【短篇集】明星の虚偽、常闇の真理 (長閑)
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<天剣時代>本日の天候は晴れのち曇り

番外編で、ウォルターが天剣授受者の時代の話です。
簡単に説明すると
・いろいろとキャラ崩壊
・時たま口調が迷子
・ウォルターがツッコミ役
・トロさんが元々のオリジナリティを生かせていない
・レイフォンが出てこない(まだ天剣になってないから)
・文才が無い
などにより相変わらずの残念クオリティです。
注意を先に入れておくと、陛下がウォルターを女装させようとします。
ここではしません。ただバトってるだけです。
サヴァリスが残念で仕方ない。
以上を踏まえて、どうぞ。


 あぁほら、だんだんやばい事になってきた。

 今日はとってもいいお天気。弁当でも持って草原で飯が食いたいくらい。

 だが、オレたちのこの場はオレ的には曇りだ。

 こいつらからすればとってもいい快晴なのだろうけれど、オレからすれば恐怖のクラウディ。

 サニーじゃ無い、クラウディでござい。

 捕まったらやられる。

 そう感じたウォルターは素直に退こうと思った。

 だが、目の前に悠然と座る女が許してはくれなかった。

 

「逃さないわよ」

 

 そう言った女、この槍殻都市グレンダンを統治する女王であるアルシェイラ・アルモニスは、オレに、にやりと不敵な笑みを……と言うよりは、不気味な笑みを、隣に銀の長髪を流す男とにやにやと笑う男をたずさえて浮かべた。

 

 

本日の天候は晴れのち曇り

 

 

 

「捕縛―!!」

 

 すっかり楽しくなったらしい女王、アルシェイラがオレに対して指差しをして意気揚々と叫んだ。

 だが、オレとしてはそんな事に……というのもアルシェイラの私用、遊びに巻き込まれては身がもたない。

 リンテンスと言った他の天剣授受者は早々に立ち去った。

 現在捕縛とアルシェイラに叫ばれてオレを追うのは銀の長い髪が特徴的、家柄もよし、顔立ちもとっても(黙ってると)素敵なサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスと、「面白いから」という理由でこのくだらない遊びに参加した女たらしで有名な化錬剄使いの天剣授受者、トロイアット・ギャバネスト・フィランディンだ。

 

「ウォルター、ストップしてください! おとなしくおもちゃにされるといいですよ!」

「うるせぇよルッケンス、オレを嬉々として追うな、フィランディンもいい加減にしろ!」

「こんな面白い事見逃してたまるかよ!」

「お前興味あるのは女だけだろ!」

「面白いことに男も女も関係ねぇだろ!」

「黙れ下世話男! 消すぞ!」

 

 謁見の間を飛び出し、宮廷を跳び回る。

 天剣授受者が全力で内力系活剄を使用しての鬼ごっこのようなものの為、庭園のあちこちが抉れたりしている。

 ちなみに、今回の事の発端は、ウォルターが女顔だというアルシェイラの発言からはじまった。

 

 

 

「ねぇ、ウォルターって女顔よね」

「は?」

 

 突如呟かれた言葉に、ウォルターはきょとんとした返事を返した。

 今日のアルシェイラは珍しく王宮に居た為なにも言われていなかった、しかし、突如としてそんな事を言い始めたのだ。

 

「どういうことですか?」

 

 本日の警護当番、サヴァリスがそうアルシェイラに問うた。

 ちなみにオレはただ遊びに来ていただけ。

 

「いやいや、なんか性格的には男だけど顔が女よねって」

「何処がだ。つかなンだ、性格的にはって。性格も顔も身体的にも男だ、眼腐ってンのかあんた」

「失礼ねー。これでもすっっっっっっごくいい眼してるのよ?」

「知ってるよ、そんな事。そういう意味じゃねぇ」

 

 ウォルターが冷静にツッコんだが、暴走モードが稼働し始めたアルシェイラには右から左、スナップを一度して侍女達に何やら服を持ってこさせる。

 何度か見たことがあるので知っているが、アルシェイラの私服だ。

 

「……なにを……するつもりだ……」

「いやぁ、女顔だから女もの着せても楽しいかなーって」

「楽しいか? 果たして」

「楽しいわよ。ねぇサヴァリス」

「そうですね。ウォルターの苦悶に歪む顔とか見てみたいです」

「お前はほんっとに歪みねぇな、いろんな意味で!!」

 

 根底の性格は歪んでいるが、そういう所でブレないのはさすがサヴァリスクオリティ。

 だけどとってもそのクオリティが残念で仕方ない。

 アルシェイラの瞳がまるで汚染獣のようにぎらつきはじめ、続いてサヴァリスがにこやかにやはり胡散臭い笑顔を浮かべる。

 つまりここまで来たら、オレに味方は居ない(ルウは除いて)という事は、確定だった。

 

「………………………………」

 

 じりじりとアルシェイラ、サヴァリスとの距離を開ける。

 だがにやりと黒い笑みを浮かべたアルシェイラはオレをずびしっ、と指さして、サヴァリスに命令する。

 

「……GO☆」

「………………いっ、ヤだ―――――!!」

 

 サヴァリスが全力の速度でオレとの間合いを詰めるべく疾走してくる。

 オレは瞬間で後方へ下がり、裏拳で謁見の間の扉を叩き開けた。

 裏拳を使った反動で後ろに仰け反った身体を、そのまま空中でくるくると回転させてオレは体勢を取り直す。

 

「おー、派手だな、なにやってるんだ?」

「……! フィランディン!」

 

 また嫌なヤツに見つかった、とオレが舌打ちをした。

 謁見の間の少し手前の位置の廊下に居たのは、同じ天剣授受者であり所謂変態のトロイアットだ。

 サヴァリスがオレに向かう足は止めずにトロイアットに端的に説明をする。

 

「ウォルターを女装させろという命令が陛下より下りました。僕は苦悶に歪む顔が見たいので参加しています。トロイアットさんもどうですか?」

「おっ、いいねそのしっちゃかめっちゃかな感じ。おれも参加するわ」

「しなくていいしなくていい!!」

 

 すでにサヴァリスが参加しただけでも地獄に近いのに、とオレが叫ぶが、それでもそんな制止はなんのその、トロイアットも嬉々として参加する。

 

「あー、もー、余計に収拾つかなくなったじゃねぇか!」

「そう言うな、ウォルター。楽しいじゃねぇか」

「何処が? 一体何処が? フィランディンには一体これがどんな遊びにみえているんだろうね」

「いやぁ、面白いぜ。おれはどっちかって言うとお前の女装がちらっと見てみたい気がしてきたよ、後になると。なぁ、サヴァリスもそうだよな」

「いえ、僕正直女装はどうでもいいんですよね。苦悶に歪む顔が見たいだけですから。……ですが、今の状況でも充分苦悶に歪む顔が見れていますし……なかなか楽しくなって来ました」

「来るな、このサディスティック! あと笑顔がいつもに増して胡散臭い上に酷い有様だぞ!」

「ははは、照れますね」

「褒めてねぇよ柄にもねぇ事ほざくな」

 

 オレは再び跳躍し、2人の上を超えて謁見の間に飛び込んだ。

 ごろごろと地面を転がり、片膝をついた状態でサヴァリス達を迎え撃つ。

 掴みかかってきたサヴァリスをそのままの勢いに投げとばし、トロイアットには高圧縮剄弾を放った。

 だがぎりぎりでトロイアットに避けられ、アルシェイラの方への逃亡を許す。

 相変わらず黒い笑みを浮かべた、今回の遊び提案者……アルシェイラはおもいっきり嫌そうな顔をするオレに向かってほくそ笑んだ。

 

「逃さないわよ」

 

 そしてここで、冒頭に戻る。

 

「ほら、おとなしく捕まってよね! このまま逃げてもいいけど僕が楽しいだけだよ! と言うか楽しくなってきたよ!」

「くたばれルッケンス! 本気で消すぞ!」

「なぁなぁ、おれも楽しいんだけど、悪いことかな」

「全力で肯定してやる!」

 

 オレは再び後方に後ずさって、そのまま指先に剄を圧縮した。

 

 外力系衝剄を変化、光琳玉。

 

 本来は錬金鋼の先に系を圧縮しそこから放射状に剄弾を放つ技だが、ここでは四の五の言っていられない。

 オレは遠慮なく指先から上級剄技を放つとそのまま庭園にそびえる木の枝の中の一つに着地した。

 

「酷いな、いきなり剄技放つなんて」

「そう言いながらけろっとしてるだろうと思ってっから使うンだよ」

 

 オレがそう皮肉を込めて言ったのだが、戦闘狂にはどうもまともな話というものは通じないらしい。

 そう思いながら今度は蹴りによる剄を放った。

 

 外力系衝剄の変化、風烈剄。

 

 サヴァリスの使う技だから、ヤツにはわかりきった技だ。

 だから、避けると分かっている。

 

―――――上空へ逃げる……

 

 それは予想通りだ。

 サヴァリスは上空へと逃げた。

 だんだんオレ自身が面倒臭くなって来た為、両の手の指から剄技を放つ。

 

外力系衝剄を変化、光琳玉。

 

 再び、放った。

 

 空中で爆散するものとしないもの。

 その2つを使い分けてサヴァリスに命中させるべく連射する。

 また、片腕の方はトロイアットを自分に近づけさせない為の予防線だ。

 

「ははは、甘いよ! けど、こういうのもなかなか楽し、」

「うるせぇなさっさと撃墜されろよ」

「酷いなぁー」

「おれもこれ結構危ないんだけど」

「お前は焦げて消えろ、もしくは顔面ズタボロで許してやる」

「それ後戻りできねぇ」

 

 オレとやはり会話の噛み合わないサヴァリスと何処までも自らを貫くトロイアットとで会話が続けられるが、あまりそれは意味のない会話だった。

 

「………それで? これはどういう状況だ」

 

 仕方ないという様子で王宮の状態を見に来たらしいリンテンスが呟いた。

 

「あらリン、来たのね。ちょっと遅かったわね。もう少し早ければもっと面白いの見れたのに」

「知らん、そんなことは」

「つれないわねー。あ、そうそう。収拾がつきそうになったらストップかけてね。わたしは見てるだけで何もしないから」

「………………」

「収拾の見極めはいつでもいいわよ」

 

 アルシェイラの自由な言い分にリンテンスは深々と溜息混じりに口に銜えていた煙草の紫煙を吐き出し、鋼糸を展開させた。

 

 

 

 この後、リンテンスの収拾づけの為の行動によりウォルターは捕まり、結局はアルシェイラのおもちゃになったり、決してサヴァリスを喜ばせてはならないとやけくそで爽やかな笑みを浮かべてふざけてあげたり、それによってサヴァリスをたじたじさせたりとか言う話は、また別のお話。

 

 

 

 本日の天候は晴のち曇り。

(ところにより戦闘となるでしょう)

 

 




たまには、暗い話じゃなくて全力で明るい話を、と思ったらこうなりました。
本当に残念な子たちしか居なくなった…。
陛下は書いていて楽しいです。
トラブルメーカーが1人居るだけでこれほど騒動が起こしやすいとは(おい)
では、これからもよろしくお願いしますm(__)m


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<天剣時代>災難はいつもこいつから

注意。
・相変わらず低クオリティ
・起承転結が成り立っているのか成り立っていないのかと言われれば成り立っていない
・レイフォンが居ない(天剣授受者になっていない為)
・オチも特に無い
・やっぱりウォルターが苦労人
・口調が迷子
以上を踏まえた上で、どうぞ。


「ちょっとウォルター、いいかしら」

 

 警護当番をしていたウォルターに、そうアルシェイラが切り出した。

 こういう時のアルシェイラには嫌な予感しかしない。

 なにせ、アルシェイラの表情がサヴァリスのような笑顔だからだ。

 

 

災難はいつもこいつから

 

 

 冒頭のセリフにより、ウォルターは渋々グレンダンの屋根の上を跳んでいた。

 アルシェイラの要望はまぁ、そこまで難しいことではない。

 バーメリン・スワッティス・ノルネ。

 潔癖症の彼女が匂いの強い花を浮かべた風呂から全然出てこない、仕事(汚染獣討伐)に出ないとのことらしい。

 だが、とウォルターは考える。

 毎度毎度、汚染獣戦は女王発案でくじ引きと決まっているのだ。

 探索とかでも遊びゴコロ満載にじゃんけんだとかあっち向いてホイで負けたほうが行くだとか、そんな事ばかりの天剣授受者に、仕事に出ないというのはやや無茶というものではないだろうか。

 くじ引きもじゃんけんもあっち向いてホイもすべて運勢次第なのだし、なかなかそう言うのは酷だと思うのだが。

 主にくじ引きであたりを引き当てるのはリンテンスで、サヴァリスがその度に残念そうな顔をする。

 ウォルターはまぁまぁ当たる方で、適度な運動は定期的にできている。

 しかし、だからといって……

 

「まぁ、しょうがねぇよな」

 

 名目上ではウォルターは天剣授受者、アルシェイラという女王に仕える側の者なのだ。

 実力が上であろうと、大衆の面前などではさすがに従わざるをえない。

 

「大衆の面前じゃあ……ねぇけど」

 

 はぁ、と再び溜息を吐き出して、ウォルターはデルボネが教えてくれたバーメリンの家に到着した。

 

 

 

 とりあえずとインターホンを鳴らすが、反応なし。

 何処から入手したのか、アルシェイラに渡された合鍵で玄関を開ける。

 ここまで来たのはいい。

 だが、だがだ。

 

(あらあら、バーメリンさんまだお風呂場のようね)

 

「………………あらあらじゃねぇ問題だろ、それ。死活問題だぞ」

 

 言われたので来たが女の入浴中なのだ、一応は。

 それを男のウォルターに一体どうしろというのか。

 

「そうだよ、よくよく考えたらあいつ女なンだよ」

 

(一番忘れてはいけないことじゃないかしらね)

 

「今回だとそうだったな……」

 

 深々と溜息を吐き、どうしようと首をひねる。

 別にバーメリンとは仲が悪いわけでも良いわけでもない。

 ようするに、普通。

 別に話す時は話すし、あまり関わらない時は関わらない。

 まあ、普通の友人感覚。

 その普通の友人感覚で男のウォルターに、一体どうやって女のバーメリンを浴場から引きずり出せというのか。

 

「他のヤツにしろよ……」

 

(いえ、一番いい選択をしたと思っていますよ。わたしは)

 

「何処が?」

 

(いえ、他の方では確実にバーメリンさんと喧嘩になるかと……)

 

「オレも一緒だろ、それ」

 

 だが、そう言われると確かに、と頷かざるをえないのは確かだと思う。

 同じ女ということを考えると、カナリスとカウンティア、デルボネだが、バーメリンはカウンティアと仲が悪いし、カナリスはそこまででもないようだがだからといってこういう場は許されなさそうと言えばそうだ。

 デルボネはこの通りふわふわしている為強行では出なそうだ。

 ならいっそのことあのアルシェイラが来ればよかったのだ。

 リンテンスの家にはちょくちょく遊びに行っているくせに、同じ同性のときに動かないとは何事だ。

 

「……しょうがねぇな……」

 

 ともかく、いままさに脱衣場に居た、とかいう馬鹿な展開も嫌なので脱衣場の外から声をかけた。

 

「おーい、ノルネ? 居るか?」

「……なんでお前居る」

「アルモニスからお前を風呂場から引きずりだせとお達しが下ったんだよ。面倒だから出てきてくれ」

「………あのくそ陛下が……くそ死ね、ウザい」

「こらこら、言葉がすぎるぞ。あの変人は変なとこだけ地獄耳だからな、聞いてたりすると狙撃されるぞ」

「むか。狙撃手のわたしに言うな、ウザいから」

「事実だろ?」

 

 呆れた声で肩を竦めたウォルターに、バーメリンが湯をはね散らすような音を立てて反論してきた。

 まだ浴槽の中か、と思いそっと脱衣場に入る。

 

「ほら、出てこいよ、頼むから」

「…あのくそ陛下の命なんてどうでもいい。狙撃ならこの間の汚染獣にしろ。わたしは悪くない」

 

 しぶといバーメリンに溜息をついて、どうしたもんかと腰に手を当てた。

 少し前……バーメリンがここにこもる前、ようするには汚染獣とバーメリンが戦った時、なんでも体中が汚れたんだとか。

 普通の人間であったら風呂に入ってそれで終わりなのだろうが、バーメリンは極度の潔癖症の為薄らかにでもそのにおいがすることに耐えられないらしい。

 

「でもほら、この間とかもアルモニスにやらされてただろ、土木作業的なもの」

「あれも最悪だった。胸くそ悪い。わたしにあんなことさせるとか頭イカレてる」

「……言うねぇ…でもお前はいいだろ、狙撃して真っ二つに割ればいいだけだったんだから」

「そういう言い方ウザい。なにがいいのかさっぱりだし、くそ死ね、お前」

「おいおい…。……そのお前が狙撃したのをキャッチしてたの誰だと思ってンだ」

 

 こもる更に前、喧嘩で庭園を破壊したバーメリンとサヴァリスが庭園の邪魔な折れた草木などの回収にあてられ、処理所が遠いために、庭園からアルシェイラが木などを(面白がって)投げ、それをバーメリンが狙撃してサイズを小さくして、割れた破片をすべてサヴァリスとウォルターが回収に当てさせられたのだ。

 ちなみにウォルターはその日の警護当番だった為に巻き込まれただけだった。

 

「怒り狂って乱射すっから、掴むの大変だったンだぜ?」

「うるさい。アレの原因はあのにやけ顔の変態サヴァリスにあるからわたしは関係ない。大体あのくそ陛下が……」

「わかるけどなー。あ、そういえばこの間もさ…」

「あれはウザかった」

「だよなー」

 

 どこからかアルシェイラの悪口のを共感する話になってしまい、ウォルターは一瞬本来の目的を忘れかけていた。

 

「……って、アルモニスの悪いとこなんてどうでもいいンだって。そんなの探したらいいとこ1割あるかないかでほかすべて悪いとこなンだからよ。出てこいって、ノルネ」

「あんたもなかなか言う。くそ陛下の言う事なんて放っておけばいいんじゃないの? 大体あの陛下のにやけ顔本気でキモい」

「………っく」

「あ、笑った」

「っく、いや、その気持ちはちょっと分かるけど……けど、出てこいって、ば……ぶふっ」

 

 迂闊だった。

 バーメリンが言ったにやけ顔、それをウォルターは下町で遊んでいる時のアルシェイラの顔で思い浮かべた。

 あれは、すごかった。

 往来で人の胸を揉むとか凄まじいと思った。

 

「っちょ、やばい、腹筋痛いし……」

 

(……あんた達、楽しそうね)

 

「…………げっ」

 

 バーメリンの引きつった声が聞こえた。

 念威端子を通じて聞こえたのはいまいま話し合っていた陛下、アルシェイラの声だ。

 

(ウォルター、あんたには連れ出せって言ったんだけど?)

 

「…いやぁ、男に女のこの状況を引きずり出せとかむずいだろ」

 

(うるさいわね! 女だと思わなかればいいでしょ、どうせ絶壁よ!)

 

「誰が絶壁だ、このチチデカ!」

「こらこら、ふたりとも不謹慎な発言はやめろよ」

 

 アルシェイラとバーメリンが胸の話で言い合う中、これを聞いているであろうデルボネにしても微笑ましく笑っているのだろうと、男としてウォルターは自身がどうするべきか酷く悩む。

 

(なによウォルター! あんただってどうせボインが好きなんでしょ!)

 

「知るかよ……」

「むかっ。そんなチチデカにできることなんて限られて来るでしょうが!」

 

(なにが出来るか言ってみなさいよ! 女は見た目でしょ!)

 

「中身も伴わせろ!!」

 

 はぁ、とウォルターは盛大に溜息を吐いた。

 

「オレは別にそんな事考えたことも無いンだけど………」

 

 その言葉と同時、念威端子から怒気がほとばしった。

 

(だったら仲良く消え去れ!!)

 

 馬鹿たれ、という言葉とともに、王宮から的確に剄弾がバーメリンの家を直撃した。

 

 

 

 

 アルシェイラからの剄弾によりバーメリンは渋々外に出る事になり、ウォルターはアルシェイラが破砕させた家の修理にかりだされた。

 

「あんたほんとになにさせたいンだ……」

 

(まったく……)

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 咄嗟にルウが領域を発生させてくれた為、ウォルターとその周辺だけは剄弾による破壊はされなかった。

 その為ぴんぴんしているウォルターに悪態を吐くアルシェイラだが、正直こっちが言ってやりたい気分だとウォルターは念威端子を睨む。

 

(バーメリンには仕事頼みたかったのよ)

 

「だったら真っ裸で路上に放り出すとかぐらい言えよ」

 

(その手があったわね。今度こういうことあったらそうするわ)

 

「おい」

 

(でさあ、ウォルター?)

 

「あ?」

 

(結局アンタ、どっちが好きなのよ)

 

 アルシェイラが懲りずにふってくる話題に、ウォルターは無視するとうるさいので一応考える。

 だが、やはり考えつかない。

 その為、投げやりに言ってやった。

 

「そのままのお前らが好きだよ」

 

 どうやらアルシェイラの後ろでバーメリンが聞いていたようで、「キモッ!!」という声が聞こえてきた。

 ウォルターは空笑いをこぼして、溜息混じりに止まっていた作業を再開させた。

 

 

 

 

災難はいつもこいつから

(こいつら、ほんとにどうしてくれよう)

(イライラしながらもこめかみを押さえてオレはそんな怒りを堪える)

 

 

 




天剣時代番外編2でした。

今回は中心的にはバーメリンになっていますが、ちょこちょこ口調がわからなくなった(アルシェイラとまざった)ので口調が迷子になっていました。
相変わらずの低クオリティで申し訳ないです。

カルヴァーンやミンスの方は、本編に交えて「何事もないその日」エピソードで出せればと思っているので、この番外編では出てこない……やもしれません。
番外編1がサヴァリスとトロイアットでちらっとリンテンス、番外編2がバーメリンとちらっとデルボネという風でしたので、次はどうしようかなぁとわくわくはしています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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<天剣時代>平和は日常ではなく一瞬のものにして瞬間。

注意。
・やはり低クオリティ
・やはりオチも特に無い
・口調はそこまで迷子じゃないけど迷子
・やっぱりレイフォンいない



「なぁ、エルメン」

「……どうしたの?」

 

 ふと、ウォルターは目の前に来た同僚の天剣授受者、リヴァース・イージナス・エルメンに声をかけた。

 今日は汚染獣戦も無くアルシェイラも暴れていなくて平和な日。

 その上よく晴れた日だ。だからウォルターはこうして庭園でひなたぼっこをしていた。

 もっと言えば、天剣授受者で一番温和なこのリヴァースと居ることは、天剣授受者になってから一番落ち着ける時間だと言っても過言ではない。

 

 

平和は日常ではなく一瞬のものにして瞬間。

 

 

 ウォルターは、自身が問いかけたことにより振り返った小柄で、ふくよかな体型をした目の前の同僚、リヴァースに少し間を開けたから問うた。

 

「ちょっと気になっただけだからいいンだけどよ、唐突な質問、リヴァースとカウンティアってどういう経緯で恋人になったンだ?」

 

 急な質問にリヴァースが少し眼をぱちくりとしぱたかせ、首を傾げた。

 

「…唐突だね?」

「うん、だから唐突だって言っただろ」

「………………ん~、そうだなぁ」

 

 リヴァースはそのつつけばぷにっとした感覚が返ってきそうな頬をやや朱に染めながら答えた。

 

「色々あって、都市戦で再会して……それで一緒に都市を出たかな」

「……それ、経緯の説明にはなってないような……」

「あれれっ」

「………………」

 

 この人は相変わらずだなぁと思いつつウォルターは言葉が紡がれるのを待つ。

 よく晴れて空がキレイな今日この頃、この庭園はそよそよと柔らかな風がゆったりと通り抜けていく。

 

「そうだなぁ、でもはっきりと言える時期はないんだ。きっと、一緒に都市を出た時から惹かれてたんだよ、ティアに」

 

 そうにこにことウォルターに言うリヴァースだが、ウォルターは「ふぅん」と生返事を返した。

 カウンティア・ヴァルモン・ファーネス。

 それがこのリヴァースの恋人の名前。

 悪い女性ではない。

 活発的で快活としていて明るい。好印象が多い女性だ。

 だが、そんな彼女は武芸者としてはやや何処かかけていて、天剣授受者になれるほどの実力者でなければやっていけないであろう人物でもある。

 攻撃に特化した彼女の攻撃は、防御というものを一切欠いている。

 このリヴァースの鉄壁の防御……金剛剄という剄技だが、それがなければ危険な程だ。

 それに、彼女はリヴァースに近付く女性にも攻撃的である。

 優しくて好印象のあるリヴァースに近寄ろうとする女性は、恋人のカウンティアによって撃沈される。

 それでもカウンティア自身、リヴァース以外に興味はなく、一途な女性だ。

 そういうところは素直であるし、実際リヴァースには甘えたがりなんだとか。

 

「まぁ、それこそ惚れたから感じるものってのがあンのかなー?」

「さぁ…ね。でも、そういうものがあると信じたいね。……ところで、どうしていきなりそんな事を聞いてきたんだい?」

「ん~、なんとなく」

「………………?」

「……ここに居ると、平和という事を忘れそうになる。というか一般を忘れそうになる」

「…その縛りでいくと一般人はここには居ないような……」

「そうなんだけどさ……」

 

 はぁ、と盛大に溜息を吐くと、リヴァースが困った顔をした。

 ここ最近連日でアルシェイラにいじられたりサヴァリスに無駄に手合わせを頼まれたりして色々と精神的に結構ダメージがきていたのだ。

 たまにはゆっくりしたいと思いながら、知らずのうちにこぼれおちた質問だった。

 

「……たまにはしっかり休まないとね。疲れが貯まると戦いにも響くから」

「……本当にエルメンと居ると平和だなー」

「えっ、そうかな?」

「うん。オレ本気でいま女じゃなくてよかったと思ってる」

 

 リヴァースは首をかしげたが、正直本当にそう思う。

 復唱するが、カウンティアはリヴァース(恋人)に近寄る他の女を許しはしない。

 男はまだ許容範囲のようなので、これでウォルターが女だったら確実に休む場がなかった。

 

「あー……平和だ……」

 

 だらりと備え付けの椅子に寝転がって空を見た。

 

「そう言える日々が続けばいいけどね」

「…あんたの彼女さんは退屈で仕方ないンじゃないか?」

「それはそうかもしれないね」

 

 笑みを浮かべたリヴァースにウォルターは苦笑を返した。

 ぽかぽかとあたたかい日差しがさしてきて、そよ風もちょうどいい。

 ウォルターはふぅと満足気に息をもらす。

 

「キミがそんな雰囲気なのは珍しいね」

「そうか?」

「いつも何処かぴりぴりしてて、なんだか周りを警戒しているみたいだったから」

「………………そ、か」

 

 また笑みを浮かべた。

 ウォルターはリヴァースに、一瞬、仏頂面の知り合いを重ねてしまいそれを瞼の裏にしまい込む。

 体躯が似ているからとはいえ、彼とは大違いの仏頂面だったなぁ、と思う。

 だが…………

 

「……そういえば、さっきから向こうにティアが居るみたいなんだけど、行ったほうがこれはいいのかな? ウォルターはどう思う?」

「……ンあ? ……あー……どうなンだろ」

 

 なんだかふわふわした雰囲気が漂ってきている気がする。

 だから別にいンじゃね、と言うとリヴァースに苦笑を返された。

 一瞬、物思いに耽りそうになった。

 だが、そんなことをしている暇は無い、と、ふっと息を吐いて考えを放った。

 

「あ―――――!! こんなところにいたー!」

「げー、アルモニスだ」

 

 廊下の影から顔をのぞかせ、きらきらの笑顔で寄ってきたアルシェイラにウォルターは眉を潜めた。

 アルシェイラの後ろには何故か笑いそうなのかなんなのかを必死に堪えているカウンティアと、もう一人女が居た。

 

「げー、ってなによ。まったくもー。ほらっ」

「?」

 

 ウォルターが上半身を起こして首をかしげた。

 

「クラリーベル・ロンスマイア。ティグ爺のところの孫よ。あんたに会いたいって言い出したから連れてきた」

「えー」

 

 アルシェイラにそう言われたウォルターが嫌そうに眉を寄せる、しかし紹介された女、クラリーベルは意気揚々とウォルターの前に立った。

 

「はじめましてですね、わたしはクラリーベル・ロンスマイアといいます。おじい様やわたしの師から話は聞いています。とても強い武芸者でいらっしゃるとか」

「……師?」

「えぇ、あなたと同じ天剣授受者の、トロイアット・ギャバネスト・フィランディンです」

「………………あー……。フィランディンね」

 

 呆れた顔でウォルターが返すと、クラリーベルはきらりと瞳を輝かせる。

 

「噂通りなんですね、人を名前で呼ばずに家名で呼ぶって」

「……噂になってンの、これ」

「なってますよ? 興味ないんですか、大衆記事とか、雑誌」

「………ん~、新聞なら時々読むけど……、情報収集なら自分でしたほうが早いし」

「さすがですね」

 

 なにがさすがなのか、と思いながらウォルターはクラリーベルの輝く表情をまっすぐ見ることがだんだんできなくなってきて目線を逸らした。

 

「私のことは、クララと呼んでください。周りの人からはそう呼ばれていますから」

 

 マイペースに進めるところはティグリスそっくりだと思う。

 

「……で……? 来たのには理由があるんだろ?」

「あ、はい! ぜひ、手合わせしてください!」

「………………却下」

「え―――――っ!」

 

 クラリーベルの要望を一蹴すると、後ろでリヴァースが苦笑したようだった。

 ウォルターが眉を寄せてクラリーベルを見る。

 

「どうしてですか?」

「面倒くさい、やりたくない、オレはいま眠い。以上」

「どうしてですかっ、武芸者にとって手合わせとは鍛錬の一種であって、強くなく為には必要じゃないですか」

「あのなー……」

「なんですか?」

「オレはお前らとは感覚が違うンだよ。やりたくないのに無理矢理巻き込むな」

「………………じゃあ、無理に巻き込みます」

「おーい?」

 

 クラリーベルが、錬金鋼を取り出した。

 

「レストレーション」

 

 復元言語を呟くと、錬金鋼はクラリーベルの手の中で独創的な形へと復元される。

 

「っだぁーもー…」

「いざ!」

「元気すぎるだろ最近の子供は!」

 

 そう言ってクラリーベルが横薙ぎに振るった錬金鋼……胡蝶炎翅剣をひょいと跳躍して躱し、そのまま後退した。

 

「おいちょっと待て、ここで暴れるとあとで庭園の片付けやらされるのオレなンだぞ!」

「じゃあやらされてください。行きます!」

「おい聞いてンのか? 頭腐ってるンじゃないのかお前」

「酷いです」

 

 クラリーベルの剄技を躱しながら、結局はゆっくり出来ないのか、と不安要素が増えたウォルターだった。

 

「それにしてもティア、さっき楽しそうだったね」

「えっ?」

「さっき。凄く笑ってたね」

「あぁ、あれは」

 

 カウンティアがリヴァースの言葉に思い出したように笑い出した。

 物陰からリヴァースとウォルターのやり取りを見ていたカウンティアだったのだが、意外にも微笑ましくてうっかり笑いがこぼれた、という流れだったとリヴァースに言うと、リヴァースはふわりと笑みを浮かべた。

 

「ウォルター最近賑やかだからね」

「陛下が色々といじるからよ」

「そうだね」

「なによ、そのわたしが悪いみたいな言い方は」

 

 話を聞いていたらしいアルシェイラがそう言うとリヴァースは慌てて首を横に振り、カウンティアはにやりと笑った。

 そんな2人に「相変わらずねー」とアルシェイラは呆れて言う。

 

「まあでも……」

 

 そう呟きアルシェイラは、困った顔をしながらどうしようもなく素手で応戦するだけにとどめているウォルターと、それに悔しそうな顔をしながらも楽しそうに戦うクラリーベルという2人の空中戦闘に視線を向けた。

 

―――――あいっかわらず女の子に手はださないのねー…

 

 実際の戦闘となれば別だろうが、こういう場ではウォルターは決して女とは戦わない。

 女だから、とか女に手は出せないとか、そういう甘ったれた事ではなく何処か引いている雰囲気があるのだ。

 それにアルシェイラは首を傾げながらも笑いながらクラリーベル応援剄弾をウォルターに向けて放った。

 

「っちょ、危なっ、あんたなにしてくれンだよ」

「クララ応援剄弾のお見舞い☆」

「本当に面倒くさい人だなあんたは」

「まだまだです!」

「いい加減諦めろお前も!」

 

 この空中戦闘は、クラリーベルの祖父であるティグリスが来ても制止がかけられることはなく観戦に加わられてウォルターはとにかく応戦するだけになった。

 結局終わったのは、クラリーベルが力尽きて剄を練ることができなくなってからだった。

 

 

 

平和は日常ではなく一瞬のものにして瞬間。

(ここでは騒動が日常)

 

 




番外編第三弾でした。

今回はリヴァース中心にちらっとカウンティア、ついでにクラリーベルというふうにしました。
本当はカルヴァーンでも引きずり出そうかと思ったんですけど、最新刊のラノベまで持っているにも関わらず登場回数が少なくて口調がつかめず断念しました……
口調のイメージ的にはデルクと似たイメージなんですけどね…?

クラリーベルは本編がクラリーベルに追いついてから出そうと思っていたんですけど、Wトラブルメーカー的な感じで出てもらいました。
クラリーベル結構好きですよ。
というより、ここで絡ませたら本編でもレイフォンとウォルターにWでちょっかい出せるかなぁとか思っていたり思っていなかったり……

 最後までありがとうございました。


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風邪を引きました。 Version グレンダン

注意。
・やっぱりgdgd
・どうしてこうなった
・お前らどうした
・どうしてこうなった
・オチが不在
などがふくまれます
これはVersionグレンダンで、ウォルターが風邪を引く話。
武芸においては勝ててもさすがに病気には勝てないそうです。




「……うー」

 

 喉が痛い。

 頭が痛い。

 頭痛がする。

 吐き気がする。

 食欲が無い。

 咳が出る。

 

―――――あぁ……これは確実に……

 

 はぁ、と喉が痛いのを我慢してでも溜息を吐いた。

 

 

 

 

 風邪を引きました。 Version グレンダン

 

 

 

 

 げほっ、と再び咳をすると、ウォルターはいつになく重い身体をずるりと動かして冷蔵庫の前まで行く。

 特に必要最低限のものしか置かれていない簡素な部屋は、多少ふらついて頼りない現在のウォルターの足取りでも充分難なく通れる道だった。

 

「うー…、こんな事なら先に何か買って置くンだった」

 

 なにも無いという訳ではないが、調理をしなくては食べられないものばかりだ。

 いつものウォルターには冷凍食品という言葉はない。

 基本いつも作る。

 その為食材は割と揃っているのだがそれでも作る気力と食欲が無い。

 

―――――困ったモンだ

 

 ウォルターはそう考えながら適当に野菜室に入っていたきゅうりをとりだしてかじった。

 先端は割と苦味があっていつもなら少し切り落とすのだが、かじった部分を吐き出すことさえ億劫になり、飲み込むのも辛い。

 だがそれでも何か食べない限りは処方された薬を飲むことも出来ない。

 あぁ、と嘆息する。

 

「こんな時期に風邪引くとか、ちょっと…オレ……しっかりしろよ……オレの軟弱者…」

 

 くそぅ、と小さく呟いて、ウォルターはきゅうりの最後の一欠片を口に放り込んだ。

 いまの時期は汚染獣が特に活発になる時期だ。

 つまり、天剣授受者のかりだされる率が高くなるという事なのだが、どういう訳かウォルターは風邪を引いた、ということだ。

 ふらふらと部屋を歩きまわりながら、薬は何処だっけと探す。

 

「あれ、こっちにおいてた筈なのに」

 

 薬箱をあさっても、目的のものは出てこない。

 ウォルターは首を傾げながら薬箱をあさる。

 

「んー……。あ、あった…………だーけーどー……? 中身ねぇじゃん」

 

 なんでだよ、と呟く。

 今季、ウォルターが風邪を引くのは初めてだ。

 それなのに無いというのはどうなのだろうか。

 昨年もその前も風邪を引いた覚えはない。

 周りにそんな定期的に風邪を引いた人物もいない、となると本当に何故なのだろうか、とウォルターは首を傾げる。

 

「あぁもう……」

 

 余計に気だるさが増した気がして、ウォルターは苛立たしげにからの箱をゴミ箱に投げ込み、そのままベッドへと戻った。

 

「…くっそ」

 

 ベッドに潜り込み、ウォルターは鬱とした気分で枕に顔を押し付けた。

 

(ウォルター、大丈夫?)

 

 ルウが声をかけてきた。

 

「あー、平気平気。そんなにえらい訳じゃないから」

 

(でも、結構辛そうだよ?)

 

「んー…」

 

 精神体であるルウに風邪がうつる事は無いのだが、だからといって心配をかけさせたくはない。

 ウォルターは仰向けに転がると天井を見上げた。

 

―――――あー、そういや久しぶりかな

 

 体調が悪いということを除けば、ウォルターがここまでゆっくりしているということは珍しい。

 普段は汚染獣の相手をしているかアルシェイラやサヴァリスをはじめとする天剣授受者達に巻き込まれるというのが基本的なオチだ。

 だが今日明後日あたりはそういうことが無い。

 正直言うと、暇。

 しかしだからといって遊んだりする程体力は無い。

 ぐらり、と視界が揺らいだ。

 

―――――あー…

 

 ウォルターはやってくる睡魔に逆らう事無く、そのまま眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………」

 

 どういう状況なんだろう、これは。

 真面目にいま、握られている手の感触と、時折聞こえる“声”にそう思った。

 風邪でウォルターが寝込んだので、様子を見てこい(つまるところ茶化してこい)と言われて来たのはいいのだが、この状況はいただけない。

 切実にそう……目の前に笑いを全力で堪える女王と、無愛想な男を見てサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスはそう思った。

 

―――――どうしてこんなことに……

 

 どうしてこうなったのかと、サヴァリスは回想した。

 

 

 

 ぎぃ、と古い扉を開いた。

 

「陛下は本当にどうやって合鍵なんて入手しているんでしょうね」

 

 溜息をつきながら、手の中に存在するその小さな鉄の鍵を見て呟く。

 とりあえず短い廊下を進んでリビングまで向かう。

 こぢんまりとしたアパートの一室。

 僕からすれば、ここは物置にも満たない大きさの空間。

 その大きさの空間の真ん中にぽつんと味気なく置かれたテーブルと椅子、壁際には小さな本棚があり、ウォルターの趣味でもある菓子類のレシピや手書きの紙がびっしりと入っていた。

 リビングとキッチンは合体しており、洗面台のある壁が大きく開き、リビングがはっきり見渡せる形になっている。

 

「ふぅん」

 

 結構綺麗にしているのか、と少し感心した。

 陛下……女王、アルシェイラ・アルモニスから聞くリンテンスの部屋の印象が無駄に強く、ウォルターも汚いのかと思っていたが、意外にもきれい好きらしい。

 部屋には必要最低限のものと、本当に少量の個人的な私物。

 それだけだ。

 綺麗にしている……というよりは、散らかすものが無いほど殺風景なのだ。

 僕はともかくとリビングを見渡す。

 ふと、テーブルの上に箱が開きっぱなしで置かれている事に気付いた。

 箱を見やれば薬箱。

 

―――――風邪薬でも飲んだのかな?

 

 そう首を傾げつつ、ふと目についたゴミ箱を見た。

 

「……あれ」

 

 僕は更に首を傾げた。

 

―――――箱は入ってるけど、薬の袋らしきものは無い?

 

「……うぅん」

 

 ここまでする必要は無いんだろうけど。

 そう思いながらキッチンを覗き、ちらとそこにあったゴミ箱を覗いたが、やはり薬の袋らしきものは入っていない。

 薬箱が出しっぱなしということは、大分疲弊した状態にあると考えた方が良い。

 だが、それでも薬の袋が見つからないと言うことは……

 

「飲んで…無いのかな」

 

 そうなると色々面倒なんじゃないのか、と僕は溜息を吐く。

 しかし、そうなると何処に居るか。

 考える場所はひとつだ。

 

「寝室…かな」

 

 部屋を見渡し、それらしき部屋を開く。

 静かに開くと部屋は暗がりになっていて、部屋の隅……窓際にベッドがひとつ置かれた簡素な部屋だった。

 

―――――あたり

 

 寝室だ。読み通り、ウォルターは眠っているようだった。

 

―――――そういえば……

 

 す、と嗅覚をきかせた。

 気にしていなかったが、ここは他人のにおいがしない。

 いや、この家自体がウォルター自身のにおいしかしないのだ。

 ウォルターの家なのだし、それは当たり前と言えば当たり前である。

 だがしかし、それでも多少なりとも他人のにおいというものは移り香するものだ、しかしウォルターの家にはそれが無い。

 

―――――それだけ交流が少ないって事なのかな?

 

 僕はそう内心思いながら殺剄をしてゆっくり歩み寄る。

 

「……ん」

 

 ウォルターがこちらに寝返りをうった。

 少し息が荒いか、と思う。後はやや頬が赤いか、と思う程度。

 僕はそろそろと近づき、ウォルターの額に手を当てた。

 

「……………………」

「……ぅ……」

 

―――――凄く熱いんだけど……

 

 随分酷いようだ、と肩を竦めた。

 とは言え僕にはなにをしたらいいのかはわからない。

 むぅ、と唸りながらウォルターの額に当てていた手を顎に持って行こうとすると、急に手を掴まれる。

 

「?!」

 

 驚いて一瞬固まった。

 うっかり固まった。

 この場に居るのは僕……サヴァリス以外にはウォルターしか居ない。

 つまり、手を握ったのはウォルターしか居ない。

 まさかお化けが居るだとかそういう事は信じない質、そんな展開はありえない。

 握られた手を見やると、やはりウォルターが握っている。

 

 

「……………………」

 

 あまりの事に言葉が喉で詰まってなにも出てこない。

 絶句、だ。

 こんな所で人生初の絶句。

 いや、そんなことはどうでもいいのだけれど。

 

「………ウォ……ルター……?」

 

 恐る恐る声をかけてみるが、なにも反応は無い。

 ウォルターは手を握ったまま眠っている。

 何よりも、驚きでなにもできない。

 

「……………………ルウ」

「…………………………………………」

 

 ……いや、別に…いいんだけどね?

 僕としてもこれはちょっとなんとも言い難い状況だ。

 どう反応すればいいのか……いや、反応しなくてもいいのか?

 いや、それともこれは試されているんだろうか。

 いいや……もしかすれば……

 

(動揺しすぎでしょ)

 

「っ?!」

 

 ウォルターに握られていた手をうっかりぎゅうっ、と握ってしまった。

 

(っぷ)

 

「だ、れだい……?」

 

 この部屋には、他に誰も居ない。筈だ。

 それなのに、声が聞こえる。

 いや、聞こえるという表現は適切では無い。

 頭のなかに直接響いてくるような、そう……言い換えれば念波のような感じだ。

 こういう奇怪な現象は正直好きじゃない。

 怖いとかそういう以前の問題で、鬱陶しい。

 じとり、と周りを見渡すが、やはり誰も居ない。

 

「……………………」

 

(警戒したって見えないよ、僕は)

 

 楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 落ち着いて問いかけて見る事にした。

 

「……キミは、誰だい?」

 

(ん~? 警戒しなくてもいいよ、悪いヤツじゃないし)

 

「……………………」

 

(あははっ、本当に用心深いね。大丈夫だって言ってるじゃないか。ウォルターに危害を加えるような事は絶対にしないよ)

 

 声はそう告げる。

 

―――――つまり、僕の保証は無いってことか

 

 僕はどっちかというといまはよくこんな部屋に住んでいるなとそればかりだった。

 

(それよりね、ウォルターったらきゅうりしか食べてないんだ。薬も飲んでないしさ。なんとか食べさせてあげてくれないかな)

 

「……それはいいけれど、さっき見た所では風邪薬は無かったようだよ?」

 

(ん~、ウォルターが見たのって薬箱の方なんだ。予備があるんだ。本棚の一番下の段の中だよ)

 

「……それ、ウォルターにはっきり言ってあげたほうが良かったんじゃないのかい…」

 

(だってウォルター疲れすぎてたみたいで、僕の声あんまり届かなかったんだよ。僕は悪くないよ)

 

「……………………」

 

 はぁ、と溜息をついて、僕はウォルターの手を解こうと開いていた手で握っていた手を剥がそうとしたのだが、逆に更に掴まれた。

 

「……………………」

 

 どうしろと。だから。どうしろと僕に言うのか。

 薬を飲ませろというなんだかよく分からない霊的な声、そして何故か僕の手を離してくれないウォルター。

 どうしろと。

 こういうパターンは僕にとってさっぱりわからない。

 僕は、こういうパターンにはなったことが無い。

 だから、どうすればいいのかわからない。

 

「……………………」

 

 どうしようかと悩んでいると、ハイテンションな女性の声と、不機嫌な馴染みのある雰囲気がやってきた。

 

「はーい! どうどう? 寝てるーっ?」

「……………………っ」

「……………………ぶふっ」

「……………………」

 

 固、まった。

 

 

 

 

 

 

「どうして来るんですか……」

 

 やってきた女性……アルシェイラ・アルモニスとリンテンス・サーヴォレイド・ハーデンを睨んだ。

 

「だって、どうせあんたのことだし看病なんて出来ないと思うし。そう思っていたらあんな状況……ふっ…」

「……………………リンテンスさんもじっとりしたその目線やめてください」

 

 ウォルターの捕縛から逃れたサヴァリスはアルシェイラが買ってきた品々を覗き見、本棚の下から指定のあった風邪薬を引っ張りだした。

 

「あら、そんなとこにあるの? 変なところにしまってるのねぇ……。…というか、あんたなんで知ってるのよ」

「……え。教えてもらいました……」

「あ、っそう」

 

 特に問いに意味は無いらしく、アルシェイラはつまらなそうに椅子に腰掛けた。

 リンテンスは部屋の隅で何処かに視線を泳がせている。

 おそらく煙草を吸いたいのだろうが、どうやらウォルターがいつも嫌がるせいで吸えないらしい。

 サヴァリスがどうしようかと悩んでいると、がちゃり、と寝室のドアがあいた。

 

「……ぁれ?」

「ウォルター。起きたのかい?」

「ん…まぁ……」

「薬、飲んで無いんだろう? いま薬出したから、適当に飲みなよ」

「んー……」

 

 ウォルターの足取りはおぼつかない。

 サヴァリスは溜息を吐く。

 

「ほら、さっさと戻りなよ」

「…粉薬はいらん……」

「文句言わない。ヨーグルト、陛下が買ってきてくださっているよ」

「あ~? ヨーグルト…? ……いちご」

「いちご……? あ、あるよ」

「……それならいける…」

 

 分かったと頷くとウォルターは静かに寝室に帰って行った。

 アルシェイラがにやにやと笑っている。

 サヴァリスは困った様子で肩を竦めた。

 

「意外に世話焼きなのね」

「そういう訳では……」

 

―――――僕の身が危険だし

 

 サヴァリスは今日何度目かわからない溜息をついていちご味のヨーグルトと薬、スプーンを持って寝室へと入った。

 

「ウォルター?」

「んぁ?」

「寝てればよかったのに」

「それは凄く賛成だ」

 

 咳をしながらウォルターは眉を潜めた。

 

「じゃあヨーグルト……」

「待て」

「うん?」

「うん? じゃねぇよ、なにしてンのおまえ」

 

 サヴァリスはぐるぐるとヨーグルトをスプーンで混ぜている。

 普通はある程度のかたまりで掬える筈のヨーグルトはスプーンの端っこからぽたぽたと垂れている。

 

「粉薬だから…混ぜるなら混ぜないと……」

「そうだけど。そうなんだけど。べったべったにしちゃだめじゃん」

「……ん~。看病初心者の僕にそんな事言われてもなー」

「面倒くさいなこのご都合主義」

「ほら」

 

 サヴァリスはそう言ってヨーグルトをつきだして来る。

 ウォルターは渋々受け取り、スプーンに手をかけた。

 そのところで、アルシェイラが扉から顔をだす。

 

「ウォルター、ヨーグルト持ってきたわよ」

「え? あぁ……。……ん? ちょっと待て、だからなんでお前もヨーグルト混ぜてるんだ」

「いいじゃない! だってどろどろの方が食べやすいでしょ?」

「かたまりの方が食べやすいだろ、どう考えても」

 

 アルシェイラまでもが高速でヨーグルトをぎゅんぎゅん混ぜている。

 

「だから混ぜたらだめだろってば」

「そう言わないの。こっちの好きにさせなさいよ」

「あんたらに好きにさせてたらオレ死にそうだからヤだ」

 

 ウォルターはそう言いながらやはり眉を潜め、とりあえずサヴァリスに渡されたヨーグルトに口を付けた。

 

「大体あんた、いちご味なんて子供すぎでしょ」

「味付けくらい好きなの食ってもいいだろ」

「そりゃそうだけどね、いやぁ、意外だわ」

「……………………」

 

 じとっ、とした目線でアルシェイラを睨む。

 ウォルターは二口目を食べると、アルシェイラに「そういえば」と問うた。

 

「あんたら、なんで来たンだ?」

「はぁー? 心配したからに決まってるじゃない」

「………あんたらしくねぇな」

「うっさいわねー」

「ハーデンの方は?」

「……引きずられてきた」

「……………………ご愁傷様……」

 

 ウォルターは乾いた笑いをこぼすとヨーグルトを食べる。

 

「……というか、あんたらには看病されてるって感じしねぇわ」

「そうねー。だって看病の仕方なんて知らないし」

「あんたら本当になにしに来たンだ」

 

 真顔でそう言うとアルシェイラは片目を閉じて舌を出した。

 ウォルターは頬をひきつらせて引きつった笑いを浮かべた。

 

「いや、なにしてンのあんた。本当に」

 

 ウォルターがそう呟いたと同時、家の玄関が開く音がした。

 

「どーもさ~! ウォルター?」

「あ……、ライアだ」

「ライア?」

 

 アルシェイラが首を傾げた。

 ウォルターはヨーグルトをサヴァリスに渡してベッドから立つ。

 

「ハイア・ライア。サリンバン教導傭兵団のヤツ」

「…あー、この間行けって言ったときのヤツね」

「そうだよ」

 

 ウォルターがリビングの方に向かうとハイアが居た。

 ハイアはウォルターを見てぱっと表情を輝かせた。

 

「ウォルター! ……あれ、調子悪いさ?」

「ちょっとな。風邪で」

「じゃあちゃんと寝てなきゃだめさ! 薬は飲んだのかさ?」

「一応……ふた口くらい」

「薬って一口ふた口だっけ……?」

 

 ハイアがきょとんとした様子でウォルターを見た。

 

「あー、ヨーグルト」

「あぁ、粉薬かさ? ウォルター粉薬嫌いなのかさ~?」

「嫌い」

「そ、そう……。というか、他にも人居るんさ?」

「居る。天剣授受者と女王が」

「……なんという豪華メンバー……。ともかくさっさと寝るさ。それが一番さ」

「そうだけど」

 

 ウォルターは眉を潜めて寝室の方をみた。

 ハイアは何故ウォルターが眉をひそめるのかが分からない。

 

「どうかしたさ?」

「あいつらの居る所で安眠できるまで精神図太くない」

「……………………それは……………………なんとも言えないさ…」

「だよな~…」

 

 大きく溜息をつくと、ウォルターは「しょうがねぇ」と一つ呟いて、寝室に戻った。

 

「あ、居た?」

「居たよ。てか、あんたら帰れ本当に」

「えー」

「騒がしいから寝れないんだよ」

「ひどいー!」

 

 アルシェイラが不服そうに頬をふくらませた。

 それでもウォルターは面倒くさそうに溜息をついてアルシェイラを睨んだ。

 

「お前らは……。来てくれたのはありがたいと思うけど、そこまでされても困るわ」

「……しょうがないわねー」

「……………………」

 

 ようやくどいてくれた事に安堵したのか、アルシェイラ達が寝室から出るとすぐに寝たようだった。

 

「さすがに疲れていたみたいね」

「そうですね」

「みたいさ……」

「で、あんたがハイア?」

「あ、そうさ」

「ふーん……」

 

 ハイアはアルシェイラにじっと見つめられ、ややたじろぐ。

 

「ま、いいけどねー」

 

(陛下、ようやく見つけました)

 

「うわ、カナリス」

 

(うわ、とはなんですか。探したんですよ。業務が残っています。王宮にお戻りを)

 

「やだー。これからわたし学校―」

 

(陛下……)

 

 念威端子から響く呆れた声を流し、アルシェイラは逃げるように去っていった。

 引きずった張本人が居なくなった為、リンテンスも帰った。

 ぽかんとしたハイアと、やれやれと肩を竦めるサヴァリスが残され、2人はちらと視線を合わせどうしようかと考えた。

 

「……とりあえず……」

 

 ハイアはちらと寝室を覗いた。

 ウォルターはようやく眠れているようで、ハイアは少し胸を撫で下ろした。

 

「じゃあ、僕も帰ろうかな。後は頼むね」

「……あ……了解……さ」

 

 サヴァリスもハイアに言葉を残して去っていった。

 ハイアはやはりあっけにとられてぽかんとしたままで居た。

 

「……………………」

 

 ハイアはそろそろと寝室に入ると、ウォルターによった。

 いつもならすぐに起きるのだが、今日はそういう事は無いようだった。

 

―――――いつも頑張ってるから、かさ~…

 

 疲れているのだろう、とハイアは笑みを浮かべた。

 

「…おやすみ」

 

 ハイアはゆっくりと起こさないように寝室を出た。

 

「……………………」

 

 来ていた事に気付いていたものの、寝たふりをしていたウォルターは微かに笑みを浮かべて再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 風邪を引きました。 Version グレンダン

(やっぱり騒がしいけど、たまにの平穏がやってきた)

 




なかなか着地地点が定まらなくて結局最後不時着しました。
相変わらずのぐだぐだで申し訳ないです……
精進します。
最後まで読んで頂きましてありがとうございました。


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背徳の両手

やはり短編なので、ということでこちらに移動させてもらいました。
いろいろと途中で変えて申し訳ないです。

とりあえず注意。


・本編4巻目と5巻目の一ヶ月の間にあった話設定
・無駄に前半が暗い
・無駄にこの話長い
・ウォルターがなんかちょっと怖い




 あぁ、面倒がやってきた。

 オレはルウの領域から伝わってきた感覚に、ひとり眉をひそめた。

 

 

  たまには、許してくれよ

 

 

 自室で寝そべっていたウォルターは、枕元に置いておいた紙切れを拾いながらルウに声をかけた。

 

―――――ルウ、この反応って……

 

(うん、面倒だよ)

 

 面倒というが、実際は“事”の事をささず、ただの単略称である。

 そしてその単略称が今回指す反応は汚染獣ではなく、人間だ。

 だがその人間は面倒な人間だった。

 ただの旅行者や一旦の停滞者ならまだ良いのだが……

 ひらり、とウォルターは数日前に見つけた1枚の紙切れを見た。

 

―――――……連続殺人犯ねぇ……酔狂なヤツだ

 

(そうだね、ここに強者が2人も居るなんて知らずに)

 

―――――いま、まだツェルニに居るライアも合わせたら、3人かな

 

(ん~、それもそうか)

 

 最近、連続しておかしな事ばかりが起きる為、ルウの領域は常時ツェルニを包むようにして展開されている。

 とは言え、それは察知するのみであり、それを排除するのはウォルターの役目だ。

 ウォルターはそれに小さく溜息をついてルウに話しかけた。

 

―――――面倒だからそいつだけ消してくれたりしねぇ?

 

(しないー。だって格好いいウォルターみたいもん)

 

―――――……いやいや、つったって、殺るだけだぞ?

 

(いいじゃない、昔からやってきたでしょ?)

 

―――――そう言われるとなにも言えないのもなんか悔しい……

 

 ウォルターはもう一度溜息を吐いた、そして紙切れをぐしゃぐしゃに丸めるとゴミ箱に向かって投げる。

 かたん、と音がして、丸められた紙切れはゴミ箱に綺麗に収まった。

 ウォルターは立ち上がってクローゼットを漁った。

 

「…それにしてもどうする? 会長に言うべきか、これは」

 

(大事になりそうだしやめておこうよ。さっさと殺した方が早いよ、絶対)

 

「……それもそうか……」

 

 ウォルターは昔使っていたマント――汚染物質遮断素材の割といいものだ――をクローゼットの奥から引きずり出し、ぱたぱたと埃を払う。

 

「おし、これ使えるな、まだ」

 

(もう使わないの、それ)

 

「まぁ、どうせこれ支給品だったし、捨ててもいいだろ」

 

(そうだけど。破れても無いんでしょ?)

 

「そりゃあな。割と大事に使ってたモンだし……。けど、顔が割れるよりゃマシだ、これ使お」

 

 考えついたら即行動。

 ウォルターはそれを適当なポーチに詰め込んで、窓から飛び出した。

 

 

 

 

 

 ルウが補足してくれているだけあって、殺人犯は早くに見つかった。

 路地裏に逃げ込んだ殺人犯の前に、マントを羽織って降り立つウォルターは、静かに目の前の男を見据えた。

 

「てめぇ……サツか?」

「……………………いいや?」

「…じゃあなんだ? 正義のヒーローツラした、偽善者野郎か」

「……………………」

 

 錬金鋼はまだどちらも復元していない。

 ウォルターは片目だけをフードからのぞかせて、沈黙を宿す瞳を向けた。

 

「……そういうよく分かんねぇ眼が気に入らねぇんだよ、てめぇ!」

「…あまりがなると、あたりに響くぜ、その声」

「……………………オレを殺す気か」

「…生かす価値の無い屑ならな。酔狂な殺し屋だと聞いた」

「そうさ、オレはオレを見下すヤツらが嫌いだ。だから殺す、だから殺した。それじゃあだめか」

「……………………」

「お前がオレを殺せば、お前はオレと同じってことさ」

 

 男の言葉にウォルターは耳を傾けていなかったものの、なにもいわなかった。

 

「理由はどうあれ、世の中殺しってだけで軽蔑される。お前もオレも同じだ。同じ“殺す”って思いをもってるんだからな」

「……………………」

 

 そう言いながら、男は何処か不信感を抱き始めたらしい。

 普通、正義感を持った人間というのは反論する。その筈だ。

 しかし、ウォルターはなにも言わない。

 

―――――オレは、正義じゃないからな

 

「なんだ? それとも、自分が悪だと思ってるのか?」

「……………………いいや……。オレは、正義でも悪でもない。そして、中立ですら無い」

「…………………………………………」

「……お前は一体、何人、どうやって殺してきた?」

 

 ウォルターの突然の問い。

 男は迷ったようだが、やや低い声で呟きはじめた。

 

「一人目はオレの妻だ。いつまでたっても変わらない、見下したあの眼。あれが気に入らなかった。だから殺した。この錬金鋼で真っ二つにして、まだ生きてる上半身の方を八つ裂きにした」

 

 泣き叫ぶ妻。

 その「人を殺す」という事への背徳感と、そしてその背徳感を行き過ぎた快楽。

 殺しへの歓び

 

「二人目も似たような理由さ。近隣に住んでた、オレを蔑んだヤツ。1人殺したんだからもうひとり殺しても変わらない。だから殺した。左顔面に錬金鋼を突き立てて、そのまま捻り切った。痛みに呻くヤツを見ながら、何度も刺した」

 

 男の言葉は続く。

 ウォルターはそれに聞き入る訳でもなく、ただ淡々と聞いていく。

 

「……それですべてだ。…これを聞いてどうしたかったんだ、お前は」

「…………オレが、どれだけ異常なのか知りたかった」

「……………………?」

「…お前に話してもしょうがないだろうが…オレはお前以上に殺してきている。この手は…善悪を捨てて、すべてはただ赤に染まった。善も悪も、すべて赤に塗りつぶされた」

「じゃあ、お前にオレは裁けない」

「そうだ。オレはお前を裁く気なんて無い」

 

 ウォルターが言い切った。

 じゃあ何がしたいのかと、男がウォルターを怪訝な眼で見てきた。

 

「……薬殺、絞殺、斬首、撲殺、圧殺、刺殺…」

「…………………………………………?」

「…窒息、轢殺、焼殺、爆殺……」

「な、なにが言いたい」

 

 ウォルターは小さく呪詛のように呟く。

 男はそれにうろたえ、ウォルターを異常な眼で見た。

 

「……オレは、それ以上の殺し方で人間を殺してきた。すべてを合わせればきっと100はくだらない」

「なら、お前にオレは裁けない!」

「……言った筈だ、オレはお前を裁く気なんて無い、ってな」

 

 そう言ったウォルターが腕輪を弾き、刀を復元させる。

 途端に男の顔に恐怖が走り、男も錬金鋼を構えた。

 

「…やるのか」

「……すでに怖気づいた剣に興味は無い」

「なめるな!!」

 

 男が錬金鋼を振りかぶり、だらりと刀を下げたままのウォルターに向かって一直線に振り下ろした。

 

―――――遅いな

 

 ウォルターは刀を一閃させ、男の首を跳ね飛ばした。

 背後に重い物が落ちる音が響いて、目の前の首のない胴体が地面に赤い液体をまき散らしながら倒れるのを冷めた眼で見つめていた。

 赤が着ていたマントに付着したのを見て、「捨てないとな」と小さく呟いた。

 

 地面に広がる赤が、ウォルターの靴のつま先にあたった。

 ぴちゃん、と小さく音がして、ウォルターはその音を酷く耳障りに思った。

 

―――――……汚い……

 

 ウォルターは一歩下がり、その赤を見た。

 段々と持っていた熱を失いつつある身体。

 薄ぼんやりと剄が見える。

 それでも尚、ウォルターの冷えた視線は変わらなかった。

 

―――――ルウ、消してくれ

 

(いいの?)

 

―――――外に捨てるのも面倒だ

 

(どうせマント捨てに行くくせに)

 

 ルウの呆れた声を聞き流しながら、ウォルターはその場を悠々と通り過ぎる。

 

 背後で、音もなく死体は消えた。

 

 外縁部に到着したウォルターはマントをさっさと外に放った。

 大体のものは外に放れば回収は不可能、証拠としても立証されない。

 マントがはためくのを見ながら、ウォルターは踵を返した。

 

(まだなにか考え事?)

 

―――――ん~…まぁ、な

 

(あまり考え過ぎないようにね)

 

―――――そりゃあ。だって疲れるし

 

 ウォルターは店が立ち並ぶ商店街あたりにやってきていた。

 あたりは活気に満ちていて、何処か浮き足立っている。

 そんなところを脇目もふらずに歩いて行くウォルターは、自らが異質な感触を覚えていた。

 異質な、ではない。異質なのだ。

 

―――――そう、ここに居ること自体が、異質

 

 どうしてここにいるのか。

 それはわかりきっている。いまも昔も変わっていない。

 ここにいる人間とは、一緒に居ると言いながら居ないのだ。

 関わっていると言いながら関わってないのだ。

 よく分からない感覚……それを何かと感じ取れては居ないが、その感覚が胸を圧迫する。

 

「……………………はぁ」

 

 ウォルターは大きな溜息をついて、特にはっきりとしない感覚に眉を寄せた。

 すると、後ろからやや自分より低いであろう身長の人物に頭を叩かれた。

 

「…いて」

「なに周りの人ににらみきかせてるんですか」

「………アルセイフ………?」

「…なんです? ……というか、あなたが後ろ取られるなんて珍しいですね」

「あー……いや、まぁ。考え事してて」

 

 うしろから現れた人物、レイフォンの顔を見てウォルターがきょとんとした表情を返した。

 ウォルターの言葉にレイフォンがふぅん、と空返事を返して、ウォルターを見た。

 視線を向けられたウォルターは、どうするべきか図りそこねて、とりあえずレイフォンが抱えていた買い物袋をウォルターが持った。

 

「……なんです」

「え? あ、いや…なんか持っておくべきかと」

「……………………」

 

 ウォルターが何処か遠い目をしていることにレイフォンが気付いたのか、特になにも言わなくなった。

 静かに何処に歩いて行くという事も特に分からず、レイフォンについていくだけのウォルターは、ただ思考に耽った。

 ウォルターは、純粋な武芸者では無い。

 だからこそ、いざという反射神経は元々ウォルターが持っている身体能力と、異界法則によって強化された部分のみとなる。

 つまり、一瞬の隙をつかれた場合ウォルターは無防備そのものということだ。

 

―――――オレもまだまだだな

 

 真正面からの戦闘では負ける事は無いのだが、と思いながら左手に持ったレイフォンの荷物の重みが先程まで持っていた刀の重みに似て、ウォルターの胸の圧迫を増長させた。

 

「…ウォルター、いつまで黙ってるんです?」

「え? あ」

 

 すでについた場所はレイフォンが住んでいるアパートの扉の前。

 レイフォンが訝しげな顔をしてウォルターの顔を見た。

 問いを投げられているにも関わらず、ウォルターはやはり遠い眼をしてレイフォンの言葉には答えない。

 

「……………………」

 

 レイフォンが眉を寄せ、ウォルターの上着の服を掴んでそのまま部屋に引きずり込んだ。

 

「ぅわっ」

「もう、いつまでぼうっとしてるんですか。そこに立ったままでいられると、いろいろと僕が変なふうに見られるでしょう」

「……………………悪い」

 

 レイフォンはさっさと突っ立ったままのウォルターの手から買い物袋を奪い取ると、ウォルターを乱暴に椅子に座らせた。

 

「……………………」

 

 なにをされても沈黙をしたままのウォルターに、レイフォンは再び後ろから攻撃を仕掛けた。

 

「……………………」

「……なんですか、本当にしょげてますね」

「…………………………………………」

「…どうぞ」

「あ? ……あぁ、悪い」

 

 レイフォンが手に持っていたコップを受け取り、ウォルターはコップの中のコーヒーを見つめた。

 

「……………………」

「……本当に今日はどうしたんですか、ウォルターらしくないですね」

「……………………たまにはナイーブなンだよ」

「分かりました、分かりましたからその低い声やめてください、耳に響きます」

 

 レイフォンが眉を寄せて言うと、ウォルターは肩を竦めてレイフォンに苦笑した。

 

 

 

 レイフォンはどうするべきかと悩んでいた。

 あのウォルターが珍しくおとなしい…と言うか、なにを言われてもほぼ無反応。

 基本的にはなにかを言えば軽くふざけたような態度で言葉が帰ってくるのに、今日はなにがいけないのかそうはならない。

 常にローテンションのまま、低い声で言われるので逆にこちらが慌てる。

 向こうはそういう気は無いのだろうけれど。

 

―――――なにかあったんだろうな…やっぱ

 

 なにがあったのかは分からないが、レイフォンはとにかく心配と焦りとで困っていた。

 はぁ、と軽くため息をついて、テーブルにコーヒーカップをおいて沈黙するウォルターに歩み寄った。

 

 

 

 ウォルターは俯いたまま考え事に耽っていた。

 いや、考えと言っても耽るようなことでも無く、耽ってもどうしようも無いことなのだが、それでも考えてしまうのだ。

 あの男に対して、謝礼の言葉などというものは無い。

 すでにあの男はウォルターに対して一歩引いた体勢をとっていた。

 命のやりとりをするという場で、あの程度のヤツならば殺されても当然だ、そう思うのがウォルターである。

 

―――――……………………今更、殺したことに対してなにか抱くことなんて無い

 

 それならば今までの行為は何だったのかという事になる。

 いままでさんざん同じような事はしてきた、これ以上に非道な殺し方も。

 それでありながら、今更こうも考えに耽る理由は……

 そう考えていると、いつの間にやら隣に座っていたらしいレイフォンにぐいっと引っ張られ、膝枕状態に持っていかれる。

 

「………………………………………………………………え…………と………?」

「……いいから黙って寝てください」

「……それはいいが……高さが…あと固い」

「うるさいですっ、僕だって男なんですから仕方ないでしょう」

「……………………それもそうだな」

「納得されるとそれはそれで腹がたちます」

 

 レイフォンが眉を潜めた。

 そんなレイフォンに苦笑を返しながら、ウォルターがほんの少しだけ微笑む。

 

「……さんきゅな。すぐ元気になれるわ、これなら」

「……………………それなら……よかったです」

「……おう」

 

 

 小さく返事を返し、ウォルターが静かに眼を閉じた。

 レイフォンはようやく落ちつけたか、と溜息を吐いた。

 

―――――いつも、疲れているから…たまには、ね

 

 本人には決して言ってやらない。

 そう決めているから言わないけれど、ウォルターの事を尊敬しているレイフォンとしてはウォルターが悩んでいる時に支えになりたい。

 ウォルターが辛い時は助けてあげたい。

 そう思っているのだ。

 

―――――絶対に言ってやらないけど

 

 言うのは気恥ずかしいし、と少し頬を掻きながら思う。

 ふと膝枕をしているウォルターを見ると、すや、と寝息を立てて眠っていた。

 

―――――珍しいな

 

 そう思うと同時、それだけ疲れていたのか、とウォルターの顔にかかっていた髪をさらりとすくい、流した。

 少し体勢を動かしたウォルターだったが、落ち着いたのか小さく寝言を言って丸まった。

 

―――――……大変だ、またとても大変な事を思った

 

 レイフォンは、おぅ…、と小さく自己嫌悪にかられて顔を押さえた。

 だが……、とちらりと視線をウォルターに向けた。

 ウォルターは少しむずかしい顔をしながら何やらむにゃむにゃと言っている。

 

―――――……でも……、まぁ…いいか、今日くらいは

 

「ウォルター…、たまには僕を頼ってくれていいんですよ。いつだって、支えたいんです」

 

 ウォルターがこうやって休む事も、レイフォンが似合わない事を思うのも。

 すべて無かったことになる。

 自分も休もう、そう思ってレイフォンは静かに眼を閉じた。

 

 

 

―――――……こいつ……

 

 ウォルターは触られた為に起きたのだが、レイフォンの呟きにやや動揺を隠せなかった。

 いつもあぁも生意気に態度を取られていた為、内心でレイフォンがどう思っているかを把握しきれていなかったという事だろうか。

 それとも、ウォルターは表の表情しか見て居なかったということだろうか。

 答えを出すには些か疲れすぎていたウォルターは、しかしそのまま瞼を閉じ、眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 たまには、許してくれよ

(辛いことは多くあるけれど、それでも人の優しさに触れるたび信じようと思うんだ)

(辛いことがあるなら、支えてあげたいと思うよ。素直になんて、いつもなれないけれど)

 

 

 




 なんか、色々すみませんでした……!!(土下座)

 いろんなやりたいことをかいたら大変なことになりました。
 この話は、ウォルターが“現在”は置いてきてしまっていた“過去”と、かつての自分を現在の平和という場にいる自分が考える、ということを考えさせたりちょっとさせたかったわけです……
 それでかいたらとんでもなくナイーブな子になって収拾がつかなくなったので、レイフォンに何とかしてもらおうと思ったらこうなりました…
 いえ、そろそろ若干でもウォルターにレイフォンについて理解してもらおうとか思ったり思ってなかったりしたわけでして…(どっちだ)

 とはいえ、ありがとうございました。
 最後まで読んでいただきありがとうございました


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先輩と菓子事情

注意。

・相変わらずのgdgd加減
・ウォルターがちょっといつものウォルターじゃない
・エド・ドロン視点
・レイフォンがちょっとツンデレっぽい
・最後だけ元に戻る



 

「あ。よう、ドロンじゃねぇの」

「あ…、ウォルター、先輩」

 

 オレ……エド・ドロンは驚いた。

 いや、彼がここにいること自体はおかしい訳ではない。

 彼はこの学園でオレの先輩だし、オレの友達(だとあまり思いたくないモテるヤツだが)の小隊の先輩でもある。

 しかしこの先輩、意外にも変わった趣味…と言うか、好みがあるのだ。

 この人、イケメンとか男前とか言われるが、以外に乙女趣味だったりする。

 

「アルセイフは一緒じゃねぇの?」

「そういつも一緒って訳じゃないですよ」

「そうか? ……まぁ、良いンだが…」

 

 先輩はふむ、と手をあごに当てて考えた。

 オレといえば先輩に突如声をかけられて驚愕の一言だ。

 彼と一切面識が無いという訳では無く、レイフォンと一緒に居た時に袋いっぱいのチョコレートを抱えて居る彼と遭遇した事があった。

 その時に色々と話をした(といってもレイフォンがほぼ不機嫌にしていた)だけなんだが。

 

「先輩はどういう用事でこっちに…?」

「ん~、いやぁ、いいね、今日は」

「?」

 

 珍しくテンションの高い彼の手には大きな袋が抱えられていた。

 

「いやぁ、今日はお菓子類が大安売りでさー、大奮発しちゃってなぁ」

「はぁ……。作るんですか?」

「うん? あぁ、そのつもりだ」

 

 先輩は珍しくにこにこと笑みを湛えて袋をかさかさと叩いた。

 だけど、だからなんだ? 正直それだった。

 そう思っていると先輩が口を開く。

 

「ってことでさ、ちょっと食べてくれねぇかな」

「は…っ?!」

「あ、いや、大量に作るからさー。アルセイフは甘いもの苦手だし、ロスはまぁまぁだしアントークは微妙だし…、消費者が近くにいねぇのよね」

「要するに、食え、と」

「そ」

 

 にまぁ、と笑みを浮かべる先輩はちょっと新鮮で良い感じかと思いきや寧ろちょっと怖いかもしれない。

 いや、こういう笑みに女子は釣られるのだろうか。

 こういう笑みをイケメンがするから、女子はこういうヤツに寄っていく為に余計に女子がイケメンによって行ってそしてその為にモテるヤツが出来る。

 普段のギャップとかそういうものっぽいっていう……

 

「おーい、ドロン、どうする? オレだけでも消費できるからどっちでもいいぞ」

「あー……じゃあ、ちょっとレイフォンでも連れて行きます」

「あいつ嫌いだろ? 甘いもの」

「嫌いですけど」

「……まぁ、あいつを連れてくるって言うならオレは甘くないモンも作っておくかな。あ、場所は学校の調理実習室だから、よろしく」

 

―――――オレだけっていうのは、怖い

 

 あまり慣れていないのに、この人といきなり2人きりっていう空間は……辛い。

 そこまで思って、ん? と首を傾げた。

 

「学校の調理室?」

「そう。だって家だと金かかるだろ?」

「……あぁ……」

 

 この人もこの人でレイフォンと似たような人だ、と思う。

 正直オレとしてはレイフォンが先輩を嫌っているのは所謂同族嫌悪だと思っている。

 

「よく借りられましたね」

「いやぁ、担当に言ってもしょうがねぇなぁと思って生徒会長に」

「…………ともかく、連れて行きますんで」

「うん、了解」

 

 やや頬が引きつるオレに、ウォルター先輩がにこやかに手をふって去っていく。

 オレは緊張という圧力からようやく開放され、ふぅと息を吐く。

 どっと汗が出る。

 

「びっくりした…。いきなり声かけて来るんだもんな」

 

 悪い人じゃないとわかりきっているからいいが、普段の態度を見ているとある種の不良に見られてもおかしくはない態度だ。

 ただ、レイフォンから聞くほど完全に悪逆非道の人であるとは思わない。

 実際接してみると、接し方が雑なだけで良い人ではあるのだ。

 

「さて、呼びに行こう」

 

 ともかく、現在レイフォンはおそらく教室に居るだろうと見当をつけ、オレが教室に踏み入れるとビンゴ、居た。

 ついでに、レイフォンとよく一緒に居る3人組女子も。

 ……このモテめ

 

「レイフォン」

「あ、エド。どうしたの?」

 

 声をかけるとこちらを向いたレイフォンに、オレが先程のあった事と、来ないかという事を告げるとかつて無いほど嫌な顔をされた。

 

「……嫌です……!」

「えげつない言い方だな」

 

 ものすごく低く、その上若干の――と言っていいのかはっきりしないのだが―――殺意を込めた声でそう言われた。

 なんか、これオレが傷つくわ。

 この状態のレイフォンといつも居るウォルター先輩マジ先輩

 

「レイフォン用の甘くない菓子も作るって言ってたぞ」

「…………………」

「あと、簡単な料理も作るって」

「……………………………………」

 

 レイフォンの顔が「レイフォン用」という言葉で段々崩れてきた。

 すると突然、いつもは引っ込み思案なメイシェン・トリンデンがぐっと前に出てきた。

 

「レイとん、行こ」

「……メイ?」

「行かないと損だよ!」

「メイっち、お菓子と料理のこととなると眼の色変えるからねー」

 

 隣に居たミィフィ・ロッテンがのんきにそう言った。

 それを見ていたナルキ・ゲルニは諦めているようで、呆れた顔をしている。

 

「行くしか無いみたいだぞ、レイとん」

「あー……うん。そうだね。メイが行きたいみたいだし…、それに、残ると食べ物がもったいないしね」

「レイフォン…、素直に行きたいって言ってもいいんだぞ? 誰も茶化さねぇよ」

「ち、違います! 誰が進んであの人のところになんて! 違いますからね、決して行きたいわけじゃないです!」

 

―――――なんだ、ただのツンデレか

 

 つか、レイフォンでもこうなるって言うのは割と珍しいなぁとオレは何気なく思うわけだけど、だからってモテが許せるわけじゃない。

 ここ重要。

 

「じゃあーウォルター先輩のところにレッツラゴー!」

 

 ミィフィが元気よくそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? 別に構わないンだがねぇ」

「別に、来たかった訳じゃないです」

「はいはい」

 

 レイフォンのむすっとした表情に苦笑を返し、ウォルター先輩がオレ、レイフォンと、ついてきた三人組にプラスして更に居る他のメンツに眼をやった。

 

「で、アントーク達はなンで?」

「迷惑だったか?」

「いや、消費者が出来て嬉しい限りなンだが…、何処で捕まえてきた、と」

 

 そう呟いて先輩がオレを見た。

 オレはどう答えようかやや戸惑いつつ、口を開く。

 

「えっと、廊下で合流しました」

「あぁ……そう。端的な説明ありがとよ。…ま、いいけどな。適当に座れよ。ある程度できてるから」

 

 そう言って先輩が冷蔵庫に足を向け、言われたオレ達は適当に机に座った。

 なんとなくオレ達一年組と先輩組で机につくと、先輩が左手にケーキやらクッキーやらを持ってきて、右手に料理類を乗せてきた。

 

「受け取ってー」

「分かった」

「分かりましたー」

 

 二年生軍と1年生軍に受け取ってもらうと、先輩はまだあるらしい皿を冷蔵庫に取りに行った。

 机にどんどん並んでいく料理と菓子類に机に着席したオレたちは唖然とした。

 

「……これ、この短時間で……?」

「同時進行って辛いよなー」

「笑顔ですか!」

 

 レイフォンがツッこむが現在の先輩には効力が無いらしい。

 ふわふわと花が飛んでいるかと思う程テンションのふわふわな先輩作成の菓子に手を付ける。

 

「……!! これ、は……!!」

「どうだ?」

「うまい! うまいぞ…!!」

 

 十七小隊隊長、ニーナ先輩がいままさにきゅぴーん! というような反応をして眼を輝かせた。

 先輩がいま食べたのは生クリームケーキだ。

 ちなみにオレも食べたが、さっぱりとしたくちあたりで、しつこい甘さも無い。

 甘党だと聞いていたのでもっと甘ったるいケーキかと思っていたらそうでもなかった、どころかものすごくうまい。

 フォークが止まらない。

 

「アルセイフ、お前はこっちにしておいたほうがいいンじゃねぇの?」

「…なにがですか?」

「ほら、これは砂糖使ってないから。あんまり」

「…………………」

 

 そう言ってショートケーキサイズのケーキをウォルター先輩が差し出して、オレの隣に座るレイフォンに渡した。

 レイフォンはフォークでひとくちサイズに切り取って、恐る恐る口に入れた。

 

「……………………………………!」

 

 レイフォンが眼を見開く。

 その様子を少し心配そうにウォルター先輩が見やっていた。

 

「…………………美味しい……です」

「そりゃ良かった」

 

 ウォルター先輩が普段では見られないような笑顔を浮かべてレイフォンの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「イオ先輩」

「どうした? ロス」

「取れません……」

「切るのへ、」

「なんです……?」

「いやなんでも」

 

 へた、と言おうとしたのだろうがウォルター先輩はフェリ先輩に睨まれて口をつぐむ、そしてフェリ先輩が切り取れなかったケーキを切り取ってあげていた。

 ふとウォルター先輩が「あ」と呟いた。

 

「……どうしたんですか?」

 

 意外にもレイフォンがもぐもぐとケーキを食べながらウォルター先輩に問いかけた。

 

「いや、アイス出し忘れた」

「まだあんのか」

 

 さすがにどうなんだとシャーニッド先輩がツッコんだ。

 それ、オレも言いたいです。

 

「美味しいね……さすがウォルター先輩」

 

 向かいに座っていたロッテンが口を開いた。

 そしてそのロッテンの隣に座るトリンデンも口を開く。

 

「……うぅ、ちょっと悔しいかも……。わたしのより美味しい…」

 

 やはり同じ菓子を作る、料理を作る者として悔しいようだ。

 しかしそれでも尊敬として悔しいらしく、笑みを浮かべていた。

 最も、トリンデンが激しく悔しがるという姿は想像しがたいのだけれど。

 

 出された料理も菓子類も皆で食べきり、残ったのは空っぽになった皿だけだった。

 

「おー、みんなよく食べたなー」

「ごちそうさまだった」

「ごちそうさまでした」

 

 丁寧に全員がそういう。

 やや微笑を湛えながら皿を片付けるウォルター先輩は、すでに普段通りの先輩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 先に帰っていいぞ、と言われたレイフォン達は先に帰路についていた。

 

「美味しかったですねー」

「あいつあぁいうことは本当に得意だからな。…そういえば、合宿はこれで出来るかもしれないな」

「合宿ですか?」

「あぁ、近々合宿をしようと考えているんだ」

「いいんじゃね? あいつの飯はなんだかんだ言ってうまいし」

 

 廃都市でもその腕前を振るっていた事をシャーニッドが言う、それにレイフォンはやや眉をよせてシャーニッドを見た。

 

「僕も作ってましたけどね」

「あー、そうだったな。いやいや、お前が作ってたこと忘れてた訳じゃねぇぞ」

「忘れてたんですね。別にいいですけど。どうせ僕よりウォルターの方が料理の腕は上ですし」

「いやいや、ひがむなよ」

 

 シャーニッドが苦笑を浮かべてレイフォンを見たが、レイフォンは「ひがんでません」とふてくされてそっぽを向いていた。

 しかしレイフォンは、すぐに違うことに思考を巡らせた。

 

 

 

 

 

「…ウォルター」

「ん? アルセイフ。どうした?」

 

 翌日の昼、レイフォンはウォルターを捕まえてずいっと布包の四角い箱を差し出した。

 

「……え、なに? 毒薬?」

 

 ガンッ。

 レイフォンがすっとぼけた言葉を言うウォルターの頭を手刀で強打した。

 

「いってぇな、なにすンだ」

「あなたこそ人が作って来たものになんてこと言ってくれるんですか」

「いやいや、おまえからどんな心代わりだと思ってな」

 

 うっかり戦慄したぜ、とウォルターがわざとらしく汗を拭う動作をした。

 レイフォンはそれに頬を引きつらせつつ、箱を押し付けた。

 

「で、なンだよ、これ」

「開ければ分かります」

「…………………弁当?」

「………そうですよ」

「なンでまた」

 

 ウォルターが怪訝にレイフォンを見た。

 レイフォンは決してウォルターと眼を合わせずにそっぽをむいていう。

 

「昨日、色々ごちそうになったので」

「……律儀だなー」

「うるさいです、さっさと食べればいいです」

「それ軽い死刑宣告?」

 

 再びレイフォンの手刀がウォルターの頭を直撃した。

 ウォルターはからかうことを諦めて蓋を開けておかずを口に入れた。

 

「……お、うまい」

「…それは良かったです」

「うまいな、これ。どういう風に作ったンだ?」

「教えてあげません」

「辛辣―」

「ついでに言うとそれ昨日の残り物なんで」

「辛辣だわ、それも」

 

 ウォルターはやや真顔でそう言うと、弁当を食べることに集中した。

 そこへエドがやってきた。

 

「お、ドロン」

「先輩。昨日はごちそうさまでした」

「いいや、気にすンな」

「あれ、その弁当…」

「ん? 昨日の残り物お礼もらった」

 

 ウォルターが食べていた弁当の説明に、エドが首を傾げた。

 同時にぴしりとレイフォンが隣で固まったのでどういうことかと思い、エドに再びウォルターが問いをかける。

 

「アルセイフからはそう聞いたンだが」

「……だってそれ、今日レイフォンが夜中に作ったけど自信作だって言って、」

「エド、それ以上何か言うのはやめようか」

「むぐむぐむぐ」

 

 レイフォンが神速でエドに近寄ると輝かしい笑顔でエドの口を塞いだ。

 ウォルターはぽかんとしてレイフォンを見ていた、その視線に気付いたらしいレイフォンはバツが悪いという顔をしてウォルターに向かって叫んだ。

 

「違いますよ! 自信作はそっちじゃなくて僕の弁当の方……!!」

「いや、違うだろ? だってその布の方だった……」

「変えたの!!」

「いや、見てない……」

「見てない所で!」

「移動教室とか基本今日ずっと一緒だったから見てなかった時は無かったとおも、」

「あったの!!」

 

 ウォルターはやはりぽかんとして、それから苦笑した。

 

「…はいはい、残りモンだな」

「そう、そうなんです、そうですよ!!」

「了解、了解。だからそンなドロンの首締めるな」

 

 数日前のレイフォンの言葉を思い出して、ウォルターは苦笑しか出来なかった。

 

―――――相変わらず素直じゃねぇでやンの

 

 くつくつと笑みをこぼして、ウォルターは弁当に手を付ける。

 ようやく落ち着いたらしいレイフォンも弁当を食べはじめ、開放されたエドも食べ始めた。

 もぐ、と口を動かして、何気なく呟く。

 

「んー、うまい」

 

 

 

 

 

 

 ただの平凡な学生生活。

(そんな何気ないことだけど、喧騒の日々では何気ないことを一番大切にしたい)

 



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全力でばかな十七小隊の話

注意
・ギャグです
・すべてその場のノリとテンションです
・全員ばかです
・ただのネタです
・収拾は相変わらずついていません
・ただのネタです(大事なことなので2回((ry

何かありましたらすぐに消す所存でございます


 

「ウォ~ルタ~」

「………………………」

 

 ピンポーン、と軽快に電子音が鳴り響き、玄関先にいた人物ら数名を見てウォルターは愕然とした。

 本日は小隊の訓練も面倒な生徒会に駆り出されることもない……そう、唯一誰にも邪魔されずゆっくり出来るホリデイ、にもかかわらず目の前に現れた何処かそわそわした後輩2人、超嬉しそうな同級生、統率力というか責任感がまったくなく役に立たない先輩に全力で殺意を覚える。

 しかも、超嬉しそうな同級生…金髪の女子の手には、何故か両手で必死に抱える程巨大な魚があった。

 それは真鯛だ。恐ろしくでかい。そしてまだ生きている。先程からびちびちと尾びれが表面に付着している水滴を飛ばしてくる。

 フェリは鬱陶しそうな顔でその水が当たらないようにレイフォンを盾にしている。

 正直養殖湖でそんなデカイもん育てたら共喰いどころのもんじゃねーぞ、とか言いたくなるくらいでかい。さらに言えば、ニーナの腕がプルプルするくらい重たいらしい。

 よくそんなでかく育ったなと言いたくなる前に、とっとと養殖湖にリリースしてこいと叫びたくなる。生きてンだから。

 

「わたしが捕ったんだ! 捌いてくれ!」

「……お帰りくださ~い」

 

 勢い良く扉を閉めて、ウォルターは即座に鍵をかけた。

 1人を除き全員が武芸者であるという事実上、どう考えても無駄な行為なのだがウォルターにはこうせずにいられなかった。

 

「開けてくださいよ、ウォルター!」

「………………………」

「む、無視決め込んじゃいましたよ隊長」

「案ずるなレイフォン…わたしにはまだ他の手がある!」

 

 ピンポーン。

 再び電子音が軽快に鳴り響く。

 ピピピピピピピピピポーン。

 連続して電子音を鳴り響かせるニーナにしびれを切らしたウォルターが、重低音で扉越しに脅した。

 

「…うるッせぇよ…次やったら真鯛と一緒にてめぇも捌くからな」

「……捌かれるのはご免だ」

「じゃあ、帰れ」

「どうします? ここまで来て引き下がれませんよ」

「……とっとと帰れ料理下手」

 

 ウォルターが吐き捨てるように言う。

 それにニーナが衝撃を受けた顔をして口を結んだ。

 

「………………………」

 

 ……ニーナは激怒した

 必ず、このなんでもそつなくこなす無駄なHSK(ハイスペック)に真鯛を捌いてもらわねばならぬと思った

 

 ドンドンッ、とニーナが力強く扉を叩く。それに続いて何故かシャーニッドがパンっ、と手を叩く。びちびちと真鯛が暴れる。

 

 ニーナには料理がわからぬ。かつてより幾度と無く挑んだ料理では、悉く敗北していた

 ある時は力任せにりんごを握りつぶし、ある時は衝剄を放って台所を破壊したりもした

 

 ドンドンパっ、ドンドンパッ、 ドンドンパンッ。

 

「………………………」

 

 ウォルターはその音に眉根を寄せて呆れたような、憤りを覚えたような気がして、とてつもなく複雑な思いに駆られた。

 

 けれど女として、乙女として、ニーナはそういった事柄を追求する事は決して絶やさなかった

 

 ドンドンパッ、ドンドンパンッ、ドンドンパッ!

 

「……うるっせぇよ! 人ン家前で何軽快なリズム刻んでやがるンだてめぇら!」

「さあ一緒にどうぞ」

「やらねぇよ、ばかアルセイフ! その音続けられてもオレは歌わないからな」

「ウォルター歌上手いって聞いたのに残念だな。じゃあこのおれ様が、」

「エリプトン……ッ、先…輩…ッ、…が! やっても同じだっての! やめろ!」

 

 耐えかねたウォルターが扉を開くと、やはり嬉しそうなニーナの顔が視界に入った。

 鬱陶しいなぁ、と思いながら何とか追い返そうと思考を巡らせる。

 

「we wil…」

「歌うな。……お前ら、本当オレにどうしろってのよそれを」

「捌け」

「そんなでかいの乗せるまな板なンてねぇよ!」

「ツッコむところはそこですかと言いたいですが、ウォルター、ここにありますよ」

「あンのかよ。……そんなでかいの捌く包丁もオレは持ってな、」

「イオ先輩……、こちらに」

 

 レイフォンがまな板と言うより本当にただの板を掲げ、それに続いてフェリが掲げた普通の出刃包丁より明らかに大きい包丁をウォルターは見た。

 そこまで用意していてどうして自分たちでやらない。

 ウォルターはこめかみを押さえながら、レイフォンに声をかけた。

 

「お前出来るだろ、魚…捌くくらい」

「え…? …だって僕…、か弱いですから……」

「老生体1期以上に平然と1人で立ち向かうヤツは、か弱いとは言いません」

『ピンポーン』

「インターホン鳴らすなっつったろアントーク」

 

 近所迷惑だろうと素直にウォルターは言う。

 ……言ってから思ったが、都市の外れにあるこのアパートでは、どれだけインターホンを鳴らそうと迷惑にはならないのだったと。活きの良いびちびち真鯛を抱えている十七小隊の隊長がいようと何も怪しがられないのだと。

 まぁでも耳障りなのは確かであったし、鳴らないなら鳴らないでそれはいいそれでいいのだが。

 

「つかお前ら、そこまで揃ってンなら公開生解体ショーしてこいよ、そこいらで。オレを巻き込むな」

「僕らだって巻き込まれたわけですけどね」

「と、いうことですのでイオ先輩」

 

 そ…っ、とフェリがウォルターの手に出刃包丁を握らせてきた。

 そしてそのフェリの後ろで口を開くシャーニッド。

 

「★ほうちょう★ テレレーテレレ♪」

「……だめ! 無理!」

「ブフォッ、ちょ、ウォルター……ッ」

 

 遠い目であえてノリに乗って見たらやはりシャーニッドは予想通り吹き出して笑い出す。

 そんなシャーニッドとウォルターを横目で見ながら、レイフォンがしらっとした顔で眉をよせてウォルターを見ていた。

 

「…ウボァ…ウォルターにあの可愛さは出せませんね」

「出せても困るっての」

 

 ため息混じりにそう言い放ち、ウォルターは握った包丁へ視線をおろした。

 

「……“★ほうちょう★”を装備したいまのオレは、お前らを刺しても夢ですむンだよな。エリア移動したら復活してンだよな。『キョアーオ』っつって死ねよ」

「死ねって言った! 死ねって言った!」

「えい」

「キョアーオ!」

 

 刺す真似をしたウォルターに、レイフォンがまな板を構えて防御態勢をとった。それに対し、シャーニッドは声を上げて数歩下がると、小さく笑い声をだしながら叫んだ。

 

「ふっふっふ…おれ様は不滅……なにがあろうと生き残る男だ…!」

「……シャーニッドは滅びん! 何度でも蘇るさ!」

「………………………バルス」

「眼ッ、」

 

 シャーニッドがお決まりで騒ぎ出す前にウォルターはレイフォンからまな板を奪い、ニーナからびちびち真鯛をひったくって扉を閉めた。

 

「ウォルター! 開けろぉぉぉぉぉ」

「とっとと滅んでろ」

 

 ため息混じりに話を打ち切り、ウォルターはさっさとまな板の上においてあるもののびちびち跳ねる真鯛をテーブルにおく。

 いまだ活きが良い真鯛は、悟りを開いたような眼でエプロンをつけたウォルターに頭をまな板に押さえつけられて、尾びれを近くにあったナイフでまな板に縫い止められて、息の根を止められた。

 アイボリー色のエプロンには派手に散った血が付着する。

 さてここからどうしようと思った矢先、扉の向こう側からなにやらくぐもった声が聞こえ始めた。

 

「……イオ先輩……お腹すきました」

「平常運行だねお前は」

「開けてください。お腹すいたので食べたいです。開けてください。……開けなさい」

「……はぁ」

 

 しょうがないなぁとウォルターは扉から一歩おいて開けた。

 エプロンについた派手な血に一瞬ニーナがびくりと肩を跳ねさせたが、部屋に足を踏み入れる。

 その瞬間、ニーナは足元で起動したトラップに引っかかり宙吊りになった。

 

「な、んだと……ッ?!」

「…どうしてオレが一歩おいて立っていたか……っは、ばかだなぁアントークは」

「く……ッ!」

「ほらつったってねぇで入れ」

「はっはっは、ニーナは~」

「ご愁傷様です、隊長」

「残念でしたね、隊長」

「そういうなら下ろせお前ら!」

 

 レイフォンはレイフォンなので申し訳無さそうだが、シャーニッドは大笑いしながら、フェリは堪え切れていない笑いをこぼしながら入ってきた。

 ニーナの悲鳴のような叫び声を聞きながら、ウォルターは黙々と真鯛を捌く。

 目の前で行われる解体ショーにフェリは少し眉根を寄せていたが構わず捌き切り、ウォルターはとニーナに視線を向ける。

 

「…まぁ、そこで指を銜えて見てろ」

「……ッ……ッ……ッくぁwせdrftgyふじこlp!!」

「もちつけ。せめて人語をしゃべる努力をしろ」

 

 考えた末にそれかよ、と呆れた目線を向ける。

 あぁ……結局オレの休日は潰れるのか……そう思いながらウォルターは真鯛の盛り付けにとりかかった。

 

 




いろいろすみませんでした(土下座)
いろいろネタをぶっこませてもらっています。
某走るヒトの話、某フリゲ、某女王歌手グループ等…
真鯛を捌いたので、その勢いでかきました、反省はしています。後悔はしていません()

もし何か差し支えがありましたら消去致しますが、よろしくお願いします


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過ぎ去った、記憶

天剣時代とツェルニ半々です。ほぼ追想状態。
ほとんどアルシェイラとウォルターしか出てこない。ちらっとカナリス。

お子様なアルシェイラと平常運行なウォルターのちょっとしたお話。


 

 

 

「ふぁー…」

 

 ウォルターは窓のカーテンをあけて、いつもより遅い時間帯である朝の日差しを浴びた。

 あくびをしながら身体を伸ばし、一息吐く。

 

(おはよう)

 

「あぁ、おはよう。まさかこんな時間まで寝てるとは。休みだからって気をぬきすぎたかな」

 

(別にいいんじゃないかな? たまにはしっかり寝ることも必要だよ。ところで、今日の予定は覚えてる?)

 

「予定? ……………………何かあったか?」

 

 昨日は忙しくて寝た時間がものすごく遅かったのだ。

 だからまさか明朝に寝る事になるとは思っていなかった。

 まぁ、そのせいで起床が遅れたわけなのだが。

 

「…なにがあった?」

 

(レイフォン・アルセイフとシャーニッド・エリプトンと何処か行くって約束してたでしょ?)

 

「……あぁ、そういえば。…まだ時間あるなぁ。来るって言ってたし…、もう一度寝ようかな」

 

(寝るの? 構わないけど……)

 

「寝る。眠たいから」

 

(そう。じゃあ、僕も少し休もうかな)

 

 端的な返事が聞こえて、ルウの声が消える。

 ルウが日常的に騒がしいというわけではないが、やはりルウが言葉を発する……と言うより、ウォルターに話しかけてこない状況では、思考は静かになる。

 なによりもいま自分に考え事をするほど頭が回っていないということもあるけれど、常日頃から2人でひとつの思考を共有していると、こういう時に妙な静けさを感じている、というわけだ。

 ウォルターはゆっくりと息を吐いて、ベッドに横になる。

 

「あー…。体重い…」

 

 まだ疲労が残っているのだろうか。

 異様な身体の重さにウォルターはひとつ溜息を吐いてベッドに体重を預け、意識が落ちる流れに逆らわず、再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、ねぇ。あんた」

「……………………?」

 

 思考を遮る音の高い声に呼び止められ、ウォルターは振り返る。

 視線の先に居るのは、まだ幼い少女なのだが、その瞳には明らかに敵対心と自らに対する自信に満ちていた。

 少女の名前は、アルシェイラ・アルモニス。

 つい最近、ここ槍殻都市グレンダンの女王に即位したのだ。

 彼女の剄力はかつての王たちを凌ぐ程で、このグレンダンが望んでいた子が生まれたと上層部は喜んだものだった。

 しかし、このグレンダンで天剣として居続けているウォルターから言わせれば、こんなにも幼い少女にいきなり即位させるというのは、ちからが強いからと言って増長させることになりそうで一抹の不安を抱いているのだが。

 だが、少女は無表情で視線を送るウォルターが気に入らないらしく、頬をふくらませている。

 

「ねぇ、あんた、ウォルター・ルレイスフォーンでしょ?」

「…そうだけど…、なンか用事でもあンの?」

 

 少女とはいえ、一応は女王である存在に対してでも、特に臆すことのない話し方でウォルターは肩を竦めた。

 初代グレンダン王の時代から貴族、王族とは関わってきたが、ウォルターが真面目に取り合う事は無かった為、どの王にも諦められたのだ。

 だが、この少女は幼さゆえにそれが許せないらしい。

 絶対として崇めてでも欲しいのか……、そう思ってウォルターは呆れ顔で頭を振った。

 

「で? なンですかね~女王サマ?」

「…あんた、その態度むかつく…」

「悪いけど、これがオレだから」

 

 淡白に言い放つと、アルシェイラは更に不服そうな顔で腕を組んだ。

 

「あんた…、わたしが女王だって分かってるの?」

「もちろん。だが、あんたが敬意を表するに値する存在かどうかは別だろ? なにを言ってンのかね、このガキは」

「……じゃあ、実力勝負」

「はぁ…?」

 

 アルシェイラが拳を構え、ウォルターにそう言う。

 が、ウォルターは酷く鬱陶しそうな顔でアルシェイラを見、飛びかかろうとするアルシェイラの頭を人差し指で突いて動きを制止させた。

 

「面倒くさい、かかってくるな。ガキか……って、まだまだガキか」

「っ……!」

 

 嘲笑混じりに息を吐くと、アルシェイラは更に幼いながらに流麗な表情に苦渋をにじませた。

 “グレンダン最強”を誇るアルシェイラにとって、“ウォルター如き”に人差し指ひとつで制止させられてしまう事が酷く悔しい様だ。

 しかし、アルシェイラをはるかに凌駕する年月を生きているウォルターとしては、それこそ老化していると否めなくなる時期が来ない限り負けることは無いし、この世界に続く運命が終結するまで、負ける訳にはいかない。

 

「それで? やりたいことはこれだけか、クソガキ」

「…………はぁ」

「…溜息吐きたいのはこっちだっての。ンとに、最近のガキは活きが良いなぁ。良すぎるくらいに」

 

 ウォルターは勢いの止まったアルシェイラの頭から人差し指を離して、その手を顎へ持っていった。

 感慨深そうに呟くウォルターの、“隙ができた”脇腹めがけてまだ諦めていなかったらしいアルシェイラが拳を放つ。だがその拳はウォルターが半身を逸らした事により命中せず、そのままアルシェイラの手首はウォルターに掴まれ、引っ張られる。

 

「っ?!」

「ほい、っと」

 

 引っ張られたことで重心を奪われ、顔面から廊下へ向かいそうになるも、開いた片手でウォルターがアルシェイラの襟を掴んだ為転倒は免れる。

 しかし、やはり策が通じないウォルターにアルシェイラは眉を寄せる。

 

「ガキはおとなしくしてろ。……そんなに死にたいか?」

 

 殺すつもりは無い。

 だが、重低音の声音は少女に厳しく現実を突きつける。

 これからまだまだ成長の余地はあるというのにその才能を潰すつもりはないし、先の戦いでの目標達成の為に戦う気はあるがこの世界の事を短命な“子ども”に言われることもばかばかしい。

 結論から言えば、役に立ちそうなのだからその芽を摘む気は無い、が、いちいち突っかかられてもただ疲弊するから鬱陶しいということだ。

 そういう予防線も兼ねて一旦折るわけだが、少女は諦めきれないという瞳でウォルターの萌黄色の瞳を見つめていた。

 そんな少女の瞳に対して、ウォルターは本日何度目かもわからない溜息を吐き、少女を睨め付ける。

 

「お前がもうちょっと腕を上げたら、また相手してやるよ。それまではおとなしくしてろ」

 

 鬱陶しい。小さくそう付け加えて手を離すと、アルシェイラはむすっとしたまま踵を返し、足早に去っていく。

 ふぅ、と再び溜息を吐いてウォルターは頭を掻く。

 

―――――何だってンだ?

 

 まぁ幼心からくる行動だったのだろうが、ちゃんとした意図の読めない行動にウォルターは眉を寄せて頭を振り、思考を放棄する。

 とりあえず、自分はあの少女が来る前まで、なにを考えていたのだろうか。

 本題を忘れてしまったウォルターは息を吐いて新たな思考を巡らせる。

 

―――――確か、どっかに行こうと思ってたような気がする

 

 うん、そんな気がする。

 だが何処へ行こうとしていたのだったか。

 そこが一番大切なのだが、そこが一切思い出せない。

 少し考えていたウォルターはやはり溜息を吐いて、忘れる程度のことなのだと再び思考を放棄した。

 放棄したことによりすることはなくなった。

 それなら、なにをするか……そう考えて視線を動かした先で、剄の弓矢が見えた。

 エア・フィルターに届くかというほど高く、力強く放たれた弓矢。

 あれほどの威力を撃てる人物は、ウォルターを除いてグレンダンでもひとりしか居ない。

 天剣授受者のティグリス・ノイエラン・ロンスマイアだ。

 弓使いの天剣授受者で、念威操者であり天剣授受者でもあるデルボネ・キュアンティス・ミューラとは仲がいいとかいう話を聞くが、ウォルターとティグリスは別にそこまで仲がいいわけではない。

 寧ろ、ティグリスがウォルターを見つけると口を開けば説教ばかりと言ってもおかしくはない為、どちらかと言えばウォルターにやや苦手意識があるというくらいだ。

 

―――――まぁ、別にロンスマイアは変なヤツではない…ンだよな

 

 戦いに全力投球という点では変なヤツではあるが、それはまぁ、ウォルターは人のことを言えない。

 ウォルターこそ、そういう戦いに全力を尽くさなければ気の済まないタイプだ。

 ティグリス本人は、戦いに対してそこまで貪欲な人間ではないが、技術の向上に関してはそれなりにうるさい。

 他を顧みないウォルターをよく咎める役目もティグリスに回っているのだが、それは他の天剣授受者がウォルターに口を出せないからであって。

 しかしウォルター自身、かつてから天剣に座しているが故にそういう状況が出来上がっているなか、それを意にも介さずまっすぐにことをいうことの出来るティグリスのそういうところに関しては買っているつもりだ。

 また、デルボネについても同様のことが言える。

 彼女もティグリスと同じ系統の人間のようで、ウォルターという天剣の中でも頂点に立つであろう存在、そして念威に関しても高い知識を持っているという事に臆さず事をはっきりと伝えてくる。

 自分をしかと見据えている証拠なのだろう、となかなかの良い逸材だとウォルターは見ていた。

 

―――――けどやっぱ、説教は勘弁してほしい

 

 別に自分の実力に自信がない訳ではないが過信しているわけでもない為、そういう指摘を受けることは逆に嬉しいと思う。

 今後に活かせる的確な指摘をティグリスはしてくる。だからいいのだが、話が長いのが難点であって。

 嬉しいのだが複雑な気分だ。

 

「……ま、いいか」

 

 空に咲く矢の花を見上げつつ、ウォルターは口角をあげた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇウォルター…暇」

「……仕事しろよ、アルモニス」

 

 大きな溜息を吐きながら、ウォルターは目の前の椅子で不機嫌そうな顔をしてこちらを見る女性へ眼を向けた。

 女性と言っても、見た目は10代後半入りたてか……そのくらいであろうととれてしまうような容姿。だが、実際はもう少し年上だ。

 立派な年齢詐欺をしているウォルターが言えたことではないが、年齢詐欺だと言いたくなる。

 

「ねぇねぇねぇねぇ~」

「うるっさい」

「酷いー、ねぇ相手してよ」

「嫌だ。そんなンだから警護当番のノルネがストライキしちまうンだよ。怒ってたぞ、ノルネ」

「え~、バーメリン? バーメリンはどうでもいいのよ、相手しなさいよ」

 

 不服そうに頬を膨らませ、ここ、槍殻都市の女王……アルシェイラは机の書類を叩く。

 その度にがたがたとインクの瓶が揺れ、ウォルターはインクを零すなよと忠告を零す。

 そう、天剣授受者であり本日の警護当番であるバーメリン・スワッティス・ノルネは、この女王のやる気の無さとあまりの退屈に誰彼なく絡む面倒臭さに耐えかねて、ウォルターに交代を申し出たのだ。

 バーメリンは基本なんだかんだと言って律儀のため、ある程度女王が何かを口走っていたとしても放置なのだが、あまりに絡まれて腹に据えかねたようだった。

 偶然通りかかったウォルターをひっ捕まえて、随分立腹した様子で交代を頼んできたのだ。

 友好関係的には普通のウォルターだが、あまり頼まれごとはしないため驚いた。が、原因がこの女王では仕方ないと半分ウォルターもあきらめている。

 

「そう言うな。お前、自分が退屈だからって人を巻き込むな。他のヤツは忙しいンだよ」

「わたしだって忙しいわよ。こんなに書類に追われて」

 

 ウォルターの睨め付けるような視線に対してアルシェイラは自身の机の端、床に積まれた書類の山々を叩く。

 しかし、そんなアルシェイラに冷たく言い放つのがウォルターであって。

 

「お前な。それだけの量をきっちり整理整頓、処理してってなかったのはお前の責任だろ。きっちり責任持ってやれ」

「むー。納得できなぁい」

「出来ない、じゃない。しろ」

「……冷たいーウォルターがいじめるぅー」

「いじめてねぇよ…」

 

 うそなきを始めたアルシェイラに、ウォルターは呆れ混じりに溜息を吐いて自分の処理が終わった書類をアルシェイラの机にたたきつけるように置いた。

 

「おらよ、追加」

「やー! もういやー!」

「ガキか、とっととやれ。いい大人がぐずるな、うっとうしい」

「おかしい、絶対おかしい。ウォルターなんでこんなに高速で仕事終わるの?」

「オレだからだよ」

「理解できない!」

 

 鼻で笑いながらウォルターが言い、ソファに戻るとアルシェイラが手に持っていたペンをウォルターに向かって投げる、がウォルターはそれを避けて平然と書類を読み進める。

 

「なんで避けるのよー」

「あのなぁ…あの程度避けられなかったら情けなさすぎるだろうが。やるならいっそ剄でも込めて投げろよ」

「そんな事したらペンがボシュッ、って消えちゃうじゃない」

「だからいいンだよ」

 

 やはりアルシェイラは納得がいかないという様子で頬をふくらませてそっぽを向く。

 一向に仕事が進まないアルシェイラに、ウォルターは呆れた溜息混じりに口を開いた。

 

「じゃあせめてそこの机に乗ってる分を片付けろ。そうしたら一旦休憩入れてやる」

「ほんと?!」

「ほんとほんと。ほら、さっさとしろ。早く終わらせれたら、飲みモンと一緒になんか甘いモン出してやるよ」

「俄然やる気出てきた」

 

 きらきらと眼の輝き始めたアルシェイラに、安上がりだなぁと思いつつウォルターは手を動かす。

 ただし、問題はどうやって作るか。

 この女王、眼を離すとすぐ何処かへ行こうとする癖があるので、逃走防止策を出す必要がある。

 しかし特にいい案は出ない。

 アルシェイラの面倒くさい所は、他の天剣のいうことを聞かない所だ。

 ティグリスの言うことはギリギリきくのだが、それはティグリスが怒ると後々ものすごく面倒くさいという理由からであって、また、現在はティグリス王宮に不在。

 わざわざ来てもらう程のことではないだろうし、念威端子を配置した所で無駄だろう。

 

(この上無く面倒くさいな)

(ウォルターの提案だしね、アルシェイラ・アルモニスも絶対出てくるって思ってるでしょ)

(まぁ…)

 

 ウォルターは基本自分から言い出したこと、または約束したことはきっちり守るタイプだ。

 相当疲れていたりどうしても外せない用事が出来る等の問題が発生しない限り、その辺りは守って信頼を得ているつもりだ。

 

(だけど、今回の行動を渋る理由はアルモニスにあるわけであって…)

(そうだねぇ…。わざわざ異界法則を使うのも馬鹿らしいし…どうしようね?)

(アルモニスを厨房へ連行、とか)

(それウォルターだから言うことだね)

 

 ルウがけらけらと笑いながら言う。

 そうかなぁ、とウォルターが書類をひらひらとめくりつつ頭を掻いた。

 

「アルモニス」

「はぁい。まだ終わってないわよ」

「…お前、ちゃんとここで“待て”出来るか?」

「え、出来るわよ」

「え」

 

 珍しくはっきりと返ってきた返事にウォルターがきょとんとした。

 アルシェイラも眼を丸くしたようで、お互いにきょとんとしてしまい、ウォルターが気まずいと頭を掻く。

 

「…ならいいけどな…」

「なによ、またどっか行くとか思ったんでしょ。残念だけど、あんたの武芸者としての腕前と料理と菓子作る事に関しての腕前は認めてるのよ、一応」

「……それは……喜んでいいのか……だめなのか……よく分かンねぇけど」

「素直に喜べばいいじゃない。ほんっと、ひねくれてるわね」

「別にそこまでじゃねぇと思うけどなぁ」

 

 ウォルターが苦笑交じりに再び頭を掻いた。

 そんなウォルターにアルシェイラは呆れ顔で溜息を吐く。

 

「あんたねぇ、わたしが天剣であるあんたとどれだけ居ると思ってるの?」

「お前がそんな歳になるまでだな」

「それは余計」

 

 アルシェイラが笑顔で持っていたペンをぶん投げてきた。

 それを掴んで机に置きながら、ウォルターがはいはいと返事を返す。

 余裕綽々なウォルターに、アルシェイラはあからさまに舌打ちをして見せて溜息を吐いた。

 

「だから、あんたがどういうヤツか、それなりに把握してるつもりよ。ま、武芸のことに関してはやっぱり悔しい面とかあるけど、あんただったらしょうがないし。それに、あんただったら納得できる」

「……まぁ、オレとしては納得してもらってもしてもらわなくてもどっちでもいいンだけどな」

「適当―…。でもま、なによりあんたのその料理の腕前に関しては自負していいと思うわ」

 

 王宮の料理人に負けないくらい美味しいし。

 そう言ってアルシェイラは女王にはふさわしくないであろうが、ひとりの女性としてはふさわしい、快活な笑みを浮かべた。

 

―――――昔はあんなンだったのに、飲み込みと理解が早くなったモンだ

 

 前に、アルシェイラが本来の目的をはっきりと王家から聞いたことと同時にウォルターも秘密裏に彼女に伝えたのだ。

 自らがどういう存在であるか、何のためにここに居るのか。

 それを伝えた際、彼女は酷く驚いていたがそれ以上に納得した顔をしていた。

 

 あんたが強い理由がわかった

 

 そう言って。

 だが、ウォルターは目的等を話したのみであり、最も重要な内容を話しはしなかった。

 彼女には、わかったというのだろうか。

 言わずして、察したとでも言うのだろうか。

 ウォルターは軽く頭を振って、もう少しで終わりそうなアルシェイラに厨房へ行くと一言伝え、移動する。

 

 手を動かしながら、ウォルターは思考する。

 何よりも、あの女王がそういう事に疎い人間だということは分かっている。

 何故か、と言われれば簡単だ。

 彼女は強い。だからこそ、弱者の気持ちを知ることが出来ない。

 人間は自分がそういう立場に置かれたり、自分がそういう人間だということでなければ知り得る事は無いだろうし、彼女はもとより強い存在であれとして生まれた者だ。

 そんな彼女に、弱さを知れといったところで無理なのだろう。

 では、ウォルターは? そう聞かれれば、正直微妙だ。

 素体が違うとは言え、一応は“人間”という事になっていて、人間の様な素振りをすることも出来る。だが、ウォルターはゼロ領域へ入った。

 ゼロ領域はウォルターのすべてを暴き立て、自身の矮小さを思い知らせるに十分な空間だった。

 ある意味思い知っているといえばそうだが、ゼロ領域の使い方さえ知ってしまえばそう脅威ではないその脅威に、ウォルターはいまそこまでの畏怖を抱かない。

 だからといってうぬぼれているわけではないのだが……

 

「なにをしているんですか?」

「…あれ、リヴィン」

 

 思考を遮った声の主は、カナリス・エアリフォス・リヴィンだ。

 アルシェイラの影武者であり、天剣授受者でもあり、女王不在の場合は女王に扮して執政を行っている。

 訝しげな目つきでウォルターの手元を見る彼女だが、ウォルターには何故彼女がここに居るのかがわからない。

 

「リヴィン、どうしてここに居ンだ、お前」

「居たら悪いですか?」

「いや、居るなンて珍しいなと思う程度だ」

 

 カナリスのやや不機嫌そうになった声音に淡々と返事をしつつ、ウォルターは遅滞なく手を動かす。

 その手つきを見ながら、カナリスはウォルターに声をかけてきた。

 

「陛下の提案ですか?」

「いや、今回はオレ。随分アルモニスも飽きてきてたみたいだからな。これでやる気が出るなら安いモンだよ」

「……相変わらず甘いですね」

「甘党なだけにってか。…まぁでも、厳しくするだけが大事ってわけでもねぇし。確かにためてたアルモニスが悪いが、だからってかちかちに詰めても終わりゃしねぇだろ。こういうモンにつられてでもやってくれた方が助かる」

 

 ウォルターの言葉に、一瞬むっとしたカナリスだったが、それでもふっと表情をほんの少しだけ綻ばせた。

 

「あなたは人の扱いがうまいですね」

「そうかぁ? オレはそんなつもりないンだがね」

「いいえ、陛下のような方でもうまく対応出来るその対応力には、感服します」

「オレはそこまであいつに忠義出来るお前の方が凄いと思うけどなぁ」

「わたしはそうなるべくしていますから」

「……そ。じゃあ…」

 

 ウォルターは出来上がったものを手際よく切り分けて、皿に一切れ置いて、フォークと一緒にカナリスに差し出す。

 差し出されたカナリスはよくわからないという顔をしたまま皿を受け取ったが、ウォルターと皿を交互に見やっていて、そんなカナリスが面白くてウォルターはくつくつと笑いを零す。

 

「ご褒美だよ。頑張ってるリヴィンにな。それじゃオレ、アルモニスの方行くから」

「あ、はい…」

 

 厨房に来た理由は特になかった。

 ただ、甘いにおいがしたためまた陛下に頼まれて誰かが作っているのだろうと思い覗けば、彼が居たというだけの話。

 だがまさか、おすそ分けをもらうとは思わなかったが。

 どうやらベリーケーキのようで、ケーキ全体グラサージュされており、光できらきらと赤い光を放っている。

 フォークでひとくちきり、口に入れてみた。

 ふわりと広がる甘酸っぱいベリーの風味とケーキ全体のほどよい甘さ。

 思わず唸った。

 

 

「ふん、ふん」

 

(ごきげんだね、ウォルター)

(おうよ、今日はうまくいったからな~、素直に嬉しい…)

 

 感慨に耽った様子でウォルターが思考する。

 ルウは小さく笑い声をこぼしながら呟く。

 

(良かったね。今日はあのグラサージュ、頑張ってたもんね)

(本当だよー、流した後に綺麗に固まるかどうか、そこが勝負どころだったンだ)

(あはは、勝負どころだったんだ。でも、本当に綺麗な見た目に出来たよね、凄いやウォルター)

(そこまででもねぇよ。ルウだって覚えりゃすぐだ)

(僕はやらないよー。ウォルターのが食べたいんだもん)

 

 そか、とウォルターは上機嫌に頷き、待っているであろうアルシェイラの元へ急いだ。

 

 

 

 

 甲高い電子音が響いた。

 懐かしい夢を見ていたような気がしない事も無いが、その甲高い電子音に鼓膜を叩かれウォルターは眼を覚まさざるを得なかった。

 のそのそと起き上がり、ウォルターは頭を掻く。

 なにが起きているのか一瞬把握出来ず、頭を掻きながらウォルターは当たりを見渡す。

 

『ウォルター、まだ寝ているんですか?』

『おーいウォルター、起きろー』

 

 活剄を使って声を聞くと、どうやら聞こえるふたつの声の主はレイフォンとシャーニッドのようだった。

 そういえば、今日の予定はレイフォン、シャーニッドと何処かへ行くことだった気がする。

 その為に2人が来てくれるはずだからと、もう一度寝たような覚えがあるような。

 そんなことを考えながらウォルターはのろのろと動き服を着替えて、玄関まで移動すると気の緩みきった声を出しながら扉を開けた。

 

「へいへーい」

「ちょっと、遅いですよウォルター。ちゃんと起きてましたか?」

「起きてた、起きてたって。ただ眠たくてな……」

 

 ウォルターがあくびをしながら眼をこすると、シャーニッドが物珍しいような顔でウォルターを凝視していた。

 

「お前も寝不足とかするのか…」

「するよ、普通に…。で? 今日は何処へ行くンだったか」

「フェリちゃんの仕事場だ!」

「……つまり、邪魔をしに行くと」

「嫌だな、応援だよ」

「…どうだか…」

 

 軽く溜息を吐きながらウォルターはシャーニッドに言う。

 レイフォンは眉を寄せてウォルターを見ていた、それにウォルターが訝しげな顔で問うた。

 

「どうした? アルセイフ」

「い、いえ…ウォルターのそういうまともな…というか、ラフな格好初めて見たので」

「……そうだっけか」

 

 基本外出時シャツ系の服を着ている事が多いが、今日は本当にただの私服。

 それがレイフォンには意外だったらしい。

 

「そんなに吃驚することか、これ…」

「でもおれもはじめてみたからちょっと驚いたな」

「…そうか?」

 

 ウォルターは首を傾げながら自身の姿をぐるりと見、しかしよくわからないと肩を竦めた。

 

「さてと、じゃあ面倒だが行くとしますかね」

「そうしようそうしよう」

「はい」

 

 頷いたが、そういえば、と思い出したような様子でウォルターが顎に手を添えつつシャーニッドに声をかけた。

 

「まぁ、そこは当然エリプトン…先輩の奢り…すよね」

「おれは男には奢らねぇぞ」

 

 至って真顔で言うシャーニッドにウォルターは何処か遠い眼で頷き、レイフォンの肩を掴んで踵を返し始めた。

 

「じゃあ行かないでおこう。アルセイフ、映画でも行こうぜ」

「えっ、えっ、えっ」

 

 困惑した様子でレイフォンはシャーニッドとウォルターを交互に見やるが、ウォルターはぐいぐいとレイフォンを引っ張る。

 慌てて折れたシャーニッドに引き止められ、ウォルターはにやりと笑みを浮かべてシャーニッドを見た。

 

「交渉成立だな」

「このあくどさよ」

「…まぁ…ウォルターですし…」

「オレだからってなンだよ。普通だろ? オレは行ってやるンだから、このくらい当然」

 

 シャーニッドがややくたびれた様子で財布を確認する中、ウォルターは揚々と先を歩き出した。

 




ツェルニ軸としてはフェリのバイト話の一歩前くらいです。
やっぱりはじめはツンケンしてたんじゃないかな! って思いましてアルシェイラ様です。
カナリスが登場させやすくて超助かるよ、陛下


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いつも通り、変わらない日々

ウォルターが天剣授受者をやめてすぐ、「何事もないその日」と同じ軸の話。
レイフォンとは接触しないのでレイフォンは出てきません。



 

 ふわぁ、と夜空が闇を落とす王宮の屋根の上でウォルターは大きなあくびをこぼしていた。

 いま、王宮のエントランスホールでは盛大な宴会がひらかれている。理由としては至極簡単で、授受式だ。

 アルニモス戴冠家出身、アルシェイラ・アルモニスによって主催される天剣授受者決定戦、そしてその授受式とくれば、女王に次ぐ権力者をつくりだしたということだ。

 レイフォン・アルセイフ。いいや、いまはもうレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフだ。

 サイハーデンという少数派の刀を扱う武門出身でありながら、刀を使わず剣を扱って天剣となった。ウォルターが座していた天剣、ヴォルフシュテインの後釜だ。

 天剣授受者決定戦は、死ぬか生きるかという戦いではない。だからこそ、天剣の授受式では後任の天剣授受者に対し、前任の天剣授受者が女王の眼の前で渡す。

 だが宴会の前アルシェイラに渡せと言われたものの、面倒くさがってウォルターはそれを拒否した。

 それでも誰が渡したのかは不明だが、天剣は授受された。必要なのは授受されることであって、ウォルターが渡すことではない。

 

「ふぁ~……あ……眠…」

 

(ウォルター、もう帰ろうよぉ)

 

「せめていろって言われたンだから…いないとだめだろ…ふぁ…」

 

(えぇぇぇ~…相変わらず律儀だなぁ。いいじゃない、あんなヤツのことなんてぇ)

 

 ぐずるルウをなだめながら、ウォルターは再びあくびをする。

 まったく、よくこんな面倒くさい事ができるものだと思いながらウォルターは屋根に寝そべり、頭の後ろで手を組んだ。

 ウォルターも天剣になった時にしたものだが、あの時はいまからすれば随分と昔だった。だからそんなに仰々しくは感じなかったが、その代わりかなり行われた時間が長かったという覚えがある。

 グレンダンが設立されアルシェイラが王位を戴冠するまで、ずっと天剣は5人程しかいなかった。時に6、7と人数が増えたことはあったが、すぐにいなくなった。ある者は退位し、ある者は死んでいく。そういう世界だ。

 長くいたのは、ルッケンスから輩出されたあの天剣授受者程度だろう。念威操者の方は天剣ではなくただの知り合いで、仕事上付き合いがある程度だった。

 だが、いまはどうだろう。天剣授受者は12人に膨れ上がり、ウォルターが抜けたことで開いた穴は新たな子どもが埋めた。

 ウォルターは、ここに必要ない。あれだけのちからを有した子どもが現れたということは、おそらくそうなのだろう。

 だが、不可思議だった。

 あの子どもは、十年程前からそれなりに気にかけていた子どもの片割れ。

 メイファー・シュタット事件。

 あの事件の際に見つけられ、デルク・サイハーデンによって保護された。

 しかしウォルターが気にかけている理由は、その事件に関わっていたからではない。もっと深い部分だ。

 

―――――まさか、あの子どもが

 

 エルミア。未だにその名を覚えている。

 彼女はあの都市、天蜘都市アトラクタで狼面衆に追われ、夫であるタウランに追いやられた。そして最後には、都市から出て別の都市へ。

 ……だが、おかしいと気づいている。

 あの時にはすでに出産されていた彼女の子どもだ。それにもかかわらず、ウォルターがメイファー・シュタット事件でその存在を再び確認した時、彼はあの時と変わらない姿だった。

 あの都市からエルミアが出たのは、ウォルターがディックと共に学園都市ツェルニに滞在していた時のことだ。もう数十年前の話。それにも関わらず、なぜなのか。

 

「はぁぁ」

 

(どうしたの?)

 

「んー…疲れちゃった」

 

(帰ろうよ)

 

「……そうしようか」

 

 

 そろそろ、夜が明ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルターはなぜか、侍女の格好をした女性と共に古びたアパートにある、ある一室の扉の前に立っていた。

 女性は長い黒髪を頭の上で一つにまとめ、楽しそうに掃除機を持っている。口紅が引かれた唇を楽しそうに引き伸ばし、彼女は意気揚々と扉を開け放った。

 

「わぁ、酷い有様」

 

 室内でソファに寝そべっていた、ウォルターの元同僚であるリンテンスにそう口を開きながら、女性……この都市の女王陛下であるアルシェイラは掃除機を持って部屋へとずかずか入っていく。

 ウォルターはといえば、部屋から漂うにおいに顔をしかめ、部屋へ立ち入らず入り口に立っていた。

 

「ちょっとウォルター、どしたのよ」

「…アルモニス、オレ言ったよな? 用事があるンだって」

「知ってるわよ? でもほら、せっかくじゃない?」

「なンのだよ」

「ウォルターの方が掃除上手じゃない!」

「じゃあ最初から行くなンてほざくなよ」

 

 くそ、と小さくウォルターが呟き、渋々部屋へ足を踏み入れる。

 部屋は独特なにおいで満たされている。それはリンテンスの吸っている煙草のにおい。ウォルターはそれが嫌で仕方がない。

 あまり深く息を吸わないようにしつつリンテンスが寝そべるソファまで足を進め、窓に引っかかった鋼糸を引きちぎる女王へ気だるく視線を向けた。

 

「おいお前……本当オレを早く帰せ」

「嫌よ、手伝って」

「ヤだね、お前がやれ」

 

 ウォルターは腕を組んでアルシェイラにそう言い、溜息を吐いた。

 ソファで寝そべるリンテンスはと言うと、酷く鬱陶しそうな顔をしてアルシェイラを見ている。

 

「……くそ陛下が」

「まったくだ。……つかハーデン、そのソファ座らせて」

「……お前もお前だな」

 

 リンテンスの先程より三割増し程に機嫌の悪くなった視線を受けながら、開けてくれたスペースに座り込んだ。

 目の前でがさがさと動くアルシェイラに軽く指示を出しながら、ウォルターはちらとリンテンスへ視線を向ける。口から紫煙を吐き出しながら苛立しそうにアルシェイラを見ていたリンテンスの金色の眼が、ウォルターを見た。

 

「なんだ」

「いや? 別に」

「……ふん」

 

 面倒くさい、と言いたげに息を吐きながら、リンテンスが煙草を消した。先程つけたばかりだったらしい長い煙草は、ゴミ箱へと葬られる。

 アルシェイラによって窓が開け放たれ、においの発生源がなくなった部屋の空気は風によって運ばれ、その独特なにおいを消していく。雑誌を崩すアルシェイラがまた埃をまき散らして、掃除機をかけた。

 ウォルターの“中”でルウが眉根を寄せて、ぎりぎりと歯を鳴らしながら言う。

 

(…なにぃ…? キザなの、キザを気取ってるの? 消したい、すごく消したい)

(ルウ、何でそンな怒ってンだ…?)

(あぁ、ごめんね? キミの隣に座るヤツに激しく殺意抱いちゃって)

(……よくわからないンだが……)

 

 内心で首をかしげながら、ルウが怒っているらしいと言うことだけ悟る。

 ウォルターが腕を組んで考えていると、掃除機の音には負けるが、武芸者には十分な音量の声でリンテンスが話しかけてきた。

 

「お前、どうして天剣を手放した」

「ん?」

「あのガキの実力はお前との戦いを見ていて分かった。だが、お前には到底及ばない実力だ。あの程度、必要は無いだろう」

「オレが譲る必要が、ってことか? それはオレが判断する。あいつは伸びるぜ?」

 

 けらけらとウォルターが笑うと、リンテンスは先程より更に眼に鋭さを宿し、ほんの少しだけ怒りの感情をその瞳にのぞかせた。

 

「そんなことを言ったのではない。お前が、むざむざその才能を腐らせるのがおれは腹立たしい」

「それ、ルッケンスにも言われた」

「あいつと意見があうと言うのはなかなか腹立たしいが、同意見だ。……先程も言ったが、」

「分かった、分かったって。けど、オレだって考えなしにグレンダンを出るわけじゃない。色々とやることがあるンだよ」

 

 ウォルターの発言に対し、リンテンスがやはり鋭い目つきのまま腕を組んだ。

 肩をすくめるウォルターはソファの肘掛けに肘を置き、頬杖をつく。組んだ足先を上下に揺らしながら、せっせと動く最上級権限保有者を見つめる。

 腕を組んだリンテンスが、指先でアルシェイラに千切られていく鋼糸を回収しながらウォルターに口を開いた。

 

「お前の“やること”を否定する気はない。…しかし、その地位を捨てる必要はなかったはずだろう」

「さてね? オレもどこまでかかるかわからない現状じゃ、事を進める為に最善だと思える策をとるしか無い。それが、今回は“こういう事”だっただけだ」

「……どういう理由だろうと、お前は腐ることを選ぶということか」

「だから違うって言ってンじゃねぇか。随分と怒ってンだなお前」

 

 当然だと言いたげにリンテンスは息を吐く。その行動にやはり肩を竦めつつ、ウォルターは組んでいた足を崩して組み直した。

 アルシェイラは先程から2人で話し込んでいる事が不服らしく、掃除機を両手で構えてウォルターへにじり寄ってくる。

 

「ねぇウォルター、手伝って! この部屋ものすごく汚いのよ、1人じゃ手が足りない!」

「…えぇ…、ヤだって」

「どうしてよー!」

「だから、おまえがやるって言い出したンだろが…オレが手伝う義理は無いだろ」

「やだあああ手伝ってえええ」

「うるせぇ」

 

 ウォルターが苛立たしいとばかりに言い放ち、突き出された掃除機を足で突き返す。

 やはり不服そうな顔でウォルターを睨め付けるように見るアルシェイラに溜息を吐きながら、ウォルターは、掃除機は突き返しながらも彼女が腰に差していたはたきへ手を伸ばした。

 

「っとに」

「さっすがウォルター! やっぱりやってくれるのね」

 

 嬉しそうに手を叩いたアルシェイラに眉を寄せながらウォルターはやはり溜息を吐く。

 はたきを手にばたばたと部屋の角でリンテンスがつけている鋼糸ごと埃等を払っていると、後ろからアルシェイラに声をかけられる。

 

「ねぇねぇウォルター、ウォルターは本当に良かったの?」

「お前まで言うか。しつこいぞ。……お前こそ怒ってないのか?」

「怒ってないわよ。だって、あんたのしようとしてることを止める方が大変だもの」

「…止められるかどうかを抜いたら、怒るンじゃねぇのかよ」

 

 息を吐きながらそうアルシェイラに言い返す。アルシェイラは小さく「うーん」と唸り、どうだろう、と呟いた。

 

「わからないわね。あんたが地位に興味無いことは知ってるし、何よりあんたを特別待遇程度で捕まえられるとは思わないし」

「ふーん?」

 

 やけにあっさりと言ったアルシェイラに、ウォルターは片眉を上げてどこか怪訝な顔をした。

 

「なによ」

「いや…、お前のことだから軽く何か言うと思った」

「別に? だって、一応“あんたのこと”知ってるんだし…、つべこべ言っていられないでしょ。どうせ、なんで、って聞いても言わないのがあんたでしょうし? だったら意味ない」

「……まぁ、確かに言われても聞かないが」

「はいはい、聞かなくても知ってるから。さっさとしてちょうだい」

 

 やはりそう言うアルシェイラに、大人になったなぁというか、よく分かっていらっしゃると苦笑を浮かべ、はたきを動かした。

 そんなアルシェイラの態度に対してもやや不服な天剣は半分以上だろうが、それでもウォルターは構わない。必要なのは、ウォルターが“目的を達成することが出来る”事。

 その他は必要ないのだから。

 

「まぁ、面倒なのは確かだけどね~。最近、変な動きもあるみたいだし」

「そうだな」

「ウォルター、どうせ暇でしょ? しばらく身を潜めてていいから、王宮にいてくれない?」

「はぁ? 面倒くさいから嫌だけど」

「だーめ! グレンダンにいる以上、あんたはわたしの管轄でしょ。ってことで、よろしくね~」

「……だったらはじめから疑問形にするなよ。オレが断ることくらい分かってンだろうが」

「てへ」

「かわいくないぞ」

 

 ウォルターがさらりと言い返し、アルシェイラはむすっと頬をふくらませる。

 ソファに寝転がり直したリンテンスの頭を、ウォルターがはたきでぱしぱしと叩くと、不機嫌そうな眼が返ってきた。それにけらけら笑いながら、ウォルターは言う。

 

「まぁ、ひとつだけ言っておきたいンだけどさ、ハーデン」

「……なんだ」

「アルセイフの事、ちっとでいいから気にかけてやってよ。…騒動が起きそうだからな。面倒事はすぐオレに回ってくる」

「……………………それは、おれに片棒を担げと?」

「さすが理解が早い」

 

 軽く肩を竦めてそう言いながらはたきを髪に落とすと、リンテンスは先程より二割増し機嫌の悪い顔でそれを払いのけながら視線を逸らした。

 

「ふん。お前は見通しがいいのかいいのかわからん」

「良くも悪くもない」

「つまり微妙、と」

「酷いなおい」

「ちょっと働きなさいよ! 女王ばっかりに働かせてー!」

「お前はいつも働いてないンだからこういう時くらい働け」

 

 そう言いつつウォルターは、またはたきを動かしはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月が経った。

 本日は老生体がグレンダンへ向かってきていて、新しく天剣授受者になったレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ初の戦いだ。

 グレンダンの空中庭園、そして王宮には濃い汚染物質の雲の合間から暖かな日差しがちらちらと降り注ぐ。木陰ではないが、軽い屋根の陰に少し強めの風、軽く混ざって鼻につく汚染物質のにおい。これで汚染物質のにおいがなければ最高の場所で、ウォルターはうたた寝をしていたのだが、突如、王宮を震わせるほどの轟音が響いた。

 それのせいで、オレは溜息を吐く。轟音が響く前から女王の剄の昂ぶりは気づいていたし、やるだろうとは思っていたが、本当にやった。

 高圧縮の剄を放って中庭を壊して、後悔するのは女王の方だというのに。

 ひょいと屋根の上から中庭を覗きこむ。

 破砕した回廊の石柱、円形にえぐられた中庭の中心に立つ流麗な女性に視線を向けながら、オレはぼぅっとした眼でその状況を見る。

 女性はこのグレンダンの女王、アルシェイラ・アルモニス。

 そしてその周りにいるのは天剣授受者のカルヴァーン・ゲオルディウス・ミッドノット、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス、殺剄で少しだけ分かりにくいがカナリス・エアリフォス・リヴィン、そして三王家の一つ、ユートノール家最後の1人、ミンス・ユートノールだ。

 

 この騒動の目的はおそらく女王の殺害だろうが、なぜこのメンツなのかと考える。

 

 ミンスはユートノールという三王家のひとつに属する家名の出で、天剣の座を狙っていた。だから、今回レイフォン・アルセイフに天剣が授受された事が気に食わないのだろう。単純に。だが、手順も踏んでいないミンスに天剣が授受されることなどまずない。レイフォンはなんだかんだいってきちんと手順を踏んできた。彼が同じようにしていたならば、ウォルターが天剣を譲るかどうかは置いておいて、試合は行われたのだ。

 一番の原因は自分にあるというのに、ミンスはのんきだと思う。ユートノールというぬるま湯で甘やかされたミンスには、自分の非を認めるというのはなかなか難しいことかも知れないが。

 

 それにしても、カルヴァーンはミッドノットという現在最も栄えているだろう武門の当主であり創始者。現在も天剣授受者を続ける50代とは思えない強靭な肉体と剄密度を誇る武芸者である。実力も申し分ない。それなのにいまミンスといるというのは、苦労性とプライドの高さが相まってミンスにうまく乗せられ、乗ったのだろう。

 一番の理由は、天剣の年齢が幼すぎるということだろうが。天剣の地位もへったくれもないのが女王だとわかっているくせに、苦労性のカルヴァーンはやはり貧乏くじを引くようだ。

 

 サヴァリスはサヴァリスで、天剣を授受した際にウォルターと戦闘になり女王に手がとどく前に叩き潰された。だが、そう言っても特に根に持つような人間ではない。常に戦いを求め、上昇志向にあるというだけで。となれば、ただ戦いたいという考えで乗ったのだろう。

 となれば、サヴァリスに構うのはあまり意味のない行為だということだろう。サヴァリスもややウォルターと似たところがあって、出来るくせに政治的な事に関わるのを好まない。やろうと思えば出来る知能はあるくせに、だ。

 まぁ、ウォルターも人のことは言えないが。

 

 では、カナリスはなんだ? 三王家の亜流武門リヴァネスの出身。彼女の出身の武門は、大抵王宮警護の任や王自身の警護、公式式典……少し前にあった天剣の授受式のようなときには護衛の任もつく。カナリスは実力を見ぬかれ、幼いころからアルシェイラの力添え……もしくは影武者となるよう教育を受けて天剣となった。

 ……ただ正直、あの女王に必要かどうかは定かではないが。

 公にはあると公表されていても、事実上使っていなければそれはないのと同じだ。彼女はそれを危惧しているのだろうか。

 

 ミンスが騒動を起こした理由はわかっている。

 一ヶ月前の、レイフォン・アルセイフの天剣授受者任命式、と言うよりはレイフォンが天剣になるというその事実に対して異議の申し立てだろう。

 彼の性格からして、アルモニス戴冠家の陰謀だとかよくわからんことを言いそうだが。

 

―――――あー…、くだらねぇー…

 

 ばかげた政治的な論議に付き合う気はないというのに。

 あぁ、まったく……くだらない。

 つい先程の轟音で飛んでいた眠気が返ってきた。ウォルターは大きくあくびをしながら屋根の上で屈んだ体勢へ動いて、巻き込まれる前にさっさと逃げようとした。のだが。

 

「ちょっとウォルター?! あんたもいるくせに何シカトしよーとしてんのよー!」

「うげー…、面倒なのに捕まった」

「うるさい、殺剄もしてないくせに見つけにくいのよあんたはっ! さっさと降りて来なさい!」

「ヤだね、子どもの喧嘩ならオレ巻き込まないでクダサーイ」

「なぁんですって?」

 

 こりゃだめだ。

 直感で感じたウォルターはしょうがないとばかりに後方へ回転しながら中庭の回廊手前へ飛び降りる。

 ぼろぼろになった4人を前に平然と腰に手を当て、ウォルターにむすっとした顔を向けるアルシェイラ。しょうがないとばかりにアルシェイラの両頬を片手で掴んで、膨らんだ頬をしぼませながら、屈みこんでいる周囲のヤツらへ気だるく視線を向けた。

 

「で、面倒なことはゴメンだ。全員手短に言え」

 

 そう言ってさらさらと話を聞いていくが、やはりウォルターの想像通りだった。

 ミンスは自己中心的な考え、サヴァリスもまた然り、カルヴァーンは仲裁がてら異議申し立て、カナリスは自害しようとする。

 鬱陶しいとばかりにカナリスの両手を腕輪から展開した鋼糸で止めつつ、ウォルターは腕を組む。

 どうしようかと考えていると、ミンスが叫ぶようにウォルターに言う。

 

「あなたもあなただ! あんな子どもに、天剣を授けるなど!」

「あぁ?」

 

 ウォルターが怪訝にミンスを睨む。その睨みにたじろぎながら、ミンスが口を開いた。

 

「わかっていないのですか。あなたが自分勝手な理由で天剣の座を降りたことで天剣という名を貶めたのですよ? それも、あんな形であんな子どもに譲れば、約束されている地位は……」

「うるせぇな」

 

 ミンスに対し嘲笑を浮かべ、ウォルターは冷め切った眼で言い放つ。

 

「オレのモンをオレがどう扱おうとお前に関係ないだろ。名を貶めるだ? こンな女王が上に立った時点で地位も名を貶めるもあるかよ、ンなモン。ばかばかしい」

「……どういう意味よ」

「お前は黙ってろ、ややこしくなるから」

 

 むっと唇を尖らせたアルシェイラの鼻をつまみながら、ウォルターはそう言い返す。

 摘まんだ手をばしばしとはたき落とし、アルシェイラがしょうがないとばかりに口を噤む。

 だがウォルターの言葉はすでにミンスを怒らせるには十分だったようだ。

 

「天剣はグレンダン王家のものであって、あなたのものではない! なにより、どうあろうと陛下の有り様を否定することは、天剣授受者として……いいや、グレンダン市民として恥ずべきだろう!」

「アルモニス殺そうとしたお前が言うな。大体オレはもう天剣授受者じゃないし、好き勝手言ってるのもいつもだろ。今に始まったことじゃない。……天剣なら全員知ってると思うけど…って、あぁ、お前は三王家の1人であって天剣じゃないのか」

 

 は、と小さく嘲笑すると、ミンスはやはり眉をしかめる。

 

「わたしを天剣にしなかったのはあなた達で、わたしを試合に出さず子どもを試合に出したのはあなただろう!」

「オレにそンな決定権はないし、あったって捨てるっての、そンなくだらねぇ権限は。あったって生ごみ回収の日に生ごみと一緒に出すわ」

「権限と存在の重要性をわかっていないのか、あなたは? 女王に唯一干渉できるのはあなただけで、女王を動かせるのもあなただ!」

 

 子供かと思いながら呆れ混じりにウォルターはため息を吐いた。

 ミンスの言葉の端々には、「気に食わない」という感情があふれている。

 

「要するにオレが気に入らないってことだろ、それ。…だいたい、…権限だろうと天剣だろうとオレが受け取ったものを、オレが誰にやろうと関係ない。少なくとも、お前のようなヤツに渡しはしないな」

 

 そう言ってミンスの言葉を鼻で笑い飛ばすと、ミンスの顔に明らかな怒りが見えた。

 だがその程度だ。ウォルターはすでに興味が失せた顔でサヴァリスやカルヴァーンの方へ視線を向ける。

 

「で、そっちにまだ言いたいことはあるのか? ミッドノットが三王家について不満があることは分かった。だからそれはアルモニスとその他の頭のヤツらはそれなりに動かすとしても、それ以外で現時点解決策が見えることは何かあるのか」

「僕は済んだよ。戦いたかっただけだから」

「…あぁ、そうだろうな。お前は聞くだけ無駄だ」

 

 ウォルターが呆れた表情を浮かべてそういうと、サヴァリスは眉根を寄せて苦笑した。

 腕は折れているようで、若干額に汗が浮かんでいる

 

「酷いなぁ」

「酷くない。事実だろが。だからお前はいいンだってどうでも。お前じゃなくて、リヴィンとか、ミッドノットは」

 

 わなわなと肩を震わせ、カナリスは絞りだしたような声で言った。

 

「やっぱり…わたしは必要ないんですね。陛下にも、ウォルターがいますし…」

「オレ関係あるか? お前はお前だろ、しつこい」

「…いつも、そんなふうに言うのね。……あーん、もう死んでやる!」

「だぁからやめろっての。言うこと聞けばか」

 

 鋼糸で固定している腕を無理に動かそうとする。無理に動かすとさすがに手首が切れてしまう。ウォルターはカナリスの両手首を掴んで鋼糸を解き、頭を抱え込むようにしてよしよしと撫でる。

 まったく手のかかる同僚ばかりだと、大きくため息を吐いた。

 

「それで、ユートノールは。まだ、何か言いたいことが?」

「…あるとも。あるに決まっているだろう」

「ま、そういうのもいい。…だが、オレ達は武芸者だ。どうせなら、剣で戦うべきだろう?」

 

 そうウォルターが言うと上空に巨大な陰が差し、中庭が大きな黒に覆われる。

 それに眼を奪われていると、中庭の中央部へそれが落ちてきた。

 

「はは、派手にやるねぇ。…リヴィンは落ち着いた?」

「……なんとか……。ウォルターはいいので?」

「まぁ、別になんとも。中庭がこれだけ壊れたとなれば、なかなか修理も出来ないだろうし…巻き込まれるのはヤだなぁ…」

「かつて、あなたがしたことよりは派手じゃないと思いますが」

「ん~…? なんのことだ?」

 

 ウォルターはとぼけた顔で肩を竦めつつ、カナリスから離れる。

 若干苦笑交じりにカナリスは腕を組んだ。

 

「忘れたとは言わせませんよ。あなたは不可抗力だったとはいえ、サヴァリスと喧嘩して王宮をあなたの剄で半壊させ、中庭まで壊したことは」

「……うん、そんなこともあったな」

 

 遠い目をしながらウォルターは回廊の方へ下がりつつそう返した。

 

 サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。今回の騒動を起こした1人でもある。

 彼は天剣授受式の際に、女王へ喧嘩を売ろうとした。だが、ちょうどアルシェイラ護衛担当だったウォルターが彼のそれを阻止した。そこまでは良かったのだが、そこからがいけなかった。

 ウォルターとサヴァリスがやや組み手を繰り返していた途中、アルシェイラの野次を飛ばしにウォルターが言い返していると、サヴァリスが天剣を復元、手甲のついた拳で剄技を放ったのだ。

 それに本人が言うには驚いたらしい――周囲は絶対にわざとだという噂で持ちきりだった――ウォルターは、いきなり衝剄を放った。しかも膨大で、密度の高い衝剄。瞬時に練られたらしい剄は王宮を半壊させ、中庭までも破壊した。

 サヴァリスはウォルターが取り押さえたもの、お気にいりの中庭を壊されたアルシェイラは呆然としていた。

 だがカナリスにとっては王宮を半壊させ中庭を壊したことより、「しょうがないだろ」の一言でアルシェイラの文句をすべて一蹴したのが印象的だった。

 なんとなく思い出していたカナリスは、息を吐きながらウォルターを見る。

 

「7年前のことですが、あれは衝撃的でした。わたしは天剣になって1年目でしたし、余計に」

「あー、そういえばそうだな。あれはびっくりしたから、咄嗟になっただけだ。瞬発的なもので」

「咄嗟、とか瞬発的な剄で、とかで王宮を半壊させ中庭を壊した事をすませられるのはあなただからでしょうね。知っていましたが、天剣授受者は本当に化物揃いだと思いましたよ」

「っは、そりゃあ我らが女王サマは化物集めをお望みなンだからしょうがないだろ?」

 

 ウォルターがにやりと笑みを浮かべ、そう言う。カナリスは怪訝な顔をしつつも頷いた。

 

「それは…そうですね。……天剣授受者のような属に『化物』と呼べるような実力を兼ね備える武芸者を、なぜ陛下は…」

「そういうことは、言わぬが花。それ以上は、知らぬが仏、ってな。天剣で居続ければ、いずれ必ず知ることだ」

「…そうですか」

「あぁそうだ。……さて、オレは捕まる前に逃げるよ。三十六計逃げるに如かずって言うし。ごちゃごちゃ考える前にとんずらすることにする」

 

 けらけらと笑いながら言い、ウォルターは髪をかき混ぜながら踵を返す。

 その背にやや眉根を寄せながら、カナリスが声をかける。

 

「今日は上機嫌ですね。言葉がスラスラ出てきてます」

「そうか? 普通だろ。じゃあ、後始末頑張れー」

 

 ひらひらと手を振ったウォルターが、跳躍して姿を消した。

 降ってきた塊から出てきたのは新参者のレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフで、ウォルターとの確執がある子どもだ。その「面倒くさいこと」を避けるため、ウォルターはさっさと去っていったのだろう。

 

 だが、とカナリスは思った。

 

『後始末頑張れー』

 

「……………………やられました」

 

 完全にやられた。

 レイフォンとミンスの一騎打ちが決まったのは言いが、それにしても、完全に逃げられた。

 なんとも思っていなかったため逃してしまった。

 半壊した中庭、三王家に課された事柄の調整。すべて放っていった。

 

「……まぁ、もう天剣ではありませんし、しょうがないですが……」

 

 もう少しいてくれても良かったのに。

 そう思いながら、カナリスはため息を吐いた。

 

 




カナリスカワイイデス。
アルシェイラ様以上の自由っぷりを発揮するウォルターさん。
時たまツンデレらしきものを発揮するカナリスさん。
グレンダンの女性陣可愛らしくてすきだなぁ(末期)


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その笑顔の輪に、オレは

どうも、5ヶ月くらい短編を更新していませんでした。
5ヶ月も何していたんだクオリティです、すみません
本当は本編の方でもう少し進めてからこの話はあげようと思ったのですが、日付の関係で先に上げることになりました。

注意
 ・ただバトルが書きたくてしょうがなかった野望(?)を叩きつけただけ
 ・誕生日なんて建前(最低)
 ・メインは過去の話な上に1人で突っ走る
 ・通常運転だね!(殴)
 ・時系列的には本編のもう少し先(リーリンが来てから9巻目が始まる3ヶ月の間)
 ・日付なんてこじつけ(最低)

等が含まれます。
誕生日について触れてますが、実際の誕生日は決めてないです。
書類上では生年月日とかいるよね、と思ってこうなりました。



 

 道を歩いていたら、唐突に声をかけられた。

 

 僕がそちらへ眼を向けると、淡い赤色を基調にした服を着ている見知った顔の人がいた。

 眼鏡に、錆鼠色の眼、山吹色の髪。確か、前にあったことがある。

 「週刊ルックン」に勤めている、ミィフィの先輩に当たる人で、僕の小隊の先輩であるウォルターの同級生の人。

 名前は確か……ミハイル・ルディア先輩だったはずだ。

 

「えぇと…ミハイル先輩、ですよね?」

「そうそう。みんなだいすき! ミハイル先輩だよー!」

「は、はぁ…」

「なにその返事ー。つれないなー」

 

 のほほんとした性格の彼は、むすっとした顔で僕を見る。

 それで、と僕は苦笑しつつ話の先を促す。

 

「どうかされたんですか?」

「これからウォルターの家に行くところだよ~」

「え? ウォルターの家に…ですか?」

 

 がさがさと手に持った袋をゆすりながら、ミハイル先輩は嬉しそうに言う。

 だけど、僕には不明解だ。あのウォルターの家に、どういう理由で行く必要があるのか、と。

 

「どうしてですか?」

「え、知らないの? 同じ小隊なのに……あぁ、ウォルターだし、言わないね」

「……えっと…どういう……」

 

 僕はミハイル先輩から視線を逸らした。彼は「ふふふー」と何処か意地悪そうな…と言うか、なにかを企んでいるような笑みを浮かべて、袋の中身を僕に見せる。

 

「彼、今日誕生日なんだよ」

「……………………え」

「本当だよ? 12月13日。なにせ、このミハイル・ルディアの情報だからねー!」

 

 確かに、彼の言う情報は信用できる。

 このミハイルという生徒は、おそらくツェルニ屈指の情報通だ。

 あのウォルターが言うほどなのだ。

 

「あいつのテンションは理解出来ないが情報だけは信用できる。…情報だけは」

 

 だけど、今の僕にはそんなこと関係なくて。

 

「…ウォルターが、今日…誕生日…?」

「ま、書類上だしウォルターのことだから、本当の誕生日かどうかはわからないけどね。さすがにそこまではさ」

 

 片目を閉じて言いながら、ミハイル先輩は僕にそう言った。

 それでも書類上とは言え、誕生日だと聞かされた僕は頭をがつんと殴られるのと同じくらい衝撃的なことだ。

 ミハイル先輩は特に気にしていないようで、袋の中に入っているケーキごと僕に差し出しながら、先輩は言う。

 

「まぁ、それはキミ達のお仕事だと思うしね~。お願いしようかな、これ」

「どう…いう?」

「だから、十七小隊でお祝いしてあげて。ウォルターもそのほうが嬉しいと思うし。キミ達のことを、結構気にかけてるみたいだから…」

「え、えぇ?! ど…どういう…?」

「鈍感ルーキーは先輩の厚意にも鈍感なのかな~?」

「……………………そ、そういう事では…」

「じゃあ、わかってる筈でしょ? ウォルターに色々してもらったって自覚があるなら、十七小隊みんなで労ってあげてね」

 

 にっこりと笑ったミハイル先輩に、僕は唖然とした表情を向けた。渡されたケーキをおもむろに受け取った僕に、ミハイル先輩はやはり笑みを浮かべる。

 

「ちゃあんと素直に言ってあげなくちゃだめだよ、おめでとうって。こっちはこっちで色々またサプライズしてあげるから」

「……………………あ、…えぇぇぇ…」

「……言いなさいよ」

「が、頑張ります……」

 

 僕はミハイル先輩に小さくそう返した。ミハイル先輩は満足そうに頷いて、足取り軽く去っていく。

 だが、爆弾発言を残して嬉しそうに去って行かれても、僕としてはどうすればいいのかさっぱりわからない。

 とりあえず、隊長に相談してみようと思った。

 

 

 

 

 

 

「何だとっ?!」

 

 隊長はやっぱり怒っている。怒っていると言っても、いつものように激怒しているとかではなくて、なんだか嬉しそうだ。

 

「あいつ……また黙っていたのか、そういう大事なことを!」

「え、えぇ…ついさっき、ミハイル先輩からそう言った話を聞きまして…それで、隊長達と祝ってあげてくれって言われたんです。ケーキまでくれましたよ」

「助かる! じゃあシャーニッド、ダルシェナ先輩、ハーレイ、フェリ、ナルキ、レイフォン、わたしで、早急に準備を進めよう」

「せっかくならレイフォンの同級生の女の子達も呼ぼうぜ。他のヤツもさ」

 

 シャーニッド先輩がそう嬉しそうに言う。

 彼もなんだかんだいって仲間思いの人だ。だから、ウォルターに対してこういうサプライズが出来るというのは嬉しいのだろうと僕は思った。

 

 

 ほかの人たちを呼び集めて、練武館から移動した僕らは隊長達の寮で祝いの準備をすることにした。

 前回のリーリンとレイフォンの誕生日パーティをした時の機材の残りを更に修復して用意し、料理等はリーリンやメイ、そして僕が担当する事に。

 ウォルターはと言うと、フェリが担当して足止めに行った。彼ははっきりと言われなければ大抵の事は気にしない。フェリもさっくりとした性格だし、言わないだろう。いまは目的をさっさと達する事が必要だ。

 僕は出来た料理を運んでくれと言われて、皿を持ってリビングへ移動して行った。ちょうど、リビングでミィと隊長が話をしているのを小耳に挟んだ。

 

「隊長さん、ウォルター先輩って去年言わなかったんですか?」

「む? …あぁ、去年の夏終わり目ごろに入ったんだが、あいつはつっけんどんでな。何も教えてくれなかった」

「じゃあ、お祝いどころじゃなかったんですか」

 

 ミィがどこか困ったような顔でそう呟くと、隊長は苦笑交じりに答える。

 

「まぁ、そうだな。ただ…、事件があって、それ以来ちょっとずつ、打ち解けてはくれたが」

「……事件? 事件ってなんですか?」

「レイフォン。……そうだな、お前たちにも話しておくべきか」

 

 隊長はそう言って、作業していた手の速度を少し遅め、シャーニッド先輩へ視線を送った。先輩も苦笑していて、どうやら先輩にも色々複雑な思いがあることのようだ。

 

「ウォルターに、何が?」

「ウォルター、と言うよりも…わたし達十七小隊、そしてツェルニだ。……あの日は、予想外の事件が起きていて……わたし達は、無力だった。何も出来なかった。彼以外は」

「何が…あったんですか?」

「…都市の端に、未だ放置されている廃墟があるだろう。その事件で火事になって崩れ、廃墟になったんだ。誘拐事件だった。犯人を追い詰め、逮捕直前までこぎつけたのだが、フェリが犯人の仲間に囚われ…状況は絶望的だった」

 

 どうして、学園都市であんな事件が起きたのか。

 隊長の言葉には、苦渋がにじみ出ていた。僕はただ、隊長の話に耳を傾けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 わたしは鼻につく臭いに顔をしかめていた。

 学園都市とは思えない程、いま、この外縁部は悲惨な状況だ。なんと言っていいのか…分からないほどに。建物は犯人の化錬剄により炎上をはじめ、炎に飲み込まれつつある目の前の建物には、仲間がいるというのに。

 わたしは何も出来ない。わたしは無力なのだと、目の前の建物が突きつけてくる。

 そんなわたしの肩に、手が触れた。

 

「ウォルター…!」

「……状況は」

 

 黒と赤の混ざった髪を揺らす、同級生……ウォルター・ルレイスフォーン。

 この都市で、最強と呼ばれる実力を持つ彼が、ここへ来てくれた。それだけで、わたしの心は一瞬軽くなる。だがそれでも、最悪の状況は続いているのだ。

 彼は状況を聞きながら酷く面倒くさいという顔で、わたしの顔の横にその顔を覗かせる。

 

「…ロスが、中に」

「あぁ。なんとかして助けなければ…だが、ここまで炎上していては、手が出せない」

「…他に誰かいるのか」

「実行犯は3人。それに加えてフェリだ」

「3人か。…計画的とは言い難いな。追い詰められてばかを晒しているようにしか見えない」

 

 ウォルターはそう言って呆れたように呟き、重そうな腰を上げた。

 後衛としていたシャーニッドもこちらへやってきて、慌てた顔をしている。

 

「フェリちゃんは?」

「まだ中だ。……ウォルター、どうする気だ?」

「都市警察を全員下がらせろ。オレだけでやる」

 

 ウォルターの言葉は冷静で、酷く重々しかった。

 だがこんな状況に飛び込むなど、隊長としてもクラスメイトとしても許容出来るものではない。

 

「な……っ、ふざけるな! こんな非常事態まで、お前のわがままが通じると思うなよ!」

「じゃあ、お前らのくだらない集団行動に足並みそろえて救出を遅らせろって?」

「そうは言っていないだろう! お前のサポートをこちらがするから、お前もそれに合わせて、」

「冗談じゃない。お前らと手足揃えてたら鈍すぎて腐るぜ。分かったらとっとと下がらせろ。この押し問答自体無駄だと、いい加減気付け」

 

 ざっくりと言い放たれ、わたしは呆然とした顔でウォルターを見た。

 どうしろというのか。わたしは彼の小隊の隊長で、クラスメイトだ。こんな炎の中に彼を行かせるなど、みすみす死ねと言っているようにも思える。だが、それをしなければフェリは死ぬだろう。

 いま、この都市で彼ほどに腕の立つ武芸者はいない。彼についていける武芸者もいない。

 無理についていこうとしても、彼の足を引っ張るだけだ。ただの足手まといになる。

 ウォルターはわたしの表情に気づいたらしく、大きく舌打ちをした。

 

「面倒くせぇヤツだな。楽に考えろ、オレはただロスを助けに行くだけだ」

「多勢に無勢、状況も最悪だ。……行くのか」

「オレ以外、誰が行く」

 

 ウォルターは腰の剣帯から錬金鋼を引き抜き、復元する。

 形状は銃だ。銃口、装弾する箇所から剄が漏れでているのが、はっきりと見える。

 このわたしに、剄を見る能力……と言うより、技術はまだなかった。活剄を濃く練ることは出来なかったし、衝剄もまだ密度が足りているとは到底言えなかった。だが、そんなわたしが活剄をせずとも見ることが出来るほどに、衝剄の密度が高いのだ。彼がいま練り上げている衝剄は。

 

「サポートなら念威端子だけで十分だ。念威が届きにくくなるのはこっちが何とかする。サポートにあたっている念威操者の念威端子をよこせ」

「あ、あぁ」

 

 シャーニッドがウォルターに念威端子を渡す。端子はポケットにしまい込まれ、ウォルターの持つ銃の剄が煌きを増した。

 外力系衝剄を変化、槍弾(そうだん)穿月(うがつ)

 槍のように鋭い銃弾が、豪速で建物の入り口を覆う炎へ突っ込んだ。それに遅れないよう、ウォルターが剄弾について半歩後ろを走って行く。

 着弾した剄弾は、周囲の剄を捻るように巻き付けながら威力を増し、入り口を塞ぐ瓦礫等々すべてを破砕する。砕け散った残骸を飛び越えながら、ウォルターはあっという間に炎の中へ消えていった。

 

「……わたしは、待つことしか出来ないのか」

 

 待つしか出来ない歯がゆさに、わたしは剣帯に収まるふたつの黒鋼錬金鋼を握りしめた。

 

 

 

 

 オレは若干の焦燥感と共に建物へ突入した。端子と端子をつなぐ念威の保護はルウが行っていて、それを行っている代わりにオレに対して領域は展開されていない。

 

「念威操者、情報は」

 

(作りは簡単な建物です。突き当りを左手へ。その後は追って通信します)

 

「了解」

 

 廊下の長さはせいぜい30から35メルトルといった所だろう。旧多目的館とはいえ、やはり広い。

 足にちからを込め、内力系活剄で走る。四方八方から炎が押し寄せてくる。それを衝剄で押し返しながら、オレは廊下を突き進む。

 突き当りにはすぐについた。そのまま止まらず左手へ曲がり、再び端子へ声をかける。

 

「おい、次は」

 

(探査を続けていますが、熱によって感知がしにくい状況です。おそらくこの先の部屋だとは思いますが……詳しいことは)

 

「ち」

 

 小さく舌打ちをこぼし、オレはルウへ声をかけた。

 

(ルウ、状況把握は出来るか?)

(念威端子と通信の保護のせいでお手上げ。やっぱり領域の強化をしなくちゃ)

(それは気が向いたらでいいよ。…っとに、役に立たない念威操者だ)

(僕もごめんね、もっと早くに、展開を細かく操作出来るようになっていれば……)

(気にするな、お前のせいじゃない)

 

 ルウの言葉にオレは軽い調子で言葉を返す。そう、ルウのせいじゃない。

 役に立たないヤツ揃いの都市にいるのだから、こういう事が起きればこうなるのは目に見えていたことだ。

 押し寄せる炎を両手でかき分けながら、オレは走りにくい廊下を走って行く。

 ちりちりとスーツの袖が焦げる。繊維の焦げるにおいが鼻をつき、建物の燃えるにおいが鼻の粘膜を焼く。腕で鼻と口を覆いながら、オレは内力系活剄に集中する。

 炎が建物を焼く音に混じって、呼吸音が僅かに聞こえる。呼吸音は廊下の更に突き当り。旧多目的館の中央多目的室。そこだ。

 衝剄を放ちながら踏み込むと、床がぎしりと軋んだ。脆くなった木材と石材の建築に、オレ程の衝剄密度は耐えられないようだ。

 

(一気に駆け抜けるべきだな。ルウ、端子保護はもういい。突き抜けるぞ、頼む)

(りょうかーい)

 

 ルウの領域が身体にまとわりつく。衝剄はなしに踏み込み、再び加速する。オレは突き当りの扉を蹴破り中央に倒れているロスを見つけた。

 

「ロス、無事か?」

 

 炎をかき分けてロスを抱え上げ、オレは呼吸を確認する。

 若干弱い呼吸音だが、なんとか大丈夫だ。ルウに指示をしてロスを保護するように頼み、オレは反射的に前方へ跳躍した。

 炎が包む床を転がり、スーツを燃やしながらオレは起き上がる。袖が燃えている。それを消す暇はない。引きちぎり、燃え盛る床へ脱ぎ捨てた。

 

「お前か、犯人は」

 

 気絶したロスを右腕で抱え、オレは錬金鋼を構えた目の前の男を睨みつける。腕輪を復元し、刀を左手で掴む。片手が埋まった状況で、一人分加重されている。動きは通常より鈍い上、右側をすべてカバーしなくてはならない。

 

―――――なかなかに厳しい状況だ。……だけど

 

 こんな状況でも余裕があるのは、オレが抱えるロスは大丈夫だと確信があるからだろうか。それとも、勝てると自信があるからだろうか。

 できれば、あの戦闘狂のようなことからではないことを祈る。自分のことだが。

 

「っは、」

 

 オレは刀を構えて踏み込む。

 3人の誘拐犯がいると言っていた。ならば後2人。どこにいるかは不明だが、なるべく相手の数を減らさなければこの状況下ではいくら力量があるとはいっても不利になるだろう。

 外力系衝剄を変化、霞龍(かすみりゅう)

 強烈な風が吹き荒び、周囲の炎を巻き込みながら男へ襲いかかる。だが、横方向から来た衝剄に阻まれ、男には届かない。

 

「っち、横か」

 

 外力系衝剄を化錬変化、龍逡迅(りゅうしゅんじん)

 刀を床へ向けて、込めた化錬剄を放つ。衝剄は目標物に向かって床を這うように進んでいく。男たちのうめき声が聞こえ、目の前と横に居た男が呻き、身体を傾がせた。

 オレはそのまましゃがみこんで、刀を上へ突き出す。

 

「ちぃ、」

 

 殺意はオレの刀に受け止められ、火花を散らす。その火花は飛び散り、熱気を含む空気に呑まれ更に火の粉を散らしていく。

 喉が熱い。火事の熱気で喉がやられつつある。早くしなければ、喉が火事によって充満する超高温の熱気に喉が潰されるだろう。

 くそ、と小さく吐き捨てて、なるべく熱気を吸わないように体勢を低くしてオレは上方にいる男の足を払い、刀を手の中で回転させ、柄尻を床に崩れ落ちる男の喉へ下方から斜め上方へ向けて叩き込んだ。

 柄尻は男の喉を潰し、頚椎を潰すとそのまま環椎まで突き抜ける。骨の砕ける感触が柄越しに伝わり、柄は喉へ食い込む。

 

「1人目」

 

 指の間についた血を衝剄でそれを弾き飛ばす。喉から引き抜きながら、オレは右足を軸にしつつ刀を持ち直し、踏み出す。

 地面すれすれを走りながら、内力系活剄で周囲の炎を押しのける。ロスはルウの領域が働いているからこそ、絶対の安全が保証されている。ロスを空中に投げ、そのまま左手を少しひねる形で刀の鎬を背に密着させるように構える。刀を肩甲骨で支えながら肩峰の面を相手へ向け、向けられたやや幅広の剣を刀で逸らしながら突っ込む。

 踏み込んだ足に重心をおき、体重に重力を加算させて相手の体勢を崩した。オレの現在正面方向から援護に来た相手の握る錬金鋼、打棒のような形だ。それは上方からオレの頭を砕くべく振り下ろされようとしていた。それを身体ごと逸らしてよけながら右手で掴み、捻り上げ、相手の手を離させる。

 手が離れたのを確認すると打棒を宙へ放り、刀で押さえていた幅広の剣を弾いて刀を自由にすると、双剣へと変化させる。

 外力系衝剄を変化、鋏刈首(きょうがいしゅ)

 双剣を交差させ、刃を内側へ向ける外へ振り切る勢いと共に男の首を跳ね飛ばした。

 振るった時に生じた衝撃波が周囲の石材を破砕させ、炎を纏う木材が降ってくる。双剣は刀へ形状を元に戻す。

 降ってくる瓦礫はキャッチし復元した打棒と右腕で防ぐが、は、と気付く。ロスにはルウの領域が展開されているとはいえ、下降中に物体的な衝撃を受けてはそれにより身体損傷を受ける場合もある。ルウに負担をかけるわけにもいかない。

 オレは打棒に衝剄を込めて放ち、ロスの上へ落ちようとする木材や石材を砕く。

 活剄衝剄混合変化、月刃(げっぱ)

 

「せッ」

 

 槍で放つための剄技だ、打棒のための技ではないし鋭さも足りない。舌打ち混じりに爆発ギリギリの剄を込めた打棒はなんとかロスへ落下物が衝突するのを防いだ。

 だが、まだだ。後ろの男が剣を両手で握り腕を引くと、突き刺そうと切っ先をウォルターの脊髄部へ向ける。それを屈んで避け、拳で剣を上へ弾く。

 しかし、男が練り上げた化錬剄が刀を持っていた左腕にあたり、シャツが燃え、腕へ化錬剄の炎が接触し、皮膚の焦げるにおいがした。刀は離さないまま、右手でシャツとネクタイを引きちぎって男へ投げつける。

 男は服ごと再び突きを放った。化錬剄を纏う突きだ。それを後方へ跳躍して燃えるシャツと剣を避けながらギリギリでロスをオレは抱えた。焦げた左腕は熱傷で使い物にならない。酷い火ぶくれが出来て、刀を握るためにちからを込めるたび血が滴る。

 だがそんなこと気にしてはいられない。ロスを抱え直し、オレは構える。

 男もじりじりと間合いを詰めてくる。間合いの取り合いと斬線のえがき合いを繰り返し、構えを動かしていく。

 その時、足元で軋む音と砕ける音がした。それと同時に、右足が床に食い込んだ。

 ふくらはぎに木の破片が突き刺さり、縦方向に赤の筋が入る。血が滴り、肉に木の破片が食い込む。老朽化した床は火災で更に脆くなっており、ロスとオレの体重によっていともたやすく突き破れてしまった。

 男が剄を含む声で吼えた。足が抜けない。こうしている間にもじりじりと足は炎ともがく動きで食い込んでいく。

 

(やるしかないか)

(ウォルターっ)

(お前はそのままでいてくれ)

 

 左足に衝剄を込め、自身の足が食い込んだ床を破砕する。押し返された炎は勢いを強めて両足へ吸い付くように戻り、両足を焼く。砕けた床の破片と、元々食い込んでいた破片は更に深く突き刺さるが、構わない。振り下ろされる剣を刀で受け止めて、吼える。

 外力系衝剄の変化、砲剄殺。

 放たれた分子構造を破壊する衝撃波は男の錬金鋼を砕き、上方から落ちてくる炎と瓦礫を砕く。

 男がそれによろめき、動揺した一瞬を突く。

 外力系衝剄を化錬変化、爆迅(ばくじん)

 振るった刀から放出された剄が炎を押しのけ周囲の熱気を巻き込む、そして火花を散らすと、一気に放出された剄に火が付く。

 オレはロスを右腕で抱え込み、爆炎に耐えるべく構える。

 

 三階建ての建物の屋根を吹き飛ばすほどの爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ?!」

「ニーナ、下がれ!」

 

 シャーニッドに引っ張られ、わたしは後退する。

 目の前の炎を空へ立ち上らせていた建物が一瞬その炎の勢いを弱めたかと思うと、一気に内包した熱気と爆炎をまき散らした。

 破砕した壁や床が飛び散り、辺りへ飛び散る。

 爆炎は上空へ巻き上がり空を赤く染めあげ、焦げくさいにおいを辺りへ撒き散らす。わたしはそれに顔をしかめ、中にいる2人の生存を危惧した。

 

「シャーニッド、他のヤツらを集めろ! すぐに……、」

 

 わたしが声を張ったと同時だった。

 シャーニッドの眼が一点を見つめて動かなくなる。驚愕で見開かれた視線の先を、わたしはなぞるように見た。

 背後を赤く染め、四肢を赤く染めながら、フェリを抱えたウォルターがいた。

 

「……ウォルター?」

「あ? おら、ご要望のロスですよっと。エリプトン……先輩、…頼…み、ます」

 

 ウォルターはやはり敬語にあまり慣れていないようで、若干の間をはさみながら、それでも敬語でシャーニッドにフェリを渡した。フェリは幸いほんの少しのやけどをしただけのようで、現在は気絶しているだけのようだ。フェリにわたしはほっと胸をなでおろし、大怪我を負っているウォルターに向き直った。

 

「ウォルター、すぐに簡易医療施設の方へ…」

「いい、面倒だ」

 

 血の滴る四肢をぶら下げながら、ウォルターはしらっとした顔でわたしを見る。

 特に気にしていない……というより、どうでもいいというような顔だ。

 たった1人で燃え盛る建物に飛び込み、誘拐犯達を圧倒し、フェリを守った。フェリのことを、こんな大けがを負ってまで身を挺して守ったのだ。わたしが言わなければ、きっと彼はこんな怪我はしなかっただろうし、わたしにもっとちからがあれば、彼はここまでの怪我をしなかっただろう。

 それが、悔しい。自分のちからが足らないことが、それがなによりも悔しいのだ。

 わたしの表情に気づいたのか、ウォルターが右手でわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 右の上腕から血が滴っている。それが一瞬傷んだらしく、ウォルターが若干眉根を寄せる。

 それでも彼は“いつもの様に”笑みを浮かべており、わたしに言う。

 

「オレは大丈夫だよ。さっさとロスのところに行ってやれ」

「…………ありがとう。フェリを助けてくれて…満身創痍でも、帰ってきてくれて、嬉しい」

「……へぇへぇ。どういたしまして」

 

 ウォルターは再びわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でてから帰ろうと踵を返そうとした。だが、簡易医療施設にいた彼の友人でもある医師に捕まり、苦笑を浮かべながらその医師に引きずられるように医療施設の方へ引っ張られていった。確かティアリスといったか。

 ティアリスの近くには若干狼狽する山吹色の髪の男子生徒がいる。彼も、確かウォルターの友人のはずだ。あの3人は、クラスで比較的よく一緒に居る。名前は、ミハイルだったはずだ。

 ティアリスの表情が怒っているのは、随分と遠く離れたわたしからでも見える。ミハイルの表情もやや怒って見える。無茶をしたと叱られているのだろうか。それをウォルターが苦笑で返すところを見ると、やはり友人なのだろうとわたしは思う。

 

―――――だがしかし、悔しいな

 

 何も出来ないというのは。

 学園都市に来て、少しは変わったと思っていたのに。だがわたしは、まだまだ足りないようだ。

 やるしかない。そう思った。

 

「ツェルニ……お前を守るためにも、わたしはもっと強くなる」

 

 そう、胸の前で拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 隊長はどこか苦々しい顔で僕を見ている。

 それでも、隊長の言葉は力強く、はっきりと意志が見て取れるものだった。

 

「わたしはあの事で自分の非力さを思い知った。そして、レイフォン。お前の事でもまたそうだった」

「……………………すみません」

「謝るな。いまは、少しずつだが強くなってきている。ウォルターも、打ち解けてきてくれている。少しずつでも進んでいる。……大丈夫だ。わたしは、自分の非力さに打ちのめされてなどいないさ」

 

 笑みを浮かべた隊長に、僕は圧倒された。

 その意志の強さが、とても眩しかったからだ。きっと彼も気づいている。隊長の意志に、輝かしいものがあるということに。

 僕はウォルターに対して、確執を抱いていた。

 彼は変わっていない。

 僕が見ていたのは、人を酷薄に突き放せる程の冷たさだけだった。

 だけど彼は、誰かの為に命を懸けてくれる強さと優しさも持っていた。

 僕が知らない時から。いいや、気づいていなかっただけだろう。

 隊長は笑みを浮かべている。

 

「お前もわたしも、そして……ウォルターも。皆不器用だ。お前の話を聞いていても思ったが、ウォルターはきっと、そういう事を素直になんて言えばいいのかわからないんだろうな」

「……ふふ。そう、ですね」

 

 僕が笑みを返すと、リーリンが遅いと厨房から怒鳴ってきた。僕がそれに苦笑交じりで声を返し、慌ててパタパタと厨房へ向かう。隊長がポケットに持っていたフェリの端子に話しかけ、ウォルターを連れてくるよう指示した。

 これを見たら、彼はどんな顔をするだろう。

 ほんの少しの楽しみな気持ちと、彼に素直に言わなくてはという気持ちで胸を圧迫されながら、僕は厨房へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな話だったんですか」

「まぁ、オレは気にしてないけどね。完治もしたし」

 

 オレとロスは2人で商店街を歩いていた。

 どういう理由か、今日は訓練がなくなったらしい。ロスが買い物に付き合ってくれというので付き合ったわけだが、特に買うものはないという。

 どう考えても不自然だ。

 

(なーンかたくまれてる気が。ルウ、アントーク達どこ?)

(うん、女子寮。みんなで)

(女子寮? ロスのことといい、オレに対して何かしようっていうのか…)

(あー…うん、そうかもね。まぁ、気にしなくてもいいと思うよ…今回のことは)

 

 ルウの言葉にオレは怪訝ながら頷き、わかったと返した。

 他から見ればぼぅっとしていたオレの腰を叩き、ロスがオレを呼んだ。

 

「イオ先輩、ティアリス医師には何か釘を刺されたんですか?」

「……あぁ、怪我したからか?」

「はい。そうです」

「なんていうか…まぁ、そうだな。

『大怪我をしたならうだうだ言ってないでとっとと来い! 完全に炭化させて燃料にするぞ!』

……って怒られた。医者としてあるまじき暴言だよな」

「自業自得です。…助けられたわたしが言えたことではありませんが」

 

 オレは肩を竦め、ロスの言葉に苦笑する。

 ティアリスの言葉…いや、言いたいこととかロスの言葉はごもっともだと思うが、グレンダンの医療技術だったら半日で治るものも、ここツェルニではそうもいかない。正直なことを言うと、面倒くさかったのだ。

 未だ傷痕の残る両腕、両足。熱傷の痕は消えつつあるが、まだ残っている。それを、どこか遠い目で見つめた。まぁどちらにせよ、入院は酷く退屈で、面倒だ。

 そんなオレの表情を見据えたのか、ロスが流麗な顔をしかめる。

 

「なんですか、その顔。絶対に面倒くさいって思っているでしょう」

「……はは」

「空笑いでばればれです」

「気にするな」

 

 オレが適当に言い返す。ロスはやはり不満そうではあったがとりあえずという顔で口を噤んだ。

 ふと、ロスは念威端子を取り出し、何かを話すとオレに向き直る。

 

「なンだ?」

「行きましょう」

「どこへ」

「行けばわかります」

 

 ロスに急かされ、オレはロスの後について歩く。

 知った道を歩いて行く。この道は女子寮へ向かう道だ。ルウの言っていた通り、女子寮で何かをしているのだろう。

 マーフェスやアルセイフの誕生日会は終了したし、もう何もイベントはないはずなのだが。

 そう思いながら怪訝な顔でオレはロスの後について行く。

 程なくして女子寮へついた。ロスはオレに扉を開けるように言う。何をたくまれているのか教えられていない身としては正直開けたくないのだが。

 

(……ブラックボックスってか)

(開けなくてもわかると思うけどね)

(そりゃ、ルウは領域展開してるからわかってるだろうけど……)

 

 オレはそう息を吐きながら内心でルウに言う。

 まぁ、ルウはオレに危険が及ぶようなことならば必ず言ってくれるし、危険なことは待っていないのだろう。ルウのことは信頼している。

 扉に手をかけ、息を吸い込んで、再び吐き、開いた。

 扉を開けた途端、破裂音が響き、目の前をカラフルな紙吹雪や紙テープが散っていく。突然のことに眼を丸くしていると、後ろからもパンと音がして紙吹雪と紙テープが散る。

 

「……ロ、ロス……」

「遅れました」

「お前ね、」

「ウォルター」

 

 アルセイフがオレを呼んだ。

 そちらへ眼を向けると、ぱっと開かれたリビングには、豪勢な料理が並んでいる。

 どういうことかときょとんとした顔で見ていると、一斉に全員が口を開いた。

 

『ハッピー・バースデイ!』

 

 その言葉に、一瞬思考が真っ白になる。オレは、慌ててルウに声をかけた。

 

(……た……、誕生日……だっけ……)

(…まぁ、書類上は…。僕ら、はっきりしたのないし、グレンダンで使ってたの書いたでしょ? それがバレたみたい)

(へ、へぇ……それで…訓練をなしにしてまでこンなことに? ……なンで)

 

 オレが狼狽しながら問うと、ルウは面白くないと言いたげ唇を尖らせる。

 

(まぁ、ウォルターって“頼れる兄貴”とか“いつもお世話になってます”みたいなのがあるからじゃない? ちなみに、情報源はミハイル・ルディアみたいだよ)

(あの野郎……。どうしてオレの周りには余計なことを余計なヤツに言うヤツらばっかりなンだ?)

(そりゃあー…類は友を呼ぶっていうでしょ?)

(……友…………友……………………?)

(そこ悩んじゃうの)

 

 くす、とルウが笑った。僕は気づかないでくれたほうが嬉しいよ、とルウに言われ、オレは余計によくわからなくなる。ただ、目の前で行われている事柄についてはわかった。

 “オレの為に”開かれたのだ、と。

 アルセイフが若干不安そうな目つきでオレの様子を伺う。

 

「あの、どうかしました? ……いやでしたか?」

「え? ……あー…えと。ただ、ちょっと…………びっくりしただけだ」

 

 オレが困った顔で襟髪を触りながら言うと、アルセイフ達の後ろに控えていたロッテンがぴょんと手を叩きながらはねた。

 

「それなら良かったですよ! こっちもびっくりしちゃいましたよ、先輩、硬直しちゃうんですもん」

「あ、あぁ…悪いな…。こういうことは、慣れてなくて」

「イオ先輩は本当に唐突なことに弱いですね。主に自分関係」

「悪かったな」

「こらこら。フェリを睨むな。わたし達で準備したんだ。ほら、メインはお前。こっち来い」

 

 アントークがそういって笑みを浮かべ、オレを見る。

 ちょいちょいとオレを呼ぶ。テーブルの中央には簡単だが中央に大きなチョコレートのプレートがあるケーキが置かれていて、チョコのプレートには大きく誕生日おめでとうと書かれていた。

 

「あれは、トリンデンが?」

 

 そう聞こうとして、とめた。プレートの下には小さく、それでいてみっちり書かれた文章があったからだ。

 

「……ルディアか……あれは」

 

 呆れた顔でケーキのプレートを睨みつけるオレに、エリプトンがけらけらと笑いながら言う。

 

「よくわかったな、正解だ」

「そンな端に悪意を見せるプレートを作るのはあいつ位だろ、エリプトン…先輩」

「とにかく、突っ立っていたら折角の料理が冷めます。さっさと進んでください」

「酷いなぁ」

 

 ふくらはぎをロスに蹴られ、オレは苦笑する。

 しょうがないなぁとばかりに肩を竦め、リビングの中央へ歩き出す。

 

 笑顔。その表情達がどことなく、胸のあたりをあたたかかくしてくれた。

 妙な感覚に襲われながら、オレは“笑み”を浮かべた。

 





前置きがものすごく長めでした、すみません。

 この話ではウォルターのひねくれがなおり、ちょっと周りを見始めていますので、全体的に十七小隊へのあたりは若干優しくなった……かと……思いますが……
 今回登場したウォルターのクラスメイトも、本当はもう一つ前に話があって、その時に初登場だったんですが…計画性のなさが露骨ににじみ出ている(白目)

……あ…なんか名前は出ても喋ってない人いっぱいいた……


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なんだかんだ言って楽しんでいるらしい。

 リーリンが来てから三ヶ月の間の話。
 ウォルター+オリキャラメンツ+ハイア。
 愉快にまごまごしてるだけ。


 レイフォンくんと会ったときはTPOをわきまえていたけどどうせバレるから素で言ったほうがいいでしょ、などと供述しており。


 ハイアは困っていた。

 登校初日の昼。机の上にはウォルターが朝にもたせてくれたミュンファ、ウォルターと同じ弁当がある。朝は「ウォルターの弁当二回目さ!」なんて喜んではいたが、いざ授業が始まり昼になる頃には、そんな気分は一切消えていた。

────どうしよう、ミュンファの所行くか…?

 すでに中期を過ぎた学生のクラスでは、それぞれのグループが決まっている。つまり、こんな所で編入してきた新入生など相手にする様なグループは無い。結論、ぼっち飯。

────ウォルター…はいないし…

 ウォルターは武芸科長に呼び出され、カリアンと共に今後の話と書類を提出しに行っている。このクラスに知り合いはいない、筈だ。

 どうしようかと席で弁当袋をいじりながらまごまごしていると、目の前に影がかかった。

「……え」

 山吹色の髪を揺らす、男子生徒だ。髪は少し長く、肩にかかっている。黒縁の少し大きな眼鏡をかけた男子生徒は、無言でハイアの席の前の机をガッツンと勢い良くジョイントしてきた。

「な、なんさ、あんた!? なにしてんのさ!?」

「こんにちは」

「…こ、こんにちは…。…じゃ、なくて!」

「初めまして、ミハイル・ルディアよ。一緒にご飯食べましょ」

「は、あ…?」

 言われている意味が一瞬理解できず、言葉を数度脳内で反復してようやく意味を理解する。

─────唐突になんさ、こいつ…

 

 怪訝な顔でじっとりと目の前の男子生徒……ミハイルを睨む様に見れば、ミハイルはけらけらと笑いながら目の前の席の椅子に腰掛けた。

「あはは、そんなに警戒しないで。アタシ、こう見えてウォルターの、数少ない、友人の一人なんだから!」

 数少ない、とかなり強調して言ったミハイルは、いそいそと弁当箱を取り出しては机に広げていく。ハイアもやや気まずいながら、食べなければ昼休みが終わる、ウォルターの弁当を食べないのは勿体無い…と考えた結果、弁当を広げてとりあえず食べることにした。眼の前に座った男子生徒は未だ解せないが。

「ちょっとしたらダニーも来るわよ。今日までの提出資料出して来るって言ってたから」

 にしても遅いわねぇ、なんて零しつつ弁当のおかずの肉団子を指したピックをつまみ上げるミハイルには視線を向けられず、ハイアは斜めの方向を見ながらひたすら食べることに集中した。

「ウォルターもちょっとしたら来るから大丈夫よ、そんな警戒されたらアタシ寂しい…」

「…急に来られて、警戒しない方が無理さ…」

「そりゃそうね! じゃあもう少しちゃんとした自己紹介が必要かしら?」

 プチトマトを口に放り込みながら、ミハイルは少しばかり首を捻り、それからハイアに向き直った。

「じゃあ、改めて。アタシはミハイル・ルディア。服飾科の三年。バイトはルックンっていう記者の仕事してるわ。最近は手を広げて衣服とかアクセサリーのお店でも働いてる。あ、愛称はミシェルだから、ぜひミシェルって呼んでね」

「…は、はぁ」

「で、あなたは?」

「…ハイア・ライア。武芸科の三年編入、所属は十七小隊さ」

「へぇえ! 武器は何を使うの? ウォルターと一緒?」

「…あの人色々使うから一緒がどれかわかんないけど…刀さ~」

 茶目っ気たっぷりにウインクをしたかと思えばズイと顔を寄せて眼を輝かせ…瞬く間に表情を変えるミハイルに対し、やや身体を引きながらハイアは答える。質疑応答のようでやはり居心地が悪い。

 ガラリと扉が開く音が聞こえ、足音がこちらに近づく。「ん」という聞き覚えのある小さな声が耳を掠め、ハイアは顔を上げた。視線の先に立っていた男子生徒の視線は、ハイアを超えてミハイルの方へ向けられている。

「…なんだ、もう食べてたのか」

「ダニーが遅いのよ。昼休みの時間は限られてるのよ?」

「わかっている。…というか、席くらい準備してくれててもいいだろう…」

「あのねぇ、アタシ警戒されてるのにそんな気まわせると思う? そりゃ、ちょっと前にレイフォンくんに会った時はそれなりに弁えてたけど? 自クラスで同級生に話しかけるならありのままがいいじゃない?」

「お前みたいな個人的ド性癖露出野郎に来られたら誰だって警戒する」

「ちょっとそれどういう意味よ」

 ジトッとやってきた男子生徒と茶化し合いを続けるミハイル。ハイアはダニーと呼ばれた男子生徒をしばし見ては、「あ、」と気づいた。

「ティアリス、さ?」

 以前見た時との服装の違いが大きく、気づくのに時間がかかった。いまは制服姿できっちりと着こなされているが、医療機関の方ではややくたびれ気味の白衣、髪も最低限の気遣い以上のことはされていないかった。雰囲気の違いに、少しばかり戸惑う。

 それを知ってか知らずか、ダニー……ティアリスは、「あぁ」と声をこぼした。

「そういえばちゃんと自己紹介をしたことがなかったな」

 近場の机と椅子を移動させ、やはりガッツンと勢いよくジョイントする。ティアリスは弁当を机に置いて椅子に腰掛ける。その隣でぶーぶーと文句を言うミハイルを無視しつつ、ティアリスはハイアに視線を向けた。

「ダノウィート・ティアリス。…ウォルターがファミリーネームでしか呼ばないから、知らんのも当然だな。こういうヤツにはダニーと呼ばれることもある。好きに呼べ」

「も~~~そっけなくない!? アタシこれでも一人で頑張ってたのに」

「お前もそういう事あるんだな」

「当たり前じゃない! アタシだって初めての人とコミュニケーションとるのは苦労するわよ! ウォルターは『警戒心の強い犬と同義くらいで扱ってやれ』とか言ってたけどさ~???」

「……ウォルターそんな事言ってたのさ……」

 から笑いを零しながら弁当に手を付ける。さすがのハイアもミハイルとの距離はやや測り難く気も張っていたが、知り合いのティアリスが来たことで少しばかり気が緩んだ。

 再びガラリとクラスの扉が開き、「あ」と聞き馴染みのある声が聞こえた。

「ンだ、全員もう揃ってンのか」

「そりゃそーよ。ウォルターがビリ」

「お前用事何もなかっただろうが」

「アタシはちゃんとあったわよ。ハイアちゃんに話しかけるっていう、重要なミッションが…ね!」

「腹立つ…」

「ウォルターのそういうしみじみとした言い方心に刺さるわぁ…」

「てかなンだ、お前のそのこいつの呼び方…。…こいつの幼馴染も同じ呼び方してた気がするが」

「かわいいでしょ。ちゃんと自己紹介したけど、あれこれリサーチ済みよ。オホホ、このミハイル・ルディア様の情報網にひれ伏しなさい!」

「あ~すごいすごい」

「ダニーの興味の無さがすごい!! も~~ムカつく~~~!」

「…とりあえずウォルター座ったらどうさ~…?」

「ん? あぁ、そうだな」

 ティアリスとは逆の机と椅子を動かし、勢いよくジョイントする。ガッツンとぶつけられたせいでやっぱり机が揺れる。ハイアの弁当がずれて落ちかけて、慌てて箱を掴んだ。

「ちょっ! あんたらなんでそんな勢いよくぶつけて来んのさ!? 机くっつけるくらいもっとおとなしくやってほしいさ!」

「は? …あぁ、いやこれ競り合ってンだよ」

「せ、競り合い? …なんのさ…」

「ふふふ…ついに聞いてしまったわね。簡単よ。勢いよく机をぶつけられて弁当を落としたヤツは大マヌケ野郎なのよ」

「……それなんの脈絡があってやるのさ……」

「…ま、つまるところただの暇つぶしだ」

「暇つぶしでやってたンだが、まぁ毎度恒例行事になっただけだ」

「あんたら以外にくっだらないことやってんさね!?」

「くだらないことにこそ全力をかけるのが青春ってもんよ」

「おれっちの知ってる青春と違う!!」

 ウォルターは至って気に留めた様子もなく普通に弁当を開いては箸をつける。弁当を食べきったミハイルは片付けを進めながら、まぁ、と手を叩いた。

「このグループに来た限り…あなたも逃れられない運命にあるのよ。このくだらない青春から」

「自分でくだらないって言うようなことに他人巻き込むんじゃねぇさ~!」

「いいのよ。この元武芸者と現武芸者頭カチカチで戦闘馬鹿なんだから、ちゃんと学生してる時くらいは、くだらないことするくらいで」

「だからって巻き添えは嫌なンだけど…」

「ホホホ残念ね。アタシが行動起こしたらもれなく巻き込まれるのよ」

「行動じゃなくて問題の間違いだろうが阿呆」

 ぎゃいぎゃいと言い合いが続いているが、いつものことの様で周囲の生徒に特にざわめきは見られない。

 ハイアはふと、先程まであった浮いた様な感覚がなくなっていることに気づき、それから三人に視線を向けた。

「頼むから怪我する事態だけは避けろよ、めんどくさいから…」

「心配してくれてるの? うれし~~~!」

「おれは常々頭の心配してるけどな。ハハハ」

「あ~~~冷めた笑い~~~!!」

 何気ないことだろうし、くだらないことばかりしている。ウォルターもこのことを聞いたらきっと同じことを言うだろうとハイアも思う。

─────学生してる時はくだらないことするくらいで…

 ハイア自身、ずっと傭兵団という環境で育ってきたからか、こういう環境には慣れない。ある意味で警戒を持ってしまって、近寄りがたく思っていたが、ウォルターは初めのうちどうだったのだろうかと少し気になった。

 けれど、“ただの”彼らと同じ様に笑うくらいには、馴染んでいるのだろう。

 彼と同じ環境に身を置く。戦う。学ぶ。関わる。そう考えたら、いろいろと試せることもできることもあるのではないかと思った。それを少し楽しみに思いながら、ハイアは弁当を片付け始めた。

「ちょっと!! 話は終わってないわよ!!」

「終わった終わった」

「終わり終わり」

「終わってる終わってる」

「言うようになったじゃない!!」



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