俺が青春なんてして良いのだろうか (nasigorenn)
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プロローグ1 今の彼

初の俺ガイル作品です。
どうも最近ラブコメ不足を感じ俺ガイルのSSを読ませてもらったら、面白くて止まらなくなってしまい書きたくなってついやってしまいました。


 辺り一面を闇夜が覆い、さざ波の音がこぎみ良く響き渡る。

そこは所謂港だった。貨物などを集積し蓄積、排出する役割をもつ貿易における重要施設。そんな所には、得てして『良くないもの』が集まるもの。

世の中の汚い部分を担う者たちが悪だくみをして行うのは、こういった『人目に付かない』場所だ。

この日も、何やらそのような輩が集まり何かを行っているようだ。

その様子を物陰に隠れながら見ている者がいた。

それは男だった。いや、男というにはまだ年若い。顔立ちからすればまだ少年とも見えるだろう。しかし、彼を見た者は絶対に年相応には見ないだろう。何せその瞳はあまりにも空虚で、それでいて濁り切っているのだから。

そんな彼は通信機を片手にその場から動かずにいる。まるで何かを待っているように。

その手に持つ通信機が周りに聞こえないように音が鳴り始めたのはすぐのことだった。

 

『こちらレイス7、準備OK。エイトマンはどうだ?』

 

通信機から聞こえた少し軽そうな声に彼は顔を曇らせながら通信機に返答する。

 

「こっちも準備は完了だが……前から言っているが、ちゃんとコールサインで呼べよ。いや、その前に何その呼び名。俺の名前まんまじゃん」

『結構格好いいだろ。昔のアニメの主人公の名前なんだよなぁ』

「それは前も聞いた。それよりも今は仕事中なんだから真面目に仕事しろよ」

『はいはい分かってるって。んじゃバックアップは任せな。俺はお前さんが好きなように動けるようにするだけだ。だからお好きに暴れな……レイス8』

「了解……いくぜ」

 

通信機を切ると共に、彼………コールサイン『レイス8』は前へと駈け出した。

駈け出したはずなのに足音は一切せず、進んでいくその背はどんどん闇夜に溶け込むように消えていく。

 

 

 

「これだけのコカイン、捌ければかなりの額になるぜ」

 

目の前に広がるケースの数男たちは欲望に染まった目を輝かせる。

これは男達にとってかなり大きい商談だった。上手くいけば莫大な富が手に入り、千葉に大量のコカインをばらまければ更に金の成る木になる。これはそういう商談だった。

だからこそ、その目は目の前にある莫大な量のコカインに首ったけだった。

勿論警戒は厳重にしているが、それでも浮ついた気持ちは抑えきれない。

だから気付けなかった……………。

 

すぐ目の前に敵がいることに。

 

「ギァッァアァアァァアアアアアァアアァッッッッッ!?!?」

 

突如上がる悲鳴に騒然とする周り。

その場にいた者達が声がした方を向けば、そこにいるのは胸と首の頸動脈から血を噴き出している男が地面で悶え苦しんでいた。

突如として襲撃された事実に周りの者達も気付き、戸惑いと怒りを顕わにして辺りを警戒する。

 

「一体誰がしやがったッ!」

「近くにいるぞ! 絶対に逃がすな!」

「殺せ、殺せぇぇえぇえええええええええええええええええ!!」

 

周りはあっという間に警戒態勢へと移行し、男達は懐から拳銃を引き抜き構え始めた。

しかし、そんな彼らを嘲笑うかのように被害者は更に出た。

悲鳴が上がりそちらを向けば、先程と同じように致命傷を受けた者が痛みに悶え苦しみながら死んでいく。心臓と頸動脈を一突き。やられ方からして刃物による攻撃だと判断出来るが、その犯人の姿は一切捉える事ができない。

それが二人や三人ならまだ良い。

次第に数が増え、あっという間に半分以上が地面に血の花を咲かせる。

なのに一向にその姿はなく、それまで憤っていた者達は次第に恐怖に心を浸食された。

自分達は一体何を相手にしているのかわからない。姿は一切見えず感じず、なのにその牙は確かに自分達に襲いかかっている。

それはもう現実的とはいえない。性質の悪い悪夢にしか思えないだろう。

だからこそ、

 

「も、もう俺は嫌だ! 逃げる!」

「待て、貴様等! 逃げるなぁ!」

 

統率の取れていない輩は崩れる。

皆畏れのあまりこの場から逃げ出し始めたのだ。姿が見えない襲撃者に怯え、もう殺意を抱くどころではない。

しかし、それに対し彼は………『レイス8』は容赦しない。

一言も漏らすことなく無言のまま、着々とその手に持った刃でターゲットの心臓を突き刺し首を掻き切る。

まるで作業のように、淡々と彼は濁った眼で行う。不思議な事に、彼はそれを堂々と行っていた。忍び寄るようなことはせず、普通に近づき、そしてナイフを振るう。

それに誰一人として気付かない。彼の姿は普通に見えるはずなのに、その身はまるで空気と一体化しているかのように希薄で虚ろ気だ。まるでそこに存在していないかのように。だからなのか、誰一人として彼に気付かないし、気付けない。まるで世界に一人取り残されたかのように、彼は一人だけの世界で限りを尽くす。その結果が地面に倒れる死体達。

だが、そんな彼でも逃してしまう者もある。

そんな者達は彼の目の前で瞬時に頭を弾けさせ、その生命を終わらせていた。

おかしな光景は彼等がすべて動かなくなるまで続き、その躯達の中に一人だけが立っていた。

 

「こちらレイス8、対象の殲滅を確認」

『こちらレイス7、こっちも終わった。しっかし相変わらずだな、お前さんのそれ。(レイスバンガード《亡霊強襲》)……こっちも敵が刺されてねぇと居場所が分からなかったよ』

「別に大したことじゃない。いつも通りに気配を消してやってるだけだ。そう言う割には絶妙な狙撃だけどな」

『まぁね。でなけりゃレイスのコードは名乗れねぇよ』

 

通信機越しに軽く会話をする彼。その様子は先程まで何人も殺していたようには思えないくらいリラックスしている。

そして撤収しようと話し合い、自分達の本部へと連絡を入れる。

それが終われば帰るだけであり、彼は代えの衣服へと着替えると来ていた服を『同じ組織の人間へと手渡した』。

後は帰るだけだが、その前に姿を現した青年に声をかけられる。

 

「仕事も終わったし飯でも食いにいかねぇか。確かこの辺に上手いラーメン屋があるんだよ」

 

陽気な声に対し、彼はしらっとした声で返事を返す。

 

「いいや、やめとく。小町が心配するといけないからな。それに明日は学校だ。遅刻すると色々と面倒だ」

 

その答えを聞いて青年は呆れかえり、彼をシスコンだと言う。

その言葉に対し、彼は堂々とした顔で青年に答える。

 

「当たり前だ。小町は俺にとって世界で一番大事な存在だからな。俺の存在意義そのものだ」

 

そう答えながら彼は帰って行った。

 

 

 

 彼、とある組織の極秘のチーム『レイス』のナンバー8。

その本名は『比企谷八幡』。千葉在住の高校二年生である。




やっちまったと思っていますが反省はしません。
これからちょっとアレな八幡で頑張りたいかもです。


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プロローグ2 昔の彼と今のルーツ

まだ本編にいけない事が歯がゆいですね。


 彼、比企谷八幡の家は所謂父子家庭であった。

母親は小町が生まれた後に体調を崩し死んでしまったらしい。なので彼は母親の顔を写真でしか知らない。

だからこそ、彼にとって親というのは父親ただ一人。

その父親は彼にとって、普通に父親だった。

優しくて力強い、まさに父親と言えるような父だった。

幼心に尊敬していたし憧れてもいた。今にして思えばかなり迷惑をかけていたのだろうと思い申し訳に気持ちで一杯になってしまう。

彼から見て、まさに最高の父親と言える存在だった。

ただ、一つだけ当時の彼には疑問に思ったことがあった。

それは父親の仕事。

父親がどのような仕事をしているのか彼は知らなかった。いや、具体的に知らなかったと言うべきだろう。10にも満たない歳の子供に職業の詳しい分類など分かりはしない。精々菓子屋や花屋、警察に消防員といった区別が付くくらいだ。

だから彼は父親の詳しい仕事について知らなかった。知っているのは清掃会社に勤めているということ。当時の彼の精神からすれば『お掃除屋さん』と言ったところだろう。

自分にとって唯一絶対の存在にして無条件で信じられる存在、それが親だ。子供はその親の庇護で育ち、そして大人になっていくもの。

そんな偉大な存在に子は当然好意を抱く。得てして子は親に憧れるのだ。

だから気になるのが子供というもの。

 

親が仕事をしている姿を見てみたい。

 

幼心にそう思ったのだ。丁度当時、彼の周りも親の仕事姿というものが話題だったから。

最初は普通にお願いしてみた。しかし、父親はそれに対して苦笑を浮かべながら彼を宥めたのだ。

それでも気になるのが子供の好奇心。彼はそれでも負け時と何度となく父親に喰いついたが、父親はそのたびに苦笑を浮かべてその御願を断ってきた。

だからなのか、ついに彼は我慢が出来なくなった。

父親が仕事だと言って家を出た朝、彼は父親にばれないようにこっそりと父親の車のトランクに忍び込んだ。

そして車の中で待ち続けている内に眠ってしまい、目を覚ました彼は父親の姿を探し、そして見た。

 

初めて人が死ぬところを。

 

それが何なのか、今の彼にははっきりと分かっている。

しかし、当時の彼には恐怖以外何なのか一切が分からなかった。

そして不安で押しつぶされそうになる中、自分にとって絶対の守護者たる父親を見つけた。

 

「お父さん!」

 

その声を聞いた父親の表情を見て、凍りついた父親の顔を見て、そして………。

 

その一瞬の隙により凶弾に襲われ血を噴き出す父親を見て。

 

 

 もう語る必要はないだろう。

幼子心に抱いた好奇心、その結果……………彼は父親の仕事を知り、父親を失った。

その後悔は今の絶えず彼を苦しめる。

その後は彼にとって苦しい事ばかりであった。

自分のせいで父親を死なせてしまった。その事実に心が壊れかける。

それでも壊れなかったのは、まだ幼い妹のおかげでもあった。

自分が壊れてしまったら、妹はどうなってしまうのだろうか。もう頼るべき存在がいなくなってしまった世界で、唯一の肉親までも失ってしまったら……。

そう考えた途端に彼の心は恐怖で凍りつく。

それはあまりにも残酷で過酷だ。そんな世界に妹一人を残しておくわけにはいかなかった。だからこそ、彼は決めた。

父親を死なせてしまった変わりに、自分が妹を護るのだと。父親程ではないが、それでも出来うる限界まで彼女を護り見守るのだと。

だからこそ、彼はこの話を自分たちの身元引受人である男に話した。

その男は彼等も知っている者だった。父親の友人として偶に彼等の家に遊びに来てくれた人。愛称も込めて『武蔵おじちゃん』と呼んでいた。

何故父親の友人にその事を話したのか? それは、父親の『仕事の同僚』でもあったからだ。

父親の葬式の際、自分と小町を引き取ると言ってくれた彼にその事を話すと、当然反対された。

当たり前だ。まだ彼等は幼く平和な世界で育つべき存在なのだから。

しかし、その事を熱心に話す幼子の精神は、既に崩れかけていたのだ。そうしなければ今こそ、本当に壊れてしまうとはっきり分かるように。

故に彼は苦心の末に、その願いを聞きいれた。

 

 

 

 そこから始まったのが、彼にとってのおぞましい世界。

血で血を洗う死の世界であった。まだ幼い彼がまず教わったのは身体を鍛えること、そしてそういった知識を身につけることだった。

一度頷いたからには『武蔵おじちゃん』は本気で彼を扱いた。それこそ、死んでもおかしくないくらい。

幸いと言うべきか災難と言うべきか、彼の才能はそれこそ父親よりも上であり、鍛えれば鍛えるだけより強固に強靭に育っていった。

小町に関しては兄がしていることなど一切知らずに育っていった。分かっていることは父親がいなくなったことで兄が苦労をしているということだけ。彼女はその事を申し訳なく思い、自分に出来ることは出来るだけやろうと頑張るようになった。

兄と妹だけの生活。たまに様子を見に来る『武蔵おじちゃん』に助けて貰いつつも、何とか生活していく日々。

彼は学校に通いつつも『武蔵おじちゃん』の所に通い、常に限界まで鍛えられる。そのうち実戦にも駆り出され、幾度となく大怪我を負っては戦ってきた。

その胸にあるのは、ただ妹の見守るために死ねないという想いと、父親を死なせてしまった自分への責務という呪いを込めて。

 

 

 

 と、過去を大体話せばこんな感じ。

現在彼こと比企谷八幡が働いているのは『株式会社三雲清掃業』、表向きは普通の清掃業。裏では依頼を受けて『対象を掃除』する『掃除屋』である。

掃除と言っても分別はあり、酷い話が日本政府や警察の応援を極秘で受けて行う『悪人を叩く』仕事だ。

それを行う極秘のチームの名が『レイスナンバーズ』、そして八幡はその中の8のナンバーを持つ。父親が担っていたのと同じナンバーを。

ちなみに彼の扱いは『アルバイト』であり、仕事によって発生したかなりの金額の金は『レイスナンバーズ』を束ねる『レイス0』こと『武蔵おじちゃん』、この場合において『課長』によって管理されている。

これが今現在における彼の環境である。

 



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第1話 俺の課題に問題なんてない

やっと始まった本編。これがないと物語はまったく進みませんですからね。
ちなみに自分はこの作品において、1話を約2500字くらいで書いていく予定です。


 高校生活を振り返って

 

特に覚えていません。

毎日学校行って授業受けて飯食って寝こけて下校してバイトして、それが毎日だったので何か覚えているのかと言われてもまったく覚えていません。

この課題が問いかけている問題に関して言うのであれば、本来はここの一年を振り返っての精神の成長について問いかけたいのだろうと思いますが、生憎と言うべきか何と言うべきか、正直忙しすぎて感慨に耽る余裕もなく、特に考えたこともありません。

結果、何も覚えていないわけです。

強いてこの課題について述べることがあるのなら、きっと私はこの先もずっとこんな感じなのでしょう。

正直な話、振りかえるくらいなら前を向いていこうと思います。

 

              総武高校2年F組  比企谷八幡

 

 

 

(何故俺は呼びだされたのだろう?)

 

職員室のとある教員の席の前にて、彼こと比企谷八幡は立っていた。

それと言うもの放送で呼び出されたからであり、思い当たる節がない彼は不思議に思いながらここに来た。

その目は常に眠そうであり、瞳は暗く淀んで濁っている。10人が見れば10人が不審者だと訴えるくらい、その顔は気味悪いものになっていた。

そんな気味悪い八幡に臆することなくその席の主たる平塚 静は面と向かって声をかける。美しい長髪をしたスタイル抜群の美女であり、中身を知らなければ男性から言い寄られること請け合いの美人だ。

 

「比企谷、何故呼ばれたのか分かるか?」

「いいえ、分かりません」

 

問いかけられた言葉に対し、八幡は即座にはっきりと答えた。普通、こういった場合は自分が何かをしでかしたのではないか不安に駆られるものだが、そのような様子はまったく見受けられない。まさに堂々とした様子で答えた。

その様子に平塚は呆れたような顔をしつつ咎めるようにその答えを八幡に告げる。

 

「これを見てそんなことが言えるのか、君は」

 

その言葉と共に突きだされたプリントを八幡は見て、それでも分からないと返答する。

 

「これはこの間出された作文の課題ですよね。これに何か問題が?」

「大ありだよ、まったく。なんだ、この作文は?」

 

平塚はまさに頭が痛いと言わんばかりに眉間に皺を寄せ、差し出したプリントを自分の方に戻し改めて読み上げてみせる。

そして読み終えるなり、ため息を一回吐くと八幡を少し睨みつけるかのように見つめ始めた。

 

「これで問題がないと思えるのは君だけだぞ。この課題は『高校生活を振り返って』だったよな。なのになんだ、これは。全く振りかえっていないじゃないか。君は学園行事に参加しなかったのか?」

「仮病とサボりで参加しませんでした」

「堂々と言うことか!」

 

思いっきり怒鳴られることに何故だろうと八幡は思う。

別に単位や内申点の問題はなかったし、皆に迷惑をかけるようなこともしていないはず。そもそも自分の存在などクラスの連中が認識しているかでさえ怪しいのだから。皆で協力したりするような行事なら尚のこと参加する必要なぞないだろう。連携というのは日々の絶え間ない努力によって成立するのであり、急に参加した者相手に連携などとれるはずがない。寧ろ足を引っ張るだけであり、クラスに貢献するという考え方からすれば参加しない方がむしろ正しいのだ。

そんな風に考えている八幡に平塚は少し心配したような声をかける。

 

「君の境遇などは知っているし、特例でアルバイトも認めている。成績だって悪くないことは分かっている。だがなぁ、いくらなんでもこれはないだろ」

「そうでしょうか? 確かに学校側には特例でバイトを認めて貰っていることはありがたく思いますし、成績もそれに見合うようにしているつもりです。だから忙しくて周りに目を向ける余裕がないのはしょうがないのではないでしょうか?」

「いや、そういうことじゃないんだ。そのだな……もう少し青春を楽しもうという気はないのか?」

 

平塚が心配したのは、八幡の学校生活での姿勢であった。

平塚はこの学園の国語教師で生活指導の担当をしている。その中で少し問題に上がるのが八幡であった。

曰く、まったく学校に溶け込んでおらず、常に一人でいる。学校行事には一切参加していない。両親がいないという環境で妹と二人っきりの生活にアルバイトで少しでも生活を楽にしようとする苦学生。

成績自体は悪くないのだが、学生としてはあまりにもよろしくない生徒。それが教員から見た八幡の評価。と言っても大概の教員は何故か気にせず、彼を気にしているのは平塚だけなのだが。

要はボッチなのがよろしくないというだけなのだ。学生なら、学生らしくこの3年間を楽しむべきだと。

その言葉を言われ、八幡は少しばかり目が動く。

 

「青春……ですか?」

「そうだ。君の目は人としておかしなくらい淀んでいて濁っている。まるで死人のような眼だ。その目が映すものが何なのかはわからないが、周りに興味がないってことだけははっきりと分かる。自分だけが違うといった感じの。別に自分だけを特別視しているとかそういう感じではない。自分には無関係だとはっきり決めているような、そんな感じだ。それは良くないぞ、比企谷。まだまだ人生色々あるんだ、今を大切にしなさい。青春はあっという間に通り過ぎてしまうぞ」

 

昔を懐かしむように語る平塚に八幡は静かに見つめる。

 

(青春を楽しむ? 何を馬鹿な。俺にそんな権利なんてあるわけないだろうに。俺は今を一生懸命に『生きて』、親父の分も小町を見守るだけだ。それ以外に俺が生きる意味なんてない)

 

既に答えは出来っているのだと思い口にしようとするが、下手に言ったところでまた蒸し返されるかもしれない。

だから八幡は彼なりに平塚をからかうことにした。

 

「先生、そう何度も青春という歳ですか? 俺の経験上、そういった言葉を連呼するのはそれが欲しくて仕方ない場合ですよ。先生の歳なら……」

 

ここで言葉が切れたのは、八幡の目論みが成功したからに他ならない。

それまで八幡を優しく諭すような雰囲気から一変して、突如として轟々とした殺気が吹き出した。

その大本である平塚が素早い動きで一瞬にして間合いを詰めると拳を八幡に向かって振るったのだ。

直撃させようというわけではない拳だが、八幡はこれをわざと受け止める。

その途端に職員室内に何かが弾けるような音が響いた。

 

「見事な拳です、先生」

「比企谷……女性に年齢の話をするなと教わらなかったのか?」

「それはすみませんでした」

 

受け止められた拳を引き戻し、未だに燻ぶる怒りを散らしながら平塚は八幡に目を向ける。

八幡はそんな平塚に苦笑しつつ謝り、もう話は終わったと判断し平塚の前から去ろうとする。

そんな八幡に平塚は待ったをかけた。

 

「ちょっと付いてきたまえ。君のそのどうしようもない性格を直せるかもしれない所に行こうじゃないか」

 

その誘いを断りたくなった八幡であったが、がっしりと手を掴まれている為にそれは無理だと判断し従うことにした。

 

 余談だが、結構な威力を出す割に平塚の手は女性特有の柔らかさがあった。




可笑しいなぁ~。八幡がどこぞの軍曹のようになってしまっているような気が………。


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第2話 俺は部活に入るなんて一言も言っていない

これどこの八幡だよと突っ込みたくなってしまう今日この頃。
そして何故か先生がヒロインのように………個人的に大好きなんですけどね、先生。


 平塚に手を引かれながら八幡は廊下を歩いていた。

平塚曰く、『自分のこの性格を矯正できるかもしれない場所』とやらに向かうらしい。

それ自体はどうでもよいことだが、八幡は自分に集まる視線に困っていた。

 

(さっきから目立って仕方ないな………)

 

何せ性格がアレでも美人な平塚に手を引かれているのだ。普段目立たない分尚更悪目立ちしてしまっている。まぁ、これがまだ格好良い男子なら色恋沙汰の好奇な視線になるのだが、犯罪的に目が濁っている八幡ではどう見たって犯罪者を牽引しているようにしか見えない。だから集まるのは寧ろ嫌疑の籠った視線である。

内申点やらを人の目を気にしているのではなく、八幡は『目立つこと』事態を嫌がっていた。何せ彼の『性質上』それはよろしくないからだ。

だからこそ八幡は困るのだが、そんな視線に全く気付かないのか平塚は上機嫌に八幡の先を歩いて行く。

そして手を引かれること数分、二人はとある部屋の前に来ていた。

そこは特別棟の中にある一室であり、外からは何も伺えないが特殊な部屋には見えない。どこにでもあるような普通の教室のようであり、表札には何も書かれていない。

そんな何でもないような部屋を前にして平塚は八幡に笑いかける。

 

「ここが目的地だ」

 

そう言われたところで八幡はまず自分の手の拘束を解いてもらおうと平塚に話しかける。

 

「先生、手を」

「ん? 手?…………………あっ!?」

 

それまでまったく意識していなかったのだろう。平塚は八幡の手を繋いでいることにやっと意識し、顔が赤くなっていく。

 

「す、すまん!」

 

そのままバッと手を離し自分の胸に抱きかかえるように手を移動させる平塚。傍から見たら乙女のそれだ。きっと彼女のことを知らない人が見たら見入っていたかもしれないが、八幡はそんなことより少しだけ目の前の教師を不憫に思ってしまった。

 

(きっと結婚出来なくて男に免疫がまったく出来なかったからこうなってしまったんだろうなぁ)

 

今現在の彼女の状況の原因のくせに、全く他人事のように考える八幡。実際に彼からすれば本当に他人事なのだが。

と、そんなまさに青春ラブコメな感じになっているわけだが、八幡はそれよりもさっさと済ませたいと平塚に話を振る。

 

「先生、早く部屋に」

「あ、あぁ、すまん……」

 

八幡にそう言われ赤い顔を軽く振ってから改めて平塚はその部屋の扉を開けた。

そして共に部屋に入る八幡。

室内はとても静かだった。静寂と言うには風のせせらぎが聞こえてくるのでそうではなく、だからと言って騒々しさとは無縁な雰囲気を醸し出す。

そんな室内でただ一つ、目を引くものがあった。

それは教室の窓際にポツンと置いてある椅子に座っている生徒だ。

美しい黒髪をした、まさに美少女という言葉が相応しい少女がそこにはいた。

そよ風によって揺れる髪が幻想的な美しさを奏で、集中している瞳は物憂げな雰囲気を出し、芸術的な美しさを魅せる。

そんな儚げでありながら強い意志を感じさせる少女は、八幡と平塚の方へ顔を向けた。

 

「平塚先生、入る時はノックをお願いしたはずです?」

「ノックをしても君が返事をした試しがないじゃないか」

 

少し強めの語彙でそう言われるが、平塚は特に気にしたようなことはないようだ。普通に彼女に向かって歩いていく。

 

「返事をする間もなく先生が入ってくるんですよ」

 

少女はそんな平塚に向かって静かに毒を吐く。

そして今度は平塚の後ろに控えている八幡に目が向いた。

 

「それで……そこで目が濁り切ってる人は?」

 

その問いかけに対し、八幡は言われ過ぎて慣れているのか文句は言わずに簡単に自己紹介をすることにした。

 

「2年F組  比企谷八幡」

 

本来なら名乗ること自体しない方が良いのだが、この状態でそれは不可。そして向こうは八幡のことを知らないことからこちらが名乗った方が早いと判断する。何せ彼女のことを八幡は知っているのだから。

 

「そう、私は…」

 

八幡の紹介を受けて彼女も名乗ろうとするが、その前に八幡は先を制することにした。

 

「知っている。国際教養科2年J組、雪ノ下 雪乃さんだろ」

「あら、知っているの」

 

少女……雪ノ下 雪乃は八幡に知られていることに少し驚いたような振りをするが、その実知られていて当たり前のような顔をしていた。

何せ彼女自身、この学校において凄く有名な生徒だからである。

だが、それだけでは優位とは言えない。八幡は会話に置いてのイニシアチブを取るべく更に彼女の『深部』を晒す。

 

「あぁ、それ以外にも知ってるぞ。家族構成は父と母と姉と君の計4人。特に父親は県議会議員の雪ノ下議員、議員であると同時に雪ノ下建設の社長を勤めている。母親は確か旧家の出だったと記憶している。姉は確かここのOGで今は地元の国立理工系大学に通っている。あってるか?」

「ッ!?」

 

八幡のその問いかけに雪乃は顔を凍りつかせた。

まだ父親のことは調べればすぐに分かるが、母親の出身や姉が通っている学校については深く調べないと分からないことなのだ。

それが分かっているということが、彼女にとって八幡をより不気味に見させる。

 

「あなた、何なの!? もしかしてストーカー」

 

年頃の娘らしく八幡に得体のしれない恐怖を見せる雪乃。それは彼女だけでなく、平塚も八幡を険しい目で見つめる。

そんな二人の視線を受けて、八幡は少し呆れたように種明かしをする。

 

「別にそんな驚くようなことじゃねぇよ。この町における有力者のことは調べといて損はない。俺もバイトの仕事柄、そう言う話は良く耳にするんだよ。だから知っていた。ちなみに俺のバイトは清掃業な。お前ん所の実家の庭やらオヤジさんの仕事先のビルやらの掃除だってしたことある。その際に職場の人やら何やらと色々とお前の家族についての話を聞いたことがあるんだよ」

 

勿論嘘である。

八幡は確かに清掃業社に所属しているが、その実態は政府御用達の『掃除屋』だ。しかもただの掃除屋ではなく、メンバー全員は様々な技能を習得している『スペシャル』な部隊である。その中に諜報活動が入っているのは、テストに名前を書くのと同じくらい当たり前のことだ。

故に八幡だって当然そういったことが出来る。彼が住む町の具体的な有力者とその関係図は知っておいて損はないのだから。場合によってはそれが仕事の種になることもありうる。権力者というのは常に危険が付きまとうものなのだから。

その嘘を聞いて平塚は納得した。まぁ、家族構成やら何やらは確かに身近な人間の話を聞けばわかるだろうから。

だが、雪乃は少し違った。

八幡が言ったことはもっともだが、それだけでは納得がいかないナニカを感じたのだ。

それは何よりも、八幡の目を見た途端に更に深まる。

濁った先にある、真っ黒な闇を確かに彼女は見たのだ。

だからこそ、その身は得体のしれない恐怖に打ち震えた。

本能的な何かを彼女は怖がったのだ。

と、雪乃が震え上がっている時に八幡は面倒くさそうにしていた。

平塚に捕まってここまで連れてこられたのはいた仕方ない。だが、自分の性格を矯正するなんて名目で連れてこられた割には先方にはもう十二分に警戒されてしまっているのだ。だから向こうがこちらの話を聞きいれるのかは定かではない。

いっそのこと流れてしまった方が八幡的にはありがたい。

そう思いながら帰る算段を考えていると、平塚から八幡にとって凍りつくような言葉が出てきた。

 

「彼をこの部活に入部させようと思ってな」

「は?」

 

咄嗟のことにそんな間抜けな声が八幡の口から洩れた。

何で本来の話からそうなるのか彼は全く読めなかったのだ。

そんな八幡を気にせずに平塚は雪乃に語る。

 

「彼は所謂不真面目な生徒でな、バイトをしている苦学生なんだがその所為で人間関係がまるで構築出来ていない上に学校行事をサボりまくりなんだ。今更バイトをやめろとは言えないし、こんな濁った眼で上手に人間関係を構築できるわけがない。だからせめて、この部活で年相応の『青春』を謳歌してもらおうと思ってな。それが私からの依頼だよ」

 

彼女らしい心配を受けて、八幡はどうにもむずかゆい気持ちで一杯になる。

そんな八幡に比べ、雪乃は即座にきっぱりと答えた。

 

「お断りします。正直こんな不気味な人間と一緒に居たくありません」

 

(不気味なのは確かだがそんなに言わなくても良いだろうに)

 

そう思ってしまう八幡だが顔はいつもと変わらない。

そんな八幡を見て苦笑しつつ、平塚は彼女に返す。

 

「そう言うな。確かにこいつは課題で実にアレなことを平然と書くような奴だが、その実仕事には誠実だし、まぁこの目も見慣れればそれなりの愛嬌も湧くものだぞ」

 

そう言うと今度は八幡の方を向いて笑いかける。

 

「比企谷、多少強引なのは悪いと思っているがそうでもしないとお前はやってくれそうにないからな。勿論、アルバイトの方が優先でいい。ただ、時間が空いてる時は出来る限り部活に出てくれ。同じ時間を共有すれば、おのずと何かしら楽しくなってくることもあるはずだ」

 

そう言って平塚は二人に踵を向け颯爽と部屋から出て行った。

部屋に残された八幡と雪乃。

とりあえず八幡は彼女に向かって告げる。

 

「凄く不本意だが、ああまで言われて辞めるわけにはいかなさそうだ。だからこそ、まぁ………よろしく頼む」

 

その言葉に雪乃は気難しくも頷いた。



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第3話 俺はお前の考え方は素晴らしいと思うが甘過ぎだと思う

八幡なのにひねていない、これは一体何なんだろう?



(あぁ~~~~どうしてこうなってしまったんだろう?)

 

そんな疑問が常に頭をよぎるが、だからと言ってそれを解決する答えはなく、既に結果は出てしまっている。

故に八幡は現状を理解し行動するしかない。

自分の性格が世間の水準から離れているということは分かっているが、性格というのは成長過程において形作られるものであり、そんな短期間で変わる物ではない。もし変わるんだすれば、それはきっと単純に多重人格が出来るくらいその人間の精神が脆弱だということだろう。

それなら確かに性格どころか人格まで変わるかもしれない。

だが、残念なことに八幡の精神というのは得てして脆弱ではない。寧ろ『人様に知られてはいけない』ことをやり続けている身故に、その精神は同じ年頃の人間などとは比べ物にならないくらい頑強だ。

だから彼の性格が変わるということは、それこそ死ななければありえない。

と、そんなことを一人で考えつつ、八幡はまずすべきことをする。

 

「なぁ………とりあえず座ってもいいか? 色々と聞きたいこともあるし」

 

まずは話を聞くこと。

平塚に無理やり連れて来られたわけだが、そもそもここが何の部活なのか分かっていない。それをするためには、まず腰を据えてしっかりと聞くべきだと判断して話しかけたのだ。勿論、この部屋の主たる雪乃に許可を取るべきだと思ったことも重要なことである。

 

「えぇ、いいわ」

 

凛とした声で返答する雪乃に軽く頭を下げ、八幡は近くに合った椅子を手に取り会話が出来る距離で座る。そして彼女に聞くべきことを問いかける。

 

「まず聞きたいんだが、ここは何の部活なんだ? 有無を言わせずに連れてこられたんでまるっきり話を聞いてないんだ」

 

その質問に対し、雪乃は不敵な笑みを浮かべからかうかのように答えた。

 

「当ててみたら?」

 

さっきまで恐れられていた意趣返しなのか、雪乃は凛々しい雰囲気を出しながら八幡を見る。

その視線を受けて少し呆れつつ、八幡は考える。

 

「質問に質問で返すのはよくないって奴なんだが………そうだな…………少なくても俺が知っている部活動では一切ない、敢えて言うのなら同好会に近い何か、といったところじゃないのか?」

「それはどうしてそう思ったの?」

 

八幡の答えに少し関心したような様子を見せる雪乃。

そんな雪乃に八幡は消去法だと答える。

 

「まず、この教室には特殊な機材がない。それはつまり専門的なものを行うものではないということ。そして次にこの教室自体のレイアウトにその特色が一切見られない。文化部でもそれなりの色は見えるものだ。それがないというのはそれこそ特徴がないということ。以上二つのことから余程変な物でない限り知っている部活動にはかみ合わない。最後に部員らしき人物がお前しかいないことを考えれば、それが同好会のような組織だということは分かるだろう」

「あなた、目が濁り切っている割には随分と良く見ているのね。正直驚いたわ」

「目が濁っているのは元からだ。仮にも特例でバイトを認めて貰っている身だぞ。社会の一端を担ってるんだから、それぐらいは当然だ。出なけりゃ働けねぇよ」

 

八幡の言葉を聞いて納得したような顔をする雪乃。どうやら彼女なりに八幡を認め始めたようだ。

だから彼女は八幡に不敵な笑みを向けながら答えた。

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアというの。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ………ようこそ、奉仕部へ。歓迎は……今はまだしないわ。何せあなたは怖いから」

 

この部活の名を知り、八幡は大体を察する。

雪乃の言い方から察するに、どうやらここはボランティアをする部活らしい。

怖いと言われどうして良いのか困る八幡だが、とりあえずはわかった。

 

「奉仕部ね。どうにもアレな名前だが、まぁどんな部活なのかは分かった。具体的な内容は?」

 

もう前向きに考えるしかないので、八幡はより掘り下げる。

名前から察するに、ボランティア活動をする部活といったような感じに思える。ゴミ拾いや美化清掃運動でもするのだろうかと。

しかし、八幡の予想とは少し違ったようだ。

 

「そうね、この部活は困っている生徒を手助けする部活よ。ただし、ただ助けるのではなく、あくまでも私たちは困っている問題に対し手助けをするだけ。解決自体は本人にしてもらうの。飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えてその人の自立を促すの」

「つまりNGOやJVCの簡易版みたいなものか?」

「あら、そういうことも知ってるなんて博識ね。おおむねそんな感じよ。ただし、井戸の掘り方を教えるだけだけどね。でも本当に驚きだわ。あなたみたいなこの世のすべてが腐っているようにしか見えなさそうな目からそんな団体の名前が出てくるんだから」

「目が腐ってるのと知識は関係ねぇよ。それにそれらの団体とは少し縁があってな。だから知ってるんだよ」

 

そう答えつつ八幡は内心で少し震えた。

過去、インフルエンザという嘘で学校を休ませられ、これらの団体の護衛を政府から依頼され行ったことがあるのだ。

善人が善人だけで行動すれば悪意に満ちた無法者達の前でどうなるのか?

その結果にならぬよう、内密にそれらを『排除』する者が必要だったからこその措置。

まだ若かったが、そんなことは『戦場』において関係なかった。誰もが等しく死に近しい。ただし、経験不足が歳ゆえに現れていた彼は、より死ぬような思いを何度も経験した。それを経験する度により多くの屍を築いていった。

そんな過去の青臭くも苦い思い出に内心で震えつつ、それでも思い出したことに少し聞いてみたいことがあったので聞くことにした。

 

「なぁ、さっき自立を促すのが目的だって言っていたよな」

「えぇ、そうよ」

「それは人助けのためか?」

 

そう、これだ。

彼はそういった団体を見ているからこそ分かる。

それが『どういうこと』なのかを。

八幡の濁り切った目に怪しい光が宿るのを見て、雪乃は少しだけ怖く感じつつも答えた。

 

「えぇ、そうよ。自ら行動する意思があれば、人は変われる……救われるわ」

 

その答えを聞いて、八幡は少しだけ目を険しくしてはっきりと告げた。

 

「雪ノ下、お前のその意見は素晴らしいと思うし尊敬出来ると思う。でもな………それじゃぁ絶対に人は救えない。お前は『救う』ということを甘く見過ぎだ」

「ッ!?」

 

八幡にそう断言され、それまで八幡との会話を悪くないと思っていた雪乃は一気に彼に怒った。

 それからは雪乃の毒舌とともに苛烈な口撃が八幡に叩きつけられる。

八幡はその言葉を受けつつも返すことはしない。ただ、しっかりと彼女の怒りと『本音』を聞き入れる。

その上で思うのだ。

彼女は正しく、それでいて幼いと。

確かにその理念は立派で尊い。しかし、それだけでは人は救えないのだ。

彼女はそれに気付いていない。

 

『状況の深刻度合いと優先度』

 

その意味がわからなければ、絶対に救えないのだと。

逆に雪乃はこうまで言われているのに反論しない八幡にいらついた。

自分がかなりきつい事を言っていることは分かっている。普通ならそれで顔色が変わるなり何なりと変化があるはずなのだが、八幡の顔にはそういったものが一切なかったのだ。まるで自分がさっき言ったことが真実だと告げるかのように。

こっちが責め立てているのに、逆に自分が責められているように感じてさえいた。

そんな口論と呼べるのかわからないような状況の中で、八幡は軽くため息を吐きつつ入口に向かって少し大きな声で話しかける。

 

「先生、盗み聞きは関心出来ませんよ」

「え?」

 

八幡の声に雪乃は驚きながら扉に目を向けると、扉が開いて平塚が苦笑を浮かべながら入ってきた。

 

「いや、すまんな。どうにも青春らしいことをしていると思って聞きいってしまっていたよ」

 

そう答える平塚に八幡は呆れ返る。

最初から最後まできっちり聞いていたことは既に分かり切っているからだ。

 

「喧嘩も大いに結構だ。だったらはっきりとケリをつけないとな。だから……この部でどちらが人に奉仕できるか、勝負だ!」

 

 八幡は思う。

確かに平塚は青春をしろとは言ったが、こんなややこしいのが青春なのだろうかと。

 



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第4話 俺は部活をやっても良いのだろうか

おかしいなぁ~、ハートフルなラブコメになるはずだったのに何故かどこぞの人が撃てないスナイパーみたいなことになってる?


 夕日が差し始め道路が朱色に染まる中、八幡は今日あったことを振り返りながら歩く。

彼にとって今日は本当に色々な事があった。

課題の事で教師から不服をもらい、その教師からもう少し年相応に青春を謳歌しろと言われ、そして有無も言わせずに何処かに連れていかれたと思ったらその先でこの学校にいる有力者の親者と遭遇。その後は強制的にその人物が所属している部活動に強制的に入部させられ、どう話がこんがらがったのか口論に発展し勝負をするということに。

改めて言葉にしてみたら、『面倒』の一言に尽きる。

何故こうなったのだろうかと考えてみても、悪い点が思い浮かばない。

八幡は何度も言うが、別に問題はないはずだ。青春をしろと言われたところで何をやっていいのか分からないし、そもそも楽しめることが青春だと言うのなら小町と一緒に過ごすことが俺にとって一番の青春だ。

なら俺は青春しているんじゃないか?なら必要ないんじゃないか、部活?

そう言ったらきっと周りは俺を白い目で見るのだろう。事実とはいえ、『目立つ』ことはよろしくないので言わない。結果何も文句は言えず、このような事になっているわけなのだが。

可笑しいと思う。八幡の人生とは既に決まっているようなものだ。

己がした過ちと罪を背負い、一生をそれに費やそうと決めていた。それ以外に意味はなく、小町を見守る以外にこの身に存在価値はない。

そんな自分が一体どのように青春とやらを楽しめば良いのやら…………。

 

以上、帰り道の最中に八幡はずっと考えていたわけである。

しかし、いくら考えた所で答えなど出ず、決まってしまった決定事項は覆しようがない。

つまりどのようにしても、この事実は変えようがないのだ。

そう決まってしまった以上、八幡がするべきことは…………。

 

「あの人に連絡しないとなぁ」

 

まずすべきは家族と自分の『上司』への報告からだろう。

 

 

 

 自分がすべきことを決めたのなら、八幡の行動は速かった。

特に寄り道をすることなく自分の家に帰ることに。

そして家の扉を開けるなり、明るい声が彼にかけられた。

 

「おっかえり~、お兄ちゃん!」

 

扉の先で待っていたのは、黒いセミロングの少女。その顔は嬉々としており、頭からヒョロリと出ている髪が可愛らしく揺れる。

彼女の名は比企谷 小町…………八幡の妹である。

小町の声を聞いて、八幡は口元が少しだけ緩むのを感じつつ返す。

 

「おう、ただいま」

 

普通に挨拶するだけなのに、それだけで精神が落ち着く。そしてやはり我が妹は可愛い。

八幡はそう思いつつ最愛の妹である小町と何か話そうと思ったのだが、それは小町の言葉によって遮ぎられた。

 

「お兄ちゃん、武蔵おじちゃんが来てるよ!」

「何?」

 

その言葉に八幡の顔は少し変わった。

 

『武蔵おじちゃん』

 

この人物は八幡にとって色々とある人物であり、そして現在八幡と小町の身元保証人でもある。

久々に来た保護者にして親戚のおじさんのような存在に小町は楽しそうに笑い、八幡をリビングへと引っ張っていく。

小町に引っ張られながらリビングの扉をくぐると、目の前にあるソファには彼にとって見知った男が座っていた。

 

「よぉ、八幡君、久しぶり」

 

座っているだけでも分かる屈強な身体をソファに沈ませ、中年の割には愛嬌があるような無いような、渋いような顔をしているその人物こそが、八幡の父親の友人にして同僚であった『武蔵おじちゃん』。

本名は『武蔵 幻十朗』………八幡の上司にして師匠的存在でもある。

その人物を前にして八幡は『とりあえず久しぶりに会った』ように装う。

 

「お久しぶりです、おじさん」

 

実際に久しぶりなんてことは一切なく、それどころかこの間顔を合わせて仕事をしたばかりである。とはいえ、そのことを小町に知られるのはあまりよろしくなく、こうして薄っぺらな嘘をついた。

基本、八幡の『バイト』は日常生活には入り込まないように気をつけている。それは小町に危険が及ばないようにするためであり、また自分がしていることを知られてはならないからだ。もし知られたら、それこそ本当にもう八幡は駄目になってしまうかもしれない。

だから本来であればこの来客は歓迎すべきものではない。

しかし、この男が自分たちの身元保証人である以上それは避けられないことである。それにこの男は父親の唯一無二の戦友だったのだ。そんな偉大な人物に八幡は頭があがらないのである。

故に来るなとは言えず、ただ来てしまったからには相手をするしかないというわけだ。

そんなことを八幡は面倒くさそうに考えていると、その問題の当人であるおじさんは小町に笑いかけていた。

 

「いやぁ~、小町ちゃんはしばらく見ない内に大きくなったなぁ。凄く美人になってておじさん驚いちゃったよ」

「もぉ、何言ってるかなおじさんは~~、このこの~!」

 

小町は褒められてニヤニヤしつつもまんざらではないようで肘でおじさんの脇を突いていた。

その光景を見て八幡は呆れ返る。

仮にも自分達を束ねる『レイス0』のコードを持つ最強の一角が、こうして年頃の娘相手にデレデレしているというのはいかがなものだろうかと。

それがただの子供なら何もないのだが、相手が小町とあっては流石の八幡も黙ってはいない。

 

「あまり小町にべたべたしないでくれませんか。セクハラで訴えますよ」

 

ジト目で睨みながらそう言うと、おじさんは八幡を見ながら苦笑する。

 

「相変わらずのシスコンだねぇ、八幡君は」

「大切な大切な、それこそ目に入れても痛くないくらい大切な妹ですからね。シスコンになるのは当然でしょう」

 

普通は恥じ入るはずの言葉なのに、八幡は堂々と胸を張って答える。

既に知っているとはいえそんな反応をされたおじさんは更に苦笑を浮かべるが、その瞳はどこか悲しそうであった。

 

 

 

 そんな日常的な会話に花を咲かせている3人であるが、八幡は丁度良いと思い今日あったことを二人に話す事にした。『上司』家族に同時に今後のことが報告できるのだから一石二鳥だ。

 

「実はさ………今日から部活に入ったんだよ」

「え、何々、それ詳しく小町に教えて!」

「ふむ、聞こうか」

 

八幡の言葉に興味深々に喰いつく小町に、穏やかに落ち着いた感じで話を聞く構えを取るおじさん。

そんな二人に八幡は今日あった出来事を正確に伝えていく。

その際に課題に関して小町から文句を、おじさんからは優しく真面目にしなきゃダメだぞと怒られたがそれでも反省する気はない八幡。重要なのは課題じゃなくてその後の結果なのだから。

そしてすべてを話し終えると、小町は何やら嬉しそうにしていた。

 

「まさかお兄ちゃんが部活に入るなんて~、まさにボッチからの脱却じゃないの!」

 

別にボッチだから何だと八幡は言いたくなったが我慢する。彼の場合は人に嫌われたり避けられたりしているのではなく、本当に関わらないからボッチになっただけだ。

彼自身関わる気が皆無だったのがその理由であり、その真意はそれよりも仕事優先だったためである。

それにそういったことをし続けている身としては、同じ年頃の人間というのは『甘くて緩すぎる』と八幡は感じる。会話してもきっと噛み合わないことは分かり切っていた。

だからボッチで構わない。下手な繋がりは自分の身を滅ぼす弱点になりかねないから。

だから小町のことを軽く流すことにした。

そのように扱われ不服に感じ小町は八幡に噛みつくが、そんな小町と違いおじさんは微笑んでいた。

 

「うん、いいんじゃないか。八幡君もたまにはそうした年相応の活動をしてみるのも。アルバイトも結構だが、そうして友達を作り一緒に何かをするもの良いことだよ」

 

どうやらこの上司も反対ではないらしい。

反応からそのように感じた八幡はとりあえず軽く頷いた。もう決まってしまったことだし、とりあえず聞いてもらいたかった二人にはこれで話したのだから。

 そして話すことも終えたので、後はおじさんが帰るのを待つだけ。

そう思っていた八幡であったが、同時にそうは絶対にならないだろうなぁという考えもあった。

何せこのおじさんがただこちらに来るとは思えないからだ。

その予想は当たったようで、そろそろ帰るというおじさんを見送るということで八幡は一緒に家を出た。

そして一緒に少し歩きつつ、彼はおじさんに少し真面目な顔で問いかけた。

 

「それで…………本当の所はどうなんですか……『課長』」

 

仕事モードに入った八幡の声に、それまで温厚で優しそうなおじさんは表情こそ変わらなかったが、声からは一切の優しさを排した声で返事が返ってきた。

 

「どうとはどういうことかね、レイス8」

「家に来るだけが目的だったとは思えなかったので、何かしらの案件があるのでは?」

 

学校に行っている時はとは違って感情があまり出ない声での会話。

八幡の問いかけはただ家に来ただけが用事ではないだろうということだ。その予想に対し、八幡が察していることが嬉しかったのかおじさん……課長はは口元に笑みを浮かべながら答えた。

 

「察しが良くて助かる。実はな………本日深夜の0時00分に東京にあるとある山の中の廃工場跡地にて、銃火器の密売が行われるという情報が来てな。それを潰してこいと言うのがお上のご依頼だ。急に決まった仕事とは言え、やるからには徹底的にしたい。だから君にも召集をかけようと思っていた所だ。そこに私は丁度近くを通る用事があったので直に来た、というわけだよ」

 

その言葉に仕事だと確実に決め込みやる気を見せる八幡。しかし同時に小町と夕食を食べられないことが残念で仕方なかった。きっとバイトが入ったと言えば仕方ないと答えてくれるが、それでも荒れるだろう。

その事を考えて顔が青くなる八幡。帰ったあとが大変だ。

そんな八幡に課長は軽く笑いかける。

 

「それと部活の件は分かった。君自身もこちらを優先すると言うからには、今までと変わらないだろうさ」

「いいんですか、そんなので? あまりやる気はないのですが」

「まぁいいんじゃないのか。こちらとしては支障が出なければ問題はない。いざという時に動けなければ困るがね」

 

上司からそう言われ、八幡は微妙に納得がいかないが了承することにした。

確かに言っていることももっともだからだ。仕事優先であり、仕事がなければやっても良いだろうと。回り道をするのはよろしくないが、結局行きつく先は決まっているのだから多少はしても良いだろうと。

だからこそ、八幡は上司にして保護者である課長に言う。

 

「わかりました。なら、支障が出ない程度にその青春とやらを学んできますよ。まぁ、それを学んだところで俺が『レイス8(俺)』であることに変わりはありませんがね」

「それで結構」

 

そして二人はその後すぐ近くに止まっていた『会社の車』に乗り、東京へと向かっていった。

八幡はその車内で小町に必死に謝っている姿は妙に哀愁を感じさせられたが、それについて皆何も言わなかった。

 

 

 

 尚、その日一番活躍したのも八幡であり、八つ当たり気味に現場にいた『排除対象』は皆切り裂かれていたのだとか。

そして彼は家に帰ってきた後、最初にこの事を口にした。

 

「まずは部活、頑張ってみますか」

 



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第5話 俺の世界は変わる必要がない

まだ出ないガハマちゃん。早く出したいですね。


 朝にらしくないことを言った割に今の八幡は不機嫌であった。

別に部活が嫌なのではない。雪乃に会うことに気まずさを感じるわけでもない。

なら何故不機嫌なのかと言えば、単純に小町の機嫌が悪かったからだ。

何せ急なバイトの所為とは言え、兄妹水入らずの食事を台無しにしたのだ。自分が悪いことは分かっている。仕事と小町、どっちが大事なのかと言われれば本音で言えば小町と答えたいところだが、生憎八幡にとってそれは比較するものではないので答えられない。小町は大事だが、仕事が出来なければ自分の価値もないのだから。

故に仕方なく仕事は受けるしかない。元より、上司で師匠なおじさんの命令を無碍に出来るわけがないのだった。

だからこの件に関し、八幡に負い目はないはずなのだ。だが、それは事情を知っている側だけ。何もしらない小町から見れば、悪いのはやはり八幡なのだ。

小町だってわかってはいるのだ。自分の為に八幡が一生懸命に働いていることは。だが、それでも大事な妹との時間を大切にして欲しいという気持ちはどうしようもなく、結果が不機嫌になり荒れるというわけだ。

だから今朝、小町は八幡に対しツンツンとした態度を取っていた。

最愛の妹にそんな対応をされては、自他ともに認めるシスコンの八幡にとっては大ダメージは必須。だから彼は学校帰りに小町が好きそうなお菓子でも買って帰ろうと考えている。

詰まるところは小町に冷たくされて不機嫌になっているわけだ。

 

(そりゃ仕事だから仕方ないとは言え小町よ、その反応はあんまりじゃないのか。それが分かってるから俺は昨日の仕事で八つ当たりなんてみっともない真似をしてしまったんだぞ。恐怖で真っ青になっている連中の心臓にナイフを突き刺して捩じり込んで破壊し、もう一刀で首の頸動脈を突き刺しそのまま喉まで抉り込んで引きちぎった。結果断末魔らしい何かを上げながら血の海で溺れる人間が完成。それをその場の全員にしたもんだから、他の奴等から『切り裂きジャック(笑)』なんて呼ばれちまったんだぞ、俺)

 

昨日行った『一方的な残虐ショー』を思い出して周りからの突っ込みにうんざりしつつ、八幡は暗くなった気分を引きずりながらも部室に向かうことに。

そのまま歩いていき、気がねなく扉を開ける。

心地よい春風が頬を撫でる感触を感じつつ前に目を向けると、最初に会った時と同じように雪乃が椅子に座って読書をしていた。

 

「よぉ」

 

まず軽い挨拶をする八幡。そんな八幡に対し、雪乃は本から目を離さずに挨拶を返す。

 

「こんにちは。もう来ないかと思っていたわ……もしかしてマゾヒスト?」

 

明らかに馬鹿にした言葉に八幡は顔を顰めつつも答える。

 

「あの程度で来なくなったら世の中全部不登校になっちまうっての。バイトとは言えそれでもそれなりに経験してるんだ。あの程度じゃ笑い話にしかならんよ」

 

八幡の返しに今度は雪乃がムっとする。まるで自分がお子様だと言われているようで癪に障ったらしい。

そんな雪乃を見て少しだけ見た目と違って幼い部分に可愛らしさを見た八幡は、少しだけからかうことにした。

 

「お前さ………友達いるのか?」

 

自分の事はどうなんだということはさておき、この妙に孤高を気取っている少女にそういったものがいるのか気になってきたのだ。そして予想が当たれば………。

 

「……………まずどこからどこまでが友達なのか、定義してもらえないかしら」

 

絶対にいないことが判明した。

八幡の様子を見て、雪乃は馬鹿にされていると思ったらしく、少しムキになりつつ自分に友達というのがいない理由を語り始めた。

曰く、自分が可愛いことで男子が寄り付き、それに嫉妬した女子達にいじめにあっていたらしい。

そのこと自体は気にしていないようなのだが、雪乃はその性質が嫌いらしい。

 

「人は完璧ではないの。弱くて醜くて、すぐに嫉妬し蹴落とそうとする。不思議な事に優秀な人間ほど生き辛いのよ……………そんなの可笑しいじゃない。だから変えるのよ、人ごとこの世界を。優秀な人間が正しく肯定されるために」

 

雪乃のその言葉は大層大仰であり、八幡はそれを聞いて呆れ返る。

やはりというべきか何と言うか、この少女は愛おしい程に『幼い』のだ。

その可愛らしい幼さを潰してしまうのは可愛そうだと思うが、八幡はそれでも少しばかり『現実』を教えることにした。

 

「雪ノ下、お前の考え方はとても立派な事だと思う。だけどなぁ…………」

 

そこで言葉を切ると、濁り切った瞳が雪乃を捕える。

その底が見えない常闇のような眼に見つめられ、雪乃はぞくりと背筋が凍りつく。

まるで得体のしれないナニカが目の前にいた。

そして八幡は口を開いた。

 

『世界は絶対に変わらない』

 

「お前が嫌っている世界はそのようにして成り立っているからだ。目立つ存在は尊敬されるとともに煙たがられる。それを変えるってことは、それこそ全人類を皆殺しにする以外ないだろうさ。それにお前は……そのいじめをしていた連中をどうしたんだ?」

「そんなの、勿論無視したわ。相手にされていないと分かれば面白みも無くなってそのうち沈静するもの。子供のいじめなんてそのようなものよ」

 

雪乃の少しうろたえた様子に八幡は『にやり』と口元を笑った。その様子はまさに悪魔にしか見えない。

 

「俺もお前と同じようにガキの頃は良くいじめられてた。お前と違うのは俺は目が腐っていて気持ち悪いってことからのいじめだがね。いじめってのは何も目立っているからなるようなもんだけじゃない。醜いってだけでも十分にやられるもんなんだ。まぁ、それはいいさ。それでだ………俺はそれをどうしたと思う」

「そんなの、貴方みたいなのならずっと受けていたんじゃないかしら」

 

その言葉に八幡は軽く笑ってしまう。

そんな『可愛らしい』対応をしていたのなら、きっとこの目はここまで腐ってなかったのかもしれないなっと思ったのだ。

 

「真逆だよ、雪ノ下。俺はさ………そいつらを片っ端から潰していったんだ。あぁ、勿論暴力的にしたんじゃない。公的不公的に関わらずに手段を使わせてもらったんだよ。隠しカメラの設置に盗聴器を俺が関係する場所に仕掛け、そしてそれらの場所の指紋の採取。それらの証拠として教育委員会と……いじめをしていた奴等の親に送ったんだ。そしてこう言ってやるんだ。『これは真実であり、嘘偽りは一切ない。公平な判断を望む』ってなぁ。あと親共には『ばらされたくなければどうすればいいのかわかるよなぁ』って言葉とともに、そいつらの家の中にある物を一緒に添えてやった。それがどういう意味かは分からない馬鹿はいない。それであっという間にいじめはやんだよ。その代わりにそいつらの親の幾人かはノイローゼを起こして田舎に子供もろとも引っ越したらしい。おかげでいじめも無くなり平和になった」

 

その言葉とともに八幡は嗤う。

それを見た雪乃はそれこそ本当の悪魔を見たような気分になり顔を青くした。

 

「お前はきっと強いから、だから平然と立ち向かったんだろうさ。善人だからなぁ、いじめを憎んでもそれを解決しようと頑張ったのかもしれない。でも、それだけじゃだめだ。もっとも根本的な解決にはならない。根元から変えるためには、それこそ相手を完膚なきまでに『叩きつぶす』ことが必須なのだから。ヒーローは悪を倒しても殺さないのは、彼らが善人だからだ。だから再び悪人は悪事を働く。本当に悪事をなくしたいんだったら、それは悪人を始末することが重要なんだ。ただ、それは同じ悪人じゃないと出来ないってだけでな」

「つまり悪人じゃないと世界は変えられないということかしら?」

「いいや、悪人はそもそも変えるなんて気はないんだよ。変えるのなら、それは自分に都合が良いように、周りにそう働きかけるだけなんだから」

 

その言葉を最後に、八幡は昨日雪乃に言ったことをもう一回言った。

 

「お前はまだ『甘い』んだよ。その甘さは好ましいが、それじゃ『救え』はしない」

 

その言葉とともに雪乃は言葉を失ってしまう。

怖くて怖くて、何を言って良いのか分からなかったのだ。

そんな所為で室内の雰囲気は何やら不気味なくらいに静まり返る。

八幡は少しやりすぎたかと思い、雰囲気を紛らわそうと口を開こうとした途端、それは鳴った。

 

コンッコンッ……。

 

それは、奉仕部に来た初めての依頼人だった。



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第6話 俺は正義の味方じゃない

今回はガハマちゃんが頑張ってます。


 少し険しい雰囲気になった部室に突如として鳴ったノック。

その音に雪乃は肩を震わせ八幡は少し驚いていた。

何せこの部屋に来るのは主に3人。雪乃と八幡、それに顧問の平塚だ。雪乃は早いから一番最初に部室に来ているし、八幡は八幡でゆっくりと扉を開けて入る。平塚は前もあったがノックなど一切しない。つまりノックをする人物というのは、この部屋に初めて訪れる者だけなのだ。

その事が意味することは一つ。

 

初めての依頼人。

 

この部活に入ってそんな時間が経ったわけではないのに依頼人が来た。

これからするのはどのような依頼なのだろうかと気になるところである。

まずは本当に依頼人なのか確かめるべく、この部活の部長たる雪乃が扉に声をかけることに。さっきまであった雰囲気から逃げ出したいという気持ちも確かにあった。

 

「どうぞ」

 

先程まであった動揺を悟られぬように慎重になった声。

その声を聞いて扉が開くなり、そこから少しおどおどした様子を見せる少女が入ってきた。

 

「し、失礼します」

 

その少女は所謂いまどきの女子高生といった風貌だった。

短めのスカートから覗くおみ足にシャツの胸元のボタンがいくつか外されており胸の谷間が見え隠れする。まさに若さを強調するようなファッションである。

そんな彼女は不安らしく少しおっかなびっくりと言った感じに雪乃に向かって周りを良く見ないで話しかける。

 

「平塚先生に言われて来たんですけど………」

 

その言葉から確実にこの少女が依頼人であることが確定した。

それが分かったからこそ、多少だが姿勢を正す八幡。そんな八幡の視線を感じ取ったのか少女は八幡の方を向き、そして目が合った瞬間に顔を真っ赤にして慌て始めた。

 

「なッ、何でヒッキーがここにいんの!」

 

八幡のことをヒッキーと呼ぶ少女に雪乃は興味深く注目し、八幡は八幡で少し分からないといった様子で彼女に言葉を返した。

 

「俺は一応ここの部員だ、由比ヶ浜。それよりヒッキーというのは俺のことなのか?」

 

八幡の問いかけに更に顔を真っ赤にあうあうといった様子になる少女。その様子は子犬じみていて少し可愛らしい。

雪乃はそんな二人のやり取りを見て、『知った上』で八幡に知り合いなのかを問いかける。

 

「その様子だと知っているようね」

「一応な。俺と同じ2年F組の由比ヶ浜 結衣」

 

その言葉に何故か会話に入っていない少女……由比ヶ浜 結衣の顔は更に赤くなった。

 

「あら、私の時と違ってそれぐらいしかないの?」

「一応は調べたが、生憎こいつはお前の所とは違って所謂『普通』の家だ。カードになるようなもんじゃない」

 

雪乃は自分の時のように色々と言わないのかと問うが、それに対し八幡はしれっと答える。雪乃の場合は色々と調べるべきな存在であったが、由比ヶ浜こと結衣に関しては調べて出た結果がこれだけなので言う必要なしと判断したのだ。

言葉だけ聞けば何やら不穏な雰囲気を感じ取れるものだが、何故か結衣はそうは思わなかったようだ。

少し不安気な様子で雪乃と八幡を見て、二人に話しかける。

 

「なんか……二人とも仲良さげだね」

 

その言葉に雪乃は即座に答えた。

 

「そんなことはまったくないわ!誰がこんな酷い人と!」

 

先程まであれほど自分のあり方を否定されたのだ。そんな男と仲が良いなどと、冗談ではない。怒りを顕わにする雪乃に対し、八幡はのんびりとした様子で返す。

 

「見ての通りで俺は嫌われてる。これで仲が良いように見えるんだったら知り合いの眼科医をお勧めするぞ」

 

雪乃の怒り具合に呆れ返ったのか、八幡は感情を特に表すことなくそのままに結衣の方を向く。

そして目が合うなり、彼女は顔を更に真っ赤にして慌てるのだが、その際に少しだけ彼女の口から言葉が漏れた。

 

「そ、そうなんだ………よかったぁ………」

 

これが難聴系主人公のような人間だったら聞き逃すだろうが、八幡のような『特殊』な人間が聞き逃すわけがない。

 

(何がよかったんだ?)

 

流石に意味までは分からない。

それにさっきから結衣の様子がおかしいことが気にかかる。もじもじとしていて何故か八幡の方ばかり目を向ける。それでいて目が合ったら急いで目を逸らし慌てるのだが、何処か嬉しそうな様子なのだ。

一体それが何なのか八幡には分からない。強いて思いつく節があるのだとすれば、それは明らかに精神不安定に他ならないのだが。

流石にそんな精神状態で学業など出来るはずがないのだから、その線は低いのだろう。

だから余計に分からなくなる。彼女は何故、こうも真っ赤になって慌てているのだろうと。

とりあえずは、彼女の話を聞くべきだろうと思い、八幡は雪乃に依頼を聞きだすように促そうとするのだが、それは雪乃によって止められた。

 

「雪ノ下、とりあえず由比ヶ浜に依頼の話を……」

「その事なんだけど、比企谷君、貴方が聞いてみなさい。どうも彼女、さっきからしきりに貴方のことを気にしているようなのよ。貴方達に何があったのかは知らないけど、この様子では私では聞けそうにないみたい。だから貴方に頼むわ」

 

そう言うなり少し席をはずすと言って部室を出て行ってしまった雪乃。

八幡は待ったの声もかけられずに困り、結衣は八幡と二人っきりにされてしまったことに顔を赤やら朱やら紅やらに変えていく。ちなみに全部赤だ。

基本人とあまり離さない八幡としては、一言も話したことない結衣に対し、どう切り出せばよいのか困ってしまう。故に無言となり、その空気は結衣にも伝わり緊張が走る。

 

(さて、どうしたものか……………)

 

そんな風に困っている八幡。

そんな彼を見てなのか、それまで真っ赤になっていた結衣は顔の赤みが引かないままでも真剣な顔をし、何か決意を決め込んだ顔で八幡と向き合った。

 

「あ、あの、あのね、ヒッキー!」

 

急に大きな声大きな声で呼ばれて驚く八幡。

そんな八幡に気付かずに結衣は必死に自分の『伝えたい』ことを告げようとするのだが、緊張もあって口が上手く回らない。

そんな結衣を見かねてか、八幡はぶっきらぼうながらに話しかける。

 

「何が言いたいのか分からないが落ち着け、由比ヶ浜。深呼吸しろ、深呼吸。はい、スーハー、スーハー……」

 

その言葉に彼女も何とか従い深呼吸を始める。

その際に動く胸の膨らみは男なら見入るものであった。

そして深呼吸を終えた結衣は改めて八幡を見つめる。

彼に濁り切った瞳をまっすぐに泣きそうに潤んだ瞳が捉えた。

 

「そのね…………あ、あの時はその……ありがとう!!」

 

急にお礼を言われたって分かるわけがなく、?を浮かべる八幡。そんな八幡を気にせずに結衣は胸の内に積もった八幡への感情の一部を吐きだしていく。

 

「あの時、ヒッキーがサブレを助けてくれたから、それで……でもお礼が言いたくてもヒッキーのこと、全然見つけられなくて。ずっとお礼が言いたかったのに、お礼が言えなくて、薄情じゃないのかと思われちゃうのが嫌で、それで………」

 

内容が滅茶苦茶でありますます分からない八幡。

だから彼は結衣をあまり刺激しないように聞いてみた。

 

「そのだな、由比ヶ浜。まったく覚えがないんだが、お前の話しぶりだと俺がお前にとって大切な何かを助けたようにきこえるんだが、それって何なんだ?」

「さ、サブレはウチで飼ってる犬、ミニチュアダックスフントなの。それとヒッキーがサブレを助けたのは一年前の入学式の早朝だよ。あの時、サブレが飛び出しちゃって車に轢かれかけたの。それをヒッキーが飛び込んでサブレを助けてくれたんだよ。ごめんね、一年もお礼が言えなくて………」

 

そのキーワードに八幡は何とか思い出そうと記憶を掘り返す。

犬と車の交通事故…………………。

 

「あ………」

 

自分の記憶の中の実にどうでもよい部分で、確かにそんな事柄があったこと八幡は思い出した。

 

 

 

 あの時、彼はものすごくピリピリしていた。

別にその日が高校の入学式で緊張していたとか、クラス分けで親しい友人が出来るか不安だったとか、そんなものではない。

何せ彼はその前日、詳しく言えばこの日の午前4時まで『仕事』をしていたのだ。

上司からの無茶振りは毎度の話なので問題ないが、流石に2つを一日で行うというのは無理難題も良いところ。それを彼なりに必死になって終わらせたのがその時間。出来あがった死体の数は、それこそ一日の時間よりも多いだろう。

そんな『刺激的で疲労満杯』な状態の彼だったが流石にこの日は休むわけにもいかず、疲れた体を押して家の近くまで歩いていた。車を直に家に近付けると小町に気付かれる可能性があるため、家から少し離れた所で下してもらうようにしているのだ。だから家までは徒歩。

少し歩いたところで、何故か動く物の気配を感じ取り咄嗟に振り向いてしまう彼。仕事の所為で鋭敏になった神経は彼にその情報を即座に伝えたのだ。

そして気が付けば迎撃のために接近。もう仕事が終わったのに収まらない精神の高揚は若さ故の未熟さの証だと言えよう。

接近して初めてそれが犬であることに気付いた八幡は咄嗟に受け止めてしまう。

それで終わりなら問題なかったのだが、それとともに隣から結構なスピードで突っ込んでくる車を八幡は察知した。

普通ならとっくに間に合わずに轢かれている距離と速度。

しかし、八幡は自分の状態が『仕事モード』になっていることを気付いていたからこそ、別の行動に出た。

 

(この時間なら多少目立っても問題ない)

 

そう判断するとともに逆に車に突っ込む。そして激突すると思われるところで車のボンネットに飛び乗り更に駆けあがって宙に飛び上がり前転。車が後ろを通り過ぎる辺りで地面に着地するなり身体をその慣性に任せて転がさせる。その際に胸に抱きかかえた犬が潰されないように注意しながら八幡は転がり続けた。

そして自分の身体の損傷具合を感覚で確かめつつ起き上がると、遠くから声が聞こえてきた。

どうやらこの犬の飼い主らしく、八幡が助けたことを知っているようで泣きそうになりながらお礼を言おうとしていた。

だが、八幡はそれどころではなかった。

何せ彼がやったのは普通の人間ではそうできることではない。それを人に見られていたのだから目立つのも当然のこと。それは自分が一番してはいけないことだと八幡は考える。故にどうするか? これが仕事だったのなら目撃者を消すことも考えられる。

しかし、仕事でないのなら……………。

八幡は胸に抱いていた犬を飼い主に渡すと、早口で話しかけた。

 

「犬、無事みたいでよかったな。それはいいが、このことは誰にも言わないでくれると助かる。んじゃ」

 

そして全力でその場から離脱した。

鍛えられた肉体が叩きだす速度は、それこそ同じ年頃の人間を軽く凌駕する。まさにあっという間に走り去った八幡に犬の飼い主……由比ヶ浜 結衣はお礼を言えなかったというわけだ。

 と、当時のことを思い出しやっと納得できた八幡。

 

「あぁ、あの時のことか。確かに犬を助けたが、そんな大層なことじゃ」

 

そう言う八幡だが、もう半分泣きかけている結衣にはそれどころではないらしい。

 

「でも、ずっとお礼が言いたかったの。サブレを助けてくれてありがとうって。でも、探しても見つからなくてあっという間に一年が経っちゃって。それに別の高校にいっちゃったのかもしれないから探してたけど見つからなくて。そう思ってたら二年になって新しいクラスでヒッキーを見つけて。その時からずっと今日まで謝ってお礼をいいたかったんだけど、その、勇気が出なくて……」

 

大体の話はこれで分かった。

結衣は一年の前にあったことを今までずっと気にしていたのだと。

そんな彼女に八幡は小町にしてやるのと同じようにゆっくりとその頭を撫で始めた。

 

「あ………」

 

そんな可愛らしい声が結衣の口から洩れる。初めて異性に頭を撫でられたのだ。

八幡はそのまま頭を撫でつつも、結衣に出来る限り優しい声で話しかけた。

 

「あの時のことをずっと気にさせてたみたいで悪かったな。あの犬は元気か?」

「う、うん、元気…………」

 

耳まで真っ赤になって撫でられるままになっている結衣。

そんな結衣に八幡は少しだけ笑う。

 

「そいつはよかった。もうあの時みたいにリードを離すなよ。でだ、お前の感謝の言葉はわかったし、俺もそれを受け取った。だからもう気にするな。お前の感謝の気持ちは確かに伝わったからさ」

 

その言葉に更に泣き出してしまう結衣。

傍から見たら危険なまでに濁った目をした男が女子高生を脅しでもしてセクハラを働いているようにしか見えない。ある意味通報物だった。

そのまま撫で続け落ち着くのをまつ八幡。これらはずっと小町から学んだことだ。他の女子にも通用するかは分からなかったが、しないよりマシだと思ったようだ。

そんなどうしようもない考えの八幡と違い、撫でられることが気持良いのか目を細めた結衣は八幡に小さくながらも告げた。

 

「あの時のヒッキー、なんか凄くて………格好良かったよ」

「忘れてくれよ、あの時のことは。まぁ、もう無理っぽいようだけどな」

「うん、絶対に無理だと思う。だってあれで私はヒッキーのこと…………」

 

そこから先は言葉に出ない。だから八幡は何も聞いていない。

でも、確かに結衣はその気持ちを胸に秘めていた。

 

 

 

 それから少しして、やっと落ち着いた結衣は八幡から慌てて離れる。

それまで自分がどんな姿を八幡に見せていたのかを思い出し、その顔は羞恥で真っ赤に染まり切っていた。

 

「ご、ごめん、ヒッキー……こんなみっともない姿を見せて」

「いや、別に…」

 

八幡はなんとなしにそう答えると、それまでずっと聞けなかったことを聞く。

 

「あぁ~、それで由比ヶ浜……この奉仕部に来たからには依頼があるんだろ。それを聞かせてくれないか?」

 

八幡の言葉を聞いて、結衣は耳まで真っ赤になりあうあうとしつつも今回の部室に来た理由を明かした。

 

「あの、その………ヒッキーにあの時のお礼がしたくて、でも言葉だけじゃ伝えきれないと思って、それでね……クッキーを送ろうと思ったんだけど、作り方が分からないから教えて貰おうとおもったんだ。なのに来てみたらヒッキーがいるんだもん、予定が狂っちゃったよ」

 

それを聞いて八幡はやっと今回の依頼を理解した。

 

今回の依頼は『クッキーも作り方を教える』ことであると。

 




いやぁ~、久しぶりに青春してみました。
どうにも雪乃相手だとブラック八幡にしかなっていないので苦労です。


尚、今回使わなかった没ネタ。


「それで、あなたがここに来た理由を教えてくれるかしら?」
「クッキーの作り方を教えて貰いたくて……」

はにかむ結衣。そんな結衣に八幡は念の為聞く。

「自分で少しでも調べたのか?」
「ううん、全然」

そんな結衣に八幡は判決を下す。

「すぐにスマホでググれ」


以上です。


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第7話 俺にこんな雰囲気は似合わない

雪乃ちゃんもヒロインとして頑張らせたく思い今回はいじめていません。
その変わり八幡がただのイケメンにしかなっていない。何故?


 先程まで泣いていた女の子と一緒というこの状況に八幡はやはり気まずさを覚える。

これがまだ関係のない人間ならそこまで気にしないが、流石に自分が原因となれば気にしないわけにもいかない。

八幡にとってある意味初めてのことだった。

妹の小町に泣かれることはこれまで何度かあったが、家族ではない他人に自分の事で泣かれたのは彼のこれまでの生に於いて初めてだったのだ。

今までそれなりに色々な事を経験してきたつもりではあったが、まだ16年しか生きていない彼はまだ経験不足である。

だからなのか、この状況を八幡は持て余していた。

別に何か引け目があるわけではない。

要は一年前に飼い犬を救ってもらったお礼を今言われているということなだけ。

だと言うのに、何故こうも気まずいのだろうか?

相手に泣かれるだけでもあれなのに、何故か相手は自分に対し恩以外にも何か感じているらしい節が見られる。その感情が何なのかは分からないが、あの潤んだ瞳に見つめられるのは妙に落ち着かない気分にさせられた。

 

(本当に………どうすればよいのやら)

 

まったくもってその言葉に尽きる。

そんなわけで気まずさと妙な雰囲気の中、何とか聞きだした依頼が『クッキーの作り方を教える』こと。

それだけなら問題はないのだが……。

 

(何でよりによって『俺』へのお礼として送るためのクッキーなんだよ……)

 

そのクッキーの送る相手というのが自分だというのだから余計にややこしい。

それをどう説明すればよいのか分からずに八幡はこうして困っているわけだ。

傍から見れば明らかに『青春』している光景。されど本人はこれが青春だとはまったく思えず困るのみ。これがどこぞの『孤独で捻くれた少年』なら色々と捻くれた答えを出すのだろうが、残念なことに彼は捻くれる前に世間の厳しさを身に染みこませられたのでより現実的にクレバーになっている。

だから面白い返しなど出来ないし、変な警戒心も抱かない。

ただ、困るのみ。

そんな彼に救いが来たのか、軽く扉をノックする音が鳴り扉が開かれた。

 

「もういいかしら? 比企谷君、依頼は聞けたの? あぁ、貴方のような話し下手では聞けなかったわよね、ごめんなさい」

 

室内に入ってきた雪乃にそう言われ、八幡はこの状況から脱することが出来る有難みと何気に貶されていることに脱力しながら答えた。

 

「一応は聞けたよ。後会話下手なのは認めるが、だからと言って何も話せない程下手糞でもないっての」

 

八幡の言葉に雪乃は軽く頷くと依頼について八幡に話すよう促す。

 

「それで依頼は何なのかしら?」

 

その言葉に八幡は少しだけ困り、結衣は再び顔が赤くなっていく。

この時、何故か八幡も気恥ずかしさを感じていた。

 

「あ、あぁ、由比ヶ浜の依頼だけどな………そのだな、クッキーを相手に贈りたいらしいんだが、作り方が分からないから教えて欲しいらしい」

「う、うん、そうなの! 私、こういうのって初めてだから……」

 

八幡の言葉に結衣は力強く頷くのだが、その後何度も八幡の方に目を向けているため、『誰に贈るのか』バレバレであった。

それは勿論八幡にもバレており、内心少し焦る八幡。

 

(おい、由比ヶ浜! せっかく人が誤魔化してやったのにそんなんじゃバレバレだろ! 何、寧ろバレたいのか、こいつは!)

 

実はその様子が可愛くて顔が熱くなるのを感じる八幡だが、勿論ばれないように顔はいつもと同じ気だるげなものを装う。何故だか知られたくなかった。

八幡のことはそれでバレなかったが、結衣の行動に雪乃は呆れ返ったため息を吐く。

 

「惚気なら余所でやってもらいたいのだけれど」

「の、惚気ッ!? そ、そんなこと………ぅぁ~~~~」

 

その言葉にボンッと顔が真っ赤になって蒸気を噴き出す結衣。八幡は初めて蒸気を噴き出す人間というのを見た。

見ていて面白いと思わなくもないがこれではまったく進まないし、何より結衣に有らぬ嫌疑をかけてしまいかねない。

 

『これはあくまでもお礼。一年前にあった出来事へのお礼と感謝を込めての贈りもの』

 

なのであって、決して相手に好意を抱きプレゼントしたいというわけではないのだ。

変な誤解は結衣の今後の学園生活によろしくない。

故に八幡も口を出す。

 

「いや、これは惚気とかじゃない。実はな、一年前に由比ヶ浜の飼い犬が車に轢かれそうになった時に助けたことがあったんだよ。それでその時のお礼が言いたかったらしいんだが、クラスが違かったし俺はバイト三昧であまり学校に居なかったら出会うことがなくてお礼を言えずじまいだったらしい。それが2年になって俺と同じクラスになったからお礼を言おうと思ったんだが、流石に一年も前の事で今更お礼だけっていうのはあんまりだと思ったらしくてな、それでクッキーを贈りたいんだと。お礼は受けたし俺も気にしてないんだが、由比ヶ浜がそれだけじゃ納得できないってことでこうなったわけだ。だから変な邪推とかはするなよ」

 

八幡にしては珍しく一気に語った。それはもう見事な説明口調で、感情の籠らないテストの例文を読むが如く丁寧に。

それを聞いた結衣は少しだけシュンとしていたようだが、雪乃は少し様子が違っていた。

まるで信じられない何かを見たかのように目を見開き、震えそうになる声を何とか抑えつつ八幡に問いかける。

 

「ひ、比企谷君、それは去年のいつ頃の話なの………」

 

雪乃の様子に少し違和感を感じ八幡は警戒しつつ答えた。

 

「俺も由比ヶ浜に言われるまですっかり忘れてたけど、去年の4月、入学式の早朝だ。今にして思えば由比ヶ浜、何で入学式の前に犬の散歩なんてしてるんだよ」

「そ、その、毎日の日課だったし、あの時は私も入学式で色々と緊張してたからほぐすにはちょうど良かったの。まさかあんなことになるなんて思ってなかったけどね」

 

八幡に話を振られ、結衣は慌ててそれに答えた。

それ自体に意味はないのだが、雪乃の目は確かに何かを思い出していた。

 

(入学式の時、人を轢きかけた………まさか、アレが比企谷君だったの!?)

 

彼女の頭の中では当時の事が再生されていた。

去年の4月、入学式の朝。雪乃は初登校ということもあって彼女の実家である雪ノ下家のリムジンに送られていた。

別になんて事のない日、彼女にとって親の過保護が目立つ程度に思っただけの日だった。しかし、その途中で突如としてそれは変わる。

いきなり飛び出してきた犬。そしてそれをかばうように飛び出してきた人。

車の速度は法定速度よりも多少だけ速めだった。ブレーキをかけても絶対に間に合わない距離。車内で運転手と彼女の悲鳴が響き渡り、彼女は目を瞑ってしまった。

硬く閉じた目は何も写し出さない。しかし、ぶつかる前の光景を彼女の目は確かに焼き付けていた。

その先にある結果を見たくない。でも、このままではいられない。

故に彼女は目を開けた。

そしてその先には……………何もなかった。

先程までいた、本来ならどうあっても回避不可能で轢かれているはずだったはずの人も、その人に庇われた犬も、何もかもがいなかったのだ。

その何でもない光景が逆に不気味さを呼ぶ。

まるで先程まであったはずの悲劇がなかったことにされたかのようになり、まさにホラーと呼んでも差し支えない。

その事が余計に彼女の恐怖を煽る。

その後、しばらく放心していた運転手を置いて彼女は一人で学校へと向かうことに。

その前に車の周りを調べたが、ぶつかったような形跡は一切なかった。

以上が彼女にとって記憶に残る高校の初登校の日。

あの時の言い知れぬ恐怖は今でも彼女の心に刻み込まれ、今でも忘れることができない。あの時結局どうなったのかと。

何も出ていない、証拠もない、ぶつかった形跡もない。

しかし、彼女は確かに見たのだ。車の前に出た人影を。

その今まであった恐怖の疑問が今、まさかこのように明かされるとは思っていなかっただろう。

雪乃は信じられないと口をパクパクとしてしまう。

その様子があまりにも似合わないためか、馬鹿にされている八幡でさえ心配になって話しかけた。

 

「おい、雪ノ下、大丈夫か? 何か凄い顔してるぞ」

「え、えぇ………なんでもないわ………」

 

何とかそう答える雪乃だが、その声は震えているし顔は真っ青に変わっている。

いくら人間として駄目な八幡でも、流石にこれはどうかと思い少し強引に雪乃に近づいた。

 

「少し悪いが額に触るぞ」

「え?」

 

まさに手慣れた動作の如く、一分の隙もない無駄なき動きで八幡は雪乃の額に手を触れた。

八幡の手から伝わってきたのは、女の子特有のやわらかな肌の感触と少しひんやりとした体温。それらを分析しつつ八幡は雪乃の告げる。

 

「熱はないようだが、寧ろ体温低くないか? ちゃんと寝ないと駄目だぞ、マジで。これ経験談な」

「ッ~~~~~~~~~~~~!?」

 

まさか異性に、それも毛嫌いしていた男に額をマジかで触られ声にならない声を出してしまう雪乃。その際に顔も真っ赤になっている。

彼女はそんな反応を見せるや否や、急いで八幡から離れた。

 

「べ、別に何でもないから! それよりも無断で女の子の額を触るなんて、貴方は訴えられたいのね、この変態、痴漢、ヒキガエル!」

「心配したのに何でこんなに罵倒されてるんだ、俺?」

 

雪乃からの罵詈雑言に八幡は呆れて反応する。

そんな彼だが、何故か横を向くと結衣がどうにもむくれていた。

 

「どうかしたか、由比ヶ浜?」

「何でもない、ふん!」

 

何故か機嫌が悪くなる結衣に八幡はわけがわからなくなる。

そしてこの状態は少し続き、雪乃が落ち着き始めてから改めて依頼の話をすることになった。

 

「由比ヶ浜さん、貴方の依頼は分かったわ。でも今からは少し無理よ。何せ家庭科室の使用申請に材料の用意をしなければならないから。材料はあるかもしれないけど、使用申請は事前に出さなければいけないのよ」

「そっか~、残念かも」

 

雪乃に言われて結衣は少し肩を落とす。

そんな彼女と雪乃に対し八幡は待ったをかけた。

 

「ちょっと待て、二人とも」

「何かしら?」

「何?」

 

待ったをかけられた二人の視線を受け、八幡は自分なりにしてやったりといった笑みを浮かべる。傍から見たら犯罪者のにやけ顔にしか見えないが。

 

「すぐに家庭科室の使用許可は出るぞ。何せ…………この部活動の時に限り、そういった学校内の施設の使用を優先的にしてもらえるようにしてもらったからな。勿論平塚先生との契約だ。俺が部活に入る際にあの後条件として言ったんだよ。『学校内の施設を使用する場合は最優先で使用できるようにしてもらいたい。それが部活に入っても良い条件です』ってな。だから申請の紙を提出すれば直ぐに使える。文句を言われたら平塚先生に言うように言えばいい。だからさ………」

 

そこで言葉を切った八幡は二人の顔を見ながら言う。

 

「これからクッキー、作りに行こうぜ」

 

 

 こうして3人は家庭科室へと向かって行った。

 



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第8話 俺に仕事がないわけじゃない。

どうにも評価が両極端な今日この頃。
でも一生懸命頑張って、もっと八幡を頑張らせます。


 結衣と雪乃の二人を連れて八幡は家庭科室へと歩いていく。

その道中に少し奇妙なものを見る視線を道行く生徒達に向けられたが、八幡は気にすることなく歩き続ける。

仮にも学園でも有名な美少女である雪乃とかなり可愛い部類に入る結衣。そんな二人と一緒に行動しているのが目が濁り切った変質者に見間違われるか心配になるレベルの八幡なのだから、悪目立ちも良いところである。

いつもなら目立つことを嫌う八幡であるが、流石にこればかりはどうしようもないと諦めた。

別に周りの視線から自分と言う存在を消す方法はある。いつも仕事でやっている『それ』を使えば、確かに皆八幡の存在を感知することは出来ないだろう。

だが、それをしたら今度は結衣と雪乃が困惑してしまう。何せいきなり『消える』ようなものなのだから。

流石に日常生活でそれを使う気はないのでまずしない。故にこれは仕方ないことだ。

そう割り切りながら歩くこと約10分弱、3人は家庭科室についた。

部屋に入り、3人でクッキーに使う調理器具を揃える。それを終え次第、3人は話しあうことにした。

 

「それで由比ヶ浜さん、貴方はどういうクッキーを作りたいのかしら?」

 

クッキーと言えど種類はいくつもある。その中で作りたい希望があるかを雪乃が聞くとい、結衣は八幡の方に目を向けて顔を赤くしつつ答えた。

 

「その、やっぱり美味しいクッキーの方が良いかな。食べて貰って美味しいって言ってもらいたいもん」

 

顔を赤らめつつもじもじとしながら答える結衣の姿は傍から見ても恋する乙女の顔であり、恋愛をしたことがない八幡が見ても可愛いと感じさせられた。

それが理解できなくてもその意気込みと思いは十分に伝わり、自分の為だということを知っているだけに尚顔が熱くなるのを感じた。

勿論それを知られないように表情には出さないようにしていたのでバレてはいないが、結衣の感情はバレバレであった為に雪乃は呆れ返る。

 

「まったく、さっきも言ったけど惚気なら余所でやりなさい」

「べ、別に惚気てなんかいないって! そ、そういう仲にはまだなってないし………」

 

小さい声でそう呟く結衣。その様子に尚雪乃は呆れて八幡に目を向けるが、八幡は結衣の言葉の意味が分からないのか表情が変わらない。

この二人は知らないが、八幡にある区分は少なく『知り合い、戦友、上司』の三つであるそれ以外は他人でしかない。だから彼には『恋慕』というものが良く分かっていない。

だからなのか、このまさに青春な状況に気付けない八幡は異様と言えた。

そんな実に『鈍感』な彼にも呆れつつ、雪乃は結衣に話しかけた。

 

「まぁいいわ。とりあえずだけど、由比ヶ浜さんには普通のクッキーの作り方を教えようと思うの。確か初めてなんでしょう、こういうお菓子を作るのは?」

「う、うん。今までこう言うことはやってこなかったから」

「初心者に難しい物を作らせるわけにはいかないわ。だからまずは基本的なものからにしましょうか。それが出来れば今後はもっと難しい物も作れるようになるはずよ」

 

今日教えるクッキーのレシピを軽く説明する雪乃。彼女の説明を一生懸命に聞いてやる気を漲らせる結衣。そしてそんな二人を見ながら疎外感を感じる八幡。

別に二人の中に入りたいとか一緒にクッキーをつくりたいとか、そんなことを思っているわけではないのだが、奉仕部に来た依頼なのだから自分の何かした方が良いのではないかと思わなくもないのだ。

しかし、この状況で八幡が出来ることはない。

これがただのクッキー作りの教え方だと言うのなら問題なく参加するのだが、『八幡に贈る為のクッキー』を作るのに自分が手伝うと言うのはあまりにも皮肉過ぎる。

だから手伝うこともできず、八幡は椅子に座りながら二人を眺めていた。

そんな八幡の視線を感じてか、結衣は八幡に向かって頬を赤らめつつも話しかけた。

 

「待っててね、ヒッキー。凄く美味しいの、頑張って作るから!」

「お、おう……」

 

結衣の意気込んだ様子に驚きつつ八幡は返事を返す。

しかし内心は別のことを突っ込んでいた。

 

(その意気込みは結構だが、『ヒッキー』ってあだ名は決定なのか?)

 

別に八幡は引きこもりではないのでそう言われるとどうにも否定したい気持ちで一杯になる。しかし、結衣はもう変えそうになさそうだったので諦めた。

 

 

 

 そんなわけで始まったクッキー教室。

雪乃を教師役として結衣はクッキーを一緒に作ることに。

八幡はすることがなく、仕方なく椅子に座って二人を眺める。

 

「んしょ、うんしょ……」

「もう少し手早く混ぜて。って違うわ、そうじゃなくてもっと生地を切るようにヘラを動かすの」

 

見ていて分かることだが、やはり初心者である結衣の作業はぎこちなく、雪乃から度々注意を言い渡されていた。

それを聞いて結衣は一生懸命に言われた通りにするのだが、何故か上手くいかずにより酷くなったりしていた。

その所為なのか、二人のやり取りはてんやわんやとしていて大変な様子である。

そんな様子の二人を眺めつつ、八幡は少し昔を思い出していた。

それはまだ彼が10にも満たなかった時の頃。父親を亡くして大変だったあの頃。

料理もまともにできなかった彼は、妹の為に四苦八苦して何とか食べられるレベルの物を作れるようになるまでに色々と苦労したのだ。今では妹の方が腕が上で意味すらなくなってしまったが。

そんな当時のことを思い出し、八幡は笑う。

 

「『健全に一生懸命』に頑張る姿ってのは、なんか良いもんだな。俺もあの時はあんな風だったのかもしれない」

 

軽くそう呟きまた微笑した。

今ではすっかりしなくなった『健全な努力』というのが彼にはまぶしく、それでいて愛おしく見えたのだ。今の自分は努力こそ常にしているが、それはあまりにも『健全』ではないから。

そんな風に二人の様子を微笑みながら見ていた八幡であったが、出来あがった物を見た瞬間にその顔はひきつった。

 

「こ、これは…………」

 

八幡の前に出されたのは真っ黒い塊。

異臭らしい異臭がしないのが救いだが、明らかに人が食べるものじゃない。

そんなものを前にし、実に気まずそうにする雪乃。結衣はもう下を向いて泣きそうになっていた。

 

「何でちゃんと教えてるのにこうなるのかしら……」

 

きっと彼女なりに真面目に教えたのだろう。

そして普通ならどうやったってこんな風にならないはずなのになってしまった現象に雪乃はがっくしと項垂れる。

 

「ご、ごめん、ヒッキー。やっぱりこんなの贈れない……捨てるしか……」

 

結衣は一生懸命作っていただけに失敗したことが悲しいようだ。

とはいえこれが出来あがった精一杯。とりあえず持ってきたとはいえ食べて貰おうとは思わなかった。

しかし、そんな結衣に対し、八幡は普通にそれを手に取り………。

 

「ん………」

 

食べた。

 

「なっ!? 比企谷君!!」

「ヒッキー、駄目だよそんなの食べちゃ!?」

 

まさか食べるとは思っていなかったであろう二人の声が家庭科室に響く。

八幡はそれを聞きつつもまるで何事もなかったかのようにクッキーを租借していた。

 

バリバリ、ゴリゴリ。

 

クッキーにしては不適切な音が口の中から聞こえてきて、甘さは一切感じず苦さだけが口に広がる。そして口の中に充満する焦げた風味はもう失敗どころでは済まなくなるほどに程に酷かった。

正直食べ物として失格していると言わざる得ない。

だと言うのに八幡は何も言わずに皿に乗っていたクッキーらしきものに手付け続け、ついには全部食べきってしまった。

それまでが無言であっただけに雪乃と結衣の二人は八幡に視線を集中させてしまう。

二人の視線を感じつつ、八幡は口を開いた。

 

「ごちそうさま」

 

食べ物を作ってもらった事への感謝の気持ち。それをまず言い、次に二人が気になっているであろう評価を口にする。

 

「正直………ここまで酷いクッキーは初めてだ。焼く時間をどういじったらこんなになるんだよと突っ込みたくなるくらい、これはクッキーとして最悪だった。寧ろ石炭と一緒に混ぜて蒸気機関車にくべてもバレないくらい、こいつは消し炭だったよ」

 

その感想に雪乃はやっぱりと言った感じに額を抑え、結衣は分かってはいたが涙が零れ落ちそうになる。

これだけ聞けば予想通りの最悪の結果にしかならない。

だが…………。

 

「でも」

 

そこで言葉が続き、結衣は八幡の顔を見つめてしまう。

そこにあったのは何と言うか…………父性あふれるような優しい笑みだった。八幡にしては珍しく目が濁っていない。

 

「由比ヶ浜が一生懸命に作った気持ちは確かに伝わってきた。だからこれは………『美味かった』よ、由比ヶ浜。ありがとな」

 

その言葉に結衣は何故か泣き崩れてしまった。

 

「ひ、ヒッキー……………」

 

彼女は今、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。

酷い物を出してしまったことへの後悔、しかし自分の気持ちが確かに伝わったことへの嬉しさ。それがごちゃまぜになりどうしてよいのか分からなかったのだ。

ただ、胸が温かくなるのを感じた。

その様子を見て雪乃は少しはマシになったと思ったのか軽く微笑む。

さて、これだけ見れば大した青春だが、八幡の中ではそうではなかったりする。

確かに彼の言うとおり、このクッキーは最悪だった。でも………まだ食べられるだけマシだったのだ。

彼の経験上、それ以上にヤバいうものを食べたことがあった。

世界一まずい飯の国を称される国の軍隊レーション。その中に入っているビスケットは、それこそ本当の意味で『不味い』のだった。あれほど酷いものを八幡は食べたことがなく、それ故に結衣が作ったクッキーはまだマシだったのだ。少なくとも歯が折れかけたり口の中を切り裂くほど硬くないだけマシ、というのが八幡の談。

だからこの程度はまだマシだったのだ。まだ食べられるだけ有りがたい。

八幡は少し苦いと思いつつも、せっかくだから結衣にある提案をしようと思った。

もうお礼とクッキーは貰ったのだから依頼は完了したと言ってよい。しかし、その形がこれと言うのはあまりにも酷い。

だからもう少し丸めることにした。

 

「せっかくだから由比ヶ浜。俺が今度は一緒にクッキーの作り方を教えてやるよ。お前でも出来る、俺の思い出の味ってやつをさ」

 

 その言葉に今度は結衣が固まった。

ただ、今の彼女の心は喜びに満ちてあふれているようだった。それを証明するかのように、彼女は本当に嬉しそうに返事を返した。

 

「う、うん!」

 

こうして今度は八幡が彼女にクッキーを教える事となったのだ。



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第9話 俺の思い出のレシピはオシャレじゃない

作者の大好きなレシピですね。


 何故そんなことを言ってしまったのか、全く分からない。

八幡は言った後にそう軽く考える。別にそんなことをする必要などどこにもなかった。

確かに美味いクッキーではなかったが、それでもお礼として受け取ったからには過去の話と合わせて謝罪は完了している。だから本来、そういう必要はまるっきりなかった。

だというのに八幡は結衣を見て言ってしまったのだ。

 

『一緒にクッキーを作ろう』と。

 

もうクッキーの必要はないのに何故そう言ってしまったのか。

彼なりに考えるが、その答えには行きつかない。ただ、敢えて言うのなら、結衣の思い出を美しい形にしてあげたいと思ったのだ。

せっかくお礼として渡したクッキーが美味くないという失敗にしてあげたくなかった。彼女の頑張る姿を見て、それに応えたくなったのだ。

だから八幡はこうして提案したわけである。

可笑しいと思いながらも悪くない気持ちで。

そんな八幡の申し出に結衣は嬉しそうに答え、雪乃は不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「そう、なら私は見物に回るわ」

 

まるでお手並み拝見だと言わんばかりにそう答えると、近くにあった席に座り始めた。

そんな雪乃の視線を受けつつ、八幡は結衣と共に行動に移る。

結衣は再びエプロンを付ける。先程まで付け方が分からずに雪乃に注意されていたが、どうにか自分で付けられるようになったようだ。

そんな結衣を見つつ、八幡はただ制服の上着を脱いで腕をまくるのみ。

それだけだったのが不思議だったのか、結衣は八幡に問いかける。

 

「ヒッキー、エプロン着けないと汚れちゃうよ?」

「いや、これで十分だ。これからやるクッキーはそんなに凝ったものじゃない」

 

八幡はそう言いながら手を水道で手を洗う。その動作はやけに手慣れており、その様子に結衣は見入ってしまう。

そして始まるのは八幡主導によるクッキー講座。

その前に行われるのは、先程まであった結衣のクッキーを作る様子の感想であった。

 

「さっきまで由比ヶ浜の作ってる様子を見ていて分かったんだが、由比ヶ浜ははっきり言って手先が不器用な上に大雑把だ。菓子作りなんて言う細かい事は向いてない」

「昔から思ってたけど、こうして言われると尚更きついかも……」

 

八幡の酷評にさっそく心が折れかける結衣。涙目になってしまうあたり、彼女の精神は強くないようだ。

そんな彼女の様子を見つつ、八幡は続きを話す。

 

「それに今までそういった事をやってこなかっただけに、その手の常識がまったくない。雪ノ下の失敗はそれが当たり前だと言う前提だ。こいつにはそれこそ箸の持ち方レベルから教えてずっと目を離さずにいなきゃ駄目だ」

「流石にそれは言い過ぎじゃないかしら」

「事実を言ったまでだ。それは今思い出して分かり切っているだろ」

 

こうしてはっきりと口にされて、流石にフォローできない雪乃。

確かに教えるのに苦労したが、そこまで酷くは言えなかった。

そこまで言われてさっきまでの優しい雰囲気なぞ何処にいったのかと言わんばかりのスパルタ酷評にもう結衣のライフはゼロになりかける。

 

「だからこそ、そんな壊滅的に駄目な由比ヶ浜でも出来るやつを教えてやる。俺はお前のことを一時も目を離すつもりはないから覚悟するように」

「う、うん……」

 

まったくそんな意味はないのに、そう言われて結衣は顔を真っ赤にする。

その様子に呆れてしまう雪乃。そんな二人の視線を気にせず、八幡は早速材料をそろえ始めた。

 

「まず使うのは小麦粉、バター、砂糖、塩の4つのみ」

 

それまで使っていた材料の中からそれだけを引き出す八幡。それ見た結衣は早速八幡に質問する。

 

「それだけでいいの? さっき雪ノ下さんに教わった時は他にも卵とか入れたけど?」

「入れたり入れなかったりらしい。俺の場合は入れない」

 

そう答えた八幡は結衣に指示を出し始めた。

 

「由比ヶ浜、小麦粉を100グラム、バターを50グラム、砂糖は30グラム程、塩は適量でいいか。それを量ってくれないか」

「うん、わかった」

 

八幡に言われ、覚束ない手つきで何とか言われた材料を量る結衣。それまでやっていた事もあって多少はマシになっている。

そして量り終えるなり八幡は次の指示を出した。

 

「小麦粉を篩にかけ、かけ終わったらバターを切り混ぜ、そして砂糖を入れたら均等に混ざるまで練り続けるんだ」

 

そう言われて言われた通りにする結衣なのだが、やはり手間取っているようだ。

そんな様子の結衣に八幡はまるで身を寄せるように近づけた。

 

「由比ヶ浜、もっと大胆でいい。思いっきり混ぜ合わせて一まとまりになるくらい。こんな感じでだ」

「ひ、ヒッキー!? ち、ちかッ」

 

目と鼻の先にまで近づかれて顔を真っ赤にしながら慌てる結衣は、更に八幡が自分が混ぜている生地に手を入れて一緒に混ぜ始めてしまったことで手が触れ合ってしまっている所為でそれこそ心臓の鼓動が高鳴ってどうしようもない。

 

(ヒッキーが近すぎだよ~! うぅ、目は確かに怖いけど、やっぱりこうして見ると格好いいかも……)

 

そんな結衣の心情などまず知らず、男女間における純情というものなど何処かに置き忘れてしまった八幡は気にせずに続ける。

 

「まとまったらメン棒で伸ばし長方形に」

「こ、こんな感じ?」

「そうそう、そんな感じだ。それが出来たら冷蔵庫へ。約15分程冷やす」

 

そして生地を入れて15分程経った所で生地を取り出し、八幡は結衣に続きを説明する。

 

「冷えた生地を包丁で小さい長方形ブロックに切る。手を切らないように気をつけろよ」

「流石にそんなヘマしないよ……って危な!」

 

危ない手つきで生地を切る結衣に八幡は少し呆れつつ、ここからが正念場だと思いながら指示に力を込めた。

 

「オーブンを余熱で温めておき、温め終わったら鉄板にクッキングシートを敷いて上に生地を乗せる。乗せ終わったらここで塩の出番だ。塩を一摘みし、それを振りかける。振りかけ終わったらそれをオーブンに入れて完成だ。焼く温度は150度で25分。絶対に間違えるなよ」

「う、うん、頑張る!」

 

言われた通りに結衣はするのだが、オーブンの設定に危うく間違えかけた。

 

「由比ヶ浜、落ち着いて作業しろ。焼く温度は150度だ。25度じゃないし、150分でもないからな」

「ご、ごめんヒッキー。うん、気をつける! 150度だね」

 

何とかオーブンの設定を終えて待つこと約25分。

終了の音とともに結衣が出そうとしたが、八幡は少し慌てて結衣の手を掴んだ。

 

「ストップだ、由比ヶ浜! まだ熱いから絶対に出そうと思うなよ。後10分程待ってから布を使ってオーブンから取り出すんだよ」

「ひ、ヒッキー、手、手ぇ~!」

 

手を掴まれたことでボンッと顔を真っ赤にして蒸気を出す結衣。

乙女心は大変らしく、今彼女の胸はキュンキュンと高鳴っていた。

 と、まぁこんなことがあったが何とか無事にクッキーはその姿を八幡達の前に表した。

 

「わぁッ!! ちゃんと焦げてないクッキーになってる」

「確かに焦げていないわね」

 

出来あがったクッキーを見てハシャぐ結衣に少し驚く雪乃。

そんな二人の様子を見ながら八幡は少しだけ苦笑しつつ説明を始めた。

 

「由比ヶ浜に作らせたのはスコットランド発祥のクッキーである『ショートブレッド』だ。もともと紅茶菓子として作られたものだから紅茶との相性はいいし、材料も単純な上に作業量も多くないから簡単に作れる。これが由比ヶ浜にも出来るクッキーってわけだ」

 

その説明を聞いて関心する二人。

そして食べると二人とも普通に驚いた。

 

「「美味しい!」」

 

その様子を見て八幡は結衣に問いかける。

 

「どうだ、由比ヶ浜。美味いクッキーは出来たか?」

「う、うん! ヒッキーのお陰だから少し複雑だけど、でも確かに美味しい!」

「それは良かった」

 

結衣の嬉しそうな笑顔に八幡は頷き返した。

嬉しかったのは結衣のはずなのに、何故か八幡も悪い気はしなかった。

 

 

 

 その後、結衣は八幡と雪乃にお礼を言って帰って行った。

 

「ヒッキー、雪ノ下さん、今日はありがとうね! また明日、学校で!」

 

そう言って帰る結衣の背中を見つつ雪乃は八幡に話しかける。

 

「結局殆ど貴方がしているようなものだったけど、これでよかったのかしら?」

「別にいいんじゃないか。俺へのお礼って点でなら、あのクッキーを渡された時点でもう終わってる。だからその後のあれは頑張ってた由比ヶ浜へのご褒美みたいなもんだ。せっかく頑張ったのに失敗したままなんて可哀想だからな」

 

その言葉に雪乃は少し意外そうな顔で八幡に言う。

 

「少し意外かしらね。貴方がそんな事を言うなんて。てっきり作れないのは仕方ないんだから諦めた方が建設的とでも言うかと思っていたわ」

「まぁ、普段ならそう言ってたかもしれないな。でも………そう言えるのなら寧ろ言いたいんだよ、俺は。『本当に言えない時』ってのは、それこそ些細なミスでも取り返しがつかなくなるから。だから今回みたいなのは……由比ヶ浜が本当に頑張ってるから、それに応えたくなっただけだ」

 

そう答える八幡。その顔は何処か悲しそうであり、少しだけそれに見入ってしまっていた雪乃は話題を変えるように話を振った。

 

「でも、今回の依頼、本当にあれでよかったのかしら? 私は、自分を高められるなら限界まで挑戦してみようと思うの。それが最終的には由比ヶ浜さんの為になると思うから」

 

その真剣の入った考えに、八幡は少し緩んだ顔で答えた。

 

「俺はあれでよかったと思うよ。結局、どんなに頑張ったってそいつの為になるかどうかはそいつ次第さ。自分に入ってきたものをどう吸収するかは自分次第なんだからよ」

 

 

 

 こうして初めての依頼は終わった。

その夜、自宅のソファに横になった八幡に向かって小町が愉快そうな笑みを浮かべて問いかけてきた。

 

「初めての部活はどうだった、お兄ちゃん」

 

その問いかけに八幡は顔を覆ったタオルを掴みつつ答えた。

 

「あぁ………凄く疲れた。それこそ働いている方が楽なくらいにな」

 

まさに疲れましたと言わんばかりの対応は、まるでくたびれたサラリーマンを連想させる。

そんな八幡に小町は何やら嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう言う割にお兄ちゃん、顔が何やら嬉しそうだよ」

「え?」

 

言われるまで気付かなかったが、八幡の顔は確かに笑っていた。

 

 こうして彼の初めての部活は終わりを迎えたのだ。

 



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第10話 俺の部活は青春ではない

かなり長くなってしまいましたね、これ。
そして八幡、手前は誰だ!?


 目の前をいくつもの銀閃が襲いかかる。

それらはすべて殺意を込められ、一つでも当たれば致命傷は避けられない。下手をすれば一撃であの世へと旅立つことになる。

その絶対恐怖の銀閃に対し、彼は怯えることなく対応する。

その手に持った同じく銀に輝く刃を持って、受け止め流し迎撃する。

そしてお返しと言わんばかりに今度は彼が刃を持って襲いかかった。

相手の首筋、心臓、目、内臓、当たれば確実に行動に支障を来す、もしくは死ぬであろう致命箇所に向かって高速で刃を振るう。横に薙ぎ、縦に下し、一点に突く。

相手はそれ等を少し焦りつつも何とか回避する。避けられないものは受け止め流し、避けられるのなら身を仰け反ってでも避ける。

そんな相手に彼は更に追撃を仕掛ける。瞬時に最高速に達して連続の突きは一撃必殺。それが襲いかかり、相手はそれこそ悲鳴を上げながら貰わないように必死に防ぐ。

 

「危っねぇなぁ~、おい! 本気で殺す気だったろ!」

「それぐらいしないと訓練にならないだろ。それにあれぐらいなら防げるだろ、お前」

「まぁね」

 

彼の言葉に相手は笑いながら頷いて見せた。

その反応に満足し、二人は再び構え、そして刃を交え始める。

そんな二人の激突により空間内に金属同士による激しい激突音が響き渡った。

 

 

 

 現在八幡が居るのは地下。

ここは彼のアルバイト先である『株式会社三雲清掃業』、その地下にある訓練場だ。

表では普通の清掃業だが、裏では政府請け負いの『掃除人』をしている。裏稼業の組織なのだ。

その中で実働部隊である彼等『レイスナンバーズ』には当然それ専用の設備があり、彼はそれらを使って常に任務に備えて鍛えている。

それは八幡も例外ではなく、普段バイトがあるという場合は殆どがこういった『訓練』だったりする。たまにバイトが遅くなる場合があるが、その場合は『仕事』なのだ。

だから八幡は現在バイト中。会社に来てから地下の訓練場でこうして戦友達とその腕を磨き合っているわけだ。

八幡と向かいあっているのは彼よりも歳が上の男。

年齢は20代中盤と言ったところだろう。染め上げられた茶髪が歳の割に無邪気さを感じさせ、その瞳は妙に悪戯の心を忘れさせない少年のような印象を感じさせる。

この男の名は『雑賀 静州(さいが せいしゅう)』…………八幡と同じ『レイスナンバーズ』であり、彼が信用している戦友。『レイス7』のコールサインを持つ凄腕の狙撃主である。

基本八幡のバックアップに付くのは彼であり、二人で組まされるのはよくあること。つまり八幡の女房役のようなものなのだ。

そんな雑賀 静州ことレイス7はこうしていつも八幡と共に訓練をしている。

今回も彼が苦手とするこうして近接戦闘の訓練をしているわけなのだが、その最中にレイス7はニヤニヤと笑い出した。

いきなり笑い出したことに不審に思い警戒心を顕わにする八幡。彼が知るこの男というのは、こんな風に笑う時に大概碌なことを言わない。

そんな八幡の心情を察したのか、更に愉快そうにレイス7は笑った。

 

「そう言えばハチ、お前部活に入ったんだって」

「………何で知ってるんだ」

 

部活に入った件は課長である武蔵おじさんにしか報告していない。

なので彼がその事を知っているはずがないのだ。だからこそ、より警戒を顕わにする八幡。傍目には気付き辛いが、明らかに機嫌が悪くなっていた。

彼等はレイス、その能力は戦闘に限った話ではない。諜報は勿論機械工学だの情報操作だのと様々なことに精通している。得意不得意は有れど、基本は大体出来る。だから八幡のことを調べようとすれば出来なくはない。ただし、同じことが出来るということは、勿論それに気付けるということ。八幡はもしや自分が気付かない内に調べられたのかと思い少し苛立つ。そこまで諜報などが得意と言うわけではないが、隠密行動と察知にはそれなりの自信があるので、その自身に少し罅が入りかけた。

しかし、そんな八幡の考えは杞憂だったようだ。

レイス7はニタニタと笑いながらその答えを教えてくれた。

 

「そんな警戒すんなって、別に俺は何もしてないからさ。この間課長がかなり嬉しそうに皆に語ってたぞ。『八幡君がやっと年相応の事を始めた』ってな。あの人子供とかいないから、お前のことはマジで息子みたいに思ってるからなぁ。嬉しかったんじゃねぇの」

 

その答えに八幡は頭痛を感じ顔をしかめた。

 

(何でそう喜ぶかなぁ、あの人は! 確かにガキの頃から世話になってるから向こうからしたらそんな風に見えなくなくもないかもしれないが、それでもそんなに喜ぶことか?)

 

八幡には分からないが、父親代わりの課長にはその事が嬉しかったらしい。

その割に仕事はしっかりしろという辺り、公私混同具合が分かりづらい。

だからなのか八幡は呆れ返る。この訓練が終わったら文句の一つでも言おうと心に決めた。

それで終わるのなら何もなかったのだが、それだけで目の前の男がこうも笑うわけがない。その考えを肯定するように彼はもっとも笑える本題を口にした。

 

「しかもアレだろ? 他の部員は女子が二人だけで、両方とも凄い可愛い娘なのな。雪乃ちゃんはクールビューティーな感じが堪らないし、結衣ちゃんはすごい巨乳だろ。何、そのハーレム? お前ハーレム王にでもなるってか? いやぁ、可愛い子ちゃん達と一緒の部活なんて、まさに青春じゃねぇか、このこの~!」

 

からかう気満々のレイス7。そんな彼に八幡は違うと言いたいが、言ったところで変わらない。この男はからかう時は極端にからかうからだ。

ニヤニヤと笑う彼が煩わしいと思った八幡は、その口を塞ぐために行動を起こす。

彼が言っているようなことは断じてない。雪乃は寧ろ八幡のことを嫌っているし、結衣に関しては八幡に恩を感じているからこそあのような反応を示すのだろう。彼自身他人から好意を向けられることがないことは分かり切っているのだから。(超鈍感)

八幡はケラケラと笑っているレイス7を尻目に、背後で見ているであろう事の発端でもある課長に声をかけた。

 

「課長、レイス7は体力に余裕があるそうです。なので二刀の許可を」

 

その言葉にレイス7の顔は凍りついた。

これまでの訓練に於いて彼らは片手に一本のみのナイフで訓練していた。しかし、八幡の本来の戦闘スタイルはナイフ2本による二刀流。つまりこの発言は、それこそちゃんと『戦う気』でやるということである。別に今まで手を抜いていたわけではないが、近接戦が不得手なレイス7の為に考慮していたにすぎない。

つまりこれからやるのは、先程よりも手加減無しの一方的な訓練(いじめ)である。

それが分かるからこそ凍りつくレイス7。そして課長はその言葉に………。

 

「良いだろう、体力が有り余っているなら寧ろそうしなさい。訓練中『余計な軽口』を叩いているくらいだ。余程余裕なのだろう?」

 

死神の大鎌を振り下した。

 

「ちょっ、課長!? 自分で自慢していたじゃんか! そりゃあんまり……」

「問答無用だ。大人しく………くたばれ」

 

そしてレイス7には八幡の倍に増えた手数によって一気に圧倒された。

八幡は彼を叩きのめしながらも考える。

 

何度も言うが…………そんな『青春』なんてものじゃない、と。

 

 

 

 結衣の依頼が終わってから数日が経った。

その間にあった事を簡潔に言うのなら、まず結衣が奉仕部に入ったこと。あの依頼以降、どうやら部活と雪乃が気にいったらしく『ゆきのん』というあだ名をつけてくっついていた。それに対し雪乃は最初こそ拒絶していたのだが、今では寧ろ悪くないようで一緒にいることが多くなった。きっと彼女にとって久しい友人になったのだろう。

その中の良さは部活外でも発揮されており、この間クラス内で結衣は友人と揉めたようだが、そこに雪乃が介入することで何とか大事にならずに済んだようだ。

その際に八幡は所用で出ていたので教室にはいなかったから分からなかったのだが、何でも意見がはっきりとしない結衣に対し友人である三浦優美子が怒ったようだ。

その話を雪乃から聞かされた際、八幡は言わなかったが、その答えはすぐに分かり切っていた。

誰が悪いのか? その答えは…………二人とも悪いとしか言えない。

まず結衣は結衣ではっきりと口にするべきなのだ。自分の行動を自分自身の責任を持って成す為に、はっきりと己の意思を口にして告げることが、彼女に必要な事なのだと。

そして三浦に関して言えば、『友人』という関係を勘違いしていることだろう。

自分の意に添わなければ糾弾するなど、そもそも友人ですらない。八幡は友人がいないので分からないが、それが友人関係ではないこということは分かっている。だから彼女にはそもそも友人というものを考え直すべきだ。言い換えるなら結衣はそんな三浦とつるむべきではないのかもしれない。

だから総じて悪いのは首謀者二人だ。断罪されるべきなのはこの二人。周りは飛んだトバッチリを受けたに違いない。

と、こんなイベントがあったからなのか、更に結衣と雪乃の仲は良くなったようで、よく抱きついている姿を見かけるようになったとか。

 と、そのように部活や学校生活ともに結衣や雪乃と顔を合わせることが多くなった八幡。その時間は今までより少しばかり色づいており、それでいてまぶしくも感じる。

レイス7が言うようなことは一切ないが、それでも悪くはないと思う八幡が確かにいた。

そんな風に感じながら今日も八幡は部活に向かう。この日は『バイト』もないので部活に行ける。それが最近になって当たり前になってきたのか、違和感を感じなくなってきていた。

そして部室の前まで行くと、そこに奇妙なものを見つけた。

それは何故か部屋の前にいる結衣と雪乃だった。その顔は恐怖と警戒心が入り混じったような顔をしており、扉の窓越しに部室を覗き込んでいた。

そんな二人を怪訝そうに感じながら八幡は声をかける。

 

「何してるんだ、二人とも?」

 

「「!?」」

 

八幡の声に身体をビクッと震わせながら二人は八幡の方を向くと、肩を撫でおろした。

 

「いきなり声をかけないでくれないかしら」

「び、びっくりした~!」

 

八幡を軽く非難する二人。そんな二人の様子が何故か可愛らしく見えてしまい、八幡は少しだけ笑ってしまう。

 

「悪かったよ。それで、何してるんだ?」

 

二人はそう問われて顔を見合わせると、結衣が八幡に不安そうな眼差しを向けながら告げた。

 

「部室に不審人物がいるの」

 

その言葉に八幡は眉をひそめる。

彼女たちが言っていることがどうなのかを確かめる為に彼女たちと同じように窓から相手にばれないように覗きこむことに。

そこから見えたのは相手が太り気味の男であること、まったく知らない人物だということ、そして確かに雰囲気が通常の人間とは異なっていること。

以上のことから彼女達の意見は間違いとは言い難い。

そもそも許可なしに勝手に部室に入っている時点で十分不審なのだから。

故に八幡は不審な相手に判決を下す。そのための条件は先程覗いた窓から確認出来ている。

八幡は二人を見ながら軽いお願いをし始めた。

 

「悪いが二人とも少しの間だけ目を閉じていてくれ。その間に俺がアレを何とかしてみるから、終わったら声をかける」

「それってどういうこと?」

「ヒッキーどうするの?」

 

八幡のお願いに疑問府を浮かべる結衣と雪乃。しかし、八幡の少し男らしい説得力のある顔に言われた通りに目を瞑った。

それを確認すると共に八幡は行動を開始する。

いつものように、息をするように、それが生態であるように、その身体の存在そのものを薄れさせていく。

そして出来あがるのは一人だけの世界。誰も彼のことを認識することは出来ず、有るのは自分だけの有り方。

レイス7が勝手につけた『亡霊襲撃』の名にふさわしき、絶対のステルス。

それをすることで八幡は世界から切り離される。

たった一人の世界で彼はまず走り部室の下の階の部屋へと向かう。

そしてその下の階は他の同好会が使っているらしく、扉が開きっぱなしであったことでそのまま扉から部屋へ侵入。室内に人がいるはずなのに誰も彼に気付くことはなく、八幡はそのまま部屋の窓まで行くと身を乗り出した。

そして上の階にある窓の淵に手を伸ばしながら飛びつき指をひっかける。

以上の行動は普通の高校生にはまず出来ない。八幡だから出来る芸当だ。

そして指に力を込めてよじ登るや否や、『部室内にいる不審人物』に向かって歩みよった。

それまでの時間にかかったのは約5分。

そして部屋に入れば後は簡単であった。

不審人物の後ろに回り込み、懐からボールペンを取り出しそれを相手の頸動脈に触れさせる。それとともにステルスを解除。

 

「両手を上げて今すぐ跪け。抵抗すればこのまま突き刺して頸動脈を掻き切る」

 

「!?」

 

誰もいないはずの室内で背後を取られ、その上自分の生命を握られれば、どのような相手であろうとも驚きは隠せない。

その不審人物は恐怖のあまりガクガクと震え始め、声が出せないのか喉から嗚咽のようなものが漏れ始める。

傍から見れば凶悪の一言に尽きるであろう光景。されど八幡はそれを悪とは断じない。もっとも効率的な手段に善悪などないのだから。

八幡に言われた通りにその男は跪く。

それを見ながら八幡は相手に恐怖が伝わるように、低く重い声音で問いかけた。

 

「それで………何の意図があってここに居る。目的を喋ってもらおうか」

 

濁り切った目でそんな台詞を吐けば、もう犯罪者の鏡にしか見えない。

それを感じ取ったのか、男は怯えた様子で何とか言葉にした。

 

「そ、その………奉仕部にお願いしたいことが……あって、それで………」

「はぁ?」

 

 

 

 この後二人に部室に入っていいと声をかけ、結衣と雪乃の二人を交えて改めて話すことでやっと判明したのだが、どうやらこの男が奉仕部に来た第2の依頼人らしい。

 

 

 尚、何故八幡が室内で男を取り押さえていたのかについて二人から質問が来たが、その際に八幡は軽く笑いながらこう答えた。

 

「企業秘密だ」

 

その言葉に答えはなくはっきりとしない二人だったが、何故か納得してしまった雪乃。そして結衣は何故か八幡の顔を見入って顔を真っ赤にしていた。

 

 



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第11話 俺の相棒はお前じゃない

憐れ材木座ですね。


 不審者と言うからに警戒し取り押さえてみた所、判明したのは奉仕部へ依頼をしたいということで来た客人であった。

その事実が判明し気まずく感じる八幡。だが彼にだってちゃんと言い分はある。そもそも許可も無しに部室に入っていれば確かに不審者なのだから、その後どうなっても責任は取れないものだ。

故に彼は謝らないし、それを口頭で説明したからこそその依頼人も文句は言わない。

二人だけだったらそのまま気まずいだけで終わるが、結衣と雪乃もいるのでそうはならず、まるで尋問するかのように依頼人の周りを囲って二人は話しかけた。

 

「まず貴方の名前から聞きましょうか。流石に不審人物のままでは話も聞きたくなくなってしまうもの」

「それに室内でなんでコートしてるの? あとその変な皮手袋とか何? すごく似合ってないし」

 

女子二人に話しかけられた不審者は緊張し呂律が回らなくなりそうになる。

その様子からして女子に慣れていないのだろう。八幡は何故そのようになっているのか分からず、濁り切った目で軽く見る。どう見ても精神が不安定にしかなっておらず、まんま不審者と言ったところだろう。八幡も人のことは言えないが。

このままでは埒が明かないと判断し、八幡は不審者に問いかける。

 

「お前の名前と学年をまず言え。でないとこのまま平塚先生に突き出しそうだ……この二人が」

 

八幡の言葉に結衣と雪乃は頷く。勘で言ったのだがまさか本当にそう思っていたのかと思い八幡は少し驚いた。

八幡に問われ、不審者は同じ男子ということで緊張がほぐれたらしく、立ちあがって妙なポーズを取りながら堂々と発表し始める。

 

「我は剣豪将軍、材木座 義輝だ!! 学年は2年C組」

 

いきなりの大声に驚く結衣。何を言っているのか分からない雪乃。そして八幡は意味のない部分を消去して考える。

 

(2年C組の材木座 義輝ね。情報はないしこいつの顔にも記憶がない。元から覚える気がなければ覚えていないから、そこから考えるに重要度は低いっと)

 

顔見知りですらない相手ということで特に気にする必要はないと思ったのだが、この男……材木座は更に意味のわからないことを言いだした。

 

「ふっふふ……しかし、こんなところで出くわすとはなぁ……我が相棒、比企谷 八幡!」

 

その言葉に結衣と雪乃は八幡の方に顔を向ける。

 

「貴方の知り合いなの?」

「ヒッキー、相棒って言ってるけど?」

 

二人の質問に対し八幡は即座に否定する。

 

「知らない。俺はこの男について何も知らないぞ」

 

はっきりと下す言葉を聞き、それでも材木座は折れないようだ。

 

「相棒、忘れたとは言わせぬぞ! あの苦痛に満ちた時間、共に駆け抜けた日々を!」

 

やけに自身満々に言う材木座。

その言葉の意味が分からず雪乃は首を捻り、結衣は怖くなったのか八幡の後ろへと逃げる。

そして八幡はその言葉に暗号めいたものを感じ、自分なりに解読してみることにした。

 

(俺は覚えていないがこいつとは面識があるらしい。そして2年C組の人間と関わるような事と言えば……………あぁ、アレか)

 

その答えに行きつき、八幡は不安そうにしている二人に答えを発表する。

 

「たぶんだが………体育の授業で組まされた可能性がある。2年C組の人間と関わるのはそれぐらいだ」

「あぁ、それで貴方の事を知っているのね。出なければ貴方の事なんて知れそうにないもの」

「だからヒッキーの事を相棒って言ってたんだね。でも少し体育で組んだだけでそんな風に呼ぶのって、何と言うか………キモいかも」

 

八幡の言葉にやっと納得がいく二人。さりげなく毒を吐く辺り、雪乃はもう不安ではないようだ。

正体がはっきりした所で八幡は改めて材木座に問いかける。

 

「それで材木座とやら。お前の依頼について聞きたいんだが?」

 

その言葉に材木座は力強く頷くと、逆に八幡に質問を返してきた。

 

「ここは奉仕部の部室で間違いないのだな?」

 

締め上げた際に奉仕部に用があると言っていたのはどの口なのやら。

八幡は呆れかえりながら答えようとするが、それがまどろっしく感じたのか雪乃が先に答えた。

 

「えぇ、ここが奉仕部よ」

 

その言葉に材木座はぴたりと止まり、少ししてから八幡に堂々とした様子で話しかけてきた。

 

「やはりそうか! 平塚教諭に助言していただいた通りなら八幡、お主は我の願いをかなえる義務があるのだな………」

 

そこから続くのはよくわからない言葉。主従がどうだの八幡大菩薩がどうのこうの。

言葉にまったく脈絡がなく、何を言っているのかまったくわからない。

そんな言葉を吐いている材木座が鬱陶しかったのか、雪乃ははっきりと口にした。

 

「別に奉仕部は貴方のお願いを叶えるわけではないの。ただお手伝いをするだけよ」

 

その言葉に固まる材木座。まるで猫に睨まれた鼠のようだ。

そして八幡の方に顔を向けるとそれまで固まっていたのが嘘であるかのように話しかけてきた。

 

「ふむ、では八幡よ。我に手を貸せぇい!」

「依頼人を選ぶ権利くらいこちらにもあるけどな」

 

馬鹿馬鹿しく感じたようで八幡は投げやりにそう答える。

そして再びわけがわからないことを呟き始める材木座。それが不気味に感じたのか、雪乃は八幡の手の裾を少し引っ張った。

 

「さっきから聞いていたけど彼は一何なの? 剣豪将軍とか何とか言っているようだけど?」

 

その言葉に八幡は困る。何せ八幡だって分からないのだから。

だからどうにかしようと考えると、あることを思い出した。

それは訓練の休憩中に八幡の相棒であるレイス7が本を片手に言っていたこと。

 

『やっぱりこの年齢なら中二病は発現しねぇとなぁ、この小説の主人公』

 

それが何なのか知りたくなった八幡はそれを聞いたわけで、その正体も知った。

故に材木座の『症状』がどのようなものかを。

雪乃の質問に八幡は分かっている範囲で答える事にする。

 

「たぶん『中二病』というものなのだと思う。以前聞いた症状と特徴が一致する。確か男はある程度の年齢に達すると妄想と現実の見極めが困難になるのだとか?」

「それって何か危ない人なんじゃ……」

 

八幡の言葉に結衣は怯えながら反応する。

そして雪乃はそれがどういう意味なのかを彼女なりに答えを出したようだ。

 

「つまり自分で作り上げた架空の物語を演じて現実逃避をしている人と言うことかしら?」

「まぁそんなものじゃないか? 現実にそんな感じだし」

 

八幡の返事を聞いて確信したのか、雪乃は材木座に向かって歩み寄る。

その行動に結衣は逃げるよう言うが、彼女は引かない。

 

「つまり、貴方の依頼はその精神病を治すということで良いのかしら。正直この手の場合は素人よりも専門家に頼んだ方が良いのだけれど」

 

雪乃にそう言われ固まる材木座。どうやら相当女子が苦手なようだ。

そして八幡に言葉をかけるのだが雪乃に叱責される。話している相手の顔を見るのは当たり前の話である。

それで黙るかと思われた材木座はそれでもまだ話そうとする。その『中二病的な話し方で』。

それを辞めるようすぱっと言いきる雪乃。その様子を見て結衣は雪乃を凄いと関心しているようだ。

八幡もそれには関心した。特に相手に有無も言わせず圧倒する所など特に関心すべきところだろう。

そしてどうやら雪乃の中では材木座の依頼は『中二病を治す』ことになってしまっているようだ。確かに普通なら治さなければならない事だとは思う。しかし、本人はそうではないとしょんぼりとした様子で答える。

では一体何なのかと思い問い詰めようとする雪乃。八幡は止めるべきか悩むのだが、そこで初めて床に散らばっている物に気が付いた。

それは長々とした文章が綴られている紙。しかも一枚ではなく何枚もの紙が散らばっている。

どうやら八幡が材木座を取り押さえた際に飛び散ったらしい。

その紙を拾いながら八幡は材木座に問いかけた。

 

「もしかしてお前の依頼は……こいつに関係することじゃないのか?」

 

それを見た材木座はホッと安心したのかデカイ声で答えた。

 

「そうだ、それこそが我の依頼。お前たちにはこの小説を読んでもらい感想を聞かせて貰いたいのだ!」

 

 

 

 やっとはっきりとした依頼。

それは……………。

 

『書いてきた小説の感想を聞かせてほしい』

 

と言うものであった。

それを聞かされた途端、3人の顔はすごく面倒臭さそうな物へとなっていた。

 

 

 

 



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第12話 俺の初めての小説がこんなものなんてあんまりだ

今回も頑張るガハマさんです。


 遂に新たな依頼が来たと思えば、その依頼内容は『書いた小説の感想を聞かせて欲しい』というものであった。

その依頼に対してそこまで不満というものはなかった。何せ渡された小説を読み、感じたことをそのままに報告すればよいのだから。特に何かをしなくてはならないというわけではないのだから、楽も楽、超楽とすら言っても良いくらい簡単な仕事と言えよう。

だと言うのに八幡はこの依頼に関し、実に面倒だと思った。

何せただの小説ではない。目の前の所謂『中二病』をこじらせた男が書いた小説だというのだから、不安しか残らない。精神不安定者が書いたものなど勿論安定しているわけがなく、下手をすれば此方の精神が病みかねない。事実、精神を病んでいる者は他者に対し、何かしらの方法で精神異常を伝播させることがあるのだ。そんな事例があるだけに、八幡は出来れば読みたくなかった。誰だって病みたくはないのである。

だが、ここは奉仕部。そしてその精神は魚の取り方を教えるというものだから、この場合はちゃんと読んで材木座に適切な指摘と感想を伝えた上で彼に物書きへの向上心を上げさせることこそが正解。故に答えは決まっている。

決まっているのなら後はするだけであり、まず材木座に依頼の返事を返すことに。

 

「その依頼、確かに引き受けたわ。だからそのお話を渡して欲しいのだけれど。出来れば由比ヶ浜さんと比企谷君の分も頼めるかしら」

 

雪乃にそう言われ、それまで雪乃に責められ打ちのめされていた材木座は目を輝かせながら嬉しそうに頷いた。

 

「うむ、勿論用意してある。受け取るがいい!」

 

そして彼の鞄から取り出されたのは、床に散らばっていた物とまったく同じ物。それを見てこいつは何人分用意しているんだ、と突っ込みたくなった八幡だが飲み込んだ。突っ込んだところで話が進まないのは目に見えているからだ。

雪乃はそれを受け取ると、結衣と八幡を呼んでそれを渡す。

 

「とりあえず3人で読んでみて思った感想を報告しましょう」

「あぁ、そうだな」

「そ、そうだね~…………」

 

八幡は特に気にしていないようだが、結衣は紙の分厚さと文字の多さに目が泳いでいた。

ここでネットに詳しい者なら、小説投稿サイトというものを紹介しただろう。そうすれば多くの人から意見や感想を貰えるので為になるはずだと。

しかし、残念な事にこの場でそれに思いつく者はいなかった。

八幡は仕事柄パソコンは使うが、報告書だったりといった書類関係やもしくはクラッキングなどをするときに使うだけで、あまりそういった遊びにパソコンを使うことはない。雪乃も似たようなもので、彼女の場合は勉強にしか使わないのでそういったものを知らない。結衣はオタク趣味とはかけ離れているのでその存在自体知らないのだ。

結果、3人は一番楽な答えを知らないが為に見逃してしまっていた。

その最適解に気付けずに依頼の話を更に詰めることになり、翌日に再び材木座に部室に来てもらいそこで感想を発表することに。なので今日はこのまま持ち帰って全部読まなければならなくなった。

それが決まったところで材木座は帰ることに。その際に八幡に一緒に帰らないかと中二病的な言い回し方で誘ったが、八幡はすっぱりと断った。内心では厄介事を持ってきた相手の誘いなど受けたくなかったのだ。

そして材木座が部室から去って室内に八幡、結衣、雪乃の3人が残る。

 

「それで…………どうしようか?」

 

結衣の言葉に八幡は顔をしかめた。今し方話していただろうにこいつは聞いていなかったのかと。

だからもう一回同じように言ってやろうと思ったのだが、先に雪乃に言われてしまった。

 

「由比ヶ浜さん、さっきも言ったけどこの小説を持ちかえって各自で読んで。明日依頼主であるあの男に感想を言えばいいだけだから」

 

その通りなので特に言うことはない八幡。

ならば後は雪乃の言う通りこの小説を持って帰るだけ。だから八幡は帰ろうとするのだが、そんな八幡の服の袖が引っ張られた。

 

「ん?」

 

その声と引っ張られた方向に顔を向ければ、そこには顔を真っ赤にしてモジモジしている結衣がいた。

 

「どうしたんだ、由比ヶ浜?」

 

その様子がやけに可愛らしいものだから戸惑ってしまう八幡。そんな八幡に結衣は上目遣いで見つめてきた。

 

「その、ヒッキー………一緒に読もう」

 

他の男から見れば破壊力抜群のお願い。しかし、八幡はそのお願いを聞いて胸を打たれる前に疑問府が上がる。

 

「由比ヶ浜、話は聞いていたよな? 何でそこで俺に話を振るんだ? 自分の家に帰って読めばいいだけだろ?」

 

八幡の言葉に結衣は軽く首を横に振ると、何故そんなお願いをしたのか話し始めた。

 

「だって怖いんだもん! あのキモいのが書いたのでしょ……なんか怖くて。それに私、小説とか読んだことないし、どういうのが面白いのかなんて分からないし」

 

キモいと言われている材木座に少し同情しつつ、八幡はどうしようかと考える。ここで結衣の話に乗る必要はない。バイトもないのだから家でゆっくり読んだ方がいいだろう。しかし、結衣が言うことも分からなくもない。見た感じからも分かるが、結衣は読書をするようなタイプではない。だからその話の面白さが分かるのかと言えば答えはNOだ。だが、それは八幡も一緒であり彼自身本はあまり読まない。語学の勉強で何かしらを読みはするが、あくまでもそれは勉強重視。物語の面白さなど感じたこともない。なら、結衣と大した差などないのかもしれない。

そんな二人に今度は雪乃がのっかってきた。

 

「なら、私も一緒に読むわ。比企谷君と二人っきりなんて危ないもの」

「おいちょっと待て。俺が襲うのは当たり前なのか?」

「あら、流石は男子、卑猥ね。私はただ危ないと言っただけなのに何を深読みしてるのかしら、この変態」

 

きっと結衣の事を心配しての発言なのだろうが、途中から八幡への罵倒に変わっている。それに突っ込む八幡だが、それがさらに墓穴を掘ることに。

 

「ヒッキーに襲われちゃう!? そ、そんな、まだ速い……で、でも、ヒッキーになら………」

 

顔から蒸気を噴き出し暴走する結衣。

真っ赤になった顔は熟したトマトのように真っ赤で彼女を艶やかに魅せた。

 

 

 

 そんなわけで3人でとりあえず下校時刻まで材木座の書いた小説を読むことにした3人。

いざ始まった読書だが、それは3人の混迷の始まりでもあった。

 

「なんだ、これ?」

 

八幡はついついそんな言葉を漏らしてしまう。

何せ小説が小説として機能していない。物語は滅茶苦茶で穴だらけ。その上設定は妙に凝っているかと思えば矛盾している箇所が多く、何よりも目的がまったくない。

小説以前の話であり、とてもじゃないが人様に読ませられるものではない。

チンプンカンプンな内容に目を点にする八幡。そんな八幡に結衣は近づきながら声をかけた。

 

「ねぇ、ヒッキー……この漢字、何て読むの?」

 

まるで耳元でささやかれるかのような声に八幡の集中は乱れる。甘い声が耳をくすぐり、女の子特有の甘い香りが結衣からして、八幡の胸は確かに高鳴った。

ドキドキする心臓にだらしないと八幡は思い、何とか表に出ないように努力する。

そして結衣に正解を教えると、彼女は嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう、ヒッキー!」

 

そのお礼と共に温かくなる胸。きっと八幡の頬も少しばかり朱色になっていただろう。

そんな風にドキドキしつつも悪くない時間を過ごしていると、今度は雪乃が八幡に近づいて問いかけてきた。

 

「ねぇ、比企谷君。この言葉なのだけど、どう考えてもこんな風には読まないし意味も絶対にこんな意味にはならないわ?」

 

結衣とは違うフローラルな香りに八幡は再びドキドキしてしまう。雪乃は性格こそ厳しいが、それを除けば美少女なのだ。そんな彼女とこうして顔を突き合わせられる距離に居ると言うのは、何と言うか嬉しくも思ったが気恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。

 

「たぶんこれは比喩などの注訳じゃないか。意味としては………」

 

そんな風に3人で一緒になって小説を読み、分からない所などを3人で一緒に考える。それは確かに穏やかで気恥ずかしく、女子が近くに居ることを感じさせるには十分だった。そのせいなのか気まずくも恥ずかしいのか顔を紅くしてしまう八幡。

そんな八幡に対し、結衣と雪乃の二人は同じように顔を紅くしていた。

 

 結局、話を半分も読まずに時間になり帰ることに。ただ、こんな時間も悪くはないと八幡は思った。

 

 

 



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第13話 俺の能力で出来ることにも限りがある

お気に入りが300人を突破して嬉しいです。これからもこんな八幡を楽しんでいただければ嬉しいですね。


 どうしよう…………。

その言葉が八幡の脳内に満ちる。

何故こんなに悩んでいるのか? それは彼が読んでいる小説にある。

依頼としてこの小説の感想を言わなければならないわけなのだが、読んでいて分かることはあまりにもわからないということ。

突っ込みどころは多く、それでいて面白いと思えるようなものが一切ない。まだ銃火器の仕様書の方が読み応えがあるとはっきり断言できるだろう。

それは致し方ないのかもしれない。何せ八幡はこの手の読み物を読んだことがないのだから。

彼にとってまさに未知であり、何故そうなるのかがまったく分からない。

良い例を上げるなら、何故主人公が何もないところで足を滑らせこけるのか? そしてそれに付随するようにヒロインを巻き込み抱きついて倒れ、それが卑猥な感じになるのか? それがまったく分からない。通常、何もないところで足を滑らせるというのは環境や本人の健康状態、それにその場の状況などによって起こる。少なくとも晴れの日で道が濡れてもおらず、不安定な足場でもない所で、体調も悪くない人間が足を滑らせるなんて芸当は通常では出来ない。少なくとも故意でなければ出来ないのだ。

しかもヒロインを巻き込む理由もない。通常バランスを崩した人間は身体のバランスを取ろうと必死になる。その際に何かに手を伸ばし掴もうとする動きはなくもないが、それよりも自分の手を地面につけて衝撃を吸収した方がまず怪我はしない。だからこそ、より不自然にしか見えないのだ。

これは作り物だからそんなものなのだろうと思うが、それでも八幡にはそれが可笑しく思えて仕方ない。実際にあり得ないことは空想としか言いようがなく、空想は所詮空想。想像もできない。

小難しいことを言ったようだが、結局はまったくもって面白くない。

それが八幡の現在の答えであり、まだ読んでいない部分を読んでもその答えは変わりそうにない。

しかし、それでは仕事にならない。奉仕部の信念は魚の釣り方を教えるというものなのだから、ただつまらないと酷評するだけではなくそれ以外のプラスになることを言わねばならないのだ。

そう考えるが、考えてもその答えが出ない。つまらない以外の言葉が出ないのだ。

家に帰ってから読み、小町と一緒に夕飯を取った後でさえこれだ。結構な時間が経ったというのにそれ以外の言葉が見つけられない。

正直夕飯の時の小町の笑顔の方が余程見ていて嬉しくなったくらいである。

それぐらいこの小説には救いがなかった。

 

「本当にどうするか…………」

 

学校の問題など真面目に取り組むつもりなどなかった八幡だが、いかんせん『任務と依頼』などと言う言葉を使われるとやらなければいけない気持ちになってしまうのはきっと職業柄だろう。

どうしようかと悩む八幡。そんな彼はふと自分の携帯に目が向き、メールが来ていることに気が付いた。

 

「あれ、メールだと?」

 

そこで疑問府を浮かべる八幡。何せ彼の携帯は小町と武蔵おじさん以外の連絡先しかなかったから。プライベート用の携帯はそのため殆ど目覚ましにしかならない。

何かの間違いメールかと思い差出人を見てみると、そこには意外な人物『達』の名が表示されていた。

 

「由比ヶ浜に雪ノ下から?」

 

そこで思い出すのは結衣が入部した時のこと。その際に一応連絡先を皆教え合うことになったのだ。いざという時に連絡が付かないのでは困ると言う理由で。

だから彼の携帯には『家族』以外に初めて他の人間の連絡先が入っているのだ。

そして八幡はまず雪乃のメールから確認することにした。

何せ彼女は八幡のことを嫌っているからだ。そんな彼女がどのようなメールを送ったのか、単純な興味があった。

 

『貴方に送るのがこのようなメールで実に残念だわ。出来ればもっと読むだけで気分を害するようなメールを送りたい所だけど、それでは目的を達成できないから仕方なく本題に入るわね。一応例の小説を読んでいるのだけれど、正直苦痛にしか感じられなくなってきたの。これ、捨てても良いかしら? まぁ、そうしたいのだけれどそれでは依頼が達成できないから仕方なく読むけど。それでなのだけど、私は今のところこの小説を面白いとはとても思えないわ。寧ろ間違っている文法に誤字脱字の多さに呆れ返りさえしているの。だから私はこの小説に関してアドバイス出来なさそうだわ。貴方はどうかしら?』

 

「何と言うか、雪ノ下らしいと言うべきか。俺もまったく同じ意見なだけに返信に困るよ」

 

八幡はそう言いながら苦笑を浮かべる。

何と言うか、彼の想像通りの雪乃だったので笑えてしまう。

そして今度は結衣のメールを開く。

 

「こ、これは…………」

 

見てついそんな言葉が漏れてしまう。

何せそれは今まで彼が見たどの暗号とも一致しない怪文書だったからだ。

世間における顔文字などの乱立。それは下手をすれば一軍隊の暗号に匹敵するくらい分からないものになりかけていた。

八幡はこれを見て、もしかしたら小町も友人とはこんな感じにメールをしているのかもしれないと思いつつもメールを解読する。彼の心境は年頃の娘をもつ父親のような気分になっていた。最近の女子とはこういうものなのかと。

 

『は、初めてヒッキーにメールするね。その、何て言うか緊張しちゃうかな、あははは。そ、それでねヒッキー、あの小説を頑張って読んでるんだけど、漢字とか難しくて良く分からなくて。それになんかエッチなことばっかり書いてあるんだけど、どうすればいいの! あ、ヒッキーはそういう部分は読んじゃ駄目だからね。エッチなのは駄目! あ、それと………これからもよろしくね、ヒッキー』

 

「やっと読めるようになったが、また由比ヶ浜らしいと言えばらしいメールだな。見たとおりというかあまり頭が良くないようだし。その割に色気のあるシーンにそういうことを言う辺り、案外貞操観念がしっかりしているみたいだ」

 

きっと顔を赤くしつつそういう彼女の姿が想像できて八幡は笑う。

ここ最近出来るようになった笑いにぎこちなさを感じつつも浮かべつつ、彼は二人への返信のメールを考えつつメールを打って返信した。

 と、そのような青春らしい行動をした八幡であるが、問題の解決には至っていない。

そこで考えを変えることにした。

そもそも、相談してはいけないとはなっていないのだ。どの道判断がそれしか下せない3人ではこれ以上は仕方なく、この答えでは奉仕部として仕事の達成が出来ない。

だからこそ、八幡は使えるものは使うことにした。

そうと決めてからの行動は速く、専用のノートパソコンに特殊なジャミング装置を装着して起動させる。

それは音声チャットと言うよりテレビ電話に近い。それだけでなく、そのノートパソコン自体が特殊改造されている代物でありスキャナーやらなんやらと特殊な機能を搭載している非売品だ。

それを使用して行うのは、彼が所属する『レイスナンバーズ』の隊員との通信。別にこれでなくても携帯通信機器でいつもは通信をしあっているのでそちらで問題はないのだが、『今回は此方の方が都合が良い』。

そして八幡が通信を送ったのは、彼がもっとも信用している女房役。

八幡の呼びかけに対し、彼はすぐに出た。

 

『よぉ、ハチ。お前がこいつで連絡してくるなんて珍しいな』

「確かにそうなんだが、一応は会社の備品で連絡してるんだからちゃんとコードを使えよ、レイス7」

『相変わらず堅苦しいねぇ、お前は。こいつをクラッキングするんだったらそれこそアメリカのペンタゴン攻略並みの難しさがあるだろうに』

 

相も変わらずに応じる相棒に八幡は呆れる。

この男、本当にいつも飄々としているなと思う。それが少し羨ましくもあるが、あまり見習いたくはないと八幡は思う。

そんな風に挨拶をしたところで本題に入ることにした。

 

「実は部活の依頼で少し厄介なことを引き受けたんだ。部活の事は知ってるだろ。それで引き受けたのが自作小説の読書感想と言うところなんだが……」

『なんだが?』

「正直読んでいるのが苦痛になるくらいつまらないんだ。それだけならいいんだが、所謂ライトノベルという奴なんだろう。俺はこの手の読み物はしたことがなくてな、その面白みというものがまったく分からないんだ。このままだと依頼主を非難するだけで終わりそうだ。だからその手にも精通しているお前の意見を聞きたくてこうして連絡をしたってわけだ」

『それでこいつを使ったってわけだ。いいぜ、その小説の最初の5ページ程スキャンして送ってくれ』

 

レイス7の言葉に八幡は不思議に思った。

確かに全部なら量が多くて大変だが、だからと言って5ページでは少なすぎる。

その事で意見を述べようとしたところで向こうから先に返ってきた。

 

『少ないが問題はない。ラノべの文章能力は5ページみれば大体分かる。そいつの書き方、思考、機転の効かせ方、などなど色々とな。5ページもあればそいつの大体が分かるもんさ。こいつは俺の持論だがね』

「そういうものなのか?」

『そういうもんだよ、ラノべってのは。文章よりも挿絵が人の興味の7割を決める、まさに人間みたいなものさ』

 

そう軽口を叩くレイス7に八幡は意味が理解しきれないが納得する。

確かに人は見た目で7割、残り3割を中身で印象を決める。そういう点ではラノべも人も似ているのかもしれない。

少しだけためになるような話を聞いた八幡は少しだけ感心した様子でレイス7に言われた通り最初の5ページをスキャンして送る。

 

『お、来た来た。どれどれ………………』

 

どうやら彼は送った小説を読んでいるらしい。

そして3分と経たずに返事が返ってきた。

 

『確かにこいつはひでぇ出来だな。書きたい気持ちってのは良く伝わってくるんだが、それが暴走してちゃんと文章になってねぇなぁ。設定は練り込んでるんだが、それを文章に表す能力が足りてない。こればかりは書き続けて鍛えていかないと身に付かないから仕方ないんだがね。理想と自分の能力が見合ってないんだ』

「まるで評論家みたいだな」

『ラノべ読んでる奴なんて大体そんなもんだろ。ただ勘違いしやすいのは、評価するのと書くのはまったく違うってことだ。評価が上手い奴でも面白い小説を書けるかは別だからなぁ。評価するだけなら楽なんだよ』

「現場と上層部の違いみたいなもんか」

『ま、そんなもんだ』

 

理解できない単語がいくつか出てきてもそれなりに置き換えれば理解しやすく八幡は何とか話についていく。

そしてレイス7から出された判決を聞かされ八幡は酷いと思った。

その気持ちが伝わったのか、レイス7から八幡にあててとある言葉が送られた。

 

『こいつを言ってやれば、多少はマシになるかもな。んじゃ』

 

通信を終えて八幡は再び小説に目を向ける。

 

「こんなんで良いのだろうか? だが、俺が考えるよりも有効な意見が聞けたとは思う。明日はこれで何とかなるか」

 

とりあえずは解決の糸口は見えてきた。

そう思いながら八幡は更に小説を読み続ける。少しでも自分でも何か出来るようにするために。

 

 

 

 

 翌日になり時間は過ぎて放課後。

結衣が少し眠そうにしている様子を見つつ先に部室に向かう八幡。

先に雪乃がいると思っていつも通りに扉を開けると、そこに居たのは椅子に座りながら静かに寝息を立てる雪乃だった。

それはまさに眠れる森の美女、眠り姫にふさわしい姿であり、八幡は彼女の無防備な姿を初めて見た気がした。

そのまま起きるまで待ってやりたいところだが、それでは部活が始まらない。仕方なく八幡は声をかけた。

 

「おい、雪ノ下、起きろ」

 

あまり大きな声は出さず、少しだけ近づいて伝わるように声をかける。

その声に気付いたのか雪乃はゆっくりと目を開け、そして真近で自分を見ている八幡の姿を捕えた。

 

「な、何で比企谷君が!?」

 

顔を真っ赤にして慌てる雪乃。

そんな雪乃を見て少しだけ笑ってしまう八幡。少しだけ可愛く見えたのだ。

 

「何でも何ももう部活だろ。来てみたらお前が寝てるから起こした、それだけだ」

 

八幡は特に気にした様子もなくそう言うが、雪乃は耳まで真っ赤にして八幡から顔を逸らし恨み事のように呟く。

 

「何で寝ちゃったのかしら、私! よりにもよって彼に寝顔を見られるなんて」

 

単純に恥ずかしかったのだろう。人間、無防備な所を見られるというのは恥ずかしいものだから。

そんなことがあった後に結衣が来て、そして依頼人である材木座が部室にやってきた。

 

「では、感想を聞かせてもらおうか!」

 

自身満々に話しかける材木座に八幡達は皆申し訳なさそうに顔を逸らす。

そんな中、雪乃が素人なりの意見だが大丈夫かと確認の為に聞き、材木座は構わないとはっきりと断言した。

その言質を取り次第、彼女は決意したようではっきりと感想を口にした。

 

「つまらなかった。想像を絶するつまらなさ、読んでいて苦痛とさえ感じたわ」

 

その言葉にショックを受ける材木座。しかし、断言したからには雪乃は止まらない。

文法の間違いやルビの振り方の指摘、挙句はヒロインの不要なお色気シーンなど、上げたら切りがないらしい。それは八幡も一緒でありまったくの同意見だ。

そして今度は結衣に話が振られ結衣は結衣なりに指摘するのだが、お色気シーンがよろしくないとか現実的にあり得ないなど、実に現実を見た意見に夢見がちな童貞である材木座を打ちのめす。

最後に八幡になり、せめて八幡からはもう少しマシな感想が貰えるとすがってきた材木座。そんな彼に八幡は…………。

 

「雪ノ下と以下同文」

 

とどめの一撃を突き刺した。

それを受けた瞬間に壊れる材木座。声にならない叫びを上げながら床を転がり続ける彼はどう見ても異常者にしか見えない。

周りから憐れみすら抱かれる材木座に、せめて奉仕部らしくアドバイスを八幡はする。

 

「それでだな、一応俺のバイトの同僚がその手の読み物にも造詣があって詳しいんだ。だから少しだけお前の原稿を読んでもらったんだが……つまらなかったって言われた。けどな、ちゃんとそれ以外も見てくれたよ」

 

そして八幡が材木座に告げたのは、今の彼に必要な小説を書くための本、そして参考になる資料の小説、そして最後に………。

 

「そいつが言っていたよ。『確かにクソつまらねぇ話だが、その情熱は伝わった。だから後はそいつを持って突き進め。そうすりゃいつかは良いもんを書けるようになる』ってさ。まぁ、何もないよりかはマシだろ」

「八幡………」

 

その言葉に涙を流す材木座。

どうやら何とかためにはなったらしい。こうしてこの難解な依頼は終わりを告げた。

 



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第14話 俺の授業態度は悪くない

もう八幡であって八幡じゃないナニカです(笑)


 その日の夜も八幡はいつものように働く。

月明かりすら照らせないような闇夜の中で彼は思うがままに全力を出し、対象を殺していく。手に持つ2本の刃を持って、殺すべき敵に確実な死をもたらす。

人が誰しも忌避するであろう行為をしている最中、彼の心は恐怖もなく興奮もなく、ただ静かに落ち着いていた。まるで波紋一つ浮かばない湖畔のように、その心は一切揺らぐことなく目的を果たすために動くのみ。

だが、少しだけ八幡はこの時間が好きであった。別に殺しが好きというわけでもないし、殺し合いのスリルに興奮を感じているわけでもない。彼にとってこれらはすべて『仕事』なのだ。するべき事であり必要な事。だからそういった感情など湧かない。

では何か好きなのか?

それは…………………。

 

 

 

 

 八幡はこの時間の度に毎度面倒だと感じる。

何が面倒なのかと聞かれれば、それはすべてだと感じるだろう。教師に命じられ走ることが面倒なのではない。別に仲が良くもないクラスメイトと一緒に競技に参加することだって面倒とは言えない。

彼が面倒だと思うこと、それは……………。

 

能力をセーブすること。

 

同年代の人間とはそもそもの鍛え方からして違う八幡では、普通に走ろうとしただけでそれこそ陸上選手並みの速さを叩きだしてしまう。野球ボールを投げれば野球部だって驚くくらいの速度で玉を投げてしまうし、飛べば幅跳び選手だって真っ青な記録を叩きだしてしまう。

別に八幡が天才だとかいうことではない。

彼の身体は幼少期から極限まで鍛え上げられてきた産物だ。生き残るため、相手を殺すため、己が存在理由をなすため、そのために生死が犇めく戦場を歩いてきた。

必要な筋肉はすべて、不必要な筋肉など何一つない。

だからこそ、彼の肉体は年齢から逸脱して完成に近づきつつある。まだ近づきつつあるだけなので、伸び白は十分にある。今後の成長が楽しみだと課長は語るらしい。

そんな肉体で彼が本気を出せばどうなるのかなど、すぐに分かるだろう。

体育の授業の範疇を飛び越えてしまい、挙句は大会に出たって優勝を余裕で狙える能力を見せてしまう。それはまさに八幡がもっとも嫌うことになる。

すなわち、『目立ってしまう』のだ。

彼の戦闘スタイルを見て分かる通り、八幡は常に気配を消して相手を襲撃する。そのスタイルの通り、目立つことは絶対にいけない。別に日常生活では問題ないと思うのが普通だが、それが嫌いでいけない事だと思っている彼は仕事熱心なのだろう。

詰まる所、八幡はこの『体育』の授業の度に、身体を満足に動かせないことへのジレンマを感じて面倒だと感じているわけである。少しでも出せばその途端に目立ってしまうから。

だから逆に言おう。彼が仕事で好きなのは『身体を全開で動かせる』ことなのだ。

動かした所で目立つこともなく、また目立ったとしても目撃者は皆二度と目を開けることはないのだから。

そんなわけで、八幡はこの時間が好きではない。

本日の授業はテニス。八幡はクラスの人間と共に外に出ると、教師の指示に従いペアに分かれるのだが、八幡のクラスの男子は奇数。必然的に誰かあぶれる。

そしてそれが誰なのかというのは勿論クラスで孤高とすら言える八幡になるわけで、八幡は教師に向かってこう言うのだ。

 

「奇数なので余りました。壁打ちでもしていますので」

 

普通ならこの発言に教師は咎めるものなのだが、八幡はここで気配をより薄れさせる。

そのため、その言葉さえ『どうでもよい』ことに聞こえてしまい、教師は気にすることなくそれを聞き流した。

ちょっとした能力の乱用だが、別に使ってはいけないとは言われてはいないので問題ない。目立たないことが一番なのだから。

そして八幡は一人で壁打ちを始める。

テンポよくボールが壁に当たっては此方へと返ってくる様子はまさに普通。本気でやったのなら、それこそボールが壁を抉るかボール自身が破裂するかのどちらかなのだから。

そんな八幡の様子を見ている者がいることに、彼は珍しく気付かなかった。

 

 

 

 昼休みに入り八幡は教室ではなく外の小道にある階段に座りパンを齧っていた。

この学園は臨海部に接しているため、昼を境に風向きが変わる。その風が心地よく、彼はこうして時偶この場所に来るのだ。

そんな風に休憩時間を思い思いに楽しんでいる八幡に近くから声が掛かった。

 

「あ、ヒッキーじゃん! なんでこんな所にいるの?」

 

その声がした方向を向く八幡。

その瞬間彼の目に入ったのは薄ピンク色の布地。

その答えは風によって煽られた結衣のスカートの中身だった。

それにすぐ気が付いたのか結衣の顔は一気に真っ赤になり、彼女は酷く慌てた様子で八幡に問い詰めた。

 

「ひ、ヒッキー、見たの!」

 

真っ赤な顔で問い詰められた八幡は決まった返事を返すことに。

 

「何がだ?」

 

勿論見た。それはもうはっきりと、思春期の男なら誰しもが熱中するぐらいなものを。

だが、それを馬鹿正直に話す馬鹿が何処に居るだろうか。言ったところで双方とも傷付き気まずくなるだけだ。ならば答えは何も見なかったと言うことだろう。

八幡はいつもと変わらないように無表情を心がけながらそう答えた。

そんな八幡の様子にまんまと騙された結衣はほっとした様子で八幡の傍まで歩む。

 

「そ、それで、何でこんなところにいるの」

 

再度投げかけられた質問に対し、八幡は少しだけ頬を緩めつつ答える。

 

「ここに吹く風が涼しいから気にいってるんだよ。だから偶にここで飯食ってる」

「へぇ~、そうなんだ。あ、確かに気持ちいいかも」

 

八幡の傍で吹く風に当たり目を細める結衣。気持ち良さそうだ。

そこで今度は八幡が彼女に問いかける。

 

「それで、お前は何でここに? いつも通るような場所じゃないだろ」

 

八幡の質問に結衣は何やら楽しそうに答えた。

 

「それ! それがね~、ゆきのんとゲームしたらちょい負けしちゃって、罰ゲームってやつ」

「成程な。大方ジュースでも賭けたって所か」

「当たり~!」

 

結衣は楽しそうに笑いながら八幡の傍で座り込み、雪乃とあったやり取りを楽しそうに語りだした。

それを聞いて八幡は楽しそうだなと苦笑する。二人の仲の良さはかなり良好なようだ。

そんな風に結衣の話を聞く八幡。八幡から何かを話しかけることはないが、結衣の話している様子は見ていて飽きない。

そんな八幡の穏やかな表情を見たのか、結衣は顔を赤らめながら上目遣いに八幡を見つめた。

 

「そ、その…………こういう風に二人だけでゆっくりと話すのも……いいよね」

「そ、そうだな…」

 

結衣の様子に戸惑いつつも八幡は何とか返す。この手の雰囲気は少し苦手なのだ。

そして少し沈黙する二人。気まずいような、それでいてこの沈黙を心地よく感じるような、そんな感じがした。

そんな時にである。第三者からの声がかけられたのは。

 

「あれ?」

 

その声に反応する八幡と結衣。そして結衣は元気よくその相手に声をかけた。

 

「あれ、彩ちゃんだぁ! いよっす!」

「……よっす」

 

結衣に彩ちゃんと呼ばれたのは少し短めのショートヘアをした可愛らしい子だった。色白でいじらしく、恥じらい顔を赤らめていた。きっと誰もが見入ってしまう天然の可愛さと言うものだろう。

そんな彼女?は結衣と八幡に話しかけてきた。

 

「由比ヶ浜さんと比企谷君はここで何してるの?」

「え、いや、これは、その……」

 

結衣は何やら勘違いをしたらしく顔を真っ赤にして慌て始める。そんな結衣では説明は不可能だと判断し八幡が代わりに答えた。

 

「俺はここで昼飯。由比ヶ浜とはここであって少し話していただけだ」

「そうなんだ」

 

八幡の返事に普通に納得する彩ちゃん。

そんな彼女?に結衣は彼女の手に持っていた物を見ながら話しかけた。

 

「彩ちゃんは練習?」

「うん」

 

そう答える彩ちゃんの手にはテニスのラケットがあった。

その事から彼女がテニスの練習をしていたことが伺える。

 

「部活して昼練もして、確か体育も選択してたよねぇ、大変だね」

「うぅん、好きでやっていることだし」

 

そう答えると、今度は八幡の方に頬を興奮気味に赤らめつつ彼女?は話を振った。

 

「そう言えば比企谷君、テニス上手だね」

「そうなの?」

 

彩ちゃんの言葉に結衣は八幡にそう問いかけるが、八幡はそんなことはないと答える。あんなものは単なる手慰みだと。

そう言っても二人には謙虚にしか聞こえないらしい。彩ちゃんは八幡のフォームが綺麗だと褒めていた。

そこで八幡はそれなりに対応するのだが、結衣はあることが引っかかったので念の為に八幡に問いかけた。

 

「ねぇ、ヒッキー……彩ちゃんのこと、ちゃんと分かってる?」

 

先程から一切彩ちゃんの名前を言っていない八幡にもしかしたら知らないのかと思ったらしく、結衣は確かめるように問う。

そんな結衣に八幡は普通に答えた。

 

「知ってるよ。オレ等と同じ2年F組の戸塚 彩加。見た感じは女子にしか見えないが………れっきとした男だ」

「うん、ありがとう、比企谷君!」

 

どうやらちゃんと男として見て貰えたことが嬉しいらしくて微笑む彼女……ではなく彼、戸塚。しかし、その顔は誰が見ても女子の顔だった。

そんな戸塚に八幡は少しだけ確認のように問いかけた。

 

「所で戸塚、お前、もしかして授業の時の俺の姿を見てたのか?」

 

その質問に対し、彼は嬉しそうに答えた。

 

「うん、だってすごく綺麗なフォームだったからね」

「そうか」

 

少しばかり警戒してしまったが、理由が理由なだけに肩透かしを食らう八幡。

だが、同時に見込みがありそうだとも思った。

 

 こうして八幡は材木座以外の男子と久々に学校で会話した。

 

 

 



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第15話 俺は申し訳ないがお前のお願いを聞けない

戸塚可愛いよ戸塚!
男の娘もいいですよね。でも、ここの八幡だと原作とは違い………。


 材木座以外に久しぶりに男子と話した八幡。

別にクラスの男子と会話をしないわけではないが、聞かれたら答えるだけというのは応じただけであり会話ではない。だからこそ、互いの言葉のやり取りをしたのは久しぶりだった。

その相手はクラスでも少しだけ有名な男子『戸塚 彩加』。男子とは思えない程に可愛らしく、見た目はボーイッシュな女の子にしか見えない。

そんな相手と向き合った八幡だが、所詮は一過性のもの。すぐに忘れ去られると思っていた…………のだが、八幡が思っている以上に彼は気にいられたらしい。

 

 

 

 戸塚との邂逅から二日が経ち、この日はまた体育でテニスがあり八幡は外に出ていた。

教師の指示に従い各自でペアに分かれてラリーをする。それはこの授業で当たり前のことであり当然クラスの男子が奇数ならあぶれる人が出るのも当然のこと、そして八幡はいつもそれを引き受ける。別に誰かが組んでくれと言うのなら組むが、そうでないのなら目立たぬように気配を薄くして壁打ちをするだけである。

だから今回も八幡は教師に進んで壁打ちをすると伝えに行こうとした。

しかし、そんな彼に後ろから声がかけられた。

 

「あ、あの……比企谷君!」

 

急に大きな声をかけられて少しだけ驚く八幡。別に人が後ろから近づいてきていることは察していたが、まさかその相手が戸塚とは思わなかったのだ。

そんな八幡の様子に気付かないのかもしくは伝えたいことで精一杯なのか、戸塚は顔を赤らめながら八幡を見つめつつ更に続きを口にした。

 

「そのね…今日さ、いつも組んでる子がお休みで……だから良かったら僕と組んでくれないかな」

 

上目遣いに見つめられながらのお願い、それは彼が男だと知らなければ顔を真っ赤にして告白しまいかねない男が出てもおかしくない程に可愛らしいものだった。

それを向けられ八幡は少し慄きつつ答える。

 

「別にいいぞ」

「ありがとう、比企谷君!」

 

弾ける笑顔で喜ぶ戸塚。その表情に周りにいた男子の何人かが魅入ってしまっていた。

 そして二人でコートに出てラリーを始める。

最初は戸塚がボールを打ち、八幡はそれをやんわりと打ち返す。

それ自体はまったく普通だが、戸塚曰く八幡のフォームは綺麗らしい。

 

「うん、やっぱり比企谷君のフォームは綺麗だね」

「そうか?」

 

褒め称える戸塚に八幡は疑問府を浮かべながら返す。別に普通に打ち返しているだけで褒められても嬉しくはないが、そこまで喜んでもらえるとそれはそれで満更ではない。

それが戸塚には嬉しく思ったのか、そのラリーは段々と難易度を上げていった。

テニス部の人間が素人相手にと思うが、戸塚はなんとなく知りたくなったのだ……八幡がどこまでやれるのかを。

周りの人たちから見てもバレないような速度で、しかし取りづらい所を狙ってボールを打ち込んでいく。試合では必ず行われるプレーを戸塚は八幡に気遣いつつも行った。

これは素人なら振り回されてその内ボールに追いつけなくなるというもの。

しかし、八幡はそのすべてを物の見事に打ち返した。

まるで何事もなく疲れた様子もなく、振り回されることもなく、ただ単純に追いつき打ち返す八幡。彼からしたら特に何でもない動きだが、戸塚にはそれがとても輝いて見えた。

 

「凄い凄い! 比企谷君、凄いよ!」

「そんな喜ぶようなことか、これ?」

「うん、そうだよ!」

 

まるで我が事のように喜ぶ戸塚に八幡は悪い気はしないようだ。

そして一頻りラリーをし終えると、二人は軽く休憩を取るためにベンチに座り込んだ。

 

「やっぱり比企谷君、上手だね」

 

実に楽しそうな笑顔を浮かべながら戸塚が八幡に話しかける。その距離が妙に近いことからまさに女の子のような可愛らしい笑顔が八幡に近づく。

その顔に八幡は少しだけ戸惑いつつ内心では妙に懐かれたと思った。別にそれは嫌なわけじゃない。目立つことは嫌いだが、好かれることは決して嫌いではないから。

八幡は何も言わずに隣に座る戸塚を見る。

華奢な身体に幼く見える顔立ち。女子と見間違うほどに可愛らしく、色白な肌はそれこそ女子そのもの。総じて女子にしか見えない。

これが青春真っ盛りな男子なら、男だと分かっていてもドキドキしたかもしれない。

しかし、八幡はそうは感じなかった。

年齢から考みても細く脆そうな身体。少しばかり小動物を連想させるような雰囲気。

八幡はそれを戸塚に感じ、少しばかり心配してしまう。ちゃんと成長しているのかなど、普段小町に向けているような保護欲とでも言うべきものが出ていた。

だからなのか、戸塚を見る八幡の目は少しだけ緩む。それは我が子を見る親のような眼であった。

そんな八幡の心情に気付いてなのか、戸塚は八幡を見つめながら話しかけてきた。

 

「あ、あのね、実は……ちょっと比企谷君に相談があるんだけど」

「相談?」

「うん」

 

軽く頷く戸塚の顔は真面目で少しばかり悲しそうな顔になる。

 

「ウチのテニス部のことなんだけど、知ってるかな………凄く弱いんだ。人数も少ないし、3年が引退したらもっと弱くなると思う」

 

そこで戸塚は一端言葉を切る。八幡はその様子をじっと見つめていた。

その視線が戸塚にとってありがたかったのか、彼は思い切って八幡にお願した。

 

「それで……比企谷君さえ良ければ、テニス部に入ってくれないかな……」

 

潤んだ瞳で見つめる戸塚。彼の切実な思いの籠った言葉に八幡はどれだけ彼がテニス部のことを心配しているのか理解した。

出来れば手伝ってやりたいという気持ちがないわけではない。誤解されがちだが、八幡という人間は真面目で一生懸命な人間が好きなのだ。だからこそ、本当に一生懸命な人を応援したいと思っている。

だが…………。

 

「戸塚、悪いがそれは無理だ」

 

八幡ははっきりと断りの意思を示した。

その言葉に戸塚の貌が曇る。

 

「そ、そうだよね……やっぱりこんなこと、急に言われたって……」

 

瞳に涙が溜まりそうになっている戸塚。

そんな戸塚に八幡は手を上げ、何と戸塚の頭の上に乗せた。

 

「え?」

 

戸塚の口からそんな声が漏れる。

八幡はその声にを気にせず、優しく戸塚の頭をポンポンと叩いた。

 

「別に嫌だとか、そういうことじゃない。だからそんな顔するな」

 

まるで幼い弟を慰める兄のように八幡は戸塚に語りかけた。

 

「戸塚は俺の家の事情って知ってるか?」

「えっと……ごめん、知らないかな」

「そうか。実はな、俺の家は両親がいないんだ。物心ついたときにはもう二人とも死んじゃっててな。だから今は親父の友人に保護責任者になってもらってて、それで生活してるんだよ。別にこの人は問題じゃない。凄く良い人だから。だからこそ、あまり迷惑をかけたくなくてな。それでバイトで少しでも家に貢献しようと思って働いているんだ。この事は学校にも報告してあるから正式に認められてる。悪いんだが、部活をしてられる余裕がないんだ。特に運動部とかの時間に拘束されるものはな………悪いとは思ってるけど、ごめんな」

 

八幡の口から語られる彼の『公式』な御家事情。

それを聞いて戸塚は申し訳なさそうな顔になる。

そのままごめんとまた謝ろうとしたが、それは八幡からの頭部へのポンポンで止められた。

 

「別に謝るようなことじゃない。お前が気にするようなことでもない。ただ、俺にはそれが大切だからお前の望みが叶えれられないってだけだ。部活には入れない。でもな………こんな風に授業で付き合ったり、たまの休みに練習に付き合ったりとかなら、問題ない。寧ろ歓迎するよ」

「比企谷君……………うん、ありがとう!」

 

八幡の言葉に戸塚は納得すると共に嬉しい気持がこみ上げてきて笑顔になった。

その笑顔はとても綺麗であり、それを見てしまった男子の何人かがラケットを落とし一人か二人がボールを顔面に食らった。

八幡はそんな戸塚の笑顔に微笑みながら、また軽く頭をポンポンと叩く。

戸塚はそれをくすぐったくも嬉しそうに受け入れていた。その様子は何処か嬉しそうだった。

 

 

 尚、この際に八幡にホモ疑惑が浮かんだが、クラスから殆ど認知されていない所為で『戸塚と一緒にいるの誰だっけ?』ということで八幡だと一切気付かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第16話 俺は頑張る奴が大好きなんだよ

ゆきのんにも頑張ってヒロインしてもらいましょう。


 戸塚からの誘いを断った八幡。

困っている戸塚を助けたいのはやまやまだが、彼には彼の事情がある。

部活に拘束されることを八幡の上司であろう課長は『保護者』としては喜ぶだろうが『上司』としては歓迎しないだろう。その事に八幡も同意する。

学校生活というものは彼にとって『おまけ』でしかなく、敢えて言うのなら『仕方ない必要悪』というものだから。本音で言えばすぐにでも正社員として会社に入り、小町を見守りながらずっと仕事に専念していたい。

と、今までは考えていた八幡であったが、何のかんのと言いつつも奉仕部に行くことが嫌いではなくなっていた。

だからなのか、本日も彼は部活をすべく部室へと向かう。

依頼がなければその時間の殆んどを自習か読書に使うだけなのだが、結衣と雪乃と自分での3人の時間というのは悪くないらしい。雪乃には変わらず嫌われているようだが。

 

「よぉ」

 

部室に入って最初に目に入ったのはいつもの定位置で本に目を通している雪乃。

その姿は相も変わらず美しく、その様子を八幡は綺麗だと一般的な感性で思いつつ声をかけた。

その声に気付き、雪乃は本から目を外し八幡の方へと目を向ける。

 

「こんにちわ」「こんにちは」

 

軽く挨拶をする雪乃。その際に微笑みは年頃の男なら心揺さぶられるだろ。しかし、八幡にはどうにも警戒態勢にしか見えない。確かに綺麗なのはわかるのだが、その内にはバリケードを張っているような、そんな印象を受けるようだ。

これがどこぞの熱血漢なのならそのバリケードを強引に突破しようとするが、八幡は関わる気があまりないのでそんなことはしない。人間誰だって嫌な事はされたくないだろう。仕事では腐るほどそういったことをしているだけに、プライベートはそうありたいと八幡は思っている。

だから挨拶もそこそこに、自分の定位置に着いて彼は鞄からノートと教科書を取り出し机に広げ始めた。

 

「ここは自習室ではないのだけれど?」

 

そんな八幡に雪乃は軽く声をかける。

部活動の内容自体あやふやなのだから、別に迷惑がかからない限り何をしても問題はない。だからこの言葉は彼女なりの会話なのだと理解した上で八幡は返す。

 

「それを言ったらここは文芸部でもなければ図書室でもないだろ」

「それもそうね」

 

そう答えながら不敵に笑う雪乃。

 

「私も勉強はする方だけれど、貴方も良くするわね。その割に順位は全然上がらないけど」

「うるせぇ、俺はお前みたいな秀才と違ってこうでもしないと成績をキープ出来ないんだよ」

「あら、天才ではないの?」

 

八幡を軽くいじめつつ首をかしげる雪乃。別に彼女自身自分がそんなものではないことを知っている。だが、周りはそうは思わず、雪乃の事をよく褒め称えるのだ。それに嫌気を感じている彼女にとって『秀才』と言われたことは少し意外だったようだ。

そんな彼女の不敵で有りながら可愛いさを感じさせる様子に八幡は教科書から目を離さずに答える。

 

「天才ってのは、何もしていないのに百パーセントを叩きだす化け物のことだ。その点、お前は努力しているってことが良く分かるからな。精々秀才が良いところだよ。良かったじゃないか、化け物呼ばわりされずにすんで」

 

そう言われ顔を赤くする雪乃。彼女は努力を肯定する人間だ。だが、それを悟らせないようにしている。だというのに八幡にそれを見抜かれ、恥ずかしくてそうなってしまったのだ。その所為で言葉が上手く出ず、いつもの調子が出ない。

 

「あ、貴方みたいな目が濁り切っている人にそんなこと言われても嬉しくないわ。そ、それに何で私がそうだってわかったのかしら? 私は貴方にそんな所を見せた覚えはないわよ。後、その話しぶりから知っているようだけど、その……天才っていうのを………」

「目が腐ってるのは標準だって言ってるだろ、たく。それからお前は確かに努力しているところなんて見せていないけどな、そういう奴ほど努力することを肯定するんだよ。だから丸わかりだっての。そして最後に、俺は今までに何度か天才ってのを見たことがあるよ。全員化け物としか言いようがなかった」

 

八幡はしれっとそう答えつつ思い浮かべる……彼が知る限りの化け物を。

人間の生の中でそのような存在と会うのは稀だ。しかし、それが裏側に限ってはそうではなく、結構跋扈していることが多いのだ。八幡は実際に会い刃を合わせたこともあるし、身内に同じような化け物がいるので驚きもしない。そして八幡自身まったく認めていないが、彼自身『そっち側』に於いては同じ『天才/化け物』に区分されている。周りの評価からすれば『隠密の化け物』である。

 

『誰も真似できないのだ、彼のあの業を』

『当たり前だ、アレは既に人の域を超えている。誰にも悟られず、一方的な殺戮を行うことができる存在など、もはや人ではない。それこそ本当の化け物なのだと』

 

以上が八幡の特技における『裏』での評価だ。ここまで言われれば誰が何と言おうとも立派な化け物である……彼がそれを否定しようとも、世界はそうは思わない。だが、それでも…………八幡はただの凡人だと胸を張って答えるのだ。そんな技能は殆んど役に立たないと豪語するのだから。

と、そんな化け物であることを平然と否定する八幡は、気にした風でもなく雪乃に追撃をかけた。

 

「だからさ……俺はお前みたいに頑張ってる奴、嫌いじゃない。寧ろ好きだな」

「ッッッッ!?!?」

 

その言葉に雪乃は耳まで真っ赤になる。

傍から見たら完璧に告白。しかも彼女のことを少しでも理解しているという点が彼女の乙女な部分に揺さぶりをかける。

まさに完璧な青春ラブコメ。辺りに妙な雰囲気が流れ始め、雪乃は八幡から目が離せなくなった。

 

(た、確かに目はアレだけど、見方を変えればそれはそれで個性だし、顔立ちは寧ろ整っていて悪くないし、学力だってそれなりで努力していることは知っているし、私に関して否定的だけどそれは言いかえればしっかりとした自分を持っているというわけで芯はしっかりしているわけで…………)

 

ぐるぐると回りだす良く分からない思考に振り回される雪乃。

そうなると八幡のことを直視できなくなるのだが、何故か目を離したくない自分がいた。

何かがおかしいと自分では思っているのだが、それが何なのか分からない。

ただ、この状況をどうにかしないと、自分はおかしくなってしまいそうだと、そう感じた。

だから雪乃は八幡に声を掛けようとして…………

 

「やっはろー、今日は依頼人を連れてきたよ~!」

 

突如として開けられた扉から出てきた結衣の大きな声によって止められた。

それを共に今まで場を満たしていた妙な雰囲気が吹き飛んだ。それを感じ取った雪乃は即座に乗ることにした。

 

「こ、こんにちわ、由比ヶ浜さん」

「うん、ゆきのん、やっはろー」

 

それまでの雪乃の心情などいざ知らず、結衣は元気よく挨拶を返す。

その様子を見つつ八幡も結衣に軽く声をかけると彼女はそれにも元気よく応じてくれた。決してやっはろーとは返されずにもだ。

挨拶も終えた所で結衣は改めてもう一回さっきの内容を話す。

 

「実は今日、依頼人を連れて来たんだよ」

 

その言葉とともに室内に入るよう促され入ってきたのは、八幡も良く知る人物であった。

彼は八幡の姿を見て目を見開いた。

 

「あ、比企谷君」

「戸塚……」

 

八幡がいたことが嬉しかったのか、戸塚は少し感動した様子で八幡に話しかける。

 

「あれ、どうしてここに?」

 

その質問に対し、八幡は少しばかり気まずさを感じつつも答えた。

 

「俺はこの部活の部員なんだよ。お前の誘いを断った手前で何を言ってるんだとは思うが、平塚先生からの強制でな。それに部活よりバイトを優先していいって言われてるから丁度良くて」

「そうなんだ。確かに部活に入っているんじゃ無理だよね。それにバイト優先なら尚の事」

「そういうことだ。悪かったな」

 

八幡の言葉に微笑みながら頷く戸塚。その様子から本当に気にしていないようだ。

そんな戸塚を見て結衣が簡潔に今回の事のあらましについて語りだした。

 

「部活に行こうとしていたらさ、何やらさいちゃんが何か困った感じだから連れてきたの」

「それっていいのか? 普通は先生の仲介とかがあるんじゃ………」

 

八幡のぼやいた突っ込みは華麗にスルーされ、雪乃が戸塚にちゃんとした依頼を聞くことに。

そして出た依頼の内容が、

 

『戸塚のテニス技能を向上を助ける』

 

ことであった。

戸塚が言うには、自分の頑張る姿、能力の向上を見せれば部員の士気が高まるのでは、ということだった。

その依頼に対し、努力を肯定する雪乃は勿論了承した。

それに続くように結衣も頷き、そして一生懸命が大好きな八幡は勿論依頼を受けた。

 

「自分で言った手前もある。その練習、協力させてもらうよ」

「うん、ありがとう、比企谷君!」

 

八幡の言葉に実に嬉しそうに笑う戸塚。その笑顔は完璧に女子のそれであり、同じ同性である結衣と雪乃までもが見入ってしまった。

 こうして戸塚からの依頼を受けることになった奉仕部。

そこで少し意外に思われたのは、八幡が素直に依頼を受けたことであった。

 

「まさかヒッキーが素直に引き受けるなんて思わなかったぁ」

「そうね。貴方、運動とか好きそうにないもの」

 

女子二人組からの言葉に八幡は答えようとするが、その前に戸塚が前に出て一生懸命に言う。

 

「そ、そんなことないよ! 比企谷君、本当はすごく運動できるんだよ。テニスの授業の時だって僕、結構本気でいったのに普通に返されたし」

 

この発言は普通に聞けば目立つもの。

当然八幡が好きな事でないのだが、今彼はそれ以上に気恥ずかしさを覚えた。

だからなのか、八幡は戸塚を鎮めさせる意味合いもこめて戸塚の頭に手を乗せポンポンと優しく叩きつつ結衣と雪乃の二人に言った。

 

「確かに体育の授業は好きじゃない。だけどな………頑張ってる奴は大好きなんだよ、俺は。だから受けたんだ」

 

 その言葉に言われた当人である戸塚は勿論、先程まで流されていた雪乃もまた顔を真っ赤に染め上げていた。

唯一取りこのされた結衣は、何だか少しだけさみしそうであった。

そんな事を気付かずに八幡は戸塚にあることを伝える。

 

「あぁ、戸塚」

「何、比企谷君?」

 

可愛らしく首をかしげる戸塚に八幡は………頑張る彼に檄を入れるかのようにこの言葉を告げた。

 

「やるからには本気でお前を鍛えてやる。だから………死ぬ気でやれよ。でないと本当に………死ぬかもしれないからな」

「? えっと、その………頑張るよ」

 

まだ戸塚は知らない。

この言葉の本当の意味を。この言葉が無慈悲な死神の大鎌の一撃であることを。

 

 

 

 尚、この後何故か戸塚にだけやったのがずるいと言いだし、女子二人の頭に手を乗せポンポンと叩く八幡がいた。

それを終えると、結衣と雪乃は二人とも耳まで真っ赤になっていたとか。



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第17話 俺のトレーニングは正道じゃない

もう完璧にどこぞの軍曹と化してる八幡です。


 戸塚の依頼を受け、奉仕部は早速彼の能力向上のためのトレーニングを考案する。

本来であればそれらは雪乃が主導で行っているのだが、今回は何故か八幡がノリ気だったので彼が主導で行うことになった。

そしてトレーニングプランが出来あがったのが翌日。

それを皆に発表したのだが、そこで来たのは困惑した様子であった。

 

「あ、あの………比企谷君、これは………」

「比企谷君、貴方は一体彼に何をさせようというの?」

「ヒッキー、こんなのさいちゃんが壊れちゃうよ」

 

3人からそんな言葉を受けた八幡考案のトレーニングプランの一端がこれだ。

 

 初日………準備運動後に持久走。距離は決まっていないが、敢えて言うのなら10キロ以上は最低限。しかしそれは最低限であり、この日は下校時刻までずっと走る。一定の速さを維持できない場合は背後から『手痛いお仕置き』を喰らうことになるので注意。

最終的目的…………限界を超えて走れ。

 

 二日………どのような状態であろうともボールを取れるようにする練習。左右の足に5キロ、計10キロの重りを着け、更に両腕に2キロ、上半身に6キロ、合計20キロの重りを付けた状態で戸塚にはラケットを振ってもらう。玉は奉仕部3人から出させてもらうので、同時に3球飛んでくることもありうるが、それをすべて弾くのは当たり前。コートを駆け巡り、どんなボールでも追いつける瞬発力と柔軟な思考を身につけるのが目的。

 

 三日……………。

 

 

 約一週間のトレーニングなのだが、その内容は最近のスポーツ医学からはかけ離れている。まるでスポーツ漫画をそのまま読んだような内容にテニスが実は上手な雪乃は頭痛に襲われた。

確かに彼女は努力を肯定する。もし自分がトレーニングを考案しろと言われたのなら、『死ぬほど走らせる、死ぬほど素振りをさせる』などと言ったように答えるだろう。基礎が大切だということが分かっているから。

だが、八幡のこれはそんなものではない。

最初からオーバーペース。オーバーを通り越してデッドペースとしか言いようない。初日から潰れる可能性がある上に、下手をすれば選手生命すら失いかねない。

雪乃は八幡が頭が悪くないということは知っている。だからこそ、こんな無茶苦茶なメニューを出してくるとは思えなかったのだ。

それは運動が得意ではない結衣でもわかる話であり、その内容を想像して顔を青ざめさせていた。

そしてそれらを受ける張本人である戸塚は当然不安そうに八幡を見つめる。

実に不安そうな3人に対し、八幡はいつもと変わらない表情と相も変わらず濁りきった目で3人に話しかけた。

 

「これにはちゃんとした理由がある。だからまずは………やってみろ。話はそれからだ。それに戸塚、俺は言ったよな…………死ぬ気でやらないと死ぬかもってな。それぐらいじゃないと、そうすぐには強くなれないぞ」

 

不安に揺れていた戸塚であったが、その言葉に目を見開き力強く頷いた。

 

「うん、そうだね! 僕は強くなりたいんだ。だったらここで足踏みしてる暇なんてないよ」

「おう、その意気だ」

 

 こうしてこの日の放課後からトレーニングは開始された。

 

 

 

 この後のことは実に細かいので簡略的に語ろう。

初日、トレーニングに書かれている通り、戸塚は走ることになった。何故か結衣も一緒にやることになったが、本人曰くは一緒に頑張る人がいた方がやる気が出るからとのこと。

その優しさに八幡は内心で微笑むが、表では寧ろ冷徹に戸塚を扱いた。

しばらく走っていた戸塚であったが、体力が限界に近付いてきたのか息が上がり速度が落ちていく。そしてもう無理かと思われた所で八幡が後ろから戸塚に向かってある物を向けた。

それはオモチャだった。良くある男の子が持つオモチャ。ただし、その注意事項には必ずこの一文が刻まれている。

 

『人や生き物に向かって撃たないでください』

 

その名は………エアーガン。

八幡はエアーガンを戸塚ぬ向けると、彼の露出している脹脛に向かって引き金を引いた。

 

「痛ッ!?」

 

突如走った激痛に涙目になり戸惑う戸塚。

そんな戸塚に八幡は実に悪人らしい笑みを浮かべてこう告げるのだ。

 

「痛がる余裕があるならまだ走れる。戸塚、俺はお前を本気で鍛えると約束したんだ。だからこそ、心を鬼にしてお前を追いつめてやる。痛いのが嫌ならとっとと走れ、この○○○」

 

彼の口からは放送できない単語が飛び出し、それを聞いた結衣と雪乃は顔を真っ赤にして八幡を最低だと罵る。

そしてそれを向けられた戸塚は悔しさと怖さで涙を流しながらも本当にくたびれるまで走り続けた。

 この後八幡が土下座したのは言うまでもない。

ニ日になり、戸塚は指示された通りに重りを身につけてラケットを振るった。

だが、前日の疲労もあって身体は満足に動かず、尚且つ動き辛いせいで空回りをする戸塚。そんな戸塚を心配する結衣と雪乃だが、八幡は昨日と同じように悪人面で戸塚顔面にボールを打ち込んだ。

 

「昨日の疲れが残っていることはわかる。だが、これはそれこそ必死のトレーニングだ。疲れたから出来ませんなんて弱音はきかない。お前がすべきことはどんなボールでも確実に打ち返すことだけだ。そのためにお前の顔や体にボールが襲いかかろうともな。俺はそれらすら容赦なく打ち込む。昨日も言ったが、痛い思いをしたくなければ死ぬ気で打ち返せ、この○○○の○○○○」

「は、はい!」

 

涙目になりながらも返事を返す戸塚。

その様子を見て八幡はより好戦的な笑みを浮かべながらこれでもかというくらいに戸塚にボールを打ち込んだ。

 言うに及ばず、昨日と同じく八幡はトレーニング後に3人に土下座をした。

そして三日目になり…………。

戸塚はまず準備運動がてら、結衣のサーブを打ち返していた。

この日の内容はサーブの打ち返しである。だから最初は結衣に軽く流してもらい、その後八幡が行う予定だ。

なので最初は見ている八幡。そんな彼に雪乃は少し険の籠った顔で話しかけた。

 

「……この二日間における虐待レベルのトレーニングに何の意味があるのかしら?」

 

その質問に八幡は少しだけ笑うと、昔を懐かしむような顔で答える。

 

「確かにどう見たってそう見えるよな。まぁ、内容だけなら確かにそうかもしれない。でもな、これは必要なんだよ………戸塚に精神的な強さをつけるために。海外風に言うのなら『ファッキンガッツ』をつけるためにな」

「『糞根性』?何、それ」

「読んで字のごとく、精神的なものだよ。いいか、雪ノ下」

 

八幡はそこで言葉を一端切ると、雪乃に大切な事を教える教師のように答えた。

 

「いくら技能が上がろうが身体能力が上がろうが、精神が惰弱な奴は弱い。特に自分の能力を馬鹿正直に自慢気に誇張しているような奴は尚更な。そういう奴に限って窮地に陥った際に一気に崩れ落ちるんだ。戦いにおいて最終的な勝利要因は精神力。絶対に勝つという意思と負けないという気持ち。これこそがそいつを勝利させる。臆病者は生き残るのに最適だが、戦いに勝つには臆病者ではいけない。戦いに勝つには、絶対に勝つという心と諦めない信念が必要になる。そしてそれらを磨きあげるのは、それまで積んできた努力と経験だ。その二つがあってこそ、精神の強さは磨かれる」

 

八幡の言葉に雪乃は聞きいってしまっていた。

まるで何かの哲学を聞いているような、そんな気持ちにさせられるのだ。そしてそれが何故か正しく、でも同時に寂しく感じる。

何故そう思ったのか分からないが、彼女は八幡に問いかけた。

 

「まるで経験してきたような言い方ね」

「これでもそれなりに苦労してる身だからな。まぁ、いつも負けてばかりだけど」

 

苦笑しながら答える八幡。そんな八幡に何故か雪乃は目が離せなかった。

 

「つまり彼に精神的な強さ、その基盤を作ってあげたかったのね」

「あぁ、まぁそういうことだ。戸塚とラリーして分かったけど、あいつの腕はかなり良い。本人が謙虚過ぎて隠れがちだが、技能は十分に高いんだよ。だからあいつに必要なのは技能ではなく精神的な強さというわけだ」

「普通に彼に言えばいいのに」

「それじゃ伝わらないんだよ、こういうのは。それこそ必死にやって自分で磨いていかなきゃ意味がないものだからな」

 

八幡の真意を知って、やっと険が取れた雪乃。彼女はこの後結衣にもちゃんと教えてあげようと思った。でないと八幡がただのド変態にしかならないから。彼女的にはそれはそれでおもしろそうだと思ったが。

そんな風に考えていた所で、せっかく出来あがっていた良い雰囲気がぶち壊された。

 

「あぁーテニスじゃん! ねぇ、あーしらもここで遊んでいい?」

 

声の方に皆が顔を向けると、そこには八幡と同じクラスの人間が数人立っていた。

クラス内のスクールカーストトップである葉山 隼人率いる集団である。その中に居る女子……三浦 優美子が声を出したようだ。

三浦の言葉に対し、戸塚は困った顔で言葉を返す。

 

「三浦さん、僕たちは別に遊んでいるわけじゃなくて」

「えぇ、何? 聞こえないんだけど~」

 

弱々しい戸塚の声にまるで威嚇するかのように返す三浦。

彼ではどうにか出来ないと思ったのか、今度は八幡が彼女に返した。

 

「あぁ~、ここは戸塚が許可を取って使っているものだから部外者は無理だ」

「はぁ? あんたも使ってるじゃん?」

 

八幡は正直イラついていた。

まるで話を聞かない三浦がガキだとはっきり分かるように、言って聞かないならどうすればよいのかなど分かってはいる。だが、あまり事を荒立てるのはよろしくないと思い耐え、まだ交渉の最中だと自分に言い聞かせる。

 

「俺達はテニス部である戸塚の依頼を受けてトレーニングに付き合ってるからいいんだよ。その許可申請等は全部平塚先生経由で出してもらった正式なものだ。だから許可もない部外者は使用不可なんだよ」

「はぁ~? 何意味分かんないし、キモいんだけど」

 

その言葉が八幡の精神を逆撫でる。

彼はそれなりに世間慣れしているのである程度相手が横暴な態度を取ろうとも我慢は出来る。だが………ガキのように言い分すら聞かない相手をするのは大嫌いなのだ。何せ裏に於いてその手相というのは、妄執な宗教家や独裁国家の政治家など、碌な者がいないのだ。彼らは自分のルールだけで生き、それを他者に強要する。その上否定されると癇癪を起し暴走するのだ。故にまったく手に負えなくなる。

だから一番良いのは相手にしないこと。

しかし、この状況でそれは不可。だからどうにかしないといけないと考えていた八幡だが、その後出た言葉で彼の堪忍袋の緒は切れた。

 

「まぁ、そんな喧嘩腰になるなって。みんなでやった方が楽しいしさ」

 

そう言ったのは彼らのリーダーである葉山。

その言葉にそれまで耐えていたものがあふれ出した八幡は、仕事の時に近い殺気を放ちつつ、彼らに静かに話しかける。

 

「おい、葉山」

「えっと、君は…………」

 

八幡の声に葉山は顔を向けるが、普段から存在の薄い八幡が自分のクラスの人間であることすら分からず考え込む。

八幡はそんな葉山を気にせずに深く暗く、彼の心を抉るようににやりと嗤う。

 

「俺のことは別にいい。それより葉山………葉山 隼人。サッカー部のエースであるお前がそんな事を言うのか? 部活で必死に練習している人間に対し、お遊びですねとお前はせせら笑うのか? いやはや、天才(笑)様には驚きだな。それを他の学校のサッカー部の連中にも言ってみたらどうだ。お前等の練習なんてお遊びだから意味がない。だから俺と一緒に遊んだ方がまだマシだってなぁ」

「な、そんなことは………」

「ないと言うのか、この状況で。こちらは正式の許可を経て使用している施設に無許可で勝手に練習に乱入しようとしている不躾な輩のご退場を願っているというのに? お前はこんなにも一生懸命な戸塚の練習を自分たちの娯楽のために潰そうというか? いやはや、随分と傲慢だなぁ、お前。クラスで人気者は何をやっても許されるとでも思ってるのか?」

 

八幡の言葉に顔をどんどん青ざめさせていく葉山。

そんな葉山の様子を見て三浦が慌てた様子で八幡に喰ってかかった。

 

「ちょっと、いきなり何調子こいてるし! あーしは遊びたいからそう言っただけで、隼人は関係……」

「運動部でもない奴は黙ってろ。おい、葉山……自分の所の雌犬くらいちゃんと躾けておけ。飼い主の躾けのなさが伺えるぞ」

 

八幡の言葉に今度は葉山が顔を赤くし怒りをたぎらせるが、そこで彼は八幡と目があってしまった。

深い深淵を直に覗きこみ、そこに満ちる殺意を直に感じ取ってしまった。

その結果、葉山は言葉が出なくなり、体中から冷や汗が吹き出す。本能が逃げろと叫ぶのを彼は確かに聞いた。

そんな葉山に八幡は少しだけの慈悲をくれてやった。

 

「お前も運動部の人間なら、その練習がどれだけ過酷なのかは分かるよなぁ、葉山。お遊び程度の練習をしてる奴が強くなれるわけなんてないからなぁ。それが分からない間抜けじゃないはずだよなぁ。だから……強くなろうと必死に頑張ってる戸塚の邪魔をするなんて『酷い』ことをするわけないよなぁ、なぁ……みんなの葉山 隼人」

 

その言葉に今度こそ完璧に沈黙する葉山。その身体は寒さに凍えるかのように震え上がっていた。

これで葉山は帰るだろう。

だが、それでも聞き分けのない奴もいるわけで、八幡に向かって睨みつけてきた三浦に対し、八幡は最後の警告を行う。

それまで持っていたボールを上に投げ、持っていたラケットを構える。

 

「三浦、そこを動くなよ」

 

その言葉を告げると共に、落ちてきたボールを八幡は渾身の力で叩きつけた。

今まで学校では見せたことのない、比企谷 八幡の『本来の能力の全開』。

それを叩きこまれたボールはラケットによって潰されかけ、ラケットはその衝撃び耐えきれずガットを何本も千切れさせる。

そこから発射されたボールは彼らの認識出来る速度を超えて飛び、瞬時に三浦のすぐ近くの足元へと着弾し、盛大に地面を爆ぜさせた。

 

「え………」

 

そんな言葉が三浦から洩れる。

ボールは本来地面に叩き付けられるとバウンドする。

だが、彼女の足元に飛んできたボールは跳ねることはなく、深々と地面に突き刺さり周りの土を吹き飛ばして小さなクレーターを作り上げていたのだ。

その威力は凄まじく、彼女たちの心を凍りつかせるには十分だった。

それを見計らってか八幡は極悪な笑みを浮かべながら彼女たちに告げる。

 

「これは最終通告だ。このボールはこれから戸塚が受ける予定のサーブでもある。コイツを返せる自信があるのなら遊んでもいいが、俺は容赦なくこいつをお前の顔面に叩きつけるぞ。悪いが素人なんでな、手加減が苦手なんだ。だから何回お前の顔にこれが当たるかは保証できないぞ。それでも…………やるか?」

「ッ!」

 

その言葉とともに三浦は顔を真っ青にしてに出すかのようにテニスコートから飛び出していった。それを葉山達は追いかける。

一連の騒動を見ていた3人はポカンと口を開けて驚きを顕わにしている。

そんな彼らに八幡はにっこりと、濁った眼で笑いかけた。

 

「さぁ、トレーニングを始めるぞ」

 

すっきりとした様子の八幡の顔は、彼らから見て本当に悪魔のように見えたという。

 



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第18話 俺は猛省するしかない

ヒロインの二人、頑張ってくれ~!


 (あぁ~何やってるんだろ、俺………)

 

葉山達を何とか排除した八幡であったが、戸塚のトレーニングが終わる頃にその心は酷く落ち込んでいた。

それと言うのも、先程まで怒りで少しばかりタガが外れていた八幡だが、彼は本来そこまで凶悪ではない。

先程の本来あるべき答えは、『葉山達を交渉して穏便に退いてもらう』が正解。

だというのに、彼は三浦の全く話を聞かない様子や葉山の事の重要さを理解できない愚かさに我慢が出来なかったのだ。故に少しばかり怒ったわけであり、その結果が先程の脅迫と威嚇。

冷静に戻れば自分が如何に愚かしい真似をしたのかがしっかりとわかるだけに、八幡の落ち込みようはそれは酷かった。

きっと葉山は今後、八幡の事を警戒するだろう。表立ってするほど愚かではないと思うが、それでも隠しきれない警戒心は滲みでる。それを察した連中に何かしら聞かれる可能性は無きにしも非ず。それは八幡がもっとも嫌う『目立つ』ことになってしまう。

故に自己の怒りで選択を間違えた八幡は酷く落ち込み猛省しているわけである。

そんな彼の様子に気付き、結衣と雪乃、それに戸塚の3人が心配そうに八幡に声をかける。

 

「ヒッキー、大丈夫?」

「比企谷君、何をそんな落ち込んでいるのかしら。目の腐り具合が更に酷いことになっているわよ?」

「比企谷君、どうかしたの? なんか辛そうだよ?」

 

約1名ほど心配しているのか分からない罵倒を飛ばしてきたが、それを返す余裕が今の八幡にはなかった。

彼は正直、穴があったら入りたい気持ちで一杯になっていた。

恥ずかしいやら愚かしいやら情けないやらと感情がごちゃ混ぜになり、八幡は表情にそれらを出さないように己を律しながらどうするか考える。

今すべきことが何なのか。反省はもう腐るほどしているし、後悔はいくらしてもしたりない。だが、それは結局何処まで行ってもそこで行き止まりであり、それ以上先に行かないのなら意味はない。

だからここから先は後ろではなく前に考えるべきだ。

少なくとも、先程の光景を見ていたこの3人に何と弁明すべきかと考える。

何せあんな世間一般では完全に犯罪者のそれを見せてしまったのだ。怖がられても仕方ない。別に怖がられることに問題はないと彼の理性は判断する。仕事をするに当たって目立ってしまったことはマイナスだが、別に彼等彼女等とは仕事関係に関わることなどないはずだ。だから多少のマイナス程度でそれ以降の問題はない。

そう理性は割り切っているのに、何故か八幡はそれが嫌だと感じた。

目の前の3人には何故か怖がられたくないと、そう思ったのだ。

だからなのか、彼は少し気落ちした様子で3人に声をかける。

 

「いや、大丈夫だ。それよりも悪かったな。さっきはあんな物騒な物を見せて」

 

八幡の言葉に3人の顔が少しだけ強張る。その様子を感じ取り、八幡はどうすればよかったのかを改めて口にする。

 

「本当なら葉山達を説得して退いてもらうべきだったんだ。なのに俺は話を聞かず、戸塚の一生懸命な様子を軽んじるあいつらに腹が立って……いや、マジで猛省してる」

 

そんな八幡に3人は本当に心配しつつも微笑み八幡を慰める。

 

「うぅん、ヒッキーは悪くないよ。確かにあの時のヒッキーは怖かったけど、それはヒッキーが本当にさいちゃんのために頑張ってるからだってわかってるから」

「それに悪いのはどう見たって彼等よ。こちらは部活として正式な手続きの元、戸塚君の手伝いをしているのだから。だから貴方が気に病むことはないわ。寧ろあれは当然の判断よ。目が腐ってる割にはちゃんと物事を見ているわね」

「比企谷君があんなに怒ってくれたの、怖かったけど嬉しかったんだ。僕が言えなかったことを言ってもらえたような気がして。だから比企谷君、そんな顔しないで」

 

3人から励まされ、八幡は少しだけホッとした。

どうやら少しだけ怖がられたようだが嫌われてはいないらしい。そのことが彼の心を少しだけ明るくする。

だから3人をこれ以上心配させないためにも、八幡は3人の顔を見つつ笑みを浮かべながら言った。

 

「あぁ、ありがとう……由比ヶ浜、雪ノ下、戸塚。おかげで少しだけ元気が出てきたよ」

 

八幡的には安心してもらおうと思い笑っただけだった。目が腐ってる時点で気持ち悪いということは分かっているが、それでも念の為。

だが、3人………というには結衣と雪乃の二人はそうではなかったようだ。

八幡の顔を見た途端、二人の顔が真っ赤になった。

 

(ひ、ヒッキー、何でそんな顔するのかな!  いつもよりも優しそうな笑顔だなんて……なんか……いいなぁ、これ)

(うぅ~、いつも気持ち悪いと言ってるけど、何なの、彼? あんな優しい顔もできるなんて…………嫌いなはずなのに、ドキドキしてる)

 

そんな二人の心情は当然伝わることもなく、戸塚は八幡にそう言われ嬉しそうに笑い返した。

 

 

 

 そして帰る事になるのだが、その前に戸塚が興奮した様子に八幡に話しかける。

 

「それにしても比企谷君、さっきのサーブは本当に凄かったよ! あんなサーブ、今まで見たことないよ。もしかしたらプロだって出来ないかもしれない!」

 

まるで懐いた子犬が飼い主にじゃれつくように八幡に目を輝かせる戸塚。

そんな彼に続いて結衣達も八幡に話しかける。

 

「そうだね、ヒッキー凄かったよ! こう、バシーンっていってドッカーンって感じで!」

「貴方、運動が苦手っていうの嘘じゃないの? あのサーブ、どう見たって運動が嫌いな人間の打てる球じゃなかったわよ?」

 

3人に嫌われなくて良かったと安堵するのもつかの間、今度は3人から凄いともてはやされ追求されることに。

その事に対し、やはり八幡は内心で後悔する。

 

(やっぱりそうなるよなぁ……)

 

あれを見て今更運動が苦手だとは言えないだろう。

だからどう誤魔化そうかと考える八幡は、少しだけ意地が悪そうな笑みを浮かべながら答えた。

 

「別に内緒にするわけじゃないんだけどな。いや、確かに俺は運動は苦手なんだよ。特に球技とかは駄目で、サッカーとかバスケはてんで駄目だ。まぁ、それでも……俺は清掃業者でバイトしてるんだぜ。重い清掃道具を持って掃除する場所を動き回ってるんだ、嫌でも筋力がつくってもんだよ。だからあれはその成果ってところかな」

 

勿論嘘であるが、真実を言う必要なんて何もない。

だっからこれで良いのだが、何故かそうはいかないらしい。

戸塚はそれに納得してくれたようだが、結衣と雪乃は何故かまた八幡の顔を見ながら顔を赤くしていた。彼は気付かないようだが、どうやらまた二人の乙女な部分を刺激したらしい。

それに気付かない八幡は二人の様子を見て少しだけ心配した。

 

「どうしたんだ、二人とも? 顔が真っ赤になってるけど、風邪か?」

 

定番の決まり文句を吐く八幡。

そんな彼に問われ、

 

「うぅん、何でもない、何でもないよ、ヒッキー! た、ただ、ヒッキーが少し格好良かったっていうか、その……ぁぅぁぅ」

「えぇ、なんでもないわ! そ、その、あんまりその腐った目を向けないでくれるかしら、余計に体調が悪くなるかもしれにゃいじゃにゃい………ぅ~~~~~」

 

必死になって答える二人。しかし、結衣は内心で思ったことを暴露してしまっているし、雪乃は最後辺りを噛んでしまっている。

そこまで困惑している様子に八幡は少し気まずそうに謝った。

 

「そ、そうか。その………なんかわからんがすまん」

 

 そう答えられ、二人は更に恥ずかしさに真っ赤になるのであった。

 

 

 

 それから4日が経過し、戸塚のトレーニングは無事終了した。

その成果ははっきりと表れており、テニス部で戸塚は最強になったのだ。その事が凄く嬉しかったようで、戸塚は八幡に本当に感謝をしながら彼に飛びついた。

それを受け止め文句を言いつつ八幡は思った。

 

(どうやら完璧に懐かれたらしい………まぁ、こんな風な友人がいても……いいかな)

 

こうして新たに出来た友人を彼はそれなりに大切にしようと思ったのだ。

 尚、この後何故か結衣と雪乃に問い詰められて八幡は冷や汗を掻くことになったのだとか。



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第19話 俺の朝は癒される

小町が少し頑張る話ですね。


 デスクに置かれたノートPCのキーボードを叩く音が室内に小気味よく響く。

その音源たる八幡は画面から一切目を離すことなく、その手は止まることなく動き続ける。彼の表情はいつもと変わらず無表情であり、その瞳は相も変わらず濁り切っていた。

そんな彼に少し呆れたような声がかけられる。

 

「おいハチ、何やってるんだよ」

 

その声に八幡は手を止めずに声だけで返事を返す。

 

「何って見ての通りだよ」

 

その返事に声をかけた男……八幡の相棒である雑賀 静州は更に呆れる。

傍から見たら本当に何をしているのか分からないのだが、八幡が何をやっているのかをご同類である彼がわからないはずがない。だからこそ、更に彼は問うのだ。

 

「だからだよ。一体どこにクラッキングかけてるのか知らないが、そもそも何でそんなことしてるのかって俺は言いたいわけ」

 

そう彼が言いたいのはそこである。

確かに八幡達『レイスナンバーズ』は様々な技能を習得している凄腕揃いである。

だからクラッキング等の情報操作も勿論出来るのだが、彼が言いたいのはそうではない。

それはなぜなら………。

 

「その手相なら俺等じゃなくてあいつらの仕事だろ………『グレムリン』のよ」

 

彼の言葉にそれまで動かしていた手を止めて八幡はやっと画面から顔を離した。

その際にカチリと最後のキーを押したことで彼がやっていた事は終わったようだ。故に少しだけ疲れたような顔をしつつ八幡は彼に振り向いた。

 

「課長命令とあの厄介な奴からのご指名だ。俺だってやりたくてやったわけじゃないが、命令なら仕方ないだろ」

 

八幡はそう答えるなり凝り固まっていた肩を軽く回してほぐし始める。

 

「また課長か。あの人、お前を後継者にしようって考えてるからなぁ。親の愛ってのは重いねぇ」

「そんなものじゃないだろ、気持ち悪い事を言うな。ただ単に技能を錆びさせるなって言いたいだけなんだろ、あの人はさ。こういった技能も俺等には必要だ。必要な時に使えなかったらただの役立たずだ。そういう奴は他の奴の足を引っ張って死ぬ。そんな風にはなりたくないから、こうして文句を言いつつやってる。それに……やらないとやらないで『あいつ』がウザくからんでくるだろ。それを考えるだけで俺はストレスで胃に穴が空きそうだ」

「お前って本当に変な奴に好かれるな」

「うるさい」

 

相棒のからかうような笑いに八幡はむくれつつ答えた。

彼らが話している存在である『グレムリン』。これは八幡達と同じような存在である。

『株式会社三雲清掃業』にはいくつかの特殊なチームが存在する。

八幡が所属している『実行部隊』である『レイスナンバーズ』は文字通り、政府から会社に来た依頼をこなす存在であり、それらのバックアップなどを行うサポートチームもいくつか存在する。その中の一つに電子的情報の操作、収集を行うチームがあり、そのチームの名が『グレムリン』である。

主にクラッキングを主とした電子戦を得意とし、その気になればアメリカの主要施設に鼻歌交じりでクラッキングしてみせる凄腕揃いのチームだ。

ただし、そのメンバーは八幡達レイスナンバーズと比較しても周りが引くくらい『濃い』。少しずれれば廃人真近というのが殆んどなだけに、その危険性が伺えるだろう。そんな人間達だが腕は確か、故に誰も文句は言わない。そんな廃人達だからなのか、一部の者しか彼等とは会えないらしい。

のだが、どういうわけか八幡はその中の一人に気にいられており、度々このように頼みごとをしては遊ばれているわけである。

今回もその人物に頼まれたこともあり、面倒だが仕方なく引き受けたというのが現在の八幡というわけだ。

その課題もやっとクリアした事により八幡の顔もやっと晴れる。

 

「まぁ、これでやっと終わりだ。もうアイツにデータは送ったし、特にすることもない」

「ご苦労なこって」

「本当にな。早く帰って小町の寝顔が見たい」

「や~い、シスコン」

「シスコンで何が悪い。小町は俺のすべてで癒しだからな」

 

帰れる事もあって少しだけハシャぐ八幡と相方。そのやり取りは仕事の割に幼い。八幡は口に出してこそいないが、この相棒のことは兄のようにも思っているからこそ、こうして軽口を叩き合えるのだ。

 

「それに部活に行けば雪乃ちゃんと結衣ちゃんに会えるからなぁ。存分に癒されるだろ?」

「あまりそういった口を叩くなよ、相棒。あまりそう言われると俺は今度の訓練、初っ端から全力で斬り合いたくなってしまうからなぁ」

 

その言葉に彼は顔を青ざめさせながら謝り始めた。

 

「いや、マジでそいつは勘弁だって! だってアレだろ、お前って気配消して相手をめった刺しにするじゃん! あれを受けろっていうのか! そんなことされちまったらマジで死ねるって。だからマジ許してくれって」

 

さっきまでからかわれていたのが逆転し攻める側になったことで満足した八幡は、少しだけにやりと笑いつつ彼に提案する。

 

「なら………下で何か奢ってくれ。少し小腹が空いたからさ」

「おぉ、んじゃ俺も何か喰ってくか」

 

そして二人で歩き始める。

確かに八幡達は実行部隊であり戦闘が本業である。だが、それしか出来ない脳筋に用はなく、そのような者に意味はない。

何より、常に戦うことしかできないのではそれこそ仕事ができない。だから彼等はデスクワークなどもこなすし、戦う以外の事も行うのだ。

レイスの名は戦うだけに非ず、それ以外の場面でもその名の通りに活躍してこそのレイスなのだから。

 

 

 

 朝、八幡が目を覚まし自室からリビングへと降りると、そこには簡素な朝食が並べられていた。

 

「あ、お兄ちゃん、おっはよ~」

 

八幡の姿を見て元気よく声をかけたのは彼の妹である小町だ。まだ制服に着替えていないのか、ラフな服装であった。

 

「あぁ、おはよう小町」

 

八幡は軽く小町に挨拶を返すと自分の席に着く。

そしてテーブルに置かれている簡素な朝食………食パンとコーヒーに手をつけるのだが、対面に座る小町に向かって申しわけなさそうな声をかけた。

 

「一々待ってなくてもいいのに。それに毎朝用意してもらって悪いな」

「別にいいの、これぐらい! 小町はお兄ちゃんと一緒に食べたいんだから」

 

八幡の言葉に小町はえへへと笑いながら答えた。その言葉に自他共に認めるシスコンである彼の心が震えたのは言うまでもない。

比企谷家の暗黙のルールの一つに『朝食は必ず一緒に取る』というのがある。

これはバイトで夜の時間が不定形な八幡と少しでも一緒の時間を過ごしたいという小町の願いであり、八幡はそれに賛同しているわけではないのだが、こうして素直に従っている。妹が可愛くて仕方ないのだから異を唱えるわけなどないのだ。

朝食を作るのもまた小町の役割となっている。

別に八幡としてはそんなにしてもらわなくても良いと思っているのだが、そこは小町が譲らなかった。彼女なりに家族の助けになりたいと思ったが故の答えらしい。家事全般は小町の仕事だと、彼女は決めている。それの唯一の妥協点と言えば、朝食が簡素なのがそうだ。これは八幡の提案であり、朝は早く動くために簡単な物だけで良い。その代わり夕飯は頑張ってもらおうと彼女を尊重しつつ妥協してもらおうとしたのがこの結果だった。

故に八幡の生活は小町によって守られている。

そんな小町の愛情に身を震わせつつ八幡は小町と一緒に朝食を食べる。

その時間は穏やかであり、朝の雰囲気としては最高だと八幡は思う。それは小町も一緒なのか、よく嬉しそうに笑うのだ。それを嬉しく思う八幡

なのだが、何故か小町はそういう時に度々ちょっとしたポカを起こしたりする。

それは二人で食パンを齧っていた時のこと。八幡は適当にマーガリンを塗った食パンを齧っていたのだが、小町が食べ終える辺りであることに気付き指摘することに。

 

「小町、口元」

 

その言葉に小町は気付いたらしく、驚いた様子で八幡に確認してきた。

 

「もしかしてジャムってる?」

「ジャムるってお前は自動小銃か? そんな弾詰まりはしていないだろうが」

「お兄ちゃん物知りだね、小町初めて知ったよ!」

 

そんな小町に呆れる八幡。ちなみにジャムるとは拳銃等の弾詰まりに使われる言葉であり、決してジャムが口の端に残っていることに使う言葉ではない。

そんな兄の気持ちなど知らぬといった感じなのか、小町はジャムを拭きとらずに八幡に近づき、まるでキスをするかのように顔を差し出した。

 

「お兄ちゃん、とって」

 

その行為に八幡は呆れつつも何処か嬉しそうに笑う。

 

「仕方ないなぁ、たく」

 

そう言いつつもティッシュで小町の口のジャムを拭きとって上げる八幡。

それを終えると小町は実に嬉しそうに笑った。

 

「えへへ、ありがとね、お兄ちゃん」

「この甘えん坊が」

「それが妹の特権ですから」

 

胸を張る小町に八幡は少し甘やかすように頭を撫でてやる。そうされ小町は気持ち良さそうに顔をふにゃぁとした。

 

「ん~、やっぱりお兄ちゃんの撫で撫では気持ちいいね~」

「良い歳した娘が言って良い言葉ではないと思うけどな、俺は」

「それでもいいの、だって小町のお兄ちゃんだから。お兄ちゃんだからいいんだよ。むふ~」

「まったくこの妹様は…………(朝から嬉しいことを言ってくれるよ、本当)」

 

八幡はそんな愛おしい妹に呆れつつもしばらく彼女の頭を撫でていた。

 

 

 そんな朝の一時も過ぎ、二人は制服に着替え学校に行く。

 

「行ってきます、お兄ちゃん!」

 

小町の元気な挨拶に八幡はこう答えるのだった。

 

「おう、いってらっしゃい。それと……行ってきます」

 

そして二人は各自で学校に登校し始める。

これが八幡の毎朝の日常である。

 



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第20話 俺の顧問はこんなにも優しい

置きに入り400越え、ありがとうございます。
今回は普段出番がない平塚先生に頑張ってもらいました。

可愛いよBBA、可愛いよBBッ!?…………撃滅のセカンドを喰らったようです。


 八幡は現在、職員室にいた。

勿論彼自身ここに寄る用事などない。純然に呼び出されたのだ。

上司と部下という上下関係などないが、学校という環境に於いて教師からの呼び出しは絶対に応じなければならない。故に八幡がここに来たくなくても来ざる得ないのは当然の話である。

そして彼を呼びだしたのは、彼にとって馴染み深い人物であった。

長く美しい黒髪を靡かせスーツと白衣越しだというのにそれでもはっきりとわかるスタイルの良さ。そして性格が少しアレだが、それを含めても美人だと言える端正な顔立ち。きっと性格さえ知らなければ誰しもが見惚れるだろう。

八幡が入っている部活の顧問であり、生徒指導担当の平塚 静その人である。

少し前、部活に入る前に呼び出されたのと同じような状況であり、八幡はまた何かしたのかと考えるのだが、それでも引っかかるものはない。彼自身で言うのもなんだが、成績に問題はなく単位も問題なし。提出物の不備もなかったはずだ。

だからこそ、どうして呼び出されたのか分からない八幡は相も変わらず濁った瞳で彼女を見つめていた。

 

「それで……今回何があって俺は呼び出されたのでしょうか?」

 

この際自分が何かをしたのは確定済みだと判断しての言葉に平塚は何とも言えないような顔で八幡の顔を見つめ返した。

 

「そう言うということは何か思い当たる節があると言うことかね?」

「いいえ、まったく。ですが前回と似たような状況下にあるだけに、その可能性が高いと推測したまでです」

 

平塚の問い返しに八幡は堂々と返す。

これも前回と変わらず、自分に非がないと断言していた。

そんな様子の八幡に平塚は観念したかのように手に持った書類を八幡に見せた。

 

「これについて何だが、どうなんだ?」

 

平塚が八幡に見せたのは『見学希望調査表』であった。

それは少し前に八幡達2学年の全員に配られたものであり、ある程度学校で決められた会社の中から見学したいというもの選び書いて提出するというものだ。ただし、個人的に行きたい会社がある場合はその希望を書類に書き提出すれば学校側からその企業と相談してくれて見学することができる。

要は生徒が選ぶ社会科見学であり、このイベントはクラス内を大いに賑やかせた。

そんな中、八幡も当然書類を書き提出したのだが、どうやらそれが平塚のお目にかかったらしい。

なので何処かおかしな所はないか、八幡はもう一度書類を読み直す。

 

 

『見学希望調査表』

 

比企谷 八幡

 

希望する職種……清掃業

 

希望する職場……『株式会社三雲清掃業』

 

理由を如何に記せ

 

確かこの行事は現地解散ということなので、バイト先ならそのままバイトに行けて楽だからです。それにこの職業に自分は既に就職すると決めているので、それ以外の選択肢を選ぶ気がありません。故に私はここを希望します。

 

 

 

「特になにもないと思うのですが?」

「ん~、確かに問題はないのだがなぁ………」

 

書類上問題はないらしい。

ならば何故こうも目の前の教員は何とも言えない顔をしているのだろうかと八幡は思う。

その答えを平塚は微妙な困り顔で答えた。

 

「確かに書類の項目はすべて書いてあるし重要点も抑えてる。だが、この理由には少しばかり引っかかるものがあるんだがなぁ。特にバイトにそのまま行こうとする所とか。学校は君の事情だけでそれを許可するわけにもいかんし、それにバイトで働いている所にそのまま就職するというのは少しばかり進路を早く決め過ぎじゃないのか?」

 

八幡の進路が既に決まり切っていることに少し不安を感じているらしい。

ここで平塚 静という教師を知っている人なら誰しもが知ってることなのだが、彼女はかなり生徒の事を考えている。生徒に心身を寄せ共に考え導く。まさに生徒から慕われる教師の鏡と言えよう。だからなのか、彼女は良く『青春』という言葉を口にするのだ。年相応に学生生活を楽しみ、本人の満足のいく進路へと導くのが彼女の教師としての考え方。

だからこそ、八幡のように既に決めているというのは不安に感じるのだ。まだ選べる時間は十分にあるし、選択の幅だってかなり広い。その可能性を考えずに決め切っている八幡がもったいないと彼女は感じるのだろう。

だからこそ、このような言葉が返ってきた。

その言葉に対し、八幡はまったく表情を変えずに答える。

 

「先生が言いたいこともわかりますが、ウチに大学受験するようなお金はありませんし、そもそも受験する気もありません。それにこのバイト先は父の友人から紹介してもらったところなんです。そのため多少の無茶も聞いてもらっていますので、その恩義に報いるためにも就職することはバイトを始めた当初から決めてます。まぁ、確かにバイトにそのまま行こうとしていることは少しアレだとは思いますが。結局変わらないのなら一緒かと」

 

八幡の答えに深いため息を吐く平塚。

もう答えが決まり切っていて揺らぐことがない八幡の様子に呆れ返ったようだ。

 

「まったく、もう少し柔らかくなってもいいんじゃないか?」

「これでもそれなりにやってますよ。先生の言う『青春』もそれなりに楽しませてもらっています」

 

その言葉に平塚は少しため息を吐くと苦笑を浮かべながら八幡を見つめる。

 

「君の進路は大体わかったし意気込みも分かった。だが、この調査表は申し訳ないが再提出だ。もう決まり切っているのなら、今更そんな復習する必要もあるまい。これも偏に青春だ。クラスメイトとの交友を深めるためにも、彼等の希望に付き合いたまえ」

 

その言葉にそうですかと八幡は薄く返した。

今更ながら、そんな気がしていた。あの希望がすんなり通るとは思えなかったが、それでも彼なりに『希望と可能性』を込めて書いたのだ。その可能性がコンマレベルだと分かっていても。

だから別に落胆はない。これもまた予想通りの結末と言えよう。

ただし、クラスに『友人』が殆んどいない八幡では交友も糞もないと思ったりする。

そんな八幡の思いに気付かない平塚は八幡にそのまま連絡事項を報告する。

 

「それと伝え忘れていたが、今回の職場見学は3人一組となる。だから誰か誘うように」

「わかりました」

 

連絡を聞き終え、もう話は終わったと判断し八幡は席を立とうとするが、その前にあることを思い出して懐に手を入れた。

そしてそこを少し探ると、平塚の前にそれを差し出した。

それは良くあるキャンディーだった。市販で売られている普通の飴玉。ちなみに味はイチゴミルクであり、彼女はそれを見て内心で必死に笑うのを我慢した。八幡という男にはあまりにも似合わなさすぎるから、そのギャップが堪らなく可笑しくて吹き出しそうになる。

それを八幡は気付きつつも知らない振りをして平塚に話しかけた。

 

「先生がお疲れのようですから、これ、良かったらどうぞ。妹が偶にくれるんですが、俺はあまりこの味が好きじゃないんですよ。だからあげます。疲れてる時は糖分がいいんですよ」

「あ、あぁ、悪いな」

 

差し出されたキャンディーを受け取る平塚。そのまますぐに口の中に頬り込むと、甘いイチゴミルクの味が口の中に広がる。女の子が好きそうな味に少しだけ子供に戻ったような気分になった。

それで彼の用事は終わりのはずなのだが、八幡はまだ少しだけ待っていた。

そして平塚の目が八幡の目を見ると共に話しかける。

 

「それに………」

「?」

「俺なんかの為に一生懸命に頑張ってくれて嬉しいですから。確かに先生の厚意を無碍に扱ってしまって申し訳ありませんけど、それは俺のことを本当に考えてくれているからって分かりますから。だから厚意に応えられない代わりのお礼です」

「ッ!?」

 

そう言い終えると今度こそ八幡は彼女に背を向けて歩き出した。

彼は今までに様々な大人、様々な人間を見てきている。それがどんな考え方なのか、どのような人物なのか、そう言ったものを今まで見てきた。

だからこそ分かるのだ。その人が善意が、敵の悪意が。

大人になるほど人間の思考は複雑を極める。だが、それでもはっきりと分かるものはわかり、彼女の生徒を心配する気持ちは本物だということは断言できる。

だからこそ、八幡は彼女にお礼を言ったのだ。今回の呼び出しでもそうだが、八幡は彼女に負担をかけてしまっているから。

と、八幡になりに人生の先達であり尊敬すべき人である平塚に感謝を込めてのお礼をしたわけなのだが、彼女にはそれはちゃんと伝わってはいないようだ。

 

「ッ~~~~~~~~~~~~!? きょ、教師をからかいおって、この………マセガキめ………」

 

八幡にお礼を言われた途端に顔が真っ赤になり、嬉しいやら恥ずかしいやらで落ち着かなくなってしまった平塚。その手はいつもの握り拳ではなく、指と指をちょんちょんとつつき合わせてもじもじしていた。

そんな彼女の胸は温かくもせつなく締め付けられ、口の中のイチゴ味は甘酸っぱく感じた。




お前は誰だ! 八幡? 嘘だ!?

作者の感想ですね。


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第21話 俺の携帯の連絡帳は空いている

今回は由比ヶ浜さんに頑張ってもらいましょう。個人的に大好きですよ。


 平塚から呼び出しも無事に終わり、八幡は職員室から部室に向かって歩き出す。

もう最近ではすっかり行くのが当たり前になっている辺り、彼はこの部活動が嫌いではないようだ。あの独特ながら穏やかな雰囲気に包まれた部室は八幡の心にそれなりの癒しをもたらしてくれるからだ。勿論、それ以上の癒しが小町であることは彼にとって揺らぎようのない事実なのだが。

そんなわけでバイトがなければ必ず向かう部室に今日も向かうわけだが、部室に向かっている最中、八幡は大きな声で呼び止められた。

 

「あぁー、ヒッキーここにいた~!!」

 

声の方を振り向くと、そこに居たのは息を切らせている結衣であった。

その様子から走ってきたことが伺えるのだが、それ以上に高揚した顔と荒い呼吸から動く胸が思春期の男子には目の毒となっていた。その所為で本人は気付いていないが、付近を通りかかった男子生徒の視線が彼女に集中している。

それに気付いている八幡は、あまりその視線にさらされるのは良くないと判断し彼女に話しかけた。

 

「どうしたんだ、由比ヶ浜。そんなに呼吸を乱して?」

 

八幡の言葉に結衣は彼の顔を見つつも少し怒った様子で答える。

 

「どうしたもなにも、ヒッキーが部活に来るのが遅いから探しにきたの! それなのにヒッキー全然見つからないし、わざわざ聞いて歩いたんだからね。そしたらみんな『比企谷って誰?』って言うし、超大変だったんだからね!」

 

結衣の反応から八幡は自分のことを探すのに大変だったと言うことを察した。

それに彼女の口から実に彼にとって嬉しいことも聞けたので、内心でにやりと八幡は笑ってしまった。

 

『比企谷って誰?』

 

周りの人間に聞いてこのような反応をされるというのは普通は傷付くものだが、八幡にとってはそうではない。寧ろ最高の褒め言葉だろう。誰にも気付かれず目だ立つ認識されないと言うのは、まさに八幡にとっての理想だ。プライベートでそうである必要などないのだが、彼的には自分の一番の個性、能力なのだから極限まで突き詰めたい。故にその言葉は嬉しかった。

とはいえ、それを素直に喜ぶというのは、別の意味で目立ってしまうので結衣の前でそんな様子は見せず、普通に対応する。

 

「悪かったな、苦労させて。平塚先生から呼び出しを受けてたんで職員室に行ってたんだよ」

「そうなんだ~。それじゃ仕方ないね」

 

八幡の遅刻理由を聞いて納得する結衣。

それで終わればよいのだが、八幡はそこで別の事を思いついた。

 

「なぁ、そもそも探し回らなくてもメールなり電話なりすれば良かったんじゃないか? そのために連絡先教えたようなものだし」

「あ………」

 

八幡の指摘に結衣はやっとその事に気付き、途端に顔を真っ赤した。

それはもう見事な赤であり、如何に恥ずかしがっているのかが伺える。

 

「わ、私のバカ~。た、確かにそうすればこんな風に探し回らなくてもよかったのに~」

 

涙目で恥ずかしがりながら反省する結衣。その様子は周りから見て八幡に泣かされているように見えなくもない。

そんな雰囲気を感じ取り、八幡は少し慌てて結衣を慰めることにした。

 

「まぁそう落ち込むなって、人間誰しも落ち度はある。それが許される内はいくらでも失敗していい。その代わり、その反省を次回似たような状況の時に活かせるようになればいいさ」

 

そう結衣に言葉をかけつつ、最近ある意味慰めたりする時の癖になりつつある行為を結衣に行う。

 

「あ………」

 

頭に軽く触れる感触に結衣からそんな声が漏れた。

八幡の手は彼女の頭に置かれており、その手は彼女の頭を優しくポンポンと叩いている。

八幡にとってよく小町にしている行動だが、身内でもない異性にそうされ尚且つ彼本人には気付かれていないが、好意を持っている相手ににそんなことをされれば、それはもう凄く青春的なアレであり、結果としてそれまで恥ずかしさで真っ赤になっていた結衣は途端に別の意味で真っ赤に染まった。

その様子にどうしてよいのか分からない八幡であったが、結衣が落ち込んでいないようなのでとりあえずは平気だと判断する。

 

(ヒッキーに頭ポンポンされちゃった………ぅぁ~~~~嬉しいけど恥ずかしいような……やだ、私、どうしたらいいの!?)

 

内心嬉しさと恥ずかしさの板挟みに合い結衣は目を回す。

その様子は明らかに恋する乙女のそれであり、傍から見ていれば八幡に好意を抱いていることが丸わかりである。

ただし、この男に限っては別。人の殺意や悪意に敏感でも、人の善意を尊いと理解していても、自分に向けられる好意というものには点で気付かない。何せそういった感情が自分に向けられるという前提が彼にはないから。

だから彼女の様子を見ても八幡はまったく気付かない。ただ、未だに顔が赤い様子から自分にミスを反省して恥ずかしがっているということがわかるだけである。

そんな風に少しの間結衣を見ている八幡。その彼の視線を感じて結衣は慌てた様子で話しかけてきた。

 

「いや、その、本当にごめん! わ、私ってバカだよね~、あははは……」

「別にいいて言っただろ。お前が反省してるのはよくわかったからそれ以上気にするなって」

 

八幡の言葉に結衣は頷き返す。

そして後は二人で部室に行けばよいのだが、先程やられた行為自分がこんなにもドキドキしているというのにまったく無反応な八幡に少しばかり気に食わない結衣は、そこで少しだけ反撃をすることにした。

隣に並び歩く八幡に向かって自分の内心を少し明かしつつ、彼女はほにゃっとした柔らかな笑顔を彼に向けた。

 

「でも……やっぱりこうして探しに行って良かったって思う。だってこうしてヒッキーと一緒に部活に行けるから」

「ッ!? そ、そうか」

 

彼女から向けられた好意とその可愛い笑顔に少し挙動不審になりかける八幡。

先程上げた通り八幡は自分に好意を向けられても気付かないが、それはあくまでも間接的なものでありこのように直接伝えられた場合は流石に気付かない程間抜けでもない。だからこそ、どう対応して良いのか分からずこのようになってしまう。

『レイスナンバーズ』の『レイス8』のコールサインを持つ戦闘のプロと言えど、このようなな場面にはからっきしのようだ。ある意味弱点である。

そのような弱点を晒しつつ、八幡は誤魔化すように結衣にぶっきらぼうに話しかけた。

 

「と、とりあえず部活に急ぐぞ! あまり遅すぎると雪ノ下から罵詈雑言を吐かれる」

「ふふふ、そうだね」

 

そして二人は共に速足で部室に向かって歩いていく。

その時の結衣の顔は楽しそうであった。

 

 

 

「どうやら会えたようね」

 

部室に着いて最初に雪乃にかけられた言葉がこれであった。

 

「うん!」

「悪いな、平塚先生から呼び出しを喰らって遅れた」

 

その言葉に結衣は力強く頷き、八幡は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。

その言葉を聞き終え、雪乃は不敵な笑みを浮かべた。

 

「あら、また何か問題でも起こしたの? 貴方、顔がアレだから存在するだけで問題になるから仕方ないわね」

「いや、目は濁り切ってるのは認めるがそれと呼び出されるのはまったく関係ないだろ。さらっと罵倒しないでくれよ」

 

八幡はやれやれといった感じで呆れつつ返すが、別にこの罵倒に傷付いてなどいない。このやり取りも奉仕部に入ってから毎回行っているのでもう挨拶のようなものだ。

だから普通に返すし問題なく自分の席に着ける。

 そのまま各自で時間を過ごすために動き始める3人。雪乃は読書に戻り結衣は携帯片手に雪乃に話しかけ、八幡は勉強道具を引っ張り出す。

依頼人が来なければいつもそんな感じな3人。

だが、今日はすこしだけいつもと違うようだ。

 

「あ………」

 

携帯を見ていた結衣からそんな声が漏れた。

それは恥ずかしがったり気付いたりした時のような声ではなく、まるで嫌なものに気付いた時のような、そんな声だ。

その心情を察して雪乃が彼女に話しかけた。

 

「どうかしたの?」

 

雪乃に気付かれたことで結衣はそれを誤魔化そうと愛想笑いを浮かべるのだが、それでもやはり落胆した心は隠し切れていない。

 

「ふぁ!? ううん、何でもない……んだけど………」

 

結局それで折れて彼女はその理由を打ち明けた。

 

「ちょっと変なメールが来て、うわぁってなっただけ」

 

雪乃はそれを聞いて真っ先に八幡に顔を向ける。その瞳は分かり切った上でからかう気が満々であった。

 

「比企谷君、裁判沙汰になりたくなかったら、今後そういう卑猥なメールを送るのはやめなさい」

「分かり切った上で俺をいじめようとしないでくれ。本人がいる前で正体バレバレなメールを送る馬鹿がいるわけないだろ。それに俺はあまりメールとか送らないしな」

 

雪乃のからかいに八幡は呆れつつ返す。

このやり取りは勿論互いに本気じゃない。八幡がそんなメールを出すわけがないことは、彼の人間性を垣間見ている雪乃なら分かることである。

とはいえ、それは雪乃だから分かる話。冗談を言い合っていると分かっている結衣ではあるが、それでも念の為に八幡を擁護した。

 

「いや~、ヒッキーは犯人じゃないと思うよ」

「その証拠は?」

 

雪乃にそう聞かれ、結衣は答えを自分なりに考えて答えた。

曰く、内容が結衣と八幡がいるクラスの物であり、その中で八幡のメールアドレスを持っているのは結衣のみ。登録の際に八幡の携帯を見せて貰ったが、その際に逆に連絡帳が明らかに少なすぎる件について結衣と雪乃に突っ込まれたくらいだ。つまり八幡の携帯の中にクラスメイトの連絡先は結衣以外ない。だから八幡ではどうしようともメールを他の生徒に送ることができないのだと。

その答えを聞いて八幡はその通りだと頷くのだが、当然二人によって突っ込まれた。

 

「いや、それを普通に頷くのはどうかと思うし」

「そうね、自分の交友関係のなさに胸を張るのはどうかと思うわよ」

 

二人のそんな言葉に対し、八幡はそんなことはないと答えた。

 

「別に交友関係ってのは広ければ良いってもんでもないんだよ。逆にいえば、それだけ個人情報の流出がしやすいってことだからな。だから俺はお前等だけで今のところは十分だ。それ以外に教える気もあまりないしな」

 

その言葉に顔を真っ赤にする結衣と雪乃。どうもまた八幡は乙女心をくすぐる言葉を吐いたらしい。本人にその自覚はないが。

そのまま顔を赤くしていた結衣と雪乃だが、気を取り直して結衣が話を締める。

 

「まぁ、こういうのときどきあるしさ、あまり気にしないことにする。うん、きにしてもしょうがないし」

「そうね、下らない言葉をいつまでも気にしていてもしょうがないし」

 

若干早口な二人の言葉に八幡はそうかと返した。

そして再び各自の時間を過ごそうとしたのだが、その時扉からノックの音がした。

その音に皆が扉に注目する。

別に許可を出したわけではないが扉はゆっくりと開き、そこから出て来たのは………。

 

「ちょっとお願いが………ッ!?」

 

以前少し八幡が敵対行動を取った葉山 隼人がそこにいた。




 


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第22話 俺はこんな馬鹿騒ぎに参加したくない

葉山アンチじゃないですよ? た、たぶんですけどね。


 この部活に来る依頼人というのはそう多くない。

だからのか、久々に来た依頼人に八幡、雪乃、結衣の3人は少しばかり緊張し、今回来る依頼に対して構える。

そしてやってきたのは、3人とも知っている人物であった。

八幡にとってはクラスの中心人物というだけの有象無象、雪乃にとっては過去にある因縁の関係、そして結衣は現在進行形で友人であった。

そんな3人にとって知っている人物の名は『葉山 隼人』。2年F組の中心的人物にしてこの学校のサッカー部のエース。眉目秀麗にして好青年であり、男女共に好かれている。

そんな彼がこの部室に来たということに結衣と雪乃の二人は少し驚いた。

雪乃は敬遠していた相手が来たことにより驚き、結衣は単純に友人が来た事に驚いたようだ。

そしてそれは向こうも同じであり、葉山もまた驚き表情が強張った。

だが、葉山が一番に驚いたのは雪乃がいたことでも結衣がいたことでもない。

それまで認識すらしていたかあやふやな存在であったはずなのに、少し前の出来事で心の底まで恐怖を刻みこまれた。

葉山にとって初めてであり、今でもあの時の恐怖を思い出して身体が震えてしまう。

それほどの衝撃を葉山に与えた存在である『比企谷 八幡』がそこにいたからだ。

本当ならいつもと同じように軽く声をかけながら仲良く相談に乗ってもらおうとしていた。だが、八幡の姿を見て葉山は緊張し身体が委縮してしまう。

そんな葉山を初めて見たのか少し心配そうに見る結衣と驚きに目を見開く雪乃。

そんな二人に対し、八幡は濁った目を葉山に向けながら難なく普通に話しかける。

 

「とりあえず部屋に入ってくれ。何か話があるから来たんだろ?」

「あ、あぁ」

 

八幡に促され葉山は席に案内される。

そして席に着いたところで改めて葉山は八幡達に軽い挨拶を始めた。

 

「平塚先生に悩み相談するならここだって聞いてね。でもまさか結衣や雪ノ下さん、それにヒキタニ君がいるとは思わなかったよ」

 

彼なりに精神を落ちつけるための行為なのだろう。

少しでも会話をして精神を落ちつると共に、穏やかな雰囲気で主導権を握りつつ話がしたい。

それが葉山の狙いなのだろうが、それは本人の心のみ。肉体はそれに追いつかず、変わらずに緊張し委縮する。

心と体の矛盾が無意識なジレンマを引き起こし、葉山は笑っているはずなのに苦しんでいるような、そんな表情になっていた。

それは傍から見ても異常。流石に結衣は心配しどうしようかと悩み、雪乃は雪乃で初めて見る葉山の表情に興味深そうに注目する。

そんな葉山に向かって八幡は相変わらず濁った目を向けつつゆっくりと話しかけた。

 

「まぁ落ちつけよ、葉山。別にお前に危害を加える気はない。後俺の名前は比企谷(ひきがや)だ、間違えるな……まぁなんだ、あの時はすまなかったな」

「え?」

 

八幡の言葉に目が点になる葉山。

そんな葉山に向かって八幡は更に詳しく話しかける。

 

「別に俺はお前のことが嫌いでも好きでもなんでもない。あの時あんな風に敵対したのは、お前等が俺達奉仕部の依頼を妨害しようとしていたからだ。依頼は完遂するためには、邪魔をする者、妨害する者、敵対する者、それらをすべて叩き潰す必要がある。だからあの時はああした。別に敵対する理由がなければ敵意を向ける必要もない。だからそう怖がるな」

 

彼なりに励ましもつもりなのだろうが、傍から見たら脅迫している極道者とされている優男にしかみえない。

 

「それにお前は俺達奉仕部に依頼があって来たんだろ? だったら立派な依頼人だ。依頼人である以上、俺達はその依頼を聞く義務がある。邪険に扱いはしない」

 

八幡はそれを言いきると、雪乃に向かって少しだけ申し訳なさそうな感じに話しかけた。

 

「どうにも葉山は俺が苦手らしい。まぁ、前回ああすればそうもなるか。だから悪いんだが、お前から話を聞いてやってくれないか。知り合いだろ、お前達」

「知っていたのね………まぁ、最初の時のアレで大体は察せるから驚きはないのだけれど」

 

八幡に促され雪乃が代わりに葉山の話を聞くことになり、彼女は少しばかり辛辣な様子で葉山に話すよう促した。

 

「それで……この部活に何の用かしら、葉山 隼人君」

「あ、あぁ、これなんだけど………」

 

雪乃が話を聞くことになり、多少委縮していた身体がほぐれた葉山は今回の話の原因であるものを3人に見せ始めた。

それはスマホであり、画面に映し出されたものは差出人不明のメールだった。

 

「あ、変なメール」

 

結衣はそれを見て八幡と雪乃に見えるように自分のスマホを取り出し葉山と同じように皆に見えるようにした。その中身は葉山のものと一言一句全部同じメールが表示されている。

 

『戸部は稲毛のヤンキー、ゲーセンで西校狩り。大和は三股、最低の屑野郎。大岡はラフプレーで相手校のエース潰し』

 

内容はこのような誹謗中傷の類であった。

二人に同じメールが届いた事と内容から雪乃は思い当たるものを口にした。

 

「これは……チェーンメールね」

 

チェーンメール、それは良くある悪戯の一つ。

真実か虚偽かわからないデマを拡散させる悪事ある行動であり、鎖のように次から次へとつながっていることからそのような名前がつけられている。

それを雪乃に分かってもらえた所で葉山は今回の依頼の触りを話し始めた。

 

「これが出回ってから、何かクラスの雰囲気が悪くてさぁ。それに友達のことを悪く書かれていれば腹も立つし」

 

言っていることはもっともなことなだけに、結衣は軽く頷いていた。

それが励みになったのか、葉山は少しだけ強く主張しつつ更に言う。

 

「あ、でも犯人探しがしたいんじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい、頼めるかな?」

 

そう言い終えると笑顔を雪乃と結衣に向ける葉山。

そんな葉山に雪乃は睨みつけるような視線を向ける。

葉山の依頼は事態の収拾であり、それを奉仕部に求めること自体がそもそも間違っていることに彼は気付いていない。奉仕部はあくまでも魚の取り方を教えるのであって、問題を直に解決するわけではない。それは理念に反する。八幡は特に拘ってはいないが、部長である雪乃はそれを順守する。葉山が自分達で解決するので手伝ってくれと言うのなら手伝うが、そうではなく問題を丸投げしてきたのだから受ける理由はない。だから雪乃は断ろうと思ったのだが、同時に解決しなければとも思った。

何故なら、彼女は昔、そのチェーンメールの被害にあったことがあるから。

だからこそ、彼女はその答えを口にする。

 

「つまり事態の収拾を図れば良いのね」

「うん、まぁそういう事だね」

 

葉山は了承してもらえたと思いホッとした様子になる。

しかし、その後雪乃が言った言葉で強張った。

 

「では、犯人を探すしかないわね」

「え………」

 

はっきりと断言した雪乃に葉山の目が点になる。

 

「な、何でそうなるの?」

「チェーンメール……あれは人の尊厳を踏みにじる最低の行為よ。自分の顔も名前も出さず、ただ傷つけるためだけに誹謗中傷の限りを尽くす。止めるならその大本を根絶やしにしないと効果がないわ。ソースは私」

 

雪乃の言葉を聞いて八幡は彼女の狙いに気付いた。

別に犯人を特定しなくても収拾は出来る。だが、それでは一時的に過ぎず、また同じようなメールが出るたびに葉山にとってよろしくない状況になってしまうのだ。その度に奉仕部に依頼をして解決しても意味がない。何せ表面的な解決に過ぎず、根本的な部分は何も変わらないのだから。

だからこそ、経験者である雪乃はそう語るのだと。

 

「根絶やしにしたんだ」

 

雪乃の言葉に結衣が苦笑を浮かべ、八幡は納得する。

 

「そんな人間は根絶やしにするしかないわ。それが私の流儀。私は犯人を探すわ。一言いえばこの騒ぎも収まるでしょう。その後の裁量は貴方に任せる。それで構わないかしら」

「あ、あぁ、それでいいよ」

 

過去の確執もあってか強く出れずそう答える葉山。

そして雪乃は葉山にここ最近何か変わったことがなかったか、メールがいつ頃出始めたのかを聞き始める。

それらを葉山と結衣は答えるのだが、いまいち答えに行きつかない。今回の騒動の原因がまったく判明しないのだ。

そんな二人に対し、八幡は思い当たる節を口にする。

 

「たぶんだが、職場見学の件じゃないか。ここ最近あった話題と言えばコイツだろ」

「それだ! ヒッキー頭良い!」

 

八幡の案に結衣が凄いと褒めるが、八幡から言わせてもらえばここ最近にあった行事関係の話を覚えていない方が問題だ。決して八幡の頭が良いのではなく、単に結衣の記憶力がザルなだけだと。

そして結衣はどうやら今回の件についてある程度犯人について分かったらしく、胸を張りながら自分の推理を披露し始めた。

彼女が言うにはどうやら職場見学のグループ分けが原因らしい。

何でもイベント事のグループ分けはその後の交友関係に影響を及ぼすのだとか。そのため、今回の見学では三人一組なので葉山達では四人、一人余ってしまう。葉山と離れるのが嫌だから誰かを蹴落とそうとしてこのような行為に走った言うことらしく、結果からして犯人は葉山の友人である戸部、大和、大岡の三人に絞られるのだとか。

勿論葉山はそれを信じることは出来ない。それにメールの内容は三人の悪口なのだから可笑しいと主張する。

しかし、それはもう流れが見えた八幡によって断たれた。

 

「通常、交友関係で全体的に排除しようとするのなら葉山、お前も攻撃対象に入るはずだろ。それが入っていないってことは、お前は対象外。そして女子が犯人だとしてもお前に近付こうものなら三浦が黙っていない。だから女子の線も無し。男子でお前とつるみたいってやつはあまりいないだろ。女子と違って男子はそこまで主張するようなのはいない。いたとすればゲイかホモって辺りになっちまうからな。だから男子も無し。誘われればそれもありって考えるのが普通だ。となれば、現在お前と交友関係が深い三人組以外容疑者がいない。だからだよ」

 

その言葉に葉山は言葉が出なくなってしまう。

もうこの中に犯人がいるのは確定なのだと彼も分かってしまったから。

そして奉仕部ではこの案件を完璧に犯人を見つける方向で捜査をすることになり、雪乃が葉山に三人の人物像を聞いていく。

そこで少し面白いと八幡が感じたのは、葉山が当たり障りのない善意で雪乃に伝えると雪乃はそれを悪意的にはっきりと断言し三人の人物像を丸裸にしたのだ。

聞き方一つでこうも違うと言うのは少しばかり面白いと思ったらしい。

だが、雪乃が言うには誰が犯人でも可笑しくないらしい。

だからどうしようかと悩んでいると、結衣が手を上げて雪乃に提案した。

 

「だったら私が三人のこと、調べてみるよ!」

 

その様子に雪乃は少し申し訳なさそうな顔をしながら謝ってきた。結衣もまた葉山達とは親しいのだ。そんな友人を疑うような真似をさせるのが心苦しいのだと。

だが、結衣はそんなことは思わずにはっきりと口にした。

 

「私だって奉仕部だもん、頑張るよ~!」

 

意気込む結衣に八幡は少しだけ笑いながら声をかけた。

 

「なら頼む。俺はあまりそういうの、得意じゃないからな」

 

そう言いながら葉山が見ているというのについつい結衣の頭に手を乗せてポンポンと軽く叩く八幡。

その行為に葉山と雪乃は目を見開き、結衣は結衣で恥ずかしいけど嬉しそうに顔を赤らめる。

 

「うん、頑張るよ、ヒッキー………」

 

そんな風に真っ赤になっている結衣を見つつ八幡は思う。

 

(今回は出来れば出しゃばるのはやめよう。由比ヶ浜がこんなやる気になっていることだし、それに雪ノ下もやる気が十分だ。俺がわざわざ手を出す理由もない。それに……正直下らないことに関わりたくないってのがデカイな。別に二人の頑張りが下らないとは言わないが、たかがグループ分けにこんな騒ぎを起こすというのはあまりにも幼稚過ぎだ。そんな馬鹿騒ぎに巻き込まれたくはない。だから………今回は二人に任せよう)

 

そう思いながら八幡は結衣の頭を軽くポンポンと叩き続けていた。

 

 



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第23話 俺は彼女のために参加する

もうそろそろ八幡が牙をむくそうです。
そしてお気に入り500人突破! 本当にうれしいです。


 今まで依頼に対し前向きに対処してきた八幡であったが、今回の依頼に対してはそうする気が起きなかった。

それと言うもの今回の依頼が今までと違い、明らかに『真摯』に欠けるからだ。

最初の結衣の依頼、既に送り先が分かっていたので少し曖昧であったが、それでも結衣の熱意は十分に伝わってきた。

材木座の依頼は本人の自己満足と言えばそれまでだが、酷評を覚悟した上で彼は自分の作品の評価を頼んできた。その真剣さは買うべきものである。

戸塚の依頼は自分の為である以上に部活の為であり、どう見ても無茶な練習メニューに彼は文句一つ漏らさずに着いてきた。それだけ一生懸命なのは十分に伝わってくる。自分の為だけでなく、部活の為にそうまでして頑張る彼を誰が否定しようものか。応援するのは当たり前だった。

だが、この依頼は違う。

確かに悪意があるのは認めよう。その結果クラス内の雰囲気が良くないのも確かだ。

しかし、それは犯人も承知の上での行動だ。それが身内というのだから流石に快くは思わない。詰まる所は身内争いに皆が巻き込まれただけなのだ。

それを解決するのを手伝えと言うだけに飽き足らず、挙句は自分からは動かずに解決しろと言ってきた。

別に八幡はその事に怒ってはいない。

この部活は活動理念こそ上げてはいるが、それを発表はしていないのだからこの部活の事を聞けば解決してくれると思っても仕方ない。

だが、そうだとしてもだ。

仮にも自分の『友人』関係だというのに問題を人任せにするのはいかがなものだろうか。

彼が今回やる気がないのはこれがもっともな原因だった。

それまで友人というものがいなかった八幡にとって、結衣や雪乃や戸塚、一応材木座はそれなりに親しくさせて貰っている。だから彼等が何か困ったことがあるのなら、自分はそれなりに助けようとは思っている。それが友人への対応と言うものだろう。彼の場合これが『戦友』……つまり同僚なら話は別だが。

友人がいなかった八幡でさえそう思うのだ。

だというのに葉山はそれをしないと言うのだ。自分の友人達の問題を自ら動かずに他者に解決してもらおうと丸投げした。

何度も言うが、八幡はこの件に関し怒ってはいない。

ただ、失望を感じただけだ。

やはり『友人』というものはそこまで大切なものではないのかと。

だが、それはまた自分自身の否定になる。それはそれまで親しくなった雪乃達とのこの気に入っている空間などのすべてを否定することになる。

それが八幡は嫌だった。だからこそ、依頼そのものは受ける姿勢は見せたが関わる気はないのであった。

それに………たまには結衣や雪乃のお手並みを拝見させてもらうのもよいだろうと、そう考えて。

 

 

 

 翌日になり、早速行動を開始する結衣。

彼女はどうやら女子特有のネットワークを使い最近の葉山組の男子3人に何か変化がないか調べるようだ。

それは良かったのだが、その行動を見ていた八幡は内心で絶句することになる。

何せ結衣は全く隠す気がないのか馬鹿正直にその話題を葉山組の女子である三浦と海老名 姫菜に振ったのだから。

仮にも秘密裏に調べることなのに、まったく秘密になっていない。当然普段そのような話題を振らない結衣に対し、二人はないやら疑いの目を向け始めたのは言うに及ばず。ただし、それが目的であることの看破にはつながらず、彼女の気になる男の相談と海老名 姫菜の腐女子話へと転がったのはありがたいことだろう。最初の調査から転がり落ちては話にならないのだから。

その後も結衣はそれなりに頑張って調べようとするのだが、もともとそのような事に向いていない事もあってか空振りに終わり、未だに調査は進まない。

また、八幡自身も結衣を見つつ例の3人と葉山を観察すると、そこである事が判明した。

と言っても大したことではない。高校2年になって人付き合いを結構経験しているはずなのに、まったくもって出来ていないということを見せつけられただけだ。

葉山は皆を友人と思い、また彼等もまた葉山を友人と思う。

だが、彼等同士では友人ではないのだ。友人の友人は知り合いであり友ではない。

つまりそう言うことだろう。この歳になってもそんな考え方をする彼等を見て、八幡は呆れ返るしかなかった。

会社の同じ部署にいるなら皆同僚。そこに苦手意識があろうが無かろうが同僚なのだ。時に助け合い、また時には競い合う。同僚の知り合いは知り合いだが、同じ会社内なら同じ仲間。その繋がりは持っていて絶対に損はない。そういう考え方が出来ない辺り、彼等はまだ子供なのだと言えよう。

そして時間は過ぎ、あっという間に2日が過ぎた。

しかし結果は…………

 

「ごめん、全然分かんなかった!」

 

放課後の部室にて、結衣が雪乃の前で両手を合わせながら謝っていた。

その行為から分かる通り、この二日間を彼女なりに捜査はしてみたものの、何も分からなかったのだ。

だからこそ、何もできなかった自分を不甲斐なく思いつつ彼女はこうして雪乃に謝っているのである。

 

「そう…………それは仕方ないわね」

 

そんな結衣に対し、雪乃は少しだけ肩を落としつつこれからの捜査について考える。

正直結衣の調査をあてにしていたわけではないのだが、その片鱗でも知ることができればそれを足がかりに自分でも調べようと思っていたらしい。

だからこそ、今度は彼女が調べようとするのだが、もともと人間関係に難がある性格の彼女だ。あの3人を見た所で分かるのは八幡が感じた事と同じことだけだろう。

八幡はここが限界だと判断し、雪乃に話しかける。

 

「雪ノ下、この後はどうするんだ? 流石にあの3人ただ見ていても何も進展しないぞ」

「えぇ、分かってるわ」

 

雪乃からの返答に彼女自身それは分かっていることが伺えるが、同時に焦りも伺える。

八幡の知る限り、雪ノ下 雪乃という少女はやると決めたことは何が何でもやり通そうとする。特にそれが経験があることなら尚のこと。

今回のチェーンメールという悪意を経験したことがある彼女にとって、その犯人がのうのうとしていることは絶対に許せないだろう。正義感ではなく、大義をもってして真正面から叩き潰す。それが彼女という存在だ。

だからこそ、今回彼女が最終的に取る行動も予測できる。

しかし、それはあまりにも無謀。それにシラを切られればそこから先は追求できない。

彼女なら気の強さと口の上手さで強引に行くかもしれないが、それに飲み込まれなければ犯人の勝ちだ。どちらの分が悪いのかなど、幼子が見ても分かる話である。

だからここで手打ち。ここから先は妥協するしかない。

八幡はそう思いつつ雪乃に提案する。

 

「お前がどうしようとしてるのかはなんとなく予想できるが、それは明らかに分が悪い賭けだぞ。勝てる見込みがまるでない。だから……もう犯人の特定はいいんじゃないか? 依頼の内容はチェーンメールのせいで雰囲気が悪くなったのをどうにかしてほしいというものなんだから、犯人特定は本来必要ない。だから諦めるのも一つの手だと思うが」

 

八幡の提案を聞き、雪乃は悔しそうに顔を顰めつつも八幡を睨みながら返答を返す。

 

「確かに貴方の言う通りかもしれない。でも、それでも………私はそれを否定するわ! この問題は一時的に解決しても根本が解決しなければ繰り返されるもの。悪意の拡散はずっと続き、そのたびに被害者が出てしまう。それを見逃すなんて私は絶対に嫌よ。それはつまり負けを認めるということだもの。悪意に負け、それを通すということはその後の人生に於いて一生付きまとうわ。そんなのは絶対に嫌、私は負けたくないしそれが通ることも許せない。何より、由比ヶ浜さんが一生懸命頑張って調べてくれたのよ。その頑張りをなかったことになんて、私はしたくない!」

「ゆきのん……」

 

雪乃の言葉に嬉しかったのか顔を赤くする結衣。

そして八幡は内心かなり驚いていた。

それは彼女は発した言葉に、今までにないものが入っていたからだ。彼女が結衣のためにもそうしたいと言ったことが意外であり、そして少し胸が温かくもなった。

そんな真摯なことを言われては、一生懸命が好きな八幡はもう諦めろとは言えない。

だからこそ、今度は彼が動くことにした。

 

「そうか…………なら、調査続行だな。今度は俺もやるよ」

「比企谷君………ありがとう」

 

八幡の言葉に少し嬉しかったのか微笑んでしまう雪乃。その顔は綺麗であり、それ以上に可愛らしかった。

そんな顔を見てしまったためか、顔が熱くなるのを感じる八幡。

それを知られたくなくて、彼は彼女がしようとしていたことへの問題点を上げる。

 

「一応先に言っておくが、雪ノ下がやろうとしていることをするには証拠が足りない。何もないのにスマホを見せろとは言えないし、見せた所で消されていては意味がないからな」

「それは分かっているわよ」

 

そう答える雪乃だが、改めて言われて少しばかりむくれてしまう。

それが結衣の何かに触れたのか、可愛いと言って雪乃に結衣が抱きつい来た。それに戸惑いつつも受け入れてしまう辺り、雪乃は結衣のことを大切に思っているのだろう。

そんな二人を生温かい目で見つつ、八幡は雪乃に提案する。

彼女の行動を確実にするための証拠を手に入れるために。

 

「雪ノ下、明日で終わりにしてやる。明日、俺は部室に『あるもの』を持ちこむ。そいつを使えばこの馬鹿騒動も終わりにさせられる。だから明日まで待て。終わったら、後はお前の独壇場だ」

「それってどういう………?」

 

八幡の意味深な言葉に首をかしげる雪乃。

そんな雪乃を見つつ、八幡は口元をニヤリと釣り上げた。

学校生活で『こんなこと』をするとは思わなかったが、技能は活かしてこその技能。そしてばれるようならレイスの名を語ることなど許されない。たまには自分で進んでそういうことをするのも悪くはないと、そう考えた。

まぁ、課長にばれたら大目玉なのはわかり切っていいるが。

そのためにも、八幡は明日のために最初のキーにして最後のピースになるであろう物を借りるべく、結衣に話しかけた。

 

「由比ヶ浜、だから明日………お前のスマホを貸してくれないか」

「え?………………えぇえぇええええええええええええええええええ!!」

 

八幡のお願いに結衣が驚き声を上げた。



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第24話 俺の方法は正しくない

お気に入りがどういうわけか600を超えて嬉しさのあまり白目な作者です。
いや、本当に皆さまありがとうございます。
今回は八幡が頑張るお話です。


 翌日になりあっという間に時間が過ぎて放課後。

八幡はいつもと同じように部室に来た。その様子は昨日の発言の割に普通であり、自然体そのままであった。そんな彼のいつもと違う所と言えば、彼の手に持っているバックがいつもより膨れていることだろう。

 

「よぉ」

 

部室に入るや先に来ている雪乃に彼はいつも通りに声をかけた。

その声に反応して彼女は振り向きつつ返事を返す。

 

「こんにちわ、比企谷くん」

 

いつもと同じ返しをし、彼女は読んでいた本に目を向ける。

そこはいつもと全く変わらない。

だが、やはり昨日言ったことが彼女は気になったようだ。

 

「ところで………昨日言っていたものって何かしら?」

 

いつもと同じように冷めたような凛とした声。だが、その声には確かな好奇心が覗いていた。

その好奇心を感じつつ、八幡は雪乃に返す。

 

「そいつは由比ヶ浜が来てからのお楽しみだ」

「あら、そうなの? 勿体ぶっているようだけど、本当に大丈夫かしら」

 

相も変わらず相手を挑発するかのように貶める雪乃の言葉に八幡は苦笑しつつ席に座る。

今日これからすることを考え、いつもは広げている勉強道具を広げずにそのまま少し待った。

そして待つこと数分、部室の扉が勢いよく開いた。

 

「あぁ~、ヒッキーここにいた! せっかく一緒に部活に行こうと思ったのにヒッキーいつの間にかいなくなってたし」

 

顔を赤くしながら怒る結衣に八幡は悪かったと軽く誤魔化しつつ宥める。

 

「悪かったって。あまり今持ってるもんを人に見られたくないんだよ」

「何それ?」

 

どうやら彼女は昨日八幡が言ったことをすっかり忘れているようだ。その事に八幡は少しだけ呆れつつ彼女に昨日言ったことをもう一回伝える。

 

「昨日も言っただろ。今回の依頼をとっとと終わらせるための道具を持ってきたって。後お前のスマホを借りるとも」

「はぅッ!? そ、そう言えばそうだった! そ、そんな、でも……えぇえええええええええええ!!」

 

昨日と同じように大きな声で驚く結衣。

そして驚き終えるや否や、彼女は顔を真っ赤にしてもじもじとした様子で八幡に話しかける。

 

「そ、その、私の携帯で何するの、ヒッキー………あ、勿論変なところ開けたりしたら駄目だからね! それにヒッキーだから貸すんだからね!ヒッキーじゃなかったら絶対に貸さないんだから…………」

 

顔を真っ赤にしながら恥ずかしがる結衣、そんな彼女は確かに可愛いのだが、それ以上に八幡は呆れながら言う。

 

「別にお前のプライバシーに触れるようなことはしない。そんなに言うってことは何か見られたらまずいもんでもあるのか?」

「~~~~~~~~~!! もう、ヒッキーのバカ、アホ、八幡!」

「いや、最後のはどうなんだよ、それ」

 

罵倒の中に明らかにおかしなものがあったことに突っ込む八幡。だが、こうしていても埒が明かないと判断し彼はバックのチャックを開け始めた。

 

「早く終わらせるためにも…雪ノ下、こいつが答えだ」

 

その言葉とともに八幡がバックから取り出したのは、何処にでもありそうなノートPC。それを見て雪乃は普通に言う。

 

「ノートPC?」

「あぁ、そうだよ」

「パソコン何かでどうするの?」

 

結衣がそんな問いをかけるが、八幡はそれに答えることなく更にバックから何かを取り出す。

それはパソコン用の機材であり、ぱっと見には無線LANにしか見えない。

だから八幡がやろうとしていることが予想できず、二人は共に首をかしげる。

そんな二人に苦笑しつつ八幡はそれらを組み立てると、彼は結衣にもう一回声をかけた。

 

「由比ヶ浜、スマホを貸してくれ。勿論変な所は開けない。見るのはメールだけだから」

「う、うん………」

 

少し渋りつつも八幡にスマホを渡す結衣。そのスマホは今時の女子風にデコレーションシールが貼られており、本来の姿よりも煌びやかでごつごつしている。

その感触と見た目に苦笑を浮かべつつ、彼はスマホに特殊なコードを挿しノートPCに接続する。

 

「これで準備よしっと」

 

そう言うなり電源を入れる八幡。

二人はこれから行われることが気になるようで八幡の後ろを覗き込もうとするのだが、八幡はそれを止めた。

 

「悪いがあまり見られていいもんでもないし見られたくない。だから終わるまで待っていろ」

 

そう言って二人を軽く押すと、結衣と雪乃の二人は不服そうに口を開いた。

 

「そう言って一体何をするのかしら、貴方。卑猥なことは辞めてちょうだい。今すぐ警察に連絡しないといけなくなるから」

「むぅ~、ヒッキーのケチ! 別にいいじゃん、見せてくれたって。私、スマホ貸してるんだし」

 

そんな二人を何とか宥めつつ、八幡は画面に集中し始める。

 

「んじゃ…………やるか」

 

その途端に変わる顔。獲物を狙う鷹のように鋭くなった目、口元を引き締めたその表情はいつもの無表情の八幡からは想像がつかないものであった。

そのため、その顔を見てついつい見入ってしまう二人。

 

(まったく違う顔………いつもの比企谷君とは別人みたい………)

(ヒッキーこんな顔もできるんだ………なんか……格好良い………)

 

顔が赤くなっていることに気付かず見入る結衣と雪乃。

そんな二人の視線を気にすることなく八幡は集中する。

画面に映る情報を見つつ手が休むことなく動く。軽快にキーを叩く音が部室内に確かに響き、彼のタイピングがかなり上手な事が伺える。

そして八幡が何をしているのかと言えば、もうこの時点ではっきりと分かっているだろう。

 

『クラッキング』

 

である。

彼はまず結衣のスマホに侵入し、その内にあるメールホルダーの中にある例のメールが何処から送られて来たのかを調べる。

どうしてもこれが必要だったのだ。何せ足がかりがなければ調べられないのだから。

そしてそれが判明するなり更にクラッキングを行い送り主のスマホに侵入。そこから更にその送り主に送られたメールを逆になぞるようにクラッキングを行い更に潜入していく。

傍から見れば実に効率が悪い。だが、彼はそれを通常あり得ない速度で確かに行っていく。

 

(送り先がダブっている所は消していき、更に素早く気付かれることなく侵入する)

 

電子上であっても『レイス』であることを求める。それが彼の精神である。

いついかなる時であっても自分は『レイス』であるのだと、常にそう思いながら行動する。

確かにその腕はグレムリンよりは劣る。彼らならこの程度数分程度で済ますだろう。それこそスナック菓子片手にあくびをしながらつまらなさそうにだ。

そんな化け物と違い彼は凡人。だから凡人は凡人なりに努力するしかない。だから八幡は常に努力し力をつける。

故に彼は電子戦においてもレイスの中では上位に入る。

まぁ、そもそもグレムリンの中でも更に変わりものに気にいられてしまったせいで無理やり身に着かされた力だが。

だから彼はこうして疲れた様子一つ見せずに侵入し続ける。

送り主から送り主へ。選択肢を減らしていき、鼠算を逆算していくように次から次へと侵入していく。

そしてそれはやがて一つへと辿りつく。

それこそが…………今回の犯人。

 

「見つけた」

 

そう呟く八幡はニヤリと口元を釣り上げて笑う。

それはいつもの彼にしては珍しい好戦的な笑みであり、彼を見ていた結衣と雪乃は更に顔を赤くしていた。

 

(本当に何かしら、いつもはそんな顔しない癖に………格好良いかもしれないだなんて………ぁぅ……)

(キャーーーーーーーー! ヒッキーってそんな顔もするんだ………)

 

どうにも乙女心を揺さぶられる二人。

 

「………ふぅー………」

 

そんな二人に気を向けず、八幡はここで軽く息を吐いた。

既に犯人のスマホには侵入した。ならもう犯人は分かっているのではと思うが、それでけではいけない。なぜなら、彼が今やっているのは『違法』の手段だ。それを説明した所説得力がなく、逆にこちらが訴えられかねない。

 

『お前の携帯からこのメールが送られたってことは調べが付いているんだぞ』

 

と言ったところでそもそもそれがそいつの携帯であるかどうかなど証明できないのだから。

だからこそ、ここからは更に厳しく難しくなる。

八幡は犯人のスマホから更にクラッキングをかけ始めた。

侵入する先は、そのスマホが契約されているであろう携帯の会社。

それまで学生の使っている緩い防御の端末と違い、ここから先は企業が護っている膨大なセキュリティーが相手だ。流石に凡人の八幡では時間がかかってしまう。

彼は更に目に力を込め、それまで以上に素早くキーを入力していく。

かなりの速さに更に見入ってしまう二人。そんな二人の視線を流しつつ八幡は更に奥へと侵入する。

そして最後のキーを押すと共に、それまで雨のように鳴り響いていたキーの音が鳴り止んだ。

 

「これで止めだ」

 

そして八幡はそう呟くなり、中の情報を持ってきていたフラッシュメモリに記録しそれを終えるなり今度は再び早い速度で侵入先から脱出し始める。

その速度は早く、きっと会社の人間はクラッキングを受けていることに気付いていないだろう。

とはいえそれでも遅い。時間にしてかかった時間は約10分程だが、調べるのに時間がかかり過ぎだ。彼が知るグレムリンの知り合いなら、この程度片足で適当にキーを押しながらやってしまうだろう。天才と言うのはそのような化け物だ。しかも時間は2分も掛からずにだ。

そのことを考えつつ八幡は侵入した経路を潰しながら脱出を重ね、そして由比ヶ浜のスマホまで言ったところから衛星を2~3機経由し更にネットカフェなどの端末も経由して回線を切った。

数か所を経由して更に誤魔化しを入れ続け、穴を塞いでいけばバレる可能性は少ない。

 

「はぁ~~~~~~~~………」

 

そんなため息を吐くと共に、彼は少しペースを落として記録したものをディスプレイに表示する。

 

「これ、何だと思う?」

 

その声にそれまで八幡の顔に見入っていた二人は恥ずかしさから変な声を上げた。

 

「キャッ、な、何かしら?」

「ふぇっ!? え、えっと何!」

 

そんな二人に八幡は少し呆れつつもう一回問いかける。

そして二人は顔を赤くしたまま八幡が見せるように出したノートPCのディスプレイを見た。

その画面に映し出されているのは、何かの書類のデータであった。

 

「これは………携帯の契約書かしら?」

「確か契約したと時にこういうの、書いた記憶あるかも」

 

二人の反応が満足なものだったのか、八幡は少しリラックスした様子で二人に話しかけた。

 

「正解。こいつは由比ヶ浜や他の連中に例の迷惑で幼稚なメールを送った犯人の契約書類だ。そのまま自分のスマホでそんな馬鹿な事をするとは思っていなかったからな。必ずまったく無関係な新しいスマホを秘密裏に契約してると思ったんだ。そして予想通りだったってわけ。名前の所を見てみろよ」

 

八幡にそう言われ書類の契約者欄に目を向ける結衣と雪乃。

そしてそこに記載されている名前を見て二人は目を見開いた。

 

「この名前は………」

「やっぱりあの3人の内だって思ってたけど……」

 

そんな二人の感想に八幡は意地悪そうな笑みを浮かべつつ答える。

 

「流石に偽名や偽造身分を使うまでは頭が回らなかったみたいだな。そこまでされてたらもっと面倒だったよ。だがこれで証拠は手に入ったわけだ。後は雪ノ下に任せた、俺は疲れたよ」

 

そう言ってそれまで緊張していた身体を自分の席の椅子の背もたれにドカっと持たれかける八幡。

そんな八幡に感心する結衣。だが、流石に何をしていたのかがなんとなくわかる雪乃は八幡に驚きを顕わにしながら問いかけた。

 

「貴方、一体どうしてこんなことを………」

 

その問いかけに八幡は片目を瞑りながら少し茶目っ気を出しながら答えた。

 

「そいつは………企業秘密ってやつだ。覚えとけ、雪ノ下……正攻法だけじゃ世の中上手く渡ってはいけない。時には逸れる方法も取った方が効果的だ」

 

そう答えるなり八幡はノートPCの電源を切り畳む。そして結衣のスマホを返し、彼はノートPCをしまっていつもと同じように勉強道具を引っ張り出した。

 

 

 

 翌日、雪乃は結衣と葉山に協力してもらい犯人を屋上に呼び出した。

そして屋上に来た犯人に向かって八幡が手に入れてきた契約書のコピーを犯人の前に突き出す。

 

「これが貴方が今回のチェーンメール騒動の犯人である証拠よ」

 

そう冷静に冷徹に言い切る雪乃。

そしてそれを突き付けられた犯人……大和は顔を真っ青にして力なくその場で膝まづき始めた。

どうやら彼もやってしまったことに罪悪感を感じていたようだ。

そんな様子を雪乃の後ろで見ている八幡。雪乃はいいと言ったが念の為である。

もし犯人が暴走した場合に抑えるために彼は進んできたのだ。その気遣いに気付いたようで彼女はその時顔を赤くしながら彼を罵倒したが、顔は嬉しそうに笑っていた。

 犯人は3人組の内の大柄な男である大和だった。

何故彼が犯行に及んだのかは知らない。別に知ろうとは二人とも思わなかった。

そこまで犯人に温情をかけるつもりはないし、踏み込む気はない。問題は当人たちで解決するのであって、それを手伝うだけなのが奉仕部なのだから。

雪乃は犯人が判明したことですっきりしたようだし、葉山は確かに気落ちしたようだがそこは彼次第であるので問題ない。

だからこれで依頼は終わり。雪乃は大和をしこたま罵倒し精神を締め上げると気が済んだのか屋上から出て行った。

そしてそんな彼女の後姿を見つつ、八幡は意気消沈している大和に話しかけた。

 

「友達ってのがまだはっきりと断言できるものか分からない。だがなぁ……こんな馬鹿な真似してまで付き合う程に見苦しいものではないはずだと俺は思う。もっと気楽なもんだろ、友達ってのは。だからお前はもっと周りに目を向けろ。友達は何人いたって良いもんなんだろうさ」

 

そう言って八幡は雪乃を追って屋上を後にした。

 

 

 尚、最終的に八幡が取った当初の依頼の解決法は………更に別のチェーンメールを皆に回すことであった。

内容は実際に噂のメールの内容を調べてみたという調査報告のメールであり、すべてデマであることが判明したという内容であった。それこそ本人達でしか知らないような情報も混ぜ込んであり、信憑性は大和のチェーンメールの比ではない。

人の噂も何とやら。新しい情報に飢えている若者には真新しい物の方が喰い付きがよく、古い情報より新しい物の方を優先する。だから出された新しい情報にクラス中の目が集中し古いものは忘れ去られた。

その内容に3人組は戸惑ったようだが、これで一先ずクラス内の雰囲気は元に戻ってたようだ。

そして葉山が下した解決法は、葉山は3人組と組まず八幡と戸塚の3人で組むと言うものだった。

その答えに苦笑する葉山だったが、何度も言うように八幡は気にせずに答える。

 

「別にいいんじゃないか。それがお前の答えなら」

 

そして3人は職場見学を一緒にすることになり、八幡の要望は見事に通らなかった。

 

 

 

 またその日の夜、彼が自室でくつろいでいると件のノートPCから呼び出し音が鳴り八幡はそれを開く。

そのディスプレイに映っているのは、ウサギのような猿のようなよくわからない一本の角を生やした生物がデフォルトされたアイコンが映し出されていた。

そしてマイクから出てきたのは若い女のような男のような高めの声。

 

『やぁやぁハチマン、こうして連絡するのは久しぶり~』

「……何のようだ、アリス……」

 

その声に顔を青ざめさせる八幡。

彼がアリスと呼んだのは、彼の職場のサポートチームにして電子戦の猛者であるグレムリン、その一人である。何故か気にいられ、こうして偶に連絡を取ってくるのだ。

ただし、八幡は正直アリスが苦手だ。何せアリスは八幡に無理難題を押し付けてる。それこそ子供が好きな相手に意地悪をするかのように、八幡をいじめるかのように難題を押し付けるのだ。

そんな苦手な相手に話しかけられ、顔が青くなるのは無理もない話。本当に無理難題ばかりやらされるのだから溜まったものではない、

だから正直すぐにでも回線を切りたい八幡だが、この手は彼等の独壇場だ。切ったところで余裕で此方のマシンをクラッキングしてコントロールを奪うだろう。

だから諦めて八幡は話に応じた。

 

「もう一度聞くが、何の用だよアリス」

 

心なしか疲れ切った声を出す八幡にアリスはクスクスと笑いながらテンション高めに話しかけてきた。

 

『用も何も、昨日のクラッキングを見ていたけど何アレ? あんなお遊びに時間かけすぎだって。アテだったらあんなもん片手でポテチ食べつつもう片手でコーラ飲んで、片足でボールをリフティングしながら最後に残った片足の小指だけで出来るよ。勿論時間は2分も掛からずにね』

「それは一体どんな曲芸だ………」

 

話していて疲れが溜まることを自覚する八幡。

アリス相手に彼はいつもこんな感じだ。話していて疲れる。正直相手にしたくないが、相手にしないとこの化け物が何をしでかすのか分からないので怖い。故に仕方なく応じるのだ。だから彼はアリスに振り回されっぱなしである。

そんな疲れた様子な八幡にアリスは更に愉快そうに笑いつつ、彼にもっと疲れる爆弾を落とした。

 

『そんなハチマンに罰ゲーム、ドンドンパフパフ! このPCに特製のウィルスを仕掛けたからそいつを急いで除去してみな。制限時間は20分、いやマジでアテて優しい。普通なら2分もしない内にマシンが爆発するのを敢えて、敢えて20分も時間を上げるんだから。あぁ、勿論このマシンは爆発しないけど、その代わり電子上にハチマンの個人情報が裏の物までばらまかれるようになってるから』

「なッ!? くそ、この疫病神め!」

『ぬははははは~、もっと褒めてくれても良いぞい!』

「今度会ったら思えてろ! その時は容赦なく廊下の床に叩きつけてやる」

 

その様子に悪態をつきながらこの日、八幡は本気でPCのキーを叩き続けた。

 尚………残り1秒を残し解除には成功したが、その際八幡は疲労困憊で汗だくになっていた。

最後まで締まりがない、そんな一日であった。

そしてやはり、表に裏の物は出すもんじゃないと彼は思ったが、それでも………雪乃のすっきりとした顔を見れたので悪くはないと、そう思った。 

 

 



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第25話 俺もたまには楽をする

お気に入りが凄いことになり感激です。
そして今回ヒロインがまったく出てこないですよ………。


 夜という時間はつくづく悪意に満ちやすい時間だと八幡は思う。

人間の生態が夜行性でない以上、夜というのは人間の時間ではない。だからこそ、夜という時間は昼間よりも物騒なのだ……物理的にも、精神的にも。

故にこの時間にこそ、人でなしは活動する。

人の善性を信じ切っているわけではないが、敢えて言うのならまったく善の無い人間と言うのはまさに人間ではない。故にそのような者たちは須らく人でなしである。

そんな者達の動いている様子を見つつ、八幡は自分もまた人でなしだと思う。何せ自分もこうして彼等のように、禁忌たる同族を殺すことで生きているのだから。

そんなことを少しセンチメンタルに考える彼は今、周りの人たちよりも更に空に近い場所に居た。

そこは月明かりだけが照らす広くも狭くもないがらんとした空間。周りには建物こそあれど、今彼がいる以上に高い建物はない。

そう、八幡は今………とあるビルの屋上に来ていた。

勿論来た理由は仕事であり、相方であるレイス7こと雑賀 静州も一緒に来ている。

いつもなら八幡が前衛として襲撃を仕掛け、それをレイス7がサポートするのだが今回に限っては別であった。

八幡はその場から動かずに屋上から下を暗視機能付きの双眼鏡で覗き込んでおり、相棒であるレイス7はご自慢のライフルを構えたまま屋上の床に這いつくばり、スコープを使い狙う先である場所を見据えている。

今回の仕事も例に寄らず日本政府にとって芳しくない者の処分……暗殺である。

八幡達がやっていることは決して善行ではない。確かに世間における犯罪者や悪人を始末していると言われれば善に見えなくもないが。その実態は日本政府にとって都合が悪い者たちの駆除である。防衛的にも政治的にも、知られたくないことへの隠蔽なり何なりと、その理由は多岐に渡る。それを明かそうとする者はいない。

そのことは八幡達だって分かっている。人に言えないことで金を稼いでいる以上、聞かないのは暗黙のルールなのだから。

だから今回相手が一体何をしでかしている相手なのかは彼等は知らない。日本政府からの情報によると不当な臓器や人身の売買を行っている大手らしい。

だが、それが何だと言うのだ。八幡達に分かっていることは、それが真実だろうが嘘だろうがすることは変わらないということ。

ただ狙い、そして殺す………それだけのことである。

だから何か気負ったりすると言うことはない。適度に緊張し、それでいて緩やかにリラックスする。今回やっていることも前にしたことも、そしてこれから先にやることも、全部一緒なのだから。

まぁそんな哲学的な話はさておき、今回いつもと違う布陣のためかレイス7から文句が漏れた。

 

「あぁ~、面倒くせぇ。何でこんな面倒な事しなきゃいけねぇんだろ。いつもみたいにハチが突入して一突きすりゃ終わりじゃねぇか。今回相手は一人なんだしよ」

「それが出来ないからこうしてお前の出番が回ってきたんだろ。グダグダ文句言わずに仕事しろよ、レイス7」

 

実に面倒臭さそうに文句を垂れるレイス7に八幡は呆れつつ返す。

そして意趣返しと言わんばかりに少し笑いつつ口を開いた。

 

「偶にはこうして俺が楽したっていいだろ。いつも前線で斬った張ったの殺し合いばかりしてるんだから。今回の主役はお前なんだ。俺はサポート役として徹するよ。風向きは西風、少し強めだ」

「OK、まったく、そう言われると何もでねぇから困るんだっての」

 

弟分にそう言われ、レイス7は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめてみせた。

そしてそのまま緩やかなおしゃべりに………などと言うことはなく、互いに無言になる。

これは暗殺、例え相手に聞こえていなかろうと音一つ立てずに行うことが当たり前………なのだが、流石にターゲットの姿が現れていない状態ではすることも少なく暇なのは仕方ない。なので任務に支障を来さない程度のおしゃべりならば問題ない。

少し沈黙しターゲットが出てこないか見るも姿は現れず、暇に耐えきれないのかレイス7があることを八幡に問いかけてきた。

 

「なぁ、ハチ………お前の給料ってどうなってる?」

「はぁ? いきなり何を言ってるんだ、お前は?」

 

急にわけのわからないことを聞かれ困る八幡。いきなりこんなことを聞かれれば誰だって困るだろう。それもこれからやろうとしていることを考えれば尚のこと。

そして八幡はこの質問に対し、当然のように答える。

 

「どうも何も、お前と一緒だろ、貰ってる額は。バイト扱いって体裁になってるけど、それでもレイスナンバーだ」

「ってことは中堅野球選手並みってことか………お前、高校生のくせに貰いすぎじゃねぇ?」

「そうは言っても金の管理は課長が握っているから、実質俺が自由に使えるのは精々25万くらいだ。しかもその殆んどは生活費と小町の為にしか使わない」

「相も変わらないシスコンっぷりだな、おい。もう少し欲張ってもいいんじゃねぇの」

「俺は必要な分があればそれでいいんだよ。ただ小町には不自由させたくないからな。こづかいだって毎月ちゃんとやってる」

「さいで」

 

八幡の給料というのは月給である。

それは勿論レイスナンバーズの給料であり、その額はプロ野球の中堅選手並みかそれ以上と高額である。通常のそれに加え、仕事でより良い成績を出せばその分賞与が増すと言うありがたい決まりもある。

そこだけ見ればとても良いのだが、その分賭けている物があるのでどちらかと言えば良くはないだろう。

 

自分の命と仲間の命。

 

それが好条件と共に賭けられた賭け金である。

失えばすべてを失うのだから。

尚、八幡はまだ成人していないと言うことで給料の半分以上を課長が管理している。

と、彼等にとっては当たり前となっていることを今更ながらに話して何の意味があるのだろうかと八幡は思うのだが、更にここでレイス7は意味のないことを聞いてきた。

 

「ちなみに貯金は幾らだ? その様子なら結構ため込んでるんじゃねぇか?」

「そこまで聞くか………まぁ、確か3000くらいはあったような……」

 

八幡が自分の貯金額を思い出しながらそう言うと、それを聞いたレイス7は思わず吹き出しかけてライフルを落としかけた。

 

「ちょっ!? どんだけ貯めてるんだよ、お前」

「聞いて驚くなっての。こっちは金を使うようなことがそこまでないのに仕事ばかりだったから貯まる一方だったんだよ。そんな風に驚くってことはそっちはどうなんだよ、社会人」

 

八幡の問いかけに少しだけ落ちつき始めたレイス7はため息を吐きつつ答える。

 

「…………いや、これが全然なくてなぁ。寧ろ借金返済でピンチだったりする」

「借金?」

「この業界の人間はどいつもこいつもわけありだろ。そして当然俺もわけがあったりするんだよ。主に金関係で」

 

 

それを聞いてこれ以上踏み込むのをやめた八幡。誰だって触れられたくないことはあるし、何より聞いても此方の精神が滅入りそうだ。

自分の為にも相棒の為にもこれ以上その話をするのはやめようと思った。

だからこそ、再び沈黙する二人。内心は早くターゲットが姿を現すことを願っていた。

そんな彼の心情を知ってか知らずか、レイス7は静かに口にした。

 

「人生の充実感は何を成したかで変わる。だからそのためには金が必要になるから、ここぞと言う時は惜しみなく使え」

「……………参考がてらに聞いておく。もし何かにかなり大きな額を使うことになったら、その時はその時で考えてみる………ターゲットに動きあり。お遊びはここまでだな」

 

その言葉にレイス7はスナイパーライフルを構えなおし、スコープ越しにターゲットを見ながらにやりと笑う。

そして彼はそのまま………。

 

「ゲット」

 

引き金を引いた。

八幡はその後を見届けるべく双眼鏡でターゲットがどうなったのかを確認する。

彼が見た先では、床に血と何かをぶちまけながら頭に風穴を開けたターゲットが倒れている姿が見えた。

 

「お見事」

「応」

 

ターゲットの暗殺が完了し、二人は撤収作業を始めると共に会社に報告を行う。

そしてそれを終え次第、レイス7はあることを八幡に持ちかけた。

 

「なぁ、仕事も終わったことだし、これから飲みにいかねぇか。このビルの中に確かイカしたバーがあったんだよ。『天使の階』だったか。今日は主役が奢ってやるよ。どうせ小町ちゃん、もう寝ちまってるんだろ。だったら急ぐ理由もないしな」

 

その誘いに断ろうとは何故か思えず、それと同時に確信犯だと八幡は思った。

 

「だから服装がスーツなのか。潜入などに使うって理由で課長からそれなりの代物を買わされたが、まさかこんなことに使うなんて思わなかった。まぁ、今日ぐらいは付き合ってやるか。主役様の御誘いだしな」

「そういうこった。んじゃ、いくか。マティーニでも飲もうかねぇ~」

 

そして二人は屋上から下の階にあるバーに向かって歩き始めた。

たまにはこういうのも良いかと八幡は思うと共に、自分の金の使い道について考えさせられた時間でもあった。

 

 

 まさかこの時のことが、この後の奉仕部の依頼と繋がっていようとは、今の八幡には知る由はなかった。



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第26話 俺が後始末をする

お気に入りもぐんぐんと伸びて良い感じです。


 現在八幡は平塚に呼び出されていた。

いや、彼が彼の教師に呼び出されることは頻繁なのでおかしなことはないのだが、今回は別に何かしら問題があったというわけではない。

単純に次の授業に使う教材を運ぶのを手伝ってくれと頼まれたからだ。

彼女は基本誰にでも優しく教師らしく接するが、どちらかと言えば八幡とはよく会話をする仲である。頼まれ事を引き受けるのもそれなりの信頼があるからだと言えよう。

 

「悪いな、比企谷」

 

両手で持ったダンボール越しに感謝する平塚。

そんな平塚の感謝を受けて八幡は普通に返そうとするのだが、『少しばかり調子が悪く』顔をしかめてしまう。

八幡のそんな表情を見て、心配そうに平塚は八幡の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫か、比企谷? 何やら疲れているようだが、何かあったのか?」

 

心配そうな様子の平塚に八幡は心配をかけてしまったことへの申し訳なさを感じ、少しでもそれを和らげるように表情を引き締めて返事を返す。

 

「いえ、大丈夫です。どうやら昨日のバイトの疲れが残っているようで」

「そうか。仕事も大事だが、君の身体も大事なものだ。だからもっと自分を大切にしたまえ」

「ありがとうございます」

 

そう返す八幡。勿論この言葉に嘘はない。

確かに八幡は『バイト』の所為で疲れていた。

昨夜、彼はとあるビルの屋上から相棒の狙撃の手伝い……観測主をしていた。この仕事自体に疲労はない。八幡にしては珍しく前線で暴れるということはなく、ただ双眼鏡片手に相棒に情報を報告しているだけなのだから。

では何故こうも彼が疲れているのか?

それはこの後の行動に問題があったからだ。

あの後、相棒に誘われてそのビルの中にあるバーに拠ることになった。

八幡は未成年なので当然身分は偽装している。年齢確認などを問われれば、即座に二十歳を越えた偽造身分証が出せるように常に携帯しているのだ。彼の仕事は主に戦闘だが、彼の上司の意向により潜入捜査や何やらと色々なことを出来るように鍛えられてきた。なのでこういった場所にも酷い話だが行き慣れてしまっている。勿論普通の居酒屋にだって違和感なく入れるだろう。

故に当然酒も嗜む程度には飲める。自分から進んで飲もうとは思わないが、必要とあらば幾らでも飲めると言う自負はあるつもりである。

まぁ、今回はそんな必要はないのだが、流石に誘われて飲みませんと言うほど野暮ではない。だから八幡は普通に酒を飲むことにした。

ここまでは問題ない。いや、普通に考えれば問題だらけなのだが。

問題は寧ろここからだ。

最初は良かったのだ。クラシックな雰囲気とピアノの演奏が心地よく、出されたカクテルも普通に飲める代物だ。

二人っきりということは良くある二人だが、こうして二人だけで酒の席に行くということは少ない。だからなのか、少し楽しんでいる様子でレイス7は上機嫌に酒を飲んでいく。八幡はそんな彼を見つつ出されたカクテルを味わいながらゆっくりと飲んでいた。

そして酒が進んでいくと当然酔いも回ってくるわけで、先に醜態を晒したのは相棒の方だった。

顔を真っ赤にし、呂律が怪しくなりつつ仕事での文句や日常での鬱憤を漏らし始めたのだ。

まぁ、これ自体酒の席では良くある話であり問題はない。

その話に八幡も付き合い、相棒のストレス解消のために聞き流しつつ聞いてやることに。

それだけならまだよかった。ここからが問題なのだ。

あろうことか、相棒はカクテルを作るバーテンダーに絡み始めたのだ。それも喧嘩を売るとかいちゃもんをつけるとか、そう言うものではない。

相手は女性だった。多少この場に居るには若く見えるがきっと童顔か何かなのだろう。その割に目がきりっとしており、可愛いというより綺麗という方似合う。そんな女性が八幡達にカクテルを作っていた。

つまり相棒がやらかした事と言うのは…………そのバーテンダーの女性を口説き始めたのだ。

それはもう情熱的にしつこいと言わんばかりに。まさに絡み酒である。

そして絡まれてしまったバーテンダーさんは最初こそ何とかクールに受け流していたのだが、次第に我慢が出来なくなり怒りを堪えているのか身体を振るわせ始める。

きっと彼女はこういった手相には真っ向からぶつかるタイプなのだろう。このまま行けば自分たちがどうなるのかなど目に見えている。

流石にそれはまずいと思い八幡が取った行動は…………。

 

尚も絡む相棒の首に鋭い手刀を叩きこみ、その意識を刈り取ったのだ。

 

一撃で気絶するレイス7。いくら鍛えられていようとこんな状態では簡単にやられてしまう上に、同じレベルの人間なら尚更簡単につぶせてしまう。

目の前で急に気絶した人間を見てバーテンダーさんが驚き目を見開いていた。

そんな彼女に八幡は誠心誠意謝罪をし、自分たちはもう帰ることを伝える。流石にこれ以上いても仕方ないし、雰囲気も悪いだろうから。

そんな彼女に謝罪の意味も込めて、別のバーテンダーに八幡はカクテルを作ってもらう。そしてそれを彼女に奢った。

 

「これ、迷惑をかけてしまったお詫びです。仕事中なのでノンアルコールのものにしたので飲んでも問題はありませんよ。『シンデレラ』………女性に好まれる名前のカクテルですよね。でも俺もこれ、好きなんですよ。だからどうぞ」

 

戸惑う彼女にそう告げると八幡は今度こそ帰ると決め、気絶している相棒を担ぎながら出口へと向かい、奢ると言われていたのに結局自分が全額払い、そして建物から出るなりタクシーを呼んで会社に向かった。

既に長く組んでいる二人だが、八幡は相棒の家を知らない。別に知ろうとも思わない。それに相棒自身知られたくないようなので、八幡自身踏み込まないようにしていた。だから知らないのである。

故にこの場合八幡が取れる行動は………会社の休憩室に放り込むことだ。

その通りに会社の裏口から入るなり、八幡は相棒を休憩室に放り込む。そして後は何事もなく帰ったわけだが、以上のことから変に疲れてしまいこうして翌日になってもその疲れが取れないと言うわけなのである。

 そんな事があったわけだが学校生活は学校生活。当然仕事は持ち込まない。

だから八幡は心配してくれた平塚に感謝しつつ、彼女が持っていた荷物を横から奪うように取り上げた。

 

「あ、何を!?」

「俺は大丈夫ですよ。だからこの程度持っても平気です。先生、速くいかないと授業が始まっちゃいますよ。そのために俺が持ちます。先生だって女性なんですから、重い荷物を持たせるわけにはいきませんしね」

「比企谷…………君は…たく、しょうがないな……ふふふ……」

 

その言葉を聞いて平塚は顔が熱くなるのを感じた。

彼女はかなり美人なのだが、その男勝りな性格と立ち振る舞いのせいで女性として扱われることが少ない。だからなのか、八幡に女性として扱ってもらえたことが嬉しかったようだ。その顔は見事に真っ赤になっている。

そんなことに八幡は気付く事もなく、若干速足で荷物を教室へと持っていく。八幡の言葉も決して間違いではないからだ。

そして二人が教室に着き授業が始まった。

先程持ってきた教材はちゃんと使われており、持ってきた甲斐を十分に感じさせられる。

そして授業が終わると共に、ドアが開き教室に人が入ってきた。

それは青に近い黒髪をポニーテールにした女子だった。

制服の上からでもわかるスタイルの良さも然ることながら、それ以上に意思の強そうな目が印象深い。可愛いと言うより綺麗や格好良いという言葉が似合う。そんな女子であった。

彼女の登場に授業が終わったことで生徒は目を向けなかったが、退室する準備を始めている平塚は気付いていた。

 

「随分とした重役出勤だな、川崎」

 

そう言われた女子……川崎は軽く会釈をして自分の席に向かう。

その姿を見て八幡は………。

 

「何故、彼女はあんな所で働いていたんだ?」

 

そんなことを考えつつ、彼は次の授業の準備を始めた。

 



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第27話 俺の妹は可愛い

何故か八幡のノリが某潜水艦の副長のような感じに。
それに途中の話し方が『亜人』の佐藤さんみたいになっていますよ。


 午前中に川崎 沙希について少し考えた八幡だが、他人の事情に首を突っ込むわけにもいかないと思いそれ以上考えるのをやめた。

自分ですらそうなのだから、仕事でもないのに他人のプライベートを探るのはよろしくないからだ。

だからそれ以上は考えずに通常の生活に戻る。

普通に授業を受け、普通に昼食を取り、普通に放課後を迎える。

そして部活に行くのだが、今回は部室に向かうことはせずに雪乃、結衣、それに戸塚の3人と共にある場所に来ていた。

それは所謂ファミリーレストラン。お手頃な価額で飲食が出来る家族や学生に優しいお店である。

その中の一つのテーブルに八幡達4人は席に着いていた。

ここが飲食店である以上料理を食べに来た………と言うわけではない。

実はこの場所でテストに向けて勉強をするために来たのだ。

 

 

 

 事の発端は八幡がこれから部活行こうと下際に結衣に呼び止められたことである。

別にクラスメイトなのだから呼ばれることなど普通であり、その事に対し誰かが何かを思うと言うこともない。八幡はその呼びかけに対し、普通に対応する。

 

「どうしたんだ、由比ヶ浜?」

 

彼の問いかけに対し、結衣は少しだけすがるような、心細そうな表情で八幡に両手を合わせてきた。

 

「ヒッキーお願い! 私のテスト勉強を手伝って!」

 

そして結衣が語るに、近々ある中間テストに向けて一緒に勉強会をしようと言うことらしい。何でも結衣は成績があまりよろしくなく、下手をすれば赤点になりそうなのだと。それを回避したく、こうして誘っているようだ。

それは良いのだが、八幡はそんな彼女を心細くするような事を言う。

 

「それは良いんだが、俺の成績だってそこまで良くないぞ。いつも平均だし順位も真ん中だし」

 

勿論本当の事である。

八幡の成績は順位的に丁度真ん中。点数も平均点より少し上か下かといった具合なのである。人に物を教えられる程に頭はよろしくない。

と、そう言うことになっているが実はこれ、嘘なのである。

八幡の能力を見れば、普通に高得点を出せるのは目に見えている。しかし、そこで敢えて八幡は悪い点数を取っているのだ。

良い成績を取ればそれはそれで目立ち、悪すぎる点数を取ればそれはそれで目立つ。

目立つことを極端に嫌う彼にとって、それはあまりにも不都合。だからこそ、八幡はいつも『狙って平均的な点数』を取っているのだ。それも違和感を感じさせないようにカモフラージュをしながら。

だから本当は教えるのだって問題はない。だが、平均的な成績ということを言った理由は自分の成績について語ることでそこまで期待しないでくれということを提示しただけなのだ。あくまでも自分は普通ですよというように。

いくら親しくなった相手であろうとそれは変わらない。

しかし、結衣は八幡のそんな言葉に軽く首を横に振り力強く答えた。

 

「大丈夫だよ! だって私よりも頭いいし」

 

単純にして真っ直ぐな答え。

そう答えられたのなら、八幡は特に言うことはない。

 

「わかった。そこまでお願いされたら断れないしな。いいよ」

「うん、ありがとう、ヒッキー!」

 

八幡の同意を得て嬉しそうに笑う結衣。

こうして勉強会をするということになったわけなのだが、流石に成績の悪い結衣と平均的な成績(偽装)の八幡では開いてもそこまでの勉強になるとは思えない。

そこで更に雪乃にも手伝ってもらおうと思い、八幡は結衣に雪乃も誘うように言った。

そんなやり取りをしている二人に向かってある人物が話しかけてきた。

 

「もしかして勉強会をするの? いいなぁ、僕もいいかな?」

 

そう声をかけてきたのは同じクラスメイトの戸塚である。

以前の依頼以来仲が良い友人であり妙に八幡に懐いているからなのか、今も見ていて尻尾を振りまわしている子犬のように見える。

そしてその問いかけに対し、八幡は雪乃にメールしている結衣に入れて良いのかを聞き、戸塚も勉強会に参加することになった。

部室でやるのも良いが、たまには場所を変えた方が刺激があってよいということもあり、こうしてファミリーレストラン……『サイゼリア』に来たのだ。

4人で席に座り、飲み放題にしたので各自で飲み物を淹れて自分たちの前に勉強道具を広げ始める。こういったお店は学生にも優しいので勉強などの長居をしてもそこまで文句は言われないのだ。

そして勉強を始める4人。八幡や雪乃は各自で復習し、それに戸塚も習う。

当然結衣も同じように復習を行うのだが、分からない所が多くて度々八幡や雪乃や戸塚に聞いていた。

それだけならまさに静かに勉強をしているのだが、流石にすぐ飽きてしまう。

なので少しでも飽きないよう結衣と雪乃はクイズ形式で問題を出し合っていた。

 

「じゃぁ次はゆきのんが問題を出す番ね」

「では、国語から出題。次の慣用句の続きを述べよ。『風が吹けば……』」

 

良くある国語の問題。その問題に対し結衣が出した答えは……。

 

「ん~………京葉線が止まる?」

 

その答えに流石に静かにしていた八幡は突っ込みを入れた。

 

「由比ヶ浜、そういった慣用句は昔の言葉だぞ。それも江戸とか鎌倉とかそれぐらい古い時代の奴だ。その時代に京葉線が走ってるわけないだろ」

 

まるで駄目な子を見る目をする八幡。だが、馬鹿な子ほど可愛いと言うこともあってなのか、結衣は八幡にそう言われえへへと誤魔化すように笑った。その様子はそれで男心をくすぐる可愛らしさがあった。

そんな結衣に雪乃は呆れつつ答えを告げる。

 

「正解は『桶屋が儲かる』よ」

「何で桶屋が儲かるの?」

 

その答えを不思議そうに首をかしげる結衣。その理由を雪乃は細かく丁寧に教えてあげた。それを聞いた結衣は少しだけ納得し、頭が良くなったような気がすると満足そうだ。

そんな結衣に雪乃は第二問を出す。

 

「では次は地理より出題。千葉の名産を二つ答えよ」

 

その問題に結衣は少し考え、そしてこう答えた。

 

「みそピーと……茹でピー?」

「落花生しかないのか、千葉県は」

 

その答えに突っ込む八幡。別に結衣の答えが間違っているとはあながち言えないのだが、それでも落花生だけでは不正解だろう。

 

「落花生も有名だが、それ以外にも枇杷なんかも有名だし、それらを使った菓子なんかも有名だ。だから落花生と枇杷で正解だろ」

「まぁ正解と言えばそうね。それ以外にも海産物もそうだし、あなた達が知らない名産品も多くあるわ」

 

八幡の答えに雪乃がそう捕捉を入れる。

それを聞いて結衣は感心した様子だ。

 そんな風に勉強していた八幡達4人。勉強も進みそれなりに充実した時間が流れる。

そんな4人に突如として声がかけられた。

 

「あぁ、お兄ちゃん!」

 

その声に八幡は振り返り、そして声をかけてきた人物の名を告げる。

 

「小町、こんなところでどうした?」

 

そこに居たのは八幡の妹である比企谷 小町。八幡と似たようなアホ毛があるも目は澄み切っていてる可愛らしい少女である。

小町は八幡に対し少し難しいような顔で答えた。

 

「いや、友達から相談受けてて」

 

その言葉とともに隣に立っていた『男子』が軽く会釈する。

それを見た八幡は顔を少しばかり険しいものに変えた。一瞬だけだが、確かに彼は顔を変えたのだ。

そして相談に乗るはずなのに、何故か小町達はは八幡達がいる席に相席してきた。

どうやら八幡と親しくしている雪乃達に挨拶がしたいようだ。

 

「いやぁ~、どうも、比企谷 小町です。兄がいつもお世話になってます」

 

身内がお世話になってますと言った感じに微笑む小町。それは年相応に可愛らしいものであり、隣に座っている男子が見惚れていたのを八幡は見逃さない。

そして雪乃たちも皆小町に挨拶をするのだが、そこで戸塚を女と間違えるハプニングが起こったりなどしたが問題なく雪乃達は小町と仲良く話していく。

 

「いや~、まさかお兄ちゃんにこんな可愛い人達と親交があるなんて思わなかったから、小町嬉しいです」

 

その言葉に頬を赤らめる雪乃、結衣、そして戸塚。

八幡は少しばかり突っ込みたくなったが我慢する。

 

「皆さん、兄のことをこれからもよろしくお願いします。お兄ちゃん、私の所為で今まで学生らしいこと、全然できなかったから……」

 

少し悲しそうな顔でそういう小町。そんな小町に八幡は彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。

 

「何度も言ってるが、別にお前の所為じゃないって言ってるだろ。それに俺はしたくてそうしてるんだ。だからお前は気にせずに今を楽しめ。お小遣いに不満があればもう少し検討してやるから」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん。お小遣いは十分だから」

 

八幡の言葉に小町は嬉しそうに頬を赤らめつつそう答える。

その様子に雪乃達は感心した様子で八幡達を見ていた。

 

「あの比企谷君がこうも真人間に見えるなんて……目は濁ってるのに」

「ヒッキーちゃんとお兄ちゃんしてるんだね」

「八幡カッコいい……」

 

その言葉に気恥ずかしそうに顔を背ける八幡。顔は耳まで赤くなっていた。

と、そんな風に温かな雰囲気になっていた所で忘れられそうになっていた男子が声を出した。

 

「あの、川崎 大志っす。比企谷さんとは塾が同じで。姉ちゃんが皆さんと同じ総武高の二年っす。名前、川崎 沙希って言うんすけど……」

 

その何覚えがある八幡は当然彼女のことを考えるのだが………残念なことにそれ以上の問題が八幡に起こっていた。

 

「ほう、小町と一緒の塾ね。それに見た所同じ学校のようだな」

「は、はいっす……」

 

相談をしようとしたはずなのに、まるで殺人鬼に見つめられているかのような雰囲気を感じ取り大志は顔を強張らせる。

突如とした変わった八幡の様子に雪乃たちも少しばかり緊張し始める。

 

「ところで川崎君? 君、小町を見てどう思う?」

 

八幡は如何にもな作り笑顔を浮かべつつ大志にそう問いかける。

その質問に対し、大志はどう答えて良いのか迷いながらも当たり障りがない答えを返した。

 

「その………可愛いと思いますよ。クラスの連中に比企谷さんのファンも結構多いっす」

 

普通と答えるのもどうかと思いこの返答。当たり障りがなく、尚且つ真実を述べているだけに信憑性は高い。

 

「そうか、やはりそう思うよな。俺から見ても小町は可愛いからな」

 

八幡はそう答え、それを聞いた大志はほっとしたのか肩を撫でおろす。

だが次の瞬間にがしっと大志の両肩は掴まれた。

それと共にすぐ目の前に八幡の顔が現れる。

 

「だから………小町に手を出そうとか、考えたりしちゃ………いけないぞ」

「ひっ!?」

 

真っ直ぐに大志を見つめる八幡。その目は濁り切っており、大志の精神を不安定にさせる。

そして掴まれている肩により力が込められた。

 

「もし、小町に手を出したりしたら…………その時は君………数トンの重りとともに千葉の海に沈んでもらうか、もしくは………数十キロの爆薬とともに君の身体を亡国の潜水艦の魚雷発射管の中に詰め込み容赦なく発射してもらう。天皇陛下と俺の上司に誓って絶対にだ。出来ないと思うだろ? 悪いがこちらにはその伝手がある。だから今すぐにでも君を………」

「ひ、ひぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

八幡の脅しに大志の精神は限界を超えかけていた。あと一歩踏み出せば崩壊するだろう。

そんな大志を助けるべく、何処から持ち出したのか小町が八幡の頭をハリセンでひっぱたいた。

 

「お兄ちゃんストップ! 何友達を怖がらせてるの!」

「いや、お兄ちゃんはお前に変な虫が付かないようにだな……」

「言い訳なんて聞きません! 大志君に謝りなさい!」

 

小町にそう言われ八幡は仕方なく大志に謝る。もうその頃には先程まであった狂気が薄れており、大志は何とか返事を返せた。

そんなやり取りを見て雪乃達は色々な事を考えさせられた。

 

(彼、所謂シスコンという奴なのかしら? でも、それだけ妹さんのことを心配していると言うことでもあるし……怖かったけど少しだけ羨ましいかもしれないわね)

(ヒッキー怖かったよ~~~~~~! あんなに怒るなんて思わなかったし。でもそうなると案外一番のライバルは小町ちゃんってこと……なのかな)

(八幡ってあんな風にもなるんだ。僕はあんな風になれないから凄いなぁ)

 

各自がそんな事を思いつつ、大志はやっと相談を持ちかける事に成功した。

 

 



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第28話 俺は人の事情に首を突っ込みたくはない

大好きな作者さんから感想がいただけてテンションが上がっていますよ。
やっぱり感想を貰えてうれしいですよね。


 八幡のちょっとした暴走により一時期話し合いどころではなかった大志だが、八幡が小町によって叱られてたお陰もあって何とか本題に辿りついた。

 

「改めて言うっす。俺の姉ちゃん、川崎 沙希って言うんすけど……知ってますか?」

 

その問いかけに雪乃は首をかしげる。彼女の場合は無理もない。何せクラスが違う上にその『川崎 沙希』とやらは目立ってはいないのだから。結衣のことを知っていたのは彼女と浅からぬ因縁を持つ相手の近くに居たからである。だが、そうでないのなら、彼女が他のクラスの女子のことを知っているわけがない。

そんな雪乃と違い、同じクラス3人組である結衣、戸塚、八幡の3人は大志に知っていると返す。

 

「あぁ、川崎さんでしょ! ちょっと怖い系っていう感じの」

「確かに川崎さん、他の人と一緒に居る所見たことないかも」

「同じクラスの人間ってことは知ってるが、直接関わったことはないな」

 

3人の反応から大志は自分の姉の知名度を知り、この相談を持ちかけても大丈夫だと決める。その意思が小町に伝わったのか、小町が大志の相談事の補助を行った。

 

「それでね、最近大志君のお姉さんが不良化したっていうか、夜とか帰りが遅くて、どうしたら元のお姉さんに戻ってくれるか、ていうか相談を受けてたんだよ」

 

小町のその言葉を聞き、八幡の脳裏には昨夜のバーでの出来事を思い出す。

確かにああいった仕事は夜遅くまで働くため、帰りが遅くなるもの納得がいく。

その事を考えていると雪乃が大志に具体的な話を聞き始める。

 

「そうなったのはいつ頃からかしら?」

「最近です。総武高に行くぐらいすから、中学の時は凄ぇ真面目でしたし、優しかったっす」

 

大志からの情報を聞いて推理を始める雪乃。

とりあえず分かったことはそれまで真面目だった人間が最近不審な行動をしているということ。確かにそれが身内だと言うのなら、心配になるだろう。

更に情報を聞きだすべく、今度は結衣が大志に問いかける。

 

「でもさ、帰りが遅いと言っても何時くらい? 私も結構遅いし」

「それが………5時過ぎとかなんっすよ」

「え、何それ! 滅茶苦茶遅いし! っていうかもう朝じゃない、それ」

 

確かにその時間は高校生が出歩き返ってくるにしては遅すぎる。普通なら結衣のような反応が当然だし、大志が如何に心配しているのかも良く分かる。

そんな空気の中、小町は何となしに爆弾発言をした。

 

「え? お兄ちゃんもそれぐらいに返ってくること、結構ありますよ」

 

「「「えっ!?」」」

 

小町の言葉に驚く結衣、雪乃、戸塚の3人。

まさかここでそんな事を暴露されるとは思わず、八幡は冷や汗を掻き始めた。

別に小町にばれるようなヘマはしていない。だが、それでも帰りの遅さっというのは明らかに目立つ。だから彼の顔は少し強張っていた。

 

「ヒッキー、何でそんな時間まで出歩いてるの?」

「不審者で通報されないのかしら?」

「八幡、流石に朝帰りは良くないよ」

「あ、朝帰りッ!?」

 

戸塚の言葉に結衣が顔を真っ赤にして反応する。

少しばかり邪念が多いんじゃないかと八幡は突っ込みたくなったが堪え、3人に分かりやすく理由を話す。

 

「たまに深夜のバイトが入るんだよ。あぁ、勿論清掃のバイトだ。その手当が結構いいもんだから、ついな。小町に心配をかけてることは分かってるんだが、そうでもしないと金が貯らないんだ」

「そんなにお金を貯めてどうするつもり? あぁ、勿論貯金は大切よ。でもそんなに遅くなってまで働いて学業に支障をきたすのは感心しないわよ」

「ヒッキー働き過ぎじゃない? そんなにお金貯めてどうするの?」

「八幡、休んだ方がいいよ」

 

八幡のその理由に雪乃達3人は当然のように突っ込む。

それは当たり前だろう。高校生がそんなに働いて一体何をするつもりなのやらと誰しもが思うことなのだら。

だが、その事に付いて八幡と件の川崎 沙希ではまったく違う。

何故なら八幡のバイトは『学校に正式に認められている』のだから。

その理由をこの場で口にするのもどうかと思い八幡は誤魔化そうとしたのだが、先に小町が悲しそうな表情で皆に教えてしまった。

 

「実はウチ、両親がいないんですよ。私が物心ついた時にはもういなくて。お母さんは私を産んですぐに死んじゃって、お父さんも交通事故で亡くなったって………だからこれまでお父さんの友人の人に保護責任者をしてもらいながらお兄ちゃんとずっと二人暮らしだったんです。その生活費とかはお兄ちゃんが出していて、我が家はお兄ちゃんの収入で現在成り立ってるんですよ。お兄ちゃん、ごめんね。小町は役立たずで」

「いや、小町は全然役立たずなんかじゃないぞ。ウチの家事炊事は小町のお陰で成り立っているんだ。小町がいなかったら今頃俺は死んでるよ。だからそんな気にするな。お前にはただ、幸せに過ごしてほしいから。働くのは兄として当然のことだよ」

 

泣きそうになっている小町にそうフォローを入れる八幡。

事実確かに小町がいなかったら八幡は死んでいるだろう。精神的にも物理的にも。それぐらい八幡にとって小町は大切なのだ。

と、そんな兄妹の絆を確かめている二人なわけだが、それを聞いた者はそれどころではない。

その事実は更に雪乃達に衝撃を与えた。

まさか両親ともに既に他界しているなどと誰が思おうか。そして子供だけだったのを大人を頼りつつも懸命に生きてきたということに驚かずにはいられない。

その悲しい事実に結衣は泣いてしまい、雪乃は申し訳なさそうにうつむき、戸塚はしゅんとしてしまう。

 

「ヒッキー……ぐすん……そんな大変な事があったのに、一生懸命働いて……それなのに私、酷いこと言っちゃったかも………ご、ごめんね、ヒッキー……」

「ごめんなさい、比企谷君。そんな辛いことがあったのに、私たちが無神経に掘り返してしまって……何と詫びればよいのかしら……」

「八幡、今までずっと大変だったんだね。そんな辛い状態なのにこうして僕達と仲良くしてくれるなんて…………」

 

場の空気がジメッとした物に変わり、実に居たたまれない状態になってしまった。

その如何にも気まずい感じをどうにかしたく、八幡は少し声を大きく上げながら皆に話しかける。

 

「その話はゴミ箱にでも捨て置いておけ。今は川崎君の姉の話だろ。お前等がそんなんじゃ話すに話せないだろ。なぁ、川崎君。君は相談をしに来たのだから」

「う、うっす!」

 

場の空気に流されかけていた大志は八幡の声に身体を震わせ、姿勢を正して先程の話の続きをする。

 

「ウチ、両親が共働きだし、下に弟と妹がいるんであまり姉ちゃんにはうるさく言わないんです。下の世話を良く姉ちゃんは焼いてるから」

 

それを聞いて皆先程の空気から脱したのか、真面目に考える。

そして雪乃は少しばかり難しそうな顔をして何か思うことがあるのか口に出した。

 

「家庭の事情………ね。どこの家にもあるものね」

 

その言葉を聞き、八幡は念の為に雪乃に話を振る。

 

「雪ノ下、念の為に言っておくが、これは家庭の事情だ。俺たちがそう安易にちょっかいをを出して良い問題でもないぞ」

 

大志の姉が何故働いているのかは知らないが、働いていることを知っている八幡は念の為にそう釘を刺す。

これは彼女の事情だ、それもかなり深いものであり、お悩み相談の域を超えている。下手に自分たちが関与して良い問題ではない。

だからそう八幡は雪乃に警告するのだが、それを考えた上で雪乃は大志を真っ直ぐ見た。

 

「わかってるわ。それでも………大志君は本校の生徒『川崎 沙希』さんの弟、ましてや相談内容は彼女自身のこと。奉仕部の仕事の範疇だと私は思う。それに………何かしら理由があるにしても、家族に心配をかけるのはよくないわ。相談が解決するにしてもしないにしても、せめて家族に心配をかけないようにしてもらわないと」

「………ありがとうございます」

 

雪乃の出した答えに大志が静かに頭を下げた。

その様子に皆やる気を見せていたが、その中で八幡だけはそうは思わず、あまり良い気分とは言えなかった。

八幡もそうだが人の事情はそれぞれだ。それに関与して良いのかは程度に寄るが、間違いなく今回の件は深い。だから彼としては受けて欲しくはなかったのだが、受けてしまったからにはしょうがない。

だからその代わりに八幡は雪乃達にこう告げた。

 

「だったら悪いが俺は別方向から調べさせてもらう。その方がお互いに色々な情報が集まって解決しやすいかもしれないからな」

 

 

 

 こうして大志の依頼を八幡達は受ける事になったのだ。

 

 

 

 

 



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第29話 俺はいつのまにか弟分が増える

お気に入り数に驚く作者です。この後も引き続き楽しんでいただければ幸いです。


 川崎 沙希がどういった理由にせよ働いていることを知っている八幡としてはあまり事を荒立てずに調べたいと思う。故に雪乃や結衣と一緒に行動するのは良くないと判断しての独断行動なのだが、それに対し反対の意見を申し上げる者がいた。

 

「えぇ~、ヒッキー一緒にやろうよ~」

 

合理的な判断だと認めた雪乃と違い、結衣は八幡の意見に反対なようだ。

小町達が帰った後……つまり依頼を受諾した後にすぐ結衣はそう言いだした。

 

「いや、さっき理由は言っただろ。そっちの方が効率が良いって」

「それでも嫌なんだもん。ヒッキーがいてくれた方が安心できるし」

 

結衣は頬を赤くしつつそう答えながら八幡の腕を引く。

その際に体が密着し、結衣の大きな胸が八幡の腕に当たり形を変える。流石の八幡でも異性との接触と言うものには慣れておらず、この状況に困る。

 

「そうは言ってもなぁ………」

 

思春期の男なら鼻の下を伸ばすような状況だが八幡は素で困る。

なので離れるように素直に伝えることにした。

 

「由比ヶ浜、離れてくれ。さっきから近いんだよ。そのせいで、その………胸が………」

「え?……ってキャァッ!? ご、ごめんヒッキー!」

 

まるで自分から胸を押し付けているかのような状態になっていることに気付いた結衣は顔を真っ赤にして急いで離れる。

 

(ど、どうしよう、ヒッキーにむ、胸を押しつけちゃうなんて………で、でもヒッキー顔赤くしてたし……意識、してくれたよね)

(何と言うか気まずい。別にわざとじゃないってことは分かるんだが、わざわざ指摘する理由はなかったんじゃないか、俺?)

 

身体から離れていく温もりにホッとすると共に少しばかり残念な気持ちを感じる八幡。そんな彼の心境を察したわけではないが、雪乃が白い目で八幡を見てきた。

 

「見事なまでに鼻の下を伸ばしていたわね、ムッツリ谷君」

「そうだったら自己申告なんてしないだろ、まったく」

 

雪乃にそう返しつつ、八幡は彼女のお陰もあってすっかりと落ちつく。

そして結衣を宥めつつ、改めて依頼について話し合う。

この話し合いで決まったことは、八幡は独自に調べ、雪乃は結衣と一緒に調べるということ。雪乃達のバックアップとして戸塚が手伝える時は手伝うと言ってくれたので彼の厚意に甘えることに。

そしてそろそろ帰ろうかという話になった所で、八幡は考えていたことを雪乃達に言うことにした。

 

「あぁ、それと…………雪ノ下達には小町を付けようと思う。同じ女性同士だから仲良くできると思うしな」

 

今回の依頼は小町が最初手伝う事になっていたのだから、当然この後も手伝うのだろう。ならば雪乃達に付いてもらった方が色々と役立てるかもしれないと八幡は思った。八幡が知る限り、小町は聡いのだ。きっと役に立つと思っている。

そんな彼の判断に結衣と雪乃の二人は頷くのだが、戸塚は少しだけ苦笑をしつつ八幡に問いかける。

 

「その心は? 八幡」

「小町に近付く悪い虫を遠ざけるためだ。俺が虫の方を連れていけば小町にちょっかいは出せないからな」

 

その本音を聞いてやっぱりそうかと苦笑する3人。その前のやり取りで八幡が物凄いシスコンだと言うことは皆の共通認識になっていた。

 

 

 

 翌日になりさっそく奉仕部は依頼で動き始める。

雪乃と結衣、そして戸塚の3人は部室で作戦会議を始めるらしい。その後決まった方針などやらは雪乃がメールするようなのでとりあえず変な暴走はしないだろうと八幡は判断し、独自に動くと決めた自分もさっそく行動を開始する。

と言っても今回は前回のチェーンメール騒動のように特殊な技能を使う気はない。あくまでも常識に収まる範囲で行動すると決めた。

なのでさっそく八幡がしたことは電話である。

そしてその相手は……………。

 

『あ、お兄さんっすか!』

「ほう、俺はいつからそんな風に呼ばれる間柄になったんだ、川崎 大志君? それは詰まる所小町に手を出す気が満々だと、俺に宣告していると取っても良いということかな」

『ひ、ひぃっ!? す、すみませんっす!』

 

電話のスピーカーから大志の焦った様子が良く伝わってくる。声だけだと言うのに八幡の怒気は十分に伝わったようだ。

八幡が電話をしたのは今回の依頼人でもある川崎 大志。小町に近付かれたくないというのも本音ではあるが、実のところはそれだけではない。今回の依頼の対象にもっとも近い間柄の人間であるだけに、色々と調べやすい。川崎 沙希本人のことは勿論だが、『川崎家』そのものを調べるには彼の協力が必要なのである。

八幡が知っているのは働いているということとその働いている店。働いている理由までは分からない。そしてきっとそれが分からなければこの問題は解決しない。

だからこの依頼を受けると決まった後に八幡は大志と連絡先を交換しておいたのである。

電話をかけたのは勿論彼から色々と聞くためだが、その前に待ち合わせをして会うためだ。

 

「今から駅前のワックに来れるか? まずは詳しい話を聞きたいんだ」

『別に良いっすよ。今から向かいます』

 

そして通話を切り八幡は駅前のワクドナルドに向かって歩き出す。

 その道中何故か小町からメールが来て八幡はそれを見て何故か首をかしげてしまう。

 

「何故猫?」

 

メールの内容は何故か八幡の家で飼っている猫『カマクラ』を高校に連れて行きますというものだった。

比企谷家には一匹の猫がいる。名前はカマクラ。八幡が仕事で忙しくて小町の相手をしていられないということで寂しい思いをさせていると考えている時に一緒に出かけられる日にペットショップに言った時に小町が一目惚れしたので飼うことにしたのだ。小町にはよく懐いているが、八幡は寧ろ嫌われていて絶対に近付かない。きっと野生動物ではないにしても八幡から血の匂いを感じ取っているのだろう。

だから八幡はそこまでカマクラのことを考えていない。小町が少しでも寂しがらずに済めば良いと考える。

そんなあまり愛着のない猫がどうして高校に駆り出されるのかが分からない八幡だが、小町がそうすると決めたのなら反対する理由などない。

だから別に良いとメールを返しながら歩を進めていった。

 

 

 

 ワックに着き八幡は大志を探すと彼はすぐに見つかった。何せ此方が見つける前に向こうが此方に向かって手を振ってきたからだ。

それを見て八幡は軽く手を振り返しつつ注文をしにカウンターに向かう。そしてハンバーガーとコーヒーを受け取ると大志の所まで向かい、彼に向かってハンバーガーを軽く放る。

 

「わっ!? あのこれは?」

 

急にハンバーガーを渡され戸惑う大志。

そんな大志に八幡は軽く笑いながら答える。

 

「これから手伝ってもらうための礼だ。前金のかわりだとでも思えばいい」

「で、でも、そんな……」

「お前ぐらいの年頃ならこれぐらい食べても平気で夕飯を食えるだろ。気にせず食え。さっきも言ったが手伝ってもらう礼だ。上からの厚意には素直に甘えるのも礼儀だぞ」

 

そう言われ大志は軽く頷き八幡に返事を返す。

 

「うす、ありがたく頂きます」

 

そしてそれを食べる大志。八幡はコーヒーを軽く煽る。

そのまま少し寛ぎ人心地ついた後、改めて八幡と大志は話し会う。

 

「それで俺は何をすればいいっすか?」

 

協力する気満々な大志。きっと余程の事じゃなければ結構やりそうな雰囲気がある。

そんな大志に八幡は落ち着けと軽く諭す。

 

「そうやる気を出すな、別にすぐ何かを始めるというわけじゃない。今日お前をここに呼んだのは情報が欲しいからだ」

「情報っすか? それは分かりますけど……流石に姉ちゃんのプライベートとかは無理っすよ」

「そういうのは別にいい。今欲しいのは川崎本人の事じゃないからな」

 

そう答える八幡。彼の狙いは川崎 沙希本人ではない。

今回八幡が知りたいのは『川崎家』のことである。

 

「まず最初に。川崎 沙希が何故ここ最近にそんな行動を起こしているのかを考えるために、ここ最近でお前に起こったことを聞きたい」

「へ、俺っすか?」

「あぁ、そうだ。お前の前の話から兄妹が多く両親が共働きだと言うことは分かった。だから今度はお前の弟妹などの話も聞いておきたい。勿論姉の話は無しで。だからまずお前から。次にその下の弟妹について」

 

八幡が何故それを聞きたいのか? それは彼が川崎 沙希が働いていることを知っているからだ。理由はどうあれ働くということは弁償でもなければ金の為である。それも深夜帯の仕事ほど高金利だ。それだけで川崎が金を必要としていることは分かる。だが、それだけでは理由は分からないし働くきっかけも分からない。だからまずは周りから。家庭の事情ならつまりは家庭で何か変化があったからこそそうなったのだと判断できる。それを大志に聞こうと言うのだ。

大志は八幡の意図に気付きはしないが必要な事なのだと判断し、思い出しながら八幡の問いに答える。

 

「ん~特になかったと思うっすけど。俺が3年になってから塾に通い始めたくらいっすかね。下の弟妹は特になかったと思うっす」

「塾か…………成程な」

 

それだけで更に答えが見えてきた八幡。

今までの生活に更に加わった新しいものによって圧迫されたのは川崎家の経済だ。

それまでしていなかった分だけ確実にそれは締め付けるだろう。つまり川崎家では確かに経済的負担が大きくなったことがはっきりとした。

だがまだ足りない。大志が塾に入ったのは中学3年に上がってから。そして今は6月真近。既に一月以上経っている。塾に行くのはこの後もずっとだろう。きっと今年受験の大志を慮っての考えだ。その間の塾の費用を考えていない両親ではない。だから彼の費用については織り込み済み。

前提がそうであれば、川崎が今頃になって働く理由がない。仮に大志の塾の費用を少しでも負担したいと考えるのなら行動が遅すぎるのだ。

つまり川崎が金を求める理由は大志のためではない。それ以外の理由で金が欲しいのだ。

大志の話を聞くに、それまでアルバイトをしたことはなく彼女は家事を率先してやってきたらしい。そんな彼女が2年の今頃になって金を求め始めた。

きっと答えはその『時期』にあるのだろう。

まだ完全には分からないが、八幡はそう確信する。

 

「何かわかったんすか?」

 

八幡の様子に何かを期待する大志。

そんな大志に八幡は普通に答える。

 

「いやまったく。分かったのはこの時期に働き始めたってのが重要だってことぐらいだ。お前の塾の費用は川崎家の経済内で完結してると思われる。だからお前が原因とは考えづらい。いや、それは早計だな。まだ情報が足りない」

「そうっすか……」

「そう落ち込むな。俺の中では少しずつだけど固まり始めてる。あともうちょっとだ」

 

そう答え大志に礼を言う八幡。

更に分かったことと言えば、彼女が金を求め始めたのは悪い意味ではないと言うことだろう。何かしらの弁償や脅迫を受けたといった感じではないということは大志の話を聞いていて大体分かっていた。

家事に追われる真面目な少女。それが家族が感じている印象を周りが聞いた時の反応だ。つまり彼女には遊んでいる余裕がなかった。そして真面目な人物が危険な場所や人物に近付くことは絶対にない。学校での評判を聞くに隙のない人物のようなので付けいられると言うこともないだろう。それらを考えてみれば、今回の件が怪しいものではないと言うことは十分に分かる。

それが分かるだけで多少気持ちが和らいだ。

もしそんなことになっていたら、その時はより『強行的手段』を取らざる得ない場合があるからだ。それに雪乃や結衣が関わってしまい問題になったら、その時八幡は彼女達を助けるために相手の血を見ることも辞さない。それぐらいには彼女たちは八幡にとって親しい存在にはなっているのだから。

 結局大志から聞けた情報では川崎 沙希の働く理由までは判明しなかった。

だが、彼の情報のお陰で川崎家の経済状況や川崎 沙希の人物像が分かってきたのは大きい。その情報のお陰でこれからの調査がより進展することは確実だ。

 

 

 

 それ以上することがないので帰ることになりその帰り道、大志は八幡に笑顔で話しかけた。

 

「今日はありがとうございました。本当に話していて思ったっすけど、お兄さんは本当にお兄さんって感じっすね」

「それはどういうことだ?」

 

小町の事かと思い警戒心を顕わにする八幡。

そんな八幡に大志はそうじゃないと必死に答える。

 

「いや、そういう意味じゃないっすよ! その、俺は兄がいなにので、もしいたらこんな感じなのかなって。クールで冷静、それでいて頼もしい。きっと兄ってこんな感じなんだなって思って。だからお兄さんはお兄さんっぽいなって」

 

そう答えて何やら尊敬するような眼差しを向ける大志。

そんな大志の視線を受けて気まずそうに目を逸らしつつ、八幡は仕方ないと言った様子で返事を返した。

 

「そう思うんだったら好きにしろ。別に小町に手を出さないならお兄さんでも兄ちゃんでも好きに呼べばいいさ」

「はいっす、お兄さん!」

 

そんな嬉しそうな声に背を向けつつ八幡は自宅に向かって歩き出していた。

親しい友人が出来たと思ったら今度は弟分ができたようだ。本当に人生とは何が起こるかわからないものであると、彼はそう思いながら帰った。



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第30話 俺の友人は猫好きらしい

今回は雪乃さんに頑張ってもらいましょう。


 大志からの情報提供でより推理を進める八幡。

分かった事実は川崎家の経済状況。きっと今年になって大志が塾に通い始めた事と何かしらの関わりがあるのは目に見える。

だからこそ、もっと調べるためにはどうするべきかを考える…………なんてことは彼にはない。

既に次にすべきことは分かりきっている。だから八幡は焦ることもなくそのまま家に帰ったわけなのだが、家に着いた所で何故かニコニコと言うかニヤニヤと言うべきなのか、そんな笑いを浮かべている小町と鉢合わせた。

 

「あ、待ってたよ、お兄ちゃん!」

 

上機嫌にそう言う小町。その顔は実に楽しそうだ。

その表情を見てきっと雪乃や結衣達と親しく楽しんできたのだろうということが予想される。依頼も大切だが、小町にはもっと色々と楽しんでもらいたいと八幡は思っているので彼女のそんな表情を見れて内心喜ぶ。

だが、小町がこのような表情をしていたのは、八幡には予想外の事でだった。

小町は待ち遠しかったのか八幡に素早く寄ると、手に持った携帯の画面を八幡に見せる。

その行動にてっきり連絡先交換でもしたのかと思った八幡であったが、映っているものを見てそうではないと判断した。

画面に映っているのは総武高の入り口の門の前当たりの映像であり、どうやら録画したものらしい。

そしてその場面に居るのは雪乃と、そしてダンボール箱に入った比企谷家の飼い猫ことカマクラ。

そして映像は動き、映っている雪乃は気付いていないのだろう。その事からこれが隠し撮りされたものであることは明白。いけないことだと言うことは小町も分かってはいるのだろうが、彼女はこういった悪戯が好きだったりするので仕方ない。八幡自身強く言おうとは思わないのだ。小町が楽しんでるのならそれで良いと。あまり行きすぎるようなら注意はするが。

撮られているとは知らない雪乃はダンボールに近付きしゃがみこんだ。

そして…………。

 

「にゃー、にゃー」

『にゃー』

「『にゃー』」

 

それは今まで彼女を知る者なら目を疑うものだった。

あの雪ノ下 雪乃がまさか………猫相手に猫語で話しかけているなどと誰が思おうか。

本当に通じているのかは怪しいものだが、互いの顔を見つめ合いながら話しかける様は本当に会話しているように見える。

その時の雪乃の表情はいつもの緊張が混じったキリッとしたものではなく、子供のように幼く可愛い安らかな笑みを浮かべていた。

そして映像は続き途中でぷつりと切れた。録画時間が終わったのか、もしくは何かしらの連絡が入ったのだろう。

八幡がそれを見終えるのを確認し小町はテンション高めに八幡に話しかけた。

 

「ねぇ、どう雪乃さん! すっごく可愛いでしょ!! まさかクールな人だと思ってたけど猫が大好きだったなんて思わなかったよ! カーくんを貸してあげたら凄く撫でてあげてて、カーくんも気持ち良さそうだったよ。うん、こんなギャップが堪らない! お兄ちゃんはどう? 雪乃さん可愛い?」

 

小町の問いかけに八幡はどう答えるべきか悩む。

正直いつもと違った雪乃を見れて嬉しいと思ったし可愛いとも思った。

だが、それを素直に言うのはどうにも憚られる。

だから八幡はその感情がバレないように平静を装いつつ答えた。

 

「まぁいいんじゃないか。誰にだってそういう一面はあるものだしな」

 

実に曖昧な答えだと八幡は思うがそれで良いと思った。少なくても余計な追求はされないはずだと。

だが相手は素人ではない。八幡と15年間一緒に生きてきた間柄なのだ。

その答えに小町はニヤニヤと笑いながら判決を下す。

 

「お兄ちゃん、顔が赤くなってるよ。もう、誤魔化そうとしてもバレバレなんだから。雪乃さんを可愛いって思ったんだね。うん、お兄ちゃんも青春してるようで小町は満足だよ」

「いや、そんなことは…………」

「知ってる? お兄ちゃんって誤魔化そうとする時目を逸らすんだよ。今回もそうだしその上顔を赤くされたら誰だってわかるよ」

「ぐっ………」

 

様々な事に精通しているレイスである八幡だが、どうにもこの手の話と最愛の妹相手に隠し事は苦手なようだ。ただし、『仕事』の事だけは死んでも隠し通す気でいるが。

八幡は尚もニヤニヤと笑う小町にこれ以上追及されるのを恐れ、話題を逸らすことにした。

 

「そ、そう言えば結局カマクラを連れて行って何をしたんだ?」

 

多少強引だがそう聞かれれば小町は答えない訳にはいかない。何せメールをした本人なのだから。

八幡にそう聞かれ、小町は素直に答える。

 

「えっとね、お兄ちゃん……アニマルセラピーって知ってる?」

「あぁ、一応な。それで?」

「うん、雪乃さんはどうやらカーくんを使って川崎君のお姉さんの心を安らげようとしたの」

 

どうやら精神的に緩ませた後に働いている理由などを聞こうとしたようだ。

 

「ちなみに発案者は?」

「雪乃さん」

 

こういっては何だがどうにも個人的な意思が混じっていた。だからあのような映像が出来あがるわけだと八幡は納得する。

つまり雪乃は猫好きだと判明した。

 

「んで結果は?」

「失敗。お姉さんを待っていた所で川崎君から連絡が来て、お姉さんが猫アレルギーだってことが分かったから。流石に猫アレルギーの人相手に猫けしかけて癒されて下さいってのは無理があるから」

 

確かにその通りだと八幡は思った。

 結局この日はその作戦だけで終了し帰ったらしい。

結果は惨敗、何も判明していない。強いて判明したことは川崎 沙希が猫アレルギーだということだけである。

だから少しだけ落ち込む小町。逆に彼女は八幡の方はどうだったのかを聞き始めた。

 

「お兄ちゃんの方はどうだったの? 何かわかった?」

 

その問いかけに八幡はいいやと軽く首を横に振る。

 

「あんまり。分かったのは大志が今年から塾に入ったことくらいだったよ。それは小町も知ってるだろ」

「うん………そっか~、やっぱり難しいね」

「そう簡単に分かったら皆苦労なんてしないからな」

 

お互いに調査が進まないことに若干落胆しつつも気にせずに二人は夕食を取ることにした。

 

 

 

 翌日になり、いつも通りに学校に通う八幡。

この日も川崎 沙希は遅刻真近だったことから昨夜もバイトだったことが伺える。

時間は過ぎて昼休みになり、八幡は雪乃達と一緒に昼食を取ることに。

思春期の男子なら雪乃と結衣という美少女二人と一緒の昼食など心躍るものだが、この昼食の意味を知る八幡にそのような事はない。

 

「何かわかったことはないかしら?」

 

食事を済ませた後に雪乃がそう聞いてきたんは勿論八幡の方の成果についてである。

その質問に対し八幡は正直に告げた。

それを聞いた雪乃は何かを考え込み、考えている間に結衣が自分たちの成果を八幡に報告する。聞いた内容は昨日小町から聞いたものとほぼ一緒であった。

お互いの調査が進んでいないことを確認し合い落ち込む3人。

その後は今後どうするかを話し合いながら時間になり次第解散となったのだが、その前に八幡は雪乃に話しかけた。

 

「あぁ、雪ノ下。そのだな………暇があったら家に遊びにこないか?」

「!? い、いきなり何を言い出すのかしら!」

「ひ、ヒッキーいきなり何言ってるの!」

 

八幡の誘いを聞いて顔を真っ赤にして動揺を顕わにする雪乃。そしてそれを聞いて同じく動揺する結衣。

誰だってそう言われればこのようになってもおかしくはない。

八幡の言葉を解析すると、それはつまり異性の家に来ないか、という誘いにしかならない。高校生がそんなことを言えばどうなるのか……それはもう相手を意識してしまうだろう。

 

(な、何でいきなりそんな急に………で、でも誘われたということはそういう気が彼にもあるということで………やだ、身体が熱くなってきた……)

(ま、まさかゆきのんが! で、でもヒッキーのことだから少し違うことかもしれないし……でもやっぱり私だって誘われたいなぁ)

 

そんな二人の様子に何故そうなってるのか少し分からない八幡であるが、とりあえず話を進める。

 

「いや、そのだな……雪ノ下、猫好きだろ。だから家に来ればカマクラ触りたい放題だし、小町も喜ぶと思ってな。俺が家を空けがちだから小町と親しくしてくれると嬉しいし」

 

その言葉にやっと八幡が言いたいことが分かってほっとする結衣。

 

(やっぱりそんなことだと思った。ヒッキー、そういうの鈍いし……ゆきのんには悪いけど、よかった……)

 

しかし、雪乃はそれどころではなかった。

 

「な、何故私が猫が好きなんてことになってるのかしら? その根拠は?」

 

動揺のあまり言葉が可笑しくなりかける雪乃。

何せ八幡がそれを知っているのはおかしいからだ。

そんな雪乃に対し、八幡は顔が熱くなるのを感じつつ目を逸らしながら昨日小町に見せて貰った動画の話をし始めた。

 

「昨日小町が内緒で撮った動画なんだが、そこにその………お前がウチのカマクラと猫語で話しているところが映っていてな………」

「ッ!? そ、そんな、あぁ…………」

 

八幡の言葉に顔が一気に真っ赤になった雪乃。

そして八幡はそんな雪乃にトドメを刺す。

 

「そのだな……いつもと違った雪ノ下が見れてその………か、可愛いとは思うぞ」

 

それを聞いた途端、雪乃は……………。

 

「…………きゅーーーー………」

 

顔を真っ赤にしたまま気絶した。

どうやら恥ずかしさやら何やらが感高まって暴走した結果のようだ。

そんな雪乃を心配し近付く八幡だが、余計に悪化すると思い結衣に止められた。

 

「ヒッキー、ちょっとずるい」

「何がだ?」

「何でも、ふん!」

 

雪乃の介抱をしながら結衣は不機嫌そうにそう漏らす。

 しかし、その言葉は八幡には届かず昼休みは終わった。

 

 



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第31話 俺は答えをもう掴んだ

八幡が隠れてるお話ですね。


 少しばかり年相応な青春をした八幡であったが、流石にそのままの雰囲気に流されるほど緩くはない。

昼休みが終わり放課後になると共に彼は意識を引き締める。

これから行うことはある意味犯罪に近い。とはいえ害意がなければそれはただの迷惑行為にしか取られないだろう。あくまでもバレればだが、

しかし、彼の『それ』を見破れる者などこの学校内には絶対にいない。

対象が動く前から違和感を感じないように薄れさせていく。自分という存在が周りから消えていくように、まるで息をするという当たり前の行動であるというように。

そして意識を最深部まで潜らせれば、その先にあるのは一人だけの世界。

彼だけの個性にして絶対の唯一無二、『亡霊襲撃』の名にふさわしき絶対のステルス。

己を世界から切り離し一人だけの世界で彼がすることとは………。

 

川崎 沙希の尾行。

 

普通に考えて貰いたい。

何故その者がそれを求めたりするのか、それを知るにもっとも必要なことは何なのかを。

推理は確かに必要ではある。だがそれは所詮考えであって事実とは言えない。確実性がないのだ。

ならもっとも確実性がある情報というのは何か? そんなものは決まっている。自分の目で見て手に入れた情報である。

対象が何をしているのかを見れば自ずと答えは出るのだ。それをしない理由はきっとそれが人道や道徳観念に触れるからだろう。尾行とは言いかえるのならストーキングといっても過言ではないのだから。

だが八幡はそれをするのに躊躇しない。必要であるのなら当たり前にそれをする。そう考えるのが当たり前の世界だから。

故に彼は気配を消して対象である川崎 沙希の背後に周り、そして彼女が動くと共にその背を追い始めた。

 と、そんなことをしているとはまったく知らない結衣は放課後になったので八幡と少しでも話そうと席に目を向けるのだが、そこにあるのは空席。八幡が既に去った後である。

 

「せっかくヒッキーとおしゃべりできると思ったのに、いつの間にかいなくなってる~! むぅ~」

 

年相応にむくれる結衣であるが、彼女はこの後部活で雪乃と合流し今回の依頼を解決すべく作戦を行わなければならない。だからしょうがないと判断し彼女もまた教室から出て行った。

 

 

 川崎 沙希は自分が尾行されているとは一切気付いていないだろう。それだけ八幡の尾行は完璧だった。元の特技は勿論追跡などの技能も勿論叩きこまれている彼だ。その二つが揃えば見破れる者などそうはいない。

それを自覚はしていない八幡ではあるが、自分なりには問題ないと思うようだ。尾行対象の様子を見ながらそう思う。

川崎 沙希は教室を出るとゆっくりとした歩みで廊下を歩いていく。八幡はそれを少し離れた距離から追いかける。別にこの能力があれば隣に立っても気付かれないのではと思うものだが、実は弱点があるため念の為違和感がないように距離を取っているのだ。ちなみに弱点とは『電子機器は誤魔化せない』というものである。いくら生物の五感に感知できなくてもカメラには映るしセンサー類にも引っかかる。完璧とはいえないのがこの能力のミソであろう。

だから念の為、仮にどこかしらでばれたとしても疑われないようにするために距離を取る八幡。必要に応じて距離を詰めればよいので問題はない。

そうとは知らない川崎 沙希がまず向かったのは進路相談室である。

彼女は部屋に入ると教師と少し話し、許可を得たらしく棚から資料をいくつか引き抜き閲覧している。

 

「ん~、やっぱりこっちの方が……でも学費が高いし……」

 

八幡はバレないように近付きその中身を覗き込むと、そこにあったのは大学の資料であった。見た限りだが複数の大学の資料のようで、その中の情報を見て彼女は悩んでいるようだ。

彼女の進路は進学希望らしい。

その様子から見て既に答えなど分かり切っているだろう。

八幡は何故彼女が金を必要としているのかを察した。

川崎家の経済状況、そして今年から弟が塾に入ったこと。それらに寄る経済圧迫の行き先が彼女に向かったと言うことなのだろう。弟の話から両親に信頼されており家族思いだということは知らされている。だから両親から工面が出来ないとは言われていないと思われる。つまりこれは彼女が自分から進んでしていると言うことなのだろう。

結論……川崎 沙希が高金利のバイトをしているのは、大学進学のための学費を稼ぐためである。

そう考えればすべてがぴったりと収まる。

ここ最近にバイトを始めたのもそれが理由だろう。

その考えに八幡は内心感心した。自分の為に頑張るのは勿論のこと、家族に迷惑をかけたくないからこその努力。それはとても純粋で綺麗に思える。

それはきっと八幡には考えられないこと。八幡も似てはいるがまったく違う。彼は家族の為にすべてをかけるが、自分の為には一切しないのだから。

だからなのだろう。八幡は川崎 沙希という人間をもう少し個人的に知りたいと思い始めた。

自分と少し似ていて、それでいてまったく違う少女のことを。

そう思いながら更に八幡は尾行を続ける。

彼女は資料の閲覧を終えると進路指導室から出て昇降口へと向かい始めた。

どうやらもう学校に用はないようなので歩みは多少速い。

そして昇降口真近になった所で彼女は急に呼び止められた。

 

「川崎」

 

その声に彼女は振り向くと、その先には平塚が立っていた。

彼女は呼び止められたことに多少不服を感じているためなのか、声に多少の険が籠りつつ返事をする。

 

「何か用ですか?」

「君、最近家に帰るのが遅いらしいな。どこで何をしているんだ?」

 

その話に彼女の顔が若干強張る。何せこの情報を教員が知っているとは思わなかったからだ。下手をすれば退学にもなりかねない。

だからこそ、彼女はより慎重に返答する。

 

「誰に聞いたんですか?」

 

誤魔化そうとはせずに情報源を探る。

その問いかけに平塚は守秘義務だと答え、質問に質問で返されたこともあって先程の答えを要求し始めた。

勿論それに答えるわけがない川崎 沙希。答える気はないと言わんばかりに話を流そうとする。自分は誰にも迷惑をかけていないのだから問題はないと。

それに対し平塚はこれから迷惑をかけるかもしれないと言い、そして親御の気持ちも考えろと言った。その意見は正しい。

だが、ここで平塚は予想外の反撃を喰らった。

 

「って言うか、先生親の気持ちなんて分かんないでしょ。なったことないし」

「え?」

「だって独身だし」

「ぐはッ!?」

 

そろそろ結婚しないとまずい年齢になった平塚には禁句であるそれを言われ、平塚はダメージのあまり跪く。

 

「先生、あたしの将来より自分の将来のことを心配しなよ……結婚とか」

 

そう言い捨てながら川崎は平塚の元から去っていく。

その様子を見ていた八幡は平塚に苦笑しつつ川崎を追いかける。

だが、彼の耳には入らなかったがこの平塚はとんでもないことを口にしていた。

 

「うぅ~~~、いいもん、誰もいなくても、比企谷に貰ってもらうもん」

 

その言葉に陰ながら見ていた奉仕部二人組が反応したのは言うまでもなく、この後結衣と雪乃の二人は平塚を捕まえて『お話』をしたようだ。

 そんな出来事があったとは全く知らずに八幡は川崎の尾行を続ける。

 



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第32話 俺は彼女の望みを叶えたい

ちょっと切なく八幡が頑張るお話です。


 昇降口で少しばかりのトラブルがあったとはいえ川崎 沙希は問題なく下校した。

八幡はそんな彼女にバレぬように出来る限り気配を消して彼女の後ろを尾行する。まぁ、そもそもこの男が仕事並みに気配を消したら普通の人間にはまず感知不可能なのだが。

それを理解しているとしても八幡は手を抜かない。そう考え手を抜いていては、いつか必ず油断に繋がることを彼は察しているから。今までバレたことはほぼない。だが、それがこの先ずっと続くかは別であり、その上弱点があるのだからバレないということはないだろう。だから持ちうる能力を使って常に手を抜かないと決めている。別に全力を常に出していると言うわけではない。適材適所に最適な力を必要な分だけ使っているというだけだ。そこに油断も慢心もない。

そんな真面目な姿勢で事にあたる八幡。彼は彼女に気付かれぬように距離を離しながら追いかける。

学校を出た後、彼女は真っ先にとある場所に向かった。

それはバイト先でもなければ年相応の施設でもない。そこは幼い子供たちが多くいる保育園であった。

そこに着くと彼女は学校では見せたことのないような柔らかな笑みを浮かべながらその門を潜り、近くにいた保育士に話しかけた。

 

「いつもどうもすみません。妹を迎えに来ました」

「あら、川崎さん、いつも御苦労様です。本当に良くできたお姉さんですね」

「いや、そんなことは………」

 

川崎 沙希は保育士にそう言われ顔を赤くしつつ目を逸らす。

その姿は学校で見せていた表情とは違い、年頃の彼女の表情なのだと思い八幡は少しばかり見入ってしまっていた。

彼女は凛々しく綺麗であり、可愛いと言うより格好良いという言葉が似合う。だが、この時確かに彼女は可愛かったのだ。

そんな感情を抱いた八幡はもう少し私的に彼女のことを見たくなった。

そして彼女が来たことを知ったのだろう。彼女と同じ髪色をした幼い女の子が彼女に向かって飛びついて来た。

 

「あ~~~~、さーちゃん!」

 

飛びついて来た女の子を優しく抱きとめると川崎はまるで母親のような優しい笑みを浮かべた。

 

「もう、けーちゃん。そんなに駆けたら転んじゃうから駄目って言ったでしょ」

「だってさーちゃんがむかえにきてくれたんだもん」

 

どうやら女の子は彼女の妹らしい。

大志から情報を手にいれていた八幡はそれでやっと彼女がここに来た理由を察した。

 

川崎 京華………川崎家の次女にして末っ子である。

 

彼女の迎えはきっと川崎がしているのだろう。だから保育士があのように言葉をかけたのだと。大志から聞いた話では兄妹全員の世話は彼女が焼いているということからしい。だからこうして迎えにきたのだ……忙しい両親の代わりに。

そう考えつつ八幡は観察を辞めない。

目の前に広がるのは幼い妹を慈愛に満ちた目で見つめる姉であった。

保育園を妹と一緒に出た彼女は妹の手を繋ぎながらゆっくりとしたペースで歩いていた。きっと妹の歩調に合わせているのだろう。隣で楽しそうに笑う妹の様子を見ながら彼女は学校では見せたこともないような優しい笑顔を浮かべていた。

 

「けーちゃん、夜ご飯は何が食べたい?」

「ん~~~とね~~~。さーちゃん、けーかはんばーぐがたべたい!!」

「そっか、ハンバーグか。ん~~~と、確かひき肉はあったし玉ねぎも……うん大丈夫。それじゃけーちゃん、今日はハンバーグにしようか」

「うん!」

 

姉と妹と言うよりは母親と娘のような光景。

だが、そのどちらにしてもそれは優しさに満ちた世界だった。

それは八幡にはもう決して手に入らない光景。彼にはそんな会話を出来る相手はもういないし、小町がそう聞いても小町が作るならなんでも美味しいからと言って自分の要望など出さない。自分はそんなことをして良い人間ではないということは分かり切っているから。

だからなのか、八幡は川崎姉妹の姿を胸が温かくなると共に少しだけ寂しいと感じた。

他人の幸せを羨ましいと、少しだけ思った。

しかし、その感情はすぐに潰される。

そんなことを自分が思って良いわけがない。自分にそんな資格などない。小町が頼れるはずだった、甘えられるはずだった『父』を殺した自分にそんな価値はない。

だからこの時、八幡は少しだけ川崎姉妹のことが羨ましかった。

 

 

 

 その後も尾行は続く。

川崎は自宅まで帰り、洗濯物を取り込んだり風呂掃除をしたりなどの家事をした後に台所に立ち、先程妹の京華の要望に応えてハンバーグを作り始めた。

流石に自宅にまで侵入するのは憚られるので八幡は室内が覗ける外で彼女の行動を観察していた。

念の為本人の為に言っておくが、彼女の着替えなどは一切覗いていない。

年頃の男なら気になる所だが、八幡はそんなことは気にしない。必要な情報を得るためには不必要だからだ。

そして傍から見たら人の家を覗き込んでいる目が濁った少年という変質者そのものにしか見えない八幡だが、気配を消し切っているので誰にも見つかっていない。

こういう時こそ一番役に立つような気がすると八幡は少しだけ思った。

その事に安堵しつつ観察は続いていく。

その後、川崎家では二男と長男である大志が帰ってきて兄妹皆で夕飯を食べ始めていた。両親はまだ帰ってこない様子。両親の分もちゃんと作ってある辺り、川崎はしっかり者なのだろう。良くできた娘だと思う八幡。

そんな光景に当然腹が空くわけだが、この程度の空腹など問題ないと八幡は無視した。サバイバルでも当然鍛えられたので三日間は何も食べなくても大丈夫なようになっているのだ。

だから問題はない。とはいえ流石に小町に悪いと思いメールを送る。

内容は今日は用事があるので夕飯は先に食べていなさいというもの。小町が作ったものを食べないなんて選択肢がない八幡は例え一緒に食べられなくても彼女が作った料理は絶対に食べると決めているのだ。

そのメールの返事はすぐに返ってきた。

 

『うん、わかった。でも無茶は駄目だからね』

 

その言葉に胸が温かくなる八幡。それだけで満たされる気になりより頑張ろうという気になれる。

だからもっと彼女を調べようと八幡は動く。

 家事を終えて夜が深まりつつと彼女は家を出た。

家では妹は既に眠ってしまい、弟たちも各自の部屋にいるらしい。だから彼女の行動を気にする者はいない。長男である大志は気にしているようだが、八幡達に依頼していることもあって下手に動くのは良くないと判断し干渉しないようにしているようだ。

だから問題なく川崎 沙希は家を出られる。

そして夜の街へと向かうわけだが、まだバイトの時間には速いらしい。

駅前にあるワクドナルドに行き、ドリンクを頼むと席に座ってそこでノートや参考書などを広げて勉強をし始めたのだ。

 

「この問題、少し難しいかも………」

 

そんな風に言葉を漏らしつつ真剣に問題に取り組む川崎。家では家事が忙しいのでこう言う時にこそ勉強しているようだ。

そして2時間程ワクドナルドで勉強した彼女は店を出て、バイト先である高層ビルの上階にあるバー『天使の階』に向かった。

その後はいつもやっているようにバーテンダーとして仕事をしているようだ。勿論年齢は偽って。

そこまで見届けて八幡は彼女の尾行を終了した。

そして考えをまとめる。

彼女がこんなバイトを始めたのは自分の大学費用を稼ぐため。そして彼女が如何に努力をしているのかを同時に知った。

そう考えると尚更彼女のバイトを辞めさせるのはどうかと思ってしまう。

彼女がしていることは確かに世間的にはよろしくない。だが、それは家族に迷惑をかけたくないからであり、自分のこれから先の人生の為に自分で行動している。

それはとても尊く偉大なことだ。この年頃の人間がそう簡単にできることではない。

とても立派だなことだと思う。世間的にはよろしくなくてもその志は、想いは確かに美しく綺麗で大切なものだ。

だから八幡は考えてしまう。彼女を心配する大志の気持ちも分かるが、それ以上に川崎の気持ちも分かる。

それはどちらも正しくて、どちらもお互いの事を思っている。

だからどうすればよいのか? 普通ならそこで行き詰まる。

大志の気持ちを優先すれば彼女は大学に行けない。逆に彼女の思いを優先すればこの先ずっと家族が心配する。

それだけならまだいい。だが、はっきりしていることもある。

このまま行けばそう遠くない内に彼女は身体を壊す。

今でさえ生活サイクルが可笑しくなっているのだ。その内そのズレはどうしようもなくなりやがては身体を犯し破壊する。

そうなったら大学どころの話ではなくなるだろう。

ならば大志が正しいのかと言えばそうとも言えない。あれだけ頑張っている彼女なのだ。少しでもその思いが叶えられても良いはずだ。家族思いのせめてもの我儘を、それも家族を慮って自分でその問題を解決しようとしている女の子の願いをどうして否定出来ようか。

だからどちらも正しいし、どちらも否定できない。

しかし、それでは問題は解決できない。このまま八幡が目を瞑っても解決はしない。

そしてこの問題はきっと………雪乃や結衣は関わっても絶対に解決できない。

言っては悪いが、これはもう奉仕部の解決出来るスケールを超えてしまっている。

魚の取り方を教えるのが信条というのなら、この場合は彼女に高金利で時間的な負荷がないアルバイトを紹介するということになる。

そんなものがあるわけがない。

そんなものがあるのなら、働く者は皆苦労しない。もしあってもそれは………裏側にある危険で怪しく疑わしいものだけだ。

そんなものを彼女に紹介するなんて出来るわけがないし、八幡は絶対にしたくない。

妹と一緒に帰るあの光景を見たのだ。そんな温かな彼女にそんなことは絶対にしてほしくない。

だから今回の依頼、絶対に失敗する。

もうそれは確定した。彼女の問題を解決するのに奉仕部では何もできない。

だから…………だからこそ、八幡は考えを変える。

ここから先は奉仕部としてではなく、八幡個人として動く。

川崎 沙希という家族思いの一生懸命な女の子を助けたいという想いを持って、自分と似ていながらもまったく違う少女の夢を見せてあげたいと願って。

八幡は大志と沙希の双方の願いを叶えるために、携帯で電話をかけた。

コールすること一回でそれは出る。

 

『どうしたかね、レイス8』

 

それは会社の上司にして比企谷家の保護者。

そんな上司に八幡は生まれて初めて我儘を言う。

 

「課長……すみませんが我儘を一つ、聞いてもらえませんか」

 

八幡の声に込められた決意を感じ取ったのか、課長は静かに聞き返す。

 

『話を聞かせて貰おうか』

「はい」

 

そして八幡が上司に話したのは、常識を疑うほどに馬鹿げた話であった。

それは絶対に可笑しいと誰もが言うだろう。正気を疑われてもおかしくない。

だが、それでも八幡はそれをお願いした。

そしてそのお願いとともにこうも付け加える。

 

「俺には意味のない物ですから。この先ずっと使われないものに意味なんてないですよ。だったら、それを有意義に使ってくれる人に使ってもらった方がいい。何より、俺がそう彼女にしてもらいたいと思ったんです。彼女が焦がれている夢を、俺がいらないもので叶えられるのなら、それだけで俺は嬉しいです。俺はもう決めてしまいましたしそれ以外を選ぶ気もない。でも、彼女は選びたくてそうしてるんだから、それを助けたいって、そう思ったんです。だから………お願いします」

 

その言葉に課長はしばらく考えた末に、八幡の……親友の息子が初めて言った我儘を聞いてやることにした。

 



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第33話 俺は彼女達に見惚れる

お気入りが900人を超えて驚きの作者です。
いや、本当に皆さまには感謝ですよ。
今回は八幡がいじられたり雪乃がいじられたりします。


 川崎 沙希の問題の解決も大詰めになった八幡は更に彼女の為に役立つ何かがないかを調べていく。確かに八幡の解決法を提示すれば絶対に問題は解決するだろう。だが、それは本人次第ということもあるし、何より最終的に解決することは確約出来てもそれまでの事に関してはそうは言えない。更に言えば、前回の尾行で分かったことだが、彼女は家事が忙しいため勉強する時間というものがあまりない。だから彼女の望みである大学を受験するにしても勉強が不十分ではその望みも叶わない場合も十分に有り得る。

だから少しでも彼女の負担をなくすために何かないのか思いこうして調べていた。

はっきり言えばそれは異様な光景だった。

何せ身内でもない、更に言えば話したこともない赤の他人のことにどうしてここまで親身になっているのか? そのことに八幡は少しだけ驚きはしたが、ある意味分かってもいた。

 

きっと八幡は……川崎 沙希が羨ましいのだと。

 

自分と少し似ていて、しかし全然違う彼女。

自分はもう『あの時』から行く末を決めている。その事に後悔はないし悲しくもない。だから何も感じない。

しかし、彼女は少し違う。少しだけ似ているが、それでも自分の行く先を悩めるのだ。悩んで悩んで、そして自分の将来のために選んでいく。

それは八幡がとうの昔に捨ててしまったもの。彼の人生が決まった時点で不要になったものだ。

だが、その悩むということ自体が少しだけ羨ましく、それでいて憧れを少し抱く。

もう自分にはないからこそ、無い物を強請る子供のようにそれが八幡には羨ましく思えたのだ。

だからこそ、もう選べない自分の変わりに彼女には頑張って欲しいと思った。

それが自分勝手なものだということは分かっている。独りよがりな偽善だということも分かっている。それでも、八幡は彼女の事を応援したいのだ。

そのためにこうして何かないのかとインターネットで調べていた所、丁度八幡が求めているような情報が引っかかった。

 

「えっと……スカラシップ? 何々……」

 

どうやら成績優秀者に対し教育側から奨学金を出してくれるというものらしい。つまり成績優秀者はその施設の方から学費を出してもらえるというものだ。丁度受験を考えている彼女なら予備校は行くだろう。その時にこれは使えるかもしれない。

そう思い更にスカラシップに付いて調べようとする八幡であったが、それは突如として振動し始めたスマホによって止められた。

誰かがメールを送ってきたらしく、八幡はメールを確認する。

 

「これは……由比ヶ浜からか? えっと……何々?」

 

『ヒャッハロー、ヒッキー! 今日は依頼のために千葉にある天使の名前が付いてるメイド喫茶にいったよ~。えへへ、これ、どうかな。似合う?』

 

どうやら依頼のために川崎 沙希が働いている店を調べているらしい。聞いた話では既に二つまでに店を絞り込んでいるらしく、その理由は大志が家にいた際に姉宛てに店の店長から連絡が来たようだ。それでも名前をうろ覚えなのは感心しないと八幡は思うが突っ込むことはしなかった。結果名前と営業時間から割り出された候補が二つと言うわけである。既に八幡は店の事を知っているだけに少しだけ気まずさを感じずにはいられない。。

それもあったがそれよりも一緒に送られて来た画像データが気になり八幡は確認する。

そしてそれを見て、どう言葉にすれば良いのか分からない顔をした。

 

「あいつ等、本当に何してるんだ?」

 

画面に映し出されたのは、きっとその店の制服なのだろう。本来あるメイド服とは違うカジュアルで可愛らしいメイド服だ。それを纏った『3人』の画像である。

雪乃は元が美しいだけにとても綺麗であり、結衣はそのスタイルの良さが見て取れる。そして何故か戸塚もメイド服を着ていた。

 

「きっと間違われたんだな、あいつ」

 

八幡はそう察した。何せ傍目には女子にしか見えない戸塚がそんな所に行けば間違われるのは当然かもしれない。しかも戸塚はこう言った時の押しに弱いため、案外ノリ良くメイド服を着たのだろう。

結衣は天真爛漫な笑顔で、雪乃は物静かにしているようだがどこか落ち付かない様子で、戸塚は周りにつられるように笑いながら映っていた。

まぁ、総じて皆可愛いと思う。

そう八幡は思ったが、流石にそれをそのまま伝えるのは気恥ずかしいかったので、返信メールを誤魔化すように送った。

 

『ま、まぁいいんじゃないか。皆元が良いから似合ってると思うぞ。あ、でも戸塚で遊ぶなよ』

 

彼なりに誤魔化してるつもりなのだろうが、まったく誤魔化せていない。

彼は当然気付かないが、この返信メールを見た結衣は顔を真っ赤にしてニヤニヤしながらベットの上をコロコロと転がっていた。

そんな事になってるとは知らず、八幡は携帯を見つめる。

あのように送ったが、本当に似合ってると思った。いつもと違った二人を見て、八幡は妙に見入ってしまう。物珍しいと言えばそれまでなのだが、何だかもっと見続けたい気持ちになったのだ。

そんなことを考えていたからなのか、更に別のメールを受信したことで振動したスマホに少し驚き落としそうになってしまう。

それを何とかキャッチして確認すると、今度は雪乃からのメールであった。

 

『今日由比ヶ浜さんと一緒に川崎さんがいるかもしれないお店に行ってみたけどいなかったわ。だからもう一つの候補である『天使の階』っていう名前のバーに明日行こうと思うの。場所はホテル『ロイヤルオオクラ』の最上階よ。詳しい話は明日の部活で出来れば来て』

 

(やっぱりもう突きとめたか。まぁ、二つに絞った時点で流石だとは思ったが)

 

八幡はもう衝突は避けられないと思った。ここまでくればもう仕方ないことだと。

その結果がどうなのかさえ分かってしまうだけに、どうしようもなく心苦しい。

だが、それを自分が気にした所でどうしようもないのだ。既に分かり切っている、決まってしまっている事柄に自分がどうしようとどうにもできないと分かっているからこそ、彼はその苦しさを吐き捨てた。

感じていても仕方ないのだから、自分がすべきことはその先にあるのだから。

だから気を取り直し、八幡は雪乃のメールを返した。

 

『あぁ、分かった。明日はバイトもないし行く。あぁ、そうそう……メイド服、似合ってたぞ』

 

自分の心情を少しでも落ち着かせようとしてなのか、こう言えば雪乃がどのような反応をするのかを分かるからなのか、八幡は彼女をからかうためにそのような返信メールを送った。

そしてそれを見た雪乃は………

 

「な、何でその事を知ってるの!? さては由比ヶ浜さんね!」

(何でよりにもよって比企谷君に送っちゃうのよ、由比ヶ浜さん! で、でも……似合ってるって言われた。なんだろう、凄くドキドキする………でもやっぱり恥ずかしい!!)

 

結衣よりも顔を真っ赤にして恥ずかしさで悶えていた。

 

 

 

 翌日になり放課後。

一端部室に集まった奉仕部一同はこの後向かうであろう『天使の階』について話し合う。

 

「ドレスコードがあるらしいので、それ相応の格好が必要なの。二人はこういった場所に見合う服を持っているかしら?」

 

雪乃のその言葉に結衣は困った顔をした。

 

「ごめん、たぶんないよ。そういうのってアレでしょ、舞踏会とかにでるようなドレスみたいなやつ」

 

寧ろ一般家庭がそんなドレスを持っていたらそれはそれで凄いものである。結衣の言葉は別におかしなものではない。だから雪乃は彼女に優しく微笑みかける。

 

「別にそんな派手なものではないのだけれど……分かったわ。由比ヶ浜さんの分は私が貸してあげるわ。家に何着かそういうドレスがあるから」

「えぇ、いいの! やったー、ゆきのんありがとう!」

 

ドレスを貸してもらえることになり喜ぶ結衣。彼女はその喜びを表すかのように雪乃に抱きついた。

当然雪乃は嫌がるそぶりを見せはするのだが、もう慣れたのかそこまでの抵抗は見せない。

そして今度は八幡に問いかける。

 

「それで、比企谷君は大丈夫なのかしら? 生憎私は女性物しか持っていないのだけれど。もし持っていなかったらその時は女装でもする? あぁ、女装しても貴方はその目で追い出されるかもしれないわね、女装谷君?」

「かってに女装前提にするな。一応それなりの服は持ってる。だから大丈夫だよ」

 

昨日の意趣返しでもされたのかと思い突っ込み返す八幡。

すでに前回行ってることもあるので服については問題ない。

 

「そう、なら問題はないわね」

 

 

 

 

 着る服について話し合った後、3人はとりあえず一端自宅へと帰ることに。

結衣は雪乃の家に行きドレスを借りに行き、八幡は自宅にあるスーツに着替える。その際に必ず『あるもの』を見た後、彼はスーツを翻し家を出た。

そして夜になり川崎 沙希が働き始める時間に八幡達はホテルの受付前で待ち合わせをした。

先についたらしく、八幡は壁に寄り掛かって二人を待つ。

彼の服装はカジュアルに着こなしたスーツであり、髪型は少しばかりあげてオールバックにしている。

そんな八幡に向かって見知っている声がかけられた。

 

「待たせたわね、比企谷君」

「ヒッキーおまたせ~!」

 

その声に八幡は声の方に振り向くのだが、それを見て言葉を飲み込んでしまった。

彼の目に映ったのはドレスを纏った雪乃と結衣。

雪乃は黒のシックなドレスを身に纏い、彼女の物静かな雰囲気にマッチしていて美しさが際立っていた。

結衣は胸元が開いていて胸の谷間が強調されているセクシーなデザインの赤いドレスを着ていた。

どちらもドレスに合わせて髪を結っており、それが更に大人らしさを感じさせる。

いつもとまったく違う二人を見て、八幡は正直見惚れてしまっていた。

それぐらい二人は綺麗で可愛く美しいのだ。

そんな八幡の様子は当然二人にバレてしまったようで、雪乃と結衣は八幡に少し顔を近づけて囁くように問う。

 

「どうかしら、比企谷君?」

「ヒッキー、どう……似合ってる?」

 

そう問われ、八幡は顔が熱くなるのを感じつつ答えた。

 

「………あぁ、凄く似合ってる。二人とも凄く……綺麗だ」

 

その言葉に顔を真っ赤にした雪乃と結衣だが、それは嬉しさから真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 



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第34話 俺は彼女達の失敗を見つめる。

やっとここまでこれましたよ。


 雪乃と結衣の二人のドレス姿に思わず見惚れてしまった八幡であったが、いつまでもそうしていては妙な気まずさに飲まれると思い行動することにした。

 

「んじゃ行くか」

「えぇ」

「うん!」

 

これからすることに気合を入れて返事を返す二人と共に八幡はエレベーターに乗る。

そしてすぐに最上階に着き、エレベーターの扉が開かられた。

 

「おぉ!」

 

八幡の隣にいる結衣がさっそく感嘆の声を上げた。高校生の彼女はこのような所をテレビでしか見たことがないので実際に見て感心したのだろう。

逆に雪乃は特に驚いた様子もなく堂々としている。彼女は家柄の事もあってかこういった場所に出向くこともあるのかもしれない。

そして八幡は言うまでもなく『慣れて』しまっているので特に反応はない。しかも既に一回来ているので尚更だ。

前に来た時と同じく暗く静かな雰囲気。その室内はピアノ演奏者による生の演奏が美しく響き、よりムードを盛り上げる。

その雰囲気は学生が味わえるようなものではなく、結衣は場違いな気になりそわそわと落ちつかない様子になる。

そんな彼女に八幡はそっと腕を差し出した。

 

「そう不安そうにするな。ほら、エスコートしてやるから腕を組め」

「えっ!? い、いいの………?」

 

八幡にそう言われ結衣は途端に顔を赤らめた。

不安そうにしていた所を助けて貰ったことは勿論、意中の相手からの大胆な誘いに胸がドキドキと高鳴る。そして彼女はおずおずと八幡の腕に自分の腕をゆっくりと絡めた。

 

(うひゃぁ~~~、ヒッキーの身体がこんなに近いよ! ど、どうしよう、顔が熱い~~~)

 

そんな乙女心を暴走させている結衣。

そんな彼女に八幡は気付かず、今度は雪乃に向かって腕を差し出した。

 

「ほら、雪ノ下も」

「え、私も………いいのかしら?」

「こういった場所で男が女性をエスコートしない方が不自然だろ。だからだよ」

 

八幡にそう言われ、雪乃は顔が熱くなるのを感じながらゆっくりと腕を伸ばす。

 

「そ、そこまで言うんだったら仕方ないわね。いくら貴方みたいな目が濁り切っている人でも男の人だもの。エスコート出来ないのは男の沽券に関わるものね」

 

文句を言いつつ仕方ないと雪乃も八幡の腕に自分の腕を組む。

そして彼女の身体は八幡により近付き、心臓の鼓動が高鳴った。

 

(ま、まさか彼にこんな風にエスコートされるとは思わなかったわ。それにしても随分と慣れてるようだけど、どこで慣れてきたのやら? でも……何だかいつもより男らしいわね……)

 

結衣と雪乃の二人が腕を組んだことを確認して八幡はゆっくりと歩き出す。

その光景は傍から見たら両手に花であり、男だったら誰しもが羨むだろう。それに視線も集中するはずだ。

だが、ここはそのような事はない。皆この独特の落ち着いた雰囲気に酔いしれていることもあって八幡達は注目されることはなかった。

そのまま少しだけ歩きカウンター席まで行くと、八幡は腕を解いてもらい二人に席を引いてあげた。

その事に二人は感謝して座り、八幡も席に座る。

そのまま後はカクテルを楽しみたくなるところではあるが、今回ここに来たのは酒を飲みに来たのでもなく結衣と雪乃の二人とデートをしにきたのでもない。

川崎 沙希を探しに来たのだ。

だから当たり前のように探す二人だが、探す必要は殆んどなかった。

何せ彼女はカウンターでグラスを磨いているのだから。

その姿を見た途端にさっそく雪乃が話しかけた。

 

「まさか本当にこんなところでバイトをしているなんてね」

「………雪ノ下」

 

その言葉に反応し彼女が顔を上げ、雪乃の姿を見た途端にそう声を漏らした。

どうやら沙希も雪乃のことを知っているようだ。

 

「ど、どうも~」

「由比ヶ浜……」

 

まるで鋭い刃物のような雰囲気を出し始める沙希に気まずそうに結衣も言葉をかけると、同じクラスで話したこともあってか沙希はすぐに結衣だと気付いた。

そして知っている人間が二人もいて、その上男が一人いるとあって沙希は八幡の方を向きながら二人に問いかける。

 

「じゃぁ彼も総武高の人?」

「あぁ、そうだ」

 

その問いかけに八幡自身も答えるが、名前を明かす必要はまだないと判断し名乗りはしない。沙希もまた八幡に興味がないので特に気にした様子がないことからそれが正解だ。

正体が割れた3人に対し、沙希はカクテルに使うジュースをグラスに注いで3人の前に出した。まずは客として対応するということらしい。

 

「でぇ、何しに来たわけ?」

 

沙希は早速本題を問いかける。

同じ学校の人間が揃って未成年が来て良い場所ではない所に来た上に、先程の会話を聞けばそれがデートではないことなど分かるだろう。

それは当然雪乃にも分かっているので彼女は真正面から答えた。

 

「貴女の弟さんが心配していたのよ。夜帰ってくるのが遅いって」

「どうりで最近周りが小煩いと思ったらあんた達の所為か」

 

どうやら沙希自身も最近自分の周りが少しおかしいことに気付いていたらしい。

だがそう聞かされたところで彼女は変わらない。

そのまま仕事を続けながら会話を続ける。

 

「大志が何を言ったのかは知らないけど、気にしないでいいから。もう関わらないで」

 

それは拒絶の意思が込められていた。

この言葉だけで既に彼女は辞める気はないと言うことが伝わってくる。

だが、それでは依頼を解決できない。

だから雪乃は時計を見つつ軽い冗談を混ぜながら沙希に警告した。

 

「シンデレラの魔法は午前零時に解けてしまうけど、貴女の魔法は今すぐ解けてしまうわね」

 

それはジョークで隠した警告にして脅迫。

未成年者がこんなところで働けるわけがないのだから、当然不正をしている。それをバラせば沙希は終わりだと脅しているのだ。

そんな諧謔あふれた言葉に対し、沙希は余裕の笑みを浮かべつつ返す。

 

「魔法が解けた後はハッピーエンドが待ってるだけじゃないの?」

「それはどうかしら、人魚姫さん? 貴女に待ち構えているのはバットエンドだと思うのだけど?」

 

再びジョーク混じりの脅しを行う雪乃。

普通ならここで折れる。年頃の何でもない女子ならこうも脅されれば泣きだすかもしれない。

だが、沙希はそのような事はない。

 

「辞める気はないの?」

「うん、辞めない」

 

雪乃の問いかけに沙希ははっきりとそう答えた。

交渉は決裂。雪乃の脅しに沙希は屈しなかった。八幡はその光景をまさに予想通りだと思いながら見ていた。

そんな二人に何とか追いつきつつ結衣も沙希を説得しようとするのだが、沙希は金が必要だからとその説得を切った。

そして沙希は説得を試みる二人にはっきりろ断言する。

 

「私は遊ぶ金欲しさに働いてるわけじゃない、そこら辺のバカ達と一緒にしないで。あんた等もさぁ、偉そうなこと言ってるけどあたしの為にお金用意出来る? ウチの親が用意出来ないものをあんた達が肩代わりしてくれるんだ?」

「それは………」

 

そう言われ言い淀む結衣。

金額が違いすぎて話にならないのだ。まだ千円二千円といった金額なら学生間でも問題なく肩代わりできるだろう。だが、それが十万百万単位となればまず不可能だ。

沙希がそう言い結衣が困り果てる。

そのまま結衣と雪乃を追い返そうとする沙希は更に言おうとしたが、それを雪乃に止められた。

 

「その辺りでやめなさい。それ以上吠えるのなら…」

 

そこから先は言わなくても分かるだろう。これ以上言うのなら、この事を学校にバラすなり何なりすると。

だが、沙希はここでその矛先を雪乃に変えた。

 

「ねぇ……あんたの父親さぁ、県議会議員なんでしょ? そんな余裕のある奴に私のこと分かるはずないじゃん」

 

その言葉が癪に障ったのだろう、雪乃の顔が今までで一番強張った。

その心情はカウンターにも表れ、彼女は自分の前に出されたグラスを倒してしまい中身がこぼれる。

 

「ちょっと! ゆきのんの家の事なんて関係ないじゃん!」

 

雪乃の表情から察し、結衣が沙希に抗議の声を上げる。

だが、それは当然彼女にも言い分はあるわけで……。

 

「なら私の家のことも関係ないでしょ」

「そ、そうかもしれないけど………」

 

そう言われ言葉が小さくなる結衣。

 

(ここが引き際だな)

 

そう判断した八幡は二人に向かって話しかける。

 

「もう帰るぞ、二人とも。今日はもう無理だろ」

 

その言葉に気落ちした結衣と雪乃の二人は力なく頷く。

二人ももう無理だということは理解したからだ。依頼の失敗は勿論のこと、雪乃は意気消沈してしまい結衣はそんな雪乃を心配する。もう沙希の説得をする余裕はなかった。

もうこれ以上は無理だと二人を連れて八幡は店から出た。

そのまま外まで行き、二人を駅まで送る。

 

「それじゃあ比企谷君、また明日」

「ヒッキー、バイバイ」

「あぁ、二人とも気を付けて帰れよ」

 

元気がない声でそう言う二人に八幡は手を振り返しながら見送った。

 そして今度は………。

 

「んじゃ、ここからは俺の番だな」

 

そう言いながら再び『天使の階』へと向かう八幡。

そのまま先程と同じように店まで行き、髪の毛を手櫛で適当に元の髪型に戻して扉を潜った。

先程とまったく同じ曲が流れる室内で八幡は先程とまったく同じ席に座る。

 

「ご注文はいかがなさいましょうか?」

 

沙希が八幡にそう話しかけてきた。先程もそうだが、実は八幡はここにきていつもより少しだけ気配を薄くしている。だから先程沙希が八幡を見ても、精々同じ学校の男子がいるという認識しかできず、それが八幡だとは認識出来ない。

だから普通に接客する沙希に八幡はこう注文した。

 

「では、シンデレラを」

 

その注文を聞いて沙希はカクテルを作り始めた。シンデレラは比較的にすぐ作れる簡単な代物だ。

それが出来あがった所で彼女は八幡にそれを渡そうとするのだが、それを八幡は手を使ってやんわりと止めた。

そして彼女が覚えているかわからないが、あの時言った台詞をもう一回言う。

 

『先程は迷惑をかけてしまったのでこれはお詫びです。仕事中なのでノンアルコールのものにしたので飲んでも問題はありませんよ。シンデレラ………女性に好まれる名前のカクテルですよね。でも俺もこれ、好きなんですよ。だからどうぞ』

 

その言葉を聞き、沙希はハッとした様子で八幡の顔を見た。

その視線には驚きが現れており、八幡はそれを感じつつ朗らかに笑う。

 

「あの時もそうだけど、今回も迷惑をかけてしまって悪かったな」

 

その言葉を聞き、沙希は八幡を警戒する。

何せ少し前とはいえ同じことを同じように言われたのだから。同一人物でなければありえない。それがまるで先程も来ていたかのように話しかけてくるのだから警戒するのは無理もない。

 

「あんた、一体……」

 

その問いかけに八幡はこう答える。

 

「では改めて、俺は総武高2年F組の比企谷 八幡。この間はバイトの同僚が迷惑をかけ、今回は同じ部活の友人が迷惑をかけたな。そして俺がここに来たのは………川崎 沙希、お前の願いを叶えるために来たんだ」

 

八幡はそう言いながら彼女に笑いかけた。

 

 

 

 

 



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第35話 俺は彼女を助けたい

本来ならば2500文字くらいのはずなのに、何故こうなったのか?
そして原作とは少し違った展開です。


 自分の正体を明かした八幡は改めてカウンター席で笑う。

その様子はこれから話すことを楽しそうにする子供のように見えるが、目が濁り切っている八幡ではまるで悪い話をする悪人のようにしか見えない。

だから沙希は当然のように警戒を強めてしまう。

 

「願いを叶える? 一体どういうつもり?」

 

警戒心を顕わにした沙希に八幡は軽く手を振って沙希に警戒しないように言う。

 

「そう警戒するなって。まずはドリンクでも飲んで落ち着いたらどうだ。まぁ、お前に作ってもらったものだけどな」

 

警戒するなと自分が無害だと伝えるかのように言う八幡。

促された沙希は当然のようにカクテルには手を出さない。その様子に八幡はやれやれと軽く手を上げて呆れる。

そして仕方ないと思い、先に注文をした。

 

「そう警戒されても困るんだがな。とはいえするなと言う方が無理がある。だからまずは俺にカクテルを作ってくれ。せっかくバーに来て飲まないのは居心地が悪い」

「………何を頼むの?」

「ではマティーニを」

「未成年の癖にそういうのを飲むの?」

「既に俺が酒を飲むってのは前回同僚に絡まれた際に知ってるだろ」

 

八幡のその言葉に当時の事を思い出しつつ沙希は注文の品を作り始める。

ジンとベルモットを3対1の比率でミキシンググラスに注ぎ、バー・スプーンで丁寧にかき混ぜる。そしてカクテル・グラス注ぎオリーブを飾る。

その工程を八幡はじっと見つめ、見られていた沙希は妙に気まずさを感じつつ八幡に作ったマティーニを出す。

 

「はい、注文の品だよ」

「あぁ、ありがとう」

 

若干ぶっきらぼうな物言いの沙希に八幡は礼を言うと、さっそく出されたマティーニに口を付けた。

それを軽く味わいながら八幡はゆっくりと沙希に話しかける。

 

「さっきの話だけどな。そもそもはお前の弟がお前のことを心配して俺の妹に相談したのが事の発端だ。塾が一緒らしくてな、その経由で俺達にその話が来たんだ」

 

最初の事の発端を語る八幡。その話を沙希は何も言わずに聞いていた。

 

「そこで弟の願いである『姉の急な朝帰り』を辞めさせるという話になったわけだ。個人のプライバシーは重要だが、流石に高校生が朝帰りってのは感心しないな。そんな行動をしていれば当然のようにこうして問題が浮き上がるわけだから」

「それは分かってるけど、やめ」

 

問題は分かってはいるが辞める気はないと言おうとする沙希に八幡は軽く手を添えてその先を止める。

 

「分かってる。お前にも辞める気がない理由があるのは分かってるから。そこまで考えが追いつかなかったあいつ等に非があるのは認める。まずはその謝罪をさせてくれ。悪かったな、辞めろの一点張りで脅すような真似をしてしまって」

「べ、別に……あんたがしたわけじゃないんだし、謝らなくてもいいよ」

 

軽く頭を下げる八幡に沙希は少し罪悪感を感じつつ八幡に顔を上げるように言う。

先程の話し合いに関し、八幡は一切発言していなかったのにその比例を雪乃と結衣の代わりに詫びたのだ。本来なら本人達がすべきことを代わりにさせてしまったことに罪悪感が湧かないわけがない。

だからなのか多少警戒心が緩んでしまう沙希。彼女は基本真っ直ぐな人間だ。相手が誠意でくれば誠意で返す、所謂礼儀正しい人物なのである。

だから沙希は八幡の話を聞く気になっていく。

自分の事を彼がどう思っているのかが単純に気になったのだ。

謝罪を終えた八幡は改めて沙希に話しかける。

 

「物事には必ず始まりがある。だから当然お前にも何かあったんだろ。このような深夜のバイトをするぐらいの理由が」

「…………」

 

八幡の言葉に沙希は彼をじっと見つめる。

その視線を感じつつ、八幡は少しばかり笑いながら語りだした。

 

「そこで俺は雪ノ下や由比ヶ浜とは別行動でお前のことを調べてみた。あぁ、勿論変なことやプライバシーにかかわるようなことはしてないからな。なんだったら俺の首を賭けてもいい」

「別にそこまでしなくてもいいよ」

「そうか? まぁそう言うなら安心して語れるよ。それでだ、調べた結果………川崎家の経済状況はそこまで余裕はないだろ」

 

その言葉に沙希は目を見開く。

その様子に八幡は子供のような悪戯心が芽生えそうになるのをこらえつつ更に語る。

 

「別に喰うに困ったりするほど酷くはない。そのまま家族全員を養うには両親の共働きで事足りる。だけどさっきお前は雪ノ下に言ったよな。『偉そうなこと言ってるけどあたしの為にお金用意出来る? ウチの親が用意出来ないものをあんた達が肩代わりしてくれるんだ?』って。その言葉の通りなら、今の両親の稼ぎじゃ足りないくらいの金をお前は必要としている」

 

その答えに彼女は無言だが、それは同時に肯定しているのと同じだ。

彼女の肯定を感じ取り八幡は笑う。

 

「そしてそうなったもっともな原因は弟の塾だ。塾の費用が掛かるため、お前はこうして働かざるえなかった。なぜならお前は………」

 

そこで一端八幡は言葉を切ると、沙希の目を見つめながら答えを言った。

 

「大学に行きたいから」

「ど、どうして………」

 

どうして分かったんだと沙希は呆然とする。

調べたとはいえそこまで調べられるとは思わなかったのだろう。そんな彼女の顔を見ながら八幡は少し面白く呆れ返る。

 

「何せ進路指導室で大学の資料を漁って学費云々で悩んでる所を見せられれば誰だってわかるだろ」

「んなっ!? 見てたの!」

「さっき言っただろ。調べたって」

 

そう言われ恥ずかしかったのか怒りだしたのか顔を赤くする沙希。

そんな沙希に八幡は笑いつつ、少しだけ悲しそうな、そんな顔で話しかける。

 

「だから分かってたんだ、今回のこの件が絶対に失敗することは。奉仕部の理念は飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えてその人の自立を促すというものだ。それは確かに尊いし素晴らしいものだとは思う。だけどな……本当に飢えてる人間にはそんなことを学ぶ余裕なんてない。今すぐ食べ物を食べなければ死んでしまうくらい飢えてる人間はそんな知恵なんて求めてないんだ。欲しているのはこの危機を脱するための食糧なんだから。だから分かってた。大学に行きたいという夢を叶えるために、家族に迷惑をかけたくないから自分でどうにかしようとするお前のこのバイトを辞めさせるのはあいつ等には無理だって」

 

以前にも八幡は雪乃に語った。

如何に尊く崇高なことでも、人を救えるかは別である。本当に救いたいになら、正論だけでは無理なのだと。

 

「分かった上でこの茶番に付き合った。そうしないと奉仕部としての収拾がつかないから。あいつ等が悲しむのは分かり切っていたのに……我ながら自己嫌悪するよ、本当」

 

そう言いながら自分に呆れる八幡。

そんな八幡にそれまで話を聞きいっていた沙希は少しだけ温かい言葉をかけた。

 

「あんた、妙に大人っぽいね。本当に同い年なのか疑わしいよ」

 

そう言われ八幡はそうかと軽く聞き返した。

別に自分が年相応じゃないことは分かり切っているので気にしてはいないのだが。

 

「お前が知ってるかは知らないが、俺も一応はバイトで働いてる身だ。だから如何に働くと言うことが重要なのか、給料が如何に大切なのかは良く分かってるつもりだ」

「バイト先の人と酒を飲みに来るくらいだし?」

「まぁね。あんな感じだが、普段は………普段もあんな感じか。でもやる時はやる奴だし、尊敬できる所もあるよ」

 

そう軽く話し、少しだけ気を解す八幡。沙希も彼の冗談に付き合ってくれたので、少しばかり気が安らいだ。

そして八幡は少しばかり真面目な顔をする。

 

「奉仕部としては失敗することは分かってたけど、俺個人としては寧ろお前たちの願いを叶えたくなったんだ」

 

その言葉を告げると共に、八幡は沙希を見つめる。

急に見つめられ沙希は身体が委縮してしまった。その前の言葉もあってか、妙に緊張してしまう。

 

「お前が頑張ってることは分かる。家族の負担にならないようにするためにこうして働いていることを俺は素直に凄いと感心するよ。だけどな、弟の言い分もわかるんだよ。家族にもしものことがあったらと思うといてもたってもいられないって気持ちは特に。だからバイトを辞めて貰いたいって気持ちも分かる」

 

その言葉を沙希は聞き入る。まるで一字一句聞き逃さないように。

そして八幡はそこで言葉を切ると、沙希に向かって優しく微笑んだ。

 

「だからさ……お前等二人の願いが同時に叶えられる答えを俺は示そうと思う。明日の早朝5時、通り沿いのワックに来てくれないか」

「う、うん……わかった」

 

その言葉とそれ以上の笑みに沙希は何とも言えない顔になったが、とりあえず頷いた。八幡が示す答えと言うのが純粋に気になったからだ。

それを見届けた八幡はグラスに残っていたマティーニを飲み干すと席を立ちあがった。

 

「んじゃ俺はそろそろ帰る。バイト、頑張れよな」

 

そう沙希に告げて八幡は店から出て行った。

彼女はその背中が見えなくなるまで見続けていた。

 

 

 

 翌日の早朝、八幡は私服に大きめなトランクを持ちながら昨日沙希に告げた通りに通り沿いのワクドナルドに来ていた。

コーヒーを片手にゆっくりしている所で声をかけられる八幡。それは勿論待ち人の声である。

 

「来たよ」

 

声の方に顔を向けると、そこには少しばかり大人っぽい服を着た沙希が立っていた。どうやらバイトから直に此方に向かってきたようで、年齢を疑われないようにするためにも服装にも気を付けているようだ。

その大人っぽい沙希に少しだけ八幡は見入ってしまったが、すぐに気を取り直し彼女に話しかける。

 

「あぁ、おはよう」

「ん」

 

まずは挨拶をする八幡。しかし、沙希はそれよりも八幡の答えを速く聞きたいのか急かすように頷く。

その様子に苦笑しつつ八幡は席から立ち上がった。

 

「ここだと目立つからまずは出るか」

 

そう言って八幡はワクドナルドから出る。その後ろを付いていく沙希。

店を出ると八幡はある方向に向かって歩き始める。沙希はそれが気になって八幡に話しかけた。

 

「どこに向かってるの?」

「ん、あぁ、近くにある公園だ。あそこなら人に聞かれるようなこともないし見られるような事もないだろ」

 

そう答える八幡に沙希は少しばかり警戒してしまう。

男女二人っきりでその発言とくれば恋仲でもない限りは確かに警戒してしまうだろう。

その気配を感じ取ったのか、八幡は尚更苦笑してしまう。

別にそんな意味で言ったのではなく、そのままの意味で言ったと言うのに。

そう思いつつ二人は歩いていき、目的地の公園に着いた。

こんな時間ということもあってか誰も人はいない。しかも公園の規模が小さいこともあってかラジオ体操をしようとする老人たちも来ないだろう。

誰もいないことを確認した八幡は近くにあったベンチに座り、沙希にも同じように座るように勧める。

警戒心を抱いている沙希は当然八幡から少し離れた距離を保ちながら席に着いた。

 

「それで、あんたの答えって?」

 

急かす沙希に八幡はそう急かすなと言いながら話しかけた。

 

「二人の願いはどちらも大切だ。でも、両方を実現するには難しい。だってそうだろ。お前は大学に行くための金を稼ぐためにバイトをしなくちゃいけないからこうして朝帰りになってしまうわけだし、お前を心配してる弟はその朝帰りが心配だからやめてほしいと言う。どちらかを解決しても必ずどちらかが叶わない。これはそういう話なんだから。でもな……そもそもの前提を解決すれば問題ないんだよ」

「前提?」

 

八幡につられてそう聞き返す沙希に八幡はニヤリと笑った。

 

「そうだ。事の発端が金が必要ってことなら、金さえあればもうバイトをする必要はなくなる。違うか?」

「それはそうだけど、そんなお金なんてないからバイトしてるんだけど」

 

何を言っているんだこいつは。

そんな視線を向ける沙希に八幡はしてやったりといった顔をしながらトランクを沙希の前に差し出した。

 

「だからさ………これをお前にやる」

 

そして八幡がトランクを開くと、そこには敷き詰められた万札が詰め込まれていた。

その光景にそれまで警戒をしていた沙希の目が丸くなる。

 

「な、え……?」

 

誰だっていきなりこんなものを見させられたら驚愕するだろう。

それは当然のことであり、彼女の反応は決して間違いではない。

そんな沙希に八幡は証明するように話しかける。

 

「中に入ってるのは一万円が千枚、つまり計一千万円ある。これだけあれば大学に行くくらいの費用は賄えるだろ。あぁ、勿論本物だ」

 

そう言いながら沙希に札束を一つ取って渡す八幡。

急にそんな物を渡されて沙希は慌てそうになるが、念の為一応確認すると確かにそれはちゃんとしたお札だった。流石に偽札かどうかまでは話からないが、確かにそれは彼女が普段使っているお札とまったく同じものだった。

それを確認し終えた沙希は震えそうになる手で何とか八幡に札束を返す。

そんな彼女に八幡ははっきりと告げた。

 

「これはお前のものだから、これで大学に行けばいい。ほら、金の問題は解決した。だからもう働く必要もない。これで弟の願いも叶えられるだろ。すべての問題はこれで解決というわけだ」

 

だが、その言葉を素直に聞き入れられるわけがない。

当然のように沙希は八幡に喰いついた。

 

「急にこんなお金を渡されても、受け取るわけには! それにこんなお金、一体どこで!」

 

喰いついた沙希に八幡は宥めるように手を翳しながら答える。

 

「これは俺の貯金だ。俺には必要がないからな。だからお前にあげるんだよ」

 

そう言われた所で当然沙希は納得できない。

 

「あんたにそうまでしてもら理由がない」

 

彼女の言い分はもっともだ。確かに八幡にそうまでしてもらう理由が沙希にはないのだから。それどころか昨日まで存在すら知らなかった相手である。そんな相手のことを信用できるわけもなく、この金に裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

その心を手に取るように分かる八幡はそれもそうだと笑いながらも話し始めた。

 

「お前のことを調べたって言っただろ。放課後になって学生らしく寄り道することもなく真っ先に妹を迎えにいって、しかもその後は家事炊事をして家の為に頑張って、それでバイトまでの時間を使って勉強して働いてるんだ。一生懸命なお前を見てたら俺はお前のことを応援したくなった。それじゃもらう理由にはならないか?」

「っ~~~~~~~~!?」

 

八幡のその言葉に顔を真っ赤にする沙希。

見られていたことは勿論恥ずかしいのだが、それ以上に八幡の優しい笑顔に胸が高鳴ってしまった。

ドキドキしてしまうことに驚きつつ、それでも彼女は受け入れない。

 

「だ、だとしてもおかしいでしょ! ただ応援したいってだけでこんなお金出すなんて! あんた、お金持ちなの?」

「いや、全然。寧ろ暮らすのに必死な所まであるくらいカツカツかな」

「だったら何で! どうしてこんな馬鹿げた真似をするのよ!」

 

先程やられた所為もあってか怒りだす沙希。

そんな沙希に八幡は落ち着けと言うが彼女は収まるわけがない。

目の前に急に降ってわいた幸運が本物なのかどうかわからないのだ。信じられるわけがない。一体どこに一千万をポンっと人にあげる奴がいるのだろうか。そんな事を出来る人種は金持ちくらいであり、過ぎた娯楽化だと思われるかもしれない。

だが、彼女は美人ではあるがそれだけでしかない。将来有望なスポーツ選手でもなければ絶世の美女としてアイドルや女優をしているわけでもない。

ただのどこにでもいる普通の女子だ。

そんな女に何故こんな風に大金を出せるのか、彼女はその正気を疑った。

そんな沙希に対し、八幡は昔を懐かしむように寂しく後悔を思い出しながら語りだす。

 

「何でって言われてもな。そうだな………お前は俺に少しだけ似てると、そう思ったからかな」

「似てる? 私とあんたが?」

「あぁ、といってもボッチだとかそういう部分じゃないぞ」

「茶化さないで!」

「悪かったって。そうだな……少し昔話をしようか」

 

そう言った八幡は少しだけ苦しそうに顔をゆがめた。

 

「昔、ある所に父子家庭があった。どこにでもいる普通の家庭だと思う。父親に息子に娘の計3人家族だ。母親は娘を産んだ際に体調を崩してなくなったらしい。だから子供たちにとって父親こそがすべてだった。父親は男手一つながらも一生懸命子供達を育てていたよ。健やかに和やかに、子供に寂しい思いをさせないように、一生懸命働きつつ子供達を見守っていた。幸せな家庭だった。母親はいないが、それでも十分に幸せだった。だが、息子が小学校に上がって少ししてそれは起こった。その時小学校では親の仕事について子供達で自慢するのが流行りだった。学校側もそれを授業に取り入れて色々な事を教えていた。息子は父親の事が大好きで、当然父親の仕事姿を見たいといったけど、何故か父親はその事だけは教えてくれなかったし見せてくれなかった。それが我慢できなくて、息子は父親を驚かせようとして仕事に行く父親の車のトランクに忍び込んだんだ。父親が仕事を始めたら出ようと思って。

そして車が止まったわけだが少しばかり息子は寝入ってしまっていた。だから目が覚めるのに少し時間がかかり、トランクから出るのが遅れたんだ。それが致命的だった。トランクから出て父親の姿を見た息子は喜んで父親に駆けよった。その姿を見た父親の顔は凍りついたよ。何でいるんだって。そして次の瞬間、父親は息子に覆いかぶさるように飛び込み、その後は一切動かなくなった。息子が分かったのは、父親に安らかな笑顔と、そして背中からあふれ出る血。父親は死んだ。何が起こったのか具体的なことは分からない。だが、父親は息子をかばって死んだんだ。その事実だけは確かだった。それだけははっきりとしていて、それを受け入れた息子の精神は限界だった。当然だろ。何せ大好きな父親を殺したのは自分のようなものなんだから。でも壊れるわけにはいかなかったんだ。何せ自分が壊れたらどうやって妹を助ければいいのか分からなくなるんだから。息子は妹のためだけに生きることを決意し、父親の同僚に助けて貰いながら何とか今も生きている」

 

そこで話を切ると、それまで聞き入っていた沙希は当然八幡に問いかける。

 

「それはあんたの………」

「別に俺とは言っていない。だけど似たような境遇ではある。ウチは両親がいないしな」

 

それだけ答えると八幡はまるで自虐のような笑みを浮かべる。

 

「まぁさ、それで息子は色々と父親の同僚の仕事を手伝って行くことになるんだよ。その時に渡されるお小遣いを必死に貯金して、少しでも妹に楽をさせるために頑張ったんだ。だが、同僚はそれは勿論として息子の方も心配してくれた。だから小遣いを本来の額よりも下げ、下げた分浮いた金を息子の将来の為の貯金にしたんだ。息子からしたら正直迷惑だったけどな」

「迷惑だった?」

 

何故心配して用意した貯金が迷惑なのか沙希にはわからなかった。

その答えを八幡は言う。

 

「息子は同僚の仕事を手伝いながら決めてたんだ。将来自分はこの同僚や父親と同じ仕事に就こうと。そのために息子は最短距離を駆けていく。だから貯めた貯金は一切触れられることなく残ったまま。このまま行けば使われることは一生ない」

 

断言する八幡はそれまでしていた苦しそうな切なそうな顔を切り替え、尊いものを見る朗らかな笑顔を沙希に向けた。

 

「だからずっと使われもしない金を持っているより、今それを必要としている一生懸命で家族思いな女の子に使ってもらいたいと、そう思ったんだ。だからこれはお前が使ってくれ。もう道を決めてしまって不要な俺なんかより、これから先を悩めるお前にこそ、俺は使って欲しいんだ」

 

その言葉と笑顔に沙希は飲みこまれた。

きっと八幡は沙希が尊く美しいと言うだろう。だが、彼女はこの時の八幡こそ尊いと思ったのだ。同時に深く悲しくて今すぐにでも壊れてしまいそうな印象すら抱いた。

だから彼女はそんな八幡の本当の願いを聞いて、ゆっくりと頷いた。

 

「…………わかった。このお金、確かに私が受け取らせてもらう。あんたのその気持ち、確かに伝わったよ。だから私はもうバイトはしない。これで大志の願いも叶えられるでしょ」

 

彼女の少しだけ泣きそうな顔を見つつ、八幡は軽く頷いた。

 

「まぁ、これで頑張れよ。それと一応、予備校にはスカラシップっていうのがあるらしくてな、成績優秀者には予備校側から塾の費用を負担してくれるらしい。上手く使えばお前の両親も楽になるかもしれないな」

 

せっかくなのでそう伝えると、彼女は目から涙をこぼしつつ答える。

 

「まったく……あんたには何から何まで世話になって……どれだけお人良しなんだい」

「俺はさ……一生懸命な奴が大好きなんだよ。特にお前はそれこそ本当に頑張ってる。だから……俺はお前が好きなんだ」

「!?」

 

八幡の言葉に沙希の顔は真っ赤になった。

普通こう言われれば誰だってそうなるだろう。傍から見たら告白にしか見えない。

だが、ここで敢えて言おう。八幡が大好きなのは『一生懸命な奴』であると。

そこに男女の差などない。しかし、このような場で言えば、当然誤解してもおかしくないわけで…………。

沙希は顔を真っ赤にしたまま黙ってしまう。

その赤は耳まで染まり切り、彼女の顔から蒸気を噴出させる。

 

「いや、その、いきなり何言って………」

 

言葉がおかしくなる沙希。八幡の顔を正面から見れなくなっていた。

それに八幡自身目が腐っていることを除けば実は結構格好良かったりする。目がすべてを台無しにしてしまっているわけなのだが、見慣れてくるとそれも一つの味に思えてくる。彼の個性としては十分に全体を引き上げることもある。

つまり……そう思ってしまった沙希には今の八幡の顔が格好良く見えてしまい正面から見れないのだ。

そんな沙希の心情など知らず、八幡はベンチから立ち上がるとトランクを閉めて沙希に返しながら話しかける。

 

「このまま家まで送らせてもらう。この時間とはいえこの大金を持ってるのは危ないからな」

「え、いや、いきなり家に行くなんてまだ早い……」

「何が早いんだ?」

「な、何でもない!」

 

誤解をしたまま沙希は八幡の隣に並びながら歩き出し、八幡も一緒に歩いていく。

そしてその道中ずっと沙希の頭の中は八幡のことで一杯になり、碌に他のことも考えられなかった。

結局家まで送ってもらった沙希はその後八幡に何も言葉をかけられずに八幡は帰ってしまう。

その事を内心残念に思うも、胸の中にある確かな思いを彼女は自覚し幸せな気持ちを感じていた。

あの時、確かに八幡の言葉で誤解したままなのかもしれない。

だが、八幡の優しそうな笑顔と後悔に満ちた悲しそうな笑みを見て、彼と言う人間に触れて、沙希は確かにその気持ちが芽生えた。

 

『恋心』というものを。

 

 

 

 あれから二日が経ち、少しだけ微妙な雰囲気が漂う奉仕部。

依頼が失敗したことにより落ち込んでいる雪乃と結衣がその原因である。しかし、再びリベンジをするかどうかを二人で話し合うあたり、その闘志はまだ消えていないらしい。

ちなみに八幡はいつも通りに勉強をしている。彼は既に事が終わっていることを知っているが、それを二人に言うのがややこしい事になると思いやめている。

そんないつもと少しだけ違う奉仕部の扉が急遽ノックされた。

突然の来訪に驚く結衣。雪乃も少しだけ驚いたがすぐにそれに応じる。

 

「どうぞ」

 

その声とともに開かれた扉。

その先にいたのは青身がかった長髪を一つにまとめた凛々しい女子だった。

それは彼女達が知っている人物であり、そして雪乃と結衣の二人が落ち込んでいる原因でもある。

彼女は驚いている結衣に向かって話しかけてきた。

 

「ねぇ、由比ヶ浜……部長って誰?」

 

急に話しかけられた結衣は更に驚き肩をビクッと震わせると、雪乃に手を指しながら答えた。

 

「ゆきのんが部長だよ」

 

雪乃が部長だと知った彼女………川崎 沙希は雪乃の方まで歩くと持っていたものを彼女に手渡しながら言う。

 

「私、もうバイトやめたから。それとこれ、入部届けね」

「え、え?」

 

急な展開に追いつけない雪乃彼女なりに話を整理しようと頭を回転させる。

その所為で周りに目を向ける余裕がないのか、沙希のその後の行動み頭が追いつけない。

沙希は雪乃に入部届けを出した後、八幡の近くまで来た。

そんな沙希に八幡は特に気にすることなく反応する。

 

「まさかこんな部活に入部しようとする変わり者が由比ヶ浜以外にいるとは思わなかった」

 

そんな言葉を漏らす八幡に沙希は笑顔で答えた。

 

「あんたは私の恩人だ。だからあんたの為に頑張ろうと思って入部したの。それにあんたと一緒にいたいから………」

 

後半はまったく聞こえない。

しかし、沙希は確かにそう言った。きっと八幡には聞こえていないと思っているのだろう。

それをしっかりと聞いた八幡は内心呆れる。

 

(まったく、俺といても面白くないだろうに)

 

 

 

 こうして奉仕部にまた、新しい部員が増えた。

彼女の名前は川崎 沙希。可愛いより格好良いという言葉が似合うが、それでも可愛い一生懸命な女子である。

 

 




基本俺ガイルのキャラって皆可愛いから嫌いなキャラがいないんですよね~。
サキサキ可愛い………。


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第36話 俺は自分の誕生日が嫌いだ

少し遅れて申し訳ありません。リアルの仕事が忙しくてパソコンの前で寝落ちしてばかりだったので。
今回は八幡が『さすはち』する予定です。


 目の前に広がるのは煌びやかな光景。

シャンデリアに照らされた光が眩しく、広大な室内にはいくつもの豪華なテーブルが置かれ、その上にはこれまた豪勢な食事が美しくテーブルに彩りを与えていた。

そしてそんな室内を満たすのは、色彩豊かなドレスを着た女性達とスーツに身を包んだ男性達。

皆笑顔で会話に花を咲かせ、その手に持ったシャンパングラスで喉を潤し楽しんでいる。

その光景はまさに現代の舞踏会。

そんな幻想的にも見えるような光景の中、彼は少し疲れたような様子で壁に背を預けつつ周りに目を配る。

そんな彼に隣にいた男が手に持ったシャンパンを味わいながら話しかけた。

 

「どうしたんだよ、ハチ? せっかくのパーティーなんだぜ。もっと楽しまなきゃ損だろ」

 

ハチと呼ばれた彼……比企谷 八幡はそう話しかけてきた自分の相棒……『雑賀 静州』ことレイスナンバーズのレイス7の言葉に呆れながら答える。

 

「おい、俺達は『警備』で来たんであって遊びに来たわけじゃないだろ。勝手にシャンパンなんて飲んで……課長にバレたら大目玉だ」

「バレなきゃ大丈夫だろ」

「なら俺がバラせば問題はない」

「そりゃないだろ、相棒」

 

そんな軽口を交わし合う二人の服装は周りの人達と差がないスーツ姿であった。

今回彼等に来た依頼はこの会場で行われている『誕生パーティー』の警備である。何でもこのパーティーはどこぞの財閥のお嬢様の誕生パーティーらしく、政財界の人間は大体このパーティーに来てお嬢様を祝うらしい。

結果、日本政府の重鎮は勿論様々な重要人物が来ることからその保安も重要になり、こうして有名な組織である彼等にも警備の依頼が来るのだ。

その事に少しばかり日本政府に振り回されている感が否めないが、仕事だと決まっているのならやるのみ。だから八幡はこうして会場で秘密裏の警備を行っているわけだ。

なのだが、その表情はどちらかと言えば曇っている。そして目の濁り具合も一塩に酷い。

だから相棒であるレイス7は当然のように声をかけるわけだ。

 

「んで、何でそんな面してるんだよ。どうにも不景気って感じだぜ」

「別に不景気ってわけじゃないんだがな」

 

そう答えた八幡は軽く周りを見回してあからさまに呆れた様子を見せた。

 

「こんなパーティーを開こうって考える主催者の正気を俺は疑うよ」

「ほう、その心は?」

「どいつもこいつも祝う気なんて全くない。皆そのお嬢様とやらを口実に財団と仲を深めたいって欲望がダダ漏れだ。笑ってはいるが、その目はまったく笑ってない。皆欲に目が眩んだ俺並みに酷い腐り具合だ」

 

そう答える八幡にレイス7は仕方ないなといった様子を見せる。

それは彼にも分かることなだけに、賛同する以外の言葉が見つからないのだ。

政治家や商人というものはそういうものなのだろう。そう割り切ってしまってはいても、そんな視線に満ちる空間に居ると言うのは確かに居心地が悪い。

だが、八幡はそれだけじゃなかった。

 

「それに……そんな視線に晒されてるお嬢様は嬉しいと思うのか? 俺は自分の誕生日なんて嫌いだからアレだが、普通は嬉しいと感じるのかもしれないけど、それでもこうもあからさまなのはな」

 

そう言う八幡だが、当然分かってはいる。そのお嬢様だって当然この場の視線のことは分かってるし、祝う気なんてさらさらないことも分かってるだろう。これも偏に財団の人間の責務だと割り切っている。そうでなければこんな場所には居たくないと言うのがお嬢様の本音だ。それはかなり遠くにある人の集団の中心にいる八幡より少しばかり歳が下の女の子の作り笑顔を見れば容易に想像できた。

そう文句を漏らす八幡に対しレイス7は苦笑するわけだが、その言葉の中に少しばかり気になるものがあったので問いかける。

 

「あれ? お前って誕生日嫌いなの?」

 

その問いかけに対し、八幡はジト目になりながら返す。

 

「普通、良い歳した男が自分の誕生日を喜ぶか?」

 

その言葉にレイス7はニヤニヤと笑いながら答えた。

 

「そりゃ普通はあまり喜ばないが……それが結衣ちゃんや雪乃ちゃん、それに沙希ちゃんみたいな可愛い子達に祝われるんだったら嬉しいもんだろ、そこは」

 

その答えを聞いて尚呆れる八幡。既に川崎 沙希が奉仕部に入部していることはレイス7に知れている。勿論言ったわけではない……勝手に調べたのだ。どうやらレイス7は弟分をからかうネタを手に入れて弄くりたいらしい。

そんな彼に更に呆れつつ、八幡は以前から思っていた事を口にする。

 

「俺はそれでも嫌なんだよ。小町の誕生日だったらそれこそ盛大に祝ってやりたい。でも、俺の誕生日は祝いたくないし出来れば祝われたくない。小町が悲しむ手前、仕方なく祝ってもらってるけどな」

「相も変わらずシスコンだな。まぁ、何があったのかは聞かないけどな」

 

これ以上触れるのは良くないと判断したレイス7はこの話題を打ち切った。

その心遣いに少しだけ感謝する八幡。

彼が口にした事は真実だ。

比企谷 八幡は自分の誕生日が嫌いだ。その原因は勿論幼い頃に父親を失ったあの事が原因である。

 

八幡は断言する………俺は自分を嫌悪する。

 

幼稚な無知で父親を殺した人間をどうして嫌悪しないでいられようか。

自分さえいなければ父親は死ぬことなく今も生きて小町に父親としての愛情を注いでいたことだろう。それを奪った自分を八幡は許せないのだ。

本音で言えば殺してやりたいくらい憎いし憎悪する。

だが、いくらそう思おうと自殺は出来ない。すれば今度は小町が悲しんでしまうのが目に見えるから。

故に八幡は自己嫌悪を抱きつつもこうして生き恥を晒しているのである。

以上の事から八幡は自分の誕生日というものがあの時以降嫌いになった。

とはいえ先程彼が答えた通り、祝おうとする小町を拒むわけにもいかないので、その時だけは我慢して堪えているというわけだ。

だからなのか、八幡は誕生日にあまり良い感情を抱いていない。

 流石に相棒に気を遣わせたとあって気まずさを感じる八幡は話題を別のものに変える事にした。

 

「そう言えば最近……ゆるんでないか?」

「何が?」

 

手にしていたシャンパングラスを空にして聞き返すレイス7。急にそう言われてもそうとしか聞き返せない。

その言葉にレイス7はてっきり自分の事かと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「最近の俺だ。どうにもな………こうらしくないことばかりしてる所為もあってなのか、精神的に緩んでるんじゃないかと心配になってくるんだよ」

 

八幡が問いかけたのは最近の自分に関してだ。

奉仕部に入り、雪乃や結衣と一緒に色々な事をした。そして最近では更に沙希も加わり更に賑やかになる部室。そこで過ごす時間は八幡に年相応に近いものを感じさせる。早い話し、最初に言っていた青春というものを感じつつあるわけだ。

なのだが、それを感じる度に八幡は考えてしまう。

自分が弱くなっているんじゃないかと。

もしも、小町や奉仕部の皆が何かしらに巻き込まれて生死に瀕することがあった場合、自分は正しく目的を遂行できるのかと彼は心配してしまう。

小町なら間違いなく小町優先。しかし、奉仕部の皆がその天秤に乗せられた場合、どう判断するのか八幡は分からなかった。それが怖いのだ。

奉仕部に入る前なら間違いなく無視して目的を果たしていた。だが、今はそうだと言いきれない。

だから思うのだ………自分が緩んでいるのではないかと。

そんな不安を抱える八幡にレイス7は呆れてしまった。

 

「いや、そいつはないだろ。何せお前は……」

 

その言葉は途中で途切れてしまった。

何故なら………彼らが出なければならない事態が発生したからだ。

それは入り口の前に止まったサービスマン。その手に曳かれているのはサービスワゴンである。

それ自体はこの光景に何の違和感も感じさせない。

だが、サービスカートの上には何も載せておらず、その下は真っ白なシートによって隠されている。

それはそれで珍妙ではあるが、使用済みの食器の回収と言えばそれまで。

それ以上に二人が気になったのは、サービスマンの口元だ。

目は営業用の笑みを浮かべているのだが、その口が二人には嘲笑っているように見えたのだ。

それに何か嫌な予感を感じたのか、レイス7は注意深くそのサービスマンを見る。

その結果、そのサービスマンは狂気の笑みを浮かべながらカートの中身を取り出した。

それを見た瞬間にレイス7は自分の目を疑う。

何せそんなものがあること自体がおかしいからだ。

それは重厚な鉄の塊。ごつごつとした殺戮の現れ。

 

「はぁっ、ミニガン!?!?」

 

仮にもこのパーティーは重要人物が集合しているのだから、当然その警備は分厚くなっている。八幡達は勿論のこと、それ以外の組織も当然警備として駆り出されているのだ。そんな重厚な警備の中、何故そんな危険物が持ち込めたのか?

その事が頭によぎると共に、レイス7は内心で舌打ちをする。

勿論その悪態をついた相手は自分たち以外の警備をしている連中全員に対してだ。

 

(どこの間抜けだ! 荷物検査もせずに通す馬鹿は!)

 

時間にして一瞬だが、そう思い彼は急いでそのサービスマンを止めようと動く。

このような会場故に持てる銃器も当然大人しめのものしか許可されておらず、それ故に彼はこの場にライフルを持ってこれなかったことを悔やんだ。手に持ったM92では精密な射撃ができないから。

正直に言えば間に合わない。

レイス7の距離から銃を撃って相手に当たるより前に、相手がミニガンの引き金を引く方が先になる。そうなれば後は分かるだろう。

この会場にいる重鎮たちがあっという間に血煙りと化す。

その光景を想像してしまい吐き気を覚えるレイス7。善人ではないにしても、そんな殺戮を見たいとは思わない。

しかし、それでもどうしようもなかった。

それでもと銃を構えた彼だが、その行為は無駄に終わってしまった。

きっとサービスマンは何かしらの恨みでもあってこうしたのだろう。その事を叫びながら引き金を引こうとしたはずだ。

だが、その台詞は出てこなかった。

 

何せ………ミニガンの銃身がピクリとも動かなかったから。

 

しかもそれが故障でないことは、サービスマンの目にはっきりと映っていた。

何故なら彼の目には………一人の男が映っていたからだ。

 

「パーティーのクラッカーにしては派手すぎるだろ、これ」

 

そう呟くのはいつの間にいたのか分からない少年。

その手に持っていたナイフが見事に銃身と銃身の間に入り込み回転を止めていた。

 

「なッ!?」

 

突如として現れた少年に驚き声を上げそうになるサービスマン。

だが、少年………八幡はその声すら上げさせない。

 

「傍迷惑だ、黙っていろ」

 

それがサービスマンが聞いた最後の言葉だった。

そう言い終えると共に八幡は高速で拳を振るいサービスマンの顎を横から殴りつけて脳を揺さぶり、身体から僅かであろうと力が抜けた瞬間を狙い更に首に手刀を叩きこんだ。

脳震盪を起こし一時的に機能障害を起こした上に更に意識を刈り取られたのだ。

そこまで行けば立ち上がれる者などおらず、サービスマンは床に崩れ落ちた。

八幡はそのまま周りに居る客に見られないよう失神したサービスマンを引きずりながらその部屋から出て行き、レイス7はサービスマンの手から離れたミニガンをサービスカートに突っ込んで上からシートを掛けるとそれまでの事態に怪訝そうになっている客に愛想笑いを浮かべながらこう言った。

 

「すみません、サービスの者が体調を崩したようなので」

 

そう言いながらすごすごと部屋を出て行った。

そして先を行く八幡を見ながらレイス7は呆れ返った。

 

「何が緩んでるだよ? 誰が見たって緩んでないっての。いつの間にあそこまで近付いた上にこんなデカブツを止めたんやら」

 

八幡は自分が心配しているよりも、遙かに成長していた。

 

 

 

 数日前にそのように一暴れした八幡ではあるが、学校ではそのようなことは全くない。

その日もいつもと同じように部活に出た八幡だが、その日はいつもとは少しばかり違っていた。

部室に居るのは雪乃と沙希の二人。

沙希は勉強道具を広げ、雪乃はいつもと変わらずに読書に精を出していた。

そこに結衣の姿はない。

その理由は既に八幡も知っている。何せ結衣から部活を休むことを知らされていたからだ。

何でも飼い犬の健康診断をしに動物病院に行かなければいけないらしい。

だからこの場に結衣はいない。

だから何だというわけもなく、八幡もいつものように勉強を始めた。

そして少しして、雪乃が八幡に話しかけてきた。

 

「ねぇ、比企谷君……6月18日、何の日か知ってる?」

 

その付けは今日からざっと約一週間ちょっと先の日。

その日に何があるのか考えた八幡だが、まったくわからず分からないと答える。

すると雪乃は少しだけ得意げに答えた。

 

「その日、由比ヶ浜さんの誕生日よ。アドレスに0618って書いてあったから。別に調べれば分かる話しだけどね」

 

その話を聞いて沙希も少しばかり反応する。

 

「大体雪ノ下が言いたいことが分かってきた。それに今がまさに丁度良いからね、本人がいないし」

 

その言葉に雪乃は満足そうに頷き、八幡に優しい声でこう言った。

 

「だから………由比ヶ浜さんの誕生日を祝おうと思うのよ、奉仕部で。彼女には色々と世話になったし、私にとっても大切な友達だし……」

 

 

 

 こうして奉仕部は部員の結衣の為に誕生パーティーを企画することになった。

 

 

 



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第37話 俺は一緒にららぽに行く

遅れてしまって申し訳ありません。
リアルで仕事が忙しすぎて毎日パソコンの前で寝落ちしていたので。

今回は沙希と雪乃に頑張ってもらいます。そして小町は弄り役ですよ。


 本人にバレぬようにサプライズパーティーを企画する雪乃。沙希はぶっきらぼうな印象があるが実際には世話を甲斐甲斐しく焼く性格なのでその案に賛成し、八幡もその案に反対はしない。

彼が嫌いなのは自分の誕生日であって他の人間の誕生日には嫌悪を示さない。何より奉仕部でそれなりの付き合いのある結衣となれば祝いたいという雪乃の気持ちも理解できる。

なので結衣には気付かれぬよう、その日の内にパーティーについて話し合いが行われた。

パーティーといっても彼女達は学生だ。やれることは限られており、身内で開くのだから規模は小規模になる。だから最初からある程度その方向性は決まっていた。

 

「会場はこの奉仕部の部室。そこでいつも通りに部活に来た由比ヶ浜さんを祝おうと思うの」

 

部室という勝手が効く空間を確保出来ているので会場を探す必要はない。

だから最初の問題はこれでクリア。そして誕生パーティーと言えば定番であるものに関しても雪乃は問題ないらしい。

 

「ケーキは私が焼いてくるわ。お店で買った方が良いのかもしれないけど、由比ヶ浜さんには感謝の気持ちを伝えたいから」

 

彼女は菓子が作れることはクッキーの依頼の際に知っていた八幡であったが、ケーキも作れるとは知らなかったので少し驚く。

そしてその意見に沙希もまた驚くと共に雪乃に話しかけた。

 

「あのさ………わ、私もそのケーキ焼くの、一緒にやっていい? その……ケーキとか焼けるのって凄いと思うから、一度やってみたかったんだ」

「別に良いけど、そんな難しい事ではないわよ」

「それでも。私、家だと料理は良くやるんだけど、お菓子とかはからっきしでさ。だからこの際に何か作れるようになれたらいいなって」

 

今までの張りつめた気が問題が解決して緩んだ事もあってか、沙希は最近年相応に綻んだ表情をすることが多くなった。だからなのか、雪乃にこうしてお願いしてる時の彼女は顔を赤らめながら少し慌てていた。それが見ていて可愛らしく面白いからなのか、八幡はそんな二人を見ていて顔を綻ばせていた。

ちなみに沙希がこのようなお願いをしたもっともな理由は妹の京華である。最愛の妹にお菓子を作ってあげたいというのは姉心なのだろう。それを察しているからこそ、八幡は沙希に感心する。

ただし……そこに八幡への恋心というものが入っていることに彼は気付いていない。

沙希は確かに妹のことも考えたが、その実八幡への想いを自覚して以来女子力について考えるようになった。ファッションなどは問題ない。ルックスに関しては自信はあまりないが、それでも磨こうと頑張っている。そして家庭力に関しては自信はある。何せ一家の台所の大体を掌握しているくらいなのだ。和食を中心に大まかな料理は出来る……のだが、お菓子に関してはまったく触れてこなかった。

ここで言葉を変えてみれば、和食がメインで料理が得意な世話焼き女子と、お菓子が作れる女子。どちらが『女の子っぽい』かを考えれば、明らかに答えは後半だろう。いや、前半が悪いわけではないのだが、前半を言いかえるなら『おバン臭い』『若そうじゃない』といった印象を受ける可能性があるのだ。

恋心を抱いている彼女にとってその印象は明らかにマイナスである。故にこうして『女の子らしい』ことを身につけようと頑張っているわけだ。

そんな乙女心に揺れる沙希の思惑も気付かずに皆の話し合いは続いていく。

場所の確保、ケーキの確保はこれで決まった。会場の装飾はサプライズなのでしないという方向になり、残るはもっとも重要な問題だけである。

それは……………。

 

 

 

 結衣の誕生日の少し前の日曜日、八幡はとある場所に来ていた。

辺りは人が多く賑わっており、実に活気に溢れている。その人々が向かう先にあるのは、大型商業施設『ららぽーと』……今回八幡達が行く予定の建物である。

そして当然その場に居るということは、買い物が目的だ。

結衣の誕生日を祝うにあたって必要な二つは揃った。ならば最後に必要な物は『誕生日プレゼント』だ。

それを買いに来たわけだが、八幡が一人で来たわけではない。

 

「お兄ちゃん、こういう所に来るのは久しぶりだね」

「あぁ、そうだな。小町と一緒に出かけられることが多くなかったからな」

 

八幡は隣で楽しそうに笑う小町にそう答える。

例の一件に関し、八幡は小町に一緒に手伝ってもらおうと協力を頼んだ。何せ年頃の女の子へのプレゼントだ。年相応の行動というものがイマイチ分からない八幡では何をプレゼントすればよいのか分からない。小町を祝うのとは違い、他人を祝うからにはそれ相応の物が必要だろう。それが分からない以上、八幡ではこの問題を解決する方法がないのだ。だからこその応援である。小町はまさに年相応の女子故にその感性も結衣に一番近いと判断してのことである。

まぁ、兄妹で久々に出かけるということに妹が喜んでいる姿を見られれば八幡はそれだけで満足である。

そんな風に小町と一緒に話し合いながら待つこと約10分。待ち人の一人がやってきた。

 

「ごめんなさいね、遅れてしまったかしら」

 

八幡と小町にそう声をかけたのは雪乃だった。その姿はいつもとは少し違っている。

髪の毛はいつものストレートと違いツインテールに結ってあり、服装は白いワンピースに薄手の水色のボレロを羽織っていた。胸の下あたりで結ばれている青色のリボンがポイントだろう。

その姿はいつもの静かな美貌を持つ彼女とは少し違って活発的な印象を彼女に与えていた。

そんな彼女を見て小町のテンションが上がる。

 

「わぁ、雪乃さん、可愛い~!」

「そ、そうかしら………」

 

小町に褒められて照れる雪乃。そして彼女は今度は八幡の方を伺うかのような上目遣いで見つめてきた。

 

「あ、あなたはどう思う?」

 

その問いかけに八幡は自分の頬が熱くなるのを感じつつ答える。

 

「その…………凄く似合ってると思う。いつもより活発的で可愛いと思うぞ」

 

そう答えると共に自分が何故こうも顔が熱いのか分からなくなる八幡。それを誤魔化したいが故に目を雪乃から逸らそうとするのだが、その目は彼女から離れない。

だから八幡ははっきりと見てしまっていた。

 

「そ、そう………それは良かったわ…………」

 

八幡の答えを聞いて顔を真っ赤に染める雪乃。耳まで真っ赤になり俯いてしまうその姿はいつも以上にいじらしく、更に可愛らしさを引き立てていた。

 

「あれ~、お兄ちゃんも雪乃さんも顔が真っ赤だよ? 良かったね、雪乃さん」

 

小町はそんな二人に茶々を入れ、余計に恥ずかしがる雪乃を見て楽しんでいるようだ。

そんな3人に後一人の待ち人が声をかけてきた。

 

「ごめん、遅れた」

 

少し息が荒いがそれでも謝罪をしてきたのは沙希であった。

薄手の青いジャケットに少し大胆に胸元が空いたシャツ、そして下は薄茶色のショートパンツにそこから延びる美脚にはニ―ソックスが纏われいてより足を美しく見せる。

歳相応でありながらも何処か大人っぽさを魅せるその姿は彼女によく似合っていた。

 

「沙希さんも綺麗~!」

「そ、そう?」

 

小町は沙希を見て更にテンションを上げる。小町のテンションに少し驚きつつも沙希もまんざらではないようで、顔が少し嬉しそうだ。

そんな中、雪乃は沙希のある部分を注目し、そして自分の部分を見て表情を暗くする。しかし、それに誰も気付かなかった。

そんな雪乃の反応などいざ知らず、沙希は八幡に顔を赤らめながら問いかける。

 

「ど、どう、比企谷? 似合ってるかな?」

 

先のその顔は服装とは真逆にあどけなく、幼さを垣間見せる可愛らしさを滲みだしている。

そのギャップさのある魅力に八幡は当てられてしまい、顔が更に赤くなっていた。

 

「あぁ、その……………似合ってる。だけどそれ以上に……」

「それ以上に?」

「お前ってそういう顔もするんだな。その…………可愛い」

「ッッッッッ!?!?」

 

八幡のその言葉に顔が一気に真っ赤になって蒸気を噴き出す沙希。

それはもう見事な赤面であり、見ていた小町はそれはもう楽しそうに笑う。

 

「あんたってそういうことをすぐにそう言うから………卑怯なのよ、ばか………」

 

そう独り言をつぶやく沙希。八幡には勿論聞こえているのだが、それを素直に捉えた八幡は何故自分が怒られたのか分からず考え込んでしまう。

 とりあえずこうして集合した八幡達。4人は揃ったことで一緒にららぽーとへと歩き出す。

その先頭を歩く八幡に気付かれぬよう、小町は雪乃と沙希の二人に話しかけていた。

 

「う~~ん、こんなにお兄ちゃんがモテるなんて思いませんでしたよ。だから余計に気になっちゃうんですよね~。どっちが………お義姉ちゃんになるのか。ね、雪乃さん、沙希さん♪」

 

その言葉に雪乃と沙希の顔はポストに負けないくらい真っ赤になった。

 

 

 



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第38話 俺は彼女達にお礼を贈る

どうもサキサキが可愛い今日この頃、頑張れゆきのん!


 ららぽーとに出向き結衣の為に誕生日プレゼントを買いに来た八幡達。

さっそく施設内に繰り出そうとするのだが、そこで少し問題が発生した。

それはどこから周れば良いのかというものである。施設が大型なのでその店の数も膨大。だからどこから周ればよいのかが分からないのだ。

その事に考え込む八幡と雪乃と沙希。

八幡はこういった施設を『戦闘』的に有効活用する方法は熟知しているが、普通に買い物に来ることがないのでどうすればよいのか分からず、雪乃は雪乃で人が多い所に自ら出向く事がなかったので困り、沙希は庶民感覚で安い物を求める傾向が強いのでこういった大型商業施設に行くことがなかった。

そんな3人なのでどの店から周ればよいのか迷っていた。

このまま行けばすべての店を周ることになってしまい、時間を莫大に浪費してしまう。それはこの3人にとって非常によろしくない。

だからどうしようかと相談するのだが、それは小町によって解決した。

 

「小町的には~~~~……ここのお店から周るのが良いと思います」

 

小町はそう言うとある区域を指差した。

そこは若い人向けの衣服や装飾品を取り扱う店が多くある区域であり、小町の意見は3人にとってとてもありがたいものだった。年頃の彼女の感性はある意味一番この場で適切な判断をしてくれる。なので即採用し、4人はそこに向かって歩き出す。

さて、ここで普通に考えれば各自で散策した方が効率が良いだろう。しかし、その選択肢を八幡が取ることはしなかった。

何故なら確かに効率を考えればその方が良いとは言え、この場は3人にとって不慣れな場所である。そういった場所を単独で行動するというのは明らかに危険な行為だ。いざという時通常通りの対処が出来なくなる可能性がある。また、合流に手間取る可能性もあるのだ。それを考えると効率よりも一緒に固まって行動したほうが安全を確保出来る。

そういった考えがあるからこそ、こうして4人で固まって歩く八幡。

それに選んだ物に対しての意見を聞けるという利点もあるのでこの選択は決して間違いではない。

だからこの判断は間違いではない………というのに、八幡は妙に気まずさを感じで顔が強張っていた。

何故彼がこうも気まずさを感じるか? それは八幡の後ろで実に楽しそうに話す小町達が原因であった。

 

「へぇ~、お兄ちゃん、学校だとそんな感じなんですか。家だといつも忙しそうにしてるからそんな風にのんびりしてるお兄ちゃんって初めてかもしれません」

「あら、そうなの? 部室ではいつも勉強ばかりしてるわよ」

「それに昼休みもいつも一人で何処かでお昼食べてる。その時も静かにゆっくりしてるみたいだけど」

 

どうやら小町が八幡の学校生活を雪乃達に聞いているらしい。

その代わりに雪乃と沙希は二人が知らない家での八幡についてを小町から教えて貰っているようだ。

会話の内容が自分でしかも身内からの暴露となれば恥ずかしいものである。

それは八幡とて例外ではない。

例えば、

 

「お兄ちゃんって凄く優しいんですよ。小町が困ってる時はいつだって助けてくれるし、それに小町に怒ったことなんて一度もないんです。小町がいけないことをしても、叱りはするけど怒りはしないんですよ。仕方ないなぁ、て感じに呆れつつも私の頭を優しくポンポンって叩くんです」

「彼、家ではそうなのね………」

「あいつも家ではしっかりお兄ちゃんしてるんだ………何か似合ってて可愛いかも」

 

こんな話をされていては恥ずかしくもなる。

何故小町が二人にそんなことを話すのか気にはなるが、それをやめろととは八幡は絶対に言わない。何せ彼の優先順位は最優先で小町になっているのである。小町がすることに文句は一切なく、必要とあれば助けるのが当たり前。自分の意思というものは一切関係なく、小町こそが重要なのだ。だから小町がどのような話をしようとそれを遮る権利は八幡にない。

だからやめろとは言わない。言わないが故に会話は続き、八幡の気まずさは拍車がかかっていく。

そんな兄の心境などまったく知らない小町は自分の将来の義姉候補に平等に情報を教えている。

小町としてはこれで少しでも兄が幸せになってくれたらと思う。

理由までは知らないが、兄のお陰で今の自分があるのだと彼女は理解している。だから妹として八幡の幸せを苦労をかけた分願っているのだ。

そのために八幡に必要なのが恋人だと小町は考えている。俗世に言うように、恋が人を変えるのだと信じているから。

結果がこの身内による恥さらし。八幡は目的地でる店に少しでも早く着きたいと願ったのは言うまでもない。

 そして始まったプレゼント探しの店巡り。

なのだが、最初から上手くいくものではないようだ。

歩いてる最中、雪乃の足がとある店の前で止まってしまった。

それは良くあるファンシーショップ。可愛いマスコットキャラなどの商品を取り扱っている店である。

 

「どうしたんだ、雪ノ下?」

 

八幡の問いかけに彼女は答えず、まるで惹かれるかのような足取りで店内に入り、とあるキャラクターの商品の前に来た。

そして顔を頬を染めつつ無邪気そうな笑みを浮かべながら商品を手にした。

 

「………パンさん」

 

雪乃が持っているのは無愛想な顔をしたパンダのぬいぐるみ。

それは東京ディスティニーランドの人気キャラクターである。その事を知らない八幡は正直にその場で漏らす。

 

「なんだ、あの物騒な顔のパンダ?」

「え、知らないの、お兄ちゃん!?」

 

そんな兄を信じられないと驚く小町。それは沙希も同意のようで、八幡に分かりやすく説明し始めた。

 

「あれは東京ディスティニーランドの人気マスコットキャラだよ。あんた、本当に知らないの?」

「あぁ、逆に川崎は良く知ってるな。もしかして好きなのか?」

 

その言葉に沙希は顔を赤くしつつ少し慌てた様子で答えた。

 

「べ、別にそこまで好きじゃないって。ただ、妹が良くぬいぐるみとか欲しがってるから覚えてて」

「そうか」

 

沙希の言葉に八幡はそう答えると共に彼女の妹を思い出す。とても純粋な子で姉の沙希にべったりだったかと。

そう思いながら八幡も店に入ると、雪乃のすぐ傍まで行き彼女が手にしていた物と似たようなぬいぐるみを手に取った。

傍に来た八幡の気配を感じ、雪乃はそれまで夢中になっていた事を恥じらいつつ上目遣いで怒るかのように八幡に話しかける。

 

「何、何か文句でもあるのかしら?」

「いや、別に。好きなのか、これ」

「べ、別に好きというわけじゃないわ。ただこのぬいぐるみの作り方が興味深いというかなんというか…………」

 

八幡の問いかけに顔を真っ赤にして捲し立てるように否定する雪乃。

しかし、その手にはしっかりとぬいぐるみが掴まれており、先程まで夢中になっていた所を見ればその否定は無意味としか言いようがない。

そんな雪乃の様子がいつもの冷静な彼女からは考えられないくらいおかしかったからなのか、八幡は少し笑ってしまう。

 

「な、何がおかしいのかしら!」

 

笑われたと思い怒る雪乃。

そんな雪乃を八幡はやんわりと無視し、彼女が持っていたぬいぐるみと最初に手に取ったぬいぐるみ、そして後は適当に似たようなぬいぐるみを手に取りそれを速やかにレジに持っていく。

そして皆が何かを言う前に素早く会計を済ませ、雪乃と沙希に二つのぬいぐるみを差し出した。

 

「ほら、これでいいのか?」

 

急に目の前に出されたぬいぐるみに理解が遅れる二人だが、次第に追いつき途端に慌て始めた。

 

「急に渡されても困るわ! それにあなたが買ってもらう理由もない」

「そ、そう、私も同じ! あんたにここまでしてもらうわけにはいかないって」

 

そういう二人に対し、八幡は小町にぬいぐるみを渡しつつ答える。

 

「別に大したものでもないだろ。俺がただしたいと思ったからしただけだ。それに小町も欲しそうな目をしていたから。雪ノ下は凄く好きそうだし、川崎も妹が好きなんだろ。日頃二人には世話になってるからな。その礼のかわりだ」

「お兄ちゃん、アリガト~! 大切にするね」

 

ぬいぐるみを貰って喜ぶ小町。

 

(ど、どうしよう……彼に知られてしまったわ………。で、でも、こうしてぬいぐるみを貰えたわけだし、初めて彼から物を貰ったわけで、どう言い表わせばよいのか分からないわ………凄く恥かしい……けど、嫌じゃない)

(ご、ごめん、けーちゃん。確かにけーちゃんもパンさん好きだけど、でも、これはあいつが初めてくれたものだから、その………私が……どうしよう、嬉しくて顔がおかしくなりそう……)

 

そんな小町と違い、雪乃は八幡の中で自分がすでにパンさん好きだということに決まってしまったことが恥ずかしいやら何やらで顔が真っ赤になり、沙希は妹が好きなのは勿論だが、自分も嫌いではないのでプレゼントされたことが嬉しくて顔を赤くする。

 

「お兄ちゃん、ナイス!」

「お、おう?」

 

そんな赤面の二人を見て小町は満足そうに八幡に親指を突き立て、八幡は何がナイスなのか分からずとりあえず返事を返した。

 

 

 

 そのような事がありもしたが一同は本来の目的である結衣の誕生日プレゼントを続行する。

その中には服屋などもあったが、そこは服飾に詳しい沙希がいたお陰で色々と意見が聞けた。

そしてどのような物をプレゼントしようかと色々と候補が決まってく中、雪乃があることを思い出した。

 

「そう言えば、彼女はもうエプロンを付けられるようになったかしら?」

 

それはもっとも最初の依頼。結衣がクッキーを教わりに来た際に判明した事実。彼女はエプロンを今まで付けたことがなかったらしく、まったく付けられなかった。

その事をふと思い出した雪乃は八幡達に提案する。

 

「彼女のプレゼント……エプロンとかどうかしら?」

「エプロン……いいんじゃない」

「エプロンですか……良いと思いますよ、小町的に! 女子力が上がりそうで」

 

雪乃の提案に賛成する二人。そして八幡は反対する気などない。

なので一同は可愛らしくもそういったものが売っている店に入った。

そこで雪乃と沙希の二人は自分の好みの物を選び鏡の前でそれを身体に当てながら自分の姿を見る。

雪乃は紫をベースとした落ちつきのあるエプロンを試着する。前に着いたポケットから黒猫が顔を覗かせているのがポイントだろう。

沙希は水色の清楚なエプロンだが、実用性が高そうな感じである。所々にあしらわれた青色のリボンがポイントだ。

二人はそれを見て満足そうな顔をすると、八幡に向かって少し恥じらいつつ問いかけた。

 

「どうかしら?」

「ど、どうかな……」

 

その問いかけに八幡はどう答えるべきなのか少し悩む。

いや、答える言葉はすでに決まっているのだが、何故かそれを上手く言うことができない。何故か言葉が喉につっかかるのだ。そして二人から目が離せなくなっていた。

そんな彼女達の姿に見惚れてしまっていることに気付いていない八幡だが、妹の小町はその様子を見て実に面白そうにニヤニヤと笑う。妹の目にはそれが明らかに丸わかりなのだった。

なので小町は八幡に一押し入れる。

 

「ほら、お兄ちゃん!」

「ん、あぁ………」

 

小町に呼びかけられやっと目を離すことができた八幡。

そして彼はその感想を述べる。

 

「その、雪ノ下は可愛いって感じで良く似合ってるかな」

「そ、そう………」

 

褒められたのが嬉しいのか顔を赤くする雪乃。その顔が熱いのか、彼女は見られないように両手で頬を隠す。それが小町の何かを呼び覚まし、小町は雪乃を可愛いと連呼する。

そして今度は沙希に向かって八幡は顔を向けた。

 

「川崎は何ていうか、着なれた感じがする。お母さんっていうのか、そんな感じだ。だからなのか、こう見ててホッとする感じだ。良いお嫁さんになりそうだよ」

「そ、そうかな……あはは……」

 

褒めて貰えたことだけでも嬉しいのに更に良いお嫁さん発言に妄想が膨らんでしまう沙希。頭の中で八幡との新婚生活を思い浮かべてしまい、その幸せな気持ちを少しでも感じ恥ずかしさと嬉しさで内心悶える。

そんな乙女心を震わせる二人を見て小町は更に八幡に親指を突き立てるのだが、八幡はその意味が未だにわからない。

そして少しして冷静に戻った二人そこから結衣に似合いそうなエプロンを探し購入した。

ちなみに八幡に似合っていると言われたエプロンを二人はちゃんと購入していた。

 

 

 そんな風に一同はプレゼントを更に探す。エプロンだけでも良いのだが、出来れば各自で贈りたいのでもう少し探す必要があった。

のだが、流石に長い時間歩きっぱなしということで一同は店内にある休憩用のベンチに腰掛けた。

その際に小町と沙希は一緒にお手洗いに行くと言って八幡達から離れる。

八幡と二人っきりになった雪乃は彼の方に目をチラチラと向けつつ、どう言葉をかけて良いのか迷う。

八幡は八幡で周りに意識を向けつつ休んでいた。

そんな二人に、突如として声がかけられた。

 

「あれぇ、雪乃ちゃん?」

 

その声に振り向く雪乃。その顔は少しばかり強張っていた。

それに八幡も続いてみると、そこには綺麗な女性がいた。

 

「やっぱり雪乃ちゃんだ!」

 

そう喜ぶ女性に雪乃はそれまでの様子が吹き飛び、まるで苦手な何かを相手にするかのような様子で呟く。

 

「姉さん………」

 

その言葉を聞いて八幡はやっとその女性が誰なのか気付いた。

雪乃の姉にして雪ノ下家の長女……雪ノ下 陽乃であると。

 

 

 



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第39話 俺は雪ノ下 陽乃と出会う

遅れてしまって申し訳ありません。
リアルが忙しすぎてマジでしんどい。たぶん一週間に一回投稿できれば良い方かもしれません。本当に申し訳ありません。

今回はゆきのんに頑張ってもらいました。

少しばかり手直しをしました。


 突如として雪乃と八幡の前に現れたのは雪乃の姉である雪ノ下 陽乃であった。

現在二十歳の大学生であり、外見はやはり妹の雪乃と似通っている。しかし、その身に纏う雰囲気は雪乃とは真逆といっても良いくらい違う。

雪乃と違い彼女はまさに優しく朗らかな表情を浮かべている。まさに人に当たり障りない、誰からも好かれそうな、そんな印象を見る者に与えていた。加えてその美貌がまた凄い。雪乃も美人ではあるが、更にそこにスタイルの良さととっつきやすさを加えたと言ったところだろうか。姉妹なのに胸のサイズはまったく違っている。

まさに雪乃のバージョンアップ版といった感じだ。

そんな感想を抱いた八幡であったが、何かひっかかりを感じる。

それが何なのかまでは分からないが、少し様子を見ることにした。

陽乃は雪乃と少し話した後に、八幡の前に出て実に親しみやすそうな笑顔で八幡に自己紹介を始めた。

 

「雪乃ちゃんの姉、陽乃です。あなた、お名前は?」

「比企谷 八幡といいます」

 

名前を聞かれ、八幡はそれにやんわりと普通に答える。

陽乃は八幡の名を聞いて彼を軽く見回す。その様子は吟味しているようであり、八幡は『如何にも普通』を装った。一般人に見破られるほど緩くはないが、目の前の女性には警戒を怠るなと今までの経験が告げるからだ。

そして彼女の吟味は終わったらしく、陽乃は笑顔で八幡に話しかけた。

 

「比企谷君ね………うん、よろしく!」

 

男なら誰もが見惚れそうな綺麗な笑顔をしながら陽乃は八幡に親しみの籠った声でそう告げる。

彼女はとてつもない美人だ。そんな女性からこのように笑いかけられれば男なら誰もが皆彼女に夢中になるだろう。

だが、八幡はそうは思わなかった。逆にそれまで感じていた違和感が更に強まったのだ。

 

(何だ、この感じ………何処かで見たような気が………)

 

その正体が少しづつだが分かりかけてきた。

だからなんのか、八幡は陽乃を見る目をより深くする。

傍から見ればただの濁った目だが、その中身は濁る以上に深く澄み渡る。それは比重が日常から仕事の方へと切り替わっている証拠だ。この違和感の正体をはっきりさせるのには必要だと判断した。

陽乃はそんな八幡に気付く様子もなく、妹が年頃の男子と一緒にいることに愉快そうにからかう。

 

「二人はいつから付き合ってるんですか~。ほれほれ、言っちゃえよ~」

 

雪乃にそう言いつつ陽乃は彼女の肩をツンツンとつつく。

雪乃はそんな姉に対し、そんなことはないと否定しようとするのだが………。

 

「た、た、ただの同級生よ!」

 

顔を真っ赤にして必死にそう言われても、誰が見ても否定しているようには聞こえないし見えない。その反応が実に面白く、そして姉として妹の恥ずかしがっている姿が可愛いらしくて彼女はニヤニヤと楽しそうに笑い、今度は八幡に顔を向けた。

 

「そこのところ実際はどうなのかな~? 雪乃ちゃん、満更でもないみたいだけど~?」

 

雪乃の先程の様子をネタにして煽りながら八幡に問いかける陽乃。

そんな様子をまさに観察するように見つめながら八幡はそれに答える。

 

「『今は』普通に友人ですよ。常日頃世話になってる大切な友人です」

(今はっ!? 今はってどういうことなの、比企谷君!! それってつまり今後もっと関係が深められたら……………ぅぁ……)

 

その答えを聞いて目を若干見開く陽乃。そして雪乃の顔はトマトのように耳まで真っ赤に染まった。

勿論これがわざとであることは分かるだろう。彼と言う人間を本当に知っている人間なら、これがブラフであることはすぐに分かる。だが、それを一般人が察せるわけがなく、傍から見たら今後を期待させるような言葉にしか思えない。だからなのか、陽乃は少しだけ真顔になってしまった。想定していた答えと違っていたから。

彼女としては、八幡も雪乃同様にに焦ると思っていたのだ。それがまったくの方向違いの返答に若干驚いた。とてもじゃないが、年相応の男子の答えではない。

しかし、その驚きに寄ってもたらされた真顔はほんの僅かであり、すぐに誰もを魅了する笑顔に戻った。だが、八幡はそれを見逃さなかった。

その表情を見て、少し前にあった仕事で見た表情であることを思い出し、そして判明した。

 

(あぁ、成程。『そういう』ことか)

 

納得してしまえばなんてことない話。それまで感じていた違和感だって説明できる。

それは政治家や財団の人間など、所謂上流階級の人間にありがちなものであった。それに雪乃と陽乃の父親は県議会議員だ。そういった催しに良く出ていてもおかしくない。

だから八幡は彼女が被る仮面を見破った。

破った先にあるのが何なのか、少しだけ気になった。だからなのか、少しばかりだけ彼女に意地悪をすることにする。雪乃をからかっている彼女は魅力的に見えるが、その隠された先にある感情がどうなっているのかというのが気になったから。

 

「そう張り切らなくてもいいんですよ、雪ノ下さん。『それ』は疲れませんか?」

 

その問いかけに陽乃は最初、何を言われたのか分からなかった。

そのためかきょとんとした顔をしてしまっている。それはそれで年相応に可愛いと思えるが、八幡は更に踏み込んだ。

 

「この場は誰もあなたを『雪ノ下家の長女』とは見ていませんよ。『陽乃』として振舞ってもいいんじゃないでしょうか? 妹の前でも無理する必要はない思います」

 

「!? な、何のことかな……」

 

その言葉に今度こそ八幡に見破られたとわかる陽乃。そうなった瞬間、確かに彼女が顔を覆っていた『仮面』に罅が入った。

口ではいつもと変わらないように言葉を紡ぎだそうとするが、浮かんでいる笑みは少し歪んでいて瞳からは動揺が漏れ出す。

 

「姉さん、どうしたの?」

 

そんな姉の様子を今まで見たことがなかった雪乃は陽乃を少し心配してしまう。八幡が言った言葉は陽乃に聞こえるぐらいの音量でしかなかったのと、先程八幡が言ったこの先はどうなるかわかりませんよ発言のため彼女の思考はそれで体一杯になりまったく聞こえなかったのだ。

陽乃は雪乃に心配され、どう答えて良いのか分からず顔をしかめる。

このまま八幡が彼女の仮面を引き剥がせば、たぶん雪ノ下 陽乃という女性の精神は壊れる。それ分かってしまう程、彼女は歪んでいた。

流石にそれはやり過ぎだと思い、八幡は二人に聞こえるよう、また陽乃を落ちつけるように、こう言った。

 

「いや、そんな深い意味はないですよ。ただ……俺みたいな不気味な奴にまでそんな風に相手しなくてもいいですよって言いたかっただけですから。誰だって不気味な奴相手に作り笑顔とはいえ浮かべるのは嫌でしょう?」

 

その言葉に雪乃は納得したようで、安心したのか顔が赤いまま八幡を軽く罵倒する。

 

「何だ、そういうことなのね。確かに比企谷君の目はビックリするぐらい濁り切ってるから、気持ち悪くてしょうがないもの。それを我慢して相手していた姉さんに無理はしない方がよいと。言い得て妙ね。比企谷君にしては珍しくまともな意見かも」

 

罵倒に突っ込みを入れたくはなるが、それを堪える八幡。突っ込めば当然流せたものが戻ってくるからだ。

しかし、それでも納得できないのは陽乃である。

そう言葉を言われたところで彼女はしっかり聞いてしまっているのだ。あの言葉を、彼女がその顔を覆った仮面を指す言葉を。

だからこそ、彼女は雪乃のばれないように罅の入った仮面を被り直す。

 

「君、一体何者?」

 

不敵な笑みを浮かべながらの問いかけ。

それに対し、八幡は同じように不敵な笑みを浮かべながら返す。

 

「ただの高校生ですよ。ただし………バイト三昧で忙しい勤労学生ですがね」

 

その言葉に勿論納得などするはずがない。

だがここは人前であり、そして何より八幡のその言葉がそれ以上語る気がないとはっきりと表していた。

だから彼女はこれ以上は無理だと思い引き返すことにした。

彼女の中で八幡は要注意人物の判を押された瞬間であり、同時に自分のことを理解してくれる可能性がある相手であるとも思った。

だからなのか、この場で複雑な思いに駆られながらも彼女は悪い気はしない。寧ろ八幡という男を意識し興味が湧いて仕方ない。彼のことが気になり始めていた。

そのせいなのか、陽乃は笑顔で八幡と雪乃に別れを告げる。

 

「比企谷君、雪乃ちゃんの彼氏になったら一緒にお茶しようね。あ、何ならお姉さんが彼女になってもいいかも」

「ちょ、姉さん!!」

 

陽乃の発言に雪乃が噛みつくが、陽乃はそれに捕まらないように颯爽とその場を去って行った。

その背中を見ながら二人は陽乃の事を考える。

 

「お前の姉さん、凄いな」

 

その言葉が気に食わなかったのか、雪乃は少しばかり険の籠った声で八幡の言葉に返す。

 

「姉に会った人は皆そう言うわね。確かにあれほど完璧な存在もいないでしょう。誰もがあの人をそめ褒やす」

 

その言葉から分かるのは雪乃の姉への劣等感。それを感じ取り、八幡はそうじゃないと軽く首を横に振る。

 

「いや、お前だって凄いと思うぞ。努力してる凄く優秀な秀才だ。それは万人がそうだって答えるよ。だけど、今回言ったのはそう言う凄いじゃない。どこでもそうであろうとするあの『仮面』の事だよ」

「仮面?」

「あぁ。きっとお前の家の長女ってことで周りから見られる度にそうして来たんだろうが、その所為で可笑しくなってきてる」

「それってどういうこと?」

 

雪乃の疑問に八幡は表情を変えることなく、その濁り切った目で見抜いた事実を告げる。

 

「ニコニコと人当たり良く、誰からも好かれ愛されるようなあの性格。それは確かに凄いとは思うが、そこに人間特有の揺らぎがない。それはつまりそうであろうとしているからであり、人為的にしているからだ。政治家なんかにはよくああいう手相が多い。外面を良く、中身がばれないようにするように。だが、それにだって限度がある。行きすぎた外装はやがてその重みで纏う本人を押し潰す。だから……お前の姉さん、もう少し気をつけて見ていないと危ないぞ。あれはその一歩手前だ」

「姉さんの事をそこまで見切るなんて………」

 

八幡の言葉に感心する雪乃。だが、少しして不服そうな顔になる。

 

「初対面の人間なのに随分と分かるのね。私と初めて会った時はそんな言葉すらかけなかったのに」

 

はっきりとむくれる雪乃。

そんな雪乃に何故そんな顔をするのかわからない八幡は困ってしまう。

 

「いや、ただそういう人を仕事柄良く見るってだけで」

 

清掃業の人間が何故そんな人を見るのかと突っ込みが入る所だが、雪乃は八幡にそっぽを向いているためまったく聞き入れない。その様子を擬音にすると『ツーン』である。

そんな彼女に困り果てた八幡はどうすればよいのか困り果て、彼女に問いかける。

 

「どうすれば機嫌を直してくれるんだよ」

 

その問いかけに対し、雪乃は顔が熱くなるのを感じながら八幡の顔を見つめる。その時の彼女の眼は上目遣いになっていた。

 

「だったら………前に由比ヶ浜さんにしたみたいに、私の頭を、その……やさしく撫でなさい(由比ヶ浜さんに良くしているのだから、たまには私にもしてほしい)」

 

そう言い終えると共に真っ赤に染まる雪乃。

何故そんなことを彼女が言いだしたのか分からないが、それで良いと彼女が条件を出したのならそれに乗るしかないと八幡は判断する。

そして瞳を潤ませて何か期待しているかのような雪乃にドキドキしつつ八幡は雪乃の頭に手を載せ、優しくポンポンと叩きつつ撫で始めた。

 

「これでいいか?」

「………もう少し強くしなさい(もっと撫でて貰いたい………)」

 

そう言いつつも雪乃は顔を赤らめたまま俯く。その顔は色々と緩んでしまい彼女の印象をぶち壊すような顔になっていた。それを見られたくないため、彼女は俯いたのだ。

雪乃の要望を聞きつつ八幡は雪乃の頭を撫でる。

黒くすべすべとした絹のような髪を撫でるたび、八幡は何とも言えない気持ちになる。

そう思いつつも撫でていき、

 

「もういいか?」

 

そう聞くのだが、彼女はその言葉に小さく答える。

 

「もっと………(気持ちいい……これは……クセになるわ………うふふふ)」

 

そう言われてはどうしようもない八幡なのだが、雪乃にとって至福なこの時間は突如として終わりを迎える。

 

「あんた達、何やってるの?」

 

その言葉に振り返った先にて、八幡と雪乃の顔は凍りついた。

何故ならそこには、如何にも怒っていますというオーラを噴出する沙希がいたから。

その後ろでは小町がハイテンションで雪乃を可愛いと悶えていた。

 

 

 

 こうして初めての雪乃の姉との邂逅は終わり、八幡達は再びプレゼント選びへと戻る。

尚、機嫌が最悪になっていた沙希だが、小町の提案で雪乃がされていたのと同じように頭を撫でられた結果、赤面でしばらく何もしゃべらなくなった。

 

 



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第40話 俺は彼女に贈る物を決める。

滅茶苦茶遅くなってしまって申し訳ありません。
そして毎回恒例スランプですのでご容赦を。


 陽乃との邂逅も衝撃的と言えばそうだが、八幡にとってそれ以上に衝撃的と言えたのはその後の雪乃の拗ねつつも甘えるような様子と、更にそれを見て大変ご機嫌斜めになった沙希であろう。

二人の様子は普段からは考えられないくらい珍しく、それでいてドキドキしたりハラハラしたりと様々だ。

そんな心の動きに八幡は内心楽しさを感じつつも疲れていた。

これが年相応だというのなら、同年代の男はどれだけ精神的にタフネスなのだろうか。

彼にとってここまで振り回されるということが今までなかったため、慣れない状況に常々心の疲労を感じる。これならば寧ろ、一人で戦場に投げ出された方がマシではないかとすら内心思ったりした。彼にとってそちらの方が余程楽なのだ。何せすることは決まっていて自分が何をすれば良いのか分かり切っている。自分がどうすれば良いのか分かり切っているのだから、その行動を行う際に心労は一切ない。それが彼にとって『当たり前』なのだ。

だが、この状況に於いてはその『当たり前』が一切適用されない。

だから彼にとってこの状況は新鮮でありつつも疲れる。慣れないことをするということは、それだけ心身ともに負担をかけるのである。

そういうわけで日頃からそんな環境に振り回されているであろう男性に向かって八幡は敬意を抱きつつ、合流した沙希達と共に再び結衣の誕生日プレゼントを探そうと考える。既に雪乃は決めており、沙希も何かしら考えがあるらしい。小町は小町で何やら考えているようだ。つまり未だに決まっていないのは八幡だけである。

まぁ、彼の場合は仕方ないところがあった。何せこれが初めて家族以外へのプレゼントになる。小町相手の場合、八幡は常に小町のことを考えてプレゼントを贈った。

欲しがりそうなものは勿論欲しいと呟いた物を常々記憶し、それを誕生日に小町に贈っていたのだ。

このシスコン、内容だけで言えば妹限定のストーカー並みに危ないが、それも偏に最愛の妹の為。八幡にとってそれが当たり前であった。

なので小町の殆んどを知り尽くしているからこそ、そんな芸当ができるわけだが他人で最近知り合ったばかりの結衣に関してはそうはいかない。

小町しか比較対象がいないが、流石にすべての感性が小町と同じではない。だからどのような物が喜ばれるのか、八幡には未だに考え付かないのであった。

故に考え込む八幡。

そんな八幡だが、この場で少しばかり違和感を感じる音が聞こえたことで考えるのを中断した。

 

「何だ、この音………犬の鳴き声か?」

 

このショッピングモールでは似つかわしくない音に反応した八幡。その鳴き声は次第と大きくなってきていることから近付いてきていることが伺える。

この場に本来あり得ないはずの音に周りにいた客からも動揺が伝わってきており、その正体は次第に姿を現した。

 

「い、犬!?」

 

それは小さな犬であった。品種からしてダックスフント。

その犬を見て怯えを見せる雪乃。彼女はどうやら犬が苦手のようだ。

そんな彼女を嘲笑うかのようにその犬は八幡達が居る所目掛けて突っ走ってきた。

 

「ひっ!?」

 

犬が近付くにつれて雪乃が更に怯え八幡の身体に身を寄せる。

そんな雪乃が八幡には更に珍しく見え、同時に可愛らしくも見えた。

だが、そのままでは彼女に悪いと思い八幡は雪乃を護るように少しだけ身体を前に出す。

 

「雪ノ下、こっちにいろ」

「比企谷君………」

 

そんな八幡の心遣いに気付いてなのか、雪乃は頬を染めつつ八幡の服を指で軽くつまむ。今の彼女には八幡が自分を守ってくれるヒーローのように映っているのだろう。

その光景を見て再び機嫌が悪くなりそうになる沙希。小町は小町でこの状況がどう転ぶのかが気になり楽しそうに見ていた。

そんな各自の考えなど無視するかのように犬は八幡の方へと飛びつく。

それを八幡は怪我をさせないようにしながら受け止める。

 

「よっと………飼い主はどうしたんだ、お前?」

 

答えるわけがないことは分かっているが、そう問いかける八幡。

彼の心情はその言葉とはまったく違う事を考えている。何故なら八幡は『動物に好かれない』からだ。

彼は常に血を浴び続けてきた。その所為なのか、彼は動物にまったく好かれず、寧ろ恐れられて逃げられるのだ。

だからこうして八幡に好意を向ける犬が珍しく、何故こうも好かれているのか八幡にはわからない。

とりあえず犬を観察すると、その首輪にリードを繋ぐ金具が付いているのを見つけた。

 

「放し飼いかもしくは……お前、勝手に抜け出してきたな」

 

軽く推測を建ててそう犬に問いかけると、犬は嬉しそうに鳴いた。

その様子から何故だかは分からないが好かれていることがより伺えて、八幡は犬を床に置いた。そのまま逃げ出したら厄介なのだが、どうもそんな気配はなく犬は寧ろ八幡に向かって腹を向けながら寝そべり始めた。所謂服従のポーズである。

それを見て更に分からなくなる八幡。何故こうもこの犬に好かれるのかまったくわからない。過去に何かあったのかと考え始めた所で、その答えはやってきた。

 

「ごめんなさい! ウチのサブレがご迷惑を!」

 

大きな若い女性の声。

その声の方向を皆が向くと、そこには私服姿の結衣がいた。

 

「えぇ~、ヒッキーにゆきのん!? それにサキサキに小町ちゃんまで!?」

 

結衣は愛犬が迷惑をかけたのが奉仕部の皆だと驚くと共に、何故皆がこの場にいるのか気になった。

 

「どうしてみんなここにいるの?」

「そ、それは……」

「えっと………」

 

そう聞かれ、八幡達は困ってしまう。

何せ結衣の誕生日プレゼントを買いに来たと言うわけにはいかないのだ。

故に返答に困る雪乃と沙希。

それが何なのかまでは分からないが、結衣には少し寂しく見えた。まるで自分だけ取り残されたような、そのような気持ちにさせられたのだ。

その感情が表情に出ていたのか、八幡達は表情を曇らせる結衣にどう答えれば良いのか考え始める。

勿論素直に言うわけにはいかないのだから、それ以外の回答を用意しなければならない。

その答えを最初に口にしたのは雪乃だった。

 

「わ、私はたまたま来たくなっただけよ!」

(まったく説明になっていないぞ、雪ノ下。それに顔の強張り加減があからさま過ぎて嘘だって丸わかりだ)

 

雪乃に続くように答えたのは沙希である。

 

「わ、私だってこういうお店に行くことくらいある」

(お前の嘘も分かりやすいぞ、川崎。お前はこう言う所よりももっと安い服屋とかにいく方だろうが。眉間の皺が増えてるぞ)

 

そして最後に八幡達になるのだが、そこで答えようとしたのは小町であった。

彼女はこの状況にわくわくしているようで、修羅場だ修羅場と楽しんでいる。そんな小町から出る回答が当然良いものなわけがなく、元気よく答えようとした小町の口を八幡は塞いだ。

 

「小町、余計な事を言って場を混乱させないように」

「ん~」

 

八幡に優しく叱られ少しだけむくれる小町。

そんな小町に優しい目を向けつつ八幡が結衣に向かって答えた。

 

「俺は小町と一緒に買い物に来ただけだ。雪ノ下と川崎に会ったのはたまたまだよ。寧ろ俺だって驚いてるくらいだ」

 

そう答えると、やっと納得したのか表情を明るくする結衣。

 

「そうなんだ~、そんな偶然って本当にあるんだね」

 

ホッとした様子でそう答える結衣に皆がホッとした。

そして結衣とも少し話すことになるだが、その話題は彼女の飼い犬であるサブレについてであった。

 

「それで……この犬なんだが、どうしてここまで懐かれてるのか分からないんだが?」

 

八幡の困惑した様子に結衣は優しい笑みを浮かべつつ答えてくれた。

 

「サブレはヒッキーがあの時助けてくれたことを覚えてるんだよね。ね、サブレ」

 

結衣の言葉に同意するかのように鳴くサブレ。

それを聞いてやっと思い出した。確かに八幡は結衣の飼い犬を助けたことがあると。

それを思い出しながら八幡はサブレを撫でてやる。

 

「別にそこまで大仰なことでもないのにな。義理がたいよ、お前も、お前のご主人様もな」

 

撫でられたのが気持ち良いのか嬉しそうに鳴くサブレ。

そんなサブレを見つつ結衣は八幡に優しい笑みを向ける。

 

「私とサブレにはとても凄い出来事だったんだもん。忘れるわけがないよ」

 

それは彼女が恋をした瞬間でもある。忘れるわけがない。

と、そんなことを思い出し頬を桜色に染める結衣。彼女の顔はとても綺麗であり、少しだけ八幡は見入ってしまう。

それを見て妙に不機嫌になる雪乃。そして沙希は八幡と結衣との間に何があったのかを雪乃から聞き始めていた。

 

 

 

 こうして最後には結衣も合流して皆でららぽーとを周ることになった八幡。

内緒にすべき人物と行動を共にすることになってしまった為にこれ以上は無理と判断し、誕生日プレゼント探しは断念せざる得なかった。

だが、八幡は結衣とサブレを見て、彼女に贈るものを決めた。

 

(そうだ、由比ヶ浜にはアレを贈ろうか。たぶん喜んでくれるはずだ)

 

こうしてこの日、一応皆結衣に贈るプレゼントを決めた。

 



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第41話 俺は彼女の誕生日を祝う

遅れて申し訳ありません。
今回は皆に頑張ってもらいました。
そしてガハマちゃんはエロい。


 各自が結衣の為に誕生日プレゼントを揃えて時間が経ち、本日はそれらが成果を発揮する本番、すなわち結衣の誕生日である。

彼女へのサプライズということもあって内密に練ったものであるが、対象が予想外の行動に出て台無しになっては元も子もない。だから八幡は部室に準備などを雪乃と沙希の二人に任せ、自分は結衣の動向を監視していた。

監視と言っても常々見張っているわけではない。さりげなく彼女に目を向けて部室に向かおうとすれば呼び止め何かしらの話題を振って時間を稼ぐ。

ストッパーとしての役割をしながらも八幡は内心まだ終わらないのかと思う。

別に大それたことをしようと言うわけではないのだから、準備にかかる時間は対して掛からないはずだ。

だからこそ、余計に気まずさを感じる。

そんな八幡だが、結衣はそんなことはないようだ。

 

「由比ヶ浜、やけに嬉しそうだな」

 

目の前で会話をする結衣がやけに嬉しそうに笑っているのを見て八幡はそう問いかける。

別に大した意味はない。ただ、彼女がいつもより楽しそうにしていたからそう感じた。

その問いかけに対し、結衣は少しだけ頬を桜色に染めつつ恥じらいながら答える。

 

「だって……ヒッキーとこんなに長く教室で一緒に話すことなんてなかったから」

「そうか?」

「そうだよ。ヒッキーっていっつも一人でいること多いし、すぐに何処かにいなくなっちゃって教室にいることが珍しいから。だからこうして一緒に話せるのが嬉しいの」

 

嬉しそうに微笑む結衣は可愛く、その笑みに近くに居た男子の視線が集まる。

そんな視線を感じつつ、八幡は少しだけ呆れた様子で返した。

 

「別に部室でも良く話してるだろ。こんな会話、どこでも出来る」

「それでも、なの。それにヒッキーって普段すぐ会話を切っちゃうから長く続かないし。だからこんな風に長く話せることが嬉しくて」

 

そう答える彼女は謙虚でいじらしく可愛い。

そう感じて八幡は自分の頬が熱くなるのを感じつつそっぽを向く。

 

「そんなことで喜ぶなんてな。まぁ、この程度で喜んでもらえるなら安いものか」

「うふふふ、よきにはからえ~、なぁんてね」

 

そんな冗談を聞きながら会話に花を咲かせつつ時間稼ぎをする八幡。

もし彼女と彼のこの姿を見ていた『彼に思いを寄せる女性』がいたのなら、少なからず機嫌を悪くしていたかもしれない。だからある意味、今この場にそれがいないことは救いであった。

そして少しだけ時間が経ち、時間稼ぎ終了の報せが八幡のスマホに来た。

 

『準備出来たから早く由比ヶ浜を連れてきな。あ、アンタもびっくりするに違いないからさ   川崎 沙希』

 

何故沙希が連絡してきたのかは分からないが、彼女らしい文面に少しだけ笑ってしまう八幡。しかし、文章内に少しばかり気になる内容があることが八幡の興味を引く。

その答えを知るためにも、八幡は彼女にこの言葉をかけた。

 

「そろそろ部活に行くか。と言っても依頼がなければ何もないけどな」

「そうだね、行こうか!」

 

八幡の言葉に結衣は弾けるような笑顔でそう答え、八幡の腕をぐいぐいと引っ張り始めた。

 

「別に急がなくてもいいだろ」

「だってヒッキーと一緒に部活に行くのって初めてだから。えへへへ」

 

傍から見て誰が見ても分かるくらい、結衣は乙女になっていた。

 

 

 

 そんな結衣に引っ張られながら歩くこと数分、二人は奉仕部に部室に来た。

そこはもう慣れ親しんだ場所であり、中に入るのに遠慮も何もない。

普通にそのまま部室に入る結衣。彼女の背を追うように歩く八幡はこの先に起こることに口元をニヤリと笑う。

その手に持っているクラッカーが咆哮の時を待ち望んでいるようであった。

そして部室に入った結衣が室内に戸惑っている所に雪乃と沙希、そして八幡はそのヒモを引いた。

 

「「「誕生日、おめでとう!!!!」」」

 

その掛け声とともに弾けるクラッカー。

飛び出した紙吹雪などが結衣の顔にかかり、彼女は目の前で起こった事態に頭が追いつかず唖然となる。

 

「え、あ、あれ、えっと、これって………」

 

鳩が豆鉄砲を喰らったという言葉をそのまま表している結衣を見て笑いそうになるのを堪える八幡。

そんな八幡を見て雪乃も笑いそうになるのをこらえつつ、結衣に見えるように持ちこんだ最終兵器………この日の為に雪乃と沙希が二人で作ったケーキを机の上に出し、彼女に優しく微笑みかける。

 

「6月18日、何の日か知ってる?」

 

その問いかけに結衣はやっとこの状況が何なのかを理解した。

 

「あぁ、私の誕生日ってこと!? 何で知ってるの!」

「アドレスにそのまま番号振っていれば大体予想がつくものよ。それに調べたけどちゃんと誕生日だったわ」

 

答えを明かす雪乃に結衣はそう言われ納得する。

それとともに、皆に祝ってもらえることが嬉しくてより笑顔になった。

 

「あ、ありがとう、ゆきのん、サキサキ、ヒッキー!」

「サキサキって言うな。まぁ、おめでとう」

 

結衣の言葉に反応しそう文句を垂れる沙希だが、その顔は微妙に赤くなっており恥ずかしがっている様子から満更ではないことが伺える。

そんな沙希に更に微笑む雪乃。八幡もそんな彼女を見て軽く笑った。

 そして始めるパーティー。

と言っても大きなものではない。学生らしくこじんまりとしたものだがその雰囲気はとても暖かく、仕事先で行った『誕生パーティー』なんかよりも余程和やかで心の底から祝いたいということが伝わってくる。

その心を感じてなのか、結衣は何度も泣きそうに目を潤ませていた。

そんな彼女を微笑ましく見る雪乃と沙希と八幡は確かに彼女を祝福する。

 

「これ、川崎さんと一緒に作ったケーキなの。市販のものに比べたら多少美味しくないかもしれないけど、二人で一生懸命作ったのよ」

「そんな、売ってるやつより凄いって! それにサキサキと一緒に作ってくれたって思うと、食べるのが勿体ないくらい綺麗だって。ありがとう、ゆきのん、サキサキ!」

 

目の前に差し出されたケーキに目を輝かせながら興奮する結衣。

そんな彼女の笑顔が見れて嬉しそうに笑う雪乃と沙希。二人はその笑顔に満足し、ケーキをさっそく切り分ける。

それはどこにでもある普通のショートケーキ……ではなかった。

上にイチゴが飾られているが、それ以外にも桃がふんだんに使われており桃の香りが漂うフルーツケーキである。桃は結衣の大好物だ。

それがふんだんに使われているということが、如何に彼女を良く知っているのかが良く分かる。結衣もそれが分かるからこそ、その嬉しさが更に増して泣きそうになった。

だが、泣く前に食べて感想をいうのが礼儀だと判断し、結衣は一番最初にケーキに口を付けた。

そして目を見開き、その舌が感じた感動を全身をもって表す。

 

「すっごく美味しい!! これ、お店に売ってるヤツなんかよりも美味しい!」

 

最高の褒め言葉を受けて嬉しそうに笑う雪乃。親友と言っても良い彼女の笑顔が心底嬉しいらしい。

 

「二人とも凄いね~! こんな美味しいケーキを作れるんだから」

「べ、別に大したことはしていないわ。ちゃんと分量を図って作っただけだから」

「わ、私もそこまでしてないし。大体雪ノ下が教えてくれたのをやってただけで」

「それでも凄いわよ。一回言っただけで見事にこなすのだから、家事を普段からしてるようだからかしら。手つきが堂々としていたわ」

 

女子が3人揃えば姦しいというように、和やかに会話に花を咲かせる3人。

結衣はケーキを絶賛し、雪乃はそんなことはないと言いつつ沙希の協力があってこそだと答え、沙希はそう言われ真っ赤になりながら否定する。

そんな3人を微笑ましいものを見る目で見る八幡。

 

(これがちゃんとした誕生日って奴だよな。悪くはない………親しい人間を祝うのは悪くないな)

 

そう思いつつ雪乃と沙希が作った力作のケーキに口を付ける。

 

「美味い………」

 

そんな感想が口から洩れた。

たったそれだけのことなのだが、何故かそれをしっかりと聞いていたようで雪乃は顔を真っ赤にしてうつむく。

 

(由比ヶ浜さんのためのケーキのはずなのに、彼女に喜んでもらえたのと同じくらい嬉しいかもしれない……私、どうしてそう感じてしまっているの?)

 

そんな二人の様子に気付かないのかそれともケーキに夢中だったのか、結衣は八幡のその感想に同意する。

 

「そうだよね、ヒッキー! このケーキ、すっごく美味しいよね」

「あぁ、そうだな」

 

結衣の純粋な反応に普通に応じる八幡。

そんな二人に向けて、今度は沙希がテーブルの上にあるものを差し出した。

それは普通に有るタッパー。そしてその蓋を開けると、その中には黄金色に揚がった唐揚げが一杯に入っている。

 

「誕生日に唐揚げっていうのがウチの定番だからさ。雪ノ下のケーキに比べて地味で申し訳ないけど」

 

恥じらいながらそう言う沙希。

そんな彼女のいじらしい表情が更に心を高鳴らせる。

 

「ありがとう、サキサキ! それじゃぁいただきます」

 

唐揚げを摘み嬉しそうに食べる結衣。

 

「うわぁ、これも美味しい! 凄いよサキサキ。私もこんな風に美味しい料理が作れたらなぁ~」

「べ、別に大したことはしてないから。ただ隠し味に……ごにょごにょ……」

 

称賛を受けて恥ずかしがる沙希。

そんな彼女に皆が微笑む。

そんな中、彼女は何とか結衣を引き剥がすと八幡に向かって唐揚げを差し出した。

 

「あ、アンタも食べた、唐揚げ」

「いや、まだだけど」

 

その言葉に沙希は更に顔を赤らめつつ、震える手で何とか八幡に唐揚げを乗せた紙皿を差し出す。

 

「な、ならさ……食べてみてくれない。感想とか、聞きたいし……」

 

真っ赤な顔で目を逸らしつつもチラチラと八幡の顔を見る沙希。

そんな彼女の雰囲気にのまれつつ、八幡は唐揚げを口にした。

 

「ど、どう?」

「…………美味くて驚いた。こんな美味い唐揚げ食べたのは初めてかもしれないな」

「ぁぅ………」

 

八幡に絶賛され、沙希はそれこそ耳まで真っ赤になった。その瞳は濡れており、嬉しさのあまり泣きかける。

 

(どうしよう、ただ褒めて貰えただけなのに、嬉しすぎて泣きそうになってる)

 

そんな沙希の様子が気になり八幡は大丈夫か沙希に問いかけると、彼女は弾かれるかのように大丈夫だと答えて急いで雪乃の所へと戻った。

 

 

 

 ケーキと唐揚げを堪能し、今度はプレゼントを渡すことになった。

 

「私からはこれを。さっきも言っていたけど、料理を勉強している由比ヶ浜さんには必要だと思って」

 

そう言って雪乃が結衣に渡したのはららぽーとで買ったピンク色のエプロンだ。所々にフリルがあしらわれており、実用性の中に可愛らしさを散りばめられていた。

 

「あなたのお陰で毎日を楽しく過ごさせてもらっているから。親しい友人として心からの感謝を気持ちをこめて」

「ゆきのん………」

 

渡されたエプロンを胸でぎゅっと抱きしめつつ感動する結衣。

そんな彼女に雪乃は喜んでもらえた事が嬉しいようだ。

そして次は沙希の番。

彼女が差し出したのは、ピンク色をしたフリル満載のシュシュ。何でも沙希の手作りらしい。その出来栄えは売り物と遜色なく、雪乃と八幡を驚かせた。

 

「こんな私でも普通に付き合ってくれて感謝してる。前はあんなに突き放したのにね。だからさ………ありがとう」

「サキサキ……」

「さ、サキサキ言うな。これはそのまま付けても良いけど、料理とかする際に腕の裾をまくった後にとめるのにも使えるから」

 

受け取ったシュシュをさっそく手首に通す結衣。まるで宝物を見るかのように目を輝かせていた。その様子を沙希は暖かな眼差しで見つめる。

そんな二人が終わり、今度は八幡の番。

ちなみに八幡は小町のプレゼントも預かってきている。彼女は中学生なので学校に来れないから八幡が渡すのを代行。

とはいえ最初に渡すのは当然自分のプレゼントであり、八幡は鞄から少し小さめな箱を取り出した。

 

「お前には結構世話になってるからな」

「ヒッキー………」

 

感動する結衣。それはとても綺麗に見えた。

 

「開けていい?」

「お好きにどうぞ」

 

八幡の許可を得て箱のリボンを解き空ける結衣。

箱の中にあったのは可愛らしいチョーカー? それを見た結衣は感嘆の吐息を漏らしながら喜ぶ。

そんなに喜んでもらえるとは思わなかった八幡は内心で驚きつつも、満足そうな結衣を見て安心した…………のだが、ここで思わぬ誤算が出てきた。

 

「ねぇ、似合うかな?」

 

結衣は八幡を見つめつつそう問いかける。

その問いの内容の対象は先程彼女に贈ったチョーカー?であり、彼女の首にそれが装着されている。

確かに彼女に良く似合ってはいるのだが、実は問題が一つ。

 

「………それ、犬の首輪なんだが?」

 

そう、八幡が送ったのはチョーカーではなく犬の首輪だ。

何故なら彼女との出会いの切っかけが犬だったからというのが大きい。そういった意味も込めてそう贈ったのだが、まさかチョーカーと思うとは思わなかった。

普通こんな事になれば当然怒るなり何なりと反応が返ってくるのだが、その後の反応は八幡の予想外のものだった。

 

「それってつまり………ヒッキーは私を『飼いたい』っていうことなのかな?」

 

顔を真っ赤にして瞳を潤ませつつ上目遣いで八幡を見つめる結衣。

熱い吐息が漏れる唇が妙に艶やかであり艶気を感じさせる。その解釈は変な方向に逸れ曲がり、少し間違えればただの変態でしかない。

だが、彼女はそんなことなど考えずに八幡にゆっくりと近付いた。

 

「ねぇ、どうなの……ヒッキー……わんわん、なんちゃって……ね」

 

目と鼻の先で熱い視線を向ける結衣に八幡は言葉を詰まらせた。

 

「ヒッキーが飼いたいって言うんだったら、私…………」

 

もう顔はポストよりも真っ赤になっている。でも、彼女の潤んだ瞳は八幡を逃さない。

その瞳に吸い込まれそうになる八幡は無意識の内に引き寄せられる。

そして…………。

 

「「ストップ!!」」

 

雪乃と沙希によって止められた。

この後は言うまでもなく大事になり、八幡は雪乃と沙希に罵られ、結衣は誕生日だからと言って調子に乗り過ぎだと釘を刺されることに。

 

(俺はいったいなんであんなことを………)

(わ、私、何であんなエッチなこと思っちゃったんだろ~~~~~~! どうしよう、恥ずかしいよ~~~~~~!)

 

そんなわけで落ち込む二人であったが、それでもこの誕生日は結衣の生涯に残る程に楽しい誕生日であった。

 

 

 

 

 尚、八幡が最後に渡した『小町からのプレゼント』を結衣は家に帰った後で開けた。

中に入っていたのは白い男物のワイシャツ。そしてメッセージカードにはこう記されていた。

 

『結衣さんへ。お兄ちゃんの使用済みワイシャツをプレゼントだよ! これで思う存分好きなようにして下さい。頑張れ、お義姉ちゃん候補』

 

その日、結衣はワイシャツを片手に悶えて眠れなかった。

 



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第42話 俺は白目を剥いてそれに行く

今回は珍しくあの人が暴走しているようで。

少しばかり手直ししました。


 誰かが言った………人は慣れる生物であると。

その言葉をそのまま捉えるというのなら、それすなわち適応力が高いという意味である。

哲学や精神論で言うのなら、その行動に際し精神的苦痛や疲労が軽減されそれらを苦に思わなくなるということだ。

だが、それでもと八幡は思う。

 

その言葉は絶対に嘘であると。

 

彼は『それ』をもう5回以上経験した。

初めてした時は本当に死ぬかと思った。何度も何度も激痛にのた打ち回り、ダメージや疲労で吐いた回数など数えるのも億劫になるくらい吐いた。最初はその日の朝に食べたものが、次からは苦く酸っぱい胃液が、それも続くと挙句は血が混じったものを吐きだした。

精神的にも肉体的にも限界で、その年齢の人間が行うには明らかに過剰なものであった。

だが、それでも何とか喰らい付き、初めはほぼ死人状態に、次からは半死にに、そしてその次からは死ぬ手前に、そう、段々と適応していった。

それだけ見れば確かに慣れていっているのだろう。

だが、精神はいつまで経っても『それ』に慣れない。

何度経験し肉体が慣れてこようが、刻み込まれた恐怖は拭えない。その恐怖に負けることはないが、だからと言って克服したわけでもない。

怖い物はどう言おうが怖いのだ。

彼がそう断言する『それ』が…………今年もやってきた。

 

 

 

 八幡は本日、珍しく会議室にいた。

いや、大抵大がかりな仕事が来た時は会議室でブリーフィングをするのだが、ここ最近そこまで大きな仕事は来ていない。

では何故普段は使わない会議室にいるのかと言えば、今彼が手に持っているものが原因だ。

それはプリント紙を束ねた資料であり、表紙にはデフォルメされたスイカやカブトムシなど夏の風物詩が描かれている。

これを小学校にでも配れば、間違いなく夏休み前日の光景が思い浮かぶだろう。

その際に子供達は皆、夏休みに胸を高鳴らせはしゃいでいることだ。

だが、この場に居るのは子供ではなく成人を過ぎた大人。そして皆の顔に出ているのは真面目な表情に隠された悲壮感。

誰もがそれを見て忌避感を持つ。本心で逃げ出したいと誰もが思うだろう。それが絶対に不可能だということが分かっていてもだ。

何故こうも皆が悲壮感を漂わせているのか? それは彼等の手にも渡っているその資料、忌み名を『夏休みのしおり』が原因だ。

それを見ながら彼等をまとめる長足る『レイス0』こと『武蔵 幻十朗』がニヤリと笑う。

 

「皆もこれを見て楽しみで仕方ないようだ。うんうん、やる気があって結構だよ」

 

そう課長が楽しげに言うが、この場に居る誰もがその言葉に文句を叩きつけたい。

絶対に楽しみなわけがないだろと、心の底から叫びたい。

基本個性が強いメンバーが多いチームだが、この時だけは皆の心が揃っていた。

そんな不満を皆が抱える中、課長は『それ』について話を始める。

聞きたくない、でも聞かなければいけない。そんなジレンマに襲われ頭痛を感じるレイス8こと比企谷 八幡。

そんな彼に同じように考えている相棒であるレイス7は小さな声で話しかける。

 

「またこの季節がやってきちまったな」

 

彼もまた八幡と同じなのだろう。

何度も経験してきた。だが、それでも慣れることはない。それ故にその表情はうんざりとしていた。

 

「あぁ、そうだな。これに関しては何度やっても絶対に慣れる気がしない」

「まったくだ」

 

相棒の言葉に同意する八幡は、彼に苦笑しつつ資料のページを軽く捲る。

中に書かれているものはびっしりと詰まったタイムスケジュール。しかし、その中に書かれている単語そのものは寧ろ少ない。

何せ要約すれば大体二つで収まるからだ。

 

『休憩』『演習』

 

その二つだけが一日のほぼすべてを支配している。

そこに本来ならば『食事』や『就寝』といったものが書かれているはずなのに、そのスケジュールには人間として大切なものが欠けていた。

初めてそれを見たのなら、その者はそれを作った者の正気を疑うだろう。

だが、皆はそれを見てもそんな風に動揺することはない。

あるのは嘆きと諦めだけである。

仮にも裏の世界に於いて有名な彼等であっても、それを前に絶望するほかない。それ程に『それ』は最悪であった。

その名を改めて皆に聞こえるよう、レイス0が発表する。

 

「それでは、『夏期総合野戦演習』の日程について話そうか」

 

それは4泊5日によるとある山全域を使った実戦形式の演習である。

 

 

 

 外は真っ暗でありながら蒸し暑く、汗が途絶えることがなく不快感が増していく。

世間ではすっかりと夏本番に入っており、学生たちは皆夏休みへと突入していた。

だからこの季節は青春の季節と言われてもおかしくはないくらい、自由で溢れている………のだが、それはあくまでも学生の話。世間における大人、すなわち社会人に於いてはそんなものは存在せず、常にあるのは仕事のみ。

だから当然、生徒達が夏休みを満喫している中でも汗水を垂らしながら彼女は働いている。

誰もいない職員室で一人、カップメン片手に書類仕事に追われる事何日か。

その苦難の末、ついに彼女はそれを手に入れた。

いや、正確に言えばそれも仕事であり教頭に無理やり押し付けられた代物だが、長時間職員室で缶詰を何日もやらされるのに比べれば天国と言っても良い程に自由である。

 

「あぁ~、やっと書類仕事から離れられる!」

 

彼女……平塚 静は自宅にて嬉しさを噛み締めながら浮かれていた。

押し付けられた仕事は地域ボランティアの一環、小学生の林間学校のサポートスタッフである。小学生のサポートというのは面倒ではあるが、それでも自由時間は多く夏を満喫するのには十分楽しめる。

それを彼女が参加するのは勿論のこと、それ以外にも学生の中から内申を餌に募集をかけた。

とはいえそれに参加の意思を見せたのは4人。まだ人数が足りない。

そこで彼女は丁度良いと思い、自身が顧問をしている『奉仕部』に参加を要請しようと考えた。夏合宿とでも言えば楽しめるだろう。

そこで奉仕部の面々に連絡を取り、雪乃、結衣、沙希の3人の参加を取りつけることに成功した。

実はそれで既に人数は達成しているのだが、それだけではない。

彼女にとって一番参加して欲しい相手がいるのだ。

彼女は珍しくなのか、自室にある大きな姿鏡の前で何着も服を翳し自分を見て悩む。

黒く露出の多いものや、大人の雰囲気あふれるシックなもの、少し冒険して若い女向けの服や自分が普段では絶対に着ないようなものなど様々だ。

 

「ん~~~~……悪くはないんだが、あいつはどんな服が好きなんだろうか?」

 

真っ白なワンピースを身に纏い軽く周ってみながら考えるのは、一人の男のこと。

それは彼女にとって特別になりつつある存在。過去に世話になって以来、ずっと意識してしまっている。

相手は自分より下手をすれば一回り近く歳が下の男、挙句は教え子である。

世間における禁忌だが、それでもその気持ちは抑えきれない。

彼女だってそれは勿論分かってはいる。

分かってはいるのだが、だからと言って消すことは出来ず、今もそれを大切に抱えたままだ。

思い出だけなら美しいものだが、考えようによってはその禁忌も禁忌ではなく合法となる。

彼女は男のことを考え顔を桜色に染めつつ、少しニヤニヤと笑う。

 

「卒業してしまえば合法、卒業すれば問題なし………ふへへへ」

 

緩みだらしない笑みを浮かべてしまう彼女。

歳の割にそういうところが可愛らしいと言えばそうなのだが、その姿は普段の教師姿からは考えられないくらい威厳が感じられない。

そのように彼女を腑抜けにさせる男に彼女は考えさせられる。

彼とは親しい関係を築いているという自負はあるが、それはあくまでも教師と生徒。一人の女と男の間柄になるには、まだまだ接触が足らない。

とはいえ普段学校生活でそのように接触するわけにいかない。だからこそ、このイベントを機に彼にアタックをかけてより親密度を増やそうと考えた。

自慢ではないが、スタイルの良さはそこいらの女よりも上だと自負している。

身体だけの女と思われたくはないが、使える物は何でも使う所存だ。

最近彼の周りに他の女子が集まり始めたこともあって余計に焦らされることもあるが、この機会に距離を縮める事が出来れば大きなアドバンテージになる。

そう考えると途端に頭の中で妄想が始まる静。

満開の星空の下、大好きな彼と二人っきりで夜空を眺めつつ身体を拠り添わせる。

夏とはいえ山の夜は冷える。だからなのか、寒くないかと心配する彼に静は寒くないと年上なりの意地を持って答える。

だが、そんな彼女に彼はそっと身に纏っていた上着をかけた。

寒くないわけがないのだから意地をはらなくても良いと笑いかけながら。

その優しさに胸をときめかせ、そしてより身体を預ける静。その顔は嬉しさから赤くなり、段々彼の顔との距離が縮まっていき…………。

 

「キャーーーーー、キャーーーーーーー! そんな、大胆すぎるぞ、比企谷!! で、でもお前さえ良ければ私は!」

 

鏡の前で妄想に身悶えするアラサ―女。

そんな図が表されていたが、本人が幸せならそれで良いのだろう。

 

「下着もやはり黒がよいのだろうか? いや、それはそれで少し大胆過ぎないか? もし清純なのが好きだったらやはり白だが、それだとデザインが凝ってない物しか……急いで買いに行くもの手だな」

 

その先を考えて尚暴走する静。

伊達に何度も友人同僚の結婚式に参加したわけではない。既に婚期のピークに達しているのだ。これを逃せばその先は………言ってはならないくらい悲惨の一言に尽きる。

だから多少でもアダルトチックな行動も辞さないという暴走中な静は彼を悩殺すべく衣服に悩むのだが、その前にすべきことをしなくてはならない。

何せその彼の参加の有無を聞いていないのだから。

 

「む、いかんな。すぐ暴走しがちになり下着が濡れかける。後で思いっきり発散するとして、それより先にあいつに連絡を取らないとな」

 

白いワンピース姿でそう言うと、静は携帯で彼………比企谷 八幡に連絡を入れる。

しかし、通話が繋がらない。

 

『お掛けになった電話は現在電源が切れているか、電波の届かない所にある可能性があります』

 

人工的な音声が流れ、それを聞いて静は顔をしかめる。

せっかくのチャンスを活かせないなんて絶対に嫌だと、そう思いながら今度は八幡の家に電話をかけた。

八幡の自宅の連絡先に関しては学校で既に掴んでいる。だから問題なくかけることに。

そしてコールすること5回、通話が繋がった。

 

「あ、もしもし、総武高校の平塚と申しますが、比企谷 八幡君はいらっしゃいますでしょうか?」

 

丁寧な言い方がより初々しく感じ、静かは桜色に染まった頬を撫でる。

まるで交際の報告を家族にするような心境じゃないかと思い、熱くなる頬を抑えた。

そして返ってくる言葉。

 

『あ、はい比企谷です。えっと兄なんですけど、その……ここ数日アルバイトの実地研修で出ていていないんです』

「え…………」

 

その言葉を聞いた途端に静は携帯を手から落とした。

彼女の目論見が潰えた瞬間である。

 

 

 

「あの、なんでしたらこういうのを誘おうと思ったのですが、参加しませんか? お一人で留守番というのも危ないですし、一応彼の部活の人間も来ますから」

 

ただし、転んでもただで起きないのか外堀から固め始めていた。

こうして八幡が参加しないかわりに小町が参加することになった。

 

 

 

 



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第43話 俺は仕事に、妹は遊びにいく。

もっと甘い話が書きたいのに、主人公がヒロインと一緒にいないから書けないこのジレンマ。でも頑張りたいです。

少し手直ししました。


 八幡不在の比企谷家から小町は海浜幕張駅に向かって歩き始めた。

彼女は八幡が世話になっている教師『平塚 静』の誘いを受けて、千葉村で林間学校をする小学生のサポートスタッフをすることになったのだ。

中学生である彼女がこのボランティアに参加する意味はないのだが、聞けば兄と関わり合いがある女性達が来るというではないか。

兄の将来を心配する妹としては、『義姉候補』とより親密な関係を築いておきたいという思いがあり、家にいても仕方ないという事もあって承諾した。

尚、その後兄と連絡を取り参加すると報告したところ、八幡はそれを快く了承した。見ず知らずの相手なら絶対に駄目だが、相手が奉仕部の面々と恩師でもある静なら安心して任せられると。

本来受験生である小町には遊んでる暇などないと言うべきなのだが、この妹に激甘な兄は絶対にそんなことは言わない。気晴らしは必要だと言うだろう。最悪受験に失敗しても一生養うのに苦もないと言いだしそうだ。

そんな激甘な兄のことを思いつつ、だからこそ幸せになってもらいたいと小町は思う。

そのために、妹として義姉候補の皆により兄との親密な関係を築かせるようにちょっかいをかけようと小町は画策する。

まぁ、単純に兄と親しい人達と仲良くしたいということが本音だが。

そんな気持ちを胸に抱きながらこれから始まるであろうキャンプに胸を躍らせつつ小町は歩く。尚、飼い猫のカマクラは近所の人に預かってもらっている。

そして海浜幕張駅に着くと、小町は見知った人物達に向かって笑顔で駆けつた。

 

「あ、結衣さん、雪乃さん、沙希さん、やっはろー!」

 

小町の元気な挨拶に気付き、先に着いていた結衣達も小町に向かって挨拶を返す。

 

「あ、小町ちゃん、やっはろー」

「やっは………おはよう、小町さん」

「おはよう、小町ちゃん」

 

若干雪乃が結衣に引っ張られて独特な挨拶を言いかけて恥ずかしさから顔を赤くし、沙希はそんな雪乃を見て自分はつられまいと普通に挨拶をした。

3人と向き合い小町は相手が自分より年上だと分かってはいたが、それでも同じ年の人間を相手にする時のようにテンションを上げる。

 

「うわぁ、結衣さんはカジュアルだし雪乃さんはお人形みたいに可愛いし、沙希さん格好良い!」

 

動きやすい服装ということで奉仕部3人娘の服装は皆ラフなものだが小町にはそう感じるらしい。

結衣はピンク色の帽子とカジュアルでフラミンゴのプリントがされた黄緑色のTシャツに黒い身体に密着した短パン。服装そのものはかなりラフだが、元が可愛い結衣が着るととても良く似合っていてワンパクな印象を与える。

雪乃は白いフリルがふんだんにあしらわれた白いブラウスに長ズボンという服装で、彼女が着るととても清楚に見えた。

沙希は結衣と似たようにカジュアルなもので、上は胸の谷間が覗く程度の開いた黒いTシャツに下はジーンズという服装だ。服装そのものは普通だが、モデル体形の彼女がそれを着ると、それだけなのに格好良い。

服装を褒められ結衣は素直に喜び、雪乃は気恥ずかしさから目を逸らし、沙希は顔を赤くしつつ小さくお礼を言う。

そして今度は小町が褒められるのだが、彼女はそれを素直に受け入れ更に会話を盛り立てていく。

もう参加する人間は揃っているので後は責任者である静を待つだけである。

そして会話に華を咲かせること約10分、4人の前に一台の赤いワゴン車が停まった。

その扉が開かれると、中から赤いTシャツにサバイバル向きなズボンを穿いた静が出てきた。

 

「皆、おはよう。今日から三日間よろしく頼む」

 

「「「「はい」」」」

 

静に元気よく返事を返し、四人は早速ワゴン車に乗り込む。

そして適当に席に着きシートベルトを締めると、これから始まるキャンプに皆楽しみに賑わう。

そんな中、静は小町の方に顔を向けながら軽く笑いかけた。

 

「君が比企谷の妹さんか。お兄さんには良く世話になっているよ」

 

年上の『お姉さん』からの言葉に小町は少しだけ委縮しつつ答える。

 

「いえ、こちらこそよろしくお願いします、先生」

「あぁ、よろしく」

 

軽い挨拶をし終え、そしてワゴン車は走り始めた。

 

 

 

 運転しているので本格的に会話に参加できないとは言え、ある程度は参加する静。その話題の中には当然ここにはいない男の話が出てくる。

 

「ところで小町くん……比企谷はどんなバイトをしているんだ?」

 

何気なく出た話題。八幡と言えば勤労少年であり、バイトばかりしているイメージがある。だが、その内容が一切知られていない。清掃会社のバイトをしていると学校に報告されているが、その割に中身がまったく聞こえてこない。

だからなのか、普段とは違う八幡を聞いてみたいと思った静はそれを知っているかもしれない小町にそう問いかけた。

その質問は結衣や雪乃や沙希も勿論気になるらしく、小町に皆が集中する。

 

「確かに聞いたことないかも」

「彼、バイトでの経験を少し話したりするけど、具体的にどんな仕事をしているのかは喋ったことはないわね」

「あいつ、結構忙しそうだからその手の話はあまりしないしね(それに………あれだけのお金を稼げる仕事っていうのがどうにもね……)」

 

四人の視線を受け、小町は苦笑しつつ何とか答えた。

 

「それが……その~……私もよく知らないんですよ」

「知らない?」

 

結衣の不思議そうな顔に小町は頷き返す。

 

「お兄ちゃんのアルバイトは武蔵おじちゃん、えっと、お父さんの仕事の同僚で友人だった人なんですけど、今は私とお兄ちゃんの保護責任者でその人の紹介でアルバイトをしているんです。お父さんも清掃会社で働いていたってお兄ちゃんから聞きましたから、たぶんおじさんと同じ職場なんだと思います」

 

その答えに結局八幡のバイトがどのようなものなのかはっきりしない。

それはそれで仕方ないと皆思ったが、試しにバイトで床や窓を拭いている八幡を思い浮かべ、そして苦笑してしまった。

 

「に、似合ってないかも……」

「確かにそうね。彼には何故だか似合わないわ」

「おかしな事じゃないはずなんだけど、何故だか違和感を感じる」

「真面目なアイツなら可笑しくないはずなんだがな。何故か笑ってしまう」

 

そんな風に八幡の不在に寂しさを覚えつつ、皆はこのイベントに思いを馳せる。

 

(あぁ~、せっかくヒッキーと一緒に楽しめると思ったのになぁ……)

(比企谷君がいたら、きっともっと楽しくなっていたのかも……しれないわね)

(比企谷も来れればなぁ……もっと一緒に居たい………ぁぅ)

(アイツを誘ったのに来れないとはなぁ……。せっかく用意した勝負服とエロい黒下着が無駄になってしまった。ま、まぁまだ焦る時間じゃない。まずは外堀から……)

(お兄ちゃんとキャンプもしてみたいけど、こういうのも面白いかも。それに………お兄ちゃんの『お嫁さん候補』の人達ともっと仲良くなっておきたいしね)

 

そんな思いを各自で抱きつつ、ワゴン車は千葉村に向かって走って行った。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」

 

生い茂る森の中、3人の男達は互いの背を護るように起ちながら辺りを警戒していた。

その服はこの場に馴染む迷彩色、そして手に持っているのはそれに不釣り合いな鈍い輝きを放つ突撃銃。

それらをいつでも撃てるように構えつつ、彼等は周りから目を離さない。

彼等の表情は緊張で強張り、夏の熱気に煽られ汗が止まらない。汗だくになり緊張から呼吸まで荒くなっている彼等は今、とある存在を警戒していた。

 

「此方βチーム、ターゲットγの存在は未だ確認出来ず」

『此方Aコマンドポスト、αチームからの応答なし。既に無力化されたと思われる。次に近いポイントはβチームだ。警戒を怠るな』

「了解」

 

通信機で本拠地にそう返信を送るも、その男は悪態を付く。

 

「そう応えはするが…無茶だろ、これは。アイツの独壇場で捕捉できる自信なんかねぇっての」

 

その悪態にもう一人が賛同した。

 

「絶対に課長分かってやってるだろ。そもそもチーム分けだってアイツがいる時点で勝敗が決まったようなもんだろ」

 

二人の愚痴を聞いて3人目の男が不思議そうに二人に問いかけた。

 

「そんなに凄いんですか、あの人。確かに皆凄いって言いますけど、とても普段の様子じゃ……」

 

そんな3人目に二人は呆れ返った。

 

「お前は確か今年配属になったばかりで、しかもアイツと仕事したことはないんだったか? おいおい、よくそんな認識でここに配属されたな」

「アイツは仕事になるとマジでヤバいんだよ。体術も銃の扱いも悪くないが、何よりも一番ヤバいのはその隠密性だ。ありゃマジでお化けって言葉が似合う。出くわしたらもうおしまいだと思っとけ」

 

そんな二人の様子に今度は3人目が呆れた様子を見せた。

彼はこの職場に今年配属されたばかりの所謂『新人』であった。その能力はそれなりに高く、それ故に自信もある。

確かに二人が警戒する『人物』の特異性は聞いてはいるが、それと同時に弱点も知られているのだから怯える必要などまったくない。

だから新人は呆れつつ先輩二人に言う。

 

「そうは言っても電子機器には映るんですから、こうしてヘッドマウントモニターで周りを見渡せば見つかるはずです。いくら凄いといっても弱点があれば対処できますって」

 

そう自信を持っていう新人にそれでも怯えを見せる先輩達。

それを見て先輩達を内心使えないと判断し、彼は辺りをより細かく見渡した。

そして気付く。

 

「十二時の方向に接近するものあり!」

 

その言葉に先輩達も反応し突撃銃を構え、そして………。

 

「発砲します!」

 

相手が飛び出す前に新人が発砲した。

まだ正体が確認できない以上、下手な発砲は控えるべきである。

だが、それをしなかったのは味方ならこの距離で何も言わないなんてことはないと判断したからだ。仮に野性生物だったとしても、『この銃』なら殺すことは出来ない。精々汚れるだけで済む。

だから新人は確実に『獲った』と思いながら引き金を引き続ける。

だが、彼等の前に現れたのは………。

 

「ま、丸太?」

 

そう、突撃銃から発射された『ペイント弾』で真っ赤に染まった丸太だった。

その丸太には何やら細いワイヤーが縛られており、それが真上に向かって伸びており、気が付けばそれは木に引っかけられて3人の真上を通っていた。

それを認識すると共に、

 

「3人共アウトだ」

 

静かな言葉が3人に届いた。

足音すら聞こえなかった。いつの間に来たのかすらわからない。

ただ、その言葉とともに3人の胸にはペイントナイフで斬られた軌跡がはっきりと刻み込まれ、その力に3人とも地面に膝をついた。

それをやった存在………比企谷 八幡は新人に向かって静かに話しかける。

 

「確かに俺は電子機器越しに見れば簡単に見つかる。だが、そんな弱点をそのままにする馬鹿はいない。囮を用意しただけで簡単に引っかかる。お前は少しばかり事前情報を持っていたがために慢心したな。それは戦場では命取りになることをしっかりと学んでおけ」

 

それまでの会話まできっちりと『聞かれていた』という事実に新人は恥ずかしくなり顔を赤くして俯き、先輩二人は八幡に文句を垂れる。

 

「おい、比企谷、もっと加減してくれよ」

「そうだそうだ、まだガキなんだからガキなりに可愛い所を見せてもバチは当たらないだろ」

 

そんな二人に八幡は同情するような意思を見せつつ冷酷に下す。

 

「お互いに減棒がかけられている身だ。容赦なんて出来ないし、しない」

「「そんなぁ」」

 

そんな3人は死亡判定をコマンドポストから下されその場から去る。

その背を見送りつつ八幡は通信機に連絡を入れた。

 

「こちらチームシャドー、敵βチームの無力化に成功。引き続き敵対勢力の無力化を行う」

『こちらBコマンドポスト、良くやったシャドー。引き続きよろしく。なんなら本丸を落としてもいいんだぜ』

「俺だけ働いてばかりだろ。他の連中に仕事するよう発破をかけろ、よろしく」

 

そう言い終えて通信機を切る八幡。

そして彼は空を見上げつつ思う。

 

(あぁ~、今頃小町は奉仕部の皆とキャンプかぁ………いいなぁ、俺も皆とキャンプしたい)

 

そう思いつつ、彼は更に敵対チームの戦力を削るべく、森の中を静かに駆けていった。

 

 

 

 



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第44話 俺は指揮し、彼女はもっと煽っていく

あけましておめでとうございます。
ですが作者は忙しさから死人状態でまったく休まりそうになく、お正月な気分に慣れてないですよ。
もっとラブコメしたい………。


 車を走らせること約数時間、停止した先に広がっているのは広大な山々が聳え立つ自然豊かな光景だった。

それを見て小町達は皆感嘆の声を上げる。

 

「うわぁ~、凄い凄い!」

「街よりも空気が澄んでいて美味しいわね。空気に味なんてないけれど、そう思えるわ」

「確かにそうだね。こう綺麗な景色を見ると気分がスッキリするよ」

「ん~、まさに自然って感じでテンションが上がりますね~!」

 

これから始まるキャンプに胸を高鳴らせる小町達。そんな彼女たちに保護者である静は微笑む。

 

「今からはしゃいでいてはこの後疲れてしまうよ。確かにこれはキャンプだが、同時にボランティアでもあるんだ。成すべきことを成す前に疲労していては元も子もない」

 

そう言いつつも、実はこういったイベントが好きな静は内心は彼女達と同じくはしゃいでいた。

まぁ、本音で言えば意中である『八幡』と一緒に来たかったが。

そうすればこれまでの人生において、過去に於けける大学でのリア充達の幸せな背中を恨みがましく見ていただけの自分とおさらば出来るのだから。

まぁ、それは実現できなかったとはいえ、それでもこうして教え子と何かを一緒にするのは嬉しいものである。

そう思いながらハシャぐ彼女達を見ていると、その近くに一台の車が止まった。

その車に視線が集中する中、その扉が開かれる。

そしてそこから出てきた人物に小町と静を覗くメンバーが驚きの声を上げた。

 

「え? 隼人君? それに優美子とヒナに戸部っちも!? なんで!」

「葉山君………」

「何で三浦達が来てんのよ」

 

学園のスクールカースト上位である葉山グループの面々が車から出てきたことで驚く3人。そんな3人に比べ、小町は不思議そうに首をかしげる。

 

「えっと………誰ですか?」

 

純粋な疑問に対し、答えたのは一番まともな説明ができる雪乃である。

 

「その4人は皆2年F組の生徒で、トップカースト集団と言われてるグループよ。我が物顔でクラスの中心にいて、常に自分達のことばかり考えている自己中心的な集団ね」

 

若干悪意めいたものを感じさせる説明に引く小町。

そんな雪乃をフォローすべく、今度は結衣が説明の捕捉をした。

 

「私や沙希やヒッキーと同じクラスの人達で、私の友達だよ」

「あぁ、そういうことですか」

 

中学でも似たようなものがあることから大体を理解する小町。高校だろうが中学だろうが人の交友関係というのは得てして変わらない物のようだ。

その事で納得した小町に改めて葉山達が挨拶をしに来た。

 

「どうも、葉山 隼人です。君は?」

「あ、どうも。えっと、比企谷 小町と言います、よろしくです」

 

さわやかな好青年の葉山に対し、小町は普通に挨拶を返す。

だが、その名字を聞いた途端に葉山の顔が若干曇り、それを見て雪乃が不敵に笑う。

 

「彼女は比企谷君の妹さんよ。あまり失礼なことはしないことね」

 

それがどういう意味なのか分からない小町は更に首をかしげる。

その様子に苦笑する結衣。沙希は何があったのか知らないので知っていそうな結衣に後で聞いてみようと決めた。

葉山達の自己紹介を終えた所で沙希は不満そうに静に問いかける。別にこれが他の見ず知らずの人間ならここまで嫌には感じない。葉山自身にそこまで何かを感じることはないのだが、彼女にとって毎回噛みついてくるしつこい『三浦 優美子』がいることが納得しかねるのだ。

 

「先生、何で葉山達も来てるんですか?」

 

その質問に静は普通に笑いながら答えた。

 

「全員揃ったようで何よりだ。彼等は君達と同じボランティアだよ。内申点を餌に募集をかけた結果、彼等が来たんだ」

 

その答えに葉山達は軽く笑いかける。

 

「内申点はおまけで、俺達も友達とキャンプに行きたいなって思ってたから丁度良くてね」

 

そうは言っても内申点につられてということが事実なのは変わらず、若干白い目で小町と沙希は葉山達を見てしまう。

その視線に苦笑する葉山。それを見て面白かったのか少しだけ雪乃が笑った。

 そして葉山達と合流したことで揃ったボランティア集団は静と共に今回の林間学校が行われる施設の従業員やその小学校の教員達に挨拶をしに行き、最後には小学生達の前で皆に挨拶をすることになった。

 

「何かあったら、いつでも僕達に言ってください。この林間学校で素敵な思い出をたくさん作って下さいね。よろしくお願いします」

 

葉山のその言葉に主に女子からの元気良い返事が返ってくる。

そしてボランティア最初の仕事は小学生達のサポート。

と言っても特に小学生を手助けするというものではなく、彼等と同じように山を歩き、時たまにスタンプラリーのスタンプ位置のヒントを教える程度。

だから小町達は普通に山歩きを楽しむことにした。

 

「い~や、小学生マジ若いわ~、俺等おっさんじゃねぇ?」

「ちょっとやめてくんない、それじゃあたし、ババアみたいじゃん」

 

先頭を歩く葉山達の会話を聞いて、小町達もその話題に盛り上がる。

 

「確かにそうですね。小学生の時から見て、高校生って大人って感じがしましたね」

「確かにそうかも~」

「でも、実際に高校生になってみても大人とは思えないけれどね」

「あぁ、その話分かるかも。こう、何とも言えない中途半端な感じになっちゃうんだよね」

 

小町の同意に皆が賛同すると共に、実際に高校生になってみての感想を各自が口にする。

 

「高校生になってみてもそこまで変わらないっていうか」

「結局自分ですべての事がこなせるわけではないわ。養ってもらっているのも変わらないし」

「立派な大人っていうのがはっきりとは分からないけど、きっと自立してる奴のことをそう言うんだと思う。だから自立しきっていない私らは子供だよ」

 

結衣、雪乃、沙希の三人の感想に小町は賛同すると共に、それまで自分が思っていた事を話す。

 

「その点で言えば、兄はある意味本当に『大人』なんだって思います。幼いころから私の為に頑張って、そして今では家を支えられるくらいになってる。私は本当に頭が上がらないですよ」

 

その事を聞いて結衣達は確かにそうかもと八幡の事を思い出していた。

 

「ヒッキーは確かに大人っぽいね」

 

結衣はいつも大人のように余裕に満ちている八幡を思い出して顔を赤らめる。

 

「確かに彼は立派と言えるわね。常に周りのことを考えて冷静に対処しているし」

 

雪乃は頼もしさを思い出して感心すると共に、その魅力について頬が熱くなるのを感じていく。

 

「あ、アイツは本当の意味で大人なんだって私は思う。だからこそ、本当に、その……尊敬するよ」

 

沙希は真っ赤になった顔で八幡の事を思い出していた。その瞳は潤み切なさを周りに訴えてる。

そんな年上3人を見て、小町はニンマリと笑う。

 

(うんうん、お兄ちゃんったら罪作りなことで。でもその分充実してることが分かって小町は嬉しいよ)

 

だからこそ、小町は本音を3人に言った。

 

「だから思っちゃうんですよね。私の所為でお兄ちゃんは『大人』にならざる得なかったんじゃないかって。自分の事なんて全部無視して、私の為に急に大人になって。その所為で本当ならもっと子供らしいことが一杯できたかもしれないのに」

「小町ちゃん………」

 

小町の後悔を聞いて心配してしまう結衣達。

このことは確かにどうしようもなく、そして小町が背負うには重すぎる問題であった。

だが、ここで小町は口元を釣り上げてニヤリと笑った。

それは彼女なりの兄への恩返し。幸せになってもらいたいからこそのエール。そしてこの場にいる乙女達を煽る爆弾でもある。

 

「だからお兄ちゃんには幸せになってほしいんです。出来れば、可愛くて綺麗な『お嫁さん』なんかが出来れば最高なんですけどね。お兄ちゃん、あんな感じだから恋人とかいないし。特にお兄ちゃんのことを想ってくれる人なら尚更……ね」

 

そう言いつつチラチラと義姉候補に目を向ける小町。

その視線を受け、『お嫁さん候補』とやらは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 

「ひ、ヒッキーのお嫁さん………」

「比企谷君の恋人……」

「あ、アイツの奥さん………」

 

そんな反応が実に可愛らしく、小町はかなりテンションを上げつつ一緒に歩いて行った。

 そして彼女達はその後に気付く。

ただ一人、孤独な少女がいることに。

 

 

 

 

 小町達が実に楽しくハイキングを楽しんでいる時、八幡はと言うと………。

 

「αチームはそのまま前進。βチームはαチームのサポートに回れ」

 

『『了解』』

 

彼は戦場にはいなかった。

彼がいるのは簡易テントが広げられ、中には通信機器の数々が設置された簡易コマンドポスト。

そこで八幡は今、このチームにおける指揮官として指揮をしていた。

八幡達レイスナンバーズは皆が全員強力な戦闘力を持つ。だが、それは指揮があればこそ発揮されるものであり、指揮がなければその能力は完全には発揮されない。

だからこそ、ナンバーズの上位10以内のメンバーには皆部隊指揮者としての教育がされているのいだ。いざという時自分達が臨時で指揮をとれるようにするために。いうなればナンバーズの上位とは、士官候補生のようなものでもあるのだ。

だから八幡もこうして指揮が取れる。この演習に於いて、上位者はこういった指揮能力も図られるのだ。

ただドンパチするだけが仕事ではないというのはこういうところもあると言うことだろ。

故に八幡はテーブルの上に広げたこの山の地図を睨みつける。

その上に載せられた青いブロックが自軍、そして赤いブロックが敵軍。自軍からの情報と相手の戦略を予想して赤いブロックを配置し手前に向かって常々移動させていく。

その様子はまさに真剣であり、それこそ学校のテストなど比較にならない程に険しく鋭い。もし彼に好意を抱く女子達がこの八幡を見たら見惚れてしまっていただろう、それぐらい今の彼は格好良いものであった。

 

「今の所は順調。だが、相手の戦力はまだ十分にあるし、何よりレイス7が向こうにいるのが気になる」

 

もっとも警戒している相手が敵に回っているとなればこそ、その脅威が恐ろしい。味方なら頼もしい存在も敵にすると厄介極まりないということを改めて実感する。

そして一人にだけ警戒していては他の所で足元を掬われる。故に気が全く抜けない。

八幡は自軍を進めていく先にある地形を見て戦略を練っていく。

そして咄嗟にあることに気付いた。

 

「αチーム、一旦ストップ。その先に何があるのか目視でいいから確認してくれ。地形の確認だけでいい」

 

その言葉に最初は戸惑う様子を見せる同僚たちだが、その指示を信じて彼等は言われた通りに実行する。

そして直ぐにその報告が八幡に届いた。

 

『近くに川があり、この急斜面から予測するに、この先にあるのはたぶん滝だ。それも結構なサイズの。地図の地形からもその可能性が高い』

 

それを聞いて八幡は確信、はっきりと指示を出した。

 

「そこにはたぶんレイス7がいる、恰好の狙撃ポイントだ。この森の中で奴がもっともその能力を発揮できる。進路上どうしてもその先を行かなければならないことを考えれば、奴は最高のポイントゲッターになる。だからこそ、囮としてαチームが攪乱しろ。木々を楯に使えば多少は防げる。その間にβチームが回り込んで奴を叩け。アイツを叩けばこの進軍はかなり進む。それにボーナスだって出るだろうさ。やる気を出していけ」

『『『『『『了解!』』』』』』

 

その言葉に戦意を高める自軍。

そして八幡の指揮通りに動いた結果………。

 

『此方βチーム! 対象7番を撃墜した! ボーナスは俺のもんだ』

『くっそ~、何で後ろからこいつらが来るんだよ!』

 

悔しそうに恨み言を漏らす相方の声を通信機越しに聞きつつ八幡はニヤリと笑う。

 

「よし、そのまま更に進軍して一気に相手本拠地を叩き潰すぞ。勝つのは……俺達だ!」

『『『『『『応!!』』』』』』

 

その言葉に自軍が皆賛同し、そして30分後にこの演習は八幡達の勝利で終わった。

 



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第45話 俺の昼食は○○、妹はカレー

まだまだ合流出来ない八幡です。


 彼女達が『それ』を見つけたのは必然でもあったのかもしれない。

いや、それは誰がどう見たって明らかであり、気付かない方がおかしいのだ。

特に過去に於いて、『同じ境遇』に遭った事がある人間なら尚のこと気付いた。

 

「あの、あの子、もしかして…………」

 

それに気付いたのは最初は小町。

彼女はそれに遭っているであろう少女に直ぐに気付いた。

そして当然一人が気付けば周りも気付く。

 

「どこに行ってもこういうものってあるものね」

 

雪乃が少し悲しそうに目を細めつつそう言い、結衣もそのことに同情を禁じ得ない。

沙希は沙希でそんなことが許せる性分ではなく苛立ったが、当人達の問題に部外者が口を出すべきではないと判断し耐えた。

しかし、そんな小町達と違い葉山達は……というよりも葉山はそれを見逃せなかったのか、そんな彼女に優しく微笑みながら話しかけた。

 

「チェックポイント見つかった?」

「いいえ」

 

周りの女子達から明らかに孤立している彼女にそう話しかけた葉山に、その少女は軽く首を横に振る。

 

「そっか…………それじゃみんなで探そう。名前は?」

 

その問いかけに少女は少し悩んだ後に小さく答える。

 

「鶴見 留美」

「俺は葉山 隼人、よろしくね。あっちの方とかありそうじゃないか? 一緒に探そう」

 

そう言って少女にそっと肩に手を添えて葉山は班のグループの方に少女……鶴見 留美を連れていく。

それは傍から見たら好青年が一人寂しそうにしている女の子に救いの手を差し伸べている光景に見えるだろう。

だが、それは…………。

 

「確かに彼の行動は善意なのだろうけど………それは悪手ね」

 

雪乃はそう断言する。

その言葉に小町と結衣と沙希は同意した。

彼は確かに善意でそうしたのだろう。けれども、それで問題が解決するわけではない。寧ろより悪化させかねない手を自ら出しているのだから、ある意味余計に性質が悪い。

それを気付けない葉山に、小町はぼそりと呟いた。

 

「見た目は格好良いけど、その中身は寧ろ駄目ですね、あの人。お兄ちゃんだったら、そんな『温い』ことは絶対にしないのに」

 

その言葉を聞いて周りの3人は同時に苦笑した。

 

 

 少しばかり楽しい気分に水を挿されたような気分になったが、それでも行事は続いていく。

今度は昼食作りであり、キャンプ場の釜戸を用いてのカレー作り。

家で作るのと違い、木や薪を燃やして作るだけに如何にもキャンプっぽさを感じさせる。それ故に小学生達は皆テンション高めにはしゃいでいた。

とはいえ手本もなしにいきなりやられては火事の危険性もある。だからまずは静が周りに見えるように火をつけて見せた。

 

「ざっとこんなところだな」

 

慣れた手付きで手際よく釜戸に火を付けた静は、立ち上がると共に小町達に少しばかり自慢げに胸を張る。

その際にTシャツ越しとはいえ大きな胸がゆさりと揺れたのを雪乃は見逃さなかった。

 

「随分と慣れているんですね」

 

雪乃の若干恨めしそうな視線に苦笑しつつ沙希が代わりにそう言うと、静は自信を持って答えた。

 

「ふ、これでも大学時代ではよくサークルでバーベキューをしたものさ。私が火を付けている間にカップル達がイチャコライチャコラと…………べ、別に悲しくなんかないもん…………」

 

途中から悲しそうな顔になり涙目になる静。

そんな静を見て地雷を踏んだと思った沙希は慌てつつも面倒だと思いながら彼女を慰める。

 

「せ、先生! もう昔の事なんですから、気にしないで行きましょう。別にこれからだって何かありますよ」

「う、うん、そうだな………今回だって比企谷が来てくれたら、アイツと一緒に火を起こしてアイツと一緒にお米とか研いだりして、その時に互いの手が触れちゃって、そしたらアイツを意識しちゃって咄嗟に手を離しちゃって、でもそれはアイツも同じで顔を赤くして手照れてて………えへへへへへ」

「あ? 何言ってんの、この馬鹿教師?」

「ちょ、沙希、少し落ち着いて! 先生も!」

 

静の妄想にキレる沙希、そしてそんな彼女を止める結衣。

雪乃はそんな二人を見て苦笑を洩らし、小町は少しだけ引いていたりする。

 

(これはまた随分な修羅場になりそうな予感………でも、お兄ちゃんにはこれぐらいの方が丁度いいかも)

 

そう思い直しながらとりあえず暴走中の静と沙希を止める為に動いた。

このやりとりを彼女達以外の大勢の小学生が見ているのである。はっきり言って教育に悪い。ただ、傍から見たら急に妄想しだした教師とキレ出した高校生にしか見えないので内容までは分からないようだった。

なので二人を止めている結衣と小町に変わり、雪乃が小学生に指示を出す。

 

「とりあえず、男子は先程先生が見せたように釜戸に火をつけて。女子は食材を取りに行って下さい」

 

「「「「「はーーーーーーーい!」」」」」

 

わけのわからない状態よりもはっきりとした指示に皆が頷き小学生達は動き始めた。

そして皆がカレーを作り始めると、小町達も同じくカレーを作り始めた。

結衣がジャガイモの皮をピーラ―で向き、雪乃が人参を丁度良いサイズに切り分けていく。

その手際を見て玉ねぎの皮を剥いていた小町は感嘆の声を上げた。

 

「うわぁ、雪乃さん、手際が良いですね!」

 

褒められた事が気恥ずかしかったのか、雪乃は頬を赤くしつつそっぽを向く。

 

「別に、この程度は普通のことよ」

「その普通が出来ない私っていったい…………」

 

その言葉に『普通が出来ない』と言われたような気持ちになる結衣。そんな結衣に雪乃は慌てて励ます。

そんな様子に薄く笑みを浮かべつつ、沙希が鶏肉を見事な手捌きで切り分ける。

 

「それにしても、こう言う時にカレーっていうのはやっぱりお決まりなのかもね。難易度も低いから小学生にも優しいし。そう言えばこういう時、家のカレーだと作る人によって個性って出るよね」

 

家事が得意ということもあってか、いつもより若干饒舌な沙希。

そんな沙希の話題に小町達も喜んで応じる。

 

「そうですね。ちなみに家だと小町が作るんですけど、隠し味にインスタントコーヒーとか入れますよ。お兄ちゃん、いつも美味しいって言ってくれますから、頑張りがいがあります」

 

その言葉に脳内メモに『八幡はカレーの隠し味にインスタントコーヒー』という言葉が記録された4人。ちゃっかり離れたところで一人罰ゲームのように米を研がされている静の耳にもそれは入った。

そんな有益な情報を手に入れ内心喜びつつも沙希は気恥ずかしそうに自分の家の場合で答える。

 

「そうなんだ。家だと林檎にはちみつ、あと生姜かな。妹が小さいから甘口が好きで」

「それはそれで美味しそうですね! 良ければレシピ、教えてくれませんか」

「う、家ので良ければ…………」

 

小町の反応に顔を赤らめつつ答える沙希。その気持ちは将来の義妹にものを教える気持ちであった。

それが羨ましかったのか、今度は結衣が発表する。

 

「う、ウチだとママが作るんだけど、この間変な葉っぱが入っててさー。ママってば結構ぼーっとしてるところあるからなぁ」

「それってもしかしてローリエじゃないかしら?」

 

結衣の話に雪乃が乗り、その葉っぱの正体を言い当てる。

それを聞いた結衣は当然分からずに首をかしげるが、家事が得意な沙希はその事に感心していた。

 

「あ、ちなみに私のカレーは隠し味にケチャップとソース、それにニンニクよ」

 

捕捉で入れた雪乃のカレーの隠し味を聞いて更に盛り上がるカレー談義。

それらを交えつつ作られたカレーはとても美味しく、彼女達の心と体を満足させた。

 

 

 

 そんな美味しい昼食を食べている小町達と違い、八幡はというと………。

 

「この季節で唯一ありがたいのは食べられる動植物が多いことだな」

 

そう言いながら蔓植物になっている実のようなものを口に入れる。

 

「そう言うけどよぉ~、もっとまともで文化的な飯の方が誰だっていいだろ」

 

文句を言いつつ地面に生えていたツワブキを引き抜き口に放り込んでまずそうな顔をするレイス7。そんな相棒に仕方ないなぁといった顔をする八幡。

この総合野戦演習において、食糧の支給というものは一切ない。それこそ休憩時間中に各自で現地調達するしかないのだ。

幸いと言うべきなのか、この季節の山には食べられる動植物が多くあり、そのお陰でそこまで探すのに苦労はしない。

ただし、休憩時間中でも気が抜けないこともあってか、二人とも未だに休まらない。

 

「それにしても課長も酷な事を言うよなぁ。まさか休憩時間中に『仮想襲撃者』を秘密裏に任命して俺等を襲わせるんだから」

「実戦じゃ休憩なんてないからな。いつでも戦えるようにしておけってお達しだ」

 

癖々した様子のレイス7にそう答える八幡だが、その意見には内心同意する。

実はこの休憩中に課長による秘密裏のミッションが言い渡される場合があり、それを受けた人間は他のメンバーに襲撃をかけるようになっているのだ。

とはいえそれに死亡による減棒はない。ただし、その際に手に入れた食糧の一切を没収されるのである。

ある意味減棒以上に厳しい。この環境下で満足に食糧を補給できるわけがなく、当然空腹による集中力の低下などの問題が出てくる。だからこそ、少しでも食べられるものは貴重なのだ。

それを取られるということはある意味減棒以上の地獄である。金はなくても直ぐには死なないが、食べ物がなくては死ぬのが早まる。

だからこそ、休憩と称されたこの時間でも気は抜けない。

誰が襲撃者になるのかわからない以上、下手に徒党も組めないので単独行動になり、孤独に一人で時間をやり過ごす。

ある意味本当に実戦に近いのである。

ちなみに八幡が相棒と一緒に行動出来ているのは、レイス7が襲撃者に任命されていないと察しているからであり、レイス7は八幡が食糧を探している姿をみて任命されていないと判断したのだ。

結果二人でこうして何かしら摘まんでいる最中であった。

 

「あぁ~、せめて火を通すくらいしたいぜ」

 

さっきから食べているものがすべて生の状態なので青臭かったり臭いがあったりなど癖が多く、正直美味しくないのでせめての文句を垂れるレイス7。

確かに火を使って焼いたり茹でたりすればこれらの食物も多少マシになるだろう。

だが、それは当然…………。

 

「すれば襲撃者の恰好の餌食になる。自分の居場所を教えているようなものだからな。我慢するしかない」

「うへぇ~、わかっちゃいるがやっぱりまじぃ」

 

火を起こすと必然的に煙が上がる。

それは敵から見れば居場所を教えているようなものである。そんな間抜けなことをすればどうなるか、課長に知られたらどう言われるのか分かったものではない。

だから我慢して八幡は木になっている木の実を摘まんでいた。

 

「木イチゴに山ブドウがあるのはありがたい」

「あ、ずりぃ」

 

そんな風に気楽に喋りつつ八幡達は気の抜けない昼食を過ごすのであった。

 

(小町達はキャンプだから、今事はカレーでも食べているのだろうか? 帰ったらお願いして作ってもらうか)

 

そう思いつつ、八幡は食糧の補給を速やかに終えた。



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第46話 俺は眠れず彼女達はハシャぐ。

もっと頑張らないといけませんね。
そして俺ガイル続のゲームが面白いですよ。


 昼食を済ませた小町達は手早く片付けを終わらせた。

なので他の小学生達の手伝いでもしようと思ったのだが、それ以上に目を引く存在を見てそちらに歩を進めた。

 

「はぁ~………みんな変にハシャいじゃって……馬鹿ばっか」

 

彼女……鶴見 留美は呆れたようにそう呟いた。

彼女は周りとは一切交わらず、一人だけ離れて周りの小学生達を見ていた。

その様子から感じ取れる孤独は、ある意味小町達にとって馴染み深くもあるものである。

そんな彼女に最初に話しかけたのは雪乃だった。

 

「仕事をサボって何を言っているのかしら?」

 

それは挑発にしか聞こえない。しかし、同時に事実でもある。

確かに彼女は自分が入っていた班の子達とは一切行動していない。だから彼女が入っていた班の子達は彼女の存在などいないかのように片付けを行っている。そして彼女の足元には空になった皿が置かれていた。カレーだけ持ってきたようだ。ある意味タダ飯だが、彼女のような境遇ではそれもいたしかたないだろう。

突如として声をかけられたことに驚く留美に、雪乃は優しくも不敵な笑みを浮かべた。そんな彼女に今度は結衣が話しかける。

 

「一人でどうしたの?」

 

それは慈愛に満ちた優しい声だ。

心優しい彼女なりの気遣いでもある。その人柄もあってか、留美は結衣に答えた。

 

「別に、何も…………」

 

そう答えるが、その表情はとても暗い。

まだ幼いが故に感情が隠し切れていない。そんな子供を放置するほど小町達は冷たくない。

 

「何もないって感じじゃないよね。何かあったんじゃない?」

 

沙希は子供の扱いには慣れているのか、普段に比べ柔らかな笑みでそう問いかける。

普段は凛々しく厳しい彼女だが、問題を抱えている子を見て気になっているようだ。少しだけ、以前の自分に似てなくもないと思ったのだろう。抱えている問題は分からないが、それを抱え込んでいるという点では同じだから。

そんな年上の女性達にそう問いかけられ、留美はどうしようかと困惑してしまう。

普通なら相談しようなど思わない。だが、何故か彼女達になら相談しても良いと、心のどこかで思ってしまう。いや、自分がしたいと思ってしまうのだ。それほど彼女達は心が優しいと思えた。

 

「そ、その………名前………」

 

話したくなったが故に話しかけようとするが、その前に相手の名前が分からず困る留美。そんな彼女に小町はえへへっと笑いながら答えた。

 

「私、比企谷 小町。あなたのお名前は?」

「つ、鶴見 留美……です」

 

小町達は名前を知ってはいたが、彼女の口から教えてもらいたかったのでそう聞いた。

名前を聞いたことで結衣や雪乃、沙希も簡単に自己紹介をする。

そして改めて彼女が抱えている問題………いじめについて聞いた。

最初は悪ふざけで始まったことだが、それが段々とエスカレートし、しかも自分も過去に同じように誰かを一緒になっていじめたということ。

それを言いながら彼女は罪悪感に悲しむ。まだ子供な彼女では、集団意思に左右されてしまうのだろう。世の中そういったものに左右されるのは多くいる。分かってはいても仕方ないと、そう思うしかなかった。そして自分にそれが向けられることによって、その苦しみをより味わうことになった。

確かに可愛そうだが、見方によっては自業自得とも取れる。

それは彼女も分かっている。だから彼女は語り終えると共に、疲れ切った顔をしていた。

そんな彼女に小町達は考える。

いじめをやめさせることもそうだが、それ以上に彼女は友人が欲しいという意思もあった。

その二つの両立は難しい。女の子同士ならではの関係というのは得てして難しいものなのだ。

だからこそ小町達はどうするべきか、それを考えることにした。

 

 

 

 

 夕飯を食べ終えた後、その問題は葉山達も交えて話題に上がった。

 

「何か心配ごとかね?」

 

話題に喰い付いた静に葉山が小さく答える。

 

「ちょっと孤立しちゃってる子がいたので心配に」

「可愛そうだよねぇ」

 

葉山の言葉に三浦が同意するが、問題を本人から聞いた小町達は違うと内心思った。

可愛そうだとは思うが、彼女がそれ以上に問題にしていることはそんな『悪意』によって孤立させられていることだということ。一人でいることは問題ではない。孤立するのも人の感性次第でいくらでもなる。だが、それがいじめという『悪意』で行われていることが問題なのだ。悪意は毒だ。どうやって絶対に向けた人間の心を犯す。

だから彼女が苦しんでいるのは悪意を向けられていることなのだ。

そんな小町達の考えに応じるかのように、静は周りの問いかける。

 

「それで、君達はどうしたい?」

 

その問いかけに応じたのは葉山。

 

「俺は………可能な範囲でどうにかしてあげたいです」

 

実に『彼』らしい答え。

確かにそれは耳に心地よい言葉だろう。

だが、それを許す彼女ではない。

 

「可能な範囲で…ね…………あなたでは絶対に無理よ。そうだったでしょ」

 

過去の忌わしい記憶を思い出しながら雪乃がそう言うと、葉山は押し黙った。

そんな葉山に更に追い打ちが掛かる。

 

「葉山、あんたのそれは偽善ですらない最悪なもんだよ。可能な範囲でっていうのは、言い換えるなら無理ならそれ以上は手を貸さないってこと。そんな無責任な善意、向けられる方が迷惑。やるかやらないか、はっきりさせな」

 

沙希は鋭い目つきで葉山にそう言った。

彼女が脳裏に思い出したのは、勿論八幡のこと。

沙希と彼女の家族を助けたいと言った彼が取った行動は、限度を超えたお人よし。正気を疑う方法だったが、それはその解決に全力を尽くすという表れでもある。

救われたからこそ分かるその思い。沙希はそれを分かるからこそ、中途半端な葉山が許せなかった。

二人から睨まれ苦しそうにする葉山。

そんな葉山にこれ以上は無理だと判断し、静は雪乃達に話を振る。

 

「雪ノ下、君はどうする?」

 

その問いかけに雪乃ははっきりと口にした。

 

「私は彼女を助けたいです」

「ほう」

 

静が感心したように声を出すと、雪乃は更に言う。

 

「この合宿は奉仕部の合宿ということでもあるのなら、その部活動の一環としても取れます。そして困っているのなら、助けたいと思うのは人として当然です。ですから、私は彼女を如何なる方法を用いてでも助けるつもりです」

 

雪乃の中で思い浮かんでいるのは八幡のこと。

問題の解決に正も邪も含めて手段を用いる彼は、確かに問題があるだろう。

だが、それでも彼は彼女には出来ないことを成してきた。

特に顕著なのは沙希の問題を解決した時。あの時、雪乃はどうあっても沙希を説得出来なかった。持ちうる正論を向けても沙希は頑なに応じなかった。

だが、そんな彼女の問題を八幡は一回で解決してみせた。何があったのかは知らない。だが、沙希が八幡を見る目をみれば分かる。彼が彼女の苦悩を解決して見せたのだと。

その姿に正直感心した。

正しいことは確かに正しい。だけどそれだけでは『救えない』ということが、彼女にも理解出来てきたから。

だからこそ、この奉仕部の合宿で八幡の不在を自分が代わりに埋めようと、そう思ったのだ。

しかし、彼女のそんな決意に静は水を指すように問いかける。

 

「だが、彼女がそれを望んでいるのかね?」

 

それは確認だ。

望んでもいないことを勝手にやられておかしくされては、それこそ善意の押し付けであり偽善である。

だから静はそう問いかけたのだ。

その問いかけに対し、答えたのは結衣だった。

 

「たぶん、留美ちゃんは言いたくても言えないんだと思います。留美ちゃん、言ってましたから………自分も同じことをしていたからって。だから、自分だけ助けてもらうのは許せないんじゃないかな。みんなたぶんそう、話しかけたくても、仲良くしたくても、そうできない環境ってあるんだよ」

 

沈んだ気持ちでそう言う結衣。

きっと彼女も過去に何か思い当たる節があるのだろう。

 

「それに…………」

 

今まで静かにしていた小町がここで顔を上げて静ににっこりと笑いかけた。

 

「せっかくの楽しいキャンプ、水を差されるようなものを見ていては楽しめません。だからここはスパッと解決して皆で楽しまないと。せっかくの思い出が詰まらないものなんて、それこそ本当に可哀想です。彼女も……私達も」

 

彼女達の言葉を聞いて少しだけ止まる静。

だが、次第にプルプルと震えはじめ、そして…………。

 

「あっはっはっはっはっはっは!!」

 

思いっきり笑いだした。

それこそ腹が痛いと言わんばかりに腹を押さえながら。

 

「ま、まさか自分達が不愉快になって楽しめないから解決したいとは………わかった。なら、君達の好きにしなさい」

 

一しきり笑った後、静は朗らかに笑いながらそう言った。その顔は何処か楽しそうだ。

そして彼女は一人だけでふらりと何処かに行った。

 その背中を見送りつつ、雪乃達はさっそく留美について会議を始めた。

 

 

 

 夜になり、施設のログハウスで眠ることになった小町達4人と葉山組女子二人。男子は男子で別のログハウスに泊っている。

日頃していない運動をした為か、疲れて眠ってしまった三浦達と違い、小町達はいつもと違う環境に興奮気味であり夜更かししていた。

布団を4人で寄せ合い、顔を近くまで寄せて会話に花を咲かせる。

最初はこの合宿についてから始まり、昼間の山登りや昼食の感想など。

失敗した結衣の話や雪乃が体力不足でへばった話などで盛り上がり、そのことに関して二人とも顔を赤くして慌てながら否定する。

些細だがいつもと少しだけ違う。そんな話がとても楽しかった。

特に今年が受験で進路希望先の学校の先輩との話は非常に面白く有益である。だからとても面白かったし、3人から応援してもらえて嬉しかった。

そしてそろそろお決まりだと言わんばかりに小町はニンマリと笑う。

これから彼女が行うのは更なる発破。この3人の『義姉候補』により意識してもらうための仕掛けである。

 

「ところで………皆さん。ウチのお兄ちゃんについて、どう思ってるんですか?」

 

さりげなく、何気なく、それでも何故かはっきり聞こえる声でそう問いかける小町に、それまで楽しそうに話していた3人が固まる。

 

「きゅ、急にどうしたの、小町ちゃん?」

 

挙動不審になりつつ何とか結衣が小町にそう問いかけると、小町はニコニコと笑いながら答えた。

 

「別に大したことじゃないですよ。ただ、お兄ちゃんが親しい人からどう思われているのか知りたいかな~って思っただけで」

 

その問いかけに対し最初に答えたのは雪乃だった。

 

「べ、別に何もないわよ。特に何も………」

 

意地を張っているのか表情が強張っている雪乃。

そんな彼女に小町はニッコリと笑った。

 

「では、そうお兄ちゃんに伝えておきますね」

 

その言葉にこの答えが八幡に伝わると思ったのか、本当はそんなつもりもないのに慌てて雪乃は答え直した。

 

「そ、そうね………とても不思議な人だとは思うわ。意地悪だと思ったら優しいし、人をいじめると思ったら逆に励ますし……」

 

そう答える雪乃の顔は真っ赤になっていく。

そんな雪乃に続けて今度は結衣が答えた。

 

「ひ、ヒッキーはその、とても優しいかな。それに良く頭をポンポンってしてくるし…………」

 

八幡に頭を撫でられていることを思い出しながら答える結衣。

彼女の眼は潤み、トマトのように顔は赤い。

そして最後に沙希が切なそうに吐息を洩らしながら熱くなった頬を抑えつつ答えた。

 

「ひ、比企谷はその……私の恩人だし、そのことは感謝してもしきれないし、それに………優しすぎだし、格好良くて………す、好き………」

 

最後の部分は聞き取れないくらい小さかったが、それでも顔がそれを物語たっていた。

それを聞き終えると共に意識する雪乃に結衣に沙希。

3人の顔は誰が見ても乙女の顔をしていた。だからなのか、3人とも誰が好きなのかを察してしまう。だが、それでも……嫌な気はしなかった。

そんな3人に向かってシャッター音が鳴り、彼女達はその音の音源に向かって急いで顔を向けた。

その先にいたのは、ニヤニヤとした笑みを浮かべる小町。

彼女の手にはスマホが持たれており、その画面には恋する乙女の顔をした3人の画像が映っている。

 

「ん~、実に良い写真が取れました。これはもう、お兄ちゃんに送るしかないですよね~!」

 

「「「待って~~~~~~!!」」」

 

その後、しばらくどたばたと暴れた4人だが、悲しいことに小町がそう言ったのは送った後であった。

 そして彼女達は翌日になり、その意中の相手に会うことになる。予想外の所で………。

 

 

 

 そんな風に小町達が盛り上がっている時、八幡はと言うと………。

 

「おい、起きろ。交代の時間だ」

「んあ……あぁ、もう時間かよ」

 

仮眠を取っていた同じチームの仲間を八幡は起こした。

現在は夜戦演習中。仮眠をとり周りを警戒するもの演習の一環である。

この演習では仮眠の取り方も一つの演習であり、こうして交代制で仮眠を取り合っているのだ。

そんな八幡は次に仮眠をとることになっている。睡眠時間は2時間。

普通に考えれば寝不足も良いところだが、実戦で2時間も寝られるのはありがたいことだ。

だからこの時間は貴重であり大切。八幡は直ぐに眠ろうとするのだが、それは同じチームの別のメンバーによって止められた。索敵に出ていたらしい。

 

「敵チームに動きあり! どうやら仕掛けるようだぜ」

 

それを聞いてそれまで仮眠を取っていたメンバーも起き、各自で戦闘態勢に移る。

 

「どうやら仮眠は中断らしい………はぁ」

 

周りの様子から仮眠が取れないと確定し、八幡はペイントナイフ片手に駆けだしていった。

彼はまだ、寝れそうにない。

 

 

 



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第47話 俺はこうして彼女達と合流する

やっと八幡が小町達と合流出来ました。


 翌日になり、小町達ボランティアは早速動くことに。

何でも夜に行うキャンプファイヤーの準備を行うとのこと。その重労働に男子である葉山と戸部は盛大に働かされ、小町達は小町達でそれなりに働いた。

その後はほぼ自由時間。

そしてこの時の為に小町達は事前にあるものを用意するよう言われていた。

それを身に纏い、彼女達はその場所へと向かう。

そう、山ならではの涼しい場所………川へと。

 

「うわぁ、綺麗なところ!」

 

小町がはしゃぎながらそう言い、それを見て結衣もまた同じようにはしゃぐ。

その川は所謂小川というものだろう。彼女達がいる手前側は浅く、そして奥は少し深い。奥に行きさえしなければまず安全な川と言えよう。

 

「二人とも、はしゃぎ過ぎないように」

「小町ちゃん、結衣、少し落ち着きなって」

 

そんな二人に続いて雪乃と沙希も後から続く。

二人は共に苦笑を浮かべており、その心境ははしゃぐ我が子を見る母親のそれに近い。

保護者役二人にそう言われても二人は止まらない。それどころか………。

 

「えい!」

「やぁ!」

「キャッ!?」

「冷た! この………やったな!」

 

雪乃と沙希に向かって二人は川の水を掬いかけた。

それを見事に身体に受けた二人は水の冷たさもあってか驚き、そして結局小町や結衣と同じようにはしゃぎ盛大に水の掛け合いに発展する。

それはある意味幻想郷。何せ皆凄い美少女達なのだ。そんな彼女達が無垢にはしゃいでいる様子など、まさに男からしたら見惚れるものだろう。

そんな光景を見て、静もまた微笑んだ。

 

「うん、まさに青春だな」

 

目の前で広がる青春風景に満足そうだ。

だが、それと同時に残念なこともあった。

 

(これで比企谷がいてくれたらもっとよかったんだけなぁ……いないと分かっても水着を新しい奴に新調してしまったのは、見て貰いたかったからなんだよなぁ。はぁ~………せっかくセクシーな奴を選んできたんだけどなぁ……比企谷……)

 

一番見せたかった相手に見てもらえないという悲しみはどうしようもなく、しかしそれにとらわれていては仕方ないと彼女もまた小町達の方へと向かった。

尚、葉山と戸部は一緒に来た三浦と海老名と共に小町達とは少しだけ離れた所で遊んでいた。

 そして水遊びに興じるボランティア一同。

男から見たらまさに桃源郷の如き光景であり、それだけ彼女達が楽しんでいるという証拠でもある。

そんな中、小町と結衣は突如として驚いた。

何故なら、川の更に奥の方にて、岩が激突するような派手な衝突音が鳴り響いたからだ。

その音に当然他の者達も気付き、肩を震わせる。

突如として音が鳴った方向に駆けつける小町達。

そんな彼女達が見たものは………………。

 

 

 演習に次ぐ演習にロクな睡眠も取れない休憩。

実戦において、実際の戦争などにおいて、野外戦において、それは当たり前のことだ。

満足な食糧など手に入らず、僅かな時間でも休めると気に休み戦えるように備える。それが兵士としての心得と言えよう。

だから疑似的にとはいえ、この何日間にもおける演習は確かにその身に成長を与えるだろう。より高みに、より戦闘者としての存在を濃くする。

為になるのだから喜ばしいことである。

だが、そうだとしても、その精神は当たり前のように荒む。

いつ敵が攻めてくるかわからない緊張感、食糧の確保の難しさ、そして人が必要とする理想睡眠時間を遙かに足りない睡眠。何より、いつ裏切り者が現れ自分達の生命(食糧)を脅かすのか分からない。

そんな孤独で酷な状況に立たされれば、人間は例え疑似的でであっても精神がおかしくなる。

彼の仲間にも当然その影響は出ており、常に苛立つ者もいれば片頭痛に悩まされる者も出てくる。挙句は幻聴が聞こえ始め可笑しくなりつつある者までいた。

限界が近い。そう皆が思った。

自分はまだ平気だと思っていても、もしかしたら可笑しくなっているのかもしれない。そう疑っても仕方ないくらい、彼等は追い込まれていた。

それこそがこの演習の最大の目的でもあるだけに、分かってはいてもどうしようもない。

それでも何とか士気を持って作戦に当たれるのは、彼等がそれ相応の地獄を経験したことがある猛者たちだからである。

とはいえ、それでもやはり何とかしたいというのが本音だろう。

誰だって本当は暖かい布団でゆっくりと満足いく睡眠を取りたい。こんな人が食べられる最低限レベルのものではなく、高級などではない普通に暖かな食事が食べたい。

それが皆の心を締める。

だが、それでも………それは実現不可能な夢だ。

分かってるからこそ、そんな幻想を抱いてしまう。所謂現実逃避というものだ。

だが、それに該当しない者がこの中に一人だけいた。

そう…………八幡だ。

確かに彼は満足な睡眠を取れない。いつ裏切り者に襲われるかわからない。

それは他の者とまったく変わらない。

しかし、彼の身体能力をもってして、特別に長い1時間半の休憩時間があれば、それは………ある不可能御を可能にする。

 彼は森の中を激走する。

休憩が始まると共に皆が食糧集めに散ると同時に飛び出し、普段ではまず出さない全力での走りで森を駆けていく。

木を最低限の動きで避け、急斜面を落下しつつ体捌きで見事に着地し尚走る。

その速度は野生の獣も驚きの速度であり、誰もが見たら思うだろう。

 

『こんな速度で森の中を走る人間なんて初めて見た』

 

そう思うくらい八幡は速かった。

あっという間に山を下山し、そして更に向かいの山へと飛び込む。

漫画の忍者もかくやと言わんばかりに駆けて行き、そして八幡はやっと足を止めた。

その先にあるのは川。小さいが自分側からはそれなりの深さがある小川。

その中には彼の狙いである川魚、ヤマメや鮎などの姿も確認出来る。

八幡はそれらを捕まえようというわけだ。そのためだけにわざわざ山一つ下りてきたわけなのだが。

何故そんなことをしたのか?

単純な話だ。彼とて人間であり、暖かい食事くらいは恋しいのだ。

だが、魚を食べるには火を使う必要があり(寄生虫の可能性があるため)、そのためには演習区内の山ではどうしても目立ってしまう。煙を起こせば良い的だ。

だが、『演習区内外』なら話は別。外で煙が起ころうと不審には思われない。こちらは確かキャンプなどの施設もあるので煙が上がっても不思議ではないのだ。

何より、そもそもの前提である『夏休みのしおり』には『演習区内に出てはいけない』などとは書かれていない。何せ演習区内が広すぎて普通に考えれば外に出ることなど不可能だから。そんな不可能を可能にするのがこの化け物。伊達に幼い頃から鍛えてきたのだ。そこらの2~3年で入社し配属された者達とは格が違う。

故にこれは八幡だけが出来る事。他のメンバーでも出来なくはないかもしれないが、彼ほどの速度は出せないし、行きだけで疲労して帰りに元の場所に戻れるのか不安だ。

そんなわけで八幡は到着した川の辺りを見回す。

勿論ながら、彼に魚を捕える道具などない。釣り竿があった所で時間がかかる。素手で捕まえられるほど野生の生物は甘くない。

その答えが…………自分が持てる限りの重さの岩を掴み、それを川の中にある大きな岩に向かって全力投球。

その結果、岩は激突し合い互いに砕ける。

その衝撃は凄まじく、激突の轟音が辺りに轟いた。

その結果はその岩の付近にいた魚がぷかぷかと浮かび上がる。

これは所謂『爆発漁法』の論理だ。あれは爆発物を用いて衝撃を発し、それによって魚を気絶か死亡させ捕まえるというもの。勿論違法だが、そもそも爆発物など一切用いていないのだから違法も何もない。岩同士が激突することなど自然では『よくある話』なのだから。

そうして獲物を仕留めた八幡は浮かんでいる魚を回収するのだが、ここで聞かないはずの声を聞いた。

 

「お、お兄ちゃん!?」

「ヒッキー!?」

「比企谷君!?」

「「比企谷!?」」

 

その声とともに現れたのは、八幡の良く知る5人。

最愛の家族である小町、ちょっとおバカだが可愛い結衣、頭は良いけど何処か思考が幼い雪乃、ぶっきらぼうだが優しい沙希、そして教師として立派ながらどっか抜けてる静。

そんな5人の登場に今度は八幡が驚いた。

 

「何でこんな所にお前等がいるんだ?」

 

その質問に真っ先に答えたのは小町だ。

 

「それはこっちの台詞だよ! お兄ちゃんこそどうしてこんな所にいるの! バイト先の実地研修はどうしたの!」

 

その質問に対し、八幡はどう答えて良いのか内心困り、代わりに話題の方向性を変えることにした。

 

「と、所でお前達はどうしてここに?」

 

その質問に今度は雪乃が答える。

 

「私達は平塚先生の誘いで奉仕部の合宿に来たのよ。あなたが不参加だと聞いた時は皆がっかりしたけどね」

 

そう言うが、出会えたことが嬉しかったのか微笑む雪乃。

そしてそのまま話が終わりなわけがなく、沙希が再び問題を掘り起こした。

 

「こっちはそんなわけでボランティアも兼ねてこうしてるんだけど、アンタはどうしてこんなところにいるの」

 

再び掘り起こされた問題と、そして5人の視線が集中する中、八幡は仕方なくばれない程度の答えで答えることにした。

 

「俺は向こうの山にある宿泊施設で研修してるんだよ。そこの飯が不味いもんだから、仕方なくこっちまで何か食える物を探しに来たわけ。川魚を自分で焼いてる方がまだマシって思えるくらい不味いからな、あそこの飯」

 

とりあえず当たり障りない答え。

演習区内は本当の話だし、食事も不味いのは事実。決して嘘は付いていない。

その答えで当然納得できるわけではないが、八幡がそれよりももっと気付いて欲しいような、欲しくないような、そんなことに気付いた為に言及出来なくなってってしまった。

 

「それでなんだが………どうして皆水着なんだ?」

 

別に変ではない。ここは水があるのだから着ていても違和感はない。

だが、それでも聞かずにはいられないのは人情というものだろう。

その言葉に当然顔を赤くする4人。結衣、雪乃、沙希、静の4人である。

そんな4人とは違い、小町はずいっと前に出て自分が着てる水着を兄に見せびらかす。

 

「えへへ~、川遊びが出来るって聞いて用意してきたんだぁ~! ねぇ、どう? どう?」

 

無邪気にその姿を披露する小町。彼女が着ているのは黄色いビキニ。成長途中の胸が少しだけだが谷間を作り、彼女の成長を伺わせる。

そんな小町に対し、八幡は父親のような優しい笑みを浮かべた。

 

「良く似合ってる。だけど兄としては、もう少し抑えめな方が嬉しいかな。何せ小町がそんなに可愛いと悪い虫が寄ってきそうだから」

「もう~、お兄ちゃんたら~、このこの~!」

 

実にシスコンらしいお褒めの言葉に喜ぶ小町。その所為か、先程まで問い詰めようとしていた気は散ったようだ。

そのまま上機嫌になった小町は後ろで赤くなっている4人を八幡の前に引っ張り込んだ。

 

「ね、お兄ちゃん! みんなの水着、どう?」

 

そう言いながら最初に八幡の前に出したのは一番近かった結衣。

彼女は水色のビキニを着ており、小柄な体には少々不釣り合いな大きな胸が目に入る。その視線に気付いたのか、結衣は耳まで顔を真っ赤にしながら胸を隠すようにしつつ八幡に問いかけた。

 

「ひ、ヒッキー、どう……かな?」

 

恥じらっている姿が可愛らしく、八幡は顔が熱くなるのを感じつつ何とか答える。

 

「似合ってると思うぞ。その……お前は胸が大きいから、そういう水着が映えるな」

 

一つ間違えばセクハラにしかならない回答。

だが、それでも結衣は嬉しかったらしい。

 

「似合ってるってヒッキーが言ってくれた………よかった~~~~~………」

 

真っ赤な顔ではにかむ結衣。

そんな彼女の反応に小町はうんうんと頷き、今度は雪乃を前に出す。

 

「どうかしら、この水着?」

 

雪乃が着ているのは真っ白い水着であり、セパレートタイプに近いものだろう。露出は多くないが、それでも彼女の美貌を十分に引き立てていた。

そんな彼女を見て八幡は気恥ずかしさを何故か覚える。

 

「その……なんだ……うん、お前も似合ってるよ。何ていうか、お前らしい感じがする」

「そ、そう……それはよかったわ」

 

少し強気でそう返す雪乃だが、それでも顔は真っ赤になっていた。

意地を張っているようだが、そんなところがまた可愛らしい。

そんな雪乃に内心悶えつつ、ノリに乗った小町は更に沙希をずいっと八幡の前に連れてきた。

沙希が着ているのは黒いビキニであり、モデル体形でスタイルの良い彼女にはとても良く似合っていた。

ただし、その美貌を八幡に見られているのが恥ずかしくて、トマトのように顔を真っ赤にしながら目を潤ませていた。

 

「そ、その………どうかな、この水着……」

 

妙に何かを触発されそうないじらしい雰囲気に八幡はそれを堪える。

いつもは格好良いはずなのだが、今はそれに美しいと可愛いが加わって凄いことになっているというのが感想だ。さっきから色々とドキドキしっぱなしである。

 

「お前はスタイルがいいからな………綺麗だと思う」

「そ、そそそ、そうなんだ!(比企谷が私のこと、綺麗って………綺麗って言ってくれた!)」

 

八幡から綺麗だと言われ、顔から蒸気を出しながら壊れたように話す沙希。その内心はかなり舞い上がっていた。

そして最後に小町が連れてきたのは静。

彼女が着ているのは白い花柄のビキニであり、腰には同じ柄だが紺色のパレオをまいていた。

その巨乳はかなり強調されており、正直目のやり場に困る八幡。

そんな八幡を見て不敵に静は笑った。

 

「どうだ、比企谷。私の水着姿は? 捨てたものではないだろう?(こいつ、さっきから目のやり場に困るって顔をしているな……うん、これはこれで可愛いものだ)」

 

そんな風に思われているとは知らない八幡だが、気まずいことだけは確かでありどうにか答えることにした。

 

「せ、先生はその……セクシーですね」

「そ、そうか………(分かってはいたが、そう言われるとやっぱり嬉しい!)」

 

以上、5人の水着の感想である。

皆褒められたことが嬉しいのか、恥ずかしいけど嬉しいといった感じにモジモジしている。

そんな5人を見て気まずさを感じつつも、八幡は何とか動きその場で火をつけるために行動しようとするのだが、それは別の人物の声によって中断させられた。

 

「ひ、比企谷!? 何でこんなところに君が………それにその格好は一体……?」

 

後から現れた葉山は八幡を見て驚くと共にその格好を指摘する。

八幡の服装は上は濃緑色の長そでシャツに下は迷彩柄の長ズボン。そしてタクティカルブーツを穿いており、その格好は誰がどう見てもゲリラ兵にしか見えなかった。

 

 



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第48話 俺は少女とこうして出会う

殆んど話が進みません。そしてリアルが忙しすぎる………。


 火が爆ぜる音と共に、辺りに香ばしい匂いが漂う。

その発生源は石が敷き詰められた河原、そこで燃え上がっている焚火である。

その焚火には木の棒が突き刺さった川魚が翳してあり、焚火の熱気に焼かれて焼き魚特有の食欲を誘う香りを発生させていた。

それらすべて行った八幡は炎に枝をくべつつ魚の焼ける様子を楽しそうに眺めている。

そんな彼の様子を見て興味深そうに見る小町達。

あの後、水着姿を褒められて舞い上がっている結衣、雪乃、沙希、静と違い八幡の姿を見て普通に驚いた葉山達に八幡はなんてことなく言い含めて特に何も言わせないようにした。別に脅したりしたわけではない。小町達に話した内容とまったく同じ内容を話し、そして服装に関してはただの趣味で通した。善人である葉山は多少変な格好をしていたとしても、それを馬鹿にしたりするようなことはしない。

だから八幡の格好が多少物騒でも、その事に関して何か言うと言うことはないだろう。

それが分かっているからこそ、八幡は速やかにそう説明したのだ。

そしてそれを聞き入れた葉山達は八幡達から離れ先程と同じように遊び始めた。

いつもの彼なら八幡も交えて遊ぼうというだろうが、多少真面目な八幡の言葉によってそれはなくなった。

久々に食べられる『マシな食べ物』である。絶対に邪魔されたくないのだ。

その殺気に近い熱意の籠った言葉に葉山は少し怯えつつも頷いた。

だから彼等は八幡の事を気にせず遊び始める。

 と、いうわけで八幡は現在魚が早く焼けるかどうか、待ち遠しいといった様子を醸し出していた。

先程も言ったが、水着を褒められて舞い上がっていた4人はそんな彼に目を向けるも内心はそれどころではなく、褒められた事がリプレイ再生されている。

だから八幡が木の棒とそこらにあった倒れて枯れ果てていた木から剥がした皮の部分を用いて手早く原始的に火を起こしていた所など見ていない。

唯一見ていた小町は八幡がそういったアウトドア技術が凄いということを知っていたので特に驚いてはいないようだ。

傍から見たら不自然としか言いようがない状況だが、片や浮かれ上がって見えていない4人と、やっと食べられるまともな食事に浮かれる八幡ではこの変な状況の空気を察することは出来なかった。

普段なら真っ先に気付くはずの八幡が気付かない辺り、彼もまた追いつめられていたのだろう。

だが、それも仕方ないことなのだ。何せ目の前にあるのは、やっと食べられる『文明的な食べ物』なのだから。

太古より人類という種が誕生したときより、人は様々な工夫を凝らしてきた。石器の誕生や土器の発明などが良い例だろう。

そこで考えられるのは、人とそうでない種の圧倒的な違いの原点とは何かということだ。物を切るというのが最初だと思われるが、道具さえあればそれは猿……ここではチンパンジーと言っておこう。つまりチンパンジーでも出来る。

つまり切るという行為そのものは人間だけのものではない。切り分けるという行動自体、蟻ですらやっていることなのだから。

では何が最初なのか? 物を切り分けたりするのではないのなら、石器を作ることだろうか? いや、確かにそれは人間が成し得た偉業ではあるが、それはあくまでも牙や刃を持たぬ人間だからこそだ。自然界ではそれらをもって獲物を切り裂く生物も少なくないだからこそ、人間だけが可能なことは、もっとも原初の工夫とは、すなわち………火を使うことである。

自然界に発生することも稀にあるが、それらはすべて天災にしかならず、生物は本能で火に恐怖を抱き逃げる。それをあろうことか克服し逆に利用するようになったのは人間だけだ。つまり、もっとも最初の文化的なものは炎と言っても良い。

そんなことを少しだけ考えつつ(疲れきっている所為でテンションが若干可笑しい)八幡は人類最古の文化の恩恵に心よりの感謝をしながらひたすら待つ。

そして焼けたと思われる魚の刺さった木の棒を一つ、火傷しないように掴むと手元に手繰り寄せた。

別に何かしらで味を付けたわけでもないただ焼いただけの川魚。だが、その身から滴る肉汁はこれまで見たどのごちそうに勝るとも劣らない程に美味そうだ。

そんな魚に八幡はただ静かに言葉を口にする。

 

「いただきます」

 

普通の言葉だが、その言葉には本来の意味が深々と感じさせられた。

八幡の囁くような声にそれまで浮かれ上がっていた4人もやっと意識を此方に戻す。

ただ焼かれただけのはずの魚なのに、その香りは彼女達の空腹に十分な威力を見せており、そのためなのか無意識に生唾を飲み込んでしまう。

緊張したような雰囲気を発する4人にまったく気付かず、八幡は魚を冷ましつつやっと一口食べた。

 

「!?」

 

口の中に広がる魚の肉汁とほっこりとした身、そしてパリッとした皮の食感が彼の脳に響き渡る。

分かってはいてもこの驚きは、感動は抑えきれない。

久々に食べた食べ物は、確かに文明的なものだった。

その感謝をこめて、八幡は幸せそうに、その幸せを実感し噛み締めるように顔が緩んでいることなど気にせずに言う。

 

「………美味い……」

 

ただそれだけしか出ない。

その言葉しか思いつかない。

ただ焼いただけの魚でも、それまで食べてきた木の実や虫などに比べればはるかに御馳走だ。

本当に美味い。それだけが八幡を幸せの極地に誘う。

と、そんな八幡を見た4人は、

 

「「「「…………」」」」

 

言葉が出ない程に赤面して八幡を見つめてしまっていた。

何故かと問われれば、それはきっとギャップの所為なのだろう。

普段の八幡と言えば、歳不相応なまでに落ち着き払っていて目が濁り切っている。

だが、今の八幡は目こそ多少濁っているがそれでも輝き、そしてその表情は普段からが想像できないくらい素直に感情を表している。まさに幸せを感じているほぐれた笑顔。

その幸せそうな笑顔は、女性から見たら所謂『母性を刺激される』代物だった。

普段とのギャップが凄まじいその笑顔は、彼を歳以上に幼く見せた。

そんな彼を見て4人が思ったことはほぼ同じである。

 

(うわぁ!? ヒッキーってあんな顔も出来るんだ! 凄くうれしそう)

 

結衣は八幡の意外な顔を見て喜ぶと共に見入ってしまう。出来れば自分の手料理でそんな笑顔を浮かべさえられたらな~と彼女は思う。

 

(普段とのギャップが凄まじいわね、彼……その、少し頭を撫でてあげたくなるかも………)

 

雪乃は今の八幡の頭を撫でてしまいたくなる衝動に駆られつつも何とか堪える。今の八幡の顔は彼女にとって子猫が嬉しそうに食事をしている時の顔に近いようだ。

 

(比企谷、可愛い!? ど、どうしよう、いつも格好良いのに今は凄く可愛く見える………お、お世話とかしてあげたい)

 

世話好きな沙希はもっと八幡のそんな顔が見たくて世話を焼きたくなる。格好良いに可愛いが追加されたら最早最強としか言いようがない。彼女は胸の前で手をぎゅっと握り合わせていた。

 

(うぉ、とんでもないな、このギャップは。何だ、比企谷の奴、そんな可愛い面をしてからに…………ぎゅってしたくなってしまうだろうが)

 

静は幼子のように喜ぶ八幡を抱きしめたくて仕方ない。歳が一番上なだけに、その母性本能も一番強いようだ。自分を抱くかのように両腕で抱きしめ八幡を見つめる瞳が潤む。

 

そんなことを考えてしまい赤面しつつうずうずしてしまう4人。

そんな4人を見て小町はニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。

 

「流石はお兄ちゃん、さっそく皆を煽ってる煽ってる」

「ん、何か言ったか?」

「なんでも~」

 

ホクホク顔の八幡に少しばかり気にされたが、小町はなんてことはないと流す。

そしてそんな幼い彼の笑顔はすべての魚を食べ終わるまで続いた。

といってもかかった時間はわずか15分。火起こしと合わせても20分と少ししか経っていない。元の位置に戻るまでにかかる時間を考えれば残り時間は約15分程。それだけあれば食休みも十分に取れる。

幸せに満ちた時間を過ごし、感慨に耽りつつ余韻に浸る八幡。

そんな八幡を見て小町も満足そうに笑う。

そんな兄妹を見て和む4人。

そんな集団の中、昨日多少打ち解けた少女がやってきた。

 

「あ、あの………」

「あ、留美ちゃん!」

 

それは今回出会った小学校の中でいじめに遭っている鶴見 留美だ。

また結衣達と相談しようと思ってきたのだが、そこで昨日いなかった男を見て少しばかり驚いてしまう。

 

「誰!?」

 

きっと今まで彼女が見てきた男の中で初めてのタイプなのだろう。まぁ、目が濁り切った人間など早々いないものだが。

そんな彼女を見て小町が苦笑しつつ答える。

 

「えっとね、この目が濁り切ってるのが私のお兄ちゃん」

「えっと……比企谷 八幡です」

 

小町の紹介を受けて八幡は名乗る。先程まで浮かべていた無垢な笑顔はなりを潜め、今は普段と変わらずに目が濁り切っていた。

何故自己紹介しなければならないのかと思ったが、振られたからにはするのが普通。なので相手が誰か知らないとはいえ名乗った。

その名乗りと小町の言葉を聞いて留美も八幡に軽く自己紹介をした。

それを聞いてとりあえず頷く八幡。せいぜい小町の知り合いになった程度の相手なのだからその程度だろう。

そんな八幡の捕捉をするように小町は留美に言う。

 

「お兄ちゃんはこの合宿には参加してなくて、アルバイトの実地研修で向こうの山にある施設からこっちに来たんだよ。何でもご飯が美味しくないからとかで」

 

その説明を聞いてずっと見なかった理由に納得する留美。

当然これから相談することに交えて良いのか迷う。

そんな彼女の心情を察してか、小町が心強い笑みを彼女に向けた。

 

「安心して! 何せお兄ちゃんは今まで何回もいじめを受けてきたけど、それらをすべて弾き飛ばしてきたんだから! お兄ちゃんに任せれば絶対に大丈夫だよ」

 

信頼100パーセントのその言葉を聞いて、留美は八幡にも相談に乗ってもらうことにした。

 

「あの…………」

 

 

 こうして彼女の問題解決に八幡も加わることになった………のだが、八幡からしたらただあったかいご飯を食べに来ただけなのに厄介事に巻き込まれたとしか言いようがない。

しかし、まぁ………ここまで妹や友人に信頼されている以上、乗らざる得ないかと、そう思いながら心細そうにしている彼女の話に耳を傾けた。

 



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第49話 俺はいじめの解決に乗り出す

お気に入りが1400人を超えて驚きと感謝でいっぱいです。
これからも頑張りたいと思います。


 食後の休憩と一緒に少女『鶴見 留美』の話を聞く八幡。

たどたどしく何度も声が小さくなりながらも懸命に話す留美の顔を見て、本人がどれだけ参っているのかが伺える。

話の内容は小町達に話したものとまったく同じ、いじめられている件についてだ。

その話を聞いて八幡はと言うと……………。

 

「……………難しいな」

 

何とも微妙な顔をしながらそう言った。

その反応に若干怒った様子で結衣が八幡に喰い付く。

 

「ちょっとヒッキー、ちゃんと相談に答えてあげて! 留美ちゃん、本当に困ってるんだから」

「いや、それは分かってるんだがな………」

 

結衣に怒られて歯切れが悪そうに答える八幡。

そんな八幡に小町は不思議そうに問いかけた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。いじめなんて今までいっぱい受けてきたじゃない。何が難しいの? いつもみたいに弾き返しちゃえばいいんだよ」

 

八幡がこれまで何度もいじめを受け、その度にすべてを弾き返してきたことを知っている小町には、何故そこまで八幡が悩んでいるのか分からない。

そんな小町の考えを察してか、八幡は留美にも分かるように簡単に説明する。

 

「いじめは確かにいじめなんだが、その被害が少なすぎてな」

「被害?」

 

八幡の言葉に留美が小さくそう問い返す。

その言葉をそのまま聞いてまた結衣が怒ろうとしたが、それを雪乃が手で制し八幡に問いかけた。

 

「それはどういう意味かしら?」

 

雪乃の言葉に八幡は素直に答える。

 

「そのままの意味だ。聞いた話だといじめられていることは分かるんだが、その実害は無視と仲間外れ。それだけだとどうにもな………押しが弱い」

「確かに一理あるわね」

 

その言葉の真意が未だに理解出来ないのか首を傾げる結衣。

そんな結衣にもわかりやすいように八幡は自虐で小町に問いかけた。

 

「小町、俺が受けてきたいじめの被害、覚えてるか?」

 

八幡にそう聞かれ、小町は昔を思い出しながら答える。

 

「確か石投げつけられたり喧嘩になったり上履き隠されたり教科書捨てられたりとかだったかなぁ?」

「それでも一部だけどな。それだけでも器物損壊に盗難に傷害だ。それだけあれば実害も十分だ。だが、彼女の場合はそうじゃない。無視や仲間外れ程度じゃ害とは言えないんだよ」

 

その言葉でやっと理解した結衣。

 

「ヒッキーが言いたいことはわかったけど、それでもやっぱり可愛そうだよ。どうにかならないの?」

 

すがるような声でそう聞く結衣に八幡は分かってると言うように軽く頷いて見せる。

程度はあれど、それでもいじめはいじめだ。悪意がある以上、それは決して良いことではない。

過去、いじめを受けてきたからこそ分かるその思い。同族嫌悪でも憐れみでもない、言わば『共感』。それを感じるからこそ、八幡は留美に話しかける。

 

「お前はどうしたい? この問題に関し、お前はどのような結末を求めるんだ?」

 

ある意味酷い問いかけ。まるで求められる答えが幾らでもあるかのように聞こえるその問いかけに、留美は困惑した顔でたどたどしく答える。

 

「そんな急に言われても……どうしたらいいのか分からない」

 

彼女がそう答えるのも無理はない。

実際本当にどうしたいのかすらわからないのだから。

そんな彼女に沙希が目線を同じ高さにするように屈みながら優しい笑みで話しかける。

 

「大丈夫、そんな不安にならないで。アイツは見た目とかは葉山とかに負けるけど、その心は誰よりも信頼出来る男だよ。私も少し前にちょっと入り組んだ問題があったけど、アイツが解決してくれたんだ。アイツは人を助けると決めたら、それこそ本気で絶対に助けるよ。助けられた人間が言うんだから間違いない。だからね………自分が今思ってることを、何でもいいから言ってみな。アイツはきっとその意を酌み取ってくれるから」

 

沙希の言葉は聞く人間すべての心に染み渡るような響きがあり、雪乃や結衣や小町や静もその言葉に聞き入ってしまった。当人である八幡は気恥ずかしさから赤くなる顔を誤魔化すようにそっぽを向いている。

そんな八幡を見て、そして八幡に全幅の信頼を寄せる沙希の恥じらいつつも綺麗な顔を見て、留美は何とか思いを言葉にした。

 

「わ、私は………いじめられたくない。別に友達に戻りたいとは思わないけど、それでも………もういじめはしたくないしされたくもない」

 

それはこれまでの友人との決別。ある種の決意と言えよう。

その言葉に立派だと思う一同だが、女子達はそれでも不安がぬぐえない。

雪乃がまずその不安について八幡に質問する。

 

「彼女の思いは分かったけど、どうやっていじめをなくすの? 被害が小さい以上、正攻法ではいかないわよ」

 

それに更に結衣が言葉をかける。

 

「それにヒッキー、このままいじめをしてる子達と別れても、きっと問題は解決しないと思う。中学校にあがって新しい人が入ってきても、今度はその人と一緒になっていじめをするだけだよ。女子ってそういうのがしつこいから……」

 

留美の思いはわからなくないが、それでも解決が難しい問題。その上持続する可能性があるというのは性質が悪い。

そんな問題に対し、八幡がどういうのか一同から視線が集まる。

 

「比企谷、教育者としてあまり過激なことは言うなと言いたいが………一個人としては徹底的にやって良い。いじめなど許せるものではないからな」

「お兄ちゃんなら大丈夫でしょ。何せ私が一番大好きなお兄ちゃんなんだからさ」

 

静の激励と小町からの応援を受け、八幡は自分の考えろ述べる。

 

「まず雪ノ下と由比ヶ浜の心配なら大丈夫だ。この一回でこの問題は解決する。この子が中学に上がってもいじめが悪化したり持続したりは絶対にない。だが……」

 

そこで一端言葉を切ると、八幡は濁り切った目で留美の目を見つめる。

 

「同時に今までの交友関係はすべてなくなることになる。それでも良いのか?」

 

その言葉に留美は力強く頷いた。

八幡はそんな彼女を見て彼女の『いじめをなくす』ことを決めた。

だからこそ、彼女にこう答える。

 

「分かった。なら、俺はお前の『いじめをなくしてやる』。ただし、お前が思い描いたものとは全く違う結末になるかもしれない。それでも、確かにいじめはなくなる。それは誓ってやるよ」

 

そう答えると八幡は留美の頭に手を置き、優しくぽんぽんと叩いてあげる。

そうされ留美は安心と安堵からなのか、目に涙が溜まっていくのを感じ俯いてしまう。

それでも周りはそんな留美の心情を察し、微笑ましい笑みを向ける。

ただし、同時に彼女が羨ましいと内心思っていることも忘れない。

微笑ましい視線の中に混ざる羨望の意思に、何故だか留美は背筋がぞくりとした。

 

 

 

 留美のいじめの解決に対し、八幡は特に何かを指示するということはなかった。

八幡が雪乃達に聞いたのは、この後の小学生達の予定。その中に肝試しがあると知ると、八幡はまさについていると言わんばかりに笑った。

その笑みがあまりにも『悪い』ものだから、それまであった優しい雰囲気など一気に消し飛んだ。

そんな顔を見せられて不安にならない者などいない。

だから雪乃が代表として八幡に問いかける。

 

「ひ、比企谷君、一体どのような方法を取るつもりなの? その、私たちにも手伝えることがあるのなら手伝うから」

 

その問いかけに八幡は目の濁り具合を実に良い塩梅にしながら答えた。

 

「いや、今回は手伝ってもらわなくても大丈夫だ。寧ろあまり見ない方が賢明だ。何せ精神的によろしくないからな。今回俺がすることは単純だ。ただ、そのお友達とやらに問いかけるだけだ………『本当の友情』とはどのようなものなのかをな」

 

その答えは不安を煽るのに十分だが、今までの八幡が成した功績、そして救われた者としての心情から信頼出来る。

だから雪乃達は八幡に任せることにした。手伝えないことは残念だが、彼がそう言うのならその通りだと分かるから。

ただし、そんなことで残念がる彼女達にも手伝えることが一つだけあった。

 

「あ、そうそう。誰かクッキーとかチョコとか持ってないか? 出来ればたくさん」

 

その言葉の真意は分からないが、おやつとして持ってきていた結衣がクッキーやチョコをを渡すと、八幡は実に嬉しそうに笑う。

 

「これだけあれば十分だ。ありがとうな、由比ヶ浜」

「う、うん、ヒッキーの手助けが出来て良かったよ」

 

感謝された結衣は顔を赤らめつつも嬉しそうに返し、八幡はそんな彼女に見送られつつ山の中へと消えて行った。

 

 

 

 休憩時間を終えて更に演習に次ぐ演習。辺りは夕日によりオレンジ色に染め上げられている。

そんな中、一時間半の休憩時間に入ると共に、八幡は自分のいるチームの中にいる数人に話しかける。

 

「なぁ………これ、欲しくないか?」

 

彼等の目の前に差し出されたのは、昼間結衣に貰ったクッキーやチョコ。

ここ数日ロクな食事を取っていない彼等からすれば、まさに御馳走に見えただろう。

だが、同時に無料で渡すなど誰もが思うわけがない。貴重な食料を無料で配れるほど、この世界に善性はない。必ず何かがあるのだ、それを差し出す代わりにある条件が。

だから彼等は八幡に問いかける。

 

「何が望みだ?」

 

その問いかけに対し、八幡は実に極悪人の笑みを浮かべながら答えた。

 

「なぁに、簡単なことだ。ただの………いじめに苦しんでいる女の子を助けるだけのことだよ、コイツを渡す条件はな」

 

その言葉に精神を追いつめられているメンバーは乗り……………久々の甘味に涙した。

 

 こうして八幡の布陣は整い、この休憩時間中に八幡と5人のメンバーは周りに気付かれぬよう、山を降りた。

野戦装備一式に暗視ゴーグルという完全装備でだ。

八幡がすることはただ一つ

 

『友情というものを試すだけ』

 

ただ、それだけだ。それが例えどれだけ恐ろしい事なのかを知った上で、彼は試すのだろう。

 



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第50話 俺は彼女達の友情を破壊する

お気入りが凄いことになり感謝です。
そして八幡がゲスいです。


 昼間の邂逅から時間が経ち、辺りは夜の帳が落ちている。

その闇夜の中を『彼等』は疾走する。足元がおぼつかない木々が生い茂る中をまったく淀むことなくその足は大地を踏みしめ、速度は一切落ちることなく斜面を下っていく。

彼等の格好はこの場に於いて違和感しか生み出さない。皆着こんでいるのは迷彩柄の野戦服に防弾チョッキ。そして顔は覆面をして暗視ゴーグルで目を隠している。そのため彼等の顔はどのようなものなのかを識別できない。傍から見ても分かる程、それは異常で異端であった。

彼等がこれから行うのははっきりと言えば犯罪だ。脅迫と言っても良い。

如何なる理由があろうとも、脅迫をすることは決して良いことではない。例えそれが『一人の少女を助ける』ためであろうとも、それでも悪事は悪事なのだ。

それが分かった上で、彼等はそれをこれから行う。

一人を除き彼等は口を揃えてこう言うだろう。

 

『別にこれを善意だってどいつも思わないだろ。ただこれは取引の結果だ』

 

彼等は善意では動かない。

ただ、一人の男が頼まれた話に協力をするだけ。

たかがクッキーやチョコレートをほんの少しだけ貰っただけで、彼等はこれから幼い子供達を脅迫するのだ。

まさに悪人。だが、それを彼等は誇りにも恥にも思わない。

何せこれも『仕事』だから。彼等の環境において、貴重な食料との交換条件を飲んだからこそ、彼等は『依頼人』の意向にそうだけだ。

だが、それでもあえてその一人に彼等は言う。

 

「お前、話は聞いたから分からなくはないんだが、それでも言わせてくれないか?」

「何をだ?」

 

『依頼人』が軽く首をかしげつつそう答えると、彼等は皆見辛いが苦笑を浮かべつつこう答えた。

 

「お前、本当に下衆だよな。何で10そこいらの子供がそんな最低なことを思い付けるのやら」

 

皆がその言葉に頷く。

『依頼人』は彼等の中で一番歳が低く、まだ17歳だ。

だがらこそ突っ込まれる。その歳でここまで酷いことを良くもまぁ考えられるものだと。

その事に彼………八幡は見えずとも分かるくらい汚い笑みを浮かべつつ答えた。

 

「うっさい。俺等のやることに汚いも綺麗もないだろ。子供だろうが老婆だろうがやることは変わらない。必要だからそうするだけ。そのためにお前等と取引したんだからな」

 

八幡はそう答えると共に更に加速する。

時間は有限、一時間半の間にこの脅迫を成功させなければならないのだから。

だから彼等はより一層走る。

彼等が走り去った後、森の中は静寂に戻っていた。

 

 

 

 八幡は山を下り小学生達が肝試しをしているポイント付近にまで接近したのちに、それまで一切役にたっていないスマホで連絡を入れる。

 

『雪ノ下、こっちは今ついた。そちらはどうなってる』

『比企谷君、此方は順調よ。もうそろそろ鶴見さん達のグループが出るわ』

 

丁度良いタイミングのようだ。遅ければアウトだが、速い分には問題ない。

 

『分かった。後はこっちで準備する』

 

八幡はそう答えながら連れてきた同僚達の顔を見る。

彼等は何をするのかを聞き、そしてその酷さを分かった上でも皆一斉に頷いた。

別に何かをするということでもない。彼等はただ立っているだけだ。それだけだが、それでも確かに必要なのだ。

皆のやる気などないが仕方ないと言った様子を感じつつ八幡は嗤う。

これからすることは……………。

 

『ねぇ、比企谷君。本当に手伝わなくていいの? 今からでも他に手伝えることがあるのなら』

『いや、その前にも言ったが、雪ノ下達は対象を正規のルートから別のルートに誘導してくれればそれでいいんだ。後はそうだな…………あぁ、後は葉山達がおかしなことをしないように見張っててくれないか。下手に介入されるとややこしくなるから』

『わかったわ。でも、その………やはり見ては駄目なの?』

『あぁ、正直これからすることは酷いことだ。見ていて気持ち良くないから、見てほしくない。それに………』

『それに?』

『見られて嫌われたくないからな』

 

極端に酷い『いじめ』なのだから。

それで通話を終わらせようとしたのだが、スピーカーからは小さなささやきが出た。

 

『………嫌いになるわけないじゃない………』

 

それを聞こえなかったことにする八幡。

内心はドキドキしてしまったが、これからすることにこのときめきは不要。

だから代わりに嗤う。

より悪人らしく、酷いことを平然とする最低の屑野郎として。

そして同僚達に声をかけた。

 

「さて、これからいじめを解決するために、彼女達の『友情』を試そう。さぁ、報酬の前払い分、しっかり働いてもらおうか」

 

「「「「「イエス、サ―」」」」」

 

 

 

 そして八幡達は雪乃が誘導した彼女達を待ち構える。

その手に持っているのは突撃銃。勿論中身はペイント弾だが、当然のごとく本物だ。傍から見ても玩具には断じて見えない。

それを持ち構えると、丁度良く話し声が聞こえてくる。

勿論対象である彼女達の話し声。その中は当然の如く留美の声はない。

そして彼女達が通りかかった所を同僚達が隠れてやり過ごすと共に、背後に立って同僚達が突撃銃を構える。そして八幡は彼女達の前に立った。

 

「止まれ」

 

夏の森の中、虫の鳴き声などが聞こえるはずなのに、その声は静かに鳴り響いた。

 

「「「「――――――――――――――――――――――――――――――!?!?」」」」

 

突如として現れた不審者に悲鳴が上がりかける4人。しかし、その手に月の光を浴びて鈍い光を放つ鋭いナイフを持ち、それを自分達に突き付けられていることを何とか理解した彼女達は悲鳴を飲み込んだ。

それが正解とばかりに周りから音が聞こえ、そして彼女達は逃げ場などないかのように包囲されていることを知った。

驚きと不安と恐怖がごちゃ混ぜになった顔で彼女達は辺りを見回すと、そこには自分達にナイフを突き付けているのと同じ格好をした男達が自分達に突撃銃を向けている。

それがあまりにも非現実的過ぎて、彼女達は目の前の現実を信じられずに怯えつつ何とか言葉を紡ぐ。

 

「い、いきなり何よ、アンタ達。そんなオモチャを振りかざしてっ!?」

 

あまり相手を刺激しないようにしつつ相手を非難する。

そんな微妙な言葉を言うリーダー格の少女。

しかし、その言葉は途中で途切れる。

何故なら、彼女達に向かってその手に持たれていたナイフが投げつけられたからだ。

そのナイフは彼女達の顔の前をスレスレで通って行き、後ろにあった木へとぶつかった。

だが、弾かれるような音はせず、見事に突き刺さっている…………蛇の頭を貫通して。

頭を貫かれ痙攣しつつもぐったりとする蛇。飛び散った真っ赤な血が生命を殺したことを彼女達に強制的に教える。

その光景を見た彼女達は彼等………八幡達が持っているものが『本物』であることを理解した。

だからこそ、より恐怖に飲み込まれ言葉を失う。

その様子を見つめながら八幡は更に腰につけているナイフシ―スからもう一本ナイフを引き抜く。

 

「玩具ではないぞ、これは(明日の朝食ゲット! ついてるな)」

 

まさか偶々いたから殺された蛇。そしてナイフはあくまでもペイントナイフ。だが、八幡の膂力をもってすれば突き刺すことは容易である。

しかし、これで彼女達は八幡達が本物を持っていると思った事だろう。

抵抗することすら出来ず、彼女達は怯えるのみ。

そんな彼女達に八幡は代表者として告げる。

 

「我々は今日の日和見主義の日本政府に異を唱える者『正しき日本の在り方を示す者』である。世間では所謂テロリストなどと呼ばれているが、そんなことは断じて、断じてない」

 

勿論普通に聞いたら正気を疑われるくらい酷いものだが、先程のナイフに周りの此方に照準を付けたまま微動だにしない者達を見ている彼女達にはそれが真実だと認識するしかない。

まぁ、勿論嘘のでっち上げなのだが。

八幡達は仕事の関係上そういった手相の相手もしたことがあるので、その手相の行動パターンや口上なども真似ることは容易だ。

だから今回はどこぞのテロリストとして名乗り上げた。

慄き怯える彼女達。その中には当然留美の姿もある。彼女は確かに恐怖を感じているようだが、他の4人に比べれば落ち着いている。もしかしたらと思っているのだろう。彼女だけは何かしらを八幡がすることを知っているから。

だが、周りの少女達はその事にすら気付かない。ただ目の前に現れたテロリストに怯えきっている。

八幡はそんな彼女達を更に恐怖で煽る。

 

「さて、何故我らが諸君達に話しかけたか? それは………諸君達を捕え、そして活動資金にするためだ」

 

口元を覆う覆面部分を上にずり上げると、そこに現れるのはイヤらしい笑み。

 

「君達のような若い子はとても金になるのだよ。特に物好きな金持ちはそういった特殊な性癖を持つ者も多くてね。その中でも日本人の子供は価値が高い。どう扱われるのかは………買い取り手次第だがね」

 

その言葉と共に怖気立つ彼女達。無意識とは言え自分の身体を抱きしめるのは、女としての本能だろう。

これからの自分を考えてしまい、その行く末が脳裏を過る。

それはあまりにも『悲惨』だった。

まだ生理が来ているかどうかというのに、自分達はこれからそういった『変態』達の慰み者になるのだと。

そう考えてしまった途端、彼女達はまるで極寒の中に放り込まれたかのように震え上がる。

そんな中に更に八幡は爆弾を放り込む。

 

「とは言えだ。生憎5人は運ぶのが面倒でね。だから3人だけ運ぶことにしようと思う。姿子は見た限り同じレベルだし、中身は実際試さないとわからないが、流石に商品に手を付けるわけにもいかない。だからここは……君達に選ばせてあげよう。誰を売り飛ばすのか、見ものだなぁ」

 

その言葉に彼女達は当然我先へと助かりたいがために『友達』を売り始める。

やれ調子が良いからだの、謝ればよいのだの、様々な意見が出るがどれもが自分が助かりたいがための言葉。それは聞くに堪えない程に醜く、人間の本性を現しているようであった。

そしてこの中に入っていない彼女は当然の如く指名される。

 

「鶴見、あんた行きなさいよ」

 

その言葉に当然否定の声を上げたい留美だが、既に醜い言い争いをしている彼女達には言葉が届かないと判断し八幡の元へと来た。

彼女の中ではこの事は半分半分となっている。もしかして本当の事なのか、または八幡が起こしたことなのか。

そんな半信半疑な留美を見つつ、八幡は愉快そうに笑いながら話しかける。

 

「まったくもって実に見ごたえのある喜劇だな。自分が助かりたいがために、それまで友と謳っていた者達を蹴落とす。実に滑稽だ。よく子供は天使などと言われるが、既にこのように互いを蹴落とそうとする辺り、子供だろうが醜いものは醜いということか」

 

その言葉を聞いても尚、彼女達は互いに言い争う。

自分が助かりたいからと、その一心だけで平然と裏切りをする。

既に本音も何もない。ありのままの感情を無様に吐き出す様はまさに無様。

醜い様子は誰が見ても分かることであり、もう彼女達の中では互いに友達だとは思っていない。

完璧に彼女達の交友関係は破壊された。

もう信じられるものなど何もないと言わんばかりに必死になってお互いになすりつけあう。その瞳はもう涙が止まらず泣いているが、それでも止まらない。

 

「一体誰が選ばれるのだろうねぇ? そして誰が誰を裏切るのか。互いに押し付け合いながら自分だけ助かりたい。うん、実に汚らしく人間らしい」

 

更に煽る八幡。

もう火は大火となって燃え上がり、消すことは不可能だ。

誰もが信じられなくなっている彼女達はもう誰も信じられない。人間の裏側を見せつけられた彼女達は今後の人生において友人を作ることは出来ないだろう。本当に自分と仲良くできるのか分からない。信じられるか分からないと疑心暗鬼になってしまい、誰かと一緒になることもない。

そんな彼女達に八幡は少しばかりの慈悲を与える。

 

「考え方次第でこの状況はどうにかなるのかもしれないというのに。『どうすれば良いのか』もう少し考えては如何かな?」

 

この言葉は善意だ。

この状況に於いて、一つだけ皆が助かる道がある。それを正しく選ぶことができれば、確かに彼女達は皆助かる。しかし、それを気付くには今彼女達の頭を満たしている考えをすべて吹き飛ばさなければならないのだ。

それが出来るのは八幡のように仕事の性質上考え方を直ぐに変えることができるものか、もしくは柔軟な思考の持ち主だけである。

 

「あ、もしかして……………」

 

そう呟いたのは留美。彼女はどうやら気付いたらしい。

だが、それを行動に移すという気は彼女にはなかった。何故ならもう彼女はこの騒動の犯人が分かってしまったからだ。そしてこの茶番の行く末も察した。

その答えは確かに普通に望むものではない。八幡が言った通りの答えだ。

だが、彼女はその答えに納得する。

確かにこんなものを見せられては人を信じられなくなるのかもしれない。

だが、人間と言うのは最初から相手の心の底が分かるものではないのだ。それは長い交友関係の末に気付くもの。だから自分程度の年齢の人間が相手の心の底を見れなければ友達になれないなんて言う気にはなれないのだと、彼女はそう思った。

まだ時間が必要なのだから。

しかし、それに気付けない彼女達はずっとそのままだろう。そう思うと逆に憐れにさえ思えてきた。

八幡はそんな留美の様子を見てそろそろお終いにするかと判断を下す。

これ以上は仕方ない。もう目的は達成されたのだから。

後はどう締めようかと思い、簡単なことで締めようと思い行動する。

八幡はまるで突如として連絡が来たかのようにスマホを耳元に当てる。

 

「もしもし………何だと!? 本部が襲撃を受けているだって! 分かった、至急戻る」

 

そして通信を切るなり周りの者達に撤収の指示を出し始めた。

そのことにポカンとする少女達。

そんな彼女達に八幡は仕方ないと言った様子で話しかけた。

 

「非常に残念であるが、どうやら我らの本部が襲撃を受けているようだ。だから諸君らはありがたいことに助かった。本部が襲撃されている時に暢気に人攫いなど出来ないからな。それと最後の答えを教えてやろう。その答えはな…………実はこの中に一人だけまったくの素人が混じっていたことに気付くことだ。それを気付けは後は5人で協力すれば脱出も可能だった。この距離でこんな銃を使えば友軍誤射の可能性が高くなるのだからな。互いの命を任せられれば助かったのに。そんなことにさえ気付けなかった諸君らはもう友達ですらないな」

 

その言葉は真実であり、答えを言われても彼女達は気付けない。

ただ、もう互いに信じられなくて目を逸らす。

そんな彼女達と違い、八幡は留美にこう小さく語りかけた。

 

「覚えておくと良い。友達は所詮この程度かもしれないが、『戦友』は絶対に裏切らないと」

「戦友? どう違うの?」

 

彼女のその問いに八幡は優しさに満ちた声でこう答えた。

 

「『戦友』は自分の背を、命を任せられる存在だ。仲が良いかは関係ない。ただ、絶対に信頼できる相手、それが『戦友』だ。お前もそんな戦友のような友達を作れるようになるといいな」

 

そう八幡は告げると、同僚達と共に森の闇へと消えて行った。

 

 

 

 この後、結局彼女達は肝試しを棄権した。

そしてキャンプファイヤーになったが、誰一人として誰かと一緒になることはなかった。

だが、雪乃達に話しかけられた留美だけは、どこかふっきれたような笑顔をしていた。

 



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第51話 俺の悪は裁かれる

リアルが忙しい今日この頃。パソコンの前でよく寝落ちしていますよ。


 八幡に殆んどしてもらったようなものだった今回の一件。当然奉仕部の皆は内心では納得していない。

自分達は問題を上げはしたが、その解決には一切関われなかった。

その事実が彼女達の心を締めつける。

自分達にも何か八幡の手伝いが出来たのではないか、そして本音では八幡と一緒にこの問題を解決したかった。

とはいえそれは本人が断ってきたのだ。此方の思いを無理やり押し付けることは出来なかった。唯一連絡を取り合っていた雪乃から聞こえた断られた理由を知って、皆はそんなことはないと思う。

きっと八幡がしたことはあまりよろしくないことなのだろう。世間における悪なのだろう。だが、それでも、それをするのは誰かを助けるためである。必要だからこそ成す悪を必要悪と言うのなら、それを自ら進んで成す八幡を彼女達は絶対に責めない。

何故なら八幡が優しいから。優しい彼は進んで自分を傷つけ汚す。そんな彼を誰が嫌いになれようか? 例え世間が八幡を忌避し嫌悪し罵ろうと、彼女達はそんな八幡を労り慈しむ。

惚れた腫れたの事もある。だが、それ以上に人間として立派だと、そう思えるから。

そして八幡はそうした時、確かに結果を示して見せた。

翌日の留美達の人間関係は確かに変わっていた。

それまで留美をいじめていた娘達は皆バラバラになり、一人で目立たないように木陰で身体を小さくしていた。その顔は何かに怯えているようで、小刻みに身体が震えている。そして留美は留美で相変わらず一人であったが、その顔に陰りはない。何かをふっ切れたような、明るい笑顔をしていた。

そんな彼女達を見て、八幡が何をしたのかを察した雪乃達は自分の中の答えを合わせるように話し始めた。

 

「これが彼の答えなのね」

 

雪乃が理解した顔でそう言うと、沙希が今度は納得した様子で頷く。

 

「アイツらしいね、こういうの」

 

そんな二人に結衣はそうだねと頷いた。

 

「うん、ヒッキーなら確かにこんな答えを出しそうだね」

 

3人の様子を見て静は少し呆れた顔をする。

 

「まったく、比企谷はよくもまぁ、こんな酷いことを出来るものだな。確かにこれも答えの一つではあるが」

 

未来の義姉候補達のそんな様子に小町は自分の兄は凄いのだと自慢するかのように胸を張る。

 

「流石は鬼いちゃんだね!」

 

言っている言葉は誤字に非ず。何をしたのかまでは分からないが、その結果からどうなったのかを憶測することは出来る。だから八幡がしたことが『酷い』ことだということが分かった上で小町は凄いと称えた。酷いことをする人間に鬼の字を充てることは間違いではない。

そんな彼女達と違い葉山達は何故こうなったのか分からない。

分かっていることは昨日まで暗かった留美が多少マシになっている事と、逆にいじめていたメンバーが極端に暗くなってバラバラになっていることのみ。

何があったのかを聞こうにも、雪乃達はそれを言わない。何せ彼女達だって何があったのかは知らないのだから。

そんなわけで置いていかれている葉山グループは放っておき、雪乃達が何を察したのかの答え合わせをしようか。

彼女達が察した答え、それは………。

 

『鶴見 留美の学校間に於ける元友人関係の破壊』

 

いじめを解決出来ないなら、そもそもの大本を無くせばいじめは消失する。

それにはいじめているグループをどうにかしなければならないのであり、方法はともかく結果としてそのグループは瓦解した。

そうなれば確かに留美をいじめることはなくなる。彼女達の強みは数による優位性だ。集団により対象を圧倒することが出来るからこそ、いじめに関し自信を持って行える。だが、数がなければそれはない。一人で凄んで見せたところで迫力など皆無。そして心配していた中学に上がっても新しい人達と一緒になっていじめが悪化することもない。何をしたのかまではわからないが、もうバラバラになった彼女達が中学になって徒党を組んでまで留美をいじめる理由もないのだから。

いじめはあくまでもあの4人が揃っているからこそ行われるのであって、瓦解したからもう不可能なのだ。

だから確かに、八幡は成し遂げた。

 

『鶴見 留美のいじめをなくす』

 

解決したのでもなければ改善したのでもない。

結果を見ればよろしくはないが、それによって確かに留美は救われたのだ。

それは彼女の顔を見れば分かる。

だからこそ、口惜しいがそれでも雪乃達は思うのだ。

 

『比企谷 八幡という男は、本当に凄い』と。

 

そんな彼に好意を抱いている自分が好きであり、そして彼を想うと胸がドキドキする。

もっと彼と一緒にいたい、もっと彼と顔を合わせながら話したい、もっと彼と一緒に……ドキドキしたい。

そんな想いを胸に抱きつつ、それでも今回はもう八幡に会えないことを残念に思う雪乃達。何せ彼女達の合宿は今日で終わりだから。

だからその想いを抱きしめながら彼女達は帰り支度を済ませ、静の車で千葉に帰った。

 

 

 

 千葉に戻り、静の所用もあって総武高まで来た雪乃達はそこで下される。

 

「御苦労だったな。家に帰るまでが合宿だ。それでは………解散!」

 

その言葉により、この度の合宿が終了した。

雪乃達は今回の合宿の思い出話に花を咲かせ、そんな雪乃達を静は満足そうに見つめる。

 

「そうだ、皆さん、この後何処か拠りませんか?」

 

名残惜しさからなのか、もしくは暑いからなのか、小町がそう提案し始めた。

それを聞いて皆行く気を見せ始める。この合宿ですっかり仲良しとなった彼女達はもう立派な友達と言えよう。

そんな和やかな雰囲気の中、校門の近くにある車が停止した。

それを見て目を見開く雪乃。何故なら彼女にとってそれは見覚えがある車だから。

そしてそれが来たと言うことは、雪乃にとって近しい誰かが来たことに他ならない。

故に内心構える雪乃。そんな彼女に肩透かしを食らわせるかのように明るい声が響き渡った。

 

「はぁーーーい、雪乃ちゃん!」

「………姉さん」

 

出てきたのは雪乃の姉である陽乃。

彼女はそのまま小走りで雪乃の方まで来る。

 

「雪乃ちゃんったら全然お家に帰ってこないんだもん。お姉ちゃん心配で迎えにきちゃった」

 

そう言う陽乃に雪乃は不機嫌そうな顔を向ける。

突然現れた陽乃に戸惑う結衣、沙希、小町。そんな彼女達のことなどお構いなしに陽乃は話しまくる。

 

「あれ、そこの子達はもしかして雪乃ちゃんのお友達?」

「え、えっと、その……」

「は、はい!」

 

そう聞かれ何とか自己紹介を始める結衣と沙希だが、陽乃のテンションについていけずタジタジになる。

そんな結衣達に静が助け舟を出した。

 

「陽乃、そのへんにしておけ」

 

そして静から語られる陽乃のこと。過去の教え子であることなど。

それを語られた後で陽乃は改めて結衣達に自己紹介をする。

 

「どうも、雪乃ちゃんのお姉ちゃんの陽乃です。よろしく~!」

 

その紹介に驚く結衣達。

雪乃の姉だということにも驚いたが、それ以上に見た目は似ているが中身がまったく違うことに驚きを隠せないようだ。

そんな結衣達の様子を面白がる陽乃だが、最後に自己紹介をした小町を見て目を細めた。

 

「あの、比企谷 小町って言います。雪乃さんにはお世話になっていて」

「比企谷……もしかして比企谷君のご家族?」

「はい、兄を御存じでしたか?」

「まぁね………(あの男の子の妹さんね………こっちは何と言うか、普通ね)」

 

以前の出会い以来気になっている男の家族と聞いて、てっきり妹も兄と同じようなのかと思ったがどうにも違うようだ。

だが、単純に可愛いし、何よりも裏表がまったくなさそうな所はある意味感心させられた。

陽乃の中で小町は兄に比べれば普通だが、それでも十分魅力ある人間と認識されたらしい。

だからなのか、陽乃は小町との出会いを純粋に喜んだ。

 

「よろしくね、小町ちゃん」

「はい!」

 

小町は嬉しそうに返すが、それを良く思わない者が一人いた。

当然の如く雪乃である。

彼女は姉が小町に近付いていることに不満をもったのだ。単純に不快を感じたが、それ以上に何かを吹き込むのではと思った。

だからこれ以上余計な真似をさせないように少しだけ語気を強めながら問いかけた。

 

「それで姉さん、一体何の用?」

 

その苛立ちが籠った問いかけに陽乃は笑顔で答える。

 

「お母さん、待ってるよ」

 

ただそれだけの台詞。だが、それだけなのに雪乃に圧し掛かってきた重みは凄まじく、彼女の心を潰しにかかる。

その言葉がどういう意味なのかを分かっているからこそ、彼女は顔をしかめた。

以前の、八幡と会う前の雪乃だったら従うしかないとそのままついて行っただろう。

だが、雪乃も雪乃でまた成長したのだ。

だから雪乃は陽乃に不敵に微笑みながらこう答えた。

 

「後一時間くらい待ってくれないかしら。この後皆と一緒にお茶をしようと思っていたから。一時間したら素直に行くから。それぐらいのわがままくらいいいわよね。時間を圧してるわけではないのだし」

 

そう言った雪乃の笑みを見て驚く陽乃。

そして彼女はそんな妹の成長した姿を見つつ満足そうに笑いながら返事を返した。

 

「それぐらいならいいんじゃないかな。わかった、後一時間程したら連絡頂戴ね。ちなみにお姉ちゃんが一緒に行くのは………」

「当然却下よ」

「そんな~、雪乃ちゃん冷たい~!」

 

そんな微笑ましい姉妹のやり取りに皆が微笑んだ。

 

 

 

 小町達が無事に帰っている時、八幡は普通に演習に戻っていた。

頼まれたことも問題なく解決したし、演習も後半に入っただけに精神的に多少楽になってきている。

そんな八幡だが、休憩中に突如として通信機が反応し始めた。それも特殊の秘匿交信でだ。

それが鳴るのは基本は休憩時間における襲撃者の任命だけ。だから八幡は任命されるのだろうと思いながら通信に出る。

 

「こちら、レイス8」

 

この後はCPの女性社員から連絡が来るのだろう。そう思っていたが出てきた声は八幡の予想するものではなかった。

 

『此方CP。やぁ、レイス8。調子はどうだね』

「か、課長!?」

 

まさかの課長直々の通信に驚いてしまう八幡。

それとともに感じる嫌な予感が体中を駆け巡る。

そしてその予感は的中した。

 

『昨日………君が休憩時間中に何をしたのかは知らない。別に休憩時間中にどう過ごすかは社員の自由だ。だから別に君を咎める理由など一切ない。だが………少々ヤンチャが過ぎるのは感心しないな』

 

その言葉に八幡に冷や汗が流れる。

そしてそんな八幡に課長は死神の鎌を振り下した。

 

『先程も言ったが咎める気はない。ただ少しだけ………余裕があるようだからサプライズを用意した。頑張りたまえ』

 

そして切れる通信。

それとともに森の中を駆ける足音が複数聞こえ、そして八幡の前に姿を現した。

 

「「「「「昼飯よこせぇえぇええええええええええええええええええええ!!」」」」」

 

それは…………八幡を除く全員が襲撃者として八幡を襲うというシナリオだった。

その洗礼を受けた八幡は……………。

 

「あ………あんまりだぁ…………」

 

昼ご飯を全部毟り取られ、見るも無残な姿に成り果てていた。

 

確かに八幡は一人の少女を助けた。

だが、それでも…………悪行はいつか正されなければならないのだろう。

胃袋を抑えながらそう八幡は骨身にしみていた。

 

 



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第52話 俺に夏休みなどない。

超スランプでピンチです。うぁ~~~~~~~~~。


 夏………この季節はどのような季節だろうか。

基本的には暑くて台風が多い、そんな季節だ。過ごしやすいわけでもなく、更には体調を崩しやすい季節ということを考えれば、決して良い季節ではない。

だがそれでも、そんな季節を楽しみにしている者たちもいる。

それは若者達だ。この過ごすのに多少苦労がある季節だが、彼等は寧ろその夏を心待ちにしている。

他の季節と違い、夏にはそれなりに特徴的な言葉が良くある。

 

『一夏の思い出』『青春が燃え上がる夏』などなど。

 

つまり若者にとって夏とは特別な季節なのである。

具体的に言うのなら十代後半の思春期の少年少女達には特に。そしてそれらをより盛り上げるように、学生には総じて『夏休み』というものがある。

長期間における休みは日頃は学校に縛られている彼等をより開放的にさせる。夏は開放の季節であり、より大胆にさせる。

春が浮かれやすいように、夏はより活動的に精神を誘発されやすい。季節にはそういった精神への働きもあるのだろう。

だから彼等は夏になるとよりハシャぐ。

今を大切に生きる彼等は、その青春を楽しむべくより活発になる。

と言うのが若者の学生達。

だが、そんなものは学生だけであり、社会に出ている者達なら挙って同じ言葉を言うだろう。

 

『そんなこと言ってないで働け』

 

浮かれ上がっている若者と違い、社会に出ている者達に長期間の休みなどない。

社会人にとって夏という季節など精々暑くて不快に感じる事以外ないだろう。彼等は常に忙しい。

では、学生でありながら社会の一部として働いている彼はどちらなのか?

その答えを見てみよう。

 

 

 

 八幡は疲れた溜息を何度吐いただろうかと軽く考える。

別に身体は疲れていない。疲れているのは精神だということは、嫌でも良く分かる。

いや、それは仕方ないことだ。何せそんな状況に陥れたのは自分自身である以上、それは自業自得なのだ。

自分の所為だということは分かり切っている。だからこのような目に合うのも仕方ない。

そう、このような目に…………。

 

「仕方ないことは分かっているし、自業自得なのも分かってる。だから文句も言わず仕事もする。とはいえそれでも……………」

 

燃え盛るビルの上階を背に、八幡はゆっくりとした歩みで歩いていく。

 彼は少し前までそのビルの上階にいた。そこは所謂暴力団の事務所であり、八幡がそんな所に赴いた理由など一つしかない。

その暴力団はここ最近やけに活発に裏で動いており、新しい危険な麻薬を若者達の間にバラ撒こうとしていた。その麻薬は依存度はそこまで強くないのだが、お手軽な価額で手に入る上に、身体から直ぐに排出されるので検知がし辛いという特性を持っている。昨今の麻薬使用者にはそういうものがニーズらしい。それにハマった後により重度の麻薬に手を出すようになる。そのための布石を前に、彼等は嗤う。

 

「こいつがあればこの夏はかなり稼げる! 何せ夏は格好のカモ共が浮かれ上がっているからなぁ!ガキ共は夏になると開放的になって馬鹿なくせに考えなしに冒険したがるから、こいつをチラつかせれば飛びかかって来るってもんよぉ!」

 

と組長がのた打ち回っていたそうな。

そして気付かれないように気配を消して侵入した八幡はそんな戯言を聞きつつ本人に最後の言葉を耳元で告げた。

 

「良い歳した大人が無知な餓鬼を食い物にするな、馬鹿な大人が」

 

そしておなじみのナイフによる一閃にて、組長は首から盛大に真っ赤な華を咲かせた。

その後はもう分かるだろう。

いつものように、混乱し恐怖する相手に対し一方的な殺戮を見せつけただけだ。事務所内には15人程がいたが、それらが皆物言わぬ骸になるのにそう時間はかからなかった。

血塗れになった事務所で八幡は重要書類などを手早く集め、後は小火を想定して放火し証拠と件の麻薬の隠滅。

そして今になるというわけだ。

勿論これも仕事。とはいえ、いつもに比べれば多少毛色が違うのは少しばかりその背景が違うからだ。

この仕事、確かに日本政府からの依頼ではあるのだが、そのランクがいつもの仕事よりも少し下のもの。何故そんなものを受けているのかと言えば、正直ペナルティとしか言いようがない。

前回八幡は組織に無断でその戦力を使用した。

それが例え消耗することもない、被害もないとはいえども、彼は無断でそれをしたのだ。

別になんてことはない。ただ脅迫をするためにチラつかせただけ。

それだけでも、その責任は負わなければならない。

別に周りにバレたわけではない。他の人間からは何も追求はなかったし、あの時は休憩時間中ということもなって多少のヤンチャは目を瞑ってもらえる。

だが、それでも………親代わりでもある上司には何故かばれてしまっていたようで。

上司から何か追求されたわけではない。だが、あの演習中の際の秘匿通信でバレたことを遠回しに言われ、そしてその責任を追及されるかのように…………。

 

夏休み中に仕事をみっちりと入れられたのだ。

 

ランクが多少下がろうとも危険な仕事に変わりはなく、普通に考えたらいつ死んでもおかしくない物ばかり。世の犯罪者と言われる連中はどういうわけかは分からないが、夏になると活発的になる。年中悪だくみをする者は多々いるが、夏はより発生数が多くなるのだ。

ある意味、若者の次に夏を満喫しているのは犯罪者共だろう。

そんな連中に振り回されるのはちゃんと働いている者たちだ。

だからこそ、八幡はペナルティとして働かされている。

それが悪い事だと分かっているからこそ、そのペナルティを受け入れた。

だからこの夏、彼はとても多忙だ。

毎日毎日が仕事。西に行っては密売組織を壊滅し、東に赴いては犯罪者を殺しまくる。

基本が暗殺ばかりであり、八幡が仕事を行った後は血の海が出来あがる。

その光景を見るたびに八幡は疲れたため息を吐いた。

見慣れてはいる。慣れている。だから特に嫌悪感を抱くこともない。

だが、その殺伐とした光景を見続けるのはどうにも………疲れるのだ。

身体は平気でも、精神が疲れる。酷く疲れると言うほどではない。ただ単に飽きてきているのだろう。同じことをずっと繰り返していることに。

そう思うたびに八幡は思ってしまう。

 

心が弱くなっているんじゃないだろうか?

 

この仕事を初めて少し経つが、今までこんなことはなかった。

仕事の中では今の現状よりもより過酷な仕事だって経験してきた。海外の戦場にだって出張ったこともある。その時に見た光景は今の比ではない程に酷かった。血肉の焼け焦げる臭いと鉄の香りが満たすそこはまさに地獄。

それに比べれば今の光景はまさに天国のはずだ。なのにこの溜息。

それを見るに、やはり自分が鈍ってしまっているのではないかと危惧するわけで………。

そう考えると余計に自分のことがまずいと思ってしまう八幡は、更に仕事にのめり込む。

小町に寂しい思いをさせてしまっているのは分かっているが、それもこれも小町のため。

だから時間がある限りは小町と一緒に過ごすことにしている八幡。

そんな八幡に小町はもどかしい気持ちを持てあます。

働き過ぎだと言いたい。もう少し休んだ方が良いと提案したい。彼が疲れて帰ってくるのを知っているからこそ、もっと休んでもらいたいと。

しかし、それでも小町は八幡に言えない。八幡が働いている理由を少しでも知っているから。そして今年受験の小町に少しでも負担をかけたくないという思いを八幡から感じるから。

だから小町は八幡を見守る。ただ兄の幸せを願いながら。

 そんな兄妹の過ごす夏休み。

小町は兄の思いを受けながら受験勉強に精を出し、八幡は仕事に精を出す。

兄がいないことが寂しさを感じさせるが、小町はそれでも少し寂しくはなかった。

何故なら一緒に過ごす同居人が一人増えたから。それは可愛らしい犬である。

その犬の名はサブレ。

そう、本来は結衣が飼っている犬である。

何故そのサブレが今比企谷家にいるのかと言えば、何でも結衣の家が旅行に行く際にペットは連れて行けないということで急遽、ペットを預かれるのが可能な比企谷家で預かると言うことになったのだ。

その話し合いは結衣と小町との間で決められたことであり、八幡は事後承諾のようにサブレを連れてきた小町にそう聞かされた。

自分達だけで勝手に決めたことに不安に思う小町であったが、小町が少しでも寂しくないのなら八幡は反対する気はないと答え優しく小町の頭を撫でた。

そんな八幡に小町は嬉しそうにはにかんだ。

八幡の許可の元、サブレのお陰で寂しさを紛らわせることが出来た小町。

そんな小町だが、そろそろサブレとの別れが来た。

 

 

 

 その日、八幡がバイトに行っている時に結衣が比企谷家に来た。

 

「やっはろー、小町ちゃん! サブレのことで迷惑かけてごめんね」

「やっはろー、結衣さん! 良い子でしたよ、サブレ」

 

独特的な挨拶を交わしつつ、二人は会話に華を咲かせる。

主に結衣が行った旅行の土産話であり、それを聞いていて小町も笑う。

二人だけでも姦しいが、こんな中で結衣は小町に何となしに聞いた。

 

「あれ、ヒッキーはいないの?」

 

その言葉に小町は少しだけ寂しそうに答える。

 

「ごめんなさい、お兄ちゃんはアルバイトでいないんです。夏休みに入ってから忙しいみたいで………」

「そっか………何かその、ごめんね」

 

小町の様子を見て申し訳なさそうにする結衣。彼女は小町の寂しさを感じ取ったからこそ謝った。

謝られた小町は急いで大丈夫だと答えながらいつものように笑って見せる。

その笑みを見て、結衣はあることを決めた。

 

「そうだ、小町ちゃん! もしよかったら、この後花火大会に行かない? 勉強も大事だけど、たまには息抜きしないとね。それにせっかくの夏休み、もっと楽しい思い出を増やさないと!」

 

彼女は明るくそう小町を誘い、そして小町は彼女の優しさを感じながら答えた。

 

「そう……ですね。はい、わかりました! 結衣さんが一緒ならお兄ちゃんも心配しないと思いますし」

 

こうして結衣と小町は一緒に夜の花火大会に行くことになった。

ここで普通なら保護者である八幡の許可が必要なものだが、今はバイト中でいない上に彼は小町の事に関しては激甘なので行きたいと小町が言えば絶対に許可する。

それが分かってしまうので、小町は『義姉候補』と一緒に楽しむことにした。

 

「あ、ゆきのんも誘ってみよっか!」

「そうですね! 雪乃さんも呼びましょう!」

 

とても盛り上がる二人だった。

 

 

 そんな事が比企谷家で起こっているとも知らず、八幡は課長の前で姿勢を正しきっちりと立っていた。

これから仕事であり、次はどのような仕事なのかと緊張が走る。どうせ碌でもないことだけは確かだと内心思いながら。

そんな八幡を見て課長は苦笑を浮かべつつ話しかける。

 

「レイス8、昨日の仕事も良くこなしてくれた。流石だと言わせてもらおうか」

「は、恐縮です」

 

何を言われるのか分からないと言うこともあっていつもより言葉遣いが硬い八幡。

課長は八幡に笑いかけながら彼にいつものように対応するように言う。

 

「そこまで畏まらなくても良いよ。別にとって喰おうというわけでもないのだから」

「……はい、わかりました」

 

課長の言葉と声から伝わる心情に八幡は少しだけ警戒を緩める。

そしてほんの若干だけ力を抜くと、改めて課長と向き合う。

そんな八幡に課長は少しだけ親しみを込めた笑顔を向けた。

 

「そろそろ疲れてきたんじゃないかい?」

「いいえ、大丈夫です」

 

八幡はその言葉に当然のようにそう答えた。ここで下手に疲れたなどと言えば当然のように上げ足を取られるし、実際に肉体面での疲労はそこまで酷くない。

だから八幡は『現在の状況でも戦闘可能』ということを課長に示す。

その報告を聞いて課長は軽く頷くと口を開いた。

 

「なら結構。そして今回の仕事だが………喜ぶと良い。久々の休める仕事だ」

「休める仕事?」

 

課長の言葉に八幡は一瞬理解が追いつかない。

それまでずっと殺しばかりしていたからもあってか、その言葉の意味が分からなかった。

そんな八幡に課長は軽く笑いながら答える。

 

「そう。今回の仕事は『花火大会の有料席の護衛』だ。楽しんでくると良い。花火も祭りもね」

「は、はぁ……(何でここに来てそんな仕事なんだよ)」

 

こうして八幡もまた、仕事として花火大会に行くことになった。

今回の仕事は花火大会中、有料席に座っている人達の護衛及び危険人物の排除である。

その内容に不服はないが、どうにも面倒臭さに拍車がかかっているような気がした。

 

 こうして彼と彼女達は花火大会で出会うことになった。

 



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第53話 俺が祭りを楽しむことなんてない

もっとイチャイチャがみたいです…………。


 夕焼けが沈み始め、辺りは出店の灯りに照らされる。

活気良く、人々がこれから始まるであろう花火大会に浮かれていた。

その数は多く、それこそまさに星の数と同等ではないかと思われるくらい多い。そんな数の人間が密集しているのだから、当然人混みも凄まじいものであった。

そんな中を小町と結衣と雪乃の三人は歩いている。

 

「やっぱり凄いですね、花火大会」

「そうだね~。うん、毎年来てるけどやっぱり凄いなぁ」

「私は人混みは苦手なのだけど。だけれど、何と言うか雰囲気があるわね」

 

そんな感想を漏らしつつ歩く3人。

服装は皆私服だが、夏ということもあってか薄着。そのためか、いつもよりも結衣と雪乃の二人は年相応の魅力に溢れている。小町は………まぁ、可愛い彼女なりの魅力が出ていると言っておこう。

この度の花火大会、結衣からの気分転換に誘われた小町はならば雪乃もどうかと誘い、最初こそ渋った雪乃であったが結衣と小町の二人の泣き落としに陥落。こうして一緒に行くことになった。

そんな3人だが、出店を見回っては何かを買いテンションを上げている。

 

「うん、やっぱりお祭りといったらかき氷ですよね!」

「そうだね、うん。イチゴ味、美味しい~~~~~~!」

 

かき氷を一口食べ、その味に感動する小町と結衣。

そんな二人を見ながら雪乃は苦笑する。

 

「たかが細かく砕いた氷に甘いシロップをかけたものにそこまで感動しなくても良いのに」

「そう言うゆきのんこそ、食べる手が止まってないよ」

「シンプルだけどそこが良いんですよ、そこが!」

 

雪乃もそう言いつつも満喫しているようだ。あっという間に食べ終わる3人。

 

「ゆきのん、小町ちゃん、んぅ」

 

結衣はそう言いながら舌を出す。その舌は先程食べていたイチゴのシロップの色と同じように真っ赤になっていた。

それを見た小町も無邪気に笑いながら同じように舌を出す。その色は緑色であり、彼女が食べていたメロン味の色だった。

そんな二人の謎の行為と期待の籠った眼差しを向けられ、雪乃は恥ずかしがりながらもそれに倣う。

 

「ん、んぅ…………」

 

恥じらいつつも出された雪乃の舌は、蒼穹のような鮮やかな青色。彼女はブルーハワイ味のかき氷を食べていた。

そんな3人の行動は傍から見て奇妙なものだろう。

美少女3人が顔を合わせながら舌を見せ合っているのだ。可笑しくないはずがない。

それは当然本人達も分かっているわけであり、互いの舌の色を見合わせた後、盛大に吹き出した。

 

「あははははは、雪乃さんも結衣さんもおかしい~!」

「それは小町ちゃんも一緒でしょ~!」

「うぅ~、分かっていたのに恥ずかしい………」

 

女が3人寄れば姦しいという。

それは物静かな雪乃が加わっても同じらしく、3人は賑やかに花火前の出店を楽しんでいるようだ。

 色々な出店を周り、綿あめの屋台で足を止める3人。

 

「うわぁ、こういうの懐かしいかも」

「確かにそうですね。小さい頃は良くお兄ちゃんに強請って買ってもらったけど、最近だとあまりこういうの食べなくなりましたから」

「綿あめ………食べたことがないから分からないけど、何だか面白そうね」

 

興味深そうに綿あめが出来る所を見る3人。結衣は懐かしみ、小町は兄との思い出を思い出し、雪乃は食べたことがない物への好奇心が湧き、一つ買おうと考え始める。

そんな3人に、突如として声がかけられた。

 

「あぁ~~~~~、結衣ちゃんだ~!! お~い」

 

その声がした方向を向く3人。その先にいたのは3人の女子であり、声をかけてきたのはその中心にいる赤毛でショートカットの女の子のようだ。

その女の子の姿を見て、結衣が親しそうに声をかける。

 

「おぉ、さがみ~ん!」

 

結衣はそう言いながら声をかけた女の子の方へと速足で歩き、そして合流すると軽く互いの手にハイタッチをする。

 

「おぉ、ぐうぜ~ん」

「さがみんも来てたんだ~!」

 

どうやら知り合いらしく、親しげに話し始める二人。

 

「ご無沙汰だね」

「ねぇ~」

 

その様子を見ている小町と雪乃。

結衣の交友関係が広いことは二人とも分かっているので、特に何かあると言うわけではない。

そんなわけで結衣を見ていた二人だが、結衣が何やら呼んでいるようで小走りで二人とも結衣とその女の子の所へと向かう。

 

「紹介するね。此方、私と同じ部活の雪ノ下 雪乃さんと同じ部活の比企谷君の妹さんの小町ちゃん」

「どうも」

「比企谷 小町です、よろしくお願いします」

 

結衣に紹介され応じる二人。

その二人を見つつ、今度は女の子の方を紹介する結衣。

 

「此方、同じクラスの相模 南ちゃん」

「ど~も、相模です。よろしく~」

 

そして後ろの女子の紹介を受けつつ話んい華を咲かせる結衣と相模。

だが、紹介の際に受けた『値踏みするような視線』を感じながら雪乃と小町の二人は内心で嫌な思いを感じた。

 

(何ていうか、自分と見比べられているような視線でしたね)

(きっと由比ヶ浜さんと同じようなカーストの人なのでしょう。由比ヶ浜さんと一緒にいる私達を自分達と見比べて粗を探したいのよ。心が狭くて残念な人ね)

 

お互いに思った事を小声で話し合い、相模に白い目を向けることにした。

二人のそんな寒々しい視線を向けられていることなどいざ知らず、相模は結衣と親しげに話している。

そしてある程度話して気が済んだのか、結衣に別れを告げてその場から去って行った。

その背を見送りながら結衣は二人に振り返ると、申し訳なさそうな顔をして二人に謝る。

 

「ごめん、ゆきのん、小町ちゃん。二人に嫌な思いさせちゃって」

 

結衣は優しい娘だが、同時に空気を読める子だ。先程相模が雪乃と小町に向けた視線も当然気付いている。だから嫌な思いをさせてしまった二人に謝る。相模と出会わなければそんな思いはさせなかった。紹介しなければそんな目には遭わなかったのだから。

自分が悪いと責任を感じている結衣に対し、小町と雪乃の二人は優しく笑いかける。

 

「謝らないで下さい。結衣さんは悪くないんですから」

「そうよ。ただ………人付き合いが良いのも考えものね。もう少し相手を見て考えた方が良いわ」

 

二人はそう言いながら結衣に手を向ける。

 

「それよりももっとお祭りを楽しみましょう!」

「えぇ、まだ本番の花火は始まっていないのだから」

「小町ちゃん、ゆきのん………………」

 

二人の暖かな笑みと共に差し出された手に、結衣は感動し泣きそうになってしまう。

しかし、彼女達のその想いに応えるのは泣くことではない。

だから結衣は………。

 

「うん、そうだね! もっと楽しもう!」

 

満面の笑顔で二人の手を取った。

 

 こうして少しばかり問題があったが、それでも3人は祭りを楽しむためによりハシャぐことにした。

 

 

 と、そんなふうに花火大会を満喫している3人とは違い、八幡は面倒臭そうな顔で辺りを見回していた。

彼がいるのは河川敷。花火大会の会場であり、その中でも更に美しい光景が見えるポイント。そういった場所は得てして有料エリアとなっており、周りとは隔絶されている。

その有料エリアの近くにて、八幡は近くにあった木を背に気配を消している。

今回の仕事は有料エリアの警備であり、特に何かがなければ何もない。

課長曰く久しぶりに休める仕事とのことだが、確かに休めはするだろう。特にすることがなく、こうして辺りを見回していれば良いのだから。

 

「…………暇だな」

 

それまでしていた仕事が過激な物が多かった所為なのか、そのように呟いてしまう八幡。

それがよろしくないことはわかるのだが、手持ち無沙汰なことがそう思わせてしまう。

だから少しでもその暇を潰そうと辺りに目を向ける。

辺りにいるのは大勢の人々。その中でも特に多かったのは……。

 

「カップルが多いな」

 

こういったイベントで一番ハシャぐのはカップルらしく、手を繋ぎながら嬉しそうに歩いている男女が多くいた。

そういった人達を見て少し考える。

もし自分にそんな相手がいたらどうなるのだろうかと。

勿論そんなことはあり得ないことは分かっている。だからこれは無駄な空想だ。それでも、この暇を紛らわせるのならそれも良いかと思った。

頭の中に思い浮かべる自分は何処か自分ではない誰かのように感じるその隣にいて愛おしそうに手を繋いでいるのは…………。

 

「ヒッキー………だぁいすき」

「比企谷君……好きよ」

「ひ、ひき………八幡………好き…………大好き」

「比企谷、そのだな…………好きだ。愛してる」

 

「何で4人が出てくるんだ?」

 

思い浮かんだ人物が4人いたことに内心驚く八幡。

それは彼を慕う者達であり、八幡も彼女達との付き合いは嫌いじゃない。

だが、まさかそんな目で自分が見ているのかと思い考えてしまう。それはあまりにも失礼だろうと。自分如きが彼女達のような美人にそんな相手にされるわけがないと。

だから総じて結論づける。

 

「馬鹿馬鹿しい………仕事に集中するか」

 

あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れながら再び周りを監視し始める八幡。

そして彼は一つの問題を見つけた。

それは有料エリア付近で何やら揉めている様子の男女である。それを見て八幡は速やかに行動を起こす。

 

「なぁにが有料だよ、馬鹿野郎!ここは手前ぇの土地でもねぇくせによぉ!あぁ、くそ、なぁ、ねぇちゃん、俺と一緒にこれからホテルでもいかねぇ? お小遣いならたっぷりもってるからさぁ」

「だから嫌って言ってるんだけど。お酒臭いしセクハラで訴えるわよ」

 

イヤらしい表情で女性に話しかける男は見た限り50代の中年。真っ赤な顔と呂律が怪しい辺りから酔っていることが伺える。

その男が絡んでいるのは20代になったばかりと思える美しい黒髪の女性。彼女は薄紫色の着物を来ていて色香にあふれていた。

その女性にそう言われ、男は逆上し観衆がいるというのに大きな声でどなり散らす。

 

「何だと、このアマ! そのまま押し倒してぶち込んでもいいんだぜぇ! なぁに最初だけだよ痛いのは。後はヒィヒィよがらせてやるよ」

「ちょ、痛ッ!?」

 

男は乱暴に女性の腕を取り、力一杯に握る。女性はその痛みに顔を少しだけ歪ませた。

周りはそんな二人に注目しつつ、下手に関わらないように目を向けられたら逸らす。

誰かが通報するのを期待していた。自分ではなく誰かがするだろうと。

その視線は唾棄すべきものであり、女性は内心呆れながら失望する。

どいつもこいつも我が身可愛さに保身すると。

そしてそろそろ本気で絡んでくる男を叩きつぶそうと思ったのだが、それは小さく囁くような声によって止められた。

 

「衆人の中で何叫んでるんだよ、アンタ。もう少し場を考えて発言しろ、この酔っ払いが」

「え?」

 

その言葉とともに目の前で絡んでいた男は崩れ落ちた。

彼女は急に崩れ落ちた男に驚き目を向いてしまう。誰だってそうだろう。急に目の前で人が倒れれば気になってしまう。

そんな彼女に八幡はその手を痛くしないようにしつつ掴むとそっと話しかけた。

 

「この場から離れる。走ってくれ」

 

そして駆けだす八幡。

急にそう言われ戸惑う彼女だが、とりあえず言われた通り走ることに。

そして少し現場から距離を取った所で八幡は気配を戻した。

 

「もう大丈夫だろ、たぶん」

 

そう言うと彼女は八幡が急に現れた事に驚き、そしてその顔を見て更に驚いた。

 

「えぇ、比企谷君ッ!?」

 

そう驚く彼女を見て、ここで初めて八幡も驚いてしまった。

何故なら、彼女は知っている人間だったからだ。

 

「何でここに貴女がいるんですか………雪ノ下さん………」

 

こうして八幡はまた、新たなる問題に突入した。

 

 

 

 

 

 



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第54話 俺は年上のお姉さんに奢ってもらう

少しはイチャつけたかなぁ…………。


 現在、八幡は実に気まずいと感じていた。

別に何かおかしな事をしたのではない。普通に仕事をしただけであり、問題らしい事など何も起こしてはいないはずである。顔を見られることは想定済みだが、元より目立つような顔ではない。濁り切った目は印象に残るかもしれないが、それでも気配が薄いということを考えれば直ぐに忘れてしまうので問題はない。

だが、それは…………まったく見知らない他人ならばだ

この数多くいる見物客の中で、まさか『知り合い』に会うとは誰が思おうか?

別にそれ自体はおかしなことではない。こういった大きなイベントは当然のように人が集中するのだから、当然知り合いだって来ていたって何らおかしなことはないのだ。

だが、それが八幡となっては別問題。何せ彼はボッチだ。基本的に人と関わる事をしない。ここ最近はやけに女子と関わることが多かったが、逆に言えば彼女達以外の知り合いはいないわけだ。それだけでも少数。その少数に鉢合う可能性などそれこそ砂漠の中から一粒の宝石を探し出すのに等しいだろう。

だから八幡はそこまで考えていないかった。

仮に出会う可能性はなくもないと考えていたが、まさかそれがこのような問題の最中にいるとは思わなかったのだ。

その上助けた相手が問題だ。会ったことがあるのが一回だけであり、その存在こそ知ってはいたが今はいつもと違う服装に髪型。だから気付けなかった。

そのまま助け、相手が何か言うのを待たずに消えるはずだった。

だが、呼ばれた……自分の名前を。それこそ自慢ではないがそうそうある名字ではないその名字を。

そして振り向きやっと助けた相手が知っている人物だと気付いた。

その相手は『雪ノ下 陽乃』。雪ノ下 雪乃の姉である。

 

「いや~、お姉さん驚いちゃった! 何で比企谷君がここにいるの? っていうかさっきのは何!? いきなり現れたよ! もしかして比企谷君って超能力者なの?」

 

いきなり目の前に現れた八幡に興奮気味の陽乃。

そんな彼女に八幡はどうするべきかと悩みつつも困る。

何せ…………。

 

「いや、あの、その前にその………近いんですが」

 

興奮気味の彼女は八幡の腕を掴んで迫るかのように密着しているからだ。

着物とはいえ豊満な胸が腕を挟み込み、密着することにより彼女から女性特有のやわらかな香りが鼻腔を擽り、眼前にある綺麗な顔が、その好奇心に溢れる瞳と艶やかな唇に目が奪われる。

こんな美女にここまで密着されたことなどない八幡である。例えそういったものなどないと思っていても、彼はまだ10代。色欲までは流石に抑えきれない。

いや、別に年相応に感じているわけではない。人並みに羞恥心はあるのだから。

だが、それはそれとしてこの現状に困っているのは事実。説明し辛く、何よりも精神衛生上よろしくない。

だから八幡はどうにかしようと思い、興奮気味の陽乃に話しかける。

 

「あの、あたっているんですけど…………」

「んぅ? あ、ごめんごめん」

 

八幡に言われ、今自分がどのようになっているのか気付いた陽乃は恥じらうこともなく、えへっといった様子で謝る。その様子から大人としての余裕と子供らしい茶目気を感じた。

八幡から離れた陽乃はそれでも興奮冷める様子はないらしい。彼女のような仮面を被る人物にしては珍しく、好奇心に瞳が輝いている。どうやら目の前に突然現れたかのように見えた八幡が気になって仕方ないようだ。

まぁ、そもそも急に現れるなんてふうに見えれば誰だって気にはなるだろう。それがたとえ最初からいたのだとしても、気付かなければそのよう見えてしまうのだから。

これ以上追及されるのは面倒だと判断し、八幡は彼女が言葉を言うよりも先に話しかけることにする。

 

「それで、どうしてあんなところであんな目に?」

「あぁ、そうだね。まずはそっちが先だった」

 

その言葉に陽乃はいけないけないと軽く反省しつつ、八幡の対面に立つ。

 

「さっきは助けてくれてありがとう」

 

そして綺麗に頭を下げる陽乃。

そんな彼女に八幡はそうじゃないという意思を伝えるためにも少し慌てつつ言葉をかける。

 

「いや、別にそんな大した事じゃないですから。だからそんな頭を下げなくても」

「でも、助けてもらったんだからちゃんとお礼はしないと…ね」

 

年上の余裕を見せるかのように、それでいてお姉さんっぽさを醸し出しながらそう答える陽乃に八幡は少しだけ新鮮味を感じた。

そのお礼をとりあえず受け取ることにした八幡は先程の話を再び振ることに。何せそうでもしないと再び根掘り葉掘り聞かれそうだからだ。

八幡に再び問われ、陽乃は助かったことを喜びながら答えた。

 

「いやね、ちょっと小腹がすいたからたこ焼きでも買おうと思って歩いていたんだけど、運悪く捕まっちゃって」

「それでああなっていたわけですか」

 

それを聞いて納得する八幡。こういった催し物によくありがちなアクシデントに巻き込まれたということだろう。

その事を理解した八幡に今度は陽乃が気になるといった様子で話しかけてきた。

 

「そう言えば比企谷君は何であんなところにいたの? それにさっきあの酔っ払いに何をしたのかな?」

 

目の前に現れた事に関しては何とか目をそらさせることが出来たが、気になることが他にも多いようだ。

そう聞かれた八幡は好奇心旺盛な瞳に見つめられこの場にいることへの居辛さを感じつつも問題がないうように答える。

 

「ここにいるのはただのバイトですよ」

「バイト? もしかして私服警備員とか?」

 

本当はその通りなのだが、そう答えるわけもなく八幡ははっきりと否定する。

 

「違いますよ、俺のバイトは清掃業です。こういった催しだと良くゴミをその場で捨てる輩が多いですからね。それを片付けるのが今日の仕事ですよ」

「そうなんだ。でも、だったら何で私を助けてくれたの? 君は正義漢って感じじゃないと思うんだけど?」

 

何かをくすぐるような可愛らしい声でそう問いかける陽乃。

そんな様子に可愛らしさを垣間見た八幡だが、それに関しさし当たり障りがないように答えることにする。

 

「俺は別に何かしたわけじゃないですよ。あの酔っ払いが倒れたのはただの偶然。大方酔いがまわり過ぎたんでしょう。周りの誰かが今頃通報でもしてるはずですよ。そして助けたのも仕事の一環です。こういった催しに際し、俺のバイト先以外にも色々と仕事をしに来ているわけですが、その多くが花火大会主催側から通知されているんです。問題があった場合はその解決に努めるように、と。最悪は警察を呼ぶことになってしまいますから、それよりも先にどうにかしてくれというわけです。だからこれは善意なんかじゃないですよ」

 

普通に聞けばがっかりするような答え。

普通の女の子なら、ここは寧ろ女の子のために助けたんだと言ってもらいたいところである。

だが、陽乃はそうではないらしい。

 

「うん、もしここで私のためなんて寒いありきたりな台詞を言っていたら正直白い目で見てたところだけど、寧ろ正直なところがグットね。だ~け~ど、ちょっと正直すぎるかな~。もしもっと格好良い台詞だったらお姉さん、ときめいてたかも」

「冗談は止して下さいよ」

 

八幡の言葉に感心しつつもからかいを入れる陽乃。

そんな彼女に八幡は苦笑する。言われた通りでもあるし、何より目が濁り切った自分がそのような歯の浮く台詞を吐いてみろ…………即通報物だろと八幡はそう思う。

まさかそうされたら顔を真っ赤にして胸をときめかせる女性が4人もいることなど考えもしなかったし思いつきもしなかった。

八幡の答えにそれなりに納得した様子を見せる陽乃。そんな彼女を見て八幡はもう大丈夫だと判断し彼女と別れようとするのだが、その前に陽乃が八幡を呼びとめた。

 

「せっかく助けてくれたのにお礼をしないなんて礼儀知らずには思われたくないし、ここはお礼としてお姉さんが奢ってあげよう!」

「いや、俺バイト中なんですけど。それに助けたのも仕事ですから……」

「それでもなの。これは私が一方的に感じてるだけのお礼なんだから、比企谷君は大人しく受け入れなさい」

「そんな横暴な………」

 

お礼がしたいと言って聞かない陽乃はそう言って八幡に無理やり言うことを聞かせる。別に受ける必要はないし、話の筋も通らないのだから無視してもよいはずなのだが、何故か逆らえず八幡は言うことを聞いてしまう。

そして何が良いのかと問われ、何でも良いですと答えた八幡は膨れた顔をする陽乃。

 

「謙虚は美徳っていうけど、度が過ぎると失礼だぞ~」

「いや、別に謙虚ってわけじゃないですから。奢ってもらえるのに贅沢は言うもんじゃないですし、それに腹も減ってないですし」

 

むくれる陽乃に八幡は何か答えようと辺りを見回してみることに。

そこで目に入ったのが如何にも美味そうにビールを煽る男の姿。別に酒が好きというわけではないが、その姿に何故か喉が渇きを訴えてきた。

だから八幡はそれを陽乃に伝える。

 

「そうですね………そう言えば喉が渇いてきたような気がします」

「わかった、飲み物だね!」

 

八幡のリクエストを聞いて陽乃が嬉しそうに笑うと、彼女は早速飲み物が売っている出店を探す。

そして見つけたらしく、その出店に向かって駆けて行った。

それを追いかけようか悩む八幡だが、予想以上に早く陽乃が帰ってきたためやめた。

そんな彼女の手にあるのは一本の瓶。その中に細かい泡と飲み口辺りにはガラスで出来た玉が入っていた。

それを見つめながら陽乃は笑顔で八幡に渡す。

 

「はい、ラムネ!」

「いただきます」

 

渡されたラムネを少しだけ見つめつつ、八幡は中のガラス玉を押し込んだ。

開封されたことによりシュワシュワと泡が弾ける音がする。それを聞きながら八幡はラムネに口を付けた。

昔ながらの味が身体にスっと入っていく。

その感覚を楽しみながらゆっくりと半分近く飲んだ。どうやら思っていた以上に喉が渇いていたらしい。

 

「…………久々に飲みましたけど、美味しいですね」

 

そう言いながら陽乃の方を向くと、何やら彼女の頬は少しだけ赤く染まっていた。

きっと屋台の灯りが当たってそう見えたのだろう。八幡はそう思った。

そして何やら悪戯をするような子供のような顔になると、八幡の顔に顔を近付ける。

 

「あまりにも比企谷君が美味しそうに飲むから、私も飲みたくなっちゃった」

「そ、そうですか。なら、もう一本買いに行けばいいんじゃ………」

 

そう答える八幡だが、陽乃は聞く気はないらしく八幡の持っていたラムネを素早く奪い取った。

 

「今飲みたいの。これでいいの」

 

そして奪い取ったラムネをゆっくりと口につける陽乃。その際にやわらかな唇が飲み口に触れて形がふにっと変わった。

それを見て八幡は実に気まずそうにする。奢ってもらったとはいえ当然金を払ったのは陽乃なのだ。陽乃が欲しいと言えば断れはしない。

そして何より気まずいのは…………。

 

「それ………間接キスじゃぁ………」

 

相手が気にしないよう小さな声で言う八幡。

八幡は気付かなかったが、それを聞いて確かに陽乃の頬は朱に染まった。

そして陽乃は全部飲み終えると、八幡に笑顔を向ける。

 

「ごちそうさま、比企谷君」

「別に俺が買ったわけじゃないんですから言わないで下さい。お気になさらずに」

 

そう言うと陽乃は八幡に話しかける。

 

「それじゃそろそろ行くね」

「あ、はい」

「お仕事頑張ってね~!」

 

そう八幡に言うと、陽乃は彼に背を向け人混みの中へと姿を消した。

その背を見送り、八幡は再び仕事に戻ることにした。

 

 

 

(あの時何をしたのか分からなかったけど、それでも………君が何かしたことだけは分かるよ、比企谷君)

 

八幡と別れた陽乃は人混みの中で八幡の事を思いながら歩いていく。

胸の中があったかいと思いながら彼女は微笑む。八幡は善意はないと言っていたが、彼女は確かに八幡の善意を感じた。いくら仕事とはいえ、彼を見ている開催側の人間はいないのだ。サボったってバレるわけではない。だというのに八幡は仕事だと言って助けてくれたのだ。それに善意がないわけがない。無視してサボっても良いのにそうしなかったのだから。

だから八幡の優しさが分かる。

それとともに陽乃は唇にそっと手を添えた。

心臓がドキドキする。その鼓動が何故か嬉しい。

 

(間接キス……しちゃった。初めて男子と………)

 

初めて異性とした思春期らしい事に彼女はドキドキする。

それとともに、こうも思った。

 

(最初は雪乃ちゃんが好きになるから身を引こうと思ったけど………ごめんね、雪乃ちゃん。お姉ちゃんもその競争、参加させてもらうからね)

 

気になる彼のことを思い浮かべながら、彼女は有料エリアへと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第55話 俺は迷子の幼女を助ける

イチャつきが足りない!


 まるで台風のような人だと八幡は思い返す。

助けた知り合いは自分の事などお構いなしに動き、聞きたいことを何の遠慮もなく根掘り葉掘り聞き出そうとし、断っても聞く耳持たずに無理やり言うことを聞かせる。

まさに横暴としか言いようがないが、何故だか嫌ではない。キライではない。

そう思えるのは偏に彼女の人徳だろうか?

年上の女性にこのように関わったのは初めてのことであり、それが何だか新鮮に感じる。

八幡はそう思いながらも仕事に戻ることにした。

まぁ、先程のような輩や特殊な観客を狙う手相が八幡の対象であり、そのような相手はそうそういないので焦る必要もないのだが。

だから再びある程度気配を薄くしてゆっくりと歩こうとしたのだが、それは突如として身体に感じた重みと拘束によって止められた。

それは足から感じられ、八幡は何事かと思いながらそちらへと目を向ける。

その先にいたのは幼い女の子。見た限りはまだ小学校にも上がっていない年齢であり、その瞳は不安そうに八幡を見つめていた。

その子供と八幡に一切の関わりはない。だが、彼は彼女の事を知っていた。

目の前の少女はとある女の子の妹だ。その子とはこの所付き合いがあるし、何より八幡が珍しく本気で助けたいと思った女の子でもある。

そんなある意味『特別』な女の子の身内なのだ。流石に無碍に扱うなんてことは考えられない。

だから八幡は足にしがみ付いている幼女の頭に軽く手を似せて優しくポンポンとしつつ、彼女と目線を合わせる為にしゃがみこんだ。

 

「どうしたんだ、ん?」

 

濁り切った瞳に珍しく優しい光を灯しながらゆっくりとそう問いかけると、幼子は涙に濡れる瞳で八幡を見つめながら答えた。

 

「さーちゃん、いなくなっちゃった………」

 

その言葉を聞いて八幡は大体のわけを悟った。

大方この幼女が彼女の元から離れて迷子になってしまったのだろう。こういった催し事では良くあることだ。

だから当然のようにその対処も決まっている。この祭りの主催者側の本拠に連れて行き、迷子のお知らせをを流してもらうだけ。そうすれば終わり………なのだが、何故だかそうできそうにない。

何せそうする前に幼女が先手を打ってきたからだ。

 

「いっしょにさーちゃん、さがして」

 

八幡の手をぎゅっと握りながら泣きそうな顔でそう言う幼女。

そんな顔をされては一緒に探さざる得ない。

八幡は見知っている人間には甘いなぁと思いながらも仕方ないと割り切ることにした。

どちらにしろ彼女も困っているだろう。一緒に探した方が早く見つかるはずだ。

 

「わかった。一緒に探そうか」

「うん!」

 

八幡の言葉に彼女は弾けんばかりの笑顔になりながら力強く頷く。

こうして八幡は幼女と共に彼女の身内を探すことになった。

 

 

 離れないように幼女の手を繋ぎながら八幡は一緒に歩く。

傍から見たら幼女を何処かへと連れて行く不審者にしか見えないだろう。誰がどのように見ても、そうとしか見えない。即通報物なのは考えるまでもなく当たり前だろう。

その事に内心冷や冷やしている八幡は気配を薄くして何とか周りにそう見られないようにしていた。そうすることで八幡への認識は低下し不審者どころかいるかどうかすら分からなくなる。

とはいえそれは見た限りであり、手を直に繋いでいる幼女にはそうならない。

彼女は八幡という仲間を得て、先程まで泣きそうだったのが嘘だったかのように上機嫌である。

だからなのか、実に楽しそうに八幡に話しかけてきた。

 

「ねぇ、おにいちゃんのおなまえは?」

 

舌足らずで可愛らしい質問に対し八幡は答えようと思ったのだが、先に彼女の名を聞くことにした。

別に彼女の名前は知っているのだが、普通にその名前を呼べば何故知っているのかと不振がられるだろう。だから先に聞くことにした。そうすれば違和感はないはずだ。

 

「人の名前を聞く時は自分の方から先に名乗るものだぞ?」

「?」

「あ~……君の名前は何ていうのかな?」

 

少し言葉が難しかったのか、幼女は不思議そうな目で見つめてきた。

その様子に八幡はもう少し柔らかく聞き返すと、幼女はやっと理解したようで嬉しそうに名乗り上げた。

 

「かわさきけーかです!!」

「そうか、けーかちゃんっていうのか」

 

名乗り上げた名前をその通りに口にすると、幼女改め『けーか』は違うといった様子で首をぶんぶんと横に振った。

 

「ち~が~う~! けーちゃん!」

「けーちゃん?」

「そう、けーちゃん!」

 

そう言いながら胸を張るけーか。どうやら彼女は普段からそう名乗っているらしい。

その微笑ましい様子に八幡は顔を綻ばせる。

ここまで純粋な子も珍しい。だからこそ、可愛く思う。

だから彼女に八幡は名乗り返す。難しくないようにしながら。

 

「んじゃ次はお兄ちゃんの名前だな。比企谷 八幡って言うんだ。はちまんでいい」

「はちまん?………じゃあ『はーちゃん』だ!」

 

八幡の名を聞いてそう決めたけーか。

その名前に妙なこそばゆさを八幡は感じた。今まで生きてきた中でそのような呼ばれ方をしたのは初めてだからだ。

幼いからこそのあだ名に可愛らしさを感じる。だから八幡はそれを素直に受け止めることにした。

川崎 京華……それが彼女の名前だ。そして彼女の名字から誰の妹など分かることだろう。だから八幡は京華と同じ青に近い黒色の髪をした『彼女』を探し始めた。

 そうしてしばらく京華の手を繋ぎながら探すこと約15分、予想以上に早く探し人が見つかった。寧ろ向こうが見つけたと言うべきだろうか。

 

「あ、けーちゃん!!」

 

彼女は八幡に手を繋がれた京華を見て驚きと安堵の表情を見せながらトレードマークであるポニーテールを振りまわしつつ二人へと駆け寄る。

そんな彼女を見て京華もまた顔を輝かせた。

 

「さーちゃんみつけた~!」

 

そして八幡の手から離れ、とてとてと走り彼女へと抱きついた。

 

「もう~、心配したんだからね。駄目だよ、勝手に離れちゃ」

「ごめんなさい~」

 

母親が子供を叱るようにメ、と京華を叱る彼女。そんな彼女に抱きしめられ、京華は気持ち良さそうにしていた。

そして京華は彼女に楽しそうに話しかける。

 

「はーちゃんといっしょにいたからだいじょうぶだったよ」

「はーちゃん?」

 

その言葉を聞き、京華が指した先を見て彼女の顔は固まった。

何せここで予想外の人物にあったからだ。

 

「よぉ、さーちゃん。可愛い呼び名だな」

「ひ、比企谷………」

 

想い人である八幡にこの場で出会い、彼女……川崎 沙希は顔を紅くしてしまう。

その赤さは周りの赤い灯りよりも更に紅く、見ていて誰もが心配するほど紅かった。

出会えたことは嬉しい。だが、そこで自分が幼い妹にどう呼ばれているのかを知られ、そうしてその名を彼から呼ばれたことに彼女は恥ずかしさを感じたのだ。

 

「な、何で比企谷がここに…………」

 

真っ赤な顔のままそう問いかける沙希に、八幡は普通に返す。

 

「俺はバイト。そっちは妹さんと一緒に祭りか?」

「う、うん。この子一人じゃ行けないから」

 

八幡の言葉にそう返しながら沙希はそうなんだと返した。

そして大切に京華の手を繋ぎながら沙希は八幡にお礼を言う。

 

「その、京華が迷惑をかけたみたいで、その………ありがとう」

「別にいいよ。素直で可愛い子じゃないか。迷惑なんてなかったくらいだ」

 

そんな単純なやり取り。だが、彼女にはそれでも嬉しかった。

それと共に後悔もし始める。

せっかく八幡と会えると知っていたのなら、もっとオシャレをして彼と会いたかったと、そう思った。

そんな彼女に八幡は気付いてか気付かないのか、やはりと言うべきか爆弾を落とす。

 

「またお前の可愛いところが見れたな。なぁ、さーちゃん」

「さ、さーちゃんはやめて…………」

 

八幡にさーちゃんと呼ばれ、恥ずかしさから顔を真っ赤にした俯く沙希。

その胸中は可愛いと言われたことがリプレイされ、嬉しくて仕方なかった。

 

 

 

「じゃぁね~、はーちゃんーーーーーー!!」

「おう、けーちゃんも迷子になってさーちゃんを心配させるなよ」

 

探し人も見つかったことで八幡は再び本来の職務に戻ることにした。

その背にそう声をかける京華に少し笑いつつ八幡は去る。

その背を沙希と京華の二人は見えなくなるまで見送った。

そして二人は祭りを楽しむべく歩き出そうとするのだが………。

 

「さーちゃん、おかおがまっかだよ?」

「な、何でもないよ、けーちゃん!?」

 

妹にそう言われ、沙希は慌てた様子で取りつくろう。

そんな姉の様子など気にしないのか、京華は更に彼女を煽った。

 

「さーちゃん、けーちゃんまたはーちゃんにあいたいなぁ」

「そ、そうなんだ。でもひ……はーちゃんは忙しいからねぇ」

「そうなんだ~。あーぁ、はーちゃんがおにいちゃんだったらいいのに。ね、さーちゃん。さーちゃんもそうおもうよね?」

「ひ、比企谷がお兄ちゃん!? それってつまり………(つまり比企谷と結婚すれば京華の兄にもなるということだから、だから……………ぁぅぁぅ………でも、そうなったら…………いいなぁ………)」

 

 その言葉に沙希の心中は混沌としていたが、その混沌はとても幸せな混沌であった。

 



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第56話 俺はやはりトラブルに見舞われる

あまりイチャイチャしてないです。


 沙希と京華の二人と別れ、八幡は再び仕事に戻る。

彼がしているのは警備という面目だが、その実やっていることは不穏分子の無力化といった方が正しいだろう。トラブルに見舞われている所があればその原因を周りに知られぬように排除、無力化して祭りの運行をスムーズに進める。それが今回戦闘屋である彼への本当の依頼だ。流石に危険な相手に警備の人間が相手では分が悪いこともある上に、周りの人間を不安にさせる可能性がある。それはこの祭りを運営する側としては宜しくない。だからこそ、速やかに対象を無力化出来る戦力が必要だったのだ。

その依頼に基づき、八幡は花火が上がる少し前までひたすらに有料エリアの付近をうろついた。そして何か問題があればその原因を取り除く。後のことはその付近にいる警備の人間に任せ事態を処理させ、そして時間内をずっとこのまま過ごすつもりだ。

確かにこれは休みのような仕事だと思う。

それまでの仕事が命の危険に晒されるものばかりだから、それに比べればこの程度は本当にお遊びレベルでしかない。

この仕事は上司からの優しさなのだろうと尽く付く思った。

ここ最近が自業自得とはいえ忙しかったのは事実なので、その温情に甘えさせてもらおうと改めて思う八幡。

そんなわけで周りを改めて見回せば、賑わう人々が視界一杯に移る。

皆笑顔だ。

 

『笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔、笑顔……………』

 

笑顔に溢れているこの空間。きっとそれは幸せなのだろう。

家族と、友人と、恋人と、親しい人達が皆この祭りを楽しんでいる。とても楽しそうであり、今この一瞬のような時間を満喫している。

それは結構なことだ。だが、その中で自分はどう映るのだろう?

濁り切った目で周りを見渡し、笑顔一つ浮かべづ黙々と仕事をこなしていく。

楽しいとは思わない。だからなのか………いや、きっと明らかに浮いているだろう。

この場にいる自分が異物だと認識できる。この場にいることが似つかわしくない。相応しくない。それは真っ白な紙の上に垂らした一滴の黒いインクのように、絶対に馴染むことがない。

その事に不快感が込み上げてくる。

本当にこんなところにいて良いのだろうかと、そう考えてしまう。

出来ればこの場から去りたいと思うくらいにはそう感じる。

仕事なのだからそんな事はしないが、一個人では寧ろ疎外感を感じてしまう。

そしてこうも思ってしまった。いや、思うと言うほどではない。ただ頭の片隅に過ぎっただけのことだが。

 

『羨ましい。俺もあんな風に何のしがらみもなく笑ってみたい』

 

それは自分への裏切りに他ならない。許されない者が考えて良い事では絶対にない。

そんなのは逃げだ。自分がした罪から目を背け、己の責務から逃げ出そうとしている。そんなことは今まで考えもしなかったのに、何故今そんな事を思ってしまったのだろうか。

そのジレンマに少しばかり頭に痛みが走った。

 

(何を考えているんだ、俺は。そんなもの、とっくの昔に捨てたってのに……)

 

その痛みに少しだけ呻きつつ八幡は歩いていく。

余計なことを考えてしまったと自己嫌悪をしながらも、仕事を続行しようと。

そんな時、少し前に聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ちょ、その………」

「イヤだって言っているのが聞こえないのかしら?」

「しつこいのは嫌われるって知らないんですか?」

 

その声は八幡にとって聞き覚えがあり過ぎる声。

もう毎日聞いているんじゃないかと言うくらい聞いている慣れ親しんだその声に、八幡は内心呆れてしまった。

どうも今日という日は何かしらと縁があるらしい。

その所為なのか、先程まで頭を巡っていたジレンマはもう消えていた。

 

 

 

 小町、結衣、雪乃の3人は少しばかり不快に感じる出来事もあったが、それでも祭りを楽しんでいた。

ハシャぎにハシャぎ、買い食いをしながら会話に花を咲かせる。

よくある男がいればより充実するという話があるが、この3人はそんなことはないと思った。3人でも十分に楽しい。

小町は受験勉強の息抜きには最適だったし、雪乃はこれまで友人がいなかったことからこんな風に一緒になってハシャぐことが初めてであり、それが楽しくて仕方ないようだ。そして結衣はそんな二人と一緒に楽しんでいることが嬉しくてたまらない。

そんなふうに3人で楽しんでいたわけなのだが、やはりと言うべきかトラブルに見舞われやすいというべきかなのか、彼女達はとあることを全く持って忘れていた。

もう一度言おう。本人達はあまり意識していないようなので。

雪ノ下 雪乃は美少女である。その美しさは万人が認めるものであり、美しい黒髪は大和撫子を彷彿とさせる。

由比ヶ浜 結衣もまた美少女だ。雪乃とは方向性が違い、低めの慎重に大きな胸をいう我儘ボディ。そしてあどけない顔が可愛らしさを強調する。

そんな二人が薄着でこの場にいるのだ。『悪い虫』が寄り付かない方がおかしい。

小町は小町で可愛らしく、まさに年相応の無邪気さが魅力的だ。

だが、小町はそれでも年相応。こういった行為をする輩の対象にはなり辛い。

つまり何が言いたいのかと言えば………………

 

「そう言わずにさぁ~~~」

「そうそう、この後やる花火、絶景のマル秘ポイントがあるからさ。一緒に見ようよ~~~」

 

ナンパされていた。

これだけ可愛く綺麗な女の子が二人もいれば、それはもうこの場に於いては恰好の獲物だろう。

成功するとは傍から見たらまったく見えないというのに、この手の輩は何故かはしらないが良くやるものである。飽きないし痛い目に遭わないのだろうかと気になりもする。

それが気にならないのが当人達であり、被害に遭っている小町達はそれまでの楽しい気持ちを台無しにされ不機嫌になりながら目の前にいる二人組の男を睨みつけていた。

相手の二人組は典型的と言うべきか、所謂軽薄そうな男共だ。思慮というものがまったく感じられず、その視線には常に自分達を性的にみるイヤらしいものが宿っている。

その視線に晒され、小町と雪乃は不愉快だと睨みつけ、結衣は不快感から両腕で自分の身体を抱きしめた。

このままついていかなければ良いだけなのだが、相手もそう簡単に逃がすつもりはないらしい。微妙に此方へと近づき、小町達の逃げ場を塞ぎにかかっている。

大声を上げれば誰かしら此方に目を向けて助けてくれるかもしれないが、それで相手が逆上してきたらどう動くか分からない。下手に刺激するのはまずいと判断する。

だからどうするべきか悩む雪乃達、大の男二人を無力化する術を彼女達は持たないのだから。

だからどうするかと彼女達は二人に警戒しながら考える。

そんな彼女達はまさか救いの手が差し伸べられると、彼女達にとってのヒーローが現れるとは思ってもみなかった。

その手は男達の…………背後からにゅっと現れた。

それまで一切何もなかったのに、そこから一瞬にして姿を現して。

 

「当祭りでは、このような脅迫的な勧誘などは禁止されています。至急やめてお引き取り下さい。出なければどうなるか………」

 

ガシッっと背後から首を掴まれた男二人は突如として襲った衝撃、そして耳元で囁くかのような警告に身体を震わせる。

彼等はきっと、その後驚きながら掴んできた腕を振り払いその主に牙を剥くはずだろう。だが、そうはならない。

何せ、その掴まれた首に尋常じゃない程の力が込められているのだから。

ギリギリと徐々に締めつけてくるその手はまさに万力。締めつけられている首は激痛を走らせ、男達を苦悶の表情にさせる。

それでも尚止まらないそれは下手をすれば首そのものが折れるかもしれない。

その恐怖が実感として湧いてきた彼等は顔を真っ青にしながら苦しむ。

そんな彼等にもう一度囁きが来た。

 

「どっちにする?このまま退くのなら、此方はそれ以上追いかけない。これでも懲りないのなら、その時は………その首の動脈静脈共に止めてぶっ倒れた後に係員にでも引き渡す。あんた等に選べるのはこの二つだけ。だから………どうする?」

 

それはきっと死神の囁きだろう。

従わなければどうなるのかが分からない。それが怖くて男達は必死になりながら手を退くと言い始める。

そしてそれを発言した後に手を離され、二人はまさに逃げるようにこの場から去って行った。

そして彼女達は助けてもらった相手を見ながら驚きと嬉しさを顕わにしながらその名を口にした。

 

「あ、お兄ちゃん!?」

「比企谷君だったのね、さっきの」

「ヒッキーいつの間にいたの!?」

 

その返しに対し、八幡は濁った瞳で呆れながら笑う。

 

「まったく……お前等はほとほと仕事を増やすな、この問題児ばかりめ」

 

こうして八幡は雪乃、結衣、小町の3人とも会うことに。

それを見ながら八幡は思った。

 

(本当につくづく縁があると言うべきか……)

 

どうやらまた、八幡は『青春』するらしい。



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第57話 俺は彼女達を無意識で上せさせる

ヒロイン二人が可愛いですよ。


 知り合いと家族の窮地という状況において、八幡はやはりと言うべきか予想通りと言うべきか……呆れ返っていた。

これまで知り合いに会う遭遇率が高いのだ。前にあったのならまたある。一度あることは二度もある、などなど。

今日という日、この千葉でも有数のビックイベントを鑑みれば目の前にあることもおかしくない。

そして八幡自身も分かっていることであるが、結衣も雪乃も美少女だ。こういった人が大勢集まり浮かれた場所にいけば必ずトラブルに見舞われる。

だから彼は焦らずに素早く対処した。

その結果が今であり、助けられた事と周りの浮かれた熱気に当てられてなのか、結衣と雪乃は瞳を潤ませながら八幡へと歩み寄った。

 

「ヒッキー、ありがとう!」

「助かったわ、比企谷君」

「ナイスだよ、お兄ちゃん!」

 

二人に続き小町もお礼を言う。二人は安堵から、そして小町は義姉候補二人と自分のピンチに颯爽と現れた………実際は一瞬にして背後に現れたように見えるのだが、それを抜きにしても助けたことを褒めているらしい。

そんな3人に対し、八幡は呆れつつ答える。

 

「もう少しは自分達の事を考えろ。こういった場所に出ればどういうトラブルに見舞われるのかわかるだろうに」

 

その言葉に結衣と雪乃は首を傾げ、小町はその言葉の真意を察しニヤニヤと笑いだす。

 

「それってどういうこと?」

「私達は自分のことは分かっているつもりよ?」

 

そのような反応を返す二人に八幡はどう返すべきかと悩む。どうやら彼女達は思っている以上に自分達のことを分かっていないようだ。

そんな彼女達にそのまま素直に言うべきかどうするべきか、彼自身気恥ずかしく思いながら考えていると肩をちょんちょんと叩かれる。

その方に顔を向けると、そこにいるのは実に楽しそうにニヤニヤと笑う小町がいた。

 

「お兄ちゃん、ちゃんと言わないとね」

 

その笑顔に何やらおかしな威圧感を感じ、八幡は観念する。

元より小町にダダ甘な八幡だ。彼女の言葉を否定することは基本無い。

だから八幡は頬が熱くなるのを感じつつ結衣と雪乃に言った。

 

「二人とも凄く可愛くて美人なんだから、もう少し考えてくれ。こういった場にはお前等みたいな美人に群がる男共が多いんだから」

 

その言葉を聞いた二人は最初はポカンとし、そしてその言葉の意味を理解すると共に顔を一気に真っ赤にした。

 

「そ、そんな、可愛いなんて……………(ヒッキーが可愛いって言ってくれた! そう思ってるってことは、ヒッキーも意識してくれてるってことだよね)」

「ひ、比企谷君、その………ありがとう。う、嬉しいわ………(まさか彼からそう言ってもらえるなんて………嬉しい………)」

 

顔を赤らめ潤んだ瞳で八幡を見つめる結衣と雪乃。

そんな二人の視線に当てられ八幡は気恥ずかしくて頬を軽く掻く。

傍から見ても分かる二人の好意。しかし、八幡はその手の感情にまだ疎い。それでも鈍感ではないのが救いであり、そんな両者の反応に小町は内心でニヤけた笑いが止まらない。

だから小町はそんな二人に更に加速をかける。

 

「良かったね、雪乃さん、結衣さん」

 

ニッコリ笑う小町にそう言われ、彼女が何を考えているのか分かる二人は更に顔を真っ赤にして恥じらう。自分達が考えていることが小町には筒抜けなのだと分かったから。

そのまま互いに気恥ずかしくも何処か胸が暖かくなる。

そんな雰囲気にどうしてよいのか困る八幡だが、ここで小町に矛先を変えることにした。

 

「そう言えば何で小町がここにいるんだ?」

 

八幡の何気ない質問に小町はえへへっと笑いながら答える。

 

「受験勉強の息抜きにお二人に付き合ってもらったのです」

 

堂々と胸を張って答える小町。普通ならここは受験勉強中の人間が何をしているんだと怒るのが当たり前なのだが、八幡が小町に怒るなんて真似はしない。

その答えを聞いて八幡は未だに顔を赤らめている二人に軽く謝る。

 

「すまないな、二人とも。小町が我儘を言ったみたいで」

 

身内がかけた迷惑に謝罪する八幡

そんな当たり前のことに対し、雪乃と結衣の二人は慌てて答えた。

 

「べ、別に大丈夫よ! 受験生にも息抜きは必要だもの」

「そうだよ、うん! あんまり詰め込んでも小町ちゃん、パンクしちゃうと思うし」

 

二人の言葉に八幡は更に感謝する。

 

「ありがとうな、雪ノ下、由比ヶ浜」

 

何気ない感謝だが、この二人にはとても温かく、そして胸がキュンと締めつけられる。大好きな相手からの最高の感謝の言葉。それが二人をより嬉しくさせた。

そうなっているとは知らない八幡は顔をさらに真っ赤にしている二人にどうしようかと悩む。

そんな二人を小町は本当に面白そうにニヤニヤとしつつ、八幡に質問を問いかけた。

 

「そう言えば何でお兄ちゃんがここにいるの? アルバイトは?」

 

その質問に雪乃と結衣の二人もそうだと思い、八幡に視線を集中させる。

3人に見つめられた八幡は奇妙な感覚に捕らわれつつも答えた。

 

「アルバイトだよ。今回の仕事はこの会場でポイ捨てされたゴミなどの回収だ」

 

表向きの理由に3人は納得する。

確かにそれもありそうだと言えばありそうだからだからだ。何より雪乃と結衣の二人は八幡に会えて嬉しいことを言ってもらえたこともあって内心盛り上がっているので細かいことが気にならないようだ。

そんな納得した3人を見つつ、八幡は小町に話しかける。

 

「それで小町、何がいいんだ?」

 

傍から聞いたら何のことかまったくわからないが、財布を取り出しながらそう問いかける八幡に小町は嬉しそうに笑いながら答える。

 

「ありがとう、お兄ちゃん! それじゃぁ………小町、あれがいいな」

 

そう言って小町が指したのはたこ焼きの屋台。

それを見て八幡は財布からたこ焼きの代金を出しつつ3人と一緒にたこ焼きの屋台へと向かう。

そして小町が欲しがっているものを購入して小町にそれを渡すと、今度は雪乃と結衣の二人に八幡は話しかけた。

 

「雪ノ下と由比ヶ浜はどれがいいんだ?」

 

その質問に最初は意味が分からなかった二人だが、小町のたこ焼きを見てその意味を理解し慌てる。

 

「いや、そんな悪いって! ヒッキーが奢る理由がないよ」

「そうよ、いくらなんでも急にそう言われても困るわ」

 

慌てて否定しつつも何処か嬉しさを隠しきれない二人に対し、八幡はそれを気付かないまま丁寧に答える。

 

「小町の我儘に付き合ってもらっているんだ。そのくらいはさせてくれ」

 

その言葉に仕方ないと思ったのか二人は頷いたが、内心はやはり嬉しいようで笑みが隠しきれない。奢ってもらえることも嬉しいが、それ以上に大好きな相手に奢ってもらえると言う事実が嬉しいのだ。

そして奢ってもらったわけなのだが、結衣がチョコバナナ、そして雪乃が林檎アメである。

それを一口だけ口にして、二人はその甘さと祭りの情緒を味わう。

そんな二人を八幡は暖かな目で濁りつつあるも見つめる。

その視線に気付いたのか、雪乃と結衣は互いの顔を見合った。

これからすることは意中の相手へのアタック。それを抜け駆けなしで公平に二人でしようというのをアイコンタクトだけで成立させる。

そして成立させるや結衣が八幡に問いかけた。

 

「も、もしかして、ヒッキーも食べたいの?」

 

その問いかけに八幡は相手が食べている所を気まずいと思ったのだろうと判断し、違うと否定しようとした。

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

ないと言い切ろうとしたのだが、その前に結衣が前に出た。

手に持っていたチョコバナナを八幡の前に差し出し、真っ赤な顔で上目遣いに見つめる。

 

「ど、どうぞ…………」

 

完璧に食べろと言っているこの状態。

そうじゃないと言ったらどうなるのか分からないが、絶対にロクな目に遭わないと思った八幡は仕方なく応じることに。

 

「そ、それじゃぁ………一口だけ……」

 

そう言って結衣が食べた場所とは違う場所を齧ろうとする八幡。

ちなみに本当ならチョコバナナを受け取り食べるはずなのだが、何故か先周りされてしまったのか小町に荷物を持たされてしまい、両手がふさがっている。そのため食べさせてもらう以外に方法がない。

段々と近づいていく八幡の顔にドキドキする結衣。

その濁った特徴的な目も寧ろ彼女には愛おしく感じさせる。

そして八幡が齧ろうとした瞬間………。

 

「結衣さん、危ない!」

 

小町がそう『わざとらしく』言うと、結衣の背中を優しく押した。

その結果八幡の食べようとしていた場所はずれてしまい、見事結衣が齧った場所にピンポイントで口に入った。

それを見た結衣は途端に体温が上がるのを感じ、恥ずかしさと嬉しさで感情がごちゃまぜなる。

 

「ありがとうな、由比ヶ浜。美味いよ」

 

気付いていないのか、八幡はそう答える。

そんな八幡に結衣は小さな声で何とか答えた。

 

「こ、こちらこそ…………どういたしまして………(ヒッキーとその………間接キスしちゃった………あぅあぅ)」

 

間接キスというイベントに頭が沸騰しかける結衣。

そんな結衣に雪乃は羨ましいという感情を感じつつも自分はそうならないように気を付けようとする。だって恥ずかしいからと。

 

「比企谷君、こっちもあげるわ。由比ヶ浜さんのを食べて私のを食べないなんて不平等だもの」

「いや、何でそうなるんだ?」

 

その言葉の真意がまったく分からない八幡だが、従わないと後で怖い目に遭う気がするのと言葉の通りの意味合いで仕方なく差し出された林檎アメに顔を近付ける。

やはりと言うべきか、雪乃もまた近づいていく八幡の顔にドキドキしてしまう。

目は個性的だが、それ以外は寧ろ美形。まつ毛が長いなど、様々な情報が彼女の中に入り、その一つ一つに乙女らしい感想を抱く。

勿論八幡は間接キスをする気などない。食べた場所は当たり前に避ける。

それを見て雪乃は少しだけがっかりしたがほっともする。

だが、それを許さぬ小悪魔は、再び悪戯をした。

 

「はい、半回転」

 

持ち手が緩んだのを見抜くや小町は雪乃の持っていた林檎アメの柄を掴んで軽く回す。それにより八幡の先にあるのは雪乃が食べた跡。

それは当然雪乃の目に入り慌てて林檎アメを話そうとするのだが、もう遅かった。

八幡はその噛み跡に気付かずに上書きするように噛みついた。

そして新たに出来た歯型。

それを見た雪乃は結衣動揺に頭が沸騰しかける。

 

(比企谷君と間接キスしちゃった。しかもこれを食べればもっと間接キスになるわけで………どうしよう、アメの部分が妙に照かってる気がしてならないわ…………ドキドキが止まらなさ過ぎて…………頭がぼおっとする)

 

熱に浮かれたような顔になる雪乃。

そんな雪乃に八幡は不思議そうにしつつも礼を言うが、雪乃の頭にはまったく言葉が入らない。

 結果、二人は間接キスに熱暴走。

その成果に小町はよっしゃと実に楽しそうであり、八幡はまだこの3人と一緒にいなければいけなさそうだと思った。

 

 

 

 



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第58話 俺の仕事は進まない

まだ続く二人のターン。


 小町の策略により頭をのぼせあがらせる結衣と雪乃。

そんな二人に対し、八幡は真っ赤にしている二人を心配する。

 

「大丈夫か、雪ノ下、由比ヶ浜?」

「!? な、何でもないわ! え、えぇ、何でも……ないわ………」

「ひゃぁ!? う、うん、そう! 何でもない……よ?」

 

八幡の視線を受けてそれまで呆けていた二人は慌ててそう答えるが、その言葉の端から正常だと伺えることは出来そうにない。

だが、発声に淀みがないことや瞳孔の状態を鑑みるに問題はないと八幡は判断する。

まぁ、単純に本人達が気にするなと言っているのに余計に気にしては失礼だろうというのもあるが。

そんな八幡と違い小町はニヤニヤがもう止まらない。

まさに思惑通り。義姉候補にそれはもう八幡を意識させることに成功して御満悦のようだ。少しでも可能性を増すように、また兄により年相応の青春を感じさせて楽しんでもらいたい。幸せを少しでも掴んでほしい。そう思うからこそ、今回の仕掛けの成功に彼女は嬉しくてたまらないのだ。

普段の八幡なら二人が真っ赤になっている理由にも気がつかないわけではないのだろうが、流石に『食べかけを食べたから真っ赤になっている(間接キス)』と気付かなければ分かるはずもない。

元より、食べ物が不足しているような環境に幾度となく放り込まれた身だ。そんな『些細な』ことなど気にならない。年頃の娘が気にするようなことなどこの男には関係ないのだろう。それだけが唯一小町の失敗だが、彼女はそれを気にしない。

だってそんな事などなくても、八幡の目を見れば分かるから。

濁り切った目の奥に、確かに宿す親しき者への親愛の光があることに。

そんな暖かな感情を向けている相手を今まで見たことがない小町にとって、それだけでも朗報なのだ。

 さて、そんな一同はその場で留まるわけにもいかず、とりあえず歩き始める。

ここで八幡に仕事はどうしたと言えば、彼は素直にサボっていると答えるだろう。それぐらい今の彼は仕事をしていなかった。

だが、それを咎める者など誰もいない。何せ八幡自体が秘密裏のトラブル処理係なのだから。問題を解決し、その下手人を係員に渡す際に初めて相手側にその正体が知られるようになっている。だから主賓側が八幡の正体を知ることは少なく、故に勤務態度等を見ることもできない。だからサボろうがどうしようが問われはしないのだ。

だからこそ『お休みのような仕事』なのである。

なんという言い訳だろうかと八幡は思っているし、そうであっても仕事は仕事でそれなりにこなすつもりでもある。だが、流石に身内と友人の二人と一緒にいる状態では下手に動けず、仕事の中断も病む負えないと判断した。

 

「んじゃ次はどこに行こうか!」

 

ハシャぐ小町に連れられるように八幡達も歩くのだが、元から行く先の予定などないのでどうしようかと考える八幡と二人。内心は仕事に戻りたいが無理なので特に考えない八幡。そんな彼だが、今のこの状況に突っ込みを入れたくなり小町に問いかける。

 

「なぁ、小町」

「なぁに、お兄ちゃん?」

 

八幡の今の姿を見てニヤニヤと笑う小町に、八幡は女の子がそんな笑い方をしてはいけませんという親心的な言葉をかけつつも聞いた。

 

「何で雪ノ下と由比ヶ浜の二人は俺の上着の裾を引っ張っているんだ?」

 

その言葉の通り、八幡のすぐ後ろには雪乃と結衣が彼の上着の裾をちょんと摘まんで立っていた。

傍から見てもおかしなこの状況。しかも二人とも提灯よりも顔が赤いというおまけ付き。

そんな状況に何故なったのか分からない八幡は、その犯人かもしれない最愛の妹にこうして説明を求めた。

その質問に対し、小町は笑いをこらえきれないように我慢しつつも答える。

 

「だってそうでもしないと二人とはぐれちゃうでしょ?」

「だったら手を繋げばいいだけなんじゃ…」

「ん、ん~~~、こほん。お兄ちゃん、何か、文句でも、ありますか?」

「………ありません」

 

小町から妙な迫力が発され、八幡はその意味を理解し抵抗をやめた。

 

『黙っていろ』

 

それが彼女からの答えである。

基本小町にダダ甘な八幡だ。彼女がそう言えば、それに抗うことはまずない。

だからこの状況も気にしないことにしたし、後ろで真っ赤になって俯いている二人に聞くこともしないようにしようと思った。

そして八幡がこうなっている答えなのだが、勿論これも小町の策略。

彼女が八幡に言った言葉は確かに事実。はぐれないようにするのが目的だ。

だが、それなら八幡の手を繋いだ方が確かに良い。その方が確実性が上だ。

しかし、小町は敢えてそうしない。何故なら、恋する二人にそんな事をさせたら、それはそれで面白いのだが、今はまだ焦らす方が良いと判断したからだ。

手を繋げば確かに密着度が上がりより意識するだろう。だが、今の季節は夏であり、そしてここは人が密集し熱気が籠っている。つまり何が言いたいのかと言えば、汗を掻いてしまっているということ。乙女にとって汗は絶対に良いものではない。それこそ忌避すべきことでもあるのだ。例えそれが人間として当たり前の生理としてもである。

そんな汗ばんだ手で意中の相手の手を繋ぎ、汗を掻いていると知られてみようものなら、それこそ自殺してもおかしくないくらい恥ずかしいものだ。

それを避けるべく、小町はこのように回りくどい提案を二人にしたのだ。

こうすれば八幡に手汗の事は悟られないし、何より八幡とはぐれない。

それに八幡に此方のドキドキを悟られないし、彼の背中を見ていられるという役得もある。何よりも、真っ赤な顔を見られなくて済むというのが大きい。

以上のことも含めて言えば、

 

『意中の相手とちょっとした接近! いじらしさで彼の心を刺激しよう』

 

ということらしい。きっと小町は雑誌か何かで知った知識を試したのだろう。

そんな頭の悪そうな知識だが、どうやら彼女達には効果覿面らしい。

 

「まぁ、そうらしい。二人とも、嫌だと思うがしっかりと掴んでくれよ」

 

八幡は何気なしにそう二人に言う。

その言葉を受けて二人は小さくなりながらも答えた。

 

「わ、わかったわ………」

「うん、ヒッキー………」

 

真っ赤になった顔で俯きつつそう言われ、八幡はそんな二人のいじらしい様子に可愛らしさを感じて気恥ずかしさから顔を逸らした。

 

(小町さんの提案に最初はどうかと思ったけど………)

(こういうのも、何て言うか………いいなぁ)

 

二人して同じことを思い、

 

(こうして見ると、比企谷くんって結構がっしりしてるのね。分かってはいたけど……男の人なのね)

(ヒッキーの背中、思った以上に大きい………何て言うか、頼りがいがあって………恰好良い)

 

そう思いながら彼の背中を見つめている。

その姿は完全に恋する乙女のそれであり、そんな姿を見た小町は内心二人の可愛らしさに悶えていた。

気まずさとドキドキが入り混じった奇妙な雰囲気。しかし、決して嫌なものではなく、むず痒いが何処か心が暖かくなるような、そんなものを感じる一行。

その雰囲気に浸る結衣と雪乃は胸をトクントクンと高鳴らせていたわけだが、八幡にとってやはりと言うべき予想していたと言うべきか、また知り合いに遭遇してしまった。

 

「ん、そこに妙なラブコメの気配を感じるぞ! 誰だ、この夏に一人寂しく仕事をしている私に見せつけるかのようにイチャついてる愚か者共がぁ!」

 

聞き覚えのある声でそんな台詞が出ると、彼女は八幡達を見て驚いた。

相手もまさか八幡達が出るとは思ってもみなかったのだろう。

そんな彼女に八幡は再び呆れ返った顔をしながら話しかける。

 

「ビール片手に何言ってるんですか………先生」

「比企谷………か?」

 

そう、八幡達に食ってかかったのは彼等が世話になっている奉仕部顧問、平塚 静であった。

そして静は八幡だと認識した途端、その手に持っていたビールを急いで身体の後ろへと隠し、顔を酔いとともに真っ赤にしながら恥ずかしそうにもじもじし始めた。

 

「いや、その、すまない。まさか比企谷がいるとは思わなくてだな。いると知っていたらもっとその、気合を入れて化粧して会いに行こうと思っていたのに。その、恥ずかしい………」

 

そんな静に八幡はどうしてよいのか分からず、ただ分かるのは後ろからやけに変な視線を感じることだけだった。

そしてその発生源である二人は、それはもう凄いジト目で静を睨んでいた。

 



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第59話 俺の恩師は大胆だ

今回はあの先生が大活躍!


 既に想定していた事態であり、八幡はもう驚くことはない。

目の前に現れた世話になっている教師に対し、いつもと変わらない様子で話しかける。

 

「先生、こんばんは」

 

時間から見て普通の挨拶。

その挨拶を受け、平塚 静は慌てつつも応じた。

 

「あ、あぁ、そうだな。その……こんばんはだ。あ、あははは、何かこうしてこんな会話をしているとこそばゆいな」

 

アルコール以外の要因で真っ赤になっている頬を掻きつつ静はそう言う。

その様子はいつもより少しばかり幼さを感じさせる。

そんな静に八幡はこうして会ったのも縁だと判断、もとい諦めて世間話を振ることにした。

 

「今日はどうしてこんなところに?」

「そのだな、一応はこれも仕事なんだ。こういったイベントに学生は浮かれがちだからな。こうして各学校から教員を一人ずつ監視として派遣させるんだ。今回は私というわけなんだがな」

 

その理由に八幡は納得する。

確かにそうだろう。この手のイベントでハメを外しがちな若者を監視し止めるのも教員の仕事と言えなくもない。どの学校でも自分の所の生徒の暴走で泥を被りたくはない。ならば泥を掬いあげる前に中止させればよい。そのための措置だろう。

それには八幡の後ろにいる3人も理解した。

それとは逆に静が八幡がいる理由を聞いてきたが、それに対しての答えは雪乃達に言った答えと同じ物が帰ってきた。

それを聞いてこんなイベントの時に労働とは感心すると静は八幡を褒める。

その様子は教師と生徒というより、年上のお姉さんと年下の男の子といった感じであり、それが妙に不服なのか雪乃が冷たい視線を向け、結衣が頬を膨らませる。

 

(むぅ~、ヒッキー、先生に構ってばかり。先生も先生で何かずるい!)

(まったく、速く仕事に戻れば良いのに………)

 

二人のそんな思念を感じてなのか、小町はこれはこれで面白いと思ったらしい。結構イイ笑顔をしていた。

そんな背後の3人の気配を感じ、若干冷や汗を掻きつつ八幡は会話を続ける。

どうせここまで来たら今更も何もないだろう。

そう判断した八幡に、静は少しばかり意地悪そうな笑みを浮かべながら八幡をからかう。

 

「仕事中だというのに部活の女子達と一緒で両手に花など良い御身分だな、比企谷?」

 

そこには確かにからかいがあったが、同時に八幡と一緒にいる雪乃達への嫉妬もあった。だからこそのこの問いかけ。そこには確かな恋する女の焼き餅があった。

それに際し、八幡は苦笑する。

別に焼き餅に気付いたわけではない。ただ、からかってきた静の様子がまるで仲間はずれにされてむくれている子供のように見えたからだ。

いつもは凛々しいのに、こんな『可愛らしい』部分を見せられて、内心笑う。

だから向こうの皮肉に此方も皮肉で返すことにした。

 

「そういう先生こそ仕事中に飲酒ですか?」

「うっ!?」

 

八幡にそう指摘され、それまで後ろに隠していたビールの入ったコップが揺れる。

八幡が指摘したことはもっともであり、仕事中に飲酒などもってのほか。それを指摘されれば誰だってそうなるだろう。

顔を恥ずかしさで赤くしたりバレたことへの不安から青くしたりと慌てる静。

そんな静に八幡はクスクスと笑いながら話しかけた。

 

「まぁ、こういう時は所謂無礼講というものですから、細かくは言いませんよ。それに、先生がお酒を飲んでもバレなければ問題もないでしょうしね」

 

内緒ですよといったニュアンスを含ませながら片手の人差し指を口元に寄せる。

それを見て何故かは知らないが静は顔を赤らめる。

 

「そ、そうしてもらえるならありがたいな、うん。それにしても比企谷、君は随分と大人らしい言い回しをするのだな。その、正直恰好良すぎだぞ………」

 

後半は小さくて言葉として出ていない。

だから八幡は最後の方は聞いていないので、特に反応することなく答えた。

 

「これでも一応、勤労学生ですから」

 

そう答えると、静はそうかと小さく頷く。その様子は日頃の彼女とはまったく違っていて『可愛い』。

と、そのように二人で話していたわけだが、そろそろ我慢ならないと雪乃と結衣が行動を起こし始めた。

 

「っ?」

 

八幡は突如として脇腹をつねられる感触を感じ、そちらに振り向く。

すでに誰がそれをしているのかは分かっているので、内心何故そうされたのかの理由が知りたい所である。

振り向けば予想通り、雪乃と結衣が犯人であった。

雪乃はギロリと睨みつけ、結衣はう~~、と少々唸りつつ涙目で可愛らしく睨む。

二人の抗議を受け、八幡は苦笑するしかない。

理由までは分からないが、どうにも二人は不服らしい。

 

「比企谷君、そろそろ花火が始まる頃合いよ。移動しましょう」

「ヒッキー、もっと良く見える所を探しに行こう。それに先生はまだ仕事中なんでしょ? 邪魔したら悪いって」

 

まさに焼き餅。

そんな二人の様子に悶える小町。予想以上だと喜んでいるようだ。

そんな小町の奇行に疑問を持ちつつも、八幡は内心で思う。

 

(由比ヶ浜、俺もまだ仕事中なんだがなぁ……)

 

そう思いつつも時間を確認しその通りなので応じることにした。

 

「先生、そろそろ花火の時間みたいなので」

 

その言葉に若干の寂しさを感じつつも静は八幡に微笑む。

 

「そうか。なら私は仕事に戻ることにしようか」

 

そう言って八幡達と別れようとしたが、その前に何かを思い出したらしく八幡の方へと振り返った。

 

「そうそう、一つ言うことがあったのを忘れていた」

 

そう言うと、静は八幡へと静かに、しかし素早く近づく。

そして雪乃と結衣の二人に服を掴まれて多少身動きが取りずらい八幡へと近づくと、八幡を抱きしめるように身体を近付け、彼の耳元で囁いた。

 

「お前もあまりハメは外すなよ。まぁ……私にはいいけどな」

 

腕に当たる大きく柔らかな感触、そして若干アルコールの匂いがしつつも大人らしい控えめな香水の香りが鼻腔をくすぐる。

そのダブルパンチにキスが出来るくらい近い距離にある静の顔。

それらにより、いくらそういったものに鈍い八幡でも顔を真っ赤にして意識してしまう。

それが静は嬉しかったのだろう。実にご満悦な、そしてしてやったりといった顔を八幡と後ろの二人へと向けた。

 

「それじゃ君達もこの祭りを楽しみたまえ……適度にな」

 

そう言って静は今度こそ八幡達の前から去って行った。

その背中を見送る八幡。

そして………。

 

「な、ななな、なななななぁあああああああああああああああ!?」

「比企谷君、後でじっくりと話し合いをしましょう。えぇ、勿論貴方に拒否権などないわよ。そして逃げることも許しません」

 

真っ黒なオ―ラと真っ赤なオーラを噴き出しながら怒りに染まった目で八幡を睨みつける雪乃と結衣。

そんな二人の視線を受けて八幡はどっと冷や汗を掻き始めた。

まるで初めて実戦に参加した時のような心境だ。ヤバいヤバいと本能が警報を鳴らす。

本音で言えばこの場から離脱をしたい。だが、既に二人にガシっと両肩を掴まれている時点でそれは無理だろう。仮に逃げたとしても、絶対に跡を引きずる。うやむやには出来そうにない。

だから八幡は素直に降参する。

 

「ま、まぁ………なんだ、その……お手柔らかに頼む……」

 

 

 

 この後、八幡は雪乃と結衣の二人にそれはもう絞られた。

そしてさっきの静に影響されてなのか、二人とも顔を真っ赤にしながらも八幡の腕を遠慮がちとはいえ抱きしめる。

その際に当然距離が近づき密着するのだから二人の胸も密着することになり、その感触と二人の少しだけ違う、しかし、確かな女の子の香りを感じて八幡は顔を紅くしてしまう。

ドキドキと高鳴る胸の音が互いに伝わってしまい、八幡は確かに結衣と雪乃の鼓動を感じていた。

 

(うぅ~、どうしよう……先生に負けたくないからってこんな大胆な真似しちゃって……ドキドキしてるのが伝わっちゃうよ~~~~~~!!)

(負けたくない一心とはいえ、これは些か派出にし過ぎてしまったわ。で、でも……比企谷君の腕、やっぱり男の人なのよね。筋肉、思っていた以上についていて引き締まっているわ…………!!)

 

 尚、この際に小町はそれはもう嬉しそうにニヤニヤとしていたんだとか。

そしてこの状態が10分しか持たず、湯気を噴き出しそうな程顔を真っ赤にした雪乃と結衣は再び八幡の後ろへと戻り、彼の上着をちょんと摘まむ。

そのまま歩いていると、八幡は再び彼女達と会うことになる。

 

「あ、はーちゃんだ~~~~~~~~~!!」

 

そのとろけるように幼い声とともに、八幡の腹辺りに飛び込む衝撃。

そこに目を向ければ、彼女の姉と同じ青に近い黒髪をした幼女がいる。

そしてそんな幼女を心配するように、慌てて彼女もまた出てきた。

 

「もう~、けーちゃん!勝手に走ったら危ないでしょ」

 

そう言ったのは青に近い黒髪をポニーテールにした彼女。

そして彼女は八幡の姿を見るなり頬を染めつつ八幡の名前を呟く。

 

「ひ、比企谷……何でまた……」

 

そんな彼女と腹に抱きついている幼女に八幡は再び挨拶を返す。

 

「よう、けーちゃんにさーちゃん。さっきぶり」

 

こうして八幡は川崎 沙希と川崎 京華と再び会った。

そして同時に後ろの二人からのプレッシャーも感じることになった。



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第60話 俺はロリコンじゃない

新しいパソコンでの投稿ですよ。


 つい先程も思ったが、今更驚くようなこともなく八幡は再び会った川崎姉妹に普通に言葉をかける。

その様子は結構仲が良い様に見え、それ故に後ろにいる雪乃と結衣は若干ながら嫉妬してしまう。

 

「けーちゃん、さっきさーちゃんに言われたばかりだろ。ちゃんと言うことを聞かないと、怖いお化けに攫われちゃうぞ~」

「はぁい、ごめんなさ~い。でも、そうなったらはーちゃんがたすけてくれる?」

「そうなったらな」

「ならぜったいにだいじょうぶ! えへへへへ」

 

八幡の腹あたりに頭をぐりぐりと押しつけながら甘く笑う京華。そんな京華の頭を八幡は優しく撫でてあげる。

そんな妹の行為に姉である沙希は申し訳なさと少しばかりの羨ましさを感じながら八幡に謝った。

 

「ごめん、比企谷! 妹が迷惑をかけて」

「いや、何でもないだろ、このぐらい」

 

顔を真っ赤にして謝る沙希に八幡はそう返した。それは本当のことであり、この程度は迷惑というレベルですらない。

腹に抱きつく京華の頭をポンポンと軽く叩きながらそう答え、八幡は沙希に軽く笑いかける。

ただのなんてことない普通の笑み。

だが、それだけでも沙希の顔を真っ赤にさせて幸せな気持ちにさせるのに十分な威力を持ち合わせていた。

 

「そ、そうなんだ…………」

 

下を俯きながらそう呟く沙希。耳まで真っ赤になっており、どこか顔がニヤついて仕方ない。

そんな沙希を見て………彼女より断然背の低い京華は声を上げて笑う。

 

「あ、さーちゃんすごくうれしそう~!」

「な、何いってるの、けーちゃん!?」

 

妹にニヤケ面をバラされて慌てる沙希。

その様子は普段の彼女を知っているものなら少しばかり驚いてしまう。

八幡はむ知っているから何もないが、その後ろにいる3人は驚きを隠せずにいた。

 

(沙希がいつもと違う!? 何、アレ? なんか可愛い!)

(彼女、いつもはクールなのにそれ以外にこんな一面があるとは………侮れないわね)

(う~~~~ん、いつものクールな沙希さんもいいけど、こういうのもアリだね)

 

そんな感想を抱きつつも、やはり気にくわないと感じてしまう雪乃と結衣は八幡をジト目で睨みつつ話しかける。

 

「ヒッキー、いつまでそうしているの?」

「まさか比企谷くんがそんな『幼女愛好家』だとは思わなかったわ。これからは近づかないでちょうだいね」

 

冷たい視線とともに向けられた怒り満載な言葉に、八幡は苦笑を浮かべつつ答える。

 

「いや、何そんなに怒ってるんだ? それに俺はそんな危ない思考の持ち主じゃないっての。この年頃の小さな子相手にするのはこれぐらい普通のことだろ。この程度でそんな風に言われてたんじゃ、世の中あっという間に犯罪者だらけになってしまうよ」

 

その答えに納得できないわけじゃないが、不服な二人は相変わらず八幡を睨む。

その視線に今度は沙希が二人に謝った。

 

「ごめん、二人とも。ウチの妹のせいで、その………」

 

沙希の申し訳なさそうな様子に流石にこれ以上怒るのは大人げないと判断して睨むのを二人は止めた。

二人の視線がなくなったことにより、八幡は沙希にお礼を言う。

 

「ありがとうな、川崎。なまじ美人の睨み顔というのは怖いものだからきつくてな」

「「!?」」

 

八幡の言葉はしっかりと二人の耳に入り、今度は二人が顔から湯気を上げる。

 

(ヒッキーが美人って……私のこと美人って言ってくれた! どうしよう、嬉しいなぁ!)

(よく周りから言われてきた台詞だけど、こうして言う人が変わるだけでここまで違うとは思わなかったわ。比企谷くんは私を美人だと言ってくれた………なんか…良いわね)

 

大好きな相手に美人と言われたのが嬉しかったのだろう。例えマイナスであろう行為であっても、それは見事プラスとなって帰ってきた。

その言葉が二人の心をポカポカと暖かくし、それまであった嫉妬や羨望が一気に吹き飛んだ。

 そんなわけで八幡一行はさらにその数を増やす。

八幡の少し後ろで彼の上着の裾をちょんと摘まみながら歩く雪乃と結衣。そして八幡の腕にしがみつきながらご機嫌な京華と、そんな彼女の片腕を優しく掴みながら隣で歩く沙希。そしてそんなある意味ハーレムな兄を愉快そうに笑いながら後ろを歩く小町。

きっとこれを見たものはほとんどが羨むだろう。何せ美少女に囲まれているのだから。

だが、八幡は周りからの嫉妬と羨望の眼差しよりも、別のことが気にかかる。

 

(この奇妙な状態はどうなんだろうか?)

 

知り合いに会う確率が多いのはもうこの際良い。だが、一緒に行動した結果出来上がった良くわからない集団というのはどうだろうかと思ったのだ。

そこにあるのは純粋な疑問であり、思春期らしい感情は一切ない。

だから彼はまったく気づかない。自分が置かれている幸せというものに。

そのまま歩いて行く一行ではあるが、そもそも花火大会なのだから本題は花火である。

だから花火を見るためにはより見やすいポイントを押さえる必要があるのだが、流石にここまで人が集まってはそう簡単に確保できるわけもなく、どうしようかと迷う。

別にこのまま見ても良いとは思うのだが、流石に今この場ではどうにも問題に遭う可能性が多い。

周りを見れば皆美少女ばかり。それだけでナンパ目的の輩が近づいてくるのは目に見えている。

それの問題解決に苦労することはわかり切っているので、そうならないためにはどうすれば良いのか。

そう思いながらなんとなしに歩いていると、いつの間にか有料エリア付近に近づいていた。

そしてそこに近づくということは…………。

 

「あ、比企谷くんに雪乃ちゃん達だ! お~~~~~い!!」

 

こちらに手を振りながら声をかけるのは薄紫色の着物を着た美しい黒髪の美女。

その姿に八幡は驚かない。もう何度も言ったが、今更驚くこともない。

何というか、この付近に近づいた時からなんとなく会う気がしたのだ。だからこの再会にも動じることなく応じようとする。

だが、その前に驚く人物がいた。

 

「ね、姉さん!?」

 

雪乃は相手を見て戦くように驚く。

そんな彼女を見て、着物の美人は実に嬉しそうに笑った。

 

「そう、お姉ちゃんですよ、雪乃ちゃん!」

 

そう、着物を着ている美女は雪乃の姉である雪ノ下 陽乃だ。

すでに会っている八幡は驚かないが、久々の再会をした結衣や沙希や小町は驚いている。

そんな周りの様子……というか八幡の周りにいる女子達を見て、陽乃は何やら思いついたようで、ニコニコと笑顔を浮かべながら皆に提案をした。

 

「ねぇ、一緒に花火をみない?」

 

この提案に少し困惑がありつつも、一同は特等席で見れることに賛同した。

 



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第61話 俺の花火大会は穏やかだ

陽乃さんとそれまで目立っていないサキサキが頑張ります


 陽乃からの誘いに最初は断ろうとした。

別に彼女が苦手だとかそんな理由ではなく、単純に申し訳ないと思ったからだ。具体的には有料エリアのお金をすべて彼女が払うと言ってきたからであり、そんな世話になるわけにもいかないと思った。

だからといって自分達でお金を払えば良いだけなのだが、有料エリアの金額をこの人数で払えば高額となり、学生の手持ち金からでは払えるか微妙になる。八幡は余裕で払えるが、それをしてしまうと周りから気を遣われてしまうし、あるいは学生らしからぬ金銭感覚を疑われ不振に思われるかもしれない。目立つことが嫌いな彼はそれを避けなければならない。

だからどうしようかと悩んでいた一行であるが、それは思いがけない一言によって簡単に決まってしまった。

 

「はーちゃん、さーちゃん、けーか、ここではなびみたい!」

 

幼い声による無垢な要望。

それを聞き沙希は宥めようとしたのだが、先に陽乃によって止められた。

 

「こんな小さな子供がお願いしてるんだし、ここは大人として叶えてあげないとね。お姉さんからの夏の素敵な思い出をプレゼントしよう!」

 

こうして一同は陽乃と一緒に花火を見ることになった。

 

 

 

 夜空に向かって一筋の光が上っていく。

その際に遠くから『ひゅ~~~~~~~~』という音が聞こえてくるのはこのイベントならではだろう。そして光が一定以上の上空に上がると、『バァン!』という破裂音とともに夜空に大輪の華が咲く。

 

「「「「「「わぁっ………!!」」」」」」

 

夜空に上がる花火を見て、その壮大さに皆が感嘆の声を上げる。

確かに美しい花火だ。毎年小町と一緒に見に来ている八幡ではあるが、今回のはさらに綺麗に見えた。

 

「すごいっ!すご~~~~~~い!!」

 

花火を見て瞳を輝かせながらハシャぐ京華。その様子は感動を幼いながらに全身で表しており、見ている者の心をほっこりさせる。

そんな幼女の喜ぶ姿とは別に女性陣は八幡へと意識を向ける。

初めて見る意中の相手との花火というイベントに心を高ぶらせ、一緒に見上げる八幡の横顔に普段とはまた違った姿に胸をときめかせる。

言葉が出ないのか、花火と八幡に集中する結衣、雪乃、沙希……そして陽乃。

そんな彼女達の視線に気づかないのか、もしくはこのムードを読めていないのか、八幡は彼女達に目もくれず、花火を見上げていた。

 

(同じ爆発音でも全然違うからなぁ…………)

 

その綺麗な炎の華を見てそう思う八幡。

普段の仕事では爆薬による爆発も珍しくないので、同じ爆発音でもやはり違うなと素直に関心していた。

そう思いながら見上げている八幡だが、周りは既に次の段階へと動き出す。

 

「そ、そういえばどうしてゆきのん………雪ノ下さんのお姉さんがここに?」

 

結衣が少し気まずそうにしつつそう問いかける。

それに対し、答えの憶測が付く雪乃が答えようとしたが、それは問われた本人が先に答えた。

 

「陽乃でいいよ、ここには同じ雪ノ下が二人もいるからね」

「そ、それじゃぁ………陽乃さん……」

 

おずおずとした様子でそう言う結衣。そんな彼女に対し、陽乃は年上の余裕を持った茶目っ気を出しながら答える。

 

「堅いな~、何なら雪乃ちゃんみたいに『はるのん』でもOKだよ」

「そ、そんな、流石に年上の人にそれは出来ないですよ」

「あれ、そう? 何だったら比企谷くんは陽乃って呼び捨てにしていいんだよ。出来れば愛を込めて………キャ!」

 

その言葉に当然向けられた本人は反応する。

 

「いや、陽乃さんでいいじゃないですか。雪ノ下と区別するならそれで十分かと」

「ぶーぶー、比企谷くんのいけず~」

 

八幡にそう言われふくれる陽乃。

そんな陽乃にそろそろ我慢が出来なくなったのか、雪乃がしびれを切らして問いかける。

 

「姉さん、そろそろ本題に入った方が良いんじゃないかしら。大体の憶測は付くけど、姉さんから言いたそうだし、ここはちゃんと役割をしっかりとこなしてもらわないと困るわ」

「あ、ごめんごめん、雪乃ちゃん。だから怒らないで」

 

妹の顔を見て陽乃は笑いながらそう言うと、改めて皆に聞こえるように話し始める。

 

「私がここにいるのは父親の仕事の代理でね。それでここで主に挨拶回りをしていたわけ」

 

彼女の父親の仕事を知っている八幡や娘である雪乃は理解しているので驚きはしないが、そこまで詳しく知らない結衣や沙希、小町はそのことに驚きを見せている。

そんな3人が面白かったのか、今いる場所について陽乃は愉快そうに話す。

 

「私の父の仕事、こういう自治体系のイベントには強いの。だからこうして貴賓席にいるってわけ。普通じゃ入れない場所なんだよ、ここ」

 

その言葉に恐縮する結衣と沙希。二人ともその手のものとは一切無関係なので恐れ多いと萎縮してしまうようだ。小町は驚きはしているが、実感がわかないのか二人に比べれば落ち着いている。

その説明で何故陽乃がいるのかを理解した面々。

そのまま花火を見ているわけなのだが、女性陣はそれだけではないようだ。

陽乃は面白そうな顔で八幡をからかってきた。

 

「ところで………比企谷くんは随分と女の子を侍らせているようだけど、これはどういうことなのかなぁ?」

 

その言葉に八幡は苦笑しながら答える。

 

「別に侍らせてなんていませんよ、人聞きの悪い。ただ単に今日は友人と遭遇するのが多いだけです。俺だって驚いているんですから」

「ふ~ん、そうなんだ(本人は自覚なしか………)」

 

八幡の反応を見た後、陽乃は雪乃達に小さい声で八幡に聞こえないように話す。

 

「そ・れ・で………比企谷くんは今、誰と付き合ったりしてるのかなぁ?」

「「「!?」」」

 

その問いかけに彼女に恋焦がれる3人が体を震わせる。

そして急いで結衣が答えた。

 

「べ、別にヒッキーはまだ、誰とも付き合って……ない………」

 

言っていて少し悲しくなったのか、声が小さくなっていく。

そんな結衣に対し雪乃は軽く陽乃を挑発する。

 

「どういうつもりかしら、姉さん。随分と彼のことを気にしているようだけど?」

 

その言葉に陽乃は軽く流す。それは挑発に乗らないようにしたというよりも、その前の事実確認が取れて喜びを露わにしているようだ。

 

「そっか~、比企谷くんは今誰とも付き合っていないっと。うん、よし」

 

その言葉に警戒を露わにする雪乃達。いったい何がよしなのかと。

3人の警戒する顔を見て、陽乃は改めて八幡が置かれている状況を把握する。まぁ本人はまったく気づいていないのだが。

そして陽乃は3人に向かって爆弾を投じる。

 

「ん~、本当は雪乃ちゃんのことを応援すべきなんだけど………ごめんね、雪乃ちゃん。私………参戦することにしたから」

 

「「「はぁ!?」」」

 

その爆弾の爆発により過剰な反応をする3人。ちなみに八幡は京華を肩車しながら花火を見ていた。

 

「ちょっと姉さん、随分とおかしなことを言うのね。いくら冗談好きの姉さんでもそれはないと思うわよ?」

「な、ななな、なんで陽乃さんがヒッキーのこと!?」

「そうですよ、なんで………」

 

困惑する3人に、陽乃はにニッコリと笑いかける。

それはまるで悪戯好きな猫のような笑みだ。

 

「気になるんだ、私……彼のこと。私の『本当の姿』を見てくれるかもしれないから。今まで見たことなかったから、そんな人。だから……気になるの」

 

その言葉は3人をからかうにはあまりにも真実で、それ故にそれを聞いても3人は惑わされることはなかった。

そして新たな『恋敵』が出来たことに闘志を燃え上がらせる。

 

「わ、私……負けません!」

「姉さんに負けるつもりはないわよ」

 

結衣と雪乃の二人は陽乃に負けないと意思表示をする。

それを聞いて受けて立つと言わんばかりに陽乃は笑みを浮かべる。

しかし、沙希だけは少しだけ違うようだ。

 

「私は……あいつに幸せになって欲しいです」

 

その言葉に陽乃は興味深そうに反応する。

 

「へぇ……貴女は二人とはまた違う感じね」

 

そう言われ、沙希は顔を赤らめながら答えた。

 

「あいつは……自分の幸せなんて考えてない。自分がない。だから……あいつが少しでも幸せだって思えるように……そうなって欲しい。それを出来れば私がしてあげたいから、だから…………」

 

そこから先の言葉はない。だが、恋する女性ならその先の想いなど言わなくてもわかる。だからこそ、陽乃はより関心した。

自分が気になる男の子は本当に不思議で、そして魅力的なのだと。

だからこそ、彼女は仮面を外して笑う。

 

「そう………うん、わかった。でも、負けるつもりもないから。だからこれからは……競争だよ」

 

その言葉に頷き返す3人。

その顔には確かな決意が表れていた。

花火が空を彩る中、少女達は己の胸に恋を彩らせる。

 

 

 こうして花火も無事に終わり、皆そろって帰ることになった。

とはいえ帰るのは女性陣のに。陽乃の気遣いで皆車で送ってもらえることになった。

ただし、八幡はまだバイトにつき会場で分かれた。

だから八幡は知らない。自分がどのような状況に置かれているのかを。

そして…………。

 

(う~~~~~~ん、お兄ちゃんを巡る恋の戦いもさらにヒートアップ! そして小町はより楽しくて仕方ないよ。いったい誰がお兄ちゃんの心を射止めるのか………楽しみ)

 

小町はこの状況をさらに楽しんでいた。

こうして一夏の花火大会が終わり、恋の花火もまた一つ上がった。

 



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第62話 俺は墓参りに行く。

これで夏休みも終わりです。


 夏休みというのは感じ方次第でいくらでもその印象を変える。

一ヶ月半もあると考えることもあれば、だらだらと過ごしていたらあっという間に過ぎてしまったという感じ方もある。

感じ方は人それぞれであり、その時に何をしていたのかで時間への充実感は変わるだろう。

それは学生に皆与えられたものだ。

しかし、そんな中……彼はその時間の殆どを『仕事』に費やしていた。

別に本人にその意図があったわけではない。職場側が彼にいつも以上に仕事をさせたのだ。

その理由は単純。

 

『いつもは学校に行ってる分仕事を当てられるから』

 

実に単純で明快な理由だ。

学校に拘束されないこの長期間の休みこそ、いつも以上に仕事をさせるのにうってつけなのだと。

そのことに彼は文句などない。

彼はまだ年若いとはいえ、その精神は同じ年の人間とはかけ離れている。

それこそ、遊びに恋に、青春に、そういった若者の特権とは無縁だと自ら考えるほどに。

学生でありながら彼は既に社会人であった。言葉に矛盾が生じるだろうが、その言葉に偽りはない。何せ彼は社会人としての基準をすべてクリアしているのだから。

だから彼が働くことに違和感などなく、毎日が仕事漬けだとしても不満はない。

ここ最近はやけに彼らしからぬイベントが多くあったが、それも過ぎれば彼本来の日々を過ごすのみ。

家と職場先からの連絡により現場へと向かう日々。

忙しいとはいえそれに不満はなく、唯一の家族との時間も大切に過ごす。

彼にとってそれは充実した時間であった。きっと他の者が聞けばそんなことはないと言うだろうが。

はっきりと言ってしまえば、彼……比企谷 八幡は仕事狂(ワーカーホリック)なのである。

そんな八幡であるが、たった二つの日だけ、どのような理由があろうとも絶対に休みを取る日がある。

一つは唯一の家族にして最愛の妹である小町の誕生日。八幡は絶対にその日は休みを取り、彼女の誕生を心の底から祝う。それこそ我が子のことのように、父親のように全身全霊を持ってして祝うのだ。そのことに小町は若干の恥ずかしさを感じつつも喜んでくれる。

そしてもう一つは……………。

 

 

 

 夏の苛烈と言えるほどの凶悪な日差しが降り注ぐ。

その中で八幡は一人、そこにいた。

周りを見渡せば、そこら中にあるのは石で出来たナニカがそこいらにある。

その一つ一つには文字が掘られており、皆別々に文字が掘られている。その中で八幡が向かい合っているナニカに掘られている文字は………。

 

『比企谷』

 

そう、これは墓だ。目の前にあるのは八幡の姓である比企谷家の墓である。

そして同じように周りにあるのもまた墓。つまり八幡がいるのは墓地であった。

彼は自分の家の墓の周りの雑草を抜き、墓石に水をかけて磨き、そして花と線香を添える。

線香の独特の香りと煙が仄かに薫る中、八幡は墓に向かって話しかけた。

 

「一年ぶりだな………親父」

 

八幡が話しかけたのは墓に眠るであろうご先祖ではなく、唯一知っている比企谷の者であり彼にとって一番大切だった人。そして……一番の罪の象徴でもある父親であった。

八幡にとって父親は自分をそれまで育ててくれた大切な親であり、ある意味においては初めて殺してしまった人でもある。別に八幡が手を下した訳ではないが、もしあの時八幡があの場にいなければ、きっと父親は死なずに済んだのだから。だから彼は自分が殺したも同然だと思っている。

八幡が年に休むもう一つの日。それは父親の命日であり、彼からすれば大切な親を殺した日だ。

そのような日だからこそ、八幡は絶対に墓参りに来る。

本来であれば小町も一緒に来るべきなのだが、裏の事情のことからも小町には嘘の命日を教えており、その日に小町と一緒に墓参りをもう一回するようにしている。

だから八幡が墓参りをするのは2回。だが、本当の意味での墓参りはこの一回だけだ。

この日、八幡はこの一年を振り返ってのことを父親に報告するように静かに語る。

 

「今年もなんとか無事に生きてるよ。仕事は順調かな。とりあえず致命的なミスはしていない。まぁ、ちょっとばかしやらかして課長……武蔵おじさんにはこってりと絞られたけど」

 

苦笑しつつそう語る八幡。その様子は父親にその日あったことを報告する子供のように見えなくもない。

 

「親父から見て俺はどうかな? 上手くやれてるのか不安を毎日感じてる。周りは親父よりも断然上だなんて言うけど、俺はそんなことは絶対にないと思う。親父と同じコールサインになったんだから尚更に。誇らしくもあるけど、同時に責任も重大だ。親父はよくこの重圧に耐えてあんなに笑っていられたな。正直関心するよ。俺はまだ、そこまで上手くは笑えそうにない」

 

父親と同じコールサインになったことで、当時父親がどれだけ大変だったのかが良くわかる。

八幡はそのことを父親に毎年報告している。

憧れであった父親と同じ役職に就き、働く毎日は確かに大変ではあるが、同時に父親との繋がりが感じられる。同じ立場になったからこその苦労を父親に聞いて欲しいのだろう。それはまるで父親とのコミュニケーションのようだった。

八幡はそれからも仕事のことについて語る。

時に笑いながら、また時には愚痴りながら。いろいろなことを墓に向かって報告していく。

その報告は言うなれば八幡の成長の報告。もう死んでしまった父親に少しでも息子の成長を知ってもらいたいというものでもある。

だが、それはあくまでもオマケ。

八幡が墓参りをする時に必ず語るのは…………。

 

「小町も今年で中学3年生………受験生になったよ、親父」

 

八幡にとっての本題は小町のこと。

父親を早くに亡くした小町を父親のように見てきた八幡である。それを実の父親に報告するのは当たり前であり、また自分が上手くやれているのかを聞きたいというのもあった。

 

「あいつは総武高を受験したいって。別にそうじゃなくても他の高校もあるのにな。そう聞いたらこう答えてきたよ……『お兄ちゃんと一緒の学校に行きたい』ってさ。本当、妹にそう言われるあたり、俺はかなりあいつに甘えてるんだろうさ。不甲斐なさすら感じてくる。本当に良く出来た妹だよ」

 

小町のことを語る八幡はまさに父親のような顔であった。

そして八幡は小町の成長をそれこそ事細かに笑いながら報告する。自分のことなどどうでも良いと思っているからこそ、それ以上に小町へと愛情を注ぐ。

それが上手く出来ているのかと八幡は毎年父親の前で問いかける。それが毎年の墓参りの内容だろう。

そうして八幡は近況報告をしていく。

話したいだけ話し、聞いてもらいたいことを万遍なく言う。

 

「俺があの時あんなことをしたから、親父は死んでしまったんだ。だから親父は俺を恨んで欲しい。何なら祟ってくれ。だが、俺がそれで死ぬ前に、せめて……小町が立派になるのを見届けてからにさせてくれ。それが終わったら………いつ死んでもいいからさ」

 

そして最後の締めとして毎年こう父親に八幡は言う。

きっと恨んではいないだろう。父親はとても優しい人だったから。だが、それでも八幡は許せない。自分が憎くてしょうがない。だから懺悔の言葉としてこう言うのだ。

小町のことだけはと本当に願いながら。

 そして報告を終えた後、八幡は踵を返す。

次に報告を、墓参りをするのは来年だろう。だから出来るように、死ぬことを許さないように、そう思いながら八幡は墓から去って行く。

そのまま進もうとした八幡だが、突如として携帯が振動し始めた。

誰だと思いながら画面を見ると、そこには小町の名前が表示される。それを確認次第八幡は電話に出た。

 

「もしもし、小町?」

『あ、お兄ちゃんどこに行ってるの!』

 

電話越しに急に怒られ八幡は苦笑し、話をさらに聞くことにした。

 

『もう、せっかく雪乃さん達が来てるのに! 早く帰ってきて!』

「雪ノ下達がってことは………由比ヶ浜と川崎もか?」

『うん、そう! お兄ちゃんに会いに来てくれたんだから、本人がいないと話にならないの』

 

そう聞いて八幡は首をかしげる

何で一緒来ているのやらと。また随分と暇なんだろうかととも。

そこに恋する乙女の好を感じるというのはまったくない。純粋な疑問として八幡は感じた。

 

『あ、それと待たせた罰としてコンビニで雪乃さん達にお菓子買ってきて! ダッシュでね! その方が小町的に(義姉候補さん達)もポイント高いから!』

 

そして切れる通話。

八幡は小町の様子に苦笑しつつ駆け出す。

早く家に帰り、妹と友人達の相手をしなくてはと。

 

(あぁ、そうそう。親父、俺…………友人?が出来たと思う……たぶんだけどな)

 

八幡は最後にそう父親に報告した。

そのとき八幡には聞こえなかったが、墓から……父親は八幡にこう言ったような気がする。

 

(八幡………それはきっと友人というだけではないよ、きっとね)

 

その言葉は本人伝わることはない。だが、八幡の父親はそんな八幡を見ていて、きっと嬉しそうに笑っているはずだ。何せ………息子もまた大切なのだから。




次回から二学期!


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第63話 俺は文化祭実行委員にならない

二学期の始まり。つまりあのキャラの出番というわけですね。


 いつの日も常に仕事である八幡ではあるが、何もいつも危険な現場に出ている訳ではない。

この日、彼は珍しく……もないのだが、自分に宛がわれているデスクに座って作業に没頭していた。

目の前に広がるのは机を埋めるほどの量の書類。そのすべてが今回八幡が熟すべき仕事である。その書類の山を相手に、八幡はその手に持ったボールペン片手に速やかに片していく。

この大量の書類の中身、それは殆どが『報告書』である。

現場に赴き戦うのはいつものことだが、その際に出た被害、または消費した弾薬、そして敵対者の始末した数などを事細かに記載するのが八幡達の仕事の報告書だ。

それらを事前に回ってきた資料から記載していくわけなのだが、流石に量が多く片していくだけでもうんざりしそうになる。

それでも仕事だと割り切り八幡は熟すわけなのだが、わかっていても不満や文句は出るものらしい。

 

「あぁ~~~~~~~~、やってらんねぇ~~~~~~~!」

 

前のデスクに齧り付いていた相棒からそんな声が漏れるとともに、八幡の相棒であるレイス7は八幡の方へと体を向けた。

 

「なぁ、八幡! 何でこんな面倒くさいことしなきゃならねぇんだよ!」

 

レイス7はもういやだと叫びながら縋るような視線を八幡に向ける。

その気持ちは同じくうんざりとしている八幡には痛いほど分かるのだが、だからといってそれに関し答えることは決まっている。

 

「何でも何も、仕事だからだろ」

「それはわかってるんだよぉ………」

 

項垂れる相棒に八幡は無情にも切り捨てる。

相棒がこういった作業にねを上げるのは毎度のことなので、一々相手にしていられない。相手にしたところで時間を無駄に浪費し終わらせるのが遅くなるだけなのは既に経験済みだ。だからこそ、八幡は特に相手にせずに書類に向き合う。

そんな八幡に対し、レイス7は賛同を得られないことに絡む。

 

「お前はいいよなぁ~、書類が楽で」

「何がだ?」

 

自分のしている書類の量を見て、良くそういうことを言えるなと八幡は少しばかり苛つきつつ反応する。

書類の量だけで言えば、八幡の方がレイス7よりも1.5倍は多いのだ。それを見てもそう言われては、流石に苛つきもする。

そんな八幡のストレスを感じつつもレイス7は言った。

 

「だってお前の報告書には消耗品の欄に記載することなんてないだろ。それに比べて俺は毎回ぶっ放した弾の種類と弾数を事細かに記載しなきゃいけないんだぜ。それも使ったライフルの種類もな」

 

項垂れながら文句を漏らす相棒の様子に八幡はため息を吐く。

その文句ももう聞き飽きるくらい聞いたからこそのため息であり、つまりこれも毎度のことなのだ。

そんな相棒に対し、八幡は疲れを見せたまま答える。

 

「確かに俺はナイフによる近接戦がメインだから弾薬の消費は0だが、それとは別の項目があるってわかってるのか?」

「別の項目って?」

 

八幡は相棒に疲れたため息を吐きながら今書いている書類をレイス7と渡した。

それを受け取るとレイス7は早速書類に目を通す。

中に書いてあることは基本的にはレイス7が書いているものと一緒。そして八幡が言った通り、武器弾薬の消費に関しての項目はない。

だがその代わり、レイス7は見慣れない項目を見つけた。

 

「何だ、これ?………『当時の状況に置ける適切な戦術に関して記載せよ』?」

 

その項目を改めて言われたことで八幡は肩が重く感じた。

 

「そうだ。俺は俺でこういう面倒なのが付いて回るんだ。当時の状況なんて早々覚えていないというのに、それを資料片手になんとか思い出しつつ予測して、その上で当時の反省点を踏まえて最適な戦術の運用を書かなきゃならないんだ。どっちが面倒なのかなんて、夏の野外訓練でやらされたお前になら分かるはずだろ」

「あ、あ~~~………そのなんだ………すまん」

「別に気にするな。例えそれがお前の量より多くてもな」

 

気まずそうにするレイス7に対し、八幡はそう言いながら書類を返してもらう。

確かに八幡の戦い方に消耗するものは殆どない。だが、代わりと言うわけではないのだが、新たに戦術に関しての考察というものを書くようになっている。

それは彼がレイスナンバーの一桁代ということもあり、尚且つ将来有望だからということもあるからだ。尚、レイス7の方に記載されていない理由は彼に指揮官としての素質があまりないからである。

そんなわけで、八幡の苦労を知ったレイス7は文句を言うのを止め、その代わりに八幡に自分が持っていた物を差し出した。

 

「これ、いるか?」

「………いる」

 

渡された栄養ドリンクを受け取り、再び違いに書類を格闘し始める二人。勿論周りにいる他のメンバーも皆似たようなものだ。

まさに書類地獄に皆が辟易する。だが、それでも彼らの手は止まらない。

何故ならそれもまた仕事だから。

 

「そういえば、そろそろ高校だと学園祭がある時期じゃないか?」

 

疲れを紛らわせるためにレイス7がそんなことを言い出した。

それを聞いた八幡は書類に目を通しながら答える。

 

「あぁ、確か今月辺りに確かあったな」

 

淡々と答える八幡に対し、レイス7はからかうように問いかける。

 

「おいおい、高校生の青春ビックイベントなんだぜ? もっと楽しみにしたらどうだ? 何せここ最近は可愛い女の子に囲まれてるんだしよ」

 

その問いかけに対し、八幡は呆れ返ったジト目で相棒を睨み付けた。

 

「そんなことより目の前の現実をどうにかしろよ、相棒。俺がそういうのを楽しむようなタイプじゃないことは知ってるだろ。そんなことを考えるより、今は戦術を練ってることの方が有意義だ」

 

そう答える八幡に対し、レイス7は仕方ないといった様子で呆れる。

 

「しょうがないねぇ、俺の相棒は。もうちょっと歳相応にはしゃげないのか……」

 

その言葉を聞きつつも、八幡は黙って書類にペンを走らせ続けた。

 

 

 

 夏休みも終わり二学期。それまで夏休みを満喫していた学生達も、そろそろ夏休みボケが抜けてきた。

そんな中、朝一番に話し合いになったのは今月にある文化祭の実行委員を決めることであった。

既に話事態は前からあったのだが、なかなか決まらないことから未だに長引いている。

 

「では、今日も聞きますが、実行委員をやりたい人は挙手してください」

 

まとめ役であるクラス委員長がそう言うが、誰も手を上げるものはいない。誰だって面倒なことはしたくないということが良く伝わってくる。

それがもうずっと続いているだけに、流石にそろそろ決めないとまずいと委員長はシビレを切らす。

 

「誰もいないんじゃぁ仕方ない。じゃんけんで決めるしかない」

 

その言葉に皆から不満が漏れる。

そんな中、結衣が小さめに挙手しつつ委員長に問う。

 

「それって難しいの?」

 

この問いかけは単純に仕事の内容を少しでも明確にするためのものであり、彼女からしたら少しでも文化祭委員のハードルを下げて立候補しやすいようにしようという心遣いであった。

 

「いや、そんなに難しいことはしないよ。基本文化祭委員長の指示に従がってやることをするだけだから」

 

結衣の考えを読み取ってなのか、そう説明する委員長。彼自身、一年生の時にやったことがあるようで、その経験に基づくもののようだ。

その説明に周りは少しだけ浮きだつ。

だが、ここで委員長はせっかくの厚意を仇で返す。

 

「正直、由比ヶ浜さんがやってくれると嬉しいかな。人望あるし、適任だと思うんだけど」

「わ、私!? そ、そんな、私なんて無理だって! 頭悪し!」

 

名指しされ慌てて否定する結衣。別に結衣だってやりたくてそう言ったわけではない。

そんな結衣に対し、一人の女子が噛み付いた。

 

「へぇ~、結衣ちゃんやるんだ。そういうのっていいよねぇ~」

 

噛み付いてきたのは相模 南。夏休みの花火大会の際、少しばかり因縁がある相手であった。

そんな相模の周りは結衣を見ながら笑う。明らかに嘲笑であった。

そんな笑いを向けられ結衣はどうするべきか分からずに困る。

その笑いに絶えられなかったのか、珍しくと言うべきか、とある女子が結衣にはそれは無理だと言った。

 

「ってゆうかそれ無理だし。結衣は私と一緒に文化祭でお客呼び込む係だから」

 

そう言ったのはこのクラスのトップカーストである三浦 優美子。結衣の友人でもある。

クラス内でも絶対の発言力をもつ優美子にそう言われ、相模は内心舌打ちを打ちつつも表情を変えないようにしながら答えた。

 

「そ、そうだよね……呼び込みも大切だし」

「そうだよ、呼び込みも大切だし……って私呼び込みやるの!?」

 

そんな話聞いていないと騒ぐ結衣。

そこであまり収集が付かないと判断したのか、事実的なリーダーである葉山が話を纏め始めた。

 

「つまり、人望があってリーダーシップを発揮してくれる人にお願いしたいてことでいいのかなぁ」

 

その言葉に皆が賛同するのだが、だったら葉山がやれば良いのではと考えるのは当然だと八幡は思った。

それを周りはまったく考えていないのか、どういうわけか相模を押し上げた。

それに対し彼女は無理だと照れつつ言うのだが、満更ではない様子。どうやら周りから持ち上げられるのが気持ちよいらしい。自尊心が強いものには良くあるものである。

そんな訳で女子の委員は決まったわけだが、男子は決まっていない。

だから今度は男子の番だが、ここで八幡の名が上がった際に八幡はこう答えた。

 

「俺はアルバイトで忙しいから無理だ。それも生活がかかっているからな。学校側にもその許可はもらっている。だから俺には無理だ、他を当たってくれ」

 

その答えによって多少の文句は出つつも、学校側からの正式な許可ということもあって受諾するしかない。

よって実行委員は別の男子に決まった。

 こうして文化祭への準備は進む訳なのだが、まさかこの後面倒なことになろうとは八幡は思いもしなかった。

 

 



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第64話 俺は結局実行委員を手伝うらしい

今回は雪乃が可愛いです。


 学園祭への準備が始まり、学校内は慌ただしい雰囲気に包まれる。

教室内では各クラスが出し物に向けて動きを見せ、買い出しに練習に大忙しである。

当然八幡のクラスであるF組も当然出し物をする。その内容は演劇であり、役決めに練習にとクラスメイト達は盛り上がっていた。

とはいえ、それに八幡が関わるということは無い。

バイトが重要である苦学生である彼には、そのような遊びに興じている時間などないのだ。事情を知っている教員達は仕方ないと認めるが、だからといって精神的に未熟な学生がはい、そうですかと認められるわけではなく、当然ながら反感を抱かれてしまう。

良くある空気が読めない奴だとか、付き合いが悪い奴だとか、色々と後ろ指を指されていた。

まぁ、だからといって八幡がそんな事など気にするわけが無いのだが。

ただし、彼を慕う者達はそうは思わず、正直不快に思っていた。

そんな不満は当然の如く部活で発散させられる。

 

「もう、ヒッキーが大変なのは前から分かってるのに、そんなこと言うんだもん! 信じられない!」

「彼奴等、自分達とソリが合わないからって言いたい放題言って………」

 

怒りで顔を赤くしながらそう言う結衣と沙希。

そんな二人に紅茶を差し出す雪乃。その動作は優雅であり、精神的に落ち着けと言っているかのように八幡には見えた。

どうやら怒る二人を鎮めようとしているらしい。

 

「由比ヶ浜さん、川崎さん、そう言っていた人の名前とクラスを教えて。私が直接話を付けてくるから」

 

訂正。寧ろこちらもかなりお怒りのようだ。

そんな怒り心頭の3人に対し、八幡は苦笑をしつつ話しかける。

 

「お前等、当人が気にしてないのにそんなに怒ってどうするんだ? 疲れるだけだぞ」

 

大人な対応をする八幡。彼からすれば本当に気にするようなことではないのだ。

そんなことは言われ慣れているし、彼自身孤立するのは多少目立つが悪くはない。その内忘れ去られるのならそれはそれで良いのだと、彼なら判断する。

 そんな判断を下せる八幡と違い、彼女たちはそんな八幡に食ってかかる。

 

「ヒッキーがそんなんじゃ余計につけあがるよ!」

「貶されていることを受け入れるなんて、貴方は変態なのかしら?」

「それでもやっぱり許せないんだよ。ああいう陰でコソコソ悪口言ってる奴等は!」

 

そう言う3人は八幡のことを想っているからこそ、悪く言われていることが許せない。

そんな3人の想いをちゃんとは理解しないが、悪く言われていることが気にくわないということを理解して八幡は3人に笑いかける。

 

「お前等がそんな風に怒ってくれてるだけで十分だよ。こんなに思ってもらえて俺は幸せ者だな」

 

八幡からすれば軽く言った言葉。

だが、3人にはそうではないようで……その言葉を聞くと共に頬を真っ赤にして俯いてしまう。

 

(うぅ~~~~、ヒッキー卑怯~~~~! そう笑顔で言われたら怒れないよ~~~~!)

(比企谷君ったら、想ってもらえてなんて………ずるいわ)

(も、もしかして、もうバレてる…………ふぁぁぁぁああああああああああああ!!)

 

顔を真っ赤にして恥じらう3人は妙に可愛くて、八幡は少し気まずくなり顔を反らす。

少しだけだが、胸の鼓動が早まることに、疑問を感じつつも冷静に落ち着こうと心がけながら別の話題を振ることにした。

 

「あ、あ~、そういえば雪ノ下。お前の方は文化祭の準備とか、どうなってるんだ?」

 

話を切り替えられた事と、名指しされた事で少しばかり雪乃は肩を震わせ、慌てそうになるのを耐えつつ何とか答える。

 

「わ、私のクラスは確か喫茶店だったかしら、今はメニュー決めとかをしているわ」

 

そう言われ、八幡は脳裏でウェイトレスをする雪乃を想像してしまう。

 

『いらっしゃいませ、お客様………その、どうかしら、比企谷君』

 

如何にも可愛らしい制服を着つつ優雅に礼をする雪乃。

綺麗だが、途中から恥ずかしくなったようで頬を赤らめながら上目遣いで八幡の様子を伺う。それがとても可愛いと思ってしまい、八幡は頬が熱くなるのを感じた。

それを知られたくないのか、少しばかり咳払いをすることに。内心では連日の書類仕事の疲れで脳がおかしくなっているのだろうと思うことにした。

 

「そうか、ウチのクラスは演劇だとさ。とはいえ俺は参加しないけど」

 

その言葉を聞き雪乃は丁度良いと判断したらしく、渡りに船だと由比達も含めて話し始めた。

 

「そうなの。実は私もクラスの出し物には参加しないわ。文化祭実行委員会になったので、クラスの方には出られないの」

 

その言葉に納得する八幡。

そしてその言葉に文化祭実行委員にならなかったことを残念がる結衣。

 

「え~、ゆきのん実行委員になったんだ。私もなっておけば良かったなぁ~…」

 

しょんぼりとする結衣。そんな結衣に苦笑する雪乃と沙希。

そして八幡は気になったことを雪乃に問いかけた。

 

「そうなると部活には出られそうにないか」

「そうなるわね。だから文化祭中は部活はなしの方向にしようと思うの。二人はどう?」

 

雪乃の問いかけに結衣は仕方ないと思ったのか苦笑し、沙希は八幡と一緒に話せるこの時間が一時的とはいえ無くなることにがっかりした様子をみせる。

 八幡は雪乃の判断が予想の範囲だったので問題ないと考えた。部活がない分はバイトの方に行けるので、溜め込んでいる書類との格闘時間も多くとれるだろう。うんざりするが、ある意味ありがたい。

 

「しかし、お前が文化祭実行委員になったのは意外だな。てっきりそういうのとは無縁だと思っていたが」

 

なんとなしにそう思った八幡。

そんな彼の言葉に対し、雪乃は少しだけ微笑む。

 

「姉さんも在学中に実行委員だったのよ。だからというわけじゃないけど、負けたくないのよ。あの人には………特にここ最近は…………」

 

最後の方は意味が分からないが、どうやら姉に対抗意識があると八幡は判断する。あの姉にしてこの妹有りだと思ったのは内緒だ。似たもの姉妹だと少しだけ思った。

 

 

 

 そういうわけで、文化祭中は部活動はやらない方向で決まった奉仕部。

今日はそのままいつものように緩やかな時間を過ごして終わりになるはずなのだが、そんな穏やかな時間を砕くかのように扉がノックされた。

 

「しっつれいしま~す」

 

その声と共に入ってきたのは、八幡達と同じクラスの相模 南だ。

彼女は室内を軽く見回した後、雪乃や八幡を見て少しばかり嘲笑する。

 

「平塚先生に聞いたんだけど、奉仕部って雪ノ下さん達の部活だったんだ~」

 

明らかに失礼な目を向ける相模とその取り巻き。

そんな彼女たちに対し、雪乃は冷静に対応する。

 

「何か用かしら?」

 

その言葉に取り巻きを頷き合った相模は雪乃に勿体ぶったように話しかけた。

 

「ウチぃ、実行委員長やることになったけどさぁ…こう、自信が無いって言うかぁ……だから助けて欲しいんだぁ」

 

その言葉に八幡は眉を顰める。

興味などないのだが、相模 南が文化祭実行委員長になったことを初めて聞いたのだ。

詳しくは調べていないが、彼女にその能力がないことは成績やクラスでの対応などを見て容易に想像出来る。明らかにキャパシティ不足なのはわかり切っていた。

そんな人物が実行委員長になったのだ。参加しないとはいえ文化祭が心配になるというもの無理はない。

 それは雪乃も思っていたらしく、八幡達は知らないが委員会でさっそくやらかした件を八幡達にも聞こえるように言う。

 

「『自身の成長』という貴女が捧げた目的とは外れるように思うけれど?」

 

言った言葉は立派だが、今している行動が明らかに矛盾していることを指摘される相模。

そんな彼女は苦笑いをしつつそれでもと答える。

 

「そうなんだけど~、やっぱり皆に迷惑かけるのは一番まずいっていうか、失敗したくないじゃない? それに、誰かと協力して成し遂げることも、成長の一つだと思うし」

 

言葉自体は分からなくは無いが、本人の態度から真剣さが感じられない以上、とても真面目には見えない。

それは八幡達もわかり、相模を見る目が次第に冷めた物になっていく。

 

「つまり話を要約すると、貴女の補佐をすれば良いと言うことかしら?」

 

その言葉は正解らしい。彼女はテンション高めに声を上げた。

 

「うん、そうそう!」

 

その言葉に対し、八幡達は雪乃の方に目を向ける。

部活動はなしという方向性なのにこんな話がやってきたのだ。どうするのかと問いたいらしい。しかも結衣と沙希としては、嘲笑されたこともあって手伝いたいとは思わないらしい。

八幡は純粋に雪乃の判断を待っていた。彼女がどう判断するのかが気になるようだ。

 そんな3人の視線を受けながら雪乃は考える。

結衣達が言いたいことももっともだし、そもそも奉仕部の理念に反する。

ここ最近はそれだけでは人を助けられないということがわかってきているので、理念はそこまで重要では無い。

だが、気にくわないのも事実。

自身の成長を掲げるのに、最初から人頼みというのはそれはそれで許せない。

 だから彼女個人としても、受けたくはない。

だが、逆にこんな人物に任せて良いのだろうかと思ってしまう。

文化祭実行委員会は文化祭を運営するのに重要な組織だ。それが機能しなくては大変な事になってしまう。それを未然に防ぐという考えであれば、受けなくては危険だとも分かる。

だから彼女が下した決断は…………。

 

「比企谷君、由比ヶ浜さん、川崎さん………ごめんなさい。部活動だけど、やはりありの方向でいくわ。それで奉仕部として、彼女たちの依頼を受けようと思うの」

 

その答えに内心文句を言う結衣だが沙希は何故雪乃が受けたのかを察し、それを結衣にこっそりと教える。

そしてその理由を知った結衣はなら仕方ないかと思ったようだ。

誰だって文化祭は成功させたい。

 

「当然比企谷君はいつも通り、参加出来るときだけで良いから。由比ヶ浜さんや川崎さんもクラスの出し物優先で良いわ。出来れば手伝って。私は文化祭実行委員だからやることはかわらないもの。それに……友達に手伝ってもらえれば、もっと早く終わるわ」

 

雪乃はそう言いながら暖かな笑みを結衣と沙希に向ける。

 

「ゆきのん………」

「雪ノ下さん………」

 

雪乃の頼りにされていることが嬉しくなる二人。

もう親友と言っても良いくらい仲が良い。ただし、親友であるが同時に恋敵でもあるが。

そんな二人は賛同し、大変だったら直ぐにでも手伝うと意気揚々に応じる。

雪乃のそんな判断に、八幡は満足そうに頷く。

 そして最初に会ったときよりも変わったと思った。

最初に会った時のままだったら、きっと雪乃は一人で暴走するだろうと予想が付くから。

だからこの変化は好ましいものだ。

素敵な女性になってきたと少しだけ思ってしまい、そんな自分に気まずくなり目をそらした。

 

 

 こうして奉仕部は文化祭実行委員の手伝いをすることが決まった。

ただし、八幡は手伝えそうにない。何せ、まだまだ書類は山積みなのだから。



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第65話 俺は彼女の見舞いに行く

この話は雪乃メインですね~。
他二人の活躍が………。


 日に日に書類の数は減っていった。

元がデスクを埋め尽くす程の量がやっと半分より下まで減ったのだ。それを感慨深く見る八幡はやっとかと精神的疲労が籠もった溜息を吐いた。

文化祭の準備が始まり学校は大忙しだが、八幡はそれに関与することはなく毎日をバイトに費やしている。毎日徹夜ではあるが、そのおかげもあってやっと報告書の量がここまで減ったのだ。それまでの苦労に本当に労いたい気持ちで溢れそうになる。

 

「あ~、やっと少しは減ったぜ~。マジで疲れるわ」

 

前のデスクから相棒の疲労満載な声が聞こえてくる。それを聞いて八幡は疲れた顔をしながら声をかけた。

 

「あぁ、お疲れ」

「おう、お疲れさん。そっちはどうよ」

「ざっと半分以下ってところだ。そっちは?」

「俺は3分の1ってところだよ」

 

お互いの処分量を聞き、そして再び深い溜息を吐く二人。まだまだ量があるので仕方ない。

それでもここまで減ったのだから、ある程度の目安にはなるだろう。終わるまで後何日かかるのかが予測出来れば、その日まで頑張れば良いとわかるだけ精神的にマシになる。

だからこの先に希望を見いだした二人は何とかやる気を振り絞り、再び書類に取りかかった。

 

「なぁ、お前の学校の文化祭、準備とかどうなってるんだよ」

 

少し時間が経ってから相棒にそう声をかけられた。

八幡はそれに対し、普通に答える。

 

「俺はまったく参加してないからなぁ。進行状況とかはまったく分からない」

 

その答えにレイス7はニタニタと笑いながら八幡に問いかけた。

 

「部活の可愛い娘ちゃん達はどうしたんだよ? お前と一緒に遊びたいってハシャぎまくってるんじゃないのかよ?」

「何が可愛い娘ちゃんだよ。雪ノ下は文化祭実行委員で、由比ヶ浜と川崎はクラスの出し物だ。奉仕部として文化祭実行委員の手伝いというのもあるが、俺は……分かるだろ、この現状を」

 

八幡は眉を顰めながらレイス7にそう言うと、彼はそれが分かってしまうだけに仕方なく頷いた。

 

「まぁ、これじゃ仕方ないよな。まったく終わらねぇんだもん」

 

レイス7に仕事で手伝うのは無理だと分からせた八幡は目を書類に戻す。

八幡自身、少しばかり浮かれていた。

このまま行けば明日からでも文化祭の準備を手伝っても良いかもしれないと。

書類の処理は順調。今現在で既に3分の2は処理済み。ならば多少の余裕はある。

今からクラスの出し物を手伝うのは意味が無いと思うので、文化祭実行委員会の手伝いならばまだ出来るかもしれない。

別に文化祭に興奮しているわけではない。

ただ、仕事で仕方ないとはいえ手伝えなかった事に心苦しさがあったからだ。

具体的には雪乃、結衣、沙希の3人を手伝えないことにだ。

だから明日のは…………そう思っていた。

 

 それが既に遅いとも知らずに………。

 

 

 

 翌日になり、静にそのことを聞かされたときに八幡は若干だが驚いた。

今まで驚くことが多かったが、それとは多少毛色が違った。

その情報は八幡の耳に深く刻み込まれる。

 

「……雪ノ下が体調を崩して倒れた」

 

それを聞いた瞬間、八幡は何故だと思った。

倒れたことは心配だが、それ以上にその理由が気になった。

彼女はそういったものに関してはしっかりしていたはずだ。自分にかかる負荷を考え、それに対し出来ることを十分に把握している……そういう女の子だ。

そんな彼女が体調を崩したという。

体力が無いことは前から知っていたが、それでもここまで酷いのは今回が初めてだ。

だから気になる。

八幡はそう思いながら静に答えた。

 

「わかりました。放課後、あいつの様子を見てきます」

 

そう答え、八幡は教室へと入っていく。

その背中を見ながら静は小さく呟いた。

 

「頑張れよ、男の子………まったく、雪ノ下が羨ましい……」

 

 そう呟いた彼女の表情はとても慈愛に溢れていた。

 

 

 

 放課後になり、八幡は結衣と沙希をつれて雪乃が一人暮らししているマンションへとやってきた。聞いた通り、高級マンションのようだ。佇まいからして他のマンションとは一線をかくしている。

 その道中に文化祭実行委員の仕事の状況などを結衣と沙希に聞くが、どうやら彼女たちは二人ともクラスの出し物の手伝いで大変だったらしく、文化祭実行委員の仕事に関しては良くわかっていないらしい。

ただ、それでも分かったのは、どうやら委員長である相模が仕事をサボっているということだ。

 それを聞いた八幡は何故雪乃が倒れたのかを察した。

大方相模が適当な仕事をし、その所為でその負担が雪乃にかかったといったところだろう。彼女の事だ。責任感の塊のような彼女なら、文化祭実行委員としてそれこそ猫の手が欲しいくらいに働いたはずだ。周りに迷惑をかけたくないから……友達二人に迷惑をかけたくないから………八幡に迷惑をかけたくないから。

 そう思われていることを理解し、そして少しばかり八幡は胸が苦しくなる。

その感情がなんなのかは、どことなく分かった。

 ただ、それを彼女に伝えることが気恥ずかしい。でも、これを伝えないと彼女はまた無理をするだろうから。

だから八幡は彼女に伝えに来た。

 玄関を通ると各部屋へのインターホンが付いていて、それを押すことでその部屋と連絡が取れるらしい。その後の許可を部屋の住人に取らないとそこから先には行けないようになっている。

 だからまずは彼女が住んでいるらしい部屋に連絡を付ける。

インターホンを鳴らす………しかし、雪乃は中々出ない。

そのことに不安を感じる結衣と心配する沙希。

そんな二人の心配は上手い意味で外れ、少しした間の後に彼女が出た。

 

『はい………』

「ゆきのん! 私、結衣!」

 

聞こえてきた雪乃の声がか細そうだったからなのか、結衣が焦りながらそう答える。

それでは伝わらないだろうと沙希が今度は雪乃に話しかけた。

 

「雪ノ下さん、私、川崎だけど。体調崩して倒れたって聞いたから心配でね」

 

その言葉に雪乃は申し訳なさそうに答える。

 

『ごめんなさい、心配させてしまったようで。とりあえずは大丈夫だから』

 

その言葉に八幡はこれ以上は言わせないと塞ぐかのように声を被せる。

 

「本人の自己診断ほど当てにならないものはない。いいから開けろ」

『……どうして比企谷君が………アルバイトは?』

「多少の猶予が出来たんで手伝おうとした矢先にお前が倒れたんだよ。バイトがあってもお前のためなら見舞いくらいはするさ。心配させるなよ」

 

その言葉を聞いて少し言葉が出なくなる雪乃。

彼女は今、顔を見られないことが心底ありがたいと思った。

何せ………その顔は熱以外の理由で真っ赤になっているからだ。

 

(比企谷君が心配してるって言ってくれて、私は不謹慎だけど……嬉しいって思ってしまうなんて……ふふふ)

 

意中の相手に心配してもらえることが嬉しかった。

自分が彼の心を占めていることが純粋に嬉しくて、申し訳なさと嬉しさでごちゃ混ぜになる。

だが、彼女が喜んでいることは自分の頬が熱くなっていく感覚で分かってしまっていた。

それが凄く恥ずかしい、。でも嬉しい。

だから雪乃は少しばかり元気を出しながら3人に向かってこういった。

 

『上がってちょうだい。たいしたおもてなしも出来なくて申し訳ないけどね』

 

 

 こうして八幡達は雪乃の見舞いへとやってきたのだ。

 

 

 



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第66話 俺は責務を全うさせるために引っ張り出す

久しぶりにイチャつかせました。


 本人の許可を得たことで八幡、結衣、沙希の3人はゲートを潜って雪乃が暮らしている部屋へと向かう。

高級なマンションなだけに階層が多くエレベーターを乗り15階。そこから徒歩で直ぐそこにその部屋はあった。

『1507』それが雪乃の部屋の番号のようだ。事前に聞かされていた番号と間違いがないかを確認し、結衣が改めて呼び鈴を鳴らした。

人工的な機械音が鳴り少しすると、ゆっくりとながら扉が開いた。

 

「どうぞ、みんな」

 

そう声を掛けて扉から姿を覗かせたのは、いつもと少しばかり服装が違った雪乃だ。

肩口まで露出しているサマーセーターに足を覆うロングスカート。そして一つに髪を後ろで纏めている姿はいつもよりほんの少し年上のように見える。

促されて室内に入る3人。

きっと急いで着替えたのだろう。来客が来るのにだらしない格好など彼女は絶対に許さない。礼節を重んじる彼女ならではだと思う八幡。そういう高潔な部分は好ましく尊敬出来る。

だが………雪乃の顔色を見て八幡はその気持ちを否定する。

彼女がそのまま八幡達をリビングにあるソファーに座るよう促すのだが、そのテーブルに置いてあるノートPCと書類の数々。

もう呆れる他なかった。

だから雪乃が八幡達にお茶を入れようとする前に八幡は結衣達にも聞こえるように声を大きめにして言う。

 

「雪ノ下、茶はいい。それよりもだ………由比ヶ浜、川崎、二人でこいつを着替えさせろ。病人が来客の相手をするもんじゃない。見舞いに来てるこちらが気を遣われたんじゃ話にならんだろ」

 

そう言われそれに同意する結衣と沙希。二人とも同じように思っていたらしい。

 

「そ、そういうわけにはいかないわ。そ、それに………」

 

熱とは別で顔を赤くしながら八幡をチラチラと見る雪乃。

きっと寝間着姿を見られたくないのだろう。女性はそういう姿を見られるのは恥ずかしいらしい。

しかし、それを分かったところで止まるわけがない。

 

「ゆきのん、手伝ってあげる」

「恥ずかしがるのは分かるけど、アンタ病人でしょうが。私達の気持ちも考えな」

 

そう言うと共に雪乃をがっしりと確保する結衣と沙希。二人は雪乃に自室を聞きつつ某宇宙人の様に引きずっていく。

そしてリビングで八幡が待つこと約5分。

何やら満足気な結衣達と共に周知で顔を真っ赤にしている雪乃が出てきた。

 

「ま、待たせてしまったようね………」

 

雪乃が来ているのは水色のパジャマ。清涼感があり、彼女に見事に似合っていた。

 

「恥ずかしがるようなもんじゃないだろ。似合ってるじゃないか」

「~~~~~ッ!? あぅ……ず、ずるいわ、こんな時なのに………」

 

見た感想を言うと、雪乃が頭から湯気を出して俯いてしまう。

常日頃ならそれを羨ましい目で見る結衣と沙希だが、病人なのだしこういう時は良いだろうと多めに見るようだ。

 そんなわけで改めて着替えたところでお見舞いを再開する八幡達。

本来なら雪乃には寝ていてもらうべきなのだが、流石に彼女の寝室にまで押しかけるのはよろしくないため、場所は先程と同じリビングである。

特に八幡が入るのはいろいろな意味で駄目だろう。

 

「ごめんなさい、迷惑を掛けてしまって」

 

ソファ-に座る八幡達に雪乃は改めてお礼と謝罪をする。

 

「そんなことないよ。それよりごめんね、ゆきのんが大変なのに手伝えなくて」

「私もごめん。同じ奉仕部として申し訳ない」

「それを言ったら俺が一番駄目だろ。一切手伝ってないんだからな」

 

寧ろ自分達の方が悪いと謝る3人。まさにどっちもどっちだ。

そのままいけば双方とも謝り合う展開が予想出来る。

だから八幡は軽く咳払いをして場の雰囲気を変えることにした。

 

「まぁ、そういうことだ。見舞に来て互いに謝罪していたって切りがない。だからそれよりも堅実的な話をするぞ」

 

そう言い、八幡は雪乃に問いかける。

 

「お前が倒れるってことは、想定以上に仕事に負荷がかかったってことだろ。いったい何があったんだ? たかが高校の文化祭の準備にしては些か被害が見過ごせない」

 

その言葉に雪乃は何とも言えない気持ちになった。

八幡に自分のことを理解してもらっていることへの嬉しさ、文化祭実行委員の仕事が予想外に上手くいかずこうして倒れてしまった事への不甲斐なさなどが入り交じる。

そしていつもなら強気で答えるはずなのに、倒れたせいなのか八幡に甘えたくなってしまう。だから雪乃は正直に答えた。

 

「その、相模さんのことで…………」

 

 

 

 話を聞き終えると2人が同じ顔をしていた。

 

「さがみん酷い!! こっちの手伝いに良く来るから大丈夫ってみんな心配してるのに、そのときは『大丈夫、大丈夫! 順調だから』って言ってたのに」

「まさか自分でやると言っといて自分で放棄するなんて………最低だね、アイツ」

 

雪乃が倒れた理由が相模 南にあると知って怒る結衣と沙希。

何せ委員長自らが率先して仕事を放棄しているのだ。あり得ないことが起こり、そしてその尻ぬぐいが全て雪乃がすることになり……彼女の負担が大きくなってしまった。

確かに彼女は文化祭実行委員だ。そして奉仕部でもあり、その依頼を達成するために努力を惜しまない。

だが、その依頼も本人のやる気があってのものだ。

やる気もない人間の依頼を叶えるほど、奉仕部の人間は暇ではない。

だが、文化祭実行委員としては仕事をしなくてはならない。

その板挟みにあいながらも彼女はサボる相模に変わり指揮を取り、膨大な量の書類を一人で裁いていった。

その結果………パンクした。

元々皆でやる仕事なので本来ならこのようにならない。

だが、周りを纏めるべき委員長が率先して仕事をサボるということに他の実行委員の士気も下がってしまい、仕事の効率が下がり挙げ句は他の実行委員もサボるという事態になった。

その結果が全て雪乃へと集まったというわけだ。

一人で熟すのは大変なのに、彼女はそれでも頑張った。意地もあったが、それ以上に八幡達に迷惑がかからないようにしようとしたのだ。

結衣も沙希も文化祭の準備で頑張ってる。八幡はアルバイトと学業の両立に苦労してる。

なら、そんな忙しい友人の負担になってはいけないと考えるのは当然ではないか。

だからこそ、一人で何とかしようと思ったのだ。

そうしてこうなってしまったわけだが。

 

「そうか………まったく、頑固な奴だな、お前は」

 

話を聞き終えて怒る二人とは違い、八幡は少し呆れつつも、どこか優しげな苦笑を浮かべながら雪乃の頭を優しく撫でていた。

 

「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

頭を撫でられた雪乃は当然驚き顔を赤くするのだが、撫でられている感触が気持ちよいのか目を細めて身を任せてしまう。

そんな雪乃の様子を見ながら撫でる手を止めずに八幡は彼女に語りかける。

 

「もう少し俺達を頼ってくれ。皆奉仕部でお前の仲間なんだ。仲間が大変なら助けるのは当然のことなんだからな。まぁ、俺は役立たずだがね」

「そ、そんなこと………ないわ。比企谷君がいれば、きっと………」

 

そこから言葉はでな。ただ、雪乃にとって撫でてくれる感触が心地よくて顔が熱いのに嬉しい。

きっと今の雪乃の顔ははしたない顔になっているのだろう。いつものキリッとしたクールな彼女はその場におらず、ここにいるのは久しぶりに他人に甘える女の子だった。

多めに見るとはいえ、それでも羨ましいと雪乃と八幡を見つめる結衣と沙希。

なので少しでもそんな気持ちを和らげるべく、結衣は八幡に質問した。

 

「ねぇ、ヒッキー。もしだよ……もし、私が風邪とかひいて学校休んだら、その時はお見舞いに来てくれる?」

 

上目遣いに見つめてくる結衣。その顔は何かを期待している。

そんな瞳に見つめられ、その意味を理解しなくても八幡は当然のように答える。

 

「当たり前だろ。お前が休んだってちゃんと見舞うよ」

「そっか…………えへへへ」

 

答えに満足したらしく嬉しそうに笑う結衣。

 

「わ、私の時は、その…………」

 

そんな結衣が羨ましいのか、恥ずかしさもあって小さな声で同じ事を問う沙希。

沙希のそんな様子に八幡は呆れつつも優しさの籠もった苦笑を浮かべる。

 

「お前等はどれだけ人をロクデナシにしたいんだ。川崎でも同じだよ。友達が大変なことになってるんだ。助けてあげたいって思うのは当然だろ」

「…………そっか………」

 

友達という言葉に少しだけがっかりしつつも、八幡にとって友達というポジションがどれだけ重要なのか分かりつつある沙希は嬉しくて顔がニヤつきそうになるのを堪えた。

しかし、その顔は誰がどうみてもバレバレな乙女の顔だった。

 

「…………たらし………」

 

そんな二人の様子を見て八幡にそっとそう呟く雪乃。

その顔はジト目であり不機嫌そうであったが、嬉しそうな二人を見て仕方ないかと諦めた。

 

 

 

 さて、そんなデレデレな雰囲気であったわけだが、流石に気まずさを感じ八幡は話を元に戻す。

 

「とりあえず事情ははわかった。雪ノ下は三日ほど休め」

 

その結論に当然雪乃は不満を感じ抗議する。

 

「そういうわけにはいかないわ。明日には仕事をしないと追いつかないから」

 

勿論その言葉が通るわけがなく、結衣と沙希がその発言を潰す。

 

「駄目だよ、ゆきのん。ちゃんと治さないと」

「そうだよ。そう言って無理してこうなったんだから。大人しくしときな」

 

二人の言葉に言いよどむ雪乃。そんな雪乃に八幡が更に追撃を掛ける。

 

「どのみちその顔色だとまだ全然回復してないだろ。今行って無理しても直ぐに倒れるだけだ」

 

その言葉に観念するように脱力する雪乃。この3人にこう言われては抵抗出来ないとなんとなくわかってしまったからだ。

だから仕方なく、それでいて甘えさせてもらうことを申し訳なく思いながら雪乃は3人に言った。

 

「わかったわ。申し訳ないけど少しだけ休ませてもらいます」

 

その言葉に嬉しそうに頷く結衣と沙希。

そして八幡が雪乃を安心させるべく若干の怒りを含めながらこう言った。

 

「お前の仕事は俺が引き継ぐから安心しろ。ちゃんとその『責任』を果たしてもらうからな」

 

その言葉が誰に向けて言われたのか分からないが、雪乃は八幡のその言葉で肩に籠もっていた力が抜けるのを感じ、根拠もないのに安心した。

 

 八幡に任せれば絶対に大丈夫だと、何故か思ったから。

 

 

 

 翌日の放課後。

教室で友人とお喋りをしながら楽しそうに笑っている相模 南に八幡はズンズンと近づいた。

 

「おい」

「!?」

 

八幡の接近に気付かない相模は八幡に声を掛けられてやっと気づき、肩をビクッと震わせる。

 

「な、何よ………」

 

急に声を掛けられたことに警戒心を露わにする相模。

そんな相模に八幡は表情を一切変えずに問いかける。

 

「文化祭実行委員はいいのか? アンタ、実行委員長なんだろ」

 

その問いに相模はそのことかとつまらなさそうにしながら答えた。

 

「別に私が行かなくて『優秀な雪ノ下さん』がいるし。彼女に任せておけば大丈夫でしょ」

 

その答えを聞いて八幡はそうかと言う。

別に言葉の意味自体に間違いはない。

確かに彼女よりも雪乃の方が優秀だ。彼女に任せれば万事問題なしだろう。

だが………それとこの『責任』とはまったく関係がない。

 

「だが、それはお前が仕事をサボって良い理由とはまったく関係がない」

「ちょ、何、いきなり!? 引っ張らないで!」

 

八幡は何も言わずに相模の右手を掴み、強引に引っ張り歩き始めた。

その事に当然騒ぎ出す相模だが、そんな事など知ったことないと言わんばかりに八幡は無視する。

セクハラだの訴えてやるだの何だのと喚き立てる相模だが、八幡は気にすることもなく相模を強引に引きずる。

抵抗する相模は寧ろ別の意味で驚く。何せ自分をこうも易々と引きずるのだから。普通、高校生男子が女子をまるで物のように引きずるにしても、もっと大変な事になる。人間が気絶もしていないで抵抗するのだから、もっと困難なはずなのだ。

だというのに八幡にはそれがない。まるで車か何かに縄で繋がれて強引に引っ張られてるかのようになっているのだから。車は例え人間が抵抗しようとも動きに支障はない。その馬力を存分に振るい、矮小な存在など無視して前に進むだけだ。

だから相模は何の抵抗も一切無視されて引きずられていく。

当然周りからの視線が集まる。好奇心と奇妙なものを見た時の視線だ

そんな視線に晒されて相模は恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にする。

だが、それでも……いや、この男その程度では止まらない。

 

「さぁ、実行委員長としての責務を全うしてもらうぞ。なぁ、委員長」

 

そう言う八幡の瞳は残虐な光を宿し、顔は嘲り笑っていた。

 相模はその顔を見て絶句するしかなかった。

 



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第67話 俺は彼女に甘えられる

ゆきのん可愛いですよね~。


 放課後の会議室。

そこは本日も文化祭実行委員が使用としている。

いつもならそれなりの緊張を孕んだ空気だが、本日はそうではない。

何せ実行委員会のまとめ役である委員長がいない……のはいつもの話なので問題がないのだが、その代わりに実行委員会をまとめ上げていた才女『雪ノ下 雪乃』が欠席なのだ。

理由は皆知らないが、顔色の悪さなどから体調を崩したのは容易に想像出来た。

だからこそ、まとめ役を失っている実行委員会は戸惑いを隠せない。

何をして良いのか、何をどうすればよいのか分からない。

そんな行く先が真っ暗な状況に投げ出され、皆不安に駆られていた。

 そのあまり宜しくない雰囲気の中、突如として扉が開いた。

当然そこに皆の視線が集まるのだが、入ってきたものを見た途端に皆その状況に思考が追いつかず唖然としてしまう。

 まず最初に入ってきたのは見知らぬ男子。顔は端正だが目が酷く淀んでいる所為でせっかくの魅力が全て台無しにされている。

そんな男子がぐいぐいと引っ張り混んできたのは、彼等彼女等が見知った人物………文化祭実行委員長の相模 南だ。

彼女は皆から集まった視線を感じて恥ずかしいやら怒りやらで顔を真っ赤にして引っ張ってきた男を睨んでいる。

そんな視線なぞ気にすらならないと言わんばかりに男はズンズンと歩き、皆の視線が集まる中央の座席の前までやってきた。

 

「急な話だが雪ノ下は来れない。だから臨時で2年F組、比企谷が変わりを代行させてもらう。アイツに比べると不安が拭えないようだが、そこはここにいる『委員長』がちゃんとしてくれるはずだ」

 

軽い自己紹介をして皆の前に相模を差し出す八幡。その様子は下手人を捕まえてきたか岡っ引きのようにも見える。

差し出された南は皆からの視線を受け、それまで仕事をサボってきた負い目か顔を青くしていた。

 

 

 

 そして八幡代理によって始まった実行委員会。

八幡はそれまで雪乃が使っていた資料の山を手早く読み、大体の進行状況を把握して指示を出す。

 

「宣伝用のホームページの更新を急いでくれ。出来れば今日中にアップロード出来ればいい。最悪でも明後日までに出来ていなければ支障を来たす」

「まだ全てのクラスが出し物の詳細を報告して来てないようだ。それが判明しない以上全ての領収書を通すわけにはいかない。至急この出してないクラスに出向いて詳細を出すように言ってきてくれ。渋ったりするようなら出店を見直すことも辞さないと言えば無理にでも出すはずだ」

「ここの進行状況が遅い、急いで済ませてくれ。ここが終われば次があるんだ。一々待っていては切りがない。担当者は多少の無理をしても間に合わせてくれ。手段は問わない」

 

「「「はい」」」

 

八幡の指示に実行委員達は若干顔を青くしながらも従順に従っていく。

最初こそ大丈夫かと訝しがられたが、その指示の的確にして雪乃よりも苛烈な対応に皆感心した。

怖いが判断は正しく、まさに今の現状を改善するのに八幡は絶対に必要だと。

有能なトップがいればそれだけ下も活発に動く。故に彼等は八幡の指示に従いテキパキと仕事をし始めた。

そんな彼等を見つつ、八幡は手元にあるノートPCを高速で打ち込み書類をさっさと作りつつ隣に座る相模に紙の束を渡した。

 

「それを一枚ずつ確認して受領の判子を押せ、委員長」

「はぁ!? なんでウチが!」

 

それまでリーダーのように指示を出していた八幡が突如として自分に仕事を振ってきたことに反感を抱く相模。

そんな相模に八幡は目を向けずにその理由を説明する。

 

「何でも何も、そいつは文化祭実行委員長の仕事だぞ。お前がやらずに誰がすると思っているんだ? それにな、俺が今さっき出した指示は全部お前が出すべきはずのものだ。進行状況を把握していれば誰だって考えられるレベルの事だぞ。それすら今まで出来なかったのは、そいつにやる気がないだけだ」

「くぅ~~~~~~!? わ、わかったわよ、やればいいんでしょ、やれば!」

「ちゃんと一枚一枚中身を確認してから押せよ。出ないと後々ボロが出るからな。文化祭で名を残したいんだろ? 不名誉は残したくないんなら真面目にやっておけ、今までお気楽脳天気にサボりまくっていた委員長」

「っ~~~~~~~~~~~!?」

 

八幡に神経を逆撫でられて相模は逆キレしつつ渡された仕事をやり始めた。

その様子を見て皆が同意すると共に思う。

 

(((((この代理の前ではちゃんと仕事をしよう。でないと怖い目に遭いそうだ)))))

 

そう思わせるぐらい、八幡の仕事ぶりは別の意味で酷かった。

学生らしい遊びなど一切排除し、敏腕サラリーマンですら裸足で逃げ出すほどに計画的。その上書類不備なクラスには直ぐに出すよう勧告し、聞き入れられなければどこのヤクザだと言わんばかりに悪質な嫌がらせを平然と指示する。

雪乃の代理に来た人は、雪乃以上に苛烈で悪辣な人間だった。

だからこそ、皆その怖さに怯えつつ仕事を行っていく。

必然的に悪役のようになる八幡だが、皆その矛先を向けられたくないために必死になるので進行速度は寧ろ今までの遅れを取り戻して有り余るほどに速い。

目立ちたくない彼にしては珍しく目立つことになったが、それ以上に恐れられることになった。

だが、そのことに八幡は後悔していない。

ただ考えていたことは一つ。

 

『雪ノ下が帰ってくるまでに作業を規定以上に終わらせる』

 

彼女が倒れてしまったことに己の不甲斐なさと怒りを感じつつ、八幡は仕事に没頭した。

そして委員長は八幡の監視の下、無理にでも仕事をさせられることになった。

 

 

 

 雪乃はその日、文化祭の仕事を考えつつもベットで横になっていた。

本音で言えば無理をしてでも行くつもりだったが、八幡が見立てた通りに3日は休まなければならないことに。

あの後風邪気味だったのが悪化し、あっという間に熱を出した。

元からあまり体が強くない雪乃は微熱とはいえそれでダウン。彼女は自分の病弱さに己を呪った。

そんなわけでふて寝というわけではないが、仕方なくベットで横になる彼女。

そんな彼女に突如として来客を知らせるベルが鳴り響いた。

 

「誰かしら?」

 

そう呟きつつ出ることにする雪乃はそこで予想通りな、だが予想通りなことが恥ずかしくて赤面してしまうような相手を見た。

 

『今大丈夫か、雪ノ下?』

「ひ、比企谷君!? そ、その、ちょっと待ってくれないかしら!」

 

八幡にそう言いながら雪乃は慌てながら部屋を片し始める。別に部屋は散らかってなどいない。単純に気持ちの問題だ。

少しだけでもいいから片付けを終えた雪乃は八幡に来訪理由を訪ねる。

 

「それで、どうして来たのかしら?」

『どうしても何も見舞いに決まっているだろ。まだ体調が悪い奴を心配することは当たり前だ。それも……自分の体調を考えずに突っ走りそうな奴なら尚更な』

 

そう言われ嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を紅くする雪乃。

八幡が自分のことを理解してくれていることが嬉しい。心配してくれることが嬉しい。

でもそんなふうにバレてしまっていることが恥ずかしい。

そんな乙女心に彼女は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くて仕方ない。

このやり取り、前もあったがまったく懲りないのか雪乃は恋する乙女全開だった。

そんな雪乃から許可を得た八幡は前回と同じようにエレベーターを乗って彼女の部屋まで来る。

そして部屋に八幡を招き入れた雪乃はパジャマに肩掛けという格好で八幡を出迎えた。

 

「いらっしゃい、比企谷君」

「邪魔するぞ、雪ノ下」

 

八幡にそう声を掛けつつ雪乃は彼をリビングに案内する。

案内された八幡は軽く雪乃に話しかけながら彼女の体の調子などを訪ね、雪乃はそれに対し素直に答えた。

 

「そうね……少しばかりだけど微熱があるわ」

「ちゃんと寝てないと駄目だろ、それは」

 

そう言われ、少しだけ強引にソファに寝かされる雪乃。

八幡自身も彼女の寝室に入るのはまずいと判断したからこその妥協案。

多少強引だが、そこがまた男らしいと少しばかり駄目な考え方になる雪乃はソファで仰向けになりつつも八幡を見つめる。

そんな雪乃に八幡は持ってきた手土産を彼女の前に出した。

 

「丁度良かったのかは知らないが、カップアイスを買ってきたんだ。安い奴だが文句は言うなよ」

 

その事に文句など雪乃にはない。

だが、ここで彼女の頭は少し……いや、かなりおかしな事になっていた。

現在の状況………意中の男子と二人っきり。しかも邪魔をするような存在の可能性無し。

自分の状態………微熱とはいえ少し倦怠感があり頭がボーっとする。

相手の土産………スプーンが必要な『カップアイス』。

 

結果………少女漫画にありがちな展開。

 

本来の彼女ならそんなことなど考えない。

だが、今では結衣や沙希、小町と仲良しな雪乃だ。女の子らしい『あれこれ』にも興味があり、それ故に影響される。

彼女はこれからする『お願い』に顔が熱くなるのを感じる。耳まで熱く、きっと鏡を見れば真っ赤になっているだろう。

だが、せっかくのこの時を、彼女は八幡と過ごしたいと強く思った。

だからこそ、震えそうになる体を何とか押さえつけ、喉から絞り出すように八幡に問いかけた。

 

「ね、ねぇ、比企谷君………前にその……言ったわよね?」

「何をだ?」

「ま、前にお見舞いに来たとき、その……甘えていいって……」

「ああ、言ったな」

 

その言葉を聞き、雪乃は目が潤みつつあるのを感じつつも八幡の顔を見つめる。

その様子は自然な上目遣いとなっていた。

そして彼女は自分でも驚くくらい甘い声を出した。

 

「だからね………その……アイスを食べさせて欲しいの……貴方の手で………」

 

それがどういう意味なのかなど、いくら鈍感な奴でも分かるだろう。

そのお願いに潤んだ瞳で上目遣いに甘える雪乃という『可愛すぎるギャップ』に八幡は………正面から顔を見れなくなってしまった。

ただ、この室内はきっととてつもなく甘い雰囲気によって満たされているということを二人は気付かないでいた。



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第68話 俺は彼女に食べさせる

ダンまちの方に集中しすぎてすっかりスランプ気味です。
少しでも雪乃が可愛く見えれば嬉しいなぁ。


 八幡はこの事態に対し、どうして良いのか反応に困った。

目の前にいるのは未だに風邪が抜けきらない雪乃。そんな彼女が自分が差し入れたアイスを手に持って上目遣いで潤んだ瞳を向けてきた。

美人に可愛いが加わってまさに最強な状態の雪乃。恋愛方面に鈍い八幡でもその愛くるしさには直視出来ない。

それはまだ良い。問題なのはその願いに対し、自分がどう返せば良いのかということだ。

願い自体は簡単なものだ。することは単純だし、その行動自体は妹の小町が風邪をこじらせた時にしてあげたこともある。だからするのに問題は無い。

だが、それはあくまでも身内だからこそ気楽なのであり、流石に年頃の女の子にするのは気恥ずかしいものがある。

だから当然八幡は顔が熱くなるのを感じた。気恥ずかしいし、直視出来ないくせに目の前で顔を赤くしている雪乃から目が離せない。

そんな八幡の視線を感じ取り、また自分が言ったことが如何に恥ずかしいことなのかを改めて考えてしまい、雪乃の顔は熟したトマトのように真っ赤になる。

 

(や、やはり恥ずかしいわ! それに何より、『私らしくない』)

 

自分のキャラと言えばクールで完全無欠の美少女と彼女は捕らえている。

そんな人物がこんな甘い事を言うわけがない。自分がそんな甘い事を言ってしまったことに彼女は今更ながらに羞恥で押しつぶされそうだった。

と、本人がそんなことで内心悶えているわけなのだが、実際に周りからは

 

『クールっぽいけど実は少し抜けてて優しく猫が大好きな可愛い女の子』

 

と思われている。特に結衣や沙希からは。

何せ猫を見て顔が締まらなくなっている雪乃を何度も見ているのだ。今更完全無欠とは思われない。

周りからそう思われているとは知らない彼女は今のチャンスに悶える。

そんな雪乃は表面的には八幡を見つめたままの状態であり、いつまでもそうしているわけにはいかない。

八幡はそう決意し、彼女の目を見ながら答えた。

 

「あぁ、わかった」

「ッ!? い、いいの………」

 

自分で言っておきながらその答えが信じられないのか、雪乃は八幡にそう聞き返してしまう。

そんな雪乃に八幡は何故だかおかしくて苦笑した。

 

「いいも何も自分からお願いしてきたんだろうが」

「そ、それはそうなのだけれど……………」

 

まさか受け入れてもらえると思わなかったのか、もしくは嬉しくてどう反応して良いのか、雪乃は真っ赤な顔で俯く。

その様子がまた普段よりも可愛らしく、見ていて八幡は頬が熱くなるのを感じた。

 そして八幡は雪乃に向かい合う形で椅子に座り、自分が買ってきたアイスの蓋を開け、木べらで中のバニラアイスを掬うと雪乃に向けて差し向ける。

 

「ほら、口を開けろ」

 

八幡のその言葉にこれから先に行うであろう行為を想像し頭から湯気を立ち上らせる雪乃。今更ながら恥ずかしくて、ついつい反抗的な態度を取ってしまった。

 

「あ、貴方は随分と普通にするのね! 恥じらいという物がないのかしら? それとも私が口を開けて待つ光景に邪な感情を抱くんじゃないかしら!」

「いや、お前がしてほしいと言ったんだろ。それに恥も何も、病人看護にそういうのは気にしちゃ駄目だろ。人の善意を疑いすぎだっての」

 

八幡の答えに雪乃はしまったと思い黙ってしまう。何せその答えはもっともなことであり、寧ろ自分で自爆しているに他ならない。

それと同時に内心である突っ込みを入れてしまう。

 

(も、もっと、その………年相応のエッチな妄想をしなさいよ!………は、私ったらなんてことを、そんなはしたない………べ、別に私はエッチじゃないわよ)

 

そんな事を考えてしまい顔を更に赤くする雪乃。彼女は年相応に妄想してしまいそれが頭から離れない。そんな自分に嫌悪し否定するが、それは誰の耳にも届かないものだ。

そんな雪乃の様子によく分からない八幡は彼女に口を開けるように促す。

 

「あまり待たせると溶けるぞ。ほら、あーん」

 

そう言われ雪乃は目の前で溶けかけてしまっているアイスを見て遠慮がちに口を開けた。

 

「あ、あ~~~ん……………」

 

小さい口が開き、中には赤い舌が艶やかに蠢く。

その様子は少しばかり淫靡であり、八幡も内心ではドキドキしてしまう。

だが、それを知られるのは気恥ずかしくて表面には出ないようにする。

そう心がけながら手に持つアイスを雪乃の口に優しく入れてあげた。

 

「ん……」

 

口に入る冷たいアイスに雪乃は目をきゅっと瞑ってしまう。

甘いはずなのに甘さはまったく感じられず、彼女の胸はドキドキと高まり過ぎて平常心を保てない。薄目を開けてみれば目の前にいるのはいつもより優しい眼差しをした八幡の顔。その視線が自分だけに向けられていることがたまらなく嬉しくて、胸が温かくてどうしようもなく幸せを感じてしまう。

そんな雪乃の顔は真っ赤だがどこか嬉しそうな顔であり、八幡は彼女の顔を見てアイスが美味しかったのだと判断した。

なので次の分をあげようと思うのだが…………。

 

「雪ノ下、流石にこのまま咥えられてたんじゃ次の分が掬えない」

 

未だに木さじを離さず咥えている雪乃にそう言う八幡。

そう言われ、雪乃は自分が間抜けな姿を晒していたことに気付き慌てて口から木さじを離す。

 

「ご、ごめんなひゃい…………うぁ~~~~~………」

 

挙げ句は謝罪を咬み、恥ずかしくて真っ赤に有りながら唸ってしまう。

そんな姿が普段から見られないだけに新鮮で可愛らしく、八幡は優しく微笑んでしまう。

 

「落ち着け雪ノ下。前も言っただろ、甘えろって。だから落ち着いてゆっくり食べろ。まだアイスはあるんだからな」

 

その笑顔があまりにも優しいものだから、その瞳がいつもと違いまったく濁っていないから、雪乃は八幡を見つめてしまった。

彼のその優しさを独り占めしていることに若干の罪悪感を感じるが、それが余計に刺激となり、一種の背徳感を感じさせる。

そういったものも感じたが、何よりも幸せを感じた。

二人っきりで彼の優しさを唯一向けてもらえることが嬉しい。

だから雪乃はいつもより少し大胆になった。

具体的にはクーデレだったのがデレデレになった。

見た目的には変わらないが、内心は猫を相手にしている以上にふやけてしまっていた。

 

「う、うん………その、もっと………ちょうだい」

 

若干幼さを感じさせる声音にドキッとしてしまう八幡。何やら妖しげな雰囲気を感じなくもないが、それを振り払うように八幡は再び木さじでアイスを掬う。

 

「ほら」

「あ~~ん………んふふふふ」

 

真っ赤になって恥ずかしがりながらもどこか幸せそうな雪乃。

 そんな雪乃を見て八幡は見舞いに来て良かったと思った。

 

 

「そ、その…………背中を拭くのを手伝ってもらいたいの」

「なっ!?」

 

その後爆弾が爆発するとはこのときは思ってもいなかった。



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第68話 俺は彼女の背中を拭く。

仕事が忙しすぎてスランプに。
そしてもう一つのダンまちの作品の影響で頭が島津脳になってしまいラブコメが書けない。
マジでどうしよう………あぁ、手柄を立てればよいのか(狂)


 甘えていいと言った。

八幡が彼女にそう言ったのは、常日頃人に甘えるということをしないからこそこういうときは頼って欲しいと思ったからだ。

雪ノ下 雪乃という女の子は成績優秀容姿端麗という非の付けようがない美少女だ。その事は総武高の全生徒が知っているといっても過言ではない。

だが、そんな彼女が実は不器用な性格で可愛い物が好きな女の子だということは八幡達しか知らない。八幡達だけがより『雪ノ下 雪乃』という少女を周りの人間よりも理解していると言ってもいい。

 だからこそ、甘え下手な彼女にはこういった機会に少しでも甘えて欲しいとそう思った。

そう思ったのだが、これは……………流石にどうなんだろうかと、八幡は思わずにはいられなかった。

 それはアイスを食べさせてあげた後のことだ。

八幡はこれ以上いても雪乃に迷惑がかかるだろうと判断しお暇しようとした。

 

「それじゃぁそろそろ俺はか……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

帰ろうとしたら雪乃に待ったの声を掛けられる八幡。

彼女の方を見ると真っ赤な顔で何やら焦っている様子だ。

だから八幡は雪乃が何を言うのかを待つ。

八幡に待ってもらっている雪乃はというと、頭の中がグルグルと回っていた。

 

(呼び止めてしまったけど、どうしよう………)

 

特に考えてなどいなかった。

ただもっと八幡と一緒にいたいと、八幡の姿を見ていたいと、そう思ってしまったのだ。

絶対に認めたくはないと彼女本人はそれを否定するだろうが、それでも彼女は心の奥底でそう思ってしまった。

 

(せ、せっかくのチャンスだし、彼だってもっと甘えていいって言ってくれているし………それにここで少しでもリードしておかないと……卑怯だとは思うけれど、それでも…………私は!)

 

沸騰しそうな頭で必死に考え抜く雪乃。その脳裏にはこの『嬉し恥ずかしい状況』をより甘受するべきか、自身の不甲斐なさが招いた結果を利用することへの卑怯が駆け巡る。両者とも彼女にとって重要なことであり、卑怯を許せない正義心と恋する乙女としての甘えたい心が競り合う。

その結果勝ったのが……………。

 

「も、もう少しゆっくりしていってもいいんじゃない? 貴方も少し疲れている顔をしているようだし」

 

勝った方の心によってより前に踏み出す雪乃。

考えてみれば今更なのだ。この状況を利用し八幡に既に一回甘えてしまっているのだから、今更それが卑怯だ何だというのは遅いだろうと。

そうと決まれば話は早く、雪乃は不器用ながらも八幡にアタックをかけることにした。

 

「別に疲れているわけじゃないんだが………」

 

呼び止められた理由がとっさに出た出任せだということを八幡はとっさに察していた。

こう言ってはなんだが、一般人に気付かれる程に面の皮は薄くない。敵に対して不利な情報を与えるような甘いことなど八幡は絶対にしない。だからこそ、顔は常に無表情に近く目が濁っているのだ。まぁ、目の濁りはどうしようもなく天然だが。

だからこそ分かる。雪乃が自分の疲労具合を察しているわけではないということが。

そうなれば何故そんな事を言ったのかということなのだが、それは真っ赤になっている彼女の顔を見れば直ぐに分かることであった。

 

(まぁ、アイツにしては珍しく甘えたみたいだからな。もっと甘えたいんだろ)

 

妹に甘えられることがある経験からそう判断した。顔が真っ赤なのは甘える事への恥じらいからだろうと思いながら。

 

「ならもう少しお邪魔しようか」

 

そう答え再び雪乃の前にくる八幡。

八幡がまだいることにホッとしたようで嬉しいのか、表情を緩める雪乃。

 そこまでは良かった。だが、問題はここからである。

休めと言われても特にすることがない八幡と、呼び止めたは良いが何を頼めば良いのかわからない雪乃という構図が出来上がってしまったのだ。

その所為でどうにも気まずい二人。これでは休むどころか気疲れしそうだと八幡は思うが、雪乃の様子から帰るのはまだ無理だと思いこの場に止まる。

雪乃の方は八幡にどう甘えようかといつになく必死に考えていた。

今まで甘えるということを親にさえしてこなかった彼女である。人にどう甘えればよいのか、また如何に八幡に自分のことを意識してもらえるのかなどを考え、そして年相応の事を考えては顔から湯気を噴き出す。

その様子は見ていて微笑ましいものがあるが、同時に可愛いと思ってしまう。

気まずいが見ていて飽きない………そんな雰囲気に包まれていた。

そして彼女が出した答えが…………。

 

「そ、その…………背中を拭くのを手伝ってもらいたいの」

 

何故こんな答えが出たのか、言った本人ですら分からない。

当然その答えに戸惑いを見せる八幡。雪乃はと言えば、もう倒れるんじゃないかというくらい顔を真っ赤にして破れかぶれに近い言い訳を捲し立てる。

 

「そ、その、まだ熱があるからお風呂に入れないので身体を拭くのだけど、流石に背中とかは手が行き届かないから、それでお願いしたいのよ!」

「いや、それは流石にどうかと思うんだが。そういうのを異性に頼むのは駄目だろ、普通」

 

雪乃の要望に流石に駄目だろと突っ込む八幡。いくら彼が歳不相応な精神をしていても異性に対してはそれなりに反応するのだ。そんなことをすればどうなるのかなど彼自身ある程度わかってしまうだけに断るしかない。まぁ、襲いかかるなんてことは絶対にしないだろうが。

八幡のそんな突っ込みに対し、雪乃は自覚はしていないが、瞳を潤ませながら八幡を見つめた。

 

「あ、貴方が言ったんじゃない、甘えろって…………駄目?」

 

まさに必殺の破壊力を秘めたお願い。

それを受けて断れるのは絶対に不能か同性愛者の変態くらいな者だろう。

 

「……………お前が文句なければいいよ」

 

その両者ではない八幡は当然のように折れた。

自分の言った手前、その約束を守らないわけにもいかない。

それが彼女の願いだというのなら、彼女が自分を頼って甘えてくれるというのなら、それを受け入れるのは言った者の責任だと。

そう思い決めた八幡に対し、雪乃はというともう何が何やら、頭から湯気を噴き出しながらあたふたとしていた。自分で言っときながらこうまですんなりと通るとは思わなかったのだ。

 そしてあっという間に行動は実行されることになり、電子レンジで温められ人肌よりも温かいタオルを渡される八幡。

 

「ど、どうぞ……………」

 

雪乃はそう言いながら八幡に背を向け着ていた寝間着の上着を脱ぎ下着を外し髪が邪魔にならないように掻き上げる。

現れたのは彼女の名にもある雪のように真っ白な背中。掻き上げた髪から覗くうなじは艶気を感じさせる。

その姿に八幡は珍しく頭がクラクラとした。

初めて見る女性の背中。妹の背中とは違う『女の子』の背中。それは少々どころでは済まない程に刺激があった。

いつまでもそうしているわけにもいかないし、速く済ませたほうがこちらの精神衛生的にも絶対に良い。

だが、どうにも目が離せない。

その視線を感じ取ったなのか、雪乃は顔が熱くなるのを感じながら消え入りそうな声で八幡に話しかける。

 

「ひ、比企谷君、早くお願い………恥ずかしいわ」

「す、すまん」

 

雪乃に言われてやっと八幡は動き出す。

渡されたタオルを使い、絹のように美しく染み一つない真っ白な背中を拭こうとする。

 

「んぅ………」

 

タオルが触れた瞬間、雪乃からそんな小さな声が漏れた。

小さな声だというのに、それにはあまりにも艶気が強い。その所為で八幡はドキドキが更に加速してしまう。

それでもと彼女の背中を傷付けぬよう丁寧にタオルを動かす。

 

「ん………くッ………はぁ………」

 

雪乃の口から漏れ出す喘ぎ声。それが八幡の精神をゴリゴリと削っていく。

お互いに思ったことは一緒だった。

 

((どうか、このドキドキが相手に伝わりませんように…………))

 

 

 

 こうして雪乃は八幡に甘え、ある意味彼女の願い通りに背中を拭いてもらい自分を意識してもらえたと恥ずかしいが喜んだ。

それを露わにしたのは八幡が帰った後。

 

「どうしよう…………恥ずかしすぎて寝られないわ」

 

その後、雪乃は嬉しいやら恥ずかしいやらでベットの上でバタバタと暴れ全く眠れない夜を過ごすことに。

尚、八幡は普通に寝ていた。

理由は……………。

 

『いついかなる場合でも休息を取るのは必要なことである。精神的に動揺していても、冷静に対処し時に思考を放棄しても休め』

 

そんな言葉がこの業界にはあるからである。



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第69話 俺の文化祭は楽しくない

スランプにもう一つの作品への集中、そして最近になって海外のゲームで鹿とか狩るやつの古い方に熱中してしまって筆が全く進まない。でも頑張って萌えを書きたい所存です。


 雪乃の体調も無事に戻り、彼女は再び文化祭実行委員会の仕事へと戻る。

戻った彼女はそれまでの遅れを取り戻すかのように仕事を熟していく中、八幡はといえば彼女の手伝いをする………ということはなく、彼は実行委員会から距離を取った。

別に雪乃が八幡と顔を合わせる度に頬を紅くして恥じらいながら見つめてきて気まずいからだとか、それを見た結衣と沙希が不機嫌になってジト目で八幡を追求してくるからだとか、そういうわけではない。当初の目的である『雪ノ下が帰ってくるまでに作業を規定以上に終わらせる』が済んでいるからだ。

つまり居ても意味がない。目的が達成された以上、部外者である自分がいて良い道理などないからである。まぁ、雪乃は居て欲しかったようだが、意地っ張りな彼女がそれを口にすることはなかった。

そして時間はあっという間に過ぎ……………。

 

 

 

 『開演三分前、開演3分前』

 

雪乃が耳に付けているインカムから実行委員の男子の声が入り、彼女は周りに居る実行委員達に指示を出して開演への準備を整えていく。

実行委員やその他の委員、オープニングセレモニーの出演者などが忙しくなく動く中、八幡はといえば一応は出席しているようで体育館に来ていた。別にもうお役御免なのだからいる意味などないのだが、下手に抜けるとその後面倒な目に遭いそうだと判断したからである。

だからあまりにも覇気がない。いつものように濁った目でステージを見つめながらじっと立っていた。

そんな八幡と違い周りは大いに盛り上がりを見せており、開演を今か今かと待ちわびていた。

そして体育館全体が一瞬だけ暗くなり次にステージに照明が集中する。その光の先に居たのは一人の女性徒。ほんわかとした雰囲気と放つ可愛いという言葉が似合う美少女であった。彼女はこの学校の現在の生徒会長である。彼女は周りから集中する視線を一身に浴びながらも物怖じする様子なく笑顔で元気よく周りに向けて声を張り上げた。

 

「おまえらぁ、文化してるかぁ~~~~~!」

 

張り上げたというには可愛らしくて間延びした声。普通なら気勢を削がれそうな声だが、開演を待ち望んでいた若人達はそんなことは気にならないらしい。

 

「「「「「「おぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」

 

周りのノリに八幡はついて行けないと若干呆れる中、生徒会長は皆の反応が喜ばしいようでより笑顔になりながらさらに皆に問いかけた。

 

「千葉の名物、踊りと~~~~~~?」

 

その問いかけに周りが一斉に答える。

 

「「「「「祭りぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」」」」」

 

ハイテンションに盛り上がる生徒達。ある意味に於いて皆の心は一つになっているのだろう。

 

「同じアホなら踊りゃな~~~~~!」

「「「「「「シング ア ソォングゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」」」」」

 

その言葉を皮切りにBGMが鳴り響き、生徒会長がステージから下がると共に有志団体のダンスチームがステージに登場し自慢のダンスを披露し始める。

それらによって完全に文化祭が始まったことで生徒達のテンションは天井知らずに跳ね上がる。その中で八幡だけが呆れて冷めているのは若さがないからではないだろう、たぶん。

そして進んでくセレモニー。生徒会長が司会を務める中に実行委員会長からの挨拶というものがあった。

それによりステージに現れたのは今まで仕事をサボってきた相模 南である。彼女は八幡によって無理矢理仕事をさせられたが、雪乃が復帰したことにより再びサボり始めたのだ。その事に既に見限った雪乃は何も言うことはなく、八幡も気にすることもなかった。

そんな彼女は周りからの視線に緊張で身体を強張らせながら何とかステージ中央に立つ。

 

「みッ~~~~~!?」

 

最初の一声が緊張の所為で上ずり、更にマイクの不調かキンと甲高い声になって周りへと響き渡る。

その声に彼女自身の緊張が更に高まり彼女は放心しかけた。

それに拍車をかけるように笑い声が噴き出す。きっと面白い珍プレーをしたなという程度のことだろう。だが、笑われた彼女はそう思えなかった。一人っきりの孤独の中、自身の失敗を聞いて笑う彼等を彼女には自分の失敗する様子を見て嘲笑うようにしか見えない。

だからこそ凍り付く頭。真っ白になった頭は本来あるべきはずの挨拶の言葉を頭から消し飛ばした。

放心しかけている彼女に生徒会長が慌ててフォローに回り、それで何とか動き出した彼女ではあるが、それでも再びやらかす。慌ててカンペを取ろうとして手を滑らせてしまいカンペを落とし、その様子から再び笑いが噴き出す。

まさに恥の上塗りに彼女には感じられただろう。震える身体からはもうこの場の雰囲気に怯える様子しか見えない。だからなのか応援の声が上がるが彼女には逆効果しか生まない。

何とか拙い言葉で挨拶を始めた彼女ではあるが、その言葉を聞いていて八幡は冷めた目で相模を見ていた。

 

 

 

「ひ、比企谷……」

 

開演のセレモニーも終わり学校中が文化祭で賑わいで溢れかえる中、八幡は後ろから聞こえてきた声に振り返った。

そこに居たのは八幡が見知っている人物。ポニーテールがトレードマークの格好良くて美人で、それでも可愛らしい女の子。

 

「どうしたんだ、川崎?」

 

彼女、川崎 沙希に八幡はそう話しかけた。

八幡に話しかけられた沙希は顔を赤らめながらも八幡をじっと見つめる。

 

「そ、その………わ、私、クラスの出し物の方でもうやることないから、その………」

 

消え入りそうな程に小さな声。でも一生懸命さが伝わるその声に八幡は可愛いと思った。

そんな八幡の優しい視線を感じて沙希は決心したらしく八幡の目をしっかりと見つめながら結構大きな声で八幡に言う。

 

「私と一緒に文化祭、まわって下さい!!」

 

緊張のせいで何故か敬語になった告白。それを聞いて八幡は少しだけ笑ってしまった。

 

「お前は何というか、不器用だなぁ。でも、何て言うか………そこが可愛いのかもな、お前は」

「なっ!? 何言ってるのよ、アンタ! そ、そんなこと言うなんて…………」

 

八幡にそう言われ沙希は顔を真っ赤にして俯いてしまう。見た目からは信じられないくらい初心な彼女は八幡に可愛いと言われ、そのことに嬉しいやら気恥ずかしいやらで顔がにやけてしまいそうになるのを必死に堪える。

そんな沙希は当然の如く周りから視線を集めてしまうわけであり、彼女の様子からして暖かくもながら興味深々な視線が集まっていた。

それを感じそろそろ離れた方が良いと判断した八幡はとりあえず沙希の手を軽く取った。

 

「あまりこの場にいるのはまずい。注目されてるからな」

「え?」

 

繋がれた自分の手を見て再び固まってしまう沙希。

そのまま八幡に手を引かれゆっくりとだが歩き始めていることにやっと彼女の理解が追いついた。

 

「ひ、比企谷、その手、手、繋いでる………」

「悪いけど我慢してくれ。少しだけ離れるぞ」

「う、うん………(比企谷の手、私と違って堅い………やぱり男の人なんだなぁ…………)」

 

八幡に手を引かれている沙希は顔が熱くなっていて真っ赤になっていることを自覚したが、幸せを感じていた。

そんな沙希は八幡の歩みに従いゆっくりとこの場を離脱。そして少し歩いた後で改めて八幡は沙希と向き合った。

 

「あ~、それでさっきの申し出なんだが」

「………え、あ、何?」

 

八幡に手を引かれていたことに夢中になっていた沙希は八幡にそう声をかけられ少しばかり夢見心地な状態で何とか対応する。

 

「さっき言ってただろ、一緒にまわってくれって」

「う、うん………」

 

八幡の言葉にやっと理解が追いついた沙希は少し緊張しながら八幡を見つめた。その瞳には期待が籠もっている。

その期待を感じて八幡は少しばかり気まずい顔をしながら返事を返した。

 

「そのな、申し訳ないんだが………連れがいてもいいか?」

「え、連れ?」

 

八幡と二人っきりを期待していた沙希は八幡の言葉を聞いて落胆してしまう。せっかくのチャンス、二人っきりで文化祭をまわるという恋する乙女なら誰しもが憧れるイベント。それを断られてしまったというショックは計り知れない。

だが致命傷ではない。何故なら八幡の言葉を思い出してもらいたい。彼は『連れがいてもいいか?』と答えたのだ。一緒にまわるということに否定はしていない。

つまり二人っきりは無理だが連れと一緒にならまわることは出来るということだ。

まだ一緒にまわれるだけマシだと判断した沙希は仕方ないかと軽く溜息を吐くと八幡を軽く睨みながら問いかけた。

 

「べ、別にまわれるならいいけど。それよりその連れって誰?」

 

八幡の交友関係を詳しくは知らない沙希だが、概ね八幡の性格を知っているだけに友人が少ないことは分かっている。だからこそ、結衣でも雪乃でもない『連れ』とやらが気になった。もし女の子だったらと思うと胸がやきもきして仕方ない。

そんな沙希の胸中に気付く様子はなく八幡は答えようとしたが、その前に別の方向から声がかかった。

 

「あぁ、やっと見つかったぁ! ハチマン、校門前で待ってるって言ったのにいないんだから。お陰でアテ、疲れちゃたよぉ」

「よぉ、ハチ。改めて学校で制服姿のお前を見るが、何て言うか………ぶふっ、まったく似合ってねぇなぁ」

 

その声がした方向を見る沙希と八幡。

その先にいたのは二十代前半の格好いい男と真っ黒いゴスロリパンクな服を着た美少女にも美少年にも見える不思議な子供がいた。

その二人を見て八幡は疲れた溜息を吐きながら言葉を漏らす。

 

「静州にアリス………勝手に動くなって言っただろうが」

 

その言葉は沙希の耳には入らず、彼女は八幡のことを知っているであろう二人の新たな人物に視線を集中させるのであった。



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第70話 俺のお連れは疲れる奴しかいない

久々の投稿にスランプで書き方もすっかり忘れてしまった…………。でも萌えもみたい………(最近の作品に萌えが全くないため)


 職場の同僚二人が学園祭に来た理由、それは単純に面白そうだからの一言に尽きる。

単純にいじくりたいのだろう。止めたところでこの二人は必ず嗅ぎ付けてくるのだ。それを阻止することなどそれこそ彼等の上司しかあり得ない。

故に八幡はこの二人が来ると言ってきた際にもう考えることを止めて好きにしろと言った。

これがその結果である。

 

「ひ、比企谷、この人達は?」

 

現れた二人に対し沙希は若干物怖じする。何せ自分達よりも年上の男と正体不明の子供なのだ。それらと八幡との繋がりが見えないこともあって警戒してしまっているようだ。

そんな沙希に八幡は軽い溜息を吐きながら二人を紹介し始めた。

 

「こいつらは俺のバイト先の同僚。そっちのデカいのが雑賀 静州、それとそっちのどっちつかずの奴がアリスだ」

「よ、沙希ちゃん、おっひさ」

「どっちつかずじゃないよ~。アテはアテだっての」

 

八幡の紹介を受けて沙希に手をヒラヒラと振り二ヘラっと笑う静州。アリスは八幡に向かって頬を膨らませながらブーブーと文句を言っていた。

そんな二人を見て沙希は若干萎縮を緩めるが、静州の言葉に疑問を感じた。

 

「あの、私と会ったことってありましたっけ?」

 

沙希の反応に静州は残念そうに苦笑しながらおちゃらけた。

 

「あれ、覚えてない? あんなに熱い一夜を過ごしたのに」

「なッ!? そ、そんなことないから! 比企谷、絶対にないから!」

 

純情な沙希はそのからかいを直に受け止めてしまい顔を真っ赤にして否定する。そんな様子は普段の彼女を知っている者からすれば珍しく、可愛らしい。

そんな沙希を見て八幡は少しだけ笑みを浮かべつつ沙希を落ち着かせるべく静州にジト目を向ける。

 

「大丈夫だから落ち着け川崎。アレがお前がそうなるのを楽しんでるだけだから。そして静州、あまり川崎をからかうな。確かに会いはしたけど、あの時お前がしたのは酔っ払って川崎に絡んだだけだろ」

「え? え?」

 

八幡の言葉に沙希は戸惑い八幡と静州の二人を交互に見る。その様子を見ていたアリスは静州をみながらケラケラと笑っていた。

 

「ナンパ失敗してやんの~」

「うっせ」

 

馬鹿にされる静州を見つつ八幡は沙希に答えを告げた。

 

「ほら、少し前にバーで働いていたことがあっただろ。あの時に俺とアイツで顔を出した時があったの覚えてるか?」

「あ、あの時の………」

 

沙希はそのことでやっと思い出した。正確に言えば八幡と初めて会った時のことを思い出し、その時の八幡の姿を改めて思い出していた。

 

(あの時の比企谷………スーツ姿で格好良かったなぁ)

 

顔が火照るのを感じながら八幡に熱い視線を向けてしまう沙希。その記憶から静州のことはオマケ程度に思い出し、あっといった感じに呟く。

 

「あの時の酔っ払い………」

「そう、あの時の酔っ払いがこいつ。改めて悪かったな」

 

八幡の謝罪を聞いて沙希は少し慌てながら何とかフォローする。友人をそんな風に言う女の子では嫌われてしまうと思ったからだ。

そんな考えが直ぐに見て分かってしまう沙希はやはり可愛らしい女の子だろう。

八幡は苦笑しながら沙希に話しかける。

 

「別に川崎が謝る必要はない。こいつが酔っ払いなのはいつものことだからな。その度に尻ぬぐいする俺の身になって欲しいものだ」

「何となく分かるかも……」

 

八幡が苦労性なことは彼との付き合いで分かっているだけに今度は沙希が苦笑した。

 

「んで、アテがアリスだよ~。よろしくね、川崎沙希ちゃん」

 

今度はアリスがわざとらしいポーズを取りながら自己紹介を始める。それを聞いて沙希は若干警戒してしまった。何せ未だに自分は本名を言っていないのに言ってきたのだから。

それに対し八幡は疲れた顔をしながら沙希に答える。

 

「気にするな、こういう奴だ。こいつは調べ物が得意で大概のものは調べ上げる」

「何せお気に入りのハチマンの友達だからね~」

「お気に入り?」

 

その言葉に反応する沙希。目の前にいる『少女』なのかもしれない存在を警戒してのことだ。この言葉は場合によっては『自分の宿敵』になるかもしれないと。

それが分かっているからなのか、アリスはニコニコと笑った。

そんなアリスを見て八幡は呆れながら沙希に言う。

 

「言っておくがこいつはお『アテはアテさ!答えがどっちなのかはキミ次第、かな』」

 

その答えを言う途中にアリスによって止められてしまった。その答えが何であれ、沙希はアリスを見ながら火花を散らせ始めた。

そんな二人を見て溜息を吐きつつ八幡は歩き始め、静州はそんな八幡を実に愉快そうに笑う。

そしてその場の雰囲気が和やかになったことで改めて二人も交えて文化祭をまわることになった。

 

 

 

 活気が溢れる学校の校内にて、八幡は沙希と職場の同僚の二人を連れて歩く。

特に行く当てがあるわけではないが、祭りというのはただ眺めているだけでも楽しいものがある。だからなのか、普段はあまり喋ることの多くない八幡でも口数が多くなる………というか、同僚の二人によって無理矢理喋らされているといった方が正しいかもしれない。

 

「お、あの子スタイルかなりいいじゃねぇか! よし、今からナンパしてくる」

「やめろ、この駄目男。身内の恥にしかならない」

「あ、アテあの出店でライブしたい! ネットで人気が爆発するね~」

「何勝手にライブ会場にしようとしてるんだ、お前は。目立つな」

 

自由気ままな二人に振り回される八幡。

そんな八幡に苦笑しつつ沙希も二人に質問をする。それが余計に八幡を疲れさせた。

 

「あの、こいつってバイト先ではどんな感じなんですか?」

 

恋する乙女として学校での八幡以外も知りたいものである。故の質問に静州は相方として、また兄貴分としてニヤニヤと八幡を笑いつつ答える。

 

「こいつは普段からむっつりしててね~。真面目一辺倒で面白くないんだよなぁ。もう少し年上としては可愛げがないとね」

「ハチマンはアテ程じゃないけど仕事出来るからね~」

「逆に事務仕事で毎回悲鳴を上げてるお前に言われたくない。寧ろそれを助ける俺の方が大変だからな。それとアリス、お前とは部署が違うんだから比べるのがおかしい」

 

八幡の辛辣な対応に沙希が珍しい顔をした。

 

「比企谷って職場だと少し違うんだ?」

「違うか?」

「うん。だって私達が困ってるといつも進んで助けてくれるでしょ。でも職場の人だと違うのは、その………私達のこと、大切にしてるってことで………ごにょごにょ」

 

途中から顔を真っ赤にして声が小さくなっていく沙希。そんな沙希を静州はニヤニヤと笑いながらからかう。

 

「そうなんだよ。こいつ、沙希ちゃんみたいな可愛い女の子のお願いはすんなり聞くクセに俺等の願いとかは渋るんだよ。このムッツリめ」

「川崎達は別に自分の尻ぬぐいのためにお願いしたりしないからな。本当に助けて欲しいときにしかお願いしない。お前のは自分で招いた事ばかりだから助けたくなくなるんだよ」

「か、可愛い!?」

 

静州の言葉に八幡が沙希達のことを可愛いと思っていることが伝わり顔を赤らめる沙希。そんな沙希を見つつ八幡はしれっと答えた。

そんなやり取りをしつつどこかのクラスに行こうという話になる一同。

そこでまず普段は向わないであろう国際教養科のJ組に行こうという話を何故か部外者である静州が提案し、それがもっぱら可愛い女子見たさからだと思った八幡はジト目をしつつも雪乃がいるクラスということで行くことに。

彼女が実行委員で忙しいので会えないだろうと思うが一応の程度であった。

そしてJ組に向いその扉を開けると…………。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様………って、比企谷君!?」

 

そこには可愛らしいメイド服を着た雪乃が立っていた。

彼女の顔は八幡に見られたことによって真っ赤になっており、そんな彼女を見て周りの皆が思った。

 

(((((可愛い!!))))

 

こうして部外者二人を交えた文化祭巡りが始まった。



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第71話 俺は彼女達に餌付けされる

久々の投稿でしかも超スランプです。いや、本当に申し訳ない。
マジで萌えが足りなさすぎる………。


「どうして比企谷君がここに!?」

 

八幡にメイド服姿を見られて顔を真っ赤にして恥ずかしがる雪乃。その姿はとても可憐であり、恥じらっている姿はまさに魅惑的である。だからなのか八幡は勿論同性である沙希でさえ魅入ってしまった。

出来ればずっと見ていたくなる可愛らしさだが、それではどうしようもないので八幡は気を取り直し軽く咳払いをしながら雪乃に話しかけた。

 

「雪ノ下、どうしてここにいるんだ? 文化祭実行委員で忙しいはずだろ?」

 

その言葉に恥ずかしがっていた雪乃は何とか答える。

 

「そ、それがどうにも困ったことになったのよ。文実ではあるけれどこのクラスの所属でもあるから一応様子を見に来たの。そうしたら配膳役の一人が体調不良で保健室にいってしまったらしくて、それで次の交代役が来るまでの間の引き継ぎ役が必要だっていうことで急遽手伝うことになったのよ。次の交代まであと30分くらいだから文実の仕事に支障はないわ」

 

顔の赤みを残しつつも説明する雪乃。そんな彼女に八幡は関心して納得する。確かにそれは仕方ないのだろう。彼女は真面目で優しいから、きっとクラスメイト達が困っているのが放っておけなかったにちがいない。事実、周りにいるクラスメイト達は雪乃のお陰で通常運行出来ているようだ。

 

「そうか、それは仕方ないな」

 

そう返す八幡の瞳は濁っていながらも優しげであり、そんな視線を向けられた雪乃はこそばゆさと気恥ずかしさを感じて頬を紅くしながら顔を背けた。

そんな雪乃と八幡に若干の嫉妬を感じる沙希は目の鋭さが若干あがり、それを見ていた静州とアリスは後ろでニヤニヤと笑いながらヒソヒソと話し合う。

 

「修羅場ってるね~」

「ああ、修羅場ってますな~」

「お前等な………」

 

まさに面白がっている様子の二人。

そんな二人にジト目を向ける八幡。そこで雪乃はやっと二人の存在に気付き八幡に二人のことを聞いた。そこでまた自己紹介する二人なわけだが、ここで静州が雪乃に爆弾発言をかます。

 

「いや~それにしてもさっきのは傑作だったな」

「何がかしら?」

「雪乃ちゃんを見たこいつの反応がさ。こいつが可愛い女の子に見惚れてる姿なんて初めて見たから。いつも職場じゃ真面目一辺倒にムッツリと仕事してるこいつの姿からじゃ想像付かなかったもんでね。見てて滅茶苦茶笑えたよ」

「!?(比企谷君が、その………私に見惚れてたの!?)」

 

静州の発言に雪乃が八幡を見て目を見開きながら顔を一気に紅くした。

 

「その……どうなの、比企谷君?」

「いや、あの、その…………」

 

そう雪乃に問いかけられて八幡は気まずそうにそっぽを向く。その頬は赤くなりつつあり、それが雪乃にも伝わり気恥ずかしさが増してくる。

八幡は雪乃の期待の籠もった視線を向けられ悩み、そして観念したように答えた。

 

「あぁ、その………その格好があまりにも似合っていて可愛かったからな。つい魅入ってしまったんだ」

「そ、そう…………(可愛いって言ってもらえた……嬉しい………)」

 

八幡の反応が周りの存在によって証明されたことにより雪乃の中で嬉しさがわき上がる。好きな相手に可愛いと思ってもらえることこそが恋する乙女には何よりも嬉しいことなのだ。

そんなふうになり気恥ずかしいやらこそばゆいやらとピンク色の雰囲気が辺りを包みこみつつあり、それを感じ取った静州とアリスは更にニタニタと笑う。この二人、八幡を弄くれるネタが増えることに愉悦を感じているようだ。それが分かっているだけに八幡は気が気でない。

だから沙希がこれ以上機嫌が悪くならないようにするためにも八幡は雪乃に話しかけた。

 

「そうだ、来たんだし席に案内してくれないか。ここで立ち話していても客に悪いだろ」

「そ、そうね」

 

雪乃もジト目に睨んでくる沙希の怒気を感じてか慌てて八幡達を席に案内する雪乃。でもその足取りはどこか浮ついていており、それが周りのクラスメイトにはとても珍しく見えるようで注目を浴びていた。

 席に案内された八幡達であるが、席と言っても大層なものではなく勉強机を繋げて作られたテーブルに椅子という簡単に作られたものである。それに着くとメニューを見る一同。

 

「へぇ~、学校の文化祭程度だから大したもんじゃないと思っていたけど」

「これは中々に凝ってるにゃ~。だから内装がしょぼいんだね~」

 

メニューの内容を見て静州とアリスがそう呟き、その意見に八幡も同意した。

書かれているメニューは文化祭の出し物にしては本格的であり種類も多く、その辺の喫茶店と負けず劣らずのクオリティーを出している。

 

「美味しそうだね、これ」

 

沙希は周りの雰囲気もあってか若干はしゃぎつつ八幡にメニューを八幡に見せる。

その際に二人の顔が近づき、沙希の目の前には八幡の顔があった。その距離はかなり近く、八幡の独特的な濁った目は勿論その目の割に長いまつげや唇などが目に入る。

それまではしゃいでいた沙希であるが、流石にこれは意識してしまい顔が熱くなる。

 

(ち、ちかッ!?)

 

「ん、あぁ、そうだな……どうしたんだ、川崎? 顔が紅いぞ?」

「な、何でにゃい…………ぅぁ………」

 

八幡に間近でそう言われ慌てて顔を離す沙希だが途中で言葉を噛んでしまい恥ずかしくて顔が更に真っ赤になった。

八幡はそんな沙希の反応に落ち着くよう言うのだが、彼女はそれどころではない。

恥ずかしさで一杯になりどうしようもないのだ。

そんな彼女の羞恥をより仰ぐ存在がこの場にいるのがある意味最悪?なのかもしれない。

 

「なぁ、八幡。今の沙希ちゃんはどうよ?」

「どうってなにがだ?」

 

静州がニヤニヤと笑いながら八幡にそう問いかけるが、八幡はその意図が読めずにジト目を向けながら返す。ジト目の理由は相棒がこの顔をしている時は大概ロクでもないことを考えていることを身をもって知っているからだ。

 

「お前は相変わらずだねぇ~。いいか、よ~く聞けよ。普段はクールな女の子が恥ずかしがって更に言葉を噛んで羞恥で悶えているんだぜ。そりゃあもう可愛いだろう」

 

その言葉が聞こえたのか、沙希の顔の朱が増していく。

その質問に対し八幡は当たり前のような顔で答えた。

 

「別に川崎はいつも可愛いだろ」

「ッ!?」

 

その言葉にボンッと顔を真っ赤にする沙希。八幡はそれに気付くことなく、静州は沙希にパチリとウィンクを飛ばす。

それがより彼女の顔を紅くさせた。

 

(比企谷が可愛いって言ってくれた…………)

 

今までにかなり言われているはずなのに、未だに嬉しいらしい。恋する乙女はある意味お得でチョロいかもしれない。

 

「比企谷、その……さっき言ったことって……本当?」

 

真っ赤な顔に上目遣いでそう問いかける沙希に八幡は内心ドキっとしつつ何とか答える。

 

「あ、ああ。俺はその………そう思ってる」

「そ、そっか………」

 

八幡の返答を聞いて沙希は紅い顔で恥ずかしそうに頬を掻くが、その顔は嬉しそうに緩んでいた。

そんな彼女と八幡の間に流れる妙な雰囲気に静州とアリスの二人はニヤニヤが止まらない。

だが、それをよしとしないのがいた。

 

「さて、二人とも…………注文は決まったかしら?」

 

笑顔なのに目が笑っていない雪乃が二人の間に入るようにして話しかける。

 

「あ、ああ」

「そ、そうだね………(雪乃、ごめん~~~~~~)」

 

その言葉にお互い気まずそうにしていた二人はハッとして注文を頼むことにした。勿論静州とアリスもしれっと注文する。

そして頼んだものを各自食べ始めるのだが、皆その味のクオリティーに驚きを見せた。

 

「うわぁ、こりゃ中々のもんだな」

「確かにね~」

「文化祭のレベルを超えてるよ、これ……」

「美味いな」

 

出された品物の味に満足する一同。だが、何故か頼んでもいないスティック菓子が来ていた。

それが何なのか分からない八幡達であったが、その答えを雪乃が持ってきた。

 

「これはとあるサービスに使うものなの」

 

そう語る雪乃だが、その顔はかなり紅い。それもかなり恥ずかしがっているらしく、モジモジとしていた。

その気配に何かしら面白そうな予感を感じた静州とアリスの二人は雪乃の背後にこっそり回り込み、『やっちゃえやちゃえ』と彼女にだけ聞こえるように囁いた。ある種の暗示も込めて。

そしてその暗示の影響もあってなのか、覚悟を決めた雪乃が動いた。

スティック菓子を一本つまむと、それを前屈みになりつつ八幡の口元に差し出した。

 

「ご、ご主人様……はい、あーーん……………」

 

もう見ていて可哀想になるほどに顔を真っ赤にして潤んだ瞳で八幡を見つめる雪乃。その姿はメイド服と合わさってなにやら背徳的な魅力を醸し出していた。

そんな雪乃を見ていて八幡はドキドキする胸に疑問を感じつつも雪乃から目が離せなくなる。

正直可愛いと、愛おしさすら感じた。だから余計に見入ってしまう。

そして吸い込まれるようにそのスティック菓子を口に入れて囓った。

 

「ど、どう……かしら………」

「その…だな…………甘いな、菓子だから」

 

互いに顔の熱に茹だりそうになる二人。八幡はその菓子が本来以上に甘いと感じた。

そんなまさに青春状態に、今度は沙希も突入する。正直我慢できなかったのだ。

 

「ほら、比企谷。こっちも……はい、あーーん」

 

沙希も雪乃に負けず劣らずに顔を真っ赤にして潤んだ瞳を向けてきた。

雪乃と違い服装は制服なので異様なものは感じないが、甘えさせてくれる姉のような感じに八幡は素直に従った。

同じようにスティック菓子を囓る八幡。

 

「美味しい………?」

「さっきも言ったが、やっぱり甘い………」

 

再び本来以上に甘さを感じた八幡はそう返す。その胸はこの二本だけで妙に一杯一杯になっていた。

そんな八幡の様子に雪乃と沙希の二人は胸がときめいてしまう。八幡にはい、あーんをするということが妙にも母性本能がくすぐられるらしい。ぶっちゃけ八幡が普段と違い可愛く見えたのだ。

だからもっと………。

 

「はい、ご主人様…あ~ん」

「比企谷、もっとお菓子あるから。あーん」

 

こうして八幡に気付かれぬよう火花をちらつかせつつ雪乃と沙希の二人は八幡にお菓子を与え続けた。

その光景をアリスが内緒で録画し静州が皆にバラそうと画策していることに気付かずに。

 

 

 

 こうして雪乃がいるJ組の出し物を満喫した一同は他もまわるべく教室を出た。

その背中を雪乃は名残惜しそうに見続けていたのだが、この後クラスの皆に八幡との間柄について追求され赤面続きにさせられた。その魅力にクラスメイトもまた当てられたようだった。



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第72話 俺は彼女に餌付けする

久々で申し訳ない。リアルが滅茶苦茶忙しく、別の作品の方にかかり切りだったので。
今回は由比ヶ浜さんが可愛い。


 雪乃のクラスのメイド喫茶にて本人達は知らないがものの見事にやらかしたのを見てほくそ笑んでいる静州とアリス。見ていて飽きがまったくこないのと職場では青春のせの字もない八幡の慌てふためく姿はまさに爆笑の一言に尽きた。まぁ、流石に表だって笑おうものならレイスナンバーズトップクラスの近接戦闘を叩き込まれることだろう。だから内心で腹を抱えつつ二人はニタニタと笑う。

そんな二人に沙希は分からないだろうが八幡は何となくで分かっているだけにジト目が絶えずにいた。

そんなわけで見られる側と見る側の一同は更に文化祭を回っていく。

静州は特に昔を懐かしみながら歩いているのだが、八幡からそんなに年齢はいっていないだろうと言われると苦笑を返した。

 

「まぁ、色々とあるんだよ。色々とな」

 

その言葉の真意は分からないが沙希は社会人というのは大変なんだなぁと思ったらしい。その言葉の意味が分かってしまう八幡とアリスは苦笑するしかなかった。この歳で『そんな仕事』をしているのだ。真っ当な人生など歩んでいないということははっきりとしているのだから。

その苦労なんかを考えてこれ以上掘り返すのは止めようと思い、その話題に触れるのは止めた二人。

そして一同は今度は八幡や沙希、結衣が所属する2年F組の出し物を見ることになった。

その意見に衣装を担当し、尚且つどういう話なのか知っている沙希は慌てた様子でこれを止めようとした。はっきり言ってアレは男が見るようなものじゃないと知っているから。

だが、そこはアリスと静州。この押しが強い二人によってその意見は却下となり、若干泣きそうな目で沙希は八幡を見るも、

 

「俺も少し気になるな。何せ一切参加していなかったから」

 

そう言われてしまい内心泣きたい沙希がいた。

八幡としては特に意味はないのだが、自分のクラスの連中がどのようなものを作り上げたのか見ておこうと思ったのだろう。

そして多数決の結果見に行くことになり、内心頭を抱える沙希。

 

「後悔しても知らない」

 

そう八幡に言い、その言葉の意味に少しだけ考える八幡だった。

 そして4人による『星の王子様』の鑑賞が始まった。

 

 

 

「だから言ったじゃない。後悔するって」

 

そう言う沙希は少しだけ不満気でありながら八幡を心配する。

そう言われた八幡や静州は顔を青ざめさせており、特に静州は吐き気すら感じているようで口元を押さえていた。

 

「まさかあんなもんをこんな日の昇ってる時間にやるとか、最近の学生はぶっ飛んでるとしか言い様ねぇな」

「え、そう? アテ的には嫌いじゃなかったよ」

「それはお前がアレなだけだろ。俺はノーマルだっての」

 

発表していたのは名作『星の王子様』。独特でありながらも考えさせられる物語であり良き作品であった。

だが、それをどう改編したのか出てきたのは婦女子発狂確実のドがつくくらい凄いBL(ボーイズラブ)的な物へと変化していたのだ。本来ならばとても深い名台詞も配役を変え言葉のイントネーションを変えるとあら不思議、あっという間に婦女子が大好きなカップリングに大変身である。

見に来た女性達は配役がイケメンと美少年ということで大いに盛り上がるのだが、男から見たら怖気しか出てこない。

特に女性大好きなナンパ野郎である静州のダメージはかなり深いようだ。

 

「まさかあの名作がこんな迷作へと変わっていたとは…………………」

 

八幡はそう言いつつ額に手を当てる。正直頭が痛かった。

そんな八幡を見て沙希は心配してきた。

 

「大丈夫、比企谷? 何か飲み物でも買ってくるよ」

「すまん」

 

沙希はそう言って飲み物を買いに行く。

 

「俺、ちょっとトイレにいってくるわ。ぶっちゃけ吐いてくる」

「んじゃアテも一緒にいこうかね~」

 

静州とアリスもそう言って離脱した。

そんなわけで一人になった八幡。あまりここから動くわけにもいかないのでどうしようと思ったのだが、そこで後ろから声をかけられた。

 

「あ、ヒッキー!」

 

凄く嬉しそうな声に彼女の笑顔が浮かび、八幡はそれを思い浮かべて苦笑を浮かべながら振り返る。

 

「よう、由比ヶ浜」

 

声の持ち主である結衣はどうやら受付の仕事中らしく、席に座ってこちらに向って手を振っていた。八幡達が劇を見ている間に替わったようだ。

動くわけにもいかないし、何より嬉しそうに笑う彼女を蔑にするわけにもいかない。

だから八幡は結衣の所に行った。

 

「ヒッキー、劇どうだった?」

 

想い人に会えたことが嬉しいのか意気揚々な様子の結衣。そんな彼女に八幡は苦笑を浮かべ苦そうな言葉で返した。

 

「その、なんだ…………独創的だったな」

 

その返答に結衣も苦笑する。

 

「まぁ、そうなるよね。あれ、ヒナが監督をしたんだけど、ヒナはああいうのが好きだから」

 

友人の特殊な嗜好に彼女も苦笑するのだろう。見た目は最近の女の子だが、中身は一般的な感性なようだ。寧ろその『ヒナ』という女子がそんなぶっ飛んだ趣味の持ち主だったことに内心戦慄を覚えたくらいである。

そして二人で軽い会話を交わすのだが、結衣は八幡と話せるだけでも嬉しいようだ。

その様子を見て八幡はついつい零してしまう。

 

「何か由比ヶ浜って犬みたいだな。それも子犬」

「え、そ、そうかな…………」

「あぁ、何て言うか………見てて和む。可愛いからな」

「か、可愛い!?」

 

その言葉に顔を真っ赤にして俯く由比ヶ浜。八幡は気付かないが彼女の胸はドキドキと高鳴っていた。

 

(ヒッキーが可愛いって言ってくれた………えへへへへ)

 

可愛いと言われた結衣は嬉しそうに笑う。その顔につい見惚れそうになってしまう八幡だが、そうすると何やらいけない気がしたので顔に出さないようにした。

その代わりに顔を反らすと結衣の席の近くに置かれているものに気がついた。

それはビニール袋に入った四角い何か。それが気になり八幡はこの気まずい雰囲気を変えるべく話題をそれに向ける。

 

「なぁ、それってなんだ?」

 

そう聞かれ結衣は八幡の指したものを持ち上げると中身を八幡の前に見せて嬉しそうに笑った。

 

「これ? これはハニトー!」

 

それは四角いパンだった。見た限りスライスする前の食パンを使っているのだろう。パン屋に行けば普通に買える。それを名前からして分かるとおり蜂蜜を使ってトーストした物のようだ。それにこれでもかというくらい生クリームが塗りたくられている。

見ているだけで胸焼けを起こしそうな程に甘そうなそれを結衣は見ていて蕩けそうな程甘い笑顔になる。これが大好きだということがこれでもかと伝わってきた。

そう思いながら見ていた事が彼女に知れたのだろう。結衣は上目遣いになりつつ八幡に問いかける。

 

「ヒッキー、食べたいの?」

 

その質問の割に妙に艶やかな結衣に八幡はドキっとした。可愛いのに艶やかさが加わって若干だがエロスを感じさせる。

それを気取られたくなくて八幡は小さく答えた。

 

「……………少しだけな」

 

その返答が嬉しかったのか、結衣は満面の笑みを浮かべ手にしたハニートーストを千切る。

 

「ヒッキー……はい、あーん」

 

差し出されたハニートースト、それを恥ずかしがりつつも期待の籠もった眼差しを向ける結衣。

その二つに裏切ってはならないという強迫観念に駆られ、八幡はそれまでメイド喫茶でもしていた為か違和感なく普通に応じてトーストを食べた。

 

(甘い………限りなく甘い…………)

 

甘すぎてそれ以上の感想を持たない。見た目にそぐわない甘さであり、予想通り胸焼けを起こしかけた。

だが、それ以上に…………。

 

「どう、ヒッキー? 美味しい?」

 

彼女の期待の籠もった眼差しと笑顔が何よりも甘くて、八幡のが柔らかな胸焼けを起こした。

そんな彼女のずっと見ていたくなるような笑顔を曇らせたくないから、八幡は何とか言葉を絞り出した。

 

「あぁ、美味いな」

 

その言葉により笑顔を輝かせる結衣。

そんな結衣を見れて良かったと思った八幡だが、彼女がこれを本当に美味しいと感じているのか気になった。だからこそ、行動に移す。

結衣の方に手を伸ばし、ハニートーストの一番甘そうな部位を千切ると結衣の前に翳した。

 

「由比ヶ浜、ほれ」

 

それがはい、あーんであることなど直ぐに分かり、結衣の顔は一気に真っ赤になった。

そして何かを悩む素振りを見せつつ、そして何か決意を決めて口を開けた、

 

「あ~ん………」

 

その仕草が、その様子が何やらキスをするみたいで、見ていてドキドキしてしまう。

だから八幡は素早く結衣の口にトーストを入れた。

そして結衣はそれを真っ赤な顔のまま咀嚼して飲み込んだ。

 

「どうだ、由比ヶ浜?」

 

その質問に結衣は潤んだ瞳で恥ずかしそうにしながら答えた。

 

「その………凄く甘くて幸せな味がした」

 

そんな彼女と妙に気まずいが悪くない雰囲気になる八幡。これはこの後沙希が帰ってくるまで続き、そこでジト目で睨まれる八幡。その後静州とアリスが戻って来て結衣に挨拶し、会話に花を咲かせるも仕事のため手短にすませることに。

 こうして文化祭はより盛り上がっていくのであった。

この時、八幡達はまだ知らない。

この文化祭で自分達がどう行動するのかということを…………。

 



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第73話 俺は文実を助ける。

上手く書けてるかまったく分からない。


 文化祭も終わりに近づきつつあり、八幡達は最後のセレモニーを見るために体育館に来ていた。

 

「学園祭の締めとくればやっぱりバンドだな」

「そうなの?」

「いや、俺に聞かれてもわからない」

 

有志の出し物を見ながら静州がそう語るが、学園祭をロクに経験していない八幡とアリスでは分かるはずもない。なので二人してそんなものなのかと思いながら見ていることに。

歌にダンスに吹奏楽と様々な出し物が発表され、その度に回りは盛り上がりを見せている。八幡はそれを何となくで見て静州は年長ということで経験談を交えて年の割に落ち着きを見せない様子で語り、アリスはその感想を八幡と共に言い合う。

そこにあるのは年相応の感想ではなく、妙に達観的なものばかりでそれを聞いた沙希が苦笑し結衣がそんなことはないよとテンション高めに返していた。

そんな風に出し物を見ていたわけなのだが、どうにも様子がおかしい。その気配を感じ取ったのはほんの一握りであり、それは八幡達だけであった。周りはこの祭りの熱に浮かれ上がりそれに気付きそうにない。それは一緒にいる結衣と沙希も一緒であり、八幡達の表情を見てやっと違和感に気付いたようだ。

 

「なぁ」

 

静州の言葉に八幡は軽く頷き返す。

 

「あぁ、そうだな。妙に慌ただしい」

「こりゃトラブルの匂いがぷんぷんだにゃぁー」

 

アリスが何か面白そうなことが起こったとワクワクした様子を見せ、八幡はそんなアリスを窘める。

 

「ねぇ、何があったの?」

 

結衣が八幡達の様子を見て不思議そうにそう問いかけると八幡は結衣に話すかどうかを少しだけ考え、そしてやんわりと話すことにした。

 

「先程から何やら実行委員が慌ただしい。何かあったのかもしれない」

「何かって?」

「そこまではわからないが、トラブルがあったみたいだ」

「それって不味いじゃん!」

 

若干結衣の声が大きかった為に周りにいた生徒達は何やら怪訝そうな顔をする。その視線に気付き結衣は慌てた様子で愛想笑いを浮かべてごまかすことにした。

 

「取り敢えず文化祭実行委員会の方に行ってみたら。雪ノ下さんなら何か知ってると思うし」

「そうだな」

 

沙希からの提案で八幡は頷くと一同でその場から離れて文化祭実行委員が詰めている舞台裏へと向った。

 

 

 

「ゆきのん、何かあったの!」

 

文化祭実行委員会が舞台裏にて慌ただしく動き回っている中、八幡達はまとめ役をしている雪乃の所へと向った。そこで雪乃を見つけた結衣は凄い速さで彼女に駆け寄ると落ち着きのない様子で話を聞きにかかった。

そんな彼女に雪乃は落ち着くように言い、少しだけ勢いの弱まった彼女に話すかどうかを少し悩んだ。何せこれは文化祭実行委員会の問題であって関係ない彼女に話して良いものではない。

だが、そう言おうと今度は八幡が話しかける。

 

「お前が困っているんだ、だったら俺達を頼ってくれ。それとも俺達はそんなに頼りないか?」

「そんなことない!」

 

八幡の言葉に雪乃は少しだけ大きな声ではっきりと答えた。

八幡達が頼りになるということはこれまで一緒にいて良くわかっている。それだけ長い時間を過ごしているのだ、その信頼は揺るがない。

その言葉で決意を固めた雪乃は八幡達に現在の状況を伝えることにした。

 

「そろそろエンディングセレモニーが迫っているのだけれど、相模さんがいないのよ」

 

その言葉に何か問題があるのと首を傾げる結衣。そんな結衣に沙希が呆れつつも補足を入れる。

 

「問題があるの。アイツ、確か実行委員長でしょ? だったらこの後の挨拶なんかもしなくちゃいけなくなるはず。その本人がいないって言うんだから問題でしょ」

「あ、そうなんだ」

「それだけじゃないわ。優秀賞と地域賞の投票結果を知っているのは彼女だけなのよ。このままじゃエンディングセレモニーが始められないの」

 

思った以上に事が甚大であることに慌て始める結衣。そんな結衣に引っ張られそうになりつつも沙希は代案を雪乃に提示する。

 

「ねぇ、それって代役は立てられないの? 投票結果に関しては後日発表にするとかして」

「優秀賞はできそうだけど地域賞はこの場で発表しないと意味がないのよ」

 

その言葉に困り果てた顔をする雪乃。今から相模を探し出すにしても時間が足りないのだ。雪乃達が出来る事と言えばせめて出し物を長引かせたりするなどの時間稼ぎくらいである。それも長い時間は無理だ。

困った雪乃は必死に考え始め、結衣と沙希はそんな雪乃の為にも何か方法はないかと一緒に考え始める。

そんな彼女達を見て八幡はどうするべきかをほんの少しの時間だけ考え、そして直ぐに答えを出した。

彼は相方の方に目を向けると、静州はその視線の意味を察して不敵な笑みを浮かべた。

 

「任せろよ、相棒。何時間でも持たせてやる。今この場限りの最高のギグを聴かせてやるぜ」

 

そう言うと近くに置かれていたギターを掴み軽くいじくりながら雪乃に話しかける。

 

「雪乃ちゃん、ここは俺に任せてくれ。これでも宴会芸としちゃ悪くない腕前なんでね」

 

そう言いながらギターの曲の一節を弾く静州。それはかなり複雑で高度な腕がなければ弾けない程に難易度が高い曲であった。それを見事に弾き鳴らした静州はしたり顔で雪乃を見るが、雪乃はその見事な腕前に驚愕で言葉を失い周りにいた者達はその巧さに魅入られる。

そんな様子を見て時間稼ぎは十分だと判断した八幡は今度はアリスへと顔を向ける。

 

「『グレムリン4』、対象の捕捉を頼む。どれくらいかかる?」

 

八幡のその言葉にアリスはそれまで浮かべていたニヤニヤ笑いから深淵のような嗤いを浮かべる。

 

「は、馬鹿にすんなし。それぐらいアテなら一分もかからんよ」

 

その言葉に八幡は頷き今度は雪乃達の方に顔を向けた。その顔にあるのは彼女達を安心させるいつもの笑み。

 

「俺が相模を探してくる、だから待っていてくれ。絶対に連れてくるから。約束だ」

 

そう言うと八幡は早足で舞台裏から去って行った。雪乃達はその背中を見つめる。その視線に不安は一切ない。八幡がそう言うと安心出来るから。だからこそ、彼女達は八幡に聞こえなくても呟いた。

 

「貴方が約束してくれるなら、私達は絶対にそれを信じる」

「ヒッキーの為にも頑張るからね」

「絶対に長引かせるから」

 

その言葉を聞いていた静州はニヤリと笑いアリスはニヤニヤと笑った。

 

「まったく、ウチの大将はモテモテだね、こりゃ」

「何せアテの一番のお気に入りだからね」

 

そして各自は動き出す。

静州はギターを片手に舞台裏から颯爽と飛び出し、アリスは持ってきていたノートPCを起動させるとさっそくこの学校にあるカメラ、果ては道行く人々の携帯、そして遙か上空にある人工衛星まで『侵入』し『詮索』していった。

 

 

 

 舞台裏から出た八幡は携帯を片手にさっそく連絡を入れた。

 

「グレムリン4、対象は見つかったか?」

 

その連絡にグレムリン4であるアリスが直ぐに答えた。

 

『当たり前だっての。その場から近い特別塔、その屋上に現在いるよ』

「了解、速やかに確保する」

 

そう言うと共に八幡は自身最高の技法である自らの存在感を限界まで消して気配をなくす。そして誰にも気付かれぬまま通路内を激走し、時に窓から飛び出して上の階にショートカットし一気に特別塔の屋上へと向っていった。

そして扉を開けるとその先には真下に広がる文化祭の様子を見つめたまま静かにしているショートカットの女子がいた。

それを確認し八幡はここでステルスを解除し彼女に近づく。

彼女からしたら突如として足音が聞こえてくるのだから、その恐怖に身震いしながら急いで振り返った。

 

「なっ、比企谷!?」

 

急に現れた八幡にショートカットの女子………相模は顔を引きつらせた。

そんな彼女の心情など八幡は気にしない。ただ事実だけを口にする。

 

「実行委員長のお前がいないとエンディングセレモニーが出来ない。だからとっとと戻れ」

 

その言葉に相模は俯きつつ答える。

 

「まだ始まってないの?」

「お前が優秀賞と地域賞の投票結果を持ってる。ソレがないと出来ない」

 

その言葉に彼女は自嘲めいた言葉を返してきた。

別に自分じゃなくてもいいだろうと。投票結果は渡せばそれでよいのだと。『私よりも優秀な雪ノ下さんがやれば良いのだと』。

その言葉を静かに聞いていた八幡はというと、特に感情らしい感情を浮かべることなく淡々と答えた。

 

「お前の言い分は分かった。だが…………それを聞いてやる理由はないし、何よりも…………自分が背負った責任だ。最後までちゃんと果たせ」

 

その言葉に相模は耐えきれず逆上した。

どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだと喚き散らした。

だからこそ、時間がないからこそ、八幡は単純に解決することにした。

気配を一気に消して急接近。そのまま彼女の首を左手一つで掴んで持ち上げ、そのまま落下防止の柵まで移動するや隠し持っていたナイフを使ってフェンスを切り裂く。

そしてフェンスがなくなった一角にて八幡は彼女を柵の向こう側へと運び、そして片腕一本だけで相模の足元をなくした。

足がつかないという不安定な状態に相模は言葉を失い恐怖する。

そんな相模に八幡は『仕事』の時のような冷徹で残忍気味な声音でこう問いかけた。

 

「俺達の言うこと聞いて大人しくしていれば何もしない。だが抵抗するならここで…………死んでもらう」

 

その言葉に相模の心は真っ青になった。

 

 



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第74話 俺はこうして文化祭を終わらせる。

久々の更新なので感覚が分からず………変だったら申し訳ない。


 首だけを掴んで人間一人を持ち上げているという状態は普通に考えれば不可能なはずである。しかし、それを実感している張本人である相模はそんな風に考えていられる余裕などなかった。彼女からしたら自分に降りかかった自業自得に八つ当たりして逆上したらあっという間にこの状態になっていたのだ。それまでの経緯など感じることなく、気がつけば自分は足元がなくなり首だけで何とか支えられた宙吊り状態。首を掴む手の握力に苦しさを感じうめき声が漏れ出すのを何とか自覚出来る程度なのが彼女の今の状態だ。突然の事に思考が追いつかず、彼女は自身に感じる浮遊感に恐怖しか抱けない。そんな状態からの八幡の言葉は確かに彼女に更なる恐怖を刻みつけた。

何故こんな目に自分が遭っているのだと彼女は瞬時に考える。自分はただ周りにチヤホヤされたいだけだった。気にかけてもらいたかったのだ。そしてちょっとした優越感を感じたかった。だというのに現実は無情で自分の思い通りには行かず、良いとこは全てサポートとして入ってもらった雪ノ下 雪乃に持ってかれた。最早自分のいる意味なぞ皆無であり気力なぞ湧かない。故にグダグダになりながらなんとなしに過ごしていた。途中で八幡によって強制的に仕事にかり出されたが、それでも良いことはなし。そして迎えた当日では緊張のあまりに滑って衆人観衆の前で大恥を掻いた。

この年齢の子共には耐えられない羞恥だ。故にこんな風にふて腐れても自分は悪くない。そう思うのは自分だけではないはずであると。だが、だからといってこの仕打ちは如何なものだろうか? 『その程度の事だというのに』彼女はこうして死の危機に瀕しているというのだから。

 

(な、何で…………)

 

そんな言葉が口から漏れ出しそうになるが、その言葉を口にする前に八幡が先を制する。

 

「今お前の命は俺の左手一つに握られている。抵抗するなら手を離す………それがどういう意味か分かるだろう?」

 

その言葉に八幡の本気度合いが窺える。それどころか一切躊躇していないことが分かってしまい彼女は更に困惑した。目の前にいる男は自分を殺すということに対し一切の恐怖を抱いていない。それどころかその目はまるでトイレに行ったら手を洗うというのが当たり前の行動であると言わんばかりに相模を殺そうとしているようであった。

故に彼女は取り乱し叫んだ。何で自分がこんな目に遭っているのだと。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわとッ!! 何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ! そもそもアンタ、これでもし私を放せば本当に殺人になるの、分かってる? それにこんな脅しをしたって無駄よッ! どうせできっこなッいもの。それに私がアンタに脅されて殺されかけたって言えば、どうなるかッッッッッッ!?」

 

怒りのままに吐き出したその言葉は確かに八幡に届いている。それに言っていることもあながち間違いではない。だが、そんな言葉に八幡は揺るがない。その答えと言わんばかりに首を掴んでいた左手を放したのだ。

相模に襲いかかったのはソレこそ本当の浮遊感。自分の身体が重力によって落下する感覚に絶叫しかけた。

しかし、それは八幡が素早く再び彼女の首を掴んで持ち上げたことで止められる。

何とか助かったことに相模は放心しかけ、そんな相模に八幡は淡々と告げた。

 

「分かっていないのはお前だ。お前の生殺与奪権はこちらが握ってる。そしてお前の『戯れ言』を周りに吹聴しようとも、証拠もないのに信じられるはずないだろう。仮に信じたとしても『今の俺はここにはいない』記録が出てくる。その戯れ言は戯れ言で終わるだけだ」

 

その言葉の意味を半分しか理解出来ない相模。そんな彼女に八幡は止めを刺す。

 

「別にお前が死のうが生きようが関係ない。正直に言えば集計結果さえあればお前なぞいらないのだからな。偏にこうしてるのは最低限の仕事を何とかしたことへの慈悲だ」

 

八幡の静かな殺気を受けて今度こそ言葉を失う相模。そんな彼女に八幡はもう聞く気はないと言わんばかりに彼女を引き上げた。

力なく項垂れる彼女。やっと危機を脱したということに安堵出来ればどれだけ幸せだっただろうかと。彼女の危機はまったく脱していない。ある意味死んだ方がマシかも知れないだろう。何せ未だに静かすぎる殺気を向けられているのだから。

八幡は項垂れる彼女の手を掴むと無理矢理起き上がらせた。そして彼女腕の関節を極めつつ背後に回るとその背中に艶消しが施された真黒の刃をそっと突き立てる。

チクリとした痛みが彼女の背中を走り、ひんやりとした感触が何を押しつけられているのかを嫌がおうにも彼女に教える。

 

「では行くぞ。あまり時間がないんだ。もし抵抗したり逃げたりしようとしたら、その時は…………背中の痛みがどうなることかな?」

 

ひやりとしたものが背筋を駆け巡る。背後にいる八幡からの静かすぎる殺気に相模はもう狂いそうになった。精神が崩壊間近だと言ってもいい。それぐらい彼女にとってこれは『恐怖』になったのだ。いや、誰だってこんな目に遭えばそうなるだろう。それも年頃の娘という精神的に不安定な存在なら尚のことだ。

だが八幡はそんなことを気にしない。最低限の慈悲以外くれてやる気などないのだから。雪乃達の頑張りに報いさせるために仕方なく連れて行くというのが本題だから。

だから八幡は今にも倒れそうな相模にゆっくりと話しかける。

 

「では体育館に行くぞ。別に歩きでいいが………絶対に止まるな」

 

その言葉に相模は命を握られていることに恐怖しか感じられず仕方なく従うしかなかった。

 

 

 

 八幡に背後に密着するかのように立たれたまま歩かされる相模。

ゆっくりとふらつきつつ歩く彼女であるが、彼女の顔はどうしてと恐怖していた。

端から見たら分かるだろう。八幡は相模におかしいくらい密着していることにその背に刃物を突きつけているということに。今にも死にそうな程酷い顔色をしているということに。

だというのに周りにいる者達はそんな相模の異常に気付かない

学園祭を普通に楽しんでいる周りは笑顔が絶えない。そんな笑顔が溢れる場所で明らかに異常である相模を見ても皆何も思わないのか、それとも『見えていない』のか。

どちらにしろ相模にとってこの場から自分は切り離されているように感じられた。周りに人がいるというのに一人っきり。そのどうしようもない孤独感が彼女の心を侵していく。だが立ち止まることは許されない。少しでも止まる素振りを見せようものなら背中にチクリとした痛みが襲いかかってくるのだから。もし自分が本当に死んでも気付かれないんじゃないだろうか? そんなことを本気で考えてしまうくらい彼女の心は追い詰められていた。

勿論種明かしは八幡の存在感を限界まで消す技能。コレにより周りは八幡に気付けず、それに巻き込まれるような形で相模も気付かれていないのであった。

そして八幡誘導の元、やっと相模は体育館の裏口に到着した。

そして八幡に促されたまま雪乃達の所まで行き、やっと解放される。ソレと共に八幡は存在を元の濃さに戻した。

 

「あ、さがみん!」

 

相模を最初に見つけたのは結衣。彼女は相模を見つけるなり早足でこちらに来た。

そして次に沙希が声に気付いて近づき、最後に雪乃が何とか怒りを隠そうと頑張りながら彼女に近づく。

そして急いでエンディングセレモニーの準備を始める実行委員会達。

彼等のお陰で無事エンディングセレモニーが始まりった。

 

「ご苦労さん」

 

そんな風に八幡に声をかけてきたのは良い汗を掻いたと言わんばかりにスッキリとした顔をしている静州。そんな静州に八幡は労いの言葉を返す。

 

「其方もな。まさかこんな事になるとは思わなかったから悪かったな」

「別にいいさ。寧ろ久々に観衆の前で思いっきり弾けたんだ。悪くないギグだったぜ」

 

そう答えながらニヤリと笑う静州に八幡は感謝を軽く告げる。すると静州はケラケラと笑いながら答えた。

 

「そんなもんより次に吞みに行くとき奢ってくれよ。俺、今月ピンチでさ」

 

綺麗な場面だったのが台無しにされたような気がしたが、寧ろこちらの方が自分達らしいと思い八幡は軽い溜息を吐く。

 

「それは別にいいが、あんまり酔っ払うなよ。後始末が面倒だ」

 

男同士の約束に互いに不敵に笑い合う。

そんな間を今度はアリスが入り込んだ。

 

「だったらウチも一緒に行くー。カルーアミルクをたらふく飲んでやるぜい!」

「お前は呼んでないんだがな………まぁ、今回世話になったしその例ってことで来い。静州にも言ったが飲み過ぎるなよ。酔っ払い二人の後始末は御免だ」

 

そして職場の同僚相手らしい笑みを浮かべる三人。そんな三人を見て結衣。沙希、雪乃の三人は羨ましそうな目を向ける。

 

「いいなぁ~、ヒッキーと仲良くて」

「いつものアイツとはまた違った感じ。バイト先だとあんな感じなんだよね、きっと」

「ちょっと嫉妬してしまうわね。私達の知らない比企谷君を知ってるあの人達に」

 

若干の嫉妬もありつつも約束を守ってくれた八幡に暖かな気持ちを抱く三人。そんな風に彼等達は青春していた。

ただし、そんな甘酸っぱくない青春をする者もいた。

エンディングセレモニーも最後になり相模の出番が回ってきたのだ。

相模はふらつく足取りで何とか壇上に上がり、そして青ざめた顔のまま震える声で何とか発表を行っていく。そして締めくくりの言葉を言うと、涙を流してその場でしゃがみ込んでしまった。端から見たら感動して泣いてしまったようにしか見えない。だが実際はやっと生命の危機から脱した事による安堵からであった。

 

 

 こうして彼等の文化祭は終わりを迎える。

相模はこの後八幡が脅したということを友人に告げ口しそれは周りに拡散。当然悪感情が八幡に向けられる事になるのだがその証拠があるのかという事、そして八幡が『校舎の屋上を探していたために相模を見つけられなかった』という証拠が出てきた為にその

事実は判明しなかったために無効となった。結果精神的に動揺していた相模の戯れ言と処分されることに。

 尚…………。

 

「当然踊ってくれるよね、ヒッキー」

「わ、私も、その………お願い」

「どうせ踊る相手もいないんだし、仕方ないから踊ってあげるわよ。この文化祭の救世主には褒美を与えないといけないのだからね」

 

結衣、沙希、雪乃の三人にキャンプファイヤーに引っ張り出された八幡。仕方なく踊ることになり、ロマンチックな場面でダンスを踊るという乙女の心に最高の一幕として飾られる事となった。

尚、八幡はドギマギしつつも悪くない気持ちになっていた。

 

 こうして彼彼女等の文化祭は終わりを迎えた。

 



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第75話 俺はこうして修学旅行の参加を決める

滅茶苦茶久しぶりです。最近どうも筆が進まなかったもので申し訳ないです。
今回はだれもヒロインがでていません。


 文化祭もそれなりに終わり彼等の日常はいつも通りに戻っていく。そこで本来ならばその後で行われる体育祭について語るべきなのだろうが、この男の事である。目立つことが何よりも嫌いなこの男が目立つような事をすることもなく、強いて上げるなら周りにバレないようにこっそりと自分達のチームが有利になるように細工を施したり秘密裏に何かしらを仕掛けたりした程度のことしかしていない。そのことが周りにバレることはなく、彼の周りにいる者達は何かしらしたのかなっと疑う程度だが彼と参加出来ることが嬉しいのでそれ以上咎めるようなことはしなかった。

そんなわけで体育祭も終わった後、今度は二学年の行事である修学旅行が間近になってきた頃の話である。

 

 

 

 今までの彼………比企谷 八幡であればまず断って参加しない。学校行事である修学旅行よりも仕事と妹を優先するのが比企谷 八幡の在り方だった。だが、今回の件に関しては少しばかり違うらしい。何せ妹から若干怒り気味に参加するよう言われたから。唯一の家族である妹に檄甘な八幡である。妹にそう言われてしまっては首を縦に振る以外あり得ない。これが一点。そしてもう一つ、それは学校内で修学旅行の話題が出た際に話題に盛り上がった奉仕部の面々の楽しそうな笑顔を曇らせたくないと思ったからということもあった。人間関係の好意というものに鈍い八幡ではあるが、自分と修学旅行に行きたいという思いには流石に気付く。故に気持ちが揺らいだというのが一点。

そして…………これが決め手となった。

 

 

「レイス8、出頭しました」

 

夜のとばりが落ち、真っ暗な暗闇が辺りを包みこむ。そんな時間、八幡は緊張感が満ちる室内にて背筋を伸ばしながらそう言った。

その部屋の中央奥にて設置されているデスク、そこに立つ男こそが八幡の上司。この『株式会社三雲清掃業』の裏の顔『掃除屋』の極秘チーム『レイスナンバーズ』を束ねる『レイス0』こと『武蔵 幻十朗』である。

この度八幡はこの男に呼ばれてここにいる。上司からの呼び出しなんていうのはどの企業でもあるだろう。だからこの状態に対し何ら問題はないのだが、それとは別に緊張してしまうのは、それだけ八幡が上司を尊敬し畏敬の念を持っているからだ。

そんな上司からの呼び出しに社会人らしく構える八幡。濁りきった目には普段にはない厳しさが宿っている。

そんな八幡の様子をみながらウンウンと軽く笑いながら頷いたレイス0は八幡に笑いかける。

 

「ご苦労、レイス8。楽にしていい」

 

その言葉に八幡は休めのポーズを取る。勿論ポーズを取っているだけであり身体は一切休まない。即座に動けるように構えたままだ。

そんな八幡を見つつレイス0は話を始める。

 

「さて、今回君を呼んだのは…………とある仕事を頼みたいからだ」

「仕事……ですか?」

 

その言葉に八幡は静かにそう返す。別に仕事を頼まれるのは何ら問題ない。個人指名をするということは極秘な上にその仕事の性質状その者が向いているというためからだ。これまでの仕事でもそういったものを熟してきた八幡にとっていつものことの一つに過ぎない。だから特に驚くようなことはなく普通に応じる。

そんな八幡の様子を見ていてレイス0もまたいつものように話す。この上司は同時に八幡の親代わりもしている。その成長を常に見ている身として今の八幡の様子は十分好ましいのだろう。普段より若干口元が綻んでいた。

 

「今回君に頼みたいのは………私の名代だ」

「名代……つまり課長の代わりということですね」

 

自分のすべきことが難しい事であると言うことがたった今決まった八幡。今まで単独での潜入や破壊工作、殲滅行動や暗殺など数々熟してきたが、まさか自分達のトップの代わりに何かしら参加するというのは初めてのこと。故に経験がない仕事というだけでその難易度は跳ね上がる。

八幡の表情が更に引き締まる様子がおかしかったのか、レイス0は軽く笑いながら話しかけてきた。

 

「別にそこまで緊張することはない。何、ただ私の代わりにとあるパーティに出てお偉い方に挨拶するだけだ。将来の予行演習とでも思い給え。いずれ君はそうなるのだから。何せ私の後釜なのだしね」

「恐縮です」

 

そんな事を言われても嬉しいとは感じない。ただ余計にプレッシャーを感じさせるだけである。しかも上司から直々に自分の後継だと言われているのだ。親代わりをしている人から言われただけに嬉しさはあるが、それ以上に目の前の『最強』に並ばねばならないということが余計にキツイ。故に八幡はそう答えるので精一杯だ。失敗は絶対に許されない。死にはしないが会社とこの『最強』の名誉に泥を塗りかねないからだ。故に八幡は気を引き締める。やるからには絶対に事を成すという兵士としての心得を体現しているかのようだ。そんな八幡が面白いのか、やけに愉快そうに笑うレイス0。

 

「勿論先方方に粗相があってはならないが……君ならば大丈夫だろう。何、いつもの潜入護衛の時と同じだ。ただそこに自ら会話に入っていくだけの違いしか無い」

「その会話が難しいということを知っていてそう言っていますね。生憎と自分は腹芸の類いは出来ないのですが」

「それも含めて経験だ。たまにはそういった方面に頭を揉まれてきなさい。向こうにいるのは一癖も二癖もある妖怪みたいな人達ばかりだから良い勉強になるだろう」

「極力善処します」

 

相手の思惑が分かってきただけに八幡の濁りきったジト目がレイス0に向けられる。子供が見たら精神を不安定に落としめて泣かせる程の威力があるそれをレイス0は意地が悪い笑みで返す。

 

「それでそのパーティなんだが、会場が………・京都の駅前にある高層ビルの一角で行われる。確か君はそろそろ修学旅行だったな。ならば丁度良い。修学旅行にも行ってきなさい」

 

そこでやっと八幡は今回の件を完璧に理解した。

 

「課長、それが本題ですね。俺が修学旅行をサボらないよう任務を与えて縛り付ける。回りくどいですが確かに効果的だ」

 

それが真意だと察した八幡はそう言った。仕事も確かにあるのだろう。だが、この目の前にいる男は八幡を強制的にでも修学旅行に参加させたいのだと。

見破られたレイス0は降参だといわんばかりに両手を挙げて答える。

 

「仕事なのも確かで私の名代として行ってもらうのも確かだがね。だって君、中学の時は無理矢理にでも仕事を入れて強引にサボっただろ。確かアフガンで一週間の医療団の護衛任務だったかな。だから今回は先手を打ってこうさせてもらったんだ。確かに君は優秀だがまだ子供だ。アイツの代わりとして学校行事はなるべく参加させたい。それが親心というものだよ」

「公私混同だとは思わないんですか?」

「何、丁度良く両方揃ったんだ。これは公私混同ではなく一石二鳥なだけだよ。その方が効率がいい」

 

そう言われ八幡は引き下がった。

この親代わりが言いたいことも良くわかる。確かに中学の時、八幡は修学旅行をサボった。それはあの時、今以上に必死だったからだ。余裕なんて無かった。ただが我武者羅に戦った。自分の力不足を嘆き呪い、それを覆そうと只管動いた。死にそうになろうとも反省しても只管走り抜き突っ走る。少しで足を緩めようものなら途端に崩れ落ちそうだったから。自身に死ねと呪いをかけながらも唯一の家族のために死ねないという矛盾を抱えながら。壊れようと関係ないと自身を徹底的に鍛え叩いていた。

そんな時期が確かにあったのだ。今では多少の余力というものが生まれてきているため、その頃の青臭い自分を思い出し気恥ずかしさを感じさせる。あの頃は青かったと懐かしむ程度で済ませられるのだが。そんな時に学校行事をサボったわけであり、あの時の必死過ぎる状況に流石の保護者であるレイス0も何も言えなかったのだが、今回は違う。精神的に成長しているだけに多少の精神的余裕を得た八幡ならば問題ない。そんなわけでサボる前に先手を打ったわけである。

 そんなわけで八幡は深い溜息を一回吐き、そしてレイス0に軽く敬礼を返す。

 

「はぁ………了解しました。レイス8、比企谷 八幡。その任務、謹んでお受けします。レイスナンバーズの名に泥を塗らぬよう、身命を賭して頑張ります」

「あぁ、頑張ってくれ。そして………修学旅行の土産もわすれないようにね」

 

 

こういうこともあり、今回の修学旅行に参加することになったのであった。



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