俺の家に魔王が住み着いた件について (三倍ソル)
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オマケ編
短編集


ツイッターとかで拾ったけど全く使えなさそうなネタをここで短編にして消化する、いわばネタの墓場。

たまに見てみると、短編が増えてるかもしれません。

出来るだけ全ての話を読んだ後に読むといいです。
後書きに謎の記号が出てますが特に気にしなくていいです。


 目次PCじゃないとイミフだと思います

 

魔王紹介 1

魔王紹介 2

フウマ紹介

マイナーパロディその1

怪談

マイナーパロディその2

もしもボックス

駄洒落

ポピーザまオーマー

ニュートン太郎

ユーアーファザーファッカー

サボタージュ

台風

 

 【魔王紹介 1】 11/5

 

 魔王は、いつも興味津々である。

 具体的に言うと、数百年ぶりに壺から解放された魔王は、その数百年前から大きく変わり果てたこの世界に驚きっぱなしで、いつも俺にこれは何かと聞いてくる。目に映るもの全てに興味を示す。

 教えている方は、まるで自分の赤子に物事を教えているようだから、何か違和感しか感じないのだけれど。

 

 「フウマ!!これは何だ!?これは何だ!?これは何だ!?」

 「えーっとえーっと……同時に言うなっ!!」

 

 気になったもの全てに指をさし、俺に聞いてくる。全てのモノに一々指をさすその姿は、まるで人差し指をつきたてながら空気に向かって北斗百裂拳をぶちかましているようにしか見えない。

 だが、慣れと言うものは怖く、いつの間にか条件反射で答えられるようになってきた。

 

 「フウマ!!」

 「アレはシュールストレミングだな。」

 

 しかし、なんで俺の方もシュールストレミングという世界一臭い燻製食糧の名前を答えているのだろうか。

 

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 【魔王紹介 2】 11/5

 

 魔王は、デリケートである。

 失言一つ、腹パン一回。多分無理矢理押し倒そうものなら、翌日にはボコボコにされるだろう。

 魔王と書くと随分と大それた存在をイメージしそうだが、そのイメージとは超正反対の場所に居て、背は小さい顔は童顔声は幼女と、かんっぜんにロリそのもの。魔王要素を強いてあげるならば、一人称が『我』という点だろうか(といっても暴走する時には一人称が『私』になるが)。

 いやそれでも、はっきりとした根拠にはならないだろう。ところがどっこいすってんてん、もう一つある。

 実は、パンチの威力が見た目では予想出来ない程異様に強い所だ。

 だから、そのパンチで股間を攻撃されようものなら、もうゴールドなボールはギッタンギッタンにされ、男性にとっては欠かせないあのペニ…立派な竿はシャウエッセンのウインナーを折った時に鳴る音と似た音を出し、使い物にならなくなる。

 魔王はその気になれば、その拳一つで男性の敵になるのだ。

 

 今日だって…。

 

 「なあ魔王。お前って将来結婚しようとか考えたことある?」

 「…んなっ!?急に何てこと聞くんだフウマ…。」

 「だってさ、この世界で生きていくためには自分の子孫を残さなきゃいけないし、あとはうんぬんかんぬん…。」

 「…~~どーでもいいっ!!こんな背丈の我じゃあ結婚なんて出来ないだろ!?」

 「まあな。でも大きくなっても胸の大きさはそんなに変わらnグフッ!?」

 

 こんな感じでね。自業自得だと言われればそうなのだが、俺も結構デリカシーが無いって自覚してるから…。

 ちなみにゴールドなボールは誤ってぶっ壊してしまうと300万以上の罰金(慰謝料)が科せられるそうです。

 

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 【フウマ紹介】 11/5

 

 フウマは、デリカシーが無い。

 とにかく言いたい事思った事口から洩れる洩れる、もう少し我という名の女の気持ちも考えてほしいものだ。

 我は元々封印される前からこんな姿なのだが、現代においてはこれはコンプレックスと重々成り得るものである。もう年齢は人間の平均寿命を問うに越してるというのに、背丈だけは大人女性の平均身長は愚か、女子中学生の平均身長とほぼ一致している程度。お陰で養子扱いされるわ色気魅力が無いわで、散々。

 そんな我の古傷を、もうこれでもかというほど抉る役がフウマ。正直言って少し嫌いだが、そんなこと言って彼の元を離れてしまうと一気にこれからの人生が誰かに養われない限りサバイバルと化すので、出来る限り離れたくない。

 だから、このかろうじて残っている魔王の力で強い拳骨を食らわしている。それをすればフウマ…いや大抵の人間は吹っ飛び、同時に憂さも晴らすことが出来る。だからって、多用は禁物だ。何故なら、フウマの家で過ごすための条約の三、常にフウマに感謝しながら過ごす事。我は魔王。自分より下級存在の人間に感謝して過ごすなど言語道断と言いたかったところだが、フウマ以外にも行く当てが無さそうなので仕方なくそれに従っている。話を戻すと、その条約があるせいであまり暴力は振るえない。主に対しては。

 え?つまり、何が言いたいのかって?

 我の立場を少しは考えてこれからもこの物語を読んでほしいってことだよコンチクショー!!

 

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 【マイナーパロディその1】 7/17

 

「よし、魔王、今夜は飲み会だー!」

「よっしゃー飲むぞー!!」

 

 テーブルの上にビールとおつまみを二人分置いて、俺らは一斉に飲んだ。

 暫くして、俺らはある違和感を感じた。

 

「「泡立ってる麦茶なんだけどこれ!?」

 

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 【怪談】 7/17

 

「よし魔王、暑いから怖い話をしてあげよう」

「怖い話をして何になるんだ?」

「ほら、怖くなったら寒イボが立って体温が下がったように感じるじゃん?まあ所詮暗示だけどな」

「へー、いいぞ、してみろ」

 

 まあクソ短い話なんだけどな、と俺は付け加えて一つ咳払いをする。

 そして俺は幽霊を見つめる時のような虚ろな目で、こう語り始めた。

 

「俺が会社で休憩していた時の話だ――俺は本を読もうとした」

「ふむ」

「丁度その時皆は外へ出てて、会社の室内には俺しか居なかったんだ」

「雰囲気あるな」

「若干悪寒がしたが、それは気のせいだと思い込み、俺はしおりを挟んでいた本のページを開けたんだ…」

「……で?」

「……なんと、ページのど真ん中に潰されたコバエの死骸があったのだよ…」

「………寒いなあ」

「おっ、怖がってくれたのか?嬉しいなあ」

「…主にこんな全く怖くない話を真剣な顔で話し続けてたフウマが」

「辛辣!?」

 

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 【マイナーパロディその2】 7/23

 

「もうすぐ日曜日が終わる……」

「日曜日が終わるとどうなるんだ、フウマ?」

「知らないのか」

 

 フウマはキメ顔で振り返って、我にこう言った。

 

「月曜日が始まる」

 

 そしてその顔はキメ顔から悲哀に満ちた表情へと変化するのであった。

 

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 【もしもボックス】 7/23

 

「フウマ、もしもボックスってなんだ?」

「…もしもボックス? えーと、何か公衆電話みたいなやつで…。受話器に向かって『もしも○○だったら…』とか言うと実際にその世界に連れてってくれる奴だ。ドラえもんの秘密道具だから架空なんだけどな」

「へえ」

「もし魔王がもしもボックスを使うとしたら、どんなことを言う?」

「『もしも、もしもボックスがこの世に存在していたら』と言う」

「……? ………!?」

 

 頭がショートした。

 

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 【駄洒落】 7/29

 

「なあ、フウマ。駄洒落って漢字、無駄に洒落てるって意味だよな?」

「どうしたんだ急に。…いや、そうだけどな?」

「なのに洒落てないどころか洒落てなさ過ぎてエターナルフォースブリザードが発生するよな」

「中二病ご用達の代表的な魔法の呼び方を何故知っている」

「だからさ、新しい簡易詠唱として駄洒落による氷魔法の詠唱をアド(魔王のお母さん)に報告しようと思うのだが」

「ふむ、それで効果があるならな。なんか駄洒落言ってみ?」

「布団が吹っ飛んだ」

 

 数秒後、ちょっとカーディガンを羽織れば耐えれるぐらいの寒さがこの家全体を襲った。

 こんな感じの駄洒落ではまだまだ足りないということか。

 

「なるほど、効果ありだな」

「ああでもいい感じに涼しくなった。丁度暑かったしサンキュー」

「どういたしましでんでん虫」

「…………………」

 

 時が凍った。

 

「………あっ、すまん凍ってた」

「遠まわしじゃなくて正直につまらないって言えよ!」

 

 どうやら駄洒落は氷魔法の呪文ではなかったらしい。

 

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 【ポピーザまオーマー】 8/3

 

「見てみてーフウマ、仮面見つけました」

「………唐突極まりないな」

「これさー、つけた人の感情によってお面に書かれている表情がコロコロ変わるんだってさ」

「へー」

 

 ちなみに今はニコニコした表情をしている。それが何だか不気味だけどな。

 

「じゃあ泣いてみ?」

 

 直後にお面が泣いた表情に変わった。秦こころみたいだなコイツ。

 

「笑ってみ?」

 

 またニコニコした表情になった。

 

「怒ってみ?」

 

 阿修羅も裸足で逃げ出す恐ろしい憤怒の表情に変化した。

 

「ドヤ顔してみ?」

 

 物凄くうざったい殴りたくなるドヤ顔の表情。

 

「俺の従僕になった顔してみ?」

 

 直後、放っておいたら俺の靴を舐めかねないほどに上目遣いの恍惚とした表情になった。よく見てみればちょっとかわいく見えてこなくもない。

 俺はそいつを舐めまわすような表情で見てこう言った。

 

「はい、『私はあなたの奴隷です』」

「そんなこと命令させるなよ!?」

 

 あ、怒った顔になった。

 

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 【ニュートン太郎】 8/5

 

 フウマがどうやら一般的に提唱されている万有引力の法則に自己流を法則を見つけたらしい。一般サラリーマンが提唱する万有引力の法則なんてどうせたいしたものではないだろうが、暇なので聞いてみることにした。

 

「まず、ニュートン太郎は木に林檎がぶら下がっているのを見つけました」

「待て!?ニュートン太郎ってなんだ!?」

「ニュートン太郎はそれを見て何かをひらめいたように、林檎の真下にペンをぶっ刺しました」

「何で!?」

「そしてニュートン太郎は更にその林檎の真上にパイナップルが実っていることに気付きました」

「確かにどっちもバラ科だが何で同じ木に違う実が生る!?」

「そしてニュートン太郎はその木の上に昇り、パイナップルに向かってペンを先を尖った方を真下にして落としました」

「え、とすると…?」

「見事に林檎とパイナップルが両側からペンで串刺しになった」

「ペンパイナッポーアッポーペン!!」

「どうだこの説、結構有力だと思わないか?」

「一回人生やり直して来い」

「はい☆」

 

 まず時代遅れだし。

 

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 【ユーファザーファッカー】 8/7

 

「漫画でよく見る"You mother fucker!!"とか言ってるじゃん?あれどういう意味なんだ魔王?」

「フウマから質問とは珍しいなあ。きっと『この近親相姦マザコン野郎!!!』って意味だと思う」

 

 たぶん違う。

 後に調べてみたらただの相手を蔑む意味だった。

 

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 【サボタージュ】 8/21

 

 我は洗面台を目の前にして、こう思った。

 

「あー歯磨き面倒臭いなー…」

 

 一体なぜ今の人類はこうも歯を磨くというめんどくさい作業を毎晩毎晩やってのけるのだろうか? 我にはとても理解に苦しむな。歯を磨くだけというこんなに退屈な作業を毎日している人間の気持ちが分からないな…。

 あ、そうだ。サボろう、歯磨き。今日くらいは別に問題ないだろう。

 

「………」

 

 歯ブラシが乾いたままだといずれバレてしまうだろう。ここはひとつ、一回水に濡らして……よし、これでいいな。戻ろ戻ろ。

 

「…………」

 

 コップも使用済みっていう状態にしとかないと。とりあえず一回濯ぐだけでいいや。

 

「……………」

 

 普段鈍いフウマでもひょっとしたら天文学的な確率で我が歯磨きしていないことを察しそうだし、念には念を込めて歯ブラシを本当の意味で使用済みという状態にしておこう。

 ちゃんと完璧に使用済みという状態になる様に、歯磨き粉を付けて、奥歯までちゃんと磨いて、そしてうがいしておけば……サボったってこと絶対にバレないだろ。

 ふふふ、これで完璧………。

 

「………結局、歯磨きしちゃったじゃないか」

 

 …………。

 

「ま、いっか」

 

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 【台風】 9/19

 

「うわー、なんか窓がガタガタいってる」

 

 魔王が窓に手を当ててそう言っている。よく見てみると、雨がざあざあ降っていて、どうやら台風が来ているらしかった。

 

「なんだ台風か……ここには滅多に来ないんだけどなあ」

「台風ってあれか? ハリケーンのことか?」

「んん、まあソッチの言葉ではそう言うのか…」

 

 台風か……憂鬱だなぁ。別に俺の街は洪水になったりしないんだけど、こう…外から一歩も動けないのはちょっとやだなぁ。買い物とかしなきゃいけないのに。

 

「確か温帯前線と寒冷前線があーだこーだしてるんだっけか」

「うろ覚えで知識を語るなフウマ。ちなみに位置によってそれの構造は変わるらしいから、我はハリケーンの事しか知らんよ」

 

 ……なんか上手いこと言おうとして、かなり面白いのを思いついた。普段クールなテンションを保っている俺だが、流石に今回は少しおちゃらけてもいいだろう。

 

「家から一歩も出れなくて閉塞前線! ハッハッハ」

「うるせぇ思考が停滞前線」

 

 魔王からもっとうまい事を言われて意気消沈する俺であった。

 

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特殊タグのリンク機能を過剰に使いこなしただけっていう。リンク貼るのはやり方難しいけど慣れれば結構簡単だからお試しあれ。


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日常編
解放


……これは、あるしがない若いリーマンが経験した、なんかすごくありえない出来事である―—―。

水曜日



 おはよう。いつもの朝はこの一言から始まる。

 自分で朝ご飯を作って食べて、会社に行って帰る。これが普通の毎日だ。じゃあ、なぜこんなことを話したのかって?

 

 …それは、何か俺の家に()()()が住み着いてしまったからなんだよ……。

 

 

 ジリリリリリリリリリ!!!

 

 「……るせーな、クソッ。」

 

 俺は忙しなく鳴り続ける目覚まし時計を叩き、音を鳴らなくする。それが、朝の目覚めの瞬間。決して気持ちいいとは言えないが、時間通りに起きられない事には代えられない。いや、代えることが出来ない。だって今どきの目覚まし時計って全部この音なんだもん。

 

 俺は階段を下ってまず台所に行き、朝飯を作る。今回はまあ普通に、目玉焼きに味噌汁で十分だろう。

 そしてリビングに行き、テレビをつけてニュースを確認しながら黙々と朝飯を食べる。こういう時は何か話し相手が欲しい所だが、生憎俺は誰かと一緒に住むのが苦手なのだ。なので、一人で食事をすることを強いられているのだ。

 

 朝ごはんを食べ終わった後は、会社に出勤すべく歯磨きと着替えを行う。相変わらず歯磨き粉はクソ不味いが、良薬は口に苦しとか言うもので効果は折り紙付きと保証されている。それに安いし。

 次に、衣服を着る。スーツを着て、ネクタイを締め、荷物をまとめ、準備万端。

 

 「いってきまーす。」

 

 誰もいないと分かりつつも、そう言ってドアをバタンと閉める。もし誰かが俺ん家に同棲した時のために、今のうちに練習しておくのだ。

 

 

 「よお……フウマ。」

 「…あ、ああ、レン。」

 

 会社に着くと、必ずレンが挨拶をしてくれる。こいつの性格は超絶に根暗で、なにごともマジメにやらずにいつも下向いて呪詛を吐いてたり、話しかけても凄く低い声で「よぉ…」としか返してくれない、気味悪いやつだ。何故か俺とよく話すが…正直勘違いされるので離れてもらいたいという事は言わないでおくか。

 

 「フフ…見ろよ、俺の引き出しに手紙が入ってあったんだぞ……。」

 「お、おう…。どんな内容なんだ?」

 

 レンはどんな感情がこもってるか分からないニヒルな声を出しながら一枚の封筒を取り出した。どうやら、この中に手紙が入っているらしい。

 

 「辞表だろうよ……。だが俺読むのも怖いから、代わりに呼んでくれよぉ…。」

 「お、オッケイ。じゃあ、読ませていただきますよ…。」

 

 まだ読んでいないようだ。本当、物事を何でもかんでも悪い方向にしかとらえない奴だ…。何故か成績だけは人一倍良いってのに…ん?

 

 「…こ、これはーッ!?」

 「…何だ?何が書いてあった?」

 

 思わず叫ばずにはいられない内容だった。その手紙には、何と……

 

 『好きです。仕事の終わり時、屋上で待っていてください』

 

 と書かれていたのだ!!

 

 「…やったなお前。これ見ろよ。」

 「……あ?ラブレターか?ヘッ、今更俺を好きになってくれる奴なんかいねえって。」

 「いや、やったじゃん!良かったなお前!誰だが知らないけど、お前を好きになってくれる奴がいたってことだろ!?」

 

 だが、依然としてレンの闇のオーラの強さは微力たりとも変わらず…。

 

 「どーせ偽物だろ、こんなん…。屋上に行ったって、騙されて馬鹿にされるのがオチだ…。」

 「いや、信じようよ!俺が保証するよ!」

 「…ヤダね。どーせお前が保証するよとか言ったって、もし偽物だったら何も気に掛けてくれなくなるんだろ…?」

 「…う、うぐっ…!」

 

 腹立つことにこいつは一々人の心を奥深くまで読んできやがる。そうとも俺はお前が屋上へ行って騙されても何かしてやるつもりなんて無かったさ。

 

 「やっぱね。じゃ、俺は資料でも読んどくから、精々頑張れよ。ブツブツ…」

 「……お、おう!お互いガンバロー…!」

 

 俺は後ろを向いてまた呪詛を吐き続けているレンに向かってそう言った。何でコイツと同期になっちゃったのかな…。

 

 

 

 「…はぁぁーっ……仕事辛すぎだろ笑えねえ……。」

 

 俺は無理に多く出された仕事を光速ですべてこなし、今世紀最大の疲労が襲い掛かってくる。んだよあの上司…俺ら社員を散々こき使いやがって…。こっちの立場にもなってみろってんだ…。気がつけば深夜だ。幸い家が近いので、終電は気にせず家に帰れる。

 だが、結局レンは屋上に行かずに家に帰るし、だるさで体が全然動かないし…。とりあえず、後5分したら帰るか…。あー疲れた…。

 

 

 …夜の暗い道を一人で歩く。何処かの家でわいわい騒いでる声も聞こえず、辺り一帯静寂に包まれている。

 だが、そのおかげだろう。俺が()()()に気付いてしまったのは。

 

 

 …ゴト…。

 

 「?」

 

 突然、ゴミ捨て場から物音が聞こえたのだ。何かとの中で何かが動いた時に鳴る、あの音。こんな夜中に突然聞こえると、ホラー以外の何物でもない。

 

 「何なんだ?」

 

 正直近寄りたくなかったが、悲しいかな俺の癖で、こういう時は絶対に調べないと気が済まないのだよ…。

 音がしたゴミ捨て場に行ってみるが、暗くて何も見えない。

 …あ、そうだ、携帯のライト使えばいいじゃん。よし…。

 

 携帯のライトで照らした先には、何とそこには小さくも禍々しいオーラを放っている風変わりなデザインの壺があったのだ!

 …え?嘘だろ?まさかこんな生きていないモノが動くわけ―—―

 

 …ゴトゴト…。

 

 …どういうことなのか誰か説明してください。確実に自分から動いていますよこの壺。何、覗いてほしいの?この壺覗いてほしいの?割るぞコラ。

 

 …ゴト…ゴトゴト!ゴトゴト!

 

 あーもう腹立った。こいつを割ってストレス解消するか。割ったらそれでもう音とかしなくなるだろうしな。

 とか思って、俺は壺を持ち上げ、そのまま適当な床に投げつけた。

 

 そぉい!!

 

 パリーン!!

 

 ……あ。俺は何をやっているんだ…。ゴミ捨て場に捨ててあったからいいが、この壺骨董屋にでも売れば高くつくんじゃなかったかなぁ…。我ながら苛立ちに身を回せて勿体ないことをした。帰ろ帰ろ。

 

 「…待て…。」

 

 やばいなー、お腹減ってきてしまったな…。今日の夜食はカップラーメンで済ませるか。体力のない今料理とか作れないし。

 

 「…待てと言っている…。」

 

 …いや、ちょっと待てよ?…あ、まだ今週小説更新できてないままだな。これはちょっと無理して執筆する必要があるかなー…。

 

 「…待て!」

 「ッるっせえな誰だ―――って…。」

 

 さっきから聞こえる女性の声。幻聴だと思っていたので無視を続けていたが、遂に耐えきれず怒鳴ってしまった。そしてそこには、漆黒のローブを身にまとった水色の髪の中学生ぐらいの小柄な女性が居ましたとさ。

 

 「……。」

 「やっと気づいたか。我をこの封印から解き放った愚かな人間は―—―」

 「……。」スタスタ

 「ま、待て!!話を最後まで聞け!!」

 

 そう言われても、振り向く気などない。何かめんどくさそうな長話に付き合わされそうな予感しかしないのだ。だが、無視された彼女がそのままどこか行くという筈もなく―—―

 

 「おい!!こっち向け!!」

 

 ―――なんかついてきてるし。無駄にローブが長いせいで結構歩きにくそうなんだけど。

 …これ以上ついてこられると迷惑だから話しかけてみるか……。

 

 「おいおい、何なんださっきから付いてきて。」

 「…フッ、その理由が知りたいか?」

 

 なんか…やっと返事が返ってきたみたいでちょっと嬉しそうだ…。

 

 「その理由とはな。お前、さっきあの壺を割っただろう?」

 「…あ、あの高そうな壺か?」

 「あれはな、実は我こと魔王を封印していたつb―――」

 「……。」すたすた

 「最後まで聞けーーーーー!!」

 

 嫌だ。なんかもう呆れた。これ以上聞く気も失せた。大体、魔王が存在するのってファンタジーとかゲームぐらいだろう。なんでこの現在に居るんだよ。寧ろ何で今まで発見されなかった。

 

 「ちょっと、本当我の話を聞かんかい!呪うぞ!!」

 「呪えるもんなら呪ってみろ中二病。」

 「な"ッ……!!…クソッ、封印されてた後遺症で呪術が使えないのだ…。いいか!?我は絶対n―――」

 「……。」

 「だから聞いてーーーーー!!!」

 

 だから嫌だ。こいつ完全に偽物じゃねぇか。壺を割って出てきたはともかく、知らない人についていくとか話を聞いてほしいとか今どきのガキか?ガキなのか?

 

 「だったら、魔王だっていう証拠を見せればいいじゃん。」

 「……世界の半分を貴様にやることならできるぞ。」

 「それ竜王だろ。俺が言ってるのは魔王だ魔王。」

 「…大体、何で私が見ず知らずの人について言ってるのか、教えてやろうか?」

 「ああ、頼む頼む。」

 「…逃げるなよ?」

 「分かったって。」

 

 だが、本当にこれ以上寒すぎて聞き苦しくなったら逃げるか。それでいい。

 

 「…まず、あの壺は封印の壺だったのだ。私は数百年前、この惑星に魔王として君臨していたのだが、そこにある若者が現れた。名前は覚えてないが、そいつが異様に強くて、私は壺の中に封印されてしまったのだ。」

 「…テンプレRPGのそれといっしょだな。」

 「話を聞け!!…それで、今まであの壺の中で窮屈に暮らしていた時、その壺は災厄の壺として忌み嫌われた。まあ立場上当たり前のことだが。そこで色んな人の手の元について、そこでゴミ捨て場に捨てられてしまったのだよ。」

 「…あそこか。」

 「そうそう。まあ貴様の手に渡ったおかげで、私は数百年ぶりに封印から脱することに成功したわけだが…。」

 「余計なことをしてしまったようだな。」

 「まあな。そこで、貴様には我のしもべとなってもらう!!」

 「嫌です。」

 

 まあ即答は誰だって確実だ。中には、『こんな可愛い女性のしもべになれるなんて、僕感激です!』なんて奴がいるのだろうが、俺はそんなのには全然興味はない。大体、魔王と自称している奴のしもべに成れとか言われたらとか誰だって断りたくなる。

 

 「拒否権はない。さあ、我を貴様の家に連れてゆくのだー!!」

 

 …どうせ断っても勝手についてくるに違いないな。よし、居候されるのは嫌だが、条件を掲示すればいいだろう。

 

 「いいだろう。だが、条件がある。」

 「…む。魔王である我に条件を付けるとは、おこがましい…。」

 「勝手に居候するお前の方がよっぽどおこがましいわ!!」

 「…まあいい。で?その条件は?」

 

「一、決して家の備品などを壊したりしないように。

 二、俺の家を改造したり、迷惑をかけることをしないように。

 三、居候させてもらってるんだから、常に俺に感謝する事。」

 

 「……。」

 

 自称魔王は黙ってうなずいた。

 

 「交渉成立だな。じゃあさっさと来いよ。俺の名前はフウマ。お前の名前は何だ?」

 「…ヘルだ。」

 「ふーん、地獄(ヘル)か。縁起の悪い名前だが、まあいい。今更質問するのもあれだが、お前家は何処なんだ?」

 「そんなのもう没落したに決まっておるだろう!」

 「はいはい、そうですか…。あ、そうそう。俺はお前が魔王ってこと信じてないから。よしんばお前が魔王だとしても、俺は普通に扱うからな。」

 「…分かった。ならば、我が魔王だと知った瞬間これまでの行いを自首し、反省するのだな?」

 「分かったよ。それでいいだろそれで。」

 

 俺はまだそいつが魔王ということを信じ切れてなくそのまま適当に聞き流してしまってたのだが、どうやら俺は本当にとんでもない奴を拾ってしまったらしいということが、あとで十分すぎるほどに分かったのだった。



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同棲

木曜日



 「…ほう、ここが貴様の家か…。随分とみずぼらしいな。」

 「…チッ、居候の分際でよくそんなこと言えるな。」

 

 俺は今日から、コイツと一緒に過ごさなければいけないのだろうか?暫くならいいが、ずっとなら俺は絶対に嫌だ。俺は一人で過ごしたい。人間と一緒に過ごしてもただ五月蝿いだけなんだ。

 

 「我が腹が減っている。飯出せ、飯。」

 「それくらい自分で出せよ。」

 「…無理だ。しもべに散々飯を準備させてもらったせいで、自分では世界を滅ぼすぐらいしかできんのだ。」

 「…ハァァ…。現代にはそんな人でも簡単に準備できる飯があるっつーの。ホラ、適当にお湯を準備して注げ。」

 

 そう言って俺が投げ渡したのはカップラーメン。栄養価には問題があるが、お湯を注ぐだけで用意できるこれでも十分美味い。

 だが、魔王はその蓋を開けてみたが、その中に入っているものをそのまま食べようとした。

 

 「おい!?」

 

 俺は慌てて奪い、もう一度、ちゃんと説明する。

 

 「…え、いやだって、これ……そのまま食うもんじゃないのか?」

 「違えよ。というか今さっき言ったばっかりだろ。これは、お湯を注いで食べる奴なんだ。」

 「…な、それはまことか?お湯を注ぐだけで食べられるようになる食料など、数百年前には存在しなかったぞ…。」

 「そりゃそうだ。ほら、お湯注いでやったから蓋閉じて三分待てよ。」

 

 俺はお湯を注いで容器が熱くなっているカップラーメンを取り、魔王に容器の部分を持たせるように渡す。容器に触れた魔王は一瞬驚いて火傷しそうになっていたが、直ぐに俺をにらみつけた。あとさっき一瞬素に戻ってた。

 

 「…何だ、このトラップは…。」

 「え?俺仕掛けたつもりなんかないよ?ほら食いな食いな。」

 「…こんの~~、魔王をおちょくってからに~~…。覚えとれよ!!」

 

 魔王に恨まれる分際はない。今のは確実に自業自得だ。というかコイツ魔王の形も無いとか言われていたけど、実際そうなんじゃないかって思う。

 

 …三分後。

 

 「おお、これは久々に美味しそうな飯にありつけたわい。いただきm―――うあちっ!!」

 

 馬鹿なのかこいつは。何でカップラーメンのつゆから飲もうとしてるの?食べ方わかってないの?俺は一から説明しなきゃいけないの?

 

 「おい!!何か食えるようになるもんだせ!!」

 「そんなん自分で探せよ…。ホラ、箸だ。」

 「…え?」

 

 俺はそう言って、再び台所に向かい箸を投げて渡す。だが、それは魔王にとって二本の棒にしか見えなくてだな…。

 

 「…からかうな!!オイ貴様!!フォークとか無いのか!?」

 「カップラーメンはそれで食べるのが暗黙の了解なんだよ。」

 「なっ…この棒二本でか!?我の時代にはそんなの無かったぞ!?」

 「時代の変化だろうよ。」

 

 …まあ誰だって最初は、箸を使って飯を食うのは難しいよな。

 

 「ほうほう、こうやって持つのか…。我の知らないことをよく知っているな。少し見直したぞ。」

 「まず現代においてお前の知識じゃ多分知らないことだらけだ。あと、俺寝るから。お前も適当に寝床作って寝とけ。」

 「は!?ちょ、ちょっと待て…!寝床はないのか!?」

 「この家、一人暮らし用だし、俺は一人が好きなんだ。ベッドももちろん一人用。」

 「…そのベッドに寝かせろ!!」

 

 クソ…鬱陶しい…。そうだ、寝る代わりにコイツを遠回しにいじってあげるか。それでも十分楽しいし、何より俺はサディストタイプなんでね。

 

 「んー、じゃあ…。カップラーメン食い切れたらいいよ。」

 「魔王に条件を掲示するでない!!さっさと寝かせろ!!」

 「アレ?腹減ってるんじゃないの?」

 「そんなんどうでもいい!!我は眠いんだ!!」

 「カップラーメン食い切れたらいいよ。」

 「…くっ!!食いきれたら二度とこんな命令しないと誓うか!?」

 「三分間で食い切れたらいいよ。」

 「なっ!?無理だろそんなん!!」

 

 普通、ハンバーガーでも食べるのに5分はかかる。それで熱々のカップラーメンと来たら、それは普通の人間では無理に近いだろう。

 だが、これを理由にされて諦める俺ではない。

 

 「あれれー?まさかあの魔王がカップラーメンを3分で食えないのか?情けない情けない。」

 「…!!じゃ、じゃあ、お前は食えるのかよ!!」

 「だって俺普通の人間だもん。3分で食えるわけないじゃん。」

 「…クソッ、我は魔王だ!我でもカップラーメンが食えるってところ見せてやる!!」

 「はい、よーいスタート。」

 「…フッ、我の高速食い、見るがよい…うあっつ!?」

 

 …こりゃ無理臭がするな。

 

 3分後

 

 「…ハァ…ハァ……。」

 「おまっ、まだ半分も食えてないじゃん。もう結構冷めてると思うがな。」

 「何だと…?この熱さは洒落にならんぞ、お前食ってみろ。」

 

 カップラーメンをよく知っている人によくそんなこと言えたもんですね。予想通り、結構食いやすい温度になっていたようで、俺はカップラーメンをあっという間に平らげた。

 

 「…な…。」

 「結構冷めてるのに食えないとか、もしかして、魔王のくせに猫舌「だーーーっ!!!言うなっ!!」

 

 あ、やっぱり図星か。随分と見掛け倒しな魔王がこの世に居たもんだ。というか、コイツは本当に魔王なんだろうか?

 

 「というわけで、俺寝ます。お前はソファにでも寝てればいいじゃん。床で寝るよりまだ良いぞ?」

 「…クソーッ!!この魔王を侮辱しおってー!!いつか仕返ししてやるー!!」

 

 というわけで、俺は寝ました。魔王の事を考えると可哀想にも思えてくるが、大体ああいうのはイジリ甲斐があるってもんだ。…まあ、後にバチが当たると怖いけど。

 

◆ 次の日

 

 「……。」

 

 目が覚めた。太陽の柔らかな光が、部屋の中に射し込んでいる。これは気持ちのいい目覚めだな。久々に経験した。

 …そしてベッドから出ようとして気付く。何故か、アイツが俺のベッドで添い寝していたことに。

 

 「…すー…すー…。」

 

 まだ熟睡しているようだ。というか、コイツ俺のベッドでは寝ない約束だったがな。魔王なのに、約束も守れんのかね。

 …よし、ちょっといたずらするか。

 

 …完成。まだ深い眠りに落ちてるのか、全然起きる素振りを見せなかったな。

 という訳で、俺は下に降りて朝飯をつくる。ここで一人前とか言うとさすがに可哀想なので、魔王の分も作る。

 

 「ギャーーーーーーーーッ!!助けてーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 お、気付いたみたいだな。何をしたのかというと、魔王の手と足を縄で拘束しておいたのだ。俺は気づかない振りをして、その後の魔王の行動を観察する。

 

 「…う、うわわ…!何だこの…ヘビは!?」

 「ぶふっ…。」

 

 しめ縄で縛って正解だった。二つの紐がうねってうねって一つの紐になっているから、多分細いヘビが二匹いると勘違いしたんだろうな。…というか、面白え…。失笑しちゃったじゃないか。

 

 「…ふ、フウマーーーーーーー!!ちょっとーーーーー!?」

 「あー、わるーい!!まだ朝飯が出来てないからちょっと待っててーー!

 「ちっがあああああああうう!!このヘビを解いてくれーーー!!」

 「は?ヘビなんか居るわけないだろ!?魔王のくせして、幻覚かーー!?」

 

 しらばっくれていると、遂には魔王の叫び声に少し泣き声が混じる。

 

 「幻覚じゃなーーーーい!!おのれーー、フウマ!!お前がやったんだろう!!」

 「きこえなーーーーい!」

 「嘘つけー!!いいからとりあえず助けろー!!」

 「ちょっと待っててな!朝飯の準備をすr「そんなん後でいいからとりあえず来ーーーーい!!!」

 

 

 

 「ゼー…ハー…ゼー…ハー…。」

 

 このまま叫ばれて近所迷惑になるのも困るので、仕方なしに解いてあげた。魔王はさっきから叫びまくったことで疲労がたまっていて、床に四つん這いになって呼吸を繰り返している。

 

 「おい、大丈夫か?」

 「五月蝿い!!犯人に心配される筋合いはないわ!!」

 「おーおー、これが魔王か。俺が心配してるのにそれを払うって、ある意味凄いな。」

 「…は?今のは揶揄いの意味を含めてるんじゃないのか?」

 「ねえよ。流石に俺もそこまで酷くはないしな。」

 「…そ、そうか…。」

 

 単純な奴だな。今まで扱いを悪くされてちょっとでも優しさを見せたら照れてやがる。こいつには悪いが、俺はそういう奴が嫌いだ。

 

 「さっさとリビングに来い。朝飯が冷えるぞ。」

 「…む、むぅ…。」

 

 魔王は頬を膨らまして、おずおずとリビングへと向かった。

 

 魔王は箸が持てないので、仕方なくフォークで十分食える奴を用意してやった。常に相手の心を遣ってやらねばならない。二人暮らしになると、そこら辺が面倒になるから嫌いなんだ。

 

 「…これは何だ?」

 

 魔王は、茶色い色の茶碗に入っている汁物を見つめている。味噌汁の事か。

 

 「それは、味噌汁と言ってだな。ミソという調味料を溶かして作った奴だ。結構うまいぞ。」

 「そうなのか?じゃあ…あちッ!!」

 

 猫舌だなあこいつ。魔王の面目丸つぶれだわ。

 

 「まさか、お前と戦う事になったら熱々のおでん大根食わせれば一発なんじゃないか?」

 「んなわけなかろう。猫舌なだけで倒されるとか、魔王の面汚しだ。」

 「じゃあどうやって倒されたんだ?正々堂々と剣でか?それとも魔法か?」

 「……。」

 「…あ。」

 

 マズい。これは地雷を踏んでしまったかもしれない。封印から放たれたっていう事は、一回倒されたという事でもある。倒されたときの記憶が、彼女―—―もとい、魔王の黒歴史だったのかもしれない。

 魔王は真剣な顔でこちらを向いて、こう言った。

 

 「…笑わないと約束するか?」

 「…お前が話したくないなら別に話さなくていいけどな。」

 「お前にも、我の苦労だけは知ってもらいたいのだ。」

 「分かった分かった。聞き流してやるから言えよ。」

 

 魔王は一つ、咳払いをして、こう話した―—―。

 

 

 …我が魔王としてこの地に君臨していた頃、ニンゲンと我とのせめぎ合いが絶え間なく続いた。ニンゲンは知恵を振り絞って、我を斃そうとしたが、我の魔法の前では人間なんて塵に等しい。

 だがある日、ニンゲンは最低の方法で我を斃そうとしたのだ。

 

 「…あーあ。まーた死者が増えてく増えてく。これじゃあ負け戦に等しいな。なぜニンゲンは我に対抗しようと―—―あれ?」

 

 今日も今日とてニンゲンを土に還していた時、あることに気付く。

 

 「…勢力が、増している…?」

 

 明らかに、攻めてくるニンゲンの数が多くなってきているのだ。流石に今までの力では無理なので、我も魔法の威力を増して対抗した。今まではそれほど苦労しなかったが、魔法の威力を増した時は僅かに疲労を感じた。

 それから、日に日に人間の勢力が増していることが分かった。どんどん増加してゆく。まるで、我の魔法を糧に繁殖し続けるかのように。増えてくる人間のたいして我も魔法の威力を上げたが、遂に疲れが溜まりに溜まり、魔法が放てなくなった。幸い、人間の勢力も消えた。

 

 「…もう大丈夫、だろ…。」

 

 そう思っていたのだが、フラグというか絶望的な出来事が起こった。

 

 「…!?」

 

 窓の外を見てみれば、また人間が攻めてくる攻めてくる。それは一向に留まることを知らずに。我は体力を使いはたし、何も攻撃することが出来なかった。そこで、あの異様に強い若者が現れたのだ…。

 …そして、我は斃された。

 

 

 「…それは…。」

 「どうだ?酷い話だろう?」

 「…人間の本能なんじゃないかな…?」

 

 あまりにも今の現代社会とも言えるその話にいつの間にか夢中になっていて、頭の中で様々な記憶が交錯し、唯一出てきた感想がこれだった。

 

 「…!?じゃあ、我…いや、魔王が倒されるのは何とも思わないのか!?」

 「ニンゲンは味方には優しくするけど、敵ならどんな外道な方法を使ってでも倒そうとする。そんな生き物だよ。自分も同じ種族なんだが、まことに自分勝手な奴らだな。」

 「…そうか…。」

 「でも、倒される理由があるからお前は斃されたんだよな?それは別にこの世界の摂理じゃ―—―」

 「我は何にもしていないのだ!!」

 

 …え?

 その言葉すらも一切口から出なかった。

 

 「…我が倒された理由は、『"魔王"だから』……。」

 「…え…?つまり、お前がその後何か悪いことを仕出かすから倒したんじゃないのか?」

 「何もする気はなかったよ!?ただただ、住処確保して人間と一緒に暮らしたかっただけなのに!?名前が禍々しいってだけで襲撃を受けるってどういうことなの!?説明してよフウマ!!」

 「……!?」

 

 やってしまった…。地雷を踏んでしまったらそれ以上は詮索しない筈だったのに、さらに深くまでその話題にのめり込んでしまった…。魔王は態度が情緒不安定になり、俺の肩を高速で揺さぶってそう叫ぶ。

 

 「ニンゲンは、どうして私を倒しちゃったの!?ねえ、どうして!?」

 「知るわけねえっつーの!!」

 

 …ああ、こういうのはもっと嫌いだ。今ここで泣きじゃかれても、俺はどうすればいいのか見当もつかん。なんか一人称まで変わってるし…。

 

 「嘘だ!!同じ種族同じ先祖同じ系統なのに!?分からないの!?」

 「知らねーよ!!そんなんその時の代表者にでも聞いて調べて来いよ!!」

 「聞けるわけあるかァ!!ねえ、もう私どうすればいいの!?死ねばいいの!?名前が悪いってだけでその後もずーっとずーっと襲われる位なら死んだ方が全然マシじゃないか!?お前もそう思うだろう!?」

 「俺は、少なくともそうは思わない!!今のニンゲン共は先入観に動かされて罪のない奴らを無差別に殺すような野蛮な奴らではないからな!?」

 「……本当にそうか?」

 「…この俺が保証する…。」

 

 …やっと落ち着いた。こいつにはこいつなりの苦労があっただなんて、考えたことも無かった。今度から弄るのは自粛しとこうか…。

 

 「…なあ、朝飯…冷めちゃうんだが。」

 「………。」

 「お願いだから…離れてくれないか…。」

 

 魔王は、しばらく俺を抱き着いては離してくれなかった。これは…当分一緒に居なきゃいけないようなフラグが建ってしまったな…。




途中から見ている方は、第1話も是非! ここ


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日常

金曜日



 我が家に先日から棲み着いている、魔王(♀)。彼女がここに住んでゆくために、あることをさせなければと思った。

 

 「魔王。」

 「何だ。」

 「就職しろ。」

 「は?」

 

 多分、それは魔王にとっても聞きなれない言葉だったとは思う。だが、言葉の意味は知っている筈だ。

 魔王は体を少し震わせながら、

 

 「…わ、我に働けと…?」

 

 と言った。正直言ってこいつに働かせるとヤバいことになるのは予想つくが…。

 

 「このままでは俺らの家計が火の車になってしまう事は火を見るよりも明らかだ。そこでだ。お前は場所問わないからどこかで働いてくれ。」

 

 …ただでさえ俺一人でも出費がきついのに、そこにもう一人付け足してしまったら確実に貧乏暮らしになってしまう。だから、ここに居る以上働かねばならんのだ。

 

 「…分かった。善処しよう。…だが、我はこの世界の事をよく知らん。何か、おすすめの職業は有ったりしないのか?」

 「…まあ、な…。ちょっと考えさせてくれ。」

 

 まあ、一番困るところだよな…。彼女は普通のタイプじゃないから、就職できるところは大分限られてくると思う。

 

 「…最初はアルバイトから始めれば大分無理もないと思うが…。」

 

 接客業をやらせたところを予想してみる。

 

 「いらっしゃいニンゲン共。とりあえず席に座って飯食って帰れ。」

 

 とか言いそうで即リストラ確定。これは…駄目だな。いや、練習させれば大丈夫か?だが、アイツは人間の事が嫌いっぽいからなー…。もしクレームが来ようものならアイツがどんな反応をするか、想像もしたくない。

 

 「…お前、接客業とか大丈夫か?」

 

 まあ、さっきのは飽く迄妄想だ。もしかしたらちゃんと仕事もこなしてくれるんじゃないだろうか?

 

 「へ?いや、無理無理。何故に魔王である我が人間の支配下に置かれなければ駄目なのだ。」

 

 …無理だなこりゃあ。さっきの予想がほぼ100パー当たりそうで今の予想は無理だ。

 

 「…じゃあ、自分では何が出来ると思うんだ?」

 「…えー?まずこの世界にどんな職業があるか分からんし。」

 「いや、もしかしたらお前が生きてる頃にあった職業が今もあるかもしれないぞ?」

 「じゃあ拷問師とかあるのか?」

 「怖っ!!お前の時代怖っ!!」

 

 …考えてみれば無理もないか。昔は今の人達みたいに人権を尊重せず、イメージだけで魔王とかを倒しちゃうような人たちなんだもんな。今も死刑執行人とかいるけど、死刑囚には最後にやりたいことをやらせてくれるから、アイツらはまだ良い方だ。拷問師って…。

 

 「…んー、他には、殺し屋とか当たり前のように居た記憶が…。」

 「お前の時代残酷すぎるだろ!?なんかさ、もうちょっと平和的な職業は無かった訳!?」

 「…えー?そうだなあ…。まあ唯一平和だったのは、旅人だな…。」

 「…!?」

 

 唯一平和なので旅人…。世紀末だ。世紀末の極みだ。接客業とかその時代にはなかったのかよ!?

 あと、こんな感じじゃあ現在に馴染めるのは気が遠くなるほどの時間がかかりそうだ…。

 

 「…分かった。俺がお前に会う職業見つけてくるから。ついでに会社にも行く。」

 「カイシャ?それも仕事か?」

 「まあな。お前には多分無理な職業だろうよ…。」

 

 俺はそう吐き捨てて、家から出て行った。

 

 

 「よぉ…。」

 「お、おう。レン。」

 

 会社の入り口でネガティブ先生に出会ってしまった。レンとかいう名前なのに、この性格ではどうも不釣り合いだな。こいつは名前で相手を判断するなという教訓の鑑のような人間だな。

 

 「今日はどんな仕事をくれるのか…ちゃんと働かなきゃいけないな…。」

 「そ、そうだな。まあでも、俺は昨晩最後の一人になるまで働いたし今日の分の仕事は少なめに抑えてくれるといいんだけどな…。上司にもきっと心があるって…。」

 「そうだな…。ちゃんと働いてくれるのをいいことにお前に大量に仕事を出さなければいいんだけどな…。」

 

 ……魔王のことか。

 

 

 

 一方その頃、家に一人残されたヘルはというと…。

 

 

 「…何をすればいい…。」

 

 あのフウマの馬鹿め~…。まともなこと何も教えずに私が何が仕掛けてあるかわからないこの家でどうやって過ごせばいいのか、一言も教えてくれなかったじゃないか~~…。

 とりあえず、現代になったとはいえ殺人や犯罪などは相変わらず存在しているだろう。この家に何か罠が無いかどうか、調べる必要があるな。改造は禁止と言われているから、位置だけ覚えておくだけで取らないでおこう。

 

 「……無いのか?」

 

 家中探してみたが、特にトラップっぽいのは何もなかった。カップラーメンの容器といい、目覚めた時に手足をヘビで縛られていたといい、現在になってもトラップってあるもんなんだな。偶然、この家には常に設置されている物はなかったという解釈で正しいだろう。

 

 …ん?何だこの薄く長い棒は。なんかいっぱいボタンがついてあるぞ…?試しに、一番右上にある赤いボタンを押してみるか。

 

 ポチッ

 

 「……。」

 

 何も起こらないじゃないか。この家が何か動いたりするものではないのか?

 と、そんなことを考えていた時、横から声が聞こえてきた。

 

 「どーもー!!ミヤネ屋でーす。」

 「…?」

 

 その声のした方へ向いてみると、そこには薄長ーい長方形の物体の表面から人間が映し出されていたのだ。

 我は驚いた。この薄長い物体にどうやって人間が入り込んでいるのか。表面を触って確認しようとしたが、人間に触れることは出来なかった。

 …観賞用のモノか?ちょっと暫く見てみよう…。

 

 「さて、最近は"就職難"がより一層目立ち始めています。『働きたいのに働けない』『面接に落ちてしまった』などのツイートや発言が最近になって急増しており、諦めて無職になる若者も急増―—―」

 「無駄な足掻きを…どうせみんな死ぬっていうのに…。」

 「―――そして、就職難について一部の小規模な街では町中の人々が一部暴徒と化し、デモを実行しています―—―」

 

 その画面っぽいのに映し出された光景は、数人かの人々が"我々に就職権を与えろ"と大きく書かれていた看板を掲げ進行している光景だった。

 

 「…成程、皆生きる為に必死になっているんだな…。」

 「―――続いてのニュースです。」

 

 今まで壺の中で暮らしていた時、次々と人の手に渡り、次々と捨てられては拾われて、捨てられては拾われて…の繰り返しだった。理由は、それは災厄の壺と言われ続けてきたから。

 別に人間に対しては何もしようと思っていなかったし、何もしなかった。なのに、災厄の壺。今まではその理由が解せなかったが、今理解できた。皆、命を存続させることに必死なのだ。それが例え、フウマであれ。そして、我であれも。普段どれだけの功績を成し遂げても、死んでは全部水の泡。皆、そんな感じにならないように気をつけているのだ。

 人間が過去にあのような事をしたのは生涯恨むつもりだが、それのせいでやってない人間までも攻撃しないように、気をつけなければいけないな…。

 

 ……眠い。少し眠るか…。

 

 

 

 「ただいまー……。おい魔王、居るのかー?」

 

 予想通り、今日かいつもより仕事が少なめに済み、早めに帰ってこれた。一時間も。お陰で、今日は少し気分がいい。

 

 「…魔王?」

 「…。」

 「あ、何だ、寝てるのか。…ん?テレビつけっぱだ。電気代がかさむ…。」

 

 魔王、リモコンの電源ボタンでも付けたのかな?それで見ている途中に眠くなってしまったのか…。まあ、ありがちなことだな。

 

 「……ん?ぁ、フウマ。」

 「目が覚めたか、魔王。ソファで寝ちゃってたりとかすると、体悪くするぞ。」

 「…分かってるっつの。所で、少し話したいことがあるんだが…。」

 「何だ?就職先の話か?」

 「いや、違くてだな…。」

 

 魔王は、ニンゲンは普段何をしているのか、という事を聞いてきた。俺は答えに少し悩んだが…。

 

 「呼吸をしていr「いや、これは真剣な話なんだが…。」俺だって何をしているか分からないよ?」

 

 そう答えたら、魔王は顔をしかめた。

 

 「は?何でだ?」

 「だって、人間が全員同じ生き方をしているとは限らないし…。人それぞれの生き方をしているからなあ…。だから、答えることは出来ないな。」

 

 …魔王は相槌をする素振りを見せたが、そのまままたテレビを見始めた。クイズ番組が入っている。たぶん、特に意味はないだろう。

 

 「腹減ってるだろ?弁当買ってきたから食え。」

 「何!?ベントーという生物を狩ってきたのか!?それはどんな味なんだ!?」

 「狩ったんじゃねえよ!弁当というのを買ってきたんだ。ほら食え。」

 

 俺は帰りの際に買ったビニール袋から某弁当屋さんの弁当を買い、それを魔王に見せた。今回買ってきたのは、牛カルビ弁当。肉には脂がたっぷり乗っており、俺も大好きな奴だ。

 

 「…おお、これは美味しいトラップ容器より美味そうな…。魔王に貢献してくれること、お礼を言うぞ。」

 「美味しいトラップ容器って…カップラーメンの事か?」

 

 あと貢献したつもりはない。何故なら、お前がそのままの格好で出ると確実に変な目で見られるので外に出れない→飯食えない→餓死するからだ。もう家にある食料もないしなぁ…。

 

 「頂きます。はむ、ん…。」

 

 クソッ、何だコイツは。生意気なことに肉を口に入れるたび子供みたいな声を出しやがる。背丈も十分小柄だが、まさか動作までそうなってしまうとは思わなかった…。やべえ、萌える。

 

 「うまっ!!カップラーメンよりおいしいじゃん!!すっご、箸が止まらないッ…!」

 「喜んでくれて何よりだ。それニンゲンが作った奴だし、安いけどな。」

 「……ム…。まーだ我が人間を憎んでると申すか?」

 「違うのか?」

 「今はもう思っとらん。昔の人間憎んで今の人間憎まずだ。」

 「…成長したな、お前も…。ブッ!?

 

 オーノー。調子に乗って頭撫でようとしたら左手で強いアッパー喰らっちゃったよ。かなり顎がヒリヒリする。凄い痛い。これが魔王の力か。

 

 「我をからかうでない!!しもべの分際で…。」

 「…でもさー。アレだよ?お前って子供みたいだからつい…。」

 「子供じゃない!!我はもう500歳だ!!」

 「…ロ、ロリババaゲボアアァッ!?

 

 …マジで、腹部にパンチはアカンって…。というか今一瞬物凄い禍々しい視線が見えたんだけど…。コワイヨォ…。

 

 「力が戻ったら末代まで呪ってやろうか?」

 「勘弁して…くれ…。」

 「分かればよろしい。今度から下賤な発言は自重しろ、良いな?」

 「…分かった…。」

 

 …今夜は完全に魔王の勝利だな…。俺の事を敵じゃないと分かった瞬間こんな感じになるんだろうか…。もし暴力でも振るわれたら逆に襲われるかもしれないと思っていて…とか…。

 

 「我はもう寝る。オイ、貴様のベッドで寝かせろ。」

 「……。」

 「オイ!魔王に対して無視は最低の行為だぞ!?…まあいい。寝させてもらうからな。」

 

 …舐められてるなあ、俺…。まあアイツの中で勝手に主従関係が成立しちゃってるから仕方がないか…。だが、俺も男だ。魔王に負けられないって所、見せてやるか。

 

 「オイ魔王!競争しようじゃないか!」

 「…は?」

 「ここから、ベッドに向かう。先に着いた方が、そのベッドで寝ることが出来る。どうだ?」

 「バカバカしい。お前はソファにでも寝てろ。」

 「よーい、スタート!!」

 

 腹立つこと言われてるが、そんなの気にしないし、する必要が無い。

 二回へ向かう階段の途中にいた魔王はリビングから走り出した俺にとってハンデだったが、俺はそれでも勝てる自信がある。何故なら…。

 

 「…フン、どうせ我が勝t―――」

 

 ブンッッ!!

 

 「!?」

 

 普通の人間ならまず一瞬しか見えないだろう。俺にはある能力がある。一瞬だけ走るのが劇的に早くなるのだ。ただし、10メートルで効果は切れる。だが、廊下を走り階段を登り部屋に着くまで10メートルは余裕で足りる。だから、相手がもしウサイン・ボルトでも俺はこの距離は一瞬で到着するのだ。

 

 「…き、きーさーまー…。」

 「どうだ?俺の勝ちだぞ?なんか文句あるか?」

 

 俺は自慢げな顔でまだ階段を上る途中だった魔王に向かっておちょくるようなニュアンスで話しかける。

 

 「文句しかないわ!!神速を使うとは、卑怯極まりないぞ!!」

 「あーごめんな?お前がその位置に居ると確実に俺勝てないんだわ。だから、ちょっと使わせてもらった。ゴメンネ☆」

 「…なまいきだ…まるで勇者みたいだ…。」

 

 まあ、気持ちいいベッドで寝れることには代えられないのでね。それに、後から入ってきたお前に俺のベッドで寝かせるかってんだ。

 

 「さあ、魔王なら潔く負けを認めろ。お前はソファで寝るんだ、いいな?」

 「…くっ!!」

 

 魔王は屈辱的な目でこちらを見た。そりゃあな。昔は魔法で人間を一掃していた奴が、いまは力を封じられてそのうえしもべと思っている俺に負けたんだからな。認めたくないというのも事実だ。

 魔王はその屈辱の表情を一切変えず、廊下を渋々と降りて行った。

 

 「…次は、絶対勝つからな。フウマ。」

 「オッケー。また神速使わせてもらうわ。」

 

 俺はベッドに入って深ーい眠りに落ちた。この状態でこれを言うのも我ながら気が引けるが今日はなんだか気分がいい!!




…ん?何か見直してみたら途中から文章がおかしくなっとる…。

途中から見ている方は、第1話も是非! ここ


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外出 前

土曜日



 二日前から俺ん家に棲み着いている魔王(♀)。この世界で生きていくうえで、最低限でもこの事はさせとかないと思った。

 

 「おい魔王。」

 「なんだ。我は今テレビを見るのに忙しい。」

 

 魔王はそう言って、テレビに入っているドキュメント番組をずっと見続けている。多分、人間の事をよく理解しようと思っているのだろう…。

 だが俺は、早く言いたいことを言いたいのでテレビの電源を切る。

 

 「あーっ!貴様、何をする!」

 「話を聞け。」

 「…なんだ。」

 「お前、外に出てみろ。」

 「は!?」

 

 …やっぱりか。返ってくる反応は予想と同じだ。こいつは、いま外に出るにはあまりにも無理がある格好なのだ。水色の髪に全身に羽織っている漆黒のローブ。この格好で現代の外に出るにはあまりにも目立ちすぎるのだ。最初会った時は深夜だったから人はいなかったが…。

 

 「無理、無理だ!!」

 

 魔王は首を横にぶんぶん振って拒否する。

 

 「でもな?お前をこの家にずっと閉じ込めるわけにもいかないし、たまには外の空気も吸わしてやりたいしな?」

 「魔王にそんな思いやりは言語道断!我はずっと家に居るだけでも満足だ!…いやまあ、外に出たいって言うのはあるが―—―」

 「えーとだな。そのためにはヘルっていう名前はいけないな。和名を作るか。」

 「聞けコラーーーーーーーーーーー!!」

 

 とりあえず、魔王を何としてでも外に出したい。それだけの一心だ。こいつをずっと家に住まわせてしまうとエコノミー症候群とかなんかそんなのになってしまうからな。

 

 「…そうだ、俺の苗字に因んで、高崎(タカザキ) 経瑠(ヘル)にしたらどうだろう?」

 「ヘルはそのままなのかよ!」

 「でもまあ、漢字は悪くないと思うけどな。」

 「名前の感じが悪いわ!ヘルを変えて、別の名前にしろ!」

 

 なんだかんだで、魔王も乗ってるじゃん。こいつも、一回でもいいから外に出てみたいのかな。

 …あ、そうそう。俺の苗字は、高崎だ。

 

 「じゃあ、…そうだ、お前のお父さんの名前、分かるか?」

 「…ロキだ。」

 「ロキ?じゃあ、高崎露紀(ロキ)はどうだろう?」

 「父の名前パクんなゴラーーーーー!!」

 

 …まあ、漢字の違和感の無さには自信あるけど、コイツは気に入ってくれないだろうな…。だからってこいつに新しい名前を入れると我が息子に名前を付けてるみたいでなんか嫌なんだよな…。

 

 「じゃあ、経瑠と露紀、どっちがいい?」

 「二択だけなのか!?」

 「気に入らないなら、自分で考えてみろよ。」

 「お、いいのか?」

 

 もともと自分の名前を考えるのには興味があったのかもしれないな。魔王は真剣に考えだした。

 

 「…よし、決めたぞ。」

 「どんなんにしたんだ?」

 「(レイ)。」

 「お、そうきたか。悪くはないんじゃないか?」

 

 名前の由来に深い意味がないことは確かだが、偶然にも例という名前は俺が子供につけたかった名前でもある。

 

 「じゃあ我の和名は、高崎(タカザキ)(レイ)でいいな?」

 「覚えました。…あ、苗字と一緒だとあれだ、俺らどんな関係なんだって思われるんじゃないか?」

 

 別姓にしようかとも考えたが、それだと色々と複雑な設定になってしまう。設定を手早くまとめるには、苗字は一緒にしておいた方がいい。

 

 「…ああ、それは…結婚したっていう設定でよくないか?」

 「無理がありすぎる!」

 

 何回も言っているが、コイツの背丈は中学生とほとんど同じだ。それで俺達結婚しましたなんて言うと逮捕…というか不審な目で見られかねない。

 

 「じゃあ、お前の子供という設定ではダメか?」

 「俺独身なのにどうやって子供出来たって思われるよ!?」

 

 隠し子なんて言ってみたとしても、コイツの顔と俺の顔は全くもって似ていない。それにレンなどにそう説明してしまったら…自殺するかもな。

 

 「…むぅ、じゃあ何がいいんだ!」

 

 …まあ、それを言われると俺も悩むわけだが…。こいつの背的に言ってもやっぱり俺のこと言う設定が一番似合うんだよな…。だが、顔は全く似ていない、か…。

 

 「…よし、これでいいだろう!」

 「?」

 「俺が孤児院でお前を拾ったという設定だ。」

 「……いいだろう。本当は嫌だが、今回は仕方がない。」

 

 まあ、納得しないのもよく分かる。だが、今回に免じてそれは…まあ、仕方がないな。

 

 

 という訳で、魔王は外に出る事が出来……おっと、一つ忘れるところだった。それは、必ずやっとかなければいけないモノだ。

 

 「…魔王。」

 「今度は何だ。我は早く外に出たい。」

 

 早く外に出たいのか、魔王が体をうずうずさせている。だが、もうしばらく待ってもらわねばいけないのだよ…。

 その理由は、

 

 「服を替えろ。」

 「え?」

 

 魔王の服によるものである。こいつの服装は、漆黒のローブを全身に羽織っているいかにも魔王っていう感じの服装だ。こんな服装で外に出たら、確実に恥をかく。

 

 「…いや、この服は特別な素材でできていて、何日着てもボロボロにはならないのだが…。」

 

 趣旨を理解できてない魔王の脳味噌の幼稚さよ。魔王としてどうなんだ。

 

 「そう言う訳じゃないんだよ。このお前の服では、外に出る事が出来ない。」

 「それは本当なのか!?外にバリアなんて張られてない―—―あいたっ!」

 

 魔王の察しが悪いことに腹が立って、うっかりチョップで殴ってしまった。本当に魔王なのかどうか、このたびに疑わざるを得ない。

 

 「格好がイタイってことなんだよ!ちょっと服買ってくるから、待ってろ。」

 「…ま、待てだと!?…くそー、早く外行きたいっちゅーのに…。」

 

 俺は魔王の服を買いに、外に出た。まあこいつの場合安物の服は嫌がるだろうから、ちょっと高いのを買わなければいけないかなー…。金が…。

 

 

 10分後

 

 

 「ただいまー、買ってきたよー。」

 「むむむ、早く着せろっ!外に、外に出たい~~…。」

 

 …こ、子供だ…。映画を見るのを明日に持ち越されてうずうずしている子供と全く一緒だ…。

 

 「分かってるって、だから落ち着け。」

 

 そう言ってビニール袋から取り出したのは、水色のやや薄手のTシャツに桃色のフリルスカート。シャツは髪の色に合わせたのだが…。改めてみると、何か合わないような気がしてきた。

 

 「…こ、これを着るのか?」

 

 …まあそりゃあその反応も分かる。だがそこは、子供っぽいから仕方がないの一言で済まさせてほしい。

 

 「…き、着替える。見るなよ!背を向けてろ!」

 「別にそんなん見ても何の魅力もなグフッ!?」

 

 …おいおい、また腹パンかよ…。というか胸はぺったんこだし背丈は完全に子供だから何の魅力もないことは事実なのに…。今のは流石に解せない…。

 

 「…着替え終わったぞ。何だかこれ、着てると落ち着かないんだが…。」

 「まあそれは仕方がないな…。」

 

 何はともあれ、やっとこいつは外の世界に出る事が出来たのだ。その感情の表現は魔王にしかわからないため、一旦語り部を魔王に移しておこう。

 

 

 何か語れと言われた。別に、コイツが家を留守にしていた時も語り部をしていたような気がする。

 だが、そんなことはどうでもいい。我はやっと外の世界に出る事が出来たのだーーー!!え?フウマと初めて会う時には外に居た?違う、それは断じて違う。あの時は深夜帯だ。外の世界なんてまともに確認出来やしない。今は、昼。明るいからいいのだ。

 

 「にしても、空気が美味しいし日光の光は気持ちがいいし、これは外に出て正解だなー!!数百年ぶりにテンションが上がってきたーーー!!」

 「あまりはしゃぐな。恥ずかしい。」

 

 我は闇雲に走り出し、少し広い場所へ出る。そして、吹くそよ風、夏の暑さ、その他諸々…を体感する。現代の外がこんなに気持ちいいものだったとは知らなかった。今の人達はこれをほぼ毎日体感して居るわけか。羨ましい限りだ…。

 

 「これは新鮮で気持ちがいいな!!フウマ、ちょっとこっちへ来い!!」

 「はいはい、なんでしょうか。」

 「お前も体感してみろ、日光の気持ちよさや風の感触…!!素晴らしいと思わないか!?」

 「別に俺は会社に行くとき毎日体感してるけどな。」

 「…あぁッ、そうか!いやでも、これを何回も体感しているフウマは最早新鮮さは感じることは出来ない…。だが、私は今この新鮮さを感じ取ることが出来ているのだ!!何てことだ!今ここのフィールドは私だけの世界となっている!!」

 

 最早テンションの上り様が半端ではなく、考えだけがあたかも世界を支配した口調になってしまっている。

 

 「ちょっと落ち着けよ。じゃあ次、美味いもん食わしてやるから。」

 

 フウマも私がはしゃぎまわってるのを見てホッコリしているようだ。こいつは何だかんだ言って、時たまに失礼な時があるけど面倒見がいいやつなんだよな…。

 

 「美味いもんってなんだ?」

 「ソフトクリームだ。丁度あそこに売っている店があったはずだから、食いに行こうか。」

 「行こうか!!」

 

 我はソフトクリームたるものがどんなものかを早く知りたく、フウマに場所を教えてもらいそこに一目散へと走った。フウマは、置いていく。

 

 

 ドンッ!!

 

 「うおっとと…貴様!人間の分際をして我の走る道を退けないとはどういうことだ!?」

 

 走っている途中で人間にぶつかってしまった。その人間は恐ろしく巨体で、我が怒鳴った後に我を抱き上げ、しばらく見つめた後こう言った。

 

 「成程な。これは一発するには丁度いいや。持って帰るとするか。」

 

 言葉の意味はあまりわからなかったが、その我を舐め回すような顔と腰に地味にハジキがあったのを発見し、一瞬で背筋が凍り付いた。そして、恐怖に怖気ついて動けなくなってしまう。

 

 「…はっ、はーなーせっ!!」

 

 我は必死の抵抗を試みるが、そいつは恐ろしく強い力で我を絞めつけて一切の行動をできなくさせてしまう。

 

 「……っぁ…。」

 

 辛うじて呼吸は出来るが、あまり酸素が補給できない、これでは死んでしまうだろう…。ああもう、何たる失態だ。やはり人間は狂暴な生物なのか…。

 

 「オイ。」

 「あ?何だテメェ。」

 「そいつを離すんだ。」

 

 ―――フウマは別として。

 

 「何で見ず知らずの男にコイツを渡さなければいけないんだ?ひょっとして、父親か?」

 「ああそうだ。これ以上そいつになんかでもしたら通報するか、俺の手の下で制裁を受けるかどっちかを選ぶことになる。」

 「何を言ってるんだ?一般人の分際でよォ!!」

 「おっと、そんなこと言ってしまっていいのかい?なら制裁をしてやろう。丸出しなんだよ、弁慶の泣き所がな。」

 

 フウマはそう言い、露出している相手の脛を強く蹴る。そいつは痛みに悶絶し、我を手から離した。そしてすぐに他人の一般人に通報され、そいつは逮捕されることとなった。

 

 「…ああクソッ、やっぱり人間は最低な野郎だ!!一瞬でも信じた我が馬鹿だった…。」

 「まあ確かにそいつは最低だ。だが世の中は全員こんな奴じゃない。だから機嫌直せ。」

 「…その言葉を絶対に信じていいのか!?本当なのかそれは!?」

 「本当だ。ほら、ソフトクリーム買うぞ。」

 

 フウマはそう言った後、私の手を取って立ち上がらせた。




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外出 後

土曜日



 「…甘い…冷たい…。」

 

 魔王は、さっきから俺の買ったソフトクリームを食べてばっかりいる。これを食わせるには相当時間がかかった。何故なら…

 

 「ほら、買ってきたぞー。」

 「え?うわあああああ!!まきグソ!!白いまきグソを近づけるなあ!!!」

 「何がまきグソなんだよ!!美味いから食えよ!!」

 「いやだあああああああああああ!!!」

 

 こいつがソフトクリームのとぐろを巻いた形状を白いまきグソと勘違いしたためである。初めて見たゆえの勘違いなのだろうか?その後無理矢理食わせたら少し気に入ってくれたようだ…。なんでだろう、俺もまきグソにしか見えなくなっちゃったじゃないか。

 

 「フウマ、美味いなこれ。我を美味しいものを食わしてくれてありがとう。」

 「本当、ソフトクリームを気に入るとか魔王のくせに偽物なんじゃないかって思うなー…。」

 「……"魔王"……。」

 「美味しいものは美味しいんだ。魔王がソフトクリームを好きになって何が悪い。」

 「イメージが崩れるというか…なんというか…。」

 

 でも世の中には、パロネタを連発する魔王もいるらしいからな…。そいつと比べてまだ魔王がソフトクリーム好きなのはおかしくないか…。

 

 「じゃあさ、この後何する?」

 「じゃあ次は……。」

 「ちょーっと待ったーっ!!」

 「「…え?」

 

 突如路地裏から見知らぬ人物が現れた。赤髪に透き通るような青色の目、魔術師のような風変わりな服、そして左手には魔術の本…と書かれているノート。背丈は中学生ぐらいか。

 

 「何の用なんだ?」

 「フッフッフ、言うまでもないだろう…。俺はッ、お前を倒しに来たんだ!!」

 

 自信満々にそう言って、指さしたのは…魔王。

 

 「…!?」

 「お、おいちょっと待て。何でコイツが倒されなくちゃいけないことになるんだ?」

 「……演技しろってことか。」

 

 一先ずコイツを振り払いたくなったため、俺はコイツの正体が魔王ではない演技をする。魔王もそれを察したのか、自分も魔王じゃない演技をする。

 

 「俺は知っているんだ!数百年前、禍々しき者がこの地に降り立ったってことをな…!そして、その伝記物に書かれていた姿とお前が酷似している!逆に疑わない理由があるか!?」

 

 ……どうも胡散臭い情報だな。誰が遺したのかも分からんっちゅーのに。

 

 「じゃあ根拠は何だ根拠は!」

 「お前の名前はヘルだろう!?」

 「違う、零だ!」

 

 どうやら、確かな情報を掴んでここに来ているだろうな…。とりあえず、俺はしばらく口を出さないとするか。後は魔王の成り行きに任せる。

 

 「零?フン、そんなのどうせ仮名だろう!?バレバレなんだよ!!」

 「…なッ、フウマ、このまま隠し通すか?」

 「通せ。そのうちアイツも諦める。」

 「了解。」

 「何をこそこそ喋っているんだ!そう言えば、コイツは誰なんだ!?」

 「この人は私の義父だ!それがどうかしたのか!?」

 「…成程、しもべかと思ったが、そうではないようだな…。」

 

 そいつは独り言のようにそう言い、魔術の書と書かれている者をパラパラとめくっている。それは本当に魔術の書なのか?なんか矛盾してるぞ?

 

 「…人違いなのか?いや、だがこいつは確かに…。」

 

 あまりにも魔王が拒否するため、コイツは本当に目の前にいる奴が魔王なのか疑うようになってきた。だが残念、そいつは魔王だが、力がない為実質魔王ではない。

 

 「おいお前!!何だか知らないが、俺の娘を魔王などと抜かすのはそれ以上辞めるんだ!!」

 

 これ以上水掛け論が勃発しても仕方が無いので、俺は無理矢理この場から離れようとする。

 

 「そうだそうだ!!私は魔王ではないのに…。()()()()()()()に訴えてやろうか!?」

 

 ―――が、魔王が余計な一言を…。

 なんで消費者センターなんだよ!そこは普通保健所とかだろ!?ホラあいつも困った顔をしているじゃないか!?とか言おうとしたら、また次に相手が予想外の反応を返してきた。

 

 「…な、何だと?消費者センターは…マズい。」

 「お前も乗るなよ!!なんで消費者センターはマズいんだよ!!」

 「どうだ?消費者センターはマズいだろーう?なら、貴様は今すぐこの場から失せろ!」

 

 ……なんとか行けているようだ。結果オーライだなぁ…。消費者センターがどうマズいのか分からないが、相手は身を退きだした。

 

 「…く、クソッ、俺の名前はユウキだ!!この名前を自分の脳味噌によーく焼き付けておくんだな!次会った時は()()しないぞ!!」

 「勇者じゃなくて容赦だろクソガキー!!」

 

 俺がそう叫ぶと、ユウキとやらはさらに顔を赤らめて逃げていった。まあどうせ、アイツの方からももう会ってはこないだろうな。

 

 「ふー、にしてもどうして初対面なのに我の正体が分かったというんだ…。」

 「あいつ、情報源は不明だが本物の情報を持ってきているな。子供だと思うのにすごい奴だ。」

 

 魔王は自分の正体がばれかけていた時に冷汗をだらだらと流していたらしく、凄く疲れたようだ。

 だが、よくよく考えたらもしあいつに魔王だってばれたとしても周りの人が信じるかどうかだな…。別にアイツ自体そこまで権力はないだろうし、血眼になっていろんな人に伝えまくってもやがて揉み消されるのがオチだろうか。

 

 「…だが、あの伝記書をアイツはどうやって手に入れたんだ?」

 「そうだな…。そう言えばお前、封印される前何処に住んでいたんだ?」

 「んー、名前はよく覚えてないが、…ヨーロッパのどこかだった気がする。」

 

 ヨーロッパのどこかって…。曖昧にもほどがあるが、それは仕方ないとして…。だとしたら、コイツに色々疑問が浮かぶ。何で日本語を解せるのか、何でここに着いたのか。まあ、二番目の方は誰かが旅行の際に置いてったとかそう言う風に考えていいが、一番目の方もそこまで深く考える必要のない問題だが……やっぱ気になる。

 

 「ヨーロッパのどこかって、何でじゃあお前日本語分かるんだよ。」

 「我は魔王だ。人間のお粗末な脳ミソと一緒にしてもらわれたら困る。言語を理解するなど容易いことなのだ。」

 「……腹立つなコイツ。」

 

 どうやらもう既に魔王は全言語を理解し翻訳することが可能らしい。俺より頭が小さいっていうのに、こいつの脳細胞はどの位有能なんだ。解剖して調べたい。…冗談です。

 

 「ささ、次に向かうぞ。今度は、道中で気になったところへ行きたい。」

 「え?何だそこは?」

 「よく分からないが、"Cats Cafe"と書かれていた。」

 

 …キャッツカフェ…?そこってもしかして、猫カフェということか!?…何ということだ。俺猫アレルギーなのに…。

 

 「……じゃあ、行こうか。」

 「どうした?何か暗いぞ?」

 「い、いや何でもない。」

 

 ああああああ!!もう何でなんだ俺!!素直に言えば良いだろ!!なんで何でもないなんて言っちゃったんだよおおおおお俺!!馬鹿ーーー!!!

 

 

 「……零。」

 「何だ。」

 「すまん、一人で行ってくれないか。」

 「嫌だ。」

 「…何故。」

 「我は人間と話すのが苦手だ。その意味でも、お前が居てもらわねば困る。」

 

 …クソッ、強制的に俺が行かなければいけないのか…。なんか魔王が楽しみにしているみたいだし、今更断るなんて真似できない…。

 

 「猫カフェってどんなところなんだ?」

 「まあ、喫茶店に猫が居るって感じかな…。俺猫苦手なんだけど…。」

 「苦手ってことは別に"居ちゃいけない"ということはないだろ?」

 「…いや、苦手というk―――」

 「ホラ行くぞ。」

 

 遮らないでください…。今結構大事なこと話そうとしたんですけど…。

 

 

 結局来ちゃったよ…。今俺達はもうすでに猫カフェに入ろうと入口に差し掛かっている所。さてこっからどうするべきなのか…。

 アレルギー反応ってアレルゲンを体内に取り込むことで発生するんだっけ?なら、ずっと息を止めていれば大丈夫だな。

 ……え?ずっと息を止める…?

 

 「…猫だ!!」

 「……。」

 「凄い!猫がいっぱいいる!!これ、触ってもいいのか!?」

 「いいんですよー。」

 

 店員が優しく声をかけてくれる。俺は魔王が猫に夢中になっている間、店員にこっそろ耳打ちをする。

 

 「俺、猫アレルギーなんですけど、何か薬無いでしょうか?」

 「ええっ!?アレルギーなのに来たんですか!?…仕方ないですね。私達には如何する事も出来ませんので、どうか耐えきってください。」

 

 藁にも縋る思いで店員にアレルギーを止める薬を貰おうと思ったのだが、まずそんな人が猫カフェに来るのも予想しなかったのは当たり前で、店員は何もしてくれなかった。

 

 「モフモフだ…。おいフウマ、フウマも触ってみろ!」

 「……ぃゃ、別に…。」

 「遠慮するなって。ホラモフモフだぞ。」

 

 …く、苦しい…。モフモフなのは十分に分かったが、そろそろトイレに駆け込みたい…。そして酸素を取り込みたい…。

 

 「…じゃぁ、俺トイレ行くから……。」

 「…お、おう。何か様子が変だぞ?」

 「キにする…な…。」

 

 体内の空気を限界まで出したため、もう本当に酸素が足りない。地上なのに酸欠で死ぬ。

 

 ガチャッ!バタンッ!!

 

 「ぜー…はー…。」

 

 酸欠で動かない筋肉を無理矢理動かし、トイレに駆け込んで呼吸を繰り返す。こんな事になるぐらいだったら猫カフェ断るんだった。なんで来ちゃったんだろう本当に。

 

 「……よし、スゥゥゥッ…!!」

 

 空気を大量に吸って、酸素を大量に取り込む。これでまあ大体1分間ぐらいは大丈夫だろう。肺活が普通の人よりちょっとある方なのが救いだな…。

 

 「お、フウマ、来たか。飲み物頼んでいいか?」

 

 俺は呼吸が出来ないながら精一杯の笑顔を保ち、コクリと頷く。多分、顔は蒼白だ。

 

 「ご注文は何にいたしましょうか?」

 「えーと…。このココアってなんだ?」

 

 店員に対してため口…。これは普通の人なら許されざる話し方だぞ。店員の心が広くて助かった…。

 

 「ココアというのは、茶色く甘い飲み物です。チョコレートを溶かして牛乳に混ぜたような味がしますよ。」

 「…ふむ、成程。じゃあ、それ一杯頼む。」

 「はい。そちらの方は…大丈夫ですね。」

 

 店員がこちらに視線を向けたが、顔面蒼白になりながら何かを訴えているような笑顔を保っている俺に対して大丈夫だと判断し、台所に向かった。

 …やばい。また死にそうになっている俺。またトイレになんて行けないし…。あ、そうだ。最初からこれすればよかったじゃん。

 

 「スゥゥ…。」

 「どうした?ハンカチを口に当てて。」

 

 避難訓練でもよくやった方法だ。煙を吸わないで呼吸をするためにハンカチを口に当てて呼吸すると習ったが、まさかこんなところで使う羽目になるとは。逆にすごいな俺。

 

 「お待たせしましたー。ココアです。(自己解決しましたね…)」

 (ああ、これで大丈夫みたいです。)

 「美味いっ!?チョコのような甘さを飲み物で味わえてるだと!?この世の天国だ!!」

 

 魔王はココアを絶賛している。どうやら気に入ってくれたようだな。あまりこの世の食べ物を知らないだけに、美味しいと決めつけるハードルが低すぎるんだろう。

 

 「コラコラ、あんまり叫ぶなよー。他にお客さんもいるんだから。」

 「わはー、猫モフモフしてるー……。極楽天国ニライカナイ…。」

 

 何かコイツ、猫のせいで浄化されているような気がしてきたぞ。ニライカナイとか何故知っているんだコイツ。

 

 

 「はふーっ、楽しかったなーフウマ。」

 

 俺らは猫カフェを出た。俺がハンカチを口に当てて必死に呼吸をしている間、アイツはずっと猫と戯れてて天国に居るような穏やかな顔をしていたからな…。なんとその間2時間。最終的に猫も嫌がってしまったが、魔王の強大な力(笑)の前には猫も抵抗できないという皮肉。

 俺のアレルギー被害は、首元に出来た数個のいぼだけだった。

 

 「まあな…。ただし、しばらくの間は行かないからな。」

 「…まあ、いいか。猫アレルギーなら仕方がないからな。」

 

 ……は?

 

 「ん?ちょっと待って…。もしかして俺が猫アレルギーだってこと知ってた!?」

 「え!?本当にそうなのか!?」

 「は!?どういうこと!?」

 「お前が猫を嫌がっている時点でだいたい察しがついていたが、本当だったとは…。今のは適当に言っただけだぞ?」

 

 ……嘘!?俺の心を見透かして言ったのかと思ったら、まさかの偶然本当だったって奴か!?もしや、俺のツッコミを求めていたのかこいつは!?

 

 「…何てことだ。大体、お前も何故言わなかったんだ。」

 「いや、なんか気を遣わせたら悪いかなーって…。」

 「我に3分でカップラーメンを食わせた奴がよく言うな…。」

 

 魔王弄りは楽しい。これ重要。俺はそんなこと言われてもなんとも思いません。というか、昨日の朝食の件であんな風になっちゃったから、もう弄れねえけどな…。

 

 「まあ、外っていうのは楽しい場所だな。多少最低の人間はいるが、世の中の人間の大部分は良い人間なのか。」

 「お、分かってるじゃーんヘルくん。これで安心して外に出られるな。」

 「まあな。今日は楽しかったなー!!」

 

 魔王は、日が沈んで褐色に染まった空を見ながら、大きく背伸びをした。




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買物

日曜日



 三日前ぐらいからこの家に住んでいる魔王(♀)。そろそろこいつのせいで、あるものが枯渇してきた。それは……。

 

 「魔王。」

 「何だ。」

 「また、外出るぞ。」

 「分かった。」

 

 ―――日用品である。こいつが居候し始めてから、水道代電気代なども二倍近くかかっているが、なによりも日用品が無くなってきた。それは、ティッシュとか…まあ、それはいいとして。お風呂の素とか洗剤とかが枯渇してきた。なので、今日はそれをデパートに行って買う。

 魔王は水色の服にピンクのフリルスカートと、先日と同じ格好で出かけた。何だか、もう慣れたみたいだ。

 

 

 「おー!ここがデパートという場所かー!結構大きいな!」

 「だろ?ここには凄くいろんなものが売ってる所なんだ。」

 

 俺は車を運転し、近くにある結構大きいショッピングセンターに行く。魔王は窓から顔を覗かせ、その直立するビル群を凄く新鮮な目で見つめている。

 

 「これまた、凄い時代の進歩と言うべきものだろうか?この車と言い、街並みと言い、人類も捨てたものじゃないな。」

 「認めてもらえてよかったよ…。もうさお前、普通の人間で良くない?態々魔王なんて名乗る必要ないだろ?」

 「それは無理だ。魔王というのは、あくまで先代魔王の子孫として生まれてきたから。いわゆる、称号みたいなもので、これは絶対に捨てることは出来ない。」

 「そうなんだ。魔王って称号だったんだな。」

 

 俺は新たなる魔王のうんちくに感心しつつ、適当な駐車場で車を止めて、デパートの中に入る。

 

 

 「おー…凄く広いな、ここ…。迷ったりしないのか?」

 

 魔王は予想以上だったかはどうかわからないがデパートのその広大さに圧倒され、目をグルグルさせている。確かに、ここは広すぎるからなあ…。普通のデパートならもっと狭くてもいいんだよな…。

 

 「迷ったりはしないよ。何故なら、所々に地図があるからな!」

 「アレが地図か?凄いな、壁に絵が彫られている。」

 

 魔王は俺の指さした方向に行くと、そこの柱に案内図が書かれているのを発見した。封印される前の時代は主に紙に描かれてたりとかそんなのが多かったのか、魔王は新鮮なモノを見るような目で壁を見ている。

 

 「これ、どうやってやったんだろう?」

 「まあ…知らないな。ホラ、さっさと目的地に向かうぞ。」

 

 壁に夢中になっている魔王を呼び寄せて、エスカレーターという技術に魔王が驚きながらも向かった先は、まず服屋。

 

 「おおー、服屋か?なんだ、我の衣装をリニューアルさせてくれるのか。」

 「それもあるが、俺の服もサイズが合わなくなってきたんだ。だから、ここに来たワケよ。」

 

 そして俺らは自分がいいと思った服を選んだ。俺はあまり派手な色が好きではないので基本時に白をベースにした模様が描かれている服や、無地の服を選んだ。一方、魔王はというと…。

 

 「…本当に、それを選ぶのか?」

 「そうだっ!!」

 

 魔王が目を輝かせて俺に見せたのは、……何か、凄く禍々しい色で染められ、センターにでかでかとしゃれこうべが描かれている悪趣味な服。こういうのは、不良が着そうな服なんだが…。これを買われたらマズい。この場を切り抜けよう。…よし。

 

 「…まずこの服のどこがいいのか、説明してくれ。」

 「分かった!まず、この禍々しそうな紫…いや、ちょっと黒が混ざっているな。いや…青か?この青紫の色が我のストライクゾーンにクリーンヒットしてだな。あと何といってもこのドクロだ!!これがカッコいいと思わんのかフウマ!?…あれ?」

 

 魔王が夢中になって話している隙に、俺は会計を素早く終わらせる。あんな服高くて買いたくないし、まずこいつの趣味に合わせていたら俺の人生が変な方向に突っ走ってしまうからな…。

 我に返った魔王は妙に大人しく、しょぼんとした表情でこちらに向かってきた。

 

 「何だ、今日はやけに素直だな。」

 「いや、まあな。強ばかりは我も貴様を振り回すわけにはいかないと思ってだな…。」

 「気遣いどうも。だが、お前はそのままでいい気がする。素直だとどうも落ち着かん。」

 「じゃああの服を買ってくれないk―――」

 「ダ メ で す 。」

 

 …まあ、何か自分でも言っている事がおかしくなっている気がした。だが、魔王はそのままでいい。これは本当だ。言うなれば、それを止めるのが俺か。

 

 「…むー…。まあいい。今度は、私の行きたい所に連れていって欲しい。」

 「何だ。また碌なもんじゃないだろうな。」

 「例えば、凶器屋とか…。」

 「だからお前の時代残酷すぎだって!まずあそこで何を買うんだよ!?」

 

 職業の事と言い、人間の性格と言い、凶器屋といい、魔王の生きていた時代は残酷の極みだな…。俺もその時代に生まれなくてよかった。本当に。

 あの時に話を戻すと、一応接客業はあったみたいだが、物騒なモノを売っているがゆえにあまり平和じゃなかったんだな…。

 

 「じゃあ、ただの武器屋はあるのか?」

 「それも無えよ!」

 「えー…?じゃあ、何があるんだ?」

 

 …何があるかと聞かれても、色んなものがありすぎてまず何から言えば良いのかが分からない。まあ大体お店とレストランとゲーセンに別れるがな。

 そうだ。俺の巧妙な話術でコイツを俺の行きたい所に連れて行ってやろう。

 

 「何があるって言われても、そりゃあ電化製品などが置いてある店が結構あるな。例えば、ビックカメラとかヤマダ電機とか。」

 

 巧妙な話術と言っても、本当にここのデパートは大規模で、電化製品店がここの4階を全部占めている。

 

 「電化製品店か?我はそこにはあんまり興味はないのだが…。」

 「行ってみれば?もしかしたら、結構面白いものがあるかもしれないぞ?」

 「…まあここ、我が行きたい店は一つもなさそうだしな。行ってみるとするか…。」

 

 語り部:魔王

 

 ―――電化製品店…もとい、ビックカメラという場所に着いた。壁や床は殆ど白で統一されており、我が全然見たこともない電化製品と言われるものが棚に並んでいる…。

 

 「…これは、それぞれどんな時に使われるものなんだろうか…。」

 「それぞれ独自の使い方があるんだよ。ちなみに、テレビも電化製品だ。」

 「テレビ?…ああ、あの薄い奴か。」

 「そうそう。アレ薄型だけど結構古いデザインだし、新調しようと思ってな。」

 「金は大丈夫か?」

 

 噂によると、テレビ…いや、あのような家具はかなり高額だと聞く。

 

 「大丈夫。銀行で下してきたから余裕はある。とりあえず、5万くらい。」

 

 フウマはそう言うと、我に財布を渡す。確認しろというのか。見てみたら、確かに5万以上は入っていた。

 

 「とりあえず銀行で下した額の半分でテレビを買い、残りは他の安い電化製品や日用品を買うつもりだ。」

 

 普段はガサツな印象だが、コイツも計画はちゃんと練ってここに来ているんだな。

 

 「じゃあとりあえず、さっさと買おう。フウマ、神速を使って高速で買い物をするんだ。」

 「人が多すぎて使えねえよ…。誰かにぶつかるかもしれないじゃないか。」

 「…そうか。なら歩くしかないな…。」

 

 正直言って、歩くのは面倒臭い。だが、フウマに昨日運動不足だと言われたので歩かなければいけないのも事実だ。だが、面倒臭いものは面倒臭い。やっぱりフウマの神速を使って一瞬で買い物を終わらせたいものだ。それが出来ないとは残念極まる。

 

 「じゃあ、早速テレビを買いに行くか。」

 「分かっ―—―」

 

 我がそう言おうとしたら、突如として特異な臭いがした。それは、昔ならまだ別だが、いまこの現代では殆ど嗅ぐことのない、"アレ"…―――

 

 ―――火薬である。

 

 火薬のにおいがした方へ振り向いてみると、何かサングラスを掛けて黒いヘルメットをかぶり、軍隊的な服を着た男性が複数いた。なにか大きいバッグを背負っており、何かを計画しているような話しぶりをしている。

 

 「な、なあフウマ…。」

 

 我は緊迫した顔でフウマの肩を叩く。

 

 「何だ?」

 「何やらあの連中、不穏な空気がするのだが…。」

 「え?まあここ、人口も多い街だしな。ちょっとくらいあんな服装が居てもおかしくないだろう?」

 「…だが、一瞬火薬のにおいが…。」

 「気の所為じゃないのか?言霊になるぞ。」

 

 フウマはどうやら信じていないようだ…。だがよく考えてみれば、ここの出入り口は一つしかないし、テロリズムも起きやすい場所だな…。クソ、これは少し警戒した方がよさそうだ…。

 

 「えーと?ここを右に行ったら…あったあった。テレビコーナー。」

 

 我らはテレビが置いてある場所に着き、どれが一番いいのかを見極める。値段も手ごろで、尚且つ画質が良かったりするものを…。そして、そこら辺をうろついている従業員を呼び、それを購入しようとしたら…。

 

 バンッ!!

 

 ―――辺り一帯に銃声が鳴り響いたのである。

 ここにいた客は突如としての銃声に何事だと戸惑い、混乱する。

 

 「静かにしろお前ら!これは、絶対の命令だ!そして、これから言う事に従え!!」

 

 次に辺り一帯に響き渡るような大声で、ついさっき見た男性のリーダー格の一人がそう言う。

 

 「…やっぱり、そうだったのか…。」

 「……マジかよ……夢か?」

 

 何となく予想はしていたのだが、まさか本当に起きるとは思わなかった。フウマは、この空間が現世か否かすらも分からなくなってきているようだ…。

 リーダー格の男性の一人に銃で脅迫された従業員の一人は、店内の少ない入り口のシャッターを全部下げる。それを確認した一人は、客を全員集め、手足をテープで縛る。勿論、それは我らも対象外ではない。

 

 「……オラ、さっさと手ェ出せよ!!」

 「ま、待て。そのまえに、一つ聞きたいことがある…。」

 「一体なんだ?」

 

 フウマが一つ、質問をする。

 

 「なぜこんな事をするんだ?金目的か?それとも、()()()()()()()()()()()()()()が欲しいのか?」

 「……。」

 

 テロリストの一人は、何も答えずに我らの手足を縛った。

 

 

 やがて我ら人質は、全員一か所に集められた。シャッターからは、ドンドンと音が聞こえる。中には、警察や一般人の声も…。

 

 「お、これは丁度がいい…。」

 

 テロリストのリーダー格の人が、忙しなく叩く音を鳴らすシャッターに向かって怒鳴る。

 

 「おいお前らッ!!」

 「ひっ!?」

 「お前ら今直ぐ今言う事を聞け。そしてそれを誰かこのデパートの代表者に伝えろ。"今、ここは我々が制圧した。人質もいる。そして、我々の要求に従い、今から2時間以内に金を1000万出せ。もしできなければ、このデパートに仕掛けた爆弾が全て一気に爆発する"とな。」

 「!?」

 

 いつの間にそんなのが仕掛けられていたのか。という事は、今人質はビックカメラだけだが、実質的にはデパート全体が人質に取られたようなものなのか…。しかも、1000万って何なんだ一体。多すぎるだろう。せめて、800万ぐらいには出来なかったのか?

 …まあ、そんなことはどうでもいいか。

 

 「まあ、逃げようとしても無駄だ。全ての出入り口に俺の仲間を置いているし、誰かが逃げようとしたら即座に俺の手に持っているリモコンでデパートが爆破される。」

 「お、おいちょっと待て、お前の命はどうでもいいのか?」

 

 自慢げに話すテロリストに、人質の一人が質問を問いかける。

 

 「ああ、それは大丈夫だ。ここは階数も低いしな。すぐ逃げることも出来るさ。」

 「…大体なんで、こんな事をするのよ?」

 「そんなの、お前らが知って何になるんだ。確かに金目当てではあるが、それを知ったって何も変わらないだろう?」

 

 そんなやり取りをしていると、デパート全体にアナウンスが流れ始める。それは、我らが人質に取られ、テロリストから金目的の要求をされていると言うもの。要するに、デパートが人質に取られたという報告のアナウンスだった。

 

 「お、ちゃんと誰かが伝えておいてくれたらしいな…。どうするか?追加ルールで、30分ごとに人を殺すっていうのはどうだ?」

 「イイっすねそれ!」

 

 余裕があるテロリストたちは、おふざけなのか分からないがそんなサラッと物騒な会話をしている。これには、さすがの我でも腹が立つ。これまで数多の人間を魔法で殺していたこの我でも。

 

 「……?」

 

 突然、拘束されている手のテープが解かれたような感触がした。後ろを振り向いてみると、そこには…。

 

 「…!?」

 

 赤い髪に蒼い眼、そして、中学生ぐらいの容姿…。それは紛れもない、ユーキだった。あの、昨日会った、我の正体を掴んでいる奴だ。

 

 「…何でここに!?」

 「俺は知っているぞ。お前らの行動も全てな。そして、お前らに付いていったらこの有様だ。」

 

 ……。

 お前らの行動も全てって…。それは、ストーカー行為だぞ…?

 

 「何で拘束が解けたんだ?」

 「おっと、拘束されているフリをしとけ。ばれたらマズいからな。」

 

 我は気づき、慌ててテープを手首にかるーく巻き付けておき、拘束されているように見せる。

 

 「で、何で解けたんだと聞いている。」

 「まあ、俺は手にサバイバルナイフを持っているからな。なんとかそれをポケットから取り出し、解くことに成功したんだ。」

 

 ユウキはそう言い、こっそりポケットからそれと言われるものを取り出す。

 

 「おい、フウマ。」

 

 我はフウマに小声で話しかける。

 

 「?」

 「ユウキだ。覚えてるよな?」

 「…あ、お前…!」

 

 フウマはユウキの姿を確認した途端に驚いた顔になる。そりゃそうだ、まさかこんな状況で再び会うなんて誰も予想しないだろうな。

 

 「とりあえず、拘束を解く。だが、拘束されているフリはしろよ?」

 「…分かった。」

 

 フウマを拘束しているテープがナイフによって切れる。後は、こいつらをどうやって鎮めるか…だが…。まるで方法が思いつかない。

 

 「…まず状況から把握しよう。」とフウマ。

 

 テロリストは全員で4人ほど。全員フリーダムで、時たまに人質を監視するが、やっぱり話している時が多い。話している隙を見つけ出してテロリストを倒せればいいのだが…。

 

 「…あいつらの武装…、あの銃本物だな…。」とユウキ。

 

 我には偽物か見分けがつかないが、ユウキが多分そう言うならそうなんだろう。根拠は特にないが。という事は、その気になれば人を殺すことは可能って訳か…。

 ……ちょっと待てよ?もしかして、さっきの"30分ごとに人を殺す"ってルール可決してないか!?

 

 「おい二人とも!?アレ、何か適用されてるぞ!?」

 「は!?マジかよ…。おっと!」

 

 テロリストの一人が我らの不審な行動に気づいたらしく、見張りに来た。我らはそれに気付いてすぐ、大人しくする。だが、拘束がされてない今、その気になればここで暴れることは可能だ。

 

 「はーい、30分経過。という事で、誰か一人を殺しまーす。」

 

 ……ヤバい。これで死者は出来るだけ出したくないのだが…。

 

 「おいお前、立て!!」

 「……。」

 「…あ。」

 

 …ハハハ。テロリストも不運だな…。なんでフウマを選んじゃったんだろうなー…。アイツ、神速使えるからすぐに逃げれるぞ?とは、もちろん言わないでおく。

 

 「こいつが死ぬ5秒前。4…3…2…1…。」

 「今だッ!!」

 「ゼr…!?」

 

 フウマはテロリストの0と言うタイミングを見極め、鳩尾を肘で強く打つ。

 テロリストは悶絶し、衝撃で銃を上に動かし、天井を撃った。運悪くその弾は真上にぶら下がっている照明器具に当たり、フウマを殺そうとしていたテロリストに落ち、動けなくさせる。

 

 「ぐおッ!?」

 

 そして、それを再び見たフウマは、神速を使い、とんでもない速さで残りのテロリストの目を欺く。態々0に合わせた理由は、テロリストの油断した隙に動く方が一番安全だからだろう。

 

 「き、貴様止まれ!!」

 

 テロリストが銃を向け、乱射するが、それはフウマに当たることは一切無く…。

 

 「…失礼。」

 「がッ!?」

 

 我とユウキはテロリストがフウマを撃つのに夢中になっていた隙を見つけ出し、テロリストの足を掴み、咄嗟に手前に引っ張る。急に足を取られたテロリストは転び、我とユウキはテロリストの持っている銃をはぎ取り、いざと言う時に撃てるようにする。これで、二人の鎮静化は成功。

 ……え?何でユウキまで?

 

 「き、貴様らー…!!」

 

 残った一人が我らに向かって銃を向ける。その後ろからフウマが迫っていた事も気がつかずに…。

 

 語り部:フウマ

 

 「ふー、やっと終わったー…。」

 

 俺らは一気に背伸びをして、デパートを出る。

 あの後はそこまで何も起きなかった。俺が残り一人のテロリストの後頭部を強く叩いて失神させたとき、タイミングが丁度良すぎるというべきか窓からサツが侵入してきたのだから。テロリストも、窓の監視はしていなかったようだな。

 

 「テロリストは逮捕されたし被害も少なく済んだからよかったけど…。疲れた…。」

 

 魔王は運動不足の体を無理矢理動かしたせいで凄く疲労がたまっているようだ。

 ちなみに、俺らがテロリストを鎮めたっていう事はばらすなと警察と人質に言っておいた。これのせいでなんか有名人みたいになっても嫌だからな。

 

 「そういえば、爆弾は?」

 「あー、あれか?もうテロリストが口を割って全部位置を話したからすぐ解体作業に取り掛かるとよ。」

 「そうなんだ。良かった…。」

 「それよりも、アイツだよアイツ。」

 「アイツ?ユウキの事か?」

 「そうだよ。何かアイツ……何と言うか……不思議だよな。」

 「まあな。」

 「何でお前の正体を知っているのか。」

 「だな。」

 「何でお前をストーカーしているのか。」

 「今はいないがな。」

 「いろいろと謎なんだよな……。」

 

 ちなみに肝心のユウキは今此処にはいない。何故か、テロリストが逮捕されたあと忽然といなくなってしまったのだ。

 

 「まあいいか。今日の晩飯はハンバーグにしよう。」

 

 これ以上考えても仕様がないので、話題を切り替える。

 

 「ハンバーグ?」

 「ん、知らないか…。ホラあれだ。肉の塊。」

 「肉の塊か?知らないが…おいしそうだな。牛カルビ弁当と似たようなものか?」

 「それとはちょっと違うな。肉を細かくした奴を固めて焼くんだ。」

 「美味そうだな!よし、食べようじゃないか!」

 

 俺らは、駐車場に泊めてある車へと向かった。

 

 

 「我が家に到着!早速晩飯を作るのだ!」

 「…ここお前の家じゃないけどな。」

 

 俺は手洗いを高速で済ませて材料を用意し、料理を開始する。10分後したら、完成。今日は魔王も腹を限界まで空かせているようだし、急いで作らないといけないな。

 

 「フウマ。」

 

 魔王が台所に入ってきた。

 

 「何だ。あともう少しでできるから待ってろ。」

 「いや、違う。その料理、我にも手伝わさせてくれないか?」

 「え、ああ、まあ…別にいいが、後は焼くだけだぞ?」

 「いや、別にいい。フウマばっかり労働させると申し訳ない気分になるのでな。」

 

 魔王はそう言って、ガスコンロの前に立つ。そして、今まさに焼かれようとしているハンバーグをじーっと見つめている。

 

 「……教えてやろうか?」

 「余計なお世話だ!今ちょっと、やり方を考えているんだ…。」

 

 ……失敗しないことを祈るとするか。

 

 魔王は、どうやら火の付け方が分からないでいるようだ。なぜ、何故つまみに気付かないのか。それとも普通気が付かないのか?

 

 「……フウマ。ちょっと木材と棒持ってきてくれ。」

 「そんな原始的なやり方じゃなくてもいいんだがな!?」

 「じゃあどうやってやるんだ?」

 「…気づかないのかな。ここにつまみがあるだろう。」

 

 俺はガスコンロの下にあるつまみを回し、火を付けた。魔王は火を付ける方法が自分のすぐ傍にあったことに気が付かず、少し顔を赤らめる。

 

 「……こんな所に……。」

 「じゃあ今度は自分でつけてみろ。中火と強火の間で3分ぐらいだぞ。」

 「中火と強火の間で3分な…。えいっ!」

 

 魔王はつまみを回した。これで火が付いた……強すぎる程に……。

 

 「ぎゃああああこれ完全なる強火じゃねぇか!?焦げる焦げるーーーーッ!!??」

 

 俺は慌ててつまみを限界まで回し、消火する。

 

 「…強すぎたか?」

 「うむ。強い!もう少し弱めろ!」

 「分かった。」

 

 魔王は再びつまみを回し、今度は丁度いい具合に中火と強火の間に火加減を調整する……という事をしないで、またつまみを強火の所まで回した。

 

 「話聞いてたのか!?」

 「よし、後は…。」

 「聞けよッ!!なんでコップ持ってるんだよ!?何で水入れてんだよ!!焦げるって焦げるーーー!!」

 「……よし、準備完了。」

 

 魔王は水を入れたコップをガスコンロの真上でひっくり返そうとする。

 

 「や、ヤメロオオオオォォォォォォッ!!!」

 

 阿鼻叫喚。

 駄目だコイツ。こいつに料理をさせたらヤバいような気がしてきた。確実に大惨事になる。

 

 「もう俺が全部やるからお前は待ってろ。」

 「…わ、分かった…。何だ、才能が無いとでも言いたいのか?」

 「才能が無いというより、どっちかと言うと一から教えた方がいいかもしれないな。」

 

 魔王は渋々その場を離れ、再びテーブルの椅子に着席する。俺は濡れ鼠になったガスコンロを雑巾で拭いた後、再び調理を再開する。

 数十分後、ハンバーグ完成。一回魔王に手伝いの名を借りた邪魔をされたものの、何とか完成できた。我ながら、かなりいい出来だな。

 

 「ほい、完成ー。」

 「待ちくたびれたぞ、フウマ。何故もう少し早く準備できない。」

 「お前が邪魔するからだよッ!!」

 「邪魔してない。あれは手伝いだって言っただろう?」

 「……。」

 

 いや、アレは確かに邪魔をされた。手伝いなんてそんな優しいものではない。やったことと言えば、ただガスコンロを濡らしただけだ。それを邪魔だったと自覚していないとは……ある意味魔王だな。

 

 「さーて、食うとしますか。今回は、箸で食えよ?」

 「…箸か…。ナイフとフォークはないのか?」

 「それステーキだろうが。」

 

 俺はもう慣れてしまった魔王の天然ボケに対して華麗に突っ込み、箸を渡す。

 

 「頂きまーす。」

 「…頂く。はむ…。」

 「どうだ?美味いか?」

 

 俺はハンバーグを口にした魔王をまじまじと見つめながら、そう問いかける。今日の味には物凄く自信があるのだ。

 

 「……ごくん。」

 

 やがて魔王は口の中で細かく砕いたハンバーグを飲み込み、一つため息。そして俺に対してこう言った。

 

 「美味しい。」

 

 それは、昨日も一昨日も聞いた感想だ。だが、いつもならそれを叫びながら言う。しかし今回は、無我の境地に達したかのような真顔で俺にそう言った。

 

 「美味しいのか?それは本当なのか?」

 

 いつもとは違うその反応に、俺は思わず顔をしかめてそう言ってしまう。

 

 「本当だ。紛れもなく本当だ。一体何なのだこの美味さは?噛めば噛むほど肉汁が溢れ出てくるぞ?おまけに、この玉ねぎの香ばしさがハンバーグの美味しさを倍増させてくれている。これ以上美味しいものはあるのか?」

 

 ……完全に今の発言は食レポのそれと一緒だな…。こいつ口はよく回るから食レポ番組のレギュラーにでも出演したら大ブレイクしそうだな。

 

 「…だが今回はやけに落ち着いてるな。なんだ、喜ぶのが馬鹿らしくなるほどおいしいってことか?」

 「うん。」

 「そうか。それは良かった。」

 

 俺はそう言った後、自分もハンバーグを口に運ぶ。

 

 「………。」

 「美味いだろう?」

 「………。」

 

 ハンバーグを細かくかみ砕き、飲み込む。そして、俺の最初の感想。

 

 「美味いなこれ。」

 「だろ?美味いだろう?」

 「うん。すごい美味い。これが自分で作ったモノなのかって疑うほどに。」

 「だろう?」

 「……。」

 「……。」

 

 暫しの沈黙。

 

 「…ぷっ。」

 

 皆は経験したことがあるだろうか?お互いに顔を合わせてそのまま喋らないでいると、どんどんと笑いが込み上げてくるのを。

 俺らは、今まさにその状況だった。

 

 「…はははっ。何だこれ、凄い美味いぞ!?」

 「何だフウマ!?それ自分で造ったやつだろう?」

 「美味い!!チョー美味い!!」

 「変な奴だなー…美味いッ!!

 

 魔王は笑いながらハンバーグを口に運び、そう叫ぶ。

 そのままお互いに笑いながら時が過ぎた後、俺は有ることを思い出した。

 

 「そうだ魔王!お前、酒知ってるかい?」

 「酒か?なんだなんだ。飲ませようってんのか?」

 「飲めるのか?」

 「飲めるとも!!酒クレー酒ぃ!!」

 

 なんだか、もう酔っているようなテンションだが、そんなことはどうでもいい。今の俺らは、ハンバーグの味に酔っているようなものなのだから。

 俺は冷蔵庫から酒を取り出し、魔王に投げ渡す。

 

 「酒だー!!久々の酒だー!!うっへへー、飲むぞ飲むぞー!!」

 「何だ何だ、もう酔っているような口ぶりだなあ。」

 「ゴクゴク……。美味い!!お前も飲め!!」

 「言われなくとも飲みますとも!!」

 

 その後、酒を飲んで宴会のようなテンションになった二人が物凄い近所迷惑になったことは、また別の機会にお話しするとしよう。




今回なんか色々と酷い仕上がりだな。まず超展開。色々といつもよりひどい駄文。後半あたりは謎テンションで書いたからヤバいことになっている。なんか10000文字も書いてるし、俺もう寝ます。

途中から見ている方は、第1話も是非! ここ


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悪夢編
不信


活動報告で予告した通り、笑える要素は最初の所のわずかしかないドシリアス回です。

…この場をお借りして、なぜ更新が遅れたかを箇条書きで説明いたしましょう。

・途中で文章データが吹っ飛んだ。自動保存もされず1000文字が無駄に。
・ネタが長らく思いつかなかった。思いついても書くまでに時間がかかった。
・小説を書いている途中で私のお婆ちゃんが危篤になり、そのまま死去。葬式の準備で小説を書くどころではなかった。
・掛け持ちしちゃった(∀`*ゞ)テヘッ

主に更新できなかった理由は3番目ですね。本当に、人生に関わる出来事でした。
4番目は、殺されてもおかしくはない。本当に申し訳ない。


 「うぃーっす、じゃーおやすみー。」

 「お休み、フウマ。今度も我はソファで寝るのか。まあ、別に良いがな。」

 

 

 ほんの数時間前。我はフウマと一緒に車を運転していた。先日日用品を買いにデパートに行った時、買い物が途中のまま帰ってしまい、全部買うことが出来なかったからだ。

 

 「フウマのドジが。何で買い忘れるのかね?」

 

 今日は天気が悪い。土砂降りの雨のせいで前が見辛いし、この車の湿度も高すぎて暑い。噂によると、今此処には台風が来ているらしいのだ。

 

 「そりゃあ、あんなテロリズムに遭っちゃったら他の事なんで頭から抜けるさ。」

 

 だがこんな天気の中運転するフウマも中々だ。

 

 「そんなん知らん。だが、いったい何を買ってないんだ?」

 「ティッシュだ。」

 「そんなん要らなくないか!?」

 「何だと?ティッシュペーパーが無いことは死活問題なんだぞ?いいもん、俺だけ買うもん。」

 「いや、そう言う問題じゃ無くてだな…。」

 

 問題は、ティッシュの買う場所だ。何故、コンビニなどではなく態々あのデパートまで向かうのだろうか?理由を聞いてみると、『あそこでは鼻セレブが買えるから』だそうだ。鼻セレブとはよく分からないが、ティッシュの銘柄だと思われる。。

 その後適当に雑談でもして暴風雨の中の退屈な時間をどうにか過ごそうと考えたが、途中からは特に何も思いつかなくなった。気のせいかもしれないが、なんだか今回の車は妙に長い気がする。いつもは30分ぐらいで着くのに、今はもう30分もたってそうだがデパートまで半分も到達していない。きっと、体内時計が狂っているのだろうな。

 

 「デパートまではまだなのか?」

 「もう少しで着くはずなんだがな…。何だろう、道に迷ったのか?」

 

 …うん。これは確実に道に迷ったのかもしれない。暗いし台風が来ているせいもあるが、周りの景色が何だか前回のルートとは違う事は分かった。

 

 「なあ、これいつ着くんだよ?」

 

 そろそろ時間が結構経つが、まだ着きそうな気配を見せない。それどころか、見たこともない所だ。豪雨のせいで難視気味だが、多分ここは道路ではなく、獣道だ…。

 

 「そのうち着くって。気長に待ってろよ。」

 

 フウマもそう言っているが、多分自分自体も少し迷っているんだと思う。同じところを行き来している気さえするのだ。

 

 「……さっきもう少しで着くって言ってたんだけどなぁ。」

 「…うーむ、暴風雨のせいでよく見えないのか…何処かで道を間違ったのか…。」

 

 最近思うが、フウマはよく自分の失敗を棚に上げて他人のせいにする、悪い癖がある。お節介かもしれないが、そのことを話題にしてこの退屈な時間を消化するか…。

 

 「なあフウマ。お前ってさ、何か知らんが自分の失敗を自分のせいって考えないよな。」

 「なんだい急に。確かにそれは自分でも自覚しているが、何で今その話を?」

 「(自覚はしているんだな…。)いやね。ちょっとこの暇な時間でも潰そうかなって。」

 「…まあいい。それでさ、さっきも自分が道を間違えたのは暴風雨の所為って言っていたし、お前がこっそりつけている日記も読んでみたら『苛立ちのせいで壺を割った』と書いてあったじゃないか。なんで、自分の所為とは考えないんだ?」

 

 そのような事を言ってみたら、予想していた言葉と反し意外な言葉が返ってきた。

 

 「ちょっ…ちょっと待て!?お前、俺の日記読んでいるのかッ!?」

 

 フウマは焦り、もう一度我に問いかける。一瞬我は戸惑ったが、直ぐに察した。アレは多分、勝手に読んではいけない日記なのだと。

 

 「…あ、まあ…。読んじゃいけない奴だったか?」

 「読んじゃいけない…どころか、あれ勝手に読んではいけないって表紙に書いてなかったか!?」

 

 え、そんなのは知らないぞ。あれはただのノートだ。そんなこと、我の記憶が確かなら書いてなかったはず。

 

 「そんなのが書いてあったら我も読まないぞ。また思い込みかドジフウマ。」

 「いや、絶対に書いてあったはずだ。何だろう、そのまま忘れて寝てしまったのか…。」

 「! ほら、またうっかり屋さんアピールをしてる。男らしくないぞ。」

 「何だと?だったら、泣きながら俺に抱き着いた輩はどこの誰だ?」

 「…うぐっ!!」

 

 正直言って、アレは後悔している。ちょっとした気の迷いなのだが、気分が感情的になったのだろう。うん。その後はよく覚えてない。

 

 「大体、なんでそんなもの読んだんだよ。」

 「そんなの暇だったからに決まっている。」

 「お前はいつもそうだ!何でもかんでも勢いだけで行動して、少しは他人の気持ち考えたことはあるのか!?」

 

 フウマは車を何処かに止めて、我に怒鳴りつけてきた。その言葉に我は少しだけ腹が立ち、反論する。

 

 「勢いだけで行動してるわけじゃないぞ!?あの日記だって読んじゃいけないだなんて知らなかったから我は悪くない!!」

 「ッるせぇよテメェ!!自分に非がある事を認めずに口答えするな愚図!!」

 「愚図はそっちだろう!?今の言葉をそっくりそのまま返してもらうが、自分の失敗だって認めたがらない奴は嫌われるんだぞ!?」

 「お前に嫌われるなら本望だよ!さっさと車から出てけ!!」

 

 ……。

 今日のフウマは何か可笑しい。まだかかわりあってから一週間ほどしか経ってないから説得力はないが、何かとすぐにマジギレしてしまう性格になっているようだ。こんなの、フウマじゃない、別の誰かだ。そうに決まっている。

 

 「……。」

 「何をジロジロ見てるんだ畜生、早く車から出てけよッ!!」

 「嫌だッ!!」

 「……チッ。」

 

 ガシッ!!

 

 「!?」

 

 フウマは我の事を心底嫌そうな目で見た後、車から降りて後部座席のドアを開けた後、徐に私を外に出そうとした。腕を掴んで、凄い力で引っ張られる。

 

 「…やっ、やめ…!」

 「もうお前とは縁を切ってやるッ!!一生地べたに這いつくばってればいいッ!!」

 「…!!」

 

 もはや、言い返す暇さえ与えてくれない。フウマはとんでもない形相で私を車から追い出し、そのままドアを閉めてエンジンを掛けようとする。

 

 「…ま、待って!!今のは我が悪かったって!!お願い!!ここで放置されたら私何をすればいいのか…!!」

 

 我はそう叫び運転席のガラスをどんどんと叩く。だが、それでもフウマは反応を示さない。だが、何度か同じことを繰り返してるうち、フウマが窓を開けて、こう言った。

 

 「ほざけ。俺はもう一生お前とは付き合わん。大体、俺は一人が好きだった。何でお前と同棲する羽目になったんだろうな。ま、いいか。じゃあな魔王。」

 

 フウマはそう言って窓を閉めようとする。

 

 「……我の知っているフウマはこんな奴じゃないッ!!!」

 

 気が付けば我は、そう叫んでいた。

 …その発言は十分変だという事は自覚している。だがどうにも違和感しかないのだ。いや、分かりやすく言うとこれまでのフウマの言動が矛盾しているのだ。

 なぜ自分が悪いって思わないのか。

 なぜこんなに冷酷なのか。

 なぜ我が悪いという方向になるのか。

 なぜこんなに優しくないのか。

 そもそも我が封印から解放されたのはフウマの所為だ。なのに、我は今そのフウマに見捨てられようとしている。これはあまりにも理不尽だ。何故だ?我が魔王になったからという因果か?

 …考えていても仕方がない。今は、()()のフウマを呼び戻すか。

 

 「今日のフウマはあまりにも可笑しい、可笑しすぎる!!なんで我がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!?大体、私の知っているフウマはこんな冷酷な奴じゃないッ!!本物のフウマは何処だ、何処にいる!?教えろ偽物ッ!!!」

 「……一生そうやって叫んでろ。そして力尽きて死ねばいい。」

 「……!?………!!?」

 

 今のはどう考えてもフウマが言うような言葉じゃない。勝手なイメージかもしれないが、フウマは優しい奴だったはずだ。なのに、どうしてこんなことを言うんだ…?しかも、今の発言に全くの嫌悪を見せなかった。こんな事ってあるのか…?

 …ともかく…。結局、必死の叫びは届くことはなかった。フウマはショックを受けた我をそのまま放って窓を閉めて、そのまま走り出した。

 

 「…!!―――――ッ!!」

 

 我の走って追いかけたが、どう考えても我の足の速さでは車に追いつけるはずがない。フウマの車はそのまま道の彼方に消え去ってしまった。

 

 「…ま、待って…キャッ!!」

 

 外は土砂降りだ。獣道を走っていたため降ろされたところの地面は土だ。雨水のせいで地面がぬかるんで、それに足を取られて転んでしまった。

 

 「…い、痛ッ……。」

 

 瞬間、右足に激痛が走る。自分の足を見てみると、右足の脛の部分がどす黒く腫れていた。

 

 「…う、うぁぁ…フウマ……お父さん……。」

 

 もう、走れない。足が痛い為、走ることが出来ない。今我は、過度な激痛に耐えながらただ呻く事しかできなかった。

 

 「……ぁ……うぅ…。」

 

 なんでだろう。だんだん視界がぼやけて見える。それに、なんだか…眠い。ああ、足の感覚がなくなってきた。もう痛みが無い。なんか足全体の色が見事に変色しているが、そんなことはどうでもいい。今、我はなんだか清々しい気分だ。もう直ぐで、楽になれる気がする…。

 

 

 「……?」

 

 ……どこなんだここは、周りが真っ暗だ…。何で我はこんなところで…寝て……。

 え?我は確か……フウマに見捨てられて……それで…足が…痛くない?それに何だか…酒の匂いが…。寝てたのは…ソファ?という事は、ここはフウマの家?

 

 「……フウマ?」

 

 状況を整理しなければ。まず、ここはフウマの家だ。そして、暗いのは…。部屋に電気がついてないからだろう。まず電気をつけなければ、まともに状況を把握できない。

 

 パチッ

 

 「……。」

 

 ここはリビングのようだ。テーブルには、汚れている食器といくつか空っぽになった酒瓶…。思い出した。我は昨日…フウマと酒を飲みまくって…その後寝たんだったっけな。

 

 「…うっ…。」

 

 思い出したと同時に気が付いたが、先ほどから頭が痛い。どうやらこれが俗に言う二日酔いとかいう奴なのか。

 

 「…時間は…。」

 

 時計を確認する。どうやら午前の2時半のようだ。随分と中途半端な時間に目が覚めてしまった。寝ようにも目が冴えてしまいもう寝れないし…。

 ……テレビを見て、眠くなるのを待つか。

 

 ザアアアァァーッッ……

 

 「うわっ!?」

 

 ビックリした。何なんだこの画面は。普通のチャンネルの筈なのに何か画面がおかしいぞ…?絶え間なく灰色と白と黒の点が錯乱している…?ヤバい、音が五月蝿い。電源を消さないと。

 

 …よし、消えた。…クソッ、今の音のせいでかえって目が覚めてしまったようだ。これじゃあますます寝れないだろう。

 ………そういえば、あれは何なんだ一体…。夢だってことはわかっているが妙に鮮明に記憶が残っている…。あんな悪夢が記憶に残ってるとか一種の恐怖だな。

 …。一応、フウマの様子を確認しておこう…。アイツが夢の中の性格のままだったら…。という不安が脳裏を(よぎ)ったからだ。

 

 …ん?あれ?部屋の電気がついている…。妙だな。まさか2時半までずっと起きて…。そんなわけない。きっと、明かりを消し忘れたてそのまま寝たんだろう。いや、別に2時半まで起きていたことを不安として捉えたわけではないが、さっきの悪夢もあったから…。

 

 ガチャリ

 

 「…ん、何だ魔王。こんな時間に。」

 「…!?」

 

 ドアを開けると、フウマが起きていた。別にもう夢の中じゃあるまいし、性格も冷酷じゃない筈なのだが、何故か我はフウマに対して恐怖心を抱いていた。

 

 「…お、おい魔王?」

 「…そ、そうだ。夢の中のフウマじゃない。そんな酷い性格じゃない筈だ。怖くない恐くないこわくないコワくない…。」

 「??? …こ、怖くないってなんだ?」

 

 いったん恐怖心を落ち着かせて、フウマに話しかける。

 

 「…お前は、いつもの…フウマだよな?」

 「は?」

 

 

 

 「そうか、そんな夢を見たのか…。」

 

 当たり前のことだが夢の中のフウマじゃないようなので、さっきまで見ていた悪夢を最初から最後まで全部話した。何故か夢の内容を話した途端、心が何重にも縛られた鎖が一気に解けたかのように楽になった。

 

 「…お前も大変だな。今の俺が夢の中の俺に代わって謝る。すまない、そんな惨いことをしてしまって…。」

 「…そ、そんな、謝る事なんてないはずだ。どうして謝る?」

 「そうだな…。何て言えば良いんだろう、俺の良心が許さないんだろうな。」

 「……。」

 

 その言葉を聞いた途端、何故かよく分からないが我の涙腺が崩壊してしまい、一気に目から涙が溢れ出てきた。

 

 「…お、おい、何で泣くんだよ…。」

 「…うぅ、フウマぁ…。ティッシュくれ…。」

 「そんなの無いって。何か代わりに拭くものは無いのか?」

 「……うぅっ。あぁ、ぁぁ……。」

 「…ゴクッ。」

 

 遂に最終手段と言わんばかりにフウマは唾を飲み込むと、ゆっくりとフウマの方から抱き着いてきた。

 

 「……。」

 

 突拍子もないフウマの行動に一瞬涙が引っ込んでしまうが、まだすぐにあふれ出す。さっきよりも、多く、ずっと多く―――。

 

 「…あぁ、えっと…。ホラ、早く涙拭けって…。魔王のくせにみっともないぞ?」

 「うぅっ…ひっぐ。そんなのもう…関係ない。」

 

 フウマは自分のやった行動が逆効果だったことに気づき、さらに慌てだす。

 我はフウマが冷酷じゃないフウマに戻ったのを確信して、さらに泣き出す。

 この深夜帯は、とても静かだ。だが、一軒の家の中では、一晩中女性の鳴き声がこだましていた。




もう疲れた。寝る。

途中から見ている方は、第1話も是非! ここ


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悪夢

ここから少しの間だけシリアス&ホラー臭が強くなります。
ゴリョウショウクダサイ。


 魔王は、違和感を覚えていた。

 それは現実の生活に影響を及ぼすものではない。そして、真昼間には一切現れる事も無く、夜間にしか現れない奇妙な特性を持った魔物。それ以上でもそれ以下でもない、奇妙且つ、凶悪な魔物。

 何故か、自分の体内にそいつが居る気がするのだ。もう、正しくは夢魔と言った方が正しいのかもしれない。自分の精神が狂っているのだろうか。いやそんなこともどうでもいい。とりあえず、誰か我を助けてくれ。

 

 

 「………ブルブルッ。」

 「大丈夫なのか魔王?」

 

 最近、悪寒がする。どうやら数日前から風邪を患っていたらしい。フウマはつきっきりで看病をしてくれて、嬉しいことこの上ない。

 そういえば、風邪って英語でなんて言うんだろう…。うーん、ウィンド…サターン…?まあいいか。

 フウマは我の寝ている布団の横にあるお盆から袋を取り出し、銀紙から何かを取り出して我にこう言う。

 

 「ほら、薬のめ。」

 「やだ。」

 「ならば実力行使!」

 「や、やめろー!!」

 

 最近新たに知ったことは、薬はクソ不味いという事。お陰で、我は薬が大っ嫌いになった。薬が不味いのは何でだろう。体調の管理を怠った戒めなのだろうか?どう考えても、薬を甘くすることは出来る筈。敢えて不味くさせるのは薬を作ったところの故意にしか思えない。

 フウマに無理矢理口を開けられ薬を飲まされ水を飲む。薬の不味さに吐き気がしたが、何とか耐えて水も飲み干し、耐える。

 

 「…うー。やっぱり薬の味には全く慣れないなぁ…。」

 「背も子供、性格も子供だけじゃなく、味覚も子供なんだな。」

 「…ゲホッゴホッ!子供子供と言うと、父から天罰が下るぞ…。」

 

 魔王と言う生き物は、人間とは種族が違うからなのか吸血鬼の様にとんでもなく長寿。短い人でも最低1000年は生きられる。それに対し人間は、平均でも精々85歳までしか生きられないらしい。短命なこった。

 ……ということは、我は後60余年でフウマとお別れを告げなければならないのか…?いや、あまり想像はしないでおこう。

 

 「じゃあ、俺は会社に行っているから、お前はゆっくり休んでろ。そうだ、テレビつけるか?」

 「……いや、この前テレビつけっぱだと電気代がかさむって…。」

 「いいんだよこの際。ま、傍にリモコン置いとくから眠くなった時は消せよ?」

 「…分かった。」

 

 フウマはドアを閉めて会社を出る。我はリモコンに手を伸ばし、右上の赤いボタン…もとい、電源ボタンを押す。そして、見たい番組を探し、チャンネルボタンをピッピッと切り替える。

 さすがに朝なので、見たい番組は子供向けの教育番組とかニュースしか入ってなかった。子供向けの教育番組を見る。つまらん。ニュースを見る。飽きた。じゃあ、今この時間を潰す方法は?寝る。おやすみなさい。

 

 

 ガチャッ…

 

 「…?」

 

 寝ていたら、不意にドアの鍵が開けられる音が鳴った。その音はあまり大きくはないのだが、偶然我の眠りが浅い時に開けられたので、目が覚めてしまった。時間を確認してみるが、まだ3時ごろ。こんな時間にフウマが帰ってくるはずがない。いったい何が…。

 

 「お帰りフウマ…ゴホッ。こんな早い時間に…何があった?」

 「ん?まあね。ちょっと生活費の出費を抑える方法を思いついたからさ。」

 「ほう?それはどんな方法なんだ?言ってみろ。」

 「まあそう焦らずに。ちょっと待てって。」

 

 フウマは着ているスーツを脱いでそこらへんに投げ捨て、そして台所へと向かった。

 

 「手洗いはいいのか?」

 「そんなもん面倒臭い。とりあえず先にその方法をやらせろ。」

 「…お、おう。」

 

 フウマは台所で何かを探しているのか、ガチャガチャとした音を鳴らせる。そして何かを取り出し台所から出てきた。手に持っていたのは、包丁。

 この時点で、何か嫌な予感がした。

 

 「……その包丁で何をするんだ?」

 「生活費の出費を抑える方法は、至って単純。お前を殺せばいい。」

 「…は!?」

 

 不運ながらも、予想が的中した。

 

 「何でこんな事に気付かなかったんだろうな。最近マジで出費がきついから、毎晩毎晩出費を抑える方法を考えてたわけだが…これが一番簡単で、手っ取り早い。」

 「ま、待て!?正気になれフウマ!!分かったよ!我がこの家から出ればいいんだろう?それでもいいんだろう!?」

 「ははは、何を言ってやがる。お前のやろうとしていることは、すべてお見通しさ。その後、警察にでも通報するに決まっている。」

 

 フウマはいつもとは全く違う邪悪な笑みを浮かべて風邪をひいて動けない我にじりじりと近づいていく。

 

 「やっ、やめ…!!警察に通報はしないから!お願いだから我を見逃してくれ、頼む!!」

 「"しない"ってことは、しようとはしたんだな。はい、この時点でお前は処刑決定。刑罰は、斬首となります。」

 「やっ…!!」

 

 我は布団から起き上がって逃げようとしたが、足首をフウマの足に潰され、動けなくされた。足の痛みで悶えている我の首を掴んで、包丁を首元にゆっくり刺しこむ。もっとも、逃げたとしても風邪で体力が消耗されている今、直ぐ捕まっただろう。

 

 「いっ…嫌だ!!死にたくない!!死にたくない!!」

 「その三、常に俺に感謝する事ッ!!!」

 「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 …また、目が覚めた。だが今度は、フウマが隣で寝ている。

 

 「ひッ!?」

 

 一瞬頭の中が真っ白になったが、直ぐに状況を把握し、ここまでのあらすじを思い出そうと試みる。

 確か、我はあの時悪夢を見た。あの何処か分からない場所でフウマに無理矢理降ろされ、力尽きるあの夢だ。もうあんな夢は見たくない。吐き気がする。更に起きた後、現実のフウマまでも疑ってしまい…。

 えーと…その後フウマはあんなことする人じゃないという確信と共にちらと疑ったことによる罪悪感…いや、背徳感?みたいなのが溢れ、結果的にそのやり場のない感情を涙という形で放出して…。

 その後は、フウマのベッドと一緒に寝たんだったな…。これ以上、あんな夢を見ない様にって…。

 

 「……うぅぅ…。」

 

 さっきのは夢だと安堵した瞬間、さっきの酔いによる頭痛よりもさらに激しい頭痛が襲い掛かってくる。まるで、何かを訴えかけてきているかのように。

 さっき見た悪夢と言い、今見た悪夢と言い、どれもフウマが我を殺すか見捨てる悪夢しかない…。別にトラウマとか悪いイメージなどは一切持っていないのに、何故かフウマが全部酷い性格へと化している…。一体、どういう事なんだ。

 ………決めつけるにはまだ早い。次、フウマがまた我を殺そうとしたら………。

 

 

 目が覚めた。どうやら朝みたいだ。太陽の光が差し込んで眩しい。

 まず確認するべき事。ここは、我がさっき寝てた場所かどうかだ。起き上がって周囲を確認してみたが、どうやらフウマの部屋のようだ。

 

 「……。」

 

 どうやらフウマは先に起きてリビングにいるようなので、階段を下りてそちらへと向かう。リビングにはフウマの姿はない。先に台所に行って朝ごはんを作っていたようだ。

 

 「お、魔王、起きたか?」

 「…うん。」

 「どうした?やけに元気が無いぞ?」

 「いや、何でもない…。ちょっと眠いだけだ…。」

 

 本当は嘘なのだが。もしこれが現実だった場合、フウマは絶対に我を殺そうとはしない。その筈…。

 

 「昨日、あんな悪夢を見ちゃったから疲れてるのか?」

 「…ん、まあな…。二度とあんな夢は見たくないし、実はあの後も一回悪夢を見たんだ…。」

 「んなっ、それはどんな夢なんだ!?」

 

 ここまで我に気を遣うってことは、このフウマは現実のフウマだろう。いや、そうであってほしい。

 

 「…簡潔に言うと、お前が生活費の出費を抑えるために我を殺そうとしている夢だ…。」

 「……!?嘘…だろ…?」

 

 そりゃあ、信じられないのも当然だ。これは我の勝手な妄想に過ぎないが、フウマにとって我の存在は自分の子供のようなものに変化しつつあると思う。その人が自分が惨いことをする夢を何回も見るっていうのだから、まあ常識的に考えてショックを受けるのも当然だろう。

 

 「…う、ううう……。」

 「……そう落ち込むなって…。」

 

 フウマは頭を両手で抱え、その場にうずくまる。よほどショックだったのだろう。

 

 「…………ちょっと、トイレ行ってくる。」

 「分かった。」

 

 フウマは力ないフラフラとした足取りでトイレへと向かう。

 

 …。

 

 ……。

 

 ………。

 

 …………。

 

 ……………。

 

 遅い。

 

 かれこれ5分待ったが、まだ出てこない。

 

 全く、大便でも捻り出しているのだろか?だとしても、そこまで時間はかからないと思うのになぁ…。

 ちょっと、ノックでもして様子を見るか。

 

 トントントン

 

 ノックをしてみたが、返事が無い。ただのトイレのようだ。―――いやそう言う事ではない。フウマは今トイレの中に居る筈なのだ。なのにノックをして一つも返事が無いのはおかしい。

 ……こうなったら仕方ない。失礼千万だが、トイレの中を覗かせていただこう。

 

 ガチャリ

 

 「…!?」

 

 そこには、フウマが縄で首を―――。




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解決

 テーブルの上に、バタートーストが並べられた。

 

 「ホラ、朝飯だぞ。」

 「………。」

 「そう落ち込むなって…なんだって?俺が自殺をした夢だったっけ?そりゃあ怖いよなぁ…。」

 

 と、精一杯励ましてみる。

 

 俺が起きた時、魔王は凄く苦しそうな顔で唸っていた。苦悶の表情。まるで、地獄から這い上がろうとしてもがいているみたいな、そんな顔で。俺が起こした時、一瞬安心した表情を見せたが、今はこの有様。まだこれが悪夢かどうかの区別がついてないらしく、俺がまた殺すんじゃないかって疑っているようだ。

 …一応言っておくが、これは魔王の悪夢じゃないぞ?俺は嘘つかないよ?

 

 「まあ、じゃあ一応言っておくけど、俺がもし包丁やら刃物やらを手にしてお前に向かってきた瞬間、殺していいからな?どんな方法でも。刃物を奪って殺すとか、首の骨を折るとか。」

 

 正直言って今これを言っている俺も気分が悪い事だが、どっかの心理学で同じ人物が自分を殺して来たら、そいつを殺してしまえばもう出て来なくなるという話を聞いたような気がする。ユングとかフロイトとか、そう言う代表的な心理学者じゃないが、誰かがそう言っていた。気がする。これ重要。

 

 「…わかった。」

 

 魔王が今にも消えかかりそうなか細い声でそう言った。可哀想に…。

 

 

 さて、これからどうするべきか。魔王がこんな状態の今、会社に行っている余裕などない。有休をとって休むとして…。魔王の悪夢を消す方法をサーチするか、それとも自力で解決するのを待つか。

 本人は後者の方を選んでいるようなのだが、一応魔王は背丈が小さい。小柄だ。いくら精神が屈強だとはいえ、悪夢のせいで肉体の方に問題が出てきたらマズい。

 ということは、俺は……本格的にどうすればいい!?精神の方はカウンセリング擬きでもやって回復させることは可能だが、肉体ならば話は別だぞ!?

 

 「……あ、ああ。」

 

 魔王が不意に呻きだした。

 

 「あ?ど…どうした?」

 「…お父……さん…。」

 「…え?」

 

 "お父さん"。

 何故コイツは急にお父さんなどを言ったのかは不明だが、たしかコイツのお父さんって、ロキ…っていう名前だったよな?魔王って長寿(とかそんなレベルじゃない)らしいから、まだ生きていてもおかしくはない…。あ、そうだ。こうなったら思い切って魔王の父親に相談……。

 

 「なあ魔王。」

 「……?」

 「お父さんに相談してもいいか?」 

 「……え?」

 

 うーん……微妙な返事だなあ……。朝からこいつの顔は基より、ずっと椅子に座っていて全然動いてないからな…。この返事は上手く聞き取れなかったからなのか人間風情が魔王の父親に連絡を取るという命知らずな行動をもう一度問いただしてるのか……。

 

 「いやだから、お父さんに連らk―――」

 

 ドンッ!!

 

 突如、魔王が倒れた。

 

 椅子から転げ落ちて、顔面を思いっきり床に叩きつけた。

 

 「お、おい!?」

 

 慌てて声をかけてみたが、返事が無い。ピクリともしない。脈拍があるようなのだが…。顔を見ていると、そこには寝顔があった。

 

 「……あ、寝てるのか…?でもなぜ急に…。」

 

 もしかしたら、悪夢の続きを見てしまうのかもしれない。彼女曰く、あの夢は途中で目が覚めてしまったのだそうだ。なぜ今急に倒れたのかは別として、この後魔王は、もうしばらくの間苦しみを味わうことになりそうだな……。

 

 

 ……あくまで推測だからな?

 

 語り部:???

 

 意識のハッキングに成功。

 

 これより、ソーシャル《ナイトメア》を展開。フィールドは《家》。タイプは、《自分》が《殺される》。そして、《殺す》対象は《ヘル》。《殺す》役は《フウマ》。もう何回もやっている手法だが、今度こそ、確実にこの世界にへと召還できるはずだ。

 

 「……?」

 

 ヘルが現れた。おお、私の愛しき娘よ。なぜこんなことになってしまったのだろう。人間の姑息な手段に敗れるのは仕方ないが、その数百年後にただの人間の支配下に付いているとは何事だ。これまで何回も監視を続けてきたが、手に焼き印を押されようとするわ目覚めた瞬間拘束させられるわ…。もうさすがに私も堪忍袋の緒が切れたと言うものだ。今助けるからな。

 

 「……また、悪夢か?」

 

 助ける方法は、現実で精神崩壊を起こし()()()()()()()()()()を出させることだ。今まで何回もこちらの世界に呼び戻そうと色々な手段を試したがそれらは全て過去の人間による封印のバリアのせいで弾かれた。どうやらあの封印は、その封印を掛けられた対象が自我を忘れ、本来の力が目覚めることにより多少の力が薄れるみたいだ。その多少の力が薄れたところに私が入り込めれば、あとはこっちのもの。元の世界に連れ帰り、生涯幸福円満に暮らすのだ。そうすれば、魔王も喜ぶだろう。ヘルだって、人間の支配下に置かれるのは嫌な筈だからな。

 

 「…お、魔王。起きたか?」

 「なんだフウマ…。我は何故ベッドで寝ていた。確かさっきまで朝食を食べてなかったか?」

 「いやいや、お前が急に倒れるからベッドで寝かせといてあげたんでしょうが。忘れたのか?」

 「残念ながら記憶にございません。」

 

 このフウマは当然のことながら偽物だ。夢の中のフウマは現世に居るフウマとはちがう。

 

 「まあとりあえず、もう昼だし、料理作るか。お前も手を貸してくれよ。」

 「昼まで寝てたのか!?…全然記憶にないぞ…?」

 

 よしよし、順調だな。たしかコイツの料理の才能はほぼ皆無だったはず。今回はそれを利用して…

 

 「というか、手を貸せと今言ったか?」

 「そうそう。あんまり俺ばっか料理作ってると過労死しちゃうからな。」

 「ふーん……。」

 

 ん?一瞬、ヘルがフウマに対して怪訝な目で見たぞ?もしかして、もう既にばれかけているのか?……いや気のせいだろう、このまま実行だ。

 

 「まぁまぁ、そんな目をするなって?包丁の使い方教えてやるからさ?」

 「分かったよ。で?これどうすればいいの?」

 「じゃあちょっと、使い方教えるぞ。」

 

 ヘルは背が低い為、私は態々フィールド上に台を設置しておいた。なくてもどっかから持ってくるだろうが、私としては早く連れ帰りたいものだからな。

 ヘルは台の上に乗り、フウマはその後ろに回って魔王の手を掴む。

 

 「……フウマ?何で手を掴んでいるんだ?」

 「え?俺今言ったじゃん、手を貸せって。」

 「…そうか…。」

 

 もうすぐだな。可哀想な方法ではあるが、それ以外に仕方がないのだ。わが娘よ、許してくれ。

 

 「さてと、じゃあ行くよー。」

 「……。」

 

 ……ん?今回は妙に落ち着いているな?いつもならここで必死の抵抗を始めるところだが……。それともこの方法に少し欠陥が?何処に?

 

 「3…2…1…―――」

 「……ッ!!」

 

 「―――ゼrグハッ!?」

 

 ……ああ、これも予想通りの展開だ。一応プランの一つとして入れてある。よし、今からプランβを実行だ。今のはプランαで、βの方は常にフウマがヘルを殺さんと追いかけてくると言うもの。流石にいくら状況が状況だとはいえ、ヘルは主人を殺そうとはしないだろ―――

 

 パキャッ!

 

 ―――!?

 ヘルが、フウマの首の骨を折った…?そんなバカな…。

 

 「……許してくれ、フウマ。いや、似非フウマ。現世のフウマから、お前が我を殺そうとしたら殺せとの伝言をもらった。今我はその通り、実行しただけだ。許せ。」

 

 ……有り得ない……。もう少しだったのに…?私の計画は全て水の泡という訳なのか?

 ………こうなったら、最終手段だ。ソーシャル《ナイトメア》削除。

 魔王の視点では、フィールドが一瞬で何もなくなったことで目をパチクリさせている所だろう。

 

 「……ん?どうなっているんだ?」

 「……久々だな、我が娘よ。」

 「…え!?お父さん!?いったいこれはどういう…?」

 

 最終手段。口説く。今まででのやり方は失敗した。だから、今度は物理で訴えるのではなく言葉で精神に訴える。ことにする。

 

 「単刀直入に言おう。私と実家へ戻るんだ。」

 「…え?」

 「すまん、ちょっと話が急すぎたな。まず、あのお前が見た悪夢は、すべて私の手によるものだ。お前を私と共にこれから過ごすために、人間の支配から解放するために。まさに一石二鳥だな。今までは強引にやろうとしたが、それは謝る。すまない。だが、私としてはお前と一緒に暮らすことが何よりの幸せなのだ。だから、それらの事を踏まえてお前に聞こう。私と一緒に帰ろう。そして生涯円満な暮らしを共に臨もうではないか。」

 「……。」

 「どうした?答えに迷う事ではないぞ?ひょっとしてお前、RPGの選択肢でいいえをはじめに選ぶ性格か?その気持ちも分かる。だが、この選択肢にはお前のこれからの未来も係っている。それに、いいえをわざわざ選んでデメリット等一つもない。さあ、私と一緒に帰るんだ。」

 「……。」

 

 魔王は迷わず屍となっているフウマの包丁を手に取り、私の腕を切り落とした。

 

 「ッギャアアアアアアア!?血迷ったかああああああぁぁぁ!?」

 「ロキ。お前はもう、死ねばいい。」

 「…ッ!?」

 

 次に驚くべき一言までもが帰ってきた。

 

 「そんな邪道且つ外道な方法で自分の娘に精神崩壊を起こさせようとするなど、お前しかいない。我は今、お前よりずっと優しいフウマの方が好きだな。」

 

 そう言うと、次にもう片方の腕を切り落とす。

 

 「どうする?次はどれがいい?両足か、心臓か、脳味噌か。十秒以内に答えろ。」

 「……そんなの、選べるわけないだろう……!?」

 「10…9…8…7…6…5…4…3…2…1……。」

 

 語り部:フウマ

 

 ……あれから、一時間後。

 魔王は、目を覚ました。

 

 「……おー!やっと目が覚めたかー!」

 「…あれ?……フウマ…。……ベッド?いや床硬い…。はっ!?何で我をフローリングで寝かした!?」

 「いやだってさ…。あのー、すごい寝顔が可愛くて……。」

 

 可愛いという言葉に反応したのか、魔王は頬を少し赤らめて照れ隠すように首を横にぶんぶん振る。

 

 「そんなお世辞は要らん!」

 「ところで、悪夢はどうなった?」

 「ぇあ、悪夢?」

 

 魔王はまだまだ言おうとしていたのかどうかわからないが、俺が質問をしたら不意を突かれたように変な声を上げて、少し考えるしぐさを見せた。次の瞬間、魔王はショックを受けたようにその場にうずくまり、体を小刻みに震えさせる。

 

 「……そうか、そうか我が……。」

 「ど、どう…した?」

 「……ふふっ、ふふふっ、はーっはっはっはっは!!!

 

 不思議な呼称を何回か言った後、まるで精神が壊れたように、吹っ切れたように大声で笑いだした。無論、その目には笑いや喜びと同時に懺悔も混ざっている気がする。

 俺は魔王が急に笑い出したことに少し怯え、一歩後ずさる。

 

 「やった!やったよ私!!悪夢から解放されたんだ!!いぇーい!!わ・た・し・は・じ・ゆ・うーっ♪わ・た・し・は・じっ・ゆっ・うーーーっっ!!!いやっっっほーーーーーーーーうぅ!!!」

 「………。」

 「わたしはじゆう♪わたしはじゆう♪悪夢にうなされないで済む♪」

 

 魔王は滅茶苦茶なフレーズで即興の歌を歌い出した。そして訳の分からない踊りを俺に見せつける。俺は戦慄した。これが、人の()()。精神が崩壊した時に見える本性。

 

 「わたしはじゆう♪わたしはじゆう…♪わ……たしは……。」

 

 時間が経つにつれ、踊りの動きは徐々に控えめになり、歌声も小さく、途切れ途切れになってくる。

 

 「……わ……たし……が……じ…?」

 

 

 

 

 「うわあああああああああああああああ!!!!フウマああああああああああああああっっ!!!!!!」

 

 

 その虚ろな目から思いっきり涙があふれ出す。

 そのポカンと開けられている口からは涎が垂れてくる。

 その肉体はリミッターを解除したかのように、俺の元へ抱き着いてくる。激しく、強い力で。

 その喉は思いっきり金切声を上げて、声帯や鼓膜が破れんばかりの大声を叫ぶ。

 

 その姿は、まるで建前の自分と本性の自分がせめぎ合っているような……。

 自分と、もう一人の自分が戦っているような……。

 なんでだろう。不思議とその姿が、滑稽に思えてきた。夢の中で、何をしたかは分からないが、この泣き叫ぶ表情から、俺は一生この質問はしないと心に誓った。

 

 「あああああああああああっっ!!!あああああああああああああああああっっ!!!」

 

 最早近所迷惑だなんて現実的な事は言ってられない。今は、この魔王を慰めることが一番重要である。どうやら魔王は、悪夢から解放されたと同時に、今度は精神が崩壊してしまったようだ……。今度から、それを世話しなければいけない。…どうなることやら。

 

 次の日

 

 テーブルの上に、バタートーストが並べられた。

 

 「ホラ、朝飯だぞ。」

 「わーい。いただきまーす。」

 「……。」

 

 寝て目が覚めて魔王の様子を見に行った翌日、魔王は元の状態に戻っていた。昨日精神崩壊なんて大袈裟な事言っていた自分が少し恥ずかしい。だとすれば、昨日のあれは何だったんだろう?

 

 「うん。バタートーストは美味しいな。このサクサク食感にバターのまろやかな味が絶妙にマッチして、朝飯で舌を唸らせたい奴には満足させられる一品だな。」

 

 …なにはともあれ、本当に、元の魔王に戻ってくれてよかったよ。

 

 




~悪夢編 終~


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友達編
公園


今回は結構早めに投稿することが出来ました。
ネタ切れは、多分消えた。


 「はあぁ…友達、ほしいなぁー…。」

 「え?」

 

 もうここに住んでから二か月近く経つ魔王。大分この世界での生活に慣れ始めたが、相変わらず漆黒のローブを着続けている。この服装で数百年過ごした結果、これが一番落ち着くらしいのだ。

 そして、今日。いつもの俺に指図する傲慢な態度とは異なり、アンニュイな口調で、俺の部屋の窓から見える公園で子供が遊んでいるのを見て、そう言った。

 

 「勝手に俺の部屋に侵入して第一声がそれかよ。」

 「…いや、つい。この窓の見晴らしが良いのが悪い。」

 「責任転嫁が酷い方向に…。で?何だっけ?友達が欲s…えーーーーーーーーーーーーッ!!??

 「お、大きい声を出すなぁっ!!そんなことで驚かれるなんて恥ずかしいじゃないか!!」

 

 魔王が些細な事で驚かれたことに少し顔を赤面させて俺の頬を平手打ちしてくる。

 が、これは"そんなこと"ではない。

 一大事だ。

 

 「だって、最初出会った時は人間を敵対視して俺に散々命令してたのに、してたのに!!人間と友好関係を築こうだなんて!!他人の人間と肉体を貪り合う関kグア"ァッ!?」

 「アホか。」

 

 いや、今のは流石に考えすぎた。魔王は絶対にそこまでの意味を持って先程の言葉を言ったわけではないだろう。

 だが逆に言うと、俺はそのレベルに達するまで魔王のその言葉に焦っているのだ。

 例えるなら、自分の娘が付き合って僅か一ヶ月の彼氏と「結婚する~」って言われたぐらいに。

 

 「我はそんな大袈裟な関係は求めてない!異性でもいいから友達以上恋人未満の人が欲しいのだ!!」

 「…しかし、そんな背丈がまだ小さいのに大人計画を立てるのには無理gギャアアアアアーーーッ!!?

 「話聞いてたのか、フウマ?」

 

 魔王に渾身の腹パンを喰らってハッと我に返る。そうか、魔王は恋人ではなく、友達を作ろうとしていたのか、と。

 

 「だから最初からそう言ってるだろうが!?」

 

 モノローグにまで突っ込む魔王、さすがです。

 

 語り部:魔王

 

 そんなフウマの考えすぎた思考は無事、我の腹パンによって彼方へ吹っ飛び、フウマは我の考えを理解、そして、フウマ曰く、我と友達になれるかもしれない人が三人いるらしく、そこへと向かった。

 

 「ここだ。」

 「ほう、ここか。」

 

 徒歩で歩いてすぐの所に、公園があった。名前は玲佑公園らしい。しかし、読みが分からない。

 そして、公園の中に、三人の子供がいる。その三人は何か、円盤を投げて、キャッチしあっていた。

 

 「…といっても、大丈夫なのかフウマ?あそこになんか子供たちいるけど、面識はあるのか?というか、アレがフウマの言ってた子供たちか?」

 「そーそー。これでも俺、子供たちとは仲が良いんだ。」

 「……ショタロリコン?」

 「ブチ殺してやろうか?」

 

 ひっ。何なんだ…ただ冗談で言っただけじゃないか…。ブチ殺すとかそんな物騒な言葉使うんじゃないよ…。というかふつうそう考えるだろう。

 

 「おーい!そこのガキ共!!」

 「…お、なんですか高崎先輩。そのちっさい子を引き連れて何の用でしょう?」

 

 どうやら子供達には名字で呼ばれてるらしい。高崎、か…。いや、前の話でフウマが言っていたけど、一応、反復。

 

 「新しいメンバーを連れてきた。が、こいつは結構訳ありでな。友達が一人もいないんだ。だからお前ら、コイツと遊んでやってくれ。」

 「お?別にいいですけど。先輩、この子誰ですか?」

 「やったー、遊び仲間が増えるー。」

 「ようこそ!僕らのグループへ!」

 

 軽い。普通こういうのは警戒するものだろう。まず我は、髪は水色だし。この東洋から見て、結構変な色してるらしいし。

 

 「じゃあ、まずお互いに自己紹介な。」

 

 フウマが促すようにそう言う。そして、大人が近くにいると話しにくいと判断したのか、一旦その場を離れた。

 

 「…と、僕はケン。まあこの三人グループのリーダー的存在だな。よろしく。」

 

 結構良い顔立ちをしている。まるで少年漫画の主人公だ。運動神経もよさそうだし、これは学校でよくモテてそうだな。

 

 「僕はシュンキ。まあ運動とかスポーツの類は苦手だが、柔()だけは得意だ…今後ともお世話になると思う、よろしく頼む。」

 

 柔術…?柔道とは違くて?ふとそんな疑問が頭に浮かんだが、顔にまで浮かんでいたのかケンに察され、何故か耳打ちをされた。

 

 「こいつは要注意人物だ。柔術っていうのは柔道の元ネタとなった術で、簡単に言えば人を殺せる技を柔道にプラスしたのが柔術だ。つまりいえば、コイツ、いざとなれば丸腰状態でも人を殺せる。」

 「…!?」

 

 …取扱注意。

 シュンキ。

 (シュン)キル?

 

 「ま、よろしく。」

 「…よ、よろしく。」

 「あ、怖がらなくていいぞ?こいつ、普段はめっちゃ人当たり良いから。」

 「そうなの?じゃあよろしく、殺…シュンキ。」

 「? よろしく…。」

 

 いけない。間違ってでもコイツに殺人鬼なんて言ってしまったらこいつの逆鱗に触れ、我の体は使い物にならなくなる…。ああ怖い。

 

 「私はー、ユミー。よろしくー。」

 「…あー、お前はもうザックリし過ぎだよな…。こいつはな、無意識の塊みたいなもんだ。見ての通り、このグループの紅一点なわけだが、ちょっとあれなんだよ。フリーダム。」

 

 ただし、見た目はかわいい。全身清純な白で統一されてるような服だが、いったい何を仕出かしているのか目を離した隙にその服がボロボロになっている。らしい。

 あと語尾を伸ばしているのが何か腹立つ。

 

 「よし、じゃあ最後に、君。」

 「あ、我…違う、私は、レイ。一カ月前にあのフウマって人に引き取られて、今もまだお世話になってもらってるよ。…三人って、フウマとどういう関係なんだ?」

 

 …フウマに自己紹介の仕方をレクチャーされたとはいえ、口調を無理矢理女らしくするのって難しいな…。

 

 「僕らも、高崎先輩にはお世話になってるんだ。まあそんな親密な関係って訳じゃないけど、どっちかというと恩人って所かな?」

 「高崎はねー。私達を助けてくれたのー。」

 「え?何から?」

 「そう、それこそ我らが畏怖すべき、邪知を働かせ、暴虐の限りを尽くす存在…。」

 

 シュンキが何やら大袈裟な動きをして、しばらくタメた後にこう言った。

 

 「…交通事故だ。」

 「何があった!?」

 

 あとその表現も大袈裟だ!

 

 「飲酒運転。」

 「轢かれたのー。」

 「嘘だろ!?」

 

 轢かれて生きているとか、人間はか弱いという知識しか知らなかった我としては度肝を抜かれた気分だ。

 

 「後、居眠り運転にも居合わせたのさ。」

 「無免許運転もー。」

 「よく今生きているね!?」

 

 渾身のツッコミが連続で入る、あまり着心地のよくない服を着て新しい友達と触れ合っている約500歳の昼下がりの我である。

 

 「それでねー、あの時助けてくれたのがー。」

 「フウマか?」

 「そうだ。あの人と俺らは何も面識もない。なのに助けてくれたのさ。きっと、俺らが死んでしまうという良心が疼いて咄嗟にあの行動に移ったのか、それともこの儚くも尊き脆く憐れな生命に救いの手を差し伸べるのが人道だと考えているのか…。」

 

 どっちもほとんど同じ意味だ、それ。

 というか、シュンキ、かなり饒舌だな……。

 

 「そこから、俺達はフウマの家へと自ら赴き、礼を言いに行ったって訳。そこから色々あって、現在は仲良くなってるよ。」

 

 …あれ、何か突っかかる…。

 いや、突っかかるというより、何か、何処かが矛盾しているような…そんな気がする。

 

 「まあそんなわけでね。堅苦しい自己紹介もこれまでにしよう。さ、何して遊ぶ?」

 

 ケンが、中心に穴が空いたディスクや何やら白く、黒く斑点の入った球体、そして、縦に筋の入った茶色いボールを取り出した。

 

 「…あ、知らないかな?これはね、フリスビーっていうんだ。ほら、こうやって…。」

 

 ケンがそのフリスビーを水平にするようにもって、何もない所に向かってびゅんと音を出しながら投げた。フリスビーは空気抵抗で滑空している。

 

 「へー、こうやって遊ぶのか。ちょっと私も投げてみていいか?」

 「…その為に態々ケンはその身を犠牲にしてディスクを投げたのではないか…。さあ、先ほどと同じように、レイもこのディスクを投げるがよい…。」

 「シュンキ、表現が大袈裟だよー…。だってもうその身は―――」

 「「しーーーっ!!!」

 

 ユミが何か言いかけたところで、ケンとシュンキが慌ててユミの口を塞ぎに入った。一瞬すぎて何が起こったのかは分からないが、多分、何かしらの秘密があるのだろう…。

 

 「…レイ。ユミは冗談をよく発する癖がある故、失言が時折ある。言うのを忘れていたが、これからそこらへんも考慮して俺らと付き合うんだ、いいな。」

 「…あ、そ…うなのか。」

 

 この三人に対する疑問がより一層、深くへとのめり込んでいった。

 

 

 ……遊びは、夕方まで続いた。

 正直言って、我は楽しかった。フリスビーを投げてキャッチしあう遊びも、茶色く筋の入ったボールをネットの中に入れる遊び(後にバスケットボールというゲームだと知った)も。…まあ、さすがにバスケットボールのやり方を伝授するまで時間はかかったけど。

 

 そろそろ我は帰らなくてはいけない時間だと気付き、三人とお別れをして、家へ帰った。

 公園を出て、何となく振り返ったら、三人はもういなかった。急いで帰ってしまったのだろう。

 

 「……レイ。」

 「…ん?あっ、ユウキ!?」

 

 道を歩いていると、突如、後ろからユウキに話しかけられた。

 

 「…何の用だ。」

 「俺は、お前が公園で遊んでいるのをずっと見ていた。」

 「何だ、公園で遊んでいた事か。」

 

 やけに険しい顔をしているが、きっと我が魔王だとまだちらと疑っているからに違いない。我がまた何か仕出かすのではないか、警戒をしているからだろう。

 ユウキに付き合わされると少し面倒臭い。今日は早めに切り上げよう。

 

 「今、私はフウマが家で一人寂しく我の帰還を待っている。何か言いたそうだが、それは翌日聞かせてくれ。ちなみに、私は魔王じゃないからな。」

 「ちなみにで必死に自分の正体を隠そうとしているのは分かった。だがな、今回ばかりはちょっと重要―――」

 

 帰ろう。

 

 「…お、おーーーーーーーい!!??お前には話を最後まで聞くという寛大な心はないのか!!?」

 「ありませんっっっ!!!」

「言い切った!!ついに言っちゃったよコイツ!!」

 

 我はその物事を否定する意味を持つ言葉を大声で発しながら逃げるように帰り、フウマの家へ帰宅。

 良い匂いが漂う。台所に行くと、フウマがエプロンを着ながら料理をしていた。

 

 「お、丁度いい所に帰ってきてくれたな魔王。もうすぐ飯が出来るぞー。」

 「オッケイ。今日の晩飯は何なんだ?」

 「オムライスだ。ケチャップというソースを混ぜたご飯を焼いた卵で包み、そこからさらにケチャップをかけた料理だ。美味いぞ美味いぞ?ひょっとしたら、ハンバーグより美味いかもしれない。」

 

 ほう、ケチャップの上にケチャップか…そういえば、(我にとって)最近生まれた偉い人が、「人民の人民による人民のための政策」とか言っている奴が居たな。その料理は、それをもじって「ケチャップのケチャップによるケチャップのための料理」というキャッチコピーを世に売り出すのも悪くはないな。

 

 「ふふ、このキャッチコピーは流行る。皆から魔王版糸井重里と呼ばれるようになる日も近い…。」

 「どうした。」

 

 おっと、何か変に思考が回転して、全然我らしくないことを考えていた。なんでだろう。まだ遊んだ時の体の熱が消えてないのか、変にテンションが高いから、今みたいなことを考えてしまったのか。

 

 「出来たぞー!」

 

 フウマが料理をお盆に載せながら居間に現れて、テーブルの上に黄色い料理が盛られた皿を置いた。あれがオムライスという料理か……あれ?ケチャップの要素が…無い?これ、本当にケチャップを使っているのか?一応言っておくが、我だってちゃんとケチャップは知っているからな?酢酸を使った塩分の高い保存性の利くソースでしょう?昔からあったよ。

 

 「名付けて、フウマの愛情たっぷり特製オムライスだ。召し上がれ!」

 「フウマ。この料理のどこにオムライスを使っているんだ?」

 「スルーですか!?」

 

 え?今のはツッコミ待ちだったのか?

 

 数分後、我はオムライスをスプーンですくい、口に運ぶ。何故か無意識に出してしまうフウマ曰く"子供っぽい声"を出しながら。

 

 「はむ、はむ。んぐ…。」

 「ほらほら、美味いでしょう?今回は俺もちゃんと味見をしているから、美味さは保証済m―――」

 「美味いっ!!」

 

 …うん。何かね、最初の一言が殆どワンパターンでさ。

 たまには違う事も言ってみたかったけど…。

 まずいと言ってみればフウマは落ち込む。普通と言えば何か気まずい空気になる。だとすると残りは、美味いというしかなくなるのだ。美味しいだって同じ意味だし。

 念のため言っておくが、フウマの作る料理は本当においしいぞ?

 

 「人の話を遮るほど美味かったかー。そうかそうか。」

 「うむ。美味い。」

 「どこら辺が上手い?具体的に。」

 「まず、このケチャップ。何処にそれの要素があるかと思ったら、中のライスに入ってたんだな。それがもうこの卵のまろやかさに少しエキゾチックな風味を加え、かといって味がくどくなく、卵のまろやかさもちゃんと維持されたまま料理の味に美味という名の美味をプラスしまくっている。この美味しさはハンバーグにも匹敵するだろう。」

 「そうかそうか!いやーまさかそこまで具体的に説明してくれるなんてね!」

 

 フウマは照れ隠しのつもりなのか右手で後頭部を掻きながらナハハと笑っている。…。決して勘違いはしないでほしい。何かフウマが可愛く見えてきた。見えてきただけだ。

 そして、その照れ隠しに、我もつられて笑ってしまう。

 

 「はい、一口食べるか?」

 

 我はスプーンでオムライスをすくい、フウマの口へと近づける。

 

 「ん?魔王からこれは珍しいな。じゃ、頂くとするか?あーん。」

 「…はい、パクッ!」

 「美味いッ!!」

 

 しばらく、どこかしらの夫婦みたいなやり取りが続いていた。

 

 

 「…レイよ…。」

 

 ユウキが夜道を一人で歩いていた。街灯に照らされながら。車のヘッドライトにも照らされながら。

 そして、こんな独り言を呟いていた。

 

 「お前……大丈夫なのか。ずっと俺には見えない誰かと喋りながら、ひとりでに動くボールと遊んでいたが…。」




今はあとがきを書く気力が起きません。
疲れました、


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正体

 早朝の休日。ちょっとしたお遊び。

 俺だけ朝早く起きてしまったため、少し魔王にドッキリを仕掛けようと思う。

 その内容は、まあ余りにも酷いドッキリで魔王の逆鱗に触れるのも嫌なので、単純な内容で行こうと思う。

 まず、魔王の背中と足の部分にそれぞれの手を滑り込ませるように入れ、そして魔王をお姫様だっこみたいに持ち上げる。…女性の太ももの感触ってこんな感じなのか。と、そんなことも思いつつ、俺は出来るだけ魔王を起こさないでそーっと動きながらある場所へと向かう。

 向かった先は、倉庫。少し自分の部屋と離れた場所であり、まだ魔王にもこの部屋を見せたことが無い。ここで、魔王を寝かせてみようと思う。

 定期的に掃除してるので、汚れが溜まってるなんてことはないし、あまり変なガラクタも無い。床は多少堅いが、まあ大丈夫か。

 俺は魔王を寝かせたまま床に降ろし、放っておく。そして部屋を出て、鍵を閉める。

 あとは、魔王が起きるのを待つのみだ。

 

 ~数分後~

 

 「うわあぁーーーーーーーー!?どこだここ!?」

 

 魔王の悲鳴、爆誕。

 さすがは数百年生きているお方。声に張りがあって聞いてて心地がいいです。俺ってどうやらドSみたいです。

 

 「え、……フウマァーーーーーーーーーーー!!」

 

 前回…というか出会った次の日のドッキリ(らしきもの)はすぐバラしてしまったが、あれは近所迷惑を考えたうえでの行動だ。だがしかし、この倉庫は壁が厚いので、声があまり聞こえない仕組みとなっているのだ。しかしドアに耳を押し付けているとよく声が聞こえるため、俺は魔王が何て言っていたのかが分かる。

 

 「フーーーーーーマーーーーーーーーーー!!!」

 

 近くで聞けば鼓膜が破れんばかりの声で、叫ぶ。しかし、その悪意で構成された無情は、魔王の慌てる声を聞いてほくそ笑んでいるようだ。俺だけど。

 

 「……誰も、いない……。か。」

 

 …あら、ある程度察されたか?似たようなの前回やったとはいえ、魔王とは思えぬビビリを誇る魔王は二度までは通じると思っていたが…ぬう、計算が浅はかだった。

 だが、ここで折れるフウマじゃない。無視を通そう。例え、コイツが泣いたとしても。ある時間を境に、こっそり鍵を開けておこう。そうすれば、気付くはず。まあ、問題はその後の反応だけどな…。

 

 「……スゥーッ…。」

 

 なんか、大きく息を吸う音が聞こえる。

 

 「……フウマの変態馬鹿クソ野郎カスアホボケ引き籠りッ!!!!」

 

 …うわぁ。

 ついにコイツ、俺を挑発して炙り出す作戦に出やがった…。

 …なんて…。

 何て浅ましいんだろう。

 

 「…ハァ…ハァ…。朝から叫ぶと辛い…。スゥーッ…。フウマッ!!我はもうすでに見抜いているぞ!!貴様、これは何という悪戯なのか拷問なのか仕置きなのかは知らないが、こんな…悪質なものがあってたまるか!!」

 

 挑発じゃないな…というかこれ、もしかして魔王本気でキレてる?

 あと、俺がたった今脳裏に過ったこと全部言ってきやがった…。クソ、良心が軋む音が聞こえる。

 

 「いいか!?貴様、我にいたずらをするのは別にいいが、限度と言うものを知らないのか!?少しは人の気持ち考えたことがあるのか!?この…私の…何の罪を犯してないのに封印された私をまた薄暗い密室に閉じ込めるなんて、そんな……うぅ……。」

 

 …泣いてる…?やべえ、さっき宣言したばかりだから自分の感情的な性格に呆れる。めっちゃドアを開けたくなってきた。めっちゃ魔王に顔が地面を貫通するほどに土下座したくなってきた。めっちゃ魔王に殴られたくなってきた。

 ……。開けよう。

 

 ガチャリと。

 俺の予想では、泣きじゃくりながら俺の事を殴ろうとする魔王が居ると思った。

 しかし。

 

 「………。」

 「……残念でした♪」

 

 物凄い笑顔で俺の事を殴ろうとする魔王が居た。

 

 時に、笑顔とは、何よりも怖いと思わせる作用がある。

 

 というか、今までの全部、ただの芝居かよ。

 

 語り部:魔王

 

 楽しい。

 毎日が楽しい。

 その理由なんて決まっている。

 友達が出来たからだ。

 

 「いってきまーす。」

 「おう、いってらっしゃい。今日はいつまで遊ぶ気なんだ?」

 「んーまあ、夕方辺りには帰ってくると思う。」

 

 我は外出専用の黄色い半そでに膝小僧辺りまでまくり上げた短パン(新調した)を着用し、外へ出た。

 目的地は、玲佑公園。相変わらず読み方が分からないその公園で、我は三人の友達を遊ぶ。

 ケン。

 シュンキ。

 ユミ。

 トリオなのか三人兄弟なのかは知らないが、仲が良い。あと、フウマとも面識がある。何か、その知り合った理由に突っかかるものを感じるが、それは気にしない方向で。

 

 「おーい!!」

 「…あ、レイ。」

 「んー?レイちゃん?」

 「ごきげんよう。」

 

 我は大きい声で何かをして遊んでいる三人を読んで、遊戯に参加する。今回は、なにやらボールを投げ合って遊んでいるようだ。掴んだり、投げられたボールをかわしたり。

 

 「何をしているんだ?」

 「この遊戯はドッチボール。ボールを上げて遊ぶ。ルールは至って単純明快。この球を全力で投げて相手に当てるのだ。」

 「当たっちゃったらリタイア。投げられてきたボールを掴んだり、かわしたりすればオッケーなんだ。」

 「ユミ、この遊び大好きなんだー。」

 

 本当、三人は仲が良いな…。我にも、こんな兄弟が居たらよかったんだけど…いや、兄弟はいたんだけど、……。

 我は、ドッチボールとやらの遊びに加わった。ボールを三人とも投げてくるが、伊達に数百年生きていない。小学生の投げた程度のボールなんか、直ぐにキャッチできる。

 逆に、我が投げようとすると、思いのほか力が強まってしまい、明後日の方向を飛んだり、当たったとしても痛そうだし…。あ、シュンキにはあまり当てない様にしよう。顔面に当ててしまったら即柔術を喰らってしまうからな。おおこわい。

 しかし、柔術か…。柔道に殺害をプラスしたものだっけ?今度護身術に教えてもらおうかな。フウマのセクハラ発言の廃止に向けて。

 

 「これ、やってみると結構…私運動得意かもしれない。」

 「見た目はとぼけてるけどな。」

 「え?私はなんかスポーツ系女子ってイメージだなー。」

 

 おい!!ちょっと今の発言で我はプライドが傷ついたぞ!?

 

 「ちょっと二人、目の前で他者評価は失礼だと思わないのかい?」

 

 ケン…お前だけ正論しか吐かないんだな…。ああ、なんか友情的な意味で好きだ。

 

 「もしレイ君が猫の皮被ってて本当はぶりっ子だったとしてもね。」

 

 そして一瞬だけときめいた我が馬鹿だった。

 

 

 遊びは、昨日と同じく、夕方まで続いた。

 今回はドッチボールしかしなかった。が、だんだんとやっている内に我もボールを投げる際のコツやテクニックなどを教えてもらい、”飛躍的に上達”した。

 そして、彼らとの親密度も深まった。だから、遂に、打ち明けておこうと思う。

 ケン、お前さっき、猫の皮被ってたといったな?それは本当だ。我は人間のふりをしている魔王だ。シュンキの口調で言うと、皆が畏怖すべき邪知を働かせ、暴虐の限りを尽くす存在だ。いや大袈裟か。まあ、今ああいう風に言ったが、それは()()()な魔王であり、()()()()。何もしようとはしてない。寧ろ、世界中の人間との和解を望んでいる。

 要するに、我は平和主義を掲げる魔王だ。それをちゃんと説明すれば、彼らは理解してくれるはずだ。

 

 「……あ、あの―――」

 「にゃ~ん。」

 「「「あ、猫(だー)。」

 

 …Oh.

 折角勇気を振り絞って話しかけようとしたのに。三人とも野良猫に反応してしまって遮られてしまった。このドロボウ猫め。

 

 「…猫か。そういえば私、野生の猫ってあんまり触ったことないな。」

 「え、そうなのか?この愛くるしくも美しさを兼ね備えている俺らの女神に?」

 「うむ…。何というか、ほとんどいなかったからな…。」

 

 現代ならともかく、数百年前は猫は悪魔の象徴とされてきたし。時代とともに扱いも変化していくんだな。それとも文化の違い?まあ、猫カフェもあるぐらいだから、かなり良くなっていることは確かだが。

 

 「ほらほらー。レイちゃんも触ってみなよー可愛いよー。」

 

 ユミが猫を抱き上げて我に触らせようとする。促されるまま、我は猫に触る。

 

 「……!!」

 

 柔らかい…。毛並みがふさふさで、触ってて気持ちが良い…。猫カフェの猫よりもこれは…いい!!

 

 「気に入ったみたいだね。」

 「にゃ~ん。」

 「……!!!」

 

 かっ…可愛い…!?何てことだ!!我が猫の頭をなでるたび、喉をゴロゴロ鳴らしながら我の胸に顔を擦ってくる…!!や、ヤバい、浄化されてしまう。ニライカナイに昇天してしまう…!!

 

 「あああああ…!!」

 「あ!?レイから白光が発光している…!?」

 「ああああ…あああ……。」

 

 マジで、浄化されそうになった。猫が原因で。しかし、ケンの故意なのか分からない謎のダジャレのお陰で何とか光を収めることが出来た。

 猫は我にとっていろんな意味で危険な生物だ。ちょっと地面に降ろしておこう…。それに、あまり触りすぎて抜け毛を持ち帰ってしまうと、フウマが酷い目に遭う。

 

 「ともあれ。猫は十分に堪能した。」

 

 …よし、改めて、告白をしとこう。

 我が、魔王だということを。

 

 「三人とも…ちょっとこれは真面目な話だ。よく聞いてくれ。」

 「「「?」

 

 三人とも寸分違わない動きで首を傾げる。

 

 「もしも、この世界に魔王が居たら、どう思う?」

 

 そして、やはり言う決意がしきれず、なんだか趣旨と似通った話題を持ちかけてしまった。

 

 「えー?それはー…。」

 「何だ、交通事故よりも暴虐の限りを尽くす最凶最悪の存在がもしこの現世に現れたとしたらか?そうならば…俺がこの手で浄化して二度と目覚めないようにしてやる。そう、深黒の奥までな。」

 「シュンキは相変わらず言動が支離滅裂だし血の気が多いね。僕は和解を望む派だな。」

 

 ユミは答え方に迷い、

 シュンキは討伐派。

 ケンは和解派。

 

 うーん、やっぱ意見が分かれるのは当然か。しかし、実質我を斃そうとする人が目の前に居るのに、あまり恐怖を感じないな…。

 という事は、シュンキに我の正体をばらしたら、柔術で殺してくるかな?…ああ、怖い。でもやっぱ伝えてみよう。

 

 「…ゴホン。…実は、我の正体は、魔王―――」

 

 と、言いかけたところで、シュンキが一瞬の動きで我の胸倉と右袖を掴んできた。

 柔術の最初の型だ。

 

 「シュンキ!?」

 

 ケンが驚くが、シュンキを止めようとはしない。きっと、彼の我に向けての殺意に恐れをなしているのかもしれない。巻き添えを喰らいたくないって。

 

 「…そうか、やはりお前……。」

 「………。」

 

 我は自分の事を安全な魔王だと言おうとしたが、何故か口からその言葉が出なかった。無意識に体が竦んでいるようだ。

 ヤバい、殺されそう。

 シュンキは我に体を一瞬で地面に押し倒し、そのまま我の胸に…呼吸器がある部位の上に全身の体重をかけて乗っかり、我の首を絞めた。苦しい。息が出来ない。

 こんな時に余談だが、首を絞められて死んでしまうのは窒息するからではない。首が絞められることによって脳内に血液が送られなくなってしまい、活動を停止してその際に死んでしまうのだ。

 だが、それは何の問題でもない。ゲーム臭い話をしてしまうと、パラメータなんて戦闘力においては結構高い。魔王なので。我は拘束されている中、わずかに動く腕でシュンキの鳩尾を打ち、吹っ飛ばす。

 

 「……レイ…君。」

 

 これには能天気なユミも絶句せざるを得なく、我はこいつらとの友好関係を続けるのがもう不可能な事を察した。

 友情は脆い。

 シュンキが起き上がって再度我を組み伏せようと試みるが、さすがに体力が尽きたらしく、跪くように倒れてしまった。

 

 「…うっ…。」

 「…いや、これは……おかしい。」

 「え?何がだ?」

 

 我はケンの意味深な反応に質問を投げかける。

 ケンは頭を抱えながらこう言った。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …ああ、やっぱりそうか。

 三回も交通事故に遭って生きている理由。

 公園から出た瞬間振り返ったらもう居なくなっていた理由。

 そしてこの仮定を裏付ける、ケンの今の発言。

 

 こいつら……幽霊だったのか。

 

 「……ハッ。幽霊の正体見たり枯れ尾花と言うじゃないか。」

 「それ意味をそのまま取ったら結構矛盾しているからな!?」

 

 いや、シュンキ本人は、幽霊の正体を見たら死んでしまうとか、そんな意味で使ったんだろうけど。

 実際は、何か壮大に見えるけど実際はごく平凡なモノだったって意味になる。

 これが俗に言う、難しい言葉をよく使いたがる年頃か。

 にしては、シリアスな場面に天然ボケを放つという荒業をやってのけたところ、評価すべきなのかもしれない。

 

 「さて、僕らの正体がばれてしまったらここで放っておくわけにはいかない。」

 

 三人は横一列に並び、そろってこう言う。

 

 「「「さあ、君(お前)も、仲間(墓場)になるんだ。」

 「一人だけ何か微妙な言い間違えしてるやつがいるぞ!?」

 

 正体は、ユミだった。

 やはり、肝心なところまで、ボーっとしてる女の幽霊である。

 というか、このシリアスな場面でツッコミを入れてる我も説得力があまりないけれど。

 

 「改めて。」

 

 言い直す。なんか凄くかっこ悪い。これが子供トリオでまだよかったんだけど。

 

 「「さあ、君も、仲m―――」

 「そういえば何でレイちゃんは私達に触れるんだろうね?」

 「「「だからお前やる気あるのかよ!?」

 

 気まぐれ、能天気、空気を読まない。

 ユミは、ムードメーカーになれば一躍有名になれた。絶対。この三拍子は、まさに揃ってることが奇跡と言っていい。

 

 「ああもう、締まらないなあ!もういい、正体がばれたからには放っておくわけにはいかないし、レイ、さっさと殺されて幽霊になっちゃって―――」

 

 ケンが言いかけたところで、横から何かが飛んできた。それはケンの頭にべったりと張り付き、貼り付けられたケンは動かなくなった。

 魔除けのお札だった。

 横を見ると、そこにはユウキが居た。右手には、数枚のお札を持ちながら。

 

 「…チッ、厄介な邪魔者が入ってきやがった。これが塩だったら、まだ良かったのに。」

 

 シュンキは未練がましくそう言う。

 

 「あーあ。もうちょっとだったのにねー。まあいーか。レイちゃん、楽しかったよー。」

 

 …ユミって、無邪気で可愛い奴だったな。何と言うか…敵対心をはなから持ってないというか。お札を張られて動けないケンを引きずってどこかに、還っていった。

 

 「………。」

 

 突然のこと過ぎて、頭の処理が少し追いつかない。

 ただ一つ、確かな事は、友達がまた消えた事だった。

 

 「魔王…か。やっぱりお前、俺の事を騙してたのか。」

 「……。」

 「沈黙は金雄弁は銀とでも言いたいのか?残念ながら不正解だ。うちのシマのルールの場合、沈黙は死雄弁も死になる。お前の場合はな。」

 

 我の場合だけなのにうちのシマのルールとか、色々突っ込みたい所はたくさんあるが、先ほどの反省を生かし、沈黙を突き通す。

 

 「それとも、お前にもこの札を張り付けてやろうか?」

 「助けてくれてありがとう。」

 

 剣幕に怯まなかった我の返答に対し、ユウキは戸惑った。

 

 「…何の事なんだ?」

 「二度も言わせないでほしい。」

 

 自分ではよく見ることは出来ないが、その時我は多分、年甲斐も無くなんて言ってしまったらちょっとツッコミに埒が明かなくなるけど、顔を赤面させていたと思う。

 照れ隠し、と言う奴だ。

 

 「…う、そんな顔をされては、攻撃できなくなってしまう。」

 

 …ユウキ、お前初心(うぶ)だなぁ。そうか、さっきまでちょっとラスボス感あふれる口調で言ってたけど、そういえばこいつ中学生だったな。

 

 「我はもう、家に帰る。そろそろ逢魔が時だ。お前にも、家族が居るだろう?」

 「そんなストリートファイターのガイルみたいな口調を言うには性別と背丈と見た目と存在が違い過ぎる!!」

 「そういえば、その札ってどこから入手してきたんだ?」

 「話題を巧妙にすり替えるな。」

 

 あ、ばれていたのか。

 ユウキは続ける。

 

 「んーと、このお札は100円ショップで手に入れてきた。」

 「そんでもって幽霊の動きを封じる効果が!?最近のお札ってコスパ低いんだなあ!?」

 「いや、俺もダメ元だったんだが…多分、レプリカだろう。紙の質感が全然だめだ。」

 「お前本物の札の感触分かるのか…。」

 「分からないよ?」

 「分からないならそんなこと言うな!誤解を生むだろう!」

 

 何はともあれ、今回の件は殆どユウキによって救われたと言っていい。我も抵抗は出来るのだが、肉体が元々存在しない幽霊トリオの事だ。動きによって体力が消耗されることはそうそうない。あんな体力無尽蔵が三人合わされば間違いなく我は叩きのめされていた。

 なぜか悔しさを感じることは否定しないが、今回ばかりは感謝するとしよう。

 我とユウキは、お互いに敵同士の関係にある。

 しかし、時には、お互いを救い合う存在でもある。

 

 

 「ただいまー。」

 

 家に帰ってきた。

 

 「…おかえりー。」

 

 いつもなら、ここでフウマがエプロン着用姿で台所に立ち、何かしらの料理を作っているというのがお約束なのだが…。

 なぜか、カップラーメンを食べていて、げっそりしていた。

 

 「フウマ!?どうした?」

 「……いや、あの三人が…。」

 

 三人と言う言葉を聞いて、少し背筋がぞくりとした。我が知っている限り、三人と言う言葉を聞いて連想するのは、アイツらしかいない。

 

 「どこにいる!?」

 「……二階の俺の部屋。何か急に入ってきて、晩飯平らげやがった…。」

 

 我は二段跳びで急いで階段を駆け上り、二階のフウマの部屋のドアをバンと開ける。

 そこには、我の予想していた通り、ケンとシュンキとユミが、トランプで遊んでいた。

 

 「…お、レイ君。」

 「何だレイか。いつ帰ってくるのかと待ちくたびれたぞ。」

 「レイちゃん久しぶりー。」

 「何故ここに居るのか説明してくれ。」

 「あの後、僕たちは仲間づくりをすることを止めて、()()()()()()()()()()()()()ってことになったんだ。しっかし、君んちって結構居心地良いんだねー。あ、あのお札は全然効果なかったんだね。僕ってば、暗示効果で気絶しちゃったみたい。」

 「あのフウマって人、君の召使い?」

 「…フ、俺らに桃源郷を提供してくれたこと、感謝するとしよう。」

 

 ……いや。

 お前ら、早く成仏しろよ…。

 でないとフウマが、確実に飢え死にするじゃあないか…。

 

 「……あ、ところでレイちゃん。君もジジ抜き一緒にやる?ババ抜きとは違って、最初からジョーカーは入ってなくて、代わりに山札から一番最初のカードを抜き取るんだよね。そうすることで、何がババかが分からなくなるでしょ?楽しいよー。」

 「今度からは、一緒に住まわせてもらうね。大丈夫大丈夫、僕達、実は幽霊と言うより亡霊だけど、そこら辺大差ないと思ってもらっても構わないから。」

 「…フ、レイ、良かったではないか。一緒に住む仲間が増えたんだぞ?これ以上嬉しいことはない。」

 

 …………。

 ………。

 ……。

 

 

 

 

 

 

 「フウマの家から今直ぐ出ていけッ!!!!!!」



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浄化

これで、幽霊編終了でございます。
最後辺りから文章力が崩壊していきました。


 「…あのー…。」

 「?」

 

 翌日。

 俺の家に三人兄弟の亡霊も住み着きました。

 何かと不思議な生物ばっかが住み着く家である。最早恐怖。最早戦慄。

 そして、俺が朝ごはんを食っている時に疑問を投げかけた理由は、この亡霊兄弟。全員ゲッソリしているのである。そして魔王はつやつやしてるのである。

 

 「ああ、それはだな。」

 

 話によると、魔王パワーとか何とかで亡霊たちの精気を限界まで吸い取って、あまり激しい運動が出来なくなるようにされたらしい。これで我が家の家計が即火の車になることは未然に防げたが、どっちかと言うと一番おっかないのはこの魔王である。

 まずアンデッドの亡霊から精気を吸い取れたということすらに魔王への畏怖を感じるが。

 

 「…レイ君、さすがにやり過ぎ…では?」

 「…フ、何だか常に空腹の気分だよ…。幽霊だけど餓死しそう。」

 「気分じゃなくて現実を見てよ…レイちゃん、これはちょっとひどくない?」

 「え?亡霊なら肉体が無いから何食べなくても平気じゃないの?」

 「「「平気じゃないよ!?」

 

 むしろもう死なないのが仇となって永遠に飢餓で苦しむ生活を送るのだそうだ。

 可哀想と言っちゃあ可哀想だが、俺には何もやれることが無いのがとても悔しくて、とても申し訳ない。まあ、霊と言う存在の限り、そんなことをする必要はないんだろうけど。

 

 …そういえば、魔王と亡霊って存在が似てるな…。

 

 「ふー、ご馳走様。お前らだってそこで寝っ転がってないでこっち来れば飯食わしてやったのに。」

 「ドSだった!レイちゃんドSだった!」

 「ある意味ツンデレを通り越してツンドラだな…。」

 「ツンデレすらないと思うよ!?」

 

 飢餓状態で動く事すらままならない亡霊兄弟たちにそんな振りを…。魔王、お前、いや、お前も、ドSだったのか。

 

 

 

 

 「そんでさ、フウマ、あの亡霊たち、どうする?」

 「どうするって、お前…。」

 

 魔王の質問に対し、そんな意味深な返しをしたのは、つい数分前の出来事からによる。

 魔王は、自分が吸い取ったエネルギーを返す条件に、一人につき10回「私たちを早く浄化してください」と言ってくれたら返すというハートマン軍曹とか鬼畜王とかを彷彿とさせる行為をやらかしたからな…。何かもう、こいつ最初会った時の魔王とは違う。こんなサディストだったっけ?

 

 「成仏させるしかないだろうに。」

 「やはりそう答えるか。で、どうやって?」

 「んー…あ、そうだ。」

 「なんだ、心当たりのある人がいるのか?」

 「レンに頼もう。」

 「…レン?」

 

 ああ、知らなかったっけか、こいつ。だとすれば、ちょっと説明をせにゃならんな…。

 

 

 俺は携帯を取り出し、電話帳からレンのを見つけ出し、通話を試みる。

 

 TELLLLLLLLLLL

 

 「はい…。どうm―――って、お前…フウマか?」

 「まだ声も発していないのによく相手がわかったな…。お前はエスパーも使えるのか?」

 

 そういえば、レンと会話するのは久しぶりだな。最近出番…いや、会う機会が少なかったし。

 

 「あ、あのな、レン。久しぶりついでに唐突で申し訳ないんだが、頼みがある。」

 「……あ?何だよ頼みって。祈祷か?」

 「ああ、その類だ。俺の家に幽霊が住み()いてるから、浄化してほしいんだ。」

 「……あい。じゃあこれからゆっくりお前の家に向かうとするわ。」

 「おっけい。できるだけ早く頼むよ?」

 

 俺はそう言って、携帯電話を切った。……あー、やっぱりアイツとは会話がし辛いな…。ちょっとだけ間をあけて返してくるし、何よりも声がかぼそくてすごく聞き取りづらい。

 俺は携帯電話の電源を切って、向こうで魔王と戯れている(仲良くなったようだ。様子を見る限り、先ほどのあれはなかったことにされている)亡霊トリオに話しかける。

 

 「おい、亡霊。」

 「おっと、僕たちのことをまとめて亡霊呼ばわりしないでくれませんか?できればそれぞれの名前で呼んでくれると嬉しいですね。」

 「亡霊。」

 「…こいつ、ケンの忠告を無視しやがった…何たる猛者だ、いや、何たる…猛々しい男だろう。」

 「なあおい、ケンの忠告にはどんな力があったんだシュンキ?」

 「ケンの一言には世界を物理的に揺るがす能力があるんだよ!」

 「おいユミ物理的にってどういうことだ!?」

 

 これ以上話がそれたらグダるので、さっさと本題を言おう。

 

 「お前らを成仏させることにした。」

 「「「えー!?」

 「えー!?」

 

 何で三人とタイミングが遅れて魔王も愚痴るんだよ。というか愚痴るなよ。仲良くなるなよお前ら。

 

 「やだやだー!まだここにいたいー!!」

 「……天国、か…。どういう場所かが不安過ぎて、行くという行動を拒否せざるを得ない…。」

 「…まあ、フウマさんの気持ちも分かります。僕ら亡霊が、普通の人の民家に住んでいたらおかしいですもんね。」

 「おっ、ケン。やっぱお前だけだよ一番の常識人…いや、常識霊は。」

 

 …シュンキとユミと比べて、こいつが一番しっかりしている。きちんと霊としての常識も弁えてるし、何よりコミュ力が高いのか接しやすい。

 

 「では、常識霊として、もう一つ質問がありまーす。」

 「何だ、聞いてみろ。」

 

 ケンは一つ、咳払いをしてこう言った。

 

 「なぜ、亡霊が住み着くのはおかしいのに、魔王が住み着くのはおかしくないんですか?」

 「………!」

 

 俺と魔王は、何も答えなかった。否、答えることができなかった。俺が魔王や今後の自分の生活を考えて今までずっと気にしないできた質問を、こいつは平然と言いやがった。常識人というより、ゲスである。

 …うんこれは嘘、言い過ぎた。

 

 「…あ、えっと。」

 「あー、そういえば私も気になってた。ねえレイちゃん、レイちゃんって確か魔王でしょ?何で一般人の家に住み着いてるの?」

 「…そ、それは、フウマに拾われてさ……。」

 「いやでも違和感があるな。魔王ってどっちかというと人間の敵だよな。何故人間に味方している?なぜ人間と共に行動をしている?」

 「…だって、フウマは…ちょっとした恩人みたいなものだし…。」

 「だったら他の人類に牙をむこうとはしないんですか?」

 「しないよ!」

 

 質問攻めする三人に対して、魔王は少し声を張り上げた。

 

 「我は、魔王になりたくてなったわけじゃないし!」

 「…え、そうなのレイちゃん。」

 「うん。」

 

 魔王は、ちょっと焦り気味の声でそのまま続ける。…いや、焦りじゃなくて、震え気味か。

 

 「魔王ってのは、決して我が選んで呼ばれた名前じゃないんだ。正直言って我は魔王ではないに等しい。ちょっと強い力を持ったただの人間なんだ。…まあ、厳密に言えばその他少々人間とは違うけど。」

 「は?じゃあなんだ?魔王ってのは名前だけで、本当は人間に危害を加える気はないってことを言いたいのか?」

 「そう!そうそうシュンキ!」

 

 激しく肯定する魔王に対して、シュンキはため息をついてやれやれと呟いた。そして次にゆっくりと立ち上がって、魔王の所へ歩く。

 

 「…な、何さ。」

 「…なあ、レイ。」

 

 シュンキは魔王を嘲るような声と顔で、こう言った。

 

 「お前は実に馬鹿だなぁ。」

 

 「…何だと?」

 「…だってさ、お前は魔王だから自負はしてるよな?()()()()()()()ってやつをさぁ。」

 「…存在意義?」

 

 魔王がシュンキの言った言葉の一部を反復すれば、シュンキはさっきより深く、ため息をつく。そして突如、シュンキは魔王を突き飛ばした。

 魔王は突然のことに対応できなかったのか、そのまま尻餅をついて倒れてしまう。

 そのまま、シュンキは倒れた魔王の上に乗り、胸を触ったり、股間の部分を撫でまわしたりした。

 

 「れ、レイちゃん!?」

 「魔王!?おいシュンキ何をするんだ!!」

 

 俺は上に乗ったシュンキを横から突き飛ばしそのまま一喝するが、その嘲るような目線は一切変わらなかった。むしろ、より、その思いが強くなっている気がする。

 …魔王が触れることが出来れば、俺も触れることが出来るのか?

 

 「なあ魔王さん。例え亡霊であれ、こんなことをされたら殺したくならないか?」

 「……。」

 「悔しくないか?殺意が芽生えないか?憎らしくないか?」

 「………いや、芽生えない…し。」

 「何?」

 

 予想外の返答が返ってきたようで、シュンキはもう一回聞いてしまう。

 魔王は少し涙目になっていて、そのままゆっくりと立ち上がって……何もしなかった。ただ、その場に立っているだけだった。

 

 「だって……我…は……殺したくないんだ……。」

 「殺したくない?」

 「これ以上…生き物を傷付けたくない。殺したくない。命を絶たせたくない。」

 「…ああ、そうか。」

 

 シュンキは魔王の意を察したようで、ゆっくりと後退して、ケンとユミの居る場所へ戻る。

 

 「すまない。少し勘違いをしていた。お前は後悔しているんだな。」

 「……あ、うん。」

 「すまない、先ほどの非礼を許してくれ。」

 「…分かった。」

 「あー…良かった。このまま血祭りになったらどうしようかと思ってた。」

 「他人の家で血祭りなんて死んでも嫌だけどね…もう死んでるけど。」

 

 こんな雰囲気の中でもサラッとジョーク入れてしまうケン先輩本当に憧れます。僕が主人公の座を投げ出してしまいそうなぐらいです。

 …冗談だけど、こういう雰囲気の切り替え方は本当に上手い。

 

 「でもさ、レイ。お前ってそんなに胸大きかったんだな。」

 「…そんなこと言うな!!このデリカシー皆無セクシャルハラスメント亡霊ども!!」

 「私達も巻き込まないでくれるかな!?」

 「いや巻き込むだろ!?何でフウマの様に止めようとしなかったんだ!?」

 「…いやだってさ、私らぶっちゃけ言ってシュンキの事が怖いし。あれだよ?いざとなれば人も殺せちゃうような奴と同じ屋根の上で暮らして怖くない人がいると思う?」

 「……あー、確かに…。納得したわ。」

 「フウマも納得しないで!!うわーん!!」

 

 そんなやり取りをかわしている内、インターフォンが鳴った。どうやらレンが到着したようだった。

 俺はドアを開ける。

 

 「…よ。」

 「よぅお!?」

 

 レンの姿を見て思わず変な声を上げてしまった。いつものネガティブな性格からは考えられない程の真っ白な装束を身に着けていたのだ。

 

 「…フフ。今何で驚いたんだろうな。分かってるぞ。ひょっとして俺の見た目のあまりの醜さに驚いてしまったんだろう。」

 「いや、その衣装が凄いなーって思って。」

 「…ああ、これか。どうだ?似合ってないだろう?ダサいだろ?これだから、まだ俺が二足の草鞋を履いているってことはお前にしかばらしてないんだ。」

 「へー。それはなんか認められた感があって嬉しいな。」

 

 ちなみにレンの顔は結構なイケメン具合である。ネガティブな性格さえなければ幅広い女子にウケていたと思う。

 

 「フウマー早くー。」

 「……あ。」

 

 玄関で話をしていたら、横から魔王がひょっこりと顔を出してきた。そして、レンを見た瞬間戻る。

 

 「何故戻った。ほら、俺の友達なんだから自己紹介しろ魔…レイ。」

 「………あ?お前、あの幼女とどういう関係なんだ?いつからここに居る?」

 「…えーとな。それはちょっと話すと長くなるんだよな。まあ孤児院で拾った。そう解釈してくれ。」

 「………お前、孤独なのか?」

 「そりゃまあ。」

 

 ホントはそんなこと思ったことないけど。ここでそうでも言っておかないとただの子供欲しさに子供を引き取ったロリコンだと思われてしまう。

 暫くして、魔王が今度はそーっと壁から顔を出した。

 

 「お、レイ。自己紹介。」

 「……は、初めまして、レイと言います。まだ彼氏はいません。よろしくお願いします。」

 「……よろしくお嬢ちゃん。」

 

 …んー?何で今コイツ彼氏はいませんなんて言ったんだ?そんなの俺がレクチャーした自己紹介の仕方には含まれていなかったぞ?あと妙に顔が赤いし。

 …いや、まさか、な。

 

 「ま、いっか。じゃあレン。早速依頼の件おねがーい。」

 「あいよ。……あー、そういえば一つ質問があるんだが。」

 「何だ?」

 「その亡霊って獰猛な奴か?」

 「いや。寧ろ友好的。だけど、自分らが成仏するのに一抹の不安を感じているらしい。」

 「…はあん。そういうタイプね。」

 「どういうタイプだったかってことは知らんが、とりあえず手っ取り早くお願いな。」

 

 レンは亡霊三人が佇むリビングへと向かって、俺らを廊下で待たせた。

 

 「「「いやーーーーーーーーーーー!!まだ成仏したくないよーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 亡霊三人のよく響き渡るそんな断末魔が聞こえたが、俺は聞いていないから分からない。

 魔王もただ無表情で耳を塞いでいたから多分聞こえてない。

 

 「はい、完了。」

 「お疲れー。いくら払えば良い?」

 「……まあ、お前は俺の友だから、特別に安くしておいてやろう。3000円だ。」

 「おう。」

 

 俺は財布から5000円を取り出して渡す。レンはそれを受け取って財布から2000円を渡してきた。何も言わずともお釣りを渡す人は接客業としても一人前だって本に書いてあった。

 

 「…すいません。レンさん。」

 「…あ?」

 

 レンが靴を履いて帰ろうとした時、魔王が凄い礼儀正しい口調で呼び止めた。レンが振り返ると、魔王は意味深な感じで額に少し汗を流し始めた。

 

 「…いや、何でもありません。」

 「? …あっそ。じゃあなフウマとレイ嬢。なんつって。」

 「じゃーなー。」

 

 レンは軽く笑顔を見せて手を振り、ドアを閉めた。

 

 「……。」

 「………なあ、魔王。」

 「…何だ。」

 

 俺は恐る恐るとある質問をする。

 

 「お前、もしかして一目惚れしたか?」

 「………………………はい。」

 

 永い沈黙の末、魔王は超小さい声で肯定した。




~幽霊編 終~


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初恋編
初恋


比較的早く更新。
毎回こんぐらいのペースで更新できたらいいのに。


 前回のあらすじ。

 魔王がレン(ネガティブ先生)に恋をした。

 ……。

 ああ。

 こんな日が来るとは十分覚悟していた。

 魔王が恋をするという日が。

 だけど、その恋をした相手がちょっと覚悟してもしきれなかった。

 

 「レンて。」

 

 かなり癖というか、話しにくい扱いにくい奴に恋をしたなぁって思う。正直言って、面食らったもん。

 …まあ、ファンがたくさんいる超絶モテ男に恋しようが、見た目的な意味で救い様の無いブサイクに恋しようがそれは人それぞれだから、俺は魔王がレンに恋したことを非難する気は毛頭ない。

 むしろ応援してやろうと思う。

 

 「よしじゃあ、魔王。」

 「ん?」

 「トレーニングをしよう。」

 「はい?」

 

 魔王は俺の言った事が一瞬理解できず、首を傾げた。

 

 「あのな。お前レンの事が好きなんだよな?」

 「…ん、まあ、そうだけど?」

 「じゃあ、次に、お前の立場をよく考えてみろ。」

 「………魔王、と答えては駄目か?」

 「甘いな魔王!!!」

 「ちょっと急に叫ぶな!」

 

 俺は今から言うことの重大さを伝えるべく、顔を魔王に近づける。キスしたらできてしまいそうな距離だ。

 

 「あのな、魔王というニュアンス上、お前は公衆の面前でお前の正体をばらすのは命知らずがとる行動だ。だから、お前は人間という事にして告白せにゃならん。」

 「……どういう―――」

 「だからお前は背が低いのに学校に行ってないでいつもボーっとして過ごしているし、普通の人から見ればお前は学校にも行かないでまともな教育受けず人の家で何もしないで過ごしているニートなんだってことだよ!!」

 「……なっ!!?そ、それは流石に言い過ぎなんじゃないかー!?」

 「だから、お前はせめてルックスをよく見られるように努力をしてもらうんだ。」

 「…成程、フウマの言いたいことは十分わかった。しかし!」

 「……何だ?魔王。」

 「………最高のトレーニングを宜しく頼もうではないか。」

 「おうとも!!」

 

 かくして、魔王ルックス向上トレーニング(by魔王)というものが始まった。ちなみに、トレーニングの内容と言うものはあらかじめ決めてある。どれも基本的に魔王を鍛えて、印象を良くするためのトレーニングだ。

 

 「…えーと、じゃあまず、滝修行―――」

 「おい!?」

 

 一番目のトレーニングから早速、苦情が来たようだ。まだ実行に移してすらいないというのに。

 

 「…何だ魔王。何か不満でも?」

 「いやいやいや、ルックス向上トレーニングに滝修行って!?何かコレだけ太くて男らしい文字で書かれてるし!?場違いだし意味無さそうなんだけど!?」

 「バカ野郎魔王っ!!滝修行をすることによって心身を引き締め、鋼の精神を作り出すことによってこれからするトレーニングに耐えきれるようになれるんだぞ!?」

 「滝修行をしないと耐えられないトレーニングなんてやりたくないわっ!!」

 

 魔王の強い要望により、滝修行は変更することとなってしまった。

 

 「よしじゃあ、滝修行は仕方なく変更して、一ヶ月ライザップに通うってことでいいか?」

 「期間が長いしそれだったらまだ滝修行の方がマシだわ。」

 「えー?じゃあお前が何がいいんだって話だよ。」

 「…仕方ないな。そんならそれは飛ばして、次のに進めてくれ。」

 「……えーと、次の予定は一時間正座をして微動だにしないだけど。」

 「確かに滝修行しないとできないトレーニングだな!!」

 

 閑話休題。

 実は、微動だに動かないというのにも鍛えられるものがある。

 集中力。

 バランス力。

 精神力。

 この三つが強化されるのだ。

 ただし、あまり長く続けてしまうとそれはもはや仏教でいう苦行だし、最悪筋肉が衰弱してしまう可能性もあるので適度にやるのが吉と言われている。

 では、話を元に戻そう。

 

 「………まあ、実は、我にもそのルックス向上トレーニング方法については大体見当はつけていてね。」

 「えっ、それは本当か!?」

 「ああ、本当さ、フウマ。」

 「それはどんな方法なんだ?」

 「……○○○。」

 

 ……!!??

 こいつ…今……女として、いや、人として絶対に言ってはならない言葉を堂々と言いやがった!!

 一回お前サブタイトル見直して来いよ!?

 

 「…○○○の○○○○を自分の○○○に○○してそのまま○○○○して○○に至る…。これはなかなかいい運動になるんだぞフウマ。」

 「確かにいい運動になるんだがそれはちょっと絶対にしてはいけない運動だから!!」

 「何だ。じゃあ××××は?」

 「それはまずルックス向上トレーニングには繋がらない!!あとそれさっきの奴と別の言い方に変えただけだろうが!?」

 「じゃあファックスで。」

 「どういう意味なんだそれ!?」

 

 長い口論の末、結局のところこれまでのトレーニングの予定は全部白紙に戻し、また一から決めることとなった。

 そしてそこからさらに数十分にも渡る検討の末、結果的に完成したスケジュールはルックス向上の意が一切含まれていない、ただのトレーニングのスケジュールとなっていたのであった。

 

 「えーとまず、今は10時00分だから……10時20分から……どうしようフウマ。」

 「腕立て伏せ20回だ。」

 「それなら楽勝だな。」

 「じゃあ背中に重し乗せてもいい?」

 「どうしてぇ!?」

 

 その他にもいろいろあったけど、書くのが面倒くさいから割愛する。

 

 「……よし、完成。じゃあさっそく、実行に移すぞ。」

 「おっけい。」

 

 

 「………ちょっとタンマ。」

 「えー!?まだ一分しか経ってないじゃないか!?こんなんじゃ魔王の風上にも置けんな。」

 「…いやだって、我は普段トレーニングとかしたことないし……ぜーぜー…。」

 

 トレーニング開始から10分後。魔王はもうバテていた。

 内容は、玲佑公園にて30分間走り続けるというもの。最初は調子よくスタートしていたものの、少ししたら体力の底が見えてきたようで、地面に四つん這いになって呼吸をしていた。

 

 「フウマぁぁ……お水ちょうだいよ……。」

 「水分を摂取したら体の動きが鈍るんだ。だから十分にのどを潤せないかもしれないが、これだけな。」

 

 と言って俺は水の入ったペットボトルと紙コップを取り出し、水をコップに少しだけ注いだ。具体的な量を言えば、一口飲めばもうなくなってしまうぐらいの量。

 

 「こんだけなのか!?」

 「いつまでも水があるなんて平和ボケしているんじゃねえぞ魔王!!ごくごく……。」

 「お前が一番平和ボケしてるじゃねぇかよ!!」

 

 俺ものどが渇いてきたみたいなのでペットボトルの水を飲む。

 

 「世の中にはな……食べ物なんて食べたくても食べられない奴がいるんだ……飲み物なんて飲みたくても飲めない奴だっているんだ!……ごくごく……お前はその人の気持ちを考えたことがあるのか!?」

 「まずお前いっぺん死んで来いよ!!!」

 「ぷはーっ、やっぱり暑い日の水は体全体に染み渡る!」

 「…うぐっ…!の、飲ませろーぉぉ!!」

 

 魔王がすごい形相でペットボトルの水を奪いに来た。だが所詮背丈は中学生程度、こんなの大人の俺が上げられるだけ天高くペットボトルを持ち上げれば届きはしない!

 

 「ぴぎゃーーーーーーーー!!!(裏声)

 「金切り声を上げるな魔王!!」

 「お願いだから!本当にお願いします!!」

 「そんな丁寧にお願いをされてもなぁ…。まあ渡したいところだけどケジメをつけなきゃダメだな。よし魔王、本当はもっと走ってもらうが、今回だけは特別だ、あと一周してこい。」

 「うわあああああああああああああああうおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 叫びながら走るな。そう言いたいところだったが、大声を張り上げながら走る魔王にそんなこと言っても結局聞こえないだろうから、無駄だと踏んで言わなかった。

 ……自分もこんな事態になったらあんな全力で走るかな…。大声は発さないとしても。

 

 「はい一周!!」

 

 本当に一周してきやがった。なんかさっきより元気になってる。アドレナリンでも放出されてたのだろうか。……ん?何か魔王の口元が…赤い?

 

 「…あ!?魔王口から血ィ出てるぞ!?何があった!?」

 「のどの粘膜破けた!」

 「…え゙!?あー分かった分かった水飲ませるから!」

 

 俺は急いでペットボトルのキャップを取り、魔王にうっかり渡してしまった。魔王はバキュームのごとき勢いでその残った水をあっという間に飲みほしてしまった。

 のどの粘膜って乾燥しすぎると破れちゃうのか。しかし、その時の血液でのどの渇きは薄れそうな気もするけど。

 

 「………。」

 「げふー!」

 

 ………。

 可愛い。可愛いんだけどさ。

 今まで女子が言うと萌えるけど絶対に言わなさそうなセリフベスト10に入ってたセリフの一つ「げふー」をまさか実際に言葉で言う人がいるとは思わなかった。

 ちなみに一位は「ふえぇ」。

 

 「……フウマ。」

 「あい?」

 「お前も走れ。」

 「…何故に?」

 「我の今の苦労を知ってもらいたいからだ。」

 「ふーん。」

 

 ……こいつ、もしかして俺の能力を忘れてるからそう言っているのか?

 

 「それでは、よーいどん!」

 

 魔王がスタートコールを鳴らす。そして、それが鳴ったと同時のタイミングで、俺は走った。

 

 ビュン!!

 

 「……あ!?」

 

 あの反応…やはり忘れていたようだ。最近使っていなかったが、俺は何故か普通の人間とは天と地の差ぐらいに、数秒間だけ超速で走れるのだ。過去にこれを活用して囮になり、テロリストを鎮静化したことがある。

 ……スタートから6秒。俺は公園2週を完走した。

 

 「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああフウマの神速忘れてたー!!!」

 

 魔王は自分の頭を押さえてのけ反り返っている。

 

 「ふっふっふ、完走したぜ。」

 「よくもそんな清々しい顔で言えたものだな!!」

 

 俺の能力を使って何が悪い。別に神速などを使ってはいけないなどという束縛ルールなんてなかったはずだ。

 

 「時に魔王。」

 「何だ。」

 

 そして、神速の件から話をすり替える。

 

 「今回のトレーニングで、何がわかった?」

 「水の大切さがわかった。」

 「趣旨が変わっている!?」

 

 

 その後も、色々なトレーニングを行った。まあ抽象的に説明をさせてもらうと、走って、ストレッチして、休憩して、走っての繰り返しになったわけなのだが。

 その結果、何とか功を奏し、痩せたのか魔王は全身が程よく引き締まり、妙のその表情にも凛々しい雰囲気を醸し出していた。

 

 「…おおー!魔王、随分と女らしくなったじゃないか。」

 「本当か!?……っておいおい、それってもともとは女らしくないみたいな言い方じゃないか?」

 「ああそっかごめんごめん、魔王キレイになったじゃないか。」

 「トレーニングする前の自分は汚かったのか!?」

 「馬鹿だなー魔王は。あのな、この場合のキレイは見た目じゃなくて性格のことなんだ。」

 「我は汚い性格だったのか!?」

 「まあそうだな。」

 「即答するな!」

 

 

 

 ―――翌日。

 

 「……ああ、ついにこの日が来たようだな。」

 「……うむ。」

 

 俺らは、得も知れぬワクワク感で体中を満たされていた。

 この日とは、魔王がレンに告白をする日のことだ。このことは全然レンには伝えてないし、あいつもあいつで彼女がほしいなどと喚いていたものだから、この件はサプライズという意味も含めている。あいつも心が天に昇るほどうれしいはずだ。

 レンの願いも叶い、魔王の願いも叶う。

 何たる一石二鳥だろうか!!

 ……ああ、ちなみに告白する時間帯、場所などはあらかじめ決めてある。中途半端に計画を決めてしまっては、途中で思わぬハプニングが遅い、台無しになってしまう可能性があるのだ。

 だから、もし急に悪天候になった時を考慮して告白する場所は何と俺の家の中!

 360度東西南北上下が壁や床に覆われている場所なら、決して邪魔も入らないし、上手くいけば雰囲気を作ることもできる!!ああ、なんていい場所なんだろう、家。

 まず電話で俺の家に来てくれないかと伝え、仕事が終わる時にレンは俺の家に来る。そしてすでに面識がある魔王といろいろな会話を交わし、親密度を深めていく。この時、俺は外から望遠鏡で中を観察して雰囲気を見守ることにする。そしてそのままことが順調に進んで告白に成功したら仕事から帰ったふりをして、そしてそのまま祝う。

 なんて完璧な計画何だろうか…!!

 

 「よし!じゃあ、今からレンに電話をかけまーす!!」

 「おう!…いやー、何かワクワクと同時に、ちょっと緊張するなぁ。」

 「まあ、出会って数日の奴に告白されるのはあれだよな、ちょっとびっくりするかもしれないけど、アイツはアイツでいい奴だし、承諾してくれると思うぜ。」

 

 俺はそう言い、携帯電話で通話を試みた。

 

 TELLLLLLLLLLLLL

 

 「…はい、もしもし。」

 

 出た。

 けど。

 その声は、どこかレンとは違う声だった。

 若々しくて、ショタっ気が漂う、この声―――。

 

 「ユウキです。」

 

 なんと、ユウキが出てきたのだ。

 なぜレンの電話に。もしかして、兄弟関係なのか?

 

 「……お前ユウキか?」

 「あ、フウマか。何故電話をかけてきた。」

 「いや、ちょっとレンに用があってだな。代わってくれないか。」

 

 …まあ兄弟だという根拠があるわけじゃないが、この場合高確率でそうだろう。

 

 「…………。」

 「お、おいどうした?レンだよ、レン。」

 「………フウマ。これはかなり申し上げにくいことなのだが―――。」

 「?」

 「―――レンは自殺したんだ。」

 「………は?」

 「レンは、昨日、自殺した。」

 

 妙に文節ごとに間隔を空けて、ユウキは小さい声で言った。

 俺は、一回魔王の顔をちらっと見てみる。

 魔王は、この世に終末が訪れたかのような、絶望的な顔をしていた。



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逆行

話数調整のため、今回は文章量少なめにしてあります。
別に手抜きとかじゃないし。


 俺はもう少し、情報を得ようとする。

 

 「………詳しく話を聞かせてくれ。」

 「…フウマ。レンが自殺をしたのは、自分の会社の屋上らしい。遺書が遺されていて、その内容は、『彼氏いない歴=年齢に耐え切れず、一回人生をリセットしてくる。俺を止めても無駄だ。決めるって決意したんだからな。でも、フウマ、すまない。』と、かなり簡潔に書かれていたんだ……。」

 「…あー、分かった。じゃあな。」

 

 俺はそう言って、通話を切断した。

 

 「………魔王。」

 「…………。」

 

 放心状態になっている。

 そりゃそうだ。

 計画が頓挫したどころか、その目的すら失せたのだから。

 

 「………なあ、フウマ。」

 「…何だ?」

 「失恋って、こんな気持ちかな…?」

 「………。」

 

 俺は何も言わなかった。

 断じて違う。

 この場合、失恋よりも、喪失感や悲哀の感情が限りなく多い。

 というか、俺だってどういう風に表現すればいいのか、すごく悩む。まず表現するのが普通憚られる場面かもしれない可能性だってある。

 

 「……どうするんだ魔王。」

 「……何…が?」

 「お前は、レン(アイツ)に対して何かしてやりたかったとは、思わないのか?」

 「……ふっ、くぅぅぅぅ…。」

 

 あー、泣いちゃったよ。

 そりゃまあ無理もない。

 だけど、俺だってこんな結末迎えたくない。

 こんな釈然としなくて後味の悪い結末なんて、誰も望まない。望みたくもない

 

 「……………………………………。」

 「ひっ……く、ぁう…すっ、く……。」

 「…………魔王。」

 「…?」

 「お前だって、こんな結末嫌だよな?」

 「……当たり前じゃん!!」

 「…まあな。」

 「何なのそのあたかも他人事のような口調は!?お前は私の気持ちを全く理解していないんだな!?そうなんだな!?」

 「何を言っているんだお前は。ちゃんと理解してるよ。」

 「嘘つきぃ!!!あぅ……フウマの…馬鹿ぁあああああ!!!」

 

 一瞬だけぐずった後に、魔王は家のどこかへ逃げ出した。俺は先ほどのショックもあって、その場から動く気が出なかった。

 普段ならさっきのセリフで反論しようと怒鳴るところだが、今回そうしなかったのはそのため。

 俺だって、豊富な絶望感と無力感に包まれている。

 

 「………ああ、ここからどうしようかな…。」

 

 残念ながら、この出来事は魔王の心にかなりのショックというか、ダメージを刻んだと思う。

 今まで、悪夢とか、一瞬攫われかけたりだとか、そんな災難な出来事が多かったけれども。

 この出来事は、はっきり言ってそれを凌駕している。

 それくらいの出来事なのだ。

 ネガティヴな性格が、マイナスに働いた。働きまくった。

 普通の人間なら、そんな彼女ができないからって死のうとはしない。現に、俺が死のうとはしていないのだから。

 

 …………。

 

 「こんな結末受け入れてたまるものか。」

 

 俺は先ほど魔王の逃げた道をたどって、追いかける。

 魔王は、俺の部屋で枕を濡らしていた。

 

 「……魔王。」

 「……。」

 「………お前は、そんなのでいいのか?」

 「…へ?」

 「お前はこんな結末でこの計画を終わりにしていいのかと聞いているんだ。」

 「……だって、一度亡くなった命は、もう戻らないんだろう?」

 

 パシーン!

 

 ビンタした。自分でも何故かはちょっとわからない。

 

 「…!?……え!?」

 

 あまりにも突然の平手打ちで、魔王は軽く混乱してしまう。

 …あー、これはちょっとどうしようか。今ので魔王の涙は引いたみたいだけどな……。

 もういいヤケクソだ。

 

 「お前は、レンのこのままにしていいのか!?」

 「…このままって、もう戻らないんじゃ…。」

 「それは人間の常識だ。だがお前は魔王だ。その常識を覆すことはできないのか!?」

 「…。」

 

 魔王はしばらく思考した。そしてある方法を思いついたようで、先ほどの泣きそうになっていた顔とは一変、ちょっと凛々しいような緊張しているような顔で俺にこう言う。

 

 「…………一つ、方法があるんだ。」

 「おお!それは本当か!!」

 「……私が過去に行って、レンに愛を伝える。」

 「……タイムスリップ!?」

 

 かくして、魔王がせっかく頑張ったルックス向上トレーニングも、俺があらかじめ決めた計画もほとんどパーになり、なんとタイムスリップをしてレンに告白するという、前代未聞の告白イベントが始まったのであった。

 

 語り部:魔王

 

 ……時空逆行(タイムスリップ)

 我はそう呼んでいる。

 時空逆行は、まあその名の通り、過去に行ける魔法。今までは封印されていた後遺症であまり大それた魔法は使えなかった。しかし、近頃その後遺症が薄れてきたのか一部の魔法が使用可能になり、その中の一つに時間逆行があるのだ。

 だけど、時間逆行でタイムスリップしている間はかなり体力を消耗する。大体時間逆行を発動してから12時間ぐらい経つと体中の生気を無くし、死に至る場合もある。だから、それまでに魔法を無効にし、元の時空に戻る必要があるのだ。

 

 「……なるほど。」

 「これが時空逆行。これを使ってまだレンが生きている時空に向かい、告白をする必要がある。」

 「し、しかし。よくSFでタイムスリップは見かけるが、大丈夫なのか?…その、タイムパラドックスとか。」

 「タイムパラドックスは……問題ないといえば問題ないが、無闇に過去の人間にべたべた触れてしまうと、自分の存在が消失する可能性がある。あと、時空逆行で過去の自分に会ってしまった場合、その瞬間自分の記憶の中で様々な追憶が塗り替えられ、精神のバイパスがめちゃくちゃになってしまう。」

 「…なるほど。デメリットあればメリットありか…。」

 「ううん、どっちかというとメリットあればデメリットありだな。」

 「でさ。タイムスリップは今出来るのか?」

 「いや、タイムスリップしてどこに飛ぶか、いつ頃の時代に飛ぶかというのを脳内で設定する必要がある。そして、その時に時間逆行を発動すればいい。」

 「なるほどな。」

 

 というわけなので、我は告白する方法と場所を考えた。

 タイムスリップして告白する以上絶対に他人にバレてはいけないし、レンに変な誤解を与えぬよう告白しないといけない。そのためには、誰にも人目に付きにくい場所—――建物の屋上というのが妥当だろう。

 フウマからレンの通勤する会社を教えてもらい、そこに時間逆行でワープし、そして手紙でレンを屋上に呼び出す―――そして、告白。という計画を策定した。ちょっとレンにとっては不条理な計画になっているが、これで十分かな。

 

 計画実行は翌日だ。じゃあ手紙を書いて、今日はもう寝て明日に備えるとするか。

 

 『好きです。仕事の終わり時、屋上で待っててください。』



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告白

どうも、三倍でございます。
今回も一万文字越えするという、無駄に長い話となりました。


 ……来るべき日が、訪れた。

 

 「じゃあフウマ、しばらくの間、留守番をさせることになってしまうが、それでいいか?」

 「いいぜ。だがその代わりに、タイムスリップ中に起きた話、全部聞かせろよ。」

 「分かってるって。じゃあね。」

 

 我は時間逆行(タイムスリップの魔法。詳しくは前回参照)を唱え時空を超え、まだレンの生きている過去へと飛んだ。

 場所は、フウマと同じレンの通勤する会社、時間はまだ会社に誰も来ないような早朝に設定した。ここでこっそりと手紙をフウマに教えてもらったレンのデスク(どうやら十字架のマグネットがパソコンについているらしい。祈祷師と関係あるのか?)の引き出しの中に入れて、かなり手持ち無沙汰になってしまうがそこから屋上で待つ。……あ、これだと時間逆行の制限時間を超えてしまうから、少しズルくさいけれども時間逆行を一回無効にして、そしてしばらくしてもう一回行こう。と言っても、外出用の服でも会社でスーツではないのは不自然らしいので、サイズはあってなくてもフウマのスーツを貸してもらった。かなりダボダボ。そしてそこから物陰からレンが来たのかどうかの様子を監視し、レンが来たら告白。よしこれでいい。あとはレンが来るかどうかだ。

 まとめると、レンの引き出しの中にラブレターを入れて、そして屋上に誘導して告白って感じだ。

 

 「………。」

 

 無事、時間逆行に成功した。ちゃんとフウマに教えてもらった通り、レンの通勤する会社にワープできた。

 ええと……レンのデスクはっと……これか。十字架がついている。よし、じゃあここに手紙を入れよう……と、思ったその時。

 

 「……あら?一番乗りだったかな?」

 

 声から女性と思われる社員が乱入してきた。……まだ、誰も来ないはずなのだが。

 我は咄嗟の判断でデスクの陰に隠れ、上手く女性社員の目を欺こうとする。

 

 「…あー、そういえば今日は私来なくていい日だったんだっけなー?」

 

 …じゃあ来るなよ!!

 と、心の中で突っ込んでおいた。口に出したらバレる。

 

 「でもまあいっか。せっかく来ちゃったしお仕事しよっと♪」

 「…………。」

 

 この女め……レンの隣のデスクに座りやがって……手紙が入れれないじゃないか……。わざわざ音符記号までつけやがって。この状況、どうやって打破しよう。物音を立てて誘導?いやいや、リスクが高い。もっと別の方法があるはずだ。席を離れるまで待つ?……待っている間にほかの社員が来てしまったらさらに我がばれてしまう確率が高まる。

 と、そんな思考を重ねていたら—――

 

 「………あ、フウ、お前もういたのか?」

 「あ、レン。」

 

 レンがこの空間に入ってきた。……今、この女の名前をフウといったのか?…フウマと少し名前が似てるがそれはともかくとして、本命の相手が入ったのはいいのに邪魔者がいるな…。何とかして突破できないものなのか……。

 

 「……フウ。」

 「何?」

 「今日の弁当は作ってきてるのか?」

 「え?ああ、うん。そーだよ。はい、どーぞ。」

 

 「……!?」

 

 …二人は、どういう関係なんだ!?

 もしかして、もう既にレンには恋人がいたというのか!?……いや、そんなの絶対にありえない。だって、自殺した動機が恋人がいなかったから…なんだろう?だとすれば、この二人は恋人関係ではない……だとすれば、何だ!?

 謎が謎を生む。

 

 「今日の献立は、最近視力が悪くなってきてるみたいだからブルーベリーを混ぜ込んだパイに、あと最近痩せぼそってて不健康みたいだから、ビタミンとカルシウムが豊富なかぼちゃと牛乳のスープに隠し味としてオリーブオイルを垂らしてみたよ。どうかな?」

 「…別に、俺はそれでいいけど。」

 「もー、いっつもレンは答え方がハッキリしないよね。せっかく君のためにお弁当作ってるんだから、本当はもっと感謝しなきゃダメなんだよー?」

 「はいはい、感謝感激感無量。」

 「何その棒読み!?」

 

 …うーむ。本当にどういう関係なのか気になって仕方がない。単にお弁当を作らせてもらっている関係……ではなさそうだな。妙にお喋りだしまずお弁当を作らせてもらっているという関係がすでにおかしい。仲がいいってだけでそんな関係に至るのはあり得ないし、恋人か、何か《《特別な関係》》を持っているというのが適切な考えだ。

 というか、時間逆行のタイムリミットのせいでちょっと眠くなってきたのだが…。早く手紙を入れなければ。

 

 「……ふー、ちょっと書類コピーしに行ってくる。」

 「………あ、俺もちょっと…。」

 「……………。」

 

 ラッキー!!

 まさかの二人とも席を離れて別の空間に行くと!これは運がいい!今のうちに手紙を入れて戻らないと!!

 善は急げという。我は急いで手紙を吹き出しの中に投入し、時間逆行を無効にし、元の時間軸に戻った。

 

 

 「ただいま。」

 「おかえり。」

 

 無事帰還成功。ここで一先ず休憩を挟むとする。あまり連続で時間逆行を発動してしまうと2時間経たなくとも過労で死に至る危険性が出るからだ。

 フウマは昼食を作っていた。この匂いからして、たぶん炒飯だろう。

 そして5分後、炒飯がテーブルに並べられて、我とフウマは向かい合わせに座ったのだった。

 

 「いやーお疲れ。どうだった?ラブレターは入れれた?」

 「うむ。ちゃんとレンの引き出しにラブレターを入れることに成功した。」

 「おお、それは良かったじゃん。順調順調。あ、そうだ、途中で何かあった?」

 「…ああ、それはえーと…。」

 

 我は考えて、途中でレンが同じ部屋に乱入してきたこと、そしてさらにフウという名の女性がレンとやけに親しいという旨の出来事を話した。一つ目のほうはフウマも相槌を打ちながら聞いていたのだが、二つ目のほうで少し顔をしかめた。

 

 「…どうした?」

 「……あ?いや、何でもないさ。」

 「いや、何かあるだろ。」

 「ないったらない。俺が今までお前に嘘をついたことあったか?」

 「ない。」

 「じゃあ今も俺は本当のことを言っているんだ。違うか?」

 「違う。」

 「断言した……。」

 

 言わせてもらうが、はっきりいってそんなセリフの信用性なんて全くない。今までフウマが正直者を演じて我を何度も誑かした可能性だって否定できない。だってそうだろう。そんなセリフいくらでも口から出るからだ。そして、その例として最たるものが詐欺師。

 …しかし、そんなことを言ってしまえばフウマが嘘をついているという証拠も一つもないのだが。

 

 「とにかく、俺は嘘はついていない。フウとは会社が同じっていうだけの赤の他人なんだ。分かったか?」

 「あーはいはい。分かりましたよ。」

 

 これ以上話が激化するのも体力を消耗して逆に面倒くさいので無理やり終わらせることにした。もし嘘だったらいずれバレると思うし。

 ……しかし、フウは誰なんだろうか…?

 

 「ふー、ご馳走様。」

 「お、今日はなんか食べ終わるのが早いな。」

 「なんかちょっと張り切っちゃってる気がするんだよね。自分でも分からないけど。」

 「いやー本当にお前はレンのことが好きなんだな。はっはっは。」

 

 フウマはそう言ってわざとらしく、かつ快活に笑う。

 

 「あ、そうだ。もしレンが屋上に来なかったとしたら、どうするの?」

 「そしたら屋上から飛び降りて帰ろうとしているレンを追いかける。」

 「スタイリッシュだな!下手したら死ぬじゃんそれ!?」

 「大丈夫大丈夫、仮に死んだとしてもさ―――」

 

 我は露骨に声のトーンを下げて、こう言った。

 

 「―――我は、本当はこの世界にいてはいけないんだから大丈夫だって。」

 「……。」

 「だって、今まで我慢してきたんだが、どう考えてもこの現代に魔王という存在は不自然極まりないと思うんだ。だから、死んだら死んだでいいんだよそれで。むしろ、死んだほうがいいんだろうけれども。」

 「まあ確かに、今は魔王なんてそんな古臭い存在は要らないよな。」

 「…否定しないんだな。」

 「んあ?だって本当のことだろ?」

 

 腹が立った。

 我は怒りの勢いに身を任せて席をがたっという音を鳴らしながら立ち、フウマに近づいて徐に殴る。

 

 「ちょ、ちょっと魔王!?何をしているんだ!?」

 

 フウマも腕をクロスさせてガードをするが、それでも何発が食らってしまっているようだった。

 ごめん我も何してるか分からない。

 

 「テメェ私の言いたいことが…全く分かっていないようだなァ!!」

 「え?何が!?何が逆鱗に触れたの!?」

 「謝れよ!!謝らないとチンコもぎ取るぞ!!」

 「いくら怒りで我を忘れているとはいえそんな卑猥な言葉を使うんじゃないよ!?」

 

 普通はここはシリアスなシーンのはずなのに我のセリフで台無しになっているの図。

 たぶん、今我は情緒不安定になっている。

 何故だろう。

 

 「魔王!北斗百裂拳はケンシロウ特有の技なんだぞ!?お前が使ったらケンシロウの心が折れてしまう!!」

 「違う!これはケンシロウなどではない!スタープラチナだッ!」

 「ごめん俺ジョジョネタ分からない!」

 

 やっぱり我のセリフでシリアスシーンのシの字すらもなくなっていると思う。なんてことをしているんだ我は。馬鹿か。というかフウマを殴っている理由が最早腹立ったからではなく無理やりシリアスシーンを作るために変わっている。情けなし。

 

 「…ちょ、ちょっと……このっ!落ち着け!」

 「ぎゃ!」

 

 あまりにも長く乱れパンチを続けていた我は疲労が溜まって無意識のうちにスピードが遅くなっていたようで、ついにフウマからの渾身のパンチを食らってしまった。どうやら肋骨の間に入ったようで、ダメージが普通よりも倍近い。RPGでいう、痛恨の一撃というやつか。

 

 「…げほっ!!ごほっ、ごほっ!」

 「あぁ…すまん。」

 

 謝らなくていいよ。と言いたいのだが、拳が呼吸器に直撃して息を吸って吐くという簡単なことすらままならない。

 それでも我の場合は、酸欠で死ぬというのはあり得ないんだけど。

 

 「……いやでもまあ、さっきの発言はいくらなんでも失礼過ぎたな。ごめん、それは謝る。反省する。」

 「ぜーはー…あ、いや、でも、我もちょっと、さっきのはあれだったかななんて…。」

 「まああれも俺が魔王に失言をしなければこんな事にならなかったんだ。全部俺のせいさ。」

 「……うん。」

 

 我は、小さくうなずいた。

 

 「さて!」

 

 フウマはこの気まずい雰囲気を切り替えるべく、そろそろと言って呼吸をまともにできるようになった我に話しかける。

 

 「そろそろ、行くその時だ。」

 「…え?」

 「分からないのか?今、お前のその能力やら魔法やらで時間逆行(タイムスリップ)を発動し、レンがまだ生きている過去へ向かうべきなんだ。」

 「…ああ、そういうことか。」

 

 我は座っていたソファから重い腰を持ち上げ、そしてリビングの一番開けている、つまりは家具が置かれてない広いスペースのセンターに立つ。

 

 「…よし、じゃあ、飛ぶ時間をレンの仕事が終わる時間に設定して、そして告白しに。」

 「ああ、頑張って来いよ。俺は信用しているからな。お前のことを。」

 「……フウマにそう言われると、何だか嬉しいという感情が湧いてくるよ。」

 「そりゃあどうも。」

 

 「じゃあ、行ってくる。」

 「おう!頑張れよ!!」

 

 時間逆行、発動。

 ここからが、本番の時である。

 

 

 ………………。

 ここは…会社の屋上だな。そして、時刻設定に誤りはなかったようだ。

 

 「……………。」

 

 できるだけ足音を立てず、人目につかないような場所に逃げ込む。もし会社員などに我が見つかったら、大ごとになってしまう。それは面倒臭いから、できるだけ避けたい事態である。

 

 「……………そして。」

 

 レンはいない…か。

 しかし、この時刻設定はフウマのレンの帰宅時間から大体予想で求めたもの。レンは気まぐれな性格でもあるらしく、帰る時間は日によってまちまちらしい。

 ……時刻は平均帰宅時刻よりちょっと早めに設定したし、この時点でレンが帰ってしまっているということは流石にあり得ないだろう。

 それに、タイムリミットは2時間だが、それまでにレンが来ないということは100%あり得ない。我が計算したのだから、間違いない。

 

 「…さて。」

 

 待つか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………来ない……。」

 

 あれから一時間ぐらい一人しりとりやエアーあやとりなどをして待っていたが、レンは全く来る気配を見せなかった。

 何故だろう。

 手紙もちゃんと入れたはず。

 引き出しをチェックしていないなんてそんなこと、会社員としてあり得ない。

 …………。

 またネガティブな性格が災いし?

 

 

 「……!!!」

 

 屋上にある塀に寄りかかってレンの姿を確認しようとしたが、さすがに高いというのがあり全く見えない。しかも暗いため、難視状態である。

 しかし、その状態でも、レンが帰ったという確証を裏付ける出来事があった。

 会社のビルの電源が落ちたのだ。

 

 

 「よいしょっ…!!」

 

 決死の覚悟で塀を飛び越え、そのまま屋上から落ちて一回へと一気に降りる。理由なんて、言わなくても分かるであろう。我は、何としてでもレンに告白をしたいのだ。

 そして、そのまま落下によってスピードが上昇し、地面に着地したころには足に重いなんて程度ではない、最早体全体に激しく強い衝撃が渡った。足の骨が折れるなんてそんな生易しい表現はできずに、粉々になったという表現が正しいかもしれない。

 普通の人間なら即死の高さである。

 

 「…………。」

 

 どこ…!?レン、どこにいるの!?

 そんな言葉を出そうとして口をパクパクさせたが、足の反動でまたもやうまく声が出せなくなってしまったらしい。体全体に響き渡ったのだから、当然か。

 ……とりあえず、走る。探すためには、走るしかない。

 もしかしたら、家に帰っているかもしれない。

 もしかしたら、もうこの通路にはいないかもしれない。

 もしかしたら、いくら探しても無駄かもしれない。

 それでも。

 その、良いほうの可能性に、我は賭けてみたい。

 それがもし一般的な魔王としてのイメージを損なったとしても。

 

 「……あぁっ……!!…うっ……!!」

 

 走るたびに、足が痛む。知らず知らずのうちに出るようになった声が、もう痛みで漏れる漏れる。

 今まで見ないようにしていたが、ちょっと、足、見てみよう。

 ……………意外と無傷だった。

 

 「…私の足つよっ…!」

 

 じゃなくて。

 そんな自分の足に対する自画自賛をするわけに、わざわざ時間逆行を発動して屋上から飛び降りたのではない。

 それに、痛くなさそうに見えるのは外側だけで、内側はもしかしたら中身がぐっちゃぐちゃになっている可能性すらある。

 もしそうであっても、外側からは内出血というカタチで見えるはずだが。

 いや、でも、しかし、世の中にはすぐ近くで爆撃を受けても全身に包帯を巻いて安静にしていたらすぐ直った警官もいるらしい。人間がそのレベルなら、魔王である我はもっと高レベルということか。

 足が無事なのも頷ける。

 じゃなくて!

 

 「早くレンを探さないと、一生後悔する羽目になる!一生使えない奴という烙印を押されてしまう!!」

 

 我は、足に激痛が走ってるのにもかかわらず、傍から見れば遅くても走り出した。

 そして、そこから、我は、いや私は、奔走した。

 もう、この地域の隅という隅を駆け回りながら。

 途中で、フウマも見た。どうやら、ふらふらした足取りで帰っているようだった。

 しかし、我の目当てはフウマではなくレンだ。…まさか、本当に、もう帰って行ってしまったのだろうか?いや、もうそんなことは考えたくない。

 足が壊れそうなのに、足が朽ちそうなのに、足がもう使えなくなってしまいそうだったのに、そんな結末なんて嫌だ。

 それこそフウマの言葉を借りるなら、誰も望まないし、望みたくもない。

 だから、例え足が取れてしまっても、我はレンを探す。

 この真っ暗闇の中で。

 

 ……しかし。

 

 「…うっ、があっ!!」

 

 とうとう足が動かなくなってしまった。いや、正確に言うと、まだ動きはするのだが、走れはしなくなってしまったのだ。我は疲労と激痛でペンチプレスに上から押されているかのように、地べたに横たわってしまう。

 空気に圧し潰されそうだ。

 

 「……。」

 

 …失敗か。

 いや、ここで時間逆行は無効にして助かることはできるのだけれども…。

 そんなことをしたら、我は自分を生涯恥じる。

 そして、フウマの思いにもこたえられなくなってしまう。

 裏切ってしまう。

 嫌だ。

 そんなの…嫌だ。

 

 「………レン……。」

 

 全身が痛い。

 

 「………助けて……。」

 

 死んでしまいそうだ。

 いや、魔王だから死なないのだけれど。

 心が。

 痛い、苦しい、痛い。

 

 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」

 「お、おい!?大丈夫か!?」

 「……え?」

 

 うつぶせになっている我に向かって声がかかってきたみたいなので、そこに視線をちらっと向けると、そこにはレンがいた。

 ……やっと、見つけた。

 

 「レンーーー!!!」

 「…え?おい!?ちょっと待てよ誰なんだよお前は!?」

 

 我は足が動かないのにも関わらず、なぜはその場で飛び上がってしまうレンに抱き着いてしまう。言っておくが、この時のレンは我の存在を知らない。レン目線から見れば、わけもわからず見知らぬ人に急に抱き着かれたのである。

 

 「ああ、ごめんね。」

 「…たく。いったい誰なんだお前?何で俺の名前を知っているんだよ?」

 

 ……薄々気づいてはいたのだが。

 よくよく考えてみたら、いやどう考えても、この告白する方法はおかしい。よく考えてみろ。される側から見たら急に知らない奴に抱き着かれて(しかも名前を知っているから気味が悪い)さらに告白もされるんだぞ?不条理以外の何物でもない。馬鹿らしい発想だった。

 急遽計画変更だ。

 

 「え、えへへ…。あのさ、私の存在はすぐに忘れてくれて構わないんだけどさ…。ちょっとだけ話を聞いてくれないかなって……。」

 「……。」スタスタ

 「ま、待て!話を聞け!!」

 

 気が付いたらレンが我のことを無視して行こうとしていた。我は即座に追いかける。

 何だろう、この既視感は。

 

 「……何故、付いてくる。」

 「ごめん!本当に話をちょっとだけでも聞いてくれないか!?」

 「…ああ、分かった。」

 「…うん!」

 「3秒以内な。」

 「短っ!?」

 「ほら、さっさと話せよ。」

 「あ、ああ、うん!」

 

 我は一呼吸置いて、レンに話しかけた。

 

 「…えーとさ。あのー…。きっ君を大切にしてくれるって人が、どこかにいる……とお、思うんだ。」

 「は?俺を大切にしてくれるなんて世界のどこにもいない。俺を大切にするくらいなら、もっと他の奴を大事にすべきなんだ。今度ユウキでも紹介してやろうか?」

 「……い、いや。そういうことじゃなくてさ。今君はね?あのー、……自殺しようとか、考えてないよね?」

 「…あ?ああ……まあ、そうだな。」

 「嘘。」

 「え?」

 「嘘だよ。」

 「嘘じゃない。」

 「嘘だよ!」

 「嘘じゃない!」

 「嘘なんだよ!」

 「どういうことだ!?」

 

 知らず知らずのうちに声を荒げてしまっていたようなので、レンは我のことを不審者を見るような目で見つめてくる。

 

 「……それは、ともかくとして。」

 「……はぁ。」

 「兎に角!!どんなに死にたいとか思っても、どんなに自殺したいなんて思っても、それをぜっっっったいに行動には移さないで欲しいんだ!だって、君のことを好きだって思う人はいると思うし、君のことを一生、一生大切にしたいなんて思ってる人が、どこかにいるはずなんだから!!」

 「……そんな言葉、いくらでも作り出せるだろ。」

 「…え?」

 

 レンは何も分かっていないような我に呆れを感じたのか、背を向けて歩き出した。我は慌ててついていくが、それでもその歩みを止めようとはしない。

 むしろ、どんどん早くなっていった。

 

 「………ついてくるな。この陽キャが。」

 「嫌だよ。だって君には、私の言いたいことを—――」

 「ああ、分かってるよッ!!」

 「!?」

 

 途中で我の言葉を遮って、レンは叫びだした。我は驚いて尻もちをついてしまい、しばらく足がすくんで立てなくなってしまった。恐るべしレンの咆哮。

 

 「俺はな……もう、人が信じれなくなってしまったんだ……。」

 「…人が、信じれないって。」

 「だから、Yahoo知恵袋で、その旨の発言を何回もしたんだ……。そして返ってきた言葉は、俺の気持ちをこれぽっちも理解していないような根拠のない発言を繰り返すやつらばかり…!!」

 「……な、何が言いたいのか―――」

 「まだ理解できないのかよ!!要するに俺は、もうお前らなんか信用できないっていうことなんだよ!!そんな根拠のないポジティブ論を繰り広げられたって、そんなの正しいなんて限らないだろうが!?」

 「……逆に言えばネガティブ論だって正しいとは限らないじゃん。」

 

 体中から恐怖の感情が消え、ようやく立てるようになる。

 そういえば、足の痛みが無くなっている。もう治ったのか?

 

 「それは俺の気持ちを知らないからそんなこと抜け抜けと言えるんだよ!俺はもう、誰も好きになれないんだ…。誰も俺の味方はいないんだ…。なって欲しくないし、…好きになるならほかの奴を好きになれ。ぼろ雑巾みたいな価値でしかない俺なんか好きになられても困るんだ。罪悪感と嫌悪感で押し潰されそうだ。」

 「……。」

 

 これは、かえって悪化させてしまったかもしれない。ここからどうするべきなのか……。いやもう、あとはこの方法しかない…。かくなる上は…!

 

 「…レン。」

 「あ?」

 

 背を向けて帰ろうとしたレンが振り向いたその瞬間、我はレンの唇に自分の唇を合わせた。

 キスである。

 

 「……!?」

 

 レンは一瞬驚いたようだったが、我の意を察したのかやがて我の体に抱き着いて、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

 「………ごめん。本当にごめん。」

 

 ―――ごめんという言葉を連呼しながら。

 

 「分かった?君が死んじゃったら、この世界のどこかで誰かがとっても悲しんでしまうんだ。」

 

 我は子供に物事を教える口調で、最初に言ったセリフをもう一回反復する。背中で、抱き着いている手をポンポンとたたきながら。

 

 「一生後悔して、一生落ち込むんだ。ひょっとしたら、後を追う可能性だってある。それほどに、君は………。」

 「……何だ?」

 

 目標は達成した。この結末ならば、確実にレンは自殺をしないで済むだろう。我は時間逆行を無効にする準備をして、そして言う。

 

 「………幸せな存在なのだから。」

 

 そう言って、我は、今現時点で出来るだけのとびっきりの笑顔を見せた。その笑顔を見て、普段笑わなさそうなレンも思わず表情筋が綻び、笑顔になっていた。

 言っておくが、今の時間帯は深夜である。この時間に少女と成人男性が二人で笑いあっているシーンとか、普通あり得ないだろう。

 ……そういえば、なんか疲れてきた。タイムリミットがそろそろ近づいてきているようだった。

 

 「さてと、じゃあ私はそろそろ居るべき時間に戻るとするよ。じゃあ何か、最後に聞きたいこととかある?」

 「……あ、そうだ。名前を教えてくれ。」

 「あっ、忘れてた忘れてた。」

 

 一旦時間逆行を無効にする作業を無効にして(つまりは止めて)、一呼吸置いてからレンにこう言った。

 

 「私の名前はヘル。魔王であり、人間の味方だ。」

 

 作業再開。時間逆行、無効。

 我はレンに軽く手を振って、過去の時間軸から脱出した。

 

 語り部:フウマ

 

 深夜の12時。

 何かリビングのほうから物音がしたのでそこへ行ってみると、そこで魔王が倒れていた。

 

 「魔王!?」

 

 俺は一瞬で先ほどの眠気が吹き飛び、魔王の体を持ち上げるが、どうやら寝ているだけのようだった。

 ホッと胸を撫で下ろして、俺はできるだけ魔王の眠気を覚めさせないように、寝室へと運んで、そして俺のベッドで寝かせる。

 

 「ん~、むにゃむにゃ…。」

 

 硬い床から柔らかいベッドへと移動したからなのだろう、魔王は気持ちよさそうな声を上げて笑顔で熟睡し始めた。この調子からして、多分成功したのだろう。俺はリビングのソファへ行って、そこで再び就寝した。

 

 

 ―――翌日。

 

 

 「……ふ、フウマ…。」

 「ん?」

 「本当にこれで大丈夫なのか?」

 「ああ、大丈夫だとも。」

 

 これまでの経緯は大体割愛するが、ざっくり説明しておく。あれから魔王から時間逆行で起きた事情を聞き、レンが魔王の行いによって復活したことを電話によって確認し、それからあいつを公園で待たせ、魔王に告白させることにした。

 最初は時間逆行の時に告白させようと考えていたが、どう考えてもこっちのほうがより適切だった。

 そして、魔王。俺は告白用にまた衣装を新調し、これまでのとは打って変わりかなり派手な配色へと変わった。

 そして魔王はそれを着た姿を全身鏡で見て、ちょっと顔を赤らめている。可愛いです。

 

 「…まあ、よし、じゃあ、玲友公園に行ってくるよ。」

 「おう、行って来いよ!」

 

 最近、玲友のルビがれいゆうであることが判明した。名前の由来は流石に分からない。

 ……さて!

 俺はここで待っているという約束のはずだったが、心配なものは心配。コッソリ後をつけてついていこうと思う。バレたら怒られるだろうから、本当に忍みたいな抜き足差し足で後をつけていく。道中視線を集めたりしているが、そんなのより魔王の様子の観察のほうが先だ。

 そして公園。予定通り、レンがその公園でベンチに座って待っていた。俺は出来るだけ至近距離で、声がギリギリ聞こえるくらいの位置で見つからないようにそーっと、魔王の行動を観察する。

 ―――というのは流石にストーカー行為にしか見られないので、やはり離れた場所から見るようにする。今こんなところこんな時にで職務質問を受けてしまったらこれまでの雰囲気が台無しになってしまいかねない。

 

 ……えーと、観察している限り、問題とかは特に起きてはいないようだ。魔王はレンのベンチと同じ場所に座って、しばらく談笑している。

 そういえば、あいつ、本当にビルから飛び降りたんだな…。アイツの足丈夫すぎるだろ。普通骨とか複雑骨折っていうレベルじゃないほどに砕かれるだろ。何故普通に歩いている。それほど魔王というものは人智を超えた存在だったのか。

 

 …うーむ、特に進展がないな。

 魔王もレンとは大分打ち解けた様子なんだけど、告白は全然してないんだよなー…。

 いや、もしやこのままデートに持ち込むとか、そういうことなのか…?まあ俺は恋愛経験とか殆どないから説得力は皆無だが、親密度をより深めるにはデートが一番なんだよな。

 ………お、魔王が立ち上がった。これは、もうすぐで告白をすると思われる。ああ、どうやらみんなは俺とのカップリングを望まれているようだったが、残念ながら俺と魔王は飽くまでも恋愛的な感情は持ち合わせていないんだ。俺は魔王のことを友情的に好きだとみているし、向こうからもそう見ている。

 ……ここまで言っておいて、何だか矛盾が生じているような気がするのは俺だけでいい。何かしら、嘘をついている感覚を覚えたのは俺だけでいい。

 ―――と、そんなこんな考えていたら、魔王がレンにお辞儀をした。

 多分、今魔王は、レンに向かって「お願いします、私と付き合ってください!」とでも言っているのだろう、要するに、これは告白だ。まぎれもない、告白だ。

 あとは、レンが承諾するか―――おっと、レンが魔王に手を差し出した!

 これは恋仲成立か!おお!ついに!道中何回も心が折れたこともあったが、ついに!魔王が告白に成功した!今までのトレーニングが報われた!やったーっ!!

 …と、心の中ではしゃいでおいて、俺は魔王が先に家に帰る前に即座に、即急に、家に帰宅したのだった。

 

 

 「たっだいまー!」

 

 俺が家に帰ってから2時間後、魔王が家に帰ってきた。今までにない以上に、ご機嫌になりながら。

 

 「おっ、魔王。その調子、成功したみたいだな?」

 「当ったり前じゃん!いやーもう、本当に嬉しいんだけど!今までの努力が報われたっていうのは本当に嬉しいっていうか、もう言葉では言い表せない位に達成感がすごい!」

 

 相当嬉しいのだろう。魔王なのに口調が完全にお喋りな女子高生のそれになっていた。勝手なイメージだけど。

 

 「どこに行ってたんだ?俺の予想ではもうちょっと早く帰ってくるんだと思ったけど。」

 「んー、告白成功記念に、ちょっとデートしてきた!」

 「へえ、どこ行ったんだ?」

 「喫茶店だよ!我は初めて来たんだけど、あそこはいい場所だったな。あーでも、猫カフェにちょっと似てたような気がしたなぁ。」

 「まあな。喫茶店は猫カフェから猫要素を取り除いたもんだからな。」

 「ああ、そういえばフウマに一つ聞いてあげたいことがあったんだけどさぁ。」

 「え?なんだ?」

 

 魔王は俺に近づいた後、俺の頬を平手打ちした。

 そして先ほどのぱぁっとした笑顔から一変、まるで魔王としても禍々しさを取り戻したかのように、俺の事をにらみつける。もし俺がマンボウだったら、これだけで死んでいただろう。それほどに冷たく、鋭く、恐ろしい視線だった。

 そして、俺に低い声で、ゆっくりとした口調で、こう質問してきた。

 

 「フウって女とは、お前とどういう関係なんだ?」

 

 …ああ。

 もう、誤魔化しは効かないようだな。




~初恋編 終~







 次回予告!


 時間逆行中に乱入してきた女性、フウ。この話ではレンにお弁当をあげるなどの魔王にとって謎の行動をとっていたが、この女性の正体とは一体誰なのだろうか?
 次回、その正体が余すことなく暴かれる(はず)
 近日公開(だと思う)、兄妹編、お楽しみに!!


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兄妹編
兄妹


 ―――事の始まりは、今から約30分前。

 

 我とレンは無事恋人同士となり、喫茶店で談笑していた。

 

 「……あ、そーそー。そういえば一つ聞くことがあったんだけど。」

 「ん?」

 

 レンから『身長差があってしかも敬語だとこっちも話しかけ辛くなって微妙な仲になっちまうからタメ口で話しかけてもいいよ』と言われたので、今現在レンに対してため口を使用中です。

 我はあることを思い出し、質問する。

 

 「フウって女性、いなかった?」

 「フウ?あああいつか。いつも会社で弁当くれるやつ。」

 「…えーと、どういう関係なの?恋人関係じゃないんだよね?」

 「アイツ、フウマのだぜ?」

 「…!?」

 

 ……はぁ!?

 いやだってあの時フウマははっきりと赤の他人って……。えー嘘でしょ!?フウマに妹居たの!?我全然知らなかったし、聞いてもいなかったし!?

 ちょっと待てよなんでフウマ我に嘘ついてんだよ!?妹の性格に難があるとか、いやよく考えてみればフウマの家族とか見たことないし、いや、それはフウマが一人暮らししているからって言う可能性もあるかもしれないけど…。

 でも、一人暮らしといってもそこまで遠くではないだろう。父母には紹介しないにしても、妹ぐらいなら我を紹介してもいいのではないか?よし、とりあえず我に対して嘘をついたフウマをまず平手打ちしてから、交渉に移ろう。

 …あ、もう一つ聞いとかなければ。

 

 「弁当貰ってたって…何で?」

 「実はアイツはある能力を身に着けていてな。」

 「能力?」

 「体に不足している栄養素、あるいは過剰に摂取した栄養素、まあつまりは体の健康を、知りたい奴の体を見るだけで見極めることができるんだ。」

 

 ……まあ、効果としては違うが、大体フウマが使える神速と似た感じの能力なのだろうか?

 なるほど。だから弁当をあげる時に、やけにレンの体調について詳しいなと思ったのか。

 

 「それで栄養不足になりがちな俺に、フウは兄に頼まれて毎日弁当を作るようになったんだ。」

 「…え、それってつまり?」

 「ああ、パシリだ。」

 

 言い方にも物が寄ると思うが、まあつまりはフウマに頼まれて弁当を作るようになったんだな。ふむ、そこから推測するに、かなりの面倒見がいい人物と言える。…あれ?でも働いていたってことは、フウマとそこまで年が変わらないのか?…まあ、そこらへんは後でフウマに聞くとしよう。

 

 「でもさぁ、アイツ色々と噂が多いんだよなぁ…。」

 「え?噂?」

 「うん。残業で夜中まで会社にいた奴が、何かしら刃物を持っているフウらしき女性を見かけたとかなんとか。」

 「…本人に会ったことがないから説得力ないけど、それはないでしょー。」

 「だよな。」

 

 少なくとも、兄に頼まれてそこまで仲良くないような人物に弁当を作る善良な人間に、刃物を持っているというイメージが湧かなかった。

 

 「ま、じゃあちょっとフウマに聞いてみるとしますかね。私はもう帰ろうと思うんだけど、どうする?なんか行きたいところあったら言ってもいいよ。」

 「トイザらス行きたい。」

 「何故にその場所をチョイスしたんだ…。」

 「ごめんごめん冗談冗談ジャスキディン。もう丁度いい時間だし、俺らはもう帰るとしますかね。」

 

 と言って、レンは店員を呼ぶ。

 

 「お会計お願いします。」

 

 カフェオレ二人分の値段だからそんなに高くはないのだけれど、レンはそれでも全部おごってくれた。

 …うーむ、こいつ、何というか、ネガティヴさが微塵も感じ取れなくなったな。あ、そうか。自殺する理由が消えたから、心の重荷も消えて、性格が明るくなったのか。納得。

 そういえば、途中でキャラの性格が著しく変化したのって、『化物語』に出てくる『戦場ヶ原ひたぎ』しか見たことがないな。あれ、『千石撫子』も変わってたっけ?

 まあいいか。

 我とレンは喫茶店を出た。

 

 「……というわけなのだが。フウとやらに我を会わせてくれ。」

 

 我はこれまでのいきさつを話し、改めて、お願いをする。

 

 「うーむ。紹介してやってもいいのだがな。あいつ面倒見良いし。…アイツ何かと噂したがる性格だからもしかしたら両親にお前のこと話して面倒事になるかもしれないし、なるべくそれは避けたいから誤魔化しただけだしな。」

 「なら交渉成立だな。フウはどこに住んでいるんだ?」

 「両親のいる所…ああそうか、魔王知らないか。えーっと、隣の市だな。」

 「へえ、隣の市か…。なら、我はそいつと交流を深めようと考えている。どうかフウをこの家に泊まらせ、一晩中我とガールズトークをさせるようネゴシエーターしてくれ。」

 「ああ、いいぜ。」

 

 フウマは携帯を取り出し、フウに電話を掛けた。

 

 「…よ、フウ。久しぶりだな。」

 「あっ、お兄ちゃーん!久しぶりだね!仕事は順調かな?」

 「ああ、まあそれなりには。それで、少し用があるのだが。」

 「はにゃ?」

 「今夜、俺んちに泊まってくれ。いいもん見せてやる。」

 「えー?何々、いい年して妹の体求めてんの?」

 「お前の体に興奮する奴がどこにいる?このまな板。」

 「むー、違います!私はちゃんとBあります!」

 「Bか。微妙だな。Bだけに。」

 「そんな寒いダジャレを言うなんて、兄も見ないうちに変わったなぁ…。」

 「お前の性格もちょっと辛辣になってきたな。」

 

 ……これで辛辣?

 何?過去のフウはもっと性格良かったの?それってもはや仏レベルだよね?イエスキリスト位の域に達してるよね?ひょっとしたら水をワインに変えれるんじゃないの?

 

 「ま、じゃあちょっと両親に伝えておくね。ばいばーい!」

 「別にこれから会うのにバイバイとか言われてもな…。じゃあな。」

 

 ピッ、と。

 フウマは携帯電話を切った。

 

 「物凄く性格のいい奴だったな…。年齢は何歳なんだ、あいつ?」

 「えーと、俺が今25歳だから……あいつは22歳だな。」

 「へー、昔は結構仲良かったの?」

 「まあな。俺とフウが力を合わせれば隕石を砕くことすらできたと思うぜ。」

 「そこまで!?」

 

 さすがにその例えは非現実すぎて信じる気はないが、そこまで例えるほどに仲が良い兄妹なんだってことはよく分かった。

 そして、そこから30分後、インターフォンが鳴った。

 

 「お、来たみたいだな。」

 「フウね……ああ、何か緊張するなー。」

 

 フウマは玄関に向かい、フウを出迎える。

 

 「あれ?なんか内装キレイになったんじゃない?」

 「フフフ、そうだ。そうなんだよ。」

 「ところでさ、良いものって何?」

 「その質問を待っていたんだ!」

 

 フウマはリビングのドアを勢いよく開ける。

 

 「じゃーん!」

 「………おー、誰?」

 「レイだよ。零。諸事情あって俺の家に居候してるんだ。」

 「へえ…。」

 「ま、そういうわけでね。実はコイツ、友達とか全然いなくてさ…。だから、お前とレイとで友達関係になって欲しいんだ!何なら、今夜一緒に寝かせてあげるよ?」

 「……ふうむ。」

 

 我とフウは目が合った。フウは我のことを舐めまわすように見つめていて、いやもう瞳孔すら開いているのが見えるので少し怖気ついてしまったが、やがて笑顔になって我に抱き着いてきた。

 

 「よろしくーレイちゃーん!!」

 

 ……うん。

 これは…あの噂は絶対的な確率ででたらめだろう。

 我は、そう思っていた。

 

 ―――彼女の、《《裏の顔》》を見てしまうまでは。

 

 

 

 時刻は一気に飛んで、深夜である。

 あれから、我はフウと一緒にゲーム(どうやらPS3なるものがフウマの家にあったらしく、一緒にゲームをした。テレビの液晶画面からコントローラーなるものでキャラクターを好き勝手に動かせたりできて楽しかった。何故フウマはこの娯楽を言わなかったのだ)をした。

 

 「んじゃあ、私達は今から深夜のガールズトークに華を咲かせるとしよう。フウマは残念ながらボーイなので、二階の自分の部屋で好きに私たちの声で自慰でもしていてね!」

 「お前さぁ、何時まで俺の事を欲求不満人間だと思い込んでるのかよ?」

 「え?欲求不満じゃないの?」

 「()()()()()()()違うな。俺は今永久賢者タイムだ。」

 「えー?ほんとにー?試しに一回ジッパー降ろしていい?」

 「では問題です。今俺のジッパーを下ろすことによって発生する利益を百文字丁度で答えなさい。」

 「ジッパーを下ろすことによりフウマの性器の勃起具合を確かめることができる。それによって私の能力によりお兄ちゃんの変態度を確かめることが出来、そこからさらに、今夜私かレイを襲うかの確率を求めることが出来る。」

 「惜しい、101文字だ。やり直し。」

 「これでいいじゃん!?」

 

 最近、この漫才が回を重ねるたびにつまらなくなっている気がする。というメタ発言は自重しておいて、フウマは自分の部屋へ行き、リビングに我とフウだけ取り残されたのであった。

 

 「でさでさ。」

 

 フウが興味津々げに我に質問をしてくる。

 

 「まず、お互いとっても仲が良くなるように、過去とか話し合ってみたらどうかな?何なら、お兄ちゃんの悪口でも、ふふふw」

 

 最早語尾にwを付けてしまうほどに、フウは不敵な笑みを浮かべていた。wを付けるな。単芝を生やすな。

 そしてそのすぐあと、問題が発生した。

 お互いの過去とは、フウにどれを話せばいい?正直に正体を誤魔化していることを伝え、本当は魔王だという事を伝えるか、それとも即興で偽の過去を作り上げるか。

 ―――いや、ここは正直に伝えておく方がいいだろう。もし適当に過去を捜索して矛盾点でも発見されたら後に面倒臭いことになりかねない。

 

 「じゃあ、まずフウからドウゾ。」

 「あ、そう?じゃあ話すよ。」

 

 最初に言うとフウの過去が聞けなくなってしまうかもしれないから、先手を促す。

 

 「…そう、私が生まれたのは、1987年の午前11時34分51秒の時であった―――。」

 「ちょっと待って、え?そこから話すの?この夜はどんだけ長い夜になるの?」

 

 しかも自分の生まれた時間を秒単位まで記憶してるとは…。凄い無駄な努力だ。

 ちなみに我の生まれた年は分からない。しかし、大体1500年ぐらいではないだろうか?

 

 「最低でも3時間はかかるよ。」

 「ごめん私その時間には寝るつもりだった。」

 「え、そう?」

 「まず過去という定義を間違えていたみたいだ。」

 「え、うそ?」

 「ついでにいうと私は魔王だ。」

 「え、そ―――えーーーーーーーー!?」

 

 ついでにで上手く流そうかと思っていたが、失敗した。

 どうやら察しのいい女みたいだ。

 

 「え?嘘!?ま、魔王!?ちょっと待って…体の構造が人間と何ら変わらないよ!?」

 「え、あの能力か?まあな。究極的に言えば我は人間と同じだから、見分けは付かないだろうな。」

 「…えー、と、何で…お兄ちゃんの家に住んでるの?」

 「拾われた。」

 「え!?あ、あの…この世界に害を及ぼそうとか…してないよね?」

 「まさか。」

 

 それだったら、まずフウマに拾われたところで何らかの方法で首を絞め殺している。

 

 「………へえ。でもさ—――」

 

 「…でも、何?」

 

 フウは何か言いかけたところで、口をつぐんだ。

 

 「…いや、何でもない。」

 

 そして、横に首を振った。

 ……。

 うーむ、これは意外にも空気が重くなってしまったようだなあ。それほどに魔王っていう存在は今の人間にとっても忌まわしき存在なのだろうか?だとすればショックだな。ショック死しそうだ。

 

 「あのさぁ。」

 

 フウが口を開いた。

 

 「じゃあ魔王であるレイの過去、聞かせてくれない?」

 「ああ、いいよ。」

 

 我は、フウに自分の過去を話した。内容については第2話とほとんど同じなので、そちらを参照してほしい。

 

 「…ふうん。壮絶な過去があったもんだね。」

 「でしょ?昔の人間は酷かったもんだよ。我は何もする気なかったのに。」

 「じゃあ何で魔王を名乗ってるの?」

 「…うーん、何て言えばいいんだろう、肩書みたいなもんだし、両親はまだ魔王としての役目を果たすことに熱心だったから我に何回も魔王と名乗れと言われたもんだから、自然と定着していったんだよね…。」

 「良かったね、フウマが種族で差別をしない優しい人で。」

 「フウはする?」

 「まあ…しないとは思うけど。」

 

 答えが曖昧だった。

 二重否定だった。

 

 「……あ、もうこんな時間だ。寝なきゃ。」

 

 フウが時計を見て、そう言う。我の時間を確認してみると、もう時刻は2時をとっくに過ぎていた。さすがにこんな夜遅くまでガールズトークをしているわけにはいかない。フウはフウマの部屋で、我はリビングのソファでそれぞれ寝た。

 

 

 ……トッ……トッ……。

 

 「?」

 

 ソファは寝心地が悪い。

 寝ようとしてから一時間ぐらい経った今、ようやく眠れるかと思ったら何かの物音で勝手に目が覚めてしまった。

 しかも、この音―――。

 

 トッ…トッ…トッ…。

 

 「……。」

 

 どんどん近づいてくる。何だろう、こっちに向かってきているってことは、リビングに向かっていているのか?トイレに行くなら足音は遠ざかっていくはずだし。

 ……隠れておこう。何か、殺気じみたものを感じる。

 

 「………?」

 

 ソファの陰に隠れていると、誰かがリビングのドアからにゅっと出てきた。暗くてよく見えないが、そのわずかに見える仕草からして、誰なのかがわかった。

 フウだろう。

 こんな夜中に何の用だろうか?起きてほしいならそう言えばいいのに。そう思って我は物陰から観察を続けていると、一瞬だけ彼女の右手が鈍く光った。

 

 「……いない。」

 

 あ、あれは…ナイフ!?しかも切れ味の鋭い果物ナイフだ…。怖い。フウが一瞬こっちに近づいてきたので我は急いでフウの死角に逃げ込む。どうやら我を探しているようだった。ということは、こいつ、我を殺しに…?

 

 「…チッ。」

 

 フウは腹立たしそうに舌打ちをした。とても最初会った時の人物を同一とは思えないほどの仕草だった。

 

 「……今度にするか。」

 

 そう独り言を言って、フウはリビングから立ち去ろうとした。

 

 「…………。」

 

 まさか、フウがあんな奴だったなんて。

 これはちょっと放っておくと殺されてしまうかもしれない。急いでこちら側から対処しておくのが適切だろう。

 

 「てやっ!」

 「…!?」

 

 一応、魔王ではあるので人一倍、いやそれ以上の身体能力を持っている。まあ、これもあのトレーニングの賜物だろう。あの時から、我は体が妙に軽いのだ。ちなみに、魔法少女は何も関係していない。

 我はフウの右手に持っている刃物を蹴り、フウを無力化させることに成功した。

 刃物は鋭い刃を下に向けて地面に突き刺さる。

 

 「……あっ、テメェ!!」

 

 フウは一瞬状況を理解していなかったが、やがて状況を把握すると、突如激昂して我に襲い掛かる。

 その素早い動きに我はギリギリ対応できず、フウに押し倒されてしまった。

 

 「……フフフ、やっと見つけたよ。魔王。」

 

 フウはすべての体重を利用して我の動きを封じ、そして我の右手の足を持ち上げた。

 そして、…折った。

 いともあっさりと。

 ポキッ、という、かなり生々しい音を立てながら。

 

 「いっ……!?」

 

 一瞬悲鳴をあげそうになったが、何とか堪える。こんな痛み、今まで味わってきたものに比べれば大したことない。

 

 「へえ、強いじゃん。さすがだねぇ。じゃあ、もう一回♪」

 

 そういって、今度は我の左足を持ち上げて—――折った。いや、今度は折ったではない。()()()()。不十分に成長していない我の足を、いとも簡単に。

 

 「うっ……あああああああああああ!?」

 

 これにはさすがに我も耐え切れず、悲鳴を上げてしまった。駄目だ、体が思うように動かない。しかしこの怪我だと、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「あはは。思いのほか細かったね、君の足。言っておくけど、カルシウムって、摂るだけじゃダメなんだよ?ビタミンDも同時に摂取しないと、本当は骨は丈夫にならないんだ。」

 

 言って、フウは何処からともなくガムテープを取り出して我の口を塞いだ。

 そして、本当は我を完全に行動不能にするためだろうが、ついでのように我の右足左足をぼきっ、ぼきっと折っていく。

 

 「でもびっくりしたなあ。まさかお兄ちゃんと魔王が付き合ってるだなんて。」

 「……!!」

 「でもダメだよ?お兄ちゃんは私だけのもの。あの体、肉付き、声、毛髪、眼球、筋肉、血液、皮膚、心臓、―――そして脳ミソ。」

 

 狂っている。

 そして、誤解している。

 世間一般ではこういうのをヤンデレとか、病愛とかそういう風に言うんだろうが。

 こいつは違う。

 サイコパスだ。

 病愛じゃない。狂愛だ。

 フウは床に突き刺さっているナイフを取り出そうとしたが―――思いのほか、時間がかかっている。

 ―――よし。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 「ごめんね?でも、仕方ないよね?私に殺されるんなら本望でしょ?」

 「ん、んんっ…!」

 「じゃあね。」

 

 ナイフを取り出したフウが、我にナイフを振り下ろした。

 

 ガシッ!!

 

 その瞬間、我は()()()()()()()()()()()()()()で、フウのナイフを受け止めた。さながら白刃どりと言うべきか。

 

 「……っ!?」

 「よいしょっ!」

 

 フウが怯んだ隙に骨が元通りになった右足でフウの腹部を蹴り、吹き飛ばす。

 形勢逆転と言いたいところだが、生憎我の足には千切られたまままだ元通りになっていない足があるので立つことができない。しかし、この時間を利用して我は自分の左足を拾い、接着させるように自分の胴体にまだついている左足の断面部分にくっ付ける。数秒後、完全に骨まで元通りになったとまではいかないが、なんとかくっついたので、あとは時間をかければすぐに治るだろう。

 

 閑話休題。

 実は、ここ最近、魔王としての力が戻りつつある。たぶん、封印されていた後遺症が徐々に薄れてきたのだろう。それが最も表面的に表れているのが、自然治癒力だ。

 魔王という種族と人間の違いについて、多分最も分かりやすいものがある。バースト力が強いのと、自然治癒力が人間と比べて異常に高いのだ。さすがに致命傷を食らったらそのまま死ぬかもしれないが、軽傷でも重症でも時間さえかければ簡単に治ってしまう。

 タイムスリップの時に足を酷く怪我させたが、しばらくしたら治っていたのはそのためだろう。あの時安静にしていれば、もっと早く治っていたかもしれないのだが。

 休題終了。

 

 フウはいつの間にか我の腕と右足が元通りになっていて、左足が接着されていたことに驚きを隠せずにいた。

 

 「え…!?何故…!?普通の生物なら、骨折や肉体損傷では自然治癒は働かないはずだけど…!?」

 「そう。」

 

 我は何とか立ち上がり、フウにこう言う。

 

 「()()()()()()()()()




どうも三倍です。
今回はヤンデレというものに挑戦しようかと思いましたが、出来上がったのはただのサイコパスでしたとさ、ちゃんちゃん。


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契約

半月放置してすみませんでした!


 前回のあらすじ。

 サイコパスと戦った。

 それだけ。

 

 ……あの後はどうなったかと言われると途轍もなくあっけない展開となったのだが、なんとあのすぐ後にフウマがフウを発見し、そのまま修羅場となったのであった。

 今、その一部始終を描写して行こうと思う。

 

「あ、あれ!?お兄ちゃん!?ちょっと、睡眠薬は――」

「そんなことはどうでもいいんだよ!お前は何故こんなことをしたかを聞いているんだ!今すぐ言わないとその包丁でテメェをぶっ刺してやろうか!?」

 

 フウマは、久々に――いや、自分でも見たことがないほどに怒っていた。

 こんなに大声で、怒りで顔を歪ませ、しかも実の妹に向かって「ぶっ刺す」という物騒極まりない言葉を使うフウマは見たことがない。

 自分がもしフウマの立場だったら、妹の実態を知って逃げていたと思う。

 

「…ご、ごめんなさい…あ、あの、許してください…」

 

 そして、ついさっきまでのサイコだったフウは、涙を滝のように流しながら正座をしているのだった。

 ちなみに我は、そんな二人をただ見つめることしかできなかった。

 というのも、展開が急すぎて脳の処理が追い付いていないからだ。我の脳は今絶賛ハングアウトしている。

 要するに処理落ち。

 

「…次こんなこと起こしたら、どうなるか分かっているよな?」

「あ、は、はい」

「じゃあとっとと俺の部屋で寝ろ!俺はこれから魔王と話があるんだ!いったいった!」

「…あ、えっと、すいませんでした」

 

 …こ、怖っ。

 あんなにフウが弱気になってしまうのも気持ちがわかる。

 というか見つかった瞬間もう既に涙を流しかけていたし。

 

「…さて」

 

 階段を上って言ったフウを見送って、フウマが口を開いた。

 

「大丈夫か?ケガはないか?」

「…あ、はい、大丈夫です」

 

 さっきのシーンを見てしまった我はフウマに対してちょっとした恐怖意識を植え付けちゃったみたいなので無意識に敬語になってしまう。

 

「怖かっただろうな。実は、最初フウを知らん顔していた理由は、もう一つあるんだ」

「…?」

「特定の人物を溺愛するあまり、精神に異常をきたしてしまう」

 

 フウマはちょっぴり切ない顔で、そう言った。

 その感じを見る限り、フウマはもう既にフウの性質を理解しているのだろう。我がフウマならもうこの空間にすらいなかったということか。

 

「俺はあちこちの精神科に連れて行き、解決策を得ようと試みたが、それも無駄足に終わり」

 

 唯一得られた策と言ったら、フウマ自身が人に好かれないこと。

 それは人間にとっては残酷で、フウにとっても十分に酷な策であった。

 

「ちなみに、何であいつが他人の体の栄養摂取量が具体的に分かるのか知っているか?」

「…え、知らないけど」

「……あいつは、恋人を亡くしたことがあるんだとよ」

 

 死因は栄養失調。

 フウは恋愛に対して不器用だったらしく、自分の彼氏を喜ばせようと自分の手料理を毎日のように作っていたら、エネルギー不足で死んだらしい。

 なんとタンパク質しか摂らせてなかったそうなのだ。

 しかも、その彼氏の家は貧乏で、晩御飯もまともなものが食えなかったらしい。

 

「だから、アイツは恋愛に対して、異常なほどの執着を見せるようになった」

「……え、栄養の話は?」

「ああ、忘れてた」

「…」

 

 ついさっき話題の種にしたものを忘れるなよ。

 

「なんか…自分でもよくわからないんだが、悪魔と契約したって話を本人から聞いたんだよな…」

「はぁ!?」

「最初は俺もそれを笑い飛ばしてたんだが、他の原因がわからない以上、何だか本当のことに思えてきてな…」

 

 …にわかには信じがたい話だ。と、言いたいところだったが我という存在のせいで説得力がまるでなくなっているという悲しい現実。

 

「それ、いつの話なのさ?」

「…まあ、結構最近だったような……2か月前、だっけ?」

 

 …我がちょうど、フウマに拾われた日に近い。

 考え過ぎっていう可能性もあるが、この出来事と我には何かの関係が…?

 もうすこし情報を探っていこう。

 

「悪魔の名前とか、知ってるか?」

「…いや、そん時聞き流していたからあやふやなんだが、確かジャガノっていう名前だったような気がするぞ…?」

「……うん、なるほど」

 

 合点がいった。

 

「…よし、ちょっとそいつと交渉してくる」

「おい!?」

 

 靴を履いて外に出ようとする我を、フウマは呼び止める。

 

「え、ええ、えええ?嘘でしょ?そんな面識もない正体も分からないましてや名前もあやふやな奴と交渉してくるなんて、唐突にもほどがあるぞ?」

「何言ってる。そんな状態だったらまず交渉してくるなんて言わないさ」

「…え、じゃあということは?」

「面識は――」

 

 我はもうこれでもかと言わせるほどにはっきりと、こう言った。

 

「ある」

「…そ、そうか」

 

 我の圧に圧倒されたのか、いつの間にか正座をしていた。

 しもべが、やっとしもべらしいことをしてくれた、わーい!――というのは冗談で、もう正直言って我が魔王だっていうこともほとんど自覚していなかったし、フウマのことを単なる下僕だなんてもう考えてなどいなかった。これじゃあ魔王失格だな。

 話を戻そう。

 我はフウをあんなサイコパスへと陥れたという悪魔、ジャガノの存在を知っている。詳細も分かるし、お互い面識もあるし、一回対戦を過去に交えたこともある。その勝負は引き分けドローといった感じで、その時からそいつとはライバル――宿敵という関係になった。

 本名はジャガー・ノート。

 《抗うことのできない破壊力》または《圧倒的な力》という意を持つ、まさに彼(一応言っておくが、ジャガノは男である)に相応しい名前である。

 彼はその名の通りの破壊力を持ち合わせており、そして好戦的であり、冷酷であり、陰湿な奴だ。そして彼にはある能力を持っていて、『自分と契約を交わした者の精神に催眠をかける』というこれまた悪意のある(というかそれしかない)能力であり、多分彼はフウを話術で誑かして契約、そして精神を支配し今に至る、か…。

 うーむ。

 まだいろいろと謎があるな。

 アイツは基本的に狭い場所を好む習性があるから多分どこかの路地裏に隠れてるだろう。場所は虱潰しに路地裏を回っていけば見つけることはできる。

 しかし、なぜこの時代、わざわざ日本へ来たのだ?

 我は紆余曲折あって今この日本に仕方なく住んでいるわけなのだが、アイツの場合我と全く同じ道を進んでこの日本にいるわけでもなさそうだし、ひょっとしたらかつての宿敵の居場所を掴んでそして闘争心に燃えて今ここにいるのかもしれない。

 まあ先ほど話した通り冷酷だからそんなこと絶対にないと思うけど。

 

「……」

 

 とりあえず、フウマにはよろしく言っといて我は外に出てジャガノを探しに行った。

 まあ路地裏に隠れていそうなものだが、念には念だ、他の窮屈そうな場所を見て回ろう。それこそ一歩一歩、あたかも虱潰しをする人間の様に。

 

「…いた」

 

 と思っていたら、案外あっさりと見つかった。

 ジャガノは、気が付いていたら我の前に突っ立っているのであった。

 

「…よっ、ヘル」

「久しぶりだな、ジャガー・ノート」

 

 ジャガノの容姿はかつてとさほど変わってなく、常に光が灯っていない目と常ににやにや半笑いの口、片目を隠せてしまうほどの長さのぼさぼさの黒髪。そして、純白よりも白い、その肌色。

 見慣れてはいるが――。

 

「――相変わらず気味が悪い」

「お前だって、人間様に調教されているそうじゃないか。落ちぶれたもんだねー。ロキが見たらどう思うか」

「調教などされていない。それに、今この話とは――関係ないだろう」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

 

 ジャガノはあり得ない数の「いや」を言って否定した。

 性格もそうだが、肺活量もやべえ。

 

「関係はあるよ」

「どこがだ?」

「常識だ。普段は格上だった奴が格下だった奴の靴ベラ犬のようにぺろぺろ舐めている姿想像してみろ」

「……」

「どうだ?気味が悪いだろう?いや、むしろ気持ちが悪い。吐き気がする」

 

 ぐうの音も出なかった。

 何故なら、ジャガノの言っていることは紛れもなく正しい。

 反論のしようがないからだ。

 

「ところで、何の用でここに来た?我と話をしに来たわけではないだろう」

「なんだい、気味が悪いだけじゃなく、察しも悪いの?」

 

 露骨な挑発には乗らない。

 

「君が俺を探しているみたいだったから自ら現れてやったのに」

「…へぇ、そっか」

「お前こそ、なんで俺を探していたの?」

「…フウ、知ってるよな?」

「あぁ、あのメンヘラクズ女の事か?」

 

 平常心、平常心。

 

「あいつとの契約を破棄してほしい」

「…ぶっ、あっははははは!!」

 

 快活に笑われた。

 昔の我なら、今もうここで殴っていることだろう。

 安心しろ、拳は震えているが動いてはいない。

 

「…ひーひー、冗談でしょ?」

「いや」

「だってさぁ、俺はただちょっと相談に乗ってあげただけなんだよ?そしたら俺の事勝手に信用して、契約にも勢いで乗ってくれて――あれでも結構被害は少なめに抑えてるんだぜ?全盛期の俺なら、アイツは今頃殺人鬼だったな」

「確かに、今はフウによる露骨な被害など出ていない。だからこそ、面倒事に発展する前にケリをつけたいのだ」

「もし俺がここでいいよって言ったらどうする?」

「素直に喜ぶ」

「ダメって言ったら?」

 

 ()()()

 殴ではなく、殴った。

 もう、耐えきれなかった。

 彼のへらへらした物言い。

 容姿とは似て似つかぬ、ちゃらちゃらしているその――物言い。

 その他ありとあらゆるものを含めて、我はリミットを解除してしまった。

 

「……ふーん」

 

 しかし、案外ジャガノは驚いた様子を見せていない。ちょっと赤く腫れた右ほおを擦っているぐらいだ。

 

「…じゃ、始めようか」

 

 言って、ジャガノは太陽がもうすぐ出てくる、夜明けの薄暗い明りの中、我に向かって猛スピードで突っ込んできたのだった。



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悪魔

 ジャガノと我との体が数ミリ単位で接触する直前――。

 

「危なっ!?」

 

 我はジャガノの突進を間一髪でよけ切った。いや、それでも伸びていた髪の毛が慣性の法則でその場から動かずジャガノの突進に当たってしまい、勢いよく引っ張られる感覚に襲われた。

 避けたのに痛い、何たる矛盾だろう。

 

「あれー?おかしいねー。かつてのお前なら、こんな突進楽々避けて居たろうに」

 

 ……そうだったか?

 よく覚えてないが…なら、かつての自分なら、その感覚を身に着けていたということだろう?例えそれが予想しきれなかったものだとしても。

 まあ、最近戦闘とか、そういう野蛮なものとは無縁だったから感覚を忘れていても可笑しくはないな。

 

「…まあ、久しぶりだからな。多少のブランクはあって当然だろう」

「もしこれが実際の戦場でも、同じことが言えたわけ?」

 

 ジャガノはそう言って、そのまま――何もしてこない。否、突然我の目を合わせて右目でウィンクをしてきた。

 我はその行動が一瞬理解できなかったが、やがて思い出し、咄嗟に頭を伏せた。

 そして、その瞬間、後ろのほうから石らしきものが崩れる音が聞こえた。

 

「…危ねえ」

「これこそ間一髪ってやつだな」

 

 我は音のしたほうを振り向く。すると、我の後ろにあったブロック塀が、近くで爆発でもさせられたかのようにぽっかりを大きい穴が開いているのだった。

 ――彼にジャガー・ノートという名前が似合う理由はこれだ…。

 ウィンクした先にあるものを壊す。

 悪魔の能力の中でも、ずば抜けた使い勝手の良さと破壊力を誇る、チートと形容しても何ら可笑しくない能力の一つだ。

 ジャガノが、この能力のことを『ルッキング・デストロイ(破壊する眼差し)』と呼んでいたことを思い出した。

 あれはいつ聞いてもダサい。

 もうちょっといいネーミングはなかったものか。

 

「はい、休んでる暇はないよ。そう、ここを戦場だと思い込むんだ」

「……」

「肉片が飛び散り、内臓は露出する。紅い血液は自分の体に付着し、そして酷い腐乱臭に鼻はひん曲がる」

 

 ウィンク、ウィンク、まだ次にウィンク。

 その後もまだジャガノは何かをしゃべっていたようだったが、避けるのに精一杯だった我はそんなことを聞いている余裕などなかった。

 ちなみに我の後ろのブロック塀はもう跡形もない。たぶん、家の壁にすらも被害を及ぼしている。

 どうやって償うんだ、それ。

 

「さあさあ、さっきのパンチより強く、攻撃できないものかな?こっちは楽しみにしてるんだよ。お前の渾身カッコワライのげんこつ」

 

 カッコワライって…(笑)を発音しようとした結果がそれなのか。

 でも確かに、我は今ずっと避けていてばかりで攻撃が一度もできていないのも事実。なんとかこの能力の突破口はないものなのか?

 いや。

 絶対ある。

 何故なら、かつての対戦でならこのウィンク――ルッキング・デストロイは既に突破しているはずなのだから。

 思い出せ…思い出せ。

 過去の記憶の引き出しから探し続けるんだ。

 

「…ふー、疲れた」

 

 ジャガノは急に疲れたみたいで、ウィンクをやめてその場で座り始めた。あぐらをかいて。

 やはりあれは何らかのエネルギーを消費するのだろうか?陰湿で卑怯な奴のことだ、もしかしたら疲れたふりをして我をおびき寄せようとしているのかもしれない。

 どっちみち、近づく気などないが。

 

「…何だ、そんな露骨に隙を見せて。我を誘っているのか?」

「半分正解半分不正解。疲れたのは本当だけどこれで君が来ないかなーって」

「…なら、一旦休戦と行こう。正直言って我は心の準備が出来ていない。このまま戦闘を続けると我の精神がくたびれてしまう」

「ふーん…」

 

 我は地面にどっかりと腰を下ろす。

 ジャガノはニヤニヤと笑っているばかりで、全然攻撃をしてこない。

 これにはさすがに、ジャガノも手を出す気にはならないだろう。

 それともかつてのライバルまたは宿敵としての流儀なのか。

 

「随分とさり気なく出来るようになったじゃないか、ルッキング・デストロイ」

「まあ君にはブランクというものがあっても俺はここまで数百年間戦って生きてきたからね。百戦錬磨の悪魔ジャガー・ノートとは俺の事だよ」

「そういえば、お前は何処で誰と戦っていたんだ?悪魔という存在はまだいるのか?」

「いるよ、それも大量にね。人間の目につかないよう生きているから、みんな知らないだけさ。そして悪魔というのは《《飽くま》》で好戦的だから…おっと、プフッ、失礼」

「…つまんないぞ」

「なんだい、君には笑いのツボって概念がないの?それとも、核マントルぐらい奥深くにあったりして?」

「…お前とは休戦中でも疲れるやつだな。ある意味感心するし尊敬するよ」

「へへっ、そりゃどーも」

 

 こういう時はこいつは素直に言うこと聞いたりして今一緒に話してたりするのだが、戦ってるときはとんでもなく正々堂々の勝負を嫌い、遠距離攻撃ばかりして自分は攻撃をされないようにするとか、卑怯なことしかしてこないのだ。

 だから今、こいつを話しているふりをして、ルッキング・デストロイの対処法を同時に考えてもいるのだ。

 そういえば、ジャガノと戦い始めた時から妙な違和感を感じる。

 何だが、ここにいるようでここにはいない、ような…?表現が難しい。何と言えばいいのか、空間が――何か様子がおかしいのだ。

 これもジャガノの能力によるものなのか?末恐ろしい奴。

 

「まあしかしねえ。思えば対戦している奴といまこうやって話しているのはちょっと変だと思わないの?」

「なんだ急に。お前だってそれに従ってるだろう」

「まあ疲れたからね。だけどお前と話しているうち、疲労は回復してきたよ。じゃあ、再戦と行こうじゃないか?」

 

 我はジャガノと距離をとってうなずいた。

 対処法は、まだ見つかっていなかった。

 

「じゃあ行くよ、ハイ」

 

 そう言って、ジャガノは高速でドロップキックを仕掛けてくる。

 我はルッキング・デストロイが来るのを予想していたため、それが外れて回避することもできず、まともに攻撃を食らってしまった。

 痛みと共に衝撃で後ろに吹っ飛ぶが、その最中に何とか体勢を立て直す。

 そしてこれを狙っていつものウィンクをするだろうから、ジャガノを確認するまでもなく大体予想でタイミングを見計らい、そして回避。我が地面から足を話した直後、その地面はアスファルト後と大きく砕けていった。

 ふふ、予想通り。蹴られた腹は少し痛むが、そんなのに慣れている我はこれからの展開に何の影響も与えない。

 

「こら、女性に暴力はいけないんだぞ?」

 

 とりあえず強がってみせる。

 

「ふふ、おかしな事を仰る。散々戦ってきたくせに、今更そんなことを言うのですか?」

 

 ジャガノは軽蔑するようなニュアンスで敬語になり、中指を立てて露骨に我を挑発してきた。

 だがしかし、ここで無闇に特攻してもすぐ爆散することは既に予想できていることなのでとりあえずこちらも親指を下に下げる。

 

「おっ、やるかい?」

「ああ、いいさ、来いよ!」

 

 しかし、ここでそっちが突撃するかと思ったが、どうやらそうでもなかった。一応右足を一歩前に出しているので臨時体制には入っているようだが。

 ジャガノは我がいる方角の少し横でウィンクをした。

 我が回避したところを狩ろうとでもしたのだろうか、とことん冷酷な奴だ。しかし、そんなテクニック我には通用しない。

 多少のブランクがあるといえど、戦闘で培った知識や動体視力などを完全に忘れているというわけではないからな。

 

「…ふふ、いくら陰湿だからってそんなバレバレの回避狩り我には通用せんよ」

「ま、そこまで雑魚じゃないよね。そんなことわかってたさ」

 

 ジャガノが話している間にも我は思考する。

 あの攻撃をどうやってかわそうかを。

 

「ではそっちのターンは終了だ。今度はこっちの番だろう?」

「冗談がうまいね。そんなRPGのルールがこの現実世界で通用するとでも?」

 

 そう言って、ジャガノはまたウィンクをしてきた。

 単調な攻撃だったため、かわすのは容易だった。しかし、その後が少しだけ問題があった。

 

「……っ!!」

 

 地面から間欠泉の様に水が噴き出てきたのだ。

 どうやらルッキング・デストロイでマンホールの周りをぶち破ってしまったらしい。

 

「おーおー、これは良い格好の的だ」

 

 我はマンホールの蓋の丁度上に居たため、水の勢いで真上に上昇したマンホールの蓋に乗る形になっていた。ここで我は、普通に飛び降りればいいだけの話だったのだが。

 しかしあろうことか。

 これのおかげでルッキング・デストロイを回避しつつ、さらに間合いを詰めることのできる方法を思いついてしまった。

 我は《《あること》》をして間欠泉から降り、そして一気に間合いを詰めるようにジャガノに近づく。

 

「おっと、そんな命知らずなことしていいの?」

 

 ジャガノは我を見下すかのような目でウィンクをする。しかし、ここで我は跳んだ。

 常人なら飛べないほどの、ものすごく、オリンピック世界一位の記録を凌駕するほどの高さを跳んだ。

 そして空中で静止――そして、ジャガノのほとんど真上に達したところで膝に勢いをつけて、そのまま大気を《《押し出すようにして》》急降下していった。

 ジャガノはすかさず我と目を合わせてウィンクをするが、しかしそれを我は軽々と回避した。

 

「…お?」

 

 我とジャガノの目の前で砕けたのは、マンホールの蓋だった。

 そう、我はルッキング・デストロイで攻撃を食らう瞬間、マンホールの蓋を盾にしてこの攻撃を回避したのだ。

 回避がし辛いなら防御をすればいい――これは、我がかつてコイツと戦った時の作戦と同じだった気もする。

 なぜ今まで思い出せなかったのだ。

 

「…やるじゃん」

 

 ジャガノはもう一回ウィンクをするが、しかしそれもまた防ぐ。

 実は、マンホールの蓋は二分割されていて、先ほど防御したのは片方に過ぎなかった。そして、今もう片方を使い切って丸腰になったとき、我とジャガノの距離はすでにかなり近くなっていた。

 

「……うっ!?」

「はぁっ!」

 

 もうすぐジャガノに衝突するであろう距離で我は高速で体を回転させ、頭が真下になっていた体制から普通の姿勢――つまり、頭が上にあり足が下にある姿勢のことだ――となり、そして自分の両足をジャガノの両肩に着地させる。

 これでもかなりの衝撃が来ただろう。しかし、それではジャガノを倒すのには全然足りない。

 むしろ悪魔というものは生命力がタフで、いくら攻撃という攻撃を浴びせてもそんな簡単には死なないだろう。

 なら。

 生命活動が不可能になる攻撃――いわば、即死する攻撃を繰り出せばいい。

 

「とりゃーっ!!」

「…!!」

 

 ジャガノの両肩に着地した両足の位置をうまく調整し、横に移動させてジャガノの首と接触させる。そしてそのまま足首をひねりながら再びジャンプをする。

 そして跳んだことにより足の裏が両肩から離れ、我は地べたに着地、ジャガノはそのまま倒れていった。

 何が起きたのかって?

 簡単な話だ。首の骨を折ったのさ。

 

「……ふふ、我の勝ちだな」

 

 倒れたジャガノに向かってそう言うが、彼は倒れたまま微動だにしない。

 

「……おい、ジャガノ?」

 

 何度も声をかけているうち、我はあることに気付く――。

 

「…………あ」

 

 そのことに気付いた瞬間、我の内側という内側から後悔の念が溢れ出てきた。

 

「……何で倒してるんだろう、私」

 

 なんてこった。

 リミットを解除してたとはいえ。

 まさか、契約を破棄させる人物を殺してしまうなんて。

 これじゃあ一生、フウはサイコパスのままじゃないか。

 そして、これでは――

 

「――一生、悪者扱いされてしまう」

 

 この事実はフウマに伝えなければいけないのはもう既に分かっていることなのだが、もし言えばどうなるだろう。確実にフウマは私にマジ切れして、一生我を隔離するかもしれない。いや、もうそれは覆せない未来なのだから、しれないではない。確実に「する」。

 

「……あ、あ…」

 

 自分のせいだ。

 我のせいだ。

 私のせいだ。

 

「……………」

 

 何も喋れなくなってしまった。

 半端なく、自分のせいだという感情が強いのだろう。

 そして、よりにもよってこのタイミングで、更にその不安の助長させる奴が現れた。

 

「……魔王?」

 

 びくっ、となり我は声のしたほうを振り向く。

 そこには、電柱からこっそりと見守っているフウマが見えた。

 この戦いの最後を見届けていたみたいだった。

 

「あ……あ…え、っと…」

 

 言葉が出なかった。

 何故なら、そのフウマは、今朝フウに怒った表情――つまり、ものすごい憤怒の表情をしていたからだ。

 魔王として情けないが、その顔を見るだけで我は涙を流しそうになった。

 

「おい、魔王」

「……」

「地面はそこかしこ陥没し、知らん人の家のブロック塀は全壊。マンホールがあった場所から下水が溢れ出て、そして謎の死体」

「………」

 

 沈黙を続けていると物凄い拳骨が頬に当たった。

 フウには怒っただけであったが、我は追加で制裁の暴力を食らわされた。

 そして神速でも使用したのだろうか、我は気が付いたらフウマに胸倉を掴まれて壁に勢いよく押し込められていたのだった。

 

「おい!これはどういう状況なんだよ!?説明しろ、魔王様!!」

 

 我はフウマの叫び声に押されて委縮してしまい、小さい声で震えながらもフウマにこの戦いで起こったことの一部始終を話した。

 話し終わったとき、フウマは全身から力を抜いたようにその場にもつれ込み、そして地面にふにゃふにゃになって倒れた。

 

「……もう、駄目だ。お前は」

「………」

「やっぱお前、不幸をおびき寄せてるっていうか、街を滅茶苦茶にしてる」

「………」

「なあ、魔王。この死体は、ジャガノっていうんだよな?」

「………」

「聞いてるんだが?ひょっとして、ワザとシカトしてる?」

「………違います」

「じゃあ、こいつは誰だって?」

「………ジャガノ」

「誰なんだ、こいつは?」

「………元凶」

 

 我は消えかかりそうな細い声で、そう答えた。

 もし、今ここで、こうすることが出来たならば、我は目玉が飛び出るほどに首を絞めて自害している。

 申し訳なさ…というより『全部、自分のせい』という思いが何もかもを喪失し、憂鬱にし、生きる気力を失わせた。

 これ以上生きようという気が起きなかった。

 

「…へえ、そう」

 

 フウマは地面に横たわったまま、力なく返事をした。

 皮肉なことに、今の天気は物凄い晴天である。雲一つなく、これ以上晴れないのではないかというほどに。

 

「………どうするの?」

「テメェで考えろ」

「……っ」

 

 何故。

 我は悪くない。

 気持ちは分からなくもないが、もう少し我の気持ちも考えてほしい。

 自分の意見ばかり一方的に話すな。話すな。

 

「大体な」

 

 フウマが立ち上がってもう一回。

 叫ぶ。

 

「お前が自分でそう言ったんだろうが!?こっちは俺の妹がああなっていてそれで丸二ヶ月悩んできてやっと解決法が見つかったと思ったらこれだよ!?何なんだ!?大体、二か月前ってよくよく考えてきたら魔王を拾った月じゃねぇか!?やっぱりお前最悪だよ!!最初からあんな壺スルーしとけばよかったんだ!!」

「………私だって」

「あ?」

 

 やめろ。

 反論するな。

 今はそういう立場ではな――

 

「私だって好きで魔王に生まれたわけじゃなかったのに!!何なの普通の人間よりちょっと立場が高いからって!!しかも何もしてないのに人間どもは私を倒そうとするし!!え!?ナニコレ差別!?違うよ差別なんかじゃない!!いじめだ!!本来ならば投身するほどのいじめだ!!」

「………」

「大体みんな押しつけがましいんだよ!!自分にできないことはそのまま全然考えないで私のところに頼ってくるし!!しかもその理由が『魔王だから自分にゃできないこともできるはず』!?ふざけんなよ!!こっちだって出来ること出来ないことだってあるんだよ!!何で存在感だけで全部決めつけるの!?そんでもって出来なかったらぜーんぶ私のせい!?馬鹿じゃないの!?そんでもって散々利用された挙句恩知らずな奴らが私を倒すし!!もう人間なんか大っ嫌いだよ!!世界なんてクソ食らえ!!死ね!!お前ら全員死ね!!この世の人類なんか消えちまえ!!」

 

 我は自分が延々とため込んでいた本音を意味もなくぶちまけて――灰の中の酸素という名の酸素を限界近くまで使って、そしてようやく我は落ち着いた。

 そして今の現状を思い出す。

 そうだった。フウマが怒りの形相で怒っているんだった。

 

「………魔王――」

「フウマ」

 

 我はフウマの言葉を遮ってまで、その言葉を言いたかった。

 正座をし、首を深々と垂れて、両手は頭の斜め前に。

 

「今まで、本当に迷惑かけて、ごめんなさい」

 

 土下座の姿勢だった。

 フウマ――いや、我が生きていた中でこの姿勢を、ましてや誰かに向かってしたことなんて今までなかった。

 にしては完璧な姿勢だったらしい。

 

「……あ、ああ。こっちこそ、ごめん。なんかパニクっちゃって情緒が不安定になってたんだ。すまない」

 

 許してくれないのかと思いきや、意外にもフウマのほうからも謝ってきた。

 我は一旦その頭を上げ、フウマの表情を拝んだ(つまり見た)後、もう一回土下座をした。もう、本気を出せばアスファルトに埋まることができるのではないかというぐらいに。

 嘘だけど。

 

「……いいよ、もう。こっちだって何回も土下座されてどういう風に対応すればいいのかわからない。頭を上げてよし」

 

 どうやらフウマのほうからも憐みの念を垂らしてくれたようだった。

 我は口に出さずとも心の中で精一杯お礼を言って、そしてやっと立った。

 ああ、我ながら本当にひどい風景だ。

 ルッキング・デストロイによるものがほとんどの原因なのだが。

 マンホールの下水は間欠泉の様に噴出して、家の壁はほぼ全壊して、電柱は何故か首尾よく回避しているという奇妙な奇跡。

 廃墟じゃないのに廃墟にいるかのよう。

 正確に言うと、滅んだ惑星のごく一部にある生命活動が可能な場所――と言えばわかりやすいだろうか。

 というか一番奇妙だったのは、あれほどの物音(声量)が起きたのにもかかわらず家から全然人が出てこないということだ。

 

「これ、どうやって直そうか」

「……」

 

 ジャガノに頼んでみたいところだが、生憎彼は我によって死んでしまったので、もう、頼る奴がいない。

 フウマは人間だしこんなにぶっ壊れた街の風景、我と協力しても直せる奴はいない。この場を立ち去るわけにもいかないし、この町の責任者に頼むのも憚られる。

 詰みか?

 いや。

 まだどこかに道はあるはず。

 それこそ、奇跡でも起こらない限り――。

 

「……ジャガノ」

 

 我はジャガノによろよろと近づいて、その冷たくなった体をひしと抱きしめた。

 

「お願い、生き返って」

 

 ……ビクともしない。

 そりゃそうか。温めれば体温が上がり、生命活動が復興するなんて、普通ならあり得ない。

 いっそ、このまま町から逃げて人の目のつかない場所でひっそりと暮らしてやろうか。誰かに恨まれながらの生活、出来るものか。

 

「お願い、お願い、本当に」

 

「分かってるよ、うるさいな」

 

 ふと、もう諦めて死体を降ろそうと思った時、その死体から声が聞こえた。

 見れば、ジャガノがニヤニヤした表情で我のことをずっと見ていたのだった。

 

「ジャガノ!!」

「あーもう、自分で倒しといて俺に頼るって、どういうこと?烏滸がましいというか図々しすぎて生命活動が復活しちゃったよ」

「嘘だろそれ。そんなことより、戦闘の後始末をしてくれないか?こんな瓦礫だらけの道、放っておけるわけがないだろう」

「いいよ、はい」

 

 はい、とジャガノが言った瞬間、いつの間にか瓦礫は元に戻って、人が普通に通っていた。

 一瞬理解できなかったが、そのすぐ後に理解した。

 

「…ははん、トリックルームか」

「いくら俺でもそんなルッキング・デストロイの被害による罪を被らず全部お前に押し付けるなんてことはしないさ。対策してないとでも思ったのかい?」

「…ああ、もう、そんな単純なことだったのか」

「そうそう、あと放して。見られてるよ」

「えっ!?」

 

 ジャガノに指摘されるがまま見てみると、一部の通行人が我のことをじっと見つめていたのだった。傍から見れば少女が成人男性を抱えているという形になり、かなり不自然だったのかもしれない。

 我は無言でジャガノを放して立ち上がる。

 

「あ、そうそう。俺、ちょっと生き返るために結構能力使っちゃったから、もう悪魔としての力が残ってないんだよね。だから、さ。今日から俺は人間として生活することにする。だから、もう戦闘とかはできないぜ。じゃあな、ちょっと市役所行って住民票取ってくるよ。もう一度言う、じゃあな」

 

 ジャガノは我に有無を言わさず一方的に話を進めて、そそくさとその場から立ち去って行った。

 確かに、今よく思い出せば悪魔特有の羽がなかったかもしれない。

 

「…………えーと、一ついいか?」

 

 後ろでずっとジャガノとのやり取りを傍観していたフウマが質問を我に投げかける。

 

「結局、あいつは、誰だったんだ?」

 

 我は少し考えた後、こう答えた。

 時には陰湿で、時には卑怯で、時には冷酷で――しかし、我の一番の、

 

「――盟友」




~兄妹編 終~
   でももう少しだけ続きます


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後日

今回は後日談ということで、なんかいろんなことが有耶無耶に終わってしまった前回の続きみたいなことを書きました。
よって、文字数は極端に少ないです。ご了承ください。


「よっす。最近語り部していなかったフウマさんだぜ。

 今回の話はサブタイトルの通り、兄妹編の後日談となっている。

 それじゃあ、どーぞ」

 

「誰に話しているんだ?」

「読者」

「よくもそんな抜け抜けと…」

 

 あれから――つまり、ジャガノという奴が悪魔から便宜上の人間になってから、俺の妹はすっかりサイコパスな要素を消失していた。

 これはちょっと複雑な話なのだが、契約主と契約者の関係というのは少しややこしい。

 まず、契約主が死んでしまうと契約が解けるということはなく、そのままずっと契約が続く。だから、契約者は契約を破棄することが出来ないという後味の悪い結末になってしまう。

 しかし何故フウが元に戻ったのかというと、ジャガノが人間になると宣言したことにより、悪魔の存在自体そのものが消えてなくなり、契約主の存在もその時になくなりそしたら自動的にその契約は破棄されてそれ自体もなかったことにされる――という、何も考えないで読んでいるような人には少し理解しがたい内容だった。

 

 そっから数日後。ジャガノはというと、ホームレス生活を送っているそうだ。

 元は悪魔、何か不吉で縁起の悪いものをみんなは感じずにいられず、まず何故か門前払いを食らってしまうそうで、家には泊めてくれないわ市役所には入れてくれないわで散々らしい。まあ何回も言ってしまうとしつこいと思われてしまうが、ジャガノの元の体は悪魔で、食料というものはあまりなくても生きていけるそうだ。

 人間にとってはズルい体の性質である。

 しかし、食べることの喜びを知らないのも、それはそれで少しだけでも人生を損しているような気がしないでもない。

 にしても、だ。一文無しで生活するのは流石に退屈すぎると思う。

 一瞬だけアイツも俺の家に住まわせようかと考えたがその問いへの答えは考えるまでもない、NOだ。

 魔王に子猫を拾ったから飼えみたいな目で見られてもこの感情は揺らいだりせん。

 では最後に、サイコパスから元に戻ったフウが魔王と戯れているワンシーンをここに映し出してこの後日談は終幕へと行きたいと思う。

 

「いやーごめんねレイちゃーん!!お詫びにキスしたげるから許してー!」

「残念だがお気持ちだけ受け取っておく!ああっ助けろフウマ!こいつ元からサイコパスみたいなものだ!」

「なんでー!?せっかくこの可憐でかわいいフウちゃんと体を自由に弄べるって言うのに興味ない訳!?」

「というか何でこいつこんなにテンション高いんだ!?」

「ああ、ごめん。そいつさっきアサヒスーパードライ大量に飲みまくってたもんでな」

「え!?何なのその酒は!?サイコパスからサイコレズへと人格を書き換える飲み物なのか!?」

「そんな悪魔みたいな飲み物あったら日本という国が崩壊するわ!」

 

 まずサイコパスへ対象を限定させる魔王の想像力がすごい。

 褒めて称えたいけどとてもじゃないが今そんな状況ではなさそうだ。

 

「あーでも、本当に申し訳ないとは思ってるんだよー。私の勘違いってだけで腕とか足とか折ったり千切ったりしてさー」

「もうそれは許してるんだってば!また嫌うよ!?」

「えー?やーだやーだー!!私レイちゃんに一生ついてく!!」

「もうしもべは募集もしていないんだッ!」

「やーだもんねー。詫びとして、ね?」

「丁重にお断りしておく」

 

 のちに本人から聞いた話によると、フウの性格は魔王はガチで苦手なタイプのようで、ああやって絡まれながらも脳内ではフウがサイコへ戻ってしまうことを懸念してフウの気分を害さない言葉を一生懸命ひり出していたらしい。

 あと、本当はしもべも今は一応募集(ただし人が来るとは思えない)しているみたいなのだが、フウにはわざと嘘をついていた。

 魔王も拒絶するほどの末恐ろしい女、フウ。俺の妹でなければ今頃どうなっていたことか。

 考えてみただけでも恐ろしい。




コメントで指摘されて自分の不備に気付いてしかも最新話も何故か削除してしまって不貞腐れてしまう自分であった。


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過去編 ※ギャグ要素消失
魔王


 我は1500年に生まれた。しかし、詳しい年数は覚えていないので、大体1500年ととらえてもらって構わない。

 我は、母のアドと、父のロキの間で生まれた。母のほうは死神、父は魔王だったらしい。

 その時から、ここは地獄だった。

 我が少し大きくなって物心も付き始めたころ、ロキからこんな話を聞いた。

 

 ――お前が次期魔王になる時、大変な苦労があるだろう。

  何故なら、基本的に我ら魔王は忌み嫌われるべき存在であり、決して人間と仲良くしてはならない――まあ、眷属を作る場合は別だが。

  それどころか、人間は我らを倒そうとこの城に押し寄せてくる。もし我が死んでしまった場合、お前にそのことが出来るのか?

 

 ………。

 正直言って、したくなかった。そこで我は、首を横に振りたかった。

 しかし、我は父の恐ろしさを知っている。たぶん、お母さん――アドの2番目くらいには。

 だから、我は首を縦に振ってしまった。その質問に対して肯定してしまった。

 

 多分、我は普通の魔王が持つ精神とは違う構造をしていたのかもしれない。

 魔王とは、先ほども話した通り忌み嫌われるべき存在。だから、人間が襲い掛かってくるし、それを感知したら自分で殺すなどの対処をしなければならない。

 それは魔王にとって当たり前のこと。

 

 ある日、我は父に呼び出されてある部屋へと連れていかれた。

 そこは城の地下室と言える場所で、薄暗くじめじめしている。まるで拷問部屋のようだった。

 そしてその壁際には、手錠で両手を拘束されている人間達が何人もいた。何日も前からそこに居たのか、痩せ細っている奴もいれば、新しく捕まえたばかりなのであろう、元気に動き回って必死に手錠をほどこうとしている奴もいた。

 我はその光景に少し吐き気を覚えてしまった。なぜなら、我は――生き物の苦しむ姿を見たくなかったからだ。

 

「さあ、娘よ」と、ロキが我の肩を叩いて人間の近くへと寄せられる。

 そして――殺せと命令された。

 相手の人間はまだ10代半ば。顔も綺麗で、その腕などの肉付きからにしてきっと運動神経は抜群であろう。

 そんな――未来があったようなこの子を殺すなんて――惨たらしい事、したくない。

 しかし、それが魔王として生まれたうえでの宿命――はたまたは逃れることの叶わぬ道ということだったのだろうか。

 我は声に出さずに口だけ動かして「ごめんなさい」と言い、今使える中で一番弱い魔法でなるべく苦しまずに息の根を止めさせた。

 ロキは自分の娘の成長による感慨により気付かなかったのかもしれない。だが、この牢屋の同じ空間に居た人間全員が、多分我のことをこう思っていた。

「あ、多分コイツ、良い奴だな」――と。

 それからは、ロキが新たな人間を捕らえては、我に殺せと命令するようになった日々が続いた。

 我は他の誰と何が違ったのか、生き物を殺したくないという心を持っていた。だから、人間を殺した晩、我は無駄だと分かっていても殺した人数分合掌し、「ごめんなさい」と何回も言ったり、泣いて枕を濡らしたりした。

 その行為が父にバレてしまった時、我は酷い説教を食らった。

 

「次期魔王がそんなので面目を保てるのか!」

 

 この言葉は今でもはっきりと、心の片隅に言葉として残っている。

 そして我は、そのときにこう思った。

 まったくもってその通りだ、と。

 我は自分の考えを改めなければならない。そう考えるだけでも辛かった。

 生き物は殺されるために生まれた物――それがいわゆる、魔王としてのモットーというべきか、座右の銘というべきか。その考えを最初に聞いた時、我は気分が暗く落ち込んだ。そしてこんなことも思った。

 自分たちだって、生き物じゃないか。なのに、自分たちだけ永遠に殺されず、他の生き物だけ惨殺されていくなんて。

 矛盾しているにも程がある。

 理不尽というにも程がある。

 

 我が生まれて早20年。明くる日、父と母が100年間ハワイに旅行へ行くと我に言ってきた。

 父と母がこの城を離れてしまえば、もうここには我しか居なくなってしまう。

 そうなれば、我がこの城の主となり、侵略してくる人間を倒さなければならない。

 父は、大丈夫だ、お前なら出来ると我に言ってきた。

 そんな――そんな無責任なこと言われても困るのに。

 我は一生懸命止めようとしたが、ロキとアドは実力行使で我と黙らせてまで旅行に出発してしまった。

 ギャグか。

 

 城に残されて我がただ一人。魔王という存在なのだから仕方がない、その情報が紙面となって幅広くばら撒かれ、様々な人間にそのことを知られてしまった。

 それだけならまだいい、そしてここぞとばかりに、人間が大量に我の城に押し寄せてきた。

 今のうちに魔王という存在を根絶やしにでも来たのだろうか。いや、今のは憶測にすぎないが、実際にそうだったかもしれない。

 いずれにせよ、我はこの地位を守りたかった。理由としては、やはり責任というのもあるし、このまま人間に捕らえられて殺されてしまうのも遺憾だったからだ。

 だけど、殺したくはない。

 そこで我は、人間と言葉で説得しようとした。

 我は自ら人間の前へ出て自分は魔王とはいえど悪ではない、誤解しないで欲しいと説得したが人間は聞く耳を持たず、お構いなしに我に向かって武器を突き出してきた。

 我は何とかしてでも人間どもは殺さまいと城の中を逃げ回った。

 その次はどうしたかだって?

 全く考えてもいなかった。

 ただただ、人間を殺すか殺さないかという葛藤が頭の中で発生し、体の方は脳じゃなくて脊椎が命令を送っているのではないかというぐらい何も考えずに動いていた。

 そして、気が付けば、我は複数の人間に壁際に追い込まれていたのだった。

 我は、手を挙げて必死に無害を主張した。

 しかし当然、それで人間どもは戦闘態勢を解こうともせず、そのまま近づいてくる。

 そして人間の持っていた剣が我に振り下ろそうとされた、その瞬間。

 我は魔法を乱射していた。

 

「あはははははははは!!!死ね!!死ね!!お前ら全員死ね!!生きる価値なんてねえよ!!今まで私はお前らに散々攻撃してこなかったのに!!!何で攻撃やめなかったのさ!?この屑め!!ゴミ屑め!!あははははは!!あっははははは!!!」

 

 精神が狂っていた。

 我は狂気に満ちた笑顔で、人間どもを主に魔法で殺戮していたのだった。

 無害を主張していたとはいえ、魔王は魔王。ちゃんと魔法にも精通しており、そしてその威力も強かった。

 一分も経たずに、我は大量の人間をすべて、魔法で蹴散らしていたのであった。

 ……いや、厳密には一人撃ち漏らしていたのかもしれない。なんと我のその行為がまたもや人々に伝わり(しかも悪い部分だけしか載せていない)、むしろ我への悪いイメージが強くなっていったのだった。

 もう、ここまでくればいくら説得しようとしても無駄だと踏んで、我はもう無心で、感情を一切込めずに人間を殺していくことを決めたのだった。

 そうでもしないと、自分のことが嫌いになりそうだった。

 人間のことも。

 世界のことも。

 

 だから、未だ我はこの罪を背負って生きている。

 この嘆きを永遠に背負って生きている。

 

 そして、その体制が続いて10年後。

 我が、第2話あたりで話した時系列に至る。



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フウマ

 俺は幼い時、重傷を負った。

 何故かというと、両親と車に乗っていた時、後ろから猛スピードで飲酒運転の車が突っ込んできたからだ。

 俺は車の爆発によって両足骨折と体の大部分に火傷を負った。両親は、大人の頑丈さとでもいうべきなのか、片腕骨折ぐらいしか被害がなかった。

 今ニュースを見ても、飲酒運転の車と衝突したというニュースでは殆どの場合人が誰か死んでいるのだが、俺の場合では誰も死ななかった。類まれなる事例である。

 しかし、それだけで済めば良かった。しかし、この事件のせいで俺にある異常が起きた。

 足の骨折のせいで、もうまともに走ることは出来なくなってしまったのだ。

 いや、正確には走れはするのだが、骨折によってかなり骨が虚弱になり、少しでも激しい動きをしたら簡単に折れてしまうという状態になってしまったのだ。

 俺は骨折する前は足が速かった方なので、走れなくなってしまったことを酷く悔やんだ。小さい子特有の単純思考回路を働かせて、死のうとまでした。まあそれは寸でのところで踏みとどまったけど。

 しかし、どんなことをしたところで脆くなってしまった骨は元には戻りにくい。それこそ栄養剤を毎日飲めば治るようなものなのだが、俺の家にはそんな余裕なんてなかった。

 だから、体育はいつも休んでいた。走ることができないため、下校の時のかけっこなんかではいつも存在を忘れられたように置いてかれていた。

 ああ、何たる不幸だろうか。

 もう、一生走れない生活なんて、嫌だ。

 俺は数年後――具体的に言えば、中学校に入学したころ、脆くなった骨を元に戻す方法というものを模索した。出来るだけ低コストで、簡単にできるもの。

 しかし、そう簡単に戻す方法なんてないに決まっている。カルシウムを大量にとっても、その虚弱な骨からは折角摂ったカルシウムが漏れてしまうからだ。

 だから、もう一生、元には戻れないのかもしれない。

 そんなことも思っていた。

 

 俺が高校生になった時、不思議な奴に出会った。

 小さい頃折った火傷は成程深刻なものではなかったので完全に回復したが、虚弱な骨は相変わらずだった。

 だから、まだ走れなかった。

 しかし、俺はそれでもみんなと走りたいと思い続けていたのだった。

 だが、現実は現実である。歩き朝起きたら足が治っているなんて、そんなどろどろご都合主義があるわけがないのだ。

 なら。

 ()()()()()()()()が起きたとすればどうだろうか?

 それなら、あり得るかもしれない。今まで方法を模索しても治す糸口のつかめなかった、この虚弱な足の骨を治すことが。

 実際、俺はそんな奴にばったりと出会ってしまったのだ。

 俺が街中で買い物をしていた時、あまり人気のない住宅街で俺はそいつに出会ってしまった。

 

「やあ、何だか足の骨が悪いみたいだね」

「………は?」

 

 最初、俺は混乱した。

 初対面の奴に挨拶をやあの二文字で済ませていきなり本題にサラッと入っていく奴なんて、生まれてこのかた初めてだからだ。

 後で解釈したのだが、こいつは話というものが苦手みたいなようだった。

 

「うん分かっている。君の心は全部読める」

 

 何だかおかしくないようにおかしく聞こえるような、支離滅裂のように聞こえるけど支離滅裂ではないような、可笑しな日本語で、奇抜な服装を着ているけど男子高生にしか見えない奴は、そう言った。

 

「治してあげるよ、その足」

「……何を言ってるんだ、お前…」

「ほら早く、こっちきてよ」

 

 逃げてしまいたかったが、この足の状態である今、逃げようとしても足の骨が折れるか追いつかれるかがオチだ。素直に従ってみよう。

 俺はその謎多き男に近づいてみた。あえてゆっくりとした足取りで。

 

「うん、それでいい。じゃあどうしたい?足の骨、どうやって直す?」

「まず何を言っているんだお前。足の骨は確かに悪いがそれを治すってどういうことなんだ」

「質問を質問で返すのは日本人特有の会話方法って聞いたね。それは駄目だ嫌われちゃう」

 

 ……?

 じゃあこいつ、日本人ではないのか?顔つきは普通の日本人なんだがな?

 

「で、どうする?」

「……あ、ああ、もういい好きにしろ。信じがたいが俺の足を治してくれるってんならな」

「うん、分かった。じゃあサービスしてあげるよ」

「え?」

「サービス、ええと、まあいいか、君ってさ、もっと速く走りたかったんじゃなかったっけ?」

「…え、ああ、まあな」

「じゃ、亜音速で走れるように足に改良施してあげるね」

「え?」

「速く走りたいのならそれがナンバーワン」

「ちょ、ちょっと待て!?」

「よし完了した。じゃあね。自分の役目は終了」

 

 何だか独特のペースで進行していく会話に俺はついていけず、気が付いたらもうアイツはそこにはいなくなってしまっていた。

 そして信じられないことに、その後俺は本当に自分が亜音速とまではいかないが、超絶に速く走れるようになってしまったのだ。アイツが消えてから一瞬だけ走ってみたが、一瞬で石垣にぶつかってしまったのでそれでよく分かった。

 アイツは何をしたんだ?ただただ俺の足をじっと見ていただけだったのに。

 謎が多いというか、多すぎて訳が分からない。

 多すぎて訳が分からず、そのまま詮索する気も失せてしまう。

 俺は、そのまま何もしなかった――否、泣いていた。

 

「………っ」

 

 声を上げず、ただただ涙をその場に流しながら、泣いていた。

 足が治って、走れるようになったという嬉しさと。

 代わりに異常なスペックになって、公衆の面前では走れなくなってしまったというショックが複雑に、雑にかき混ぜられたように混雑して。

 泣くしかなかった。

 ……。

 結局、俺は家にそのまま帰った。

 母に遅かったねなどと言われたが、そこは適当に誤魔化して自分の家に入った。

 そこから数日の間、引き籠る生活に入る。

 

 そして、そこから数年して成人し、何とか就職にも成功してそこから更に数か月経ったある日――。

 

 うるさい目覚まし時計に覚まされた瞬間が、俺の物語の始まりだ。



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終点編
凶変


誰があと一週間で投稿できそうなんて言ったんだろうね


 魔王が失踪した。

 俺の部屋に『歪んだ軌道を直す』とだけ書いた手紙を残し、朝起きたら消えていたのだった。

 歪んだ軌道を直す。

 一体、何が魔王にとっての歪んだ軌道なのだろうか。

 一応、恋人関係であるレンや盟友関係であるジャガノなどに問い合わせてみたが、返ってきたのは「一度こちらには来てもいないし、見たこともない」という返事だった。

 うーん、これは今までにない事件だな…。

 魔王が失踪し、その上知り合いのどこにもアテにしていないなんて。魔王の心境に何かあったのだろうか?俺のせいでか?

 

「こんなこと考えていても仕方がない…。一回外に出て、気分転換だ」

 

 本当は魔王の存在が存在である故、気分転換して彼女を放置する暇もないのだが、一回こうでもしておかないとこっちが本当の意味で失踪しそうになった。

 何事にも休憩が大事だ。腹が減っては戦が出来ぬとは先人もよく言ったものだと思う。

 

 

 

「よっす、フウマ」

 

 魔王が何となくいそうなところ(具体的には路地裏)を探し回っていたころ、レンが向こうから自転車でやってきて挨拶をしてきた。

 俺も挨拶をし、レンが自転車から降りて俺と同行する。

 

「お前も探してるのか?レイのことを」

「まあな。恋人である以上、俺もアイツは見逃せない存在だ。どうせ見つけられないだろうが、探さないよりはマシだろう」

「……個性、消えたよなお前。あのネガティブさはどこ行ったんだ。しかもそれ通り越してちょっとポジティブになってきたなぁ…」

「誰だって性格は変わるもんでしょうに。生まれた時から死ぬ時までずっとネガティブ思考で生きてきた奴って居ると思うか?」

「そりゃそうだけどさ」

 

 やはり、相変わらずの話しにくさは治ってはいなかったようだ。それを感じて、どこかで落胆し、どこかで胸を撫で下ろす自分がいた。

 変な奴だな、俺。

 

「うーん…しかしいないなぁ。ちょっと暗くなってきたし、誘拐でもされたんじゃないのか?」

「不吉なことを言うなレン。それでもアイツ戦闘力はある方だし、むしろそのグループを壊滅させて抜け出すんじゃないか」

「かもな」

 

 そうやって二人で談笑していた、その時。

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 後ろから少し前に聞いたことのある声が割り込んできた。

 

「その声は――ジャガノか」

 

 俺はそう言って後ろを振り向いてみれば、やっぱりジャガノだった。悪魔から人間へとなり下がった、百戦錬磨の悪魔。まだ路地裏でホームレス生活していたみたいだな。

 

「え、こいつ、誰?知り合い?」

「ああ、こいつはな、まあ端的に言えば、魔王の盟友だ」

「君――はレン、かな?よろしくな、ジャガノだ」

「おう、よろしく」

 

 これでまた友達関係の輪が少し広がった。魔王の保護者として嬉しい事である。

 

「で、お前は何しにここに来た」

「ここに来たんじゃない、お前らが近くに居たから俺はここに来てみただけさ」

「だから、何しに来たんだ?」

「助言をしに来たんだよ」

 

 ……?

 助言、か。

 何だか俺の足をヤバいことにしてくれた何某のことを思い出させてくれるような言葉だな。それは俺の勝手なイメージにすぎないけど。

 

「手紙には、歪んだ軌道を直すって書かれてたんだろう?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ次にこちらから質問させてもらう。お前ら、()()()()()って、なんだと思う?」

「「本当の魔王?」

 

 ズガン!!

 

 俺とレンがジャガノ言葉に対して首を傾げた、その時。俺の後ろから物凄い轟音が聞こえた。鼓膜が破れてしまいそうになった。

 俺らは一斉に振り向くと、上空から物凄い勢いで落下してきたのだろうか、足元に物凄い規模のひび割れを出現させ、袖は破れ、裾もビリビリ、髪の毛は逆立っていて、その眼の色は真赤な赤色――そんな、まるで別人にでもなったかのような魔王――ヘルが、そこに立っていた。

 

「ほらな、やっぱり」

 

 ジャガノは見透かしたようで、特に驚きもせずそう言った。

 いやいや待て、この光景は何だ?

 もしかして、歪んだ軌道を直す――というのは、まさか魔王としての軌道を直す、という事だったのか?

 ということは、人類を滅ぼすとかするのか?

 いやいやあり得ないだろう、いくら魔王であっても、この世界を十分謳歌していたし今更そんなこと――

 

「おはよう、人間――いや、愚民ども」

 

 ――ごめん、これ俺の予想八割方当たってるパターンだなこれ。

 

「我は幻滅した。その世界がこんなにもくだらなく、つまらないものだったなんて。だからいったん我はこの世界のすべてを滅ぼし、一から作り直そうと決めた」

「は?おいおい、ちょっと待て落ち着け」

 

 魔王の発言に対し、すかさずレンが質問をする。

 

「お前、そんなことするような奴では無かったよな?今まで、俺みたいな恋人を作ったり生活を楽しんでいたじゃないか。何で急に、そんなこと――」

「嫌なんだよ、もう。一々一々人間とかいう産業廃棄物にいいように扱われて生きるのにはさ」

「…………オイ」

 

 その言葉に激昂してしまったのか、レンが怒りで顔を歪ませてどんどんと魔王に近づいてくる。

 魔王はレンのその態度に億劫せずにその場に留まっていた。そしてレンとの十分距離が近づいた頃、レンは思いっきり腕に唸りをつけて魔王を殴り、絶叫した。

 

「人間が産業廃棄物だと!?冗談もいい加減にしろ!確かに今の人間は自分勝手だし、人のことを考えない!だがな、それでも生まれる絆ってのは、他のどの生き物よりも深いんだ!そんなことも知らずに勝手に産業廃棄物だと言うな、レイ!!」

「……ああ」

 

 多分、レンは必死に魔王を正気に戻そうと殴り、叫んだのだろう。しかし第三者が見ればわかる。魔王は目を反らし、呆れた顔をしていた。それじゃあもしこれが魂の叫びであっても伝わってはなかっただろう。

 

「駄目だ…。今となっては、その叫びも心に届いてない」

「どういう意味なんだよ!!」

「煩い」

「オイ!!」

「一旦落ち着け、レン。今の魔王には、何をやっても無駄のように思える」

 

 ジャガノがレンを宥めに入った。

 

「ジャガノ!!あんたはこいつに対して何も言ってやらんのか!?それでも盟友なのか!?」

「今日の朝、態々こいつはこちらまで絶縁しに来た。だから、もう盟友じゃないし、俺はこいつのことはどうでもいい」

「おい!いくらそうだとは言えそこまで心無いこと言って良いのかよ…!!フウマも、何か言えよ!」

 

 急に話に矛先を向けられて、少し俺はビクッとなってしまう。それを着たレンが歯切れの悪そうな顔をして魔王をこちらに連れてきた。

 そして、魔王の背中を押してこちらへと突き飛ばす。その間、魔王は抵抗する意すら一切見せなかった。

 

「お前が魔王を説得しろ。俺がどうこうできるものではない、こいつとは絶交だ。別れる」

「……なあ、魔王、恋人が消えてしまうぞ、良いのか?」

「構わん。どうせ滅ぼす世界だ、恋人の一人や二人くらい別にいい。むしろ死ね」

「…!! お前、いつからそんなクソ野郎になったんだああああああああああああ!!」

 

 魔王の罵詈にレンは以前よりさらに激昂し、魔王の後頭部に向かって鉄拳を繰り出そうとした。しかし、魔王はそれを片手で受け止め、その反動をものともせずレンの額に手刀を突き刺した。

 貫通した。

 手が、レンの額を貫通し、後頭部まで貫いた。

 

「……は?」

「…マジかよ」

 

 レンは頭を貫かれたことにより有無を言わさず死亡。俺は脳の処理が追い付かなくなって少しの間固まってしまい、流石のジャガノもこれには驚かざるを得なかったようだ。

 

「……ああ、元恋人の血の色はこんなにもどす黒いのか。触るんじゃなかった」

「…おいおい、ヘル。俺は元恋人に対してそこまでするような奴、知らん」

 

 ジャガノが引き気味に魔王に話しかけた。

 元盟友にも関わらず、振り返った魔王の瞳は殺意と禍々しさに満ち溢れている。

 

「お前も殺してやろうか?」

「…後悔しないなら別にいいさ」

 

 即、魔王はジャガノの胸に手をねじ込み、そのまま心臓をもぎ取った。

 

「……! え……っと。そっ…か。じゃあ、別に後悔は…しないんだな……」

 

 ジャガノはそんな遺言を残して死亡した。

 

「……こいつの血の色はまだ明るい…。赤色じゃなくて紅色だ」

 

 ……やっべえ。

 ガチで病んでやがる。

 狂ってやがる。

 

「さてと……」

 

 魔王は一瞬俺の方を振り向いた。俺は殺されるのではないかと内心おびえていたが、魔王はこう言った。

 

「お前も殺そうかと考えたが、我に良くしてくれたせめてものお礼だ。殺すのは最後にしておいてやる」

「…なっ、おい魔王…」

「じゃあな」

 

 言って、魔王は空高く飛び上がってそのまま上空へと消えた。

 俺は一人で取り残され、魔王は頭と胸が血だらけの二人を取り残した。

 

「……ふ、なんてな」

 

 否、ジャガノはまだ生きていたようだ。

 ……。

 …え?

 

「ジャガノ!?お前何で生きている!?」

「いくら便宜上の人間になったとはいえ、体質はまだ悪魔だ。不老不死の一つや二つぐらい持っていて当然だろう。いつか敵対した時にと思ってヘルにはずっと不死だってこと内緒にしていたが、こんな場面で役に立つとはな」

「え、じゃあさっきのは芝居なのか?」

「ああ、中々の演技力だっただろう?これでも、舞台とか見るの昔から好きだったもんでね」

 

 ……そんなのありかよ。胸に拳一つ分の穴が開いているせいで、いまいち実感が湧かない…。と、思っていたら、もぎ取られていた心臓をそのまま胸に嵌め込んだ。

 そしてしばらくしたら、周りの血が蒸発し、再生した肉がジャガノの胸に空いた穴を覆い隠した。なんだその便利機能。病院の商売あがったりだな。

 

「ちなみにあの時死んだのも演技だ」

「あん時の雰囲気どうしてくれる!?二度と涙無しで読めなくなったぞ!?」

「いやー、あの時首の骨を折られた時はガチで驚いたけどさ、あの時死んだふりしたらどういう風になるかなって。そしたら、あんな修羅場になっちまってまあ。すまんねえフウマ、見てて楽しかったわ」

「…まあ、もう済んだことだし別にいいけどお前生粋のSだな」

 

 …とと、こんな話している場合じゃない。ここでギャグ風の展開に持ってこようとしても、すぐ隣に死人が居るんだ、失礼過ぎるだろう。

 

「ところで、何で魔王がああいう風になってしまったのか、見当つかないのか?」

「………まあ、これは俺の予想ではあるんだが…。ヘルってさ、確か、後遺症ってのがあったよな」

「後遺症?」

 

 聞いたことがある。確か、魔王と出会ってばかりで間もないころに。

 

『封印されてた後遺症で呪術が使えないのだ』

 

 あと、最近のモノローグからも。

 

『魔王としての力が戻りつつある。たぶん、封印されていた後遺症が徐々に薄れてきたのだろう。それが最も表面的に表れているのが、自然治癒力だ。』

 

 ……ふむ。成程。

 ある程度、察しがついた。

 

「つまり、後遺症が完全に治ってしまい、魔王はその力を使って暴れていたと」

「そういうことになるな。全くお前も災難だなあ。手塩かけて保護してきた奴がお前を裏切るなんてな」

「……」

 

 いや、俺はあいつを保護してきたから分かる。アイツは決してそんなことをするような奴じゃない。じゃああのたまに発される本音が泣き真似だったとでも?迫真の演技だったとでも?プロ級の役者でも出来るか出来ないかのあの演技が、魔王にできるとでも?

 ……後半あたりから決めつけになっているが。とにかく、俺はアイツはそんなことをするような奴じゃない。断言できる。

 だから俺は、アイツに何らかの原因があってこうなったのではないかと考えている。しかし、それがどういう原因なのかが、全く見当がつかないな…。

 

「ふーん、そんな考え方をするなら別にいいけどさあ…。後悔しても知らんよ?」

 

 俺の考察をジャガノに説明してみたが、特に反論があるわけでもなかった。ジャガノ自身、心のどこかでそうであってくれと信じているのかもしれない。

 

 場所が街の中なのでそのうちジャガノが魔王の不意打ちを食らいかねない。俺らはちょっと高い山の上に移動することにした。そここそ魔王の不意打ちを食らうのではないかと思われるかもしれないが、先ほど話された通り魔王は俺を最後に殺すことにしている。よって、魔王は俺の索敵を後回しにしているから、ジャガノの存在にも気づかないだろう。

 

「でもさ、あくまでこれは見当なのであって、本当にそうなのかはよく分からないんだよなー。何か確かめる方法があればなー」

「あるじゃん」

「え?何?」

「フウ」

 

 少し、怯んだ。

 フウ。

 俺の妹。

 ちょっとだけ吹いてくる風が生ぬるい温度に感じられた。

 

「フウって、確か生き物の体調が知れるなどの能力を持っていたはずだ。その能力を駆使すれば、ひょっとすれば異変の元凶、あるいは手がかりを見つけれるかもしれない」

 

 その方法も一理あった。しかし…。

 

「無理だ。俺の可愛い妹をこんな目に遭わせたくない」

「遭うとは限らないだろう?善は急げとは言わないが、方法としてはかなり確立している筈だ」

「いや、お前…!レンと同じ目にあったらどうする!?」

「だったら他に方法はあるのか?」

「ぐっ!……うぅ」

 

 そんなことを言われてしまったら言い返す言葉が無くなってしまうだろうが。実は俺もフウに頼ることは候補に入れていたのだが、何故かどうしても嫌だった。

 まあ、これが過保護っていう奴なんだろうけどな。

 

「…わかったよ。それじゃあフウには今まで起きたことを事実無根、ありのままに話したうえでレスキューしてくれるよう要請するんでいいんだな?」

「ああ、それでいいさ。しかし、この話を魔王が傍受していたら、話は別だがね」

「あっ…」

 

 言われて周りを見回してみたが、特に魔王の気配は見当たらなかった。まあ俺は鈍いので、気付かなかっただけかもしれないけど。

 

「……あ、ああ、フウ」

「あっ、兄貴のお兄ちゃん。どうしたの?」

「どんな家族構成の元お前は生まれてきたんだと突っ込んでみたいところだが生憎今はそんな雰囲気ではない。ちょっとこっちに来てくれ」

「え、何で?」

 

 俺は今まで俺やその友達に起きたことを事実無根、何の隠し事もためらいもなく淡々と話していった。

 

「…え、嘘。レイちゃんが?」

「ああ、まあな。だから、アイツに何の原因があったか、お前の能力を使って調べてほしいんだ」

「分かった!荷物まとめて今すぐ向かう!レイちゃんのためなら!」

「もしかしたら死も伴う危険性もある。それでもか?」

「そこで断ったら私は今すぐフウの名を捨てて一生放浪の旅に出るね」

 

 ……よくわからないが、とりあえず断る理由がないという意味なのだろうか?そう解釈しておくか。

 

「……分かった。じゃあ電話切るな」

「ういっす。たぶん10分ぐらいで着くと思う」

 

 俺は携帯を閉じた。

 

「…来そうかい?」

「まあな。でも、お前も一緒に居るってこと、やっぱ伝えたほうが良かったかな?」

「それでもし来なかったらどうする」

「まあ、それを懸念してのことだったんだが…」

「お待たせー」

「早っ!?」

 

 気が付いたらフウはもう来ていた。というか早い。いくら隣の市だからって最低でも5分はかかるだろう。1分足らずで来たぞコイツ。

 

「ふっふっふ。実はね、この私でも本気を出せばリニア並みのスピードは自転車で出せるのだよん」

「俺の足の方が強いな!」

「何で10分って言ったのかは、もしレイちゃんがこの無線を傍受して盗聴していた時のことを考えてだったんだ。そう言っておけばうまく欺けられるでしょ?」

「お前頭良いなあ!」

 

 褒められて、フウは露骨にうれしい顔をする。

 

「じゃあ、まず、魔王の体調を探ることとしようか。もしかしたらこれでの収穫はないかもしれないが、それはそれで収穫に成り得る」

「あれ?ところでお兄ちゃん一人?」

「いや、俺もいるぜ」

「え…?」

 

 フウはジャガノの存在に気付いた。いやむしろ俺とジャガノ二人しかいなかったのに何故気付かなかったのかそれはそれで不思議である。

 フウは怪訝な顔をして、俺にボソッとこう言った。

 

「誰?」

「「覚えてないのかよ!?」

「うん」

「……まあ、知らないならそれでいいよ。俺はフウマの新・友人だ」

 

 本当にそれでいいのかと言いたいところだったけど、とりあえずこのセリフは伏せておく。全く嫌そうな顔をしていないことから見て、コイツガチで覚えていないのかよ……。びっくらこいた。

 

「へえ、そうなんだ。よろしく。……フウマさ、魔王がうちに着いてから友達続々と増えてない?」

「ん、まあな。魔王は正直言って子供みたいだから世話焼きな性格が表に出て、それでコミュ力が身に着いたんじゃないかな」

「それは喜ばしいことだ。兄の妹として」

「え?何?こいつその前は何だったの?」

「ぼっちだった」

《b》「言い方に難がある!」

「……あ、こんなこと話している場合じゃない」

「そうだな。じゃあまず、何をしよ――」

 

 と、俺が頭をひねって作戦を考えようとした、その時。

 鼓膜が破れそうなほどに、ドガンと後ろで物凄い轟音がした。

 

「何だ!?」

 

 振り向いてみれば、街が――いや、町全体の建物が根本から一気にどんどん崩れていく崩れていく。多分中に居る人は逃げる暇も与えず死んだであろう、なにせあんなに早く崩れていくのだから。

 俺らはその光景に圧倒され、気が付けば町は更地になっていたのだった。

 もう一度言う。

 俺の町が、消滅した。

 

「…………………」

「……え?あ、え、っと?フウマ?」

「参ったなこりゃ…。そこまでやるとはね…」

 

 喋ることすらできなくなっていた。さっきの展開が展開だった故、まさかここまで魔王は俺を窮地に陥れないだろうとたかをくくっていた。

 

「…………フウ」

「何?」

「アイツ、()()()()



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混沌

書くの面倒臭いです。
elonaにどっぷりハマりながらも小説を書き終えた私をほめて。


 私は耳を疑ったりは、特にしなかった。

 お兄ちゃんがブチギレてしまったら言葉遣いが極端に物騒になるのもさほど珍しい事ではない。そういう性格なのだ、仕方がない。

 しかし、今回ばかりは違った。

 お兄ちゃんは、魔王に対して明確な殺意を持ってそう言っていた。

 あの目は憤怒の感情に満ちていた。

 そのことに遅れはせながらも気づいたのが、今から数分後。

 フウマが神速を使い、私たちを置いてって崩れ去る街の方角へ全力疾走した時である。

 

「……ねえ、ジャガノさん」

「なんだ」

「お兄ちゃん……本気?」

「だな」

 

 感情を表現するのが苦手なのだろうか、ジャガノは淡々とそう告げた。

 私はその言葉を聞いて、激しく落胆する。

 というか、もう何もかも理解できていない。魔王は街を破壊し、フウマは殺意に任せてどこかへ走って消えて。

 ああ、本当に、なんだろう。

 

「………追いかけないのか?」

「自転車だからと言って、お兄ちゃんに追いつけるわけないでしょ…。私だって、出来るものならそうしたいよ…」

「しっかしまあ、大したものだ。魔王だってこの町に住み着いていたくせに、こうやって破壊して、拾った親を敵に回し。……正直もう、俺は逃げたい。この混沌に満ちた街から、逃げたい」

「逃げたら許さないよ…。私がいる限り、あんたは逃げられない……」

「おー、怖い怖い」

 

 舐め腐ったような態度に切れそうになったが、今この状況じゃあそれも無意味だ。

 というか、一旦状況を整理するとしよう。そうでもしないと頭がこんがらがってしまう。

 

 まず、魔王が失踪し、それをフウマとレンとジャガノが探していた。そして、無事見つけたと思っていたら、何故かダークサイドに堕落していた。さらに、目を覚まさせようとしたレンを殺害。そのまま最後に殺すと言われたフウマとジャガノが一旦山へ避難。電話で私を呼び出し、今に至る。

 …あれ?

 私を呼び出した理由って、なんだっけ?

 えっと……。

 

「ジャガノ!!」

「うおっ、どうした?」

「魔王の体調を探らなければ!」

「あぁ…。そういえば、お前を呼び出した理由って、そうだったか」

「よし、今すぐ向かおう!ジャガノ、私の自転車の後ろに乗って!」

「おうよ。振り落とされないようなスピードで頼むぜ」

「そんなの気にしていられるかっての!」

 

 ジャガノは私の自転車の後ろに乗り、私は新幹線の速さのごとく猛スピードで山を降りた。木にぶつかってしまうのではないかと懸念されるかもしれないが、安心してほしい。反射神経だけはフウマに勝る。

 その後、私は猛スピードで山を下山し、フウマと魔王のふたりだけの戦場へと足を踏み入れた。

 ……もう、フウマは魔王と戦っていた。

 そして、私はそこから頑張って魔王に目を凝らし、魔王の体調を探ることにした。近くに居なくとも目視すれば大体わかる。

 

「……ん?……え、これは……何?」

「どうした?」

 

 そして、ひょっとしたらこの絶望的な状況をちょっとだけ揺るがすことができるぐらいの情報を掴むことに成功したのだった。

 

 語り部:フウマ

 

 俺は今、途轍もなく怒っている。

 誰に向かってだって?言うまでもない、魔王にしか矛先を向けられる奴は誰もいないだろう?それとも、実の妹に八つ当たりしろと?

 大体、半年近く面倒見てあげた結果が、俺の親友を殺害し、俺の住んでいた街を壊すということになるなんて、恩を仇で返すという言葉があるが、それをも逸している。

 だから、この件は自分でケリをつけなければならないのだ。

 

 そして、俺はそのうち魔王の暴れている場所を特定し、そのまま目を合わせるのだった。

 

「………まだ、フウマ以外殺し終わってないんだけど。何?死に急いでるの?」

「今日がお前の命日だ。覚悟しろ」

「話を合わせる所から努力をしようよ。それだから君は我が本当はどういう存在なのかも知らずに、我がどんな野望を抱えているかも知らずに保護してしまったんだ」

「……お前、まだ本当はいいやつなんじゃないのか?」

 

 さっき途轍もなく怒っているなどといったが、実は心のどこかでまだ魔王のやさしさにかけているような気がする自分もいる。

 まあ……ここまでやっておいてあっさり今までやったことを挽回する奴なんて、いるわけないか。

 

「馬鹿みたい。ねえ…、我って、魔王だよ?魔の王だよ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()あのさ…我に期待なんてするだけ無駄さ。そんなの無価値さ。ゴミ以下だ。だからさ、とりあえず死んでよ、ねえ」

「……」

 

 だから、で続けた言葉にしてはちょっと意味があってなかったような気がしたが、この状況下そんなことで一々突っ込んでいたらそれこそ愚かで、馬鹿だ。

 今は――どう転んでも、戦うしかあるまい。

 

「さあ、来い――グフッ!?」

「そんなこと言っている暇があったら、早く神速を使ってこっちに近づいてもらいたかったものだ。隙だらけだし丸腰だし全くバカバカしい。いいよ、一撃で楽にしてあげるよ」

 

 俺が声を上げようとしたら、まだそのセリフの途中で魔王から腹パンを食らってしまった。懐かしの腹パンではあるが、意味合いも強さも慈悲の度合いも全然違う。容赦のないパンチで、胃の中身を一瞬吐瀉しそうになった。

 耐えたけど。

 さらに、俺が腹パンで吹っ飛んでいるその隙を利用し、俺が地面に仰向けになって背中を激突して着地した時とほぼ同時のタイミングで魔王も俺の上に乗った。それも脛の上のあたりで、何故か手が動かない、足は押さえつけられて動かないで全く身動きが取れない状態である。

 最早絶体絶命、魔王が手に訳の分からないオーラを集めて(多分魔法を放とうとしている)、俺に向かってその手を突き付けようとした。

 

 ――その時。

 

「うわあああああああああアアアアアアっっ!!」

 

 耳に劈く絶叫と共に魔王の頭に鉄パイプが強くたたきつけられた。

 そのおかげで魔王のその魔法を打つ標準がずれ、俺のかなり横で属性が何なのか分からないレーザーを発射した。

 ………こんなのが俺の体に直撃したらと思うと、体が竦む。一体どうなっていたんだろうか。

 

「あああ……やっぱり、お前は魔王だったのかあぁあ…!!最初から見つけた時に倒せば正解だったんだあああ…!!俺の兄を殺したのもお前かアアアアアア!!!」

「…………」

 

 鉄パイプで魔王の頭を殴打したのは誰か魔王の背後を見てみると、そこには狂気に満ちた状態のユウキがいた。

 ああ、そういえば居たなあ。最近影薄かったからなあ。

 どうやら兄の遺体を発見し、そこから俺と魔王のやり取りを見てすべてを察したご様子。

 

「っああ!!っああ!!ああああああああああッッ!!!」

 

 その後のユウキは狂ったように(実際狂っているが)鉄パイプで魔王の頭を叩きまくった。魔王の反応はというと、ちょっと怯んでいるみたいだ。いくら本来の力を取り戻したとはいえ、魔王もこの鈍重な衝撃には耐えられないのか。

 

「……はあ……はああっ……」

 

 その後も休まずユウキは魔王の頭を殴り続け、魔王が完全に動かなくなるまでに殴り続けた。

 死んだのだろうか。

 いや、そんなはずはないだろう。脈がある。

 

「……おい、大丈夫か?」

「フウマ………ごめん、ちょっと見苦しいところを見せてしまったようで」

「別にいいさ。何故こんなところに」

「今日も今日とてレイの監視をしようとしたら……こんなことに」

 

 ………。

 やっぱり、な。

 

「魔王は…死んだのか?」

「いや、分からない。体は力が抜けたように重いが脈がある。気絶してるのだろう。早くここから逃げよう」

 

 とりあえず、だ。少なくとも、激昂していた心は落ち着いた。今は冷静に物事を考えることも出来る。よってその冷静さによって導かれたこれからとるべき行動は、一旦魔王から距離を置くことだ。これが一番英断だろう。

 

「了解。じゃあ、早く逃げっ」

 

 ……………。

 俺が撤収しようとしてユウキから目を離して走ろうとした瞬間、ユウキからの声が途絶えた。

 恐る恐る後ろを振り向いてみると――

 

「油断大敵という言葉を知っているかい?」

 

 ――拳でユウキの心臓を貫いた魔王がそこに立っていた。

 

「………え」

 

 言葉すら出なかった。

 気絶から意識が覚醒するのが速すぎる。

 

「ゴフッ…!!」

 

 ユウキは口から大量の血を吐き出し、地面に激しく体を叩きつけて倒れた。

 …………。

 

「……狂気だよ、お前…」

「全く、あんな鉄くずで我を倒せるとでも思ってたのかな、馬鹿だねー」

 

 ……とりあえず、逃げよう。そしてフウやジャガノと合流して、今の現状の説明をしなければいけない…。

 ……勢いで魔王のもとに向かってしまったが、フウやジャガノは一体何をしているんだろう…。変な行動してなければいいんだけど…。

 しかし、幾ら足が超人的に早い俺だって魔王から逃げきることができるのだろうか…?

 

「もちろん、我だって今の体でも死なないことはないけど、流石にあんな軟弱な素材で我を倒すことなんてできないでしょ。何だろう、ユウキは我の力を見くびっていたのかな?――――私を」

 

 ……謎の語りが始まっている。今の隙に逃げれるかもしれない。

 その後も何か言っていたようだったが、どうせ大したことない話だろう、俺は一目散に山へと戻った。

 

 ……そういえば、街が破壊され、こんなにも死者が出ているというのに、どうして警官や軍隊が一人もいないのだろうか?さすがに物音で気付くだろ、こんなの…。

 ――とか考えていたのだが、走りながら辺りを見回した結果、警察のユニフォームを着た死体があったので、それだけで全てを察した。

 さすが魔王、対応が速い。感心している場合ではないが。

 

 …数分後、何とか撒けたのか?アイツ、追ってこない様子だけど…。もう走らなくても十分か。

 

「とりあえず…今すべきことは、フウとジャガノに現状を伝える…か」

 

 またあの山に向かえばいいのかなー…あいつらそれまで待っているかなー…。

 まあ今更のんびりなんて出来ないし、さっさと行くしかあるまい。

 

 

 

 

 居なかった。

 俺が死ぬ気で神速を使って山を登山していったのに、アイツら居ねえ。どこ行きやがった。変なところ突っ込んでねえだろうな…。

 降りるか。

 

 

 

 

 居た。

 山のふもとのところでフウだけが寝ていた。

 何暢気に寝てやがるんだコイツ。ジャガノはどこ行きやがったんだコノヤロー。

 

「おい、起きろ」

「……んあ?あ、フウマ…ふぁ~~」

「何で寝てるんだよ。今そういう状況じゃないでしょうに」

「ごめん、疲れたから」

「ジャガノはどこ行った?」

「なんか魔王の様子を見てるって。そっちこそ、あの戦いどうやって終わらせたんだい?」

「撤退した。戦略的撤退だ。」

「ふーん、あ!そうそう、私ね、魔王についての新情報を掴むことに成功したんだ。この、私の能力を使って魔王の体調とかを探ってね」

「ほう、どうだった?」

「……うーんとね、まあハッキリとは言えないんだけど……というか曖昧なんだけど」

「なんだよ、自信がなくてもいいからはっきりと言え」

 

 フウは、少し口籠りながらこう言った。

 

「誰かに憑かれているような感じがした」

「……そうか。それは大きな情報だな。よくやったフウ、それでこそ、俺の妹だな」

「えっへへー」

 

 ………可愛いなあ、コイツ。何でそう素直に照れることができるの。

 …今、頭を撫でまわしてみたら従順な犬みたいになるだろうか……。

 

「大変だーっ!!」

「!? ど、どうしたの?」

「魔王に居場所がバレた!!こっちに来てしまう!!」

 

 ……頭を撫でるのは、また今度にするしかあるまい…。



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終点

明日辺りから数日は小説書けないから、急いで今日中に仕上げなきゃという決意をした。
結果、書けた。


 俺が魔王はそこに居るのかと辺りを見回した時、すでに魔王はそこに居た。

 居た――というか、もう既に突っ立っていた。

 何やら、目に何かの跡がついている。涙の跡なのだろうか、近くで見ないとよくわからない。

 魔王がジャガノの方を向いて、話しかけた。

 

「ジャガノ……あんた、不死身だったんだね」

「へへっ、そうだろ?多分俺は、この肉体ごと潰されてもそのうち復活すると思うぜ?」

「何で今まで言わなかったんだ?」

「敵対した時のことを考えて」

「………盟友じゃなかったか?盟友なら、秘密とかそういうのは無しじゃないのか?」

「ハッ」

 

 ジャガノは魔王を嘲るように鼻で笑った。

 

「そんなルール、誰が決めたんだ?友達なら嘘偽り一切なしとか、馬鹿馬鹿しい。絶対誰だって秘密を抱えてるってもんだ。お前だって抱えてるんだろう?秘密」

「……我は、何も秘密を抱えてない」

「嘘つけ。今だって秘密を抱えているだろうが」

「……何をだ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()お前さん、正直になれって」

「煩い!!私は秘密なんて抱えてないんだ!!絶対そうだ!!」

 

 魔王は声を張り上げて反駁した。

 しかし、魔王誰かに憑かれている説とは。もしそうだったとすれば、魔王は俺の思っていた通りの魔王であり、決して血迷ったとかずっと前から野望を抱えていたなどの可能性が消え失せる…つまり、魔王悪役ルートが消える、か。その説が合ってて欲しい所だが、フウからの情報だけではいまいち信憑性に欠ける。

 ひょっとしたら彼女もグルだという可能性はある。

 

「信頼されてないなー、私」

「仕方ねえよ。この状況下、どんなものも疑わなくちゃあいけないからな」

「さっき私の頭を撫でようとした人が何か言ってらっしゃる」

「煩いな。あれはその場のノリだ」

「こっちこそ煩いな。何さっきからトークに華を咲かせてるんだ君たち。目の前のキャラクターを見なさい」

 

 キャラクター……。何かと奇妙な言い方を好むなあ、ジャガノは。

 しかし彼の言う通り、今俺らの目の前に居るのはあの魔王である。今無駄なトークしてふざけている場合ではない。

 しかしそれまで待っててくれた魔王も心が広いっちゃあ広い。

 

「それじゃあ、魔王――」

 

 俺はとりあえず声をかけてみるが、その次に何を言おうか迷ってしまった。

 俺が声をかけたせいで、無駄な沈黙が訪れる。

 

「………」

「………」

「………」

「………来いよ」

 

 そして、その沈黙を断ち切るかのように、ジャガノが魔王に向かって宣戦した。魔王は条件反射で動くがごとき反射神経でジャガノにがっつくが、上手くそれを回避してその勢いで魔王の胴体に強い拳骨を食らわせた。

 魔王は一瞬怯み、その隙を利用してジャガノは更に攻撃を叩き込む。元悪魔だからなのだろうか、胴体をパンチするたびかなりの音が響いている。

 

「……っ!!」

 

 だが、魔王もいつまでも攻撃を食らっているわけにはいかない。乱れパンチを繰り出して疲弊しかけたその隙を利用して魔王はジャガノの胴体にドリルのように回転させた腕をねじ込んだ。

 ジャガノもそれには対応できず、魔王の腕は徐々にジャガノの体にめり込んでいった。

 

「……うう…っ!」

「くらえっ!」

 

 このままだとジャガノが再び戦闘不能になってしまうとフウは確信したのか、背後から大きく硬い石で思いきり魔王の頭をかち割った。魔王は不意打ちに驚いたのは思わず腕を引き抜いてしまい、その瞬間を利用してジャガノは魔王の腕を折る。

 

「うう…っああああ…!!」

 

 先ほどまで呻いていたのはジャガノであったが、今度は魔王が苦痛に悶え始めた。ここまでくればあともうひと押しで倒せるだろう、しかし…。

 

「ねえ、見てないでフウマも早く!」

 

 フウにそう急かされてしまうが、俺は今魔王に攻撃すべきかしないべきかで迷ってしまい、棒立ちしている状態である。確かに、今攻撃すれば魔王は倒せるかもしれないが、本当にそれでいいのか?

 

「…ねえ、ねえ!フウマったら…!!」

「……無理だよ。たとえ魔王がどんな姿になろうとも、俺はそいつに攻撃なんてしたくない……」

「馬鹿お前死ねよマジで!さっきまで戦闘しようとしてたのは一体何だったんだよ!?わざわざ殺されにあそこまで行ったのか!?お前も忙しない奴だなあ!この死に急ぎ野郎!!」

 

 ジャガノ………ではなく、この辛辣な言葉を投げかけたのは、フウだった。

 マジ切れすると極端に口調が悪くなるらしい。

 

「なあオイ馬鹿兄!改めて問うが、お前は死ぬのか戦うのかどっちだ!!答えろ!!」

「……………」

「死にてえのか!?」

「生きてぇよ俺も!!死にたいなんて思った事なんてある訳ないだろ!?」

「じゃあ殴れ!!魔王に鉄拳をぶちかますんだ!!殺す気でな!!」

「そんなこと出来るわけがないだろう!?お前俺の気持ちを分かっていてそんなこと言っているのか!?」

「あーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!うるさいうるさいうるさい!!鬱陶しい!!今ここで魔王に何もしないで、その後にどうしろっていうのさ!?お前はこれだから後先考えないで行動するダメ人間なんだよ!!」

 

 ヒステリーを引き起こしたフウにこれ以上無いほど蔑ろにされ、こっちも怒りのスイッチが入ってしまう。

 ……何をやっているんだ、俺らは。魔王がまだ悶えてるからいいものの、今ここで口競り合いを興したところで何の利益にもならない。

 

「そうだよ俺はダメ人間だよ!!だからどうした!?ああわかったよ魔王を殴ればいいんだろう!?」

「早く!殴れッ!!なーぐーれッ!!」

 

 俺は怒りに任せて何の躊躇もなく魔王の頬を殴った。力強く、かつて魔王が俺に対して腹パンをした時よりも、ずっと、ずっと強い力で。

 そのまま何回も殴った。魔王は痛みに絶叫し、気絶していたが、俺はそのまま続けて殴り続けた。そして……声が出なくなるまで殴った。

 

 

 

 

「……あの、すいません」

「あぁ!?」

 

 フウが我に返った。気分が短時間でコロコロと変わる奴だ。

 

「こんな時に悪いけど、なんだか変な奴がフウマに会いたいって……」

「……あ?」

 

 フウが指した方向に、俺とフウは振り向く。そこには…。

 

「「「ヒーローは遅れてやってくるー!」

 

 ……あの懐かしき、幽霊三兄弟が居たのであった。

 

「はッはッはー、待たせたな、諸君!」

「目指すはハッピーエンド、絶望なんて振り払っちゃえー!」

「そこの迷子の子羊さん、もうこの状況はすべて把握している。そこで、我らが三銃士、あなたに力を貸そうではないか」

「帰れ」

「「「何だって!?」

 

 ………別名、シリアスブレイクの達人。

 こういう空気にこいつらに来てもらったら、今までの雰囲気が台無しになってしまう。もう手遅れかもしれないが、一刻も早く帰ってもらわなねば。

 

「違う違うって!僕達は、ただ、君達の手助けをしに来たんだって!本当だから!」

「……じゃあな、具体的にどんな手助けをするんだ。返答次第では今すぐ戻ってもらう」

「まあ、もう成仏した身としてはねー、もう5分くらいしか現世に居れないし、手助けできたか出来なかったかの違いでそんな大差ないんだけどさー」

「お前ら……そんなことしちゃあ、後悔するぜ?俺らの手を借りなかったこと、一生後悔するぜ?」

「まあどういう風に手助けするかというと、簡単に言えばレイ君に憑いている『何か』を取ってあげるんだ」

 

 ケンは、そんな風に淡々と言った。

 

「…え?取る?魔王に憑いている何かを…?」

「うん。ちょっと見ててね」

 

 ケンがそう言うとユミとシュンキが徐に魔王の口をガバッと広げ始め、その口にケンの細い腕を奥まで入れた。

 さっきまで気絶していた魔王の意識が覚醒し、同時に苦しい顔をして暴れ始めた。

 俺らはどういう対応をすればいいのか全く見当もつかず、ただただそこに棒立ちしてることしかできなかった。

 

「…お?何だかここに手ごたえあり…」

「んーーーーーっ!?」

「お、そうか。ひょっとしたらそれが憑いているものなんじゃないか?」

「かもね。よし、ちょっと引っ張り出してみるか」

 

 俺は思った。

 ひょっとすればだが、悪魔(ジャガノ)と契約したフウより、暴走している魔王より、よっぽど狂気的なのはこいつらだったのかもしれない――と。

 ケンが作物を引っこ抜くかのごとき勢いで魔王の口から何かを引っ張り出した。果たしてそれは、人…だった。

 

「よっしゃー、引っ張り出せたー。これがレイ君に憑いていた何かだったのかな」

「ふむ……人型だけど、服装とかがレイに似ているな…両親か何か?」

「ま、これで私たちの役目はおしまいだねー。そろそろ時間だし。じゃーねーフウマさん。ところで、その隣に居る女性は誰なのー?」

「妹」

「よろしくです…」

「ほへー、妹なんだーでもまあ騒ぐほどでもない情報かー」

「じゃあ、俺ら戻るからな。後始末はお前らがやれよ?」

「「「さいなら」

 

 幽霊三兄弟はそう言って消えた。美味しいとこだけ持っていって逃げやがったなアイツら…。

 でもまあしかし、魔王の口の中に手を突っ込むという俺らには絶対出来なさそうな業をやってのけたから彼らが来て正解だったのかもしれない…そうと思いたい。

 

「……うぅ…あれ?何だか…体についていた重しのようなものが…あと世にも恐ろしい三兄弟が夢の中に…」

「…あ、魔王が元に戻った!なあフウ、戻った魔王が!」

「分かってるよもう。疲れたー本当……何だか本当に訳が分からなかった」

「え!?…あ、何か戻ってる!?なんで!?」

「お前……覚えてないのか?」

 

 ひょっとしたら口の中に腕ごと突っ込まれた時のあまりの激痛に記憶を失ったのかもしれない。どうやら意識はあったみたいだが…。俺は事の顛末を魔王に説明した。

 

「……ああ、やっぱりあの幽霊三兄弟頭おかしいよ」

「同感だ。…ところで、さっきまでお前に憑いていたあれはなんだ?」

 

 俺はそう言って、あの魔王に憑いていた人型の《あれ》を指さす。魔王がそれを調べてみると、一瞬固まった後、こう叫んだ。

 

「お母さん!?」

「「「お母さん!!??」

 

 ……お母さんと。

 確か、聞いたことがある。

 何だったか、確かアドという名前で……死神で……それ以上の情報を知らないのだが。この件の黒幕が自分の母親って、もし俺だったら心拍が停止するぐらいショックだ。

 

「……あ、あ」

 

 アドの意識が段々戻り、魔王と俺らの存在に気付いた。

 

「よかった…、お母さん、目覚めた…!」

 

 魔王が飛びついてアドに抱き着く。お母さんは初めて見たが…なるほど美人だ。

 

「…い、いや、それはいいのよそれは。こうして憑依が解けちゃったけどまあいいわ。さあヘルちゃん、あの人間どもを粛清しなさい!」

「……」

 

 その口調から察するに、性格はよく金持ちの家とかによくいる厳しい性格の母親なのだろうか――分かりやすく言うとスネ夫のお母さんみたいな。そして、魔王がもう人間を殺す気がないってことを知らないということは…しかしヘルちゃんって。違和感満載だな。

 

「嫌だよ」

「…え?どうして!?あなた、私の子じゃないの!?」

「いや…」

「じゃあ…どうして嫌なのよ」

「我は…気付いたんだ。魔王とはいってもさ、必ずしも人間を殺す道理はないってことに」

「道理…?何を言ってるの?」

「魔王だから人を殺さなきゃいけないとか、世界を征服しなければいけないとか、そういうことは必ずしもしなくていいんだ」

「……あなた、あの人間達に洗脳でもされたの?」

「じゃあ、何でお母さんは――我に人間を殺させようとするんだ?」

「そ、それがあなたの役目でしょう!?そんなことも忘れたの!?」

「人間にだって、良い奴はいると思うな。悪い奴らばかりじゃないんだよ」

「…………」

「お母さん」

 

 魔王は笑顔でこう言った。

 

「大丈夫…大丈夫だから」

「……でも――」

「お母さん、ハンバーグって知ってる?」

「…え?」

 

 唐突な質問に、アドは戸惑った。魔王は、そんなお母さんの反応にお構いなしに話を続ける。

 

「ハンバーグっていうのはね…なんていうか、こう、細かく切り刻まれた肉を固めて、肉の塊を作ってさ…それて焼いて、ソースっていうかけると料理がおいしくなるやつをかけて食べるんだ…。すっごく美味しいんだ、それ。今まで食べたことなんてなかったよ…」

「………」

「あとさ、エスカレーターってわかる?」

「…何よ、それ」

「簡単に言えば、自動的に進む階段みたいなものなんだよね…それ。どういう原理で動いているのか分からないけれど、兎に角凄いんだよ…だからさ、人間も捨てたもんじゃないなって…その時思ったんだ」

「……」

「それでね、それでね!あとは…えーと」

「分かった、分かった、もういいから。お母さんはもう大丈夫だから」

 

 まだ何かを話そうとしてた魔王を止めて、アドは立ち上がってこっちを振り向いた。殺されるのではないかと思い、一瞬身構える。何せ相手は魔王の母親だ。瞬殺されてもあり得なくはない。

 だが、アドのとった行動は予想に反して――どころか、全く逆のものだった」

 

「ごめんなさい」

 

 深々とお辞儀をして、アドは続けた。

 

「私、人間を勘違いしていたみたいなんです。私は、人間はずっと悪い生き物だと考えていました。だって自分勝手だし、他人のことを優先しないんだもの。だけど、今こうして君たちはヘルが隙だらけな行動ととっているにも拘らず、何も攻撃しようとしてこない。だから人間にもいいやつはいるんですね。特に貴方は、魔王であるにもかかわらず危害を加えるどころか、保護してたではないですか。それを天から監視していた時、私はあなたがヘルを攫ったなどと勘違いし、憎悪をずっとずっと膨らませてきました。しかし、違ったんですね。純粋な意味で、貴方はヘルを保護してたのですね。改めて言います、有難うございました」

「…あ、いえ、こちらこそどうも」

「私は、何の罪もない貴方達にこうして危害を加えてしまったことを酷く後悔しています。なので、今はお好きにどうぞ。私の体を好きなだけ殴っても、好きなだけ犯してもかまいません。どうぞご自由にしてください」

 

 と言って、アドは両手を上げて完全なる無防備な状態へとなる。この場合、俺はどうするべきか分からなかった。確かに自分の勘違いで何の罪もない人間に危害を加えたってことは既成事実であるし、覆すことも出来ない。

 だが、魔王の過去のことも思うと、この人も所謂「人間による一種の被害者」であり、百パーセント悪いかと聞かれれば、そうでもないともいえる。だから、アドを許すか、しないかの葛藤が頭の中で発生しているのだ。

 

「……どうする?フウマ…」

「お前の判断に任せるぜ。俺らは本来お前だけがやるべきだった件を手伝っただけだし、お前が本来進んで解決すべき件なんだ、これは」

「……許――」

 

 長い時間言い留まったが、俺はこう言った。

 

「――許す。あんたを許す」

「……え、いいんですか?私は、このあなたの町を破壊し、幾多もの人間を殺したのですよ?そんな重罪を犯した私が許されるとでも?」

「そうだな。俺らだってフウマがそう言うと思っていたんだ。なあフウ?」

「まあね…。お兄ちゃんがここで許さないって言ってたら私たちどうしてたか」

「他の二人も同意見だってよ。という訳で、街はもう元通りにならないが、…俺はお前を許す」

「……有難うございました。でも、やはりこれはどう転んでも私の責任です。いつか、自分で罪滅ぼしをしなければならないでしょう…。でも貴方たちがそういうなら、私はもう一度こう言うことにします。謝っても済むことではないでしょうが、どうもすみませんでした。」

 

 アドは体を輝かせた。帰る前兆なのだろうか。

 

「そして、フウマと言いましたね。どうもこれからも、母親として魔王をよろしくお願いします」

 

 そう言った直後に、アドは眩い光を発して消えた。そこに残った者は、俺と、フウと、ジャガノと、魔王だけだった。

 

「……さて、これからどうしよう」

「…」

「…」

「…」

 

 ジャガノの一言で、全員が静まり返る。

 その中、俺はある方法を思いついた。

 

「よし」

 

 一旦声を発して、全員に意識を向けさせる。

 

「ん?何が『よし』なの?」

「思いついたんだ」

「なんのだ?」

「…ふっ」

「答えろフウマ」

「それは」

 

 俺は、三人から見れば俺の後ろに崩壊した町が来るように角度をうまく調整して、こう言った。

 

「この街を元に戻す方法さ」




終点と書いてあったな?あれは嘘だ。もうちょっとだけ続くんだよ
ちなみにこのシリアスを全面的に押し出したような話、ちょっとだけセリフにアニメのセリフをパロっていたんですよ。気付きましたか?


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始点

「さて、東京への旅行も終わったことだし、最終回の執筆でも始めるとしますか。
…ん?どうしたんだい魔王、そんなに泣いた顔して。「もしこの小説が終わったら、自分はどうなってしまうのか」だって?そんなの簡単さ。続きは君らが紡げばいいんだよ。僕という名の監督に束縛されず、自由に、気ままに、毎日を『謳歌』できるんだ。今まで役者だった君にとって、これ以上嬉しいことはないだろう?……あれ、どうしてだろう、何だか涙が…」




 数時間後。

 俺らは今は兄弟諸とも亡きレンの家にやって来た。

 

「……ボロボロだ。これも、我のせいで…」

 

 魔王がこの最早廃屋と表現できるこの家を見て思いっきり落ち込んでしまっている。励ましてやらなくてはと思ったけど、どう励ませばいいのか見当がつかない。

 俺は窓から入って、レンの家に不法侵入した。もう住む人がいない以上、不法侵入なのかどうかは分からないが。

 

「しかし、何でここに入ったんだ?」

「レンは祈祷師をやっているんだ。お前も覚えてるよな?だから、もしもの事のためにレンの家にある素人目で分かりやすそうな一番強力なお札を頂戴しておくんだ」

「なんでそうする必要がある?」

タイムスリップ(時間逆行)して、未来を変えるためだ。札は、いわばお守りみたいなもんだよ」

 

 魔王は俺の発言に少し驚く素振りを見せた。

 

「時間逆行だと!?お前、その方法も使えなくはないが…」

「なあ魔王、時間逆行ってさ、任意の人に発動させることも出来るのか?」

「うむ。だけどそのパターンの時は魔法は逆行している奴が発動しているという判定になるから、生命力がすり減るのはお前だからな?」

「へー、成程ね。んまあ別に、大丈夫でしょ」

 

 俺はその後レンの部屋と思しき場所で、誠勝手に失礼ながらも部屋を物色させてもらった。祈祷師である以上、効果もあの件で実感されてるし、どっかに代々伝わるような強力な札が残ってても可笑しくはなかったのだ。

 そしてその結果見つけたのが、レンの机に下敷きになってた札。いかにも強力そうな装飾が付いており、その札の名前が『悪霊退散』とでかでかと書いてあった所からそうだと確信した。

 しかし、魔王という洋風な奴らに仏の札が効くか分からなかったので、試しに魔王に一瞬貼り付けてみる。許せ。

 

 ペタリ

 

「ぎゃあああああっああああっあっあああああああッッ!?」

 

 おっと、効果が覿面の様だ。俺は慌てず冷静に魔王の背中に張り付けた札を剥がす。

 魔王は顔を赤くして憤怒の表情でこちらを向いた。

 

「貴様アアアアア!!我の体に札を貼り付けるなどオオオオ!!??」

「ああごめんごめん、ちょっと魔王に効くのか確かめたかったのさ。どうだった?」

「『どうだった?』じゃねーよ!?危うく再び力を封印されそうになったわ!!」

 

 ……なるほど。

 普通に札の力によって倒されるのではなく、封印されそうになった、か……。

 もし戦闘態勢に入ったときのお守りとして有効なのかもしれない。もし無闇にアドと鉢合わせし、札を貼り付けて浄化させてしまったらと思うと…安心する。そんな心配がなくなるからな。

 

 さて、目標の札も手に入ったことだし、まず作戦から説明しよう。

 まず俺は、魔王の時間逆行を俺を対象に発動させ、昨日の深夜辺りに逆行する。あの時は魔王は俺の部屋で寝かせ、俺はリビングのソファで寝てた日だったから(何でかは忘れた)魔王にとり憑けるタイミングは、あそこしかないのだ。

 だから、どうにかしてアドを見つけ、交渉してその先の未来を変える。これが、この崩壊した町を元に戻す方法なのだ。

 

「…え、じゃあ今の我…は、どうなってしまうんだ?」

「もしこの時間軸をX、俺がアドと交渉に成功した時の時間軸をYだとするならば、ずっとXに取り残されるんじゃないか…?あるいは、Xが消えて、お前も消えるかだ」

「……そうか…。消える、か。若干怖いものがあるな」

「でもXのお前もYのお前も同じ存在だし、意識はそのうちYの方で元に戻るかもな?」

「……うーん、でも、そこでこの今の記憶が消えちゃうわけだ…」

 

 魔王は俯いた。俺もそうなのかと思ってしまうと、一緒に俯きそうになる。

 確かに、Yの時間軸でも魔王はいるが、今ここに居るXの魔王は、消えてしまうか、そのまま永遠にここに残るか…。後者の方だと、ちょっと残酷だな…。

 

「あのさ」

「?」

 

 魔王が口を開いた。

 

「どうせ消えてしまうんなら、ちょっと…言いたいことがあるんだけど」

「お、何だい。言ってみなさい」

「……分かった」

 

 少し時間を置いて、魔王が話し始めた。

 

「私はさ…出会って最初のころはしもべなり服従なりいろいろ言ってたけどさ…まあ、本当に、えーと、…ありがとう」

「こちらこそどうも」

「いや、どうもなんて言われる筋合いはないよ…。ずっと後ろめたさを感じてたんだよね。何かさ、何にもしてないし、我儘ばっかり言ってたし、これじゃあフウマの生活を圧迫してしまうだけの存在ってさ……そういう夢も見たし」

「…んまあ、確かにそれは否定しない。だけどさ、どうもと言われる筋合いはあるんだぜ?お前はそれだけのことをやっておけたんだ。それは何だと思う?」

「……え?何なの?」

「駄目だ。当ててみろって」

 

 魔王は考えた後、全く何も見当のつかなかったかのような顔で「分からない」と言った。俺は一回ため息をついて、諭すようにこう言った。

 

「お前はな、『人の心』を変えることが出来たんだ。俺はな、最初は一人でずっと生きていたい、住んでいたい、孤独がいいって思ってたんだけど、お前と一緒に生活していてようやく気付くことが出来たんだよ。誰かと一緒に住むのって、こーんなに面白くて、楽しいってことにな」

「……」

「例えば、だ。俺が誰かと一緒に住むのが嫌だった理由は、一緒に住んだ奴の気を一々遣う必要があったからだ。箸が使えないからフォークだけで食えるものを用意する。その服装じゃ外に出れないから、仕方なく新しい服を買う。俺はこれがたまらなく面倒臭くて、嫌だった。だけどな、分かったんだよ。お前がさ、外に出て喜んでいた時、こう思ったんだ」

「…っ」

 

 こいつ、俺がああしたお陰で喜んでいるのか――と思うと、とても感慨深くて、とても嬉しく感じて。そしてさ、思わず表情筋が緩んでしまって、久しぶりに笑顔を作ってしまった。

 そこから、俺はお前と一緒に過ごすのが段々楽しくなってきたんだ。誰かと一緒に住むことが、こんなにも嬉しくて楽しいことだって気が付いたんだよ。

 

「そこだけ聞くと、別にアンタが勝手に喜んでるだけじゃないかと思うのかもしれない。だけどな、人の心を変えるってのは、なかなかできないもんなんだぜ?しかもそれはお前がいないと絶対に出来ないことだったんだ。よくやってくれたよ魔王は」

「……そ、そうなのか…な?」

 

 一通り話し終わって改めて魔王を見ると、今度は赤面をさせながら魔王は下を向いていた。ははは、ちょっとでも優しくされると照れてやがる。俺はもう昔の俺とは違うから、そういう奴は嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 

「…え、えへへ……」

 

 露骨に照れる。そういう所も魔王を拾った直後ならうぜえだの思ってしまうだろうが、今の俺は魔王のそういう所もちゃんと可愛いととらえられるし、好きだ。

 

「じゃあ、俺はそろそろ旅立とうと思う。じゃあ魔王、そろそろ時間逆行を唱えてくれ」

「…分かった。必ず…未来を変えてね。たとえ…私が消えてもさ」

「そうだ。最後に魔王、今お前が一番願っていることって、何だ?」

「えーと……まあそれは、()が未来を――世界を救ってくれたら、話してあげようかな」

「えー?それちゃんと言ってくれんのか?まあいいよ。じゃあ改めて頼む。時間逆行を」

「了解」

 

 魔王は両手の平を俺の方に向けて、力強く叫んだ。

 

「時間逆行!!」

 

 

 

「………」

 

 意識が覚醒したそこは、自分の家の中のソファだった。どうやら世界が崩壊する一日前の深夜らしい。そしてこの感じ……どうやら寝てる時の俺に意識が乗り移ったって感じか?

 確か時間制限は二時間。それまでの間に、俺は上手く未来をいい方向に傾けなければならない。その間に、アドが来て上手く俺と鉢合わせさせることができるのかどうか…。一応、時間だけでも確認はしておくか。

 

「1時……丁度」

 

 暗くてよく見えなかったが、何とか読み取ることは出来た。ド深夜だ。チャンスは今しかない。

 俺は急いで自分の家の階段を駆け上り、魔王の寝かせている扉をガンと開ける。

 そこには、気持ちよく寝ている魔王とそれを座って眺めていたアドがいた。

 

「……!?き、貴様…人間!なぜ分かったんだ!?」

「人間だな。まあ確かに俺は人間だが、未来から来た。お前のしでかしたことも、そしてその動機もすべて把握している。だから、とりあえずこちらへ来い。危害は加えないから」

「嫌!どうせそうやっておびき寄せて、私を倒すつもりなんだ!今までの人間もそうだったからな!」

「まあ待てって……そう慌てるなって。よく考えてみろ、お前は魔王が誘拐されたと勘違いしているみたいだが、魔王をよく見てみるんだ。誘拐されたなら人間のベッドでこうも気持ちよく寝ていられるか?」

「うっ…」

 

 よしよし、魔王が単純な性格なら、その母も単純な性格だ。このままどんどん勘違いを正すことが出来れば、お札要らずに未来を変えることができる。俺は無血解決を望みたいのでね。

 

「それにお前、見てなかったのか?お前が言う『誘拐』された後の、魔王の生活を。あんなに謳歌しておいて、あんなに楽しんでおいて、悲しんでる訳ないだろう?」

「………何よ、人間の癖にペラペラと喋っておいて……」

「何がだ。喋って何が悪い。俺は真実をただお前のようなカンチガイ君に伝えてるだけだ。何が悪い?」

「あんたにヘルと――私の何がわかるっていうのよおおおおおッッ!!」

 

 アドはそう叫んで、俺に無闇に突撃する。カンチガイ君がいけなかったのかな?

 仕方ない……あのお札は俺が襲われそうになったら使って良いと魔王には一応公認させてもらったものの、やはり使うのには抵抗があるな。

 でも今ここで札を使わないと殺されてしまうかもしれない。許せ魔王。

 

 ペタリ!

 

「うわあああああああああああああああ!!!!」

 

 深夜のとある住宅街の民家で、耳に劈くような叫び声が家中に、いや街中に響いた。これは次の日らへんに近所迷惑が来ただろうなあ…まあいいか。

 その叫び声を間近に聞いた魔王は跳び起きた。

 

「…えっ?……えっ!?」

 

 まるで状況が掴めていない。そりゃそうだ、叫び声が聞こえたと思ったら俺の目の前で自分の母が札を貼り付けられて倒れてるんだもの。

 誰だって混乱する。

 

「ああああああっっ!!ううう……っ!ヘルだって!!ヘルだってあんたみたいな屑人間に束縛されず、自由に過ごしたいはずなのに!!ヘルだってあんたみたいな屑人間に卑怯な手段で倒されず、世の天下を取りたかったはずなのに!!どうして、どうしてぇぇぇ!!??」

「……」

「ちょ、ちょっとフウマ、これはどういう状況なの!?」

「ああ…それは」

 

 俺は今までの顛末をなるべく手短に魔王に話した。その話を聞いた魔王は驚いたのち、アドに近づいて話しかけた。

 

「お母さん…」

「何!?あなたは私を助けようとしないの!?人間側の味方にでも立つの!?この札を剥がさないの!?洗脳されたの!?気がトチ狂ってんの!?」

 

 魔王はアドに付いている札を剥がして、無言で抱きしめた。

 

「…え?」

 

 あまりに予想だにも出来なかった行動に、アドはフリーズした。

 

「我は、平気だよ。お母さん」

「………あの人間は、誰なの?」

「フウマだよ。我みたいな見知らぬ人を()()してくれて、自分の生活を苦しめてまで我に人生を楽しませてくれた、この世界で一番いい人」

「…ほ、保護?じゃああれは…誘拐じゃなくて、保護?」

「そう」

 

 アドは再びフリーズした後、俺に向かってこう言ってきた。

 

「……ッごめんなさい!」

「……」

「私、自分のエゴのせいでとんでもないミスをやらかしてしまう所でした。何の罪もない人間を皆殺しにしてしまう所でした。もう一度言います、ごめんなさい!」

「まあいいよ。許してやるからさ、さっさと帰っていいぞ」

「あ、本当ですか!?許していただけるんですね!?ありがとうございます!!では、さようなら!」

 

 そう言ってアドはまた白い光を出して消え去った。何だか慌ただしい感じの奴だった。人間に謝罪することが屈辱的だったのかなぁ?まあいいか。

 俺は魔王に向かってこう言う。

 

「おめでとう。これでお前はこれから起きる絶望的な未来を回避することが出来たのだ。お前のお陰でな」

「…うん。我は…この世で最も不名誉な人種にならずに済んだという訳か…」

「ははは、ちょっとそれは言い過ぎってやつなんじゃないか?」

「いや、冗談抜きでだよ。想像しただけでも恐ろしいね…」

 

 最も、その想像しただけでも恐ろしいことを、俺は既に体験したんだけどな、とは言えない。

 おっと、こうしちゃいられない。生気を完全に吸い取られないうちに、時間逆行を無効にして元に戻らねば。

 

「じゃあな魔王、俺は帰るから。ああそうだ、今ならまだ未来を変えることが出来るぞ。お前、何かこの先の未来でしたいことってあるか?」

「んーと……そうだ、野原にピクニックをしに行こう!フウもジャガノもレンも誘って…最高のパーティにしようじゃないか!!」

「お、いいねそれ」

 

 俺は時間逆行を無効にする準備を始めた。

 

「じゃあな、魔王」

「じゃあね、フウマ」

「「さようなら」

 

 そして俺は、光に包まれてYの時間軸へと移動したのであった。

 

 

 目が覚めたら、そこは緑が鮮やかに華を咲かせ、常に綺麗で新鮮な空気が漂い、まあつまり言えば魔王とジャガノとフウとレンと俺で全員大の字になって野原に寝っ転がっていたのであった。横には、ちゃんと木の下にシートが敷かれていてバーベキューなどをした跡など、すでに結構楽しんだ形跡がある。

 ――ちゃんと、いい未来に行けたんだな、俺。

 

「んん……ん?あ、フウマ、目が覚めたか?」

「ああ、お陰でな」

「あはは、誰のお陰なのさお兄ちゃん」

「…俺は寧ろお前に感謝したいねえ。こんな俺をピクニックに招待してくれるなんて」

「俺は何で呼ばれたのか知らないがな。一番フウマと接点少ないだろうに…」

 

 んまあジャガノが呼ばれたのは別に時間軸でかなり接点を持ったから、だったのだが…この時点ではそんな記憶ないし、ジャガノにとっては理解不能だったか。

 あとレンとジャガノの口調がかぶってて区別しにくい。

 

「あーあ……幸せだ」

 

 魔王は夢見心地に、こう呟いた。

 

「一生、こんな平和な日が続けばいいのに」

 

 これで、俺の――いや、俺らが紡いだ物語は、終わりを告げたのであった。




「……終わっちゃったね。いや、本当に君はこれで晴れて自由の身なんだ。何、悲しい?そうかそうか。ならまだまだ続きを書いてやるかい?いいよ、まだまだ君が束縛されて過ごしていたいならね。………え、本当にいいのかい?本当の本当に?
 ………仕方ないなあ。何かもうこれで最終回のような気がしたけど。分かった。まだまだ続きを書いてやるさ」


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再・日常編
遊園地 前


――
――――――
――――――――――
――Second Season――
――――――――――
――――――
――



 皆は、『魔王』という言葉を聞いて、最初に何を思い浮かべるのだろうか?

 世界を征服する悪の帝王?邪知暴虐の極悪人?

 まあ、その辺りだろうか。でもこの際、どっちを思い浮かべたかなんてどうでもいいっちゃあどうでもいい。

 今、俺の家に魔王が住み着いている。だからって俺は別に言いなりになったり拷問されてひどい目にあったり――などはされていない。

 その魔王は寧ろ俺に対して友好的な態度をとり、最初に魔王を拾ってから今になるまで一緒に同居してきた仲だ。

 …こいつには悲しい過去があってな。

 詳しくは過去編を参照してほしいのだが、俺に拾われる数百年前、魔王はヨーロッパかどっかの地方に魔王として君臨した。

 しかし、魔王は進んでそれになりたくなかったのだそうだ。単に先代魔王の依怙贔屓で強制的になった…と俺は聞いている。

 何で進んでなりたくなかったのかというと、魔王は穏やかな心を持っていたからだ。分かりやすく言うと、殺生を嫌っていたのだ。

 人間を殺したくない――生き物を殺したくない、って。

 だけど、人間はそんな魔王の思いをお構いなしに、ここぞとばかりに攻め立て、そして穏やかな心を持った魔王は壺に封印されてしまった。その壺は海を渡り大陸を渡り、そして俺の手により割られ、そして今に至る。

 何て理不尽なのだろう。確かに人間は自分勝手な生き物だし、自分の身を守ることであればどんな悪事も正義とみなし、催眠をかけられたように淡々と害を働く生き物だが、魔王は手を挙げてまで自分の無抵抗を言い張ったのだ。なのに、倒された。魔王というイメージだけで。

 その話を聞いた俺は、コイツを保護すると決意したんだ――もう、その話を聞いたからには、人間としてそうするしかない。こんな不憫な奴を、もう一度同じ目に遭わせるなど…非人道的にもほどがあるだろう?

 

 …まあなんで俺がこの話を今更したのかというと、皆に忘れないで欲しかったんだ。

 決して、名前や風貌が悪い奴に見えても、実際は途轍もなくいい奴なのかもしれないって。

 俺はこの『優しい魔王』という存在が現代のイメージによる勝手な決めつけに対するアンチテーゼになればいいと、俺は考えている。

 そう一人思いながら、今日も俺は一日を生きていく。

 

 

 あの日から、ザッと数か月は経った。

 俺らはいつも通りに過ごした。ただただ、起きて飯を食って何かして飯を食って何かして飯を食って寝る、の繰り返し。

 だから、一回俺は、その時の生活を文章に起こして書いてみようと思う。

 今日は、遊園地に赴いた。

 

 

 朝、カーテンの隙間から僅かに太陽の光が差し込み、俺の目をピンポイントに明るく照らす。隣には魔王。

 まず起きたら時間を確認。7時。今日もいつも通りに起きられたことにホッと一安心。

 俺は魔王の頬をぺちぺち叩きながらこう言う。

 

「おい、起きろ、朝だ」

「うう……あと一日…」

「死ぬぞお前」

「もー、仕方ないなあ…」

 

 魔王はとんでもなくまだ眠たそうな顔でベッドから起きた。なんか今日の魔王は寝癖がひどい。長髪だけど()かすの手伝ってやろうか…。

 

「ふぁ~あ……」

「お前何時に寝たんだ」

「11時半…」

「えぇ…なんでその時間で眠いんだよ…」

「知らん…」

 

 俺は魔王を引きずるように一回へ連れて行く。

 ちなみに、普段の魔王はもっと目覚めがいい…はずなのだが。今回だけ寝不足気味なようだ。訳が分からん。

 

「そんで、せっかくの土曜だ。何もしないってわけにはいかないし、どうするよ」

 

 俺は朝飯を魔王と食いながら、そう尋ねる。

 

「うーん……なんだか、コマーシャル…だっけ?かなんかで、遊園地とかいう場所の広告があったんだが…そこに行ってみたい、どうせ今日することないし」

「…んー、いいけど」

「わーいやったー!」

 

 ……弄って遊ぶのもいいけど、たまには魔王が素直に喜ぶ所を見るのも悪くないだろう…と、その時俺は思った。

 

◆ 

 

 遊園地。

 そう、そこは、子供が一度は行きたいという神秘の世界。魅惑の遊び場。かくいう俺も一度は行きたかったのだが、親に反対されて全然行けなかった。大人のくせして、遊園地は初めてなのである。デ■■ニーランドには行った事ないし、U■Jにも行った事はない。じゃあ何でこんなことを説明したのかって?俺だって行きたいんだよ言わせんな恥ずかしい!

 

「わー、なんだかメルヘンチックなところだな…」

「そうだな」

 

 メルヘンチックというより、城の裏庭みたいという表現が合っているような気が…いや、それもメルヘンに変わりはないのか。

 改めて、今回やってきたのはグリーンランドという遊園地だ。そこは結構な数のアトラクションやアクティビティが揃っており、鉄板かつ王道のジェットコースターやお化け屋敷、またメリーゴーランドやその他のオリジナルもある。これは俺でも楽しめそうな遊園地だった。

 

「さてと、受付も済ませたし、最初に何乗る?」

「ジェットコースター!」

「いやいや、分かってないな魔王様。こういうのは最後に回すのが鉄板だよ」

「……ふむ?そうか、つまりフウマはカルピスの原液を飲んでから口に水を含むのではなく、口に水を含んでから原液を飲むタイプの人か」

「どうやら俺とお前ではカルピスについては別次元に居たようだ…ってそういうのはいいから」

「レンがカルピスの原液を飲んでから口に水を含むタイプだった」

「すげえなあオイ!?」

 

 難易度が高いしそんな飲み方聞いたこともねえぞ!?

 

「改めて、お前はジェットコースター以外でどこに行きたいんだ?」

「んーじゃあ、もう一つの鉄板と言われてるお化け屋敷で」

「大丈夫か?」

「あんな子供騙し、誰が怖がるかっての」

「悪夢で怖がってたくせに…」

「あれとこれとは次元が別だろう!?」

 

 見栄を張ってるのか知らないがどうしても魔王が行きたがっているみたいだったので、近くにあったお化け屋敷という看板が立てかけられていた建物の入口に立った。

 

「……うっ」

「やけに本格的だなあ」

 

 入口からして不穏な雰囲気が漂っていた。しゃれこうべが節々に掛かっていて、あくまでも飾りなのだがやけにリアルな狐火が漂っている…ように見せている。

 随分と本格的だがだからって怖いというわけじゃなく、これだけ自信満々な魔王が果たして怖がるのかどうかという点で寧ろ楽しみになっている。こういうのに怖がるのは大体魔王みたいなやつだ…多分。

 ちなみに魔王は屋敷の装飾を見てもうたじろいでいる。初期設定怖いもの平気だったんだけどなぁ…。

 そしてこの反応、どうやら俺のサディストの本領が発揮される時が来たようだ

 俺は魔王の背中を押して、お化け屋敷に連れて行こうとする。

 

「さ、入るぞ」

「……そ、そうだ!なんか腹減ったなぁ~チュロス食べようチュロス!」

「ここにはねえよ。あからさまに避けようとしてるじゃないか」

「いや、だってここまで本格的とは思わないじゃん!?」

「お前が力量を見誤ったのが悪いんだ。さっさと見て回ろうじゃないか。それに」

 

 俺はにやりと笑った。さながらどこかの緑髪の青年を連想させるように。

 

「お前が望んだことだしな」

「ひ、ひぃぃーーー!!」

 

 魔王が素早く踵を返して逃げようとするが見逃すわけがない。両腕を掴んで否応が無しにこっちに引き寄せる。

 

「ぎゃああああーー!!怖い怖いってフウマなんか怖い!?完全にGルートの顔だよそれ!?」

「早くこっちへ来い」

「うわあああああああああああああ!!!!」

 

 魔王の阿鼻叫喚は、聞いてて気持ちいい。…とかいうとさすがに言いすぎなので自粛する。

 

「いやもう嫌なんだって!お願いだから許して!?」

「じゃあお前は何のために遊園地へ来たんだ」

「何で女の子が涙声になりながら訴えてるのにそんな淡々とした口調なの!?」

「これ以上抵抗するとさすがに展開がグダグダになるからやめろ」

「そんなこと言わないでよ!?だ、誰かぁーーーーー!!」

 

 結果的に入ることになった。

 

「……いや、そこまで怖くはないか。さすがに子供騙しの屋敷に怖がったりはしない」

 

 魔王が何だかそんな独り言をつぶやいている。

 確かにこのお化け屋敷はあまり怖い予感がしない。一応奥の方からは絶叫が聞こえてくるが、今のところ不気味な雰囲気が漂うのみであり目立ったドッキリは出てこない。

 

「……ん?……あ!?」

「どうした魔王?」

「う、ううううう後ろ……」

「え?」

 

 青ざめた魔王が震えた指でさしたそこには、大量の……ゾンビ(の変装をしたスタッフ)が居た。

 うわ…メイクとか精巧なんだけど。これトラウマになった人もいるんじゃないか?

 

「ヴアアアアアァァァァ!!」

「キャアアアアアア!!??」

 

 ゾンビ達がそんな声を上げながら(すげえスタッフだ)こっちに向かって走ってきた。

 魔王は金切り声を上げて逃げ惑い向こうの通路に向かって走る。俺はもっと高速で走る。というか神速で。

 

「え、ちょっとフウマ助け」

 

 ごめん走ってると無意識にこうなるんだわ。

 魔王を余裕で抜かし、一応通路の向こう側にぶち当たったので後ろを見てみると、大量のゾンビに怯えながらこっちへ向かってくる魔王が居た。

 バイオハザードにこんなシーンあったような。そいつは助かる直前に悪役の手によって射殺されたっけ。

 

「ぎゃうっ!」

 

 あ、コケた。ゾンビ達は魔王が起き上がるまで露骨に走るペースを落とす。怖がらせるのが目的なのに追いついてしまってはしょうがないからな。

 魔王がすぐ起き上がって凄い勢いで走ってきた。

 

「…逃げ切れた。うっ、オエッ…」

「何で吐きそうになってるんだよ」

「お前が我を置いて先に行くからだろうが!?」

「走ってると自然にああなっちゃうんだよ。不可抗力だって」

「だけど我を置いていくのは酷い!」

「ホラさっさと先行くぞ。ここに留まっているわけにはいかないからな」

「酷い!私泣くよ!?というかもうすでに半分泣いてるよ!?」

 

 暗闇でよく見えないが、言われてみれば魔王の目元に少し涙が滲んでいる気がする。

 ちっとばかしからかいすぎたか。

 

「あー分かったって。もう置いてったりしないから、泣くんじゃないぞ?」

「本当だな!?」

「本当だって。今まで俺が嘘をついたことがあったか?」

「あった」

「うん…あったな」

 

 妹の件で。

 

 俺らは更に先へ進んだ。道中急に轟音と共に煙が噴き出たり、通路の横にあるドアから謎の手がうようよと出現してたり、何か総評を言わせてもらうと、俺でも少しビビる程の怖さだった。さすがそこそこ名のある遊園地。これならジェットコースターにも期待できる。

 ちなみに魔王は一回だけ気絶した。メンタル弱すぎだろコイツ。

 

「ちょ、ちょっと…もう、あの非常用ドアから脱出しないか…?」

「あれは緊急用だろうが」

「そんなこと言わないでよ…」

「そんな俺は非情のヒューマン」

「自覚してるならもうちょっと親切にしろ!」

「ごめんよー魔王ちゃん?あんなに厳しくしちゃって。今度から俺が毎日オムツ変えてあげるから」

「親切になりすぎて逆に気持ち悪い!もうちょっとだけ厳しくしてくれ!」

「オラさっさと行けよ。こんなところで油売ってる場合じゃないんだ」

「1か100しか知らんのかお前は!?」

 

 まあでも、実際ここで油を売っている場合ではないので俺らは先を往く。たぶん、もうすぐ終盤辺りだろう。

 ちょっと先へ進むと、そこは通路が二手に分かれていた。ただし、片方の道には鬼(くどいようだが、そういう変装をしたスタッフ)が立ちふさがっている。

 

「ヒッ!?くわばらくわばら……逃げろーぉぉ!!」

「反応が何か古臭えよお前」

 

 もう片方の道へ進むと、そこには三つのドアがある。どれかが正解なのだろう。あと、横にある看板を見るにどうやら出口への道はもうすぐらしい。

 魔王は慌てて三つのドアを右から順番に開けていったが、そのどれもが外れだった。

 

「えっ…えっ!?嘘、じゃあ何処ドコどこ!?」

「鬼が居たもう片方の道だろ」

「ああ、そうか!」

 

 若干焦り気味に魔王は戻り、鬼の居た通路へと向かう。魔王は強引に鬼を押しのけ、ようやく出口へとたどり着くことが出来た。

 

「やっっっっっと出れたー!!!何なのあの屋敷!?もう二度と来ねーよバーカ!!」

「馬鹿とか言わない」

「ふふん、どうだフウマ、お前も怖かっただろう?」

 

 やっと恐怖から抜け出せたという安堵感からなのか、魔王が急に強気な口調になる。

 突っ込んでおこうと思ったが、これについては抑えておこう。

 

「強いて言うならば煙とかが突然噴出したところでビビった」

「はっはっは、そうか!やはりお前も怖がってたのか!」

「お前は失神していた」

「比較するように言うな!!」

 

 魔王が顔を赤くして反駁した。

 

 

 もうお昼時なので、遊園地の売店で食事を賄うことにした。

 俺はカレー、魔王は味噌ラーメン。

 

「ちゅるちゅるちゅる……ん、んぐ」

 

 いつも思うが、やっぱり魔王は食べ物を食べる時の一挙一動が可愛い。咀嚼するたびに声を発するのもそうだと思うが、なんだろう、箸の持ち方や使い方がぎこちないのもその思いを加速させてるのだろうか。

 

「ラーメン…というんだっけか?これも十分美味しいな。この細長くて噛み応えのある麺も、なかなかいい。極め付けはスープだな。味噌…だったか?このしょっぱい味の中に様々な材料の出汁が混同していて、これはしょっぱいというより旨い…だな。なるほど現代の人たちはこの絶品料理を安く食えてるのか…我もこの時代に人間として生まれたかった」

「ラーメンで自分の人生を蔑ろにするなよ」

「そういえばカレーも十分に美味しかった。あの美味しさ、他の料理では再現できないなあ。うん、あの茶色い料理が一般人の好きな料理ランキングのベスト3に入ってるのも十分頷けるだろう」

「日本料理じゃないのにね…」

 

 正確に言うとカレーではなくカレーライスであり、そのカレーライスが日本生まれというより、日本でカレーから派生した料理なのだが…。カレーの本場を日本と勘違いしている外国人は多い。それほどに万国共通で美味しいのだ、このカレーライスは。

 

「さて!フウマ、飯も食い終わったことだし、次は何処へ行こうか?」

「何処へ行こうかな?とりあえず所々にある遊具でも散策するか?」

「いいよ。ジェットコースターは最後に回すのが鉄板なんだよな!」

「まあね」

 

 俺と魔王は次の面白そうな遊具を求めて遊園地を散策し始めた。




どうも三倍アヲイです。
今回は前回までのはちゃめちゃな話ではなく、かなーり平和で大人し目の回となりました。というかあと2~3話ぐらいはこのスタイルで行こうと思います。
でもネタが切れたらまたはちゃめちゃになりそうだけど。
それではまた。


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遊園地の後半とその晩の日常

あー時間かかるなあ
アンケートについてはちゃんと採用させていただきますよ


「じゃあ、次、あの遊具に乗ってみないか?」

 

 そう言ってフウマが指さしたのは、どうやらメリーゴーランドと呼ばれる遊具だった。装飾が豪華であり、子供も楽しくそれで遊んでいる。

 だけど、我はそれを見て怖くなってしまった。無意識にフウマの手を握る力が強まってしまう。

 

「え、ちょ、ちょっとどうした?」

「は、ははは白馬に……棒が貫いて、……それに、子供ががが…」

「……ああ、成程ね」

 

 我はフウマに、あれは本物の白馬ではないと言われた。

 そう聞いてえらく腑に落ちたが、やっぱりどうしても苦手意識を持ってしまう。レプリカにしても、どうしても馬に棒が貫通しているという絵面が我の恐怖心を抉られている気がするのだ。あんな奇妙なフォルムデザイン、子供は怯えないのだろうか?

 だから、あれには乗らない。…と言いたいところだったが。

 

「なんだあの回転楽しそう」

「デザインは気にしてないのか」

「フウマ、乗っていい?」

「いいよ」

 

 こうして、我はメリーゴーランド初体験となるのだった。別に、今回が最初で最後なのかもしれないが。

 

 スタッフに適当な馬に乗れと言われたので、何となく黒い鞍の着いた白馬に乗った。うーん……成程、この一馬身分の高さから見た遊園地の景色はなかなかどうして心地がいい。もっと具体的に言うと、人間をある程度の高さから見下せているのが、心地がいい。

 いつでもこの、誰かを見下せるような景色というのは爽快感がある。まあ、昔ほどではなくなったが…。

 さらにそこから遊具が回転しだした。我は唐突に動いた遊具に危うくずり落ちそうになってしまったが、そこをなんとか重心を調整させて支える。体幹はあまり良くない方だと思うのだが、スピードがゆっくりだったのでずり落ちなかった。

 やが最大のスピードで回りだした。我は馬に刺さっている棒で体を支えながら周りの景色を見る。

 人間が跋扈しており、周りのアトラクション遊具は忙しなく動いている。我はその人間の中からフウマを探し、見つけたら手を振ってみた。フウマは振り返してくれた。

 しかし、この程よい速さだといい感じのそよ風が我の体を突き抜け、たまらなく気持ちがいい。ふふ、思わず表情が綻んでしまい、笑顔を作ってしまった。

 楽しい時間は短く感じる。やがてメリーゴーランドは回転をやめ、スタッフが降りるよう指示する。

 

「どうだったか? メリーゴーランドは」

「楽しかったな。どんな遊具でも見た目で判断してはいけないっていうことを学んだ」

「そいつあ何より。じゃあ次、何に乗ろうか?」

「次は――」

 

 その後、我とフウマは様々な遊具を体感した。もう一つお化け屋敷があったのでそこに入ってまた気絶したり、四方八方が鏡で囲まれて周りが見えなくなる建物の中に入って目が回ったり、我の乗っている席が激しく上下する遊具など、どれも我を楽しませれる遊具ばかりであった。ここが遊園地、ここが遊びの園。前からCMを見た時に行ってみたかったが、これは我の予想以上であった。何だろう、この感じは。楽しいという言葉じゃ形容しきれないほどに、我は今興奮している。エキサイティングしている。心底来てよかったと思う。なんか文章がおかしい気がするがそれも気にしない。

 気が付けばもう日が暮れて、閉演時間が迫っていた。本当に時間が経つのが早い。少々大げさな表現だが、遊園地に入った瞬間にもう夕方になっている感じだった。

 さあさあ皆さんお待ちかねの、アレに乗りますよ。

 

「ジェットコースターーー!!」

「これは俺も実は楽しみにしてたんだ。ジェットコースターとか子供の事から乗ってみたかったしなあ」

「うん、そうだな。いやー……3時間も並んだ甲斐があった」

「うん……。何だろう、半世紀位ここに居た気分だよ……」

 

 あの激しく上下する遊具から我とフウマはジェットコースターに乗るべく列に並んだ。その時はよく確認してなかったから分からなかったが、中々乗れないから途中でジェットコースターの方を見てみたら、大体400メートルぐらいの大蛇の列が出来ていたことに気付いた。我は唖然してしまい戻ろうかとも考えたが、あそこまでやって本命の方だけやらないなんてそんなショートケーキのスポンジの部分を食べてイチゴを残すなんてこと出来ないのでそのまま並んだ。

 正直言ってジェットコースターに乗る気力がない。三時間何もしないで過ごしたというのがどんなに辛かったことか…!!

 

「つぎのかた、どうぞー」

「おっしゃあ乗るぞー!!」

「あんまり騒ぐんじゃない」

 

 騒ぐなと言われても、三時間立ってて足が浮腫みまくって体力を無駄に消耗した我はこんぐらいの掛け声を上げないと元気が湧いてこない。

 …まあ、空元気だけど。状態異常にもかかってないけど。

 

 今更だけど、ジェットコースターの特徴を紹介していこうと思う。

 我とフウマがたった今乗るジェットコースターの名前は『轟音 go-on』であり、ジェットコースターのコース自体は単調なのだが、そのスピードが異常であり、並のジェットコースターの1.5倍ぐらいは早いとかなんとか。

 ちなみにもう一つここにはジェットコースターがあって、そっちはあんまり早くない代わりにコースが気持ち悪いほどくねくねしている奴だったのだが…。そういうとこに行って酔って吐きたくないからこっちを選んだ。

 我とフウマは隣同士で一番前の席に座った。一番景色も刮目することができるし、何よりジェットコースターとしての機能を最大限に楽しめるからだ。

 

「それでは、出発しまーす、轟音特有の超スピード、ご堪能くださいませ~」

 

 スタッフの予告通り、ジョットコースターが動き出した。

 まずジェットコースターの定石。最初ちょっとだけ走った後に大きい山があり、その大きい山を登山(比喩)して登り切って下山(比喩)するときにかなりのスピードが出て、そこからがジェットコースターとしての本領を発揮する。

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 乗ったことのある奴なら伝わると思うが、兎に角全身に当たる風が超気持ちいい。今の我とフウマの叫びは、ジェットコースターの想像以上の速さと目まぐるしさと、そしてその躍動感に驚いてたというのもあったが、一番の理由としては気持ちがよかったからだろう。

 いや、本当にもう、言葉では言い表せないほどに気持ちがよかった。気持ちよかったとしか言いようがない。気持ちが良かった。

 気持ちよかったがゲシュタルト崩壊しそう。

 だけど、このほかにももう一つ感じたことがある。それは何なのか。察しが良かったら大体予想つくだろうか?

 我はその感情を自身の鼓膜すら破れんばかりの声で、顔面に襲い掛かる風圧にも負けずこう叫んだ。

 

「楽しいいいいいぃぃいいいいぃぃぃぃいいいいい!!!」

 

 

「はふー、満足満足!」

「……」

「いやー楽しかったなあフウマ。スナップショット見たか?あの我の満面の笑み!」

「……」

「フウマの顔、何か青ざめてたな。まあいい。というかどうしたんだ、さっきから寡黙を貫いて?」

「……酔った」

「早く言えよ!」

 

 

 

 場面は少し飛び、我とフウマは遊園地を出て車の中へと入った。

 夏だから車というドアも窓も締め切ったこの密室空間は太陽の光でこれでもかというほど暖められており、我が入ろうとしたときにここはサウナかと間違えそうになった。

 とりあえず運転中も窓を全開にして熱気を追い出す。遊園地のアトラクションよりもこの車の中でじっとしていた方が疲れそうだった。

 

「魔王、今日は家帰ったら何食いたい?」

「ハンバーグ!」

 

 どうやら、我の好物はハンバーグだということが分かったらしい。封印される前までは何が好物だったかは定かではないが、何かベジタブルなものしか食べてなかったような気がする。だから肉を美味しく感じるのだろう。

 

「オッケー、じゃあひき肉買って準備しますか!」

 

 フウマはそう言って車の中の暑さにも負けず雨にも負けず(車の中に雨なんて降るはずないが)車の運転スピードをちょっと上げた。交通事故を引き起こさないかちょっと心配になってきた。

 途中スーパーマーケットによってひき肉とその他諸々を買い、そして無事交通事故も起こさず、違反スピードギリギリの速度で家に帰った。

 玄関を開けると何かお母さん(アド)がリビングに勝手に入ってなんかスタンバってた。

 

「あ、おかえりーヘルとフウマ君。ハンバーグなんだって?」

「いやなんで俺の家に居るんだアンタは」

 

 我が返事をしようとした途端フウマが先に返事をする。いやせずには居られなかっただろう。

 何せまた新たな人物が『住み着いて』いるんだもの。

 ……いや、『お邪魔して』いるだけか。

 

 語り部:フウマ

 

 アド。

 魔王の母。

 本来なら俺も目の前に立たれれば土下座をしなければいけないほどの偉大な存在らしいのだが、あの件があったせいで俺は一応立ち位置としてアドと対等に置かれている。

 だから、タメ口もお前とかの呼び方もセーフ。

 最初会った頃は俺に対して敬語だったが、そのうち友達になったかのような馴れ馴れしい態度で俺に接するようになってきた。まあその方が俺も話しかけやすかったし、助かる。

 

「人間の料理を頂きに参った」

「ふーん、じゃあカップラーメンでいいか?俺らはハンバーグ食うから」

「んっ?カップラーメンって何、ハンバーグって何?」

「カップラーメンはこれ」

 

 俺はそう言ってキッチンの必要な物入れにしまってあったカップラーメンを見せる。アドはほうほうと頷き、ハンバーグの方はどうなんだと急かしてくる。

 

「ハンバーグはこれ」

 

 俺はそう言って今度は俺がいつも参考にしている料理本からハンバーグの項を開き、そこにあった写真を見せる。

 ジューシーに見せる加工がしてあるので、より一層見た目が映える。

 

「へー、これを私が食べてフウマ君がカップラーメンを食べるのか!いやー太っ腹だね!」

「露骨に俺が食う飯をすり替えようとするな」

「ねーこれ食べたいからさー、フウマはあのカップラーメンとやら食っといてくれよー」

「本音で勝負するな。俺はもうこれを食べると決めたんだ」

 

 …何だろう、こいつの反応が反応なだけに俺が愚かしい奴に思えてきた。

 

「……フウマ君、一ついいことを教えてあげよう」

「?」

「私の年齢は700歳だよ。つまり私の方がフウマ君より年上なんだ――」

「カップラーメン用意するからリビングで待ってろ」

「んー!?年上に対する気遣いってのを知っているのかな!?」

「知らん。キヅカイって何なんだ食い物か?」

「堂々と言わないでよ!?」

 

 愚かしい奴ではなく、俺は罪悪感を感じない人だったらしい。

 俺はカップラーメンにお湯を注ぎ、アドに三分間待ってから開けるように忠告した。

 その間に俺は挽肉をこねて野菜を炒めて混ぜて焼いて二人分盛って、もう既に一人カップラーメンを食べているアドを差し置いて魔王と二人でカップラーメンを食べることにした。

 魔王は心底羨ましそうな目でハンバーグを見つめるアドを横目でチラチラと見て、一口分ハンバーグをフォークで切って、それをアドの口に寄せた。

 

「一口ならいいよ」

「ヘルってば相も変わらず優しい~!」

 

 ぱくっ。と、魔王が何か食う時と似たような声を出して一口サイズのハンバーグを食べた。

 直後、まるで天国に行ったかのような恍惚とした顔に変わる。

 

「美味しーい!!こんなに美味しいものが人間たちは毎日のように食っているのかい!?」

「いや、毎日じゃないよ。というかこの料理お前らが生まれた時代にゃなかったのか?」

「いやー父が厳格な人柄でね。人間の食うものは食べてはいけないなんてヘンテコなルールを思いついてたんだよね」

「そうそう。だからハンバーグとかじゃなくてもステーキとか、本で見る限りすごく美味しそうだったからさ。だからフウマには感謝してるよ」

「それは何より」

 

 …どうやら無意識のうちに食レポを語る性格はお母さん譲りではなかったようだ。

 しかし、父が厳格な人柄だった、か。確かに無理矢理魔王を連れ戻して幸福円満な暮らしを再び実現するとか、人間の食うものは食べてはいけないとか、それは厳格な人柄ではなく、単に人間を恐れての過保護だったのではないだろうか?

 親の心子知らず、って奴かな。

 

「はふー、ご馳走様でした。やっぱりフウマの作るハンバーグは美味いな」

「カップラーメン……ハンバーグと比べりゃそんなに美味しくなかったなあ」

「日清食品に喧嘩を売るな。あの会社は美味しさと引き換えに三分で十分な麺類を食える大発明をしたんだぞ」

「それを言われたらそうだけど…もう少し美味しく出来ないもんかなあ」

「難しい問題だ。今の今まで年月を重ねてきてこの味があるんだしねえ。ひょっとしたらあと50年ぐらい経ったらすごく美味しくなるんじゃないか?」

「だといいな」

 

 アドは少しの間食べ終わったカップラーメンの容器をじっと見つめて、意を決したような顔で俺にこう言った。

 

「……よし、私、日清食品に就職するよ」

「はい!?」

「ちょっと履歴書書いてくるから元の場所に戻るね。お邪魔したよん、ばいばーい」

「あ、ちょ、ちょっと待っ――」

 

 アドは善は急げと言わんばかりに体から眩い光を発し、そして消えた。

 ……行ってしまった。

 

「……アイツのテンポについていけてねえな、俺」

「お母さんはおっちょこちょいなんだよなあ。そこらへんは勘弁してくれ」

 

 ともあれ、俺らは食器を片付け、テーブルの上を掃除して食事の支度を終えた。

 そして歯磨きをし、同じベッドに二人並んで中に入る。

 

「ああー今日は疲れた…本当。いつもより気持ちよく寝れそう」

「最近はフウマと一緒に寝ることが多くなったな」

「…まあ、何だかお前をソファで寝かせるなんて今考えて申し訳ないことしたなあとか思ってるから」

「ふーん、なんだ、母性ってやつか?」

「男性に対してそれを言うかい普通?」

「ふふっ。冗談だよ、フウマ」

「冗談キツイなあ…」

 

 そんなことを話しているうちに、俺らはほとんど同じタイミングで完全に瞼を閉じて眠りに就いたのであった。

 お互いに、すぐ隣で寝ている生き物の温もりを、温かみを、無意識にじっくりと感じながら。




どうも、三倍アヲイです。ちょっと長いですが話をさせていただきます。

次回はアンケートのどちらかの意見を採用させていただきたいところですが…。やはりうまくそのアイデアでストーリーが作れません。
ドタバタギャグはこの小説のギャグ方針に噛み合ってないし、二人の脳内の声が漏れるようになったという意見は上手くその旨のストーリーを考えることが出来ないのです。
一応書いてはみますが、上記の理由がゆえにクオリティが低くなる可能性があります。その際はご了承ください。


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フウ語

ちょっと特別回が投稿される前に息抜きに掌編をば。


 ハロー、私はフウだよ。脇役にも関わらず今んところ唯一語り部をしたことがある珍しい奴だよ。

 そんでもって、何で今回は私が語り部をしているかというと、んまあそれは所謂スピンオフってやつらしいんだ。といっても15センチ定規の長さにも満たないほどの短さなんだけどね。

 この話はフウマも魔王も出てこないんだよ。んでもって私が主人公なんだよ。面白いでしょー?

 じゃあ、ベッドから起きるね。

 

 

「ふぁ~あ……」

 

 起きました。私は太陽光を浴びると弱くなるタイプだから、フウマの様に太陽の光が差し込んで目覚めるなんてことはないんだ。もし浴びようものなら布団被ってもっと寝ちゃうかも。

 目が覚めてリビングに向かうと、そこには私が来るのをもう既に予知してたかのように朝ごはんがテーブルに並べられている。おふくろの気遣い、温かいなあ。

 私は何でも食うけど常に栄養バランスには気を付けているから、寝る前とかに自分の栄養バランスを能力で確認して、お母さんに明日作ってもらう朝ごはんを予約してるんだ。もちろん無理のない範囲でね。

 ごちそうさまと言った後は歯磨きをして着替えて、会社に向かうよ。ちなみにやってることと言えばフウマの仕事の後処理とか手伝いとかなんとか。一応部長に特別許可を貰ってるから、本来行けない会社に行けるんだー。ここだけの話、私19歳だよ。

 会社に行ったらまず課長やらに挨拶を欠かさない。しなかったら多少叱られる。

 …そういえばここのパソコンまだvistaなんだよね。とっくにサービス終了してるのに、変える予算無いんだか。今度寄付でもしてみようかね。3円ぐらい。

 ……んー、パソコンのデータに書類がバックアップとられて保管されてあんね。なんかもう大体完了してるみたいだし、誤字とかあったら直して印刷しとこっと。

 

「……あ、フウじゃん」

「おおーレン。お久しぶりですねー。彼女の調子はどうだい?」

「揶揄うな。まあ順調だけどさ。そっちはどうよ、兄との調子は」

「冗談キツイね。私がブラコンでも思ってるのかい?」

「仕返しだ、仕返し」

 

 この前まで私はレンに弁当を配達するために会社に通勤していたのもあったのだが、なんか彼女が出来てから自分で弁当を作るようになり、私は弁当を作る必要が無くなったらしいんだ。いやー楽だね。誰かのために奉仕するのも悪くないけど、こう何というか自由を得られたのがね。

 だけど一応栄養状態は確認しておかなくては。

 

「んーあれだね、最近寝てる? 血圧高いんだけど」

「寝てない。昨日なんか徹夜したし」

「そんなんじゃ駄目だねー。寝てないと起きたりする時刻が段々不規則になって睡眠相後退症候群とか不規則型睡眠覚醒パターンとかの障害を引き起こすんだよー」

「すいみんそうこうたい……え? それ日本語?」

 

 他人の健康を気にするようになってから血眼になって人の健康に対する知識を得たものだよ。お陰でこんな知識まで知ってるんだ。ちなみに立ち眩みの正式名称は眼前暗黒症なんだよ。かっこよくない?

 …どうでもいっか。

 

「書類印刷してくる」

「オッケー。…しっかしまあ、フウマが羨ましいな…。こうやって細かい手伝いをしてくれる妹がいてさー?」

「レンのやつだって手伝ってもいいんだよ?」

「マジで?」

「だけどその時は自分の成績が下がることを覚悟しとくんだね」

「俺のはちゃんとやるつもりないのかよ!?」

 

 コピー機へと向かう。

 ……あれー? インクがないねー。

 

「すいませーん部長、コピー機の黒いインク無いんですけどー」

「……ああ、ええ? …あ、フウか。インクならあそこにあるぞー」

「ありがとーございます」

 

 部長に話しかけたのは何気に初めて。まあ面識はあったし、特にしかめっ面もされずに会話することが出来た。

 なんやかんやあってフウマが来るまで仕事を済まし、そして家へと帰る。

 

 私の家はフウマの実家でもあって、フウマが今住んでいるところは会社への通勤用と自立したいという願いのもと借りた家であり、前まではフウマもここに住んでいた。

 その証拠に今でも部屋は残っている。私のためなのか知らないけどフウマに関するグッズがかなり残っていて、特にあれだね、その中で一番大好きなのは木刀かな。学生時代のころに修学旅行の帰りとしてお土産に買ったらしくて、よくそれを自慢げに掲げてたのを思い出すよ。フウマの若かりし頃はかっこ良かったなあと懐古気分に浸ったところで自分の部屋へと戻る。

 そのまま自分の部屋へと戻って、やることがどうやら見つからないみたいなので寝ることにした。

 じゃあね。




なんだこの中身カラッポな回は。


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来るべきあの日、我はレンの家へと訪れた。

今回は特別回でございます。
魔王は晴れて誕生日を迎えたのでした。

語り部:永遠に魔王


「そういえば、レイの誕生日ってなんだ?」

 

 それは、唐突に聞かれた。

 

「ん?……んん、817日だけど?それがどうしたレン?」

 

 ちょっととぼけた返事をしてしまい、その後に普通に言い直す。

 

「いや何となく。恋人として誕生日を把握するのは当然の事じゃないか?」

「別れちゃったときに後で気恥ずかしくなるセリフだなそれ…」

 

 ちなみに今日からあと二日で誕生日なのである。それで何歳になるのかって?知らん。

 詳しい誕生年数も覚えてないのに年齢聞かれてもどう答えろと。

 

 そんなわけで、今我はレンの家に滞在しているのだった。滞在なんて大それた言い方だが、というか実際はレンの家にお邪魔しているだけだ。

 レンがそんなこと聞くってことは、勘だけど多分プレゼントをその日に用意してくれることだろう。ちなみにフウマは多分照れ臭くなって用意できないと思う。数か月同居してるから十分予想が付く。

 何だろうなーレンのプレゼント。楽しみになってきたなー。期待しておこっと。

 

「…で、いつまでここに居るんだお前は?」

「晩飯を食う時間までだよん」

 

 我はそう言って、人差し指をクイックイッと振る。

 

「フウマには許可とってあるのかよ?」

「無断で家出たらシバかれるからとってある」

 

 1ヶ月前、無断で外に出たら後にフウマに軽く怒られたことがある。フウマに許可を貰ってからじゃないと人間にどんな目に遭わされるか分からないから外に出ちゃいけないんだってさ。

 これだから魔王は嫌なんだ、とその晩何度ぼやいたことか。

 

「ふーん…」

 

「ただいまー。あれ、レイじゃん」

 

 あ、ユウキだ。…んー?学校の制服を着ている。夜7時だってのに、最近の学生も大変だなあ…。特に意味などないが、とりあえず手を振っておく。

 

「…やれやれ。兄に彼女が出来たのでは飽き足らず、ついに同棲、か。いやー羨ましいね」

「ユウキ…。今回は同棲じゃなくて普通にお邪魔してるだけだぜ?」

「ちっす」

「魔王が馴れ馴れしくしてるんじゃないよ全く。イメージが崩れるっつーかね」

「いつから魔王が人間に対して馴れ馴れしくならないと錯覚していたんだ?」

「だからそれを言ってしまえば身も蓋もなくなるからそう言ってんだよ!」

「やーだね。数百年前のようなはっきりと言って束縛された生活、二度と御免さ」

 

 そんなこと話しているうちに…っていうかサラッと本音ぶちまけてるのだが。レンやユウキと話しているうちに、あっという間に晩飯の時間になった。

 

「うわー、もうこんな時間かよ。フウマの家に帰りたくないなあ…。ちょっとフウマと交渉してくんないか?」

 

 我はさっきから座ってだらけているソファの上を軽くゴロゴロし、申し訳程度に我の香りを擦り付けておく。

 直後にユウキにそのソファにファブリーズをかけられた。何てことだいセンチメンタル。

 

「無理があるだろ。せっかく腕によりをかけて作ったフウマの飯を食わないってのか?」

「むー、いや、それもそうだが…。そうだ、フウマに飯を配達してもらおう!」

「お前自分の拾い主をパシリにするなよ!?」

 

 ……フウマの扱いが不憫すぎて笑えないな。

 

「それも一理あるな、うーん…」

「いや帰ればいいだけだろ。それだけの話だ」

「帰りたくない!もうちょっとレンと話をするんだ!」

「……いや、まあ正直に言わせてもらうとそこまで言われるのは初めてでどう対応すればいいのか分からないんだが」

「自分のネガティブさに感けて友達すら作らなかったのかい我の恋人は?情けないねー」

「仕方ねえだろ。事情ってもんがあるんだ事情が」

「あっはは。でも結構イケメンでしょレンって?その性格さえなければモテてたかもね」

「ユウキ。あんまり俺をからかうんじゃない。俺は正真正銘の不細工だ」

「またまたそんなこと言っちゃって。というかそれもう自己嫌悪というより謙遜に近いよね」

「いい加減俺をからかうのは止めるんだ。元に戻るぞ?」

「勘弁してつかあさい」

「分かればよろしい」

 

 ……このままじゃレンに押し負けてしまいそうだな。…よし、レンとユウキが話しているうちに冷蔵庫の中を探ってやろう。お酒さえあれば…あった、缶ビール!

 よっしゃ!

 

「…………ん?あっ兄ちゃん、こいついつの間にエビス飲んでやがる!?」

「何だと!?マジかよ!俺が一番好きなビールなのに!?」

「ぷはー、中々美味しい!」

 

 ……ふふふ、これで我はそう簡単に帰らせはしなくなったぞ!そう、今の我は大胆不敵だ!向かうところ敵なしだ!

 

「…ハハ、コレはしばらく帰りそうにはないな…」

「さあレン!もっと話し続けるんだ!」

「いやマジで、帰れよお前。フウマが心配するだろうが」

「しっかたないなー。レンが我に対してそう懇願してくれるなら、そうしてあげてもいいけどなー」

「いやもうホント帰ってくださいお願いします」

 

 プライドの欠片もないなぁ!? お辞儀したぞこの人!?

 

「フハハ、もっとだもっと!次は土下座だ!」

「………チッ」

「どうした、早くしないのか?ホラホラ早く」

 

 完全に自分のペースに乗った我は、レンが静かに怒っているのに気付かなかった。

 

「帰れ」

「……へ?」

「早く」

「……あっ」

 

 直後、これは限度が過ぎてしまったと我は思った。

 一瞬で体中に回っていたアルコールがぷすぷすと抜けていく。酒を飲んだばかりなのだが、シラフ同然の状態になってしまった。

 そして酒により半ば朦朧としていた意識が回復し、改めてレンの顔を見てみたら、……チープな表現で申し訳ないが、凄く怒っていた。我がマンボウだったら、この視線を受けただけで死んでしまうような、そんな視線だった。

 レンは凄い形相でこっちに近づき、我の胸倉を徐に掴んだ。

 

「帰れっつってんだろ。フウマ様が心配してるんだろ?」

「……あ、いや…、えと…」

「参ったな。こんな状態になったらしばらく戻りそうにないんだよな」

 

 視野の大半がレンの顔などに遮られてて見えなかったが、ユウキが頭を軽く抱えてそう言ってたのは分かった。

 

「俺だって長居してもらわれると困るんだ。フウマだって心配している筈なんだろ?なら、帰れ。分かったか?」

「…え、あ、あ、はい」

「分かればよろしい。俺だってこれから用事があるもんでな」

 

 やっと胸倉を離してくれた。

 しかしまあ、フウマには勝らないが怖い…というか、何だ。我の周りってキレたら怖い奴しかいないのか?だとすれば相当殺伐としてるなここ一帯。

 我は渋々ここを出た。冷静に考えてみればいくら酔いに身を任せてたとはいえいささか失礼が過ぎたかもしれない。今度から気を付けるか…。

 

 

 

「おい」

「……ユウキか」

 

 帰り道を歩いていると、ユウキが後ろから追ってきた。振り返らずとも分かる。

 どうやら兄の弟として謝罪をしたいらしい。やっぱりいい奴じゃないか。最初出会った時とは大違いだな。

 

「まずは兄があんな恋人に対して乱暴な言葉遣いや言動をしたことを許していただきたい。俺の兄は元ネガティブな性格だった故に、プライドがやや高いんだよ」

「なんか丁寧な言葉遣いだなあ…」

「…ん、何だ、そこまで傷付いてなさそうじゃないか」

「だって非は我の方にもあるじゃないか。そんなレンに罪を一辺倒に擦り付けるなんてことしないよ」

「…優しいんだな、魔王の癖に」

「まあな。多分世界で一番優しい魔王だと豪語できる自信はあるぞ」

「…まあいい。そこまで傷心してないなら安心だ。俺はもう戻っていいか?」

「いいよ。我のためにわざわざ来てくれてありがとうな」

「おう。じゃあな」

 

 さっき我が手を振ったときはあまり反応していなかったが、今度は去り際にユウキの方から手を振ってくれた。我はすぐに振り返す。

 最初ユウキと出会った時、好き勝手言ってたんだけどな…アイツ。成長したなあ、お互い。

 

「ただいまー」

「お帰り。何か遅かったな?」

「ん、ちと長居しちゃってね。今日の晩飯は何なんだ?」

「トンカツだぜ。豚肉を衣で揚げた奴だぜ。きっと美味いぞー?」

「ふーん。もう出来てんの?」

「あと5分くらいかな」

 

 というわけで、今夜の晩飯はトンカツだった。

 

 ……さっきからややテンションが低めになっているのはお気づきだろうか。ユウキの前では強がって見せた物の、実はレンのさっきのアレは我にとってかなり心にグサッと突き刺さったものがある。

 要するに、レンが怖くなった。

 …まあ、怒らせなければいいっていう話なのだが。

 

 その日の夜、我は夢を見た。

 レンが我を突き飛ばしてどこかへ行く夢を見た。

 それだけで、その前後はよく覚えてはいない。正夢にならないことをただ祈りつつ、我は睡眠という生理現象に身を委ねることにしたのであった。

 

 

 チュンチュン、と小鳥のさえずりで我は目を覚ますことになった。……この住宅だらけの町で小鳥のさえずりって、まずありえない気がするのだが。

 まあいいか。

 我はフウマの携帯電話からユウキに電話をしてみた。

 あの夢が、正夢になりたくないから、事前にフウマの携帯から電話をしてレンの様子を確認してみようっていう魂胆だ。

 あの兄弟は携帯兼用らしいから、必ずどっちかは出てくる。

 

「……あー、兄ちゃんなら昨日の晩から自分の部屋に籠ってるんだよ。結局いつものネガティブが元に戻ったらしくて、多分理由はお前に怒ったことを深く反省しているだけかと思うんだ…」

「……」

「ちょっと今は声かけない方がいいのかもしれないね」

「いや、行くよ」

「…ええ、行っても別に構わないけど…。いや、火に油を注いでしまったような結果になるのが怖いから、何だろ、触らぬ神に祟りなしっていうか…」

「火のない所に煙は立たぬ、っていうじゃん。ある物事が発生するのには必ず理由があるって意味だよ。この場合、我が火なんだ。だから、消火させる義務がある」

 

 実際はただレンに謝りたいだけなんだが。こうやってかっこつけて言ってるけどな。

 

「……あー、分かった。じゃあちょっと、携帯越しでもいいからレンの声を聞かせてみていいか?」

「え?どうやって?」

「俺がマイクを兄の扉に押し当てて、俺が兄の部屋に扉越しで声をかけてみる。そしたら、レンの反応が聞こえてくるはずだ」

「成程」

 

 ユウキは自分が提案した通りの行動を実行に移す。

 携帯越しじゃあ声が小さくて聞き取りづらかったが、かろうじてレンの声を聴くことは出来た。

 

「一人にさせてくれよ!俺はアイツに対して最低の行為をしでかしてしまったんだ!俺にはもう生きる義務なんてないんだ!だから一人にさせろ!さっさと!」

 

 ………その声を聞いた時、我は一番最初にこんなことを思ってしまった。

 

「……矮小だ」

「ああ。俺の兄はご察しの通り、とんでもなくプライドが高く、そして矮小なんだ。もっとわかりやすく言うと、メンタルが超弱い」

 

 たかが昨日の晩我に対して怒鳴ったぐらいで翌日にはこんなことになるなんて…。最初からレンは一癖も二癖もある奴だということは承知していたが、ここまでとは誰が予想できよう。

 

「そして、ネガティブに戻ってしまった」

 

 声のトーンを一段と下げてユウキはそう言った。

 暫しの思考の末、我は言った。

 

「……行くよ」

「え?…あまりお勧めはしないぞ?」

「何回も言うが、レンをこんな風にさせてしまった責任は我に全くない訳でもない。多分、我が自ら出向いて声を聞かせてやることが出来れば、レンも元に戻るんじゃないか?」

「……なるほどね。じゃあいいよ、今すぐじゃなくてもいいから来てな」

「分かった」

 

 我は適当に朝飯を食い、大体午前の10時ごろに家を出てレンの家へと向かったのであった。

 

 

「ちっす」と我。

「よっす」とユウキ。

 

 インターホンを鳴らして、中へと入る。

 当たり前だが、リビングのどこにもレンの姿など見当たらない。部屋に引き籠ったままでいる。当然その扉には鍵がかかっていた。

 

「………」

 

 扉に耳を押し当てて聞き耳をしてみたが、特に物音などはしない。部屋の隅で一人震えているのだろうか?

 

「…ああ」

「…?」

 

 レンの独り言なのだろうか、ドアの向こうからそれらしき声が聞こえてきた。声が小さくて聞き取れないので、もう少し深く耳を押し当てる。

 

「一体どうやったら頼を戻せるんだ…?絶対レイは怒っている、そうに違いない…。だったら、何をしたら喜ばせることができるんだ…? …そういえば、明日は誕生日だったよな…アイツ。だったら……うぅ」

 

 …………そこから先、更に声が小さくなって最早聞き取れない声量へとなってしまった。我は一旦扉から耳を離し、そしてそこからは何もしなかった。

 何もしなかった?否、思考していた。

 ここから扉を開けてレンの部屋へと入って、レンに我の思っていることを話すか、それかこのまま黙って誕生日である明日まで見守るか。

 

「…どうしたんだ?」

「!?」

 

 急に後ろからユウキに声をかけられて、過剰にリアクションをとってしまう。声こそ出さなかったものの、驚いたことにより体の重心が傾き、それがレンの扉へと突っ込んでしまった。ドアは開かないが、音は鳴る。

 

「あっ…」

 

 マズい。今この音でレンはこっちに来るのかもしれない。我は急いで体勢を立て直し、どこかで隠れようとしたが――。

 

「うるせぇよ! 誰だよノックしたのは!? 暫く一人にしてくれよ!!」

 

 どうやらノックと勘違いしていたらしい。ノックにしては妙に音が力強かったことは気にしてはいなかったようだ。

 

(…なあレイ。このままお前と兄が話す方向に持ち込んでもいいか?)

(仕方ないな。丁度いい機会だし、そうしてくれ)

 

 我とユウキはそういう風にアイコンタクトを取り、ユウキが扉に向かてこう言った。

 

「どうやら昨夜の件でレイが話したいことがあるらしい。ちょっと部屋から出てきて欲しいんだが」

「…は? レイが?」

「うむ」

 

 暫くしたあと、扉の鍵が開いた。

 

「ちょっとレイをこの部屋に入れてはもらえないか…?」

 

 我は扉に手をかけて、中へと入った。

 …意外なことに、レンの部屋に入るのはこれが初なのである。

 

 レンの部屋へ入ると、その部屋は…もう何というか異様に散らかっていて、雑誌やライトノベルっぽい本などが大量に床に散乱していた。引き籠った代償なのだろうか。

 そして、部屋の隅にレンが丸まって怯えて座っていた。

 

「………」

「………」

「情けないな、お前は」

「……!?」

 

 その光景を見て、我は呆れた。

 まさか自分の恋人がこんな情けない奴だったなんて。

 レンは驚いた様子だった。

 

「つい昨日たった我に怒鳴っただけで、まさかここまで酷い有様になるとはね。矮小にもほどがあるぞ? レン」

「……い、いや、そんな」

「大体、お前は自分のしでかした行動によって我が勝手に傷つき、絶交されたなんて勝手に思い込むなんて…。言っておくが、我は全くお前の事を嫌いになったりなど、断じてしていない」

「……ち、違うんだ、ちょ、レイ」

「何が違う?」

「……俺は、それだけの事を仕出かしてしまったんだぞ…?」

「そこだよ」

 

 我は声を一段と張り上げて、さらに続けた。

 

()()()()()()なのか? アレが。我がレンの言うことに反対して不必要に長居し、帰らせるためにお前が怒鳴っただけの、アレが」

「………しかし」

「そしてお前は、矮小で、卑屈で、薄っぺらい。プライドが高すぎる。だけど――」

「…お、お、俺だって申し訳ないと思ってるよ!!」

「……!?」

「お前が折角俺んちに長居したかったのに、そのまま怒鳴って無理矢理帰らせてしまった時の自分が矮小で卑屈だったと思った時の俺の気持ちがお前にわかるってんのかよ!?」

「分かんないよ! それに、せっかく我がこうして面合わせて真実を伝えてるっていうのに、お前は何故怒鳴っているんだ!?」

「ああああああ!! 判らねえ!! 知らねえ!! もう俺には何にもない!! 最低で矮小で卑屈で薄っぺらくて…!! もう嫌だこんな俺なんて、死んでやる!! 死ぬ!!」

「…ええ!? 一体どんな思考していたらそんな結論に至るんだお前は!? 頭がおかしいだろ!?」

「ああそうだよ俺は頭がおかしいんだキチガイだよ!! いいからさっさとそこをどけろ!!」

「キャッ…!」

 

 よほど情緒が不安定になっているのだろうか…。レンはヤケクソ気味になって入口に立っていた我を突き飛ばし、そのまま外へ出ようとした。我は突き飛ばされた時に腰を殴打してしまい、しばらくは立てそうにはなかった。このまま外に出させたらもう止められないと思っていた、その時。

 

「やっぱこうなると思っていたよ」

 

 家の入り口のドアにずっとユウキが突っ立っていたらしく、たった今出ようとしたレンをタックルで家の中に突き飛ばし、そのまま暴れているレンを抑えた。

 

「こうなってしまったら話していても埒が明かない。お前はもう帰ってていい。あとは俺が何とかする」

「…え、でも」

「早く!」

「…………っ!!」

 

 最早我もレンにつられたのか何も考えられなくなっていた。我は勢いよく靴を雑に履いてレンの家を出て、そのまま走ってフウマの家へと戻った。

 

 

「うっ…ぐすっ…あぅ…」

「………ええっと…。……何があったんだ?」

「聞かないでよ馬鹿ぁ! フウマの馬鹿ああぁ!!」

「えぇ……」

 

 その夜、我は耐え切れずに何かのタガを外したかのように涙を出して泣いていた。

 その直前まで、我は何をしていたのだろうか?それについての記憶は、本当に何も残ってはいない。いつの間にかフウマに八つ当たりするかのように泣いていて、フウマは当然困惑していた。

 

「……あ、えっと、涙…拭いてやろうか?」

「うわああぁぁん……やだぁ、見ないでぇ…」

「……困ったなコレ。…うーん。じゃあ俺は先に寝てるから。いつでもいいから、気分が落ち着いたら俺を突き飛ばしてベッドに無理矢理入ってもいいからな?」

「…………」

「…お、おやすみ」

 

 終始困り顔だったフウマはそのまま2階にある寝室へと上がっていった。我はまだその場から動かず、泣いたままだった。

 そしてその涙は、一向に留まることを知らなかった。

 

 

 今日こそ叱ってやる。

 そう思った我は勢いよくフウマを突き飛ばして寝たベッドから起床し、そしてフウマに寝起きにもかかわらずすぐに朝飯を用意させるのであった。さながら、しもべの様に。

 ちなみにもう気分は元に戻った。一晩経ったらケロリと元に戻る性格はお母さん譲りとの言い伝えがある。

 以下、回想。

 

 

 

 

「……レン、またもや大いに反省していたみたいだぞ。さすがに俺が根性叩き直してあげたからこれ以上ああなることはない筈さ。そして、何やらさっきから血眼になってデザートのレシピブックを見つめているみたいなのだが…。まあしかし俺はこれ以上の詮索は止めておく。あと、この後のレンの運命を決めるのははお前の行動次第だな。基本何をしても俺は反対しないが、できれば兄に対して叱ってやれば完全に兄も元に戻るんじゃないかという推測をする。まあ要するに今日も俺んちへ来てくれ。分かったか?」

「…うん」

 

 ちなみにその時はもう完全に涙が引いた後だった。何とそのときの時間は深夜2時半。何故中学生のユウキがこんな時間に電話をかけてきたのかしらないが、その時まで泣いていた我もそうだ。我も十分情緒不安定だったのかもしれない。

 

「分かった。明日ならいつでもいい。また気狂いして兄がまた変なことやらかすのであればその時はすぐ連絡してやっから。それでいいよな?」

「…分かった。有難う、ユウキ」

「…うぐっ、褒められるのには慣れてないんだよ…俺。まあ、…じゃあな」

 

 ……あれ、おかしいな、ユウキってこんな可愛い奴だったっけ?

 とかなんとか思いつつ、我はなんとなくフウマを蹴飛ばしてベッドに無理矢理入るのであった。

 ちなみにフウマはそれで目覚めはしなかった。何でだよ。寝付け良すぎだろ。

 

 

 

 

 回想、終わり。

 まあそんなこんなあって、いつも描写している朝飯を食う部分は割愛したわけでね。

 来るべきあの日、我はレンの家へと訪れた。

 お邪魔しますと言って入ろうとしたが、その前に一応ユウキに電話で状況を確かめておく。……あーでも、確か携帯は兄弟兼用のはずだから、レンが出てしまったら気まずいな…うーん。

 

「……」

 

 静かにドアを開けた。ちなみにカギは開けっぱなのである。レン曰く「盗まれて困るものが何もないから別に空き巣に入られてもいい」とか。いや何が何でも困るだろ何か盗まれたら、とその時は心の中で突っ込んでおいた。

 話を戻そう。

 

「……ん?」

 

 リビングの方に行くと、テーブルに何かと誰かが…テーブルに寄りかかって倒れているように見えた。

 よーく目を凝らして見る。

 

「…レン!?」

 

 何かは拙い見た目をしたホールケーキだった。そして誰かは、果たしてレンだった。

 我は急いで駆け寄り、レンの安否をチェックする。どうやら脈はあるので、生きているみたい……いや、これ寝てるだけだろ。

 ホッとして胸を撫で下ろし、そして次にこのホールケーキをよく調べてみる。どうやらイチゴのショートケーキであり、我がクリスマスで食べたケーキとよく似ている……ん?なんかケーキの真ん中に何か書いてある…どれどれ。

 

「レイ 誕生日おめでとう」

「……!!」

 

 それも字が汚くて、所々潰れてて読み辛いことこの上なかったが、それでも何とか読めた。

 そしてそれが我の誕生日を祝う旨の文章だと気付いた時、我は感動した。

 

「………レン」

 

 そして改めてレンの方を見てみると、何やら手の部分にメモとボールペンがあるのに気付いた。我はメモを取り、読んでみる。

 

『やあ、レイ。

 この手紙を誰が書いたのか、分かるだろう?

 俺だ。レンだ。

 まず一昨日と昨日の事、心から謝りたいと思う。

 活字だからよく伝わらないかもしれないが、謝っておく。

 すまない。

 そして、お詫びと言っちゃあ何だが、誕生日を祝うケーキを作っておいた。

 俺は不器用だから、ものすごく見た目が汚いと思うかもしれないが、

 ちゃんとお前に対しての愛は込めてある。本当だ。

 だから、もしお前がここにきて、このメモを読んだとき、

 このケーキを食べて、そして感想を言って欲しいんだ。

 別に強制はしない。食べなくてもいい。

 だけど、これは俺が一晩かけて精いっぱい頑張って作ったものなんだ。

 きっと美味しいと思う。美味しくなかったらそう正直に言って欲しい。

 まあどうであれ、最後に言うことになってしまったが、あの言葉を

 言っておこう。

 

 お誕生日おめでとう、レイ。何があろうとも、お前の事を心から愛すよ』

 

「……………馬鹿っ」

 

 そのメモを最後まで読み終わったとき、いつからか知らないけど我はいつの間にか泣いていた。

 涙声で、こう言う。

 

「これじゃ、怒れないじゃないかぁっ……!」

 

 メモが涙で濡れそうだったので我の胸に押さえつけて濡れないようにした。

 そしてこのまま放置してケーキが腐るといけないので我は涙ながらにそれを平らげた。

 それをマズいと言ったらいけないのでレンに抱き着きながら美味しいと何回も言った。

 抱き着いたのは、起こそうと思ったからだ。その理由はこの時間まで寝てると体に悪いからだ。

 ……体に悪いから。

 

「……?」

「レン…!」

「…レイか」

「うわああぁぁぁ…!! 誕生日祝ってくれてありがとう!! とってもケーキ美味しかった!! 大好きだよ…!!」

「……ははっ。 なんだ、そこまで喜んでくれるとはね…」

「当たり前じゃん!!」

 

 無理矢理レンの体を起こして、今度は正面から抱き着く。

 レンは驚いた様子を見せたが、そのあとすぐにレンの方からも抱き着いてくれた。

 

「……俺もう、お前が来ないのかと思ってたよ」

「そんなわけないじゃん!! 私が君をどこまで好きなのか分かってなかったのかなぁ!?」

「ああすまんすまん、失言だったな」

「馬鹿あぁ!! ……好きだけど、馬鹿ぁ!!」

「俺も好きだよ、お前の事」

 

 その言葉を聞いて、我の涙は勢いを著しく増して、レンの服が物凄く濡れた。ごめんと謝りたかったが、溢れ出る涙のせいで言葉すらまともに喋れなくなってきた。

 ずっと抱き着いているのも何だか恥ずかしいので、抱き着いた手を離す。

 

「…ケーキも全部食べちゃってるし。よっぽど美味しかったのか?」

「うん!」

「そっか、嬉しいな。あとどうしたんだ、さっきからメモを胸に押さえつけて」

「……それは聞かないで欲しい!」

「…んー? まあいいか」

 

 実はさっき言っていたことは全部嘘だ。

 メモが涙で濡れそうだっだんじゃなくて、そのメモに込められたレンの気持ちを受け取ろうとしたから。

 ケーキが腐るといけないのも事実だが、本当は今すぐにケーキを食べて感想を言いたかったから。

 マズいというと申し訳ないからじゃなくて、本当の意味でケーキがとても美味しかったから。

 抱き着いたのは………言わなくても分かるよね?

 

「……えへへ、私たちはずっと恋人だよ。そうだよね?」

「…どうかな。きっとそうだと思うよ。俺はね」

「…後ね。実は昨日のセリフ、続きがあったんだ」

「え?」

「矮小で、卑屈で、薄っぺらい。プライドが高すぎるけど」

「……」

 

 昨日の頃とは違い、レンはそれを顔もしかめずに黙って聞いていた。

 

「それでも、我はお前の事を永遠に愛そうと思うから、さっさとその機嫌を直して、元に戻ってくれ。頼む。……ってね」

「…ハハハ。なんだなんだ、あの時俺が話を遮らなければ、コトはあそこまで発展せずに済んでいたのかい?」

「そうだよ! だから謝って!」

「めんごめんご」

「あーっ! それ反省する気のない挨拶だ! そんなんじゃダメだ! もう一回!」

「えー? しっかたないなー。 ごめんねごめんね~♪」

「それ今はもうあまり流行ってない芸人のネタでしょ! もう一回!」

 

 レンがプッと噴き出して笑い始めた。滅多にしない表情だ。

 

「フフフ。やっぱお前って話してて面白いわ」

「…あーもう、反省してんの!?」

「してるよ」

「反省する気ないんでしょう?」

「あるよ」

「じゃあ抱いて!」

「分かった」

 

 レンは迷いもなく我に抱き着いてきた。我の方も、レンに抱き着く。

 我とレンは、そんな風に一日中、共に過ごした。フウマに許可を貰って、寝る時も一緒に寝ることにした。レンのベッドは心なしかとても心地よかった。

 

 我とレンは永遠の恋人だ。皆もそう思うだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、ちゃんと録れてるな」

「「!?」

 

 丁度この話を締めくくろうとしていたところ突如レン以外の声が聞こえたので、レンと同時に我は後ろを振り向く。

 そこには表情筋がはち切れんばかりのにやけ顔でカメラのレンズをこちらに向けているユウキが居たのだった。

 

「ゆ、ユウキー!? 一体何をしてるんだ!?」

「いや、見ての通りウルトラレアシーンの録画。これは永久保存版ですな」

「て、テメエ…!!」

「ちょっと奪い返してくる」

「や、やめろー!?」

 

 その後に我とレンとユウキの途方もない喜悲劇が繰り返されたのだが、そこは割愛するとしよう。




どうも、三倍です。
きっとこの小説が終わりを告げてしまっても、私は永遠に魔王の事はネット小説家のころの思い出のキャラクターとして残しておきます。
そしてこの小説はこの話が投稿されたのを境に一周年を迎えます。ここまで応援してくれた皆さん、誠にありがとうございました!そして、この小説が終わるまでよろしくお願いします!


……アンケートどうしよ。


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トランスセクシャル

この回を境に、必須タグに性転換を追加するとします。

あと、日常の描写に結構力を入れて描いたので、長いくせに面白味も何もありません。

それではどうぞ。


 目が覚めた時、少しだけ違和感を覚えた。何だろう、体が変な感じがする…。

 とりあえず、昨日のことを思い出してみる。

 ……んん? あれ? よく思い出せない…。何だろう、朧気というか……記憶が朦朧としている感じがする。

 ベッドから起き上がって辺りを見回した時も、俺は更なる違和感を覚えた。

 何だか目線が低い――いや、これは背丈が小さい?背が低くなってしまったのか?いやいや、まさか……とそんなことを考えて隣で寝ている奴を見てみたが、それは俺だった。

 ……俺だった。本当に俺だった。俺が二人いる?そんなのあり得ないだろう。だからって、別の可能性も考慮してみたが……。

 まさかと思い、自分の服を見てみた。漆黒のローブを着ていた。自分の髪を触ってみた。サラサラで水色で長い。自分の手を見てみた。一回りサイズが小さくなっている。

 自分の股間をまさぐってみた。

 

「っ……ぎゃあああああああああああああ!!??」

 

 ……無かった。

 

 

 そんな映画を見たことがある気がする。何だっけな、名前は忘れたけどつい一年前とかに大流行した映画――えーと、名前は…。

 

「君の名は。じゃないの?」

「ああ、それか」

 

 そうそう、ついこないだ一緒に見たんだったな。余りにも普通の映画だったし、何か途中で寝てたから覚えてないや。というか、問題はそこではないんだよな。入れ替わったってところから連想しただけだし。そのことより、なんで俺と魔王の意識が入れ替わってしまったか。性転換までしてるし、平たいながらも胸がある。そして股間にいつもついていたアレがないせいで落ち着かない。

 

「えーと何だっけ?この股間についている奴がチン――」

「止めろ!一回ハッキリ言ったことあるけど二回目は止めろ!」

 

 何だろう…魔王が男性の体に興味津々なせいで、早く戻らないと自慰を始めてしまう可能性だってある…。それは何としてでも止めなければ、俺が今まで純潔な生活をしてた意味が…。

 

「あーー!これからどうすんだ俺!」

「これ一時的なものじゃないの?」

「原因不明なんだぞ!?ずっと俺がこの体だったらどうすんだ俺!」

「知らないねえ。いいよ、我が代わりに会社に行ってあげるよ」

「解雇されるからやめろ!」

 

 一応有休はとっておきたいところだが……実は今月あと一回しかないんだよなぁ、あまりにも魔王の世話やらなんやらで休みすぎてしまったせいで。まさかこんな場面でこんなことになってしまうとは、魔王を放っていてでも通勤すればよかった。

 

「魔王……」

「何だい?」

「あのすまん、俺の会社の上司に電話してくれないか…?休むって伝えるから」

「やだなんか一人称が俺の女子って萌えちゃう」

「話聞けよ!?」

 

 確かに、女子の声色で…というか萌えボイスで俺という一人称の女子は人によっては結構ストライクの部類だとは思う。

 ちなみに俺は野球の方のストライク、つまり空振りだ。

 

「えーとな、電話番号は――…で、多分上司が出ると思うから敬語で、そして今から俺が言う定型文をそのまま言ってくれ。そしたら多分上司は二つ返事で納得してくれると思うから」

「分かった」

 

 魔王は俺が教えたとおりの電話番号をスマホに打ち込み、そのままそれを耳に当てて電話をした。

 

「……あ、えーと、ハイもしもし、いつもお世話になっております、高崎です。あのですね、今日もで申し訳ないのですが、あの、有休をとらせてもらってもかまいませんでしょうか…?あ、ハイ、分かりました。ええ、今月が最後なんですね。分かりました。ハイ、失礼しました」

「…やればできるじゃん!」

「えへへー」

 

 ……うげ、仕草は可愛いっちゃあ可愛いのだけれどそれをしている人が男性だから気持ち悪いことこの上ない、吐きそう…。

 

 さてとりあえず、何をすればいいのだろうか?有休がもう今月しか取れない今、明日までには何とかこの状態を戻さないとマズい。あとはもう仮病で休むしかないのだろうが、有休終わった丁度に体調を崩すとか都合が良すぎて逆に怪しまれる。だから、何としてでも意識を元に戻さないといけない。

 

「魔王、こんなことする奴に心当たりはあるのかい?」

「ない。アドだったら出来そうだけど、こんなことするかね普通」

「だろうなー…」

「ところがやるんだよ私は」

「なんだなんだ、やっぱりアドだったのかあ――……ってオイ!?」

 

 何の悪びれもなく自分の仕業であることを自白し、何の屈託もない笑顔を浮かべているアドが、何のためなのか俺のすぐさま横にいつの間にか現れていた。何でこいつは急に現れるのだろうか。

 

性別転換(トランスセクシャル)っていう魔法で、女性と男性の意識を入れ替える魔法なんだよね。本来私のような死神でも扱えるかどうかっていう魔法なんだけど、何となく寝てる君たちに向かって撃ってみたら偶然成功したみたいでさ。だから入れ替わっちゃったんだよね。ゴメンネ☆」

「あのなーそんなことは聞いてねえんだよ。解除しろよ」

「やっだーもう男らしい口調の女の子超かわいいー♪」

「クッソきめえ。だから、意識を元に戻せ」

「ごめん、無理。だけど、それ一晩経ったら元に戻る魔法だから、明日の朝には意識戻ってるから安心していいよ」

「そっか、なら安心……ってそれ今日一日中はこの体で生きなければならないということなのか!? 嫌だぞ俺は?!」

「大丈夫大丈夫。私のお陰で平日を一つ潰すことが出来れたと思えば」

「なけなしの有給使ったんだぞ!? しかも今月休みすぎて月末でもないのに有給使い果たしちゃったよ!?」

「別にいーじゃんそんぐらい。ケチだなー」

「ケチとかそういう問題ではなくてだな! なんなら今月から休みたいのに休めない俺の身にもなってくれよ!?」

「あ、そろそろ日清食品に行く時間だ。じゃあもう私行くから、じゃあねー」

「結局就職に成功したのかよ!?」

 

 俺は突っ込む間もなく、アドはもうその場には居なかった。急に現れて急に消えた。何なんだアイツ。

 ……そういえば魔王の母って死神だったな。

 

「………うそー、俺今日はこのまま暮らさなあかんのか…」

「自分自身をまさか第三者視点から見られるとは、稀有な体験だな」

「普通はねえよ」

 

 ……さて、これからどうしようか。さっきのアドとのやり取りのせいでもう時間が10時近くになっているが、朝飯を食べていないせいで腹が苦悶の声を上げている。

 冷蔵庫を開けると、そこには調味料と飲み物しかなかった。

 

「……………………………」

 

 俺が唖然としていると、魔王の意識の乗り移った俺がとある袋を出して俺にこう言った。

 

「塩を食べよう」

「出来るかッッ!!」

 

 それは塩の入ったタッパーだった。

 

 

 参ったな…なんで俺がこの姿のまま外に出て買い物をしなければならないのだ。

 いや、こんなことになるとは予想もしてなかったとはいえ冷蔵庫の食糧事情をちゃんと把握&管理してなかった俺にも非があるっちゃああるんだと思うけど。

 何よりすれ違う通行人が俺のことを見てくるのが一番恥ずかしい。女子高生には写メを撮られ、男性には如何わしい目で見られ…今まで魔王はこんな思いをしながらレンの家まで往復していたのだろうか。それともこういう目で見られなくする方法でもあったのだろうか。

 

「………」

 

 女の体に意識が乗り移った男はつらいよ。

 

 そしてその弊害は、買い物している時でも出てくるわけで。

 

「………届かねえ」

 

 背が低くなってしまったせいで棚の高いところに手が届かない。しかも脚立に乗って尚届かない。

 ……見知らぬ人に商品を取ってもらうしかないのか。

 

「すいません……これ取ってもらえますか?」

 

 俺はちょうど近くにいた男に話しかけた。出来るだけ謙虚な口調にして。

 

「え? うんいいけど? …見た所キミ可愛いね。こんなところで何してたんだい?」

 

 ……とりあえず本当のことを言うのはやめておこうか。ただでさえ女の子が一人で買い物に来ているということで奇特な目で見られているというのに、そこでおかしなことを言ってしまえばさらに変な目で見られかねない。それは絶対に嫌だ。

 

「…お使いを頼まれたんです。お母さんにあれを買ってこいって」

「へーそうなんだ。ならいいよ取ったげる」

 

 ……超絶に恥ずかしいのだが。

 

 

 家に帰ると、魔王は居なくなっていた。…まああの体だし特に変なことをしなければ何にも起こらないし、まあいっか。

 俺の方は相当恥ずかしい思いをしたんだけどな! もう二度と女になりたくねえって心から思ったよ!

 

「…………」

 

 そういえば魔王って生理とかどうしているんだろうか。あいつも一応体はほぼ人間なわけだし、自然治癒能力以外はそこまで人間と変わってはいないと思うのだが。

 まあ……気にする問題でもあるまい。今は昼飯を食うのが先だ。餓死しそうなほどに空腹な今、料理するなんて無理難題なので弁当を買ってきた。……狩ってきたのではない。

 今回買ってきたのはおでんだ。電子レンジで温めてもらったし、きっと美味しいんだろうな……

 

「熱ッツ!?」

 

 ……魔王は猫舌だってこと完全に忘れてた…。え、嘘でしょうこれ…普通の俺なら余裕で食える熱さなのに、こんなにも我慢できないとか…。

 しぶしぶ俺は冷蔵庫から氷を取り出しそれをおでんの中に入れて熱さの調整をした。嗚呼、折角のおでんが…。

 別に好きってわけじゃないけど。

 

「……あー食った。やっぱセブンイレブンのおでんは最高」

 

 俺は長く空腹だった腹を満たしご満悦だったところ。

 

「やっほーフウマ! 女は楽しいかい?」

 

 突然正面から声がしたので見てみると、そこはスーツを着てまるでOLの姿になっているアドがいた。何だ、少し吃驚したが会社姿なだけか。

 俺は答える。

 

「ああ、おかげさまでな」

 

 ――皮肉を最大限に込めながら。

 

「ヘルは今ね、適当に外をぶらついているよ。大事にならなきゃいいね。けっしっし!」

「いちいちお前の言動は気持ち悪いんだよ。シリアスだった頃のお前に戻ってくれ」

「やーだよ。だって私いつもこうだからさ」

「ええ…最初出会った頃のイメージが驚きの速さで塗り替えられていってるんだが」

「人は見た目で判断するなってことやね」

「ちょっと違う」

「…ん、もう時間だ。それじゃあね。私はこれから同僚と昼飯を食いに行かなきゃいけないんだ」

「……ちょっと待て、その昼飯ってなんだ?」

「カップラーメンくさや味。試食も兼ねるんだ」

「誰が提案したんだそんな味!?」

 

 アドは俺の質問に答えず手を振りながら光を纏っていなくなった。人間界に馴染んでもその移動方法は異色の目で見られるのではないかと思ったがそれはアドの問題なのでどうでもいい。

 

「……あーーーー、魔王の居所がすげえ気になる…。どうにかして居場所を探れないもんかな……」

 

 そう独り言を言って、魔王の体に備わってある機能を色々探ってみる。時間逆行は詠唱すれば唱えられそうだし、あの例のパンチは力を込めるだけで繰り出せそうだし。SIRENのように視界をジャックする魔法でも唱えられればいいんだけど…。

 ………特にないなぁ。…俺が探って見つけられなかった魔法とかもあるんだろうし、後で魔王に聞いてみるとすっか。

 

「さて…何をしようか」

 

 というわけで俺は今、暇を持て余している。

 ……フウとか呼んでみっかね。試しに、俺は魔王に体に意識が乗り移ったフウマであることを内緒にして。

 

「……あ」

 

 携帯持ってねえ。フウマの服にポケットに入れたままだったわ。

 

「……まあいいや。寝よ」

 

 寝るのが一番だな。折角の有休がもったいない気がするけどもうどーでもいいや。

 他にすることなどないし。ちょうど満腹で眠くなってきたし。

 

「………」

 

 ピーンポーン

 

「えぇ…」

 

 なんという絶妙なタイミング。悪い意味で。

 俺はドアノブに手をかけてドアを開けようとするが、一応魚眼で誰がいるか確認してみる。

 

「…ええーっと…」

 

 それはフウだった。来たらいいなって思ってたのに本当に来るとは。僥倖なのかこれは?

 俺はドアを開けた。

 

「やっほー兄ちゃ……ってレイちゃん?」

「うむ。フウマは今適当に散歩している。まあそのうち帰ってくると思うし、上がってけ」

「そうかい? じゃあ遠慮なさらず」

 

 ……うーん、口調が魔王になりきれてるのかどうか。

 フウは家に上がった。

 

「で、何の用なんだ?」

「実はね、フウマに今日は用があったんだよねえ。それも結構大事な用がね」

「ほう気になるな。どうだ?フウマはここにはいないし話してみれば?」

 

 …ちょっと罪悪感を感じた。

 

「……まあ、レイちゃんにならいいかな。実は…私…」

 

 フウは何かを言おうとするが、どうしてもそこで口籠ってしまっていた。

 

「…んん? 何だ顔を赤くして口籠って。勿体ぶらず言えばいいじゃないか」

「兄ちゃんが好きなのっ!!」

 

 

 

 

 

 時が凍りついた。

 俺はどう反応すればいいかわからず、まるで妹にアストロンをかけられた気分だった。

 やがて意識が戻ってくると、俺は顔を赤くして絶叫した。

 

「分かってるよ……こんなことおかしいことだって。近親相姦になるもんね……」

「…え、じゃ、え、でも、あの、前の恋人は」

「私は新しくなるの!」

 

 フウは一段と声を張り上げて叫んだ。

 

「もう昔のことは忘れて、新しい自分に生まれ変わるんだ!!」

「……だけど、あの、前の恋人の件は…」

「あれは反省してるよ…しまくってるよ…勿論。だけど、私はずっと昔から、フウマのことが好きだったんだ! ヒナタくんには申し訳ないと思ってるけど、実は、昔からフウマのことが大好きなんだーー!!」

「………ぁぁーーーーっっ…」

 

 俺は口をあんぐりと開けていた。まさかフウにこんなことを言われるなんて……。

 いや本当、どういう反応をすればいいのかわからない。見当がつかなさすぎて俺がマンボウだったら思考停止して死んでいそうだ。

 ………いやマンボウって亀甲縛りされてバリバリ生きてるからこの例えは矛盾しているな。

 

「だから告白しようと思ってここにきたのに…折角プレゼントまで持ってきたのに…」

 

 と言って、フウは懐からプレゼント用に包装された…ケーキ? らしきものを取り出した。

 …………ガチだ。

 

「……あああーーどうしようかなーーー今日で告白するべきなのかなー……!」

 

 …………ガチだ!!

 …とりあえず、なるべくして今日告白させるのはちょっと止めておくべきだろう。

 

「……フウマは平日忙しいしな。今月はもう有給が取れないとか言ってたし、休日に告白するべきだな」

「…そうかなぁ。…まあいいよ。明後日土曜日だし」

「フウマはきっと快く承諾してくれるんじゃないか?」

「………でもねぇ。兄妹だもん私達」

 

 まぁ…そうだよなあ。

 現実的に考えて兄と妹が付き合うなんてことありえないものなぁ…。

 さっき快く承諾してくれるなんて言ってしまったけど、今冷静に考えてみればちょっとこのセリフは言ってはいけなかったのではないかと思う。

 

「……うん、わかった。レイちゃんがそういうなら。明後日告白してみるよ」

「……あ、じゃ、またね。健闘を祈るよ」

 

 フウはしっかりとお邪魔しましたと言って部屋から出て行った。

 ……やばいやばいやばいやばいまずいまずいまずいまずいやばいって!! 今まで冷静を保っていたけどもう我慢の限界だ!! なんでよりにもよって妹が俺のことを好きになるんだよ!? 俺だってフウのことを可愛い奴だなーとか何回も思ったことはあるけどさすがに恋愛感情は抱いてねえんだよ!? 多分あいつ明後日告白するだろうしもうどうすればいいの俺!? 終わったんじゃね!? 俺終わったんじゃね!?

 

「…………………………………」

 

 寝よう。何も考えず寝よう。

 

 語り部:魔王

 

 いやー男の体っていいなあ! 心なしか筋力がついた気がするし、精神も屈強になった気がするし! 何より通行人がこちらを見つめてこないのがかなり心地いい!

 ……まあ、股間にあれがついているのが落ち着かないっちゃあありゃしないのだけど。

 こっから何をしよっかなー。レンの家にお邪魔でもしよっかなー……あーでも、平日だしいないか。

 ………やることがないなぁ。

 ………そういえばフウマって携帯持ってたよなー。ちょっと弄ってみるか。そこら辺にベンチあるし、そこに座っておこう。

 

 我は懐に携帯が入っていたのを見つけた。それは会社用のガラパゴス携帯と多分プライベート用のスマートフォンがあって、我はスマートフォンのほうを弄ってみることにした。

 なんだかアプリがいくつか入っている。タイトルはAngry birdとpapers,pleaseとfruit ninjaか……どれも面白そうだけど下手にデータ弄って怒られたくもないし触れるのはやめておこう…。

 …そういえばフウマの検索履歴とかどうなっているんかね。ちょっとチェックしてみよ。これくらいなら別に怒られはしないだろう。

 

 ……特にない。……うーん、あ、そうだ! 別に減るもんじゃないし、いろいろ検索してみよっと。

 自分の名前でも入力して検索したらなんかでないかなー。まああの時についての古文書の情報でもあるんじゃないかな。

 「ヘル・マーガトロイド」っと………お、300件ぐらいヒットした。えーと、「中世ヨーロッパの平和を脅かした禍神」……中身を読んでみると完全に我のことを悪だとみなして非難している内容だった。嫌だなあ誤解されてるっていうのは。

 他には「ヘル・マーガトロイド、実は可憐な少女の姿だった!?」……容姿を誰かに把握されていたな。あの時殺しそびれた一人が情報を話しまくったのかなあ? 出典として我の似顔絵っぽいのが書いてあった。あまり似てない。

 「ヘル・マーガトロイド、現代に復活した可能性」……復活していることまで把握されている。内容は、まず何故復活したのか、封印されているのはどのような性格であったかなどの情報が(ほぼデタラメで)書いてあって、「目撃情報によると、マーガトロイドは観察がてら人間を一人使役し、特定の地区を徘徊しているそうだ。……その人間はやけに笑顔であったが」などと勝手な考察を付け加えた目撃情報まで乗せてあった。写真はなかったようだ。

 ………フム、まあもう復活して1年経ったし、さすがに目撃情報の一つもないとおかしいしな。それにまだ我に害を与えてはいないようだし、放っとけばそのうちかき消えるだろう。

 次、「ヘル・マーガトロイドに萌えるスレ」………見るのはやめておくか。

 

 …うん、もう気になるサイトとかはないかな。ちょうどいい時間だし、腹も減ったし帰るか。

 ……と、いうか朝飯も昼飯も食ってないから飢餓で死にそうなんだけど。

 

 

「ただいまー」

 

 道中フウに出会ったが、我を見つけた途端顔を赤くして小走りで去って行った。何があったのだろうか。

 

「おかえりー」

 

 フウマは毛布にくるまってリビングのソファの上で寝ていた。我が帰ってきた時に起きたようだ。

 

「昼飯は買ってこれたのかい?」

「恥ずかしくて死にそうになったけどな……ホレ、弁当だ」

 

 フウマはレジ袋からハンバーグ弁当を取り出して我に渡した。

 既にかなり温かく、このまま食っても大丈夫そうだ。……猫舌だけど、別にフウマの体だし平気なんじゃないかな…。

 箸を取り出して、おそるおそる熱々のハンバーグの欠片を口に運ぶ。

 

「………!! 美味っ!」

 

 思ったより平気だった。確かに熱いっちゃあ熱いが、これくらいの熱さなら余裕で召し上がることができた。

 これで猫舌も卒業できるのかもしれない。

 

「やっぱり猫舌平気になっていたか魔王。俺はおでんを食おうとして地獄を垣間見たよ…」

「……猫舌って体質だったっけ?」

「多分」

 

 我はおでんをあっという間に平らげて、そして普通に食器を下げる。

 このやり取りにオチなんてない。

 

 時は移って夜10時。

 我らはいつものように、同じベッドで布団にくるまり寝る準備をしていた。

 

「…なあ、フウマ」

「何だ?」

「……どうだ? 魔王の生活は」

 

 少しの沈黙の後、フウマは答えた。

 

「最悪の一言に尽きるね」

「そうか」

「自由が制限されているじゃないか、まず。それに、存在が為に外にもまともに出れたもんじゃないし」

「……我は、慣れたけどな」

「つくづく思うんだよなぁ……どうにかして、魔王が受け入れられるような世界にしてみたいって」

「別にそんなことしなくても…いいよ。我は、フウマに保護されてもらってるだけで満足だから」

「敷居が低いよな……普通の人間のような生活をしてみたいと思わないのか?」

「思うけど、いい加減大人になって現実を見ないといけないからな。そんな叶わぬ願望なんて、願うだけ無駄だろう」

「敷居が低いのではなく、肝が据わっているの間違いだったか」

「ふふっ」

「……でだ。俺の体での生活はどうだったか?」

「最高の一言に尽きるね。外に出ても全然変な目で見られなかったし」

「……俺が当たり前だと思っていることが、魔王では当たり前ではないんだよな…」

「うん」

「そんな些細なことも楽しめるなんて、良かったじゃないか」

「その言い方は語弊があるように聞こえるが。我に対して失礼じゃないのか?」

 

 実際少し苛立ったので魔王の姿をしたフウマの平たい胸を罰として少し揉んでおく。

 

「おいさり気に破廉恥なことしているんじゃねえよ」

「気持ちよかったか?」

「女性の胸は敏感な性感帯じゃねえだろ」

「シュンキに胸を揉まれた時、何気に気持ち良かった」

「この雰囲気でこのタイミングでそのカミングアウトは誰がどう聞いてもミステイクだ」

 

 下手したらr-18指定されかねない会話を終えたところで。

 我とフウマは眠りに就いた。

 

「お休みー、フウマ」

「……お休み。明日元に戻ってるといいな」

「我としては戻らなくていいのだけれど…」

「有給使いきったから冗談抜きで戻ってくれと願う俺だよ」

「ふふっ……」

 

 意識が霞む。

 視界が淀む。

 体力が抜ける。

 我が誘われたのは、睡眠の快楽であった。

 

 語り部:フウマ

 

 ……なんだよ上の文章。

 まあいいか。

 

 

 結局朝起きたら、俺と魔王は本当に元通りになっていた。ちゃんと俺の意識はフウマの体に居るし、魔王の方も意識は魔王の体に戻っている。良かった良かった。これで明日も無事出勤できそうだ。

 んじゃあ俺はそろそろこの話の幕を閉じましょうかね……んん? 何だか身に覚えのない記憶が脳ミソの中にあるみたいだ。

 あれか、体が入れ替わっていた時に魔王がとっていた行動の記憶の片鱗がまだ残っているのか。一応何なのか確かめておこう。

 

「………」

 

 成程、魔王は俺の携帯を弄って自分の名前を検索していたようだ。特に変なことしてなくてよかった。……へー、あいつの本名ヘル・マーガトロイドっていうのか。初めて知った。

 ……ん? 何だこの記憶の中にちょっとだけある「ヘル・マーガトロイドに萌えるスレ」って? 2ちゃんねるの何かか? 気持ち悪い類だなぁ…。

 ……どんなレスをされているのか気になる。ちょっとパソコンで調べておくか。

 

 俺はレスを確認した後朝飯を作ろうと思っていたのだが、そのレスがどう考えても看過できないものだった。

 

「ヘル・マーガトロイドの住所特定完了いたしましたw」

「そマ? 証拠見せろ証拠」

「ほれ」

 

 そのレスに添付されていた画像は………俺の家だった。

 

「この家に住んでいるのか? あのヘルちゃんが?」

「胡散くせえなコイツ。もっと豪邸に住んでると思ってたな」

「ひょっとして使役している人間の家なのでは?」

「あ、そっかぁ。じゃけんお邪魔しに行きましょうね」

「クッソ、どう見ても近所じゃないのが残念だな」

「住所の番号キボーヌ」

「(それはまだ)ないです。」

「あ、ない。」

「まあいいや。じゃあ午後3時集合な。使役している人間、その時間帯に居ないみたいだし」

 

 そこからのレスはなかった。

 俺はいったんウェブを閉じて深呼吸をし、

 

「………はああああああ!?」

 

 焦燥感溢れる叫び声をあげるのだった。




 次回の構想、まだ決まっていない…というか脳ミソが動かないんですけど…


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Highlight

胸糞注意。
番外編みたいなものなので気にしないでどうぞ。


 ヘル・マーガトロイドに萌えるスレ

 

「このスレは最近○○町に出没していると言われるかつてのヨーロッパを脅かした魔王ヘル・マーガトロイドについて萌えるスレです。

リアルでもストーカーにならない程度に監視するならばおkですが、断じて手を出したり、危害を加えたりすることを禁止とします。スレの皆様ちゃんと節度を守って過ごしましょう。」

「一乙」

「え?なにここ?」

「あうあうー^p^」

「ヘルたんかわいいよヘルたん」

「誰?」

「かわいいなあああかわいいいなああああああおぅええええええええ(ヘルについての概要が貼ってあるURL)」

「きめぇよ氏ね

 ……大体の概要は分かった

 で、何でこいつを今更監視しているんだ?」

「最近出没情報が入ってるんだってば」

「はぇ~ 画像キボーヌ」

「ほれ(ヘルの昔に描かれたであろう似顔絵の絵画)」

「は?(落胆)全然かわいくないやん!どうしてくれんのこれ」

「か~ら~の~(いつ撮られたか分からないヘルの無邪気な笑顔)」

「は?(喜々)すっげぇ可愛くなってる、はっきりわかんだね」

「申し訳ないがここでいんゆめネタを出すのはNG」

「詳細キボーヌ!!!」

「(ヘルについての詳細を延々と語っている。具体的に言うと、ヘルの住んでいる家の情報など)」

「は?(再落胆)こいつ彼氏いるの?」

「…いや、彼氏いるかどうかは定かではないけど、でも住んでいる家には男がいた」

「再落胆すき」

「砂肝」

「は?(嫉妬)絶対そいつ彼氏だろうが」

「いや、監視してみた限りだとそうは見えないんだよなぁ」

「監視してんの?きっも一回死んどけ」

「別に俺は気にしてないから。お前らが悪いと思ったならそれでいいよ」

「何そうやって自分だけなにも気にしてない気取り?くっさ」

「くっさでしか批判できんのかこの猿ゥ!」

「そうやって自分の事棚に上げて相手のこと馬鹿にするんだ。うっわサイテー」

「くっさ以外で批判している+1145141919810」

「ちょっとホモが多すぎやしませんかね・・・」

「荒れてんなあここ」

「話し戻そうず」

「だからまず、ヘルたんが可愛いって話だろうが」

「だったらなんでヘルについての詳細把握してるやつがいるんだよ」

「ストーカーでしょ。そいつはちゃんと>>1読んだのか?」

「便所の落書きで育った人間にルールなんて通用するわけないだろ!いい加減にしろ!」

「そんなぁ無慈悲」

「>>1さん元気出して。ヘルたんの笑顔見てすっきりしよ?」

「はあ何この天使」

「たった今新情報仕入れてきたったった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ストーカーかお前。これ以上は毎秒やめろ」

「(ヘルが住んでいる家の男は彼氏などではないことを告げた)」

「ファッ!? 彼氏や無いの?」

「まあこれで考えられる可能性は、ヘルが住んでいる家に元々住んでいた人物、即ち大家ってことになるのかねぇ」

「何だ大家か、安心して妄想できる」

「なあさっきからヘルたんストーカーしてイキってるやつは何者なんだよ」

「TDNキチガイ。だけど皆嫌がりながらも結果的にそいつの情報信じちゃってるんだよなぁ…ツンデレかな?」

「俺は少なくとも気持ちわりいとしか思わねえが、他の奴らは別に気にしてねえんだろうな。逮捕されても知らんぞ」

「このスレを開いた時点でお前もグルだから安心して」

「Cookieを消去すれば安心!」

「クッキー☆?」

「うるせぇ氏ね」

「本当に死んだらどうする?」

「何とも思わねえよカス」

「このスレ話題が良く逸れかけるから定期的にヘルたんかわいいよヘルたんを流そう(提案)」

「ヘルたんかわいいよヘルたん」

「ヘルたんかわいいよヘルたん」

「ヘルたんかわいいよヘルたん」

「ヘルたんかわいいよヘルたん」

「ヘルたんかわいいよヘルたん」

「間隔が短すぎる。というかくさい」

「いいじゃないここが楽しければ!」

「ヘル・マーガトロイドの住所特定完了いたしましたw」

「そマ? 証拠見せろ証拠」

「ほれ (フウマの家の画像)」

「この家に住んでいるのか? あのヘルちゃんが?」

「胡散くせえなコイツ。もっと豪邸に住んでると思ってたな」

「ひょっとして使役している人間の家なのでは?」

「あ、そっかぁ。じゃけんお邪魔しに行きましょうね」

「クッソ、どう見ても近所じゃないのが残念だな」

「住所の番号キボーヌ」

「(それはまだ)ないです。」

「あ、ない。」

「まあいいや。じゃあ午後3時集合な。使役している人間、その時間帯に居ないみたいだし」

「思ったんだけどさ、使役している人間要らなくね?」

「は?何言ってんだこいつ」

「使役している人間てさ、邪魔者でしかねえよなあ」

「言いたいことは分かるがそれが何だってんだ?」

「殺さない?」

「はい通報」

「通報しますた」

「24官僚でございますw逮捕されろ」

「なんだ通報したのかお前ら。まあいいよ画像見るからに住所近そうだし、警察に逮捕される前に人間殺してやるから見とけよ見とけよ~」

「ガチのやべーやつじゃん」

「俺もちょっと間近で見たいからそこ行ってみよ」

「は?こいつら怖いよ。ライダー助けて!!」

「>>1読めって>>1」

「危害は加えないでください」

「だからルールは通用しないとあれほど」

「喜べよお前ら。目の上のたんこぶである人間を殺すと同時にヘルも監禁しとけば幾らでもレイプできるんだぞ」

「お前公の目でそんなこと言って精神状態平気なのか?」

「よく見たらコイツIDがさっきからイキってたやつじゃねえか………こんな人間いるんやな」

「生きてちゃダメな存在ってやつだな」

「なんかアクセスしてるIDに変な奴がいるんだけど」

「どんな?」

「なんかあれだな、通報されたスレによく出没するIDだって聞いたような…」

「え?」

「どうも、ネット警察です。書き込まれたIDなどから発信源を特定し、ただ今殺害予告をした人たちの逮捕に尽力しております。犯人はもうすぐ特定され、逮捕されます。尚、このスレにはこれ以上レスは書き込めません。」

 

 最後のレスの文字通り、ここからレスは途絶えている。




ちなみに、作者である私は5chのことについてはネットスラングしか知らず、適当なスレを見て大体の雰囲気を知ったような顔で書いた話なので、実際とノリが違うなどの突っ込みは勘弁してください。


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妹『魔王』編
天使(あくま)


 俺は、ついに決心をした。


 どんな決心をしたのかだって?


 …あの、フウの件についてだ。


 あの日、フウが言っていたではないか。


『フウマの事が好きだから、私は新しく生まれ変わる』って。


 だから、俺もその思いに少しだけ応えてやろうと思う。


 …だけど、俺は見てしまった。


 あの蒼白の髪、華奢で可憐な体。吸い込まれるような模様の瞳――見るものを釘づけにしてしまう、あの天使(あくま)の姿を。


 あの日に5ちゃんねるで見たあの件は何も起きずに終了してくれた。

 そもそもあのスレでは殺害予告がなされていたらしく、それによる通報でスレごと話題が終了してくれたのだった。

 それについて、俺は酷く安心した。

 魔王に悪意ある手がそのまま伸ばされていたかと思うと、心臓がバクバクする。

 まあ、展開が思いつかなかっただけなのだが。

 

 これで安心して、フウの告白に覚悟できると思った。

 思ったんだ。

 

 ある日、日用品を買いに買い物をしていた時、その帰り道に俺は見た。

 その日常の景色に不釣り合いな、華奢な体に澄んだ瞳、そのアルビノの髪を持つ少女と。

 その少女は辺りを見回していて、果たして迷子と言うより、今、自分がどこにいるのか全く分からずそこかしこをさ迷っているように見えた。

 ……言葉を言い換えただけで、厳密には迷子じゃないか。

 

 やがて、その少女は俺を見つけると、とてとてとてと近寄ってきた。

 

「おにーさん、ここがどこなのかわかる?」

 

 第一声がそれだった。とてもかわいらしい声だった。

 

「え……? あー、ここは――県――市だ。お前、ここがどこなのか知らなかったのか?」

「うん。気が付いたらここに居たの。今私が誰なのか、何でここにいるかも分からない」

 

 訳の分からないことを言う少女。両親を覚えているか聞いてみたが知らないの一点張りだったので、とりあえずこの子を持って帰ることにした。

 ……大丈夫、誘拐にはならないだろう。もし警察が来たとして、この子が知らないと言っていたことをちゃんと言えば大丈夫だ、多分。

 

「そういえば、名前は何だ?」

 

 連れて帰る途中、名前を聞いてみた。

 

「……ルーツ・マーガトロイド」

 

 …奇しくも、それは魔王と苗字が同じだった。

 

 

「知らん」

「知ってるだろ」

「知らんと言ってるだろ」

「知らんとは言わせねえぞ」

「知らない」

「知らないとも言わせねえぞ」

「言論の自由を行使する」

「言論の自由を行使するとも言わせねえぞ」

「我に発言権はないのか!?」

 

 そんなこと言われても、別世帯による苗字被りとは考えにくいし、よく見てみれば魔王とこの少女の顔つきって微妙に似てるので身内なのではないかと推測する。

 そしてその少女は、さっきから表情一つも変えずに魔王を見つめていたのだった。

 

「…な、なんだ。……改めて問う、お前の名前は何だ?」

 

 魔王がルーツに蒼白の髪の毛に嫌らしく目を細めながらも話しかけた。

 

「ルーツ・マーガトロイド。あなたの名前は?」

「……高崎零」

「それ和名だろ。本当はヘル・マーガトロイドだ」

「またそうやって余計なこと言う」

「…名前を誤魔化すほどにこいつが嫌なのか?」

「そうだ。悪いことは言わない。フウマも早くコイツの里親を見つけ、返してあげるべきだろう」

「……だが、コイツの名前はルーツ・マーガトロイドであって――」

「知らんものは知らんよ。我に兄妹はいたような気がするのだが、こんな美しい奴が我の兄妹な訳がない」

 

 といって、魔王は寝室の方へ行こうとした。…さっさとその場から離れようとしてるようにも見える。

 それを見たルーツは、無表情のまま魔王にこう言った。

 

「嘘でしょ。あなたはヘル・マーガトロイド。私の姉であり、かつてとある地を脅かした魔王」

 

 振り返って寝室へ行こうとしていた魔王にルーツがその言葉を投げつける。逆鱗に反応したのか、魔王は久々に禍々しく目を光らせ、そしてルーツの胸倉を掴んだ。

 

「いい加減にしてよ! 我に兄妹なんていないし、お前みたいな神々しい見た目をしている奴が我の妹なわけがないんだ!」

「…お、落ち着けって」

 

 何とか仲介に入る。だが、ルーツと魔王の方は全く表情が変わっていない。

 

「……アドに聞いてみるしかないか?」

「余計なことはしなくていいと言っただろう」

「しかし、このままお前が怒鳴ったままでも何も解決はしないんだ。それなら、一刻も早く結論を出した方がルーツのためにもなるだろう。…まあそうだな、それまでこいつは俺が保護しておくか」

「……お前、自分でおかしいと思わなかったのか?」

「…? 何がだ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …あ。言われてはじめて気づく。

 何で俺は、ジャガノやアドを受け入れずに、ルーツのみ受け入れたのだろうか?

 ……言われてみれば、ルーツの瞳には何か不思議な魔力がある気がする。…言葉で表現するのは難しいが、なんというかこう、引き込まれるような感覚が……。

 

「……フウマ。おにーさんの名は、フウマっていうの?」

「…ああ」

「あなたは、姉を保護しているの?」

「…一応そういう風になっているが」

 

 ……話しかけてくるたび、その目を淡く光らせながらこっちへと寄ってきて、こちらとしては話しかけ辛い。迫られているような感覚に陥る。

 

「お前は何処から来たんだ?」

「私は気が付いたらここに居たんだ。その後の記憶は残っていないのに、何でなのか姉についての記憶はある」

「……それ以外の記憶は?」

「ないの」

 

 ……え?

 さっき、何も知らないって言っていたはずだが…? 言葉の綾ってやつか? 言い忘れちゃったのかな?

 

「……魔王、コイツ保護するよ」

「は? ……本当か?」

「本当だ。何せこいつはお前の妹だと言っているし、野放しにするわけには――って、うおっ!?」

 

 そう言いながら魔王の方を見ていると、すごい速さで魔王がこっちに来て、俺の胸倉を掴んでいた。…半ば、泣きそうな表情になりながら。

 胸倉を掴んだまま、魔王はこう叫んだ。

 

「だったら何で母さんをこの家に入れなかったんだあ!?」

 

 ……ああ。

 確かに、矛盾しているな。

 

「…まあ確かに、アドを入れずにルーツを入れたのは少々矛盾してると思う。が、アドは何だかんだ今は会社に就職して楽しくやっているそうじゃないか。だが、ルーツの場合別だ」

「何が別なんだ!?」

「一人では生きていけないというところだ」

「どうしてそう思える!?」

「姉であるお前が一人では生きていけないから」

「………」

 

 どうやら無意識に論破してしまったらしく、ただ茫然と俺の胸倉を掴んだまま硬直する魔王。

 

「……フウマ。分かった、妥協する。そいつはここに居てもいい。が、あまり一緒にいない方がいい」

「さっきからそう言っているみたいだが、どうしてそう思えるんだ? 居てはいけないという根拠はないだろう?」

「嫌な予感がする」

「嫌な予感って……根拠にならないじゃないか」

「……わかったよ。フウマがそこまで言うならそいつを好きなだけ保護すればいい……だが、あまり一緒にいない方が…いい」

 

 魔王は唇を噛み締めながら絞り出すような声でそう言い、歯磨きをするのか洗面所へと向かった。

 俺は未だに、コイツの言っている意味が分からなかった。

 どうしてそこまでルーツを忌み嫌うような台詞をペチャクチャと喋るのだろうか? ましてや自分の妹だというのに。

 妥協した時の声も、とても苦しそうな声だった。……何かご不満でもあるのだろうか? それとも嫉妬? …いや、今に限って魔王がそういう意味でその言葉を言ったとは思いにくいのだが。

 

「まあいい。行くぞ、()()()()()

 

 俺はルーツの手を取って、自分の部屋兼寝室へと連れて行った。

 

◆ 語り部:ヘル・マーガトロイド

 

 フウマの様子がおかしいと、我は感じずにはとてもじゃないが居られなかった。

 洗面所に行って歯磨きをするふりをしてフウマのこの後の動向を見守っていたが、何とフウマは言葉の最後に驚くべき台詞を付けたし、ルーツを我も寝ている寝室に連れて行ったそうではないか。

 この後の動向を確認しようと思ったが、歯磨きをしなければあとでフウマに怒られるのも嫌だったので、歯磨きをいつもより高速で済ませて部屋へと向かった。

 この行動が失敗だったと言わざるを得ない。

 

「……!?」

 

 何と、フウマとルーツが同じベッドで寝ていたのだ。

 このいつも寝ているベッドは大人と子供それぞれ一人分でやっと埋まる程度の幅なので、ここで我は寝ることが出来なくなっていた。

 

 ……恐る恐る布団をめくってみる。

 

「………っっ!?」

 

 ……抱き合っていた。お互い、とても幸せそうな顔で。

 …冗談でしょう。最初、我を拾った頃はこんなにベッドで抱き合うほど親しい仲では無かったはずなのに!? いくらこの約半年間でフウマの性格も変わったとはいえ、我の妹だと言って連れてきた奴に初日からベッドに連れ込み、そして抱き合って寝るなんて……これが素だったら、我は今フウマに殺意を抱いている!

 シラフだったら、フウマの腹に包丁を突き立てている!

 

 …我がああやってその場から逃げたりしなければ、こんな展開にはならなかったのだろうか。

 ………しかし、素でフウマがこんなことするはずない。あそこで妥協せず、我も必死に自己主張を続けていたらこんなことにはならなかったのだろうか?

 これは、我に非があるのだろうか?

 …なら、この件についてはもうフウマは機能しないだろうし、我が片を付けるしかないか…。

 

「…待ってて、必ず取り返して見せるから」

 

 我はフウマに小さい声でそう告げて、部屋から出て行った。

 

 

 我がまず真っ先に向かったのは、お母さんの住処だった。こういうとイメージが悪くなるが、実際にこの世界では会社の一室を使って寝床を確保しているようなので、この表現は強ち間違ってはいない。

 …我が入ろうとすると不法侵入になるが、そこは問題ない。何と都合のいいことに、我のお母さんは来て欲しいと願った数十秒後に出てきたりするので、この会社の前で待てば問題ないだろう。

 

「やっほー、お待たせぇ」

 

 30秒後にお母さんが来た。我はこの夜の月明りですら映えるお母さんの美しさに、少し見惚れる。

 

「お母さん…。こんな夜に呼び出してごめんね」

「いいよいいよ、私達家族でしょ? …んまあ、事情を察するになんかあったみたいだね」

「何かあったよ…お母さん」

 

 我は少し間をおいて訊いてみた。

 

「我に妹って…いたか?」

「いるよ」

「名前は?」

「ルーツ・マーガトロイド」

 

 ……いたよな、そりゃあ。実は我はルーツについての知識は全くなかったわけではなく、存在は知っていたし、見た目も我が思っているのと実際にあったので一致していた。我が、なぜ、頑なにルーツの存在を認めたくなかったというと――

 

「大好きなフウマがとられるのは嫌だったのかなあ?」

「違う!」

 

 お母さんが全く的外れなことを言って、思考が遮られる。

 

「決してフウマの事は友情的に好きと思っているのであって、恋愛的に好きとは一言も言っていない!」

「そんなわざとらしい反応をするのは、怪しいねえ」

 

 …我が母なのに、調子が狂ってしまいそうだ。多分、今の自分の感情が混濁としているだけなのだろうが。

 

「…彼女にはあまり関わらないほうがいいような気がした。一族特有の水色の髪色に、白は我ですらも気味悪く思っていたんだ」

「それな!」

 

 …………。

 

「それで、彼女が使える能力は――」

「あの子は催眠術が得意なんだ。それも質の悪いことに、前触れとなる動作も無しに」

 

 と、我の思考を先回りするかのようにお母さんがそう言った。

 …そう。あの子は催眠術が得意なんだ。ああいう風に寝ていたのも、きっとフウマが気付かずに催眠にかけられた影響だろう。

 

「…事情は把握した。でも、私の息子ならちょっとの魔力で催眠術の遮断が出来たはずだよ。何でしなかったんだい? …事前に被害を最小限に防ごうとしなかったのは、何で?」

「…え? 催眠の遮断なんて、知らなかったよ。そんな、ちょっとの魔力でせき止めることができるなんて」

 

 我が逃げずにルーツの催眠術に拮抗していればこうならなかったというあまりにも下らない事実に話し方が平坦になってしまう。

 

「…まあ、確かに、そこは私の非ではあるよ」

 

 我の表情から思っていることを察したのか、慌てて付け足したように聞こえなくもないセリフを足すお母さん。

 全ては我が臆病者の選択を取り続けたことに由来する出来事なのだから、あまり気を遣わないで欲しい…。

 

「…ルーツって、どういう存在だったんだ?」

「それは次回に話すこととするよ。テンポが悪くなってしまうと思うけど、勘弁してね。とこの世界どこかに居るこの小説のリスナーに私はそう告げた」

「メタフィクション発言はこの際止めて欲しかった!」

 

 折角いい雰囲気だったのに!

 …しかし、確かにもうすぐ終わるタイミングとしてはいい頃合いだろう。では、ルーツの過去や我のとるこの後の動向についてはまた後に話させていただく。



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ルーツの過去(ルーツ)

某漫画家に同じ名前があって驚いたし、その人の実況プレイ動画にこのサブタイと同じ名前が付いててなんか申し訳ない

語り部:アド・マーガトロイド


 前回話した通り、今回はフウマを催眠で洗脳した主犯…というとちょっと聞こえが悪いね。えーと、…なんて言えばいいか分からないや。やっぱ主犯でいいよ。

 つまり、ルーツについての過去を語らせてもらうよ、私の娘よ。

 ルーツっていうのはもう分かっている通り、君の妹である…まあ、知らなかったら今まで何を知っていたんだっていう話になりかねないけどね。

 生まれた詳しい年数は恥ずかしながら覚えてないけど、大体ヘルが産まれた数か月後…だったっけなぁ?

 産親として何でしっかりと記憶してないんだか。いやー恥ずかしい恥ずかしい。

 …で、まあルーツはね、生まれた瞬間にあることが分かっちゃってさ。

 ……えーと、ヘルは髪の毛の色が水色なんだよね。これは母譲りでさ。今私の髪の色は黒く染めちゃってるけど、地毛はちゃんと水色なんだよ? それも結構鮮やかな水色がね。

 ちなみにお父さんの色はちょーっと赤みがかってた水色だっけなあ? …たしか、そんな色だったよねえ。

 だけどルーツの髪の色は白かったんだ。真っ白。何にも染まらない色。見るだけで浄化されそう。

 どうやら隔世遺伝だったらしいんだよねぇ…。水色ばっかりの私の世代の中にわずかに残っていた髪を白くする遺伝子が覚醒して、そんでルーツも白くなっちゃったのかなぁ? ということは、ルーツのアレは隔世遺伝でもあるし、()()遺伝でもあるよね! あっはっは!

 …おっと、純粋な時と比べてちょっと心が狭くなったようだねヘルちん。手刀をこちらに向けなくでいいよ。…ヘルちんという偏屈な呼び方も撤回させてね。

 …だからね、私達なんか人間と共存してるせいですっごく分かりにくいっつーか崩壊してるんだけど、…というか今も母国語でも何でもない日本語で話してるんだけど、本当は人間に仇なす筈の血縁だから…白はね、驚くほど似合わなかったんだ。…この私達特有の水色は、悪魔の色として名高いから、白は…なんて言ったっけ、ハグレ…って言うのかな。そんな感じでさ。ちょいと隔離されたんだよね。

 私は、それが嫌に感じたなぁ。

 ルーツって名前は私がつけたんだけど、これは「例え同種で何か不都合があったとしても、それを撤回…いや、払拭するルーツ(始祖)になればいい」っていう願いが込められていたんだけど…いやはや、頑固な夫にはそれは通じなかったようだね。後に見事に隔離されたよ。

 今思っても不思議だよ。なんでなんだろうね、ロキがそこまでしてルーツを隔離させるのはさ。見るだけで浄化されそうとかさっき言ったけど、きっと私の夫はその言葉を盲信しちゃったから、何の躊躇もなく躊躇いもなくあんな愚行を実行に移せたんだろうね。ああ、怖い怖い。ロキの欠点はそこだよねえ。何でもかんでも自分に不都合を及ぼしそうなものは隔離したり、処分したり、売却したり…考えれば考えるほど節操がないなあ。

 でも私もかつては死神の身だったし、結婚出来た相手と言えばあの人しか居なかったんだろうけどさ…あの触らぬ神に祟りなしを体でこれでもかというほど体現したあの人は、さすがにちょっと引いたなぁ。

 話を戻そうか。んでね、その後ルーツは急遽作られた隔離部屋っていう所に文字通り隔てて離されたんだけど、私はそこにコッソリ入ってコッソリルーツに娯楽やらを教えたりしてたよ。母親としてそれはやっておかないとね、うん。

 ヘルも触れ合ったことは何回もあるよ? まあ、過去を振り返らず未来に向かって歩み続けるヘルにとってはそのことについてはもう覚えてないのかな?

 …ん? 勝手なイメージを押し付けるのは止めて欲しい? まあそうだね。昔人間を統治してた君が後に人間の配下に置かれてる未来は想像したくないもんね。…冗談だよ。その拳を向けるのは構わないけれど、実の母親に向かって殴りかかろうとしない。

 それともあれかな? チョキを出せばいいのかな? 情けでパーを出してもいいよ。

 話が良く逸れるなぁ。私の悪い癖かな。

 …ルーツに娯楽を教育し続けたのが悪いのか何なのか分からないけど、ルーツは何故かヘルの事を溺愛するようになっちゃった。

 本当、何でなのかよくわからないけれども…というか、必要じゃない限りその理由はあまり知りたくはないんだけども。これ、俗にいうレズってやつだよねえ。

 でもさ、それに気づいたのは後の事であって、私は当時全然そのことに気付けなかった。私はその後ヘルをその部屋に連れ込まずに、しばらく一人で遊ばせちゃったんだ。

 理由は、丁度その時私が忙しいのもあったし、ロキの愚行(隔離)を受動してるルーツにはたまには一人で行動してみてほしかった。

 だから結局のところバッドタイミングだったんだよ。あの時君をちゃんとまだ遊ばせてやれていればあんな風にはならなかったのかもしれないねぇ…。

 え、どうなったのかだって?

 性格があらぬ方向にねじ曲がってねじ曲がってねじ曲がってねじ曲がってねじ曲がって、ルーツはサイコになってしまった。毎朝毎晩奇声を発して、部屋の物を何でも壊すようになったんだ。

 …まあ、今は大分沈静化して、あんな風になっちゃったけどね。…ある意味、元に戻っているともいえるけど。

 そういえばさ、私達の血筋に生まれてくる人は、必ず何かしらの能力と魔法の素質を貰えるらしいんだ。能力も具体的に言うと、《グレート・アーム》とか何とか…。紛らわしいのとしてジャガノくんが考えた《ルッキング・デストロイ》は私たちが持っている能力とは違ってジャガノくんが考えた名前であって、実際はジャガノくんの血筋が持っている能力だから違うんだ。ややこしい話だよね。自分でもわからないよ。

 もちろん、それは君も例外ではないよ。今までに2回ぐらいは使ったことあるから分かるはずだ。

 ……《タイムスリップ》をね。

 それについての概要は知ってるだろうし省くけど、ロキから後の代は何故か有能な能力を持っていることが多かった。

 《タイムスリップ》に。

 《テレキネシス》に。

 そして、《ヒュプノシス》。

 それぞれ時間逆行と超能力と催眠術って意味なんだけど、ルーツは催眠術が得意らしいから、ヒュプノシスだね。

 ちなみに、テレキネシスっていう名前の能力を持っている人は誰なのか知っているかい? またそれは後で話すことになるけど、…無論、今も生きているけど、それはこの件には関係ないので割愛させてもらうよ。後々重要な伏線となる可能性もあるしね。

 …あれ、ルーツについてどこまで話していたっけなぁ…あ、そうそう、ルーツが狂ったって所らへんの話だったか。

 その後も変わらず隔離されてたよ。まあ、奇声のせいで最早寝られなくなったときはロキって人は壁に防音材を敷いたらしいんだけど…。本当、あの人の行動力には呆れを通り越してちょっと憧れちゃうぐらいだね。そんなことをしている暇があったなら魔王らしく人間でも統治すればよかったのに…って、そのために魔王っているんだけどさ。

 というか魔王って存在はあまり人間からいいように見られてないんだけど、その理由って二つあるのは知ってたかな? 一つ目はまあ分かる通り、やっぱイメージのせいかな。本来の魔王ってやつは規制一つに我慢できず防音材敷いちゃうほどにやることのない種族だったしさ。

 というかもう一つの理由はそれにあるね。あまりいいように見られていないのは事実だけど、百歩譲って魔王がこの地を統治するのを肯定した人もいる訳で、その人たちから私達はどうやら怠惰に見えていたらしい。もっと魔王らしく生活できないのか! みたいなことを何回も言われた覚えがあるよ。そんなこと言われたってどうしろとって感じなんだけど。何なら私だって魔王の妻という称号をその人たちのいずれかにあげても良かったぐらいなんだけど……人間は身勝手だっていう話はあまり間違ってはいないねえ、やっぱり。

 でさ。話が何度も逸れたことに反省に反省を重ねて反省を反芻したわけだけど、もう夜も更けてるし話をここらでまとめさせてもらうよ。見た感じ、夜に無理矢理こっち来てルーツの概要を聞きに来た君も疲れているように見えるからさ。あ、ちなみに私はそこまで疲れてはいないよ。結構人と話すのは好きだからね。疲れ知らずなんだ。

 まず、ルーツは今催眠術…もとい、《ヒュプノシス》を駆使してフウマを操り、その後何かをさせようとしているのかは明確ではない……んだけれど、私としては予想が付くんだよね。

 そのために勝手ながらいくつかの仮定をさせてもらうよ。

 まず、ルーツはヘルの事が好きであり、一緒にずっと居たかったがために精神が狂い、あのような生活に陥った……それほどにヘルの事を愛していたわけだから、その思いを今でも忘れているわけがないだろう。

 あと…これはフウマ君が語り部だった時だから君は知らないだろうけど…ルーツは何もかも記憶がないって話、真っ赤な嘘である可能性が高い。何で知らない人…というか君を匿っている人間にピンポイントで話しかけ、そのままナチュラルな勢いでヘルが姉だということを看破したのか。

 少々展開に無理が利いているとは思わなかったかい? 逃避していたヘルには、そのことには気づかなかったみたいだけれど。

 ということはルーツがフウマ君に話しかけたのは恐らく意図だ。そしてヘルがいたことを確認し、ルーツはまずフウマ君を催眠術にかけて、今もベッドで夜を共にしている…。一度言ってみるとやっぱりその予想は確定してきたような気がする。

 だから、要するにルーツにとって必要なのは姉であり好きでもある君なのであってフウマ君はあの子にとって邪魔者でしかない。なので催眠をかけて、フウマを気付かれずに操る……その先にルーツがとらせる行動は、勘のいい君ならもう分かるだろう。

 ……フウマ君の排除、だよね。やっぱり。でも、ただ普通に殺すだけでは催眠をかけた意味がないだろう。だから、予想ではルーツはこの後フウマを自殺させようとすると思う。そうすれば、完全犯罪…やっぱ聞こえが悪いな。…えーと、完全犯罪が見事に成立し、ルーツの野望もめでたく叶うだろう。

 …だけど、君にとってフウマ君は親のような人であって、そして命に代えてでも守りたい人ではあるだろう? 私もそう思うよ。あの人になら、どんな命令をされたってかまわない…冗談さ。

 だけど、私はこの件について一切の助言をしないことを誓うよ。でも本当にヤバくなったときは私も少し助けようと思うけど、大部分は君のお頭で考えて、常に最善手を掲示してくれることを願うよ。

 …でもまあ、最後にこれだけ話させてほしい。安心して、どうやらもうフラフラに見えるけどこの話を聞けば本当に最後だ。

 この言葉は忘れてもいいけど、できれば頭の片隅に置いておいても構わないんじゃないんかな。

 

 どんな時でも綺麗事が勝つとは限らない。時には思い立って、卑怯な手に出るのも一つだ。

 

 …えーと、12時…君が来たのが11時だから、一時間ぐらい話し込んじゃったのかー。いやーごめんね、30分ぐらいで終わらせるつもりだったのにここまで話し込んじゃうとは。

 じゃあね、ヘル。時には完全なるハッピーエンドを目指さなくてもいいと思うよ。贅沢しすぎるのも考え物だからね。




……寝なきゃ。
というかこんなに手が速く動くとは思わなかったよ……。


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ルーツへのツール

一か月以上もの間更新できずすいません。
今回も短いです。申し訳ありません。
出来る限り短い間隔で投稿したかったのです。


 我はその話を聞いて、家に帰って寝た。フウマのベッドはルーツの分でスペースが埋まってしまったので、久々にソファで寝ることにした。

 ちなみに寝心地はそこまで悪くはない。

 ベッドで寝ていたその間、何度も何度もあの言葉がリピートされていた。

 

「どんな時でも綺麗事が勝つとは限らない。時には思い立って、卑怯な手に出るのも一つだ」

 

 ……卑怯な手?

 卑怯な手って何だろう。ってその時は思ったが、よく考えてみるとその意味はいともたやすく分かるものであった。

 ……我には、卑怯な手で勝つ方法しか残っていないのだ。

 

 

 ……一応、フウマも催眠をかけられているとはいえ良心はちゃんと働いているようで、ルーツはもちろん、我の分の朝ごはんもちゃんと用意してくれていた。…心なしかルーツより量が少ないような気がするが。

 しかし我は気にせず食べる。

 

「…フウマ。箸の持ち方分からない」

「何だ分からないのか? これはここをこうやって――」

 

 ……我に箸の持ち方を教えた時はあんなに上機嫌では無かったはずだ。

 フウからある程度の事情は聞いているので事情はかなり理解しているものの、やはり今まで保護者的存在だった人が別の奴に心を奪われているとなると、何と言えばいいのか、心が締め付けられるような感覚に陥る。

 やはり、今日中にケリをつけるしかないだろう。実は、昨日一晩中考えていたおかげてルーツを攻略するある策が出来た。しかしその策は、あまりにも卑怯な方法だったんだ。

 それはまさしく非人道的であり、もっとマシな結末になる攻略法なんていくらでもあったかもしれない。だけど、手っ取り早く、迅速に解決するためには、これしかないような気もする。

 

 我は飯を食べた後に、すぐに着替えてレンの家へと向かった。

 

 

「よっす。どうしたレイ、そんな自分だけの宝島が地球温暖化で沈没したような顔をして?」

「変な例えだな」

 

 玄関で出迎えてくれたのはユウキだった。我としてはレンに用があったのだが、どうやらレンは買い物でお留守のようだ。

 仕方がない、ユウキに用件を聞いてもらうとでもしようか…。

 

「なあユウキ。悪霊を退散させる上で最強の効果を発揮する札ってわかるか?」

「んーまあ……俺は兄ちゃんの仕事の概要については詳しく聞いてないし、あんまり覚えてはいないんだけど……でも、一枚だけあるんだよね」

 

 一枚だけあれば十分だ。作戦を実行に移すことが十分にできる。

 

「それって、どんな模様をしているんだ?」

「模様? 何でそんなことを?」

「今回の件でどうしても重要なことなんだ。それさえわかれば、いろいろと有利になれる」

「ふーん…?」

 

 ユウキは「ちょっと待ってろ」と言って、廊下の曲がり角で曲がった後姿が見えなくなった。

 なんとなく周囲を見渡す。

 我が見ているいつもの光景だ。それに何の変化もないし、何の変哲もない。ただ、その汚れがなさすぎて鏡面反射が起こっている壁面などから察するに、父母どちらかが潔癖性なのだろう。

 

「お待たせ。こんなのしかなかったけどいいかな?」

 

 と言ってユウキが見せてきた札は、それはもう厳つい龍と厳ついもう一つの龍が複雑に絡み合っている模様が描かれた札だった。

 ………えぇえええ……。

 

「どうした苦い顔をして。これが俺が聞いた中で一番効力の強い札だ。あまりにも強い力を持っている妖怪やら悪霊やらなら別だが、かなり強い力のあるやつなら普通に封印できるだろう」

「封印か?」

「そうだ」

 

 それを聞いて、静かに胸をなでおろす。

 

「……ふーん」

「でもこれは効力が効力なだけに生産がとても困難だ。そう易易と渡せるものではないってことは分かっているよな?」

「だろうなと思っていたけど」

 

 模様からしてね。

 

「だけどこれで封印した札をレンに渡せば、いつかレンが後処理を行ってくれるかもしれない。必ず目的のものを封印できるという自信があるのなら渡してもいい」

「自信がないと言えば嘘になるけど……本当にいいのか? こんな代物……」

「かまわん。同じ札なんて他にもいくらでもあるんだ。いくらレアものだとはいえ、勝手に使われたからってレンの身に稲妻が落ちるわけでもないでしょ」

「ごめん信用できないわ」

「えぇ…」

 

 正確に言うと、あんな些細なことでキレて性格が元に戻ってしまったあの時のレンを鑑みるに、今回もそんなことでキレてしまうのかもしれないという不安が頭をよぎって仕方がない。

 

「…まあとりあえず貰ってはおくけども。効果が薄かったりしたら許さないからな? 地の果てまで追いかけるからな?」

「なぜそこまでして恨む」

「…まあ、のっぴきならない状況なのでね」

「どこまでのっぴきならないのかは知らないけど、まあその札は結構効力強いらしいし大丈夫っしょ。んで、他に何か用はあるか?」

「え? うーん…」

 

 そういえばアレを誰に頼むのかは考えてはいなかった。別にユウキにやらせてもいいが、こんな複雑な模様の札でやれっていうのも申し訳ないしなぁ…。我がやるつもりでいたけど、この際借りを作るって形でもう一度頼むっていう案も悪くはないのか…? 我も手伝うって形にしとけば一応プラマイゼロか…?

 

「…ユウキ、これを効力無しでいいからもう一枚作って欲しいが、いいか?」

「え?」

「手伝うから」



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