リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― (NOマル)
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【序章】

どうも、NOマルと申します。

他にも似たような感じの小説がありますが、色々な設定など自分なりに考えながら書いてみました。

どうか、ご覧頂けたらと思っております。



 

 

――――その時代は、長い戦乱に晒されていました。

 

幾つもの国が乱立し、領土と実りを奪い合い、侵略しあった乱世の時代。

 

そんな時代を終わらせるべく、諸国の王達は、覇権を巡って更に争い、戦乱の規模を大きくしていきました。

 

中でも、古くから歴史の書に記され、後生まで伝え続けられた王達がいました。

 

聖王――――【オリヴィエ・ゼーゲブレヒト】

 

覇王――――【クラウス・G・S・イングヴァルト】

 

冥王――――【イクスヴェリア】

 

 

 

そして魔王――――【キバ】

 

 

 

この時代では、私達の様な人間とは別に、“魔族”という種族が存在していました。中でも、その頂点を争っていたのが、キバが治める“ファンガイア族”、そして、“レジェンドルガ族”。

 

この二つの種族による争いは、この世を更に混沌の地へと変えていきました。

 

戦いは長きに渡り、ついに“相討ち”という結果に収まりました。レジェンドルガ族を含め、他の魔族全てが絶滅。対するファンガイア族も勢力を失い、まるで幽霊にでもなったかの様に、その姿を消しました。

 

 

魔王もまた、その姿を現す事はありませんでした。

 

 

 

 

 

それでも戦乱の時代からその歴史の終焉まで、様々な思いを持って、生き抜いた人々がいました。

 

その世界の名は、“ベルカ”

 

今はもう、歴史の中に名を残すだけの世界――――

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

第一管理世界【ミッドチルダ】

 

魔法文化がもっとも発達している世界で、魔法といった概念が当たり前の様に存在している。

“第一”とある様に、次元世界は一つではない。無限という言葉に等しい、数え切れない程に存在する次元世界。ここでは、異世界との交流も多く、別世界の住人も少なからず、この世界に滞在している。

 

そして、その次元世界の秩序を守るべく、結成されたのが【時空管理局】だ。

各次元世界の管理、凶悪犯罪や大災害の対処。いずれも、ありとあらゆる次元世界の平穏を守るべく、日々奮闘していた。

 

 

 

かつて、ミッドチルダを震撼させた二つの事件。

 

【JS事件】・【マリアージュ事件】

 

いずれも、歴史に残される大事件へと発展していった。

 

しかし、二つの事件は【機動六課】のメンバーによって、解決に至った。

いずれも、大きな犠牲を払った。

だが、心に染み付いた悲しみを乗り越え、今と向き合っている。今の平和を守る為、管理局の一員として、別々の道で尽力している。

 

 

 

 

 

 

――――それから数年後、平穏の時は静かに崩れ去ろうとしていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

その日は、酷い大雨が降っていた。

 

夜空が黒雲に包まれ、月の光が閉ざされている。にも関わらず、都会の街が照らす光は、あまり暗闇を感じさせない。

 

それに加え、今日はやけに騒がしかった。街道にはサイレンが鳴り響き、“とある場所”にて、人だかりも出来ている。

 

立ち入り禁止のテープが張られ、管理局員が通さない様に立ち塞がっている。

 

“ソレ”は、好奇心に駆られた民衆の視界に入った。

 

雨に濡れた冷たい地面の上に散らばる、色彩豊かなステンドガラスの破片。信じられないかもしれないが、元は“人間”だったのだ。

 

ここ最近、ミッドチルダにて頻発している怪事件。

前触れもなく現れた異形の姿をした怪物。その怪物に命を吸い取られると、先程のステンドガラスの破片に成り果ててしまう。

 

目撃情報も多々あり、実際に管理局員が遭遇し、対峙した事もある。しかし、得体の知れない未知の存在である怪人に手も足も出ず、何人もの局員らが重症を負う始末となった。

 

この事態には、上部関係の局員達も頭を悩ませていた。

 

そうこうしている内に、今日もまた事件が起きてしまった。この怪事件は、街の住民達を、確実に恐怖へと陥れていった。

 

 

 

 

 

人通りの少ない、薄暗い路地裏。街が照らし出す光から逃げる様に、“ソレ”はその息苦しく、狭い通路を歩いていく。

 

“ソレ”は、人間ではない。

 

全身がステンドグラス状に彩られ、動物に酷似した姿が特徴的だ。口を開けば、涎が糸を引いている。鼻息を荒くしながら、ゆっくりと歩いていく。

 

先程、狙いを定めた人間から、栄養分であるライフエナジーを吸い取り、空腹が満たされた所だ。その為か、微かに笑っている様にも見える。

今日も今日とて、良き食事が摂れた。明日もまた……、そう期待しながら、怪人は堂々と地面を踏み締める。

 

しばらく歩き、路地裏から抜け出した。

そこもまた、人気のない、地面がアスファルトで出来ている広場。その中心部まで近づいた――――

 

「…………っ?」

 

ピタッ…………と、雨が止んだ。

 

通り雨が過ぎた後の様に、その場は静寂が支配する。しかし、それはすぐに破られた。

 

 

 

コツ……コツ……と、足音が鳴り響く。怪人は思わず足を止め、辺りを見渡す。足音がその場で反響し、中々相手を見つけられない。目を光らせながら見渡していると、足音の主が、その姿を現した。

 

両肩と右足が鎖で封じられた、銀の鎧。両腕両足は黒く、胸元は紅に染まっている。顔はジャックオランタン、或いはヴァンパイアを彷彿させる仮面。

 

謎の仮面を付けし戦士は、月光を背に、目の前の怪人に近づいていく。対して怪人は、全身が驚愕に震えていた。

 

そして…………

 

「――――キバ」

 

そう、呟いた。

 

 

 




次回から、原作の方に入っていきます(ほんの少しですが)。


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vivid―始まり―

まずは、原作主人公であるヴィヴィオの視点から始まります。


わたし――――【高町ヴィヴィオ】は、ミッドチルダ在住の魔法学院、初等科四年生。“公務員”のママと二人暮らしで、けっこう仲良し親子です。

 

仲良しの友達――――リオとコロナ。

 

結構ハイレベルだけど、楽しい授業。

 

実は昔、自分の生まれについて“色んな事”があったりもしました。

 

それでも、わたしを“高町ヴィヴィオ”として生きる事を許してくれた人達のおかげで、わたしは今、すごく幸せだったりします。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

Stヒルデ魔法学院、図書室。

 

始業式が終わり、ヴィヴィオは親友であるリオ、コロナと共に図書室にいた。

 

本を読みながら、談笑する三人。すると、ヴィヴィオが持つ携帯端末から着信音が鳴る。

先程、親友二人と撮った記念写真を、お世話になっている人達に送り、それが返信されてきたのだろう。

 

「そういえばヴィヴィオって、自分専用のデバイス持ってないんだよね?」

「それって、普通の通信端末でしょ?」

「うち、ママとレイジングハートが厳しくって――――」

 

『基礎を勉強し終えるまで自分専用のデバイスとかいりません』

 

「――――だって」

 

ため息をつきながら、答えるヴィヴィオ。親友二人も、苦笑いを浮かべている。

リオは既に自分専用のデバイスを持っている為、羨望の眼差しを向けるヴィヴィオ――因みに、“リオの兄”も持っている――。

 

すると、再度ヴィヴィオの端末に通信が入った。

 

「あっ、丁度ママからのメールだ」

「何かご用事とか?」

「平気平気。早めに帰ってくると、嬉しい事があるかもよ――――だって」

「じゃ、借りる本決めちゃお」

「うん!」

 

席を立ち、本を探す三人。

 

すると……。

 

「おっと、と、わあっ!!」

 

いつもは静かな図書室に、とても騒がしい音が鳴り渡る。ドサドサッ!と、数冊もの本が崩れ落ち、“一人の少年”がその下敷きになってしまった。

 

図書室にいた誰もが視線を向ける。

ヴィヴィオ達も驚き、本棚から本を抜く動作を止めてしまう。目を見開いて見ると、ヴィヴィオはその少年の元に向かう。

 

「ネ、ネクさん!?」

「すっごい音がしたけど……」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

少年に乗っている本をどけながら、心配そうに声をかける三人。

少年はヴィヴィオに手を引かれながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「いたたた……ありがとう、ヴィヴィオちゃん。ウィズリーさんにティミルさん。もう大丈夫だよ」

 

くすんだ灰色の短髪、線が細く温和な印象を与える顔立ち。

ネクさんこと【ネクサス・ローライト】。魔法学院中等科一年の男子生徒だ。

同時に、図書委員でもあるため、図書室で本の貸出を受け持っている。

 

「いや~、本の整理をしてたら、うっかり脚立から足を踏み外しちゃって……」

「そうだったんですか」

「でも、怪我がなくて良かったです」

 

ネクサスとヴィヴィオは、一年程前からの顔見知りだ。リオとコロナとは、ヴィヴィオの紹介で知り合った。

 

「あっ、もしかして本を借りるの?」

「はい」

「じゃあ、受付で貸出をしてあげるよ」

「ありがとうございます」

 

図書委員であるネクサスに本を提出。その際、ネクサスも会話に加わっていた。

 

「じゃあ、三人は今回同じクラスなんだ?よかったね」

「はい。ネクさんは?」

「残念ながら、“二人”とは別のクラスだね。でも、休憩時間とかに会えるから、どうってことないよ」

「そうなんですか……」

「これからも“兄”の事、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ」

「それではローライト先輩、私達はこれで」

「ああ、じゃあね」

 

三人は手を振りながら、図書室を後にする。微笑みながら、手を振り返すネクサス。

 

「さて、仕事仕事っと……」

 

頼まれていた書類などを積み重ね、それを持ち上げると、ネクサスも図書室から退室した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――時は少し遡る。

 

魔法学院の生徒達が、校舎の中へと入っていく。大勢の生徒達の中にも、ネクサスはいた。

鞄を背負い、一人で登校している。しかし、そんな彼に声をかける少年がいた。

 

「オ~ッス、ネク!」

「おっと、と。やあジャン、おはよう」

 

ネクサスの首に腕を回しながら、大声で挨拶を交わす少年。明るい緋色の髪に、口元から微かに見える八重歯。無垢な笑顔で、元気いっぱいと言った雰囲気を出している。

名を、【ジャン・ウェズリー】。

 

「ったく……朝から煩いな、お前は」

「おはよう、アイザ」

 

呆れた様にため息をつきながら、後方からやって来た少年。

暗色系の紺色の髪で、前髪で右目がやや隠れている。こちらはジャンとは対照的に、冷静沈着なイメージを与える。

もう一人の少年【アイザ・コルフォード】は、二人と合流する。

 

「ちょっとは周りの目とかも気にしろ」

「そう言うなってアイザ。またクラス一緒だといいな!」

「うん、そうだね」

「俺としては、騒がしいお前だけどっか行ってくれればそれでいいけどな」

「オレだけ!?つれない事言うなよ~」

「だったら遠慮という言葉を知れ。そんなだから妹にも叱られるんだ」

「うぐっ、リオの事は言わないでくれよ……」

 

妹の名前を出され、ジャンは途端に黙ってしまう。本来は兄という立場にいる自分であるが、何かをやらかしてしまう際、いつも妹に説教込みで色々と御叱りを受ける。これは小さい頃から続いており、言葉での喧嘩であれば、妹に完敗する自信がある。

その事を思い出しているのか、ジャンは顔を青ざめ、小刻みに震えている。

 

「だ、大丈夫……ジャン?」

「気にすんな。ほら、早く行くぞ」

「ちょっ、置いてくなって!?」

 

軽い談笑も交えながら、三人は校舎へと入っていった。

 

 

それから始業式も終え、決められたクラスに向かう。式の最中、夢の中へと旅立っていたジャン。終わった後も眠気が覚めず、フラフラとよろめいていた。アイザは呆れながら、首根っこを思い切り掴んで、自分のクラスの教室へと連れて――引き摺って――いった。

 

ぐへっ!?と呻いていたが、多分大丈夫だろう。

 

グギッ!という音が鳴っていたが、恐らくは大丈夫だろう。

 

 

 

クラス替えが決められ、親友二人とは別のクラスとなってしまった。

 

「二人とは違うクラスか……。まあ、言っても仕方ないよね」

 

ネクサスは自分の教室に入り、辺りを見渡す。顔見知りの相手が多いのか、他の生徒は生徒同士でグループを組んで会話をしている。

中々に早い展開に苦笑しながら、ネクサスは自分の席へと座る。窓際の一番端にある席だ。

近づいていくと、自分の隣には既に生徒が座っている事に気づく。

 

「あっ、アインハルトさん。おはよう」

「………ネクサスさん、おはようございます」

 

驚きながらも、落ち着いた物腰でネクサスに挨拶を返す女子生徒。

ツインテールに結んだ碧銀の髪。何より特徴的なのが、左目が青、右目が紫という青系統の虹彩異色(オッドアイ)

ネクサスは少女――――【アインハルト・ストラトス】の横の席に座る。

 

「同じクラスみたいだね、これからよろしく」

「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」

「知っている人がいてよかったよ。ジャンとアイザとは違うクラスになっちゃったしさ」

「そうなんですか……」

 

顔見知りの相手がいると、どこか安心する。ネクサスはちょっとずつ話しかけ、アインハルトも返事を返していく。

 

ジャンとアイザは勿論の事、アインハルトとも、初等科からの付き合いである。

最初はぎこちない雰囲気であったが、ネクサスから少しずつ歩み寄っていく事によって、今となっては、こうして普通に会話できるまでに進歩していった。

 

しばらく会話をしていると、担任教師が教室に入ってきた。

 

「全員席に着いたな?では、出席をとる」

 

点呼を取り、生徒達は返事をする。欠席者が欠席者がいないことを確認し、ホームルームを行う。今日は始業式だけの為、学院は昼までとのこと。そして最後に。

 

「ここ最近、物騒な出来事が多発している。みんな、出来るだけ一人で行動しない様に。充分気を付けるんだぞ?」

 

教師からの注意事項に、はい、と返事をする生徒達。それを確認し、ホームルームは終了となった。

 

教師が教室を出た後、室内は生徒達の談笑で騒がしくなる。その会話には、“ある噂”が広がっていた。

 

「ねぇねぇ、知ってる?人を襲う“怪人”の事」

「ああ、最近噂になってるよな」

「人を食べるんだって?」

「違うって。確か、命を吸い取るって聞いたぞ。吸い取られた人間は、死んじゃうって」

「マジかよ、なんか怖いな……」

 

ここ、ミッドチルダにて多発している怪事件。それは、中等部の生徒達の間でも噂になっていた。

そんな会話を耳にしながら、鞄を手に持つネクサス。

 

「さて、帰ろっかな。アインハルトさん」

「…………」

「アインハルトさん?」

「…………えっ?あっ、なんですか?」

 

思考に走っていたのか、ネクサスの声に気づかなかった様だ。慌てて体を向けるアインハルト。

 

「いや、これから帰るんだけど、一緒にどうかなって」

「……すみません。私はこれから、用事があるので」

「そ、そっか……」

「誘って頂き、ありがとうございました。では……」

「うん、また明日」

 

申し訳なさそうに、失礼します、と一言告げる。すると、ネクサスがまた呼び止める。

 

「えっと、その……。僕、君が何をしているかは知らない。だけど……」

「…………」

「無茶は、しないでね?」

「……はい。お気遣い、ありがとうございます」

 

そう答えると、アインハルトは鞄を手に持ち、ネクサスに一礼してから、教室を後にした。偉そうに聞こえてしまったかな、と少しため息をつく。

 

「……僕も帰ろ」

 

鞄を背負い、教室を出ていく。廊下に出ると、不意に声をかけられた。

 

「――――ローライト」

「ん?あっ、先生」

 

少し長めの短髪、やや吊り上がっている瞳をした、二十歳前後の青年【ゼラム】。

クラスの担任であると同時に、ネクサスのちょっとした知り合いでもある。

 

「どうかしたんですか?」

「すまないが、荷物を運ぶのを手伝ってくれないか?教材を数冊持っていくだけなのだが、“本部”から呼び出しを受けてな」

「だったら、僕が全部やりますよ。先生は行って下さい」

「すまない……。申し訳ないが、頼む」

「はい」

 

ゼラムからの頼みを受け、ネクサスは用意された教材を手に取る。数冊の本を積み重ね、両手で持ちながら、図書室へと向かった。

 

 

 

 

 

用事を終え、鞄を背負い、学院を後にするネクサス。親友二人には、先に帰っていい、と連絡しておいた為、一人で帰っている。

歩いて10分経った頃には、我が家の前まで来ていた。都会のイメージとは違い、周りは緑豊かな森林に囲まれていた。雲一つない青空と合わさり、空気が澄んでいる様にも思える。

 

自然に囲まれ、中々に広い敷地内で、ひっそりと存在している一軒の家。豪邸とまではいかないが、外観は正に西洋をイメージとした館。小さな庭もあり、雑草などはなく、整備もしっかりとされている。煉瓦を積んで出来た土壌に植えられた花壇、色取り取りの花が実っていた。

 

その花畑に、じょうろを使って水を与えている一人の少女がいた。

茶色のショートヘアに、淡い水色の瞳。感情が乏しいのか、表情はほぼ無に等しい。

 

ネクサスは少女を見かけると、声をかける。少女もネクサスに気付き、返事をする。

 

「ただいま、シュテル」

「お帰りなさい、ネクサス」

「水、あげてくれてたんだ。ありがとね」

「いえ、お気になさらず」

 

お礼を言うと、シュテルはペコリと一礼する。

 

「学校はどうでしたか?」

「うん、いつもと変わらない。すっごく平和だよ」

「そうですか」

 

ネクサスと話している最中、シュテルは尚も表情を変えていない。にも関わらず、話はしっかりと聞いており、時折、微かに――微妙な所なのだが――笑っている様にも見えた………………筈。

 

少し会話していると、玄関が開かれた。

 

「あっ!おっかえり~、ネク!」

「レヴィ、ただいま」

 

もう一人の少女が玄関から外に出る。

濃い水色の長髪――毛先が黒い――をツインテールに結んでおり、瞳はやや吊り上がっている。

腹の底から出ているであろう大声、明朗快活を体現している程の元気いっぱいの少女。レヴィは満面の笑みを浮かべながら、自らも二人の間に入る。

 

「レヴィ、居間の掃除は終わったのですか?」

「当然、バッチシさ!」

「本当ですね?」

「何だよシュテるん。疑ってるんだったら、どうぞ好きなだけ見てくれればいいよ?」

「……では」

 

えっへん!と、胸を張って主張するレヴィ。シュテルはそれを聞くと、館の中へと戻っていく。

 

「そっか。今日の掃除当番はレヴィだったもんね」

「うん。でもまあ、ボクにかかればチョチョイのチョイさ!」

 

自信があるのか、またも豪語するレヴィ。あはは、と苦笑いを浮かべていると、

 

「むっ、ネクサス。帰っていたのか」

「お帰りなさい、ネクサス」

「うん、ただいま。ディアーチェ、ユーリ。それから、おかえり」

 

毛先が黒く染まったグレーの短髪。その姿はどこか堂々としており、“王の威厳”を示している。その少女――――ディアーチェの横にも、背の小さな少女がいた。

ウェーブのかかったブロンドの長髪。華奢な体躯で、儚げな印象がある。ユーリは買い物袋を両手で持ち、ディアーチェは片手でそれぞれ軽々と持っている。

 

「一個持とうか?」

「我は大丈夫だ。ユーリの方を頼む」

「うん、分かった」

「いえ、私は……」

「いいからいいから」

 

ネクサスは重たそうに持っているユーリから、荷物を一つ手に取る。申し訳なそうにしつつ、ユーリはネクサスに礼を言う。

 

「材料から察するに、今日はカレーかな?」

「うむ、レヴィからの要望でな。我らも特に決めていなかったから、夕食はそれにする事にした」

「やった~!楽しみだよ~!」

 

子供の様に、おおはしゃぎするレヴィ。

同時に、シュテルが玄関から出る。

 

「――――レヴィ」

「どうだいシュテル。ボクだってやる時は――――」

「やり直しです」

「ええっ!?」

「窓の縁や部屋の隅に埃が溜まっています。あなたの事ですから、どうせ丸く掃いただけでしょう」

「…………そ、そうだったかな?」

「やり直しです」

「うっそ~~!?」

 

大声で叫びながら、レヴィはシュテルに引き摺られていった。

やれやれと言わんばかりにため息をつくディアーチェ。ネクサスとユーリは共に苦笑を浮かべていた。

 

「じゃあ、僕らも中に入ろっか」

「うむ」

「そうですね」

 

夕食の支度をする為、ディアーチェとユーリが先に入る。ネクサスも後から入ろうとするが、不意に足を止めた。

そして、後ろを振り向く。

 

「ハ~イ、おかえりネクサス。そしてたっだいま~~♪」

「ただいま、キバーラ。それとおかえりホロン」

 

宝石の様な深紅の瞳に、額には黄色の魔皇石が埋め込まれている。白色の小さなコウモリ型のモンスター【キバーラ】

 

そしてもう一人。

 

黒を基調とし、灰色のラインが彩られているパーカー。西洋に伝わるゴーストを思わせるパーカーだけの存在。

キバーラと同じく、幼い頃からネクサスと共に居続けたゴースト。

 

正式名称【ホロウ・ファンタジア】

 

愛称【ホロン】

 

キバーラは、パタパタと羽を羽ばたかせ、ホロンはふわふわと浮遊しながら、ネクサスの近くへと降下していく。

 

「いつもの所に行ってたの?」

「ええ、“鎧”の調整と、それから“眠りの姫様”の所にね。あの人達から、あなたが元気にしてるかどうかも聞かれたわ」

「また?」

「元気にしてま~す♪って言っておいたわよ」

「はあ……“あの人達”は心配性過ぎるよ」

「いいじゃない、それだけ気にかけてくれてるんだから」

「……まあ、ね」

 

ため息をつくネクサスの周りを、キバーラとホロンはクルクルと飛び回る。

とはいえ、身寄りのない自分を引き取ってくれたり、こうして住む所も提供してくれた。多忙の身でありながら自分の心配もしてくれる。

キバーラにはこう言っているが、ネクサスは“彼ら”の事を心から感謝していた。

 

「さっ、早く家に入りましょ?」

「うん」

 

三人は、我が家へと入る。

 

中では、シュテル指導の元、レヴィが箒と雑巾を手に奮闘していた。ディアーチェとユーリは、二人で夕食の支度をしている。

 

 

今日もいつも通り、家族と一緒の時間を過ごすのであった。

 

 

 




はい、色々と言いたい事があるかもしれません。
何でいるの!?とか、思っているかもしれません。

それは後々、語らせて頂きます。
次回も是非、ご覧下さい


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wake up―運命―

少女に忍び寄る魔の手。その時、主人公の秘密が、明らかとなる……!

運命の鎖を解き放て!



【ストライクアーツ】

 

ここ、ミッドチルダで最も周知されている打撃系の徒手格闘技。

 

ヴィヴィオ達三人も、元ナンバーズであるノーヴェ・ナカジマの指導の元、練習に励んでいる。

 

ミッドチルダの中央第四区に位置するストライクアーツ練習場。今日も、三人はそこで鍛練を行っている。

 

特に今日は、他の利用者の注目を集めていた。

 

十歳になったヴィヴィオは、それを機に、母である高町なのは、フェイト・T・ハラオウンから、専用の愛機(デバイス)を渡された。

 

クリスタルタイプに、可愛らしいウサギのぬいぐるみで包んだデバイス。ヴィヴィオは名付けた。

 

正式名称【セイクリッドハート】

 

愛称【クリス】

 

更に、大人形態に変身出来る様にもなった。これには、フェイトも驚きの余り腰を抜かしてしまった。

 

魔法や格闘の技術を高める為に得た、大人形態への変身。

ノーヴェとの組手も、よりレベルの高いものとなった。

 

 

 

 

練習が終わり、ヴィヴィオ達は帰途の道を歩く。暫く歩いていると、ノーヴェは付き添いで来たウェンディに頼み込む。

 

「悪ぃ、チビ達を送ってってやってくれるか?」

「あ、了解ッス。なんかご用事?」

「いや、救助隊。装備調整だってさ。じゃ、またな」

 

お疲れ様でした、と一同に別れを告げ、ノーヴェはその場を後にした。

 

 

街灯に照らされた夜道を、ノーヴェは一人、歩いていた。

 

かつて、“JS事件”の加害者として、やや荒れていた彼女。しかし、他のナンバーズと同様、今を真っ直ぐに生きている。

その証拠に、ヴィヴィオ、リオ、コロナから先生と呼び慕われている。

 

そんな彼女も、今となってはすっかりコーチとして身に付いてきた。

 

 

そんな時――――

 

 

「――――ストライクアーツ有段者。ノーヴェ・ナカジマさんとお見受けします」

 

声を聞き、空を見上げる。

 

月光を背に、街灯に立っている一人の女性。ツーサイドアップの美しい碧銀の長髪。スラリとした体型に、白を基調とした戦闘服を身に纏っている。

顔には素顔を隠すためか、アイバイザーがかけられている。

 

「貴方に幾つか伺いたい事と、確かめさせて頂きたい事が」

「質問すんならバイザー外して名を名乗れ」

「……失礼しました」

 

ノーヴェの言葉に従い、女性はバイザーを、外した。

 

青系統の虹彩異色が、露になる。

 

「カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・インクヴァルト。覇王を名乗らせて頂いています」

 

女性は静かに、そう名乗った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

夕食のカレーライスも食べ終え、食器類も洗い、片付けも終わった。

 

西洋風の居間。アンティークなテーブルに座り、ネクサス達は自由な時間を過ごしている。

 

「ぬぬぬぬぬぬぬ……!」

「……………………」

「よしっ……これだぁ!!」

「残念、ババです」

「やられた~~!!」

 

ババ抜きの真っ最中。唸りに唸ったレヴィは、シュテルの手札から一枚のカードを引き抜く。しかし、カードはジョーカー。ババを引いてしまい、仰向けに倒れ込む。

対してシュテルは無表情……に見えるが、微かに口角が上がっていた。

 

「うぐぐぐ……!シュテるん強すぎるよ~」

「ふっ、そう簡単には勝たせませんよ」

「確かに、シュテルはポーカーフェイスが上手いから」

「レヴィ、お主は分かりやす過ぎるぞ」

「私も中々揃いません……」

 

ネクサス、シュテル、ディアーチェ、ユーリの四人は、相手に悟られないよう、手札を隠している。レヴィは尚も倒れたままだ。

 

楽しい風景を、キバーラとホロンは側で見守っていた。

 

「うふふ、平和ね~」

 

用意された手刷りにぶら下がりながら、優しく微笑むキバーラ。喋る事が出来ない為、ジェスチャー等で意志疎通を行うホロン。腕を組んで、うんうんと頷いている。

ネクサス達五人はまた、ババ抜きに専念する。

 

――――その時だった。

 

脳内を電流が走ったかの様な感覚に見舞われる。その場にいた全員が、目を見開いた。楽しい雰囲気から一変、張り詰めた空気に変わる。

 

ネクサスは、そっと手札のカードをテーブルに置いた。

 

「……行こう」

「ええ」

 

椅子から立ち上がるネクサス。キバーラも翼を羽ばたかせて、側に寄る。

 

「来たか……」

「その様ですね」

「いってらっしゃい、ネク」

「気を付けて下さいね」

「うん、いってきます」

 

四人とホロン――ジェスチャーで執事の様に一礼する――の見送りを受け、ネクサスは、扉を開いた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

――――弱さは罪。

 

 

――――弱い拳では誰も守れない。

 

 

 

ノーヴェ・ナカジマとの戦い、辛くも凌いだが、彼女の一撃は確実に当たっていた。

 

呼吸が微かに荒く、足取りも弱々しい。

 

満身創痍の状態で、覇王――――アインハルトは目的地に辿り着いた。

 

自分が利用している、人が滅多に通らない、コインロッカーが設置された古い場所。彼女は背中でもたれながら天井を見る。

 

「今日は、早く戻って休もう……。そして、また――――」

 

『無茶は、しないでね?』

 

「…………」

 

少年の言葉が、脳裏を過った。

 

彼とは、初等部の頃に出会った。覇王としての宿命、その記憶を受け継いだせいか、周りと馴染めずに孤独な過去を過ごしてきたアインハルト。

 

そんな時、何かと声をかけてくれたのが、ネクサスだった。ちょっとした話題を出したり、気にかけてくれた。

 

おかげで、学校生活が楽しいと思える様になった。彼といるだけで、心が安らぐ。

 

感謝しても仕切れない。だからこそ、心配をかけたくはなかった。

 

しかし――――

 

「……すみません、ネクサスさん。私には、どうしても果たさねばならない事があるんです」

 

自分にも譲れないモノがある。それは、彼に言われても変わることはない。

 

奮い立たせる様に、体に鞭を打つ。立ち上がろうとした瞬間、

 

「――――見つけたぞ」

 

背筋が凍り付く程の殺気。それを感じ取り、瞬時に振り向く。そして、目を見開いた。

 

暗闇に包まれた道。そこから、こちらへゆっくりと歩み寄る一つの影。

 

それは、人間ではない。

 

白と青を織り混ぜたステンドガラスの体表。頭部には、一本の鋭い角が生えている。姿形は神話に出てくるユニコーンそのものだ。

 

「覇王の血を受け継ぎし末裔に、こんな場で会えるとはな」

「あなたは――――ファンガイア!」

 

かつて、古代ベルカの時代にその存在を誇示していた魔族の一つ。人間の持つライフエナジーを主食とし、他国を蹂躙してきた。

 

その魔族が、目の前にいる。

 

「何故……遥か昔、全滅した筈じゃ……」

「確かに……“ファンガイア”は絶滅した。だがな、俺はファンガイアではない」

 

ファンガイアに似た怪人は、唐突に走り出した。鋭利な角を研ぎ澄ませ、こちらに突進してくる。アインハルトも対応し、すぐに体を反らして回避する。先程まで彼女がいた壁に、角がズドンッ!!と勢いよく突き刺さる。

怪人は角を引き抜き、アインハルトと向き合う。しかし、彼女は既に迎撃の準備を整えていた。

 

「はぁあっ!!」

 

低く構え、渾身の一撃を込めた拳を、怪人の胸元目掛けて突き出した。大気を切り裂き、見事に命中。

 

だが、ノーヴェ・ナカジマとの戦いにおけるダメージが蓄積したままの状態で放った一撃。体の節々が痛み、思う様に動けなかった。

 

その結果、怪人の体が少しよろめく程度に終わった。怪人は鼻で笑い、彼女の細い首を掴み上げる。

 

「覇王の子孫といえ、この程度とはな」

「がっ、は……!」

 

力強く締められ、呼吸が思うように出来ない。そのまま壁に叩きつけられる。肺が圧迫され、頭が少し揺れ動く。

 

「我々は進化したのだ。魔族の頂点に達し得る筈だった存在。ファンガイア……そしてレジェンドルガ。その二つの存在を融合させて誕生したのが我等――――」

 

――――“ネオファンガイア”

 

「ネオ……ファンガイア……!?」

「貴様からは良い悲鳴は聞こえそうにないな……。その代わりライフエナジーに期待するとしよう」

 

ネオファンガイアの一人――――ユニコーンファンガイアは、更に締め付ける力を強くする。

アインハルトは両手で相手の腕を押さえ、抵抗を試みる。しかし、相手は未知の怪物。力は計り知れず、びくともしない。

 

「ここで……倒れる、訳には……!」

「諦めの悪い奴だ――――ふん!」

「がはっ!」

 

空いていた片手で拳を作り、無防備の腹部に一撃を入れる。呻き声を上げ、アインハルトは顔を苦痛に歪める。

それだけでは終わらない。

数発殴り、膝蹴りを二、三発。髪の毛を強引に掴み、壁に何度も何度も叩きつける。

 

頭から血が流れ、青色の瞳に垂れ落ちる。意識が朦朧とし、抵抗も弱まり、ついに武装形態が解けてしまった。

 

白のワンピースに身を包んだ少女の姿に戻ったアインハルト。

 

「ぅ、ぁ……ぁぁ……」

「ふん!ようやく、くたばったか」

 

掴み上げられたまま、意識が遠のきかける。最早、抗う力すらない。

 

「く、ははは……!覇王の血、頂くぞ」

 

気持ちが高ぶり、興奮気味に言うと、アインハルトの首元に、鋭い半透明の物体が二つ出現。ファンガイアが補食の際に召喚する“吸命牙”。二つの牙が、細くしなやかな首に接近していく。

 

「……っ!」

 

歯を噛み締め、瞼をぎゅっと閉じる。

 

自分はここで終わってしまうのか。

 

悔しさを募らせながら、アインハルトは拳を握り締めた。

 

 

 

 

突然、その動きを止めた。

 

何かの視線を感じ取り、辺りを見渡すユニコーン。やがて、足音が聞こえる方向に視線を向ける。

 

一人の少年が、こちらに向かって歩いている。少年――――ネクサスの側には、一匹の白いコウモリが飛び回っている。

 

普段の彼を知る者は、目を疑うだろう。いつもの穏やかな表情ではない。威嚇する様に、こちらを睨み付けていた。鋭い眼光が、敵を射ぬく。

たかが人間、普通なら嘲笑の対象になる筈が、今回はそれに当てはまらなかった。

 

得体の知れない“なにか”を感じ取り、ユニコーンは完全に動きを止めてしまった。

 

「――――キバーラ」

「ええ、キバッて行くわよ」

 

ネクサスに呼ばれ、キバーラは彼の左手に収まる。そして、牙を光らせながら、口を開いた。

 

「カァ~プッ♪」

 

キバーラは、ネクサスの右手に噛みついた。刺された牙から魔皇力が注がれ、顔の下顎部分にステンドガラス状の模様が浮かび上がる。同時に、彼の琥珀色の瞳。その右目が赤黒く染まる。

 

腰回りに突如出現した数本の鎖。それが重なりあい、帯の様に巻かれ、深紅のベルトに変化した。

 

「変身!」

 

そう叫び、バックル部分にキバーラを装着。キバーラを中心に波紋が広がり、ネクサスの体が、“鎧”を纏う。

 

その姿を目の当たりにし、ユニコーンは驚愕する。

 

「お、お前は!?」

 

代々ファンガイアの王に受け継がれ、身に纏った者に絶大な力を与える、伝説の鎧。

 

――――魔王“キバ”。

 

キバはユニコーン目掛けて走り出す。

 

「はあッ!!」

「ぐおっ!?」

 

ユニコーンの顔面を掴み、そのまま前進する。その際、アインハルトは拘束から解き放たれた。壁にもたれたまま、ズルズルと地面に落ちる。

 

視界が霞んでいく中、その後ろ姿を収めていた。

 

「……キバ…………」

 

限界に達し、ついに意識を失った。

 

 

 

 

元いた場所から遠ざかり、暗い場所から外に移動した。助走の勢いを利用し、そのままユニコーンを投げ飛ばした。

吹き飛ばされ、地面に投げ出される。

 

「ぐっ、おのれぇ……後、もう少しだったのに……!」

「…………」

 

怒りを露にするユニコーン。対してキバは戦闘体勢のままだ。息を荒くしながら、自らも構える。

 

「うおおおっ!!」

 

駆け出し、拳を振るう。右、左と繰り出される拳打。キバはそれを受け流す様に、かわしていく。そして、敵の両手を外側へと払い除け、無防備となった体に拳を連続でぶつける。最後に右ストレート。ユニコーンは後方に飛ばされる。

それから追撃とばかりに、飛び掛かって膝蹴りを食らわせる。顔面に食らい、またもよろめくが、キバは更に腹部へと膝蹴りをお見舞いする。数発与え、横向きに投げ飛ばした。

 

「く、くそっ!」

 

舌打ちをし、荒々しく叫びだす。今度は体勢を低くし、角の先端をキバに向ける。そして、そのまま突進。

 

「死ねぇ!!」

 

対して、キバは動かない。その場で立ち尽くしたままだ。恐れを成したのか、とユニコーンは勢いを殺す事なく体当たりをしてくる。

 

角の先端が、キバの腹部まで後五センチ。いや、四センチ。三……二センチ――――

 

一センチになった途端、キバは体を捻らせて回避。行き場を無くした角は、そのままコンクリートの壁に突き刺さってしまった。

 

「っ!」

 

上から肘鉄、下から膝を上げ、挟み込む様にして、角をへし折った。バキィッ!とガラスの破片が飛び散る。

 

「なっ、あああ!?」

「はっ!!」

 

動揺するユニコーンに、キバは拳を連続で打ち付ける。そして、回し蹴りを顔面に目掛けて振り向く。最後、腹部に蹴りを入れた。

 

ユニコーンは吹き飛ばされ、仰向けに倒れる。呻き声を上げながら、よろよろと立ち上がるが、体力を消耗しているのが分かる。

 

コツ、コツ……と地面を踏みしめ、ゆっくりと近づくキバ。ある程度の距離まで行くと、その場で立ち止まった。

 

「…………」

 

キバは、ベルトの右部分に装填されている、小さい赤い笛らしき物を、キバーラの口に装着。キバーラは覚醒笛フエッスルの魔の音色を奏でた。

 

「ウェイクアップ!」

 

その言葉と共に、辺りを赤い霧が包み込む。やがて、その場は漆黒の闇に包まれ、三日月が照らし出している。

 

キバは低く構える。両手を外側へ勢い良く広げた後、内側へとゆっくり持っていく。拳が交差し、今度は右足を振り上げた。

 

右足の回りをキバーラが飛び交い、拘束していたカテナを解き放つ。解放された、三つの魔皇石が埋め込まれた右足、ヘルズゲート。紅の翼を開かせる右足を上げたまま、左足で空高く跳躍した。

 

三日月を背に、キバは蹴りの姿勢を取る。ユニコーン目掛けて、飛び蹴りを食らわせる。

 

【ダークネスムーンブレイク】

 

「ぐあああっ!!」

 

見事に命中、ユニコーンはそのまま壁に押し込まれた。その際、背後の壁にキバの紋章が刻み込まれる。

ヘルズゲートの碧色の魔皇石が瞬き、ユニコーンの体にステンドガラスの模様が浮かび上がる。やがて力尽き、粉々に砕け散った。

 

終わりを迎え、カテナによってヘルズゲートは封印された。

 

ファンガイアの残骸とも言える光球、ライフエナジーが浮遊していた。

 

すると、どこからか龍の雄叫びが聞こえてきた。それは段々と大きくなっていく。

 

 

そして、その姿を表した。

 

 

魔族の一つである、ドラン族。その中でも最強と称される個体、【グレートワイバーン】。そのドラゴンを捕獲、ファンガイア族が改造した、生きた城。

西洋の城から、ドラゴンの首と手足、翼が生えた様な姿。

 

それがこの移動要塞【キャッスルドラン】だ。

 

「ギャオオオオッ!!!」

 

キャッスルドランは雄叫びを上げながら、地面に着地。餌であるライフエナジーをそのまま一口で補食した。げふ、と息を吐いた後、どこかへと飛び去っていった。

 

暗闇が消え、世界が正常の夜へと変わる。静寂に満ちた空間、一人佇むキバ。

 

やがて、その姿は一人の少年へと変えていく。

 

「…………ふぅ」

「お疲れさま、ネクサス」

 

変身解除したネクサスに、労いの言葉をかけるキバーラ。

 

「……そうだ!」

「ちょっと、ネクサス!?」

 

思い出したかの様に、ネクサスは踵を返す。キバーラも慌てて追いかける。

 

ユニコーンと戦う際、視界の隅に入っていた一人の少女。それが気がかりとなり、ネクサスは急いで現場に向かう。

 

コインロッカーが並べられている場所に着き、壁にもたれている一人の少女を見つけた。

 

「アインハルトさん!」

「あら、知り合い?」

「学校の、クラスメートだよ……。アインハルトさん、しっかりして!」

「うっ……」

 

側に駆けつけ、必死に呼び掛ける。しかし、目覚める気配もない。頭からは血を流しており、肌も傷ついている。

呼吸も弱々しく、見るからに痛々しい様だった。

いい案が思い浮かばない。だからと言って、大切なクラスメートを見捨てるなんて出来るわけがない。

 

「どうしよう……何か……出来る事は……」

「……ネクサス」

 

狼狽えるネクサスに、キバーラは耳元で囁く。真剣な声音で、はっきりと。

 

「“アレ”……しかないでしょ?」

「ええっ!?いや、でも……流石にそれは…………」

「一刻を争うのよ?それに、これは人工呼吸と同じ様なもんじゃない。“あの子達”を助けた時だって、その方法が効果抜群だったし」

「いや、人工呼吸だって普通やりにくいでしょ!?それにあの時は、その……仕方かったというか……」

「いいから!ほら、男ならさっさとやる!その子を助けてあげたいんでしょ!」

 

唸りに唸るネクサス。その表情は思い詰めており、頬が微かに赤くなっていた。

しかし、クラスメートの命が掛かっているのだ。迷っている暇はない。意を決して、ネクサスは顔を引き締める。

 

「……キバーラ、向こう向いてて」

「は~い♪」

 

キバーラが横を向いた事を確認。アインハルトに視線を向ける。罪悪感を感じながら、深呼吸し、決意を改める。

 

「アインハルトさん……ごめんね」

 

ネクサスは、アインハルトを上半身を抱き上げ、こちらに寄せる。綺麗な碧銀の髪をかき上げ、首筋を露出させる。染み一つない、白い肌。

不謹慎ながら、思わず魅入ってしまう。

 

「って、違う違う!これは、応急処置であって、別に……下心がある訳じゃ、断じてない!」

(早くしなさいよ……)

 

ネクサスは、口を開く。琥珀色の瞳が、またも紅く染まり、鋭い犬歯が生えていた。

 

そして――――無防備となった首筋に、噛みついた。

 

「…っ…あっ……!」

 

少女の口から漏れだす、微かに悶える吐息。彼女が倒れないように、しっかりと両手で支えている。向こうも無意識なのか、ネクサスの衣服をぎゅっと掴んでいた。

 

「くっ……ぁっ……んっ……ああ……!」

 

彼女の体に、変化が起きた。

彼女の額に流れていた血が、無くなっていたのだ。それだけではない。擦り傷や、打撲の跡などが、みるみる内に消えていく。数分後には、彼女の体から傷が消えて無くなっていた。

 

「――――はあ……」

 

首元から口を離し、呼吸を整えるネクサス。アインハルトの体には、外傷は見当たらない。

滅多に使わない、正に最後の手段でもある為、不安もあった。しかし、どうやら何とか成功した様だ。

彼女は、穏やかな寝息を立てている。

 

「何とか、なったか……」

「ん……」

 

ネクサスはふと、疑問に思っていた。

 

彼女は何故、こんな場所にいたのだろうか?人通りの少ない、こんな場所に。

 

すると、キバーラが話し掛けてくる。

 

「ネクサス、急いで出るわよ。誰かが来るみたい」

「えっ?」

「見て、発信器があるわ。恐らく、管理局関係の人間ね」

「でも、アインハルトさんは……」

「大丈夫、きっと保護してくれるわよ、ほら、行きましょう」

 

渋々といった風に、ネクサスはその場を去っていく。もう一度、謝罪してから。

 

「はあ……どうしよう。明日、顔合わせづらいな……」

「そりゃあねぇ。顔真っ赤にして、あんな夢中に吸い付いてたもの。そんなに美味しかったの?」

「いや、助けなきゃって思って、無我夢中でやってたから――――ってキバーラ、もしかして……!」

「……てへっ♪」

「み、見たなっ!?」

「ごっめ~~ん♪だって気になっちゃったんだも~~ん」

「キバーラあああああ!!」

 

羞恥のあまり、顔を紅潮させながら、キバーラを追い掛ける。それをからかいながら、キバーラは夜空を飛び交う。

 

 

 

 

 

魔王、キバの鎧を受け継ぎし少年――――ネクサス・ローライト。

 

 

 

 

 

そう遠くない未来。定められた戦いの火蓋が、切って落とされる。

 

 




はい、という訳でですね。仮面ライダーキバが登場いたしました。因みに、フォームチェンジは全てオリジナルです。原作は一切出ません。

これから、優しく見守って頂けたらな、と思っております。
次回も、お楽しみに!


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next―次へ―

どうも、早速お待たせして申し訳ございません。
これからも、こんな遅いペースになってしまうかと思います。皆さんに読んで頂ける様、頑張りますので、応援よろしくお願い致します。



 

チュンチュン、と鳥の囀りが耳に届く。窓から射し込む太陽の光が一日の始まりを告げる。

 

「…………ん……」

 

少年、ネクサスはゆっくりと、瞼を開いた。視界に入る見慣れた天井。

寝台から上半身を起き上がらせ、体を伸ばそうとする。

 

「――――っ!いたた……」

 

瞬間、体に痛みが生じる。

よく見ると、彼の額には包帯らしき物が巻かれていた。鈍い痛みが生じ、微かに顔を歪める。

 

昨日、キバとなってネオファンガイアを撃破したネクサス。その際、現場にいた一人の少女。学院のクラスメイトであるアインハルトが倒れていた。

徹底的に痛め付けられ、すぐにでも病院に搬送させなければならない状態だった。だが運の悪いことに、通信端末を持ち合わせておらず、救急車を呼ぶことが出来ない。それに加え、自分が現場にいたら、必ず事情聴取をされる。そうなれば、周知に秘密にしてある“キバ”の事がバレてしまう可能性が高い。

 

しかし、大事なクラスメイトを放っておく訳にもいかない。そんな時、応急処置を取る事にした。一緒に暮らしている四人を救うために行った時にも利用した方法だ。

 

それが“吸血”によるダメージの吸収だ。

 

怪我をした人間の血を吸うことにより、その負担を引き受ける。自分の中に溜め込み、特殊な魔力によって少しずつ溶かしていく。“ある理由”で魔法が充分に扱えない、ネクサスが唯一出来る治療方法。といっても、ダメージを丸ごと貰うので、滅多に使わない。

昨日、家に帰った途端、一気に症状が現れ、その場で倒れてしまった。それを見たレヴィとユーリは完全パニック状態。シュテルとディアーチェも、二人程ではないが少し焦っていた。キバーラはというと、冷静に容態を把握し、指示を――若干、声が震えていた――を出していく。

キバーラに言われ、ホロンが慣れた手つきでネクサスの治療を行った。彼の“デバイス”としての機能を使い、回復を行う。シュテルとディアーチェも自分達に出来る簡単な治癒魔法を使い、協力した。レヴィとユーリが二人で見守る中、何とか治療に成功。全員が安堵の息をついた。

 

 

 

しかし、今回はまだマシなほうだ。彼女達を助けようとした時は、それはそれは大変だった。

四人分のダメージを請け負った為、全治二ヶ月――人間よりやや高い、持ち前の自己治癒力を以てしても――の入院を余儀なくされた。もうちょっと考えて行動する様に!と、“あの人達”から念を押されて言われたのはよく覚えている。

 

 

何はともあれ、一晩寝れば傷は大体塞がった。多少の痛みはあるが、問題はない。包帯を取り、鏡を見る。

少し痣はあるが、前髪で隠せる程度にまで回復している、問題はない。

 

「うん、今日も良い天気だ」

 

カーテンを開け、朝日の光を全身に浴びる。学院へ行く為、身支度を行うのであった。

 

制服に着替え、部屋を出ると、階段を下りてリビングに向かう。居間にしては広々としており、キッチンも向かい合う様に設置されている。

 

「あっ、ディアーチェ、シュテル。おはよう」

「おお、ネクサスか」

「おはようございます」

 

台所には先客がいた。髪を短いポニーテールに束ねており、黒のエプロンを身に付け、朝食を作っているディアーチェ。シュテルは食器類をテーブルに並べている。二人とも、テキパキと行動し、無駄な動きが一切ない。

 

「僕も手伝おうか?」

「いや、構わん。もうすぐ出来上がるし、お前に無理をさせる訳にはいかん」

「そうです。本当なら、安全を考えて、今日休ませようと思っていた所なのですから」

「そんな大袈裟だよ。ほら、僕ならもう大丈夫――――」

「「はっ?」」

「……何でもありません」

 

二人に睨まれ、萎縮しながら、大人しく席につく。

 

「そ、そういえば、レヴィとユーリはまだなんだね」

「二人なら、さっきキバーラとホロンが起こしに行ってくれました」

「そっか」

 

すると、リビングにまた一人、少女がやって来た。後ろには、パーカーだけの物体が浮遊して控えている。

 

「おはようございます、ネクサス。シュテル、ディアーチェも」

「うん、おはよう。ホロンもおはよう」

 

ホロンは手を振り、挨拶を返す。

そこでネクサスは、ユーリの髪が少しだけ跳ねている事に気づく。

 

「ユーリ、寝癖が付いてるよ。ほら、ちょっと座って」

「えっ?あっ、はい……」

 

指摘され、仄かに頬を赤く染めるユーリ。畏まった様に、椅子に座る。ネクサスは櫛を持ってくると、慣れた手つきでとかしていく。

ややウェーブのかかったブロンドの髪。跳ねていた所も直り、指通しもサラサラで心地よい。鼻歌混じりでやるネクサスに対し、ユーリは何故か緊張した面持ちで、固くなっていた。

 

「これで、よし。終わったよ、ユーリ」

「……えっ?もう、終わりですか?」

「うん、そうだよ?」

 

そう返すと、ユーリはやや俯く。背後からだと、表情は見えない。しかし、どこか残念そうにしているのは、気のせいだろうか?

 

不思議に思っていると、ネクサスの目の前を、シュテルが強引に入り込む。

 

「ネクサス、朝食がもうじき出来上がります。早く席についてください」

「う、うん、そうだね」

 

無表情で答えるシュテル。だが、少し威圧的な雰囲気を感じてしまう。やや押される様に、ネクサスは席についた。

 

長方形のテーブルで、人数的には六人座れる。一番端の席がネクサス。ネクサスから見て、右側には、シュテルとレヴィ――向こう側から――。左はディアーチェとユーリという風に座る。

 

ディアーチェが出来上がった朝食を皿に乗せ、テーブルに置いていく。スクランブルエッグにポテトサラダ。白いご飯と味噌汁もある。和と洋が混ざった朝食がテーブルに置かれた。

 

「うひゃあああああああ!?」

 

全員が席についた途端、二階から聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。思わず目を丸くし、天井に視線をやる。

ドタドタ!と階段を駆け下り、レヴィはパジャマ姿――紺色のTシャツに水色の短いズボン――でリビングにやって来た。顔を赤くし、息が少し荒い。

 

「レ、レヴィ、どうしたの?」

「うぅっ、キバーラが……」

「レヴィ、家の中で暴れちゃ駄目よ?」

「うひゃあっ!?」

 

突如現れたキバーラの声に反応し、その場から飛び退くレヴィ。ネクサスの後ろに避難し、彼女に警戒の視線を向ける。

 

「キバーラ……何したの?」

「別に?起こそうとしても全然起きないから、ほんのちょっとだけ“カァ~プ”っとしてあげただけよん♪」

「うん、それだね」

 

呆れた様に、溜め息をつくネクサス。

蝙蝠故の習性か、彼女の悪ふざけか。こうやって不意に首にかぶりつくのはやめてほしいものだ。

 

レヴィ曰く、「すんごく、くすぐったい」らしい。

 

「ごめんごめん。もうしないから、ね?」

「…………」

「だ、そうだよ。レヴィ、もう大丈夫だから」

「…………うん」

 

渋々といった風に、レヴィは自分の席につく。こうして、全員が揃った。

 

「それじゃあ――――」

 

いただきます――――と、朝食を味わう五人。卵も良い焼き加減で、味噌汁の出汁もよく出ている。ディアーチェの料理の腕がまた上がっているようだ。

レヴィもすっかり機嫌を良くし、朝食を瞬く間に平らげていく。

 

朝食を食べ終え、食器類を水に浸ける。ネクサスは鞄を背負い、靴を履く。すると、ディアーチェが慌てて呼び止める。

 

「おいネクサス!弁当を忘れているぞ!」

「あっ、ごめんごめん」

「まったく……ほら」

「うん、いつもありがとう」

「うむ、心して食すがよい」

 

満足気に頷き、腕を組むディアーチェ。

玄関を出るネクサスに続き、四人と一匹と一着?が見送りに出る。別に毎日見送らなくてもいいのに、と思うが、これも家族として当然の事と、やりたくてやっている事らしい。

 

「それじゃ、行ってきます」

「お気をつけて」

「いってらっしゃ~~い!」

「うむ、行ってくるがよい」

「今日も頑張って下さいね」

「知らない人に付いてっちゃ駄目よ~?」

「大丈夫だから!」

 

キバーラの言葉に遠くから反論する。ホロンも両手を振り、主を見届ける。

 

やがて姿が見当たらなくなり、全員が家に戻る。

 

「さて、食器を洗うとするか」

「手伝います、ディアーチェ」

「私もやります」

「うむ、すまぬな」

「じゃあボクも――――」

「お主はテレビでも見ておれ」

「……ちぇ~」

 

即答だ。バッサリと切り捨てられ、そっぽを向くレヴィ。大丈夫大丈夫、とホロンが慰める様に肩を叩く。

 

ディアーチェが皿を洗い、シュテルが布巾で拭き、ユーリが棚に片付ける。そして大人しくホロンとテレビでも見るレヴィ。

 

そんな中、ある事に気がつく。

 

「あれ、そういえばキバーラは?」

「むっ?」

「そういえば……」

「見ていませんね」

 

ホロンも知らない様で、首を左右に振る。

 

白いコウモリは、いつの間にか姿を消していた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

魔法学院への登校中。大勢の生徒達に紛れながら、ネクサスは一人、溜め息をついていた。

 

いつもなら、仲の良い友人達との触れ合いもあり、レベルは高いが楽しい授業もある。自分でも、充実した学院生活を送っていると実感している。

 

しかし、その足取りはどこか重い。

 

(はあ……顔合わせづらいな……)

 

救う為とはいえ、友人である彼女に“あんな事”をしてしまった。相手は気を失っていた為、気づいてはいないだろうが、それでも面と向かって話すのは抵抗がある。

 

(うぅ、憂鬱だ……)

「オッス!」

 

重い空気を掻き消すかの如く、明るい声がかけられた。屈託のない笑みを浮かべながら、こっちに走り寄る親友、ジャン。

 

「どったんだよネク。元気ねぇな~」

「うん、ちょっとね……」

「悩み事か何かか?」

 

対して、静かに語りかける、もう一人の親友アイザ。ネクサスは苦笑を浮かべる。

 

「まあ、そんなとこかな」

「ふ~ん。まあ、何があったか知んないけど、そんな暗い顔すんなって。今日も元気出して行こうぜ~!」

「お前は暑苦し過ぎるんだよ。ちょっとは静まれ、馬鹿」

「誰が馬鹿だ!」

「お前だ」

「何を~~!」

 

また始まった、二人の他愛ない喧嘩。こうして口喧嘩をするが、しばらく経ったらまた普通に会話をしている。

 

思わずネクサスは、クスッと微笑んでしまう。

 

今日も今日とて、普段通りの一日が送られる――――

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

――――かに思われた。

 

「今日、アインハルトさん休みなんだ……」

 

担任であるゼラムの話によると、彼女はまだ学校に来ていないらしい。ホッとした様な、がっかりとした様な、複雑な気分になる。

 

しかし、そうなると気掛かりな事がある。

 

昨晩、何故一人であの場所にいたのか。そして、この町を脅かす怪人――――ネオファンガイアの事件と同様、起こっている“連続傷害事件”。

 

まだ事件として表立ってはいないが、近頃噂されていた。被害者はいずれも、腕の立つ戦闘に携わる人ばかり。そんな中、加害者は必ず、名乗りを上げていた。

 

覇王流(カイザーアーツ)正統、ハイディ・E・S・イングヴァルド』

 

“覇王流”

 

古代ベルカの時代に聖王と共に生きた、王の一人である“クラウス・G・Sイングヴァルド”が扱う格闘の流派だ。

そして彼は、魔王キバと拳をぶつけ合った好敵手でもある。

 

詳しい事は文献にも記されておらず、敵か味方かという関係は曖昧なまま。

 

この事は、ネクサス自身も目にした事がある。昔、無限書庫に通っていた時期があり、その時に読んでいたのだ。

 

「――――ネクサス君」

「…………」

「ネクサス君、聞こえてる?」

「……ん?あっ、ごめん!何かな、ユミナさん?」

 

クラスメイトである少女に話し掛けられ、慌てて返事をする。

肩まで伸びた黒髪で、サイドテールに纏めている。名はユミナ・アンクレイヴ。このクラスのクラス委員である。

 

「今日、アインハルトさんお休みなのかな?何か聞いてない?」

「う~ん……ごめん、僕も分かんないや」

「そっか……」

 

心配そうに窓を眺めるユミナ。クラス委員としての責任か、彼女自身の性格からか、この場合は両者だろう。

 

『私の友達は……あなたしかいませんから……』

 

かつて、彼女から言われた言葉だ。その時の表情は、とても切なく、悲しく、今にも壊れそうな程、弱々しいものだった。

 

だが、ネクサスは思う。彼女はまだ気づいていないだけだ。実際、こうして目の前に心配してくれる人がいる。それだけでも、救われる事だろう。

 

無論、自分もその一人だ。

 

こんな事なら、あの時そのまま残っていればよかったかもしれない。少しでも、側にいてやれれば……。

 

今更そんな事を言っても、もう遅い。ネクサスは溜め息をつく。

 

(やっぱり、何かあったのかな)

「――――あれ?」

「ん?どうかした?」

「今、何かが通り過ぎた様な……」

 

窓を眺めていたユミナが、ふと呟いた。怪訝に思い、ネクサスも窓を見る。

 

「鳥か何かじゃないの?」

「ううん。鳥じゃなかったと思う。確か、“体が白くて”、“目が紅くて”……」

 

横切った物をそこまで覚えているとは。

そう思いながら、窓を見る。しかし、何も見当たらない。

 

気のせいではないだろうか?と、ネクサスは窓から目を反らす――――

 

「鳥じゃなくて……そう!多分、あれは“蝙蝠”だったわ」

 

聞いた途端、食い入る様に、窓の外を凝視する。突然、席から立ち上がるネクサスを見て驚くユミナ。そんな彼女の驚きも気にせず、ネクサスは窓をじっと見つめる。

 

そして、見つけた。

 

(ハァ~イ、ネクサス~~♪)

(……………………何してんの?)

(来ちゃった、テヘ♪)

(…………………チッ)

(ちょっ、舌打ち!?ひ~ど~い~~!)

 

呆れてものが言えない。

 

体が白くて、目が紅くて、蝙蝠であるキバーラ。校舎の屋根に立っており、笑みを浮かべながら、こちらに翼を振っている。かわいこぶっているが、ネクサスにとっては腹立たしいの一言に終わる。

 

(そんなつれない顔しないでよ。あなたと話がしたくて来たんだから)

(話って……家に帰ってからでも――――)

(二人だけで、話がしたいのよ。昨日会った、“あの子”について……ね)

 

一変、張り詰めた様な空気になり、彼女の色っぽい声が、冷たい声音と化した。

 

窓を見ると、こちらをじっと見つめていた。深紅に染まった瞳に、ネクサスが写り込んでいる。

 

ネクサスも、いつの間にか、表情が変わっていた。何かを思考する様に。

 

そんな時、昼時のチャイムが鳴り渡る。

 

「ネ、ネクサス君……どうか、した?」

「……いや、何でもないよ。多分、ユミナさんの見間違いじゃないかな?こんな明るい時間に、蝙蝠なんて出てこないよ」

「そ、そうだよね……」

「うん、きっとそうだよ。それじゃあ」

「あっ……」

 

それだけ言うと、ネクサスは彼女の横を通り過ぎる。過ぎていく最中、ユミナはその横顔から目を離さなかった。

 

いつもの彼とは違う、どこか思い詰めている様な顔。そんな事を思ってしまう程の、違和感を感じてしまった。

 

やがて、彼は教室を後にする。ユミナは暫く、その後ろ姿をじっと見つめていた。

 

 



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passing―警告―

 

 

学院の昼休み。本当なら、ディアーチェが作ってくれた弁当を食べ、親友二人と一緒に自由時間を過ごす筈だった。

 

しかし、ネクサスは今、一人で中庭に来ていた。茂っている草を踏み、目の前にある一本の木に近付く。そこは校庭の端に位置する場所で、人通りは少ない。

 

その木に背を向け、預ける様にもたれる。

 

「……それで、話って何?」

 

独り言の様に呟き、上を見上げる。

紅い瞳と、目が合った。

蝙蝠らしく、木の枝にぶら下がっているキバーラ。折り畳んでいた翼を開き直し、また折り畳む。

 

「――――そうねぇ……。昨日、あなたが助けた女の子。確か、アインハルトって言ってたわよね?」

「それが何?」

「単刀直入に言うわ――――その子と縁を切りなさい」

「……はっ?」

 

一瞬、言葉の意味が分からなかった。思わず、間の抜けた声を出してしまう。

 

しばらくして、言葉の意味を理解し、表情を険しくする。対して、キバーラは何事もなく、顔色一つ変えずに見つめ返していた。

 

「どういう事?」

「言葉通りの意味よ。その子から離れなさい、と言ったの」

「……ふざけてるの?」

「冗談に見える?至って真剣に言っているのだけど?」

 

さも当然の如く、キバーラは答えた。無表情のまま、少年に語りかける。

その無の中に、冷淡な雰囲気が漂っていた。

 

訳の分からないまま、突然、友人と縁を切れと言われ、ネクサスは更に憤りを感じる。

 

「どうしてだよ。アインハルトさんは、僕のクラスメイトで、大事な友達だ。なのに、何で――――」

「“覇王”って、知ってるわよね?」

「…………」

 

キバーラは木の枝から離れ、翼を羽ばたかせる。ネクサスの前まで降下し、彼の琥珀色の瞳を見つめる。

 

「覇王イングヴァルト。聖王に並んで、古代ベルカの時代に名を馳せた、王の一人」

「それが、どうしたんだよ……」

「彼女は、その覇王の末裔よ」

 

その言葉に、ネクサスは瞳を大きく見開く。驚愕、という二文字の表現が、今の彼に相応しい。

 

キバーラは構わず続ける。

 

「あの髪といい、微かに見えた虹彩異色(オッドアイ)。それから体内に流れる魔力。あれは確かに、覇王と同じものだったわ」

「でも、そんなのただの見――――」

「見間違いだと思っているなら、それこそ大間違いよ?たった十数年しか生きてないあなたと違って、こっちは“直接見た”んだから」

 

魔皇力の扱いに長け、尚且つ人間よりも長寿であるキバット族。その一員である彼女も、例外ではない。

かつて、当時のファンガイアのキング、自らの父や兄と共に、王達と会合した事があった。

 

その際、覇王と顔を合わせている。無論、聖王とも。

 

やや威圧のかかった言葉を耳にし、ネクサスは思わず顔を反らす。

 

「そもそも……あなた、“気づいてた”んじゃないの?」

「…………」

「あの子が、覇王に連なる者だって事」

「…………」

 

尋問する様な問い掛けに、ネクサスは一切、口を割らない。頑なに言葉を出さない彼を見て、キバーラは確定した。長年、共にいた者――または保護者――として、多少なりとも表情の変化で理解できる。

 

暫し無言が続き、ついにネクサスは語り出す。

 

「……何となく、かな。キバーラが言った通り、髪と瞳の色。それと、格闘技を習ってるって……」

 

彼女と初めて会ってから、暫く経った頃。会話している中、武を嗜んでいるという事を聞く。純粋な興味から、ネクサスは彼女に、少しだけ披露してくれないだろうか?と頼んだ。

少し悩むアインハルトだったが、唯一の友人であるネクサスの頼みを、何とか引き受けた。

制服から動きやすい服装へと着替え、簡単な正拳突き等の、型を見せる形となった。

 

彼女からすれば、いつも通りやっている鍛練をしているだけなのだろう。しかし、ネクサスは目を奪われた。

 

隅々まで研ぎ澄まされた、美しい動作。強く、鋭く、正確に行われている。数え切れない程の努力を積み重ねて来たのだろう。いつの間にか、ネクサスは夢中になっていた。

 

そんな視線に恥ずかしく感じながらも、アインハルトは嬉しく思う。琥珀色の瞳を輝かせ、夢中になっている友人。無垢な笑顔が、どこか子供っぽいというか、可愛いと思ってしまった。そんな思考になってしまった自分に対し、思わず赤面する。

 

 

――――もっと褒めてもらいたい。

 

 

不意に思ってしまった。期待に応えたいとも思った。

そして彼女は使った。“覇王流の技”を――――

 

「最初、目を疑ったよ。書物や話に聞いてただけの流派の技が、目の前で披露されたから」

「なるほどね。それで?」

「……うん。確かに、アインハルトさんが覇王の末裔だっていうのは……間違いないかも、しれない」

 

俯きながら、肯定した。そんな彼の姿を見て、キバーラは溜め息をつく。

 

「あのねぇ、少しくらい話そうとか思わなかったの?」

「学校の話は、時々してるだろ」

「授業とか、男友達とかの話はね。でも、その子の事も話してくれたっていいじゃない」

「まだ確証がなかったんだ。それに、女の子の話をしたら、からかわれると思って……」

「またまた~、からかいやしないわよ~~――――多分ね」

「うん、言うと思った」

 

その多分は、ほぼ確実と言っていいだろう。ネクサスはジトッと見るも、キバーラはヒラリと受け流す。

 

(それに、“あの子達”がどういう反応するか見てみたかったけどな~……)

 

家で待っているであろう、家族である四人の少女達。ネクサスが楽しそうに話している際、表面上は笑みを浮かべて対応している。しかし、どこか面白く無さそうにしてたり、やや不機嫌になっていたり、という光景が頭に浮かぶ。

 

その微笑ましい想像を頭の片隅に片隅に置き、キバーラは再度、氷の様に冷たい表情に変わる。

 

「それはそうと……尚更、その子と関わらせる訳にもいかなくなったわ」

「……何でだよ」

「あら、理由くらい分かるでしょう?」

「…………」

「そう、魔王と覇王は会ってはいけない……何故なら――――」

 

 

 

 

 

 

覇王(クラウス)の命を奪ったのは、魔王(キバ)なのだから――――

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

雷が轟き、激しい豪雨が荒野に降り注ぐ。

見渡す限り、何もない。正に、戦場という言葉が相応しい。

 

その場に、二人の戦士が相対していた。二人の姿を、雨水が濡らし、雷光が照らす。

 

一人は、碧銀の髪で精悍な顔つきをした青年。白を基調とした戦闘装束を身に纏い、鍛え上げられた上腕が目に写る。

彼の名はクラウス・G・S・イングヴァルト。覇王と呼ばれる存在。

 

武勇に優れ、民にも慕われたと言われている。聖王オリヴィエを止められなかった事を悔い、彼は“守る為の強さ”を欲した。

 

 

戦場で戦い続け、短い生涯を終えたと言われている。

 

 

 

 

 

そして、今日が彼が生きる最後の日となる。

 

 

 

 

 

彼の胴体が、“貫かれた”。

 

 

 

 

 

口から夥しい程の血を吐き、地面に溜まった水と混じり合う。彼の胸元に突き刺さり、背中まで突き抜けている、赤黒い籠手。降りかかる雨とクラウスの血が、指先から地へと滴り落ちる。

 

クラウスは、朦朧とする意識の中、光を失った瞳で、目の前の相手を見つめた。

 

雷鳴と共に、その姿は眩しく照らされる。

 

エメラルドの複眼、翼を開いた蝙蝠を彷彿とさせる仮面。色鮮やかな――同時に“闇”を思わせる――ワインレッドに染まった鎧。暴風で靡く、漆黒のマント。

 

“闇の鎧”を纏いし魔王は、クラウスの胴体から、腕をゆっくりと引き抜いた。それから、数歩ほど後に下がる。

 

再度、吐血するクラウス。こちらもよろめきながら、後退する。しかし、視線は反らさない。しっかりと見据えている。

対して、魔王は立ち尽くしたまま、微動だにしない。

 

「――――何故、こうなってしまったんだろうな……」

「…………」

「二度と……後悔しない為に……力を、身に付けようと、したのに……!」

「…………」

「いつからだ……いつから……(たが)えてしまった……!?」

「…………」

 

激痛に耐えながら、嗚咽を噛み締め、言葉を溢していくクラウス。魔王は一言も発せず、立ったままだ。

 

「はぁ、はぁ……っ……ごほっ……がはっ……!」

「…………」

「僕は……僕達は………!」

 

小刻みに震える体。クラウスは、右手を魔王の目前にまでゆっくりと上げた。何かにすがる様な、何かを掴む様な、とても脆く、今にも壊れそうな姿だった。

 

一歩、また一歩と、魔王に近づいていく。届きそうで、届かない。距離にしたらほんの数メートル。それがとても長く感じられる。それでも、クラウスは前に進んでいく。歯を噛み締め、息も絶え絶えになりながらも、足を止めない。

 

魔王は、その様子をただじっと眺めていた。何もせず、ただただ、見つめていた。

 

徐々に差が縮まっていき、クラウスの右手が、鎧の胸元に触れる――――

 

「――――親友(とも)よ……」

 

寸前、覇王は、地に落ちた。

 

膝から崩れ落ち、そのまま雨に濡れた地面に体全体が触れ合う。胸元から血が溢れ出てきており、瞬く間に溜まった水が鮮血で染まっていく。

 

呼吸が段々と遅くなり、豪雨の影響もあってか体の温もりも無くなっていく。

 

霞んでいく視界に写り込む、鎧に身を包んだ親友の姿。目の前が滲み、潤んで、姿をしっかりと認識できない。両方の瞳から流れ落ちる涙が、頬を濡らしていく。

やがて、見ているもの全てが闇に覆われ、瞼がゆっくりと閉じられた。

 

 

自分を見下ろす、親友の姿。それが、最後に目にした光景。

 

 

今、この瞬間、覇王の命は絶やされた。

 

 

「…………」

 

 

命の灯火が消え去った覇王。それを見下ろし、佇む魔王。何もする訳でもなく、しかし、その場から離れる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

複眼から一筋の雫が流れ、冷たくなった王の頬に溢れ落ちた――――

 

 

 

 

 



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maiden―恋する騎士―

噴水公園の様な、学院内の中庭。ネクサスの親友である二人の少年は、並んで歩いていた。

 

「ネクの奴、昼休みいなかったけど、何かあったのか?」

「さあな」

 

頭の後ろで手を組み、空を見上げるジャン。アイザはポケットに手を入れながら、相槌を打つ。

 

「体育の成績が悪くて、先生に呼び出しくらったりしてな」

「成績が悪くて呼び出しを食らうのはお前くらいだろ。一体、何度呼ばれたことか」

「自慢じゃねぇけど、もう二桁越えてるぜ!」

「全然自慢じゃないな」

 

アイザの言うとおり、決して胸を張って誇れるものではない。体育に関しては、満点という成績を叩き出す肉体派のジャン。しかし、筆記に関する問題は壊滅的と言っていい程よろしくない。

 

これには両親も頭を悩ませ、妹も呆れてものが言えないくらいだ。日頃の態度も重なり、妹にすら頭が上がらない――怒らせたら“炎雷砲”の的となる――始末。

 

「でもさ!俺もさ!頑張ってはいるんだ!なのに、いつもいつも難しい問題ばっか出してくんだよ!」

「クラス全員同じ問題だっつの」

「いやいやそういう問題じゃないんだ。授業の時だって、いつも俺が呼ばれるしさ」

「いつも寝てるしな、お前」

「絶対に目の敵にしてるって、あの“無愛想教師”め!」

「授業態度悪いからだろ」

 

所々言葉をかけるが、まったく耳に入っていない様だ。訳も分からず熱弁するジャンを見て、暑苦しいと、うんざりな表情を浮かべるアイザ。

 

「だけど、それもここまでだ!俺は……俺は自由になれたんだ!」

「クラス替えで、担任も変わったしな」

「ニシシ……ようやく、あの口うるさくて、目付きが悪くて、堅物な野郎教師に指図される事はなくなったって訳だ!」

 

ワッハッハ!と、声高らかに上げるジャン。

 

対するアイザはというと、無口のまま、ジャンから数歩程離れる。ジャンの“後ろにいる人物”から目を反らしながら。

 

「ん?おいアイザ、何でそんなに下が――――」

「成程、お前の気持ちはよく理解したジャン」

 

ピタッ……と、ジャンの笑みが固まった。聞き覚えのありすぎる声音。

数回、瞬きをし、ゆっくりと振り向く。

 

その瞬間、頭に何かが叩き落とされ、激痛が走る。

 

「いってぇええええ!!?」

「教師の前で堂々と陰口を叩くとは、良い度胸してるな?」

 

脳天に落としたであろう、出席簿を手に、一人の青年は、のたうち回っているジャンを見下ろす。

 

髪は、肩に届くか届かないくらいの長さ。切れ長の瞳に、精悍な顔立ち。高身長で、半袖の白シャツとスーツを着こなしている。

 

彼の名はゼラム。かつて、ネクサスと同様、ジャンとアイザの担任を受け持っていた事があり、見知った仲だ。

 

「ちょっ、暴力反対!それでも教師か!?」

「心配するな、お前は石頭だから割れる事はないだろう。恐らくはな」

「ヒビが入ったらどうすんの!その内訴えてやるからな!!」

「お前の両親から了承済みだ。“好きな様にしてください”と」

「はあっ!?」

「それと妹から“ビシッ!ビシッ!しごいてやってください”とのこと」

「リ~オ~……」

 

妹にすら見捨てられるとは……。ジャンは両手と膝を地面に着け、その場で項垂れる。

 

「コルフォード、新しいクラスはどうだ?」

「ええ、まあ……上手くやっていけてますよ」

「……そうか」

 

どこか冷めた様な雰囲気で返事をするアイザ。少し参った様に、息をつくゼラム。

 

「その内、慣れてくるだろう。なんせ、遠慮なく人の輪に入っていける奴がここにいるわけだからな」

「……でしょうね」

 

二人はジャンに視線を向ける。当の本人は、かなり痛かったのか、頭を擦っている。

 

「お気遣い、ありがとうございます。それでは、失礼します」

「ああ、頑張れよ」

「はい。ほら、行くぞ」

「いてて……」

 

首根っこを掴み、そのまま連れていくアイザ。大人しく引き摺られていくジャン。

 

「見てろよ!いつか頭良くなって、ドドンと驚かせてやるからな~~!!」

「ふん、やれるもんならやってみろ」

 

ズルズルと引き摺られながらも、ジャンは叫び続けた。それを素っ気なく返す

 

やがて姿が見えなくなり、ゼラムは踵を返す。

 

「――――楽しみに待っておくか」

 

不意に、口元が微かに曲がっていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

生徒二人と別れ、ゼラムは教会内の廊下を一人歩く。度々、学院の生徒や教会のシスターとすれ違い、挨拶を交わす。

 

生徒からは元気な声を、そして羨望の眼差しを向けられる。

 

教会にいるシスターからは、優しい微笑み、尚且つ熱い視線を感じる。

 

(まただ……何か気になる所でもあるのだろうか?)

 

身だしなみが気になるのだろうか?と、ゼラムは自分の体を見る。特に汚れた所もない。それに、今は夏服でもいい筈。

 

にも関わらず、シスター達は自分にチラチラと視線を向けてくる。挨拶をしようとすると、何故か視線を反らされたり、返事をしてくれる時も恥ずかしそうにしている。

 

(分からんな……“彼女”に直接聞いてみるとするか)

 

暫く歩いていき、目的地である部屋の扉の前に立つ。

そして、コンコンとノックする。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

許可を貰い、入室する。

 

内装は洋風で、清楚な印象を与える。ここは執務室であり、窓際にあるデスクには一人の女性が座っていた。

 

綺麗なブロンドの長髪に、黒色の祭服を身に付けている。柔和な笑みを浮かべ、穏やかな雰囲気を纏っている女性――――カリム・グラシア。

 

教会騎士団の騎士であり、管理局の理事官でもある彼女に呼ばれ、ゼラムはやって来た。

 

「どうぞ、お座り下さい」

「はい。それで、騎士カリム。話というのは?」

「例の、町の住民達が襲われるという怪事件についてです」

 

彼女が言っているのは、ネオファンガイアによる事件の事だろう。

その場に居合わせ、対峙した局員達は、いずれも重傷。最悪、死に至る者達も多い。

 

過去、ミッドチルダを脅かした二つの大事件。それらが解決し、一時の平穏を得た矢先、この様な事態が起こってしまった。これまでの事件と違い、長き戦いになる予感がしていた。

 

そんな矢先、奇妙な出来事が起きた。

 

ほんの少しずつだが、その怪人達による被害が減少しているのだ。町の警備体制も高くなっており、怪人が出現した際には、警報が鳴るシステムも開発されている――まだ試験段階で、一部にしか設けられていない――。

 

武装隊員が指定エリアに着き、怪人と交戦する。しかし、いずれも結果は無惨なものだった。そんなある日の事、またも出現した場所に急行した。

 

そこで目にしたものは、瀕死の状態になっていた例の怪人だった。

 

自分達が苦戦し続けた相手が、満身創痍の姿を晒している。この現実に隊員達が驚く中、その怪人――ネオファンガイア――は、地面に崩れ落ちた。そして、小さく呟いた。

 

 

――――“キバ”、と。

 

 

それが遺言となり、ステンドグラス状に崩れ去る。その後、隊員達はまたも目にした。

 

霧に紛れ、全貌が把握できないが、確かに存在していた、鎧を纏いし仮面の戦士の姿を。

 

この怪事件に、新たな手がかりが加わる事となった。

 

「キバ……ですか」

「はい。古代ベルカの時代に、数々の王達と並び立ち、その力を見せつけた存在……魔王キバ」

「そのキバが、例の怪人達を倒した……と?」

「分かりません……。ですが、実際にこうして、姿を現しているのです」

 

そう言うと、カリムは小さめのディスプレイを表示させる。ゼラムもその画面に目を通す。

 

そこには、話に出ていた仮面の戦士が写っていた。

 

「敵なのか、それとも味方なのか」

「……騎士カリム、貴女はどちらだとお思いですか?」

「それは、何とも言えません」

「…………」

「ですが私は、味方だと、信じてみたいです」

 

こちらの目を見て、ぎこちない笑みを浮かべて答えるカリム。

 

「ゼラムさんは、どうですか?」

「私も同意見です。敵味方どちらかは分かりませんが――――きっと、“味方”でしょう」

「因みに、根拠は?」

「…………何となく、ですかね」

 

その言葉に、目を丸くするカリム。生真面目な性格である、いつもの彼らしからぬ発言。応答に戸惑っていると、ゼラムはまたしても、普段通りの無表情で口を開いた。

 

「所で、何故この様な話を私に?」

「はい。“あの方達”から、貴方に何か情報が得られていないかと思ったので。あの方も、キバに通じる人ですから」

「……成る程」

 

彼女が言っているのは、ゼラムと通じている存在の事だろう。

その存在とは、人ではない。否、生物とも言えない。かつて、絶滅したと言われている“ゴースト族”達の事だ。この事は、管理局、聖王教会一部の人物にしか知られていない。

 

歴史の表舞台から姿を消したとされる魔族の一つ、ゴースト族。実は、絶滅から逃れており、今も人間社会に紛れて生活しているのだ。普段は単独で動くパーカーの様な姿だが、長年の時を経て、人間と同じ姿を取るという進化を遂げた。

 

その唯一と言っていい魔族と通じている者として、ゼラムにも情報があるのではないか、という考えで、彼を選んだ。

 

別に自分でなくても良いのでは?と思ったが、今でもゴースト族の存在は秘匿とされている。尚、ゴースト族の中には、“偉人”と同レベルとも言える存在もおり、社会で多忙の上、中々面会できる機会は少ない。

その点、教会が運営している学院の教師である自分は、教会の騎士である彼女と比較的、会話する仲である。情報交換の相手として選ばれたのか、と解釈するゼラム。

 

「しかし、私も詳しくは理解しておりません。出来る事となれば、社員の方々からの情報を待つ位しかないでしょう。何より私は“ただの教師”なので」

「そう、ですか……」

 

“ただの教師”

 

このワードに、カリムは引っ掛かっていた。彼はこう言っているが、彼女は知っている。彼はただの教師ではないということを。

 

その気になれば、武装局員のトップにつける筈。それほどの実力を持っているのが、彼だ。

 

「話は、以上ですか?」

「いえ、それからもう一つ。腕の立つ人達ばかりを狙う、通り魔の事についてです」

「それが、何か?」

「……今朝方、その犯人が判明しました」

「本当ですか?一体、誰が?」

 

質問すると、何故か口ごもるカリム。言い出しにくそうに、少し俯く。中々言い出さない彼女を見て、眉をひそめるゼラム。

そして、カリムは答えた。犯人の名前を。それを聞き、目を見開くゼラム。そして、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

「まさか、あの子が……」

「はい……」

「……申し訳ありません。私が気付いていれば」

「い、いえ!ゼラムさんのせいでは……」

 

深々と頭を下げるゼラム。慌てて、頭を上げる様に促すカリム。

 

薄々だが、アインハルトの行動は気にはなっていた。生徒として受け持つ様になったのは、今年に入ってから。それから、何となしにだが、人となりを理解できる様にもなっていた――――と、思っていた。

 

しかし、結果はこうだ。彼女なりに悩みを抱えていたのだろう。時折、声をかけたりしていた。しかし、返ってくる言葉は「大丈夫です」の一言。納得できてはいなかったが、いざという時は、生徒の力になろう。

 

だが時既に遅し。この様な結果になってしまった。

 

あの時、時間を取ってゆっくり話し合っていれば……。そんな後悔が頭を過る。

 

自責していると、カリムが優しく声をかけた。

 

「そんなに、自分を責めないで下さい」

「騎士カリム……」

「今回の事は、仕方がありません。それに、そこまで生徒の事を想い、責任を持つという心構えは、誰にでも出来る事ではありません」

「…………」

「あなたは、立派な教師です。もっと、自信を持ってください」

 

穏やかな微笑みを浮かべるカリム。そして、自分にかけられた優しい言葉。

 

後悔ばかりしていられない。だったら尚更、生徒と向き合っていこう。自分に言い聞かせ、心構えを改める。

 

「ありがとうございます。少し、気が楽になりました」

「いえいえ、お気になさらないで下さい」

 

彼の表情から陰がなくなった事を見て、カリムは安堵する。

そうとなれば、今度時間を作って話をしてみよう。ゼラムはそう決意した。

 

「では、騎士カリム。失礼します」

「あっ、少し待ってください」

 

一礼し、扉の前まで来たゼラムを、慌てて呼び止める。怪訝に思っていると、カリムは小さめのバスケットを持っていた。中には、色とりどりのクッキーが入っている。

 

「その、良かったらですけど……これ、どうぞ」

「私にですか?」

「はい……あまり、上手くはないのですけど……。あ、でも!別に無理にと言うわけでは」

「とんでもないです。助言して下さった上に、この様な洋菓子まで。なんとお礼を言えばいいか」

「い、いえ!とんでもございません!こちらこそ、ゼラムさんには、日頃から御世話になっていますし、これは、その、ほんのお礼です!」

 

先程、落ち着いて会話していた彼女とは思えない程の慌てぶり。気が高揚しすぎたのか、微かに頬が赤く染まっていた。

 

「有り難く頂戴致します。それでは」

「は、はい。お気をつけて」

 

再度、礼を述べてから、ゼラムは部屋を後にしようとドアに手をかける――――所で、止まった。

 

「そうだ、少しよろしいですか騎士カリム」

「何でしょう?」

 

ゼラムは、カリムに相談した。

 

曰く、時折、シスター達からの視線を感じると。

 

曰く、挨拶をしようとすると、何故か恥ずかしそうにしたり、後で嬉しそうな悲鳴を上げていると。

 

「私の何がいけなかったのでしょうか?何処か、気を付けねばならない所があるのか……?」

「……まさか、ここまでとは」

「ん?」

「い、いえ!た、多分、教会の皆様は、何も気にしていないかと」

「そう、なのでしょうか」

「ええ!ゼラムさんは、そのままでいいのですよ」

「はあ……」

 

目を丸くし、曖昧な返事をするゼラム。

対して、カリムはこちらに背を向け、何か呟いている。

 

「もしかして、シスター達全員……?いえ、決めつけるのはまだ早いわ……でも、もしかしたら局員の中にも……な、なんて事なの……!」

 

何やら、気を詰めすぎているようだ。

我ながら、無理な質問を投げつけてしまったか。

 

「すみません、騎士カリム。逆に困惑させてしまったようだ」

「あっ、いえいえ!そんな事ないですよ!相談であれば、いつでも乗りますから!」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

「は、はい!」

 

今度こそ、ゼラムはその場を後にした。

 

その道中、またも熱い視線を感じる事となった。

 

 

 

 

足音が聞こえなくなり、数秒経った途端、その場にへたりこむ騎士。

 

「はぁ……今度こそ、落ち着いて会話が出来ると思ったのに……。仕事の話なら平気で、なんで普通の会話だと……」

 

彼女の頬は、尚も赤みを帯びたままだ。恥ずかしさもあるが、同時に嬉しさもあった。

 

菓子作りを趣味としている義弟に教わり、クッキーを焼いてみた。正直、不安もあったが、彼は喜んで受け取ってくれた。

 

その事だけで、胸の中がいっぱいになる。

 

今回、ゼラムを呼んだのは、もちろん仕事に関する事もある。と、同時にだ。自作の差し入れを渡す、という目的もあった。秘書であるシスターが提案し、義弟がそれをサポートする。二人とも、自分なりに彼女の恋路を応援しているのだ。

 

 

 

 

そしてもう一つは――――“彼と話したかった”から。

 

 

 

 

「いけないいけない……よしっ!」

 

熱を冷まし、心を入れ替える。

 

しかし、心の高鳴りは中々収まってくれそうにない。

 

「うぅ……まだ書類仕事があるのに……。でも、渡せて良かった」

 

自分だけしかいない執務室。窓から外を眺めながら、一人の騎士――――否、乙女は微笑んだ。

 

 

 




騎士カリムの性格、こんな感じで良かったかな……?

次回も、よろしくお願い致します。

1/6日、色々と変更しました。


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knight&pown―眠り姫の御守り―

 

 

 

聖王教会本部の一室。その部屋にある寝台に、一人の少女が眠りについていた。

 

古代ベルカ、ガレアの冥王【イクスヴェリア】。かつて、マリアージュ事件の主要人物として、長年の眠りから目覚めた少女。機動六課の一人である少女と親友になった彼女は今、いつ目覚めるか分からない眠りについている。

 

寝台の上で横になり、その姿は正に童話の眠り姫。身の周りの世話などは、教会のシスターが行っている。

 

寝台の近くにある棚には、綺麗な花が添えられていた。色彩豊かな花束が可愛らしい花瓶に収まっている。

 

その花を替えた少年――――ネクサスは、寝台の側にある椅子に腰かける。

 

「こうして見ると、歴史の本に書いてあった人とは思えないな。どう見ても、普通の女の子だ」

「歴史に書かれてる書物なんて、そんなものよ。本当の事が書いてあったり、所々、改竄されてるものもある。まっ、私には必要ないけどね」

 

ネクサスの横でパタパタと翼を羽ばたかせているキバーラ。彼女からすれば、歴史の書物などただの紙切れ同然のものらしい。それもその筈、“実際に見てきた”訳で、今更読んでも結末が分かっている。見終わった本をまた見るようなものだ。

 

じゃあ何歳なの?という質問はしてはいけない。

 

「あんたもよく来るわよね~。確かに前は仲間だったけど、今は敵対しているのよ?」

「だから、それは大昔の事でしょ?今とは違うんだから」

(生意気言っちゃって……やれやれ)

 

呆れて肩を竦める様に、キバーラは溜め息をつく。

 

ネクサスはイクスヴェリアに毛布をかけ、その寝顔をじっと見つめる。

 

「ねぇ、キバーラ」

「ん?」

「この子……目覚める方法とか、ないかな?」

「出たわ……唐突に実現不可能な事を発言するその癖。マジで直した方が良いわよ?」

「それは……その……。でも、何とかしてあげたいんだ……」

 

ネクサスはキバーラと向き合う。琥珀色の瞳と、深紅の瞳が交差する。真剣な眼差しを送る少年に対し、彼女は至って自然に答えた。

 

「はっきり言うわ、無理よ。手駒であるマリアージュもいないし、それを操作する能力もない。“あの事件”で目覚めるという事自体が本当に想定外だったのよ?この子がこうして眠っているのは、ある意味当然の事なの」

「でも……」

「甘い考えは捨てなさい。そんな綺麗事ばかりが通用するとは思わない事ね。何より、あんただって、そのせいで過去“痛い目に遭った”じゃない」

「それは……」

「気持ちは分からないでもないけど、出来ないものは出来ないの。今となっては、この子も“赤の他人”で、助ける理由もないでしょ。我儘を言うのも大概にしなさい」

「…………」

 

キバーラからの重く、冷たい現実的な言葉に、ついに無言になってしまった。何も言い返せなかった。

 

自分自身が、改めて無力だという事を実感した。彼女の言うことも、もっともだ。

 

 

しかし……それでも……。

 

 

「でも……僕は……」

「……ここまでにしておきましょう。今日はもう帰るわよ」

「……うん、ごめん。ちょっと、熱くなり過ぎた」

「ううん……私も、少し言い過ぎたわ」

 

お互い、感情的になってしまった様だ。

苦笑いを浮かべながら、両者は謝罪する。

 

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「先に行っててくれる?私も、もうちょっと寝顔を拝見しておきたいから」

「……なんだかんだ言って、自分も心配なんじゃないの?」

「うっさいわね。ほら、行った行った」

「はいはい」

 

そう言い残し、ネクサスは部屋を後にした。

 

残ったキバーラは、眠り姫の寝顔をじっと見つめている。

 

「本当、可愛い寝顔……。やっと、自由になれたのにね……イクス」

 

娘を思いやる母の様な、優しい眼差しを向けていた。

 

大昔、聖王達と交じり、楽しく談笑していた事を思い出す。キバーラとイクスヴェリアとの仲は、ネクサスも知っている。

だからだろうか、目覚める方法がないか?と聞いたのは。

 

 

ようやく兵器の呪縛から解放されたこの子に、自由な暮らしをさせてあげたい。

 

 

何より、自分を見守ってくれた彼女(キバーラ)に会わせてあげたい、と。

 

 

「まったく……両親に似てお節介なんだから」

 

やれやれ、と溜め息をつくキバーラ。しかし、嬉しいとも思った。今は亡き二人の宝物である少年。その子は、優しさを引き継いでいる様だ。

 

「さて、どうしようかしら」

 

先程、ネクサスには言った。目覚めさせる方法はない、と。

 

 

“普通なら”、ない。

 

 

少し唸った後、キバーラは寝台から視線を反らし、前を向く。

 

窓際にある、木製のハンガーラック。やや小さめのサイズで、そこには一着の“長袖のフード付きのパーカー”がかけられていた。

 

「“ナイト”、“ポーン”、ちょっと来てくれる?」

 

そのパーカーに向かって、キバーラは呟いた。

 

すると、不意にパーカーが動き始めた。まるで幽霊の様に浮遊し、キバーラの元まで向かう。

 

「――――ふむ、キバーラ殿。我等に何か用ですかな?」

「――――鎧の調整以外で呼ぶなんて、珍しいね?」

 

そのパーカーから、二つの声が発せられる。同時に、マフラー付きのフード、長袖のハイネックコート、と二つに分離した。

 

かつて、キバの鎧を製作した功績によって、チェックメイトフォーの称号である、【ナイト】、【ポーン】の名を与えられた双子の兄弟。王室付きの匠として勤めていた。

 

鎧の調整に来る際、いつもこの二人に頼んでいる。

 

魔法使いの様な、アイボリー色のフードに、付属している長めの黒いマフラーが手の様に動いている。少し垂れ目なゴーストが、弟であるポーン。

 

生地の色は黒鉛を基調とし、肩のライン部分や背中に描かれている菱形模様が、白に彩られている。ファスナーが開いており、ややつり上がった目が胸元部分に浮かんでいるゴーストが、兄のナイト。

 

二人とも、元々はファンガイア族としての姿をしていた。しかし、その技量の腕を恐れた敵勢力に狙われ、命の危機に晒される事となった。

二人はこの事を予見しており、魔族の一つである“ゴースト族”の能力を研究していた。その結果、予め用意していた特殊な衣服に自分達のライフエナジーを憑依させる事によって、瀕死の状態から生き永らえる事が出来た。

 

「ええ。急で申し訳ないんだけど、早速本題に入らせてもらうわ」

「もしや、先日“仰っていた件”について、ですか?」

「本気でやるんだね?」

「話が早くて助かるわ……その通りよ」

 

前回、鎧の調整の際に、キバーラから“ある提案”が持ち掛けられた。これには、二人とも絶句した。

 

成功するかどうかも分からない上、失敗すれば自分達も巻き添えを食らい、取り返しのつかない事になる。無論、二人は反対した。

 

「しかし、いくらなんでも危険過ぎではありませぬか?下手をすれば、イクスヴェリア様の意識は永遠に――――」

「分かってる。私だって、何の準備もなしに無謀な事をやらないわよ。だからこそ、毎回“アレ”を欠かさずにやってるんだから」

「とはいえ、効果は雀の涙程度でしょう?成功率を上げる為とはいえ、効果は期待できないのでは……」

「それも承知の上よ。でも、何もやらないより遥かにましだわ。違う?」

 

頑なに折れないキバーラに、ナイトは頭を悩ませる。その二人の会話に、弟も参加する。

 

「兄さん、こうなったらもう止まらないよ。イクスヴェリア様の目覚めを待っている人はたくさんいる。キバーラ様だって、その為に少しずつ頑張ってきたんだ。僕達も協力しようよ、ね?」

「簡単に言ってくれるな弟よ。我々が手を貸した所でだ、成功する確率が上がる保証などないのだぞ?」

「確率とか保証とか堅いこと言ってる場合じゃないよ。僕と兄さんとキバーラ様が力を合わせれば、きっと上手くいくって」

「弟よ、お前は楽観的すぎる!失敗したらどうするつもりなのだ!?悲しみに染まる方々に顔向けできん!」

「最初から諦めてどうすんのさ!何事も失敗を恐れずにやり通せって言ったのは兄さんじゃないか!」

「それとこれとは話が別だ!」

「なんだい!兄さんのわからず屋!」

「やかましいわ!このおっちょこちょい!」

「何を~!この頭でっかち!」

「頭はお前だろうが!この首なしお化け!」

「兄さんに言われたくないよ!石頭!」

「ガリガリ!」

「チョビヒゲ!」

「デブ!」

「ハゲ!」

 

互いに罵声を浴びせ合い、騒ぎ立てる二人のゴースト。あまりにも低レベルな言い争いをしている。

実に騒がしい喧嘩に、白い蝙蝠の額に、青筋が立つ。

 

「「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!」」

「――――黙りなさい」

「「っ!?」」

 

氷河期が到来したのか。その部屋を冷たい空気が包み込む様な、そんな錯覚に見舞われる。

 

ビクッ!?と肩を震わせ、恐る恐る横を見るナイトとポーン。

 

紅の瞳を刃物の如く研ぎ澄ませ、鋭く睨み付けている。幻覚だろうか、キバーラの後ろに、魔王の鎧が浮かび上がっていた。

 

「さっきからギャーギャー煩いったらありゃしない……二人して下らない口喧嘩してんじゃないわよ……イクスの安眠妨害するって言うなら今すぐここで“解体(バラ)して”あげようかぁ……!?」

「キ、キキキキキキバーラ殿!そ、そ、それだけは……!?」

「う、うん!僕らもう喧嘩しないから!だから、そのハサミしまってぇ!?」

 

二人して抱き合い、凄まじい威圧に萎縮してしまう。キバーラはいつの間にか翼に持っていた鋏で、チョキン、チョキン、と空を切っている。

 

「はぁ……もういいわ。今日はこの位にしておくから。後日、また会いに来るわね」

「そ、そうでありますか……」

「りょ、了解~……」

「じゃ、もう戻って良いわよ?ほら、しっしっ、ハウスハウス」

「なっ、キバーラ殿!我々は犬などでは――――」

「そうだよ!いくらなんでもそれは――――」

「あぁ!?」

「「ワンワン!」」

 

忠実に、従順に、二人の駒はパーカーとして一つとなり、ハンガーラックに引っ掛かる。

 

(お、恐ろしい……!二世様が存命の時よりも遥かに増している……!)

(こ、怖すぎる……!三世が言っていたよりも遥かにヤバすぎる……!)

 

ガタガタと、未だに震えが止まらない。

 

同時に、二人は思った。

 

(ホロン……強く生きるのだぞ……)

(ホロン……君凄いわ、色んな意味で)

 

今、この場にいないゴーストに、念を送る二人であった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その頃。

 

「ん?ホロン、どうかしたの?」

「くしゃみ、ですか?」

「意外ですね、あなたにもそういう現象が起こるとは……」

「どこぞの輩がお主の噂をしておるのやもしれんな」

 

四人の少女達の前で、突如、くしゃみをするゴースト。頭上に?マークを浮かばせ、首を傾げる。

 

二人のゴーストからの念が、届いたのかも、しれない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

二人をハウスさせた後、キバーラは、ふぅ……と深呼吸する。

 

そして、今も尚眠りについている少女の首元に、そっと近づいていく。

 

「今日も失礼するわね――――カァ~プッ」

 

白く穢れのない首筋に小さい牙が突き刺さる。キバット族は皆、魔皇力の操作に長けている。父や兄ほどではないとはいえ、キバーラもその一人。こうして、自身の魔皇力――所謂、ライフエナジー――を分け与える事によって、彼女の生体機能を活性化させ、眠りから目覚めさせる、という彼女が発案した方法。

 

しかし、イクスヴェリアには何の反応もない。そもそも、これで目覚める確立があるとも言えない。

 

時間にして、約一分といった所か。ようやく、キバーラは口を離す。息を少しだけ荒くし、額には一筋の汗が微量に流れていた。人間と違い、体の小さいキバーラ。ライフエナジーを与えるというのは、正に身を削る様な行為である。よって、一分が限界なのだ。

 

「…………」

「……今日も変わりなし、か。まあ、当然よね。そんな上手くいってれば、今頃この子だって」

 

期待はしていない。しかし、心の何処かでは、落胆してしまう。約一年、この治療を行っている。だが、何の進歩もなく、ただただ時間が過ぎていくだけであった。

 

「ごめんね、イクス。何もしなくても、いつかは目覚めるかもしれない」

 

だが、もし永遠に目覚めなかったら?

 

目覚めたとしても、彼女が知っている人達がいない時代になっていたら?

 

もう、会えなくなってしまったら?

 

「千年以上も待ち続けたわ……もう、待つのだけは嫌なのよ」

 

イクスヴェリアの頬に、軽く接吻するキバーラ。じゃあね、と呟き、名残惜しそうに、寝台から離れる。

 

(はあ……何だかんだ言って、私もつくづく甘いわね。まったく……)

 

皮肉気に溜め息をつき、扉を開ける。そして半開きのまま、横目で眠り姫を見る。

 

「いつか必ず……絶対に目覚めさせる……待っててね、イクス」

 

そう言い残し、扉を閉めた。

 

 

 

 

 

誰もいなくなり、二人のゴーストも眠りについている。

 

 

眠り姫も、安らかな寝息を立てている。

 

 

 

 

 

 

 

――――少女の指先が、微かに動いた。

 

 

 



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anxiety―それぞれの約束―

自分を保護してくれたノーヴェ達と別れ、アインハルトは学院へと登校していた。時間としては、もう昼を過ぎている。

 

「…………」

 

登校している彼女の顔は、どこか優れない。

 

此度の通り魔による一件。これらは全て、彼女によるものだったが、被害届が出ていない為、事件にはなっていない。

今回も、ノーヴェ・ナカジマが喧嘩両成敗という形に収めてくれたおかげで、事なきを得た。

 

 

 

今回の一件を起こした理由は、ただ一つ。

 

“覇王の強さの証明”。

 

碧銀の髪に、虹彩異色。覇王流(カイザーアーツ)、そして記憶も受け継いでいる。

 

聖王にして、親友である彼女(オリヴィエ)を守れなかった。その後悔をも、少女はその身に宿している。

 

弱い拳では何も守れない。

 

もっと強くならなければ……。

 

(でも……この世界に、私の拳をぶつけられる人は、いるんだろうか?)

 

校内の渡り廊下を歩きながら、ふと思うアインハルト。視線を落とし、ぎゅっと握りしめた拳を見つめる。

 

その表情は、尚も暗いままだ。

 

「あれ、アインハルトさん?」

「……ネクサスさん」

 

その場に立ち尽くしていると、向こう側から見知った少年がやってきた。ネクサスは廊下を歩き、こちらに近付いてくる。

 

「今日、てっきり休みなんだと思って。何かあったの?」

「いえ、その……」

 

そう問い掛けるネクサス。その問いに、言葉が詰まるアインハルト。

 

覇王の強さを証明する為、様々な格闘家と戦ってきた。しかし、互いに了承したとはいえ、見境なしに力を振るったのは事実。

どうしても、彼には知られたくなかった。知られたらどうなる?幻滅し、怖がられるだろうか。

 

彼とは、初等部に入ってからの付き合いだ。人見知りで、人と話すのが苦手だった自分に、彼はよく気にかけてくれた。中等部の今でも友達としている。

 

唯一、心を開ける存在。彼の前では、“覇王”ではなく“一人の少女”として接したいと願っている自分がいる。

 

「す、少し、体調が悪くなりまして……」

「そうだったんだ。もう大丈夫なの?」

「は、はい。今は問題ありません」

「そっか。体には、気を付けてね」

 

安心した様に微笑むネクサス。

心配してくれる彼に感謝しつつも、小さな嘘をついてしまっている事に罪悪感を抱いてしまう。

 

しかし、こうして彼と話しているだけでも、心が安らぐ。自分の全てを受け入れてくれる様な。

 

(あなたが、私の拳を受け止めてくれたら……)

 

そんな思いが過ったが、それは出来ない。

彼を傷付けたくないから。

 

それからアインハルトは、口を開いた。

 

「あの、ネクサスさん。ちょっとよろしいですか?」

「なに?」

「実は……」

 

話によれば、昨日格闘に携わる女性と知り合ったアインハルト。その女性と話をしている中、その人は“とある少女達”のコーチをしているという。

 

失礼ながら、人見知りな彼女に知り合いがいたという事実に驚いているネクサス。

 

「それで、その……ネクサスさんも、一緒に来ていただけませんか?」

「僕も?」

「私だけでは、不安なので……勿論、友人を連れてきてもいいと言われていますから、大丈夫です」

「そう……僕は、全然構わないよ」

「ありがとうございます」

 

恐る恐るといった雰囲気から、安堵の息をつく。もし拒否されたらどうしよう。そんな心配も、杞憂に終わった。

見知った人が一人いるだけでも、心強い。頭をかきながら、照れ臭そうにしているネクサス。何故か頬を赤くしていたが、自分の願いを聞いてくれた彼に、感謝するアインハルト。

 

(ちょっとは、安心してくれたかな)

 

対するネクサスは、寧ろもっと頼ってくれてもいいという考えだった。友人の一人である彼女の頼み。断らない訳がない。

 

例え、魔王と覇王が袂を別ってしまったとしても、自分が彼女を見捨てるつもりはない。

 

友人として……“大切に想っている”人だから。

 

「二人とも、こんな所にいたのか」

「ゼラム先生」

 

声が聞こえ、その方向を振り向くネクサスとアインハルト。自分達の担任であるゼラムが、こちらにやって来た。

 

「もうそろそろ、午後の授業が始まるんだが?」

「「あっ……」」

 

慌てて時計塔を見てみると、長針が始業時間の五分前を指していた。

 

話に熱中しすぎたせいで、まったく気づかなかった様だ。二人は恥ずかしそうに俯いている。

 

「それから、ストラトス」

「は、はい……」

「……“話”は、全て聞かせてもらった」

 

その言葉に、顔を強張らせる。目の前の担任は、知っているのだろう。

口元を震わせ、少し、横目でネクサスの表情を伺った。彼は分かってないのか、目を丸くして、担任と友人を交互に見ている。

 

出来る事なら、彼に知られたくなかった。しかし、いつまでも隠し通せる訳でもない。ぎゅっと目を瞑る。

 

「……まあ、大事にならなかったから良かったものの、行き過ぎた行動は慎んだ方がいいぞ」

「はい、すみませんでした……」

 

詳しくは言わず、そのまま黙るゼラム。アインハルトは深く頭を下げた。

それから、気まずそうにしていたネクサスが、口を開いた。

 

「と、とりあえず、授業遅れちゃうから、行こうアインハルトさん?」

「は、はい……」

「そ、それじゃあ、先生」

「ああ。っと、そうだ――――すまなかったな」

 

先程の重い雰囲気から一変。何故かゼラムから謝られた。不思議に思い、首を傾げるネクサスとアインハルト。

 

「いや、二人の邪魔をしてしまったか、と」

「はあっ!?ちょ、何を言ってるんですか!?」

「す、すまん、てっきりそういう間なのかと……」

「っ……!?」

 

真顔で答えるゼラム。何を言っているのかこの教師は。

 

ネクサスは顔を真っ赤にして大声を出し、アインハルトも赤くなった顔を隠す様に俯いてしまった。

 

「し、失礼します!」

「ア、アインハルトさん!?ああもう!!」

 

恥ずかしさからか、その場から逃げるように立ち去るアインハルト。ネクサスも慌てて、その後を追い掛ける。

 

その場に取り残された担任教師。腕を組んで、暫し唸る。

 

「ふむ、正直に言ってみただけなのだが……何が悪かったんだ?」

 

この教師には学ばなければならない事が山程ありそうだ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

その一部始終を、物陰から密かに観察していた一匹の蝙蝠。

 

「まったく、あんのKY若手教師が。余計な事してくれちゃって」

 

キバーラは呆れた様に、ジト目でゼラムに視線を送る。彼も彼で、何故二人の生徒が慌ててしまったのか、未だに分からずにいる。

 

まあ、これは置いておくとしよう。

 

 

さっきまで、いい雰囲気になっていた二人の間に突如乱入――悪気はない――してきたゼラム。

 

「いぃよっしゃあ!ナイスゼラムッ!グッドタイミングよっ!!」

 

大きく称えていたキバーラであった。しかし、二人の去り際に何かを言ったらしい。

 

「前言撤回、バッドタイミング。言葉くらい選びなさいよあのクソッタレ」

 

忌々しげに、チッ!と舌打ちをする。先程から汚く罵る彼女は、重いため息をつきながら、木の枝に逆さに掴まる。

 

「不味いわね……これは由々しき事態だわ……!」

 

翼の端を噛み締め、ぐぬぬ……!と唸り出すキバーラ。

 

眠り姫の見舞いを終えて、ネクサスの後を追おうと探索していた。その矢先、ネクサスがアインハルトと会っている場に遭遇してしまった。

 

思わず陰に隠れてしまった。

 

「まったくも~!なぁにがクラスメートよ!なぁにが友達よ!完全に“ホの字”じゃない、あんのガキんちょめ~!」

 

キィ~~!と、どこから取り出したのか、小さいハンカチを噛み、悔しそうに伸ばすキバーラ。

 

彼女と会話をしている時のネクサス。基本、普通に接しているが、アインハルトから何やら頼み事を言われた様子。それを聞いた途端の、あの顔と来たら。

 

頼られて嬉しいのか、頬を赤くし、照れ臭そうにしている。アインハルトはホッとして顔を俯かせていたため、ネクサスの表情は見えていない。

 

対するアインハルトも、何やら嬉しそうな顔をしている。無表情ながら、どこか穏やかに見える。

 

長年生きてきた“女の勘”により、察してしまった。

 

「あぁ……恐れていた事が起きてしまったわ……」

 

弟、或いは息子の様に大事に見守ってきた少年。その少年が、想いを寄せているであろう、一人の少女。その少女は、キバと因縁がある覇王の末裔。

 

何という事だろうか。

 

正に、“禁断の恋”――――

 

「なぁんて言ってる場合じゃないわ!落ち着けキバーラ、落ち着くのよぉ……!?」

 

深呼吸を行い、気持ちを整えるキバーラ。

 

「何とかして、二人を引き剥がさないと……」

 

頭の中で、色々と画策していく。

 

本当なら、初恋であろう息子の恋路。応援してあげるというのもセオリー。

 

しかし、キバーラはそうじゃない。

 

理由は二つ。

 

一つ目は、相手が絶対に関わらせてはいけない相手だから。何度も言うように、二人――魔王と覇王――の間には溝が出来てしまっている。もし、彼女が魔王の事を知っているとなると、覇王の悲願を叶える為、と拳を振るう可能性がないこともない。

 

そして二つ目は……。

 

「ネクサスがお嫁に行っちゃう~~!そんなのヤダ~~!!」

 

彼女は、所謂“親バカ”だ。可愛がってきた子故に、手放したくないのだろう。お嫁ではなく、正確には“もらう”方だと思うが。

 

地面に倒れ、子供の様に駄々をこね始める。いい年した蝙蝠――しかも名門であるキバット族――が、何という醜態を。

 

「と、こんな事してる場合じゃなかったわ!早速、作戦を立てなくちゃ!」

 

その場から飛び立ち、キバーラは天高く羽ばたいていった。

 

「悪く思わないでね、ネクサス……これは、貴方の為――――」

 

 

 

もう、あなたが傷つくのを見たくないの……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

二人を見届けた後、ゼラムはその場から移動する。人気の少ない、校舎の裏。そこに着くと、懐から通信端末を取り出す。

 

そして、連絡を入れる。

 

『ゼラム、何用だ?』

「すまない。少しよろしいでしょうか?」

 

連絡の相手は、自分を育ててくれた親であり、大先生でもあるゴースト、通称【ムサシ】

 

『教会で、何か新しい情報が?』

「いや、管理局の方も、今の所は進展がないとの事です」

『そうか……』

「そっちはどうでしょう?」

『こっちもまずまずといった所だ。今も尚、ネオファンガイアによる被害が続出している』

 

その言葉に、ゼラムは苦い表情を浮かべる。

怪人の対策として、町の警備や局員の体制も固められている。しかし、それでも被害が減少するといった結果には及ばなかった。

 

『やはり、我々も出た方が――――』

「何を仰いますか。今の貴方達には、やるべき事があるでしょう?」

『だが、“ノブナガ殿”や“ヒデヨシ殿”、“イエヤス殿”がいれば……』

「それでも、大切な貴方達を失う訳にはいかない。どうかご理解下さい」

 

ネオファンガイアによる事件はこれからも勢いを増していくだろう。それこそ、次元世界を脅かす大事件に発展する可能性も否定できない。

 

そんな中で、唯一となったゴースト族。少数ながらも強力な仲間を失う訳にはいかない。彼らがいなければ、大打撃を食らうのは確実。何より、“大事な家族”を死なせる訳にはいかない。

 

『だが……あの子は、ネクサスはどうなんだ?』

「…………」

『あの子とて、本当ならば普通の子供様に、生きる事が出来た筈だ。学校に行って、友達と遊んで、楽しい日々を過ごしていいもの。なのに……!』

「……」

『父と母を同時に失い、辛い思いをしたあの子に……拙者は、何もしてやれなかった……。それどころか、命の危険に関わる役目を押し付けてしまった……!本当なら、我々が請け負う筈だったというのに!』

 

端末から耳に流れる、ムサシの言葉。どれもが、悔恨の思いが込められている。

 

本当なら心の癒しが必要な子だ。だというのに、魔王(キバ)の宿命という重荷を背負わせてしまった。

 

「ムサシ殿、そんなに自分を責めないで下さい。あの子だって、きっとそう思う筈だ。とても優しい子だというのは、貴方だって御存知の筈」

『ゼラム……』

「それに、ネクサスは一人じゃない。四人の家族に、一人のゴースト。一匹の蝙蝠もいることだしな」

 

いざとなれば、自分も――――。

心中で、ゼラムは答える。与えられた使命など、そういう事ではない。自分自身も、ネクサスの事を家族同然に思っている。もうこの世にはいない、“親友”の宝物を、死なせてなるものか。

 

『……すまない、ゼラム。少し取り乱してしまった。あの子の前では、いつでも強い俺でいなければならないのに』

「お気になさらず。時には、心の内を吐き出す事も必要でしょう」

 

幽霊といえど、心は人間と同じ。悩みもするし、傷つきもする。

少し和らいだのか、ゼラムに礼を言うムサシ。

 

すると、ゼラムは顔を引き締める。

 

ここからが、本題だと言わんばかりに。

 

「――――“例の件”について、どうですか?」

『ああ。科学班――――“エジソン殿”達が総出で取り組んでいる。その甲斐あって、順調に進んでいるとの事』

「そうか」

『完成まで、あと一週間はかかるそうだ』

 

その言葉を聞き、ゼラムは壁にもたれかかる。その表情は、どこか決意を固めた様にも見える。

 

そして、口を開いた。

 

「……完成したら、すぐ連絡を入れてもらえませんか?」

『連絡?――――お主、まさか……』

「何事も、“準備”は必要でしょう?」

 

ゼラムの言葉を察したのか、通話の向こうの声音はどこか震えていた。

 

『し、しかし、必ずしも適合するとは限らない。聞いた話によれば、“装着者”の肉体には、かなりの負担がかかるんだぞ?』

「構わない」

『なっ!?簡単に言うな!下手をすれば無事では済まないかもしれないのだぞ!?』

「だとしても、俺はやらなければならない」

 

警告し、声を張り上げるムサシ。ネクサスの事も大事だが、ゼラムの事も大切に思っている。育ての親として、心の底から心配しているのだ。

しかし、ゼラムは真剣な面持ちで、静かな声音で答えた。

 

「一人の生徒が、戦いに身を投じているんだ。だというのに、教師である俺がただ見ているだけというのが我慢ならない」

『…………』

「皆さんだけじゃない。俺だって、あの子の事が心配なんだ。お願いします」

 

覚悟はもう決めている。

 

そう言いたげに、ゼラムは言い終えた。

 

電話の向こうで、暫し沈黙する。

 

やがて思考が終えたのか、重い口を開いた。

 

『…………完成次第、連絡をする。準備は、科学班と相談してからだ』

「ああ、分かった」

『はぁ……あまり心配事を増やさないでほしい所なんだがな』

「心配は無用。俺より、ネクサスの事を気にかけてやってもらいたい」

『分かっている。だが忘れるな?お前だって、大事な家族なんだ。不安にもなる』

「案ずるな、必ずやり遂げてみせる。貴方が鍛えてくれたのだから」

『ああ……頼んだぞ』

 

返事をし、通信を切る。

 

ふぅ……、と息をつき、空を見上げる。雲一つない、澄み渡る快晴の青空。太陽の光を浴びながら、ゼラムは歩き出す。

 

「ネクサス、お前が一人で戦う必要はない。これ以上、傷つく必要はないんだ」

 

かつて、守りたいと誓った“虹”と同じ様に、新たに決意を固める。

 

 

――――返り血で汚れるのは、俺だけで充分だ。

 

 

その瞳は、どす黒い闇に染まっていた。

 

 

 




全然、キバの出番がありませんね……。それに、原作の方もあまり関わってないし。
これから、少しずつ関わらせていく様にしていきたいと思っております。

次回もよろしくお願い致します。


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destiny―聖王と覇王―

学院が終わり、並んで道を歩く少年と少女。ネクサスとアインハルトは、何も話さないまま、目的地に向かう。

不意に、アインハルトから口を開いた。

 

「すみません、ネクサスさん。私事に巻き込んでしまって……」

「いや、別に気にしなくていいよ」

 

笑顔で答えるネクサスに、アインハルトは安心する様に、胸を撫で下ろす。

 

「所で、アインハルトさん……ゼラム先生の言ってた事、なんだけど」

「…………」

「噂で言ってた、通り魔って……」

「……はい、私です」

 

観念したのか、アインハルトは全てを話した。

 

自分が、覇王の末裔である事。今回の件に関しては、自分の強さを証明する為、古代ベルカの王を探す為に行ったという。

 

更には、覇王(クラウス)の記憶を受け継いでいる。

 

「そう、だったんだ」

「はい……」

 

話し終えた後、またも沈黙が続く。

 

通り魔の件に関しては、ゼラム経由で何となく耳にしていた。覇王と名乗るストリートファイター。そのワードに引っ掛かり、もしかしてと思った結果、案の定だった。

 

アインハルトは、俯いたまま、何も言わない。時折、様子を窺う様に隣を見ているが、すぐに目を反らす。

 

幻滅されただろうか。

 

怖がられただろうか。

 

そんな不安を抱いていた。

 

「ねえ、アインハルトさん」

「……何でしょうか?」

「辛く、ないの?」

 

ネクサスは心配するように、アインハルトに問い掛けた。

 

「そんな事は言ってられません。私は、自分の強さを確かめ、覇王流の強さを証明しなければならないのですから」

「で、でもさ、それってアインハルトさんがしなきゃいけない事なの?自分でやりたいと思っている事なの?」

 

次々と言葉を紡いでいくネクサス。心の底から、彼女の事を心配しているのだ。

 

「このままじゃ、アインハルトさんが傷つくだけだよ」

「ネクサスさん……ありがとうございます。心配してくださって」

 

どこか申し訳なさそうに、困った表情を浮かべながら、礼を述べるアインハルト。

 

「ですが、これが“今の私”がしたい事なんです」

「…………」

 

初等部の頃から見てきた、彼女の瞳。こちらをしっかりと見据え、揺れる事のない意思がこもっていた。

 

それを目の当たりにし、ネクサスはそれ以上、何も言えなかった。

 

(……僕は、何も出来ないのか)

 

説得する事すら叶わない。そんな自分を情けなく感じ、小さく歯噛みする。

 

そのまま、無言の状態が続き、目的地へと到着。

 

ミッドチルダにある喫茶店。そこに、待ち人達がいた。

 

「失礼します。ノーヴェさん、皆さん。アインハルトストラトス、参りました」

 

出会い頭に、挨拶を述べるアインハルト。

まず、短い赤毛のボーイッシュな女性【ノーヴェ・ナカジマ】。昨日、アインハルトと遭遇し、今回の待ち合わせを提案した人物。その他にも、彼女の姉妹である、ナカジマ家。その一人であるスバル・ナカジマの友人にして、執務官でもあるティアナ・ランスター。

しかも、そこにはネクサスも見知った顔がいた。

 

「あっ、ネクさん!」

「あれ、ヴィヴィオちゃん?」

 

両者は、共に目を丸くして驚いていた。ヴィヴィオの友達でもあるリオとコロナも同様だ。

 

「先輩、どうしてここに?」

「いや、僕はアインハルトさんの付き添いで……」

「あ~、そういや、友達を一人連れてくるとか言ってたな」

 

思い出したかの様に、ノーヴェは呟いた。

 

「ネクサスさん、知り合いなのですか?」

「うん、前に話してなかったかな。後輩の高町ヴィヴィオちゃん」

「えと……はじめまして!」

 

先輩(ネクサス)の登場に驚きながらも、やや緊張した面持ちで、ヴィヴィオは自己紹介を行う。

 

「ミッド式のストライクアーツをやってます。高町ヴィヴィオです」

「……“ベルカ古流武術”、アインハルト・ストラトスです」

 

差し伸べられた手を取り、握手を交わす。

小さな手、脆そうな体。しかし、この(ロート)(グリューン)の鮮やかな瞳は、間違いない。聖王女の証。

 

「あの……アインハルトさん?」

「ああ、失礼しました……」

「あ、いえ!」

 

我に帰り、慌てて返事を返すアインハルト。そんな彼女を、傍で見ているネクサス。

 

「まあ二人とも格闘技者同士。ごちゃごちゃ話すよりも、手合わせでもした方が早いだろ」

 

ノーヴェの計らいにより、一同はジムへ行く事にした。

 

 

場所は変わり、区民センターのスポーツコート。

 

それぞれ動きやすい服装に着替え、両手足にプロテクターを着用。

体をほぐし、ネクサスを含めたギャラリーの前で、相見えるヴィヴィオとアインハルト。

 

「じゃあ、アインハルトさん!よろしくお願いします」

「――――はい」

(大丈夫かな……)

 

ヴィヴィオに対し、アインハルトの表情はどこか浮かない。覇王の記憶が、今も彼女の中にある。

 

ネクサスは、心配そうな面持ちで、彼女を見守っていた。

 

「それにしてもネクサスさん、アインハルトさんとお知り合いだったんですね」

「うん、クラスメイトなんだ」

 

後輩二人と会話するネクサス。ここに来る道中、他の全員と自己紹介を済ませている。

 

「んじゃ、スパーリング4分、1ラウンド。射砲撃と拘束(バインド)はナシの格闘オンリーな」

 

――――レディ・ゴー!

 

審判であるノーヴェの号令で、試合は始まった。

 

構える両者。仕掛けてきたのは、ヴィヴィオ。一瞬で懐に入り込み、打撃を打ち込む。アインハルトはすかさず防御する。

 

それから、ひたすら拳による連撃を繰り出すヴィヴィオ。アインハルトは冷静に、回避し、防御し、観察を行っている。

 

(ヴィヴィオちゃん、前に見た時よりも成長してる)

 

他の一同同様、ネクサスも驚いていた。

 

(まっすぐな技……きっとまっすぐな心)

 

一撃をかわし、構え直すアインハルト。

 

(だけどこの子は、だからこの子は――――)

 

ヴィヴィオの懐に、掌底。ズドン!と、凄まじい威力を放つ。もろに食らってしまい、ヴィヴィオは後方に吹き飛ばされてしまう。

すかさず、オットーとディードが動き出す。

 

しかし、二人よりも先に動いた人物がいた。

 

「うぐっ!?」

「きゃっ!」

 

勢いを殺しながら、壁に触れる直前で受け止めたネクサス。静止した直後、横向きに倒れ、後輩の尻が腹の上に置かれる。

茫然としていたヴィヴィオは、自分がネクサスを下敷きにしていた事に気づいた。

相手のアインハルトも、慌ててネクサスの元に駆け寄る。

 

「ご、ごめんなさいネクさん!」

「大丈夫ですか!?」

「う、うん……平気だよ」

 

慌てて立ち上がり、ネクサスから退くヴィヴィオ。ズキズキと痛むお腹を押さえ、アインハルトの手を借りて立ち上がるネクサス。

 

「ヴィヴィオちゃんこそ、大丈夫?怪我はない?」

「は、はい……」

「なら、よかったよ」

 

無事を確認し、安堵するネクサス。恥ずかしがりながら、礼を述べるヴィヴィオ。

 

「ね、ねぇ、ネクサスさんって……」

「さっきまで、隣にいたよね?」

 

リオとコロナが、顔を見合わせる。

先程、自分達の側にいた筈のネクサス。何メートルも離れていた距離。だというのに、一瞬でヴィヴィオの元に辿り着いた。予め、こうなる事を予測していた?或いは、咄嗟に動き出した?

何にせよ、二人の疑問が晴れる事がなかった。

 

(ネクサス・ローライト、だったか……)

 

目を細めて、ネクサスを観察するノーヴェ。一瞬、ほんの一瞬だが、ヴィヴィオを受け止めた際、それを見た。

全員の視線が集まる直前、既にネクサスは移動していた。そしてヴィヴィオを受け止め、その勢いを受け流していた。

普通の動きじゃない、と詮索するも、すぐに止めた。深くは考えまいと。

 

優しく微笑むネクサス。照れながら笑みを浮かべるヴィヴィオ。そんな二人の様子を、じっと眺めていたアインハルト。

 

何か――――嫌だった。

 

焦燥感に駆られ、やや強引に二人の間に割って入り込む。

 

「お手合わせ、ありがとうございました」

 

そう言うと、ネクサスの手を引く。離すまいと、やや強めに握りながら。

 

「えっ……と」

「行きましょう、ネクサスさん」

「あ、あのっ!」

 

呼び止めるヴィヴィオ。アインハルトは足を止め、バランスを崩しながらもネクサスも止まる。

 

「すみません……私、何か失礼を……?」

「いいえ」

「じゃ、じゃあ、あの……わたし、弱すぎました?」

「いえ、趣味と遊びの範囲内でしたら、充分すぎるほどに」

 

淡々と紡がれた言葉に、悲しい表情を浮かべるヴィヴィオ。頭をかき、ネクサスも戸惑う。

 

「申し訳ありません。私の身勝手です」

「あのっ!すみません……不真面目に感じたなら謝ります!」

 

立ち去ろうとするアインハルト。それを止めるネクサス。思わず彼の顔を見ると、真剣な表情で、こちらを見ていた。

――――ちゃんと向き合おう、と。

 

「今度はもっと真剣にやります。だからもう一度、やらせてもらえませんか?」

 

必死に言葉を投げ掛けるヴィヴィオ。尚も暗い表情を浮かべるアインハルト。

 

「今日じゃなくてもいいです!明日でも……来週でも!」

 

困った様に、アインハルトはノーヴェに視線を向ける。それに気づき、口を開く。

 

「そんじゃまあ……来週またやっか?今度はスパーじゃなくて、ちゃんとした練習試合でさ」

 

ノーヴェにより、練習試合が来週に設けられた。

 

「――――分かりました。時間と場所はお任せします」

「あ、ありがとうございます」

 

一同に頭を下げ、今度こそアインハルトはその場を後にする。彼女に引っ張られる中、ネクサスは申し訳なさそうに、ヴィヴィオの方を振り返る。

 

(ごめん、ヴィヴィオちゃん……アインハルトさんも、悪気はなくて)

(全然、私の方が“ごめんなさい”ですから)

 

頭を下げるネクサスに、笑みを浮かべながら手を振るヴィヴィオ。

横目で、二人のやりとりを見ていたアインハルト。視線を前にし、唇を噛み締める。

そして、足早に去っていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

ノーヴェ、スバル、ティアナの三人と、途中まで歩き、分かれたネクサスとアインハルト。二人を見送り、その場に残った三人。

 

「ねぇノーヴェ。アインハルトの事も心配だけどさ、ヴィヴィオ今日の事ショック受けたりしてないかな?」

「そりゃまあ、多少はしてんだろうけど」

 

鞄を担ぎ直し、笑みを浮かべるノーヴェ。

 

「さっきメールが来てたよ。あたしの修行仲間は、やっぱりそんなにヤワじゃねぇ。今からもう来週目指して特訓してるってよ」

 

スバルに対し、自信満々に言うノーヴェ。姉であるスバルも、笑みを浮かべる。

 

「それから……ネクサスについてだけど」

「ああ、アインハルトの彼氏?」

「いや、友達だって言ってたぞ」

「そうだっけ?」

 

呆れながらも、ノーヴェは歩みながら思考する。

 

練習試合を行う前、喫茶店から移動する際の事。パッと見は、大人しそうで、温厚な草食系男子。女子多数の中、男子一人だというのに、顔立ちのせいか、女性陣の中にいても何の違和感がない。

クールなアインハルトと比べれば、友好的で礼儀正しい印象を与える。

 

「ヴィヴィオから、話には聞いてたんだ。学校の先輩だって」

 

トレーニングの休憩中、楽しそうに話しているヴィヴィオ。休みなく会話に出している優しい先輩。ふと、ノーヴェは問い掛けた。

 

「お前、そいつの事好きなのか?」

 

一瞬で動きが停止。数秒後、顔が瞬く間に赤くなっていく。

 

「ち、違うよ!そりゃ、先輩とは無限書庫の頃からの知り合いで、優しくて、話もちゃんと聞いてくれるし、良い人だけど……」

 

もじもじし始め、声の音量が段々と小さくなっていく。

この様子を見て、なるほど……と、ノーヴェは何となく察した。

 

「にしても、あの動き……」

 

試合中、アインハルトに吹き飛ばされたヴィヴィオを受け止めたネクサス。その時、胴体を受け止め、“立っていた”のだ。やや後方に下がりながら、受け止めた後、何故か慌て出していた。

 

そして、ノーヴェ以外の全員の視線が集まる直前、バランスを崩し、仰向けに倒れる。まるで、誤魔化すかの様に。

格闘技はもちろん、運動も苦手だという事を、ヴィヴィオから聞いている。しかし、この目で目にしてしまっては、それを疑わしくなる。

 

(あいつ……一体……)

 

隣でスバルが首を傾げる中、ノーヴェは暫く顔を険しくしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

夜空の下を歩く、ネクサスとアインハルト。隣同士、手を繋いで歩いている。

そう、試合が終わり、一同と分かれてからずっとだ。女性陣は皆、気まずそうな表情を浮かべており、ネクサスも頬をかいていた。

 

「あ、あの、アインハルトさん……?」

「…………はい?」

「その……どうかした?」

「いえ、何でも」

 

気まずい。実に気まずい。

 

言い出そうにも、中々口に出せない。恥ずかしいのだが、この手を握られているというこの現実。その余韻に浸りたいが為に、自らの邪な望みが、口を閉じらせる。

 

(アインハルトさんの手……柔らかいな)

 

格闘技を嗜んでいるとは思えないほど、綺麗で華奢な手。彼女の事情は、キバーラの話から、察している。

彼女には、傷ついてほしくない。その願いは、届く事がないのだろう。それほど、彼女が抱えているものは重い。

 

そうこうしている内に、家の近くに到着。

 

「あ、アインハルトさん……」

「何でしょうか?」

「僕……家が、こっちなんだけど」

「……あっ!」

 

漸く、ここに来て漸く、気づいたというのだろうか。手を握っているという事実に。

直ぐ様離し、頭を下げるアインハルト。

 

「す、すみません!全然、気づかなくて……」

「い、いや、気にしてないから……」

 

二人とも、顔を赤くし、そのまま黙ってしまう。手を握っただけでこの反応。実に初々しい。

 

「あっ、でも、夜中は危ないから、家まで送るよ」

「い、いえ、私は大丈夫ですから」

「いや、家の人も心配――――」

 

そこで、ネクサスは口を閉じる。

アインハルトは、一人暮らしだ。家には、誰もいない。失言だったと、慌てるネクサス。

 

「私は、一人ですから……」

「…………」

「今日は、付き合って下さり、ありがとうございました」

「…………」

「では、失礼します」

 

無理に作られた笑顔。頭を下げた後、踵を返す。その最中、表情が悲しみに変わるのを、ネクサスは見逃さなかった。

 

――――彼女の手を掴んだ。

 

「ネクサス、さん……?」

 

振り返り、目を丸くするアインハルト。

対するネクサスは、俯いている。

 

――――魔王と覇王は、会ってはならない。

 

その言葉を、頭の片隅に追いやった。

 

もう、黙ってはいられない。勇気を振り絞り、ネクサスは口を開いた。

 



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sleepover―友達との交流―

――――翌朝。

 

いつもの様に、ネクサスは家族と共に、朝食をとる。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

それを合図に、家族全員と“もう一人”が食事を行う。

 

「アインハルト、それ取って~」

「はい、どうぞ」

「ありがと~」

 

レヴィは向かい側にいる“アインハルト”に、醤油を取ってもらった。

 

「アインハルトさん、どうぞ」

「ありがとうございます、ユーリさん」

 

オレンジジュースを入れてもらい、コップを受け取る。

 

「……お味の方はどうでしょうか?」

「はい。どの料理も、とても美味しいです。特にこの炒め物が」

「ふっ、当然であろうな」

 

シュテルが聞くと、素直に美味しいと述べるアインハルト。自分の作った料理が褒められ、自信満々に、嬉しそうに頷くディアーチェ。

 

(……………………な~んでこうなっちゃったのかしら?)

 

専用の木箱――曲線を描いた様な形で、住み心地は良いらしい――の中から、観察する様に覗き見るキバーラ。その隣には、一着のパーカー――黒い生地で、灰色のラインがある――が、ハンガーにかけられている。

 

今、目の前で広げられている、平穏かつ和やかな食卓風景。自分の身内に加え、その友人が朝食を共にしている。

 

昨日、ネクサスからアインハルトに食事の誘いを言い出した。前々から、一人暮らしである事を聞いていたネクサス。

その時でも、誘えば良かった。しかし、当時は“キバ”となり、まだ間もなかった為、そうした時間が取れずにいた。

 

しかも、彼女は覇王の末裔かもしれない。因縁ある関係である為、こうした行動に出る事が出来なかった。

 

だが、昨日のヴィヴィオとの模擬戦を目にした。その時の、彼女の悲しそうな表情。見た瞬間、もう迷ってなどいられなかった。

 

思い切って誘ってみた結果が、この通りだ。

 

(とはいえ、追い出すのもねぇ……)

 

流石にそんな酷な事は出来ない。キバーラは疲れた様に、ため息を漏らす。

 

見た所、ネクサスはともかく、他の四人もアインハルトの事を歓迎している様だ。

 

“とある事情”で、極力に外出は控えて、人目につかない様にしている四人。無論、今の生活に文句など微塵もない。しかし、どこか物足りなく感じてしまう、という事もあった。

 

アインハルト自身、戸惑いながらも、こうして四人と楽しく会話が出来る様になっていた。

 

「ごちそうさまでした」

 

楽しい食事も終わり、食器を集める。

 

「アインハルトさん、片付けは僕がするから」

「いいえ。ご馳走して頂いたのですから、これくらいは手伝わせて下さい」

 

アインハルトは積極的に手伝いを行っている。汚れた食器を手に、洗い場まで持っていく。

 

「どうぞ」

「うむ、すまんな」

 

食器を洗っているディアーチェに渡し、今度はシュテルが行っている食器を拭く手伝いをする。

 

やがて作業を終え、一段落する。

 

「ねぇねぇアインハルト!一緒にゲームでもしようよ!」

「レヴィ、あまり強引に寄ってはいけませんよ?」

「え~、いいじゃんか~」

 

困惑するアインハルトに抱きつきながら、口を尖らせるレヴィ。シュテルが呆れながら注意する。

 

「お前ははしゃぎすぎだ。見ろ、戸惑っているではないか」

「すみません、アインハルトさん。レヴィったら落ち着きがなくって」

「い、いえ……」

「だってさ、初めてじゃん!ネクが友達連れてくるのなんて」

「そう、なんですか?」

 

目を丸くするアインハルト。彼から聞いた話によると、二人の親友がいる筈。一度くらいは遊びに誘っているものだと思っていたからだ。

 

「そう、だね……うん」

 

訪ねられると、ネクサスは困った様に、目を反らした。

 

怪訝に思い、もう一度尋ねようとする。

 

「あの、ネクサスさん――――きゃあっ!?」

「ねぇねぇ、早く遊ぼうよ~」

「これレヴィ、いちいち騒ぐでないわ」

「では、何して遊びます?」

「サッカー!」

 

しかし、外は生憎の雨だ。

 

「じゃあ鬼ごっこ!」

 

せっかく綺麗にした家の中をまた散らかすつもりなのだろうか?

 

「じゃあチャンバラ!」

 

家を破壊しかねない為却下。

 

「ぶぅ~、ちょっと位ならギリギリ大丈夫だと思ったのに」

「煎餅をバリバリ食うな、溢れておるではないか!」

 

拗ねた様に、レヴィは菓子をやけ食い。その食べ滓を目にし、ディアーチェが叱咤する。

ともかく、暴れるのはテレビゲームの中だけにしてほしい。

 

「普通にゲームでいいんじゃない?」

「……えっ?」

 

聞き慣れない声。女性だというのは分かるが、この部屋にいる少女達の声ではないだろう。大人の女性特有の、熟成した声色だった。

アインハルトは疑問に思い、周りを見渡す。

 

「今の声は……」

「そうだ!ゲームしよっか!」

「室内で出来ますし」

「そうしましょう」

 

ネクサスが横入りする様に、そう提案する。やや慌てているのは気のせいだろうか?後からシュテルとユーリも加わり、アインハルトを促す。

 

「あの、誰かの声が聞こえた気が……」

「ああ、それ“キ”――――」

「“気のせい”ではあろう。案ずる事はない」

 

レヴィの口を後ろから素早く塞いだディアーチェ。危うく、ボロが出る所であった。

シュテルとユーリに誘われ、アインハルトは、部屋を移動する。先程の声について、怪訝に思いながら。

ディアーチェも、レヴィの口を手で覆ったまま、付いていく。去り際に振り返って、半目で睨んだ。

 

視線の先にあったのは、バイオリンに似た様な形をした木箱。壁に設置されており、一見この部屋の装飾にも見えるが……。

 

(あっぶな~~……!?)

 

その住人であるキバーラは、翼で口を覆い隠し、安堵する。その真横にて、ハンガーにかけられていたホロンが、木箱の中を様子見る。

 

「ついつい会話に突っ込んじゃったわ……だって、楽しそうに話してるんだもの~」

 

何をやってるんだが……、と言いたげに、呆れた視線を送るホロン。

 

アインハルトは、覇王の記憶を受け継いでいる。一応、覇王とは面識がある。といっても、ほんの一言二言話しただけ。

しかし、万が一という場合もある。その為、今こうして隠れているのだ。

 

「でも、さっきは危なかったわ。今度は気を付けないとね。ディアーチェにも睨まれちゃったし……もう、私のおバカさん」

 

片方の翼で、自分の額をコツン、と叩く。テヘッ♪という擬音、幻聴が聞こえるのは、疲れているせいだろうか?

 

――――いい歳して、本当に何をやってるんだか……。

 

ホロンは、顔に片手を置き、重いため息をつくのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

テレビゲームや、トランプなどで遊び尽くし、夕食と風呂まで済ませた。アインハルトは一人、寝台の上で、横になっていた。

 

ネクサスが住んでいる我が家。外装は、古風な印象を与える西洋館。しかし、内装は今の時代と大差ない物となっている。

部屋の数も多く、ネクサス達が使っている自室を除けば、後七部屋程余っているのだ。その内の一部屋で、アインハルトは宿泊していた。

 

「自分の部屋だと思って、ゆっくりしていってね」

 

初めて案内された時、ネクサスからそう言われた。

高級ホテルと同等の、広々とした空間。部屋の隅から隅まで清掃が施されており、徹底されているのが分かる。別に、アインハルトが来ると分かって、急遽した訳ではない。週に一回は、普段使用しない部屋を掃除するのだ。その際、“一匹のコウモリ”が監視。厳しく目を光らせ、一切の妥協を許さない。

 

今、横になっているベッドも、実に心地よい。程よい柔らかさ、鼻腔を擽る仄かな花の香り。

 

アインハルトは、ゆったりと寛いでいた。

 

「はぁ……お泊まりなんて、初めてですね」

 

一言で言えば、楽しかった。

 

一緒に遊んだり、食事したり、友達と過ごす時間。

鍛練に身を注ぎ込んだ自分が、生まれて初めて抱いた感情だった。

 

「ネクサスさん……ありがとうございます」

 

楽しい機会を与えてくれた、大事な友達。彼に礼を述べ、笑顔を浮かべる。

 

「そういえば、ネクサスさんの家に来るのも初めて――――」

 

口を止め、改めて認識した。友達――――否、“男子の家”に泊まっている事実に。一つ屋根の下、当然の如く彼もいるのだ。

 

「……も、もう寝ますか」

 

赤みを帯びた顔を隠す様に、毛布を被ると、睡魔がやってくる。瞼が重くなり、アインハルトは、そのまま眠りについた。

 



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simulation―継続は大事なり―

ミッドチルダの人々が寝静まった夜。

町から少し離れた海辺。浜辺を歩いている“ソレ”は、不意に立ち止まる。

 

暗闇を思わせる、深紫のロングコート。顔を、機械的なマスクで覆っている。単眼の様な、透明なレンズ越しに、その人物は辺りを少し見渡す。

 

「――――さて、人数はこれだけかな?」

 

そう呟くと、その場に二体――――いや、三体の異形が現れた。姿に違いはあれど、ステンドグラス状の体表など、共通した部分がある。

そう、この三体はネオファンガイアだ。

 

「貴様か。我等を呼び寄せたのは」

「それで、何の用なのかしら?」

 

不機嫌な声色の男性。もう一人は女性型のネオファンガイアだ。

そして最後の一人はというと、海中にて待機している。

 

「そんなに警戒しないでくれたまえ。私は敵ではないよ」

「ふん、どうだがな」

「見るからに怪しいし、ファンガイアでもなければ……人間でもないわよね?」

「ふむ……そうとも言えるな」

 

一言で言うと、得体が知れない。警戒心を解かないまま、その人物を睨み付ける三体。

対して、相手は怯む事もなく、普段通りの姿勢でいる。

 

「何が目的だというのだ。つまらん理由なら、容赦はせんぞ」

「まあまあ、落ち着いてくれよ。今日は、耳寄りな情報を与えようと思ってね」

 

その言葉に、疑問を持つネオファンガイア達。再度、三体を見渡し、その人物は答えた。

 

「“覇王の末裔”を知っているかい?」

 

三体の雰囲気が、変わった。反応は、驚愕の二文字に尽きる。男性型と女性型は、顔を見合わせ、人物に視線を向けた。

 

「……知っているのか?」

「信じるか信じないかは、君達次第」

「まあ、話くらいは聞いてあげるわ」

「それは有り難いね。では早速」

 

町外れの小さな浜辺にて、秘密の会談が行われていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――親友よ……。

 

「っ!」

 

少女は、目を覚ました。

息は荒く、汗も少し出ている。寝起きだというのに、瞼は大きく開かれ、悪夢に魘されていた様に見える。

 

深呼吸し、息を整える。

 

「……クラウス」

 

先祖の名を呟き、寝台から立ち上がるアインハルト。カーテンを開け、眩い日光を全身に浴びる。それでも、彼女の表情が晴れる事はなかった。どこか、思い詰めている様に見える。

 

「覇王の、悲願を……!」

 

絶対に忘れてはならない。自分の成すべき事を。

楽しい日常に甘えてはならない。強くなる為に。

 

怠けていた昨日の自分を叱咤し、決意を思い返した――――直後、アラームが鳴った。

 

「きゃっ!?」

 

耳を通じ、脳にまで響くけたたましい大音量。思わず肩を震わせ、茫然と立ち尽くす。

 

『緊急事態発生!エネミー出現!』

「えっ?えっ?」

『全員、直ちに行動を開始!至急、避難せよ!』

「えぇ……!?」

 

一体何事……?

 

戸惑いながら、部屋の外に出るアインハルト。ドアを開け、廊下に出た瞬間。

 

「うわっ!」

「ぬおっ!?」

「あうっ……」

「きゃっ!」

 

走っていたレヴィ、ディアーチェ、そしてシュテルと激突してしまった。

揉みくちゃになり、三人の下敷きになってしまうアインハルト。

 

「いったた……あっ、ごめんアインハルト!」

「い、いえ……」

 

アインハルトの体に馬乗りになっていたレヴィ。彼女の胸に置いてしまった両手を離し、直ぐ様体を退けた。手を取り、ゆっくりと立たせる。

 

「あやつめ……客人が来ているというのに、これだけはやるのだな」

「習慣みたいなものですからね」

「してシュテルよ……そろそろ退いてくれぬか?」

「はい……ですが、中々座り心地が良いので、もう暫くこのまま――――」

「早くどかんかっ!!」

 

うつ伏せで倒れているディアーチェの背中に跨がっているシュテル。王に怒鳴られ、渋々退くのであった。

 

「まったく」

「あ、あの……これは一体……?」

「申し訳ありません。唐突な事で、驚かれたでしょう」

「そうそう、これはね――――」

 

説明しようとした時、爆発が起きた。向こう側にある部屋が、だ。爆風で、彼女達の髪が激しく靡く。

 

「えええええええっ!!?」

「やっば!」

「時間が危ういです」

「説明は後だ!とりあえずついてこい!」

「えっ、えぇ~~!!?」

 

木っ端微塵に吹き飛ぶ廊下内。いつもの冷静さも忘れ、大声で叫ぶアインハルト。ディアーチェに手を引かれ、訳が分からないまま先へと進む。

爆発が止まない廊下を抜け、二階の手すりに着いた。

リビングに設けられた、煉瓦で作られた暖炉。それが変形し、人が入れる程の扉となっていた。しかも、上からシャッターがゆっくりと下りていく。

 

「行くぞっ!者共!」

「お~~!」

「お~~」

「お、お~~……?」

 

堂々とした、ディアーチェの号令。

レヴィは元気よく、シュテルは棒読み、アインハルトはやらされてる感満載の掛け声で返す。

 

彼女達を追いかける様に、爆発が起き、爆風が迫ってきた。

 

三人は階段を駆け下り、アインハルトも慌ててついていく。

シャッターは既に、閉じられる寸前にまで、地面に近づいていた。

 

「でぇいっ!」

「ゴロゴロ~」

「とおっ!」

「っ!」

 

ディアーチェは何とか走りきり、中に入る。シュテルはゴロゴロと転がり、レヴィはスライディング、アインハルトも頭から滑り込み、シャッターの中へギリギリ入る事ができた。

 

四人が入った直後、バタンッ!と閉じられたシャッター。

中は、真っ暗闇で何も見えない。相手の姿はもちろん、自分の体すらも認識出来ない。

 

すると、急に明かりが点いた。

 

『ミッション、コンプリート!』

 

ゲームクリア時に発せられる音声と共に、BGMが流れる。

アインハルトはまたも驚き、他の三人は慣れているのか、然程の動揺はしなかった。

すると、前方からネクサスとユーリがやって来た。

 

「みんな、おはよう」

「皆さん、お疲れ様でした~」

「えっ?えっ?えぇ……!?」

「ごめんねアインハルトさん。今から説明するから」

 

訳が分からず、混乱の渦中にいるアインハルトに話しかけ、ネクサスは説明を行う。

 

 

◇◆◇◆

 

 

“過去に起きた事件”により、両親――――そして“兄”を失ったネクサス。

それ以来、キバーラがネクサスを親代わりとして引き取っている。しかし、この事実はあまり周囲には知られていない。知っているのは、学院の中でも、ごく少数――ゼラムなど――だ。

隠しているという訳ではない。かと言って別に自分から言う事でもない。

両親が死んでしまった、などとわざわざ言いたくない。

 

そして今は、ネオファンガイアという脅威が存在している。何時、如何なる時も、自分の身は守れる様にしなければならない。

 

その為に、強くなる。

 

「つまり……避難訓練、ですか?」

「まあ、そんな感じだね」

 

キョトンとした表情を浮かべるアインハルトに対し、ネクサスはそう説明する。

万が一に備えて、ありとあらゆる状況を想定し、臨機応変に行動できる様に。そういう目的で始められたのが、このシミュレーションシステムだ。手掛けたのは、ゴースト族きっての頭脳陣。

先程の爆発も、その内の一つ。デバイスと同様、非殺傷設定にしている為、怪我をする事はない。

 

「月に一回程の頻度で行われます」

「しかも日時、内容までもが全てランダムだからな。攻略しようにも、攻略しきれん」

「こんな風に、バン!バン!来るからね~」

「因みにプログラミングは、ユーリがやってくれてるんだ」

「そうなんですか!?」

「えへへ……」

 

他の三人も説明に加わり、何となく理解するアインハルト。ただ、このシステムに携わったというユーリに対しては、驚きを隠せずにいた。当の本人は、ネクサスに頭を撫でられ、照れ笑いを浮かべている。

そんな状態――他の三人と同様、羨ましそうに見つめながら――の中、改めて、明るくなった部屋を見渡す。

 

ランニングマシーン、エアロバイク、バランスボールなど、ごく普通のトレーニングマシンが設置されていた。一種の、ジム風景の様だ。

 

ここまでは、“普通”だ。アインハルトの視界に、“あるもの”が写った。

 

「あの……あれは?」

「ああ、“ロボタフ”だよ」

 

部屋の隅にて、待機している人型のロボット。丸みを帯びた、橙色のボディ。両手が、ボクサーミットの形をしている。

その名も、トレーニングドロイド“ロボタフ”。今は充電中で、活動を停止している。

 

「その人のレベルに応じて、トレーニングの相手になってくれるんだ。といっても、これはあくまで初心者向けの練習用だから。本物の格闘技選手に比べると、戦闘能力は低いけどね」

 

ポンポンと、待機状態となっているロボタフの肩を叩くネクサス。アインハルトはというと、興味津々な様子で、じっと見つめていた。いつものクールな雰囲気は何処へ?

目を輝かせ、感嘆の息を漏らしている。

 

「えっと……よかったら、やってみる?」

「いいのですか!?」

「あっ、うん」

 

眼前まで詰め寄られ、思わず仰け反るネクサス。

アインハルトは我に帰り、ネクサス同様、顔を真っ赤にする。気分が高揚してしまい、思わずはしゃいでしまった。

 

「す、すみません、いきなり……」

「い、いや……うん……」

 

顔を反らし、気まずい空気となる二人。微笑ましい、初心なカップルに見えなくもない。

それでいて、完全に蚊帳の外状態にある四人。共通しているのは、目を細めてジ~~っと、見ている――特にネクサスを――事だ。

 

『……ねぇ、これってさ』

『“そういう事”、ですよね』

『恐らくは……』

『成る程、“そういう事”か』

 

四人の中で“ある仮説”を立てる。

 

――――不意に、腹の虫が鳴った。

 

「あっ……」

「「「「「あっ……」」」」」

 

アインハルトの、お腹からだ。彼女の顔は更に赤みを増し、ついには俯いてしまう。

 

「とりあえず、朝食にしよっか」

「……はい」

「そうしましょう」

「体を動かしましたからね」

「てっきりレヴィが鳴らしたのかと思ったがな」

「ちょ、王様~!」

 

和気藹々と談笑しながら、その場を後にした。

 

 

朝食も食べ終え、食器類も片付け終わった。

 

「う~ん……ちょっと少なくなってきたかな」

 

冷蔵庫の中身を確認し、眉を潜めるネクサス。一先ず、食材を買いに行くことにした。

 

「ちょっと、買い物に行ってくるよ」

「私も参りましょうか?」

「いや、一人で平気だよ」

「だが……」

『ほら、最近、局員の人達もパトロールに出てるし、万が一、“オリジナルの人”に出会っちゃったらさ』

 

念話でのネクサスの言葉に、家族――――マテリアルズは閉口する。

特にシュテル、レヴィ、ディアーチェの三人は、“あの三人”に瓜二つな為、遭遇してしまったら面倒な事になるのは間違いない。

 

『では、私がついて――――』

『ユーリちゃん、あなたも行かなくていいわ』

『えっ、どうしてですか?』

『どうしても、よ』

 

今度は、キバーラが念話でユーリに話しかけてきた。怪訝に思い、木箱の方に視線を向けるユーリ。アインハルトに見つからない様、覗く様にしてこちらを眺めているキバーラ。

ルビーの様な紅の瞳。じっと見つめられ、ユーリは訳も分からないまま、黙る事にした。

 

「あ、あの……私が行きましょうか?」

 

遠慮気味に、アインハルトが挙手をする。

 

「いや、いいよアインハルトさん。僕一人で行けるから」

「ですが、荷物が多くなったら、両手では抱えきれないのでは?」

「でも……」

「私も手伝います。行きましょう、ネクサスさん」

 

押しきる様に、ネクサスの手を引いて、買い物に出掛けて行ったアインハルト。気分的にも余裕が出来たのか、中々積極的になっているアインハルト。ネクサスも手を引かれたまま、同行してもらう事になった。

思わず、四人は目を見開いて凝視する。ネクサスとアインハルトの手が、重なる所を。

 

バタン、と、玄関の扉が閉まった。

 

「……行った?」

「行きましたね」

「行ったね」

「行ったな」

「確認、OKです」

「よし、全員集合」

 

キバーラの号令に従い、四人は一ヶ所に集合。キバーラを中心に、円陣を組んでいる。

 

「さて、約一日過ごしたけど……みんなはどう思う?」

 

四人に問いかけるキバーラ。内容は勿論、アインハルトの事だ。

 

「シュテル、報告せよ」

「ネクサスの方から彼女への“チラ見”、12回。“ガン見”、10回。彼女からネクサスへの“チラ見”23回。“ガン見”、20回。目と目が合った回数、五回。この事から、彼女の気持ちの方が約二倍大きいと見られます。ネクサスとアインハルトが一緒にいる場面には、いつも立ち会っているので、数え間違いはない筈。以上です」

「――――との事だ」

「んなもん、どうでもいいわ!」

「お~、キバーラいいツッコミだね」

「あはは……」

 

意味不明な結果報告にツッコミを入れるキバーラ。レヴィは陽気に笑い、ユーリは苦笑する。

 

「みんな……見たら分かると思うけど」

「ええ、あんなに分かりやすいのは生まれて初めて見ました」

「ネクの奴、バレバレだよね~」

「まったく……我の事をあんな風に見てくれた事はないというのに……」

「こういう事だったのですね」

 

四人は納得したかの様に、何度も頷く。

宿泊している間、あの二人の雰囲気が、どうにも気がかりとなっていた

 

「だが、どうする?あやつは、“覇王の末裔”なのだろう?もし、ネクサスの事がばれれば……」

「確かに、最悪の場合、ネクサスに危害が及ぶのは防ぎたいですね」

 

ディアーチェ、シュテルは、重い面持ちで意見を述べる。アインハルトの事を疑っている訳ではないのだが、これからの事を考えると、距離を置いた方がいいのではないか?

 

「う~ん、そんな気にする事かな?アインハルト、いいやつだったよ」

「ネクサスの事も大事ですが、アインハルトさんも、友達ですから」

 

レヴィとユーリは、上記の二人とは逆の意見だ。敵対しているかもしれない。だが、話し合えば、分かりあえるんじゃないか?

 

「ふぅ……半々に分かれちゃったわね」

 

四人の様子を見た後、キバーラはその場から飛び去る。

 

「あれ、キバーラ?」

「どこか行かれるのですか?」

「ええ、ちょっと二人の事が気になっちゃってね。様子見てくるわ」

 

彼女達にそう告げ、キバーラは、今度こそ飛び去る――――と、思いきや、そのまま旋回してくる。

 

「と、いけないいけない。忘れる所だったわ」

「むっ?どうかしたか?」

「ほら、“罰ゲーム”があるじゃない」

 

――――四人の表情が、固まった。

 

対するキバーラは、ニヤニヤ~~と、深い笑みを浮かべ、四人の背筋に寒気が走る。

 

“罰ゲーム”とは、今朝行われた、シミュレーションで“負けた方”が課せられるペナルティ。シュテル、レヴィ、ディアーチェの三人VSプログラミングを行うユーリ。

三人の場合、制限時間を越えた上、最下位となった者が(ペナルティ)を受ける。他にも、攻撃を受けた回数や、判断力等も審査に加わる。

ユーリの場合、三人が制限時間内に到達した時に負けが確定する。

 

因みに、審判はキバーラ。公正な判定(ジャッジ)を執り行う。

 

今回のシミュレーションは、初心者(アインハルト)がいた為、比較的簡単だ。

制限時間内に、ゴールイン――無論、アインハルトと共に――する。そして、三人はそれを成し遂げた。

 

つまり、今回の敗者は――――

 

「という訳で……ユーリの負け~~」

「ええっ!?」

「さあ、行きましょうユーリ。キバーラが待ってますよ」

「ま、まままま待って下さい!今回は、その、簡単にし過ぎてしまったというか、そう!アインハルトさんがいたから、敢えて、敢えて簡単に調整したんですよ!アインハルトさんにとって、最初の訓練という事なので、その、ペナルティはなしで――――」

「諦めろユーリ。言い訳も見苦しいぞ」

「そんな~~……」

 

右腕をシュテル、左腕をレヴィに押さえつけられるユーリ。更には両足もディアーチェに持ち上げられ、身動きが取れずにいた。

ジタバタともがくも、こちらは日々鍛えている身。これしきの足掻きなど、苦にもならない。

 

三人に拘束され、真上から、キバーラが降りてくる。明かりを背に受け、ユーリには、それが悪魔の使いの様に見えた。

 

「いらっしゃ~~い、ユーリちゃぁん♪」

「あ、ああ……や、やめ――――」

「カァ~~プッ♪」

「にゃあぁぁぁあああああぁあぁぁぁぁぁぁぁああああああ」

 

屋敷から、少女の嬌声が鳴り響いた。

 

 




色々と、ごちゃごちゃになってしまいました。

因みに、ネオファンガイアは、原作のキバに出てきたファンガイアの色違いだと思っていただけたらいいです。

例・ユニコーン=角を生やしたゼブラファンガイア――みたいな感じで。


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kraken―海中からの襲撃者―

買い物を終え、帰路につくネクサスとアインハルト。それぞれ、片手ずつ持っている。ネクサスが両方持つ、と言ったのだが、アインハルトがそれを断った。少しでも、手伝いをしたいとの事。

真面目な彼女らしいと、ネクサスは頬を緩ませる。

 

「ごめんね、アインハルトさん。買い物まで付き合わせちゃってさ」

「いいえ。お気になさらないで下さい」

 

いつも無表情だが、ほんの一瞬だけ微笑むアインハルト。空は橙色に染まり、今はもう夕暮れ時。夕陽を背景に映るその笑顔は、とても魅力的だった。

 

「ネクサスさん?」

「へっ?」

「どうかなされましたか?」

「いや、なんでも、ないよ?うん」

 

見惚れていた所を急に呼ばれ、素っ頓狂な声を出してしまった。ゴホン!とわざとらしい咳をし、落ち着きを取り戻すネクサス。

彼の様子に、無自覚ながら、可愛らしく首を傾げるアインハルト。

 

(い、いけないいけない。変な所を見せちゃったよ)

 

今思えば、時間も時間なのか、付近には誰もいない。つまり、二人きりなのだ。

ついつい、意識をしてしまう。歩いている最中、視線はアインハルトの横顔。そして、空いている手に向けられた。

 

アインハルトは右手に買い物袋を持っており、自分は左手。互いに反対の手が空いている。

 

その事に気づき、更に顔が熱くなる。

 

(……って無理無理!僕なんかが出来る訳ない)

 

こちらから手を繋ぐ、というハードルを越える事が出来ず、すぐに煩悩を退散させるネクサス。彼女から繋いできた事はあるが、こちらからは全くない。とんだヘタレだ。

思考を切り替え、話題を振る。

 

「と、所でさ!もうすぐだよね?ヴィヴィオちゃんとの模擬戦」

「……はい」

 

その返事は、どこか不安な声色だった。

 

初めての模擬戦以来、アインハルトは落胆した様な雰囲気を漂わせていた。

 

「……アインハルトさんは、ヴィヴィオちゃんと戦いたくない?」

「それは……」

「こんな事言うのは、なんか変かもしれけど……僕は、“向き合って”ほしいかな」

 

えっ?と、ネクサスの方に顔を向けるアインハルト。

 

「話で聞いただけだけど、ヴィヴィオちゃんも、友達の二人も、格闘技(ストライクアーツ)を楽しく、真剣に向き合ってるんだ」

 

図書室などで会話する際、とても楽しそうに話している彼女達。好きでなければ、ここまで明るく話せはしないだろう。

 

「だから、その……ほんの少しだけでも、ヴィヴィオちゃんの話を、聞いてあげてくれないかな?」

「……その子とは、親しいんですか?」

 

今度は、アインハルトが問いかけてきた。突然の事に目を丸くするも、ネクサスは答える。

 

「ああ、うん。昔、“色々あって”ね……無限書庫に通ってた時期があってさ。その時、出会ったんだ」

 

選んだ本を取ろうとした時、互いの手が触れたという、ありがちなシチュエーションだ。

最初は、恥ずかしさのあまり、お互いに慌てていたが、その近くにいた“司書長”が駆けつけてくれた。

 

ネクサスにとって、その人は恩人の一人であり、尊敬できる人でもある。心を閉ざしかけた自分に対し、優しく接し、元気をくれた。充分に魔法が扱えない自分に、魔力の扱いを分かりやすく、丁寧に教えてくれた。謂わば、師匠と云っても過言ではない。

司書長は、ヴィヴィオとも知り合いとの事。そういう繋がりで、会話をする仲になったのだ。

 

「だから、アインハルトさんとは、良い関係になれるんじゃないかな。同じ格闘技をやっている同士で」

「…………そうですか」

 

楽しそうに後輩の事を話すネクサス。本当に、楽しそうだ。

しかし、アインハルトは、楽しくなかった。自分の知らない所で、知らない女子と談笑している彼。想像したら、心がざわつく。

 

本音を言えば、嫌だ。

 

その心情が露になったのか、表情が少し険しい。ネクサスはそれに気づき、声をかける。

 

「アインハルトさん?どうか、した?」

「何でもありません」

「いや、何か怒ってる――――」

「何でもありませんっ!」

 

つい、大声を上げてしまった。

 

目を丸くするネクサス。しまった、とアインハルトも口をつぐむ。そのまま、俯いてしまった。

 

「す、すみません…………」

(ど、どうしたんだろう……僕、何か怒らせちゃったかな……?)

 

自分としては、後輩の事を話しただけなのだが。訳が分からず、途方に暮れるネクサス。その場に、気まずい雰囲気が流れている。

 

その時、

 

「っ!?」

 

馴染みのある気配。

 

そう、ネオファンガイアだ。

 

確信した直後、ネクサスは瞬時に動いた。

 

「アインハルトさんっ!!」

 

突然、ネクサスは隣にいたアインハルトを抱き寄せ、その場から飛び退く。二人がいた場所の地面に衝撃が走り、ヒビが入る。

 

「大丈夫っ!?」

「えっ、は、はい……」

 

茫然とする彼女に対し、ネクサスは体勢を整えて、周囲を見渡す。

そして、目の当たりにした。海から伸びている、数本の触手を。意志がある様にうねりながら、手すりに掴まる。勢い良く海面が爆ぜ、“何かが”飛び出した。

 

青色のステンドグラス状の体皮。無数に生えた触手。蛸、或いは烏賊を思わせる姿をネオファンガイア――――クラーケン。海水が体からポタポタと滴り落ち、その眼差しは標的から反らさない。

 

(まずい、こんな時に出てくるなんて……!)

 

アインハルトと二人で出掛けている為、キバーラはここにいない。それは、キバの鎧で戦う事が出来ないということ。

何とか出来ないか……、そう考えていると、アインハルトが前に出る。

 

「ネクサスさん、逃げてください」

「なっ、何を言って――――」

「相手の狙いは、恐らく私。何とか時間を稼ぎますから、その隙に逃げてください」

 

ネクサスを庇う様に、前に立つアインハルト。彼女の足元に、ベルカ式の魔法陣が出現、武装形態となって構える。

 

「だ、駄目だよ!そんな事できる訳――――」

「相手は人間を襲う危険な存在です。ですから、早く逃げて」

「で、でも……」

 

彼女を見捨てられる訳ない。頑なに拒否するネクサス。キバーラがいれば……!と、拳を握り締める。

彼の心境を知らずか、アインハルトは困った表情を浮かべる。心配してくれるのは有り難い。しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。どうにかして、彼を避難させなければ。

 

「――――ッ!」

 

唸り声を上げ、クラーケンは駆け出した。両手の触手を振り回しながら、距離を縮めていく。

アインハルトも、反撃の姿勢に入る。

 

同時に振り下ろされた、二つの触手。アインハルトはそれを両腕で受け止める。重みのある一撃に顔を歪めるも、何とか耐えきる。すかさず腹部に蹴りを打ち込み、距離を取ろうとする。

しかし、手応えはまったくと言っていいほどない。まるで、水面を思い切り蹴った様な感覚。

弾力のある肉体で衝撃を殺したおかげで、ほんの少し後退するだけで済んだクラーケン。またも距離を詰め、襲いかかってくる。

 

「はあっ!!」

 

上、右横から迫り来る触手をかわし、拳を数発打ち込む。だが、先程の蹴り同様、何の効果もない。何度も何度も攻撃を繰り出すも、相手は苦にもなっていない。

必死になっている彼女を嘲笑うかの様に、クラーケンは触手で彼女の手首を拘束。空いた右の触手で、アインハルトの顔面に振るう。

 

「ぐっ……!」

 

何とかガードするも、そのまま手摺にぶつかるアインハルト。またも唸り声を上げ、今度は両方の触手で、彼女の首を締め上げる。何重にも巻き付き、徐々に力を強めていく。アインハルトも必死に抵抗するが、ファンガイアの力には敵わない。更には、残りの触手によって身動きを封じられ、両腕を左右に広げられる。

 

「がっ!あ、ぁぁ……!」

「アインハルトさんっ!」

 

十字架の様に拘束された彼女を目の当たりにし、居ても立ってもいられず、ネクサスは走り出した。

 

「この……っ!!」

 

触手に掴みかかるネクサス。しかし、力では歯が立たず、びくともしない。

 

「くそっ、離、せ……!」

 

ネクサスは諦めず、顔を歪ませながら、触手を引っ張る。その行動が煩わしくなったのか、クラーケンは触手の一本を、ネクサスに巻き付ける。

 

「うわっ!?」

「ネクサス、さん……!」

 

全身に巻き付けられ、そのまま宙に浮かばせられる。何とかもがくも、脱出する事が出来ない。

首の圧迫感に苦しみながら、アインハルトは手を伸ばす。小刻みに震える手。伸ばそうとするが、届きはしない。

クラーケンは振り上げ、ネクサスを放り投げた。弧を描かずに、近くにあった木へと真っ直ぐ飛び、背中からぶつかった。

 

「がはっ……!」

 

地面に倒れるも、何とか意識を保つ。力を振り絞り、立ち上がった。

同時に、アインハルトの腕が、力なく落ちた。一切の抵抗が、なくなってしまった。

目を見開くネクサス。急いで救出しなければならない。

 

「ネクサスッ!!」

「キバーラっ!?」

 

そんな時、彼女が現れた。白い翼を素早く羽ばたかせながら、飛んでくる。

 

ネクサスは咄嗟に、右手を空へ上げる。キバーラは、口を開け、噛み付いた。

 

「カァ~プッ!」

 

ネクサスの腰回りに、紅のベルトが出現。同時に、ネクサスは駆け出した。

 

「変身っ!!」

 

キバーラはベルトに装着。ネクサスの体はキバの鎧を身に纏う。

 

予想だにしていなかったのか、クラーケンは動揺している。構わずに、キバは距離を詰め、顔面目掛けて拳を振り抜く。少女を拘束している触手を掴み、手刀で切り裂いた。

 

「ギッ!?」

「っ!!」

 

続いて、数発拳を入れ、最後に蹴りをお見舞いする。吹き飛ばされ、地面の上を転がるクラーケン。

触手が外れ、崩れ落ちるアインハルト。彼女の体を支え、ゆっくりと手摺にもたれさせる。

 

「うっ、ぁぁ……」

 

やや荒いが、息はある。それを確認した後、キバは相手と向き合い、戦闘に入る。

 

「ギィ……!」

「…………」

「ギィヤァッ!!」

 

唸りながら、クラーケンは走り出す。対して、キバはゆっくりとした動作で、歩み寄る。

 

左右から振り回される、触手の連撃。キバはそれらを全て受け流し、拳をぶつける。怯むクラーケン。再度、攻撃を繰り出すも、キバは容易にかわし、背後に回って蹴りを食らわせる。

 

「ギッ!」

「……っ!」

 

キバは転がるクラーケンに近づき、無理矢理立たせる。数発、腹に膝蹴りを入れ、顔を殴り、裏拳でまたも倒れさせる。

 

「ギィヤァ……!」

 

キバの攻撃によって、確実にダメージを与えられているクラーケン。膝をつき、唸り声も弱々しい。

 

その様子を目にし、キバは止めを刺すべく、一気に距離を詰める。

 

約一メートルにまで近づいた――――その時、クラーケンが顔を上げた。

 

「ギャシャアッ!!」

「ぐっ……!?」

 

口から飛び出したのは、黒い液体。イカ墨に似た液を至近距離で浴びせられ、動きを止めてしまう。

それを逃さず、クラーケンは二本の触手で、キバの両足を掴み、引っ張りあげる。

 

「うあっ!」

「ギャシャッ!!」

 

体が浮いたかと思えば、瞬く間に、地面の上に背中から落ちる。その間に、クラーケンはキバに股がる。

抵抗出来ないよう、触手で腕を固定し、残った腕で、ひたすらキバを殴り続ける。

先程の弱々しい様が嘘の様に、クラーケンは無我夢中で叩きつけてきた。

キバも必死に防ごうとするも、あまり効果は見られない。

 

「こんのイカもどきめぇ……!」

 

されるがままでは、黙ってられない。キバーラはベルトから外れ、付属されているフエッスルの一つ――――水色のフエッスルを口に咥える。

 

「バチバチっと、切り裂いちゃって!」

 

笛の音が、鳴り響いていく。

 



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lightning―雷刃の襲撃者―

クラーケンファンガイア――青色のオクトパスファンガイアみたいな姿。若干、マンドレイクにも似ている。


笛の音は、少女の耳に、しっかりと届いた。

 

「――――あっ、ボクの出番だ」

 

屋敷の自室にて、寝転がっていたレヴィ。寝ている状態から跳ね起き、軽くストレッチする。

 

『呼ばれた様だな、レヴィよ』

『お気をつけて』

『頑張って下さいね』

「うん、行ってきま~~す!とうっ!」

 

念話で声をかける三人。

レヴィはビシッ!と敬礼した後、飛び上がる。すると、一瞬で姿が水色の光と変化。

 

電気を迸らせながら、呼び主の元へと向かった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

僅か数秒で、キバの元へと駆けつけた。水色の光は、まずクラーケンに体当たり。

 

「グゲッ!?」

 

当たった瞬間、電流が走る。キバから離れ、そのまま地面に尻餅をつく。

 

『待ってたわよ、レヴィ!』

『いっくぞ~~!』

 

レヴィは、上げられたキバの左手目掛け、向かってくる。キバは、その光を掴んだ。

 

その瞬間、光は形を成していく。

 

鋭い刃を備える紺色のブーメラン、【魔雷刃・バルフィスライサー】。左腕、胸元を鎖が何重にも巻き付き、弾け飛んだ。

体は、雷を彷彿とさせる形状の鎧へと、瞳は水色へと変化した。

 

「よっ!」

 

バルフィスライサーを逆手に持ち変え、触手を断ち切る。絡み付いている残りの触手を捨て、キバは跳ね起きる。

 

レヴィが憑依する事によって変身した、【キバ・ライトニングフォーム】。スピード、機動性に特化した姿。この時、人格はレヴィ自身となる。

キバは、腰を低くし、武器を肩に担ぎ、相手を見据える。

 

「さ~てっ……行くぞ~~!!」

 

スタートダッシュを切り、クラーケンに突撃するキバ。クラーケンも体勢を立て直し、触手を伸ばしていく。

 

「おりゃおりゃおりゃ~~!!」

 

ほんの少し体を反らす事でかわし、回避と同時に攻撃を繰り出していく。スピードを緩めず、武器を振るい、数多の触手を切り落としていく。気づけば、もう目前にまで迫ってきていた。

 

「ギッ、ガァ!!」

「よいしょっ!」

 

近距離で触手を振るうクラーケン。キバは海老反りでかわし、背後に回る。

 

「そ~~れっ!」

「ギイッ!?」

 

下から一気に振り上げ、背中を切り裂いた。クラーケンはすぐに振り向く。しかし、キバの連撃は止まらない。上下左右、斜めと予測不可能な斬撃。その全てが、クラーケンにダメージを与えていく。

 

「ギギッ!」

「危なっ!?」

 

咄嗟に、クラーケンは反撃として墨を数発、吐き出す。

キバは反射的にかわし、バックステップで距離を取る。その間に、真っ直ぐになっていたバルフィスライサーを、九十度に折り曲げる。

 

「とりゃ~~!!」

 

振りかぶり、相手目掛けて投擲する。風切り音を鳴らしながら、クラーケンに直撃。一撃、二撃、三撃と、追撃を行う。

最後の一撃でクラーケンを怯ませた後、持ち主の元へと返ってくる。まるで、意思を持っているかの様に、予め上げていた左手に収まった。

 

「レヴィ、とっとと決めちゃって」

「あいさ~」

 

キバーラの言葉に敬礼で答える。バルフィスライサーを両手で持ち、キバーラの元に近づけた。

 

「【ライトニングバイト】!」

 

武器に噛み付き、魔皇力を注ぎ込む。

 

辺りが闇に包まれ、現れた“水色の三日月”がキバを照らす。

 

キバはバルフィスライサーを逆手に持ち、腰を低くする。一呼吸置き、閉じていた瞼を、見開いた。

 

「てりゃあああああっ!!」

 

一回転振り回し、敵めがけて投擲。ヒュン!と空を切りながら、回転速度を上げていく。

クラーケンはたじろぎながらも、触手を伸ばし、口から墨を吐く。だが、それは無駄な抵抗。それらは悉く切り裂かれ、地面に落ちる。

 

そして、目前にまで迫っていた。

 

「グギャッ!?」

 

まず、胴体を大きく切り裂いた。方向転換し、今度は背中を切りつける。またも旋回し、胴体を。この繰り返しが、何度も行われていた。

そして、十撃目を与えた後、空高く舞い上がるバルフィスライサー。

全身を切り刻まれ、満身創痍のクラーケン。目で追う様に、見上げた。

 

三日月を背に、キバは高く跳躍。バルフィスライサーを左手で掴み、逆手に持ち替えた。

 

「おぉりゃあああああ!!」

 

体を捻りながら、急降下していくキバ。そして、頭から下まで、一刀両断。その軌跡を追い、電撃が迸る。

 

【ライトニング・スラッシャー】

 

待機状態のバルニフィカスを模した紋章が浮かび上がり、クラーケンを撃破。その体が、ステンドグラス状に砕け散り、内包されていたライフエナジーが放出される。

 

それに反応するかの様に、キャッスルドランが出現。

 

「やっほ~~キャッスルドラ~~ン!」

 

気楽に手を振ると、咆哮で返事をするキャッスルドラン。ライフエナジーを食事した後、そのまま飛び去っていった。

 

闇が晴れ、元の天候に戻る。太陽はほんの少し姿を見せており、空には一番星が光っていた。

 

「ふぅ、終わった終わった」

『助かったよ、レヴィ』

「いいっていいって」

 

念話で労うネクサス。その言葉にレヴィは喜び、武器を器用に回す。

 

『そうだ!レヴィ、アインハルトさんが』

「ん?ああ、そういえば一緒に買い物してたんだったっけ?」

 

アインハルトの事を思い出し、レヴィは彼女を探す。そして、見つけた。

 

「あ、いたいた」

「…………」

 

クラーケンからの攻撃を受け、痛手を負っているにも関わらず、アインハルトは立っていた。レヴィは、そのまま歩み寄る。

しかし、歩みを止めた。

 

「……許さない」

 

怒り、憎悪といった、負の感情が込められた瞳で、キバを睨み付けた。歯を食い縛り、拳を握り締める。

不意に、一歩ずつ歩み出すアインハルト。やがてそれは、徐に速くなっていく。

 

「――――武装形態」

 

魔法陣を展開。大人の姿となり、高く跳躍した。

 

「キバァアアアアアア!!!」

 

覇王は咆哮し、魔王めがけて拳を振り下ろす。

 

「うわっ!?」

「でやあっ!!」

「危なっ!」

 

間一髪、回避する事に成功。唐突な事で予測できず、尻餅をついてしまうレヴィ。

アインハルトの攻撃は収まらない。次に蹴り、裏拳。更に踵落とし。覇王の猛攻は、空を切り、地面を削る。

家で楽しく過ごしていた時の彼女とは、まるで別人の様だ。あまりの変貌ぶりに戸惑いながらも、レヴィは避けていく。

出来る限り、彼女の攻撃が当たらない様に。

 

「ちょっ、待った待った!やめてよ!」

「うあああ!!」

「まっ、待ってってば!!」

 

必死に声をかけるも、拳が止まる事はない。寧ろ、段々と素早さと鋭さが増している様にも思える。

それに対して、未知の敵――――ネオファンガイアと渡り合える位の攻撃力と、並の武器では傷一つ付かない程の防御力を誇るキバの鎧。無論、人間の拳など、威力は皆無に等しい。例え、魔力で強化されたとしてもだ。寧ろ、攻撃した方が、痛手を負う羽目になる。

 

「だから、落ち着いてって!」

「くっ!」

 

何とか隙を突き、後ろに回り込んで羽交い締めにする。アインハルトは表情を険しくしながら、激しく抵抗。

 

力を強くしたら、彼女の体を壊してしまう。弱くしたら、また猛攻の嵐に巻き込まれる。

中々に難しい、力の微調整を行いながら、レヴィは何とか取り押さえていた。

 

『レヴィ!僕と変わって!』

『ネ、ネクッ!?でも』

『いいから早く!』

『う……うん!』

 

念話に驚きながらも、ここはネクサスに任せる事にした。キバの人格が、レヴィからネクサスに変わる。そして、ライトニングフォームから、通常のキバフォームに。

 

「はあっ!」

「うわっ!」

 

形態変化の隙を狙い、アインハルトは拘束から抜け出し、キバの頭を掴んで背負い投げをお見舞いする。

視界が一回転し、地面に叩きつけられてしまう。すぐに眼前を拳が迫るが、顔を反らして回避。そのまま起き上がり、アインハルトから距離を取る。

 

「ちょっとちょっと、どうすんのよこれ……!」

 

やがて、海辺の手すりに追いやられる。

アインハルトは、依然として狙いを定めたままだ。何やら、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「よくも、クラウスを……オリヴィエを……仲間を……」

「…………」

「彼は貴方を信じていた。親友(とも)として……なのにっ……!」

 

その言葉に、キバーラは表情を曇らせる。

睥睨したまま、アインハルトはキバに突進。走りながら、“構え”を取った。

この“構え”には、身に覚えがある。かつて、彼女が見せてくれた技だ。

彼女との距離は、もう目前にまで迫っている。左右に回避しきれない。だからといって、真っ向から受けたら、彼女の拳を壊してしまう。

 

『キバーラ……変身を解除して』

『はぁ!?そんな事出来る訳ないでしょ!?』

『他に方法が思い付かない!頼むキバーラ!』

『駄目よ!絶対に駄目!そんな事したらタダじゃ済まな――――』

 

有無を言わせず、ネクサスはバックルからキバーラを強引に取り外した。そのまま、横に放る。

 

「覇王――――」

 

やがて、キバの鎧は消失していく。

 

「断空――――」

 

変身が、解除された。

 

(けぇぇぇぇん)っっっっ!!!!」

 

奥義が、解き放たれた。

 





【挿絵表示】


こんな感じなんだな~という風に見ていただければ幸いです。細かい描写は、ノーコメントという事でお願い致します……。


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breaking up―対立する二人―

覇王の一撃が炸裂した。

 

「はあ……はあ……」

 

手応えを感じ、拳を突き出したまま、立ち尽くすアインハルト。荒い息を整えながら、徐に、顔を上げる。

 

「――――えっ」

 

驚愕のあまり、虹彩異色の瞳が見開かれた。目の前にいるのは、“敵”ではなく、“友人”だった。

 

「ぐっ……ぅ……!」

 

突き出された正拳突きを、両手で押さえ込む様にして、受け止めたネクサス。いつの間にか、上半身に“灰色のパーカー”を着込んでいた。その衣服は淡い光を帯びており、特に両腕に集中している。

生身では防ぎきれず、拳は胴体にめり込んでいた。

肺が圧迫された様に息苦しく、胸元を中心に強烈な痛みが迸る。

苦痛に表情を歪ませるネクサスの姿を見て、我に帰ったアインハルト。慌てて拳を離し、後退しながら武装を解く。顔面蒼白、全身の震えが止まらない。

 

――――危うく、大切な友人の命を奪う所だった。

 

その事実に恐怖し、アインハルトは崩れ落ちて、その身を抱き締める。

 

「ネクサスッ!」

「キ……バァ、ラ……」

「あんたって子は……もう!」

 

怒り、悲しみ、安堵が混じった状態で、ネクサスの傍に寄るキバーラ。普段では見られない、狼狽えた様子を見せている。

 

「ホロンも、ありがとう……」

 

胸元をぎゅっと握り、補助をしてくれた“ゴースト”に礼を言う。

 

「そ……そんな、どうして……?」

 

未だに震えが止まらない口で、漸く声を出したアインハルト。しかし、頭の中は様々な情報で滅茶苦茶になっていた。

 

覇王の敵であるキバ。憎き相手に一撃を与えた――――筈が、何故か、友人の姿がそこにあった。しかも、彼の傍で羽ばたいている、“一匹の蝙蝠”。

 

「ネク、サスさん……あなたは、一体……」

「…………」

 

彼女自身、何となしに、確信は付いていた。だが、万が一という事もある。聞きたくはないが、聞かなければならない。

せめて、間違いであってほしい。刹那に願いながら、彼に問いかける。

 

これ以上は、隠し通せない。否、誤魔化せない。キバーラを横目で一瞥する。

彼女は、何も言わない。

意を決し、ネクサスは、口を開いた。

 

「アインハルトさん……君が見た通りだよ――――僕が“キバ”だ」

 

言葉を失った。

どうして、気づかなかったのだろうか。友人として、理解し合えていると、そう思っていた。しかし、現実はこうだ。

 

「う、嘘、ですよね……?い、今のは、私の見間違いです……そう、そうです!」

「アインハルトさん、僕は」

「きっと、何か、事情があるんですよね?そうですよね、ネクサスさん?そうで――――」

「アインハルトさん!」

 

必死に紡ぐ言葉を、大声でかき消す。

ビクッ!と震え、沈黙するアインハルト。それを見計らい、ネクサスは俯いていた顔を上げる。

 

アインハルトは、目を見開いた。

 

琥珀色の瞳、右側の眼が、赤黒く――白目部分が黒、黒目が紅に――変色。

 

「僕は、君の言う“魔王の末裔”。そして、キバの鎧の継承者」

「…………」

「ごめんね……今まで、黙ってて」

 

深く、頭を下げるネクサス。彼女からの言葉は、返ってこない。顔を上げると、ネクサスは目を見開いた。

 

塞き止めていたものが溢れ出るかの様に、彼女の両頬を、大粒の涙が濡らしていく。徐に、表情が悲しみに歪んでいき、嗚咽が聞こえ始めた。

 

「ア、アインハルトさん――――」

「っ!」

 

耐えられなくなったのか、アインハルトは踵を返し、その場から走り去っていった。

呼び掛けようとした瞬間、逃げられてしまい、その場に立ち尽くすネクサス。

 

「あ~あ、だから言わんこっちゃない」

 

翼を羽ばたかせ、キバーラはネクサスの傍に寄る。目を細め、呆れた様にため息をつく。

 

「これで分かったでしょ?もう、あの子と会うのはやめなさい。いいわね?」

「…………」

「ちょっとネクサス――――はぁ……」

 

彼女の声を耳に入れない様に、ネクサスは顔を反らした。自棄になった様子を見て、キバーラはまたも重いため息をつく。

 

そして、その寂しげな後ろ姿を、沈痛な面持ちで見つめていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

今はもう、廃墟と化している一棟ビル。外装もボロボロで、地上には立ち入り禁止と書かれた規制線も設置されている。無論、建物内は誰もいない――――筈だった。

 

「ふむ、一人やられたか」

 

ボロボロのデスクに腰掛けながら、一人で呟く人物。機械式のマスクを指でなぞり、顎に添えた。

 

「まさか、やられると分かって行かせたんじゃないだろうな?」

「いやいや、私にそんな予測なんて出来やしない」

「どうかしらね」

 

二人の男女は、目の前の人物を睨み付けている。二人にとって、同志と言える者が、一人やられた。それも、この男の指示に従った上で。

 

目前の男は、平常そのもので受け流す。

 

「考えてもみなよ。紛い物とは言え、相手は“あのキバ”だ。警戒は怠るもんじゃない。まあ、彼は見た所、頭で動く様なタイプじゃなさそうだったし、思考能力が欠けてたんじゃないかな?」

 

キャスター付きの椅子に座り、クルクルと動き回る。

 

「さて、君達はどうかなぁ?」

「貴様……我等を愚弄するかっ!?」

「まあ、待って。落ち着きなさいよ」

 

一つ一つの動作が、相手を小馬鹿にしている様に感じ、男が憤りを露にしながら詰め寄る。

それを宥める様にして、女が間に割り込んだ。少し下がらせ、相手に顔を向ける。

 

「言っとくけど、私達の目的はあくまで“覇王の命”。情報提供してくれたあなたの考えは、詮索しないでおいてあげる。だけど、くれぐれも、邪魔はしない事ね」

「……肝に銘じておきますよ、レディ?」

 

両手の指先を合わせ、椅子にもたれたまま、承諾。

慇懃無礼な態度を目にし、心中で舌打ちしながら、女は踵を返す。男も、睨んで一瞥した後、その場を後にした。

 

「やれやれ……ああいう連中は扱いに困る」

 

腕を組み、足も組んで、更に体重をかける。何もない天井を見上げ、視線を正面に戻した。

 

「今も“昔”も変わらないなぁ……害虫共め」

 

ふん、と鼻を鳴らし、忌々しげに呟いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

学校が始まる月曜日。自分のクラスの教室で、ネクサスは席についている。隣の席には、“誰もいない”。

 

あの後、アインハルトと別れてから、家に帰宅したネクサス。レヴィから聞いた上、ネクサス達の様子を見て、ディアーチェ達も察した。

念の為、ゼラムとゴースト族達にも報告。なにせ、自分の正体をばらしてしまったのだ。これからどうなるか分からない。通信越しに相談した結果、取り敢えずは、様子見という事になった。ゴースト族の一同としては、直ぐにその少女の元へ向かうつもりだったのだが、ネクサス――そしてゼラム――に断固として止められた。

これ以上、友達――そして生徒――に負担をかけたくない――――との事。

 

「…………」

 

頬杖をつきながら、ぼんやりと窓を眺めているネクサス。今朝から、ずっとこの調子だ。親友二人に対しても、ぎこちない笑みで挨拶を返し、不審がられる有り様。

 

「――――ネクサス君」

「…………」

「ネクサス君!」

「っ!な、えっ?」

「授業、おわったよ?」

 

時計を見れば、もう授業は終わり。いつの間にか、下校時間となっている。

隣に来ていたユミナが声をかけてくれるまで、全く気が付かなかった。

 

「どうしたの?ぼ~っとしちゃって」

「ああ、うん……ちょっと、ね」

「もしかして、アインハルトさんの事?」

「………………どど、どうして?」

(分かりやすいな~)

 

顔を反らし、頬を引きつらせながらの無理矢理作った笑み。どう見ても動揺している。

あまりにもバレバレな光景に、苦笑してしまうユミナ。

 

「うん、ユミナさんの言うとおりだよ……」

「もしかして……喧嘩しちゃった?」

「似た様な、もんかな?まあ、僕が悪いんだけどね……」

「えっ?」

「隠し事してて……それで、アインハルトさんを傷つけちゃってさ」

 

魔王と覇王。両者の間にある因縁が、今の二人の関係に亀裂を生じさせた。

隠しきれていれば、今この時も、平穏に過ごせたかもしれない。だが、必ずしもバレないとも限らない。今回の場合、あまりにも唐突で、勢いに任せて言ってしまった部分がある。

当分、心の整理が必要だろう。

 

「そう、なんだ」

「うん……」

「その隠し事って、よく分かんないけどさ……でも、誰だって、人に言えない事くらいあると思うよ?友達でも、秘密にしておきたい事も、あるし」

「……ユミナさんも、あるってこと?」

「うん、あるよ?」

「えっ、なに?」

「教えな~い」

 

つい、聞いてしまった。意地悪そうな笑みを浮かべながら、質問を濁らせるユミナ。ネクサスもネクサスで、苦笑していた。

確かに、言ってしまえば秘密ではなくなる。

だが、こうしてユミナに相談する事で、どこか心が軽くなった。

 

「話を聞いてくれて、ありがとうユミナさん」

「どういたしまして」

「今日、ちょっと様子を見に行ってくるよ。やっぱり、心配だしね」

「なら、私もついて行こうか?」

「いや、大丈夫だよ。これは、僕がやらないといけない事だから」

「そっか……」

「それじゃあね、ユミナさん」

「うん、また明日」

 

相談に乗ってくれたユミナに礼を述べ、ネクサスは立ち上がる。鞄を背負い、教室を出た。

その場に残ったユミナ。後ろ姿を見送った後、ネクサスの机に視線を向ける。

そっと、手を伸ばし、添える様にして触れる。

 

「一生懸命だったなぁ……ネクサスくん」

 

友達の為に、あそこまで親身に接してくれる少年は、中々いないだろう。

しかし、今回はどうだろうか?本当に、“友達”として、助けになろうとしているのか?それとも……。

 

「アインハルトさん、ちょっと羨ましいかも……」

 

ため息をつき、窓の外を眺めるユミナ。

ネクサスに秘密にしている“あること”。それは、何れネクサス自身に告げる事で、彼も知る事になる。だが、今はそっと心の奥にしまっておこう。彼の行動を邪魔する訳にはいかないし、まだまだ友達として見られているだけかもしれない。

 

でも、いつかは……。

 

「頑張ってね、ネクサス君……」

 

淡い想いを胸に秘めながら、彼にエールを送った。

 

 



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talk with fistー対面する二人ー

学校の帰り道、ネクサスは友人二人と歩いていた。相変わらず、元気な姿を見せるジャン。ほとんど、会話は彼から始まっている。アイザは、無表情で適当に相槌を打っている。実に、興味無さげにしていた。

 

こういう何気ない登下校でも、ネクサスは楽しんでいた。友達と過ごす、この時間を。

だからこそ、“もう一人の友達”とも、きちんと話し合わなければならない。

 

「じゃあ、僕こっちだから」

「おう、またな!」

「うん、また明日」

 

ジャンに声をかけ、次はアイザ。すると、彼はこちらをじっと見据えていた。

 

「アイザ?どうかしたの?」

「お前さ……最近、大丈夫なのか?」

 

突如、自分にかけられた、心配の声。普段の彼にしては、やけに珍しい。無表情で、こちらを見ているアイザ。どこか、確かめている様にも見える。

茫然としつつも、ネクサスはすぐに笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよ。心配ないって」

「…………そうか」

「うん!それじゃあね」

「ああ、じゃあな」

 

あっさりと返事をし、踵を返す二人。ネクサスは一人で、アイザはジャンと合流する。

 

「どしたんだ?」

「……別に」

 

素っ気なく返すアイザ。徐に、顔を反らす。

興味が失せたのか、話さないだろうと決めつけて諦めたのか、ジャンはそれ以上追求しなかった。

 

一方、アイザは、横目で後方を見ていた。その場には、もう親友の姿はない。

 

(あいつ、また一人で……)

 

その表情は、どこか曇っている様に見えた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

ネクサスは今、玄関の前にいる。友人である少女が住んでいる、家の玄関の前だ。

この時、ネクサスは“初めてここに来た時”以上の緊張感を持っていた。

家にいるだろうか?否、留守だろうか?

どっちにせよ、会わなければ話にならない。

 

「……よし」

 

意を決し、視線を向けていたインターホンに、指を伸ばす。繊細な物を取り扱う様に、慎重に、丁寧に、ゆっくりと、近づけていく。

 

指先が、そっと触れる――――。

 

「――――ネクサスさん?」

「ほわぁっ!?」

 

静かな声音を耳にし、大声で変な悲鳴を上げてしまった。思わず体をのけ反ってしまい、その場から後退する。

少女――――アインハルトは、ジャージ姿で、目を丸くしながら見ていた。

 

「ア、アアアア、アインハルトさん、ど、どどどどどうもこんにちはでごじゃりまする!?」

「こ、こんにちは……」

「いやぁ、今日は良い天気とお日柄で何よりでございますなぁ!わっはっはっはっは!」

「は、はぁ……」

 

頬をひきつりながら、訳の分からない事を口走る。端から見れば、変人扱いされてもおかしくない。

結果、ネクサスはパニック状態に陥っていた。これには、“鞄の中にあるパーカー”も呆れてしまう。

 

「それで、その……えぇと……」

「ネクサスさん」

「は、はい……」

 

声をかけられ、直立不動となる。

対してアインハルトはというと、最初は戸惑っていたものの、今は完全に冷静だ。感情が読めない、無の表情で、こちらを見ていた。

 

「……私も、あなたに会わなければならないと思っていた所です」

 

交差する虹彩異色の瞳と、琥珀色の瞳。

 

「場所を移しませんか?」

 

淡々と紡がれる言葉。何の感情も込められていない様にも聞こえる。

無論、自分も、彼女に用があって来たのだ。

 

「――――分かったよ」

 

その言葉に、応じる事にした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

夕暮れ時の道中、会話が一切ない。

同じクラスメイトとして、教室で楽しく話し合っていた頃の面影がまったくない。第三者が見れば、非常に重い空気だっただろう。

沈黙の中、二人が来たのは、人気のない広場。中央付近にまで近づくと、アインハルトは徐に立ち止まる。それに続き、ネクサスもその場に留まる。

 

「……あれから、ずっと考えていました。自分が、どうするべきか」

「…………」

「私は、覇王の悲願を果たさなければならない。それが、私の存在理由。どんな壁が立ちはだかろうとも、変わりません」

 

不意に、彼女の足元にベルカ式の魔法陣が浮かび上がる。思わず身構えるネクサス。

振り向く、と同時に、武装形態へと姿を変えるアインハルト。友に向けられる、鋭い眼光。最早、敵に向ける視線だ。拳を構え、完全に臨戦態勢に入っている。

 

どうやら、彼女は、“覇王の使命”を取った様だ。

 

「まずは、あなたを――――“魔王(キバ)”を撃ち破る」

「……本気、なんだね」

 

はい、と即答で応えるアインハルト。ネクサスは、一瞬だけ悲壮な表情を浮かべるも、すぐに気持ちを引き締める。

彼女は本気だ。最早、言葉では止められない。

 

ならば、やるべき事は“拳で語る”だけ。ただ、それだけだ。

 

「……ホロン」

 

主の呼び掛けに応じ、幽霊(ゴースト)が姿を現した。気配を全く感じとれず、ほんの少しだけ、眉をピクッと動かすアインハルト。

 

「【ユニゾン・イン】」

 

ゴースト族の特性を基に作られた“融合型デバイス”ホロウ・ファンタジア。

ホロンは宙を舞い、そのまま主の元へと急降下。上半身に身に付くと、ネクサスの服装も、バリアジャケットへと変換される。

両手には、銀色の籠手。下半身は黒色のズボンに、ロングブーツ。顔は、灰色のフードで隠れている。

やや俯いており、まるで、幽霊に憑依された者の様だ。徐に、顔を上げるネクサス。そして、片手でフードを脱いだ。

すぐ戦闘の構えを取り、対峙する両者。片や覇王の末裔。片や魔王の子孫。何千年もの時を越え、その血を引く者同士が、拳を交える。

 

「「…………」」

 

頭上、空は黒い雲が覆っている。雲行きが怪しい。日の光は隠され、風景に暗色が加わった。

だが、二人は互いに睨み合い、微動だにしない。

 

 

 

 

――――ポツリ、と一粒の滴が、地面に溢れ落ちる。

 

「「っ!!」」

 

両者の拳が、激突した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

ローライト邸のリビングにて、一匹の蝙蝠を中心に、四人の少女が円を描く様にして、椅子に腰かけていた。

皆が皆、深刻な面持ちでいる。

 

「さて皆、知っての通り、例の彼女にネクサスの正体がバレてしまった。よって、これからどうするか」

 

キバーラの問いに、少女四人は思考する。

 

「中々、難しい問題ですね……」

「長きに渡る因縁が、ここまで大きくなるとはな」

「せっかく友達になれたと思ったのにな~」

「ネクサスの事もそうですけど、アインハルトさんも、大丈夫でしょうか……」

 

どうしたらいいのか。全くもって、良案が思い浮かばない。

キバの正体は、外部に漏らす訳にはいかない。にも関わらず、本人(ネクサス)が自らばらしてしまうという大失態を起こしてしまった。

彼女の性格からして、他人に言いふらしたりはしないだろうとは思う。しかし、知ってしまった以上、対処は必要だ。

 

「かくなる上は……あの子を排除するしか」

 

キバーラが小さく呟いた。それは、少女達の耳に入り、物騒な言葉に反応したのか、その内の一人が立ち上がる。

 

「ちょ、ちょっと待って!ハイジョ、てキバーラ何するつもりだよ!」

「言葉通りの意味よ」

 

レヴィはテーブルを叩き、身を乗り出してキバーラの方を向く。対し、キバーラは淡々と、述べた。

 

覇王(アインハルト)が、“本当に”私達の脅威となり得る存在になるなら、早急に潰すのが得策よ。今後の事を考えたらね」

「そんな……」

「本気で、言ってるの……?キバーラ」

「冗談を言っている様に見える?」

 

小さな体躯でありながら、紅色の瞳から感じられる鋭い眼光は、抗う気力を奪う程のものだった。

圧力に負け、レヴィとユーリは、何も言えなくなってしまった。

 

「二人とも、そう気落ちするな」

「「えっ?」」

「まだ答えが出た訳じゃない、という事です」

 

残る二人、ディアーチェとシュテルは取り乱す事なく、冷静に言葉を紡いでいく。

 

「覇王が“本当に”私達の脅威になり得る存在なるなら……ですよね?」

「つまり、“そうなる前に対策を立てる”、という事だろ?」

 

横目で、キバーラへ視線を向けるシュテルとディアーチェ。当の本人は、小さなため息をつく。

 

「そりゃあ私だって、あの子(ネクサス)の友達を傷つける様な事、したくないもの……。穏便に済ませられるなら、それに越した事はないわ」

「キバーラ……」

「もぉ~、びっくりさせないでよぉ……」

 

穏やかな声音を聞き、肩の荷が下りた二人。あまりにも回りくどい言い方になってしまったが、キバーラも手荒な真似はしたくない、というのが本音だ。

 

「と、いう訳で皆、何か良案ない?」

「言うと思ったわ」

「その為の会議なのですね」

「と、言われましても……」

「う~~ん」

 

立ちはだかる難題に、頭を悩ませる四人と一匹。

 

「ねぇ、ホロン。あなたも何か……ん?」

 

少しでも意見を聞こうと、ホロンに声をかけるキバーラ。顔を向けると、いつもいる筈の定位置ー壁に設置されているハンガーーに、その姿はなかった。

 

「……ねぇ、みんな。ホロン、知らない?」

「むっ?そういえば見ていないな」

「顔も合わせてませんね」

「全然気付かなかったよ」

「お散歩でしょうか?」

 

四人も、心当たりはない様子。

それに加え、ネクサスの帰りがやけに遅い。もう帰ってきても良い時間帯だ。

 

「まさか……!?」

 

翼を羽ばたかせ、キバーラは窓から飛び去る。

 

唐突の行動に追い付けず、四人は茫然と、その後ろ姿を見送った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

三日月が浮かび上がる夜。少年と少女が、拳と拳をぶつけ合っていた。

 

「はあっ!!」

「っ!!」

 

覇王の末裔、アインハルト。

魔王の末裔、ネクサス。

 

両者、一歩も譲らない戦いとなっていた。

武装形態により、大人の姿になっているアインハルト。対して、ネクサスは少年の姿(アンファンス)のまま。

大人と子供の体格の差、彼女の内に秘められし武術の才、更に鍛練で身に付けた技術が加わり、確実にネクサスを圧倒している。

 

拳による連撃が、ネクサスを襲う。それをかわし、繰り出された拳が、蹴りが空を切り裂いた。次から次へと繰り出される連撃に、ネクサスは防戦一方。受け流す事で回避していたが、アインハルトが急に拳を振り上げた。それにより、交差していた腕が弾かれ、懐ががら空きに。

 

「っ!!」

 

好機、と言わんばかりに、アインハルトは構え直し、正拳突きを放つ。覇王の重い一撃が、ネクサスの胴体を捉えた。

 

「ぐぅっ……!」

 

まともに食らい、何度か地面の上をバウンド。何とか体勢を整えるも、すぐに膝をついてしまった。息切れながら、アインハルトから目を反らさない。

獲物を見据え、隙を逃さずに狩る豹が如く。彼女の瞳に、学院で(ネクサス)と話している時の穏やかな色はない。ただ、目の前にいる“敵”を排除する。そう感じ取れる程に、冷たい視線。

 

ネクサスは、哀しみの色を隠せずにいた。

 

対しアインハルトは、尚も追撃に入る。拳を構え直した――――途端、腹部に痛みが生じ、思わず膝から崩れ落ちた。

 

(まさか、私の拳が直撃したと同時に……)

 

困惑するも、すぐに答えを見出だした。アインハルトの読み通り、ネクサスは正拳突きを食らった、と同時に、跳んだのだ。地面から少し離れた状態で、アインハルトの拳を食らう。腹部めがけて蹴りを“二発”打ち込んでおり、その勢いで後方へ跳ぶ事により、威力を殺した。だが、直撃は免れなかった。

 

(回避と同時に、攻撃を仕掛けるなんて……!)

 

鳩尾は外れているものの、踞るには十分なダメージを与えられてしまった。膝立ちになり、歯を食い縛って堪えるアインハルト。

こちらが震える呼吸を整えている間、ネクサスはというと、既に立っていた。

 

(そんな……確実に決めた、筈なのに……!)

 

茫然とするアインハルト。ネクサスは手首や肩を回し、異常なしと判断。全く疲れた様子を見せずに、こちらに目を向ける。

 

「……まだ続ける?」

「っ!」

 

ギリッ!と、噛み砕けるか、と思わせる程、歯軋りする。挑発に聞こえ、思わず憤りかけるも、すぐに落ち着きを取り戻す。ペースを乱しては駄目だ。冷静に、慎重に。

一呼吸置き、その場に暫しの間が空く。

 

「……ネクサスさん。はっきり言って、あなたは、格闘技とは縁のない人だと思っていました」

 

ポツポツと、小さく呟き始めるアインハルト。こちらの耳にも届き、ネクサスは立ち尽くし、静聴する。

 

「頭が良くて、穏やかで、優しくて……でも、運動が苦手で、慌てん坊な所もあって……一人だった私に声をかけてくれて、友達になってくれた」

 

とても、嬉しかった。懐かしむ様な声音で答える。

そして一瞬。ほんの一瞬だけ、アインハルトの口元に笑みが浮かんだ。

 

「でも……現実は違った」

 

少女の拳が、地面に振り下ろされた。鈍く、重い音が、こちらにまで伝わってきた。

口元が、一文字に閉ざされている。

 

「本当のあなたは、魔王の末裔であり……キバであり……私の……敵……」

 

呟きが、段々と小さくなっていく。よく見たら、肩が震えていた。何かに怯えている様な、とても弱々しい。

少女は、徐に顔を上げた。

 

「どうして……どうして、貴方が……“(キバ)”なの……?」

 

消え入りそうな声音で、今にも泣き崩れそうな面持ちで、彼女は問いかけた。今の外見は大人でも、心はまだまだ幼い。

大事な友人を、倒さなければならないという現実に、彼女は悲しみを隠しきれずにいる。

 

「それは……僕が選んだからだよ」

 

その問いに、無表情で、淡々と答えるネクサス。

 

「誰に何と言われようと、僕はキバとして戦う。それは変わらない。それが、僕に課せられた使命――――“罰”だから」

「……そう、ですよね」

 

その冷たい声音は、少女の耳に届いた。

俯きながらも、アインハルトは立ち上がる。もう、言い残す事はない。ここから先、言葉は不要。

 

これで、漸く“闘える”。

 

「でしたら、お願いがあります」

 

決意のこもった覇王の瞳。睥睨し、鋭い眼光を相手に向ける。

 

「本気で来て下さい。私は、全力で貴方と戦いたい」

 

言葉を発せられ、暫しの沈黙。

ネクサスは、拳を握り締め、徐に胸の前で交差する。

 

「ホロン、形態変化(フォルムチェンジ)

『Boost・up』

 

デバイス音声と共に、ネクサスの足元に白銀色の魔法陣――ミッド・ベルカ混合式――が浮かび上がる。交差した腕を、外側に開いたと同時に、魔法陣がネクサスの体を下から上へと突き抜けた。

それにより、ネクサスの体は、少年の体ではなく、青年へと変化。

 

長い腕には、頑丈な銀の籠手。黒色のズボンとロングブーツ。違いがあるとすれば、所々に白い炎を表す模様が描かれている。

最後に、またも顔を覆い隠していたフードを、片手で脱いだ。

肩甲骨にまで伸びた白髪は、一つに結われており、年相応の精悍な顔付きに。ゆっくりと開かれた瞳は、右目が金、左目が銀色へと変わっていた。

 

――――成人態(モード・ジュネッス)

 

姿が変わり、魔力にも変化が。それを感じ取り、アインハルトは警戒を怠らない。じっと相手を見据えている。

ネクサスもまた、腰を低くし、構えを取る。

 

「――――参ります、“ネクサス”」

「――――行くよ、“アインハルト”」

 

友の名を呼び合い、覇王と魔王の戦いの火蓋が、切って落とされた。

 



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night attack―決着後の襲撃―

夜の公園から、少し外れた場所にて、激闘が繰り広げられていた。

 

「「っ!!!」」

 

拳による連打、鋭い蹴りを織り交ぜ、覇王は攻め続ける。目の前の敵を討つべく、攻撃の手を休めない。拳と拳がぶつかり合い、鳴り止まない打撃音。両者、共に引けを取らない。

互いの正拳突きがぶつかった後、反発する磁石の様に、距離を取る。

 

「でやあっ!!」

 

即座に攻撃に出るアインハルト。腰を低くし、鋭い蹴りを繰り出す。対するネクサスは、それを難なく回避。蹴りは空を切るも、アインハルトは勢いをつけたまま、再び蹴りを入れる。

今度は直撃。ドガッ!と鈍い音が鳴る。決まったかと思われたが、それはネクサスの腕によって防がれていた。

 

「っ!!」

 

ネクサスは直ぐに足を払い除け、相手の腹部に拳を入れる。僅かに体を後ろへ動かし、威力を殺そうとするアインハルト。

しかし、その拳は腹部の深くまで入っており、意味を為さなかった。

 

「ぐぅっ……!?」

 

ネクサスは相手の衣服を掴み、こちらへ引き寄せ、またも腹部に一撃。肘打ちを食らわせる。

後退するも、足を踏ん張り、前へ出るアインハルト。腹部の痛みに耐え、拳を振るう。ネクサスはそれを容易くかわし、振るわれた相手の腕を、外側へ払い除ける。

 

「しまっ――――」

 

払い除ける為、広げた両手で、相手の両耳を叩く。

アインハルトは防御出来ず、耳鳴りが発生。更にネクサスは、叩いた両手で相手の頭を持ち、頭突きを繰り出す。激痛が走り、視界が揺らぐ。今度は、景色が大きく揺れ動いた。地面に倒れた事により、自分は投げ飛ばされていたという事実に気がつく。

すぐに起き上がろうとするも、足元が覚束ない。ネクサスは構わず前進し、拳を繰り出す。咄嗟に防御姿勢を取るアインハルト。しかし、それはフェイントだった。気づいた頃には、右脇腹に拳が。

 

「うぐっ……!」

 

歯を食い縛り、持ちこたえようとするも、最早攻撃する隙がない。脇腹の次は、膝の裏を蹴られ、足が崩れ落ちる。

 

「っ!!」

 

顎に目掛け、ネクサスは拳を振り上げた。アッパーを食らい、アインハルトの体は宙に舞い上がる。ふわり……と、弧を描く様に、やがて地面に落ちた。

月光に照らされ、息を切らしながら、覇王は地に背中を着ける。

 

(まさか……ここまで、とは……)

 

学院で、唯一の友達である彼。自分に見せる、優しい微笑み。戦いとは無縁な、大人しい人。

しかし、今はどうだ。自惚れる訳ではないが、これでも格闘選手相手に、決闘を申し込み、多くの勝利を収めて――先日、喧嘩両成敗となったが――きた。その自分が、完膚無きまでに、叩きのめされた。魔法を使う暇を与えられず、魔法を使うまでもなく、自分は――――敗けた。

 

「………」

 

仰向けで、大の字に倒れているアインハルト。その視線は、満天の星空に向けられている。宝石の様に輝く、小さな星の数々。

 

「――――まだ、やるか?」

 

ふと、声をかけられた。

視線を向けたら、そこにいるのは当然、先程拳をぶつけ合った友人。息切れ一つしておらず、疲労の色が全く見当たらない。

対し、こっちはもう、戦える力は残っていない。起き上がろうとするだけで、体がズキズキと痛む。顔を歪ませながら起き上がろうとすると、友人が歩み寄り、優しく起き上がらせる。

 

「……私の、負けです」

「…………」

「私は、負けてしまった……これでは、覇王の悲願を……」

「アインハルト」

 

両肩に手を起き、目を合わせて向き合うネクサス。

 

「確かに、君は覇王の末裔かもしれない。御先祖様の為に強くなろうとするのは、凄いと思うよ。でも、君は“アインハルト”であって“覇王”自身じゃない」

「…………」

「末裔だからって、君がそこまで背負う必要はないだろ……君は、自由に生きていけば、それでいいんじゃないか?」

 

ネクサスなりに、言葉をかけた。自分が思い付く言葉を、慎重に選びながら、投げ掛けていく。

しかし、アインハルトは俯いたまま、沈黙。迷いが、生じていた

 

「それでも……私は……私は……」

 

思い悩む友人の姿を見て、悲痛な表情を浮かべるネクサス。もう少し、自分にも何かしてあげたら。考えてもキリがない。

どうすればいいか、またも思考に走る。

 

 

――――ッ!

 

 

ネクサスは瞬時に動いた。

 

「アインハルトっ!!」

 

咄嗟に飛び上がり、アインハルトを抱き抱えるネクサス。彼女が驚くのも束の間。先程いた地面が、急に破裂したのだ。

そのまま、地面の上を滑る二人。

 

「あ~あ、残念。外しちゃった」

 

二人は、声のする方に視線を向ける。

暗闇に染まった木の上に、狙撃手がいた。

ステンドグラス状の黄色い皮膚。まるで、蜂を思わせる容姿をした怪物。インセクトクラスに属する、ゲンホウファンガイア。

その手には、ステンドグラス状の銃が握られている。

 

「ネオファンガイア……!」

 

ネクサスは、アインハルトを庇う様に、前へ出る。ゲンホウファンガイアは、銃を構え、狙撃。

 

「くっ……!」

「ほらほらぁ!逃げないと痛い目に遭うわよぉ!!」

 

アインハルトを立たせ、その場から逃走するネクサス。相手は面白がっているのか、わざと外して撃っているゲンホウ。木の裏に隠れようとするも、相手は空を飛びながら、狙い撃ってくる。

二人を追う様に、地面に銃弾の軌跡が刻まれていった。森を抜けた直後、見計らったかの様に、銃撃が収まる。

 

「僕達を、どうする気だ……?」

「どうする気って……分かってるくせに」

 

地面に着地し、二人と対峙するゲンホウ。余裕綽々といった態度で、こちらを見ていた。

 

「覇王の末裔である、そのお嬢ちゃん。貴女のライフエナジーが欲しくて堪らないのよ~」

「私、の……?」

「何といっても、歴史に残る覇王の純血。この身に味わいたいのは当然でしょ?」

 

不気味に笑いながら、ゲンホウは銃を構える。

 

「そんな……そんな事の為に、アインハルトを……!」

「私達にとっては、“そんな事”じゃないのよ。まっ、出来損ないの“雑種”には分かる訳ないか」

 

やれやれ、と言わんばかりに、首を振る。まるで、ネクサスの事を知っているかの様な口振り。こちらの神経を逆撫でする様な動作、大切な友人を危険な目に遭わせたという事もあり、冷静さを失いつつあるネクサス。そんな後ろ姿を、心配そうに見つめるアインハルト。

 

「お前の好きにはさせない」

「へぇ~、格好良い事言うじゃない。でも、ちょっと台詞が違うわよ?」

「っ?」

「お前、じゃなくて――――“お前達”、ね」

 

ドガッ!!という衝撃と共に、一瞬でネクサスの姿が消えた。

 

「ごふっ……!?」

 

鉄塊を叩きつけられたかの様に、ネクサスは抵抗出来ないまま、木にぶつけられた。大木が揺れる程の力を受け、ネクサスはそのまま地面に横たわる。

 

「ネクサスさんっ!!」

「おっとぉ」

 

悲鳴にも似た叫びを上げるアインハルト。友人の元に向かおうとするも、ゲンホウの銃弾に足元を狙われ、行く手を阻まれる。

その隙に背後を取られ、跪いて後頭部に銃口を突きつけられた。

 

「ぐっ……!」

「はい、捕獲。そっちはどう?」

「他愛ない」

 

ネクサスを襲撃した、もう一体のネオファンガイア。猪、或いは牛を思わせる、ミノタウロスファンガイアは、同志であるゲンホウにそう答える。

 

「でも、これでお目当ての物はゲット出来たって訳ね」

「そういう事だな」

 

この状況を見て、満足そうに会話を交わすネオファンガイアの二人。

地面に倒れたまま、動く素振りを見せないネクサス。ピクリとも動かない彼の姿を目にし、焦燥に駆られる。すぐにでも駆けつけたい。しかし、それをネオファンガイアが許す筈もなく、拘束を解けずにいた。

 

「こらこら、暴れちゃ駄目だって」

「大人しくしていろっ!!」

 

必死に抗っている所を、ミノタウロスに殴り付けられ、地面にひれ伏す。重い一撃で頭を強く強打し、視界が揺れ動く。

 

(ネク…サス……)

 

そのまま、意識を失った。

 

「さて、戻りますか」

「そうだな」

 

二人は頷き、その場から去ろうとする。ミノタウロスがアインハルトを背負おうと、身を屈めた――――。

 

「「っ!?」」

 

突如、黒い集合体が出現。無数の塊が集まったかの様な見た目で、蛇の様にうねっている。大蛇の如き“ソレ”は、地中から勢い良く飛び出し、二体のネオファンガイアを弾き飛ばした。

 

「うっ!?」

「ぐおっ!!」

 

二体は容易に吹き飛ばされ、地面を転がる。すると“ソレ”は、一人となったアインハルトを囲んだ。そして、彼女を“取り込む”。

正に電光石火の如く。アインハルトを取り込んだ“ソレ”は、そのまま宙を飛び、空の彼方へと去っていった。

 

「あれは……!」

「おのれぇ……横取りしやがったな!!」

 

どうやら、あの“黒い物体”に覚えがあるらしい。犯人を特定し、直ぐに後を追いかける。

 

「あの野郎……!」

「落とし前はきちんと付けさせてやるわ」

 

憤慨しながら、二体はその場を去っていった。

 

一人、公園に置き去りにされたネクサス。視界が段々と霞み、やがて闇に閉ざされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ネクサスッ!!

 

自らの名前に反応し、少年は目を覚ました。

視界に写り込んだのは、家族同然の存在である、一匹の白い蝙蝠。

 

「キバァ…ラ……」

「アンタ……このおバカっ!!」

 

怒声を浴びせるキバーラ。いつもの飄々とした雰囲気はなく、焦燥に駆られていた。

その姿を目にし、心配をかけてしまったと、後悔するネクサス。

 

「……ごめんなさい」

 

素直に謝罪する。

そこへ、遅れて四人の少女達がやって来た。

 

「ネクサス~っ!!」

「無事かっ!?」

 

レヴィとディアーチェが先に駆けつけ、シュテルとユーリも後から到着した。

 

「無事、の様ですね……」

「本当に、良かったです……」

 

四人は、共通して安堵の表情を浮かべていた。これだけの心配をかけてしまった事を、深く反省する。

しかし、今は考えを切り替える。一刻も早く、友人を救出する為に。

 

「ごめん、皆……心配かけて――――でも!」

「助けに行くんでしょう?」

 

言い切る前に、キバーラがそれを遮った。

 

「無論、私達もそのつもりです」

「アインハルトは、もうボク達の友達だもんね!」

「放っておく訳にもいかんだろう」

「その通りです」

 

皆、ネクサスと同じ想いの様だ。やる気に満ちた表情で、頷く。それを目にし、ネクサスは微笑んだ。

 

「ありがとう、みんな」

 

感謝の言葉を述べ、ネクサスは立ち上がる。

大事な友達を、救い出す為に。



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flare―星光の殲滅者―

ゲンホウファンガイア――深緑色のモスファンガイアっぽい外見


荒れ果てた荒野。そこに建っている少数のビル群。

人が全く寄り付かないであろう、その地区は、今は“ある人物”の根城として使用されていた。

その根城へと向かう、二体のネオファンガイア。その表情は憤慨に満ちている。

何も知らない人間が鉢合わせれば、瞬く間に八つ裂きにされる程に。

 

「あそこね」

「我らをコケにしやがって……!」

 

目的地が見え、更に憤る二体。一歩進む、と同時に、歩みを止めた。

 

「まさか……」

「追ってきたか」

 

微かなバイク音と共に、遥か後方から、何かが近づいてくる。誰が追いかけているかは、言うまでもない。

 

「先に行って。ここは私が」

「なに?それなら――――」

「早く行かないと、あいつが覇王に何かするかもしれないでしょ。それを止めておいて」

「……分かった」

 

ゲンホウに言われ、ミノタウロスは先に向かう。一人残ったネオファンガイアは、近くのビル群を一瞥する。

 

「迎撃、開始」

 

踵を返し、そのビル群へと消えていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

荒野を走る、一台のオートバイ。深紅に染められた車体。“深紅の鉄馬”という異名を持つバイク――――マシンキバー。

そのマシンキバーに誇るは、キバに変身したネクサス。速度を上げ、目的地へと急行していく。

 

――――因みに、免許の方は特殊な経緯にて取得している。

 

荒野を走る鉄馬。その後は、砂煙が吹き上がる。そのまま現場まで行ける――――かと思いきや、そうはいかない。

 

「っ!?」

 

突然、銃声が鳴った。

同時に、バイクのすぐ真横に銃弾が突き刺さる。それだけに止まらず、銃声は鳴り続け、銃撃が繰り出された。

キバはマシンを乗りこなし、ジグザグに走りながら、射撃を回避していく。

 

「キバ!あそこに避難するわよ!」

 

キバーラの指示により、キバはバイクを旋回させ、建物の陰に身を隠す。

それを目にし、銃口を下げる一体のネオファンガイア。

 

「さて……どう動くかな?」

 

二丁の銃を手にしながら、ゲンホウファンガイアはその場を後にする。姿が見えない以上、長居は無用だ。ならば、こちらから出向くとしよう。

ゲンホウが移動を開始した頃、キバはマシンキバーを停車。バイクから降り、物陰に潜む。

 

「もしかして、ネオファンガイア……」

「ここで通せん坊って所かしら」

 

柱から顔を覗かせ、周囲を見渡す。敵は、どこから来るか分からない。警戒し、身を潜めながら、先へと向かう。

一歩、また一歩と踏み出していく――――更に一歩目、足元に銃弾が被弾した。

キバはすぐにその場から離れ、近くの柱に身を隠す。

 

「残念、外しちゃった」

 

二丁の銃を肩に担ぎ、こちらを見据えるゲンホウファンガイア。静かに歩みながら、周りを見渡している。

 

「出てらっしゃい、隠れても無駄よ~?」

 

おどけた口調で話しかけるも、その眼差しは獲物を捜索。手に持っている銃も、構えたままだ。

油断も隙もない。その佇みから、キバはそう感じ取る。

 

『見るからに遠距離攻撃を得意としてる。なら……』

『時間もかけたくないしね。あの子に任せましょう』

 

念話で作戦を練った後、キバは橙色のフエッスルを取り出し、キバーラに咥えさせる。

 

「メラメラと撃ち抜いちゃって!」

 

そして、笛の音を奏でる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

少女の頭に響き渡る、聞き慣れた笛の音色。自分を呼ぶ号令であると確認。

 

「――――参ります」

 

少女の体は橙色の光に包まれ、球体となる。そして待機場所から、自らを呼ぶ者の元へと向かった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

突如、後方の彼方から“何か”が接近。ゲンホウはそれに気づき、すかさず銃口を向け、引き金を引いた。銃が火を吹き、銃弾が放たれるも、橙色の光球は難なく回避。ゲンホウに体当たりし、ファンガイアの体から火花が散る。一撃を入れ、直ぐ様キバの元に向かった。

 

『カモン、シュテルッ!』

『承知致しました』

 

キバが右手を伸ばし、橙色の光はその手に収まった。

 

その瞬間、光は形を成していく。

 

橙色を主体に緋色のパーツが所々に埋め込まれている銃、【魔焔銃・ルシフェリオバスター】。右腕、胸元を鎖が何重にも巻き付き、弾け飛んだ。

体は、焔を模した形状の鎧へと、瞳の色は橙へと変化した。

 

『失礼します』

 

キバは【フレアフォーム】となり、ルシフェリオバスターを手に取る。

身を隠した柱から飛び出し、両手で構え、一瞬で照準を定めた。突然、獲物が堂々と姿を現した事に動揺してしまい、咄嗟の行動が遅れてしまうゲンホウ。慌てて引き金にかけている指に力を入れた。

 

「発射」

 

こちらが素早く引き金を引き、銃口から炎の弾丸を射出。キバが放った一発が、ゲンホウの肩に直撃した。

 

「があっ!?」

 

初弾は見事に命中。火花が飛び散り、ゲンホウは大きく後退した。痛みに耐え、再度狙いを定めようとするが――――。

 

「このぉ……!」

「させません」

 

更に二、三発目を撃ち込む。

二発目は銃を弾き、最後は右膝部分に被弾した。悲鳴を漏らし、膝が地面につく。

 

「ぐ、ぅぅ……!」

 

痛む箇所を押さえながら、ゲンホウは一人考える。この場から逃げる方法を。

まさかの事態になってしまった。紛い物だと思っていた相手の手によって、瞬く間にこちらが不利に。

 

(くそっ!くそっ!こんなの想定外よ!冗談じゃない!)

 

覇王の血は惜しいが、自分の命の方が大事だ。この際、もう一人――ミノタウロス――に押し付け、自分はもう下がろう。

即決断し、ゲンホウはすぐに仕掛けた。

 

「食らいなぁ!!」

 

力を振り絞り、全身から鱗粉を撒き散らす。壁や地面に付着した瞬間、火花を散らしながら爆発。瞬く間に、煙が充満していく。

キバは咄嗟に身構え、後退した。

その隙に、ゲンホウは踵を返して、場を走り去る。否、羽根を動かし、出口目掛けて飛び立とうとしていた。

 

(こんな所でくたばるなんて真っ平ごめんだわっ!!早くここから逃げないと)

 

痛みが増しているのか、堪えているのか、ゲンホウは時折呻き声を漏らす。怪我した部位を押さえながらも、羽根を必死に動かす。

一瞬、後ろに視線を向けた。煙が立ちこもっており、こちらから標的(キバ)の姿は見えない。ならば、あちらもこっちの姿を把握できていない筈。そう結論付け、ゲンホウは一安心しながら、出口へと向かっていった。

 

「――――標的(ターゲット)、確認しました」

 

一方、キバは標的を“捉えていた”。しっかりと、その眼で。

フレアフォームが優れているのは、射撃能力だけではない。標的を決して逃さない、優れた視力。瞬時に相手の姿形を探知し、狙いを定めた。

そして、武器である銃を、キバーラに咥えさせる。

 

「【フレアバイト】!!」

 

魔皇力を注ぎ終え、キバは武器を構え直す。

建物の外、空は闇一色に染まり、橙色の半月が現れた。

 

「な、なにっ!?」

 

異様な光景に気づき、ゲンホウは動きを止めてしまう。否、止めてしまった。

 

「ああ、ぁぁああぁ……!!」

 

恐る恐る、横目で後方を確認。

燃え滾る炎の弾丸を装備した銃口が、自分に向けられていた。未だ、煙が晴れていないというのに、その輝きだけが自らの網膜に焼き付く。

同時に、底知れぬ恐怖がゲンホウを襲った。我に帰り、またも逃げようと試みる。

しかし、それは叶わなかった。

 

「ぐぁっ!?」

 

突如、地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから数本の鎖が飛び出す。その鎖はゲンホウの全身に巻き付き、体に自由を奪った。

必死にもがき、拘束を破ろうとするも、手負いの状態では、解く事は出来ない。

 

「発射準備、完了」

 

赤き炎を操りし者の口から告げられる、冷徹な宣告。

 

「ま、待って……もう、降参…あ、あの末裔の事は諦めるから……お、お願い、た…助けて……ゆ、許して……」

 

恐怖に震えた声音で、必死に命乞いをするゲンホウ。煙の向こうで収束していく炎の輝きを目の当たりにし、更に恐怖へと陥る。それでも、腹の底から声を出し、慈悲を懇願。

 

「や、やめ――――」

「――――発射(シュート)

 

引き金が、引かれた。

 

強烈な爆発音と共に、銃口から巨大な火炎放射、或いは熱線が放たれる。その風圧により、煙は容易く切り裂かれた。そして、膨大な熱エネルギーの塊は“的”目掛けて一直線に伸びる。

 

「ああああああああああああああ!!」

 

燃え盛る灼熱の炎は、鎖に繋がれた魔の者を飲み込んだ。全身に熱を浴び、断末魔の叫びさえ、その轟音にかき消される。

 

【フレア・デストラクター】

 

ほぼ消し炭と化した亡骸に、待機状態のルシフェリオンを模した紋章が浮かび上がる。その直後、亡骸は砕け散り、やや焦げたステンドガラスの破片が地面に落ちた。

そして、内包されたライフエナジーは、明るくなった外へと向かった。

 

「迎撃、完了しました」

「害虫駆除、お疲れ様」

 

報告するシュテルに、労いの言葉を述べるキバーラ、

 

『シュテル、悪いけど、急いでアインハルトさんの所に』

「はい、直ちに向かいます――――」

 

咄嗟に、シュテルはルシフェリオバスターを自らの背後に向けた。そこには、“誰もいない”

 

「この気配、まさか……」

 

ボソッと呟き、シュテルは再度武器を構え直した。

 

「シュテル、危ないっ!!」

 

キバーラの声に反応し、自らに襲いかかる“何か”に銃を向ける。

しかし、相手の方が早かった。“黒い集合体”は触手の様に、キバの両手足に絡み付く。先程、ゲンホウを捕らえていた時と同様。しかも、今度は自らが拘束されてしまうとは。

 

「“ジェノム”……って事は」

「間違い、ありませんね……」

 

キバーラとシュテルは、確信した。今回の出来事に、“奴”が関わっていると。

結論に辿り着いた直後、キバが立っている地面に、魔法陣が描かれた。地面だけでなく、壁や天井、あらゆる箇所に出現。

 

「やばっ……!」

「くっ!」

 

魔法陣の光が強くなった所を目にし、キバーラとシュテルは、同時に顔を歪ませる。

 

そして、爆発が起きた。

 





【挿絵表示】


こんな感じなんだな、と思っていただけたらと思います。


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idea―次元の探求者―

「――――ここ…は…?」

 

気怠そうに呻きながら、重い瞼を開ける。薄暗い内部で、付近にあるものから物置小屋だと推理。上半身を起き上がらせようとする際、両手に異変を感じる。

当然というべきか、逃げられない様、後ろ手に鎖で固く拘束されていた。もがくも、全く外れる様子がない。鎖が擦れ、金属音が小さく鳴るだけ。苦虫を噛んだ様に顔を歪ませ、抵抗を止める。

 

「……ネクサスさん」

 

この場にいない、友人の名を呟く。あの人は、無事だろうか。決闘の最中、ネオファンガイアによる襲撃を受けた。その際、彼は身を挺して自分を庇ってくれた。結果、彼は傷を負い、地に倒れた。最後の最後まで、こんな自分の事を助けようとしてくれた。アインハルトは、懺悔の意と共に、友人の無事を祈る。

ガチャ――と、唐突に扉が開かれた。射し込む光に照らされ、驚きながらも、扉方面に視線を向ける。

 

「我等がマスターがお呼びだ」

「行くぞ」

 

いたのは、二人の人物。体格や声音からして、男性だろうか。どちらも、顔には無機質な印象を与える白い仮面、黒を基調とした戦闘衣を身に付けており、実に似通った姿をしている。双子、といっても不自然じゃない。

その内の一人が、アインハルトに近づき、軽々と持ち上げ、肩に背負う。抵抗出来ず、そのままどこかへと連行されるアインハルト。

コツ、コツ、と靴が地面に触れる度に、音が木霊する。暫く歩いた後、とある部屋に辿り着く。

 

「失礼致します」

「捕虜を連れて参りました」

 

その場にアインハルトを降ろし、二人は揃って整列する。向かいにいるのは、椅子に腰かけた謎の人物。闇を思わせる紫色のロングコートに身を包み、顔を覆っているメカニカルなマスク。腕と足を組みながら、その人物は、こちらに顔を向ける。

 

「ふむ、ご苦労。二人共、下がりたまえ」

「「はっ」」

 

一礼し、言葉通り、数歩下がる二人の従者。

椅子にもたれかかったまま、アインハルトと向かい合う人物。やや前屈みになり、地面に横たわるアインハルトを間近で見る。

 

「虹彩異色……魔力資質……DNA……フフフ、間違いない」

 

丸いバイザー越しに、不気味な笑いを溢す。そのバイザーには、いくつもの数列が表示されている。何かの解析を行っているかの様。

そこには、アインハルトが反射して写っており、その表情は恐怖に染まっていた。自分を見るや否や、興奮気味に笑う相手に恐れを抱いてしまう。

 

「おっと、失礼。何千年もの時を経て、漸く巡り会えたんだ。ついつい、喜びを抑えきれなくてねぇ……クハ、ハハハハハ!!」

 

突如、目前の男は不気味な笑い声を上げる。

思わず、目を反らすアインハルト。形容しがたい、悪意が相手から滲み出ている。今すぐ、この男の前から逃げ出したい。声も聞きたくない。初対面だというのに、ここまで背筋が凍る思いをしたのは初めてだ。

 

「一応、自己紹介をしておこうか。私の名は【イデア】。よろしくね、アインハルト・ストラトス」

「ど、どうして、私の名前を……」

「そりゃあ、調べたからに決まってるだろう?」

 

仮面の男――――イデアは、手をかざし、横に振る。すると、目の前に幾つかのディスプレイが表示される。そこには、何れもアインハルトの姿が写し出されていた。ずらりと並べられた写真を目にし、監視されていたと気づき、顔を青ざめる。

 

「おい、貴様っ!」

 

そこへ、一体の怪物が現れる。

自分と友人を襲撃した、二体のネオファンガイアの一人。ミノタウロスファンガイアは、憤りを露にしながら、イデアに詰め寄る。

 

「おや、どうかしたのか?」

「どうもこうもあるかっ!我々の邪魔をしやがって!」

「邪魔?一体何の事やら」

「とぼけるな!あの奇妙な力は、お前しか使えない筈だろっ!!」

 

ネクサスとアインハルトの動きを封じ込めた、正体不明の物質。小さな塵の様な物が重なりあい、長い胴体を持つ怪物へと変化。ネクサスを吹き飛ばし、アインハルトを飲み込んだ謎の生命体。

怪物が声を上げ、対するイデアはというと。

 

「……で?」

「はっ?」

「それが何か?」

 

もし、表情が出るのであれば、相手は真顔でいるだろう。そう思える程、無感情な声音だった。

ふるふると、小刻みに震えるミノタウロス。恐怖からではなく、苛立ちからだ。

 

「言った筈だよなぁ……!?邪魔をするなとぉっ!!」

 

憤りを抑えきれず、ミノタウロスは拳を振るう。大きな豪腕から繰り出される殴打が、イデアを襲う。

しかし、その拳が届く事はなかった。

 

「なっ!?」

 

一瞬。ほんの一瞬の隙に、部下である仮面の男が、イデアを庇う様にして、ミノタウロスの豪腕を片手で受け止めた。

驚愕するミノタウロス。見た所、人間と変わらない容姿をした相手だ。それなりの筋力はあるようにも見える。だが、まさか自分の拳を防がれるとは。

 

「我が主に手出しはさせん」

 

淡々と呟き、掴んでいた腕を払い、腹部に掌底を放つ。想像以上の衝撃を食らい、ミノタウロスは大きく後退し、膝を付いて、悶え苦しむ。

 

「ぐっ!?」

「捕縛完了」

 

それだけではない。動けない隙をつかれ、魔力の鎖が全身にまとわりつく。魔法陣から出現しており、その鎖の数は約四本。一見、引きちぎれそうな程、細く脆い造りに見えるが、ミノタウロスはピクリとも動けなかった。強度はかなりの物と見える。

 

「よくやった。ファウスト、メフィスト」

 

拳で制した仮面の男――――ファウスト。魔力の鎖で拘束している、もう一人の仮面の男――――メフィスト。

二人共、イデアが造り出した、忠実なる部下。労いの言葉を投げ、イデアはゆっくりと、ミノタウロスに近づく。

 

「無様だなぁ?先程の威勢は何処へ行ったのやら。ネオファンガイアともあろう者が、この程度とはねぇ」

「ぐっ……っっっっっっ!!」

 

煽る様に、蔑みの言葉を投げ掛けるイデア。

鼻で笑われ、ミノタウロスは耐え難い屈辱を味わう。歯軋りし、大きく唸る。威嚇するも、イデアは物ともしない。

 

「大体、この私がお前達の様な害虫共の要求を飲む訳がないだろう。第一、せっかく情報を提供してやったと言うのに、悉く敗れるとは情けない」

 

やれやれ、と言わんばかりに首を振る。不意に、イデアはミノタウロスの頭を掴む。今も尚、睨まれているが、最早何の意味もない。

 

「まあ、お前だけでも最後の役に立ってもらおうか」

「ぐっ……」

「最初から私の傀儡にする事も出来たんだ。何故、今まで自由にさせてあげたと思う?」

「な、何を……!」

「それはねぇ……“ザギル”に頼まれたからだよ」

 

――――ザギル。その名を耳にした途端、ミノタウロスは固まった。先程の怒りは勢いを無くし、焦燥に駆られる。

 

「独断専行を気づかれていないと思っていたのか?彼は、君達に最後のチャンスをあげていたんだよ。組織を勝手に抜け出し、覇王の力を独占しようとする君達に。だが、挙げ句の果てには失敗し、この様とは……呆れたな」

「そ、そんな……まさか……(ロード)が……!」

「無論、君達の失態は彼に報告済み。そして、彼は言った。“もういい、好きにしろ”とね」

「お、お前も……組織の者だったのか!?」

「その通り。まあ、自分から顔を出した事は一度もないがね。私にも私の都合があるからな。あくまで私の役目は彼の補佐。裏でメンバーの監視」

 

イデアはミノタウロスの角を掴み上げ、耳元で呟く。

 

「そして……裏切り者、或いは任務に失敗してしまった者の始末」

 

またも、体を震わせるミノタウロス。その様子は、完全に恐怖に呑まれていた。

 

「お、お前……あなたは、もしや……“カーディナル”っ!?」

「組織の中では、そう呼ばれている」

 

カーディナル。組織――――ラストアークの内部にて、その名を知らぬ者はいない。(ロード)の右腕にして、絶対的な信頼を得ている組織のNO2。同時に、処刑人の役目を担っており、他のネオファンガイア達にとって畏怖すべき存在とされている。

その恐怖が、今、目の前にいるという事実に、ミノタウロスは言葉を失った。

 

「当然、私が何をすべきか、お前にも分かるよなぁ?」

「お、お許しを……どうかっ…じ、慈悲を……」

「役立たずの害虫にかける慈悲などない」

 

冷たい声音と共に、イデアはミノタウロスの頭部を掴み直す。すると、その片手に電流が迸った。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

怪物の雄叫び、否、悲鳴が廃墟に響き渡る。もがき苦しむ様を目にするアインハルト。

同時に、強烈な頭痛が生じる。

 

「っ……ぁぁっ…!?」

 

脳に直接流されている様に、映像が脳裏を過る。

それは、いつも夢に出ている先祖の記憶。聖王、親友達との楽しい思い出。戦に身を投じた記憶。

 

かつて、親友であった魔王と相対し、敗れ、この世を去った。

 

ここまでは、いつも通りだった。

 

 

そう、“ここまでは”。

 

 

◇◆◇◆

 

 

そこは、暗闇に包まれていた。明かりは、外壁に設置されている蝋燭の灯火のみ。所謂、城の内部にある地下道。

その場で、二人の人物が向かい合っていた。

 

「全て……全て貴様が仕組んだ事だったのか!」

 

怒りを露にし、相手に向かって叫ぶ青年。覇王ことクラウスは、眼前の人物を睨み付ける。

対する、黒いローブに身を包んだ謎の人物は、ただただ立ち尽くすだけだ。

 

「答えろ、イデアッ!」

「……答えるまでもない」

 

漸く、口を開いたイデア。その声音は、どこか小馬鹿にしている様な、蔑みの感情が込められていた。

 

「正直、私自身ここまで全てが上手く運んだ事に驚いてるんだよ。人間の王族はともかく、ファンガイアのキング。そしてレジェンドルガのロードを言いくるめるのはヒヤヒヤしたが、良い結果となってくれた」

 

肩を揺らしながら、笑いを堪えるイデア。その様子を見て、覇王は拳を強く握り締める。

 

「“アイツ”は……お前を信じていたんだぞ……!種族の壁を越え、共存の道を歩む!その夢に共感し、力を貸してくれたのではなかったのか!?」

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

クラウスの言葉を高笑いで一蹴する。茫然とする覇王を前に、イデアは尚も笑い続ける。やがて、段々と笑い声が収まり、大きく息を吐いた。

 

「……どいつもこいつも、馬鹿な連中ばかりで助かるよ。だが、ここまで来れば呆れて物が言えない」

「っ!!」

「種族の壁ぇ?共存の道ぃ?笑わせるなよ青二才の若造がっ!真に心と心が通える日など来ない。永遠になぁ?上部(うわべ)が違うだけで差別、迫害は生まれる!どれだけ足掻こうと、説得しようと、心の奥底では、互いに恐れ合っているんだよ!人間もっ!魔族もなぁっ!!」

 

大声を張り上げ、抗弁を垂れる。肩を上下させるも、我に帰ったのか、落ち着きを取り戻す。

 

「だから、人間なんかと仲良くなんかしないで、化け物は化け物らしく、振る舞うべきなんだよ。そして、私が計画の一部として利用してやるのさ」

「何だとっ……!」

「本当、使いやすい駒で助かったよ。レジェンドルガに、ファンガイア……“お前の親友達”もなぁ?」

 

プツン――――と、何かが弾けた。

 

「イデアぁぁあああああああっ!!!」

 

雄叫びを上げ、覇王は駆ける。地面を蹴り、目の前の敵目掛けて一直線に。拳を力一杯に握り締め、顔面目掛けて繰り出そうとする。

 

「ウオオォオオオオオオオ!!!」

「愚かな王よ」

 

見計らったかの様に、イデアは“罠”を起動させた。

 

「なにっ!?」

 

クラウスの拳は、イデアの顔面に吸い込まれていく。しかし、それが当たる事は叶わなかった。

突然、イデアの体から無数の黒い塵の様な物質が溢れ出した。それは、まるで庇う様に収束、覇王の拳を受け止めた。靄の様に見えるが、拳から伝わる感触は、まるで金属の壁を殴っているかの様であった。

 

「不用意に突っ込むのは、無謀という物ですよ、“若”」

 

パチン、と指を鳴らすと、その黒い物質はクラウスにまとわり付いていく。

クラウスは急いで抵抗するも、効果は見られない。その物質は、大蛇、蛸、触手の様な形状に変化し、覇王の体を締め付けていく。必死の抵抗空しく、クラウスは膝を付いた。体のほとんどが、黒く埋め尽くされており、膝立ちの状態で、顔だけー他にも所々体が見え隠れしているーが露となっている。

 

「くっ、くそっ!!」

「如何ですかな?我が忠実なる手足、【ジェノサイド・ヴェノム】。略して【ジェノム】は」

 

締め付けられ、苦悶の表情を浮かべるクラウスの周りを、ゆったりとした足取りで回る。

 

「覇王と言えど、これでは文字通り、手も足も出ない。ああ、嘆かわしや……」

 

芝居染みた台詞を吐き、クラウスの神経を逆撫でする。そして、背後から両肩に、手を置き、耳元で囁いた。

 

「だが、それは別に関係ないか――――大事な聖王の姫君を、お前は守れなかったんだからなぁ?」

 

脳裏に、彼女(オリヴィエ)の笑顔が浮かんだ。しかし、それは直ぐに涙にまみれた哀しみの表情へと変わる。

 

「お前は頼れる存在ではなかった。だから、共に行けなかったんだ」

「――――まれ」

「彼女より弱かったから。そのせいで彼女は“ゆりかご”に乗ってしまい、全てを失う羽目となった」

「黙れ……」

「お前は何も守れない。国も、民も、仲間も、親友も、家族も――――愛する者さえも」

「黙れ……!」

「全てはお前が無力だから……お前が弱いからだっ!!」

「黙れぇええええええ!!!」

 

悪魔の囁きをかき消すかの如く、一心不乱に叫び、拘束を解こうとする。しかし、どれだけ叫んでも、言葉は心に残る。どれだけ抗っても、体の自由は訪れない。

無力、後悔、哀しみ、怒りといった負の感情が、覇王の心を蝕んでいく。

 

「いやはや、焚き付けておいてなんだが、見るも哀れなものよ」

「ああああああ!!ああああああああ!!」

「安心したまえ。私が“一時的に強く”してあげよう」

 

そう言うと、イデアはクラウスの頭を掴む。

 

「な、何をするっ!?」

「聖王がいなくなった今、警戒すべき人間の王は、もうお前しかいない。無論、消すつもりだが、これでもお前に“仕えていてやった”身だ。最後くらいは、役に立ってあげよう、と思ってね」

「は、離せっ!!」

「そう言うな。覇王の最後に彩りを加えてあげようと言ってるんだよ。やはり、戦いの中で終わらせないとな。勿論、相手は凄腕の強者……君の親友がいいな」

 

クラウスの脳裏に、最悪の事態が想定される。否、この悪魔が何をしようとしているのか、直感で理解してしまった。

 

「人生最後の戦場、魔王となった親友との殺し合い。うん、実に良い演出(シナリオ)だぁ……!」

「この、悪魔めっ……!」

「しかし、今のままだと面白味に欠ける。そこで、だ……お前の頭を少し弄る事にするよ」

「なにっ!?」

「ああ、心配するな。少し“やる気を出させる”だけ。まあ、周りから見れば、洗脳に近いやり方だが、これがまた面倒でな。まず、対象者の脳に刺激を与え、人格を破壊しなければならない。並みの人間なら、頭が破裂。生きても、廃人同然となってしまうのだからな」

「おい、よせっ!やめろっ!!」

「さて……お前は、どこまで耐えられるかなぁ?」

「やめろぉおおおおおっ!!」

「さらばだ、覇王よ」

 

悪魔は、洗礼を執行。

 

同時に、若き青年の悲痛な悲鳴が、悪魔の不気味な笑い声が、地下道に響き渡った。

 



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regret―過去の真実―

映像が途切れ、現実に戻される。

 

(今のは、クラウスの……“魔王と戦う”直前の、記憶……?)

 

唐突な事で混乱するアインハルト。しかし、目の前で行われたイデアの手による非人道的な行いを目にし、先程の記憶を得た。

 

これが、覇王と魔王の決闘の裏に隠された、真実。

 

「確かに私は処刑人。だが、言っただろう?君にはまだやってもらわなければならない事がある、とね」

 

こちらはこちらで、作業を終えていた。イデアは空いている手で、魔法陣を形成。ミッド、ベルカとは違う、別の術式を思わせる形をしていた。それを、ミノタウロスの頭上に向ける。すると、魔法陣はイデアの手から離れ、宙に浮く。

 

「これくらいかな」

 

イデアは、ミノタウロスの頭から手を離し、後ろへ下がる。

両手は垂れ下がり、膝立ちで俯くミノタウロス。その意識は、もう二度と起きない。人格は、完全に消されてしまった。

徐に、魔法陣が降りていく。それは自我を失った異形の者の肉体を包み込む。まるで、肉体に馴染んでいくかの様に、魔法陣は溶け込んでいった。

 

「立て」

 

唐突に命令するイデア。

すると、その言葉に、素直に応じるミノタウロス。反論もせず、淡々と立ち上がった。

見れば、瞳に生気は宿っていない。動作も鈍く、まるでゾンビの様。

 

「しっかりと働いてもらうぞ?死ぬまでな」

 

今度は、アインハルトに視線を向ける。イデアが近づいてくるにつれ、目付きを鋭くさせるアインハルト。

 

「見苦しい所を見せてしまって申し訳ない。どんな生き物でも、躾は大事だろう?」

「……あなたが」

「ん?」

「あなたが、クラウスを利用して…魔王と戦わせる様に、仕向けた……!」

 

可憐な容姿でありながら、それは正に親の敵を見るかの如く、鋭い眼光だった。

対し、こちらは感嘆の声を漏らす

 

「この様子だと、今気づいた様だな。てっきり、私に対する憎悪があるものだと思っていたのに。まあ、自己紹介の時点で、何となく勘づいてはいたが」

 

腕を組み、自分の中で納得するイデア。アインハルトは、尚も威嚇している。

 

「あなたは許さない……絶対に!!」

「おうおう、怖い怖い。先祖に比べ、愛らしいお嬢さんかと思えば、威勢だけは達者なものだ。“威勢だけ”は、な」

 

肩を揺らし、おどけた様子で語るイデア。その状態で何が出来る?そう言いたげな雰囲気を感じ取り、アインハルトは歯を噛み締める。今の自分は、何も出来ない。実に、無力だ。

 

「これでも、私は覇王の元に仕えていた身でな。ただ、独断の行動を怪しまれたのか、クラウスから呼び出されてね。闇のキバも出現した訳だし、頃合いと思い、親友同士ぶつけてやったという訳さ」

 

結果、覇王は戦いの中で命を落とした。

それを皮切りに、魔王はファンガイア達を率いて、レジェンドルガに宣戦布告。全面戦争が勃発され、互いに滅亡の道へと歩む事となった。

歴史書では“全滅した”、と書かれてはいるが、それは間違いだ。全滅したのはレジェンドルガを含めた魔族。魔王、そして僅か少数にまで減少したファンガイア達は、絶滅の危機を逃れる為、人間達から離れ、歴史の表舞台から姿を消した。

 

「他にも免れた種族が一つ存在する。“ゴースト族”と言うのだが、まあこれは別に説明しなくても良いだろう」

「あなたは……一体、何者なんですか」

 

自分が目にした“あの出来事”は、およそ千年以上も前の事。よくよく考えれば、何故、“今の時代”に、自分の目の前にいるのか?

恐る恐る、アインハルトは問い掛ける。

 

「私はイデア、“次元の探求者”。今は、それだけ伝えれば十分さ」

 

突如、警報音と思わしき、ブザーが鳴り出す。

 

「……何事だ?」

「マスターイデア、侵入者です」

「モニターに写し出せ」

「はっ!」

 

機械を操作し、メフィストは、映像を表示させる。

そこは、この場所とよく似た廃墟。そこにいるのはキバ。フレアフォームとなり、ゲンホウファンガイアを撃破した直後。

 

「ふむ……囚われのお姫様を助けにきたか」

「ネクサスさん……」

 

友人の姿を目にし、安堵するアインハルト。モニターを見ながら、顔のレンズを指でなぞるイデア。

 

「そして、ファンガイアを撃破。うむ、予想通り」

 

そう呟くと、メフィストに代わり、イデアは片手でモニターを操作する。次々にスライドさせ、不意に指を止めた。スイッチらしきパネルを、一回押す。すると、向こうの映像に変化が。

廃墟の一帯に、大きなバリアが張られた。キバもそれに気づくが、時既に遅し。閉じ込められてしまった。

 

「こんな言葉がある。“飛んで火に入る夏の虫”っとね。害虫諸共吹き飛ばすつもりだったが、これはこれで好都合」

 

再度、モニターを操作、赤い色のパネルを前に持っていく。見るからに、危険な信号のパネルを目にするアインハルト。

 

「な、何を……」

「ん~?気になるかい?」

 

顔だけを動かし、アインハルトと目を合わせる。バイザーで表情は見えないが、邪悪な笑みを浮かべている事だろう。

 

「簡単だよ。これを押すだけで、彼の体がバラバラに吹き飛ぶ。それだけ言えば、分かるよねぇ?」

「そ、そんな……」

「さて、盛大な花火を上げようか」

 

パネルに指を押し、ロックを解除する。後は、もう一度、押すだけ。

それを、黙って見過ごせる訳がない。アインハルトは、直ぐ様立ち上がり、止めるべく、走り出す。

しかし、それ以上前に進めなかった。

 

「ううっ!!」

「邪魔をするな」

 

少女を縛る鎖が、真っ直ぐに張る。メフィストは片手で鎖を手にし、動きを止めていた。

それでも、アインハルトは足を踏み込み、前を目指す。だが、力及ばず、金属の音がジャラジャラと鳴るだけだ。それでも、歯を食い縛り、足を踏み込む。

突然、腹に衝撃が走った。

 

「がはっ……!?」

 

懐に膝蹴りを入れられ、膝から崩れ落ちる。ファウストは、追撃と言わんばかりか、再度蹴り上げた。顔を歪ませ、激しく咳き込むアインハルトは、地面を転がる。痛みに何とか耐えつつ、モニターに視線を向ける。

 

機械の指が、パネルに触れた。

 

「やめてぇええええええ!!!」

 

少女の叫びをかき消すかの如く、爆発音が轟いた。

 

モニターに映っていた廃墟が、まるで積み立てた積み木を崩すかの如く、崩壊していく。煙が立ち込め、瞬く間に瓦礫と化した。

 

「そんな……いやぁ……!」

 

絶望に満ちた表情を浮かべるアインハルト。蒼と紫の瞳から、光が失われていく。

 

「うむ、火薬の量が多すぎたかね。まあ、鎧自体に傷は付かないにせよ、あれほどの瓦礫に埋もれては、身動き取れまい」

 

小さく笑いながら、茫然とするアインハルトの側に寄るイデア。

 

「残念だったなぁ。白馬の王子様は現れなかった様だよ」

 

面白がる様に、耳元で囁く。アインハルトは、虚ろな表情を浮かべたまま、反応がない。

 

「馬鹿だよなぁ?あそこに来なければ、あんな目に遭わずに済んだものを。何故ここに来たのだろう?原因は?」

「…………」

「君しかいないよなぁ?」

 

虚ろな表情を浮かべるアインハルトに指を指すイデア。彼女はただただ、茫然としているだけだ。

 

「君も愚かだよなぁ。真実を知らずに、何の関係もない男の子と戦い、無惨に死なせるなんて」

「わ、わ……私は……」

「違う、とでもいいたいのかい?いいや、彼は君を助けに来たからあんな目に遭ったんだ。先祖の野望に縛られた挙げ句、君は友人を見殺しにしたんだよ」

 

イデアからの執拗な追い討ち。言葉の一つ一つが、少女の心を蝕んでいく。

彼は、死んでしまったのか……。原因は、自分だ。彼は必死に呼び掛けてくれたのに、自分はそれを拒んだ。自分から突き放して、拳を振るった。

しかし今、彼は自分を助けようとして、瓦礫の下敷きに。

 

「酷い娘だなぁ、本当に」

「…………」

「反論する余力もないか。まぁいい」

 

そう吐き捨て、アインハルトに近づくイデア。すると、掌から黒い塵の様な物質が溢れ出る。その物質――――ジェノムは、蛇の様な形状を取り、アインハルトの首元に噛み付く。

 

「っ!?」

 

思わず顔を歪めるアインハルト。

ジェノムはイデアの掌へと戻り、今度は小型のカプセルへと変化した。それを摘まみ、暫し眺めるイデア。満足した様に、それを懐に仕舞った。

 

「これで良し。後は――――」

 

突如、イデアの右の掌に電流が迸る。それは、やがて形を成していき、90センチ程の長さの刃となる。歪な所などない、見事に研磨された光の刀身。しかし、その輝きは実に暗く、深淵の闇を思わせる。

 

「データも取れた事だし、目的を果たした今、君はもう用済みだ」

 

興味なさげに、淡々と告げるイデア。ゆっくりと、刃を振り上げる。今、正に処刑が行われようとしていた。

 

「さようなら、覇王の末裔よ」

 

闇の刃が、振り下ろされた。迫り来る凶刃に、アインハルトは抵抗する意思を持てずにいる。

首元を押さえたまま、ぎゅっと瞳を閉じた。

 

 

 

 

――――ウェイクアップッ!!

 

 

 

 

“彼”が、やって来た。

 



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Reconciliation―大事な友達だから―

ミノタウロスファンガイア――角の生えた赤茶色のウォートホッグファンガイア。


大切な友人に、凶刃が迫っている。

それを目にした瞬間、すぐに行動を起こした。

右足のカテナが弾け飛び、紅の翼が広がる。キバはそのまま跳躍し、ダークネスムーンブレイクを繰り出した。

 

「ハアアアアアア!!」

 

そのまま、イデア目掛けて飛び込んでいく。

しかし、寸前の所で止められた。イデアを包み込む様に、ドーム状のバリアが展開。それに阻まれ、触れている足を中心に、周囲に電流が迸っていく。

 

「ほぅ、これは驚いた。もうここまで来るとはね」

 

僅か数センチ目前にある右足、そしてキバを見ながら、イデアは感心した様に息をつく。

そして、すかさず手を翳した。

 

「うわっ!?」

 

硝子が割れる様に、バリアが唐突に砕け散る。同時に衝撃波が生じ、キバはそのまま吹き飛ばされてしまった。壁に叩きつけられ、地面に転げ落ちる。

 

「くっ……!」

「奇襲にしては、随分と派手にやったものだ。まあ、結果はご覧の通りだがね」

 

後ろで手を組み、イデアは未だに余裕の態度を崩さない。傷一つ付いていない姿を目にし、仮面の奥で歯を噛み締める。

 

「たった一人でやって来たか……いや」

「おりゃああああああ!!!」

 

ガキンッ!と、すぐ横で金属音が大きく響いた。横を見れば、水色の刃が目前に迫っており、その距離は僅か数センチ。

この光刃は、間違いなく自分に向けられた攻撃。しかし、側近であるファウストによって、遮られる。両腕に魔力を纏わせ、鎌を受け止めていた。

バルフィニカスを食い止められた事に、レヴィは悔しげに歯を噛み締める。

 

「一人……と、もう一人か」

 

今度は、後方で爆発が発生。

赤系統の色をした魔力弾が、イデアの背中目掛けて放たれる。空を切り、淡い軌跡を描きながら、標的へと向かう。だが、もう一人の側近、メフィストが主の背後に回り、防壁を張る。魔力壁に続々と被弾していき、爆風が巻き起こった。

魔力弾を放った少女、シュテルは無の表情を、微かに歪める。

 

それを皮切りに、ファウストは相手を押し退け、レヴィも距離を取った。

 

「くっそぉ……!」

「やはり、そう簡単にはいきませんね」

 

二人は合流し、デバイスを構え直した。対するメフィストとファウストも、各々戦闘準備を整える。

 

「いや~、惜しかったなぁ二人共。レヴィ、相変わらずの速度(スピード)(パワー)。鈍ってなくて安心したよ。シュテル、弾の威力、命中精度、悪くなかった。この調子で頑張りなさい」

 

攻撃されたというのに、イデアは笑っていた。それ所か、二人を褒め称えていた。その声音は、いつもの淡々とした様子はなく、まるで子供を思いやる親の様な声。

 

「ふざけんな、クソ野郎……!」

「耳障りにしかならないので、永遠に黙っててもらえませんか?」

 

二人との再会を嬉しがるイデアに対し、二人は違った。レヴィは威嚇する様に睨み付け、シュテルは冷淡な眼差しを向ける。共通する事といえば、イデアに関しては嫌悪感、憎悪丸出しでデバイスの先端を向けている事だろうか。

 

「酷いなぁ、“産みの親”に対してそんな言い方はないだろう?」

「酷い?酷いだって?よく言うよ」

「今更親の顔をして、私達を引き込もうとしても無駄ですよ。あなたの道具になるのは死んでも御免ですからね」

 

悲しむ素振りを見せるイデアの姿を目にし、二人は更に怒りを募らせる。

 

「まったく、すっかり変わってしまったな。あんな紛い物の言いなりになってしまって」

「ネクサスの事を悪く言うなっ!!」

「頭に風穴を空けてあげましょうか?」

 

神経を逆撫でする様な発言に、レヴィは勿論の事、普段冷静なシュテルですら怒りを露にしていた。

二人はデバイスを構え、イデア目掛けて攻撃を繰り出す。瞬く間に距離を詰め、機械のマスクに、デバイスが触れる――――事はなかった。

 

「我等が主に刃向かう者」

「例え“同じ実験台”でも容赦しない」

 

メフィストとファウストが、またも立ちはだかる。それぞれ、魔力を纏わせた拳と魔法壁により、攻撃を防御していた。

 

「ファウスト、メフィスト。しばらく二人の相手を頼むよ」

「「はっ!」」

「待て~っ!!」

「逃げるのですか!?」

「すまないなぁ、まだやらなければいけない事があってね」

 

そう言うと、イデアは後ろ手に組んだまま、素通りする。その際、レヴィとシュテルは攻撃するも、その全てが忠実なる配下二人によって、防がれてしまう。

絶対的な信頼があるのか。イデアは怯む事なく、堂々と歩いていった。

 

「くっそぉ~!お前ら邪魔だ!」

「レヴィ、まずは目前にいる二名を片付けましょう」

「やってみるがいい」

「出来るものならな」

 

レヴィとシュテルは、ファウストとメフィストと交戦。

四名を他所に、イデアは“もう一人”の元に歩み寄る。

 

「はあああああっ!!」

 

キバは駆け出し、その勢いのまま、拳を振るった。

今、側近の二人は手が空いていない。攻撃するなら、今がチャンスだ。キバの拳が、イデアの顔面に迫る。

だが、当てる事は出来なかった。またもや、見えない障壁によって、阻まれたからだ。

 

「動きが単調だな。ただ感情に任せた攻撃では、決定打に欠けるぞ?」

「くっ……」

「それに……お前の相手は、私ではない」

 

そう言い終わった直後、キバは横からとてつもない衝撃を食らう。イデアの傀儡となった、ミノタウロス。獰猛な唸り声を上げ、突進を繰り出した。パワーには敵わず、そのままキバは受け続け、柱にぶつけられる。

 

「がはっ……!!」

「ネクサスさんっ!!」

 

柱は簡単に砕け、キバは地面を転げ落ちる。倒れるキバに対し、ミノタウロスは追撃を行う。助走をつけ、蹴り上げた。

一瞬、キバの体を浮かせ、すかさず上から踏みつける。

 

「ぐあ……っ!!」

 

背中から地面に叩きつけられ、呻き声を上げるキバ。

ミノタウロスは地団駄を踏む様に、数回踏みつけ、今度はキバの首を絞めながら、無理矢理立たせる。いや、そのまま持ち上げた。

そして、近くにあった柱にまたも叩きつける。

 

「ブオオオッ!!」

 

雄叫びを上げながら、相手の胴体、顔面に拳をぶつけていくミノタウロス。鎧から火花が飛び散り、キバ自身も大きなダメージを受けていた。

 

「や、やめて……もう、やめて下さい……」

 

未だに鎖に縛られたまま、目の前で友人が痛め付けられる惨状を、ただただ見るしか出来ない。

 

「ブオッ!!」

 

裏拳を顔面に食らい、キバは吹き飛ばされた。そのまま、アインハルトの目前にて倒れる。顔を青ざめながら、少女は側に寄った。

 

「ネクサスさん!ネクサスさんっ!!」

 

必死に呼び掛けるアインハルト。しかし、キバの鎧は、ピクリとも動かない。

 

「ネクサス、さん……ごめんなさい……」

「…………」

「あなたは、私の事を友達だと……そう、言ってくれたのに……私は……」

 

後悔の言葉を述べる少女。一つ、また一つと、涙が黄色の複眼に零れ落ちる。

 

「あなたを、こんな目に遭わせてしまった……!もう、私には……友達である、資格なんて――――」

「そんな事ない」

 

負の感情に飲み込まれている少女の言葉を、優しく遮る。震えている小さな手に、籠手が乗せられる。冷たい金属の感触、しかしどこか温もりを感じさせた。

 

「そんな事、ないよ」

「ネクサスさん……!」

 

驚きながらも、アインハルトはその手を取った。両手で、包み込む。

 

「君は僕の、大事な友達だ……。友達は、絶対に守る」

 

バキッ!!と、少女の体を拘束する鎖を断ち切り、キバは立ち上がった。友を守る様に、足を踏みしめる。

 

「――――やれ」

「ブオオオオオオ!!」

 

やや苛立ちを込めた声音で、ミノタウロスに命令を下すイデア。それを聞き、ミノタウロスはキバに突進を繰り出す。

危ない!と、アインハルトは声を上げた。キバは既に反応し、友を守るべく、立ち塞がる。

 

「っ!!」

 

相手に備え付けられた二つの牙、それぞれ両手で掴み、キバは突進を食い止めた。足を地面に踏みしめ、全力で押さえつける。少し地面の上を滑ったが、後方にいる少女の手前にて、踏みとどまった。

 

「ほう、頑張るねぇ……だが」

「ブゥゥオオオオ!!」

 

雄叫びを上げ、敵は更に加速を続ける。パワー、重量は相手の方が上。キバは徐々に押されつつある。

 

「――――ぁぁぁああああああ!!!」

 

負けじと、こちらも叫び、キバは軌道を反らした。その一瞬の隙をつき、ミノタウロスは加速を更に強める。結果、キバの体は浮かび、そのまま遥か後方に押されていった。ワイヤーに引っ張られるかの如く、キバはくの字になる。

 

「さぁて、そろそろ出番よ王様!」

 

今度はキバーラが叫び、キバは紫色のフエッスルを取り出して、それを咥えさせる。

 

「ガキガキンっと砕いちゃって!」

 

そして、笛の音が鳴る――――と、同時に、キバは壁に叩きつけられた。

 

「ネクサスさんっ!!」

 

アインハルトの悲痛な叫びが、その場に木霊する。虹彩異色の瞳から雫を溢し、煙が立ち込める場を目にする。

 

「――――漸く、我の出番か」

 

やや幼いながらも、堂々とした声音と口調。耳に届き、アインハルトは怪訝に思う。

すると、煙が晴れてきた。最初に見えたのは、ミノタウロス。しかし、その動きは停止していた。やや小刻みに震え、力を振り絞っている様に見える。足を踏み出すも、徐に地面の上を滑るだけに終わった。

更に煙が晴れ、漸く全貌が明らかとなる。

 

「待ちわびたぞ、戯けめ」

 

キバの姿が、変化していた。

両肩、両腕、胸部は、深紫色に染まった強固かつ重厚な鎧に身を包んでいる。

得物である巨大な斧【魔戦斧・クロイツアックス】を左肩に担ぎ、不意に刃を地面に付ける。地に無数の亀裂が走り、その重さを物語っている。

フォームの中でも、ずば抜けたパワーと防御力の持ち主である【キバ・アイシクルフォーム】。

ミノタウロスの顔面を、片手で受け止め、その握力を強める。

それにより、苦しみもがくミノタウロス。すると、キバは手を離した――――瞬間、鉄拳が顔面目掛けて振り抜かれた。

 

「ブホッ!?」

 

腕の動作のみで行われた正拳突き。にも関わらず、相手を約三十メートル先まで吹き飛ばした。壁に激突し、呻くミノタウロス。徐に、正面を向いた。

断罪の斧を引き摺りながら、こちらへと歩み寄る魔王(キバ)。時折、地面に触れている刃から、火花が飛び散る。

 

「我が前に平伏すがいい」

 

堂々たる宣言を告げ、目の前の敵に引導を渡した。

 





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またまた、こんな感じなんだなぁと、思ってください。


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icicle―闇統べる王―

雄叫びを上げる闘牛の如く、ミノタウロスは突進。頭に備えた鋭利な角で、キバを突き刺そうとする。

 

「ふんっ」

 

それを、またも片手であしらう。下から上へと振り上げ、目前の巨体を吹き飛ばした。

裏拳を食らったミノタウロスは、仰向けに倒れる。呻きながらも、すぐに立ち上がった。

 

「どうした?貴様の力はその程度か?見かけ倒しにも程があるぞ。家畜にも劣る塵芥が」

「ブォオオオオアアアアア!!」

 

罵倒し、鼻で笑うキバ。

挑発に乗り、ミノタウロスは憤怒する。地面を拳で叩き、再度突撃した。

 

「猪突猛進。まるで闘牛だな」

 

そう呟くと、キバは斧――――クロイツアックスを構える。そして、こちらに向かってくるミノタウロスの角、その間にある頭蓋骨目掛け、刺先(スパイク)で突いた。

 

「グブ、ォ、ォォォォォ……!?」

 

鈍い音が鳴ると同時に、ミノタウロスはよろめく。コンクリートの壁に勢い良く頭突きしたかの様に、激痛は勿論の事、脳が揺さぶられる感覚に見舞われた。

 

「はぁっ!!」

 

キバは斧を両手に持ち、上から振り下ろす。相手の胴体を切りつけ、更に追撃。横薙ぎ、足払い、そして振り上げる。袈裟斬りを食らい、更にふらつくミノタウロス。がら空きになった腹部に、キバは刺突を繰り出す。相手の巨体はくの字に曲がり、後方に押し出された。やがて壁に激突。

 

「でぇぇえい!!」

「ぶっ飛び~~!」

 

キバは両手の力を振り絞り、ミノタウロスの巨体を持ち上げ、後ろへと投げ飛ばした。

 

「ブホァ!?」

 

背中から落ち、身悶える。必死に立ち上がろうとするも、膝が震え、言うことを聞かない。耐久性の高い肉体であっても、キバが繰り出す重い攻撃に、体が耐えれなかった様だ。

 

「貴様の命も、最早ここまで」

 

クロイツアックスを振り回し、石突きで地面を叩く。

 

「――――裁きを受けよ」

 

冷徹に言い放ち、柄をベルトに近付ける。そして、キバーラは柄を咥えた。

 

「【アイシクルバイト】!!」

 

魔皇力を注ぎ、キバはクロイツアックスを一回転し、地面に叩きつける。地面が抉れると同時に、叩きつけた部分から凍りついていく。そのまま前方へ行き、冷気はミノタウロスを包んだ。足から順に、肉体がみるみる内に凍結。必死にもがくも、抵抗虚しく、ミノタウロスは一つの氷像と化した。

 

キバはクロイツアックスを上に掲げる。すると、刃に冷気が集中し、覆う様にして、氷の刃が出来上がった。それはキバの身の丈を容易く越え、狭い廃墟の天井を突き抜ける程。

 

「ふんっ!!」

 

巨大な氷の斧を振り回し、柱、天井を破壊。大きく振りかぶり、鉄槌を下した。

 

【アイシクルバニッシュ】

 

バキィン!と、氷像は粉々に砕け散る。氷の破片が飛び散り、ミノタウロスのライフエナジーが浮上。それは素早く、キャッスルドランが捕食した。

 

冷気を肌に感じながら、アインハルトは茫然と眺めていた。

 

「これが、魔王の力……」

 

力の片鱗を目の当たりにし、そう小さく呟いた。

 

そして、一連の戦闘を観察しているイデア。単眼を思わせるレンズに、数列が幾つも並んで表示されていく。更にそこへ、キバの画像が追加された。

 

キバフォームに続き、ライトニング、フレア、そして目前にいるアイシクルフォーム。四つの形態がレンズに写し出され、何かの解析を行う。

 

「――――分析完了」

 

イデアは、小さく、そう呟いた。

 

キバは斧の先端を、イデアに突きつける。

 

「次は貴様だ。この外道」

「おぉ、怖い怖い」

 

キバの姿を見て、ディアーチェの存在を察したイデア。おどける様に、肩を揺らす。

 

「悪いが、私はもう退散する事にするよ――――“データ”も手に入った事だしな」

「待てっ!!」

 

斧を手に、イデア目掛けて振り下ろす。相手は、それを容易くかわし、距離を置いた。

 

「ファウスト、メフィスト、撤退だ」

「「了解」」

 

部下二人にそう言うと、イデアは指を鳴らす。それを合図に、影から無数の黒い物体――――ジェノムが出現。それは蛇の様に動き、キバを弾き飛ばした後、イデア達三人を取り囲んだ。

 

「では、ご機嫌よう」

 

ボウ・アンド・スクレープのお辞儀をし、イデアはそのままジェノムに飲み込まれる。ジェノムはやがて収縮し、跡形もなく消え去った。

 

「くそっ……!」

 

逃げられた。キバは拳を地面に叩き込み、ひびを作る。その拳には、悔しさが滲み出ていた。

 

「落ち着いて。あの子を助け出せただけでも、良しとしましょう?」

「……分かった」

 

キバーラに諭され、落ち着きを取り戻すキバ。一呼吸置き、立ち上がってアインハルトに近づく。

そして、手を差し伸べた。一瞬、意識が遅れたが、徐に手を伸ばし、立ち上がる。

 

「あっ……!」

「おっと」

 

ふらつき、鎧にもたれかかるアインハルト。

そして、キバの顔を見上げる。紫色の複眼と、蒼と紫の虹彩異色が交じり合う。そして、少女は、そのまま胸元に顔を埋め、ぎゅっと抱き締める。

 

「ネクサスさん……ありがとう、ございます……!」

「……生憎、今は我なのだが」

「へっ?」

 

そう言われて、アインハルトは気づいた。この口調、雰囲気。確かに、彼とは違う、どこぞの王様の様な立ち振舞い。

 

「も、もしかして、ディアーチェさん?」

「うむ」

「あっ、そう……なんですか」

「如何にも残念そうな顔をするでない!我だって助けにきたのだぞ!?」

「は、はい!ごめんなさい!」

 

ディアーチェは声を荒げ、アインハルトは慌てて謝罪する。

 

「まぁ、何はともあれ……無事で何よりだ」

「ディアーチェさん……」

「アインハルト~~!」

「きゃっ!?」

 

バリアスーツ姿のレヴィが、横から抱きつく。

 

「よかったぁ、無事でよかったよぉ~……」

「レヴィさん……」

「大事に至らなくて、本当に良かったです」

「シュテルさん」

 

自分の友達は、彼一人しかいない、そう思っていた。だが、今は違う。

心の底から、自分の身を案じてくれる友達が、目の前にいる。

 

「そういえば……爆発した時、どうやって脱出したんですか?」

「それは、ホロンのおかげよ」

 

アインハルトの質問に答えるキバーラ。ベルトから離れ、鎧を解除させる。変身が解けたネクサス、その身に灰色のパーカーを着込んでいた。

事前にホロンを身に纏っており、能力の一つである幽体化(ゴースト・ボディ)による透明、及び物体をすり抜ける力によって、回避できたのだ。

 

「因みに場所の特定は、ユーリが発見してくれたわ。戦闘には立てないけど、あの子が捜索をサポートしてくれたおかげで、あなたを見つける事ができた」

「ユーリさん……」

 

この場にいない友人の一人であるユーリ。彼女に対し、心中で感謝の意を告げる。

 

「アインハルトちゃん、ごめんなさいね」

「えっ?」

「はっきり言って、私あなたの事を警戒してたのよ。更に言えば、秘密裏に“あんさ”――――“しま”――――遠ざけようともしてたわ」

「「「「キバーラ?」」」」

「ごめんなちゃい」

 

唐突に謝罪するキバーラ。何やら不穏な言葉が出かけたが、何とか別の言葉を出す。家族四人に睨まれ、冷や汗をかきながらも話を続ける。

 

「でも、よくよく考えたら、あなただって、まだ“子供”だものね。先祖は先祖。子孫は子孫。覇王の末裔というだけで勝手に敵と決めつけて、話し合いもしようとも考えなかった……ごめんなさい」

「い、いえ!私の方こそ、ネクサスさんに怪我をさせてしまって……それに、皆さんにご迷惑をお掛けして」

 

アインハルトは涙ぐみながら、ややボロボロになっているネクサス達を見る。所々、傷も出来ていた。

 

「本当に、ごめんなさい……!」

 

深々と頭を下げるアインハルト。

 

「アインハルト、謝る必要はないよ」

 

後悔の念に苛まれる友人(アインハルト)に、優しく声をかける友人(ネクサス)

 

「僕は、君の事を大事な友達だと思ってる。僕だけじゃない。ここにいる皆、君が大事な人だから、助けに来たんだ」

「ネクサスさん……」

「まあ、キバーラはどうか知らないけどね」

「ちょ、ちょっと!私はもう警戒解いてるわよ~!」

「ホントかな~?」

「本当ですか?」

「真か?」

 

冗談を言い、ネクサス達は笑みをこぼす。見ているだけで、とても温かい。

徐に、ネクサスは手を出す。

 

「アインハルトさん、一緒に帰ろう?」

「……はい!」

 

それに対し、綺麗な笑顔で手を取るアインハルト。

こうして二人は、やっと本当の親友になれたのかもしれない。

 

「「「「…………」」」」

 

笑顔で向かい合う二人。その蚊帳の外にいる少女達はというと。

 

『何やら、お邪魔の様な雰囲気ですね』

『むぅ、ボクらだって頑張ったのに~』

『何故かは分からぬが、今無性に苛立って仕方がない』

『みんな、気持ちは分からなくもないけど、ここは空気読んでおきましょ?ね?』

 

何故か、二人だけの世界に入ってしまっている様に見えてしまう。この光景を見せつけられ、三人の少女は不機嫌丸出しで見て――――否、睨んでいた。

そんな三人を、キバーラは何とか押さえている。

 

「さっ!取り敢えず早く戻りましょう!もうこんな遅い時間なんだから」

 

空はもう夜空に変わっていた。それに気が付き、全員は帰還する為、キャッスルドランに乗り込む。

巨大な竜に驚きながらも、アインハルトも乗ずる。その最中、ネクサスの背中に視線を向けた。

 

(ネクサスさん、あなたは私の親友です。そして――――)

 

――――大事な存在(ひと)

 

顔を仄かに赤らめながら、胸を手で抑える。心臓がやや高鳴っているのが手に取る様に分かってしまう。

 

(いつか、“親友以上”になれたら……)

 

心中で、意中の相手に気づかれぬ様、一人呟く。

一人立ち止まっている少女の後ろから、三人の少女が前へと進む。

 

「――――負けませんよ」

「――――ネクはあげないよ」

「――――譲るつもりはないからな」

 

通り過ぎると同時に、それぞれの言葉が耳に届いた。気が付けば、後ろ姿が遠くなっている。

先程の言葉、“恋する乙女”として瞬時に理解。相手は一つの屋根の下で住んでいる。かなり手強い相手だろう。彼女達は親友だ。しかし、“場合”によっては好敵手と化す。

 

「――――受けて立ちます」

 

拳による闘いもそうだが、“この戦い”も決して負けられない。

恋する少女(アインハルト)は、そう決意した。

 

(ワァオ……面白くなってきたぁ)

 

その様子を真顔――口元は笑みを浮かべている――で眺めるキバーラ。

 

 

少女達の戦い、これからも見物させてもらうとしよう。

 

 

 

因みに――――。

 

「何でしょう……強敵が一人増えた気配が……」

 

キーボードを素早く打っていた手を止め、小さく呟いた。

 

救出の為、コンピューターと向き合っているユーリ。キバーラから連絡を受け、アインハルトの無事を確認。安堵すると同時に、ゼラムへ連絡を行った。また後日、話し合いの場を設けるとの事。

 

連絡の終わり際、キバーラが気になる事を口にしていた。

 

「ユーリちゃん?これから“増える”と思うから、“取られない”様にしなくちゃね?」

 

一瞬、訳が分からなかった。だが、あの白い蝙蝠の非常に腹が立つ挑発的な笑みを目にし、“察した”。

 

「――――もっと攻めなければ」

 

そう言うと、ユーリは再びキーボードを打ち始める。

 

画面上に、一つのファイルが表情されていた。

 

 

その名も――――【N・Lゲット大作戦】

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

薄暗い空間の中、空中に表示されているディスプレイに目を通し、作業を行っている一人の人物。

 

「今回は良い結果となってくれた。微量ながら、あの害虫共に感謝しておいてやろう」

 

キバによって葬られた三体のネオファンガイアの事を思い出し、そして完全に忘却。

作業に没頭し、キーボードらしき発光体をひたすら叩くイデア。

 

「後は、このデータをインストールすれば……」

 

そう言うと、ディスプレイの奥に位置する物に目を向ける。

無数のコードに繋がれ、脈動を打つかの様に、光がその“蝙蝠型のロボット”に送られていく。

そのロボットは微動だにせず、瞳に光が宿っていない。

 

「インストール、開始」

 

ボタンを一つ、押した。

それを合図に、画像に表示されていた、キバの三形態のデータに変化が訪れる。一つのファイルとして保存され、下部分にメーターが表示される。1、2、5、10%と、素早く増えていく。

電子音が鳴り響き、コードを通して電流が迸り、ロボットにデータが蓄積される。機械仕掛けの生物に今、命が吹き込まれようとしていた。

 

そして、100%に到達。

 

「――――完成だ……!」

 

歓喜に声を震わせながら、イデアは両手を広げた。

 

「さぁ、目覚めよ――――“アーク”」

 

深紅の瞳に、光が宿った。

 




漸く、アインハルト救出成功。
次は、マテリアルズが“自分達”と出会うかもしれません。


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holiday―みんなでお出かけ―

三体のネオファンガイアを撃破して数日後。

アインハルトは、約束通り、ヴィヴィオとの模擬戦へと向かった。ネクサスもついていこうと思ったのだが、用事が出来てしまい、断念する事に。

 

「大丈夫です、ネクサスさん。私も、ちゃんと向き合ってきます」

 

彼女なりに、何か変化があったのか。微笑みながら、ネクサスにそう答える。

とはいえ、彼と一緒に行けない事に少し残念に思いながら、一人で向かった。

 

そして、ネクサスは家の地下にて、用事を済ませていた。

 

「……ナイト、ポーン。どんな感じ?」

 

厳しい面持ちをしながら、キバーラは二人の技師に尋ねる。

 

寝台の上で仰向けに寝転んでいるネクサス。下着一枚となった体の所々に、電極パッドの様な部品が取り付けられており、身体検査を行っている様だった。

 

アインハルトを救出する際、ネオファンガイアだけでなく、イデアとも交戦した。その時に、何かされてないか。異常がないかを確かめる為、こうして入念に検査を行っている。

 

「今の所、体に異常は見当たりませんな」

「キバの鎧も、特に問題はないね」

「そう」

 

ナイトは袖を、ポーンはマフラーを動かし、作業を行っている。

二人の見解は、異常なしとの事。

 

「鎧の調整と、身体検査はこれで終了です」

「ホロンも、メンテナンスしておいたよ」

「ありがとう、ナイト、ポーン」

 

ネクサスは二人に礼を述べ、寝台から起き上がる。取り付けられた器具を取り外し、衣服を着用。

 

「とりあえず、安心して良さそうね」

 

キバーラも、ほっと一息つく。

いつもは二人に対し、下僕の如く辛辣に接しているが、技術の腕は誰よりも信頼している。なにせ、彼女自身が二人の腕を見込み、スカウトしたくらいだ。そして、キバット族と協定関係にあったファンガイア族の(キング)に紹介。後にキバの鎧を作り上げた功績を称えられ、二人はナイトとポーンの称号を得る。光栄の極みと捉えており、自らの名として使う程。

この事から、キバーラに対して大恩があり、二人の頭は上がらない。

 

「それにしても、妙ね……」

「妙、というと?」

「どうしたの、キバーラ様?」

 

腕組みをし、疑問の声を上げるキバーラ。ナイトとポーンが彼女に問いかける。

 

「イデア自身の目的は、何だったんだろうって」

「何って……覇王の女の子を捕まえる為じゃないの?」

「そうね。でも、それだけかしら?」

「もしや、別の目的があったと?」

「奴はいくつもの策を講じる男よ。目的が一つだけっていうのは、あり得ない」

 

キバーラが推測するに、イデアには“もう一つの目的”があったのではないか?という事だ。

 

「そういえば……」

「どうしました、ネクサス殿?」

「何か、心当たりが?」

 

過去を振り返り、何かを思い出したのか、ネクサスが声を漏らす。

 

「アインハルトさんを助けようとして、あのネオファンガイアと戦っていた時、イデアは一切手を出してこなかったって思って」

「そういえば……。戦いに乗じて、ネオファンガイアごと、私達を消し去ろうとしても不思議じゃないものね」

「或いは、自分だけ逃走するとか。でも奴は、全く動こうとしなかった。強いて言うなら“見ていただけ”って事かな」

 

自らの手を出そうとせず、逃げようともせず、イデアはじっと観察していた。キバの戦う姿を。

 

「見ていた……もしや、観察していたというのか?」

「観察って、そりゃあ何度も何度も目にしているだろうけど」

「そう……“何度も何度も目にしている”のよ。奴は」

 

そう言い放つキバーラの言葉で、部屋一体に、重苦しい空気が充満する。

 

(何だろう。何か、嫌な事が待ち受けている様な……)

 

言い知れぬ不安を抱くネクサス。

こうしている間にも、イデアは計画を進めているのかもしれない。

とても、恐ろしい計画を。

 

「あああもうっ!!」

 

急に声を荒げるキバーラ。髪をかきむしる様に、翼で頭を掻いている。

それに驚くネクサスと三体のゴースト。

 

「止め止めっ!あんなクソ野郎なんかのせいでここまで悩むなんて馬鹿げてるわっ!全く誰よ、こんな面倒臭い話題言い出したのは」

「キバーラだね」

「キバーラ様です」

「キバーラ様だよ」

「…………そうだったわね」

 

コホン、とわざとらしく咳をする。

 

「と、とにかく!この話題は頭の片隅にでも置いときましょ!念の為ね、うん!さぁて、そろそろあの子達が買い物から帰ってくる頃かしらね~」

「分かりやすく誤魔化したよね」

「見苦しい事この上ないですな」

「昔から変わらないよね、あの人」

「聞こえてるわよそこぉっ!!」

 

先程の重苦しい空気から一変。とても賑やかな雰囲気となった。

ネクサス達は、地下室からリビングに戻る。そこへ、一本の電話が入った。

 

「あれ、ジャンからだ」

 

友達からの連絡だと確認し、ネクサスは受話器を取った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

移住先である家の自室にて、ゼラムは椅子に腰掛け、深刻な面持ちを見せる。

 

「イデア……覇王の末裔に接触するとは」

「奴の事よ。良からぬ事なのは確実でしょうね」

 

腕を組み、深いため息をつくゼラム。

端末が写し出している画面越しに、キバーラが報告を行っている。それにより、イデアがアインハルトと接触した事を知った。

ただの人質か、始末対象だったのかは、まだ分からない。

しかし、何かを企んでいるのは確かだ。

 

「他に、変わった事は?」

「ネオファンガイアを差し向けたのと、ジェノムで襲いかかってきたのと……分かってるのはこれくらいかしらね」

「そうか」

「……あっ」

 

何かを思い出したのか、キバーラが声を漏らし、ゼラムは再度尋ねる。

 

「どうした?」

「ネクサスから聞いて、私もそうなんだけど……三体のネオファンガイアと戦ってた時、“視線”を感じたのよね」

「視線、というと?」

「イカもどきと戦ってた時、どこからか見られてる様な感じがして。あのハチ女の時とか、特に顕著だったのが、あの暴走牛の時かしらね」

「…………」

「まあ、ほんの少~しだけ気になるかなぁ?っていうぐらい、小さな感じというか……」

「その視線……イデアによるものという事は?」

「…………そうじゃない事を祈りたいけど、あの不快で気持ち悪い視線は奴しか有り得ないわね」

 

キバーラからの新たな報告に、ゼラムは思考する。

ネクサスによれば、クラーケン、ゲンホウ、ミノタウロスの三体と戦闘になった際、何者かに観察されている様な気配を感じたとの事。

これが、件のイデアによるものではないか、という話になった。

 

「ストラトスとの事だけでなく、ネクサスにまで目を付けているのか」

「あの子は絶対渡さないわ。何があっても、必ず私が守ってみせる。命を懸けてでも」

「キバーラ、落ち着け」

「……ごめんなさい」

 

ネクサスの話題となり、過剰に反応するキバーラ。並々ならぬ様子を見て、ゼラムが何とか鎮める。

 

「とりあえず、報告は以上よ」

「ああ、了解した」

「それじゃ、私はこれから四人と一緒お出かけするから」

「…………ちゃんと確認したんだろうな?」

「もちろんよ!“彼女達”は今日、管理局にいる筈。出くわす事はないわ」

「ならいいが」

「それじゃあね~」

 

翼を振り、キバーラは通信を切る。

 

端末を仕舞い、ゼラムは一息つく。

 

「ん?」

 

直後、端末に着信が入る。端末を手にし、メール画面を開いた。

 

【“例の物が完成。至急、連絡を頼むよ”】

 

文章を目にし、ゼラムは気持ちを引き締める。

 

(ついに来たか……)

 

その送り主の名は、【ユーノ・スクライア】と表示されていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

休日、ネクサスは待ち合わせ場所にて、友人達と合流していた。

昨日、ジャンからの電話で、遊びに誘われていたのだ。何でも、近くの自然公園にて、ちょっとした催し物があるとの事。

ネクサスはこれを承諾。そして、せっかくの機会にと“もう一人”誘った。

 

「アインハルトさん、僕の友達の三人で……」

「俺、ジャン・ウェズリー!ジャンでいいぜ!」

「アイザ・コルフォード。まあ、よろしく」

 

まず、二人が自己紹介を行った。見て分かる様に、実に対照的だ。

 

「じゃあ改めて、同じクラスのユミナ・アンクレイヴです」

「アインハルト・ストラトスです……」

 

ユミナも名前を述べ、アインハルトも遠慮気味に自己紹介を行う。

 

「こうして話すのは、初めてだね。ストラトスさん」

「あ、えっと……」

 

ユミナが話かけると、アインハルトは思わず言葉が詰まってしまう。

 

(アインハルトさん)

 

念話でアインハルトに話しかけるネクサス。心の中で、頑張れとエールを送る。それを受け取ったのか、アインハルトは一呼吸置き、ユミナと向き合った。

 

「――――改めまして、今日は一緒に行動させてもらいます」

「ストラトスさんたら、そんなに畏まらなくてもいいのに」

「そうそう!楽しくやろうぜ?」

「確かに、固くなり過ぎてもやりづらいだろ。こいつ程明るくなられるのは困るけどな」

「はあっ!?」

 

いつもの二人の掛け合いに、ネクサスとユミナは笑い出す。

それを見たアインハルトは、思わず呆気にとられる。

 

「まあ、取り敢えずは行こうぜ!」

「そうだな」

「うん、行こう」

 

男子三人が、歩き出し、女子も後を追う。

 

「ストラトスさんも行こ?」

「はい。あの、アンクレイヴさん」

「ん?」

 

急に呼び止め、ユミナと向き合うアインハルト。

 

「その……私の事は、“アインハルト”と、呼んでもらって、いいです……」

 

勇気を振り絞り、精一杯の声音で、アインハルトは言い切った。顔を赤くし、やや上目遣いで。

その仕草に、同性であるユミナも、思わず見惚れてしまった。だが、すぐ我に帰り、笑顔を浮かべる。

 

「うん!ありがとう“アインハルト”さん!じゃあ私の事も“ユミナ”って呼んで」

「はい……“ユミナ”、さん」

「ほら、一緒に行こ?」

「は、はい」

 

名前を呼び合う。これだけでも、アインハルトにとっては、かなりの前進だった。ユミナも、快く受け入れてくれた。ネクサス以外の、初めての同性の友達が出来た。

 

この瞬間だけでも、アインハルトは、来て良かったと心から思う。

 

ジャンやアイザとも名前で呼び合える様になり、ネクサス達は、目的地まで町中を歩いていった。

 

 

 

その後を、柱の陰から見ている四人の少女と一人の女性。

 

「よぉし、標的(ターゲット)はお友達と合流したわね。さっ、私達も行くわよ」

「おぉ~!」

「おぉ~」

「お、おぉ~……」

 

サングラスをかけた女性――――人間に変化したキバーラは、ネクサス達の後を追う。レヴィ、シュテル、ユーリも彼女に続く。

春服をイメージした服装を身につけ、白銀の長髪を靡かせるキバーラ。つば広ハットとサングラスも様になっており、道行く男性の目を引き付けている。もっとも、向けられている視線の理由は、彼女の美しい容姿だけではないだろうが。

更に言えば、四人の美少女達にも視線が向けられている。

 

「いいなぁ~、ボクもネクと一緒に回りたかったよぉ」

 

羨ましそうに眺めるレヴィ。

紺色のシャツに、黒い半ズボン。いつものツインテールから髪を下ろし、水色のニット帽を被っていた。

 

「レヴィ、また今度お願いしてみたらどうです?無論、私も同行しますが」

 

レヴィにそう提案するシュテル。

衣装は黒の長袖に、サロペットのショートパンツとニーハイソックス。キャスケットを被り、眼鏡を装着していた。

 

「な、なら、私も……」

 

そんな二人の同意するユーリ。

桃色のパーカーと、少し裾を上げたボトムスパンツ。ポシェットを肩から提げ、ウェーブのかかった髪はツインテールに束ねている。

 

「じゃあ、今度みんなでお出掛けでもしよっか。お忍びだけれどね」

「さんせぇ~!」

「良いですね」

「楽しみです♪」

「それにしても、みんな似合ってるわねぇ~。可愛いから何でも着こなせちゃうんだもん。我ながら良いコーデじゃない?どう、ディアちゃん?」

 

キバーラは、ディアーチェに声をかける。その本人は、腕を組み、こちらを見据えていた。

 

紫のシャツの上にデニムジャケットを羽織り、下半身はジーンズとショートブーツ。

髪は短いポニーテールにし、無地のキャップを被っている。

 

全体的に、ボーイッシュ寄りな印象のコーディネートとなった四人。キバーラの言う通り、容姿も良い為、かなり様になっている読者モデルにスカウトされてもおかしくないレベルだ。

 

「なぁキバーラ。一言良いか?」

「なぁに、ディアちゃん?」

「はっきり言おう、怪し過ぎる」

 

はっきり言ったディアーチェ。柱からこそこそと覗き見するなど、傍から見れば不審者以外の何者でもない。

 

「な~に言ってるのよディアちゃん。見つからない様に追跡する為に、陰から観察するのは基本中の基本よ?」

「いいから止めんか!見ろ、周りからジロジロと見られているではないか!」

「あれま」

 

漸く気づいたのか、キバーラは辺りを見渡す。

先程からチラチラと視線を感じ取っており、何度他人のふりをしたかった事かと、ディアーチェはため息をつく。

 

「ほら、きっと四人が可愛いから見惚れちゃってるのよ。あっ、それとも私に見惚れちゃってるのかしら!?いや~ん、照れるわ~♪」

 

両手を頬に置き、恥ずかしそうにもじもじするキバーラ。

 

「歳を考えろ歳を」

「いけない事言うのはこの口かしらぁ?」

「むぐぁがががが!?」

 

ボソッと小さく毒を吐くディアーチェだったが、それを聞き逃さないのがキバーラ。無表情でディアーチェの両頬を掴み、左右に引っ張り上げる。

 

「キ、キバーラ!ほら、ネクサス達が行っちゃいますよ!?」

「あら、ほんと。さっ、行くわよ皆!」

「おぉ~!」

「おぉ~」

 

ユーリの言葉に、キバーラは再度追跡を行う。彼女の後に続くレディとシュテル。

 

「ぐぬぬ、思いっきり引っ張りおって……!」

「ほぉら、早くする!」

「は、は~い!」

「分かっておるわ!」

 

痛む両頬を擦りながら、恨めしげにキバーラを睨むディアーチェ。ユーリに側にいてもらいながら、キバーラについていく。

 

 

◇◆◇◆

 

 

管理局の一室。一人の女性が、デスクにて、パソコンと向き合っていた。

長い金髪が、とても良く似合う美女。黒を基調とした制服を着こなしており、敏腕のキャリアウーマンという名が相応しい。

その名を、【フェイト・T・ハラオウン】。AAAクラスの魔導師てあると同時に、凄腕の執務官としても活躍している。

 

「――――データ送信、と」

 

キーボードを打ち、書類整理を終えた。

フェイトは固まった体を伸ばし、脱力する。伸ばした際、彼女の豊かな胸元が強調されたのは言うまでもない。

 

「すみませんフェイトさん。せっかくの休日なのに……」

「ううん、直ぐに終わったから、気にしないで」

 

書類整理のし直しという事で、少しの休日出勤となってしまった。

だが、これで完全にオフだ。

 

「それじゃあ、お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした」

 

女性局員に一言告げ、フェイトは鞄を手に、局から退社する。

 

「あっ、フェイトちゃんやん」

「はやて、今日はもう帰り?」

「うん、さっき報告書出してきたから」

 

帰り道の最中、親友の一人である、【八神はやて】と会う。

茶色の短髪で、笑顔が似合う美人。最高クラスであるSSクラスに属する魔導騎士。

 

管理局で知らない者はいないと言われている二人。知らない人から見れば、かなり希少な光景だろう。

そんな二人だが、友達同士で楽しく談笑している。

 

「フェイトちゃんは?」

「私も、ついさっき終わってね。これからなのはとヴィヴィオの所に行くの」

「ああ、前に言うとったね」

 

ミッドチルダにある自然公園にて、小さな催し物があるとの事。小規模だが、屋台などの出店が豊富だ。

 

「そうだ、仕事が終わったのなら、はやても一緒にどうかな?」

 

実は前に、目前の親友から誘いを受けてはいたのだ。

だが、タイミングの悪い事に、その日は仕事が入っていた為、断っていた。

しかし、予定よりも遥かに早く終わってしまった為、完全に予定が空いてしまった。

 

「そうやね~、仕事ももうないし。ほんなら、行かせてもらおかな?」

「うん、一緒に行こうよ」

 

久々に、親友二人と可愛い娘との楽しい時間を過ごせる。フェイトは思わず微笑み、はやてもつられて笑う。

 

「それじゃあ、なのはにも連絡しておくね?」

「うん、お願いするわ」

 

端末を起動させ、親友である、高町なのはに連絡した。返事は、もちろんOKである。

 

こうして、二人はなのはとヴィヴィオの元へと向かう。

 

 

 

そこで、“驚きの出会い”を果たすとも知らずに。



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accident―トラブル発生―

その日は休日であると同時に、催し物がある為、より一層賑わいを見せていた。

通りにはバザーが催されており、人々はそれぞれ商品を物色している。更に屋台も並んでおり、香ばしい匂いが客を引き寄せていた。

 

「おっ、うっまそ~!」

「おい、あんまはしゃぎすぎんな」

 

出店の料理を目にし、顔を綻ばせるジャン。その姿に呆れながら、アイザは後を追う。

 

「ジャン君ってば、相変わらずだね」

「食べ物の事に関しては、いつもああだから」

 

更に後ろの方で、ユミナとネクサスは苦笑しながら歩いていた。

 

「…………」

「アインハルトさん?」

「は、はい!」

「どうかした?」

「い、いえ……こうして、大勢で出掛けるという事が、なかったので」

 

今まで、孤独に過ごしてきた自分。だが、親友と向き合うことで、今こうして新たな友人達とも巡り会えた。

嬉しい反面、どうすればいいか分からない、といった困惑もあった。

 

「まあ、気楽に考えればいいよ」

「そうそう。私、アインハルトさんと、こうしてお話出来て、すごく嬉しいんだ」

「ユミナさん……」

「あっ、あそこのクレープ美味しそう!行ってみようよ」

「は、はい」

 

ユミナに手を引かれ、アインハルトも慌てて同行する。それを微笑ましく見ながら、ネクサスもついていった。

 

「……まあ、特に問題はなさそうね」

 

またも柱に隠れ、双眼鏡で覗き見する不審者――――もとい、キバーラ。

今回は、本当に友達としての交流らしく、ラブコメの様な状況はなさそうだ。

 

「でも、あの子の事だし、そういう状況になってもおかしくな――――」

「ボク、焼きそば食~べよっと」

「中々、面白い本がありますね」

「ふわぁ~、可愛いです♪」

 

急に固まり、後ろを向くキバーラ。

焼きそばを購入し、大口で食べるレヴィ。移動式本屋で、本を手に取るシュテルに、動物の触れ合い広場にて数匹の小動物達と触れあうユーリ。

尾行している事をすっかり忘れ、催し物を楽しんでいる三人。

 

「まっ、今日はもう素直に楽しんじゃいますか」

「最初からそうすれば良かろうに」

「ほら、私って気分屋な所もあるから――――って、自分もちゃっかり楽しんでんじゃないの」

「我は最初から乗り気じゃなかったからな」

 

否、四人だった。

いつの間に買ったのか、ホットドッグを頬張るディアーチェ。美味しそうに咀嚼し、唇に付いたケチャップを舐める。

 

「それじゃあ、これから各自で自由行動にしちゃいましょう。あっでも、くれぐれも目立ち過ぎない様にね?」

「は~い!」

「了解です」

「分かりました」

 

キバーラの号令に返事をし、三人は自由行動をする。

ふと、ディアーチェがキバーラに念話で話しかけてきた。

 

(来る可能性はないんだな?)

(下調べはしたわよ。三人共、今日は仕事だって)

(ふむ、なら良いか)

(でも、念には念を。気を付けて、楽しんでおいで)

(無論だ)

 

再確認を終え、念話を終えた。

 

「さぁてっと。どっかで良い男でも転がってないかしらね~」

(……婚期に焦る女か)

「まぁたイケナイ事言うのはこの子かしら?」

「むぐぁががががっ!?」

 

心の声が聞こえたのか、ディアーチェは暫くの間、キバーラの制裁を食らっていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

休日に行われている催し物。それには、ヴィヴィオも来ていた。今日は、大好きな母が偶々休暇だった為、こうして遊びに来たのだ。後で、もう一人の母と友人も来るとの事。それを聞き、楽しみが倍増した。

 

「フェイトママとはやてさん、早く来ないかなぁ~」

 

ベンチに座り、足をプラプラさせながら、ヴィヴィオは待っていた。母がジュースを買いに行き、こうして待っているのだ。

 

「そういえば、ネクサスさんも来てるんだっけ」

 

図書室にて会話した際、ネクサスも友達と一緒に来るという事を言っていた。それを思い出すヴィヴィオ。

 

(あの模擬戦で、アインハルトさんと少しは近づけたかな)

 

自分の気持ちを、全力でぶつけた練習試合。ほんの少しだが、距離を近付ける事が出来たのでは、と期待する。

 

「もっと、色んなお話してみたいな」

 

笑みを浮かべ、憧れの先輩との更なる交流を楽しみにしている。

 

「んっ?」

 

ふと、人混みの中で、“見覚えのある少女”を見かけた。本を片手に、その少女は雑踏の中を一人歩く。身に付けている眼鏡が、知的な印象を与えていた。

面識はない。初対面である事は、間違いないだろう。しかし、その面持ちは、“誰か”に似ている気がした。

道行く少女から目を離す事が出来ず、紅と翠の眼差しは釘付けとなる。

 

「――――なのは、ママ?」

「ヴィヴィオ~!」

 

両手にジュースを持ち、こちらへと小走りで駆け寄る一人の女性。栗色のサイドテールに、明るい笑顔が似合う美人。

時空管理局の空戦魔導師、“エースオブエース”にして、高町ヴィヴィオの母、【高町なのは】だ。

 

「ごめんごめん、遅くなっちゃって。人が多くって」

「あ、あれ?なのはママ?」

「うん?」

 

視線を向けると、あの少女はいなかった。

暫く、なのはと少女がいた方向を、交互に見直す。

 

「ん~?」

「ん~?」

 

首を傾げるヴィヴィオ。娘の姿を見て、同じく首を傾げるなのは。

端から見れば、実に微笑ましい光景だった。

 

「なのは~、ヴィヴィオ~」

「今来たで~」

 

そこへ、フェイトとはやてが合流。お互いに笑顔で駆け寄り、一緒に歩き出した。

 

そのまま、四人で屋台を見て回る。お菓子を買ったり、軽いゲームをしたり等。元気にはしゃぐヴィヴィオの姿を見て、大人三人も微笑む。

 

それぞれソフトクリームを片手に歩いている中、ふとヴィヴィオは、母であるなのはに、先程見かけた少女の事について話した。

 

「えっ?私にそっくりな女の子?」

「チラッとしか見えなかったんだけど、何だか、どこかなのはママに似てるなぁって」

 

アイスを舐めながら、会話をする四人。娘からの言葉に、大人三人は首を傾げる。

 

「まあ、稀にやけど、顔が似てるっていう人も、おるっちゃおるって聞いた事あるし」

「これだけ大勢の人がいるから、可能性はなくはないのかな?」

 

はやてとフェイトは、ヴィヴィオの言葉を信じ、そう答える。

 

「私にそっくりな子か~。う~ん、ちょっと見てみたかったかも」

 

そう呟き、なのははアイスをパクっと小さく口に含む。

四人はベンチに座り、暫し休憩を取っていた。

 

「おっ、あそこの服屋、結構繁盛しとるっぽい」

 

はやてが見つけたのは、一店の古着屋。人だかりもややあり、特に女性客が多い。

 

「はやて、気になるなら、見てきたら?」

「う~ん……ほんなら、ちょ~っとな?」

 

フェイトに促され、はやては席を立って古着屋に向かう。

 

「なのは、ヴィヴィオ。私ゴミ捨ててくるよ」

「あっ、うん。ありがとフェイトちゃん」

「ありがとうフェイトママ」

 

空になったペットボトルなどを手に、フェイトも席を立った。

そして、二人だけになったなのはとヴィヴィオ。すると、目の前に一匹の子猫が歩んできた。

 

「ミャァ」

 

可愛らしい鳴き声と、その愛らしい仕草。一目見ただけで、二人はメロメロになった。

 

「可愛い~」

「ほら、おいでおいで~」

 

手招きをし、子猫を誘う。対して猫は、毛繕いをした後、一回鳴いてなのは達に背を向けた。

 

「あっ、待ってよ~」

「ヴィヴィオ!」

 

愛でたい気持ちが溢れ、堪らずヴィヴィオは後を追う。なのはも慌てて席から立ち、駆け出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

三人と分かれ、キバーラとユーリを仲良く手を繋ぎ、歩いていた。ユーリは小さめのパンケーキを美味しそうに頬張り、キバーラはストローでジュースを味わう。

美女と美少女の親子という風にも見える二人。

 

「ユーリ、美味しい?」

「むぐ、ふぁい」

「もう、口元汚れてるわよ?」

「えへへ」

 

ハンカチで、汚れているユーリの口元を拭いてあげるキバーラ。照れている笑顔を見て、心中で激しく悶絶する。

 

「いや~、にしても人多いわね」

「とっても賑やかです」

「まあ、今日は三人共、気兼ねなく羽を伸ばせるし、良い日になりそうだわ」

 

心配事がない為、ディアーチェ達三人も楽しめる事だろう。無論、ユーリも楽しめている様でなにより。キバーラからすれば、妹か娘も同然の存在。喜んでくれるだけで、こちらも笑顔になる。

最初は、ただの野次馬も同然で来たが、本音を言えば、こうして皆でお出掛けしたかったというのが一番の理由。

 

一つだけ、“不安な事”も考えられたが、この様子だと、“遭遇する”事もなさそうだ。

 

満足気味に笑みを浮かべ、キバーラはストローを咥えてジュースを飲みながら、周りを見渡す。

 

(さてさて、今度はどこへ――――)

 

人込みの中、“サイドテール”が、視界に入った。

 

(――――えっ?)

 

今度は顔――――一人の女性を目にした。

“高町なのは”を。

 

「ぶふぉあっ!!?」

 

女性にあるまじき声を上げ、口に含んでいたジュースを全て吹き出してしまった。

 

「キ、キバーラ!大丈夫ですかっ!?」

 

驚いたユーリは、噎せているキバーラの背中を優しく擦る。おかげで、他の通行人の視線も集めてしまっていた。

 

「げほっ、がはっ!がっ、え、ちょ、ま……はぁっ!?」

 

何故、ここに!?キバーラの頭の中は、それでいっぱいだった。

更に顔を上げると、今度は“金髪”が見えた。そして顔が見え、“フェイト・T・ハラオウン”本人と確認。

 

「うっそでしょ……!?な、なんで」

「キ、キバーラ?」

 

高町なのはだけでなく、フェイト・T・ハラオウンまでもが、この場にいる。

この予想だにしていない事態に、キバーラは焦燥に駆られていた。傍で心配そうにしているユーリを気にかける余裕もなくなっていた。

 

「ふ、二人まとめているなんて……!早くシュテルとレヴィを連れて――――」

「う~~ん、どないしよ」

 

独特な発音。ミッドチルダの住人にしては、特徴的な喋り方。それを聞き取り、キバーラは徐に振り返る。

屋台の前にて、“八神はやて”が見回っていた。

 

「全員集合しちゃったぁ……」

 

頭を抱え、その場に崩れ落ちる。ユーリは何がなんだか理解出来ておらず、ただただ慌てるばかり。

 

「ど、どういう事?三人共、仕事があるんじゃ……」

 

キバーラは慌てて、懐から一つの端末を取り出す。画面には、管理局員の日程などが、詳しく詳細されていた。つまり、管理局内のデータを“ハッキング”した訳である。いつでも、あの三人の行動を把握する為に。よって、内容も三人のみなのだが――――。

 

「………………これ、昨日のだわ」

 

再確認したら、画面上に出ていたのは昨日の日程。軽く横へとスライドさせ、“本日の日程”を確認。

 

「今日全員完全オフじゃないのぉおおおおおおおおおおお!!!」

 

四つん這いで、地面目掛けて雄叫びを上げるキバーラ。こんな凡ミスをしてしまうとは、一生の不覚である。

言うなれば、完全にやっちまった。

 

「ユ、ユユユユユユユユユ、ユーリ!」

「は、はい!」

「申し訳ないんだけど、大至急帰るわよ!」

「きゅ、急にどうしたんですか?」

「い、いいから!」

 

こうしちゃいられない。一刻も早くディアーチェ、シュテル、レヴィの三人と合流しなくては。

キバーラは立ち上がった――――のだが、足に何かが“抱きついてきた”。

 

「ん?」

 

視線を下に下ろす。

二匹の子犬――それぞれ白と黒――が、舌を出し、尻尾を振りながら、こちらを見上げていた。

 

「わあ、可愛いです~。ねぇ、キバーラ」

 

ユーリは思わず頬を綻ばせ、キバーラの方を向いた。

 

「………………」

 

そのキバーラは、固まっていた。

よく見れば、顔が青ざめている。

 

「ど、どうしました?」

「あ、あわわ……あばばば……!」

「っ?」

 

何やら、様子がおかしい。口が震え、ガタガタと体も震えだした。

 

「い、いにゅ?い、いいいいいにゅ?いにゅぅ……!?」

「「わん!」」

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

可愛らしい悲鳴が、その場全体に響き渡った。

 



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look alike―自分との遭遇―

所変わり、公園の椅子に座って、一人読書に耽るシュテル。木陰の下、眼鏡をかけながらの読書は、知的な少女を思わせ、とても様になっていた。

読んでいるのは、先程立ち寄った本屋にて購入した小説。鎧を身に纏った戦士が、世界を救わず、あくまで決めた獲物しか狩らない。しかし、道中で出会う仲間達や、運命の悪戯から降りかかる災厄の数々を、己の技量と知識で補い、立ち向かっていく――――といったエピソードとなっている。

シュテルは現在、この小説にハマっており、周りの音が聞こえない程、小説の世界へ入り込んでいる。

 

「にゃあ」

 

ふと、愛らしい鳴き声が耳に届いた。一気に現実へと切り替わり、シュテルは声の主を見つける。一匹の子猫だ。自らの膝に、頬を擦り寄せている。

いや、一匹だけではない。見れば、十匹もの猫が、シュテルの側にいた。

 

「みなさん、日向ぼっこですか?」

 

クスッと笑い、シュテルは猫を撫でてやる。猫は気持ち良さそうに鳴き、更に体を引っ付けてきた。他の猫達も撫でられたいのか、せがむ様に鳴き出す。

 

すると、また一匹、子猫が近寄ってきた。今度は、子猫だけでなく、少女も一緒であった。

 

「待って待って~」

 

走ってきた金髪の少女。左右の瞳が、紅と翠という、虹彩異色。白の長袖にワンピースドレスという可愛らしい服装。

少女こと高町ヴィヴィオは、シュテルに気づくと、そのまま固まってしまった。

 

「あっ」

「………」

 

先程、母達にも話した、なのはそっくりの少女が、目の前にいた。改めて見ると、やはりどこか母に似た面影を感じる。

 

(この人、さっき見かけた……)

(この子は確か、高町なのはの……)

 

シュテルは、ヴィヴィオの事を知っている。ディアーチェ、レヴィ、ユーリも同じ。

高町なのはの養子、娘だという事を。だからこそ、内心焦っていた。

 

(ここは、足早に去るのが賢明ですね)

 

本を閉じ、シュテルは椅子から腰を上げる。

 

しかし、もう遅かった。

 

「ヴィヴィオ~、待って~」

 

そこへ、“母”がやって来た。

そう、高町なのはが。

 

「ふぅ、やっと追いつい、た…………」

「なのはママ……」

「…………」

 

そして、“二人”は出会ってしまった。

 

やって来たなのははというと、茫然とこちらを見ている。

今、目の前に、幼い頃の自分と同じ顔の少女がいた。ヴィヴィオから話を聞かされていたが、確かに似ている。

眼鏡をかけ、髪型も違うが、なのはと並べて見れば、瓜二つだ。

 

「…………」

「…………」

 

周りがざわめく中、二人の間は沈黙が支配していた。

じっと見つめられ、せめてもの足掻きと、シュテルは本で自分の顔を隠す。

なのはが声をかけようとした瞬間、シュテルはその場を走り去る。

 

「あっ、ま、待って!!」

「なのはママ!」

 

思わず、追いかけてしまうなのは。ヴィヴィオも慌てて、その後に続いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

右手にフランクフルト、左手にドーナツを持ち、美味しそうに舌鼓を打つレヴィ。腕にかかっている袋には、腹の中に収めた屋台の食べ物の入れ物やゴミ類が入っている。只今、屋台の制覇に挑戦している所だ。軽く十品を越えているのだが、この少女の腹にはまだまだ入る様子。

 

「はぁ~おいしかった!」

 

両手にあるものも瞬く間に平らげ、一度ゴミを捨てようと、ゴミ捨て場に向かう。設置されているドラム缶――黒のゴミ袋が入っている――に、ゴミ袋を入れた。

 

「よしっ!次は何をしよっかな~?」

 

まだまだ時間はある。次はゲームでもして遊ぼうか。

そう意気込み、レヴィは踵を返す。

振り返った瞬間、顔に柔らかい感触を感じた。

 

「ぷわっ!」

 

ポヨン!と、中々の弾力で、押し負けてしまった。尻餅をついてしまい、目の前にいる“女性”が、レヴィに謝罪する。

 

「あっ、ごめんなさい!大丈夫!?」

「う、うん。大丈夫大丈、夫……」

 

レヴィは顔を上げ、ぶつかってしまった女性――――フェイトと顔を合わせてしまった。

 

「…………」

「…………」

 

フェイトは、硬直しているレヴィの顔から、目が離せなかった。

小さい頃の自分と、あまりにも瓜二つだったからだ。

対するレヴィは、完全にパニック状態。動揺を隠しきれず、多くの汗が流れ出ている。

 

両者共、目を見開いて、驚きを隠せない。

 

「君は、一体……」

「っ!!」

「あっ、ちょっと!」

 

フェイトから声をかけられたが、レヴィは慌ててその場から逃走。人込みの間を駆け抜ける。

どうも気になってしまう。何かを感じ取り、フェイトは追跡を開始した。

 

「うおっ!?」

「あっ、ごめんね!?」

 

緋色の髪をした少年とぶつかりそうになるも、何とか回避。フェイトは一言謝り、追跡を再開する。

 

「あぁもう、しつこいなぁ……!」

 

焦ったレヴィは、振り切ろうと魔法を行使、身体強化を行った。体が水色の魔法光で包み込まれ、一気に加速。人込みの間を駆け巡る。

 

(あの機動力……あの女の子、只者じゃない)

 

目の前で目撃し、フェイトは驚きを露にする。しかし、一瞬で顔を引き締め、自らも魔法を行使する。

魔力光である金色で体を包み、高速移動。

 

水色と金色の光の追走劇が、幕を開けた。

 

「な、何だぁ?」

 

それを目の当たりにした少年――――ジャンは、茫然と眺めていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

屋台には、古着屋も参加していた。簡易式の大きめのテントの下にて商売を行っている。値段もそれなりに安く、メンズとレディース両方の衣服が豊富に並べられていた。

その店に、はやてはやって来た。

 

「へぇ、結構色々あるんやね」

 

商品の服を手に取り、じっくりと眺める。

 

「これはシグナムに似合いそうやな。この清楚系は、シャマルやね。ザフィーラは、動きやすそうなもんがええかな」

 

自分の家族であるヴォルケンリッターの衣類になりそうな物を拝見する。似合いそうな物が一つ、二つとあり、中々に迷っていた。

 

「おっ、スーツなんてあるんや」

 

見つけたのは、やや深い、翠と青の中間色に染まっているスーツ。

これを目にし、“とある青年”の事を思い浮かべる。

 

「これ、ユーノ君に合うんとちゃう?」

 

手に取り、頭の中で青年――――ユーノに着せて見せる。

眼鏡をかけている事もあり、知的な美青年の完成だ。

 

「ええやんええやん!ごっつええや~ん」

 

はやての中では、かなり似合っている様だ。更に“恋する乙女”フィルターにより、かなり美化されているが。

そして、ユーノとデートするという妄想にまで走ってしまう。

 

「やぁ~ん、ユーノ君ったら、家に帰さへんって、どうする気なんよもぉ~~」

 

両手で頬を触り、くねくねと悶える。魔導騎士、元機動六課の司令官とは思えない醜態だ。

 

「はっ!あかんあかん!これ以上は、色々まずいわ……」

 

一体、何がまずいのだろうか?

 

何とか妄想を押さえ込んだはやて。そんな彼女は、他の衣服を選んでいく。

 

 

 

 

そして“もう一人”、この店に来ている少女がいた。

 

「何やら騒がしい奴がいるな。まったく、羞恥心というものはないのか」

 

大声は、こちらの耳にまで聞こえていた。話の内容までは聞こえなかったが。

姿の見えない客に悪態をつくディアーチェ。

 

「しかし、古着屋か」

 

少女――――ディアーチェは腕を組みながら、店内を歩く。どこへ行こうかとふらついていた際、ふと目に止まった為、入店したのだ。

 

(こういう衣服等は、キバーラの専門だからな……)

 

正直、自分ではあまり良いコーディネートが出来そうにない。こういったオシャレには疎い。

そう思いながらも店内を見回るディアーチェ。

 

「この落ち着いた色合いはシュテル、このシャツとズボンはレヴィに合うかもな。おぉ、このワンピースはキバーラにピッタリではないか?」

 

何だかんだ言いながら、家族に似合いそうな服を選んでいるディアーチェ。こうして手に取るだけでも、何だか楽しくなってくるものだ。

 

「んっ?」

 

そんな時、目についたのは、二体のマネキン。

メンズとレディースで、どうやらカップルをモチーフにしている様だ。デートに行く際のコーディネートとの事。

 

「…………」

 

ふと、ディアーチェは想像してしまう。

この服を着た自分とネクサスが、デートをしている場面を。遊園地に遊びに行き、楽しい食事を行い、会話を弾ませ、そしてデートの終わる直前、二人の顔が接近し――――

 

(って!ななななななな、何を考えておるのだ我はっ!?)

 

真っ赤に染まるを冷まさせるかの如く、首を左右に振る。頬を小さく叩き、落ち着きを取り戻した。

 

(ネ、ネクサスと、あんな……ま、まあしかし!あいつが、どうしてもというのであれば、考えなくもないがなっ!うむっ!)

 

終いには、心中で訳の分からない言い訳をしだす。恋する乙女の仄かな願いを妄想しながらも、店内を歩く。

 

そして、またも衣服に目が止まった。

 

 

白を基調とした、フリル付きのワンピース。春服をイメージしているらしく、とても可愛らしいデザインとなっていた。

サイズ的に、少女向けとの事。

 

(おっ、これヴィータにええんとちゃうか?)

 

はやてはそう考え、そのワンピースに手を伸ばす。

 

(これは、ユーリに似合うのではないだろうか?)

 

ディアーチェはそう考え、そのワンピースに手を伸ばす。

 

「「あっ」」

 

同時に、手が触れ合った。そして、目と目が合った。

 

「「…………」」

 

はやては、驚愕していた。

何故なら、今目が合っている少女は、自分の幼い頃の姿とそっくりだったからだ。

 

ディアーチェは動揺していた。

何故なら、今この場にはいないであろう女性が、ここにいるのだから。

 

「馬鹿な……“夜天の書”の最後の」

「えっ、何で……」

「っ!」

「あっ、ちょぉ待って!」

 

我に帰り、帽子を目深に被り直して、その場を去ろうとするディアーチェ。その手を、はやては咄嗟に掴んでしまう。

“夜天の書”という言葉に反応してしまったからだ。

 

「は、離せっ!離さんか貴様っ!」

「待ってぇな!ちょっと、聞きたい事が出来たんやから!」

 

必死に逃げようと、地面を踏みしめるディアーチェ。対するはやては逃がすまいと両手でしがみついていた。

 

「語る事など何もないっ!いいから離せっ!」

「離さへん!ちょっと話すだけやんか!」

「“はなすのか”“はなさないのか”どっちなのだ!?」

「ダジャレ言うとんちゃうねん!真剣な話しよう言うてんねん!」

「見ず知らずの相手に図々しい!何なら誘拐で訴えるぞ!」

「人聞きの悪い事言わんといて!職失うやないかっ!」

 

店内にいる他の客に注目されながら、どっちも譲ろうとしない。はやてとディアーチェの引っ張り合いは、まだまだ続きそうだ。

 



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lyrical&materials―そっくりさん達大集合―

ネクサス達はというと、こちらはこちらで楽しい時間――談笑し、食事を取り、ゲームをしたりと――を過ごしていた。

 

「にしても、分からないもんだよなぁ」

「何が?」

 

ベンチに座り、ストローでジュースを飲むジャンの言葉に、同じくジュースを飲みながら尋ねるネクサス。アイザも、黙って飲んでいた。

 

「だってよ、学院でも抜群の美少女であるあのアインハルトと、こうして遊びに行けるなんて、夢にも思わなかったし」

「そう?」

「そうだって!それにネクサスのクラスでも人気があるユミナも一緒だしさ」

「まあ、他の男子からは恨まれるだろうな」

 

成績優秀でクールな美少女と、当然の如く、アインハルトは人気があった。殆どの男子が狙っているといっても過言ではない。

同じくネクサスのクラスメイトであり、クラス委員のユミナ。その社交的な性格や、可憐な容姿から、男子だけでなく、女子からも慕われている。

 

そんな二人の美少女はというと、別の屋台にて、クレープを買おうと、列に並んでいる。並んでいる最中も、話しており、会話が弾んでいる様子。

 

「確か、ネクサスは俺達より付き合いがあるんだよな?アインハルトと」

「そうだね。クラス替えとかで、丁度二人と離れた時に、アインハルトさんと一緒だったから」

 

今でも思い出す。初めて会った時の事を。

初等部一年生として学院に入学し、所属するクラスにて、席が隣だった。

第一印象は、綺麗な女の子。左右で色が違う、宝石の様な瞳。思わず、見惚れてしまった。

今はこうして友達と談笑出来てはいるが、ネクサス自身も、そんなに口上手という訳ではない。そんな自分だが、勇気を振り絞り、声をかけた。

その時は、ほんの一言しか返されなかったが、一年生にしては、とても礼儀正しいものだった。

それから、ネクサスは話をし続けた。もっと、彼女の事を知りたかったから。

 

「席が隣同士っていうのもあったから、話をする機会はよくあったよ。それにこっちから話し掛ければ、アインハルトさんもちゃんと言葉を返してくれるし、今はもう普通に会話できるけど」

「へぇ~!つまり、ネクサスの粘り勝ちってやつか」

「粘り勝ち……なのかな?」

 

昔の事を思い出し、照れ臭そうにしているネクサス。

すると、アイザはストローから口を離した。

 

「ネクサスはネクサスで、ちゃんと歩み寄ったって事だろ」

「アインハルトって他のクラスでは、何だか近寄り難いって言われてたけど、話してみたら、そうでもないもんな」

「噂は当てにならないって事だろ」

「だな」

 

ジャンとアイザは、再度ジュースを飲む。

二人の様子を見て、ネクサスも安心する。二人も、アインハルトの事を友人として接してくれていると。

ジュースを飲み干し、ジャンとアイザの分が空となった。そこでジャンが、ゴミ箱に捨てに行くついでに、便所へと向かう。

そして、ベンチにはネクサスとアイザの二人。

 

「で、ネクサス――――お前アインハルトと付き合ってんのか?」

「ぶふぉあっ!?」

 

アイザからの問いかけに、ネクサスは口に含んでいたジュースを全て吹き出してしまう。

そのまま何度も咳をしてしまい、荒い息遣いとなる。

 

「ア、アイザ!いきなり何っ!?」

「いや、てっきりアインハルトに告ったのかと」

「いや、告っただなんて……僕にはとても」

 

顔を真っ赤にし、ボソボソと小声になる。

その様子を見て、アイザは自分の推測は正しかったと見る。といっても、バレバレなのだが。

 

「早めに仕掛けた方がいいと思うぞ?狙ってる奴らはいっぱいいるだろうし」

「…………」

 

アイザがそう言うと、ネクサスは黙ってしまった。

 

(告白、か……)

 

しかし、それは出来ない。

 

否、する事は出来ない。

 

(僕は……これ以上、幸せを望んじゃいけないんだ)

 

脳裏に浮かぶ、“あの光景”。大事な家族を死なせてしまった、あの出来事を思い出してしまい、握っているコップを更に握り締めてしまう。

 

「――――ネクサスさん?」

 

我に帰り、頭を上げる。

クレープ屋台から戻ったアインハルトとユミナが、こちらを不思議そうに見つめていた。

 

「どうしたの?浮かない顔して」

「あ、いや、別に……」

 

ネクサスは顔を反らし、女子二人は怪訝そうに見つめる。

 

「クレープ、美味しそうだね」

 

話を反らそうと、ネクサスは目についたクレープの話題を出す。

 

「はい。よろしければ、一口どうぞ」

「えっ?」

 

すると、アインハルトは自分が食べていたクレープを、ネクサスの前に持っていく。呆気に取られる彼に対し、彼女は普段見せない、とても明るい笑みを浮かべていた。横で見ていたユミナはやや驚き、アイザは無表情で眺めていた。

 

「さぁ、どうぞ♪」

「い、いや、僕はいいよ」

「遠慮なさらないで下さい。ネクサスさんが後押しして下さったおかげで、私はヴィヴィオさんとちゃんと向き合う事が出来たんです。お礼の一つとして、受け取って下さい」

「で、でも……」

「さあ!」

 

やけに強く推してくる。しかも、自分が“口をつけたであろう部分”を、ネクサスの口元に近づけていた。

有無を言わせない姿に圧され、やや躊躇しながら、ネクサスは口を開く。

 

「ネクサス君、私もあげる!」

「えっ!?」

 

横入りする様に、今度はユミナが自分のクレープを差し出してきた。やや焦っている様にも見え、しかもアインハルト同様、自分が口をつけた部分を近づけている。

そして、目を合わせる二人。どういう訳か、火花が散っている様に見える。

 

「ユミナさん、私がネクサスさんに食べさせてあげるので、ご遠慮下さい」

「アインハルトさん、ネクサス君は苺が好きなんだよ?だから、こっち食べるよね、ネクサス君?」

「ネクサスさんはフルーツ全般が好きだと言っていました。ですから、こちらのオレンジも該当する筈です。しかもチョコ付きですから、お得です!」

「それを言ったら、こっちは生クリームとアイスも付いてるんだよ?相性も抜群で、ネクサス君が気に入る事間違いなし!」

 

何故だか、二人して口論している。

アインハルトはチョコクリームのついたオレンジのトッピング。ユミナは苺とバニラアイスがトッピングされたクレープを持っている。

どちらがネクサスの好みに合うか等と、白熱していた。

 

「二人とも、どうしたの?さっきまで仲良くしてたのに――――」

「ネクサスさん、例え友人だったとしても、絶対に譲れない物があるのです」

「そうだよネクサス君。時と場合によって、女の友情は儚く散ってしまうの」

「えぇ……」

 

ついさっきまで仲良く会話していたのでは?今となっては、その欠片も見当たらない。

二人が争う理由が全くもって分からないネクサス。

 

(これから災難続きだろうな、あいつ)

 

目の前で狼狽える友人の姿を見つめながら、アイザは心中で思う。

すると、そこへジャンが戻ってきた。何やら、慌てている様子。

 

「お~い!大変だ大変だ!って、こっちも大変だぁ!?」

「あっ、ジャン」

「あ、あの二人、どうしたんだ?」

「それが、分からないんだ……」

「アイザ、どうなってんの?」

「強いて言うなら……“女の戦い”ってやつか」

 

ジャンからの質問に、アイザはそう呟く。その呟きに対し、ネクサスとジャンは首を傾げる。

 

「で、ジャン。大変って何が?」

「あっ、そうだった!」

 

思い出したかの様に、ジャンは口を開いた。

 

「さっき、ゴミ捨てに行ったんだ。そしたらさ!」

「「…………」」

「金髪のきれいなねーちゃんと青い髪のかわいい子が追いかけっこしてた!」

「「「「……はぁ?」」」」

 

ネクサスとアイザだけでなく、アインハルトとユミナでさえも、呆れた様な声を漏らした。

 

「いや、マジでマジで!本当なんだって!!」

「あんな人ごみの中、追いかけっこなんてできねぇだろ」

「それがさ、二人共すっげぇ速くて、何だろう――――なんか、稲妻になった感じで」

「稲妻って……」

 

ジャンの言葉に再度呆れるアイザに、苦笑するユミナ。

そんな二人とは違い、ネクサスとアインハルトは、表情を強張らせていた。まるで、心当たりがあるかの様に。

 

(いやいや、こんな人目につく場所で、しかもそんな目立つ様な事はしない筈。ていうか、家で留守番して――――)

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

悲鳴が聞こえた。一帯に広がり、周りにいた他の客達の視線が、音源に向けられる。

 

「なんだなんだ!?」

「すっげぇ悲鳴……」

「何か、あったのかな?」

 

三人も、悲鳴の聞こえた方向を向く。

ネクサスとアインハルトは、この声に聞き覚えがあった。

 

「ネクサスさん、この声って……」

「……嫌な予感がする」

 

そう呟き、ネクサスは走り出す。アインハルトも追いかけ、他の三人も気付き、慌てて駆け出した。

 

人混みの間をすり抜けていき、目的の場所に辿り着いた。

 

「やだやだやだやだこっちこないでぇ~~!!」

「むぐっ、ぐぐぐっ……!」

 

一人の女性が、二匹の子犬に怯えていた。子犬の方は、ただ甘えているだけなのだが、女性にとっては、恐怖そのもの。年甲斐もなく、まるで子供の様に泣き叫び、連れである少女に抱きついていた。

抱き付かれている少女はというと、女性の豊かな胸が顔に押し付けられており、白目を向いて窒息しかけている。

 

「…………」

「ネクサスさん、お二人が……」

「今全力で他人のふりしたいけど、そうはいかないよね……はぁ」

 

女性と少女――――キバーラとユーリの姿を見つけ、ネクサスは重いため息をついた。

 

しかし、これだけでは終わらない。

 

「――――あっ」

「えっ?」

 

人混みの中から、一人の少女が出てきた。やや息を荒くし、呼吸を整える。

その少女――――シュテルはネクサスと目が合う。

 

「シュ、シュテル」

「シュテル、さん?」

「ネクサス……アインハルト……」

 

すると、シュテルの後方から、彼女を追いかけてきたであろう、二人の親子がやって来た。

高町なのは、高町ヴィヴィオの二人だ。

 

「あっ、ネクサスさん!アインハルトさんまで!」

 

高町親子の登場に、ネクサスは驚きを隠せない。まさか、こんな所で遭遇してしまうなんて。

 

「うわわわわわっ!どいてどいて~~!!」

「危な~~いっ!!」

 

今度は、空から声が聞こえる。見上げると、水色の光と金色の光が合わさり、こちら目掛けて落ちてきた。

ネクサス達は慌てて回避。二つの光は、がら空きとなった地面に不時着する。

 

「うぅ~……」

「いっ、たぁ……」

 

水色の光――――レヴィは目が回って気絶しており、仰向けに倒れる。金色の光――――フェイトは勢い余って、レヴィに覆い被さる様に、四つん這いになっていた。

 

ネクサスは更に動揺する。そして、極めつけと言わんばかりか、またも後方から大声が聞こえてきた。

 

「は~な~さ~ん~か~~!!」

「は~な~さ~へ~ん~~!!」

 

歯を食い縛り、地面を踏み締めて一歩ずつ進むディアーチェ。そんな彼女を両腕で掴み、全体重をのせて止めようとするはやて。あの古着屋で出会い、この状態のまま、ここへとやって来たのだ。

 

「フェイトちゃんにはやてちゃん、その子達は……」

「なのは、その子は……?」

「ど、どないなっとるんや、これ?」

 

なのは、フェイト、はやての三人は、それぞれ自分に似ている少女と、友人二人に瓜二つの容姿をした少女達を見て驚きを隠せない。

 

「な、なのはママが…フェイトママも、はやてさんも……二人いる!?」

 

それぞれの顔を見比べ、ヴィヴィオは思わず叫んでしまう。

 

こうして、三人が揃ってしまった。

 

この事実に、ネクサスは頭を抱える事となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

人里離れた場所に位置する、比較的小規模な研究施設。小規模といっても、それなりに大きな建物である為、目立つのは目立つ。しかし、この施設の存在に気が付く者は、関係者以外、誰一人としていない。

何故なら、特殊な結界魔法により、認識を阻害される上、触れる事すら出来ない。正に、幽霊の様な建造物となっているからだ。

 

その幽霊研究所内部にて、“とある実験”が行われようとしていた。

 

「スーツの状態は?」

「硬度、動力ユニット、機能全体、今の所問題は見当たりません」

 

研究員、作業員であるゴースト族達が、足早で作業に取り組んでいる。研究資料に目を遠し、点検を行い、細心の注意を払って、始めようとしていた。

 

「これで、準備は出来ました」

「いよいよですね」

 

ゴースト族の一人が言うと、隣にいた金髪の青年が、身に付けている眼鏡をかけ直し、同意する。

 

「ええ、ご協力感謝します――――【スクライア司書長】」

「僕の力でよければ、喜んでお手伝いしますよ」

 

研究員が礼を述べると、ユーノは笑みを浮かべて対応する。

そして、実験に参加する友人、ゼラムに声をかける。

 

「ゼラム、体の調子はどうだい?」

「問題ない」

「くれぐれも、無理はしないでよ?今日はあくまで、試運転みたいなものなんだから」

「分かっているさ」

 

“とある事件”をきっかけに出会い、今では良い友人関係を築き上げている二人。古い文献等でしか知らなかった、ファンガイア、レジェンドルガ等の魔族の存在。前述の事件にて深く関わる事となり、ユーノはこうして協力者の立場となっている。

 

「この実験成功すれば、次の段階へ行ける。そうすれば、ネオファンガイアの対抗手段が増え、“あの子”の負担も少しは軽くなれるかもしれない……」

「……そうだね」

 

今回の実験目的は、敵に対抗する為作られた、“パワードスーツ”の最終調整。

試作段階での起動となる為、その危険性は高い。

ゼラムはそれを承知とした上で、被験者となることを選んだ。

 

「では、行ってくる」

「うん、気を付けて」

 

友人に見送られながら、意を決して向かうゼラム。

 

「「ん?」」

 

突然、ゼラムの通信端末が震える。誰かからの連絡を受信した様だ。

思わず足を止め、端末を手にするゼラム。

 

「はい、こちらゼラム」

「あの、先生。ちょっと報告したい事がありまして」

「なんだ、ネクサスか」

「報告したい事って?」

「あれ?ユーノさん、どうしてそこに?」

「ちょっと用事があってね。それより、伝えたい事があるんじゃ……」

「ああ……はい」

 

通信に出たのは、ネクサス。何やら、深刻な面持ちをしている。訝しげに、画面を見るゼラムとユーノ。

 

「実は……こうなっちゃって」

 

重々しく述べ、ネクサスは“現場”に向けて、端末の映像として記録する。

 

「わ、私のそっくりさんがいたと思えば、フェイトちゃんとはやてちゃんのそっくりさんまで!?」

「とうとう、バレてしまいましたね」

 

驚きを露にするなのはに、観念して帽子を取ったシュテル。

 

「どっちも小さい頃のなのはとはやてにそっくり……」

「あ~あ、バ~レちゃったね」

 

フェイトも動揺しており、レヴィは観念したのか大人しくしている。

 

「そっくりさん言うても、これは似すぎやろ……!?」

「いい加減離さんか~~!」

 

驚愕の表情を浮かべるはやて。そんな彼女に抱き上げられたまま、ジタバタと抵抗するディアーチェ。しかし、まったく外れる気配がない。

 

「やだやだやだやだもうこんな所いられないお家帰るぅ~~~~!!!」

「…………ガクッ」

 

子犬に迫られ、幼児退行したかの様に、泣き喚くキバーラ。ユーリは限界に達したのか、キバーラの胸に埋もれたままピクリとも動かない。

 

「バレました」

「「…………」」

 

そう告げられ、重いため息をつくゼラムとユーノ。

とりあえず、今日の実験は中止。二人は、急いで現場へ向かった。

 

彼女達に真実を語る心構えをしながら。



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reminiscence1―なのはとフェイト―

毎回、話のタイトルで悩んでしまう……


せっかくの休日、各々が楽しい時間を過ごしている筈だった。

しかし今、大人と子供を交えた大人数が、一軒の屋敷に集まっている。

 

「初めまして、魔法学院中等科教師のゼラムと申します」

「高町ヴィヴィオの母、高町なのはです」

「同じく、母親のフェイト・T・ハラオウンです」

「時空管理局所属、八神はやてです」

 

まず、大人達は自己紹介を行った。

場所は客間。テーブルを挟み、ソファーと椅子に腰かけている。なのは達三人はソファーに座らせてもらい、その向かい側にはディアーチェ達三人――そしてユーリ――が座っている。

 

仲介をする様に、ゼラムとユーノが並んで着席しており、ヴィヴィオとアインハルトを始めとした友人達は、ネクサスが自室に連れ、事情――――ディアーチェ達の事のみ説明していた。

 

大人達は、とある重要事件に関わる話題に触れる為、管理局員ではない一般市民である子供達には、聞かせられないという事で別室にしてもらっている。

 

「では、説明していただけるでしょうか?」

「……どこから話したらいいものか」

 

自己紹介を終えた後、フェイトから問いかけられるゼラム。額に手を当て、深く悩んでいるのが分かる。

そこで、ユーノが助け船を出した。

 

「フェイト、僕からも説明するよ」

「もしかして、ユーノ君も、この子達の事知ってたの?」

「我々が、口止めしていたんです。彼女達の存在は、あまり知られる訳にはいかなかったので」

 

なのはに対し、ゼラムはそう答えると、ユーノは黙っていた事に対して、謝罪する。

 

「黙ってて、ごめんね」

「ううん、何か事情があったんでしょ?」

「それだったら、仕方ないよ」

「そうやね」

 

なのは、フェイト、はやての三人は、怒る事なく許した。語れぬ事情があるのだろう、と。

目の前にいる、“自分達と同じ顔”をした少女達を見れば、何となく納得できる。

 

「まあ、こうして出会ってしまったからには、もう隠す意味もなくなった。寧ろ、今まで気付かれなかったのが不思議なくらいだからな」

「そ、そうよね~。まあ、いつかはバレるんだし?遅かれ早かれ――――」

「あんたは口を閉じてろ」

「ハイ、スミマセン」

 

見苦しく言い訳をしようとするキバーラを黙らせるゼラム。

 

「ったく。あんたがついていながら、なんだこの失態は」

「し、ししししししかたないじゃない!間違えちゃったものはさぁ!?」

「言い訳が見苦しいぞ。本当になにやってんだが」

「そ、そこまで言っちゃう~……?」

 

ゼラムから発せられた辛辣な言葉。それに加え、四人の少女達――特にユーリは、胸の方を睨んでいた――からの、責めるかの様な冷たい視線を受け、キバーラは一人いじける。

気を改めて、ゼラムは、茫然とするなのは達と向き合う。

 

「申し訳ありません。お見苦しい所を」

「あっ、いえ…」

「では早速、ここにいる彼女達についてですが、単刀直入に申しましょう――――」

 

 

――――この子達は、あなた方三人のクローンです。

 

ゼラムが発した言葉に、三人は驚愕のあまり目を大きく見開く。一斉に、自分達と同じ顔をしている少女達に視線を向ける。

 

「クローン……?」

「私、達の?」

「ちょ、ちょっと、驚き過ぎて、混乱しとんやけど……」

 

動揺と戸惑いを隠せない三人。更にゼラムは、話を続ける。

 

「皆さん、“イデア”という名を御存知でしょうか?」

 

イデア――――その名を出した瞬間、またもなのは達の表情に変化が起きた。深刻な、どこか重い表情を浮かべている。

 

「知っています。今現在、管理局内で、最大の問題として浮かび上がっている“危険人物”ですから」

 

ネオファンガイアを操り、アインハルトを誘拐、ネクサス達と交戦した、謎の男――――イデア。

その名は、管理局の上層部にも報告が入っている。無論、悪い意味で。

表だって活動してはいない。あくまで、“影の協力者”として、数多の犯罪者達のサポートをしているのだ。その協力の内容はというと、計画の助言、仮の斥候、そして“兵士”の提供。その兵士というのが、なのは達にも見覚えのある存在だった。

 

“PT事件”の傀儡兵。

“闇の書事件”の仮面の戦士――リーゼ姉妹ではない――ファウストとメフィスト。

“JS事件”のAMF搭載ガジェット兵器。

 

違う所と言えば、全てが黒――闇を思わせる――を基本に塗装されているという所だろうか。

どれも、かつて次元世界を揺るがす大事件に関わる存在だ。

それが今、新たな野望の手足となって動いている。

 

「ネオファンガイア以外で、頻繁に起こっている犯罪事件。そのほとんどが、先程の人物が裏で糸を引いていたという情報があります」

 

難しい表情を浮かべ、執務官としての言葉を述べるフェイト。

 

「そのイデアっていうのも、かなり用心深いんか、痕跡を全くと言っていい程残さへん。立つ鳥後を濁さずっというか。必死に情報を集めて、ようやっと分かったんが、三つ」

 

はやても加わり、指を三つ立てる。

 

「一つ、イデアという名前だという事。二つ、マスクを被った人物。三つ、多くの事件を、影から動かしている。そして最後、かなり手強い奴や――――あっ、四つやな」

 

そう考え、はやては四つ目の指を立てる。それを聞いて、なのはとフェイトも、納得した様に頷いた。

 

「その様子だと、三人共、イデアと戦った事があるんだね?」

 

ユーノが聞くと、三人は同時に頷いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――私の時は、突然向こうからやって来たの。訓練の時に、ね。

 

 

戦技訓練の最中、突如として黒い物体が出現。近くにいた新人局員達を蹴散らし、高町なのはを飲み込んだ。

不意をつかれ、そのまま飲み込まれながらも、なのははなんとか体勢を整えた。

 

自分が今いる場所を確認。辺り一面が、暗闇に包まれている。にも関わらず、視界ははっきりとしていた。

 

すると突然、“奴”は現れた。空中で、何もない所を、“歩いて”来たのだ。

 

「初めまして、空戦魔導師、高町なのは二等空尉。お目にかかれて光栄の極み」

 

深々と礼をし、本音か口先だけかも分からない言葉を述べる。

次から次へと理解不能な事態に見舞われるが、なのはは至って冷静に、相手を見据えていた。

 

「あなたは?」

「私の名前はイデア。どうぞ、お見知りおきを」

「イデア……」

「では、早速――――お前の力を見せてくれ」

 

告げた瞬間、イデアは攻撃を開始した。

 

 

――――そのまま、戦闘に入っちゃってね。自分で言うのもなんだけど、ほぼ互角だったと思う。ううん、多分、あっちは本気を出してなかった。何か、“品定め”する様な感じだったし。

 

 

こちらに合わせるかの様に、あちらも魔力弾を放った。しかも、威力も合わせてだ。そのせいか、こちらが放った全ての砲撃が、相殺される事となった。

 

 

――――これはバスター……いや、ブレイカーを撃ち込んでやろうか、って思っちゃってね。正直かなり焦ったかも……。そんな時だったの。

 

 

「ディバイン・バスターッ!!」

 

足元に魔法陣が描かれ、なのははデバイスであるレイジングハートから、直射型の砲撃を放った。

 

そして、それがイデアに直撃――――したのだが。

 

「――――品定めはこれくらいでいいか」

 

透明な魔力障壁で、イデアはそれを防いだ。

並みの防御魔法なら容易く貫く魔法を受け止められ、一瞬動揺してしまうなのは。その隙をつき、イデアは周りを取り囲んでいる黒い物体――――ジェノムに命じる。ジェノムは動き出し、なのは目掛けて突進した。

 

なのはは攻撃に備え、前方に防御壁を張った。それにより、ジェノムの突進を防ぐ事に成功。

しかし、首元に痛みが生じた。思わず手を当てて見ると、指に血と“黒い物体”が付着していた。前方に気を取られ、気付けなかった。出血しているのが分かったが、致命傷になる程ではない。そう確認した直後、黒い物体が消えた。

そして、ふと前を向けば、黒い物体はイデアの手中にあった。カプセルの様な物に姿を変え、イデアは指で摘まむと、暫し眺めた。

 

「採取成功。貴重なサンプルが手に入った」

 

カプセルを懐に仕舞い、再度、なのはと向き合うイデア。

 

「訓練中、騒がせて申し訳ないね。では失礼」

 

その言葉の直後、なのは魔力壁を発動させたまま、暗闇に包まれていった。

 

 

――――で、気が付けば訓練場の上空にいて、イデアはいなくなってたの。

 

 

◇◆◇◆

 

 

――――私は当時、ある犯罪組織を追っていたの。強盗、殺人、横領の罪を暴く証拠も揃って、やっと逮捕できる所まで行ってね。他の局員達の協力を得て、一斉逮捕に乗り出したの。

 

 

場所は、とある高層ビル。隠れ家にしては、かなり目立つ。フェイトは局員達を連れ、一気に乗り込んだ。

すると当然、犯罪組織は銃器で抵抗する。それを防御し、フェイトは次々に相手を無力化していった。

そして、残るは組織のボスといえる存在。立てこもっているのか、自室から出ようとしない。

仕方なくドアを蹴破り、フェイトは中へ突入した。社長室に相応しい部屋、デスクの向こうにて、例の人物が座椅子に腰かけて背を向けている。

 

「管理局の者です。今、あなたは完全に包囲されています」

「…………」

「無駄な抵抗は止めて、投降して下さい」

「…………」

「抵抗するなら、実力を行使します」

「…………」

 

応答が全くない。

デバイスを手にしているフェイトに対し、背を向けてたままだ。微かに肘の部分が見える為、いるにはいるんだろう。だが、危機的状況だというのに、慌てた様子を見せない。

度胸があるのか、それとも諦めているのか。

すると突然、拍手が聞こえた。

 

「ここまで来るとは、流石は凄腕の執務官ですな。ハラオウン――――いや、敢えて“テスタロッサ”と呼ぼうか?」

 

その名字を呼ばれ、フェイトは息を呑むと同時に、身構える。その口ぶりは、まるで“知っている”かの様だった。

 

「あなたは一体……この組織の首領じゃ――――」

「いや、違うね。私はただのアドバイザーさ。だが本当によく辿り着いたものだね。それは褒め称えてやろう」

「…………」

「だが、残念な事に……君に、組織の首領を逮捕する事は出来ない」

「なぜ、そう言い切れるのですか」

 

フェイトが聞くと、椅子に座っている人物は、横を指差した。その指につられ、その方向を目にする。そして、驚愕した。

探していた人物が、変わり果てた姿になっていたからだ。

 

「まったく、困ったものだ。交わした契約は、あくまで兵士の提供。それ以上の支援はしない。だというのに、見苦しく命乞いをするわ、尚も上から目線で命令するわ、何よりこちらを銃器ごときで脅してくる等と。色々と腹立たしかったので、始末してしまったよ」

 

やや苛立ちを込めた声音で語りだす。

その首領はというと、両手、胸、口を杭らしき物で串刺しにされており、壁に磔になっていた。変わり果てた姿を目にし、その凄惨な光景に茫然とするフェイト。

 

「逮捕に協力出来なくて申し訳ない。これは、せめてものお詫びだ」

 

座椅子を回し、こちらに姿を見せた。顔を機械のマスクで包んだ、その人物は束となった書類、何かのメモリーカードをデスクの上に放る。

フェイトが遠目に見ると、そこにはまだこちらが把握しきれていない、更なる証拠となる情報が記されていた。恐らく、メモリーカードも証拠の類いなのだろう。

フェイトは目の前の人物に警戒しながら、書類に手を伸ばす。その人物は、座椅子から立ち上がり、体を伸ばして後ろで手を組んだ。

 

書類に目を遠し、フェイトは疑問を抱く。何故、自分にこれを見せたのか?何故、自供したのか?

 

「どういう、事ですか?」

「どうもこうもない。言っただろう?せめてものお詫びだ、と」

「……容疑者を殺した事について、ですか?」

「それもある、が……一番の理由は――――これから教えよう」

 

その直後、紫色の光刃が振るわれた。

 

「っ!!」

 

バルディッシュで防ぎ、刃が首に到達する事はなかった。もっとも、後数センチという所ではあったが。

 

「ふむ、やはり防いだか。反応速度も良い」

(速い……腕の動作すらも、全然見えなかった……!)

 

隙を見せてしまったとはいえ、唐突の攻撃に驚きを隠せないフェイト。こちらが両手持ちでデバイスを持っているのに対し、相手は片手だ。しかも、それほど力を入れている素振りは見せておらず、見た目に似合わない程の力を感じる。まるで二人がかりで押されているかの様だった。

 

「あなたは、一体……!」

「私の名は、イデア。それ以外には何もない」

「イデア……あなたを、共犯の容疑で連行します」

「ほう……やれるものならやってみるがいい」

 

イデアは、空いている片方にも光刃を発生させ、突きを繰り出す。フェイトはデバイスで弾き、反撃として横薙ぎに振るった。

 

「ここでは狭すぎる。君の本領を発揮させる為にも、場所を変えるとしようか」

 

イデアは容易にかわすと、窓を割り、外へ逃走する。

 

「待ちなさいっ!!」

 

それを逃さず、フェイトも後を追った。

 

 

 

――――必死に追跡しながら、戦闘に入った。長斧(アサルトフォーム)(ハーケンフォーム)を駆使して攻撃したけど、奴は受け流したり、易々と刃を受け止めた。

それで、大剣(ザンバーフォーム)に切り替えようとしたんだけど………。

 

 

「はぁっ!!」

 

バルディッシュを大剣に変え、フェイトは一気に振り下ろす。黄金の刃が迫る中、イデアは両手から紫の光刃を二本発動し、そのまま受け止めた。

 

「ほぉ……速度に特化していると同時に、(パワー)も素晴らしい。流石だなぁ、執務官殿?」

「っ!」

 

こちらが力を振り絞っているにも関わらず、イデアは余裕綽々といった風に声を出した。冷静に分析を行っているらしく、本心か世辞なのか分からない言葉を投げ掛けてくる。

それが苛立ちを助長させ、フェイトの心に怒りが積もりだしていた。

 

「うむ、予定通り。君にしよう」

 

刃を滑らせ、そのまま懐に入るイデア。

フェイトは咄嗟に体を後退させ、回避を行う。しかし、イデアは逃がさなかった。

ジェノムを発動させ、フェイトの両手足に絡み付く。更に機械の手が、彼女の白く細い首を掴み、そのまま締め上げた。

 

「ぐっ!」

「捕まえた……ふふふ」

 

不気味な笑いをし、イデアはフェイトの首にかけている手に力を入れる。

苦悶の表情を浮かべながら、フェイトは拘束を解こうと力を入れる。しかし、ジェノムの力は想像以上で、身動きが全く取れない。

 

「では、早速」

 

イデアがそう言った直後、フェイトは首筋に痛みを感じた。

 

「っ!?」

 

顔をしかめ、痛みに耐える。数秒後、イデアはフェイトの首から手を離した。その手には、いつの間にかカプセルが握られており、掴まれていたフェイトの首筋に、注射器の様な跡が残っている。

 

「一体、何を……!?」

「目的は達成した。もう君に用はない」

 

そう言い終え、イデアはフェイトから離れる。するとジェノムは大きく動き、フェイトを投げ飛ばした。

 

「きゃああああっ!!」

 

成す術なく、遠方へと吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

――――すぐに体勢を立て直して、戻ってみたんだけど、そこに奴の姿はなかった。

 

 

 

敵を見失い、拳を強く、強く握り締めるフェイト。彼女の悔しさが、目に見えて分かる。

 




次回は、はやての回想になります。


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reminiscence2―はやてとシグナム―

何故だか、結構長い文章になってしまいました。


――――最後はわたしやね。まだ機動六課を設立する前、私が所属していた部署に一通、映像付きのメールが届いたんよ。今でも、思い出す度に、腹が立つ映像や……!

 

 

 

はやてのパソコンに送信された、一通のメール。差出人は不明。内容は以下の通り。

 

【正午、送信した映像を御覧下さい。一人でも構いませんが、せっかくですので部署内の局員全員で御鑑賞頂けたらと思います】

 

メールに添付された映像フォルダを押しても反応がない。記された通り、時間通りに再生するのだろうか?

時計を見ると、残り三十分で正午となる。はやては他の局員にこの奇妙なメールの事を告げ、課内全員で確かめる事に。

その場には、仕事の応援で駆けつけていたシグナムもいた。

 

「一体何なんやろ?」

「さぁ、私からは何とも……」

 

はやてとシグナムは勿論、局員達の間で様々な疑惑が飛び交う中、時計の針が、正午を指した。と、同時に、パソコンに送られた映像がプロジェクタースクリーンに写し出される。

 

「っ!?」

 

その場にいた全員が、言葉を失う。

 

写っていたのは、男女五人の管理局員。

実は、“とある人物”の調査を担当する事になり、“五人一組”でチームを組んでいたのだ。そして、映像に映っているのが、その五人。

全員が椅子に座り――――否、鎖で縛り付けられ、身動きが取れずにいた。口にも鎖が巻かれ、無理矢理咥えられている様に見える。そして何より、全員が傷だらけになっていた。皮膚から血が流れ、痣も出来ており、一人は“片目を潰されて”いた。全員が苦悶の表情を浮かべ、憔悴している上、痛々しく見える。

側にはナイフ、ペンチ、鞭、鎚、鋸――どれも血が付着している――等が置かれた作業机があり、五人が“何をされたのか”を物語っている。

 

場所は、まるで刑務所の様な、薄暗い部屋。壁も床も、コンクリートで埋め尽くされていた。

 

すると、映像内で、映っていない所で、扉を開ける音が聞こえた。それを聞き、怪訝な表情を浮かべるはやて達。

それに対し、映像の中にいる局員達は、扉があるであろう方角を目にした途端に、顔面蒼白。表情が恐怖に染め上げられていき、女性に至っては、小刻みに怯え、震え、パニックに陥っていた。

コツ、コツ、と歩く音がその部屋に反響する。その音は段々と近付いてきた。ゆっくり、ゆっくりと。

 

――――突然、画面が大きく揺れた。

 

「どうも、初めまして管理局の諸君。私からのビデオメールをご覧頂き、誠に感謝する。因みに、この場所は絶対に特定されない様にしているから。探そうと思っても、逆探知しようとしても無駄だよ」

 

ビデオカメラを手にしているのだろう。揺れる画面の向こうで、機械のマスクを被った謎の人物が、こちらに話しかけてきた。

短く話した後、カメラを定位置の場所に置き、その人物は五人の元へ近寄る。

 

「突然の事に驚き、疑問を抱いている事だろう。何故、このビデオを送りつけてきたのか?何故、ここに五人の管理局員がいるのか?そして、私が今から“何を”するのか」

 

不気味に笑い、作業机にある道具を指で弄る。その一挙一動に、五人は更なる恐怖を植え付けられる。

謎の人物は、五人の顔に、自分の顔を近づけた。

 

「さぁ、何をすると思う?」

「っぐ……ぅ…」

「何だと思う?」

「ひぃ……ぅ、ぅぅ……!」

「何をされると思う?」

「んん、んんっ……!」

「何をしようとしていると思うぅ?」

「ふぅ…ぐ……ぅうう!」

 

一人一人に、問いかけていくイデア。局員達が目を反らそうとしても、髪を乱暴に掴み、無理矢理自分と向き合わせる。

 

「おっと、申し訳ない。これじゃあ喋れないな」

 

そう言うと、片目の潰れた局員の口に巻かれた鎖を外し、再度、質問をする。

 

「さぁて、私はこれから君達に何を――――」

 

ぺっ!と、マスクのレンズに血の混じった唾が吐かれた。その局員は、震えながらも、まだ残っている片目でイデアを精一杯睨み付ける。

 

「そんなもの……知るかっ!」

「…………」

 

目の前の人物に対する恐怖は、嫌という程植え付けられた。こうしている時も、怖くて仕方がない。それでも、例え片目を潰されたとしても、これ以上怖じ気づく訳にはいかない。自分は時空管理局の一員だ。この凶悪犯に、決して屈する訳にはいかない。

そんな局員の抵抗に、イデアは何も言わず、踵を返す。そして、作業机に手を置いた。

 

「お前、みたいな……お前みたいなイカれた奴に、負けてたまるか……!」

「………」

「絶対に、他の局員達が……はぁ…はぁ…お前を、捕まえる」

「………」

「絶対に、逃げ……られないぞ……ごほっ、ごほっ!必ず、お前を――――」

 

ドガッ!!と、イデアはバールを手に取り、振り返り様に局員の顔めがけて殴り付けた。

その局員は口から血を吹き出し、椅子ごと後ろ向きに倒れる。そんな彼に、イデアは更に追い打ちをかける。

 

「質問に!答えろと!言って!いるんだ!この!愚図がっ!私が!質問!して!いるだろっ!お前らは!それに!黙って!従って!いれば!いいんだよっ!そんな事も出来ないのかこのゴミがあああああああああああっ!!」

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も殴り続けるイデア。殴る度に、真新しい血が壁に、床に、付近の局員達やイデア自身に飛び散る。

他の四人が制止の声を上げる。鎖を巻かれて喋れない為、大きく唸るが、それでも止まない。

一方、この光景をスクリーン越しに見ている――――否“見る”事しか出来ないはやて達。先程から、探知しようとしているが、場所の特定が一切出来なかった。映像に映っている建物内部も、特徴らしい特徴もない。

はやては勿論の事、全局員達が、歯を食い縛り、拳を握りしめている。悔しさ、怒り、悲しみ等の負の感情が、この課内を支配していた。

 

中でも、“彼女”は色濃く面に出ていた。

 

ドガッ!!と室内の壁に拳を叩きつけるシグナム。その音に驚き、他の局員達が彼女の方を見る。

 

「――――」

 

その瞳は、主であるはやてですら、見たことのない。恐怖さえも抱く程、憎悪に満ちていた。

 

「シグナム……」

「……取り乱して、申し訳ありません」

「ううん、気持ちは分かるで。私も、ぶちギレる寸前やから……」

 

何とかシグナムを宥めるはやて。しかし、止める彼女自身も、画面にいる悪魔の所業に対し、言い知れない怒りを抱いていた。

 

「――――ふぅ」

 

グチャ……と、バールを引き抜き、イデアは無造作に放る。地面に落ちて生じる金属音に、四人はビクッ!と体を震わせた。

 

「いやぁ~お恥ずかしい所をお見せしてしまった!だが、あれは彼が悪いなぁ?まったく、そちらの教育はどうなっているんだい?あまりにも失礼な奴だから、つい殺してしまったよぉ……フフフフ」

 

カメラに向けて、狂った様に言い放つ。

同僚を殺されて憤る者。

狂気を目にして恐れ戦く者。

前述の二つを一切表に出さず、冷静に分析する者。

 

映像を目にした局員達は、その三つに分かれた。はやては、三者だ。ここで感情を爆発させても、どうにもならない。何とか、この場所がどこにあるか、どうやって探せばいいかを考えなくては。

胸の内から湧き出る怒りを必死に抑え、はやては映像から目を離さない。

 

「興が削がれてしまった。もうちょっと楽しむ所だったんだけどなぁ……はぁ」

 

肩を落とし、あからさまに落胆するイデア。すると、何やら端末らしき物を取り出し、操作する。

同時に、またもはやてのパソコンにメールが送信された。彼女は急いでデスクに向かい、メールを開く。

そこには、住所が記載されていた。

 

「届いたかな?それで、私が今いる場所が分かる筈だ」

 

どうやら、自分の居場所を教えたらしい。

またも不可解な行動に、全員が混乱する。

 

「来たいなら来ればいい。なんなら、大勢で来るか?歓迎するよぉ……“こいつら”と同じ様になぁ」

 

捕まっている二人の局員を掴みながら、挑発する。来てもいいが、相応の覚悟はしろ、との事。

 

「安心したまえ。私はまだ目的を達成できていない。ここにはもうちょっと滞在するつもりだ。こいつらで遊ぶのも飽きてきた所だから、早めに来てくれるとありがたいな」

 

本人は、そこから動かないつもりらしい。罠の可能性は充分にあるだろう。しかし、同じ局員同士、見殺しには出来ない。

一人は救えなかった。しかし、まだ四人は生きている。見た所、これ以上の危害は加えない旨をこちらに伝えた。今、局内にいる局員達も、映像にいる四人も、一先ずは安堵の表情を浮かべる。

これを好機と判断。被害を増やす事はもう出来ない。部隊長が指示を出し、大至急、救出部隊と戦闘部隊の出動準備を行う。

はやても、参加すべく準備に取りかかる。

 

「――――さて、君達が来るまで暇だな」

 

映像は、まだ消えていない。

イデアは、徐に作業机に近づき、またも道具を手にする。

 

「飽きてきたが……まあ“暇潰し”にはなるだろ」

 

片手にナイフ、もう一方に鎚を手にし、四人の方を向く。

 

「さぁ……今度は暇潰しの時間だ!!」

「ううっ!?」

「んんっ!!いあ、いあああっ!! 」

「ひぃっ!う、うぅあっ!?」

「あぐ、あぐげでぇっ!!」

「ああぁははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!」

 

カメラが倒れ、映像は地面だけを映す。

それでも、四人の局員による悲鳴、断末魔。

そして悪魔の笑い声が響き渡る。

 

「総員!!急いで救出に向かうっ!!」

「「「「了解っ!!」」」」

 

事態が悪化し、はやてはシグナムと共に救出部隊へ加わり、現場へと向かった。

 

 

 

指定された場所へと、辿り着いた局員達。管理局内の機動部隊、救出部隊らが駆けつけ、目的地である廃墟を取り囲む。

 

「総員、突撃っ!!」

 

一刻を争う事態。部隊長が指揮を執り、全員が廃墟へと突入する。

それに続く、はやてとシグナム。二人共、バリアジャケットを身に付けている。

 

廃墟の入り口まで後少し――――といった所で、シグナムが“微弱な魔力反応”を感じ取り、足を止める。遅れてはやても停止し、先行している部隊に警告を出す。

 

「止まれぇえええええ!!!」

「あかんっ!!今すぐ止まってぇ!!」

 

しかし、遅かった。

 

突如、部隊の先頭がいた場所が、爆発したのだ。しかも、一回だけではない。連鎖する様に、爆発が広がっていき、次々と管理局員達を飲み込んでいく。

 

「皆さん!急いで防御魔法を展開してください!!」

 

はやての掛け声により、武装隊は急いでプロテクションをかける。それにより、爆発を防ぐ事に成功した。

そして、爆発が止んだ。爆風によって砂煙が立ち込め、視界が悪化してしまう。

 

「もしかして、爆弾……?」

「恐らくは。魔力による遠隔操作を行っていたものかと」

 

ただ、その魔力があまりにも微弱すぎた為、気付くのが遅れてしまった。それと同時に、感知できない程の弱い魔力で操作し、起爆するとは。

 

「ほんま、何者なんや」

 

そう呟いた瞬間、地面から何かが吹き出した。

黒い塊が重なり合った様な、集合体。それは蛇の様にうねり、凄まじい速さで武装隊員達を飲み込んで――防御魔法ごと――いく。

 

「な、なんなんだっ!?」

「くそっ、くそぉ!!」

「く、来るなぁ!!?」

「ああ、ああああ……」

 

隊員達はデバイスを構え、魔力弾を放つ。やや混乱、冷静さを大いに欠いた、自棄気味に放たれた弾は、当たってはいる。しかし、その黒い物体はものともせず、隊員を次々と飲み込んでいく。

 

「何なんやあれは……!?」

「ぐっ!」

「シグナムッ?」

 

黒い物体が現れた瞬間、シグナムは頭を押さえた。突然の頭痛に、顔を歪める。

 

「どないしたん?」

「分かり、ません……あの物体を、見た瞬間……“何かを思い出しそう”に……っ!」

「シグナムっ!?」

 

痛みは更に増し、シグナムは体勢を保てなくなる。はやては心配し、家族である彼女の様子を窺う。

 

「シグナム、無茶せんとここは引いて。あの黒いモジャモジャは私が何とかしたる」

「あ、主……」

 

シグナムに下がる様に言い、はやては前線へと向かう。

 

(急に、何だ……私は、あの物体を“知っている”?)

 

記憶の奥底に眠る、“古の時代の記憶”。それが無理矢理呼び起こされようとしていた。

 

一方、前方ではまた一人、隊員が飲まれようとしている。しかし、それは“プロテクション”によって防御された。隊員が仕掛けたものではない。

後方支援において、圧倒的な能力を持つ八神はやてによるものだった。防御魔法が展開された瞬間、黒い物体は弾かれ、軌道を変える。

 

「ここは私が防ぎます!撤退の指示を!」

「す、すまない……!全員、撤退だぁ!!」

 

痛手を負った部隊長――黒い物体により、片腕を損傷――は、はやてに一言告げ、部下を連れて撤退する。

それを見逃さず、黒い物体が襲いかかってきた。

 

「させへんっ!!」

 

物体の行く手を阻む様に出ると、はやてはデバイス――――シュベルトクロイツを掲げ、古代ベルカ式の魔法陣が足元に浮かぶ。

 

「【ブリューナク】ッ!!」

 

ダガー状の弾が、黒い物体に炸裂。威力が低い為、対したダメージにはならない。しかし、こちらに意識を向けさせる事は成功した。

思惑通り、その物体は、はやて目掛けて突進する。それに伴い、防御魔法を展開する――――寸前、はやての前に、一人の騎士が出る。

 

「はああああああああっ!!」

 

愛用のデバイス、レヴァンティンを構え、突進してくる物体目掛けて突きを繰り出すシグナム。

剣先は物体の先端に刺さり、黒の物体が四方へと散らばっていく。

 

「でやあっ!!」

 

終いに、レヴァンティンで全てを振り払う。

物体はバラバラになり、彼女から避ける様に、四散していった。

剣を下げ、肩を上下させて呼吸するシグナム。

 

「はぁ……はぁ……」

「シグナム――――」

「お見事」

 

声に反応し、シグナムとはやては、顔を向ける。

そこに、奴がいた。後ろで手を組み、何の警戒もなしで、こちらへと歩み寄る。

はやてはデバイスを構え、奴を睥睨する。すると、またも痛みを感じたのか、シグナムが頭を押さえた。

 

「シグナムっ!?」

「ぐうっ!!あ、頭が……!!」

 

走馬灯の様に、頭の中に映像が流れ込んでくる。

 

 

遥か昔の、ベルカの時代。人間と魔族との間に大きな壁があり、住む場所全てが戦場となっていた。

次に思い出したのは、“かつての主”の姿。“人間ではない”にも関わらず、偶然にも夜天の書を手にした稀有な存在。

しかし、今の主であるはやてと同じく、自分達ヴォルケンリッターの事を道具ではなく、“仲間”として迎え入れてくれた、心優しきもう一人の主。

 

それから、“もう一人”。主の親友となり、またヴォルケンリッターの四人とも良き仲間となった人物。

騎士としても――――“一人の男性”としても、自分が心中で慕っていた男性。

 

今となっては、主共々顔も名前も思い出せない。しかし、存在していた事は覚えている。

 

そして、彼ら二人を陥れ、王達との絆を無理矢理絶ち切らせ、葬り去った憎き存在。

そいつが今、目の前にいる。頭を押さえながら、徐に顔を向けた。

 

 

シグナムは、“その名”を口にする。

 

 

「イデアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

怒り爆発。レヴァンティンを携え、シグナムは目前にいる人物――――イデア目掛けて突進。

 

「おっと」

 

即座に透明な魔力障壁を展開。炎を纏った刃が触れ、そこを起点に火花が生じる。

 

「貴様……貴様だけは断じて許さんっ!!」

「やれやれ……相も変わらず、血の気の多い女だ」

 

憤怒の炎を燃やす烈火の将。手にしている剣に力を加え、障壁を切り裂かんとする。しかし、刃が食い込むことはなく、それ以上は進まない。

イデアは余裕綽々といった様子で、気楽に構えていた。

 

「何をそんなに怒っている?何がお前をそんな風に駆り立てている?」

「ほざけっ!忘れたとは言わせんぞ!貴様が行った悪行を」

「覚えてはいるが、罪悪感はこれっぽっちも抱いていない。寧ろ、楽しい思い出だったなぁ」

「何、だと……!?」

「お前はどうだい……嫌な事でも思い出したのかぁ?」

「ぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

次々と紡いでいく挑発の言葉。

普段のシグナムなら、何事もなく受け流し、冷静に対処するだろう。しかし、今回は相手が悪かった。

今、漸く思い出せた宿敵。それにより、我を失ってしまっている。

 

「シグナムっ!どないしたんや!?シグナムっ!!」

 

主、八神はやてが必死に声をかけるも、全く届いていない。シグナムの怒りは、増すばかりだ。

 

「はぁ……いい加減、鬱陶しいぞ」

 

呆れ半分、苛立ち半分といった声音で、イデアは呟く。瞬時に手を掲げると、障壁が急に破裂。その衝撃に押され、シグナムは後退してしまう。

 

「しまっ――――」

「目障りだ」

 

イデアはシグナム目掛けて手をかざす。それに反応するかの様に、黒い物体が動き出す。今度は、集合するのではなく、それぞれが鋭利な刃物に変化した。十、二十、三十、四十と瞬く間に増えると、目標――――シグナム目掛けて一斉に射出。

 

「ぐぅぅっ!!」

 

障壁を出す間もなく、シグナムは刃の雨を浴びてしまう。だが、流石は歴戦の騎士というべきか、レヴァンティンで殆ど切り落としていく。しかし、落とし損ねた刃はあり、それらは彼女の衣服を切り裂き、肌を傷つけていく。

 

「シグナム、今行く――――」

「そうはいかない」

「っ!?」

 

助けに向かおうとするはやての背後へ、瞬時に移動するイデア。後ろから、己の左手で彼女の左手首を掴み、更に彼女の脇の下を通し、右手で首を締める。

 

「がっ、ぁぅ……!」

「すまないなぁ、お嬢さん。少し大人しくしててくれたまえ」

「イデアっ!主から、離れろ!!」

「お前の相手は御免だ」

「ぐっ、“ジェノム”か……!」

 

刃を叩き落としたシグナムは、全身傷だらけになりながらも、主の元へ助けに向かう。しかし、またも行く手を阻むのは黒い物体――――ジェノムだ。今度は蛇となり、シグナムに襲いかかる。イデアの元へ行かせぬ様、四体がかりでだ。

一方はやては、必死に抵抗する。しかし、体がピクリとも動かないのだ。それもその筈、シグナムと戦っている筈のジェノムが、足から胴体にかけて埋め尽くしている――デバイスも拘束された――からだ。気色の悪い感触に襲われ、寒気を感じる。

 

「シグ、ナム……!」

「さて、本来の目的を果たすとしよう」

 

耳元で呟くと、イデアの右手が黒く光る。すると、首の一部分から痛みが生じた。

 

「っ!!」

 

“針を刺した”様な痛みに、はやては瞼をぎゅっと閉じる。数秒経ち、イデアは右手、そして左手を離し、はやてを解放した。彼女は、膝から地面へと崩れ落ちる。

 

「くっ……!」

「くくく、良い物が手に入った」

 

手にしているのは、“赤い液体”の入った小さなカプセル。イデアは、それを懐に仕舞い込んだ。

 

「あの局員達もそこそこ役に立った。こうして八神はやてを誘う餌となり、私のストレス発散の道具としてもね」

「まさか……私を、おびき出す為に……たったそれだけの為に、彼等を…!」

「ああ。その上、私の周辺を嗅ぎ回っていて苛立たしかったからなぁ。助けに来た様で申し訳ないが――――全員死んだよ」

 

はやての耳元で、イデアはそう呟いた。

目を見開き、心の奥底から怒りが込み上げてくる。

普段の彼女を知る者から見れば、今の姿はとても思えない、恐ろしい表情をしていた。

 

「いや、しかし手荒な真似をして申し訳ない。か弱い女性に無理をさせてしまった」

「ご心配なく……女性は女性でも、私はそんなか弱くない方なんやっ!!」

 

震える手に力を入れ、杖の石突きを思い切り地面へと叩きつける。すると魔法陣が浮かび上がり、そこから剣を模した魔力弾が上へと飛び上がった。

 

「【バルムンク】ッ!!」

「おっと」

 

勢いよく飛び出し、はやての近くにいたイデアは、間一髪回避。

しかし、魔力弾は直ぐ様旋回し、イデア目掛けて突撃してくる。気が付けばかなりの至近距離にまで追い詰められていた。

 

(たかが支援系と、少し侮り過ぎたか)

 

舌打ちし、両手から光刃を出現させ、迫り来る剣の魔力弾を切り伏せる。

全弾を弾いた直後、目前に刃が迫っていた。

 

「はあっ!!」

「っぐ……!?」

 

シグナムは剣を振るう。それは、イデアの胸元を掠った。ただ掠った程度の事。しかし、相手はやや焦り気味に後退する。

 

「危ない、危ない。採取の為だけに、命を落としたんでは話にならん」

「貴様、我が主に何を!?」

「命を脅かす事は何もしちゃいないさ。もっとも、近い将来……“この世界”を脅かす事は、するだろうけどね」

 

両手を大きく広げ、天を仰ぐイデア。良からぬ事を企てているのは間違いないだろう。

ならば、ここで逃がす訳にはいかない。はやてとシグナムは、デバイスを構え直し、対峙する。

 

「目的を達成した以上、お前達とやり合うつもりはない。これにて失礼させてもらう」

「ちょ、待たんかいっ!」

「貴様……!」

「さらばだ」

 

ジェノムが黒い竜巻と化し、イデアを飲み込んでいく。そして瞬く間に、姿を消した。

逃がしてしまった。はやては歯を食い縛り、シグナムは拳を握りしめ、地面へと叩きつける。

 

 

 

――――その後、廃墟の中へ潜入したら、あいつの言う通り、“五人の死体”が発見されたんや。ほんま、酷い事されとったんやって……見た瞬間に理解したわ。

 

――――結局、イデアが何の為に私を呼び出したのか、その時は分からんかったんやけど……今回の話で、漸く分かった気がする。

 

 

 

なのは、フェイト、はやて。あの悪魔の様な存在との出会いにより、三人は凄まじい悪意を見せつけられた。




イデアがどれだけヤバい奴なのか、ご理解いただけたでしょうか?


また変更点があります。主にアナザーストライクの方で。オリジナルキャラであるロアを、“あの娘”に変えます。話を考えている中で、“あっ、これいいかも”というのが色々と浮かび上がりまして、変更しようという考えに至りました。
勝手ながら後日、アナザーストライクの話の方を少し編集させていただきます。


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lyrical&materials&vivid―受け入れてくれる人達―

以上、三人の話が終わった。皆、共通して言えるのは、イデアと出会い、“血液を採取”されたこと。

 

「なるほど、そういう事か」

「そして、採集した三人の遺伝子を元に、造り上げられたのが――――」

「我ら、という事だ」

 

ゼラムに続くユーノの言葉を遮り、沈黙していたディアーチェが、口を開いた。

腕を組み、閉じていた瞼を開け、改めて向き合う。

 

「目的は、“優秀な人材”を欲しいからだと、奴は言った。いや、“忠実な道具”の間違いか……」

 

目を伏せ、自嘲気味に呟くディアーチェ。そんな彼女と同感なのか、シュテル、レヴィ、ユーリの三人も、暗い表情で俯いている。

 

「最初に目覚めたのは、我だった。自分が何者なのか、何故生み出されたのか?まだ何も考える事が出来なかった我に対し、奴は言った」

 

 

◇◆◇◆

 

 

暗闇に包まれた研究所。イデアが秘密裏に建設した施設だ。

その一室に配置された、三台のカプセル。液体が充満した中で、三人の少女達が、それぞれのカプセルに入っていた。

 

やがて、一台のカプセルからアラームが鳴る。それを機に、カプセル内部の薬用液が廃棄されていく。

 

「――――」

 

液体が顔より下まで下がった後、その瞳――青に近い緑――が開かれた。

 

 

――――生まれてすぐに我が目にしたのは、暗黒の中で佇む、“あの男”の姿だった。

 

 

みるみる内に空となり、カプセルの蓋が開かれた。

 

「……ごほっ、ごほっ!!」

 

立つこともままならず、“少女”は膝から崩れ落ちる。前のめりに倒れ、少し咳き込む。正に生まれたままの姿で。

地面に手をつき、体を起こして、割座する。寒いのか、未熟な体躯を両手で抱きしめ、震える少女。

 

すると、こちらに近付く足音が聞こえ、視界に足が見えた。それに気づき、少女は上を見上げる。

 

「初めまして、“我が娘”よ。これから私の事を、“父”、もしくは“主”。或いは“マスター”と呼びなさい」

「…………」

「返事は、“はい”だ。いいね?“は”、“い”。言ってごらん?」

「ぁ……は……っ……い……」

「うむ、宜しい。私は君の事を“マテリアルD”と呼ぶ。いいかい“D”?それが、君の識別名だ」

「…ぇ……で……でぃ…ぃ…」

「そう、Dだ。分かったね?」

 

単眼を思わせるレンズに映る、虚ろな瞳の無垢な少女。促される様に、覚束ない口調に、舌足らずな状態で復唱する。赤ん坊が、初めて言葉を発声するかの様に。

イデアは膝をつき、少女の頭を撫でる。

 

すると、“一人の男性”が、手術着と毛布を手にやって来た。

 

「ドクターイデア、こちらを。このままでは風邪を引いてしまう」

「おっといけないいけない。さあ、これを着て。毛布もあるよ」

 

思い出したかの様に、イデアは助手と思われる男性から、子供サイズの手術着を手渡され、少女こと“D”に着せた。上から乱雑に毛布を被せ、髪を拭いていく。

 

「いいかい、D。今回、君は“あの二人”よりも早く目覚めた。一番上、つまり君が“王様”だ」

「お…ぉ……さ、ま……」

「二人も、もう少しで完成する。その時こそ、お前は――――いや、“お前達”三人は、私の物だ」

 

髪を拭き終え、機械の両手で、尚もこちらを見つめているDの両頬を、イデアは触れる。目を反らさず、自身の姿をレンズに焼き付ける様に、そう語った。

 

「お前達は私の娘。つまり、父親である私の為に働く義務がある。子は親の為の道具なんだよ」

「ど……ぉ……ぐ…」

「私の忠実なる手足として、しっかりと“教育”してあげるからねぇ?なぁに大丈夫。この私が教えるんだ、何も問題はない。まあ、お前達が出来損ないなら話は別だがな」

「……まだ分からないのでは?精神年齢は5歳時と同じなのですから」

「なぁに、ちゃんと“分からせる”さ。その為の教育だ」

(どうだが……それに、貴方の場合は教育ではなく、洗脳でしょう)

 

助手らしき男性は、呆れた様な面持ちのまま、心中で愚痴を溢す。

 

イデアの助手として早数年が経った。元は、“とある委員会”の最高責任者として、惑星の再生研究に取り組んでいた男性。しかし、それは表向きの事。裏では予算の横領、違法な軍事兵器の研究、軍事団体との裏取引等を行っていたのだ。

それらが政府に気付かれ、逮捕される事に。そんな彼を救出したのが、イデアだ。

事前にイデアの方からコンタクトをとり、提案と交渉に応じ、今に至る。

 

「ふふふ、お父さんの期待を裏切らないでくれよ?言うこともちゃんと聞く事。いいね?」

「……は、い」

「うん、良い子だ」

 

イデアは、Dをそっと抱き締める。愛情の欠片もない、形だけの抱擁。

ふと、後ろにいる助手に声をかけた。

 

「お前も裏切ってくれるなよ?」

「裏切るなんて、ご冗談を。研究が続けられなくなるじゃないですか」

「ふむ、それもそうか」

「それに、そうやって押し付けがましい愛情もどうかと」

「お前にだけは言われたくない」

「そうですか」

 

書類をまとめながら、上司と話す助手。この男を裏切るなど、命知らずか馬鹿しかいないだろう。“今は”、言う通りにしておいた方が利口だ。

二人の科学者が会話する中、Dはイデアの肩越しに、向こう側を見つめていた。

 

 

闇を思わせる色合いの巨大な結晶。その結晶の内部にて、Dと同様に生まれたままの姿で眠っている少女がいた。

Dよりも幼く、クリームに近い金髪が、結晶の中にいる為か、空に舞う様にして固まっている。

 

 

 

――――永遠結晶エグザミア。ユーリが目覚めたのは、シュテルとレヴィが目覚めた一週間後。我からすれば、二週間になるな。

――――それからは、奴による教育……いや、洗脳だな……。戦闘能力向上の為の戦闘訓練。身体の異常検査。訳の分からん薬品を打ち込まれ、性能を試す実験台。

 

――――奴との日々は……地獄だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

重々しい声音で語るディアーチェ。イデアとの関係性について、大方話し終えた。まだまだ語り尽くせてはいないが、今の所はここまでが答えられる。

 

思い出したくもない過去の記憶。それはディアーチェだけでなく、シュテル、レヴィ、ユーリの三人にもある。浮かんでいる重々しい表情が、物語っていた。

 

「……そんな事があったんだね」

 

沈黙の中、口を開いたのは、なのはだった。

どこか悲しげな、優しい面持ちをしている。

 

「……我等の事を、どう思う?」

「「「えっ?」」」

「私達は、あなた方三名の遺伝子から造り上げられた存在。兵器として利用する為に生み出されました」

「やっぱり……ボクやシュテるんや王様みたいにそっくりな奴がいたら、気持ち悪い?」

 

不安そうに、上目でレヴィは尋ねる。自分達が異質な存在だというのは、理解している。それでも、ネクサスやキバーラ達は受け入れてくれた。

果たして、オリジナルである彼女達は――――。

 

「そんな事、思う訳ないよ」

 

そっと、レヴィの頭に手を乗せ、優しく撫でるフェイト。母性溢れる微笑みを目にし、レヴィは擽ったそうに肩を竦める。

 

「あなた達は、造られた存在かもしれない。でも、だからといってあなた達を否定する理由なんかないよ」

 

かつて、プロジェクトFによって産み出された自分。クローンという事であれば、目の前にいる少女達とは似通った部分がある。

しかし、自分は自分。フェイト・T・ハラオウンとして、今を生きている。高町なのはという大親友との出会いが、自分をここまで変えてくれた。更には“恋をする”事もできた。

だからこそ、フェイトは三人に、自分は自分らしく、自由且つ正しく生きてほしいと考えている。

 

「そやそや。それに、こうして見たら、なんや妹が出来たみたいでええかもしれんな♪」

「ふん!貴様の妹になど誰がなるか」

「そんな~いけずな事言わんといてぇな、王様」

「おい、そう呼んでいいと言った覚えはないぞ“子鴉”!」

「誰が子鴉やねん!」

 

歩み寄るはやてだが、猫の様に威嚇し、距離を取るディアーチェ。

 

そんな二人の会話を眺め、なのはとシュテルは、ふと向き合う。

 

「何だか、不思議な感じだね。こうして、顔を合わせるの」

「ええ、そうですね。てっきり、もっと気味悪がるのかと思ってました」

「確かにびっくりはしたよ。でも、顔が似てるってだけで、そんな風に思ったりなんかしないよ。さっきの話を聞いたら、尚更ね」

 

そう言うと、なのはは立ち上がった。そして、徐に手を差し出す。

 

「改めまして、高町なのはです。よろしくね」

「……はい。改めまして、シュテル・ローライトと申します。以後お見知りおきを、なのは」

 

こちらも立ち上がり、シュテルはなのはの手を取った。握手を交わし、相手の存在を認識し合う。その間に、険悪な空気など、微塵もなかった。

 

二人を見て、フェイトとレヴィは顔を見合わせる。フェイトが握手しようとすると、レヴィは胸元目掛けて抱きついてきた。

 

「おっと」

「えへへ、よろしくね“へいと”」

「うん、よろしくレヴィ。後、へいとじゃなくて、フェイトね?」

 

フェイトは優しく抱き止め、頭を撫でる。人懐っこい猫の様に、レヴィは身を委ねる。

 

「私は八神はやて。よろしゅうしてな、王様」

「ふん、我はよろしくしないぞ子鴉」

「もう、そんな照れんでもええやんか~」

「照れてなどおらんわ、たわけ!」

 

はやてが距離を縮めようとすると、ディアーチェが離れる。こちらは、少々時間がかかる様だ。

 

(無難に、終わった様だな)

(よかった、三人共受け入れてくれて)

 

傍観していたゼラムとユーノは、ほっと安堵する。彼女達を疑う訳ではないのだが、こうしてコンタクトが取れて、良い結果となった。

 

そして、残ったのがただ一人。

 

「そうだ!シュテル達の事は、分かったんだけど……その子は?」

 

思い出したかの様に、なのははユーリの事を口にする。

フェイトとはやても気が付き、ユーリの方に視線を向けた。

視線が集まり、やや慌てるも、ユーリは落ち着いた様子で、立ち上がる。

 

「私の名前は、ユーリと言います。夜天の書と同時期に生み出された別のプログラム。それが私です」

「っ!?」

 

ユーリの口から告げられた言葉に、一番動揺していたのは、はやてだ。まさか、夜天の書と関わりがあるとは思いもしなかった。

 

「や、夜天の書て……そんなん、聞いた事ないで?」

「魔力の無限連環システムとして生み出された私ですが、この力は誰にも制御する事が叶わず、やむを得ず封じられました」

「魔力を完全に遮断、更に何重にも仕掛けられた隠蔽魔法によって、その存在は隠されてきた。長年に渡り、誰一人として知られなかったのだが……“奴の手”によって、その封印が解かれた」

「……奴とは、もしかして」

 

ゼラムの言葉から、フェイトは察した。彼は頷き、名を言った。

 

「そう、イデアです」

「あいつほんまにようさん出るなぁ。色んな所におるやんけ」

「まったく、鬱陶しい事この上ない」

「なぁ、王様?」

「これに関しては子鴉と同意見だ」

 

珍しく、ディアーチェははやてに同意し、二人して頷き合っている。

 

「あの人は、私の力をも支配下に置こうとしました。でも、ディアーチェ達と違って、私自身は不出来だったので、上手くいかず……完全な制御が出来なかったんです。実験の最中で暴走し、何度も、ディアーチェ達を傷付けてしまいました」

 

ユーリは俯き、膝の上に乗せている手に、力が入る。怯えが見え、やや小刻みに震えていた。

 

「それで……あの人が怒って……それで……それで――――」

「ユーリ、もういいから。ね?」

 

不意に、キバーラはユーリを抱き締める。

温かな感覚に包まれ、ユーリは心を落ち着かせる。

その姿を見て、なのは達三人は、薄々と察した。あの非道な人物の元にいたのだ。まともな事は、まずないだろう。

 

「誰にも止められる事が出来ないと……そう思っていた私を、ネクサスが助けてくれたんです」

 

胸の前で手を握り、その出来事を思い出しているのか、ユーリは微笑みながら話す。

 

「彼のおかげで、私は力を抑える事が出来た。大事な物を壊す事もなくなって、キバーラみたいな、優しいお姉さんとも巡り会えました」

「嬉しい事言ってくれるじゃな~い♪」

「えへへ」

 

頬を綻ばせ、キバーラに頬擦りされるユーリ。嫌がる素振りは見られず、嬉しそうに受け入れている。

 

「まあ、年増な上に人使いが荒いがな」

「生意気な事言ってくれるじゃな~い?」

「むぐぁがががががが!?」

 

目元が笑っていないキバーラに頬をつねられ、悲鳴を上げるディアーチェ。もう見慣れた風景なのか、他三人はやれやれと言わんばかりに、ため息をつく。

 

「って事は、あなたが保護者さんですか?」

「ええ、その通りでございます。あと申し遅れました。(わたくし)、こういう者でして」

 

身なりを整え、キバーラは懐から名刺を取り出し、なのは達に手渡す。

 

(ハンディ)(ガイスト)(サービス)……って、確か人材を派遣する会社でしたよね?」

「その通りでございます。ありとあらゆる分野に秀でた専門家達を、お客様の依頼に応じて派遣し、お手伝いをする。猫の手ならぬ幽霊の手も借りたい方にうってつけの、まあ何でも屋みたいなものですよ」

 

キバーラは、なのはにそう説明する。

 

因みに、社員は皆ゴースト族で構成されており、仕事時は人間の姿で取り組んでいる。武芸、科学、芸術などの専門家達がおり、依頼客の間では、評判になっているのだ。現に、今でも依頼が十件も殺到する事も。

そしてキバーラは、そのHGSの“二代目”社長として――スケジュール管理や依頼の調整など――働いている。

 

「すっごい評判ええみたいやで。管理局でも良い人材が派遣されたって話も聞いとるわ」

「依頼人の皆様のお役に立つ事が、我々の義務ですからね」

 

そう話している最中、ドアがノックされた。

 

「話の方は、済みましたか?」

「ああ、問題ないよ」

 

ユーノが言うと、ネクサスは部屋に入る。ヴィヴィオとアインハルト達も、後に続く。

 

「やっぱり、なのはママ達にそっくりだぁ……」

「……あまりジロジロ見るでない」

「ああ、ごめんなさい」

 

反省し、ヴィヴィオは四人と向き合う。

 

「ネクさんから、全部聞きました。ネクさんのご家族なんですね」

「まあ、そうだな」

「そうですね」

「そうだよ~」

「はい、そうです」

「私、高町ヴィヴィオって言います!ネクさんには、お世話になっております」

 

ヴィヴィオは自己紹介を行い、お辞儀をする。

 

「じゃあ俺達も。俺は、ジャン・ウェズリー」

「アイザ・コルフォード。よろしく」

「ユミナ・アンクレイヴです。ネクサス君と、アインハルトさんのクラスメートです」

 

ネクサスの友人達三人も紹介し終え、ディアーチェ達は目を丸くする。

 

「お主ら、我らの事は全て聞いたか?」

「おう!クローンだのなんだの難しい事はアレだけど、要はネクの家族で、管理局の有名人のそっくりさんって訳だろ?」

「随分省略したな……まあでも、良い家族っていう認識に間違いないよな」

「そうそう、ネクサス君からも聞いたよ。とっても大事な家族だってね」

 

ユミナがそう言うと、側にいるネクサスは、頬を仄かに赤くし、恥ずかしそうに顔を反らす。

ネクサスから事情を聞き、四人は友好的な感情を露にしていた。

 

(……変わった奴らだな)

(でも、良い人そうだよ)

(ええ、杞憂に終わって何よりかと)

(また、お友達が増えますね)

 

毛嫌いされるか、拒絶されるか、不安に思っていたが、四人は難なく受け入れていた。

この事実に、四人は心の底から安堵する。

そして、またも自己紹介を行った。

 

(良かったよ、本当に)

(ええ、この子達も嬉しそうにしちゃって……)

 

自己紹介を行うディアーチェ達を、横から見守るネクサスとキバーラ。

なのはやユーノ達が見守る中、子供達は名前を呼び合い、親交を深めていった。

 



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