の大きさ。また、AIは高度な思考、会話が可能である。カラーはオリーブドラブ。
余談ではあるが、フルアーマーモードは非常にごついとか。
(元ネタ:タチコマ、フチコマ『攻殻機動隊』)

『黒川の義手』
名前の通り黒川二曹が有する義手。簡易医療装置を内蔵し、対象のバイタルの検査、診断を行うことができる。展開時の形態は前腕部が展開しいくつかのアームが現れるもの。腕部にはホロ投影機能も内蔵し、これにより救護対象や周囲の人間と診断情報を共有可能。衛生の問題があるため使用できるのは診断まで。
(元ネタ:オリジナル)


誰だ黒川をすごく不思議な義手にしたやつ。
なお、他のメンバーにも義体適用者は普通にいます。そういう時代だもの。
熱光学迷彩はチート過ぎたか?もしかしたら削るかも。


テュカの部分、削れないし削りたいしで謎ポエムっぽくしたのは内緒だよ?


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第六話 邂逅 思い人/宿敵 その心は炎の様に

最近罵倒されると快感を感じ始めてるような……。これがドMか(末期)

さーあ、始まりました第六話!さらにひどくなる描写!!趣味しか入ってねえよこれ……。
ホント駄文に駄文重ねてるよもう……。

ああ~、おっぱいぶるんぶる~ん。


炎龍の出現、それは本来今よりも五十年以上先のことと予想されていたことである。それ故に、その襲来の報を聞いた村人たちは非常に慌てていた。

 特地において炎龍とは、台風等の自然災害と同種の存在である。そのため、炎龍が近づいているとわかれば、村人たちには逃げる以外の手段は無い。村人たちは家具を、或いは財産を、それぞれが必要と思うものを馬車に括り付け、必死に逃げるための準備をしていた。

 コダ村のはずれの森、小さな平屋に住む彼らもまた、逃げる準備をしている最中であった。

 

「まったく炎龍め、こんなに早く目覚めおってからに。こちとらいい迷惑じゃわい」

 

 そう呟くのは白い髭に白い髪の、いかにも賢者というような老人である。

 

「師匠、それより早く乗ってほしい。魔法を掛ければ、これだけの荷物なら何とか持ち出せる」

 

 そう言ってせかすのは貫頭衣を纏ったプラチナブロンドの少女である。彼女が乗っている馬車の荷台にはぎっしりと荷物が詰め込まれ、車輪は地面にめり込んでいる。

 

「レレイ、やはりどうにもならんか?」

 

 そう言って師匠と呼ばれた老人は眉を寄せる。

 

「これでも魔法なしでは驢馬では動かない。これ以上は魔法ありでも驢馬の負担がおおきすぎる」

 

 レレイと呼ばれた少女は、冷静な口調でしゃべり続けながら、荷物をどうにかできないか弄り続けた。しかし、いい改善案は思いつかなかったようで、仕方なく御者台に戻っていった。

 

「ロクデ梨もコアムの実も希少な薬になる。しかし手に入らないわけではない。この場合はあきらめるしかない」

「仕方あるまい、このまま出発するとしよう」

 

 そういうと、レレイは杖を一振りする。すると今までびくともしなかった筈の荷馬車が動き出だす。重い荷物を驢馬にひかせながら、二人は長年住んだ家を後にしていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 村の中心は逃げる人々でひしめいていた。馬車を持つものは荷台に括り付け、或いは馬そのものへ直接括り付けていた。そしてそれすらも持たないものは、背中いっぱいに荷物を背負い、コダ村を後にしていった。

 そういった避難民たちの馬車により、やはりというべきか道は渋滞で埋まっていた。

 

「しかし、この渋滞はなんじゃ?何かあったのか?」

 

 一向に進まない渋滞にイラついた師匠は、近くにいる村人へ声をかけた。

 

「これはカトー先生、それにレレイも。どうやら荷物の積みすぎで前の馬車の車軸が折れたらしくて……。片付けにはまだしばらくかかるかと……」

 

 すでに後ろには後続の馬車が来ており、別の道に行くこともできない。

 仕方なく待ちながら村人たちと話していると、前の方から聞きなれない音や言語が聞こえた。どうしたのかとレレイが覗くと、前の方に見慣れない男たちが駆けていくのが見えた。

 

「聞いたことのない言葉じゃの?服装からして、どこかの国の兵士か何かかの」

 

 そう考えるカトーを置いて、レレイは馬車を飛び降りた。

 

「あ、ちょっ、レレイ!どこ行くんじゃ!?」

「少し前を見てくる。どのみちこのままじゃ馬車は動かない」

 

 レレイの知識に無い言語、そして見たこともない集団に彼女は興味をひかれた。

 そうして前の方へかけていくと、はっきりと聞こえるようになった。

 

「避難支援急げ、伊丹隊長が村長から許可もらってきた!富田、ヒチコマと共同で残骸の撤去作業急げ!戸津は後続に事故を知らせて、別の道に行くように伝えろ!……言葉が通じない?何とかしろ!!ホロでも身振り手振りでもなんかあるだろ!!黒川はけが人の救護急げ!」

 

 初老の男性が声を張り上げ、周りの同じ格好のものたちに何かの指示を出している。彼らはすさまじい速度であたりに散らばると、それぞれ行動を始めていた。

 十五台ほど前へ行くと、村人の言っていた事故現場に到着する。そこには、横転した馬車と倒れて暴れる馬、そしてその横で倒れる一家の姿があった。そして、周りでは彼らと、四本の足を持った奇妙な生き物が馬車をどかしている最中であった。

 とっさに倒れている一家を助けようと近づくが、これまた先ほどの男たちが危ないからとでもいうように制止する。が、レレイはその制止を振り切り一家へと近づいて検診をする。

 どうやら一家のうち、両親の方は気を失っているだけのようだ。だが子供は大量の汗をかき、血の気を失っており、危険な状態であった。

 そうしていると黒髪の長身な女性が現れて、少女の様子を見始めた。格好から見て、先ほどの男たちの仲間だろう。だが、レレイはそれよりも女性の左腕に目がいく。その女性の左手の、肘から先は人間のそれではなかったのだ。前腕部が無数の枝のようなものに分かれ、一本一本がそれぞれ少女の身体へと延びて動いていた。そしてその周りには光のようなものが出現し、文字のようなものを形成している。

 レレイはこれをおそらく義手のようなものだと考えたが、彼女の知るどこにも類似するものは無かった。興味を惹かれ顔を近づけようとするが……。突如後ろで悲鳴が上がり、いななき声が耳に入った。

 レレイがはっとして顔を上げると、先ほど倒れていた馬がこちらへ覆いかぶさろうとしていた。とっさに黒髪の女性がレレイを掴み、馬から離れようとする。

 避けられない!!そう思った直後、後ろから炸裂音が響き、馬が地面へ倒れ伏した。

 後ろを見ると、先ほどの初老の男性が、煙を上げる黒い棒のようなものを持って立っている。レレイにはそれが何かはわからなかったが、彼らが助けてくれたということだけはわかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 コダ村からの逃避行、うっとうしいほどの日差し中を、住民たちのキャラバンは進んでいた。

 そしてそれに付き添うように、伊丹たち第三偵察隊の車列はゆっくりと進んでいるのであった。

 

「ク~ロちゃ~ん、彼女の様子はどう?」 

「バイタルは安定、意識も間もなく回復するでしょう」

 

 伊丹が聞くのは、森で保護したエルフの少女の容態である。黒川が言うには特に悪化することなく、そのまま上下もせず安定しているとのこと。

 

「はあ、この避難民たち、行く当てあるんすか?」

 

 そう呟くのは、伊丹の隣で運転する倉田である。

 

「ないらしいよ」

「………はあ、避難民ってどこも似たようなものなんですね」

 

 伊丹がそう返すと、まるで納得がいったかのような表情を見せる倉田。

 

「どこも……?ああ、お前北海道だっけ?」

「正確には函館の招慰難民居住区、その管理の部隊っすよ」

「そいつはまた……、厄介なところで」

 

 招慰難民居住区、戦後政府主導で行われた難民受け入れのために作られた居住地区のことである。安価な労働力を期待してのものであったが、結果は失敗。国内の失業率増加や治安の悪化につながることとなり、戦後最悪の政策とすら揶揄されるほどのものとなった。

 

「内外問わず行く当てのない人ばかりで、そのうち疲れて薬なんかにおぼれる人ら、溢れるほど見てきましたよ」

 

 彼には珍しい毒に伊丹は苦笑する。とはいえ……。

 

「とはいえ、放っておくわけにもいかんでしょ。俺ら国民に愛される自衛軍だよ?」

「そりゃあまあ、そうですけど……」

 

 倉田も微妙な表情をする。彼も嫌というわけでは無いのである。ただ、函館で見てきたものを思うと、やはり少しためらいを覚えてしまうのだ。

 

「……目的地もないんじゃ、いつか消耗して倒れますよ?」

「それまでには……、まあ、何とかしてもらうしかないでしょ」

 

 そう言って、伊丹は窓の外に顔を向ける。飢えや乾きに苦しむもの、いらだつ大人、泣き叫ぶ子供、皆が一様に暗い顔で進み続ける。

 時々に車軸が折れたり、ぬかるみにはまって動けなくなるものも出てくる。自衛官たちも義体適用者を中心に救助に当たるが、それでもきりがない。脱輪であれば押し出せば何とかなる、軍用義体の出力ならば余裕で車体を動かすことが可能だ。だが、馬車そのものが壊れてしまってはどうしようもない。仕方なく持ち主を説得し、火を放たせてでもあきらめさせるしかないのだ。健常な大人たちはそれでもいい。だが、体力のない子供や老人はそうはいかない。結果、二つの高機動車の荷物を軽装甲車に詰め込み、空いたスペースに彼らを乗せることとなった。

 

「どうして、応援を呼べないのですか?」

 

 そう伊丹に抗議するのは、黒川である。

 

「自衛軍の輸送車両、せめて輸送ドローンでもあれば、彼らの荷物を輸送することは容易なのに……」

 

 そう悔しそうに言う黒川に、伊丹はヘルメットを目深にかぶりながら答える。

 

「一応ここ、敵性領域だからね。これだけの数だ、どうしても相応の数の車両やドローンが必要になる。そうすれば俺たち程度なら敵さんも見逃しても、大規模な数なら動くかもしれない。広がる戦火、無秩序な戦線の拡大、考えただけでもぞっとするってさ」

 

 その言葉に黒川は苦笑を浮かべた。

 

「一応お伺いは立てたんですね」

「どれだけ技術が進化しても、結局やれることには限界がある。……今俺らにできるのは、手を貸して進んでもらうことだけさ。……ていうわけで黒川、引き続き傷病者の救護は任せるよ」

「ええ、無論です」

 

 そういう伊丹の表情は、ヘルメットに隠れてわからない。だが黒川に異論などない。元よりそのつもりである。

 延々と続くような逃避行、終わりがあるように見えない中、キャラバンはただ進み続けた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 この特地には、幾柱もの神々が存在する。鍛造や太陽、音楽に豊穣、その数は多岐にわたる。そして、この特地においてそれらの神は実在し(・・・)、それぞれが自らを祀る神殿や、教団を持っているのだ。ロウリィ・マーキュリーもまた、暗黒の神エムロイの神官であり、その使徒、亜神であった。

 彼女の信仰する神は、殺人という罪を問わない。重要視するのは行った理由、そしてその態度である。兵士や盗賊、野盗や処刑人あらゆるものを容認する。その行いも、そして彼らが受ける報いも全て。殺すことにより起こる、盗むこと犯すこと死ぬこと殺されること罰を受けることをすべて容認し、覚悟せよと教えるのだ。そして彼女は亜神である。亜神とは、使徒とも呼ばれる神の意志を代行する者であり、後に神となるものである。

 さてその彼女の足元には今、数人の死体が転がっていた。それは、コダ村から逃げる家族を襲った盗賊たちであった。

 

「愚劣ね……」

 

 朝日が照らす中、盗賊たちの死体を見下げ、ロウリィはそう吐き捨てる。母子を殺したのは盗賊であるが、その盗賊を皆殺しにしたのはロウリィであった。

 ロウリィには人が戦い、死んでいくのがわかる。それ故にこの盗賊たちを見つけ、神官としての務めを果たそうとした。……だが、この盗賊たちは皆死に際に放つのは言い訳ばかり。最後の一人に至っては、自分は手を汚していないなどと言いだす始末。これでは到底彼女の信じる神へ捧げられるような魂ではない。

 盗賊たちに殺す前に掘らせた、殺された一家が埋葬された墓。そこへ、ロウリィは祈りをささげる。一家の長であった男は、飛びぬけて勇敢というわけではなかった。だが、彼は死ぬその最後まで家族を守ろうと戦い死んだ。そのことを彼女は称え、その死後を祈る。彼の祈りには間に合わなかったが、その魂は受け止めた。エムロイ式の供養を済ませると、ロウリィはその場を後にしていった。

 

 

 青い空の下、ロウリィはどこを目指すでもなく、愛用のハルバ―トを抱えてぶらぶらと歩く。先ほどのような盗賊を何度か見つけたことから、おそらくどこかの村から大量の人間が逃げて行っているのだろう。

 

「確かあの男、コダ村がどうとか言っていたわねえ……」

 

 思い出すのは、昨日の夜に盗賊の頭が言っていた言葉である。彼女が盗賊たちを襲う前、彼らはコダ村を襲う計画を立てていたのだ。

 もし一連の盗賊の増加の原因であれば、様子を見てみるのもいいだろう。そう考えたロウリィは、コダ村の方向へ足を運ぶことにした。

 街道沿いに歩き続け、太陽が真上近くまで昇ったころ。ロウリィは何かが近づいてくるのを感じた。

 

「あらぁ?何かしらぁ……」

 

 それはほとんど勘のようなものであった。だが、それは今までの感じとは違う、何か全く異なる者が来るような気がしたのだ。ロウリィはその勘に従い、その場で待ってみることにした。どのみちこれから急ぎの用があるわけでもない。強いて言うならば最近アルヌスに開いた門、そこから現れた異界の軍に興味があった。

 もしも自分の勘が外れたときは、その軍に会ってみるのもいいかもしれない。帝国軍の精鋭を蹴散らすほどの者たちである、きっと期待できるだろう。

 そう思って待つこと少し。座り込んで、近寄ってきたカラスと戯れていたロウリィの耳に、かすかな音が聞こえてきた。振り向くロウリィの眼に入ってきたのは、何台もの馬車の集まりであった。

 おそらく、方向からしてコダ村から来た人々だろう。……しかし、所々に奇妙なものも見られる。

 亜神の眼は人間よりもずっと高い視力を持つ、それ故に彼女は、そこに混じる奇妙なもの達に気付いた。

 まず目につくのは箱のようなもの、一見馬車のようにも見えるが、引手となる馬や驢馬はどこにも見当たらない。どうやら中には人が乗っているようであるから、乗り物であるのは間違いないだろう。そして、もう一つはそれと同じ色をしたナニカである。

 四本足で歩く生き物のような何か、見るからに堅そうであり、生物なのかすらロウリィでも明確な確信が持てない。ロウリィがそれを生物だと思ったのは、ソレについている四歩とは別の前足のようなものである。ソレは前足や身体を、まるで生物のように動かしているからである。少なくとも中に人間が入っていたりするのであれば、このようなことをする必要はないだろう。

 

「へえ……。うふふ、面白そうな人たちねぇ」

 

 ロウリィの口が面白そうにゆがむ。彼らが何者かはわからない。だが、待った甲斐はあった。彼らが罪人か、はたまたは兵士か、或いは道化師か学者か……。いずれにせよ、奇妙な格好で奇妙なモノを連れ、大勢のキャラバンとともにいることにロウリィは非常に興味がわいた。付いた砂を払い、神意であるハルバ―トを持って立ち上がる。

 ここに来るまで待つか、それとも此方から歩み寄るか、ロウリィが選んでいると、荷車のような箱から人が降りてきた。全身に茶色や緑色のまだら模様の服装をした、奇妙な格好の男たちである。

 その男たちに、ロウリィは声をかける。

 

「あなたたちぃ、どこからいらしてぇ、どこへ行かれるのかしらぁ?」

 

 彼らはロウリィの前まで駆け寄ってくると、何やら話しかけてきた。

 

「あー……。さ……、さばーる、はる、うぐるー?」

 

 が、聞いてみると何とも珍妙なしゃべり方である。おそらく、うまく言葉を話せないのだろう。

 流石にこれでは彼らが何者かわからない。ロウリィは、この事情を知っているかもしれない後ろの人々が来るのを待つことにした。

 そうして、寄ってきた二人が言葉に四苦八苦するのを眺めながら待っていると、例の箱のような荷車から、小さな子供たちが出てきた。

 

「神官様だ!」

「神官様ー!」

 

 子供たちは口々にそういうと、ロウリィの周りへ駆け寄ってきた。

 駆け寄ってくる子供たちに笑いかけながら、ロウリィは質問をする。

 

「あなたたちぃ、どこから来たのぉ?」

「コダ村からだよ!」

 

 そんなことを聞きながら、ロウリィは箱のようなものへ近づいて近づいていく。

 

「この変な人たちは誰かしらぁ?」

「知らない。でも、ぼくたちを助けてくれたんだ。いい人たちだよ!」

 

 その答えに、ロウリィは意外というような顔をする。彼女はこの者たちが、彼らを無理やり連れて行ってるかもしれないと考えていたからだ。……無論、その時はそのようにするだけである。

 

「嫌々連れていかれるわけではないのねぇ」

 

 後ろで様子を見ていた大人たちも寄ってきて、ロウリィに祈りを捧げ始める。

 

「炎龍が出ると聞いて、ここまで」

「村人みんなで逃げ出しているのです」

 

 どうやら、本当にそうらしい。様子を見るに、コダ村の住民たちは炎龍襲来の報を聞き、村から逃げている最中。緑色の彼らは、コダ村の人々が逃げるのを手伝っていたのだろう。

 ところで、ロウリィはコダ村の人たちのこととは別に、緑色の彼らの乗る奇妙なものに興味があった。彼女は今年で九百年以上生きているが、こんなものは初めて見るのだ。試しに子供たちに聞いてみるが……。

 

「これ、どうやって動いているのかしらぁ?」

「僕たちもわからないんだ……。でも、乗り心地はすっごくいいんだよ!」

「へぇ…、乗り心地がいいのぉ?……ふふっ!」

「うん、馬車よりもずっといいんだよ!」

 

 それ程の乗り心地のいいのであれば、ぜひ自分も乗ってみたい。そう思ってドアを開けて入ろうとするが、中にいる中年くらいの男に制止される。

 少しばかりの押し合いをしていると、後ろから先ほど見えた妙な生き物がやってきた。ロウリィが不思議に眺めると、ソレは突然言葉のようなものを発し始めた。

 

「itamisannitamisann、dousimasita?」

「wakannneeyo、kodomotatihasinnkanntokaitterukedo」

 

 何やら男とその生き物がしゃべっているようで、どうやらソレは言葉が通じるらしい。

 

「この、変なのは何なのかしらぁ?生き物ぉ?」

「ヒチコマ……?っていうらしいよ。言葉は通じないけど、人間みたいにいろんなことをして、すごくおもしろいんだ」

「へぇ、動物なのぉ?」

「……うーん。でも、しゃべるから犬や馬なんかよりはずっと賢いよ!」

 

 どうやらこの、生き物なのかよくわからないのは、『ヒチコマ』というらしい。子供達がじゃれついたり、芸をせがんだりしているところを見ると、獰猛なわけでもないらしい。

 

「ふうん……。なんだか、思った以上に面白そうな人たちねぇ」

 

 未知の動物(?)によくわからない荷車、何者かはわからないが、どうにも面白そうなにおいがするのである。

 

「……きーめたぁ!私もご一緒させてもらうわぁ」

 

 こうして第三偵察隊と、特地の神は行動を共にすることとなったのである。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「大丈夫なのかあアレ?」

「降りないんですから、しょうがないじゃないすか」

 

 コダ村を脱出した後、伊丹たちはハルバートを抱えた奇妙なゴスロリ少女に出会った。コダ村の人々が言うには、彼女は神官というものらしい。この世界の神官が伊丹たちの使う言葉の意味と同じであれば、あの格好は宗教的な何かなのだろう。そして、その彼女はなんと……、ヒチコマの上に乗っかっていた。

 

「あれ、戦闘になったら危ないどころの騒ぎじゃないんじゃ?」

「住民の人たちにも聞いたけど、なんかあの娘すっごい強いらしいっすよ。……まあ、あんなごついもの持ってるから信憑性増しちゃうんですけど」

 

 倉田につられ、伊丹は彼女が右手で持つ如何にもやばそうなハルバートを眺める。

 

「ヒチコマ!もし戦闘になったら流石におろせよ」

「了解ですー」

 

 相変わらず気の抜けた返事をするヒチコマである。そのヒチコマと言えば、上のゴスロリ少女と伝わってるのか伝わってないのかよく分からない会話を続けている。もしかしたら現地語の習熟に役立つかと思い放置しているが、流石に戦闘になれば降ろさなければ危険だろう。

 

「…………?」

 

 まぶしい日差し、乾いた空気、先ほどからどうということのないものである。しかし、先ほどから喉元に妙な違和感を伊丹は感じていた。……こういう時、伊丹の経験では大体嫌なことが起きる。

 

「このまま何もこなけりゃいいんですけどね……。ドラゴン、流石に来ませんよね」

「ばッ……!!お前いうなって。ただでさえ最近フラグ当たりまくってるのに……」

 

 隣でフラグを爆建てしやがった倉田(バカ)に突っ込みを入れる。本当に当たったら、この人数と装備で勝てるかどうかわからないのだ。

 念のためあたりを義眼の高倍率モードで確認する。右よし、左よし、前よし。ほっとして残りの後ろを確認すると……、太陽の逆光を浴びる影が見えた。

 

「――――ッ!?総員戦闘用意!!」

 

 全員の電脳に呼びかける。ドライバー達が状況を把握し、各車両が唸りをあげて疾走する。そのころには、『ソレ』はキャラバンの中央へ飛び込んでいた。

 悲鳴と怒号が響き、住民たちが散り散りに逃げ惑う。炎龍の口から炎が放たれ、荷物が、人が、火に包まれていく。

 

「走れ走れ!撃ち続けろ!!」

 

 桑原が倉田に怒鳴りながら、2-42式小銃を撃ち続ける。今の時代、軍用義体すら貫通する口径のモノであるが、炎龍相手にはどうやら効果がないらしい。だが、嫌がらせ程度の効果はあるようで、炎龍をこちらに向かせることには成功した。

 

「ヒチコマ!!目標をひきつけ………ろお!?お前何やってんだ!!」

 

 伊丹は炎龍の目標をヒチコマにひきつけさせようとして、その上に載っているものに驚愕した。

 なんと、あの少女を乗せたままだったのだ。ハルバートを構え、全力疾走するヒチコマをサーフボードのように乗りこなしている。現在のヒチコマは戦闘機動であり、普通はしがみつくことすら生身では困難なはずなのだが……。

 

「バカヤロウさっさと降ろせ!!」

「いやー、なんかこの人が降ろすなって」

「何言って……、おおう!?」

 

 ヒチコマが両腕のガトリングでけん制しながら炎龍へと疾走し、背中の少女が……、その勢いのまま炎龍へ飛びあがり、その脳天へハルバートを叩きつける。致命傷にこそならなかったが、どうやらその衝撃に炎龍は少しひるんだようである。ヒチコマが液体ワイヤーで少女をとらえ、その背中に戻して離脱する。

 

「悪くない動きよぉ、中々いい乗り心地ねぇ!」

「お見事ー。あれ、よく分からないけれど、ほめられたのかなー?」

 

 その動きに、伊丹たちはしばしあっけにとられる。……が、すぐに切り替えて先頭に集中しなおす。明確な決め手にこそ欠けるものの、逃げる村人からある程度引き離すことには成功した。

 

「撃ち続けろ!牽制を緩めるな!!」

 

 ヒチコマと少女が炎龍の足元で陽動をしつつ、伊丹たちが車両から弾幕を張り続ける。

 炎龍も押されてばかりではない。炎を吐き、腕や足を振るって伊丹たちをとらえようとする。

 

「速度緩めるな!あんなもの当たれば無事じゃすまないぞ!!」

 

 最新の軍用車両には耐火耐衝撃は当然完備されている。だが、それでも人一人を簡単に炭化させるほどの熱に、あれだけの巨体の一撃である。もらえばただでは済まないだろう。そう考えた伊丹は、次で決めるために命令を出す。命令を受け、何かが飛び立っていく。

 そして、早く終わらせたいと考えているのは炎龍も同じであった。どうやらこの短期間でどいつが指示を出しているのか気付いたらしい。炎龍は伊丹たちの乗る車両を執拗に攻撃してくる。

 

「ぐ、おぉおおおぉぉぉぉお!!――隊長!!アイツ執拗にこっちを……!」

「野郎この車両が指示だしてるって気づきやがったか!!倉田、絶対につかまんなよ!!」

 

 他の二台からも援護が来るも、炎龍は振り返らずにこちらを攻撃しつづける。そして……。

 

「うわっ!?」

「まずっ!?」

 

 誘い込まれた高機動車は、横から炎龍一撃をもらって横転してしまう。子供や老人達の悲鳴とともに見える世界が回転し、全身がしたたかに打ち付けられる。

 

 栗林や他の隊員たちの心配する声が響く。そして、その全てをあざけるように、炎龍がブレスを放とうと口を広げる。

 

「まずい!早く脱出しろ!!」

 

 自分たちはまだ何とかなる。だが、義体化していないもの、特に現地住民たちはまずい。

 そう思い、せめてとばかりに近くの子供に手を伸ばす……。

 

「させないわぁ!!」

 

 しかし炎は来ず、代わりに轟音が響き渡る。見ると、例の黒ゴス少女が炎龍の顎をハルバートでカチあげていた。炎龍の炎は出ず、口の中で暴れまわる。

 いいところを邪魔させた炎龍は怒り狂い、少女へやみくもに攻撃を加える。が、ヒチコマが少女を回収してその腕を潜り抜ける。

 

「あと少し……、あともう少しで」

 

 高機動車のドアを蹴り飛ばして伊丹は呟く。まだ、炎龍の動きを止める決定打にはならない。

 そのとき、高機動車の中からよろめきながら立ち上がる姿があった。あの金髪のエルフ娘である。彼女は自分の碧眼を指さすと、しきりに叫ぶ。

 

「ono! yuniryu!! ono!」

 

 喋っている単語の意味は分からない。だが、何を言いたいのかは理解できた。伊丹は炎龍の眼を見る、その左目には矢が刺さっており、明らかにつぶれていた。

 

「目だ!眼を狙え!!」

 

 その言葉に、隊員たちが一斉に銃口を炎龍の眼に定める。この時代、全身はともかく、一部分も義体化していないものは軍ではかなり少ない。特に腕を義体化しているものは、照準のブレとはほとんど無縁である。

 予想通り炎龍は嫌がり、積極的に攻撃をせずに立ち止まる。

 横転した高機動車を遮蔽物にしながら銃撃をしていた伊丹は、その様子を見て命令を出す。村人たちに目と耳をふさぎ、口を開けて伏せるようジェスチャーで指示し、電脳通信を飛ばした。

 

 

「勝本、仁科!!かましてやれ!!――総員退避確認!!開始!!」

 

 伊丹は全車両が離れたのを確認すると、GOサインをだす。

 立ち止まった炎龍に向けて、上空から『ソレ』は降ってきた。先ほど飛ばしたもの、正体は小型飛行ドローンによる一斉爆撃。投下された爆弾が炎龍の周囲で一斉に起爆し、逃げ場のない衝撃が炎龍を襲う。

 耳を覆いたくなる程の壮絶な爆風により、硬い鱗がボロボロに砕かれ、発生した真空の刃が炎龍の肉をズタズタに引き裂く。

 今まで感じたことの無い激痛に炎龍は絶叫し、聞いたものを震え上がらせるほどの咆哮を上げる。

 

「やった!!」

 

 電脳で操作していた仁科と勝本が歓声を上げる。

 炎龍はそのまま数歩後ずさると、よろめきながら飛び上がる。自衛官たちの銃撃の中高度を上げ、そのまま逃げ去っていった。

 

 

 

 炎龍が撃退された。そのことに村人たちはただ唖然としていた。彼らにとって炎龍とは、厄災の象徴であり、逃げられない恐怖である。……しかし、目の前のものたちはそれを撃退して見せた。

 彼らはただ、目の前で奇跡を成し遂げた人物たちを、茫然と見つめるばかりであった。




用語集

『招慰難民居住区』
政府主導で行われた、難民受け入れ政策の実施地。核事件や、そのあとの度重なる戦争により損耗した働き手を安く補充する目的であったが。各地の治安の悪化や日本人の失業率をかえって増加させ、戦後最悪の失策とすら言われている。
(元ネタ:攻殻機動隊)

『小型飛行ドローン』
小型の飛行ドローン。複数を車に詰め込み携行できるだけの大きさで、疑似的な航空支援として用いる。爆撃のほか、哨戒や小さな物資の輸送も行える。欠点はすぐ壊れること。
(元ネタ:オリジナル)

『2-42式小銃』
対サイボーグ戦闘を目的に開発された小銃。軍用サイボーグを貫ける口径と威力を持つ国産銃器。(現行の軍用サイボーグは9㎜程度では破壊することは不可能)
(元ネタ:オリジナル)

『ヘルメット』
サイボーグが被る意味あるのかなと真剣に悩んだ以外はただのテッパチ。
ちなみに繊維強化プラ製。鉄鉢なのに。
色々な追加装備もある。テッパチ優秀。

そろそろ怖いミリオタの方に突っ込まれないかビクンビクンしております。……優しくシテね///。

こんな展開でよかったのかと真剣に悩んでおります。当初は超電磁砲でもだそうZE!とか考えていたんですけど。電力とか、まずそんなやばい火力偵察に持っていくんか?ということで急きょ違うものを探すことになりました。勢いって怖いNE!

キャラが本当にこんな感じかはほぼ手探りです。
そのほかにも、至らぬところがあればご指摘お願いします。私もなるべく改善していく次第です。


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第七話 交流/傲慢の代価

あー、あちい。何でもう秋なのにこんなにあちいのか。

今回はちょっとだけグロ描写が含まれます。苦手な方は決意して飛び込んで下さい。

執筆時に使用したBGMは「theater D」です。
なかなか盛り上がる曲なので、ある場面を読むときにもお勧めしますよ!


「で、どうするんですか隊長?」

「…………。あー、まあやれるだけやってみるわ」

 

 起こした高機動車の後ろに乗るコダ村の住民たちを眺め、倉田は半眼で伊丹に問いかける。

 炎龍撃退より後、アルヌスへ向かう道である。基地へ帰る彼らの車両には、コダ村の子供や老人が一緒に乗っていた。

 

「……本当、どーしよ」

 

 

 話は炎龍撃退後にさかのぼる。戦いが終わった後、伊丹達は損害の確認と、避難民達の手助けをしていた。

 横転した高機動車を起こしたり、犠牲となった村人の埋葬など、その量は大変なものとなった。そのなかで一番の問題は、身寄りのない子供や老人、負傷者である。

 彼らのほとんどは炎龍の襲撃により保護者を失ったり、深刻な負傷を負った者達である。負傷に関しては車内にあった治療用の生体糊で傷の再生を早めるなどの対処はあるが、やはり万能ではない。炎龍襲撃による身寄りのない子供や老人はそれ以前の問題である。

 大多数のものは身内に頼るか、近くの街で新たな生活を歩むという。だが、先ほどの彼らにそこまでの能力はない。残った避難民達に聞いても、受け入れる余裕はないという。

 不安そうな顔で見つめる彼らに、伊丹は元気付けるためにこう言った。

 

「大丈夫!まーかせて!」

 

 

「ま、何とかしてみるさ。やれることからやっていく。それしか方法はないよ」

「その方法って、定時報告の誤魔化しも入ります?」

「さてね。磁気嵐とか何かで繋がらないんじゃね?」

 

 しらばっくれる伊丹であるが、その目は明後日の方向に向いていた。

 

「倉田はやっぱ難民が嫌いか?」

「……まあ、嫌いって程でもないですが、苦手ではありますね」

 

 そう言う彼の声は晴れやかではない。

 

「そっか」

「まあ、あの子達を助けるべきじゃない。……なんて言う気はないですよ。ただの職業病です」

「ああ、わかってるさ。けど、きっとあの子達は倉田が心配するようなことする子たちじゃないよ」

 

 伊丹はそう口元に笑みを浮かべながら言う。

 

「だって、そういうやつは大抵目が濁ってるからさ」

 

 

 

 

 『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』 かのSF作家はこう言ったが、では魔法を使うものにそれはどう見えるのか。

 レレイ・ラ・レレーナは、今自分が見ている光景に驚愕していた。

 地面を疾走する鋼鉄の巨像、統率のとれた動きで一斉に動く巨人の鎧兵、そして同じ人間とは思えない超人的な動きをする兵士達。

 レレイ達を助けたこの集団が、アルヌスの丘にある門からやって来た者達であることは薄々勘づいていた。だが、それにしてもここまで発達した技術を持つものに、学を修める者としてレレイは強い興味を抱いていた。

 レレイの他にも二十人程度の避難民が乗っているが、その誰もが目の前の光景に唖然としている。

 無理もない。炎龍が来ると言われて村を捨て、その炎龍が撃退され、気が付いたら理解の追い付かないものに囲まれた場所にいるのだ。冷静に観察出来るレレイの方がブッ飛んでるといえよう。

 そこから先はもう、あれよあれよと進んでいった。その光景が見えてしばらくしたら、突然降りるよう言われ、彼らのリーダーとおぼしき人物が消えてしばらくすると、目の前に巨人や馬のような何かが現れて住居のようなものを作り初める。天幕をたてていた者に聞いてみると、明日中には完成するだろうとか。そのあまりの違いに、しかし臆することなくレレイはそれらを理解しようとしはじめた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「食料に簡易の住居に衣類その他もろもろの書類……。うあー、仁科助けて!」

「はいはい、装備全部返納したらそっちいきますよ」

 

 頭を抱えて悶絶する伊丹と、それを暖かい目で見る仁科。仁科は弾薬を返納した帰り、伊丹は檜垣三佐や他の上官からたっぷり絞られて来たところであった。

 

「やっちゃったものはしゃーない、書類はお前で用意しろってさ」

「まあ、命令の拡大解釈ですからね。うわー、上層部の顔凄いことなってるだろうな」

 

 伊丹のやったことは完全に命令の拡大解釈であったが、それでも上の方ではどうにか現地住民を招けないかという話になっていたらしく、伊丹の行為は条件付きではあるが認められた。

 

「まあ、書類作成全部やれって言われただけまだましさ。最近じゃ難民に対する風当たりが強いからな」

「あー、倉田もその一人ですしね」

 

 そんな会話をしながら、建設されたプレハブ官舎の廊下を歩く。伊丹達が偵察隊として出ている間に、門周辺の施設もあらかた整ってきているようである。既に各兵器のハンガー建設も行われ始めており、電脳や義体のメンテナンス施設も建設予定だとか。

 伊丹達がプレハブを出ようとすると、後ろの方から呼び止める声がした。

 

「よお伊丹、ちょっと顔貸せよ」

 

振り替えると、そこには薄ら笑いを浮かべる眼鏡の自衛官がたっていた。

 

「あー、柳田二尉、悪いんすけどまだ俺やることが……」

 

 が、ここで応と言わないのも伊丹クオリティである。が、柳田の方も放す気はないらしい。

 

「そう言うなよつれねえな」

 

 これは絶対に放さない気だろうと思った伊丹は、仁科に先にいくようにだけ言う。

 どうやらその様子に満足したのか、柳田は再び口を開き始める。

 

「全く、とんだ茶番だな。通信不良の件、お前さんわざとだろ?」

「さあ、電離層とか磁気嵐とか、なんかあったんじゃないんすか?何しろここ異世界ですし」

 

 とぼける伊丹に柳田は面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「ふんっ、とぼけやがって。お陰でこっちは段取りが狂っちまったんだよ。裏方やってる身としてはたまったもんじゃねえ」

「そりゃご苦労様で」

 

 何だか話が厄介な方向に向かってる気がする。そう感じた伊丹は早々に話を切り上げようとするが……。

 

「伊丹よぉ、その苦労の代わりにちょっくら聞いてほしいことがあるんだよなぁ」

 

 でた、恐らくこれが狙いだろう。

 

「……何をさせる気で?」

 

 その言葉に柳田は口元を歪める。逃がさないとばかりに目を細め、顎でしゃくる。

 

「河岸変えようや、話はまだ少しだぜ」

 

 

 

 柳田に連れられてやって来たのは、隊舎の屋上である。時刻はもう夕方近くなり、隊員のほとんどが仕事のシメに入っていた。

 そんな二人以外誰もいない場所で、柳田は煙草に火をつける。

 

「伊丹、この特地は宝の山だ。俺達の世界と似た環境、動物、そして人間までいると来たもんだ。今の世界情勢は分かるよな、核に始まり重力兵器や新種の環境汚染、戦争は技術を発達させると言うが、急速に発達し過ぎた結果がこれだ。対策も作られるが、問題の涌き出る速度の方が早い有り様だ。さー、そこで特地の登場さ。潤沢な環境、今までの汚染と縁の無い土地。地下資源の可能性も無視できず、おまけに文明は我々以下ときた。そして、それを考えているのは我々だけじゃない。中国、帝政アメリカ、欧州諸国に新ソと来たもんだ。世界中がここを狙ってるのさ、それも血眼でな。日本は確かにかつてより進化した、それこそある程度強弁を言える程度にはな。たが、全世界相手では流石に無理がある。第二次世界大戦(WW2)の結果がまさにそれさ。多勢に無勢、端から無理のある物量差さ。なあ伊丹よ、もしこの特地にそれだけの価値があるとすれば、それだけで全世界と渡り合えるようになるんだよ」

 

 その言葉に、伊丹は肩をすくめる。

 

「柳田さん、あんたが愛国的なのはわかったさ。だが、話が見えんね。それを俺にしてどうしろと?今俺が興味を持っているのは国際情勢より難民達の寝床と飯の手配さ。その国際情勢だって、最近のことで覚えているのは火星に生命体がいたってニュースぐらいさ」

「伊丹、伊丹よぉ、お前さん自分の立場を理解してるのか?他の偵察隊が調べてきたのは、ほとんどがこの世界の生態や文化程度だ。標本とったり陶器類を持ってきたくらいさ。だが、お前さんは人を連れてきた。現地の人間とコミュニケーションをとってきたんだよ。他の偵察隊がなし得なかったことを、お前さんらだけがやってのけやがったんだ」

「それで?あの子らに石油はどこだい金銀はどこだいと聞けと?ここには自動車どころか遠出する為の手段なんてほとんど無いさ。あの子らが知ってるとは思えんがね」

 

 伊丹はそう反論するが、柳田が次に言った言葉に耳を疑った。

 

「そうかねぇ、少なくとも現地住民とコミュニケーションをとったってのは重要さ、上層部としては重要なことなんだよ。それに上の方でも意見が割れててね、一部の連中は白菊シリーズの投入も意見しているぜ」

「白菊だと!!あの子らを使うつもりか!?」

 

 豹変する伊丹に、柳田はくっくと笑いながら答える。

 

「おいおい、絶滅宣言の時は全機投入されたのを忘れたか?それに、勘違いしないでもらいたいが、そう言っているのはタカ派の中でも過激な連中だけさ。だが、あまり長引けばそれも現実的になってくるってことだ。各国に国内、どちらにせよ情報が必要になってくるのさ。それも早急にな」

「…………」

「ま、どのみち遅かれ早かれお前さんのとこにはひとつの命令文が届くだろうよ。そして、そこには必ずひとつの目的が隠れている」

「柳田、あんたどこまで知ってるんだ?」

 

 日がほとんど落ちた空を背景に、「さてねぇ」と柳田は呟く。

 その様子を、伊丹は苦い顔をして見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 避難民用のプレハブ小屋が完成した。避難民達が荷物を運び込むのを見ながら、伊丹は隣に座る泉にコーヒーを渡している。伊丹はいつ通りの野戦服、泉は少し前まで戦術機で作業していたこともあり、強化装備のままである。周りの人間はもうほとんどがなれた。

 

「さんきゅ、手伝ってもらって悪いね」

「汎用的なのも考えものですよね。うちは土建屋じゃないって……」

 

 そう愚痴りながら、泉はコーヒーを啜る。戦術機は高い汎用性を持つため、こういった作業にも駆り出されることが多いのだ。

 

「なんかここに来てから私たち、完全に作業機械扱いされてる気がするんですけど……」

「ご苦労さん、おかわりいる?」

「ん、頂きます」

 

 そんな愚痴を聞きながら、伊丹は自分のうなじを指で二回叩き、ポケットからQRSプラグをとりだし、片方を泉に渡す。彼女が繋ぐと、有線通信で会話を始める。

 

《なんかありました?》

《まあな。そういやさ、白菊の姉妹、確か一人お前のとこの部隊にいたよな》

《ええ、対馬の時は。様子なら聞いてると思いますけど》

《ああいや、そうじゃなくてさ》

 

 頭をかく伊丹に、泉は目を細める。

 

《あの子達がこっちに配備されるかもってことですか?》

《…………》

《……へぇ、心配されてるんですねえあの子達》

 

 その言葉に、伊丹は諦めたように息を吐く。

 

《タカ派の妄言って聞いてたんだけどな……。そっちで探り入ってるならヤバイ感じ?》

《あー、絶滅宣言は無いと思いますよ。それに多分彼女達のもうひとつの方に用があるっぽいですし》

《………………あー、なるほど》

 

 伊丹は合点がいったという顔をする。

 

《ま、今はタカ派が暴走しないよう見張る程度かな?》

《頼むよ本当。さんきゅ、これで大体納得したわ》

《ま、こっちも嫌とは言えないですし》

 

 そう言うと、泉はコードを返す。

 

「所でさ、こっちで飯食べて行って良いですか?」

「あー、もしかしてこの後ぶっ通し?」

「再編成の機動演習ですよ。配置はある程度決まったんですけどね。丁度良いからこのままやれって中隊長が……」

「……鬼だな」

「誰が余計な予定入れたかわかってます?」

 

 泉が凄みのある笑顔を浮かべるが、知らんなとばかりに伊丹は受け流す。

 そんな様子に無駄だと悟ったか、「しかし」と、泉は炊事車両を見つめながらつぶやく。

 

「あの子たち、本当に興味津々ですね。さっきも作業中に近づこうとしてましたし」

「そうだな、一応丘の中腹のドローンには近づかないよう注意しとくか、軍用の半自立型だから危ないし」

 

 炊事車両では、古田とレレイが何やら話していた。どうやらレレイの方からコミュニケーションを取ろうとしているらしい。古田は料理人志望であり、そのこともあって今日の炊事も任されていた。

 呆れる伊丹に、泉は苦笑する。あの様子だと、中々苦労しているのだろう。

 

「あはは、さっきも私の格好が珍しいのか、何人か子供が寄ってきましたよ」

「まあ、向こうからして見りゃ巨人の中からいきなりすごい格好の女が出てきたんだ、そりゃ驚くわ」

 

 そう言いながら、泉は飯を分けてもらうために炊事車両へ向かう。炊事車両による食事の準備が行われているのは、難民受け入れに際し、彼らのプレハブ小屋は基地から二キロほど離れた場所に建てられていたからである。これは、戦闘において難民達を巻き込まないようにするためである。散発的ながら、帝国軍の攻撃は今だ続いているのである。

 

「さて、俺も行かんとな」

 

 難民達の世話は伊丹に一任されている。作業自体は専門の隊員達がやってくれるとはいえ、流石に直接のコミュニケーションは伊丹がとらなければならない。

 

「任されたものはしゃーないし、やれることをやっていくしかないな」

 

 今はまだ問題ばかりでも、少しずつ解決していくしかない。

 

(なんかすっごい既視感あるような……)

 

 そんなことを考えながら、伊丹は炊事車両へむかっていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 皇帝の命令により集められた諸王国軍であるが、結論からいうとその攻撃は完全に失敗に終わった。アルヌスの丘へ向かった将兵はそのほとんどが散り、敗残兵は野に下っていった。

 アルヌス周辺にある修道院に身を寄せる老人、デュラン王もまた、その一人であった。彼は片手片足を失い、僅ばかり残った忠臣を国への帰途へつかせ、自身はこの修道院で体力の回復に勤めることとしたのである。

 そして、いま彼の傍らには一人の女性が座っていた。赤い髪に鎧をまとった気の強そうな女性である。名をピニャ・コ・ラーダ、彼女は帝国の皇女でありながら騎士団を率い、その苛烈さは帝国中の知るところであった。

 彼女がデュランを訪ねているのは、皇帝よりアルヌスの丘を偵察せよとの名を受けたからである。ピニャ自身は、己の率いる騎士団の初陣が偵察などという地味なものであることに不満であったが。

 

「例え臣民親族を人質にされようと無駄なこと。余は只のただの一つたりとも教えてはやらぬ。帝国よ、汝らの不義の罪、我らは決して忘れはしない」

 

 ここにきて数刻ほど、ピニャはデュランに戦いの詳細を話すよう何度も求めるが、彼がそれに応じることはついぞなかった。どうやら皇帝は集めた諸王国軍へ敵の情報を何も知らせず、まるで全滅させるかの如く丘へけしかけたようである。いや、皇帝はそれが目的だったのだろう。デュランもそれに気づいたからこそ、その報復として黙し、何も語らないのである。

 

「どうあっても、話はしないと?」

「そなたが我が家族、臣民を冥府へ送ると言うのなら、余は先に待っていよう。どのみちあのような怪物、我らの手に終えるものではないのだ」

 

 これ以上は完全に無駄であろうと悟ったピニャは、別れの言葉を告げると立ち去っていった。

 

 その背を見つめながら、デュランはあの戦いのことを思い出していた。

 この戦は初めから負けていたのである。だが、参加した誰もがそのことに気づくことは無かった。集まった諸王国軍は合計で十万にも上る。翼竜や重装歩兵を始め、象に剣虎、多数の投石機や弩弓とその様子は大地を埋め尽くすほどであった。

 

 だが、その大軍勢もアルヌスの敵の前には一瞬で蹴散らされた。

 

 それは一瞬であった。第一陣が丘へ迫った次の瞬間、一瞬で軍が消し飛んだのだ。その光景を見たデュランは、まるでアルヌスの丘が噴火したかと思ったほどである。

 そこからは絶望と言っていいほどの惨状を呈した。丘のいったいどこに潜んでいたのか、二本足の生き物が次々に姿を現し、諸王国軍へ襲い掛かったのである。二本の足に不気味な一つ目、大人一人分の大きさに不釣り合いな長い足。長細い口のようなものから小さく火が噴いたかと思えば、次の瞬間にはその口を向けられた味方が倒れ伏している。人数に物を言わせて押しつぶそうとも、その肌には剣を突き立てることもできず、振り払われてその足で踏み潰される。おまけに、丘の上からは断続的な音とともに『ナニカ』が無数に放たれ、兵たちの胴や頭を砕いていく。勇敢に立ち向かったものたちは皆、ハチの巣の様に穴だらけになるか、無数に蠢く異形どもの餌食となることとなった。そこには数刻前の雄姿などどこにもなかった。踏みつぶされて臓物をまき散らし、或いは脳漿をぶちまける。そこにいたのは、ただ哀れに蹂躙され、泣きわめきながら餌食となる兵たちの無残な姿だけであった。

 諸王国軍は何度も挑んだが、遂にその異形どもも、敵の武器も打ち破ることはかなわなかった。だが、そう何度も無策で行くわけではない。勝てないとわかったデュラン達諸王国軍の残りは、夜襲を慣行することに決めた。馬に轡を嵌め、蹄に処置を施す。あらゆる備えを行い、さらに攻め入る場所を入念に定める。

 そして結構の時、音を立てる鎧のほとんどを外し、あらゆる目立つ要因を徹底的に排除した。そう、誰もが確信していた。いくら敵といえ夜になれば警戒が緩むだろう。野に放されている異形達も、夜になれば寝静まるはず。彼らはそう確信し、一寸先すら見えぬ暗闇の中を突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇に無数の赤い光条が見えるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは暗闇の中から現れ、諸王国兵たちの元へ迫る。一瞬のことに驚く兵たちであるが、自分たちに何もないのに気付くとほっと息をつく。そのまま赤い光線は動き続けると、不意に何もなかったかのように消える。きっと脅かしかまやかしの類であろう。そう考えた兵たちは、そっと息を吐くと再び歩を進め始める。すると、前方を歩く兵たちが何かにぶつかった。敵が障害物でも置いたのだろう。そう考えた兵士は、暗闇に慣れた視界で、そこに何が置かれているのかと見上げ……。

 

 

 

目線があった。

 

 

 

 自分をじっと見つめる一つ目。そして、その光景を最後にその兵士の視界を何かが覆った。

 隣の兵士が気付いた時には、その兵士がいた場所は血溜まりとなっていた。異常を察知した兵士たちがあたりを見渡すと、暗闇の中に起き上がるもの、近づいてくるものに気づいた。そして、夜空に突如昼のような明かりが輝いたかと思うと、自分たちを囲むものを照らし出した。

 

 

 

 

 それは、昼間に自分たちへ死を振りまいたあの異形どもの群れであった。そいつらが一斉に一つ目をこちらに向け、軍を囲んでいたのである。

 奥の敵陣に灯りに灯が付き、死の宴が始まる。料理人は敵兵、客は異形ども、そしてご馳走は自分たちである。異形どもが兵士へとびかかり、そこら中に血溜まりができていく。敵陣から放たれたものが兵士に当たり、程よく潰れた肉塊へ変わる。もはや攻め入るどころではない、逃げなければ、ここを去らねば次に餌食となるのは自分たちである。狂乱のさなか、デュランは己たちが何と対峙したのかを悟る。そして、なぜ帝国が自分たちを集めたのかを……。

 自分たちは餌にされたのだ。帝国がこの化け物を知らないはずはない。ならばなぜ自分たちに教えなかった?簡単だ、教えたら意味がないからだ。そう……、あろうことか奴らは、邪魔になった自分たちを焚きつけて突撃させ、敵に始末させたのである。

 ああ、いい道化である。デュランの顔には笑みが浮かんでいた。それは、追い詰められた狂人のそれであった。ああ、いっそ狂ってしまえればどれだけ楽であろう。

 敵陣の中に立ち上がる人影が見える。人間というには余りにも大きすぎるそれを見て、デュランは絶望する。皇帝の目論見は達成された、だがそれがなんだという。あれはもはや我らの手に、人の手に制せるものではない。成せるとすればそれは神か、はたまたは人外の化け物だろう。帝国は怪物の尾を踏んだのだ、いずれ自分達の国も、ここと同じように化け物に蹂躙される。

 それを考えたとき、デュランは笑った。笑って笑って笑った。狂ったようにげらげらと笑った。彼にとっては幸か不幸か、その心が壊れる前に、彼の意識は片手片足とともに刈り取られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー諸王国連合軍、壊滅

 

ー死者、負傷者計上不能

 

 

 

 

 

 

 

 




用語集

『炊事車両』
普通の炊事車両。簡単な料理設備が整っている。
野戦時にはオススメの一つ。

『ATMD-62(ウォリアー)』
自衛軍の小型軍用ドローン。胴部前方に小型機銃とカメラを有し、オプションで背部に擲弾発射機や、粘性弾も装備可能。小型であることから輸送も容易であり、様々な戦場に投入された。
白兵戦にも長け、無数のウォリアーに押し潰される様から、「キルラプター」の名で敵国兵から恐れられている。
なお、特地にて迎撃用兵器として用いられている。
(元ネタ:オリジナル?)


さて、今回は特地住民達との交流の一部でした。もうちょい続けようか悩み所ですね。
今回は特地と日本の技術差、魔法のような技術を魔法使いが見たらどう考えるか……、って書いたはずなんですがそこの自衛官どもでしゃばりすぎじゃワレェ!!
これがプロット倒れってやつですよ、ハハハ……。
本当はささやかながらも美味しいご飯を書きたかったんですがね。誰だよ、後半からホラーもどき書いた馬鹿。


おかしい………どんどんやることが溜まっていく。


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第八話 皇女 つかの間の休息

(原稿終わらん+締め切り迫る)×落書き=オワタ


場面も原稿も全く進まん。『絶望せよ、それが地獄だ』ってか?
ああ~、大学後期始まるんじゃぁ~。行きたくないよお~、成績見たくないよお~。


「うあー、だりい……」

 

 頭をばりばりとかきながら、伊丹は廊下を歩いていた。

 

「書式に始まり丸の付け方、ほんと俺特別がつく方の公務員でよかったよ」

 

 昨日から必死で書類の作成、今日の午後に至り、ようやくすべての提出まで完了したのだ。

 

「これを余裕でこなすんだから仁科本当すげえわ」

「これ、普通の公務員なら余裕でこなす量なんですけどね」

 

 そう返すのは隣で歩く仁科である。書類関連が得意であることから、伊丹の補佐をしていたのである。

 

「だが、その苦労も今日で全部水に流せるぜ」

「ええ!今日はなんといっても……」

 

 そう、今日はなんとアルヌス基地に浴場施設が設置されたのだ。今まで身体を洗う施設がシャワーくらいしかなかったため、これで温かい湯槽に身体を休めることがでするのだ。

 

「いくぞ仁科!!熱い風呂が俺達を待っている!!」

「ええ!一番風呂はいただき……」

「あ、伊丹二尉!避難民の件で施設科から呼び出しが来てます」

 

 今、なにか不穏な声が聞こえたような。

 錆び付いたような音を立て、伊丹が振り替える。

 

「今じゃなきゃだめ?」

「はい☆」

 

 伊丹は天を仰ぐ。

 どうやら、仕事はまだ続くらしい。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「はふう」

 

 自衛軍がアルヌス基地に設置した浴場施設。天幕の中に浴槽と脱衣場、シャワーなどを最低限置いたそこで、ロウリィは肩までお湯に浸かっていた。

 

「まさかこんなところに本格的な浴場があるなんてねぇ。運がいいわぁ♪」

 

 特地では浴場、特にお湯を並々と注いだものは滅多にない。それこそ、高貴な身分や祭典のときぐらいである。

 

「彼らの技術は信じられないほど進んでいる。この浴場も毎日使えるらしい」

「本当ぉ!!」

 

 この浴場の外で見張っている小柄な女性から聞いたことをレレイがいうと、ロウリィは花のような笑みを浮かべる。

「神官様は、余り浴場に入らない?神殿にはあると聞いたが?」

「ロウリィでいいわよぉ。そうねぇ、私は各地を使徒として巡り歩いていたから、余り機会はなかったわねぇ。それにしてもぉ、これだけのお湯をそう毎日調達出来るなんてぇ、一体何者なのかしらぁ」

 

 そう、この浴槽いっぱいのお湯を毎日調達出来ることといい、謎が大きすぎるのである。

 

「幻術の類いに幾体もの怪異の使役、他にも未知の技術を彼らは多数持っている。まだ推測の域を出ないが、念話を使用する者もいるかもしれない」

「そうねぇ、私の見た限りでも、恐らく高度な文明を有しているのでしょうねぇ。貴方はなにか知らないかしらぁ?」

 

 ロウリィが話を振ったのは、隣で同じく湯船に浸かる金髪のエルフの少女である。

 

「……え、私!?ええと……、悪い人じゃないと思う……よ?」

 

 いきなり話を振られたからか、かなり慌ててるようすである。

 

「……ふふっ、そうねぇ。少なくとも、粗野な人間ではないことは確かね。……確かテュカ……って言ったかしら?あなた」

「え、ええ。コアンの村、テュカ・ルナ・マルソーよ……」

「マルソー?……ふふっ、あのマルソーかしらぁ」

「??」

 

 首を傾げるテュカであるが、ロウリィはそのまま話を続ける。

 

「そう、そういえば貴女ぁ、彼らに助けられたんでしたっけぇ」

「……そうみたい。その時のことは、余り覚えてないけど」

 

 暗く顔をふせるテュカ。

 

「ふうん……。レレイの住んでた村も、彼らに?」

「同じく、ここまで手助けをしてもらった。炎龍との戦いは、貴女も知る通り」

「そうねぇ、一緒に戦って、悪い気はしなかったわぁ」

「なら、信用できる?」

 

 レレイが気にしているのは、彼らがなんの目的で自分たちを助けてくれるのかである。レレイとカトー、ロウリィはともかく、他の子供はいく当てがない。それゆえ仕方なくここに身を寄せたが、彼らにとって見知らぬ軍隊である自衛軍は、恩があると同時に、それでも信用できるか判断しかねていたのだ。

 

「見返りを求めるならわかる。だが、彼らはなにも求めない。それが不思議」

「そうねぇ、全くの善意というわけではないでしょうけど、今は任せてもいいんじゃないかしらぁ」

 

 その言葉にレレイは首を傾げる。ロウリィは何を根拠にそれを言うのか、レレイには今一つわからないのだ。

 

「どうしてそう言い切れる?」

「彼らが炎龍と戦ったこと、そしてそれを撃退したことよぉ。正直な話、彼らは逃げることもできたわぁ。あの速さなら可能でしょうねぇ。でも、それをしなかったぁ。彼らは自分たちに炎龍を引き付けて、避難民達の逃げる時間を稼いだわぁ。つい最近あったばかりの異国の人間に命を懸けるのは、そう簡単に出来ることではないわぁ。だからこそ、私は彼らを、少なくとも信じられる人間だと思っているのぉ」

 

 その言葉にレレイが考え込んでいると、外の方から高い声がして、コダ村の子供たちが浴室に入ってきた。 

 子供達の笑い声や驚く声、楽しげな声を聞いて、レレイもこの事は一旦おいておこうと考え、お湯に深く身体を沈める。生まれて初めての浴槽は気持ちよく、身体中を温かく包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 さて、今のところコダ村の避難民の面倒は伊丹達自衛官が見ているが、いずれは彼ら自身で独立して生活をしなければならない。しかし、それにも問題がある。

 それは、彼らのほとんどは何処にも行けなかったからこそ自衛軍に保護されているということ。つまり、自活能力が低い、或いはないと言うことである。

 簡易居住区に身を寄せている人間は、ほとんどが子供、或いは老人や負傷者である。一部の例外を除けば、ほとんどが木を伐って売るとこも、狩猟を行うことも困難なのである。

 

「どうしよう、このままじゃ身売りでもするしか……」

 

 そう苦い顔をするのはテュカである。彼女は健常ではあるが、近くのエルフの集落が全滅してしまった以上、身を寄せる場所がここしかないのである。街へ出ようにも一人ではエルフであることが足枷となってしまうのである。

 それ故に、この近辺で出来ることを探さねばならないのだが、何しろここは本来人の住み着かないアルヌスの丘である。やれることがほとんど無いのだ。

 だが、テュカの手詰まりと言うような顔に、レレイは否と言う。

 

「その必要はない。先ほど自衛軍から、丘の中腹にある翼龍の死体から、好きなだけ鱗をとって良いと言われた。翼竜の鱗は高く売れる。それである程度の生活費は稼げるはず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、隊長。俺たち今度は運送業者ですか?」

 

 ドライバーの倉田が、遠慮なく伊丹へ不満を告げる。

 

「あの量の鱗を売るには、ここからかなり離れたイタリカまで行った方が信用は確実らしい。それに、難民の自活は良いことだよ。上の方からも特地の経済状況を見てこいって指示もあるしな」

 

 

 既に車内にはレレイを初め、ロウリィやテュカが乗っている。伊丹達も装備の確認が終われば直ぐに出発できる状態である。

 翼竜の鱗は日本円に換算すると、綺麗な物で三万円位の値がつくらしい。当然それだけの値段となると、相応の街で売る必要が出てくる。そこらの店では安く買い叩かれるかもしれないからだ。

 

「ドローンの積み込み、全機完了しました」

 

 確認報告をするのは勝本である。特地では炎龍の様な危険生物がいることから、効果のあった飛行ドローンを初めとして、様々な武器が加えられていた。

 

「しかし対戦車用粘性弾はともかく、高周波ブレードなんてどうしろってんだよ……。俺たちはサイボー○忍者じゃないんだぞ」

 

 支給された武器に混じっていたそれに嘆息しつつ、伊丹はそれを手に取る。

 単体完結型の高周波ブレード。内部電源で動いているため使用が容易であり、切れ味も鋭い。が、卓越した義体使いならともかく、伊丹達一般の自衛官にこれで炎龍の様な化け物と戦えと言っているとは思いたくはないものである。

 

「○奪でもしろと?」

「むしろホドリゲス新陰流かも」

 

 そんな事を話ながら、伊丹は武器が積み終わるのを待ちつつ、今日のニュースを電脳で日本から受け取っていた。普段受け取らないようなニュースまで見ているのは、あのときの柳田との会話を引きずっているからかもしれないが。

 

「火星の探査機故障に、スウェーデンで不死身のヤギが暴れまわってる。……あれ、割りとえらいことになってないか向こう?」

「隊長、荷物の積込が終わりました。……どうしたんですか?」

「いや、何でもない。おやっさん、点呼!」

 

 ARで展開していたニュースを閉じ、伊丹は仕事へ戻る。桑原が点呼や陣形確認を行い、第三偵察隊とヒチコマを連れた車列は、基地の外へ走り去っていった。

 

 さて、翼竜の鱗をどこに売りにいくかと言うことであるが、これに関しては当てがある。カトーの知り合いに信用に足る商人が居るとのことで、その人物がいるイタリカの街というところへ行くこととなった。

 

「テッサリア街道、それにロマリア山麓……と」

 隣に座るレレイから地名を聞き、桑原が地図に名前を入れていく。使用する地図は、桑原の電脳内のデータと紙の二つである。紙の地図を用いる理由としては、特地が門の日本側と比べて、衛星などの支援すら期待できない程の場所だからだ。紙などの媒体が、電子機器に比べて単純であるがゆえである。

 外を追走するヒチコマが、通信機を通してロウリィ達と談笑する声が車内に響く。どうやらAIゆえの学習能力か、それくらいの会話ができる程度には特地の言語を使いこなし始めているらしい。

 レレイは桑原の持つ地図や、彼らが電脳を弄るときの様子に興味があるらしい。

 そんな様子を前で聞きながら、倉田は笑いながらつぶやく。

 

「おやっさん、小さい女の子相手に楽しそうっすね」

「ばっか、その言い方だとおやっさんロリコンみたいだろ」

 

 そんな、本人に聞かれたらただでは済まないことを言い出す倉田に、伊丹は軽くヘルメットを叩いて突っ込みを入れる。

 

「な、杞憂だったろ」

「はは、皆ずいぶん打ち解けてきましたしね。ヒチコマも楽しそうですし」

 

 倉田自身もコダ村の子供達相手に何度か遊んでおり、一番の懸念は既に解いている。もともと彼が心配していたのも、難民区画の警備であった時の名残のようなものであったからだ。

 ロウリィがテュカをからかったり、レレイが桑原に質問する声をBGMに、車列は街道を通ってイタリカへ走っていく。

 

「……ん?伊丹二尉、アレを見てください」

 

 走りつづけてしばらく経ち、もう直ぐイタリカが見えるだろうというころ。倉田が何かを見つけたらしく、指をさす。

 

「あれは……煙か?」

 

 指差された方向を義眼で拡大した伊丹は、遠くの方で煙が上がっているのを見つけた。前回見たエルフの里が襲撃されたときの煙と比較するが、その規模ははるかに小さい。が、それだけで楽観視するのは危険だろう。

 

「なあ倉田、あれなんだと思う」

「少なくとも焼き畑とかじゃないですよね。炎龍にしては小さいですし。というかあれ、俺らの行き先じゃないですか?」

「うわ、面倒ごとの匂いしかしねえ。――全車に通達、周囲への警戒を厳に、対空警戒も怠るな。――以上」

 

 各応答を聞きつつ、伊丹はどうするか考える。

 鱗を売るにはイタリカでなければならない、というのがレレイの意見である。が、伊丹の勘が囁いているのだ。あそこは何か面倒なことが起きていると。

 

「こういう時あの人なら、ゴーストの囁きって言うんだろうな。……レレイ、本当にあそこじゃなきゃダメ?」

 

 予想通りと言うべきか、レレイの返答はイエスである。伊丹がどうしたものかと困っていると、座席の間からロウリィがひょっこりと顔をだす。そのまま暫く前を見ていたが、やがて不気味な笑みと共にこう呟いた。

 

「血の臭いがするわぁ。とっても、とぉってもたくさんのぉ」

 

 伊丹達には上手く聞き取れなかったが、少なくとも物騒な事を呟いていることだけはわかった。

 鉛色の空を見上げながら、伊丹はこの先に起こるであろう面倒事を思い、深々とため息をついた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 殺せ、殺せ、殺せ!!

 破城鎚が城門を砕き、弓矢が民兵の胸へと吸い込まれる。

 落ちてきた兵士に群がり、剣が針山のように突き立てられる。

 ここにいるのは盗賊達、皆がかつて諸王国連合に属していたものたちである。

 アルヌスの丘で壊滅し、全滅した彼らの一部は盗賊へと身をやつしていたのだ。

 

 彼らは戦争をしていたのだ。あの日、アルヌスの丘で起きたことを彼らは忘れない。忘れることなどできない。

 あの日彼らは無造作に踏み潰された。刃を交えることも、肉を断つ感触を感じることもなく、ただ餌のように追いたてられた。彼らは今でも夢に見る。遠くから聞こえる爆音を、襲いかかる異形どもの姿を。

 彼らは憎んだ。アルヌスの敵を、帝国を、自分たちの指揮官どもを憎んだ。そしてその憎悪は、破壊と暴力という形で吹き出たのである。

 元々は強大な連合軍である。残党の寄せ集めとはいえ、その戦力は強大だ。なまじその強大な暴力が無作為に暴れまわるから始末に終えない。

 そしてその暴力は、近くの街や村を次々と襲った。そして、イタリカもまた、その矛先となったのである。

 犯し、殺し、奪う。それが彼らの求める戦争である。

 彼らは思う。決して……、決してあのような一方的な物であってはならない。あのような……、理不尽なものであってはならないのだと。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「どう思うよ、あれ」

 

 イタリカの街、その城壁前で停車した伊丹達は、その門から少し離れたところで観察していた。

 

「そのまま突っ込んでったら、間違いなく敵と思われるでしょうね」

「むこうさんからしたら、襲われた直後だろうしね。怪しい者は殺っちまえ、みたいな感じになってたら洒落にならんな」

 

 城壁の上には石弓や弩、熱湯を沸かしているであろう鍋等がずらりと並んでいる。城門は壊れ、如何にも少し前に戦いましたという風である。いや、事実戦っていたのだ。伊丹たちが見た煙が、恐らくはその時のものである。そして、鎧を纏った兵士であろう人物が、大きな声でこちらに叫んでいるのだ。

 

「翻訳しますねー。『何者かー!?敵でないなら姿を見せろー!』――とのことです」

 

 この中で一番特地の言葉に精通しているであろうヒチコマが翻訳を行う。が、どうにも言い方のせいか緊張感が抜けてしまう。

 どうやら敵と誤解されているのかもしれない。

 

「なら、私がいく。迷惑はかけられない」

 

 そういうとレレイが降車しようとする。どうやら他の特地側二人も同じ考えのようで、次々と外へ出ていく。

 どうやら誤解を解きにいくらしい。しかし、自分より年下の女の子だけを危険な所へ立たせられるほど伊丹は神経が図太くはない。少し頭を掻いたのち、伊丹はヒチコマへ指示をだし、自分も外へ出る。

 

「あー、悪いけどちょっと一緒に行ってくるわ。ヒチコマ、ついてこい。もしもの場合は彼女達を回収して離脱しろ」

「アイアイサー」

「それと、こっちからは手を出すなよ。何かあったら全車引き返せ。もしもの時、三人娘は俺とヒチコマで回収する」

《了解》

 

 ヒチコマがアームで敬礼の物真似をし、伊丹の隣へやって来る。多少警戒されるかもしれないが、そこはヒチコマの人格?へ期待しよう。万一の場合は1人と1機が矢避けになれば良いだろう。戦闘機動であれば、伊丹なら人を抱えてこの場を離脱することは余裕である。無論ヒチコマは言わずもがな。

 

「ヒチコマ、俺の電脳に通信繋げろ、同時通訳してくれ」

「了解ですー」

 

 敵戦力を義眼でスキャンする。すると、顔をだしてる兵士の他に、何人かの反応を見つけた。どうやら、まだ他にも兵士が隠れているらしい。

 敵の攻撃に警戒しつつ、伊丹はレレイ達の所へかけていった。

 

 

 

 

「敵か味方か……、一体」

 

 ピニャは通用口から外を覗き、近づいてくる彼らを観察していた。

 なぜアルヌスの敵を視察する任務を受けた彼女がここにいるのか。それは今から少しばかり前へ遡る。

 アルヌス周囲の聞き込みをし、敵の軍が何者か調べていたピニャは、炎龍の襲来とそれを撃退した戦士達の話を耳にした。

 この噂を聞いたピニャは、その者達がアルヌスの彼らではないかという推測を立て、いよいよ敵が出てきたのではと警戒した。そして、イタリカ襲撃の話を聞いたとき、ついに攻撃が始まったと思ったのだ。ピニャは敵の戦力を探るため、少数を率いてイタリカへと向かった。

 が、蓋を開けてみれば襲撃者はただの盗賊。しかも自分たち帝国が呼び集めた諸王国連合の残党である。

 完全なスカであることにピニャは落胆したが、かといってイタリカを放置することもできない。こうして、なし崩し的にピニャがイタリカの防衛指揮に当たることとなってしまったのである。

 そんなピニャの覗く先、イタリカ城壁の外にやって来た謎の集団に、彼女はどう対応するか悩んでいた。

 馬の無い荷車?3台に奇妙は生物一匹、おそらくはその硬そうな外見と大きさから、噂に聞く蟲獣とやらかもしれない。そして、その集団に警告する騎士ノーマの声を聞いてか、幾人かがこちらへ向かってきていた。

 やって来るのは三人。魔導師とおぼしき少女と、風変わりな格好のエルフはまだいい。が、問題はもう1人である。

 

「エムロイの神官服……、かなりの手練れと思われますが」

「手練れもなにも、あれはエムロイの亜神ロウリィだぞ!よりにもよってあの『死神ロウリィ』がこんな時に……」

 

 隣でピニャと覗いていた彼女の部下、グレイ・コ・アルドはその言葉に驚愕する。『死神ロウリィ』と言えば、亜神の中でも特に恐れられる危険人物である。故に、一部のものからは厄災と同義にすら扱われているのである。

 そんな本人が聞けばぶーたれそうな事を思い、グレイとピニャの背筋に寒いものが走る。先ほどの盗賊の襲撃もある。彼女達が敵にならない保障はどこにもないのだ。

 

「エルフに魔術師、それに亜神や蟲獣、戦えば苦戦どころではありませんな」

「とは言え、敵であるとも言い切れまい。」

 

 そう、敵ならば少し前の防衛戦に参加しているはずである。その後に加わったとしても、これだけの少数で来た理由がわからない。なら、ここは味方、あるいは関わっていない第三者と考えてもよいだろう。

 あとはどうやって引き込むかである。あれだけの者が加わってくれれば戦力としては申し分ない。しかし、普通に頼んでも加わってくれる見込みは薄いだろう。そこでピニャは勢いに任せて引き込んでしまうことにした。ここには街の住民達の目がある。上手く巻き込む流れにしてしまえば、向こうも退けはしないだろう。

 

 

「よく来てくれた!!さあ入ってくれ!」

 

 勢いつけて通用口を開ける。目の前にいるのは驚く三人と一匹?そして……。

 

「イイッタイメガーァァァ!!」

 

 顔を覆いながらふらつく男の声が聞こえた。

 

「……………………………ゑ?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「……いってぇ。痛覚切ってない上に直撃とか、これが特地流オモテナシなの?」

 

 顔面をさすりながら、伊丹はそう呟く。隣ではテュカが何やらドアをぶち開けた女性に抗議している。どうやら、いきなり開けて伊丹に当たったことを抗議しているらしい。伊丹自身はほぼ全身義体の為影響はないが、知らない人から見てみれば思いっきりドアが当たったのである、十分に詰られる要因になるだろう。

 

「あら、意外と頑丈なのねぇ」(ヒチコマ翻訳中)

 

 そんな伊丹の様子にロウリィは少し感心したように笑う。

 

「この程度で倒れてられないしね。テュカは?」

「想像の通りよぉ。貴方のことでぇ、皇女に抗議しているらしいのよぉ」(ヒチコマ翻訳中)

「へぇ、彼女が皇女様………なんだって?」

 

 伊丹は驚き、ヒチコマに確認する。

 

《ヒチコマ!マジでそう言ってたのか?》

《そうですよー?本当にお尻の穴とか弱いのかなー?》

《誰から学んだか知らないが直ぐに忘れなさい……》

 

 どうやら本当のようである。電脳通信のため突然黙りこんだ伊丹に怪訝な顔をするロウリィとレレイ。が、伊丹にはそれを気にしている余裕はない。何せ皇女様(……らしい)なのだ。完全な確証はないが、いきなり敵国のトップクラスが現れるとか、予想外にもほどがあるのである。

 とにかく、もし本当ならば自分たちの素性がばれるのは不味い。

 ふむ。と伊丹は考える。幸いにこちらの素性はまだバレていないだろう。なら、先ほどのことの理由を聞くのも含めて、さっさとやることやっちゃった方が良いだろう。そう考えると、伊丹はテュカと、その皇女とやらの間に入っていった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい…、はい、ではそのように」

「命令は?」

「近日中、日本に特地の住民が招かれるらしい。そのタイミングで、特地住民を此方へ『招待』しろ、とのことだ」

「性急すぎないか?今の日本は以前より動くのは困難だ。」

「問題は無い、我々が動き辛ければ、『スタッフ』に動いてもらえばいい話だ。少しつつけば出ていくはずさ。それに、政府も血眼になっている。潤沢な資源と環境の手がかりなのだから」

「わかった、こちらも人員と装備の手配をしよう。場所は?」

「ポイントB-6だ。ぬかるなよ、公安と審議局の犬がかぎまわっている」

「ああ、見つかるヘマはしないさ」

 

 

 

 

 

 

 

「我が国のため、是が非でも手に入れさせてもらうぞ」




用語解説

『対戦車用粘性弾』
通称粘着弾。主に兵器の鹵獲や行動阻害用に使用されるもの。着弾すれば半ゲル状の速乾性の物質をあたりにまき散らす。この物質は乾燥すれば非常に強固なものとなり、多脚戦車や強化外骨格の出力でも引きちぎるのは困難となる。特に関節等の部位に着弾すれば、内部で硬化し、関節の駆動を阻害、或いは破損させることがある。溶解液で除去可能。
(元ネタ:攻殻機動隊、元ネタ内での名称は不明)

『高周波ブレード』
義体、及び戦術機に配備される近接武装。高周波により刃を振動させ、その振動を用いて切断する武器。言葉にすればその仕組みは単純であるが、近接武器としてはかなりのモノであり、熟練した使い手であれば攻撃においてその真価を発揮する。
(元ネタ:メタルギアライジング リベンジェンス『MGR』)

『火星探査機』
月軌道外進出を目的に打ち上げられた探査機。今までにも多数のモノが打ち上げられており、今回もその一つに当たる。
 送られてきた映像に生命体らしき映像が映っていたが、直後に交信が途絶、詳細は不明となってしまった。なお、色は赤かったらしい。

『ヤギ』
スウェーデンで暴れまわるヤギ。理不尽な生命力を持っており、高所から落下した程度では死なないヤギっぽいナニカ。魔術の儀式を始めたり月に行ったりしてるが多分ヤギ。運転するけど多分ヤギ。多分ウシ科ヤギ属の生き物。
フラフープとかレンガかったほがマシ。


 MGRの続編は出ないんですか?
 それはともかく、あの作品にはSFのロマンがこれでもかってくらい詰まっていると思うんですよ。

泉二尉ですが、色を付けてみました。……原稿ほったらかして何やってんだろ。
それに伴い前の方は消させていただきます。容量食うので。


【挿絵表示】



 予想以上に話が進まない、早く下巻の方行きたいのに。正直大幅に活躍できるのってあの辺からなんですよね。まあ日本のホームグラウンドですから当たり前なんですが。


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第九話 死召舞踏 招かれるは何者なるや?

あ~、後期始まるんじゃあ~。課題めんどくせぇ。

イラスト下さったかた。ありがとうございます。何時も執筆の励みとなっています。感謝をしてもしきれません。

テクノロジーの発達した未来。
ますます不思議ガジェットが出現し、遠い未来のようなすごい物の完成しはじめてますね。なんか出そうとしていたものが実際に作られていて驚いています。


 現在、アルヌス基地は怒号に包まれていた。

 その理由は、伊丹から届いた通信であった。

 いわく、戦闘に巻き込まれたとのこと。敵はその辺を襲う盗賊であるが、数は多く、六百に達するとか。

 さて、この通信を聞いて立ち上がったのは、打撃部隊の面々である。最前線なのに今まで出撃出来なかった彼らにとって、これは朗報とも言えるものであった。何しろこれでようやく戦えるのだ。最早猿山もかくやの煩さに、狭間陸将は頭を抱えていた。

 

「第一戦闘団第101中隊、多脚戦車部隊、および各ドローン隊、発進準備完了しました!各運用士官、機械化歩兵隊も配置についています」

 

 第一戦闘団長の加茂一佐が前に出る。どうやら既に、第一戦闘団は集結してしまっているらしい。狭間の頭に、重い音を立てて整列する多脚戦車部隊と、それを取り囲むように駆動音をならす強化外骨格。そして輸送車両の中に積み込まれているだろうウォリアーの群が思い浮かんだ。戦場に着けば、そのすべてが地面を蹂躙するようすが容易に浮かび、狭間は頭を抱えた。

 が、それだけでは終わらない。今度は第四戦闘団長の健軍一佐が前に出る。

 

「ダメだ!!地上戦力では遅すぎる!!陸将、ここは我々第四戦闘団におまかせ下さい」

 

 第四戦闘団は空中戦闘を主とした戦闘団である。空戦用ドローンを運用する航空管制兵、ジガバチ等の大型自動爆撃ヘリや輸送機を配備しており、機動性は全部隊最速である。

 健軍とその部下用賀が何かに憑かれた様にコンポとかワーグナーの話をしはじめるが、狭間の顔は固い。

 

「しかし……、敵の防空戦力の把握がまだだ」

 

 これは、現在の軍の一種病気の様なものだろう。航空戦力を投入する際、地上の対空戦力を過剰に警戒してしまうのだ。

 

「ならば是非我々第一戦闘団を……」

「いえ、陸将ここは是非我々第六戦闘団におまかせ下さい」

 

 ここぞとばかりに食い込もうとする加茂を退けるように、今度は女性自衛官が前に出る。

 

「我々第六戦闘団であれば、第四戦闘団の機動力についていけます。第601戦術機中隊の編成が終了し、既に戦闘可能です。我々が第四戦闘団を地上から援護します」

 

 第六戦闘団は、戦術機を中心とした打撃部隊である。その汎用性の広さから、今までは施設科に建設機がわりに使われていたが、ようやく本来の戦闘を行えると全員息巻いていた。

 第六戦闘団率いる静井一佐も、既に強化装備に着替えており、完全に行く気である。

 狭間は第四戦闘団が空中から叩き潰し、第六戦闘団が地上から踏み潰す光景を考え、深くため息をついた。それを見た人々が神の怒りだとか、巨人兵の蹂躙だとか言い出すのが目に浮かぶようである。

 どこかの火の七日間を頭に浮かべながら、狭間は判断を下す。

 

「第四戦闘団から401中隊、第六戦闘団から601中隊を出し、合同で作戦に当たれ。指揮権は健軍一佐に任せる」

 

 加茂が世界全てに絶望したような顔をし、健軍と静井がぐっと拳を握る。

 

「静井一佐!ついてこいよ、加減はしないぞ!!」

「望むところです健軍一佐。我々が地上戦力最優である由縁、是非見せましょう」

 

 腹に響くような笑い声を上げながら、二人の変人が出ていく。

 この後起こるであろう蹂躙を思い浮かべ、狭間は右手のひらで顔を覆った。

 

「どうしようこいつら……」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「発射機はそこに、自走機銃はここ」

 

桑原が隊員達に指示をだし、城壁に機銃やドローン発射機がセットされる。

 

「ドローンリンク正常。1から5番まで出せます」

「二番機銃動作正常、三番機銃動作正常」

 

 指示を受けた隊員達がそれぞれ機材を抱え、設置と動作の確認を行う。

 

「ドローンはどれくらい飛ばせる?」

「中継器を置けばもうちょいいけますけど、素だとここから屋敷くらいまでが限界です。」

「もう少し長く出来ないか?」

「出力を上げればいけますけど、フィードバックが危険ですね。中継器無しにやると落ちたときに脳が焼けます」

 

 結局、伊丹達はピニャの要請を受け入れ、イタリカの防衛に参加することとなった。

 

「ねえ、どうして防衛戦に参加したのぉ?」

 

 義眼の暗視機能を確認する伊丹に、ロウリィはそう尋ねる。

 

「貴方達にとって彼女らは敵、守る必要なんてないわぁ。それに、もし本当に市民を守りたいのだけだととしても、どうして皇女の指揮下に入ったの?わかっているとは思うけどぉ、彼女、貴方達を捨てゴマににする気よぉ」

 

 伊丹達が任されているのは南門。防備が薄く、もっとも攻めやすい場所である。しかも、伊丹達以外は誰もいない。彼女は伊丹達を囮として使おうとしているのだ。

 

「市民を見捨てられないってのは事実だよ。そこに嘘はないさ」

 

 伊丹は昔の風景を思い浮かべる。黒い煙と赤い炎で飾られた街の風景だ。あのとき伊丹はまだ若く、新兵同然であった。しかし、その地獄だけは今でも覚えている。それは、あの時現役だった桑原達も同じだろう。黒川や栗林も、学生の頃に経験しているはずだ。

 ここから見渡すイタリカの街は、夕日に照らされて、まるで絵画の様である。そして、そこには今も誰かの家族や大切な人が住んでいるのだ。

 

「ま、檜垣さんには怒られちまったけどね。それに、ロウリィの疑問の通り、それだけじゃないさ」

 

 日が沈み、向こうに見える城壁に明かりがともり始める。義眼を使えば、きっと柵や土塁を積み上げている人々が見えるだろう。上からの命令があれば、自分たちは彼らにも銃を向けねばならない。それが兵士である。

 

「自分たちと戦うより、仲良くした方がいいって思わせるためさ」

 

 今はあの頃とは違う。一人残らず殺す必要は無いのだ。

 ロウリィは伊丹の顔をじいっと見た後、口の両端を釣り上げて笑みをうかべる。

 

「ふふっ、そう、そいうことねぇ」

「満足していただけたかな?」

 

 そう聞くと、ロウリィはうなずく。そして、城壁の手すりに飛び乗ると、踊るようにクルリとお辞儀をする。

 

「ええ、とっても、とっても満足よぉ。エムロイは戦う動機を重視するわぁ。だからこそ、あなたたちが気に入ったのぉ。だからこそ私も、喜んで協力させてもらうわよぉ」

 

 星が光り始める夜空を背景にして、ロウリィはそう宣言する。

 その姿は、まるで死神の様に、妖しく美しいものであった。

 

 

 

 

 

 

 武器の設置も終わり、日が沈んでしばらく経つ。義体の身体で小銃を握り、電脳で自走機銃を幾つか通して警戒していると、自走機銃を通して喋り声が聞こえてきた。

 レレイやテュカは、近くで舟をこいでいる。日頃から訓練をしている自衛官たちと違い、彼女たちには夜通しの警戒はきついものがあるのだろう。ほかの隊員たちは、みな各々が武器を構えており、私語をする者はいない。

 

「ねえねえロウリィさん。ロウリィさんは神様なの?」

「ええ、そうよぉ。それがどうかしたのぉ?」

 

 子供のような無邪気なしゃべり方と、甘ったるい口調の話し声が聞こえる。おそらくは、ロウリィとヒチコマであろう。

 注意すべきか悩んでいた伊丹だが、その話の内容に少し興味がわいた。

 

「じゃあ、神様なら魂を知ってるの?」

「魂?」

「うん、魂。僕たちにはゴースト、いわゆる魂が無いみたいなんだ。僕たちは作られた機械だから」

 

 あっさりと言うヒチコマだが、ロウリィはその言葉に驚いた顔をする。

 

「驚いた、あなたはぁ、生き物ではないのぉ?」

「僕も、他の兄弟?達も、皆機械だよ。作られたのは剣菱重工って所で、僕たちは皆基地に帰った時に並列化するんだ。だから兄弟みんなが僕で、僕の記憶は兄弟みんなが持っているんだ」

「そう、そうなのぉ……」

 

 ほほ笑むロウリィに、ヒチコマは相変わらず小さな疑問を大人に聞く子供の様に、ロウリィへ問いかける。

 

「僕たちは魂が、個人を個人たらしめるものだと考えているんだ。じゃあ、個人じゃない僕らには、魂は無いのかな?ねえ、ロウリィさんは魂がなんだか知ってる?」

 

 ヒチコマの前に立ち、その装甲を撫でるロウリィ。その姿は、獣に洗礼を施す女神の様であった。いや、もしかしたらその通りなのかもしれない。

 

「主神様は、高潔に戦うものの魂を何より気にいられるのぉ。あなたの問いに答えることは、今はできないわぁ。でもいずれその時、貴方が神に召される時には、きっとわかるはずよぉ」

 

 

 

「戦いなさい、その時が来るまで全力でぇ。その生きざまを示せば、きっと主神はお答えになるわぁ」

 

 

 

 その言葉に、ヒチコマは疑問を示す様に身体を傾ける。

 

「………?ロウリィさんにもわからないの?」

「ふふっ、どうかしらぁ。でも、貴方のことは気に入ったわぁ。そうねえ、あなたに祝福を与えてあげる。亜神として、いずれ生まれるあなたに祝福を……」

 

 そういうと、ロウリィは撫でていた手を止め、ヒチコマの上に右手を置く。

 

「この者にエムロイの祝福を、戦う術を与え、死を遠ざけんことを」

 

 厳かに、しかし慈愛に満ちた眼差しで、ロウリィはそう呟く。

 

「やったー。よく分からないけど、経験値がはいったかな?」

「そうねえ。少しづつ、少しづつ探していくといいわぁ」

 

 子供の様にはしゃぐヒチコマにそう語りながら、ロウリィは手を放す。

 向こうを見てくるといってその場を去ったヒチコマを見送ると、ロウリィは虚空へ語り掛ける。

 

「盗み聞きかしらぁ?あまりいい趣味ではないわよぉ」

《たまたま聞こえたのさ。まあ、そのまま聞いちゃったのは事実だけどね》

 

 どうやら、自走機銃越しに聞いているのはロウリィにばれていたらしい。

 

《それで、あの子には魂はあるのかい?》

 

 話題そらしとばかりに、伊丹は先ほどの話題を出す。管理を任されている者として、知りたいことでもあるのだ。

 特別気を悪くした様子もなく、ロウリィは答えを返す。

 

「そうねえ、断言はできないわぁ。いずれ生まれるかもしれない、そうじゃ無いかもしれない。あの子はそういう、曖昧な所に位置しているのよぉ」

《なんだかはっきりしないな》

 

 そう言うと、ロウリィは少し頬を膨らませる。

 

「仕方ないわよぉ。似たようなことはあっても、滅多にあるものではないわぁ」

《こっちでも、ヒチコマのような存在は少ないのか》

「ええ、私たちの常識とも異なる者よぉ」

 

 でも、とロウリィは付け加える。

 

「あの子は私たちとは全く異なる生まれ方をしようとしている。それは、もしかしたら新たな存在としての在り方なのかもしれないわぁ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「きた!」

 

 最初に気が付いたのは、飛行ドローンで偵察を行う勝本であった。

 

「どこだ、勝本」

「東門から火の手が上がってます。多分火矢か何かでしょう」

 

 義眼の倍率を上げて確認する。確かに火の手が上がっており、応戦する民兵たちの姿が確認できる。

 

「うっわ、当たるなよぉ。全身火傷って無茶苦茶キツいからな」

「どうします、 隊長」

 

 桑原の問いに、伊丹は少し思案する。

 

「応援の要請は来ていない……。いや、向かわせるほどの余裕すらないのか。勝本、ドローンから映像出せるか?」

「はっ。視界共有します」

 

 勝本が空中に右手を走らせると、隊員全員の視界の一部に、ドローンからの映像が表示される。

 

「うわっ……」

「これは……」

 

 そこに映し出されるのは、押され続ける民兵たちと、狂ったような笑みで戦う盗賊たちだった。

 誰の目から見てもイタリカ側の劣勢は明らか、総崩れになるのも時間の問題だろう。

 

「……?」

「どうかしたの、皆?」

 

 電脳も、共有リンクへの接続手段も持ってないテュカとレレイは、何が起こっているのかわからず困惑している。

 

「ドローンで援護できるか?」

「戦闘機動ができるほどの出力が確保できません。それにこの乱戦だと味方を巻き込む可能性もありますし」

「ドローンの航空支援は期待できないってわけか」

 

 爆弾等の武器は、それゆえに加減が効かない。銃弾なら味方への被害も減るが、重量軽減のために機銃を取り外し、空爆専用にしてしまっているのである。やはり、直接向かって援護する必要があるだろう。

 隊員達が各々の武器を持ち、移動準備を始める。が、突然艶かしい嬌声が聞こえ、思わず気をとられてしまう。

 

「く、ふぁ……ん、ダメぇ。ダメなのぉ……」

 

 振り返ると、ロウリィがその肢体をくねらせ、頬を赤くして喘いでいた。

 熱い吐息をはき、堪えるようにハルバードへしがみつく。脚を絡ませて指を這わせ、愛撫のように撫でる。

 ほっそりとした指を股の間に這わせようとし、唇を噛み締めるとそれよこらえようとする。

 その姿に、男共は顔を赤らめ、何人かは前屈みに作業へと戻る。

 

「お、おい、ロウリィ。いったいどうしたんだ?」

 

 伊丹はそのロウリィの様子に慌てて、何があったのかを尋ねるが、ロウリィは息も絶え絶えに喘ぎながら、答えられそうな様子ではない

 その代わりか、伊丹の問いにはレレイが答えた。

 

「ロウリィはエムロイの使徒。近くで戦いが起これば、戦死者の魂は彼女を通じ、エムロイの元へと召される。そしてその時、彼女の身体には激しい快感が与えられる。これがそう」

 

 快感と言うより媚薬のようなものに近いなと思いながら、伊丹はこのままだと不味いだろうと思い、レレイにどうすればいいのか尋ねる。レレイ曰く、戦いの衝動でもあるから、戦場へ出して戦わせればいいという。

 どうせ自分たちも行くのだ、ならば一緒に連れていくのが良いだろう。

 

「栗林、ロウリィに付き添って車へ行け」

「ふぇッ!?あ、はい、わかりまし……わっ!!」

 

 何故か慌ててる栗林がロウリィに近寄ろうとしたとたん、その体をはね除けるように立ち上がると、ロウリィは一直線に戦場である東門へ駆けていった。

 

「ロウリィ!!…………っ!?ヒチコマ、行くよ!!」

「あ、おい栗林!!ああもう、富田ついてこい!!」

「了解!!」

 

 その後を追うように、少し迷った後栗林が追いかける。車を出すのも億劫とばかりにヒチコマを呼び、その背中へと飛び乗った。

 いくらなんでも栗林だけで行かせるわけにはいかない。この中で最も義体化率の高い伊丹と富田が後を追うことにし、残りの隊員には後で合流させることにする。

 義体の出力制御を戦闘機動にまで外し、城壁の床を蹴る。軍用義体に使用される人工筋肉は、それこそ超人的な運動すら可能にするのである。石造りの建物であれば、落下しても屋根が抜けることはなく、伊丹と富田は屋根を走り栗林とヒチコマへ追い付く。

 

「バカヤロウ栗林、お前なに勝手に行ってんだ!!」

「すみません!でも流石にロウリィを一人にするのは……」

 

 慌てる栗林を見ながら、最近超人が多くなったなと伊丹は心の中で思う。

 

「……ああもう。栗林、ロウリィは?」

「前を全力で駆けてます」

「マジかよ、あいつ戦闘機動にまでついてこれるのか……」

 

 ロウリィに追い付くどころか、どんどん離されていく。最早人間なのか分からなくなってきたが、まあヒチコマの上に乗っていられる栗林もどっこいどっこいだろう。

 伊丹は空を見上げる。どうやら、日が昇り始めたらしい。腰から信号弾を取り出すと、上に向けて放つ。弾が通ったあとに残る煙は、遠くからでもはっきりと見える。

 

「そろそろ夜が開けるな」

「夜が開けるとどうなるんです?」

「知らんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日が昇るのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな……、こんなはずでは」

 

 目の前の光景を見つめながら、信じられないという顔でピニャは呟いていた。

 当初、ピニャの考えはこうだった。

 

 敵の勢力はこちらより圧倒的に優勢である。それゆえに戦場を一ヶ所に限定して迎撃する。城門が破られることも考え、二重に策を用意した。主力を内側に配備し、最初の城壁で削られた敵戦力を内側で迎え撃つというものだ。

 

 しかし、実際にはその作戦は狂いを見せた。味方の守りが、予想以上に脆すぎたのだ。加えて、敵の異常なまでの勢いもあった。勢いが強すぎるのだ。まるで、犠牲などいくら出しても構わないと言うかのごとく、特攻に等しい突撃をただただ繰り返すだけである。

 策を弄する者にとって、一番の障害となるのは行動の読めない敵である。ピニャは、敵が相応の軍略をもって攻め行ってくると思っていたのだ。彼らは仮にも残党とはいえ諸王国軍の兵士。そこらの野盗のような無策はしないだろうと。が、その予想に反して彼らの戦いには戦略と言うものがいっさいなかった。これはピニャにとっては完全に予想外であった。それ故に、備えていた策のほとんどが無駄になってしまい、結果戦線は完全に崩れてしまったのである。

 

「騎士ノーマ、討ち死に!!」

「……っ!?ノーマが!!」

 

 そしてさらに、前線で指揮を執っていた彼女の部下、ノーマが討ち死にしてしまう。

 隣で補佐をするハミルトンが息をのみ、ピニャはその報告に顔には出さずとも動揺してしまう。

 戦場で戦う民兵達から、あの炎龍を倒したと言われる者達を探す声が聞こえる。彼らがいれば、彼等ならきっとこの状況も覆してくれると。  

 だが、彼らはピニャが南門へ追いやってしまった。ここへこれるはずなどないのだ。

 

「違う……。こんな、こんなはずでは……」

 

 わかっていた。頭の中で考えることと、実際では全く異なると。だが、その差はピニャのはるかに上を行っていたのだ。

 落ちていく、兵士達が何本もの槍で串刺しにされる。オーガ程の巨漢が腕をふるい、根こそぎに凪ぎ払われる。

 何処に温存していたのか、翼竜までもが現れ、空からイタリカへ襲いにかかる。弓矢で応戦するが、縦横無尽に空をかける翼竜には掠りもしない。

 

「ピニャ殿下!このままでは!!」

「分かっている。分かっているのだ!!」

 

 最早作戦は破綻し、指揮どころか命令一つ出すのも難しい有り様である。

 燃え落ち、崩れていく軍を見ながら、ピニャに出来ることはなにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃっ!!」

「チッ、中まで入り込んでるな」

 

 防衛をすり抜けて侵入してきたであろう敵を仕留める。既に十人以上も見つけており、戦況の酷さがわかる。

 

「ロウリィと栗林、突撃しちゃいましたね」

「普通そういうのって義体使用者の役割なんだがねえ」

 

 二人の視線の先には、血に濡れた栗林が走っていた。無論敵兵の返り血である。

 

「俺脊髄抜きなんて始めてみたわ」

「自分もです」

 

 

 

 

 

 

 混沌とする戦場、喚きながら剣を突き立て、斧を振りかざす中へ、笑い声が響き渡る。

 背筋が凍るような不気味な笑い。何処から聞こえるのかと振り返った兵士は、そのまま首を一回転させて落とした。

 

「ふふっ、ふふふ。うふふふふふふふふふふふふ。あははははははははははははははははははははは」

 

 首から吹き出て、雨のように降るどす黒い血を受けながら、ロウリィは半月のように口元に笑いを浮かべて歩く。

 

「ねぇ、私も混ぜて頂けないかしらぁ?身体が火照って火照って仕方ないのぉ」

 

 笑顔を浮かべた兵士が歩みより、剣を構える。血走った目を彼女へ向けると、そのまま突き刺そうと突撃する。

 が、ロウリィはスカートを翻しながら回って避け、返す一撃を叩き込む。

 兵士の首筋へ当たった斬撃は、そのまま彼の骨と肉を叩き斬る。

 

「はぁ……、いいわぁ。凄くイイのぉ。……ねぇ、次はどなたぁ?狂える位にイカせてちょうだあぃ!!」

 

 目を細め、恍惚とした笑みで彼らを見やる。腰を屈めると、砲弾の様に敵軍の中へ飛び込んでいく。

 盾を構え、整列する兵士達。その中へロウリィは突っ込んでいく。

 

「もっと、もっとよぉ!!もっと気持ち良くしてぇ!!」

 

 盾の隙間から突き出される槍、それをロウリィは姿勢をさらに低くして避ける。常人では移動すらままならない体勢の中、脚を突きだして土を削りながら、逆袈裟にハルバードを振り抜く。下からかちあげるようにして体勢を崩され、兵士達がよろめく。が、一部の兵士は踏みとどまり、腰だめに再び槍を放とうとする。

 しかし、それは彼の眉間に空いた穴に阻まれた。

 ロウリィの横を小柄な体格の自衛官が駆けていく。起き上がった兵士二人に銃弾を撃ち込み、横から襲いかかる兵士を銃身で受け止める。

 蹴りだして相手の体勢を崩し、その首元へ銃剣を突き刺す。

 

「ヒヒッ!お見事!!」

 

 味方があっさり殺されたことに臆することなく、隣から別の兵士が直剣を振りかぶる。

 

「ッチ!」

 

 小銃はまだ刺さったまま、腰から拳銃かナイフを引き抜くのも間に合わない。栗林は小銃から手を放すと、身をかがめて敵の懐へ入る。そしてそのまま敵のがら空きの胴へ、正拳突きを叩き込んだ。

 

「なにを……?」

「拳で何が?……って思ったでしょ?」

 

 彼女の行動に疑問を覚える兵士に、栗林はにやりと口元をゆがめる。そして、そのままさらに拳を握り込んだ。

 

「――――――――――――ッ!!!!?」

 

 瞬間、兵士が痙攣し、白目を剝いて倒れる。栗林は拳銃を抜きながら一歩下がると、眉間に一発撃ちこみとどめを刺す。

 スタングローブ。スタンガンのグローブ型であり、サイボーグへの徒手空拳での対抗を目的に開発された武装である。多少のシールドが施された義体程度であれば無力化可能であり、無論人間には過剰すぎるものである。当然支給されてるものではなく、栗林の私物であろう。

 銃剣を抜き、ロウリィと背中合わせに立つ。これが銃撃戦であれば悪手であるが、相手は近接武器か、あっても弓矢程度である。問題は無いだろう。

 

「ははっ!まだまだぁ!!」

「ふふっ、まだまだ踊りましょぉ……」

 

 義体殺しと死神、達人(戦闘バカ)二人による殺戮は、まだ終わりはしない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 突如乱入した二人の女に、ピニャは困惑していた。死神ロウリィはまだいい。だが、あの女はいったい何者なのか。恐らくはあの炎龍を倒した者達と同じであろう。が、彼らは南門へ配置した。なのに、一体なぜ彼らはここにいるのか?いや、それ以上に今は考えることがある。

 彼女らの活躍により辛うじて戦線は保たれた、しかしすべての敵をとどめるにはまだ足りない。圧倒的に数が足りないのである。現に何人かの敵が既に入り込んでいるのである。

 今戦う二人も、外にいる敵兵が一斉になだれ込めば、たちまち押し潰されるか、或いは苦戦するだろう。

 ピニャは唇を噛みしめる。まだ、まだ足りないのだ。せめて自分の騎士団が到着すれば、盗賊を押し返す。或いは打倒しうることも可能であろう。

 いや、可能だろうか?敵には翼竜もいる。いくら死神といえども、空を自由に飛ぶ敵相手では分が悪いだろう。

 行き詰ったピニャは、どうするかと顔を上げる。すでに日が昇り始め、当たりを太陽が照らし始めていた。

 顔を上げたピニャは、ふと朝日の中に影を見つけた。そんなことをしている暇など無いだろう。が、ピニャにはやけにそれが気になった。

 

「なんだ……あれは………?」

 

 朝日とともに、徐々に大きくなる影。だんだんとその輪郭が見えてくる。

 

「殿下、東門の戦況報告が……、殿下?」

「ハミルトン、あれは……、一体なんだ?」

 

 下からの伝令の報告を抱えたハミルトンがいぶかしげに眉を顰める。彼女も『ソレ』の異常性に気づき始めたらしい。

 

 朝日を背に進むそれに、ピニャは目を離すことができなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目的地、視認可能範囲に確認。同時、信号弾も確認。送レ」

「4-com了解。全機、陣形を変更せよ。以上」

「こちらセレン3、目的地に飛行戦力『翼竜』を確認。判断願う。送レ」

「セレン1了解。セレン1から4comへ、翼竜への狙撃を進言する。送レ」

「こちら4com。はずすなよ」

「セレン1了解、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  対馬より余裕です」

 

 




用語解説

『スタングローブ』
サイボーグ鎮圧を目的に開発された、特殊グローブ。
警察等の組織へ支給され、民間サイボーグ等の犯罪へ対抗するために使用される。
生身より高い出力を持つサイボーグへの有効な白兵戦武装として、良く使用される。
(元ネタ:イノセンス)

『機械化歩兵隊』
義体使用者、及び強化外骨格により構成される歩兵部隊。単純ではあるが効果は高く、ゲリラ戦においてその真価を発揮する。
(元ネタ:オリジナル)
 
『自走機銃』
電脳操作式の機銃。車輪走行と多脚による移動の二種類の移動方法をもつ。簡易の拠点防衛用に用いられることが多く、完成した基地においても用いられることは多い。
人型、銃座型などその種類は多岐にわたる。
最近ドローンとの差別化が難しくなっていることが議論されている。
(元ネタ:オリジナル)

『ジガバチ』
陸、海において運用される自動爆撃ヘリ。型式番号は『ATH-29』。
30㎜ガトリング、プロセスミサイルなどを装備し、対地対空能力は非常に高い。
反面、その燃費は最悪であり、一部の指揮官は命令がなければギリギリまで投入を悩むほど。 
また、初期にはAIが『味方以外は全て殲滅せよ』というものであったため、識別信号を持たない味方すら攻撃し、歩兵からの評価は最悪であった。(これは他のAI兵器も同じであるが、その性能から被害はジガバチがダントツであった)
(元ネタ:攻殻機動隊)



シンゴジラ面白かったです。各兵器が東京に並んだ姿は勿論脳が震えましたし、政治の様子も良く描かれており、参考になりました。

あと、ごめんなさい。蹂躙は次でやります。栗林が予想以上に暴れやがりました。あと、駄文の大幅増加が原因です。

そして、イラストを下さった方、ありがとうございます。名前は出してよいのかわからないので伏せますが、執筆の励みとなっています。


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第十話 鉄槌 胎動は銃火と共に

.:*゜.:。:.(´∀`).:*゜:。:.

きょうもおそらがあおいの☆
きれいなおそらをみてると、だんだんふしぎなきぶんになるお。゚+.(*`・∀・´*)゚+.゚
がっこうにいくみち、ともだちといっしょのほどう
わくわくのおひる゜*。・*゜ ヽ(*゚∀゚)ノ.・。*゜。





















疲れた、誰だよ大学遊びまくれるとか言った教師。
工学部に人権など無い。



 泣きじゃくる娘を抱えながら、その女性は不安そうな顔で東門の方を眺めていた。

 散発する襲撃で兵士のほとんどは失われ、フォルマル伯爵領には盗賊が跋扈するようになった。いくつもの交易が経たれ、失業者や餓死者も増加したのである。そして今、このイタリカすらも奪われつつあるのだ。

 彼女は幼い自分の娘を背負い、運ばれてきた負傷者を手当てし続けていた。戦えない女性たちの多くは、こうして戦場の後ろで必死に今できることをこなし続けていたのである。

 自分の亭主は生きているだろうか?そんなことが頭をよぎる。夜の暗さで見えづらかった手元も、日が昇り始めたことで明るくなった。

 もう少し、あともう少し耐えればきっと。皆がそう思って戦い続けた。

 

「翼竜だ!!」

 

 しかし、その希望は打ち砕かれる。薄く色づく空、そこに二匹の翼竜が現れたのである。

 

 

「逃げろ!逃げろぉ!!」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「クソッ!盗賊がぁ!!!」

「女子供を守れェ!!」

 

 負傷した男たちが呻きながら武器を取り、女たちが子供を抱えて隠そうとする。あるものは傷んだ弓を、あるものは投石器を手に取り、翼竜に立ち向かおうとする。

 だが、所詮は飛ぶことなどできない者たち。空を飛ぶ翼もなく、空を自由に駆ける竜を倒すなど至難の業である。ましてや彼らは一介の民兵に過ぎない。優れた武芸も、逆境を乗り越える知恵があるわけもない。

 そんな彼らの抵抗を鼻で笑うように、翼竜とそれを操る兵は狙いを定める。弓矢も石も届かぬ空中、魔法でも届くまい。

 住民たちが覚悟を決め、竜騎兵が嗤いながら仕掛けようとした瞬間。

 

 

 

 

 

ぱんっ、という炸裂音が響いた

 

 

 

 

 

 

 聞いたこともない大きな音が聞こえ、思わず住民たちは目をつぶる。先に聞こえたのは、桶いっぱいの水を地面にぶちまけたような音。そして、何か大きなものが地面に落ちる音であった。 

 恐る恐る目を開けると。そこには、水たまりほどの大きな血だまりと、その中に横たわりながら臓物をぶちまける、翼竜とその乗り手の姿があった。

 

 

 

 

 

 最初、何が起こったのかわからなかった。

 隣を飛ぶ仲間がいきなり落ちた、わかったのはそれだけである。

 少なくとも事故ではない、ならば落とされたのだ。だが、一体誰に?

 眼下を這いずる住民たちの持つ武器に、自分たちを落とせそうなものはない。魔法?それとも卓越した武芸者か?いや重要なのはそこではない。もし奴らが翼竜に対抗する手段を持つならば、何故前線で使わなかった?

 竜騎兵の背筋に寒いものが走る。慌ててあたりを見渡すが、それらしいものは何もない。それが、彼の不安を一層加速させた。

 

(なんだ、何が起こっている?)

 

 わからない。だが、何かおかしい。それでいて、何か引っかかるものを感じるのだ。

 手がかりを求めた彼は、前線へと視線を戻す。そして、イタリカへ攻め入る味方達、そのはるか後ろに妙な集団を見つけた。そしてその瞬間、視界が暗くなり、頭から血の気が引いた。

 草原の中に、見知った人影を見つけたのである。

 それもただの人ではない。一つの屋敷ほどもあるであろう巨躯の兵士。怪異の様であるが、その実硬い鎧の下には明確な殺意を感じる、オーガなどの怪異とはまるで異なる存在。

 彼は覚えている、忘れようも筈もない。あのアルヌスの丘だ。あそこで自分たちを蹂躙した化け物の中に、確かにあれはいたのだ。

 あのとき、自分たちは必死に逃げたおかげか助かった。だが、あの棒が向けられればどうなるか、横を飛ぶ仲間達の末路から、彼は嫌というほど知っていた。

 翼竜の手綱を引き、彼は必死に西へ向かう。なぜ、なぜ、なぜ、何故奴らがいる?どうしてアルヌスから出てきた?

 胸の動悸は高まり、痛いほどになる。いやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ。

 まだ、まだ死にたくない。あの日の夜の地獄がよみがえる。

 

「イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダいや…………………っ!?」

 

 壊れたようにつぶやく言葉と、痛いほどの風切り音。それが、彼の最後に聞いた言葉だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらセレン1。敵空戦力、すべて沈黙。送レ」

「了解。全機通達、これより作戦を第三段階へ移す」

「アモフ1了解」

「アモフ2了解」

「ハイブ1了解」

「ライズ1了解」

「フェンス1了解」

「セレン1了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………逃げるなら、最初から出てくるんじゃないわよ……………」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 翼竜が落とされた。

 その報が広まるのにはさして時間はかからなかった。だが、ほとんどの者はそのことをさして気にしなかった。殺し殺される、そしてそれらを楽しむ。彼らの頭にあるのは、それだけであった。

 だが、一部の者はその異常性に気づき始めていた。彼女、ミューティ・ルナ・サイレスもその一人であった。

 彼女はもともと離島に住むセイレーンの一族の一人であったが、ある日男と駆け落ちして傭兵となったのである。だからこそ、彼女は普通の人種に比べ、第六感ともいうべきものがより鋭かった。

 イタリカ城壁の外で、風の精霊を使い援護していたミューティは、何か不吉なものを感じてた。

 

「ねえ、なんだかまずいよ……」

「ああ?まずいってなにがさ?もう少しでイタリカを落とせるだろうに」

 

 隣にいる男にそのことを伝えるが、彼は全く聞く耳をもとうともしない。もともと冷え込んでいた関係、この戦いが終わったら、いっそのこと切ってやろうか。そんなことを思いつつも、ミューティは「今すぐここを離れるべき」、という考えが頭に張り付いて離れなかった。

 喉がチリチリと痛い。ゆっくりと後ずさり、少しずつ横にずれる。予感がする、こんなことをしている場合じゃない。ふと、背筋に寒気がして後ろを振り返る。まさか、まさか、まさか……。ああ、外れてくれればいいのに。頭の中に思い浮かぶ影。そして、…………その予感は的中する。

 

 

 

 

 

「あ…………」

 

 

 

 

 

 こちらへ向かってくる巨大な影たち、人の形をした異形に、翼竜など比べ物にならない空を飛ぶ化け物たち。

 姿形は違うが間違いない。あれはあの時、自分たちを踏みつぶした者たちだ。

 轟音が聞こえる。耳をふさぎたくなるような轟音だ。風が舞い、鼓膜に轟音がと叩きつけられる。何度も何度も棍棒を叩きつける様な音に、思わず耳をふさぎ、思わずしゃがみ込む。

 ミューティの行動は、結果的には正しかった。さらに重ねるような爆音が響き、地面がめくれたように土がミューティを襲う。その感覚にさらに身体を縮こまらせる。動けば死ぬ、間違いなく死ぬ。一緒にいた盗賊たちがどうなったかなど、考える余裕はなかった。

 気の遠くなるような時間が経ったように感じた。しばらくすると衝撃も爆音も収まり、あの叩きつける様な音だけが聞こえる。そっとミューティは目を開け、あたりを見回した。しかし、土煙で何も見えない。どこかに誰かいないかと探し続けるミューティは、ふと自分が影の中にいることに気が付いた。

 ここはイタリカ前の草原、建物なんてない。それ以上に自分はさっきまで屋外にいたのだ。ならばなぜ、自分は影の中にいるのか。

 恐る恐る顔を上げる。……ああ、ありえない。なんで、なんでこんなことが。

 

 

 

 

 ミューティの目の前には、昇り始めた太陽を覆い隠す様に、あの巨兵が立っていた。

 

「ひッ………!?」

 

 思わず息をのむ。が、巨兵はまるでミューティなど見えていないように何もしてこない。そのまま、腕を上げると、なにか弦のない石弓のようなものを構える。

 まさか、とミューティの顔から血の気が引く。さっきの爆音の煙は既に晴れている。ああ、そこには逃げ惑う盗賊たちがいるのだ。

 音が響く、さっきより大きな音だ。耳をふさぎ、目をつぶる。何が起こっているかなどもうわかっているのだ。

 ミューティはただひたすら耳をふさぎ、この厄災が過ぎるのを待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「派手にやるなあ……」

 

 東門近くの建物の屋根から栗林とロウリィを援護していた伊丹は、城壁の外で行われる戦闘を眺めながらそう呟いていた。

 城壁の外では対地攻撃ヘリが地面を掃討し、地面では『62式戦術歩行戦闘機(TSF-TYPE62) 月夜見』が対空、対地攻撃をおこなっていた。

 30㎜チェーンガンから放たれた弾丸が地面をえぐり、取り付こうとするものは近接用短刀で払われる。マニピュレーターで潰さないのは、肉片などが隙間に入ることで、関節等の動作不良が起こるのを避けるためだ。

 城壁に近づき、投石機などの対空兵器を破壊する。先ほど翼竜にしたように狙撃や銃撃で破壊しないのは、万一に盗賊以外への被害が得ることを避けるためである。

 空からはヘリのほか、飛行ドローン『ATFD-64 バッキー』が射出され、輸送ヘリからはハッチが開き、『ATMD-62 ウォリアー』が次々に投下される。投下されたウォリア―達は、盗賊たちを追い詰め、射殺か拘束していく。どうやら盗賊たちも相当おびえているのか、必死に抵抗しているが、ドローンの出力の前にはなすすべなく取り押さえられていった。

 そして、遂に城壁外だけでなく、中の掃討も始まる。バッキ―が空中から、ウォリア―が地上から盗賊たちを追い込み、包囲していく。

 そして、伊丹達の電脳に通信が入った。

 

《こちらアモフ1。警告、これより一定時間後に掃討射撃に入る。繰り返すこれから……》

「やっべ!」

 

 その通信を聞き、慌てて伊丹と富田は建物から飛び降りる。見る限り栗林は気が付いていない。ロウリィはそもそも通信手段がない。

 栗林はともかく、ロウリィは識別信号タグを着けていないのだ。巻き込まれれば大惨事になりかねない。

 そして、張本人二人であるが、やばい。この二人、もう色々とアレな顔をしているのだ。表情だけを見れば、極めて魅力的な笑みなのだが、いかんせん状況が良くない。顔に化粧のごとく血が付いた状態で微笑まれても、恐ろしさの方が際立つのである。

 ロウリィはハルバートを構え、栗林は弾が切れたのか、持ち出した高周波ブレードを展開していた。

 

「あいつ剣道やってましたっけ?」

「あいつの合計段位数、十段いってるぜ」

「…………はぁ!?」

 

 今日一番の驚きを見せる富田なぞ知らぬとばかりに、栗林はブレードを振るう。いなし、躱し、袈裟に切り裂く。もうこいつ本当に自衛官なのだろうか?

 とは言え、このまま放って置くわけにもいかない。彼女は生身なのである、流石に巻き込まれればまずい。意を決して二人が振るう殺意の嵐に飛び込むと、富田は栗林を、伊丹はロウリィを抱えて離脱する。

 

「ヒチコマ、二人をかばえ!!」

「あいさ―」

 

 二人を受け取ったヒチコマが、盾になるように抱える。

 通信からカウントが始まり、各ドローンが対象をロックする。不知火が銃口を向け、逃がさないとばかりに東門を包囲していった。

 カウントがゼロとなり、30㎜チェーンガンが、機銃が火を噴く。東門前にいた者達は、身体を抉られ、或いは肉体そのものが千切れとんでいく。

 今の今まで剣戟や雄叫びの響き渡っていた場所は、悲鳴と銃声のする屠殺場に変わり果てていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「なんだあれは……」

 

 手摺から半身を乗り出しながら、ピニャはその光景を眺めていた。

 空飛ぶ荷車が羽音を鳴らしながら死をまき散らし、重装の巨兵が地面を這う盗賊を叩き潰す。

 あまりにも荒唐無稽な、気でも狂ったかのような光景に、ピニャは絶句していた。

 

「殿下、あれは一体……」

「わらわにもわからん。だが、白昼夢や幻覚の類ではないだろう。なんなのだいったい……」

 

 巨兵の持つ石弓のようなものが火を噴き、荷車が轟音を鳴らすと、地面も人も瞬く間に抉れていく。もっとひどいものは、原形すらも残さずに吹き飛んでいった。

 絶望的な暴力にさらされた盗賊達が、我先にと城壁の中へ飛び込んでいく。内側にも死、外側にも死、逃げ場など何処にもないと言うのに。

 逃げ惑う盗賊達へと、荷車から放たれた二本脚の獣が追い込み、或いは踏み潰していく。盗賊達の様子は明らかにおかしく、獣を見るなり蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していった。

 

「こっちに来るぞ!」

「あの獣達もです」

 

 獣達は盗賊に追いすがり、或いは飛び越えていく。そして、イタリカに入り込んだ獣達は、逃げ場を塞ぐように包囲していった。

 

「巨兵が!!」

 

 城壁の外に目をやると、巨兵どもが手に持った武器を構え、城門へその先を向けていた。

 この先はピニャでも予想がつく。ああ、この哀れな盗賊達は皆死ぬのだ。きっと皆一人残らず、豚のように殺されていくのである。

 地面が抉れる音、盗賊達の悲鳴を聞きながら、ピニャは茫然と立ち尽くしていた。

 こんなもの、こんなものはもう戦いではない。一方的な蹂躙だ。害虫を取り除くように、ただ淡々と始末されていくのだ。

 城壁の前、土埃を浴びながら立つ巨兵達には、帝国の擁するオーガ達のような野蛮さは欠片もない。朝日の逆光を受けるその姿は身動ぎ一つせず、石像と見間違うほど静かにしている。この兵一つとっても、帝国に勝ち目など無いだろう。当たり前だ、体格も同じ、いやそれ以上の相手に力だけが取り柄のオーガが勝てるものか。その武器で、或いは腕で捩じ伏せられるのが結末だろう。

 理性が、本能が同時に警告する。あれと戦ってはならない。戦えば、今のような地獄が帝都を襲うだろう。

 まるで神の軍勢、神話にある裁きの様ではないか。ピニャの頭に、昔読んだ神話の戦いが浮かび上がった。

 古龍が天を舞い、神の軍勢が国を火で包む話だ。かつてお伽噺で聞いたようなものが、目の前に現れたのだ。

 

「ひっ…………!?」

 

 天を舞う荷車、その一台がピニャの前を通り過ぎる。距離は手すらも届かない場所、しかし、ピニャを殺すにはその距離でも充分であろう。

 

「ハミルトン、わらわは夢でも見ておるのか?だとしたら、なんという悪夢なのだ……」

「殿下、夢ではありません。私も、このハミルトンも、同じ悪夢を見ています」

 

 この日、ピニャ・コ・ラーダは戦わずして敗北した。その悪夢、その圧倒的な絶望に、戦わずして屈したのだ。だが、誰も責めはできないだろう。あれはそれだけの力と絶望を彼女へ示したのだから。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 少し前は盗賊達が暴れ、そのすぐあとにはドローンやヘリが蹂躙した東門を、伊丹はロウリィを抱えながら歩いていた。

 

「まさか編成中の第六戦闘団まで来るとはねぇ」

「護衛とはいえ、中隊一つ丸々寄越すとは……。中々壮観ですね」

 

 城壁外には、月夜見をはじめ、第六戦闘団601中隊の戦術機が整列して並んでいる。その近くには簡易整備用ヘリが着陸し、各駆動系等のメンテを行っていた。

 

「各小隊でシフトを組んで、整備と警戒のローテーション。ちょっと多すぎじゃね?」

「降下してきた隊員も熱気が凄かったですからね。打撃部隊の出撃って、特地だとこれがはじめてでしたっけ」

「あーね」

 

 富田の返しに納得したように苦笑いする伊丹。城門の近くまで来ると、見知った影を見つけた。

 

「あ、伊丹二尉。お久しぶりです」

「泉じゃん。やっぱ編成されていたか」

 

 端末を片手に部下に指示を出していた泉が、伊丹に気付いて敬礼をした。

 

「あーらまあ仲良くなっちゃってまあ。おやおやまあまあ」

「あ、やっべ。悪いなロウリィ、降ろすの忘れてたわ」

 

 何時までもロウリィを抱えていた伊丹に、泉はニヤニヤしながらはやし立てる。

 

「編成の完了した小隊をかき集めて、即席の一個中隊を編成。指揮にはあの静井一佐が直々に行う大盤振る舞い。まったく、夕食のパスタを食べかけで準備したんですよ」

「御苦労様。戦術機は人型だし、近代兵器を知らない特地の人にも明確に脅威としてわかる。とりあえずは目的達成かな?」

「そうですねぇ……、人の夕食台無しにしたことを除けば、中々良い作戦でしたねチクショウ」

 

 余程パスタを食べられなかったのが残念だったのか、凄みのある笑顔を泉は見せる。最も伊丹は気付かないふりをしているが。

 泉もそこまで執着する気はなく、一通り毒を吐くと話を切り替えた。

 

「……ああ、それと。伊丹二尉がいない間に、上の方にこないだの炎龍の件で、国会への参考人招致の話が出ているらしいですよ」

「参考人招致、ですか……」

「どーせ、左巻きの人とかが煩かったんでしょ?」

 

 富田が驚いた様に、伊丹が苦虫を噛み潰したような顔で泉の話を聞く。泉は伊丹に笑みを含んだ視線を向けると、面白そうに口を開いた。

 

「で、その件に関して伊丹二尉を行かせようってのが今のところ上の方針っぽいですね」

「ま、当事者だから当然か……」

「あら、意外と穏やかですね」

「予感はしてたしね。で、なぜそれを今?」

 

 伊丹の指摘に、泉は鋭く目を細める。

 

「あら、尊敬する先輩への善意の助言ですよ」

「尊敬する先輩ねぇ。あんたがそれを言うのか?」

 

 ま、尊敬しているは本当ですよ。と言いながら彼女は伊丹の後ろ、富田とロウリィへ目を向ける。

 

「…………富田、ロウリィ連れて栗林拾って、おやっさんのとこ合流してくれ。」

「……?了解です」

 

 暇そうにしていたロウリィを連れ、富田が城門の中に入っていくのを見届けると、泉は口を開き始めた。

 

「今回の件、貴方だけではなく、特地の人物にも来てもらえないかという話になってきています」

「あの中でいくと、テュカとレレイか……」

「ええ、それに合わせて国内の『お客様』も動きを見せています」

「そらまあ、向こうさんにとっちゃ喉から手が出るほどつながりが欲しいだろうに……」

 

 当然という顔をする伊丹だったが、泉が次に言った内容に眉をひそめた。

 

「それだけなら良いんですがね。別の方からも匂ってます」

「どこよ?」

「タカの皆さん。しびれ切らしてモジモジしてますよ」

 

 伊丹は嫌な顔をして声を漏らす。この時点で既に嫌な感じがしているからだ。

 

「おっさんの羞恥顔とか悪夢見そうだわ。それ、つながりは?」

「中野が洗っていますけど、今のところ有力なのは無いですね」

 

 変に黒いところがない分余計に面倒ですよね、と泉がため息をつく。

 

「それと白菊の件ですけど、別のルートでねじ込まれてます」

「ああ、詳しくは閣下から聞いたよ。武力としてじゃなく、外交戦力として特地入りさせるとはな」

 

 暗い顔で伊丹は呟く。覚悟はしていても、いまいち気が乗らないのだ。

 

「まだ承認されたわけではないですし、国防戦力との調整もありますから、すぐにというわけではないですけどね。ですが投入される可能性は非常に高いです。現状は極めて特殊な状況ですし、仕方ないでしょう。それに、当人達は会えると喜んでいましたよ」

「複雑なんだよな。手放しに喜べないさ」

「一応は護衛役ですけど、実質戦力増強が本音でしょうし。もし会ったらちゃんと相手してくださいよ?後始末は嫌ですから」

「分かってるさ。……はあ、まさかこんなに引き摺ることになるとはな」

 

 城門の方を眺めながら、仕方なく伊丹は頷く。イタリカの子供たちが自衛官やドローンに群がり、興味津々に眺めている。伊丹の視線に気が付いたのか、泉も同じように子どもたちへ視線を向けた。

 

「子供達、元気そうですね」

「ああ、コダ村にいた子供たちもあんな感じだったな」

 

 伊丹は子供たちが騒ぐ様子に微笑を浮かべた後、すぐにそれを引っ込めた。

 

「俺たちはあの子供達にも銃口を向けるかもしれない。そして、同じ位の歳の彼女たちにもだ。それをさせることになるかもしれないんだ」

「後悔ですか?今さら無意味でしょうに。絶滅に加担したのは、私達もあの子も一緒でしょう?」

「だからさ、だからこれ以上同じ轍は踏まない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ以上、あの子たちに背負わせはしないさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




用語集

『TSF-type62 月夜見』

日本自衛軍第三世代戦術機。国産第一世代戦術機『花月』の後継機であり、高い狙撃性能を有する。
翼竜を始めとした特殊な空戦力が特地に存在する事を受け、第六戦闘団への配備が決定した。
ヤタノカガミのバックアップは受けられないものの、その機体本来の対空狙撃における長所は特地においても健在であり、多くの自衛官の要望も採用の一因となった。
欠点はその変態じみた精密さ故の、整備の難易度の高さである。某A国の技術者がその鬱陶しさにキレたとの噂も存在しているらしい。
「Fu〇k!どんな頭してたらこんなイカれた部品の組み方するんだjpめ!!」

『ATFD64 バッキー」
軍用飛行ドローンの一つ。装備しているものは機銃のみ、耐久性も貧弱であり単体では脅威としては他に劣る。
しかし、小型であることから一度に大量の持ち運びが可能であり、その物量と狙いづらい機動力は中々の驚異となる。
(元ネタ:MGSPW キッドナッパー)



♯define使えたら便利なのになぁ。設定した名称変えるだけで全部の名称が変わるんだから。
これ書いてるとき夜中なのでレムレムしながら誤字ってたらすみません。


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接触編 (下)
第十一話 その思いは交わらず―It's just like grade separation.


あぁ~、プログラミング楽しいんじゃぁ~。

とりあえずコンパスから官能小説の発想を得た先輩は、もう変態とかそう言うレベルじゃない偉大さを持ってると思います。どんな頭してたらコンパスから百合の発想が出てくるのか聞きたい。

小説の英訳はGoogle 先生任せなのンヒィ!!!!英訳ミスあったらすみません。


「では、こちらからの要求は以上です」

 

 イタリカ、フォルマル邸。そこで初めて、日本と特地の非公式ながら、条約の取り決めが行われていた。

 特地側はピニャ、ハミルトンが並び、日本側は健軍と静井が要求を行う。

 

「イタリカとの通商交易の権利と、捕虜の何人かの引き渡し。それと使節の往来の保証ですか……」

「こちらで指定した盗賊以外に関しては、イタリカ側で好きにしていただいて構いません」

 

 特地側と日本側、その間に立つのはレレイとヒチコマ、そして伊丹である。基本はレレイとヒチコマが通訳を行い、伊丹がヒチコマの翻訳が間違っていないかを確認する。通訳速度であればAIのヒチコマの方が速いのである。

 基本はハミルトンと静井が取り決め、それをピニャと健軍が確かめていく形である。

 

「では、今回の要求はそれだけと?」

「ええ、我々は直ぐに部隊を引き上げます。こちらの彼らも、取り引きが済めば直ぐに退去いたします」

 

 信じられないような目で見るピニャとハミルトンに、静井は当然とばかりに返す。補給なく戦い続けられる訳では無い彼らとしては、当然の選択である。しかし、ピニャやハミルトンからしてみれば、報酬の類いを求めない彼らは、むしろ異様に写ったのである。

 

「異様な者達でしたね」

 

 書類等を交わして会談が終わり、彼らが出ていった後にハミルトンはそう言った。

 

「ああ、勝者の権利を当然の様に放棄する。身構えていたこちらが拍子抜けするほどにな」

 

 ピニャは彼らが、門の向こうから来た軍、或いはそれに近い何かと思っていた。だからこそ、今回の件で何を要求されるかと覚悟していたのだ。あの圧倒的な暴力を見せつけられた後である、相応の覚悟はしていたのだ。だが、向こうはあっさりと引いていった。ピニャは最悪、このイタリカを奪われること、或いは敵に帝国を売れと強要されることも想定していたが、何事もなく条約と捕虜を数人要求したのみで彼らは帰っていった。

 

「報酬の要求もなく、ただ盗賊から助けただけと言って帰っていく。そんな者達があるのでしょうか……?」

「わからん。奴らのことは分からないことが多すぎる。力も、存在も、余りに違いすぎるのだ」

 

 まずピニャは彼らの格好から、せめて一体どういう文化を持つのか考えようとした。が、通訳の兵も指揮官も似たような格好だが、鎧の類いは持たず、武器と解るのは腰のナイフ位である。だが、丸腰という訳では無い。腰には外で他の兵が使っていたような、黒い折れ曲がった筒のようなものを下げていた。おまけに彼らの兵は、その体格から想像も出来ぬほどの膂力を持つ。大の大人が何人もかけて運ぶような瓦礫を、彼らは一人で持ち上げていたのである。それも一人や二人ではなく、大勢がである。この事から、ピニャはこの二人もそれに比肩する強さを持つと考え、もしもの時は人質にするという選択肢を諦めていた。

 もう一人、指揮官の男に付き添ってやって来た女性だが、その姿もまた、ピニャの予想を遥かに上へいく格好であった。身体のラインがもろに浮き出る、非常に過激なものであったのだ。男二人はまだ布の類いかと推測出来たが、この女の着るのもは何で出来ているのか予想すらつかなかったのである。ピニャは初めてあったとき、裸なのではと疑ったほどだ。当初はこの女のことは、その過激な服装からピニャは、奴隷の類いではないかと考えていた。だが、その振る舞いや指示を出す姿、その命令に兵士が不満一つ漏らさないことから、彼女もまた指揮官、或いは副官の類いではないかとピニャは考えを改めた。なにより、彼女の堂々とする振る舞いが、ピニャの目には貫禄あるものに写ったのである。

 

「何もかもが違いすぎる。敵が何者か、何が目的なのかすらも皆目検討がつかない。帝都に進軍してくるかどうかさえ、もはや判断しかねるのだ」

 

 なまじ他の属国を知り、見識は決して少なくはないからこそ、今見る光景に理解ができないのだ。

 

「ピニャ殿下、ひとまずはこの成果に、何事もなく奴等が去っていったことに感謝しましょう」

 

 一度に余りにも起こったことが多すぎた。ハミルトンから見ても、今のピニャがおかれた状況は余りにも負担が大きいとわかる。なにしろ今の今まで叩き潰すべきと考えていた連中が、自分達などとるに足らぬとばかりの軍勢だったのだ。自分達の既存常識が、たった一夜で何もかもが覆されたのである。おまけにイタリカの現状と来た。こんなもの並みの人間ならば投げ出してもおかしくない。今ピニャが投げ出さないでいるのは、皇族としての責任感と、生来の苛烈さから来る強さ故だろう。

 ハミルトンとしては、せめて少しでもピニャに休んでもらいたいが、今はそれも叶わぬ状況である。

 ハミルトンが、せめて紅茶でもと思いそばを離れようとすると、ピニャが空へ投げるようにポツリと呟いた。

 

「………本当に、我々は一体、『なに』に出会ってしまったのか」

「殿下……………」

 

 ハミルトンはその姿に、慰めも気付けの言葉も発することができなかった。

 紅茶を入れようと廊下をとぼとぼと歩く。窓の外の明るくなる空とは裏腹に、ハミルトンの顔もまた、敗残の兵のように暗いものであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、我々は先に基地へ戻っている」

「伊丹、あとは任せたぞ!」

 

 城門の前、そう言い残して二人の指揮官は伊丹に一時の別れを告げる。

 

「はっ、静井一佐、健軍一佐、お疲れ様です。……ああ、これはレレイの話なのですが、商人によると、最近各地に古代龍が出没しているとのことです。お気をつけください」

 

 帰り際、伊丹は二人の上官にそのことを伝える。レレイの翻訳によると、最近特地では様々な場所で古代龍が目撃されていると商人は言っていた。用心するに越したことはない。

 

「ああ、用心して帰るとしよう。なに、相手はあの炎龍だろう?負けることはないさ」

 

 そう言って、静井は自分の月夜見に、健軍はヘリへ乗り込んでいった。

 草原を去っていく第四、第六戦闘団の面々を見送ると、伊丹も撤収作業を再開することにした。

 

「ようやく帰れますね」

「そうだな………。ふぁぁぁ!はやくベットに潜り込みてぇ」

「気を抜かんでくださいよ。遠足は帰るまでが遠足ですから」

 

 そんな談笑をしつつ、ドローンや各武器を車両へ積んでいく。レレイ達が戻ってきたとき、直ぐにでも出発出来るようにしておくのだ。

 

「クリボー、ブレードの方は?」

「あ、バッテリー交換して刃のメンテも終わりました。鞘見つけたのでそっち持ってきます」

「おっけ、了解。あ、それと後でおやっさんのとこ行けよ。昨日の件でお小言な」

「うぐぅ!!……すみません」

 

 自分でもヤバイという自覚はあったのか、栗林は申し訳なさそうに肩を竦める。

 

「あれだけ単独行動は控えろって言ってたのに、まったく。ロウリィが心配だったのはわかるが、単独行動は各個撃破の元だぞ。後で富田に謝っとけよ」

 

 別に伊丹は長くネチネチ言うタイプでもないので、この程度で済ませておく。どうせ後で別の人物から雷が落ちるのだから。

 程無くしてレレイ達が車両へ戻ってきた。どうやら取り引きは成立したらしい。

 

「合計にしてデナリ銀貨四千枚、割り引いても充分すぎる金額だった」

「割り引いた?」

 

 その問いに、レレイはコクりと頷く。

 

「今のイタリカは大金を支払える余裕がない、それは商人達も同様。だから一千ほどを値引き、その代わりに情報を集めてもらえるよう頼んだ」

 

 成る程、情報とは財産である。物品ではないものの、価値ある情報には相応の値段がつくのである。現代においてはその手に入れやすさから軽視されがちではあるが、情報にはそういった値段や取り引きに用いられる貴重なものもあるのだ。

 

「そうか、確かに商人なら各地の情報を集めやすいしな」

 

 レレイ達も、各地の取引の相場が知りたいのだ。彼女はあくまで魔導師であり、商いに詳しいわけではない。それ故に、これからもこういうものを売って生活するには、元となる情報が必要であった。

 

「よし、なら商談も終わったことだし、そろそろイタリカを出よう。全員やり残した事はないな?」

 

 全員の頷きを確認すると、伊丹は乗車の指示を出す。桑原が指示をだし、発車準備に入っていく。

 

「そうだ隊長、さっき見たんですよ、けも耳っ子!!」

「マジかよ!」

「ええ!猫耳の眼鏡っ子ですよ!!超ドストライクでしたよ!!」

 

 車両を出すと、倉田はそんな話をして来る。他の隊員達も、笹川のとった写真なんかを見て喜んでいた。

 

「お近づきになりたかったんですけどねぇ。ああ~、話したかったなぁ」

「落ち着けよ、また会えるって」

「そうですよね!ようし、次は声かけるぞ!!」

 

 そんな話をしながら、彼らを乗せた車列は、朝日に照らされながらアルヌスへと走っていった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 青い空の下を進むこと少し、三人娘は昨夜の戦いで疲れたのか、寄り添って眠り込んでいた。

 隊員達も警戒こそ怠ってはいないが、それでも少しばかり弛んだ空気を出していた。

 

「あー、寝みい。このまま寝ちまいたいな」

「良いですよ。寝たら鼻にタバスコねじ込みますけど」

「おっし、痛覚切れば問題ないな」

 

 特にやることもなくなり、会話もだんだんなげやりになってきていた。窓の外から見える風景は綺麗だが、ずっと見ていればさすがに飽きる。

 何が面白いのか、倉田と伊丹がそれぞれイタリカ土産のタバスコもどきを片手に持ったところで、窓の外に見えるものに気が付いた。

 

「あれ、なんすかね?」

「移動する煙……?なんだか嫌な予感するんだけど……」

 

 窓の外、正確には伊丹達と反対の進行方向に、猛烈な勢いで迫る土煙が見えたのだ。

 

「俺、あんな漫画みたいな土煙始めてみましたよ」

「にしても特地であれくらいの速さってなると………おお!」

 

 倉田が呆れた様に肩を竦める。義眼の倍率を上げて確認した伊丹は、向かってくるものの正体を知って歓声をあげた。

 

「金髪縦ロールに男装の麗人、それに女騎士だ!!」

「マジっすか!?……おお、あれは……」

「薔薇だな!!」

「薔薇ですね!!」

 

 テンションを上げる伊丹達の視線の先には、鎧を煌めかせた騎士達の姿があった。そして種類は違えど、そのすべてが女性で構成されていたのである。

 

「……って、歓声あげてるけど、あれピニャさんの言ってた騎士団だよな」

「ですね。あの様子だと条約のことは知らないでしょうし、つまり自分達は彼女達にとっては敵兵、かち合うと面倒じゃないですか?」

 

 先程のふざけたようなリアクションから一転、頭を仕事に切り替える。

 

「不味いな、このままだと真正面からぶつかるぞ」

「転進も難しいですしね」

 

 距離はすぐそこ、彼女等が来るのは自分達の進行方向である。

 

「仕方ない。……全車通達、進路上に帝国側と思われる集団を確認。相手はピニャ皇女の騎士団の可能性あり、不用意な発砲は控えろ」

《了解!》

 

 騎士団が道を塞ぐように馬を止め、伊丹達第三偵察隊も車を止める。

 

「お前達、何者だ!?どういった理由でイタリカから来た?」

 

 戦闘の金髪縦ロールの騎士が、車を止めた富田に詰め寄る。

 

「我々、帰る、イタリカ、でた」

 

 詰め寄られた富田が、片言に身ぶりを交えてコミュニケーションをとろうとがんばる。が、かえって怪しさが倍増するだけであった。

 

「富田サーン!通訳代わります-」

 

 それに見かねたヒチコマが助けようとするが、その巨体ではかえって不信感を助長するだけである。事実、いきなり迫ってきたそのデカさに、女性騎士達が驚いて剣を突きつける。

 

「こいつは不味いな……」

 

 誤解に誤解が積み重なり、騎士団の雰囲気はどんどん険悪になっていく。そして極めつけは……。

 

「目的地はどこだ!?」

「我々、帰る、アルヌス」

 

 最大のミスは、自衛軍側がアルヌスという土地を正しく認識していなかったことである。日本はアルヌスをただの丘と認識しているが、特地ではアルヌスは、誰も住んでいない神聖な土地とされている。そして今、その土地は不敬にも敵国の軍が占拠している。この言葉を聞いた彼女達の反応は素早かった。

 今まで抜剣をしていなかった騎士達も武器を構え、その顔には殺意が溢れ出ているのだ。

 その行為に弾かれた様に、偵察隊の面々も銃口を向ける。

 

「まて、まてまてまて!撃つな!!今撃つのは不味い!!」

 

 今にも引き金を引きそうな彼らに、伊丹は発砲を止める命令を出す。

 伊丹が止めたのは、条約の為である。ここで戦闘を発生させれば、条約の事で帝国から何を言われるかわからない。ましてや彼女達は、恐らくピニャの部下である。彼女達が条約を知っていないのは明白だが、後々禍根が残るような事態は避けるべきである。

 

「仕方ない。俺、ちょっと行ってくるわ。もしもの時は俺を置いて逃げろ」

「………了解です。……隊長、これを」

 

 倉田が手渡したのは、さっきのタバスコである。

 

「なにこれ?」

「隊長、帰ったら一緒にタバスコを飲みましょう」

「いや、それ死亡フラグだから」

 

 とりあえず武器に見えるものを外し、装備とタバスコだけの姿になる。伊丹は全身義体であるが故に、最悪は身体そのものが武器になるのだ。

 

「さてと、どうすっかなこれ?」

 

 高機動車を降り、伊丹は騎士達が集まる車両へと向かう。

 

《ヒチコマ、発砲はするなよ。その他戦闘行為になることも禁止だ》

《やっちゃはないんですか?》

《万一俺が攻撃された場合も、応戦せずに逃げろ》

《………?了解です》

 

 いまいち理解しているのかわからないが、ヒチコマは伊丹の命令に一応は肯定を示した。ヒチコマの火器は、伊丹の許可がなければロックが解除されないようになっている。それ故、勝手に発砲することはないだろう。伊丹に何かしらがあった場合は、桑原に権限が移るため、万一の場合も問題はない。 

 そして、冨田の乗る車両の所まで来ると、リーダーと思われる金髪縦ロールに話しかけた。

 

「あー、えっと。……どうもこんにちは」

 

 もっとも、その言葉から漂うのは、先程の険悪な雰囲気とはかけ離れたようなユルさであったが……。

 騎士団は全員殺気立っており、今すぐにでもかかってきそうな勢いである。その肌を刺すような視線を流しつつ、伊丹は言葉を続ける。

 

「ええと、その。部下が何かいたしましたでしょうか?」

 

 まあ理由は大体察しているが。そんなことを考えながら、伊丹はめげずに彼女らへ話しかけた。

 

(話し合いで済めばいいんだがな……)

「あー、とりあえず武器をおいていただいてその………、た、タバスコでも飲みませんか?」

 

 人間焦ると意味不明なことを言い出すモノである。流石にこの雰囲気に気圧されたか、咄嗟に何か飲み物でもと瓶を取り出した伊丹であった。しかし、手に持っているのはタバスコである。結果、友好の為にタバスコのラッパ飲みを薦めるという、なんともシュールな光景が出来上がっていた。

 

「キサマ、門の向こうの敵国兵だな!!ここで全員捕らえてくれる!!」

「えっ、あ、やっべ、やっぱタバスコは不味かったですか?」

「我らの目の前で斥候とは、嘗めた真似をしてくれたな!!」

「じゃ、じゃあ僕がラッパ飲みするので、一気に一瓶飲み干しますから。宴会芸得意なんですよ!」

「我等は薔薇騎士団、決して他国の兵などには屈したりはしない!!」

 

 騎士は伊丹の言葉など聞く気が端から無く、伊丹は伊丹でタバスコでボケをかます。第三者が見ればシュールな、だが本人達は真面目にやってるという、何ともカオスな空間となっていた。

 噛み合わない問答の後、説得は無理と悟った伊丹は、次の行動へ移ることにした。既に自分は囲まれている。しかし、車からは充分離れている。故にとる行動は……。

 

《車出せ!早く!!》

 

 電脳から音声を介さず通信をかける。命令を受け取った部下達が、次々にアクセルを踏んで離脱していく。電脳を知らない騎士団にしてみれば、何の号令も予兆もなく、いきなり敵が物凄い速さで逃げ出したのである。

 咄嗟の事に振り替えることしかできず、小さくなっていく車列を、彼女達はただ呆然と見つめることしかできなかった。

 離れていく部下達を眺める伊丹であったが、すぐに首筋へ冷たい感触を感じた。

 

(………だよなぁ)

 

 周囲を見回すと、百八十度全てを女性騎士団に囲まれていた。

 

(男としては眼福だけど、割りと危機的状況だよなこれ)

 

 どこを見回しても逃げ場はない。義体の出力で逃げ切ろうとも考えたが、そう上手くもいかないだろう。逃げ切れるか否かよりも、彼女達を負傷させるのが不味い。軍用義体の出力は、鉄骨を握り潰したり、アスファルトを叩き割るなど朝飯前である。そんなものを馬の速さ以上で、それもヒトが密集する中で振るえばどうなるか。

 骨折などはまだましな方、下手をすれば頭をザクロのように叩き割りかねない。

 だが、それは逆に言えば、余程のことがない限りは伊丹は命に関わる負傷を負う確率は少ないということでもある。通常の義体と異なり、軍用義体は高い防弾、防刃性能を持つ。普通の剣で切られた程度では、致命傷を受けることはまず無い。それは銀座での戦闘にて、既に伊丹自身が経験していることである。

 故に伊丹は抵抗するよりも、降伏することを選んだ。

 両手を上げると、両脇の騎士が伊丹の腕をねじり上げた。振りほどくこともできるが、後々面倒なので止めておく。そのまま馬の後ろに繋がれ、さあどうするかと考えていると、男装の騎士が落下した瓶を拾い上げた。

 とりあえず黙るのもなんだか気まずいので、伊丹はタバスコを薦めることことにした。

 

 

 

 

 

「それ、飲みます?」

 

 

 




用語集

『タバスコもどき』
イタリカのお土産、正式名称は不明。液体が赤いであること、そして非常に辛いことから、伊丹が勝手にタバスコと呼んでいるだけである。なお、タバスコとは元々、メキシコのタバスコ州で作られた生牡蠣用ソースが始まりである。

『静井篤音』
日本陸上自衛軍一等陸佐。叩き上げの軍人であり、実力主義の傑物。操縦者としての技量も勿論高いが、彼女の真価は戦場における状況把握能力である。電脳を介した広域戦況モニタと、現地での戦闘を両立させる高い技量を生かし、数多くの戦場を駆け抜けた歴戦の軍人。因みにこないだ、タンスに防虫剤を入れ忘れていた。



深夜のノリで入れたタバスコ。2時のテンションって怖いよね、何をしだすかわからない。
正直切る場所を間違えたかなと後悔中。

ムラムラして作って没にした二次創作紹介

『Fate/ Neco』
元々はタマモキャット好きなのが興じて、雁夜おじさんに四次で召喚させる二次創作。……だったが、救いが一切無い鬱エンドにしか成らずにボツ。
お願いします誰か代わりに作ってください、何でもしゃぶしゃぶつくりますから。


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第十二話 その罪は誰が背負うかー Who will stand in front of the guillotine ?

ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~!

やったよもうすぐ銀座だよ!ついにやりたい放題が出来るぞ~!!!

え?まだ少しかかる?













うぞだどんどこどぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉん!!!!!!!!


「何てことをしてくれたんだ!!!!!」

 

 援軍として到着し、意気揚々と敵国の捕虜を見せた部下二人に、ピニャは片手に持っていた銀杯を投げつけた。

 

「もうやだぁ……。どうしてくれるんだこの始末……」

「い、一体どうしたというのですか殿下?」

 

 いきなり銀杯を投げつけられて頭を押さえているのは、彼女の部下であるボーゼス・コ・パレスティーである。

 やはりというか当然というか、彼女達は日本との条約を知らなかったのである。それ故に、何故叱責を受けているのか、その理由が分からないのだ。

 

「で、殿下。いきなり何をなさるのですか?ボーゼスが一体何をしたというのです?」

「何もこうもあるか……。ああ、もう本当どうしよう」

 

 叱責の意味がわからずに抗議するのは、ボーゼスの隣で報告をする、パナシュ・フレ・カルギーである。ピニャは頭を抱えると、今の状況を説明し始めた。

 日本と暫定的に条約を結んでいること、アルヌスとイタリカの往来が保証されていること、伊丹がその日本の軍人あることを知った二人は、自分達がやらかしたことの重大さに気が付き、顔を青くした。

 

「そ、それでは我々は……」

「ああ、協定を結んだその日の内に、此方からそれを破ったということだ」

 

 ピニャはボーゼス達に伊丹へ何をしたかと聞く。彼女達は伊丹に、捕虜への当然の扱いをしたという。帝国でのそれは、殴る蹴るの暴行に始まり、馬で引きずるといった数々の虐待行為である。

 

「これだけのこと、向こうが知ったらなんというか……。ハミルトン、彼はどのような状た……い、で…………あっれぇ!!?」

 

 これだけの事をしたのだ、どれだけ酷いことになっているかと目を向けたピニャであったが、そこには予想の斜め上をいく姿があった。

 

「あ、どうも。お世話になってます」

「あ、いえ。こちらこそとんだ失礼を」

 

 そこにはピンピンしながらハミルトンに挨拶をする伊丹と、そのユルい雰囲気に半分取り込まれるハミルトンの姿であった。

 

「い、イタミ殿、身体の方は……?」

「あ、ピニャ殿下。ついさっきぶりです」

 

 ユルい雰囲気を醸し出しながら、片手をあげて挨拶をする伊丹に、ピニャは訳がわからず困惑する。

 

「で、殿下。あの男、籠手で殴り付けようと馬で引きずろうと、一切堪えた様子がないのです。どれだけ痛め付けようと、まるでそよ風のごとく受け流して……」

「ああ、お前達が何をしたのかも大体わかった。しかし、あれは一体?」

 

 着ているものがボロボロであることからも、どれだけのことをされたか察しがつく。しかし、この何事もなかったかのような様子は一体何なのか……。

 

「あのー、あの、ピニャ殿下?」

「いや、あの兵士達は皆強靭な肉体を持つ。ならばあの男も……」

「あの、ピニャ殿下?ピニャさん?おーい!!」

「………ふぇ!!?あ、どうしたのだ?」

 

 考え込んでいたために暫く気が付かず、咄嗟にピニャは変な声が出てしまう。

 

「あの、何もないならもう帰っていいですか?俺……、特にここに用事があるわけでもないので」

 

 言葉とは、受けとる側のその時の感情によって、意味が違ってしまうものである。伊丹としてはただ、出来ればさっさと帰って寝てしまいたい、という考えから出た発言であった。しかしピニャは、「直ぐに帰ってこの不始末を報告してやる」という風にとってしまったのだ。

 

「ま、待て!いや、待ってくれ!!そ、そうだイタミ殿。疲れているだろう?良かったら休んでいくのはどうだ?どのみちアルヌスまでの足が無いだろう。部屋を用意しよう」

 

 いきなり慌て始めるピニャに、伊丹は内心で首をかしげる。とは言え、既に今は夜である。例え全身義体でも、確かに一人でアルヌスまで行くのは、余り得策とは言えないのも事実だ。

 

「まあ、それならお言葉に甘えて」

 

 伊丹も疲れており、休めるならどこでもいいやという感じであった。

 

「あ、ああ。今案内の下女を呼ぼう。それと、部屋の方も上物を用意しよう」

 

 その様子にホッとしたのか、ピニャは口元を緩めるとベルをならす。直ぐにフォルマル家のメイド達が駆けつけ、ピニャから事情を聞かされる。

 伊丹が呼び出された女性について行き部屋を出ると、ピニャは椅子にもたれこみ、深く溜め息をついた。

 

 

「さて、どーしよ……?」

 

 

 

 

  

 

 

 伊丹はついていくメイドの後ろ姿を、珍しげに眺めていた。

 

「どうしましたか?」

「ん、いや、何でもないっすよ」

 

 振り向いて不思議そうに首をかしげる彼女に、伊丹は誤魔化すように笑い返した。日本流アイソワライ=ジツである。

 

(ケモ耳メイド、やはり倉田は正しかったか)

 

 表現すれば劇画調になるような顔で、伊丹はそんなアホみたいなことを考える。何せ、目の前を先に歩くメイドは、頭の上からウサギの様な耳の生えていたのだ。

 しかし、彼女は含んだ笑みを浮かべてこう返した。

 

「先代様は開明的な方でして、我々のような多種族も多く働いているのです。その……、伊丹様は多種族出身者はお嫌いでしょうか?」

 

 どうやら疑問に関しては察されていたらしい。しかし、最後の質問に関しては、伊丹のオタクとしてのスタンスから、明確に否定しておくことにした。

 

「そんなことはないさ。ここに来てから余りそういう人には会わなくてね、むしろ部下ならきっと大喜びするだろうし」

 

 最も、日本だとカニ腕や四本腕、挙げ句は名状しがたい形状の義体など幾らでもあるのだ。この程度の違いなど、伊丹にしてみればどうということはない。むしろ需要があるくらいである。

 

「それは良かったです。帝都の方だと、嫌悪を示す人も多いので」

 

 伊丹のその言葉に、ホッとしたように彼女は頬を緩めた。

 

「あ、申し訳ありません、自己紹介が遅れましたね。私はマミーナと申します」

「そうだね、じゃあ俺も改めて。伊丹耀司です。伊丹が苗字で耀司が名前、どっちでも好きに呼んでくれ」

「わかりました、ではヨウジ様と。改めて、このイタリカを救っていただいたこと、深く感謝致します」

 

 そう言うと、マミーナは伊丹の方を向き、深くお辞儀をした。

 

「そして、もしヨウジ様がピニャ様を許さず、攻め滅ぼす所存でしたら、イタリカ一同、惜しみなく助力する次第です。それは私も、この先で待つ同僚達も、既に賛同しております。ただ、何卒フォルマル伯爵家、ミュイ様にだけは危害を加えられないようお願い致します」

 

 彼女達は帝国に忠誠を誓っているのではなく、イタリカのフォルマル伯爵家にこそ忠誠を誓っているのだろう。そう思いながら、伊丹はいやいやと首を振る。

 

「構わないさ、これくらいの事は慣れてるしね。イタリカの戦いも、半分は俺達が自己満足でやったことだよ」

「自己満足……、ですか?」

 

 影のある笑みを浮かべながら、伊丹は頷いた。まるで自分に言い聞かせるかのように、彼は呟く。

 

「…………ああそうさ。結局は負け犬の一人遊び、惨めに重ね合わせてただけさ」

 

 自嘲気味に言葉を吐く伊丹に、マミーナは思案する。彼らは誇るべきことをしたのに、何故そんな顔をするのかと。

 その視線に気が付き、伊丹はばつが悪そうに笑った。

 

「………あ、悪かったね、誉めて貰ったのにこんなこと言って」

「い、いえ、気にしてはおりませんので」

 

 そう言うと、マミーナもぶんぶんと首を振った。そして、一つ咳払いをすると、伊丹に笑いかけながら尋ねた。  

 

「……少し、昔のことを話してもいいですか?私の過去のことです」

「……ん?いいけれど……」

 

 マミーナは、伊丹のその様子がまるで自己嫌悪に感じられたのだ。そして、自分も昔、似たようなことを考えていたことも思い出した。

 

「ありがとうございます。私は昔……、自分の住む部族と故郷を、帝国に攻め滅ぼされたんです」

 

 

「その後はずっと、各地をさまよい続けました。売れるものは全て売って、地面を這うように生き続けました」

 

 遠い過去の事、今でも思い出す記憶。階段をのぼりながら、マミーナはぽつりぽつりと言葉にし続けた。

 

「でもある日フォルマル伯爵に拾われて、ここでメイドとして雇ってもらえたんです。ここには他にも、行き場の無い多種族なんかが大勢いさせてもらえてて、待遇もずっと良いものでした」

 

 でも、と。断ち切るようにマミーナは話す。

 

「それでもたまに思うんです。伯爵を守った後、通りすがりの誰かを守った後。手を見ながら思うんです」

 

 

 

「何故あのとき守れなかった。何故あのとき助けられなかった。何故、何故、何故、守れなかった自分が、どうしてのうのうと生きているんだろうって」

 

 

 

「これはただの逃避なんかじゃないかって。守った気になって、自分を慰めてるだけじゃないかって。そう思う時があるんです」

 

 

 本当は分かっているのだ、あの場で自分に出来ることなど、何もなかったのだと。だが、それでも考えずにはいられないのだ。何か無かったかと、何か出来はしなかったかと。

 

「そんな事を先代様に一度だけ、相談したことがあるんです。あの方は最後まで聞いて下さると、こう仰られました」

 

 

「それでも、救われた者はいる。それが自己満足でも、確かに救われた者はいるんだ。例え過去を後悔し続けても、その事は誇りに思ってくれ。と」

 

 

 全てを救うことなど出来はしない。例え神様の手のひらでも、零れていく命はある。だが、それでも誰も救われなかったわけではない。伊丹は、そんなある人から言われた言葉を思い出した。どれだけ手が血に濡れようと、どれだけ後悔を味わおうと、それだけは忘れないでくれと。

 

「ありがとうマミーナさん。そうだな、そんな風に言っちゃいけなかった。君達を守れたことは、誇りに思うよ」

 

 気がつけば、既に部屋についていた。光の漏れるドアを押しながら、その言葉にマミーナも笑い返した。

 

「私も、ミュイ様も、街のみんなも、貴方達に感謝しています。その事は、どうか忘れないでいてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り少し前、イタリカ周辺に近づく影があった。

 

「隊長、貴方の事は忘れません!」

「いや倉田、勝手に隊長を殺すなよ……」

「最悪は隊長の装備品と、ドックタグだけでも回収するわよ」

「いやだから殺すなって栗林……」

 

 イタリカ周辺の地形に隠れるのは、第三偵察隊から富田と倉田と栗林。他にもロウリィやレレイ、テュカの姿もあった。

 

「まあ実際のとこ、伊丹隊長は無事だろうけどな」

「あー、それってあの人全身義体だから?」

「それもあるけど、あの人特殊部隊出だぞ」

「…………は?マジ?嘘でしょう!!?」

 

 女としてアレな顔をしながら、栗林が叫ぶ。耳元で怒鳴られたことに顔をしかめながら、富田は言葉を続けた。

 

「マジさ。中東のラッカ絶滅作戦の時も、最前線にいたって噂だ」

「それって第三次世界大戦中の戦場の、特にヤバかった時期のことじゃない!!いやいやいやいや、あり得ないって。あの人が特殊部隊?ないわー、絶対ないわー」

 

 余裕を取り戻したのか笑う栗林に、富田はさらに付け加える。

 

「でも実際にあの人の義体操作って相当レベル高いし、電脳戦もなかなかの手練れだぞ。と言うか、電戦徽章とレンジャー徽章持ちだし」

「そりゃあまあ………ん?今なんつった?」

 

 その一言に栗林は一瞬凍りつき、富田の胸ぐらを掴み上げた。

 

「い・ま・な・ん・つ・っ・た?」

「え、いや、だから電戦徽章とレンジャー徽章持ち……」

「うっそあり得ないって!!あの伊丹隊長よ?」

 

 電戦徽章とは、電脳戦に長けたものに与えられる徽章である。公安などの情報を扱う職には及ばなくとも、相応の電脳スキルを持つ者に与えられる徽章である。レンジャー徽章は言わずもがなだ。

 

「イタミに何かあった?栗林は何に驚いている?」

 

 事情のよくわからないレレイが、説明を求める。  

 

「あー、えっと、どう言えばいいのかな?伊丹隊長が精神と肉体、そして……。ねぇ富田、電脳戦ってどう説明すれば良いだろ?」

「俺が知るかよ!」

「なんかあれですよ、催眠魔法とかそんな感じじゃないですか?」

「そ、それ、それよ!えーと、精神と肉体、それに魔法の使い手……あっれぇ?なにこの完璧そうな人……」

 

 説明した栗林自身が困惑し、聞いた三人娘が吹き出した。説明された人物は、まるで精悍な軍人を連想させて、とても彼女らのよく知る伊丹とはかけ離れていたのだ。

 

「つ、つまり!隊長のキャラじゃないのよ!!」

「……確かに、普段のイタミからは想像できないわね」

 

 栗林のその締め括りに、テュカが苦笑する。

 

「栗林……、お前その説明……」

「うっさい行くよ!!」

 

 余計な口を挟む富田を、今度言ったらその口縫い合わすとばかりに栗林は睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 イタリカ城壁の下、その直ぐ近くまで近づいていく。

 

移動開始(ムーブ)

 

 富田の号令を受け、全員が真下へ駆け寄る。倉田が視界ARに内部マップを投影させる。これは前回の戦いの時に記録したもので、余程のことが無い限りはそのまま使用できるだろう。

 

「AR同期完了しました」

「了解。そろそろだな」

 

 そう富田が呟いた直後、上で青白い光が輝いた。

 

「こっちは完了」

 

 上から顔をだし、そう言うのはレレイである。作戦としては、レレイ達が中から警備兵を無力化し、そこから第三偵察隊が入ってくる。というものである。

 

「これ、正面から入っても問題無かったんじゃ?」

「いや、イタリカの人はともかく、ここには騎士団もいる。いちいち説明するのも時間を食うからな」

 

 ぼやく栗林に、富田は潜入にした理由を説明する。

 今彼女達に、自分達第三偵察隊がどう思われているかわからない。車を飛ばせば逃げ切れた前回と違い、今回は個々の足に頼ることになる。生身の足では、どうしても限界があるのだ。

 

「余計な軋轢を生む必要はないさ。隊長を回収したら直ぐに撤収、今夜はなにも起こらなかった、だ」

 

 下手をすれば、こちらの報復を叩き込むことになりかねない。それが本人の意思に関わらず、である。そうした事態を避けるには、今回の件を最小限に処理する必要があるのだ。

 

行け、行け、行け(ゴー ゴー ゴー)

 

 サーモビジョンで死角の住民を確認しつつ、フォルマル伯爵家の屋敷へと進んでいく。夜の街にはほとんど人がおらず、またAR投影された誘導により、道に迷うことなく到着した。

 

「ドローン」

 

 富田が指示すると、栗林が幾つかの小さな球体を取り出す。それらは彼女の手を離れると震えだし、孵化した雛のようにわれた。隣のテュカが不思議そうに眺めるなか、それは足を生やし、屋敷の中へと向かっていった。

 「MRD-23 ポリー」。電脳操作式の、小型偵察機である。ポリーが先行し、屋敷の人間をマークして報告する。その報告を受け取り、ARに位置を投影しながら、彼らは屋敷の窓へと近づいていった。

 窓の鎧戸を抉じ開け、中へ侵入する。ARを調整し、フォルマル家屋敷の内部構造が全て丸見えになる。

 

「隊長の居場所は?」

「ポリーより一階での確認出来ず。捜索を続行します」

「わかった。サーマルビジョンで死角を確認しつつ、慎重に進め」

 

 富田がそう命令すると、全員が闇に紛れて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お水をどうぞ、ですにゃ」

 

 用意された部屋、その中には猫耳、メデューサと様々なメイドが待機していた。

 その中の猫耳の女性から水を貰い、伊丹は部屋を見回していた。

 

「でか……」

 

 伊丹が案内されたのは、この屋敷でも上等の類いではないかという部屋であった。庶民節丸出しでそう考えながら、伊丹は貰った水をいただく。

 

(水質は硬水、毒性は確認できず、か)

 

 この部屋にいるメイドは五人、一番年齢の高いメイド長から全員を紹介された。

 マミーナはボーヴァルバニー。猫耳の女性はペルシア、キャットピープルと言う種族らしい。蛇の髪を持った、この中で最も幼い容姿の娘はアウレア、最後の一人はメイド長と同じヒト種で、モームと言う名前である。

 

「この四人を、イタミ様の専属メイドと致します。何なりとお申し付けください」

 

 どうやら、ここにいる間はこの四人に面倒を見てもらえるらしい。調子に乗るようなことはしないが、ちょっとぐらいなら、と言う思考が沸かないでもない。まあ、そんな事をすれば信用ダダ下がりの上、倉田辺りから後ろ弾を頂戴しかねないが。

 彼女達とのコミュニケーションはスムーズに行った。社交的スマイルなのかもしれないが、少なくとも悪感情は持たれていないだろう。アウレアが興味半分で髪を伸ばしてきたり、それに気がついたモームが、アウレアの頭をはたいたりする。

 そんな和やかな雰囲気の中、マミーナの耳がピンと揺れた。

 

「メイド長、一階に物音が。鎧戸を抉じ開ける音です」

 

 その言葉を受けた瞬間、周囲の全員の空気が変わる。いきなりの殺気に、伊丹は一瞬腰に手を伸ばすが、武器は外してることに気付き、再び腰を下ろした。

 

「恐らく、伊丹様のお仲間でしょう。マミーナ、ペルシア、丁重にお迎えなさい。もし鼠であれば、いつも通り『処理』しなさい」

「「はい」」

 

 目付きの変わった二人が、部屋を出ていく。その手には、いつのまにか短剣が握られていた。

 

「モーム、アウレア、貴方達は念のため伊丹様の警護を」

 

 アウレアが髪を蠢かせ、モームがいつの間にか手に持ったナイフを弄ぶ。

 

「えっと……、皆さん確かメイドでしたよね」

「先代様は開明的であると同時に、多くの敵をお持ちでしたから。ここのメイドの多くは、警護も兼ねているのです」

 

 そう言えば□アナプラにも戦闘メイドがいたし、最近だと刀を持った□イヤル使いもいる。庶民が知らないだけで、メイドってそういうものなのかな?と、伊丹の中でメイドの概念が崩壊し始めていた。

 

「明らかにヤバい目してますよね。何人か殺ってる類いの」

「そう言うイタミ様も、先程はなかなかの顔をしておりましたよ」 

 

 そのメイド長さんの方が、何倍もヤバい目をしているんだよなぁ。と、彼女の握る六本のダークを見ながら、伊丹は座り直しつつ考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、ヒヤヒヤしましたよ、隊長」

 

 部屋の椅子に座りながら、桑原はそう言って溜め息をついた。

 ペルシアとマミーナに案内された彼らは、すっかりメイド達と意気投合し、部屋には和やかな雰囲気が満ちていた。富田、倉田、栗林以外の偵察隊も追加で呼ばれ、彼らはおのおの自由に部屋でくつろいでいた。

 

「悪いね、おやっさん。世話をかけるよ」

「隊長が無事でなによりです。義体とはいえ、脳をやられればひとたまりもありません。特地にそんな技術が無いとは言い切れませんからね。気を抜くのは戦死の元ですから」

「魔法か……、確かにそうだな」

 

 その魔法を使うレレイは、アウレアの髪に興味津々のようである。似たような精霊魔法を使うテュカは、モームと楽しそうにしゃべっている。

 栗林はマミーナと格闘技の話で盛上がり、倉田はペルシアと仲良く話していた。

 

「みんな、楽しそうだな」

「ええ、特に若い者は柔軟ですからね。直ぐに馴染みましたよ」

 

 ここには様々な種族がいるが、その誰もが笑いあっていた。異なる国、異なる世界、見た目も文化も違う彼らが、皆楽しそうにお茶をのみ、談笑をしているのだ。

 

「おやっさんは混じらないんで?」

「老人が若い者の会話に水を差すのも、野暮ってもんでしょう。こんな人がいたぞって話すだけで、孫への土産話にもなりますしな。隊長こそ、こういうの好きでしょう?」

「俺はもう充分話したもんで。見ているだけでも楽しいもんですよ。そうは思いません?」

「確かに、その通りで」

 

 そんなことを話しながら、頂いた紅茶に口をつける。紅茶に詳しくなくとも、なかなか良いものだというのがわかった。

 

「こっちにも、紅茶の様なものがあるのですね」

「美味しいお菓子でもあれば、是非買って帰ってやりたいもんだよ」

「おや、隊長にもそんな方がおられるので?」

「まあ、菓子を買って帰れば喜ぶ子達が数人くらいは……」

「なら、そんな子達に押し付けんよう、自分等が頑張らないといけませんな」

 

 そう言いながら、桑原は紅茶を飲み干す。伊丹の脳裏に、日本にいる知り合い達の顔が浮かんだ。

 

「ええ、俺ら次第ですからね」

 

 伊丹も紅茶を飲み干す。淹れて貰った紅茶は、程よい柑橘系の香りがしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺らが次へ、引き継いでいかないとな」

 

 

 

 




用語集

『MRD-23 ポリー』
小型調査用ドローン。直径3cm程度の大きさで、主に人の入れない場所、或いは敵拠点の偵察を目的としたもの。軽量なため持ち運びも容易であり、警察関係から軍まで幅広く運用される。愛称はダンゴムシ。




メイドって何だっけ?(哲学)
お盆の上に銃器とか手榴弾とか載せて、お出迎えとか大好きです。太ももにホルスターとか着けたかった。


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第十三話 水面下の胎動ーGrowth in the amniotic fluid.

相変わらずの英訳。google先生、お世話になっています。

もう一日フルで授業が入っていても苦痛すら感じなくなりましたよ、人間って怖いなあ。
鉄オル二期も始まりましたね、あいかわらずの悪魔っぷりですわ。元ミグラントには本当見てて飽きないんですよねあの戦闘。会話劇も長いとか言われていますが、自分はあの内容なら長くても満足しています。泥臭くても今を必死に生きる、というのがよく伝わってきています。


 その最初の報告を聞いた時、ピニャは目の前が真っ白になった。それくらい、もうどうしていいのか分からなかったのだ。

 彼女の目の前には第三偵察隊と三人娘、そして両腕を横から拘束されたボーゼスがいた。

 

「で、何をしたのだ?」

「わたくしが……、彼の頬をぶちました……」

「あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!何てことをしてくれたんだぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!!!!!」

 

 一体何が起こったのか。ことはつい先程、ボーゼスが伊丹の泊まる部屋へ赴いた時の話である。

 さて、ここでなぜボーゼスが部屋へ赴いたのか。それは、ピニャから出されたある命令によるものであった。

 それは、今回の不祥事を報告させないこと。その身体を使い籠絡し、今回の件をうやむやにしてしまおうというものであった。

 無論、それはピニャ、ボーゼス共に苦渋の決断であった。さらに、ボーゼスは未婚、つまりは初めてを捧げよということである。そう言うことに女性としての願望を、少なからず持っていたボーゼスにとって、それは過酷な決断であった。

 しかし、その忠誠心から決意を決め、扉の前に立った彼女が見たものは、なんというか……和やかな雰囲気であった。 

 ピニャもボーゼスも、伊丹がこの件に内心怒り心頭で、肩を震わせているのではと思っていたのだ。だが、目の前ではメイドと客が紅茶を飲みながら談笑し、挙げ句は集まってピースをするなど、最早籠絡など出来るような雰囲気出はなかった。

 悲壮な覚悟を決め、清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟で赴けばこれである。挙げ句、誰も扉の前のボーゼスを気にもしない。

 

 そして、彼女の今まで溜め込んだ感情全てが、目の前のヘラヘラと笑っている男へ爆発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしようどうしようどうしようどどうしどうしどうどうどうし……」

 

 余りのストレスから、壊れたように狼狽え続けるピニャ。それをなだめるハミルトンと、自己嫌悪で周囲をブルーに染め上げるボーゼス。謁見の間は、混沌に包まれていた。

 だがその空気を読まずにぶち壊すのがこの男。はたかれたと言っても別に傷も負わず、強いていうなら少しメンタルに傷が入った程度の伊丹である。

 

「あのー、ピニャ殿下?」

 

 正直伊丹からしてみれば、メンタルが傷付いた以外、特に被害もなく終わったのである。むしろ伊丹としては今回の件は、適当にうやむやにして終わらせたかったのである。

 

「部下の迎えも来ましたので、そろそろ帰っていいでしょうか?」(レレイ意訳「部下の帰投準備が整った。今すぐ帰投の許可が欲しい」)

 

 この言葉に、ピニャは動揺する。彼女は伊丹が、自衛軍上層部へと報告するために、早く帰らせろと急かしているように聞こえたのだ。

 ピニャとしては、伊丹を説得するまでの時間が欲しい。しかし、下手に要求をつっぱねればどうなるか、彼女はその目で見ていた。故に、どうにか理由をつけて留めようとしたのだ。

 

「い、いや、それはこま………、あ、いや。い、イタミ殿、も、もう少しゆっくりしていかれてはどうだ?ほ、ほら、暗い夜道だ、迷っては危ないだろう。疲れもあるだろうし、上の部屋でゆっくりと……」

「あー、いや、それなんですけどねえ」

 

 伊丹は頬を掻きながら答える。先程、部下からあることを伝えられたのだ。

 

「上の方から、国会の参考人招致への出頭を命じられまして。なるべく早く戻る必要があるんですよ」

 

 結局あの泉の話のあと、伊丹の参考人招致が決定したのである。既に上からは、とっとと戻ってこいとのお達しが来ているのだ。なのでこれ幸いと伊丹は理由に使い、早く基地へ戻ろうとしていたのだ。

 レレイの翻訳を聞いたピニャは、その瞬間に顔をみるみる青く染め上げていった。後に伊丹がレレイから聞いた話では、どうやら参考人招致を帝国の元老院への報告のようなものと取り違え、今に帝国が攻め滅ぼされるのではとおびえていたらしい。

 

「そ、そんな……」

 

 へなへなと崩れるピニャ。そんな彼女を見て、なんだか可哀想になってきた伊丹だが、そのまま話を押し通す。面倒なことが起こる前に、とっとと帰りたいのだ。

 

「では、いいですね?」

 

 項垂れるピニャに確認をとる。これでようやく解放される、伊丹はそう思っていた。だが、続いたピニャの言葉に彼は耳を疑った。

 

「……………っ!!ではっ、わらわも同行させてもらう!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謁見の間に、凍りついたような沈黙が降りる。

 

「……………え、今なんと?」

 

 おそるおそる、伊丹がピニャに尋ねる。 

 

「同行すると……。わらわも同行し、そなたらの基地へ行くと言ったのだ!!!」

 

 その言葉に、偵察隊、ピニャの側近の両方からざわめきが起こる。

 余りの展開に訳がわからず、伊丹は内心で動揺していた。

 

「……理由を聞かせてもらっても?」

「今回の件、知らなかったとはいえ我が部下、ひいてはわらわの責任である。故に、そちらの長に対し、正式な謝罪を行いたいのだ」

 

 これには伊丹も唸る。こちらの思惑はともかく、ピニャの理由は至極真っ当なものだ。気は進まないが、とりあえず報告はする必要がある。特地側の重要人物との交渉の席を作り出すのは、今回の派遣の目標のひとつなのである。無下にはできない。  

 

「……わかりました。可能かどうか、確認をとってみます」

 

 そう言うと、伊丹は通信のため、部外へと出ていった。

 

「殿下、よろしいのですか?」

 

 伊丹の姿が見えなくなり、一時謁見が中止されると、ハミルトンはピニャに尋ねた。

 

「戦争中の敵陣に、わざわざ殿下自ら尋ねるなど……」

 

 不安そうに見つめるハミルトンを、ピニャは遮る。

 

「いずれは避けられぬ道だ。それに、使者として敵を探れるまたとない好機だ、多少の危険をおかす価値はある」

「ですが……」

 

 尚も不安そうに揺れるハミルトンを諭すように、ピニャは微笑みながら返す。

 

「向こうが理性を持たぬ蛮族ならばともかく、少なくとも交渉の余地はあるだろう。なら、そう心配することもないさ」

 

 気丈に笑いながら、しかし不安を隠しきれないその拳に、そっと誰かが手を重ねる。

 

「ピニャ様……」

「ボーゼス?」 

「ピニャ様、元はと言えばこの事態、全ての責任はわたくしめにあります。どうか、ご同行させていただけないでしょうか?」

 

 ピニャは少し驚くと、拳の上に置かれた手を包み、ボーゼスへ笑いかけた。

 

「無論、頼りにしているぞボーゼス」

「………っ!!!はいっ!!このボーゼス、どこまでもお供いたします!!!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「それで、どうだったんですかー?」

「丁重に送り届けろってさ。面倒くせー」

 

 高機動車の隣で興味津々に尋ねるヒチコマに、伊丹は投げ遣りに返す。運転席の倉田も困惑気味だ。

 

「マジで来るんですか、あの人?」

「みたいだね。あー、やだやだ。重要人物の護送とか、神経余計にすり減るっての」

 

 そんなことを話していると、高機動車に二人の女性が恐る恐る乗り込んでくる、ピニャとボーゼスだ。今回は非公式ということもあり、彼女達二人だけである。

 

「あー、それでは発車しますから。移動中は立ったりしないでくださいね、事故のもとですから。窓から外に顔を出すのも無しです」

 

 やらないだろうとはいえ、万一怪我でもされたら伊丹の責任である。とりあえず思い付く限りの原因は絶っておく。

 

「あ、ああ、わかっている。しかし……、本当に馬も無いのにどうやって走るのだ?」

「ぴ、ピニャ殿下。この荷車、中々の座り心地で……、うひゃあ!!!」

 

 座席の感触を確かめていたボーゼスが、窓に貼り付くようにしてこちらを見つめるヒチコマに驚く。

 そう言えば彼女はヒチコマの存在に慣れていなかったらしい。高機動車の乗り心地ってそんなにいいものなのかと疑問に思いながら、伊丹は声をかける。

 

「これからアルヌスへ向かいます。念のために警戒レベルを上げますので、少し速度が落ちることになるでしょう」

 

 そう言うと、伊丹は別の車両へと指示をだし、ドローンを飛ばす。上空から警戒させ、進行ルートをクリアしながら進む方式である。

 ドローンが安全を確認し、いよいよ車列が発車していく。周囲の景色が流れていくのを、ピニャとボーゼスは貼り付くようにみていた。

 

「なんて速さだ、馬車が比べ物にすらならん」

「で、ででで殿下!!はや、わっ、ひゃあ!!!」

「何て言うか、愉快な人たちだよな……」 

 

 コロコロと表情を変えるピニャとボーゼスを、面白そうに伊丹は眺める。

 後ろの二人の叫びをBGMに、第三偵察隊はアルヌスへ帰還していった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「なんなのだ………、あれはいったい……」

 

 それが、アルヌス自衛軍防衛区域に入ったピニャの、第一の感想だった。

 基地へと続く斜面には、ホログラフ投影装置が敷設され、光る文字で空中に各区域や案内を表示していた。地上ではウォリアーが警備として歩き回り、上空をバッキーが監視する。これだけでもピニャ達にとっては未知の世界だが、無論それだけにはとどまらない。

 

「あれは……、あの時の鋼鉄の巨兵!!」

 

 少し離れたところで訓練を行う、戦術機の小隊が目に入る。アルヌス周辺の斜面は広く、また人もほとんど居ないため、こうして区域を決めて練習場としているのだ。

 現在行われているのは、二小隊による模擬戦闘である。両陣営の前衛が衝突し、轟音が響き渡った。降り下ろされるのは、『64式近接長刀 烈風』その模擬戦用武装である。鍔迫り合いが起こり、腕部アクチュエーターが唸る。後衛からの援護射撃が放たれ、銃声と言うには大きすぎる音が響き渡った。

 

「帝国の有する、オーガなどとは格が違う……。あの怪異には、明らかな業、知能がある……。武器を振り回すでも、本能に任せて暴れまわるでもない、明確な意思をもって動いているんだ……」

 

 巨大な兵士達が、明確な連携を持って動く様をみながら、ピニャはその余りの違いに愕然とする。イタリカでも同様の存在に出会ったが、ここではより明確に観察できたのだ。

 

「違う、あれは怪異ではない」

 

 だが、そんなピニャの推測を遮る声が、隣から発せられる。レレイである。彼女は自衛軍としばらく生活するうちに、おぼろげながらもその技術の概要を理解し始めていたのだ。

 

「あれはセンジュツキ、我々で言えば、鎧の様なもの。だが、使われる技術が根本から異なっている」

「センジュツキ?鎧の様なものだと?だが、そうであるなら……」

「そう、あれは人が中から操っているもの。人を模しているがゆえに、その応用性は広く、単なる兵器の域にはとどまらない」

 

 ピニャはその言葉の意味を理解し、凍りついた。その事が本当であれば、即ち自衛軍は、帝国が苦労して操る怪異に匹敵する暴力を、人の意思のみで自由に振るえるのだ。

 

「それだけではない。帝国とニホンは、根本的に戦術が違う」

 

 レレイは戦術機と、もうひとつ離れたところで訓練をする、歩兵部隊をそれぞれ指した。ピニャは、彼らの手に持つものの、その黒いものに気がついた。

 

「あれは……、魔導の道具か?」

「あれは銃、炸裂の力で鉛の鏃を打ち出す武器。あの武器を、彼らは歩兵の一人に至るまでが持っている。そして、それを使った戦術を彼らは行使する。あなたも、それをみているはず」

 

 ピニャの頭に、イタリカでの蹂躙が甦る。地上の兵士達が肉塊となり、蟻のように潰されていく光景である。

 

「なら……、奴等はあれだけの事を、何時でも行えるということか……。なんと、なんということだ……」

 

 力が違う、余りにも違いすぎるのだ。その余りの差に顔を青ざめるピニャに、レレイは目を細める。

 

「恐らく、あれですら彼らは本気ではない。彼らはまだ、手加減をしている」

「手加減…………、だと?」

 

 レレイはこくりと頷く。

 

「彼らの技術は底が知れない。恐らく、ここにある兵器も一端に過ぎないだろう」

 

 もしそれが本当であれば、帝国は自分達とは、遥かに格の違う相手に戦争を仕掛けたということである。

 

「あれはグリフォンの尾ですらも越える、もっと別の存在。そんなものに帝国は喧嘩を売った」

 

 ピニャもボーゼスも、声すら出なかった。それほどまでの圧倒的な力の差であったのだ。

 

「やつらは……、何をするつもりなんだ……」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 弾薬の返納、車両やヒチコマの洗浄、帰還してすぐに休める訳ではない。とはいえ、こういった苦労はいつの時代も変わらないものである。伊丹はぼやきながら、人のいない廊下を歩いていた。

 

「おまけに特地の重要人物の護送とか……。なに?疫病神でもついてんのか?」

「よう伊丹、ごくろうさん」

 

 背後から陰湿そうな声がかかる。聞いた瞬間に、伊丹が顔をしかめる相手などはそうそういない。

 

「………柳田かよ。なに、お前あの二人の接待とかあるんじゃないの?」

「おいおい、随分な言いようだな伊丹よぉ。さては嫌なことでもあったな?」

「トイレはあっちだ柳田。顔洗って正面を見ろ。」

 

 薄ら笑いを浮かべながら絡んでくる柳田に、伊丹はぶっきらぼうに応える。

 

「んで、なんか用かよ?お前が用なく絡んで来るとも思えんが?」

「くくっ、俺とお前でそれ以外あるかよ。まあこの状況さ、わかってんだろ?」

「………国会の参考人招致か。だが、理由がわからんね。お偉い方々へのご報告に、なんでお前が口を出す?」

 

 実質は吊し上げに近いこれに、柳田が関わる理由がわからない。それ故、伊丹は柳田の言動に眉を潜める。だが、柳田は薄ら笑いを崩さずに続けた。

 

「お前さんだけが呼ばれるなら、な。だが実際に呼ばれるのは、お前の他に特地住民数人。そして、その候補は……」

「テュカとレレイは確実だろうよ。そしてお前のいう通り、確かに『来客』どもは情報が欲しいだろうさ。だが、ガチガチの警護の中で彼女達に何かするとは考えにくいが?そもそもメリットが釣り合わないだろ。それこそ青田刈りにもならない、苦労して作ったルートを自滅で潰すだけだぞ」

「それだけならな」

 

 伊丹は柳田の言わんとすることを考える。確かに各国は血眼で特地を狙っている。だが、折角浸透させた工作ルートを潰す危険と、重要かも不明な特地住民へ干渉するメリットが、果たして釣り合うのか?そこまで考えて、伊丹は柳田の言わんとすることを察した。

 

「おい柳田、まさかとは思うが、『貴賓客(VIP)』を増やすつもりか?それも飛び入り参加の……」

「非公式で来た今が好機さ、特地の国家と交渉する絶好のチャンスだぞ」

「ふっざけんな、柳田テメェこのバカヤロウ!!!そうか、そう言うことか!だからあの時上の連中、何も言わなかったのか!?」

 

 罵声を吐きながら頭をかきむしる伊丹に、柳田は笑みを深める。柳田の言うことが伊丹の予想通りなら、増えるのは……

 

「正解さぁ。これで非公式ながら、日本は特地と交渉の席を持てるのさ。それも帝国の最重要人物ときた。『戦争とは外交の1手段にすぎぬ』、これでようやく特地と『外交』が出来るんだよ」

「あぁ!?最初からそうなるよう仕向けてやがったな!!このタヌキ野郎!!」

 

 そう、彼らは参考人招致に、ピニャとボーゼスも連れていくつもりなのだ。無論発言をさせるのではなく、政治的な交渉を行うために。

 

「クソッ、てことは陸将より上にも根回し済みか!?どこまで行ってる?」

「『マルニ』が既に護送ルートを計画してるさ。特戦第七課へ書類上のみの出動も来ている」

「まて、まてまてまてまてまて!!特戦第七課だと!?…………柳田、お前何者だ?」

 

 後ずさる伊丹に、問い掛けられる柳田はとぼけるように肩を竦めた。

 

「他人の便器を覗いてもいいことはないぜ、そいつはお前さんも知ってるだろうよ」

「………少なくとも、気を抜いていいやつじゃないってだけはわかったさ。チッ、ろくな奴が居ないな」

「そいつはお前のご友人もか?」

「答える義理があると?」

 

 棘のある返事を返された柳田は、含み笑いを漏らしながら、持っている書類を伊丹へ押し付けた。

 

「なんだこれ?」

「詫びさ、見てみなよ」

 

 柳田には謝罪の態度など欠片もないが、伊丹は押し付けられた書類をめくる。そして、その内容に顔をしかめた。

 

「…………おい待て柳田。俺は国会の参考人招致に行くんだぞ、戦争しにいくんじゃねぇ。こいつはなんの冗談だ?」

「戦争さ。まさに俺たちは、戦争をしにいくんだよ」

 

 そこに書かれていたのは、装備品の使用許可リスト。それも、普通はまず市街地での許可は下りない品々である。

 

「必要なものをチェックしろ、不足なら書き足せ。物はそこに書かれたポイントで渡す」

「命令書………、拒否権は?」

「ハッ!!逃がさねぇよ。精々こき使われろよ、英・雄・殿」

 

 そう吐き捨てると、用は済んだとばかりに柳田は立ち去っていく。

 

「ああ……、クソッ!休暇、とれねぇじゃねえか……」

 

 押し付けられた書類から目を離すと、伊丹は誰もいない闇へぼやいた。 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 辺りも暗くなり、終業ラッパがなり始めた頃、伊丹は自分のデスクに座り、報告書を仕上げていた。

 柳田から押し付けられたものもあるが、通常の任務の報告書、加えて参考人招致の準備などで忙しかったのである。

 

「ねむ………」

 

 支給されたホロキーボードを閉じ、電脳のメーラーを起動する。どうやらここしばらく忙しかった内に、メールがたまっていたらしい。机から缶メシを取り出すと、遅めの夕食を食べながら目を通す。

 

「梨沙のやつ、またすかんぴんになったのかよ……。あいつその内ヤミ金に手を出したりしないだろうな?」

 

 元妻である梨沙とは、別れてからの方が上手くいっているのだ。カードローン扱いされるが、それでも離婚前の様なぎこちなさはない。

 梨沙のメールを省き、続いて他の差し出し人のメールに目を通す。内容は様々で、近況報告やご機嫌いかがですか、帰ってこいやなどである。

 

「………。まったく、三十路越えたおっさんよりもいい奴なんていっぱいいるだろうに、あの娘らは変わらんねぇ」

 

 中には、特地へ会いに行くとか言うヤバい文面も見つかる。そろそろ此方から会いに行かんとなぁ、などと思いながら、ひとつのメールに目が止まった。

 

「閣下から?あー、カタログかぁ………。そろそろそんな時期だよなぁ」

 

 伊丹が思い浮かべるのは、冬の同人誌即売会のことに他ならない。夏のイベントには参加出来なかったのだ。冬には必ず参加しなければならない。そんなことを考えながら、返信をしていた伊丹は、部屋のドアが開く音に気がついた。誰かと思い振り替えると、そこにはレレイが立っていた。

 

「イタミ、送って……」

 

 そう一言だけ呟くと、彼女はその場に倒れ、眠り込んでしまった。

 

「………あー、御苦労様」

 

 レレイは特地と日本、両方の言語をよく理解している。それ故、彼女は幹部から翻訳を頼まれていたのだ。そして、ピニャと陸将の翻訳を務め、ようやく先程終わったのだろう。

 さて、ここアルヌス駐屯地からキャンプまで、二キロほどの距離がある。その程度の距離ならば、伊丹一人で背負って走り抜けられることは可能だ。だが、ここは一応戦争の最前線であり、単独での夜間外出は禁止されている。他の隊員に頼もうかどうか迷ったのち、伊丹はレレイを抱えると、空き部屋を探すことにした。

 彼女の小さな体を背負い、プレハブの外へと出る。ひんやりとした夜風が体を覆い、その冷たさが心地いい。隊舎までの距離はそこまでではない、今夜はそこへ寝かせれば良いだろう。

 

「ここの月、日本よりだいぶ大きいな……」

 

 見上げる夜空、そこに浮かぶ月は、日本で見られるものよりも随分と大きい。 

 

「漫画とかだと、こういう書かれかたってよくするけど、実際に見ると綺麗なもんだ……」

 

 月だけでなく、星も綺麗である。この特地には、夜でも明るい光源など、この基地くらいであろう。それ故か、満天の星空がよく見えるのだ。

 

「いよいよ明日か………。また疲れるんだろうなぁ……」

 

 おまけに更に厄介なものまでついてきたのだ。伊丹としては、そろそろ勘弁してほしいものである。

 背中のレレイは、もうぐっすりと眠り込んでいる。彼女達にも、無理をさせたものだ。

 

「早く運ばんと、見られたら色々面倒だよなぁ。ぐっすりと眠る少女と、それを運ぶ三十路過ぎたおっさん。絵面だけなら犯罪臭しかしないっての」

 

 隊舎の中へ入る。もうすっかり夜になり、廊下は誰も歩いていない。暗闇の中に浮かぶ自販機の光や、部屋から漏れる灯りを越えて、ようやく空き部屋へとたどり着いた。

 ベットを用意し、レレイを寝かせ、その上にシーツを掛ける。いくら眠くても、染み付いた一連の動作に狂いはない。

 

「ありがとさん。ふぁ………寝みぃ……」

 

 ベットの完成と、レレイがよく寝ていることを確認すると、伊丹は部屋を出ようとする。が、ここに来て今までの疲れが祟り始めた。

 

「うあ………、早く部屋に戻んないと。明日は………早、い……」

 

 しかしその意思に反し、動作は鈍い。そのまま頭が朦朧となり、伊丹は床に突っ伏して眠り込んでしまう。

 結局そのまま部屋へと戻ることなく、伊丹が朝まで起きることもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「るるりら、るるらら♪るるりら♪ふんふーん、ふふっ!」

「ご機嫌そうですね、どうしました?」

「ふふっ、だってあの人が帰ってくるんだもの。ああ、気分がいいな!」

「そうでしたね、確かにもうすぐその日です。でもあなた、もうしばらくは日本に帰れないでしょう?彼には二霞と十夜が会うのでしょうし」

「水を差さないでよ!!折角いい気分だったのに。ああもう、目標の集落、一気に消し飛ばしていいかな?」

「調査部が絶望するのでダメです」

「そっか、残念。異動は出来ないの?」

「あなたの立場では厳しいでしょうね。最高戦力を最前線から異動できるほど、余裕があるわけでもありませんし」

「むぅ………。じゃあ、せめてお土産話でも期待しようか」

「ええ、積もる話は沢山あるでしょうし。………おっと、予定通りです。目標を視認しました。もう一度確認しますが、作戦は潜伏中の工作員の捕獲、或いは排除です。あと、建物への被害は最小限に」

「了解、全機能活動正常。いけるよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それじゃ、早く終わらせないとね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夜も深くなり、新しい朝へ向かう。まだ開けぬ闇の中、様々な思惑が目覚め、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 




用語集

『ホロキーボ-ド』
自衛軍内でデスクワーク用に採用されているキーボード。非実体の空中、机上投影型で、現在主流のデバイス。コーヒーをこぼしても壊れたりしないことが人気。




ちなみに強毒版だと、私はダントツで白い闇のシーンが大好きです。あの時の伊丹のセリフって、描写はされていないけど、やはりそういうことなのかなあって思っています。



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第十四話  その過去は既に無くー What is your lost property?

風邪で鼻水と咳がヤバい……。
頭もボーッとしてきて、半日くらい寝てましたわ。

とにかく月曜以内に投稿しなきゃって慌てて仕上げたのがこちらでございます。


 瓦礫の中を、浮かぶように歩く。

 そこはかつての故郷、その残骸。

 

 無造作に壊されたそこには、過去の思い出も、今を生きる人々すらもいない。

 

 所々に転がるのは、人の形をした炭だ。それは片付けに割く余裕もなく、放置された人だったもの。

 

 ふと、足に何かを引っ掻ける。拾い上げると、それは焼け爛れた小さな人形だった。

 

 視線の先には、まだ色を留めた死体が並べられている。炭化していない、人だと分かる死体だ。細胞のサンプルを採ると、次々に燃やされていく。葬儀も身元確認も出来ないほど、そこには死が溢れかえっていた。

 

 防護服の中からでも分かるほど、強い日差しが続く。セミが鳴くことも、風鈴の音が響くこともない夏の太陽が、散乱する死体を腐らせる。

 

 悲しむ涙も、慟哭する声も枯れ果てた。昨日まで響いていた嗚咽も、嘔吐の声も、もう聞こえない。瓦礫の音と、テントから響く呻き声だけが、この光景が現実だと教える。ミルフィーユの様に混ざった思考に、その雑音はよく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前11時13分、東京都銀座。二つの世界を繋ぐ門が現れるよりも少し昔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京は、地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い……」

 

 特地、アルヌス基地。銀座へ続く門の前で、伊丹は他のメンバーの到着を待っていた。今回の彼の服は野戦服ではなく、オリーブドラブの軍服姿である。それも冬服の。

 

「あいつらまーだ準備してるのか?」

「遅いっすね……、なんかあったんすかね?」

 

 隣には倉田が見送りに来ている。今回彼は居残り組となるのだ。

 やることのない伊丹は、すっかり様変わりした基地を眺めていた。

 

「しかしまあ、任務に行ってる内に随分と変わったもんだな」

 

 既に施設の数割が、プレハブからコンクリ製の建物に置き換えられている。建物の本格的な設営に伴い、様々な施設も増設されていた。

 

「電脳用のナノマシン施設に、義体用のメンテナンス施設。………なあ倉田、あれ何に見える?」

「三つのわっか………、生物災害マーク?」

「だよなぁ、まさか生体兵器の持ち込みまで想定されているのか?最近でも旧式の野生化が確認されていただろうに」

 

 伊丹と倉田の目線の先には、生体兵器を示す、所謂生物災害マークのついた建物があった。

 

「でも投入されたって噂もないですし、施設だけつくったのかも?」

「それ、近々投入する可能性があるってことだろ。いよいよヤバくなってきたなぁ」

 

 建物の付近には、様々な荷物が置かれている。搬入作業も続けられている事から、作りかけて放置、ということではないだろう。

 

「なんにせよ、ろくなもんがこねえのは明らかだな。特地も日本も、問題だらけだ」

 

 ニュースサイトを開きながら、伊丹はそう愚痴る。視界投影された画面には、様々な情報が並べられていた。

 

「IRシステムの事故に始まり、セラノゲノミクスへの不正アクセス事件。月面に着地した火星生物とのファーストコンタクト。日本も賑わってきたねぇ」

「代理戦争にシフトしたといっても、大戦期のいざこざは未だ継続中。中東辺りじゃ、対テロ名目の戦力投入が未だに続いている状態ですしね」

「資源は欲しい、だが安易に戦力をまわすこともできない。難儀なもんだよ」

 

 門の向こう側、分かりやすく言うならば地球側とでも称するべきか。そこでは未だに情勢は安定していないのだ。除染技術の発達により、核事件による放射能汚染の解決こそ目処はたったが、資源問題、放射能汚染以外の環境問題は終わらない。石油資源の枯渇は間近であり、新たな環境汚染を生み出す兵器も運用され始めている。加えて世界大戦による急激な環境問題の同時多数出現。今の地球はゆっくりと、だが確実に死へと向かっていっているのだ。各国が特地への期待を寄せるのも、無理もない話である。

 

「にしても、その清浄な環境を汚すような兵器を、わざわざ持って来ますかね?」

 

 倉田の意見も最もだ、自分達が求める資源には、環境資源も含まれる。だが、生体兵器は暴走すれば、その環境を汚染しかねないのだ。

 

「上の連中としては、多少のリスクを払ってでも、特地側の統治機関との関係を持ちたいんだろうよ。それこそ、核を向けて脅してでもさ。それに生体兵器は機械に比べ、ある程度は支援がなくとも単独で運用できる。場合によっちゃ、俺たちを残して門が閉じる可能性もあるからな」

 

 『安全性』、という考えを度外視すれば、生体兵器は最も優れた運用コストを誇る。無論、それは兵器としては落第もよいところではあるが、事実そういった運用がなされたケースは存在する。しかし………。

 

「その運用をした結果が、生体兵器の野生化でしょうに。山狩りした生体兵器の腹の中から、過去にMIA扱いされていた兵士の残骸が見つかったケースもざらじゃないですし。死体ならマシな方、最悪は同化して、ユニットの一部として取り込まれていた、なんてこともありますしね。払い下げの旧式だと、腹を裂いたらテロリストがでてきたとかも聞きますし」

 

 倉田が溜め息をつきながら、過去にあった生体兵器による事故を述べる。事実、追い詰められた兵士が暴走させた事例も多いのだ。

 

「なんにせよ、俺らにできることは少ししかないさ。この特地を偵察し、上に報告する。それだけさ」

「その一つの国会招致、まあ実態はただの吊し上げでしょうが……」

 

 吐き捨てる倉田を、伊丹は暗い笑みを浮かべながらなだめる。

 

「まあまあ、形式も大事よ倉田クン。政治家はいつでも世間体を大事にするからな」

 

 暖かい日差しの中、門の近くの一部のみが暗く淀んだ空気を漂わせていた。理由は言うまでもなく、この二人の雰囲気である。

 そんな雰囲気をはらうように、明るい声が響いた。

 

「お待たせー、イタミー!!」

「隊長すみません、遅くなっちゃって」

「本っ当に遅いよ!!なんかあったのか?」

 

 声の方を振り向くと、蜂蜜のような金色の髪を揺らすテュカと、その手を引く栗林の姿が見えた。その後ろにはレレイとロウリィ、富田の姿も見える。

 

「あー、この娘たち、思ったよりも時間にルーズで。荷物を纏めたりするのに手間取っちゃったんです」

「あーね、そういやこっち側、時計とか無かったわ。つーかこっちの時計も役に立たないんだっけ。それじゃあしかたないか」

 

 時計を見る習慣が無いなら、この時間のルーズさも頷ける。それに公転や自転の周期も、こちらの地球と少し違うらしい。そのため、持ってきた時計をそのまま使うと、必ず少しずれてしまうのだ。

 

「えっと、レレイにテュカ、ロウリィも入って三人、富田と栗林もいるな」 

 

 栗林も冨田も、伊丹と同じ制服姿である。レレイとロウリィは普段と変わらない姿。テュカは、いつものTシャツとジーンズでは寒いだろうと、上からセーターを着せられている。

 欠けているメンバーが居ないか、伊丹は点呼をとっていく。ここにあと二人の人物が加われば、全員揃うのだ。

 伊丹がイライラしながら靴で地面を叩いていると、横からジープが滑り込んできた。

 

「よっ、待たせたな伊丹」

「遅せぇよ。で、例のお二方はいるようだな」

 

 伊丹の問いに、柳田は左手の親指で後ろを指す。すると、後ろから二人の女性が出てきた。ピニャとボーゼスである。

 

「書類は確認したぜ。だが、本当にあれだけでいいのか?」

「俺がランボーやメイトリクス大佐のような、正面切ってドンパチやる人間に見えるのか?かえってデットウェイトになるだけさ」

「そうかい、まあ好きにやりな」

 

 そう言うと、柳田は伊丹のポケットに紙幣を突っ込む。

 

「陸将からの詫びだ、なんか美味いもんでも食えってさ」

「お前今のす○家の値段知ってて言ってるだろ?え、なに?皇女さまにマクドでも行けってか?」

「ハンバーガーも現代の象徴だぜ?まあ支給がこれくらいしか出なかったんだがな」

「悲しいこと言うなよ……」

 

 目を逸らしながら口笛を吹く柳田に、伊丹は眉間を押さえながら突っ込む。まあ、今回は非公式の来日、仕方ないだろう。世知辛いのはいつものことである。

 気を取り直し、伊丹は全員へ向き直る。興味、怖れ、好奇心、皆それぞれ異なる表情をしている。

 

「全員よしっと。忘れ物は無いな?なら出発するぞ」

 

 伊丹の確認に、全員が頷く。安全装置や、各種保護機能が解除され、門を囲うドームが開いていく。中から現れたのは、周囲のコンクリート製の建物とは異なる、石造りの建造物である。

 『門』、特地と日本を繋ぐもの。その全てが露となる。

 

「これが………、門」

 

 伊丹の隣で、ピニャがそう呟く。その顔は、少しの好奇心と、恐怖の混ざった表情であった。

 伊丹は先行し、第一歩を踏み出す。続いてロウリィ、レレイテュカが入っていく。

 こうして、日本と帝国、その最初の来日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが………、日本」

 

 それが、日本、銀座へと降り立ったピニャの、第一声であった。門の向こう側の景色を目にしたピニャは、もう何度目かと言うほどの驚愕に襲われていた。

 

「そびえ立つ摩天楼、都市中を埋め尽くす光の文字、これが、これが帝国が戦争を仕掛けた相手……」

 

 ピニャの目からでもわかる、圧倒的な技術力の差。そのあまりの違いに、ピニャは圧倒されていた。

 今回ばかりは、圧倒されていたのはピニャ達だけではない。レレイ、テュカ、ロウリィも、特地との違いに驚いていた。

 タイムスリップした昔の人のよう……、いや、事実似たような状態である彼女達を後ろに、伊丹は警衛所で手続きをしていた。

 全員分の手続きが受理され、後は荷物検査のみというところに差し掛かった時、彼は後ろから声をかけられた。

 

「どうも、情報部の駒門といいます。今回のご案内を務めさせていただきます」

 

 振り返ると、そこには黒服の集団と、それを率いる男が立っていた。

 

「どうも、今回参考人招致に呼び出された伊丹です」

 

 その男の挨拶に習い、伊丹も自己紹介を返す。

 

「しかしまあ、厳重なもんですね」

「おや、わかりますか?」

 

 にやりと笑みを浮かべる駒門に、伊丹は親指で向こう側のビルを指した。

 

「味方とは言え、狙撃手に狙われてボーッとしてるほど能天気ではないつもりなんでね。銃口に背中を預けるならともかく、銃口の真ん中へ飛び込むのはごめんさ」

 

 その指摘を受けた駒門は、くっくと含むような笑みを浮かべる。

 

「おやまあ、噂通りの奇妙な人だねぇあんた。ほんと、調べる人を飽きさせんわぁ」

「そんなに楽しい?自堕落なおっさん調べても、つまらんだけでしょ?」

 

 表情を一転させ、へらへらとした笑みを浮かべる伊丹に、駒門は首を振って返す。

 

「伊丹耀司33歳、陸上自衛軍二等陸尉。大学卒業後とほぼ同時に入隊し、幹部候補生をビリから二番目で卒業。電子戦に見るべき所は多少あるものの、それ以外は特に無し。あー、いや、目をつけられない程度に下か。その後はレンジャー資格を取得し、何故かそのあと『S』で活動記録が見つかる。………これを見て興味をそそられない奴がいますかねぇ?」

 

 心底面白そうに手帳の内容を読み上げる駒門に、伊丹は頭を掻きながら笑う。

 

「いやー、いるんじゃないですかそういうの?たーだの駄目なおっさんの経歴でしょそれ。まあ電子ドラックに嵌まって、自分で自分のこめかみぶち抜いたやつよかマシでしょうけど」

 

 伊丹の後ろから聞こえる、世界を呪うような悲鳴を聞きつつ、駒門は目を細める。

 

「いやいや、これだけでも充分楽しめましたよ。でもね、ちょーとおかしなデータがありましてねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つからないんですよ、あんたが『S』で活動していた記録が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、伊丹は頭を掻く手を止める。沈黙がその場を支配し、両者の不気味な笑顔が彩る。

 

「いえ、言い方を変えましょうか。正確には『S』に入ってしばらく後、大戦末期から終戦直後までの活動を示す記録が、ごっそり無いんですよ。まるでその間、伊丹耀司という人間が存在しなかったようにね」

 

 頭から手を離し、ポケットに突っ込みながら、伊丹は口を開く。

 

「偶然無かったのでは?当時の戦火で焼失したとか……」

「いや、いや、いや。よーく調べてみるとその直前、あんたが当時の分隊から異動していた記録が見つかったんですよ。例の、特戦第七課へね」

 

 その言葉に、伊丹は目を細める。両者の間に、濃密なまでの殺意が高まっていた。

 

「それ以上の情報は?」

「『私』は知らんですがね。まあ、引き際位は心得ていますわ」

 

 そう言うと、駒門は伊丹へ背を向ける。黒服達へ幾つか指示を出すと、再び顔を向けた。

 

「あんたの経歴はともかく、そのお人柄は信頼できるさ。まあ、少なくともあたしは尊敬しとるよ、あんたのことをな」

 

 その言葉に、今まで放っていた殺気を沈めると、伊丹は口を歪めて笑う。

 

「そりゃどうも。んじゃ、俺も期待させてもらいますよ、駒門さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀座駐屯地から国会議事堂へ向かう道。伊丹一行は、用意された貸し切りバスに乗車していた。

 

「おたくの女性自衛官さん、まーだ調子治らないんですかねぇ」

「あそこだけルイージみたいなオーラ出してやがる………。おーい!おい、栗林ー!」

 

 伊丹と駒門の目線の先には、バスの後部を占拠し、緑の弟もかくやの負のオーラを放出する栗林がいた。

 

「余程ショックだったんでしょうねぇ、あれ」

「俺だって傷つくときゃぁ傷つくのよ、まったく」

 

 とりあえずの目的は、ラフな格好のテュカの衣服をどうするかである。流石にジーンズにセーターで、国会へ向かわせるわけにもいくまい。

 

「ホロでもいいんだが、解けたときが面倒だしなぁ」

「その辺はシビアですからねぇ。特定する輩は絶対出てきますし、後々彼女もホロだったんじゃないかとか………、言い出す阿呆もいないとは限らないですし」

 

 そんなことを話しながら、バスは銀座の街を抜けていく。伊丹が特地へ派遣された後から、随分と変わったものである。

 

「国際神姫杯ももうすぐか……。しかしまあ、随分とホロ看板が多くなったもんだな」

 

 銀座の街の看板は、物理的なものから、ホロを用いた非実体型の看板が多くなっていた。

 

「銀座事件の後、壊されたものの修復の名残ですねぇ。ホロ看板は、機材ひとつで自由にデザインを変えられますから」

 

 その分、ホロデザイナーの仕事は山のように増えましたが、と駒門は笑う。ホロに使用される機材は高価ではあるが、一度手に入れれば何度でも自由に変えられる。銀座事件で壊された物の多くが、ホロで代用されている理由である。

 

「虚飾の街、なにもかも偽物。世界中が特地に憧れるのも、実はそんなとこにあるからかもしれませんねぇ」

 

 今の時代、装飾の多くはホロで代用され、人の身体ですらも替えが利く。本物である理由も、薄まり始めているのだ。

 

「今じゃ合成品の食事だって、本物に近い味がする。電脳にソフトをインストールすれば、そこらの泥ですら高級料理に早変わりさ。ならば本物の価値とは?何故天然物にこだわる?…………そんなことを、話し合ったこともありましたね」

 

 車窓をぼんやりと眺めながら、伊丹は議論の内容を思い出す。少し昔、自分の上官との会話だ。あのときの答えは、一体どんなだったか………。

 

「ま、あんまりにも阿呆らしくなって、そんな考えドブに捨てましたけど。どーせどれだけ考えても、バカを見るときは見るもんだ。なら、嘘でも存分に楽しみましょうや」

 

 それを聞いた駒門は、愉快そうに吹き出した。

 

「くっくっ、流石は二重橋のお人だ。そんなことを言われると、悩んでる方が馬鹿らしく思えてくる。あそこに回されたのも納得ですわ」

「勘違いも甚だしいんですがねぇ。ま、ありがたく頂戴しときますよ」

 

 駒門の言葉に、伊丹は心外そうに肩をすくめた。事実、別に伊丹には名を馳せるようなことをした自覚も無いのである。

 

「その時出来ることを、全力でやった迄なんですがねぇ。何を間違えたら英雄何ぞになるのか。やだやだ、早死にしそうでやーだやだ」

 

 事実、その重荷のせいで、要らぬ負担を背負うことも少なくないのだ。伊丹としては、是非とも代わってもらいたいものである。

 

「持つものに持たざるものの苦しみはわからぬ。ま、本人の自覚以上には以外と合ってると思いますよ」 

「やめてくださいよぉ、心底やってられん。あんなもの重すぎるんですよ」

「まあ、私は適任だと思いますがねぇ」

 

 伊丹はやだやだとばかりに耳を塞ぐ。本当に、彼にしてみれば重いだけなのだ。

 

「あー、そうそこ。あそこで飯にしましょう!」

 

 伊丹は話の話題を強引にずらした。駒門が笑いながら、無線に指示を出す。

 そんなこともあり、一行は少し早めの昼食をとるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本を見に来てるのに、肝心の昼飯がマクドですか………」

「そう言うなよ富田、飯にこんだけしかでねんだからさ」

「世知辛いっすねー」

 

 そんなことを喋りながら、栗林と冨田、伊丹はMの看板て有名なハンバーガーをパクついていた。

 彼らの近くでは三人娘、そしてピニャとボーゼスが同じようにバーガーを食べていた。

 どうやら彼女らはこの店の誇る、注文からの高速の品だしに驚いているらしい。

 

「この量の料理、注文を、これだけの速さで出すとは………」

「もぐもぐ………。殿下、戦時の食糧としても中々。はむっ……、むぐむぐ。」

 

 大量生産大量消費を誉められてもなぁ、と伊丹は思った。しかし、特地にしてみればこの大量生産もまた、大きな差と言えるだろう。

 近年のマクドは進化し続け、その速度は他の追随を許さぬものとなっている。速さのマクド、味のモスとは誰が言ったのか。

 

「まあ、満足しているならいいか」

 

 美味しそうに食べている彼女達を見ると、そんな心配もどこかへ吹っ飛んでいく。

 

「さて、これが終われば国会召致か………。まあ、なるようになるかねぇ」

 

 バーガーをかじりつつ、伊丹は空を見上げる。冬の空はどんよりとし、今にも降りそうな暗さであった。

 

 




用語集

『特戦第七課』
頻発する対テロ戦争、各種代理戦争に伴い、新たに特殊作戦群内に設立された部隊。しかし、特殊作戦群内に設置されたものの、その命令系統は完全に独立しており、事実上全く別の部隊と化している。情報セキュリティにおいては最上位に位置する部隊でもあり、その実態を知ることはまず不可能。一部では書類上、形しか存在しない『隠れ蓑』の部隊という噂もある。



すみません、今回風邪でボーッとしていて、執筆に回す余裕がほぼありませんでした。そのため見落とし等がありましたら本当申し訳ありません。日曜日に寝落ちして、予約投稿出来ませんでした。


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第十五話 始まりの号砲は雷音のごとくー On your mark! Get set! Go!

今回、投稿が遅れてしまったことをお詫び申し上げます。

まさか国会答弁でここまで手間取るとは思いませんでした。この回を執筆するにおいて、自分の知識の浅さを痛感しました。

※今回から、一部の方々には不快を催す可能性を持つ表現が多くなりますのでご注意下さい。



 新国会議事堂。かつての核攻撃の余波により損壊した旧国会議事堂を改修し、今尚国会の場所として残り続ける建物である。

 

「マジでやってらんねえな国会召致」

 

 そんなことを考えつつ、伊丹は制服を確認する。面倒とはいえ公式の場、念のためにネクタイの曲がりや、服のしわを整えておく。

 

「大勢の前に出るとか、いったいいつ以来か………。あれ、なんか最近にも覚えが……」

 

 電脳内の記憶を探ろうとすると、軽い頭痛を覚え、伊丹は顔をしかめる。嫌な記憶には蓋をするものだと思いつつ、伊丹は国会へと意識を切り替えた。

 彼の目の前には、レレイ、テュカ、ロウリィの三人が立っている。冨田と栗林、そして騎士団の二人は、別室での待機中である。国会に出るわけでもないので、今回はおやすみ中。外交関連の官僚達が相手をするらしいが、伊丹はその辺に関しては門外漢である。

 

「さて、それじゃあ確認しよう。三人は特地……、現地の住民として、聞かれたことに答えるだけでいい。大丈夫、ちょっと幾つかの質問をされるだけさ」

「それだけでいいの?」

 

 スーツ姿のテュカが、不思議そうに首をかしげる。彼女が着ているのは、黒のパンツスーツ。蜂蜜のような金髪もあり、日本にやってきた海外の留学生、といった雰囲気である。

 

「ああ、向こうが聞きたいことを適当に答えてやれば今回の召致は終わり。後は適当に観光して帰ろう」

 

 その帰りが一番怖いのだが、と伊丹は内心で思う。軍上層部や、各種機関が立てたであろうプランには、本当に観光としか思えないものがあったのだ。さっさとアルヌスヘ無事彼女達を帰らせたい伊丹としては、たまったものではない。無論、警護はその筋のプロに任せておけばいいのだが、伊丹としてはいつ『来客』にやってこられるか気が気でならないのだ。裏で処理されるなら良いが、捨て身覚悟の突撃爆破なぞされれば守りきれない。そういうこともあり、伊丹はとっととこのプランを全て終わらせたかったのである。

 視界の端の時計が時間を刻む。まもなく始まる時間だ。伊丹は部屋の端末に手をかざすと、彼女達の方を見る。ドアが開き、議場へと続く廊下が現れる。

 

「時間だ、それじゃあ行こうか」

 

 帝国の元老院の松明とは違う、明々と光る照明に照らされ、廊下は遠く議場へと延びていた。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここでまずは現在の、日本の特地に対する姿勢であるが、現状は積極的な講和を主とする勢力が占めている。

 現在、日本の特地への対応の仕方を主張する勢力は、大きく二つ。武力をもって制圧すべきという急進派、武力を用いつつもあくまで講和をもって対応すべしという穏健派である。更にその派閥も、国際世論に門の管理を委ねるべきという主張と、あくまで日本国内で管理すべきという主張で別れる。更に他にも閉門派や非武装派なども居るなど、混沌としているのが現状である。

 では今回の召致がなぜ行われたのかということであるが、理由としては現在の自衛軍の特地における活動、並びに特地住民への自衛軍の接触に関するものである。よって、今回特地住民とコミュニケーションを成立させた第三偵察隊から伊丹が、特地住民代表としてレレイとテュカ、ロウリィが呼ばれることとなったのである。

 そして今、その答弁が開始された。

 まず発言するのは、野党議員水城さち子である。議員の中でも、左側よりの議員として知られている女性である。現在の日本においては珍しい、反自衛軍派の議員であり、彼女が立ち上がったのを見た伊丹は、内心で面倒くさいなと眉をしかめた。

 水城議員は意気揚々と立ち上がると、甲高い声で叫ぶように、マイクへと喋り始めた。

 

『では、お尋ねいたします。特地甲種害獣、通称炎龍との交戦についてのことです。資料によれば、特地住民に多数の被害が出たのに対し、自衛軍側の死傷者は零人。これは、市民を守るという為に存在するはずの自衛軍が、職務を全うせず、怠慢であったのではないのでしょうか?』

 

 手に持ったパネルを示しながら、水城議員は長々と指摘する。彼女によると、自衛軍は市民を守るのが職務でありながら、その役目を全うしなかったということらしい。あいかわらず耳に響く煩い声だなと思っていると、議長から伊丹へ指名がかかった。

 

『参考人、伊丹耀司』

 

 どうしよかなと思いつつ、伊丹はマイクのもとへ来る。正直な話、何を言おうともこの議員は食らいついてくるだろう。なるようになるだろうと思いつつ、伊丹は口を開き始めた。

 

『えー、それは力不足だったからだと思います』

『では、自身の能力不足を認めると?』

 

 なんだかパチンコでも当たったような顔をしている水城議員に、伊丹はきっぱりと首を振る。

 

『いえ、装備が不十分でした。正直な話、小銃の威力ではゴミ………失礼、力不足でした。足止め程度にしかなりません。対戦車、或いは対戦闘ヘリクラスの武器は必要だと感じましたね』

『え、ちょ、あなた………え?』

 

 突然のことに、動揺する水城議員。彼の自己批判言的発言から話を広げようとしていた彼女は、いきなりの方向の変化に動揺してしまった。

 

『偵察部隊でも、強化外骨格とか配備してくれていいと思うんですよ。擬似的な作業機械にもなりますし、考えてくださりません?』

 

 この際だとばかりに、装備の不満を垂れ流す伊丹。予算の都合だというのは分かっているが、取り敢えずこの際だから要求しておこうという考えである。

 

『そ、それは責任転嫁では?自分の能力不足を棚に………』

『そもそも対地自動爆撃ヘリクラスの兵器相手に、対空兵器無しで善戦しろってのが無理な話でしょうに。ドローンを用いた疑似航空爆撃でも、追い払うのがやっとでした。あれ、多分外皮はかなりの硬度ですよ。そもそも最近は軍縮だなんだかんだで予算を削りすぎだと思うんですよね、国防への予算のつぎ込みは悪ではないんですし、もうちょっと増やしてくれてもいいと思うんですよ』

 

 水城議員の反論に、伊丹はしれっと願望を混ぜつつ答える。

 

『あなたはっ…………!!』

「あー、少しいいでしょうか?」

 

 水城から少し離れた場所で、別の議員が手を挙げる。その議員は、手に持った書類の束を見ながら述べた。

 

「えー、例の炎龍の事なのですが。調査の結果、外皮の硬度は現行の多脚戦車の装甲に匹敵するとのことです」

『それはどういう…………?』

「えー、つまり。炎龍は言わば戦車クラスの装甲と、戦闘ヘリクラスの機動力と制圧力を持った、極めて強力な空戦力となりえます。これだけの脅威を持った敵と突発的に遭遇し、無傷で切り抜けろという方がどうかしているでしょう」

 

 その指摘に言葉を詰まらせた水城議員は、話を打ち切って対象をレレイへと変えた。

 

『えー、参考人は日本語の理解は可能でしょうか?』

 

 現在特地語の自動翻訳機能は、いまだに開発中である。そのため、両方の言語に精通する人物が同時に翻訳せねばならないのが実情である。だが、幸いにもレレイは、特地は勿論日本語も自力で習得していた。

 

『はい、少し』

 

 そうして、レレイへの質疑が開始される。難民キャンプでの生活はどうか、自衛軍からの対応はどうか、炎龍との戦いで自衛軍に落ち度があったかなどである。しかし、水城議員としてはその返答に有用なものは得られ無かった。なぜなら、レレイの返答のほとんどは自衛軍寄りのものであったからだ。生活に満足している、対応に不満はないというのは、水城議員にとっては不満に残る返答であった。だが、これ以上の追及や迂闊な拡大解釈もできない。故に、水城は隣のテュカへと質問の先を変えることにした。

 こちらも、難民キャンプでの衣食住や、自衛軍での対応などにといった、同じような質問である。だが、テュカの返答もまた、水城議員にとっては不満の残るものであった。自衛軍の対応や、難民キャンプの生活に不満は無し、むしろテュカからは、住み心地が良いという追い打ちまでいただいたのである。これには水城議員もたじろいた、当初の計画のような話の進め方が、全く行えないのだ。

仕方なく水城議員は、最後の一人であるロウリィに目を移した。

 

(さて、最後の一人。どうするべきか………)

 

 水城議員はロウリィを見ながら、どうするべきか考えあぐねていた。レレイは独特の衣装、テュカはエルフ特有の耳を持ち、地球とは別の世界の人間だと明確に理解できた。だが、今まさに登壇しようとする彼女は違う。見た目はごく普通の少女、右手に布を被った竿状のものを持つこと、何故かこちらで言うゴスロリの様な服を身に纏う以外は、いたって明確に異なる点を持っていない。だが、身に纏う雰囲気はまるで違う。その不気味な気配は否応なしに、背筋へと薄ら寒いものを感じさせた。

 相手は特地の人間、見た目で油断するようなへまは負わない。恐る恐る、水城は彼女へ問いかけを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええっと、お名前を教えていただけないでしょうか?』

 

『ロウリィ・マーキュリーよぉ』

 

『では、ロウリィさん。貴女の難民キャンプでの生活、貴女への自衛軍の対応を教えていただけないでしょうか?』

 

『いいわよぉ。そうねぇ……、朝起きたら祈る、食べる、命をいただく、色々よぉ』

 

『命をいただく………、とは?』

 

『殺すこと、食べること、エムロイへの供儀。人は皆、命をいただいて生きているわぁ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロウリィと水城との問答は、本人が考えるよりもスムーズに進んだ。だが、言葉の端々に滲む違和感、どこか噛み合わない感触が、水城を緊張させていた。 

 

(どうしたの私、子供相手に何を緊張していると?いや、あれは本当に子供なの?この感覚、何かがおかしい………)

 

 彼女には緊張の正体が掴めなかった。だが、一応は政治家の端くれ、その経験が叫んでいるのだ。ヤバイと、視線の先の少女は何かが危険だと。

 幾つかの問答が終わり、ようやく目当ての質問に入れる。ここに来て失敗するわけにはいかない、確実にいくのだ。水城は自分にそう言い聞かせると、慎重に言葉を選び始めた。 

 

 

 

 

『では、ロウリィさんに質問します。自衛軍は炎龍との戦いの際、多数の被害を出したとの報告があります』

 

 

 

 

 ゆっくりと確実に、はっきりと言葉を述べていく。水城の視線の先には、ロウリィの不気味な笑みがまだ残っている。

 

 

 

 

『この結果を我々は、自衛軍の怠慢、或いは暴走ではないかと疑い、今回貴女方特地の皆様にご来日願いました』

 

 

 

 

 視線の先のロウリィの顔が歪む。これを手応えと感じた水城は、はやる気持ちを抑え、言葉を進める。

 

 

 

 

『お亡くなりになったご家族、大変にお悔やみ申し上げます。その上で、お聞かせください』

 

 

 

 

 ロウリィが顔をうつむけ、表情が見えなくなる。

 

 

 

 

 

『彼の戦いの真相を!』

 

 

 

 

 

 その手に掴んでいたものを握りしめ、口を開く。  

 

 

 

 

 

 

『そして、自衛軍達の真の姿を!!』

 

 

 

 

 

 

 マイクを握り、毅然と立ち、息を吸い、そして…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 議場内に震動と、轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………っ!!!なに!?」

 

 後ろで座っていたテュカが立ち上がり、レレイが杖を引き寄せる。

 伊丹がロウリィを見ると、彼女も臨戦態勢とばかりに周囲を警戒していた。どうやら、神の怒りが云々などではないらしい。

 議員達が騒ぎ、議場内は混沌とし始める。まもなく、息を切らし、汗を流した委員長が怒鳴るようにマイクに叫んだ。

 

「報告です!!議事堂周囲の建造物で爆発が発生!!繰り返します、議事堂周囲の建造物で爆発が発生!!非常事態のため、一時国会を中止します!!!」

 

 まもなく、その筋の担当者の守りの中、議員達が退場していく。そして、伊丹達の前にも黒服の男が現れた。銀座で、駒門の後ろにいた男の一人だ。

 

「予定を変更し、速やかに移動するとのことです。欠員は?」

「いえ、国会出席者は自分とここにいる三人で全員です」

「わかりました。では、こちらへ」

 

 他のメンバーとはあとで合流するしかないだろう。伊丹は少女達を連れると、議事堂から離脱を始めた。しかし…………。

 

「おいロウリィ!!どうしたんだ!?」

 

 演壇のロウリィは、その場から動こうとしない。彼女はしばらく辺りを見回しすと、得心したような表情でマイクを手に掴んだ。

 

『そこの貴女ぁ!!そう、そこ。さっきしゃべっていた貴女よぉ!!』

 

 中止されたはずの国会。だが、ロウリィは関係ないとばかりに叫ぶ。スピーカーから響く大声に、退場中であった議員の何人かが肩を震わせ、ロウリィのいる方を振り返った。

 

『貴女に少しだけ告げなければならないことががあるのぉ。彼ら、イタミ達のことよぉ!!』

 

 弾劾のように、審判のように彼女は告げる。

 

『彼らの真の姿を聞きたい?ならば教えてあげるわぁ。彼らは勇敢に戦った。彼らは必死に戦った。貴女の言うような怠慢も、欺瞞も、彼らには無かったわぁ』

 

 馬鹿な質問をと、彼女は鼻で笑う。暗黒の女神は、彼らを決して嘲らない。明確な意思をもって戦った彼らを誇るように微笑む。

 

『それが貴女の、自らの国の兵士を侮辱した、愚かな人間への答えよぉ!!私は彼らを讃えるわぁ、例え貴女達が嘲ろうと、私達は忘れはしない。決してよぉ!!!』

 

 

 その言葉に、議員達が言葉を失う。それは呆れか、はたまたは侮辱への悔恨か。

 足音と紙の音が響く議事堂の中、声が上がる。

 

「それでも!!それでも、私達は止めなければならないのです!!」

 

 退場する人の波、その中から響き渡る声に、ロウリィは口の端を吊り上げる。

 

「例えいかなる理由があろうと、私達は許してはならないのです!!あの凶行を、軍という武力装置の暴走を、あの日の地獄を。私達は、止めねばならないのです」

 

 その甲高い声は糾弾の様にも、自嘲のようにも響き渡る。

 

「絶滅宣言。あの行為を、二度と起こしてはならないのです!!」

 

 恐れるように、だが抗うように叩きつける。伊丹の肩がはね、暗くよどんだ瞳が、退場する議員達へ向けられた。

 

「それでも貴女は、例え幾万もの人間を殺戮しようとも、それが間違いでないと言うのですか!?」

『それが自らの意志と、覚悟をもって挑むものなら、私はそれを尊ぶわぁ!!盗賊も、聖人も、王族も乞食も学者も愚者も、その行いに堂々と理由と覚悟を持つならば、亜神として使徒として、神の名の元にその行いを愛しましょう』

「狂っている………。狂っています、貴女は………」

『狂っているのはお互い様よぉ。教義に狂うか、それとも己の正義に狂うか、それだけの違いに過ぎないわぁ。何かに狂わぬ人間など、ただの脱け殻にすぎないのよぉ』

 

 そう言うと、ロウリィは演壇を降りて伊丹達の元へ向かう。

 

「ロウリィ、あまり無茶なことは……」

「私は自らの意志に従うだけよぉ。待たせてごめんなさいねぇ。さ、いきましょぉ。ふふっ……」

 

 フリルを翻し、ロウリィは伊丹の隣へ立つ。伊丹は頭をかきむしると、隣の男へ目を向けた。

 

「全員揃いました。それじゃ、移動しましょう」

「わかりました。では、こちらへ」

 

 男の後を追い、伊丹達は議事堂を脱出する。不穏を告げる角笛は、既に上がっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『貴賓客』、予定を変更して地下鉄による移動へ切り替えました」

「あの男の策か………、絞り込みはどうだ?」

「今回の餌に食いついたことから、おおよその絞り込みが完了できました。もう後一押しで、確定可能かと」

「そうか………。例の爆破事件の特定を急げ、間違いなく今回行われた、特地住民の来日と関係しているはずだ」

「了解。セラノゲノミクスへの不正アクセス、IRシステムの不具合と合わせ、捜査を進めていきます」

「ああ、頼んだぞ。こちらも急進派勢力の線を当たってみる、考えたくはないが、可能性は否定できん。それと…………」

「………なにか?」

「どうやら来日計画の方は、予定を多少修正するものの、当初の計画通りに進めるらしい。一連の事件、最早無関係とは言えまい。メンバーを選別し、警護に当たってくれ」

「了解しました。手配はいつも通りに」

「ああ、こちらで何とかしよう。頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー戦いの狼煙は上がり、戦場は移り変わる。

 

 

 

 

 

ーー人々の思惑をのせ、事態は確実に動き始めていた。

 

 




用語集

『水城さち子』
民新党所属国会議員。反自衛軍派で有名な人物で、中東への派兵中止や日本自衛軍解体を主張している。右派からは左派議員の代表格としても知られる人物。

『絶滅宣言』
正式名称は『新浜宣言』。核事件発端となったテログループ、及び支援国家に対する被爆国家連合により決議された宣言。その実体は発端となった存在への徹底的な殲滅を目的とするもので、要約すれば該当の地域に住む全ての住民を犯人として抹殺し尽くすものである。本来平時であればまず可決すらされない狂気の選択であるが、民衆の憤怒と悪意に祝福されながら可決、実行された。
最も、原因となった勢力も、国家規模に肥大化した存在(現代で例えるならISILに近い)となっており、近いうちに衝突は避けられないとされていた。いずれは避けえぬものであり、この結末は当然の末路と言えたのかもしれない。




はい、賛否両論あるでしょうが国会編でした。
当初は国会議事堂を吹き飛ばしちゃおうかとも考えましたが、おおごと所の騒ぎでは無くなってしまうので自重しました。国家の中枢が吹っ飛ばされるとか即戦争ものですし。
瓦礫の中に佇むロウリィとか、様になると思ったんですがねぇ。同時にロウリィVS多脚戦車の対戦カードも流れました、どっかでやりてえなぁ。

グラブルのルリアノートの武器紹介を見ているだけで、心が癒されるのは自分だけでしょうか?


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第十六話 狐狩りの猟師と化け狐ーSurvival of the fittest.

ところで異世界ものといえば、ドリフターズがアニメ化しましたね、今さらですが。
あいかわらず良い意味でうんこ作品でした。うんこの活用法をここまで書いた作品ってこれくらいじゃないですかね?私は原作三巻まで友人に読ませていただきましたが、どれも夢中になるものでした。流石ヒラコ―。
戦術とか戦略とかをもっと学びたいこの頃。少なくとも私としては、いい作品に出会えたと思います。



ところでスカイリム、いまだに私のはアーンゲールと最初に会うところで止まっています。mod入れた影響のせいか、このクエストだけ進めないんですよね、敵対してしまって。他のクエストは普通に進められるのに………。
私のPCに入っているスカイリムが、バグイリムと呼ばれるようになった瞬間でした。


 東京市内をめぐる地下鉄、その中に伊丹達一行はいた。国会議事堂から避難する際、この地下鉄による移動に切り替えたのである。

 地下鉄内は人で溢れかえり、通勤のサラリーマンや、怪しげな宗教の女性などで混雑していた。

 

「やっぱり、『来客』は正規のルートに引っ掛かりましたか」

 

 地下鉄に揺られながら、伊丹は駒門からの報告を聞いていた。

 

「ああ、餌の正規ルートに全て引っ掛かったさ。あんたの予想通り、あれは移動ルートを絞り込むためのものだったとみて正解だろうな」

「問題は、いったいどうやって仕込みを入れられたか……、ですね」

「その辺はこっちで絞り込めたさ。だが妙な事があってな………」

 

 吊革を握り、二人は顔をしかめながら今回の事件について話し合う。その顔は険しく、未だに警戒を解いてはいない。

 

「犯行の主犯、どうも今回の件でマークした連中との繋がりが見えないんだわ」

「と言うと?」

「連中は中東の過激派グループ。それも絶滅宣言時の残党だ。本来なら俺らもマークされている連中も等しく、やつらにとっちゃ憎い仇だ」

 

 そう、あの爆破事件を起こしたのは、駒門のマークしていた連中とは本来関わりすら持つはずのないテログループなのである。それ故、駒門は疑問に思っていたのだ。

 

「利用された?」

「そう考えるのが普通だがねぇ。だが、奴らは仮にも国際指名手配中、国境警備隊や入国監査がそこまで無能かって話だ。何よりリスクが釣り合わない。なぜここまで強引な手に出た?」

 

 逮捕されたテログループのメンバーはいずれも、賞金付きで国際指名手配されているほどの危険人物である。みすみす見逃すとは考えづらい。

 

「考えたくねえ話だが………」

「ええ、恐らくは………」

 

 伊丹と駒門は、同時にある結論へ辿り着いた。それはあってはならない、だがそれ以外に考えづらい結論であった。

 

「ねえ、伊丹ぃ。まだつかないのぉ?」

 

 怯えたような声と共に、伊丹の上着の裾が引っ張られる。思考に埋める頭を現実へ戻すと、ロウリィか怯えたような表情でそわそわとしていた。

 

「どうかしたのかロウリィ?」

「うう……、ここは地下でしょう?ハーディの領域に、無断で踏み込むことになっちゃうのよぉ……」

 

 このままじゃお嫁にされちゃうのぉ。と、珍しいことにロウリィは本気で怯えているようであった。

 

「ハーディ?」

「ええ、冥府を司る神、あいつしつこいのよぉ………。お嫁に来いって、何度も何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、もうしつこくってぇ………」

「そ、そうなのか………」

 

 よくわからないが、どうやら日本ではストーカー紛いに分類されることでもされたのだろう。あのロウリィにここまで言わせるとは、そこまで危険な人物なのか。冥府の神と言われて、某魔法戦隊の十神が思い浮かんだ伊丹であった。

 

「けどなロウリィ、幾ら向こうの神様でも、きっと日本まで影響力はないだろう?」

「けどぉ…………」

 

 男性として、可愛い女の子に抱き付かれるのは役得であるが、そうも言ってられまい。ロウリィの顔は本当に辛そうである。

 伊丹は少し考えていると、駅停車を告げる車内アナウンスが響いた。仕方無いかと思いながら、伊丹は富田と栗林に目で合図を出す。二人が頷くのを確認すると、伊丹は人の流れに沿って動き出した。

 

「…………………。駒門さん、俺らここで降りますわ」

「は……………?イヤイヤイヤ、ちょっと待て。おいちょっと!!おい待て、おい!!!」

 

 駒門の制止を待たず、伊丹は地下鉄を降りていく。彼らに続き、富田と栗林が、特地からのメンバーを連れて付いていった。

 

「良いんですか隊長?」

「ロウリィの怯えようが尋常じゃないからな。それに、神様のお告げに従ってみるのも有りなんじゃないかと思ってさ」

 

 要は勘だ。と、伊丹はのほほんとした顔で富田に返す。その目線はずっと斜め上を見つめていた。

 不馴れな少女達に教えながら、改札を抜けたところで、駒門が追い付いてきた。服が相当乱れていることから、かなり焦って来たのだろう。

 

「おいおいおい、勝手に行かんでくれ。こっちにも段取りってもんが…………」

 

 やつれた顔で駒門が文句を言う。護衛をする側として、想定外の自体は避けたいのだろう。だが、文句を続けようとした彼の後ろから、唐突に轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『業務連絡、業務連絡。職員各位に通達、三番ホームにて非常事態発生、最寄りの職員は…………』

『只今、運行管理システムのトラブルにより、一時運行を見合わせております。対象となる路線は…………』

『お客様へご案内致します。最寄りの職員の指示に従い、速やかに…………』

 

 

 

 

 

 

 

 電子音と共に、駅構内へアナウンスが響き渡る。悲鳴と怒号が聞こえるなか、駒門と伊丹は顔を見合わせ、周囲を警戒しはじめた。

 

「…………っ!!列車事故だと!?こいつは人身事故じゃねえ、車両同士の衝突だぞ!!!」

「運行管制システムにより、一つ一つの運転まで管理される時代に列車事故なんて普通はあり得ない…………。栗林、富田!!すぐに地上に出るぞ!急げっ!!」

 

 事情を掴めていない特地側の面々を連れ、伊丹達は人混みを掻き分けて進む。今の状況は非常に不味いのだ。

 

「恐らくは運行管制システムへの不正アクセスか………。そいつも問題だが今は………」

「俺達の動向がが漏れてますね、確実に」

 

 炙り出しの可能性を考慮しても、早急にこの場を離れるべきだろう。それが、駒門と伊丹の結論であった。国会の件、そして今回の不正アクセス。敵がなりふり構わぬ行動に出ている以上、地下に留まるのは危険すぎる。

 

「くそっ、最初から頭ブッ飛んだ事してきやがる!!」

「それくらい、敵さんも必死なんでしょうや。鬼気迫る表情が思い描けますわ」

 

 電子マップを開き、最寄りの出口を探す伊丹へ、レレイが尋ねる。

 

「イタミ、これも何らかの攻撃か?」

「恐らくはな。炙り出しか混乱に乗じての接触か、あるいはその両方か。何にせよこのままだと、地下に居続ける方が危険だ」

「では、あれもそう?」

 

 レレイが指差すのは、前方で暴れる男性であった。髪を振り乱し、正気とは思えない形相で叫んでいた。

 

「我らは暁の地平線!!怨敵たるかの国へ復讐を!!!」

 

 この男だけではなく、至るところで騒動が起こっているらしい。それぞれがまるで、何かに取り憑かれたように暴れ狂っていた。

 

「チッ!!全員電脳を自閉モードにしろ!!野郎無差別にゴーストハックをかましてやがる!!!」

 

 指示を受けた全員が、自身の電脳を完全オフラインに切り替える。見つからないように早足で通り過ぎ、最寄りの階段へ辿り着いた一行は、そのまま階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地下鉄の運行システムへの介入に、不特定多数への同時ゴーストハック。一体何者だ?」

「運行システムへの介入なんぞ、ウィザードクラスのハッカーでも困難ですわ。仮にも日本のインフラ、その一角を担う国営組織ですからねぇ。そこらの中小企業のセキュリティなんぞとはレベルが違う……」

「だが、現にあいつらはそれを可能にした。そして、今は不特定多数への同時ゴーストハックときた、人間技じゃないな」

「ですねぇ、神様か何かかってんだい全く」

 

 ホロやネオンが輝くビル街、斬りつける様な寒さの中、伊丹と駒門は敵についての推測をしあっていた。逃げ続けるだけでは埒が明かない。とは言え、打つ手がないのが現状である。

 

「いっそ神様ってんなら楽でしょうねえ。こちとらモノホンの神様が隣にいるんだから」

 

 路上で宗教と思しき勧誘を行う女性を見ながら、伊丹はそう愚痴る。電脳の普及に伴い、電子空間を主にした宗教なども増えてきているのだ。そのうち本当の神様でも現れるんじゃないかと思いながら、伊丹はビル街の向こうへ目を向けた。

 

「埒の空かない話より、とりあえず今日の寝床でも考えましょうか。駒門さん、俺らの目的地ってどこです?」

「あー、それなほら、あそこにあるビルさ。ほら、あのけばけばしい緑のホロが光りまくってる建物」

 

 駒門が指さすのは、東京でも有名な高級ホテルの一つである。こんなところに泊まればいくらかかるのだろうかと、伊丹は思わず自身の財布と貯金を思い浮かべてしまった。国から出るとはいえ、金額を気にしてしまうのが庶民感覚というやつである。

 

「さて、それじゃあ敵の警戒をしつつ目的……地……うおお!!」

 

 周囲がざわつくのが気になった伊丹が振り返ると、そこには巨大な人影が腕を振り上げていた。

 

「危ない!!」

 

 とっさに隣にいたレレイを抱え、横へと飛ぶ。直後、轟音とともに地響きと土煙が巻き起こった。伊丹はレレイの小さな身体を下にして、彼女へと覆いかぶさる。伊丹の身体であれば、少々の瓦礫程度はどうということはない。

 

「イタミ、何が……?」

「わからん。けど、そのままじっとしていろ!!」

 

 土煙の中、何か大きなものが動いているのが分かる。だが、他の面々の姿が見えない。

 

「くそっ、全員無事か!?」

 

 伊丹が呼びかけると、安否を知らせる返事が返ってきた。

 

「大丈夫です!!」

「何とか回避しました!!」

「心配いらないわぁ!!」

「大丈夫!!でもナニコレ?」

「わ、わらわは大事ないぞ!!」

「わたくしもです!!」

 

 どうやら、全員無事らしい。伊丹はレレイを抱きかかえながら立ち上がると、襲い掛かってきた実行犯へ目を向けた。

 

「強化外骨格……だと?」

 

 現れたのは、全装甲型の強化外骨格であった。大きさは五メートル弱、黄色と黒の塗装に、緑色の十字マーク。おそらくはどこかの工事現場で使われていたモノだろう。だが、建設用と侮ることなかれ、生身の人間や民間用義体の脳殻であれば、十分破壊できるほどの出力を誇る。

 

「くそっ、面倒な……」

 

 このままいけば、確実に周りで被害が出る。さらに地下とは違い、恐らくは正確にこちらをマークしているだろう。むやみに逃げ回れば、それだけ被害が拡散しかねない。

 伊丹が脱出の方法を思案していると、敵の前に躍り出る人影があった。

 

「―――ッ!?おいロウリィ!!」

 

 薄ら笑いを浮かべ、強化外骨格の前に立つのは、ハルバートを構えたロウリィであった。

 

「うふふっ、ちょうどイライラしていたところだったのぉ。ねえあなたぁ、一緒に踊ってくださらないかしらぁ?」

 

 敵が腕を振り上げ、叩き潰す様におろす。ロウリィに当たる直後、掴むように大きな機械の手のひらを広げた。だが、ロウリィはそれを踊るように躱すと、返す刃とばかりに腕へハルバートをお見舞いした。だが、工事用の装甲といえども半端な鉄板などではない。ハルバートの刃は断ち切るには至らず、へこませるのみに終わった。

 

「…………ッ!!硬いわねぇ。ふふっ、いいわぁ。そんなに大きくて硬いなんて、ゾクゾクしちゃう。……でも、テクはまだまだよぉ!!」

 

 振り下ろされた腕に飛び乗り、胴体めがけて駆け上がる。敵も振り下ろそうと暴れるが、ロウリィは意に介さず、操縦席まで距離を詰める。そしてそのまま、ハルバートを強化ガラスへ叩きつけた。

 

「ここも駄目ねぇ。……あら?ずいぶん激しく動くのねぇ。そんなに必死に動いて、貴方も気持ちいいのかしらぁ?」

 

 流石にまずいと判断したか、ロウリィが敵から飛び降りる。

 

「なら、もっと激しくイカせてあげるわぁ!!」

 

 がむしゃらに敵が振り回す腕を、ロウリィは弾き、躱し、いなす。道路のアスファルトが弾け、コンクリートが吹き飛ぶ、それでもロウリィは踊るようにそれらを避け、的確に反撃を与えていった。

 

「そこぉ!!」

 

 大ぶりの一撃によって隙のできた左腕の関節へ、ロウリィのハルバートが叩き込まれた。保護用の布や、内部の配線を引きちぎり、陳属のひしゃげるような音を立てる。素早く獲物を引き抜くと、ロウリィは強化外骨格の間合いから抜け出した。

 

「へぇ……。意外と立つのねぇ。まだ出し足りないのかしらぁ?」

 

 左腕から異質な音を立てながらも、どうやらまだ動くらしい。日本製自慢の頑丈さに呆れつつも、感心するロウリィであった。敵の次の動作を察知したロウリィは、すぐに避けられるようにハルバートを構えなおす。だが…………。

 

「おかーさーん、どこー?」

「………っ!?まずっ!!」

 

 強化外骨格の繰り出した拳、その方向に子供がいることをロウリィは見つけた。避ければ子供に当たる、抱えて避けるのは間に合わない。ならば……。

 

「――――がっ!!このォ!!!」

 

 ハルバートを両手で構え、その拳を受け止める。両足が地面のタイルを踏み砕き、その強大な出力の前に、思わず片膝をつく。

 

(…………分かってはいたけれどぉ。流石の腕力ねぇ)

 

 いくら亜神として規格外の身体能力を誇ろうと、機械の出力には長時間耐えきるのは難しい。今でさえ、辛うじて支えるのがようやくなのだ。

 

「逃げなさい!!早く!!」

「ひっ!ぐすっ……。うう……」

 

 ロウリィにせかされ、子供が這うように逃げていく。だが、足を怪我でもしているのか、中々進まない。そんな彼女らを嘲笑うように、強化外骨格の左手が振り上げられる。幾ら動作に支障が出ていても、あれだけの鉄塊に殴られればただでは済まない。ロウリィはともかく、子供は恐らく耐えられないだろう。

 

「まず……っ!!」

 

 突き込まれる拳を睨みつけながら、ロウリィは両腕に精一杯の力を籠める。だが、もはや間に合わない。そのまま拳が近づいていき…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その拳が、大声とともに逸らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァァァ!!!!!」

 

 割って入ったのは、なんと伊丹であった。全身を使って迫りくる拳を弾き飛ばすと、そのままロウリィを捉えている方の腕へと蹴りを叩き込んだ。

 

「………………俺、こういう直接戦闘は得意じゃないんだがなぁ。まあいいさ、相手してやるよポンコツ重機!!!」

 

 いつもののほほんとした雰囲気からは考えられない、犬歯を剝き出しにした獰猛な形相で、伊丹は強化外骨格を睨んでいた。

 

「悪いロウリィ、一般人の避難優先で遅れた!!あとはおっさんたちに任せてくれ!!」

 

 ロウリィが後ろを見ると、栗林が子供を抱えて離脱していくのが見えた。

 敵へ目を向けると、強化外骨格の装甲を駆け上がり、その背部に取り付く人影が現れる。駒門だ、彼はコートを翻しながら、ロウリィへ向けて叫ぶ。

 

「ありがとうよ嬢ちゃん、おかげで死人を出さずに済んだぜ。こっからは大人の役目さ!!」

 

 そう言うと、駒門は首筋からQRSコードの抜き、それを強化外骨格のプラグへ突き刺した。手元に拳銃を持っていることから、どうやら射撃でカバーを壊したようである。

 

「情報を扱うのはハッカーの専売特許じゃあねえ、公安の十八番でもあるのさ。ウィザード級の化けもんならともかく、工業用のプロテクトに、そうそう遅れはとらんよ!」

 

 そういうと、駒門は次々に強化外骨格のシステムプロテクトを解除にかかる。だが、敵もただやられるだけではない、全力で振り落としにかかる。

 

「くそっ!大した暴れ馬だよまったく。おおっとぉ!!」

 

 振り落とされないようにしがみつくが、それでもハッキングと同時並行での体勢保持は中々に厳しい。が、それも織り込み済みである。

 

「させるか!!!」

 

 強化外骨格の後ろから、富田が全力でタックルを叩き込む。転倒こそしないが、動きを少しだけ止めることには成功した。だが、その一瞬で十分である。

 

「これの動きを止めるだけでいい?」

 

 杖を構えたレレイが魔法を唱えると、敵の動きが鈍くなった。完全に停止はしないが、振り落とされる心配はないだろう。長くは続かないが、要は停止するまで持てばそれで良いのだ。

 

「これで……、ダメ押しよ!!」

 

 テュカが精霊魔法を唱え、駒門の身体を風が押し上げる。これで、振り落とされる心配はほば無くなった。

 

「ありがてえ、それじゃあ最後の仕上げと行くか!!」

 

 駒門が意識の大部分を侵入へ向け、システムクラックへ用いる電脳の領域が大幅に増える。そのまま防壁を突破し、システムへ強引に接続した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――システム防壁中和完了

 

――制御システムへのアクセス開始

 

 

――有線以外をオフラインに移行 完了

 

 

――全ディレクトリ閲覧開始 表示

 

――動作システムファイルに不明なデータを確認 

 

――不明ファイル削除開始 エラー

 

――動作システムファイルを閲覧 スクリプト読み込み エラー 解析不能

 

――動作システムファイル全削除 開始

 

 

 

 

 

――削除不能なファイルが存在 スキップ

 

 

 

 

 

 

――全データ削除完了

 

――機体動作にエラー発生 必要な動作OS取得に失敗 タスクの実行不能 

 

――衛星より再ダウンロード開始 エラー 

 

 

――全システムファイルおよびディレクトリ削除 開始

 

 

 

 

 

――削除不能なファイルが存在 スキップ

 

 

 

 

 

――全prおr蔵mnおskぞk……慮……う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成功だ。運転に必要なデータどころか、システムファイル丸ごと削除しちまったが、まあ持ち主の運がなかったってことだ」

 

 その言葉に、戦っていた全員がほっとする。どうやら、作戦通りに事が運んだらしい。その証拠に、今まで暴れていた強化外骨格はピクリとも動かない。

 

「これ、もはや只のスクラップっすね」

「動作用の制御データはもちろん、内部のシステムファイルを全消ししましたからね。人間で例えるなら廃人ですわ。修理にも出さずに復旧できるならしてみろってんだ。これで有線以外のシステム復旧は確実に不可能ですよ」

 

 機体から飛び降りると、駒門は鼻を鳴らす。首から音を立てながら、彼はあたりを見回した。

 

「あれまあ、ずいぶんと人目を引いちまったもんで」

「ま、あれだけ暴れりゃあ仕方ないですよ」

 

 花壇は粉砕され、アスファルトはめくりあがり、あたりには瓦礫が散らばっている。戦場もかくやの有様に、二人のおっさんは肩をすくめた。

 

「それじゃあちゃっちゃと移動しますか」

「あー、くそっ!こいつはスキュラに後始末を頼むしかねえか………。やだなあ、あの妖怪ババアに借りを作るなんざ」

 

 そう言って、二人は移動ルートを模索し始める。恐らくではあるが、次も敵に情報が洩れると想定して構築した方がよい。あまりのことに二人が頭をかかえていると、小さな子供が近づいてきた。

 

「えーと、あの……」

「君は……、えっと……」

「隊長、この子はさっきロウリィがかばった子供です。ロウリィに言いたいことがあるって」

 

 子供の隣には、先ほど抱えていった栗林の姿もある。どうやら、子供の頼みを聞いて連れてきたらしい。

 伊丹が周囲を見回していると、等のロウリィ本人がやってきた。先程まで激戦を繰り広げていたが、特に目立った外傷は無い様である。

 

「あらぁ、どうしたのかしらぁ?」

「えっと、あの……」

 

 子供は、少し両手を弄りながら思案しているようであったが、少し考えていうことが固まったのか、ロウリィの方をじっと見つめなおした。

 

「助けてくれて、ありがとうございます!!」

 

 そういうと子供は、ちょこんとかわいらしいお辞儀をした。ロウリィは少し呆気にとられた後、口元に微笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、どういたしましてぇ。そうやって素直に感謝できるのはいいことよぉ、今後も大切にしなさいねぇ。さあ、行きなさい。あなたのご両親が待っているでしょう?」

 

 子供の頭を撫でながらそう言うと、ロウリィは彼の背中を押す。手を振りながら帰っていく子供の背中を見送りながら、ロウリィは呟いた。

 

「素直に感謝できる子供もいれば、守られているのに責め立てる議員もいる。二ホンの国民も、様々な人間がいるわねぇ………」

「女神さまのお気に召したかい?」

「ふふっ、どうかしらぁ?」

 

 伊丹が茶化す様に問いかけると、ロウリィは意味深な笑みを返した。フリルを翻しながらクルリと回ると、伊丹の方を向く。

 

「でも、悪くはないわぁ。さあ、次はどこへ行くのかしらぁ?もう少し見てみたいのよぉ、あなたたちの国ぃ」

 

 鼻歌を歌いながら、ロウリィは強化外骨格の腕に腰掛ける。伊丹は頭をかきながら苦笑すると、ルートの選別へ移り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にこのルートを通らなきゃいけないの?」

 

 路地裏の狭さに辟易しながら、テュカが不満を述べる。

 

「ああ、あそこまで強引な手段に出てくるんだ。徹底して監視の目をかいくぐる必要があるさ。

 

 彼らが逃走手段として選んだのは、街に広がる裏路地であった。この辺りは伊丹には土地勘があり、うまく出し抜けられると考えたのである。

 

「毎回お前さんは珍妙な手に出るな。少なくとも、勧められる手ではないだろうに」

「俺だって別にこんな手は使いたくないっすよ。ただ、今はそうも言ってられませんしね」

 

 そう言うと伊丹は、路地の隅に座り込む浮浪者たちへ目を向けた。

 

「ここに住む人たちは、電脳化すらまともにしていない。システムがうまく使えないって意味じゃ、一応敵のハッカーからは身を守れるさ」

 

 目下最大の問題は、地下鉄の管制システムすらハッキングした相手の手腕である。周囲の監視システムもそうだが、自分たちの電脳が特定され、ゴーストハックされる事態は何としてでも避けなければならない。伊丹がそれを回避できそうだと考えられる装備は、今は手元にはないのだ。ならば、なるべくオンラインでつながるカメラ等の機器は避けなければなるまい。

 

「とは言え、半身でしか入れないような隙間を通るのはこりごりですよ」

「そうですよ、入りにくいったらありゃしません」

 

 富田と栗林が、今までの道のりについて抗議を入れる。確かに、二人ともいろいろな意味で窮屈そうである。その声に、レレイが何のことかときょとんとし、ロウリィが一瞬でドス黒い笑みを浮かべた。

 

 

「ま、まあ、もう少しすればつくんだ、もう少し…………で」

 

 二人の部下をなだめていた伊丹は、唐突に笑顔を引っ込めて目つきを鋭くする。上官の豹変を察した二人は、すぐに周囲を警戒し始めた。伊丹は目を細めると、何かを考えるようにうつむいた後、駒門の元へ向かい始めた。

 後ろの二人の変化を察した駒門は、角の前で立ち止まる。

 

「敵か?」

 

 尋ねる駒門に、伊丹は無言で近づいていく。そのまま、入れ替わるように角に立つと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駒門を拘束し、素早く首筋に何かを押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、てめえ何……を……」

 

 抗議しようとする駒門であったが、そのまま力が抜けたように膝をついた。そのまま伊丹が身体を放すと、路地裏の地面に倒れ伏す。電脳錠、QRSプラグから直接侵入し、相手の電脳をロックする拘束具である。これに囚われたが最後、自前の脳だけで解除するのはまず不可能と言っていい。

 

「隊長、なにを!?」

「ちょっ、隊長!?」

 

 栗林と富田が警戒する中、伊丹は後ろに向けて駒門の銃を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶番はここまでだ。恨むなら、自分の浅はかさを呪うんだな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『用語集』

『ゴーストハック』
他人の電脳へ不正にアクセスし、思考や記憶などを改竄する手口。脳を電子的に接続可能にし、互いに思考を共有できるこの時代ならではの問題でもある。
無論法律において無許可での行使は違法であり、発覚すれば重罪は免れない。他人の電脳を不正に弄るとは、それだけ危険な行為なのである。

『DSK-model62』
建設作業用強化外骨格、本編にて使用されたものの型番。
従来の製品に比べ、関節部、出力の大幅な改良が施された新型重機。自動操縦にも対応し、遠隔操作の他、プログラムを組んでの独立駆動にも対応している。剣菱重工製。

『暁の地平線』
中東を拠点として活動中の過激派テログループ。核事件後に壊滅させられた組織の残党で、絶滅宣言を主導した連合国側への報復を誓っている。規模こそ中程度ではあるものの、凶暴性においては上位に存在し、自爆テロすらも辞さないことで有名。各国でのテロ行為により、すでに多くの死傷者が発生している。標語は、「あらゆる偽善に呪いあれ(كل من النفاق، لا بد من لعن)」。




 google先生は偉大、はっきりわかんだね!なお、私はアラビア語は読めません。
 もはやこの国平和(笑)状態と化してますが、向こうも自滅覚悟の攻撃をしてるからこそと思っていただければ幸いです。


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第十七話 背中合わせのその笑顔―It's duble face.

そろそろ季節は十二月、秋なんてなかった(遠い目)。

スカイリム、未だにアーンゲールの敵対バグだけがどうしても解けないんですよね。
強引にコンソロール使っても失敗でしたし。あれか、「お前にドラゴンボーンの資格など無い」ってか?
このまま声の道を無視して別のクエストに行ってもいいのですが、どうにもしこりが残るんですよね。というか爺ども、自分でシャウト使えって言っておいてキレるなよ!!
ところで、体型MODは7baseが一番形がイイと思います。おっぱいサイコー。

今回、伊丹は主人公らしい主人公です。私もこれを書いている途中で「これはまさに主人公だ」と思ったので間違いありません!!




薄暗い路地裏に銃声がこだまする。

 

「え…………………?」

 

 栗林が後ろを見やると、暗い色の服装の男が倒れていた。伊丹はそのまま男に近づくと、銃口を向ける。

 

「あんた、さっきからずっとついてきてたよな。俺がゴーストハックにかかったとでも思ったのか?さてと、取り敢えず死ぬか、それとも苦しんで死ぬかどっちがいい?」

 

 男の取り落した特殊拳銃を蹴り飛ばし、伊丹は背筋の凍るような声で尋ねた。男が腕を上げようとした瞬間、その肩にもう一発弾を撃ち込む。

 

「誰が動いていいって言った?あんたが何処の誰とかそういうのはいいさ、とりあえず質問だ。地下鉄をジャックしたのはお前たちか?」

 

 冷徹に、冷静に伊丹は男を嬲っていく。その眼は、ただ冷たく男の姿をとらえ続ける。言葉の端々に浮かぶ、静かな怒気がその場を縛ってゆく。

 

「Drop dead……,you cunt!!(くたばりやがれ……、このクソ野郎!!)」

「俺がそんなことを言えって言ったか?あいにく時間がないんだ。今すぐ撃ち殺していいんだぞ?」

 

 そう言いながら、伊丹はさらにもう一発を下半身に打ち込む。路地裏に絶叫が木霊し、男が汗をかきながらもがく。男の袖からナイフを拾い上げると、伊丹は男の眼球にそれを近づけた。

 

「仕込みナイフ、それも暗殺用の特殊仕様か………。お前、これ誰に向けようとしてたんだ?………ああ、答えなくてもいいぞ、さっきの質問が先だ。日本語で言え、どうせ喋れるだろう?」

 

 銃口をずらさないまま、伊丹は男の傷口をナイフで弄繰り回す。たまりかねて呻きながら、男が口を開いた。

 

「Damn…….知らない……、地下鉄のことには関与していない」

「地下鉄のことには……か。それ以外は?」

「…………、知らないといっているだろうこのpsychoが……」

「そいつはどうも」

 

 唾を吐く男に、伊丹はもう二発弾を撃ちこむ。そのまま男の手をナイフで地面に縫いとめると、もう一度尋ねた。

 

「よかったな、義体化しない限りはこれで一生ベッドの上だ。で、なんだって?」

 

 もう一度、周囲が凍えるような声で伊丹は尋ねる。

 

「Aah………!!送迎バスへの工作だけだ。それ以外は本当に知らない、本当だ……!!」

 

 答えを気にすることなく、伊丹は男の顔面を思いっきり蹴り飛ばす。

 

「真実?」

「…………w……wait!Please wait!!(ま、待て……。待ってくれ)。わかった全部吐く、本当だ……」

「そうかよ。ほら、この指も~げろ♪」

 

 無表情で繰り出される声と共に、プラスチックの割れる様な音が響いた。

 その後も、真実を確かめる伊丹と、嬲られ続ける男の問答は続いた。幸いなのは、この場には少なからず、戦いを経験したものばかりであったことだろう。只の民間人であれば、見ただけでも卒倒しかねないような光景であるからだ。しばらくの後、得た答が真実だと確信した伊丹は、後ろに向けて声をかける。

 

「栗林、俺のカバンから身代わり防壁(アクティブデコイ)を取ってくれ」

 

 冷たい声のまま、栗林へと頼みごとをする。普段であれば小言の一つでもいうはずの栗林が、おびえたように肩を震わせた。そのまま恐る恐るカバンを開けると、一つの装置を取り出した。

 

「これ……、電子戦用の身代わり防壁……」

「ああ、それだ。貸してくれ」

 

 身代わり防壁とは、電脳を用いた電子戦用の道具だ。使用者の脳が、フィールドバックで焼き切られないようにするためのものである。

 

「さてと………、電脳錠はもうないし、こいつであんたの脳を弄らせてもらう」

 

 伊丹は、首筋から自身の電脳を身代わり防壁へつなぐ。そして身代わり防壁からもコードを伸ばし、それを男の首筋へつないだ。ちょうど、身代わり防壁を伊丹と男で挟むつなぎ方である。

 だが、直結しての電脳介入を行おうとした直後、それは起こった。

 

「…………不正アクセス警告?――――クソッ!!やられた!!!」

 

 身代わり防壁が作動し、伊丹は強引にQRSプラグを引き抜く。直後、男の身体が痙攣し、白目を剝いてピクリとも動かなくなった。

 

「隊長!大丈夫ですか?」

「ああ、こいつ挟んでなかったら焼かれてたわ。潜伏型のウイルスプログラムか……。電脳に介入されれば発動する類のタイプだ」

 

 栗林の心配する声に、伊丹は男から目をそらさずに答える。

 

「死んだ………?」

「いや、直前で上書き命令ぶち込んで停止させた。けど、脳機能の一部は死んでるだろうな。良くて脳障害、下手すりゃ植物状態だろうな。脳サルベージに期待するしかない」

 

 そう言うと、伊丹は用は終わったとばかりに立ち上がる。その背中を、栗林は困惑するかのような目で見つめていた。

 

「隊長……、貴方一体?」

「只のオタク自衛官、それも昼行燈のダメ人間がこんな技術持ってるはずがないってか?」

 

 その視線に、伊丹は暗い目を向ける。いつもの彼と同じとは思えない、泥の様に濁った瞳だ。

 

「別に大したことじゃないさ。こうでもしないと生き残れなかった」

「生き残る……、ため?」

「興味本位で聞くならやめとけ。中年おっさんの黒歴史なんぞ、痛々しいってもんじゃないぞ」

 

 伊丹は茶化す様な返答をするが、栗林の頭には先ほどの眼が残り続けた。あれは、尋常の生き方をした人間の瞳ではない、もっと薄汚れた………。

 

「いくぞ、栗林」

 

 その思考を中断させるように、伊丹の声が響く。改めて見上げた彼の顔には、先ほどの凍り付くような気配は微塵も残っていなかった。

 

「……って、ちょっと待ってください!まだ一つありますよ、大事なことが!!」

 

 そのまま命令に従いかけた栗林は、直前で踏みとどまる。まだ重要なことがのこっているのだ。

 

「駒門さんです!なんであの人に電脳錠を使ったんですか?」

 

 そう、伊丹が駒門をいきなり襲ったことの説明がまだなのである。この説明がない限り、背中を預けることはできないからだ。

 

「ああ、そういえばちゃんと説明してなかったな。早い話、あの人が最も怪しいからさ。それこそ、限りなく黒に近いレベルでな」

 

 そう、伊丹はあっさりと告げる。そのことに、栗林と富田は怪訝な顔をした。

 

「駒門さんが……ですか?」

「ああ、内通者がいるのはほぼ確定に近かったからな。だが、これだけ罠をかけても特定できないとなると、もう駒門さん本人か、ソレに限りなく近い人物が怪しくなってくる」

 

 そう言って、伊丹は駒門に向き直る。駒門は先ほどの伊丹の襲撃を受けた時から、変わらない姿勢で固まったままであった。

 

「駒門さんが……ですか」

「ああ、彼自身が内通者か、或いは視界を盗まれでもしたか。いずれにせよ、もっとも黒いのは確定に近い」

「ですが……、目を盗まれているならば我々の可能性も……」

「いや、それはないさ」

 

 困惑する富田に、伊丹は確信するかのようにかぶりを振る。

 

「なぜです?」

「守護天使が付いてるからさ」

 

 そういうと、伊丹は自身の頭を叩く。

 

「富田、栗林、お前たち出かける前に、幕僚から外部記憶装置を渡されただろ?その中の防壁プログラムを入れとけって」

「ええ、あれってそんなにすごいんですか?」

 

 その割にはそこまでの容量もなかったような、と首をかしげる富田に、伊丹は苦笑を浮かべる。

 

「あれは通常よりも強力な攻勢防壁のプログラムだ。それだけじゃない、知りうる限りほとんど大量の電子戦用プログラムを組み合わせた、『ぼくのかんがえたさいきょうのぼうへき』を地で行く化けもんソフトだよ。正直国際法を楽しく踏み越えてるヤバ目のプログラムなんだ。終わったら消しとけよ、残してて面倒なことになっても知らんからな」

「こわ……、なんつーもの入れさせてるんですか……」

 

 栗林が呆れたように返す。

 

「それに、確証はもう一つあるんだ……」

「それは?」

「言ってもいいけど、リアルで消されかねないぞ?」

 

 黒い笑みを浮かべてそう返す伊丹に、二人は全力で首を振る。今しがた既にギリギリの話を聞いた後に、さらにその上を行くであろう話を、聞きたくはなかったのである。

 

「さて、それじゃあ行こうか。とにかく、ここは離れた方がいい。少し長いをし過ぎた、追っ手に見つかる前にトンズラするぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは………?」

 

 路地裏を駆けること少し、こそこそとしながら伊丹一行がたどり着いたのは、少し古めのマンションであった。

 

「え?俺のセーフハウス」

 

 あっけらかんととんでもないことを言うと、伊丹は扉を開けて入っていった。それに慌てたように、部下二人も続いていく。

 

「セーフハウスって、隊長本当に……、いや何でもないです」

 

 少なくとも、普通の自衛官が持てる様なものではない。セーフハウスを維持している時点で、きな臭さは比ではないのだから。

 

「まあ、そのうち引き払う予定だったんだがな。今じゃあほとんど使わないし」

 

 そう言うと、伊丹は部屋の鍵を開ける。……扉の奥からは埃臭い……、ではなく何故か生活臭溢れる匂いが出てきた。

 

「人……、住んでます?」

「あー、やっぱり使ってたか」

 

 部屋の中には、大量のアニメ系毛布やフュギア、紙の本が並んでいた。

 

「セーフハウス?」

「……旧な。空き部屋使わず維持できるほど、自衛官の給料高くねーんだよ」

 

 生活臭のする部屋を、一行は奥へ入っていく。ゴミ袋に詰まったカップ麺の殻、書きかけの原稿用紙、ついさきほどまで誰かがいた形跡がそこら中にあった。

 

「あいつ……、人が維持してるからって入り浸ってるなこれ……」

 

 伊丹から、呆れとも苦笑とも取れるような声が聞こえてくる。

 

「い、イタミィ……。何なのよこれぇ……」

「なんというか……、蛮族の住処ような散らかり具合だな……」

 

 他の面々も、その酷さに呆れ返る。そのくらいの散らかり具合であったのだ。

 

「………何て言うか、見るからに駄目人間っぽい人が住んでそう」

 

 栗林が率直な感想を呟いたその時、部屋の玄関から物音がした。

 

「ーーっ!?誰か?」

 

 先程まで追われていた事もあり、その気配に敏感に反応してしまう栗林。彼女がそんな反応をするのも、無理はないだろう。彼女は咄嗟に、近くにいたテュカを庇うように立つ。富田と伊丹も各々に動き、何時でも迎撃出来るよう鹵獲した銃を構える。

 

「ひっ………、だ、誰よあなた!!」

 

 だが、返ってきたのは素人丸出しの怯え声であった。その声を聞いた伊丹が、ハンドサインで銃口を下ろすように伝える。

 

「久しぶりだな、梨沙」

「へ………、先輩?」

 

 伊丹がその人物の名前を呼ぶと、気の抜けたような声と共に廊下に面した扉が開く。そこには、ビニール袋を下げ、大きな眼鏡をかけた女性が立っていた。そう、ここに住んでいたのは、伊丹の元妻の梨沙であった。

 

「よっ!久し振り」

「あれ、先輩明日こっちによるんじゃなかったの?て言うかそこのかわいい子達誰よ?」

 

 周囲が呆然とするなか、元夫婦の感動の再会は、あっさりと終了したのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか隊長がご結婚なされていたとは」

「意外ねぇ」

 

 周囲が奇異の眼差しで見つめるなか、当の本人達

はそれぞれが知らぬとばかりに好きにしていた。

 他の面々も、棚に置かれたフュギアを気味悪がるもの、部屋の角に置かれた薄い冊子を読み耽る者達など様々である。

 

「で、なんで巻き込んだのさ?」

 

 ペンタブを繋げたパソコンの前に座りながら、梨沙はじっと伊丹を見つめていた。

 

「ここしかなかったのさ。必要な道具も揃ってるし、近くのホテルに転がり込むよりかはずっと良い。巻き込んだのは………、その、悪かったよ」

 

 伊丹がそう言うと、梨沙は「そっか」とのみ呟やき、画面に目を戻していた。

 

「聞かないのか?詳しいこと」

「いいよ。先輩、困ってるんでしょ?ていうか、ここはそもそも先輩の持ち物だしさ、私が文句を言うのも筋違いじゃん。光熱費浮かすために転がり込んで、その上文句とか人としてどうよ?それにどうせ、また言いにくいことなんだろうし」

 

 ペンを走らせながら、彼女はそう返す。画面を向いている梨紗の表情は、伊丹からは何も見えない。ただ、その言葉の端々には、不安よりも安堵に近い感情があった。

 

「先輩はいつもそう、一人でどっかに行っちゃう。先輩が死んだら義母さまもあの子たちも、皆悲しむんだよ?」

「………………気付きはしないよ、あの人はもうな。それに、俺はお前に子供を産ませた覚えはねえぞ?」

 

 陰のある声で伊丹がそう言うと、梨紗は笑いながら振り向いた。

 

「分かってるくせに……。心配してたよ、白菊のみんな……」

「会って自分で伝えるさ、元気だってな。何人か帰国しているらしいし」

 

 懐かしそうな目で、伊丹はカーテンで閉め切った窓を見つめる。

 

「二霞は今、太郎閣下と一緒にいるらしい。十夜は対馬から離れられないってさ」

「それ、私に言っていい情報なの?」

「知らない仲じゃないだろう?」

 

 梨紗の呆れた声に、伊丹はあっけらかんとしながらそう言う。

 

「あの頃からずいぶん経つのか……。懐かしいね、皆の声。先輩があの子たち連れてきたときは、何事かと思ったよ」

「癇癪で家が吹き飛んだけどな。今となっちゃあ……、いや割とひどい思い出だなやっぱ……」

 

 頭を押さえながらそう話す伊丹に、梨紗はころころと笑う。

 

「笑い話にできるなら、それはきっといい思い出だよ。少なくとも、笑いあえた思い出………」

 

 梨紗はそう呟くと、嚙みしめるように天井を見つめた。伊丹には頭が痛く、梨紗には楽しかったらしいその思い出は、今では過去のものであった。

 

「ねえ先輩。先輩は、今でも夢に見るの?あのこと…………」

「…………………ああ、頭ん中に焼きついてるさ。ずっとな……」

 

 

 

 

 暗い夜が過ぎ、時計の針は回り続ける。日が明けるのは、もうすぐそこであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーテンを閉め切った暗い部屋の中で雑魚寝をすること数時間、皆疲れているからか、部屋の中は寝息とパソコンの駆動音のみが聞こえていた。

 そんな中、栗林は見張り番を交代し、窓の外を眺めていた。

 

「尾行の気配はなし………、か。やっぱり駒門さんなのかな………?」

 

 朝食のツナマヨサンドをかじりながら、栗林は思わず呟いていた。窓の外は明け方で、空もうっすらと白みがかっていた。

 

「うわ、このサンドイッチ不味…………。って、これ義体用食じゃん」

 

 かじったサンドイッチの不味さに顔をしかめながら、栗林はコンビニ袋を漁る。ここに入っているものは全部、冷蔵庫に元々梨沙が入れていたものである。

 

「あ、ごめん。先輩用に買ってきたの、分けるの忘れてたわ」

 

 その様子に気が付いたのか、近くでペンタブを握りながら作業をしていた梨沙が謝罪を口にした。

 

「いえ、自分達が勝手に拝借してますので。………こっちは大丈夫かな?」

 

 取り出した袋を眺めながら、栗林は半眼で文字を眺める。袋には、『おにぎり麝香猫果味 130円』と書かれていた。

 

「ん、どうしたの?」

「いえ、何でもないです」

 

 そう言うと栗林は、持っていたおにぎりをそっと袋へしまった。誰だろうこんなゲテモノを買ったのは。

 

「伊丹隊長って、ゲテモノとか好きなんですかね?」

「んー、あの人割りとその辺ノリが良いからねー。ドリアンは私の趣味だけど」

 

 どうやら、元夫婦揃ってゲテモノ好きらしい。そう思ったとき、ふと栗林の中で疑問が芽生えた。

 

「あの………、夫婦って離婚しても、一緒にいるものなんでしょうか?」

 

 栗林も、今年でそろそろ結婚を考える年頃だ。だからこそ、この元夫婦の在り様が、少しだけ気になったのである。

 

「んー、どうだろ。私も先輩も、今のところ別れた後の方がうまくいってるんだよね」

「別れた後の方が?」

 

 離婚とは上手くいっていないからするものなのではないのか?それなのに「別れた後」の方が上手くいくとはどういうことか。何故と考える栗林に、梨沙は自嘲気味に呟く。

 

「うん、そーだねー。何て言うかさ、妻としての役割を演じられなかった?そういうのかな」

 

 やることはやってたんだがねー。と、梨沙は遠い目をしながら伊丹の寝顔を見る。

 

「私自身、妻っていうものを甘く見てたのかもしれない。先輩は良くしてくれたよ?少なくとも酷い夫とかそう言うのじゃなかった」

 

 

 

 …………けどね。

 

 

 

「私には、あの人は重すぎた。逃げたんだね、私。あの人が磨り減っていくのを、私は止められなかった。…………はは、本当最悪の女。身勝手だ」

 

 蔑むように、梨紗は自分の手を見つめる。

 

「私はさ、あの人が落ちていくのを止められなかった。受け止めるには重すぎて……、それで逃げ出しちゃったんだ。私じゃ……、あの人の支えにはなれなかった」

「それって………?」

「……ああ、ごめんね。こんなくっそつまんない話しちゃって。ようはさ、お嫁さんに行くなら覚悟しとけよー!ってこと。……って私が言っても説得力無いか……」

 

 栗林は伊丹のことについて梨紗に問おうとしたが、彼女はすぐに話を打ち切ってしまった。

 

「もう朝が明けるし、そろそろ皆も起きだすでしょ。さて、これからどうしよっか?」

 

 そう言いながら、梨紗は奥の部屋へと入っていってしまった。取り残された栗林は、開けかけた口をそのまま、彼女を見送るしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殿下、これは……」

「ああ、日本の芸術作品。その一つだろう」

「まさか、ここまでの芸術が存在したとは」

「これは…………。見ろボーゼス、ここまで詳しく。おお!こんなところまで!!」

「まあ!素晴らしいですわ!!ところで殿下、この来訪の終了後ですが………」

「おのれボーゼス、抜け駆けか?」

「いえ、このボーゼス。必ずや技術を暴き、わがものとして見せます。しかる後には我らが原点となるグレ×ワルを……………」

「そうか!!そうかそうかそうか……!!ああ、想像するだけで心が躍るな!ふ

、ふふ、ふふふ腐ふははははは!!」

「………ふ腐ふ。殿下、わたくしもです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽は落ち、また昇る。開けぬ夜は無く、覚めぬ夢もまた無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして始まらぬ夜もなく、安寧の終わりもまた必定である。

 

 

 

 

 

 

 




用語集

『身代わり防壁』
電脳を用いた作業を行う際、過度な負荷により電脳が焼き切れ、作業者が死亡するケースがまれに存在する。身代わり防壁は、そういった過度な電流を遮断するための使い捨ての防壁のことである。電子戦においては重要であり、これがあるか無いかで生存率が大きく変わる。ただし大きさもそれなりであり、徒歩での移動中などは使用が困難である。また、絶対ではなく潜り抜けての電脳への攻撃手段も存在する。

『サイボーグ食』
サイボーグ用の食品。生身の人間が食べても問題はないが非常にまずい。全身義体に必要なもののみで構成されており、全身義体であればこれのみで生活可能である。値段も安価であり、口が義体化されていれば味覚もデータでごまかせることから、全身義体適用者では好んで購入するものが多い。グルテン以外は電脳と義体用のマイクロマシンがほとんどである。今話で栗林が食べたものはツナマヨ味付けがされたもの。ただし電脳の味覚データと連携させるための味付けであり、生身の栗林には薄いツナマヨらしき味がするグルテンの塊になる。味も噛み応えも最悪である。

『おにぎり麝香猫果味 130円』
コンビニのおにぎり、ドリアン味。食べた客曰く「なぜ存在するのかわからない物体」、「金の無駄、買ったことをおにぎりに懺悔したいレベル」とのこと。



主人公性難聴『え、なんだって?』を患っている、これはつまり伊丹は『よくある主人公』であるということに他ならない!!(名推理)


はい、わかっていますごめんなさいお願いだからそのナイフしまってください。あ……、やめて、そこは曲がらない方向……。ああぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁあああ!!!!!!!!!!(めきめきごりゅっ)


というわけで今回は主人公らしい難聴&梨紗再登場でした、最後に何かあるけど見てない方向で。
敵がどこかもわからない、味方が誰ともわからない。不可視の糸が伊丹一行をからめとる。首に回ったその糸は、ほどくにはすでに遅すぎた………なんつって。


次回「俺はおとんじゃありません!!」

  
どれだけ汚れた手だろうと、それでも救った笑顔がある。



タイトルは未定です。


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第十八話 灰色の平和ーWar is the essence of them

しばらく……、この亀更新が続くかもです(がくっ)


重要な部分になると執筆速度がガタ落ちする悪癖。ホント何とかしないとですねぇ。
既にこの段階でプロットと設定修正しまくって、いろいろガタガタになりつつある現在。
ダメだこいつ、早く何とかしないと。










アイギス黒チケット配布だうほほーい!!



東京某所、とあるマンションの一室。

 

「警察だ、動くな!!」

 

 ドアを蹴破り、二人の男が銃を構えながら突入してきた。

 

「……誰もいない?」

 

 薄暗い室内には複雑に機器が繋がれたPCと、そこら中に置かれた書類の束が散らかっていた。男の内の一人、大柄な体躯の男が隣の部屋へ銃を向ける。もう一人の痩せ形の男が窓に近づき、外に目を向けた。

 

「逃げられた?」

「いや、まだ近くにいるさ!!」

 

 そう言うと、大男は通気孔へ銃を放つ。苦悶の声と共に、上から人が落ちてくる。

 

「隠れてたか!!」

「気を付けろ、まだいるぞ!」

 

 痩せ形の男が部屋の外へ出ると、逃げていく背中が視界に入る。引き金を引くが、放たれた弾はどれも弾かれる。

 

「9㎜じゃ弾かれる!!」

「てめえのマテバに期待しちゃいねえよ」

 

 大男はそう言うと、地面を蹴って走り出す。だが、逃げる男の曲がった角から轟音がした。

 

「犯人逮捕ー!」

「遅えぞ、なにやってやがる!!」

 

 逃げた男は、見えないなにかに押さえつけられるように地べたに這いつくばっていた。

 

「軍用強度の義体に、亜音速弾仕様の特殊拳銃。まず素人が持ってるもんじゃねえな」

「これで尻尾がつかめると良いんだが………」

 

 そう言うと、痩せ形の男はQRSプラグを伸ばし、PCへ接続する。

 

「ここ最近のデータを洗ってみる。あんたはこいつらを絞り上げといてくれ」

「おうよ」

 

 そう言うと、大男は手錠を取り出して倒れている男達へかける。それが終わると、床に散らばった書類を手にとって目ぼしいものは無いか探し始めた。

 

「こいつは………、何でまたこんなもんを」

「おい!ちょっと来てくれ」

 

 書類の1つに大男が疑問を浮かべていると、PCを調べていたもう一人が彼を呼び出した。

 

「見ろ、このファイル。こいつは………」

「やっぱり、同じ特徴の写真か」

 

 そこに写し出されていたのは、何枚かの写真。写っているものも、人の顔、洗面台などのありふれたものだ。だが、そこには本来あるべきものがなかった。

 

「やはり同じだ。この写真、どれも撮り手がいないんだ」

「俺の方も面白いもんを見つけたぜ」

 

 そう言うと、大男は一枚の書類を見せる。

 

「これって……、三年前の事件記録?なんでこんなものが…………」

「こいつは、思ってたより根が深そうだな」

 

 二人は苦々しい表情を浮かべる。この事件、思ったよりも深いところまで突っ込む必要がありそうなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これから皆さんには休暇をしてもらいます」

 

 生徒に殺し愛をさせる先生のような表情のまま、伊丹は全員にそう言った。

 

「はい、隊長!」

「質問ですか?栗林さん」

 

 元気良く手を挙げた栗林に、伊丹はエア眼鏡の位置を戻しながら指差す。

 

「いや、こんなヤバい状況で何をいっているんですか。殺られますよ?」

 

 栗林の言い分はもっともである。周囲を張っている可能性がある上に、いつ電脳に侵入されるかわからない状況で、休暇などトチ狂っているというものである。

 その事に伊丹は顔を真剣に戻すと答える。

 

「真面目な話、打開策がないんだよ。引きこもっていてもいずれはバレるさ。なら今出来る手を打つまでだ」

「それが休暇と?」

 

 栗林は、合点がいかないとばかりに眉を顰める。栗林でなくとも、眉を顰めたくなるものだろう。

 

「正確には、俺達にはなくともそれを持っている人物に心当たりがある。まあ、早い話がその人に会うついでに休暇しようぜってことさ。それに、特地の面々も日本を見て回りたいんじゃないのか?」

 

 伊丹が話を振ると、見て回れることができるならばと、彼女たちは首を縦に振った。

 

「あと、休暇中に捕捉される心配ならしなくていい」

 

 そう言うと、伊丹は手に持っていた紙袋を差し出す。

 

「これって………」

「偽装用の携帯型ホロデバイスだ。特地の少女達の分だけなら、ギリギリ動くものが見つけられたさ」

 

 伊丹が差し出したのは、人相偽装用の携帯型ホロ発生装置であった。

 

「水をかぶるような場所や、特別警戒が厳しい場所でなけりゃ、こいつで周囲をごまかせる」

「…………こんなものなんで人数分用意できるのか聞きたいですけど、どうせろくでもないモノなんでしょうね……」

 

 手に持った装置を眺めながら、栗林はため息をつく。

 

「心配すんな。どうせ書類上は破棄されたものだし、気が付かれなきゃノーカンノーカン」

「余計物騒なんで止めてください」

 

 レレイ達の手首へ取り付けながら、栗林は伊丹の物騒な発言へ突っ込みを入れる。装置は腕時計に類似した形状をしており、目立つ心配はない。受け取った少女達はその効果を目にし、一様に驚いていた。

 

「わっ、姿が変わった!!」

「うーん、この格好はなんだかねぇ……」

「で、殿下のお姿が!!」

「え………、なんだこれはぁ!?」

 

 そんな彼女達の騒がしい反応を、伊丹は微笑ましい顔で見つめる。自分が使うときは大抵敵地のど真ん中であり、驚いている暇など無かったのだ。

 そして一通り扱い方を教え、皆が自由に姿を変えられるようになった頃。行き先に関する話し合いが始まった。

 

「はい!はいはいはいはい!!Hi!!」

 

 そんな元気な声を上げるのは、元妻現在ダメ人間こと梨沙である。

 

「服買いたい服買いたい服かいたーい!!」

「え、お前も来んの?」

 

 素で返した伊丹に、梨沙は頬を膨らませる。

 

「え、何これいぢめ?いぢめだよね?」

「原稿出来たんだよな?お前あれ生命線だろ」

「ぶー、終わってますよーだ!!」

 

 唇を尖らせ、梨沙は手を振り回す。どうやらついていくことは決定事項らしい。とは言え、伊丹は服に死ぬほど興味がないので溜め息をつく。

 

「もうめんどくせぇし、各々行きたい場所に別れることでいっか。但しひとつのグループは最低二人以上、必ず一人は俺達護衛がいること。異論ある人は?」

 

 誰も手を挙げない。どうやら全員賛成らしい。伊丹は頭を掻くと、各々の意見を取り始める。

 

「それでは、意見とるぞ。まず俺からの提案だが…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってたさこれ位………」

 

 寒風の吹く空の下、伊丹は一人呟く。あの後栗林が女子陣の殆どをかっぱらい、残りも富田についていったため、伊丹は一人目的地へ向かい、池の近くでボケッとしていたのだ。

 やりたいことを含めてほとんどの用事は終わり、後は人を待つのみである。

 

「好都合とはいえ、この人望の無さは少し傷つくわ……」

 

 待ち合わせの場所となった公園には、ほとんど人が見られない。それもそうだ、このクリスマスに好き好んで戦争を思い起こさせる場所へ来るやつなどそうはいないだろう。

 

『東京平和記念公園』

 

 『ナガサキ』、『ヒロシマ』に続く、核兵器使用後に作られた平和記念公園である。元々この一帯は住宅街であったのだが、それも先の事件の際にすべてが吹き飛んでしまった。

 

「つっても池と記念碑が経ってる以外、なーんにも無いとこだがねえ………。資料館もどっかへ移転しちまったっけ。世界中で記念公園が乱立しているんじゃあ、戒めもクソもあるんだか………」

 

 薄暗い曇天の下、伊丹はあたりもぼんやりと眺める。ベンチに座る老人、花束を持った女性、その顔は必ずしも笑顔ではない。

 

「こんな平和をうたったお美しい公園で、なんでまた物騒なメンツが集合してるんですかねえ嘉納さん?」

「そりゃあ『戒め』だからさ。きな臭いことを未然に防ぐのが、平和の第一歩だろう?」

 

 伊丹の隣に、いつの間にか一人の男性が座っていた。歳は伊丹より更に上、上物のスーツを着ていることから、相応の立場の人間だろう。そのすぐ側には、一人の女性が立っていた。日本人離れした銀髪に、豊かな肢体を包むビジネススーツ。切れ長の相眸が、じっと伊丹を見つめていた。

 

「お久し振りです、伊丹さん」

「二霞か、二ヶ月ぶりだな。今は嘉納さんの護衛をしているのか?」

「はい、次回任務の運用試験も兼ねたものです」

 

 その言葉に、伊丹は少し顔をしかめる。

 

「…………そうか。ところで十夜は居ないのか?一緒に来る予定と聞いたんだが……」

 

 伊丹の疑問に、嘉納は肩を竦める。

 

「対馬だよ。また日本海の向こうが騒がしくてな、暫く外せそうにないらしい。あの子が暴れたお陰で、不審艦数隻が火の玉だ」

「八つ当たり食らった敵さんに合掌」

 

 そう言うと、伊丹は適当な空に向けて柏手を打つ。嘉納は伊丹から目を離すと、空を見上げた。そうして遠い目をしながら、ポツリと呟いた。

 

「覚えてるか、あの日のことを………」

「やらかしすぎてどれの事やら……」

「『銀刃計画』破壊作戦の時さ。暫く音沙汰無かったってのに、突然手を貸してくれ何て言うから何事かと思ったぜ」

「その節は、どうもお世話になりました」

 

 苦笑いしながら、伊丹は嘉納に向けて両手を合わせる。嘉納も笑いながら手を振った。

 

「おうよ、お前の『口説き落とし』があったからこそ、彼女達は今も生きてる。見返りもたっぷりあったさ」

「お陰で義理の娘みたいなのが沢山増えましたがね。もう家を吹き飛ばさないでくれよ?」

「あの時は妹達がとんだご失礼を」

 

 伊丹の苦笑いに、二霞が顔を紅くしながら頭を下げる。そんな様子を微笑みながら見ていた嘉納は、ここからは真面目な話とばかりに顔を引き締めた。

 

「伊丹、とりあえずは頼まれていたものを渡す。二霞、ケースを」

「はい」

 

 そう言うと、二霞は手に持ったジュラルミンケースを伊丹へ渡す。ケースにはロックが施されており、半端な方法では抉じ開けられないようにされている。

 伊丹は微妙な表情でそれを受けとるとロックを解除し、少し蓋を開けて中身を確認する。

 

「使わないのが一番ありがたいんだがなぁ」

「そればかりは、敵さんの出方次第だな。期待しているぞ、伊丹」

「ご冗談?俺はただの一介の自衛官ですよ」

 

 よく言うよ。と、嘉納は肩を震わせて笑う。その顔に、伊丹は肩を竦めながら返した。

 

「で、バックアップは?」

「お前の古巣が担当する。交友が広くて助かったな、サーバーの五ブロック分をお前に貸してくれるらしい」

「古巣………。まさかナナシ部隊が動くんすか?」

 

 嘉納のその言葉に、伊丹は驚愕の表情で叫んだ。

 

「事はそこまで広がってるってことさ」

「第七に書類上の命令が来てる時点で予想はしてましたけどね。はあ、覚悟決めるしかないのか………」

 

 溜め息をつきながら、伊丹は頭を抱える。現状、事態は彼にとって非常によろしくない方向へと進んでいるのだ。

 

「白菊の誰かを送ることができれば良いんだが………。すまねえな、二霞は特地入りの為にこれから調整、他の姉妹達も現状東京入りすら未定な状態だ」

 

 そう言って、嘉納は伊丹へ頭を下げる。その姿からは、旧友の力になれないことを悔いる感情が伝わってきた。

 

「いえ、これだけでも十分ですよ。それに、彼女達を積極的に巻き込みたい訳でもないですし」

「私たちでは不満と?」

 

 伊丹の言葉に、二霞は少々不服そうな表情で訊ねる。

 『白菊シリーズ』、現日本自衛軍において運用される最高戦力の一角を占める姉妹達である。ヤタノカガミ運用下において航空戦力の優位性が失われた後、再び行われるようになった軍と軍の衝突による戦争。白菊シリーズとは、その戦争において運用される『最高の兵士』として製造された少女達である。現在、その半数以上が国防の要所へ配備され、残りの少女達も各地の紛争へ駆り出されている。その背景には戦力としての信頼と、彼女達の『制御性』を心配した者達による所謂『厄介払い』も存在していた。

 

「個人的な意見さ。軍人としてはYes、だが一個人としてはNo。ま、要はおっさんのつまらん見栄さ」

 

 その言葉に嘉納が目を瞑り、二霞は溜め息をつく。

 

「伊丹さん、私達は兵器です。私達はその生き方しか知りませんし、その生き方を変えるつもりもありません」

 

 その言葉に、伊丹は少し表情を固くする。だが、すぐにその顔を明後日の方向へ向けてしまった。

 

「わかってるさ。言ったろ、これはただの『見栄』だって。君達がそう考えて結論を出したなら、俺からは口出しできないさ」

 

 顔をそらし続ける伊丹を見つめ続けた二霞は、口に手を当てて笑い出した。

 

「伊丹さん、私達は自分の意思であの場所にいます。貴方がいる限り、私達は戦えます」

「お前なぁ、そういうセリフはもっとこう………。はぁ………、なんでこんなおっさんが良いんだか皆」

「ふふっ。伊丹さん、私達はもう十分なんです。私達姉妹を受け入れてくれた、血染めの手を握ってくれた、真正面から見つめてくれた。それだけで十分です」

 

 そう言って、彼女は自身の胸の前で手を組む。微笑みながら、目を瞑った。

 

「十夜も、三月も、涅花も、他のみんなも同じです。研究所鎮圧の時、貴方は私達を撃たなかった。私達は、そうされるべき存在だったのに」

「断るね!!てめえの手で子供を撃つなんざ二度と御免だ!!ああそうさ………、二度と御免だ」

 

 二霞の、自分は撃たれるべき存在という言葉を、伊丹は吐き捨てるように切り捨てる。

 

「お前達は人間だ、家族がいて感情がある。俺はろくな大人じゃないけどさ、それだけは譲るつもりはないよ」

 

 伊丹には後悔があった。それは大戦中から今まで、ずっと残り続けているものであった。自分が白菊の少女達にしたことは、ともすればただの自己満足、自分の後悔を慰めるためのものでしかないのかもしれない。だが、それが例え慰みだとしても、彼女達をモノとして扱うなど出来はしなかったのだ。

 

「はぁ………。結局なんだかんだ言って、皆人の意見に従わなかったよな」

「伊丹さんの言ったことを、私達はその通りにしただけですよ?『やりたいことに生きろ』、なんて言ったのは誰でしたっけ?」

「わー、自分の生き方教えたつもりが、巡り巡って自分の首締めてやがらー」

 

 伊丹の溜め息に、二霞はにやにやと笑みを浮かべながら返す。だが、その顔には微かな笑みがあった。

 

「けど、どんな形であれお前たちが自分のやりたいことをしてるなら、お節介の必要はなさそうだな」

「不安ですか?」

「親代わりしといて、不安にならんはずもないだろうよ」

 

 だが、と伊丹は一言おく。

 

「見守るさ、今はな。子供のやることに親がとやかく言っちゃいけねえ」

 

 伊丹は、彼女たちが戦場へ向かうことにいい気はしなかった。それは今でも変わらない。だが、それでも彼女たちが続けるというのであれば、せめて最後まで受け入れてやるつもりでもあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、伊丹が嘉納たちと会ったのは、何も思い出話に浸るためではない。現状、すなわち今追われている状況を打開するためである。

 

「それに関してはこちらに策がある」

 

 この件に関しては嘉納側でも対応しているらしい。もっとも、伊丹が彼と接触したのはそのためでもあったのだから当然ではあるが。

 嘉納は、伊丹の旧友であると同時に防衛大臣と特地問題対策大臣を兼任している人物でもある。今回の件に関しても、より多くの手を打つことのできる人物でもある。

 

「伊丹耀司二等陸尉には、予定したルートに復帰してもらう。事前ルートにあった例の温泉旅館だ」

「情報漏れは?」

「情報部がおおよそ割り出した。だが公安のある部署も類似の捜査を進めていたらしくてな。そこにも協力要請をかけている」

 

 公安、その単語に伊丹は疑念を浮かべる。彼が拘束した駒門もまた、公安畑の人間であったからである。

 

「安心しろ、マルキュウだ。あそこがだめならもうほとんどが制圧されているだろうよ。それに原因もおおよそ分かった」

「確かな確証が?」

「極めて恥ずかしいことだがな………」

 

 そう言って、嘉納は頭をかく。その仕草は伊丹とどことなく似ている部分があった。

 

「まあ、深くは追及せんときますよ。………要は囮をやれと?」

「言葉なんぞ飾っても無意味だから言うが、早い話がその通りだ」

 

 目を瞑りながら、嘉納はそう返す。その返事に、伊丹げんなりとした声を返してベンチへもたれ込んだ。

 

「勘弁してくださいよ全く………。まあ、マルキュウにナナシがいるならまだましでしょうがボーナス弾んでくださいよ……」

「仕事だぞ公務員」

 

 旧友に返すものとは思えないえげつない仕事を与える嘉納に、伊丹は肩をすくめる。少なくとも、ここで引きこもっているよりかは事態は動くだろう。

 嘉納は伊丹の方を振り返ると、真剣な眼差しで見つめてくる。

 

「伊丹、こちらからもできる限りの支援はする。…………死ぬなよ」

 

 その言葉に、伊丹は手を振ってこたえる。

 

「なるべくは、全力で生き延びますよ。死んだら後が怖そうだ」

 

 

 

 




『用語集?』

『ホロ偽装デバイス』
手首にまくタイプの、携帯型ホロ発生装置。姿を隠す必要のある任務においては重宝され、光学迷彩と共に愛用される装備である。民間においても、仮装などの用途に用いられることもあり、珍しいものではない。だが、値段が張ることもあり、個人で複数個持つことはまれ。

『白菊シリーズ』
日本自衛軍が極秘に進めていた、『銀刃計画』により開発された生体兵器の一種。姿は人間に酷似しているものの、身体技能を始めとしたあらゆる点で超人的な能力を有する。
元々は民間で行われていた研究を、戦時中に自衛軍が接収して引き継いだものが『銀刃計画』である。この計画は本来ESP(Extra-sensory perception)やPK(psychokinesis)などのいわゆる『超能力』を研究するものであったが、自衛軍接収後はより軍事に特化したものとして、生体実験や身体改造すらも行われた。
この計画によって完成した少女達『白菊』は、いずれも『絶滅宣言』に投入され、凄まじい戦果と夥しい死体を生み出した。
戦後は『銀刃計画』の解体とともに自衛軍各部署に配備され、対テロ戦争や国境防衛に駆り出されている。





さーてどんな罵声が来るかの覚悟はできております。優しくシテね(ガクブル)。
いや、わかってますはい。やりすぎたこともわかってます。何だよ銀髪美少女型殺戮マシーンって、完全に趣味反映しただけじゃんブルオッホイ!!中二感ここに極まれり、こうなったらイくところまでイッキま~す(あひい)。


で、キモさ全開でわびたところで今回はこれにて終了です。
こんな残念な作者が書いておりますが、どうか今後もこの小説をよろしくお願いいたします。


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第十九話 血色の虎ばさみーThe beginning of a nightmare.

ウィーウィッシュアメリィクリッスマス!!ウィーウィッシュアメリィクリッスマス!!ウィーウィッシュアメリィクリッスマス!!心臓寄越せバルバトス!!

お待たせしてすみません、ちょっとスランプってました。やっぱ日常パートになると速度が落ちちゃいますね、語彙力の無さが如実に出てくる…………。








バブみをください、男にも甘えたいときはあるんです。
特に課題作品が完成しないときとか……。


「いい湯だねぇ」

「本当ですねぇ」

 

 暗い闇夜に輝く月を眺めながら、自衛官男二人は呟く。ここはとある温泉街のホテル、その露天風呂である。ここの湯は腰痛や肩こりに良いとされ、伊丹と富田もその効能に期待していた…………かもしれない。

 

「まあ義体に肩こりもクソも無いけどな。そんなもん起こったらただの整備不良だし」

「隊長、風情をぶち壊すことを言わんでください……」

 

 二人の身体は義体であるが、傍目には生身の身体と見分けがつかない。よく耳を澄ませれば、人工筋肉や駆動関節の音が聞こえるものの、その程度の差異である。

 

「本当は女の子たちのキャッキャうふふを期待したんだろ?だが残念ながら今作では野郎の肉体のお披露目会だ。そんなものは湯煙温泉編でどうぞ」

「隊長、そろそろ本当に怒られますよ……」

 

 ギリギリの発言をかました伊丹に、富田は半眼で注意を向ける。第四の壁を超える人間など、赤黒のタイツ傭兵だけで十分だろう。

 

「しかし本当にきれいな景色だ、自費で来ていたら高かっただろうなあ…………」

 

 伊丹たちの止まっているホテルは、温泉街から少し外れた所に建てられている。そのため、露天風呂からは山の景色が一望できるのである。

 

「昼の間に入れば、もっといい景色が楽しめただろうに、この辺は少し損しちまったなあ……」

「自分は好きですよ、こういう景色。風情があっていいです」

 

 手摺の向こう側には、地面を覆いつくすように雄大な山々が広がっている。その稜線をうっすらと照らしだすのは、薄黄色に輝く月である。今夜は満月ではないものの、確かにその景色には富田が言うような風情があった。温泉で温まった体を撫でる夜風もまた、その美しさに一役買っていた。

 

「本当、さっきまでの苦労が夢のようだよ」

「確かに、癒されるものがありますよねえ……」

 

 そう呟きながら、伊丹は湯の中に身体を顎まで沈める。そうして、ここに来る道中までの出来事を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい皆さん到着でございま~す。腰痛肩こりそんなお悩みはこざいませんかぁ?」

 

 そんな軽口を叩きながら、伊丹は先導するように電車を降りた。ここは温泉街の最寄り駅、とは言ってもそこまで賑わっているわけではなく、駅も有人の改札口という田舎っぷりであった。その割りには終点ということもあって駅構内は広く、誰も居ない様子が、余計に寂れ具合を強調していた。時刻は昼前というのに、降車する客もほとんど居ないのだ。

 

「しかしこんな時代でも、まだこういう雰囲気を残した駅って存在したんですね」

 

 ようやく電車に慣れてきた特地の面々をフォローしながら降りた栗林は、開口一番にそう言った。

 

「こんな雰囲気が良いって客もいるんだろ。俺は嫌いじゃないな」

「まあ、確かに私も悪くないと思いますね」

 

 珍しく伊丹と栗林の意見が合う。駅構内は設備もなにもかもが古いが、そこには懐古的な魅力が備わっていた。

 

「お、公衆電話だ。まだ実在したんだなぁ」

 

 電脳通信などの、個人での情報伝達手段が発達したことにより、公衆電話などは一部を除いて殆んどが撤去されてしまっている。こんな田舎でもなければ、まずお目にかかれない遺物と言えよう。

 そんな懐かしの数々を見つけながら、伊丹達は駅を出る。ここでは改札も、まさかの有人であった。

 

「驚きましたね、WW3(第三次世界大戦)から現在、まだこんな建物が残っていたなんて」

 

 富田が驚くように感嘆を漏らす。事実、この駅舎には時代を感じさせる貫禄があった。

 

「いや、WW3からだけじゃないさ、見ろよ」

 

 そう言って、伊丹は錆びだらけの鉄骨を指差す。

 

「これ、下手すりゃWW2(第二次世界大戦)、西暦二千年以前から残ってる代物だぜ」

 

 伊丹が指し示した先には、銃痕と思われる後が残っていた。それは、WW2での空襲で作られたものであった。

 

「この駅は、昭和から今の時代まで、ずっとここを利用する乗客達を見守ってきたんだ」

「もう百年以上昔なんですよね、WW2。そんな時代から建っていたんですか…………」

 

 富田が感慨深く駅舎を眺める。駅舎の至るところに見られる時代の跡は、この建物が歩んできた歴史の重みが感じられた。

 駅舎の手前は広く空けられており、バスや車が止められようになっている。とは言え、所々にトラックや旧式自動車の姿しか見られないが…………。

 

「バスが来るまであと………。ええ……、もう次来るのは昼過ぎかよ」

 

 バス停の時刻表を見ながら、伊丹はそうぼやいた。実際、この運行量を考えれば、最早まともに商売をする気があるのかどうかすら疑わしくなってくるのだが。

 

(まあ、原因はおおよそ見当がつくんだがなぁ)

 

 伊丹はバス停周辺を見回す。駅の周りには、一眼レフのカメラを持った男や、軍関係者とおぼしき制服の人物が散見されていた。

 彼らを冷ややかな目で見つめていると、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。

 

「おーい、イタミー!これこれー、これなーにー?」

「先輩先輩!これこれ、このカステラ面白いよ!!」

 

 視線を向けると、梨沙とテュカが露店に売られたカステラを見てはしゃいでいる。どうやら名物として有名らしく、梨沙はさっそく買い食いをしていたのだ。

 

「この土人形は、一体どう使うもの?」

「それは………。埴輪ってよくお土産で売ってるけど、買う人いるのかなぁ…………?」

 

 他に目を向けると、レレイが栗林を引き連れて、お土産物の埴輪に興味を示していた。

 

「魚の形の……、パン?ですか………」

「中に何か入っているのか?」

「食べてみてください、美味しいですよ鯛焼き。ああ、一気に頬張っちゃダメですよ。口の中を火傷してしまいますから」

「ふ、ふぁい……」

 

 富田は、ボーゼスとピニャに鯛焼きをご馳走している。どうやらボーゼスが勢いをつけて食べてしまったらしく、端から見れば爆死して欲しいような状態となっていた。

 

「どう見ても初めて日本に来てはしゃいでいる外国人だよなぁ……。で、ロウリィ、君は行かなくて良いのかい?」

 

 微かに笑みを浮かべながらその光景を眺めていた伊丹は、隣で同じように佇むロウリィに尋ねた。

 

「それも良いのだけど、どうにも肌がピリピリしてねぇ。ねえ伊丹ぃ、ここって本当に観光地なのぉ?」

 

 その問いに、伊丹はぽりぽりと頭を掻く。山の上に見える『それ』から目を離し、ロウリィの方を振り向いた。

 

「あらま、気がついてたんだ」

「あの塔。あれ、ただの建物じゃないでしょう?ここからでもハッキリと疼くのよぉ。心がドキドキしちゃうわぁ」

「ご察しの通りさ、あれは尋常な建物じゃない。存在自体が異質、悪意の代物と言っても良いのさ」

 

 ロウリィの夜のように暗い笑みを、伊丹は泥のような昏い瞳で返した。

 

「なあロウリィ、生命の境目ってなんだと思う?」

「そうねえ……。それは生きているか死んでいるか、それとも道具と人の境目ということかしらぁ?」

 

 長柄の石突でコンクリートを叩くと、ロウリィは頬に指を当てる。だが、その目は値踏みするように妖しい光を湛えていた。

 

「生物と肉人形の境目、かな。生き物はどの段階で『生きている』と認識されると思う?」

「生命の創造。ふふっ、ずいぶんとぶっ飛んだことをしているのねぇあなた達もぉ」

「コスト削減において、最も切り捨てやすいのは倫理さ。あれだけのことをしておいて、今さら善人ぶる気など無いよ」

 

 そう言って、伊丹は山の上に建てられた建造物に顔を向けた。

 

「対軌道掃射生体砲『アメノハバキリ』、生体兵器開発における一種の終着点さ。ここまで来ると狂気を通り越して執念だな」

「対軌道?」

「ああ、つまる所この空のずっと向こう。雲よりも高い場所まで届くのさ、あの兵器は」

 

 その説明を聞いたロウリィは、半ば呆れたように苦笑いを返した。今この時代を生きる伊丹達ですら呆れ返るような兵器である、ロウリィがどう考えるかなど想像に難くないだろう。

 

「この世界は、雲の上からすらも攻撃が来るんだ。だから撃ち落とすための方法がいる。それがこの兵器さ」

 

 伊丹は上を見上げながら、アメノハバキリの解説をする。敵の上をとる戦術は、既に宇宙にすらも到達しているのである。月面こそ未だに開発中ではあるが、いずれはそこからすらも届く兵器も作られるだろう。

 

「本当にそれだけぇ?」

 

 ロウリィは薄笑いを浮かべながら首をかしげる。まだ何かあるんじゃないかと言うように、その目は疑惑を湛えていた。

 

「これ、ただの道具では無いのでしょう?」

「…………まあな。ご察しの通り、この兵器は『生きている』のさ。もとあった生物の細胞を改造し、目的に最適な形となるよう繋ぎ合わせたフランケンの怪物、それがあの巨獣なんだよ」

 

 遠い目で、しかしどこか親しむような顔で伊丹は語る。その顔は親愛のようにも、諦めのようにも感じられた。

 

「驚いたかい?それとも失望したかい?これがこの世界さ」

 

 自嘲的な笑みを浮かべて、伊丹はロウリィに訊ねる。きっと彼女らにとっては、自分達の有り様など許容出来ないだろうと。だが、ロウリィの答えは伊丹の予想を越えていた。

 

「まさか、それはないわぁ。確かに貴方達は、我々の世界の禁忌に照らし合わせれば言語道断、軽く冒涜の領域に踏みいっているわぁ。きっと世の亜神全てに聞けば、全てが『断罪の必要あり』と答えるほどにねぇ」

 

 だがと、それでもとロウリィは続ける。エムロイに善悪の区別などない、それが悪人だろうと、善人だろうと、自らを貫き通す者をこそ愛するのだ。

 

「伊丹ぃ、伊丹ぃは後悔しているのかしらぁ?今の自分を」

 

 その問いに、伊丹は逡巡する。自分のしてきたこと、その事に後悔があるか。それをNOと言えば嘘になるだろう、しかし…………。

 

「自分のやったこと、積み重ねたことを否定などしないさ。胸を張れるような事をしてきた訳じゃないけれど、今さら過去を振り返る気はもうない。そんなことは散々し飽きたさ」

 

 その答えに、ロウリィは満足げに首を振る。どうやらお気に召す答えを返すことに成功したらしい。

 

「いいわぁ。ならば私から、言うことなど無いわよぉ。人間が自分の意思で禁を破った。私はそれが、本当は凄く嬉しいのよぉ。我々の世界では禁とされる事を行い、それでも生き延び続けるこちらの世界を、私はいとおしく思うわぁ」

 

 伊丹にとってその台詞は、意外なものであった。ロウリィの言う『禁』とは、単純な法律などでは無いだろう。それこそ、破ればただでは済まなくなるようなもののはずだ。だが、ロウリィはそれを良しとした。その驚きを受け取ったように、ロウリィは唇を三日月状に歪める。

 

「ふふっ、法律だって人の世の移り変わりと共に形を変えるわぁ。亜神が示すだけでなく、人間が自ら律し、自ら選んだ道。ならば私達がとやかく言うのは、無粋なことよぉ。庇護したものの独り立ちは、寂しくもあれ喜ばしいことなのだから」

 

 その事で、伊丹はようやく合点がいった。ロウリィは喜んでいるのだ、自分達がなし得たことを。善悪に関わらず、身の丈に合わないと思われていたことへ到達したことを。

 

「それは、ありがたく受け取っておくよ。誉められて嬉しくないものではないからな」

「そう。なら最後にもうひとつ聞いてもいいかしらぁ?」

「構わないさ。何か疑問でも?フローレンス」

 

 少し茶化して返す伊丹に、ロウリィは笑みを崩さずに目を向けた。

 

「伊丹ぃがあの建物へ向ける目、厳しくもあれど慈しみもあった。無粋なことを聞くけれど、あそこには知り合いでも居るのかしらぁ?」

 

 その問いに、伊丹は少し驚いた顔をする。ロウリィ相手であっても、少々答えづらいものであったからだ。だが、伊丹は多少濁しつつも、正直に答えることとした。

 

「まあ、そんなところさ。あそこには見知った顔が居る。親代わりをしてるようなものでな、複雑な気分だよ」

 

 それでもと、伊丹は慈しむような目を向ける。

 

「どれだけ血に濡れても、向き合ってやるって約束したんだ。だから目を逸らさないさ、彼女達がやることからはな」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、土産物や温泉を巡るのも構わないが、まずは今日の宿である。雨露をしのぐ場所というのは重要なものだ。それが冬の季節であればなおのこと。夜通し雨に打たれれば、いかに屈強な兵士と言えども長くは持たない。昼飯をその辺の飯屋で食べた伊丹達は(なお食費は全額伊丹が負担)、政府指定の旅館にチェックインしていた。

 

「ふー、無事にチェックイン終了。なにもなくてよかったよ」

「ですねぇ。バスも無事に来てくれましたし良かった良かった」

 

 五階建てのその建物は、旅館と言うよりもホテルに近い形である。無事に到着したことに安心した伊丹は、旅館のLANへ接続し、建物の見取り図をチェックし始めた。

 

「……ん?なんかノイズが……」

「イタミー!!これ、これなに!?」

 

 LANに接続した際の微弱なノイズに顔をしかめた伊丹であったが、テュカの物珍しそうな声に詮索を1時中断した。

 

「ああ、それは卓球台さ。っておお!?おいこれインベーダーゲームの筐体じゃね?まだ実在したのかよ!!」

 

 ロビーに置かれた機器の説明をしていた伊丹は、予想外のものに驚愕する。今日はとことん昔のものに驚かされる日である。

 そんなこんなで騒がしくも部屋に到着した彼ら一行は、テュカの発案で卓球をすることとなった。しかし…………。

 

「ふっ……、ほっ……。なかなか難しいですわね」

「武器を振るうのとは、感覚が違うわねぇ」

 

いま、卓球台の前には二人の女性がいた。ロウリィとボーゼスである。浴衣を部屋で見つけた彼女らが、伊丹から浴衣なら卓球と聞いたのが始まりであった。

 

「なかなか……やるわねぇ」

「手合わせ頂けるとは……、光栄です聖下」

 

 つい数十分前に初めてラケットを握った彼女たちであったが、技術さえまだ初心者ではあるものの、既にコツを掴み始めていた。審判役をしていた伊丹は、その上達の速さに舌を巻いていた。

 

「なかなかやるなあ二人とも。そう思わないか?富田」

「全くです。二人とも流石ですね」

 

 彼女たちに卓球を教えたのは、隣で腕を組む富田である。片手にラケットを持ち、くさり柄の浴衣を着こなす姿は、非常に様になっていた。

 

「基本的なラリーだけを教えましたが、どうやら隊長と自分とが戦ったときに参考にしたようですね。見よう見まねで身に着けるとは、流石というべきですか」

「義体制御ソフト無しのガチ勝負だったとはいえ、いや……だからこそかな?」

 

 そういう伊丹は吉原柄の浴衣を着て、呆れるように腕を組んでいた。少々だらしなく気崩してはいるものの、それがかえって中年男性特有の渋い雰囲気を引き立てていた。

 

「しかしまあ、皆浴衣が似合うもんだな」

「ええ、皆さんそれぞれがきれいですからね」

 

 眼前で真剣そうに対戦する二人を見ながら、男性陣はそう呟いた。そう、確かに皆美人である。そして浴衣もよく似合っていた。

 まずはボーゼスである。輝くような金色の髪に、スラリとした肢体。胸部や臀部も、出るところはしっかりと出たプロポーション。西洋人に近い白く透き通った肌は上気し、汗に濡れて艶めかしい色気を醸し出していた。その彼女の身体はくさり柄の浴衣に包まれ、気崩れた浴衣からわずかにのぞく鎖骨が見るものを魅了する。

 お次はロウリィ。流れるような黒髪に、黒曜石の様な闇色の瞳。だがしかし、その肌は対照的に冷たささえも感じられるような白磁である。その姿は夜という言葉が似合うような白と黒のコントラストであり、同時に妖艶な魅力を持っていた。その彼女はたてかん柄の浴衣を纏い、優雅に笑っていた。

 

「そうら行くわよぉ」

「くっ、早い!!」

 

 ロウリィがボーゼスの側へスマッシュを叩き込む、よくまあこの短時間で覚えたものである。その一点が最後となり、勝負は決した。ロウリィの勝ちである。

 

「お手合わせ、感謝しますわ」

「ふふっ、いい汗をかいたわぁ。いずれまた、手合わせをしましょう」

 

 死なない程度に、とボーゼスは柔らかな笑みを返す。二人とも大いに満足したらしい。最初はロウリィ相手に緊張していたボーゼスも、すっかり卓球で意気投合したようである。

 そして、完成は隣でも響いてきた。

 

「わらわの負けだな……」

「楽しかったわよ、皇女さま」

 

 二つ目の卓球台では、ピニャとテュカが対戦をしていたのであるが、どうやら結果を見るに勝者はテュカのようである。

 

「やはり力加減が難しいな、剣を振るうようにはいかん」

「そうね。私は球技をやったことは殆どなかったけれど、ただ力任せに売ってはダメなのね」

 

 向こうで審判をしていたのは栗林である。吉原柄の浴衣の下では、はち切れんばかりの胸部が主張していた。これで天然ものだというのだから恐ろしい。

 

「十点先取、結果は10対8ね。テュカの方が先にコツをつかんだみたいね」

「うん。最初はラケットに当てるのも難しかったけども、だんだん板の部分の持ち方がわかってきたわ」

 

 彼女も、この短時間でコツを掴み始めていたらしい。ラケットを素振りしながら、満面の笑みを浮かべていた。

 

「楽しいわね!!ねえ、次はイタミとやってみたいわ!!」

「えっ、俺!?」

 

 いきなりの名指しである。どうやらテュカは相当に楽しかったらしい。

 

「ねえクリバヤシィ。次はわたしとやりましょうぅ?」

「おっけ、受けて立つわよ!!」

 

 ロウリィもロウリィで、中々に乗り気である。栗林とラケットを持つと、早々に卓球台へ向かい始めた。

 

「まあいいけど。富田ー、審判やってくれ。富田?」

 

 伊丹は仕方がないと言うように肩をすくめるとラッケトを手に取った。だが、肝心の審判役である富田はというと…………。

 

「ボーゼスさん。飲み物をどうぞ」

「まあ、ありがとうございます。それでは……あっ!!」

「えっ?」

「いえその、わたくし着衣が少々………」

「―――――っ!?いえっ、ごほん!!失礼、ええと……」

 

 野郎調子に乗ってやがるな、すぐに異端審問へ連絡を…………。もとい、少々トラブルに巻き込まれていた。まったく仲のいい二人である、後で祝福して(血祭りに)あげよう。

 

「ねえ伊丹、どうしたの?」

「ん……。いや、何でもないさ。さあ、始めようか」

 

 こうして、参加者総当たりの卓球試合が開始された。なお、常識破りのいかれた試合であったことをここに記しておく。これ以降の惨劇については、彼女たちの名誉のためにも伏せておこう。それがだれにとっても幸せなことだろうからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梨紗、これはどうやって動かせばいい?」

「インベイダーゲームじゃん、懐かしいもの置いてあるなー。ほらここ、これを動かすのよ」

「なるほど、この棒状のものが連動している」

「そうそう、んで攻撃は……。おお!!」

「大体分かってきた。……ふふ、うふふ……」

「ぇ……あの?レレイちゃん?」

「ふふ……、あたる。当たる!!」

「おーい、レレイちゃ~ん?」

「ひゃはっ!!死ねっ、豚の様に朽ち果てろ!!この○○野郎!!」

「怖っ!!この子レバー持ったら人が変わるタイプだ!!ゲーセン行ったら生き生きしてる感じの……」

「いい的だよノロマども!!そのどてっ腹ブッコ抜いてやる!!」

「だめだこりゃ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宵は深まり、世界は闇へと沈む。焚火はやがて消え、旅人は夜へ飲まれる。日は落ち、時は満ちた。狼達が顔を上げる。闇は彼らにとっての友、狩りはすでに始まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が痛い、飲みすぎたせいだろう。気怠さが、石のように身体にのしかかる。

 

「はれ……。ここは?」

 

 寝ぼけ眼をこすりながら、栗林は起き上がる。確か自分たちは風呂のあと、酒盛りをしていたはずだ。

 記憶に靄がかかっている。それに、仄かに生臭い香りが辺りへ立ち込めていた。

 電気が消え、真っ暗になった部屋には、自分の他にも何人かの寝そべる影が見える。どうやら、酒盛りをしたまま寝入ってしまったらしい。

 見回した栗林は、立ち上がろうと畳へ手をついた。

 

 

 

 

 

 

――べちゃり

 

 

 

 

 

 

 手のひらに、ぬるりとした温かな感触が感じられる、何か液体のようなものに手をついたのだ。最初は誰かがゲロでも吐いたのかと思った。だが、それにしては妙に色が濃い。窓の外で雲が晴れ、月明かりがあらわとなる。その光が部屋へ入り込んだ時、栗林は手についたものの正体を理解した。

 

 

 

――血だ。

 

 

 

 彼女の座る場所へ、大量の血が流れてきていたのだ。鼻の穴へ鉄の匂いが入り込み、一気に彼女の脳が覚醒する。だが、その流れる元を追った栗林は、その思考が真っ白になった。

 

「……え、なに……………これ」

 

 

 

 

 

 そこにあったのは一面の血、血、血。床だけではない、壁に、障子に、天井に、一面に飛び散るようにドス黒い血がぶちまけられていたのだ。

 

 

 

 

「――っ!?富田!!隊長!!」

 

 明らかに異常事態である。だが、栗林が大声で呼ぼうとも、誰も返事をしない。彼女は、恐る恐る目線を下に向ける。そこには、栗林が最も恐れた光景が広がっていた。

 

「う……そ…………」

 

 月明かりが、人()()()ものを照らし出す。必死に拒絶する思考を、兵士としての本能が無理やり認識させる。ああ、これは死体だ。人数は十人、ピッタリじゃないか……。

 強い衝撃がはしる、同時に腹部から焼き鏝のように熱い痛みがせりあがってきた。思わず、身体が畳の上に倒れる。自分の腹部から、温かい液体が流れだすのが感じられた。

 

 

 

――誰だ、何時やられた?

――いつの間に襲われた?

 

 

 

 そんな思考が栗林の脳内を駆け巡る。だが、急速にその思考も薄れ、指先が冷たくなっていく。直感的に悟った、自分はここで死ぬのだと。瞼を閉じれば、もう二度と開けられないと。

 倒れ込んだ先、そこにいるのは誰かはわからない。だが、その手元に書かれた血文字に気が付いた。

 

 

――αποδοκιμασίες

 

 

 その言葉の意味を理解する前に、栗林の意識は暗い闇へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 




『対軌道生体砲アメノハバキリ』
対衛星軌道用掃射砲。読んで字のごとく、衛星軌道上に位置する兵器の破壊が建前の巨大砲塔。通常の砲身とは異なり、生体素材を用いていることが主な特徴である。生体砲の走りとなった兵器であり、以後の生体兵器にはこの兵器に用いられている技術が応用されている。
かつて生体兵器は、その維持コストともたらされるメリットが釣り合わず、『役立たず』の烙印を押されていた。しかし、大戦以前に蒲田で起きた事件と、世界大戦時の制御技術の飛躍的な革新により、現在ではその汚名を返上しつつあった。
アメノハバキリはとある細胞の被膜を応用することにより、本来通常の素材では耐えきることのできないほどのエネルギーを、衛星軌道上に到達しうる威力で長時間照射し続けることができる。さらに砲身展開により、広範囲かつ連続で低威力の迎撃を行うことも可能である。この内部構造まで変容する柔軟性は、生体兵器特有の長所であり、他の兵器では困難となる。この際の形状から、敵軍人からは『ピンギキュラ』の別称で忌み嫌われている。



最後の方、中々駆け足で移入しずらかったかもしれません。難しいんですよね、日常パートは。首をかしげる描写がございますが、温かい目で見守っていただけるとありがたいです。
ここからなかなかのネタバレにつながるものがぶち込まれているため、もし気が付いた方はそっと仕舞っておいてください。感想欄でバラしたら泣くわよアタシ。




温泉?湯煙編でどうぞ(無慈悲)。


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第二十話 鬼さんこちら、暗闇の中へーLet's play tag.

新春を寿ぎ春の彼岸の頃うららかな好季節を向かえ晩春を一時雲の晴れ間の青空も懐かしく暑気厳しき折柄残暑厳しき折まで片足突っ込まなくてよかった……。

はいすみませんしばらくスランプにかかってました。決してブラボが楽しかったとかニーアプレイしてやる気が戻ったとかそんなんじゃないんです。Fateの二次創作書いてたとかスカイリムで構想練っててやる気なくしたとかそんなんでもないです。

しばらくぶりの拙作ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


「ん……?」

 

 衣擦れの音が聞こえ、伊丹は目を覚ました。見渡すとそこは旅館の部屋、皆で酒盛りをした後、そのまま寝入ってしまったのだ。

 

「いてて……、頭がじんじんする」

 

 伊丹の隣には、大の字になって栗林が寝こけている。思い出した、彼女のアッパーが伊丹の顎に入った後、そのまま彼女は寝入ってしまったのである。伊丹自身も疲れていたがゆえに、衝撃で倒れたままいつのまにか寝てしまったのだ。

 

「酔いが回ると頭がボケていかんな。酒とたこわさは無性に合うからつい飲みすぎちまった……」

 

 周囲を見渡すと、皆あちこちで寝こけていた。どうやら、全員が眠ってしまったことで、酒盛りはお開きとなってしまったようである。

 もう夜も深い、改めて眠ろうかと考えた伊丹は、ふと窓の外を覗く人影に気が付いた。

 

「ロウリィ?」

 

 はっきりとは断定出来ないが、レレイは近くで寝ている。となると背丈に合う人物はロウリィくらいだろう。だが、人影は応じることなく窓を見続けていた。

 

「どうかしたのか?こんな夜中に」

 

 不思議に思いつつもそう問いかけると、彼女は答えずに、ほぅと溜め息を吐く。

 ……何かが違う。窓辺に座るこの女は一体誰だ?疑念を浮かべる伊丹を置いて、彼女は物憂げに椅子へ身体を預けながら、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「ヘカテーは動き出したわ。モルモはすぐ傍まで、ランパスの灯りを頼りに近寄って来ている」

 

 その言葉を、伊丹はぼうっと聞いていた。それは聞き覚えのある、懐かしい声だった。

 窓辺の彼女が席を立ち、伊丹の元へ歩み寄る。そのまま膝をつくと、その身体へ垂れかかった。

 目の前の長い髪から漂う、柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。白魚のような指が彼の胸板を這い、邪魔な布を解いていく。その動作をされるがままに、伊丹は彼女の腰へ手を回した。

 

「相も変わらず、男の扱いが上手いことで……」

「ふふっ、好き者ねぇ貴方も……」

 

 冷徹に見下ろす顔を撫でながら、彼女は妖艶な笑みを浮かべる。すでに彼女は伊丹の上へ、跨ぐように腰を下ろしていた。

 

「良いのよ、したいようにして」

「後を考えただけでゾッとするさ」

「もうっ、無粋な考えね」

 

 そう言うと、彼女は胸板から手を離す。そして、その手をそっと下ろしていった。

 

「ねえ、知ってる?スクブスは男の理想の姿で現れるのよ?」

「ああ、もちろん。ところで俺のカルーアは誰が飲んだのかな?」

「あらつれない。私は本物の方がいいわ」

 

 そう言うと、彼女は伊丹の後ろへ腕を回す。そうして自分の身体を寄せると、そのまま吸い付くように肌を重ねた。

 

「人肌、久しく感じていないでしょう?今夜は如何かしら?」

 

 淫靡な笑みと、潤んだ瞳。上気した頬から吐く息は、媚薬のように脳を狂わせる。並の男であれば否応なしに溺れるそれは、だがその実は致死の猛毒だ。

 

「『スクラサス』。俺は今のところ、カマキリの夫になるつもりはないな。だが望みと言うなら『ミルク』が欲しい、小皿一杯のミルクだ」

「失礼だわ、昆虫に例えるなんて。でも良いわ、許しましょう。そうね、お望み通りのものをあげる。濃厚で、焼けつくように熱いものを」

 

 そう言いながらも、その手は止まらない。互いに指を、足を絡め、確かめ合うように愛撫する。毒のように、蜜のように、その肢体は溶け合っていった。

 

「最後にひとつ、取って置き。だから今だけは感じさせて、この熱を……」

「強引だな。あまり好きじゃあないぞ」

「ふふっ、されるよりする方が好きかしら?」

 

 君は私で、私は君。ひとつになるように溶け合った身体は、熱くたぎるように求め合う。絡めあった四肢から感じる熱が、どうしようも無く愛しい。

 

「あなたは夢のままでいたい?それとも……」

「答えなんて、最初から決まっているさ」

 

 そう言うと、伊丹は抗うように彼女の肢体を掴む。されるがままであった彼の反逆に、彼女は思わず声をあげた。

 

「んっ、相も変わらず強引ね。良いわ、あなたの望むままにしてあげる。嬲りあってねぶりあって、堕ちることが望みなら、その通りに叶えましょう」

「もくろみ通りにはならないさ。今度こそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、かならず抜け出してやるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 富田章は、一人暗い廊下に立っていた。

 

「ここは…………、旅館の廊下か」

 

 階数を見るに、恐らくは六階。自分達が泊まった部屋と同じ階であった。

 

「どうしてこんなところにいるんだ?」

 

 とにかく部屋へ戻るため、暗い廊下を歩いていく。廊下は壁の両方が部屋となっており、明かりと言えば足下の非常灯だけであった。

 

「しかし長い廊下だな、ここまで大きな旅館だったか?」

 

 歩いているのに、まるで廊下が延びているかのように部屋へたどり着けないのだ。流石にこれはおかしい、異常だ。

 富田は自分の電脳活性を調べようと、意識を自分の内部へ向けた。これで、今の状況の異常さの原因がわかるはずだ。

 だが、それを行おうとした直後に、さらなる異常が現れた。 

 靴の先がなにかに触れる。同時、水溜まりを踏んだような感触を足がとらえた。

 

「え………………?」

 

 否、それは水ではない。この鉄臭さも、このどろりとした感触も、富田は嫌と言うほど見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血だ

 

 

 

 

 

 

 咄嗟に腰へ手を動かす。だが、その手には銃ではなく別の物が握られていた。

 血塗れの銃剣と、はやにえのように突き刺さった腕である。あまりのことに、咄嗟にそれを放り投げた。同時、別の音声が聞こえてくる。

 銃声、それも1つや2つではない。これは小銃、ないしはそれに近いものの音である。

 富田はすぐに姿勢を低くし、先程取り落とした銃剣を掴む。腕を引き抜き、逆手に持ち変えた。

 

「なんなんだ、何がどうなっているんだ!?」

 

 銃声はなおも近づいてくる。富田は身を隠すために近くの部屋へ入ろうとしたが、鍵かかっているのか扉はビクとも動かない。

 やがて銃声は止み、静寂と闇が辺りを支配した。出来る限り撃たれまいようにと、富田はほとんど寝そべるように地面へ伏せる。

 一分か一時間か、どれ程の時間が過ぎただろう。やがて静寂を破るように、固いブーツの音が聞こえてきた。

 その音に、富田は目だけを動かして相手を探す。どのみち下手を打てば死ぬのだ。ならばせめて敵の姿だけでも捉えよう。そう思って探した正体はすぐに見つかった。だが、それは富田の想像の遥かに上をいくものだった。

 

「なん………で?」

 

 ブーツの音の正体、それはフル装備の兵士であった。それも、富田がもっともよく知る国の武装である。

 

 

 日本自衛軍正式装備

 

 

 そこにあるはずのない、あってはならない装備に、富田は驚愕する。よりにもよって味方の兵士が、こちらに銃口を向けてたっていたのだ。だが、富田が驚いたのはそれだけではなかった。

 

「何でだ……、なんでお前達なんだ……」

 

 富田は、銃口を向ける彼らの顔を、一人残らず知っていたのだ。それは、大戦時に富田が背中を預けた、戦友達の顔をしていた。

 

「お前は逃げた」

「お前は守れなかった」

「お前は見捨てた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「臆病者め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 家族の、学友の、元恋人の、気がつけば富田は多くの人間に取り囲まれていた。彼らは口々になじる、臆病者と、裏切り者と。

 

「やめろ……やめろっ!!」

 

 逃げるように後ずさりながら、富田は頭を振る。悪夢だ、これはきっと悪夢だ。そうでなければ何だと言うのか。

 

「お前はなにも守れない」

「お前はなにもかも取り零す」

 

 その声は富田の頭に、脳に染み込む。それは呪詛のようにとり憑き。富田の耳から離れなかった。

 わからない、わからないわからないわからないわからない。

 ふと、右手に拳銃が握られていることに気がついた。日本自衛軍採用の、富田も使いなれたものだ。

 富田の頭に考えがよぎる。これで頭を撃ち抜けば、この悪夢から抜け出せるのではないか?

 どこからともない、よくわからない衝動に突き動かされ、富田はこめかみに銃口を当てる。

 

「お前が死ねばよかったのに」

「お前が死ねば、彼女も助かったのに」

 

 その通りだ、きっと自分はあの日に死ぬべきだった。そんな後悔が、富田の胸をよぎる。この引き金を引けば、きっと楽になれる。これで全て終わりだ。

 引き金に力を込める。これで終わりだと、そう思った。だが、ほんの少し、たった少しだけ富田は迷ってしまった。脳裏に一人の女性の顔が思い浮かんだのだ。

 理由はわからない。だがたった一瞬、その迷いが隙を生んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それだけあれば、十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……田、富田!富田、生きてるか!?」

 

 声が少しずつ近くなり、意識が現実へ引き戻される。ぼやけた視界が回復すると、そこには自分の上官の顔があった。

 

「……あれ、俺はどうして?」

「……はぁ、ようやく戻って来たか。俺がわかるか?」

 

 誰と聞かれても、間違いなく伊丹である。身体を起こして見回すと、そこは自分達が酒盛りをしていた部屋であった。

 

「電脳ウイルスだ。くそっ、全員に感染してやがった。経由は恐らく旅館のLANだ、絶対に繋ぐなよ!」

 

 周りを見ると、ボーゼスやピニャを始めとした、特地の面々が心配そうな表情でこちらを見ている。反対にこちらを全く見ない者。否、起き上がりすらしない者もいた。栗林と梨沙だ。

 

「…………栗林と梨沙さんは?」

「栗林はかなり進行してる。電脳の自決用サージ電流が作動する寸前だった。今は電脳錠で生存に必要な機能以外をロックしてるが、ウィルスを除去しない限りは眠り姫のままだ。梨沙は寸前で気がついて自閉ロック中、あいつが自前の脳でウィルスを駆除するか、こっちで治癒プログラムを叩き込まない限りは起き上がらない」

 

 そう言う伊丹の顔は、今まで見たこともないほど険しいものであった。持ってきていたジュラルミンケースを開いて、てきぱきと何かを組み上げる。

 だが、この状況についていけない者達もいる。伊丹達日本側にとっては深刻な状態でも、レレイ達特地の面々には事態が理解できないのだ。何しろ、彼女らの世界には電脳など無い。そのため、伊丹達の様子から今の事態が切迫していることが理解できても、何がまずいのかわからないのだ。

 

「イタミ、説明を要求する。クリバヤシとリサに何が起きている?」

「あー、そうか。レレイ達はわからないんだな。…………どう説明すれば良いかな」

 

 うまい例えが見つからず、伊丹は少し考え込む。特地風、ファンタジー的な言い方をするならば……。

 

「そうだな……。洗脳や精神攻撃の魔法……、なんてのがそっちに在るのかはわからんが。ともかく二人は今思考に直接攻撃を受けているんだ」

「つまり、魔法による脳への攻撃?」

「魔法ではないがな、似たようなものさ」

 

 これで良いのかはわからないが、ともかくレレイ達はそれで納得してくれたらしい。

 

「攻撃を解くことは出来る?」

「可能さ。……だが状況が悪いな」

 

 そう言って、伊丹は渋い顔をする。星すら見つからぬ曇天の夜空を睨みながら、嫌そうに頭をかきむしった。

 

「こんな攻撃、そうそう出来るもんじゃない。富田、お前ならどう見る?」

 

 話を振られた富田は、同じく厳しい目で廊下へと続くドアを見ていた。

 

「疑似体験を組み込んだ自決ウィルス、特徴からいくつか心当たりはありますが……。こんなものをこのタイミングで感染させてくるなんて、目的は多分…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ーーーー襲撃!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼓膜を破るような爆発音と共に、廊下側のドアが吹き飛ぶ。伊丹と富田は咄嗟に、意識の無い二人を抱えると、部屋の端へ飛び退いた。

 抑制された銃音が鳴ると共に、先程まで二人がいた場所に無数の弾痕が空く。煙から黒ずくめの人影が飛び出し、部屋へと踏み入ってきた。

 

「ーーーー!?逃げろ皆!!!」

 

 少しでも時間を稼ごうと、伊丹は床を蹴って駆け出す。軍用義体なら、少々の銃弾ならば耐えられる。工作員から奪っていた特殊拳銃を取り出し、狙いを定める。だが…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー伏せろ、死にたくないならな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が響き、敵の胸元から赤黒い飛沫が飛び散る。同時、夜空を写し出す大窓が割れ、同じく弾丸の雨が降り注いだ。

 

「ーー誰だ!?」

 

 敵か、あるいは味方か。だが、伊丹の声に反しその人物は姿を現さない。消えたかあるいは……。

 

「光学迷彩……。そこか!!」

 

 パキリと、硬質な音が微かに鳴る。割れた大窓の、飛び散ったガラスの破片を踏んだ音だ。光学迷彩は姿を消しても、存在そのものを消すことはできない。必ず物理的には存在するのだ。

 僅かな音を逃さず、伊丹は銃口を向ける。動くと撃つ、その意思表示として。だが……。

 

「久しぶりだな、746。これであのときの貸しは返したぞ」

 

 その声に、微かに伊丹の銃口が揺れた。そして、それは決定的な隙となった。

 窓際で揺れる透明な影、わずかに光学迷彩が解けかけているのだろう。それは徐々に輪郭を作ると、一人の女の形となった。

 

「あんたは……、どうして」

「さてね。まあ、ゴーストの囁きが聞こえたってところか……」

 

 そう言うと、女は窓際に向かって歩きだす。そして、そのまま宙へと身を踊らせた。

 

「待て……!!」

 

 伊丹は止めようと駆け出すが、すでに女の身は窓の外、暗い闇へと吸い込まれていった。窓から下を覗き混んでも、そこには暗い地面が見えるだけだ。

 

「隊長……、今のは?」

「……………あー、少し昔の知り合いだ。それ以上はなんともな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………隊長、あれって」

 

 移動の途中、窓から見える光景に富田が絶句する。それもそのはず、景観豊かであったはずの旅館の窓の外は、今やドローンや攻撃ヘリの飛び交う戦場と化していたからだ。

 

「……ここ、一応日本国内ですよね?なんで」

「なんでこんなにヘリやドローンが飛び交ってるか?国内で国内の軍が作戦に従事して、文句を言うやつがいるかって話さ」 

「国内の軍ってまさか……」

「そこはご想像にお任せするさ。何しろ確証は無いからな」

 

 敵の襲撃の第一波を切り抜けた一同は、脱出の為に廊下を駆け抜けていた。動けない栗林と梨沙は男二人が担ぎ上げ、その他の面子は二人に続いて歩く。

 先頭を行くのは、奪った短機関銃で武装した伊丹と富田である。人一人を担いでいるとはいえ、二人とも義体である、戦闘に支障はない。

 

「富田、前から来るぞ」

「了解」

 

 例え敵が何者であろうと、二人の銃口に迷いはない。気取られぬように照準を向け、鉛弾を叩き込む。幸いなことに相手は二人一組、銃声が聞こえたときにはもう遅いのだ。

 

「にしても、いくら『VIP』がいるとはいえ、ここまで大規模な部隊を展開するものか?ここには一般人も大勢いるだろうに」

 

 ある程度予想はしていたとはいえ、それを遥かに越える敵の数に、伊丹も少し引いていた。武装集団による強襲位は予想していたが、まさかここまでの数と装備で攻めてくるとは思わなかったのだ。

 

「ここまで数が多いと口封じも……おっと?」

「……隊長、あれって?」

 

 下の階へ降りると、そこには予想外の人物達がいた。否、居ること自体は知っているが、まさかこうなっているとは考えていなかったのだ。

 

「む、あの者達は……」

「従業員……でございますよね?」

 

 ピニャとボーゼスが、唖然として見送るその姿は、そう疑念を抱かざるにはいられないほど異様なものであった。

 従業員達は皆虚ろな顔をし、夢遊病でもあるかのような覚束ない顔をして徘徊していたのである。その様子は、さながらB級映画に登場する動く死体を連想させる緩慢なものであった。

 

「電脳汚染の影響……ですかね?」

「俺達に感染したのとは別の種類だろうな……。おいおい、噛まれたら感染するとかじゃないだろうなあれ」

 

 電脳に深く携わる伊丹や富田も、この光景には流石に躊躇せざるをえなかった。それほど、今の光景は異様なのだ。

 

「なあ富田、この手口って……」

「ええ、地下鉄の時と同じですかね……」

 

 ひとつのエリアにおける、大規模な同時ゴーストハック。それは、二人に数時間前の出来事を連想させた。

 

「全員、あの傀儡どもに見つからないように動け。特に電脳化したやつ……つっても俺と富田しか生き残ってないか。絶対に視界に入らないようにしろ」

 

 視線の誘導、あるいは死角へ潜り込み、慎重に下の階へと進んでいく。上からは敵の部隊、速度を緩めれば追い付かれる。だが、急ぎすぎれば傀儡どもに見つかる。慎重な判断と行動が要求される逃避行である。

 

「くっそ、ただの自衛官にスネークみたいなステルス求めんなよ。こちとらサボり上等のすちゃらか人間だっての……」

 

 伊丹の口から、思わず愚痴がこぼれだす。それだけに、いまの状況は切迫しているのだ。

 何度も踊り場を越え、一階へとたどり着く。少し前に、卓球大会に興じた場所である。

 

「悪いが、命をボールに卓球勝負はごめん被るね」

 

 ここには傀儡もうろついていない。一気に突破すれば、あとは山道を駆け抜けるだけだ。闇に乗じて駆け抜ければ、発見も困難だろう。逃走は伊丹の得意分野である。こちらの土俵に持ち込めば勝ちだ。

 ホールを駆け抜け、玄関まで一気に突き進む。このまま突っ切ればこちらの勝ちだ。

 

 

 

 

 

 だが…………、それは轟音と土煙によって遮られた。

 

 

 

 

 

 突如館内の明かりが灯り、眩しさが増す。義眼である伊丹や富田はともかく、特地の面々にとっては突然の不意討ちであった。

 何人かが思わず目を眩ませ、その場でたたらを踏む。そして、だめ押しとばかりにそれは来た。

 

 63式多脚戦車、大戦末期に投入され、未だに紛争地帯にて現役の座を誇る主力戦車である。それだけではない、62式機械化歩兵装甲、崩れた壁の瓦礫の向こうにはジガバヂの姿も見える。どれも特地はもちろん、アルヌス駐屯地にも置かれていない最新型である。

 伊丹の顔から血の気が引く。それは、富田も同じであった。

 

「全員……、伏せろぉ!!!」

 

 隣にいたレレイを引き倒し、そのまま伊丹自身も床に飛び込んだ。多脚戦車の主砲が火を吹き、強化外骨格に装備された機関砲が轟音を鳴らす。腹の底を突き上げるような衝撃と共に、玄関ホールの壁が、調度品が、粉々に砕けて宙を舞った。 

 地面を這いながら、伊丹は義眼のモードを切り替える。すると、敵の足元に予想外のものが見つかった。

 黒い部隊、伊丹達を襲撃した部隊と同じ装備のもの達が、あるいは潰され、あるいは撃たれ、兵器達の足元に転がっていたのだ。

 

「どういう……ことだ?あいつらが仕掛けてきたんじゃないのか?それとも…………」

 

 だが、その思考はすぐに中断させられた。伊丹の視界に小さな影が飛び込んできたからだ。

 

「ロウリィ!?」

 

 黒い影はまっすぐに飛び込むと、強化外骨格の腕にハルバートを叩き込む。突進と全体重、そしてハルバートの規格外の重さを重ねた一撃は、しかし敵の片腕に突き刺さった。いくら装甲を堅くしようとも、必ずどこかに弱点は現れる。九百年以上もの時を戦い続けた彼女の経験は、すでに未知の世界の兵器とすらも渡り合えるほどに蓄積されているのだ。

 だが、経験にも限度はある。いくら神の域に達する技量でも、元々の戦力に違いがありすぎるのだ。強化外骨格の腕の一振りで、ロウリィの肢体は容易く振り払われた。腐っても最新型、この程度では倒れはしない。

 

「やるわねぇ……。でも、捉えられるかしらぁ?」

 

 駆動系により振るわれる腕を、彼女は巧みに掻い潜る。機械でトレースされただけの動きなど、彼女の敵ではないのだ。

 そのまま腕をすり抜け、多脚戦車へと肉薄する。他よりも大きな兵器、黙らせなければ後ろの彼らが逃げられない。

 その無骨な脚を駆け上がり、砲塔の近くまで肉薄する。直接戦ったことはなくとも、彼ら自衛軍が乗り降りするところを彼女は知っている。そこさえ叩けば黙るだろうということも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼女は知らなかった。誰かが肉薄するところも、そもそもこの兵器が配備されなかったことも。そして、それが要因となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……………、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 大気を切り裂くような絶叫と共に、ロウリィの身体が大きく痙攣する。今までの彼女を知るものすら見たこともない、身体の底から上げられた悲鳴である。身体のあちこちから煙を上げ、肉の焦げるような臭いが立ち込める。身体中から火花があちこちに飛び散り、アンモニアの臭いが噴出する。

 通電式装甲、取り付いた歩兵などを排除するための兵器である。身体の芯を流れる電流、そのあまりの苦痛に、ロウリィは思わず膝をついた。いや、普通の人間なら意識すらろくに保てないだろう。四つん這いになり、がくがくと痙攣する身体の中で激痛に耐え続ける。なまじ生命力が桁外れな亜神の身体が、このときばかりは仇となった。再生は内蔵までおよび、脳髄すらも再生させる。それは今においては焼死と蘇生を繰り返し、絶え間ない拷問を与え続ける要因となるのである。

 一体どれだけの死を迎えただろうか。繰り返し繰り返し焼かれ、その度に再生する。だが、それは無限ではない。追い付かないほどに焼き焦がされたロウリィの身体は、糸の切れた人形の様に装甲へと倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロウリィの敗北、それは彼らにとっては信じられないものであった。黒い死神、斬っても死なないような不敵な笑みを浮かべていた彼女が、悲鳴と共に倒れ伏す。

 彼女を乗せた多脚戦車は、脇に控える強化外骨格を引き連れ、そのまま闇へと消えてしまった。

 

「………………」

 

 伊丹達には何も出来ない。ただ、それを見送ることしか出来なかった。

 しばらく、誰も口を開かない。わかっているのだ、自分達がいかに無力であったか。何も出来なかったと言うことを。

 土煙が過ぎた頃、伊丹がぽつりと呟いた。

 

「…………いくぞ、みんな。すぐにここを離れる」

 

 それは、事実上の敗北宣言、諦めに近いものであった。だが、行かねばならない。仲間の屍を踏み越えてでも、生き延びねばならないのだ。伊丹も富田も、ずっとそんな場所で戦ってきたのだ。

 

「イタミ殿……、あの方は」

 

 ロウリィの身を案じるピニャに、伊丹はかぶりを振る。今は考える時ではない。

 

「今なら敵も混乱しています。暗闇に乗じて逃げるなら、これ以上のチャンスはありません」

 

 自分が握っているのは、自分一人の命ではない。ここにいる全員を背負っているのだ。ならば、己のわがままで皆を危険にさらしてはならない。

 

「はやく、敵もすぐに追ってくる」

 

 入り口へ先導しようとする伊丹を、しかしそれに待ったをかける者がいた。レレイである。

 

「イタミ、ロウリィは……」

「レレイ、もう一度いうが今は彼女のことは……」

 

 急かす伊丹を遮るように、レレイは訊ねる。

 

「イタミ、ロウリィはもう助からないと思ってる?」

「なに言って……、あの高圧電流だぞ。生身はもちろんサイボーグだって……」

 

 

 そう、助かるはずなどない。どんな人間であっても、生身であるならばまず死は避けられないほどの電流だ。だが、そんな伊丹の考えをレレイは否定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イタミ、彼女は亜神。どれだけの矛を向けられようと死なない存在。故に彼女は死ぬことはない。まだーー、彼女は助けられる」

 

 

 

 



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第二十一話 愛しい人はどこ?ーWhat's up, Stray kitten.

私たちは元気でーす!!(血反吐)

ねえねえ死んでると思った?私死んでると思った?自分でも死んでると思ってた。よく復活できたよほんと…………。

お待たせしてごめんなさい。覚えていて下さっているかはわかりませんが、見棄てないでいてくれた方、いるかな…………?


市ヶ谷地下ー広域運用指揮所

襲撃よりも少し前

 

 

 

「なんだ、なにがどうなっているんだ!?」

 

 不正アクセス警報が鳴り響く指揮所の中で、嘉納は何が起きたかの説明を求めていた。彼の隣に立つ竜崎二佐が、額に汗を浮かべながら指示を出す。

 

「46番、52番のアクセスゲートを閉鎖!!データパスを32番に迂回して枝を落とせ!!」

「ファイアウォール、036番突破されました!!」

「クソっ!!三番は逆探開始、二番一番は戦術リンクの奪還を急げ!!現場部隊からの連絡は?」

「通信沈黙、応答ありません!!」

 

 慌ただしく怒号が飛び交う指揮所のモニターは、その半数以上がブラックアウトし、機能していないことを示していた。

 

「指揮所の戦術コンピューターがハックされました。現在逆探知と平行して食い破られたシステムを復旧中。管理システムはほとんどがクラッカーに破られ、機能停止しています」

「……わかるように説明してくれ」

「現場へのバックアップは不能。こちらからはモニターすら出来ません……」

 

 その言葉に、嘉納は強く歯噛みする。竜崎の言葉が本当ならば、現場にいる伊丹達はこちらの手と目を離れ、完全に孤立無援となっているのだ。

 

「この攻撃、襲撃者か?」

「……不明……、いいえ、明らかにこれは異常です。軍重要施設の防壁をこの短時間で破るなど、特S級のウィザードでもなければ……」

 

 竜崎の顔は渋い、それだけ今の状況は異常なのである。自衛軍のネットワークセキュリティは、民間のものとは比べ物にならないほどに高い。それを破るとなれば、背後に必要となるリソースは国家レベルの組織規模が必要となる。それに指揮所機能そのものがダウンすれば、今温泉街で起こっている戦闘のみならず、各地の指揮系統がズタズタになる。それは、自衛軍そのものの機能低下を意味しているのだ。

 

「…………伊丹、無事でいてくれよ」

 

 その筋の専門家では無い嘉納には、ただこの椅子に座り祈ることしか出来ない。今はただ、己が選んだ友人のことを、信じて待つことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イタミ、後ろから来てる!!」

「マジかくそっ!テュカ、そこに転がってるケースを富田に渡してくれ!」

 

 山沿いの県道、所々に街灯が灯る寂しい道に、暴走するかのように走り抜けるジープがひとつ。

 

「敵の形状は!?」

「えーと、小さい獣みたいなのが3つと……、あの大きいのは何?」

「ドローン部隊だな。富田、テュカがとったケースからEMPバンをだせ!!黄色いテープのやつだ」

「了解」

 

 そうしている間にも、後ろの闇の中から疾走する影が現れる。

 

「後方より敵機接近、ウォリアーです!!」

 

 襲いかかるのは、皮肉にも特地にて伊丹達の拠点を守っていたATMD-62、通称『ウォリアー』である。今までこちらを守り、援護をしてきた存在が、皮肉にもこちらに牙を向けてきたのだ。

 

「富田、次のカーブを曲がりきったらEMPバンを投げろ!」

 

 何故このようなことになっているのか。時は少し前、レレイが発した一言からであった。

 

 

 

 

 

 

「本当に、本当にロウリィはまだ死んでいないんだな?」

「真実、亜神に死の概念は存在しない。だが……、彼女の居場所まではわからない」

「心配ない、それは俺がなんとかするさ。少なくとも彼女が生きているのなら、まだ手の打ちようがある」

 

 

 

 

 

 

「……とは言ったが、ロウリィを探しだす前にこっちが挽き肉になっちまう」

 

 国道まで降りて装備と車両を奪い、法定速度など無視してここまで来たはいいが、どこで見つかったのか気がつけばドローンに追われていたのだ。ハンドルにしがみつきながら、伊丹は必死の形相でアクセルを踏み込む。QRSコードで接続することにより、ジープの運転はより精密になっている。だが、それにもやはり限度はある。何度も急ハンドルを決めた結果横転しそうになり、運転する伊丹も脳がそろそろ限界であった。

 

「隊長、3時の方向からバッキーが接近中!」

「打ち落とせ!!」

 

 放たれる無数のワイヤーを避けながら、伊丹は更にジープを加速させた。追いつかれたら終わり、横転してもまず無事ではすまない。富田が奪ったSMGを構え、飛行ドローン『バッキー』へ発砲する。電脳にインストールされた射撃ソフトが情報から計算し、義体を的確に動かしていく。敵の回避パターンを予測し、義体の腕が指示通りにその軌道へと偏差射撃を行った。放たれた弾丸はそのまま吸い込まれるようにバッキーへと向かい、そのすべてが正確に機体へと叩き込まれる。  

 

「バッキー沈黙、間もなく目標ポイントです」

「よし、EMP投擲!!」

 

 富田の手を離れたEMPバンは、そのままアスファルトの上を2回跳ねると、追ってきたウォリアーの直下で起爆した。放たれた電磁パルスが機体へと侵入し、内部で高圧サージを発生させる。そしてそれはウォリアーのAI基盤に流れ込み、電子回路を致命的なまでに焼き切ったた。

 

「うしっ、やっぱりシールドがされてないタイプだったか。富田、栗林の状態はどうだ?」

「……進行は止まっていますが、ウィルスが電脳錠使用前に中からアクセスを遮断したようです。ワクチンを作ろうにもアクセス拒否が原因で正体がわかりません」

「わかった、コードこっちにも貸せ。このままクリボーを叩き起こす。梨沙は後回しだ、クリボーのウィルスが解析できればそこから流用できる」

 

 その命令に、富田は顔を真っ青にして返す。

 

「なっ、自殺行為ですよ!120kmも出しながらウィルス駆除を行うなんて!!」

「お前と俺の脳ミソ、あと知り合いから借りてるサーバーリソースで何とかする!!」

 

 おずおずと富田が差し出したケーブルをひったくると、伊丹はそのままそれをジープに備え付けられたプラグへと叩き込んだ。

 

「富田、身代わり防壁を挟め。このジープを中継器代わりにつかうぞ。あとお前の脳借りる」

「それは良いですけど、射撃はどうするんですか!?」

「あーテュカ、なんか風の加護的なあれで防げないか!?」

 

 法定速度越えの自動車を運転しながら電脳戦をするなど、それだけでも十分に曲芸の域である。例えるなら高速道路を走り抜けながら、複雑な計算を解くようなものだ。無論電脳と生身の脳では、比較するには大きな違いがあるだろう。だが、それでも厳しいことには変わりはない。

 

「テュカ、富田の代わりに警戒を頼む。ピニャさんとボーゼスさんは栗林を押さえつけててくれ。口に布でも詰め込んで、関節極めておいてくれててもいい。レレイはそこの機材を見張っててくれ、最後のひとつが吹き飛んだら、ジープに繋がっているコードを全部引っこ抜くんだ、良いな!?」

 

 言うことだけ言うと、伊丹は操縦を補助モードに切り替える。速度がでないのは欠点だが、万一の際はこれで目的地までたどり着くことができる。事故の心配もないだろう。

 

「敵さんの手が緩んでる内に決めるぞ。富田、俺経由で指定アドレスにアクセスしろ。誘導は俺がやるからダイブで潜れ」

「了解、ゴーストダイブを開始します」

 

 意識を内側に向け、ネットへと感覚を飛ばしていく。運転に必要な領域だけを残し、残りの演算リソースを栗林の電脳へと割いていく。次第に感覚が二重になっていき、伊丹の意識はネットへと昇華され始めた。

 

 電脳空間とは、すなわちネットを駆け巡る情報の嵐を人間の五感に酷似した感覚で扱いやすいようデザインされた世界である。例えばそれは無数に煌めく星の海、あるいは地下鉄のように駆け巡るデータバスの軌跡だろうか。その姿は扱う者によって無数の世界を描き出すが、おおよそは同じ対象を写し出す。

 

「指定アドレスへのダイブ完了を確認、自我情報の散逸は確認できず」

 

 富田が降り立ったのは、暗い闇を何本もの光条が駆け抜ける伽藍堂であった。その隣に光が集まり、もうひとつのアバターが形成される。伊丹だ、彼の操るのっぺりとした黒いアバターは、降り立つと同時に周囲へ複数のウィンドウを展開し始めた。

 

「うしっ、大丈夫そうなら駆除プログラムの展開を始めるぞ。ここから栗林の脳へ、お前の誘導を頼りにアクセスを開始する。合図と同時に電脳錠を外し、疑似体験式のスクランブラを噛ませてからウイルス解析を開始だ。栗林の防壁がスクランブラを解除するまでが山だぞ」

 

 富田と伊丹の顔の横へ、小さな窓枠のタイマーが出現する。栗林の電脳がスクランブラを破り、自身の電脳を焼き切るまでの時間である。

 

「このタイマーが我らがシンデレラの魔法が解けるタイムリミットだ。十二時になれば魔法と同時に脳味噌も溶ける。それが嫌なら全力でウィルスを解除するぞ」

「了解」

「カウントスリー合図で解除する。覚悟を決めろ!!」

 

 伊丹が栗林の電脳錠の解除へかかり始める。解除するまでは接続できず、アクセスルートも出てこない。解除した瞬間からが勝負の開始である。

 

「ダイブ開始までカウント3」

 

 

 

 

「2」

 

 

 

 

「1」

 

 

 

 

「Go!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の脳とは、ニューロンによって構成された閉鎖型のネットワークであり、それ単体で自己完結した世界を持つ。電脳は構成するマイクロマシンが、脳のニューロンにそって広げられることで存在するものだ。生身の脳に記録された情報をより電子的に把握できるよう整理し、同時に生身の脳と外部のインターネットをつなぐ役割も果たしているのである。

 栗林の電脳への入り口、電脳とインターネットを繋ぐゲートウェイを、伊丹達は突き進んでいた。

 電脳を構成する最も浅い領域に、隊長権限の電脳鍵で防壁をすり抜けて到達する。そこから深層へと続く防壁へと取り付くと、栗林の電脳内に浸食するウィルスの駆除を開始した。

 

「ちっ、汚染がゴーストラインから伸びてやがる。スタンドアロン型の潜伏式だ、水虫みたいに潜り込んでやがったな」

 

 伊丹達の認識する栗林の電脳ネットワークは、中心であるゴーストラインを起点に、データバスの網が包み込むように広がっている。ウィルスはその内部から足を伸ばし、その絡み付いたネットワークは生物のように蠕動していた。

 

「記憶領域にとりついて自己増殖を繰り返してますね、確かに真菌のような……。………あれ、隊長って全身義体……?」

 

 伊丹の喩えに引っ掛かりを感じた富田であったが、すぐにその考えを振り払って集中をし直す。すぐにスキャニングソフトを開き、既存のウィルスデータとの比較を開始した。 

 

「アクセス拒否、ここからモニター出来るのは侵食の状態までですね。野郎ゴーストラインで干渉を阻害してやがる」

「そのためのゴーストダイブだろ、元より想定の内さ」

 

 電脳にはゴーストラインと呼ばれる、他とは一線を隔す強力な防壁が存在する。記憶領域はこのゴーストラインの内側に存在し、どのような方法を使ったのかウィルスはその内側に巣食っているのだ。

 

(……すまん栗林、お前の大事な中に入るぞ)

 

 ここから先は伊丹の権限でも侵入することは出来ない、そしてウィルスはその中に潜んでいる。心の中で栗林に詫びを入れると、伊丹は借りていたサーバーリソースに一つの命令を出した。指令を受け、物理的には何キロも離れた、電子的には数秒も掛からない程度の位置から援護が叩き込まれる。

 無意味な情報の波、栗林の脳では処理できないほどの無数の屑データが一気に伊丹の目の前のゲートへと流し込まれる。その情報の中に紛れ、呑み込まれないように伊丹と富田はゲートへと近づいていった。

 

「……攻勢防壁無効化、…………その他の防壁も解錠完了、ゲート開放!!」

 

 意識を連結させ、深層ゲートから伸びるデータバスに入り込む。この先は栗林のゴーストへと続いているが、そのまま乗り込むにはまだ問題がある。

 

「富田、バスの信号ログを参照して枝の痕跡がないか調べろ!!ウィルスが記憶領域まで行ったなら、必ずアクセスした痕跡があるはずだ。その脆弱性をついて突破する」

「参照開始………………、ーーっ!!見つけました、これです!!」

 

 残された過去数十時間以上に渡る膨大なデータを信号ログのサンプルと照らし合わせ、不自然な挙動の痕跡を炙り出す。

 

「情報欺瞞によるアクセス………、潜伏型の自死プログラム……。クソッ、あのババァ!!」

「何か分かったんですか?」

「使われたウィルスは『oracle-23』、暗殺用の軍事ウィルスだ!!」

 

 そう断言した伊丹は、ゴーストライン直通のバスへ意識を乗せる。

 

「それって……」

「ああ、対象の記憶信号に欺瞞してゴーストラインを通過し、暗殺対象自らの電脳に自死を選択させるウィルスさ。富田が旅館で見た疑似体験もその欺瞞信号だ」

 

 ゴーストラインが隔てるゲートに取り付くと、伊丹は自身の周囲にプログラムを展開し始める。それらはゴーストラインにバスを伸ばすと、激しく明滅し始めた。

 

 

 

 

 

「…………仕方ねえ。後で殴られるから許せ、栗林!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは記憶だ。辺り一面が焼け野原、瓦礫と苦痛が広がり続ける。

 サラリーマンや着崩した若者で溢れかえっていた大通りには、今や物言わぬ人型の炭が転がるのみであった。

 地獄と化した東京、死と悲鳴の坩堝の中で、彼女は一人さ迷い続けていた。

 栗林詩乃は歩き続ける。ここが自分の記憶であるなど既に知っている。ただ、これが夢ならば『あの子』はまだ生きているはず。そんな願望に突き動かされて、彼女は瓦礫の中を歩き続けた。

 ここに意味などない、何をしたところで自分の夢の中だ。だが、そんなことはどうでもいい。アスファルトの捲れた交差点を渡り、炎熱地獄の中を進んでいく。

 ようやく辿り着いたそこは、閉ざされたシェルターの前であった。崩れた梁や壁の中に、所々人の手や足が見えた。シェルターに入ることも叶わず、そのまま瓦礫に押し潰されたのだろう。

 

「……」

 

 

 

 

 

 彼女は努力をしないものが嫌いだ。特に、手足があるのに怠ける者はもっと嫌いだ。

 

 

 

 

 

 コンクリートの破片が積み重なった山を履い上り、その場所へとたどり着く。鉄骨とパイプが前衛芸術のように付き刺さるそこは、彼女が戻りたいと願っていた場所であった。

 

「あ…………………………」

 

 目の前には一人の少女の姿がある。ひしゃげた鉄骨と瓦礫で四肢は潰れ、火で炙られた肌はもはや性別すらも分からない。だが、栗林には彼女が誰かはっきりと判別がついた。

 

「そっか……、そう……だよね」

 

 知っていることだ、分かっていることだ。自分はこの目で見ているのだ。あのときの彼女の姿を、病室でただ一人眠る彼女の姿を……。

 ここにはなにもない、意味などない。そんなことは、わかってるはずなのに……。

 

「こんなところにいたか、栗林」

 

 知った声が聞こえる、ここにいるはずのない男の声だ。振り向くこともなく、栗林は消えそうな、だが棘のある声で答えた。

 

「……何しに来たんですか、隊長」

 

 その男ーー伊丹は彼女の声に気にした様子もなく、いつものような軽く気だるげな様子で近づいてきた。

 

「何しにと聞かれりゃお前を迎えに。もう気がついてんだろ、ここに意味なんてない。さっさと戻るぞ」

 

 そうやって、彼女の意思などお構いなしに、その手をとろうとする。伊丹の左手が触れる寸前、栗林は思い切りその手を振り払った。

 

「……セクハラですよ、こういうの」

「ウィルスで電脳死直前のやつに、言われたくはないがな」

 

 栗林の物言いに、伊丹はいつものようにつかみどころの無い声で返す。対する栗林は、暗い表情のままだ。

 

「過去は変えられない、死人は返ってこない。どれだけ義体の技術が進んでも、魂は作り直せないんだよ」

「……………………………」

 

 二人が立つ世界、ウィルスによって作り出された疑似体験を眺めながら、伊丹は呆れたように呟く。そこにあるのは哀れみ、あるいは悲しみの表情であった。

 

「……記憶、すまんが見ちまった。殴るのは後でにでもしてくれ、余裕はない」

 

 伊丹は、振り払われた手を握りなおす。彼の中にある栗林の手は、まるで迷子の子供のように震えていた。伊丹の手を通じ、ワクチンソフトが流れ始める。しばらくすれば、この疑似体験も消え去るだろう。

 

「間違ってますか……、過去に拘ることが。見捨てたものを拾いたいと思うのは、間違ったことですか?」

「栗林、過去は過ぎ去るものだ。教訓は得るべきだ、だがな…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに、お前の護るものはない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラスの砕け散るような音とともに、炎熱地獄が砕け散っていく。後に残るのは、確かに存在する二つの意識だけ。それも肉体へと帰り、その場所にはもはや、何も残りはしなかった。




『Oracle-23』
電脳の自死を引き起こすウィルスプログラム。感染者のゴーストライン内へ、電脳用のナノマシン信号に偽装して侵入し、内部から制圧する手法をとる。現在では既に対策が進んでおり、有線以外での感染はほぼあり得ないものとなっている。






投稿見てもらったらわかるかもしれませんが、他に書きたいもの殴り書きしては捨てを繰り返していて、原稿が進みませんでした。投稿はしていませんが、両手数える位は没&お蔵入りを繰り返していてました。と、いうのが近況報告です。


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