ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか (ザイグ)
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プロローグ
怪物の咆哮と冒険者の雄叫びが轟いていた。
世界の『穴』。ダンジョンの奥深く49階層『大荒野(モイトラ)』。
数いる冒険者の中でも一握りしかこれない深層。そこに至れる数少ないファミリアの一つ。道化師のエンブレムを掲げる【ロキ・ファミリア】である。
行く手を阻むは大人を遥かに越す巨軀で進撃するモンスター『フォモール』の大群。
戦況は【ロキ・ファミリア】が不利。高い団結力と実力を誇るがモンスターの圧倒的物量に押し込まれそうになっていた。
「ティオナ、ティオネ! 左翼支援急げッ!」
「あ〜んっ、もう体がいくつあっても足りなーいっ!」
^_^
「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい」
小人族の首領が指示を出し、第一級冒険者であるアマゾネスの姉妹が疾走するがモンスターはいくら倒しても途切れることなく押し寄せる。
「【ーーー間もなく、焔は放たれる】」
だが、勝機はある。後衛組の中で呪文を紡ぐ絶世の美貌を持つハイエルフ。
「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」
オラリオ最強の魔導師が放とうとしている強力な攻撃魔法。モンスターの大群を一撃で全滅させるその魔法を誰もが待ちわびながら、己の歯を食い縛る。しかし、
『ーーーオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウッッ‼︎』
一際巨大なフォモールが尋常ならざる膂力で、前衛の一角を吹き飛ばした。
「ーーーベート、穴を埋めろ!」
「ちッ、何やってやがる⁉︎」
こじ開けられた穴に狼人が急行するが、間に合わない。フォモールの攻撃がエルフの少女を襲う。魔導士である彼女ではフォモールの攻撃を防ぐ術がない。せめて痛くないように目を瞑ったその時、
「諦めるのが早くないか、レフィーヤ」
レフィーヤを襲おうとしていたフォモールの上半身が宙を舞い、棒立ちとなった下半身から血飛沫が噴出する。
「魔法を追求のが悪いとは言わないが、多少は動けるようになるべきだ。リヴェのように白兵戦までできるとは期待していないが、避けるくらいできるようになれ」
黄金の鎧を装着した槍兵が端から聞けば悪口にしか聞こえない注意をする。
「わかってます! もうちょっとマシな言い方はできないんですか、カルナ!」
その場違いな発言に先程まで絶体絶命だったのを忘れてレフィーヤが叫ぶ。
「それだけ喚ければ心配ないな。見ての通り、いまは一刻を争う状況だ。俺は他の支援に向かう」
「カルナ! アイズがフォモールの群れの中に飛び込んじゃった!」
「……やれやれ、世話の焼ける奴がもう一人いたか。俺が支援する! ティオナは防衛戦を維持しろ!」
わかった! と返事して疾走するティオナを見送りながら、カルナはアイズを探す。彼の優れた視力は大型モンスターの群れに隠れる金髪の剣士をすぐに見つけた。
「強さに飢えた獣、か」
モンスターに無双する少女を見てカルナはそう思ったが、いま関係ないとモンスターの群れに飛び込む。
風のような速さで駆け、人が扱うものとは思えないほどの大槍を軽々と振り回し、モンスターを駆逐していく。
モンスターの群れを駆け抜けたカルナは瞬く間にアイズと合流した。
「突出し過ぎだ」
「! カルナ」
「強さを求めるのは間違いと思わないが、Lv.5の【ステイタス】ではフォモールをいくら屠っても【経験値】は微々たるものだ。無駄な事はやめろ」
「……っ」
アイズはカルナの言葉に唇を噛む。確かに最近はアビリティの熟練度が殆ど上がっていない。だからと言って自分の努力を無意味なこと言われたのは怒りが湧き、アイズがカルナを睨むと、
「だから、最も下の階層に行くまで我慢しろ。こんな所で無駄な力を使うな」
「!」
強なりたいなら、未到達階層で強敵を求めろ。強敵と戦うために力を蓄えておけとカルナは告げる。それを理解したアイズはコクリと頷いた。
「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」
「リヴェの魔法も完全間近だ。戻るぞ」
「うん」
カルナとアイズは後方へ大きく跳躍しモンスターの群れを超えて自陣へ帰還した。
「【焼き尽くせ、スルトの剣ーーー我が名はアールヴ】!」
同時にリヴェリアが魔法を発動させた。
「【レア・ラーヴァテイン】‼︎」
業火の広範囲殲滅魔法が世界を灼熱に包み、フォモールの大群を一掃した。
「終わったな」
「うん。……カルナ、さっきはありがとう」
「わかったなら、俺が言うことはない。だがーーー」
カルナはアイズの背後に目を向ける。そこには、
「アイズ」
ニッコリ微笑む小人族の首領がいた。
「フィンは言いたいことがあるらしい。独断専行した罰だ。しっかり、叱られてこい」
助けを求めるアイズの視線を無視してカルナは背を向けた。
◆◆◆
いつ死んだのかは覚えてない。ただ信じられないことに俺は前世の記憶を持ったまま転生したらしい。
そしてこの世界が前世とは違う世界であることもすぐに気づいた。だって人並みデカイ虫や角の生えた馬とか現実にいるわけない。それに生まれた村も中世の時代のような生活をしていた。
極め付けは今世の俺の弟だ。
「待ってよ、兄さん」
「心配しなくても置いていかない。ベル」
何とダンまちの主人公ベル・クラネルが弟だった。最初はFateの転生したと思ってた。
だって俺の容姿って白髪にオッドアイの白肌の美青年なんだぜ。自分で美青年なんて言うとナルシストかと思うかもしれないが、事実だ。話がそれたがFateのキャラクターでこの容姿といえば、
不死身の大英雄カルナさんです。
それに今世の名前がカルナだから勘違いしても仕方ない。まあ、黄金の鎧がない時点で疑問に思うべきだった。
まあ、ダンまちは好きだったし、冒険者にも興味はある。命懸けというのが嫌だが、二度目の人生だ。好きに生きよう。
だが、焦る必要はない。原作通りならベルがオラリオを目指すはずだから、その時一緒に付いて行こう。それまで村で農業ライフしよう。そう思ってたんだがな……。
とある理由でベルより先にオラリオで冒険者してます。
カルナ・クラネル
18歳
【ロキ・ファミリア】所属。
冒険者歴三年。
Lv.6の世界最速記録保持者。
【施しの英雄】の二つ名を授かってます。
これがいまの俺だ。
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第一話
50階層。モンスターが生まれない安全階層で【ロキ・ファミリア】は休息を取っていた。
「それじゃあ、今後のことを確認しよう」
団長であるフィンが口を開き、全員が視線を向けた。
「『遠征』の目的は未到達階層の開拓。これは変わらない。けど今回は、59階層を目指す前に冒険者依頼をこなしておく」
「【ディアンケヒト・ファミリア】の冒険者依頼だな。51階層、『カドモスの泉』から要求量の泉水を採取だったか」
カルナの確認にフィンが頷く。
「51階層には少数精鋭のパーティを二組、送り込む。無駄な武器・道具の消耗を避け、速やかに泉水を確保後、この拠点に帰還。質問は?」
「え〜と、何でパーティを二つに分けるの?」
ティオナは何故か隣に座るカルナに尋ねる。
「要求量が一箇所の泉では足りないからだ。物資も限られるから、時間短縮と効率化のために二手に分かれる」
聞いたカルナは短くそしてわかりやすく説明した。
「カルナの言う通りだよ。……他に質問は? ないなら、隊員を選抜する」
フィンの言葉にティオナが挙手し、アイズとティオネを捕まえた。
「レフィーヤ。アイズ達のパーティに入れ。私の代わりだ」
大規模魔法で精神力を削ったリヴェリアは回復と拠点防衛のために残ることになり、これで一つのパーティが決まった。
そして自動的に残った第一級冒険者が二つ目のパーティとなった。
一班:アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ。
二班:フィン、ベート、ガレス、カルナ。
「……なぁ、一班、大丈夫か?」
「狂戦士二人、戦闘狂一人、格下一人。統率者がいないな」
「ちょっと狂戦士って私も! ティオナはともかく私は違うわよ!」
「私も格下って何ですか! 本当にカルナは口が悪いです!」
「……で、フィン。この班分けでいいのか?」
ティオネとレフィーヤの文句を無視してカルナがフィンに問う。じばし考えたフィンは、
「ティオネ、君だけが頼りだ。僕の信頼を裏切らないでくれ」
「ーーーお任せくださいッッ!」
「流石は女性冒険者人気一位だ。女の扱いはお手の物か」
「その言い方、やめてくれるかい?」
「それにお前も人気ならフィンに劣らないだろう」
「……そうなのか?」
素直に褒めたつもりがフィンは嫌がり、何故か不機嫌にリヴェリアが言う。自覚がないカルナは首を傾げた。
結局、パーティはそのままで決定し、カルナ達は51階層へ出発した。
◆◆◆
51階層。『カドモスの泉』を目指して二班は襲い掛かるモンスター達を蹴散らしていた。
「ぬんっ!」
「はっ!」
前衛はカルナとガレス。力自慢のドワーフと卓越した槍術を駆使するヒューマンが鎧の硬度を誇るモンスター『ブラックライノス』を引き裂く。
「ベート! 左通路からの新手を片付けてくれ! 僕は背後からの増援を叩く!」
「わかってらッ!」
中衛は速度に優れたベートが前後をフォローし、後衛ではフィンが的確な指示を飛ばす。
都市最強の冒険者達は瞬く間にモンスターを屠り、『カドモスの泉』に到着した。
「この通路を曲がれば泉だ。カルナ、ベート。カドモスはいるかい?」
「ああ、この匂いは間違いなく奴だ」
「こちらも確認した。泉の前で寝転がっている」
嗅覚に優れたベートと視力に優れたカルナが敵を確認する。これで戦闘は避けられなくなった。
「よし、カドモスは力だけならウダイオスを上回る。攻撃には注意してくれ」
「何を今更言ってやがる。そんなことわかってる」
「むしろ、注意すべきはフィンだな。防御力に優れた俺とガレス。回避に優れたベート。この中で一番攻撃を受けやすいのはフィンだ」
「ははは、そうだね」
「なーに、お前さんは小さ過ぎるからカドモスが見つけられんじゃろ」
ガレスの冗談に場の空気が和む。彼らには階層主を除けばモンスター最強のカドモスに挑むにも関わらず一切の不安がなかった。
「それじゃあ、行こうか」
「おう」
「承知した」
「任せろ」
フィンの言葉に全員が頷き、カドモス目掛けて走り出した。
『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
敵の侵入に気付いたカドモスが吠える。だが、それより冒険者の方が早かった。
「ーーー蹴り飛ばしてやるッ!」
「普通に蹴ってもこの巨体は飛ばないと思うが」
最初の攻撃は【ロキ・ファミリア】随一の俊足を持つベート、次にカルナだった。
メタルブーツが背中を陥没させ、大槍が腕を一本切り落とす。
「二人とも突出し過ぎだよ」
「前衛より前に出てどうする」
続いてフィンが槍を正確に目に突き刺し、最後にこの中で一番遅いガレスが大戦斧で体を引き裂いた。
『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ⁉︎』
一瞬で重傷を負わされたカドモスが悲鳴を上げ、力任せに暴れ始める。
「その巨体と力で暴れるのは下手な戦術を駆使するよりは利に適っている。だがーーー」
カルナが振るう大槍が尻尾を切り落とす。あのまま尻尾が振り下ろされる位置には泉があった。
「俺達はその泉に用がある潰されるわけにいないな」
尻尾を焼かれたカドモスは怒り狂い標的をカルナに定める。
「カルナばっかり見てんじゃねええええええええッ!」
「僕達もいるのを忘れらないでほしいね」
「そういうことじゃ」
ベートの蹴りが、フィンの槍が、ガレスの斧が炸裂し、カドモスは全身に深い傷を負う。しかし、それでもカドモスは突進を止めずにカルナに襲い掛かった。
「瀕死になりながらもまだ襲ってくるとは、相変わらずのしぶとさだな」
カドモスのタフネスに感心しながらも、突進を上に跳んで回避したカルナは落下する勢いを利用して大槍をカドモスの額に突き立てた。
頭を貫かれたカドモスは悲鳴を上げることもなく絶命した。
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第二話
カドモスを倒した二班はフィンに泉水を任せ、他は周囲の警戒をしていた。
「よし、泉水の搾取は完了だ。拠点に戻ろう」
「ようやくかよ。遅えな」
「泉水は少量しか湧き出ないんだ。時間がかかるの仕方ない」
「うむ。それに良い物も手に入った」
文句を言うベートにカルナが諭し、ガレスが悪いことばかりでないと手に持つ、金色に輝く翼の皮膜を見せる。
『カドモスの皮膜』。先程倒したカドモスから発生した希少なドロップアイテムだ。
「カルナが倒したモンスターからはドロップアイテムがじゃんじゃん出るの。幸運の女神にでも愛されておるのか?」
「女神かどうかは知らないが、似たようなものだろう」
「はっ、少なくともロキじゃないのは確かだな」
ガレスの冗談にカルナは含みのある言い方をする。カルナはレアアビリティ【幸運】を持つ。しかし、これがどういったものなのかカルナ自身や主神であるロキも把握できていないのだ。
「何にせよ、冒険者依頼は達成したんだ。あまり遅いとアイズ達が先に帰ってるかもしれない」
「けっ、確かにあの貧乳に先を越されるのは癪だな」
フィンの言葉にサラッとティオナの悪口を言うベート。全員が帰還しようと通路に戻ったその時、
「!」
「どうしたんだい、カルナ」
何かに気付いたカルナが通路の奥を見据える。光が乏しく薄暗い通路は先の方が闇に包まれている。しかし、カルナの眼は接近してくる存在を捉えていた。
「ーー来る」
「全員、迎撃準備!」
カルナの呟きに、フィンが指示を出す。全員が素早く獲物を構えるのと、それが現れるのは同時だった。
「な、なんだありゃ⁉︎」
「見たところ芋虫だな。初めて見るモンスターだが」
「新種か……どんな能力を持っているかわからない以上は慎重に行きたいけど」
「向かってくるなら、倒すしかあるまい」
新種のモンスターに一瞬動揺するも突進してくるモンスター達を迎撃する。しかし、
「ぬっ、儂の斧が⁉︎」
「全員触れるな! 溶かされるぞ!」
「があああああああああああああああああああッッ⁉︎」
「くそっ、ベート!」
芋虫型モンスターの体液に触れた武器が溶けた。ベートは蹴りを主体とするために足を芋虫型モンスターに突っ込んだために負傷する。
『ーーーーーーーーーーッッ!』
芋虫型モンスターが咆哮を上げ、腐食液を噴出する。
「っ!」
噴出された腐食液の先にいたのはベート。足を負傷したせいで避けることができない。これで終わりかと覚悟した時、
「やらせるつもりはない」
ベートの盾になるように前に出たカルナは腐食液を浴びてしまう。
「カルナ⁉︎」
「問題ない」
安否を確認するフィンにカルナは平然と返事をする。第一等級武装さえ溶かす腐食液を正面から浴びながら無傷。黄金の鎧が腐食液を完全に遮断していた。
「どうやらこの中で芋虫と戦えるのは俺だけのようだな」
そう言いながら、先程芋虫型モンスターを攻撃しているのに溶けずに原型を留める大槍を構える。
アイズの《デスペレート》と同じ属性である『不壊属性(デュランダル)』を持つ槍。しかし、威力が低くなる『不壊属性(デュランダル)』でありながら、超大型に分類されるその威力は数ある武器の中でも最上級(トップクラス)。
カルナの専用装備(オーダーメイド)。
【ヘファイストス・ファミリア】製、第一等級特殊武装《シャクティ・スピア》。
カルナの凄まじい『力』の能力値と卓越した槍術がなければ使いこなせない彼だけの武器。
「フィン、俺が芋虫共の相手をする。早くベートを拠点に」
「……そうだね。ここ任せるよ、カルナ」
「何言ってやがるフィン! 俺はまだ戦えるぞ!」
カルナを残して撤退しようとするフィンにベートが噛み付く。だが、ベートの足は爛れて戦うどころか歩くこともままならない。サポーターがいないためポーションなども拠点に置いてきてしまっていたので治癒もできない。
「ベート、俊足を失ったお前では足手纏いだ」
「っ、カルナてめぇッ!」
「あまり叫ぶな、傷に触るぞ。カルナも言い方というものがあるじゃろ」
「うおっ、下ろせガレス!」
カルナの言葉に激昂しかけたベートをガレスが担いだ。
「ベート。芋虫共がここいる奴らで全てだと思うか?」
「あん? そりゃどういう……」
「こいつらが下の階層から上がってきたのか、ダンジョンが新種のモンスターを産んだのかはわからない。だが、他の群れがいた場合、アイズや拠点の皆が危険だ」
「!」
「だから、一人でも多く戦力がいる。そのために主力であるベートには傷を治して復帰してもらわなければ困る」
「…………」
ベートは何も言えなかった。カルナはベートの力を認めてるからこそ早く傷を回復させ欲しかったのだ。信じてるからこそ他の皆を任せられると。
その思いをすぐに理解したからこそフィンはカルナに殿を任せ撤退を急いだのだ。
「理解したら行け。すぐに追い付く」
「すまない、カルナ」
「任せたぞい」
ベートはガレスに担がれ、ガレスとフィンは走り出した。
「ーーーカルナッ!」
「?」
遠ざかっていくカルナの背中にベートが叫ぶ。
「とっとと片付けて戻ってこい! 早くしねえと獲物を全部仕留めちまうぞ!」
「ふっ、承知した。こちらも急がないとな」
カルナは口元に笑みを浮かべながら迫り来る芋虫型モンスターの群れに飛び込んだ。
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第三話
通路を埋め尽く芋虫型モンスター『ヴィルガ』の大群。そこに突入したカルナは次々とヴィルガを駆逐する。
第一級冒険者でも通常攻撃では倒せない耐久力を持つモンスター達が一撃で屠られていく。
Lv.6の『力』で繰り出される超大型武器の攻撃は全てが必殺。並のモンスターでは避けることも防ぐことも不可能な槍撃の嵐。
ヴィルガも最後の悪足掻きのように死に間際に破裂し、腐食液を撒き散らすがカルナには効果がない。
黄金の鎧を纏っていない部分にも腐食液が当たっているにも関わらず、薄皮一枚溶けない。
鎧の加護がカルナを守り、腐食液程度は完全遮断しているのだ。
「残念だがその程度では俺の守りは超えられない」
彼の鎧はただの防具ではない。あのオラリオ最高の鍛治師、椿・コルブランドでさえ同等の作品を作るのは不可能な至高の鎧。
光そのものを形にした神々でさえ破壊困難な鎧を作り出す前代未聞のレアスキル『日輪具足(カヴァーチャ・グンダーラ)』。
余談だが、このスキルが発現した時、ロキはホームどころかオラリオ全体に響き渡るほどの歓喜の叫びを上げた。
「これで、最後だ!」
必殺の攻撃力と絶対の防御力を誇るカルナに、ヴィルガは成す術もなく最後の一匹が屠られた。
「思ったより数が多かったな。それに大分奥まで来てしまった」
フィンに並ぶほど記憶力が良いカルナは51階層の広大な迷路を把握していた。その上、戦いながらも道筋を覚えていたので、ここが52階層に続く通路だと分かっていた。
ヴィルガが下の階層から登ってきたのを考えればここに行き着くのは当然なのだが。
「フィン達はアイズ達と合流して拠点に戻っている頃か? 俺も早く加勢にーーー」
カルナは呟きは途中で掻き消された。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
なぜなら、真下から突き上げる轟炎に呑まれたからだ。
全身を蒸発させようと大爆発、そして竜の咆哮が轟き渡る。
「馬鹿な、ヴァルガング・ドラゴンの階層無視攻撃だと⁉︎」
大爆発の中、カルナは無傷だった。黄金の鎧による完全防御。
爆発に呑まれながらカルナはいまの状況を瞬時に理解した。
しかし、それは信じられないことだった。ダンジョン58階層に居座る砲竜『ヴァンガング・ドラゴン』。
その口から放たれる大火球は幾多もの岩盤を破壊し、何層も上の階層へ攻撃が可能だ。
しかし、ヴァルガング・ドラゴンが敵を捕捉できるのは
52階層まで。それ以上はまだ安全圏のはずだった。だから、カルナは直撃を受けてしまったのだ。
何よりカルナの原作知識にこんなものはなかった。
「原作に変化が出始めた? 俺という異物がいるせいか?」
何層もの階層をぶち抜いた大穴を落下しながら、カルナは思案する。しばらくして答えは出ないと判断し、口元を釣り上げる。
「真の異常事態(イレギュラー)か、それもまた良し! 冒険とはこういうものだったな!」
冒険してこその冒険者。原作知識を持つゆえに久しく忘れていたことを思い出す。
原作知識というアドバンテージにかまけて味わてっていなかった未知の冒険。初心を取り戻すためにカルナは58階層に向かうことを選択する。
だが、これは冒険欲を満たす為だけの選択ではない。ヴァルガング・ドラゴンの砲撃が51階層まで拡大したとなればそれはこれまでの常識が崩れることになり、ダンジョン攻略にも大きな影響が出る。ファミリアに貢献する為という合理的な思考もあり、カルナは58階層への単独攻略(ソロ・アタック)を決断したのだ。
「来い、竜共!」
大紅竜が開通させた縦穴を通じて多くの飛竜『イル・ワイヴァーン』がカルナに襲い掛かる。
58階層に居座る大紅竜と縦穴から出現する飛竜の群れ。数多、出現する竜種こそがこの階域の特徴。名付けられた名はーーー『竜の壺』。
下からの大火球と全方位から襲い掛かる竜種の大群。第一級冒険者といえど単独では返り討ちにあってしまう組み合わせだが、カルナは鉄壁の守りと槍捌きでものともせずに壺の最下層、58階層に到達した。
「……これは予想外な光景だ」
58階層。広大かつ単一の視界を遮る仕切りのない巨大『ルーム』。ヴァルガング・ドラゴンの他、夥しいモンスターが蠢くはずの階層は異彩を放っていった。
十体を超えるヴァルガング・ドラゴンは数こそ多いがこの階層にいて違和感はない。しかし、蠢くは58階層のモンスターではなく地面を埋め尽くすヴィルガの大群。加えて、
「女性型ヴィルガが、四、六ーー十二体か」
通常のヴィルガを遥かに大きく女性のような上半身と芋虫の下半身した女性型ヴィルガ。それが十二体。
魔力に反応してモンスターを襲うはずのヴィルガがヴァルガング・ドラゴンを襲わず、それどころか共闘するようにカルナに敵意を向けている。
だが、それよりも、カルナが注目したのはルームの丁度、中央にいるヴァルガング・ドラゴンだった。
「なるほど、51階層まで攻撃してきたのはこいつか」
『ーーーァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎』
異彩なヴォルガング・ドラゴンが叫ぶ。
まず通常のヴァルガング・ドラゴンより一回り大きい巨躯。しかし、女性型ヴィルガのようなその線の細さから女性を連想させ、無いはずの腕も生えている。何より決定的に違うのは本来頭部があるべき場所から生えた美しい女だった。
他の醜い人型とは明らか違う人と変わらない容姿をしたそのモンスターの正体にカルナは心当たりがあった。
「59階層にいるはずの『精霊の分身(デミ・スピリット)』と同種か」
寄生しているモンスターが『タイタン・アルム』か『ヴォルガング・ドラゴン』の違いこそあれど、あれは『宝玉の胎児』が『魔石』を食らうことで進化した砲竜の『精霊の分身(デミ・スピリット)』だ。
「名付けるなら、竜の女王ーーー『ヴォルガング・クイーン』と言ったところか?」
原作では【ロキ・ファミリア】精鋭であるフィン達でさえ苦戦した怪物を前にカルナはそんな事を呟いた。
『精霊の分身(デミ・スピリット)』率いる竜種と芋虫型モンスターの大群。対するはカルナ一人。
戦力差は圧倒的でありながらカルナは笑う。
「ふふ、絶望的な状況のはずなのに何故だがーーー胸が高鳴る!」
圧倒的な敵に高揚したカルナは槍を構えた。
「さぁ、始めよう‼︎」
いまカルナは冒険に挑む。
オリジナルモンスター
ヴォルガング・クイーン
『宝玉の胎児』に寄生されたヴォルガング・ドラゴンが『精霊の分身(デミ・スピリット)』に進化したモンスター。
正確には『精霊の分身(デミ・スピリット)』一歩手前の存在で完全体ではない。
それでも竜種を元にしているので『力』と『耐久』の能力がズバ抜けており、並の第一級冒険者では傷一つ付けられない怪物である。
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第四話
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!』
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
先制はヴィルガとヴォルガング・ドラゴン。腐食液と大火球の集中放火がカルナを襲う。
直撃すれば第一級冒険者でさえ消し飛ぶ総攻撃にカルナは、
「ふんっ!」
前進した。直後、大爆発。
轟炎の衝撃波がルーム全体を震わせ、衝撃波で腐食液が撒き散らされ、被液したヴィルガ達がのたうち回る。
「温いな」
されど自損さえ厭わないモンスター達の攻撃を受けたカルナは健在。流石に許容範囲を超えたのか、鎧から露出した部分に軽度の火傷を負っているものの、戦闘に支障のないものだ。その上、火傷も瞬く間に回復し完治してしまった。
あらゆる攻撃を無効化し、どんな傷も回復してしまう。こそこそカルナが不死身と称される所以である。
「今度はこちらの番だ」
カルナはシャクティ・スピアを横に振りかぶり、
「おおおおおおおおおおおおおおおっ‼︎」
全力でスイングした。
瞬間、槍撃は衝撃波となりカルナの前方にいた数十近いヴィルガだけでなく巨体を誇る女性型ヴィルガとヴォルガング・ドラゴンを数体も吹き飛ばした。
圧倒的な破壊力にモンスター達が浮き足出す間にカルナはモンスター達を飛び越え、モンスター達の頭を狙う。即ちヴォルガング・クイーンを。
「はっ!」
ヴォルガング・クイーンの『精霊』の上半身目掛けて全力の突きを放つ。超大型モンスターや階層主さえ容易く貫く一撃がヴォルガング・クイーンに迫る。
『アハッ』
「っ⁉︎」
しかし、ヴォルガング・クイーンは無造作に突き出した掌で弾いた。
元々高い防御力を誇る竜の鱗が何百、何千もの魔石を食らい強化されたヴォルガング・クイーンは単純な強度では大花の『精霊の分身(デミ・スピリット)』を上回る。
そして竜故に『力』も強い。攻撃を弾かれたカルナをヴォルガング・クイーンの剛腕が襲う。
「がっ⁉︎」
カドモスさえ上回る力で吹き飛ばされたカルナは壁面に激突した。
そこに追撃。ヴォルガング・クイーンが凶暴な破壊衝動と本能のまま生きるモンスターが唱えれないはずの呪文を紡ぐ。
『【突キ進メ業火ノ槍代行者タル我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)ーーー】』
「っ、はやり詠唱を使えたか!」
呪文を唱えることに驚きはない。『精霊の分身(デミ・スピリット)』であるならば予想できたことだ。
『【ファイヤーレイ】』
轟炎の大矛。力ある『古代の精霊』の砲撃魔法。加えて女性型ヴィルガが四枚の腕から鱗粉を拡散させヴォルガング・ドラゴンが大火球を放つ。
捲き起こる連続爆発。先ほどの総攻撃とは比べ物にならない大爆発がルームを飲み込んだ。
逃げ場のない極大の爆発にモンスター達も飲み込まれ、耐久力の高い女性型ヴィルガやヴォルガング・ドラゴンは無事だが通常のヴィルガは耐えられずに全滅した。
ルーム全体に及ぶ大爆発に飲まれたカルナは、
「いまのは危なかった。ーーー少しな」
なおも健在。至る所に火傷や負傷があるものの、まだカルナを倒すには足らない。
カルナの鎧は正攻法での破壊は不可能。露出部分に強力な一撃を与えるか、鎧の守りが効かない内側からの間接的な攻撃をするしない。
しかし、いくら呪文を唱えれようとも所詮は『精霊の分身(デミ・スピリット)』もモンスター。火力にモノを言わせた力技でしか相手を倒せない。故に彼女はカルナを倒せないでいた。
「だが、こちらの攻撃がヴォルガング・クイーンに効かないのも事実。それに周りの奴らが邪魔だな。ならばーー」
カルナは目標をヴォルガング・クイーンから女性型ヴィルガやヴォルガング・ドラゴンに変更する。
カルナの攻撃はヴォルガング・クイーンに効かず、ヴォルガング・クイーンの攻撃はカルナに致命傷を与えられない。ならば邪魔なモンスターを排除しサシの勝負に持ち込もうと考えたのだ。
まずカルナは一番近くにいた人型ヴィルガに向かう。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ‼︎』
だが、それを黙って許す女性型ヴィルガではない。腕から鱗粉を拡散し、近づけまいとする。
「それは先ほど見た」
シャクティ・スピアを振るう。それだけで凄まじい風圧が発生し、爆粉が人型ヴィルガの元に押し戻される。
瞬間、女性型ヴィルガが爆発に呑まれる。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ⁉︎』
自爆に絶叫する女性型ヴィルガにカルナは肉薄し、握るシャクティ・スピアに力を入れる。
攻撃が来ると反応した女性型ヴィルガは全ての腕で全力防御態勢。しかし、
「無駄だ」
カルナが放った連撃は腕部もろとも女性型ヴィルガを貫通し、いくつもの風穴を開けた。
アイズの『エアリアル』で強化された剣技でさえ弾いた腕部をカルナは純粋な『力』と槍術のみで破壊してみせたのだ。
女性型ヴィルガを仕留めたカルナはすぐに離脱。直後、女性型ヴィルガは破裂した。
それに目を向けることなくカルナは次の獲物に向かった。
「ふっ!」
カルナは疾走しながら、次々とモンスターを仕留めていく。
「はっ!」
ヴォルガング・ドラゴン達の頭部を粉砕し、首を断ち、体を貫く。
「せぇっ!」
女性型ヴィルガ達の体を両断し、風穴を開け、粉砕する。
『【ファイヤーエッジ】』
無論、ヴォルガング・クイーンも黙って見てない。無詠唱で魔法を発動し、攻撃する。
巨大な炎の柱が、何柱も突き出し、カルナを襲う。しかし、カルナは何処から炎の柱が出るかわかっているように回避しながら、モンスターを屠っていく。
「なるほど、使える魔法は炎属性のみか」
モンスターを倒しながらもカルナはヴォルガング・クイーンを観察していた。
タイタン・アルムの『精霊の分身(デミ・スピリット)』は多彩な属性を持っていたがヴォルガング・クイーンは炎属性しか持っていない。
ヴォルガング・クイーンは多様な属性がない代わりに破壊力に特化していた。
「だからと言って臆する理由にもならないがな」
そう呟きながら最後のヴォルガング・ドラゴンを切り裂く。数十体いたモンスターは全て屠られた。
「さぁ、残るはお前だけだ」
カルナは眼前にいるヴォルガング・クイーンを見据えた。
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第五話
『ーーーァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ‼︎」
カルナとヴォルガング・クイーンが激しくぶつかり合う。
本来のヴォルガング・ドラゴンは砲撃に特化しているので接近戦の術を持たない。しかし、ヴォルガング・クイーンは剛腕を得たことでその弱点を克服していた。
その硬質な鱗とカドモスを上回る力で振るわれる剛腕はカルナのシャクティ・スピアと互角に渡り合うほど。
驚愕するべきはどちらか。
方や槍一本で階層主を凌ぐ怪物の猛攻と拮抗、いや徐々にだが押し返すほどの連撃を放つカルナ。純粋なステイタスで劣るにも関わらず、超絶した技量と洞察力でヴォルガング・クイーンの攻撃を先読みし、封殺している。
方や階層主さえ単騎で屠るカルナに技量も無く『力』の暴威だけで渡り合い、必殺の槍撃を幾度も受けながら傷一つ付かない硬度の鱗に覆われたヴォルガング・クイーン。その上、
『【火ヨ、来タレーーー】』
激しい攻防をしながらヴォルガング・クイーンは呪文を奏でる。
『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ豪火ノ咆哮ヨ突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エルそら燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄(カレ)ノ命(トキ)ノ代償ヲーーー】』
『並行詠唱』。魔法発動の失敗や魔力の暴走を防ぐため停止して行う詠唱をヴォルガング・クイーンは戦闘をしながら展開している。一握りの魔導士しか使えない離れ技をモンスターが実現していた。
「ーーーまずいな」
カルナは状況を分析して分が悪いと悟る。白兵戦ではカルナの方が押している。強固な鱗は時間を掛ければ破壊可能だ。しかし、それよりもヴォルガング・クイーンが詠唱を完成させる方が速い。
『超長文詠唱』。魔法は詠唱の時間が長いほど威力が増す。超長文ともなればその威力は絶大。
『日輪具足』は絶対の鎧だがカルナを無敵する訳ではない。直撃すればカルナといえども只では済まない。
『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)ーーー】』
魔法は完成間近。絶望的な状況だがカルナに焦りはない。どんな状況でも冷静な判断力を失えば終わりしかないと知っているから。例えそれが大砂漠の中から一粒の希望を見つけるような事でも。
そしてカルナはその希望を掴み取った。
「ーーーそこだっ‼︎」
『⁉︎』
詠唱を終えヴォルガング・クイーンが自身の最大魔法を発動させようとした瞬間、カルナ渾身の突きが精霊の胸部に刺さる。
先程まで槍撃を防いでいた鱗が砕け、精霊を背中まで貫通する。
信じられないことにカルナはあの激しい攻防の中で寸分の狂いもなく同じ箇所に槍撃を叩き込んでいたのだ。
どれだけ堅くとも同じ箇所に何度も衝撃を与えられれば壊れるのは自明の理。
『ーーーアアアアアアッ⁉︎』
防御力に絶対の自信を持っていたヴォルガング・クイーンは予想外の痛みに叫ぶ。そして莫大な魔力の手綱を手放してことで魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が発生する。
これがカルナの狙い。敢えて魔力を極限まで高めさせ、その莫大な魔力を利用して自爆させる。例え倒せなくても大ダメージは免れない。弱体化したヴォルガング・クイーンならばカルナは問題なく倒せる。
しかし、今回はヴォルガング・クイーンが一枚上手だった。
『アハッ』
「ーー何っ⁉︎」
精霊が笑い、シャクティ・スピアを掴む。身を乗り出し、顔をカルナに近付けた。
後少しで顔が触れ合うほどの至近距離。精霊はその唇を一杯に開けーーー口内の奥で暴走し、いまにも破裂しそうな魔力の塊を見せつけた。
「しまっーー」
『【ファイヤーストーム・イグニスファトゥス】』
『魔法』が発動する。正確には暴走した魔力を制御するのではなく方向性を持たせ一点ーーーカルナ目掛けて暴発させたのだ。
制御を手離したことで暴走した魔法は術者であるヴォルガング・クイーンにさえダメージを与えてたが、制御する必要がない分、威力が上昇。
至近距離の直撃ともなれば『日輪具足』を装備したカルナさえ消し炭にされる威力である。
この魔法が直撃したカルナの生存は絶望的。だが、これで安々とやられるカルナではない。
「【我を呪え】」
超短文詠唱を引鉄にカルナが封印していた『魔法』を解禁する。
「【アグニ】」
世界を紅蓮に染める炎嵐。その中に炎の渦が生まれ、安全地帯が出来上がる。
その安全地帯を生み出したのはカルナの使用する強力な付与魔法(エンチャント)。
【アグニ】。
体や武器に炎の力を纏わせることで炎の破壊力を武器に宿し、炎を推進力に速度を上昇させ、炎の衣は触れるだけで敵を焼く防御力を発揮する攻防一体の魔法である。
だが、それでもカルナの全身は焼け、片目は失明さえしていた。それだけの状態でありながら黄金の鎧は焦げ目さえなく輝き、カルナの有様と相まって異彩な姿となっている。
「思ったよりダメージを受けたか、この程度で済んで良かったというべきか」
重傷を負ったがそれは【アグニ】で軽減したため重傷で済んだのだ。もし【アグニ】を発動させるのが後一歩遅ければカルナの命は焼き尽くされていたかもしれない。
だが、生きていれば問題ない。何故なら、どれだけ重傷を負っても、体のどこが欠損しても、カルナは存命してさえいれば治せるのだから。
「さぁ、続きを始めようか」
『魔法』で強化されたカルナ。本当の意味で全力となったカルナの戦いが始まった。
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第六話
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ‼︎」
先程と同様にカルナとヴォルガング・クイーンか激しくぶつかり合う。
しかし、先程と違い今度はカルナの方が圧倒的に押していた。【アグニ】で強化されたシャクティ・スピアは、どれだけ攻撃しても無傷だった鱗を容易に貫き砕き、着実にダメージを与えていた。
『ーーーァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎』
ヴォルガング・クイーンも負けてはいない。無尽蔵のような『魔力』を燃焼させて損傷を瞬く間に自己修復し、捨て身の特攻を仕掛ける。
「予想以上にしぶといな」
捨て身の特攻さえカルナは捌き、カウンターを叩き込んでいる。
それでもヴォルガング・クイーンの耐久力は凄まじく、微塵も揺るがず攻撃を続ける。
一見すると戦況はカルナの方が優勢に見えるがそうではない。
短期戦ならカルナが優勢だが長期戦になればカルナが劣勢になる。
実はカルナの魔法【アグニ】は一つだけ欠点がある。【アグニ】はアイズの【エアリアル】に似た性質を持つが炎で攻撃力や速度を爆発的に上昇させるので【エアリアル】を上回る強化が可能だ。その反面、精神力(マインド)の燃費が悪く長期戦に不向きなのだ。
【アグニ】を使ってようやくダメージを与えれる現状、魔法を解除する訳にいなかい。
しかし、ヴォルガング・クイーンの魔力は底が見えず、自己修復が不可能になるほど削り切るより、カルナの魔力が尽きる方が速い。
また相性も悪い。【アグニ】は破壊力の高い炎属性だが、ヴォルガング・クイーンも炎属性。強大な炎の魔法を使用する為、非常に高い火耐性を備えているのだ。
それが炎で強化されたシャクティ・スピアの攻撃を軽減し、攻め切れない要因の一つとなっていた。
更に、
「また生まれたか。これ以上増えられると厄介だな」
敵はヴォルガング・クイーンだけでない。
また一体。壁面を破ってヴォルガング・ドラゴンが生まれた。戦闘中でも次々とヴォルガング・ドラゴンが生まれ、その数は戦闘前と変わらないほど増えていた。
更に上の縦穴からはイル・ワイヴァーンが、下の階層からはヴィルガが押し寄せてきていた。
時間を掛ければ掛けるほど敵は増え、カルナは消耗していく。
カルナが勝つには早期決着しかなかった。
「ーーーやるしかないか」
このままでは負ける。それを理解したカルナは賭けに出た。
より大量の精神力(マインド)を注ぎ込み、【アグニ】の火力を上げた。シャクティ・スピアに宿った炎がより苛烈になり、カルナの背から炎の翼が噴き出す。
それはある意味自殺行為だった。ただでさえ精神力(マインド)の消費が激しいのに更に精神力(マインド)を注ぎ込むなど。
だが、現状で戦っても磨り潰されるのは明らか。ならば限界を速めることになろうとも、いま以上の破壊力を持ってヴォルガング・クイーンを屠るしかない。
「いくぞっっ‼︎」
『ッッッ‼︎』
先程までが遊びだったかと思うほどの超弩級連撃。加えて神速の如く縦横無尽に飛翔することでヴォルガング・クイーンを撹乱し、全方位から攻め立てる。
この猛攻に女性型も戦慄する。自己修復が間に合わない損傷、目で追うこともできない速度。このままでは殺されると『彼女』も理解したのだ。
『【火ヨ、唸レーーー】』
死を感じたヴォルガング・クイーンの行動は速かった。巨大な翼で体を包み、太い豪腕で女性型を覆う全力防御態勢に入り、詠唱を始める。
『【来タレ来タレ来タレ紅蓮ノ炎ヨ業火ノ咆哮ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地(ヒトツ)ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災ーーー】』
超長文詠唱より威力で劣る長文詠唱。しかし、その分発動は速い。
『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)ーーー】』
選択した魔法は殲滅魔法。視認できない速度で移動するカルナには一方向への砲撃など無意味。ならばルーム全てを覆う逃げ場がない攻撃をすればいいとヴォルガング・クイーンは判断した。
「簡単に撃たせん‼︎」
『ッッッ⁉︎』
魔法を阻止せんとカルナの攻撃が激しさを増す。全身を凄まじい勢いで破壊される激痛に女性型の顔が歪む。
激痛に詠唱が止まる。しかし、カルナはヴォルガング・クイーンにのみ意識を向けすぎた。
「がぁっ⁉︎」
『!』
カルナの死角。破壊された眼球。未だに治りきっておらず見えない片側から大火球が直撃し、大爆発を起こした。
周囲を囲むヴォルガング・ドラゴンの砲撃。
狙ったものではなくヴォルガング・クイーン諸共、蒸発させんと何発も放たれていた一発が偶然当たった。
『日輪具足』で無傷で終わったものの、爆発に呑まれたことでできた隙は致命的だった。
女性型はその隙を見逃さず詠唱を終わらせる。
『【ファイヤースウォーム】』
階層天域に燃え盛る隕石群が姿を現した。
全てを破壊せんと燃え盛る隕石の雨が58階層に降りそそぐ。
単純な威力は【ファイヤーストーム】が上だが、質量がある【ファイヤースウォーム】の方がカルナにとっては危険だった。
実体のない炎や雷などは【日輪具足】は完全に防げるが物質はそうはいない。
あの大質量に押し潰されれば鎧は無事でもカルナ本人が耐えられない。
それほどの絶体絶命の状況で、
「ーーーそれを、待っていたっっ‼︎」
カルナは笑った。
瞬間、着弾した隕石の雨は大爆発を起こし、轟炎と爆風を撒き散らした。
ルーム内の全てを呑み込み、滅ぼされるモンスター達の断末魔が響く。
攻撃が終わると58階層は焦土と化し全ての生命が消えていた。
『コレデ、オシマイ』
その光景を見渡してヴォルガング・クイーンは満足そうに呟いた。
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第七話
「ああ、次で終わりだ」
『⁉︎』
返答のないはずの呟きに言葉を返され、女性型が頭上を見上げる。
58階層の天蓋付近。仕留めたはずの獲物がブラフマーストラを大きく振りかぶり、投擲の構えをしていた。
槍先には尋常ならざる炎が集約されいく。
【アグニ】の最大火力。
リヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】と同規模、威力だけなら上回るカルナの必殺技が繰り出されようとしていた。
『ーーーッ!』
ここに来てヴォルガング・クイーンは悟った。精神力(マインド)消費量を度外視して攻撃してきたのも、魔法発動を必死に阻止していたように見えたもの、全てはこの状況を作り出すため。
わざと大規模魔法を使わせされたことヴォルガング・クイーンは次の行動までほんの僅かなインターバルがある。
その僅かインターバルを狙ってカルナは最大攻撃を放つための溜めを完了したのだ。
カルナは最初から激しい連撃で攻め切るのではなく、最強の一撃で仕留める気でいたのだ。
【業火ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ焼キ尽クシ代行者タル我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)ーーー】』
ヴォルガング・クイーンも迎撃を試みる。
短文詠唱。されど上級魔導士の大砲撃に匹敵する魔法を発動する。
「ブラフマーストラ・グンダーラ‼︎」
主神に必殺技の名前を唱えれば威力が上がると騙されている少女に同じように唱えるように強要されされている技名を唱え、極大の炎を纏った全力投擲が放たれた。
因みに、カルナは少女が直向きに強くなろうとしてるのを知ってるので真実を告げられずにいる。
『【ファイヤーバースト】‼︎』
ヴォルガング・クイーンも注ぎ込めるだけの魔力を魔法に装填し、砲撃を放った。
必殺の炎槍と火炎の砲撃が激突した。
拮抗は一瞬。
火炎の砲撃を引き裂き、ブラフマーストラ・グンダーラがヴォルガング・クイーンに直撃した。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
槍先から解き放たれた極大の炎がヴォルガング・クイーンを焼き尽くそうと吞み込む。
高い火耐性が意味が無いとばかりに全身が燃やし、遂にはモンスターの心臓である『魔石』を焼き尽くした。
『魔石』を破壊され、焼け残っていたヴォルガング・クイーンの残骸は一瞬で灰となった。
「はぁ、はぁ、膨大な精神力(マインド)消費した後のブラフマーストラ・グンダーラは流石に疲れたな」
精神疲弊(マインドダウン)寸前。ブラフマーストラ・グンダーラを後一回使えるかどうかというほどにカルナは消耗していた。
「この状態で残敵の掃討か。冒険をするのは嫌いではないが限度がある」
シャクティ・スピアを拾い、目の前のヴォルガング・ドラゴン達を見据える。
【ファイヤースウォーム】で58階層にいたモンスターは全滅した。しかし、すぐに新たなヴォルガング・ドラゴンが壁を破り、何体も産まれ始めていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
ヴォルガング・ドラゴンが吠える。攻撃が来ると身構えた瞬間、竜達は予想外の行動に出た。
翼を広げ、我先にと全てのヴォルガング・ドラゴンが縦穴へと逃走を開始したのだ。
「っ、しまった!」
そこでカルナはミスに気付く。モンスター達は怒りの咆哮を上げたのではない。自分達のボスを殺られて恐怖の悲鳴を上げたのだと。
カルナを恐れたヴォルガング・ドラゴンは上昇していき、上の階層を目指す。
「くそっ、こちらが飛べないときに!」
【アグニ】による飛行が不可能な状況では階層を一つづつ駆け上るしかない。
カルナは疲弊した体に鞭打ち上の階層へ続く道を疾走した。
◆◆◆
50階層。【ロキ・ファミリア】拠点。
こちらも決着がつこうとしていた。
「リル・ラファーガ」
神風が女性型ヴィルガを貫通し、爆散する。
大型モンスターを倒したアイズは一息付く。
「カルナ。遅いな」
未だに下の階層から戻らない仲間の事を考える。フィン達から新種のモンスターを引き付けるために別行動をしたと聞いているけど。これだけ立ってまだ戻らないのはおかしい。
だが、カルナが危険な状況だとは欠片も思えなかった。アイズは彼の強さを知っている。
オラリオでも数えるほどしかいないLv.6の一人。自分では勝てないフィン、リヴェリア、ガレスの三人にも引けを取らない実力を持ち、あの【猛者】に最も近いと目される人物。
そんな人が危険になるなど考えられなかった。………でも、帰りが遅いから、ちょっと心配。
カルナが聞けば、お前は俺の母か、と言われるような事をアイズは考えていた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
アイズの思考は轟音によって中断された。
大爆発が階層を突き破り、大穴ができる。
そこから飛び出してきたのは、
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
「ヴォルガング・ドラゴン! なんで⁉︎」
現れたの58階層に君臨するヴォルガング・ドラゴン。それも数体が一斉に飛び出してきた。
まずい、とアイズは思った。魔法の酷使で体は悲鳴を上げている。
フィン達と協力すれば倒せる数だが、新種の女性型から逃れる為に遥か後方だ。
合流する前にヴォルガング・ドラゴンの一斉砲撃を食らうの火を見るよりも明らか。かといってアイズだけでは抑え込まめる数ではない。
アイズが悩んでいる間にも、ヴォルガング・ドラゴンは口を広げ、大火球を放とうとしていた。しかし、
「ブラフマーストラ・グンダーラ」
下方より放れた炎滅の槍がヴォルガング・ドラゴンの群れを呑み込んだ。
業火に焼かれる竜達は断末魔を響かせ、炎の津波がアイズの元まで迫る。
突然の事に反応が遅れたアイズは炎の津波に呑まれそうになる。
だが、飛び出した影に抱き抱えられその場を離脱した。
「すまない、アイズ。お前が近くにいるのに気付かず大技を使ってしまった」
「あ……カルナ」
すぐ側から聞こえる声に自分がお姫様抱っこされているのに気付くアイズ。途端に恥ずかしくなり、顔を赤くする。
「お、降ろして。恥ずかしい………」
「ーーーふっ、はははっ。アイズにも羞恥心はあったか。てっきり強くなる以外は無頓着だと思っていた」
「カルナ、酷い」
「怒らせたなら謝罪しよう。それにこれ以上抱えていては何処ぞの狼に噛み付かれる」
カルナの見る方に視線を向けるとロキ・ファミリアの面々。その中で唸り声を上げている狼人がいた。
カルナは皆の前に着地し、アイズを下ろした。
「遅かったね、カルナ。58階層に行くなんて何があったんだんだい?」
聡いフィンはヴォルガング・ドラゴンを見ただけでカルナが58階層にいたと把握した。
「異常事態(イレギュラー)にあってな。詳しくは地上に帰ってからでいいか?」
「ああ、君が無事で良かった」
50階層で大損害を出したロキ・ファミリアは未到達階層進出を諦めて地上への帰還を選択した。
ブラフマーストラ・グンダーラ
この世界では宝具ではなく魔法【アグニ】による個人技。
アイズの【リル・ラファーガ】と似ているが一点突破で貫く風に対して拡散する爆炎であるため攻撃範囲が桁違い。
因みに、【リル・ラファーガ】と撃ち合った場合は【ブラフマーストラ・グンダーラ】に軍配が上がる。
これは威力だけでなく相性の問題で、風では炎をより強力にしてしまうため。
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第八話
「まだまだ行けたのに〜。暴れ足んないよ〜」
「しつこいわよ、あんた。いい加減にしなさい」
ダンジョン17階層。遠征を断念したロキ・ファミリアは深層から地上に近い中層まで来ていた。
「………」
ティオナの騒ぐ声にも反応せずカルナは黙って歩いていた。いや、それどころか深層からここまで戦闘にも消極的で、自分に襲い掛かるモンスターの迎撃しかしていない。
「カルナ。どうかしたの?」
「………何がだ。アイズ」
黙り込んでいるカルナに疑問を抱いたのかアイズが声を掛ける。
「全然、戦ってない」
「その言い方は俺が戦闘狂のようだ。戦うのは嫌いではないが、残念ながらお前ほどではない」
「私、そんな戦闘狂じゃない」
アイズが頬を膨らませて抗議する。だが、アイズが戦闘狂でないなら【戦姫】なんて渾名は付けられなかっただろう。
「止めろっての、アイズ。そんな口を開けば悪口しか言わない奴に構うな」
「人を見下す言い方しか言わない奴には言われたくないな」
アイズと話してるのが気に食わないのか、ベートがちょっかいを出す。
「アイズと話したいならば直接声を掛ければいいだろう。なぜ、こんな回りくどいことをする? お前が初心だということは理解しているが、他人を巻き込むべきではない」
「そうだそうだ! だからアイズに相手にされないって気付かないの?」
「誰が初心だ、出鱈目言うな! それから糞女! 勝手に首突っ込むじゃねぇっ!」
「ベートだってアイズ達に首突っ込んだじゃん!」
ベートとティオナの口喧嘩が始まり、これ幸いとカルナは前の方に逃げる。
実は平然と話しているように見えるがカルナは話すのも苦痛なほど消耗していた。
戦闘不能になるほどの損傷からの即時回復に加え、精神力(マインド)を大きく削った後のブラフマーストラ・グンダーラ。精神疲弊(マインドダウン)で倒れているはずの消耗をしながらカルナは強靭な意志のみで意識を保っていた。
「カルナ」
「……今度はリヴェか」
喋るもの辛いが返事をする。
「魔法を酷使したな? 辛いなら私達を頼れと言ってるだろ」
「……よく分かったな」
「手持ちの精神回復薬(マジック・ポーション)を使い果たしいれば気付く。ーーーなぁ、カルナ。そんなに私達は頼りないか?」
リヴェリアが悲しそうに問う。顔を見ればいまにも泣きそうな、普段では考えられない顔をしていた。
「お前は強い。ロキ・ファミリアどころかオラリオでもトップクラスの強者だ。強者故に仲間に心配をさせたくないという気持ちも分かる。だが、それでも一人の人間だ。少しぐらい私達を、私を頼ってくれないか」
「………」
リヴェリアがカルナの手を握る。それにカルナは何も言えなかった。
「………そうだな。そこまで心配されているなら、頼らせてくれ」
カルナはリヴェリアの手を握り返す。
「時折意識が朦朧とするからリヴェがホームまで誘導してくれるか?」
「! ああ、任せろ!」
リヴェリアが嬉しそうに笑う。女神でさえ嫉妬する美貌の笑みは、美の女神の魅了のようだった。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
直後、ミノタウルスの大群が現れた。
「流石に何事もなくとはいないか」
「ダンジョンだからな。都市を歩くのとは訳が違う」
溜息を吐きながら、両者は手を話した。相手はミノタウルス。ロキ・ファミリアにとっては敵ではないが、だからと言って手を繋いで戦う訳にはいかない。
「リヴェリア。これだけいるし、私達もやっちゃっていい?」
「やるぞーっ!」
「獲物ナシ(ステゴロ)だ。ハンデくらいはやらねーとな」
「空気読んでくださいよ〜。ーーーあれ、カルナさんはやらないんですか?」
「第一級冒険者三人で戦力過剰だ。あと、ラウル。お前まで俺のことを戦闘狂と思っているのか?」
カルナの言う通り、ミノタウルスの大群はあっという間にその数を半数に減らした。そして予期せぬ行動に出る。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』
ミノタウルスは集団逃走を開始した。
その光景に誰もが動揺する。否、一人だけ駆け出した者がいた。
「っ、カルナ!」
「何をしている動け! 他の冒険者に被害が出るぞ!」
カルナの言葉にアイズ達は弾かれたようにミノタウルスの群れを追い出した。
「ちょっとあれ、上層への階段じゃ⁉︎」
「ウソだろ⁉︎ 上は低レベルの冒険者だらけだぞ‼︎」
だが、追撃虚しくミノタウルスの群れは上層への階段を駆け上がっていった。
そこからミノタウルスの群れは階層を幾つも駆け上がり、ついには5階層まで進出。
バラバラに逃げたミノタウルスを追うためにロキ・ファミリアも分散し、ここにいるのはアイズ、ベート、カルナの三人だけだった。
そして新米冒険者に襲いかかろうとした最後のミノタウルスをアイズが撫で斬りにする。
「……大丈夫ですか?」
アイズが追い詰められていた白髪の少年に尋ねる。
「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」
しかし、少年は奇声を上げて走り去った。
「辛いのを我慢して来た甲斐があったな」
その走り去っていく姿を見ながらカルナが呟く。
精神疲弊(マインドダウン)しかけでありながら、無理をしてミノタウルスを追走したのは、ここに来れば弟に会えると分かっていたからだ。
三年ぶりに無事なベルを見れてカルナは安堵した。だが、兄さんの存在に気付いてくれないのはちょっとショックなカルナだった。
この後、合流したリヴェリアに疲労困憊でありながら先行したカルナが説教されたのは言うまでもない。
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第九話
迷宮都市オラリオ。
ダンジョンから帰還した【ロキ・ファミリア】はホームを目指す。
無事に地上に戻ってこれたことに誰もが安堵する中、カルナは居心地悪そうにしていた。
「リヴェ」
「ダメだ」
なぜなら、リヴェリアに腕を組まされているのだから。
「……まだ何も言ってない」
「この手は離さん」
取り付く間もない。だが、これはカルナが悪い。弟が見たい為に精神疲弊(マインドダウン)寸前のコンディション最悪の状態で独断先行。リヴェリアが御立腹になるのも仕方ない。
自分が悪いと自覚しているカルナは諦めて腕を組んだまま歩く。
男性の憎悪と女性エルフの嫉妬を一身に浴びながら。
針の筵状態であることしばらく、カルナ達は【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館に到着した。
ちなみにカルナはこの建物を見る度に館ではではなく城に改名すべきだと思っていた。
「ーーーおっかえりぃいいいいいいいいいいいっ!」
ホームから走り寄ってくる女神。彼女は男性陣に目もくれず女性陣に飛び付いた。
「え、ちょ、きゃああああああ!」
アイズ、ティオネ、ティオナがひょいひょいと避けるが、レフィーヤは避けれずに押し倒される。
「グフフ、ちょっとおっぱい大きゅうなった?」
「な、なってませんっ⁉︎」
【ロキ・ファミリア】主神、ロキ。見目麗しい神々なだけあり、女神の美貌を持つが女好きで親父のような言動が目立つ。あと無乳。
フィンと話し、アイズを労ったロキはリヴェリアの方に来る。
「リヴェリアー、て、カルナ! 何でうちのリヴェリアとくっ付いとんや、羨ましいー、離れんかい!」
「リヴェ、ロキもこう言っているし、ホームにも着いた。もう離してもくれないか?」
「仕方ないな」
リヴェリアは渋々手を離した。
「んー。アイズたんもやけどカルナも無茶したみたいやな。てか、カルナがそれだけ疲弊するなんて何があったん?」
「やれやれ。リヴェだけでなくロキにも見抜かれるとは神の眼に驚きべきか、自身の未熟さを嘆くべきか」
「おのれが未熟なら冒険者の大半が赤子やアホ。ま、詳しい事はフィンに聞くから、ゆっくり休みや」
ロキはカルナの肩を叩く。その眼差しは我が子を慈しむ親だった。
その想いを感じたカルナは黙って頷いた。
◆◆◆
皆が夕食を食べている頃。早くに食べ終わったアイズはロキの私室、中央塔の最上階に来ていた。
無論、自分にセクハラするような神の部屋にアイズが来る理由など一つしかない。
【ステイタス】の更新。蓄積された【経験値】を【ステイタス】に反映させてアビリティの熟練度を上げる。良質な【経験値】を得れば器を昇華させる【ランクアップ】もできる。
強さを求める少女はその為に誰よりも早くロキの元を訪れた。
しかし、
アイズ・ヴァレンシュタイン。
Lv.5
力:D549→555
耐久:D540→547
器用:A823→825
敏捷:A821→822
魔力:A899
狩人:G
耐異常:G
剣士:I
……低すぎる。
少女の顔は険しかった。深層域のモンスターをあれだけ屠りながら、各アビリティの熟練度は微々たるもの。もうアイズには伸びしろがないのだ。
Lv.5に到達して既に三年。限界という壁がアイズの前に立ちはだかっていた。
「えらい顔しとるでアイズたん」
「……ロキ」
「強くなることいいことや。強くなれば沢山の仲間を守れる。やけど強さを求め過ぎると誰も支えられへん場所に独りで行ってまうで、そうなったら、誰もアイズたんを助けられん」
「………」
アイズもロキの言いたいことは分かる。でも彼女は強くなりたいのだ。もっと強く。悲願の為に。その為にアイズは限界を超えたかった。
「まぁ、いまは走りまくってもいいで。なんせ、アイズの前を常に全力疾走しとるバカがいるんや。そいつが支えてくれるやろ。ーーーなぁ、そろそろ入ったらどうや、カルナ!」
ロキの言葉にアイズは扉に視線を向ける。すると扉が開いて白髪の青年が入ってきた。
「本人がいるのを知りながらバカ呼ばわりとは。お前は酷い神だな、ロキ」
「このくらい気にせんって分かってるから言うてんの、愛情表現や。それよか自分かてアイズたんより早くといて順番譲るなんて謙遜過ぎるで?」
「何の話か分からんな。それよりステイタスの更新を頼みたいのだが」
「ええで、どうせ今日はこの二人くらいやろ。早よ、服脱ぎ」
ロキの言葉にアイズがいるのも気にせず上着を脱ぐカルナ。その大胆さにアイズの方が頬を赤くする。
「おお、良い細マッチョやな。ほな、更新するで」
ロキは手際よく更新を始め、出て行く機会を失ったアイズは棒立ちするしかなかった。
だが、手際よく更新していたロキの指が止まる。直後、
「初Lv.7キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎」
カルナやアイズが耳をふさぐほどの大音量の喝采がホームに響いた。
ロキの喝采に深夜にも関わらず黄昏の館は上へ下への大騒ぎとなった。
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第十話
カルナ・クラネル。
Lv.6
力:B 761→A 882
耐久:C 633→B 746
器用:A 858→S 935
敏捷:A 894→S 999
魔力:B 735→S 911
幸運:D
不死:E
耐異常:G
鍛治:G
《魔法》
【アグニ】
・付与魔法(エンチャント)
・炎属性
・詠唱式【我を呪え】
【ヴァサヴィ・シャクティ】
・階位昇華(レベル・ブースト)
・発動対象は術者装備限定
・行使条件は【日輪具足】使用解除
・発動後、一日の要間隔(インターバル)
・詠唱式【神々の王の慈悲を知れ。主神よ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺。焼き尽くせ】
《スキル》
【憧憬庇護(リアリス・フレーゼ)】
・早熟する。
・懸想(ベル)を守る限り効果持続。
・懸想(ベル)が近いほど効果向上。
【日輪具足(カヴァーチャ・クンダーラ)】
・光鎧を装備する。
・この鎧は神々でさえ破壊困難。
・装備者は損傷(ダメージ)を九割削減。
これがLv.6最後の【ステイタス】。【アグニ】を限界まで行使したことで『魔力』が二段階も上昇。他の項目も軒並みA以上になっている。唯一『耐久』が見劣りするがスキルのせいで伸びにくいので仕方ない。
「いつ見ても異常なステイタスやな。レアアビリティ、レアスキル、レア魔法のオンパレード。ほい、更新終わったで」
ロキが更新した【ステイタス】を共通語(コイネー)に書き換える。カルナは【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めるので書き換える必要はないのだが黙って受け取る。
カルナ・クラネル。
Lv.7
力:I 0
耐久:I 0
器用:I 0
敏捷:I 0
魔力:I 0
幸運:D
不死:E
耐異常:G
鍛治:G
精癒:I
《魔法》
【アグニ】
・付与魔法(エンチャント)
・炎属性
・詠唱式【我を呪え】
【ヴァサヴィ・シャクティ】
・階位昇華(レベル・ブースト)
・発動対象は術者装備限定
・行使条件は【日輪具足】使用解除
・発動後、一日の要間隔(インターバル)
・詠唱式【神々の王の慈悲を知れ。主神よ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺。焼き尽くせ】
《スキル》
【憧憬庇護(リアリス・フレーゼ)】
・早熟する。
・懸想(ベル)を守る限り効果持続。
・懸想(ベル)が近いほど効果向上。
【日輪具足(カヴァーチャ・クンダーラ)】
・光鎧を装備する。
・この鎧は神々でさえ破壊困難。
・装備者は損傷(ダメージ)を九割削減。
【英雄宿命(アルゴノゥト)】
・強敵対峙に対するチャージ実行権。
・解放時における全アビリティ能力補正。
・能力補正はチャージ時間に比例。
アビリティが全て初期化され更新された【ステイタス】。新しく発現したアビリティは『精癒』。カルナの知る限りではリヴェリアしか習得していない『レアアビリティ』だ。それに新しいスキルも発現している。始めて見るスキルだが、強敵と戦う時に力を溜めて飛躍的な能力増幅(ブースト)するものらしい。その上、溜める時間が長いほど際限なく強くできる。こちらも間違いなく『レアスキル』だろう。
発現の起因は間違いなくヴォルガング・クイーンとの死闘だな。
「まずはおめでとうと言っておくよ、カルナ」
「やれやれ、とうとう先を越されたか。お前さんならもしやと思ってはおったが」
「これでカルナも世界最高位の一人か」
この場には【ロキ・ファミリア】の首脳陣も集まっていた。カルナの【ランクアップ】を祝福をする為に集まってくれたかというとそうではない。
「さて、とりあえず58階層で何があったか話して貰おうか」
「強いのは知っとるが、無茶し過ぎはいかんの」
「どんな危険を冒したかさっさと吐け」
Lv.7に至る『偉業』。即ちそれだけ命に関わる危険を一人でやらかしたカルナに三人は怒っていた。
「言い訳はしない。三人が怒っても仕方ない事を俺はした。何があったか話すのは筋をだろう」
カルナは58階層で見たことを包み隠さず話した。ただし、ヴォルガング・クイーンが『穢れた精霊』であったことは隠して。
「アイズが戦った女性型の同種とヴォルガング・ドラゴンを数十体。そして女性型ヴォルガング・ドラゴンか」
「その女性型ヴォルガング・ドラゴンって階層主(バロール)より遥かに強かったんやろ? そんなん一人で倒せば【ランクアップ】もするわ」
「まったく……仲間を思って原因を調べようとしたのは分かる。だが、いつもカルナが一人で危険に飛び込む必要はーーー」
「まぁ、そういうなリヴェリア。無事に戻ってきたんじゃ。戦力強化もできて結果的に良かったではないか」
反応は様々だったが、誰もがカルナの無事で良かったということで落ち着き、解散となった。
内心、リヴェリアに説教されるのではビクビクしていたカルナは安堵していた。
◆◆◆
翌日。カルナ達は遠征の後処理を済ませる為に団員総出で街に出ていた。
「僕とリヴェリア、ガレスは『魔石』の換金に行く。あ、カルナもギルドまでは一緒かな。皆は予定通り、ここから各々の目的地に向かってくれ。換金したお金はどうかちょろまかさないでおくれよ? ねぇ、ラウル?」
「あ、あれは魔が差しただけっす⁉︎ 本当にあれっきりです、団長っ⁉︎」
「一度失った信頼は簡単には取り戻せないものだ」
「カルナさんっ⁉︎」
「ははっ。じゃあ、一旦解散だ」
誰もが目的地に向かう中、カルナはフィン達と共にギルドに向かった。
最も高額で量がある『魔石』は首脳陣が換金するのが決まりであり、本来はカルナも他の役割をするべきだ。
しかし、カルナは【ランクアップ】したのでそれをギルドに報告するためフィン達に同行していた。
「じゃあ、僕達は『魔石』を換金してくるから、カルナは『遠征』の報告書を出してくれ。【ランクアップ】したことも忘れずに報告するんだよ?」
「言われなくてもそうする」
カルナはフィン達と離れ、受付に向かう。受付嬢の中に自分の担当がいるのに気付いたカルナは彼女に話しかける。
「ミィシャ」
「あっ、カルナ君じゃない! 遠征から帰ったんだね、お帰りー!」
元気に返事をしたのはミィシャ・フロット。受付嬢らしくない馴れ馴れしい喋り方だが、これはカルナだけなので特に問題ないだろう。
何しろ、カルナはミィシャが受付嬢になって初めての担当冒険者なのだ。
当時、カルナがたった三年で都市最強の一角に登り詰めるなどミィシャは想像もしていなかった。
「ああ、今回の遠征は残念ながら到達階層は増やせなかった。詳しくはこれに書いてある」
「はいはーい。確かに受け取ったよ」
いつも通りのやり取り。ミィシャも手際良く手続きをする。そこにカルナは爆弾を投じた。
「後、俺が【ランクアップ】したからその報告も頼む」
その言葉にミィシャは報告書を落とす。
「……カルナ君。今なんて?」
「【ランクアップ】したと言った」
「前回、【ランクアップ】したのいつだっけ?」
「1年前だな。数ヶ月毎に【ランクアップ】していたのを考えれば今回は長かった」
「その時のLv.は?」
「Lv.6」
「今は?」
「Lv.7」
「………」
「………」
沈黙する二人。だか、カルナはこの後の展開が何となく分かった。
「Lv.7〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ⁉︎」
昨晩のロキに引けを取らない大声量。無論、こんな大声で叫べば、
「Lv.7⁉︎ 一体誰が!」
「あの人だ! 【ロキ・ファミリア】のーーー」
「不死身のカルナか!」
「オッタルのライバルと言われる⁉︎」
「とうとう【猛者】と並んだのか!」
一瞬でギルドにいた全員に知れ渡ることになった。一時間もすればオラリオに住む全員が知ることになるだろう。
「………騒々しい」
【ランクアップ】しただけで誰もが大騒ぎする。いい加減疲れたカルナはギルドを後にした。
オリジナルアビリティ
不死
瀕死の状態でも存命し、損傷(ダメージ)を自動回復する。
能力高低がE評価の『不死』ならば即死しなければ致命傷さえ瞬時に回復する。
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第十一話
ギルドを出たカルナは北東のメインストリートを歩いていた。この場所は様々な道具や武器が作られる工業区。
カルナは遠征で酷使した愛槍を整備するために製作者の元に向かっていた。
しばらく歩くと巨大な工房に辿り着く。
建物から聞こえてくるのは金属の弾ける甲高い音や、ドワーフの下手くそな歌。いまも新しい武器が次々と作られているのだろう。
掃除もされていない煤だらけの工房を見渡したカルナは呟く。
「相変わらず汚いな」
「酷い言いようね」
独り言のつもりが返事が帰ってくる。視線を向ければそこには眼帯を付けた女神がいた。
「神ヘファイストス。お久しぶりです」
彼女は鍛治派閥【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストスだ。
「ええ、久しぶり。それより汚い工房の所有者が目の前にいるけど、言い訳とかはないの?」
「神に嘘は付けない。なら、言い訳などは無意味だろう。先の言葉は紛れもなく俺の本心だ。だが、不快に思わせたなら謝罪しよう」
「素直ね。謝る必要はないわ、事実だもの。………それより貴方、Lv.7になったって本当?」
ヘファイストスが興味津々という風に問うてくる。大人びた感じでも未知に目を惹かれるのは他の神と同じらしい。
「よく知っている。先程ギルドに報告したばかりだというのに」
「神は娯楽に餓えてるのよ。面白いことは神速で広まるわよ」
「そういうものか。それより椿はいるか?」
「貴方の専属契約者ならいつも通りよ」
「いつも通り籠っているのか……」
短い言葉だけで彼女が工房で金属を鍛え続けていると理解する。それくらい分かる程度は彼女とカルナの付き合いは長い。
「入っても構わないか?」
「ええ。貴方が来たと知ったらあの子も喜ぶわ」
ヘファイストスに連れられ、カルナは工房に入った。
工房の中には金属をひたすら叩く後ろ姿。入ってきた二人の存在にも気付かず、真摯に鉄を鍛えていた。
「カルナ。悪いんだけどーーー」
「分かっている。椿の邪魔はしない」
元より彼女が武器を作っているとは完成するまで待つとカルナは決めていた。更に言えばあの状態の彼女は何を言っても聞こえないのだから。
しばらく待つと、彼女は一本の槍を完成させた。
「う〜む、イマイチだな。やはりこの程度の精製金属(インゴット)ではあやつに相応しい武器は無理か……」
納得いくものが出来なかったのか深いため息を吐いた。そこにヘファイストスが呼びかけた。
「椿」
「おお、主神様ではないか、何週間振りーーーと、カルナ、来ておったのだな!」
ヘファイストスに話していた褐色の女性がカルナに気付いた。
真っ赤な袴にさらしのみという露出度の非常に高い服装(服と呼べるかも疑問だが)にヘファイストスと同じ漆黒の眼帯をした女性は椿・コルブランド。
【ヘファイストス・ファミリア】団長にしてオラリオ最高の鍛治師である。
「先程からいた。相変わらず鍛治に集中すると周りが見えなくなるようだな」
「はははっ、作品に全霊を注いでいおるかな。待たせてしまったか?」
「そんな事はない。椿は真摯に打ち込む姿が一番輝いている。それは見ていて飽きるものではない」
「褒めても何も出んぞ。それより、工房にこもりっきりで人肌の温もりが恋しいのだ、抱きしめさせてくれ!」
「ああ、いいぞ」
両手を広げ近付いてくる椿をカルナは迷う事なく抱き寄せた。
「ーーっ、カ、カカ、カルナ⁉︎ 何をしておる!」
「? 何を言っている。椿が望んだことだろう」
「た、確かに手前が言ったことだが、あれは、その、手前が抱き締めたいという意味でーーー」
「人肌を感じたいならどちらが抱き付いても変わらないはずだが?」
抱き締めるどころか抱き締められ椿の顔が真っ赤になる。実はこのやりとり、冗談半分に抱き締めさせてくれと言った椿が頼み事を断らないカルナに逆に抱き締められて照れるというのが毎度のように行われている。
「嫌か? だったら離れるが」
「嫌ではない! ただ突然の事で驚いただけで……」
カルナに抱き締められたまま椿が呟く。その姿は普段の豪快な性格では考えられないほど可愛らしいものだった。
「ーーーコホンッ」
二人だけの空気を遮ったのはヘファイストスの咳払い。自分達以外の神物がいることを思い出した椿が慌てカルナから離れる。若干、名残惜しいそうな顔をしながら。
「んん、仲がよろしいようだけど、カルナは椿に用があったんじゃないの? それとも逢い引きのために来たの?」
「違う、武器の整備のために来た。今回の『遠征』でかなり酷使せたからな」
ヘァイストスのからかいも意に介さずカルナはシャクティ・スピアを椿に渡す。
「くぅ、手前が作った槍だが、やはり重いな。よくこんな馬鹿げた武器を注文したものだ」
「面白そうだと嬉々として作製していたと記憶しているが?」
言葉とはウラハラにしっかりと握ったシャクティ・スピアを槍先から石突きにかけて観察し、裏返してみたり、状態を確かめる。
「随分と劣化しいるな。何をしたのだ?」
「何でも溶かす腐食液を出すモンスターと凄まじく硬質な鱗を持つドラゴンなどだな」
「あの魔法は使ったのか?」
「【ヴァサヴィ・シャクティ】は使ってない」
「だろうな。使っていればこの程度の摩耗では済むまい」
椿の言葉に同意するようにカルナは頷く。
【ヴァサヴィ・シャクティ】。
カルナの超越魔法(レア・マジック)。手に持つ人造兵装を神造兵装に昇華させることができる反則級の魔法。
カルナが持つ物なら子供の玩具だろうと木の枝だろうと神槍になる。
ただし、代償も多い。
発動するには黄金の鎧を解除しなければならない。絶対の守りを捨て最強の矛を得るのでは明らかに釣り合わない。
また、昇華させた武器は凄まじい負担が掛かるために使用後には壊れてしまう。
唯一耐えれるのはこのシャクティ・スピアのみである。
「直せるか?」
「無論だ。これを作ったのは手前だぞ。新品同様にしてやる」
「正確には俺と椿の二人でだ」
「細かぞ」
シャクティ・スピアは武器素材には超硬金属(アダマンタイト)と最硬金属(オリハルコン)の精製金属『神硬金属(ヒヒカネイロ)』を使用している。
だが、この神硬金属(ヒヒカネイロ)、強度が高過ぎて椿でさえ加工できず武器素材にするのを断念していた。
そこで使用したのがカルナの【アグニ】である。工房の炉では不可能な超火力を用いることで、椿は神硬金属(ヒヒカネイロ)を鍛えることに成功した。
因みにカルナが『鍛治』の発展アビリティを持っているのも作成中、ずっと工房に閉じ込められて手伝わされていたのが原因である。
「まぁ、カルナの助けがなければシャクティ・スピアが生まれなかったのは事実だ」
「俺と椿の合作。いわばこの槍は俺達の子供か?」
「なっ⁉︎」
カルナが思った事を口すると、椿がまた顔を赤くした。
「子供……カルナと手前の……だが、子作りにはあれをしなければ……」
「椿?」
「ひゃうんっ⁉︎」
ブツブツと独り言を始めた椿にカルナが声を掛けると奇声が上がった。
「どうした?」
「な、何でもない! はっ、主神様! これは違ーーーん、主神様は何処だ?」
「神ヘファイストスならとっくに出ていったぞ」
言い訳しようとした椿がヘファイストスがいないことに気付く。
シャクティ・スピアが二人の合作うんぬんの辺りから、うんざりしたような表情で出ていった。
まるで逢い引きの瞬間でも見せつけられたように。
「んん、ともかくこの槍は手前がキッチリ直してやる」
「済まないな、椿。代金は受け取るときで構わないか?」
「それで構わん」
「承知した。では後日に」
「……あ、カルナ」
「ん?」
「その………まだ人肌の温もりが恋しいのだ」
カルナは無言で椿を抱き締めた。
カルナ武器設定
【シャクティ・スピア】
・不壊属性(デュランダル)の大槍。
・【ヘファイストス・ファミリア】椿・コルブランドと【ロキ・ファミリア】カルナ・クラネルの合作。
・カルナ自身が発注した専用武装(オーダーメイド)。
・武器素材は超硬金属(アダマンタイト)と最硬金属(オリハルコン)の精製金属『神硬金属(ヒヒカネイロ)』。
・攻撃力が低い不壊属性(デュランダル)でありながら最上級(トップクラス)の威力、重量を持つ。
・300,000,000ヴァリス。
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第十二話
夜。宴をするため【ロキ・ファミリア】は『豊穣の女主人』を訪れていた。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征皆ごくろうさん‼︎ 今日は宴や! 飲めぇ‼︎」
「「「「「乾杯‼︎」」」」」
ロキの音頭に一斉にジョッキがぶつかる。
「団長、つぎます。どうぞ」
「ああ、ありがとう。ティオネ。だけどさっきから、ぼくは尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけどね。酔い潰した後、僕をどうするつもりだい?」
「本当にぶれねえな、この女……」
「獲物を追い詰める獣の眼をしている」
「こらっ、カルナ! 酒が止まっとるぞ! もう限界か?」
「ああ、すまない、ガレス。まだまだいけるさ」
「こいつらもぶれねえな………」
カルナはガレスと並んでドワーフの火酒を競うように飲んでいた。そのペースは店員の猫人(キャットピープル)とヒューマンが、
「あいつら、飲むの早過ぎるニャ!」
「運ぶのが追いつかない!」
と悲鳴を上げるほどである。
「うおーっ、ガレスー、カルナー⁉︎ うちも飲み比べ勝負に混ぜてー!」
「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい」
「結果が目に見えている事を勝負とは言わないと思うが?」
「うちが相手にもならんって言いたいんか、吠え面かかしたる! ーーーちなみに勝った奴がリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやァッ!」
「じっ、自分もやるっす⁉︎」
「俺もおおおお!」
「俺もだ‼︎」
「私もっ!」
「ヒック。あ、じゃあ、僕も」
「リ、リヴェリア様……」
「言わせておけ。……だが、カルナ」
「何だ、リヴェ」
「負けるのは許さん」
「…………承知した」
騒ぎが増す中、自分の調子を守って食を進めるアイズにも飛び火がくる。
酔っ払った団員の皆達がここぞばかりに酒を勧めてきたのだ。
しかし、酒は目にも留まらぬ速さで取り上げられた。
「アイズに酒を飲ませるな」
取り上げられた酒を一瞬で飲み干しカルナが釘を刺す。酔っ払った団員達もLv.7に登り詰めたカルナに注意されては引き下がるしかない。
「……あれ、アイズさん、お酒は飲めないんでしたっけ?」
「アイズにお酒を飲ませると面倒なんだよ、ねー?」
「えっ、どういうことですか?」
「下戸っていうか、悪酔いなんて目じゃないっていうか……カルナにガチ勝負を仕掛けたっていうかぁ」
「あぁ、それでカルナはあんな怖い顔して釘刺してたんですか」
誰が、怖い顔だ。自慢じゃないがポーカーフェイスには自信があるぞ、レフィーヤ。とカルナは心の中で文句を言うと同時にアイズが悪酔いした時を思い出す。
あれはカルナが入団して一年ほどでLv.3になった時のことだ。【ランクアップ】最速記録を祝う宴で誰もが前代未聞の偉業に騒ぐ中、一人だけ険しい顔をした少女がいた。
アイズは自分が最初の【ランクアップ】に一年かかったにも関わらず、カルナがずっと早いペースで【ランクアップ】していくのに嫉妬にも似た気持ちを感じ、アビリティの熟練度が中々上がらないのも拍車をかけていた。
そしてそれを忘れる為に酒に手を出してしまったのだ。
酔ったアイズは感情を爆発させ、カルナに勝負を挑み、カルナも承諾したことで全力戦闘が始まってしまった。
結果から言えば勝利したのはカルナだ。
Lv.3がLv.5に勝てるはずがなかったのだが。カルナはLv.1で階層主(ゴライオス)を単独撃破して【ランクアップ】した規格外である。それにアイズが酔っていたことや魔法の相性も良かったなどのプラス要素も多かった。
こうしてカルナは所要期間一日でLv.4に【ランクアップ】という『偉業』ーーーいや、『異常』を成してしまった。
「……いまとなってはこれも思い出か」
カルナはそう呟き火酒を飲んだ。
ちなみに回想している間にもガレスと飲み比べは続いており、大樽を三つ分は空にしている。
「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
ベートが騒ぎ出した。そういえば酔っ払ってベルを侮辱するんだったな。
この場にベルがいたはずとカウンターの方を見れば、顔を伏せた白髪がいた。揺れる髪が兎耳のようだ。
……本当なら、弟を馬鹿にする犬は叩き潰してやりたいが、堪えるべきだな。
ベルはここで笑われて自分の身の程を嫌というほど教えられる。それをバネに飛躍的に成長していくのを考えればこれはベルが乗り越えなければならないこと。助けるだけが救いじゃない。
だが、弟を好き放題言われ、尚且つ笑い種にされるのは腸の煮えくり返る思いだった。
カルナが必死に自身を抑え込んでいる間にも、ベートは馬鹿騒ぎし、酔った勢いで告白に近いことまで言っていた。そして、
「ベルさん⁉︎」
店員の少女の叫びに視線を向ければ、弟が涙を流しながら店を飛び出ていくのが見えた。
そこが我慢の限界だった。
無言で立ち上がったカルナは自然な足取りでベートの背後に回る。ベルを追い掛けて出ていったアイズに気を取られて気づきもしないベートの頭を鷲掴みにし、
「頭を冷やせ」
「ぐげぇっ⁉︎」
力任せに叩き付けた。Lv.7の『力』で叩き付けらたベートは、テーブルを割り、床に頭をめり込ませた。
カルナの突然の凶行に酒場が静まりかえる。
「カ、カルナ……」
「ロキ、すまない。ベートがあまりに醜態を晒すので黙らせた」
そう言いながらベートを持ち上げる。凄まじい『力』で叩き付けられたため、完全に白目を向いている。
「醜態?」
「事実だ。ミノタウルスを取り逃がしたのは俺達の不手際で、この場の全員が笑った冒険者は俺達のせいで死んでいたかもしれない。にも関わらずベートは殺しかけた相手を笑った。これが醜態以外の何がある」
カルナの非難に【ロキ・ファミリア】の誰もが黙る。この重大さにようやく気付いらしい。
「冒険者の品位を下げているのが不手際で殺しかけた冒険者を笑う自分だと気付いていないとは……いや、それは笑った【ロキ・ファミリア】全員に当て嵌まるか」
「カルナ、言い過ぎや、その辺にしとき」
「……そうだな。折角の宴に水を差して悪かった。邪魔者はさっさと退場するとしよう」
気絶したベートを担ぎ、カルナは店主であるミアの元に向かう。
「ミアさん、店を荒らして済まない。これは修理代と迷惑料だ、これで気が済まないなら、俺は出入り禁止にして貰って構わない」
カルナはカウンターに大金の詰まった袋を置く。
「ふん、構わないよ。あの犬が吠え過ぎて煩いと思ってたところだよ」
「感謝する。……それから、先程飛び出した少年の代金も頼む。あれは俺の弟だ」
「! 感情を滅多に出さないあんたが暴れた理由はそういうことかい」
小声の頼みにミアは驚きながらも納得した。
もう一度、礼をしたカルナはベートを担いだまま店を出た。
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第十三話
迷宮都市オラリオの中央に聳え立つ巨大な塔、バベル。ダンジョンの入り口があるそこに、壁に背を預けて静かに佇むカルナがいた。
瞑想するように目を閉じている彼は、ベートを黄昏の館に届けてから真っ直ぐにバベルに向かい、一歩も動かずにただ待ち続けていた。
「やれやれ、あの女神も暇だな」
カルナは真上からの視線に溜息を吐く。かなり長い時間いるにも関わらずその視線が消えることがない。こんな突っ立っているだけの男など見ても面白くないだろうに。
「ーーー来た」
カルナの待ち人が現れたのは真っ暗な深夜が空が明るくなる夜明けになり始めた頃だった。
生まれた時から知っている気配が近づいたことでカルナは目を開け、入り口を見る。
入り口からは防具も付けずダンジョンに入るとは思えない格好でボロボロになった少年が歩いてきた。
疲れ果てているのかベルはカルナに気付かず通り過ぎようとする。
「あっ……」
だが、少しだけ出っ張っていた石畳で体勢を崩す。限界まで戦ったせいかそのまま地面に倒れていく。
しかし、ベルが地面が倒れることはなかった。いつの間にか正面に回っていたカルナが抱きとめていたから。
「……兄さん?」
「久しぶりだな、ベル」
カルナがいたことに目を見開いて驚愕していたベルは徐々に涙を流し始めた。
「僕は馬鹿だ……」
「そうか」
「何もしてないくせに期待してた……」
「そうだな」
「弱い自分が悔しい……」
「ああ」
「兄さん」
「なんだ」
「……僕、強くなりたいよ」
「慣れるさ。俺の弟だからな」
「……ありがとう……兄さん」
安心したのかベルは寝息を立て始めた。カルナは起こさないようにベルを背負い、彼のホームを目指した。
◆◆◆
「遅過ぎる……!」
錆びれた教会でヘスティアが呟く。
もう時刻は夜明け間近にも関わらずベルが帰ってこない。これは何かあったと考えた方がいい。
心配になったヘスティアが探しに行こうとしたとき、扉をノックされる。
「ベル君!」
この教会の隠し部屋を知ってるのはヘスティアとベルだけ。ならばノックしたのはベルだと思い扉を開けると、
「こんな時間に失礼する、神ヘスティア」
そこには同じ白髪だがベルよりずっと背の高い青年がいた。ヘスティアはその青年に見覚えがあった。というよりオラリオに住んでいて彼を知らない者はいない。
特にヘスティアはベルからよく自慢の兄だと話を聞かされていた。そのベルの兄の名は、
「ーーーカルナ⁉︎」
「そう叫ばなくても自分の名前くらい分かる。弟を返しに来た」
カルナの言葉にヘスティアは彼が背負っいる少年に気付いた。グッタリと気を失っている少年を。
「ベル君!」
「心配するな。傷はもう治っている」
気を失った後、カルナがハイ・ポーションを飲ましているので傷は完治している。
「だが、一晩ダンジョンに潜っていたからかなり消耗している。ゆっくり休ませてやれ」
「ダンジョン⁉︎ 何を考えてるんだい、しかもこんな格好で!」
「俺に言うな」
ベルが気絶しているせいか何故かカルナに叫ぶヘスティア。
「ベルは強くなりたかったんだ」
「……何があったんだい?」
「それは俺が話して良いことではないだろう」
カルナはベルをベットに寝かせるとここにもう用は無いとばかりに立ち去ろうとする。しかし、何かを思い出したように立ち止まる。
「神ヘスティア」
「な、何だい?」
「ベルを見出してくれたこと感謝する。どうかこれからもベルを見守ってほしい」
感謝してるなら無表情を止めてくれ、と心の中で文句を言いながらヘスティアは微笑む。
「当たり前さ。大事な僕のファミリアだよ、ずっと一緒さ!」
「そうか、ならば安心だ」
カルナは納得して教会を後にした。ベルはアイズが好きだがどうなるんだろうと、少し不安に思いながら。
◆◆◆
カルナが黄昏の館に帰った時は既に日が昇っていた。いまから眠る気になれなかった彼は中庭で本を読むことにした。中庭は団員達によって手入れされているのでとても居心地が良い。因みにカルナが読んでいるのは故郷から持ってきた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』。それもゼウス直筆の原本というレア物である。
昔は中々寝付かないベルに読んであげていたな、と思い出す。
「…………」
「…………」
いや、現実逃避は止そう。この状況は何なんだ?
チラッとカルナが横に目を向けるとアイズが隣に座っている。いつ通り表情に変化がない人形のような少女だが、今日は元気がないように見える。そして細い腕が伸ばされた先には、
ギュッ。
何故がカルナの服の袖が握られていた。しかも、無意識ので握っているのか離してもまた掴んでくる。
ベルのことで落ち込んでいるのは分かる。早朝に剣の練習をするために中庭に来る事も知っている。
だからと言ってなんで袖を掴むんだ?
アイズの行動はカルナには理解不能だった。
「………考えても仕方ないか」
理解できないと判断したカルナは考えるのを放棄し、読書に集中することにした。
実際、アイズにも何故カルナの近くにいたいかわかっていなかった。まさか、カルナに自分の父の影を重ねて無意識に頼っているなど自覚もしていないだろう。
「…………」
「…………」
どちらにしろ、アイズにとって気持ちに整理が付いていない状態で何も聞かずに側にいてくれるカルナは有難く、カルナも何処に行くにもベルが一緒だったためアイズがくっ付いている程度は気にならない。
カルナとアイズ。無口で無表情な二人は相性が良く、互いに落ち着いた雰囲気を出していた。
ーーーが、それも長くは続かなかった。
「カルナああああああああああああッ‼︎」
「!」
「ベートか」
扉を蹴破り、怒りの咆哮を上げたベートが突撃してくる。
「よくもやりやがったなあああああああああああッ‼︎」
どうやら、昨日カルナに叩きつけられたことを怒っているらしい。その前に自分がやらかした事が頭に無いのか、それとも酒で忘れているのか。はたまたいま目覚めたばかりでカルナへの怒りしかないのか。
「アイズ、退いていろ」
「え、でも、カルナ………」
「心配するな」
カルナはアイズを下がらせ、疾走するベートの前に立つ。
「ーーー喰らいやがれええええええええええええッ‼︎」
ベートが蹴りを放つ。怒りに任せた単調な攻撃。カルナなら避けるのも防ぐのも容易い攻撃だった。しかし、
「ーーーーッ!」
カルナは避けることも防ぐこともなかった。直立不動の姿勢で蹴りを顔面に受ける。
「っ、舐めてんのかてめぇッ!」
カルナはこの程度簡単に防げると考えていたベートは無防備に蹴りを受けたことがこちらを見下した行動に見え、更に怒りを燃え上がらされる。追撃の蹴りがカルナに迫る。
「悪いが二度も受ける気はない」
カルナは蹴りを片手で受け止め、ベートを地面に抑えつけた。
「なっ、くそ!」
「先に手を出したのは俺だ。だから、一撃は甘んじて受け入れよう。だが、それ以上を受ける理由はない」
「じゃあ、なんで昨日は攻撃しやがった‼︎」
「………やはり、昨日の事を覚えてないか」
それでいてカルナに叩きつけられたのは覚えているとは都合のいい頭だ。
どう説明しようかと悩んでいると、
「そりゃ、ベートがいけんことしたからやろ」
「ロキか」
歩いてきたのは彼等の主神。その後ろにはリヴェリアも付いてきている。
「そいつはどういう意味だ、ロキ!」
「そう噛み付くなや、ベート。いまから聞きたくなくなっても事細かに説明したるから。あ、カルナ。ベート、縛って持ってきて」
「承知した」
「おい、なんで縛る必要がある! てめぇも承諾してんじゃねっ!」
暴れるベートをロキから渡されたロープで手際よく縛り上げて担ぐ。そしてロキに続いて中庭を出て行こうとする。だが、リヴェリアの隣を通り過ぎようとしたとき、口を開いた。
「リヴェ」
「何だ?」
「アイズの話を聞いてやってくれ。内容を考えればリヴェが解決できる話ではないが、話すだけでも気は楽になるはずだ」
アイズと最も深い絆を持つのはリヴェリアだ。本人達は自覚ないだろうが、端から見れば親子のように。
因みにその中にカルナも含めれば子供を連れた夫婦に見ているのだが、それはカルナは自覚していない。
「………まったく、アイズがどんな理由で落ち込んでいるかわかってるなら、お前が解決しろ」
「それは無理だな。俺はアイズを元気付ける術を知らない。適材適所、それはあの娘達の役目だ」
「そうか。なら、私は相談役に徹しよう」
アイズを元気付けれる存在が誰か。カルナとリヴェリアは同じ者達を思い浮かべていた。
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第十四話
あの後、連行されたベートは昨日仕出かしたことをロキに詳しく説明された。アイズに謝りたくともティオナ達に近付くことさえ許して貰えずに完全に落ち込んでいた。
アイズはティオナ達と買い物に出掛けたお陰で元気を取り戻し、またダンジョンに潜っている。無論、勝手に潜ってリヴェリアに叱られたのは言うまでもない。
それから数日後。
「という訳で、カルナも一緒に怪物祭(モンスターフィリア)に来てや」
「何がどういう理由なんだ、ロキ」
怪物祭。年に一度行われる催しだ。目玉イベントは【ガネーシャ・ファミリア】が闘技場でモンスターを調教する一連の流れを披露することだろう。
そのフィリア祭当日、何故がロキに同行を求められた。ロキに連れられたアイズも初耳なのか困惑している。
「これからある奴に会いに行くんやけど、カルナが一緒に行った方が嫉妬する顔でも見れそうやからな」
「神フレイヤか……」
いまの言葉だけで誰に会いに行くのか理解できた。カルナはフレイヤのお気に入りだ。何が気に入ったのかは分からないが【憧憬庇護(リアリス・フレーゼ)】の副次効果で魅了が効かないのも執着される理由の一つだろう。
勧誘された回数は両手で数えられないほどで、キスを迫られたこともある。
あそこまで積極的だと苦手意識が湧き、自分から会いに行きたい相手ではない。まして会いに行く理由が眷属を見せびらかすためなのだから、尚更。
「俺が行く必要があるのか?」
最大派閥の主神であるロキを狙う者はいるかもしれないが、護衛ならアイズで十分だ。
「うーん、まぁ確信もないただの勘なんやけど……感じるんよ、この怪物祭に気をつけろ……ってな」
「………なるほど、ならば同行しよう」
「お、ええの? うちが言うのもなんやけどただの勘やで」
「天界一の悪戯者(トリックスター)の直感。普段はロクでもない変態だが、その勘が気をつけろと言うなら、何か良くないことが起こるんだろう。戦力として期待してくれて構わない」
「うっ、かなり駄目出しされたけど、期待しとるで。ほな行こうか」
ロキはカルナとアイズを連れて黄昏の館を後にした。
◆◆◆
黄昏の館を出たカルナ達は東のメインストリートにある喫茶店に入った。
店員に案内され二階に来たとき、カルナが顔を顰めた。
「? どうしたの、カルナ」
「いや、相変わらずな魅了だと思っただけだ。まるで強烈な香水を吹き掛けられた気分だ」
「?」
カルナの言っている意味が分からずに首を傾げるアイズだったが、それはすぐに理解できた。
そこには美の化身がいた。見目麗しい女神達の中でも殊更抜きん出た美しさを誇り、銀の双眸は見ただけで引き込まれそうになる。
【ロキ・ファミリア】と双璧を成す最大派閥【フレイヤ・ファミリア】の主神、フレイヤである。
「アイズ、カルナ、こんなやつでも神やから、挨拶だけはしときぃ」
「………初めまして」
「久しぶりだな」
実際には宴の夜にフレイヤはバベルの最上階から、カルナは地上から互いを認識していたのたのだが、言葉を交わしたのは半年は前なので久しぶりであっているだろう。
「【剣姫】は初めまして。カルナは久しぶりね。私の【ファミリア】に入ってくれる気になった?」
「おい、色ボケ。うちの子をいきなり口説くな!」
「悪いがロキには拾って貰った恩がある。改宗(コンバート)する気はない」
「そう、その気になったらいつでも言ってね。貴方なら大歓迎よ」
カルナとフレイヤが顔を合わせれば定番となっているやり取りを終えた後、ロキが本題に入った。
本題と言ってもフレイヤが妙に動きを見せていたので、ロキが警戒して真意を問い質そうとしたのだ。
「男か」
だが、その真意を悟ったロキは溜息を吐く。
「はぁ……つまりカルナみたいに気に入った子供がおるちゅうことか」
フレイヤが盛んに行動していたのは他派閥の団員を見初めてからだ。これは珍しいことではなくフレイヤは気に入った子供をよく引き抜いている。
それで問題が起こらないのは相手がフレイヤに魅入られたり、最大派閥と敵対し潰されるのを恐れた主神が差し出すからだ。
カルナのように魅了が効かず、フレイヤと同等のロキの派閥に属しているのは稀なのだ。
「ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって、誰だろうがお構いなしか」
「あら、心外ね。分別くらいあるわ」
「なら、カルナを諦めろや」
「それは無理ね」
「………本人の前でそんな話をするか」
カルナは自分の話題に溜息を漏らす。二大派閥に引っ張りだこなのは凄いことかもしれないが、自分のいないところでしてほしいというのが本音だ。
「で?」
「………?」
「どんなヤツや、今度自分の目にとまった子供ってのは? いつ見つけた?」
「………」
「そっちのせいでうちは余計な気を使わされたんや、聞く権利くらいあるやろ」
多少強引だが最もなことを言っているようで、ただ娯楽好きな神が首を突っ込んでいるだけだ。
そこからフレイヤはロキに見初めた子のことを話し始める。
まるで惚れた男を話すように声に熱が孕んでいくのをーーー相手がベルだと知っているカルナは複雑な心境で見ていた。
「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ。……あの時も、こんな風に……」
外の光景を見ていたフレイヤの銀瞳が一点に釘付けになった。
カルナもその視線の先を追うと、兎のように真っ白な頭髪をした少年、ベルがいた。
「ごめんなさい、急用ができたわ」
「はぁっ?」
「また今度会いましょう」
ベルを見つけたフレイヤが立ち上がる。ちょっかいを出す気と理解したカルナは一言忠告する。
「あまり町に迷惑をかけるな」
「……大丈夫よ。あの子以外に手は出さないわ」
カルナはフレイヤがベルに試練を与える事は是としている。ベルが飛躍的に強くなっていく理由の一つはフレイヤの助力があったらだ。だから、ベルが強くなるためにも今回の行動を黙認することにしたのだ。だが、それに周囲を巻き込むのは許されないとも思っている。今日は祭りだ。折角楽しんでいる人達の気分を台無しにしていいはずがない。
「わかっているなら、俺が言うことはない」
フレイヤは返事の代わりに微笑み、急ぎ足で店を出て行った。
カルナ達も朝食を食べた後、町へ出た。
◆◆◆
「そんじゃ後はうちが満足するまで付き合ってもらうでー」
「俺は帰っていいか?」
「却下。まずはジャガ丸くん食べよ!」
「……!」
カルナの意見は即座に却下され、ジャガ丸くんにアイズが反応する。
「えーと、普通のジャガ丸くんと……」
「小豆クリーム味、二つ」
ロキの注文にアイズが被せるように声をかける。というよりその数はカルナも小豆クリーム味を食えと言っているのだろうか。
「店主、代金だ」
アイズ達より素早くジャガ丸くん三個分のヴァリスを店主に渡す。
「あ、お金……」
「構わない。この程度でとやかく言うほど貧困ではない」
アイズが払った後に返しても良かったが、祭りくらい奢ることにする。
ありがとう、と言ってアイズは熱心に食べ始める。
「アイズたん、アイズたん」
「?」
アイズを見ていたロキは自分のジャガ丸くんにかぶりつくと、行儀悪く舌で舐め回した。そして涎の付いたジャガ丸くんを突き出した。
「はい、あーん」
「嫌です」
「なんでやー⁉︎」
「逆に何故、断られないと思った?」
そしてこんな変態が何故、神なんだ?
「アイズたんにあーんするのがうちの夢やったんやー⁉︎ 頼むーッ⁉︎」
「安い夢だな」
だが、その夢は絶対に叶う事はないと断言する。少なくともそれだけ涎が付いたジャガ丸くんでは。それでもなお迫るロキに嘆息したカルナは、
「ロキ」
「なんや、カルナ」
ロキの腕を掴み、ジャガ丸くんの歯型の付いた部分をひと齧りした。
「な、何するんや、カルナー⁉︎」
「アイズ」
「え……」
叫ぶロキを無視して腕を動かし、ジャガ丸くんをアイズの口に押し込む。
突然の事に驚いたアイズはひと齧りして咀嚼した。
「これで夢が叶ったな、ロキ。ーーー満足か?」
「アホー! うちが齧ったジャガ丸くんじゃなきゃ意味ないんやーッ!」
「それは諦めろ」
それが嫌だから、アイズは拒否していたんだ。
アイズを見れば少し顔を赤くしながら、唇を触っていた。
ーーーそんなに俺が口を付けたのはショックだったのか? ロキよりはマシかと思ったんだが。
「じゃあアイズたんがうちにあーんしてっ、あーんっ! そっちの味も食べてみたいーーー」
「そうか、なら俺のでいいな」
「ーーーむぐっ⁉︎」
アイズと同じ小豆クリーム味のジャガ丸くんをロキの口に押し込む。いきなり押し込まれたことで咳き込んだ。
「げほっ、げほっ、なんで邪魔ばっかするんや、カルナのバカーっ⁉︎」
「お前が下らんことばかりするからだ」
邪な企みを悉く阻止されロキは絶叫した。
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第十五話
ジャガ丸くんで騒ぐロキを、無視しながらカルナとアイズは闘技場に到着した。
しかし、調教師(テイマー)とモンスターの戦いで盛り上がる闘技場内に比べ闘技場周辺は張り詰めた雰囲気となっていた。
ギルド職員が慌ただしく、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達が武器を携えている。
「……何かあった?」
「そうやね、いやな空気や」
「モンスターでも逃げたんだろう」
「カルナ、それ洒落にならんで」
洒落ではなく事実を伝えただけだ。ベルと戦わせるためにフレイヤがモンスターを逃がしたのだから。
カルナ達は事情を聞くために近くのギルド職員の元に向かった。
「……すいません。何かあったんですか?」
「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン……それにカルナ・クラネルも……」
こちらを見た職員が目を見開き、現状の説明をする。
現状はカルナの言った通りモンスターが逃げ出し、町に散らばったらしい。そして人手が足りないので協力してほしいという事を。
「ロキ」
「ん、聞いとった。しかし、カルナの予想が的中してもうたな。予知能力でも持ってるん?」
「そんな能力はない」
原作を知っているとは言えない。
◆◆◆
モンスター制圧に協力することになったカルナとアイズは周囲一帯で最も高い闘技場の外周部からモンスターを探していた。
「近辺にいるのは八匹だな」
「うん、あと一匹が見つからない」
カルナは超視力、アイズは風の流れから周囲のモンスターの位置を把握した。
しかし、脱走した九匹の内、見つけられたのは八匹。最後の一匹を確認できずにいた。
「仕方ない。俺が最後の一匹を探すから、アイズは発見できたモンスターの討伐を頼む」
「わかった。ーーー【目覚めよ(テンペスト)】」
アイズは風を纏い、壁を蹴りつけた。
「リル・ラファーガ」
弾丸と化したアイズは補足したモンスター目掛けて射出された。
それを見届けたカルナはある方向に視線を向ける。
「……ベルは、ダイダロス通りに入ったか」
ベルと彼の主神、ヘスティア。そしてベル達を追いかける九匹目のモンスター、シルバーバック。
彼らがもう一つの迷宮と言われる広域住宅街、ダイダロス通りに入るのをカルナの眼は捉えていた。
アイズが見つけられなかった最後の一匹をカルナは最初から捉えていた。弟が襲われているとわかっていながら、カルナはそれを黙認したのだ。
「戦え、ベル。お前はーーー決して弱くなんかない」
フレイヤが与えた神の試練。その程度ベルは乗り越えてみせる。原作がそうだからとか関係なく生まれてからずっと見てきた弟だからこそ、カルナはベルが勝つと信じていた。
「だが、この脱走で住民にモンスターへの恐怖心が芽生えた。神ウラノスの目的がまた遠のいてしまったな」
ダンジョンにいる異端児(ゼノス)達に申し訳なく思いながら、カルナは闘技場を飛び降りた。
◆◆◆
重力に従い自然落下したカルナは音も立てずにロキの真横に着地した。
「どひゃっ! ーーーて、カルナかい。驚かせんといて」
「女性らしくない驚き方だな。素で驚いてそれとは芯から女を捨てているようだ」
「あれ、カルナはモンスターを追いかけないの?」
先程、ロキと合流したティオナが疑問を投げ掛ける。後ろにはティオネ、レフィーヤもいる。
「見世物にする為に集められた低レベルなモンスターばかりだ。アイズ一人でも過剰戦力なのに俺まで出る必要はない」
「確かにどんどん減っていってるわね。私達の出番はなさそう」
カルナの言葉に、遠目に次々とモンスターを撃破していくアイズを確認したティオネが同意する。
「ああ。だが、アイズは一匹を捕捉できていない。警戒は怠れなーーーん、あれは………」
言葉の途中でカルナは近くにいる【ガネーシャ・ファミリア】の中に知り合いを見つけた。声を掛けておこうとロキ達に一声掛け、彼女の方に向かう。
こんな騒動になることが分かっていながら、黙認したせいで彼女に苦労させているという後ろめたさもあるが。
「大変そうだな、シャクティ」
「! カルナか」
【ガネーシャ・ファミリア】団員に指示を出していて気づかなかったのか、声を掛けられて近くにいたカルナに彼女は驚く。
彼女は【ガネーシャ・ファミリア】団長、シャクティ・ヴァルマ。【象神の杖(アンクーシャ)】の二つ名を持つ【ガネーシャ・ファミリア】最強の冒険者である。
女性でありながら成人男性にも負けない170センチを超える長身だが、180センチ近いカルナが隣にいると目立たなくなる。
「【ロキ・ファミリア】の協力、感謝する。本当なら身内の失態は私達だけで解決したかったが、市民の安全には変えられない」
「そういう格式ばったことはロキにでも言ってやれ。俺達の間でそんな形式的なものは必要ないだろう」
「そうだな。協力ありがとう、カルナ」
先程までの固さが抜けカルナとシャクティは親しげに話す。
この二人、ある事件がキッカケでかなり親しい。断れない事情があったとはいえ彼の愛槍の名前に彼女の名前が付けられるほどに。
因みに作成した椿が他の女の名前を二人で作った武器に付けた時は怒り狂った言うまでもない。
まあ、その話は別の時にでも話そう。
「モンスターを逃した事はあまり気にしない方がいい」
「……犯人を知っているのか?」
「ああ、少なくとも【ガネーシャ・ファミリア】に恨みのある奴じゃないし、今回だけだろう。………それに分かっていたところでどうこうできる神物ではない」
「それほどの大物か……」
大派閥【ガネーシャ・ファミリア】の面目を潰し、モンスターを脱走させて市民に危険に晒しても、気にも留めない存在。それだけの力を持つのはオラリオ二大派閥。カルナが所属する主神はこんな事はしない。ならば犯人はもう一つの最強派閥の主神しかいない。
全てを魅了するあの女神が相手ではどんな相手でも骨抜きにされてしまう。
「シャクティは許せないかもしれないが我慢してくれ。モンスター討伐は俺達がーーー!」
言葉の途中で何かに気付いたカルナはしゃがみ、地面に手を置いた。
「どうした、カルナ!」
シャクティの叫びに答えず、カルナは全神経を掌に集中させ、地面から伝わってくる振動を感じ取る。
人が歩く音、馬車が走る音、歓声による地響き。地面を通して伝わってくる振動の中で不自然な音が混じっている。
地中を巨大なものが上へ向けて掘り進んでいる。その証拠に周囲の音に掻き消される程度だった地響きが徐々に大きくなり、はっきりと地面の揺れを感じられるようになってきた。
「地中から大型モンスター多数。上がってくるぞ!」
「馬鹿なっ、逃げたのは九匹だけだ! それに大型モンスターなんて私達は連れだしていない!」
「だろうな。この巨大さは見世物にするには手に余るはずだ。俺が討伐に向かうから、シャクティ達【ガネーシャ・ファミリア】は市民の避難を頼む!」
「ああ、そちらは任せた!」
シャクティは団長達に指示を出すため、カルナはモンスター討伐のために走り出した。
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第十六話
「餌を用意されておいて、そのままお預けを食らった気分ね」
「あ、わかるかも」
「……お、お二人とも、武器もないのによくそんなこと言えますね」
家屋の屋根にはティオナ、ティオネ、レフィーヤがいた。モンスター討伐に向かったはいいが会話でわかる通り、アイズがモンスターを瞬殺していくので出番がないのだ。
ただし気楽なアマゾネスの二人と違い、レフィーヤは装備なしで戦うのが不安だった。
ーーーそんなことを考える私が嫌だ。
アマゾネス姉妹は強い。アイズと肩を並べて戦えるほどに。
それに比べてレフィーヤは無手でも魔法という強力な武器を持ちながら、恐怖を感じている。
逃げ出した『トロール』や『ソードスタッグ』はLv.3であるレフィーヤなら単純な【ステイタス】でも上回っいるため倒すのに問題はない相手だ。そんな相手にさえ怯んでしまう。
やっぱり、私はカルナとは違う。
レフィーヤとカルナは同時期に入団し、新人同士それも槍使いのカルナは前衛、魔導士のレフィーヤは後衛と理想的な組み合わせだったのでパーティーを組んでダンジョン探索をすることも多く、カルナとの付き合いが一番長い。そのおかげでレフィーヤもカルナを呼び捨てにするほど心を許していた。
まあ、入団時点でLv.2だったレフィーヤが『神の恩恵』を授かったばかりのカルナを下に見ていたのもあるが。
ーーーでも、その認識はすぐに間違いだったと思い知らされた。
入団して半年で【ランクアップ】。それもLv.4相当の階層主(ゴライオス)を単独撃破を成し遂げて。
それはレフィーヤの自惚れを粉々に砕くには十分だった。いまのレフィーヤでもゴライオスは倒せる。だが、それは長文詠唱が完了するまでゴライオスが攻撃しなければという条件が付く。
実質、単独撃破は不可能。それをカルナはLv.1、それも駆け出しの新人の時に達成してしまった。
それからカルナは飛躍的な成長をしていき、一緒にアイズの後ろ姿を追いかけていた相手は彼女に追いつき、逆に憧れたアイズが彼の後ろ姿を追いかけていた。
現在のレフィーヤはLv.3の第二級冒険者。カルナはLv.7の世界最高峰。
この差は何なのか? 同時期にスタートしながら、いや、レフィーヤの方が既に【ランクアップ】していた分、圧倒的アドバンテージを持っていた。それでもこれだけ隔絶した差が開いている。
「………やっぱり、私なんかが追い付くなんて無理なの?」
どれだけ頑張っても私ではアイズさんの側いる資格がない。そう思い始めた時、
「⁉︎」
何かが爆発したような轟音が届く。膨大な土煙が立ち込め、石畳わ押しのけて地中から出現したのは、蛇のような長大なモンスター。
「何あれ……また新種⁉︎」
「あんなモンスター、【ガネーシャ・ファミリア】はどこから……⁉︎」
「アイズは遠い! ティオナ、叩くわよ。レフィーヤは様子を見て詠唱を始めてちょうだい」
「わかった」
「は、はいっ」
ティオネがティオナとレフィーヤに指示を出し、モンスターも向かってくるティオネ達に反応し、襲いかかる。
力任せの体当たりをティオナとティオネは回避し、アマゾネス姉妹はモンスターに拳を叩き込む。
「っ⁉︎」
「かったぁー⁉︎」
しかし、渾身の一撃は凄まじい硬度を誇る皮膚に阻まれた。並みのモンスターなら破砕する第一級冒険者の一撃でビクともしていない。
『ーーーーー‼︎』
効かなかったとはいえ攻撃されたモンスターは怒り狂い攻め立てる。
だが、アマゾネス姉妹には危なげなく攻撃を避け、モンスターのいたるところに打撃を見舞う。
「打撃じゃあ埒が明かない!」
「あ〜、武器用意しておけば良かったー⁉︎」
アマゾネス姉妹は当たれば一溜りもない突撃をことごとく避け、モンスターはいくら打撃を受けようと怯みもしない。
互いに決定打を与えられず、膠着状態になる。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」
レフィーヤが状況を打破すべく、ティオナ達が時間を稼ぐ間に詠唱を進めた。
速度重視の短文詠唱。威力は低いが高速で動き回る敵を捉えられる。
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」
モンスターはティオナ達にかかりっきりで、レフィーヤに見向きもしない。これならばいけると魔力を解放しようとした瞬間ーーーモンスターがレフィーヤを見た。
「ーーーぇ」
無関心だったモンスターが『魔力』に反応したのだ。レフィーヤもそれに気付くが遅すぎた。
「ーーーぁ」
地面から伸びた触手がレフィーヤの腹部を貫いた。衝撃で華奢なエルフの体が宙を舞い、地面に倒れ込む。
そして仕留めた捕食するためにモンスターが変貌していく。
頭部に幾筋もの線が走りーーー咲いた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
咆哮が轟き渡る。花弁が開かれ、中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、口腔の奥には光に反射された魔石が見えた。
「咲い……た⁉︎」
「蛇じゃなくて……花⁉︎」
モンスターの正体にティオナ達が驚愕する。蛇だと思い込んでいたのは食人花のモンスター。
魔力に反応した食人花は大きな口をレフィーヤに向ける。
「レフィーヤ、起きなさいッ!」
「あーもうっ、邪魔ぁっ‼︎」
駆け付けようとするティオナ達だが、食人花の体から派生する触手の群れが襲いかかり、行く手を阻む。
◆◆◆
ーーー嫌だ、嫌だ、もう嫌だ。
眼前に迫る食人花を見ながらレフィーヤは嘆いた。
全身に鞭を打つが腹部の激痛のせいでまるで動くことができない。
レフィーヤの奮闘も虚しく、食人花が捕食せんと大口を開く。
ーーー同じだ。また助けられるんだ。憧憬の彼女に、黄金の彼に。
新人の時からカルナは助けてくれた、守ってくれた。遠征メンバーに選ばれる実力を得てもそれは変わらず、助けられる回数が増えただけ。それどころかカルナだけでなく憧れのアイズにも守られてばかり。
ーーー私達は、何度でも守るから……だから、危なくなった私達を、次はレフィーヤが助けて?
アイズはそう言ってくれた。でも、アイズが助けを必要とする時にレフィーヤの力が役に立つのか? カルナに至ってはそんな言葉を掛けられたことさえない。それはカルナはレフィーヤが力にならないと判断しているからでは?
無力な自分が悔しくて思考が負の連鎖に囚われる。
そして食人花がレフィーヤを飲み込もうとその時、
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』
食人花が絶叫した。ティオナ達の打撃でも貫通しなかった食人花の体を乱入した者が素手で貫かれたのだ。
「無事ーーーとはいえないな、レフィーヤ」
黄金の鎧を纏った青年、カルナが現れた。
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第十七話
「カ、ルナ……」
「無理に喋らなくていい。すまない、遅くなった」
実はカルナはティオナ達より先にこの場所に到着していた。しかし、原作で迷子になっている獣人の子供がいたことを知っていたカルナは子供が巻き込まれることを放置できず、避難を優先したのだ。
そのままギルド職員に預ければ良かったのだが、泣いている子供を早く親に会わせてやりたいと思ったカルナは子供に似た特徴を持つ女性を探し出し、直接送り届けた。
お人好しと呆れるべきか、瞬時に親を見つけ出したことを驚くべきかは人それぞれだろう。
結果的にカルナは未然に防げたかもしれない怪我をレフィーヤにさせてしまった。
カルナは内心、自己嫌悪に陥りながらもレフィーヤを抱き起こす。
「ポーションだ。飲めるか?」
「う、ん……」
弱々しくも頷いたレフィーヤにゆっくりとポーションを飲ませる。カルナ自身は不死身といってよい再生力があるのでポーションを必要としないが仲間が怪我をした時のために常時持ち歩いているのだ。それも効力が高いハイ・ポーションである。
ハイ・ポーションを飲んだことでレフィーヤの顔色に生気が戻る。
「カルナー、後ろ!」
ティオナが叫ぶ。傷付けられたことで怒り狂った食人花ーーー『ヴィオラス』が背後から襲い掛かってくる。
しかし、カルナは振り返ろうとしない。対処する必要もないと言わんばかりに何の反応も示さない。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』
ヴィオラスの首が斬り飛ばされた。
「俺が言えたことではないが、遅かったな。アイズ」
猛スピードで飛んできた金髪の少女が全力で剣を振り抜いたのた。
「……ごめん」
「いや、すまない。責めている訳ではないんだ。一番遠くにいたアイズがここまで来るのに時間が掛かるのは仕方のないことだ。ーーーそれより、次が来るぞ」
「!」
カルナの言葉に呼応するように地面から多数のヴィオラスが突き出した。
「………九匹?」
原作では三匹だったのに対して三倍の数が出できたことにカルナは首を傾げるが、この程度なら問題ないと討伐を優先する。
「アイズは退がれ」
「……どうして?」
出現したヴィオラスに真っ先に突っ込もうとしたアイズをカルナは制した。
「その剣。代用品だな? 酷使し過ぎでもう持たない」
カルナはアイズが握る剣を見ながらそう告げる。一見するとヒビ一つないが、『鍛治』のアビリティを持つカルナは一時期【ヘファイストス・ファミリア】で武器作成の基礎を学んだ事がある。そのため武器に対する鑑定眼はアイズより遥かに高い。
そのカルナが砕けると断言するのなら、この代剣はもう耐久値が限界を超えてしまっているのだろう。アイズも、愛剣《デスペレート》と同じように扱っていたので『不壊属性(デュランダル)』でない代剣が耐えられるはずがないと思い至った。
「俺がモンスターを防ぐから、アイズはその隙に攻撃してくれ。風(エアリアル)を使わなければ数回は使えるはずだ」
「わかった。でも、大丈夫?」
カルナといえども武器も無しにこの数のモンスターを一度に相手にして対処出来るのかアイズは不安だった。それに対してカルナは、
「問題ない。無手でも戦う術はある」
微笑んで断言した。そして襲いくるヴィオラス達を見据える。
『ーーーーーーーーーーーーッ!』
嚙み殺してやると言わんばかりに殺到するヴィオラス達が、
『ーーーーーーーーーーーーッ⁉︎』
悲鳴を上げた。攻撃したはずのヴィオラスはいずれもカルナの鋭い打撃に貫かれていた。いつ攻撃されたのかも分からずヴィオラスは突然の痛みに悶える。
「痛がっていていいのか? そんな暇はーーー」
カルナが無造作に繰り出した打撃がヴィオラスに風穴が開く。
「ーーーないぞ」
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』
一見、普通に見える打撃をヴィオラスは回避も防御もできない。いや、そもそも反応できないのだ。傍目には無造作に見えながらその動きは全く予測不能。カルナが使う特殊な体術、名はーーー
ーーー古代インド武術、カラリパヤット。
力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術。人間の心理や術理を完璧に理解しつくした動きは、ただ歩きながら傍目には無造作にしか見えない打撃を繰り出すだけで、一切の反応も抵抗も許さない。
無論、カルナはそんな境地に達した訳ではないが、人の本質を見抜く驚異的な洞察力と瀕死の状態でも鈍らない冷静な判断力がその境地に匹敵する動きを可能にしていた。
だが、そもそもこの世界に存在しないカラリパヤットをどうしてカルナは会得しているのか。
転生前にカラリパヤットを習っていた訳ではない。むしろ武術とは無縁の生活だった。
ならば答えは一つ。『マハーバーラタ』のカルナがその武術を会得していたということだ。
仏教の開祖である覚者が使う武術とインド神話のカルナは無関係に思えるが、このカラリパヤットはカルナの師パラシュラーマを始祖とする武術である。
だから、パラシュラーマの弟子であるカルナがそれを学んでいたとしても不思議ではない。
実際、この世界に産まれたカルナは知らないはずのカラリパヤットを見よう見まねで完璧に再現できた。カルナの体が武術の動きを覚えていたのだ。結果ーーー
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』
「そろそろ、終わらせる」
ーーー槍を持たずともカルナは体術のみでヴィオラスの群れを圧倒していた。
ティオナ達が三匹を相手にしている間にカルナは六匹。それもレフィーヤを庇いながら戦っている。
既にカルナが戦っていた六匹のヴィオラスはあちこちに風穴を開けられ、満身創痍。それでもヴィオラスは驚異的なしぶとさで耐えていた。
しかし、それも終わりだ。カルナは止めを刺しベく防御も回避もできない打撃を叩き込んだ。
「………?」
だが、打撃を叩き込んだカルナは手応えに訝しむ。確かめるようにもう一匹のヴィオラスに叩き込んだ。先程のヴィオラス同様、狙った弱点である魔石を砕いた。しかし、
『ーーーーーーーーーーーーッ!』
ヴィオラスは健在。全てのモンスターが持つ弱点、魔石を砕かれたにも関わらず灰になるどころか何事もなかったように暴れている。
「どういう事だ?」
いまのヴィオラスも先程のヴィオラスも魔石を砕かれたにも関わらず生きている。魔石を破壊すれば理論上どんなモンスターも倒せるという常識がいま覆された。
「これも原作と違う。ヴォルガング・クイーンの時と一緒だ」
ヴォルガング・ドラゴンの『精霊の分身(デミ・スピリット)』といい、魔石を破壊されても死なないヴィオラスといい原作との乖離が大きくなってきている。
原作知識はあまり当てにはできないかもしれない。
「まぁ、元より知識だけに頼って生きてはいない。いま考えるべきはこの異常なヴィオラスをどう倒すかだな」
魔石を破壊されても死なない。不死身のようなヴィオラスを相手にカルナは臆しもしない。
なぜなら、不死身であるカルナ自身が一番よく知っているのだから。
この世に本当の不死など存在しないと。
オリジナル設定
カラリパヤットの始祖パラシュラーマにカルナが師事していたので彼もカラリパヤットが習得しているという設定。
Fafe風表示
カラリパヤット:A+
古代インド武術。力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術の始祖。 攻撃より守りに特化している。
カルナの場合、人間の心理や術理を完璧に理解しているのではなく極限まで研ぎ澄まされた洞察力と判断力によって無双する。
そのため、人外に対しても有効な武術となっている。
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第十八話
「………これはどうしようもないな」
「なんなのこれぇーッ!」
「うざったいわねーッ!」
「……いくら斬っても倒れない」
【ロキ・ファミリア】の面々が悪態を吐く。この異常なヴィオラスの群れはどれだけ攻撃しても暴れ続ける。
カルナが相手をしていた六匹は全て魔石を砕かれ、鋭い打撃に蜂の巣にされながらも平然としている。
アイズが相手をしていたヴィオラスに至っては首を斬り飛ばされながら体だけで暴れている。
もはや植物型モンスターではなくゾンビの類を相手にしている気分だ。
「ふむ……今度は根元から断ってみるか」
アイズに飛ばされた頭は活動停止し、体のみが動いているということは根元から断ってしまえば動かなくなるとカルナは考えた。
襲い掛かるヴィオラスを回避しながら地面から伸びる体の一つに連撃を繰り出す。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』
痛みにヴィオラスが悲鳴を上げるが、人間の胴体より太い幹は複数の穴を開けても中々断つことができない。
時間がかかると判断したカルナは引き千切ろうと幹を掴み、
「ふんっ!」
力任せに引いた。だが、予想より深く埋まっていなかったのかヴィオラスの体そのものを引っ張り上げてしまった。
「とりゃっーーーあれ?」
瞬間、ティオナが蹴り飛ばそうとしていたヴィオラスが引っ張られるように後ろに下がり、空振りに終わる。
だが、その不可思議な動作をカルナは悟った。
「なるほど、そういうことか」
その動作で不死身の仕掛けを看破したカルナはヴィオラスを無視してある地点に移動する。
「ヴィオラスの突き出している位置、移動する範囲、それらの中心となっているのはーーーここだ!」
カルナはヴィオラスの群れの中心部の地面を全力で蹴り砕いた。Lv.7の『力』で蹴られた地面は砕け散り、地下に隠されたものが剥き出しになる。
「……これは」
「何これーっ⁉︎」
「巨大な……球根?」
現れたものにティオナ達が驚愕した。ティオネが呟いたように出てきたのは球根のような物体。その一つの球根から無数に伸びるツルがそれぞれのヴィオラスに繋がっていた。
「カルナ、これって……」
「これが不死身の正体だ。奴らは九匹のモンスターの群れじゃなく、九匹が融合した一匹のモンスターだったんだ。まるで多頭竜(ヒドラ)だな」
カルナはそれぞれが独立しているのではなく繋がっているという事に一匹のヴィオラスを引っ張ったことで他のヴィオラスが動いたのを見て理解したのだ。首を落とされても動いていたのは他の頭が生きていたから、魔石を砕かれても灰にならないのは九匹全てが魔石を共有していたので一つでも残っていれば良かったからだ。
この特異なモンスター、仮称するなら多頭食人花(ヒドラ・ヴィオラス)か?
「種が分かればこんな物。子供向けの手品だ」
だが、それで倒せるかと言えば別だ。
活動不能になるまで破壊し尽くすには巨体過ぎる。魔石を全て破壊するにはどの頭に魔石が残っているか分からない。もしかすると別の頭が地中に潜んでいる可能性もある。
ならば全体を一気に“焼くか”か“凍らせる”か……前者ならカルナの魔法が可能にするが問題がある。
「火力を抑えられる自信が無いな」
実はカルナ、【ランクアップ】してからまだ【アグニ】を使用していない。ダンジョンに潜っていないのだから使う理由もない。
ここで何が問題になるかというとLv.は一段階違うだけでも実力に隔絶した差が生まれる。カルナのように格上を単独撃破するような偉業は本来できることではない。
【ランクアップ】すると【ステイタス】だけでなく魔法の効果も跳ね上がる。只でさえ高火力の【アグニ】がLv.7になった事でどれだけ強力になっているか想像もできない。こんな街中で試すわけにはいかなかった。
「なら、高範囲で街に被害が出ない攻撃が出来るのは……」
アマゾネス姉妹は攻撃魔法を持たないので論外。
アイズの『リル・ラファーガ』は代剣が限界なので使用不能。
ならば、一人しかいない。
「レフィーヤ!」
「……っ」
魔法に反応するヴィオラスに狙われない為に傍観するしかなかったレフィーヤにカルナが呼び掛ける。
「まだ戦う勇気はあるか! レフィーヤの力が必要だ!」
「ーーー!」
その言葉に思わずレフィーヤは涙を流した。恐怖からではない、カルナが自分を必要としてくれた喜びから。
カルナに自覚はないが新人時代から彼はレフィーヤに頼った事がない。そのせいでレフィーヤが自分が必要ないと自己嫌悪になっていたことも知らない。だから、嬉かった。初めてカルナがレフィーヤを頼ったから、初めてレフィーヤの力を必要としてくれたから。だから、
「ーーーやれます!」
断るなんて選択肢はない。
「【ウィーシェの名の元に願う】!」
魔法を発動すればヒドラ・ヴィオラスはレフィーヤを標的にするだろう。でも、関係ない。
「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」
彼が私を頼ってくれたから、その期待に応えたい。
「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」
今度はレフィーヤがカルナを、いつも守ってくれたアイズ達を助ける為に。
「【走れ、妖精の輪】」
レフィーヤは彼女だけに許された歌を唱える。
「【どうかーーー力を貸し与えてほしい】」
それは特別な魔法。
「【エルフ・リング】」
凄まじい魔力が溢れ、ヒドラ・ヴィオラスがレフィーヤに襲い掛かる。
だが、レフィーヤに恐れはない。
「はいはいっと!」
「大人しくしろッ‼︎」
「ッッ!」
「行かせはしない」
皆が守ってくれるから。
「【ーー終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏の前に風(うず)を巻け】」
完成した魔法の後に詠唱が続く。
「【閉ざされる光。凍てつく大地】」
魔法の習得可能数は三種類まで。しかし、レフィーヤの魔法【エルフ・リング】はそれを覆す。
エルフの魔法に限り、あらゆる魔法を発動できる前代未聞の反則技(レアマジック)。
「【吹雪け、三度の厳冬ーーー我が名はアールヴ】!」
召喚するのはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。
それはオラリオ最強の魔導士にのみ許された絶対零度の氷結魔法。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】‼︎」
大気をも凍てつかせる純白の光彩がヒドラ・ヴィオラスを氷結の檻に封じ込め、街全体を凍土へと変えた。
「ナイス、レフィーヤ!」
「散々手を焼かせてくれわね、この糞花!」
「化けの皮が剥がれかけてるぞ、ティオネ」
「……」
カルナ達が凍ったヒドラ・ヴィオラスを粉々に砕き、ヒドラ・ヴェオラスは完全に沈黙した。
オリジナルモンスター
ヒドラ・ヴェオラス
一箇所に集められたヴェオラスが偶然、融合してしまって生まれたモンスター。
一つの球根から無数のヴェオラスが生えており、ヴェオラスのどれか一つが本体ではなく全てが本体。そのため、どれか一つでも頭と魔石があれば活動可能。
首を落とされても動くという点は女性型ヴェオラスと同じだが、女性型という本体を持たない分、こちらの方がしぶとい。
もし百匹ものヴェオラスが融合したヒドラ・ヴェオラスが現れた場合、討伐は困難を極めるだろう。
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第十九話
モンスター討伐後、アイズ達に一声もかける事なくカルナは屋根を飛び跳ねながらダイダロス通りを目指していた。
「あの異常なヴィオラスのせいで時間がかかってしまったな。ベルの方は終わってしまったか?」
カルナが全力疾走しているのはベルが負ける心配をしているからではない。ただ、兄として弟の勇姿を見たいという小さい願望の為である。
「ーーー此処か」
Lv.7、それも『敏捷』が高い熟練度を誇るカルナは瞬く間に激しい戦闘音が響く場所に到達した。
屋根の上から下を覗き込むと、今まさに決着がつこうとしていた。
ヘスティアから貰ったナイフを数日前とは見違える速度で疾走したベルがシルバーバックの胸に突き立てた。
胸にある魔石を砕かれたシルバーバックは灰となった。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
モンスターを倒したベルに住民達が歓声を上げた。
「見事だったぞ、ベル」
その光景を見ながらカルナはベルを褒めた。もう問題ないと判断したカルナはその場を離れーーーる前に、ある女神の元に向かった。
「満足したか? 神フレイヤ」
「ええ、まだ少し情けなかったけど、格好良かったわ」
「……黙認した俺が言うのもおかしいが、なるべく住民が危険になることは止めろ」
「ふふ、ごめんなさい。あの子を見つけたら我慢できなくなっちゃった」
「ベルが強くなるのに文句はないが、次はダンジョンなどにしておけ」
「そうするわ。ねぇ、これから一緒にお茶でもーーー」
言いたい事は言ったとカルナは即座にその場を離れた。
「ーーー釣れないわね。でも、こんな無下にされるのも新鮮ね。ふふふ」
◆◆◆
怪物祭から翌日。
『豊穣の女主人』。母と慕われるミヤを店主が、極上の料理を振舞い、見目麗しい店員達が揃うこの店は人気が高く連日、客の足が途絶える事がない。ーーーが、この日は賑わっている店内は静まり返り、客が殆どいない。
Lv.2の上級冒険者パーティーさえ力で捻じ伏せる店員達さえ奥から店内を不安そうに見ており、平然としているのは不機嫌そうにしているミアくらいだった。
そんな重苦しい空気を作っていたのは、
「それで話とはなんだ? オッタル」
「渡す物があると言ったはずだ、カルナ」
【ロキ・ファミリア】最強の冒険者、カルナ。
【フレイヤ・ファミリア】最強の冒険者、オッタル。
このオラリオに二人しかいない最高峰のLv.7。それが並んでカウンターに座っていた。
これは異常な光景だ。カルナが『豊穣の女主人』に居るのはまだわかる。彼の主神、ロキは美女、美少女が大好きだからこの店でよく宴をやる。
だが、オッタルが一緒にいるのはおかしい。彼らは互いに仇敵と呼んでよい派閥同士、それもこの二人には浅はからぬ因縁がある。
特に有名なのはダンジョン49階層『大荒野(モイトラ)』で起こった死闘だろう。
この二人はフォモールの大群はおろか階層主(バロール)さえ歯牙にも掛けず階層一つが崩壊しかねない激戦をし、痛み分けで終わったという逸話がある。
こんな逸話があるのでカルナとオッタルは顔を合わせれば殺し合いをするほど互いを毛嫌いしていると思われている。
店員が不安そうなのも階層が崩壊するような激戦をこの場で始めるのではないかと危惧しているためだ。
「ふん、話す前に何か注文しな。あんた等のせいで店がガラガラなんだからね」
そんな二人にミアは臆す事なく注文を促す。不機嫌なのは客が逃げただけでなく、彼女が半ば脱退しているファミリアの団長がいることも原因だろう。
「そうだな、一番高い料理と酒を二人分頼む。代金は先払いしよう」
「待て、カルナ。俺の分は俺が払う」
「いや、俺が払おう。誘ったのは俺だ」
そもそもなぜ二人がこの場にいるかというとカルナが愛槍を取りに【ヘファイストス・ファミリア】に向かっていた所でオッタルが接触してきたのだ。だが、有名過ぎる二人が大通りのど真ん中で顔を合わせるのは色々とマズイと判断したカルナが『豊穣の女主人』に誘ったからだ。
世間では仲が悪いと言われているカルナとオッタルだが本人達は特に思う事はなく、寧ろ互いに実力を認め合う戦友のように思っていた。
「で、わざわざ俺に声を掛けた理由はなんだ? 互いの立場を考えればあまり関わらない方が良いはずだが」
料理を待つ間、カルナが話を切り出す。カルナの言う通り、彼らは影響力が最も大きい最大派閥、それも派閥最強を名乗る冒険者同士。一緒いるだけでも騒動が起きかねないビックネームだ。
それを理解しながら接触したオッタルは無言で一冊の書物をカルナの前に置いた。
「これは……魔導書(グリモア)か?」
「一目で見抜いたか流石だな。それをお前の弟に渡してほしいとフレイヤ様の御達しだ」
「なるほど……」
オッタルのような大男がいきなり現れてはベルも驚くし、見ず知らずから貰った物を使いたがらない。だから、兄からのプレゼントなら簡単に受けとってくれると思ったのか。ーーーそれなら、もっと適任がいるな。
「ーーーシル。ちょっといいか?」
「えっ、あ、はい!」
奥から様子を伺っていたシルは突然、呼ばれた事にビックリしながら早足にカルナに近付く。
隣に来たシルにカルナは魔導書(グリモア)を差し出す。
「これをベルに渡してくれないか。毎朝弁当を渡している時に一緒に渡してくれればいい」
「え……いいですけど、ご自身で渡さないんですか? それに私がベルさんに弁当を作ってることも知ってるんですか?」
そこでカルナは失言に気付いた。原作を読んでいれば誰でも知っていることだが、ここではベルと『豊穣の女主人』の面々くらいしか知らないことだった。
「ああ、俺達みたいな男に渡されるよりシルに渡された方がベルも喜ぶだろう。弁当の事を知っているのはベルから聞いたからだ。“可愛い女の子が毎日弁当を作ってくれる”とな」
嘘である。自分の失言を誤魔化すために咄嗟に考えた言い訳だ。
「やだー、ベルさんったらー。もう恥ずかしい」
少なくともシルを誤魔化すには十分だったらしい。それにしてもベルが可愛いと言われてただけで顔を赤くするとは、昔からの女たらしは健在らしい。
「はい、お待ち。食ったらさっさと帰りな」
「……客に言う言葉じゃないな」
「客足を遠退ける奴は客じゃないよ。叩き出さないだけ感謝しゃな」
「そうだな。なら、感謝を噛み締めながら頂くとしよう」
「頂こう。それから、カルナ」
「なんだ?」
「Lv.7になったこと先人として称賛しよう。よく達した頂天に」
「ありがとう。オッタル」
それから二人は会話もなく食事を済ませた。
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第二十話
「ーーーという訳だ」
「なんだ。オッタルと睨み合っていたというから、何事からと心配したぞ」
【ヘファイストス・ファミリア】にある応接室でカルナは椿にオッタルと会った経緯を説明した。
何故、説明したかというとカルナとオッタルが大通りで睨み合っており、49階層の悲劇を街中で起きるのではと大騒ぎになっていたのだ。
ーーーなんだ悲劇って、初耳だぞ。あと睨み合ってない。いや、確かに仏頂面と無表情が見つめ合えば睨み合っているようにも見えるが。
「何にしろ、安心したわ。貴方とオッタルが暴れたらどれだけ被害が出るか」
一緒に聞いていたヘファイストスが安堵したように呟く。………俺達は天災か何かか?
「その話はもういいだろう。それで俺の武器の整備は終わったのか?」
「ああ、ほれ」
椿は布に包まれていた《シャクティ・スピア》を取り出し、カルナに渡した。
「ああ、確かに受け取った」
カルナは布を外して中身を確認することもなく《シャクティ・スピア》を受け取る。
「むっ、仕上がり具合は確認せんのか?」
「必要ない。椿が整備したんだ」
椿が仕上げた武器が手に馴染まないはずがない。彼女だからこそカルナは見ずともこの武器に命を預けられると確信していた
「ーーーっ」
その迷いもなく全幅の信頼を寄せる眼差しに椿は顔を耳まで真っ赤にした。それに気付かないカルナはヘファイストスに話し掛ける。
「神ヘファイストス、貴女に代金は渡しておこう」
椿は金銭管理がずさんだから、と心の中で付け加えておく。
「分かったわ。ーーーん? カルナ、これは多過ぎよ」
袋には整備代金の倍近いヴァリスが入っていた。
「ああ、整備代金だけじゃないからな。残りは店で働いてる堕女神の借金から引いてくれ」
「………なんでヘスティアの借金を貴方が?」
「自分で言っておいてなんだが、神友に対して酷くないか?」
堕女神=ヘスティアと理解できる辺り、信用のなさがよく分かる。
「ただ堕落した生活をして出来た借金なら肩代わりしようと思わない。だが、それが弟の武器を作る為に身を粉にする覚悟でした借金なら兄として礼くらいしようと思っただけだ」
「ふーん。その言い分なら分からなくもーーーちょっと待って」
「どうした?」
「弟? 兄? 誰と誰が?」
「俺とベルだ。神ヘスティアの眷属、ベル・クラネルは俺の弟だ」
「………」
「………」
「ええええええええええええええええええ⁉︎」
ヘファイストスから驚愕の叫びが上がった。
◆◆◆
「それほど、驚くことだったか?」
【ヘファイストス・ファミリア】からの帰り道。カルナは先程の会話を思い出しながら、呟く。
カルナとベルが兄弟という事がヘファイストスや椿にはよほど衝撃的だったらしい。
本当なのか、嘘はついてないか、など散々質問されてしまった。
「似てない自覚はあったが、あそこまで疑われると悲しくなるな。ーーー!」
溜息を漏らしているとカルナは何かに気付いた。そして目立たないように自然な動作で脇道にそれる。
「この辺りでいいか」
人通りの少ない裏路地に入り、周囲に人がいない事を確認したカルナは先程から付いてくる気配に呼び掛ける。
「出てきていいぞ。いるんだろ」
「ああ。相変わらず鋭いようだな、カルナ」
カルナの言葉に応じるようにどこからともなく黒ずくめのローブに身を包んだ人物が現れた。
「見つけてくれとばかりに存在感を、それも俺のみに放っていれば嫌でも気付く。それにしても今日は珍しい客の多い日だ」
そんな怪しい人物が現れながら、カルナは警戒心の欠片もなく話す。
何故なら、カルナと謎の人物は共有の目的を持つファミリアとは異なる仲間なのだ。
この人物の名はフェルズ。カルナと共にウラノスに協力し、目的の為に暗躍するかつて『賢者』と呼ばれた魔術師(メイガス)である。
「それで用件は? リド達に何かあったのか?」
「リド達とは別件ーーいや、関わっていると言えば関わっているが君には冒険者依頼(クエスト)を頼みに来た」
「依頼?」
フェルズの含みのある言い方に疑問を抱きながらもカルナは続きを促した。
「30階層の最奥、食料庫(パントリー)。そこである物を入手してほしい」
その言葉でカルナは依頼の全容を悟った。これは原作で【ガネーシャ・ファミリア】所属の第二級冒険者、ハシャーナ・ドルリアが『宝玉』を回収する冒険者依頼だ。
本来の原作にいなかったカルナが、それも事情を知る協力者であるので、無関係な冒険者でなく彼に頼むに来たようだ。ということはーーー。
「30階層のモンスター大量発生。それに関係する物だな」
「驚いた、いまの言葉だけでそこまで辿り着くとは……そうだ、正確には大量発生ではなく行ってもらいたい食料庫(パントリー)に入れなかったモンスターが別の食料庫(パントリー)を目指した大移動だ」
「そしてリド達が大移動したモンスター達の制圧及び原因の解決をしているんだな?」
先程、フェルズの含みのある言い方はカルナの依頼が、リド達が制圧した後の食料庫(パントリー)にある『宝玉』を回収して欲しかったからだ。
「よく理解している。食料庫(パントリー)で入手して欲しいのは不気味な『宝玉』だ。あまりに異質だから一目でこれと分かるだろう。依頼である以上、相応の報酬も用意しよう」
「……フェルズ。リド達は30階層の制圧を終えたのか?」
「? いや、まだの筈だが、君が30階層に行く頃には片が付いているだろう」
「そうか、ならば急げばまだ間に合うな」
「先程から何を言ってるんだカルナ?」
フェルズの疑問に答えずカルナは背を向け、バベルを見据えた。
「フェルズ、その冒険者依頼は断らせてもらう」
「っ、な、何故だ?」
「決まっている。他にしなければならない事が出来たからだ」
カルナはスキルを発動させ、黄金の鎧を纏った。
「戦友達が戦っている。ならば俺も一緒に戦おう」
リド達、知性があるモンスターは爪や牙で襲うだけのモンスターと違い武器を十全に扱う技術と経験を持ち、魔石を捕食して強くなる強化種であるため通常の同種より遥かに強い。だが30階層のモンスターの大群が相手では苦戦は免れない。最悪の場合、死人が出ているかもしれない。だったらカルナはそれを見捨てる事はできない。
「ああ、30階層に行くついだ。その『宝玉』も持って帰ろう。依頼は断ったから、報酬も不要だ」
それだけ言い残し、カルナはバベル目掛けて疾走した。
「戦友………『友』か。異端児(ゼノス)を簡単にそうか呼べる事がどれだけ凄く、嬉しいことか、君は理解しているかい? 施しの英雄よ」
一人残されたフェルズはそう呟いた。
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第二十一話
30階層の最奥、食料庫(パントリー)。ダンジョンがモンスターに栄養を提供する全ての階層にある休養の間。大空洞の天井にまで届く巨大な石英、発光する水晶からは透明な液体が滴り落ち、大きな泉を作っていた。ダンジョンの中でも屈指の美しい光景を誇る食料庫(パントリー)だが、この30階層は異常だった。
『ーーーーーーーーーーーーッッ‼︎』
ヴィオラスより遥かに巨大な花型モンスター『ヴィスクム』が吠える。
大空洞を包むはずの岩盤は緑の肉壁に侵食され、無数の蕾が至る場所から垂れ下がっている。中央の大主柱には数匹のヴィスクムが絡み付いき、美しい食料庫(パントリー)が不気味な光景になっていた。
そしてそこで戦う者達もまた異常だ。
『ァアアッ‼︎』
『ーーーーーーーーーーーーッッ⁉︎』
リザードマンが振るうロングソードがヴィスクムを斬り裂く。
新種モンスター『ヴィスクム』と戦うのは同じモンスター達。
それもハーピィ、ガーゴイル、グリフォン、ラミア、アルミラージ、フォモール、ウォーシャドウ、アラクネ、ユニコーン……『上層』『中層』『下層』『深層』の多種族のモンスター。30階層に出現しないモンスターばかりで、明らかに食事の為に食料庫(パントリー)に来たモンスターではない。
「まずいでス、リド! 通路かラ『ブラッドサウルス』ガ多数来まス!」
「ちぃっ、こんな時に!」
更には空を舞うセイレーンとリザードマンが凶暴な鳴き声ではなく流暢な人語でコミニケーションを取っている。これはどう見ても普通のモンスターではない。
それもそのはず、彼らは異端児(ゼノス)。輪廻転生ーーー死後、人類の魂が天界に還り、再び下界で生を受けるようにモンスターも死後、魂は母なる迷宮に還り、再び迷宮で産まれる。その幾千もの生まれ変わりを経て、モンスターの中には知性と感情を持つ者達が現れた。それこそが人語を話すモンスター『異端児(ゼノス)』である。
彼等は協力者であるフィルズの要請より、食料庫(パントリー)を封鎖し、栄養を独占するヴィスクムの群れの殲滅を行っていた。
しかし、30階層モンスターとの連戦の疲労と、ヴィスクムの強さに苦戦していた。そこに紅色の肉食恐竜『ブラッドサウルス』の群れが押し寄せてきた。
「このデカ花はオレっち達が食い止める。レイは半数を率いてブラッドサウルスをやれ!」
「わかったワ!」
セイレーンの異端児(ゼノス)、レイが半数を率いて迎撃に出る。しかし、異端児(ゼノス)側は二十に届かない人数に対してブラッドサウルスは三十を超えていた。
数の暴力と大型級の体躯の突進は防げるものではなかった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
『キュッ⁉︎』
「ッ、アルル!」
異端児の中でも小柄なアルミラージのアルルが耐え切れずに吹き飛ばされる。一匹のブラッドサウルスが捕食しようと巨大な顎を開く。他の異端児(ゼノス)達は手一杯で助けにいけず、食われそうになったその時、
『ーーーーーーーーーーーーーーーーッッ⁉︎』
ブラッドサウルスが絶叫した。飛来した大槍が体を貫かれ、致命傷を受けたのだ。
「あれハッ!」
「ははっ、間違いねェ、あいつの槍だ!」
異端児(ゼノス)達は飛来した槍に驚愕し、次にその槍を見て歓喜した。あの大槍の持ち主が誰かは異端児なら皆が知っていた。時に共に戦い、時に宴で笑い合い、時に同胞の死を悲しんでくれる初めての冒険者。彼の名は、
「カルナ!」
「呼ばれたから……ではないが、参上した」
苦戦する異端児(ゼノス)の元に都市最強の冒険者が参戦した。
◆◆◆
「なんとか間に合ったか」
フェルズとか会話から、一時間足らず。Lv.7の『敏捷』を遺憾なく発揮したカルナは通常ならあり得ない時間でダンジョン30階層に到達した。
一般的なLv.2のパーティーが安全階層である18階層に到達するのに半日以上掛かるのを考えればその異常さが分かる。
「死者は……出ていないな」
食料庫(パントリー)を見渡したカルナは異端児(ゼノス)のメンバーが全員いる事に安堵した。
カルナは投擲した槍を回収し、近くにいたアルルに歩み寄る。
「立てるか、アルル」
『キュ……』
痛そうにしながらもアルルは問題なく立ち上がった。強く打ち付けられたが骨折などはないようだ。
「良かった。下がっていろ、後は俺がやろう」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
いきなり割り込んできてふざけるなと言わんばかりに数匹のブラッドサウルスがカルナに襲い掛かった。しかし、
「ーーーふぅっ!」
カルナはシャクティ・スピアを横にフルスイングした。それだけで数匹のブラッドサウルスが真っ二つにされ、絶命した。
「悪いが30階層のモンスターは俺の敵ではない。それにリド達も休ませてやりたいので、時間を掛けるつもりもない。ーーー【我を呪え】」
早急に終わらせるために、後は己の魔法がどれだけ強くなったか確かめるために、カルナは詠唱した。
「【アグニ】」
瞬間、大空洞を満たすほどの熱波が放たれ、そして極大の炎が暴れた。
「なんですカ、この熱サ⁉︎」
「前ヨリ火力ガ上ガッテイル!」
「なるほど、【ランクアップ】したのですね、ミスター・カルナ!」
「すげーな、カルっちはドンドン強くなるな!」
「……そのあだ名はやめてくれ、リド」
リザードマンの異端児(ゼノス)、リドは気に入った相手に『っち』を付けるが、『カルナっち』では長いとからと『カルっち』に呼ぶようになった。しかし、カルナはあまり好きではなかった。なんか軽い奴に聞こえるから。
嘆息しながらカルナは自分の状態を確認する。
武器や体に纏っている炎が以前より苛烈に、より高温になっている。それに、
「炎の翼が……」
大量の精神力(マインド)を注ぎ込まなければ形成されなかった炎の翼が通常の時も背中から噴き出していた。にも拘らず、精神力(マインド)消費の燃費はLv.6の時より遥かに負担がない。
実際に試さなければ分からないが感覚的に以前なら万全の状態で一時間が限界だったが、いまは半日は使用し続けて問題ないほど消費効率が向上している。
「なるほどLv.6になっても燃費が悪いままだったので諦めていたが、これからは多用できそうだ」
カルナは笑い、一瞬で視界から消えた。
「消えーーーモンスターが⁉︎」
カルナが消えた事に驚愕しかけたリドが、更なる驚愕に塗り潰された。
大型のブラッドサウルスが、ブラッドサウルスを上回る超大型のヴィスクムが、
ーーー全てのモンスターが爆砕した。
炎による爆発的な加速を得たカルナは第一級冒険者に匹敵する実力を持つリドさえ知覚できないスピードでモンスターを瞬殺したのだ。
「ふむ。あのスピードの中でも動体視力・反応速度などは問題なし。フェルズの頼みも果たした」
着地したカルナの手には胎児を内包した『宝玉』が握られていた。あの一瞬でモンスターを全滅させただけでなく大主柱から『宝玉』をもぎ取っていたのだ。
「よう、早かったなカルっち。フェルズの話じゃ早くても二、三日は掛かるって話だが」
「……ああ、急いだからな」
呼び方はもう諦める事にした。カルナか諦めていると異端児(ゼノス)達が集まってきた。
「ミスター・カルナ。凄かったです!」
「まタ強くなりましたネ」
「来テクレテ、嬉シイ」
『……』
「ーーーフン、来ナクテモ良カッタガナ」
それぞれが声を掛けてくるが、それをカルナは静止して一言、
「まずは逃げるぞ」
「なんでだ、カルっち?」
リドが疑問に思い、カルナに尋ねる。カルナは黙って指差した。その先には大主柱がある。
「火力が予想より強すぎて、力加減を間違えた」
カルナの予想を超えて火力は上がっていた。燃費が良くなっていたこともあり、思った以上の火力を発揮してしまったのだ。つまり、何が言いたいかというと、
大主柱に亀裂が入り、破砕音を響かせ、倒壊した。
「『宝玉』を取る時に力が入り過ぎて壊してしまった」
大主柱は食料庫(パントリー)の中枢。家を支える大黒柱のような物だ。それが倒れればーーー食料庫(パントリー)は崩壊する。
「それを早く言え馬鹿! 退却しろ!」
「すまない。怪我人は運ぼう」
リドの叫びに誰もが全力で食料庫(パントリー)から逃げ出した。
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第二十二話
『隠れ里』。安全階層と同じくモンスターが産まれないこの場所はダンジョンに無数に点在し、冒険者にも発見されていない未開拓領域。
冒険者にもモンスターにも敵として襲われる異端児(ゼノス)達は『隠れ里』に住み、同胞を探しながら生活していた。
「魔剣は全て損失。装備品も消耗して整備が必要だな」
「悪いな、カルっち。ポーション貰っただけじゃなく装備の手入れまで」
その『隠れ里』の一つ。鎚が置かれ、炉があり、まるで工房のような空間に異端児(ゼノス)達はいた。
「整備できるのが俺しかいない。お前達が不器用だから」
「不器用じゃねェ! 種族として苦手なんだ!」
「そういう事にしておこう」
リドの言い訳を適当に流し、カルナは装備の整備を続ける。
リド達はダンジョンで暮らすモンスター。そのため鍛治師に武器を作って貰うどころか地上に出ることさえできない。だから、彼等は冒険者が捨てた武器や死んだ冒険者の防具などを使用していた。
だが、それらはヒューマンなどが使う為に作られた物。大きさどころか姿形が全く違うモンスターには使い勝手が悪い武器、特に防具は合わない物が多い。
それでは苦労するだろうとカルナは異端児(ゼノス)用の専用武装(オーダーメイド)を作ったのだ。
ちなみにこの工房はカルナが機材などを少しづつ運び込みコツコツと完成させたものだ。
本来はリド達に鍛冶仕事を教え、自分達でも整備ができるようにと作った場所だがーーーー使用者がカルナ一人なのは察してほしい。
「装備類は問題ない。だが、魔剣は一から作らなければならないから当分は待ってくれ」
「ああ。それは大丈夫だ。流石に魔剣を使わなきゃいけないのは今回みたいな時だけだ」
「リド達の強さを考えればそうだな」
「そういうこと。だから、魔剣は遅くなってもいいぜ。そうだ、久しぶりに来たんだから宴でもしようぜ」
「30階層で暴れてすぐだというのに元気だな。残念だが整備を終えたから地上に戻ろうと思っている」
「えエッ、もっトゆっくりしていきましょウ!」
「そうです! いっぱいおもてなししますから!」
「カルナ、一緒ニ宴、スル!」
『キュー!』
カルナとリドの会話を遠巻きに見ていた異端児(ゼノス)ーーーセイレーン、ハーピィ、ラミアなどの見目麗しい女性型モンスター、あと可愛らしいアルミラージがカルナに群がった。
「ははは、相変わらずモテモテだな」
「羨ましいのか?」
「違ぇよ、馬鹿。で、何か急ぎか?」
「………実は仲間に声を掛けずにダンジョンに潜ってしまっているんだ」
フェルズからリド達が戦っいると聞いたカルナは一直線に30階層を目指した。よって【ロキ・ファミリア】の誰にもダンジョンに行く事を伝える暇がなかったのだ。
一言もなくダンジョンに潜るのはアイズがよくやるが、それでもだいたい日帰りなので心配されない。だが、無断でダンジョンに潜り帰ってこない者がいれば心配される。
ーーー何が言いたいかというとフィンとリヴェリアの長っっっっっっい説教が待っているのだ。
もはや手遅れかもしれないが早く帰ればまだ怒られないかもしれないのだ。希望的観測だが。
「あー、まあ、なんだ……悪かったな」
自分達を助ける為にそうなる思うとリドも気不味くなり、顔を顰めた。
「そんな顔をするな。俺が勝手な行動をして怒られる。自業自得だ。それより次は宴に参加するから、準備を頼む。俺も上物の酒を持ってくるから」
「おっ、なら神酒(ソーマ)っての飲んでみてぇ。凄い美味いんだろ?」
「……検討しよう」
それから、しばらく。カルナは異端児(ゼノス)達と話しながら装備品の整備を終わらせた。
「俺はそろそ帰らせてもらおう」
「おう、またな。と、その前に」
リドは手を差し出した。
「握手」
「それなりに名を馳せた身だが、毎回握手をねだるのはお前達くらいだ」
目の前に差し出された怪物の手にカルナは一切の躊躇いなく応じた。
「仕方ないさ。皆嬉しいんだ。オレっち達を怖がらずに触れ合ってくれるのが」
「一部の者達は握手どころか抱きついてくるがな」
まあ、抱きついてくるのが女性ばかりなので嬉しいと言えば嬉しいが。
リドと握手した後、何人もの異端児(ゼノス)達が握手をねだり、その全員に応じたカルナは『隠れ里』を後にした。
◆◆◆
ダンジョン18階層。天井を埋め尽くす水晶と、大自然に満たされた地下世界。モンスターが産まれない安全階層(セーフティポイント)は地上に舞い戻ったように穏やかな空間を作り出している。別名『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』である。
「今は……『夜』。いや、光量を考えれば深夜か」
天井の水晶を見上げながらカルナは呟く。18階層では水晶と時間の経過で光量が変化し、『朝』、『昼』、『夜』を作り上げる。そして今は光が乏しくなり『夜』を作っていた。
「いまから戻ればまだ……いや、地上に戻る頃に日付けは変わってるか」
どうせ怒られるなら、明日帰っても一緒と考え、『街』で一泊しようと階層の西部に向かった。
西部には地下には無いはずの建物の光ーーー街灯りが無数に煌めいていた。
『リヴィラの町』。上級冒険者達が経営する、ダンジョンの宿場街である。
だが、ここはダンジョン。何が起こるかわらかない場所だ。だから、冒険者達は危機を悟れば街を放棄し地上へ帰還する。そしてほとぼりが冷めるとこの階層に舞い戻り、街を作り直すのだ。
そんな意地汚い冒険者のしぶとさを象徴するこの街は『世界で最も美しいならず者達の街(ローグ・タウン)』と呼ぶ者もいる。
「さて、何処に泊まるか」
この街は物価が恐ろしく高い。ダンジョン内で補給もままならない冒険者の事情を見越した経営は、詐欺と喚きたくなるほどの値段で取り引きされる。一泊泊まるだけでもその宿代は法外だ。
最も『深層』の中でも更に深い階層を活動範囲にしているカルナの資金は莫大だ。それに本人に物欲が殆どないため、冒険関連でしか金を使うことがない。だから、『リヴィラの街』に泊まるのもあまり気にする理由はなかった。
「おい」
適当な宿に入ろうとしたカルナに声を掛ける者がいた。そちらを見ると薄汚れたフード付きのローブを被った人がいた。フードを目深に被っているので顔はよく見えないが、それでも整っていると分かる顔立ちをしている。ローブの下には何も着てないのか、艶かしい肢体の形が浮き彫りになっていた。
「お前、私を買わないか?」
一見、体を売る娼婦のようだが、その本質は獲物を狙う狩人であることカルナは悟った。
ーーーそりゃそうだ。ハシャーナ・ドルリアが回収するはずの『宝玉』を俺が持ってたら、俺に接触するか。
カルナは内心で頭を抱えた。顔も見えない彼女の正体を知っている。原作では『宝玉』を回収したハシャーナ・ドルリアを殺害し、アイズと互角以上に渡り合った存在。
「おい、聞いているのか!」
目の前の厄介事ーーーレヴィスが叫んだ。
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第二十三話
「ああ、すまない。少し驚いてな」
衝撃から脱したカルナはそれを悟られぬようにレヴィスに話しかける。
「ふん、まあいい。それで私を買うのか買わないのか」
「まあ、声を掛けられたからには買うのは構わない」
ここでカルナの頼まれたら断らない性分が悪く働いた。カルナは潔癖でもなければ、性欲がない訳でもない。断る理由がなければ娼婦の誘いも断らない。
実際、カルナが娼婦を買うのは初めてではない。【ロキ・ファマリア】の仲間に遊びに行こうと誘われて出かけた事があったーーその時のメンバーが男のみで夜に出かけた時点で変だと思ったーーが、それが歓楽街とは考えてもいなかった。
特に拒む理由もないカルナは最初に声を掛けてきた娼婦を抱いてホームに帰った。
余談だが、カルナを歓楽街に誘った張本人であるラウルはリヴェリアにお仕置きされた。
「それでは何処かの宿に向かうか」
「ああ、任せる」
カルナはレヴィスを連れて宿に入ることにした。しかし、騒動が起こると分かっていながら、宿屋を入るのは迷惑だろう。かと言って人気のない場所に向かうのも怪しまれる。
今更だが、この女性がレヴィスだという証拠は何処にもなく本当に娼婦なのかもしれない。
まあ、宿屋を向かう直前に見せた獲物が罠に掛かったという嘲笑を考えれば九割は間違いないだろうが、確固たる証拠もなしに武器を向けるわけにはいかない。
いまは流れに任せて宿屋を入るしかないと考えたカルナは、
「よし、ヴィリーの宿にするか」
原作通り、ヴィリーに迷惑を掛けることにした。カルナならハシャーナと違い殺される心配もないないから、いわく付きの宿屋になることもないだろう。……宿屋は荒らしてしまうかもしれないがそこは目を瞑ってもらうしかない。
街の中心部を過ぎたカルナ達は目的のヴィリーの宿に到着した。
壁にかけられた看板に『ヴィリーの宿』と書かれた、洞窟をそのまま利用した宿屋に入る。
「部屋は空いてるか?」
「ん……おおっ、カルナじゃねえか⁉︎」
客がいないのかカウンターで退屈そうにしていた獣人の青年、ヴィリーが驚く。
「ああ、見ての通りガラガラだ。貸し切っても誰も文句は言わねえよ」
「丁度いい。なら、貸し切らせて貰おう」
「………は?」
呆気に取られるヴィリーの前に大袋をドンッと置く。
「『下層』のモンスターの『魔石』と『ドロップアイテム』数十匹分だ。釣りはいらない」
往路は急ぐために倒したモンスターの『魔石』や『ドロップアイテム』は放置したが、帰路は全て回収していた。地上で売れば数百万ヴァリスになる品の数々、こんな洞窟宿を貸し切ってもお釣りが来る額だ。
「ヒュー、気前がいいな。理由は………ケッ、リヤ充め」
カルナの後ろにいるレヴィスを見て悪態を吐くヴィリー。フードで顔は分からずともよほどの美貌を持つと察したのだろう。
「貸し切って構わないぜ。本当に全部、貰っていいんだな?」
「ああ。『迷惑料』だ。好きにしてくれ」
「そうかい。なら、遠慮なく」
普通なら受け取るのも躊躇う大金だが、そこは意地汚いリヴィアの冒険者。躊躇うことなく全て受け取った。
大袋を担いだヴィリーは店の前に満室の札を置いて、酒場に向かった。
「………まぁ、閨の声なんて聞きたくないよな」
ヴィリーは勘違いしていた。カルナの言った『迷惑料』とは貸し切ったことでないことを。その本当の意味を知っていれば絶対に泊めはしなかっただろう。
◆◆◆
カルナとレヴィスは貸し切った宿の一室に入った。
カルナはシャクティ・スピアを立て掛け、【日輪具足】を解除した。そして戦闘衣(バトル・クロス)も脱ぐと、細身ながら引き締まった肉体が現れる。
レヴィスもローブを脱いで、艶かしい肢体を露わにした。
「さて、どうすればいい?」
カルナがベッドに腰掛けて問う。娼婦はアマゾネスのように強い男性に抱かれたい者、体を売ることでしか収入を得られない者、ただ己の欲を満たすために男性を求める者がいる。
娼婦にもそれぞれの事情があり、カルナはどの理由も肯定する。だから娼婦に問い、どのような閨を望むか聞き、その要望を叶えるようにしている。
最も素顔を確認して彼女が本物のレヴィスであると確認したカルナはそんな必要はないと理解しているが。
「どうでもいい。とにかく寝ろ」
レヴィスも有無を言わさずカルナを押し倒し、覆い被さった。レヴィスからして見ればカルナを早く始末し、『宝玉』を手に入れたのだろう。
「承知した」
カルナも流れに身を任せ、レヴィスが仕掛けやすいように無警戒を装う。
レヴィスの顔に手を添え、瞳を覗き込む。
「良い眼をしているな」
「そうか? 気にした事もないな」
レヴィスの細い手がカルナの首へ這わす。
「ああーーーーー獲物を追い詰めた猛獣の眼だ」
「ーーーッッ!」
カルナの言葉にレヴィスは即座に首を掴み、折るために一気に握り締めた。
「っ、大した…握力だ…」
だが、カルナはメリメリと音がする凄まじい握力で首を絞められ息ができなくなりながらも表情一つ動かさずに細腕を掴みーーーレヴィス以上の握力で握り締めた。
「ぐッ、この!」
腕が折れそうな握力にレヴィスは無事な方の腕で殴りかかった。
しかし、その拳をカルナも空いている手で受け止め、包み込むように握られる。
「ーーこの、離せ!」
「離すの、は……君の、方だ……」
レヴィスがどんなに力を入れても、まるで巨石に押し付けられているようにカルナの腕は微動だにしない。
それどころか首を絞めていた腕を更に強く握られレヴィスの腕に力が入らなくなり、ついには首から手が離れてしまった。
首を解放されたカルナはレヴィスの両腕を拘束したまま、横に回転して逆に押し倒した。
「形勢逆転だ」
「ーーーッ、くそ……」
拘束されたレヴィスは凄まじい眼光で睨み付ける。
「相手が悪かったな。これでも俺は冒険者の中でも最上級(トップクラス)の実力者だ」
「………」
「黙秘か。何も喋る気はないという意味か?」
「………」
カルナの言葉を肯定するようにレヴィスは口を閉ざし、睨み続けていた。
さて、どうするか、とカルナは考える。此処で殺すのは簡単だ。だが、彼女には聞きたいことがある。
レヴィスが守護する『穢れた精霊』は何処にいるのか、どんな姿形をしているのかも分かっておらず、謎の部分が多い。
加えて原作にいなかった『ヴォルガング・クイーン』や『ヒドラ・ヴィオラス』などの異常事態(イレギュラー)なモンスター達。『穢れた精霊』側に何が起こっているのか情報を得たいところだ。
だが、どうやって黙秘する彼女から情報を引き出すか。こういう時はフィンのよく回る口が羨ましい。
「そうだな……俺の名はカルナだ」
「………は?」
レヴィスが何を言っているんだこいつ、という顔をする。
「何事も自己紹介は大事だ。俺は君を知らず、君は俺を知らない。ならば名乗るくらいはしよう」
カルナは名も実力もオラリオだけでなく世界中に知れ渡っているが、それは地上の話だ。地下ーーーダンジョンから出たことのないレヴィスはカルナの事を知るはずもない。
そしてカルナも知識としては彼女を知っているが、今日が初対面だ。知らない筈の名前を呼ぶのはおかしい。だから、名前だけでも聞き出そうとていた。
「君の名は?」
「………」
「………」
「………………レヴィス」
ジッと見つめる視線に耐え切れなかったのかレヴィスは名前を呟き、顔を背けた。
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第二十四話
「…………」
組み伏せたままカルナが見下ろし、
「………」
押し倒されたまたレヴィスが見上げる。
名前を聞き出してしばらく。二人はこの体勢のまま、視線を絡めていた。
一見、恋人が見つめ合っているように見えるがそんなはずもない。
カルナは簡単には口を割らないレヴィスからどうやって情報を聞き出すか、レヴィスはどうやってこの状況から脱しカルナを殺すか、互いにどのように相手を攻略するか思考し、些細な動作も見逃すまいと観察しているのだ。
「ふっ、このままではお互いに拉致があかないか………」
カルナはレヴィスの腕から手を離し、立ち上がった。
「どういうつもりだ?」
レヴィスが訝しみながら問う。圧倒的に有利な状況だったにも関わらず、それを捨てる理解がレヴィスには分からなかった。
「あのままではどちらの目的も達成できない。ならば仕切り直すしかない」
あのままではレヴィスが口を割るずカルナは情報を得られない。レヴィスも拘束された状態ではカルナを殺す事ができず、宝玉を手に入れない。
だから、カルナは有利な状況を捨て、負けを認めるしかない公平な勝負をすることにしたのだ。
カッコいい事を言ってるが、フィンのように良い策が浮かばず、脳筋思考で解決しようとしているだけだ。
「不意打ち、騙し討ち、そんな事をして勝ってもお互いに納得しないだろう。だから、戦おう。公平な実力勝負でな」
「…………いいだろう。宝玉(たね)を手に入れる前だろうと後だろうと貴様を殺すのに変わりはない」
レヴィスもカルナの提案に乗った。どのみち姿を見られたからにはカルナを殺さなければならない。それが騙し討ちか戦って殺すかの違いだけだ。
「そうか。なら、始めよう。その前にーーー」
カルナは部屋の隅にレヴィスが置いていた袋を掴み、投げ渡した。
「ーーー服を着ろ」
流石のカルナも裸の女と戦うのは躊躇われた。
◆◆◆
「服などあってもなくても変わらない」
「そういう訳にはいかない」
文句を言いながらもレヴィスは渋々服を着ている。
「モンスターが衣服を着ないように戦う相手が裸だろうと俺は気にせんが……他人の目があるんだ」
これから戦闘になれば間違いなく騒動になり、人が集まってくる。
そこで彼等が目にするのは戦うカルナと裸の女。野次馬には滑稽に見えるだろう。そして此処で見た光景を野次馬は地上に伝え、新聞などに乗るだろう。見出しは、
『施しの英雄! 謎の全裸女と街中で激闘⁉︎ 原因は痴情のもつれか‼︎』
と言ったところか?
「………嫌過ぎる」
「何がだ?」
「気にするな、服を着てくれ」
最悪な未来予想に項垂れるカルナ。気になったレヴィスが服を着るのを中断して問う。
…………レヴィスの説得にも苦労した。
レヴィスは羞恥心がないのか、他人の目に無頓着なのか、裸のままで戦おうとした。
敵を前に服を着るのは隙だらけだから着ようとしないのは理解できるが、俺は服を着るのくらい待つ。
「服を着ろ」
「何故だ」
「常識だ」
「必要ない」
「着なければならない」
「このままでも戦える」
「頼むから着てくれ」
「面倒だ」
「着ろ」
「いらん」
「何故、そこまで頑ななんだ⁉︎」
と長い長い問答の末、ようやく着せる事ができたのだ。………正直、戦う前から疲れた。
「終わったぞ。これで文句ないな?」
声に反応してそちらを見ればレヴィスが服を着終わっていた。
その姿にカルナは安堵する。レヴィスは艶めかしい美女だ。その裸体ともなれば目のやり場に困る。最もいまの格好も体のラインがハッキリと分かり、かなり露出した服装なので目のやり場には困るが。
こんなくだらない事考えてどうすると、カルナは思考を切り替えた。
「さて、今度こそ始めよう」
カルナはスキルを発動させ、黄金の鎧を纏う。
「初めからそのつもりだ」
レヴィスも拳を握り締めた。
戦闘準備を整えたカルナとレヴィスーーー次の瞬間、一斉に動いた。
直後、轟音。洞窟の天井が粉砕された。
「ぐッッ!」
初撃を決めたのはカルナ。両者とも並の冒険者なら粉々になる剛腕を相手に叩き込もうと繰り出し、腕の長さで勝るカルナがレヴィスを上空へ打ち上げた。
打ち上げられたレヴィスは天井を突き破り、街中に落下する。それをカルナは追撃した。
「調子に乗るなッ!」
レヴィスは瞬時に体勢を直し、剛腕の連撃で迎え撃つ。しかし、
「当たらないな」
カルナは連撃を見切り、レヴィスの懐に入り込んだ。そして腹部に蹴りを叩き込む。
「ーーーッ⁉︎」
腹部を強打されたレヴィスは吹き飛び、建物の一つに激突。建物を崩壊させた。
「パワーもスピードもあるが、俺には届かない」
「よく喋る奴だ!」
「え……きゃああぁぁッ⁉︎」
レヴィスは近くにいたエルフの少女をカルナ目掛けて投げ付けた。
「人は投げるものではない」
「黙れッ‼︎」
エルフの少女に衝撃が伝わらないように抱き止め、追撃してきたレヴィスの攻撃を片腕で捌く。
エルフの少女を抱き抱えていることで片腕を封じられ、攻撃が当たらないように庇いながらもレヴィスの猛攻はカルナに当たらない。
「………此処では巻き添えが出るな、移動するか。すまなかったお嬢さん」
「あ、はい!」
カルナはエルフの少女を下ろし、レヴィスを被害が出ない場所に誘導しがなら移動を開始した。
エルフの少女が顔を赤くしていたのには気付かずに。
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第二十五話
戦闘を続けながら移動したカルナとレヴィスは街外れの崖まで来ていた。
途中、十を超える建物を破壊し、ボールズの罵声が聞こえたりもしたが、その辺はよくある事なので気にしないでおこう。
言っておくが壊したのはレヴィスでカルナは一つも壊してない。むしろ、怪我人が出ないように配慮した。
「此処なら気兼ねなく戦える」
周囲を気にしなくて良くなったカルナは攻勢に出た。
「はッ!」
予測不能のカラリパヤットによる攻撃。反応さえできない数十の打撃がレヴィスの無防備な体に叩き込まれる。
「がっ、ぐっ、舐めるな!」
対してレヴィスはLv.7の『力』で強打されながらも前進した。ティオナやティオネ、第一級冒険者の殴打さえ効かないヴィオラスを貫通した拳にレヴィスは耐えていた。冒険者では鍛えても獲得できない怪物の強靱性(タフネス)。人とモンスターの異種混成(ハイブリッド)ーーー怪人(クリーチャー)だからこそ可能な捨て身の戦法である。
「なるほど、冒険者を相手にするのとは勝手が違う」
レヴィスが尋常ならざる『力』で繰り出す拳砲を容易く躱し、カルナは一旦距離を取る。
戦況は圧倒的にカルナに傾いている。
僅かな攻防だが無数の攻撃を受けたレヴィスはダメージが蓄積し、動きが徐々にだが鈍くなっている。
対してカルナは無傷。未だに一撃も攻撃を受けず、万全の状態である。
元々、両者には隔絶した差があった。モンスターの力とLv.6相当のステイタスを持つレヴィスは確かに強い。【ロキ・ファミリア】でも勝てるのはLv.6であるフィン、ガレス、リヴェリアの三人だけだろう。
だが、カルナはLv.6を上回るLv.7。加えて戦闘技術、防御力などは他の追従を許さない。
純粋なステイタスでも、技術面でもカルナはレヴィスを凌駕していた。
「ーーーひとつ聞くぞ」
「?」
唐突にレヴィスが口を開く。
「お前、何故武器を置いてきた?」
戦闘開始直後からレヴィスが抱いていた疑問。カルナが所持ていた大槍、それをカルナは宿屋に置いてきている。レヴィスを吹き飛ばした直後、追撃を掛ける前に大槍を手にするくらいこの男にはタイムロスにもならないはずだ。それなのに何故、カルナはシャクティ・スピアを手に取らなかったのか?
「ああ、言ったはずだ。公平な実力勝負をしようと。レヴィスが素手で戦っているのに俺だけ武器を持つのは公平ではない。だから、武具など無粋と思っただけだ」
何のことはない。カルナは自身の発言を忠実に守っているだけだ。彼はどんな時でも約束を守っていた。だが、レヴィスはそれを受け入れられなかった。
「ーーーふざけるなッ‼︎」
カルナはただ自分に正直なだけだ。しかし、彼女には命懸けの勝負をしている自分を侮っているように聞こえた。
烈火の如く、闘志を燃やし、レヴィスは地面に片手を突き刺した。
そして勢いよく手を引き抜くと、手には紅の長剣が握られていた。
「ああ、天然武器(ネイチャーウェポン)か。しまったな、ならば俺も愛槍を持ってくるんだった」
天然武器(ネイチャーウェポン)。ダンジョンがモンスターに供給する武器。『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』と呼ばれる岩や木をモンスターが手にすることで剣、斧、棍棒、果ては盾までなり、装備できる。
レヴィスもモンスターの力を持つ怪人(クリーチャー)。ならば『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』を利用できるのは当たり前だ。
「ずたずたに斬り裂かれて、己の判断を後悔しろ!」
レヴィスは超高速で間合いを詰め、カルナに斬りかかる。並の冒険者なら一撃で絶命する斬撃を、
「いや、後悔する気はない」
「ーーーッ」
片腕で弾いた。カルナの鎧は絶対防御。いかなる剛腕で振り下ろされた斬撃だろうと傷付くことはない。
「ふッッ!」
「がッーー⁉︎」
長剣を弾かれ、腕が真上に上がり、まるで万歳しているような格好になった無防備な胴体に拳がめり込む。
レヴィスは耐えきれずに宙を舞い、地面に激突した。だが、すぐに立ち上がり臨戦体勢に戻る。
「……ごふっ」
しかし、内蔵を痛めたのか口から血を吹き出し、膝をついた。
剣を杖代わりにしながら、何とか体を支えている状態でもその瞳は戦意に燃え、カルナを睨みつける。
「………まだ屈する気はないか」
「当たり前だ!」
「弱っている者を嬲る趣味はないが………」
カルナは膝をつくレヴィスに歩み寄る。そして目の前に立ち、レヴィスを見下ろした。
「もう一度言おう。勝敗は決したと見えるがまだ続けるか?」
「ーーーッッ‼︎」
返答はなかった。その代りのようにレヴィスは痛む体に鞭を打ち、勢いよく立ち上がった。
「ーーー死ねェッ‼︎」
地面がめり込むほどの踏み込みと、剛腕による超速の袈裟斬り。第一級冒険者でさえ防御もろとも吹き飛ばし、行動不能にする渾身の一撃をレヴィスは繰り出した。
「はぁッッ‼︎」
カルナも雄叫びを上げ、全力の拳撃で迎え撃った。
瞬間。轟音が爆発した。
「ーーーーッッ⁉︎」
「くっーーー!」
吹き飛んだのは両者。紅の長剣は拳との激突で砕け、衝撃が両者を貫き、後方へ体を持っていかれた。
しかし、カルナは空中で体勢を整え難なく着地したのに対してレヴィスは受け身も取れず、背中から地面にぶつかり、そのまま後方へ体を引きずりながらようやく停止した。
「俺の勝ちだ」
「くっ……!」
倒れたレヴィスの目の前に来たカルナは宣言する。レヴィスは凄まじい眼光で睨むが、立ち上がることはできなかった。
「この状況でも諦めない意志は認めるが、その体ではーーー」
言葉が途切れ、カルナは勢いよく振り向いた。背後から凄まじい速度で接近する存在に気付いたからだ。しかし、遅過ぎた。
振り向いた直後、
ーーーーカルナの片腕が突き千切られた。
「なっーーー⁉︎」
カルナは驚愕した。
長距離を一瞬で詰める『敏捷』、Lv.7の『耐久』を容易に突破する『力』、鎧の隙間を正確に貫く『技術』、それらの条件に耐える性能を持つ『武器』、これら全てがあってこそ可能となる超絶の刺突。
だが、カルナが驚愕したのは超絶の刺突ではない。彼が驚愕したのは朱槍を構える人物を視界に入れたからだ。
「馬鹿な、お前はーーー」
「ーーー消えろ」
朱槍が振り下ろされ、カルナに叩きつけられる。その凄まじい衝撃にカルナを巻き込みながら、崖の一部が轟音と共に崩壊した。
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第二十六話
翌日、『リヴィラの街』。
この街はいま再興の真っ最中だった。瓦礫が撤去され、壊れた建物が瞬く間に修復されていく。
理由は簡単だ。昨晩のカルナとレヴィスの戦闘、第一級冒険者並の実力者がぶつかり合った余波により、幾つもの建物が倒壊し、街中を荒らされたのだ。
カルナは被害を最小限に抑えたつもりだが、街の冒険者達はそうは思わなかったらしい。
アーチ門に書かれた『三百三十三』というかつて『リヴィラの街』が再建された数が『三百三十四』と書き直されていることから、彼等は街が一回、カルナ達に破壊されたと認識したようだ。
「あれ〜、街を直してる。モンスターにでも襲われたのかな?」
「………違うみたい」
18階層に到達したティオナが街の様子を見て呟くが、アイズが否定した。
「確かに街の雰囲気が少々、おかしいな」
「あの……なんだか、私達避けられてません?」
リヴェリアもアイズの意見に同意し、レフィーヤが街の冒険者がアイズ達を遠巻きに見ているのに疑問を持つ。
【ロキ・ファミリア】はオラリオの最大派閥だから他派閥には距離を置かれやすいが、これは敬遠というより警戒されている視線だ。
「団長、どうします?」
「うん、何かあったのは間違いなさそうだね。まずは情報収集をしよう」
ティオネが隣にいるフィンに指示を仰ぎ、フィンが方針を決めた。
アイズ、ティオナ、リヴェリア、レフィーヤ、ティオネ、フィンという【ロキ・ファミリア】の主力メンバーはダンジョンに来ていた。
理由はアイズとティオナの借金返済。ティオナは51階層で出たヴィルガに武器を溶かされたので作ってもらった二代目《ウルガ》の代金、アイズは愛剣の整備中に借りていた代剣を破損させたので弁償をするために。
ちなみにウルガの代金は120000000ヴァリス。アイズの弁償代は50000000ヴァリスである。Lv.1の冒険者五人パーティーで一日に稼げるのが25000ヴァリスほどなので並の【ファミリア】なら卒倒しかねない金額だ。
「あっ、【ロキ・ファミリア】!」
フィン達が行動を開始しようとした瞬間、声を張り上げて近づいてくる大男がいた。
「やぁ、ボールス。君に会いに行こうと思ったところだよ」
明らかに怒っている筋肉隆々の巨漢に、フィンは臆する事なく話しかけた。
ボールス・エルダー。ギルドも領主が存在しない『リヴィアの街』に必要なのは文句を言わせない腕っ節だけ。
事実上、街で最も強い冒険者であるLv.3のボールスが街のトップなのだ。
「けっ、何が会いに行こうと思ってただ! こっちはてめえ等に文句しかねえよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。何があったか話してくれないと分からないよ」
「何があった? この街の惨状見ればわかるだろ! てめえんとこのカルナが大暴れしたから修復中だ‼︎」
ボールスの言葉に全員が驚愕した。
あのカルナが? 誰にでも施しを与え、弱き者を助け、誰よりも前に出て戦ってきた、あの慈悲深き英雄が?
普段の彼を知る【ロキ・ファミリア】には到底信じられない事だった。
「そんな馬鹿な事があるか!」
意外にも最初に声を張り上げたのはリヴェリアだった。
「ボールス! カルナはいま何処だ!」
「お、おう。いまは上の方にある『ヴィリーの宿』で監視してるぞ」
あまりの剣幕にボールスはアッサリとカルナの居場所をバラす。
「ーーーッ」
「あっ、待ってリヴェリア!」
「仕方ない。皆追いかけるよ」
聞くや否や駆け出したリヴェリアをフィン達は追った。
◆◆◆
嘘だ。嘘だろう、カルナ。
リヴェリアは走りながら心の中で必死に否定する。カルナが街を破壊するなんて暴挙をするはすがない。何か理由があるんだ。
我ながら、らしくないほど取り乱してると思う。でも、カルナの事になるとどうしても自分を抑えられない。
彼の事をこんなに想い始めたのはいつからだろう。
最初にカルナに会ったのは、ロキが唐突に連れてきたのが始まりだった。
初めは何処にでもいる青年に見えた。冒険者志願の理由も『ある薬を買うために莫大な借金をした』と曰くつきなものだった。何故、彼を【ファミリア】に入れようと思ったのかロキに聞くと、気まぐれだと言った。ただ、カルナは普通とは違うとロキの勘が告げたらしい。
最初は意味が分からなかったが、それが正しかったとすぐに理解した。
私が知識を叩き込めばスポンジが水を吸収するように学習し、魔法もあっという間に発現させた。自分で言うのもなんだが私の教え方は酷烈(スパルタ)だが弱音一つ吐かなかった。
フィンが武術を教えればかつて覚えた事を思い出すように瞬く間に上達した。それどころか、見た事もない我流でありながら洗練された体術を開発してしまった。
ガレスと模擬戦をすれば驚くほどの才能、戦闘技術を発揮し、Lv.差を無視して善戦して見せた。私達が彼は強くなると確信した。
仲間が強くなる事は良い事だ。カルナにとっても、私達にとっても。
レアスキルによる飛躍的な成長速度も相まって、カルナはドンドン強くなった。
だが、強くなったカルナを頼もしく思うと同時に不安にもなった。
アイズのように貪欲に強くなろうとする姿勢は、まるで生き急いでいるようだった。
そして予感は的中した。
冒険者になってから半年で【ランクアップ】。それも『中層』への単独攻略及び階層主単独撃破によって。
驚異的な偉業にオラリオ中が湧き上がるが、瀕死の状態で運び込まれたカルナを見て、私は胸が締め付けられる思いだった。
その後、私は彼を問い詰めた。何故、こんな無謀な真似を、あれで自殺志願者のようだと。返答は、
「すまかい。皆の助けになるように少しでも早く強くろうとしたんだが、逆に心配をかけてしまったようだ。ーーー俺はただ恩を返したかったんだ」
その言葉を聞いた時、心が震えた。カルナはロキに拾われる前に様々な【ファミリア】から門前払いをされていた。
当たり前だ。莫大な借金を抱えた若僧を雇おうとする店も、入団させようとする神もいない。いるとすれば私達の主神くらいだ。
ロキが【ファミリア】にいなければ働く事もできずに野垂れ死んでいたかもしれない。
だから、カルナは拾ってくれた恩を返すために、皆を守る事ができるように強くなろうとしていた。
それを理解した時、リヴェリアの頬を一筋の雫が落ちた。アイズの悲願のよいに自分の為に強くなるのでなく、【ファミリア】を想うからこそ強くなろうとしていた。私達をこんな強く想ってくれていた事が嬉しかった。
「……女を泣かせてしまうとは祖父に叱られるな」
カルナは涙を流すリヴェリアをそっと抱き寄せた。祖父に泣いてる女がいればこうするんだぞと言っていたが、カルナは間違っていないと思った。
リヴェリアも突然、抱き締められた事に驚いたが、不思議と振り払う事はなかった。己が認めた者以外が肌に触れるのを嫌う誇り高いエルフ、その中でも高潔なハイエルフのリヴェリアが。
この時、リヴェリアは気づいた。この不安は仲間の『心配』からではない。想う人に対する『恋慕』だと。
「カルナッ!」
リヴェリアはカルナの名を叫びながら『ヴィリーの宿』の一室に駆け込みーーー絶句した。
「リヴェ。来ていたのか」
そこにはベッドに腰掛ける片腕を肘から無くしたカルナがいた。
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第二十七話
「カルナ……その腕はどうした?」
リヴェリアも、後から入ってきたアイズ達も呆然とした。当然だ。【ロキ・ファミリア】の中で最強を誇るカルナが片腕を失っていたのだ。
「………油断してはいなかった。だが、見事に腕を持っていかれた。完敗だよ」
「誰かと戦ったのかい? 君を相手にそんな事ができるのはオッタルくらいだと思うけど」
「いや、オッタルじゃねえよ。戦ってたのは女だ」
フィンの問いに追い付いたボールスが答えた。
「女の人⁉︎」
「赤髪のいい女だったぜ。見た事もない奴だったが」
ティオナが驚愕し、ボールスはレヴィスの容姿を思い出したのか、嫌らしい笑みを浮かべる。
「でも、なんでその人と戦う事に?」
「それなら、こいつ等の方が詳しいぜ」
ボールスがベッドに腰掛けるカルナと隅の方で頭を抱える宿の主人、ヴィリーを指す。
「ヴィリー、元気を出せ」
「てめえが言うな、馬鹿野郎! 人の宿に大穴開けやがって!」
「だから言ったろ。『迷惑料』だと」
「意味が思っ切り違うんだよ⁉︎」
「あー、カルナとヴィリー君。二人だけで会話せずに僕達にも説明してくれないかい?」
罵声するヴィリーと適当に流すカルナにフィンが口を挟む。
「そうだな。この馬鹿がやった事は同じ【ファミリア】の奴に落とし前を付けて貰おうか」
「あれだけ払ってまだ欲するか。強欲だな」
「てめえは黙ってろ! ーーー昨日の夜にカルナと赤髪の女が来てよ。宿を貸し切らせてくれって頼まれたんだ」
「たった二人なのに、客室を全て貸し切り。なんでだい………と問うまでもないね、カルナ」
「カルナ、またか………!」
「ああ、ドアもない宿だ。喚けば洞窟中に聞こえるし、覗くのも簡単だ。だから、貸し切った」
カルナの返答を聞かずともフィンは言わんとすることを察し、リヴェリアは先程まで心配で潤んでいた瞳を憤怒で釣り上げた。
「レフィーヤ?」
「ななななな、何でもありません‼︎」
レフィーヤも悟ったのか顔を真っ赤に染め、全く理解していないアイズが名前を呼ばれて狼狽えた。
「レフィーヤ。何故、赤くなる? 全種族が何千年も繰り返してきた男女の営み。これが無ければ人類は存続しない。恥ずかしがるーーー」
「恥じろ、大馬鹿者‼︎」
「カルナは黙っててください‼︎ このスケベ‼︎」
「………承知した」
リヴェリアとレフィーヤに面と向かって罵声されたカルナは落ち込んだ。
「なるほど、カルナは娼婦を買ったと?」
「ああ。声を掛けられて断る理由もなかった」
「応える必要もないはずだが?」
「………そうだな、リヴェ」
「はいはい。カルナへのお仕置きは後にしてくれ、リヴェリア。で、カルナ。その娼婦と戦う事になった理由は?」
「……………………………………………………痴情のもつれだ」
「うん。僕は神じゃないけどいまのは嘘だってわかるよ」
「あたしも嘘って分かる」
「嘘よね」
「嘘です」
「嘘だな」
「………嘘」
全員に駄目出しを食らった。
「カルナ。君の洞察力を持ってして相手の力量を測り損ねるなんてありえない。ーーーその女性が娼婦じゃなく命を狙う者と気づいて、話に乗ったんだね」
それは問い掛けでなく確認だった。フィンは既に自分の推測が正しいと確信していた。
「相変わらず全てを見透かしているな、フィン」
「見透かしてないよ、年の功ってやつさ」
「降参だ、確かに彼女が俺の命を狙って接触してきたのを分かっていた」
「狙われた理由は………そのポーチの中身かな?」
「…………勘、か?」
「そう、僕の勘だ。でも、間違ってるとは思わない」
「神懸かった勘だ。そうだ、冒険者依頼を受けてある物を入手した。彼女はそれを取り返しに来たんだ」
「まーたカルナの悪い癖だ。厄介事の冒険者依頼って分かってて受けたんでしょう?」
ティオナが呆れたように言う。冒険者依頼は基本的にギルドを通して発注する。冒険者に直接、発注することもできるが、その場合は報酬が安い、不良品を掴まされると、騙される事があるので信頼できるギルドを介して依頼を出すのだ。
カルナは頼み事を断らない為、冒険者依頼を直接受けることが多々ある。しかも、騙そうとしているのが分かっていながら、そういう人もいると納得して依頼を受けのだから、手に負えない。
ちなみに邪な気持ちで依頼した悪党は、全てを見抜いていながら冒険者依頼を達成し、文句の一つも言わない献身さに罪悪感から二度とそんな事をしなくなるらしい。
「確かに厄介事とは理解していたが、交流のある者達が命懸けで戦っていたから、断る選択肢はない」
「んー、それだけの代物か。因みに何を入手したか見せてもらうことは? 僕等も手助けできるかもしれないよ」
フィンの言葉にカルナは首を振った。
「すまないが、依頼人(クライアント)に関わることで答えることも見せることもできない」
「だろうね。カルナはその辺りは頑なだ」
「ちょっとカルナ。団長が折角、力を貸してくれるって言ってるのよ」
「私達とて戦力にはなるはすだ」
「すまない、ティオネ、リヴェリア。個人的に受けた冒険者依頼だ。フィン達に迷惑をかけるのこそ筋違いだろう」
「えー、私達、そんな事気にしないよ」
「そうです。そんな大怪我負ってるじゃないですか!」
「…………ああ、そういえば片腕が無かった」
「忘れてたんですか⁉︎」
「誰か、ポーションをくれないか。いま手持ちがないんだ」
「……はい、ハイ・ポーション」
「ありがとう、アイズ」
カルナはアイズからポーションを受け取り、一気に飲み干した。そして無くなった腕に意識を集中させた。
「ーーーふんっ!」
カルナが意識を集中させ、力んだ瞬間。
ーーー腕が完全に修復された。それも数秒もかからない短時間で。
「助かった。『不死』のアビリティだけでは手足などの修復が遅くてな」
「ポーション飲んで腕が生える時点でおかしいわよ」
カルナのアビリティ『不死』は生命活動に関わる重要器官、『心臓』などは瞬時に再生するが、それ以外の『眼球』や『手足』などの重傷であるが死に繋がらない怪我は優先順位が低いのか修復が遅い。
そこでポーションを使い、ポーションの回復力と『不死』の再生力の相乗効果を起こすことで、再生速度を爆発的に高めたのだ。
「それじゃ、敵の情報だけでもくれないかい? カルナの腕を奪うような女性を知っておきたい」
「いや、違う」
「? 何がだい」
「俺の腕を奪ったのは彼女じゃない。敵はもう一人いる」
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第二十八話
群昌街路(クラスターストリート)。水晶の林が生える『リヴィラの街』の北部にある名所。通り過ぎる者を映すその美しい水晶壁は、鏡の迷宮のようだ。
「………」
その迷宮の一角に陣取るように腰を下ろすカルナがいた。
黄金の鎧を纏い、大槍《シャクティ・スピア》を肩に担ぎ、鎧の下にはハイ・ポーションとマジック・ポーションの試験管を十本以上装填したベルトホルダーを装着した完全武装。そして腰掛ける彼の前には不自然に一つのポーチが置かれていた。
それは餌だ。お前の探している者は此処にある。欲しければ取りに来いと、誘いを掛けていた。
この場にいるのは堂々と姿を現しているカルナだけではない。いつ襲撃があってもいいようにアイズ達が各所に隠れながら、様子を伺っていた。
そして敵側も同じように様子を伺っていた。
◆◆◆
ーーー強いな。
カルナを囲むように配置されたアイズ達の更に遠方にいるレヴィスはそう思った。
隠れている数名はいずれも手練れ。一人、弱いエルフが混じっているが、二人以上を相手にして勝てるか分からない。
「オレが殺るか? 嬢ちゃんには荷が重いだろ」
「うるさい、黙れ。お前とて全員とやり合って勝てる訳がない」
「あの黄金の鎧以外はどうとでもなりそうだがな」
側にいる男を黙らせ、レヴィスは観察を続ける。
まずカルナの前に置かれたポーチ。あれに宝玉(たね)が入っていると見て間違いない。囮として宝玉(たね)を入れていない可能性もあるが、レヴィスは不思議とカルナがそんな事はしないと確信していた。
拳で語り合った結果か、あの男は提示した条件は何があっても守ると、敗北すれば宝玉(たね)を潔く渡すとそう思えた。
ならば周りの奴らを退場させ、カルナを倒せばいいだけだの話だ。
そう考え、レヴィスは懐から草笛を取り出す。
「ーーー出ろ」
従えるモンスターを呼び寄せる笛が鳴り響いた。
◆◆◆
「ーーーッ! 来たか」
鳴り響いた笛に、カルナはポーチを握り、立ち上がった。その瞬間、
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
破鐘の咆哮を上げ、ヴィオラスの大群が飛び出し、群昌街路(クラスターストリート)を取り囲んだ。
その数、見渡しただけで五十以上。しかも、ヴィオラスは次々と押し寄せ、増加している。
「大した数だ。オラリオ随一の調教師(テイマー)達がいる【ガネーシャ・ファミリア】でも、これほど多数の強力なモンスター達を従えるのは不可能だろう。ーーー見事な手腕だな、レヴィス」
カルナが名前を呼びながら見た先に、赤髪の調教師(テイマー)、レヴィスが歩み寄ってきていた。
「戯言はいい。宝玉(たね)は持っているな?」
「ああ、此処に。本物か確認するか?」
カルナは場所を示すようにポーチを叩いた。
「十分だ。お前がそれだと言うなら、そのポーチに入ってるんだろう」
「そうか、信頼されているようで、嬉しい。………それで、もう一人は何処だ?」
「奴がどうした」
「いや、近くに居るはずだがまるで気配が掴めない。野生の獣並だ。彼と再戦したかったんだが」
「ーーーッ!」
その言葉に、レヴィスの頭に血が上った。カルナは自分を見ていない。アイツを敵と定め、レヴィスが眼中にない。目の前にいるレヴィスではなく、姿が見えないアイツをカルナは探している。その事実に堪らなく腹が立った。
「お前の相手は私だ!」
レヴィスは地面から紅の長剣を引き抜き、叫ぶ。
「私を見ろ、カルナ!」
カルナに斬りかかる。しかし、これでは昨夜の再現。また彼の鎧に弾かれるだけ。興奮のあまりレヴィスは二度も過ちを繰り返した。
だが、カルナは動かない。動こうとしない。ただ迫るレヴィスを見据え、一言。
「冷静になった方がいいーーー」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
ずたずたに切り刻まれたヴィオラスが倒れ伏し、金色の閃光がカルナとレヴィスの間に飛び込んだ。
「ーーー敵は俺だけじゃない」
「ちっ、誰だ!」
突然の乱入者にレヴィスは反射的に距離を取った。
「……誰でもいい。貴女はカルナの敵。だから、倒す」
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン参戦。
◆◆◆
「アイズ、モンスターの方はいいのか? レヴィスの相手は俺一人でも大丈夫だ」
「フィンがモンスターは僕等が始末するから、カルナの援護に行けって。敵は一人じゃないから」
「なるほど、的確な布陣だ」
ヴィオラスはLv.4に相当するが、こちらはLv.5以上の第一級冒険者が四人。レフィーヤが戦力外だとしても殲滅するのは造作もない。
カルナの方もレヴィスだけでなく、カルナと同等の実力者がいると仮定し、Lv.5の中で最も強いアイズを送ることで一対二にならないようにしている。
ヴィオラスが襲撃してきた一瞬でそこまで考え、戦力を完璧に配置するフィンには驚愕するしかない。
「承知した。なら、レヴィスは任せる。だが、気を付けろ。彼女は単純なステイタスではアイズを上回るからーーーなっ!」
カルナは背後に《シャクティ・スピア》を振り、超速で迫る突きを防ぐ。
「ほう」
「二度も同じ手は通用しない」
朱槍を弾かれた襲撃者は後ろに飛び退く。カルナとアイズは槍使いの男とレヴィスに挟まれる形になった。
「ふん。お前、槍使いだったのか。嬢ちゃんを相手にしてた時は手を抜いてたって訳だ。それに千切ってやった腕が何であるんだ?」
「手を抜いてた訳では無い。レヴィスに合わせて無手で勝負していただけだ。腕があるのは治したからだ。これでも『不死身』などと分不相応な名で呼ばれてる身、腕一本は簡単に生える」
「『不死身』? 御大層な名で呼ばれてるじゃねえか。なら、オレが本当に死なないか試してやるよ」
「その前にそちらの質問に答えたのだから、こちらも質問をしていいか?」
「何だ? 冥土の土産に教えてやるよ」
「冥土に行く気はないが、簡単な質問だ。貴方の名を教えてほしい」
実はカルナはこの男の名を知っていた。だが、ありえないとも思ってしまう。何故なら、原作に登場しないイレギュラー、それどころか別の作品に登場する人物が目の前にいるのだから。
「死ぬ奴に名乗っても仕方ないと思うがーーー」
彼はカルナと同様、Fateシリーズに登場するサーヴァント。
「ーーークー・フーリンだ」
それも赤黒く歪な意匠の服装を着て、身に纏う気配は禍々しい。その姿はFate/Grand Orderに登場するクー・フーリン・オルタそのものだった。
【ロキ・ファミリア】にカルナがいるとパワーバランスが狂うので怪人側にクー・フーリン・オルタを投入しました。
容姿も名前も一緒ですが、Fate世界とは無関係のダンまち世界の住人です。
かつて冒険者だった彼は人と怪物の異種混成(ハイブリッド)になったことで生前の記憶を失い、『怪物』の殺戮衝動を『人間』の冷静さでより効率的に行う戦闘人形と化しています。
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第二十九話
クー・フーリン・オルタ。Fate/Grand Orderにおいて
女王メイヴの願望によって邪悪な王と化した本来のクー・フーリンとは異なる存在。
その戦闘能力は凄まじく、作中では多くのサーヴァントを戦闘不能に追いやり、師匠スカハサも勝てないと言わしめたほど。
そして、その魔槍は神々ですら破壊困難な黄金の鎧を貫通し、カルナに致命傷を与えた天敵と呼べる代物だ。
………目の前のクー・フーリンが持つ槍は宝具ではないだろうから、その心配はないと思うがーーー並の武器ではなさそうだな。
カルナはクー・フーリンを観察しながら、考える。あれが本物の《ゲイ・ボルク》なら脅威だが、それほどの力は感じない。鑑定した感じでは第一等級、それも特殊武装(スペリオルズ)と推測できる。
「……槍を交えればそれも分かるか」
カルナはシャクティ・スピアを構える。
「アイズ、奴は俺が相手をする。レヴィスは任せた」
「分かった」
任せた、と言ったがアイズではレヴィスに勝てないとカルナは確信していた。昨晩の戦闘で戦闘技術はアイズと同等と分かった。ならば勝敗を分けるのは単純なステイタスの差だ。アイズはLv.5だがレヴィスはLv.6相当。【エアリアル】による強化さえ上回る能力がレヴィスにはある。
かといってクー・フーリンが相手ではアイズに勝ち目は欠片も無い。クー・フーリンの実力はLv.7相当。しかも戦闘技術はカルナと同等か、それ以上。カルナが全力でも勝てぬかもしれないほど、クー・フーリンは強大だ。
だから、クー・フーリンはカルナが、レヴィスはアイズが相手するしかなった。
「行くぞ!」
「死ぬ準備はできたか?」
カルナは一気に間合いを詰め、槍撃を放つ。
「甘えっ!」
大型級モンスターさえ貫通する一撃必殺をクー・フーリンは打ち払い、反撃する。
槍を持った者同士の戦い。異形のモンスターと違い、同じ武器、体格。戦闘能力、戦闘技術も拮抗しているなら勝敗を分ける要因は何か?
「はぁッ‼︎」
「ちっ、馬鹿力が!」
カルナはクー・フーリンの反撃を力任せに弾き飛ばし、あまりの力にクー・フーリンを強制的に後退させる。
要因①。『攻撃力』。
これは超大型武器《シャクティ・スピア》の威力と『力』のアビリティで勝るカルナが有利。
「逃がさん!」
「くっ……!」
開いた距離が無いかのごとく、規格外のリーチを誇る《シャクティ・スピア》がクー・フーリンを襲う。
要因②。『間合い』。
これもクー・フーリンの長槍を上回るほど巨大な槍を扱うカルナが有利。
「今度はこっちの番だ!」
「ーーーっ、速いな!」
クー・フーリンは《シャクティ・スピア》を避け、超高速の連続突きを放つ。
要因③。『槍を振り回す戦い』。
これは超重量の大槍を振り、『敏捷』のアビリティで劣るカルナが不利。
「ふんッ!」
「硬てぇな」
カルナは鎧の隙間や顔を正確に狙った突きを、顔を逸し体をずらす事で鎧に当てた。頬を掠り、一筋の傷ができるがそれも瞬時に回復する。
要因④。『防御力』。
これは神々でさえ破壊困難な鎧を纏い、どんな傷でも再生するカルナが有利。
「ーーーだが、当たりだ」
「! 狙いはこちらか!」
連続突きの一撃がカルナのポーチを掠めたのか、穴が開き、中から『宝玉』が落ちた。
要因⑤。『勝利条件』。
これはカルナが『宝玉』の死守及び敵の制圧しなければないのに対して『宝玉』を奪還すればいいクー・フーリンが有利。
様々な要因が絡み合う攻防が繰り広げられ、未だに勝敗の決定打とはならない。
敵が強者ゆえに互いを最大級まで警戒し、切り札を使用する隙を伺う為、千日手じみた戦いになっていた。
ーーーしかし、何事にも異常事態(イレギュラー)は起こりうる。
「【目覚めよ(テンペスト)】‼︎」
「っ、待て、アイズ! 魔法を使うな!」
レヴィスの猛攻に劣勢だったアイズが逆転する為に風の力を付与し、レヴィスを大風で吹き飛ばした。
だが、それは悪手だ。風を使えばレヴィスにアイズが『アリア』の関係者だと知られる。
「今の風……そうか、お前が『アリア』か」
レヴィスが呟いた名前に、アイズの変化は劇的だった。金の双眸を見張り、動揺した。何故その秘密を知っているのかと。
カルナの危惧した通り、これでアイズは冷静に戦う事は不可能になった。ーーー何より、側に『宝玉』が無防備に転がっているのだ不味かった。
『ーーーァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ‼︎』
予想通り、アイズの風に反応した宝玉の胎児が叫喚を上げる。
『アァァァァァァ‼︎』
「避けろ、アイズ!」
胎児はアイズ目掛けて跳んだ。アイズは迫る胎児を回避すると、胎児はそのまま宙を飛び、アイズに倒されたヴィオラスへ接触、寄生した。
ヴィオラスに張り付いた胎児は同化し、ヴィオラスは悲鳴を吐き出し体全体が膨れ上がった。
別のヴィオラスを取り込み、より大きくなり、人の形を成していく。
『ーーーーーーーーーーーーーーー‼︎』
50階層の女性型ヴィルガに酷似した女性型ヴィオラスが産声を上げた。
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第三十話
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎』
女性型ヴィオラス。女体を象った上半身に複数のヴィオラスを足のように下半身から伸ばす姿は半人半蛸(スキュラ)を連想させる超大型モンスター。
女性型ヴィオラスは咆哮を上げ、下半身から伸びるヴィオラスがアイズに襲い掛かる。
「やはりアイズを狙うか!」
カルナは援護しようと駆け出す。
レヴィスと女性型ヴィオラスを同時に相手にしてアイズは一溜りも無い。
「てめぇは俺だ」
しかし、アイズとカルナの間にクー・フーリンが割り込み、進路を阻む。
「そう簡単に行かせてくれないか………アイズ、フィン達と合流しろ!」
援護に行けないと察したカルナはフィン達の元に行くように叫ぶ。フィン達と合流すれば女性型ヴィオラスだけでなくレヴィスにも戦力を分散できる。それを理解したアイズは頷いて走る。
「逃すか!」
アイズの風に反応する女性型ヴィオラス、アイズを『アリア』を定めたレヴィスが後を追った。
「待たせてすまない。続きをしよう」
「ああ。だが、その前にーーー」
クー・フーリンは朱槍を手放した。重力に従い、朱槍が地面に落ちる。
「………何の真似だ?」
「てめぇは強い。玩具遊びじゃ決着が付きそうにないからなーーー」
クー・フーリンはあれだけ激しい攻防を繰り広げながら、槍を玩具と言い切った。
「加減は無しだ」
クー・フーリンが纏う気配が荒々しくなる。彼の変化に呼応するように腕と下半身を覆う甲冑が全身を包み込み、爪や角が生え始める。
いや、あれは甲冑ではない。クー・フーリンが怪人(クリーチャー)として持つ怪物の力。鎧のように見えるの変貌していくクー・フーリンの肉体そのものだ。
「ーーー絶望に挑むがいい!」
『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)』。
Fate/Grand Orderでクー・フーリン・オルタが使用した宝具。それをこのクー・フーリンは怪物としての力で再現しているようだ。能力も『耐久』と『力』のアビリティ上昇で間違いない。
しかし、能力を知っていても対策を立てられるものではない。単純な能力増幅(ブースト)ゆえに弱点がないのだ。
一つだ言えることは、
「いまの方が強い」
感じる存在感の強大さは先程の比ではない。槍を使った戦いではなく怪物としての戦いこそが彼の本気なのだ。
「ならばこちらも本気で行こう! 【我を呪え】‼︎」
本気を出す為にカルナは詠唱した。
「【アグニ】」
背中から炎の翼が吹き出し、武器に炎の力が付与される。
「ほー、まだそんなもんを隠してたのか。いいぜ、叩き潰してやる」
「いや、それは不可能だ。俺がお前を先に焼き尽くす」
「ほざけッッ!」
怪物の力を解放したクー・フーリンと強大な炎を纏ったカルナが再び激突した。
◆◆◆
「どこから現れた、と問いただしたいところだが……始末する方が先決だな」
「ああ、そうだね」
カルナが激戦を繰り広げている頃、フィン達は周囲のヴィオラスを片付けていた。しかし、その矢先に現れたのは女性型ヴィオラス。
通常のヴィオラスとは一線を隔す相手を前にしてもリヴェリアとフィンは冷静にその巨軀を見上げていた。
「リヴェリア、あのモンスターをお願い!」
「お前は私だ」
アイズとレヴィスが戦いながらフィン達の元を通り過ぎる。それを追うように女性型ヴィオラスも移動を開始した。
「狙いはアイズか!」
「発動している魔法に反応しているのかな。それにあれはカルナが言ってた例の女性か」
「ーーーカルナを誑かしたな」
「リヴェリア、まだ根に持ってるんだ………」
嫉妬するリヴェリアにフィンは苦笑した。
散らばっていたティオナ達も集結し、アイズを追う女性型ヴィオラスへの攻撃を始めた。
「いくぞ、ティオネ、ティオナ!」
「はい、団長!」
「いっくよーっ!」
前衛組が攻めかかり、
「レフィーヤ、以前行った連携を覚えているな? あれをやるぞ」
「わ、わかりました!」
後衛組が援護を始める。
前衛三人がアイズを追撃するヴィオラスを切断して阻止する。
『ーーーー‼︎』
しかし、頭を切断されたヴィオラスは体だけで暴れ回る。それもそのはず、もはやあれは足の一本。いくら切断されようと女性型ヴィオラスは怯みもしない。
「やはり魔石か埋まってる上半身を狙うしかなさそうたまけど………」
しかし、上半身の腕から伸びる膨大な数の触手は遠距離攻撃を防ぐ鉄壁の盾。かと言って懐に飛び込むにはリスクが高い。
「やっぱり、リヴェリア達に任せるしかないか」
遠距離攻撃を通すには圧倒的破壊力が必要だ。それを可能にするのはリヴェリア達の魔法しかない。
ただ、カルナなら槍撃だけであの防御を貫いてしまうのでは考えてしまう。同じ槍使いでこれだけの差がある事にフィンは自虐的な苦笑をするしかない。
「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ】」
リヴェリアが詠唱を始める。しかし、いま彼女を守る前衛はいない。
「【押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」
『‼︎』
魔力の反応を優先して襲う極彩色の魔石を持つモンスターと同じ習性を持つ女性型ヴィオラスは、リヴェリアの膨大な魔力に反応し、フィン達を無視して猛進する。
「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ‼︎』
壁役もないリヴェリアに女性型ヴィオラスが襲い掛かるとーーーリヴェリアは退避した。
『?』
女性型ヴィオラスは違和感を持つ。派手な魔力放出、そして攻撃に対する全力逃走。これらは何の意味もない行動に見える。意味があるとすれば、
「ーーー【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」
『⁉︎』
ーーー囮。
中断された筈の詠唱が別の方向で続いている。
リヴェリアの強大な魔力を隠れ蓑にして、レフィーヤが魔法の詠唱を完成させる。
強力な魔導士を二枚用いた囮攻撃。
「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】‼︎」
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアアァァァッ⁉︎』
炎矢の豪雨が女性型ヴィオラスに降り注ぎ、全身を削り取る。
女性型ヴィオラスごと着弾地点を炎の海に変える爆炎。焼け焦げる女性型ヴィオラスは絶叫を響かせた。
「畳み掛けさせてもらおうか」
「お供します、団長!」
「ーーーせぇーのッ‼︎」
前衛組が攻撃を仕掛けようとした時、
ーーーー群昌街路(クラスターストリート)が轟音を立て、崩壊した。
「「「⁉︎」」」
地盤もろとも断崖下の湖に落ちていく水晶群にモンスターも、冒険者も驚愕し、動きを止めた。
そして舞い上がった土煙から二つの影が飛び出した。
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第三十一話
土煙を飛び出した二つの影は、偶然にも女性型ヴィオラスとフィン達の間に割り込んだ。
「カルナッ⁉︎」
割り込んだのは焔纏うカルナと怪物化したクー・フーリン。
二人は叫ぶティオナに視線を向けず戦闘を続ける。だが、それを黙っていられないモノがいた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ‼︎』
女性型ヴィオラスがカルナ達を邪魔だと言わんばかりに飛びかかる。
「「邪魔だ」」
それは貴様だと、女性型ヴィオラスをカルナが横薙ぎの一閃で斬り裂き、クー・フーリンが爪閃で縦に両断した。
『ーーーーーーーー』
女性型ヴィオラスは微かな抵抗さえ許されず十字に斬り裂かれ木っ端微塵に砕け散った。
超大型モンスターをそれぞれ一撃で屠った化物達はそれを一瞥もせずに戦闘を再開する。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ‼︎」
クー・フーリンが凶爪を振るう。
「はああああああああああぁぁぁぁぁぁッッ‼︎」
カルナは炎の大槍で迎撃する。
「がぁッ⁉︎」
拮抗は一瞬。吹き飛んだのカルナだった。
【アグニ】で攻撃力を増大させた槍撃でも相殺できない圧倒的怪力にカルナは耐え切れず、一瞬で目の前の光景が遠ざかり、18階層の外壁に激突した。
「やりやがったな、てめぇッッ‼︎」
「よくも、カルナぉーーッッ‼︎」
「待て、ティオネ、ティオナ!」
フィンの制止を待たず、アマゾネス姉妹がクー・フーリンに攻撃を仕掛けた。
「ーーー雑魚が」
だが、クー・フーリンの爪が超速で二人に襲い掛かる。
この瞬間、二人は悟る。この爪撃を受ければ死ぬ。避ける事は不可能、防いでも防御ごと粉砕される。
こいつは第一級冒険者である私達を瞬殺する怪物だと二人は一瞬で理解させられた。目の前に迫る死にティオナ達はどうすることもできなかった。
「お前の相手は俺のはずだ!」
「ぐッッ⁉︎」
ティオナ達の危機を救ったのは神速で戻ってきたカルナ。長距離を一瞬で移動する加速力を加えた一撃は、クー・フーリンを反対側の外壁まで吹き飛ばした。
「二人共、大丈夫か?」
「あんたこそ大丈夫なの? 随分吹っ飛ばされーーーその腕⁉︎」
「うわっ、変な曲がり方してるッ!」
ティオナが叫んだ通り、カルナの腕自体は鎧のお陰で原形を留めているが衝撃に耐え切れず本来は曲がらない方向に曲がっていた。
「………」
カルナは無言で曲がった腕を掴みーーー無理矢理戻した。持ち前の再生力により腕は瞬時に完治する。
「ーーー問題ない」
「大有りよ!」
「嫌な音がした⁉︎」
「フィン、アイズの援護に向かってくれ。奴は俺だけでやる」
喚くアマゾネス姉妹を無視してカルナはフィンに話しかける。
「はぁッ⁉︎ 何言ってんの! 全員で倒した方がいいでしょ!」
「うん。あの人、すっごく強そうだった!」
「だからこそだ」
尚も反論するアマゾネス姉妹に、だからこそカルナは一人で戦うと言う。
「奴に対抗できるのは俺だけだ。お前達を庇いながら戦う余裕はない」
「っ、私達が足手纏いだって言いたいの⁉︎」
「………俺が助けなければ二人は死んでいた」
「「………ッ」」
「それが現実だ。理解したらアイズを助けに行け」
カルナが《シャクティ・スピア》を構え、ティオナ達から視線を外した。
「オラァァァッ‼︎」
「ふッッ‼︎」
直後、目にも留まらぬ速さで舞い戻ったクー・フーリンの攻撃を弾く。
「やぁッ!」
「甘えッ!」
カルナも炎を宿した槍撃ですかさず反撃するが、クー・フーリンに容易に防がれる。
二撃、三撃と打ち合うだけで轟音が響き、大気が震え、地面が抉れる。
そして一旦、距離を置くために両者が飛び退いた。
「本当にいいんだね、カルナ」
「ああ、俺が勝つ」
クー・フーリンはカルナでも勝てないもしれない強敵だ。かと言ってフィン達と連携して倒そうにも彼の速さには【ロキ・ファミリア】随一の俊足を誇るベートでさえ追い付けない。
だから、カルナは一人で戦うしかない。対抗できるのは、勝つ可能性があるのはカルナだけなのだから。
カルナは勝てるか分からない強敵に挑む。
ーーーその意志が引き金に、彼の新スキルが発動した。
【英雄宿命(アルゴノゥト)】。発現後、強過ぎるカルナが一度も強敵と遭遇しなかった為、発動しなかったスキル。
条件を満たした事で、全身に黄金の光粒が収束され、チャージを開始した。
チャージに合わせるように、ゴォン、ゴォォンという大鐘楼の音が階層中に鳴り響く。
「ーーー皆、行こう」
「団長⁉︎」
その光景を見たファンがアイズの元に行くと決断し、ティオネが驚愕した。
仲間の無事を第一に考えれば、自信の親指がこれまで感じた事ないほど疼く相手をカルナ一人で戦わせる訳にはいかない。
だが、いまのカルナを見て確信した。カルナは必ず勝つと。
「フィン、私は残ろう」
「リヴェリア。言って悪いけど君ではーーー」
「分かっている。私では援護する事もできない。だが、見ていたいんだ。カルナの戦いを」
リヴェリアはカルナとクー・フーリンの戦いに手出しできないと理解していた。
二人の戦いは超高速の近接戦。移動する標的に魔法を当てるのは難しく、近接戦ゆえにカルナは常にクー・フーリンは至近距離にいるので巻き込んでしまう。
かと言って、リヴェリアは護身術程度の武術しかできず、超人達の戦いに割り込む事は不可能だった。
この場にリヴェリアが残ってもできる事は何もなかった。
「分かったよ。気をつけて」
「ああ、アイズを頼んだ」
「任せてくれ。ティオネ、ティオナ、レフィーヤ、行こう‼︎」
リヴェリアを残し、フィン達はアイズを助けに向かった。
「待たせた。続きを始めよう」
「構わねえ。どうせ全員始末するだけだ」
カルナとクー・フーリンは再び激突した。
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第三十ニ話
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎」
先に仕掛けたのはクー・フーリン。怪物に相応しい咆哮を上げ、いままで以上の猛攻を始めた。
「なるほど、俺を『脅威』と認めたか」
ただ防御すれば力尽くで粉砕してくる剛爪の乱舞。カルナは力で対抗せず、軌道を逸らすことで全ての攻撃を受け流していた。
カルナを包み光。【英雄宿命】のチャージを見て、クー・フーリンは本能的に危険だと判断したのだ。
あれが発動すれば自分が負ける。そう悟ったからこそ、彼は全力でカルナを潰しにかかっている。
「ならば根比べといこうか!」
カルナが発動まで耐えるか、クー・フーリンが発動前に潰すか。勝負はチャージ完了までの数十秒。僅か数十秒。されどカルナやクー・フーリンのような領域にいる者達には永遠に感じる刹那の攻防。
ーーー三十。
「オオオオオオッッ‼︎」
クー・フーリンの凶爪が地面を抉り、
「はあああああッッ‼︎」
カルナの大槍が木々を薙ぎ払う。
十秒にも満たない時間の中で、何百、何千もの技と駆け引きが繰り返され、地形を変える程の破壊が撒き散らされる。
ーーー二十。
「ふんッ!」
カルナの大槍が空を斬れば、暴風が巻き起こり、
「おらッ!」
クー・フーリンの凶爪が地を裂けば、地面が震撼する。
Lv.7。頂天に至った二者が争えばそれだけで天変地異と化す。常識を超えた規格外の戦い。
ーーー十。
「はぁッ!」
大鐘楼の音と共にカルナを包む光が強くなることにクー・フーリンは焦りを感じ、限界を超えた力で潰しに掛かる。その破壊力はクー・フーリンの肉体が自らの力に耐え切れずに崩壊を始めるほど絶大だ。
「ぐッーーーおおおおッ‼︎」
跳ね上がった『力』と『敏捷』の猛攻に対応しきれず、カルナの体が悲鳴を上げる。
体中を激痛が駆け巡るが、それでもカルナは凄まじい忍耐力で耐え、隙を見せない。
ーーー五。
「やぁッ!」
逃げ場のない爪撃の嵐。カルナは針に糸を通すような正確さで、爪撃を受け流し、生き延びるための血路を開く。あまつさえ炎の槍撃を何発もクー・フーリンに叩き込んだ。
「がッーーーああああッ‼︎」
体を刺され、炎に焼かれようとクー・フーリンは前進した。瀕死でも存命する生命力、そして自身に宿る破格の『魔石』より供給される莫大な魔力による自己治癒能力。
カルナに引けを取らない不死性を見せつけ、捨て身の特攻を仕掛ける。
ーーー零。
「溜まった!」
「ーーーッ⁉︎」
三十秒のチャージ。溜められた力が開放され、カルナのステイタスが跳ね上がった。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ‼︎」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ⁉︎」
【英雄宿命】でステイタスが上昇したカルナは限界を超えた。その出力は『力』でさえクー・フーリンの怪力を上回り、Lv.7の領域を飛び越えた神域に迫るほど。
階層主さえ一撃で屠る威力を秘めた超弩級神速連撃がクー・フーリンの全身に叩き込まれ、クー・フーリンは反撃どころか防御もできず、絶大な破壊力に体を削られていく。
「これで終わりだッ、クー・フーリン‼︎」
「カルナアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎」
渾身の一突き。【英雄宿命】で『魔力』も上昇したことでより強大化した焔を宿し。カルナの人生で間違いなく最高最強の一撃は、轟音と爆炎を起こしながらクー・フーリンに直撃。
クー・フーリンは一瞬も耐えられずに吹き飛び、遥か上空の水晶に激突。それだけでは衝撃を殺せず、階層の天井を突き破り、上の17階層に消えていった。
「………」
それを見届け、クー・フーリンの気配が消えたことを確認したカルナは勝利したことを察した。
魔法を解除し、燃え盛る炎が嘘のように消えると同時に、
「ーーーッ」
黄金の鎧が弾けるように消失し、倒れた。
「カルナ!」
「………平気だ、リヴェ。少し疲れただけだ」
「何が平気だ、馬鹿者! 【日輪具足(カヴァーチャ・グンダーラ)】を維持できないほど消耗しておいて!」
【日輪具足】は任意発動(アクティブトリガー)のスキル。魔法と違い維持するために消費する精神力(マインド)は僅かだが、それさえ維持できないほど気力、体力をごっそりと消耗していた。
【英雄宿命】。Lv.さえ飛び越える出力の代償は大きかった。たった三十秒のチャージでこの有り様。やはりこのスキルはここぞという時の切り札にしなければならない。
「まだまだ強くなる必要ができたな」
クー・フーリンはおそらく死んでいない。次に相見える時
に勝てる保証もない以上、強くならなければ。
「まったく……少しは自分を労われ」
リヴェリアは呆れながら、倒れたカルナの頭を持ち上げ、自分の膝に乗せた。俗に言う膝枕である。
「……………リヴェ、これは?」
「見ての通り、膝枕だ。硬い地面の上では痛いだろうという私の優しさだ。………それとも、嫌だったか?」
困惑するカルナを見て、リヴェリアが悪戯に成功したように微笑む。
「………いや、そんな事はない」
リヴェリアの優しさを受け入れ、カルナは体の力を抜く。普段なら安全階層といえど気を抜く事など絶対にしないカルナが、この時はリヴェリアに身を任せた。
「良い香りだ。それに心地いい」
「………大真面目にそういう事を言うな」
カルナの何の下心もない素直な感想にリヴェリアは赤くなった顔を逸らした。
この体勢は、アイズ達が帰ってくるまで続いた。
おまけ
「よう、手酷くやられたみたいだな。顔が腫れてるぜ」
「………お前こそ、無様な姿だな」
「ああ。体はボロボロ、魔石にもヒビを入れられた。お陰で完治には時間かかりそうだ」
「ふん、次は出れるのか?」
「そんくらいは問題ねぇ。ただ回復するために深層に食事に行ってくる。確か階層主(バロール)がそろそろ産まれるはずだ」
「行きたければ行け。だが、なるべく早く24階層に戻ってこい。戦力を遊ばせておく余裕はない」
「あぁ、必ず行くさ。24階層で待ってればまたあの野郎に会えそうな気がする。借りを返さねえとな」
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第三十三話
ダンジョン37階層、『白宮殿(ホワイトパレス)』。
『下層』を超えた『深層』。その名の通り白濁色に染まった壁面をしたオラリオに匹敵する領域の巨大迷宮。
大型級モンスター『バーバリアン』、リザードマンの上位種『リザードマン・エリート』、黒曜石の体を持つ『オブシディアン・ソルジャー』、37階層最強の『スパルトイ』などの戦士系のモンスターが出現する階層である。
「………荒れているな」
カルナはモンスターを無我夢中で倒すアイズを見て呟く。
「流石に腰が引けるなぁ………リヴェリア、何も話を聞いていないのかい? 一度辛酸を舐めさせられたくらいで、ああにはならないだろう」
「駄目だ。『何でもない』の一点張りで、何も話そうとしない」
あの戦いの後、アイズ達は本来の目的であった資金稼ぎを再開した。
それにカルナも同行しての、計七名のパーティー。
だが、最大戦力であるはずのカルナは何故かバックパックを背負い、サポーターの真似事をしていた。
これはダンジョン単独攻略、リヴィラの街半壊、娼婦購入などをした罰である。………最後に娼婦購入を持ってきた辺り、リヴェリアが何に一番怒っているかがよく分かる。
その罰が荷物持ちで済んだと喜ぶべきか、パンパンに膨れたバックパックを二個も背負った状態で一切の援護がないことを悲しむべきか、判断に難しい所である。
「今、灸を据えても意味はなさそうだね………やれやれ」
「あの、団長、リヴェリア様………アイズさん、大丈夫なんでしょうか?」
「ああいった状態の時は、大抵空腹になれば治まるが……腹を空かせた素振りを見せたら、すかさず餌付けをしてみろ。落ち着くかもしれん」
「へっ⁉︎」
リヴェリアの言葉に、レフィーヤの中で妄想が膨らむ。
「レフィーヤ……お腹空いて動け……ない……あ〜ん」
「はわわわわ……」
妄想の中では食べさせてというアイズに餌付けをするレフィーヤ。
「………随分、想像力が豊かだな」
「はひっ、な、ななな何を言ってるんです、カルナ⁉︎」
「それだけ動揺すれば誤魔化す意味もない」
カルナにはレフィーヤが何を妄想しているかが、手に取るように分かった。伊達に長くパーティーは組んでいない。
「カルナーっ、今持ってる証文はどのくらいの金額?」
アイズと話していたティオナがカルナに呼びかけてきた。
「『リヴィラの街』で売却しただけなら、2000万。手元にあるのを地上で売れば8000万はいくはずだ」
証文を記憶していたのか、カルナは確認もせずに答えた。
カルナ達は荷物が戦利品で一杯になると『リヴィラの街』で証文と交換し、また探索するを繰り返していた。
『リヴィラの街』の買取り額が低額なため、価値の高い戦利品だけ彼等は手元に残していた。
「やっぱり、カルナがいると早いね。『ドロップアイテム』も鉱石もぼんぼん出てくるもん」
ティオナの言う通り、いくら第一級冒険者のパーティーといえど数日でこれだけの大金は稼げない。
それを可能にしていたのがカルナのアビリティ『幸運』だった。
彼がモンスターを倒せば必ず『ドロップアイテム』が、壁を壊せば必ず希少金属が取れる。
その上、大量に獲得した戦利品はカルナが全部持ってくれるので、ティオナ達は非常に楽ができた。
「だからさ、そろそろ帰り時かな? ってーーー」
通路の奥から大量のモンスターが出現する。
「!」
アイズは《デスペレート》を抜剣し、駆け出した。
「あ〜もうっ、空気読めっての!」
「理性なきモンスターが読めるわけない」
ティオナが喚き、カルナが呟いた。そもそもダンジョンはモンスターの領域で、冒険者こそが真似かねざる客なのだから、ティオナの言葉は的外れだと思う。
そんな事をカルナが考えている間にアイズは瞬く間にモンスターを殲滅した。
「あらかたモンスターは片付いたな……。この後はどうする、フィン?」
しばらく戦闘を続け、37階層を踏破し、38階層手前まで来た時、リヴェリアがフィンに問う。
「ンー、そろそろ帰ろうか? 今回はお遊びみたいなものだし。ここで長居して、帰りの道でダラダラと手を煩うのも面倒だ。リヴェリア、カルナ、君達の意見は?」
「団長の指示なら従うさ」
「俺も頃合いだと思う。物資も少なくなった状況で下の階層に行くのは危険だ」
「よし。……皆、撤退するよ!」
副団長と物資を管理するカルナの同意もあり、撤退が決まった。
しかし、納得しない者が一人いた。
「……フィン、リヴェリア。私だけ残らせてほしい」
アイズの申し出に全員が驚く。ただ一人、こうなる事が分かっていたカルナを除いて。
「食料も分けてくれなくていい。皆には迷惑をかけないから、お願い」
「ちょ、ちょっと〜! アイズ、そんなこと言う時点であたし達に迷惑かけてる! こんなところにアイズ取り残していったら、あたし達ずっと心配してるようだよ!」
「私もティオナと同じ。いくらモンスターのLv.が低くても、深層に仲間一人を放り出す真似なんてできないわ。危険よ」
アイズの申し出にティオナとティオネが猛反対する。
「フィン、私からも頼もう。アイズの意思を尊重してやってくれ」
「「リヴェリア⁉︎」」
しかし、意外にもリヴェリアがアイズの申し出に賛成した。アイズ自身、反対されると思っていた。
「ンー……?」
「フィン、俺からも頼む。アイズの好きにさせてやってくれ」
「「カルナまで⁉︎」」
リヴェリアの真意を探るフィンにカルナもアイズの申し出を支援した。
「この子が滅多に言わない我儘だ。聞き入れってやってほしい」
「アイズがいまのままでは危ないのはフィンもわっているはずだ。なら、好きやらせてやらせるべきだ」
「ティオナ達の言ってることももっともだ。パーティーを預かる身としては、許可できないな。だから、そんな子を見守る夫婦みたいに迫らないでくれ」
「俺達は夫婦じゃないぞ」
「………私は別に夫婦でも………」
「? 何か言ったかリヴェリア」
「何でもない! ………フィン、私も残ろう。アイズを残らしてくれ」
「わかった、許可しよう」
「えぇ〜、フィン〜。説得してよ〜。なら、あたしも残る!」
「食料も水も、アイズとリヴェリア分しか残ってない。諦めろ」
「うう〜〜〜〜〜〜〜っ……」
惨たらしく折れるティオナを無視してカルナはアイズに近づき、彼女だけに聞こえるように囁いた。
「『ウダイオス』に挑む気だな」
「⁉︎」
「心配するなら、止める気はないし、止める資格も俺にはない」
Lv.6『迷宮の孤王(モンスターレックス)』、ウダイオス。
数いるモンスターの中でも最強クラスの存在。Lv.5の冒険者が一人で挑むなど自殺行為の相手だが、Lv.4時点でウダイオスに挑んだカルナが言えることはなかった。
「だが、一つ助言はしておこうーーー奴が『黒剣』を出したら気を付けろ」
「?」
意味を理解できないアイズにそれ以上は何も言わず、カルナは撤退の準備を始めた。
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第三十四話
「アイズさんとリヴェリア様は大丈夫でしょうか?」
「レフィーヤに心配されるほどあの二人は弱くない」
「心配するくらいしてもじゃないですか!」
アイズ、リヴェリアと別れたカルナ達は地上に戻っていた。その間もレフィーヤやティオナは頻りにアイズ達のことを気にかけていた。
「リヴェリアが残ってるんだから万が一にも間違いは起こらないよ」
「………だといいがな」
レフィーヤ達を安心させるようとするフィンに、カルナが誰にも聞かれないように呟いた。
「カルナ、何か懸念があるのかい?」
だが、フィンは小さな呟きを聞き逃さなかったらしい。
「例の調教師(テイマー)は大量のモンスターを失ったし、君と戦った狂戦士は深手を負っている。現われることはないと思うけど」
「あの二人が現れないのは俺も同意見だ。だが、アイズは『冒険』に挑もうとしている。リヴェリアが居ても無事で済む保証にはならない」
「! まさかアイズは………」
「そうだ。階層主に挑む気だ、それも単独で」
察しの良いフィンは短い会話の中でアイズがしようとしていることを看破した。
「カルナ………それを分かっていて止めなかったのかい?」
「報せれば止めただろう?」
「当たり前さ。いくら何でも無謀過ぎる」
階層主はそれだけ規格外な存在だ。同じLv.だとしても冒険者と階層主では、階層主の【ステイタス】の方が圧倒的に高い。
ましてLv.6階層主とLv.5冒険者ではその差は隔絶している。本来なら勝負にもならず蹂躙されるだけだ。
「だからだ。いまのアイズは『強さ』に餓えている。今回止めたとしても、目の届かないところでより危険な事をやらかすかもしれない。なら、いま爆発させてやるべきーーーどうした?」
カルナが説明しているとフィンが笑い出した。
「ははは、いや、リヴェリアと同じ事を言うから、ついね。本当に君達はアイズを理解しているよ」
「称賛、と受けとっておこう」
冷やかされているように聞こえてがカルナは褒め言葉として受け取ることにした。
確かにカルナはアイズを気に掛けている。上手く言葉にはできないが、何処かベルのように放っておけないのだ。妹がいたらこんか感じなのかも知れない。
いま思えばロキのセクハラからアイズを庇ったのもそういう感情から来ていた気がする。
「でも、知っていてアイズの独断を許したのなら、リヴェリア以上の責任が君にはある。………さて、どう落とし前をつけて貰おうかな」
「………フィン、もしかしなくても怒っているか?」
「まさか、怒ってないよ。ただ、パーティーを預かる身として、団長として、一言相談して欲しかったかな?」
「………怒っているな」
フィンの目が笑っていない。
「心配無用だ。リヴェリアの責任も俺が取る」
「………君、言ってること理解している?」
「? 知っていて行かせたんだ。リヴェリアの責任は俺が背負うべきだろう」
「ああ、理解してないならいいよ」
リヴェリアが聞いたら真っ赤になるだろうな、とフィンが意味不明な事を呟いていた。
◆◆◆
戦利品の売却、証文の換金などの処理を終えたカルナ達はホーム『黄昏の館』に帰還し、そこで解散となった。
解散した直後、カルナは真っ直ぐに中央塔の最上階に向かった。
「ロキ、【ステイタス】の更新を頼む」
「おわっ、カルナ⁉︎ アホッ、うちが着替えてたらどう責任取るつもりや!」
「艶本を後ろに隠しながら言っても説得力がないぞ」
後、口元の涎を拭え。
「それより、更新を頼む」
「なんや、フィン達とダンジョンに行っとったらしいけと、そんな実りあったん?」
「それもあるがーーー残滓の【経験値】も更新してくれ」
カルナの言葉にロキの動きが止まる。
「………一体何があったん? カルナがアレを使おうとするなんて尋常やないで?」
「………強敵と戦った。またいずれ槍を交えることになるだろう。そのために強くならなければならない」
カルナは18階層で戦った敵の事を話した。
「俄かには信じられんな、カルナと互角なんてオッタルくらいしか居らんはず………」
「だが、事実だ。そのために【魂の残滓】の【経験値】が必要だ」
【経験値】は眷属から神々の手によって抽出され、【ステイタス】に反映される。【経験値】を蓄積できる器は一人につき一つ。しかし、カルナは自身の器を除いてもう一つ蓄積されている【経験値】がある。
これをカルナは【魂の残滓】と呼んでおり、【彼】がこの世に転生した肉体に初めから蓄積されていた【経験値】で、カルナはこれは【英霊カルナ】が蓄積した【経験値】だと予想している。
【英霊カルナ】の【経験値】なら、非常に上位の【経験値】であることは間違いなく、もしLv.1の時にこの【経験値】を抽出していたら、カルナは数段階の【ランクアップ】をしていたかも知れない。
だが、それではカルナの為に成らないというロキと、他の眷属達と同じ条件であるべきというカルナの意見が一致し、この【魂の残滓】は封印することなった。
それともう一つ理由がある。【魂の残滓】はその名の通り肉体に残された【経験値】だ。一度のみ使い切りの【経験値】。それはこの肉体に残った【英霊カルナ】の存在を消し去る気がしていたからだ。
それでもカルナは自身の意見を否定してでも、【英霊カルナ】の証を消すことになろうとも【魂の残滓】の使用を決断した。
「………わかった。【魂の残滓】も更新しよ」
「いいのか、ロキ」
「カルナが自分の意見を曲げてまで使うことを決めたってことは、それだけヤバいんやろ。なら、子供達を守るためにも使うべきや」
「………感謝する」
「構へん。うちにはこれくらいしか出来へんからな。ほら、そこに寝そべり」
ロキに言われるままカルナはベッドに横になる。
「ほな、まずはいつも通りの更新をするで〜」
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第三十五話
カルナ・クラネル。
Lv.7
力:I 0→G 271
耐久:I 0→H 132
器用:I 0→G 224
敏捷:I 0→F 349
魔力:I 0→F 387
幸運:D
不死:E
耐異常:G
鍛治:G
精癒:I
「全アビリティ熟練度、上昇値トータル1300オーバー………⁉︎」
ロキが驚愕の声を上げた。【ランクアップ】した最初の頃はアビリティの熟練度は上昇しやすい。だが、成長促進スキル【憧憬庇護】の効果を合わせたとしても、ここほどの成長速度はいままでなかった。
「なるほど、【憧憬庇護】の効果が向上したか」
カルナはこの上昇率に心当たりがあった。クー・フーリンの激戦もあるが、その戦闘場所が18階層だということも大きい。
【憧憬庇護】はベルが近くにいればいるほど効果が向上する。
現在、ベルはオラリオにおり、『上層』を活動領域にしている。そしてカルナが激戦を繰り広げたのは地上に近い『中層』。普段、活動領域にしている深層に比べてベルに近い場所で戦闘をしたため、これだけの上昇率になったのだ。
「よく考えれば相反するスキルだ」
Lv.7のカルナが良質な【経験値】を得るには深層に行かなければならず、ベルから離れる。
ベルの近くで戦う為には上層や中層に止まらなければならず、良質な【経験値】を獲得できない。
これが同じ成長促進スキルを持つカルナがベルより成長速度が遅い原因だった。
「ほな、もう一つの【経験値】も抽出するで」
「………ああ、頼む」
ロキが【魂の残滓】から【経験値】の抽出を始めた。すると体から何かが失われていくような感じた。
「………っ」
その感覚に自然と体が強張る。常に感じていた【英霊カルナ】という存在が遠のいていく。存在が失われて俺の糧となろうとしていた。
ーーーすまない。俺の都合の為に貴方を消すことを許してくれとは言わない。
俺が強くなれたのは【英霊カルナ】の力があってこそ。それなのに俺は更なる力を得る為に最後の残滓さえ消し去ろうとしている。それを自己嫌悪せずにはいられなかった。
すると聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
ーーー構わない。それをお前が正しいと思うなら、迷うことはない。この体は既にお前のモノなのだから。
「ーーー!」
幻聴か、気のせいか、【英霊カルナ】の声が聞こえた。その言葉に俺の頬を一筋の雫が落ちた。
「………ありがとう」
もう存在を感じられない施しの英霊に俺は在り来たりな礼しか伝えられなかった。
「よし、カルナ。終わったで」
俺が【英霊カルナ】に別れを済ませている内にロキが【ステイタス】の写しを終えたらしい。
カルナ・クラネル。
Lv.7
力:G 271→D 533
耐久:H 132→E 406
器用:G 224→D 524
敏捷:F 349→C 659
魔力:F 387→C 671
幸運:D
不死:E→D
耐異常:G
鍛治:G
精癒:I
《魔法》
【ブラフマーストラ】
・速攻魔法
・照準対象を自動追尾
【アグニ】
・付与魔法(エンチャント)
・炎属性
・詠唱式【我を呪え】
【ヴァサヴィ・シャクティ】
・階位昇華(レベル・ブースト)
・発動対象は術者装備限定
・行使条件は【日輪具足】使用解除
・発動後、一日の要間隔(インターバル)
・詠唱式【神々の王の慈悲を知れ。主神よ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺。焼き尽くせ】
《スキル》
【貧者見識(ヴァイシャ・ダルシャナ)】
・本質を見抜く眼力。
・相手の【ステイタス】を看破できる。
・人類、怪物問わず看破可能。
【憧憬庇護(リアリス・フレーゼ)】
・早熟する。
・懸想(ベル)を守る限り効果持続。
・懸想(ベル)が近いほど効果向上。
【日輪具足(カヴァーチャ・クンダーラ)】
・光鎧を装備する。
・この鎧は神々でさえ破壊困難。
・装備者は損傷(ダメージ)を九割削減。
【英雄宿命(アルゴノゥト)】
・強敵対峙に対するチャージ実行権。
・解放時における全アビリティ能力補正。
・能力補正はチャージ時間に比例。
Lv.7でありながら、全アビリティオールE以上の上昇率。これだけの【経験値】を蓄積していた【英霊カルナ】は流石としか言いようがない。
加えて新たなスキル、魔法も発現している。両方共、一番最初のスロットに表示されているのはこれが本来なら最初に発現していたはずのスキルと魔法だからだろうか?
スキル【貧者見識(ヴァイシャ・ダルシャナ)】は敵の情報を視認するだけでわかるというもの。情報が一切ない新種モンスターの情報を入手できるアドバンテージは大きい。だが、問答無用で【ステイタス】を看破するこのスキルは、情報秘匿のルールに違反している。なるべく秘密にした方が良さそうだ。
魔法【ブラフマーストラ】。ベルの【ファイアボルト】と同じ速攻魔法。詠唱を必要としないので連射が可能な稀有な魔法。それも追尾属性(ホーミング)なので【ファイヤボルト】の上位版と考えていいだろう。………というより、これってやっぱり、眼からビームか?
あ、後【不死】のアビリティも上昇しているが………これ以上高くなるとどうなるんだ? 頭吹き飛ばされても再生するとか? ………違うよな?
「ーーーありがとう、【英霊カルナ】。これでクー・フーリンに勝てる」
【英霊カルナ】の力を完全に得た自分ならクー・フーリンにも勝てると確信した。
しかし、カルナは知らない。敵もまたダンジョンの奥深くで、より強大な怪物になろうとしていることを。
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第三十六話
【ステイタス】を更新した夜。カルナはダンジョンに来ていた。
言っておくがクー・フーリンと直ぐに再戦するためや新しい魔法を試したい、とかではない。
現在、カルナがいるのはダンジョン上層。それも地上に近い5階層である。
何故、こんな初心者がいるような階層にカルナがいるかというと、
「【ファイアボルト】!」
魔法を試したくて真夜中にダンジョンに来た弟が心配だったからである。
【英霊カルナ】を失ったことで寝付けずにいたカルナは、街の夜景を眺めていたのだが、彼の超視力がダンジョンに向かうベルを見つけたのでこうして追いかけてきたのだ。
ベルは嬉々として魔法を乱射し、ダンジョンに入る前から尾行していたカルナに気づく様子もない。
「完全に調子に乗ってるなベル。後先考えずに魔法を使っている」
1階層から5階層までベルは向かってくるモンスターを全て魔法で倒していた。
魔法は代償もなしに行使できない。行使すれば精神力(マインド)を消費し、精神力(マインド)が底を尽きれば使えなくなる。
現在のベルはLv.1。それも魔法を発現させたばかりで『魔力』の熟練度も0。そんな状態で魔法を連射すれば、
「やはり、精神疲弊(マインドダウン)を起こしたか………」
精神力(マインド)が底を尽き、気絶したベルを見てカルナは呆れたように呟いた。
戦い方を教えてくれる先人がいないとはいえ、あまりにも滑稽な有様だ。
だが、流石に放っておく訳にはいかない。倒れたベルの元にゴブリンなどが集まってきた。
助けようと、踏み出したその時、
ーーー金色の風がゴブリンの群れを斬り裂いた。
「アイズか………ウダイオスを倒せたようだな」
傷はリヴェリアに回復して貰ったようだが、装備はボロボロで凄まじい死闘だった事を物語っている。
その後、アイズはミノタウルスから救い出した時に怖がされ、『豊饒の女主人』でベルを傷付けたことに償いをしたいと申し出る。
それに対してリヴェリアはベルに起きるまで膝枕をしてやればいいと言った。………いや、本当に何故、そこで膝枕なんだ?
ベルをアイズに任せ、一人で帰ろうとしたリヴェリアにカルナは声をかけた。
「膝枕が何故、償いになるんだ。リヴェ?」
「⁉︎ カルナ………いたのか」
「ああ、ちょっと用事があったからな。………アイズはウダイオスを倒したようだな」
カルナはリヴェリアの隣に並んで歩き始めた。
「………やはり、知っていたんだな。単身階層主に挑むほど駆り立てられていたことに」
「『強さ』への渇望は、ある意味でアイズの原点だ。そうなることは理解していた」
「そうだ。ウダイオスを倒して尚、アイズの心は未だ不安定。それをアイズが反応を示したあの少年がいい影響を与えてくれればいいが」
「確かに強くなること以外でアイズが関心を持ったのはベルが始めてかもしれないな」
「ベル………? あの少年を知っているのか?」
「知っているも何も身内だ。ベル・クラネル。血の繋がった俺の弟だ」
「なっ……!」
カルナの言葉にリヴェリアは珍しく呆気にとらわれた顔をし、しばらくすると笑う出した。
「くっ……くくく………」
「いきなりどうした?」
突然、笑い出したリヴェリアにカルナは困惑した。
「くくっ………いやスマン………ただ、カルナが酒場で何故あんな事をしたのか、謎が解けた」
「謎? それほど不可解な行動をしたか?」
「ベートを叩きつけただろう。普段は注意する、というより毒を吐いてベートを怒らせるお前が、いきなり実力行使に出たのを不思議に思っていたが………何のことはない、溺愛する弟を罵声されて許せなかったんだな?」
「……………………まぁ、そうかも知れないな」
図星を突かれ、カルナはリヴェリアから顔を逸らした。
「照れなくいい。むしろ、私はカルナに人間らしい所があってホッとしている」
「つまり、普段の俺は人間性に欠けていると?」
「拗ねるな。ただお前の意外な一面を知れて私は嬉しいんだ。カルナは自分の事を話してくれないから」
「語るほど大した人生なんてしていないだけだ。祖父、弟の三人で畑を耕し、作物を収穫する。それを毎年繰り返すだけの在り来たりな人生だ。冒険者としての三年間の方がよほど濃い」
「そうか。それにしてもベル・クラネル。カルナの弟でアイズが興味を持った少年か。ならば、悪い方向には転ぶまい」
まさか逃げられたりはしないだろう、とリヴェリアは呟いた。
「…………どうだろうか」
ベルは祖父の影響で異性に並々ならぬ関心がある。だが、夢は見るが現実を知らない極度の初心だ。
アイズほどの美少女、それも惚れた相手が目覚めた時に膝枕をしていたら、
「恥ずかしさで逃げなければいいが………」
まぁ、なるようになれと考える事を止めたカルナはリヴェリアと共にホームに帰還した。
◆◆◆
カルナの予想は的中した。
帰ってきたアイズ派手に項垂れてを見て、ああ、これは逃げられたなとカルナは確信した。
カルナはリヴェリアと顔を見合わせ、二人で誰も声を掛けられないアイズの元に向かった。
「どうしたのだ?」
「何があった?」
「………ちゃった」
「「何?」」
「また、逃げられちゃった………」
「………くッ」
「………ぷっ」
「⁉︎」
我慢できずにカルナとリヴェリアは笑う。笑われたのを怒ったアイズに二人共突き飛ばされた。
「ふは、ふははははっ」
「すまない、アイズ。だが………はははっ」
とうとう二人は声を上げて笑い出した。高貴な王族(ハイエルフ)と作り物のように無表情だった男が高笑いする光景に誰もが動揺した。
その後、笑う二人を怒ったアイズがポカポカ叩く、まるで両親と子供の戯れのような光景はアイズの怒りが収まるまで続いた。
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第三十七話
ダンジョン探索から翌日。
「アイテムは一通り補充できたか?」
「ああ、切らした分は買ったはずだ」
カルナとリヴェリア、二人は先日の探索で使い切ったアイテムの補充をしていた。
ちなみにカルナは殆どアイテムを消費していないので行く必要はなかったのだが、そこはリヴェリアが荷物持ちということで無理矢理同行させた。
荷物持ちで連れてこられた筈なのに、リヴェリアのポーチに収まる数しか買ってないのをカルナは不思議そうに見ていた。
「念のため、もう一軒くらい見て回ろう。掘り出し物があるかもしれない」
「そうだな。だったら『リーテイル』で構わないか? アイテムとは別に買いたいものがある」
「あそこなら、品揃えも充実しているし私に異論はない」
『リーテイル』は大型アイテムショップだ。『冒険者通り』というバベルに続く大通りにあるので、冒険者の需要が高く、評判も良い店だ。
『冒険者通り』でアイテムの補充をしていた二人はすぐに『リーテイル』に到着した。
「それでは私は少し見て回ろう」
「俺は目的の物を買ってくる」
リヴェリアと別れたカルナは冒険者が見るようなアイテムの棚ではなく、食品雑貨が並ぶ棚、その中でも様々な酒が置かれている酒棚に向かった。
何故、酒棚に向かうかというとこの店は【ソーマ・ファミリア】の神酒(ソーマ)を仕入れているからだ。
カルナは先日、リドに飲みたいと言っていた神酒(ソーマ)を律儀に買いにきたのだ。
「えぇ〜〜〜⁉︎ 神酒(ソーマ)って60000ヴァリスもするの⁉︎」
目的の【ソーマ・ファミリア】の品が置かれた酒棚の前で大声を出すハーフエルフがいた。というよりカルナには彼女に見覚えがあった。
「ギルド職員、エイナ・チュールか?」
「! 貴方は【ロキ・ファミリア】のクラネル氏!」
エイナ・チュール。ギルドの受付嬢兼冒険者アドバイザー。受付嬢をしているだけあり、その容姿は見目麗しく、彼女に好意を持つ冒険者は多い。そしてベルの担当アドバイザーでもある。
後、憶測だがベルに好意を持つ未来の妹候補だ。
「私をご存知なんですか?」
「弟の担当アドバイザーだからーーー後、ミィシャからすぐ怒ると愚痴を聞かされている」
「………あの子には明日、説教ですね」
すまない、ミィシャ。俺の余計な一言で怒られるらしい。
「それより、チュールは神酒(ソーマ)を買うのか?」
酒棚を見たカルナか尋ねる。残った神酒(ソーマ)は一本。先に居たのはエイナなので優先順位は彼女にあり、エイナが買うならカルナは諦めて別の場所を探すしかない。
「いえ、こんな高い物、私には………クラネル氏は神酒(ソーマ)を飲まれるのですか?」
「カルナで構わない。ファミリーネームだとベルと被って紛らわしいだろう。飲むには飲むが俺はドワーフの火酒の方が多いな」
「なら、私もエイナで結構です。そうですか………では、このお酒を嗜んでいる方でーーー」
「カルナ、目的の物は買えたのか? ………エイナか?」
店内を見回ったリヴェリアがカルナを探しに来た。
「リ、リヴェリア様⁉︎」
「リヴェ、エイナと知り合いなのか?」
「エイナの母とは共に里から逃げ出した仲だ。だから、エイナの事は生まれた頃から知っている」
「なるほど、類は友を呼ぶ、か。リヴェリアとエイナの教育方法が酷似していると思ったがーーーエイナは母親譲りだったか」
どちらも生徒が逃げ出すほどスパルタである。
「ーーーそうだ、リヴェリア様! このお酒を嗜んでいる方で、依存症や異常な症状を引き起こしている方はいらっしゃいますか?」
スパルタという自覚があったのかエイナは話題を逸らすように、本題に戻した。
「ふむ、嗜んでいるのなら目の前のカルナだが………ドワーフの火酒を飲んで顔色一つ変えないコイツは当てにならないな」
「別に酔わない訳でない、顔に出さないだけだ。ただ神酒(ソーマ)を飲んだ者して言えることは、アレは一種の麻薬だ」
「麻薬⁉︎ 何が違法薬物が混ぜられているんですか!」
「劇薬の類は使っていない、アレは本当にただの酒だ。ただ失敗作でこの美味さだ。完成品なら誰もが求める依存性はあるだろう」
「………あのもう少し、分かりやすく説明して頂けません?」
失敗作や、完成品などエイナには何が何やら理解不能だった。
「む………俺は言葉を紡ぐのはあまり得意でない。それに神酒(ソーマ)はともかく【ソーマ・ファミリア】の事情は俺も把握していない」
「………そうですか」
「ただ、あの派閥の事情に精通している者なら知っている。会ってみるか?」
「……えっ?」
「ああ、なるほど。確かにあの者なら、詳しいな。なにせ完成品欲しさに【ソーマ・ファミリア】に乗り込むほとだ」
口数が少ない自分では納得のいく説明ができないと判断したカルナは口も回り、酒をこよなく愛する存在に説明して貰おうと提案し、リヴェリアも同様の人物を思い浮かべた。
「では、連れていって構わないか? リヴェ」
「ああ、エイナなら問題ない。付いてくるか? 私達の【ファミリア】のホームに」
◆◆◆
【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館。
カルナ達はエイナを連れてホームに帰還した。
部外者であったエイナを入れるのに門番は難色を示したが、副団長のリヴェリアと派閥最強のカルナに通すように言われては止めることはできなかった。
「ギルドに所属している私をホームへ招いたりなんかして………本当によかったんですか?」
「心配ない。貴女は誠実な女性だ。そうでなければベルが貴女を信頼しているはずがない」
「エイナ、お前が腹に一物ある者ならば最初から誘いなどはしない」
エイナの不安をカルナとリヴェリアは完全に否定。彼女をホームに通し、彼女と話し合うために応接間に案内した。
「おかえりなさい、カルナ、リヴェリア」
「ああ、ただいま、アイズ」
「いま帰った。………まだ元気は出ないか?」
「………うん」
応接間のソファーに座るアイズが二人を出迎えた。そして自然とアイズがいるテーブルを囲むようにカルナ達は席に着いた。
「その人は………誰ですか?」
「私の親戚のようなものだ。二人共、簡単に挨拶でもしておけ」
「あ……わ、私、エイナ・チュールと申します」
「………アイズ・ヴァレンシュタインです」
「………? あの、リヴェリア様? 何だかヴァレンシュタイン氏、落ち込んでません……?」
「白兎に逃げられたからだ」
「はい?」
「カルナ、それでは誤解を招く。前から気になっていた男に、どうやら逃げられたらしくてな」
カルナに誤解を招くなと言っておきながら、リヴェリアも笑いながら、誤解を招く言い方をした。
「あちゃー………ベル君に芽はなかったか………」
安心しろ、その逃げた相手がベルだ、とカルナは心の中で呟いた。
「ては、彼女を呼ぼう」
カルナは神酒(ソーマ)を取り出し、栓を抜いた。
「えーと、カルナさん? 呼んでくだされんじゃあ……?」
「こうすれば勝手に来る」
「神出鬼没過ぎて見つかるかもわからんからな」
リヴェリアとアイズは酒を飲まないので、カルナは自分とエイナの分のグラスに注いだ。
「うむ。相変わらず美味だ」
カルナは一口飲んで呟いた。アルコールも高くなく飲む人を選ばない間違いなくオラリオ随一の名酒だろう。
『この匂いはっ………!』
標的が酒の匂いに釣られたらしく、激しい足音が近付いてきた。
「神酒(ソーマ)やなッ⁉︎」
「釣れたな」
カルナが呟き、開け放たれた扉を見る。そこにはカルナ達の主神、ロキが仁王立ちしていた。
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第三十八話
「あー! やっぱりやぁ、やっぱり神酒(ソーマ)やぁ! なんやカルナ、神酒(ソーマ)買うたんなら、うちも誘ってやぁ!」
「それはすまない。飲むか?」
「飲む飲む!」
カルナは新しいグラスに酒を注ぎ、ロキに差し出した。ロキは差し出しだされた神酒(ソーマ)を躊躇いなく飲んだ。
「かぁー! やっぱり神酒(ソーマ)は別格やぁっ‼︎」
「それはよかった。飲んだなら、彼女の質問に答えてほしい」
「んんぅ? 誰や、この子?」
「………酒ばかり見て気付いてなかったな」
「お初にお目にかかります、神ロキ。私、エイナ・チェールと申します」
「神酒(ソーマ)はエイナが土産に持ってきた。飲んだ以上、ロキには彼女の質問に答えてる義務がある」
「あー! 騙したな、カルナ⁉︎」
「無償で飲ますとは言っていない」
「ぐぬぬぬっ………まぁ、ええわ。それでギルドのもんがうちに接触するなんてーーー何が狙いや?」
「この子は私の客人だ。中傷など許さんぞ」
「彼女に打算がないことは俺も保証する」
「あっ、そう。リヴェリアの客で、カルナが見極めてるなら、間違いないんやろうなぁ。すまんなぁ、エイナちゃん。どうか堪忍して?」
「だ、大丈夫です。お気になさらずに………」
「ほな、サクサク行こうか。何か聞きたいことでもあるんやろ?」
「………では、【ソーマ・ファミリア】のことについて、知っていることがあったら教えて頂きたいのです」
「うちもソーマのアホとは仲いいわけでもない。ええよ、ちょちょっと口を滑らせたげる」
「………【ソーマ・ファミリア】を取り巻くあの異常性の原因について、何かご存じですか?」
「んっ、いきなり確信きたなぁ。………でも、どう説明したらええんやろ」
それからロキは【ソーマ・ファミリア】の説明をした。
市販されている神酒(ソーマ)が『失敗作』であること。
【ソーマ・ファミリア】の主神、ソーマは【ファミリア】を運営する気はなく、趣味の酒造りしか頭にないこと。
趣味の資金調達の為に団員に『賞品』として神酒(ソーマ)の『完成品』を用意したこと。
団員の金への異常な執着は神酒(ソーマ)を求める『渇き』だということ。
それらの話を耳を傾けながら、カルナは膝を抱えたアイズを見た。
「………ぐすっ」
涙ぐんでいた。ベルに逃げられたのが余程悲しかったらしい。
「………アイズ」
「………?」
「アイツはお前を怖がっていたわけでない。ただアイツの羞恥心が並外れていただけだ」
「???」
「ふっ、いずれ分かる。いまは逃げる兎の捕らえ方でも 考えておけ」
アイズはカルナの言葉の意味がよくわからなかったが、カルナが言うなら正しいと判断し、頷いた。
まぁ、カルナも弟の初恋を叶えてやりたいと思うお兄ちゃんだ。アイズが理解できてなくとも、影ながら手を回すつもりである。
「ほれ、アイズぅ。自分、いつまで落ち込んでんねん」
エイナとの話を終わったのか、ロキがアイズに話しかける。
「そや、【ステイタス】更新しよ? 帰ってきてからまだやっとらへんやろ? な?」
「………わかりました」
「フヒヒ、久しぶりにアイズたんの柔肌を蹂躙したるわ………!」
「変なことしたら斬ります」
「えっマジで?」
「いまのアイズなら無意識に斬るだろう」
「カルナ、そんな真顔で言わんで、怖い………」
ロキはアイズを連れて、別室に向かった。カルナはそれを見送り、リヴェリアとエイナの方に顔を向けた。
「面白い、神ですね」
「面白いかは賛同しかねるが、あれで存外に切れる。我々からの信頼も厚い」
「お二方も、ですか?」
「ああ、私もだ」
「俺もロキの言うことは信じる」
ふざけていようとも、セクハラしようとも、眷属を一番に考えてくれるロキは誰からも好かれている。
カルナ達の答えを記憶しながら、エイナは残った神酒(ソーマ)を頂戴した。
『アイズたんLv.6キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎』
「ぶっっ⁉︎」
突然の事にエイナは吹いた。ーーー目の前に座るカルナに向けて。
「………エイナ」
「わああああああああっ⁉︎ ご、ごめんなさぁあいっ⁉︎」
「………いまのは仕方あるまい」
誰だって驚くと、カルナは顔を拭きながら呟いた。
ただ、一部の業界ではご褒美かもしれないがカルナにそんな趣味はないので止めてほしい。
◆◆◆
翌日。【ロキ・ファミリア】ホームではアイズの【ランクアップ】の話題で持ちきりだった。
Lv.の低い下級構成員達はアイズに憧れ、色めき立つ。
一方でLv.の高い幹部陣の中には悔しがる者も多かった。
「先に行かれたー‼︎」
「やかましい」
ティオナが体全体で悔しがり、ティオネをげんなりさせ、
「すごいっすね、アイズさん! とうとう団長達と同じLv.6っすよ‼︎」
興奮したラウルがベートに話しかけ、
「うるせー!」
「あだっ⁉︎」
不機嫌な彼に蹴飛ばされた。
「ベート、アイズが自分を置いて【ランクアップ】したのが悔しいのはわかる。だが、それが人に当たっていい理由にならない」
「てめぇもうるせー!」
「だから、蹴るな。大丈夫か、ラウル」
「だ、大丈夫っす。カルナさん」
いつも通り、カルナはアイズの【ランクアップ】しても興奮することも、不機嫌になることもなくてもいいの平然としていた。
「しかし、アイズが【ランクアップ】したのは皆にいい影響を与えるだろう」
「? どういうことスか、カルナさん?」
「アイズに触発されて、ベート達もすぐにLv.6に至る。ラウルを含めたLv.4以下の者達も強くなる。ーーー俺ではお前達の目標になれそうもないからな」
カルナがLv.7に到達した時も【ロキ・ファミリア】はその話題で持ちきりになり、皆の尊敬を集めた。しかし、誰もが尊敬するが彼に続いて【ランクアップ】しようとする者はいなかった。
皆、ある意味で諦めているのだ。飛躍と呼べる成長、異常な早さの【ランクアップ】。カルナは『別格』、『特別』だと【ロキ・ファミリア】の誰もが彼には追いつけないと思い込んでしまっているのだ。
「ち、違うスよ! 皆、カルナさんを差別してるわけじゃないス‼︎」
「わかっている。眼差しを見れば愛想の無い俺なんかに憧れていてくれるのは理解できる」
「へっ、何が憧れだ。追うことさえ止めた奴らが」
「そうだな、お前のように俺に追うことを止めないでいてくれる者もいる。これからもベートの目標でいられるように努力しよう」
「ばっ、違えよ! 誰がてめぇなんか目標にするか! ーーーだが、これだけは覚えていろ。お前を超えるのは俺だ!」
「ふっ、楽しみに待っていよう」
【ロキ・ファミリア】の朝はいつも通り、騒がしかった。
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第三十九話
「じゃ、そろそろ始めようか、極彩色の『魔石』にまつわる話。最近どたばたしとったし、詳しい情報を交換しとこ」
「ロキ、何故椅子があるのに机に座っているんだ? 行儀が良くないから止したほうがいい」
「カルナは堅いなぁー。気にせんといて」
行儀悪く机に座ったロキはカルナに指摘されても聞き流して話を始めた。
ここは団長フィンの執務室。フィン、ガレス、リヴェリアの三大首領に主神のロキ、そしてカルナは事件の中心人物であり、優れた洞察力を持った者なら何か気付いたことはないか聞く為に同席していた。
「極彩色の魔石………50階層の新種と、フィリア祭に出てきたと言っとった、食人花じゃな」
「この二種類のモンスターの関係は今は置いておくとして………地下水路の方はどうだったんだい、ロキ? ベートと一緒に向かったんだろう?」
「モンスターは出てきおったけど、碌な手がかりは見つけられんかったなぁ。胡散臭い男神には面倒事を押し付けられるし………」
ロキは地下水路で見たもの、調査中に遭遇した男神ディオニュソスから提供された情報、最後にウラノスと接触したことを語った。
「ギルドは白と見ていいのか?」
リヴェリアはギルドがヴィオラスの地上進出に関わっていないかロキに尋ねる。
「なんかは隠してそうやけど、今回の騒動には直接関係してないような気はするなぁ………勘やけど」
「その勘、間違っていないぞ」
ロキが根拠のない神の直感だと告げると、意外にもカルナがそれを肯定した。
「何故、そう言えるんだい? カルナ」
全員が目を見開く中、フィンが疑問を口にした。ウラノスがヴィオラスに関わっていないと何故断言できるのかと。
「フィリア祭の真の目的、それを俺は神ウラノスから直接聞いている。その上で俺は目的達成の為に神ウラノスに協力している」
今度こそ全員が驚愕した。自分達の身内が知らない間に中立を保つギルドの主神、ウラノスと協力関係にあると暴露したのだから。
「………はぁ、カルナ。それは本当かい?」
「こんな嘘をついてどうする? それに俺達、『下界』の子の嘘ならロキがわかるはずだ」
フィンが溜息を吐きながら、カルナに確認した。カルナは肯定し、ロキに話を振る。
「そうやなぁ。確かにカルナは嘘をついとらん。頭の痛い事になぁ………」
「全く、お前はどれだけ面倒事に首を突っ込んどるんじゃ」
「いまはそれは置いておけ。カルナ、どうせ目的を聞いても喋る気はないのだろう? なら、これだけ答えてくれ。ギルドは無関係なんだな?」
「それは保証しよう、リヴェリア。協力している俺も、そしてフィリア祭を開催していた神ガネーシャも神ウラノスから全てを聞かされている。そしてすまない、神ウラノスの目的をいまは明かすことはできない。本来なら協力関係にあることも秘密にするべきだが、共闘すべき者達が疑心暗鬼になっても無意味と思い、打ち明けた」
「………………わかった、カルナがそこまで言うなら、それ以上は聞かん。………それにしてもガネーシャまで知っとんのか、あのアホが知っててうちがなんも知らんて、なんか腹立つ」
「ははは、この話はここまでにしよう。次は僕達が18階層で起こった事を説明するよ」
フィンが話を戻し、当事者であるフィン、リヴェリア、カルナの三人が説明を始めた。
18階層『リヴィラの街』で起こったカルナとレヴィスの戦闘、敵を誘き出すために実行した作戦によるヴィオラスの大群強襲、レヴィス、クー・フーリンとの激戦。
そして敵の狙いであるカルナが入手したモンスターを変貌させる『宝玉』。
「なんや女買うたんかカルナ。どやった? 巨乳やったんやろ? おっぱい揉み揉みしたんか⁉︎」
「残念ながら、裸体を互いに晒した程度だ」
「かぁーっ、うらやましいー! うちもボンキュッボンな姉ちゃんの体見たかったぁーっ‼︎」
「………………カルナ、ロキ」
「うおっ、リヴェリアすまん! 謝るからそんな般若の顔せんといて‼︎ モンスターも真っ青の形相しとるで⁉︎」
「火に油を注いでいるぞ、ロキ。謝罪しよう、リヴェ。女性の前でする話ではなかったな」
「そういう事が言いたいわけではないッッ‼︎」
「? じゃあ、何が言いたいんだ?」
「………カルナ、いい加減、気づいたり………リヴェリアが可哀想や………」
リヴェリアの怒る理由がわからず熟考するカルナに、ロキの呟きは聞こえなかった。
「それくらいにしておけ、話が進まん。それにしてもモンスターを変異させる、とは………にわかに信じられんのう。あの50階層の女性型も、その宝玉とやらで生まれ変わったということか?」
「恐らくな。カルナとアイズしか目撃した者はいないが………どうなんだ、カルナ?」
「間違いない。あの宝玉はモンスターを上位存在に進化させるものだ。付け加えるなら58階層で俺が倒したヴォルガング・クイーンも同類だ」
ヴォルガング・クイーンは『デミ・スピリット』に進化していたので強さが桁外れだったが。
「うちはその二人組っちゅうやつの方が気になるなぁ。女はフィン、男はカルナでようやく辛勝って………フレイヤんとこの【猛者】やないんやから。次も勝てそうか、フィン、カルナ」
「負けるつもりはない………とは言いたいけど、真正面からやり合いたくない相手であることは、確かかな」
「次も勝つと言いたいが………世の中に絶対はない。あれほどの強者なら尚更だ」
「フィンとカルナにそこまで言わせるつーことは、女はLv.6。男に至ってはLv.7やろな………どこの派閥の者や、オッタルとカルナ以外にLv.7なんていないはずやで」
ロキが頭を抱えるが、思い当たらないのは当然だ。レヴィス達はそもそも冒険者ですらないのだから。
「………これは、先日アイズに聞き出したばかりなのだがーーー調教師の女は、あの娘を『アリア』と呼んだそうだ」
その発言に、レヴィスの言葉を聞いて知っていたカルナ以外の全員が目を見張った。
「間違いないのかい、リヴェリア?」
「ああ。アイズの魔法を見て、直後のことだそうだ。そこからは執拗にあの娘のことを襲い続けた。まるで探し物が見つかったかのように」
敵の狙いにはアイズも含まれているのか? とフィン達が思い始めた。その時、
「ーーーカルナ」
ロキが静観を決め込んでいたカルナに話しかけた。
「『アリア』について何か知っとるんやないか?」
『!』
ロキの言葉に全員の視線がカルナに集まる。カルナはアイズの事情を知らない。だから、話についてこれず成り行きを見守っていると思っていた。実際、ロキもそう思ってカルナの静観の姿勢に疑問を持たなかった。ーーーだが、彼女の神の直感が、それは違うと告げたのだ。カルナは何かを知っているから黙っているのだと。
全員の注目を集めたカルナはゆっくりと口を開いた。
「何かを知っている、か………定義が広過ぎて何を聞きたいのか判断に困るが、それは『アリア』が迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に登場する風の大精霊のことか? それともーーー」
一呼吸置いてカルナは爆弾を投じた。
「ーーーアイズが英雄アルバートと精霊アリアの子供ということか?」
『ッ!』
フィン達は絶句した。この場の四人しか知らない筈の出生。それはカルナはあっさりと述べたのだ。
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第四十話
「ーーーカルナ、これだけは正直に答え。どこでそれを知ったんや?」
アイズの秘密を語ったカルナにロキは普段では考えられないほど鋭い目付き、そして虚偽を一切許さない重圧を込めた声で問いかけた。
「そう怖い顔をするな、ロキ。黙秘するつもりも、詐言するつもりもない。ーーー俺が迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)を愛読しているのは知っているな?」
それはいま関係あることかと思いながら、全員が頷いた。カルナが時折、読書しているのは【ロキ・ファミリア】の者なら誰でも知っていることだ。
「そして俺が持っている迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)は大神が書いた原本だ」
「っ、ゼウスが書いた本! 現存しとったんか⁉︎」
「ああ。その本の中にアルバートの子供、アイズの事が書かれてた」
これは事実であって事実ではない。原本にはアルバートに子供がいたと書かれているが、それがアイズとは一言も書かれていない。だが、生前の記憶で知っているなど言える訳もなく、言葉の解釈を利用して勘違いするような物言いをカルナはワザとしたのだ。
「これが俺がアイズの出生を知る理由だ。納得したか?」
「ようわかった。それなら納得できる。皆もそれでええな?」
「うん。まさか、迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)にそんな事が書かれてたなんて………盲点だったよ」
「確かに、これは思わぬところで儂等以外にアイズの出生に勘付いている者がいても不思議でない」
「もとより人一人の存在を抹消するなど不可能な話だ。生まれた時点で誰かと繋がりができる。それを消す事はできず、その者が生きた証は必ず残ってしまうものだ」
「ああ。だが、カルナ。知っていたなら、早くに打ち明けてくれてもよかったのではないか?」
黙っていたことを咎めるようにリヴェリアが問う。それにカルナは肩を竦めた。
「聞かれなかったから話さなかっただけだ。それにフィン達が秘密にしている事を俺が言いふらしていい道理も、アイズが知られたくない事情を語る資格も俺にはない」
「ンー、そうやって自分の中に秘めるのはカルナの良いところであり、悪いところだね」
「洞察力が良過ぎる故にあらゆる事を知ってしまう。そして本人は黙して語らない。困ったものじゃ」
「全くだ。いつもいつも、一人で抱え込んで。私がどれだけ心配していると思っている」
「………何故、駄目出しをされているんだ?」
「これはカルナが悪いから、諦めぇ」
正直に話したのにこの扱いは酷くないか、とカルナは思ったが、ロキに否定された。
「もう一つ、気にかかることがある」
カルナの言葉に納得した後、不意にフィンが口を開いた。
「調教師(テイマー)の女は、僕達のことを知らないようだった」
「自惚れか?」
「うん、カルナはちょっと黙ってようか」
「………冗談だ。俺やフィン、都市に名を轟かす第一級冒険者の情報を奴等は持っていなかったと言いたいんだな?」
「あー、そういうことか。うちの【ファミリア】の名前は大勢に知られとる、それこそ山や海を越えて、世界中のもんにもな。フィン達だったらなおさらや」
『世界の中心』とも謳われるオラリオの情報は注目の的だ。そんなオラリオが誇る最強戦力のLv.6の名声はとどまることを知らない。特にカルナは最近【ランクアップ】したとはいえ、最高位のLv.7。最も有名な人物と言ってよい存在を知らないなど、世間に関心がない、では片付けられない。
「大量のモンスターを手懐け、一般的な知識には疎い……まるで」
「まるで、なんだ?」
「………いや、何でもない。忘れてくれ」
リヴェリアに促されるが、フィンは絵空事にすぎないと自らの考えを切り捨てた。
だが、カルナは真実を知るゆえにフィンが言いたいことがわかった。
ーーーまるで、地底に住み着いた人ならざるモノのようだ。
とフィンは言いたかったのだろう。
「フィン」
「何だい? カルナ」
「その予想………完璧ではないが正しいぞ」
「ーーーッ」
フィンはカルナの言葉に目を見開く。フィンはレヴィス達を特殊なモンスターと予想していた。だが、実際には人と
怪物の異種混成(ハイブリッド)。モンスターでも人でもない化物だ。だから、フィンの予想は完璧とは言えなかった。
「………」
フィンはあえて何も聞かなかった。カルナが自分より正確に敵の正体を見抜いていると悟りながらも、カルナが答えないということはまだ知らせない方が良い何かがあるのだろうとフィンは考えたから。
実際は、原作知識で怪人(クリーチャー)を知ってるとは言えず、どう説明したらいいか分からないというどうでもいい理由だ。むしろ正直に言っても頭のおかしい奴と思われるだけだ。
「じゃあ、宝玉がアイズに反応した事については?」
「それについては知らない。魔力に反応した、というよりアイズの風に呼応したように見えたな」
実際にカルナは、宝玉が『穢れた精霊』に関わるという事は知っているが、その『穢れた精霊』がアイズーーー厳密に言えばアイズの母である『アリア』とどういう関係があるのか、原作でも明かされていなかった。
「………アイズ本人からも、話を聞いておいた方が良さそうだね」
フィンへ執務机の引き出しから、ハンドベルを取り出した。
ハンドベルを軽く鳴らすと、すぐに激しい駆け足の音が近付き、扉が勢いよく開かれた。
「ーーーお呼びですか、団長⁉︎」
「凄いな、五秒とかからなかったぞ」
フィンに呼んでもらえて顔を輝かせたティオネが現れた。
「アイズを探してきてくれないか。レフィーヤ達の手も借りて、ここへ連れてきてほしい」
「お任せ下さい‼︎」
嬉しそうな表紙をし、入ってきた時と同じように勢いよくティオネは消えた。
「………彼女に押し付け………贈られたんだ」
「………便利………じゃの」
「………まぁ、愛されてるということだ。喜んだらどうだ?」
「カルナ、喜ぶには彼女の愛は重過ぎる」
フィンの返答に納得したのか、カルナは口を閉ざした。鳴らせばどこからでもアマゾネスが駆け付けてくる呼び鈴。ティオネのフィンへの愛が分かる品である。
「んー、じゃあアイズが来るまで暇やし、今度の『遠征』についてでも話しとくか」
次回の『遠征』。未到達領域開拓まで既に二週間を切っている。
準備がどれだけ進んでいるかの打ち合わせはしなければと全員が考えていたので、ロキの提案に反対する者はいなかった。
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第四十一話
「神ヘファイストスと話はついたかい、ロキ?」
アイズが来るのを待つ間、カルナ達は『遠征』についての話し合いを始めた。
「おー、鍛治師を連れていきたいっちゅう、あれな。ばっちしや。『深層』のドロップアイテムを回すっちゅう条件付きやけど、ファイたんは呑んでくれたで」
前回の『遠征』ではヴィルガの腐食液で武器の大半を損失し、撤退を余儀なくされた。だから、フィンは武器の修復をできる鍛治師の同行を求め、他【ファミリア】の協力要請をロキに頼んでいた。
協力要請をした【ヘファイストス・ファミリア】は鍛冶の大派閥であり、Lv.3以上の第二級冒険者が多数所属する鍛冶の腕、戦闘能力ともに理想的な【ファミリア】だ。
団長の椿に至ってはLv.5。未到達領域に進出する際のメンバーが増えるのも大きなメリットになる。
「鍛冶師が武器を整備すれば、同じ武器で戦い続けることができる………予備の必要がなくなるな」
「ああ、浮く荷物の容量の分は、全て『魔剣』にあてる。カルナ、いま何振りできてる?」
「三十振り……『遠征』までには五十振り仕上げておく。それより、作るのは炎属性の『魔剣』だけで本当にいいんだな?」
「ああ。『魔剣』は武器破壊を招く芋虫型と直接接触を避けるための対策だ。だから、多彩な属性より火力重視でいく。期待してるよ、『アグニの魔剣』」
「心得た。文句を言われないくらいものを作ろう」
本来は本物の鍛冶師に発注するはずの『魔剣』を『鍛冶』のアビリティを持つとはいえ生粋の鍛冶師でないカルナが作っているのか?
それはカルナがある一品を作ることに関してはオラリオ最高の鍛冶師、椿の上回る物を作り出せるからだ。
『魔剣』の作成、それも炎属性に限定すればカルナはあの海を焼き払ったとまで言われる『クロッゾの魔剣』にも劣らない威力の『魔剣』を作り出せる。その桁外れな威力ゆえにカルナが作る『魔剣』は畏怖を込めて『アグニの魔剣』と呼ばれている。
無論、それほどの『魔剣』を買いたいという人はごまんといるが、カルナは武器に頼り切ってはその者が成長できないと考え、同【ファミリア】の者にさえ滅多に作ることはない。
その『アグニの魔剣』が拠点防衛のため下級構成員達に持たせられる。これで第一級冒険者達が未到達領域に行っている間に全滅しているということはありえない。
「後は………カルナ、リヴェリア、アイズを除いた主戦力に、『不壊属性(デュランダル)』の武器を用意する」
「言っておくが俺は無理だ」
カルナは『不壊属性(デュランダル)』の特殊武装(スペリオルズ)を作成できる。ただ遠征までに残りの『魔剣』を仕上げなければならず、全員分の特殊武装(スペリオルズ)を作るのが時間的に不可能なのだ。
「わかってるさ、『不壊属性(デュランダル)』の武器は椿に頼んでる。カルナを一日自由にしていいって、言ったら快く引き受けてくれたよ。それも割引で」
「初耳だぞ、フィン。………まぁ、椿なら抱き着くくらいか、承知した」
「私も聞いていないぞ、フィン! カルナも、承諾するんじゃない!」
「さて、話の続きをしよう」
「いい性格しとるな、フィン」
リヴェリアの怒りの矛先がカルナに向かったことを、これ幸いとフィンが話し合いを続ける。ロキの呆れた声を無視して。
「未到達領域進出の為ににはあの芋虫型モンスターを往なさなければ不可能だ。だから、第一級冒険者全員に『不壊属性(デュランダル)』の特殊武装(スペリオルズ)を絶対に持たせなければならない」
「人数分の特殊武装(スペリオルズ)………ははっ、わかっとったけど、こりゃ相当金が飛ぶなー」
『不壊属性(デュランダル)』の特殊武装(スペリオルズ)は途方もなく高額だ。
魔導士であるリヴェリアや元から『不壊属性(デュランダル)』の特殊武装(スペリオルズ)を持つカルナとアイズを除いても、フィン、ガレス、ベート、ティオナ、ティオネの五人分の武装を準備すれば、割引して貰っても【ファミリア】が貯めた資産をかなり切り崩さなければならない。
せめてもの慰めは上級鍛治師顔負けの『魔剣』が出費なしということだろうか。
「すまない、ロキ」
「フィン達に全部任せとるのはこっちや、好きにしたらええ………それに、博打をするならトコトンつぎ込む方が、うちは好みや」
「他人の好みにとやかく言う気はないが………博打でへそくりを使い果たして俺に泣き付くのはやめてくれ。リヴェリアにもう貸すなと言われている」
「ああ〜ん、カルナのいけず〜」
「当たり前だ! カルナから借りた金額がどれだけになっていると思っている⁉︎」
ロキは博打で大損するとよくカルナに泣き付く。カルナ本人が金に無頓着で、文句も言わずに貸すのでロキは調子に乗って借金に借金を重ねてしまっている。
それに頭を痛めたのはリヴェリアだ。無制限に餌(かね)を与えるカルナと、遠慮なく食べる(かりる)ロキを見て、私が管理しなければならないと判断したのだ。
結果、カルナの個人資産はリヴェリアが管理するようになり、借金の総額を算出したリヴェリアは絶句した。
何せ、軽く十桁になろうという金額を貸して、カルナは全く気にしていなかったのだ。
「という訳だ。今度から俺に金を借りたければリヴェリアに言ってくれ」
「うげっ、リヴェリアが貸してくれる訳ないやん。妻に財布を握れたお父さんか、お前は」
「ロキ、カルナへの借金はきっちり払って貰うからな。しかし………後は調教師の女の動きが気になるな」
話を戻したリヴェリアが懸念を口にする。
レヴィスはアイズを執拗に狙っている。もし『遠征』の時にヴィオラスの群れを率いて襲撃されては手に負えない、と考えたからだ。
「ンー………確かに今回の『遠征』を見送るのも、一つの選択肢かもしれないけど」
「今更中止、なんて言い出せば、ベートかティオナ辺りがうるさそうじゃのう………」
「アイズが【ランクアップ】して士気は最高潮と言っていい。中止すれば不満は大きい」
フィンの言葉にカルナとガレスは中止するのはやめた方がいいと意見する。
「それに、極彩色の『魔石』ついて、遠征先で何か手がかりが掴めるかもしれない」
「ふむ……」
「ひとまず、準備だけはこれまで通り進むていく、ということでいいんじゃないかな」
フィンが締めくくり、全員が頷いた。そして、話の区切りがついたところで扉がノックされた。
『団長、ティオネです。よろしいでしょうか?』
「おっと、来たようだね」
フィンが許可して扉が開かれる。しかし、そこにいたのはティオネ、ティオナ、レフィーヤだった。肝心のアイズの姿はなかった。
「あれ、アイズたんは?」
「えーっと………」
三人はばつが悪そうな顔をし、レフィーヤが代表して口を開く。
「ダンジョンに、言ってしまったようです………一人で」
『………』
その言葉に【ファミリア】首脳陣は沈黙した。
「ダンジョンから帰ってきたばかりだと言うのに………」
「随分と塞ぎ込んでおったようじゃが、気晴らしにでも行ったか?」
ウダイオス撃破からまだ一日しか空いていないと憂えるリヴェリアと呆れるガレス。
「話し合ったばかりのせいもあるけど、少し心配だね」
「杞憂のような気もするがのう………Lv.6にもなったんじゃし」
「なら、俺が探してこようか?」
「当てがあるのかカルナ? 広大なダンジョンから見つけ出せる保証もない」
「あれだけ塞ぎ込んでいるんだ。歩みは怠慢でせいぜい『上層』………下手をするとまたダンジョンに入ってない可能性もある」
「なるほど、じゃあ、カルナにお願いしようか。頼んだで」
「承知した」
Lv.7のカルナならアイズに追い付けるかもしれないとフィン達も判断し、彼に頼んだ。
「あとなぁ、フィン。ギルドにはバレンように、地下水路の方を調べてもらってもええか? カルナの話を聞く限りはギルドは白やろうけど一応な」
「さっき言っていた、例の下水道かい?」
「そや、前に行った時は隅々まで調べられたわけやないし。うちがいると足引っ張るし、指揮、任せてええ?」
「ンー、わかったよ。せっかくだし、今から行ってこよう」
「すまんな。広いから人数連れていって構わん。ただ、魔法使いの子はあまり抱えん方がええかもしれん」
地下水路にいたヴィオラスは『魔力』に反応する、それを理解していたフィンは承諾した。
「ティオナ、ティオネ。今から都市の下水道を調査する、付き合ってもらうよ」
「はい、お任せを!」
「何かよくわかんないけど、わかった!」
ティオネ、ティオナが手の空いている者を集めるために駆け出し、
「私達も『遠征』の準備に取りかかるか」
「うむ。儂は下っ端どもの様子を見てくる」
「俺はアイズを探してこよう」
リヴェリア、ガレス、カルナと執務室を出て行き、残ったのはロキとレフィーヤのみだった。
「あ、あれ? えーと、私は………」
「んー、レフィーヤは、うちとお留守番でもしよか」
「あぅ」
置いていかれたレフィーヤは首を前に折った。
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第四十二話
ホームを出たカルナはダンジョンに向かった。ただし、ダンジョンには真っ直ぐに入らず、並ぶアイテムショップを確認しながら。
カルナは前回のダンジョン探索から帰ってきてアイズがまだアイテムの補充をしていないのを知っていたからだ。
「さて、何処にいるかな?」
簡単には見つからないだろうと、考えながらカルナはアイズを探した。
◆◆◆
「………」
「………」
結論から言えば簡単に見つかった。アイズはまだダンジョンに向かっている途中で、後姿からでも落ち込んでいるのがわかるほどトボトボと歩いていた。
「………」
「………」
だが、この二人。互いに言葉足らずなので、一言も会話がない。カルナは見つけたはいいがどう話しかけてやればいいかわからず、アイズはベルのことでずっと悩み非常に重苦しい雰囲気を作っていた。
「あ」
「貴女は昨日の……」
「………!」
そこに救いの女神ーーーもとい、救いの半妖精が手を差し伸べた。
◆◆◆
「………なるほど、ベルは厄介事に巻き込まれたか」
「はい。無礼を承知の上で申し上げます。ベル・クラネルを助けてあげてください」
昨日知り合ったハーフエルフーーーエイナ・チェールに出くわしたカルナ達は彼女からベルが厄介事に巻き込まれつつあると伝えられた。
昨日話した【ソーマ・ファミリア】。ベルはそこに所属するサポーターを雇っているらしいが、金銭の為に汚い事にも染めるような【ファミリア】の団員がいることが不安らしい。
まぁ、ベルの事情を弟想いのカルナは全て把握しており、その上でベルなら問題ないと判断して放置していた。
ーーーだが、ベルを心配してここまで頼まれたら断るわけにはいかないか。
「わかった。その頼み引き受けよう。アイズはどうする?」
「私も行く。……まだちゃんと謝っていないから」
「あの、ヴァレンシュタイン氏! ベル君は……ベル・クラネルは、貴方に助けてもらったことを本当に感謝していました!」
「………!」
「ふっ、良かったな。アイズ」
「………うん」
この時、落ち込んだ気持ちは吹き飛びアイズが微笑んだ。
「さて、アイズ。ちょっと急ぐが………ついてこれるか?」
カルナの問いにアイズは力強く頷き、
「ならーーー行くぞ!」
「ーーー!」
両者は強脚を解放し、同時にダンジョンへ向けて踏み出した。
◆◆◆
ベルを助ける為にカルナとアイズはダンジョンを疾走する。広大なダンジョンから人一人を探し出すのは至難だが、カルナは真っ直ぐ8階層まで駆け抜けた。
「どうして8階層?」
「前に会った時、到達階層が8階層だと言っていた。このペースで攻略していれば10階層まで行っているかもしれない」
「………この短期間で10階層?」
アイズが疑問に思うのも当然だ。アイズが一人で辿り着くまで半年以上かかった10階層にベルは一ヶ月未満で到着しているのだ。その異常な成長速度にアイズも気付いたのだろう。
もっとも、カルナは一ヶ月と経たずに10階層どころか『中層』に進出していたが。
二人は瞬く間に9階層を走破し、10階層に到達した。
ダンジョン10階層。
広大なルームが数多く存在し、9階層以上でいなかった大型モンスター『オーク』が出現するようになる。何より特徴的なのが『霧』。視界を妨げるベールは方向感覚や接近するモンスターの察知を鈍らせ、下級冒険者のダンジョン探索を困難にする。
「いたぞ。ついてこいアイズ」
しかし、カルナの超視力を用いればこのような霧、障害にもならない。遥か前方でモンスターに包囲されたベルを確実に捉えた。
「ーーー【ファイアボルト】‼︎」
霧の海を裂く、砲声と炎雷にアイズもベルの姿を捉えた。そして驚愕する。
10階層に到達しているのにも驚いたが、ベルはオークやインプに囲まれ苦戦しながらも、魔法とナイフを駆使して戦っいた。
時間さえ掛ければカルナやアイズの助けがなくても切り抜ける事は可能だろう。
ほんの二十日前まで新人冒険者だと思えない、ありえない成長ぶりだった。
「アイズ。驚くのは分かるが、助けるぞ」
「! ーーーうん」
カルナの言葉で我に帰ったアイズは頷き、ベルの元に向かった。
不意打ちしようとしたインプをアイズが斬り裂き、周囲から集まるオークをカルナが粉砕した。
第一級冒険者達の動きを捉えられず、モンスター達は何が起きたかも理解できずに屠られていく。
そしてLv.1のベルにも彼等を捉えることができず、誰かが助けてくれいるほとは分かるが、誰なのかが判断出来ないでいた。
まさかそれが自分の兄と憧憬の人だとは夢にも思わなかっただろう。
「すっ、すみません! 急いでるんです!」
だが、それ以上にベルには重要な事があった。消えたサポーターを追う為に彼は駆け出した。
「あ」
「仕方ない。残りを片付けるぞ」
ベルを追えないようにカルナとアイズは残ったモンスターを全滅させた。
「行ってしまったな。ベルは俺達が誰かわからなかったらしい」
「また、謝れなかった………」
「そう落ち込むな、アイズ。ベルを助けられた、今回はそれで納得しておけ。ーーーそれにアイズとベルの縁はまだ切れていないようだ」
カルナは草原に落ちていた防具を拾い上げた。落ちていたのはエメラルドに輝くプロテクター。先程、ベルがオークの一撃を防ぐ時に弾け飛んだのをカルナはしっかりと見ていた。
「これは、お前が直接手渡せ。そして気持ちをちゃんと伝えろ」
「うん」
アイズは渡されたプロテクターを大事そうに抱えた。しかし、感じた気配にすぐに顔を上げた。
「………?」
「………見られているな。いや、この気配は………」
同じく気配を感じたカルナもアイズと同じ方向を見る。だが、警戒はしなかったあの賢者はいつも唐突に現れる。
「もう見破られている。姿を現せ、フェルズ」
「………やはり、気づかれてしまうか。第一級冒険者は誰もが鋭すぎる」
黒ずくめのローブを纏った魔術師(メイガス)、フェルズが現れた。
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第四十三話
「カルナ、知り合い?」
目の前の怪し過ぎる人物と親しげに話すカルナにアイズが問う。
「ああ………以前、『宝玉』の回収を頼んできた依頼主(クライアント)だ」
カルナの言葉にアイズははっとする。あの18階層での戦い。正体不明の強敵達が狙っていた『宝玉』。それの回収をカルナに依頼した人物が目の前にいた。
「フェルズ、また依頼か? わざわざアイズがいる時でなく俺一人の時に接触すればいいだろう」
異端児(ゼノス)との関係を考えればフェルズとカルナが繋がっていることは知られないべきではない。それどころかフェルズの存在自体を隠しておくべきだった。それが理解できないほどフェルズは愚かではない。一体何故?
「カルナ・クラネル………そしてアイズ・ヴァレンシュタイン………今回は君達二人に冒険者依頼(クエスト)を託しに来た」
「………24階層にある『宝玉』の回収か? あれなら俺一人で十分だと思うが?」
24階層でモンスターの大量発生が起こっているのはカルナも知っている。それが30階層と同様の食料庫(パントリー)を封鎖されたモンスターの大移動であることもカルナは察していた。
だから、またフェルズが接触してくるだろうと判断し待っていたのだが、まさかアイズも巻き込もうとするとは思わなかった。
「………18階層の戦闘を拝見させて貰った。もしあの男が出てきたとしてーーー本当に一人で足りると言えるのか?」
「………」
「沈黙は肯定と取る。だからこそ【剣姫】の力も借りたいのだ。30階層では同志達にも大きな被害が出た。これ以上彼等に頼るわけにはいかない」
フェルズの言っている事が正しいだけにカルナは何も言い返せなかった。
24階層のモンスターなど何百、何千いようが蹴散らせる。闇派閥(イヴィルス)やレヴィスが相手でもどうにかできる自信がある。だが、クー・フーリンだけは別だ。あの男が出てきただけで形勢は一気に逆転する。カルナといえどクー・フーリンと他の敵全てと戦うのは不可能だ。
「………アイズ、お前はどうする?」
否定する言葉が見つからないカルナは、アイズの意思に委ねる事にした。確かにカルナ一人では戦力不足なのは事実だが、戦うかどうかはアイズ自身が決めることだ。もっとも、
「私も行く。カルナと一緒に戦う」
「………そういうと思っていた」
「恩に着る」
アイズが、いや【ロキ・ファミリア】に仲間一人を戦わせるような者は薄情者は一人もいない。
「できれば今すぐにでも向かってほしい。いいだろうか?」
「あの、伝言をしてもらってもいいですか? 私の【ファミリア】に………」
「ん? ああ………なるほど。わかった、それくらいは頼まれよう」
アイズは仲間に心配をかけたくないと思い、その気持ちを察したフェルズは承諾した。
アイズは携帯用羽根ペンーーー少量の血をインク代わりにできる中々高価な魔道具(マジックアイテム)ーーーで羊皮紙にロキ宛ての手紙を書いた。
………『心配しないでください』って、天然なアイズがこんなこと書いても余計、心配しないか?
横から手紙を見たカルナはそんな感想を抱いた。
「アイズ、俺も一筆書こう」
このままではロキも心配するため、安心させるためにカルナは『俺も一緒だから安心しろ』と書いた。
これが逆効果になり、手紙を読んだロキが、
「天然二人で安心できるか! 余計に心配するわ、おバカども‼︎」
と叫ぶ事になるのをカルナは知る事はない。
「まず、『リヴィラの街』に寄ってくれ。『協力者』が既にいる」
「わかりました」
「承知した」
話を終えたフェルズは霧の中へ消え、カルナとアイズは『協力者』と合流するために18階層に向かった。
◆◆◆
10階層を出発したカルナ達は瞬く間に18階層に到達し、『リヴィラの街』にあるフェルズに行くように言われた酒場に目指していた。
「………ああ、ここだ。記憶違いではなかったな」
「こんな所に、酒場があったんだ………カルナ、よく知ってたね」
アイズが感心するようにカルナが知っていた、目的の酒場『黄金の穴蔵亭』は街から離れ、狭い袋小路に隠れるように構えられた店だった。『リヴィラの街』を長年利用していたアイズさえ知らなかったほどだ。
「まぁ、こういう所を知っていれば色々と便利でな」
人通りのないこのような場所は『開錠薬(ステイタス・シーフ)』などの非合法のアイテムの取引や闇派閥(イヴィルス)などの表だって活動できない者達の密会によく使われる。カルナもそういう裏の住人達から表に出てこない情報を入手するため、こういう場所は利用していた。
「とりあえず中に入ろう」
「うん」
カルナ達は『黄金の穴蔵亭』に入店した。店内の客は存外に多く、カードゲームをする者、詩を歌う者、話し合う者などでカウンター席以外は全て埋まっていた。
「………変だな、普段はこんなに混んでは………ああ、そういうことか………」
隠れ家のようなこの店が客で溢れかえるなどありえない。だが、カルナの本質を見抜くスキル『貧者見識』は彼らが同じ【ファミリア】であることを看破した。そして『協力者』が誰であるかも悟った。
「アイズ、指定された席で『合言葉』を言ってくれ。俺は知り合いがいるから声をかけてくる」
カルナはアイズの返事を待たずに離れ、テーブル席の一つに向かった。
「よし、フルハウス! これでボクの勝ちだ!」
「残念。俺はストレートフラッシュ」
「えええっ、そんなー⁉︎」
「何よ、またキークスの勝ち?」
「ははは、今日の俺はついてるぜ!」
「あんた、ここで運を使い果たして死ぬんじゃない?」
「怖ぇこと言うな⁉︎」
「うう〜、ボクの魔石が〜」
カードゲームをしているテーブルは賑やかだ。この位置からでは分からないが、性別が判断し辛い中性的な声をした小柄な子が大負けして落ち込んでいるようだ。人の隙間から見えるピンク髪が元気を無くし、萎れたようになっていた。
冒険者とは思えないほど派手に着飾っているのが気になったが、カルナは目的の人物への挨拶を優先した。
「久しぶりだな、アスフィ」
「ええ、お久しぶりです。こんな所で会うとは思いませんでしたよ、カルナ」
カルナが話しかけた眼鏡をかけた美女は来ることがわかっていたのか突然話しかけられても驚くことなく返答した。
彼女は【ヘルメス・ファミリア】団長、アスフィ・アル・アンドロメダ。オラリオに五人といない『神秘』保有者で、【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ、稀代の魔道具作製者(アイテムメイカー)である。
カルナとアスフィ、というより【ヘルメス・ファミリア】の交友はカルナがオラリオに来たばかりの頃に遡る。
何故かと言うとカルナはベルに手紙や仕送りをしたかったが、祖父が正体を隠そうとしていたのを知っていたので迂闊に送ることができなかった。
そこで祖父と関わりがあり、尚且つ秘密裏に接触できる神物としてヘルメスに白羽の矢が立ったのだ。
幸いヘルメスは祖父の使い走りで、よく都市外に旅に出るので郵便を頼むのは簡単だった。
ヘルメスと頻繁に交流すれば必然とヘルメスに振り回されるアスフィと話す機会ーーーほぼアスフィのヘルメスに対する愚痴ーーーも多くなったという訳だ。そのため、彼女とはそれなりに親しい。
「それでどうしたんです? 申し訳ないんですが、これから冒険者依頼(クエスト)があるので手短に」
「ああ、大したことではない。これから一緒に冒険する仲間に挨拶しようと思っただけだ」
「! ………それは、どういう意味ですか?」
カルナは答える代わりにある方向を指差した。そこでは、
「『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』」
アイズが『合言葉』を伝えた瞬間、隣の椅子に座っていた犬人(シアンスロープ)の少女が盛大に引っくり返っていた。
「………あ、あんたが、援軍?」
アスフィと同じ【ヘルメス・ファミリア】所属のルルネ・ルーイが放心しながらアイズに問う。
「ーーーという訳だ。俺とアイズが援軍だ。よろしく頼む、【ヘルメス・ファミリア】」
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第四十四話
「それにしても珍しいな。アスフィがこんな厄介な依頼を受けるとは」
「………黒ローブの人物にLv.を偽っていることをバラす、と脅されました」
「フェルズは何をやっている………」
【ヘルメス・ファミリア】は主神ヘルメスが中立の立場を保つ為に多数の団員が本来のLv.を偽っている【ファミリア】だ。
更に派閥の戦力が明るみに出れば【ファミリア】のランクが一気に上がる。
ギルドはオラリオに属する全ての【ファミリア】からランクに合わせて税金を徴収している。
Lv.を偽っていることがバレれば納税額の激増、これまでの脱税に対する相当な罰金・罰則を課せられる。
弱みを握られた【ヘルメス・ファミリア】はフェルズに協力するしかなかった。
「まぁ、後ろ暗いことがあるとそこに付け込まれる。諦めるしかないな」
「カルナ……貴方はそれで慰めているつもりでしょうが、全然慰めになっていません。ヘルメス様の我儘だけでも面倒は十分だと言うのに、こんな厄介事まで………!」
「すまない、俺は言葉を紡ぐのが下手らしい。ーーーだから、また飲みに行こう。俺などでも溜め込んだ物を受け止めることくらいはできる」
アスフィは【ヘルメス・ファミリア】団長。団長故にヘルメスの我儘を一身に受ける羽目になり、団員に弱っている姿を見せられず、愚痴などできるはずもない。
だから、アスフィにとって【ファミリア】の事情を知っており、どれだけ愚痴ろうと文句も言わず、それを決して口外しないカルナは有り難かった。
「………そうですね。その時はお願いします」
だから、普段は断るような誘いも、カルナが相手だとつい甘えてしまった。
「なら、いまは依頼の話をしよう」
「ええ。依頼内容の確認をしますが、目的地は24階層の食料庫(パントリー)。モンスター大量発生の原因を探り、それを排除する。間違いありませんか?」
「いや、モンスター大量発生の原因はわかっている。原因は食料庫(パントリー)を封鎖されたモンスター達が別の食料庫(パントリー)を目指した大移動だ」
「何故、それを知っているんです?」
「実は30階層でも同じ事が起きていた。あの時は食料庫(パントリー)を超大型植物モンスターが占領していた。今回も同種のモンスターがいるはずだ」
「なるほど、ならばそのモンスターを排除すればいいのですね?」
「そううまくはいかないだろう。あの時は番人がいなかったが、敵も同じ失敗を繰り返しはしないだろう。簡単には勝たしてくれまい」
「………それは貴方でも、ですか?」
「ああ、俺でもだ」
カルナが思い浮かべるのはクー・フーリン。24階層であの強敵は待っているとカルナは直感していた。
「だが、負ける気はない。そこは安心しろ」
「このメンバーで最も強いのはカルナです。貴方に全てを託すしかありません」
「ああ。アスフィ達の命運は俺が預かろう」
アスフィは団員の命をカルナに託した責任を、カルナは全員の命は自分にかかっているという重圧を背負った。
他派閥同士でここまですんなり互いに任せられるのは二人の信頼があってこそだ。
「では、こちらの団員を紹介します。私を合わせ総勢十六名、全て【ヘルメス・ファミリア】の人間です。ステイタスは大半がLv.3。そして私が中衛から全体の指揮を執ります。アスフィ・アル・アンドロメダ。武器は短剣とアイテムを少々」
「十六人?」
「何か?」
「いや、なんでもない」
原作では十五人だった気がするが、流石に十数年以上も昔、それも前世の記憶など曖昧になるものだとカルナは考え、自身の思い違いと判断した。
それよりも重要なのは自己紹介だ。今回限りとはいえカルナ達とアスフィ達は背中を預けるパーティー。互いの使用武器、前衛や後衛などの役割。一緒に戦う為に必要な情報交換を行っていく。
『前衛組』。
「フンッフンッ」
何故かジャンプを繰り返すずんぐりした男性ヒューマン、ゴルメス。武器は大包丁。
「何でそんなにスタイルいいのよ」
アイズを睨む筋肉質な女性ドワーフ、エリリー。武器は双楯。
「へー、あんたらが【剣姫】と【施しの英雄】か。何で【剣姫】はエロいカッコしてんのさ? 【施しの英雄】は金ピカな鎧で成金なの?」
「ダメよ、そんな事聞いちゃ。誰にでも恥ずかしい趣味の一つ二つあるんだから」
毒舌な小人族(パルゥム)の双子、ポックとポット。武器はポックがメイス、ポットがハンマー。
「よろしく。あいつらはその………無視してくれ」
気苦労そうな前衛リーダーの男性獣人、ファルガー。武器は大剣。
………賑やかなメンバーだな。
『後衛組』。
「【剣姫】、【施しの英雄】とご一緒できるなんて光栄です。ほらメリルも隠れてないでご挨拶」
礼儀正しい後衛リーダーの女性ヒューマン、ネリー。武器は魔剣。
「こ………こんにちは」
仲間の背後に隠れた人見知りの小人族(パルゥム)、メリル。武器は杖。
「………」
一言も話さず覆面で素顔も種族も不明な人物、ドドン。武器は角。
………個性的なメンバーだな。
『中衛組』。
「あらぁ、貴女とっても綺麗なお肌、それに貴方もカッコいいわぁ」
妖艶な女性獣人、タバサ。武器はムチ。
「よろしくな!」
活発そうな女性獣人、ルルネ。武器はナイフ。
因みに彼女はカルナが居なければフェルズに『宝玉』の運び屋を頼まれ、事件に巻き込まれていた。
「おい英雄様よ、アスフィさんと随分仲良さそうだなぁ? どういう関係だ、俺は何百回誘っても振り向いてもくれないんだぞ⁉︎」
何故か喧嘩腰な男性ヒューマン、キークス。武器は投石。
「気楽に行こうじゃないか」
ギターを弾く男性エルフ、セイン。武器は手斧・短弓。
「………」
こちらに関心がないのか視線さえ向けない女性エルフ、スィーシア。武器は双長剣。
「貴殿等の詩歌作っていい?」
自分を詩人だという男性獣人、ホセ。武器は双極剣。
ここまでのメンバーの自己紹介は問題なかった。カルナも原作知識で知っているメンバーだ。
しかし、最後に前に出てきた人物、原作には存在しなかった【ヘルメス・ファミリア】十六人目のメンバーを見てカルナは驚愕することになる。
派手に着飾った衣装を身に付け、ピンク髪に華奢な体格をした美少女ーーーではなく美少年。
二度目なのでカルナも驚愕を顔に出すことはなかったが、呆然と少年の自己紹介に耳を傾けた。
「よろしくね! 君達みたいな英雄と冒険できるなんて、ドキドキするよ!」
美少女と見紛う小人族(パルゥム)の男の娘、アストルフォ。武器は馬上槍。
クー・フーリンに続く、二人目のサーヴァントの邂逅だった。
サーヴァント参戦第二弾はアストルフォです。
【ヘルメス・ファミリア】副団長で、アスフィと双璧を成す実力者。
この世界のアストルフォは小人族(パルゥム)という設定にしています。
これからもちょくちょくカルナに何らかの関わりがあるサーヴァントを参戦させる予定です。
ただし、物語の流れでは無関係のサーヴァントやカルナに関わっていても登場させない場合もあります。
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第四十五話
アストルフォ。Fate/Apocryphaの聖杯大戦、黒の陣営のライダーとして召喚されたサーヴァント。
前世ではイングランドの王子にして、シャルルマーニュ十二勇士の一人。実力は他の十二勇士に劣る騎士だが、生まれながらの英雄気質により多くの冒険を成し遂げ、数々の宝具を手に入れた人物。
トラブルメーカーで、どこにでも顔を出し、トラブルに巻き込まれ、時には巻き起こす困った奴だ。
ちなみにFate/Apocryphaでは最終決戦で最後までカルナと戦ったサーヴァントである。
………クー・フーリンが存在していた以上、他のサーヴァントがいる可能性は考えていたが、まさか懇意していた【ヘルメス・ファミリア】にいたとは。
灯台下暗しとはこの事だな、とはカルナは嘆息した。クー・フーリンのようにダンジョンに潜んでいたなら分かるが、冒険者の中にいたのを見逃していたとは、自分の観察力の無さが情け無くなる。
カルナは気付いていない。自分が地上にいる時は読書と鍛錬くらいしかしておらず、交友関係が非常に閉鎖的なことを。そのせいで原作知識で知っている登場人物以外を全く知らない世捨て人以上の世間知らずなのだということを。
カルナは改めてアストルフォを観察する。
ーーー強いな。種族は小人族(パルゥム)のようだか、この中ではアスフィと同等のLv.4といったところか。
例え見た目が強者に見えずともアストルフォが強いというのは雰囲気でわかる。だが、それなら疑問が残る。カルナは酒場に入った時、『貧者見識』で全員の所属ファミリアとLv.は確認していた。その時は最高Lv.はアストルフォのLv.4だったと思うが。
カルナは、失礼と思いながらもアストルフォの【ステイタス】を再度、確認した。
アストルフォ
Lv.☆
力:D
耐久:D
器用:C
敏捷:B
魔力:C
狩人:G
耐異常:H
%¥:H
《魔法》
【ラ・#+<〒・ルナ】
・■$%〒魔法
・$×性
・詠唱式【恐怖を○々€=#魔笛を吹け。轟け♪¥咆哮、響け巨鳥<¥☆%♪、%〆神馬の嘶(いななき)き。音色(ねいろ)を聞い○■か逃げ出す、<〜¥奏でよ】
《スキル》
【破>%*(キャ■〒「・デ・=×$スティラ)】
・■法無÷。
・【☆テイ→♪】の隠蔽。
………何だこれは?
アビリティの詳細な熟練度までは見えないが、平均的な基本アビリティ。問題は一部の発展アビリティ、魔法、スキル、果てはLv.まで落書きされたように読めなくなっている。
原因はおそらくこの詳細不明のスキルの項目にかかれた『隠蔽』という言葉。
【ステイタス】を隠蔽できるなんてスキルなんて聞いこともない。間違いなくレアスキルの類だ。だが、所々しか見えなくなっていないということは完全な隠蔽能力ではないらしい。
ならば、カルナの【貧者見識】ならば看破しようと思えば看破できないことはないはずだ。
カルナはもう一度、アストルフォに注目した。今度はより深くどんな些細な事も見逃さないように。すると、
アストルフォ
Lv.4
力:D
耐久:D
器用:C
敏捷:B
魔力:C
狩人:G
耐異常:H
怪力:H
《魔法》
【ラ・ブラック・ルナ】
・広域攻撃魔法
・音属性
・詠唱式【恐怖を呼び起こす魔笛を吹け。轟け竜の咆哮、響け巨鳥の雄叫び、鳴け神馬の嘶(いななき)き。音色(ねいろ)を聞いた者か逃げ出す、魔音を奏でよ】
《スキル》
【破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)】
・魔法無効。
・【ステイタス】の隠蔽。
今度はハッキリと【ステイタス】が公開された。やはりLv.はアスフィと同じLv.4。それから【ステイタス】を隠蔽していたのは【破却宣言】というスキル。効果は魔法無効という魔導士にとって天敵と呼べる能力。おそらく攻撃魔法、呪詛(カース)、異常魔法(アンチ・ステイタス)もアストルフォには通用しない。カルナの【貧者見識】が妨害されたのもこの看破能力が一種の魔法と扱われたからだろう。ただし、回復魔法や補助魔法などのサポートしてくれる魔法も無効にするのでメリットばかりではないようだ。
「【ヘルメス・ファミリア】にアスフィ以外のLv.4がいたとは知らなかったな。というより、この子をそもそも見たことがなかった」
「………身内の恥を晒すようですが、この子はお調子者でして。私達に一言もなくあちこちをフラフラしています。その旅に厄介事を巻き起こして………! トラブルを起こす度になんで私が火消しを! 厄介事はヘルメス様だけで十分なのに!」
「………苦労しているな。面倒なのが二人もいて」
アストルフォのトラブルメーカーはこの世界でも同様らしい。その分、アスフィの負担が増している。
………今度、ストレス解消に使える物でも送ろう。確か【ディアンケヒト・ファミリア】に天使薬(アルゼリカ)という安眠効果のあるハーブが売っていたな。
不憫なアスフィを見て、カルナはそう思った。
とりあえず、アストルフォは戦力になるのはわかった。なら、こちらも自己紹介しよう。
「今度は俺達の番だな。知っているようだが、【ロキ・ファミリア】カルナ・クラネル。武器は大槍と魔法を使用する。配置は主に前衛で壁役と中衛で遊撃をしている。アスフィの好きな配置で使ってくれ」
「【ロキ・ファミリア】アイズ・ヴァレンタイン。武器は片手剣。配置は前衛」
「こうなっては仕方ありません。各員、全力で依頼に当たりなさい」
アスフィの呼びかけに団員達が頷く。そしてカルナとアイズに向き直った。
「貴方方がいてくれるなら心強い。短いパーティーになると思いますが、どうかよろしく」
「よろしく、お願いします」
「まぁ、また近いうちにパーティーを組む気もするが………よろしく頼む」
カルナはヘルメスを郵便代わりに使っている対価としてヘルメスから個人的な依頼を受けることがある。都市外にある遺跡の調査などをする為にアスフィとよくパーティーを組んでいた。あの神のことだから、また我儘を言うに決まっている。
「………否定できませんね」
アスフィもヘルメスが我儘を言う姿が目に浮かんだのだろう。溜息を吐いた。
だが、それでも気持ちを瞬時に切り替え、いまは目の前のことに集中する。
「それから、くれぐれも私達のことは口外しないように」
まずはアイズとカルナに口止めをした。
「あ、はい」
「俺は元から共犯だ。その点は安心しろ」
………大丈夫か、このパーティー、とカルナは考えてしまった。
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第四十六話
「アスフィ、血肉(トラップアイテム)を買ってきたよ」
「隠蔽布(カムフラージュ)も人数分、揃いました」
カルナ達は『リヴィラの街』を出る前にアイテムの購入をしていた。
いまから向かうのは食料庫(パントリー)は階層中のモンスターが集まる。そのモンスターの大群との戦闘を回避するためにアイテムを使うのだ。
血肉(トラップアイテム)はモンスターの食欲を刺激して設置した周囲に誘き寄せる。
隠蔽布(カムフラージュ)は風景と同化する布で、各階層に合った色と装飾が施されている。今回、購入した隠蔽布(カムフラージュ)は食料庫(パントリー)である赤い石英型だ。
最もそれらが使う機会がないとカルナは原作知識で知っているが、それをカルナが知っているのはおかしいので黙っておくことにした。
【ヘルメス・ファミリア】がアイテムを揃えている間にカルナとアイズは、
「ボールズ。景気はどうだ?」
「ボチボチだ。だから、金を落としていけ。カルナ」
街のトップであるボールズの所に来ていた。
「悪いが、用があるのはアイズで俺ではない」
「ん? 【剣姫】が俺の所に来るなんて珍しいな」
「………預かってほしい物がある」
アイズはベルのプロクテクターを差し出した。『リヴィラの街』には冒険者のかさばる武器の予備などを保管してくれる倉庫が存在する。無論、高額で。
ボールズも倉庫を一つ所有しており、そこにプロクテクターを預かってもらうのだ。
これから行く24階層は危険だ。だから、大切な物であるベルのプロクテクターをここで預けることにしたのだ。
「くれぐれも無くさないようにしてください」
「金を弾む。街を放棄することになってもそれだけは守り通せ。もし無くせば………また俺は暴れるかもしれない」
普段なら言わないことを口走るカルナ。この男、弟のことになると見境なしのようだ。
「洒落にならねぇこと言うな! お前ならマジでやりかねぇだろ‼︎ ちゃんと預かるから安心しろ」
強ぇだけで好き勝手やりやがって、とコイツだけは一番言ってはいけないことを吐くボールズ。
「ならいい。それから伝言を頼みたい。俺達を探しに【ロキ・ファミリア】の誰かが来たら、『24階層の北の食料庫(パントリー)に行った』と」
カルナは18階層に来るまでに入手した魔石をボールズに投げ渡した。
「おっ、こりゃ良い魔石だ。最初からこういうモンを出せよ、へへへ」
「行くぞ、アイズ」
「うん」
アッサリと機嫌を直したボールズから離れ、カルナ達はアスフィ達と合流した。
「そちらはもう良いのですか?」
「ああ。そっちも準備できたのか?」
「アイテムの補充は済ませました。では、出発しましょう」
カルナ達、臨時パーティーは18階層を出て、24階層を目指した。
◆◆◆
『大樹の迷宮』。安全階層18階層を抜けた19階層から24階層の層域を冒険者はそう呼ぶ。
巨大な樹の中のような空間、奇妙な形と色をした葉、大きな茸、銀の雫を垂らす花々など、地上には存在しない植物群。発光する青光苔に照らされた森林は幻想的な光景を作り出す。
だが、この階層に出現するモンスターは一癖も二癖もあり、冒険者を死へと誘う。
例えば『大樹の迷宮』に群生する巨大茸の中に擬態する茸型モンスター『ダーク・ファンガス』。
『大樹の迷宮』の代表格モンスターであり、絶大な効果範囲を誇る毒胞子をバラ撒く。
このようにただ襲いかかるのではなく、待ち伏せなどの17階層以前では考えられない戦法を取るモンスター達が多数生息しているのが『大樹の迷宮』である。
「おっ、巨大茸発見。どーだ一つ賭けてみない? あれがモンスターかただの茸か」
「いーね! やるやる!」
「アスフィさんもどーっすかぁ? オレが勝ったらデート一回みたいな!」
キークスが提案し、ルルネが乗った。そしてキークスは好意を寄せるアスフィも誘う。
「あれはただの茸だ」
だが、カルナが賭けの対象を無害な茸だと断言した。
「おいおい、英雄様よ。なんでモンスターじゃないってわかるんだ?」
「俺は眼が非常に良くてな。擬態かどうかは見ればわかる。後、俺は英雄と呼ばれるほど大した者じゃない。普通にカルナと呼んでくれ」
カルナは元々、超視力を誇っていたが【貧者見識】による補正を受けたことで擬態していようとモンスターの見分けがつくようになった。
いまならアスフィがマジックアイテムで『透明状態(インビジリティ)』になろうと完全に視認することが可能だろう。
「それからダーク・ファンガスはこちらだ」
カルナは皆が見ていた茸とは反対にある茸を示し、
「はぁッ!」
大槍の突きを放つ。槍圧が遠方のダーク・ファンガスを消し飛ばした。
「片付いた。先を急ごう」
「いやいやいや、おかしいだろ⁉︎」
「なんで突きだけであんな事が出来んだ!」
「鍛錬だ」
ルルネとキークスが喚くがカルナは一言で切り捨てた。
にぎやかだなぁ………、と騒がしい【ヘルメス・ファミリア】を見てアイズはそう思った。騒がしい中心には同【ファミリア】のカルナがいるがそれは考えないでおく。
「それ以上近づかないで」
「………?」
アイズの近くにいたエリリーが警告する。
「【剣姫】………貴方強いわね。比べるまでもないわ。私じゃ腕力でだって貴方に負ける………なのに」
エリリーは大粒の涙を流しながら叫ぶ。
「ーーー何でそんなにスタイルいいのよ⁉︎」
嫉妬の言葉を。アイズは美貌だけでなくスタイルも女神に劣らない見事なプロポーションをしていた。ロキのようなのがいるのを考えれば女神の肢体が全て至高とは言えないかもしれないが。
「………」
どう言葉を返していいかわからず、アイズは沈黙した。
「………毎晩、シェイプアップ体操とかしてる?」
「え………何ですか、それ?」
「シェイプアップ体操。美容・ダイエット目的で行われる体操だ。女性を美しいスタイルにする体操と聞いているが………」
アイズの疑問にカルナが答え、エリリーを頭から爪先まで観察する。
大柄な体躯、極太の腕、ガッシリした脚、鍛え上げられた筋肉、力自慢であるドワーフを体現するに相応しい重量級の肉体である。
「………どうやら、虚偽のようだ」
「バカァァァァァァァァァァァァァァァァッッ‼︎」
ドワーフの少女、エリリー。外見は筋肉質でも中身は乙女である。彼女は泣きながら駆け出した。
「………何か悪い事を言ったか?」
「本当だろうと言って良い事と悪い事があります」
真実でも、女性に対して言うべきでないことを平然と口にしたカルナにアスフィは溜息を吐いた。
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第四十七話
24階層を目指す道中、カルナとアイズは全く戦闘をしていなかった。
同行する【ヘルメス・ファミリア】の実力が申し分なく、索敵能力も高いお陰で遭遇するモンスターを迅速に片付けてしまうからだ。
「個人の実力に問題はないな」
「うん。できれば連携も確認しておきたいけど………」
「ーーーそれはいまから確認できそうた」
カルナは進路方向を見据えた。
「アスフィ! 前方から敵、大型が複数。多いぞ!」
「左通路からも飛行音3! 接触まで20‼︎」
カルナに遅れて聴力に優れたフィルガーとホセも敵の接近に気付いた。
「アスフィ、前方はバトルボア1、バグベアー8。左通路はガン・リベルラ3だ」
「この密林の中から見えるんですか? 本当に常識外れですね………総員、戦闘態勢‼︎」
前方は密林、左通路は真っ暗にも関わらず、カルナの眼はモンスターの姿を捉えていた。
「前衛は前方の敵の足止め、中衛は目標左上空、後衛は詠唱開始! ツボの用意も!」
アスフィが次々と指示を出し、団員達が行動わ開始した。
「俺達はいいのか?」
「我々の戦力を見ておきたいでしょうから。貴方達はここで見ていて下さい」
「承知した」
カルナとアイズは静観の姿勢に入り、【ヘルメス・ファミリア】の戦闘を観察した。
『ふんッ!』
前方の盾役、ファルガー、エリリー、ゴルメスの三人が複数の大型モンスターの突進を防ぐ。
「やーい、こっちだー」
左通路から出てきたガン・リベルラをルルネが挑発して注意を集め、
「アストルフォ!」
「任せて! いくよ、ヒポグリフ‼︎」
アストルフォが騎乗したモンスター。『ヒポグリフ』が飛翔した。
『ヒポグリフ』。上半身は鷲、下半身は馬の姿をしたモンスター。中層に生息する希少種(レアモンスター)でLv.3に匹敵する潜在能力(ポテンシャル)を誇る。
因みにテイムしたモンスターはギルドに登録する必要があるが、アストルフォがそんな事気にするはずもなく、非合法で飼っている。
「普通のヒポグリフより速い………⁉︎」
「ああ、おそらく強化種だな。潜在能力(ポテンシャル)はLv.4を超えている」
カルナ達がヒポグリフの分析をしている間も、アストルフォは馬上槍でガン・リベルラを墜としていく。
「ルルネ、セイン、キークス! こちらは任せて、ツボ前衛敵‼︎」
『了解‼︎』
ガン・リベルラを掃討したアスフィが仲間に指示を出す。アスフィの言葉にルルネ達が移動し、
「はい、ツボ!」
「サンキュ!」
ルルネ達はネリーからツボを受け取り、前衛に向かう。
「あのツボは………?」
「ああ。アスフィが作った可燃性の液体だ。火の威力を増大させる」
カルナも炎魔法を使えるのでアスフィ達と冒険をしたときに使用したことがある。
ただし、カルナの炎は付与魔法なので攻撃魔法と違い、使い所が難しかったが。
「今です、メリル!」
「リウォ・フレア‼︎」
カルナ達が話している内に、液体を浴びたモンスターがメリルの炎魔法で焼き払われた。
「速い。瞬く間に倒し切ってしまった」
「無駄のない効率重視が【ヘルメス・ファミリア】の特徴だ」
実力はカルナ達主力を除いた【ロキ・ファミリア】中堅より上だろう。これだけ戦力を持つ【ファミリア】が未だに注目も集めずに無名でいるのだから恐ろしい。
特にアスフィは指揮能力、実力共に飛び抜けている。Lv.4の実力に数々のマジックアイテムを用いればLv.5にも届きそうだ。
「カルナ、この先のルームで休憩しようと思いますが、構いませんか?」
「俺達に気にせず、アスフィの采配に任せる。せめて見物していた俺は見張りくらいはしよう」
「そうですか。なら、お言葉に甘えましょう。ーーーこれから休憩に入ります。壁を壊すのを忘れないように!」
ダンジョンの壁は無限にモンスターを産み出し、壊れても時間が経てば修復する。
ただし、ダンジョンは壁の修復を優先する為、モンスターを産まないという特性がある。
その特性を利用して冒険者は休憩する前に予め壁を壊して、休憩中に突然、壁からモンスターが産まれるという事態を防いでいる。
「ルルネさん達、すごいですね………」
「ルルネ、でいいよ。私達、結構歳近いだろ?」
休憩中、アイズがルルネに話しかけていた。
「ルルネ、【ファミリア】の到達階層は何階ですか?」
「37階層。モンスターがえらい強いし、流石に深入りはしてないけど」
公式での【ヘルメス・ファミリア】の到達階層は19階層。倍近い『深層』に足を踏み入れているのは詐欺としかいいようがない。
「よくそんな深い階層に潜って、他の冒険者にバレないね………?」
「普通ならバレるな。だが、【ヘルメス・ファミリア】にはアスフィがいる」
上級冒険者でもごく僅かしか至れない『深層』。そんな階層にいれば何処の【ファミリア】の者かなど簡単に判明してしまう。だが、それでバレないのはアスフィがいるからだとカルナは言う。
「そうそう、あの【万能者(ペルセウス)】だぜ? 凄いマジックアイテムがあってさ、誰にも見えなくなってーーー」
「ルルネ。一緒のパーティーとはいえ他派閥の者に軽々しく手の内をバラすものではない。俺達は他者に漏らす気がなくともーーーお前の後ろにいる団長が黙っていない」
カルナの指摘にルルネが振り向けば、半顔を浮かべたアスフィがいた。
「ご、ごめん。アスフィ」
「全く………」
ルルネに嘆息したアスフィは、カルナ達の方に歩み寄る。
「カルナ、【剣姫】。貴方達の率直な意見が聞きたいのですが、この依頼についてどう思いますか?」
「………どういう、意味ですか?」
「今回の騒動が危険なものかどうかということか?」
「ええ。カルナから危険なものとは聞いています。ですから、具体的な危険度を知りたいんです」
「………先日、起きた18階層の騒動は知っているか?」
「? はい。大型モンスターの襲撃によって群昌街路(クラスターストリート)が崩壊した事件ですね」
「表向きはそうなってるな」
あのカルナ達と怪人達の激戦はギルドによって揉み消されている。極彩色の魔石を持つモンスターやモンスターを進化させる『宝玉』の存在をウラノス達は隠したかったようだ。
カルナは18階層の戦闘の全容をアスフィに説明した。騒動の真実を聞いたアスフィは溜息を堪えるような表情になる。
「本当に、厄介なことに巻き込まれてしまいましたね………」
「すまない、こんな事に巻き込んで」
「カルナが気にすることではありません。私達を巻き込んだのはフェルズという人物です。ーーーさぁ、休憩はこのくらいにして出発しましょう」
団長の言葉に全員が行動を開始した。
◆◆◆
カルナ達は遭遇するモンスターを撃破し、次々と階層を降りていく。
「お、白樹の葉(ホワイト・リーフ)。アスフィ、ちょっと採取していかないか?」
「止めなさい。取りに行ってモンスターに囲まれるのか落ちです。依頼の前に無駄な労力を費やさないでください」
アイテムの原料を採取したいというルルネ。この階域の薬草はそのまま食べても即効性の体力回復や解毒効果があり、ポーションの原料として重宝されている。
特にいまは24階層のモンスター大量発生のせいで、大半の冒険者が18階層に留まっており、価格が沸騰気味だ。金に目のないルルネが採取したいと言い出すのも頷ける。
無論、合理的なアスフィが許すはずもなく、ルルネが嘆くことになる。
しかし、アスフィ達は知らない。この後、次々と希少素材の誘惑が待っていることに。
「………また宝石樹だ」
「何度目だよ、見つけたの………」
「いまほど貴方の幸運を恨めしく思ったことはいですよ、カルナ」
「樹を見つけただけで、恨まれても困るんだか?」
カルナ達が見つけたのは宝石樹。赤や青の美しい宝石の実を宿すまさに金のなる樹だ。だが、彼の樹を守護するのは階層最強、Lv.4に匹敵する潜在能力(ポテンシャル)を誇る『グリーンドラゴン』。任務の前に戦いたい相手ではない。
非常に希少な宝石樹も一度目なら泣く泣く素通りできた。しかし、その希少なはずの宝石樹をカルナ達が発見したのはこれで三度目。単純に一階層で一本見つけていた。宝を目の前に何度も素通りしなければならないのは精神的に来るものがある。
「いいや、カルナが悪い! 何で滅多に見つからないはずの宝石樹がこんなホイホイ見つかるんだよ! 他にも希少鉱石が壁から剥き出してあるわ! さっきなんて『ヴィーヴル』がいたんだぞ!」
あまりに取り逃がした金額の大きさにルルネが喚く。
『ヴィーヴル』とはダンジョンの中でも群を抜いて絶対数が少ない最上位の希少種(レアモンスター)だ。発生するドロップアイテムは爪や牙でも破格の額で取引される。
長く冒険者をやっている者でも滅多に遭遇できない幻のモンスターを取り逃がしたのは悔しいのは分かるが、何故その矛先がカルナに向くのか。
ーーーいや、俺の【幸運】が引き寄せたのは理解しているが。
これだけ立て続けに希少素材や希少種(レアモンスター)を見つけるのは彼のレアアビリティが原因だった。
これだけ希少素材を見逃さなければならないのを皆が泣きそうな思いになっていた。
「なぁ、アスフィ。本当に採取しゃダメぇ……?」
「ダメです」
訂正、ルルネは実際に泣いていた。
数々の試練を乗り越え、カルナ達は24階層に踏み入れた。
オリジナルモンスター
ヒポグリフ
公式推定Lv.3の潜在能力(ポテンシャル)。
グリフォンの下位種だが、絶対数がグリフォンより少ない希少種(レアモンスター)。
アストルフォのヒポグリフは過剰な『魔石』を摂取したことでLv.5に近い潜在能力(ポテンシャル)となっている。
因みに、宝具のヒポグリフが持っていた「次元跳躍」能力はありません。
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第四十八話
ダンジョン24階層。
カルナ達は順調に階層を踏破し、24階層に到達した。しかし、此処からが問題だった。
「うげぇ………」
「ハハッ………モンスターがアリのようだ」
「24階層に着いたとたんにこれかよぉ………」
【ヘルメス・ファミリア】の面々が呻く。何しろ彼らの眼前には広い通路を埋め尽くすほどのモンスターの大群だ。
数え切れないモンスターの群れはただ行列を成しているだけでも背筋が寒くさせる。
「アスフィ、どうする?」
「どうせ駆除しなければいけません。ここで始末します」
アスフィの言葉に各員が武器を構え始めた。
「後衛は詠唱を開始。接敵する前に数をーーー」
「待って」
アイズが号令を出そうとしたアスフィを遮る。
「私に行かせて」
返事も待たずにアイズはモンスターの群れに飛び込んだ。
「お、おいっ⁉︎」
「ああ、大丈夫だ。行かせてやってくれ」
「わぁ、【剣姫】飛び出しちゃったね」
突出したアイズにアスフィ達が慌てるが、アイズと同じ第一級冒険者であるカルナと、能天気なアストルフォは落ち着いていた。
「カルナ、何故【剣姫】を一人で?」
「アイズは【ランクアップ】してからまともな戦闘をしていない。Lv.6になった自身の実力を把握しておきたいんだろう」
【ランクアップ】時に起こる【ステイタス】の大幅な強化はアビリティの熟練度の比ではない。
その為、激変した身体能力と感覚にズレが生じてしまう。遥か格下ならばその程度は問題ない。
しかし、同格の敵などと対峙した時は、その些細な感覚の誤差が命取りとなる。
「だから、このモンスターの大群は感覚のズレを修正するのに丁度いいとアイズは思ったようだ」
「でも、ヤバイって! いくら【剣姫】でもあの数は!」
「? ………ああ、ルルネ達は分かっていないのか」
「分かってないって! 何がだよ!」
「俺達、Lv.5以上の実力を。第一級冒険者と呼ばれる者ならばこの程度は乗り越えてみせる」
「だよね! ワクワクするな、彼女がどんな戦いを見せてくれるのか!」
カルナは大丈夫だと言い、アストルフォはその瞳を【剣姫】がどんな戦い振りをするのか期待を込めていた。
そしてアイズとモンスターの大群の戦闘が、否、一方的な蹂躙が始まった。
巨体に似合わない『敏捷』を誇る『バグベアー』が、鋭い剣角を持つ『ソード・スタッグ』が、中層でも特に大型な『バトルボア』が、天然武器を装備した『リザードマン』が、2Mを超えるゴブリンの上位種『ボブ・ゴブリン』が、アイズに殺到したモンスター達は瞬く間に切り刻まれて大量の屍と灰を積み上げていく。
『上級殺し(ハイ・キラービー)』の渾名を持つ巨大蜂『デッドリー・ホーネット』や弾丸による遠距離射撃をする『ガン・リベルラ』など地に足をつける者には厄介な飛行モンスターも空中から襲い掛かるが、アイズは壁を蹴り、宙を自在に舞って撃墜する。
正攻法では無理ならばと『ダーク・ファンガス』が同族のモンスターを巻き込むのも辞さず、猛毒をバラ撒くがーーー通用しない。G評価以上の『耐異常』を習得しているアイズは猛毒も無効にしてしまう。
結果、夥しい数のモンスター達はたった一人の少女に手も足も出ずに殲滅された。
「倒し切っちゃった………」
「うそでしょ………」
「これ言ったらおしまいかもしれないけどよぉ………」
『ーーー俺達いらなくね?』
モンスターを殲滅したアイズを信じられない目で見る【ヘルメス・ファミリア】の面々。対して、
「十分か………自身の能力を確かめながら戦っていたから時間が掛かったな」
「そうだね。あえて全部の攻撃を受けてから反撃なんて面倒な戦い方してたし、【剣姫】本来の戦い方が見たかったな〜」
カルナは結果を、アストルフォはアイズの戦い振りに不満を感じていた。
「あれで不満ってお前等どんだけだよ」
「………もう全部この三人でいいんじゃないですかね?」
「………帰っちゃう?」
「そういうわけにもいかないでしょう………」
アスフィも帰ろうと言いたかったが、何とか堪えた。
「………や、やっぱり第一級冒険者ってすごいなっ。あれだけの群れを一人で倒すなんて、他の冒険者達がビビるわけだよっ! あ、ポーションは要るか?」
「ううん、平気………ありがとう」
戦闘を終えたアイズにカルナ達は合流し、ルルネが話しかける。
アイズの圧倒的な実力に気後れしながらも、これ以上ない頼もしい味方にルルネ達は興奮した。
「で、モンスターは片付けてもらったけど………アスフィ、これからどうする?」
「魔石を放置しては碌なことになりません。各員周囲を警戒しながら魔石を回収!」
「いや、警戒は無用だ」
アスフィが周囲を警戒するように言うがカルナがそれは無駄だと否定する。
アスフィから何故と問い掛けるような視線を向けられ、カルナがモンスターが行進してきた北を指す。
「もう第二波が来た」
「………そのようですね」
カルナの言う通り、北からはまたモンスターの大群が迫ってきていた。
「!」
「待て、アイズ」
モンスターを確認したアイズが駆け出そうとするが、カルナが制した。
「身体能力の把握はできただろう。今度は俺が行こう。俺だけ楽をする訳にはいかない」
これまでの道中はアスフィ達に任せきりで、先程はアイズが戦った。ならばカルナ一人だけ戦わないのは不公平だ。
「【剣姫】に続いて【施しの英雄】の戦いも見れるんだ! 今度は期待していい?」
「アストルフォ。すまないが、その期待には応えられそうにない」
「え、どういう事?」
「簡単だ。見せるほど長引かない」
カルナは前に歩み出しながら、アストルフォの疑問に答えた。
「あ、【剣姫】より早く終わるってこと? 十分もかからないってことは五分? 一分? ーーーあっ、分かった! 三十秒でしょう!」
「残念ながら、全てハズレだ。答えはーーー」
カルナは《シャクティ・スピア》を両手で握り締め、横向きに限界まで振り被った。
「はああああぁぁっっ‼︎」
全力の横薙ぎ。Lv.7の『力』。それも【ランクアップ】時の初期化されたアビリティではなく、大幅に上昇した熟練度によって振るわれた《シャクティ・スピア》は、絶大な破壊力を生み出す。
音速さえ越えた横薙ぎは衝撃波を発生させ、前方のモンスターを地形もろとも全て薙ぎ払った。
無論、地形さえ変える威力に中層のモンスター達が耐えられるはずもなく、一匹残らず絶命した。
「一撃で十分だ」
『やり過ぎたっ‼︎』
「流石はLv.7! 次元が違うね!」
モンスターを全滅させ、平然と話すカルナに、アイズ以外がツッコミ、アストルフォに至っては感銘していた。
モンスターを倒したのに文句を散々言われたカルナは納得しかねながらも、再びモンスターが行進してきた北の食料庫(パントリー)を目指した。
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第四十九話
北の食料庫(パントリー)を目指すカルナ達の道中はカルナ達が疑問に思うほど順調だった。先程まであれほどいたモンスター達は見る影もなく、静寂に包まれている。
そしてカルナ達は食料庫(パントリー)に続く通路の道半ばでそれを目撃した。
「か、壁が………」
「………植物?」
食料庫(パントリー)へ続く通路は、本来なら存在しない壁に塞がれていた。
ぶよぶよと膨れ上がった気色悪い緑色の肉壁。周囲の石壁とは性質が全く異なり、鼓動にも似た律動がこの肉壁が生きていることを証明していた。
こんなものは、『深層』でも見た事がない代物だ。ただ一人、30階層の食料庫(パントリー)で同じ物を目撃したカルナを除いては。
「カルナ、これが貴方の言っていた?」
「ああ。30階層で見た植物型モンスターのモノと一緒だ。だが、規模は此方の方が大きいな」
食料庫(パントリー)まではまだ距離がある。にも関わらず、もう植物の肉壁に出くわした。此処からはモンスターの腹の中を進む事になる。
「おそらく他の経路も同様に塞がれていると思うぞ」
「………そうですね。ですが念の為、他の経路も調べます。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて二手に分かれてください。深入りは禁じます、異常があった場合は直ちに戻ってきなさい」
「なら私もーーー」
「待ちなって」
アイズも同行を申し出たが、それを小人族(パルゥム)のポックが止めた。
「強いからってあんまり出しゃばらないでほしーんだけど。オレ達にはオレ達のペースってもんがあるんだよね」
アイズの善意に対して容赦無い物言い。あれだけ圧倒的な力を見せつけたアイズにここまで言える事にカルナはむしろ感心した。
「アイズ。ポックの言う事は尤もだ。彼等のやり方に余所者の俺達が首を突っ込むべきじゃない。アイズが双子に気を使ったのはわかるが、ここはアスフィ達に任せよう」
「………うん」
カルナの言葉にアイズも納得した。フィルガーとセインが団員を連れて他の経路を調べている間。カルナ達は休息をとる事にした。
「それにしても見れば見るほど嫌悪感が催す壁ですね………」
「モンスターが肥大化させた体をダンジョンに貼り付けているようなものだ。生理的に受け付けないのは無理もない」
アスフィの呟きにカルナが返答する。
「うぇ〜、そんなとこにあたし等入らなちゃいけないのか………この奥にカルナが言ってるモンスターが住み着いてんだろ?」
「『リヴィラの街』を襲った花型モンスターに似ているな。ただし、階層主を上回る超大型の、と付くが」
「その情報、全然嬉しくないよ!」
これから行かなければならない所に馬鹿みたいに巨大なモンスターがいると言われ叫ぶルルネ。事前に戦う敵の情報を知れたのに何故悲観するのかカルナにはわからなかった。その疑問をルルネに尋ねようとした時、
「ーーー! 誰か来るな」
此方に向かって走る足音にカルナが立ち上がった。
「フィルガー達でしょうか?」
「いや、足音は三人分。フィルガーとセインのどちらかのパーティーが帰ってきたにしても、人数が少ない」
「ならば、敵ですか?」
パーティーが分散している間に各個撃破する。単純だか有効な手だと思い、アスフィは敵が襲撃してきたのかと予想する。
「いや、違う。その逆だ」
だが、カルナはアスフィの予想を否定した。薄暗い通路の奥でもカルナの眼は向かって者達がハッキリ見えていた。
待っているとまず狼人(ウェアウルフ)の青年、続いて二人のエルフが姿を現した。
「やっと追いついたぜ。カルナ、アイズ」
「ああ、待っていたよ。ベート」
ベート・ローガ、レフィーヤ・ウィリディス、フィルヴィス・シャリア。カルナ達の援軍が到着した。
◆◆◆
ーーー食料庫(パントリー)に到着する前に合流できたか。
合流したベート達を見てカルナは安堵した。
原作ではベート達が合流するのはアスフィ達が食料庫(パントリー)に到着した後。それも死者が出てからだ。
それをカルナ自身で阻止できればいいが、おそらくカルナとアイズは分断され、レヴィス達と交戦することになるだろう。そうなれば救援は不可能。だから、対策としてベート達が早期に合流できるように『リヴィラの街』で目的地が分かるように伝言を頼んだのだ。
「よく来てくれた、ベート。『リヴィラの街』で俺の伝言は受けとってくれたようだな」
「何言ってんだ、てめぇ。あんだけ爆音と更地になった地形見れば、居場所教えてるようなもんだろうが」
「………………………………………………なるほど」
カルナの努力は関係なく、意図せぬことが手掛かりになっていたらしい。ただモンスターを蹴散らす目的だけだった攻撃が目印になるとは。………まぁ、合流できたんだから良しとしよう。
「アスフィ。見ての通り俺の仲間だ。心配しないでくれ。………そこの【白巫女(マイナデス)】もベート達と一緒ということは戦力と考えて問題ないか?」
「そうだ。デュオニュソス様からお前達を助けるように仰せつかってきた」
カルナが【白巫女(マイナデス)】と呼んだエルフの女性は彼の質問を肯定した。
フィルヴィス・シャリア。【デュオニュソス・ファミリア】団長のLv.3。純白の衣装を纏ったエルフの美女。自身が前衛で戦いながら『並行詠唱』を行使することで『魔法』の火力を併せ持つ『魔法戦士』。
『魔法を使う剣士』と違い、魔法戦士は『魔導』のアビリティにより『魔法を使う剣士』とは桁違いな火力を誇り、
レフィーヤのような純粋な後衛魔導士と違い壁役も必要ないので、非常に重宝される上級中衛職(ハイ・バランサー)である。
しかし、フィルヴィスは所属したパーティーが次々と彼女のみを残して全滅するため、本来の二つ名ではなく『死妖精(バンシー)』と冒険者から呼ばれ、団長という立場にありながら同じ【ファミリア】の者達からも忌避されていた。
「『魔法戦士』ーーー速度重視の魔導士か。重くて動けないレフィーヤからしたら【白巫女(マイナデス)】は憧れの存在なんじゃないか?」
まぁ、周囲がどう評価されてようがカルナは気にもしない。
「重いってなんですか! 太ってるみたいに言わないでください!」
「動けなければ同じようなものだろう。良かったじゃないか、憧れのバトルスタイルを間近で見られるんだ。少しでも身軽になれるようによく観察しておけ」
「言われなくてもそうします!」
カルナの相変わらずな言い草にレフィーヤは頬を膨らませて怒った。
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第五十話
読んでいる皆様には申し訳ないのですが、来週から更新を週一に落としたいと思います。
ベート達と合流した後、他の経路に行っていたファルガー、セインのパーティーが戻っていた。
「やはりどこも塞がれてましたか」
アスフィも予想していたのだろう。他の経路も肉壁で塞がれているというファルガー達の報告を聞いても納得したように頷いていた。
「………アスフィ、ここからは?」
「………行くしかないでしょう」
尻込みするルルネにアスフィは溜息を吐いた。
問題解決の為には行くしかない。後はどうやってこの肉壁を突破するかだ。
「一応、『門』みたいなものはあるけど………」
肉壁の中心には大型級のモンスターでも通り抜けれそうな『門』、あるいは『口』のような器官があるが、開口する気配はない。そもそも真似かねざる客であるカルナ達を敵が通す理由もないからだ。
「やはり、破壊するしかなさそうですね。植物型モンスターならば炎が有効そうですが………」
「斬りますか?」
「穿つこともできるが?」
「蹴り破るでもいいぜ?」
「発想が脳筋だよな、【ロキ・ファミリア】………」
アイズ、カルナ、ベートに、ルルネが呆れた視線を送ってくる。どうせ力尽くで突破するしかないのだから、脳筋も何もないと思うが。
「アスフィ、メリルにやらせたらどうだ?」
「そうですね、炎が有効か試したいですし」
先程アイズに突っかかったポックがそう提案し、アスフィも承諾する。
「メリル、『魔法』を」
「でっかい方ですか?」
「ええ、長文詠唱で」
アスフィに命じられ、小人族(パルゥム)の魔導士、メリルが前に出る。
短いロッドを構え、魔法円(マジックサークル)を展開した上級魔導士が詠唱を始めた。
「メリルは『魔導』の発展アビリティを習得しているのさ。珍しいだろ? 小人族(パルゥム)の上級魔導士なんてさ」
メリルが詠唱する中、ポックが語り始めた。
「未来を嘱望される才能ある小人族(パルゥム)ってわけ」
「確かに………臆病で白兵戦は無理だが、魔法はかなりのものだ。『並行詠唱』はできないみたいだが小人族(パルゥム)という小柄な体格がそれをカバーしている」
カルナが言うようにメリルはアイズの腰ほどしかない小柄な少女。担いでも重量は然程でもなく、サポーターに乗れば立派な移動砲台と化す。
強力な魔導士である彼女はどこのパーティーでも活躍できるだろう。
「オレらとは違うね。気付いてんだろ。前衛・中衛の中でオレらだけがLv.2だって」
「えっ………と」
図星を突かれてアイズは言葉に詰まる。先程、アイズが他の経路を調べるのに同行しようとしたのは、他のメンバーに比べても弱い双子の小人族(パルゥム)を心配したからだ。
「白々しいんだよ。いらない気を使って付いて来ようとしやがって。けど、この先、付くならメリルにしろよな。オレらとは違ってアイツは代えのきかない貴重な小人族(パルゥム)なんだからよ」
「正しい判断ではあるな。強力な上級魔導士と力不足な前衛。同じ小人族(パルゥム)でもどちらが優れているかは明らかだ」
「カルナ、いくらなんでもそんな言い方は!」
「だが、事実だ」
カルナの容赦ない物言いにレフィーヤが止めに入るが、彼はそれでも断言した。
本来は壁役がいなければいけない魔導士が、仲間に担がれ移動砲台となることでパーティー全体の負担が軽減できるメリル。対してモンスターの攻撃を引き受ける前衛には不向きな小人族(パルゥム)。それも『力』に優れている訳でもないのに武器はメイスとハンマー。小人族(パルゥム)は小柄な体格を活かすナイフやリーチの短さを補う槍を使う者が多いが、それらを武器にしないということは双子は武芸の才能も乏しいのだろう。ハッキリといえば冒険者には不向きだ。
「本当のことだけどよ、ハッキリ言いやがる。まぁ、メリルが貴重つっても、あんた等んとこの団長さん程じゃないけどな」
「フィンを知ってるの?」
「当たり前だ、アイズ。フィンの目的を考えれば彼を知らない小人族(パルゥム)はいない」
フィンは衰退した一族の復興の為、自身が小人族(パルゥム)の希望になるよう名声を得た。同族の小人族(パルゥム)に名前が知られているのは当然だ。
「どんだけ才能に恵まれてたんだか知らねーけど、勝手に小人族(パルゥム)の英雄になりやがって、頼んでねぇつーの」
「ふむ………英雄と呼べる小人族(パルゥム)はフィンだけではないだろう。同じ【ファミリア】のアストルフォも英雄と呼べる逸材だと思うが?」
何せ英霊の座に至った正真正銘の英雄だ。いまはLv.4の第二級冒険者だが、アストルフォの気質を考えればそう時間もかからずにLv.5に【ランクアップ】するだろう。
「確かにアイツはスゲーよ。オレらより後に入団したのにいまじゃ、【ファミリア】内でアスフィしかいなかったLv.4だ」
ポックは自虐的に笑った。まるで格の違いを思い知ったように。
「あんた等の団長といい、アストルフォといい、小人族(パルゥム)でもやればできるみたいなことされると、まるでオレ達が何もしてこなかったみてえじゃねーか」
「あの………もしかしてフィンのこと………嫌い?」
「けっ、くだらねぇ。要は自分の実力不足を棚に上げて僻んでるだけじゃねぇか」
アイズの質問にポックが答える前にベートが口を挟む。
「てめぇは努力が実らねぇのに、フィンやピンク髪の小人族(パルゥム)が大成していくのが気に食わねぇだけだ。負け犬の遠吠えだな」
「ベートさん、言い過ぎです!」
「口を慎め、狼人(ウェアウルフ)」
「それにベート。犬はお前だ」
「俺は犬じゃねぇ、狼だ!」
ベートの罵倒にレフィーヤとフィルヴィスが咎め、カルナは的外れなことを言う。
「ベート。お前が高みを目指しているからこそ、努力すれば成果が出る知っているからこそ、途中で立ち止まる者を認めたくないのはわかる」
「………はっ、諦めた奴らなんか知るか」
ベートは否定したが、言葉を口にするのに間があった。カルナに心の奥底、ベート自身でさえ指摘されなければ気付かないことを見透かされ、一瞬動揺したのだ。
ベートはいつも走り続けてきた。強者となるため、努力し続けた。ガレスにボコボコにされたこともある、フィンにあしらわれたこともある、敵対派閥の強者と死闘をしたこともある、モンスターとの戦闘で重傷を負ったこともある、そしていまは何度挑もうと勝てないカルナを追い続けている。
いまでこそLv.5だが、かつて彼は死にかけたことも、地を這ったこともある。それでも諦めなかった、立ち上がってきた。だからこそいまのベート・ローガが在る。
ゆえに努力すれば強者になれるのに立ち止まる者達がベートには受け入れられなかった。
「だが、お前は誤解をしている」
「誤解だぁ?」
「ポックはお前が嫌う者達とは違う。フィンに追い付こうと死地に自らを置く冒険者でーーーフィンに憧れていることを素直な気持ちにできず、皮肉で誤魔化してしまう捻くれ者なだけだ」
「だ、誰が捻くれ者だ! デタラメほざくな!」
図星を突かれ、大声を出すポック。だが、彼は気づいているだろうか? フィンに憧れているという事を自分が否定しなかったことを。
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第五十一話
「フィンが蒔いた希望の種は順調に芽吹いているようだ」
小人族(パルゥム)は衰退しつつある種族だ。かつて小人族(パルゥム)は『フィアナ』と呼ばれる架空の女神を深く信仰していた。彼女は元を辿れば『古代』にまで遡るとある騎士団が擬神化した存在で、小人族(パルゥム)の心の拠り所だった。ゆえに本物の神々が降臨した時、影も形もなく、心の拠り所を失った小人族(パルゥム)は加速度的に落ちぶれてしまった。
だから、フィンは名声を欲した。一族の再興の為、世界中で生きる小人族(パルゥム)の希望となるために。
その成果は報われようとしている。小人族(パルゥム)だからと諦めていたポックが、死地に飛び込み、自身を追い詰め、強くなろうとしているのだから。
「ふん、あんた等の団長の思惑なんか関係ないね。オレはただ勝手に英雄になったアイツを見返したいだけだ」
「はっ、口だけなら誰でも言えるぜ。できなきゃ、ただの妄言だ」
「ベートの言う通りではあるな。それはーーー」
カルナが前方の肉壁を見ると、
「リウォ・フレア‼︎」
メリルが放った大火球が肉壁に着弾。轟音と共に肉壁は焼け落ち、風穴を開けた。
「ーーーこれから向かう場所で見せて貰えばいい」
風穴の先。待ち受けるは怪物、怪人、闇派閥。生半可な覚悟と実力では生き残れない地獄だ。
「行きます。全員陣形を崩さないように」
アスフィに先導され、団員達が大穴に入っていく。
「………この先に奴もいるだろうな」
最後尾を歩くカルナは18階層で戦った強敵を思い出しながら呟いた。
◆◆◆
「壁が………」
内部へ侵入した後、焼け落ちた肉壁が盛り上がり、修復された。まるで侵入者を逃さないというように。
「脱出できなくなったわけではありません。帰路の際は、また風穴を開ければいいだけのことです」
閉じ込められたことに士気が下がる団員達はアスフィの呼び掛けで平静を取り戻し、進み始めた。
「なぁ、怖い想像してもいいか? カルナがさっき言ってたんだけどさ、このぶよぶよした気持ち悪い壁はモンスターらしいんだぁ………てことは私達、化物の胃袋の中をすすんでるんだよな?」
「おいっ!」
「止めて下さい‼︎」
「シャレにならないなぁ」
「騒がない!」
ルルネの恐ろしい独り言に団員達が非難轟々の嵐を起こし、喧し過ぎてアスフィに怒られた。
「胃袋という表現は間違っていないな。此処が敵のテリトリーなのだから。ただ本当の胃袋のように胃液で溶かされる心配はないから安心しろ。元凶を取り除けばこの肉壁も消える」
「カルナ、この先にある元凶って何ですか?」
「ああ、レフィーヤ達には説明してなかったな。この先の食料庫にいるのはレフィーヤ達も戦ったことがあるヴィオラスの上位種だ。そいつが食料庫(パントリー)の養分を吸ってダンジョンを変質させている」
「つまり、そのモンスターを倒せば全部解決ってことだろ? 分かりやすくていいぜ」
「そう単純に行くものか。やはり狼人(ウェアウルフ)は頭が軽いな」
「あぁ?」
「なんだ?」
「ベートさん、フィルヴィスさん! 喧嘩しないで下さい!」
険悪になる二人にレフィーヤが慌てて止めに入ってた。
カルナ達は【ヘルメス・ファミリア】にも負けないほど賑やかに通路を進んでいたが、すぐに足を止めることになった。
「分かれ道………」
「地図にはない道………」
「ということはもう既存の地図は役に立ちそうもありませんね」
正面、左右、情報にも存在する四つの道は地図には載っていなかった。
迷宮壁も貫通しているのか通路は複雑に枝分かれしていおり、本来の迷宮とは全くの別物と化していた。
「ルルネ、地図を作りなさい。ここまでの分も含め前進しながら作れますね?」
「了解。問題ないよ」
アスフィの指示にルルネは羊皮紙と羽根ペンを取り出し、最初から曲がった回数や道の長さを数えていたように地図作成をはじめた。
「すごい、ね………地図を、作れるんだ」
「んー、そうか? 【剣姫】に褒められるなんて光栄だけど………私は一応、シーフだからな」
「いや、見事なものだ。マッピングは誰にでも出来ることではないし、今時の冒険者は大半がその方法も知識も知らない希少な技能だ」
現在の冒険者は過去の先人達が『古代』から命懸けで開拓してきた地図情報を頼りに探索をしている。マッピングしなくても探索をできるようになった冒険者達は必然的にマッピング方法を知らなくなってしまった。
「ん………? でも、どうして方角がわかるの? ダンジョンって方位磁石が使えないはずじゃ………」
「こいつの特技なんだよ。人間コンパス、どんな場所でも方角げわかっちまうのさ」
アイズの疑問にルルネではなく、近くにいたキークスが答える。
「ホレ」
そしてルルネを回転させた。目が回りそうな高速回転。通常なら方向感覚など狂うはずだが、
「北! 南! 東!」
止まった瞬間、ルルネは北を指差し、別の方角も正しく言い当てた。
「おぉ〜!」
これにはアイズも感銘の声を出す。しかし、
「お前達。凄いのは認めるが、ふざけているとーーー」
「遊ばない」
「「痛っ!」」
「ーーーアスフィに怒れる………遅かったな」
ふざけ過ぎてアスフィに拳骨を食らっていた。
「ルルネ、その特技は誰でも覚えられるか?」
「え? そりゃできるよ。移動しながらいつも北の方角を意識して頭の中で地図を描いていくんだ。そうすりゃ、曇り空の海原か、目隠しして運ばれたりしない限り迷うこともない。訓練次第で誰にでもできるって」
「オレはできない」
「私も無理でしたね」
「いつものダンジョンなら何の意味もない技能だけどな」
「私はよくヘルメス様の付き添いで都市外の怪しい遺跡とか潜ったりするんだよ!」
ルルネの言葉をアスフィ達が否定した。
「だが、試す価値はあるな。ルルネ、もし良ければマッピングの方法を教えてくれないか?」
「いいけど………自分でいうのも何だけどカルナには必要ないんじゃ?」
ルルネの言う通り、カルナは生粋の冒険者だ。ルルネのように都市外の遺跡に行くわけでもないのだから、膨大な地図情報が蓄積されたダンジョンでは意味がない。
「そんなことはない。むしろ、俺達【ロキ・ファミリア】にこそ必要な技能だ」
【ロキ・ファミリア】は現在オラリオに存在する【ファミリア】の中で最高到達階層を誇る。双璧を成す【フレイヤ・ファミリア】は未到達階層攻略にはあまり力を入れていないので、未だ到達階層の最高記録(レコード)を誇る【ゼウス・ファミリア】を超え、人類が到達していない未開拓階層に一番近いのは【ロキ・ファミリア】になるだろう。
その時、未開拓領域のマッピングは今後の探索の為にも必須の技能だ。
「だから、教えてくれ。早速だが地図を描くときはどう描いていく? やはり特別な描き方があるのか?」
「そういう理由なら構わないけど………ちょっ、近い近い! 顔が近過ぎるよカルナ⁉︎」
「すまない。地図にばかり気を取られていた」
ルルネの手元にある描きかけの地図を見ようとしたカルナは、ルルネと頬が触れそうなほど至近距離にいた。
「………何でしょう、この気持ちは。面白くありませんね」
カルナとルルネが至近距離にいるのを見たアスフィは何故か胸の奥がモヤモヤしていた。
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第五十二話
「全員止まりなさい」
モンスターの遭遇もなく静寂に包まれた通路を進んでいた時、先頭を歩いていたアスフィがパーティーを制止した。
彼女の視線の先、開いた通路の中心には不自然に散乱した灰があった。
「モンスターの、死骸か?」
「ええ。間違いなさそうです」
灰の中にはモンスターが残す『ドロップアイテム』があった。
「恐らく、例の『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう………そして、何か殺された」
アスフィの言葉に全員が武器を構えた。食料庫(パントリー)への通路を塞いでいた肉壁。それを突破できた強いモンスター達を食い荒らした敵が潜んでいるのだから。
「カ、カルナ………これ、敵がやったんですか? 他の冒険者が先に入って仕留めたってことは?」
「それはない。冒険者なら『ドロップアイテム』を回収するはずだ。仮に他の冒険者が侵入していたとしても、このモンスター達同様、食い荒らされた肉片になっているだろう」
「ひっ………!」
張り詰めた空気に耐えられずレフィーヤがカルナに話しかけるが、余計に怖がることを言われてしまった。
「じゃ、じゃあ誰が………」
「決まってんだろ。あの食人花だ」
怯えるレフィーヤにベートが吐き捨てる。彼の優れた嗅覚がヴィオラス特有の臭いを嗅ぎ取ったらしい。
「来るぞ。上だ」
そしてカルナも天井から暗闇に隠れながら此方を狙うヴィオラスを捉えた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎』
破鐘の咆哮を上げ、ヴィオラスの群れが落下した。
「各自、迎撃しなさい!」
アスフィが叫び、全員が戦闘を開始した。
◆◆◆
「レヴィス、侵入者だ」
緑壁のダンジョンのある場所で、男が警告する。
「モンスターか?」
「いや、冒険者だ」
レヴィスの問いに、男は憎々しげに答えた。
「中〜大規模のパーティー………全員手練のようだ。しかも、30階層の宝玉を持ち去った者もいる」
「カルナか」
レヴィス達が見る肉壁の蒼白い水膜には、カルナ達とヴィオラスの群れの戦闘が映し出されていた。
そして水膜にアイズが映し出されてた時、レヴィスが呟く。
「『アリア』だ」
「なにっ?」
男はアイズを見て、信じられないと顔を歪ませた。
「【剣姫】が『アリア』………? 信じられん」
「確かだ」
「へぇ、貴方達の狙いは【剣姫】なの?」
二人が食い入るようにアイズを見ていると第三者が声をかけた。
「何だ? 後ろで慌てふためいている残党共を纏めなくていいのか?」
男が侵入者に浮き足立ち、駆け回っている闇派閥(イヴィルス)を一瞥して告げた。彼女は彼らを指揮する立場にあったはずだ。
「別にいいわ。どうせ連中は捨て駒だから。敵を道連れにできれば上出来ってところね」
同じ【ファミリア】の者を仲間もと思わない意地の悪い笑みを少女は浮かべた。
「それにしてもヴィオラスはやられちゃってるわね」
少女の言う通り、水膜には次々とヴィオラスが屠られているのが映し出されている。中には魔石を捕食したことでLv.4を超える潜在能力(ポテンシャル)を誇るヴィオラスもいたが、カルナ、アイズ、ベートなどの第一級冒険者の前には手も足も出なかった。
「ヴィオラスだけでは不足のようだな」
「ああ、特にカルナ相手にはな」
「ーーー当然だな」
「「「!」」」
底冷えのする声に三人は息を飲み、声のした方向に顔を向ける。
そこには先程まで自分には関係ないとばかりに魔石を貪っていた禍々しい甲冑を纏った男がいた。
中層域のモンスターの魔石などいくら捕食しようがこの男の【ステイタス】には微々たる変化もないはずだが、少しでも強くなろうとする貪欲さが伺える。
「アイツをやれるのは俺だけだ」
それだけ言い最強の怪人(クリーチャー)、クー・フーリンは水膜に映るカルナを見据えた。
「………まぁいいわ。このまま食料庫(パントリー)に来られても面倒ねぇ。数は減らしておきたいし、手伝ってあげる」
少女は残忍な笑みを浮かべ、指を鳴らした。それを合図にするよいに待機していたモンスター達が翼を羽ばたかせ、飛び立つ。
「行きなさい、私のペット達。奴らを始末するのよ」
主の命令にモンスターの群れが敵を殺すべく、飛翔した。
モンスターが飛び去ったのを見届けて、レヴィスも動き出す。
「私は行く。『アリア』を周りの奴等から引き剥がせ」
「俺も行くぜ。リベンジってやつだ」
「………わかった」
男の返事を待たずにレヴィスとクー・フーリンは大空洞を出て行った。
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第五十三話
「魔法は使うな! ヴィオラスは魔力に反応するぞ!」
「打撃も効かない! 剣で戦って!」
襲ってきたヴィオラスを迎撃しながら、カルナとアイズは全員にアドバイスを飛ばす。
ヴィオラス本体が体当たりを繰り出し、無数の触手を振るうが、アイズに触手は斬り刻まれ、カルナが本体に風穴を穿つ。ヴィオラスは彼等の敵ではなかった。
「ぐあっ!」
「ポック!」
しかし、第一級冒険者ならまだしもLv.2の第三級冒険者には荷が重かったようだ。ポックが触手に弾き飛ばされる。
「ちっ、面倒掛けやがる!」
文句を言いながらもベートが真っ先に駆け寄ろうとするが、
「来るな!」
ポックは助けなんていらないというようにベートを睨み付けた。
「何意地張ってやがる………!」
「ベート、他を援護するぞ」
「カルナ、てめぇはーーー」
「本人が助けはいらないと言っている。これ以上は彼の覚悟を侮辱することになる」
「ーーーちっ」
ベートは舌打ちしながらも納得したのか、別の者の援護に向かった。
「………根は優しいが素直になれないのが、ベートの欠点だな」
駆けるベートを見送りながら、カルナは襲いかかったヴィオラスを撃破する。
「カルナ、相手の『魔石』はどこですか⁉︎」
「口の中上顎の奥だ!」
カルナの返答を聞いたアスフィはヴィオラスを睨み付け、ベルトのホルスターから緋色の液が詰まった小瓶を取り出した。
アスフィがヴィオラスの口腔に小瓶に投げ入れるとーーー爆発した。
『ーーーーーーッッ⁉︎』
ヴィオラスは口腔の爆撃に悲鳴を上げ、『魔石』を破壊されて灰となった。
爆裂薬(バースト・オイル)。アイテムメイカー謹製の手投げ弾。都市外の資源、大陸北部の火口近辺な発芽する火山花を原料にアスフィが手を加えて生成した液状の爆薬。
彼女しか作製できない緋色の爆薬は小瓶一つ分で中層出身のモンスターを絶命させる威力を備える。
「一体につき三人以上で対処しなさい! カルナ達はそのまま遊撃をお願いします!」
「承知した! レフィーヤはフィルヴィスから離れるな!」
「は、はい!」
「ウィリディス、私の後ろに!」
【ロキ・ファミリア】の中で最も危ないのは後衛魔導士であるレフィーヤだ。彼女は接近戦では格下のミノタウルスにも苦戦するため、魔法を封じられたては戦力にならない。
カルナが派手に立ち回ることでヴィオラスの注意を引き、フィルヴィスに守られることでレフィーヤの安全を確保していた。
「あははははっ、こっちだよ〜!」
戦いの最中、場違いな間延びした声が響く。声の方に目を向ければ、飛行するヒポグリフに騎乗したアストルフォが追いかけてくるヴィオラスを掻き回していた。
『魔石』を求める性質を持つ故に多数のヴィオラスがヒポグリフに群がるが、ヒポグリフは襲いかかるヴィオラスを難なく避け、アストルフォが馬上槍のカウンターを的確に『魔石』に当て、撃破していく。
「あちらは問題なさそうだな。他の者達も持ち直し始めている」
ファルガーがヴィオラスの体当たりを受け止め、ルルネが触手を捌き、キークスが正解に『魔石』を破壊していた。別の場所でも上手く連携し、ヴィオラスを倒していく。しかし、
「ちょっ⁉︎」
「ポック⁉︎」
エリリー、ポットと共に戦っていたポックがいきなりヴィオラスの前に飛び出した。
ヴィオラスは飛び込んできた獲物を食らおうと大口を開け、ポックを咥え込む。
「死にてぇのか、あの馬鹿は!」
「行くな、ベート」
「カルナ、まだそんな事言ってんのかッ!」
「漢を見せてるんだ、邪魔するな。彼は証明しようとしている、見返すと言ったのが妄言でないと」
「…………そうかよ」
「不満もわかる。だが、それよりも集中しろ。新手だ」
「あぁ? ーーーこの匂いは、糞花じゃねぇな」
「羽ばたく音も聞こえる。飛行モンスターのようだ」
カルナとベートが見据えた先、通路の奥からモンスターの群れが姿を現した。
尾を入れれば三Mの体長を誇り、巨大な翼で自在に飛行する竜種。
「『イル・ワイヴィーン』⁉︎ どうして深層種が此処に!」
その正体を看破したの【ロキ・ファミリア】に所属するレフィーヤ。この場にいる中でトップの到達階層を誇る【ロキ・ファミリア】だからこそ、『深層』に生息するその飛竜を知っていた。
56、57階層から出現する飛竜『イル・ワイヴィーン』。深層に生息するだけあり、高速飛行に牙、爪、尾による攻撃は竜種だけあり強力。更に火炎弾による遠距離攻撃までしてくる厄介なモンスターだ。
「驚く事でもない、レフィーヤ。ヴィオラスも深層のモンスター。別の深層のモンスターがいるということはイル・ワイヴィーンもテイムされていると考えればいい」
「食人花と飛竜じゃあ明らかに違います!」
レフィーヤが叫ぶが、カルナも内心では動揺していた。何せ原作ではここではイル・ワイヴィーンが現れる展開などなかった。またもイレギュラーな事態が発生していたのだから。
「どちらも敵という点では同じだ。アスフィ! イル・ワイヴィーンは俺とアイズ、それからアストルフォで迎撃する!」
「適切な判断です! それではイル・ワイヴィーンは任せます!」
対空戦に対応できるのは魔法で飛行できるカルナとアイズ、そして飛行モンスターに騎乗するアストルフォだ。アスフィもマジックアイテムを使えば抜群の飛行能力を発揮できるが、彼女は全体の指揮を取らなければならないので候補から外れる。結果、この三人が迎撃に最適なメンバーになる。
「いくぞ、アイズ、アストルフォ!」
「うん!」
「任せて!」
新手のイル・ワイヴィーンが加わったことで戦闘は更に激化していった。
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第五十四話
戦闘はそう時間も掛からずに終了した。
ヴィオラスはアスフィ達が連携して撃破し、新手のイル・ワイヴィーンもカルナ達が瞬く間に殲滅してしまった。
「あらかた片付げしまね………」
「ああ、イル・ワイヴィーンが予想より強かったのが気になるが………被害状況は? ポックはどうなった?」
カルナは戦ったイル・ワイヴィーンが通常より強かったことが気にかかった。一体や二体なら強化種ということで話が付くが襲いかかったイル・ワイヴィーン全てが通常種より強力なのはおかしい。まるで意図的に強くされたようだ。だが、いまは咥え込まれたポックの安否を確認するのを優先した。
「オレならここだ」
「! 大した怪我は負ってないようだな」
ポックの全体を見渡し、目立った外傷がないことをカルナは確認した。
「こんなとこでくたばってたまるかよぉ。こいつで『魔石』を砕いてやった」
そう言ってポックは手に持った短剣を見せた。
「あれ………? その短剣………」
「フィンが持っている物と同じように見えるな」
短剣を見たアイズが疑問に思い、カルナもフィンの短剣と酷似していると判断した。
「レプリカですよ。【ランクアップ】の記念に弟が【勇者】のものをマネて作らせた」
「………嫌んなるよな。頼んでもねえっつーのに、いつの間にかオレ達の英雄になってんだからよ」
「………えっと、今度フィンを紹介しようか?」
「「‼︎」」
「いい提案だ、アイズ。ポック達のような努力する小人族を知ればフィンも喜ぶ」
紹介すると言われた時の二人の目の輝きは憧れているというのを理解するには十分な反応だった。
「………いや………‼︎ 今は………まだ、やればできるってとこ見せらんねぇし………で、でも、サイン………とかなら、受け取ってやっても………いいぜ」
「ポック、お前なりに精一杯勇気を出したのだろうがーーー後ろで仲間がニヤついているぞ」
「てめーらっ‼︎ くそっ、見てんじゃねーよ‼︎ 殴るぞ‼︎」
ニヤニヤとした笑みをしていた【ヘルメス・ファミリア】はポックの怒鳴りに蜘蛛の子を散らすように去った。
「今の戦闘で敵を呼び寄せたかもしれません。すぐに移動しますよ」
「イル・ワイヴィーンが出た時点で手遅れな気もするがな」
余計なことを言うカルナをアスフィは視線で黙らせた。
武装の点検を素早く済ませたパーティーは進行を再開した。
「聞いてはいましたが、あれが例の新種のモンスターですか………」
「固くて、速くて………しかも数が多い。いやになるよなー」
「カルナ、貴方達はあの新種の性質を熟知しているようでしたが、知っていることがあれば今の内に教えてもらっていいですか?」
「そうだな、情報共有はしておこう」
カルナはヴィオラスが打撃に強く、斬撃に弱いこと。『魔力』に過敏に反応し、魔導士が狙われやすいこと。『魔石』を求めて他のモンスターを襲う習性があることを伝えた。
「共食いのモンスターってことか? 珍しいな」
「なるほど。殺されたモンスターの死骸、『ドロップアイテム』はあっても『魔石』がなかったのはそういうことですか」
カルナの言葉にルルネは意外そうに、アスフィは納得したように頷いた。
「通常見た目の異なるモンスター同士でも争うことはありません。そのモンスターがモンスターを襲う行動には、大きく分けて二つの可能性があります」
アスフィが指を一本立てる。
「一つは突発的な戦闘。偶然、あるいは何らかの事故で被害を受け、逆上したモンスター同士が争い合う。群れ同士で戦う場合もあります」
アスフィが二本目の指を立てる。
「そして二つ目。モンスターが、魔石の味を覚えてしまった場合。別のモンスターの『魔石』を摂取すると、モンスターの能力には変動が起こります。【ステイタス】を更新される我々のように」
「『強化種』………だな」
冒険者歴が浅いカルナは天然の強化種にはお目に掛かった事はないが、異端児(ゼノス)であるリド達がこの強化種に当て嵌まるモンスターだ。
「ええ。過剰な量の『魔石』を取り込んだモンスターは、本来の能力とは一線を画するようになります」
モンスター達は無意識に同胞であることを自覚しているので、同士討ちを避けるが、中には逸脱したモンスターも現れる。
『魔石』のもたらす力と全能感に酔ってしまったモンスターは同胞の核を食い漁るようになり、弱肉強食の法則によって己の力を引き延ばす。
厄介なのが冒険者の【経験値(エクセリア)】に比べ、モンスターが『魔石』を摂取する方が簡単に強くなれることだ。
例としては十匹をゴブリンを倒したLv.1の冒険者より、同胞の魔石を五つも取り込んだゴブリンの方が遥かに強くなる。それだけ強化種は簡単に強くなることが可能なのだ。
「有名なのは『血塗れのトロール』………多くの同業者を手にかけ、討伐に向かった精鋭のパーティーまで返り討ちにした化物」
「ああ、いたなぁ………上級冒険者を五十人くらい殺ったんだっけ?」
「ええ。最後は【フレイヤ・ファミリア】が討伐したのは、記憶に新しいですね」
「俺は知らない」
「………何で第一級冒険者が知らないんだ、ってそういえばお前まだ冒険者になってから三、四年しかたってないんだっけ?」
『血塗れのトロール』は三年以上前に出現した強化種なのでカルナは話でしか聞いたことがなかった。
第一級冒険者ならば普通は【神の恩恵】を授かって十年以上になるものだが、Lv.7に至りながら三年しか立っていないカルナが異常なのだ。
「ってことは、あの新種も『魔石』を目的に他のモンスターを襲ってるってことか?」
「と、私は考えますがね。共食いに走るということは、何らかの理由があって然るべきです。それに先程の戦闘の中でも、能力差の著しい個体が数体存在していました」
「そう言われてみれば、あのモンスターって力がバラバラだな。楽に始末できたやつもあれば、相当手こずったやつもいる。………でも、群れ全体で『魔石』を狙うって、そんなのアリか? 最初から『魔石』の味を占めるって、冗談じゃないぞ」
………正確には味を占めてるのではなく、『精霊の分身(デミ・スピリット)』誕生のために『魔石』を蓄えているんだがな。
原作知識によりその理由を知っているカルナは内心でそう付け加えた。
だが、それはいまはいい事だ。いま問題はヴィオラスが出たということは奴等がいるという事だ。
「………アイズ」
「?」
「気を引き締めろ。この先に奴等がいるはずだ」
「………!」
カルナの言葉から誰が待ち受けるのか察したアイズは手を握り締めた。
クー・フーリンとレヴィス。あの二人に対抗できるのはカルナとアイズだけだ。
対峙すればカルナ達が戦うしかない。
「待っていろ、クー・フーリン」
待ち受ける強敵にカルナは静かに闘志を燃やした。
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第五十五話
「また分かれ道か………」
道中、二つの道を前にパーティーが止まった、
「アスフィ、今度はどっちにーーー」
「いえ………います」
アスフィの声を合図にするように左右の通路から、ヴィオラスの群れが現れた。
「両方からかよ………」
「残念ながら、後ろからもだ。それに飛竜共もお出ましだ」
「げっ」
呻くルルネに、カルナが後ろを指し示した。そして翼を羽ばたせながら、イル・ワイヴィーンの群れも姿を現した。
左右後方、三方向の挟み討ち。退路を断たれた。
「アスフィ、【ヘルメス・ファミリア】で右を頼みたい。左は俺とアイズ、後ろはベート達がやる」
「おい、何で俺がエルフ共お守りをしなきゃなんねぇだ? で、何でてめぇがアイズと一緒なんだ?」
「誰がお守りだ。有りもしないことを言うな」
「フェルヴィスさん。落ち着いて!」
「俺は【白巫女(マイナデス)】の事を何も知らず、連携が取れない。ならば一時のパーティーとはいえ共に戦ったベートとレフィーヤの方が連携が取れるだろう。後、俺はアイズをそんな目で見ていないら、嫉妬するな」
「嫉妬じゃねぇ!」
嫉妬していることにベートが噛み付くが、正論故に反論はしなかった。
だが、この三組に分けたのはそれだけが理由ではない。左右後方にそれぞれいるヴィオラスとイル・ワイヴィーンは左通路の数が群を抜いて多い。ザッと見た限りでは他の通路の三倍はいる。
これは誘いだ。最も敵が多い所に最大戦力を投入するのは定石。カルナとアイズがそこに投入されると敵は予想して左通路に大多数の敵を配置した。そしてそれを理解しながらもカルナは行くしない。
「話は纏まりましね。では、各員、かかりなさい!」
アスフィの号令にそれぞれの敵へカルナ達は疾走した。
左通路に疾走したカルナとアイズがモンスター達と接敵した次の瞬間。
巨大な柱がカルナ達の元に落下した。
「っっ⁉︎」
「突っきれ、アイズ!」
柱をすぐに察知したカルナ達は柱を回避した。
次々と落下する巨大な柱は通路を完全に塞ぎ、カルナ達はアスフィ達と分断された。
「………やはりな」
「引き離された………」
◆◆◆
「分断⁉︎」
巨大な柱に塞がれた通路を見て、ルルネが叫ぶ。
「おい、カルナ、【剣姫】、聞こえるか⁉︎」
慌て塞がれた通路に駆け寄り、向こう側にいる二人に呼び掛けた。
しかし、そんな隙を見逃すかとばかりにヴィオラスが二体、イル・ワイヴィーンが三体、襲い掛かった。
「ルルネ、頭上に注意しろ」
柱の壁の向こうから声が響く。同時に壁に五つの穴が穿たれた。
『ーーーーーーッ⁉︎』
「どんな事態に陥ろうとモンスターは待ってくれない」
「カ、カルナ………?」
穿たれた穴から槍を構えたカルナが姿を現す。彼はルルネに襲い掛かるモンスターを壁ごと槍圧で貫いたのだ。
「と、とりたえず良かった。分断されなくて」
「そうはいかないだろうーーーやはりな」
穿たれた穴を塞ぐように新たな柱が落ちて来る。
それをカルナは片腕で受け止めた。ヴィオラスさえ粉砕した柱はカルナを押し潰せず、ビクともしない。
「合流は無理だな」
壁はこうしている間にも修復され、穴が塞がり始めている。
柱を破壊するの簡単だが、何百と柱が落ちてくれば破壊するよりも分厚い壁ができる方が早い。何より背後から殺気を放つ者がそれを許してはくれないだろう。
「アスフィ、俺達は別ルートから食料庫(パントリー)を目指す! アスフィ達はそのまま進んでくれ!」
「わかりました! 気をつけてください!」
カルナのアスフィは彼等なら問題ないと判断し、自分達の進行を優先する。
「ベート!」
「何だ! とっとと行きやがれ!」
最後にカルナはベートに声を掛けたが、いつも通り口が悪い。
「俺達が抜ける以上、このパーティーで一番強いのお前だ。ーーー強者の務めを果たせ」
「ーーーッ」
ベートにはカルナの言いたい事が一瞬で分かった。一番の強者である自分にカルナは全員の命を託す。ベートだからこそ皆を頼みたいと。
「言われる間でもねぇんだよ! 何が出ようと俺が全部倒してやる!」
「それを聞けて安心した。頼んだぞ」
カルナは抑えていた柱を離し、壁の向こうに消えた。阻むものが無くなった柱は穴を塞ぎ、道は閉ざされた。
◆◆◆
「アイズ、俺達も先に進もう」
「………皆、大丈夫かな?」
「あちらはベートに任せて大丈夫だろう。ーーーそれより来たようだ」
カルナが通路の奥を見据え、アイズも気付く。自分達に突き刺さる獰猛な殺気を。
闇の先にいる気配に二人が進もうとした時、
「ーーーまずは再会の祝砲だ。受け取れ」
殺気が先程とは比べ物にならないほどに膨れ上がった。
「アイズ、下がれ! ーーー【我を呪え】」
尋常ならざる殺気に敵が仕掛けると察したカルナは魔法を発動し、炎を纏う。
そして敵を目視した。闇の先、朱槍で投擲の構えをしたクー・フーリンを。
朱槍からは禍々しいオーラが放出され、強力な呪いを帯びているとカルナはすぐに理解した。
正確には彼の優れた観察眼がその能力を読み取った。
「ーーーなるほど、ただの武器ではないと思っていたが、『呪道具(カースウェポン)』だったか」
『呪道具(カースウェポン)』。魔法の中で相手を呪うものを『呪詛』と呼び、この『呪道具』はその『呪詛』が込められた『特殊武装』だ。
作成するには『鍛冶』だけでなくアスフィと同じ『神秘』が必要なのでオラリオにも作れる者はほとんどいない。
カルナは改めてクー・フーリンが投擲しようとしている朱槍を観察する。
ーーー初見の時、あの朱槍では自分の鎧を貫けないと判断したが、それは間違いだったようだ。
あの朱槍は通常の槍として使うときは何の力も発揮しない。だが、投擲する時のみその呪いが発動するようになっていたのだ。
『心臓必中(アガナベレア)』。クー・フーリンの朱槍に込められた『呪詛』。
追尾属性(ホーミング)という照準対象を自動追尾する属性が存在するが心臓必中(アガナベレア)は照準対象を心臓に限定したことで即死率を上げ、投擲する際の『力』が強ければ強いほど貫通力を増大させる回避不能・防御無視を併せ持つ一刺一殺の呪い。
カルナは直感する。あの朱槍は自分を殺しうる槍だと。クー・フーリンの人外の怪力が生み出す『貫通力』はカルナの鎧さえ貫くだろう。
「穿つは心臓。狙いは必中。であれば正面から受けて立つ他にない」
カルナは《シャクティ・スピア》に炎を収束させ、クー・フーリン同様の投擲の構えをした。
「ゲイーーー」
「ブラフマーストラーーー」
カルナとクー・フーリン。互いに敵を排除すべく必殺の一撃を放った。
「ーーーボルク‼︎」
「ーーークンダーラ‼︎」
呪いの朱槍と豪炎の大槍が轟音を響かせ激突した。
《ゲイ・ボルク》
・『心臓必中(アガナベレア)』の朱槍。
・クー・フーリンが彼の所属【ファミリア】の団長にして師匠である女性から贈られた槍。
・凶悪な『呪詛』だけでなく武器性能も『最高の鍛治師』が作成した武器に劣らない武装。
余談。
『心臓必中(アガナベレア)』の元ネタ。
『アガナベレア』はギリシア神話に登場する『優しい矢』という意味を持つ武器です。
アポロンが射抜けば男性を、アルテミスが射抜けば女性を即死させる能力を持っています。
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第五十六話
強力な攻撃魔法に匹敵する必殺技の激突。爆音と衝撃が通路全体を震撼させ、床や壁の肉壁を引き剥がし、岩壁を剥き出しにした。
威力を相殺された双方の槍は弾かれ、持ち主の元に戻った。
「威力は互角か………」
「カルナ、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
背後に庇ったアイズの声にカルナは視線を向けずに返答する。クー・フーリンを前に目をそらすなどできはしないからだ。
「以前とは見違えるほど強くなったじゃねぇか」
「当然だ。それだけの強さと覚悟を得てきた」
カルナは自身の中の《英霊カルナ》を消し去るという覚悟を持って力を得た。
これでクー・フーリンに劣っていては《英霊カルナ》に合わせる顔がない。
「アイズ。クー・フーリンは俺が、お前はーーー」
「分かってる。私はもう一人と戦う」
アイズが《デスペレート》を抜いた。それに合わせるようにクー・フーリンの背後、暗闇の奥から赤髪の女性が姿を現した。
「ーーーそちらから出向いてくれるとはな。願ったりだ」
レヴィスの緑色の双眸がアイズを睨みつける。
「ーーーやっぱり、いた」
「また会ったな『アリア』。お前を連れていく」
レヴィスは片手を地面に突き刺さし、天然武器ーーー長剣を引き抜いた。話すことなどないと言うように臨戦体勢に入る。
アイズも《デスペレート》を構えて、いつでも戦える準備に入った。
「アイズ」
「?」
「いまのお前なら勝てる。18階層の雪辱をはらせ」
「ーーーうん!」
カルナの言葉に頷いたアイズはレヴィスに接近。そのまま二人は激しい戦闘を始めた。
レヴィスは以前、アイズを圧倒した身体能力にモノを言わせた凶暴な勢いで攻めかかる。
しかし、【ランクアップ】したアイズの身体能力はレヴィスに引けを取らない。そして一度敗北したことで魔法に頼りすぎていた彼女は剣技を鍛え直した。
その実力はレヴィスと互角以上に渡り合ってた。
「ちっ、面倒な」
その事実にレヴィスは悪態を吐いた。そして戦法を変えた。
「手足はもげても構わないな………生きてさえいれば」
「………⁉︎ 守りを………捨てた?」
アイズが呟いた通り、レヴィスは守りを捨てた。長剣を両手で持ち、上段に大きく掲げた構え。非常に攻撃力が高いが、胴体が無防備になる戦闘スタイルだ。
「二、三撃はくれてやる」
レヴィスは上段に構えたままアイズに突進した。モンスターの強靭さにものをいわせた捨て身の攻撃。
それは回復不能にして防御不能な渾身の一撃となる。
だが、アイズは動かない。ただ静かに剣先を添えた。
受け流しすえ許さない必殺の一刀を剣全体で僅かにズラし、アイズは一歩も動かずに攻撃を避けて見せた。
「さて、こちらも始めようか。クー・フーリン」
アイズの戦いを見て問題ないと判断したカルナは目の前の敵に集中する。
「ああ。待ってたぜ。この時を」
クー・フーリンの殺意が膨れ上がる。彼もカルナとの再戦を待ち望んでいたのだ。それこそ敗北したクー・フーリンはカルナ以上に。
「行くぞ!」
クー・フーリンが殺意を爆発させ、一瞬で間合いを詰めた。
並の冒険者なら反応もできない速度だが、カルナは平然と反応し、《ゲイ・ボルグ》を弾いた。
カルナも弾いた直後に《シャクティ・スピア》で反撃するがクー・フーリンに打ち返される。
両者は槍を突き、薙ぎ、払う。持ち得る技と力の全てをぶつけ合う。
「ーーっ」
激しく打ち合う最中、カルナの表情が怪訝なものに変わる。
カルナはクー・フーリンとの戦闘で得た【経験値】と《英霊カルナ》の【経験値】によって短期間ではありえないほどアビリティの【熟練度】を上昇させた。その身体能力は以前の比ではない。
それでもカルナが押され始めている。
徐々に速くなっていくクー・フーリンの槍速はカルナでも対応できない速度になっていき、以前は勝っていた純粋な『力』でも押されている。
その異常なまでの身体能力を見抜くべくカルナは【貧者見識】でクー・フーリンの【ステイタス】を確認した。そして瞠目する。
全アビリティオールA以上。クー・フーリンは【ステイタス】で完全にカルナを上回っていた。
いくらなんでもありえない数値だ。クー・フーリンが冒険者よりもアビリティを上昇させやすい強化種といえどどんなモンスターの『魔石』を喰らえばここまで、それも短期間で………。
「オラッッ!」
「ぐっ……!」
クー・フーリンの凄まじい『力』で振るわれた一撃にカルナは耐えきれず防御もろとも吹き飛ばされ、壁に激突した。
「………なるほど、階層主か」
「ほう。いまの攻防だけで俺が喰ったモンスターを理解したか」
「それほどの強化できる『魔石』を持ち、この時期に産み落とされた階層主はーーーバロールか。深層の階層主を喰らったのなら、納得できる力だ」
カルナは窮地に追い込まれながらも、クー・フーリンが狩ったモンスターを言い当てた。
階層主の魔石は、通常のモンスターの魔石とは純度も、大きさも桁違いだ。階層主を喰らうなど聞いたこともないが、それならば納得する答えた。
だが、それを言い当てた所で意味はない。どうやって強くなったのかが分かっても引き離された身体能力の差が埋まる訳ではないのだ。
ーーー仕方ない。使うか。
クー・フーリンは未だ怪物化していない。その状態で此方だけ手札を切るのは後々不利になるが、使わなければ敗北してしまう。
認めるしかない。クー・フーリンは強くなりないという渇望はカルナを上回っていたと。だが、カルナも負ける気は欠片もない。
「【我を呪え】」
戦力差を埋めるべくカルナは詠唱した。
「【アグニ】」
『魔力』のアビリティが上昇したことでより凄まじさを増した業火がカルナの身を包んだ。
「いいね。そうこなくちゃ張り合いがねぇ」
炎で戦闘能力を劇的に向上させたカルナを見てクー・フーリンは《ゲイ・ボルグ》を構えた。
カルナが自身を強化したにも関わらず、クー・フーリンは『クリード・コインヘン』は使用しない。魔法を使ったカルナでようやく互角という意思表示だろうか。
「ならば、全力を引きずり出すまでだ!」
今度はカルナが攻めに入った。《シャクティ・スピア》と《ゲイ・ボルグ》がぶつかり、激しい攻防を繰り広げた。
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第五十七話
カルナ達と分断されたアスフィ達は食料庫(パントリー)を目指していた。
最大戦力であるカルナ達を失い、大幅に戦力ダウンしてしまったアスフィ達にモンスターの大群が襲撃するが、
「らあああああッ‼︎」
ベートが超速で疾走し、ヴィオラスを双剣で引き裂き、
「あはははははッ‼︎」
ヒポグリフに騎乗したアストルフォが飛行するイル・ワイヴィーンを撃墜していく。
一部の英雄と呼べる猛者達にモンスター達は蹂躙されるだけだった。
「………私らの出る幕ないな」
「ですが助かります。この数と連戦は私達だけでは危なかった」
ルルネが顔を引き攣らせ、アスフィが助かったと一息つく。
「アストルフォ、【凶狼】‼︎ 一旦、止まってください! 態勢を整えます!」
襲撃したモンスターが途切れたのを見計らってアスフィが声を掛ける。
相次ぐ連戦により、ベートやアストルフォなどの一部を除いたメンバーには疲労が溜まっていた。
食料庫(パントリー)も近い今、呼吸を整える時間が必要だった。
「わかった〜」
「ちっ、雑魚共が」
アストルフォは快諾したが、ベートは悪態をついた。
「グズグズしてんじゃねぇ。足引っ張るなら、置いてくぞ」
ベートは分断されたカルナ達と一刻も早く合流したかった。正確にはアイズ一人の心配をしており、カルナのことは欠片も気にしていない。
それが彼が死ぬはずがないという信頼か、気に食わない奴のこなど知るかという嫌悪か、それは本人しかわからない。
そして一人でなら簡単に走破できる冒険を、お荷物がいるせいで延々と進まないのにイライラしていた。
そんな彼の態度に一緒にいる【ヘルメス・ファミリア】の評価はよろしくなかった。
だが、ここで意外な人物が声を上げた。
「いい加減にしてください!」
「あぁ?」
ベートを怒鳴りつけたの何とレフィーヤだった。予想外過ぎる人物が声を上げたことにその場の全員が驚愕する。
「ベートさんがアイズさん達を心配をして急いでいるのはわかります! でも、他の人のことも考えてあげてくぁさい! 貴方はいま一人じゃないんです!」
「うるせぇ。そんな事は言われなくてもわかってるんだよ」
「わかってません! カルナがなんてベートさんに言ったのか忘れたんですか⁉︎」
「………っ」
ベートの頭に分断された瞬間、カルナの言葉が蘇る。
“このパーティーで一番強いのお前だ。ーーー強者の務めを果たせ”
「カルナはベートさんだから全員の命を託したんです! それなのにどうしてカルナの気持ちを踏み躙るようなことをするんですか!」
「………」
レフィーヤの叫びにベートは黙り、背中を向けた。
「………五分だ」
「え………?」
「五分たったら、進むぞ。それまでは好きにしろ。俺はてめぇ等と違って休憩なんざ必要ねぇから、周囲を見てくるぜ」
「………っ、はい!」
レフィーヤはベートの言いたい事がわかり、嬉しそうに返事をする。ベートは自分が周囲の警戒するから、全員は休憩をしていろといいたいのだ。
それを理解した【ヘルメス・ファミリア】の面々もベートへの評価を上げだ。
後衛組が各自にポーションを配り、小休憩を取る。
「あの赤い光って………?」
団員の一人が通路の先から、血のように赤い光が漏れているのを視認した。
「石英の光かしらね………」
「ふむ………ついにたどり着いたか」
食料庫(パントリー)には特大の石英があり、神秘的な光を放って空洞を照らしている。
24階層の大主柱は赤水晶。赤い光を黙認して誰もが終着点が近いことを悟る。
「………カルナ達はまだ見てぇだな」
「え、なんで分かるんですか、ベートさん?」
ベートの呟きにレフィーヤが疑問の声を上げる。しかし、ベートはその疑問を鼻で笑った。
「バカか、お前? あのカルナが先についてりゃ此処まで響く破壊音してんだろう」
「カ、カルナもそこまで危険なことは………」
閉鎖された空間で大規模な破壊は崩落を招く危険な行為だ。だから、カルナもそんな軽率な事はしないとレフィーヤは言おうとして口を紡ぐ。
合流前に確認した吹き飛ばされた大地。カルナが何気なく放った一撃はレフィーヤの魔法を遥かに上回る破壊を生む。それをカルナがしないとレフィーヤには何故が断言出かけなかった。
そしてそれは正しい。レフィーヤは知らない事だが、カルナは以前、30階層の食料庫(パントリー)を崩壊させた前科があった。
「行きましょう」
一同を見渡しアスフィが食料庫(パントリー)への進入を決め、足を踏み入れた。
「ーーー」
そして変貌した食料庫(パントリー)に言葉を失う。
これまでの道のりと同じように緑の肉壁に侵食された空間に、撃破してきたヴィオラスを思わせる蕾が無数に垂れ下がっていた。
そして一番目を引くのは石英の柱に絡み付く巨大なモンスターだった。
「宿り木………?」
「あれがカルナの言っていた超大型モンスターですか」
「でけぇ………いままで戦った食人花の十倍以上だぜ」
全員が注目する超大型モンスター三体のヴィクスムは柱から養分を吸い、体を爆発的に膨張させ、ダンジョンを肉壁で覆っていた。
「おい。ボーとしてんじゃねぇぞ。新手だ」
ベートの言葉に全員がハッと我に帰る。彼の視線の先を追えば謎の集団がいた。
上半身を隠すローブに、口もとまで覆う頭巾、額当て。素性を隠した所属不明の者達がこちらに敵意を向けていた。
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第五十八話
「ここまで来たか」
先程、レヴィス達と会話していた白骨の兜を被った男がアスフィ達を見ながら呟く。
「何よ、一人も殺せてないじゃかい。貴方達の花モンスターも大したことないのね」
隣にいた少女が侵入者全員が無事なのを確認して呆れた声を出した。
「それは貴様のトカゲ共にも言えることだ。あれだけの数を投入しておきながら情けない」
「あら、言ってくれるわね。でも、いいのよ。イル・ワイヴィーン程度ならいくらでも代わりがいるもの。ーーーそれにあいつ等を始末するなら、この子がいれば十分よ」
少女がコツンと地面を叩く。すると地面が振動した。地中にいる何かが応えるように。
「そうか。だが、他の奴らにも働いて貰わなければ困るぞ。我々に役立たずは必要ない」
「わかってるわよ」
少女は振り返り、控えていた白尽くめの者達を見る。
「さぁ、貴方達の悲願を邪魔する者達が来たわ。願いを叶えたいなら、戦いなさい。その命を捨てでも侵入者に死を与えなさい!」
「「「死を! 死を! 死を!」」」
少女の死ねという命令にもローブの集団は応じた。彼等も理解していた。自分達は捨て駒に過ぎないと。想いを利用されているだけだと。
だが、それでも叶えたい願いがある。再び会いたい人がいる。だから、彼等は死を恐れない。
「殺せぇ‼︎」
少女の号令に死をも恐れぬ信徒達はアスフィ達に襲いかかった。
◆◆◆
「おい、なんかあいつ等やる気満々だぞ!」
殺意を溢れさせる敵にルルネが叫んだ。
「応戦します。こちらとしても彼等がここで何をしているのか、聞き出さなくてはいけませんから………ね」
アスフィが周囲を見渡す。ヴィオラスが収容された大型の檻がいくつも置かれ、肉壁からはヴィオラスが産まれ落ちていた。
敵が何をしようとしているかはわからない。だが、ロクでもないことなのは確かだ。それを問いたださなければならない。
「前衛は食人花を警戒しながら前進。距離をつめた後は中衛の後に下がりなさい。
中衛は接敵後、前に出て交戦。可能であれば敵一人を捕縛しなさい。
後衛は合図するまで魔法・魔剣は禁止。回復薬の準備を」
「あの、私達は何をすれば?」
「【ロキ・ファミリア】と【白巫女】には捕縛した敵を尋問している間、敵を近づけないようにしていただきたい」
「はっ、別に全員潰しちまっても構わないんだろ?」
「それはお任せします。ではーーーかかりなさい‼︎」
アスフィの号令に【ヘルメス・ファミリア】が動き、ローブの集団と開戦した。
戦況はアスフィ達に優勢。ローブの集団は数こそアスフィ達の倍以上いるが、アスフィ達は互いを助け合う連携と敵を上回る【ステイタス】で圧倒した。
前衛のファルガーやエリリーが盾で降り注ぐ矢、突き立てられる剣や槍を防いでる間に、中衛のセイン、キークス、タバサが前衛を飛び越え、数人の敵を上空から撃破。その内の一人を捕縛した。
「さて、お前等、どこの【ファミリア】だ?」
「………ッ!」
ローブの人物を取り押さえたセインが問いかけるが口を閉ざす。わかってたことだが喋る気はないらしい。
「ま、黙っていても無駄なんだけどな。ルルネ、『開錠薬(ステイタス・シーフ)』を」
「おっ、なかなかゲスいね。このエルフ!」
『開錠薬』は普段は隠蔽されている背中に刻まれた神の恩恵を暴き、所属派閥とその者の真名を知ることができるアイテムだ。
ちなみに非合法のアイテムで一般的には使用が禁止されている代物だが、それを彼らが持っているのは推して測るべきだろう。
「さーて………お前等がどこの【ファミリア】か、その体に聞かせてもらおうか」
「神よ、盟約に沿って、捧げます………」
だが、ローブの人物は所属がバレそうになっている状況で悟ったように呟いた。
そして手を動かし、懐に手を入れた。すると彼の上半身に巻き付けられた真っ赤な紅玉があらわになった。
「………‼︎ ルルネ、離れろ‼︎」
その紅玉の正体を看破したセインがルルネを突き飛ばした。同時にローブの人物は発火装置の紐を勢いよく引いた。
「この命、イリスのもとにぃーーーーーー‼︎」
瞬間、男の体は爆砕した。
『火炎石』。深層域に棲息するモンスター『フレイムロック』から入手できる強い発火生と爆発性を持つ『ドロップアイテム』。
「じ、自爆した⁉︎ ーーーセイン! おい、返事しろ、セイン!」
突き飛ばされ爆発範囲から逃れたルルネが、巻き込まれたセインの名を叫ぶ。
爆炎で背中の皮膚を焼くことで【ステイタス】を見れなくなった。彼は情報漏洩を阻止する為に自爆したのだ。
「ーーー愚かなこの身に祝福をぉ‼︎」
そして別のローブの者も特攻を仕掛けた。戦闘不能になった者から敵を道連れにしようと自爆を決行していく。
彼らは死兵だ。使命のために死をも覚悟した一団。己の命さえ爆弾に変えて襲いかかる異常の集団は恐怖を捨て凶行に及ぶ。
「咎を許したまえ、ソフィア!」
「レイナ、どうかこの清算をもってーーー‼︎」
「嗚呼、ユリウス‼︎」
想い人に命を捧げるように彼らは次々と自爆を行う。
「こいつら、正気じゃない‼︎」
「バカか、てめぇ等‼︎」
その凶行に【ヘルメス・ファミリア】は動揺を隠せない。敵の行動は完全に彼らの理解を超えていた。
「ボサッとしてんじゃねぇッ‼︎」
動揺で誰もが動きを鈍らせる中、ベートが吠えた。このまま混乱しては被害が拡大する。
第一級冒険者としての矜持。そしてカルナに任されたという意識が彼を誰よりも早く行動に移させた。
ゆえに彼に躊躇いはなかった。【ロキ・ファミリア】随一の俊足を遺憾なく発揮し、ローブの者達に接近。
「がぁっ⁉︎」
「ぐぅっ‼︎」
「げぇっ⁉︎」
大半がLv.1、上級冒険者もLv.2程度の敵はベートの速さを認識することはできず、首を蹴り砕かれた。
自爆するには発火装置を作動させるだけでいい。言い換えれば発火装置を作動させなければ自爆できない。
そのため、ベートは躊躇いなく敵を殺した。仲間から犠牲者を出さないために。
「ガルあああああああああああああああッ!」
ベートは突き進む。目指すは敵の首魁と思える白装束の男と黒装束の女がいる丘を目指して。
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第五十九話
「何よ、道連れにもできないなんて、ゴミ以下ね」
「所詮は神に縛られる愚者ども………期待はしていなかったがな」
丘の上から見下ろす男女は、猛烈な勢いで迫るベートを眺めならが、仲間に向けるとは思えない言葉を吐く。いや、実際に彼等にとっては命懸けで戦うローブの者達はその程度にしか映っていないのだろう。
「イル・ワイヴィーン! 爆弾どもに火を付けなさい!」
「ヴィオラス。お前たちも行け」
少女がイル・ワイヴィーンを、男がヴィオラスを操り、ベートへ攻撃する。
先制はイル・ワイヴィーン。火球による遠距離攻撃が放たれる。しかし、狙いはベートではない。火球が当たったのはベートに首を折られ自爆することもできなかった死体だ。
「ちぃっ!」
ベートは死体から大きく飛び退いた。瞬間、火球が『火炎石』に発火、爆発した。
イル・ワイヴィーンの群れは次々と火球を放ち、死者・生者問わず発火させ、連鎖爆発を起こす。
更にヴィオラスも爆炎をものともせず、突進する。
一人突出したベートはモンスター達の集中砲火を受け、身動きが取れなくなった。
「アスフィ、【凶狼】が!」
「わかっています!」
ルルネの報告にアスフィが駆け出した。
「ファルガー、指揮を! 全員かき集めて持ちこたえなさい! アストルフォは私と一緒に頭を潰しなさい!」
「応っ!」
「任せて!」
混乱を打破する為に敵の指揮官と思わしき男女の元に向かう。
仲間が密集して防衛に徹し、モンスターがベートに集中している隙に【ヘルメス・ファミリア】で最もLv.が高いアスフィとアストルフォで頭を潰す作戦だ。
アスフィはアストルフォのヒポグリフに飛び乗り、上空から指揮官に一気に近づいく。
「ヴィオラスに大人しく喰われていればいいものを………」
「まったくよ。余計な手間を取らせてくれるわ」
指揮官の男女はそれぞれのモンスターに命令してヒポグリフを撃墜しようとする。しかし、地面から離れないヴィオラスはもとより、飛行能力に優れたイル・ワイヴィーンですらアストルフォのヒポグリフに追いつけない。
モンスター達を避けたヒポグリフは瞬く間に距離を詰めた。
二人の真上に到着したところでアスフィが爆炸薬を投下し、複数の爆薬が起こる。
「アストルフォは女を、私は男の方をやります!」
「うん! それじゃあ突っ込むよ。しっかり掴まって、アスフィ!」
二人とも、いまので敵を倒せたとは欠片も思っていない。爆煙を目眩しに強襲を仕掛けた。
煙の中にいる敵目掛けてアスフィは短剣を、アストルフォは馬上槍を振るう。
「やれ」
「甘いわよ!」
予想通り煙から現れた彼等は無傷だった。
男の命令に地面より夥しい緑槍が飛び出す。それを回避する為にアスフィは攻撃を中断された。
女も何かの布が巻きついた棒で馬上槍を弾き、アストルフォの攻撃を退けた。
「いい動きをするな、冒険者………いや【万能者(ペルセウス)】。だが死ね」
ヒポグリフに騎乗していたアストルフォは一撃離脱ができたおかげで追撃をされなかったが、アスフィは別だ。彼女に無数のヴィオラスが襲い掛かる。
全方位から大口を開けたヴィオラスに包囲されたアスフィに逃げ場がなかった。
しかし、アスフィは足に装着したサンダルを指で撫で、呟いた。
「『タラリア』」
「なにっ?」
「空中に………」
サンダルから生えた白翼を広げ、アスフィは浮遊した。
その光景に白骨の兜をかぶった男も、黒衣の少女も、戦闘中のローブの死兵たちの視線も集める。
飛翔靴(タラリア)。【万能者】が作り出した傑作の魔道具。
二翼一対、左右合わせて四枚の翼を広げることで装備者に飛行能力を与える。
【万能者】の発明の中でも天外の能力故に秘匿されてきた『神秘』の結晶だ。
「飛翔靴まで使わされたんです、完璧に仕留めさせてもらいます」
アスフィは爆炸薬を予備もつぎ込んで全て投下。ぱらぱらと一面に落ちた小瓶は炸裂し、爆撃が始まった。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ⁉︎』
爆炎の華が咲き乱れ、ヴィオラスを手当たり次第に吹き飛ばし、ヴィオラスで防護壁を形成していた男にも炎が迫る。
その隙にアスフィはタラリアで背後に飛び、強襲した。無論、敵も急接近するアスフィに気付くがもう襲う。
彼女の短剣が丸腰の胴体に突き出された。だが、
「⁉︎」
剣身を素手で掴まれ、止められた。
「なっ………⁉︎」
アスフィは瞠目した。彼女の全力の一撃は腕一本で押さえ込み、握った手は出血しているが皮膚しか切れていない。
その上、Lv.4のアスフィが引いても押しでもびくともしない。
信じられない強靭さと怪力だ。
この至近距離にいては危険だとアスフィは退避しようとしたがーーー遅かった。
「ぬんッ!」
「ぐあっ⁉︎」
胸ぐらを掴まれ、地面に叩きつけられた。
凄まじい怪力に何度も転がりながらも、距離をとろうとした時、敵の姿が消えた。
「どこへ⁉︎」
「忘れ物だ」
「ーーーづっ!」
アスフィの疑問に答えるように背後から声。そしてアスフィの胴体からおぞましい音と共に彼女の短剣が生えた。
「ああああああああああああぁぁぁぁッッ⁉︎」
突然の痛みにアスフィは悲鳴を上げた。
「アスフィッ⁉︎」
「余所見してる場合?」
「うわッ!」
アスフィに気を取られた一瞬の隙をつかれたアストルフォは、少女とは思えない『力』で振るわれた棒にヒポグリフごと弾き飛ばされた。
そこへ追撃とばかりにイル・ワイヴィーンが火球を叩き込む。
「うわああああああああああああぁぁぁぁッッ!」
無防備を晒したアストルフォは火球をもろに喰らい全身に火傷を負った。
アスフィとアストルフォ。【ヘルメス・ファミリア】のトップ二人の危機に仲間にも動揺が伝播する。
このままでは総崩れが起きてしまう。何としても持ち直さなければならないと思うも、【ヘルメス・ファミリア】やレフィーヤ達は死兵に囲まれて救援に向かえない。
「虫の息といったところか? だが、安心しろ。冒険者のしぶとさは身に沁みている………確実に息の根を止めてやろう」
白装飾の男がアスフィに止めを刺そうとしたその時、
「俺を忘れてんじゃねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ‼︎」
ベートが疾走した。
ヴィオラスとイル・ワイヴィーンの指揮をする敵二人がアスフィとアストルフォの戦闘に入ったことで連携がなくなり、闇雲に襲い掛かるモンスターなど彼の敵ではなかった。
ベートはあっと言う間にモンスターを殲滅し、敵の首魁二人へ一気に詰め寄り、蹴りを繰り出した。
「何ッ⁉︎ ーーーぐぉッ!」
「えッ⁉︎ ーーーきゃあぁ!」
予期せぬ攻撃に二人は大きく蹴り飛ばされ、アスフィ達から引き剥がれた。
特に黒装束の少女の方は軽いせいか、【ヘルメス・ファミリア】が密集している近くまで吹き飛ばされた。
「あの駄犬が! 私を蹴りやがったわね、ズタズタに引き裂いて殺してやる‼︎」
少女は痛みよりも蹴られた屈辱に激昂した。だが、彼女の怒気よりも顔を見て言葉を失う者がいた。
「ぁ………な、何故だ………」
「フィ……フィルヴィス、さん?」
フィルヴィスは彼女を知っていた。先程までは距離があり、気付けなったが彼女の顔をフィルヴィスが見間違えるはずかない。
あの自分から全てを奪った『27階層の悪夢』。それに参加していた敵の顔を。
「ジャンヌ・ダルク……」
その名に周囲の者達が騒めく。
当然だ。彼女は『27階層の悪夢』で死亡が確認された闇派閥の一人なのだから。
だが、カルナがいれば別の意味で驚いたろう。名前から察せる通り、彼女も別世界でサーヴァントだった存在。
それも、ルーラーとして召喚される聖女ではなく、アヴェンジャーとして召喚される復讐の念に染まった魔女、ジャンヌ・ダルク・オルタであった。
第三弾はジャンヌ・ダルク・オルタ。
闇派閥【タナトス・ファミリア】所属のLv.5。
闇派閥の主軸幹部の一人で、竜種を支配するレアスキル【竜操魔女(ドラゴン・ウィッチ)】により竜の軍勢を従えます。
その危険性からブラックリストの中でもトップクラスの賞金首ですが、彼女と敵対した者は殆どの人が死亡しているため、彼女自身も参加した『27階層の悪夢』の生き残りしかジャンヌの顔を知られていません。
因みにカルナと関わりがあるのは聖処女の方なのですが、ジャンヌ・オルタを参戦させたのは【紅蓮の聖女】とか使ったら死ぬ宝具を持ってるので出しづらかっただけです。
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第六十話
ジャンヌ・ダルク・オルタ。ジル・ド・レェによって生み出されたクー・フーリン・オルタ同様に本来は存在しないサーヴァント。
自分を裏切ったフランスへの憎悪と憤怒しか持たない存在ゆえに、性格は元の聖女とは似ても似つかず、苛烈、冷酷、残忍。まさに魔女と呼ぶに相応しい人物だ。
だが、それはカルナが知る別世界の知識であってこの世界の住人達の認識は違った。悪名が轟いているという点では変わりないが。
「ジャンヌ・ダルク⁉︎」
「馬鹿な、【竜の魔女】だとッ!」
フィルヴィスの呼んだ名前に誰もが驚愕した。何故なら彼女はーーー
「彼女は死んだはすだッッ‼︎」
そう、彼女は『27階層の悪夢』で死亡が確認されたはずの人物だった。
「し、死んだって………?」
彼女をこの場で唯一知らないレフィーヤが隣のフィルヴィスに疑問を投げかける。
「ジャンヌ・ダルク………推定Lv.5、【竜の魔女】の二つ名を付けられた賞金首。そして『27階層の悪夢』に加担した闇派閥の主要幹部の一人………あの事件で死体が確認されていた筈だ」
「ーーーっ⁉︎」
フィルヴィスの言葉にレフィーヤは驚愕する。
『27階層の悪夢』。闇派閥が敢行した最悪の事件。闇派閥が行った捨て身の『怪物進呈(バス・パレード)』により、階層中のモンスター、果ては階層主さえ巻き込んだ敵味方乱れての混戦。
数多くの冒険者が亡くなり、フィルヴィスも参加していた同じ【ファミリア】を全滅させていた。
彼女にとって怨敵と呼んでいい者の一人だ。
「何よ、私を知ってるってことはあの事件の関係者? 他の奴らと違って私の顔はあまり知られてないはずなんだけど」
「生きていたのか………」
「ああ、そういえば私って死んだことになってたっけ。あの事件は死を偽装するための隠れ蓑よ。闇派閥は随分廃れてたから、仕方なくね」
「………ッッ‼︎」
フィルヴィスの憎悪を含んだ声に、ジャンヌは何でもないように言い切った。
あの大量の犠牲者を出した事件が、闇派閥の幹部の計画通りだったと。
その言葉にフィルヴィスの中で何かが切れた。大切な人をたくさん失ったあれがジャンヌ達が身を隠すための囮だったと知って。
「ーーーぁぁぁぁあああああああああああああッッ⁉︎」
「フィルヴィスさん⁉︎ 駄目!」
レフィーヤの制止も聞かず、フィルヴィスは短剣で斬りかかった。
憎悪を糧に過去最高といっていい一撃はジャンヌの喉を斬り裂かんと迫り、
「うるさいわね」
「ぐぅッ⁉︎」
ジャンヌが振るった棒にアッサリ叩き落とされた。
いかに憎悪の炎を燃え上がらせようともフィルヴィスはLv.3、ジャンヌはLv.5。感情だけでは覆さない能力差があった。
「そんなに死んだ仲間に会いたいなら会わせてあげる。あの世でね」
「がぁ……!」
ジャンヌは倒れたフィルヴィスを踏みつけ、止めを刺さんと棒を振りかぶった。
「そうはさせないよ!」
「ちっ………しつこいわね!」
それを阻止せんと猛スピードでアストルフォが急接近。全身に火傷を負いながらも馬上槍でジャンヌを牽制し、ヒポグリフが鉤爪でフィルヴィスを掴んだ。
「いただき!」
「待ちなさい!」
フィルヴィスを確保したアストルフォはそのまま離脱。ジャンヌが追撃するも、既にアストルフォは攻撃範囲外に避難していた。
「追いなさい、イル・ワイヴィーン!」
ジャンヌの呼び掛けにイル・ワイヴィーンの群れがヒポグリフを追う。
「その程度じゃ、僕は落とせないよ〜」
しかし、ヒポグリフを自在に操るアストルフォは笑いながらイル・ワイヴィーンを振り回す。火傷した顔で笑われてもすこし怖いが。
「アストルフォ、そのまま【竜の魔女】を! 他の者も敵を殲滅次第、アストルフォの援護に! 私は【凶狼】とあの男を討ちます!」
ポーションで傷を癒したアスフィが指示を出し、ベートと白装束の男が交戦中の場所に向かった。
「わかったよ、アスフィ! よーし、皆で悪い魔女を倒そう!」
アストルフォはレフィーヤの近くにフィルヴィスを下ろし、すぐさまイル・ワイヴィーンを迎撃するために飛翔した。
【ヘルメス・ファミリア】のメンバーもアスフィの指示に従い、残敵の掃討に移る。
ヴィオラスはベートに、イル・ワイヴィーンはアストルフォに集中しており、闇派閥のメンバーもかなりの数がベートに倒されていた。
自爆する死兵といえど残り少ない人数では【ヘルメス・ファミリア】になす術もなく掃討された。
「よし。アストルフォ、そのままイル・ワイヴィーンを引きつけてくれ! 【竜の魔女】は俺たち仕留める!」
「わかった! でも、気をつけてその魔女は強いよ!」
声を張り上げるフェルガーにアストルフォが警告する。
ジャンヌの強さは先程まで戦っていたアストルフォがよくわかっている。
ヒポグリフと連携しながらも攻め切れなかった。見た目の細腕からは考えられない剛力をその身に秘めている。『力』はLv.5でも上位に入るだろう。
普通に考えればLv.4のアストルフォが主軸となり、他のメンバーがサポートするのが定石だが、イル・ワイヴィーンを野放しにすれば制空権を支配され、爆撃をされてしまう。
そのため、飛行手段を持つアストルフォにはイル・ワイヴィーンの相手をしてもらうしかない。
Lv.3の団員が殆どとはいえ、Lv.5の猛者を相手にするには不安がある。だが、やるしかない。
「いくぞ!」
「「「「応っ!」」」」
フェルガーの声に、全員が応じ、ジャンヌを囲むように布陣する。
「あらあら、雑魚共が群れてきた。ーーー踏み潰したくなっちゃう」
囲む彼等を嘲笑うようにジャンヌは呟いた。
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