真・恋姫†無双~北刀伝~ (NOマル)
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~管輅、天の予言をするのこと~

まずは序章、という風に書いてみました。

それでは、どうぞ!


【序章】

 

「はぁ…はぁ……!」

 

雷が轟き、豪雨が降り続ける。

酷い嵐の夜、暗い森の中を、黒い外套に身を包んだ女性が走っていた。雨露で体が濡れ、所々傷だらけで何かから逃げている様だ。胸元には、綺麗な鏡を両手で抱えていた。落とさぬよう、大事に持っている。

 

「何とか…逃げないと―――」

「見つけたよ」

「…っ!?」

 

懸命に走っている時に、横から声がした。突如、現れた黒マントの男。顔には、道士の紋章をした白と黒が混じった仮面を被っている。男はいきなり手から黒い棘を突き出し、女性に攻撃してきた。

 

「がはっ……!」

 

棘が女性の胴体を突き刺し、女性は鏡を抱えたまま、滑るように横向きに倒れた。致命傷を与えられた女性は痛みに耐え、顔を歪ませる。

 

「がっ、はぁ…はぁ……!」

「やっと追い付いたよ。あまり手間を掛けさせないでくれ………おや?」

 

男が話していると、その場に三人の男達が突然現れた。こちらも同様に黒のローブで身を包んでいる。どうやら、三人は黒マントの男の仲間の様だ。

 

「君たち、遅いよ?」

「すみません、この女にしてやられまして」

「フン!よくも邪魔を!」

「マッタクネ」

 

四人の男達は、女性を囲みながら言った。

 

(ここで、倒れる訳には……!)

 

歯を噛み締め、立ち上がろうとする。しかし激痛が走り、体が思うように動かない。刺された部分から血が溢れ出ており、外套が赤く滲んでいた。

 

「やれやれ…まあ、いいか。どう抗おうと僕たちの計画の邪魔はさせないよ?」

 

仮面の男は泥にまみれた地面を踏み、女性に近づく。右側の裾から鋭利な棘が突出。それを逆手に持ち替え、ゆっくりと振り上げた。

 

「じゃあね」

 

突き刺そうとしたその時、女性が持っていた鏡が輝きだし、光を放った。目を突き刺す様な目映さに、男達はたじろいでしまう。

 

「くっ!」

「こ、これは!?」

「なっ何を!?」

「ウ、ウゥ!」

「っ!今しかない!」

 

黒マントの男達が光に怯んでいる隙に、女性は鏡に手をかざした。すると、鏡は一瞬だけ輝きを増し、渦巻くように消えていった。

 

「なっ!?」

「き、貴様!!」

「はぁ…はぁ…こ、これで…私の役目は、終わった……」

 

未だにズキズキと痛む傷を押さえ、女性は立ち上がる。だが、膝は微かに震え、押さえている手の隙間から、鮮血が雨水と混じってポタポタと滴る。

 

「おのれ~!」

「オマエ、コロス!」

 

怒りに震える男達。攻撃しようとしたその時、女性の体が弱く光り出し、段々と薄れていく。

 

「……どうやら、ここまでのようですね。一つ、予言をしましょう」

「何?」

「予言、だと?」

「ええ、そうよ…」

 

息も絶え絶え、正に満身創痍の状態。女性は体が薄れてゆく中、静かにこう告げた。

 

「この世界に……一本の刀を、携え…光り輝く服を身につけた、天からの使者が降り立ち………邪悪なる野望を……打ち砕き………平和を、もたらす……」

 

黒マントの男達は無言で、口を挟む事なく耳を傾ける。

 

「あなた達の、思い通りなんかには……させない……!」

 

彼女を包む光が強くなっていき、体が更に薄れてゆく。

 

(私自身、どうなるか…分からない―――でも!)

 

女性は何かに抗うように、空を見上げた。フードの下から見える澄んだ瞳は、暗雲に強く向けられていた。

 

(お願い……この世界を、救って………)

 

一筋の涙が頬をつたい、女性は前向きに倒れる。

 

そして跡形もなく、光の粒子となって消滅した。

その場には、四人の黒マントの男達だけになった。

 

「くそッ!あの女、やりやがった!」

「せっかく苦労して手に入れた神器、“八之鏡(やたのかがみ)”を使われるとは……」

「ア~ア、ヤレチャッタネ~」

「どうする!?」

「…………」

「おい、なんか言えよ!葛玄!」

「ふむ……」

 

葛玄と呼ばれた男は腕を組み、何かを考えていた。こちらの問いに答えない彼に、業を煮やす青年。

 

「聞いてんのか!」

「まあまあ、少し落ち着いて下さい。左慈」

「于吉!てめぇは黙ってろ!」

「騒いでも仕方ありません。それにあんな予言ただの負け惜しみですよ。そんなことあるわけが――――」

「どうだろうね?」

「え?」

 

葛玄は女性が言い残した、あの予言について疑問を抱いていた。

 

(あの女が予言した天からの使者……もし本当にそうだとしたら……)

 

葛玄はそう考え終えると、口を開いた。

 

「本当かどうか分からない。けど、用心に越したことはない」

「では、どうするのですか?」

「我々の脅威になるものであれば、計画の妨げになる。現にもう我々に牙を向いているのもいるしね」

 

葛玄はそう言うと仮面を取った。黒フードを被っており、暗くて顔はよく見えないが、彼の顔には大きい×字の傷が深く刻み込まれていた。

 

「ああ、あの子ですか…」

 

于吉がそう言うと、葛玄は仮面を被り直した。

 

「別行動を取ろう。僕は引き続き“アレ”の監視を続ける。于吉は、例の書物の捜索を」

「分かりました」

「俺はどうすればいい?」

「左慈君は蟇蝦と共にこの場所へ向かってくれ」

 

葛玄は、左慈に一枚の古びた地図を渡した。

 

「ここは?」

「名を【桃花村】この村の太守の屋敷のどこかに“アレ”の欠片があるんだ。それを探して入手してきてほしい」

「確かなのか?」

「ああ、噂で耳にしたし、“アレ”がこの村のある方向を見つめてたからね」

 

葛玄がそう答えると、左慈は地図を懐に入れる。

 

「……分かった。行くぞ、蟇蝦!」

「アイヨー」

 

左慈と蟇蝦は一斉に飛び上がり、森の中へと去っていく。

 

「では、私も失礼します」

 

そう一礼すると、于吉は透ける様に消えた。

葛玄は三人が行動に移したのを確認し、

 

「―――管輅め…………」

 

恨み、苛立ち、或いは忌々しい程の憎悪を込めて呟き、渦巻くように姿を消した。

 




後の話も、多少の修正を加えてから、投稿致します。
これから、よろしくお願い致します。

それでは!


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~一刀、外史の世界へ行くのこと~

桃の花弁が、風に揺られて舞い上がる。

美しく咲き誇る木々を、外套を羽織った一人の旅人が歩いていた。手には、青龍を象った武器。【青龍偃月刀】を携えている。

 

「――――桃か……」

 

そう呟き、感傷に浸る。微笑んだ後、すぐに表情を引き締めた。

 

「そろそろ、出てきたらどうだ?」

 

その言葉を合図に、木々の陰から汚い笑みを浮かべた盗賊達が出てきた。四、五人程度の盗賊達の中から、頭らしき男が口を開いた。

 

「ここは俺たちの縄張りでな、通してほしかったら、金目のものを置いていきな」

 

剣先をこちらに向け、威嚇しながら追い剥ぎを行う。

 

「まったく、世も末だな……」

 

呆れながら、身に纏っていた外套のフードを外す。

長く艶やかな黒髪の、非常に整った顔立ちをした少女は、琥珀色の瞳で盗賊達を見据える。

 

「ん?アニキ。こいつ、もしかして【黒髪の山賊狩り】じゃ……」

「あん?なんだそりゃ?」

「知らねぇんですかぃ?あちこちの山で襲い掛かった山賊を返り討ちにしている黒髪の美しい武芸者がいるって。最近、(ちまた)じゃちょいと話題になってやす」

「ふん!だからってひびることはねぇ。ご自慢の黒髪、首ごと叩き斬って、兜の飾りにしてやるぜ!」

「やれやれ……」

 

またもや呆れた様にため息を吐く。その美しい武芸者は、外套を脱ぎ捨てた。

 

「我が名は関羽!乱世に乗じて無枯の民草を苦しめる悪党どもめ!これまでの悪業を地獄で詫びたくば、かかってこい!」

 

偃月刀を軽々と振り回し、盗賊達に刃を向ける。

 

関雲長、いざ参る―――

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

―――一方、時は二十一世紀。

 

昼下がりの快晴の下、一つの墓の前で手を合わせている一人の青年がいた。若干茶髪で、中々に整った顔立ちをしており、白い制服を着ている。

名を【北郷(ほんごう) 一刀(かずと)

聖フランチェスカ学園に通う高校二年生。今日は、一年前に亡くなった祖父の墓参りに来ていたのだ。

 

「久し振りだね。じいちゃん。」

 

一刀は墓に優しく手を添えた。

 

「じいちゃんが死んで、もう一年経つんだぜ?早いもんだよな~」

 

感慨深そうに言うと、表情が悲しみに染まった。

 

「やっぱ、一人ってのは辛いよ……」

 

小学生の時、両親を交通事故で早くに亡くした一刀は、父方の祖父に預けられた。

名を【北郷 斬刀(ざんと)

80代とは思えないほどの身体能力を持ち、若い頃は通称『心剣の斬刀』と呼ばれる程の剣の実力者である。

斬刀に引き取られた幼い一刀は、その祖父の剣を振るう姿に感動し、ある日突然―――

 

「おじいちゃん!僕を弟子にしてください!」

「……ほう?」

 

正座をして、『いきなり弟子にしてください』と言ってきた孫に、斬刀も正座をして一刀と向き合い、こう質問してきた。

 

「どうした?一刀。何故、弟子にしてほしいのじゃ?」

「僕…僕!強くなりたいんだ!」

「……何の為に?」

 

斬刀は睨み付ける様に聞いた。

それに臆することなく一刀は続けた。

 

「お父さんとお母さんは……僕を守って死んじゃった。だから!今度は僕が、お父さんとお母さんの様に、強くなって守りたいんだ!」

「何を守るのじゃ?」

「おじいちゃん!」

「…………はぁ?」

 

斬刀は似合わぬ声を出した。本来ならば、自分が守る側なのに、この幼い孫――自分が守るべき存在――が、自分を守りたいと言ってきたからである。

 

「何を言い出すかと思えば……はぁ」

「っ?」

 

かわいらしく首を傾ける孫。

 

「あのなぁ、ワシはお前に守られる程柔じゃないんじゃが―――」

「それでもだよ!」

 

斬刀は目を見張り、一刀はそのまま続けた。

 

「だって、おじいちゃんは、僕の…僕の“家族”なんだもん!」

「…………」

 

瞳を閉じ、斬刀は思い出していた。

 

息子夫婦が亡くなったと聞いた時、斬刀は悲しみに囚われていた。

 

『何が、心剣の斬刀だ!』

『何が人を守る剣だ!』

『儂は…儂は…何も守れていないではないか!』

 

斬刀は泣いた。道場の真ん中で膝をついて泣いていた。その時、背中に優しい衝撃が加わった。

背中を見ると、幼い孫が抱きついていた。離すまいと、ぎゅっと、顔を埋めながら。

その温もりに心癒される斬刀。肩を掴んでいる小さな手に、そっと手を添えた。

 

(ワシとしたことが、あのときから守られていたとはの)

 

フッと斬刀は笑い、真剣な面立ちになった。

 

「北郷 一刀よ」

「はいっ!」

「弟子になりたいのだな?」

「はいっ!」

「修行は厳しいぞ?それでもやる覚悟はあるか!?」

「はいっ!」

 

一刀も負けずに大声で返事をした。

 

「…………」

「…………」

 

二人は、睨み合っていた。猛者たる眼光を放つ斬刀と、幼いながらも真剣な眼差しで祖父を睨み返す一刀。

しばらく経ち、

 

「……フッ、良い瞳をしておるのぉ。」

「っ?」

「よかろう!弟子にしてやる!」

「っ!はいっ!」

 

こうして一刀は弟子入りし、10年間、斬刀の指導の下、厳しい修業に耐え続けてきた。

 

高校一年生の春、斬刀との最後の修行、真剣での一騎討ちを行い、そして…

 

「……一刀よ。」

「はいっ!」

「この10年間、よく頑張った」

「はいっ!」

「今ここに!北郷一刀よ!お前を免許皆伝とする!」

「はいっ!ありがとうございました!」

 

免許皆伝した一刀は、その実力を生かし、剣道部では、いや、その強さは遥かに越えており、全国で一位を取るほどとなった。

だからといって、一刀はその力を自慢する事なく、祖父に言ったように“守る”ために使うと決めていた。実は、剣術だけでなく“氣”も扱える様になっていた。

 

“氣”とは、人間の体内に流れる、生命エネルギー。

 

普通は何十年かかっても、会得出来ない者が多い。斬刀の場合は、10年かかった。

しかし、一刀の場合、それを5年で会得したのであった。斬刀曰く

「天性の才能かものぉ」と驚いていた。

 

凄まじい才能を開花させた一刀であった。

 

免許皆伝をもらった次の日、いつも通りの学校からの帰り道。

 

「ただいま~」

 

祖父からの声がなく、首を傾げる一刀。

 

「あれ、寝てんのかな?」

 

廊下を歩きながら、祖父を探す。しかし、どこにも見当たらない。

 

「じいちゃん?」

 

居間の襖を開け、中に入る。

そこには、愛する祖父が血を吐いて、倒れていた。

 

「じいちゃん!?」

 

すぐさま、斬刀は病院へ搬送された。病室では、斬刀が弱々しくベッドに横になっていた。顔色も悪く、瞳孔の動きも怪しい。

 

「…どうやら…年みたい…じゃ…のぅ…」

「じいちゃん!」

「死ぬ前に、お前を…免許皆伝できて…よかったわい…」

「死ぬなんていうなよ!」

 

一刀は、斬刀の手を強く握った。

 

「一刀よ…その力…必ず“守る”為に使え……!」

「そんな……じいちゃんを守れないのに、俺に守れるわけが――――」

「バカモノ……いずれ、お前にも…大切な人が…できる…筈じゃ…。その者を…お前が…守って…やるのじゃ……」

「俺…が……?」

「そう…それが…お前の…『剣』…じゃ」

 

今にも、命の灯火が消えかけている。だが、それでも祖父は孫の顔をしっかりと見据えていた。一刀も見つめ返し、決心した様に、顔を引き締める。

 

「――――うん、分かったよ……じいちゃん」

 

フッと斬刀は微笑み、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「免許皆伝と同時にじいちゃん渡されたこの木刀で、俺は大切なものを守ってみせる」

 

祖父の墓に拳を見せ、決意の証を見せる。

 

「見ててくれよ……師匠!」

 

墓参りを済ませ、家への帰り道を歩いていた。野道を歩いていると、不思議な感覚に見舞われる。

 

「っ!」

 

奇妙な『氣』を察知した一刀は身構えた。すると突如、目の前の空間が渦巻きだした。渦巻き状に捻じ曲がり、歪んでいく。

 

「な、なんだ!?」

 

徐々に渦巻きが消え、その中から綺麗な鏡が落ちた。

外装は古ぼけてはいるものの、鏡自体は美しい光沢を放っている。一刀の姿がくっきりと見える程に。

 

「なんだ、一体……?」

 

我に帰った一刀は、戸惑いながらも近づいていく。鏡を拾うと周りを見回した。

 

「あれは、なんだったんだ?それにこの鏡は一体――――」

『――――って………』

「えっ?」

 

突然、声が聞こえた。舞台女優並みの、澄んだ声音をしている。

辺りを見渡すも、人らしき気配は感じられない。しかも、その声はまだ続く。

 

『この世界を…救っ…て………』

「ど、どういう事――――」

 

すると、両手で持っていた鏡が、急に光り始めた。太陽が天高く昇っているのにも関わらず、太陽光さえも負かす程の光だった。

 

「な、なんだなんだ!?ひ、光り始めた……って、うわ!?」

 

その光は段々と強くなり、一刀を体ごと飲み込んでいく。一刀は目映さに耐えきれず、瞼を強く閉じた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

そして…………その場には誰もいなくなった。

 



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~一刀、軍神と出会うのこと~

森の中を一人の少女が歩いていた。長く艶やかな黒髪が、風に舞う。

名を関羽と言う。彼女はこの世を正す旅に出ている。先程、降りかかった賊の一味を撃退した所だ。

 

「はぁ……さっきの賊といい、この世はどうなっていくのだ………」

 

ため息をつきながら、一人歩く。

 

賊の増加、漢王朝の腐敗。この世は正に、乱世の時代と化していた。

今の現状に憂いの表情を浮かべる。

 

そんな時だった。突如、空が光り出した。

 

「っ!な、なんだあれは!?」

 

青空だけでなく、辺り一帯を覆い尽くす程の規模だ。天高く昇っている太陽が迫っているかの様に感じる。

突如として現れた光に怯んでいると、段々と光が弱まってゆき、いつの間にか消えていた。

 

「くっ、今のは何だったんだ……?」

 

奇怪な出来事に、未だ警戒を解かない関羽。

光があった所に目を向ける。そこには一人の青年が倒れていた。それに気づくと、関羽は急いで青年の元へと駆け寄った。

 

「おい!しっかりしろ!大丈夫か!?」

 

上半身を抱き起こし、肩を軽く揺する。関羽の声に反応したのか、青年は重い瞼を、ゆっくりと開けた。

 

「――――ん………ここは?」

「よかった、気がついたか。」

 

青年の意識が戻り、関羽は安堵の息を溢す。

 

「俺、どうなって……」

「目が覚めて何より。それにしても、一体なにがあったのだ?」

「何がって――――」

 

青年は、彼女を見るや否や、石のように硬直してしまった。 目を見開き、完全に停止している。怪訝に思い、関羽は声をかける。

 

「あの~、どうなさいましたか?」

「――――っ!あ、ああ、ごめんごめん!あまりにも綺麗な人だったから、その……見惚れてた」

「なっ!」

 

頬を仄かに赤くした青年がそう言うと、関羽の顔も、瞬く間に真っ赤になった。

普段、言われ慣れていない為、彼女は戸惑うばかりだ。

 

「なっ、ななな、何を言い出すのですか!?」

「えっ?」

「えっ?じゃなくっ!………はぁ~~」

 

キョトン、とした顔でこちらを見る青年。下心がまったくないのだろうか?そう思わせる程、あどけない表情だった。

 

埒が明かないと察し、関羽は顔を赤くしたまま、大きなため息をついた。

 

(どうしたんだろ……?)

 

青年は首を傾げた。

 

こちらは全く気づいていない様だ。

 

「そういえば、まだ自己紹介していなかったな」

「……まあ、そうでしたね。」

 

そういうと、二人はお互いに自己紹介を始めた。

 

「まずは私から――――我が名は関羽。字を雲長と申す。」

「へぇ~関羽さんか――――えっ?」

「えっ?」

 

関羽が自己紹介をし終えたら、青年は間の向けた声を出した。

それもその筈、聞いた事が有りすぎる名が、一刀の耳に入ったからだ。

 

「……えっと……関羽、さん?」

「はい」

「…………」

 

真顔で言われ、青年は戸惑う。何か間違った事でも言っただろうか?と言わんばかりに、首を傾げる関羽。

 

彼女が嘘を言っているようには見えなかった。青年は沈黙し、思考に走る。

 

(えっ?ちょっと待っ、え?関羽ってあの関羽?あの軍神の?あの美髭公で有名な?)

 

関羽 雲長

蜀の王、劉備玄徳と桃園の誓いを交わした、伝説の軍神。青龍偃月刀を手に、戦場にてその武勇を振るった。

 

その関羽と同じ名を言った美少女が、目の前にいる。何より、彼女が肩に背負っている得物。

博物館等でしか目にした事のない代物。青龍偃月刀そのものだった。何故だか、まるで別世界に来たかの様な感覚に陥ってしまった。

 

(………もしかして、タイムスリップ?いや、でも、そんな……)

 

青年は続けて考えた。

 

「何がどうなってるんだ?そもそも俺は、この鏡を拾って――――」

 

青年は、右手にある鏡を取り出す。一瞬、太陽の光に反射したと思えば、鏡に変化が生じる。瞬く間に塵と化し、空に舞うように、消えていった。

 

「消え、た…………?」

「如何なされた?」

「ああ、ごめんごめん!」

 

茫然と立ち尽くしていると、関羽に声をかけられる。何とか平常に保ち、青年も自己紹介を始めた。

 

「俺の名は北郷 一刀。助けてくれたみたいだね、ありがとう」

「北郷殿ですか。礼はいりません。私は当然の事をしたまでです」

 

二人が自己紹介を終えると、一刀が口を開いた。

 

「それでさ、関羽さんに頼みがあるんだけど……」

「何でしょう?」

「実は俺、ここら辺のことに関して何も知らなくてさ……。よかったらついていってもいいかな?」

 

一刀がそう頼むと関羽は、笑顔で答えた。山道に一人で取り残すのも酷か、と考え、関羽は同行を許可する。

 

「ええ、構いませんよ。近くに、村があるようですし、とりあえずはそこまで行ってみましょう」

「本当に!?ありがとう、関羽さん!」

「ええ。それから、私のことは関羽でいいですよ」

「そっか、じゃあ俺のことも一刀って呼んでくれ。関羽」

「わかりました。一刀殿」

 

こうして一刀は、関羽に同行する事となった。

 

 

 

二人は森を抜け、近くの村へ行くことにした。

 

歩いている最中も、辺りを見渡す。都会では見られない、自然に溢れた道。遠くから見える村も、時代の背景を語らせる造りであった。先程の鏡の事もあり、嫌でも、認識せざるを得なくなってしまった。

 

村までの一本道を歩いていると、その途中で一本の木を見つけた。その下には小さな石があり、花が供えてある。

 

「ん?これは、何だろう?」

 

一刀がそう言うと、村の方から籠を背負った一人の年老いたおばあさんがやって来た。おばあさんは一刀の問いに答える。

 

「最近は、この辺りまで賊が出るようになっての。身ぐるみ剥がされて殺されたものも何人もおってな。花はそん人らへのせめてものたむけじゃよ」

「そうだったのですか……」

「………」

 

関羽がそう言うと、一刀は黙って墓の前で手を合わせた。関羽も続いて合掌する。

 

「お役人様がしっかりしとったら、こんな物騒なことは起こらんかったろうに。いやな世の中になったもんだで……」

 

おばあさんはそう言い残して、通り過ぎていった。

関羽がおばあさんを見送っている中、一刀は両手を強く握りしめていた。

 

村に入り、二人は村の様子を見ていた。

村人達が数人歩いているが、どこか活気がない。

 

「こんな村の近くにまで賊が出没しているとは……」

「確かに、な」

「一体、この村はどうなって――――」

「ひぃ~!出た~!」

 

突然、どこからか悲鳴が聞こえた。関羽と一刀は、咄嗟に身構える。

 

「賊か!?」

「いや、待て。あれは……」

「「子供??」」

 

叫び声を聞き、前方を確認する。砂煙と共に数人程の子供たちが、こっちに走ってきた。

 

「どけどけぇー!鈴々山賊団のお通りなのだー!」

「「鈴々山賊団??」」

 

豚に跨がり、そう叫んだ親分らしき少女。赤毛で小さな虎の髪飾りをしており、活発な印象を与えると少女だ。

 

「うりゃりゃー!!」

「きゃあっ!!」

「おっと!!」

 

鈴々山賊団は猛スピードで二人の前を通り過ぎていった。勢いに負け、関羽は尻餅をついてしまい、一刀は後ろに飛んでかわした。

 

砂煙を立ち込めながら、鈴々山賊団は凄まじい速度で去っていった。

 

「まるで台風みたいな勢いだったな……」

「やれやれ、全くですね」

「あっ、関羽大丈夫、か――――」

「ありがとうございます、一刀殿――――」

 

一刀は関羽に手を貸そうとしていると、二人して硬直してしまった。なぜなら、尻餅をついてしまったせいで関羽のスカートがめくれてしまった。純白に染まったその布が、一刀の視界に写ってしまったのである。

 

「えっ…と………」

「っっっ!!」

 

関羽は急いでスカートを押さえ、同時に一刀をギロリ!と睨み付けていた。羞恥心で、顔は真っ赤に染まっている。

 

「………………………見ましたか?」

「い、いやいやいや!み、見てないよ!?」

 

関羽が睨み付けながら聞くと、一刀は慌てて否定した。下手な事は言えない。本能的に察する一刀。

 

「――――本当、ですね?」

「あ、ああ!関羽の可愛い白いパンツなんて見てな――――」

 

ジャキッ!と、偃月刀を携える関羽。切れ長の瞳が、更に鋭さを鋭さを増している。

 

「………………あっ」

 

余計なことを。

 

直ぐ様に弁解の言葉を模索するが、時既に遅し。ジリジリと、関羽は迫ってきている。

 

「……………………」

「あ、あははぁ~………」

 

関羽はさらに睨み付け、青龍偃月刀を一刀に向けた。

 

(ま、まずい…!絶対にまずい!このままじゃ天に召される!眼福です!とか言ってる場合じゃない!!…よしっ!こうなったら!)

 

考えた挙げ句、一刀がとった行動は以下の通り。

 

「ごめんなさあああああああい!!」

「待てええええええええええい!!」

 

偃月刀を携える軍神から全力疾走で逃走する一刀。先程の鈴々山賊団とは比にならない程の砂煙が村を包み込んでいった。

 

 

結局、村中を追いかけ回され、青龍の餌食となったのであった。



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~一刀と関羽、鈴々に会いに行くのこと~

 

軍神、関羽にボコボコにされた一刀はとにかく必死で謝り、なんとか許してもらった。

そうこうしている内に昼頃となり、二人は村の飲食店で食事を取ることにした。

 

「ははは!そりゃ災難だったねぇ~」

「ええ、まあ……」

「笑い事ではない」

 

話を聞いた女将は大きく笑い、一刀は苦笑いで答えた。関羽は尚も不機嫌のままだ。

 

「なんなんだ?あの悪ガキどもは。鈴々山賊団とか言っていたが……」

「名前通り、鈴々って子が大将の悪ガキ集団さ」

「へぇ~、あの赤毛の子が?」

 

大きな子豚に跨がっていた少女。赤毛という特徴が印象に残っていた為、一刀はそう推測する。

 

「まあ、やっていることは畑を荒らしたり、牛に悪戯をしたりってところかねぇ。そういやこの間、庄屋様の家の屏にばかでかい庄屋様の似顔絵を落描きしてたけど、ありゃ傑作だったねぇ~!」

 

女将はまた大きく笑った。

 

「それにしても、親はなにをしているのだ?山賊気取りの悪ガキを放っておくなんて」

「……あの子、親はいないんだよ。」

「えっ?」

 

関羽が驚くと、女将は途端に暗い表情になる。そして、呟く様に語り出した。

 

幼い頃、押し入ってきた賊の手により、両親を失った。その後、村の近くの山小屋に住んでいた母方のじいさんに引き取られたしかし、そのじいさんも亡くなって今は一人となってしまった――――。

 

「あの子だって根はいい子なんだよ?ただ、今はちょっと羽目をはずしているだけ。手下の子の親たちも大目に見てやってるのよ」

「そうだったのですか」

 

女将の話を聞き、そう答えた関羽の横で一刀は思った。

 

(両親が死んで、引き取ってくれたおじいさんも、か………。俺と一緒だな)

 

一刀は心中で、そう呟いた。自分も、大切なものを失う悲しみを味わった。心を紛らわせる為の悪戯なのだろう。

 

「あの~実は女将、折り入って頼みがあるのだが……」

「ん?頼み?なんだい?」

「えぇ~~と~」

(まさか、関羽……)

 

会計の時間となった途端、言いにくそうにする関羽。それを見た一刀は、嫌~~~な予感を感じ取ったのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

村の近くの裏山。その山小屋に、鈴々山賊団はいた。全員、その小屋を住処としており、さっき取った卵をゆで玉子にして食べている所だ。

 

「今日も大成功!!そういやこの間、庄屋の家の屏に描いた絵、消されちゃってたな」

「傑作だったのに、もったいないよねぇ~」

「だよねぇ~」

「な~に、今度はもっとすごいのを描いてやるからいいのだー!」

 

鈴々は立ち上がり、そう宣言した。

 

「さすがオヤビン!」

「鈴々山賊団サイコー!!」

 

子供たちは一斉にそう叫んだ。そんな中、外はもう夕方。空が橙色に染まっている。

 

「あ、そろそろ帰る?」

「うん」

「……あ…」

 

子供たちの一人がそういうと鈴々の表情が一瞬暗くなった。他の子も続く。

 

「じゃあ、あたしも」

「俺も」

「アタイも、と」

 

子供たちは、家へ帰る為に全員外へ出た。

 

「オヤビン、じゃあね~!」

「またね~!」

「うん、また明日~!みんなで山賊するのだ~♪」

 

子供たちは、全員村へ帰っていき、鈴々も小屋へ戻っていった。

 

しかし――――その表情は先程までの明るい面影はない。暗く、悲しい色に染まっていた。

 

「……明日になれば…また…みんなに…会えるのだ」

 

 

 

 

明日になれば……また――――

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

一方、一刀と関羽はというと……。

 

「はぁ~……あの女将、人使い荒いな」

「はは、まあ一宿一飯の恩義ってことで」

 

関羽がそういうと、一刀も答えた。まさかの路銀を持っていない、という有り様。無論、一刀も持っている訳もなく、結果、住み込みで働いて返すという事に。

今夜も女将に頼み込み、泊まらせてもらっている。

 

「でもまあ、いつもの野宿に比べれば、天国だな」

「そっか。じゃあ、早めに寝るか」

 

石造りの小屋。地面の上に敷かれている幾つもの藁。

一刀はそう言うと、藁の上に寝転がる。

 

「それじゃ関羽、おやすみ」

「ああ。おやすみ、一刀殿」

 

一刀は横になり、眠りに落ちる。関羽も横になる。そしてふと思った。赤毛の少女、鈴々の事を。

 

「賊に家族を…か…」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「――――愛紗!起きろ、愛紗!!」

 

青年がそう呼ぶと、少女は目を覚ました。

 

「ん…兄者、どうしたのですか?」

 

少女が眠そうな目を擦りながら聞く。対して青年は、鬼気迫る面持ちで妹に語りかける。

 

「戦だ!村が襲われた!」

「えっ……!?」

「今すぐ寝台の下に隠れるんだ!」

「う、うん!」

 

少女は兄に言われ、急いで寝台の下に隠れた。

 

「目を瞑って、じっとしていろ。絶対に声を出すんじゃないぞ!」

 

青年はそう言い残し、出ていった。

 

「金目のものを奪えっ!!」

「ぎゃああっ!!」

 

外からは、恐ろしい声や喧騒の音が聞こえてくる。少女は恐怖に怯えながら、じっとしていた。心の中で兄の無事を祈って……。

 

(兄者…兄者…兄者………!)

「ぐはっ!」

 

突然のことにびっくりして、少女は思わず目を開けた。

 

 

そこには、変わり果てた兄の姿があった……。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「――――っ!?はあ……はあ………夢か」

 

関羽は、目を覚ました。悪夢を見てしまい、額が汗で濡れている。

 

「はぁ、嫌な夢を見たな…」

 

気怠そうに関羽はそう呟くと、一刀の方を見た。こちらはまだ夢の中に旅立ったままだ。

 

「まだ寝てるか……」

 

初めて出会った、自分と同年代と思われる青年。何の素材で出来ているか分からない、白い制服。何処かの貴族だろうか?そう思ったが、話しかける雰囲気や、立ち振舞い等は、庶民とほぼ変わらない。素性が未だ分からずにいる。

 

「――――こういうところも、あるんだな」

 

年相応の精悍な面持ち。しかし、寝顔は何処か幼い子供の様に見える。面と向かって言うのは失礼かもしれないが――――“可愛い”。そう思ってしまった。

 

「――――そ、そろそろ起こさないとな」

 

関羽は、赤くなった顔を左右に振った後、一刀を起こそうと、肩を揺する。

 

「一刀殿、起きてください。一刀殿」

「うぅ~~ん……」

「中々、手強いな」

 

声をかけても、肩を揺らしても、起きない一刀。眉を細めながら、関羽は苦戦していた。

 

「一刀殿、起きてくだ――――」

「うぅ~~ん、あと五分」

「え?あっ――――」

 

関羽がもう一度起こそうとすると、寝ぼけた一刀は関羽の腕を引っ張り、引き寄せた。そのまま関羽を抱き枕のように抱き締めている。

 

「ちょ、一刀殿!?」

「うぅ~~ん、柔らかい枕だぁ~♪」

 

関羽は抜けようとするが、物凄い力で抱きついていたので、中々抜けなかった。

抱き心地がいいのか、寝顔は実に恍惚としていた。

 

「い、いい加減にしろっ!!」

「いってぇえええ!?」

 

関羽は、なんとか右手を抜き出し、一刀の頭に拳骨をお見舞いした。あまりの痛さに、一刀も目を覚ました。

 

「な……なんだ~?」

「ふん!」

「っ?」

 

一刀は頭を押さえながら、起き上がった。関羽は胸を押さえながら、背を向けている。その表情は赤く染まり、目尻には涙が溜まっていた。

対する一刀は、何が起きたのか、全く分からずにいた。

 

 

 

 

場所は変わり、厨房。女将に頼まれ、関羽はまな板の上で、包丁を振るう。

 

「はっ!」

 

関羽は、大根を空中へ投げ、包丁で切りつける。その軌跡を辿るように、大根は切り分けられた。

横で見ていた女将は、目を見開く。

 

「大したもんだねぇ~………。けど、もう少し普通に切れないのかい?」

 

女将がそう聞くと、関羽は恥ずかしそうに頬をかく。

 

「ちゃんとした料理はあまりやったことがないので、つい……」

「まあ、いいさ。それにしてもこっちの子は中々のもんだねぇ~」

 

女将はそういいながら、一刀の方へ目を移した。

輪切り、半月切り、賽の目切り。人参と玉ねぎ等の野菜を切っていく。切った野菜も、形が整っている。

 

「そうですか?まあ、師匠に言われて、教わったもので」

「はっはっは!謙遜しちゃって~。顔も良いし、性格もいいときた。こんな旦那を持って幸せだねぇ~あんた」

「えぇ!?」

 

急に女将にそう言われ、関羽は顔を瞬く間に真っ赤にする。一刀も驚き、思わず手を止めてしまう。

 

「ま、待ってください!一刀殿とは、そういう関係じゃ……」

「そうなのかい?あたしはてっきり……」

「ち、違います!」

(うっ!堂々と言われるときついなぁ~……)

 

しかし、関羽の言葉も本当だ。自分と彼女は、そういう関係ではない。

分かってはいるが、少し傷付いてしまう。

 

「ははは!わかったわかった。じゃあ、それがすんだら薪割りと店の掃除、ついでに納屋の片付けも頼もうか♪」

「えっ?あの、ちょっと…」

「急いでおくれよ?」

 

関羽の言葉も届かず、女将はそう頼むと厨房から出ていった。数々の注文を突き付けられ、関羽は肩を下ろす。

 

「うぅ、本当に人使い荒くないか?」

「まあまあ、俺も手伝うからさ。」

 

関羽が言うと、一刀は優しく答えた。

 

女将の注文を済ませる為、二人は藁を背負いながら一緒に村を歩いていた。

 

「え~っと、後は納屋の片付けか」

「ああ、後はもうそれだけ――――ん?」

 

関羽は話すのを止め、屋敷の前に人混みができているのを見た。

塀のある屋敷で、その中庭。二人の中年男性の前に、数人の兵士が列を組んで並んでいる。

 

「いいですか!?相手は子供とはいえ、手のつけられない暴れもの!油断は禁物ですぞ!?」

 

役人らしい男性が、数人の兵士らしき人達に叫んでいた。

何があったのか?一刀は人混みの中の一人に問いかける。

 

「何か、あったんたんですか?」

「なんでも、今からお役人に鈴々を捕まえてもらうんですって」

「役人にって子供相手に大袈裟な……」

「庄屋様、こないだの落描きが相当頭に来なさったらしくて。今回ばかりは、堪忍袋の尾が切れたんだって」

「ったく、大の大人が何ムキになってんだよ」

 

少し苛立ちながら、一刀はそう言う。もう一人の村人が怯える様に呟く。

 

「しかし、お役人も本物の山賊には怖くて手を出さん癖に、こんなときだけ……」

「捕まったら、どうなるじゃろう?」

「殺したりはしないと思うが、ムチで叩かれるのはあるかものぅ。あぁ、おそろしや……」

 

その言葉を聞いた途端、一刀は迷わずに足を進める。それに驚く関羽だったが、彼女も一刀と共に役人の前へと向かう。

 

「庄屋殿、お話の途中で申し訳ない」

「ん?なんだ、お前は?」

 

庄屋が怪訝そうに聞くと、関羽は答えた。

 

「私は旅の武芸者で、名は関羽。こちらは一緒に旅をしている、北郷殿だ」

「……どうも」

「聞くと、鈴々なるものは、大人も手を焼く暴れ者とか。ここは一つ、私達に任せてはもらえないでしょうか?」

「あんたらが?本当にやれるのか?」

「ええ。所詮、相手は只の子供。本物の山賊に比べれば、かわいいものです」

 

関羽がそういうと、役人が何かを思い出したのか、思わず声を上げる。

 

「もしや、おまえが噂の黒髪の山賊狩りか!?」

「あんたが、あの!?」

「いや、自分から称しているわけではないが……」

 

関羽が照れ臭そうにしていると、役人達は、何やらがっかりしたような様子を見せた。

 

「黒髪のきれいな絶世の美女だと聞いたが……」

「噂はあてにならんな」

 

それぞれ文句を言っていた。

 

「そ、それは、どういう意味かな?」

 

関羽は、この態度にイラッときていた。

役人達の落胆した様子を見て、一刀も若干、憤りを感じていた。

 

(関羽は充分、綺麗だと思うけどな……。ていうか、こいつら女の子に対してそんな態度はないだろ)

 

庄屋たちに対し、心中で文句を言う一刀。

 

「まあ、あんたは腕が立つと思うが、そっちの男はちょっとな――――」

「ご心配なく」

 

庄屋が話している最中に一刀が口を開いた。

 

その瞬間、その場にいた誰もが硬直した。庄屋と役人、そして数人の兵士達が、身動きを取れずにいた。全員、顔が青ざめ、大量の汗をかいている。

 

一人の武人でもある関羽。彼女もまた、冷や汗を――役人達程ではないが――かいている。

綺麗な表情が、驚愕に染まっていた。

 

「俺も、一応腕はそれなりにあるつもりです。なので、ご心配なく――――」

 

庄屋と役人の目前まで行き、一刀は満面の笑顔で、庄屋たちに凄まじい“氣”を乗せながら答えた。

 

「わ、わかったわかった!じゃ、じゃあ、頼んだぞ!?」

「う、うううむ!!し、しっかりな!?」

 

庄屋達は、得体の知れない恐怖に怯みながら、辛うじて答えた。早く去って欲しい、というのが見て分かる。失礼します、と一礼した後、一刀は関羽の元へと戻る。

その際、兵士達が避けるように道を開ける。

 

関羽もまた、動かないままであった。

 

(この凄まじい氣。一刀殿、あなたは一体?)

「よしっ!それじゃ行こうか!関羽!」

「っ!そ、そうだな……」

 

一刀が言うと、関羽も慌てて後を追う。

優しい笑顔を見せられ、緊張と警戒が和らいだ。対して、役人達は尚も、怯えたままであった。

 

 

そして二人は、鈴々山賊団のいる山へと向かったのだった。

 

 



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~一刀と関羽、張飛と契りを交わすのこと~

結構早く済むかな……と思っていた自分が馬鹿でした。

それでは、どうぞ!



一刀と関羽の二人は、鈴々に会いに行くために山道を進んでいく。すると前方に、見上げる程に高い杉の木が見えた。

 

「え~っと、これが一本杉か?」

「ああ。左へ入れば、後は道通りと言っていた」

 

左の道を行き、先へと進む。

その最中、関羽は一人、先程の一刀について思う所があった。

 

(それにしても、さっきの一刀殿の氣……凄まじいものだったな)

 

役人達に向けた、あの気迫。素人でも肌に感じ、戦慄する程のものであった。関羽も最初は一刀の事を、ちょっとは腕の立つ者だと思っていた。だが、これほどとは思っていなかったようだ。

 

(一体、何者なんだろうか?)

「――――関羽?」

「な、なんでしょう!?」

 

不意に一刀が話し掛けてきた為、関羽は慌てて対応する。

 

「どうかしたの?」

「い、いや……何でもない」

「ならいいけど……?」

 

一刀は首を傾げながら言った。あどけない子供の様な表情。それを目にし、関羽は肩の力を抜いた。

 

(まあ、無駄なことは考えないでおくか……)

 

この青年、どこか天然の気があるのだろうか?関羽はそう思い、諦めた様に一息つく。

 

すると突然、木の上から石が飛来した。二人は咄嗟に反応し、一刀は木刀、関羽は偃月刀で防いだ。

 

「っと、危ない、危ない」

「くっ!何奴!?」

 

関羽はそう叫びながら石が飛んできた方向を見る。木の上に男の子が石を抱えながら、座っていた。

 

「こっからは鈴々山賊団の縄張りだ!役人の手先はとっとと帰れ!!」

 

そう叫びながら、男の子は更に石を投げつける。無造作にこちらへと投げつけられ、一刀と関羽はそれを防いでいく。

 

「うおっと!あ、あぶねっ!」

「こ、こらっ!やめんか!当たったら危ないだろ!?」

「この!この!絶対、おやびんを捕まえさせたりしないからな!!」

 

聞く耳を持たず、男の子は構わずに投げ続ける。このままでは、埒が明かない。

 

「えぇい!面倒くさい!!」

 

業を煮やした関羽は、男の子のいる木に向かっていく。体勢を低くしながら、青龍偃月刀を振り抜いた。一筋の軌跡が描かれ、大木は切り落とされた。

 

「う、うわぁ!?」

「危ない!」

 

木刀を腰にしまい、一刀は落ちてきた男の子を両手で受け止めた。少年に怪我は見当たらず、一刀は安堵する。

 

「ふぃ~、ギリギリセーフだな」

「うぅ、助かっ――――」

「それはどうかな~?」

 

声のする方を見る。そこには関羽が仁王立ちしていた。その時の顔は一刀曰く、

 

(悪い顔だ……)

 

……らしい。

 

「ふん!」

「ギャアアア~~!!」

 

男の子に制裁を下し、悲鳴が森一帯に響き渡った。

 

お仕置きをした後、二人は先を進んでいく。

 

「大人げないなぁ~」

「うっ!そ、それは……」

 

一刀に言われ、ばつが悪いのか、関羽は顔を反らす。小さくなっていると、草むらから、またまた手下らしき子供たちが出てきた。

 

「やぁ~いチンチクリン頭~♪」

「ブ男~♪」

(あ~……なんか傷付くな……)

 

子供とはいえ、こうして正面から言われると、精神的に刺さる物がある。子供たちにボロクソ言われ、心にグサッ!と刺さる一刀であった。

 

「ブス~♪」

「年増~♪」

「なっ!誰が年増だ!」

 

子供たちに失礼なことを言われ、子供たちに近づいて行く関羽。だが、あることに気がつき、足を止めた。

そう、関羽の目の前。分かりやすそうに、大量の落ち葉が敷かれていたのだ。完全に落とし穴だと思うくらいに。

 

「なるほど、落とし穴か。子供にしては知恵を絞った方だと褒めてやるが――――ふん!」

 

関羽は鼻で笑い、葉のあるところを飛び越えた。

 

「そんな手にかかる関雲長ではない!」

(待てよ……このパターンは!)

 

勝ち誇った顔をする関羽。しかし、一刀は慌てて呼び止める。

 

「さあ、観念――――」

「関羽!そこはダメだ!」

「え?」

 

子供たちはニヤリ、と笑みを浮かべた。

 

実は、葉が置かれた場所はダミー。その後ろに本当の落とし穴を仕掛けていたのだ。

その仕掛けに関羽はまんまと引っ掛かり、落ちていった。

 

「わーい、落ちた落ちた♪」

「バッカで~い」

「引っ掛かってやんの♪」

「やんの♪」

 

子供たちは、大成功と大喜び。

一刀は顔を手で覆いながら、落とし穴の方に向かう。

 

「あちゃ~やられたか……」

 

穴の前まで来ると、関羽を助けようと、手を伸ばした。

 

「ほらっ関羽。大丈――――」

「こら~~!!」

「うお!?」

 

関羽はものすごい勢いで穴から飛び上がり、子供たち全員にお仕置き――雑巾しぼりや万力など――をした。子供たちは全員、涙目で怯えている。

 

「おいおい、子供相手にムキにならなくても――――」

「――――何か?」

「何でもございません、はい」

 

ギロリッ!と関羽に睨まれ、一刀は小さくなった。刃物の様に鋭く、一瞬で閉口する。

 

「お、おやびんは、お前らなんかに負けないからな!!」

 

手下の一人である子供が、負けじと睨みながら叫ぶ。

 

「わかったわかった。鈴々のことは悪いようにはしないから、お前たちは村に帰れ」

「……ほ、ほんとか?」

「おやびんを役人に渡したりしない?」

「しない?」

 

子供たちは、窺うように、そう聞いてきた。一刀は腰を落とし、微笑みながら答えた。

 

「もちろん、約束するよ。だから、安心してくれ」

 

一刀は子供たちの頭を撫でながら言った。嘘偽りない、穏やかな笑顔。本能的に察したのか、迷いの表情を見せる子供達。顔を見合せ、相談した。

 

「……ねぇ、帰ろ?」

「……うん、そうすっか

「帰ろ帰ろ♪」

 

この人達は、オヤビンに酷いことはしない。そう信じる事に決めた子供達は、全員、村の方へ帰っていった。

そして帰り際、

 

「ブ~ス!デ~ブ!チンチクリン!年増!お前らなんか、おやびんにやられちゃえ~~!」

「ちゃえ~♪」

 

子供たちは最後にそう言い残すと、一目散に村の方へと走っていった。

 

「「…………」」

 

二人はお互い無言であった。

 

 

 

口々に罵られた後、二人は疲れた様に、ため息をついた。

 

「ははは、散々と言われちゃったな~……」

「まったく、これだから子供は――――」

 

そこまで言うと、急に二人は黙りこんだ。

目的地にようやく着いたのだ。

見上げると、山小屋の上に、鈴々と思わしき、赤毛の女の子がいた。先に関羽が口を開く。

 

「お主が鈴々だな?」

 

確認を確認を取ると、女の子は急に怒りだした。

 

「鈴々は、“真名(まな)”なのだ!真名は親しいもの同士が呼び合うものだから、お前に呼ばれる筋合いはないのだ!」

(真名、か……何だろう?風習みたいなものかな?)

 

聞き慣れない言葉に疑問を抱いていると、関羽は続けて答える。

 

「成程、では改めて聞こう。お主、名はなんという?」

「我が名は張飛!字は翼徳!寝た子も泣き出す、鈴々山賊団のおやびんなのだ!」

 

鈴々こと【張飛 翼徳】。その名を聞いた途端、一刀は驚きを隠せずにいた。

 

(今度はあの、張翼徳!?マジかよ……もう何が何だか……)

 

燕人張飛。

その武力は、義兄である関羽に匹敵するとも言われ、有名である長板の戦いでは、たった一人で曹操軍の侵攻を食い止めた程。

 

「お主の手下は、村に追い返したぞ?」

「鈴々の友達に何をしたのだ!?」

「なに、ちょっとしたお仕置きを、な」

(う~ん、なんか誤解招きそうな言い方だなぁ~)

 

こちらが悪役に捉えられるかもしれない。関羽の言葉に怒りを感じたのか、張飛は得物である陀矛を担ぐ。

 

「おのれ~!仲間の仇!十倍返しなのだ~!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺達の話を聞いて――――」

「どうやら、口でいっても聞いてはもらえぬようだ。一刀殿、下がっていてくれ。ここは私がやる」

 

関羽と張飛。二人は互いに引く事はなさそうだ。これを見て、話し合いは無理と見る。仕方ない、と一刀は大人しく下がった。

 

「ならば、体で分からせてやるまでだ。来い!!」

「どりゃ~~!!!」

「はぁあああ!!!」

 

関羽と張飛は同時に走りだした。

上段、横払いなど、お互いの武器をぶつけあう二人。偃月刀と陀矛から、金属音が響き、火花が飛び散る。

 

「うりゃりゃっ!!」

「くっ!!」

 

大きく振りかぶり、関羽目掛けて振り抜く張飛。

その小さい体からは想像できないほどの力強い一撃を関羽は何とか受け止めた。勢いは殺せず、後方に吹き飛ばされてしまう。

 

(くっ、重い!力押しでは不利か!)

 

関羽はそう考え、今度は上から思い切り降り下ろした。

 

「でやああっ!」

「くっ!!」

 

張飛はそれを陀矛で受け止めた。

それから、二人は尚も武をぶつけ合う。

 

(二人とも、凄い勢いだ……。流石、関雲長と張翼徳だな)

 

歴史上で語り継がれた二人の武人による決闘。やや興奮気味で観戦しており、一刀は二人から目を離せずにいた。

 

「なかなかしぶといな!」

「そっちこそなのだ!でも、鈴々の本気はまだこんなものじゃないのだ!」

 

 

二人は、戦いを続けていく。

 

 

 

 

 

――――それから何時間も時が過ぎていき、辺りはもう夜になっていた。二人はまだ戦い続けており、一刀も二人の行く末を見届けていた。

 

張飛の一撃を、関羽は偃月刀を背中に構え、防いだ。

二人とも呼吸が荒く、長きに渡る戦いで疲労も溜まっていた。

 

「く、ぬぬぬ!」

「――――惜しいな」

「っ、何がなのだ?」

 

鍔迫り合いをしていると、唐突に関羽が口を開いた。張飛は思わず目を開く。

 

「これほどの強さを持ちながら、やっていることといえば、山賊ごっことはな……」

「余計なお世話なのだ!!」

 

張飛が怒りながら言うと、関羽は構わずに続ける。

 

「張飛よ、幼い頃に両親を殺されたそうだな……」

「そ、それがどうしたのだ!?」

 

張飛が言うと、関羽は立ち上がる。武器を握りしめ、答えた。

 

「私も、幼い頃に家族を失った……」

「っ!?」

「…………」

 

突然の発言に張飛は驚き、一刀は無言だった。

実は、関羽と一緒に納屋に泊まった夜、悪夢に魘されている彼女の声を聞いてしまった。

この戦乱の時代、家族と生き別れ、死に別れる者が多い。彼女もまた、その1人なのだろう。耐え難い、とても辛い思いをしたのか、と感じていた。

 

「村が戦に巻き込まれ、父も、母も、そして兄者も……!」

 

関羽は痛みに耐えるかのように、武器を握りしめた。

 

「そして、私は誓ったのだ!こんな悲しみは繰り返したくない、二度とこんなことが起きない世を目指そうと!」

「そ、それが鈴々となんの関係があるのだ!?」

「お主は、変えたいと思わぬか?戦に巻き込まれ、賊に襲われ、罪もない人々が傷つけられていくこんな世の中を!」

「関羽……」

「そ、そんなのわからないのだ!」

 

張飛は急に走り出し、武器をぶつけてくる。関羽は偃月刀でそれを防いだ。

 

「ただ……ただ……鈴々はずっと、ずっと寂しくて!!でも、でも、どうしていいか分かんなくて!!それで!それで!」

 

ただ、がむしゃらに武器をぶつけてくる張飛。まるで、泣きじゃくる駄々っ子の様だった。見ているこちらも、心が痛む。

 

「しまった!!」

「それで…それで!」

 

重い一撃を何度も食らい、手が痺れてしまい、武器を弾き飛ばされた関羽。張飛は勢いのあまり、武器をそのまま降り下ろしてしまう。

 

「くっ!」

 

張飛は全く気づいておらず、関羽に武器が迫る。しかし、横から誰かが間に入り、その一撃を受け止めた。

 

「もう、そこまでにしよう」

「っ!?」

「か、一刀殿!?」

 

一刀は木刀を構え、陀矛を防いでいた。

突然の事に、関羽と張飛は驚きで目を見開く。

 

「張飛、もうやめよう?これ以上戦う必要はない」

「う、うるさいうるさいうるさいうるさ~い!!」

「一刀殿!?」

 

反抗し、張飛はやけくそに陀矛を振るう。一刀は冷静に捉え、体を反らしてかわす。

 

「っ!!」

 

一瞬の隙を突き、一刀は木刀を下から上へと振り抜いた。金属音を立てながら、陀矛は弾かれ、地面に突き刺さる。

 

「……あ……う…」

 

武器を失い、両手ががら空きになった張飛。一刀は木刀を片手に近づいていく。

 

「っ!!」

 

目前にまで迫り、張飛は怯えながら思わず目を瞑った。

 

「…………っ?」

 

恐る恐る、瞼を開く。痛みはない。その代わり、心が安らぐ温もりに包まれていた。

一刀は黙ったまま、張飛を抱き締めている。張飛の方は、何が起きたのか分からず、混乱していた。

 

「今まで、辛かったんだよな?もう我慢しなくてもいい。泣きたいなら泣きなよ……ね?」

「うっ……うわあああああああ!!」

 

一刀は微笑みながら、張飛の頭を撫でる。その言葉に、我慢できなくなったのか、張飛は胸元に顔を埋め、思い切り泣き出した。今まで溜め込んでいたものを、全て吐き出す様に。

 

関羽も横で茫然としていたが、二人の様子を見て、安堵の息を吐いた。そして……優しく微笑んだ。

 

 

 

 

それから数分経ち、

 

「好きにしろって、それはどういう……?」

 

関羽がそう聞くと、張飛は恥ずかしそうに答えた。

 

「勝負の途中で泣いちゃったから、さっきのは鈴々の負けなのだ。だから、勝った方は、負けた方を好きにしていいのだ!」

「と、言われてもなぁ~~」

「っ?」

 

張飛が首を傾げると、一刀は困った様に頭をかいていた。

 

「俺達は、君が村のみんなに会いに行って、今までしてきた事をちゃんと謝って、許してもらおうって考えてたんだ。だから、そうしてくれないかな?」

 

一刀が笑顔で答えると、キョトンとしていた張飛も、笑顔で答えた。

 

「うん!」

「よしっ!謝るときは、俺達もついていってやるから、な?」

「ええ。では明朝、村の入り口で待ち合わせとしよう。ではな」

「あっ………」

 

一刀と関羽はその場を後にする。すると張飛は慌てた様に、言い出した。

 

「よ、夜の道は、危ないのだ!だから、今夜は家に泊まっていけばいいのだ!」

「それくらい大丈夫だ。では――――」

「いや、そうさせてもらおう」

「か、一刀殿?」

 

突然の誘いに乗る一刀に、関羽は戸惑う。

 

「もう暗くなってるし、道中に何が起こるか分からない。だから、今日はここで泊めてもらおうぜ?」

「それは、そうですが……」

「そう言わずにさ……一緒にいてあげよう?」

「えっ?あっ………」

 

小声で話す一刀の言葉に、ようやく気づいた関羽。張飛に視線を移す。行かないで……と言っているような感じで、涙目の張飛がいた。

意図を察し、関羽は改まった様に、咳をする。

 

「いや、やっぱり気が変わった!それでは、一晩泊まらせてもらおうか」

「ああ、そうしよう」

「う、うん!」

 

喜びを露にし、張飛は笑顔で頷いた。二人は、結局泊めてもらうことになり、関羽は先に風呂に浸かっていた。

 

「はぁ、なんか妙なことになったな」

 

頭に手拭いを巻き、湯船に浸かる。豊満な二つの球体に、スラリとした腰回り。現代でいうモデルの様な体型だ。女性特有の、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。正に理想のスタイルをしている。

風呂の温度で、白い肌が少し火照っている。

 

疲れを癒していると、関羽はふと、一刀のことを思い浮かべた。

 

「あんな殿方も、いるんだな……」

 

この乱世の時代、男は皆、獣に成り果てた者ばかりだと思っていた。しかし、彼の存在によって、その考えが少しだけ改まった。賊に落ちた者だけでなく、彼の様に心優しい男性もいるんだな、と。

張飛に向けたあの優しい笑顔。それを思い出して、関羽は思わず顔を赤らめた。

 

「わ、私は何を思って……」

 

口元を沈め、ブクブクと泡立てる。体が更に火照ってしまった様に感じる。

 

「湯加減はどうなのだ?」

「っ!あ、ああ、ちょうどよい湯加減だ……」

 

扉越しに張飛が声をかけてきた。関羽は、慌てて返事をする。

 

「じゃあ、鈴々も入るのだ~~♪」

「えっ?」

「とっつげき~!!」

「きゃあっ!」

 

扉を開け、一糸を纏わぬ姿になった張飛は、勢い良く湯船に飛び込んだ。水飛沫が飛び散り、関羽は思わず立ち上がる。

 

「こら!いきなり飛び込むんじゃない!」

「うにゅ…」

 

関羽が怒ると、張飛は体をすくめた。すると、“ある部分”を凝視し始めた。

 

「ん?どうした?」

「おっぱい、大きいのだ………」

「なっ!?」

 

突然そう言われ、関羽は胸の部分を隠しながら、顔を赤くする。興味津々と言った感じで、張飛は聞いてくる。

 

「どうしたら、そんなにバインバインになるのだ?」

「どうしたらって……そうだ!」

 

純粋無垢な瞳で質問され、解答に困ってしまう。難儀に思っていると、何かを閃いたのか、答えを告げる。

 

「志だ!胸に大志を抱いておけば、その分だけ大きくなる………………筈」

「ホントに!?ホントにそれで大きくなるのか!?」

「まあ、そういう説もあったり、なかったり…………」

「よぉ~っし!」

 

説得力がなく、曖昧に答える関羽。その言葉を信じたらしく、張飛は決意した。

 

「だったら、鈴々も大志を抱くのだ!」

「…………そうだな、そうするといい。大志を抱くことは、悪いことではないからな」

 

何はともあれ、関羽は笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

二人の後、一刀も風呂から上がり、張飛は布団の用意をしていた。

 

「ふにゃ、やっぱり鈴々のじゃ小っちゃかったのだ」

 

関羽は、張飛の寝巻きを着用している。サイズ的には小さく、特に胸の部分が大きく目立っていた。汚れのない素足も晒されている。

 

(普段もいいけど……なんか、こういう所も魅力的だな)

「一刀殿、どうしました?」

「い、いや、何でもないよ!?」

「そう、ですか?」

 

思春期真っ盛りの青年である一刀。寝巻き姿に思わず見惚れてしまった。突然、話し掛けられ、慌てて返事をする。

顔を反らした一刀に、首を傾げる関羽。

「それにしてもすまぬな。寝床まで貸してもらって」

「いいのだ。勝負に負けたのだから、一晩一緒に寝るくらい、しょうがないのだ」

「…………なんか、誤解を招きそうな表現だな」

「確かに……」

 

関羽がいるからまだしも、もし一刀と二人きりであったら、確実にお縄につかれるだろう。

 

「それじゃ、俺はあっちで――――」

「一緒に寝るのだ!」

「……えっ!?」

 

部屋の隅へと移動しようとすると、張飛は服の裾を掴んできた。まさかの添い寝の誘いに、一刀は慌て出す。

 

「いや、でも……」

「うっ……ダメ、なのか?」

「うっ!」

 

張飛は涙目でこちらを見上げている。幼いが、顔立ちが整っている張飛。涙目に加えての上目遣い。破壊力は凄まじいの一言だ。

 

「……どうしよう、関羽」

「しょうがないですからね。私はいいですよ?」

 

関羽に視線を向けると、彼女は快く承諾してくれた。それに安堵すると、一刀は張飛の、赤毛を優しく撫でる。張飛は心地よさそうに身を委ねている。

 

「じゃあ、一緒に寝るか?」

「うん!」

 

三人は一緒に布団に入り、張飛を真ん中にして、川の字になるように寝転んだ。

 

「ごめんな、狭いだろ?」

「そんなことないのだ。それに、こんな風に誰かと一緒に寝るのはスゴく、久しぶりで……全然、嫌じゃなくて……。その、なんか……父様と母様と、一緒みたいで……」

 

布団で顔を隠し、恥ずかしながら言うと、急に関羽が喋り出した。

 

「ば、ばかいえ!一刀殿とは、そ、そういう関係ではないし!私はお主のような娘がいる歳ではない!せいぜい、姉といったところだ」

「……姉?」

 

張飛はキョトンとし、そう呟いた。

 

「それ以前に、私は“子供ができるような事”はまだ一度も……」

「えっ?」

「っ!わ、忘れて下さい!!」

「ちょ、待っ、言い出したのはそっちだろ!?」

 

まさかの発言に、思わず反応してしまった一刀。

関羽は顔を赤らめながら、枕で叩いてきた。一刀も枕を手に取り、盾にして防いでいる。

突然、張飛は二人の間に入る。

 

「姉だったら、お姉ちゃんならいいのか!?」

 

枕を持ちながら、呆然としながら二人は手を止めた。

 

「ま、まあ、それならいいが……」

「だったら、今日から関羽は鈴々のお姉ちゃんなのだ!」

「ええっ!?」

 

張飛は関羽に抱きつき、嬉しそうに答えた。関羽の方は思わず慌て出す。

 

「い、いや待て!姉でいいと言ったのは、そういう意味ではなくて――――」

「ダメ、なのか……?」

「うっ!」

 

張飛は、不安気味に、涙目で尋ねてきた。これには、関羽もたじろいでしまう。

 

「駄目、ではないが……」

「わぁ~~い、鈴々にお姉ちゃんができたのだ~♪」

 

喜びを体現しながら、張飛は関羽に抱きついた。慌てる関羽に対し、一刀は笑みを浮かべながら眺めていた。

 

「よかったな、張飛」

「お兄ちゃん!」

「……えっ?」

「お兄ちゃんも鈴々のお兄ちゃんになってくれる?」

 

今度は一刀に顔を向ける張飛。どこか期待している様にも見える。

予想だにしない言葉に、一刀は戸惑ってしまう。

 

「……俺も、いいのか?」

「うん!」

 

純真な笑顔。見ているだけで、こちらも笑みをこぼしてしまう。

最愛の祖父を亡くし、天涯孤独の身となってしまった。そんな自分に差し伸べられた、優しい手。断る理由などない。

一刀は決意をし、張飛の頭に手を乗せる。

 

「……分かった。俺は今日から、君の兄になってやる」

「わぁ~い、お兄ちゃんもできたのだ~♪」

 

歓喜のあまり、張飛は一刀と関羽に抱きついた。

 

「こ、こら。私はまだ認めたわけでは――――」

「これで、これで夜も寂しくないのだ……」

 

張飛は、二人に抱きつきながらそう呟いた。穏やかな顔を見て、一刀と関羽は、お互いに見合い、微笑んだ。

 

「………分かった。お主の姉になってやろう」

「うん!ずっと一緒なのだ!」

 

張飛は笑顔で頷いた。すると、関羽は急に真剣な顔になった。

 

「ならば、私たちと共に世の中を変えるための旅にでてくれるか?」

「世の中を、変えるため………?」

「もっとも、実際はどうすれば世の中を変えられるかを探す旅、といったところなんだが――――」

「いいじゃないか」

 

関羽が話していると、一刀も参加してきた。こちらも、真剣な面持ちをしている。

 

「何もしないより、ずっといいさ。まずは行動あるのみってね。困難な事があっても、探せば答えはきっと見つかるはずさ」

 

自分なりの言葉を見つけ、そう答える一刀。そして、張飛と向き合う。

 

「さて、どうする張飛?俺達と一緒に来るか?」

「当然なのだ!」

「よしっ!」

 

答えは決まっていたらしく、張飛は勢い良く頷いた。一刀と関羽は優しく微笑む。

それから三人は、一緒に眠りについた。

窓から月光に照らされ、その様子は、まるで本当の親子の様だった……。

 

 

 

 

 

 

翌朝、約束通り一刀達は、張飛を連れ、一緒に村のみんなに謝りに行った。きちんと許してもらい、村のみんなに旅の出発を見送ってもらった。

 

村から遠ざかり、道を歩く三人。

 

「よかったな張飛。村のみんなも快く見送ってくれて」

「うむ、これもお前がきちんと謝ったからだぞ?」

「う、うん……」

 

二人が話している中、張飛の顔はなぜか浮かない表情をしていた。

 

「どうした?もう村が恋しくなったのか?」

「そ、そうじゃないのだ。ただ、山賊団のみんなが見送りに来てくれなかったのが……」

「張飛……」

 

悲しそうに俯く張飛に、関羽は何も言えなかった。

 

「きっと、鈴々がいいオヤビンじゃなかったから……だからみんな――――」

「そんなことないぞ、張飛」

「えっ……?」

「ほら、見てごらん?」

 

一刀は山小屋のある方を指差した。視線を向けると、そこには見覚えのある子供達がいた。

 

「おぉ~い!オヤビ~~ン!」

「武者修行して強くなってね~!」

「なってね~!」

「みんな、オヤビンが帰ってくるの待ってるから~~!」

「オヤビ~~ン!」

 

大きく手を振り、大声で張飛を見送ってくれていた。中には、泣き出す子供もいる。

 

「ほら、ちゃんと来てくれただろ?じゃあ、こっちも笑顔で答えないとな」

「うん……!」

 

手の甲で涙を拭き、張飛は子供たちの方を向いて、明るい笑顔で答えた。

 

「みんな~!行ってくるのだ~!!」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

【紀元二世紀も末の頃。この世は、乱れに乱れておりました】

 

【そんな中、力を蓄え、密かに野心を研ぎ澄ます者、己の力を試さんと文武に励む者、守るべき者のために戦おうとする者】

 

【――――そして復讐を果たす為、闇を生きようとする者】

 

【様々な思いを胸に抱く者達があやなす運命の糸が絡み、結ばれる……】

 

 

北郷一刀、関羽雲長、張飛翼徳の三人は綺麗に咲き誇る桃の木々の下を歩いていた。花弁が風に舞い、美しいの一言に尽きる。

日本にある桜の様だ、と、一刀も風流を感じていた。

 

「そろそろ、外套もいらぬな」

「もう、春なのだ~♪」

「そうだな――――」

 

――――ッ!!

 

何者かの視線を感じ、一刀は咄嗟に後ろを振り向いた。

しかし、そこには誰もいない。

 

(なんだ、今のは……?)

「一刀殿?どうしましたか?」

「お兄ちゃん?」

 

関羽と張飛が不思議そうに見ている。

我に帰り、一刀は二人に笑顔で答えた。

 

「いや、何でもない。さあ、行こうぜ!」

「はい!」

「おうなのだ!」

 

三人は歩き出した。

 

果てしない旅が、始まった。

 

 

 

 

そして――――

 

「………………」

 

一本の桃の木の後ろに、一人の人物がいた。悟られぬ様、その姿を隠している。視線の先には、一刀達がいた。

青系統を基調とした忍装束を身に纏い、フードを顔が隠れる位に深く被っている。

 

その奥から見える金色の双桙が、三人の後ろ姿を捉えていた………。

 

 

 

 

【世紀末に舞う、無双の姫達の行く末をとくとご覧あれ!!】

 

 

 

 




修正するにあたって、自分の文章を改めて拝見しました。いや~……素人丸出しの駄文でめっちゃ恥ずかしかったです。しかも、結構時間がかかってしまいました。

不定期になりますが、これからもよろしくお願い致します。

それでは!


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~張飛、趙雲と手合わせするのこと~

村に別れを告げ、張飛を仲間に加えた一刀と関羽。三人は森を抜け、一本道を歩いていた。そんな中、張飛は何故だか難しい顔をしていた。

 

「どうした?張飛。お腹でも痛いのか?」

「おかしいのだ!」

 

関羽が心配そうに聞くと、張飛は不満そうに叫んだ。

 

「おかしいって、なにがだ?張飛――――」

「そこなのだ!」

「はぁ?」

 

関羽が張飛の名を呼ぶと、そこを指摘する張飛。

 

「関羽は鈴々と姉妹の契りを交わしたのに、どうして鈴々の事、“鈴々”って真名で呼んでくれないのだ?親しい者同士は真名で呼び合うのが普通なのに、おかしいのだ!」

「確かにそうだが、知り合ってまだ間もないし……」

(なるほど、それでか。それにしても……)

 

今まで疑問に思っていた事もあり、一刀は漸く口を開いた。

 

「あのさ、さっきから真名真名って言ってるけど……そもそも真名って何なの?」

「真名を知らないのですか!?」

 

そう聞くと、関羽は驚きを露にする。張飛も呆気にとられている。彼女達にとっては常識に等しい事の様だ。

 

驚きながらも、関羽は一刀に説明した。

 

真名というものは真実の名。親から頂いた神聖なもので、親しい者や自分が認めた相手にしか教えてはいけない。

 

「仮に真名を知っていても、その人の許可もなく口にすれば、首をはねられても文句は言えません」

(そんな大事なものだったんだ……)

関羽がそう説明すると、一刀は心の中で驚いた。それから、軽々しく口にしない事を心に誓った。

 

「それなのに鈴々は関羽の事、真名で呼びたいのに教えてくれないし…」

 

子供のように拗ね始める張飛。すると関羽は微笑みながら、妹と向き合った。

 

「わかったわかった……。私の名は関羽、字は雲長、真名を“愛紗(あいしゃ)”という。お主には、私の事を真名で呼んでもらいたい。これでいいな?――――“鈴々(りんりん)”」

「っ……うん!」

 

微笑みながらそう言うと、満足した様に、張飛は笑顔で返事をした。

 

(“真名”か……。こうして見てると、スゴく大切なものなんだって分かる気がするな……)

「お兄ちゃん!お兄ちゃんも鈴々の事、鈴々って呼んでくれる?」

 

改めて実感していると、いつの間にか近くにいた張飛が、こちらを見上げていた。

突然、真名で呼んで欲しい、というお願いをされ、対応できずにいた。

 

「え?でも俺は、真名を持ってないんだけど……」

「それでもいいのだ!お兄ちゃんには鈴々って呼んでほしいのだ!」

 

満面の笑顔で答える張飛。

目にするだけで癒される。確かに、自分には真名と呼ばれる物――恐らく、“一刀”がそれに当てはまるかもしれないが――はない。しかし、こうして大切な真名を口にする事を、可愛い妹は許してくれている。

無論、これも断る理由はない。

 

「……うん、わかった。ありがとう“鈴々”」

「にゃはは~♪ 」

 

感謝も込めて、鈴々の頭を撫でる。鈴々はくすぐったそうに、首をすくめていた。

 

「一刀殿、私もあなたに真名を預けます」

「関羽も……いいのか?」

「ええ。鈴々も預けた訳ですし。何より、あなたにも、私の事を真名で呼んでもらいたい」

「……ありがとう。じゃあ、改めてよろしくな!“愛紗”!“鈴々”」

「ええ」

「おうなのだ!」

 

こうして一刀は二人から真名を授かり、三人は絆を深めた。

 

 

 

それからしばらく歩くと、とある町に辿り着いた。そして、門番らしき二人の男性に、呼び止められた。

 

「ちょっと待て」

「何か?」

「違っていたらすまぬが……。お主、最近噂の黒髪の山賊狩りではないか?」

 

門番が訪ねると、愛紗は照れ臭そうに頬をかく。

 

「いや、まあ、そう呼ぶものもいるようですが、自分から名乗っているわけでは……」

「よかった。近くの村に現れたと聞き、それらしき武人を見かけたら声をかけていたのですが、“黒髪の絶世の美女”との事だったので危うく見過ごすところでした」

「うっ!そ、そうですか」

 

門番の何気ない言葉。それが心にグサッ!と刺さる愛紗であった。確かに自分から言っている訳ではないが、こうして言われると、どこか思う所もあるのだろう。

 

「そうと分かれば早速、我らの主に知らせねば。しばらくここでお待ちを」

 

門番はそう言うと、町の方へと走っていった。

 

「愛紗は綺麗で有名なのだ」

「ああ、黒髪がな……」

「う~ん……俺は、それだけじゃないと思うんだけどな」

 

えっ?と、愛紗は一刀の方を向く。

 

「俺からすれば、愛紗は充分美人に見えるけどね」

「っ!あ、ありがとうございます……」

「にゃはは、顔真っ赤なのだ♪」

「う、うるさい」

 

鈴々に言われ、顔を更に紅潮させる愛紗。本音を言ったまでであり、一刀は平然としていた。とはいえ、面と向かって言うのはやはり恥ずかしかったのか。少し赤くなった頬をかいていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

それから門番が戻ってきて、この町の太守の屋敷に案内された。

 

屋敷の庭園に設けられた、中国式のテラス。整備された木々や、澄んだ池を眺めながら、一刀達は椅子に腰かけて待機していた。

 

しばらくすると、二人の女性が入ってきた。

 

一人は、鈴々の髪よりちょっと濃い赤毛で、ポニーテールに纏めている女性。

もう一人は水色の髪をしており、蝶をモチーフにした様な袖が大きい、丈の短い白の着物を着ている女性。切れ長のやや紅い瞳で、冷静さを印象づける美しい顔立ちだ。

 

「いや、待たせてすまない。我が名は公孫賛(こうそんさん)、字は伯圭(はくけい)。太守としてこの辺りを治めている。こちらはお主と同じ旅の武芸者で――――」

「我が名は趙雲(ちょううん)、字は子龍(しりゅう)。お初にお目にかかる」

(この人があの趙子龍か……。あの、劉備の妻子を救ったっていう……)

 

またもや有名な武将との出会いを果たし、一刀は心中で驚いていた。

そんな一刀の思いを露知らず、公孫賛は話を続ける。

 

「趙雲殿には客将として、私の元に留まってもらっている」

「お招きに預かり光栄です。私の名は関羽、字は雲長。それでこちらは」

「初めまして。俺は北郷一刀と申します」

「鈴々なのだ~♪」

「こ、こら!真名ではなくちゃんと名乗って挨拶を――――」

「関羽殿」

 

いきなり真名を口にする鈴々。一刀は思わず苦笑し、愛紗は注意する。すると、急に趙雲が会話に入ってきた。

 

「旦那殿との間に、ずいぶん大きなお子様をお持ちですな」

「なっ!」

「へっ?」

 

突如として投げ掛けられた発言に、愛紗は顔を真っ赤にした。耳にしてしまった一刀も、間の抜けた声を漏らしてしまう。

 

「ち、違います!一刀殿とは、そういう関係ではないし!鈴々も私の娘ではなくて……。ふ、二人とは、き、兄姉妹の契りを交わした仲でして」

「ほう、ではどちらが攻めで、どちらが受けですかな?」

「「えっ!?」」

 

続けて言われた発言に、関羽と一刀は同時に声を上げる。そんな二人とは相対して、鈴々は腕を組みながら唸っていた。

 

「う~ん、どちらかと言うと鈴々が攻めなのだ」

「おいおい、何言ってんだ鈴々!?」

「こ、こら!よく意味も分からんくせに適当な返事をするな!」

「じゃあ、どういう意味なのだ?」

「「そ、それは……」」

 

純粋な心で投げ掛けた質問に、何も言えない一刀と愛紗。解答にただただ困るばかりであった。

クールな印象があった趙雲。意外にも茶目っ気がある人物の様だ。会話を終わらせる為、公孫賛は躊躇い気味に声をかける。

 

「ま、まあ、そういう話は後でしてもらうとして……。実はお主達に折り入って頼みがあるのだが」

「私達に?」

 

公孫賛は顔を引き締め、語り始める。

 

「辺境の小領主ではあるが、この公孫賛、今の世を憂いる気持ちは人一倍あるつもりだ」

「…………」

「冀州の袁紹、江東の孫策。都で最近、頭角を現してきた曹操と、天下に志を抱く者は皆、優れた人材を求めているとか。漢王室の権威既になく、乱れに乱れた世を正す為、お主達の力を是非私に!」

 

思いの丈をぶつけ、力説する公孫賛。

彼女の言うとおり、今は正に“群雄割拠”の時代。熾烈な覇権争いが絶えず行われている。

沈黙していた趙雲も、会話に加わってきた。

 

「公孫賛殿。お話の途中で申し訳ないが、それは少し早計(そうけい)ではありませぬかな?」

「と、言うと?」

「黒髪の山賊狩りの事は、私も旅の最中に風の噂で耳にしました。だが噂とは得てして尾ひれが付きがちなもの。ここは一つ、関羽殿の実力を見極めてからお決めになっても遅くないのでは?」

「ふむ、なるほど……」

 

まずは細部まで見通し、真意を確かめてから決心した方がいい。冷静な判断力を備えている様だ。趙雲の助言に、公孫賛は納得したように頷く。そしてまた、趙雲は提案をする。

 

「差し支えなければ、私がその役をお引き受けしますが?」

「おお、そうか!いかがかな、関羽殿?」

「いや、しかし私は――――」

「臆されましたかな?」

「っ!」

 

試す様に、愛紗に向かって、挑発する。愛紗も一人の武人。武を志す者として、相応の誇りは持っている。一刀は無言で見定めていた。すると、先に口を開く鈴々。

 

「そんなわけないのだ!」

「こ、こら鈴々!」

 

反論するように叫ぶ鈴々を愛紗は止めようとする。しかし、尚も止まらない。

 

「愛紗はす~っごく強いのだ!だからお前なんかにぜ~ったい負けたりしないのだ!お前なんか、愛紗の出る幕はないのだ!鈴々がちょちょいのぷ~で、コテンパンにしてやるのだ!」

「ほう、随分な自信だな?それでは一つ、その自信とやらを見せてもらおうか」

「望むところなのだ!」

「「はぁ~」」

 

あろうことか、鈴々が趙雲の挑発にまんまと引っ掛かってしまった。上手い事、誘導された事に、当の本人は気づく様子もない。保護者二人は、同時に溜め息をついた。

 

 

 

早速、模擬戦へと取りかかる。

鈴々と趙雲は、それぞれ武器を手に、屋敷の広場にて対峙する。鈴々は蛇矛を構え、趙雲も紅い刃が特徴的な直槍【龍牙(りゅうが)】を構えている。

 

二人は武器を構えたまま、相手の出方を待つ。そして――――

 

「――――始めっ!」

「うりゃりゃ~!!」

 

公孫賛の開始の合図。それと共に、鈴々は駆け出し、陀矛を降り下ろした。

趙雲はそれを真正面から受け止め、その際に重い金属音が鳴る。

 

「ほう……」

 

押し返さず、そのまま受けきる趙雲。力む様子はなく、それ所か感心している様にも見える。

 

「うりゃ~!!」

 

鈴々は続けて攻撃を繰り出した。しかし趙雲は一歩、また一歩と横向きにかわしていく。

宙を舞う蝶、或いは青空に漂う雲の様。両者共、容易に掴むという事は出来ない。それと同じように、鈴々は未だに趙雲に攻撃を当てる事が出来ずにいた。

 

一刀と愛紗は、二人の戦いを、じっと見守っていた。思うようにいかず、鈴々に苛立ちが募る。

 

「ヒラヒラ逃げてばかりなのだ!」

「どうした?もう終わりか?」

「まだまだなのだ――――」

「そこまでだ!鈴々!」

「愛紗!?」

 

急に戦いの制止を呼び掛ける愛紗。訳が分からず、鈴々は声を上げる。

 

「何で止めるのだ愛紗!鈴々はまだやれるのだ!」

「わかっている。ただ、私も趙雲殿と戦いたくなったのだ」

「……なるほどね」

 

関羽の言葉に、一刀はどこか納得した様であった。認めてはいないものの、鈴々は渋々、愛紗と交代した。

 

偃月刀を携え、趙雲と対峙する。

 

「それでは、はじめっ!」

 

開始とほぼ同時。愛紗の体に、すさまじい氣が流れていた。武に携わっていない者には、一切目にする事が出来ないとされる“氣”。彼女の体を、オーラが包み込んでいる様に見える。

 

(すごいな……こんな大きな氣を出せるなんて)

 

彼女が身に纏う氣を目にし、一刀は感嘆する。例え得たとしても、体の一部分に集中させるのがやっとの事。それを全身を包み込む程にまで発生させている。

軍神の名は、伊達ではない。

 

「…………」

 

すると突然、趙雲が武器を下ろした。意図が見えず、ついこちらも武器を下ろしてしまった。

 

「本当に強い相手なら、戦わずとも分かるもの。関羽殿の力とくと見ました」

(さすがは趙子龍。只者じゃないな)

 

観察眼も優れている様だ。愛紗の力量を見極めた彼女に、一刀は心中で感嘆する。それに、と、趙雲は唐突に、一刀の方を向く。

 

「北郷殿。そなたも、なかなかの手練れと見える」

「俺?……いや、俺はそんなに強くはない。せいぜい剣を振るう位さ」

「ふふ、ご謙遜を。まあ、そういう事にしておきましょう」

 

頬をかきながら否定する一刀。強さを悟られない為、という考えもあるかもしれない。しかし一刀の場合、本心からそう思っているのだ。

驕らない、見下さない、油断しない。

祖父からの教えもあるが、彼自身も謙虚な性格をしている。

 

そんな彼の性格を何となく感じ取ったのか、趙雲は微笑んだ。嫌な気はしない。むしろ好印象が大きい。

 

しかし……。

 

(強さは関羽殿と互角……いやそれ以上か。私でも勝てるかどうか……)

 

逆に、得体が知れない。故に、不思議な感覚に見舞われる。

 

趙雲は、心の中でそう感じ取るのであった。

 

 



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~一刀と関羽、趙雲と死地へ赴くのこと~

腕を組み、拗ねている一人の子供がいた。

 

「むぅ〜……」

 

趙雲との手合わせを終えた後、鈴々は頬を膨らませながらそっぽを向いていた。

不機嫌丸出しというのが、目に見えて分かる。

 

「どうした?鈴々。そんな膨れっ面をして」

「さっきのだと、まるで鈴々が弱いみたいな言い方だったのだ」

不機嫌そうに言うと、一刀が優しく話しかける。

 

「確かに、鈴々は強い。でもね?その力をどう上手く使いこなせるか。そこの問題なんだよ」

「う〜ん、ムズカシイのはよくわかんないのだ」

「まあ、ね。でも、その内分かってくるさ。俺も手伝うしね」

 

微笑みながら鈴々を頭を撫でる。にゃはは♪と擽ったそうにしており、すっかり機嫌が良くなった。

 

「ほう、北郷殿もそう思いましたか。やはり、あなたは中々の人物と見る」

「いえいえ。俺なんか、趙雲さんに比べたら、全然大した事ないよ」

「ふっ、本当に謙虚な御人ですな」

 

笑みを込めて言うと、今度は公孫賛が口を開いた。

 

「うむ、互いに認め合った所でなんだが……」

「どうされましたか?」

 

愛紗が聞くと、公孫賛は言いにくそうに話し始めた。

 

「いや、恥ずかしながら山賊退治に手こずっていてな。奴等の出没している範囲から考えると“赤銅山(しゃくどうざん)”の山中にあるのは確かなのだが、それらしき砦が見つけられず討伐隊を出すこともできんのだ」

「そこで一計を案じてみようかと」

「一計、というと?」

「うむ。隊商を装ってその荷物の中に隠れ、それを賊にわざと盗ませる。つまりは賊自ら道案内をさせるということだ」

「なるほどな」

「それはいい案だ」

 

一刀と愛紗は、趙雲の案じた策に賛成の意を見せる。対して、公孫賛は反対意見を出した。

 

「し、しかしだな、賊のアジトに単身乗り込むなど危険すぎるぞ」

「“虎穴に入らずんば虎子を得ず”。多少の危険は伴うものです。どうだろう、北郷殿、関羽殿、一緒にいきますかな?」

 

二人の様子を窺う趙雲。一刀と愛紗は、一度だけ顔を見合わせ、趙雲の方を向いた。

 

「ああ、私も協力しよう」

「俺もついていくよ。女の子二人だけに任しておくわけには行かないからな」

 

男として、女性二人にだけ任せてはおけない。一刀は真剣な表情で答えた。

 

「…………」

「ん?どうかした?」

「いや、なんでも……」

「……っ?」

 

無言になった趙雲に声をかけると、彼女は不意に顔を反らした。怪訝に思いながらも、全員は趙雲の顔を見ることは出来なかった。彼女の頬が、ちょっとだけ赤く染まっていた所もだ。

 

「じゃあ、鈴々も行くの――――」

「お主は駄目だ」

「何でなのだ!?」

 

即刻、断られる鈴々。文句を述べると、落ち着きを取り戻した趙雲は冷静に答えた。

 

「よいか?荷物の中に隠れ、賊のアジトまでいくということはな、どんな時でも息を殺してじっとしておかなければならないのだぞ?お主の様に根が騒がしい者には無理だ」

「そ、そんなことないのだ~!!鈴々はやればできる子なのだ~!!」

「り、鈴々。それじゃあ全然説得力がないぞ……」

 

大声で叫びながら、反論する鈴々。至近距離で耳にしてしまい、思わず塞いでしまう。これだけ騒がれたら、余計に連れていけなくなってしまう。

一刀が苦笑いで言うと趙雲は笑みを浮かべた。

 

「ほう?じゃあ試してみるか?」

「望むところなのだ!」

 

すると鈴々は、台の上で腕を組み、胡座をかいて座った。その顔はどこか得意気で、自信がある様だ。

 

「何にもしゃべらなきゃいいのだから、簡単なのだ」

 

 

〜十秒経過〜

 

 

 

「うぅ……」

 

 

 

〜三十秒経過〜

 

 

 

「うぅ〜〜…」

 

 

 

〜一分経過〜

 

 

 

「うぅ〜〜〜――――ぱぎゃあ!」

「り、鈴々!?」

「あちゃ~、駄目だったか」

 

ついに鈴々は限界突破してしまった。頭からは湯気が出ており、熱暴走を起こしてしまった機械の様だ。関羽は慌てて側に駆け寄り、一刀と公孫賛は苦笑いを浮かべている。焚き付けた趙雲はというと、何事もなかったかの様にお茶を啜っていた。

 

結局、趙雲、関羽、一刀の三名で行くことになった。

 

 

 

 

それから場所を、町の外。森の出入り口付近に移した三人。

 

「これか……」

「うむ、この中に入る」

 

用意された棺の様な木箱。一人ならまだしも、三人が入るには少し窮屈な大きさだった。

 

「う〜ん、これだとよっぽどくっついて入らないと………」

「一刀殿?分かってはいるでしょうが、もしも何か変なことを考えたその時は……」

「い、いやいやいや!そ、そそそんなことはしないって!?」

「……なら、いいです」

念を押し、関羽は瞳を鋭くし、睨み付ける。心臓を打ち抜かれる程の眼光。睥睨の視線が収まったのを確認し、一刀は安堵の息をつく。

 

「えっと、趙雲さんもごめんな……。男と一緒は嫌だろ?」

「案ずるな。例え間違いがあったとしても、むしろ大歓迎だ♪」

「そっか。それじゃ……………ってえっ!?」

「なっ!」

「ふふっ」

 

まさかの発言に、同時に顔を赤らめる二人であった。

 

 

 

 

 

 

赤銅山の山中、少数人の隊商が進んでいた。その荷車に乗っている荷物の一つである大きな箱。その中に、三人は入っていた。

 

暗がりの中、一刀は微動だにせず、じっとしていた。右側には愛紗、左側に趙雲が横になっている。

 

ゆらゆらと荷車が揺れ、彼女達の柔らかな肢体が触れ合ってしまう。女性特有の膨らみも腕に当たっており、甘い香りが鼻孔を擽る。

 

そんな状況の中で、一刀は必死に理性を保っていた。

 

「うぅ……」

「しっ、静かに。いつ賊が攻めてくるやも知れんのだぞ?」

「い、いや……そ、そうなんだけど、さ……。趙雲さんの、その………」

「私の胸が、何か?」

小悪魔のような笑みを浮かべる趙雲。抱きつく力を強め、中々に育った胸を更に押し付ける。あろうことか足まで絡めてきた。思わず体を震わせてしまう。

 

「あ、あの、趙雲さん!?そ、それは」

「ふふっ……何なら、もっと“イイコト”をしませんかな?」

「いっ!?」

 

耳元で不意にささやかれ、体が強ばる一刀。全身を電流が迸った様な感覚だ。なんとか逃げようと、体を捩らせる。

今度は、愛紗の体に触れてしまう。

 

「か、一刀殿!何をやってるんですか!?」

「い、いや、違うんだ!わざとじゃなくて……」

 

気がつくと右腕の肘が愛紗の胸をつついていた。弾力があり、程よく押し返される。

 

欲を言えば……もっと感じていたい……

 

と、口にしたら命はないだろう。頭の中を過るが、すぐに煩悩を断ち切る。何とか、状況打開を試みる。しかし、そう上手くはいかない。

更に状況は悪化。腰に忍ばせていた木刀が、動いている内にずれてしまい、愛紗の股に挟まってしまった。

 

「っ!?」

「ご、ごめん!」

 

羞恥に染まる端正な顔。

一刀は急いで、木刀を抜こうとした。しかし、中は窮屈な為、動きが制限される。抜く事ができず、あろうことか、彼女の下半身――――股の部分を擦ってしまっていた。布が擦れ合う音に紛れ、彼女の口から、微かに悶える声が出てしまう。愛紗は必死に声を噛み殺すが、無に等しい距離では、意味がない。

 

「あっ……ちょ、ちょっと!んっ……や、やぁ……あん!」

「北郷殿、やはり中々の“手練れ”ですな♪」

「な、何言っ――――って、ちょっと待ったぁあああ!?」

 

以上。箱の中では、こんなやり取りが行われていた。無論、中の声は漏れており、運んでいる男性達は、皆顔を赤くしていた。同時に、羨ましい……と、涙を堪えている。

 

 

 

森の茂みより、隊商の列を物陰で見ている二人組。二人は互いに頷くと、どこかへ去っていった。

 

監視していた二人の存在に、誰も気付く事はなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その頃、待機している公孫賛は、屋敷で書類の整理をしていた。筆を走らせていると、従者の一人がやって来た。

 

「公孫賛様、隊商が賊に襲われました! 」

「……そうか、首尾の方は?」

「はい。隊の怪我は一切なく、荷物は全て賊の手に渡りました」

 

趙雲の企てた策が、上手くいった様だ。

 

「所で、張飛殿にこの事は?」

 

公孫賛が聞くと従者は言いにくそうに報告する。

 

「それが、報告した途端に“やはり心配だから、自分も賊のアジトへ行く”と止める暇もなく行ってしまいました………」

「行くって……。賊のアジトがわからないからこその作戦なのに」

 

重い溜め息をつき、頭を悩ませる公孫賛であった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

そんな彼女の気苦労など知る由もなく、鈴々は陀矛を担いで、一人森の中を歩いていた。

 

「う〜ん、賊のアジトってどっちなのだ?」

 

公孫賛の予想通り、鈴々は早速迷っていた。すると、何かを思い付いたのか、ポン、と手を叩く。

 

「そうだ!こういうときは、木のネンリンを見ればわかるって、じっさまが言ってたのだ!」

 

そういうと、鈴々は側に生えている、木の切り口を見始めた。外側へと波紋が広がっている様な模様をじっくりと眺めている。

 

「……………………………………多分、こっちなのだ♪」

そもそも、それをしたからと言って、目的地に辿り着くとは限らない。何となく自分でもそう思ったのだろう。

当てもなく、鈴々は歩み始める。

 

「や〜ま〜があ〜るか〜らや〜まな〜のだ〜♪」

 

歌を歌いながら鈴々は歩き始めた。陽気に歌う鈴々。

 

 

 

 

その姿を、木の茂みに身を潜めながら、観察している一人の人物。

 

「………………」

 

金色の瞳を光らせながら、自分もその後を追跡するのであった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一方……。

 

赤銅山の内部に設けられた賊のアジト。賊達は、先程襲撃をかけ、強奪した荷物類を物置に運んでいた。次々と運ばれていく荷物。手下の一人である図体のでかい太った男も、大きい箱を運んでいた。

 

「よっこらしょ!」

「――――きゃっ!」

「ん?」

「どうしやした?アニキ?」

「今、なんか女の声が聞こえなかったか?」

「はあ?なにいってんすか?幻聴が聞こえてくるなんて、よっぽど餓えてるんすねアニキ」

「かもな、よし!また村の娘に酌でもさせるか!」

「今夜も祝盃っすね〜♪」

 

汚い笑い声を上げながら、賊達は物置から出ていった。

 

 

それから数秒経ち、箱の蓋が動いた。

 

「…………大丈夫、の様だな」

 

隙間から、賊がいなくなった事を確認。趙雲は窮屈な箱から身を出す。

同時に、関羽と一刀も出てくる。顔が火照っており、服もちょっとはだけていた。箱の中で、散々な目にあったようだ。

 

「ふむ、どうやらここは地下のようだ」

「「地下?」」

 

それから三人は物置から出て、警戒しながら道を進んでいた。

壁に松明が掛けられており、暗い洞窟内部を明るく照らしている。今の所、賊らしき手下とは遭遇していない。

 

「見た所、ここは鉱山の跡地。坑道を利用していたんだろうな」

「道理で、どれだけ探しても見つからない訳だ」

 

公孫賛が派遣した部隊の目を欺いた理由が判明。歩いている最中、愛紗は一本の短剣を手にする。そして、趙雲の目にふと、愛紗の胸元に写った。

 

「しかし、短剣一つとはちょっと心細いな」

「しょうがないだろう。お主の胸がでかすぎて、武器が持ち込めないのだから」

「なっ!そ、それは別に……」

「北郷殿もそう思わぬか?」

「えっ!?」

趙雲はいきなり一刀に話を振ってきた。突然の事で対応できず、動揺を隠せない。

 

「えっとぉ……」

「ん?あそこみたいだな」

「えっ?」

 

先程の質問は何処に。

何かを見つけたらしく、趙雲についていく。大広間で、そこには数十人の賊が集まっている。

 

宴でもしているのか、酒を飲み、料理にありついていた。

 

「ここに集まっている様だな。」

「ああ――――」

「やめて下さい!」

 

突然、悲鳴が聞こえた。音源の方へ視線を向ける。

 

「へへ、いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇしよ〜」

「い、嫌……!」

 

玉座に座っている、賊の頭らしき男。側には、若い女性がいた。先程、部下の会話に出ていた村の娘であろうか。顔を厭らしく歪め、女性の体を触り始める。

 

 

「くっ!下郎が!」

「待て関羽!どうするつもりだ!」

 

外道を見過ごせる筈がなく、愛紗は怒りを爆発させる。立ち上がると、趙雲に引き止められる。

 

「決まっている!助けに行くのだ!」

「落ち着け!我々の任務はあくまで賊の隠れ家の捜索だ」

「し、しかし………」

「今、ここで騒ぎを起こせば作戦が台無しに――――」

 

突然、二人の横を、何かが通り過ぎた。

 

「なっ!?」

「一刀殿!?」

 

趙雲が愛紗を説得している最中、一刀はいきなり飛び出した。愛紗と同様、目の前の光景をじっと見ていられなかった。そして、一目散に走り出した。

 

「うおおおおっ!」

「……へっ?――――ぐぼぉ!」

 

走る勢いをつけ、賊の頭の顔面目掛けて蹴りを食らわせた。深くめり込み、頭は横向きに倒れた。

 

「大丈夫か?」

「え?あ、はい………」

 

茫然としながらも、女性は返事を返す。しかし、当然ながらあっという間に賊に囲まれてしまった。

 

「なんだ、てめぇは!?」

「お前らなんかに名乗る筋合いはねぇよ」

「ふん、強がりやがって!この状況をどうやって切り抜けるつもりだ?」

「ちっ!」

 

数十人に囲まれ、守りながらは厳しいこの状況。一刀も流石に歯噛みする。

その様子を見ていた関羽達。

 

「いかん!早く助けねば!」

「待て関羽!闇雲に突っ込むな。こっちだ!」

「趙雲殿!」

 

意図を全く読み当てられず、愛紗はただ趙雲についていった。

 

(流石に、この状況はヤバイな……。一人だったらなんともないんだけど)

「へへっ!終わりだな!」

 

勝ち誇った様に、下卑た笑いを浮かべる賊達。各々が武器を取り出している。

 

この状況をどう打開するか、一刀は必死に頭を捻らせている。

 

その時、その場が暗闇に包まれていった。

 

「なっ!?」

「ど、どうした!?」

 

松明が次々と倒れていき、明かりが消えていく。愛紗と趙雲の二人が、石を投げて松明を倒していたのだ。

 

賊達が混乱している内に、投石を終えた二人は一刀の方へ向かう。暗闇の中、一刀の氣を頼りに辿り着いた。

 

「一刀殿、こっちだ!」

「愛紗か!?よし、分かった!」

 

一刀は女性と共に、愛紗達についていく。

 

広場を出て、四人は坑道に隠れた。後方を見るが、賊の追手はいない。一先ず、安堵する一同。

 

「まったく、ここにも猪武者がおりましたか」

「あはは、面目ない……」

 

申し訳なさそうに頭をかく一刀。趙雲は呆れはしているものの、それ以上責める事はなかった。

すると、賊に捕まっていた女性が話し掛けてくる。

 

「あ、あの、先程は助けていただきありがとうございました」

「気にしないでいいさ。それにしても、君はどうしてこんな所に?」

「はい、私はこの山の麓に住む者ですが、村の子供たちと山菜摘みに山へ入った時、ここへの出入口を見つけてしまって……」

「それで捕まった、ということか」

「実は、ここの地下牢に村の子供たちが捕まっているんです!もし、私が一人で逃げだしたら奴等に何をされるか………」

 

顔を両手で覆い、言い終えた後に泣き出す。

すると、一刀は嗚咽する女性の肩に、優しく手を乗せた。

 

「大丈夫、必ず助け出すよ」

「一刀殿……」

「ふっ、だろうな」

 

三人の意志は共通で決まっていた。

 

早速、女性の案内で、四人は地下牢へと向かった。子供達と共に、一度だけ牢に入れられた事があり、難なく部屋に辿り着いた。

陰から見ると、そこには見張りらしき男が一人いた。自分だけそんな役割になった事に対する不満なのか。舌打ちしながら、苛立っていた。

 

牢屋の中では、捕らえられた子供たちが身を寄せあい、恐怖に怯えている。

 

「ったく!なんで俺がこんなことを――――」

 

突如、男の元に一人の影が迫ってくる。目にも止まらぬ早さで、気づいた時にはもう遅かった。

 

「っ!」

「ぐほぁ!」

 

一刀は素早く見張りの懐に入り、顔面に一発。拳が頬を捉え、賊は壁に激突する。後頭部を強く打ち、武器を手放して気絶した。

賊の男から鍵を奪い、牢屋の扉を開けた。

 

「よし!みんな、早く出ろ!」

 

子供達は、女性の元へと駆け寄る。怖かったのだろう、安堵して泣き出していた。

しかし、安心するのはまだ早い。ここから脱出する為、一刀達は出口に向かって走り出した。中は迷路の様に入り組んでおり、中々出口へと辿り着けない。

 

「娘!出口までの道は分からぬのか?」

「すいません、それがまったく……」

「いたぞっ!こっちだぁ!」

「しまった!」

 

賊の一人に見つかり、更に早く走り出した。焦燥感を抱きながらひたすら足を動かす。

すると、一筋の光が見えてきた。

 

「おお、出口だ!」

 

愛紗の言葉と共に一気に走り出す。そして出口と思わしき穴へと向かった。

 

しかし、期待は一気に崩れ去った。

 

「なっ!?」

「くそっ!」

 

見下ろせば、そこは崖であった。断崖絶壁。落ちたら人たまりもない。

悔しさで歯を軋ませる。

 

「万事休すか……」

「なにか、なにか良い方法は――――」

「お兄ちゃ〜ん!愛紗〜!」

「鈴々!?」

 

自分達の名前を呼ぶ声。その聞き慣れた大きな声がした方を見る。向こう側の崖に、赤毛の妹がいた。

 

「そこでなにやってるのだ〜?」

「そうだ!鈴々、今すぐその木を斬り倒してくれ!」

 

愛紗は何かを思い付いたか、向こう側にいる鈴々の横にある大きな木を指差した。

 

「はにゃ?なんでなのだ?」

「いいから早く!」

 

首を傾げる鈴々。愛紗は、急かす様に声を荒げる。

 

「う〜ん、なんだかよく分かんないけど……てりゃ~~~!!」

 

訳の分からないまま、鈴々は陀矛を構える。そのまま思い切り振り切り、大木を斬り倒した。メキメキと軋み、愛紗達のいる崖へと倒れる。そして、崖と崖を繋ぐ橋となった。

 

「よし!みんな、これを渡るんだ!」

「はい!さあ、みんな!」

 

女性と子供たちは、全員その木を渡り始める。慎重に、細心の注意を払って進んでいく。

 

更にまずいことに、洞窟内にいた大勢の賊たちが、こっちに向かってきた。

 

「まずい、急げ!」

「なんとか時間稼ぎをするしかないか」

 

一刀は木刀を構え、趙雲は賊から奪った槍で足止めをする。愛紗は子供たちが渡り終えるのを見守っていた。

 

「さあ、急いで!」

「は、はい!」

 

女性が最後に渡りきり、無事全員、渡り終えた。途端に、よっぽど怖かったのか、安堵のあまり、子供たちが泣き出す。

 

「ふぅ、本当に良かっ――――」

 

穏やかな表情を浮かべる愛紗。

すると、大木の重さに耐えきれなかったのか、彼女の足場となる岩場が崩れ出した。

 

「きゃああっ!!」

「愛紗!?」

「関羽!」

 

鈴々と趙雲は愛紗の名を呼ぶ。

 

「くっ!大丈夫か、愛紗………!」

「か、一刀殿………」

「くっ……ぉおおお!」

 

間一髪、一刀が愛紗の手を掴み、なんとか事なきを得た。一刀は手をしっかりと握りしめ、絶対に離す事はない。歯を食い縛り、力を振り絞って引っ張り上げた。

 

一気に脱力し、一刀と愛紗は息を荒くする。

 

「はぁ、危なかったな……」

「ああ、おかげで助かった……。ありがとう一刀殿」

「うん。でも、これじゃもう渡れないな」

 

一刀の言う通り、さっきの崖崩れで橋となる木が下へ落ちてしまい、向こうへと戻れなくなってしまった。

 

「鈴々!その子達を村へ返してやってくれ!」

「任せるのだ〜!」

 

向こう側にいる鈴々にそう言うと、鈴々も大声で答えた。そして、愛紗は体を後ろへ向ける。

 

「……こうなったら、やるしかないか」

「ああ、その様だ」

 

一刀は木刀を持ち、愛紗は賊の一人が落とした剣を拾った。二人は、趙雲の元へと駆け寄る。

 

「趙雲殿――――」

「“(せい)”だ」

「えっ?」

「共に死地へ赴くのだ。我が真名を二人に預けたい」

「………そうか。なら私も我が真名を預ける」

「俺も預けたいけど、真名がなくってさ。俺は一刀って呼んでくれ」

「うむ――――では行くぞ!一刀!愛紗!」

「「ああっ!」」

 

一刀、愛紗、そして趙雲改め星の三人は、賊の大群へと走り出した。

 

 

 

一方、鈴々の方は、

 

「よし!それじゃ行くのだ!」

「で、でも、あの人たちは………」

「お兄ちゃんと愛紗だったら大丈夫なのだ!賊なんてちょちょいのぷ~なのだ!」

「は、はぁ………」

「じゃあ、早速帰っ――――」

 

鈴々が言い出した瞬間、何かが横切った。風が通り過ぎた様に、鈴々の赤毛がふわり、と跳ねる。

救出した女性と子供達は、気づいた様子はない。

 

しかし、鈴々はその目で捉えていた。

 

金色の何かを。

 

「…………はにゃ?」

 

鈴々は首を傾げていた。

 

あれは気のせいなのか?

 

 

 

それとも…………

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「うおおおっ!!」

「はああ!!」

「でりゃあ!!」

 

その頃、賊の洞窟では熾烈な戦いが繰り広げられていた。

一刀達は三人で協力し合い、賊と戦闘。三人共、見事な武で賊を討ち取っていく。

 

「くそっ!囲め囲め!」

 

苛立ちながら、賊の頭が命令を出す。手下達は一斉に三人を取り囲んだ。同時に、三人もお互いの背中を合わせた。

 

「囲まれたか……やれるか?」

「当然!二人がいるしね!」

「ふふっ、私もお主達がいると心強い!背中は任せた!」

「了解!行くぜ!」

「「おお!」」

 

四方八方を囲まれているにも関わらず、三人は笑みを溢した。これほど頼れる仲間はいない。三人は一斉に走り出した。

一刀は木刀で敵の急所目掛け、一撃を繰り出す。愛紗も手持ちの剣で相手の武器を捌き、斬り倒していく。星は華麗にかわしながら、賊から奪った槍で賊を貫く。

徐々に、賊達を討ち取っていく三人。例え数が多いとしても、三人にとっては何の苦でもなかった様だ。

 

「くそっ!こうなったら……」

 

業を煮やした頭は、合図を出す。

すると、上の岩の陰から弓を持った手下達が構えて出てきた。

 

「やれ!」

 

掛け声と共に、手下は一斉に矢を放った。

 

「うおっ!」

「くっ!」

「ちっ!」

 

間一髪、一刀達は何とか回避。足元に矢が刺さり、お互いに背中を合わせる。

 

「へへっ、形勢逆転だなぁ!ぎゃははは!!」

 

頭は余裕の笑みを浮かべ、汚い笑い声を上げた。手下達は弓矢を構えて三人を狙っている。頭上を包囲されており、三人は下手に動けなくなった。

 

「くそっ!」

「……ここまでか」

(畜生……何とか、二人だけでも!)

 

愛紗と星は悔しそうに顔を歪める。一刀も、この場の打開方法が浮かび上がらず、歯軋りをする。

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

最悪の状況を浮かべ、三人は覚悟を決める。

 

賊の矢が、一気に放たれる――――

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

何かが空を切る。ヒュンッ!という風切り音と共に、全ての松明が地面に落ちていく。落ちた衝撃で火が消え、辺りは暗闇に包まれた。

 

その場にいた全員が何が起こったのか分からずにいた。

 

一刀達も、下手に動かない方がいいと判断し、武器を構えて動かずにいた。

 

次の瞬間、

 

「ぎゃあああああ!!」

「な、どうした!?」

 

肉を切る音と共に、叫び声が鳴り響く。頭は訳もわからず、動揺していた。

 

「な、何なんだ――――」

「ぐはぁ!」

「ひぃっ!」

 

頭は恐怖に怯え、頭を抱えてしゃがみこんだ。それでも耳に直接、嫌でも入ってしまう。手下達の断末魔が。

そして、ボトリ……と、“何かが”落ちる音も。

 

「うわっ、うわあああ!」

 

恐怖の余り、剣を大袈裟に振り回す賊の一人。すると、目の前を何かが通りすぎる。その直後、自分の両手が“なくなっている”事に気づいた。

 

「ぎぃやああ!!?」

 

叫ぶのも束の間。喉元を切られ、今度こそ絶命する。

謎の襲撃は、まだ終わらない。

 

「お、おい!何が起こってんだ!?」

「知るかよ!俺に聞くな――――」

 

苛立って声を荒げると、右足首に何かが絡み付く。強い力で引っ張られ、地面に仰向けに倒れてしまう。がはっ!と呻きながら上半身を起き上がらせる。

 

 

その時、“ソレ”と目が合ってしまった。

 

 

ソレは、高く跳躍。得物を逆手に持ち替え、地面にいた賊の腹めがけて振り下ろす。深々と突き刺さり、追い打ちと言わんばかりに、捻る。

賊は口から血を吐き出し、白目になりながら、地面に横たわる。

 

茫然と立ち尽くすもう一人の賊。するとソレは、次はお前だ、と言わんばかりに、横目で睨み付けた。

 

「あっ、ああああっ!!」

 

氷の様に冷たい眼光。それに威圧され、武器を放り出して逃走する。しかし、それは許されない。

 

「ごぼっ!?」

 

逃げる賊の首に何かが巻き付いた。ギリギリと締め上げられ、呼吸が出来なくなる。それだけではなく、今度は背中に刃を突き刺し、腹から刃が姿を見せる。

 

賊の血で真っ赤に染まる刃。ソレは勢いよく引き抜くと、また、次の獲物目掛けて走り出した。

 

 

その場には、肉を切り裂く音、血が地面に飛び散る音、賊の断末魔が響いた。

愛紗は謎の襲撃に備え、尚も武器を構えている。

そんな中、一刀はある事に気づいた。

 

(なんだ……あれ?)

 

目を凝らしてよく見てみる。

金色に輝く、二つの眼のような物が、残像を残しながら、素早く動いていた。

 

(あれは、もしや……)

 

暗闇の中、月の光の様に、淡く光る瞳。それを目にした星。途端、どこか思うような表情を浮かべていた。

 

 

 

 

ザシュッ!という切り裂く音を機に、その場は静寂に包まれた。

 

 

 

音が無くなり、頭はゆっくりと頭を上げる。恐る恐る、顔を上げる――――

 

「ひぃ!!」

「…………」

 

金色の双眸が、賊の頭を見下ろしていた。睨んだだけで、死を予感させるその双眸に頭は恐怖した。

そして“ソレ”は、無言でゆっくりと近づいていく。

 

「はあ……ああ………!?」

 

暗闇の中、手探りで後ろへ行った結果、壁に追い詰められた。

すると、自棄になったのか、頭は剣を取り出す。

 

「ち、ちくしょうがあああああ!!」

 

視界がまともに機能していない中、無造作に得物を振り出す。恐怖で顔が歪み、大量の汗をかいていた。

 

“ソレ”は呆れて物が言えないのか、半眼で頭を見つめていた。悪足掻きとも言えるその攻撃は、当然ながら通用する事はない。

 

溜め息をつくと、“ソレ”は得物を軽く振った。すると、いとも簡単に頭の手から剣が弾かれる。

 

自分を守る物が無くなり、賊の頭は尻餅をつく。

 

「ま、待ってくれ……!頼む、命だけは――――ひいっ!」

 

頭は、無駄とも言える命乞いをした。

しかし、刃物が擦れる音がした瞬間、更に恐怖に落ちた。

 

“ソレ”は、得物をゆっくりと、振りかぶった。

 

「――――屑が……地獄に落ちろ……」

「た、助け――――」

 

断罪の一撃が、振り落とされた。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」

 

闇の中、最後の断末魔が鳴り響いた。

 

「「「…………」」」

三人はただただ、立ち尽くすしかなかった。氣を確かめなくても、直感で分かった。賊は全滅した、と。

 

すると、金色の双眸が、こっちの方へゆっくりと振り向いた。

 

夜空に浮かぶ、満月を思わせる二つの瞳。それは、三人を視界に収めていた。

 

「…………」

「お前、一体何者だ?」

「…………」

「おい、聞いて――――」

 

“ソレ”は愛紗の質問に何も答えず、無言のまま、その姿を消していった。

 

「お、おい!」

「なんだったんだ、一体……?」

 

一刀はそう呟くも、誰も答えられなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

因みに、

 

「よしっ!準備は万全!」

「あの〜公孫賛様」

「なんだ?」

「賊のアジトの場所が分かりました」

「おお、そうか!ではいざ!この白馬将軍が賊を討ち倒して――――」

「いえ、実は、もう賊は趙雲様達が討伐しまして……」

「ええ!?じゃ、じゃあ私の出番は!?白馬将軍の活躍は!?」

「それは……」

 

公孫賛の屋敷にて、こんな事があったのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

翌朝、一刀達“四人”は森の道を歩いていた。メンバーは、一刀、愛紗、鈴々――――そして、星だ。

 

「しかし、良かったのか?我々は元から断るつもりでいたからいいものの、あのまま仕官していれば、将として任されただろうに」

「公孫賛殿は、決して悪い人物ではない。だが、只それだけだ。この乱世を治める器ではないし、影も薄い」

「な、何気にきついこと言ってないか?」

 

星の公孫賛に対する辛口評価に、一刀は苦笑いを浮かべる。

 

「この蒼天の下、真に仕えるに値する主はきっと他にいるはず。それに……」

「ん?」

「何よりもお前たちと一緒にいた方が楽しそうだからだ」

 

星がそう言うと、一刀と愛紗は笑みを浮かべ鈴々は、にゃははと笑った。それに、と、星は一刀の側に寄る

 

「あなたの事も気に入りましたしな、一刀殿♪」

「えっ……」

「なっ!」

「にゃあ」

 

星は笑みを浮かべながら、一刀の腕に抱きついた。中々に発育の言い、彼女の胸が、腕を挟み込む。胸元から見える谷間を目にしてしまい、一刀は一瞬で赤くなる。対して、愛紗はわなわなと肩を震わせていた。

「な、何をしている星!?」

「おや?何をって、見て分からぬか?」

「真顔で言うな!いいから離れろ!」

「やれやれ、嫉妬は程々にしないといかんぞ?」

「なっ!」

星の言葉に、愛紗は顔を更に紅潮する。

 

「し、嫉妬だと!?そそ、そんな事は……」

「じゃあ、このままで構わんだろう?」

「だ、駄目だ!」

「何故?」

「そ、それは………もう!とにかく駄目なものは駄目だ!」

「やれやれ、致し方ない。愛の時間を譲ってやるとするか」

「なっ!?う、うるさ〜い!!」

「はっはっは!」

「待てっ、星!」

「鬼ごっこなら鈴々もやるのだ〜!」

 

星を追いかける愛紗。続いて鈴々も加わり、鬼ごっこ?を始める。

一人、置いてきぼりを食らう一刀は、苦笑いを浮かべる。

 

「ははは、皆元気だな〜」

 

一刀も後に続いて走り出した。

 

そして走っている最中、一刀は昨日の事を思い出していた。

 

 

 

 

あの後、しばらくして公孫賛の隊がやって来た。

明かりを灯すと、そこには賊達の変わり果てた姿があった。

 

一刀達が討った賊は、体に切り傷が付いていたり、胴体を貫かれたり、といった所が多い。

しかし、謎の人物が手にかけた賊は皆、頭か首、目掛けて切り裂かれており、二つに分かれている“モノ”が多かった。何かが通り過ぎたと思いきや、次の瞬間、切り裂かれている。まるで、“鎌鼬(かまいたち)”の様だ。

 

あまりの凄惨さに、一刀は腹から込み上げてくる嘔吐感を、何とか耐え抜いた。

 

そして思った。

 

これは“討伐”ではなく、“殺戮”だと………

 

あれは一体なんだったのか?

どうして、あの場にいたのか?

何より、“あの時”の視線はもしかして……。

 

一刀は、愛紗と鈴々と歩いた、あの桃の花弁が舞い散る道での事を思い出していた。

 

(本当に何が起こってるんだ――――)

 

まただ。また、あの視線を感じる。一刀は後ろを振り返る。

 

しかし、そこには誰もいなかった。

 

「…………」

 

踵を返し、一刀は何も言わずに、愛紗達の所へ走っていった。

 

 

妙な胸騒ぎを感じながら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

一刀が見つめていた一本の木の後ろ。そこに隠れている一人の人物がいた。

紺色のフードの奥から見える、金色の双眸をもつその人物。木にもたれ掛かり、横目で様子を窺っていた。

そして、一刀の姿がいなくなると、一息ついた。

 

「…………二回も気づかれるとは、そろそろかな。あの時にでしゃばっちゃったし、これ以上は」

 

木の上から飛び降り、着地する。そして、一刀が去っていった方を見つめる。

 

「“管輅さん”の予言通りだとすると……やっぱり、あの人が…………」

 

金色の双眸は蒼天を見上げる。

 

その瞳の奥で、一体、何を思っているのだろうか…………。

 

 

 

 




オリキャラ、登場致しました。

相も変わらず、戦闘描写が難しい……。すごい雑になってしまったかもしれません。

次回も、お楽しみに!
それでは!


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~張飛、馬超と相打つのこと~

 

 

 

 

中国の行政区分の一つ、【冀州(きしゅう)】。その冀州を治めている領主、【袁紹 本初】。

 

後漢時代、四代に渡って三公――司徒、司空、太尉という三つの官職――を輩出したとされる名門袁家の後継者。

 

その袁紹が住む、冀州の中心に位置する巨大な城。

城内に設けられている大浴場で、一人の女性が湯船に浸かり、体を清めていた。

 

長い金髪をロール状にし、金持ちのお嬢様の様な雰囲気を持つ女性――――袁紹。

浴場から上がると、側に控えていた侍女が、体にバスタオルを巻いていく。体に巻いたまま、自室にてゆったりと過ごしていた。

そこへ二人の少女が入室する。一人は、薄緑の髪でハチマキを巻いている少女、文醜。もう一人は濃い青紫のボブカットの少女、顔良だ。

 

猪々子(いいしぇ)斗詩(とし)、二人揃ってどうしましたの?」

「麗羽様、曹操がお目通りしたいと出向いて来ておられますが」

 

文醜の言葉を聞くと、袁紹は面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「お風呂に入って、ようやく目が覚めた所なのに、朝からあんないけ好かない小娘と顔を合わせなければならないなんて」

「って、もうお昼ですよ?麗羽様」

「睡眠不足はお肌の大敵なのよ?」

 

そう、太陽は真上にあり、朝ではなく、既に昼を過ぎているのだ。

袁紹の言い訳に二人は顔を合わせ、共に苦笑する。

 

「とにかく、我が領内に逃げ込んだ賊を征伐する為に、わざわざ都から参られたのですから、ご挨拶しないわけには……」

「分かってますわよ」

 

椅子から腰を上げ、袁紹は立ち上がる。

 

「服を着たらすぐに行くから、もう少し待たせておきなさい」

 

それから暫く経ち、謁見の間。

 

玉座に腰かける袁紹。側に控えるは文醜、顔良。そして、三人の前に一人の少女がいた。

輝くブロンドの髪を、髑髏を象った髪飾りで二つに纏め、袁紹と同じ様にカールした髪型。人形のように小柄で、整った顔立ちをしているも、その姿は堂々としていた。

 

名を【曹操 孟徳】。

 

彼女こそ、後に三国志にて名を轟かせた、覇王その人である。

 

「都からわざわざ賊退治とは、ご苦労なことね曹操」

「ええ、本来ならば私が出向くことはないのだけれど、賊があなたの領地に逃げ込んだのであれば話は別。放っておけば、みすみす逃してしまうようなものですからね」

「ちょっと、それはどういう意味かしら?」

 

曹操の言葉を不愉快に思い、直ぐに問いただした。そして彼女は、あっさりと、はっきりと言い放った。

 

「袁紹、あなたが“賊一匹退治できない無能な領主”だって言ってるのよ」

「っ!」

「曹操!袁紹様に向かって無礼であろう!」

 

曹操は袁紹の無能さを説いた。もっとも、これは事実なのであるが。

馬鹿にされ、袁紹は怒りを覚える。文醜は曹操に無礼を指摘しようとしたが、

 

「いっくら本当の事でも言っていい事と悪い事があるんじゃないのか!」

「ちょっと!それはどういう意味ですの!?」

「あ、いや、咄嗟の事で、つい本音が……」

「何ですって〜!?」

「え、あ、いや、そ、その、あ〜」

 

墓穴を掘り、さらに怒らせてしまう文醜。その様子を見ている曹操は、鼻で笑った。

 

「ふん、無能な領主に間抜けな家臣とは、いい取り合わせね。恐れ入ったわ」

「はん!参ったか!」

「ちょっと、今の馬鹿にされてるのよ!?」

「そうなの?」

 

真顔で聞く文醜に、顔良は頭を抱えた。あまりの醜態に、曹操は必死に笑いをこらえていた。

 

袁紹自身も、体をふるふると震わせ、怒りを押さえ込んでいた。

 

謁見を終えた後、廊下を歩いていく袁紹達三人。

 

「全くもう!あなた達のせいで大恥をかいたではありませんか」

「あなた達って、私は何も……」

「けど、いいんですか?いくら曹操が来たからって、賊のことを全部任せちゃって」

「いいんですのよ。賊退治なんて汚れ仕事、あの小娘にやらせておけば。」

 

面倒は御免だと言わんばかりに、に、曹操に賊退治を擦り付ける事にした。

 

こんな領主で本当に大丈夫なのだろうか……。曹操が言った無能という言葉の意味が、よく分かった様な気がする。

 

「そんなことより、武道大会の方はどうなっていますの?」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その頃、賑やかな街中で、曹操は馬に跨がり、部下らしき女性と移動していた。部下の方は、長い黒髪で一本のアホ毛があり、赤いチャイナ服を着ていた。

名を【夏侯惇】と言い、曹操の右腕的存在だ。

 

「華淋様、袁紹殿はいかがでしたか?」

「相変わらずよ。名門の出であることに胡座(あぐら)をかいて、己の無能さに気付きもしない。あんな愚物が領主としていると思うと、虫酸が走るわ」

 

曹操は袁紹の無能さを改めて語った。苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、再度溜め息をつく。

 

「春蘭、兵達はどうしていて?」

「はい。すでに門外に待機しています。合流し次第、すぐにでも出発できます」

「そう」

 

夏侯惇の真名を呼ぶと、夏侯惇は兵達の状況を説明し、曹操は返事を返した。袁紹との話にも出ていた、賊退治の件だ。

はっきり言って、無能である袁紹の尻拭いをする様で気に食わない。だからといって見過ごす訳にもいかない。我が覇道の為にも、邪魔な敵は排除しなくてはならない。

 

 

一人残さず……。

 

 

すると、横の方から声がした。

 

「うわ〜。あの人、頭がすっごいぐるぐるなのだ」

「こ、こら!鈴々!」

 

声のした方を向くと、四人組の男女がいた。こちらを指差している赤毛の少女の口を、黒髪の少女が慌てて手で塞いでいる。

 

「し、失礼した!この者は、髪の事を言ったのであって、別に頭の中身がどうとではなく!」

「愛紗、それ墓穴掘ってると思うぞ」

 

さりげなく悪態をついてしまっている事に気づいていない。咄嗟の謝罪に、一刀は苦笑いを浮かべた。

曹操は暫し四人組を見つめていると、フッと笑った。

 

「子供の戯言(たわごと)、咎めるつもりはない」

「むぅ、子供って……」

「いいから」

 

子供と言われ、頬を膨らませる鈴々を愛紗は宥めた。

曹操は、更に口を開く。

 

「髪といえば、あなたも中々美しいものを持っているわね」

「いや、これは他人に褒められる程のものでは……」

「“下の方”も、さぞかし美しいのでしょうね」

「なっ!」

 

予想だにしない事を言われ、愛紗は顔を真っ赤にし、スカートを押さえた。

 

「そうなのだ!愛紗は下の方もしっとりつやつやなのだ!」

「こ、こら!何を言って……」

「ふぅん……それは是非とも拝んでみたいものね」

 

曹操はニヤリと笑いながら、愛紗を見つめている。獲物に狙いを定めた、狩人の様に見える。

愛紗は顔を赤くしたまま、口をパクパクと開閉していた。

 

「けど、今は野暮用があって残念だ。我が名は【曹操】。縁があったら、またいずれ」

 

そう言い残すと、曹操は夏侯惇と共に去って行った。

 

「な、なんなんだ?」

(あれが最近、噂の曹操か……侮れぬ奴)

(あの子が“覇王”、曹操なのか……)

 

星は曹操の姿を見て、目を微かに細めた。

またも三国志に名を残す人物との邂逅に驚く一刀。

 

一人の少女が纏いし、王者の風格。それを直に目の当たりにした。

 

 

 

 

それからしばらく経った後、

 

「「「おかえりなさいませ!ご主人様(なのだ)」」」

 

愛紗、鈴々、星の三人はメイド喫茶で働いていた。

 

「うぅ、何で私がこんな事を……」

「今日の宿代に事欠く有り様なのだから、やむを得まい。それにここの方が給金が良かったのだ」

 

壁に手を付き、項垂れる愛紗。そんな彼女に対し、真顔で答える星。

 

「し、しかし、主でもない者にご主人様と言うなんて……」

「おかえりなさいませ、ご主人様♪さあ、こちらへどうぞ♪」

 

客が一人入ってきた。

同時に、すかさず星は声を可愛らしく変え、接待をした。

あまりの変貌ぶりに、愛紗は驚きを隠せない。

 

「お、おい……ちょっとうまくやりすぎてないか?」

「腹が減っては戦はできぬ。これも軍略の内だと思えば、どうってことはない。それに一刀の方を見てみろ。しっかりやっているではないか」

 

星は隣の飲食店の方を指差した。愛紗もその方を見てみる。

そこでは、一刀もウェイターとして働いていた。

 

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

「は、はい……」

「はぁ……」

「いいなぁ……」

 

一刀は笑顔で接客をしていた。その笑顔にほとんどの女性客が見惚れていた。女性客の熱を帯びた視線が、一刀一人に集中していく。

たまに、厨房の方も手伝っており、料理の腕もかなりのもので、そのおかげで店はかなり繁盛していた。

店内は満席、店の前では小さな行列が出来ている。

 

「ほら、中々……かなりのものだろう?」

「そ、そうだな……」

 

愛紗は一刀と他の女性が会話しているのを見ている。見る限り、会話が弾んでいる様で、楽しんでいるのが目に見えて分かる。

 

「…………」

 

モヤモヤした様な気分になる。

 

何だろう、この気持ちは……。

 

苛立ち、焦燥、羨望。

 

或いは……。

 

「やれやれ……。おかえりなさいませ、ご主人様♪」

(くっ!恐るべし、趙子龍)

 

何となく、愛紗の抱いている感情に検討が付いている星。しかし、客が入ってきたと同時に、直ぐ様業務に専念する。

 

一方、鈴々の方も仕事に励んでいた。

注文された料理を、テーブルに運んでいく。

 

「お待たせしましたなのだ」

「あれ?あの、大盛り頼んだはずなんだけど……あっ!」

 

鈴々の口元を見てみると、食べかすが付いていた。

 

「と、当店では、これが大盛りなのだ」

「ってお前!」

「し、失礼しました!すぐに代わりのものをお持ちいたします!」

 

駆けつけた愛紗はすぐに謝罪し、鈴々を裏の方へと連れていった。

 

「客へ出すものに手を出す奴がいるか!」

「にゃ、にゃはは……ごめんなさいなのだ。次から気を付けるのだ」

 

厳重に注意され、鈴々は反省の言葉を述べる。

 

しかし、

 

「はにゃ〜!」

 

転んで皿を割ったり、

 

「はにゃにゃ〜……」

 

ラーメンを客にかけてしまったりと、失敗続きだった。

 

「ここはもういい!宿へ戻って、部屋で大人しく待っていろ!」

「うにゅ〜……」

 

愛紗に叱られ、仕方なく鈴々は街へ出る。

するとそこへ仕事を終えた一刀がやって来た。

 

「お〜い、鈴々」

「あ、お兄ちゃん!」

「どうかしたのか?そんな膨れっ面して」

 

二人は並んで町中を歩いていく。

鈴々は一刀に今の状況を話した。一刀はその話に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ちょっと失敗しただけなのに、愛紗ったらひどいのだ!」

(う〜ん、“ちょっと”かな〜それ……)

「こうなったら、何とかしてお金を稼いで、愛紗をびっくりさせてやるのだ!」

「といっても、何か当てはあるのか?」

「ないのだ!」

「………」

 

一刀はまたも苦笑いを浮かべた。しばらく歩いていると、門前に人だかりができていた。

近づいていくと、そこには一つの看板が立て掛けてある。

 

「う〜ん、難しい字が多くて読めないのだ」

「………漢字ばっかで全然読めねぇ」

 

ここは古代中国。文字は全て漢字、ひらがな等は一切――それどころか存在してるかどうかすら怪しい――ない。

 

鈴々はともかく、一刀は当然、読むことが出来ない。

 

二人が読むのに困っていると、横から声がした。

 

「“冀州一武道会本日開催!飛び入り参加歓迎!優勝者には賞金と豪華な副賞あり”だってさ」

 

濃い茶髪で、馬の尻尾を思わせるポニーテール。男勝りな雰囲気を持ち、十字型の槍を持った少女が、説明をした。

 

「じゃあ、これで優勝したら賞金がもらえるのか!」

「確かにそうだけど、まさか優勝する気でいるのか?」

「もちろんなのだ!」

 

茶髪の少女がそう聞くと、鈴々は元気よく答えた。

 

「随分な自信だな。でも、それは無理だな」

「なんでなのだ!?」

「当然だろ。優勝するのは、このあたしなんだからさ!」

 

茶髪の少女は胸を張って答えた。対して、鈴々は負けじと答える。

 

「むぅ〜……!でも、こっちにはお兄ちゃんがいるのだ!ね?お兄ちゃん!」

 

鈴々がそう聞くと、一刀は一人、違う方向を見ていた。

 

「…………」

「お兄ちゃん?」

「……ん?あ、ああ。ごめんな、鈴々。俺ちょっと用事が出来た」

「用事?」

「うん、じゃあな。がんばれよ!鈴々!」

 

笑顔で応援をすると、一刀はどこかへと走っていった……。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「さあ、ついに始まりました!冀州一武道会!北は幽州から南の方まで、全国各地から集まった猛者が競います」

 

城外の大広間に設けられた大闘技場にて、武道会が始まった。観客席には大勢の観客で埋まり、喝采の渦が巻き起こっている。

 

司会を務める眼鏡の少女――――陳琳(ちんりん)は言葉を紡いでいく。

 

「ではまずは、本大会の主催者をご紹介いたします!紀州太守にして超名門!袁家の当主であられる袁紹様!」

「皆さん!私主催の武道会へようこそ!心ゆくまで楽しんでいってくださいね!」

 

開会の言葉を言い終えると、文醜と顔良が“掌鼓”と“声呼歓”と書かれた看板を観客に見せつける。それに応じ、観客は拍手と歓声を贈る。

 

そして、拍手と大歓声?の中、ついに始まった。

 

【第一試合】

 

「まずは、優勝候補とも声がある鉄牛選手!」

 

巨大な(まさかり)を持った、背丈が2mを越えている筋肉隆々の男、鉄牛。

 

「対するは、今回の参加者の中で、最年少の張飛選手!果敢にも飛び入り参加してきた張飛選手には頑張ってほしいところですが、これは相手が悪いか!?」

 

観客側から見ても、両者の背丈の差は倍以上ある。見た目だけなら、分が悪いのは鈴々の様に思える。

 

 

“見た目だけなら”

 

 

試合開始の合図として、銅鑼が鳴り響く。開始と同時に、鉄牛は巨大な鉞を振り上げ、鈴々目掛けて降り下ろした。

 

「ぬおおぉぉぉ!!」

「先制攻撃は鉄牛選手!張飛選手、早くも敗退か!?」

 

観客のほとんどがそう思っていた。

 

しかし、ガギンッ!という金属音が鳴り響くと同時に、目を疑った。

 

「おーっと!張飛選手!あの一撃を受け止めた!」

 

鈴々は蛇矛で鉞の一撃を受け止めた。鉄牛は力を込めるが、全然動かない。対して、鈴々は微動だにせず、しっかりと相手を見据えていた。

 

「そんな程度では、鈴々には勝てないのだ~~!!」

 

鈴々は鉞を反らし、鉄牛の腹部目掛けて蛇矛の一撃を食らわせた。張翼徳の一撃を食らい、その巨体は観客席まで飛んで行った。

 

「うぐっ!くっ…」

 

鉄牛は気を失い、試合は決した。

 

途端に大歓声が上がった。

 

「やりました!張飛選手!これは序盤から大番狂わせです!」

 

【第二試合】

 

「さあ!開始から随分経っております」

 

第二試合では、先程の茶髪ポニーテールの少女が、槍を持った女性と戦っていた。

 

「今、絶賛武者修行中の馬超選手は西涼からの参加です。一方、相手は槍の名手との事ですが」

「はぁ!」

 

相手の槍使いが茶髪の少女――――【馬超】に、槍の連続突きを繰り出してきた。鋭く、素早い刺突。馬超はそれを、得物である十文字槍【銀閃】で防いでいる。涼しげな表情で、全てを全てを見透かしている様に。

 

相手は疲弊しており、肩を上下させている。

 

「なんだ、もうおわりか?」

「なにっ!?」

「じゃあ、今度はこっちから行かせてもらうぜ!!」

 

すると馬超は槍を構え、相手目掛けて凄まじい速さで攻撃を繰り出した。

 

「でやぁぁぁぁ!!!!」

「うわぁ!」

 

馬超による高速の反撃に成す術なく、相手は槍を手放し、倒れてしまった。

 

「安心しな、急所は外した。」

 

馬超が勝利し、またも大歓声が上がった。

 

それから張飛、馬超の二人は猛者達を次々と打ち倒していき、決勝戦へと勝ち上がっていった。段々と熱気を帯びていく会場。

ついに、決勝戦となった。

 

「紀州一武道会も、とうとう最後の試合です!決勝の場に進んだのは、張飛選手と馬超選手!今大会の最強を決める時がやって参りました!」

 

司会と大歓声の中、試合開始の銅鑼が鳴った。

 

「まさか、本当に決勝まで登って来るとはな――――かかってこい!」

「お前に勝って、優勝賞金は鈴々がもらうのだ!」

 

二人はお互い武器を構え、フゥっと息を吐いた。

 

気を落ち着かせた直後、同時に動いた。

 

「でりゃああぁぁぁぁ!!!!」

「うりゃああぁぁぁぁ!!!!」

 

二人は地を蹴り、空中へ飛んだ。まずは一撃打ち合い、着地してまた打ち合う二人。まさに決勝戦に相応しい戦いとなっていた。

馬超の一閃を鈴々は体を反らしてかわす。体をひねり、回転を加えた一撃を馬超に繰り出した。馬超もそれを防ぎ、二人は鍔迫り合いをしていた。

 

(こいつ、ちっこいくせに中々やるな!だが!)

 

心中で称賛しながらも、馬超は鈴々を力で強引に押し返した。

 

「勝つのは、あたしだぁぁ!!」

 

鈴々目掛けて、銀閃を降り下ろす。力の込められた、重い一撃。それが、鈴々に当たる――――

 

 

 

 

と思われたその時、ぐぅ~、と腹の虫が鳴った。

 

「なっ!?」

 

あまりにも場違いな音に、馬超は体勢を崩してしまい、槍が地面に突き刺さってしまった。観客からも、小さな笑いが巻き起こった。

 

音源である鈴々は、恥ずかしそうに頭をかいていた。

 

「え、えへへぇ〜……」

「えへへじゃないだろ!?真面目にやれ!」

「にゃはは、ごめんなのだ。」

「まったく、勝負の最中に腹が鳴るなんて、緊張感が足りな……」

 

馬超のお腹からも、ぐぅ~、と大きく鳴った。観客席から更に笑いが起こった。こうなれば、ぐうの音も出ない。本人は恥ずかしさから、顔を赤くしていた。

 

「両者そこまで!この勝負、引き分け。よって両者優勝とします!」

 

突然、袁紹による閉会宣言。会場全体はしん……と静まった。

我に帰った文醜と顔良は慌てて看板を上げる。すると、観客から拍手が贈られ、武道会は幕を閉じたのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

武道会の後、張飛と馬超の二人は袁紹の屋敷へ招待された。客間にて、並べられていた豪華な料理を、ものすごい勢いで口にしていた。大量にあった料理が、瞬く間に減っていく。

 

「今日のあなたたちの戦いぶり、本当に見事でしたわ。そこで、あなたたちに相談なんですけど。もし良かったら我が袁家の客将になっていただけませんこと?」

 

袁紹は、二人に勧誘の声をかけた。

 

「モグモグ……客将って何なのだ?」

「う〜ん……まあ、簡単に言えばお客さんみたいなもんだな」

「ふ〜ん……。客将になったら、毎日こんなごちそうが食べられるのか?」

「おーっほっほっほ!もちろんですわ!最高の料理人が腕を振るった料理をお出ししますわよ」

「だったらなるのだ〜!」

「少しの間ならいいかな」

 

二人は即決で、袁紹の誘いを引き受けた。

袁紹はまた高笑いをし、その様子を陰で目にしていた文醜はその場を去った。

 

 

向かった先は、顔良の部屋。

 

「う〜ん。ここのところ、あんまり出陣していないから、ちょっと運動不足かしら?」

「斗詩!大変だ!」

 

顔良は鏡を見ながら、お腹の肉を摘まみ、ため息をついている。お腹回りが気になる様だ。

 

そこへ、ノックもなしに文醜が入ってきた。

 

「何よ、猪々子!急に入って来ないでよ!?」

「麗羽様、どうやら張飛と馬超を召し抱えるみたいだぞ」

「いいじゃない。あの二人強いし、きっと戦力の増強に――――」

「何いってんだ!今でこそあたいらは、麗羽様の一の側近だけど、もしあんな馬鹿強い奴らが来たら!」

「た、確かにそうね」

 

文醜の言う通り、あの二人の武は計り知れない。少なくとも、自分達では絶対に敵わないだろう。

このままでは、自らの地位が危うくなってしまう。

 

「ど、どうする?」

「う〜ん………そうだ!」

 

何かを閃いた顔良は、文醜の耳に向かって、ひそひそと呟いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――翌朝。

 

謁見の間にて、袁紹は側近である二人の言葉を聞いて、眉をひそめる。

 

「張飛と馬超を召し抱えるのをやめろですって?」

「いや、そこまでは言ってませんけど……」

「あなた達も見たでしょう?あれだけの豪傑を配下にすれば、きっと曹操の鼻を明かしてやれますわ」

「武勇に優れているのは認めます。ですが、あの二人“強く、賢く、美しく”を掲げる袁紹軍の将としてふさわしいかどうか……」

「……確かに余りお上品とは思えないわね」

 

後一押しと、顔良は口を開く。

 

「そこで、一つ提案があるんですけど」

「提案?」

「はい。馬超と張飛が麗羽様の配下にふさわしいか試験をするんです」

「成る程、適正試験ということね?」

「「はい」」

 

二人は声を揃えて、返事をした。といっても二人も馬族出身なので、人の事は言えないのだが。

 

「いいでしょう。では、試験の問題は私が決めます。それであの二人と勝負なさい」

「ええっ!?」

「勝負、ですか?」

 

鈴々と馬超に無理難題を吹っ掛け、失格にするという作戦。その筈だったのに、予定が完全に狂ってしまったのであった。

 

「あの二人に勝ったら、私の側近はあなたたち。もし負けたら……」

「「負けたら……?」」

「“コレ”よ。“コレ”」

 

袁紹は右手で、首を切るように動かした。

 

これが意味する事は……。

 

「“コレ”って、斬首!?」

「違うわよ!クビってこと!」

「なぁんだ。よかっ――――て、ええ!?クビ!?」

 

絶対に負けられない文醜と顔良であった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「さあ!突発的に始まった袁紹軍適正試験!張飛、馬超の新参組と、お馴染み文醜、顔良組が強さ、賢さ、美しさの三つを競います」

 

場所は昨日と同じく、城外にある闘技場。司会は引き続き、陳琳が担当する。

 

「よう、鈴々!」

「あ、お兄ちゃん!」

 

声がする方向を方向を見ると、観客席に一刀がいた。鈴々は直ぐ様近くへ向かう。

 

「お兄ちゃん、いつ帰ってきたのだ?」

「ああ、ついさっきね。それにしても、一体全体これはどうなってんだ?」

「なんかわかんねぇけど、適正試験だってさ」

「そうなの?ええと……」

「ああ、あたしは馬超。字は孟起だ。」

「俺は北郷一刀。よろしく、馬超」

「ああ!」

 

またも偉人に出くわすが、流石にもう慣れてしまった一刀。

自己紹介をし終え、二人は戻っていき、一刀は席に座った。

 

そして試験が開始。

 

まずは【賢さ】

 

普通の椅子と木で出来たマジックハンド。そして、結構な高さ――三メートル程――まで吊るされたバナナが、闘技場に用意された。

 

(……なんだ、これ?)

 

一刀は心の中で呆れるしかなかった。

 

「う〜ん、あたいこういうの苦手なんだよな〜」

(いや、苦手とかそういうのじゃなくて……)

「こんなの簡単なのだ」

 

鈴々は椅子をバナナの下まで移動させ、椅子の上に立った。だが、それだけではバナナには届かない。

 

「あれ?届かないのだ。」

(惜しい、惜しいぞ!鈴々!)

 

心の中で鈴々を応援する一刀。

 

「馬鹿だなぁ〜。こういう時は道具を使うんだよ」

 

馬超はマジックハンドを手に取り、地面に足を付けたまま、バナナを掴もうとする。しかし、それでも届かない。

 

「あれ?届かないぞ?」

(惜しい、惜しいんだ!鈴々に馬超!そうじゃなくて!)

 

何もアドバイス出来ないもどかしさを感じながら、一刀は必死で二人に念を送っている。

当然ながら、二人は気づいていない。

 

「あの……これって、こうやってやればいいんじゃ………」

 

顔良は、椅子をバナナの下まで移動させ、その上に立ち、マジックハンドでバナナを取った。

 

「おお!」

「その手があったのだ!」

「どうだ!知力34の力を思い知ったか!ダ~ッハッハッハ!」

「うぅ、勝ったけどあんまり嬉しくない………」

(ていうか、難易度低すぎだろこれ)

 

続いて【美しさ】

 

四人は、それぞれの衣装部屋で準備していた。

 

「面白い服がいっぱいなのだ。」

「参ったなぁ〜。あたしオシャレとかあんまり……」

「お〜、結構あるなぁ」

「うおっ!?」

 

服選びに悩んでいると、一刀が突然出てきて、馬超は驚く。

 

「び、びっくりするだろ!」

「ごめんごめん。それより、ここは俺に任せてくれないか?」

「ええ?」

「うにゃ?」

 

そして、準備時間が経過した。

 

「さぁ、準備が整ったようです。まず最初は、張飛と馬超組です!」

「ガオーガオーなのだ〜♪」

 

まずは、桃色の虎の着ぐるみを着た鈴々が出てきた。本人も乗り気で、マスコットの様な愛らしさを出していた。観客側も、微笑ましく眺めている。

 

続いて、馬超が恥ずかしそうに出てきた。

白と黄色を基調としたワンピース、ポニーテールを解いて髪を下ろした彼女は、清楚な雰囲気を出していた。

 

観客から好印象をもらい、歓声が起こる。

 

「あ、あんまジロジロ見んなよ。あたし、こういうヒラヒラしたものは似合わないってわかってんだから……」

「そんなことないって。すごく可愛いじゃん」

「えっ!?そ、そうか……?」

「ああ!」

 

観客席から、一刀は笑顔で馬超を褒めた。面と向かって称賛され、顔を真っ赤にして俯いてしまった。もじもじと照れ臭そうにしている様は、いつもの男勝りなイメージはなく、可愛らしい乙女そのものだった。

 

所謂、ギャップ萌えというものだろうか。

 

「それでは客席の皆さん!審査をお願いします!」

 

すると、多くの観客が◯の札をあげていく。集計が行われ、結果、

 

「出ました!87点!かなりの高得点です!」

「よしっ!」

「にゃはは〜」

「やったぁ!」

 

一刀はガッツポーズを組み、鈴々と馬超も喜んだ。二人のプロデュースをした身としては、大変嬉しい結果となった。

男であり、あまり着飾らない一刀は苦戦したが、何とかなって何よりだった。

因みに選んだ理由はというと、似合っていたから、との事

 

 

次は、文醜と顔良の番である。

 

「くっ、やるな!こうなったら一か八かの勝負だ」

「ええ!?でも、この格好は……」

「行くぞ!」

 

二人は同時に飛び出した。

 

「乱世に乗じて平和を乱す賊共め!」

「漢王室に変わって成敗よ!」

 

何やらヒロインもののコスプレをした文醜と顔良。武器を手にし、決めポーズをとる。

 

結果、

 

「え〜っと、集計の結果13点です」

 

この有り様だ。

 

「87対13で張飛、馬超組の圧勝です!」

「よっしゃ!」

「やったのだ!」

「よかったな、二人とも」

 

張飛、馬超は二人で喜び、一刀も笑顔で答えた。

 

「負けた……」

「色々捨てたのに……負けた………」

 

対して、文醜と顔良の二人は、脱け殻の様になっていた。

 

最後に【強さ】

 

両者共、武器を取り出し、戦いを始める――――と思いきや、

 

「では最後、袁家に代々伝わるこの華麗で、優雅で、壮麗な白鳥のまわしを締めて、女相撲で決着をつけていただきますわ!」

 

そう言うと袁紹は、股間の部分から白鳥の頭が伸びている白いまわしを取り出した。

 

「「「「えええっ!?」」」」

「なんじゃそりゃ……」

 

四人は顔を真っ赤にし、一刀はまたも呆れていた。

 

準備を終えると、文醜と顔良はまわしを締め、顔を赤くして胸を押さえていた。まわし以外は何も身に付けていない為、二人の肌が観客に晒される。

観客から歓声が上がる――特に男性から――。

そして、最後の試験が始まる――――

 

「え〜、ここで残念なお知らせです。張飛、馬超組は最終試合を棄権するのことです」

 

事はなかった。

 

陳琳の放送により、二人は袁紹の側近を続けることが出来た。

 

だが、それと同時に失ったもの――精神的に――が多い結果となった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一方、一刀と鈴々、馬超の三人は町中を歩いていた。

 

「いや〜、いくらなんでもあれは勘弁してほしいよな〜」

「さすがの鈴々も、あれはちょっときついのだ」

「まあな。でも、二人のあの衣装は可愛かったけどね」

 

一刀がそう言うと、鈴々は、にゃははと笑い、馬超はまたも顔を赤くする。

 

「そういえば、お兄ちゃんはどこへ行ってたのだ?」

 

気づいた様に、鈴々は一刀に質問する。

 

「ああ、実はね――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――“四人”が宿に帰った時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

自分達の部屋へ、一番に入る鈴々。

 

「ただいまなのだ〜」

「こらぁ〜!!」

「ふにゃ!?」

 

開いた直後、突如響き渡る愛紗の怒声に、ビクッと肩を震わせた。部屋には、愛紗と星がいる。

 

「一体、今までどこに行ってたんだ!ちゃんと宿でおとなしくしていろと言ったのに、フラフラといなくなって一晩も帰ってこないなんて!」

「ま、まあまあ、愛紗。そんなに怒らなくても……」

「一刀殿もですよ!」

「はい」

 

宥めようとしたら巻き添えを食らってしまった一刀。

 

「昨日、どれだけ心配した事か……」

「ごめん、愛紗……」

「ごめんなさいなのだ……」

 

愛紗に心配をかけたことを素直に謝罪した二人。二人の落ち込み様を見た愛紗は、許すことにした。

 

「ま、まあ、今度から気をつけてくれれば――――ん、お主は?」

「えと、あの、どうも。あたし、馬超っていうんですけど……」

 

扉の方から、馬超が遠慮気味に顔を覗かせる。

 

「あのね、馬超はね、鈴々の新しい友達なのだ!」

「そ、そうなのか――――ん?一刀殿、その子は?」

「ああ、紹介するよ。この子は――――」

 

愛紗に聞かれ、一刀は“もう一人”の人物を皆に紹介する。

 

 




次回は、オリ話です。
張飛と馬超と別れた一刀は、どこに行っていたのか?という話になります。
次回も是非、ご覧下さい。


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~一刀、謎の少年と出会うのこと~

またまたお待たせ致しました。

それでは、どうぞ!


鈴々と別れた一刀は一人、町外れの森の中を歩いていた。何も喋る事はなく、ただ無言で歩いていた。

暫く歩き続けると、一呼吸置き、その場に立ち止まった。

 

「――――さて、そろそろ出てきてくれないかな?」

 

急に、そう言い出した。

周りから見れば、独り言のように見えるかもしれない。一刀は丁度、真横――右の方向――を見つめた。

 

そこにあるのは、一本の木。一刀の視線は、その“木の枝に立っている人物”に向けられていた。

忍者を思わせる、深い紺色の忍装束を着ており、フードを顔が隠れる位に深く被っている。フードの奥から見える、金色に輝く眼が、一刀を見据えていた。

 

「なるほど……あの時からのも全部、君だったんだね」

「…………」

 

一刀の言葉に無言で返す人物。同時に木の上から飛び下り、地面に着地した。

よく見ると背が低く、鈴々と同じ位だろうか。

 

「君は一体、何者なんだ?」

「…………」

「何で、俺をつけていたんだ?」

「…………」

 

一刀の問いに、一言も返さない。無言で、こちらを見つめている。

これでは埒があかない。溜め息をついていると、剣を抜く音がした。前を向くと、フードの人物は背中から剣を抜いていた。

そして唐突に、襲いかかってきた。

 

「うおっ!ちょ、ちょっと待てって!!」

 

咄嗟に、その剣を避ける。謎の人物は、構わず攻撃を続ける。まるで、“二人組で同時に振っている”かの様な高速の斬撃は空を切る。

一刀は何とか避けるも、顔が次第に苦痛で歪んでいく。ついに、木刀で防いだ。

 

「くっ!」

「――――木刀?」

「くっ………ぉおおお!」

 

その一撃を防ぐと、力の限り押し返し、上へ切り上げた。その際、木刀の先端がフードに引っ掛かる。その人物は後ろに転がりながら、バク転で体勢を立て直した。

 

目の前の人物を見て、一刀は目を丸くする。

 

「こ、子供? 」

「真剣を木刀で防ぐなんてね……」

 

フードが取れ、その顔は露になった。

綺麗な瑠璃色の髪で、幼さ故に美少女にも見えるという、実に中性的な顔立ち。満月の様な金色の瞳と合わさって、不思議な雰囲気を漂わせていた。

同時に、こんな小さい子供が、あの凄まじい程の“氣”を自分へ発していた事にも驚いていた。

 

「君は、一体………」

「しかも、木刀に傷一つ付いていない」

 

少年は、目を細めて呟いた。木刀をよく見てみると、あの凄まじい斬撃を受けていたのにも関わらず、一切傷が付いていない。新品同様と言っても疑われないだろう。

 

「ああ、結構丈夫なんだよ。これ」

「………丈夫で済むの?それ」

「うん」

「…………」

 

あっさりとした返答に、少年は呆れた様に視線を送る。

 

(本当にこの人で、いいのかな?)

「さてと――――どうする?まだやるかい?」

 

その言葉を聞き、少年は答えるかの様に剣を構える。今度は逆手に持ち変え、体勢を低くする。

 

「まだやる、か………」

「今度は……殺す気で行くよ」

 

少年は獲物の狙うかの様に、一刀を睨み付けた。金色の眼光が鋭くなる。

はぁ……と、ため息をつく。その直後、顔を引き締め、木刀を構えた。

 

「やる気になった?」

「いや、まだ納得がいってないんだけどさ……“撃剣(げきけん)”を扱うとなると、厳しくなるのは分かるからね」

「………気づいてたんだ」

「まぁな」

 

少年は一瞬、大きく目を見開くが、すぐに戻した。

すると、少年は剣を持っている手とは、逆の手を出した。左手には鋭利なクナイが握られており、剣の柄の部分に紐――或いは鞭――が付いており、クナイの柄の部分と繋がっていた。一刀に繰り出したあの斬撃は、恐らく剣とクナイを上手く使った攻撃だろう。

 

撃剣というのは、武器の名称ではなく、刀剣を扱った剣術の総称だ。明治初期の日本では、剣道の事を指す。

少年が手にしている得物は、言うなれば、クナイを括りつけた長穂剣。

 

(だけど、あの高速の斬撃は本物だ。どっちにせよ、警戒は怠るもんじゃない)

(今度こそ、あんたの力を見せてもらう)

 

二人は相手の動向に警戒しながら、武器を構えた。

 

「「ッ!!」」

 

次の瞬間、二人は同時に走りだし、大きな金属音を響かせた。武器と武器をぶつけ合い、力を込め、押し返さんと、鍔競り合いをしている。

 

「うぉおおっ!」

「っ!」

 

二人は同時に後ろへ飛び退き、横に走り出した。森の木々を抜け、二人は川原に出てくる。

 

「っ!!」

「くっ!」

 

少年は大きく跳躍し、横向きに回転しながら、一撃を与える。落下の速度を利用した重い斬撃。一刀はそれを防ぎ、押し返すと、素早く突きを繰り出した。

 

「ハッ!!」

「っ!」

 

少年は体を捻らせて回避し、飛び退くと同時にクナイを投げつけた。一刀はそれを木刀で横に薙ぎ払う。

構わず、少年は紐を掴むと、数回回してから、一刀の足目掛けて投げつけた。

 

「うわっ!」

 

紐が足に絡まり、バランスを崩して後ろに倒れた。少年はジャンプし、剣を両手で逆手に持ち、一刀の首目掛けて刃を向ける。落下してくる少年を見て、一刀も木刀を構える――――

 

「っ!?」

 

――――事はなく、そのまま仰向けに倒れている。少年は目を見開きながらも、そのまま落下する。

 

そして、突きつけた刃の切っ先が、一刀の首の喉仏に触れるかどうかの距離で制止した。

 

「………」

「………何で、反撃しない?」

「………」

 

馬乗りしたまま、少年は怒気を含めて言った。

対して一刀は、大の字で寝転び、少年を見つめていた。その態度に苛立つ少年。

 

「……する必要がないだろ?」

「え?」

「君は、俺を殺したりはしない。いや、本当は人を殺したくはないんだろ?」

「ッ!」

 

その言葉に、少年はそこから飛び退く。一刀は砂埃を払いながら起き上がり、少年と向かい合った。

 

「何を……言ってるんだ……」

「その言葉通りだよ。君は無闇に人を殺す様な事はしたくない。俺も、君とは戦いたくない。だったら、戦う必要なんてないだろ?」

「ふざけるな!!」

 

少年は肩を震わせ、怒りを込めた声で大きく叫んだ。

 

「一体何を言ってるんだ!僕はそんな事思ってなんかいない!勝手な想像するな!」

「じゃあ何で“あの時”、あんな悲しそうな眼をしていたんだ。」

「……なんの事?」

「赤銅山で、賊を殺した後の君の眼だよ。人を殺すことに抵抗を感じている……悲しみの眼だ」

 

今でも鮮明に思い出す。

自分達に振り返り、目と目が合った際、金色の瞳が微かに震えている様に見えた。

 

「……抵抗?なんで?あんな奴等、生きる価値なんかない!だってそうだろ!?何の罪もない弱い人達を傷つけ、何かも奪っていく!あんな奴らを殺すのを躊躇ってるって言うのか!?」

「ああ、そうさ」

「ッ!」

 

少年はまたも沈黙し、一刀を睨み付ける。

一刀は臆することなく、少年の眼を見つめている。

確かに、この少年の言う通り、賊がやってきたことは皆、許されることではない。殺されて当然なのかもしれない。

しかし、こんな小さな少年まで辛い思いをしなければならないというこの現実、賊の様な輩なんかの為に、未来あるこの子の人生を狂わせてしまう、この乱世に悲しみを隠せないのも事実。

 

「君は、その罪もない弱い人達を助けたいんだろ?」

「別に……僕はただ、賊を殺せればそれでいいんだ!人助けなんて興味もない!平気で人を殺す悪魔なんだよ僕は!」

「本当に?」

「そうだよ!」

「じゃあ、何で助けたんだ?」

「別に、僕は……助けてなんか………」

「赤銅山の時だって、俺達を助けてくれたじゃないか」

「か、勘違いするな!あれは偶然だよ!別に助けたくて、助けた訳じゃ――――」

「じゃあ何故?」

「………」

 

一刀の問いに少年は口を閉じた。数瞬の後、口を開く。

 

「――――復讐さ」

「復讐?」

「“ある男”を殺す為に、あんたの力が必要なんだ。だから助けた」

 

怒りを堪える様に、拳を握り締める。その様子を見た一刀の表情が曇る。

 

「俺は……」

「分かってる。復讐を手伝う気はない、でしょ?そもそも、他人である僕の頼みを聞くなんて、都合が良すぎるしね」

 

ある意味予想通りだ。やっぱりか、と自嘲気味に笑う少年。

 

「――――俺は、手伝うって言うよりも君を助けたいんだ」

「……助ける?なんで?」

「君は、何故戦ってるんだ?」

「何故って……復讐するために決まってるだろ」

「確かに、それもあるかもしれない。でも、もう一つ。“弱い人達を助けたい”、これも理由じゃないか?」

「だから、そんなことないって言ってるだろ!」

 

一刀から顔を反らし、そう叫んだ。また、視線を前に戻し、睥睨(へいげい)する。

 

「じゃあ聞くけど、あんたは何の為に戦うの?」

「…………」

 

そう問うと、一刀は木刀とは逆の手を胸の前まで持っていき、ゆっくりと握り締めた。

 

「大切な人達を、守る為だ」

「守る?その木刀で?」

「ああ」

「………この世の中、賊や悪人は山程いる。人を殺したこともないくせに、簡単に言うなよ………!」

 

苛立ち、怒りを込めて、言い放つ。幼い頃に人を手にかけた自分からすれば、一刀の言っている事はただの夢物語に過ぎない。甘言しか口にしない彼に、余計憤ってしまう。

 

「確かに、君の言う通りだ。俺はまだ人を殺したことはない。でも、いつかはこの手で殺めてしまうかもしれない……」

 

一刀は両手を握り締め、震える手を抑えている。

 

「だけど、目の前で大切な人が奪われるのはもっと耐えられない………!仲間を守れるのなら、俺は、その罪を一生背負って生きていく覚悟だ」

 

一刀は顔を上げ、決意の言葉を述べた。信念が込められた眼で見られ、少年はたじろぐ。先程の弱々しい様子が、まったく見られない。

 

「君にも、そういう人がいるんじゃないのか?」

「――――そんな人は……いないよ……」

 

目線を反らし、顔を俯かせる。

 

「僕が守りたかったものは、全部奪われた……。僕にはもう、何もない………」

 

何かに耐える様に、少年は拳を握り締め、言葉を出す。

 

「一人、なのか……同じだな」

「えっ?」

「俺もさ、小さい頃に両親を亡くして、それからじいちゃんに育ててもらったんだ。でも、そのじいちゃんも亡くなって、今では一人なんだ………」

 

少年は顔を上げて、黙って聞いていた。

 

「だから、俺は決意した。今度こそ俺の大切なものを守ってみせる。守りたかったものの分まで守ってみせるって」

「…………」

「君は、どうする?」

「僕は………」

 

少年はまたも顔を俯かせる。

 

脳裏に、過去の記憶が横切った。

 

何一つ守ることができなかった。

守られてばかりの弱い自分が嫌だった。

 

だから強くなろうと思った。“あの人”が言い残した言葉を信じて、僕は虐げられていく人達を助けたいと思った。だが、自らが持つ“ある力”故に、守ろうとしているものに恐れられる様になってしまった。

それでも、少年は守り続けてみせると誓った。

“あの人”の言葉。そして、この世に平和が訪れることを信じて。

 

しかし、

 

「それでも……僕は、あの男を殺すことは諦めない」

「……そうか」

「……止めないの?」

「やるかどうかは、君の自由だ。俺がどうこう言う事はない」

「でも……まずはあんたを信じてみようと思うんだ」

 

予想だにしなかった少年の言葉に、一刀は目を丸くする。

 

「俺を?」

「うん……何でかな。あんたは信じてみてもいいんだって、なんか安心するんだ」

「そっか、なんか嬉しいよ」

 

微かな笑みを浮かべ、少年は言った。

年相応の優しく、愛らしい笑みに、一刀も微笑む。

 

「いや〜、やっと笑ってくれたな」

「え?――――あっ……」

 

一刀に指摘され、少年は手で顔を隠す。その頬は、微かに赤みを帯びていた。

それを見て、やっぱり子供は笑顔が一番だ、と一刀は更に笑みを深める。

 

そして、ある提案を述べる。

 

「なぁ、もしよかったらさ、俺と一緒に来ないか?」

「え?」

 

一刀は笑顔でそう持ちかけた。対して少年は、困惑した表情を浮かべた。

 

「で、でも、僕なんかが……」

「そんなこと言うなよ。何も、この世の人達全員がお前を嫌っている訳じゃない。約束する。俺はお前のことを拒絶しない。絶対にな」

 

真剣な眼差しで少年を見つめ、手を差し出した。

 

その強い眼差しを見て、少年の心にも揺らぎが生じる。

 

本当に、いいのだろうか?

 

体は正直なものだ。戸惑いながらも、少年の右手はゆっくりと上がっていく。そして、手を出そうとした――――

 

「「っ!」」

 

突然、二人は動きを止めた。そして何かを感知し、走り出した。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

袁紹が治める冀州から少し離れた、辺り一面が荒野の場所。曹操率いる軍勢が冀州に逃げ込んだ賊を、この荒野に追い詰め、討伐したのだ。

 

「華淋様」

「どうしたの?春蘭」

 

突然、夏侯惇が天幕に入ってきた。玉座に腰かけている曹操の前まで来る。

 

「はっ。捕らえた賊を尋問した所、どうやら途中ではぐれた仲間がいる様です」

「成程。道理で、賊の数が報告と違い、やけに少ないと思ったら………。で、春蘭。残りの賊の居場所は?」

「はっ。冀州より少し外れた、村の方へと向かったそうです」

「そう」

 

報告を聞き、曹操は玉座から腰を上げる。

 

「春蘭!今すぐ軍の隊列を整えよ!整い次第、残りの賊の討伐を開始する!」

「はっ!」

 

夏侯惇にそう命令した曹操は、堂々としており、覇王の威厳を放っていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

一刀と少年は、森を抜ける。

目の前には、一つの村があった。しかしそこは、正に賊の襲撃に遭っている最中だった。

 

「くっ!」

「っ……!」

 

一刀は拳を握りしめ、少年も忌々しそうに睨んでいた。

 

「きゃあ!」

 

悲鳴のした方を見ると、一人の女性が尻を付いて倒れていた。目の前にいる賊によって壁に追い詰められ、恐怖に怯えていた。

 

「へへ、もう逃げられねぇぞ」

「い、いや、た、助けて……」

 

賊は汚い笑みを浮かべて、女性にじりじりと近づいていく。もうだめだ、と女性が頭を抱えた――――その時だ。

 

「ぐぼはぁ!?」

 

殴打する音と共に、賊の悲鳴が聞こえた。恐る恐る見上げると、賊が白目になりながら仰向けに倒れていた。顔には痣ができており、目の前には青年と少年が立っていた。

 

「大丈夫か?」

「え?あ、はい……」

 

気づいた一刀は後ろにいる女性に声をかけた。女性は戸惑いながらも、返事する。

 

「君は、ここの村の人だよね?」

「えっ?――――あ、あの!助けて下さい!お願いします!」

「ああ、必ず助ける。とりあえず、君は安全な所へ逃げるんだ」

「は、はい」

 

もう一度礼を述べ、女性はその場から去っていった。それを見送り、一刀は村の方に視線を向ける。

 

「行くか。えっと……」

「――――【月読(つくよみ)】」

「え?」

「僕の、名前」

「………俺は一刀、北郷一刀だ!」

 

北郷一刀、そして少年こと月読の二人は同時に走った。

 

奥の方へ進むと、そこでは賊が略奪の限りを尽くしていた。得物を手に次々と手にかけていく。

 

「うおおお!!」

 

その光景を目の当たりにし、怒りに燃える一刀。走る速度を落とさずに、そのまま賊の腹部に目掛けて、木刀を振り切った。

 

「げほぉ!」

 

肉に深々とめり込む。剣を落とし、呻きながら、賊は前のめりに倒れた。

 

「な、なんだ!てめえ!」

「お前らなんかに名乗る名なんかねぇよ」

「この野郎!」

 

賊は剣を大きく振りかぶった。しかし、大振りな上に隙がありすぎる一撃を食らう訳がない。

 

一刀は容易にかわし、突きを食らわす。屈んでくの字に曲がった所を、頬目掛けて横向きに薙ぐ。

仲間が倒れた所を目の当たりにし、賊の一人が仲間を呼ぶ。

 

「くそ!おい、囲め囲め!」

 

呼び掛けに応じ、かなりの数――総勢五十人――の賊が、一刀を中心に包囲する。対する一刀は焦る事なく、冷静に木刀を構えた。

 

「へっ!たった一人でこの数は無理だろ?」

「そいつはどうかな?それに俺は一人じゃないんでね」

「何――――ぐはっ!」

 

怪訝に思う賊の一人。突然、後方から鋭い短剣が飛来し、賊の脛椎を切り裂いた。

 

「正しくは、二人なんだよね」

「な、なんだ!?」

 

スタッ……と、どこからともなく、月読は一刀の背中に降り立つ。まるで瞬間移動したかの様に、前触れもなく現れた。

何が起こったのか分からず、賊達に動揺が伝染していく。

 

「じゃ、背中頼むぜ」

「……了解」

 

反発する磁石が弾ける様に、二人は同時に駆け出した。

 

「ひ、ひいい!」

「な、なんなんだこいつら!?」

 

二人の気迫に、賊はたじたじになっていた。

 

一刀は迫り来る賊の攻撃を回避しながら、首や鳩尾など、急所を狙って攻撃を繰り出す。力の込められた、一つ一つ、重い一撃を食らい、賊はやられた所を押さえながら蹲っている。

月読は得意の速さで敵を翻弄しつつ、紐を持ち、短剣を回しながら、相手の武器を叩き落とす。更に逆手に構えた剣で切り裂いていく、正に電光石火の如く。

 

今の二人に敵う者など、この場にはいない。

二人の活躍によって、五十人近くいた賊の殆どが全滅した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

賊を一掃した後、村人全員から感謝の言葉を投げ掛けられた一刀と月読。一刀は困ったように苦笑し、月読は無表情で傍観に徹している。

 

村を救った御礼をしたいと、一刀と月読の二人は、用意された部屋で一泊する事になった。気づけば、辺りはもう暗くなっている。野宿するよりは、とお言葉に甘える事にした。

二人は用意された部屋で寛いでいた。一刀は両手を頭の後ろにやり、ベッドに大の字に横になっている。

 

(結局、泊まることになっちゃったな。帰ったら、愛紗に叱られるかも……)

 

ここにはいない愛紗に説教される所を想像し、ブルブルと震えている一刀。

 

(月読は、もう寝てるのか?とにかく、今日はもう寝よっと)

 

一刀は眼を閉じ、眠りに落ちた。

 

「――――」

 

寝静まった後、“隣にいた少年”は、閉じていた瞼を開く。目にしたのは天井。そして視界を、隣にいる青年に向けた。

 

「……普通に寝てるし。僕が怪しい奴だったらどうするんだよ」

「うぅ……愛紗、頼む……偃月刀振り回しながら、町中を追いかけ回すのはやめてくれ~……謝るから~……」

「なに言ってるんだこの人」

 

やけに具体的な寝言を口走る一刀。魘されている様子を見ると、悪夢を見ているのだろう。

 

呆れてものが言えない。溜め息をついた後、月読は横になる。毛布を羽織、瞳を閉じた。

 

(そういえば、久し振りだな……誰かと一緒に寝るのって)

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、村人達に出迎えてもらいながら、二人は出発した。

 

やがて森を抜け、二人は冀州へ入った。

 

「これからどうするの?」

「ああ、俺の仲間にお前を紹介したいから、まずは宿へ行こうと思う。」

「………」

 

月読は急に顔を曇らせた。

 

「不安か?」

「ちょっと、ね……」

「大丈夫。きっと受け入れてくれるよ」

「う、うん………」

 

一刀は笑顔で答えるも、月読は尚も顔を曇らせたままである。そのまま町を歩いていると、一つの看板に眼を向けた。

 

「え~っと………うん、読めない」

「“袁紹軍適性試験、張飛・馬超組対文醜・顔良組”だってさ」

 

一刀が漢文を読むのに苦労していると、月読がスラスラと説明した。

張飛という名に反応し、えっ?と声を漏らす。

 

「り、鈴々?何でこんなことになってんだ?」

「知り合い?」

「ああ、さっき言ってた俺の仲間だよ」

「ふ〜ん……行ってくれば?」

「えっ、いいのか?」

「ああ、僕はここで待ってるよ。騒がしいのはあんまり好きじゃないんだ」

「………悪いな。それじゃあ」

 

一刀はそう言うと、闘技場へと向かった。

 

一人その場に残った月読。一息つき、壁にもたれかかる。背中を預けながら、ふと空を見上げた。

 

「……なにやってんだろ」

 

極力、誰とも干渉しない。“巻き込みたくない”から。

そう決意し、今まで一人旅を続けてきたというのに。なんだこの状況は。

 

何故だろう。何故、自分はあの男についているのだろう?何故、信用しようとしているのだろう?

 

分からない。

 

ただ、信頼できそうな人だったから?

 

我ながら、馬鹿みたいな理由だと思う。しかし、何故か自分は今、こうして町に来て、あの男と共にいる。

 

「訳わかんないな、まったく」

 

溜め息をついていると、自分に幾つかの視線が向けられている事に気づく。

道行く人々の、数人がこちらに視線を向けていた。

 

こちらが見ると、何故か視線を反らす。怪訝に思う月読。

 

理由としては、まず月読の容姿だ。

 

幼い顔立ちの為か、中性的な容貌をしており、尚且つ小柄だ。線が細く、どこか儚げな印象も与えている。初見では、少女と述べる人が多いだろう。男性と女性、両方の視線を集めていた。

 

しかし、全てが良く見られているとは限らない。

 

「なんだ、あの変な目」

「気味悪ぃな……」

「うわ、こっち見やがった」

「ねぇ、何なのあの子?」

「なんか怖いよね」

「行こう、関わりたくないし」

「うん、不気味だよね」

 

ひそひそと呟かれる、嘲笑と陰口の数々。月読が少し睨みを効かせただけで、その町民は直ぐ視線を反らし、そそくさと立ち去っていく。

 

この位の悪口、とっくに慣れている。鼻を鳴らし、月読は目を閉じる。

 

そのまま、一刀が来るのを待つのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「そういえば、お兄ちゃんは、どこに行ってたのだ?」

「ああ、実はね――――人と会ってたんだ」

「はにゃ?」

「あ、いたいた。お〜い!」

 

一刀は、壁にもたれている一人の少年に声をかけた。

 

「鈴々、この子は月読って言うんだ」

「ふ〜ん、鈴々は鈴々なのだ♪よろしくなのだ」

「………えと、よろしく。ていうか、真名じゃないの、それ?」

「にゃはは、そうなのだ」

 

笑いながら頭をかいていると、月読は眼を丸くしていた。

 

「あたしの名は馬超だ。よろしくな、月読」

「う、うん、よろしく」

 

今度は馬超が自己紹介をし、月読も返事を返す。

 

そして、夕焼けの中を四人で歩き、宿へと帰っていった。辺りはすっかり夜となり、一刀と鈴々は、二人仲良く愛紗に説教されるのであった。

 

「まったく――――ん?一刀殿、その子は?」

「ああ、紹介するよ。この子は――――」

「……月読」

 

一刀は月読を前に出し、月読も自分の名前を答える。

 

「一刀殿、これは一体どういう?」

「うん、実はね――――」

 

一刀は、月読と出会ってからの事を話した。途端、愛紗は形相を変えて詰め寄る。

 

「なっ!そんなことがあったんですか!?」

「いや、そんなに驚かなくても………」

「そういう問題ではない!」

 

愛紗は大声で叫んだ。一刀は思わず押し黙ってしまう。鈴々と月読は、同時に両手で耳を塞いだ。

 

「怪我ではすまなかったら、どうするんですか……!」

「………ご、ごめん」

「でも、無事でよかったです」

 

余程、心配をさせてしまったのだろう。一刀は素直に謝罪する。そして愛紗は、綺麗な笑顔で答えた。

 

「うむ、妻を待たせるのは良くないぞ、一刀」

「な、何を言う星!?私は妻などでは――――」

「おや、私は愛紗の事を言ったのではないのだが?」

「うっ!」

 

星はニヤニヤと笑みを浮かべ、愛紗は顔を真っ赤にした。星が茶々を入れる事によって、その場の空気が少し和らいだ。

 

「…………」

「おっと、すまないな月読とやら。我が名は関羽。よろしく頼む」

「同じく趙雲だ」

「う、うん……」

 

戸惑っている月読の視線に気づき、愛紗と趙雲は自己紹介をする。

 

「一刀殿から話は聞いた。これからよろしく頼む」

「……いいの?僕みたいなやつをそんな簡単に――――」

「一刀殿が信じるというのなら、私もお前を信じる。私達はもう仲間だ、な?」

 

身長に合わせる様、愛紗は屈む。不安な表情を浮かべる月読の頭を、そっと優しく撫でる。驚く月読だが、反抗はしない。彼女の笑顔は慈愛に満ちており、心に安らぎを感じる。

 

照れ臭そうに、俯く月読。その様子を見ていた一刀も優しい微笑みを浮かべた。

 

 




というわけでですね、このオリキャラも主人公っぽい扱いにしていきます。なろうで見ていた読者の方は、もうご存知かと思います。

そして、度々、様々なアドバイスや要望を提供して頂き、ありがとうございます。是非、参考にさせていただきます。

次回もご覧下さい。それでは♪


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~馬超、曹操を狙わんとするのこと~

とある屋敷に設置されている、広い鍛練場。そこでは、一人の男性と、一人の少女が相対していた。得物である槍を構え、相手の出方を見る。

 

しばらくすると、少女に変化が生じた。得物を構えている手が、カタカタと震えだしたのだ。

 

「――――(すい)、お前何か隠し事をしているな?」

「な、何言ってんだよ!?あたし、今朝おねしょなんてしてな――――あっ!」

「はっはっは!そうかそうか、隠し事はおねしょか」

 

男性――――名は馬騰(ばとう)と言い、少女の父親だ。少女こと翠は、顔を赤くしていた。

 

「け、けど、何で分かったんだよ?あたしが隠し事してるって……」

「武術というものは、正直なものだ。心に(やま)しい所があれば、それが気の濁りとなって表れる」

「それじゃあ……」

「ああ。お前の構えには、心気の曇りが感じられた」

 

そう説明すると、翠は武器を構えたまま、落ち込むように俯く。

 

「どうした?おねしょの事ならそんなに気に病む事じゃないぞ」

「そうじゃないよ……。父ちゃんはあたしの構えを見て、あたしの気持ちが分かったのに……。あたしが父ちゃんの気持ちが分からなかったのが悔しくて……」

「なんだ、そんなことか。大丈夫。お前もちゃんと修行すれば、すぐに気が読めるようになる」

「本当に!?」

「もちろん」

 

暗い顔から一変、明るい満面の笑みを浮かべた。対する馬騰も、父親として優しくそう答えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「父ちゃん……あたし……いっぱい練習するから――――ん?」

 

幼い頃の夢。

翠こと馬超は、寝ぼけながら瞼を開けた。

 

「夢、か……」

「やっと起きたか」

「ん?」

 

突如、下の方から声が聞こえてきた。見てみると、部屋の床には星がいた。

 

「何で、そんなとこで寝てんだ?」

「好きでこうしている訳ではない。寝ている間にお主に突き落とされたのだ」

「ええっ!?わ、悪ぃ、あたし寝相悪くって……」

 

まさか自分が原因だったとは。

馬超は顔を赤くして、申し訳なさそうに謝罪する。

すると、星は笑みを浮かべた。

 

「何、そう謝ることではない。お返しに私もお主が寝ている間に――――いや、見たところ生娘の様だし、何をしたかは黙っておいた方がよいか」

「――――って、寝ている間にあたしに何かしたのか、おい!?」

 

舐める様に馬超の体をを見ながらそう答える星。やや乱れた寝巻き姿に、髪を下ろした姿は、異性の目を釘付けにする程の魅力があった。

思わず、赤面しながら叫ぶ馬超。

 

因みに一刀、愛紗、鈴々、月読の四人はまだ寝ていた。

 

 

 

それから少し経った後、全員が起床し、朝食をとる。

 

「いや〜、相部屋させてもらった上に飯までおごってもらって悪いな」

「気にすることはないのだ。“旅は道ずれ世は――――世は情けない”って言うし」

「“世は情け”だ。まあ、三人部屋に無理言って六人で泊まらせてもらってるのは情けないと言えば情けないが……」

 

正直、かなり無理を言っている様にも見える。

 

「武闘大会の賞金、ちゃんともらってくればよかったのだ」

「そうだよな。けど、今更のこのこ取りに行くってのもな〜」

「まあ、しょうがないさ――――ん?」

 

一刀はそう言うと、今度は月読の方へ目をやった。皿には何も盛られてなく、月読はただ座っているだけだった。

 

「どうした、月読。食べないのか?」

「えっ……いや、別に……」

「……どこか具合が悪いのか?」

「いや、そうじゃなくて……お腹が空いてないだけ――――」

 

タイミングが悪そうに、月読の腹部から、グゥ〜と腹の虫が鳴った。口はそう言っているものの、体は正直なものだ。

 

「はぁ、遠慮してたのか?」

「それは……」

「いいか?俺達はもう仲間なんだ。そんな固くなんなよ」

「う、うん……」

 

今までたった一人で過ごし、人との接触を避けていた為でもあるのだろう。

呆れた様に一刀が言うと、月読はぎこちなく頷いた。

 

「一刀殿の言うとおりだ。子供が遠慮することはない、ほら」

「………ありがとう。いただきます」

 

愛紗は笑みを浮かべながら、更に朝食を盛ると、月読に渡す。漸く、月読は食べ始めた。余程我慢してたのか、すごい勢いで口に放り込んでいた。

まだまだ育ち盛りな年頃な男の子、中々な食べっぷりである。

 

(まあ、ゆっくり慣れていけばいいかな)

「お主達、こんな話を知っておるか?」

 

一刀が一息つくと、唐突に星が語り始めた。

 

「昔、とある国の王“勾践(こうせん)”は、敵国に囚われていた時の事を忘れぬよう、寝室の天井から苦い肝を吊るし、それを嘗めては復讐の気持ちを新たにしたと言う」

「へぇ〜そうなんだ。で、それがどうかしたのか?」

「いや、特に意味はない。」

 

意味ないんかい、と突っ込みたくなる。

 

“二人”を除く全員が、呆れた様子で星を見ていた。

 

一刀はちらり、と横目で月読を見る。月読は聞いているのかどうかは分からないが、黙々と食事をし、モグモグと咀嚼している。こうして見ると、どこにでもいる普通の男の子だ。

 

しかし、その心の内には、とてつもない“憎しみ”を抱いている。

 

その事を知っている一刀は、複雑な心境だった。

 

 

全員が朝食を食べ終える。すると、鈴々が急に立ち上がった。

 

「よぉ~し!月読、遊びにいくのだ〜!」

「ええっ、ちょ、ちょっと!?」

「おいおい、待てって!」

 

突然、鈴々は月読の手を引いて外へ出た。流されるままに連れていかれ、馬超も慌てて追い掛ける。

 

「やれやれ」

「あれ?愛紗、てっきり叱るのかと思ったけど」

「いえ。今回はまあ、いいと思いまして」

「……愛紗、月読の事なんだけど――――」

 

月読の事を告げようとすると、愛紗は手を前に出し、口を止める。

 

「分かっています。赤銅山の時の子でしょう?」

「分かってたんだ」

「まあ、あの“金色の眼”はそうそう忘れませんからな」

 

壁にもたれていた星も気づいていたらしく、話に加わってきた。

二人はお見通しだったらしく、一刀は拍子抜けする。

 

「それにしても、二人共よく受け入れてくれたね」

「拒む理由がありませんからね」

「うむ、その通り」

「それに、何故かあの子をほっとけなく思えて……」

 

愛紗は頬をかきながら、苦笑いで答えた。鈴々の時もそうだが、彼女にはこういう面倒見の良い所もある。

 

「でも、二人が受け入れてくれてよかったよ」

「ええ、まあ……」

「フフッ」

 

笑顔で答えると、愛紗は照れくさそうにし、星は腕を組んだまま笑みを浮かべていた。

 

「さて、それじゃあ、俺も鈴々達と一緒に――――」

「「お前は働け」」

「ですよね、はい」

 

乗じてさぼろうとしたが、そうは問屋が卸さない。愛紗と星の切れ長の瞳が鋭さを増し、一刀を射抜いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

冀州の町中、曹操率いる軍勢が賊の一団を捕らえ、袁紹の屋敷へと向かっていく。その最中、馬に誇りながら、一人考えに耽る曹操。

 

(残りの賊五十人、一体誰が?)

 

後方にある、木製の牢屋――数十人が入れる程の大きさ――に目を向けた。そこには、捕縛した賊達が入れられていた。

合計で二十数人。後は全員討伐された。

半分は曹操軍が制圧した賊だが、もう半分は違う。

今朝、村へ着いた時には、残りの賊五十人は全員打ちのめされていた。村人達に聞いた所、たったの二人組が討伐したという。一人は茶髪で白く輝く服を着ている青年。もう一人は瑠璃色の髪で、金色の眼をしている小さな少年だと。

 

(不思議な事もあるものね)

「華淋様」

「何、春蘭?」

 

物思いに耽っていると、横から自分の部下である夏候惇が控えていた。

 

「どうかなさいましたか?」

「ええ、賊五十人を討伐した二人組の事を考えていたのよ」

「賊五十人をたった二人で……相当の手練れかもな、秋蘭」

「そうかもな、姉者」

 

秋蘭と言われた女性はそう言った。

白に近い水色の髪で顔半分が前髪で隠れており、夏候惇と対照的な青い服を着ている。名を【夏候淵(かこうえん)】真名を【秋蘭(しゅうらん)】と言う。

 

「まあ、出会えるとは限らないけどね」

 

曹操はそう言うと、前を向いた。

 

 

 

曹操軍の隊列を、遠くから眺めている一人の少女。

 

「うにゃ、何なのだ?」

 

鈴々は月読、馬超の二人と歩いていると目の前に人だかりができているのを見つけた。

人混みを抜けると、そこには一つの軍隊が、町の中央を横断していた。

 

「あっ、曹操なのだ!」

「ちょ、ちょっと!?」

「っ、曹操……!?」

 

鈴々は月読の手を引いて、曹操の方へ向かった。

 

馬超はというと、曹操の名を耳にした途端、目を大きく見開いた。

 

「こんにちはなのだ!」

「お前は、この前の……」

 

鈴々が大きい声で挨拶をすると、曹操は気づき、馬を止めた。

 

「今日はあの黒髪の者は一緒ではないのか?」

「愛紗はお仕事中なのだ」

「ほう、あの者は愛紗というのか」

「愛紗は真名で、名前は関羽というのだ」

「そうか――――ん?」

 

すると曹操は、鈴々の横にいる月読に目を向けた。

 

「その者は?」

「鈴々の友達で、月読なのだ」

「月読、です……」

「…………」

 

月読はペコリと一礼し、挨拶をする。対する曹操は、目を細めてじっと見つめていた。

 

(瑠璃色の髪、金色の眼、まさかこの子が……?)

「あの、なにか……?」

 

心の奥を見透かされる様に凝視され、月読は居心地が悪くなる。気まずそうに聞くと、曹操は口を開いた。

 

「あなた、もしかして――――」

「曹操!覚悟っ!!」

「っ!!」

 

突然、馬超が曹操軍の兵士から奪った槍を手に、曹操目掛けて上から突撃する。

 

「なっ!?」

「くっ!」

 

しかし、咄嗟に夏候惇が武器である大剣で馬超の攻撃を防ぎ、夏候淵は曹操を抱えて回避した。

 

二人の迅速な対処に驚きつつ、馬超は槍を構え直す。

「何奴!?」

「西涼の馬騰が一子(いっし)、馬超推参!!」

「なっ!?」

 

夏候惇は驚いた表情を浮かべ、曹操も表情に微かな変化が生じる。

 

「父の敵、執らせてもらうぞ!!」

「やめるのだ馬超!」

「ちょっと待った!」

 

突然、前から鈴々が馬超の首にぶら下がり、後ろからは月読が馬超の腰に両手で抱きついた。抵抗するも、二人は必死に食い止めていた。

 

「おい、離せ!お前ら!」

「ダメなのだ!喧嘩は良くないのだ!」

「なんだかよく分かんないんだけど、とにかく落ち着いてっ!」

 

馬超は二人を引き剥がそうとするが、中々離れない。

 

「何をしている!早く引っ捕らえよ!」

 

夏候淵の言葉に、我に帰った兵士が馬超を包囲した。

瞬く間に包囲される。気づいた時には、四方八方から槍を突き付けられていた。馬超は顔を悔しそうに歪めながら、舌打ちをして動きを止めた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一刀、愛紗、星の三人はいつも通りバイトに励んでいた。一刀は、飲食店で。愛紗と星はメイド喫茶で働いていた。

 

「「お帰りなさいませ、ご主人――――」」

 

いつも通りの台詞を言おうとしたら、二人とも急に止まった。二人の目の前に、男性ではなく女性がいたのだ。

女性――――夏候淵は鈴々を右に、月読を左という風に脇に抱えていた。

 

「私は夏候淵。ここに関羽という御仁がいると聞いたが」

「こいつらひどいのだ!馬超がいきなり斬りかかったら、怒って馬超を捕まえちゃったのだ!」

「……お主の説明では、相手はあまり悪くないように思えるが」

「そりゃそうだよね」

 

とにかく、事情を説明してもらわなければならない。五人は、店の控え室に向かい状況を理解した。

 

「成程、そうでしたか。分かりました。馬超は私の妹分の友。このまま捨て置くわけにもいきません。とりあえず、会って話をしてみましょう」

 

そう言うと愛紗は、鈴々の方を向いた。

 

「私は、曹操殿の所へ出向いて馬超に会ってくる。鈴々は星と月読、一刀殿と一緒に宿に戻っていてくれ」

「どうしてなのだ!?鈴々も行って、馬超を取り戻すのだ!」

「短気なお主が一緒では、纏まる話も纏まらなくなるだろう。ここは愛紗に任せよう」

「でもっ!!」

「鈴々、私を信じろ。馬超は必ず取り戻す」

 

微笑みながら、妹の目を見てそう誓った。やや不安な表情を浮かべながら、鈴々はコクリ、と頷いた。

 

「……分かったのだ」

「うむ、月読も留守番を頼んだ」

「うん。関羽も気を付けてね」

「ああ」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

冀州の町から少し外れた場所。野営している曹操軍の一つの天幕。その中には、木製の簡易牢屋――一人サイズ――があった。

その中に、馬超は踞りながら、じっとしていた。そこへ、夏候惇に連れられた愛紗がやって来た。

 

「――――馬超」

「……関羽」

「話は聞いた」

「はは……あたしとした事が、頭に血が昇りすぎてドジ踏んじまった。まさかあんな所で出くわすなんて思ってもみなかったし、おまけに張飛と月読が邪魔しやがるから」

「お主、何故、曹操殿を殺そうなどと……」

 

自嘲気味に笑いながら、馬超は話した。いつもの元気な様子は見られず、とても弱々しく見える。

愛紗の質問を聞くと、馬超は顔を怒りに歪める。

 

「曹操は……我が父を――――あたしの父ちゃんを殺したんだ!!しかも、卑劣極まりないやり方で……!!」

 

告げられたその言葉に、愛紗は大きく目を開き、驚愕した。

 

 

 

 

 

それから夏候惇に連れられ、曹操に謁見する愛紗。

 

「華淋様。関羽殿が参られました」

「通しなさい」

 

天幕の中に入ると、曹操が玉座に座っていた。

 

「意外だったわ。こんな形であなたと再会するなんて」

「曹操殿。単刀直入にお聞きするが、馬超をとうなさるおつもりです?」

「もちろん、斬るわ」

「っ!そんな……」

 

愛紗の質問に、曹操はなんの躊躇いもなく言い放った。

 

「理由はどうあれ、この曹操の命を狙ったんですもの。それなりの報いは受けてもらうわ」

「いや……だが……」

「官軍の命を狙ったのよ?無罪放免というわけにもいかないでしょう」

「それはそうだが……曹操殿!馬超の命、なんとか救って頂くわけには参らぬか?」

 

必死に懇願する愛紗。すると、曹操はにやりと笑みを浮かべた。その言葉を待っていた、と言わんばかりに。

 

「関羽。そこまで馬超を助けたいのなら、私と取引しない?」

「取引?」

「そう――――今夜一晩、私と(ねや)を共にするの。そうすれば馬超の命、助けてあげてもいいわ」

 

予想だにしない発言に、思わず愛紗は赤面する。

 

「な、何をバカな……!」

「初めて見た時から、あなたの艶やかな黒髪、手に入れたいと思っていたの。そして私は、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる」

「ひ、人の命が懸かっているのに、そんな(たわ)けた事――――」

「そう、あなたの気持ち一つで人の命が救えるのよ」

 

その言葉に愛紗は言葉を詰まらせる。友を助けるために、自分を……。

 

 

 

不意に、仲間である“青年”の顔が脳裏を過った。

 

 

 

拳を握りしめ、俯く愛紗。そして、悩みに悩んだ結果――――

 

「本当に、一晩閨を共にしたら、馬超を助けてくれるのだな?」

「ええ、約束するわ」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

とある天幕の寝室。天蓋付の寝台に、愛紗は横になっていた。シーツの下は、生まれたままの姿で。

羞恥からか顔は真っ赤に染まり、心臓の鼓動が、耳の中で煩く木霊する。

すると、寝室に曹操がやってきた。曹操は上着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になると、愛紗のいる寝台に入っていく。布の擦れる音と共に、愛紗に覆い被さる。

 

「あら、そんなに怖がらなくてもいいのよ?」

 

初々しい反応を見た曹操は笑みを深める。自分の物になる。そう思うだけで気分が高揚する。

そしてゆっくりと、愛紗に顔を近づけていく――――その時、頭上から黒い影が落下してくる。天井に張り付いていた刺客は、短剣を手にしていた。

 

「っ!!」

「何!?」

 

二人に危険が迫る――――瞬間、横から大きな影が突撃してきた。

 

「うおおおお!!」

「ぐあっ!」

「っ!?」

「一刀殿!?」

 

一刀は横から飛び出し、その隠密めがけて体当たりを繰り出す。端まで飛ばされ、一刀と刺客はゴロゴロと地面を転がる。

 

「く、くそっ!」

「待てっ!」

 

不利と判断し、刺客は去っていく。一刀もその後を追いかけていった。

 

「賊だ!出合え!」

 

曹操の号令が、その場に響き渡った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「春蘭、賊の方は?」

「はっ、申し訳ありません。取り逃がしてしまいました」

「そう……」

「一刀殿、一体どうしてここに?」

「星から事情を聞いたんだ。そしたら、いてもたってもいられなくなってね。でも、探すのに苦労してね。だけど、なんか怪しい氣を感じて、行ってみたらこうなったって訳」

 

刺客の内にある微弱な氣、それに殺意が加わっていた為、何とか感知する事が出来た一刀。

愛紗にそう説明すると、後ろから声をかけられた。

 

「ねぇ、あなた……名前は?」

「えっ?ああ……俺は北郷 一刀と言います」

「一昨日、村で賊と遭遇しなかった?」

「一昨日?う〜ん……」

 

神妙な面持ちで語りかける曹操。一刀は腕を組み、暫し考える。すると、ハッと何かを思い出したか、手をポンと叩く。

 

「確かに、村が賊に襲われている所に遭遇して……」

「賊は何人位いたの?」

「何人って言われてもな〜。数えてはいないけど、ざっと五十人位かな?でも、ほとんどは俺の仲間がやってくれたけど」

(茶髪に、白く輝いた衣服……)

 

上から下まで、品定めする様に一刀を観察する曹操。無言が数分程続いた後、息をつきながら、成程と頷いた。

 

「どうやら、借りが出来ていたそうね……」

「え?」

「興が覚めた。あなたには命を助けられたしね。褒美として、馬超の命は助けるわ」

「本当か!?」

「よかった……」

「但し、私はまだあなたの事を諦めた訳ではないわ。その美しい黒髪、必ず手に入れてみせる。春蘭、馬超を引き渡してあげて」

「畏まりました」

 

何とか事なきを得た様だ。主の命に従い、夏候惇は一刀と愛紗を連れて天幕を出る。天幕には曹操一人となった。

 

(――――ついでに……あの男も頂こうかしら?)

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

夏候惇に連れられている間、一刀は愛紗から馬超の事を聞いた。 何故、曹操の命を狙ったのか、その理由を。

 

「そんなことが……」

「ああ――――夏候惇殿、一つお聞きしたい事があるのだが」

「私に答えられる事なら、何なりと」

「曹操殿が馬超の父上を手にかけた、というのは、本当なのですか?」

 

すると、夏候惇は急に立ち止まり、少しため息を吐いた。

 

「……北郷殿、関羽殿。今から私は独り言を言う」

 

その言葉に怪訝に思いながらも、一刀と愛紗は真剣な面持ちで話を聞く。

 

「あれは、今から数年前。都で何進大将軍の屋敷に招かれた時の事であった――――」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

大将軍、何進の屋敷内にある宴会場には、高貴な人々が椅子に腰掛け、豪華な食事を楽しんでいた。中央の玉座には、銀髪で露出の多い服を着ている女性――――何進が寛いでいた。

 

「曹操」

「何でしょう?」

「妾はそなたの事を知謀の氏と思うていたが、聞けば剣の腕も中々の者だとか」

「恐れ入ります」

「どうじゃ?この中の誰かと立ち合うてその腕を見せてはもらえぬか?」

「大将軍の仰せとあらば」

 

曹操は立ち上がり、辺りを見回す。他の人々は、全員下を向き目を合わさない様にしていた。曹操の実力ははこの場にいる誰もが知っている。かの大将軍の目前で負け恥を晒す訳にはいかない。

 

そんな中、招待客の一人である馬騰は、構わずに酒を楽しんでいた。そして、何進の目に止まってしまった。

 

「馬騰殿、如何であろう?」

「ん?お望みとあらば――――」

「お待ち下さい」

 

指名され、馬騰が立ち上がろうとすると、曹操は手を前に出して呼び止める。

 

「お見受けした所、馬騰殿はかなり酔いが回られているご様子。座興とはいえ、剣をお取りになられるのは……」

「何のこれしき、飲んだ内にも入らぬ――――おっとと!」

 

曹操の制止を無視し、立ち上がろうとするも、よろけて尻餅をついてしまった。体は正直で、曹操の言う通り酔いが回っている様だ。それを目の当たりにした他の客達は、忍び笑いを浮かべる。

 

「どうやら曹操殿の言うとおり、馬騰殿は少し酔われている様じゃの。無理はせぬ方がよかろう」

「くっ……!」

 

万座の中で恥をかいたのを紛らわす為か。その後、馬騰は浴びる様に酒を飲んだ。そして宴の後、供も連れず一人で帰途についていたのだが、その途中で落馬してしまい――――

 

 

そこを偶々、夜間の警備をしていた夏候惇の一隊が見つけた。落ちた時に頭を強く打ったのだろう。当たり所も悪く、既に虫の息だった。

 

 

 

「酔って馬から落ちて死んだ等とは武門の恥……この事は、内密にしてもらいたい――――」

 

 

 

馬騰が夏候惇に残した、遺言である。

 

 

 

「その場にいた者には固く口止めしたのだが、どこかで見ていた者がいたのか、暫くすると妙な噂が……」

「妙な噂?」

「我が主が、恥をかかされた腹いせに馬騰殿を襲わせたと」

「どうしてそんな……」

「我が主は……その、少し誤解されやすい所があって。こうした事があると、口差のない者が勝手に悪い噂を立てるのだ。恐らくは馬超もそれを鵜呑みにしたのだろう」

「しかし、それなら何故真実を明らかにせんのだ?」

「私も何度かそう申し上げたのだが、我が主は“西涼にその人ありと言われた馬騰程の武人が最後に口にした頼み。聞かないわけにはいかない”と」

 

最後まで武人としてあり続けたいと願う馬騰の言葉を、曹操は守っていた。一刀は、その器の大きさに驚いていた。

 

「それに父の武勇を誇りに思う子に、父のそんな死に様を知らせたくはなかったのかもしれん。いや、これはあくまで私の勝手な想像なのだが……」

「しかし、それでは曹操殿が……」

「そういう人なのだ、あの方は……」

 

寂しげに呟く夏候惇。すると、口を閉ざしていた一刀が、漸く開口する。

 

「夏候惇さん」

「何か?」

「今の独り言、馬超の前でもう一度言ってくれないか?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

真実を聞かされ、馬超は木製の牢に拳をぶつけた。

 

「そんなっ!父上が……あたしの父ちゃんが……酔って馬から落ちて死んだなんて………!!」

 

殴られた牢はへし折られ、馬超は動揺を隠せずにいた。

 

「馬超、曹操さんは馬騰さん。そして君の事を思って、黙っていたんだ。武人としての馬騰さんの気持ち、それを尊重して自ら悪評を背負ったんだ。立派なものだよ」

「しかし、そのためにお主が曹操殿に怨みを抱き、その命を狙うことになってはかえってお主のためにもならな――――」

「嘘だ!曹操の手下の言うことなんか信じられるか!」

 

二人の説得を遮り、馬超は夏候惇を睨みつける。

負けじと、夏候惇も眉を潜ませる。

 

「ほう……それでは私が偽りを言っていると?」

「夏候惇さん、馬超は取り乱しているんだ。馬超、君の気持ちも分かるけど少し落ち着いて――――」

「触るな!大方お前らも曹操に丸め込まれたんだろ!?うまく事が運んだら召し抱えてもらう約束でもしたか!?」

 

手を振り払い、怒りを露にする馬超。愛紗は痛々しく顔を曇らせ、一刀も閉口してしまう。

 

(駄目だ……かなり氣が乱れてる)

「馬超!立って武器を取れ!」

 

突然、後方から夏候惇が怒気を含んだ声で叫んだ。

 

「夏候惇さん!?」

「私も武人!嘘つき呼ばわりされては黙って引き下がれぬ!」

「望むところだ!」

 

有無を言わさず、二人は天幕の外に出た。一刀と愛紗が呼び止めようとするが、二人は聞く耳をもたない。

 

馬超は槍を。夏候惇は得物である幅広の剣【七星餓狼(しちせいがろう)】を構えている。

 

月夜に照らされる中、両者共、ピクリとも動かない。

 

すると、馬超の腕が微かに震えていた。

 

(何だ、こいつ?全く隙がない……まるで――――)

 

ふと、尊敬する父の言葉が、頭を過る。

 

「武術というものは正直なものだ。心に疚しい所があれば、それが気の濁りとなって表れる」

 

相対する夏候惇。その姿に、一切のぶれがない。

 

その瞬間、馬超は力が抜けた様に、膝から崩れ落ちた。

 

「それじゃあ、やっぱりこいつの言ったことは本当で……父ちゃんは……!」

「夏候惇さんに気の濁りがないことに気がついたんだな」

 

馬超はうん……と頷き、一刀は馬超に近寄って頭を撫でた。 優しく、温かい感触。それに触れ、馬超の目尻に涙が溜まる。

 

「う、うわああああああ!!」

 

馬超は一刀にしがみつき、子供の様に泣き出した。溜まっていた思いを、全て吐き出すように。

これで彼女の悲しみが軽くなるのであれば、捌け口にでもなんでもなってやる。

一刀は引き剥がす事はせず、そのまま泣き止むまで頭を撫で続けた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

翌日、宿を後にした一行は、二つに分かれた道にいた。

 

「それじゃあ、ここでお別れだな」

「せっかくお友達になれたのに残念なのだ」

「やっぱり、一度西涼に戻るのか?」

「ああ、故郷の連中に本当の事を教えてやんなきゃならないから」

「そうだな、それがいい」

「北郷、関羽。あんた達には色々世話になったな」

「気にしなくていいよ」

「それほどでもない」

「それと……」

 

恥ずかしげにする馬超は、一刀と愛紗の手を取り、他の者達と距離をとる。

 

「あたしが泣いたこと、秘密にしておいてくれよ」

「ああ、分かったよ」

「もちろんだ」

 

照れ臭そうにする馬超が小声で言うと、一刀と愛紗は承諾した。

 

「じゃあな!」

「またなのだ〜!」

 

馬超は手を振りながら、走っていった。鈴々も元気に手を振った。

 

「友との別れだと言うのに、随分ニコニコしているな」

「人は別れ際に相手の顔を覚えておくものだから、馬超には鈴々の笑顔を覚えてほしいのだ」

 

一刀達は、鈴々の言葉に優しい笑みを浮かべた。一方で、月読は様子を黙って見ていた。

 

「笑顔、か……。張飛は友達が多いんだね」

「そうなのだ。後、月読も友達なのだ。だから鈴々の事は鈴々でいいのだ」

 

えっ?と、月読は目を丸くする。真名の意味は、月読も知っている。だからこそ、そんな大事なものを自分なんかに託していいのか?そう思ってならない。

 

「うむ、そうだな。私の事も、愛紗でいいぞ?」

「私は星だ」

「いや、でも僕……」

 

こうして真名を預けてくれるのは、素直に嬉しい。だが、月読は顔を俯かせた。自分には信頼の証とも言える真名がない。何も、報いる事が出来ない。自分には、“月読”という名前しかないのだ。

 

「言っとくけど、俺も真名はないぞ」

「え、そうなの?」

「うん――――あれ?でもここでは【一刀】がそうなるのか?」

「………あるんだ」

 

ぼそっと呟くと、そっぽを向く月読。それを見た一刀は、どうしようかと腕を組む。

 

「……よしっ、分かった!じゃあ、俺が真名を付けてやる」

「えっ!?」

「えっと、嫌か?」

「それは、その……」

 

戸惑いを隠せない月読。出会って間もない筈なのに、どうしてこうも簡単に自分に心を許しているのだろうか?

不思議でしょうがない。今まで、信じるという事が出来なくなっていた自分にとって、不可解な事ばかりだ。

 

(でも……この人達なら……)

 

どこか、心が安らぐ。自分に向けてくれる優しい微笑みを見て、嬉しく感じてしまう。

 

何より、自分を受け入れてくれた青年――――一刀も、こうして真剣に自分と向き合ってくれている。今すぐ分かち合う、とまではいかない。でも、いつかは……。

 

「――――うん、お願いするよ」

「おう、任せとけっ!」

 

この人になら付けてもらってもいい。そう思い、承諾した。

 

それからと言うもの、一刀は思考に浸る。名付けを申し出たのだ。きちんとした名前を付けてやらないといけない。

とはいえ、中々これといった物が出てこない。

 

「う~~ん………ん?」

 

閉じていた目を開く。その視界に、一輪の花が写っていた。野原の中で、たった一つだけ、そこに咲いていた“瑠璃色の花”。何ていう花だろう?と、何気なく思っていた。

その瞬間、何か閃いたのか、顔を上げる一刀。みんなが待つ中、口を開いた。

 

「名を月読――――真名を【瑠華(るか)】ってどうかな?」

「【瑠華】……」

「綺麗な瑠璃色の髪で、華の様に可愛いから瑠華。気に入らなかったかな?」

「………ううん。ちょっと恥ずかしいけど……その真名、気にいったよ」

 

月読、改め【瑠華】は、満面の笑みで答えた。余程嬉しかったのか、何度も小声で呟いている。一刀もほっと息をつき、笑顔で瑠華の頭を撫でる。

 

「では、改めてよろしく頼む、瑠華」

「よろしくなのだ、瑠華♪」

「ふっ、よかったな瑠華よ」

「うん。一刀、愛紗、鈴々、星、よろしく」

 

瑠華は信頼の証とも言える仲間の真名を呼び、改めて“仲間”になった。

 

 

こうして、五人は旅に出発した。

 

 

 

 

五人が去った後、その場に咲いていた瑠璃色の花。

 

名を、“瑠璃溝隠(るりみぞかくし)”という。

 

花言葉は“謙遜”、“譲る心”。

 

 

 

そしてもう一つ――――“悪意”

 

 




【臥薪嘗胆】―がしんしょうたん―

将来の成功の為、苦労に耐えること。
“臥”はふし寝る事、“薪”はたきぎ、“嘗”はなめること、“胆”は苦いきも、という意味。
古代中国にた、敗戦の恥により、仇を討とうと、自分自身に苦労を重ねること。

何気なく聞き流していたのですが、星の言ってた事はこういう事だったのか、と今更ながら思いました。本当かどうかは分かりませんが。

次回もよろしくお願い致します。


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~一刀、化け物を退治せんとするのこと~

「や〜ま〜があ〜るか〜らや〜まな〜のだ〜♪か〜わ〜があって〜もき〜にし〜ない〜♪」

「おい、変な歌を大声で歌うな。恥ずかしいだろう」

 

山中にある森林に囲まれた道を、一刀達一行は歩いていた。そんな中、鈴々がよく分からない歌を歌い出し、愛紗が注意する。

 

「何言ってるのだ愛紗。山を歩く時は、熊避けのために歌を歌った方がいいのだ。じっちゃんがそう言ってたのだ」

「へぇ〜、そうなの?」

「そうだ。こんな山の中でいきなり愛紗と鉢合わせしたら、熊が驚くだろう」

「そうそう。こんなところで私にばったり会ったら熊が可哀想――――って何でだ!!」

 

星のボケに愛紗がツッコミをする。すると急に笑みを浮かべる星。

 

「な、何だ……私の顔に何か付いているか?」

「いや。公孫賛殿より、やはりお主の方が面白いと思ってな」

「ええ〜……」

「おいおい、程々にしとけよ?」

「それでは、面白くないであろう?」

 

真顔で返す星に、一刀は閉口した。何を言っても無駄だな、と。

 

「きゃあああ!!」

 

突然、森の奥から悲鳴が聞こえた。聞き付けた五人は、直ぐに音源へと急行した。

 

 

 

 

悲鳴が発せられた音源地。そこで、一人の少女が、山賊らしき三人組に囲まれていた。

 

白に近い紫の、少しウェーブがかった髪で、儚げな印象を与える少女。

 

「酷い……私を騙したのですね」

「別に騙しちゃいねぇよ」

「けど、村への近道を教えてくれると言っていたのに、こんな所に連れてきて……」

「ちゃんと近道は教えてやるよ。最も、村へのじゃなくて天国へのだけどなぁ?」

 

山賊の頭は汚い笑みを浮かべ、そう言い放った。

 

「天国……それでは、私を殺すつもりなのですね」

「そうじゃねぇよ。気持ちよくして、天にも昇る心地にしてやるつもりなんですよ」

「お前たちの連れていってくれる天国とやらは大層良い所のようだな」

「それはもちろん、最高に――――って、え?」

 

山賊が声のする方を振り向くと、そこには旅の武芸者である五人組がいた。

 

「何だおめぇら!?」

「聞いて驚け!この者こそ噂と違って、絶世の美女ではないので気づかぬかも知れぬが、黒髪の山賊狩りだ!」

「っておい!!」

 

愛紗が星にツッコむ。

 

「弱いものいじめをするやつは許さないのだ!」

「私も貴様らの様に無粋な言葉を吐く輩が嫌いでな」

「僕も、お前達みたいな奴等は大嫌いだ」

「残念ながら天国へは案内してやれぬが、この青龍偃月刀で地獄に送ってくれる!」

「そういうわけで、覚悟はいいか?」

 

五人は賊に向けて、威嚇するように言い放った。

 

「やれるもんならやってみやがれー!」

 

賊達は怯みながらも、五人に攻撃を繰り出そうとする。だが、無駄な攻撃であった。

 

「地獄へー!」

「行ってー!」

「来まーす!」

 

頭を一刀が、チビを鈴々と瑠華が、デブを愛紗と星がそれぞれ相手をし、賊達は呆気なく空へと飛んでいった。

 

「ざまあみろなのだ」

「あの、助かりました。ありがとうございます。皆さん、本当にお強いのですね」

「い、いや〜何、それほどでも」

 

賊に囲まれていた少女が、五人にお礼を言う。愛紗は満更でもない様子を見せている。

 

「あ、申し遅れました。私はと――――と、トントンです」

「鈴々と似てて、いい名前なのだ」

「そ、そうですか……」

 

名前を言う際、少し考えた後、“トントン”と名乗りだした。鈴々が名前を誉めると、トントンは苦笑いを浮かべる。

 

「私は、関羽」

「鈴々は張飛なのだ」

「趙雲です」

「僕は月読」

「俺は北郷一刀。よろしくね」

 

五人も、それぞれ自己紹介を行った。

 

「トントンちゃん。町へ行きたいのなら、俺達と一緒に行かないか?」

「よろしいのですか?」

「勿論。なっ、皆?」

「ええ、さっきみたいにまた山賊に出くわしたら、大変ですからね」

 

愛紗もそう言い、他の三人も同意した。

 

「それではよろしくお願いいたします」

 

少女、トントンは一刀達と同行する事となった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一方、とある大きな屋敷の中、廊下を一人の少女が歩いていた。

髪は緑色で三つ編みに結んでおり、眼鏡をかけている。その奥に見える眼は若干吊り目で、その名を【賈駆】と言う。

その目付きは更に鋭くなっており、苛ついている様に見える。

 

「あの子ったら、また抜け出したのね。全くもう……」

「おや、賈駆ではないか。浮かぬ顔でどうした?」

「華雄将軍……」

 

廊下の角で、賈駆は一人の女性と鉢合わせた。銀髪のショートカットで、名を【華雄】。

 

「【(ゆえ)】が――――董卓様が、またいなくなってしまって」

「というと、また例の“アレ”か?お忍びで、下々の暮らしを見て回るという」

「ええ……はぁ〜、町の治安が悪くなっているこんな忙しい時に〜!」

「賈駆よ。心配ばかりしていると早死にするぞ?」

「華雄将軍、あなたは悩みがない分、長生きしそうねぇ?」

「ま、体は鍛えているからな♪」

 

皮肉気に言ったつもりが、華雄は胸を張りながら答えた。その様子を見て、賈駆は重い溜め息をついた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一刀達は山を越え、町への一本道に出た。歩いている最中、トントンは町へ行く理由を話し始めた。

 

「えっ、化け物?」

「はい。ある日、村の庄屋様の門に白羽の矢が打ち込まれ、それに結びつけられていた文に――――」

 

今宵、村の外れの御堂に食べ物を供えよ。でなければ、村に災いが降りかかるであろう。

 

「――――と書いてあったとか……。最初は、悪戯だと思い、そのままにしておいたのですが、朝になって見ると、山から運んできたのか、門前に大きな岩が忽然と置かれていて……」

 

これは、人の仕業じゃない。化け物の仕業だと……。

 

トントンが話をしている最中、横では愛紗と鈴々が少し震えていた。

 

「それで、急いでその夜、御堂に食べ物を供えたら、それから七日に一度の割合で矢文が打ち込まれるようになったとか……」

「何と奇怪な……」

「うん……」

「でも、これは町での噂。本当かどうか確かめたくて……」

「そうか……でも、トントンちゃん。どうして君がそこまでして?」

「え?そ、それは、その……」

 

一刀がそう聞くと、トントンは急に慌てだし、あたふたし始めた。

 

考える素振りを見せてから、トントンと名乗った少女。それからというもの、どこか挙動不審な部分が目立っている。自分の事が知られない様、必死に隠しているみたいだ。

 

(さっきから様子がおかしいし、この子は一体……)

「何なのだ、あれ!?」

 

突然、鈴々が村の方角を指さしながら、叫んだ。

一刀達は急いで村へと向かった。辿り着くと、屋敷の門前に巨大な岩が置いてあった。二メートルはある門が隠れる程の大きさで、重量も相当のものだと予想できる。

 

「きっと、これが化け物の置いていった岩なのですね」

 

詳しい事情を聞く為、六人は早速、村の庄屋に話を聞くことにした。客間にて、庄屋は語り出す。

 

「庄屋様。それでは、化け物が出るというのは本当だったのですね」

「はい……困り果てて、お役人様に訴えて見たのですが、“化け物などいる筈がない”と、逆にお叱りを受ける始末――――」

「そんな酷い事を!?」

 

役人の対応を耳にし、トントンは急に声を上げる。一刀達が彼女の反応に目を丸くしていると、トントンは我に帰ったのか、座り直した。

こほん、と庄屋は話を続ける。

 

「それで、村の力自慢や旅の剣客などに頼んで化け物を退治してもらおうとしたのですが、いずれも()()うの(てい)で逃げ帰って来て……」

「そ、そんなに恐ろしい化け物だったのですか?」

 

愛紗が恐る恐る聞くと、庄屋はコクリと頷いた。

 

しかと見た者はいないが、ある者は“身の丈三十で赤く光る眼をしていた”と言い、またある者は“鋭い角と牙を生やしていた”と言い、“全身毛むくじゃらで恐ろしい唸り声をあげていた”と言う者もいた。

 

「一体この村はどうなってしまうのか……」

 

困り果てた庄屋は、弱気な声を漏らす。話を聞き、愛紗と鈴々は余程恐ろしい化け物を想像していたのか、若干――否、かなり――震えていた。

 

「こんな時こそ、我らの出番だな」

「そうだな」

「うん」

「「えぇ!?」」

 

星の言葉に一刀と瑠華が同意する中、愛紗と鈴々が声を上げた。

 

「どうした?お主達から言い出すと思っていたが……」

「俺もてっきり……」

「うんうん」

 

三人は呆気にとられていた。

 

「引き受けてくれますか?」

「しかし、相手は正体不明の化け物……」

「この方たちは、恐ろしい山賊を倒すほどお強くて、自分の腕に自信がおありなのでしょう」

「おお!それなら是非!」

「い、いや、そんな勝手に決められても……」

「そうなのだ!鈴々にも色々都合があるのだ!」

「駄目……なのですか?」

 

愛紗と鈴々が断ろうとすると、トントンの瞳は涙で一杯になっていた。

 

「いや、その〜……」

「お願いします……村の方々が困っておられるのです……」

「えっと〜……」

「お願いします……」

 

まるで、捨てられた子犬の様な、うるうるとした瞳で懇願され、愛紗は口ごもる。そして、折れてしまった。

 

「そ、そういう事なら――――」

「よかった、引き受けてくださるのですね?」

「い、いや、その――――」

「ありがとうございます♪」

 

トントンは途端に笑顔になった。愛紗に駆け寄り、彼女の手を両手で握って、礼を述べる。

今更、断れない。そう考えた愛紗は溜め息を吐いた。

 

「ふふっ……」

「星、どうしたの?」

「いや、何。ちょっと面白い事をな?」

(星の奴、な~んか企んでんな?)

「っ?」

 

何か思う所があるのか、星はニヤリと笑みを浮かべる。瑠華が不思議そうに問うと、星は瑠華の頭を撫でる。

一刀が何となく感付いている中、瑠華は一人だけ訳が分からずにいた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

予定の時間となった夜。御堂に向けての山道を、庄屋率いる村人達が荷車――食べ物が積んである――を押しており、一刀達はその後を歩いている。

 

「二人共、少し震えているようだが。もしかして、怖いのか」

「こ、怖くなんかないのだ!」

「そ、そうだ!これは、その……む、武者震いだ!」

(武者震いは無理があるような……)

 

一刀は苦笑いを浮かべた。二人は強がっているが、愛紗は一刀の制服の袖を掴み、鈴々は手を握ってもらっていた。

 

離れまいと、身を寄せ合う様にしている二人。

 

「ほう、そうか?」

「な、なんだ?」

「いや?別に。」

 

松明を持っている星は笑みを浮かべたままだ。そのまましばらく歩いていると、

 

「はっ!」

「「ひぃ!」」

「うっ……!」

「ん?」

 

星が急に立ち止まると、二人は少し悲鳴を上げ、一刀にしがみついた。星の隣にいた瑠華も立ち止まる。

一刀に至っては、愛紗が抱きついたことによって、豊かに実った果実に腕が挟まれてしまった。柔らかな感触が伝わり、体を強ばらせてしまう。

鈴々の方は、両手でギリギリ……!と握り締めていた。万力で締め付けられている様で、かなり痛い。

 

「ど、どうした!?」

「いや?折角月が綺麗だと言うのに、雲が出てきたなと思ってな」

「な、何だ……そんなことか……」

 

ホッ……と安堵し、また歩き始めた。

因みに二人は、一刀にくっついているままである。

 

「はっ!」

「「ひぃ!」」

(さ、さっきよりも……)

 

またまた星が急に立ち止まり、愛紗と鈴々は一刀にしがみつく。愛紗の方も更に密着させ、鈴々も握力を強くしてしまう。

 

右腕にむにゅっとした感触、左手にメキッ!という痛覚を体感する一刀。

 

「こ、今度は何だ!?」

「昨日、茶店で団子を食べた時、お主私より一本多く食べてなかったか?」

「ま、まあ、確かにそうだったかもしれんが。今そんなことを思い出さなくとも―――― 」

「ふふっ……」

「……お主、わざとやっているだろう?」

 

漸く気付いたのか、愛紗と鈴々はジトっと恨めしげに星を睨んでいた。

 

「はぁ……程々にしとけよ、星?」

「おやおや、だが一刀もいい思いをしたであろう?」

(こいつ、見てたな……?)

 

若干、痛い思いもしていたのだが……。

星が耳元で呟くと、一刀はそれ以上言うことはなかった。

 

「月、綺麗だな……」

 

そんな中、瑠華は一人、ぼんやりと月を眺めていた。

 

 

 

目的地である御堂に到着。庄屋達は、荷車に積んであった食べ物を中へと運んでいく。

 

「これで全部だな?それでは、頼みますぞ」

「化け物退治、頑張ってくださいね」

「ああ」

「う、うむ……」

「ど、ど~んと任せるのだ……」

 

一刀が普通に返事をするのに対し、愛紗と鈴々は何とも頼りなさそうな返事を返した。

 

そして五人は、御堂の中に入る。

 

「これはまた、いかにも出そうな感じだな」

 

星は小さく、そう呟いた。

 

御堂の中は薄暗く、何本かの蝋燭に火が朧気に灯っており、ギシギシと鳴る古ぼけた床。

星の言う通り、いかにも“何かが出そうな”雰囲気を出していた。奥には仏壇があり、その周りには先程、庄屋達が置いていった食べ物が供えてある。

 

一刀達は中央で、円を組む様に並び、その場に腰かける。

 

「さて、化け物が出るまでここで待つとするか」

「そ、そうだな……」

「……そういえば、“アレ”もこんな月のない夜だったな」

 

星は声量を小さくし、何かを語り始めた。愛紗と鈴々はゴクリと喉を鳴らし、一刀と瑠華も耳を傾ける。

 

「日のある内に山を越えようと歩き始めたのだが、道に迷ったのか……行けども行けども人里に出ず、これはもう野宿するしかないかと思い始めた頃、春風にしては妙に生暖かい風が吹いてきて――――」

 

話を聞いている最中、愛紗と鈴々は徐々に一刀の方に近づき、服の裾を握った。

 

「どれ程眠ってしまったのか、何かをカリカリと引っかくような音で私はハッと眼を覚ました。最初は、天井裏に鼠がいるのかと思っていたのだが、よくよく耳を澄ましてみると、それは“真新(まあたら)しい棺”の中から聞こえてくるらしい」

 

愛紗と鈴々は完全に一刀の腕に抱きつき、星の話に恐怖し、怯えていた。一刀は若干、苦笑いを浮かべつつ、そのままにしておいた。瑠華は表情を変える事なく、話を聞いている。

 

「嫌な予感を覚えつつ、私は吸い込まれるかの様に近づき、棺の中を恐る恐る開けてみると……」

 

愛紗と鈴々は抱き着いている力を強めた…………そして、

 

「うわああああああああああああああああああ!!!!」

「「きゃああああああああああ!!!」」

「ぶふぅ!?」

「あっ……」

 

突然、大声を張り上げた星。

愛紗と鈴々は驚きの余り、両手を思いきり振り上げて悲鳴をあげた。二人の両手は一刀の顎をとらえ、ダブルアッパーを受けた一刀は宙を舞い、背中から床に落ちた――その軌跡を、瑠華は目で追った――。一刀は完全にノックダウン、愛紗と鈴々もその場に倒れてしまった。

 

「おっと、ちょっとやりすぎたか」

「ちょっとどころかな、これ……」

「一刀は……駄目か」

「完全に意識が飛んでるね」

「おい愛紗、鈴々」

「「う、うぅ〜ん」」

 

星は肩を揺すり、二人を起こした。そしてまた、

 

「目〜を〜覚〜ま〜せ〜……!」

「「きゃああああああ!!!」」

 

火の灯った蝋燭を手に、顔の下で照らす星。二人はパニックに陥り、悲鳴を上げて御堂を飛び出した。

 

「「きゃああああああ――――うっ!」」

 

凄まじい勢いで走っていると、“何か”にぶつかり、尻餅をついた。見上げてみると、そこには人間と同じ背丈の白虎が立っていた。

暗闇の中で、赤眼がギラリと威嚇するように光っていた。

 

「ば、化け物ぉ……!?」

「なのだぁ……!」

 

互いに抱き合い、目前の恐怖にガタガタと震えながら、その場で気絶してしまった。

 

「やっとお出ましか」

「そうみたいだね」

 

星と瑠華は、御堂から出てくる。

それと同時に、雲で隠れていた月が姿を現し、白虎の姿を照らした。

 

そこには化け物ではなく、白虎の毛皮を被った少女がいた。顔は隠れて見えず、肩に担いでいる武器【方天画戟(ほうてんがげき)】を片手に持ち、石突きには犬のストラップらしき物が付属している。

 

「正体を現したな。そこに倒れている二人と違って、我らはそんなものに驚きはせんぞ」

 

体勢を低くし、星と瑠華は一斉に駆け出した。直槍と撃剣を振るう二人。しかし、相手は横薙ぎに振り、二人を弾き飛ばした。ガキィン!と、甲高い金属音が鳴り、二人は二メートルほど後方に吹き飛ばされてしまった。

 

「何だ……この重い一撃は……!?」

「たった一振りで弾き飛ばすなんて……」

 

驚きながらも、二人はすぐに体勢を立て直し、二手に別れ、攻撃を仕掛ける。

対する少女は、素早く武器を振り回し、瑠華を弾き飛ばしてから、星に目掛けて戟を振り下ろした。その重い一撃を何とか受け止めるも、徐々に押されていく。

 

(こ、こいつ……強い!)

「っ!!」

 

相手の凄まじい強さを改めて、実感する星。すると、少女の後方から、瑠華が飛び掛かる。逆手に持った撃剣で相手の首目掛けて斬りつける。

しかし、相手は星を押し返すと、横にずれてかわした。空振ってしまい、無防備となる瑠華。それも束の間、間髪入れず、少女は戟の柄を瑠華の後頭部に叩きつけた。

 

「がはっ!?」

「瑠華!!」

 

一瞬で意識を失い、吹き飛ばされた瑠華。星は両手で抱き止めた。相手は攻撃の手を緩めず、戟を振り下ろす。龍牙を片手に持ち、防御するも耐えきれずに手放してしまう。

そして少女は、戟の石突きで星の鳩尾を打つ。その際、子犬のストラップが外れてしまった。

 

「うぐっ!………くっ――――」

 

星は瑠華を抱き抱えたまま、鳩尾を押さながら倒れた。倒れた事を確認すると、少女は御堂へ歩いていった。

 

「…………」

 

ギシギシ……と、古ぼけた床を歩くと、何かを目にした。物珍しい白い服装の青年。仰向けになりながら、大の字で倒れていた。

 

「……っ?」

 

首を傾げ、青年の近くに寄る。膝を抱えるように座り、じっと見つめた。

 

「…………」

 

何を思ったのか、ツン、ツン、と、頬を指で突っつく。しかし、青年は微動だにしない。

 

この行動に一体なんの意味があったのだろうか?

 

暫し、青年の顔を見つめた後、少女は立ち上がり、やるべき事に取りかかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

翌朝、成果なく帰還した五人は、庄屋の屋敷にて、朝食を取りながら昨晩の一件について話し合っていた。

 

「何?化け物ではない?」

「ああ、紛れもなくあれは人間だ」

 

星の横で、瑠華も首を縦に振る。

 

「しかし、そうと分かればもう怖くはない」

「では、そうと分かるまでは怖かったのだな?」

「い、いや、その………と、とにかく!次に会った時は成敗してくれる!」

「コテンパンにしてやるのだ!」

「何も出来なかった分、俺も頑張らないとな」

「確かにあれは人間だった。だが……」

「うん、強さは化け物並みだよ」

 

星は一人、右手に持っている“子犬のストラップ”を見つめていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一刀は町に残り、門の前の大岩を何とかしてから行くという訳で、御堂の前では、愛紗、鈴々、星、瑠華、トントンの五人が、手掛かりを探していた。

 

「しかし、トントン殿は村で待っておればよいのに」

「相手が人間なら、こんなことをする理由があるのかも……もしそうなら、話を聞いて――――」

「見つけた」

 

急に瑠華が声を出し、彼女達はすぐに駆け寄った。瑠華が見つけた草むらの奥、その地面に人の足跡があった。

 

「恐らく、これが奴の足跡だ」

「あっちへ続いているな」

「行ってみるのだ」

 

五人は、足跡を追って、奥へと進んでいった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

愛紗達が御堂の所へ向かった少し後、一刀は庄屋の門の所にいた。 何故なら、門前にある大岩を何とかする為に。

 

「にしても、本当にでかいなぁ……」

「村自慢の力持ちである男三人でも、持ち上がらなかったんです」

 

見上げる程にそびえ立つ大岩。上から下、左右を見渡し、コンコンと無造作にノックする一刀。すると、ある一点を集中し、見ている。

 

「……庄屋さん、少し下がってて下さい」

「えっ?」

 

庄屋を後ろに下がらせて、一刀は木刀を両手に大岩の前に立った。

肩の力を楽にし、眼を閉じ、息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 

――――そして、一気に眼を見開いた

 

「はあっ!!」

 

木刀を引き、岩の一点目掛け、高速の刺突を繰り出した。ズドォ!!という轟音と共に、突き刺さった部分から岩全体に亀裂が走った。その割れ目を辿る様に、岩は崩れだし、結果小さな岩にばらけていった。

 

後ろにいた庄屋――様子を見に来ていた村人達――は、目と口を大きく開け、目の前の光景に驚きを隠せずにいた。

 

「ふぅ……これくらいの大きさだと、荷車を使って運びやすいと思うので、後はよろしくお願いします」

「…………………………あっ!は、はい!ありがとうございました!」

 

木刀を腰に携え、一刀は庄屋に頭を下げ、御堂のある山の方へと向かった。庄屋は我に帰り、こちらも深々と頭を下げて礼を述べた。

 

(俺も手伝いたいけど、あれくらいの大きさにしといたら、数人でも片付けられると思うし、大丈夫か。星と瑠華から聞いた限りでは、相当な奴に違いない。急ごう)

 

一刀は走る速度を速め、愛紗達の元へと急行した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

愛紗達は奥へと向かう。すると、小川の近くに洞穴を見つけた。足跡は、そこに続いている。

 

「ねぇ、あれ………」

「うむ。恐らくあれが奴の住み処だ」

 

そう予想し、愛紗達は歩み始めた――――その時。草むらの方から、白虎の毛皮を被った少女が出現。飛び出して早々に戟を振るった。

愛紗は、咄嗟に青龍偃月刀で防ぎ、押し返した。

 

「下がってるのだ!」

「は、はい!」

「気をつけろ!奴だ!」

 

トントンを安全な場所に避難させ、四人は、警戒を怠らない。

 

相対する白虎の少女が、その口を開いた。

 

「――――昨日、勝手に気絶した二人……」

「ゆ、昨夜は不覚をとったが、今日はそうはいかんぞ!」

「鈴々の強さを思い知らせてやるのだ!」

「お主、化け物でないなら名があろう?」

 

その問いに、少女は白虎の毛皮を脱いだ。

瞳、髪の色が共に真紅に染まっており、頭の上には二本のアホ毛が触覚の様に生えている。若干、褐色肌で刺青が彫ってある。無垢な印象を与えるその少女は、名を呟いた。

 

「呂布……奉先……」

 

少女――――【呂布】は四人に向かって駆け出した。四人も攻撃を仕掛けるも、いとも簡単に弾き返された。たった一振りで後退し、手が微かに痺れている。

 

「くっ!な、何だ!これは!?」

「こんなの、初めてなのだ……」

「だから言ったであろう……強さは化け物並だと」

「行くよ!」

 

四人は、一斉に走り出した。

しかし呂布は、無表情でそれをいなしていく。まず片手に持った得物で星を弾き飛ばし、愛紗を蹴り飛ばし、鈴々を弾いて、最後は瑠華に振り下ろした。瑠華は撃剣で何とか受け止める。だが力の差か、刃が迫り、ジリジリと後方に押されていく。

 

「くっ、うぅ……!」

「瑠華!!」

「今、行くのだ!」

 

星と鈴々は瑠華を助けに行く。それに気づき、呂布は瑠華の腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。それから戟を高速で振り回し、二人を弾いた。

 

「くっ!」

「うわっ!」

「鈴々!星!」

 

呂布は休む暇を与えず、愛紗に高速の斬撃を繰り出す。愛紗も歯を食い縛り、必死に耐えるが、呂布の重い斬撃により、手が痺れてきた。

しかし突然、攻撃が止んだ。よく見ると、戟の刃の部分に、クナイがついた紐が巻き付いていた。紐の先を見ていると、瑠華が全身の力を使って紐を引っ張り、呂布の戟を止めていた。

呂布は戟を振り下ろそうとするも、瑠華も負けじと全身の力を振り絞って耐えている。

 

「愛紗!今の内に――――うわっ!?」

「瑠華!!」

 

呂布は紐の部分を片手で掴み、上へ向けて大きく振り回した。地面から足が離れた瑠華はそのまま振り回され、勢いよく木にぶつかった。背中全体をぶつけ、瑠華はその場に落ちる。

 

「かはっ……!」

「しまっ――――」

 

時すでに遅し、目の前で呂布が戟を大きく振りかぶり、一気に振り下ろす。刃が愛紗目掛けて迫ってくる――――その時、ガキィン!という金属音と共に、刃が食い止められた。

 

「大丈夫か、愛紗!」

「一刀殿!」

「お兄ちゃん!」

「「一刀!」」

 

呂布の戟を一刀は木刀で受けとめ、押し返すと、愛紗に駆け寄った。

 

「遅くなってごめん、愛紗」

「いえ……一刀殿、奴は」

「ああ、分かってる。後は任せてくれ」

「ま、待ってください!あなた一人では!」

「大丈夫、俺に任せてくれ」

 

安心させるように、笑顔で言うと、呂布の方へと向かった。

相対する両者。呂布は一瞬、眼を見開く。すぐ元に戻り、今度は両手で構えだした。

すると、彼女の体から凄まじい氣が流れ始めた。その気迫に、他全員が驚きを隠せない。

 

「お前、強い……【(れん)】本気出す……」

「君、名前は?」

「呂布……奉先……」

「呂布……成る程。なら、こっちも本気でいかせてもらう……!」

 

彼女の名を耳にし、心中で驚く。

三国志最強の武人、【呂布 奉先】。人中の呂布とも言われ、後世まで名を残している、その武人が自分の目の前にいる。その事実にやや興奮しながら、一刀は木刀を構えた。

 

二人は無言のまま、一切動かない。

二人の凄まじい氣によって、一本の木の枝が折れ、ゆっくりと地面に落ちてゆく。

 

 

 

――――木の枝が地面についた。

 

「「ッ!!!」」

 

二人の姿が一瞬にして消えた――――かと思えた。次の瞬間、山全体に響くかの如く、武器と武器がぶつかり合う轟音が発生した。二人は睨み合い、鍔迫り合いをしている。後ろに飛び退き、同時に目にも止まらぬ速さでお互いの武器をぶつけていた。

 

「こ、これは……」

「お兄ちゃん、すごいのだ」

「これほどとは……」

「あの方は一体……」

「…………」

 

二人の戦いを見ていた彼女達は、目の前の光景に驚くしかなかった。

 

戟をかわし、刀を振り上げる一刀。体を反らし、そのまま捻って再度切りかかる。またも刀で受け止め、流れる様に戟の柄を刃が走る。

力を込め、一刀を弾き飛ばす呂布。一刀は何とか勢いを殺し、体勢を整える。得物を構え直し、二人はぶつかり合う。

 

しばらく打ち合っていると、二人は動きを止めた。

 

(流石は呂奉先……力は本物だ――――でも、次で決める!)

「………」

 

意を決した二人は同時に駆け出した。

呂布は戟を素早く振り下ろし、一刀は木刀でその斬撃を反らした。反らされた斬撃は、一本の大木を斬り倒した。

 

そこへ突然、一匹の赤いスカーフを巻いた子犬が介入してしまう。

 

「あっ……!」

「しまった!!」

「危ない!」

 

斬り倒された大木が、子犬のいる方に倒れていく。すかさず、トントンは子犬を抱き抱える。大木はそのまま、トントンと子犬に倒れていく。

だが、大木目掛けて一本のクナイが突き刺さり、そのまま巻き付いた。大木の下では、愛紗と鈴々がそれぞれの武器で受けとめていた。瑠華と星は紐を掴んで引いており、必死で食い止めていた。トントンはすぐに逃げ、子犬共々何とか助かった。

子犬はくぅ~ん、と鳴き、トントンの顔を舐めている。

 

「きゃっ、くすぐったい♪」

「何とか無事だな」

「よかったのだ」

「やれやれだ……」

「はあ……はあ……お、重かった…」

 

息を切らせている瑠華の頭にポンと手を乗せ、星も安堵の息をつく。

一刀も一安心していると、呂布は武器を降ろした。

 

「お前達、良い奴。良い奴とは戦わない」

 

戦いは、この様にして幕を閉じた。

 

一刀達は、洞穴の所へ案内され、星は呂布に子犬のストラップを渡した。

そして、今回の件の理由を問い掛ける。

 

「村人達に食料を貢がせていたのは、犬の餌にするためだったのですか」

「自分で餌代を稼ごうとしたことはあったけど……」

 

 

◇◆◇◆

 

 

とある飲食店に、数人の客が入店する。

 

「あ、あの〜……」

「いらっしゃい、ませ……ご主人、様………」

 

メイド喫茶で働く、エプロンドレスに身を包んだ呂布。しかし、その挨拶には、無表情かつ感情がこもっていない――これはこれで良いかもしれない――。

 

「え〜っと、俺は炒飯と餃子で」

「俺も、同じのを。但し、炒飯は大盛りで」

「俺は、担々麺。後、春巻きも」

「俺は回鍋肉に白飯、それから卵スープ」

 

注文を聞き、呂布は厨房にオーダーを報告した。

 

「…………拉麺四丁」

「「「「何でぇ!?」」」」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「全然、駄目なのだ」

「お前が言うな」

 

ごもっともで。

 

「しかし、子犬一匹の為に、あれだけの食料は要らんだろう?」

「確かに、あの量は……」

「一匹じゃない」

「え?」

 

呂布は指笛を吹いた。すると、洞穴の中から数十匹もの犬が出てきた。大きさ、種類、様々な犬が何十匹もいる。

 

「これは、確かに……」

「あれ位じゃないとな……」

「友達、たくさん。みんな、怪我してたり、捨てられたり、可哀想で放っとけなかった……」

「そうだったのか」

「――――あっ、月!」

 

すると、上の方から声がした。

聞こえた方向を見てみると、眼鏡をかけた少女が馬に乗っており、側には護衛らしき兵士が数人いた。

 

「あら、詠ちゃん♪」

「あら、詠ちゃん♪じゃない!僕がどれだけ心配したか」

「ごめんなさい……」

 

どうやら、トントンと見知った関係。それも、真名を呼べる間柄でもあるようだ。

 

「全く……ん?」

「あ、この人達は危ない所を助けていただいたの」

「って危ない目にあってたの!?」

「あの〜……お取り込み中、申し訳ないが、お主は一体?」

 

愛紗は間に入り、気まずそうに質問した。

 

「我が名は賈駆、字は文和。こちらにおられる太守の董卓様にお仕えしている者だ」

「「「「ええええっ!?」」」」

(この子が……董卓!?)

 

一刀はまたまた驚いた。それもその筈。

董卓(とうたく)】――――三国志の世界では、帝の威光を盾に権力を掌握。悪政を敷き、残虐非道の限りを尽くしたと言われる暴君。その暴君が、この可憐な少女だと言うことに、一刀は驚きを隠せない。

 

「所で、化け物の件は?」

「もう解決しちゃった♪」

「そ、そう……」

 

可愛らしい笑みを浮かべるトントン――――改め董卓を見て、賈駆はガクッと肩を下ろした。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

一刀達と庄屋は、董卓の屋敷に招き入れられた。そして今、謁見の間にて待機している。

 

「みなさん、お待たせしました」

 

正装に着替えた董卓が、入室した。

君主に相応しいその姿は、可憐な彼女をもっと輝かせていた。そして、庄屋に今回の出来事の全てを話した。

 

「成程、そういう事でしたか」

「確かに、呂布さんのしたことは良くないことです。ですが、それは傷つき、捨てられた犬達を救うため。決して、悪心から出たわけではないのです。これから出来る限りの償いはするつもりです。そうですね?呂布さん」

 

優しく問う董卓に、呂布はコクリ、と頷いた。

 

「いや、分かりました。すでに本人から謝ってもらってる事ですし、岩に関してはこちらの北郷様に助けて頂きました。村人には、私の方から話をしてみましょう」

「そうして頂けると助かります」

 

すると、董卓は賈駆の方へ顔を向けた。

 

「所で詠ちゃん。役所では化け物が出て困っているという訴えを取り合わなかったとか」

「えと、その……」

「董卓様、その事はもう済んだ事ですので――――」

「いいえ、よくありません。どんな些細なものであれ、民の訴えを疎かにしないのが政の基本なのですから」

 

民の平和を心から願う、董卓の言葉。良き太守の鑑だと、一刀達は感嘆する。

 

「畏まりました。今後、そのような事がない様、全ての役人に厳しく申し付けます」

「いいでしょう。それから……」

 

董卓は気まずそうに、犬達の方を向いた。

 

「あの子達、私の所で飼ってあげる訳にはいかないかしら?」

「って、あの犬全部を!?」

「ねぇ、詠ちゃん。最近、街の治安が悪くて、警備に兵士の手が回らなくなっているでしょ?だから、あの子達をしつけて、街の警備の手助けをしてもらうの。どう?いい考えでしょ?」

「そりゃあ、ちゃんとしつければ、泥棒避けになるかもしれませんが……」

「それなら大丈夫。呂布さん、犬達の躾、お願い出来るかしら?」

 

呂布は再度、首を縦に振る。

 

「待って月、僕はまだ飼っていいとは――――」

「詠ちゃん…お願い…」

 

捨てられそうなチワワの如く、うるうるとした瞳。呂布と犬達も同様、懇願する様に目で訴えた。潤んだ視線を浴びせられ、観念した賈駆。

諦めて、大きなため息を吐いた。

 

「うぅ…………分かった、飼うよ」

「詠ちゃん大好き♪」

「も、もう!今回だけだからね?」

 

すると、急に呂布が抱きついて頬をすりついてきた。

 

「って、ちょっと何だ!?」

「きっと、お礼の気持ちを表しているのだ♪」

「だ、だったら口で言え〜!なつくな〜!」

 

こうして、全てが丸く収まった。

 

史実通り、呂布は董卓の元につき、一刀達はまた、旅を続けるのであった。

 

 




またまた遅れて申し訳ないです。

これからもどうぞ、よろしくお願い致します。


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~張飛、孔明と張り合うのこと~

 

晴れ渡る青空の下、一刀達五人は森の中を歩いていた。その道中、“一人だけ”どう見ても怒っている様にしか見えない者がいる。

他の四人の間には、気まずい空気が流れていた。

 

「なあ星、さっきの事まだ怒っているのか?」

「別に怒っていない。酷く不機嫌なだけだ」

「やっぱり怒っているではないか……。お主が厠に行っている間にメンマを食べたことは謝る!この通りだ!」

 

愛紗は星の方に体を向け、頭を下げる。しかし、星は顔を反らしたままである。

 

「いや~、ずっと残していたから、てっきり嫌いなのかなぁと思い、つい……な?な?」

 

横で鈴々も、慌てながら首を縦に振る。

 

「そうではない。大好物だったから最後に食べようと大事に取っておいたのだ」

(やれやれ……)

 

横で一刀は、ため息混じりで困り果てていた。

 

そもそも、何故こんなことになっているのかというと――――

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――時を遡る事、少し前。

 

 

旅の途中で立ち寄った、町の拉麺屋で昼食をとることにした五人。一刀と星は厠に行き、愛紗、鈴々、瑠華は拉麺を食している。

 

「ぷはぁ〜、おいしかったのだ♪」

「ふぅ、御馳走様」

「あれ?」

 

愛紗と鈴々の二人が先に食べ終えた。すると鈴々は、星の拉麺の器にメンマが残っているのを見つけた。

 

「星、メンマ残しているのだ」

「ここのメンマ、美味しいのに勿体無い」

「じゃあ、鈴々が食べるのだ♪」

「では私も」

 

二人はそう言うと、メンマを一口で食べた。

 

「そういや、星。お前、メンマ残してなかったか?」

「ああ、メンマは大好物なのでな。最後にとっておいて、万全な状態で食したいのだ」

「ふ〜ん、そうなんだ」

 

一刀と星は厠から戻り、席に戻った。そして、空っぽの器を目にした星。

 

「ああああああああああああ!!!!!」

「「「っ!?」」」

 

顔面を真っ赤にし、絶叫。一刀と愛紗達は勿論、店内にいた店員と客も驚いている。叫び終えると、星は愛紗と鈴々をギロッ!と睨み付けた。

 

「ごふっ……ごほっ!」

「だ、大丈夫か瑠華?」

 

星の叫び声に驚き、むせてしまった瑠華。咳をしている彼の背中を優しく擦る一刀。ただただ、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして今に至る。

 

「メンマ……」

 

後ろで星が天を仰ぎ、メンマと愛しそうに呟いている。

 

「鈴々、お前が食い意地張った事をするから」

「愛紗だって食べたのだ!」

「だからそれは……」

 

互いに言い合っていると、星が冷たい目でこちらを睨んでいた。

 

「そ、そうだ!次の村へ着いたらまた拉麺を食べよう!今度は私のメンマをやるから!」

「鈴々のも食べていいのだ!」

「星。二人も謝ってるし、許してやれよ。俺のメンマもやるから」

 

横で瑠華もコクコクと首を縦に振っていた。

 

「人とメンマは一期一会。どうやってもあの時のメンマは帰ってこない……」

 

嘆くように、天を見上げながら呟く。どうする事も出来ず、四人は深いため息をついた。

 

 

 

気まずい空気のまま、道を進むと二手に別れた道に辿り着く。

 

「分かれ道か。どっちに行ったものかなぁ〜」

「………」

「うぅ……」

 

愛紗が大声で言うも、星は知らんぷりのままである。

 

「こんな時は鈴々にお任せなのだ!」

「どうするの?」

「こうするのだ!」

 

瑠華が聞くと、鈴々は蛇矛を立て、両手を合わせて念を送る。すると、蛇矛は右へ倒れた。

 

「あっちなのだ」

「はいはい。それじゃ、そちらへ行ってみるか〜」

 

またも大声で言うが、星は相変わらず、そっぽを向いたままである。

 

その状態のまま、しばらく歩いていると、うっすらと霧が出てきた。

 

「霧が出てきたな」

「どんどん濃くなっていくのだ」

「まったく、“切りがないな”。なんちゃって〜……」

「「「………」」」

 

愛紗が咄嗟に言ったダジャレ。

 

思わず、三人は絶句。一瞬、ヒヤッとした感覚に見舞われた。星は相変わらず無言のままである。

そうこうしている内に、段々と霧が深くなっていく。視界の先が薄らと白くなっていく。

 

「まずいな、これだと道が外れても分からないぞ」

「待て鈴々、一人で先に行くな」

「あれ、星はどうしたのだ?」

 

先に行く鈴々を止めると、星がいないことに気づく。

 

「星、いるのか?どこにいる?いつまでも怒っていないで、返事をしてくれ」

 

愛紗が叫ぶが、返事がない。

 

「いかん……どうやら星とはぐれたようだ」

「急いで探そう!」

 

四人は霧の中を探し始める。

 

「お~い、星!どこなのだ〜!」

「返事してくれ〜!」

「星〜!」

「星!どこにい――――きゃあ!!」

「愛紗っ!?」

 

突然の悲鳴に、他の三人は動きを止める。

 

「みんな、足下に気を付けろ。崖になっているぞ。」

 

どうやら無事の様だ。

三人は足下に注意しながら、愛紗の元へと駆け寄る。

 

「愛紗、怪我はないか?」

「ああ、大丈――――くっ!」

「どうした?」

「……足を、挫いてしまったようだ」

「ええっ!?どうしよう……」

「この霧じゃどうにもならない。下手に動くよりも、しばらくここでじっとしていよう」

 

一刀の提案で、霧が止むまでその場に留まる事にした。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その頃、

 

「メンマ…………………あれ?」

 

周りをキョロキョロと見渡す星。真っ白い霧に覆われている森林の中。

 

星は完全に迷子になっていた……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その場で霧を凌いでいた一刀達。しばらく経ち、霧が薄れ始めた。

 

「大分、霧が晴れてきたな」

「あ、あそこに家があるのだ」

 

鈴々が指を差した方向。大きな山の麓に、屋敷があるのが見える。

 

「助かった。あそこで少し休ませてもらおう」

「そうだな。よし、それじゃ」

「え?きゃ!」

 

一刀は屈んで、愛紗を背負う。鈴々が偃月刀を持ち、瑠華が一刀の木刀を持っている。

 

「す、すみません。一刀殿……」

「気にしないでいいよ」

 

愛紗は顔を赤くしながら、一刀の背に体を預けた。

 

(まあ、これはこれでいいかな……)

 

愛紗の豊満な胸が、自身の背中に当たり、むにゅ、と柔らかな感触が伝わってくる。ただ、口にすれば只では済まされないだろう。顔を赤くしながら、山の方へと向かった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

長い階段を登り終え、漸く辿り着いた。

 

四人は門前まで行き、鈴々が門をノックした。

 

「頼も~、頼も~なのだ~」

「は〜い」

 

愛らしい声音と共に、門が開いた。門を開けたのは、一人の少女。

 

髪は金髪のショートカット。朱色のベレー帽を被っている、華奢で背の小さな少女だ。

 

「はわわっ!先生〜!」

 

一刀達を見た途端、その少女は慌てて家の方へと走っていった。屏に囲まれた小さな屋敷は、中々に広々としていた。

 

「大変です!水鏡先生!」

「どうしたのですか、朱里?そんなに慌てて」

 

少女が家に入ると、そこには知的な雰囲気を出す美しい女性がいた。机の上で筆を持ちながら、怪訝そうに訪ねる。

 

「旅の方々が来られたんですけど、ひどい怪我をされてて」

「ええ、それは大変!?」

 

宿主のご厚意により、屋敷へと案内された一行。先程の女性に、愛紗は足を診察してもらう。

 

「そうですか、それは災難でしたね。この辺りでは、急に濃い霧が出る事はよくありますから……」

 

女性は愛紗の挫いた足に薬を塗り、治療を行う。

 

「これで良し。足が治るまで、ここでゆっくりなさるといいわ。その内に、はぐれた方が見つかるかもしれないし」

「ありがとうございます」

「かたじけない」

 

一刀と愛紗は、女性に礼を言う。

 

「私は司馬徽。水鏡と号しております」

「私は諸葛亮。字を孔明と言います」

 

女性と少女が自己紹介をする

 

中でも、諸葛亮という名に、一刀は心中で驚いていた。

 

“臥竜”と評され、三国志の中では、劉備の元でありとあらゆる策を練り、蜀の成果に貢献した。その大賢人が、目の前にいる可憐な少女になっているとは。

 

「朱里、包帯を巻いてあげて」

「はい」

「世話をかけるな……」

「いいえ」

 

水鏡に言われ、諸葛亮は薬が塗ってある愛紗の足に、包帯を丁寧に巻いていく。

 

「ふぅ……できた」

「あら、随分上手く巻けたわね」

「はい。先生みたいに上手になりたくて、いっぱい練習しましたから」

「そう、偉いわね」

 

水鏡が優しく頭を撫でると、諸葛亮は擽ったそうに喜んでいた。嬉しいらしく、年相応の笑顔を見せている。

 

それから愛紗は寝間着に着替え、寝台の上で横になる。近くに設置してある木製の台。その上から布で、怪我した足を吊るしている。

 

「水鏡殿、手当てしていただいたのは有難いが、ここまでしなくとも……」

「何を言ってるんですか。骨が折れていなかったのが幸運なぐらいなんですよ?動かさないようにしないと」

 

念を押して、そう忠告する水鏡。

 

「はぁ……しかし、これでは厠にも」

「大丈夫!おしっこがしたくなったら、鈴々が厠まで連れて行ってあげるのだ」

「いえ、そんなことしなくてもちゃんと“コレ”がありますから」

「へっ?」

 

そう言うと、諸葛亮は何かを取り出した。所謂、尿瓶と言う物だ。

 

「催されたら、遠慮なく声をかけてくださいね」

「いやぁ、それはちょっと……」

 

無垢な笑顔で声をかける諸葛亮。親切心からの言葉に、愛紗は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

時が経ち、夕餉(ゆうげ)の時間。愛紗は一刀に肩を貸してもらいながら、食卓へと移動した。

 

「おお!これはうまそうだな」

 

愛紗の言う通り、円卓上には豪華な中華料理がズラリと並んでいた。

 

「今日の夕食は、朱里が作ってくれたんです」

「へぇ〜、孔明ちゃんすごいな」

「孔明殿は料理も得意なのか」

「美味しそうだね」

「お口に合うといいのですけど……」

「さあ、ではいただきましょう」

 

席に座り、一刀達はそれぞれ、料理を食べ始める。

 

「お、うまいな〜」

「うむ、うまい」

「おいしいのだ〜♪」

「おいしいね」

「よかった〜♪」

 

一刀達から好評価をもらい、諸葛亮も笑顔を浮かべる。

 

「しかし、その歳でちゃんとした料理が作れるとは。それに比べて鈴々は食べてばっかりで……」

「むっ!鈴々だって料理位できるのだ!」

 

呆れた様に言われ、鈴々は怒りながら反論する。

 

「ほぅ?じゃあ、どんなものが作れるんだ?」

「お……おにぎりとか………おむすびとか………」

「鈴々、それどっちも一緒だから」

 

一刀の一言で、鈴々以外――瑠華は無表情――から笑いが起こった。

 

「な、何でなのだ?何でみんな笑うのだ」

 

鈴々はご飯を口の中にかきこみ、やけ食いする。その様子を見て、また笑いが起こった。

 

 

 

 

 

夕食を食べ終えた後、愛紗は一刀に付き添ってもらい、寝台に横になりながら窓の外を眺めていた。

 

「星の奴、無事だといいのだが……」

「星なら、きっと大丈夫さ」

「そうだといいのだが……」

「所で愛紗。さっき鈴々にあんなこと言ってたけど、そう言う愛紗は料理できたっけ?」

「えっ!?あ、えと、その〜……」

 

口ごもる愛紗を見て、一刀は何となく察する。

そこへ、風呂から上がった鈴々が部屋に戻ってきた。次は、瑠華が入っている。

 

「ふはぁ〜、久し振りのお風呂気持ちよかったのだ〜♪」

「こら、そんな格好でうろうろするんじゃない」

「そうだぞ鈴々。ほら、これ着て。頭も拭かなくちゃ、風邪ひくぞ?」

「にゃはは、ありがとうなのだ♪」

 

鈴々に寝間着を着せて、タオルで彼女の頭を拭いていく一刀。そこへ、諸葛亮がお湯の入った大きな桶を持って入室する。

 

「関羽さん、お体拭きますね?」

「何から何まで世話になってすまない」

「いいんですよ。困った時はお互い様ですから。さ、服を脱いで下さい」

(えっと、孔明ちゃん?ここに男がいるんだけど?)

 

まだ鈴々の髪を拭いているというのに。気づいていないのだろうか?

 

「あ、だがその前に……」

「えっ?」

「だからその、所謂、一つの生理現象というか、なんというか……」

「ああ!これですね」

 

愛紗の様子から察した諸葛亮。思い出した様に、尿瓶を取り出した。

 

「お、お気遣いはありがたいが、それはちょっと……」

「あ、もしかして“大きい方”ですか?」

(何だろう、この子って天然なのかな……)

 

なんの躊躇いもなく答える諸葛亮。一刀は心中でそう呟いた。

 

「いや、そうじゃなくて……鈴々」

「合点承知なのだ!」

 

愛紗に呼ばれ、鈴々は彼女を担ごうとする。

 

「頼むぞ」

「お任せなのだ」

「あの、それでしたら」

 

諸葛亮は一旦、外へ出る。すぐに戻ってきた諸葛亮。同時に、木製の車椅子の様な物を押している。

 

「おお、これは」

「私が作ったんです。足を怪我しても移動できるようにって」

「これ、君が作ったの!?すごいな……」

「これは便利だ」

 

一刀は驚き、愛紗は画期的な発明に感嘆の声を漏らす。

そんな中、鈴々だけは面白くなさそうに頬を膨らましていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、宿泊させてくれた御礼にと、一刀は裏の方で薪を割っている。鈴々は藁で出来た屋根の上で寝転び、日の光を浴びていた。

 

「“子曰く、学びて時に之を習う”」

 

諸葛亮は園庭にある椅子に座り、文学に励んでいた。読んでいるのは、春秋時代の思想家“孔子”の教えを説いた論語。

 

「“朋遠方より来たる有り、また楽しからずや。人知らずして恨みず、また――――えっと……」

「“また君子ならずや”」

「はわわっ!」

 

暗読し、途中で止まってしまった。その時、後ろから急に声がした。驚きながら振り返ると、そこには瑠華がいた。

 

「ごめん、驚かせちゃって」

「い、いえ……。もしかして、月読君も書を読んだ事があるんですか?」

「え?ああ、うん……昔、ね」

 

そっと目を反らしながら、答える瑠華。

 

「もしかして、全部覚えてたり……」

「えっと……“有子曰く、その人と為りや、孝弟にして上を犯すことを好む者は鮮なし。上を好まずして乱を作すことを好む者は、未だこれあらざるなり”――――だっけ?」

「はわわ……すごいです!」

「いや、覚えてさえいれば誰だって出来るし……それに、僕なんかよりも、勉学に熱心に励んでいる君の方がすごいよ」

「いえ、先生に比べたら、私なんて全然です」

 

諸葛亮は本を膝に置きながら、空を見上げた。

 

「私も、いつか水鏡先生みたいに、人の役に立てる様な人になりたいんです。その為にも、もっと勉強しないと」

「……そっか。頑張ってね。孔明なら、きっとなれるよ」

「ありがとうございます」

 

勉強熱心な諸葛亮の姿に、瑠華は思わず励ましの言葉を贈る。

 

それから、瑠華も付き添いながら、諸葛亮は更に文を読んでいく。

 

 

 

その様子を、家の窓から眺めていた愛紗。今、水鏡に足の治療をしてもらっている所だ。

 

「水鏡殿、孔明殿は本当に良い子ですね。賢くて、素直で、言うことをちゃんと聞いて」

「鈴々ちゃんも良い子じゃありませんか」

「いや、鈴々は……」

「元気で、明るくて、私は大好き。それにとっても“お母さん想い”だし」

「は?お母さん?」

 

水鏡の言葉に愛紗は目を丸くした。

 

「あら、違うのですか?私はてっきり北郷さんとの……」

「ち、違います!!鈴々は姉妹の契りを交わした仲で、一刀殿とはそんな関係ではないし!そもそも何故そんな勘違いを!?それに私は子供が出来る様な行為はまだ一度も――――」

「か、関羽さん?分かりました。分かりましたから落ち着いて…?」

 

顔を真っ赤にして、手をあたふたしながら否定する愛紗を、水鏡は何とか落ち着かせた。

 

勘違いでまたも赤くなる愛紗。漸く静まり、水鏡は諸葛亮に視線を向ける。

 

「あの子は両親を亡くし、姉妹揃って親戚の所をたらい回しになり、姉と妹とも離ればなれになってしまって……。そして、私の先生に当たる人の所で世話になっていたのですが、その人も亡くなり、私が預かることになったのです。」

「そうだったのですか……」

「最近では、あの子の性格が辛い境遇を過ごしていく内に染み付いてしまった(さが)の様に思えて……」

 

水鏡から語られる諸葛亮の身の上話。愛紗は静かに聞いていた。

そしてもう一人。薪割りが一段落終え、部屋に戻ろうとしていた一刀。彼もまた、扉越しに耳を傾けていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

次の日の朝。今日も水鏡に足を診察してもらっていた。

 

「う〜ん、腫れがあまり引いてないわね。こんな時に“サロンパ草”があればいいのだけど……」

「“サロンパ草”?」

「こういう腫れ等に効く薬草なの。それがあったら 」

「先生、それなら私が取ってきます!」

 

水鏡が困った表情を浮かべていると、諸葛亮がいきなり挙手をする。

 

「でも、“サロンパ草”は裏山の方にあるのよ?」

「大丈夫です!裏山なら先生と何回も行った事がありますし」

「そうね……。出来れば、私も一緒に行けたらいいのだけれど、麓の村の方に薬を届けなければならないし……」

 

腕を組み、暫く考え込んでいた水鏡。

 

「……それじゃ、お願いしようかしら?」

「はい!」

 

愛弟子を信じ、頼むことにした。

 

それから諸葛亮は準備を整え、ポーチを肩に下げ、出発した。

 

「足下に気を付けるのですよ?」

「はぁ~い!」

 

水鏡は出発した諸葛亮の後ろ姿を、心配そうに見つめていた。

 

後方では、一刀が周りを見渡していた。

 

「あれ?鈴々がいない……もしかして」

 

姿が見えない妹。その行く先を想定し、一刀は近くにいた瑠華を呼ぶ。

 

「なあ、瑠華」

「どうしたの?」

「ちょっと頼まれてほしいんだけど。」

「なに?」

「あのな――――」

 

屈んで、一刀はゴニョゴニョと瑠華の耳元に囁いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

一方、“サロンパ草”を摘みに裏山へと向かっている諸葛亮。そんな彼女の後を、草陰に身を潜めながら尾行している一人の少女がいた。

 

(あいつだけにいいカッコはさせないのだ!こうなったらあいつの後を追って薬草の所まで行ったら先回りして、薬草を摘むのだ。そうすれば……)

 

鈴々は愛紗に感謝されている所を思い浮かべながら、ニシシと笑った。

 

「はわっ!」

「ん?」

 

ふと見てみると、諸葛亮は前向きに転んでいた。すぐに立ち上がり、砂埃を払った。

 

その様子を見ていた鈴々は、口を手で覆い笑っていた。

 

「プククッ!何もない所で転けるなんてあいつとんだドジッ子なのだ♪足も遅そうだし、余裕でいけるのだ」

 

まるで獲物を狙う獣の様に、目をキラりと光らせ、笑みを浮かべる鈴々。

 

そのまま進んでいると、裏山へと繋がる長い吊り橋に辿り着く。しかし、相当古いのか、所々傷付いており、下手をすれな今にも崩れそうだ。

 

「はぅ……先生と一緒の時は平気だったけど……ううん。関羽さんの為だもの。がんばらなくちゃ!」

 

諸葛亮は意を決し、ボロボロな綱の手すりを持ち、下を見ない様にゆっくりと渡り始めた。歩く度に吊り橋の足場がギシ、ギシと軋む。

怖くない、怖くない、と自分に言い聞かせる様に呟きながら、ゆっくり歩いていく。

そして、ようやく渡り終えると、体の力が抜ける様に諸葛亮は座り込んだ。

 

「はあ〜怖かった……」

「はあ〜、やっと渡ったのだ」

 

対して鈴々は、後方にて呆れながらその様子を見ていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

諸葛亮はついに白い花が咲いている草。“サロンパ草”を見つけた。

 

「あ、あった!」

 

それは崖壁(がいへき)の、かなり高い部分に咲いていた。後から来た鈴々も、その場に到着。

 

「運動がダメダメなあいつには無理なのだ。どうせ、諦めるに違いないのだ」

 

しかし、そんな鈴々の思惑とは違い、諸葛亮は崖を登り始めた。

 

「くっ!うぅ………はわっ!」

 

華奢な体、細い手で、崖を登る。すると、不意に下を向いてしまい、恐怖のあまり顔を反らす。しかし、登るのを再開した。

勇気を振り絞り、登り続ける。

 

「何でなのだ……何であいつ、あんなに必死なのだ?」

「そりゃあ、愛紗の為だからじゃないかな?」

「にゃ!?」

 

鈴々が慌てて振り向くと、すぐ後ろに瑠華がいた。武人でもある鈴々が、全くと言っていいほど気づく事が出来なかった。

 

「な、何で瑠華がいるのだ!?」

「一刀に頼まれてね。愛紗の介抱しないといけないから鈴々と孔明の様子を見といてくれってさ」

 

まあ、頼まれなくても行くつもりだったけど……。そう心中で呟くと、諸葛亮の方に目を向ける。

 

少女は尚も、登り続けている。

 

「孔明、言ってたよ。水鏡先生みたいに人の役に立てる様な人になりたいって」

「…………」

「さっきも言ったけどさ、孔明は愛紗の為にやってるんだ。鈴々も愛紗の為に来たんでしょ?」

「そ、それは……」

「意地張ってないでさ、協力しようよ。二人とも愛紗の為にやってるんだからさ」

「うぅ〜……」

 

瑠華は何とか説得しようとするも、鈴々はまだ納得してない様子を見せていた。

瑠華もどうしたものかと、頭をかきながら思考する。

 

「うっ、もう、少しで……」

 

そうこうしている内に、諸葛亮の方は“サロンパ草”のすぐ下にまで来ていた。

急いで視線を戻す二人。瑠華と鈴々が見守る中、必死に手を伸ばす。

 

 

ついに、手が“サロンパ草”に触れた。

 

 

「きゃああ!」

「「っ!」」

 

突然、彼女の足場が崩れた。バランスを崩し、地面に向かって落ちていく。恐怖により、彼女は目を瞑った。

 

しかし、痛みは来なかった。疑問を抱きながら、ゆっくりと目を開ける。

 

瑠華と鈴々が二人がかりで諸葛亮を受け止めていた。

 

「ち、張飛さんと月読君?」

「あ、危なかった……」

「何とかなったのだ……」

 

諸葛亮の無事を知ると、二人は安堵の息を吐いた。諸葛亮は、地面に足をつける。

 

「あの、どうして……」

「ち、違うのだ!散歩のついでに通りかかっただけなのだ!」

「こんな山奥を? 」

「うっ……と、とにかく薬草を摘むのだ!」

(まだ意地張ってる……)

 

誤魔化す様に、鈴々は大声でそう叫んだ。

 

呆れながらも、瑠華は背中に携えている撃剣を取り出す。崖の上目掛け、クナイを投げる。薬草の上部分に突き刺さり、瑠華は紐を引っ張って、しっかりと刺さっているのを確認。

 

次に鈴々は紐を掴みながら、崖を登っていき、薬草を手に入れると、地面に降りて諸葛亮に渡した。

 

「ん!」

「え、でもこれは、張飛さんが……」

「お前が先に見つけたんだから、お前が手に入れたのだ!」

「は、はあ……」

「やれやれ……」

 

夕焼けに染まった帰り道、三人は歩いていた。

 

そして、吊り橋の前に来ると、鈴々が諸葛亮の前に手を出した。

 

「え?」

「ほら、手を繋いでやるのだ。そうすれば、怖くないのだ」

「あ、ありがとうございます」

 

諸葛亮の右手を鈴々が握って、橋を渡る。後方では、瑠華が見守っている。

 

「きゃっ!」

「おっと、大丈夫?気を付けてね」

「は、はい」

 

諸葛亮を咄嗟に支え、大丈夫だと確認し、また歩き出す瑠華。橋を渡り終えると、諸葛亮は不意に笑みをこぼした。

 

「……張飛さんと月読君、優しいんですね」

「にゃ!?」

「ん?」

 

諸葛亮の言葉に鈴々は顔を赤くした。

 

「か、勘違いするななのだ!べ、別にお前の為なんかじゃ……」

「照れる事ないでしょ」

「う、うるさいのだ!」

「あ、あの……」

 

瑠華と鈴々が言い合っていると、諸葛亮が会話に入ってきた。

 

「えと、張飛さんと月読君の事、真名で呼んでいいですか?」

「「えっ?」」

 

突然の事に、瑠華と鈴々は間の抜けた声を漏らす。だが、瑠華は断る事はしなかった。

 

「……ああ、僕は別に構わないよ。僕の真名は瑠華」

「瑠華、君……。なんだか、女の子みたいな名前で可愛いですね」

「そ、そうかな……」

 

可愛らしい笑顔で言われ、瑠華は恥ずかしげに顔を反らす。

 

「か、勝手にすればいいのだ!お前が鈴々の事を真名で呼んでも、鈴々はお前の事を真名では呼ばないのだ!それでもいいのなら勝手にするのだ!」

「はい、鈴々ちゃん♪」

 

そっぽを向く鈴々に対し、嬉しそうに笑顔を浮かべる諸葛亮。

 

 

 

水鏡の屋敷へと無事に帰宅。門の前で待っていた水鏡に抱きつき、諸葛亮は“サロンパ草”を渡した。

 

「水鏡先生!」

「おかえりなさい。一人でよく頑張ったわね」

「いえ、一人ではなくて、鈴々ちゃんと瑠華君の三人で摘んだんです」

 

諸葛亮が二人の腕を抱いてそう言うと、夕焼けのせいか、二人の顔はより赤くなっていた。

 

仲睦まじい様子を見て、水鏡も優しく微笑んでいた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

〈サロンパ草〉をすりつぶした薬のおかげで愛紗の足は腫れが引いていた。

 

「うん、これでもう大丈夫。“サロンパ草”がよく効いたのね」

「いや~、水鏡殿には本当に世話になって、なんとお礼を言ったらいいのやら」

「いいのですよ。困った時はお互い様です」

「いえ!それでは、私の気が済みません!私に出来ることがあるのなら!」

 

恩返しにと、後に引かない愛紗。彼女の姿を見て、水鏡は手を止めた。

 

「――――それでは、一つだけお願いがあるのですが……」

「それは、孔明ちゃんの事ですね?」

 

部屋に入ってきた一刀が、会話に入ってきた。

 

「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが……」

「いいえ……一刀さんの言う通りです。ご迷惑かもしれませんが、朱里を……あの子を旅の仲間に加えていただけませんか?」

「孔明殿を?」

「はい、あの子は以前から旅に出て見聞を広めたいと言っておりました。しかし、御存知の通り、最近は物騒な事が多くなって、いくらあの子がしっかりしていてもあの年で一人旅というのは」

「それは、確かに……」

「しかし、水鏡殿はそれでいいのですか?」

「確かにあの子がいなくなったら、ここは寂しくなります……しかし、あの子が私に言った唯一のおねだり。それを叶えてあげたいのです」

 

目尻に涙を溜めながら、そう答える水鏡。娘も同然の教え子との別れ。惜しむのは当然だ。しかし、本人の成長と希望の為にもと、水鏡は二人に頼み込んだ。

 

一刀と愛紗は顔を見合せ、そして覚悟を決める様に水鏡の方を向いた。

 

「分かりました。この関羽、孔明殿を責任もってお預かり致します」

「同じく、北郷一刀。その願い、引き受けました」

「お願いいたします」

 

水鏡は、深々と頭を下げた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、孔明は一刀の旅に加わった。 無論、きちんと話し合いをした結果である。

 

「水鏡先生〜!お元気で〜!」

 

孔明が手を振ると水鏡も手を振り、見送っていた。

 

(水鏡先生!私、頑張ります!)

 

恩師から教わった知識を武器に、“臥龍”諸葛孔明が、旅の仲間に加わった。

 

 




なんだかんだで遅くなってしまいました。

なろうの方を主に書いているので、またも遅れてしまうと思います。それからリクエストの方も応えられるかどうか、分からなくなってきました……。

これからもよろしくお願い致します。


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~張飛、関羽と仲違いするのこと~

 

青空の下、鈴々が先頭に立ち、一刀達は森の中を進んでいた。

 

「こら鈴々、一人で先に行くな。はぐれても知らんぞ」

「そういえば、霧の中ではぐれてしまったお仲間の方、確か名前は……」

「趙雲だ」

「そう、その趙雲さんとは結局はぐれたままで、ちょっと心配ですね……」

「まあ、確かにな」

「けど、あやつも子供ではない。きっとどこかの空の下で元気にしているさ」

 

愛紗ははぐれてしまった仲間の事を思いながら、青空を見上げた。

 

 

そのまま歩いていると、二手に別れている道に出る。

 

「ん?別れ道か」

「どっちへ行きます?」

「う〜ん、そうだな……」

「こんな時は鈴々にお任せなのだ」

 

鈴々は陀矛を真っ直ぐに立て、お願いする様に手を合わせた。すると、陀矛は右へと倒れた。

 

「あっちなのだ」

「うむ、それでは行くのはこっちだな」

 

愛紗は鈴々の占いとは逆の方を指さす。

 

「なんでそうなるのだ!」

「当たり前だ。この前、お前の占い通りにしたら霧が出るわ、崖から足を滑らせるわで散々だったではないか」

「そ、それは……」

 

愛紗に色々と指摘され、口ごもる鈴々。

 

「けど、占いではあっちって――――」

「だ~か~ら~!その占いが信用できないと言ってるんだ!」

 

譲れないのか、愛紗と鈴々はお互いに睨み合う。

 

その横で、一刀と瑠華は顔を合わせ、ため息を吐く。すると、孔明が話に入ってくる。

 

「関羽さん、確かに鈴々ちゃんの占いには根拠がないと思います。でも、それなら占い通りにしたからって、必ず悪い事が起きるとは限らないはず。だから、鈴々ちゃんの言う方へ行ってみてもいいと思うんです」

「孔明殿がそう言うなら……」

 

渋々ながら、了承する愛紗。

 

「それじゃ――――」

「余計なことしなくていいのだ!」

 

鈴々が腕を組んで頬を膨らませていた。 孔明に助けられたのが気にくわなかったのか、拗ねた様にそっぽを向いている。

 

「これは鈴々と愛紗の問題なのだ!お前は関係ないから黙ってるのだ!」

「あぅ……」

 

孔明はしょんぼりと、顔を俯かせる。

 

「鈴々、そんな言い方……」

「鈴々!何てこと言うんだ!」

 

流石に黙ってられなかったのか、瑠華も会話に入る。しかし、その瑠華の声をかき消すか程の大声で、愛紗は怒鳴る。

 

「孔明殿はお前の為を思って」

「それが余計なことなのだ!」

「鈴々!」

 

鈴々は地面に倒れている陀矛を乱暴に掴み、肩に担いだ。

 

「とにかく鈴々は占い通りに行くのだ!」

「っ!勝手にしろ!」

「勝手にするのだ!」

「お、おい!待てって鈴々!」

 

鈴々の後を一刀は急いで追いかける。

 

その場には、愛紗、瑠華、孔明の三人となってしまった。

 

「いいの、愛紗?一人で行かせて」

「構わんさ。一刀がついているし、どうせ後になって“やっぱりみんなのところがいいのだ〜”とか言って追いかけるさ」

 

鈴々の物まねをしながら、そう答える愛紗。

 

「でも……」

「さあ、我々も行こう」

 

先に行く愛紗。瑠華と孔明は、一刀と鈴々が行った道を振り返る。少し顔を曇らせ、愛紗の後をついていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

愛紗と別れ、不機嫌丸出しで歩く鈴々。その後を、一刀は追いかけている。

 

「鈴々、そんなに拗ねるなよ」

「拗ねてなんかないのだ!」

 

一刀の言葉に、鈴々はむきになって否定する。

 

(愛紗、孔明の味方ばっかり……)

 

口では否定するも、心中では、やはり拗ねていた。孔明が自分よりも愛紗の役に立っている所を見て、やきもちを焼いている。

 

しばらくすると、森を抜け、町が見えた。

 

「あっ、町なのだ!鈴々の占いは正しかったのだ〜♪」

「ちょっ、待てって鈴々!」

 

上機嫌の鈴々は町に向かって走っていく。一刀も止める暇もなく、諦めてついていった。

 

 

町へと到着した二人。

しかし着いて早々、困ったことになった。

 

「お腹空いたのだ……」

「路銀は愛紗が持っているからな〜」

 

ぐぅ……と腹の虫が鳴る。空腹に困っていると、二人は人混みを見つけた。人々の前には看板が立ててある。

 

「う〜ん、読めなくもないけど難しくて読めないのだ」

「え〜っと?お……うん、やっぱ読めねぇ」

「“大食い大会本日開催!飛び入り歓迎!優勝者には賞金と豪華副賞あり!”」

 

二人が読めずにいると、後ろから声がした。

振り替えると、そこには一人の少女がいた。

 

「「馬超!?」」

「よっ、久し振りだな」

「どうして、こんなところにいるのだ?」

「西涼に帰ったんじゃないのか?」

「ああ、一度は西涼に戻ったさ。それでやることやってまた武者修行に出たんだが……」

「路銀が尽きてしまったと」

「ああ……」

 

一刀がそう答えると、馬超は後頭部を掻きながら、恥ずかしそうに答えた。

やることをやり終え、彼女なりに吹っ切れた様だ。

 

「じゃあ、もしかして」

「ああ!あれで優勝して賞金を頂こうって寸法さ!」

 

馬超は看板を指さし、堂々と答える。

 

「それなら鈴々もやってやるのだ!」

「そうか、ならば相手にとって不足はない!かかってこい!!張飛!!」

 

お互いに睨み合い、火花を散らせる二人。

 

(なんか、すんげぇヒートアップしてない?)

 

一刀は二人の炎の様な気迫におののいて――ビビって――いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして開催された、大食い大会。

 

「さあさあ、毎年恒例の大食い大会も大詰め!!決勝戦まで残った三人の勇者をご紹介いたしましょう!」

 

司会を務める、眼鏡をかけた少女、陳林は声を張り上げて大会の進行を行う。

 

「まずは遥々(はるばる)西涼からの参加!馬超選手!」

「よしっ!」

「虎の髪飾りは伊達じゃあない!猛虎もびっくりの食べっぷり!張飛選手!」

「がお~!がおがお~なのだ!」

「そして最後に、ちっちゃい体からは想像もできない驚異の食欲!許緒選手!」

「むぅ、ちっちゃいって言うな」

 

薄桃色の特徴的な髪形をした少女、許緒は、“ちっちゃい”と評され、不機嫌に頬を膨らませる。

 

「最終決戦は、甘すぎず、控えめなお味の“十万斤饅頭”を制限時間内にどれだけ食べられるかを競ってもらいます」

 

鈴々、馬超、許緒の前に、大量の十万斤饅頭が乗せられた皿が置かれる。椅子に座っている三人の姿が、前から見えなくなる程の量だ。

 

「それでは勝負開始!!」

 

試合開始の合図と共に、銅鑼が鳴り響いた。

 

三人は一斉に饅頭に手を伸ばす。

馬超は食べて飲み込み、食べて飲み込みを繰り返し、鈴々はありったけの饅頭を口内に積み込み、モゴモゴと咀嚼する。

 

一方、許緒は余裕の表情を見せ、順調に食を進めている。

 

(くっ、許緒って奴!相変わらず、すごい勢いなのだ!)

(誰よりも食べているはずなのに、まだあんな底力が!?)

「いや〜……よく食べるな、あの子」

 

観客席にいる一刀も鈴々と馬超同様、許緒の食べっぷりに驚いていた。

因みに一刀は一回戦を勝ち抜き、二回戦で棄権したのである。参加自体はタダなので、丁度良かった。

 

(でも、鈴々も負けないのだ!!)

(急いで追い上げないと――――うっ!?)

 

追い上げようとする最中、馬超は手を急停止した。

 

(ま、まずい……流石にそろそろ限界が……!)

 

顔色がどんどん悪くなり、脳裏には大会で食べた料理が走馬灯の様に流れていく――餃子、焼売、麻婆豆腐、その他の中華料理等々――。

ここまでか……!と、饅頭を掴む手が微かに震えている。

 

(だが例え、溝の中で野垂れ死にするとしてもっ!あたしは、前のめりに倒れ――――」

 

そこで意識が飛び、馬超はその言葉通り、前のめりに倒れた。

 

錦馬超、ダウン。

 

(馬超が倒れたのだ……残るはこいつだけ……!)

 

鈴々は許緒の方へと目を向けた。皿には饅頭が三個残っており、許緒は今、俯いている状態。好機と見た鈴々は、ラストスパートに取り掛かる。

 

(ここから追い上げれば、逆転できるのだ!)

 

両手の饅頭を口に放り込む。ゴクン、と何とか飲み込み、苦しそうに肩を上下に揺らして、荒い呼吸をする。

 

(これを……これを……食べれば………!)

 

とてつもない満腹感に耐えながら、残り一つの饅頭に手を伸ばす。

 

すると、俯いていた筈の許緒が一瞬にして目を見開き、皿を持ち上げた。それを口の方へと傾け、残りの饅頭が口の中へと運ばれていく。

 

「ガーン!!なのだ~~!?」

「もぐもぐ……おかわり♪」

 

まだ食べ足りないのか、なんと、おかわりを要求した。鈴々は限界突破し、力絶えて、後ろに倒れた。

 

 

 

大食い大会が終わり、夕焼け空の下、馬超と鈴々の二人はトボトボと歩き、一刀は苦笑いを浮かべている。

 

「うぅ、賞金もらえなかったのだ……」

「まあまあ、とりあえず腹一杯食えたから良しとしようぜ?

「そういや、関羽と趙雲はどうしたんだ?また、どっかの店で働いているのか?」

「ああ、実は……」

 

鈴々を慰めていると、不意に馬超がそう尋ねてきた。一刀は気まずそうに、今の状況を説明した。

 

「ええっ!?関羽とは仲違いして、趙雲とは途中ではぐれた!?」

「ああ、そうなんだ」

「り、鈴々は悪くないのだ!愛紗がいじわる言うから、それで……」

 

鈴々は拗ねながら、そう呟く。

一刀と馬超は顔を見合わせ、どうしたものか、と困った表情を浮かばせる。

 

「お〜い!」

「ん?」

 

大きな声で呼び止められ、振り返る三人。先程の大食い大会で、とんでもない食べっぷりを見せつけて優勝した少女が、こちらへとやって来た。

 

「君は確か……」

「僕の名前は【許緒】字は【仲貢】全国を回って大食い修行してるんだ」

「俺は、北郷 一刀」

「鈴々は張飛、字は翼徳なのだ」

「あたしは馬超、字は孟起。西涼の出だ」

 

その場にいる四人は自己紹介を済ませる。

 

「いや〜、僕とあそこまで張り合えるなんて中々やるじゃん。二人みたいなの初めてだよ。そこの兄ちゃんは、そこそこだけど」

「はは、俺はあんなに食えないもんで」

「鈴々も、あんな化け物染みた大食いを見たのは初めてなのだ」

「いや〜それほどでも♪」

「別に褒めてないのだ」

 

鈴々が感想を述べると、許緒は“誰もが知っている春日部市在住の五歳児”の様な照れ笑いをする。

 

「なぁなぁ、こうやって知り合ったのも何かの縁。これから親睦を深めるために一緒に食べに行かない?もちろん、そこの兄ちゃんも一緒に」

「ってお前、まだ食べるつもりなのか……?」

「本当に底なしなのだ……」

「底なしどころか、ブラックホール級だな……」

 

三人は改めて、限界を知らない許緒の胃袋に驚く。

 

「ああ、お金の事なら大丈夫。大食い大会の賞金でおごるから」

「いや、そうじゃなくて……」

「――――何言ってんだよ!」

「ん?」

 

突然、路地裏の方から声が聞こえた。

 

そこには一人の少年がおり、目の前にはヒゲを生やした男、それからチビとデブの三人組がいた。

様子から見て、穏やかな空気ではなさそうだ。

 

「借りた分はとっくに返したはずだろ!?」

「小僧、借金には利子ってもんがつくんだよ」

「ほれ、証文もこの通り」

「くっ!」

 

ヒゲの男が、見せびらかす様に証文を懐から取り出す。この男は金貸し、借金取りの様だ。

少年は悔しげに睨み付け、証文目掛けて走り出す。しかし、すぐにデブの男に捕まってしまった。

 

「うわっ!」

「おっとぉ、危ねぇ危ねぇ」

「おい、ちょっと痛い目見せてやれ!」

「そこまでだっ!」

 

喧騒を聞き付けた一刀達は、その現場に駆け付けた。

 

「何だ、てめぇらは?」

「通りすがりの大食い修行者だ!」

「いや、それは君だけだから……」

 

許緒の台詞に、一刀は苦笑いを浮かべる。

 

「大食いだが蟻食いだが知らねぇが、下手に首突っ込むと痛い目見るぜ!」

「そうだ!とっとと失せろチビ共!」

「チビって誰のことなのだっ!!」

 

チビの男にチビと言われ、反論する鈴々。

 

「誰ってそりゃあ、おめぇとおめぇと、後これ」

「俺は入れなくていいんだよ!!」

 

デブの男は鈴々、許緒、そしてチビの男の順番に指を指しながらそう答えた。

 

「やぁ〜い!墓穴を掘ったのだ〜!」

「うるせぇ!チビ!」

「――――チビ……」

「ん?」

 

後ろを見ると、許緒が顔を俯かせ、体を震わせながら何かを呟いている。

 

「またチビって言ったな……チビって……!」

「い、言ったら、どうだってんだよ……」

 

何やら不穏な雰囲気を纏っている許緒に、チビは怯んでいる。

 

「ぶっつぶすっ!!」

 

許緒は――どこに隠していたのか分からない――自分の身長の倍の大きさはある鉄球を取り出し、一気に振り下ろす。

 

「とぉりゃあああ!!」

 

凄まじい轟音と共に、鉄球がぶつかった地面は大きく陥没していた。

許緒の体からは、何やら黒い氣の様なものが流れており、獰猛な肉食動物の様に唸りながら三人組を睨み付ける。

 

「ば、化け物だぁ〜!!」

 

凄まじい馬鹿力を目の当たりにし、三人組は尻尾をまいて逃げていった。

 

「明後日来やがれなのだ!」

「「それを言うなら一昨日来やがれだろ?」」

 

一刀と馬超は口を揃え、鈴々の言葉を訂正する。

 

それから一刀達は、助けた少年と一緒に道を歩きながら、話を聞いていた。

 

「あいつら本当にずるいんだ。借りた分はちゃんと返したはずなのに、いつのまにか変な証文作ってて、“まだ利子が残ってる。返さないなら姉ちゃんを借金の形によこせ”って」

「そうだったのか」

「何て非道な!」

「くそ〜そうと分かったらマジでペシャンコにしたのに!」

「まったくなのだ!」

 

事情を知り、一刀達は怒りを募らせる。何はともあれ、放っておけない。とりあえず、少年の住む家まで同行していく。

 

辺りはもう、夕焼け色に染まっている。

その道中、一人の旅の武芸者とすれ違った。外套を深く被り、赤い刃の槍を携えている。フードの下から覗く、水色の髪。そして赤い瞳が、一刀達を写した。

 

 

 

家へと到着した一行。

 

「姉ちゃん、ただいま」

「お帰りなさい。あら?」

 

屋内には、少年の姉らしき女性がいた。それから事の説明を受ける。

 

「まあ、そうだったのですか……。弟の危ない所を助けていただき、ありがとうございます」

 

事情を聞くと、姉はお辞儀をして礼を述べる。

 

「姉ちゃん、この人達旅の途中なんだって。まだ宿は決まってないって言うから、お礼の代わりに家に泊まってもらおうよ」

「そうね。そういうことですので是非」

「どうもすみません」

「お世話になるのだ」

「じゃあ、宿代にこれ」

 

許緒が賞金が入った袋を出すと、姉が手で制した。

 

「いけません、そんなことをしてもらっては」

「えぇ、何でだよ?これがあったら借金だっていくらか返せるのに」

「何言ってるのですか。この方達に泊まっていただくのは、あなたを助けていただいたお礼なのですよ?それなのにお金をもらっては意味がないでしょう」

 

姉は少年を叱り、少年は俯いている。

 

「そもそもあなたが軽はずみな行動をしなければ――――」

 

姉は続けて、少年を叱る。少年の身を案じての事だろう。

 

その様子をじっと見ていた鈴々。その瞳には、“義姉”の姿が重なって見えていた。

その様子に気づき、一刀が声をかける。

 

「どうした、鈴々?」

「っ!な、何でもないのだ!何でも……」

 

 

◇◆◇◆

 

 

その頃、愛紗達三人は焚き火を中心に囲んで座っていた。辺りが真っ暗闇の夜中、愛紗は物思いに耽っていた。

 

「関羽さん?関羽さん!」

「っ!な、何だ、孔明殿?」

 

孔明に呼ばれ、我に返り急いで返事を返す愛紗。

 

「……何を考えていたんですか?」

「い、いや、私は何も――――」

「鈴々の事考えてたんでしょ?」

 

側で座っていた瑠華も話に入ってくる。

 

「今から引き返すっていうのもあると思うんだけど?」

「確かに、夜通しで歩けば鈴々ちゃんに追いつけるかも」

「何を馬鹿なことを……」

「でも、このままじゃ――――」

「孔明の言う通りだよ」

 

瑠華も、孔明と同じ様に、愛紗を説得する。その声音は、どこか真剣さを増している。

 

「喧嘩別れしたまま、二度と会えなくなるかもしれないんだよ?」

「おいおい、そんな事――――」

「あるんだよ。“そんな事”が……」

 

琥珀色の瞳を、じっと見つめながら、そう答えた。金色の瞳はとても悲しい、哀愁の色に染まっている。または、深淵の闇を思わせる様な……。

 

「と、とにかく、夜も更けた。もう寝た方がいい」

「関羽さん……」

「………」

 

会話から逃げる様に、愛紗は背を向けて横になる。

 

(二度と会えなくなるかもしれないんだよ?)

 

その言葉が、脳裏に残ったまま。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――翌朝。

 

「ふぅ、こんなもんでいいか?」

「ご苦労様です」

 

宿泊の礼として一刀と馬超は交代で薪割りをしている。今は馬超の番で、一刀は薪を取りに山の方へと向かっている。

 

「本当にすみません。こんなことまで手伝ってもらって」

「いや〜、何もしないでいると飯がまずくなりますから」

 

照れながら答える馬超に、姉は微笑む。

すると、山菜を取りに行っていた少年と許緒が帰ってきた。

 

「姉ちゃん!ただいま!」

「まあ、こんなにいっぱい」

 

籠の中には、茸や山菜といった、山で入手可能な食材が大量に入っている。

 

「姉ちゃん、この人すっごいんだ!初めて入った山なのに茸とか山菜とか次々と見つけ出してさ」

「山で食料を見つけるのは大食い修行の基本だからな」

「そ、そういうもんなのか?」

 

胸を張りながら自慢気に言う許緒に、馬超は苦笑いを浮かべる。

 

「所で張飛はどうした?お前達と一緒じゃなかったのか?」

「え?僕はてっきり馬超と一緒だと」

「お前ら何しに来たのだ!」

 

その鈴々の声が聞こえ、外へ出る。

家の前には、昨日遭遇した三人組の男達がいた。

 

「へっ、やっぱりここにいやがったか!」

「昨日は世話になったなぁ」

「何だ、またぶちのめされにきたのか?言っとくけど、今度は手加減しないぞ!」

「おっと、今日の相手は俺たちじゃねぇ。先生!おねげぇしやす!」

 

三人組の後ろから、一人の女性が、酒瓶を片手に出てきた。

濃い紫色の髪を簪で留め、さらしを巻いており、袴で下駄を履いている。いかにも姉御肌な雰囲気を出していた。

 

「ん?なんや、ごっつい強い奴等とやらしてくれるっちゅうから用心棒引き受けたのに、相手はガキかいな」

「ガキとは何なのだ!ガキとは!」

「そうだ!張飛はともかく僕はガキじゃないぞ!」

「ちょっと待つのだ!それはどういう意味なのだ!」

「おい、仲間割れしてる場合じゃないだろ」

「はっはっは!おもろい子らやな〜」

 

言い合いをしている鈴々と許緒。それを豪快に笑い飛ばし、女性は酒瓶を一呑みする。

 

「これ預かっといて。まだ残ってるから落としなや」

「へ、へい」

 

酒瓶をデブに預けると、下駄をカランコロンと鳴らしながら前へ出た。

 

「ウチん名は【張遼】。昨日は旅から旅までの風来坊で、今日は用心棒や。あんたらに恨みはないけど、これも仕事やさかい、ちょいと痛い目に合うてもらうで」

「痛い目に合うのはお前の方なのだ!」

 

鈴々、馬超、許緒の三人は武器を構える。

 

「そう、その活きや。それぐらいやないとおもろない」

 

張遼は武器である、愛紗の青龍偃月刀によく似た【飛龍偃月刀】を構える。

 

「一匹ずつ相手にすんのは面倒や!いっぺんにかかってきぃ!!」

「どぉりゃあああ!!」

 

先手を取ったのは許緒、巨大な鉄球を降り下ろした。昨日と同じく、地面に叩きつけて地鳴りを生み出す。

 

「ど、どっからこないなもん出したんや……?」

「うりゃりゃ~!」

「おっと!」

 

次に鈴々が蛇矛を降り下ろす。張遼はその一撃を受け流した。

 

「はああ!!」

「ふん!」

 

次に馬超が槍で突撃してきた。張遼はそれを受け止める。二人はお互いに押し返さんと、得物をぶつけ合う。

 

「とりゃああ!」

「くっ!」

 

許緒はもう一度、張遼目掛けて鉄球を降り下ろした。それに気づいた張遼は馬超を押し返し、空中に飛び上がって反転しながら回避する。

 

「危ない、危ない」

「うりゃりゃ〜!!」

 

安心したのも束の間。鈴々の蛇矛が張遼に向かっていた。しかし、蛇矛をいとも簡単に防ぎ、地面に叩き落とす。そのまま、張遼は偃月刀で鈴々に斬りかかる。

 

「っ!」

「「張飛っ!」」

 

馬超と許緒の叫びを他所に、張飛に刃が近づいていく。鈴々は迫り来る刃に備え、目を瞑る。

 

 

 

しかし、その刃が鈴々に来ることはなかった。

 

鈴々がそっと目を開けると、一人の青年が木刀で張遼の斬撃を防いでいた。

 

「鈴々!無事か?」

「お兄ちゃん!」

「北郷!」

「兄ちゃん!」

「なんや、他にも仲間がおったんか」

 

一刀は張遼を押し返す。そして鈴々が無事なのを確認し、安堵する。

 

張遼は後ろに下がり、距離をとった。

 

「……ふ〜ん。あんた、中々やりそうやな」

「そいつはどうも」

「ウチん名は張遼。あんたは?」

「俺の名は、北郷 一刀」

「なら、北郷!早速やけど、ウチの相手してもらうで!」

「できれば、あまり争いたくはないんだけど……仲間がやられてるのに黙っちゃおけないからな」

 

一呼吸置き、一刀は木刀を構える。

 

次の瞬間、二人は一斉に走り出し、お互いの武器をぶつけ合う。張遼は偃月刀を大きく振り回し、大きな金属音と共に振るう。一刀も木刀で防ぎながら、隙をついて張遼の腹目掛けて薙ぎ払う。張遼は柄でそれを防いだ。

木刀と偃月刀が金属音を出しながら、交差し合う。

 

「っ!」

「ええで!ええで!その調子や!」

 

まるで戦いを楽しむかの様に張遼はそう叫ぶ。一刀は相手の素早い斬撃を、いなし、防いでいく。

そして、二人は同時に飛び退いた。

 

(このまま長引いても駄目だ……次で決める!)

(酒代目当てに引き受けた仕事やったけど、久しぶりに血ぃたぎってきよったわ)

 

暫しの沈黙の後、一斉に地を蹴り、距離を縮める。

 

「はああああ!!」

「でりゃああああ!!」

 

張遼は大きく振り上げ、一気に降り下ろす。一刀は走りながら体勢を低くし、偃月刀を受け止める。その柄を沿う様に木刀を走らせ、勢いを利用し振り上げた。

手から離れた偃月刀は、空を切りながら宙をを舞い、地面に突き刺さる。

一刀は木刀を張遼に向けた。

 

「……降参してくれるかな?」

「はあ〜……参った。ウチの負けや」

 

観念した様に、張遼は両手を上げる。

その様子を鈴々達は、じっと見ていた。

 

「す、すげぇ……」

「あの兄ちゃん、すっごく強いじゃん!」

「当たり前なのだ!兄ちゃんはすっっごく強いのだ!」

 

鈴々は自分の事の様に胸を張っていた。

 

「きゃあ!」

「っ!?」

 

突然、悲鳴が聞こえた。その方向を見ると、三人組が二人の姉弟を人質にとっていた。

 

「勝負あったな」

「くっ、卑怯な!」

「おい、武器を捨てろ!でねぇとこのガキの命はねぇぞ!」

 

チビはナイフを取りだし、刃先を少年の首に当てる。

 

「ちょお待ち!何のつもりや!?」

「悪ぃが先生よぉ。こっちにはこっちの都合があるんでな」

「ちっ!」

 

忌々しそうに、張遼は舌打ちをする。

一刀も下手に動けずにいた。

 

 

その時、何処からともなく、針の様な物が飛んできて、チビの手に刺さった。チビが怯んでいる隙に、外套を被った人物が現れ、デブを蹴り飛ばすと、姉弟を抱えて屋根に飛び上がった。

 

「な、何だぁ、てめぇは!?」

「顔を見せやがれ!」

 

全員の視線が、その武芸者に集まる。

 

「乱世を正すため、地上に舞い降りた一匹の蝶」

 

その人物は外套を脱ぎ捨てた。

 

「美と正義の使者!華蝶仮面推参!!」

 

ジャジャーン!という効果音がつきそうな登場の仕方。蝶を象った、目元が隠れる仮面を付けた、“一刀達もよく知る少女”が姿を現した。

 

「一刀、鈴々、馬超。久し振りだな」

(あれって、星……だよな……?)

 

一刀は何となく――いや確実に――華蝶仮面の正体に気づいていた。それは、馬超も同様であった。

 

「あいつ、兄ちゃん達の知り合いか?」

「いや、その〜……」

「なんていうか……」

「あんな奴知らないのだ!」

 

えっ?と同時に声が出る一刀と馬超。そんな二人とは違い、鈴々はきっぱりと言い放った。

 

「どこで鈴々の名を知ったのかしんないけど、お前みたいな奴に知り合い面されたら迷惑なのだ!!」

「………」

((お、怒ってる……あれは完全に怒っている……))

 

どうやら鈴々は気づいて気づいていない様子。

華蝶仮面――星――は目で見ても分かるように、怒りのオーラを出していた。一刀と馬超は心中で若干、そのオーラに引いている。

 

「おい!華蝶だがガチョ〜ンだが知らねぇが、降りてきやがれ!」

「降りてやってもいいが、そうするとお主らがますます不利になるが、いいのか?」

「ああ?」

 

すると、後ろからカランコロンと下駄の音が聞こえる。振り返ると、そこには怒りに燃えた張遼が偃月刀を携えて睨み付けていた。

 

「人質とるなんて、ど汚い真似してようもウチを怒らせたな……!?」

「「「ひぃぃ!!」」」

「今度こそ、ぺしゃんこにしてやる!」

 

許緒は鉄球を三人組に投げつける。しかし、張遼は偃月刀の石突きで突っつく事にやり、それを防いだ。

 

「何で邪魔するんだ!?」

「金で雇われた身とはいえ、一応ウチもこいつらの身内や。身内の始末は身内でけりつける」

 

彼女なりの考えなのだろう。張遼は偃月刀を肩に担ぎ、三人組に近づいていく。

 

「おい、借金の証文出しぃ」

「へ、へい……」

 

ヒゲは恐る恐る、懐から証文を取り出した。

 

「しっかり持っときや」

 

次の瞬間、張遼は証文を八つ裂きにした。一瞬にして、紙屑と化した。

 

「ええか?今後一切あの姉弟に近づくんやないで――――分かったかっ!!」

「は、はいぃぃぃ!」

「ほんならとっとと行け!」

「し、失礼しました〜!!」

 

恐れをなし、三人組は尻尾をまいて逃げていった。

 

「めでたしめでたしなのだ」

「ほんなら、ウチも消えるとするか」

「これからどうするつもりなんだい?」

「さぁて、風の向くまま気の向くまま。これまで通りの風来坊や」

 

そう言うと、張遼は立ち去る。その去り際、一刀の方を向く。

 

「北郷、とか言うたな?その名、覚えとくで。いつかまたやる時は、ウチが勝たせてもらうで」

 

好戦的な、それでいて明るい笑みを浮かべ、張遼は一刀に宣戦布告する。これには、頬をかいて、苦笑するしかなかった。ほなな~、と張遼は今度こそ、旅立っていった。

 

「なんか変わった奴なのだ」

「変わった奴といえば、あの妙な仮面野郎は――――」

 

思い出し、振り返ってみる。そこに華蝶仮面の姿はなかった。

 

「う〜ん、最初から最後まで怪しい奴なのだ」

「張飛の奴、本当に気づいてないんだ……」

「……みたいだな」

 

若干、呆れた様に、ため息をつく二人だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

一方――――

 

「――――かっこいいと思うんだけどな」

 

蝶を象った仮面を見つめながら、少女はそう呟いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

問題を解決し、旅に出る一刀達一行。

 

「本当にありがとうございました〜!」

「さようなら〜!」

 

姉弟に見送られながら、一刀達は家を後にした。

 

「所で許緒。お前はこの先どうするんだ?」

「とりあえず、洛陽かな。そこならもっとすごい大食い大会があるだろうし」

「そっか、だとするとこの先でお別れだね」

 

一刀は前を向く。

 

すると、何かを見つけた。目を見開き、優しい笑みを浮かべる。

 

「さて、鈴々。俺たちも戻るとするか」

「えっ?」

「ほら」

 

一刀は前を指差す。鈴々もそれにつられ前を向く。

 

小さめの岩に腰を下ろし、俯いている黒髪の少女がいた。鈴々は見つけるや否や黒髪の少女の方に走り出し、抱きついた。

 

「愛紗〜!」

「こ、こら!何だ急に」

「どうしてこんな所にいるのだ?」

「昨日の朝に引き返して、夕方前に町に着いて、それで町中の宿屋を探しても見つからなくて……」

 

愛紗は終始、気まずそうに説明する。

 

「孔明はどうしたのだ?瑠華も」

「もしかしたら引き返すかも知れないと、町の反対側の所で二人共、待っている」

「愛紗は、何で引き返したのだ?」

「何でって……お前を探す為に決まっているだろう」

 

鈴々と顔を合わせ、そう答えた。

 

「私は姉で、お前は妹だ。だから、どこへ行くのも一緒だ!いいな?」

「っ!うん!」

 

満面の笑顔で鈴々は愛紗に抱きつく。愛紗も恥ずかしそうにしながらも、満更ではない様子。

 

「あの黒髪の人、誰なんだ?」

「名を関羽。張飛の姉だ」

「姉?」

「ああ、血の繋がりはないけど、正真正銘の姉妹さ」

 

許緒の質問に馬超と一刀はそう答える。

 

一刀はそんな姉妹を、遠くから優しく見守っていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

村の反対側では、瑠華と孔明が並んで岩に座っていた。

 

「はぁ……」

「その溜め息、何回目?」

「だ、だって、お二人が仲直りできたのか心配で……」

「――――孔明、その心配はないみたいだよ」

「えっ?」

 

瑠華は自信満々に微笑みながら、向こうを見る。孔明も振り返り、その瞬間、笑顔になる。

 

二人の視線の先には、楽しそうに笑い合う姉妹――――そしてそれを見守る兄の姿がいた。

 




どうもです!

色々と文字修正や、台詞を考えたりして遅くなりました。暇潰しに、他の小説も手掛けているので、相も変わらずマイペースであります。

次回もよろしくお願い致します。


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~一刀と関羽、黄忠の企みを阻まんとするのこと~

姉妹の仲直りも経て、雲一つない快晴の下、一刀達は旅をしていた。

 

「いいお天気なのだ♪」

「そうだな」

「こんな晴れた日は何かいいことがあるかもしれ――――」

「きゃあっ!」

 

突然、悲鳴が聞こえた。

悲鳴が聞こえた方へと向かってみる。

強面で髭を生やした中年男性が、一人の少女の手を掴んでいた。

 

「ちょっと!離しなさいよ!」

「そこまでだ!か弱き者を虐げんとする悪党め!この場で成敗してくれる!」

 

正義感から見逃せず、愛紗は偃月刀を構える。

 

「悪党って、おらはただ――――」

「問答無用!覚悟!」

「ま、待て!愛紗!」

 

一刀が止めに入るも、時すでに遅し。偃月刀による軍神の一撃が、その男性を吹き飛ばしてしまった。

 

 

そして、真相はというと。

 

「えぇ!?食い逃げ!?」

「んだ。あの娘っ子、飲み食いした後、金を払わずに逃げようとしたから」

「いや、そうとは知らず、とんだ勘違いを……」

 

早とちりだったようだ。申し訳なさそうに、謝罪する愛紗。あの少女も、いつの間にか姿を消している。

 

すると、店主は手を前に出した。

 

「代金。食い逃げの」

「ああ、そうか――――って何で私が!?」

「おめぇさんのせいで、あの娘っ子が逃げちまったんだから。弁償してもらわんと」

「うぅ……」

 

ぐうの音も出ない。愛紗は大人しく、代金を支払う羽目になった。

 

その後、愛紗は落ち込みながら、とぼとぼと歩いている。

 

「とほほ…とんだ災難だ……」

「関羽さん、元気だして下さい」

「孔明の言う通りだよ」

「そうなのだ」

「次からは気をつければいいさ、な?」

 

仲間達に慰められ、心が少し和らいだ愛紗。

 

「ちょっと〜!待ちなさいよ〜」

 

後方から声が聞こえ、一同は振り返る。見れば、先程の食い逃げした少女が走ってきた。

 

「お主はさっきの食い逃げ娘!今までどこに行ってたのだ!お主のせいで私は!」

「あんた達、中々見込みあるわね。気に入ったわ。シャオの家来にしてあげる」

「えっ?」

 

出会い頭、唐突にそう答える。桜色の長髪を二つのリング状に纏め、褐色肌の少女。

 

「えっと、シャオとやら。話の意味が――――」

「ちょっと!初対面なのにシャオだなんて馴れ馴れしく呼ばないでよね!」

「自分でシャオって言ったのに…」

「確かに…」

「うるさいわよ!そこの“チビッ子その二”と“その三”!」

 

シャオと呼ぶその少女は、孔明と瑠華を指差しながらそう言った。

 

チビッ子、というフレーズを耳にし、聞き流せなかった瑠華は、カチンと頭にきた。

 

「……そういう君もチビッ子なんじゃないの?“チビッ子その四”」

「な、なんですって〜!」

「はわわ、喧嘩は駄目ですよ~……」

 

瑠華と少女が睨み合い、孔明が弱々しく仲裁に入る。

 

「ぷぷっ、孔明と瑠華チビッ子扱いなのだ」

「あの、私と瑠華君が“チビッ子その二”と“その三”なら“チビッ子その一”は鈴々ちゃんだと…」

「誰がチビッ子なのだ!」

「はわわ!私が言ったんじゃないです〜」

「まあまあ、鈴々落ち着いて」

「瑠華も、喧嘩はいかんぞ?」

 

混乱する状況の中、一刀と愛紗が間に入る。

小学校の先生が生徒を止める様に、チビッ子達をまとめる。

 

すると少女は、改まった様子で言い出した。

 

「と・に・か・く、あんた達はこの江東に覇を唱える孫家の末娘。孫尚香の家来になるの。いいわね?」

 

ええっ!?と、驚きを隠せない一同であった。

 

 

 

 

そんなこんなで、【孫尚香】も旅に同行をする事になった。半ば無理矢理な感じだが、付いてきてしまったのものは、やむを得まい。

しばらく歩いていると、町に着いた。

 

「さ〜て、晩御飯はどこにしようかしら」

 

賑わいを見せる町中、尚香はいきなり駆け出し、一軒の飲食店を目にする。

 

「うん、ここがいいわ。ここにしましょ」

「飯は宿を決めてからだ」

「え~、いいじゃない。シャオお腹空いた〜。ねぇ〜ご飯〜」

 

尚香は子供の様に駄々をこね始める。

 

「そう言われてもな〜。そもそも、ご飯を食べる金はあるのかい?」

「何言ってるの?そんなの家来のあんた達が払うに決まってるでしょ」

「えぇ!?」

「おい!」

 

なんと無茶苦茶な。勝手に付いてきた上に、奢らせるというのか。

 

「大体、お金があったら茶店で食い逃げなんかするはずないじゃない」

「あ〜、成程」

「そこ感心するところじゃないと思うんですけど」

「しかし、それならこれまでどうしていたのだ?」

「まさか、ずっと一文無しで旅をしていたわけじゃないだろ?」

「もちろん、それなりの路銀は持ってたわ。でも、前の町でこれ買っちゃって♪」

 

尚香は頭に飾ってある、金色に輝く高価そうな髪飾りを見せつけた。太陽に反射し、輝きを増す。

 

「って、路銀全部はたいてそれ買ったのか!?」

「だって欲しかったんだも〜ん」

 

なんという金の無駄遣いだ。

一刀達は呆れるしかなかった。瑠華の方も、イラッと顔をしかめていた。

 

「キラキラしてて綺麗でしょう?こうして見るとうっとりしちゃう♪」

(あ~すごくめんどくさいな、この子)

 

恍惚な表情で髪飾りを見つめる尚香を、腕を組んでジト目で睨みながら、瑠華は心中で呟いた。

 

その様子を一羽の(カラス)が見つめていた。すると、その烏はその簪に狙いを定め、翼を広げて飛び出した。

 

「きゃあ!」

「あっ!」

 

尚香から奪い、髪飾りをくわえて、烏は空高く飛行。

 

「何すんのよ!この泥棒ー!」

 

急いで烏を追いかけるが、烏は徐々に速度と高度を上げていく。

 

「っ!」

 

瑠華は並んでいる建物の屋根に上り、素早く駆け出す。屋根伝いに走っていき、勢いよく跳躍する。

 

「このっ!」

 

右手を突きだし、後もう少しで届く――――と思いきや、それは空を切る。

 

「あっ、うわあああ!!」

「瑠華!?」

 

烏はその手を容易くかわし、瑠華はそのまま落下していった。

烏はそのまま空高く舞い上がる。空を飛べる訳もなく、最早どうする事も出来ない。

 

「こら~!返せ〜!」

「だめだ。この高さじゃとても……」

 

何も出来ず、空を仰ぐ一同。

 

一刀達の前にある、金色の瓢箪が飾ってある店。その窓から、一人の女性がその様子を見ていた。

すると、その女性は弓矢を取り出し、烏に矢を向けて狙いを定める。

 

「っ!?」

「ちょ、何を――――」

 

ビシュンッと、その矢は放たれた。速さを保ったまま、矢は烏の頭の横を通り過ぎ、空を切った。

 

(外したか……?)

 

一刀と愛紗がそう思っていると、烏が急に落下してきた。脱力してしまった様に、力なく落ちていく。

すかさず、鈴々は烏をスライディングキャッチ。尚香も落ちてくる髪飾りを両手で受け止めた。

 

「すごい!当たったのだ!」

「よかった〜!壊れてない」

 

尚香は髪飾りが無事なことに、ほっと肩を下ろす。

 

「うわわっ!」

「いたたっ!」

 

突如、目を覚ました烏は暴れだし、鈴々の腕から逃げ出した。尚香に八つ当たりした後、どこかへと飛んでいった。

 

「もう!何すんのよこのバカ~!!」

「一体どうなっているのだ?」

「恐らく、矢が頭の近くを掠めた時に起きた強い空気の波にうたれて、気を失ったのだろう」

 

愛紗はそう推測する。

 

「でも、そんな事できるのですか?」

「出来るも何も、今目の前で起きたことだ」

「信じがたいけどね」

「偶然、じゃないですか?狙いが外れてそれでたまたま……」

「そうかもしれない。だが、もし狙ってやったのだとすると、正に神業」

「神業、か……」

 

一刀がいた世界では、そんな事はまずあり得ない。

しかし、ここは多少の違いはあれど、数々の英雄が集う【三国志】の世界。一刀の世界とでは文字通り、次元が違う。

一刀と愛紗は矢が放たれた、金瓢箪の店を見つめた。

 

(恐ろしい程の腕前だ…)

 

矢を放った相手の事を考え、真剣な表情を浮かべる。

 

「………悪いんだけど、そろそろ助けてくれない?」

「「あっ……」」

 

ちなみに瑠華は、店の屋根の端にフードが引っ掛かり、みのむしの様にぶら下がっていた。

 

 

 

一刀が瑠華を下ろした後、今日の宿を見つけ、一刀達は食事をとっていた。

 

「美味しかったのだ〜♪」

「でしょ〜?このシャオ様の目に狂いはなかったってわけね」

「ふん、鈴々はお腹が空いていればなんでも美味しく感じる体質だから別にお前が威張ることじゃないのだ」

「鈴々ちゃん、そこ自慢するところじゃ……」

「でも、鈴々の言う通り威張ることじゃないよね」

「何よ!さっきあんな失敗したくせに」

「うぐっ」

 

尚香が得意気に言うと、瑠華は目を反らす。食事を終え、一刀が本題に入る。

 

「所で、尚香ちゃん。君は本当に孫家なのか?」

「もちろんよ」

「別に、疑ってるってわけじゃないんだけどさ……何か証明するものとかは」

「証明も何も、こうして本人がそう言ってるから間違いないわ」

 

尚香は胸を張って答えた。

その様子を見て、一刀達は小さく集合し、小声で話し合う。

 

「――――と言っているけど、みんなはどう思う?」

「孫家と言っている割にはあまりにもその、なんというか……」

「お姫様がおへそを出して一人でうろうろしているなんておかしいのだ」

「そうですね。最近陽気ですし、もしかしたら……」

「あり得るね。じゃなかったら、あんな馬鹿な金の無駄遣いはしないし、イライラするワガママなことを本物のお姫様なら絶対しないよ」

 

それぞれ口々に意見を述べる。最後は完全に悪口だが。

 

「そこっ!聞こえるようにヒソヒソ話さない!特にチビッ子その三!」

「僕はチビッ子じゃない!月読だっ!」

「こらこら、落ち着け瑠華」

 

怒る瑠華を愛紗が宥める。

 

「しかし、孫家の末娘が何故、供も連れずに旅を?」

「えっ、それはその、いろいろあるのよ……」

 

明らかに動揺している尚香。ジ〜ッと怪しげな物を見る様に、見つめる一刀達。

 

「ね、念のため言っとくけど!堅苦しいお城暮らしにうんざりして、家出当然に飛び出して来たとかじゃないんだからねっ!」

 

何という我が儘な理由だ。

一刀達は自分勝手なお姫様の言い訳に呆れるしかなかった。

 

「な、何よその目は」

「別に?」

「おやまあ、きれいに平らげてくれたもんだね〜」

 

尚香を半目で見つめる瑠華。

そこへ女将らしき女性がやって来た。

 

「お茶のお代わり、どうだい?」

「あ、すいません」

 

女将はコップにお茶を注いだ。

 

「あんた達、旅の人みたいだけど、明日の行列を見にきたのかい?」

「行列?」

「おや、違うのかい?あたしはてっきり」

「女将さん、その行列というのは何なんですか?」

 

一刀は女将にそう質問する。

 

聞けば、ここの領主の姫の元へ、隣の領主の三番目の息子が婿入りするらしい。そして明日の昼過ぎ、そこの通りを行列が通るとの事。

 

「へぇ〜、それは豪華だな」

「なんでも、婿入りしてくる三番目の息子ってのが飛びっきりの美形ってもんで、これは一目拝んでおかなきゃっと近くの村から来てるんだよ」

「そうだったら、女の人の人気はすごいだろな」

「まあね。でも、そういうあんたも中々の美形だよ?」

 

陽気に笑いながら、一刀の容姿を褒める女将。現に、他の席にいる数名の女性客の視線を集めている。チラチラと、顔を赤らめながら、眺めていた。

一刀は照れくさいのか、頬をかく。

 

「なんにしても結婚とはめでたいものだ」

「ところが、近頃妙な噂があってね……」

「噂、ですか?」

「というと?」

 

女将は人の目を気にするかの様に周りを見渡し、小声で話し始めた。

 

「ここだけの話なんだけどね。領主様の側近だか身内だかで、今度の結婚に反対している人がいるらしくて……。その一味が婿入りしてくる息子の暗殺を企てているんじゃないかっていう」

「暗殺……」

「それはまた物騒な……」

「ほんとだよ。せっかくの晴れの舞台だっていうのにね」

「けど、これで理由が分かりましたね」

「理由?」

「ほら、この町へ入る時、関所で妙に調べられたじゃないですか」

「あ、確かに……」

「あれはきっと、怪しい人が入って来ない様に警戒していたんですよ」

 

孔明の言う通り、実はこの町に入る際、門番が検問を開いていた。町に入る人々に、怪しい者はいないかを調査していた。

 

「ならば、明日は十分な警護を固めているはず。なに、事前にもれた陰謀が成功することなど、そうそうないものだ」

「そうだといいんだけど……。とにかく殺したり殺されたりは、もううんざり。早く穏やかな世の中になってくれないものかねぇ」

 

重いため息をつき、女将は去っていった。

その後ろ姿を見て、愛紗はやりきれない思いを抱いていた。

 

(穏やかな世の中……か)

 

一刀は右手を見つめ、強く握りしめてた。

 

 

 

 

因みに、その隣の席では。

 

「へいお待ち!ニンニク、チャーシュー抜きのメンマ大盛りね」

 

外套に身を包む一人の少女が、メンマが大盛りに乗っているラーメンを見て、よだれを垂らしていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

そして翌朝。宿屋から出る一刀達一行。

 

「ふぁ……まったく、何で二人部屋に六人も押し込まれなきゃなんないのよ〜」

 

尚香は眠たそうに欠伸をしている。

 

昨日、二人部屋しか用意することが出来なかったということで、六人で寝る羽目になった。

どうやってベットで寝るのかを一刀が愛紗達にじゃんけんを教え、それで決めた。結果、一刀は自分から椅子に座って寝ると言い出し、愛紗と孔明、瑠華と鈴々と尚香、といった感じで寝るということになった。

二人はまだしも、三人となると狭いなんてものじゃない。寝心地はよくなかった。

瑠華の方も自分も椅子で寝ると言い出したのだが、健康によくないと一刀と愛紗と孔明に止められた。

自分のじゃんけん運を恨みながら、渋々寝ることになった。

 

「おかげでろくに眠れなかったじゃないの〜」

「お腹丸出しでいびきかいてたくせによく言うのだ」

「ちょっと!いい加減なこと言わないでよ!このシャオ様がいびきなんてかくわけないでしょ!」

「いいや!絶対かいてたのだ!」

 

文句を言い合いながら、睨み合う鈴々と尚香。

 

「どっちもかいてたけどね……?」

 

二人の横で弱々しい声が聞こえた。見た瞬間、二人はたじろぐ。

目の下は隈ができており、瞼をかろうじて開けている。瑠華は見るからに眠たそうにしていた。

 

あの夜、じゃんけんで一番最初に負けた瑠華は鈴々と尚香の間に挟まれる様に寝る事になった。

最初は女の子と一緒に寝るのはどうかと思っていたが、なんとか我慢し、眠りについた――――思ったのが束の間。両方から大きないびきが鳴り始めた。

突然の事に起き出した瑠華は、耳を塞ごうとするが、いつの間にか抱き枕にされており、両腕をがっちり掴まれ、塞ごうにも塞げず、一晩中そのいびきを聞く羽目になり、全然寝付けなかった。

更には寝相も悪く、何度拳と蹴りを入れられた事か。

 

(もう二度とあの二人と寝るもんか……)

 

瑠華はジ〜ッと一刀と愛紗と孔明を睨み、三人は気まずそうに苦笑いを浮かべながら、目を反らした。

 

「しょうがないな。ほら」

「ん〜……」

 

一刀は前に屈み、背中を瑠華に向けた。最初は恥じらいがあったが、眠気の方が勝っていた瑠華は、一刀の背中に抱きついた。

一刀が瑠華をおんぶすると、瑠華は瞬く間に寝てしまった。

 

(ちょっと悪いことしちまったかな)

(ふふっ、かわいい寝顔だな)

 

背中ですやすやと寝息を立てている少年の頭を、愛紗は子供を見守る母の様な優しい笑みを浮かべながら撫でている。

すると、愛紗の目に“あるもの”が写った。

金色の瓢箪が飾ってある店だ。

 

「っ!!」

 

愛紗の脳裏に一つの可能性が生まれた。

 

明日の昼過ぎ、この通りを通る大行列

 

昨日目撃した、正に神業とも言える、的確な弓矢の腕。

 

その射程は、あの店の二階から充分見渡せる。

 

「っ!」

 

愛紗は“一つの仮説”を立て、店へと走り出した。

 

「はわわっ!関羽さん!?」

「ちょっと!どこ行くのよ!?」

「愛紗!」

「待つんだ鈴々」

「お兄ちゃん?」

 

一刀は鈴々達を手で止めた。

 

「全員で行ったら怪しまれる。ここは愛紗に任せて、俺たちは後から行こう」

 

その言葉に訳が分からず、首を傾げる三人。一刀は、愛紗が向かった先を見つめていた。

 

 

 

店の二階にある一室。そこに、一人の女性がいた。

 

「私に客?」

「はい、なんでも昨日のお礼がしたいと……」

「昨日のお礼?」

 

店員にそう言われたが、何の事か分からずにいた。

 

そして、愛紗は女性の部屋に入り、その女性と向かい合う様に椅子に座った。

 

「そうでしたか。あなたが昨日の」

「関羽と申します。先日は連れの者が世話になりました」

 

愛紗は一礼をする。

 

「いえ、礼を言われることは何も。根がお節介なものですから、つい余計なことをしてしまって」

 

御淑やかで、魅力的な笑みを見せる。

 

「あ、申し遅れました。私は【黄忠】字は【漢升】と言います」

 

黄忠と名乗ったその女性。

藤色の長髪に、綺麗な顔立ち。大人特有の穏やかな雰囲気を出しており、特にボディラインが凄まじく、正に大人の女性を体現したかの様な美女だ。

 

「すみません、今お茶を――――」

「それには及びません」

「えっ?」

 

愛紗は椅子から立ち上がり、窓を大きく開けた。

 

「いい天気だ。大通りの方まで、よく見える……」

 

黄忠の額に、一筋の汗が流れる。

 

「とはいえ、ここから見える大通りを通る人の頭はせいぜい豆粒程。しかも動いているとあっては、生半可な弓の腕ではまず当たらない」

「……関羽さん?あなた、何を仰りたいのかしら?」

 

動揺を隠し通し、黄忠は平静を保ちながら、愛紗に問いかける。

 

「いや、もし弓の神【曲張(きょくちょう)】に匹敵する程の名手がいたら、不可能を可能にすることができるかもしれないと」

「っ!」

 

この少女に、全て悟られている。感付いた瞬間、黄忠は壁にかけていた愛紗の偃月刀を手にするが、狭い部屋の中。偃月刀の刃が壁に突き刺さってしまった。

その隙に、愛紗は黄忠の得物である弓矢を構え、矢尻を黄忠の目前に向けた。

 

「動くな!どうやら、長物の扱いは弓ほど得意ではないようだな」

「くっ……」

「みんな、もういいぞ」

「えっ?」

 

黄忠が顔を歪ませていると、部屋に一刀達が入ってきた。

隠すのは無理だ。黄忠は観念し、偃月刀を力なく下ろした。

 

それから、黄忠は静かに語り始め、一刀達もそれに耳を傾けている。

 

「数年前に主人を亡くした私は、幼い娘の璃々と二人、この町から少し離れた村で静かに暮らしていました」

 

ある日の事、黄忠が隣の町への用を終えて帰ってくると、家には娘の璃々の姿がなかった。その代わり、その場に置き手紙が残されていた。

 

――――娘は預かっている。こちらの指示に従えば無事に返す。そうでなければ、命の保証はしない、と。

 

「なんと卑劣な!」

「許せないのだ!」

 

愛紗と鈴々が怒りを募らせる中、一刀自身も両手を握りしめ、怒りを募らせていた。

 

「そして、待ち合わせ場所に行くと……」

 

暗がりの廃屋にて、黄忠は娘を誘拐した相手と対峙する。

 

「娘は、娘は無事なんでしょうね!」

「全てはお前の返答次第」

「私に、一体何をしろと……」

 

黒い外套に身を包み、目元を隠す仮面を付けた男は、口角を吊り上げた。

 

そしてもう一つ。腰には、金色の装飾が施された剣を携えていた。

 

「成程、それでやむ無く、暗殺を請け負ったのか……」

「はい……。どんな理由であれ、人の命を影に隠れて奪うことは許されることではありません……でも――――」

 

黄忠は俯いていた顔を上げる。その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。

 

「娘の璃々は私の全てなんです!!璃々を救うためには他にどうしようもなくて……」

「黄忠さん…」

 

悲痛な思いを叫ぶ黄忠。愛する家族を失う辛さは一刀も痛いほど分かる。だからこそ、こんな辛い思いをさせた連中に対し、怒りが込み上げてくる。

 

「ん?ねぇ、これって?」

 

尚香はふと、机の上にある数枚の絵を見つけた。色鉛筆の様な物で描かれている。

 

「それは娘の璃々が監禁場所で描いた絵です。昨日、一味の一人が娘の無事を知らせるために置いていったんです」

「これって……」

 

孔明が一枚の絵を手に取った。髭を生やした男性の似顔絵。それを見て、思考する。

 

「それにしても、何でこんな絵を描いたのかしら?」

「さあ……」

「この絵がどうかしたのか?」

「これ、誰かに似てると思いませんか?」

 

その絵をじっくり見てみる。すると、ある事に気がついた。

 

「あっ!茶店の髭オヤジ!」

「それではあの茶店の主人が?」

「いえ、それはないと思います。もし、これが犯人一味の誰かを描いたものなら、これを黄忠さんに渡すようなヘマはしない筈」

「そうか、確かに」

 

孔明の推理に、一刀も頷く。わざわざ証拠を渡す様な事をするほど、馬鹿ではないだろう。

 

「これは、娘さんが閉じ込められている場所から見たものを描いたのだと思います」

「閉じ込められている場所から見たもの……」

「まさか、あの茶店の向かいの!」

 

一同は記憶を辿り、再び思い出す。

あの茶店の正面に、古ぼけた廃墟のような二階建ての建物があった。

 

「娘の居場所に心当たりがあるのですか!?」

「はい、多分……」

「場所を教えてください!すぐに私が――――」

「待って下さい!場所はお教えしますけど、黄忠さんは行かない方がいいと思います!」

「どうして!?」

「顔を知られている黄忠さんが監禁場所に近づいたりしたら、娘さんの身に危険が及ぶかも知れません。ですから、黄忠さんはここにいてください」

「でも……」

「黄忠さん。辛いのはよく分かる。でもここは、孔明ちゃんの言う通りにした方がいい」

 

黄忠の肩に優しく手を置き、安心させる様に語りかける一刀。その言葉を耳にし、黄忠も落ち着きを取り戻す。

 

「茶店まで、走っていけばなんとかなるか」

「それでは……」

「ああ、黄忠殿。この関羽、あなたの娘、璃々殿を必ず救い出すと約束しよう」

「俺、北郷一刀も手を貸します。だから安心してください。黄忠さん」

「関羽さん、北郷さん……」

 

救いの手を差し伸べられ、黄忠は感極まり、涙を浮かべる。

 

「ところで、瑠華君はどうするんですか?」

 

「あっ……」と、またまた忘れていた一刀達。その本人はというと、黄忠の部屋にある寝台の上で、今もすやすやと眠っている。

 

「だめだ。全っ然、起きねぇ」

「どうしましょう?」

「しょうがない、この下の部屋を使わせてもらおう」

 

何度揺すっても起きる気配がない。仕方なく、一刀達は瑠華を下の部屋にある寝台に寝かせると、その監禁場所へと向かった。

 

一刀達が去った後、一人の男が黄忠の部屋に入ってきた。誘拐した男の一味の一人だ。

 

「よう」

「……何の用?」

「そう、つれなくすんなよ。親分から首尾を見るよう言われてな」

「そう、それはご苦労ね」

 

どうやら、監視役らしい。孔明の言う通りだった。

 

(危ない所だったわ。もし、私が飛び出していたら……)

「ん?」

 

男は急に窓の方を振り向いた。

 

「どうしたの?」

「いや、気のせいか……」

 

男は窓から離れる。

 

その部屋の屋根には、外套に身を包んだ女性がいた。その事に、男は気づく様子はない。

 

そして、下の階では。

 

「――――さて、と」

 

寝台の上で、眠っていた少年が瞼をゆっくりと開け、大きく目を見開いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

茶店に着いた一刀達は、店の主人に事情を説明した。

 

「えっ、向かいの建物にさらわれた子供が?」

「その子を救う為に、お主の協力が必要なのだ」

「協力……?」

 

一方、向かいの建物では、一味である男達がいた。二階の部屋には、幼い少女が膝を抱え、怯えながら座っていた。その他に、二人の男もいる。

そこへ仲間の一人がやって来た。

 

「おい、異常はないか?」

「な~んにも。つか、無さすぎて退屈で退屈で」

「ちょっと!変な言いがかりはやめてよね!」

「ん?」

 

不満げに呟いていると、外から声がした。

チビは穴から外を覗くと、茶店の前で言い争っている少女と髭の男性がいた。

 

「このシャオ様が、せこい盗みなんてするわけないでしょ!」

「この間、食い逃げしといてなに言ってるだ!だから今回もおめえに違いねぇ!」

「分かったわよ!そんなに言うんなら裸にでもして調べたらいいじゃない!」

「何っ!?」

「ウヒョッ♪」

 

すると、シャオは服を脱ぎだす。衣服を身に纏っていない、褐色肌の未発達の上半身。勢いに任せて脱衣し、下着だけになった。

 

「どう?これでいい?」

「ま、まだだ!まだ下が残ってる!」

「分かったわよ!」

 

少し顔を赤くして、主人はそう言う。尚香は怒りながら、今度はスカートを脱ぐ。

 

「ちょっとちょっと、面白いことになってますよ♪」

「どうしたどうした?」

「何なんだな?」

 

チビにつられ、アニキとデブも穴から外を覗く。途端、だらしない声を漏らし、厭らしい表情を浮かべる。

 

(も〜、まだなの?さすがにこれ以上は脱げないわよ〜……!)

 

尚香が敵の視線を引き付けている間、愛紗と鈴々は建物の陰に隠れている。一刀は木に登り、二階への突入を試みる。

茶店の陰では、孔明が団扇を持ち、三人が配置についているかを確認する。

 

引き付けは、成功した。確認した後、孔明は団扇を上にあげる。

 

一、二、三――――

 

「今です!」

 

孔明は団扇を降り下ろした。

 

「はあっ!!」

 

愛紗と鈴々は一階から突入し、一刀は勢いよく二階に突入した。窓に取り付けられた木片を蹴り飛ばし、受け身を取って着地する。

 

「げっ!?」

「な、なんだ!てめぇは!」

「――――黙れ」

「ひっ!」

 

ゆっくりと立ち上がり、一刀は目前の男達を睨みつける。ただならぬ空気を感じ取り、三人は恐れおののく。

 

「何の罪もない親子を巻き込みやがって――――てめぇらみたいな卑劣な奴らは絶対に許さねぇ!!!」

 

押さえ込んでいた怒りを爆発させ、更に鋭く睨みつける。三人は凄まじい怒気に怯んでいた。

 

「な、なんだこいつ!」

「ひ、怯むな!やっちまえ!」

「お、おう!」

 

三人は小刀を取りだし、一刀に襲いかかる。

 

「死ねぇ!」

「っ!」

「ぐはっ!」

 

アニキは小刀を降り下ろすが、一刀はその手を受け止め、その勢いを利用して背負い投げをお見舞いした。

 

「もらった!」

「ふんっ!」

「ぐへっ!」

 

後ろからチビが小刀を突き刺してくる。それを体を横にずらしてかわし、後頭部に手刀を食らわした。

 

「ぬお~!」

「はぁ!!」

「げほっ!」

 

今度はデブが襲いかかるが、一刀はデブの顔面に、後ろ回し蹴りを繰り出す。窓硝子を割りながら、その巨体は外へと吹き飛ばされた。

 

「一刀殿!無事か!?」

「お兄ちゃん!下の奴らはケチョンケチョンにしといたのだ」

「愛紗、鈴々。こっちも終わったよ」

 

愛紗と鈴々も、問題なく終わった。

一刀は、後方で怯えている少女の方を振り向いた。

紫の髪で短いツインテールにしている幼い少女。この子が、黄忠の娘である璃々だ。

 

「君が璃々ちゃんだね?」

「うん……」

「俺達と一緒に帰ろう。お母さんが待ってるよ」

「っ、お母さん!」

 

一刀は優しく微笑みながら、璃々の頭を撫でた。その穏やかな笑顔に安心したのか、璃々は笑みを溢す。

 

璃々の手を引きながら外へ出ると、茶店の前に一頭の馬がいた。

 

「この馬、どうしたんだ?」

「はい、皆さんが飛び込んだ後、変な仮面を付けた女の人がこれを使えと」

「仮面の?」

「……まさかな〜」

 

愛紗達が首を傾げる中、一刀は何となく見当がついていた。恐らくは、“彼女”だろう

 

「と、とにかく!急ぎましょう!」

「そ、そうだな!よし!愛紗、後は任せた」

「え?一刀殿が行くんじゃ」

「いや、俺……馬に乗れないんだ」

「ええっ!?」

 

一刀の言葉に愛紗は驚いた。戦地にて必要になってくる馬。武人の一人であれば、乗馬の経験くらいはあると思っていたからだ。

 

だが、それも仕方のないこと。一刀のいた世界では、主に電車や車、自転車といったものを移動手段として使っている為、馬は一切使わない。せいぜい、牧場で見かけるか、競馬場で見るかだ。

 

「仕方ない、私が行こう。璃々殿、しっかり掴まって」

「はい」

「はっ!」

 

愛紗は急いで乗り、前に璃々を乗せて、馬を走らせる。

 

(頼む!間に合ってくれ!)

 

手綱を握り締め、全速力で町へと向かう。

 

 

 

その頃、町では大行列が始まっていた。家臣達が前に出ており、婿入りする隣町の領主の息子が、豪華な馬車に乗っていた。

周りには人だかりが出来ており、一種のお祭り騒ぎと化していた。

 

「おい、そろそろだぞ」

「……分かってるわ」

 

男に促され、黄忠は弓矢を手にする。

 

(北郷さん……関羽さん……)

 

愛紗は、ようやく町に辿り着いた。しかし、門番によって阻まれる。

 

「馬はだめだ!ここで降りろ!」

「くっ!」

 

やむを得ず馬から下り、璃々を抱えて走り出す。しかし、人混みが邪魔で横断出来ない。警備兵も配備されており、目立った動きも取れない。

 

目に見える場所にまで来ているというのに。

 

(このまま宿に行ってたら、間に合わない!)

 

愛紗は、目的地である金瓢箪の店を見る。

 

(こうなったら、一か八か!)

 

愛紗は、賭けに出た。

 

 

一方、大行列は順調に進んでおり、目的の通りまで、後もう少しの距離まで来た。

 

「来た!頼むぞ!」

「え、ええ……」

 

領主の息子を乗せた馬車が、視界に写り込む。

黄忠は弓矢を構える。だが、その手は震えており、息も荒くなっている。視界も揺れ、頬に汗が流れる。

 

「おい、早くしろ!」

 

急かされ、更に動揺する。

 

(もう、これ以上は……!)

 

瞼を強く瞑り、もう駄目かと……諦めかけた――――その時だった。

 

黄忠は、ある一点を見つめている。

 

雑踏の中、こちらに向けて大きく手を振る、幼い少女。無垢で可愛らしい笑顔で、黒髪の少女に高く抱き上げられながら、何かを呼んでいる。

 

黄忠は、ゆっくりと呟く。

 

「お……か……あ……さ……ん……っ!」

 

黄忠の瞳には、しっかりと愛しい我が子が写っていた。

愛娘の無事な姿を見て、弓矢をゆっくりと下ろした。

 

「お、おい!一体どうしたんだ!?」

 

男が黄忠の肩を掴もうと、手を伸ばす。だが、唐突に後ろから伸ばされた“短剣付きの紐”に阻まれる。紐は手首に巻き付き、そのまま男は引っ張られる。

 

「うぉっ!?」

 

とっさの事で、男は仰向けに倒れる。後頭部を打ち、痛みに顔を歪ませる。しかし今度は、腹部に強烈な痛みを感じた。

 

「ぐぉっ!?」

 

高く跳躍した瑠華は、そのまま急降下し、男の腹に目掛けてダイブ。鞘に入れた撃剣の(こじり)の部分を叩き付ける。

 

男に悶絶する間を与える事なく、止めを刺す様に、もう一度飛び上がって、勢いよく踏み切った。

 

男は力なく倒れ、ピクリとも動かない。

 

「……一件落着、かな?」

「良かった……本当に、良かった……!」

 

慌てて振り向く黄忠。瑠華が敵ではない事を悟り、力が抜けた様に、その場に座り込んだ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

暗殺を未然に防ぎ、罪なき親子を救った一刀達。

 

「お名残惜しいけど、ここでお別れね」

 

町から出て、別れ道で黄忠は頭を下げる。

 

「北郷さん、関羽さん。あなた達には、なんてお礼を言っていいか」

「ありがとう♪お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「いや、礼は充分過ぎる程もらったので」

「気にしないでください、黄忠さん」

「北郷さん、関羽さん」

 

黄忠は一刀と愛紗の手を握る。

 

「若いから大変かもしれないけれど、これからも小さな子を持つ同士、がんばっていきましょうね」

「「はっ?子供?」」

 

二人して、呆けた表情を浮かべる。すると、黄忠は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「あ、あら、ごめんなさい……私てっきり鈴々ちゃんの事を」

「な、何を言って!?鈴々は私の娘ではなくて!一刀殿とも、そういう関係ではなくて――――」

「愛紗とお兄ちゃんとは、布団の中で契りを交わした仲なのだ」

「あら、それじゃ……」

「ち、違います!契りというのは姉妹の契りで別にそれは、って誤解を招く言い方するな~~!!」

 

大声を張り上げる愛紗。横で苦笑いを浮かべている一刀。

 

一刀達の旅は、まだまだ続く。

 



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~袁紹、宝を堀り当てんとするのこと~

――――“闇”。

 

それは“光”と対極を成すもの。

 

また、人の心に必ず宿っているもの。

 

“暗闇”や“暗黒”など、様々な言葉を持つもの。

 

そして、その“闇”と呼ぶに相応しいその場――地下――に一人の男がいた。

黒色の外套で身を包んでおり、顔には陰陽の紋章とも呼べる白と黒の混じった仮面を被っている。その男は、短い溜め息を吐いた。

 

「まったく……なんとかなると思っていたけど、そう簡単にはいかないか」

 

仮面の男は右手を眺め、肩の力を抜きながら呟く。

 

「やはり、どの世界でも“彼”という存在は驚異的なものだねぇ。人望からの力か、或いは隠された才か」

 

ズキッ!と、左脇腹に激痛が走り、仮面の奥で顔をしかめる。

 

「くっ……于吉と左慈君が手こずるのも、仕方ないか」

 

痛々しい素振りを見せ、やれやれといった風に下を向き、首を振る。

 

「しかし、邪魔はされたけど、なんとか“コイツ”をこの世界に連れてこれただけでも良しとしよう。この世界には、僕達がかけた強力な結界を張っているし、いくら“あいつら”でも干渉することはできない。絶対にね」

 

男は肩を揺らして、声を殺しながら笑う。さっきの痛々しい様子が嘘の様に。

 

グルルッ……と、暗闇の奥で、唸り声が鳴る。

 

「おっと」

 

男はふと、前を見つめる。彼の目の前、壁というべき場所に“ソレ”はいた。

 

刺々しい数本の触手の様なものが“ソレ”を包むように時計回りに巻かれており、中心には切れ長の大きな一つの目が開いていた。壁に根を張るかの様に棘が食い込んでおり、獰猛な肉食獣の様な荒い呼吸を行っている。ドクン……ドクン……と、心臓の心音とも言える音も聞こえる。

何かの繭、或いは蛹を思わせる“ソレ”は、禍々しい氣を微弱ながら漂わせていた。

 

――――グルルオオオォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!

「くっ!!」

 

突然、“ソレ”は(まなこ)を大きく見開き、天に届くかの如く凄まじい咆哮を放つ。

苛立ち、苦しみとも捉えられる咆哮により、その場は地震の様に大きく揺れ動く。男も不意をつかれ、たえながら膝をつく。

 

やがて、その数十秒にも及ぶ雄叫びは終わりを向かえた。“ソレ”は満足したのか、ゆっくりと目を閉じ、眠りにつく。

 

その場の至るところに亀裂が走っており、上から土の欠片がパラパラと落ちてくる。

 

男は膝に手を置き、腰を上げて立ち上がった。荒くなった息を整える為、深呼吸する。

 

「――――気が収まったか。この感じだと地上の方に何らかの影響が出てしまったかもしれない。だが、この世界の人々の事だ。どうせ稀に起きる天変地異やらと勝手に解釈するだろう」

 

彼の肩に、ぴちゃっ……と雫が滴り落ちてきた。彼の肩が、水で滲んでいる。目を細め、疑問に思い、上を見上げた。

亀裂が走った隙間から、少量の水が流れていた。右手でその水を受けると、やや温かな水温である事に気づく。

 

「もしかして、どこかの温泉の底を空けてしまったのか。まあどうでもいいけど」

 

自分の計画には差し支えない。男は、鼻で一蹴した。

 

「さてと、それじゃあ僕は于吉と左慈君の到着を待つとしますか」

 

男は時計回りに渦巻きながら、その場から消え去った。

 

男がいなくなった後、“ソレ”の鼓動は、止むことなく、尚も鳴り続けた。

 

 

 

――――ドクン……ドクン……ドクン……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

豪華な屋敷の広い湯船にて、一人の女性がその身を清めていた。

 

「はあ〜♪こうやって静かに一人で浸かっていると、一日の疲れがとれていくわ」

「麗羽様!」

「きゃあっ!」

 

袁紹が日々の疲れ――疲労する程に働いているのか?――を癒していると、文醜が浴室にやってきた。袁紹は驚き、湯船に溺れかける。

 

「どうしたの猪々子!?まさか敵襲!?」

「そうじゃなくて、見せたいものがあるんです!」

「はぁ?見せたいもの?」

「いいから、とにかく来てくださいよ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

有無を言わせず、文醜は袁紹を裸のまま連れていく。

 

そして、謁見の間にて話を行う。

 

「……で?私の憩いの時間を邪魔してまで見せたいものってなんですの?」

「はい。実は、蔵の中のものを虫干ししてたらこんなものが出てきたんです」

 

一枚のバスタオルを体に巻き、玉座にかける袁紹。文醜は、一枚の古い地図を見せる。ボロボロで、所々が虫に食われている。

 

「何?この汚い地図は」

「とりあえず、ここを見てください」

 

顔良は、地図の左端の部分に指差す。そこには、小さくこう書かれていた。

 

地図に記せし場所に我らの生涯をかけて蓄えし宝あり――――と。

 

「宝……それじゃあ、これって」

「そうですよ!宝の地図ですよ!これは金銀財宝がざっくざく♪これで麗羽の無駄遣いで苦しんでいる当家の台所も――――」

「誰の無駄遣いが原因ですって?」

「あ、いや、それは〜……」

 

袁紹の睨みに、文醜はたじたじになる。とはいえ、文醜の言い分も間違いではないのだが。

 

「まあまあ、お金と赤ちゃんのおしめはいくつあっても困らないって言うし」

「そうそう!」

「それもそうね」

 

顔良の助け船により、なんとか誤魔化す事に成功。

 

「では、準備を整え、明日の朝に出発よ!」

 

急遽、袁紹達は宝探しに向かう事となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

日が変わり、とある山道で三人の女性が馬に乗り、移動していた。

魏の君主である曹操と、配下である将軍と軍師。

 

「しかし、いいのですか?こんな時に我々だけで慰安旅行など」

「春蘭。仕事熱心なのはいいけれど、たまには息抜きも必要よ」

「そうですよ」

 

曹操の言葉に付け加える様に、横にいる猫耳フードを被った少女が言う。

名を【荀イク】。魏の軍師である。

 

「はぁ〜、温泉楽しみ〜♪ゆっくりと浸かって、その後は華琳様と二人で……」

「ふふっ」

 

曹操と荀イクは、恋人同士の様に見つめあう。所謂、“百合”というものだ。

曹操の左隣にいる夏候惇がゴホン!と強めに咳払いをする。

 

「春蘭。そんな怖い顔しないで。あなたを仲間外れにはしないから」

「わ、私はそういう意味で……」

 

その様子に、曹操と荀イクはくすくすと微笑む。夏候惇は誤魔化す様に、また咳払いをする。

 

「それにしても、秋蘭には悪いことをしましたね。一人だけ留守番なんて」

「そうね。でも、さすがに我が軍の首脳部全員が休暇をとるわけにはいかないでしょう?念のため、誰かに残ってもらわないと」

「それもそうですが……」

 

拗ねていなければいいが……と、この場にいない妹の事を案じる夏候惇であった。

 

 

 

――――その頃、魏では。

 

「いや〜温泉は気持ちいいな〜♪」

「そうね。気持ちがゆったりするわね♪」

「来てよかったですね♪」

「秋蘭、あなたもこっちへいらっしゃい」

「はい、直ちに♪」

 

言う風に器用に作られた、曹操達によく似た指人形。それで一人寂しく戯れている夏候淵。

 

「……仕事するか」

 

大きなため息をついた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

旅を続ける一刀達。一行が山道を歩いていると、鈴々がクンクンと鼻を動かし、臭いを嗅ぎ始めた。

 

「どうしたの?鈴々」

「なんか、臭い臭いがするのだ」

「シャ、シャオじゃないわよ!」

 

急に尚香が否定の声を上げる。

 

「そ、そりゃあ、確かにおやつに食べたお芋でちょっとお腹が張ってるなぁなんて思ってたけど……絶対違うからね!」

「……」

 

鈴々は愛紗に目をやる。

 

「わ、私でもないぞ!?断じて違うからな!」

「鈴々、多分これはおならの臭いじゃないぞ」

「んにゃ?」

 

一刀が口を開く。

 

「一刀さんの言う通りです。これは硫黄の匂いですよ」

「硫黄?」

「それじゃあ、もしかして」

「はい。きっと近くに温泉があるんですよ」

 

それから一行は、一軒の小さな温泉宿に着いた。

 

「一番乗りなのだ〜♪」

「ちょっと!抜け駆けはずるいわよ!」

 

目にも止まらぬ早さでタオル一枚となった鈴々と尚香。そのまま女湯の方へと入り、湯船へと飛び込む。

だが、水飛沫が飛ぶことはなかった。ザブン!ではなく、ドスン!だった。

 

そこに湯はなく、二人は地面にお尻をぶつけてしまった。

 

「どうした!?」

「はわわっ!?」

 

音を聞き付けて、愛紗と孔明が急いで駆けつける。

 

「お湯がないのだ〜」

「どうなってるのよ!」

「一刀殿!そっちはどうだ!?」

「だめだ、こっちもお湯がない」

 

塀越しに、一刀は答える。

 

「これでは湯に浸かれぬな」

「風邪ひいちゃいますよ〜」

 

冷たい風が吹き、四人は体を震わせる。

 

「あら?」

「お主は……」

 

続いて、浴室に三人の女性客がやって来た。曹操、夏候惇、荀イクの三人。

 

「どうしてこんなところに?」

「どうしてって、温泉に入りに来たに決まってるじゃない」

「あ、そうか」

「所で関羽……相変わらず、下もしっとり艶々なのね」

「え?……あっ!」

 

曹操は目を細め、愛紗の下半身をじっくりと見つめる。その視線に気づいた愛紗は顔を赤くし、急いでタオルを体に巻く。

 

それから温泉宿の茶店で、全員は一息つく。

 

「もう、温泉がないってどういうことなのよ!」

「しょうがないだろう。地元の人の話によると、少し前に“大きな地震”が起きたから、ほとんど湯が沸き出さなくなったって言うんだから」

 

愛紗は、お茶をすすりながらそう説明した。

 

「しかし、これではせっかくの慰安旅行が台無しです」

「そうね。疲れを癒そうと思っていたのに残念だわ」

「鈴々もおっきなお風呂入りたかったのだ」

「あの〜みなさん。だったら新しい温泉を探してみてはどうでしょう?」

 

孔明は遠慮気味にそう提案する。

 

「新しい温泉を探す?」

「それって、つまり」

「温泉が沸き出る所を探して、そこを掘るってこと?」

「はい。絶対とは言えませんが、やってみる価値はあると思います」

「桂花。あなたはどう思って?」

「私も可能性はあると思います」

 

曹操の問いに、荀イクも同意する。

 

「よぉ~し!早速温泉探しに行くのだ~!」

「ちょっと待った!」

 

意気込む鈴々に、尚香が待ったをかける。

 

「なんなのだ?」

「ねぇ、折角探すならシャオ達と、あんた達。どっちが先に温泉を探し当てるか競争しない?」

「競争?」

「おいおい……」

「また勝手に……」

「面白そうね」

 

呆れる一刀と瑠華とは正反対に、尚香の提案に意外と乗り気な曹操。

 

「言っとくけど、これはただのお遊びじゃないわよ。もし、この競争でシャオ達が勝ったら、あんた達にはこのシャオ様の家来になってもらうわ」

「なっ!貴様!」

「春蘭」

 

椅子から立ち上がる夏候惇を、曹操は手で制する。

 

「孫尚香とやら、私達が負けたら、言う通り家来になってあげるわ」

「えっ!?」

「華琳様!」

 

主の言葉に、夏候惇と荀イクは動揺する。

 

「だがもし、私達が勝てば、関羽には私のものになってもらう。いいわね?」

「分かったわ」

「っておい!勝手に決めるな!」

「尚香、いくらなんでもそれは――――」

「後、北郷。あなたももらうわ」

「えっ?」

 

愛紗だけでなく、一刀まで。思わぬ思わぬ要求に、一刀は固まってしまう。

 

「いけません!華琳様!こんな得体の知れない男を引き入れるなんてダメです!華琳様が汚されてしまいます!」

「貴様っ!私の仲間を侮辱することは許さんぞ!」

 

汚物を見るかの様に、顔を歪める荀イク。大の男嫌いの様だ。

突然、愛紗は台を思い切り叩き、椅子から立ち上がって、声を張り上げる。仲間に対しての侮辱と捉え、怒りを露にする。

 

「桂花、落ち着きなさい」

「ですが!」

「いいから、落ち着きなさい。私は才ある者ならば男だろうと、女だろうと関係なく引き入れる。彼は相当な武の持ち主。あなたもそう思うわよね、春蘭?」

「ええ、それは確かに……」

 

華琳の言葉に、夏候惇も同意する。かつて、自分達の代わりに盗賊を討伐した件、そして馬超との一件の事もあり、夏候惇自身も何となしに認めてはいる。

荀イクはまだ納得していないものの、渋々、従う事にした。

 

すると、不意に瑠華と曹操の目が合う。

 

「――――ふふっ」

「っ!」

 

目を細め、口元に手をやり、くすくすと笑う曹操。それを見た瑠華は、咄嗟に目を反らす。

初めて会った時から、どうも目が合わせられない。合わせたら、こちらの心を読み取られる様な。そんな気がしてならなかった。

 

(僕、この人ちょっと苦手だな……)

(可愛い子……)

 

瑠華が苦手意識を示していることに、気づいていないのか、或いはそれを見て楽しんでいるのか。意図が分からず、曹操は笑みを深める。

 

「とにかく、そうと決まれば早速出陣よ!」

 

顔を引き締め、曹操は立ち上がり、彼女の後に部下はついていく。

 

「えっ、ちょ、あの、えぇ〜!」

 

有無を言わされずに始まってしまった競争。愛紗は思わず頭を抱えた。

 

「こうなったら、俺達も急ぐか」

「そうなのだ!お兄ちゃんと愛紗を取らせたりはしないのだ!」

「うん、それはそうだよ」

「一緒に頑張りましょう」

「ありがとな、鈴々、瑠華、孔明ちゃん」

「にゃはは♪」

「っ……」

「えへへ♪」

「気持ちいい〜♪」

 

嬉しくなった一刀は、チビッ子三人の頭を撫でる。三人はそれぞれ喜んでいた。若干一名、どさくさに紛れて撫でてもらってるが、あえて気にしないでおこう。

 

「はあ……」

「さっきは庇ってくれてありがとう、愛紗」

 

一刀は、落ち込んでいる愛紗の肩に手をぽんと置く。

 

「大丈夫、愛紗は絶対誰にも渡さない。約束する」

「っ!」

 

肩を掴み、一刀は真剣な表情で答えた。

曇りも不安もない、頼もしい姿。瞳と瞳が合い、愛紗は頬を赤くする。

急に顔を背けた事に、一刀は呆気にとられる。

 

「愛紗、どうかしたのか?顔が赤いぞ?」

「な、な、何でもない!さ、さあ、行くか!」

「出発なのだ♪」

 

誤魔化し、愛紗はぎこちなく返事をして、出発する。一刀と鈴々もそれに続いていった。

 

「ねえ、思ったんだけどさ。あの二人って……」

「はい。多分、関羽さんは一刀さんの事を……」

(二人とも、何を話してるんだろう?)

 

後方で、孔明と尚香がひそひそと小声で話していた。その様子に、瑠華は頭を傾げる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そうこうしている内に、魏の三人は着々と歩を進めていた。夏候惇は鶴嘴(つるはし)、スコップなどを肩に担いでいる。荀イクはというと、両手にL字型の金属棒を持ち、それを前に突き出しながら先頭を歩いていた。

 

「華琳様、あんな約束をしてよろしかったのですか?」

「“虎穴に入らずんば虎児を得ず”よ。関羽と北郷ほどの豪の者を手に入れるためには、多少の危険はやむを得ないわ」

「ですが、負けたらあんな素性の知れない者の家臣になるなんて……」

「私達が勝てばいいだけの話よ」

「それはそうですが……」

 

曹操の言葉に、納得のいかない様子を見せる夏候惇。

 

「どうしたの、春蘭。そんなに勝つ自信がない?」

「そういう訳では――――」

「それとも、もしかしてヤキモチ?」

「な、何を……」

 

夏候惇は顔を赤くし、顔を反らす。図星、なのだろうか。

 

「心配しなくてもいいわ。例え二人が配下になっても、あなたの事はこれまでと同じ様に可愛がってあげるから」

「華琳様、私はその……」

「可愛いわよ、春蘭」

 

恥じらう姿を目にし、曹操は笑みを浮かべる。夏候惇は咳払いをすると、気を取り直して、荀イクに話しかける。

 

「ところで桂花。もう大分歩いているが、本当にそんなもので温泉が見つけられるのか?」

「もちろんです。疑似科学の粋を集めたこの方法は温泉はおろか、途中で埋まっている土管も見つけ出せる優れものなんですから」

 

荀イクはL字型の棒を両手に、そう語る。それは所謂、“ダウジング”と呼ばれる方法だ。

 

それから所変わり、袁紹、文醜、顔良の三人組は、宝を探し求め山道を進んでいた。

文醜は土を掘る道具を担ぎ、顔良は地図を確認、袁紹は怠そうに歩いていた。

 

「斗詩……いつになったら着きますの?まさか道に迷ったんじゃ……」

「迷ってはいない、とは思うんですけど。この地図古いから、いまいち分からなくて……」

「ちょっと!それじゃあ宝の在処に行き着けないじゃありませんの!」

「で、でも、この辺なのは間違いない……筈」

「あ、麗羽様!あれあれ!」

「見つけましたの!?……げっ!」

 

袁紹は一気に気分が下がる。見れば、魏の三人が森を歩いていた。

曹操を見るや否や、忌々しそうに顔を歪める。

 

「どうして生意気小娘がこんなところに?」

「もしかして、あいつらも宝を探してるんじゃ……」

 

夏候惇の持っている道具を見て、そう推測する。

 

「あの小娘……またしても私の邪魔を〜っ……!」

「麗羽様、落ち着いて下さい。とりあえずもう少し様子を見ましょう」

「様子を見たところで、どうなりますの?」

「このまま曹操達の後をつけて、奴等が宝を見つけたら、隙を見てそれを横取りするんです」

 

怒りを募らせる袁紹を宥め、顔良はそう提案する。

 

「成程、それはいい考えね」

「さすが、知力三十二!」

「三十四よ!」

 

魏の三人は暫く歩き、桂花の持っている二本のL字型の棒が、左右それぞれにゆっくりと開いた。

この反応により、前方を見ると、荀イクの前に小さな岩が置いてある。

 

「あっ!ここです!」

「じゃあ、この岩の下に温泉があるのね?」

「それじゃあ早速、岩をどけて――――」

「ああ、ちょっと待って」

 

岩をどけようとする夏候惇を、曹操が止める。

 

「喉が乾いたわ。さっき通り過ぎた小川で水を飲んでからにしましょう」

「何も今でなくても……」

「私も行きますね」

「じゃあ、私も……」

 

一先ず、休憩に入る様だ。三人が小川に行った後、袁紹達は岩に近づく。

 

「どうやら見つけたようね」

「今のうちに宝を頂いちゃいましょう」

「そうですわね」

 

三人は、岩を持ち上げようと踏ん張る。

 

掛け声を合わせ、力を振り絞り、岩をどかすことに成功した。宝を期待し、目を輝かせる三人。

 

「っ!?」

 

しかし、一気に顔が青ざめる。そこにあったのは宝ではなく、無数の虫だった。

 

「「「きゃあああああああ!!」」」

 

あまりの気持ち悪さに悲鳴をあげた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――その頃、一刀達。

 

「ん?」

「どうした?」

「いや、何か聞こえたような気が……」

 

一刀達六――――いや、五人は、温泉を掘っていた。

 

「ねぇ〜温泉まだ出ないの〜?シャオ退屈〜」

「だったら少しは手伝ったらどうなのだ!」

「やだ。シャオお姫様だからそういう汗臭いのは嫌いなの」

「……ぐうたら姫め」

「何よ!」

 

岩に座り、尚香が我が儘を言っていると、それにむかついた瑠華がボソッと毒を吐く。

 

「大体、君から言い出したくせに何も手伝わないなんて、どういうつもりだよ!」

「だってめんどくさいんだも〜ん」

「〜〜〜〜っ!!」

 

適当な返事に、瑠華の顔は怒りの色に染まる。体もふるふると震え、手に持っていた道具をその場に置く。

 

「そもそも!元はといえば、君の勝手な提案が――――」

「落ち着けよ」

「でも!」

「止すんだ瑠華」

 

詰め寄る瑠華を、一刀と愛紗は二人で止める。瑠華の方は、まだ納得のいってない様子を見せるが、渋々下がる。

 

「そ、そういえば孔明ちゃん、出掛ける時に村の人達に何か聞いて、地図に書いてたけど……」

 

この気まずい空気を何とかする為、一刀は孔に話しかける。

 

「温泉って、地脈と水脈の交わる地点に沸くことが多いのですけど、そういう所にはよく怪異が起こると言われているんです」

 

孔明は地図を取り出す。地図には、何ヵ所かに印が付いてある。

 

「例えば、変な雲が一日中その上にかかっているとか、怪しい光が立ち上るとか、だから村の人達にそういった体験談などを聞いて、その場所に印をつけてたんです」

「へぇ〜、じゃあその印の場所にあるってことか」

「はい」

「……ん?あっ!兎!」

 

尚香は欠伸をした後、兎を見つける。暇を持て余し、兎を追いかけた。

 

「おい!一人で遠くに行くと危ないぞ!」

「待て待て〜♪」

 

愛紗の注意も聞かず、尚香は兎を追いかけ、森の中に入っていく。

 

その直後、今度は急いで戻ってくきた。兎も必死に逃げている。尚香と兎の後ろには、黒い体毛で覆われた大きな獣がいた。

 

「と、虎!虎!」

「熊だよ!」

「あっ!あれはランラン♪」

 

雄叫びを上げる熊を見た途端、鈴々は勢いよく抱きついた。

 

「やっぱりランランなのだ!ランラン♪」

「お、おい、鈴々。ランランって?」

 

愛紗が恐る恐る聞く。

 

「ランランは昔、鈴々が飼っていた熊なのだ。子熊の時からずっと一緒に暮らしてたのだ」

 

鈴々は、熊に抱きつきながら語り出す。

 

「でも、じっちゃんがもう大人になったんだから、お山に返してやれって言うから、泣く泣くお別れしたのだ……。でもこんなところでまた会えるなんて、感動の再会なのだ!」

「い、いや、でもその熊、本当に昔飼ってた熊なのか?」

 

今度は、一刀が質問する。

 

「もちろんなのだ。その証拠に、ランランはこっちの毛のふさに白い毛があって――――」

 

鈴々は、熊の左手を上げ、脇を見る。

 

見た瞬間、鈴々の顔にダラダラと汗が流れる。気のせいか、顔も青ざめている様にも見える。

 

「……………………鈴々。俺の目がおかしくなってなかったらいいんだけどさ……俺の目には、白い毛は写っていない様に、見えるんだけど?」

「……ないのだ……どうやら熊違いだったようなのだ……」

「てことは――――」

「逃げろ〜っ!!」

 

ガアアッ!!と吠え出す熊。一刀は鈴々を脇に抱え、愛紗達と共に一目散に逃げ出す。そのまま森林の中を追いかけ回される羽目になってしまった。

 

 

熊を何とか振り切り、肩を上下に揺らし、呼吸を整える一同。

 

「まったく!何が感動の再会だ!」

「よく似てたからてっきり……」

「てっきりじゃないわよ、てっきりじゃ!」

「でも、闇雲に逃げてきたから、場所が分からなくなったな」

「それじゃあ、地図で調べてみますね」

 

息を整え、孔明は地図を広げる。

 

 

丁度、その近くを通る、袁紹達。

 

「はあ〜まったく!何でしたのあれは」

「罠ですよ罠。荀イクの罠」

「あの猫耳軍師!今度あったらただじゃおきませんわ!」

「あっ!麗羽様、猪々子。あれあれ」

 

顔良は突然、小声で話しかけ、三人は草むらに身を潜める。

地図を見ている一同ごおり、近くには土を掘る道具が置いてある。

 

「どうやらあの者達も探しているみたいですわね」

「麗羽様。見たところ、あの地図新しそうですし、宝の在処が分かるかも」

「うんうん、頂いちゃいましょうよ!」

「そうね!」

 

一刀達も宝探しに来たのだと、勘違いした袁紹達。そして三人は、切り株に腰かけている尚香に狙いを定める。

 

「きゃあ!」

 

悲鳴に気づき、急いで振り向くと、尚香が袁紹達に捕まってしまっていた。

 

「お~~っほっほっほっほ!!」

「ちょっと何すんのよ!」

「あっ!お前はあの時の知力二十四!」

「三十四よ!」

「ずいぶん、三十四にこだわるな~」

「そんなことより!あなた達の地図をこちらにお渡しなさい。さもなくば、お仲間がどうなることか――――」

「別にどうなってもいいのだ」

「は?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!どうなってもいいってどういうことよ!」

 

鈴々の思わぬ一言に、一刀達――瑠華以外――はずっこけた。尚香は慌て出し、袁紹の方も目を丸くする。

 

「そ、そうだぞ!人質をとった私達の立場がないだろ!」

「立場がないのはこっちの方よ!」

 

文醜の言葉にシャオはそう叫ぶ。

 

「そうだぞ鈴々。気持ちは分かるが、相手にも立場ってものが……」

「そうですよ。いくらなんでも本当の事を面と向かって言うのは良くないと思います」

「でも、言葉にしなきゃ分からないって事もあるよ。特にあのわがまま姫にはね」

「あんた達ね〜っ!」

 

容赦なく本音を言いまくる愛紗達に、尚香は顔を真っ赤にしながら体を奮わせる。

 

「お、おい……」

「ん?」

 

すると、一刀が顔をひきつらせながら、袁紹の後方を指さした。愛紗達もつられて見ると、目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 

「あの~、みんな……」

「う、後ろ……」

「おっほっほ!後ろだなんて、そう言ってこちらが振り向いた隙に人質を取り返すつもりなんでしょうけど、そんな手に引っかかると思っているのかしら。おっほっほ――――ん?」

 

高笑いしながらも、袁紹は後ろを振り向いた。

 

「「「熊ぁ~~!!?」」」

 

先程の熊が、そこにいた。袁紹達は一斉に逃げ出し、熊は袁紹達を追いかける。

一刀達は、その場にポツンと取り残された。

 

 

森の中を全力疾走し、森を抜けた。

しかし、森を抜けた瞬間、どれだけ足を動かしても前に進まない。地面の感触がなく、足が空を切る。疑問に思った三人がゆっくりと下を向く。

 

そこに地面はない。

 

あるのは、川であった。

 

「「「きゃあああああああ!!」」」

 

何十メートルもの崖から、三人はそのまま、まっ逆さまに落ちていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「――――羽様!麗羽様!」

「ん……」

 

自分の名を呼ぶ声。それに導かれ、袁紹はゆっくりと瞼を開いた。

 

「よかった!気がつかれたんですね」

「麗羽様〜〜!!」

「猪々子……斗詩……」

 

目の前には、瞳から溢れんばかりの涙を溢す二人の側近がいた。二人は袁紹が無事なのを知り、泣きながら袁紹に抱きついた。

 

(二人とも、こんなに心配してくれて……。わざわざこんな所まで探しに来なくても、宝は近くにあったのかも……)

 

部下の有り難みに、改めて思い知らされる袁紹。普段の彼女からは見られない優しい笑みを浮かべていた。

 

「さあ、猪々子。斗詩。帰りましょうか」

「え?でも、宝は――――」

「もういいんですのよ」

 

――――私にとっての大切な宝物は見つかったんですもの……。

 

 

ふと、隣にあった岩に手を置く袁紹。その大きな岩はどんどん傾いていき、ゴロゴロと転がっていった。反対方向にある、川岸の大岩にぶつかる。

 

すると、岩があった場所にヒビが入り、そこから噴水のように水が湧き出た。向こうの川岸の大岩があった場所からも、噴水が湧き出る。それは雨の様に、三人の頭上へと降り注いだ。

 

「あったかい……」

「温泉ですね〜……」

 

――――と、言うわけで。

 

「いいですこと?この温泉は私が見つけたんですからね?ちゃ〜〜んと、感謝して入って下さいまして」

 

袁紹が堀り当てた?温泉に、愛紗達と魏の三人は共に浸かっていた。

因みに、一刀と瑠華は向こうの川岸の方の風呂に入っている。

 

「ふん!どうせ偶然でしょ?」

「あら、何か言いまして貧乳小娘?それにしても、服を脱いでの戦いは私達の方が圧勝ですわね」

 

袁紹が胸を張り、曹操は歯軋りをする。確かに、体のボリュームでは劣る。その事実により、屈辱を味わう。

 

「胸の優劣を大きさで競うのはどうかと?もっと形とか、色とか、感度とか」

「あら、感度ならシャオが一番よ♪」

「そ、それならあたいだって!」

「いいえ!感度なら華琳様が一番です。そうですよね?華琳様♪」

「そ、それは……その……」

「なら誰が一番か試してみましょうよ!」

「望むところだ!」

 

魏軍対袁紹軍対尚香で、お互いの胸で競い出した。

 

……何故、こうなった。

 

愛紗は顔を赤くし、両手で鈴々と孔明の目を隠す。

 

「み、見るんじゃないぞ?これは、子供が見るものじゃないからな……」

「そこまでだ!」

 

急に大きな声が聞こえ、全員が大岩の上に目をやる。そこには、首にタオルを巻いただけの女性が立っていた。

 

「乱世を正す為、力を合わせなければならぬ筈の者達が些細な事でいがみ合うとは、嘆かわしい!」

「そういうあなたはなんですの?」

 

袁紹は面倒臭そうに質問する。

 

「私か?私はその名も――――」

「変態仮面なのだ!」

「変態仮面ではない!華蝶仮面だ!」

「だが、その格好はどう見ても変態仮面にしか見えぬが……」

 

愛紗の言う通り、彼女の姿は顔に蝶を象った仮面を着け、首にタオルを巻き、裸で仁王立ちしている、と言った姿。

見たままを言われ、華蝶仮面――星――は、顔を仄かに羞恥に染める。

 

「ふっ、諸君……さらばだ!!」

 

華蝶仮面――メンマ好き――は気まずくなったのか、逃げるように去っていった。

 

その瞬間、全員がずっこける。

 

「何しにきたのだあいつ!」

「何か水を差されましたわ」

「せっかくの温泉だ。ゆっくりと浸かったらどうだ?」

「それもそうね」

 

水を差され、気が滅入ってしまった。女性陣は、温泉に身を委ねる。

 

 

一刀と瑠華は、その反対方向の湯船に浸かっていた。巨大な岩が隔たりとなっている為、気兼ねなく浸かっていた。

 

「はぁ……こういう露天風呂もいいもんだな」

「そうだね」

 

温かな湯で、旅の疲れを癒す。近くで流れる川のせせらぎ。空は橙色に染まった夕暮れ時。風情もある露天風呂に満足だ。

 

(それにしても……)

 

一刀はふと、瑠華の方を向く。

 

まだ充分な筋肉のついていない、小柄で細い華奢な身体。湯に浸かり、濡れた瑠璃色の髪に、火照った色白の頬。

中性的な顔立ちも手伝って、少しの色気も感じてしまった。

 

「……なに?」

「あっ、いや……」

 

何やら不快な視線を感じる。瑠華は横目で睨む。それにたじろぎ、目を泳がせる一刀。

自分はノーマルだ!断じてアブノーマルではない!そう言い聞かせる。

 

「ふっ、諸君……さらばだ!」

 

女湯の方が、何やら騒がしい。

 

何事だ?と、振り向く一刀――――

 

「うおわっ!?」

「んっ?」

「えっ?」

 

一刀と瑠華の間に、何かが落ちてきた。水飛沫が上がり、二人の顔にかかる。

 

「ぶっ、な、何だぁ!?」

「いかんいかん、私とした事が」

 

顔を拭き、落下地点を見る。何も身に付けず、生まれたままの姿をした、蝶の仮面を身に付けし少女がいた。

 

「な、何でここに――――」

「すまんな。ちょっと足を滑らせてしまった」

「おまっ、体隠せって!」

「何だ?顔を赤くして、んんっ?」

 

ニヤッと、猫の様な笑みを浮かべる少女。離れるどころか、身を寄せてきた。筋肉質な体に、柔らかな感触が伝わってくる。二の腕が、形の整った二つの球体に挟まれた。

真っ赤に染まった顔を反らしながらも、歯を食い縛って煩悩を捨て去る一刀。

 

「ふふっ、可愛い反応をしてくれるな」

「だから……お前……!」

 

細い指で、胸板をなぞってくる少女。吐息も耳にかかり、唸る声が漏れてしまう。こちらが抵抗出来ないのをいいことに、好き勝手やってくれる。

 

瑠華はというと、こちらに背を向け、赤くなった顔を両手で覆い隠している。

 

流石に、これ以上は理性が持たない。そろそろお引き取り願おう。彼女を退けようと、一刀は腕を動かす。

肩の方に、手を置こうと思った。だが、顔を背けている為、狙いが定まらなかった。そのせいだろうか。

 

右手が、ふにゅ、と柔らかいボールを掴んでしまったのは。

 

「あっ……!」

「へっ?」

「んんっ!」

「これは……」

 

艶やかな声を不思議に思い、一刀は視線を向ける。右手は、彼女の左胸を、しっかりと鷲掴んでいた。

ヤバイ!と離そうとするも、その右手に、そっと手を添える少女。

 

湯のせいか、顔は蕩けており、欲情した雌となっていた。息も微かに荒く、上目でこちらを見上げている。クスクスッ、と微笑んだ。

 

「…………エッチ」

 

耳元で、呟かれた。

 

思わず、喉を鳴らしてしまう。

 

必死に抑え込んでいた理性が、今、解き放たれようと――――

 

「――――おい」

 

――――される事はなかった。

 

鋭い声音に肩を揺らし、一刀は恐る恐る、上を見上げた。

 

岩の上に立ち、こちらを見下げる黒髪の少女。タオルで身を隠し、腕を組んで仁王立ちしている。

 

絶対零度のごとき殺気が、湯船に浸かっている筈の一刀を襲った。

 

「何やらそちらの方で騒がしいから見てみれば……」

「あ、ああああ愛紗さん……こ、ここは男湯の筈、ですけど……」

「ほう……ならば何故、男湯に女を連れ込んでいるのだ?」

「いや、これは、勝手に入ってきたからで――――」

「それにしては随分と楽しそうだったじゃないか?えっ?胸を揉んでいたじゃないか?んっ?」

「それはその………………つい」

「はっ?」

「いえ何でもございません」

「おっと、邪魔が入ってしまった様だ。では、さらば!」

「って、おぉい!!?」

 

華蝶仮面はタオルを身に付け、温泉から立ち去っていった。

確かに行ってくれるのは助かる――名残惜しかったのは内緒――が、せめて弁解してからにしてほしかった。

 

愛紗は岩から飛び降り、温泉に着地。その際、“下の部分”が見えそうで見えなかった。

瑠華は目ではなく、耳を塞いでいた。背を向けていたものの、その殺気を身に染めて感じたのだろう。何にせよ、助けるという手段は選べなかった。

 

愛紗は振り返り、両手を握り締めてパキポキと鳴らしている。無表情な分、恐怖が増し、一刀は硬直してしまっていた。

 

「北郷一刀殿……ちょっと“語り合おう”じゃないか?邪魔者もいなくなった事だし……なぁ?」

「あああぁぁあぁぁぁああぁぁあああ……!」

 

向こうでは、女性陣が極楽気分に浸っている。

 

 

その裏側で、一人の男が、極楽の一歩手前へと近づいているとは知らずに……。

 

 

 

 

 

因みに、一刀達が遭遇した一匹の熊。その寝床には、大量の金銀財宝があったとか……。

 




何とか間に合いました。大幅に変わった……かな?
物足りないかな、と思っていたので、調子に乗りました。はい。

次回も遅くなりますが、これからもよろしくお願い致します。


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~孫策、命を狙われるのこと~

どうも、お久しぶりでございます。今回も是非、ご覧くださればと思います。

それでは、どうぞ。



 

“江東の虎”こと【孫堅】の意思を継ぎ、長子である【孫策】は天下を極めんとすべく、長き戦の日々を送っていた。

 

孫家が治める国、呉。

赤を主体とした巨大な城。その城内で、一人の女性が血相を変えて走っていた。

桜色の髪と褐色肌で、赤を基調とした服を着ている。その女性は、勢いよく謁見の間の扉を開けた。

 

「姉様!……えっ?」

 

入るや否や、女性は茫然とする。

謁見の間にいた女性達も、同様の反応だ。入ってきた女性は、顔を羞恥に染め、慌てて合掌する。

 

「ご、ご無事での御帰還、何よりです!」

「蓮華、今更そう畏まることないわ」

「申し訳ありません。姉様が戦場で怪我をされたと聞いたので、慌ててしまって……」

「ただのかすり傷よ」

 

玉座に座っている桜色の髪の女性は、左手首に巻いてある包帯を見せる。

彼女こそが【孫策】。蓮華こと【孫権】の姉であり、この江東を治める王である。

 

「それなら、良いのですが……」

「どうした、蓮華?何か言いたそうだな?」

 

妹の言葉を察し、問いただす孫策。姉の言葉に躊躇いを見せるも、孫権はその口を開いた。

 

「姉様……姉様は、どうしてそうまでして戦いを好まれるのですか?」

「孫権!何を言うのです!」

 

孫策の横にいる女性が叫ぶ。名を孫静と言い、孫策、孫権の叔母である。

 

「孫策は此度も我が孫家を高めんとして――――」

「確かに、戦いを重ねる事で領地は増え、孫家の名も近隣に響くまでになりました。しかし、そのために国の礎である民は疲弊し、このままでは遠からず」

「滅びる、か?」

「い、いえ!決してそうは……」

 

失言だったか。孫権は目を反らした。

 

謁見の間に重い空気が漂う。そんな中、一人の穏やかな雰囲気の軍師が入ってきた。名を【陸遜】薄緑の髪で、眼鏡をかけており、かなりの巨乳の持ち主だ。

 

「みなさ〜ん、お待たせしました〜♪宴会の用意ができ――――」

 

陸遜は目をぱちぱちと瞬きをして、首を傾げた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

大広間では、今回の戦の宴会で盛り上がっていた。そして、広間の舞台の両端から二人組の可愛らしい双子の姉妹が出てきた。

 

「それでは、江東一の美少女双子の〜!」

「大喬と」

「小喬が」

「「歌いま〜す♪」」

 

孫家に仕えるニ喬は桃色の髪で二つのお団子に結っており、一目ではどっちがどっちか分からないが、若干たれ目が姉の大喬で、若干つり目が妹の小喬だ。

二人の登場で、広間は更に盛り上がる。

 

そんな中、一人の女性が宴会には参加せず、外の回廊に出ていた。手摺にもたれ掛かり、物思いに耽っている。

名を【周瑜】。長い黒髪で、眼鏡をかけており、秀麗な顔立ちで、秘書の様な雰囲気を持つ女性だ。

 

「なんだ、こんな所にいたのね」

「孫策様…っ?」

 

周瑜が孫策の名を呼ぶと、孫策は人差し指で周瑜の口を閉じる。

 

「冥琳。二人だけの時は、“真名”で呼びあう約束でしょ?」

「そうでしたね、雪蓮様」

 

孫策は周瑜の真名を呼び、周瑜も孫策の真名を呼ぶ。

 

二人は幼い頃からの付き合いで、“断金交わり”を交わした程の深い仲である。

 

「あまり浮かない顔をして、どうしたの?孫家を支える名軍師。周瑜ともあろう者が、何に頭を悩ませているのかしら?」

「孫権様の事を少し考えていて……」

「蓮華の事?」

「孫権様は、あまりに目の前のことしか見ておられない。確かにここ数年、戦続きで良民達は疲弊しています。だからと言ってここで立ち止まっては、江東に覇を唱えることは出来ても、そこで終わってしまう。到底、天下へは届かない」

 

周瑜は綺麗に輝く満月を見つめる。

 

「どれだけ苦しくても、今は明日のために戦わなければならない。それなのに孫権様は…」

「確かにそうね…でも、それがあの子の良い所でもあるわ」

「えっ?」

 

孫策の言葉に周瑜は目を丸くする。

 

「江東の虎と呼ばれた今は亡き母上。先代孫堅の意思を継いで、私が血塗れの手で奪い取ったものを、あの子なら受け継いで、守り育てていってくれる…そんな気がするの」

「何を不吉な…」

「えっ?不吉?」

「そうです!それではまるで、雪蓮様が志半ばで倒れてしまうようではないですか!」

 

心配の色を隠せずにいる周瑜とは裏腹に、孫策は笑みをこぼす。

 

「冥琳。いくらなんでもそれは考えすぎよ」

「で、ですが雪蓮様…」

「全く、頭が良すぎるというのも、考えものね」

 

呆れた様に、それでいて微笑ましく呟くと、周瑜は視線を反らす。

 

「心配しなくてもいいわ。私は必ず、天下をこの手に掴んでみせる」

 

孫策は夜空に向けて手を伸ばし、輝く満月を掴む様に、握りしめる。

 

「蓮華にやるのは、その次よ」

「雪蓮様……」

「冥琳。志を遂げるその時まで、私と共に歩んでくれるわね?」

「……はい」

 

お互いに寄り添い合う二人。満月の光が彼女達を照らしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

とある一室、孫家に仕える文官達数人が、会議を開いていた。議題は、孫策の事についてだ。

 

「えぇ〜い!戦、戦、戦!これで今年何度目だ!」

「全くだ!これでは、民が田を耕す暇もないぞ!」

「張昭殿。あなたは我等の中でも一番の長老。なんとかお諌めすることはできんのか?」

「何度も申し上げてはおる。だが、孫策様は、周瑜の方を重く用いておられて、私の諫言など耳にも入らない様子でな」

「周瑜か……!」

 

自分達よりも新参である周瑜。その彼女に立場を奪われたと、やや個人的な妬みを含めながら、怒りを募らせる文官達。

 

「我等譜代の重臣を差し置いて、政を左右するとはおこがましい!」

「張昭殿。かくなる上は一刻も早くあの計画を」

「うむ、既に手筈は整っておる」

「おお!それではついに!」

「戦狂いの孫策を倒し、“あの方”が孫家の舵取りとなられれば、必ずやまた、我等が表舞台に立つ時が来る!」

「事が成った時の周瑜めの泣きっ面を早く見たいものですな」

 

重臣達が下卑た笑いを上げる中、張昭だけは、彼らとは違った笑みを浮かべていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「うわ〜〜♪でっかいのだ〜♪」

「すげえな、これが長江か……」

 

目の前に広がる大海原。果てしなく続く水平線。長江を眺める鈴々と同様に、一刀も驚きを隠せずにいた。

 

「どう?驚いた?すごいでしょ♪」

「確かにすごいけど、別にお前が威張ることないのだ」

「確かに、僕もそう思うよ」

「はあ〜、この景色を見ると、帰ってきた〜♪て気になるわね〜」

 

ボソッと呟く瑠華と鈴々を無視して、シャオは長江を眺めていた。

 

「帰ってきた〜♪はいいが、大丈夫なのか、尚香?」

「何が〜?」

「お主、家出してきたのだろう?旅に飽きて家に戻る気になったのはいいが、家族から大目玉を食らうんじゃないか?」

「な〜にいってんの。このシャオ様はね、孫家で一番愛されている姫なのよ♪帰ってきて喜ばれることはあっても、怒られたりはしないわ〜♪」

「ほんとかなぁ?」

「ほんとよ♪」

 

余裕綽々と言った風に、尚香は答えた――――

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――のだが、

 

「まったく!あなたは何を考えているのですか!」

 

謁見の間に響き渡る程の怒声に、シャオはビクッと肩を揺らす。

 

「孫家の姫ともあろう者が、供も連れずにいなくなるなんて、みんながどれだけ心配したか!」

「あの〜、孫静叔母様、それについてはシャオにも言い分が――――」

「そんなものありません!」

 

口答えしようものなら、すぐに雷が落ちてくる。黙って説教を受ける尚香。

最中、一刀達は、他の女性達を見ていた。

 

「みんな、おへそ出してるのだ」

「うむ。恐らくはこの家の家風か何かなのであろう」

「家にも色々とあるんだな」

「別に尚香さんが残念な子って訳じゃなかったんですね」

「いやいや、あの娘はそのまんまでしょ」

 

一刀達はヒソヒソと、小声でそれぞれの感想を言う。

 

「叔母上、もうそのくらいで」

「ですけど孫策」

「それ以上叱りつけたら、また家出しかねませんよ」

 

孫策が仲裁に入る事で、孫静はやむ無く後に下がった。

 

「関羽と北郷とやら、妹が随分迷惑をかけたようね」

「大迷惑だったのだ!」

「ほんっっと〜にね!」

「おい、瑠華!」

「こら、鈴々!」

 

一刀と愛紗は慌てて、チビッ子二人の口を塞ぐ。

 

「でしょうね〜、同情するわ」

「雪蓮お姉さまひど〜い!」

 

苦労を察してか、笑う孫策。シャオは頬を膨らませ、拗ねる様子を見せる。

 

「北郷、関羽、張飛、孔明、月読、我等孫家はあなた達を歓迎するわ」

 

一刀達は、呉の城に宿泊する事となった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その日の夜、孫家の城で寝ていた愛紗。兄を失った日の悪夢によって、目を覚ました。

 

「だが、今になってどうしてあの夢を……。しかも、まだ胸が苦し――――ん?」

「むにゃ〜……これは鈴々が食べるのだ〜……」

「ってお前が原因か…!」

 

寝ぼけているのか、赤毛の妹が自分の体の上に乗っていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、孫策は城の庭で椅子に座り、欠伸をしながら寛いでいた。そこへ、周瑜がやって来る。

 

「まだ眠そうですね」

「昨夜はちょっと飲み過ぎたから」

「関羽殿と、かなり話が弾んでおられたようですが」

「ええ。かなり腕も立つようだし、あのまま野に置いておくには惜しいわ」

 

孫策は茶を飲みながら、関羽を称賛する。

 

「あの北郷って人も中々のものね。それにしても、昨日は面白かったわ〜♪あの二人顔を真っ赤にしちゃって」

「ああ、随分とからかっておいででしたね」

 

孫策は昨日の事を思い出して笑いだし、周瑜は苦笑いを浮かべる。

昨日の歓迎会で、孫策が二人に言った言葉。

 

「二人ってもうヤってるの?」

「「ぶふっ!!」」

 

一刀と愛紗は顔を真っ赤にし、口に含んでいた飲み物を、勢いよく吹き出す。

 

「後、あの張飛って子も面白いわね〜♪もしあれ以上大きくならないのなら庭で飼いたいくらい」

「ふっ、お戯れを」

「で?その客人達は起きてるの?」

「はい。既に朝食を済まされ、関羽殿と張飛殿は、尚香様と山の狩り場へ」

「誰かつけてあるの?」

「案内役として、甘寧を」

「そう、ならいいわ。他は?」

 

孫策は付け加える様に質問する。

 

「孔明殿は書庫を見たいと申されたので、陸遜が案内しています。北郷殿と月読殿は、町を見て回ると、一応大喬と小喬がついておりますが」

「そっ♪」

「もう少し見張りをつけた方がよろしいのでは?」

「ん〜?大丈夫よ。あの二人は怪しいことはしやしないわ」

「な、何故?」

「勘よ♪」

「………」

 

周瑜はそれ以上言わなかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

賑わいを見せる、呉の城下町。孔明は陸遜の案内で、書店に入店する。

 

「わあ〜♪こんなにたくさんの書物、初めて見ました♪」

 

膨大な量の書物に目を奪われていた。

 

「政や軍事に関することはもちろん、農耕、史書、暦、あらゆる分野の書物が集めてあるんです」

「もしかして陸遜さんは、これを全部読まれたんですか?」

「ええ、私書物が大好きなので〜♪」

「私もです♪」

「書物はいいですよね〜♪読むと新しい知識という快楽が波の様に押し寄せてきて――――はぁ♪」

「いえ……私はそういうのとはちょっと違うんですけど」

 

恍惚の表情を浮かべ、体を抱き締め、腰をくねくねと動かす陸遜。人とはまた変わった性癖に、孔明は若干引いていた。

 

 

一方、愛紗と鈴々は、シャオと案内役の女性――濃い紫の髪で一つのお団子に結っている――甘寧と共に狩り場に出ていた。

 

すると、急にシャオは特製の弓を取りだし、構える。それと同時に一羽の山鳥が飛び出した。シャオは矢を構え、狙いを定める。そして、矢を放ち、見事に命中した。

 

「おお……」

「この前会った黄忠程じゃないけど、弓にはちょっと自信あるのよね〜♪」

 

尚香は弓を指でくるくると回しながら、得意気に胸を張る。

 

「お見事です。尚香様。獲物は私が」

「あ、ちょっと待って甘寧。入れるならこっちの袋に入れといて」

「はあ、一緒の袋に入れたらいいのでは……」

「い、いいからほら!」

「はい、畏まりました」

 

甘寧の言葉を消すように、シャオはほのかに顔を赤く染めながら、急かすように甘寧にそう答えた。

 

「どうしたのだ?尚香」

「べ、別に……?」

「自分一人で食べるには大きすぎるのだ」

「ち、違うわよ!ていうかそんなに食べれないし!」

「じゃあ何でなのだ?」

 

シャオは弓を両手に持ち、もじもじと恥ずかしそうな様子を見せる。

 

「い、言っとくけど!月読と仲直りしたいからだとか、そういうのじゃないんだからね!」

「成程、瑠華と仲直りしたいのか」

 

シャオは顔を赤くし、両手をバタバタと振りながら、本音をこぼしてしまう。

 

「なら、そんなことをしなくとも、簡単な方法があるだろうに」

「え!ど…どんな?」

 

共に旅をしていく内に、心境の変化があったのだろう。尚香の意図を知り、助言する愛紗。

 

「もうちょっと素直にしてみたらどうだ?そうすれば――――」

「で、でも、月読は私の事なんか……」

「大丈夫だ。瑠華は一刀に似て、とても優しい子だ。口ではああ言ってるが、お前の髪飾りが取られた時、必死に奪い返そうとしてただろう?」

「あっ……」

 

シャオは思い出したかの様に顔を見上げる。なんだかんだ文句を言いながらも、瑠華は自分の要望には出来る限り聞いてくれていた。

 

「だから、瑠華は尚香の事を嫌ったりはしない」

「……うん、私、やってみる!」

「うむ、その意気だ」

 

意気込む尚香に愛紗は笑みをこぼす。

 

「瑠華がそんなことするわけないのだ。お前は心配しすぎなのだ」

「何よ!つるぺったんのお子ちゃま体形のくせに!」

「温泉の時に見たけど、お前だって鈴々とたいして変わらないのだ」

「い、言ったわね!変わるか変わらないか、勝負してあげましょうか!」

「望むところなのだ!」

 

鈴々とシャオは睨み合い、愛紗は二人の仲裁に出る。

 

「何をまた下らないことを……」

「下らなくないのだ!」

「そうよ!おっぱい勝ち組は黙ってて!」

「いや、勝ち組って……」

「張飛、あそこで乳比べよ!」

「分かったのだ!」

「大きさ、形、感度の三番勝負だからね!」

 

勝手に話を進めていき、二人は草むらの方へと行ってしまった。

 

「……山鳥でも探すか」

 

愛紗は二人に呆れながら、先へ進む。ふと、あるものが目に留まった。

 

孫家の城の庭、そこには孫策と周瑜がいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

一方、江東の城下町では、

 

「月読様、こちらが甘味処です」

「こちらに入りましょうよ♪」

「あ……えと……その……」

 

右腕に大喬、左腕に小喬という風に抱きつかれ、江東一の美少女双子に引っ張られながら町のあちこちに連れていかれる瑠華。正に両手の華状態である。

しかし、こういった事には何の経験もないため、瑠華の顔は赤く染まり、言葉もたじたじになっていた。

 

瑠華は後ろの方でゆっくりと歩いている一刀に助けを求める。

 

「か、一刀、ちょ、ちょっと助けてよ」

「ん?何を助けるんだ?」

(……駄目だこれ)

 

何のことかまったく分かってない一刀。

瑠華は溜め息をこぼす。

 

「あれ?」

 

兄の様に、一刀は瑠華を見守っていると、ある人物が目に写った。

 

「確か、孫権さん?どうしたんだろう?」

 

彼女の表情に何か迷いの心を感じた一刀。孫権は人混みに紛れながら、城から遠ざかっていく。

 

「瑠華、俺ちょっとそこら辺回ってるから。終わったら城の方で待っていてくれ」

 

一刀はそう言うと、孫権の後を追っていった。

 

「えっ!?ちょ、一刀!?」

「月読様♪」

「早く行きますよ♪」

「……はい」

 

ズルズルと、瑠華は連れていかれていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

江東の城下町を出て、すぐ近くにある林の陰で、孫権は木にもたれていた。

 

「はぁ……」

「どうかしましたか?」

「きゃっ!」

 

後ろから声が聞こえ、咄嗟に飛び退く。振り返ると、そこには一人の青年がいた。

 

「ほ、北郷殿……」

「すいません、驚かせちゃって」

「い、いや、お気になさらず。北郷殿はどうしてここへ?」

「いや、孫権さんに用があって」

「私に?」

「はい。孫権さん、何か悩みを抱えてるというか、迷ってるっていうか、そんな感じがして」

「………」

 

図星だったのか。孫権は、さっきと同じ迷いの表情を浮かべる。

 

「俺でよかったら、相談に乗りましょうか?誰かに話すことで楽になるってこともあるし……あっ、別に無理にとは」

「いや、北郷殿の言う通り。今、私は悩んでいる」

 

孫権は、空を見上げる。

 

「先代の王、孫堅。我らが母上の思いを受け継ぎ、姉様――――孫策様は戦いに身を投じ、この江東に覇を唱えんと、戦の日々を送っている。そして、孫家の名は広まった」

 

孫権は服の胸の部分を握りしめる。

 

「しかし、最近は特に戦が続き、民は疲弊していき、この国がいつかは滅んでしまうのではないかと、私は心配なのだ」

「孫権さん……」

「それだけではない。もし、孫策様が亡くなられたら、私は王としての務めを果たせるのか…」

 

いつのまにか、彼女の手は小刻みに震えていた。最愛の姉を失う苦しみ。王として全てを背負う覚悟。その両方に悩んでいた。

 

「孫権さん、恐れちゃ駄目だ」

「え?」

「そんなありもしない未来を考えちゃ駄目だ。まずは今を見つめることだよ」

「し、しかし、私には自信がないのだ……失敗したらどうしようと……」

「失敗したっていい。最初は誰だって失敗するもんさ。その失敗を乗り越えて、自分の成功への糧にするんだよ」

「で、でも……」

「自信がないのなら、これからつけていけばいい。あなたに足りないのは“経験”だよ。経験を積んでいけば、あなたならきっと」

 

孫権は思い返し、そして気づいた。

確かに自分は、政、戦、兵法などは書物などで勉学には励んでいる。しかし、戦場に立ったことはない。いざとなった時に自分は冷静にできるのか?そんな思いが孫権を迷わせる。

 

「わ、私は――――」

「孫権様!」

 

そこへ、孫家の兵士の一人が急いでやって来た。その兵士は、孫権に耳打ちをする。

すると彼女の表情から血の気が引いていく。

 

「っ!姉様が!?」

 

孫権は兵士と共に、急いで城の方へと向かった。

 

「……何かあったみたいだな」

 

その場に取り残された一刀は嫌な予感を感じた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

孫権は急いで城に戻り、庭には周瑜と護衛兵達がいた。

 

「周瑜!」

「孫権様……」

「姉様が襲われたって本当なの!?」

「残念ながら」

 

周瑜の様子を見て、孫権は言葉を失う。

 

「昼前、ここで寛いでいる時に、矢を射かけられて……」

「矢を?」

 

孫権は後ろを振り向く。そこは孫家が狩り場として利用している山だ。

 

「それで、姉様の容態は?」

「矢傷は浅いのですが、矢尻に毒が塗ってあって。傷口からすぐに毒を吸いだして、なんとか一命を取り留めたのですが、意識がいまだ戻られず……」

「そんな……姉様……」

 

孫権は、愛する姉の身を案じる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

狩りを終え、帰路につく愛紗達。獲物を抱え、ご満悦の鈴々。

 

「大量♪大量♪」

「やあ、みんな」

「むっ?一刀ではないか」

 

一刀と合流する愛紗達。最初は瑠華達と合流しようかと思ったが、邪魔するのも悪いかと、そのまま一人で帰って来たのだ。それだけでなく、先程の孫権の様子も気になっていた為、やや急いで戻ってきた。

 

「狩りは終わったのか?」

「うん、今日のお昼は牡丹鍋にするのだ♪」

「そっか――――ん?」

 

仲良く話しながら歩いていると、急に門の所で止められ、兵士達が愛紗を取り囲む。そして門番の一人が、愛紗に剣を突き立てる。

 

「関羽!張飛!お前達の身柄を拘束する!」

「っ!?」

「なんだって!?」

 

有無を言わされず、愛紗は手枷をかけられ、全員が謁見の間に集まる。

そこへ、瑠華と孔明が遅れて入ってくる。

 

「愛紗!」

「関羽さん!何があったんですか!?」

 

瑠華と孔明は事の事情を聞く。

 

「関羽さんが孫策さんを暗殺しようとした……?」

「嘘だ!何かの間違いだよ!愛紗がそんな事するわけない!」

「証拠は、証拠はあるんですか!」

 

孔明の質問に、孫権が答えた。

 

「証拠はない」

「それなら何故!?」

「確たる証拠はないが、姉様がいた所へ矢を射かけるには、あの山の狩り場が絶好の場所なのだ。姉様が矢を受けた正にその時、そんな所に素性の定かではない旅の武芸者がいたのだ。疑うのが、当たり前であろう?」

「当たり前じゃありません!確か狩り場には、御家中の方が案内役としてついていたはずでは……」

「ついてはいったが、ずっと一緒だったわけではないと、甘寧は言っている」

「孫策様が矢を受けられたとおぼしき頃、私は尚香様が射落とした獲物を拾いに行くため、関羽殿の側を離れていました」

 

お付きの者である甘寧は、そう説明する。

 

「でも、尚香さんが近くに――――」

「丁度その頃、シャオは張飛と一緒に関羽の近くにいなくって……」

 

気まずそうに、尚香は証言する。

ここまでくれば、流石に黙っていられない。一刀も一言申す。

 

「けど、だからって愛紗を疑うのはおかしいんじゃないのか?言いがかりにも程があると思うぞ」

「そうなのだ!」

「そうです!おかしいです!」

 

一刀に続く様に、鈴々と孔明は抗議する。

 

「甘寧さん。あなたは獲物を取りに行くために関羽さんの側から離れたと仰いましたよね?」

「いかにも、そう言ったが?」

「ということは、孫策さんが矢で射られた時、甘寧さんも山の狩り場で一人だったって事ですよね?」

「……貴様、何が言いたい?」

 

甘寧は元々のつり目を更に強く吊り上げる。

 

「狩り場で、一人になった関羽さんが怪しいなら、同じく一人だった甘寧さんも同じ位怪しいということです」

「ふざけるなっ!」

 

甘寧は孔明に怒声を浴びせる。

 

「私は孫家に仕える身だぞ!その私が孫策の暗殺を企む等――――」

「孫家に仕える身だからこそ!じゃないんですか?」

 

孔明は甘寧の怒声に臆する事なく、言い続ける。

 

「毎日の様に顔を会わせる主君と臣下ならこそ、日々の軋轢、考えの違い、利害の不一致。相手を殺してやりたいと思う可能性は、孫家とは何の関わりもない旅の武芸者よりずっと高いはず。違いますか?」

「言わせておけば……!」

 

甘寧は怒りに奮え、近くにいる兵士の剣を抜くと、孔明に目掛けて振り下ろす。

 

「この小娘がっ!」

「っ!」

「「孔明っ!!」」

「孔明殿っ!」

 

孔明は咄嗟に目を瞑る。

しかし、恐れていた痛みは来ない。ゆっくりと目を開ける。

 

「き、貴様……!」

 

剣が握られている甘寧の手を、一刀は片手で受け止めていた。

瑠華は孔明を自分の後ろにやり、甘寧を警戒しながら庇っている。

 

「くっ!離せ……!」

「目の前で仲間が危ない目に遭ってるんだ。離すわけないだろ」

「武人をここまで辱しめておいて、許されると思うな!」

「ふざけんなっ!それは関羽も一緒だ!ありもしない罪で捕まって、関羽も武人としての誇りを汚されてんだよ!」

 

一刀と甘寧は、お互いに睨みを効かせる。甘寧は力を振り絞るが、一刀も握る力を強める。握力が凄まじく、甘寧の表情が若干、歪んでいる。

 

「こ、このぉ……!」

 

甘寧が腰に携えている剣に手を伸ばした――――その時だった。

 

「「「っ!!」」」

 

――――唐突の殺気、

 

その場の全員が動きを止める。

 

一刀は、殺気のする方を振り向いた。

瑠華が腰にある撃剣に手をかざし、威嚇するように甘寧を睨み付けていた。

 

(――――動けば……殺す)

(この小僧、一体……!?)

 

幻聴なのか。それは定かではない。しかし、甘寧には、そう聞こえた。

 

(る、瑠華、君……?)

 

後ろにいる孔明はあることに気づいた。

瑠華の髪が、綺麗な瑠璃色の髪が、根元から僅かに、黒く変色していた。まるで、闇が光を蝕む様にじわじわと。いつもの彼とは違う姿に、孔明は恐怖を覚える。

 

「そこまでだ!」

 

突然の喝に、その場は静かになった。

 

「甘寧、剣を引け」

「し、しかし!」

「剣を引けと言っている」

「……くっ!」

 

周瑜の命により、甘寧は渋々、剣を下げる。痛みがあるのか、一刀に捕まれた手首を押さえている。

 

「孫権様。どうやら、(いささ)か勇み足だった様ですね」

 

周瑜は孫権と向き合う。

 

「孫策様が倒れられて、動揺しておられるのは分かりますが、こんな時だからこそ、冷静に物事を判断し、皆を率いるのが、上に立つ者の務め。そうではありませんか?」

「――――そうだな、周瑜。お主の言う通りだ」

 

孫権は、愛紗に近づき、手枷を外す。表情には、深い後悔の念がこもっている。

 

「関羽殿、すまなかった」

「いえ、分かっていただけたのなら、それでもう……」

 

孫権は、愛紗に謝罪を述べる。手首を擦りながら、許す愛紗。

 

「はわわぁ〜……」

「こ、孔明!?」

 

急に孔明が目を回してよろめきだし、瑠華は慌てて抱き止める。

 

「だ、大丈夫?」

「はわ〜、な、なんとか大丈夫です〜……」

 

この時、孔明は瑠華の髪の色を見る。

不気味な黒はなく、いつもの綺麗な瑠璃色の髪に戻っていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

孫権は、自分の部屋へと戻り、姉の無事を祈っていた。そこへ、孫静が入室する。

 

「孫権、まだ起きていたのですか?」

「叔母上……」

「孫策の容態が気になるのは分かりますが、そんなことでは、あなたまで参ってしまいますよ?」

「「孫権様!」」

 

そこへ、二喬が走ってやってきた。

 

「どうしたのです?こんな夜更けに」

「まさか姉様が!?」

「いえ、その逆です」

「孫策様の御容態が持ち直しました」

「まだ意識は朦朧としておられますが、医者は峠を越したと」

「よかった……姉様、本当に……!」

 

吉報を聞き、孫権は涙を堪えながら、姉の無事を喜ぶ。

 

「暫くは、絶対に安静だそうですが」

「熱が引いたら、会って話してもいいと」

 

二喬はそう報告をする。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

深夜、町や城の人々が眠りについている。

孫策も寝室にて、眠っている。そこへ、一人の来訪者が現れる。静かに扉を開け、入ってきた。

 

その手には、一本の針が握られていた。

 

「成程、その針の尖端に毒が塗ってあると言うことですか」

「っ!!」

 

突如、声をかけられた。孫策が目を覚まし、その人物は驚きを隠せない。

 

「ようやっと、尻尾を出しましたね――――叔母上」

「くっ!」

 

孫策の命を狙う人物――――孫静は、顔を歪ませる。

 

「私の容態が回復したと聞いて、焦りになられましたか?」

「そ、孫策!そなたは――――」

「死にかけていたのではなかったのか、ですか?」

 

動揺を隠せない叔母の言葉に上乗せする様に、孫策は答える。

 

「叔母上が私のやり方を快く思われていないのは分かっていました。まさか命まで取ろうとするとは、乱世とはいえ、嘆かわしい限りです」

 

見計らったかの様に、周瑜が護衛兵を引き連れて、やってきた。

 

「孫静様。恐れながら、反逆の罪でお身柄を拘束させていただきます」

「周瑜!これは全て、貴様の企みか!?」

「ご想像にお任せします」

 

周瑜は冷淡に、そう答えた。

 

「孫策!そなたのやり方は間違っておる!どれだけ多くの物を得ようとも、そのために流された(おびただ)しい血が、いつか孫家に仇なすこととなろう!」

「母上の意思を継ぎ、覇道を歩むと決めたその時から、それは承知の上です。ですが叔母上」

 

孫策は孫静と向き合う。

 

「どれだけ血を流そうとも、私には手に入れたいものがあるのです!」

「っ!」

「連れていけ」

 

叔母、否、反逆者を連行する兵士達。こうして、暗殺事件は幕を閉じた。

 

その後、一室では周瑜と張昭が後始末を行っていた。

 

「そうか、終わったか」

「はい。全て滞りなく」

「後は、これに名を連ねた者共の始末じゃな」

 

張昭は、机に並べた紙――“盟”と書かれた――を見ながらそう答える。そこには、孫策に仇なす者達の名前が記されていた。

 

「此度の事に対し、作った連判状じゃ。反逆の揺るがぬ証拠となるじゃろう」

 

張昭は、連判状を周瑜に渡す。これで、文官達も終わりだ。

 

「しかし、関羽殿には悪いことをしたのぉ」

「あの時、偶然あそこにいたのが身の不運。とも申せましょうが、まさか孫権様が居もしない暗殺の下手人を捕まえるとは、想定外でした」

「名軍師たるもの、神の様に全てを見通すことは出来ぬか?」

「恐れ入ります」

 

周瑜は苦笑いでそう答えた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

翌日、別れの日がやってきた。

港で、孫権達は一刀達を見送りに来ていた。

 

「もっと書物のお話がしたかったです」

「陸遜さん。私もです」

「気が向いたら、お手紙下さいね?」

「はい、必ず♪」

 

書を嗜む同志として、孔明と陸遜は約束を交わす。

 

「こないだは決着着かなかったけど!今度会ったら、大きな、形、色、艶、感度、弾力、味の七番勝負だからね!」

「望むところなのだ!」

 

鈴々とシャオは、訳の分からない約束を交わす。

 

「月読様!また来てくださいね?」

「待ってますから!」

「う、うん。分かったから、もう、離してくれないかな?」

「「嫌です!」」

「え〜……」

 

またまた二喬に抱きつかれ、困り果てる瑠華。

 

「どうしたら離してくれるの?」

「「そ、それは……」」

 

二喬は、一旦離れ、ヒソヒソと話し合う。お互いに頷くと、瑠華の方を振り向いた。

 

「「月読様!」」

「は、はい」

「私達の真名を、あなた様に預けます!」

「だから、月読様の真名を呼ばせてください!」

「えっ……ああ、二人がよければ」

「「本当ですか!?」」

「う、うん」

 

グイッと来る二人に驚きながら、瑠華は返事をする。

 

「では、私は大喬。真名を【桜華(インファ)】と申します」

「私は小喬。真名は【李華(リーファ)】です♪」

「桜華と李華。うん、僕の真名は瑠華。この真名を預けるよ」

「「はい!瑠華様〜♪」」

「うわ、ちょっ――――」

「ちょっと待った〜!!」

 

二人は更に瑠華に抱きつく。余程、瑠華に夢中なのだろうか。

瑠華がまたまた困っていると、シャオがやって来て、二喬を無理矢理引き剥がした。

 

「……」

「どうしたの?」

 

いきなりやってきて、だんまりとしているシャオに瑠華は声をかける。

 

「ほら、尚香」

「わ、分かってるわよ」

 

愛紗に後押しされ、シャオは瑠華と向き合う。

 

「えと、その……ごめんなさい」

「えっ?」

「だ、だから、今までわがままな事言って、困らせて、ごめん。あと、関羽達も、ごめんなさい」

「………」

 

自分の我儘で色々と迷惑をかけてしまった事について、瑠華だけでなく、一刀達にも謝罪する尚香。

瑠華は目前の事に呆然とする。

 

「……熱でもあるの?」

「バカバカバカ!!!」

「うわ、痛い痛い!」

 

頬を膨らませ、シャオは瑠華をポカポカと叩く。

 

「何よ!せっかく謝ってるのに! 」

「いや、何か裏があるなと思って」

「まあ、あるけど」

「あるの!?」

 

シャオは両手の指をツンツンしながら、口を開く。

 

「そ、その、私の事、シャオって呼んでくれない?」

「え、それだけ?」

「そ、そうよ!」

 

恥じらいながら答えるシャオ。その言葉に嘘はないと気づく瑠華。驚きながらも、返事を返す。

 

「……うん、分かったよシャオ。僕の事も瑠華って呼んでよ」

「い、いいの?」

「うん、僕もちょっと言い過ぎた所があったからね」

「っ!…う、うん。ありがとう」

 

瑠華は照れ臭そうに頭をかき、シャオと握手をする。瑠華はシャオと仲直りできたことに嬉しく思い、笑みをこぼす。シャオも俯きながらも、その顔は喜びの表情を浮かべていた。

 

「………」

「ん?どうかなさいましたか?孔明さん」

「はわわっ!な、何でも、ないです…」

「ん〜?」

 

陸遜は一人、首を傾げる。

 

(瑠華君……)

 

孔明は胸の部分を押さえる。瑠華とシャオが笑いながら握手をした時、何故か複雑な気持ちになった。二人が仲良くするのは、良い事だ。しかし、同時に、何故か居たたまれない。

今まで感じた事のない感情に、戸惑うばかりの孔明であった。

 

「いや〜良かった良かった。仲直りして」

「本当だな」

「シャオが素直に謝るなんて……」

 

後ろの方で見ていた一刀と愛紗は二人の姿を見て安堵し、孫権は妹の行動に驚いていた。

そして孫権は、二人に向き合う。

 

「関羽殿、此度の事はそなたにはなんて詫びてよいか……」

「何度も申したように、その事は」

「あの時、私はどうかしていた。すっかり気が動転して、何の罪もないそなたに疑いをかけてしまった。人の上に立つものとして、あるまじき事だ」

「“過ちを改める、即ち此を過ちと言う”」

「えっ?」

 

孫権の言葉を遮るように、愛紗は言葉を放つ。

 

「人間、誰しも過ちを犯すことはあるものです。過ちを犯した後、それに気づき謝罪し、反省して、同じ過ちを繰り返すまいとする。それが出来るあなたは、人の上に立つものとしての資質が十分にあると、私は思いますが?」

「関羽殿……」

「愛紗の言う通りだよ」

 

孫権は一刀の方を向く。

 

「あの時言った様に、何事も経験さ。時間をかけたっていい。あなたはこれからなんだぜ?孫権さん」

「北郷殿……」

「なんて、別に偉くもないのに、偉そうに言っちゃったな」

 

我ながら、思い切った事を言った物だ。恥ずかしそうに、一刀は頭をかく。その動作が、どこか微笑ましく思い、孫権も思わず微笑をこぼす。

 

「さあ、俺たちの旅立ち、笑顔で送ってください」

「ええ、分かったわ」

 

孫権は、綺麗な笑顔で答える。憑き物が取れた様な、晴れやかな笑顔だった。

 

「うん、やっぱり女の子は笑顔が可愛いよな」

「なっ!か、可愛いなど……からかわないで!」

「いや、だって本当の事ですよ?」

「っ!うぅ……」

 

一刀の笑顔と言葉で、孫権は顔を赤くし、俯いてしまった。変な事言ったかな?と、首を傾げる一刀。

 

「ぐほっ!」

「…ふん!」

 

突然、横――愛紗のいる場所――から脇腹にドカッ!と、重い一撃が入った。一刀はその場に踞る。

 

「あ、愛紗……何を――――」

「おや?どうかしたのか、一刀殿?」

「……いえ、何でもございません」

「でしょうね」

 

笑顔なのだが、目が笑っていない。とても、冷ややかな眼差しだ。それに加え、愛紗の体から、何やら黒いオーラの様なものが出ていた。

命の危険を感じ、問うのをやめた。

 

 

 

孫家に見送られ、一刀達一行は、長江を旅立った。

 

「おえ〜っ!」

「だ、大丈夫か?」

 

一刀は船酔いに遭い、愛紗が介抱していた。

 

「船酔い?」

「みたいなのだ」

「うぅ……昔からこういうのはちょっと、うっ!」

「あ〜あ〜……むっ、どうした孔明殿?船酔いか?」

「あ、いえ、ちょっと気になることがあって……」

「気になること?」

 

愛紗は孔明に顔を向ける。

 

「はい。今回の事って、本当に単なる暗殺未遂事件なんでしょうか?何か、あらゆることがあまりにも出来すぎている様な気がして……まるで一編のお芝居を見ている様な」

「お芝居?」

「そう、この背後に誰か筋書きを書いた人がいるんじゃないかとそんな気がするんです」

 

手摺にもたれかかり、何かを悟った孔明。流石は、歴史に名を残す名軍師。僅かながら、今回の出来事の真相に気づきつつある。

 

「成程、孔明ちゃんの推理。多分間違ってはいなうぅぇぇぇぇえ!!」

「お前はもう喋るな!」

「お兄ちゃん、大丈夫か〜?」

 

愛紗は叱りながら背中を擦り、鈴々は心配そうに一刀に近づく。

 

(後、もう一つ――――)

「ん?どうしたの?」

「……い、いえ、やっぱり何でもないです」

 

瑠華に話し掛けられると、作り笑いで、誤魔化す。

孔明は迷っていた。あの時に見てしまった瑠華の姿。見る限りでは、気づいているのは自分だけ。

 

(この事は、私だけの秘密に……)

 

そうでなくては、何かが壊れてしまうような――――そんな不安を、孔明は抱いていた。

 

そして瑠華の方は平静を保ってはいるものの、孔明から問われた時から、心中穏やかではなかった。

 

(まさか、見られた……?)

 

表情を見られない様に、瑠華は景色の方を向いている。その額には一筋の汗が流れていた。

 

(いつか……ばれるかもしれない)

 

手すりを掴んでいる手は微かに震えており、少年は動揺を隠すのに必死だった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その頃、呉の城内。執務室にて、周瑜は業務に取り組んでいた。

 

「周瑜様」

「陸遜か。見送りは済んだの?」

「はい♪」

「……陸遜、あなた孔明の事をどう思う?」

 

周瑜は、入室した陸遜に、唐突な質問をする。

 

「そうですね〜。あの年で理路整然とした弁舌、この先どこまで伸びるのか楽しみな逸材かと〜♪」

「楽しみか……私はむしろ、恐ろしいと思ったな」

「え?」

 

周瑜は筆を置き、腕を組む。

 

「何故かは分からぬが、いつか我らの前に立ちはだかる様な気がして……。時が来て、あの才に相応しい立場を得たらな」

 

いつ来るか分からない脅威に、周瑜は息をつく。こちらも軍師の一人。あり得るかもしれない可能性に、眉をしかめる。

 

(それにあの少年……月読と言ったか。あの少年の眼……)

 

あの時、周瑜は目にしていた。

甘寧を睨み付ける瑠華の金色の眼が、一瞬“赤く光った”のだ。

 

 

それは、鮮血の様に紅い眼光だった。

 

 



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~一刀と関羽、劉備と出会うのこと~

――――愛紗!

 

「っ!?」

 

幼い頃の悪夢により、愛紗は目を覚ます。やや荒くなっている息を、何とか整える。肌も若干、汗ばんでいた。

夢か……と安堵し、体の力を抜く。頭が、ポフッと何かに当たる。

同時にあることに気がつく。横で寝ている一刀に、しっかりと抱きついていたのだ。胸元に、頭を預ける様にして。

 

「っ!」

 

愛紗は瞬く間に顔を赤くし、すぐに離れる。一刀の右隣では瑠華がくっついておいる。その隣では、鈴々と孔明が寄り添いあって眠っていた。

 

「顔でも洗ってくるか……」

 

落ち着きを取り戻し、寝床にしている洞窟から出る――――

 

「なっ!?」

 

そこは、戦場と化していた。

 

目前で、大軍同士による戦いが繰り広げられている。

鳴り響く喧騒に、武器がぶつかり合う金属音。地鳴りも凄まじく、所々で砂煙が発生している。

 

「うわああ!!」

「っ!」

 

悲鳴が聞こえた。見てみると、一人の男性兵士が、切られた肩を押さえ、目の前の男に怯えていた。男の手には剣が握られている。

 

「やめろ!!」

「なにぃ!?」

 

愛紗は咄嗟に叫び、男は振り向く。

 

「てめぇも義勇軍とかの仲間か!」

「っ!」

「覚悟しやがれぇ!!」

 

愛紗を敵と認識し、剣を振り襲いかかってきた。愛紗は剣を真剣白羽取りで受け止める。

 

「ぐっ……!」

 

愛紗は顔を歪ませ、なんとか防ぐ。

 

「どうしたんですか、関羽さん……?」

 

洞窟の中から、睡眠から覚めた孔明が、目を擦りながら出てきた。

 

「何やら騒がしいですけど――――」

「孔明殿!戻れ!今すぐ一刀達を起こしてきてくれ!それから私の青龍偃月刀を!」

「は、はい!」

 

愛紗の叫声により、意識がはっきりとした孔明は、急いで一刀達を起こしに向かう。

愛紗は徐々に追いやられ、背中が壁に触れる。反撃として、男の腹に蹴りを入れた。男は尻餅をつくも、すぐに剣を取り、愛紗に襲いかかる。

 

「このぉ!!」

 

すると愛紗は体を少し後ろにずらす。

次の瞬間、男は吹き飛ばされた。

愛紗の横には、木刀を両手に持った青年がいた。

 

「愛紗、無事か!?」

「一刀!」

 

一刀に続いて、瑠華と鈴々もやって来た。

 

「か、関羽さ〜ん!」

「すまん!」

 

孔明は両手で青龍偃月刀を持つも、その重さに耐えきれず、派手に転んでしまう。孔明の手から離れた得物は、そのまま愛紗の手に収まった。

 

「く、くそ……!」

 

さっき吹き飛ばされた男が立ち上がり、他の仲間も気づいたのか、一刀達に武器を向ける。

 

「みんなまとめてケチョンケチョンにしてやるのだ!」

「孔明は下がってて!」

「はい!」

「行くのだ!瑠華!」

「うん!」

 

瑠華は孔明を後ろに下がらせ、鈴々と共に駆け抜ける。

 

「何だかよく分からんが!」

「やるしかないようだな!」

 

一刀と愛紗は背中合わせで武器を構える。

 

「「はあああっ!!」」

 

愛紗は敵の一撃をかわしながら、偃月刀で 凪ぎ払っていく。

一刀も相手の動きを見ながら、木刀で急所めがけて打ち込んでいく。

 

「うりゃりゃ〜〜!!」

「ぐあああっ!!」

 

鈴々は蛇矛を振り回し、敵を叩く。今度は、後ろから敵が剣を降り下ろす。しかし、それは遮られる。

 

「なにっ!?」

「っ!」

「ぐはっ!」

 

クナイ付きの紐で剣を縛り付け、動きを封じる。その間に、瑠華は敵の顔面に蹴りを入れ、上から叩き切った。

 

「鈴々、大丈夫?」

「おうなのだ!」

 

四人は、お互いにカバーしながら、敵を圧倒していく。

 

「な、なんだ!こいつらは!?」

「こいつらとやりあうなんて、命がいくつあっても足らねぇ!」

 

四人の圧倒的な武に恐れをなし、敵軍は尻尾をまいて逃げていく。

 

もう一方の軍――――義勇軍の大将らしき人物。馬に乗っている大将らしき人物も、四人の武を目の当たりにする。我に帰ると、腰に携えている――綺麗な装飾が施されている――剣を抜く。

 

「おい、何をしている!敵は崩れたぞ!押し返せぇ!」

 

大将の号令により、兵は追撃する。

 

 

 

戦いを終え、軍の大将らしき男性が、一刀達に近づいてきた。

 

「いや〜、どなたか存じませぬが、御助勢頂き、忝ない(かたじけない)

 

男は馬から降り、一刀達に礼を述べる。

 

「私は、この義勇軍を率いる劉備。字を玄徳と申します」

(この人が……劉備か)

 

三国志には欠かせない、英雄の筆頭とも言える人物。その仁徳に家臣達は惹かれ、共に戦乱の世を歩んできた。

 

その英雄に出会えた事に、一刀は感嘆の声を漏らす。

 

「初めまして、俺は北郷一刀です」

「私は関羽。字は雲長と申します。これなるは、妹分の張飛。こちらは月読」

「孔明と申します」

 

自己紹介する中、愛紗は劉備の顔を見つめていた。

 

(兄者……)

 

劉備が亡くなった兄と重なって見えたのだ。面影があり、顔立ちもよく似ている。

 

「つかぬ事をお伺いしますが……もしや、そなたは“黒髪の山賊狩り”では?」

「えっ?」

 

愛紗の艶やかな黒髪を目にし、自分の予想を口にする劉備。

 

「いや、まあ、自分から名乗った訳ではないのですが……」

「やはりそうでしたか!先程の武勇に、噂に違わぬ美しさ。まさか、こうしてお目にかかれるとは……」

 

目を輝かせながら、歓喜の声を上げる劉備。その対応に戸惑いながら、苦笑する愛紗。満更ではない様だ。

 

「…………」

 

一刀は、そんな彼女の横顔を、横目で見ていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

そのまま一刀達は義勇軍についていき、本拠地である村へと案内される。

村の前に置かれた岩には、“桃花村(とうかそん)”と書かれていた。

道中、畑仕事をしている村民が、劉備に話しかける。

 

「どうしたんだい、大将さん?なんだか勝って帰ってきたみたいな様子で」

「勝って、きたのだ!」

「ほ〜、勝ったのかい――――ってええ!?」

 

細目の村民は、目を大きく見開いて、驚愕した。

 

 

桃花村を治める太守の屋敷の客間、勝利の報告を聞いた太守も驚きを隠せずにいた。

 

「いやはや〜劉備殿が勝って帰ってくるとは……長生きはするものですな」

「ん、んんっ!」

 

劉備はごまかす様に咳をする。

 

「あの〜、劉備殿の義勇軍はそれほど負け続きだったのですか?」

「ええ、わずかの手勢を連れて桃花村を訪れて来て、最初は賊かと思っていたのですが、話を聞いてみると、中山清王劉勝の末裔だとか」

 

村長はその日の事を思い出しながら、そう答える。

 

「そして、準備を整えいざ出陣となったのですが――――七度出陣して、七度負けるという有り様で」

 

村長は呆れた様に横目で見ると、劉備は居心地悪そうにしていた。

 

「ま、まあ、いいではないか!今回は勝ったのだから」

 

誤魔化すように、劉備は声を上げる。そして、真剣な表情で一刀達と向き合う。

 

「関羽殿、あなたのその武を、我が義勇軍に貸していただい!」

 

これにより、一刀達は、義勇軍に参加する事となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

それから、数日が経過。

一刀達が参加した義勇軍は、賊の本拠地にて、戦を行っていた。

その部隊には、一刀と瑠華がいる。二人は武器を手に、立ち向かっていた。

 

「いいですか?まずは一刀さんと瑠華君率いる少人数の部隊で賊達を挑発します。挑発に乗った賊達が砦を出てきたら、囮の部隊は、すぐに後退させて下さい」

 

孔明の立てた作戦に従い、陽動を行う。

 

「――――これくらいだな。よし、撤退だ!」

 

一刀の号令で、その部隊は、撤退する。

好機と見たのか、賊の大将らしき男が槍を手に、馬に乗って出てきた。

 

「よしっ!腰抜けの義勇軍共を蹴散らしてやれ!」

「「「おおおおっ!!」」」

 

挑発に乗った賊達は、一刀達の後を追う。

 

作戦にあった目的の谷に入り、賊達も入り込む。すると、同時に両脇から、馬に誇る愛紗、豚に誇る鈴々率いる部隊が出現。

 

「し、しまった!罠か!?」

「乱世に乗じて善良な民草を苦しめる賊共め!その命運、ここで尽きたと知れ!」

「ケチョンケチョンにしてやるのだ!」

 

愛紗達は、勇猛果敢に、崖を駆け落りる。

 

「関羽さんと鈴々ちゃんが、ここで迎撃をします。その間に劉備さんは、別の一隊を率いて下さい」

 

反撃を食らった賊の大将は、一人で本拠地へと馬を走らせる。

 

「くそっ!義勇軍の奴等、小賢しい事を!」

 

悪態をつきながら、一旦出直すために、大将は本拠地に辿り着いた。

 

「おい、門を開けろ!」

 

そう叫ぶが、門は開かない。その代わり、砦の塀から、“劉”の字が記された旗が上がった。

 

「一足遅かったな!この砦は、我ら義勇軍が頂いたぞ!」

「な、に……!?」

 

敗北。賊の頭は、力なく、得物を溢した。

こうして義勇軍は、制圧に成功した。

それからというもの、桃花村の近くに潜む賊達を次々と征伐、一刀達が加わったおかげで、全ての戦は連勝続きだった。

 

そしてその日も、戦に勝利し、祝杯を挙げ、宴会を開いていた。

 

大広間にて、一刀達も宴を楽しんでいた。

鈴々は両手に持つ肉を頬張り、その横で他の一同も、料理を食していた。

そこへ、村長――酔っている為か、顔がやや赤い――がやって来た。

 

「いやいや、関羽殿達が義勇軍に加わってから連戦連勝♪この辺りはすっかり平和になりました」

 

ご機嫌な村長は、愛紗達を称賛する。

 

「北郷殿の武、そして孔明殿の知略には恐れ入りました。正に名軍師そのもの」

「はわわっ、そ、そんな名軍師だなんて」

 

孔明は慌てて、両手をあたふたさせる。

 

「私はただ、皆さんにちょっとした助言をしているだけで……」

「いや、孔明の作戦もあったからこその結果だよ。孔明は充分すごい」

「瑠華の言う通りさ。孔明ちゃんの立てた作戦のおかげで俺達は勝利することができたんだからさ」

「る、瑠華君、一刀さん……ありがとう、ございます」

 

一刀と瑠華からも誉められ、孔明は恥ずかしさのあまり、俯いてしまう。

 

「むぅ〜鈴々だって頑張ったのだ!」

「分かってるって、鈴々」

「にゃははは〜♪」

 

ふてくされる鈴々の頭を撫でると、鈴々は機嫌を良くし、擽ったそうにしている。

 

「よし、それでは次の戦でもまた勝利できるように御堂に祈願していかねば」

「御堂?」

「ああ、そういえばまだ話してませんでしたね。せっかくですし見せてあげましょう」

 

村長の言葉に一刀が疑問を抱くと、村長はそう答えた。そして、一刀達を屋敷中庭。その中心に位置する小さな御堂に案内した。

扉には南京錠が掛かっており、村長は鍵を取り出すと、南京錠を解き、扉を開ける。

紐で括られている、小さな木製の箱があった。

 

「これが、我が桃花村の秘宝です」

 

村長は紐を解き、箱を開けた。

月灯りに反射し、綺麗な光沢を放つ掌サイズの白い勾玉があった。

 

「わぁ……」

「綺麗です」

「村長、これは一体……?」

「ええ。あれは何年前だったか。突然、夜空が一瞬輝いたと思ったら、白い流星がこの村の近くに落ちたのです」

「白い流星が?」

「はい。地が少し揺れて、落ちた場所を見てみると、これがあったのです。きっと、天からの贈り物と思い、この村の秘宝として祀っているのです」

「へぇ、そうだったんですか」

「不思議な事があるものですね」

「本当なのだ」

 

村長の話を一刀、そして孔明と鈴々が聞いている中、一人だけ村長の話も耳には届いていなかった。

瑠華は、その勾玉を直視している。いや、目を離すことが出来なかった。

 

そもそも、この村に着いてから、どうも自分の様子がおかしかった。どこか落ち着かないような、“何かを求めている”様な、そんな感情が瑠華の心を支配していた。そしてこの勾玉を見た瞬間、何かが反応した。

 

瑠華は、ピクッと指を動かし、右手を上げ、勾玉へと手をゆっくり、ゆっくりと伸ばす。

 

――――ヤット……見ツケタ……

 

「――――華?瑠華!」

「っ!?」

 

我に帰り、周りを見渡すと、他の四人が何やら心配そうに様子を見ていた。

瑠華は右手を見ると、慌てて引っ込め、俯く。

 

「大丈夫か?」

「う、うん……ちょっと疲れてるみたいだから、先に休むよ」

「じゃあ、ついてってやるよ。すみません、村長。お先に失礼します」

「はい、ごゆっくり」

 

一刀は瑠華に付き添い、部屋へと戻っていく。

 

「瑠華の奴どうしたのだ?」

「さ、さあ……?」

 

二人は、頭を傾げた。二人の背中を見送りながら。

 

 



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~一刀、関羽とすれ違うのこと~

一方、愛紗は屋敷の廊下の窓の手すりにもたれ、綺麗な満月を眺めていた。

 

「関羽殿」

「劉備殿……」

 

そこへ、劉備が歩いてきた。

 

「どうしました?何か気に入らぬ事でも」

「いえ……ただ、月があまりに綺麗だったものですから」

「月?ほう、これは確かに」

 

劉備も満月を眺める。

 

「もっとも、関羽殿。あなたの美しさには敵いませぬが」

「な、何を言って……」

「関羽殿」

 

劉備は愛紗に近寄り、彼女の両手を握る。

 

「いきなりこんなことを言って、迷惑かもしれぬが、この先、ずっと私の側にいてもらえないだろうか?」

「えっ!?」

 

突然の告白に、愛紗は声を上げた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

瑠華を部屋まで送った後、一刀は外を軽く散歩していた。涼しい夜風が、彼の髪を撫でる。

 

「瑠華の奴、大丈夫かな……ん?」

 

話し声が聞こえ、上を見上げる。窓に見えるのは愛紗。

 

「愛紗?お~い、愛――――」

 

途中、彼女の名前を呼ぶのを止めた。愛紗の所へ劉備がやって来た。会話をしていると思いきや、急に劉備が愛紗の両手を掴んだ。愛紗は顔を赤くしている。

 

「………」

 

何故だろうか。胸がざわつく。自分以外の男が、彼女と一緒にいる。

一刀は上げかけた手を下ろし、やや急ぎ足で、その場を後にする。

 

「確かに、今の私ではあなたの主に相応しくないかもしれない。しかし、私もこのままという訳ではない。賊を倒すことで名声を得て、多くの兵を集め、いずれは――――」

「お、お待ち下さい。いきなり、そんなことを申されても……」

「あ~!こんなとこにいたのだ!」

「っ!」

 

急に鈴々が乱入し、愛紗は慌てて劉備から離れる。

 

「料理があと少ししかないから早くしないとなくなっちゃうのだ」

「そ、そうかそうか」

 

愛紗は何とか平静を保ち、劉備に礼をしながら、その場を後にした。

 

一人残された劉備。そこへ、一刀が小走りでやって来た。いつもなら、どうという事のない距離だが、息切れがやや激しい。

 

「おお、北郷殿。どうされました?そんなに慌てて」

「い、いや……」

 

どうやら、近くに愛紗はいない。少し安心する一刀。息を整えた後、一呼吸置く。

 

「あの、劉備さん。さっき、愛紗と何か、話してましたよね?」

「ええ。是非、これからも私の側にいて下さいと」

 

意気揚々と、語り始める劉備。

しかし、その言葉のどれもが、今の一刀の耳には、届いていなかった。劉備と愛紗が一緒にいる場を見た瞬間、不安が募っていく。

 

「無論、北郷殿も私の同志として、共に歩んでいただきたい」

「あ、ああ……」

 

我に帰り、何とか返事を返す一刀。声が震え、嫌な汗もかいている。

 

しばらくして、劉備と別れるまでの間、何とか動揺を隠し通した一刀。溜めていた息を吐き、手すりにもたれる。

 

「……愛紗」

 

彼の姿を、満月の光が、寂しく照らしていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

翌日、自室に妹がやって来た。扉を破壊する程の勢いで。

 

「お兄ちゃん、一緒に山へ行くのだ」

「山へ……?」

「はい、これから薬草を摘みに行こうと思っているのですが、どうでしょうか?」

「瑠華君も行きますか?」

 

愛紗、鈴々、孔明の三人。瑠華は普段通りに対応。しかし、一刀はというと、愛紗が入ってきた途端、顔を俯かせる。

 

「うん、どうせ暇だし。一刀は?」

「ごめん……遠慮しとくよ」

 

彼らしからぬ、暗い声色。寝台の上で寝返りを打ち、背中を向ける。

鈴々と孔明は頭を傾げ、瑠華は肩を竦めた。

 

「じゃあ、一刀は留守番ってことで。というわけで、僕だけ行くよ」

「ああ……分かった」

 

結果、瑠華だけが同行することとなった。部屋を去る中、愛紗は顔だけ振り向く。

何かに怯える様に、顔を反らされた様な。顔を曇らせ、愛紗は部屋を後にした。

 

「はぁ……何やってんだろ、俺」

 

一人、部屋に残った一刀。仰向けになり、腕で顔を隠して、そう呟いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

山中を歩いている最中、瑠華に質問する愛紗。

 

「なぁ、瑠華」

「なに?」

「一刀は……一体どうしたのだ?具合でも悪いのか?」

 

愛紗は恐る恐る問いかける。それに対し、さあ?と首を傾げる瑠華。

 

「昨日、聞いてみたんだけど、何か誤魔化されてさ。結局分からなかったんだよね」

「そう、か……」

 

部屋に入り、目が合った瞬間、一刀は目を反らした。まるで、自分を避けているかの様に。それが悲しかった。いや、辛かった。

今まで、彼に対する制裁――嫉妬がらみによる――で恐れを抱かれる事は、少し……いや、かなりあった。

だが、今回は根本的に違う。それが分からず、ため息をついた。

 

三人のチビッ子達は、顔を見合わせ、困った表情を浮かべる。

 

「あれ?何だろう、この花」

 

瑠華は、ふと視界に入った、珍しい形をした花を見つける。

 

「これは、“三日草”と言って、熱を下げるのにすごく効果がある薬草なんです」

「へぇ〜、そうなんだ」

 

孔明が説明し、瑠華は三日草を珍しそうに見つめる。

 

「動物の死骸に寄生して、一日で芽を出し、二日で葉を茂らせ、三日で花を咲かせる事から“三日草”というんですけど、四日目になるとすぐに枯れてしまうため、滅多に見つからない貴重な物なんです」

 

孔明は屈んで、三日草を引き抜く。引き抜いた瞬間、愛紗、鈴々、瑠華の三人は一気に顔を青ざめる。恐怖に震えながら、根元部分を指差す。

頭を傾げる孔明もつられて、視線を落とす。

 

「はわわ〜〜〜っ!!」

 

三日草の根元には、動物ではなくミイラ化した人間がくっついていた。

三日草を手放した後、孔明は瑠華の後ろに怯えながら隠れる。

 

「お前は……」

「もしかして……」

「馬超……?」

 

ミイラと化した少女は、愛紗達の知る人物であった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

劉備と愛紗が一緒にいる所を見たあの時から、一刀はずっとこの状態だ。

一刀自身も、自分の心に蠢くこの感情を、未だ理解出来ずにいた。

 

「……散歩、でもするか」

 

気を紛らわせるためか、一刀は部屋を出る。そのまま廊下を歩いていると、客室に明かりがついていることに気づく。同時に、そこから聞き慣れた声がした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

ガツガツモグモグゴクンッ!と咀嚼し、飲み込む大食いポニーテール。

 

「すごい勢いで食べるね…」

「なのだ…」

 

馬超は、用意された目前の料理を、瞬く間に平らげていた。横で見ていた瑠華と鈴々は呆けた表情を浮かべる。

 

「所で馬超。あんな所で行き倒れになっているとは、一体何があったのだ?」

 

愛紗が問うと、馬超は口内に残っている料理を一気に一気に飲み込む。

 

「いや〜、武者修行の途中に路銀が底をついちまって。腹ぺこで困ってた時に、ほら、あの大食いのチビ。許緒が山で食料を採ってたのを思い出してさ。そこで私も探してみたんだけど、どれが食えるかさっぱり分かんなくて」

 

とりあえず、近くに生えていた茸を適当に焼いて食べてみたら、これがある意味大当たり。

 

「すぐに目の前がぐるぐるしてきて、しばらくすると、“耳のでっかい鼠”とか“クワックワッうるさい家鴨”とかが見えてきて、そいつらと高笑いしながら山の中を歩いていたら――――バタッ!て訳」

「……それ完全に毒に当たったな」

 

いつの間にか話に加わっている一刀に気づかず、愛紗、鈴々、瑠華はウンウンと頷く。

 

「馬超さんが食べたのは、多分“彩気茸”です。幻覚作用があって、並の神経をしている人なら野垂れ死にしていたかも」

 

以上、孔明先生の豆知識でした。

腹が膨れたのか、椅子に座ったまま爆睡する馬超。

 

「まあ、確かにこいつは並の神経じゃないな……」

「ああ……」

「って一刀、いつの間に?」

「へっ!?」

 

全員の視線が一刀に向く。

そして、一刀はまた、愛紗の視線を慌てて反らす。愛紗は悲しい表情を浮かべる。

 

「あっ、雪……」

 

気まずい空気の中、窓を見てみると、初雪が降っていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

季節は流れ、外は雪が積もっていた。辺り一面が、真っ白な世界。

 

「うわ〜、真っ白なの――――」

 

はしゃいで出てきた鈴々の顔に、ドシャッ!と、いきなり雪がぶつけられた。

 

「ぶはっ!何するのだ!」

 

すると、木の陰から三人の子供達が出てきた。

 

「悔しかったらここまでおいで〜!」

「おいで〜♪」

「むき~っ!」

 

子供達の挑発に乗り、鈴々は子供達に向かって走る。

 

「覚悟する――――にゃ〜っ!?」

 

しかし、落とし穴が仕掛けられており、そのまま落ちてしまった。

 

「や~い、引っかかった♪」

「義勇軍とか行っても大したことねぇの」

「ね~の♪」

「ぐぬぬ……一生の不覚なのだ」

 

子供達の悪戯に引っかかった鈴々は、雪まみれになり、悔しがっていた。

 

冷えた体を温める為、自室に戻る鈴々。

 

「へっくし!まったく、とんでもない悪ガキなのだ!」

「そうか、とんでもない悪ガキ、か」

「むっ、なにがおかしいのだ?」

「いや、とんでもない悪ガキと聞いて、初めてお前と会った時の事を思い出してな」

 

――――鈴々山賊団のお通りなのだ〜♪

 

愛紗は、鈴々の声真似をしながらそう答える。

 

「ふ、ふん!鈴々山賊団はあんなヘナチョコじゃないのだ!」

「まあそう言うな。あの子達が悪戯してきたのは、案外お前と仲良くしたいからかも知れんぞ?」

「仲良くしたいからイタズラするなんてワケ分かんないのだ。例え、もしそうだったとしても、鈴々はぜ~ったい!あんなやつらと仲良くなんかしてやらないのだ!」

 

悪戯に引っ掛かったのが余程悔しかったのか、鈴々はそう断言をする。

 

(そういえば、一刀と出会った時は……)

 

愛紗はふと、一刀との出会いを思い出していた。

 

旅の最中、突如として発生した眩い光の中から現れた青年。それが、一刀だった。見慣れぬ服装、聞いた事のない言葉。戸惑いがなかった、といえば嘘になるだろう。出会い頭に、面と向かって、“綺麗だ”等と容姿を褒められたのは初めてだった。

しかし、彼からは、賊が持つ様な、穢れた邪な心が感じられなかった。

いつでも仲間の為、弱き人々の為に、自分を犠牲にしてでも立ち上がる。そんな優しい心が、一刀の良い所だ。

 

ほんの少しだが、鈴々よりも付き合いは長い。出会ってから今に至るまで、かなり長い年月を共に過ごしてきた。自惚れかもしれないが、誰よりも、彼の側で、彼の事を見てきた。

 

「…………」

 

頭に思い浮かべる、彼の笑顔。自分だけに、向けてくれている。

愛紗は、静かに微笑み、胸元の前で両手を握った。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その翌日、

 

「鈴々義勇軍のお通りなのだ〜!」

「なのだ〜♪」

「行くぞ瑠華~」

「はいはい」

 

昨日の言葉はどこへ行ったのやら。鈴々は小さい豚に跨がり、悪戯してきた子供達とすっかり打ち解けていた。

因みに、鈴々に巻き込まれる形で、瑠華も参加している。嫌々かと思いきや、満更でもない様子。

 

偶々、その場を歩いていた馬超。その前を、山賊団が通り過ぎていった。尻餅をつく前に、後ろにいた一刀に支えてもらう。

 

「こら〜!この悪ガキ共〜!」

「鈴々と瑠華の奴、村の子供達とすっかり仲良くなったな」

 

鈴々達を叱るのと反対に、一刀は微笑ましく見ていた。

 

「ったく、んな事言ってる場合かよ」

「まあまあ、子供は風の子ってね」

 

横で子供達を庇う一刀に、馬超は呆れながらも、その顔は笑っていた。

 

「ん?あれは……」

 

後ろの方で廊下を歩いていた愛紗。

二人で談笑している一刀と馬超を見つける。

 

「えっ!?お前、馬に乗れねぇの!?」

「うん、お恥ずかしながら……」

 

瞳を大きく見開き、驚きを露にする馬超。一刀も恥ずかしそうに頬をかく。

すると、何かを考えた後、馬超は胸を張る。

 

「よしっ!だったら、あたしが乗馬を教えてやるよ」

「えっ、でも……」

「任せとけって!なっ?」

 

明朗快活な笑顔。彼女の明るい性格と合い、とても魅力的な印象を与える。断る理由もない。ここは、厚意に甘えるとしよう。

 

「それじゃあ、お願いするよ馬超」

「おうよ!」

「にしても、馬か……仲良く出来たらいいんだけど」

「あんまし怖がらせる様な事しなかったら、大丈夫だって」

「確か、繊細な生き物なんだもんな、馬って」

「怒らせて蹴飛ばされんなよ~?」

「そ、それは勘弁してほしいな」

 

からかう馬超に、苦笑いで答える一刀。傍から見れば、とても仲睦まじい光景だ。

 

「……」

 

愛紗の表情が曇る。

 

何故自分を避けるのか?

 

自分が何かをしたのだろうか?

 

愛紗の心を不安が過る。理由は分からないが、馬超と楽しそうに話している一刀を見ると、何故か落ち着かない。愛紗もまた、自らの感情に戸惑いを隠せないでいた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

村よりちょっと外れた野原。鈴々達は円を描く様に座っていた。

 

「ねえねえオヤビン」

「オヤビンじゃなくて、大将なのだ」

「大将って、また偉く出たね」

「じゃあ、大将。次は何をして遊ぶ?」

「う〜ん」

 

鈴々は胡座をかき、腕を組み、そして考える。一番年下の少女が、口を開く。

 

「お花見♪」

「バ~カ。まだ花が咲いてないのに、お花見なんてできるかよ」

「お花見?」

「この村、お花見できる所なんてあるの?」

「ここだよ、ここ」

「満開になったらすごいんだよ」

 

どうやら、鈴々達がいるその場が花見の場所らしい。その証拠に、多くの木々が群生している。

 

「桃の花がいっぱい咲いて」

「だからこの村、桃の花の村って書いて、“桃花村”って言うんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「よ~し!それじゃ、ここの桃が咲いたら、みんなでお花見するのだ♪」

「「「お~~!」」」

(お花見、か……)

 

鈴々と子供達は、そう約束をする。瑠華も自らの真名の通り、華の様に可愛らしい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

とある茶店で、小さな女の子が団子を頬張り、母親らしき女性が、お茶を啜っている。

 

「璃々、そろそろ行きましょうか」

「うん♪」

「あらまあ、口の周りがべたべたじゃない」

 

黄忠は布巾を取りだし、璃々の口周りを拭く。

拭き終わった後、会計を済ませた。

 

「はい、確かに」

「ご主人。桃花村までは、後どのくらいかかるでしょうか?」

「桃花村?ああ、最近義勇軍が近くの賊を征伐しているっていう」

「ええ、そうです。その村です」

「そうさな……山を二つ三つは越さにゃならんから、子連れの足だと、六日はかかるかもしれんな」

 

立ち聳える山々を見て、主人は黄忠にそう答える。

 

「まさか、あんた義勇軍に?」

「ええ。以前、私に世話していただいた北郷さんと関羽さんが、将としてやっていると聞いたので、私も力を貸そうと」

 

黄忠の話を、茶店の中にいる“一人の武芸者”も耳にした。

そして、黄忠は出発し、主人は店に戻る。

 

「――――主人」

「へい、何でしょう?」

「桃花村とやらの義勇軍の話、少し詳しく聞かせてもらえぬか?」

 

外套を被った水色の髪の女性は、主人にそう質問する。

 

 

 

【光】は今、一つに集まろうとしている。

 

しかし、光が集まることにより、【影】が生まれ、それはやがて【闇】を呼ぶ。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

――――桃花村より外に位置する森の中。中でも特に目立つ、一本の大木。その上に、二人組の男達が唐突に現れた。

黒い外套を深く被っており、顔はよく見えない。

 

「……ここか」

「フ〜、ヤット着イタネ〜」

 

二人の視線は、目前の村――桃花村――に向けられている。一人は地図で村を確認、もう一人は器用に胡座をかいて眺めている。

 

「ここに“アレ”の欠片があるのか」

「ドウスル?手ッ取リ早ク、パパッ!ト盗ムカイ?」

「そう慌てるな。時間はある。それに、俺達の存在を周囲に知られてはまずいだろう」

「ジャア、ドウスンノ?」

「辺りが暗くなるのを待て。見た所、警備も薄い。これなら造作もない事さ」

「確カニ、ソノ方ガ簡単ダネ。ッテ事ハ……」

「今夜、決行だ」

「ハイハ~イ」

 

次の瞬間、二人は風の様に消え、その場には誰もいなくなった。

 




書いてみたら、あまりにも長かったので、分ける事に致しました。

それから、当分はハーメルンの方を書いていくつもりです。どうも、なろうの方で行き詰まってしまいまして……。
改めまして、これからも宜しくお願い致します。


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~一刀と関羽、仲違いするのこと~

夕日が沈みかけ、もうすぐ夜になろうとする頃、屋敷の庭で一刀は、木刀を両手に素振りを行っていた。

 

「面っ!、面っ!、面っ!」

 

その太刀筋は一見、ちゃんとしている様に見える。だが、達人級の人物から見れば、どこかぶれている様にも見えるだろう。そして振る力は、徐々に弱くなっていく。

 

「面っ!、面――――はぁ……」

 

一刀の脳裏を、あの光景が過る。愛紗と劉備の二人が一緒にいるという事実が。

 

剣は人の心を写す物。師匠から教わったことである。それを体現するかの如く、一刀の素振りは安定していない。

これでも気を紛らわせることができなかった。

一刀は、木刀を降ろし、溜め息をつく。

 

「……駄目だ。いつまでも、このままじゃ」

 

木刀を肩に担ぎ、その場を後にする。

 

屋敷の廊下を歩きながら、部屋に戻ろうとする一刀は、ふと思う。

 

(やっぱり俺、ここまで愛紗の事を……)

 

この世界に来て、初めて会った黒髪の少女。一目見たその時から、心を奪われた。

彼女と共に旅をし、鈴々を始め、様々な人々と出会った。共にいたからこそ、彼女の内面を知ることも出来た。

 

世の中の為に武を振るう軍神。その反面、すごく女の子らしい面もあり、そこがとても可愛らしい。

 

彼女の笑顔を見るだけで、心が温まる。

 

「一刀……」

 

振り返ると、そこには彼女――――愛紗が立っていた。

満月に照らされ、艶やかな黒髪は更に美しく見える。

 

「や、やあ、愛紗……」

「……」

 

一刀は、ぎこちない返事を返す。愛紗の方は、一瞬俯き、すぐに顔を上げる。そして弱々しく、呟いた。

 

「何故、避けるのですか?」

「え?」

「……何故、私を避けるのですか?」

「いや、それは、その……」

 

二人がいる場に、不穏な空気が流れる。

 

「私が……何かしましたか?」

「い、いや……」

「気に障る様な事をしてしまったのであれば、謝罪します……ですから」

「そ、そんなことは―――― 」

「では何故!?」

 

大声で叫ぶ彼女の瞳は、潤んでいる。今にも崩壊しそうなくらい、涙が溜まっていた。ここ数日、愛紗は不安でいっぱいだった。出会えば目を反らされ、話しかけようとすれば避けられる。

心が締め付けられる感覚だった。

 

一刀は後悔し、拳を握る。自分が情けない。仲間をここまで追い詰めてしまうなんて。

 

一刀は、意を決して、向き合う。

 

「えっと、愛紗」

「……はい」

「――――劉備さんの事、好きなの?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

鈴々達と別れ、自室へ戻る瑠華。廊下を歩いてると、二人の男女が目に留まった。

 

(一刀と愛紗?どうしたんだろう?)

 

疑問を抱きつつ、瑠華は陰に隠れ、二人の会話を聞く。

 

「……劉備さんの事、好きなの?」

「…………はっ?」

「っ!?」

 

不意に投げ掛けられた一刀の質問。愛紗は顔を赤くし、暫し呆ける。瑠華は思わず吹き出しつつも、慌てて口を押さえる。

どうやら、気づかれていない様子。安堵し、再び話を聞く。

 

「な、何を言い出すんですか!?」

「あ、いや、最近仲が良さそうだな……と思ってさ……」

 

慌て出す愛紗とは対照的に、何故か落ち着きのない一刀。彼の様子を見て、愛紗は一呼吸置き、話し出す。

 

「……似ているんです」

「え?」

「劉備殿は、亡くなった兄に似ていて……初めて会った瞬間、死んだ兄と再会出来た様な――――そんな気持ちになったのです」

「そう、だったんだ」

 

それを聞き、胸を撫で下ろす一刀。

内心、ホッとしたような感じに疑問を抱きながらも、何とか平静を保つ。

 

「そこで、私は劉備殿についていこうかと思っているんです」

 

一刀の表情が、固まった。

 

「劉備殿の志を聞いて、私は劉備殿と共に、世の為、大義の為、すべてを尽くそうと思っている」

「……」

 

愛紗は、決心した様に、そう語る。

だが一刀には、“何か違う”様に捉えられた。彼の心に、不安が過る。そして、“ある感情”も。

 

「だから、一刀。あなたも一緒に――――」

「愛紗、判断が早くないか?」

「えっ……?」

「今の君は過去に囚われ過ぎている。劉備さんにお兄さんを重ねては駄目だ。劉備さんは劉備さん。お兄さんはお兄さんなんだから」

「な、何を言って……私は」

「過去に振り返るのも悪いことじゃない。だけど、今の君は劉備さんにお兄さんを重ねる事で、心の安らぎを得ようとしている」

 

 

そのせいで、決断力に欠けている。一刀に面と向かって言われ、愛紗はカッとなって反論する。

 

「そんな事はない。私は至って冷静だ。一刀の方こそ、お節介にも程がある」

「お節介って……俺はただ、愛紗にももう少し冷静になってもらいたくて」

「それがお節介だと言っているんだ!」

 

愛紗は大声を張り上げる。

 

「じゃあ一刀は!愛する家族を忘れろと!愛する兄を忘れろと!そう言いたいのか!」

「だから、そうとは言ってないだろ!」

「私にはそう聞こえたのだ!!」

 

愛紗は目を吊り上げ、睨みつける。一刀も弁解の意を唱えるが、一向に伝わらない。

激しく言い争う二人。瑠華も驚きと、悲しみを隠せないでいた。

 

「…………」

 

耳を塞ぎ、その場に座り込む。

大好きな二人が喧嘩する所なんて、見たくもなかったから。

 

「いい加減にしろよっ!」

 

一刀の大声が、廊下に響き渡る。

 

 

そして――――

 

「死んだ人はもう戻らないんだっ!いつまでも過去にすがるなよっ!」

 

――――言ってしまった。

 

我に帰り、前を見る。

 

一滴、一滴と、大粒の涙が、茫然とした彼女の頬を濡らしていく。止めどなく、溢れ続ける雫。

 

「あ……愛紗……ごめん、俺……本当に、ごめん……」

 

顔面蒼白となった一刀は、震えながら声をかける。一歩進むと、愛紗は一歩下がった。

――――拒絶だ。

 

「……一刀……あなたには……あなたにだけは……言われたくなかった」

「まっ、待ってくれ愛紗……違うんだ…俺は――――」

「触るなっ!」

 

差し伸べられた手を払う。バシンッ!と乾いた音が鳴り、一刀もたじろぐ。

 

「大体――――何も失った事もない、“赤の他人”であるお前に言われる筋合いはない!!」

 

――――言われてしまった。

 

心が張り裂けそうな感覚。

 

呼吸をするのも忘れてしまう程の動揺が、体全体を襲う。

 

否、剣で心臓を貫かれた様に、一刀は胸元をぎゅっと握り締める。痛々しい程、制服に皺が出来ていた。

 

愛紗は、一刀の横を過ぎ去り、その場を後にする。その最中、瞳から溢れ落ちた雫が宙を舞った。

 

(愛紗……!)

 

愛紗の後を、瑠華は急いで追いかけた。

一刀も心配だったが、彼女にはどうしても伝えたいことがある為、その場を去る。

 

「…………」

 

ふらふらと、よろめきながら、背中を壁にぶつける。ずるずると力が抜けてしまったかの様に、座り込んでしまった一刀。

 

「………俺は、何を……しているんだ……?」

 

彼女の為を思っての行動の筈だったのに、それどころか、逆に彼女を追い詰め、傷つけてしまった。

 

――――いや、本当に彼女の為だったのか?

 

ふと、愛紗が劉備と二人きりでいた光景を思い出してしまう。

 

見るだけで、心がざわつく。

 

「俺……嫉妬してたんだ」

 

愛紗が劉備の側にいる。それが、嫌だった。例え、尊敬している偉人であっても、それは譲れない。

 

その結果、想い人を追い詰め、心まで傷つけてしまった。

しかし、彼女の涙を見た瞬間、言葉を失い、自らの過ちに気づく。謝罪の言葉は届かない。

最低だ。自分が情けなくなる。

 

「俺は……どうすれば……」

 

――――それは、突然の事だった。

体が、“謎の氣”を感じ取った。

今まで感じた事のない氣。とてつもなく恐ろしい、禍々しくも強い。

 

「これは……っ!」

 

放置してはおけない。心が乱れているまま、得体の知れない恐怖を抱きながらも、一刀はその場に向かった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

部屋に戻ると、扉に背を預け、そのまま地面に崩れ落ちる愛紗。膝を抱え、踞って泣いていた。

 

どうして言い争ってしまったのだろう。大切な仲間と。

 

悲しみに明け暮れていると、不意に扉が叩かれた。

 

「愛紗、いる?」

「……瑠華か?」

 

愛紗は涙を拭い、扉の方を向く。

開けると、心配そうに、こちらを見つめる少年がいた。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ、平気だ……」

 

愛紗は誤魔化すも、瑠華には嘘だと分かった。

なんせ、目を腫らしながら、無理に笑みを浮かべているからだ。部屋に入り、唐突に話しかける瑠華。

 

「……あのさ、愛紗」

「な、なんだ?」

「一刀の事、許せない?」

「…………」

 

愛紗は目を反らし、俯く。

瑠華は愛紗に近づき、彼女と向き合う形で椅子に座る。

 

「愛紗、今から言うことを聞いてほしいんだ」

「えっ?」

「このまま、二人が争う所なんか、見たくないから……」

「瑠華……」

 

そして、瑠華は語る。

 

一刀と初めて会った日の事。

 

そして、彼にも家族を失った過去があった事を。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

屋敷では、兵士が半刻毎に交代し、見張りを行っている。夜となり、暗闇の中を、松明を手に合流する見張りの兵二人。

 

「おい、異常はなかったか?」

「ああ、何も――――」

 

次の瞬間、二人の兵士の後ろに二つの影が降りた。

その一人が、兵士の口を塞ぎ、胴体を手刀で貫いた。

 

「ぐむっ!?」

「何奴――――がっ!?」

 

もう一人の兵士も、首の骨を折られ、その場に倒れる。

 

「ア〜ア、警備弱スギ」

「骨のない事なのは分かっていた筈だ。急いで済ませるぞ」

 

警備の兵を容易に殺害した二人は、闇の中を進んでいく。見張りの目を掻い潜り、屋敷の中心にある御堂に辿り着いた。

 

「この中か――――ちっ!鍵がかかってやがる」

「大体、ソウイウモンデショ。マア、任セトイテヨ」

 

片方の男が、南京錠の鍵穴に指を押し付ける。数秒後、時計回りに回すと、ガチャリ!という解錠音と共に、南京錠が外れた。指を離すと、指先が鍵のような形になっており、数秒経つと、指が元に戻る

 

「一丁上ガリ♪」

「よし、開けるぞ」

 

御堂の扉を開き、中にある秘宝に近づく二人組。括られた紐を解き、箱を開ける。目的の物である、“白い勾玉”。

秘宝を手にし、懐に収める。

 

「さて、とっととずらかるか」

「ホイホイ」

「待てっ!」

 

驚きながら、二人は一斉に振り向く。

そこには木刀を手に、白い服を身に付けた青年がいた。暗がりで、顔はよく見えない。

 

「お前ら、そこで何してるんだ!」

「ちっ……見つかったか」

「アリャリャ、気ヅカレチマッタネ〜」

 

一刀は警戒しながら、木刀を構える。対して、二人は焦りの様子を見せない。否、焦っていなかった。

 

「まあいい、ここで消してしまえばいいだけの事だ」

「ソユ事〜……ケケケ」

 

一人は、手首をゴキゴキと鳴らし、もう一人は、不気味に首を揺らしながら笑っている。

どちらも臨戦態勢に入っている。一刀は感じた事のない殺気に、動揺を隠せずにいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

用意された一室にて、寝間着で眠っていた馬超。

 

「う〜ん、おしっこ……」

 

夜中、尿意によって、目を覚ました。

厠へ用足しに行くため、廊下を早歩きで進む。

 

「う〜ん、早くしないと漏れちゃう……ん?」

 

馬超は、道中で気づき、庭の方を向く。

そこには、黒い外套に身を包んだ二人と、木刀を両手に構えている一刀がいた。

 

それを見た馬超は、咄嗟に叫んだ。

 

「敵襲だ〜〜っ!!」

「「「っ!?」」」

 

馬超の叫びは、屋敷全体に響いた。

 

「みんな起きろ〜!!敵襲敵襲敵襲だ〜!!」

「ば、馬超……?」

「まずい!退くぞ!」

「チョ、チョット待ッテヨ〜」

「お、おい!待て!」

 

馬超は大声で叫びながら、屋敷の中を走る。

二人組は、屋敷の塀目掛けて走り出した。直ぐ様、一刀も後を追いかける。

二人は、高さ三メートルはある塀を、いとも簡単に飛び越えた。

 

「なっ、何なんだあいつら……!?」

 

常人離れした身体能力を目の当たりする。一刀も負けじと、壁を使い、二段跳びで飛び越える。

二人組は、暗い森の中へと進んでいき、一刀もその後を追いかけていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「敵襲だ~~っ!!」

 

愛紗と瑠華は、馬超の大声に驚き、顔を見合せる。

 

「て、敵襲だと!?」

「……愛紗、僕行くよ」

「瑠華!」

 

愛紗は、瑠華を呼び止める。

 

「さっきの話は……」

「ああ、全部本当の事だよ」

「私は……一刀に、なんて事を……」

 

愛紗は、自分の言った事を激しく後悔する。

瑠華も彼女に悲しい表情をさせてしまった事を悔やむ。

しかし、彼女には知ってもらいたかった。一刀にも、彼女と同じ悲しみを背負ったのだと。

瑠華は、部屋を出る。

 

「……一刀っ!!」

 

我に帰った愛紗も、急いで部屋を飛び出した。

 




自分でも読み返して見て、なんか物足りないな……と思い、色々と付け足していきました。
う~ん、キャラの心情を書くのって、改めて難しい。

ってなわけで、次回もお楽しみに!


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~一刀、絶体絶命の危機に陥るのこと~

 

 

暗闇の中を、一刀は走っていた。息切れしながらも、目前の二人を必死に追跡していく。

 

「ちっ、しつこい奴だ」

「ドウスル?」

「……返り討ちにしてくれる」

 

すると、男は急停止し、走ってくる一刀に蹴りを繰り出す。

 

「うわっ!」

 

予想外の攻撃に、一刀は体を反らし、何とかかわす。そのまま、二人の間に挟まれた一刀。

 

「はあ……はあ……」

「っ!?お前は……」

「ンン?アッ、コイツ……!!」

 

満月の光によって、一刀の顔が照らされる。二人組は一刀を見た瞬間、驚いた素振りを見せる。

 

(な、なんだこれはっ!?)

 

不意に、二人組の氣が変わった。

 

それは身に染みてよく分かる――――“憎しみ”だ。

睨むだけで自分を殺す事が出来るのではないか?と錯覚する程の負の感情。それほどの強烈な殺意を、体で感じ取る一刀。

 

「……蟇蛾、追加だ。この男を――――“北郷 一刀”を始末する!!」

「何っ!?」

「うらああああっ!!!」

 

男は、またも一刀に蹴りを繰り出していく。それは、人体の急所に向かって攻撃され、一撃一撃が、鋭利な鎌の様に速い一撃だ。

一刀は、それを紙一重でかわす。男の蹴りは空を蹴り、鋭い音が鳴り止まない。体勢を立て直す為、後方に下がる一刀。荒くなっている呼吸を何とか整える。

 

「ぜぇ……はぁ……なんで、俺の名前を……」

「知っているのか、か?ふん……仕方のない事とはいえ、逆に何で“お前は俺達の事を知らない”んだ?」

「し、知るかよ!盗みを働く奴なんかの事なんかな!!」

「盗み?……ああ、これのことか」

 

男は懐から取り出した勾玉を、手でポンポンと弾ませる。

 

「これはお前らには必要のない物だ。必要のない物を盗んで何が悪い?」

「開き直ってんじゃねぇよ!大体、お前らはその勾玉をどうするつもりなんだ!」

「ふん、何も分からない奴に説明しても、分からないだけだ」

「それに、お前ら何で俺の事を――――」

「もう語る言葉はない……死ねっ!」

 

男は、鋭い蹴りを連続で繰り出す。まるで、ナイフで切りつけられている様な感覚に陥る。それほど、男の技術は磨き込まれていた。

 

「くっ、こんのおおおっ!!!」

「ちっ!」

 

隙を見つけた一刀は、木刀を降り下ろす。男は、舌打ちをするも、それを容易に防ぐ。片手で弾き、がら空きとなった顎に一発。

 

「ぐっ!」

「うらぁああ!!」

「がはっ!?」

 

胸に、拳と掌底を二発打ち込み、ふらついた所を、体を捻りながら、腹目掛けて回し蹴りを繰り出す。

 

一刀は後方に飛ばされ、地面の上を滑る。

 

「げほっ!がっ……!」

「おいおい、その程度か?」

「くっそぉ……!」

 

腕を組み、こちらを見下ろす男。顔は見えないが、蔑んだ表情を浮かべているのが分かる。

一刀は木刀を手に、再度、立ち向かう。

 

「なにっ!?」

「ソウハ、イカナイッテネ〜」

 

もう一人の男の顔から生えている――蛙の舌の様な――触手は、木刀を絡めとり、動きを止めていた。

 

「うらあっ!!」

「げはっ……!」

 

一刀の胴体目掛け、男は、強烈な一撃を食らせる。

見事に入り、メシメシと骨が軋む、或いは砕ける様な音が鳴る。一刀は後ろの木に叩きつけられ、食らった所を押さえる。

 

「あっ、ぅぐ……!」

「ふん、他愛もない」

「ケケケ、弱ェナァ、オイ?」

 

スタスタと歩み寄る男。もう一人も、おちょくる様に、挑発の言葉を並べていく。

 

「つ、強い……」

「いや、お前が弱いだけさ」

 

ふと呟かれた言葉を耳にし、男は言葉を投げ掛ける。

 

「“あっちでのお前”は、平凡で何の力もない人間だった。しかし、“ここのお前”にはないものを持っていた」

「俺に、ないもの……?」

「――――“覚悟”だよ」

 

男は一刀を見下ろし、言い放つ。

 

「この世界のお前には力がある。その癖に、信念が弱い。“あっち”では、大切な人を守るとかほざいていたが……お前はどうだ?」

「あ、当たり前だ……!俺は……みんなを、守るんだ……!」

「じゃあ“殺せる”か?人を」

 

――――寒気がした。

気がつけば、両手が震えている。体が勝手に動きだし、止まる気配がない。

その様子を見て、鼻で嘲笑う男達。

 

「とんだ腰抜けだな、お前」

「ソンナコトデ、出来ルノカ〜?」

「俺は……俺は……」

「死ネ……バァ!」

 

拡声器を通した様な声で叫び、もう一人の男が、蛙の様な舌を出す。それは、一刀に向かっていった。

 

「うわっ!」

 

一刀は何とかかわす。自分がいた木を見てみると、木は男の舌で貫かれていた。もしも避けていなかったら――――そう思うと背筋が凍りつく。

 

「考エテミレバ、ドウセ殺シチャウンダシ、顔見ラレテモ平気ダヨネ」

「なっ!?」

「フゥ〜、ヤァット不自由ナマントガ脱ゲルヨ」

 

男――――【蟇蛾(まが)】は、外套を脱ぎ捨てる。

その瞬間、一刀は目を疑った。

それは“人間”ではない。

 

全身が白色で、体をとぐろが巻いている様な、関節部分には蛇腹の模様が見える。両手足は水掻きがあり、髪は頭のてっぺんから下へと肩まで伸びており、顔を覆っている。

そして特徴的なのが、目である。

大きな単眼で、カメレオンの様な――中心から外へ波紋が広がっている――螺旋状の眼が、ギロリと色んな方向へ動いている。

 

まるで河童を思わせるかの様な不気味な容姿は、動きも相まって更に恐怖を増す。

 

「確かに、それもそうだな」

 

もう一人の男も、外套を脱ぎ捨てる。

こっちは、さっきの男とは正反対の、美少年だった。

亜麻色の髪で、野獣の様な切れ長の眼をぎらつかせる。道士の様な服に身を包むその男――――【左慈(さじ)】は、一刀を睨み付けた。

 

「この世界――――いや、ありとあらゆる世界で生きていくには、必ず力が必要だ。相手をねじ伏せる程の力が」

 

男の右手に、紫色の禍々しい氣が集まる。渦を巻く様に、ゆっくりと。

 

「お前は何だ?力がある癖に、何の覚悟もできちゃいない。貴様には、守るどころか……武器を持つ資格もないわっ!!」

「っ!!」

 

闇の氣を込めた拳で、正拳突きを繰り出す。一刀は木刀で防ごうとする。

しかし、男の拳は木刀にヒビを入れた。そして木刀全体に亀裂が走る。

 

「うらあっ!!」

「ぐああっ!!」

 

木刀が弾き飛ばされ、一刀はその一撃をもろに受けてしまう。

男は攻撃の手をやめず、そのまま顔を、腹を、何度も殴りつける。男の連続して繰り出される猛攻に一刀は成す術なく、前のめりに倒れる。

地面の上に倒れ、呼吸も荒くなっている。

 

「ふん……雑魚が」

 

唐突に、斬撃が繰り出された。男は、それを容易にかわす。まるで、来ることが分かっていたかの様に。

 

乱入した少年は、撃剣を片手に、一刀を守る様にして、立ち塞がる。

 

「お前は……」

「瑠、華……」

 

瑠華は撃剣を構え、相手を見据える。その瞳は、鋭く研ぎ澄まされており、憎悪に満ち溢れていた。

 

「アリャリャ?久シ振リダネ〜、坊ヤ」

「ふん……餓鬼が」

 

左慈は忌々しげに顔を歪め、蟇蛾は気さく――小馬鹿にする様に――に声をかける。

 

「瑠華、逃げろ……」

「お前ら……」

「だ、駄目だ……瑠華……!」

 

瞳が、紅くなった。

 

一刀の様子を見て、瑠華は更に怒りを募らせる。いつもの冷静さを失い、瑠華は力任せに撃剣を振るう。

左慈は、呆れた様な顔で避け、瑠華の両手を受け止める。

 

「くっ……!」

「馬鹿が……これだから餓鬼は嫌いなんだよ!」

「うわっ!」

 

腹に膝蹴りを入れ、裏拳で顔を殴る。

吐血し、瑠華の口から血が地面に飛び散る。そのまま、左慈は力任せに投げ飛ばし、瑠華は木に叩きつけられる。

 

「くっ……!」

「ふんっ!」

 

落ちた撃剣に、手を伸ばそうとした瞬間、左慈は踵落としで、瑠華の右腕を砕いた。

 

「ぁああああああああっ!!」

「瑠華ぁっ!」

 

嫌な音が鳴り、あまりの激痛に瑠華は右腕を押さえ、踞る。荒い呼吸を行い、何とか痛みに耐える。

 

「うぅ……ぐっ……!」

「オ~ヤ~ス~ミッ!ト」

「がっ……!」

 

後ろに回り込んだ蟇蛾は、両手を握り、振り上げて、瑠華の後頭部に降り下ろした。瑠華の意識が一瞬にして途絶え、前のめりに倒れる。

 

「くっ、瑠華……!」

「ほらどうした?守るんじゃなかったのか……ああ!?」

「ぐはっ!」

 

左慈は一刀を足蹴にし、蹴りを食らわせる。何度も何度も、蹴りを浴びせていく。

何も出来ず、ただただ耐えるしか出来ない。仲間が倒れているのに、助けに行くことができない。

 

悔しくて、悔しくて、堪らない。

 

「ア〜ア〜……左慈ノ奴、荒レテルネ〜」

 

蟇蛾は瑠華を蹴飛ばした後、瑠華の撃剣を手に取る。それを逆手に持ち、刃先を胸元に向ける。

左慈はボロボロになった一刀の胸ぐらを掴み上げ、後ろを振り返った。

 

「おい蟇蛾、何やってる?」

「ダッテサ、生カシトイタラ、後々面倒デショ?ダ〜カ〜ラ……ココデ始末シチマオウト思ッテサ」

「何、だと……!?」

 

消えかけていた意識が、一気に覚醒した。

 

「いいのか?計画にはそのガキも必要なんだろ?」

「イヤイヤ、必要ナノハ、コノ子ノ“中ニアルモノ”ダカラネ。殺シテカラ取リ出セバ無問題」

「ふざけんな……そんなこと、させるか……!」

「ギャハハハハ!ナニイッテンダヨ馬~~鹿ッ!コンナ“化物”ヲ助ケルナンテヨ~~」

 

腹を抱えて笑いこける蟇蛾。一刀は、その言葉が気になっていた。

 

「瑠華が、化物だと……出鱈目言うなっ!」

「いいや、事実だ。見た事くらいあるんじゃないのか?こいつの異変を」

「オヤオヤ~?コノ様子ダト、言ッテナイミタイダネ~?」

 

瑠華の顔を覗き、またも笑い出す蟇蛾。

 

そんな中、一刀は思い出した。

呉での出来事。朱里を庇った際に、瑠華が放ったとてつもない殺気。自分も思わず、木刀に手を添えてしまう程のものだった。

確かに、あれは“人間”が身に付けられるものではない。愛紗達、武人とは違う、異質な氣。

 

一刀は体の痛みに耐えながら睨むも、左慈は一蹴する。

 

「マッ、ソリャ言エル訳ナイヨナ~!ケヒャハハハハ!!」

「“アレ”は人間じゃない。分かるか?化け物なんだよ、“アレ”は!」

「…………」

「そうとも知らずにあんな“化け物”と過ごしていたとはな。哀れ……いや、滑稽だよ、お前は」

 

左慈は、鼻で嘲笑う。蟇蛾も手を叩きながら大声で笑っていた。

 

確かに、瑠華は他の人間とは違うのかもしれない。まだ、何も聞いてはいないが、隠している事もあるのだろう。

 

「――――それがどうした」

 

左慈は、顔を歪ませる。胸ぐらを掴んでいる手を見れば、一刀が力強く左慈の手首を握りしめていた。圧迫され、徐々に手が痺れている。

 

「な、何……!?」

「瑠華は、仲間だ……俺の大切な、仲間だっ! 」

「馬鹿が!化け物にそんな事が分かるものか」

「分かるさ!あいつは……化け物なんかじゃねぇ!瑠華は瑠華だ!」

(こ、こいつ!どこからこんな力が……!?)

 

大切な仲間との絆を馬鹿にされ、一刀は怒りに燃えていた。左慈は抗い、更に力を込めるが、徐々に力が弱まる。

 

無理矢理手を離させ、逆手に持っていた木刀の柄尻を、左慈の懐に叩き込んだ。

 

「ごふっ!?」

 

予想だにしない攻撃に、思わず後退する左慈。一刀は休む間もなく、蟇蛾に迫る。

 

「はあっ!」

「ウオワッ!?」

 

横に一閃。しかし、蟇蛾は間一髪で避け、左慈の元に戻る。

木刀を構えるも、すぐに膝をついてしまう。満身創痍、最早戦える状態ではなかった。

 

「一刀っ!」

「あ、愛紗……!?」

 

そこへ、愛紗が偃月刀を手に駆けつけた。長い黒髪を靡かせ、相手を睨み付ける。

 

「一刀、今行く!」

「止せ、愛紗……!」

「次から次へと、鬱陶しい」

「ウッヒョ〜♪カワイコチャン、見~~ッケェ!」

 

蟇蛾の大きな単眼が位置する箇所のすぐ下――恐らく口元――、中心から、外側へ一本の筋が入る。液体の糸を引きながら、上下にパカッと開き、そこから粘り気のある舌が突出する。

口から飛び出した舌は、蛇の様にうねりながら、愛紗に向かっていく。

 

「くっ!」

「ソォレッ!」

 

咄嗟に防ぐ愛紗。しかし、舌は急に方向転換。彼女の足元に絡み付いた。不意を突かれ、地面に尻餅を尻餅をついてしまう。

 

「ぐっ!」

「ゲッヒャヒャ!」

「しまった!」

 

またも偃月刀で防ごうとするが、間に合わない。もう駄目だ、と眼を瞑る。

 

 

 

 

 

――――ザクッ!と、“彼”の胴体が貫かれた。

 

「――――えっ?」

 

愛紗はゆっくりと眼を開ける。

視界に写ったのは、宙を舞う鮮血。その雫が、白い頬に付いた、

 

次に、自分にのし掛かる体。恐る恐る見てみると、一刀がいた。

 

しかし、身に付けている白い制服が、赤く滲んでいる。体を貫いていた触手が抜け、更に出血。血がどんどん流れ出ている。

 

一刀が、身を挺して、自分を守ってくれたのだ。

 

「ああ……か……ず……一刀……!」

「愛紗……無事、か……?」

「どう、して……」

「怪我は、ない、な……よかっ、た………」

「一刀っ!!」

 

倒れる一刀を抱き止める愛紗。血は更に溢れ出ており、白い生地を更に紅く染めていく。

愛紗は必死に押さえるが、血は止まらない。華奢な手が、血で汚れている。

唇は震え、瞳孔が開き、表情が凍りついている。血で汚れている掌を目の当たりにし、“あの悪夢”が脳裏を過る。

 

「そんな……嫌だ……いや……いやぁ……!」

 

もう失いたくない。もう、これ以上は、何も。

 

「チクショウ、邪魔シヤガッテ」

「くっ、おのれ〜……!」

 

左慈と蟇蛾は、一刀を睨む。

 

すると、森の奥が段々明るくなってきた。人の声なども聞こえてくる。どうやら、救援が来た様だ。

 

「ちっ、追手が来やがった!」

「コイツハ〜マズイネ――――ン?」

 

蟇蛾は、地面に横たわる一刀の木刀に目をやった。

 

「まあいい、目的は達成した。ずらかるぞ」

「……ン~?」

「おい!行くぞ蟇蛾!」

「イタッ!モウ、分カッタヨ〜……」

 

急かすように、左慈は蟇蛾の頭を叩く。やれやれ、と言った風に、ついていく蟇蛾。

二人は一斉に飛び上がり、闇へと消えていった。

 

「一刀……私のせいで……!」

 

愛紗の瞳は潤んでおり、彼女の服と綺麗な手は、一刀の血で紅く濡れている。

それでも、彼女は必死に呼び掛ける。

しかし、それでも一刀は眼を覚まさない。それどころか、呼吸も絶え絶えになっていき、段々と体が冷たくなっていく。瞳孔も、定まっていない。

 

――――息が、止まった。

 

「一刀ぉぉおおおお!!!」

 

愛紗の悲痛な叫びが、木霊した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

左慈は握りしめられた手首を押さえながら、顔を歪ませる。ズキズキと、今も尚、痛みが治まらない。

 

「くそっ、北郷一刀めっ!」

「アノサ〜、左慈」

「うるさい!今は話しかけるな!」

「イヤ、ドウシテモ言イタイ事ガ……」

「黙ってろ!!」

「ヘイ〜……」

 

左慈の気迫に押され、蟇蛾は押し黙る。

 

(くそっ!くそっ!くそっ!北郷一刀!貴様は必ず、この俺が殺す!!)

 

一刀に一撃を食らったのが、それほど悔しかったのか。左慈は決意を固め、憎悪を膨らませる。

 

(コワ〜、左慈コワ〜……)

 

後方で恐れを抱きつつも、蟇蛾は“あること”が気になっていた。

 

一刀の木刀だ。

 

左慈の正拳突きによって、ひび割れた箇所が、微かに光ったのだ。

 

(アノ木刀、一体何ナンダ?)

 

それについて、頭を動かしていた。

使い物にならない位にボロボロになった木刀が、一瞬だけ光った。

 

――――まるで、“刀が放つ光沢に似ていた。

 




書き加えていたら、あまりにも長かったので、区切る事にしました。
色々と変更点があり、戸惑うかもしれません。前と見比べてみて、どうですかね?一章の頃は、未熟な部分が大幅に出ていたので、改めて見るとすっごい駄文で恥ずかしい……!
夏バテでくたばっていましたが、頑張りたいと思います。皆さんも、体調管理にはお気をつけて。

それでは!


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~関羽、仲間を想うのこと~

――――昨夜、謎の二人組による襲撃で、村の秘宝は奪われ、一刀と瑠華は重傷負った。

瑠華は右腕を折られたものの、翌日意識を取り戻した。しかし、問題は一刀の方である。

 

戦いでの傷に加え、胴体を貫かれるという重傷のせいで大量出血、正に瀕死の状態であった。

村の医師達による懸命の治療で、なんとか一命を取り留めたが、朝になった今でも意識が未だに戻らない。

 

それでも無事だということが分かり、一刀の仲間達はそれぞれ安堵の息を吐く。

 

用意された一室で、体を包帯で巻かれた一刀は、寝台で横になっている。瞼は閉じられ、寝息は正常に行われている。

 

彼の横では、愛紗が椅子に座り、看病をしている。

視界に写っているのは、傷つき、眠りについた想い人の姿。綺麗な瞳は、次第に潤んでいく。

 

「すまない一刀……すまない……!」

 

膝に置かれた手はふるふると震え、その手に一つ、また一つと雫が滴り落ちる。

 

「愛紗」

「……瑠華、か」

 

後ろを振り向くと、瑠華が扉を背に立っていた。その右腕は、数本の棒などでしっかりと固定されており、首元に布が掛けられていた。

 

「大丈夫……?」

「……まあな」

「ちょっと、休んだら?」

「……そう、しようかな」

 

聞こえるかどうか分からない、か細い声で、愛紗は呟いた。弱々しく立ち上がり、部屋を出ようとする。

すれ違い様、瑠華に呼び止められ、振り向く。

 

「愛紗で……自分を責めないでね。一刀の事は、愛紗のせいじゃないよ」

「瑠華……」

「その……愛紗まで傷つくのは、僕……嫌だから」

「……ありがとう」

 

自分より小さい男の子に励まされるとは。お礼の言葉と共に、俯いている瑠璃色の頭を撫でる。これ以上の心配はかけさせまいと、愛紗は今の感情を心の奥に押し込め、涙を拭った。

 

 

今回の事もあり、孔明の提案によって、新たに四ヶ所、高台を設置することになった。

【備えあれば憂いなし】というもの。

堀を掘って敵が攻めてきても籠城戦に持ち込める様にするなど、孔明の指揮の元、作業が行われた。

 

劉備も、孔明と共に指示をする。

 

そんな中、鈴々は木材に腰掛け、頬杖をつき、何やら劉備の方を仏頂面で見ていた。

横にいた馬超が、その様子に気づく。

 

「後もう少しで完成って所だな」

「…………」

「ん?どうした張飛」

「……気に入んないのだ」

「気に入らないって、孔明がか?」

「そうじゃなくて、“あいつ”の方なのだ」

「あいつって、劉備殿の事か?」

 

鈴々の不機嫌丸出しの視線につられ、馬超も劉備の方を向く。

 

「お兄ちゃんと瑠華があんな目にあってるのに、お宝の心配をしてたのだ」

「いや、でも二人の事も気にかけてはいるんじゃないか?」

「ずっと思ってたけど、あいつ戦いの時はいっつも後ろの方にいて全然前に出てこないのだ。大将のくせにとんだ臆病者なのだ」

「戦は大将がやられちまったらそれまでだからな。そういう戦い方もあるさ。ま、そういうのあたしはあんまり好きじゃないけど」

「それに、賊のアジトから取り返したお宝、全部ここの蔵にしまって独り占めしてるのだ」

「独り占めって……それは軍資金にする為で、別に自分のものにしてるって訳じゃないだろ?」

 

口々に紡がれる、劉備に対しての不満、愚痴。馬超が何となしに言うと、鈴々は俯いた。

 

「馬超は……お兄ちゃんが心配じゃないのか?」

「えっ……いや、そんなこと――――」

「もういいのだ!」

「お、おい!張飛!」

 

業を煮やしたのか。鈴々は木材から立ち上がり、屋敷へ去っていった。

その後ろ姿を眺めていた馬超。上げていた手を降ろした途端、視線が地面に向けられる。

 

「……心配に、決まってるだろ」

 

そのまま壁にもたれかかり、空を見上げる馬超。その表情は暗く、その姿は儚げに見える。

 

「一刀、大丈夫かな……」

 

その小さな呟きは、風と共に消え去った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

それから日が暫く経ち、村の守りを強化し終えた頃。劉備が愛紗達武将を客間に集めた。

 

「官軍からの参陣要請?」

「ああ!何でも州境で、良民がかなりの大規模な反乱を起こしたらしい」

 

その報告に、愛紗は顔を暗くする。

 

「討伐隊を差し向けたが、一向に乱を静めること叶わず。結局、大将軍何進自ら軍を率いて出向く事になったのだが、我らの活躍がその耳に届いたらしく、朝廷に尽くさんとする志有らば、我が陣に参ぜよ――――と」

 

漢王朝からの要請。無論、ここ桃花村だけでなく、各地の名だたる者達が、我こそはと動くだろう。成り上がりものとはいえ、大将軍何進の命令であれば尚更である。

 

「こうなったら大暴れして、腑抜けた官軍共の目を覚まさせてやろうぜ!」

「お目目パッチリなのだ!」

「孔明殿はどう思う?」

「そうですね……」

 

愛紗が孔明に聞くと、彼女は腕を組み、口元に手を当てる。

 

「聞く所によると、各地で反乱が続出して官軍は猫の手も借りたい状態とか。大将軍自らの出陣と言っても、実のところ然程の兵力ではないのかと」

「成程、それで我等に声をかけてきたというわけか」

 

孔明の正確な考えに、愛紗は頷く。

 

「理由はどうあれ、これはまたとない機会だ!ここで華々しい手柄を立てれば、我らの名は更に高まるだろう!そうすれば義勇軍に参ずる者も増え、我が軍はより強く!より大きくなれるのだ!」

 

急に声を張り上げる劉備。目を丸くする他の一同の反応に気づき、落ち着きを取り戻す。

 

「そして、それがより多くの人を救うことになる」

「劉備殿……」

「関羽殿。北郷殿の事が心配なのはよく分かる。私も同じ気持ちだ。しかし、今は来る戦に備えなければならない!分かってくれますね?」

「……はい」

 

優しく問いかける劉備。なんとか返事を返す愛紗。弱々しく、どこか無理をしている様にも見える。

 

「よし!それでは、出発は明朝!皆、早速準備にかかってくれ!」

 

劉備は号令をかけ、明日の準備に取りかかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

数日経った今でも、一刀は目覚めない。安静にするようにと、瑠華は一刀の横の寝台に腰掛け、窓から月を見ていた。

 

「はぁ……弱ったな」

 

瑠華はため息をつき、頭の後ろに左手を置いて、寝転んでいる。呆けた様に、ただ天井を見ているだけ。

 

「ていうか…………何で鈴々がここにいるの?」

「ぐかぁ〜〜……」

 

横目で見ると、もう一つの寝台で鈴々が寝ていた。寝相が悪すぎて、服が乱れており、臍はもちろんの事、“未発達の部分”が見え隠れしている。

窓の方へと顔を反らし、やれやれと瑠華は寝返りをうつ。

 

「寝よ……」

「う〜ん……」

「ん?」

「お兄……ちゃん……」

 

大切な兄の事が、余程心配なのだろう。目尻には、月に反射して光るものが、うっすらと浮かんでいた。

 

「…………」

 

瑠華も、眠りに落ちた。

 

大事な仲間の身を案じながら。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして、出発の日。

屋敷の廊下、愛紗は偃月刀を肩に担ぎ、馬超も銀閃を携え、歩いている。

二人の後方で、鈴々が蛇矛を担いでついてきている。

しかし、様子が明らかに“おかしかった”。顔は紅潮しており、鼻水を垂らし、おまけに咳き込んでいる。

孔明が慌てた様子でやって来た。

 

「鈴々ちゃん!風邪引いてるんですからちゃんと寝てなきゃ駄目ですよ!」

「鈴々は風邪なんで引いでないのだ!」

「熱があって咳が出て鼻水垂らしてるんですから風邪に決まってるじゃないですか!」

 

全くもって、その通りである。

 

「熱があって咳が出て鼻水垂らしででも!何とかは風邪引かないって言うからこれは風邪じゃないのだ!」

「何言ってるんですか!馬鹿は風邪引かないなんて迷信です!馬鹿だって風邪引く時は引くんですから、鈴々ちゃんは風邪引いてます!」

 

鈴々の前に出て、孔明は大声で注意する。気のせいだろうか、遠回しに悪口を言っている様に聞こえるのは。

 

「鈴々はずっと愛紗と旅して、ずっと戦ってきたのだ!なのに愛紗が出陣して鈴々だけおいてかれるなんて絶対嫌なのだ!」

「鈴々。お主の気持ちも分かるが、そんな体で出陣する訳にはいかぬだろう?」

「そうだぞ。かえってみんなの足を引っ張って――――」

「行くったら行くのだ!絶対愛紗と一緒に出陣するのだ〜〜!」

 

子供の様に、大声で駄々をこね始める鈴々。

 

「――――張翼徳」

 

愛紗に、真名じゃない姓と名で呼ばれ、鈴々は押し黙る。

 

「お主に任務を与える。我等が出陣している間、ここに残り、村を守ってくれ」

 

凛とした面持ちで、愛紗は妹に命じた。

 

「私も残ります。戦が長引いたら、兵糧を準備しつつ、鈴々ちゃんと一緒に村の守備につきます」

「孔明……」

「うむ。劉備殿には、私から伝えておく」

「村を守るなんて、張飛には荷が重いんじゃ――――」

「馬超は黙ってるのだ!」

 

馬超が焦らす様に言うと、鈴々が大声で牽制する。

 

「どうだ?留守を頼めるか?」

「……分かったのだ。愛紗がそう言うなら、鈴々は残って村を守るのだ」

「よし、それでこそ我が妹だ!村は任せたぞ!」

「合点なのだ!」

 

元気よく答えると、愛紗が耳元に顔を近づけ、

 

「――――早く元気になれ」

「っ!うん! 」

 

嬉しさのあまり、鈴々は頭から湯気を出しながら倒れ、他の三人は一斉に慌て出す。

 

 

 

そして村を出発し、馬で移動しながら、愛紗は劉備に事情を説明する。

 

「仕方がないですね。張飛殿と孔明殿抜きで戦いましょう」

「申し訳ない……」

 

劉備は“愛紗の前”では笑顔で答えている。

しかし――――前を向いた瞬間、彼女の見えない所で、面倒そうに顔をしかめていた。

 

「…………」

「どうした、関羽?」

「いや、何でもない……」

 

残された仲間が心配なのか、遠ざかっていく村を名残惜しそうに見つめ、すぐに前を向いた。

 

「――――ん?遠征か?」

 

野道を進軍する劉備軍。道の端にある草むらの陰で、“一人の男”が監視している事に、誰も気づくことはなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

漢王朝の何進が指揮する討伐隊の陣営に着いた。天幕の中には、各地に存在する軍人達がいた。魏の王、曹操も例外ではない。

そして、大将軍何進は、玉座に腰かけている。

 

「皆、集まった様じゃな。では、これより軍議を始める。曹操」

「はっ!」

 

何進に呼ばれ、曹操は起立する。

 

「反乱軍の蔓延る山は、正に天然の要害。正面から力押しに攻めても、徒に犠牲を増やすばかり。先ずは山を囲んで両道を断ち、兵糧攻めにするのが良策かと」

 

そもそも、此度の反乱は領主の苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)――情け容赦なく税金を取り立てる事――が原因だとか。

兵糧攻めで相手の士気が挫けた所で、これまでの施策の誤りを認め、降伏した者は罪一等を減じると告げれば、大半は山を下る筈――――という作戦を、曹操は一言一句、何進に告げる。

 

「うまくいけば、戦わずして乱を収めることも可能かと」

「手緩いな」

「……手緩い、とは?」

 

自身の考えを否定され、曹操は何進に問う。

 

「朝廷に楯突いた賊共の罪を許すなど、手緩いにも程がある!それにこれ以上時を掛けては朝廷の威信に関わる。悠長に兵糧攻めなどせず、一気に攻め潰せ!」

「しかし、正面からの攻撃はあまりにも無謀!」

「賊軍など、所詮は烏合の衆。首謀者さえ、討ち果たせば後は何とでもなろう」

 

曹操の言葉には耳も貸さず、何進は他の者達に声をかける。

 

「どうじゃ?誰ぞ、明日の先陣を務め、敵将の首をあげてこようというものはおらぬか?」

 

先程の曹操の話を聞いた後では、誰も手を上げようとは思わない。ただ徒に貴重な兵力を失うだけだ。

その無茶苦茶な要求に、誰も答える者はおらず、全員が下を向くだけであった。

 

「功名を立てる、またとない機会じゃぞ?」

「閣下!恐れながらその役目。この劉備めにお命じ下さい」

 

何進の言葉に反応し、劉備が名乗り出た。

 

「お主は確か、義勇軍の……」

「この劉玄徳!身も心も朝廷に捧げる所存!その朝廷に弓引く敵が例え何万あろうとも、決して恐れる者ではありません」

 

何進に近づきながら、演説風に忠義を露にする劉備。そんな彼を、曹操は忌々しげに見ていた。

 

「よくぞ申した!明日の先陣、貴様に申し付ける」

「はっ!閣下の御期待に応え、必ずや賊将の首!あげてごらんにいれましょう」

「うむ」

 

何進は劉備の整った顔を一目見ると、頬を仄かに赤く染める。

 

「見事、敵将の首を捕った暁には、貴様を官軍の将に取り立て、妾の側近の一人としよう」

「おお……!」

「期待しておるぞ?」

「ははっ!」

 

大将軍から、相応の報酬を約束され、多大な期待を背負う劉備。

 

 

 

軍議を終え、他の諸侯は明日の準備に取り掛かっている。その中、愛紗は一人、湖の畔で、夜空に浮かぶ三日月を見ていた。

 

「兄者、漸く道が見えてきました。どうか、私をお守り下さい」

 

愛紗は三日月を兄と重ね、そう告げる。

 

――――“あの出来事”を思い出す。

 

“大切な人”が傷ついた瞬間を。

俯き、表情が曇り始める。例え、心中に押し込めようとしても、頭から離れない。

何故あんな事を言ってしまったのだろうか。今も、罪悪感でいっぱいになる。

 

「関羽殿、そろそろ明日の作戦会議を――――どうしました?」

「いや、別に……」

 

そこへ、劉備がやって来た。

尋ねると、愛紗は何でもない、と答える。すると、愛紗の前に立ち、覆う様に木に手をつく。

思わず驚き、愛紗は顔を上げる。

 

「関羽殿。北郷殿の事、実に残念だと思っている。しかし、あなたが暗い表情を浮かべていては、兵の士気に影響が出てしまいます」

「劉備殿……」

「無論、私にも」

 

劉備は、愛紗の右肩に手を置く。外気に晒されている肌に触れられ、ビクッと震える。

 

「あなたに、哀しみの色は似合わない。仲間――――いや、“生涯を共に歩む存在”として、私だけに笑顔を見せてくれないでしょうか?」

「りゅ、劉備、殿……?」

「私には、貴女だけが頼りです。ずっと、側にいてくれますね?」

 

じっと見つめ続ける劉備。言葉の意味を察し、愛紗は咄嗟に目を反らす。

 

「いや、それは……」

「契りの証を」

「ぁ……あの、お止め下さい……」

「さあ……」

 

顔を近づけ、距離がどんどん縮まっていく。頬に手を添えられ、正面に向けられた。顔は紅潮し、動揺している為か、力が入らない。そうこうしている内に、相手の顔が目前にまで接近。

 

唇と唇が、重なり合う――――直前、脳裏に“彼の笑顔”が過った。

 

「嫌っ!」

「うおっ!?」

 

ぎゅっと目を瞑り、愛紗は劉備を突き飛ばした。勢い良く後退し、劉備は尻餅をつく。

 

「も、申し訳ありません!」

 

咄嗟に頭を下げ、その場から逃げる様に走り去っていった。呆然とする、劉備を置いていきながら。

 

 

暫く走ると、森を抜けた。野道に出て、荒れている呼吸を整える愛紗。鍛練の時よりも疲れており、両膝に手を置く。

 

「はあ……はあ……」

 

端的に言うと、嫌だった。

 

大切な、初めての――――。

 

捧げるなら、“あの人”に……。

 

「一刀……」

 

憂鬱な面持ちで、愛紗は夜空を見上げる。

 

蒼い月明かりが、彼女を寂しく、照らしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

その頃、桃花村。

体調を崩した鈴々は、寝間着で寝台に横になっている。

 

「さあ、これを飲んでください」

「孔明、これ何なのだ?」

 

孔明お手製の漢方薬。濁った色で、茶瓶に入れて、鈴々に手渡す。

 

「三日草を煎じた物で、熱を下げるのにとても効き目があるんですよ」

「なんか、変な臭いがするのだ……」

「馬超さんの生気を吸い取ったものですから、有り難く飲まないと罰が当たりますよ」

「“良薬口に苦し”って言うしね」

 

孔明の横にいる瑠華も、鈴々にそう答える。彼も丁度、包帯を変え替えた所だ。

渋々、鈴々はそれを一気に飲み干した。

 

「ぷはぁ!まっず~い!もう一杯!」

「はい♪」

(この調子だと、明日には治ってるかもね)

 

不意に、彼の髪を夜風がなびいた。

すると、瑠華は窓に駆け寄り、月を見つめる。

 

(何だろう?この感じ……)

 

嫌な予感がする。

 

そして、その予感は的中するのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

暗闇に満ちた谷底、そこには、大勢の賊が群がっていた。火を焚き、酒を呑んでいる。

 

「お頭方!念の為、もう一度様子を見てきやしたが、義勇軍の奴等、本当に出払ってる様ですぜ!」

「残ってるのは見張りの兵と村人だけっす」

「……そうか」

 

斥候から戻ってきたチビとデブは、三人の賊の頭に報告をする。

その三人は杯を手に、ニヤリと笑う。

 

「へへっ、やっと好機が来たようだな」

「根気よく見張ってた甲斐があったぜ」

「ああ、今夜こそあの時の恨み。晴らしてやるぜ」

 

ここにいる賊は全員、義勇軍の手によって征伐された者ばかり。その賊達が結託し、義勇軍に復讐する機会を伺っていたのだ。

 

「戻ってきたら砦が奪われてるのは、今度はあいつらの番って訳だ」

 

桃花村に、賊の魔の手が忍び寄る。

 



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~関羽、志を貫くのこと~

 

明日の先陣を務める事となった義勇軍。天幕にて、戦の作戦会議を行っていた。

因みに、あの後、愛紗は劉備に深く頭を下げ、謝罪した。劉備は戸惑いながらも、彼女を許したのだった。

 

「先ず関羽殿には、張飛殿の隊を率いてもらう」

「……はい」

「関羽、大丈夫か?」

「あ、ああ…何でもない」

 

馬超が心配そうに聞くと、愛紗は弱々しく返事をする。自分に言い聞かせるも、心のどこかで引き摺ってしまう。

 

そこへ、一人の義勇兵が入ってきた。

 

「劉備殿!」

「何事だ?」

「村が……桃花村が、賊の大群に襲われました!」

「「えっ!?」」

「……なんだと?」

 

突然の報告に、愛紗と馬超は声を上げる。

 

「たった今、着いた村からの伝令によりますと、相手はかなりの数。恐らくは、これまで退治した賊の残党共が協力して、一気に襲ってきたのではないかと」

 

この世は因果応報。

人が行った事は、例え善かろうと、悪しかろうと、必ず報いとして返ってくるものだ。

 

「くそっ……!で?」

 

劉備は密かに舌打ちをし、面倒そうに顔をしかめる。

 

「孔明殿が指揮をとって、庄屋の屋敷に村人を連れ、防戦に務めていますが、“いつまで持つか分からない。増援を乞う”と……」

「何てこった!」

「劉備殿!」

 

馬超は机を叩き、愛紗は劉備に呼び掛ける。しかし、劉備は動く気配を見せない。

 

「何をしているのです!直ぐに村へ――――」

「いや、村には戻らない」

「なっ!?」

 

劉備の発言に、驚きの声を漏らす馬超。

 

「何を言ってるんです!早くしないと、こうやっている間にも村が!」

「大丈夫。(ほり)(やぐら)で守備は完璧の筈。きっと孔明殿が――――」

「伝令!」

 

そこへ、また一人の兵士がやって来た。

今度は、全身が泥と傷だらけで、肩には矢が刺さっている。

 

「賊群は村の外堀を突破!至急救援を……」

「しっかりしろ!すぐに手当てを!」

 

疲弊した伝令兵は力尽き、その場に倒れた。もう一人の兵士が治療するために別の天幕へと連れていく。

劉備は眉に皺を寄せ、顔を歪ませる。

愛紗は目を見開き、動揺を隠せない。

 

村には、大切な仲間もいる。

 

公明、瑠華、鈴々――――そして、一刀。

 

心と顔を引き締め、劉備の前に出る。

 

「劉備殿!お願いです!すぐに村に援軍を!」

「だが、我等は明日の先陣を承っている……!」

「ですが!」

「明日の戦で功を立てれば、官軍の将になれるんだぞ!?それも今をときめく大将軍!何進様の側近に!」

「っ!」

 

この男、それが目的なのであろう。村ではなく、自分の利益の為に。

本心が垣間見えるも、愛紗は下がらない。

 

「しかし、今は村を救う事の方が大事では!」

「確かに拠点を失うのは辛い!蔵に溜め込んだ軍資金を賊共に奪われるのも癪だ」

「私が言いたいのは、そんな事ではない!我々が村を見捨てたら、村人がどうなるかを考えて下さい!」

「関羽殿。そなたの気持ちもよく分かる。だが世の乱れを正し、多くの民を救うには、より大きな力を手にすることが必要なのだ」

 

そんな事を言っておきながら、この男。結局は村を見捨てるつもりなのだ。そういう魂胆が目に見えて分かる。

 

「大義の為、私の為に、尽くしてもらえぬか?」

 

劉備は愛紗に近寄る。

 

対して愛紗は、手に力を入れ、握り締める。

 

「私の事だけを考えて、村の事はやむを得ない事と――――」

 

バチィィン!!と、皮膚を叩く音が天幕に響く。

 

「ぐあっ!」

 

劉備の頬目掛けて、平手打ちを食らわしたのだ。倒れる劉備に対し、怒りに満ちた表情で睨む愛紗。

 

「ひゅ〜、お見事」

 

馬超もすっきりしたらしい。愛紗は、そのまま天幕を出ようとする。

 

「ま、待て!いくらお主が豪の者でも、一人では死にに行くようなものだぞ!それよりも大義のために!」

 

赤く腫れている頬を押さえている劉備。愛紗を必死に呼び止めようとする。

 

すると、愛紗は天幕の出口で立ち止まった。

 

「あなたの大義が何かは知らぬが、私には私の志がある」

 

――――私の志は、真に愛するに至る者を守り抜く事だ!

 

劉備を睥睨し、自身の“決意”を言い放つと、走って出ていった。

 

「ま、待ってくれ……」

「あたしも抜けるぜ〜」

「ぁぁ……」

 

馬超も天幕から出ていき、一人取り残された劉備は、その場に項垂れる。

 

武将が二人も抜けてしまったのだ。討伐は、壊滅的だろう。

 

愛紗は馬に跨がり、偃月刀を片手に村へと向かう。

 

(一刀!鈴々!瑠華!孔明殿!無事でいてくれ!)

 

そう願い、愛紗は馬を走らせる。

 

 

 

別の天幕にて、曹操は玉座に腰掛け、茶をやけ飲みしていた。

あまりにも無謀な策に身を投じようとする劉備。あの男の下に愛紗がいるという事が、実に気に食わなかった。

 

「全く!何なのかしらあの劉備って奴!関羽程の豪の者が、あの様な男を主に選ぶなんて……」

 

苛立ち、更に茶を飲み干す曹操。嫉妬にも近い感情が、表情に出ていた。

 

「こんな時間に何の用だ?」

「……曹操に会わせてくれ」

 

何やら、外が騒がしい。

怪訝に思っていると、突如、天幕に来訪者が現れる。

 

「お、おい!よさんか!」

「曹操!話がある!聞いてくれ!」

 

夏候惇が羽交い締めで食い止めようとするも、馬超は強引に押し通る。

突然の来訪にも関わらず、曹操は夏候惇を下がらせ、馬超の話を聞く事にした。

 

「……成程。それで、私にどうしろと言うの?」

「関羽は頭に血が上って、一人で飛び出しちまった……。たった一人じゃ殺されに行くようなもんだ!だから、あたしに兵を貸してくれ!」

「嫌よ」

 

馬超の頼みを受け入れる事なく、曹操は躊躇なく突き放した。

 

「愚かな主を選んだ報いよ。助ける義理はないわ」

「この通りだ!」

 

勘違いだったとはいえ、かつては父の仇と命を狙った身。頼みを聞いてもらえないのも無理はない。

だからこそ、馬超は頭を下げ、土下座で示した。

 

「だから、頼む……!」

「馬超……何の為に、そうまでする?」

「友の為だ!」

 

顔を上げた馬超の額に、地面の土がこびりついている。それは、友に対する思い。そして、己の覚悟を表していた。

 

「……下らないわね」

「華琳様!」

「春蘭。今から手勢を率いて“偵察”に行きなさい」

「偵察……?」

 

部下に、そう指示する曹操。

すると夏候惇は、その真意を察し、笑みを浮かべる。

 

「偵察中に“賊と遭遇した場合”は、如何致しましょうか?」

「それは自分で判断なさい!いちいち私に聞かないで……」

「分かりました」

「曹操……」

「何ぐずぐずしてるの!早く出発なさい」

「はっ!直ちに!」

 

曹操は恥ずかしそうにそっぽを向き、早くするように促す。

馬超は感謝の意を込め、礼を述べた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――桃花村は今、危機に陥っていた。

突如として出現した賊の大群に襲撃されたのだ。瞬時に行動を開始し、村人は屋敷へと避難する。

 

「これで全員ですね!?守りを固めて籠城します!」

 

孔明が指揮を執り、瑠華も村民の避難誘導に参加する。

 

「負傷者の救護を最優先に!後、西のやぐらに増援を!」

「私が行きます!」

 

孔明の指示に従い、それぞれ動き出す少数の兵士達。村人の中にいた“紫色の長髪の女性”が、弓を手にやぐらへと向かった。

 

「くそっ……!」

 

避難誘導を終え、瑠華は一人、門の向こうを睨む。

外では、賊が数人がかりで丸太を持ち、門にぶつけて破ろうとしている。

 

(このままじゃ、村の人達が……!)

 

振り返った先には、体を寄せ合い、怯えている村人達がいる。守る兵士がいるとしても、それはごく少数。賊の大群に囲まれればひとたまりもない。

そうなれば、村は壊滅。村人達がどうなるか。

 

――――もう、失いたくない。

 

瑠華は一瞬俯くと、顔を引き締め、門の方へと向かう。

 

「瑠華君!一体どこへ!?」

「決まってるよ!僕も戦う!」

「その体でどうやって戦うんですか!?」

 

孔明の言う通り、今の瑠華は右腕にギプスをはめている状態。戦う所か、剣を持つのも無理であろう。

 

「大丈夫、僕は戦えるよ!もしもの時は――――」

「“もしもの時は”――――何ですか?」

「ぁ……いや、それは……」

 

言葉が詰まる。

ばつが悪そうに目を反らすと、孔明は問い続ける。

 

「もしかして、江東の“あの姿”が関係しているんですか?」

「……やっぱり、見られてたか」

「そう、なんですね……」

 

孔明は、あの時に見ていた事を告白。

図星だったらしく、瑠華は自嘲気味に笑う。

 

「僕は……普通の人じゃないんだ」

「…………」

「でも、“あの力”を使えば、賊を倒すことができる!村の人達を守ることが出来るんだ!」

「……瑠華君は、どうなるんですか?」

「僕はどうなっても構わない!みんなを守れるのなら、僕は――――」

 

意を決し、門に向かおうとする――――急に、引き留められた。

振り向くと、孔明が俯きながら、瑠華の服の裾をぎゅっと握っていた。離すまいと、目一杯握りしめている。

 

「こ、孔明?何してるの?早く離してよ」

「……嫌です」

「そ、そんな事を言ってる場合じゃ――――」

「嫌なんです!瑠華君が瑠華君じゃなくなるなんて!絶対に嫌なんです!」

 

孔明の瞳には溢れんばかりの涙が出ており、頬を濡らしている。孔明の悲痛の叫びに、瑠華は押し黙ってしまう。

 

「私の我儘なのは、分かっています……でも、瑠華君を失いたくないんです」

「…………」

「お願いだから……行かないで……」

「朱里……」

 

瑠華に抱きつき、額を瑠華の肩につける。いつの間にか、瑠華は彼女の事を真名で呼んでいた。

今まで呼ばなかったのは、鈴々の事があったからである。

――――呼ぶんだったら、鈴々と一緒に。

瑠華なりの、配慮のつもりらしい。

するとそこへ、赤毛の少女が蛇矛を担ぎ、此方へ歩いてくる。

 

「り、鈴々!どうして!?」

「こんな時に、鈴々だけ寝てる訳にはいかないのだ……」

「でも!」

「愛紗は、鈴々に留守を頼むと行ったのだ。だから、絶対村を守るのだ。そして、村の子達と一緒にお花見するのだ」

「鈴々……」

 

村の子供達との約束。その時の事を思い出し、動きを止める瑠華。引き留めようと、肩に乗せられた瑠華の手を掴み、離させる鈴々。

 

「鈴々ちゃん……」

「――――“朱里”!瑠華とお兄ちゃん、後の事を頼むのだ!」

「っ!分かりました!ご武運を!」

 

鈴々は真名で呼ぶ。真名は信頼の証。

全てを託された朱里は涙を拭い、軍師の顔で見送る。

 

 

 

そして、村の門前にて、数人の賊が丸太を抱え、門を破壊しようとしていた。

 

「後はこの屋敷だけだ!一気に落とすぞ!」

 

ついに、門が破られた。

 

我先にと、攻め込もうとする賊の大軍。

それを、阻止すべく立ち上がった一人の武人。

 

突如、丸太が浮かび上がり、賊が丸太にしがみつきながら、足をばたばたとさせる。

武人――――鈴々は、片手で丸太を持ち上げ、ズシン、ズシン!と地面を踏みしめて、前に出る。

 

「通せない……ここは絶対通せないのだ!」

 

軽々と丸太を放り投げ、蛇矛を立てる。

 

「ここから先は、この張翼徳が絶対に通さないのだ!命の惜しくない奴は掛かってくるのだ!」

 

鈴々は、蛇矛を振り回す。その姿は、正に通り名そのもの。

賊は、鈴々の気迫に押されていた。

 

「あれが、“燕人張飛”…」

「おい!何びびってやがる!相手は一人だ!やっちまえ!」

「「「おおおおおおっ!!」」」

 

賊頭の喝で我に帰り、賊軍は得物を手に攻撃に出る。

 

「うりゃりゃ〜〜!!」

 

相対するは、張翼徳。“燕人張飛”のたった一人の防衛戦が始まった。

 

 

村の中、門から少し離れた場所で、瑠華と朱里は立ち尽くしていた。

 

「鈴々……」

 

瑠華はその場に膝を着き、右腕を押さえる。今も痛みがあり、動けそうにない。

 

この怪我さえなければ……!

 

「何で……何で、僕はこんな弱いんだ!」

 

地面に、片方の拳を何度も叩きつけた。悔しさを、怒りをぶつける。

鈴々が必死で村を守ろうとしているのに、自分は何もできない。

 

――――“あの時”もそうだった。

全てを失ったあの時、自分は何もできなかった。そして、今も、何も出来ずにいる。

 

「くそぉ……!」

「……瑠華君」

 

自分は、親友も救えない。

鈴々は、孤独だった自分と一緒に遊んでくれたり、楽しい事を教えてくれた大切な友達だ。

その親友と一緒に戦う事すらできない悔しさ。

朱里は、瑠華の背中からそう感じ取った。軍師である自分も何も出来ない。

ただ祈る事しか。

 

二人が絶望に打ちのめされる。

 

――――後ろから足音が聞こえた。

 

身に付けている白い服は、月に照らされて輝いており、腰には一本の刀を携えている。青年は、瑠華の肩に、そっと手を置いた。

 

“諦めるな”

 

瑠華と朱里は、振り向く。

青年を見た瞬間、目尻に涙が溜まり、二人は歓喜の笑みを浮かべる。

 

――――希望が、そこにいた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

鈴々は一人、賊の大群を必死に食い止めていた。陀矛を巧みに操り、持ち前の馬鹿力で、賊を薙ぎ払う。

しかし、体調不良のせいで、体が思うように動かない。倦怠感が体を襲い、充分に発揮できずにいる。

更に、賊は大勢で襲いかかる。例え鈴々が武人でも、多勢に無勢。数の暴力に押されていた。

それでも、蛇矛を駆使して止めている。

 

(村を……みんなを、守るのだ……!愛紗との約束が、愛紗との……約、そく……)

 

蛇矛が弾かれ、鈴々は尻餅をつく。

 

得物を失い、意識が段々と薄れていき、頭が回らない。最早、力も入らない。

目前では、大男が斧を振りかぶっている。

 

「その首もらったぁ!」

 

斧が鈴々に降りかかる。刃が迫り、鈴々の目には、スローモーションの様に見える。

 

鈴々の口が、微かに、動いた。

 

 

 

 

――――お兄……ちゃん………

 

 

 

 

ガキィン!という金属音と共に、斧が真っ二つに斬られた。同時に、大男が後方へ、ゆっくりと倒れる。

 

頭が追い付かない鈴々。徐に、横を見てみる。

段々と、意識が覚醒していく。そこには、“大好きな兄”の後ろ姿があった。

 

「俺の大切な妹に手ぇ出してんじゃねぇ……!」

「お兄、ちゃん……お兄ちゃん!」

「ああ。待たせてごめんな、鈴々」

「うぅ……」

 

一刀は優しく微笑み、鈴々の頭を撫でる。安心する、この温もり。嬉しさのあまり、今にも泣きそうな表情になる。

 

「て、てめぇ……!」

 

賊の大将が、一刀を睨み付ける。他の賊達も、得物を構え直した。

 

「俺が、みんなを守る!」

 

一刀は、腰に携えている“刀”に、手を添える。

左手の親指で、チャキッと音を鳴らし、鯉口を切る。右手で柄を掴み、ゆっくりと抜いた。

鞘と擦れる音と共に、刃の部分が月に照らされる。鍔の部分から切っ先まで月の光が反射して、その光沢はまるで“流星”の様。

そして引き抜くと、一刀は刀を構える。

 

「行くぜ!」

 

――――“流星丸!!”

 



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~流星の遣い、降り立つのこと~

目を開けると、そこには何もなかった。

 

「――――ここ、は……?」

 

辺り一面が白で統一されており、どこが壁なのか分からない程、距離感がつかめない。

 

「俺は、どうなって……」

 

起き上がろうとすると、カランという棒が転がる様な音がした。手元の方を見てみる。そこに、“師匠(祖父)”から与えられた大切な木刀があった。しかし、“あの青年”が放った一撃により、全体にヒビが入っている。どう見ても、使い物にはならない。

 

目の当たりにし、思い出した。

 

あの襲撃の事を。

 

そして――――敗北した事を。

 

「そうか……俺は、負けたんだ」

 

左手を木刀に添え、右手は力強く握りしめ、拳を思い切り地面に叩きつけた。

 

「――――くそぉっ!!」

 

表情が苦痛に、憤怒に歪んでいく。

 

男になす術なく、負けた悔しさ

 

大切な仲間を守れなかった不甲斐ない自分に対する怒り

 

「“何が皆を守る”だ……こんなに弱いのに、何が……!」

 

自責している青年。

白く輝く部屋が、黒で薄く滲んでいく。青年の心の内を表すかの様に、光を闇がどんどん埋め尽くしていく。

 

「もう、駄目だ……俺は――――」

「馬鹿者っ!!」

「いってぇ!?」

 

突然、頭に拳骨が落ちた。激痛が走り、青年は頭を押さえる。

 

「だ、誰だ――――」

 

振り返った途端、動きが止まった一刀。

 

「久し振りじゃな、一刀」

「じい、ちゃん……」

 

目前に、亡くなった筈の愛する祖父の姿があった。

思考が止まりかけるも、一刀は嬉しさと同時に疑問を抱いた。

 

(でも、なんでじいちゃんがここに?一体どうなって……)

 

考えをまとめ終えると、力が抜けたように膝をつく一刀。

 

「ああ、そうか……俺、死んだのか」

「ふんっ!」

「いったぁ!」

「何をぬかすか!この馬鹿者が!」

 

またまた祖父の拳が一刀に直撃し、一刀は当たった所を押さえる。

 

「じゃ、じゃあ何で?」

「今のお前は生と死の狭間におる。云わば、一種の仮死状態じゃな」

 

一刀の祖父、斬刀はそう説明する

 

「ここは、お主の精神世界。お前の心の中という訳じゃ」

「俺の、心の中?」

 

一刀は周りを見渡す。自分の心の中だというのに、あまりにも無機質な世界。

 

何もない……無の世界。

 

「これが、俺の心?何で、何もないんだ?」

「言ったじゃろ。お前は生と死の狭間におると。中途半端に止まったせいで、混乱しておるんじゃ」

「じゃあ……みんなは!俺の仲間は!?」

「落ちつくんじゃ、喚いても何の解決にもならん」

 

喝を入れると、一刀は黙る。またも、力なく項垂れる。

 

「俺は、結局誰も守れずに死ぬのか…?」

「そうでもないぞ」

「え?」

「見てみろ」

 

そう促すと、一刀は振り向く。

その目に写ったのは、大粒の涙で頬を濡らし、必死で自分の名前を呼ぶ、“大切な少女”の姿。

 

「愛紗……あの時、愛紗の為にと思って言ったのに、俺は愛紗を、傷つけてしまった……!」

「………」

「それに、あんな事言ったけど……俺も心のどこかでは……ずっと、じいちゃんを助けられなかった事が……」

 

人の事言えないな、と自嘲気味に呟く。

祖父が死んだ後から、ずっと心の中に後悔が残っていた。

大切な祖父を守れず、家族を全て失い、孤独に生きてきた。その寂しさからか、未だに忘れられずにいた。

 

「人は、大切な者と死に別れた後、どうしても相手の事を忘れられない。それその筈、愛しい者なら尚更じゃ」

 

腕を組み、言葉を紡いでいく祖父。

 

「過去に振り返って、見直すというのも、悪いことじゃない。じゃが、それにすがっても、何も変わらんこともある。そういうもんじゃ」

 

大事な孫を独りぼっちにしてしまった。祖父として心配しており、ずっと心残りとなっていた。

 

「それだけじゃない。俺は、怖いんだ……」

 

両手を見つめる一刀。その手は弱々しく、小刻みに震えていた。

 

「仲間は守りたい。でも、その為に人を殺すのが……怖くて……怖くて……」

 

体を抱き締めながら、一刀はガタガタと震えている。

この手で人を殺める。想像しただけで吐き気がしそうだ。

 

「誰だってそうじゃ。人を殺めるということは、そう相応の覚悟が必要になる」

 

肩に手を置き、祖父として優しく言葉をかける斬刀。

 

「一刀、お前はとても優しい子じゃ。だからこそ、儂は心配じゃった。人を殺めた時、立ち直れるかどうか……。だが、一刀よ。今のお前は、もう一人じゃないじゃろ?」

「…………」

「お前は、この世界に降り立ち、何を見た?」

 

歩み始める斬刀。その歩みに合わせるかの様に、空間に変化が生じる。

歴史の系譜が、映像として流れ始めた。

 

「この時代は、荒れに荒れておる。中には絶望し、死んでいった者も少なくない。じゃが、それでも人々は立ち上がった」

 

映っているのは、一国の王。または武人。または職人。または、どこにでもいる普通の青年。

 

「ある者は野望の為、ある者は生きる為、そしてある者は……守る為に」

 

三国志として、世間に知らされているこの物語では、血塗られた惨劇が繰り広げられた。

もしかしたら、まだ表に出てない事実もあるかもしれない。

 

一刀は俯いていた顔を上げる。

 

「確かに、俺はこの世界で人が争うのを見た。凄く、心が痛む様な感じだった」

 

服の胸の部分を握りしめ、一刀はそう答えると、今度は微笑んだ。

 

「でも……“仲間”と巡り会えた。大切な“仲間”と」

「うむ」

「だからこそ、俺は守りたい。今度こそ、この手で!」

「――――人を殺めてもか?」

 

目を細めて、試すかの様に斬刀は一刀を睨む。しかし、一刀は臆さない。

 

「俺はもう迷わない!この手で、みんなを守る!それが、俺の“覚悟”だ!」

 

二人はしばらく睨み合う。一刀の眼には、もう恐れや迷いはない。

その証拠に、空間を染めていた黒という闇が、どんどん無くなっていく。

代わりに、仲間との初めての出会い、そして思い出が映像となって走馬灯の様に流れている。

 

「どうやら……腹を括った様じゃな」

「ああ、もう迷ってなんか、いられないからね」

 

二人は、お互いに笑い合う。

 

「一刀よ。この先、何が待ち受けおるかは分からん。じゃが、お前には“仲間”がおる。きっと、お前の優しさに惹かれて集まった仲間達が、お前を支えてくれるじゃろう。その優しさを忘れるでないぞ?」

「ああ!」

「うむ!これなら、その“剣”も使いこなせるじゃろう」

 

斬刀は、一刀の手にある木刀を指差す。

 

「これ、ボロボロになっちゃって、もう……」

「案ずるな。これはちょっとやそっとじゃ傷付かん」

「いや、もう傷付いてるんだけど」

「木刀は仮の姿。お主が覚悟を決めた今、これは真の姿を現す」

 

斬刀の言葉を合図に、上から光が落ちてきた。あまりの眩しさに、一刀は顔を隠す。

流星の如く、ソレは木刀に直撃した。一瞬だけ輝きを増すと、光は収まった。

 

「こ、これは?」

「これが、お前の“剣”じゃ」

 

一刀の前には、ボロボロの木刀――――ではなく、“一本の刀”が浮いていた。

日本刀と酷似した形、鞘は漆黒で、柄の部分は光を思わせる様な、白で染まっている。

おそるおそると手を出し、刀を掴んだ。

 

「これが、俺の……」

「名は、お主の好きにせい」

 

一刀は握る力を強める。

腹を括った。もう逃げない。そう決意を固める。

 

「さて、もうそろそろかの」

「あっ……」

 

時間が迫っている。斬刀の姿が段々薄れてきた。

 

「一刀よ……強く生きろよ!」

「うん……ありがとう!じいちゃん!」

 

涙は頬に零れ落ちていた。しかし、一刀は笑顔で見送った。

 

最後の、感謝の気持ちを込めて

 

そして、師匠――――祖父は、光となって消えた。優しい笑みを浮かべながら。

 

すると、景色が更に光を増し、一刀は目を閉じた。

 

 

 

 

――――一刀は目覚めた。

最初に目に写ったのは、天井。上半身を起こすと同時に、全身に痛みが走り、顔を歪ませる。

 

「ゆ、夢……?」

 

横を見ると、すぐに夢ではないことを悟る。

机にあるのは、丁寧に折り畳まれた自分の白い制服。その上に、師匠から譲り受けた木刀――――否、刀が置いてあった。

 

「ありがとう……じいちゃん」

 

この場には、もういない親愛なる師匠に礼を言う。

 

そして、外がやけに騒がしいことに気づく。

窓から外の様子を伺い、すぐに察した。この村に危機が迫っている事、そして大切な仲間にも。

 

「俺が……みんなを守る!」

 

刀を掴み、腰に携え、制服を羽織り、一刀は出陣する。

 

 

◇◆◇◆

 

 

新たな得物――――流星丸を構え、横一閃に斬る。

 

「ぐはっ!」

「があっ!」

「うぐっ!」

「ぐへっ!」

 

賊は呻き声を出しながら、後ろに倒れる。

 

「はあっ!!」

 

続けて一刀は、攻撃を回避しながら、斬っていく。次々と断ち切られていく賊の四肢。肉を切る感触、吹き出る血潮。体が完治していない事もあり、全身に痛みが迸る。

鈴々も、体を動かそうとするが、力が入らずに顔を歪ませていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

「くそっ、一斉にやっちまえ!」

 

号令と共に、賊が束になって襲いかかる。刃が眼前に迫りながらも、全員の得物を流星丸で防いだ。

 

「くっ――――ぅぉおおおお!!」

 

何とか力で押し返し、賊達は後退する。しかし、一刀は満身創痍。最早、立っているのがやっとの状態だ。

 

「今だ!やっちまえ!」

 

好機と見て、賊は攻撃を再開する。

杖代わりに立つも、震えが止まらない。しかし、その瞳に諦めの色はなかった。

 

「まだだ……まだ、倒れる訳には――――」

 

得物の刃が、一刀に迫る――――直前、賊の武器が弾き飛ばされた。

 

弾き飛ばしたであろう武器――――“青龍偃月刀”が、地面に突き刺さる。

偃月刀が視界に入り、一刀は急いで顔を上げた。

 

月に反射する艶やかな黒髪を靡かせ、嘶く馬に誇る軍神が、そこにいた。賊の軍団を飛び越え、彼女は一刀と鈴々の元に降り立つ。

 

「愛紗っ!」

「鈴々、よく頑張ったな」

「愛紗……うん!」

 

愛する妹の頭を撫で、褒め称える愛紗。鈴々が微笑み返すと、愛紗は一刀と向き合う。

 

「「――――」」

 

見つめ合う二人。両者共、言いたい事もあるだろう。しかし、それは後だ。

今、“やるべき事”がある。

「一刀……」

「愛紗――――行くぜ!」

「はい!」

 

一刀は刀を構え直し、愛紗は偃月刀を手にすると、賊に突き立てる。背中合わせの一刀と愛紗。

 

「妹と仲間が世話になったな――――礼は十倍、いや百倍にして返させてもらうぞ!」

 

愛紗は覇気を込め、偃月刀を突き立てる。

 

「く、“黒髪の山賊狩り”まで……」

「えぇい!弓だ!弓でやれ!」

 

四人の賊が弓矢を構える。

しかし、どこからか飛来してきた矢が腕に刺さる。その全てが、弓兵に命中。矢が放たれた場所を見ると、高台に一人の女性が弓矢を構えていた。

 

「弓なら、この黄忠がお相手致しますわよ」

「黄忠さん!?」

「どうして、ここに?」

「話は後!今は屋敷の守りを!」

 

弓の名手、黄漢升が加勢に加わった。

 

一方、門の反対側では、賊の大将二人が、陣取っていた。

 

「屋敷は、まだ落ちねぇのか?」

「ここは粗方制圧したってのに」

「て、敵襲だ!」

 

そこへ、馬超が馬に誇り、夏候惇の部隊を引き連れてやって来た。

 

「西涼の馬騰が一子!馬超推参!」

「者共!我等が力を見せてやれ!」

「「「はい!」」」

 

全員が女性で構成された騎兵だが、鋭利で強固な鎧で体を包み、数と錬度は非常に優れている。

 

「何っ、曹操軍が!?」

「その数、およそ三十騎!」

 

伝令の報告を聞き、動揺する大将達。

 

「悪党共っ!」

 

突如、発せられた声の方角を向くと、仮面――蝶をあしらった――を付けた武芸者が屋根の上にいた。紅い刃が特徴的な直槍――――龍牙を携えている。

 

「どうやら、年貢の納め時の様だな」

「誰だ貴様!」

「ある時は、メンマ好きの旅の武芸者。またある時は、美と正義の使者、華蝶仮面。しかして、その実態は――――」

「星っ!」

「来てくれたのか!」

「……星?」

 

一刀と愛紗が発した名前。後方で鈴々が訳も分からずに首を傾げる。

すると武芸者は、ごほんと咳をし、仕切り直す。

 

「またある時は、美と正義の使者、華蝶仮面。しかして、その実態は!」

 

そして、蝶の仮面を外す。

 

「常山の趙子龍!ここにあり!」

 

華蝶仮面改め、星は屋根から飛び降りる。瞬く間に賊の大群を蹴散らしながら、一刀達と合流する。

 

「次々と邪魔しやがって!こうなったらみんなまとめてやっちまえ!」

 

賊は再び攻撃を行う。

 

「星、一刀、背中を預ける!」

「うむ。一刀、愛紗、任せたぞ!」

「ああ!二人共、頼んだぜ!」

 

各々、武器を構えて、背中合わせで戦う。

 

「反撃に出ます!戦える人は三人一組になって、一人の敵に当たってください!」

「怪我人は、此方へ!」

 

朱里も、軍師として指揮を執り、瑠華は怪我人の避難誘導、治療を手伝っている。

 

「よいしょ。お母さん、しっかり」

 

矢が入った新しい(うつぼ)を手渡す娘の璃々。微笑み返すと、黄忠は賊に弓矢を構える。

 

「奪う事しか知らない賊共よ!守るべきものを持つ我が手が放つ矢を受けてみよ!」

 

村の反対側でも、錦馬超が馬に誇り、槍の銀閃を巧みに使いこなして、賊を蹴散らしていく。

 

「あたしは今、燃えに燃えてるんだ!火傷したい奴はかかってこい!」

 

こうしてはいられない。

鈴々は、両頬をパンパンと叩いて喝を入れ、立ち上がる。

 

「こうなったら、鈴々も負けてられないのだ!」

「無茶はするなよ?」

 

様子を見に来た星に、大丈夫なのだ!と元気よく答える鈴々。

張翼徳も戦に参加し、戦況は圧倒的にこちらが有利となった。

 

「く、くそっ!まずいぞ!」

「このままじゃ、全滅だ!」

 

賊の大将二人は、手下を置いて、その場から逃走する。そして、村の正面にある門前。そこに辿り着いた瞬間、足元に何かが転がってきた。

 

「ぐおあっ!?」

 

賊軍のリーダー格である頭。地面の上を滑り、逃走していた二人と合流する。

驚いて見ると、刀を携えた一刀と、偃月刀を構えた愛紗がそこにいた。

 

「後は、お前達だけだ」

「観念するんだな」

 

刃を突き立てる二人。両者から放たれる怒りの氣に押され、狼狽え始める賊三人。

 

「こんな野郎……!」

「なめんじゃねぇぞ……!」

「ぶっ殺してやる!」

 

最後の悪足掻きなのか、三人はそれぞれの武器を手に、襲いかかってくる。図体は、二人を優に越えている。力も上だろう。

 

しかし、そんなものは関係ない。二人は冷静に、得物を構え直した。瞳を閉じ、精神を集中させる。

一刀は刀を鞘に入れ、抜刀術の構えに入る。愛紗は偃月刀を下に構えた。

 

「「「死ねぇえええええ!!!」」」

 

一斉に武器を下ろす賊達。迫り来る刄――――その刹那。

 

「「っ!!」」

 

瞳を見開き、氣を解放する。

 

「流星斬!!」

「青龍逆鱗斬!」

 

刀を抜刀、偃月刀を切り上げる。

一瞬にして、賊三人を倒した。

 

「がはっ!」

「ば、ばけもん……!」

「勝てる訳、なかったの、か……」

 

大将が討ち取られた――――これが意味する事。

 

「お、お頭方がやられた!」

「に、逃げろ~~!」

 

所詮は、烏合の衆。賊達は皆、尻尾をまいて逃げていった。

正に、劇・的・勝・利。

 

「ざまみろなのだ!」

「鈴々、風邪はもういいのか?」

「なんか一暴れしたら、治ったのだ♪」

「えぇ!?まったく、お前という奴は 」

「にゃはは〜♪」

 

愛紗は笑顔で、鈴々の頭を撫でる。それを微笑みながら眺めている一刀。二人だけでなく、星、馬超、孔明、黄忠、璃々。そして瑠華。

 

――――皆を守れた。

 

「本当に……よかった……」

「か、一刀!?」

 

限界を越え、力尽きた一刀。前のめりに倒れ、愛紗が慌てて抱き止める。

 

「……無事で、本当によかった」

 

慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ぎゅっと抱き締める愛紗。彼女の胸の中で、一刀は静かに、眠りに落ちた。

その顔は、どこか誇らしげに見える。

 

遥か頭上にある夜空。一筋の流れ星が、煌めいた。

 



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~流星の遣い、決心するのこと~

 

一刀を屋敷の一室に寝かせた後、愛紗達は、夏候惇の部隊を見送る為、門前に集まっていた。

 

「夏候惇殿、ありがとうございました」

「本当助かったよ」

「曹操殿には、改めてお礼に伺います」

「それは、止めておいた方がよいでしょう。また閨に引っ張りこまれますよ?」

「えっ!?」

 

愛紗は顔を赤くし、その間に、夏候惇の部隊は引き上げていった。

 

「黄忠殿も、ありがとうございました」

「いいえ、少しでも恩返しが出来たのが嬉しいです」

「所で、星は何で“華蝶仮面”なんかになってたのだ?」

「うむ、実はお主達とはぐれた後――――私は空から落ちてきた光の球によって一度死んだのだ」

 

衝撃の発言に、皆一同、驚く。

 

星曰く、光の球は、実は天からの遣いだったらしく、“すまない、趙子龍。その代わり私の命を授けよう”と告げられた。

新たな命を与えられた星が目覚めると、枕元に“例の仮面”があった。

 

「それ以来、私は、この仮面を付けて、華蝶仮面となり、正義の為に戦っていたのだ」

 

蝶の仮面を取り出し、星はそう説明する。

 

「なんと不思議な……」

「趙雲。それって本当の事なのか?」

「いや、嘘だ」

 

その言葉で全員がずっこける。

 

「相変わらずだな、星……」

「本当だね……」

 

苦笑する愛紗に、瑠華も同意する。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――劉備率いる義勇軍が村に戻ってきたのは、それから三日ばかり経ってからの事。元より、無謀な策だった上、関羽、馬超の勇将欠いては、成功する筈もない。

無様に敗れた劉備は、“朝廷の威信を傷つけた“と、何進から強い叱責を受けたのでした。

 

結局、曹操の策が入れられ、反乱は無事に鎮められたのですが、それはまた別のお話。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして今、何事もなかったかの様に、劉備は帰ってきた。

 

「い、いや〜皆無事で何より!勢揃いとは痛み入る」

 

一体どの面下げて帰ってきたのやら。

村を見捨てようとした男を、誰が迎え入れるものか。

とにかく、愛紗達は歓迎の雰囲気ではなかった。

 

「私の知らない新顔も――――ん?」

 

劉備は黄忠を見るや否や、狼狽え始めた。

 

「こ、黄忠!?お主が何故ここに!?」

「どうして、私の名前を?――――その剣、何処かで」

 

劉備の腰に携えている綺麗な剣を見つめていると、黄忠に抱っこされている璃々が、思い出した様に叫ぶ。

 

「あっ、悪い人!」

「えっ、何?」

「あのね――――」

 

璃々は耳元で、黄忠に伝える。一瞬にして、顔が驚きの色に変わった。

 

「それじゃあ、あなたが!」

「黄忠殿?一体どうしたのだ?」

 

怪訝な表情を浮かべる、愛紗を含めた他一同。

 

「関羽さん!あいつは娘を!璃々を誘拐して、私に暗殺をさせようとした一味の黒幕なんです!」

「ええっ!?」

 

愛紗達が驚く中、劉備は汗をかき、動揺を隠し切れない。

 

「恐らく裏家業めいた悪事だけでは飽き足りず、世の乱れに乗じて一旗挙げようとしたのでしょう。きっと、中山靖王の末裔というのは真っ赤な嘘!劉備という名すら本当かどうか――――」

「な、何を言い出すかと思えば!出鱈目を言うな!この劉玄徳を貶めるとは、なんと無礼な女だ!」

「今更、何を!」

 

黄忠と劉備?の二人が言い争っていると、後方から愛紗達の間を通り過ぎ、一人の青年が劉備に近づいていく。

 

「おお、北郷殿!ご無事で何より!聞いてください!あの女がこの私を――――」

「――――話は聞かせてもらった」

「え――――「ぶほっ!?」

 

一刀は劉備の胸ぐらを掴み上げ、そのまま顔面目掛けて拳をぶつけた。

吹き飛ばされた劉備は、何度も地面の上でバウンドし、馬にぶつかって制止する。

一刀はゆっくりと近づき、劉備を見下ろした。

 

「今のは、俺の“大切な仲間”を苦しめた分だ――――これ以上殴られたくなかったらとっとと失せろっ!!」

 

親の仇を見るかの様に、劉備を睨み付ける。刀の様に研ぎ澄まされた眼光。鬼の形相で睨まれ、劉備はガタガタと震え出す。後方にいる仲間達も、目を見開いて、驚いていた。

 

「ひ、ひいぃぃぃぃ!!」

 

恐怖に呑まれ、劉備は一目散に逃げていった。

 

舌打ちをした後、落ち着きを取り戻す為、深呼吸する。すると、黄忠が歩み寄った。

 

「北郷さん、ありがとうございます」

「いえ、黄忠さん。気にしないで下さい」

「お兄ちゃん、ありがとう♪」

「どういたしまして」

 

一刀は笑顔で璃々の頭を撫で、黄忠も優しく微笑む。

すると今度は、愛紗が近寄ってきた。どこか、思い詰めた様に。

 

「――――一刀」

「愛紗……」

 

二人共、気まずそうにしている。お互いに自分が悪いと思っている、どう謝ればいいか分からない、等の理由で、言葉が出にくい。

 

「あの時、私はどうかしていた……何も知らないのに、あなたに、あんな酷いことを……」

「いや、俺の方こそ……配慮が足りなかった……本当に、ごめんな」

「一刀は悪くない!悪いのは私だ!」

「いや、俺が悪いんだ!」

「違う、私だ!」

「違う、俺だ!」

 

両者、一向に譲らない。このまま、ずっと続く――――かと思いきや、二人の眼前に、瑠璃色の頭が下から出てきた。

 

「はい、そこまで」

 

いつの間にか来ていた瑠華。二人の間に割り込み――背伸びしており、足がプルプルと震えている――、仲裁する。

 

「二人共、お互い謝った。はい、これで話は終わり」

「「いや、でも」」

「お!わ!り!」

「「は……はい」」

 

無理矢理終わらせ、瑠華は背伸びしていた状態から、バランスを崩して尻餅をつく。

それを目にし、自然に笑みがこぼれる。見守っていた仲間たちも微笑んでいた。

そこへ、朱里が走ってやって来る。

 

「皆さ〜ん!お花見の用意ができましたよ〜!」

「おっ、よしっ!じゃあ行きますか♪」

「ええ♪」

 

一刀と愛紗は微笑み合い、仲間と共に村へと帰っていく。

その足取りは、とても軽やかであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

その頃、桃花村から少し離れた山道。偽劉備は走っていた。

 

「ひいぃぃぃぃ!!ぐほっ!」

 

頬は痛々しい程赤く腫れ上がっている。すると、木の根に足を引っかけ、派手に転ぶ。同時に腰にある宝剣が前に転がっていった。

 

「し、しまった!」

 

偽劉備はすぐに駆け寄り、宝剣を掴む。取ろうとするも、びくともしない。

よく見ると、宝剣を“白色の足”が押さえていた。

 

「おい貴様!その汚い足を退け――――」

「バァ♪」

「ひぃ!?」

 

見上げた途端、大きな螺旋状の単眼と目が合ってしまった。偽劉備は腰を抜かし、後退る。

すると、何かにぶつかった。振り返れば、青年が不機嫌そうに偽劉備を見下ろしていた。得体の知れない恐怖に戦く偽劉備。

 

「何だ、貴様?」

「あ、ああ……!」

「退け、屑がっ!」

「べほっ!」

 

苛立ちを込め、顔面に蹴りを入れる青年。吹き飛ばされ、木にぶつかる偽劉備。白い人型の怪物が、どんどん近づいていく。

 

「ヘヘッ、食ッチマウゾ〜♪」

「ひいぃぃぃぃ!!お助けぇぇぇぇ!!」

 

偽劉備は、逃走を図る。しかし、目の前の“何か”にぶつかり、またも尻餅をつく。木とは違う、“金属の壁”にぶつけた様な痛み。

痛む顔を擦りながら、目を開ける。

 

「ばっ、化け、物……」

「――――腹、減ッタ」

 

見上げる程の巨体。黒鉛色の、鋭利な太い刺々が体から隙間なく生えている。異常に発達した両腕。不釣り合いな短足と小さな尻尾。目が見当たらないが、その代わり、大きな口が備えられている。

 

「ヨウ、【鉄拐(てっかい)】!迎エニ来テクレタノカ?」

 

蟇蝦(まが)が気さくに話しかけると、その怪物――――鉄拐はゆっくりと頷いた。

すると、鼻を動かし、臭いを嗅ぐ。偽劉備に顔を向けた。

 

「ひぃっ!!」

「……男、カァ?」

「うがっ!?」

 

後退りながら、逃走する偽劉備。しかし、鉄拐の巨大な手によって、容易に捕らえられた。必死に足掻くも、まるで万力で締め付けられる様な怪力には敵わなかった。

 

鉄拐は、口を大きく開いた。口内に生えている鋭い歯。涎が糸を引き、喉仏まで見える。

 

偽劉備は青ざめ、崩れた表情で命乞いをする。しかし、それを受ける者はいない。

ある者は興味無さげに無視し、ある者は面白可笑しく笑っていた。

 

「い、嫌だ!助けて!助けて助けて助けてた、助け――――」

 

グシャッ――――と、口を閉じた鉄拐。“口内にある肉”を咀嚼すると、地面に吐き捨てた。

 

「男ノ肉、マズイ……女ノ肉ガ喰イタイ……」

「ソウカイソウカイ。マッ、オイラモ男ヨリ女ノ方ガ好キダケドサ」

 

鉄拐は“首のない胴体”を放り、剣を肩に担いだ蟇蝦が、それを足蹴にする。

 

「ケケケッ、運ガ無ェナァ、コイツ」

「おい蟇蛾。その剣は何だ?」

「ン~、何ダロネ?」

 

蟇蛾は、落ちていた宝剣を、品定めするように見つめる。

 

「カ〜ッチョイイ〜♪ドウ?似合ウ?」

 

蟇蛾は宝剣でポーズをとりだした。

青年は鬱陶しそうに睨み、鉄拐はボ~っとしている。

 

「似合わん!とっとと捨ててこい!」

「エェ、何デダヨ左慈〜。イクラ自分ガ似合ワナイカラッテ、嫉妬シナイデヨネェ」

「うらあっ!」

「ヒョエエエ!?」

 

業を煮やした左慈は、鋭い蹴りを繰り出す。蟇蛾は体を反らして、何とか回避するも、そのはずみで宝剣が離れ、近くの川へと落ちてしまった。

 

「ア~~!オイラノオ宝ガァ……」

「今から葛玄と合流する!いいから行くぞ!」

「イテテテッ!分カッタカラ!髪ノ毛ヲ引ッ張ラナイデ〜!」

「鉄拐!案内しろっ!」

「分カッタ」

 

鉄拐が先行して進む。巨大な足が、“遺体”を踏み潰した。その上を、蟇蝦を引きずって、左慈が歩く。

 

遺体はそのまま、置き去りにされた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

川に落ちた宝剣は、そのまま流されていき、やがて岸に着いた。

すると、一人の山賊らしき男が、宝剣を発見。

 

「おっ、良いもの見つけたぜ」

「おおっ!中々のもんだな!」

「これから幽州の方へ向かう序に、良いもんを拾ったな」

「全くだぜ、ぎゃははは!」

 

機嫌が良くなり、山賊達は、そのまま立ち去っていった。

 

 

 

 

――――この宝剣が、後に大きな鍵になる事を、誰も知る由はない

 

 

◇◆◇◆

 

 

大きな岩に、仮面を被った一人の男が座っていた。空を見上げていると、横に目をやる。

 

「いい加減に自分で歩けのろま!」

「イタッ!モウ〜乱暴ナンダカラ〜」

 

乱暴に放り投げられ、蟇蛾は引っ張られた部分を擦っている。

 

「やあ、御苦労様。左慈君」

「例の物だ。ほら」

 

懐から白い勾玉を取り出すと、仮面の男に投げ、男はガシッと掴む。

 

「うん、確かに……所で、左慈君?」

「何だ?」

「途中で、何か異常は起こらなかったかい?」

「……別に」

「そうか――――じゃあ、これはどう説明するのかな?」

 

葛玄は左慈の後ろに回り込み、彼の右手首を掴んだ。裾を引っ張ると、右手首には痣がある。左慈は痛みで顔を歪ませた。

 

「嘘はいけないな〜。外套も脱いでるし、その様子だと、周囲に姿を見られたようだね」

「ちっ……!」

「ア〜ア、知〜ラネット」

「お前も同罪だよ、蟇蛾?」

「デスヨネ〜……」

 

葛玄に睨まれ、蟇蛾は体を竦める。

 

「監視役としてお前を左慈君につかせたのに、何をやってるんだか……」

 

葛玄は顔に手を置き、呆れた様に溜め息をつく。

 

「で、その痣は誰につけられたんだい?」

「………」

「黙ってちゃ分からないよ?早く答え――――」

「北郷、一刀……!」

「――――何?」

 

忌々しげに呟いた左慈の言葉に、葛玄は耳を疑った。左慈から離れ、少し俯く。

 

「ア〜後ネ、アイツの持ッテタ木刀。ナンカヒビ割レタ所ガ光ッテタヨ。刀ノ光沢ミタイニネ」

「何っ!?お前何故それを先に言わない!」

「ゲフッ!?イヤイヤ、ダッテ左慈が黙ッテロッテ言ウカラ……!」

「何だと!?」

「ヒエエッ!」

 

左慈に首を掴まれ、蟇蝦は悲鳴を上げる。まるで、蛇に睨まれた蛙。

そこへ、もう一人の同志がやってくる。

 

「左慈、落ち着いて下さい」

「……于吉か」

 

眼鏡をかけた男、于吉が左慈の手に手を添え、優しく離させる。蟇蝦は咳き込みながら、首を擦る。

 

「まったく、何やら騒がしいかと思えば。一体、何があったのです?」

「そこの馬鹿が、ヘマをしただけだ」

「チョッ、ハァッ!?責任押シ付ケテンジャネェゾ、ゴラ!?」

 

聞き捨てならないと、左慈に詰め寄る蟇蝦。左慈も睨み付け、喧嘩腰になっている。

鉄拐は相も変わらず無関心。于吉は呆れながら止めに入る――――その時だった。

 

「――――黙ってろ……殺すよ?」

 

突如、放たれた凄まじい殺気。ピリピリと、近くの木々に生えている葉が震えている。左慈と蟇蛾は沈黙、于吉も顔を険しくする。全員の額に、一筋の汗が流れる。

 

――――パン!と手を叩く葛玄。音に反応し、肩を震わせる左慈達。

 

「な~んてね♪同志である君達を殺すつもりなんてないよ。冗談冗談」

「……やれやれ」

「ちっ……!」

「ブヘェァ~~……」

 

眼鏡の位置を直し、一呼吸置く于吉。舌打ちする左慈に、蟇蝦は地面に崩れ落ちる。

葛玄は歩み寄り、弟子である左慈の肩にポン、と手を置く。

 

「左慈君、君は気が短い上に物事の真意を見落としてしまう所がある。そこを反省してもらわないと困るな〜?」

「……分かったよ」

「うん、それでこそ左慈君だ」

「分カッタカ、左慈?」

「君は全部を直したまえ」

「ゼ、全部スカ……!?」

「で、于吉。収穫はどうだい?」

「えぇ、南華山から取ってきましたよ」

 

于吉は懐から一冊の書物を取り出した。その本には“太平要術”と書かれている。

 

「よし、これで計画の第二段階に行けるな」

「所で、気になったのですが、やけに血の臭いがしませんか?」

「確かにな」

「ウン、オイラモ思ッタ」

 

鼻に付く、嫌な臭い。しかし、彼らにとっては、嗅ぎ慣れた臭いでもある。鉄拐に至っては、先程から鼻をすんすんと嗅いでおり、匂いを楽しんでいた。

于吉の質問に、葛玄は答える。

 

「ああ、君達が来る前に、暇潰しとして“ゴミ掃除”をしていたのさ」

「成る程、“ゴミ掃除”ですか……」

 

于吉は横目で、葛玄が座っていた岩の後ろを見る。

かつて、桃花村を襲った賊達の遺体が、そこに横たわっていた。地面から突き出た無数の黒い棘で胴体を貫かれており、その様子はまるで地獄絵図。葛玄は“殺戮”をしていたのだ。“ゴミ掃除”という名の“殺戮”を。

 

「ホレ、鉄拐。餌ガタンマリトアルゼェ~?」

「男、バッカリ……女、イナイ……ダカラ、喰ワナイ……」

「好キ嫌イスンナッテ」

「さて、証拠隠滅っと 」

 

葛玄が指をパチンと鳴らす。

地面が紫色の液体に変わり、底なし沼の様に賊達を吸い込んでいく。

 

――――グルルッ……!

 

獰猛な唸り声と同時に、骨と肉を食らう生々しい音が鳴り響く。

 

「さて、左慈の報告によると、どうやら北郷一刀がこの世界に降り立ったらしい」

「なっ、彼が……!?」

「【管輅】の預言が、当たったってことさ」

 

葛玄の言葉に、いつもは冷静な于吉も驚きを隠せずにいた。

 

「そこでだ。于吉、その書物を君に預ける」

「よろしいのですか?」

「ああ、君は計画を進めてくれ」

「かしこまりました」

「俺はどうすればいい?」

「左慈君、君には僕の手伝いをしてもらうよ」

「手伝い?」

「北郷一刀、いずれ彼には挨拶しなきゃならないし……ねぇ?」

 

仮面の下で、葛玄は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

闇は、新たな動きを見せる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

桃花村では、村人総出で、花見が開かれていた。

綺麗な桃の花が咲き誇り、花びらが風で舞い上がる幻想的な風景を肴に、宴会を楽しむ一同。

鈴々と馬超は大食い対決をし始め、黄忠と星は酒を楽しむ。瑠華は恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、朱里と璃々に料理を食べさせてもらっていた――満更でもない様子――。

一刀と愛紗も笑い合いながら、他愛ない話をする。蟠りも無く、楽しげに会話していた。

 

しばらく経ち、一刀と愛紗は一本の桃の木にもたれて腰掛け、鈴々は愛紗に膝枕してもらいながら眠っている。

その様子を他の仲間たちも、優しく見守っている。

 

「愛紗……お兄ちゃん……これからもずっと、ずっと一緒なのだ……」

「ああ、もちろんさ鈴々」

「なんたってお前は私たちの妹なんだからな……」

 

愛紗は慈愛の笑みを浮かべ、鈴々の頭を優しく撫でている。

 

「よく寝てるな」

「ええ、まったく……」

 

一刀は、空を見上げ、徐に手を上げる。

 

(これから、何が待ち受けているかは分からない。だからと言って、不安になる事はない)

 

一刀は片手で、ヒラヒラと舞い下りた花びらを優しく包み込む。

 

(俺にはみんなが……大切な仲間がいる。みんなと共に歩んでいくんだ)

 

仲間と支え合い、強く生きていくと、誓いを立てた。

そんな一刀の横顔を、愛紗は見つめていた。

 

トクン……と、心臓が高鳴り、胸を押さえる。今まで疑問に思っていたこの感情。しかし、今になってようやく分かった。

何故気づかなかったんだろう、と愛紗は可笑しくなり、クスッと笑う。

それは単純且つ、とても素敵な感情だ。

 

愛紗は綺麗な笑顔を浮かべ、一刀を見つめる。

 

(北郷一刀殿……私、関雲長こと愛紗は、あなたの事を――――)

 

――――花咲き誇る桃園で、姉妹の誓いを新たにした関羽と張飛。自分自身の誓いをより強めた北郷一刀。そして三人の元へと集った無双の姫達の行く手には、これから何が待ち受けているのでしょう。

 

 

そのお話はいずれまた、何処かで……。

 

 




どうもです。
何とか、ここまで書くことが出来ました。やっと一章が終わりました。
区切りが良いので、オリジナル話を書いた後、なろうでの北刀伝を進めていきます。気分転換で、たまにハーメルンの方を進めたりしますけど、しばらくはなろうを優先的に書いていきます。
これからも、よろしくお願い致します。

それでは!


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~一刀、介抱されるのこと~

 

――――皆さんこんにちは。北郷一刀です。今、俺は………暇です。うん、めっちゃ暇。

 

窓際の寝台で横になり、外の風景を眺めている一刀。天候は快晴。村も賑やかだ。

こういう時は、外へ出て思いきり体を動かしたい――――と思うのだが、一刀は安静に安静にしている。体の傷も癒えてきて、完治とまではいかないが、体調は良好になりつつある。

しかし、彼は寝台にて寝ていた。

 

「はぁ……何日も体を動かしてないと、訛っちゃうよな〜」

 

日々の鍛練は怠るべからず。少しでも運動は必要だ。何より、暇で暇でしょうがない。

すると、誰かがコンコンと扉を叩いた。

 

「ん?どうぞ〜」

「失礼します」

 

一刀からの許可をもらい、長く艶やかな黒髪の少女が、扉を開けて部屋へ入室する。

 

「やあ、愛紗」

「具合は如何ですか?」

「ああ。痛みも引いてきて、体も楽になってきたよ」

「それはよかった」

 

安心した様に、愛紗は綺麗な笑顔を見せる。それに見惚れるも、一刀は咳払いをする。

 

「えっと、だからさ……外へ出ても――――」

「駄目です」

「ですよね~……」

 

即答だ。

 

「体調が良くなっているからこそ、安静にしておかないと。外へ出たりしたら、途中で倒れてしまうかもしれませんよ?」

「いや、でもさ、ここんとこ全然動いてないんだぜ?流石に――――」

「駄目なものは駄目です」

「………はい」

 

愛紗に睨まれ、一刀は小さく返事をする。

花見をした“あの日”以来、何故か分からないが、愛紗が自分に対して過保護?ナーバス?みたいな感じで接してきている。病人には優しくするのが当たり前なのは分かるのだが、少々心配し過ぎなのでは?と一刀は心中で呟く。

 

「それでは、私は瑠華の様子を見てきます。くれぐれも、安静にしておいて下さいね?」

「ああ、分かったよ」

 

念を押すように言うと、愛紗は部屋を出ていった。

途端に一刀は寝台に身を預け、ため息を吐く。

 

「はぁ……暇だ」

「溜め息なんかついてどうかしたか?」

「うわっ!?」

 

突如、自分にかけられた静かな声音。慌てて窓を見ると、星が窓際に腰掛けていた。

 

「なんだ星か……驚かすなよ〜」

「一刀が勝手に驚いたのであろう?」

 

手で口元を隠しながら、星はくすくすと笑っている。

 

「何か用か?」

「特にないが、敢えて言うならお主の見舞いかな」

「そっか、ありがとな。星」

 

微笑みながら、彼女に感謝する一刀。こうして見舞いに来てくれるだけでも、嬉しく感じる。

すると、星は顔を反らした。仄かに赤く染まっている頬を隠す様に。

 

「……所で、調子はどうだ?」

「絶好調!とまではいかないけど、大分マシになったよ」

「それは良い事だな」

「おかげさまでね」

 

さっき来た愛紗と同じ様に、星は笑顔で喜ぶ。一刀もこう思われて、嬉しく思う。

 

「で?ため息の原因は?」

「いや、その〜……愛紗の事なんだけど」

「ふむ、最近やけに自分に対して優しくなってる気がすると」

「そこまで言ってないのに俺の言おうとした事よく分かったな」

「それはそうであろう。周りから見たら、一目瞭然だ」

「そうなの?」

「うむ」

 

星は真顔で頷く。どうやら周囲もそう思っているらしい。

一刀は愛紗が来た時の事を話し始める。

 

「別に嫌な訳じゃないんだ。心配してくれてるって事は、俺を仲間として見てくれてるって事だからさ」

「ふむふむ、それで?」

「嬉しいんだよ?嬉しいんだけど……その……」

「成程な」

 

頭をかきながら話す一刀を、星はじっと見ていた。見れば、腕を組みながら何かを考えている。

そして、一回頷くと、一刀の方を向いた。

 

「一刀よ」

「ん?」

「明日、愛紗を逢い引きに誘ったらどうだ?」

「………え?」

 

逢い引き。この時代での言葉。現代風で言う所の、“デート”である。一刀も、逢引の意味くらいは、知っている。知っているからこそ、戸惑っているのだ。

 

「い、いきなり何を言うんだ!?」

「何って、だから愛紗を逢い引きに――――」

「いやいやいや、何でそういう考えになるんだよ!?」

「おや?一刀は愛紗と逢い引きをするのは嫌か?」

「い、嫌な訳ないさ。むしろ凄く嬉しいけど」

「よし、じゃあ決まりだな」

「っておいちょっと待てって!」

 

一刀は窓際から外へ出る星を呼び止める。

一刀の方も愛紗とデートをするのは嫌じゃない。彼女の様な顔立ちの整った美少女――それに加え、モデル顔負けのスタイルの持ち主――とデート。これを拒む様な男はいないだろう。

 

「要するに、一人で行くのは駄目なのだろう?だったら、付き人として二人で一緒に行くという形なら構わないのでは?」

「で、でも、それだったら逢い引きとは言わないんじゃ……」

「何を言っているのやら。それでは“からか”――――“二人の為”にならないではないか」

「確実にからかう事前提なんだな、おい。それに何が二人の為なんだよ?」

「……何となく?」

「何となくって……」

 

真顔で言う星に、一刀は苦笑するしかなかった。

 

「まっ、少し妬けるけどな……」

「ん?何か言ったか?」

「いや、何でもない。それじゃ、明日はしっかりな?」

「ああ、相談に乗ってくれてありがとう」

「構わんよ。では私はこれで」

「おう」

 

星は、一階の窓から外へ出ていった。道に吹く風が彼女の水色の髪をなびかせる。

一刀は星の後ろ姿を見送った後、窓を閉め、寝台に大の字で寝転ぶ。

 

「ふぅ……デートか」

 

愛紗とのデート。女の子とのデートは一刀にとっても初めての事であるため、無意識に鼓動が高鳴る。思わず、浮かれてしまいそうだ。

しかし、一刀はあることに気づく。

 

「あれ?これって……俺から言うん、だよな?」

 

そう、デートのお誘い。熟練、或いは手慣れている男性ならともかく、一刀は何の経験もないド素人の青年。知識がない訳ではないが、実践は無い。

この難易度の高さに、不安を隠せない。

 

「おいおい……これって結構勇気がいるんだよなぁ……って、ん?」

 

扉の向こう、廊下からドドドッ!という地鳴りを上げて、何かが近づいてくる。同時に、元気で明るい声が聞こえてきた。

 

「お〜〜に〜〜い〜〜ちゃ〜〜ん!!」

「り、鈴々……?」

 

勢いよく扉を開け、鈴々は一刀に飛びかかった。

 

「とぉ〜〜♪」

「ぐほっ!!」

 

鈴々は一刀の腹に抱きつき、一刀は大きなボールを投げつけられたかの様な衝撃を食らった。そのまま仰向けで寝台に倒れ、鈴々は一刀に馬乗りしながら頭を傾げる。

 

「んにゃ?どうしたのだ、お兄ちゃん」

「り、鈴々……病人には、もうちょっと……優しく、な……?」

「よく分かんないけど分かったのだ♪」

 

無邪気な笑顔で答えると、一刀はピクピクと引きつった笑みを浮かべながら、ガクッと意識を落とした。

こんな調子で大丈夫なのだろうか……。

 

 

◇◆◇◆

 

 

一刀に助言し終え、星は一人、屋敷の廊下を歩いていた。すると、向こう側から歩いてくる愛紗と出くわす。

 

「おう、愛紗か」

「星、どうかしたか?」

「何、さっき一刀の様子を見てきた所で、瑠華の様子も見ておこうと思ってな」

「瑠華なら、ついさっき眠ってしまった。腕の方も物を握れる位までに治っているが、激しい運動はまだ無理らしい」

「そうか」

 

瑠華の方も骨折した腕が回復しているそうで、星は安堵する。

 

「まあ、今はそっとしておいてやってくれ」

「うむ、顔を見る程度にしておこう」

 

愛紗は星の横を通り過ぎようとすると、急に呼び止められた。

 

「愛紗よ」

「ん?」

「明日は、楽しみにしておれよ?」

「はぁ?」

 

星はクスクスと笑みを浮かべ、瑠華の部屋に入っていく。訳が分からず、頭に?マークを浮かばせる愛紗であった。

 

「成程、気持ち良さそうに寝ているな」

 

寝台には、小さな男の子が横になっていた。星は寝台の端に腰かけ、瑠璃色の髪を優しく撫でた。

今の彼女は、端から見れば、穏やかな印象を与える事だろう。

 

「さて、早速♪」

 

途端に、悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、星は瑠華の頬をつんつんとつっつく。

幼さ故か、中々に柔らかい。それでいて、温かみがある。

 

「ふむ、中々の感触だ♪」

 

星は更に続ける。

 

つん、つん。

 

「う〜ん…」

 

つん、つん。

 

「ん、む〜……」

 

つん、つん。

 

「えへへ……♪」

「……可愛い」

 

頬を朱色に染めて、口元を隠す星。

子供特有の無邪気な笑顔を浮かべる瑠華。いつもの彼とは違った愛らしい表情。

その表情に、星は呆気にとられるも、すぐに笑みをこぼす。

 

「これは、そっとしておいた方がいいな」

 

もう一回瑠華の頭を撫で、そっとその場を去ろうとする。しかし、何かに袖を引っ張られ、ボフンと寝台に尻をつく。

 

「おやおや」

「ん〜……」

 

彼女の長い袖を、瑠華が片手でぎゅっと握っていたのだ。離すまいとしている愛らしい様子を見て母性を刺激されたのか、無理矢理引き離す事はせず、星はくすっと笑った。

すると、星も横になり、子供と一緒に寝る母親の様に、瑠華の肩に手を乗せ、そのまま眠りに落ちた

 

 

 

二刻後、起きた瑠華が恥ずかしそうに顔を赤らめて俯き、星はくすくすと笑いながら、彼の頭を撫でていた。

 

 



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~一刀、関羽と逢引するのこと~

そして翌日、皆で朝食をとっている。

鈴々、馬超は大食いスキルを発揮し、星はメンマを堪能している。瑠華もまだ完治していない腕で食事をしているが、たまに朱里が手伝ってくれている。

皆がそれぞれ食を進めている中、一刀だけが箸を手にしておらず、思考している。

 

(う〜ん、どういう風に誘ったらいいんだろ)

「一刀、どうかしたのか?」

「へぃっ!?」

 

横から、愛紗が問いかけてきた。咄嗟の事で、声が裏返ってしまった。

 

「い、いや……べ、別に?何でもないよ?う、それじゃ、いただきま〜す♪」

「そう、ですか」

 

一刀はごまかす様に、目の前にある炒飯を口にかきこむ。

 

「おっ、うまいな〜これ」

「あら、そうですか?」

 

パラパラとした食感、絶妙な味付けに舌鼓を打つ一刀。瞬く間に炒飯を食べ終えた。娘の璃々にご飯を食べさせてあげながら、黄忠は微笑む。

 

「ぶぅ、うまかった~」

「美味しかったのだ♪」

 

一刀と鈴々が満足げに言うと、黄忠は嬉しそうに笑う。

 

「あらあら、北郷さんったら」

「えっ?」

 

よく見ると、一刀の口元にご飯粒が付いていた。黄忠は指でご飯粒を拾うと、そのまま口にした。

 

「すいません黄忠さん」

「いえいえ、私もご馳走さまです♪」

 

黄忠が見せる妖艶な笑みに、一刀は頬を赤く染める。時折、大人の美女が見せる笑みは、中々に心臓を驚かせる。

すると、急に右足に激痛が走った。

 

「いづっ!?あ、愛紗、いきなり何す――――」

「はっ?何かありましたか?」

「……いや、なんでもありません」

 

愛紗は素っ気なく返事をする。

彼女に威圧され、小さくなった一刀は痛みが引くまで右足を擦った。黄忠はあらあら♪と微笑ましそうに見ている。

 

「と、所で、一刀……」

「ん?今度はどうしたんだ?愛紗」

 

さっきまでの態度とは違い、愛紗は言いにくそうにするも、コホン、と咳をし、質問する。

 

「一刀は……その、やっぱり、料理の出来る女性は、いいと思うのか……?」

「へっ?」

 

チラッ、と恥ずかしそうに横目で一刀に問う愛紗。美少女が羞恥している様子を目にし、ドキッとしながらも、一刀は思考する。

 

「まあ、料理にも、得意不得意があるからね。別にできないからって、俺は気にしないけど」

「そ、そうか……」

 

ホッと、安堵した様子を見せる愛紗。

 

「でも、出来たら、女の子の手料理は食べてみたいかな〜」

「そ、そうか……」

「それが、どうかした?」

「い、いや!な、なんでもない……」

「そうか?」

 

一刀は訳が分からず、頭を傾げる。

落ち着きを取り戻した愛紗は、重いため息をついていた。

 

道のりは、険しい……。

 

◇◆◇◆

 

 

朝食を食べ終え、自室に戻った一刀。寝台の上にて、腕を組んで胡座をかく。

 

「なんか……緊張するな」

 

そわそわとしていて、どこか落ち着きがない。

これから愛紗を逢い引きに誘う所なのだが、中々一歩を踏み出せずにいた。こういった恋沙汰は、全く経験がない。一度でもいいからご教授願いたいものだ。自慢話を聞かされる様で非常に癪だが、そうもいってられない。それほど、緊張感が高まっていた。

しかし、時間は早めの方がいい。ぶっちゃけ、相談の時間すら惜しい。

 

「よし、一回練習してみるか」

 

今度は畏まったかの様に、扉の前を向いて正座する。目の前に愛紗がいる事を想像し、練習を行う。

 

「あ~え~……ごほん!」

 

深呼吸し、気持ちを整える。

 

ーーーーこの時、一刀は気づいていなかった。この部屋に一人の少女が近づいている事を。

 

そして、少女は扉を開けた。

 

「一刀、体の調子はーーーー」

「愛紗、俺と一緒に逢い引きに行かないか!?」

「……………え?」

「ん?」

 

二人は対面した。しかも、偶然か運命か、目と目が合った状態で。お互い、何が起こったのかと呆けた表情を浮かべる。

一刀の方はイメージ練習の筈が、目の前に本物が現れた事によって、いつの間にか本番を行っていた事に気づく。表情は固まり、大量の冷や汗をかいてしまっている。

対して愛紗は、様子を見にきた筈が、扉を開けて突然の逢い引きのお誘い。しかも、“自分の想い人”からのお誘い。表情はそのままでも、嬉しさか、恥ずかしさからか、頬は赤くなっていた。

 

「か、一刀……?」

「あ、うん……」

「それは、どういう……?」

「いゃ~、つまり、その〜……」

 

愛紗が訪ねると、ボソボソと小さく呟きながら、歯切れの悪い口調で、しかも目が泳いでいる。

 

(こ、こうなったら言うしかねぇ!!)

 

意を決し、一刀は言葉を発する。

 

「え〜っと、要するにだ!一緒に外へ散歩しに行かないかな〜なんて……」

「は?」

「いや、その、一人で外に行くのは駄目だろ?だから、愛紗と一緒だったらいいのかな〜なんて……」

 

ぎこちない感じで一刀はそう答える。

 

「あぁ……そういう事、ですか」

「あ、愛紗?」

「はぁ……分かりました。そういう事でしたら」

「えっ?い、いいの?」

「ええ、構いませんよ」

(よぉぉぉぉぉしっ!!)

 

一刀は後ろを向いてガッツポーズをする。当たって砕けろの精神で望んだが、功を奏した様だ。

歓喜に満ちた一刀とは正反対に、愛紗は残念そうな、やや落ち込んだ様子を見せている。

 

(ーーーー逢い引きじゃない、か )

 

 

◇◆◇◆

 

 

屋敷から外出し、一刀と愛紗は、村の田道を二人揃って歩いていた。

 

「いい天気だな〜」

「そうですね」

 

体を解しながら言うと、愛紗も返事をした。久々の散歩は、暖かな日光と涼しい風のおかげもあり、良い気分転換となっている。

 

「にしても……平和だな」

「ええ、本当に」

 

二人は、村を見渡す。

何処にでもある、極々普通の田舎村。村人一人一人が元気で、活気のある所だ。

当たり前の様な事だが、この時代では、とても珍しい光景であり、目指さなければならない情景でもある。

 

「……」

「一刀?どうかしましたか?」

「ん?いや、ちょっと思い出しててさ」

「思い出す?」

「ああ、今までの事を……ね」

 

物思いに耽る一刀に、愛紗は声をかける。

一刀は、自分がこの世界に来てからの出来事を思い返していた。

 

全ての始まりは、尊敬する祖父の墓参りの帰り道、道端に落ちていた謎の“鏡”を手にした事から始まった。鏡から発せられた謎の光に包まれ、気が付けば自分は、この世界に。

そして、最初に出会った人物。それが、隣にいる少女。軍神【関羽 雲長】、真名を愛紗。

ひょんな事から彼女と共に旅をすることになった一刀。そして理解する。

 

自分は、古代中国の後漢末期の時代。

 

【三国志】の世界に来たということを。

 

三国志については、小さい頃から興味を持った事もあり、それに関連する書物を読んでいた。

数々の群雄、武将、軍師が生きていたこの時代に、自分が訪れるとは夢にも思わなかったが、この世界は史実の三国志とはちょっと違う所がある。

それは、歴史上の人物が全員“美少女”になっているという事実。

最初、“どんなシチュエーションだよ”とツッコミたくなったが、今となっては“これも、アリだな!”と思っている自分がいて少し恐怖した。だが、すぐに慣れた。慣れというものも怖いものだ

加えて、この世界ならではの風習がある。それが【真名】だ。

真名とは、親から自分自身に与えられた、文字通り、“真の名”。同時に信頼の証でもある。

これは親しい人物、もしくは自分が信頼するに値する存在にしか与えられない、神聖なものだ。例え知っていても、本人の許可なしで口にすれば、首をはねられても文句は言えない。

それほど、大事なものなのである。

 

そして一刀の隣にいるこの黒髪の少女。【関羽 雲長】こと、【愛紗】。

 

一刀が最初に出会い、仲間になった人物でもある。

幼い頃に賊に襲われ、両親、そして最愛の兄を失った。それからは世を正す為の旅をしている。

 

一刀は、愛紗との出会いを思い出していた。

 

(あの時は驚いたな〜。軍神と崇められていたあの【関羽】が、まさかこんな可愛い女の子になってるんだから……)

 

横にいる愛紗を見ながら、心中で呟く。

長く、艶やかな黒髪。思わず、撫でたいという衝動に駆られる。琥珀色の宝石の様な瞳に、整った目鼻立ち。初めて出会った際、暫く見惚れてしまった。横顔を眺めるだけでも、充分に癒される。

そして、服の上からでも分かる、魅惑の体型。実りに実った女性の部位に、スラリとした下半身。目が行ってしまうのは、無理もないだろう。もっとも、厭らしい目で見れば、偃月刀の錆になる事間違いなし。

今のこの時間を無下にしない為にも、一刀は気づかれない様に、細心の注意を払って、横目で、眺めていた。

 

(……私の顔に、何か付いているのだろうか?)

 

美髪公には、お見通しだった様だ。

 

「うりゃりゃ〜〜〜♪」

 

突然、前方から何かが急接近。砂煙を立ちあげながら、此方に向かって走ってくる。

 

「「り……鈴々?」」

「鈴々義勇軍のお通りなのだ〜♪」

 

豚に誇り、小さな子供達を従えた赤毛の少女が雄叫びを上げる。

名を【張飛 翼徳】。真名を【鈴々】

史実通り、愛紗とは姉妹の契りを交わした仲で、一刀の事をお兄ちゃんと呼び、慕っている。

鈴々義勇軍は、道端によけた二人の前を通りすぎ、どこかへと走り去ってしまった。

 

「まったく、鈴々は相変わらずだな」

「まっ、あれが鈴々の良い所でもあるからね」

 

頭を押さえて、やれやれと首を振る愛紗。庇うように、その横で一刀は苦笑する。何だかんだ言っても、二人にとっては、大切な仲間であり、愛する義妹でもあるのだ。

 

そして二人はまた歩を進める。

 

「ん?あれって」

「せいっ!やぁっ!たあっ!」

 

声のする方角を向くと、鍛練場で馬超が一人、得物の槍を手に鍛練をしていた。

 

「よう、馬超」

「ん?おう、北郷か」

 

気づいた馬超は手を止め、一刀達の方へ近寄る。

 

「二人で何やってんだ?」

「気分転換に外へ散歩しようと思ってね。馬超は鍛練かい?」

「ああ、こういう天気のいい日は外で体を動かさなきゃ勿体ないだろ?」

「確かにね」

 

一刀と馬超が楽しそうに話し合っている。他愛ない会話で場を弾ませる。とても、仲睦まじい光景だ。

 

だが、愛紗の表情は曇っていた。ズキッ……と、胸の奥が痛む感覚に襲われる。

 

「そうだ!北郷も一緒にどうだ?」

「お、いいねーーーー」

「駄目だ」

 

二人の間へ、やや強引に乱入する愛紗。

 

「体がまだ完治していないだろう。ましてや鍛練など絶対に駄目だ」

「あ、そっか!悪いな、北郷……」

「いや、気にしないでよ馬超。また今度ね」

「ああ、そうだな。体には気を付けろよ?」

「ありがとう。それじゃ」

「おう」

 

一刀は手を振り、その場を後にする。馬超も見送った後、鍛練を再開。

隣で歩く愛紗は、ご機嫌斜めのご様子。

 

「あれ?一刀」

「関羽さんも」

「ん?おう、瑠華か」

「孔明殿」

 

通りがかった民家。その前に置かれている長椅子にて、瑠華と朱里は読書していた。

屈んで、二人が持っている本を覗き見る一刀。漢文がずらりと、紙一面に書かれている。

 

「…………うん、読めねぇ」

「そういえば、一刀は字が読めないんですよね?」

「いや~、お恥ずかしながら……」

 

未だに、この時代の文字に不馴れな一刀。言いにくそうにしていると、愛紗は少しの思考の後、頷いた。

 

「よろしければ、私がお教えしましょうか?」

「えっ、いいの?」

「読み書きの一つは出来なければ、これから先不便でしょう?」

「ありがとう愛紗!助かるよ~」

「いえ、気にしないで下さい」

 

微笑み合う二人。

その様子を、朱里は微笑ましく見ていた。

そして、仄かに赤く染まった顔半分を本で隠し、横の方を見る。隣で、瑠華は静かに読書を嗜む。

 

(私も……)

「どうかした、朱里?」

「はわわっ!な、何でもないでしゅ!ぁぅ……」

「っ?」

 

視線に気づいたのか、こちらに視線を向ける瑠華。急に顔を見合わせてしまい、朱里の顔は更に紅潮する。

頭から湯気を出す彼女を見て、瑠華は頭を傾げるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

それから一刀と愛紗は散歩を続け、他愛ない話をしながら、笑い合う。周りから見れば、まるで幸せそうな恋人同士。

暫く歩き、二人は村の外れに位置する湖の畔に着いた。辺りは夕方で、湖には綺麗な夕焼けが写っている。

二人は地面に腰かけた。

 

「はぁ〜、久しぶりの外はいいな〜♪」

「ふふっ、まるで子供みたいですね」

「だってさ、体を動かすのって結構楽しいじゃん?誰かと一緒だったら尚更だよ」

「そうですか」

 

地面に寝そべる一刀を、愛紗は優しく微笑みながら、見つめていた。

 

「それに、今日は愛紗と一緒で楽しかったしな」

「私の様な、無骨者と一緒でですか?」

「何いってんだよ。愛紗はとっても可愛い女の子じゃないか」

「なっ!?」

 

面と向かって言われ、愛紗は顔を真っ赤にする。

 

「な、馬鹿な事を言わないで頂きたい!」

「何で?ホントの事でしょ?」

「〜〜〜〜っ!!」

 

真顔で言う一刀に、愛紗は目を反らす。世辞などではない、本心からの言葉。夕焼けのせいか、彼女の顔が更に赤く見える。

 

「どうしたんだよ?」

「な、何でもない!」

「いや、なんか顔が赤いけど、熱でもあるのか?」

「熱はない!」

「じゃあ……何でだろ?」

 

誰のせいでこうなってると思っているのだ、と言いたい所だが、何とか我慢する。原因である本人は分からずに、首を傾げる。

それでも気になってしまったのか、一刀は上半身を起き上がらせ、愛紗に近づく。

 

「愛紗、心配だから、ちょっと顔見せて」

「なっ!か、構うな!」

「そういう訳にもいかないだろ?ほら」

「い、いいからーーーーきゃっ!」

「うおっ!?」

 

一刀が愛紗の肩を掴むと、赤くなった顔を見られたくないのか、愛紗は抵抗する。

すると、愛紗はバランスを崩し、後ろに倒れる。一刀も勢い余って、前のめりに倒れる。二人はそのままぶつかってしまった。

 

「いって〜愛紗、大丈夫か?」

「あ、ああ。私は大丈夫」

《っ!?》

 

そして、二人の顔は同時に羞恥の色に染まった。そう、お互いの顔の距離がかなり近い事に気がついたのである。今の二人の状況は、地面に横たわる愛紗に一刀が上から覆い被さっており、ちょっと前に動かしただけで唇と唇が触れあう、正にギリギリの状態である。

何もすることはなく、二人は見つめあっている。聞こえてくるのは、森の木々の葉を鳴らす風の音。そして、自分の心臓の鼓動である。ドクン、ドクンと耳に鳴り響いている。

一刀は覆い被さったまま、動けずにいた。愛紗は目が微かに震えており、同様に硬直している。

 

「「……」」

 

二人の口元が、ゆっくりと近づく。

 

 

◇◆◇◆

 

 

がさがさっ、と、草が揺れる。その方角から声が聞こえ、二人は即座に離れた。

 

「お兄ちゃんと愛紗、こんな所にいたのだ」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。見ぃつけた♪」

 

二人を探しに来たのか。鈴々と璃々は手を繋ぎ、二人の元に歩み寄る。

一刀は明後日の方向を向いており、愛紗はモジモジと俯いていた。共通して言えるのは、二人とも顔を真っ赤にしているという事。

 

「ど、どうしたんだ鈴々?」

「ご飯が出来たから、呼びに来たのだ」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。一緒に帰ろ?」

「そ、そっかそっか……愛紗、帰ろっか」

「え、ええ、そうですね!……はい……」

 

状況が状況なだけ、目を合わせる事が出来ず、二人は顔を反らす。どこかぎこちない二人を見て、小さな子供二人は首を傾げるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

それから四人は屋敷に戻り、仲間達全員と夕食をとった後、皆それぞれの部屋へと戻った。

 

「黄忠殿」

「あら?関羽さん」

 

部屋へ戻ろうと、廊下を歩いている黄忠を愛紗が呼び止めた。

 

「どうしました?」

「そ、その〜…頼みが、あるのだが…」

「頼み?」

 

下を向いて、言いにくそうにする愛紗。黄忠が頭を傾げていると、愛紗は顔を引き締めて黄忠の方を向いた。

 

「私に、料理を教えてくれ!」

 

 

 

 

 

それから夜になった頃、一刀は寝台に寝転びながら、あの時の事を思い出していた。

 

(もし、鈴々が来ていなかったら、俺…愛紗と…)

 

その後の事を想像すると、一刀は顔を紅潮させる。そして振り払う様に頭を左右に振る。

 

「はぁ〜……」

 

「散歩するか」

 

気持ちを落ち着かせる為に、一刀は外へ出た。今夜は満月が綺麗に映えている。

 

「…ん?あれって」

 

屋敷を囲んでいる高台の方へと向かうと、そこには先客がいた。

夜風が水色の髪を揺らし、彼女が身に付けている白い着物を満月の光が照らしている。彼女は、酒の入った酌をくいっと口にやる。

 

「誰かと思ったら、星か」

「おやおや、一刀ではないか」

「隣いいか?」

「ああ、構わんよ」

 

「一人もいいが、二人で飲む酒もうまいからな」

「そっか」

 

一刀は星の横に腰かける。

 

「どうしたんだ?こんな所に」

「ちょっと、落ち着かなくてね。星は?」

「うむ。今宵は満月が綺麗だからな。折角だから月見酒でも、と」

「あ〜、確かに綺麗だな」

 

二人は一緒に月を見る。すると、星がもうひとつの酌を渡してきた。

 

「どうだ?一刀も」

「えっ?う〜ん、俺未成年なんだけど…」

「私の酒が飲めないとでも?」

「……ちょっと位なら、いいかな?」

「うむ」

 

星は一刀に渡した酌に酒を注ぐ。

 

「それじゃ、乾杯」

「乾杯」

 

チンと音を鳴らし、二人は飲み干す。

初めて飲む酒は喉を熱くし、そして、うまかった。

 

「で?どうだったのだ。愛紗との逢い引きは」

「えっ!?…あ〜うん、まあ、楽しかった、よ?」

「ほほう…ついに一線を越えたか」

「ぶふっ!?」

 

一刀は口に含んだ酒を霧状に吐き出した。

 

「げほっ!げほっ!な、何いってんだよ!?」

「おや?違うのか。まさか、もう愛紗をはら…!」

「違うって!愛紗とはまだやってないよ!」

「…なんと、面白くない」

「面白かったらいいのかよ……」

「しかし、まだ、ということは、いずれは…」

「うっ…」

 

小悪魔な笑みを浮かべる星。これ以上言ったら余計にからかわれると察した一刀は、押し黙った。一呼吸し、一刀は星の方を向く。

 

「…なぁ星」

「ん?」

「相談にのってくれたり、心配してくれて、ありがとう。これからもよろしくな」

「別にいいさ。礼を言われるまでもない」

「それでもだよ。星みたいな可愛い女の子に話を聞いてもらえて、俺嬉しかったからさ」

 

「だから、な?」

「………」

 

優しい笑顔

 

星は頬を赤く染める。

 

「あれ?顔が赤いぞ星」

「…う、うむ、ちょっと酔ってしまったかな?」

「そうか?」

「ああ……」

 

一刀が聞くと、星は顔を反らしてそう返す。

 

(まったく……一刀はずるい…)

 

星はそっぽを向き、胸に手を置く。微かだが、やや早く聞こえる。

もしかしたら、幽州で初めて出会った時に一刀が見せたあの笑顔。あの時から自分は虜になっていたのかもしれない。

そう思うと、星はくっくっと笑った。

星は顔を上げると、後ろにいる一刀に体を預けた。

 

「星?」

「すまんすまん。やはり酔ってしまった様だ。少し…このままでいていいか?」

「えっ?別にいいけど」

「ふふふっ♪」

 

(まあ、嘘なんだけどな…)

 

一刀と背中合わせに座り、彼にもたれている星。一刀の体温を感じながら、子供の様な無邪気な笑みを浮かべる星。

そんな二人を、満月の光が青く照らしていた

 



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~一刀と関羽、教えを乞うのこと~

桃花村の屋敷の一室。

北郷一刀は筆を手に、机と向き合っていた。傍らには、愛紗が立っており、筆を走らせる一刀の姿を見つめている。

筆を置き、試験官に書簡を渡す一刀。

 

「よしっ!愛紗、見てくれ」

「こことここ。後、ここも間違っています」

「マジでぇ……?」

 

バッサリと言われ、一刀は項垂れる。

 

これから先、この世界で生きていくには、文学も大事である。その為、先ずは文字を覚えなければならない。

前にも話した通り、一刀は愛紗から読み書きを学んでいる。最初は二人きりで優しく教えてもらえる――――かと思いきや、流石は関雲長。か~な~りのスパルタ教育で、一刀はみっちりしごかれた。

つい前まで甘い時間を想像していた馬鹿な自分をぶん殴りたい気分だ。

しかし、その甲斐あってか、一刀はこの時代の文字を学習していった。この間まで多かった間違いが、数えられる程度にまで成長したのだ。

元々から吸収力がすごかったのか、愛紗も感心していた。

 

「この調子だったら、あと少しですね」

「はぁ〜、こんな事なら学校で漢文ちゃんと聞いとけばよかったな〜」

 

学校生活での授業を少し悔いながら、愚痴をこぼす。ふと、あることに気づいた。

 

「愛紗、手怪我してるじゃないか!」

「え?あっ……」

 

一刀の言う通り、愛紗の綺麗な両手の指には、包帯が巻かれていた。一刀に指摘され、愛紗はギクッと目を泳がせる。

 

「こ、これは、別に何でも……」

「いや、そう言われても」

「そ、それより一刀!馬超の所に行かなくてもいいのか?」

「へっ?」

 

愛紗に促され、一刀はふと窓から外を見る。太陽の位置が変わっており、あれから結構な時間が経っていた事が分かる。

 

「やばいやばい!これから馬超の所へ行かないと」

「ああ、そうだな」

「今日も教えてくれてありがとな、愛紗」

「いえ、お役に立てたのなら、良かったです」

 

愛紗は笑顔で答える。この笑顔を見ると、かなり癒される。

 

「それじゃ」

「ええ」

 

一刀は、そのまま部屋を出た。部屋に残っているのは、愛紗一人。

 

「ふぅ…危ない所だった」

 

愛紗はホッと息を下ろす。

 

「よし!私も行くか」

 

そして、その場を後にした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

一刀が走ってやって来た場所は、馬小屋。そこでは、一人の少女が待っていた。

 

「よう、一刀!」

「やあ、馬超」

 

この時代の移動手段としては、主に馬が使われる。当然、車などが存在しないこの時代においては、重宝される移動手段の一つ。戦いにおいても、必要な存在。というわけで馬に乗れない一刀は、馬超に乗馬を教えてもらうことにした。断る理由がないため、彼女も快く引き受けてくれた。

 

「よし、それじゃ早速」

「ああ、よろしく頼むよ」

 

馬超は手綱を引いて、一頭の馬を連れてきた。全身が黒で染まっており、ガッチリとした体格の馬だ。

 

「今日もよろしくな」

 

一刀が優しく撫でると、ヒヒン♪と気持ち良さそうにすり寄ってくる。

初めて乗った際、バランスを取るのが中々難しく、馬超が手綱を引いてくれたおかげで何とか乗れた。歩く度に、揺れるのなんの、慣れるのに暫し時間を費やした。

だが、今では自分一人で乗れる様になっていた。一刀は馬に誇り、そこからの景色をふと眺める。

 

「にしても、大分馬に慣れてきたよな一刀」

「最初は怖くてはらはらしたけど、今じゃあ馬とも仲良くなれたよ。ありがとな、馬超」

「よせって、なんか照れるぜ」

 

素直に礼を言われ、朱に染まった頬をかいて照れる馬超。

 

「そうだ、一刀」

「ん?」

「これから、馬を洗いに川へ行こうと思ってるんだけど、一緒にどうだ?」

「ああ、教えてもらったお礼に付き合うよ」

「助かるぜ。それじゃ行くか」

 

一刀と馬超は、馬を洗うために近くの川へと向かった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

その頃、一人の少女は、エプロン姿で屋敷の厨房に立っていた。

 

「はぁ!」

 

愛紗は手に取った大根を空中に投げ、そのまま包丁で切り刻んだ。その軌跡や切れ味は、正に神業の一言。

その様子を見ていた黄忠は、唖然としていた。

 

「あの……関羽さん?そろそろ、普通に切ってもらっても……」

「あっ!す、すまない…つい癖で……」

 

遠慮がちに指摘され、照れ臭そうに赤くなった頬をかく愛紗。

そう、愛紗は黄忠に料理の指導を受けているのだ。この料理教室は、前々から始めており、愛紗の両手にはその証とも言える包帯が巻かれていた。

 

「では、改めて頑張っていきましょう」

「うむ、御指導宜しく頼む」

「はい、それでは――――」

 

二人は調理を開始する。まな板の上でトントンと包丁で食材などを切っていく。黄忠は流石というべきか、手慣れた包丁捌きこなしていく。一方の愛紗はというと、どこかぎこちなさを感じるものの、こちらも丁寧に仕上がっていた。黄忠の指導の賜物で、最初に比べてみればかなり上達している。最初の頃はというと……言うまでもないだろう。

 

「とりあえず、仕込みはここまでにしておきましょう」

「うむ、承知した」

「関羽さん、かなり様になってきましたよ」

「そ、そうか?」

 

黄忠に褒められ、愛紗は照れ臭そうに頬をかく。上達してきているという事実が、嬉しくて仕方ない。

 

「これで、北郷さんに手料理を振る舞う事ができますね♪」

「えっ!?」

 

黄忠に耳元で囁かれ、愛紗は顔を瞬く間に紅潮させる。

 

「ななななっ、何を!?」

「あらあら、恥ずかしがらなくてもいいですのに」

「いや、しかし……」

「北郷さん、きっと喜ぶと思いますよ」

「そ、そうか?うむ、そうだと、い、いいのだが……」

 

両手の指を絡ませて、モジモジする愛紗。先程とは打って変わって、期待している様にしている。

 

「所で、関羽さん」

「は、はい」

「北郷さんのどこがお好きですか?」

「っ!?」

 

唐突かつ、率直な黄忠の質問に、愛紗はたじろぐ。その頬に、赤みが更に増した。

 

「べ、別に!今は!そんな事を、言う必要は……」

「そう仰らずに、さあさあさあ♪」

「うっ……」

 

童心の様にわくわくとしている黄忠。避けられそうにないと悟り、観念した。

 

「その……優しい所、とか」

「ふむふむ」

「頼りに、なる所とか」

「それで?」

「後……笑顔、かな」

「あらまあ♪」

 

他にも色々とあるが、言うときりがない上、口にしたらまた顔が熱くなってしまう。そう感じ、愛紗は無理矢理話を終わらせる。

 

「〜〜〜〜っ!も、もういいではないか!」

「あらあら、もうちょっと聞こうかと思いましたのに」

 

話を遮られ、名残惜しそうにする黄忠。

 

「でも、関羽さんが北郷さんをどれ程好きでいるのかがよ〜〜く分かりました♪」

 

微笑ましそうに見ている黄忠と反比例して、愛紗は俯いてしまった。真っ赤になった頬を隠す様に。

 

「でも、確かに共感できますわね」

「えっ?」

「荒れに荒れている戦乱の渦中、あの様な殿方がいるなんて、夢にも思いませんでしたわ」

「確かに……そうですね」

 

この乱世の時代、賊の様に獣に落ちる男もいれば、私腹を肥やそうと卑劣な事をする男もいる。男尊女卑、全てとは言わないが、ほとんどの男は皆、女性を下に見るだろう。

 

しかし、“彼”は違った。

 

村で見た彼の行い。誰にでも分け隔てなく接し、積極的に向き合おうとしている。彼が行く度に、村の人達も笑顔になっている。これは、誰にでも簡単にできる事ではない。村の子供たち、娘の璃々と一緒に遊んでくれたり、村人の手伝いをする等々、そういった善行が村からの信用を得た理由だろう。

 

もしかしたら、彼はこの乱世を終わらせる“希望”かもしれない。他人から見れば、過信の様にも思われるだろうが。

 

そして、娘を誘拐したあの男に鉄槌を食らわせた――――。

 

「今のは俺の大切な仲間を苦しめた分だ……!これ以上殴られたくなかったらとっとと失せろ!!」

 

――――あの後ろ姿。まるで、“亡くなった主人”に……。

 

トクン、と心臓が跳ねる。

いつの間にか、頬がほのかに朱に染まり、少し熱くなっていた。黄忠はそれに気づき、上を見上げる。

 

(私……もう一度、恋をしてしまったかもしれないわね……)

 

その表情は清々しいものだった。

 

「黄忠殿、如何なされた?」

「いいえ、関羽さん。何でもありませんわ♪」

 

今は、心の奥に秘めておこう。そう自分に言い聞かせ、黄忠は笑みを浮かべる。

 

「さぁ、仕上げに取りかかりましょうか♪」

「うむ」

 

二人はまた調理を開始する――――と思いきや、黄忠が不意に手を止めた。

怪訝に思う愛紗。どうしたのか?と訪ねる前に、黄忠はその場から離れ、窓を開ける。

すると、どこから取り出したのか。自らの得物である弓を引き、矢を放った

 

「なぁあっ!?」

 

更にもう一本。

 

「はぁあっ!?」

 

驚きを露にする愛紗を他所に、黄忠はやりきった様な表情を浮かべていた。

 

「こ、黄忠殿!どうなされたのだ!?」

「いえいえ、何でもありませんわ」

「だが、いきなり矢を放つなど――――」

「何でもありませんわ」

「し、しかし……」

「何でもありませんわ」

「…………」

 

これ以上は、何も言うまい。

 

どこか納得できないものの、そのまま調理実習は続行した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

村から少し離れた位置にある河川敷。そこで、一刀と馬超はブラシで愛馬の体を洗っていく。

 

「どうだ〜?気持ちいいか?」

 

一刀が声をかけると、馬はヒヒン♪と機嫌良く返事を返す。

 

「そうかそうか、気持ちいいか」

「なんか北郷って、馬の気持ちが分かる人みたいだな」

「いやいや、馬超に比べたら俺なんて」

 

馬もすっきりしたらしく、二人は洗い終えると、砂利の所に腰かけた。

それから二人は談笑に夢中になる。

鍛練してる際、お互いの気になる点などを言い合う。日々の生活で、こんな出来事があった等々。

 

「いや〜、河の近くって涼しくて気持ちいいなぁ」

「馬を洗う為に、よくここに来るんだ」

「いつも思ってたけど、馬超って本当に馬達の事を大切にしてるんだな」

「当たり前だろ。西涼の民にとって馬は共に戦場を駆ける大切な仲間だからな。それくらい当然だぜ」

 

馬超は川の水を飲んでいる馬を優しく見守っていた。人間であれ馬であれ、仲間には変わりない。そんな思いが伝わってくる。馬超の横顔を眺めていると、彼女はそれに気づいた。

 

「ん?あたしの顔に何かついてんのか?」

「いや、なんか綺麗だなぁ〜って思ってさ」

「はっ!?な、な、何いってんだよ!」

「え?何慌ててるんだ?」

「う、うるせぇな!」

「そういえば、冀州で行ってた試験の時の馬超も可愛かったなぁ」

「い、何時の話してんだよ!」

「何時って、紀州の時だろ?」

「〜〜〜〜っ!もういい!」

「っ?」

 

湯気が出るほど顔を真っ赤にさせ、馬超は顔を反らしてしまった。何を怒っているんだろう、と一刀は自分が原因であることに全く気づいていない。

 

(ったく〜、こいつはあたしを殺す気かよ〜……)

 

真顔でこうもあっさり言えるとは。

馬超は恥ずかしさのあまり、一刀の方を向けずにいた。

 

「馬超」

「えっ?」

 

呼ばれて振り返ると、一刀が自分の目の前まで来ており、馬超の心臓が少し高鳴るとする。

 

(えっ?えっ?ええぇぇぇぇ!?)

 

すると、一刀は馬超の右頬に手を添えた。

 

(な、何?ま、まさか、こんな、人気のない所で……!?)

 

訳も分からず、顔は更に赤みを増す。結果、この状況に耐えきれず、馬超は一刀を押し退けた。

 

「ま、ま、ま、待ってくれ!そ、“そういう事”をする、ていうんなら、あ、あたしにもその、心の準備ってもんが、あってだな……」

「え?」

「そ、そもそも!あたしらはまだ、“こういう事”をするのは、早いって言うか、べ、別にお前とがい、嫌って訳じゃなくて、だからその、なんつーか、えと……」

 

急にあたふたし始め、馬超は一刀に背を向け、何故かお腹に手を添えていた。

そんな彼女を見て、一刀は目を丸くする。

 

「何の話してるんだ?」

「へっ?」

「馬超の髪に葉っぱが付いてたから、取ってたんだ」

「………………葉っぱ?」

「うん、ほら」

 

逆に今度は馬超が茫然とする。そんな彼女に、一刀は手に持っている一枚の葉っぱを見せた。

見た途端、馬超は俯き、体は小刻みにふるふると震えている。

 

「ば、馬超?」

「………ば」

「ば?」

「馬鹿ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ぐはっ!?」

 

一刀の顎目掛け、馬超は腕を伸ばし、強烈なアッパーを繰り出した。顎に命中し、一刀はそのまま空中で何度も回転。川に落ち、水飛沫が飛び散る。

 

「ふんっ!」

「ちょ、待ってくれよ馬超!」

 

不機嫌丸出しで、馬超は馬の手綱を引いて村へと戻る。一刀はびしょ濡れになりながら、急いで追いかけた。

 



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~関羽、成果を出すのこと~

――――皆さん、こんにちは。月読です。僕は今……怒られてます。

 

桃花村の屋敷の庭にて、瑠華は正座をしていた。ビシッ!と、まるで見本を見ているかの様に。目の前には、ご立腹な様子を見せる少女が両手を腰につけて立っていた。

 

「まったく!瑠華君、安静にしておかないと駄目じゃないですか!」

「はい」

「それにこんな所で蹴鞠を蹴るなんて!」

「はい」

「分かってるんですか!?」

「はい」

「大体あなたはですね――――」

 

怒りを露にし、朱里は更に説教を続ける。そんな中、瑠華は半刻前までの出来事を思い返していた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

それは、半刻前の事。

 

「……暇だな」

 

庭にある椅子に腰掛け、一人呆ける瑠華。右の前腕には包帯が巻かれている。骨にヒビが入っており、まだ小さい体のせいか、完治はできていない。念の為にと安静にしておくように言われたのだが、ず〜っと部屋の中にいたんじゃ逆に動きたくてしょうがない。

そう思い、こうして外に出ているのだ。

 

「早い所治さなきゃ……ん?」

 

瑠華は、ある物を見つけた。

 

「これって、鞠か」

 

白色の球体、今で言うボールが置いてあった。瑠華は近づくと、足を乗せた。

 

「……ちょっと位ならいいよね」

 

下から鞠を蹴り上げ、頭に乗せた。器用にバランスをとり、前に落下する鞠を右足で蹴って、今度は左足、また右足と交互に上向きに蹴る。その場からあまり動いていない所を見ると、かなりのリフティング技術を持っていると窺える。

どこにでもいる子供みたいに年相応な表情を見せる瑠華。

 

「やばっ!」

 

すると、当たり所が悪かったのか、鞠が見当違いの方向に行ってしまった。

更にタイミングの悪い事に、本を手に持った一人の金髪の少女が歩いてきた。

 

「朱里、よけて!」

「えっ?」

「あっ……!」

「はわわっ!?」

 

咄嗟に手に持っていた本で防ぎ、鞠は地面に着地。朱里はその反動で尻餅をついてしまった。

そして、瑠華は目にしてしまう。朱里のスカートから見える、白き布を。

 

「はわわ~~っ!?」

「え、と〜……」

 

朱里は慌ててスカートを押さえ、瑠華は思わず赤面してしまう。

お互い無言のまま、気まずい雰囲気が漂う状況の中、朱里は恨めしげに見つめる。

 

「……見ましたか?」

「あ、その……」

「見たんですね?」

「………」

「瑠華君!」

「ご、ごめん!」

「ちょっとそこに座って下さい!」

「は、はい!」

 

朱里は頬を膨らませ、瑠華を地面に座らせる。有無を言わせない気迫に押され、それから半刻もの間、瑠華は朱里の説教を聞く羽目となった。

 

「お〜い、どうしたんだ?」

「北郷さん」

 

すると、そこへ一刀がやって来た。

 

「どうしたんですか?全身びしょ濡れですけど……」

「ああ、ちょっとね」

 

一刀は気まずそうに返事を返す。

 

「それより、どうかしたのか?」

「実は――――」

 

朱里は一刀に状況を説明する。それを聞き、成る程と納得する一刀。そして、助け船を出す事にした。

 

「孔明ちゃん、瑠華も反省しているみたいだし、この位で許してあげてもらえないかな?」

「それは……まあ、いいでしょう」

「瑠華も、ほら」

「うん……朱里、本当にごめん」

「いえ、もう気にしてませんから」

 

朱里は笑顔で許してくれ、一刀は落ち込んだ瑠華の頭を優しく撫でてあげる。

すると、黄忠が廊下を歩いてきた。何かを探しているのか、きょろきょろと周りを見渡している。

 

「黄忠さん、どうかしましたか?」

「あら、北郷さん。璃々を知りませんか?」

「璃々ちゃん、ですか?」

「ええ、夕食が出来たので、呼びに行こうとしたら、部屋にいなくて」

「村の子供達と遊んでるんじゃあ」

「それが、子供達も知らないと……」

 

そんな中、瑠華が思い出したかの様に顔を上げる。

 

「そういえば、鈴々と一緒だった様な……」

「瑠華、知ってるのか?」

「うん。二階から見たんだけど、あの方角は多分隣町の方へ行ったんじゃないかな?」

「隣町か」

「大声で、“鈴々と璃々で〜鈴姉妹〜♪”って歌ってた」

「よし、じゃあ迎えに行くか」

「私も行きます」

「すいません、北郷さん」

「気にしないで下さい。それじゃ」

 

一刀と朱里は、鈴々と璃々を迎えに、隣町へと向かった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

空が橙色に染まった頃、一刀は璃々を肩車で乗せ、右に鈴々、左に朱里という配置で手を繋いでいた。

 

「高い高〜い♪」

「そっかそっか。でも、危ないからしっかり掴まっておくんだよ?」

「うん♪」

 

可愛らしい笑顔で、璃々はぎゅっとしがみつく。

 

「今日は、二人ともたくさん遊んだのか」

「鈴々はお姉ちゃんだから、璃々と一緒に、い~っぱい遊んだのだ♪」

「そっか、偉いな鈴々」

「うふふっ♪」

 

横にいる朱里も笑みをこぼす。

 

「でも、いくら璃々ちゃんが“健全な意味で可愛がらなきゃならない幼女”でも、路上でおっぱいを出すのはどうかと」

「……確かに、な」

「にゃははは♪」

「えへへ♪」

 

苦笑いを浮かべる一刀と朱里に対して、子供二人は笑っていた。

後ろ姿から見れば、大変仲の良い家族の様に見える。

 

 

◇◆◇◆

 

 

待ちに待った、夕食の時間。

相変わらず、鈴々と馬超は物凄い勢いで料理を腹に収めていった。他の一同もそれぞれ食を進めている。

すると、一刀の前に炒飯と青椒肉絲が一品ずつ置かれた。

 

「あれ?黄忠さん、これって」

「うふふ♪まずは食べてみてください」

「じゃあ、遠慮なく…」

 

何か意味ありげな表情を浮かべる黄忠。その様子に戸惑いながらも、一刀はそれを口にした。

隣にいる黒髪の少女は、不安そうに窺っている。

 

「どうですか?」

「うん、美味しい――――けど、これ黄忠さんが作ったんですか?」

「いいえ」

「じゃあ、誰が……」

「よかったわね、関羽さん♪」

「えっ?」

 

黄忠の視線に合わせて一刀は振り向く。視線の先にいた愛紗は、ホッと息を下ろし、顔を赤くして俯いていた。

 

「もしかして、愛紗が作ったのか?」

「あ、ああ……黄忠殿に、御教授頂いてな……」

「黄忠さんの料理とは、ちょっと味が違うなぁとは思ってたけど……そうだったんだ」

 

――――だからあの質問を……。

初めて、女子――しかも美少女――の手料理を味わえた事に喜びを感じる一刀。改めて、吟味する。

 

「ありがとう愛紗。とっても美味しいよ」

「そ、それは良かった……」

「ふむ、“愛”という隠し味が詰まっているのだな」

「せ、星っ!」

 

星にからかわれ、愛紗は思わず立ち上がる。そして、その場は笑いに包まれた。

一刀は味を楽しみ、完食した。

 

「いやぁ、これなら何品もいけるよ」

 

嬉しさの余り、そう“言ってしまった”。

 

「そ……そうかそうか!そう言ってくれるか!」

「うん。でも、今日はもう――――」

「ちょっと待っていてくれ」

 

すると、愛紗は厨房へと向かった。

どうしたんだ?と皆が怪訝にしている中、黄忠一人が苦く笑う。

 

 

 

そして、愛紗は戻ってきた。

 

 

 

“大量の中華料理”を乗せた盆を持って。

 

「………………えっ?」

「いや〜、もしもの為にと思ってたくさん作っておいて良かった♪」

「あ、あの、愛紗さん?俺、もう」

「さあ一刀、遠慮せずにどんどん食べてくれ」

「いや、だから……」

「さあ♪」

 

期待に満ち溢れた、綺麗な笑顔を見せる愛紗。こんな顔で言われたら今更無理ですとは言える筈もない。いや絶対言えない。

他の仲間たちはたちまち苦笑いを浮かべ、黄忠の方を向くと“頑張って”と見放された様な感じで見られた。

しかし、これだけの料理を収める程の余裕は一刀にはもうない。殆どない。全くない。

だがしかし、折角作ってくれたのだ。残す訳にもいかない。

一刀は、意を決して食した。

 

 

 

その結果。

 

「うぷっ……」

 

食べに食べまくった一刀は、ボールの様なまんまる体型になってしまった。顔は青ざめており、横向きに倒れている。他の仲間たちは心の中で“よくやった!”と一刀を褒め称えた。

そんなことも露知らず、愛紗は足取りを軽くし、鼻歌混じりで皿を洗っている。横にいる黄忠は“何故こうなってしまったのやら”と、食器を拭きながら思うのであった。

 

「お兄ちゃんまんまる〜♪」

 

璃々はキャッキャと笑いながらポヨンポヨンと一刀のお腹を叩く。

 

 

 

これが、幸せ太りって奴か……………ガクッ

 

 



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~群雄、生徒会長の座を狙って相争うのこと【結成の陣・前】~

――――これは、とある“外史世界”の物語である。

 

 

数十もの高層ビルが立ち並ぶ、世間一般でいう都会街から、少し離れた市街地。そこらに建っている家々の前にある歩道を、背の小さい一人の少女が慌てた様子で走っていた。

 

「はわわ〜!転校初日から寝過ごすなんて最悪です〜!!」

 

どうやら、少女は学生の様だ。

 

金髪の頭には赤色のベレー帽を被り、白を基調とした気品の良さを漂わせる制服を身に付けている。赤のラインが入っており、スカートも同じ赤色だ。首元にはリボンが着けてある。

 

少女は、呼吸を荒くしながら走る。

 

「きゃあっ!」

「おっと!」

 

曲がり角に差し掛かると同時に、顔に柔らかい衝撃を覚え、少女は後方へ飛ばされてしまう。

尻餅をついてしまう、かと思いきや、誰かに受け止められた。

 

「ど、どうも、すみません…」

「大丈夫かい?」

 

振り返れば、そこに自分を受け止めてくれている一人の青年がいた。茶色の短髪で、中々に整った容姿。少女に見せたその笑顔は、相手を落ち着かせる。そんな雰囲気を出していた。

少女はその優しい笑みに、暫し見とれてしまう。

 

「どうかしたかい?」

「あっ……は、はい!だ、大丈夫でしゅ!」

「それならよかった」

 

思わず噛んでしまい、顔を赤らめる少女。対し、怪我がない事を知り、安堵する青年。

 

「すまない、怪我はないか?」

「えっ?」

 

もう一つの声がする方を向く。

長く艶やかな黒髪。目鼻立ちが整っており、正に美少女という言葉がよく似合う。そんな優れた容姿をした少女がいた。

 

(はわぁ……綺麗な人……)

「その制服、私達と同じ“聖フランチェスカ学園”の生徒だな」

「お、そういえばそうだな」

 

青年も気づいた様で、横にいる少女に同意する。彼の服装は上半身が白で下半身が青で統一されており、小さく金色の刺繍も入っている。

 

彼女の方は、少女と同じ制服なのだが、ちょっと違う所がある。少女の赤に対して、少女はベレー帽、ライン、スカートの色が、青年と同じ青系統の色だ。

 

「赤って事は……君、一年生か」

「あ、あの、私今日が転校初日で、な、なのに寝坊しちゃって、はわわっ!ってなっちゃって」

「へぇ〜、今日が初登校か」

「ならば、尚更身だしなみをきちんとしないとな」

「へっ?」

「ほら、リボンが曲がっているぞ?」

 

少女は少し屈み、少女のリボンを整える。

 

「これでよし」

 

同性でも、思わず見惚れてしまう美貌の持ち主。そう言わんばかりか、その綺麗な笑顔を目にし、一年の少女の頬は赤みを帯びていた。

 

「では、一緒に行こうか」

「でも……」

「学園はあっちだよ?」

「え、えへへ……」

 

はにかみながら、少女も同行する。三人は学園へ向かうべく歩を進めた。

 

「あ、申し遅れました。私は【諸葛亮 孔明】と言います」

「孔明ちゃんか。俺は、【北郷 一刀】よろしくね」

「私の名は【関羽】。よろしく頼む」

 

三人は、互いに自己紹介を終えた。すると、関羽があることに気づく。

 

「一刀、襟が曲がってるぞ?」

「あ、本当だ」

「まったく、しょうがないな」

「ありがとう愛紗」

 

やれやれという風に、関羽は礼を言う一刀の襟を直す。その様子は、まるで弟の世話を焼く姉、或いは恋人同士の様。

孔明は羨望の眼差しで眺めていた。

 

そうこうしている内に、同じ制服を着た生徒達が校門を通っている場に辿り着く。

 

「もしかして、ここが……」

「「ようこそ!聖フランチェスカ学園へ♪」」

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――【聖フランチェスカ学園】

 

生徒の大半が、裕福な家庭の娘という“元”お嬢様学園。

 

何故、“元”なのかと言うと、理由がある。

一刀が前に通っていた高校が少子化の影響を受け、去年廃校になってしまったのである。これを機に、聖フランチェスカ学園は、前々から話に上がっていた、男子学生との共学制を認める事になった。一刀もその流れで聖フランチェスカ学園に入学したのである。

 

しかし、共学制になってからまだ間もないため、男女比率の差がかなりのものだ。大人数の女子に対し、男子の数は恐らく数えられる程度だろう。下手すれば“男尊女卑”ならぬ“女尊男卑”という感じになる可能性もあるかもしれない。男子と女子との間はそこまで親密というわけではないが、だからといって悪いというわけでもない。共学制に賛成の者もいれば、反対の者もいる。賛否両論に分かれているが、仲は至って普通である。

 

広大な敷地内には自然公園があり、校舎は勿論、礼拝堂、喫茶店といった充実した設備が用意されている。

 

基本的にはほとんどの学生が学生寮に住んでおり、愛紗達が住んでいる女子寮は、高級マンション並みの建物で、外観にもこだわっている。

 

一刀達男子はというと、工事現場で見るプレハブ小屋の様な建物で、学園まで十分から二十分かかる距離にある。最初は合併してから日が浅いために急遽用意した寮だが、一年経った今でもこのままの状態。

 

最早、この時点で“女尊男卑”の時代になったと言っても過言ではないかもしれない。

 

 

 

続いて、学年は制服の色によって違う。

 

赤が一年生。青が二年生。緑が三年生という風に決められている。何組かのクラスに分かれているのだが、この学校では、それとはまた違った生徒達のチーム――――“軍”が存在する。本来のクラス関係なしに編成されたもので、お互いの事を信頼の証である“真名”で呼びあっている。

 

そして、時に軍同士が己の大義の為にと、知恵を絞り、武と武で戦いを繰り広げる…………事も、あるかもしれない。

 

 

 

因みに、授業レベルはかなり高い方であり、今日も群雄達は勉学に励んでいる。

 

机と向き合い、筆を動かす生徒、話を理解し、知識を吸収する生徒、ありもしない夢を見て寝る生徒、教科書を盾に早弁をして先生に見つかる生徒等々。

 

この“聖フランチェスカ学園”は、個性豊かな生徒が在学する学園だ。

午前の授業終了の鐘が、学園に鳴り響く。

 

昼食の取り方は生徒によって違う。

 

学園の食堂は基本無料であり、そこで昼を済ませるか、自分で弁当を持参するか。もう一つは、下駄箱付近に位置するパン売場でパンを購入するかである。そして現在、大勢の生徒達が並んでいる。並んでいるというよりは、ひどく混雑しており、運が悪い者はもみくちゃになる可能性大である。

 

大群の後方で、孔明は財布を手におろおろと狼狽えていた。

 

「ええっと、あの、すいません、私もパンを――――きゃあっ!」

 

進もうとしてもすぐに阻まれ、後ろへと弾かれる。すると、またもや顔に柔らかな感触を感じた。見上げると、見知った顔である少女がいた。

 

「関羽さん!」

「また会ったな」

「えっ?」

「では、突撃開始♪」

 

愛紗は、くるりと孔明を購買の方に振り向かせる。孔明の肩を優しく掴み、そのまま、戦場――大群の間――をそそくさとくぐり抜け、あっという間に購買へと到達。

 

「さ、孔明殿。私は、と」

 

愛紗はポケットからメモらしき紙を取り出し、パンを購入。

紙袋に積んだ後、自然公園を二人で歩いていた。

 

「本当にありがとうございます。パンを買うのまで助けてもらっちゃって」

「なに、困った時はお互い様だ」

「所で関羽さん、もしかしてそれ全部食べるんですか?」

「えっ?違う違う、これはじゃんけんに負けたから仲間の分も一緒に――――」

「愛紗に孔明ちゃんじゃないか」

 

愛紗が苦笑で答えると、横の方から一人の男子学生が走ってきた。

 

「一刀か、どうかしたのか?」

「日直の仕事が終わって、今から友達と昼飯を食いに行く所だよ」

 

手に持っている弁当を見せながら、説明を終える一刀。

 

「それと愛紗。まさかだと思うけど、それ全部一人で――――」

「ち、違う違う!断じて違う!」

 

孔明の時と違い、愛紗は慌てて否定する。一刀は彼女が手にしている二つの紙袋の内、一つを手にとる。

 

「ほら、一つ持つよ」

「いや、私は別に…」

「いいから、いいから」

「……かたじけない」

 

一刀は笑顔で大丈夫と伝え、愛紗も申し訳なく思いながら、感謝を述べる。孔明も横で二人の事を微笑ましく見ていた。

 

「愛紗〜〜!!」

「お、いたいた」

 

大声のする方を向くと、赤い短髪で虎の髪飾りを着けている元気な少女がいた。少女の後方にある一本の木の下にて、愛紗達の仲間である二人の少女が待っている。

 

「よう、鈴々」

「あ、お兄ちゃん♪」

「待たせたな、ほら」

「いただきなのだ〜♪」

 

鈴々は、二人から紙袋を受け取り、訳の分からない歌を歌ってはしゃいでいた。木の下まで行くと、紙袋を逆さにし、パンをどさどさと出していく。

茶髪の少女、馬超もパンをもらい、水色の髪の少女、星は弁当を広げる。その中身は、好物であるメンマがぎっしりと詰まっている。

すると、突然鈴々が叫びだした。

 

「ない!ないのだ!鈴々の大好物の“穴子サンド”がないのだ!」

 

“穴子サンド”とは、学園で購買されているパンの中でも人気の一つで、切り込みを入れたパンの上に穴子の切り身をトッピングしたものである。

 

味はよく分からないが、人気なのだから美味しいのであろう…………多分。

 

「いや〜、穴子サンドは売り切れで買えなくて……」

「すごい人気だもんな~。俺は食ったことないけど」

「代わりに、最初はこってり、後味さっぱりの“こっさりラーメンサンド”を買っておいたから、それで我慢してくれ」

「そんなのじゃダメなのだ!鈴々は一日一個穴子サンドを食べないとお腹から空気がもれ――――ってあぁ~~!!」

 

孔明の紙袋を見るや否や、大声を張り上げる鈴々。何故なら、孔明が抱えている紙袋の中に、穴子サンドが一つ入っていたからだ。

 

「どうして!?どうしてお前が鈴々の穴子サンドを持ってるのだ!?」

「あの、これは私が……」

「止さぬか、鈴々。これは最後の一つを孔明殿が買ったものだ」

 

愛紗は、暴走気味になっている鈴々を止める。しかし、鈴々は止まらない。

 

「でも、鈴々は毎日お昼のメインは穴子サンドって決めてるのだ!」

「ご、ごめんなさい……私、その事知らなくて」

「いや、孔明ちゃんが謝る事じゃないよ」

「そうだぞ?責めを受けるなら、買えなかった私の方に……」

「愛紗のせいでもないって。なあ鈴々、しょうがなかったみたいだし、今回は――――」

「何で何で何で何でなのだ〜!!」

 

一刀が説得するも、鈴々は怒り、駄々をこね始める。

 

「姉妹の契りを結んだ鈴々より、そんな奴の肩を持つのだ!?」

「お前の事を妹だと思うからこそ!姉として我儘をたしなめてやっているのだ!」

「妹が欲しがっているから、譲ってくれって頼んでくれてもいいのだ!!」

「それが我儘だ!!」

 

互いに意見をぶつけ合い、二人は唸りながら睨みあう。一刀が間に入るも、二人は止まる様子を見せない。

 

「二人とも少し落ち着けって」

「はわわっ!」

「やれやれ…」

 

孔明はどうすればいいか分からずにおり、後ろの方にいる二人もため息をついていた。

 

「愛紗のバカァァァァッ!!」

「あ、こら!」

「おい、鈴々!?」

 

鈴々は涙目になりながら、走り去っていった。

 

「愛紗、追いかけなくていいのか?」

「ふんっ!別に構わんさ」

 

そっぽを向く愛紗。頑固だな、と悩んでいると、向こうの方から自分を呼ぶ声がした。

 

「お〜い!か〜ずピ〜〜!!」

「おっと、それじゃあね孔明ちゃん」

「あ、はい」

 

一声かけ、一刀は声のする方に走っていった。

 

「全く、食い物の事位で仲違いとは、情けない」

「“生徒会長戦”も近いってのに、こんな事じゃ、先が思いやられるな」

 

星はメンマ、馬超はパンをそれぞれ口に持っていく。

孔明は、ある言葉に引っ掛かる。

 

「“生徒会長戦”?どなたか生徒会長に立候補されるんですか?」

「いや、この学園はちょっと変わってて――――」

 

【生徒会長戦】

 

聖フランチェスカ学園、恒例行事の一つである。

 

大将一人に武将二人、軍師一人を加えた四人一チームとして出場する。因みに男女混合は認められておらず、男子は男子、女子は女子だけのチームを編成しなければならない。

 

様々な競技で相手チームと競い合い、最後まで勝ち残ったチームの大将が会長になるという変わったシステムになっている。

 

「それじゃあ……」

「ああ。我ら四人は、関羽を大将にして、生徒会長戦に出る予定だったのだが……」

「すいません、そんな大事な時なのに、私のせいで、こんなことになってしまって……」

「なに、悪いのは鈴々の方なのだから、孔明殿が責任を感じることではない」

 

孔明が申し訳なく謝罪すると、愛紗は気にするな、と声をかける。

 

「けど、まじでどうすんだ?張飛抜きじゃ面子が足んないぞ?」

「そうだぞ。確かにあやつはバカだが、筋金入りのバカだけあって、あの馬鹿力は武将としてそう馬鹿にできんぞ?」

「ちょっと馬鹿バカ言い過ぎじゃあ……」

「心配するな。暫くしたら、“やっぱり鈴々が悪かったのだ〜”とか言って、泣きついて来るに決まってる」

「……だといいがな」

 

星の一言で、その場は少し暗くなる。一抹の不安が、一同の心に残る結果となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

数本の木々が立ち並んでいる、自然公園の道を一刀は走っていた。走っている先には、一人の男子学生がいた。

 

「遅いでかずピー」

「悪い悪い、待たせたな及川」

 

一刀は苦笑しながら、前にいる男子に謝る。

金髪に染め、眼鏡をかけた関西弁の男子学生。名前を及川 祐と言う。一刀とは中学からの付き合いで、親友であると共に悪友――ある意味――である。

 

「ほな行こか」

「おう」

 

二人は弁当を片手に道を歩く。

 

「どうせ、彼女である関羽はんとイチャコラ話しとって遅れたんやろ?」

「イチャコラって……愛紗とは只の幼馴染みだし、普通に話してただけだよ」

「かぁ〜!これやからモテ男は!女子の殆どを虜にしておいてよう言うわ〜」

 

及川の言う通り。それは、入学式の時の事である。

男子と女子が合併する当日。初めて顔を見合わせた生徒達。

男子の中で成績トップである一刀は、代表として挨拶をすることになった。緊張しながらも堂々と演説を行った。その際にさりげな〜く見せた笑顔――本人自覚なし――。これにより、女子生徒の殆どがズッキューン!と心打たれたのであった。

 

一刀は一気に女生徒の注目の的となり、質問攻めをされた。好きな食べ物は?とか、好きな異性のタイプは?等々。

 

何やら思春期ならではの“危ない質問”もあったがそこは省略。

 

それに加え、その優しい人となりも影響し、一刀は瞬く間に女生徒の人気者となった。

噂によると、密かにファンクラブもできているやら、なんとやら。

 

そして、中学に入ると同時に離れ離れとなった愛紗とも、ここで再会できたのである。

 

「にしても、どうしたもんかな〜…」

「どうしたんや?かずピー。元気ないのぉ。関羽はんと喧嘩でもしたんか?」

「いや、そんなんじゃねぇんだけど」

「かずピー……」

 

及川は、眼鏡を中指でくいっと上げる。レンズが太陽に反射し、白く光っていた。

 

「すれ違っておると、大事なもん、失くすで……?」

「及川……」

 

空を見上げ、何やら黄昏れている友の肩に一刀はポンと手を置く。そして、一言。

 

「…………またフラれたのか?」

「ほっといてぇなぁ!!」

「これで何十回目だっけ?」

「ついに百をいきました……って何言わすねんこらぁ!!」

「せんぱ〜い!」

 

漫才をしていると、広い野原の上で、二人の少年がこちらに手を振っていた。制服のラインは赤色。一年生の様だ。

 

「遅いじゃないですか」

「結構時間過ぎちゃいましたよ」

「ごめんごめん、それじゃあ食うか。瑠華、【猛】」

 

一刀は及川と一緒に、二人の後輩と草原に腰かける。後輩の一人は、綺麗な瑠璃色の髪をした少年、月読こと瑠華。

 

そして、もう一人。瑠華と同じ一年生で、名を【五十猛(いそたける)】。親しい者からは猛、或いは“もう一つの名前”で呼ばれている。

 

一刀より少し濃い茶髪で、長さは肩にかかるか、かからない程度。瑠華と同様、男に見えないほど可憐な容姿をしており、背は瑠華より少し高い位だ。武道も嗜んでおり、その実力は折り紙付きだとか。

 

二人は中学で知り合い、意気投合して親友となった。一刀とも、そこで出会ったのだ。男子共学制になった一年後、この学園に、同じクラスで入学した。

 

一刀達にとっても、文字通り“可愛い後輩”であり、二人も一刀の事を尊敬している。勿論、二人とも可愛らしい顔立ちをしているため、入学早々学年関係なしに人気を得たのであった。

 

男子四人はそれぞれ昼食をとる。

 

一刀は自作の弁当。瑠華は購買で買った色々な種類のパンで、猛はおにぎり三つとおかず――玉子焼きやミートボール等――。及川は――――。

 

「「「…………」」」

「な、なんや?なに、人の弁当を同情の目で、み、見てるんや?」

「ちょっと、おかずやるよ……」

「パン半分あげます……」

「おにぎり一ついりますか……?」

「普通のコンビニ弁当見て哀れむなやお前らぁぁぁぁ!!」

 



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~群雄、生徒会長の座を狙って相争うのこと【結成の陣・後】~

 

フランチェスカ学園の校舎は“教室棟”と“特別棟”の二つに分かれている。

 

特別棟の二階に位置する理科室。そこは囲碁部が利用している場所であり、孫策の意思を継いだ孫権率いる“呉”軍の本拠地でもある。

 

「甘寧、これはどういう事だ!」

「申し訳ありません、周瑜様……」

 

呉軍の軍師、周瑜は机をバンッ!と強く叩き、怒りを露にする。甘寧は申し訳なさそうに目を伏せ、謝罪していた。

 

「私は穴子サンドを買ってこいと言ったのだぞ?それなのに間違えて、夜のおやつ“鰻サンド”を買ってくるとは、なんたる失態……!」

「穴子サンドは、購買部でも一二を争う人気商品。売り切れる前にと焦ってしまい――――」

「言い訳は聞きたくない!」

 

周瑜は甘寧を激しく叱咤する。

 

「周瑜、もうそれぐらいでいいだろう?たかがパン一つでそんなに叱る事もあるまい」

 

呉軍の大将、孫権は庇う様に、仲裁に入る。

 

「そうよねぇ。それより早くお昼御飯に――――」

「し〜っ!尚香様……」

「何を甘いことを!」

 

周瑜の大声に、シャオと陸遜はビクッと肩を竦める。

 

「孫権様!兵糧の確保は戦の基本。それを疎かにしては、大事を成す事など夢のまた夢」

「それはそうかもしれぬが……」

「全く、生徒会長戦も近いというのに、この体たらく。進学先も就職も決まらぬまま、敢えなく卒業されて孫策様がこの有り様を見たら、なんと仰られるか……」

 

周瑜は嘆くように息をつく。

 

今の彼女が、家でぐうたらしながらテレビゲームに没頭している孫策の姿を見たら何と言うか……。

 

「姉上の事を言うな!私には私のやり方がある!」

 

思わず声を張り上げる孫権。互いに睨み合う形になり、その場の空気が重くなる。他の三人もどうにも出来ずにおり、この二人の間に入れる者など、この場にはいなかった。

 

 

 

午後の授業も終わり、生徒が早々に下校していく。空は夕焼けに染まり、屋上の手すりにもたれている周瑜を照らしていた。周瑜は、静かに息を吐く。

 

「孫権様は甘すぎる……」

 

周瑜は橙色の空を見上げる。そこにはかつての主、孫策が映っていた。

 

「生徒会長の座を目指しつつも、志半ばでいってしまった雪蓮……」

 

――――まだ生きてるわよ〜〜?

 

「あなたの頼みだからと、これまで仕えてきたけれど……。我が主に相応しい器かどうか、一度確かめてみるか」

 

眼鏡が太陽に反射し、怪しく光った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――翌日。

昨日と同様、孔明は愛紗達と昼を共にしていた。

 

「ええっ!私が、皆さんと一緒に生徒会長戦に!?」

「うむ。聞けば、孔明殿は人材育成で定評のある水鏡先生の塾で、将来を大いに嘱望された天下の奇才とか」

「是非、我らを助けてもらいたい」

「武将はあたしと趙雲がやるからさ」

「期待してるぞ、孔明殿」

 

愛紗だけでなく、趙雲と馬超までもが、孔明に頼み込む。

 

「で、でも、それだと張飛さんは……」

「ふんっ!あんな聞き分けのない虎娘。どうなろうと知ったことか」

 

鼻を鳴らし、不機嫌な顔で答える愛紗。

 

「実は、あの後寮に帰ってから一悶着やらかしてな……」

「せ、星、余計な事は言うな!」

「出場辞退ってのも格好悪いしさ、引き受けてくれよ」

 

関羽、趙雲、馬超は三人揃って正座し、合掌する。

 

「「「頼む!」」」

 

――――“一顧”

 

「え?」

「「「この通りだ!!」」」

 

――――“二顧”

 

「でも……」

「「「我らの軍師になってくれ!!!」」」

 

――――“三顧”

 

これが、かの有名な名軍師を取り入れたと言われる、“三顧の礼”――――なのかもしれない。

 

孔明は、はわわ……と弱々しく呟く。

すると、二本のアホ毛が生えている深紅の髪をした少女がやってきた。あどけない様子で孔明の手にある肉まんを見つめる。

 

「肉まん……美味しそう……」

「あの、よかったらどうぞ」

 

孔明は肉まんを手渡す。

 

「セキトにも……」

 

少女は渡された肉まんを半分にちぎり、足元にいる、赤いスカーフを巻いた子犬――――セキトに与える。セキトは肉まんにかぶりつき、少女も両手でもぐもぐと頬張る。その際、ツンと立った二本の触角を思わせるアホ毛が、ピコピコと動いていた。

 

「ば、馬刺しサンドも食わないか……?」

「こ、こっさりラーメンサンドも、上手いぞ〜……?」

「め、メンマなぞどうだ?」

 

どこか愛らしい仕草にキュンとする四人。

 

「なんだか……」

「訳が分からぬが……」

「小動物が食べてる様で……」

「和むな〜……」

 

――――ホワワァ〜〜〜ン♪

 

その場は、お花畑の様な、穏やかな雰囲気に包まれた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

校舎の屋上にて、四人の男子学生が円を作る様に集まっていた。彼らの中心にはトランプのカードが束になっている。

 

「二と八切り、一、はい上がりっと」

「なんやとぉぉぉっ!?」

 

瑠華が最後のカードを置くと、及川は目と声を大にして叫んだ。

そう、四人はトランプゲームの一つである、大富豪を行っている。

 

因みに及川の手札は、スペードの三、ダイヤの四のたった二枚。明らかに勝敗は見えていた。

 

「あ〜あ、また最下位じゃねぇか」

「及川先輩弱すぎですよ」

「“お・や・く・そ・く”。お約束ですね」

「流行語アレンジすな!腹立つわ、このクソガキ!」

「先輩、もうちょっと頭を使わないと……」

「ていうか、表情でバレバレですけどね」

「やかましいっ!今度こそお前らを富豪の座から引きずり下ろしたるわぁ!」

「貧民、いや大!貧民の先輩が出来るんですか〜?」

「ワイの本気見したるわボケェ!」

 

二人の後輩になめられまくっている及川。カードを揃え、気合いを入れる様に、シュバババッ!と目にも止まらぬ速さでシャッフルする。ディーラー顔負けのカード捌きを披露し、三人の前にそれぞれカードを投げ渡す。

 

全員カードを手に取ると、手札を目で追い、手持ちのカードを確認する。

 

「ゲームスタートや!」

「「「はいはい……」」」

 

何回目か数えるのも忘れる位、やりつくした大富豪を、またも行う四人。それだというのに及川は一勝も出来ていなかった。天に見放されているのだろうか?

 

ルール通り、カードを順番に置いていく。及川、猛、瑠華の順番で回していき、一刀の番になった。

しかし、一刀はカードをぼ~っと見たまま動かない。

 

「先輩、先輩の番ですよ?」

「ん?あ、ああ、悪い悪い」

 

瑠華に促された一刀は、一枚のカードを出す。

 

「本気でどないしたんや、かずピー?」

「さっきから俯いてばっかりで、何かあったんですか?」

「僕達でよかったら、聞きますよ?」

「ああ、実はさ――――」

 

自分を心配してくれる三人に感謝し、一刀は顔を上げる。そして、悩みの種を打ち明けた。

 

「関羽はんと張飛ちゃんがな〜」

「喧嘩しちゃったんですか……」

「そうなんだよ」

 

四人は手を休め、ゲームを中断していた。

後輩二人が思い出したように答える。

 

「そういえば鈴々、教室でやたらとヤケ食いしてたね」

「ああ、あれは完全に拗ねてるな。見てて分かるよ」

「関羽はんとは話したんか?」

「話したんだけど、相も変わらず……」

 

一刀はやれやれと肩を落とす。

 

「生徒会長戦に出るんやろ?早いとこ、溝埋めなアカンのとちゃうん?」

「あの二人も二人で、似てる所があるからな〜。お互い頑固な所とか」

「なるほどなぁ、かずピーはよう見とる」

「まぁね。だから、ほっとけなくてさ」

 

一刀は笑いながら頬をかく。他の三人は、やっぱりなと見合って頷いた。

 

これが親友、先輩の良い所だ。

 

「やからって、悩みまくって倒れでもしたら洒落にならんで?」

「大富豪で気持ちを落ち着かせたらどうです?」

「その方がいいですよ」

「……そうだな。ありがとう、みんな」

 

気にかけてくれる親友と後輩に、一刀は礼を言う。

全部話したおかげか、楽しくやることができた。

 

「そういや、今年の生徒会長戦も女子ばっかやな」

「そうなんですか?」

「おん。合併して、まだ一年しか経ってへんからな〜。今や女子有利の時代と言ってもおかしくないで?」

 

カードを出し入れしながら、生徒会長戦の事を話題に出す。

 

「誰か、男子で生徒会長に立候補する人いないんですかね?」

「おらへんやろ〜、そんな勇気のある奴。力のない男は、力ある女子に蹴落とされるだけなんやって」

「なんか、聞いてると恐ろしいですね……」

「うん……」

「そういうもんや、少年達よ……」

 

どこか先輩面している及川――まあ先輩なのだが――。後輩二人も、この時だけはちゃんと聞いていた。

 

「まあ、今年も女子の前にひれ伏せなあかんってことやな」

「社会の厳しさを改めて思い知らされましたよ」

「確かに、最低でも四人必要ですもんね」

「やろ?生徒会長戦に出ようと思う男子なんかおるわけ――――」

 

及川は、そこで言葉を止めた。

順番が来たというのに、どこか思想の表情を浮かべている親友の姿を見て、後輩二人も疑問に思った。

 

「先輩?」

「どうかしました?」

「お~い、今度はなんや?出せるカードないんか?」

「それだ……」

「「「えっ?」」」

「それだっ!!」

 

一刀は手持ちの四枚のカードを、真ん中に位置するカードの束に叩きつけた。三人は、突然の反応に驚き、呆然とする。

 

「及川、生徒会長戦の申し込み。まだ間に合うか?」

「へっ? 」

 

間の抜けた返事をした及川は、すぐに返答を返す。

 

「いや、今日の放課後までやから、まだいけるんと……ちゃう?」

「そうか……なら、やるか」

 

瞳には決意が込められており、作戦を考えたイタズラ小僧の様に、ニヤリと口角を上げる一刀。

 

まさか……と、三人の思考は一致した。ピッタリと。

 

(いたよ……)

(ここにいた……)

(戦いに身を投じる勇敢な男子が一人ここにおったわ……)

 

一刀は真剣な面持ちで三人と向き合う。三人は少し身構える。

しかし、何となく予想がついていたのか、アイコンタクトの後、すぐに彼と同じ様な笑みを浮かべる。

 

(これは、出番ですかね)

(腕が鳴るな)

(いっちょ、やったるか)

「みんな……頼みがある!」

 

叩きつけられた四枚のカードは、表を向いて並んでいた。

左からスペード、ダイヤ、ハート、クラブの四のフォーカード

 

 

――――革命の時だ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして、その日がやって来た。

 

『さぁ!晴れ渡る空の下!聖フランチェスカ学園の日がやって参りました!』

 

司会である陳琳の声が、マイクを通して空に響き渡る。

愛紗が大将を務める関羽軍も、新軍師である孔明を仲間に引き入れる事に成功。戦の準備は万全だ。

 

気合いを入れていくぞ!と言う時、横から声をかけられる。

そこには、曹操率いる魏軍の面々がいた。

 

「関羽、良い軍師を見つけた様ね」

「曹操殿」

「水鏡塾の“伏龍”を引き入れるなんて、流石ね」

 

曹操は孔明を観察しながら、そう評する。

 

「へぇ〜!」

「天下の奇才とは聞いていたが……」

「お主があの“伏龍”とは」

 

愛紗、星、馬超の三人は感嘆の言葉を出し、孔明は恥ずかしそうに俯いていた。

 

「でも、私は負けないわよ。関羽、あなたのしっとり艶々を手に入れるためにね」

「えっ!?」

 

聞いての通り。曹操は百合少女である。艶やかな視線を向けられ、愛紗は顔を赤くし、身構える。

 

「華琳様ったら〜……」

「私達というものがありながら……」

「まあまあ、姉者」

 

曹操の部下、夏侯惇、夏侯淵、荀イクの三人。勿論、三人とも彼女の家臣であり、同様の百合少女達である。

そうこうしている内に、アナウンスが鳴った。

 

『これより開会式が始まります!尚、今回は解説に養護教諭の黄忠先生をお招きしています』

『よろしくお願いします』

 

司会の陳琳の隣に、黄忠が解説役として腰掛ける。

 

『まずは全選手、入場!』

 

高らかに鳴り響く銅鑼の音と共に、群雄達が行進する。それぞれのチームには、先頭に誘導として、プラカードを持ったメイドが歩いていた。

 

司会の陳琳は各チームの紹介を行う。

 

一チーム目、入場

 

『学年の美少女は全て私の物!ガチ百合クイーン!【曹操】』

『バランスのとれた戦力に鉄の忠誠心。今回の優勝候補筆頭でしょう』

 

二チーム目、入場

 

『暴虐不断!悪逆非道!死の天使!【董卓】』

『華雄に呂布と戦力は揃っているのですが、全体の統率がとれていないのがネックな所でしょうか』

 

三チーム目、入場

 

『姉上の意志は私が継ぐ!よく分からないが額のマークは伊達じゃあない!【孫権】』

 

『軍師にエースの周瑜を外して、控えの陸遜を出してきたのが注目ですね。後、本当に何なんでしょう?あのマーク』

 

四チーム目、入場

 

『もう影が薄いとは言わせない!白ブルマ将軍!【公孫賛】』

『一匹狼を集めた急造チームですが、“ゼブラ軍師”と名乗る謎の人物が気になりますね』

 

五チーム目、入場

 

『しっとり艶々なのは髪だけじゃあない!全ての挑戦、受けて立つ!【関羽】』

『新加入の軍師、孔明がどこまでやってくれるか楽しみです』

 

六チーム目、入場

 

『三馬鹿から四馬鹿へ!新たに張飛を配下に収め、意気軒昂な【袁紹】』

『無謀にも知力三十四の顔良を軍師として、関羽軍を離脱した張飛を武将に迎えたのですが、果たしてそれが吉と出るかどうか……』

 

司会の紹介に、驚きの表情を見せる愛紗達。鈴々はというと、ニヤ〜っと挑発するような笑みを愛紗に見せた。それを目にし、愛紗は眉に皺を寄せる。

 

これで全チームの紹介が終了――――と思いきや。

 

『続いて、最後のチーム!なんと今回は、男子チームが初出場致します!』

 

他のチームと観客達がザワザワと騒ぎ出した。初の男子出場という事に皆が驚きを隠せない。

 

そして、七チーム目、入場。

 

『女子だらけの戦いに勇敢にも立ち上がった男子のリーダー!イケメンで有名な女たらし!【北郷 一刀】』

「女たらしは余計だろ!?」

 

一刀は大声で抗議する。紹介が終わった直後、好意の声援、拍手喝采が巻き起こった――特に女子から――。他の男子生徒達も、応援の言葉を投げ掛けている。

 

「頑張れよ~!」

「男の意地を見せてやれ~!」

「同じ男子として応援するぞ~!」

「一刀氏ね~!」

「一刀死ねっ!」

 

声援に混じり、何やら呪詛の様な言葉も耳に届いたが、気のせいだろう。

 

『強いカリスマ性を持つ大将と、パワーとスピードを兼ね備えた一年生二人。全男子の代表として、この三人には頑張ってほしいですね♪』

「黄忠先生!ワイの事は〜!?」

 

完全に忘れられてる及川であった。

 

「にしても、えらい人気やな〜。流石かずピーやで」

「ちょっと恥ずかしいけどな……」

「でも、男子が出場するのって、俺達が初めてなんですよね?」

「まあ、そうなるな」

「なんかすごい事になってきたね〜」

 

一刀を先頭に、瑠華、猛、及川の順番で進んでいる。初めて出る行事に緊張しながらも、全員の気持ちは落ち着いていた。

 

「何はともあれ、全力でやろうぜ!」

「おうや!」

「「はいっ!!」」

 

男子チームの意気込みは宜しい様だ。

そんな彼らを、愛紗達は遠くから見ていた。

 

「一刀も出るのか……」

「関羽さん、大丈夫ですか?」

「何がだ、孔明殿?」

 

不安げに聞いてくる孔明に、愛紗は首を傾げる。

 

「だって、恋人の北郷さんと戦う事に……」

「えぇっ!?な、何を言って!」

「えっ、違うんですか?」

 

キョトンとした表情を浮かべる孔明。愛紗は頬を赤くし、両手を左右に素早く振って、否定する。

 

「ち、違う違う!一刀とは只の幼馴染みで!別に、男女の関係とかじゃあ……」

「しかし、何れはそうなりたいと願う、愛紗であった」

「星!余計なことを言うな!」

 

慌てて、星の言葉を揉み消す愛紗。

ふと、横目で男子の方を見てみると、女子からの応援に恥ずかしそうに照れている幼馴染みの姿があった。その様子を見て、拗ねた様に頬を膨らませる。

 

『それでは、開幕に際して学園長からのお言葉です!』

 

選手全員が並び終えると、スーツを着た強面の一人の男性がマイクの前に出る。

色黒の禿げ頭で、両耳の上に三つ編みされた髪が生えている。

 

「えぇ〜、ウォッホン!儂が、この聖フランチェスカ学園の学園長――――」

 

一瞬、力んだと思いきや、服がビリビリと破け、筋肉隆々の肉体が露になった。

 

「貂蝉よ〜ん♪うっふぅ〜ん♪」

 

途端に全校生徒がずっこけた。

 

「みんな〜♪生徒会長戦がんばってねぇ〜ん♪」

 

くねくねと体を動かし、投げキッスを飛ばす漢女、貂蝉。

 

「あ、相変わらずだな……貂蝉学園長」

「ほんまやな……」

 

一刀と及川は、揃って顔を引きつる。

 

「かわいい男子達ぃ〜、初めて出場する行事で不安もありかもだけど、精一杯がんばってちょうだぁ〜い♪応援してるわぁ〜ん、ムチュッ♪」

 

貂蝉のえげつない投げキッスが、男子チームを襲う。

 

「危ねっ!」

「おっと!」

「うわっ!」

「ぐはっ!や、やられた……!」

「及川っ!?」

「「先輩っ!?」」

 

もろに受けてしまった及川。始まって早々に、北郷軍からいきなり死者が――――。

 

「生きとるわい!」

 

――――出なかった様だ。

 

「え〜、学園長のありがた〜い?お言葉を貰って、さぁ開幕!」

 

――――聖フランチェスカ学園“生徒会長戦”開・幕!!

 



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~群雄、生徒会長の座を狙って相争うのこと【抗争の陣・前】~

 

聖フランチェスカ学園・生徒会長戦。

 

第一競技、【二人三脚五十メートル走】

 

ルールは簡単。チームから二名を選出し、二人三脚で五十メートルを走りきる。

互いの息が合っていないと、達成するのが難しい競技だ。

 

メンバーは以下の通り。

 

一レーン【曹操軍】夏侯惇・夏侯淵。

 

「華琳様の為に、頑張るぞ秋蘭!」

「そうだな、姉者」

 

二レーン【公孫賛軍】張遼・許緒。

 

「チビとじゃ、きついんとちゃうん?」

「チビって言うな!」

 

三レーン【関羽軍】趙雲・馬超。

 

「アン、ドゥー、トゥルワーを知ってるか?」

「知らね」

 

四レーン【董卓軍】華雄・呂布。

 

「いいか呂布!一で外側、二で内側の足だからな?間違えるんじゃないぞ?」

「うん……」

 

五レーン【北郷軍】瑠華・猛。

 

「せめて上位には入りたいね」

「まあ、俺たちに出来る事をするまでさ」

 

六レーン【孫権軍】孫尚香・甘寧。

 

「ちょっと、シャオ達バランス悪くない?」

「武将である我らが頑張らねばなりませんから」

 

七レーン【袁紹軍】文醜・顔良。

 

「おーしっ!気合い入れていこうぜ斗詩!」

「そうね、猪々子」

 

それぞれのレーンに着き、お互いの片足を紐で固定する。全ペアの準備が整い、スターターが銅鑼を手に取る。

 

「位置について!用〜意――――」

 

ドンッ!!と、銅鑼の音を合図に、全ペアが一斉に走り出した。しかし、一組だけ出遅れているペアがいる。華雄・呂布ペアだ。

 

「一と言ったら外側の足だと言ったろう!」

「うん……」

 

スタート直後、華雄が外側の足を出すのと反対に、呂布は内側の足から出してしまった。そのせいでバランスを崩してしまい、転倒してしまったのだ。

 

「今度は間違えるなよ……?」

「うん…」

「行くぞ!」

 

再びスタートをするも、

 

「い~ち!ん……?」

 

またまた間違えて転んでしまった。

 

「き〜さ〜ま〜!」

 

困った表情を浮かべる呂布を、怒りに震えながら睨む華雄。

これは、あまりにもコンビネーション能力がとれてない。

そんな事をしている内に、他のペアはどんどん差を広げていき、ゴールに段々と近づいている。ほとんどのペアが、一二、一二、と掛け声をかけながら、走っていく。今のところ順位は、夏侯姉妹、瑠華・猛、趙雲・馬超、シャオ・甘寧、張遼・許緒、文醜・顔良ペアという順番。

 

『おお~っと!他のチームはどんどんゴールへと近づいてきています!これはもう勝負あったか!?』

「瑠華っ!猛っ!ファイトォォッ!」

「行け〜い!後輩共〜〜!」

「星、馬超!もう少しだ!」

「頑張って下さ〜い!」

 

北郷軍、関羽軍と同じ様に、他の軍もランナー達に声援を送る。観客達も賑わい、ランナー達を応援していた。

 

「不味いわね、こうなったら……」

 

董卓軍の軍師。賈駆は爪を噛みながら、頭を捻る。すると、大声で叫びだした。

 

「あ~っ!大変だ〜!セキトが酷い目にあって〜いる〜!」

「っ?」

 

華雄と呂布は賈駆の指差した方を向く。ゴール付近に一匹の子犬、セキトがいた。しかも、何やら全身を紐などで括られ――何やら“変わった”縛られ方――仰向けになっている。そして、一人の少女がセキトに近づいてきた。

 

「え、え〜い……この卑しい雄犬め〜、ワンと鳴けぇ……」

 

赤いハイヒール、黒を基調としたハイレグという、なんともイヤらしい姿をした董卓。羞恥に顔を赤らめながら、手に持っている鞭をバシンッ!と地面に叩きつけた。

 

その様子を目にした呂布は、ギラリと目を光らせ、華雄を引き摺るようにして駆け出す。砂煙が立ち上がり、どんどん他のペアを追い抜いていった。

 

「一二一二一二一二一二一二………!」

「うわぁぁぁぁぁっ!」

『凄い凄い!呂布選手!凄まじい追い上げです!』

「ぶっちぎりじゃねぇか!?」

「あかん!追い抜かれた!」

 

司会と解説、一刀と及川は目で追いながら、呂布の力を思い知る。

 

そして、ゴールテープが切られた。

夏侯姉妹と同着でゴールイン。胸の差もほとんど無いように見える。他のチームも次々とゴールへと辿り着いた。

 

『これは実行委員の裁定が待たされます! 』

 

皆がゴクリと唾を飲む中、結果発表。

 

『厳正な審議の結果、同着ではありますが、華雄選手がノックアウト状態の為、夏侯惇選手と夏侯淵選手を一位とします!』

「よしっ!」

「やったな姉者」

「春蘭、秋蘭。御苦労様。誉めてあげるわ♪」

 

華琳は夏侯姉妹を称賛し、彼女らはキラキラと目を光らせる。

 

「くっ、ここで敗退だなんて……!」

「そんな〜、こんな恥ずかしい格好までしたのに〜〜……」

 

賈駆は舌打ちをし、董卓は恥ずかしさの余り、体を抱いてその場に座り込んでしまった。呂布はセキトを抱っこし、仲良く頬擦りしている。

 

「短命の定めなのか……ガクッ」

 

目を回して気絶した華雄は、担架で運ばれていった。史実では短命の身で、“こっちの世界”でもそうだった様だ。

 

「いや〜二人共惜しかったな」

「すいません……」

「何言うとるんや。二位をとっただけでも凄いやんけ」

「ありがとうございます」

「とりあえず、二人共お疲れさま」

「よう頑張った!」

「「はいっ!!」」

 

一刀と及川は責めず、笑顔で二人を褒め称えた。二人も先輩と同様に、笑顔で返事を返す。

 

 

――――戦績発表。

 

一位【曹操軍】

 

二位【北郷軍】

 

三位【関羽軍】

 

四位【孫権軍】

 

五位【公孫賛軍】

 

六位【袁紹軍】

 

以上が、第一競技の結果である。

 

続いて第二競技【借り物競争】。

 

軍の大将同士によって行われる競技。三十メートル先に設置された机の上にある紙を一枚だけ取り、それに記されたものを借りてこなければならない。

 

大将が、スタート地点に並び立つ。

 

「かずピー!男の意地を見せたれ〜!」

「先輩!気合いです!」

「せんぱ〜い!頑張って下さ〜い!」

「おう!任せとけ!」

 

三人の熱い声援に、一刀は拳を見せて応える。

 

「一刀く〜ん」

「頑張ってね〜」

「応援するからね~」

「ああ、ありがとう」

「「「きゃあ〜〜〜〜っ♪」」」

 

女子からのエールに、一刀は恥ずかしそうにしながら笑顔で返す。それに反応し、女子達が楽しそうに騒ぎだした。

 

その様子を、スタート位置から面白くなさそうに眺めている黒髪の少女。

 

「参ったな〜……」

「…………」

「ん?どうしたんだよ愛紗」

「ふんっ!別に……」

「……なに怒ってるんだ?」

 

拗ねた様にそっぽを向く愛紗。一刀は訳が分からず頭を傾げる。

その様子を、北郷軍の陣地にいる三人も見ていた。

 

「及川先輩、北郷先輩って……」

「言うんやない。それは分かっとる事やで」

「けど、いくらなんでもあれは……」

「諦めるんや。あれが、かずピーなんよ」

 

三人は、はぁ〜っと呆れ交じりにため息を吐いた。

そんなこんなで、大将全員が位置につく。

 

そして、開始の銅鑼が鳴った。

 

『さあ!先手を打ったのは、北郷選手と関羽選手!』

 

先頭に出たのは、一刀と愛紗。鳴ると同時に駆け出し、あっという間に机に辿り着いた。そして、お題が書かれた紙を手にする。

 

「ええっと……………はぁっ!?」

「私は……よし!」

 

急いでお題を探しに行く愛紗。紙を手にしたまま硬直する一刀。気づけばその頬は仄かに赤く染まっている。

立ち往生している内に、他の大将が紙を取り、お題を借りに向かった。

 

『北郷選手、微動だにしていません!一体どうしたのか!?』

「かずピー!はよせんか〜!」

「なにやってるんですか!」

「ビリになっちゃいますよ!」

「んなこと言ったって……」

 

焦らす様に叫ぶ三人。一刀はどうしたものかと頭をかいている。

 

「これは……」

「む、無理……嫌だ……」

 

孫権は探すものが見つかったのか、“ある場所”に向かって走り出す。一方で、顔を真っ青にした公孫賛が、震えながら紙を見ていた。

紙にはこう書かれている。

“学園長のワキ毛”…………悪夢だ。

 

「公孫賛殿!何をして――――ん?」

 

公孫賛の軍師であるゼブラ軍師が叫んでいると、孫権がこちらに向かってくる。孫権は有無を言わせず、ゼブラ軍師の手を引いて、ゴールまで走っていった。

 

「な、何をする!?」

『おおっと、これはどうしたことでしょう!孫権選手、敵軍の軍師を借りて走り出した〜っ!』

『“夜道で会ったら声をかけにくい人”と書いてあったのでしょうか?』

『他のチームよりも先に、孫権選手が“周”――――いや失礼!ゼブラ軍師の手を引いてゴールイン!〕

 

孫権はゼブラ軍師と共に、ゴールテープを切った。

 

「まったく、メモになんと書いてあったが知らぬが、敵軍の軍師を借りるとは非常識な……」

「仕方あるまい、真っ先に思い浮かんだのだから」

 

孫権は一枚の紙を手渡す。そこには“一番信頼している人”と書かれていた。それを目にし、ゼブラ軍師は微笑む。

 

「それでは、気づいておられたのですね?」

「ええ」

 

ゼブラ軍師はゼブラマスクを外した。その正体は、周瑜であった。

 

借りたものをチェックし、見事に合格。軍師との絆を取り戻す事に成功した。

 

(雪蓮、見ていますか?あなたの妹は、私が思っていたよりずっと立派に成長していたようです……)

 

それから、曹操は“可愛い後輩”で筍イクとゴールイン。

 

「一位は狙えなかったけど、まあいいでしょう」

「華琳様〜〜♪」

 

袁紹は“キラキラするもの”で、大量の宝石類。

 

「お〜〜っほっほっほっほ!袁家に不可能なものはなくってよ〜!」

「れ、麗羽様……」

「また無駄遣いしちゃって〜……」

 

別に本物の宝石じゃなくて良いものを。

また懐が怪しくなる袁紹に、部下二人は肩を重くする。

 

そして、一刀はというと。

 

「ああもう!やるっきゃねぇ!」

 

意を決したのか、一刀は走り出す。そして、一人の少女の手を掴んだ。

 

「愛紗!一緒に来てくれ!」

「えっ、か、一刀!?」

 

同じ競技に出場している愛紗の手を引き、ゴールに向かって走っていく。彼女の片方の手には“殴られたら痛いもの”と書かれてあったのか、刀用の木製の薙刀が握られている。

 

『おおっと、北郷選手!敵大将である関羽選手と一緒に走っています!』

『“好きな人”とでも書いてあったのでしょうか♪』

「「「ええぇぇぇぇぇっ!?」」」

(ええっ!?)

 

黄忠先生の発言によって、その場は全校生徒の叫びに包まれた。ある者は羨ましそうに見つめたり、嫉妬の眼差しを浴びせたりなど。

 

連れられている愛紗はというと、心中穏やかではなかった。

 

手から伝わってくる彼の体温。“好きな人”という言葉に反応して、高鳴る心臓の鼓動。頬はたちまち紅潮し、必死になっている後ろ姿を見つめている。

一刀は走っているのに集中しているのか、周りの歓声が全く耳に届いていなかった。

 

「そして、北郷選手と関羽選手!同時にゴールイン!」

 

ゴールして、すぐに審査が始まった。愛紗は薙刀を見せて承諾を得たのだが、問題は一刀である。

すると、何故か審査員が愛紗の“ある部分”をじ〜っと凝視している。うん、と頷く――羨望の視線を向けていた――と旗を上げた。

 

『OKのサインが出ました!両者ともお題を達成致しました!』

「よしっ!一時はどうなるかと――――」

「所で、一刀……」

 

安堵の息を吐いていると、急に愛紗に呼び止められた。振り返ると、もじもじと顔を赤にしながらこっちを見ている。その恥じらう様な姿に不意を突かれ、少し胸が高鳴る。

 

「な、何だ?」

「その……お題の紙を見せてくれないか?」

「へっ!?」

 

その瞬間、一刀は大量の汗をかき、狼狽えている。

 

「い、いや、終わったんだから、見せなくて、いい、じゃないか?なっ?別に、なぁ?」

「いいから!」

「あ、ちょ……!」

 

慌て出した一刀から無理矢理奪い取ると、愛紗は微かな期待を乗せ、紙を開いた。

 

 

――――お題“巨乳”

 

 

「この変態が〜〜〜っ!!」

「ぐはぁっ!」

 

愛紗は手に持っている薙刀で、一刀に軍神の一撃を食らわした。刀用なので、当たったら痛いなんてもんじゃない。何回もぐるんぐるんと空を翔び、一刀は地面に突き刺さる。

 

「ふんっ!」

「うぅ……」

 

愛紗は不機嫌丸出しで、背を向けてその場を去っていった。上半身が地面に埋もれた一刀は、ピクピクと痙攣している。

 

「かずピー……」

「先輩……」」

 

ドンマイ……と、憐れむ様な表情で見つめていた。

 

「………痛い」

 

その同情が心にチクチクと刺さる一刀であった。

 

『若いって、いいですね〜♪』

『は、はぁ……』

 

微笑ましそうに見ている黄忠先生に、司会の陳琳は苦笑いを浮かべていた。

 

一方、公孫賛軍はというと……。

 

「さあさあ♪遠慮せず、思う存分抜き抜きしていいわよん♪」

 

くねくねと腰をうねらせる学園長。脇に生えている無数の毛。公孫賛は思いっきり頬を引きつらせる。

 

「あの……」

「さあ♪」

「その……」

「さあ!」

「うぅ……」

「うらあぁぁぁぁ!!」

「ひいぃぃぃぃぃ〜〜!?」

 

学園長の毒気に当てられ、公孫賛ダウン。借りられず、その結果、敗けが確定となった。

 

「あ〜あ、負けちゃった……」

「やっぱあれやな〜。影の薄い大将に仕えたら、それが移ってしまうんちゃうか?」

「私か!?私のせいなのか!?」

 

最後まで虚しい公孫賛であった。

公孫賛軍、ここで敗退。

 

『次の競技は、お昼の後に行います!』

『璃々、ちゃんと待っているかしら……』

 

――――ここから、お昼休憩へと入る。

 



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~群雄、生徒会長の座を狙って相争うのこと【抗争の陣・中】~

――――お昼休み。

昼食を取る為、購買部でパンを買おうと向かった一刀、愛紗、孔明の三人。

しかし――――。

 

「売り切れ?」

「はい、袁紹さんが全部買い占めちゃって……」

 

申し訳なさそうに、購買部員はそう説明する。どうやら、先を越された様だ。

 

「仕方ない。食堂でとるとしよう」

 

愛紗の提案でそうすることに決めた。不意に、購買員が孔明を呼び止める。

 

「あ、孔明さんに頼まれた物。用意しておきましたよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

その会話を聞いて、疑問を抱く一刀と愛紗であった。

 

一方、こちらも昼食を取っている袁紹軍。

 

「お〜ほっほっほっほ!名族袁家に出来ないものはありませんわ〜!」

 

大きく高笑いする袁紹。彼女の後ろには、買い占めたであろう、大量のパンが山積みになっている。

 

「大好物の穴子サンドをいっぱい食べて頑張ってね」

「わぁ!いただきますなのだ〜♪」

 

目をキラキラと光らせる鈴々。手に持って、あ〜ん、と口を開けて穴子サンドを頬張ろうとする。

 

――――それが我儘だと言うのだ!

 

姉の言葉が、ふと脳裏をよぎる。

途端、暗い表情になり、一口だけしか口にしなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

昼休みが終わり、午後の部が始まった。

 

相手チームとの組み合わせは抽選で決められ、場所も屋内プールに移された。各選手の服装も、体操服から水着に変更。

 

抽選の結果、

 

【関羽軍】対【孫権軍】

 

【北郷軍】対【曹操軍】対【袁紹軍】

 

という風に分けられた。

 

三チームの場合は、一チームが敗退したら他の二チームが勝ち上がるという事となる。

 

そして、第一試合が始まった。

 

『【関羽軍】対【孫権軍】の戦いは、水上騎馬戦対決です!』

 

関羽軍は、愛紗・星・馬超が馬で、孔明が騎手。一方孫権軍は、陸遜・孫権・甘寧が馬で、シャオが騎手となった。

 

陸上と違い、水中では動きづらいというのが難しい所でもある。この水上騎馬戦を勝利するのは、どのチームか。

 

『水上での機動力が決め手の競技!メンバー全員が指の間に水かきがあると噂される孫権軍が有利か!?』

「ないわよ水かきなんて!」

 

騎手のシャオが、司会の陳琳に反論する。

 

「う〜む、やっぱ女は水着やな〜♪」

「おいおい……」

 

観客席から鼻の下を伸ばし、だらしない顔をする及川。横にいる一刀と猛は共に苦笑いを浮かべる。

 

(まあ、分からないでもないけど……)

 

とか言いつつ、可愛い女の子の水着姿に意識してしまう一刀であった。すると、猛があることに気づき、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

 

「あれ?さっきから、瑠華の姿が見当たりませんね」

「そういえばそうだな……」

 

近くに瑠華がいないことに気づく三人。

 

「トイレでも行っとるんちゃうん?」

「そうなのか?」

 

すると、プールサイドに二人の少女が、恥ずかしそうに俯いている“一人の少女”?を連れて出てきた。

 

二人の少女、孫権軍に属する大喬、小喬の二喬姉妹が、騎馬戦のBGMとして歌を披露する様だ。

 

二人――――いや、三人の少女の手にはマイクが握られている。その内の一人は、一刀達もよく知る少年によ~~く似ていた。

 

「「瑠華っ!?」」

「何してんねんっ!?」

「うぅ〜……」

 

どうやら本人らしい。

 

二喬と同じ、ラインの入ったスクール水着を着用し、髪も二つのお団子にまとめられている。右に月、左に読の一字が記されている。背丈もほぼ一緒なので、髪と眼の色を除けば、可愛らしい顔と合わさって、二人と容姿が大差変わりない。

 

「る、瑠華、何があったんだ……?」

「トイレに行ってたら待ち伏せられて捕まり無理矢理着せられました……」

 

三人は、それ以上言わなかった。瑠華の顔は真っ赤に染まり、うるうると眼が揺れている。内腿に手を入れてもじもじとしている様子が、かなりの破壊力を備えていた。

 

「瑠華様可愛い〜♪」

「可愛い〜♪」

「お願いだから着替えさせて……」

「「駄〜目♪」」

「そんなぁ……」

 

項垂れている瑠華に抱きつく二喬。二人だけでなく、会場内の全員も可憐な“男の娘”を見て、可愛い……と思った。

 

「貂蝉学園長!男子が女子の水着を着るのって駄目ですよね!?」

 

学園長ならなんとかしてくれるだろうと抗議する瑠華だったが、

 

『おぉけぇぇい!これはこれで可愛いからしてア〜リ〜♪』

「あんたそれでも学園長かぁぁぁ!」

『ええ、ほんと写真に収めたい位……♪』

「収めなくていいから!」

 

しかし、観客席にいる数人の女子に隠し撮りされ、女子生徒の間に出回ってしまったとか……。

 

『え、え〜それでは気を取り直して、スタートです!』

 

改めて、水上騎馬戦開始の銅鑼が鳴らされた。

 

「さあ、瑠華様。歌いますよ♪」

「えっ、僕も歌うの!?」

「もちろん♪」

 

二喬に言われるがまま、瑠華もBGMを歌わされる羽目になった。嫌々かと思ったら、途中からは案外ノリノリで二喬と歌っている。

 

「なぁ、瑠華ってさ……」

「はい……」

「結構歌うまいねんな……」

 

意外な一面に、三人共に目を丸くしていた。

そして肝心の騎馬戦では、互いに攻防戦を繰り広げる。

 

「まずは水攻めにて、敵の体力を削ります。尚香様」

「ラジャー♪」

 

軍師陸遜の指示に従い、騎手のシャオは足で水を蹴り、関羽軍に浴びせる。

 

「水で……けほっ!息が……!」

「結構、堪えるな……」

「ここは耐えて下さい」

 

口や目に水が入りそうになり、関羽軍は苦戦を強いられる。

 

「どうした!臆したか!」

「なにっ!」

「関羽さん!」

 

甘寧の挑発に乗りかけた愛紗を、騎手の孔明が何とか制止する。

 

「シャオ疲れた〜」

「頑張って下さい!」

 

足が疲れ、だらけるシャオを励ます陸遜。

 

「ん?あれは……」

 

観客席から観戦していた呉の軍師、周瑜。どうやら、何かに気づいた様子。

 

上から見てみると、先程から関羽軍が、孫権軍を中心に、渦を巻くようにして回りをぐるぐると進んでいた。

 

「――――今です!」

 

孔明の声と共に、馬である愛紗達は渦に逆らい、逆方向に進み始めた。

 

「後ろをとられては駄目――――」

 

逆流に足を取られ、動きが止まる呉軍。急に逆回転を加えた為、陸遜の豊満な胸が激しく揺れてしまい、水着が外れてしまった。

 

「え?きゃあああっ!」

 

羞恥の余り、咄嗟に両手で胸を押さえる陸遜。そのせいで土台が崩れてしまった。

 

「突撃〜!!」

 

それを見計らった様に、関羽軍は孫権軍に突撃する。そして、孔明がシャオのハチマキを取った。

 

『やりました!絶対追悼を逃れた関羽軍!胸ポロハブニングに乗じて見事孫権軍を撃破!』

「いいや!今のは、胸ポロハブニング等ではない!」

 

大声が聞こえ、観客席に視線が集まる。席にいた周瑜が、立ち上がって抗議の声を上げたのだ。

 

まず、相手の騎馬を旋回させ続けることにより、回りに渦を発生させ、尚且つ胸に過度の重力をかけ、それを急激に反転させる。それにより、慣性のついた大質量の渦が襲い、脆弱なビキニを振り払った。

これは、古来より水上騎馬戦において“巨乳ポロリ”の担当、という故事をふまえた非常に高度な作戦

 

これぞ名付けて!“水計八陣!巨乳は急に止まれないの計”!!」

 

つっこみたいがつっこめない物理的理論を説き、なにやら訳の分からない作戦名を述べた。

 

「くっ!そうだったか!」

「すいません、私のおっぱいが聞き分けがないばかりに〜 」

 

こちらはこちらで何故か妙に納得している。

【孫権軍】、惜しくもここで敗退となった。

 

「流石名軍師。よくやった」

「えへへ♪」

 

愛紗達に褒められ、孔明は照れ臭そうに笑みを浮かべる。

 

「諸葛亮か、恐ろしい娘だ…」

 

臥龍、諸葛孔明を人知れず警戒の視線を向ける周公謹。

 

「なんかよう分からんけど、ワイいいもん見た気がする……」

「ノ、ノーコメで」

「うぅ〜……」

 

仰向けに寝転がっている男子三人。猛は顔を真っ赤にさせて目を回している。及川は満足そうな表情を浮かべており、鼻から“赤いもの”が流れ出ていた。

一刀は、咄嗟に顔を反らす。何故なら、黒髪の少女から射殺すかの如く、鋭い視線を向けられたからだ。

殺気に気づけたおかげで、九死に一生を得る。

 

孔明の策により、見事勝利した関羽軍。

続いて、【北郷軍】対【曹操軍】対【袁紹軍】が行う競技は【水上押し相撲】。

 

『己の力で相手を押し退けるこの競技!果たして生き残るのはどのチームか!』

 

これは、軍全員で行われる競技。長さ二十メートル、幅十三メートルのプール。その中央に浮かぶ、直径約九メートルの物凄く滑りやすい台の上で、相手を台からプールに落とすというものだ。誰か一人でも自分の軍の仲間が落ちていなかったら、そのチームが決勝に上がれる。尚、今回は三チームなので、二チームが勝ち上がるという形だ。

 

「お前、その水着でやるんか?」

「着替える時間を与えてもらえなかったんだ!」

「まあ、そんなに落ち込むなよ瑠華。ほら、結構…………似合ってるぞ?」

「先輩、それ励ましになってないです」

 

一刀の不器用なフォローにより、追い打ちをかけられた瑠華であった。

 

「どんな敵であろうとこの手でねじ伏せるまで……行くわよ!」

「「「はい!」」」

 

曹操の堂々とした号令に、大きく返事を返す部下三人。

 

「おーっほっほっほっほ!猪々子!斗詩!張飛さん!袁家の力を思い知らせておやりなさ〜い!」

「「はっ!」」

「おうなのだ!」

 

馬鹿……もとい、袁紹も号令を行う。

 

そして、三チームが位置についた。

 

『それでは、スタートォ!!』

 

銅鑼の音が響き、足場が振動でぐらぐらと揺れ始めた。

 

「結構、不安定ですね」

「ああ、ここは慎重に――――」

「先手必勝!」

「姉者!?」

 

唐突な、夏候惇の猪突猛進に驚く一刀と瑠華。すると、二人の前に一人の男子が出て、夏候惇の強烈なタックルを受け止めた。

 

「「猛っ!!」」

「くっ!」

「くぉぉぉ!!」

 

歯を食い縛り、両手を合わせて取っ組み合う猛と夏候惇。

 

「ふん!小僧、中々やるな……」

「それはどうも、夏候惇先輩も流石ですね……!」

 

称賛し合いながらも、睨みあい、力強く互いの手を握り締める両者(パワーファイター)

 

「よ~っし!あたいも行くぜ!」

「ちょ、ちょっと猪々子!?」

 

二人に触発されたか、顔良の制止も聞かず、文醜は猛と夏候惇の二人に突撃。

 

「おりゃあああ!!」

「なにっ!?」

 

三人がぶつかり合い、その衝突によって、足場が地震の様に大きく揺れた。落ちない様、何とかバランスを保とうとする全チーム。

 

「おっととと!」

「きゃっ!ちょっとこっち来ないでよ!」

「しゃあないやんけ!無茶いうなや!」

「触らないでよ!気持ち悪いわね、この変態眼鏡ザル!」

「言うたな!この猫耳貧乳女が!」

「なんですって〜〜!!」

「なんやとこら〜〜!!」

 

悪口を言い合い、ぐぬぬと睨みあう荀イクと及川。

 

「不味いわね、この不安定な地形で更に揺れてしまうと……」

「相手もそうですが、我々も不利になりますからね……」

 

曹操と夏候淵が揺れに対応していると、北郷軍が攻撃を仕掛けてきた。

 

「「はああああ!!」」

「しまった!」

「くっ!」

 

突撃していく一刀と瑠華。体当たりを繰り出すも、咄嗟に受け身をとり、曹操軍は防ぐ事に成功。

 

「へぇ、意外と積極的じゃない」

「何もせずにじっとしてるってのも、面白くねぇだろ?」

「まあ、一理あるわね」

 

二人の大将が目を細めて語り合う。不敵な笑みを浮かべ、姿勢を低くしながら相手の様子を伺っていた。

 

「お兄ちゃん覚悟〜〜!」

「むがっ!?」

 

突然、鈴々が一刀の顔に抱きついてきた。前の視界を遮られ、手をさまよわせながらよろよろと動く一刀。突然の事に、目を丸くする曹操。

 

「猪々子!なにやってますの――――あら?」

「むぐ〜っ!」

 

一刀は、そのまま袁紹にタックルしてしまい、その場に尻餅をついた。

 

「きゃああっ!」

「おわぁ!?」

「や〜ん!!」

 

袁紹はバランスを崩し、後方へ進んでいく。そのまま、口論をしている及川と荀イクに衝突し、三人共プールに落ちてしまった。

 

一刀は鈴々にしがみつかれて、身動きがとれない。

 

「っ!」

「させるかっ!」

 

曹操の盾となって、瑠華の前に立ちはだかる夏候淵。

 

「くっ……!」

「悪いが、我が主には指一本触れさせん!」

 

力押しでは不利と悟り、瑠華は距離をとるため後退する。

 

「逃がすか!」

 

夏候淵は追いかけて捕まえようとするが、小柄な上に素早さ故、中々捕らえられない。

 

「この、ちょこまかと……!」

 

しびれを切らした夏候淵は、足を踏みしめ、動き回る瑠華目掛けて突撃。その時、瑠華の眼が光った。

 

「今だっ!」

「なっ!?」

 

急停止し、夏候淵の足元へ駆け、彼女の足を引っかけた。その拍子に、夏候淵は前向きに倒れ行く。

前方では、猛、夏候惇、文醜。そして、仲間を止めに来たつもりが、いつの間にか取っ組み合いに参加している顔良の四人がいた。四人は相手を転ばそうと、引っ張ったり、押したり、もみくちゃになっている。すると、猛一人が、こちらに向かってくる夏候淵に気づいた。

 

「でかしたぜ瑠華!」

 

ニヤリとした表情を浮かべる猛。そして、両手を下に向けて離し、後ろに下がる。いきなり離されたせいで、勢い余り、転びかける三人。しかし、そこにバランスを崩した夏候淵とぶつかってしまった。ぐらつくも、なんとか体勢を保とうとする四人。

 

「もう一丁!」

 

今が好機。猛の捨て身タックルによって、四人が。そして猛もプールに落下。

 

「猛!……くそっ!」

「春蘭、秋蘭……くっ!」

 

仲間の頑張りを無駄にしない為、瑠華は単身、曹操に立ち向かう。曹操をプールに落とそうと、肩目掛けて手を伸ばした。しかし、その手を掴まれ、足払いで転んでしまう。地面に背をつけながら、曹操の足に蹴りを入れるも、土踏まずで止められた。間髪入れず、彼女は瑠華の足を掴み、振り回して、そのままプールに落とした。

 

「ぷはぁっ!!」

「よく頑張ったじゃない、坊や。褒めてあげるわ」

 

手をパンパンと払うように叩き、余裕綽々の笑みを浮かべる曹操。すぐに顔を引き締め、横目で後方を見る。

 

「ぷはっ!やっと外れた……」

「お兄ちゃんには負けないのだ!」

 

それぞれ、残るは三チーム各一人。

 

一刀は、曹操と鈴々の間に挟まれた位置にいる。下手に動いたら、どちらか一方にやられてしまう。一刀は相手の出方を待ち、二人もまた動かずにいた。

 

「かずピー!」

「「先輩!」」

「「「華琳様!」」」

 

プールに入ったまま、生き残っている仲間の一人に声援を送るチーム達。観客側も加わり、プール会場は歓声に包まれていた。

 

「猪々子!斗詩!私達も、袁家に代々伝わる“華麗なる白鳥の舞”で士気を上げるわよ!」

「「はい!」」

 

袁紹の三人も、負けじと一斉にプールサイドに上がる。

 

一方、戦いの場では、未だ互いに動けずにいる三人。すると、三羽の白鳥の頭が三人の視界に写った。

 

「「「そ~れそ~れそ~れそ~れっそれ!もひとつおまけにそ~れっそれ!」」」

 

白鳥のまわしを着けた袁紹達は、理解不能な、訳の分からない踊りをやりだした。

 

プールに浸かっている六人は、呆れを通り越し、なんとも言えない表情を浮かべている。

 

「なんだあれ……」

 

「ぷっ……くくっ……!」

「隙ありなのだ!」

「おっと!」

「きゃあっ!!」

 

呆れている一刀に対し、曹操は声を殺して笑っていた。それを見逃さなかった鈴々は体当たりを繰り出す。一刀は避けたものの、ツボが浅かった曹操は、プールに落ちてしまった。

 

『やりました張飛選手!これで北郷軍、袁紹軍のニチームが決勝進出となりました!』

「おーっほっほっほっほ!袁家伝統の白鳥の舞は無敵ですわ〜♪」

「袁紹にしてやられるとは、不覚……!」

 

高笑いする袁紹。ずぶ濡れになりながら、自分の失態を悔やむ曹操。

 

【曹操軍】ついに敗退。

 

鈴々は得意気に、観客席にいる愛紗へにやけ顔を見せる。彼女はむっとした表情を浮かべていた。

 

(……次くらい、かな)

 

その様子を見ていた一刀。何かを決心したかのように頷いた。

 



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~群雄、生徒会長の座を狙って相争うのこと【抗争の陣・後】~

『泣いても笑ってもこれが最後!この戦いで生徒会長が決まります!』

 

決勝は新加入のはわわ軍師、孔明を伝って強敵孫権軍を打ち破った関羽軍。

 

皮肉にもその関羽軍を裏切った張飛の活躍によって勝ち上がってきた袁紹軍。

 

初参加にも関わらず強敵達を退き、見事決勝まで上ってきた北郷軍。

 

『いよいよ、三軍の対決です!』

 

決勝競技【自由型リレー】

 

『袁紹軍は、一か八かで袁紹軍に仕えている時点で人生負けが見えている、文醜選手!』

「ちょっと!それってどういう意味ですの!?」

『男の子には見えない可憐な男の娘!みんなの期待に応えるかの如くスク水を着用しての参加!月読選手!』

「僕だって好きでこんな格好してるんじゃないよ!」

『好物はメンマの女体盛りと噂の、趙雲選手――――に代わって華蝶仮面選手!』

 

蝶をモチーフにした仮面を付けた、華蝶仮面こと“常山の昇り龍”。

 

『って、いいんですかね?華蝶仮面選手は関羽軍としてエントリーしてないんですが……』

『いいんじゃないんですか?どうせ正体は趙う――――』

 

 

〜しばらくお待ち下さい〜

 

 

『全選手、いいスタートを切りました!』

 

自由型リレーが開始。

バタフライなだけに、華蝶仮面が有利に進んでいる。他二名も後を追いかける様に泳いでいた。

 

『関羽軍の次峰は、おしっこは漏らしても決して弱音は漏らさない!馬超選手!』

「余計な事言うなよ!」

 

華蝶仮面に代わり、馬超がプールに飛び込む。

 

『北郷軍は、重度のシスコン疑惑が浮上している、五十猛選手!』

「シスコンじゃない!世界一可愛い妹が大大大好きなだけだぁっ!!」

「それをシスコンって言うんでしょ……?」

 

豪語する猛に呆れながら、瑠華はバトンタッチする。

 

『袁紹軍、次峰!夜な夜なプニプニお腹を触っては溜め息をもらす顔良選手!』

「言わないでよそんなこと!」

「いいから早く!」

「えっ?あ、うん!」

 

司会に文句を垂れるも、文醜に急かされ、急いで泳ぐ顔良。

 

「もう!なにやってますの!」

「猛〜!ファイトや〜!」

「うぅ……」

 

大声で叫ぶ及川と袁紹に対し、ビート坂を持った孔明は、不安の表情を浮かべる。

 

「ぷはっ!頑張れ孔明!」

「頼みました、先輩!」

 

ほぼ同時にバトンタッチした三人。しかし――――

 

「そういえは、麗羽様泳げないんだっけ……」

「ぶはっ!あぶっ!そういや、ワイ、カナヅチなんやったぁ!」

 

浮き輪を使っている袁紹を見て、文醜は項垂れる。孔明もビート坂を使って頑張りを見せた。

それに比べ、未だ活躍の場面を見せられない及川であった。

 

まあ、これはこれでいい勝負?なのかもしれない。

 

『ねぇ、お母さんは?』

『ちょっと、大人の事情で……』

 

カタリナ学園に通う、幼稚園児の璃々ちゃん。黄忠先生の娘であり、司会者の陳琳は尋ねられて苦笑する。

 

「孔明殿!しっかり!」

 

一生懸命泳ぐ孔明を励ます愛紗。その姿を、どこか寂しそうな眼で見つめる鈴々。

 

「――――いつまで、そのままでいるつもりだ?」

 

不意に声をかけられた。愛紗と鈴々の二人は、間にいる一刀に視線を向ける。一刀は二人を見ずに、前だけを見ている。

 

「いつまでも意地張ってないで、お互い素直になれよ。まあ、そういう意地っ張りな所も似てるからな――――やっぱり“姉妹”だよ、二人共」

「「えっ……?」」

「及川〜〜っ!!」

 

突然、一刀は溺れかけている及川を大声で呼ぶ。なんやねん、と及川は一刀に視線を向けた。一刀は、親指を立てて後方を指差す。予め待機していた瑠華と猛は、持っていたパネルを、上に掲げる。

 

際どい水着を着用した、セクシーな女性の写真。及川の眼は、釘付けとなった。

 

「おぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁあっ!!!!」

 

ゴーグルをキラリと輝かせ、溺れていたのが嘘の様に、及川は二人を即座に追い抜いた。

 

『及川選手!火事場の馬鹿力が発動したか!まるでジェットスキーの如く、加速し両者を追い抜いたぁっ!!』

 

会場は驚きに満ちるも、及川は勢い余り、頭をぶつけてしまった。

 

「ぶへっ!」

「そんじゃお先♪」

「「あっ!」」

 

及川のバトンタッチにより、一刀はプールに飛び込む。クロールで、瞬く間に差を開いていった。

 

「おのれ一刀っ!」

「お兄ちゃんずるいのだ!」

「鈴々!」

「おうなのだ!」

 

愛紗と鈴々は互いに見合う。険悪な雰囲気が離散し、端から見れば、共闘し合う同志に見えた。

 

「はぁ……はぁ……!」

「よくやった!」

「うりゃりゃ〜!」

 

辿り着いた孔明を褒める愛紗。そのままプールに飛び込み、袁紹のバトンタッチで鈴々も続いてスタートする。

 

『関羽選手に張飛選手!まるで心が通じあっているかの様に、北郷選手との差を縮めていきます!』

『大きい胸が浮き輪代わりとなっている関羽選手に対して、水中ではお子ちゃま体型の張飛選手の方が若干有利に見えますね』

『えっ?』

 

意外とませたコメントを発言する璃々ちゃん。

 

(おっ、二人共なんだかんだいって息合ってるじゃないか)

 

泳いでいる最中、一刀は司会の言葉や、後方から水飛沫を出して迫ってくる二人を見て、心中で微笑む。

 

(後、もう少しで――――)

 

突然、鈴々は動きを止めてしまった。

 

(しまった……穴子サンド、一口しか食べなかったから、力が……)

 

燃料が切れてしまった様だ。力が入らず、鈴々は深く沈んでいく。

 

(愛紗、ごめんなのだ……鈴々が悪かったのだ……)

 

薄れゆく意識の中で見たものは、自分に手を伸ばす、大好きな兄と姉の姿。

 

 

◇◆◇◆

 

 

段々と、意識がはっきりとしてきた。

 

「――――しっかりしろ!鈴々!」

「……愛、紗?」

 

徐に、重い瞼を開ける。視界に飛び込んできたのは、心配そうに思いやる姉の顔。周りには同様に、こちらを気にかける仲間の姿があった。

 

「よかった……気がついたんだな!」

「でも、なんで……?鈴々、愛紗と勝負してたんじゃ――――」

「途中で溺れた張飛さんを、関羽さんと北郷さんが助けてくれたんですよ」

「お兄、ちゃん……?」

「無事で本当によかったよ……鈴々」

 

一刀は微笑み、鈴々の頭を優しく撫でる。

「どうして?鈴々の事放っておけば……」

「鈴々!本当お前は馬鹿だな!」

 

愛紗の瞳から涙が流れている。しかし、その表情は笑顔だ。

 

「私にとって、お前を犠牲にしてまで得たい勝利などあるものか……!」

「愛紗……鈴々が悪かったのだ!もう我儘言わないのだ!」

「本当か?」

 

二人は泣き、笑いながら抱き合う。

 

「姉妹っていいなぁ」

「確かに、少し妬けるな……」

 

二人の姿に心打たれ、馬超と星の瞳も、微かに濡れていた。

 

「念の為、保健室に行くか?」

「大丈夫なのだ、ちょっとお腹が空いただけなのだ」

「張飛さん」

 

鈴々を気遣いながら、背負う一刀。横から孔明が声をかける。

 

「穴子サンドとってありますよ。後で食べてください」

「……成程な」

 

昼間の時の事を思いだし、一人納得する一刀。

 

「孔明……色々ごめんなのだ!鈴々は…」

「もういいですよ」

 

自分の我儘で不快な思いをさせてしまった。その事に謝罪する鈴々。孔明は優しく微笑みながら、許す。

 

「みんな、協力してくれてありがとな!」

 

一刀は振り返り、三人の仲間に礼を述べた。仲間は笑顔で答える。

 

「かめへんて、かずピー。ワイらダチやろ?」

「そうですよ、気にしないでください」

「元々生徒会長になるのが目的じゃありませんし」

 

大勢が去る中、瑠華が発した言葉が耳に届き、一人だけ反応した愛紗。

 

「瑠華、それはどういう……」

「だって、愛紗と鈴々を仲直りさせる為に参加して――――」

「はい、おしゃべりはそこまで」

「むぎゅ」

 

一刀は直ぐ様、瑠華の口を押さえる。

 

「一刀、今のは……」

「なんでもないよ、なんでもね」

 

どこか照れ臭そうにごまかす一刀。それを見て、愛紗はそれ以上言わなかった。そして、仲間と楽しそうに喋っている一刀の後ろ姿を見つめる。

 

「――――ありがとう」

 

頬を少し赤く染めながら、自分達を案じてくれる彼に、そっと感謝の言葉を口にした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

決勝戦の判定が出た。その結果が、電光掲示板に映し出される。

 

『競技中に関羽選手と北郷選手が他のコースに入った為、それを反則行為と見なし、二名を失格!よって、袁紹軍の勝利とします!』

 

結果を知り、袁紹達は抱き合って喜びを露にする。

 

そして、閉会式が行われた。

 

『生徒会長戦を見事勝ち抜いた袁紹選手に、学園長から生徒会長の印字が授与されます!』

 

金色に輝く印字。生徒会長と証明する物で、袁紹は喜びに胸を弾ませる。それは、正に天にも昇る思い。

 

『続いて副賞として、学園長から祝福の熱〜いキスが贈られます!』

「えっ!?」

「ぶっちゅうぅぅぅぅぅぅ!!!」

「いぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

天国から地獄へ落ちた。

 

目の当たりにした北郷軍に加え、全校生徒は皆、顔を青ざめる。目を反らす、口を押さえる、項垂れている等、各々の反応を見せる。

 

「男子達ぃ〜♪優勝は残念だったけど、よく頑張ったわ〜ん♪ご褒美として、ちゅうしてあ・げ・る♪」

 

気持ちが悪い動きをする学園長。出場した男子全員ゾクゾクッ!と嫌な寒気が走った。

 

「お・こ・と・わ・り!お断りします!」

「あぁ〜ん、待ってぇ〜〜ん!」

 

脱兎の如く、一斉に逃げ出した北郷軍。それを追いかける学園長。地獄の鬼ごっこが始まった。

女子達は皆、苦笑いを浮かべ、哀れむ様に眺めている。否、それしか出来なかった。

 

「つっかま〜えた♪」

「おわぁぁぁぁっ!誰か助けてぇなぁ!」

 

学園長に捕まり、抱かれる及川。

必死に助けを求めるも、その仲間達は振り向きもせず、走る足を緩めない。

それどころか、好機と言わんばかりに、その足を早めた。

 

「こんの裏切り者ぉぉぉぉ!!」

「ぶっちゅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「ぎゃああああああああ!!!」

 

断末魔が、空に響き渡る。

 

(許せ及川!俺達にはどうすることもできん!)

(天から俺たちを見守っていて下さい!)

(お盆には帰ってきていいから!)

 

仲間を勝手に死んだことにする薄情な男子三名。

 

逃走中、後輩二人とはぐれてしまった一刀。目についたのが、体育倉庫。そこに身を潜めようと、一人で入る。

 

「ふぅ、ここならしばらくやり過ごせる――――」

「あら、北郷君」

「わあっ!?」

 

何故ここにいるのだろうか?

養護教諭の先生と目を合わせてしまった一刀。黄忠の体は縄できつく縛られている。それも普通の縛られ方ではなく、彼女の溢れんばかりの胸を強調させるいかにも、“アレ”な縛り方だ。

 

「黄忠先生何やってるんですか!?しかも、なんか、エ、エロ……その、変な縛られ方で!」

「あらあら、でも嫌いではないんじゃない?」

「生徒を誘惑しないでください!今ほどきますから」

 

一刀は黄忠の紐を外そうとするが、固く結ばれており、中々外れない。しかも、あろうことか更に締め付けてしまう。

 

「あん♪もう、大胆ねぇ……」

「変な事言わないでください!」

 

度々漏れる喘ぎ声。耳元に届き、心臓が高鳴る。一刀はあたふたしながら、悪戦苦闘する。そして、漸くほどけた。

 

「はぁ~……漸くほどけた」

「その様ね……それと、北郷君」

「はい?」

 

視線を向けると、黄忠は笑顔のまま固まっていた。見間違いでなければ、どこか汗をかいているようにも見える。

 

「――――」

 

縄をほどくのに集中しすぎたせいか、後ろからやってくる“一人の影”に気づかなかった。

そしてその人物は今、一刀の背後に立っている。背中から感じる、とてつもない殺気。

黄忠以上に、滝の様な汗をかきながら、一刀は徐に、後ろを振り向く。

 

「あ……あ、あ、ああああ、愛紗……!?」

 

怒りのオーラを纏った“軍神”が仁王立ちで見下ろしていた。口は笑っているのだが、明らかに目は笑っていない。

 

「え……えと、その、あ、か、関羽さん?ち、違うんだ、これは、その」

「ほう…………何が?」

「ご、誤解してるかも知れないけど、決して、疚しい事じゃぁなくてですね……わたくしは、えと、助けようとして――――」

「養護教諭の先生を縄で卑しい結び方をして更に更にきつく締め付けて悲鳴を聞いて楽しんでいるこの状況を見て何が違うと言うのだ?」

「誤解ですってぇ~……」

 

いつの間にか正座して向かい合っており、呼び方も“愛紗”から“関羽”に。これは、相当ヤバイ、という意味だ。

後ろの黄忠は、助け船を出そうとする。

 

「あの、関羽さん?北郷君は別に悪いことは――――」

「黄忠先生は口を挟まないでいただきたい」

「あ、はい」

 

生徒の迫力に押され、小さくなる先生。

 

愛紗は肩に担いでいる、木製の薙刀の石突きを地面に叩きつける。ガンッ!と大きく鳴り、一刀と黄忠の肩がビクッ!と震えた。

 

「借り物競争でもそうだったが、お前というやつはそれほど女の胸が好きで好きでたまらないようだなぁ……?」

「いや、あれはお題だから仕方なく……」

「言い訳無用!」

「はいぃっ!」

 

有無を言わせない怒声に怯む一刀。そして、軍神の裁きが、今、執行されようとしていた。

 

「あ、愛紗さん?か、関羽さん?薙刀をゆっくりと振り上げないで!なんか怖いよ!?ちょ、本当に待って!?ねえっ!?死刑を執行するような動作やめて!?」

「天・誅っっっっっ!!」

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」

 

関雲長の豪雨の様な制裁を食らう羽目となった一刀。

 

「嫉妬って、怖いものなのよ……」

「みたい、ですね……」

「怖ぁ……!」

 

一人だけ、何とか外に避難した黄忠先生。気づいたら後輩二人も扉に隠れており、先生に同意する。

体育倉庫から聞こえてくる悲鳴に、三人はガタガタと身を寄せあって震えていた。

 

 

 

 

群雄の学園生活は、まだまだ続く――――。

 



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~馬超、悶々とするのこと~

――――時は二世紀も末の頃。この乱世に一人の青年が舞い降りた。その青年の名は【北郷 一刀】。

 

未知なる世界にて、一刀は新たな出会いを果たしていく。

 

乱世に蔓延る悪を切り裂かんと、美しい黒髪を靡かせ、青龍偃月刀を振るう【関羽】。

その関羽と堅い姉妹の契りを交わした

、【張飛】

不思議な縁に導かれ、その三人の元へ集った、【趙雲】、【馬超】、【黄忠】、【諸葛孔明】。

 

そして、謎の少年【月読】

 

 

無双の姫達が織り成す物語が今、再び――――

 

 

◇◆◇◆

 

 

とある谷にて、戦が繰り広げられていた。一方は山賊、もう片方は桃花村を拠点とする義勇軍。烏合の衆の山賊に対し、二人一組となり、お互いに連携しながら戦う義勇兵達。日頃の鍛練の甲斐あってか、敵を難なく討ち倒していく。

 

一人の兵士が“馬”の文字が入った旗を掲げる。

 

「はああっ!」

「「ぐあああっ!」」

 

“錦馬超”こと馬超は、馬に誇り、十字型の槍、銀閃で賊を薙ぎ払う。

 

「村を襲う賊共め!この錦馬超が相手をしてやるぜ!」

 

賊の前に立ち塞がり、通さんとする。

 

「うりゃうりゃ〜〜!!」

 

一匹の子豚に跨がって、蛇矛と“張”の文字が描かれた旗を担いでいる、燕人張飛。

 

「鈴々様のお通りなのだ〜〜!!」

「「ぐぎゃあああっ!!」」

 

その小さな体からは考えも出来ない怪力で、陀矛と旗を振るい、敵を吹き飛ばす。

 

「出てこい大将!鈴々と勝負するのだ〜!!」

 

賊軍の後方辺りでは、大将がいる。狭い谷の道で前に行けず、正にぎゅうぎゅう詰めになっていた。これでは援護しようにも援護できない。

 

「ちくしょう、これじゃ身動きが……!」

「このままじゃ前方は総崩れですぜ……」

「狭い谷に誘い込んだのは罠だったんだナ」

 

大将であるアニキ、その部下のチビとデブは焦りを隠せずにいた。

 

「一旦引くぞ!広い所に出て反撃だぁ!!」

 

このままでは不味いと判断した大将は号令をかける。賊共はそれに従い、後退していった。

 

「こら〜逃げるな〜!皆追撃するのだ〜!」

「張飛待てよ」

「なんで止めるのだ?今が好機なのだ」

「って、孔明の策を忘れたのか?」

「あっ、そうだったのだ」

 

呆れながら聞くと、鈴々はすっかり忘れていたらしい。

 

「後は皆に任せようぜ」

「うん」

 

鈴々と馬超は笑みを浮かべて、賊が向かった方向を振り向いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

賊軍は、そのまま反対の道を走っていた。道の横には草が大きく茂っている。そこに、数十にも及ぶ伏兵が潜んでいた。

 

「孔明ちゃんの読み通り、こっちへ逃げてきたわね」

 

突然、銅鑼の音が鳴り響いた。

賊達は驚き、音の方を向く。紫の長髪の女性、黄忠率いる弓矢部隊が、威嚇する様に弓を引いた。

 

「賊共よ!武器を捨てて下れば良し!刃向かうならば黄忠が弓の餌食となれ!」

 

一人の武将としての迫力を見せる黄忠。

 

「お頭!伏兵が!」

「くそっ!嵌められたか!」

 

焦りを見せながら、馬を走らせる賊軍。すると、更に銅鑼の音が鳴り響き、上を見上げる。

 

「今だ!」

 

白馬に跨がる水色の髪の少女――――趙雲こと星は、赤い刃の直槍、龍牙を上に掲げる。その合図で、横にいる兵士達が大きい丸太を転がした。

 

落石の様に落ちてくる丸太に賊共は混乱し出す。

 

「地獄への道案内、この趙子龍がつとめてやるぞ!」

 

転がる丸太と共に、崖を駆け降りる趙雲。

 

 

 

英雄達の活躍により、次々と討ち倒されていく賊軍。最早、軍ではなく、数人程になった。

 

「もう俺達しか残ってないんだナ……」

「うるせぇっ!」

「お頭……ま、前」

「ん?」

 

チビに促され、前方を見る。天高く“関”の旗を掲げる隊を見つけた。

 

「関の旗?てことは………」

 

黒い馬に跨がり、隊の横から出てきた黒髪の少女は、賊を睨み付ける。

 

「げぇっ!!関羽ぅ!?」

 

賊の命。最早ここまでだ。

 

「乱世に乗じて民を虐げんとする賊共め!我が青龍偃月刀の錆となれ!」

 

関雲長、参る。

 

 

◇◆◇◆

 

 

桃花村の鍛練場。そこで、青年と少年は向かい合っていた。二人は武器を構えており、相手の動きを観察している。

 

「「…………」」

 

会話はなく、その場は静寂に包まれていた。じりじりと二人は摺り足で距離を縮める。

 

「「っ!!」」

 

同時、二人の距離は一瞬で縮まり、お互いの武器で甲高い金属音を鳴らした。

そして、そのまま鍔迫り合いを行う。一旦離したかと思いきや、今度は凄まじい速さで刀と撃剣をぶつけ合う。目にも止まらぬ速さで、所々残像が見えている。火花が散り、耳に木霊する程の大音量の金属音が鳴り響く。

 

しばらく打ち合うと、また同時に距離を置いた。

 

「――――今日は、この位にしとくか」

「うん」

 

一息つき、二人は剣を鞘に収める。

 

「よしっ!俺はもういけるっぽいな」

 

青年――――北郷 一刀は、体を伸ばしながら、そう呟く。

 

「瑠華、お前はどうだ?まだ痛いのなら、休ませるけど……」

「大丈夫だよ。ほんのちょっと痛むけど、前よりは断然ましだよ」

 

少年こと、【月読】。真名を瑠華と言う。

瑠華は右手を押さえ、掌を開閉し、調子を確かめる。

 

「あんまり、無茶すんなよ?」

「一刀には言われたくないな……」

 

ボソッと小さく呟きながら、二人は近くの石垣に座る。

 

「そろそろ、戦にも参加しないと」

「体は、もういいの?」

「ああ。体も完全に回復したし、これ以上みんなの足手まといになるのは悪いからな」

「そっか」

 

一刀は立ち上がろうとして、そのまま刀に手を添える。

 

「……っ!」

「一刀?」

 

手にした瞬間“あの光景”が脳裏を横切る。口を手で押さえ、膝をついた。瑠華は慌てて一刀に駆けつける。

 

「だ、大丈夫……?」

「――――ああ、平気だ」

「本当に……?」

「大丈夫大丈夫、な?」

 

瑠華の頭を撫でて、何でもないと言い張る。しかし、平気そうにはどうしても見えなかった。

 

「ねぇ、一刀…」

「あ、愛紗達が帰ってきたみたいだ。行こうぜ瑠華」

「う、うん……」

 

ごまかす様にその場を走り去った一刀。

瑠華は、一刀に対して心配、或いは不安という感情を抱いていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

義勇軍は、頼れる豪傑達の活躍によって、今回の戦も勝利を収めた。村では宴が行われ、兵士達も屋敷の庭にて談笑し、食事を楽しみ、大いに騒いでいた。

 

客間では台の上に豪華な料理が並んでおり、愛紗達も食事を楽しんでいた。馬超と鈴々の大食いコンビは、相も変わらずの食べっぷりを発揮し、星もメンマと酒に舌鼓を打つ。黄忠の横には一刀が座っており、その膝には、璃々ちゃんが当たり前の様にちょこんと座っている。お気に入りの場所らしく、時折一刀が璃々に食べさせてあげている。食べている姿を見て、一刀が和むのも日常と化していた。

 

「いやぁ〜、この辺り一帯に巣食っていた賊を殆ど退治され、めでたい限り♪」

 

酒に酔い、庄屋がご機嫌良く話しかける。

 

「これも全て皆様のおかげと一同感謝しております。とりわけ孔明殿の知謀の数々、この庄屋誠に感服いたしました」

「そんな、私なんてまだまだ……」

 

庄屋の称賛に、朱里は照れ臭そうに顔を赤くしている。

 

「そう謙遜することはない。我等義勇軍の勝利は、孔明殿の策におう所が大きいのは事実だ」

「まあ、愛紗が一番おいしい所を持っていくのが多いのがちと不満だがな…」

 

愛紗も朱里を褒め称える。星はメンマに手を伸ばそうとした馬超を睨み付け、馬超はたじろいだ。食べ物の恨みは、恐ろしい。

 

「いやいや、関羽殿と並んで趙雲殿、馬超殿、黄忠殿と我が桃花村の義勇軍は強者揃い♪」

「むっ、鈴々が入ってないのだ!」

「中でも!戦場を豚に乗って駆け回る張飛殿の姿は勇ましく、兵達に[猛豚将軍]と呼ばれているとか」

「にゃ、にゃははは〜♪そんなに褒められると照れるにゃ〜なのだ〜♪」

 

自分だけ外された鈴々は怒るも、庄屋に褒められた途端、照れる様子を見せる。

 

「隙あり!」

「あっ!」

 

馬超が残り一つの焼売に箸を伸ばすと、そうはさせまいと箸を出す鈴々。そのまま二人は箸で焼売を掴みあう。

しかし、焼売は馬超の口へと運ばれた。

 

「馬超!鈴々の焼売返すのだ!」

「もう食べちゃったもんね〜♪」

 

怒る鈴々に対し、得意気に笑う馬超。

 

「もう、二人共お行儀悪いですよ」

「けど朱里!」

「璃々ちゃんが見てるんですから」

「わ、悪かったよ。孔明」

「分かったのだ……」

 

朱里に叱られ、ばつが悪そうに頭をかく馬超と、大人しくなる鈴々。

 

「なんかお母さんみたいだな、孔明ちゃん」

「そうだね」

 

一刀と瑠華は平和な光景を微笑ましく見ていた。

 

「あっ、鈴々ちゃん。ほっぺに何か付いてますよ?」

「む〜っ、止すのだ朱里。自分で出来るのだ〜」

 

朱里がハンカチで、鈴々の頬に付いている食べかす拭う。

こうして世話を焼く姿を見ると、ますます年上らしく見えてしまう。

 

「鈴々お姉ちゃん子供みた〜い」

「これ璃々。いくら親しい相手でも、相手から許しを得ずに真名を呼んでは駄目よ?ちゃんと張飛お姉ちゃんと言いなさい」

 

真名を呼んで良いのは、許しを得た者のみ。

母親として、娘を叱る黄忠。しかし、璃々は頬を膨らませ、反論する。

 

「え〜、いつも鈴々お姉ちゃん自分の事“鈴々”って言ってるよ?」

「それでもです。許しも無しに呼べば何をされても文句は言えないのよ?」

「別にいいのだ!」

 

突然、声を出す鈴々。皆の視線が向けられた。

 

「璃々はもう家族みたいなものだから、真名で鈴々って呼んでもいいのだ」

「よかったわね、璃々」

「うん、鈴々お姉ちゃん大好き♪」

 

愛らしい笑顔を見せる璃々。微笑んで見つめ、一刀は優しく頭を撫でる。

和やかな雰囲気となり、皆は食事を楽しんだ。

 

そして食事を終え、湯浴の時間。

 

「賊退治の後の風呂はまた格別だぜ〜♪宴の料理も旨かったし、言うことなしだな」

 

宴が終わり、馬超は一人ゆったりと湯に浸かっていた。健康的で豊満な裸体に溜まった疲れが、安らいでいく。

この時代では今と違い、湯を沸かすのに手間が掛かる。風呂に入る日が決められている為、こうして入れるのは正に有難い事なのだ。

 

「けど可笑しかったな、張飛の奴。よりによって璃々に子供みたいって言われちゃって」

 

馬超は宴の時の事を思い出し、くすっと笑う。次に鈴々と朱里との会話が引っ掛かり、疑問が浮かび上がった。

 

「いつの間に張飛の奴、孔明の事を真名で呼ぶ様になったんだ?あたしがここに来ての時は違ったよな……」

 

何かに気がつき、湯を飛ばしながら立ち上がる。その際、豊かな二つの球体が揺れた

 

「つぅか、なんであたしの事を真名で呼んでくれないんだぁ!?仲間だろ友達だろ戦友だろ!?」

 

今更ながら、真名を呼んでもらっていない事に気がついた。

 

「いや待て、あたしだってあいつの事を真名で呼んでない訳だし……」

 

馬超は頭を悩ませ、湯に浸かり直す。

何となくだが、中々きっかけがなく、まだ真名を預けあっていなかった。

 

「だからと言って、今更預け合うってのも、こっ恥ずかしいし」

 

どうしたものかと馬超は顔だけを湯に浸け、ブクブクと泡立てる。何かを決めたのか、顔を上げた。

 

「よしっ!風呂から上がったら鈴々!って呼んでみるか!案外“馬超が鈴々の事、真名で呼んだから鈴々も馬超の事を【翠】って真名で呼ぶのだ〜”とかってなったりしてな」

 

鈴々の声真似をしながら、決意を改める馬超。

因みに【翠】とは彼女の真名である。

 

「はぁ、考え事してたらちょっとのぼせちまったな…」

 

火照ってしまった体を、手で仰いで冷ます馬超。顔は暑さで紅潮し、少しはだけた寝間着から見える胸元は、中々に艶々しい。ポニーテールを解いた彼女は、普段とはまた違った印象を与えるも、容姿が綺麗なことに変わりない。

 

「あ、馬超」

「おっ!?よう……」

 

噂をすればなんとやら。廊下を歩いていると、件の少女とバッタリ出会ってしまった。

 

「お風呂、どうだったのだ?」

「あ、ああ、良い湯加減だったぜ……?」

「じゃあ鈴々も入ってくるのだ!」

 

陽気に話しかける鈴々に対し、馬超はぎこちなく返事をした。風呂の感想を聞き終え、鈴々は馬超の横を通り過ぎていく。

 

(絶好の機会じゃないか!ここで何気無く、鈴々って)

 

チャンス到来。馬超はすかさず、鈴々の名を呼ぶ。

しかし、言葉が止まってしまった。

 

「り、り、鈴、り………」

「何なのだ?」

 

鈴々が不思議そうに覗きこむと、馬超は顔を更に紅潮させ、狼狽える。

 

「ちゃんと言ってくれないと分からないのだ」

「いや!何でもない!本当、何でも……」

「変な馬超なのだ」

 

キョトンとした鈴々は踵を返し、風呂場へと向かった。馬超はため息と共に、がっくしと肩を落とした。



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~張飛と馬超、口論するのこと~

部屋に戻ると、馬超は机と向き合い、紙に筆を走らせていた。

 

「まつ毛は、多い方が可愛いよな。ああ髪飾りを忘れてたぜ」

 

馬超は一心不乱に筆を走らせ、紙に何かを描いている。完成し終え、筆を置いた。

 

「これでよし、我ながらよく書けてるじゃないか。張飛にそっくりだ」

 

恐らく鈴々の似顔絵を描いたつもりなのだろうが、お世辞にも上手いとは言えない。まるで幼稚園児が描いた様な出来だ。

 

しかし本人は気にせずに、その紙を枕に張り付け、正座して向き合う。

 

「やっぱ、いきなりは無理だったよな。先ずはこれをあいつだと思って真名を呼ぶ練習だ」

 

コホンと一回咳き込む。一呼吸置き、言葉を発する――――が。

 

「り、り、り、っ………!!!」

 

そうそう、うまくはいかない。呼ぼうと思っても、ついつい口がごもり、中々言い出せない。

 

「くっ、中々手強いな……よっ、張飛♪」

 

真名ではなく、姓だけなら何の躊躇いもなく言える。しかし真名を呼ぶという事自体が、大きな壁が立ちはだかるのだ。

普段の流れでいけるかと思いきや、真名を呼ぼうとすると口が動かない。馬超はまたまた深呼吸をする。

 

 

 

隣の部屋で、愛紗と鈴々の部屋から璃々が出てきた。

 

「鈴々お姉ちゃん、関羽お姉ちゃん。お休みなさい」

「お休みなのだ。明日は瑠華も誘って蹴鞠で遊ぶのだ♪」

「うん♪」

 

璃々は笑顔で答えると、階段へ向かう。その途中で明かりが点いている部屋を目にする。部屋では顔を赤くした馬超が枕と向き合って何かを呟いていた。その様子を見て璃々は頭を傾げるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

辺りは静寂に包まれ、美しい満月が村を照らしている。皆が寝静まった中、屋敷の屋根に登り、両手を後頭部に置いて、寝転んでいる少年が一人。

 

「綺麗だな……」

 

ぼそっと、小さく呟く。満月同様金色に輝く瞳は、夜空に点々と存在する星々を眺めていた。

 

荒れに荒れている乱世。

風景を眺める、といった束の間の安らぎでも、心を休ませられる。

 

そんな中、ふと思い出していた。

 

 

 

“あの時”の事を。

 

 

 

全てを失い、復讐に取り憑かれ、闇に身を投げた自分。

それ以来、何かを守ろうとしても“あの姿”のせいで怖れられ、蔑まされ、人々に受け入れてもらえない自分。

 

忘れたくても忘れられない記憶。どれもが頭の中を黒く染めていく。

 

 

この先、希望なんてあるわけない。

 

諦めに近い感情を抱いていた。

 

 

だが、それでも少年は生きてきた。

 

 

全てを奪った“あの男”をこの手で……。

 

 

そう、あの男を殺すまで自分は死ぬわけにはいかない。その為にはどんなことだってする。闇に堕ちようが、人を殺めようが。

 

「一刀……?」

 

廊下を一人の青年が歩いているのを見つけた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

青年は鏡の前に立ち、もたれかかる様に洗面台に手を置く。息は荒い上に、顔色も悪い。全身が汗でびっしょりと濡れていた。

 

「はぁ……はぁ……またか……」

 

手に染み付く様に残っているあの感触。そう、“人を斬る感覚”だ。

目に写ったのは、飛び散る血。鼻に入っていく顔を背けたくなるような匂い。

 

これが毎日続いていた。悪夢として蘇っているのだ。いつか、慣れる日が来るのだろうか?しかし、慣れたら慣れたで、怖いのも事実。非情な人斬りにはなりたくない。

当分は、苛まれる事だろう。

 

「――――やっぱりね」

 

声をかけられ、振り返る。暗闇の中から少年が浮き出てきた。見知った顔であると確認し、安堵する。

 

「瑠華か……」

「無茶しちゃってさ」

「ははは……」

 

笑みを作るも、どこか暗い。体調は優れていない様に見える。

 

「誰だってそうなんじゃない?初めて人を殺めた後っていうのは……」

「そう、なのかな……。瑠華も経験したことあるか?」

「ないよ」

「えっ?」

 

予想だにしない返答に、一刀は戸惑う。構わず瑠華は続ける。

 

「初めて会った時に言ったよね?僕は平気で人を殺す悪魔なんだって…」

「そんな事言うなよ。お前は悪魔なんかじゃない。とても優しい、俺達の大切な仲間じゃないか」

「本当の事を言っただけさ。あの日、僕は何の躊躇いもなく命を奪った。あんな屑共、罪悪感すら感じなかったよ…」

 

悪びる様子もなく、目を細めて淡々と少年は語る。さも当たり前の事をしたまでと言っている様に。

 

「なぁ、瑠華……やめることはできないのか?」

「……復讐を、かい?」

 

一刀は小さく頷く。少年の目が少し細くなる。

 

「お前の過去に何があったか、俺には分からない。偉そうな事を言うなって思うかも知れない。でも、このままじゃお前は本当に――――」

「一刀」

 

声をかき消して、青年の名を呼ぶ少年。言い争いになるか、という青年の予想とは違い、瑠華の表情は穏やかだった。

 

「僕はね?一刀や愛紗達に出会って、本当に良かったと思ってる。一人ぼっちだった僕に、手を差し伸べて、仲間にしてくれて……感謝してるんだ」

「瑠華…」

 

子供らしい笑みを見て、一刀もホッと口が緩む。心配はなかったか――――と思っていたが、

 

「でも“これ”だけは譲れない」

 

つまり、復讐をやめるつもりは毛頭ない。

 

さっきの表情が嘘の様に、瑠華は無になっていた。一気にその場の温度が下がる。思わず固唾を飲んでしまう一刀。自分が思っている以上に、少年の闇は深い。どれほど甘い考えで口走ってしまったのかと、実感してしまう。

 

「それにね、この楽しい時間もそろそろなくなると思うし」

「えっ、それどういう――――」

「さぁ?みんなの前から、いなくなるのかもね」

 

目を見開き、少年を見つめる。冗談を言っているのではなく、本気でそう思っているのが伝わってくる。

 

「や、やめろよ……そんな事二度と言うな!お前はもう一人じゃない。俺達の――――」

「僕を知らないからそんな事が言えるんだよ」

 

瑠華は目を吊り上げて、鋭く睨み付けた。僕の何を知っているって言うんだ。そう告げている様に聞こえる。

一刀は何も言うことができなかった。

 

そして、お互い無言のまま向き合う。

しばらくして、瑠華はゆっくりと振り向き、その場を後にした。

 

「じゃあね」

 

振り返る最中、一瞬だけ金色の瞳が紅く輝いた。

 

「……瑠華」

 

一刀は引き留める事もできなかった。何もできない自分が情けなくなる。それと同時に嫌な予感が過った。

その時が来ないように、青年は心の中で祈るしかなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

翌朝、朝食の場は、静寂に包まれていた。

 

「………」

「………」

 

無言。ただただ無言。

 

女性陣の視線は、青年と少年に注がれている。その当人達も無言だ。一人は気まずそうに頭をかき、もう一方は黙々と食事をしている。

 

「なぁ、瑠華――――」

「ご馳走さま」

 

静寂を破って、一刀は意を決して声をかける。しかし瑠華は気にも留めず、その場を去ってしまった。

伸ばしかけた手を徐に下ろし、一刀は深い溜め息を吐く。

 

その様子を目にし、皆が困惑する。

 

朝食を終え、一刀は一人廊下を歩いていると、黒髪の少女に呼び止められた。

 

「一刀」

「あ、愛紗」

「一体、どうしたというのだ?瑠華と何かあったのか?」

「いや、その……」

 

当然ながら、愛紗は心配し、事情を聞く。そして一刀は、昨日の事を話した。

少年が抱えている負の感情が、予想以上に大きいという事。

 

「瑠華が、そんな事を……」

「ああ、今までこんな事なかったのに」

「……」

「なぁ、愛紗。瑠華と初めて会った時、何を感じた?」

 

一刀は突然、愛紗にそう質問する。

その問いに、戸惑いながらも答えた。

 

「計り知れない程の孤独……あの子からは、そんな感情を感じ取りました」

「やっぱり、か」

「ええ。きっと、この子も辛い過去を背負って生きているのだと」

「うん……だから俺、どうしてもほっとけなかった。一緒に過ごしていく内に、ほんの少しずつでも、良い方向に向かえば……そうすれば復讐なんて」

 

しかし、そう簡単には心は変わらない。

 

あの少年の決意は揺るぎない。

何か良くない事が起きる。

やがて、その身を滅ぼす様な。一刀は廊下の手すりをぎゅっと握り締める。

 

「もしかしたら、俺には手もつけられないかもしれない……だとしても、俺はあいつを助けたいんだ。簡単な事じゃないとしても……」

「私もです」

「えっ?」

 

力んでいる手に、優しく包み込むように、愛紗は手を重ねる。視線を向けば、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「一刀だけが重荷を背負う必要はない。背負うなら、私も一緒に」

「愛紗……」

「あの子の仲間は、一刀だけじゃない。もっと我々を頼ってくれ」

「……うん、ありがとう」

 

一刀は支えてくれる大切な仲間に、感謝を述べた。

 

自分は一人じゃない。頼れる仲間が、こんな近くにいる。

 

決意を改める様に、自分に言い聞かせた。

 

 

 

そして、夕食の場。瑠華は早々に食事を済ませて立ち去った。

すると、またまた問題が発生した様だ。

 

「えっ?馬超の様子がおかしい?」

「ええ。昨日の夜、璃々が馬超さんの部屋の前を通り掛かったら、扉の隙間から変な声が聞こえてきて……」

 

黄忠の話に、皆が耳を傾ける。

 

「それで気になって覗いてみたら…」

「激しく指を使って天国への階段を昇っていたと……」

 

星のトンデモ発言により一刀、愛紗、朱里は顔を赤くし、鈴々は理解できずにいた。

 

「それだったら別に心配ないのですが」

「いやいや、いいんですか黄忠さん!?」

「おや一刀。何を想像していたのかな?」

「あ、いや、俺は別に、そんな如何わしい事なんてぜぇ〜ん然!うん!これっぽっちも、思ってませんよぉ!?」

 

ニヤリと口元を吊り上げ、からかい出す星。隣にいる軍神に睨まれ、一刀は咄嗟に言い訳を述べる。

ぽろっと本音を漏らしていることに気づかず、誤魔化しを続けた。

 

「実際は、枕に変なお札を張り、その前に正座して何かぶつぶつ言ってたらしくて……」

「変なお札?」

「夕食もそこそこに部屋に戻って行ったが、今日一日奴には珍しく、あまり食も進まなかった様だが」

 

確かに、大食いの馬超にしては少ない量の食器を目にし、星はそう答えた。

 

「昨日の夜は、あまりよく眠れてなかった様ですし、今日も殆ど部屋に閉じこもりっぱなしで。これはもしかすると、気鬱の病かもしれませんね」

「えっ、病気!?」

 

朱里の解析に、驚きの声を上げる鈴々。

 

「聞くところによれば、西涼の民は“人馬一体”となって広大な野を駆け回り、狩りで捕らえた獲物を、生で頭からバリバリとかじる生活を送っているという」

「故に、こうした里での暮らしは性に合わぬのかもしれんな」

「おいおい、西涼の民から抗議の文が来ても知らんぞ?」

「てか、聞いたこともねぇし…」

 

星の冗談話に、一刀と愛紗は共に苦く笑う。

 

「趙雲さんの与太はともかく、環境が変わって本人が気づかぬ内に、鬱憤した気が蓄積され、心の具合が悪くなるというのは侭ある事。もしそうなら、西涼に帰ってしばらく療養した方がいいかもしれませんね……」

 

朱里がそう説明する中、鈴々は焦りの表情を見せる。

 

「でも、早くに結論付ける事もないだろ。なっ?」

「ああ、そう急ぐことはない。しばらく様子を見よう」

「そうですね」

 

一刀、愛紗、黄忠がそう言うと、鈴々は一人で席を外した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

早々に自室に戻り、真名を呼ぶ練習をしている馬超。

しかし、羞恥心が勝ってしまい、中々上達する事が出来ずにいた。

 

「何で肝心なのが言えないんだよぉ……ああもう!ちょっと休憩」

 

やけくそ交じりに、ベットに寝転ぶ。

 

『璃々はもう家族みたいなものだから、真名で鈴々って呼んでもいいのだ』

 

ふと、鈴々の言葉を思い出す馬超。

 

「だったら、あたしの事も真名で呼んでくれたっていいじゃん……」

 

不貞腐れる様に、ボソッと呟く馬超。どこか寂しそうにしている子供の様に。

 

「それとも、あいつはあたしの事をそんな風に思ってくれてないのかな……」

「馬超」

「っ!?な、何か用か!?」

 

突如、鈴々が部屋に入ってきて、挙動不審になる馬超。

 

「ちょっと話があるのだ」

「は、話ってのは何だ?り、り、り……」

 

寝台の端に座る鈴々。

こうなれば、ぶっつけ本番。馬超は思い切り、真名を呼ぼうとする――――。

 

「馬超は、西涼に帰った方がいいのだ」

 

予想だにしない言葉に、馬超は言葉を失う。

驚愕のあまり、目は大きく見開かれていた。

 

「ここにいると良くないから、帰った方がいいって、みんな言ってるのだ」

「――――なんだよ、それ」

 

どうしたのか、と鈴々は馬超の方を向く。彼女は両手を握りしめ、俯いて体を震わせていた。

 

「あたしが、いなくなった方がいいっていうのかよ……」

「そうじゃなくて、鈴々は馬超が西涼に帰った方がいいって」

「同じだろ!!」

「同じじゃないのだ!」

「じゃあどう違うんだよ!!」

「えっ、それはつまり、帰るってことはいなくなるってことだけど、いなくなった方がいいってことじゃ……」

 

鈴々が告げた不器用な言葉に、怒りを露にする馬超。

 

「出ていけっ!!」

「出て行けとはなんなのだ!せっかく鈴々が心配しているのに」

「うるさいうるさいうるさい!!お前の話なんか聞きたくない!!」

 

怒りのあまり、怒鳴り付ける馬超。鈴々に物を投げつける。

 

「分かったのだっ!出てってやるのだ!!」

 

鈴々も怒り、頬を膨らませ、部屋を出ていった。

 

そこを偶然通り掛かった瑠華。鈴々はそれに気づかず、横を通り過ぎる。

 

「鈴々……?」

 

何かあったのかと怪訝に思い、瑠華は鈴々が後にした部屋に入る。

 

「馬超、今鈴々が……」

 

部屋の主である馬超は、布団を頭から被り、うずくまっている。

寝台の前には、びりびりに破り捨てられた、似顔絵付きの紙があった。

 



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~一刀、仲間と絆を深めるのこと~

翌日、朝食の場にて、鈴々と馬超は、がむしゃらに食い尽くす。大食い、やけ食いをしていた。いつもとは違う二人に、皆手を止めていた。

 

「「おかわりっ!!」」

「はわわ……」

 

目を合わせると、即座に顔を背ける二人。どう見ても、険悪の仲となっている。

 

白米の入った釜の近くにいる朱里に、二人はおかわりを要求。剣幕に近い表情で睨まれ、朱里はビクッと怯える。

二人は一度視線を合わせると、不機嫌そうに顔を背ける。

 

「ご馳走さまっ!」

「あ、あの、おかわりは……」

 

馬超はそのまま立ち去っていった。

何かあったのだろうか、と皆顔を見合わせる。

 

(鈴々と馬超、喧嘩してるのか?)

 

二人の様子は、早々に食堂から去っていった“少年と一刀”の現状を思わせた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

鈴々は、鍛練場で一人、蛇矛を振るう。

しかし、その動作は荒く、どこか自棄になっている様にも見える。

その傍ら、璃々は近くの壁にもたれ、俯いていた。

 

「鈴々お姉ちゃん……」

「何なのだ!」

「馬超お姉ちゃんと喧嘩した?」

「ギクッ!?」

 

図星だったようで、鈴々は蛇矛を地面に突き刺してしまう。実に分かりやすい。

 

「こ、子供には関係ないのだ!」

「むぅ……そうなんだ!折角仲直りの方法を教えてあげようと思ったのに!」

 

邪険にあしらう鈴々。

それに対し、頬を膨らませ、璃々は答えた。

 

「えっ、どんな方法なのだ!?」

「教えてほしい?」

「うんうん♪」

 

さっきまでの態度はどこへ行ったのやら。藁にもすがる思いで、鈴々は興味津々に尋ねる。

 

「じゃあ、教えてあげる。あのね――――」

 

鈴々は腰を下ろし、璃々はボソボソと耳打ちをする。

 

 

◇◆◇◆

 

 

村から外れた河川敷。馬を洗いによく来るこの場所で、馬超は石を川に投げた。ボチャンと水が跳ね、波紋が広がる。

 

「本当に西涼に帰っちまおうかなぁ……」

「あっ、こんな所にいたのだ!」

 

鈴々の口から出た言葉により、深く落胆してしまった馬超。一人途方に暮れていると、向こう側から鈴々が駆け寄ってきた。

馬超は咄嗟に、顔を背ける。

 

「馬超!馬超ってば!」

「なんだよ――――っ!?」

 

振り返ると、馬超は動きを止めた。

 

「――――馬超」

「ええっ!?」

 

いつもとは違う雰囲気の鈴々。未だ穢れを知らない一人の乙女に見えた。

顔を赤くし、戸惑う馬超。

 

そして、鈴々は徐に、彼女の頬に唇を近づけ、接吻。

 

「っっっっっっ!?」

 

脳が爆発。一気に顔を紅潮させる馬超。

 

「馬超?」

「馬鹿ぁ〜〜!!」

「へっ?」

「馬鹿っ!馬鹿っ!バカバカバカバカぁ〜〜!!」

 

当然、こうなる。

大声で叫び、馬超はその場から走り去ってしまった。

鈴々は一人取り残され、開口したまま茫然とする。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「なんだよ!何でいきなりあんなことを!?ああもうチクショウ!」

 

只今絶賛混乱中。

鈴々の行動に訳が分からず、馬超は無我夢中で宛もなく走り続けた。

 

「あれ……どこに行ったんだろ鈴々?」

 

一刀は、道に迷っていた。

二人の事が心配――瑠華の事があるから尚更――になり、内緒でついてきたのだ。所が、途中で見失ってしまい、加えて道が分からなくなってしまった。

 

「困ったなぁ……」

 

どうしたものか、と頭をかきながら、思考する。周りを見渡し、やや前傾姿勢で、前方に目を向けた。

 

その為、一刀は気づかなかった。

 

横から飛び出してきた茶髪ポニーテールの少女に。

 

「「――――えっ?」」

 

ゴンッ!!!と、頭と頭がぶつかった。

 

「「っっ!!?」」

 

そして、二人は衝突。

走っている体勢がやや前傾だった事もあってか、両者共に頭を強くぶつけた。

視界が回り、よろよろとその場に崩れ落ちた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

その頃、鈴々は桃花村へ帰宅。不機嫌丸出しで、強い足踏みで歩く。

 

「まったく!何が仲直りの方法なのだ!言われた通りにしたら余計怒らせちゃったのだ!これだから子供の言うことは当てにならないのだ!!」

 

その子供に頼った癖に……。

 

 

 

そして、夕食時。二人の姿がない。

 

「馬超さん、遅いですね……」

「そういえば、一刀の姿も見当たらないな」

「ふむ、山中の人気のない所で“しっぽり”やっているのかもな?」

「何ぃ!?」

 

星の言葉に反応し、鬼気迫る表情で愛紗は立ち上がり、椅子が倒れる。

 

「はわわっ!星さん、ややこしくしないでくださいよ〜」

「関羽さん、落ち着いて?ね?」

「う、うむ……つい取り乱してしまった」

 

はっと気がついた愛紗は、椅子に座り直す。どこから取り出したのか、“偃月刀”を壁に立て掛けた。

 

「もしかすると、また三日草に寄生されているのかもな?」

「趙雲さん、変なこと言わないでください!」

「でも、様子がおかしい様でしたし…」

 

黄忠は頬に手を当てて、馬超の身を案ずる。

 

「とはいえ、いくら気鬱の病が高じた所で山に出て首を吊るような事はあるまい」

「山で!?」

 

表情に焦りが出る鈴々。そして、立ち上がった。

 

「探しに行ってくるのだ!!」

「探しに行くって……おい!?」

 

愛紗の制止を聞かずに鈴々は飛び出していった。

 

「一刀と馬超もそうだが……」

「瑠華……」

 

もう一人、この場にいない者がいる。

前は、早めに食事を終えて帰る事が多かったが、ここ最近は一人で済ませる事がほとんどだ。山へ赴き、川で魚を捕って食する等、明らかに自分達と距離を取っている。

話をしようにも、生返事が殆どで、聞く耳を持たない。

 

「どうしたものか……」

 

腕を組み、愛紗は重いため息をついた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

森の中、いち早く目を覚ました馬超。額から感じる鈍い痛みに顔を歪ませる。

 

「いってぇ……!何が起き――――ん?」

 

ゆっくりと下を向くと、よく見知った顔がそこにいた。しかも、仰向けになっている彼に、自分が跨がっている状態である事にも気づいてしまう。

 

「〜〜〜〜〜っ!?」

「うぅ……」

 

顔の温度が一気に上がり、急いで立ち退く。一刀は痛む頭を押さえながら、上半身を起こした。

 

「あれ……馬超?」

「お、おう……一刀」

「あれ、何でこんな所に?」

「いやいや、それはこっちの台詞だよ」

「えっと、俺は確か鈴々の後を追って……」

 

一人で思い出していると、不意に声が聞こえた。

 

「お〜い!お兄ちゃ~ん!馬超どこにいるのだ〜!聞こえたら返事するのだ~!」

 

見ると、鈴々が大声で自分達を呼んでいた。

 

「鈴々、探しに来てくれたみたいだな」

「………」

 

草陰から鈴々を目にする二人。馬超はどこか複雑な気分でいる。

 

「馬超!首吊っちゃダメなのだ〜!!」

「なんだよそれ……」

「多分、星に吹き込まれたんだな……」

「お兄ちゃ~ん!えっと、しっぽり?やってないで帰ってくるのだ~!」

(あいつ)……なんつう事を……!」

 

とんでもない事を吹き込まれたらしい。

お願いだから大声で言わないで……と、一刀は切に思う。馬超も馬超で、苦笑する。

 

「まったく……鈴々の奴、なんで」

「そりゃあ、馬超の事を心配してるからじゃないかな」

「でも……西涼に帰れって」

「それは、馬超の身を案じての事で……」

「へっ?」

 

初耳だと言わんばかりに、呆気な表情をする馬超。一刀は全員が思っていた事を話した。

驚きを隠せずにいると、馬超も話し始める。自分が悩んでいた事を。

 

「成程、真名を呼び合いたいけど、中々きっかけを掴めずにいる、か」

「ああ……まさか、こんな事になるなんて思わなかったよ」

 

表情は暗くなり、俯く馬超。すると頭に何かが乗った。

顔を上げると、一刀は優しい笑みを浮かべ、茶色の髪を撫でていた。

 

「そんなに落ち込むなって。こうして森の中まで探しに来てくれたんだ。鈴々は仲直りしたいと思ってる筈。馬超は?」

「そりゃあ、したいよ……」

「じゃあ、何も心配いらないじゃないか」

「えっ?」

「喧嘩する程仲が良いってよく言うだろ。今回はただの勘違いだったんだ。もう一度、鈴々と話し合ってみようぜ?そうすれば、絶対に仲直りできる。俺達は仲間だろ?」

「……そう、か」

 

一刀は笑顔で励ましながら、優しく撫でる。その手は温かく、とても心地よい。

安心出来たのか、馬超は小さく微笑む。

 

「ありがとな、北郷」

「どういたまして」

 

軽く笑い、二人は鈴々の方を向く。

 

「う〜ん……山の中に走って行ったから山の中を探せば見つかると思ったのに、見つかんないのだ!!」

「相変わらず大雑把だなぁ」

「まあ、あれが鈴々だから」

「それもそうか」

 

二人は、楽しそうに笑い合う。

また鈴々の方を向くと、二人は異変に気づいた。

上の道から、“黒い塊の様なもの”が鈴々目掛けて急接近している。

 

「鈴々!!」

「危ない!」

「あ、お兄ちゃん!馬超!」

「後ろ!後ろだ鈴々!!」

「後ろ?」

 

同時に飛び出し、馬超は太めの木の棒を手にし、一刀も鈴々を庇う様に前に出る。

黒い塊――――否、黒い体毛の巨大猪が、速度を落とさずに突進してくる。

 

「カンカン♪」

「「……へっ?」」

 

鈴々の声音に、二人して呆気に取られる。

 

すると、猪もスピードを緩め、三人の前で急停止。鈴々は懐く様に、猪に抱きついた。

 

「やっぱりカンカンなのだ♪にゃはは」

「お、おい、鈴々。カンカンって?」

 

馬超は恐る恐る、鈴々に問いかけた。

話によると、鈴々が昔飼っていた猪……“らしい”。

 

「ちっちゃい頃からずっと暮らしてたのだ。でも、じっちゃんが大人になったから山に返してやれって、泣く泣くお別れしたのだ」

(あれ……この展開どっかであったような……)

 

一刀は一人、嫌〜な予感がしてならなかった。

 

「まさかこんなところで会えるなんて感動の再会なのだ♪」

「いや、感動はいいけど、本当に昔飼ってた奴なのか?」

 

馬超が半信半疑で質問する。

 

「そうなのだ。その証拠に、こっちの脇の下に白い毛のふさが――――」

 

鈴々は猪の右足を上げる。

そして脇を見た瞬間、顔全体に大量の冷や汗がダラダラと流れ出した。

 

「えっと、鈴々?念の為に聞くけど、その……やっぱり、俺の――――いや、俺達の目には、白い毛のふさなんてどこにも見当たらない様に見えるんだけど……」

「にゃはは……ないのだ。どうやら猪違いだった様なのだ」

(あぁ、これがデジャヴって奴、なのかな……)

 

“デジャヴ”――――目の前で起きた現象が、過去に見た事のあると錯覚してしまう現象。

 

 

「てことは……」

「またかよぉおおおおおおお!!」

 

一刀は鈴々を脇に抱え、馬超の手を引いて走り出した。馬超は引っ張られながら、追いかけてくる猪の頭を、棒でベシベシと叩く。

 

ひたすら山の中を走り回り、なんとか猪を撒くことに成功。

 

気がつけば、空は夕焼けの色に染まっており、三人は大きな岩の上で、荒くなっている息を整えている。

 

「何が感動の再会だぁ!!」

「あ、ああいう繰り返しは基本中の基本だから、しょうがないのだ……」

「はぁ、はぁ……こんな繰り返しは、真っ平御免だよ」

「確かに」

 

馬超は呆れながらも、一刀に同意する。

 

「やれやれ、これだから鈴々は――――」

 

その時、馬超は気づいた。いつの間にか、張飛の事を“真名”――――鈴々と呼んでいる事に。

 

「あ、あのさぁ……あたし、真名で鈴々って呼んじゃってるけど、いいのかな……?」

「馬超がそうしたいのなら、鈴々は構わないのだ」

 

あっけらかんとした返答に、馬超は目を見開いた。

 

「だって、馬超は鈴々の“友達”だから♪」

 

笑顔で、そう言い切った。

 

「あ……あは、ははは!ははははははは」

 

馬超は顔を手で覆い、大きく笑いながら、橙の空を見上げる。

 

「そっか、そうだよな!鈴々とあたしは友達だもんな」

「何が可笑しいのだ?何で笑ってるのだ?」

「まあいいじゃん。友達なんだから気にすんなって」

 

馬超は鈴々の肩を持ち、二人は肩を寄せ合う。目尻に涙を浮かべながら楽しそうに笑う馬超。鈴々は訳も分からず頭を傾げていた。

 

そんな二人の姿を一刀は嬉しそうに眺めている。

 

「ほらな、言った通りだろ?」

 

一刀は、よっこらせっと立ち上がる。

 

「さ、二人共。早く帰らないとご飯がなくなるぞ〜?」

「あ、そうだったのだ!」

「おっと、やべぇ!」

 

食べ物の事になると、二人は急いで立ち上がる。

 

「帰るか」

「おうなのだ♪……お兄ちゃん?」

「ん?ああ二人共、先に戻っててくれ」

「えっ?」

「それじゃあ!」

「お、おい!!」

 

二人とは正反対の方向へ、一刀は走っていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

森に位置する湖。水面には、夜空に輝く星々が写っている。その近くの草むらに、少年は一人で座っていた。

少年――――瑠華は閉口し、何もせず、ただ湖に写し出されている星を眺めていた。

 

――――お前だって、経験したことあるだろ?

 

青年から発せられた、昨日の言葉が脳裏を過る。

即ち、人を殺めた時の罪悪感。恐怖。哀しみ。青年はそれの事を聞いていたのだ。

 

しかし、少年はそんな事はないと答えた。

 

確かに、罪悪感なんて感じた事なんてない……“あの時”だけは。

 

暫く経った後、待っていたのは悪夢という地獄だった。愛する人達の死、醜い断末魔、手に残る生々しい感触。そして“血”

 

まだ幼い彼にとっては耐え難いものだった。しかし、それでも生きなければならない。

 

“あの男”を殺すまでは……。

 

いつの間にか敵を威嚇する様な面持ちになっていた。

すると、ザッザッと雑草を踏む音が聞こえる。少年な振り向きもせず、横目で一瞥すると、ため息を吐いた。

 

「……何?」

「別に?ここにはよく来るから、立ち寄っただけ」

「あっそ」

 

素っ気なく返すと、青年が隣に腰掛けてきた。

お互い見向きもせず、無言の状態が続く。

 

不意に、青年が静寂を破った。

 

「なあ瑠華」

「…………」

「あれから、お前の事を考えてたんだけどさ」

「…………」

「やっぱり、お前をほっとくなんて、できねぇよ」

 

まただ。この人は何故こんな事を言うのだろう?自分がいたらいつか不幸になるかもしれないのに……。最初に出会った時から、自分の事を何もかも理解しているかの様に、言葉をかけていく。

 

今は良き日常を送れても、長くは続かない。

 

でも、こうして気にかけてくれる事が、嬉しかった。だからこそ、この人を危険な目に合わせたくない。

 

「あのさ、僕がいたらみんな不幸になるんだよ。分かる?僕は疫病神で、そんな奴はとっととどっかに行ってしまった方が――――」

「そんなの御免だ!!」

 

突如として放たれた怒鳴り声に、思わず肩を竦める瑠華。彼の迫力に押され、押し黙る。

 

「誰が何と言おうと、お前は、俺達の大事な仲間だ……そんなこと言うなよ……自分を傷つけるなよ……!」

 

少年の肩に手を置き、訴えかける様に、懇願する様に、声を震わせる。

瑠華は俯き、顔を見る事が出来ない。

 

「……だからこそだよ。大事な人達だから……僕は」

「瑠華、何か勘違いしてないか?」

「えっ?」

「仲間っては、助け合うものだろ?支えあうものだろ?」

 

瑠華の肩に手を置き、目を見て答える。

 

「一刀の言う通りだ」

 

優しい声音に気づき、その方向を向く。月光に照らされ、長い黒髪がよく映える。

愛紗は、二人の元へ歩み寄る。

 

「愛紗……」

「瑠華、一人で背負い込むな。仲間である私達にも、その苦しみを分けてくれ。な?」

「で、でも……」

「言ったはずだぞ?“子供が遠慮することはないぞ”と」

 

愛紗は瑠華の隣に座る。優しく微笑んで、頭を撫でた。

 

「どんな事になっても、私達が守ってやる。絶対に」

「……本当に?」

「ああ、約束だ」

 

視界が潤んでいるのに気づき、見られまいと下を向く瑠華。唇を噛み締め、ぐっと堪える。

 

「瑠華、本当は辛かったんだろ?誰だって、人を初めて殺めた時ってのは、嫌なものだよな」

 

すっかり日が暮れてしまった夜空を眺め、一刀は静かに語りだす。

 

「俺がいた世界じゃ、昔と比べると平和で、これが当たり前だってそう思ってた――――でも、この世界は違う」

 

人同士が争い、憎しみ合い、苦しみ、死んでいく。これは現実の事だと、理解させられた。

 

「そして、大切な人を守る為に師匠から習った剣術で、俺は初めて、人を殺した……」

 

両手を握りしめる一刀。俯いて表情は分からないが、それでも彼の心情が伝わってくる。二人は悲痛な表情を浮かべていた。

 

「悪夢に魘されて、夜も眠れなくて、何度も吐いたよ。でも、それと引き換えに良い事もあった」

 

良い事?と、二人が疑問を抱く。

 

「訳も分からずに、この世界に飛ばされて、最初は戸惑ったけど、ここで愛紗と出会えた。それが、一番最初の良い事かな」

「一刀……」

「次に、鈴々と出会って、あの子の兄貴になった時は、本っ当に嬉しかった!可愛い妹が出来て、本当の家族になれたみたいで……全てを失った俺にとって、救いになった」

 

愛紗と鈴々との出会いを、懐かしむ様に思い出す一刀。

 

「それから一緒に旅をして、星に馬超、孔明ちゃん、黄忠さんに璃々ちゃん、そして瑠華という大切な人達に巡り会えた。それが、俺にとってこの世界で得た、かけがえのないものだよ」

 

その言葉に、二人は嬉しい気持ちで一杯になる。彼は、照れ臭そうに頬をかいていた。

 

「ま、まあ、こんなこと恥ずかしくて皆の前では言えないんだけどな……」

「いや、もう遅いと思うよ」

「えっ?」

 

苦笑いを浮かべた瑠華と愛紗は、横の方向を指差した。つられて振り向く。

 

「あ〜、皆さんお揃いで……」

 

仲間が全員集合していた。

 

にゃははは♪と笑う者や、気まずそうにする者もいれば、にやにやと笑みを浮かべている者もいる。結果、全員に聞かれていた、以上。

 

しかし、全員心が穏やかだった。あんな嬉しい事を言われて嫌なものか。彼の仲間でよかったと、全員思うのであった。

 

因みにだが、鈴々が馬超の事を真名で呼ばない理由――――いや原因は星にあった。

 

曰く、西涼の民は血の繋がりのない者に真名を呼ばれると馬になる……らしい。

 

「お母さん、そんな事ないよね?」

 

当然、そんな事はない。璃々ちゃんは引っ掛からなかった。星も、まさかこんな大事になるとは思ってなかった様だ。

案の定、馬超には怒りをぶつけられた。何やってんだが……と、一刀は苦笑していた。

 

「成程、只者ではないとは思っていたが、まさか別の世界から来た者だったとはな」

 

話を変える為か、気になっていたからか、星は一刀の話題に入る。

 

そういえば、まだ全員に話していなかった。自分が、“この世界”の住人ではないという事を。

言えば、皆の自分に対する心が変わってしまうんじゃないか。そんな不安があったからだ。

 

「道理で、面白いお方だと思った訳だ」

「にわかに信じがたいけど、まあ北郷は仲間だしな」

「北郷さんが北郷さんである事に、変わりありませんからね」

「はい、私もそう思います」

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんなのだ♪」

「お兄ちゃん大好き♪」

 

しかし、彼女達の対応は、何も変わらなかった。違う世界の住人?それがどうした。

そう言わんばかりの、優しい笑顔に思わずこっちも笑ってしまう。

横にいる愛紗と瑠華。二人も微笑み、首を縦に振る。自分は、良い仲間に巡り会えたと、心の底から安堵する。

そして、一刀は閃いた。

 

「そうだ!良い機会だし、皆で真名の交換ってのはどうだ?」

「大賛成なのだ♪」

「それはいいな」

「異論はない」

「あたしもいいぜ」

「いい考えですね」

「いいですわね」

 

一刀の提案に、皆が承諾してくれた。

 

「ああでも、流石に結構年上の黄忠さんを真名で呼び捨てにするのは、まずいかな?」

「北郷さん、何が仰りたいのかしら……?」

「へっ!?あ、いいや〜黄忠さんはお若い!お若いな〜!あははははは!!」

 

年長者からの笑みを浮かべての睨みに、ただならぬ殺意を感じ取った一刀。

下手な発言は、自らの命を縮めるものだと悟った。

 

「では、私から。我が名は【関羽】字は【雲長】。真名は【愛紗】。この真名、皆に預けよう!」

「鈴々は【張飛】、字は【翼徳】。真名はもちろん【鈴々】なのだ♪この真名、皆に預けるのだ」

「あたしは【馬超】、字は【孟起】。真名は【翠】。みんなに預けるぜ!」

「我が名は【趙雲】、字は【子龍】。真名は【星】。この真名、皆に預けたい」

「私は【諸葛亮】、字は【孔明】。真名は【朱里】。この真名、皆さんに預けましゅ……はわわ」

「私は【黄忠】、字は【漢升】。真名は【紫苑】と申します。この真名、皆さんに預けましょう」

「璃々は璃々で~す♪」

 

女性陣が真名を交換し終え、続いては青年と少年の番だ。

 

「僕の名は【月読】。字はない。真名は一刀からもらった【瑠華】。この真名を、皆に預けるよ」

「よしっ!最後は俺だな」

 

瑠華の紹介を見届け、自分が取りを務める。

 

「改めて、俺の名前は【北郷 一刀】。生憎、真名はない。だから、一刀って呼んでくれ」

 

真名がない。その事に、一同は驚いていたが、今更特に気にしなかった。

 

「これからも、お互いに協力しあい、絆を大切にし、乱世を鎮めよう!!」

『おう(なのだ)!!』

 

真名を預け合い、真に仲間となった。こうして絆がより深まった一刀達。

 

 

そして、全員のお腹が一斉に鳴った。

 

「あっ……」

「そういや、ご飯まだだったな」

 

その場は、明るい笑い声に包まれた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そして夜、寝間着姿の愛紗は、一人月を眺めていた。そこへ、星が通りかかる。

 

「どうした、眠れぬのか?」

「いや、そういうわけではないが……」

 

星も隣に立ち、共に月を眺めた。

 

「平和なものだな」

「ああ、だが……」

「何か、気にかかる事でもあるのか?」

 

星の問いかけに、愛紗は答える。

 

「確かに、この辺りは平和になった。しかし、世の中にはまだまだ苦しんでいる人々がいる。そう思うとこのままこうしていいのかどうか……」

「また、旅に出るか……?」

「うん、そうだな。それもいいかもしれん

「分かっているとは思うが、その時は私もついていくぞ」

「それは構わぬが、また途中でいなくなったりするなよ?」

 

失踪した覚えのある仲間に、呆れ半分に言う。

 

「鈴々も一緒なのだ!」

 

突然の大声に振り向くと、寝相が悪い妹が寝言を言っていた。

 

「鈴々はずっとお兄ちゃんと愛紗と一緒なのだ……ずっと……」

 

その姿を、二人は微笑ましく見る。

 

「それに私達には、頼れる仲間がいるしな」

「確かに、それは言えてるな」

 

愛紗と星は優しい笑みで隣の部屋を見る。

 

その寝室では、仲直りした二人の兄弟が眠りについていた……。

 

 

◇◆◇◆

 

 

晴れ渡る青空の下、籠を背負った一人の少女が茶店の主人に尋ねる。

 

「あの、すいません」

「へい、何でしょう?」

「その、桃花村へはどっちへ行けばいいんでしょう?」

「桃花村?ああ、あの義勇軍の……」

「はい」

 

主人が道を教えると、少女は礼を言い、その道を歩み始めた。

 

一羽の鷹の鳴き声が、青空に響き渡る。

 

 

 

 

 

新たな旅が、始まろうとしていた――――

 



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~一刀、新たな群雄と出会うのこと~

俺は、夢を見ていた。

 

「ご主人様〜〜〜♪」

「……ん…」

「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま♪」

「ん〜……」

「もう、ご主人様ったら〜」

 

何だろう……ご主人様って、俺?俺の事?

誰かが、俺を呼んでる?

ったく、誰なんだよ。人がいい気持ちで寝ているっていうのに。

 

さっきから耳の中に入ってくるくそ低いおっさんの声。それでいて低音らしからぬ言葉遣い。実に不愉快だ。

 

もういい。無視して寝る。

 

「起きないと、悪戯しちゃうぞ~♪」

 

んっ?いたずら?

 

何故か、嫌な予感がする。そして、ゆっくりと重い瞼を開けた。

 

真っ先に飛び込んできたのは、おっさんの分厚い唇だった。

 

「うぉわっ!?」

「あぁ〜〜ん!」

 

一気に目が覚め、目前に迫った色黒のハゲ男を蹴りあげる。男は気持ち悪い声を上げて、吹き飛ばされた。

間一髪だった……!

 

「危なぁ……!?」

「んもぅ、ご主人様ったら照れ屋なんだから〜」

「ご、ご主人様ぁ?って、あんた誰だよ」

「ワタシ?ワタシは絶世の美女、【貂蝉】よぉ〜ん♪」

「ち、ちちち、貂蝉!?」

 

色黒禿げ頭の男、貂蝉は片目を閉じて自分の名前を言った。

 

【貂蝉】。それは、三国志に登場する絶世の美女。その美しさは、数多の人々は当然の事、かの呂布をも虜にしたという。

その美女が、まさか、こんなオカマだなんて……!

 

他の武将は美少女になってんのに……なしてこうなった!?

空いた口が塞がらない。多分、顔も青ざめてるだろう。

 

(間違いない……これは、悪夢だ……!)

「どうしちゃたの?はっ!?ご主人様ってば、ワタァ〜シの美しさに目を奪われちゃたのね〜」

「ないないないないあり得ない!てか、さっきから何なんだよ!ご主人様って」

「あぁ、そうだったわね〜。まずは初めましてと言った方がいいかしらん」

 

そう呟いた貂蝉の言葉に、俺は首を傾げる。

 

「まぁ、分からないのは無理ないわね。“外史”とはそういうものだから……」

「えっ?一体どういう……」

「こっちにも色々と事情があるのよぅ。今だって“こっちの世界”に来るのに苦労したわぁ〜ん」

 

がいし?こっちの世界?何だかよく分からない単語が出てきた。

腕を組んで、貂蝉は疲れた様にため息を吐く。さっきとは、何だか様子が違うな。

 

「といっても、こうやって自分の意識だけをご主人様の意識の中に入り込ませるだけで精一杯だったのよねぇ。まったく“あの子”ったら……」

「えっ?」

「おっとぉ、話が逸れちゃう所だたわねぇ。時間もない事だし、パパッと言っちゃうわ」

 

貂蝉は腕を解いて、俺と向き合う。

気持ち悪い……のはそうなんだけど、その顔は真剣そのものだった。

 

「この世界で、闇が不穏な動きを見せているわ。それはやがて、一つの乱を引き起こす」

「闇?乱?何の事だ…?」

「これから、不吉な事が起きるって事よ……ご主人様には、それを止めて欲しいの」

「俺が……?」

「そう、あなたが」

 

貂蝉はじっと目を見つめてきた。真剣な眼差しで見つめられ、嘘を言ってないことがよく分かる。

 

「俺なんかに、できるのか?」

「ふっふっふ、大丈夫よん。ご主人様には、良い子ちゃん達がいっぱいいるじゃなぁ〜い」

 

その言葉に、真っ先に思い浮かんだのは、この世界で出会った大切な仲間達。

 

「そうだな……俺はもう一人じゃない」

「分かってるじゃなぁい」

 

満足した様に、貂蝉はにっこりと微笑んだ。

 

「それじゃ、何も心配はいらないわねん」

「ん?お、おい、体が……」

 

貂蝉の体が、足元から徐々に光の粒子へと分解していく。とても眩しく、思わず目を閉じかけた。

 

「あら、もう時間切れの様ねぇ……」

「だ、大丈夫なのか?」

「心配はないわん。私はただ、“今いる世界”へと帰るだけだから」

 

大丈夫だと、笑いながら伝える貂蝉。

 

「それじゃお願いねん、ご主人様ぁん。むちゅっ♪」

「うおっ!?」

 

あっぶねぇ……!!

消え際に置いていった殺人キッスを何とかかわした。

やがて、貂蝉はその場から姿を消した。

 

あれ?なんか……眠、い………。

 

 

 

 

 

――――がんばってねん……この物語の主人公は、あなたなのだから。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

――――翌朝。

 

一刀、愛紗、鈴々と星。そして朱里の五人は桃花村の隣町に赴いていた。それぞれ、自分の必要な物を買っていく。

 

朱里は書店を訪れており、店内には二人組の男性客。奥には眼鏡をかけた老人風の店長がいた。

 

「すいませ~ん」

「ん?ああ、頼まれてた本なら届いてるよ」

 

店長は、用意していた品物を後ろの棚から取り出す。

 

「ええっと……“初級房中術・入門”に“図解・体位百科”だったね?」

「はわわっ!!書名は言わなくていいですから!!」

 

朱里は顔を真っ赤にし、あたふたと慌て出す。本の題名に関しては……触れないでおこう。

 

「はい、これ」

「あ、ありがとうございましゅ!!」

 

本を手渡されると同時に、持参してきた桃色の布で素早く包み込む。店員すらも驚く程の、軍師らしからぬ早業であった。

 

「お前知ってるか?公孫賛が身に過ぎた宝剣を手にいれたって話」

 

他の客人の話が、朱里の耳に届いた。

 

「公孫賛?誰だそれ?」

「ほら、幽州の太守で、“白馬将軍”って自称してる」

「あ〜、あの影の薄い…」

「聞いた所じゃ、退治した賊の隠れ家の中から、大層立派な剣が見つかって、きっとこれは由緒ある物に違いないって」

 

客が会話している間に、朱里は代金を店長に支払う。

 

「毎度あり」

「また来ますね」

「あいよ」

 

朱里は布で包んだ本を大事そうに抱え込み、店を出た。

 

「そんな話より、“張三姉妹”って知ってるか?めちゃめちゃすごい人気らしいぜ?」

 

書店から出ると、朱里は急いで合流場所である店へと移動する。店ではすでに全員集合していた。

 

「お待たせしました」

「いや。しかし、書店に行くだけなら、何も別行動をする事はなかったのではないか?それぐらいは付き合ったのに」

「あ、でもほら!皆さんを、私の趣味に付き合わせるのは悪いですし……」

 

愛紗から問われ、朱里は誤魔化す様に笑う。ふと思った、この子の将来が心配だ……と。

 

そんな中、一刀は一人空を見上げていた。

 

「一刀、本当にどうしたのだ?」

「いやぁ……悪夢だったのか、大事な夢だったのか、分かんなくて……」

「またそれか」

 

愛紗はため息混じりに呆れていた。もう何回めだろうか。朝からずっとこの調子である。

本人曰く、“色黒筋肉だるまの変態オカマが占いの様な予言をした”らしい。朝食の場で聞いた時、全員が目を丸くした。

 

(本当に、只の夢だったのかな。でも夢にしては結構記憶に残ってるんだよな……ある意味、ていうか悪い意味で)

 

あんな濃い顔面が突然目の前に現れたら、暫くは頭の中に残ってしまうかもしれない。一刀はあの顔面を頭の中から抹消する様に心掛ける。

 

(もし本当だとしたら、貂蝉は俺に何を止めてほしいんだ?闇とか乱とか、もう訳分かんねぇよ……)

 

答えが見つからず、むず痒くなる。頭をかきむしり、机に体を預けた。

 

(何かが、起ころうとしているのか……?)

 

結局分からずじまい。ゆっくりと体を起こす。

 

すると、頭の中を電撃が走る様な感覚が襲った。

 

(これは、近くかっ!?)

「か、一刀っ!?」

 

勢いよく立ち上がり、椅子が後ろに倒れる。仲間の声も届かずに、一刀は森の中へと走っていった。

 

村外れの森林にて、一人の少女が危機に陥っていた。彼女の目前には、毎度お馴染みのアニキ、チビ、デブの三人組が立ち塞がっている。

少女の後ろには、身の丈を軽く越える大岩があり、逃げ場を失っていた。

 

「な、何なんです?お金なら、ないですよ?」

「ま、確かに金目のモンは持ってなさそうだなぁ。けどその代わり、良いもん持ってんじゃねぇか?」

 

アニキは汚い笑みを浮かべ、少女のよく育った豊満な胸を見る。

 

少女の方は、淡い桃色の長髪で、庶民が着るような服を身に付けている。顔つきはかなり整っており、美少女という言葉がよく似合う少女だ。背中には筵が入っている籠を背負っている。

 

「な、何をするつもりですか!?」

「別に痛いことしようってんじゃねぇんだから、そんなに怖がんなよ」

「そ、そうなんだな。むしろ、気持ち良い事するんだな」

 

汚く笑いながら、じりじりと近寄る三人。

少女は怯えながらも、背負っている籠から筵を取りだし、丸めて一本の棒を作って構える。

 

「そ、それ以上近寄ったら、この筵で……!」

「はぁ?そいつでどうしようってんだよ、観念しな」

 

アニキが呆れた風に言うと、少女は何を思ったのか、その場に座り込み、筵を頭から被る。

 

「ほ、ほ~ら、これで何処にいるのかもう分かりませんよぉ〜?」

 

といっても“頭隠して、尻隠さず”の通り、全身を隠しきれていない。

そもそも、隠した所で何の打開策にもならない。

 

「なめてんのかテメェッ!!」

「きゃああっ!!」

 

業を煮やしたアニキが筵を剥ぎ取る。少女は悲鳴を上げた。

 

「やめろっ!!」

「ああっ?」

 

後ろから声が聞こえ、振り返る。腰に一本の刀を携え、白い服を身に纏った青年が立っていた。

 

「何だテメェは?」

「女の子を襲う様な奴に名乗る名なんかない」

「んだとこの野郎っ!!」

「あ、危ないっ!」

 

剣を振り上げ、一刀目掛けて降り下ろす。青年の身を案じて、少女が大きく叫ぶ。

 

しかし、青年は慌てる様子も見せず、体を少しずらして賊の剣をかわした。剣は空気を切り、地面に刺さる。

 

「こ、こんのぉっ!!」

「おっと」

 

今度は地面を削って、振り上げる。一刀は難なくかわし、特に慌てた様子はなく、剣を回避し続ける。

 

「このっ!ひょいひょい避けやがって!!」

「だったら一撃でも食らわせたら?」

「言ったなこの野郎っ!!」

 

簡単な挑発に乗った賊は、剣を更に大きく振りかぶった。

一刀は、見計らった様に賊の懐に入り、鳩尾に拳をめり込ませる。

 

「ぶほぉっ!!」

 

メリメリッ!と腹に深く入った。賊の顔は青ざめ、剣はボトッと地面に落ちた。

 

「かっ…は……」

 

一刀にもたれかかる様に倒れ、終いには地面に崩れ落ちた。

 

「ア、アニキッ!!」

「だ、大丈夫なんだな!?」

 

手下の二人はアニキの側まで行き、少女は呆然としていた。

 

「さて、次は誰だ?」

「「ひぃぃっ!!!」」

 

横目で睨み付けると、二人はガタガタと震えだし、急いでアニキを担ぎ上げた。

 

「「し、失礼しましたぁ〜〜!!!」」

 

そのまま砂煙を立ち上げて、すたこらと尻尾を巻いて逃げていった。

 

「ったく……あ、大丈夫?怪我ない?」

「だ……大丈夫です」

「それは良かった。立てるかい?」

「あ、はい……」

 

安心させる為に笑顔で優しく手を差し伸べる。太陽の光に当てられてるせいか、少女の頬は赤く染まっている様に見えた。青年の手をとり、少女は立ち上がる。

 

「あ、あの、危ない所を助けて頂き、本当に、ありがとうございます!」

「う、うん………無事で何よりだよ」

 

頭を深々と下げる少女に、照れ隠しに目を反らす一刀。

 

「一刀〜〜っ!!」

 

少女の可憐な容姿に密かに見惚れていると、仲間が此方の方へとやって来た。

 

「愛紗、みんな」

「まったく!いきなり走り出すから何事かと」

「ごめんごめん。賊がこの子を襲おうとしたから……」

 

一刀は、愛紗達に説明する。

 

「しかし、この辺りの賊は全て退治したと思っていたが、桃花村の近くにまだそんな輩がうろうろしていたとは……」

 

桃花村という言葉に反応するかの様に、目を大きくする少女。

 

「そうですね。恐らくは他所から流れてきた追い剥ぎ何でしょうけど、村の人達に注意する様、言っておいた方がいいかもしれません」

「あ、あの〜もしかして、皆さんは桃花村の方なんでしょうか?」

 

恐る恐る、少女は話に入り、問いかける。

 

「そうだが?」

「よかったぁ……実は私、桃花村に行く途中だったんですけど、さっき怖い人達に襲われて、そこをこの人が助けてくれたんです」

「そうだったか……」

 

少女が一刀の事を言うと、愛紗は納得したように頷く。

 

「だがもう安心だ。桃花村はこのすぐ先だ。村まで、我々が案内しよう」

「そうだな」

重々(かさねがさね)、ありがとうございます」

 

少女は頭を下げて礼を述べる。

 

「あ、申し遅れましたが、私の名前は【劉備】字は【玄徳】と言います」

「劉備……」

「玄徳……」

「「「ええぇぇぇぇぇぇっ!?」」」

 

少女が発した名に、一刀達一行は驚愕の声を上げた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――さて、ここで皆様にご説明!

 

そもそも、桃花村にて義勇軍を旗上げしたのは、中山靖王の末裔と称する“劉備”なる男!!

 

天下太平を願うその志に、感銘を受けた関羽等は、共に戦う事となったのですが、こいつがとんだ食わせもの!!

 

正義を唱えるは口先ばかり!その正体は己が立身出世の為には民を犠牲にしても屁とも思わない卑劣漢!!

 

こんな外道とは付き合えないと、すっぱり袂を別った関羽達!!

 

更にはこの男!実は嘗て、黄忠の娘を誘拐した悪党一味の黒幕でありまして!!

 

それがばれるや否や、我らが英雄【北郷 一刀】の怒りの鉄槌を食らい、そのまま尻尾を巻いて姿を眩ませたのでありました!!

 

 

◇◆◇◆

 

 

場所は変わり、一刀達は桃花村の客室にて、少女――――劉備にその男の事を伝えた。

 

「そうだったんですか。やっぱり、私の名前と素性を語っていたんですね……」

「えっ?」

「きっと、“あの人”に違いありません」

「あの人?何か心当たりがあるのか?」

 

愛紗が聞くと、肯定する劉備。

 

「実は、私は年老いた母と二人。筵を織ってはそれを近くの町で売り、日々の糧を得ていたのですが……」

 

 

◇◆◇◆

 

 

『ある日、帰り道に峠の茶店で一休みしていると、隣に腰掛けてた若い男の人が話しかけてきて……』

 

「お嬢さん」

「ん?」

 

もぐもぐと口内にある団子で頬を膨らませている劉備。口の周りにあんこが付いており、咀嚼しながら、何の恥じらいもなしに、男の方を向く。

 

「もしよろしければ、その御腰の物。少し拝見させて頂けませんか?」

「えっ?別に構いませんけど」

 

劉備は剣を男に渡す。男は鞘から剣を抜き取り、まじまじと見ていた。

剣は太陽の光に反射し、輝きは一層増している。

 

「う〜ん、これは素晴らしい!いやはや何とも大したものだ……!」

鑑定人の様に、剣の造形を称賛する。

 

「刃の輝きも去ることながら、鞘の造りの見事な事。そしてこの柄の宝珠、いやはや全くもって素晴らしい……!」

 

『その人があまりに褒めてくれるんで、私、つい嬉しくなって、この宝剣は我が家に代々伝わる物で、“中山靖王”の末裔であることを明かす物だと話してしまったんです。』

 

――――【中山靖王】

 

前漢の皇族で、諸侯王とも言われている。

 

「ほほう、中山靖王の……」

 

男は目を見開き、驚いた様子を見せる。

 

「ちゃんと系図もあって、私から何代か遡ると、中山靖王劉勝様の名前があるんですよ」

 

『茶店を出て暫く行くと、やがて人気のない崖道に差し掛かったのですが、さっきの人が後を追いかけてきて……』

 

男は走り、劉備に追い付いた。

 

「いやぁ、申し訳ないが先程の宝剣。もう一度見せて頂けませんか?」

「はぁ、別に構いませんけど……」

 

またまた大事な宝剣を、無防備に渡してしまった劉備。男はまたしても品定めするように見つめている。

 

「流石に中山靖王に所縁のある宝剣。見れば見るほど素晴らしい」

 

男は劉備の方を向く。

 

「所で劉備殿。御名前は先程お伺いしましたが、宜しければ字もお教え頂けますか?」

「玄徳です」

「劉玄徳ですか……良い響きだ」

「それはどうも……」

「それではその名とこの宝剣――――頂かせてもらうぞ!」

「えっ?」

 

ついに本性を表した男。悪い笑みを浮かべた瞬間、劉備を崖から蹴落とした。

 

「きゃあああああ!!!」

 

劉備はそのまま崖を真っ逆さまに落ちていった。男は卑劣な笑みを浮かべたまま、宝剣を腰に携えてその場を去った。

 

『幸いにも、途中で木の枝に引っ掛かり、何とか一命はとり留めたものの、家に帰って母に事の次第を話すと……』

 

「阿備や。母はお前にご先祖のお心を教えてきましたね……」

 

劉備の母は筵を織りながら、劉備に語りかける。

 

「時が来たら、世の為、人の為。剣を取って走路から立てばならぬぞ、と」

「はい……」

 

母はにっこりと笑った瞬間。鬼の様な形相になった。

 

「えぇい!!情けない!!その御先祖のお心を代々伝えてきた大事な宝剣を奪われ、おめおめ戻ってくるとは!!」

 

『怒り心頭に走った母は、私の首根っこを掴むなり走り出して、家の側を流れる川へ……』

 

『それ以来、母はその時の怒りを思い出す度に、私を捕まえては川に放り込む様になってしまって……』

 

その回数は数えきれない程。最早水攻めの刑と言っても過言ではないだろう。

話終えた後、他一同は苦笑いを浮かべていた。

 

「な、中々、豪快な母上だな……」

「このままでは身が持たない。いつか溺れ死ぬと思っていた所へ、桃花村で私と同じ名前の人が義勇軍を率いていると、風の噂に聞いて」

「成程。それで宝剣を奪って、自分に成り済ました相手が、この村にいると思って訪ねて来た訳ですね」

「そこまで確信があった訳ではないですけど、他に手がかりもないので、藁にもすがる気持ちで……」

 

劉備が話していると突然、紫苑が弓を構えて入ってきた。

 

「劉備!覚悟っ!!」

「ふぇぇぇっ!?」

「えっ?あら……」

 

放たれる気迫に劉備が怯えていると、黄忠こと紫苑は、呆気にとられた表情をし、弓を下ろした。

 

そして、事情を耳にする。

 

「まあ、そうだったんですか……」

(あ、なんか可愛いな)

 

顔を羞恥に染めて、もじもじとする紫苑。いつもの彼女とは違う様子を見て、一刀はそう思った。

 

「すみません。村の人達から劉備が来たというのを聞いて、頭にカァッと血が昇ってしまって……本当にごめんなさいね?」

「いえ、ちょっと驚いただけですから……」

 

大丈夫だと、劉備は紫苑に伝える。

 

「それにしても許せないのは劉備さんを語っていたあの男……もし見つけ出したら耳を削ぎ、鼻を落として目を潰し、時間をかけて生爪を一枚一枚剥がしてから三枚に下ろし!肩身を薄く切ってサッと湯通しにして、骨は油でカラッと揚げて……!!」

 

悪魔、或いは般若の様な形相で、身震いするほど恐ろしい事を語り出す黄漢升。

 

皆一同、顔を青ざめて冷や汗をかいている。

 

「し、紫苑……みんなドン引きしまくってるから、その辺で……」

 

口をひきつりながら、一刀は紫苑を何とか押さえる。

 

「にしても、そんな事だったら、あいつぶん殴るんじゃなかったな。あのまま捕まえていれば宝剣を取り戻せたのに……」

「それはしょうがないですよ。その時は皆さん、事情をご存知なかったんですし」

(一発だけじゃなくて何万発かぶちのめした方がよかったかな)

 

劉備が庇う中、一刀はそんな事を考えていた。

 

「あの、宝剣でちょっと思い出したんですが……」

「どうかしたのか?朱里」

「はい。今日、町の本屋さんで注文していた本を受け取った時、幽州の公孫賛さんが、身に過ぎた宝剣を手に入れたという噂を聞いたのですが、それってもしかして……」

「公孫賛、公孫賛……あっ!白珪ちゃん!」

 

何かを思い出したのか、劉備は声を上げる。

 

「劉備さん、公孫賛さんをご存知なんですか?」

「ええ。昔、同じ先生に付いて、一緒に学問を学んでて」

(そっか。そういえば劉備と公孫賛は盧植の元で共に学んだ者同士だったっけ)

 

頭の中で史実の二人を思い出す一刀。

 

「公孫賛?何処かで聞いた名だな」

「思い出せないのだ!」

「星、お主はわざとだろ?」

 

本気で思い出せずにいる鈴々。そして、星はあくまでとぼけるのであった。

 

「賊の隠れ家で手に入れた宝剣が、劉備さんの探している物かどうかは分かりませんが、他に手掛かりがないのなら、訪ねてみる価値はあるんじゃないでしょうか?相手がお知り合いなら、事情を話せばきっと返してもらえるでしょうし……」

「そうですね……分かりました。じゃあ私、白珪ちゃんを訪ねてみます」

「といっても、今からだと日がある内に山を越えるのは無理だ。事に一人旅では、山中の野宿は危ない。今日はここに泊まっていってはどうだ?」

 

愛紗は劉備に一泊を提案する。

 

「えっ?でも、そこまでお世話になるのは……」

「そう仰らずに。晩御飯、腕を振るいますから。知らぬ事とは言え、失礼を働いてしまった御詫びをさせて下さい」

「そういうことなら……」

 

紫苑がそう言うと、これ以上の遠慮は悪いと、劉備は泊まる事にした。

 

すると、またしても扉が乱暴に開かれた。

 

「劉備、覚悟ぉ!!」

「ふぇぇぇっ!?」

「あ、あれ?あんた、誰?」

 

銀閃を劉備に突きつける馬超こと翠。彼女の足元には、頬をプクッと膨らませて怒っている璃々ちゃんがいる。そして二人は人違いだと知ると、呆気にとられた表情をする。

 

またか……と、他一同、同じ事を思った。

 

 



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~劉備、旅に出るのこと~

 

厚意に甘え、一泊することにした劉備。そして今、屋敷の風呂場にて疲れを癒していた。

 

「お風呂なんて久し振り〜……うふふ♪」

 

桃色の長髪をタオルでまとめ、湯に浸かる。愛紗に匹敵する程のプロポーションが露となっており、肌が紅潮してやや艶やかに見える。

 

「えっと……黒髪が綺麗なのが関羽さん、お利口な方のチビッ子が孔明ちゃんで、そうじゃない方が鈴り……じゃなくて張飛ちゃん」

 

劉備は、今日出会った人達の名前を覚えようと、口に出して答える。

 

「言葉にしにくい雰囲気の趙雲さんに、強気な雰囲気の馬超さん。おっぱいが一番大きい黄忠さんと娘の璃々ちゃん、そして最後に……」

 

助けてくれた際に見せてくれた、あの優しい笑顔が思い浮かんだ。

 

「北郷、さん………」

 

のぼせたのか、顔はどんどん赤みを増していく。気づけば、彼の事を思うだけで鼓動が早くなっていた。

 

こんな事は、生まれて初めての経験だ。

 

「真名、何て言うんだろう……?」

 

唐突に、自分は何を言ってるんだろうか。

恥ずかしさのあまり顔を湯に浸けて、ブクブクと泡立てる。誤魔化す様に、顔を上げた。

 

「でも、みんな優しい人達でよかったなぁ……」

 

桃花村の住民達による優しさや温もりを、その身に感じ取る。

 

「ふぅ、良いお湯だった〜♪」

 

風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら廊下を歩く劉備。寝間着姿で、豊かな胸のせいか、谷間が露となっており、中々に艶やかだ。

 

「やあ、劉備」

「へっ?あ、北郷さんっ!?」

 

曲がり角で、一刀とばったりでくわした劉備。急な事で声が裏返ってしまった。

 

「どうかしたか?」

「い、いや、何でもないですよぉ〜?あ、あはははは!!」

「なら、いいけど……」

 

あたふたし始める彼女に、一刀は頭を傾げる。

 

「と、所で、北郷さんはどうしてこんな所に……?」

「ああ、劉備を探してたんだよ」

「えっ?私を?」

「うん。屋敷は結構広いからな。来たばかりじゃ迷っちゃうかもしれないし、部屋まで案内しようと思って」

「そうだったんですか」

「じゃあ、行こうか」

「はい、ありがとうございます」

 

一刀が部屋まで先導して、劉備は彼の横に付いて歩く。

 

「北郷さんって、やっぱり優しいな…」

「なんか言った?」

「い、いえ!別に何も……」

「そう?」

 

劉備は彼の横顔を見ながら、そう思った。自然に彼女は笑顔になる。

 

そして、かくいう一刀も、少なからず緊張していた。

 

ふと、横目で彼女の方を見る。タオルで髪を拭く、という普通の動作でさえも魅力的に写ってしまう。

 

更には風呂から上がったばかりのせいか、肌が紅潮している様に見え、少しはだけた寝間着から見える胸が中々に艶々しい。

 

愛紗と同じ位だろうか?という風な事を思う思春期の男の子。

 

(はっ、いかんいかん!何を考えているんだ俺は……!)

 

とは言うものの、ちょっとは意識してしまう。次に思い浮かんだのは、あの可愛らしい笑顔である。あんな至近距離でやられたら大抵の男はイチコロだろう。

 

「ん?何ですか?」

「い、いや!何でも、ない…」

 

目を丸くして、首を傾ける劉備。その動作も、また愛らしい。

お互いがお互いの笑顔に見惚れている事を、二人は知る由もなかった

 

そんなこんなで、劉備が泊まる部屋に辿り着いた。

 

「ここが、君の部屋だよ」

「案内してくれて、ありがとうございました」

 

劉備は一刀に礼を言う。

 

「宝剣、見つかるといいな」

「そうですね……」

 

宝剣という言葉を出すと、劉備は暗い表情になり、俯き始めた。

 

「どうしたんだ?」

「その、自分が不甲斐ないばかりに、大切な宝剣を失って……そのせいで周りに御迷惑をお掛けして……」

 

自らの不注意によって、大事な家宝を奪われたばかりか、悪事に利用されてしまう事になってしまった。

劉備は、改めて自分の失態を嘆く。

 

「確かに……この時代は、騙し騙されるのが当たり前になっている。宝剣が奪われたのも、相手を疑わず簡単に人を信用した君の責任でもあるな」

「そう、ですよね……」

 

表情が更に曇り、ぎゅっと裾を握り締める。

 

「でも、そこが君の良い所でもある」

「えっ?」

「この乱世の中、人と人とが手を取り合う為には、信頼する心も必要だからな。疑う事も大事だけど、人を信じるってい事も大切だから」

「北郷さん……」

「だから、気を落とすなよ。御先祖様の大事な宝剣、取り戻さなきゃいけないんだろ?」

「そう、ですね……ありがとうございます、北郷さん」

「どういたしまして」

 

笑顔で優しく励ましてくれる彼に、劉備も笑顔で返す。

そんな二人の近くで、一人の少年が廊下を歩いてきた。

 

「よぉ、瑠華」

「あ、一刀」

 

瑠華に気が付き、一刀は声をかける。まるで子犬の様に、瑠華は兄代わりである青年の元に寄る。

 

「腕はどうだ?」

「ああ、ようやく治りかけたって感じ」

「そっか。あんまり無茶な運動はするなよ?」

「人の事言えるの?」

「そ、それはその……」

 

図星をつかれて口ごもる一刀。それを見て、笑みをこぼす。

 

「あのぅ、誰かいるんですか?」

「ああ、そういえば今日一日医者に見てもらってたから、あの場にいなかったんだっけ」

「一刀、誰と喋ってるの?」

 

T字状になっている通路で、真ん中、つまりは曲がり角にいる一刀しか、二人の目には写っていない。

 

「紹介するよ、劉備」

 

一刀は彼女を瑠華の目の前に案内する。

 

最初は誰だろう?と瑠華は思っていた。

 

 

 

彼女の姿を見た瞬間、目を大きく見開いた。驚愕という表現が今の彼の状況に相応しい。

 

「この子は、月読って言うんだ」

「そうなんですか。私の名前は劉備って言います。よろしくね、月読君」

 

二人の声が全く耳に入ってこない。

 

少年の体は石の様に硬直し、瞳孔と声が微かに震えている。

 

 

 

劉備の姿を見た瞬間に、だ。

 

 

 

「え、えっと……」

「おい瑠華、どうしたんだよ?」

 

劉備は気まずそうに声をかけ、一刀は様子がおかしいことに気づく。

 

 

そして、二人は唖然とする。

 

 

少年の頬を一つ、また一つと涙が濡らしていた。そして溢れんばかりに金色の瞳から流れだし、一滴の雫として、地面にポタリと落ちた。

 

二人は驚きで硬直。少年は自分の状態に気づいたのか、服の裾で乱暴に拭き取る。

 

「だ、大丈夫?」

「ご、ごめんなさい……!」

「あっ……」

 

手を差し伸べる劉備。その彼女の手を逃げる様にかわす瑠華。そしてそのまま、小走りで去っていった。

 

「私、何かしたんでしょうか……?」

「分からない……」

 

二人はその場に取り残され、少年の後ろ姿を見送った。

 

 

 

部屋に入った瞬間、瑠華は寝台に飛び込み、顔を埋める。シーツをぎゅっと千切れる位に握りしめ、己の涙で濡らす。

声を噛みしめ、嗚咽を吐きながら、悲しみの感情を爆発させる。

 

今、少年の脳裏に浮かんでいるのは“一人の女性”の笑顔だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

快晴の青空の下、劉備の見送りに一刀、愛紗、鈴々と朱里、そして星の五人が村の前の一本道に来ていた。

 

「それじゃあ皆さん。お世話になりました」

「ああ、また賊に襲われぬ様、道中気を付けてな」

「はい。けど、いくら私がぼんやりでもそう度々襲われる程、間抜けじゃないですよぉ?」

「い、いや、そういう意味では……」

 

愛紗に対して、ふてくされた様に言った後、すぐに笑顔を返す劉備。

 

「あの、北郷さん……」

「ん?」

「月読君の事なんですけど…」

 

今、この場にいない少年の事を、恐る恐る一刀に聞いてみる。

 

「私、嫌われちゃったんでしょうか?」

「ああ、いや……別に嫌ってる訳じゃないと思う。昨日はあんな感じだったけど、優しい奴なんだ」

「そう、ですか…」

「だからさ、暗い顔じゃなくて、笑顔で出発してほしいな」

「北郷さん……はい、ありがとうございます」

 

礼を告げ、劉備は旅立った。

見送り終えた五人は、村へと戻る。

 

「一刀。さっき劉備殿が言っていた事なのだが、何かあったのか?」

「昨日の事なんだけどな」

「喧嘩でもしたのか?」

「いや、そんなんじゃないよ」

 

何でもない、と一刀は笑いながら愛紗にそう伝える。彼も昨日の事は気になっていた。劉備を見た瞬間に、栓が抜けた様に大量の涙を流していた。

 

「そういや、瑠華どうしてんだろ?」

「言われてみると、さっきから姿を見ませんね」

 

昨日の事もあり、やはり気になってしまう。一刀の言葉に同意する愛紗。朝食の場で見たっきり、誰も彼を見ていないのだ。

 

「きゃああああああっ!!」

 

森のある方角から、聞き覚えのある悲鳴が聞こえ、一刀達は急いで駆けつける。

 

 

◇◆◇◆

 

 

昨日、劉備を襲った三人組が、彼女を襲撃。アニキは劉備の胸元を掴むと、力一杯引っ張った。服はビリビリに破け、劉備の胸が露になる。

 

「嫌っ!!」

 

顔を羞恥に染め、嫌がるように胸を隠す劉備。

 

「昨日はしくじったが、今日こそは……」

 

厭らしい顔をして近づく賊。手を出そうとした、その時、何者かがアニキの頬に衝撃を与えた。

 

「べほっ!!」

「えっ…?」

 

飛び蹴りをお見舞いした少年は、距離を置くように地面に着地して、吹っ飛んだ賊を威嚇するように睨み付ける。昨日会ったばかりだった為、劉備もよく知っている少年。

 

「つ、月読君…?」

「こ、このクソガキっ!!」

 

頬を押さえながらこっちを睨んでくる山賊の一人。瑠華は怖じ気づく事なく、姿勢を低くして次の攻撃に備えている。

 

「おらぁっ!!」

 

(しまった…慌てて出てきたから、村に武器を……)

 

腰に手を当て、撃剣がないことに焦りを見せる。

目前の山賊が剣を降り下ろすも、咄嗟に回避する事に成功した。

 

「このっ!すばしっこい野郎がっ!!」

 

空気を切りながら、苛立って愚痴を溢すアニキ。瑠華は体を反らしながら、何とか攻撃を避けていた。すると、背中に硬い感触を感じる。驚いて横目で見ると、一本の木に追いやられてしまった。

 

アニキは好機と見たのか、ニヤリと口角を曲げ、剣を思いきり振り下ろす。

 

「死にやがれっ!」

「よ、避けてっ!!」

 

剣が頭に当たる寸前、劉備の叫びに応じるかの様に、瑠華は地面を転がる。男の剣は空振り、そのまま木に突き刺さってしまった。

 

「く、くそっ!」

 

今度は、瑠華が男に向かって走り出す。

 

その時、右腕に鈍い痛みが走った。

 

敵にやられた傷が疼き、右腕を押さえて膝をついてしまう。

 

「無茶、しすぎたか……!」

「このガキがぁっ!!」

「ぐっ!!」

 

がら空きとなった瑠華の腹部を、思いきり蹴飛ばすアニキ。ごろごろと地面を転がる瑠華。

その瑠華に近づき、アニキは足を振り上げた。

 

「おらっ!」

「ぐぁ……!!」

 

細い右腕を踏みつけ、そのままジリジリと捻る。メキメキッと腕から伝わってくる激痛に、瑠華の目は大きく開き、口からは小さい呻き声が出てくる。

 

「このっ!よくもっ!やってくれたなぁ!」

「ガキの癖になめやがって!」

「や、やめてっ!!やめてくださいっ!!」

 

アニキとチビの二人は、無防備となった瑠華を蹴りでいたぶる。

 

目尻に涙をためて、劉備は止めに行こうとするが、デブに押さえられて身動きがとれない。

 

(く、そぉ……!)

 

蹲りながら、少年は痛みに耐える。

 

 

 

 

――――コロシテヤル

 

 

 

瑠璃色の髪が、一部分だけ黒くなる。

 

「そこまでだっ!!」

「あぁっ?」

 

力強い叫びが聞こえた。全員が声のする方を向く。

 

「貴様らっ!性懲りもなく悪行を働き、そしてよくも我らの仲間を……成敗してくれるっ!!」

 

皆それぞれ、武器を構える。しかし、賊は慌てる様子を見せない。

 

「はんっ!この状況でどうやるってんだよ?」

 

アニキは木から剣を抜き取り、瑠華の頭を踏みつけたまま、劉備に剣を向ける。

 

「くっ、卑怯な…!」

(このままじゃ、二人が……)

「ほらどうしたどうしたぁ?」

 

愛紗と一刀は賊を睨んで顔を歪ませ、アニキは得意気ににやけている。

 

「そこまでだっ!!」

 

第三の声が聞こえ、全員が上を向く。大木の頂に、蝶の仮面を被った一人の女性がいた。

 

「何だてめぇは!」

「ある時は、メンマ好きの旅の武芸者。またある時は、お茶の間に華を添える全裸美女」

 

賊に聞かせる様に、名乗りの言葉を紡いでいく。

 

「しかしその実態は、乱世に舞い降りた一匹の蝶!美と正義の使者!華蝶仮面推参っ!!」

 

とうっ!という掛け声と共に、“せ――――”じゃなく、華蝶仮面は飛び降り、華麗に着地する。この名乗りを何度も聞いた一刀達は、呆れ混じりに見ていた。

 

「悪党共、観念するなら今の内だぞ?」

「へっ、何言ってやがる。こっちには人質がいるんだぞ?」

 

賊が余裕綽々といった表情を浮かべる中、劉備はキラキラと尊敬の眼差しを送っていた。

 

「くっ、この技だけは使いたくなかったが……秘技!【影分身の術】!!」

 

技名を口にした直後、華蝶仮面――昇り龍――は、賊の周りを走り出した。円を描く様に回り、残像により、彼女が数人いる様に見える。

 

「か、仮面野郎が何人もっ!?」

「た、只の目眩ましに決まってるっ!!」

 

凄まじい程の速さに、賊の三人は動揺を隠せない。

 

暫くすると、華蝶仮面が動きを止めた。

 

「こ、今度は何しようってんだ……?」

 

恐る恐る聞くと、彼女は頭を押さえ、膝に手を置く。

 

どうしたのかと、皆が沈黙。

 

 

そして、華蝶仮面――○雲○龍――は口を開いた。

 

「――――目が、回った……」

 

賊は勢いよくずっこけた。

 

その瞬間、華蝶仮面――日生――は目を光らせ、行動に移す。

 

「隙ありっ!」

「あ、てめぇっ!!」

 

彼女は瑠華を抱き抱え、劉備の手を引いて賊から離れる。

 

「さぁ、もう大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます……」

「怪我はないか?」

「はい、華蝶仮面様……」

 

うっとりとした表情を浮かべ、羨望の眼差しを向ける劉備。

 

「相手がずっこけざるを得ない状況に追い込んで、その隙をつく。人間心理を巧みに利用した見事な策と言えましょう」

「それ、本気で言ってる?」

「いえ……冗談です」

 

真顔で解説する朱里に、瑠華は苦笑して閉口する。

 

「く、くそぉ……」

「「おい」」

 

ドスの効いた威圧感のある声。肩を震わせ、賊三人は振り返る。一刀は鞘から刀を抜き、愛紗は偃月刀の切っ先を突きつけ、睨み付けていた。

二人の体からは、怒りのオーラが滲み出ている。

 

「「覚悟はいいか?」」

「「「ひぃぃぃぃぃ〜〜!!」」」

 

一刀と愛紗は、目にも止まらぬ早さで賊を叩きのめし、遠くへと吹き飛ばした。

 

「ざまぁみろなのだ!」

 

見るも無惨な姿となり、重なりながら倒れる賊達。そんな賊達に対し、舌を出す鈴々。

一刀は刀を納め、愛紗は偃月刀の石突きを地面につける。

 

「賊はどこだっ!?賊は!?」

 

すると、何食わぬ顔で草の茂みから出てきた華ちょ――――ではなく星。

 

「賊なら、北郷さん達が退治してくれました」

「くそっ、出遅れたか……!」

 

劉備が説明すると、星は悔しそうに歯軋りをする。一方で、他の四人は小さく集まりだした。

 

(ど、どうするのだ?)

(取り敢えず、付き合ってあげた方がいいと思います……)

(だな。後でへそ曲げられたら面倒だ)

(そんじゃ、その方向で)

 

話し合いの結果、黙っておく事にした。

 

「そういえば、お主人質にとられていたのだろう?一体どうやって助かったのだ?」

「はい、華蝶仮面と名乗る、とってもかっこいい人が現れて、私を賊の手から救いだしてくれたんです」

 

どうやら、本人が目の前にいることに全く気づいていない様子。えっ?と、四人は呆然とする。

 

「ほう、そんな事があったのか」

「せめて一言お礼を言いたかったのに、いつの間にかいなくなっていて……」

(いや、目の前にいるんだけど……)

 

はぁ、と劉備は息をつく。そんな彼女を見て、心中で呟く一刀。

 

「かっこいい上に、礼も言われぬ内に姿を消すとは。きっと謙虚で慎ましい人柄なのであろう」

(よく言うよ……)

 

初めて目にした瑠華も、正体が分かった様だ。今、劉備に膝枕してもらっている状態であり、フードを深く被っている。

 

「凛々しく、美しいあのお顔。きっと仮面の下の素顔も、さぞ素敵なのでしょうね」

「そうかそうか!その華蝶仮面とやらはそんなに凛々しく美しかったか!」

「はい!」

 

純粋な賞賛の言葉に機嫌を良くした星は、一刀達の方を向く。

 

「なぁ一刀、愛紗。なんと言ってもこのご時世だ。劉備殿一人では、また賊に襲われるとも限らん。公孫賛殿の所まで、我等で送り届ける事にしてはどうだろう?」

「星さん、劉備さんの事すっかり気に入っちゃったみたいですね」

「らしいな」

「どうだ?久し振りに旅に出るというのも」

 

星の提案に、少し考える一刀と愛紗。

 

「旅か……うん、それもそうだな」

「じゃあ、決まりだな」

「しかし、何はともあれ、まずは劉備殿の格好を何とかしないと」

「えっ――――あっ!」

 

今の状態に気づき、劉備は体を隠す。

一刀は直ぐ様、白い制服を劉備にかけた。

 

「とりあえず、それ羽織って……」

「あ、ありがとうございます……」

 

見ないように顔を背ける一刀。見ない様に注意するも、どうしても視界の端に写ってしまう。若い女子の柔らかな上半身。

劉備も恥ずかしさを感じており、二人の顔は仄かに赤くなっていた。

 

「うっ……!」

「瑠華!大丈夫かっ!?」

 

泥で汚れている瑠華は右腕を押さえ、痛み故に、顔を歪ませる。

 

仲間の治療の為にも、一行は村へと戻った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

村へ戻ったと同時に意識を手放した瑠華。直ぐに医師の治療を施され、一刀の部屋で睡眠をとっている。

 

「よかった。寸法はぴったりだな」

「昨日、街で買った愛紗さんの替えの服が役に立ちましたね」

 

鏡を前に立つ劉備に、愛紗と朱里は感想を述べる。

 

愛紗の普段着によく似たもので、白のブーツに金色の羽を表している服。赤いミニスカートで、全体を見てみると、彼女の美貌と相まって、高貴な雰囲気を出している。

 

「あ、あの、良いんでしょうか?こんな服まで頂いて……」

「なに、これから暫く一緒に旅をする仲だ。つまらぬ遠慮はなしにしよう」

 

別に構わないと、愛紗は遠慮気味の劉備にそう答える。

 

「よし、着替えも済んだし、そろそろ出発するか」

「鈴々、お主はどうする?」

「愛紗が行くなら鈴々も行くのだ!」

「朱里は?」

「私もお供します。そろそろ、また旅に出て、見聞を広めたいと思っていましたから」

 

鈴々と朱里も旅に同行する事となった。

 

「なるほど、旅をしながら未知の様々な体位を見て回ろうと言うわけか」

「はい、広い世界にはきっと私達には想像もつかない様な格好で“くんずほぐれつ”……って、それだけの為に行くんじゃありません!」

 

何かを口走りそうになり、朱里は顔を真っ赤にして否定する。途端にその場は笑いに包まれた。

 

「所で、体位って何なのだ?」

 

理解していない鈴々の言葉に、他四人は派手にずっこける。

 

 

――――所変わって、一刀の部屋。

 

「……っ」

「目が覚めたか」

 

目を開けると、見慣れた天井があった。少し横に傾けたら、一刀が椅子に座ってこちらの様子を見ている。どうやら、介抱してくれた様だ。

 

「ここは…?」

「俺の部屋だよ。村まで戻ってくる間に、意識が飛んじゃったんだな」

「そう、なんだ……」

 

起き上がろうとすると、右腕に痛みが走る。医師の話によると、腕が赤く腫れ上がり、病状が悪化してしまったらしい。ようやく治りかけたのが、逆戻りとなってしまった。

 

一刀は瑠華にそう告げる。

 

「だから、その……」

「僕は旅に同行できない、でしょ?しょうがないさ」

 

微笑を浮かべる瑠華。それが、誤魔化している様に見えて辛く感じる。

 

自分がもっと早く助けに行っていれば……と自分の無力さに腹が立ってくる。そんな彼の心中を察してか、瑠華が静かに声をかけてきた。

 

「そんな暗い顔しないで。僕の無茶が原因なんだ。一刀のせいじゃない」

「瑠華……」

「それに、劉備さんが無事なら、僕はそれでいいから」

 

大丈夫だと言ってくれる少年に、一刀は幾分か心が軽くなる。

 

「そういえば瑠華。お前、昨日どうして泣いてたんだ?今日だって、劉備の危ない所をいち早く駆けつけたし」

「……」

 

一刀が聞いた途端、瑠華は顔を反らし、分かりやすい程気まずい様子を見せる。聞かなければよかったか、と後悔した一刀であったが、瑠華は静かに口を開く。

 

「――――似てるんだ」

「えっ?」

「すごく、似てるんだ。亡くなった、僕の姉さんに……」

「瑠華の、お姉さん……?」

 

首を縦に振り、肯定する。今は亡き親族の面影を感じたのだ。

 

「だから、つい思い出しちゃって……」

「そうだったのか」

 

――――過去に何があったのか。

 

一刀は強引に聞くような事はしなかった。いつか自分から話してくれる様になるまでは、干渉しないでいよう、と。

 

「ま、たまには留守番してゆっくりするのもいいしね」

「安静にしておけよ?」

「分かってるよ」

 

何気ない、どこにでもいる兄弟が交わす様な会話。

一瞬にして、二人の雰囲気は、明るくなった。

 

 

 

旅のメンバーは、一刀、愛紗、劉備、鈴々、星、朱里の計六人に決定した。

 

「それでは、留守を頼みます」

「はい、旅の無事を祈ってます」

「あたしと紫苑と瑠華は留守番かぁ……」

 

すると、劉備が瑠華の前に出た。瑠華の腕に巻かれた包帯を見て、劉備の顔が暗くなる。

 

「月読君、本当にごめんなさい。私のせいで、こんな大怪我まで……」

「気にしないで下さい、劉備さん。僕は平気ですから」

「でも……」

「僕の分まで一刀が動いてくれる筈ですから、安心して下さい」

「えっ、俺?」

「主に雑用係として」

「おいっ!」

 

半目で睨んでくる一刀を、何食わぬ顔でかわす瑠華。自分を元気づける為に言ってくれた様にも聞こえ、くすっと小さく笑う劉備。少年の優しさのお陰で、罪悪感が少し和らいだ。

 

「そんじゃ、村の事は頼んだぜ」

「うん、任せてよ」

「一刀お兄ちゃん、お姉ちゃん達、いってらっしゃい♪ちゃんとお土産買ってきてね」

「これ璃々…」

「ははっ、分かったよ璃々ちゃん」

「わぁ〜い♪」

 

微笑みながら、璃々の頭を撫でる一刀。璃々は嬉しそうに、可愛らしい笑顔で見送る。

 

「翠」

「ん?ああ!」

 

鈴々と翠はお互いに笑い合う。

 

「なんだ?新手のにらめっこか?」

「そうじゃないのだ。人は別れ際に相手の顔を覚えているものだから、鈴々は翠に飛びっきりの笑顔を覚えてもらっているのだ」

「で、あたしも鈴々に飛びっきりの良い顔を見せて、それを覚えてもらってるって訳」

「ふむ、それでは私も……」

 

星は息を吸い、“飛びっきりの良い顔”を見せた。

 

「「「っ!?」」」

 

見た瞬間、翠と紫苑の顔色が青ざめ、頬が引きつっている。紫苑は見せない様に璃々の目を手で隠した。

 

「どうだ?私のとびきりの良い顔をしっかりと覚えてくれたか?」

「あ、ああ……今のは、忘れようとしても、忘れられないと思う……つか今晩、夢に見るかも……」

 

翠は弱々しく呟いた。

ふと瑠華の方を向くと、微動だにしていない。大丈夫か?と全員が困惑していると、徐に倒れた。

 

「「「瑠華っ!?」」」

「「瑠華君っ!?」」

「月読君っ!?」

「んにゃ?」

 

顔は蒼白に染まっており、完全に白目を向いている。少年の目にも、趙子龍の“とびきりの良い顔”がしっかりと刻まれた様だ。

トラウマにならなければいいが……。

 

「よしっ!それじゃ出発だ!」

「おうっ!!」

「おうなのだ!!」

 

紫苑と璃々と翠。そして、翠に支えてもらっている瑠華は、手を振って――後ろから見ると、翠が腕を掴んでいる――見送る。

一刀達も手を振り返して応えた。

 

 

一行の新たな旅が、始まった……。

 



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