【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】 (海と鐘と)
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登場人物紹介
作者の覚書です。
見ても見なくても本編に影響はありません。
変なタイミングで差し込まれますが、単純に文字数が足りなかったために投稿できなかったためです。
投稿されたら、やっと1000文字超えたんだなぁと思ってやってください。
登場人物が増えるたびに更新されることになっている、はずです。きっと。
個人的に話の途中に登場人物紹介を差し込むのは好きではないので、全てここに書きこまれます。
とうじょうじんぶつ
No.001
クヌギ・ソウタロウ
ぶんるい:ひねくれしょうねん
たかさ :1.4m
おもさ :35.1㎏
よのなかの しんりを さっして しゃにかまえる。
かれの めが にごると あくにんづらに なるぞ。
でも みうち あつかいの ものには けんしんてきな しょうねんだ。
No.002
ツクシ
ぶんるい:てんさいロリショタ
たかさ :1.4m
おもさ :ひ・み・つ☆
おとこ でも おんな でも どちらでも あいせる
せいべつ ふしょうけい ひろいん。
てんさいゆえに はなもちならない たいどを とることもあるが
きほんてきには じゅんしんで おもいやりのある ロリショタ。
No.003
きょうしⅩ
ぶんるい:くそきょうし
たかさ :1.8m
おもさ :79.6㎏
ヒワダタウントレーナーズスクール はいぞくの いちきょうし。
コガネシティ しゅっしんのため たまに コガネべんが まざる。
きほんてきには せいとにあいされる よい せんせいである。
No.004
はは
ぶんるい:最強生物
たかさ :1.6m
おもさ :知りたいというのか、その禁断の果実を……
その精神は特殊な加工法で作られたポケモン由来の超合金で出来ており、
この世の最強生物のバトルコロシアム『IDOBATAKAIGI』でも無類の強度を誇る。
その口から吐き出す音波は家庭内の問題をことごとく吹き飛ばす威力を持ち、
今世紀最大の大絶滅を起こす危険性が有るとか無いとか……
\アラー、ツクシクンヨクキタワネー/ \グワッー/
No.005
シルバー
ぶんるい:ツンデレライバル
たかさ :1.4m
おもさ :35.5㎏
じしんかじょうで はなもちならない しょうねんだったが クヌギにまけて かくせい。
ポケモンとの しんらいをきずき しにものぐるいの たんれんを できるような
しゅじんこうにとって きょうふ の そんざいとなった。
No.006
おじさん
ぶんるい:しぶいおとこ
たかさ :1.8m
おもさ :80.5㎏
コガネシティで カフェを いとなむ おじさん。
まるメガネ に チョビヒゲ あふれるダンディズムに クヌギは ひそかに あこがれている。
こどもむけ に つくった カフェオレは ツクシも だいぜっさんの いっぴんだ。
No.007
コトネ
ぶんるい:じゅんしんてんし
たかさ :1.4m
おもさ :34.6㎏
ワカバタウン しゅっしんの しんまい トレーナー。
ふっかつした ロケットだんの ひどうを みすごさない
こころやさしい おんなのこ。
No.008
アドバイザー
ぶんるい:おっす!みらいの~
たかさ :1.7m
おもさ :60.2㎏
ポケモンジムの いりぐちで ちょうせんしゃを まちつづける おとこたち。
その ヒワダタウン たんとう。
さいきんの なやみの たねは ひとりの しょうねん。
No.009
おねえさん
ぶんるい:ジムトレーナー
たかさ :1.6m
おもさ :きくの?ほんとうに?
ヒワダタウン ポケモンジムの いち ジムトレーナー。
さいしょは ツクシを おかざりとして かわいがっていたが
いまは たよれる ジムリーダーとして かわいがっている。
No.010
ガンテツ
ぶんるい:ボングリがんこおやじ
たかさ :1.6m
おもさ :65.4㎏
ヒワダタウンにすむ モンスターボール しょくにん。
でんとうてきな ボングリを そざいとした モンスターボールを
いまも つくりつづけている。
No.011
カリン
ぶんるい:してんのう
たかさ :1.6m
おもさ :女性の扱いは心得てるでしょうね?
ポケモントレーナー の ちょうてん に たつ してんのう。
その ひとり。 あくタイプ の エキスパート として くんりんするが
ふだん は きさく な おねえさん。
No.012
ミカン
ぶんるい:てっぺきガードのおんなのこ
たかさ :1.5m
おもさ :え、えっと、秘密、ですっ!
ジョウトちほう に 8にん いる ジムリーダー。
その アサギジム たんとう。 はかなげな びしょうじょ だが
たべること が だいすき。 アサギしょくどう で よく みかける らしい。
No.013
マツバ
ぶんるい:せんりがんをもつしゅげんじゃ
たかさ :1.7m
おもさ :65.7㎏
ジョウトちほう に 8にん いる ジムリーダー。
その エンジュジム たんとう。 ものごしやわらかな こうせいねん だが
ひとくせも ふたくせも ありそうな おとこ。 ホウオウ や エンテイ ライコウ など の でんせつポケモン が すき。
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第一章 クヌギと愉快なヒワダタウン
第一話
10歳になった。
本来なら10歳になった時点でポケモン一匹とともにジムに挑戦する旅に出る資格が与えられる。
それはポケモントレーナーを目指す子供たちにとっての登竜門であり、ポケモンとの絆を深める一種の儀式である。
もちろん、10歳の子供の全員が旅立たなければならないわけではない。あくまで希望者のみが対象であり、しかも希望する者は事前にそれなりの厳しい資格試験を受ける義務がある。10歳になったばかりの子供がポケモンという大きな力とともに社会生活を送ることが出来るかどうか、その試験で見極められることになる。
ポケモン。それは人間の隣人にして、仲間にして、家族でもある。
しかし同時に、道具にして、玩具にして、兵器にもなりうる。
身近なものでありながら、時に人間を大きく超える力を見せるポケモン。
彼らを正しく制御できる才能ある人間だけがポケモンとともに旅に出る資格を与えられるのだ。
そのスタートとなるのが、10歳。
10歳で資格を得られるものは少ない。
知識だったり、経験だったり、技量だったり、そういったものが足りない、足りなくて当たり前の子供が資格試験に受からないのは当然のことである。
しかしそれでも例外的に、10歳になる前に試験に受かり、そして10歳になると同時に旅に出る子供も一定数存在する。天才だとか、神童だとか、そんな風に呼ばれる子供たちである。彼らの中でも特に才能が有り、あるいは特にポケモンへの愛が強くて桁外れの努力が出来る、そんな化物達が、ジムリーダーになったりリーグトレーナーになったりする。
二ヶ月前、10歳になった。
資格試験には、9歳の時に受かっていた。
でも地元の地方で旅に出ることはできなかった。
トレーナーズスクールの夏休みだったので、ホウエン地方へ家族旅行に行っていたのである。
二ヶ月で概ね全ての街を回った。
二ヶ月で概ね全てのバッジを集めた。
しかし地元のバッジではないので、地元のリーグに挑戦する資格にはならないのだった。
達成感と虚無感の両方で濁った心持ちで、旅行から帰ってきた。
地元のジョウト地方ヒワダタウンというド田舎に帰ってきた、その次の日。
幼馴染がジムリーダーになっていた。
◇
「えっへへー!見て見てこの紙!ぼく、ここのジムリーダーになったんだよ!すごいでしょ?」
ペラい紙切れ一枚を握りしめて、ロリだかショタだか判別がつかない生き物が、玄関の前で満面の笑みで立っていた。
短パンからすらりと伸びる白く細い足が目に眩しい。日中虫取り網を握りしめて歩き回っているこいつがなぜこんなに白い肌をしているのか不思議でならなかった。
アラ、ツクシクンヨクキタワネー、なんて言って母親がロリショタを家に上げているのを呆然として見送った。
え?いまなんて?事務Readerになったって?
事務書類を自動で読み取る機械かなんかカナー?
アホみたいなことを半ば本気で考える自分がいた。
やつは10歳である。自分と同じ10歳の分際でなぜにほわい?
やつに限って賄賂や買収はないだろう。まさかポケモンリーグ協会にロリショタ好きが…?
普段ならば無駄によく回る脳みそが半分くらい機能を停止していた。それくらいの衝撃だった。
油の切れた機械のようなぎこちない動きで家の中に戻ると、ロリショタはリビングのテーブルについて椅子に座ってカルプスを飲んでいた。白く濁った甘い清涼飲料水である。母に出されたのだろうか。
母に自分にも作ってくれるように頼むと、ロリショタの正面に座った。睨みつけた。
奴は嬉しそうに笑って、紙切れを顔の前に掲げた。
任命書
トレーナー名 ツクシ殿
この度のポケモントレーナー資格試験において、貴殿は特に優秀な虫ポケモンに関する論文を提出し、上級トレーナーとしての深い見解と知識を示し、また実技試験においては虫ポケモンを使役し特に優秀な成績を残したため、今季のヒワダタウンジムリーダーに任命いたします。
ポケモンリーグ協会会長 ワタル
「……よくできた贋作だけど、任命書を偽造することはポケモンリーグ法違反で豚箱行きだぞ」
「本物だよ!君じゃないんだから、偽造なんてしません!」
本物らしかった。当然だが。
こんなくだらん嘘を吐くやつではない。しかし、本当にこのロリショタがジムリーダー…?
どれだけ天才的で賢いロリショタでも子供である。
ジムリーダーが行う書類仕事やらトレーナーへの指導やらメディアへの露出やら、10歳の子供がやることではないように思う。出来ないとは思わない。というより天才かつ努力家のこいつなら間違いなく出来る。出来るようになる。
そこらへんどうなのか、本人に聞いてみた。
「やるよ、もちろん!やるなら徹底的に、だよ!」
徹底的にジムリーダーを全うするつもりらしい。完璧主義者気質のあるロリショタのことである。何でもかんでも自分で背負いこもうとして失敗する未来しか見えなかった。とくに人間関係では。
「……まぁ、良かったじゃん。おめでとう。頑張れるだけ頑張れ。
そんで大変になったら誰かに丸投げしろや」
そう言うと、奴は嬉しそうに笑った。
◇
「きみがツクシくんか。最年少でジムリーダーになったとかいう。まぁきみはバトルだけしてくれればいいから」
「ツクシちゃん、ジムの内装決まったよー!ここが入口で、ジムトレーナーはここで、ツクシちゃんはここね!」
「こっちのことに口を出すな!研究が進んでいない分野で運よく結果を出しただけでジムリーダーになったガキなど、俺は認めん」
「ツクシがリーダーになれるんだから、俺だってジムトレーナーになれるだろ?友達のよしみで入れてくれよ」
いわんこっちゃ無かった。ポケモンリーグの年功序列関係なく実力者を採用するスタイルは嫌いじゃないが、ぽっとでの10歳の子供がジムリーダーになって問題が出ないわけがない。
常識的に考えて、大人たちはツクシには仕事が出来ないと考える。それはポケモンジムを支える者として当然の考えである。
例えばジムトレーナー。彼らはツクシがバトルしやすい環境を整える事が最優先だと考える。
例えば事務局員。彼らはツクシが事務仕事など出来ないと思って、自分たちの仕事を増やす。
例えば近所のクソガキ。ツクシのことをよく知らない一部の彼らは羨ましがって吠え立てる。
ロリショタの天才さを知らないジムトレーナーは明らかにお飾りの扱いをする。
ロリショタの努力を知らない事務員は分かりやすく邪険に扱う。
ロリショタのバトルの腕を知らないガキどもはしつこく絡みに行く。
……………………。
◇
「今日はいい天気だねぇ」
「洞窟でいい天気もくそもあるかい」
つりざおを持って水場に糸を垂らしながら、ふたりで並んで座っていた。周りには釣り上げられたヤドンが数匹、ぽかんとしながら転がっていた。
ヤドンの井戸の奥の奥、ひんやりとした空気が涼しい洞窟で、朝早くから釣りをしていた。
ロリショタには珍しく、草木が鬱蒼と生い茂る虫ポケモンの宝庫のウバメの森で虫取りではなく、ヤドンに囲まれてのんびりしたいとのことだった。自分は付き添いである。
「冷んやりしてて気持ちがいいねぇ」
目を細めてほやほや笑う、その姿は周りに寝転がるヤドンとそっくりだった。
可愛らしいが、ツクシらしさはない。
ツクシから目を離して洞窟の中を見渡した。
ヤドンの井戸の奥の奥とはいっても、真っ暗というわけではない。
岩盤が崩落した名残なのだろうか、一部の天井が崩れて微かに外の明かりが入り込んでいた。
光の筋がくっきりと空中に浮かびあがり、水の中まで照らしていた。
たまに、水の中のポケモンが泳いでいるのが光に当たってぼんやりと見えた。
「……アズマオウが泳いでる」
「えっ?どこどこっ?」
「ほらあそこ、ってばか押すなっ!落ちる落ちる!」
「珍しいね、トサキント達の群れの主かな。ヤドランと喧嘩とかするのかな」
「……争うにしても、アズマオウの独り相撲になりそうだが。ヤドランも大概鈍臭いし」
そんなことを話しながらヤドンを釣り上げていく。
ポカンとした顔をしながら餌に食いついて一本釣りされるヤドンがシュールで、ツクシと一緒に大笑いした。
そのうち、釣りに使っていた岩場が釣り上げたヤドンでいっぱいになる。
ヤドンで地面が見えないくらいになったら準備完了。
ヤドンの群れに向かって、ふたりそろってダイブした。
「ふぁー!冷やっこくてやわらかくてぷにぷにで、最高の気分だよー!」
「ヤドン布団、いいよなぁ。このド田舎のヒワダタウンにいて良かったと思うことの一つだ」
ダイブした瞬間、落下地点のヤドン達がもぞもぞ動く。ヤドンにとったら大迷惑、なんだろうか。表情がほとんど変わらないから感情が分かりにくい。しかし、釣り上げるにも針のないつりざおだし、終わったらポケモンフーズも用意してある。ヒワダタウンの子供の遊びのひとつがこのヤドン布団なので、我慢してほしいところだった。
目を閉じて、ぷにぷにひやひやを堪能する。はしゃぐのをやめてじっとしていると、ヤドン達も落ち着いてきてもぞもぞ動くのを止める、というのはこれまでの経験から学んだことである。
ヤドン達が動かなくなって、自分たちも声を出さない。洞窟には、水が流れる音だけが響くようになった。
時折響く、水の中のポケモンが動くぱちゃりという音が、静かな空間のアクセントになっていた。
「……ぼく、頑張るよ」
ぽつりと、ツクシが言った。目を閉じているので、どんな顔をしているか分からなかった。
「頑張れるだけ頑張って、頑張れなくなりそうでも頑張るんだ。ジムリーダーは、ぼくの夢だったんだから」
幼馴染の夢を初めて知った。夢を叶えた後で打ち明けるあたり、天才のこいつらしいとも思った。
だから言った。
「頑張れなくなったら丸投げしろや。なんとかなりそうなら、なんとかするからさ」
言ってから体を起こして、一個のモンスターボールをツクシに向かって投げた。
自分と同じように目を閉じていたツクシのおでこにこつんと当たって跳ね上がって、胸の上にぽすんと着地した。
「あたっ!?ちょ、人にモンスターボールを投げない!」
「そのポケモン、やる。まだモンスターボールから出したこともないから、親登録はされてないはずだ」
「……うん?親登録って、ポケモンを捕まえたその時にされるんだよ?」
「そいつは特別なの。捕まえるまでもなく最初っからボールに入ってるんだ」
首を傾げるツクシから顔を背けて寝転がった。
ヤドンのぷに冷が、頬に心地よい。
「……むしポケモン?」
「当たり前だろ」
このロリショタにあげるポケモンが虫ポケモンでないわけがない。本来ならモンスターボールを渡しただけではポケモンの所有者登録は変更されないが、そもそも中のポケモンと顔も合わせていない今なら問題なかろうと思う。モンスターボールの中のポケモンが目を覚まして最初に見るのは、ツクシの顔にしてやりたかった。
「ありがとう!」
顔は見てないが、笑ってるんだろうな、と思った。
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第二話
「クヌギ君、君、今日から学校来なくていいから」
「……は?」
夏休み明け一発目の授業前に、教師からそんなことを言われた。
ヒワダタウンという山と森に囲まれたド田舎でも、子供はそれなりの数いる。
さすがに大都会のコガネやらトレーナーズスクール始まりの場所のキキョウやらに比べると規模は落ちるが、それでもそれなりに熱心でそれなりに親切な教師が純朴な生徒に囲まれて楽しく授業をしている。
ここはヒワダタウン。ポケモンと人が、ともに仲良く暮らす街。ポケモンと仲良しの街である。
じゃあ、人と人同士は別に仲良くないとでも言うのだろうか。
教師の顔を見ながら考えていた。
「うおう、すごい勢いで目が濁ってるぞクヌギ君。10歳がしていい目つきじゃないなぁ、ちょっとはツクシ君を見習わないと。目がキラキラしているのが子供のいいところなんだからな?」
「なんだからな?じゃ、ないっすよ先生。どこの誰がこんな目つきさせてると思ってるんですか」
「いやぁ、クヌギ君が賢くて察しが良すぎるのは先生のせいじゃないしなぁ。世の中の真実を察して斜に構えてそんな目つき顔つきになったのはクヌギ君自身の素質のせいじゃないのかなぁ」
「いや、世の中の真実とか大人の汚さとか、いまそんな話してないっす。たった今ここでトレーナーを志す純朴な少年を前に、中年の胡散臭い笑顔を浮かべた教師モドキが言った言葉について話したいんですけど」
「うぅん?純朴?ツクシ君なら純朴さと天才性を兼ね備えた完璧な生徒だったんだがね。今のこの構図は、捻くれた天才少年がしがない一学校教師にすごい目つきで絡んでいるようにしか見えないと思うんだが」
「それは見方によります。多分に先生の主観が入り混じったというか先生の主観以外の何物でもない一面的な物の見方は生徒の成長を阻害することになりかねませんから、それを押し付けるのはやめた方がいいっすよ」
「辛辣ゥ!」
本当に10歳児かなぁこの子は、と演技がかった仕草で教師は額を押さえた。
口角が上がっているのを隠す気もないようである。
「まったく、質の悪ぃ冗談で生徒を脅かすとか、くそ教師の鏡っすね。『お前の席ねぇから!』を教師からやられたらどうしろってんですかもう」
「あ、それは冗談じゃなくもう君の席ねぇから」
「くそ教師ぃ!」
夏休みが終わってトレーナーズスクールに戻ってきたら学校に籍がなかった。
そんな話は聞いていない。(親が)訴訟も辞さない。
「いや、君夏休み中にホウエン地方でジムバッジ制覇したらしいやん?ポケモンリーグの協会からヒワダタウン経由で学校に連絡が来てさぁ。別の地方とはいえ、リーグ挑戦資格を持っている人間だから協会としても気になったんじゃないのかな、ジムトレーナーはどうですかってお話が来てたのよな」
お家にも郵便で連絡したはずなんだけど、と頭を掻く教師。
二ヶ月の休みで溜まった郵便の中に埋もれているらしかった。
「それにしてもクヌギ君、夏休み期間だけでバッジ制覇とか、未だかつてそんな突飛な自由研究やった生徒はいないからね?っていうかトレーナーズスクールの基本理念というか決まり事というか、一つ目のジムバッジを入手できる程度のポケモンバトルに関する知識、経験を積ませることと、ポケモンに関する知識を養い正しく制御できる人材を教育するってのがあってだね」
「いやいや、一個目のジムバッジなんてそれこそ簡単に取得できますって。所持してるバッジの数でポケモンの強さ変えてくれるんですから。俺は最初に温泉郷のフエンタウンに行って、ほのおタイプのポケモン相手にフォレトスで全縦しました」
「さすがクヌギ君、鬼畜すぎ……」
フォレトスはごつごつの球体の側面一列から砲台が並んだような姿をした、むし、はがねタイプのポケモンである。タイプの相性でいうと、ほのおタイプには滅法弱い。相性で絶対的に勝っているポケモン相手に完全に力押しで負けたフエンタウンのジムリーダーは、半泣きだった。
「美少女の半泣きはグッとくるものがありました」
「どSに目覚めちゃってるやんか!?誰だこの子を教育したのは!?」
「概ねあんたですよ」
「とにかく!」
ずれつつある話題を無理やり修正する教師。
「ジムバッジを8個全て制覇した君は、実力もポケモンを制御する能力も申し分ない上にともすれば先生より深いポケモンの知識がある。よってこの度飛び級的にトレーナーズスクールの卒業資格が与えられました。おめでとう!」
「卒業かぁ、お世話になりました。そんじゃ」
「ちょいちょいちょい。速攻で帰ろうとしないでくれ。暴走特急か君は。ブレーキのツクシ君がいないと止まらんのか」
「いつまでも突き進む自分でありたい」
「いいポリシーだが行動が斜め上!先生ちょっと君を卒業させんの不安になってきちゃったよ」
今度は演技でなく頭を抱えた。いつもニヤニヤ笑いの先生が困ったような半笑いになっていた。
「さすがに冗談です。場をあっためるための10歳児ジョークっす」
「あっためるまでもなく大分ホットだった気もするんだけど、まあいいや。もうすぐ授業も始まるし端的に言っちゃうと、ツクシ君も飛び級的に卒業してるんだよね」
「……ほう」
「ジムリーダーになっちゃったからねぇ。10歳でジムリーダーとか、あまりにも天才児ぶりが突出してるっていうか、協会は何考えてんだくそがっていうか、そんな感じなんだけれど」
「……口悪くなってるっすよ、先生」
おっと失敬失敬、といって表情をニヤニヤ笑いに戻す教師。
「そんでさぁ、我が校の誇る二大天才児の片割れならわかってると思うけど、ツクシ君いま大変じゃん?折よく君にはジムトレーナーの話が来てんじゃん?これはもう運命じゃん?アゼルバイジャン?」
「うざキャラになってますよ、先生」
「それはそれでそれなりに需要があるからいいの。返答は一ヶ月以内に協会直接でもスクール経由でもいいから、いい返事を期待してるってさ」
「……どうなんですかね、実際」
それは少しだけ、考えていたことでもあった。
今のヒワダタウンを客観的に見て戦力判断をした場合、ポケモンバトルでなら本気のジムトレーナー全部束ねても勝つことができるだろう。ジョウトリーグには参加できないにしても、一地方のバッジは全て取得済みでジムトレーナーになる資格は十分にあった。
問題は。
ツクシを楽にしてやるには、内からか、外からか、どっちがいいのかなって。
「……うむ、先生は最後の最後で君の子供っぽい葛藤を見れて実に嬉しい」
「悪趣味っすね。くそ教師の鏡っす」
「悩め少年!そんで、分からなくなったら先生に丸投げしろ!なんとかなりそうならなんとかする!」
笑いながら教材抱えて去っていく先生は、ちょっとだけ大きく見えた。
◇
「ジムリーダーより強いジムトレーナーって、どう思う?」
「まさか、下っ端なのは仮の姿……?こいつこそ、このジムを牛耳る黒幕だったのか……!って思う」
「シャドー乙」
大人気アニメ『ぽけころ』の敵組織の設定が、そんな感じだったと思う。
「お前も『ぽけころ』見てたのか。ニチアサ7時とか、ツクシなら蜂蜜塗った森の木にへラクロスとか探しに行ってるもんだとばかり思ってたが」
「それもやってる。前一緒に行ったじゃない。でも『ぽけころ』も見てた。主人公がかっこいいんだよねぇ」
「アニメ冒頭の建物爆破して爆炎の中をバイクで出てきたのは笑った」
ヒワダタウン近郊の虫ポケモンの宝庫、ウバメの森で、そんなことを話していた。
手頃な高さの木にイトマルという蜘蛛に似たポケモンに二本の糸を張ってもらい、そこに土台を作ってシートを張れば即席ハンモックの出来上がりだ。
木が生い茂って林床が暗いウバメの森も、ある程度の高さまで木を登れば木漏れ日の心地よい空間が広がっている。木の上だから人にもポケモンにも見つかりにくい、いい塩梅の隠れ家となる。
ヒワダタウンの子供の遊び、上級編。空中ハンモックである。
親からは危ないからやめなさいと言われ、しかしみんな気持ちよさそうに寝てるから挑戦し、そして毎年何人か木から落ちて骨折するというスリリングな遊びだ。
今、ツクシはジムリーダーとしては暇な時期に入っていた。
ジムリーダーの変更に伴い、ジム内部の施設を一斉改装しているのである。
そのポケモンジムにおける特色を最大限に生かすために必要な措置であった。ホウエン地方のジムでも、歩道エスカレーターだったり、つるつる滑る氷の床だったり、砂風呂と蟻地獄の組み合わせだったり、各ジムで思い思いの改造をしていたことを思い出す。
「砂風呂ジムはありえん。移動だけでパンツの中が砂まみれになった。万が一ヒワダタウンのジムがアレになったら俺は街を出ていくんでよろしく」
「いやそれは……。むしポケだって元気なくなっちゃうから万に一つもないよ……。
なんだよ砂風呂って……」
「唯一の救いはジムリーダーの子だったな。美少女のアレが汗で濡れ透けでアレがアレだった」
「ホウエンでいったいナニをやってきたのかな?」
すっごい笑顔でこっちを見てくるツクシが怖くて、話題を変える。
「つーかウバメの森ってあれじゃね?伝説的な時渡の伝説がアレで微妙に有名なアレじゃね?」
「話題転換が雑すぎるよ……。微妙に有名なあれってなんだよ」
「スクールで郷土研究の時にやったあれだよ。祠の伝説的なあれ」
「祠の伝説?時渡の神様の?やったねぇ。あの時はいったいどんなむしポケモンなのか、わくわくしながら想像でスケッチ書いた覚えがあるよ」
「いや絶対むしポケモンじゃないし。そんな超常的な力があるのはエスパータイプだって相場は決まってるし」
「またこのおバカは……。伝説の三鳥はどれもエスパータイプじゃないですけど?」
「どっかの頭でっかちは忘れてるようだが、三鳥は全部存在が確認されてるからな?研究は進んでなくて生態も生存個体数もなにも分かっちゃいないってだけで、時渡の神みたいな全部謎ってわけじゃないし。そもそも奴らは身にまとうパワーが強すぎて異常気象起こすだけで、時間超えたりしないし」
「パワーが強くて異常気象起こすだけ?どこの誰がそんな論文出してんの。ソース出してよソース」
「おいやめろ、シートをバンバンバンバン叩くな。揺れる揺れる。ここ木の上だからぁ!」
ぎっちぎっちと揺れまくるハンモックの振動が糸から伝わったのだろうか。巣を張って眠っていたイトマルが抗議するように、きぃ、と鳴いた。
ごめんよイトマル、とツクシが彼女の頭を撫でた。
「仮説だけ出して実証する気もない無責任野郎が、むしポケモンをディスるから……」
「今、無責任野郎って言ったか?うん?」
「うるさいやい!伝説のポケモンにむしポケモンがいたっていいじゃないか!分からないからこそ想像するロマンだよ!レオンベルガ―のエネコロロだよ!」
「箱にエネコロロぶっこんでそこに毒ガス注入する思考実験な。レオンベルガーさんエネコロロ嫌いだったんかな」
「オーレ地方の学者は変人が多いらしいよ。愛故の凶行とかだったらちょっと燃えるよね」
「えっ?」
「えっ?」
咳払いして話を続ける。俺は何も聞かなかった。聞かなかったことにする。
「まあ、森の中に住んでるくらいだしな。どうも完全に新種っぽいし、むし、エスパー、なんて複合タイプのポケモンだったとしてもおかしくないよな」
「むう、むしエスパーかぁ。弱いのは、ほのお、ひこう、あく、ゴースト、岩、くらいかなぁ」
「エスパータイプだからむしにも弱いぞ。むしポケモンなのに」
「……タイプ的にはあんまり強そうじゃないなぁ。人よりちっこいポケモンだったりしてね」
「人よりちっこい伝説のポケモンか。そんなんで時渡なんてできんのかね」
ふう、とため息をついてふたりで寝転がった。
ハンモックが気持ちよくて、だんだんと眠くなってきたのだった。
「……あえたらいいねぇ、時渡の神様」
「……そのうちあえるんじゃないか?お前、ここのジムリーダーでやってくんだろ?」
「……そうだねぇ。そうだといいなぁ」
隣から、すうすう、という寝息が聞こえてきた。
寝つきが良くて羨ましい奴だな、と思った。
眠気でぼうっとしている。
目を閉じて、眠りに入る瞬間。
薄緑のちっこい妖精が、木々の間を飛んでいるのが見えた気がした。
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第三話
そういえば年少ジムリーダーの先達がいたじゃないかと、ふと思い出した。
ホウエン地方トクサネシティ、エスパータイプのスペシャリストのフウラン兄妹である。
もしかしたらフウラン姉弟かもしれない。
パッと見ではどちらが先に生まれたのか分からなかったし、おそらく本人たちもどちらが兄なのか姉なのかなんていうどうでもよいことには頓着していなかっただろう。
彼らは双子だった。
双子のエスパーである。
ポケモンのエスパータイプのことはよく知っている。
バトルで何度か対戦し、彼らの戦い方や利点弱点は把握していた。
カント―地方ではエスパー少女なるポケモントレーナーがこれまた異例の方法でジムリーダーになったというニュースを何年か前にやっていた。ジムリーダーをかけて全力でポケモンバトルして、相手の空手王を倒したからジムリーダーになったという。
ニュースで人間のエスパーがいるらしい、ということは知っていたが、実際に会ったことはなかった。
ジョウト地方で『自分はエスパーです』と公言している人は知り合いの中にはいなかったし、またそういう話をどこかで聞いたわけでもなかった。
フウとランの双子は、だからそういう意味では自分が初めて遭遇した人間のエスパーだということになる。
『やあやあ、君が『例のうわさのポケモントレーナーね。『フエンタウンから始まって『たった一月でバッジを6個取ったっていう』
『『君が来るのを楽しみにしてたんだ』』
『ステレオでしゃべんな。どっちに顔向けて話せばいいか分からんだろが』
分かりやすい形で超能力を見せてくれたことは一度もなかった。
物を触らずに動かすとか、一瞬で場所を移動するとか、手から火を出すだとか。
そういう目に分かる形の力は一切見たことがない。
以心伝心の喋り方だとかポケモンバトルの息の合い方だとかそういったものも、双子で共有する時間が長かったから同じような思考回路をしているんだと理屈づけてしまうこともできるだろう。
それでも、フウとランは本物だと思う。
ポケモンバトルをすれば分かる。
彼らは同い年くらいの外見をしていたと思う。
ジムリーダーになった時、ツクシのような苦労もしただろう。
しかし、自分がバッジを取りに行ったとき、トクサネジムのジムトレーナーは皆フウラン兄妹を尊重しているように見えた。
そこに、なにか解決策が無いだろうか。
ポケギアで電話してみた。
「もしもしもしもし、こちらフウラン兄妹。僕達のプライベートの電話にかけてきたのは両親を除けば君が初めてだ、クヌギ君。こいつはもう君を「私達のお友達認定するしかないと思うの。ゆっくりお話しできたのはクヌギ君がバッジを取りに来た後だけだったでしょう?フウも私もいついつ電話がくるか楽しみに待ってたの。なんていってほんとは「君が今日電話をかけてくるだろうなぁと予知はしていたんだけどね。おっと、ごめんよ。爆発音がうるさかったかな。実は今ジムに挑戦者が来ていてね。ほんとはゆっくり電話していると「お目付け役のジムトレーナーに怒られちゃうんだけど、お仕置きに玩具を取り上げられるのとクヌギ君と話せることを天秤に架けたらどっちが傾くかなんてわかりきってることじゃない?いやいや、別に「迷惑じゃないから電話を切ろうとしないでおくれよ。友達と電話できるなんて素敵体験はゆっくり味わいたいじゃないか。そうそう、君の「友達のツクシちゃんについて相談があって電話したのよね。友達の友達について相談してもらえるなんて素敵だわ。でもごめんなさい、私達、その件については「大した助言を送ることはできないと思うよ。そもそも僕達がジムリーダーになったのはお飾り前提で、僕達自身が仕事をしようとはちっとも思っていなかったんだから。口を出したのは「ジムの内装くらいかしら。それも、内装を決める人の頭の中でこんな風が良いなぁ、あんな風が良いなぁ、って思っていただけだったから、玩具のパズルの模様をぐちゃぐちゃに変えるくらいの労力しか使ってないの。後の仕事はバトルして「バッジを直接渡すだけ。他はみーんなジムの人たちに任せっきりだ。君の友達のツクシ君にアドバイスするとしたら、そうだねぇ。
『『やりたいことだけやったらいいんじゃない?』』
ってことくらいかしら。それじゃあ、話せて楽しかったわ。また電話してね?ばいばーい」
一言も話さないうちに、電話を切られた。
◇
「……なんなんあいつら。要件を言う前に答え返してくるとか、マジエスパーなんですけど」
つながりの洞窟最深部で、地底湖の水を採取しながらの独り言である。
ツクシの名前は出していない。いったいどこから知ったというのか。頭の中を覗かれたとかだったら文句を言うしかない。プライバシーは大事にするべきものなのです。
あと、フウラン兄妹特有のステレオ喋り。まさか電話でもステレオでしゃべってくるとは思わなかった。
なんだろう、会話中変わりばんこにポケギアを手渡したりしているのだろうか。もしそうならかなり忙しい電話になると思うんだが。あるいはポケギアを改造して二個一対の通信機にしていたりだとか。一方に電話がかかってくると自動的にもう一方につながる仕様になっているとか。
考えると疑問は尽きない。
つながりの洞窟内部は明るい。
地下2階相当の深さだというのにどこから光が入ってくるのか、不思議と真っ暗にはならず辺りを見渡せる。
洞窟の天井からは氷柱のような鍾乳石が何本も降りてきている。
大きい鍾乳石は地底湖の表面まで届き、まるで洞窟を支える柱のようにがっしりとそびえ立っていた。
洞窟の中、風がないためにまるで鏡面のようにさざ波一つ立たない地底湖は、何度見ても美しく見える。
つながりの洞窟。
32番道路と33番道路をつなぐ大きな洞窟である。
その名の通り、道路と道路をつなぐ大事な通路となっている洞窟だが、それだけではない。
この洞窟は海ともつながっているのだ。
地下二階の地底湖には、ヒトデマンやらサニーゴやらクラブやら、海でよく見られるポケモンたちが生息し、水には塩分が含まれている。地底湖のどこかに海につながる通路が出来ていて、海のどこかへつながっているのである。
地底湖には、定期的に歌が響く。
ラプラスの歌声である。
生存個体数が少なく、大海原を群れで回遊するラプラスは生態の研究があまり進んでいない。
野生のラプラスが単独で現れるこのつながりの洞窟は、ラプラスの研究をするうえで重要なスポットなのである。
この地底湖の水質を調査し、ここの水質に似た水を持つ海域を特定できれば、その海域につながりの洞窟への入り口がある可能性は極めて高い。
「趣味レベルの研究にしてはそこそこいい
そしてツクシに自慢するのである。
なお学会には発表しない。
馬鹿な学者が寄ってたかって集まってここの環境を破壊されてもつまらない。
あくまで子供同士のお遊びのための研究である。
地底湖の水の資料をいくつか集め、ちゃぽちゃぽ揺らす。
温度で成分組成が変わってしまわないうちに持って帰ろうと思う。
ご満悦で地上への道を歩いた。
途中、エリートトレーナーやらやまおとこやらが手を振ってくれた。
行きにポケモンバトルをした面々であった。
洞窟内部でポケモンと訓練をしていたり、趣味で洞窟に潜っていたりする奇特な連中だが、みんな気のいいトレーナーだった。
変人同士尊重し合えるのが連中のいいところである、と自分のことを棚に上げておく。
道の途中、石ころが動いていたり岩の塊が連なって通せん坊をしていたりする。ポケモンである。
イシツブテやイワークといったいわタイプのポケモンは、顔を見ないと天然自然のただの岩と間違えることがある。とくにイワークに間違えて登ってしまい、動き出して転けて下敷きになってしまったりすると命に関わるので、道中は彼らより強いポケモンを出しておく必要があった。フォレトスさん、出番ですよ。
前に実験的に野生のイワークにメタルコートを持たせたことがあったな、なんてことを考えながら歩いていると、洞窟の地上階にたどり着いた。
すこし休憩、と座り込んで壁に背中を預けたとき、正面の曲がり角から少年が現れた。目があった。
モンスターボールを構えた。
「……トレーナー同士、目があったらバトルの合図!って、俺嫌いなんだけれども」
「だまれ。うすのろで弱そうなポケモン出しやがって、俺はお前みたいな弱いポケモンと一緒にいる奴が嫌いなんだ」
「……あん?」
赤い髪の目つきの悪い少年だった。
ついでに口もべらぼうに悪い。
立ち上がって言った。
「お前フォレトスさんを知らんのか。確かにうすのろだが、遅いポケモン=弱いって考えは間違ってんぞ」
「知るか。俺は強いポケモンしか興味ない。俺が興味がなかったってことは、そのポケモンは弱いってことだ」
「……さいで」
フォレトスが前に出た。
ずぶとい性格のこいつにしては珍しく、ちょっと怒っているようだった。鋼の甲殻が、高温で熱したように赤くなっていた。
「洞窟のなかで何人かとバトルしたが、どいつもこいつも弱くて話にならない。弱っちいやつは目障りだ。負けてさっさと消えればいい」
「……言うほどお前が強いとは思えんね。どっかのロリショタほどやばい感じもしないし、初っ端ちょっとうまくいって調子乗っちゃったルーキーってとこか」
「……なんだと?」
「よーし。フォレトスさんもやる気満々だし、俺もやる気出てきたし。バトルしよっか」
「……ふん!最初からそう言えばいい。叩き潰してやる」
フォレトスを一度モンスターボールの中に戻した。
そして、フォレトスの入ったそのボールを構える。
「……いけ、フォレトス!ステルスロック!」
「でてこい、ゴース!のろい攻撃!」
◇
「一発目『のろい』とか、ねぇわ、って思いましたね」
「ぼくとしてはバトル開始早々の『ステルスロック』とか、本気すぎて若干引くんだけどね」
「初っ端のストライクで『とんぼがえり』やるジムリーダーに言われたくない。前の挑戦者なんか、エースが一発で戦闘不能で呆然としてたし」
「それで、結果はどうだったの?」
「もち、ぼこぼこにしてやりましたね。キメ台詞は、『ポケモンが弱いんじゃねェ、お前が弱いんだ』」
「うわぁ、『ぽけころ』の主人公のセリフじゃない。アニメのセリフを現実で言うって恥ずかしくないの?」
「かっこよければなんでもいい」
つながりの洞窟を抜けた先、32番道路は海に面した街道である。
海の上にかかった桟橋の上で海水の資料を取りながら、先日あったことをツクシに話していた。
ツクシは隣でつりざおを垂らしている。
桟橋の上では釣り人が何人かツクシと同じように釣りをしているのが見えた。
快晴である。
たまに背後の草むらががさごそと揺れたかと思うと、ふわふわもこもこの綿の塊のような電気羊、メリープが、気持ちよさそうに伸びをしていたり、こねずみポケモンのコラッタが群れで顔を出したりした。
連れていたポケモンたちをモンスターボールから出してやると、海を泳ぎ始めたり日向ぼっこをしたり野生のポケモンにちょっかい出しに行ったり、思い思いの行動を取っている。
ホウエン地方に行ってから向こうで仲間になった連中もいて、そういうやつらが気になるのだろうか、ツクシはいろいろ質問を投げかけてくる。
「このこ、タイプはなに?パッと見、むしタイプにみえるんだけど……。えっ、ドラゴン!?」
「この子とってもきれいだね。すらっと長くて、うろこが光ってるように見える。海棲性のポケモンではないのかな?きれいなギャラドスみたいだね!」
「四足歩行型!君、四足歩行の獣型のポケモン嫌いじゃなかったっけ?この子は別?まぁいいけど……。えっと、あのね。背中に乗せてもらってもいいかなぁ?」
乗っても良いというと、声を上げて喜び嬉々としてポケモンの背中に飛び乗った。
ポケモンの背中に乗って嬉しそうにはしゃいでいるツクシを見ていると、ちょいちょいと背中をつつかれた。
振り返ると、大きさ1.5m程のポケモンが覆いかぶさるようにしてこちらを見てた。
「うぉっ!びっくりした!食われるかと思った!近いし怖えよ!」
「ちょっと、怖がるのやめてあげてよ。君が連れてきたんでしょ。プカマルがかわいそうじゃないか」
「プカマル……」
ポケモンから降りて寄ってきたツクシが、抗議するように言った。
後ずさって離れてから全体像を見渡した。
化石ポケモンのカブトプスのような体形に、岩のような茶褐色の体色、鎌の代わりに鋭利な一本の爪が生えている。
背中にはカメックスのような砲台が一機だけ生えていた。
驚き怖がられたのがショックだったのか、背中をつついた体勢のままぷるぷる震えていた。
控えめに言っても、プカマル、という可愛らしい名前を付けられるようなポケモンには見えない。
「……プカマル?」
「なんで不思議そうに言うの!?ニックネームだよ!ぷかぷか泳いでるのが可愛いからプカマルだよ!」
「どう見たってそんな可愛らしいポケモンじゃないだろが!明らかに上位の捕食者でジェノサイダーって感じじゃん!」
「ジェノサイダーとかいうな!プカマルはひかえめなんだから、そんなこと言ったら傷ついちゃうでしょ!」
「ひかえめぇ!?この見た目で!?」
控えめな捕食者とか、ちょっと意味が分からなかった。
かつ、ツクシの感想もよく分からなかった。
かっこいい!とか、強そう!とかなら分かったし、また、そういう反応を期待してこいつをツクシに渡したわけだが、斜め上の反応を返されてしまった。
この『プカマル』は、ホウエンから帰ってきたときにツクシに渡したポケモンである。
ホウエンの砂漠で化石を見つけて、ポケモンとして復元してもらったのだ。
だから、顔を合わせる前にモンスターボールに入っていたし、親登録も曖昧だった。
「全くもう。ぼくにくれたのは大正解だよ。君のポケモンになってたらプカマルが傷つきまくりだよ!」
「いや、見た目と性格のギャップが……。そうかぁ、ひかえめだったかぁ……」
「ほーらプカマル。デリカシー皆無野郎のことはほっといて、あっちでみんなと遊んどいで」
ぎぎゅう、と鳴き声らしきものをあげてのしのしと草むらで遊んでいるポケモンたちに近づいていくプカマル。
その姿はまさに。
「……絶対強者の狩りのシーン」
「もう!怒るよ!?」
「うおっ、ぽこぽこ殴るなっ!悪かったから!」
「……プカマルいいこなんだからね」
イメージとは違ったが、気に入ってくれたようで何より。
新種でも虫ポケモンである。ツクシならうまく育ててくれるだろうと思った。
UAが早くも3000を突破しまして、驚きつつも喜んでおります。
読んでいただいてありがとうございます。
感想、誤字脱等ありましたら書きこんでいただけると嬉しいです。
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第四話
一度負けた相手と会うのは精神的になかなか辛いものがある。
バトルに敗れた経験というのは概ね負の記憶になる。
人間は楽しさや嬉しさといった正の記憶よりも、恥ずかしさや辛さなどの負の記憶の方が脳に残りやすい動物である。
一度負けると、脳の奥底に苦手意識が植えつけられる。嫌な体験をさせた者として、体が相手を記憶してしまうのである。
自分やツクシのように、お互い何度もバトルして、同じくらい勝ったり負けたりして、優越感と苦手意識が順繰りに記憶されてごちゃ混ぜになるような関係でもない限りは、負けた相手と会うのはそれ自体が嫌な体験になってしまうものだ。
そして、嫌な体験を覆すために勝利を求める。
ポケモントレーナーなんて生き物は大体がそんな生き物であり、敗北よりも勝利に価値を求める。
負けず嫌いのバトル厨であり、バトル中は対戦相手より優位になることしか考えない。
そうじゃない奴は、そもそもトレーナーにならない。
そういう意味では、ジムリーダーは異質なトレーナーである。
最高峰のポケモントレーナーであり、多くのトレーナーの羨望の的でありながら、彼らの仕事の実質は負けることである。
相手に合わせて手加減した強さのポケモンを操り、負けることで相手の強さを、価値を証明するための装置である。
勝った挑戦者はジムバッジで己とポケモンの強さを確認し、また奮い立って次の高みへと進んでいく。
つまりは、勝った、楽しい、達成感がある。そういった正の感情を挑戦者に植えつけてポケモントレーナー全体の力の底上げを目指すのが、ポケモンジムの実態である。
ジムリーダーに求められるのは、相手の力量を見極めること。適切な強さのポケモンを選ぶこと。相手に全力を出させたうえで負けること、の三つである。
そういった意味では、フエンタウンのあの人は一個も仕事が出来ていなかったわけだが。
その辺は、バッジの数である程度ポケモンの強さが限定される制度の限界なのだろう。
しかし、あいつは何が楽しくて負けるための仕事をしているんだろう。
ツクシを見ながら、そう思った。
『トランセル、戦闘不能!ゴースの勝利!』
審判員が旗を挙げた。
ジムのバトルフィールドでは、ツクシの出したトランセルが力なく倒れていた。
これでツクシの手持ちはストライク一体。しかし、ほぼ無傷の状態である。
「おお、やるね君!でも、むしポケモンは最後の一匹になってもしぶといよ!」
「…………」
挑戦者は無言で次を催促した。
なんかあいつ、印象変わったな、と思った。
先日ぼこぼこにした赤い髪の少年が、今日のツクシの挑戦者だった。
赤髪の手持ちは残り二体。
先発で出したズバットは、ストライクの先攻『とんぼがえり』で重傷を負い、出てきたコクーンに倒されていた。
コクーンは、赤髪のもう一体の手持ちによって倒され、そしてトランセルはゴースによって倒されていた。
手加減したツクシのトランセルは、ノーマルタイプの『たいあたり』しか使えない。相手はゴーストタイプのゴースであり、相性は最悪だった。
「いけ、ストライク!とんぼがえりだよ!」
「……っ!耐えろ、ゴースぅ!」
飛び出した瞬間にストライクがとんぼがえりを繰り出す。
俺とバトルをした時の赤髪のゴースでは、一発だって耐え切れない威力があるはずだった。
しかし、ゴースは耐えた。
「……おお、この短期間で随分強くなっとる」
思わず声が出た。何日か前に、ぼこぼこにしてやったばかりの赤髪くんである。彼の強さは大体わかっていると思っていたが、どうやら並々ならぬ努力をしたらしかった。ふらふらになりつつも、気丈にツクシのストライクを睨みつけるゴースがその証左だった。
「よしっ!ゴース、のろい攻撃だぁっ!」
ストライクの一発を耐えたゴースに指示が飛ぶ。
あまりいい指示だとは思わなかった。
ゴーストタイプの『のろい』は、自分の命を削って相手を弱らせる技である。『とんぼがえり』をまともに食らったゴースでは、確実に瀕死になる技だった。どんなポケモンでも、わざわざ自分から瀕死になる技を打つのは嫌がるに決まっていた。
しかし、ゴースはためらわず『のろい』をした。
そして、戦闘不能になった。
『ゴース、戦闘不能!ストライクの勝利!』
「……強くなっただけじゃないみたいだな」
強くなっただけではない。ポケモンとの信頼関係もまた、強まっているようだった。
少なくとも俺とバトルをした時の赤髪のポケモンなら、自分自身を捨てるような指示にはためらいを覚える程度の信頼しかなかったはずだった。
「最後だ!決めろ、マグマラシ!」
マグマラシが出てきた時点で、勝負は決まったなと思った。
「……マグマラシか、面白い!ストライク、今度はでんこうせっかだ!」
「マグマラシ!ひのこだ!」
ツクシのストライク。特性はテクニシャンである。先行は取れるが威力は低いはずの『でんこうせっか』が、痛烈な威力を持った一撃となってマグマラシに襲い掛かった。
鋭い一撃を食らったマグマラシは、しかし怯むことなく指示通りに『ひのこ』を放った。ほのおタイプの技である。むしタイプのストライクに大きなダメージが残る。
さらに、ゴースの残した『のろい』でストライクの体力が大きく削られる。
「我慢比べだね!ストライク、もう一度でんこうせっか!」
「マグマラシィ!耐えろよ!ひのこだ!」
先ほどの場面の焼き直しである。
同じ技の応酬。稚拙なバトル展開に見えたが、迫力は本物だった。
ゴースの『のろい』で、ストライクの体力が削られる。
そして。
「最後だよ!ストライク、でんこうせっかだ!」
「マグマラシ!『まもる』だぁ!」
ストライクの『でんこうせっか』を、マグマラシが完璧な形で受けた。ダメージは入っていない。
ゴースの『のろい』で、ストライクの体力が削り切られた。
マグマラシと競り合っていたツクシのストライクが、がくりと倒れる。立ち上がる様子はなかった。
『ストライク、戦闘不能!マグマラシの勝利!よって、この勝負、挑戦者の勝利とする!』
強くなったな、と、赤髪の少年を見て思った。
とりあえずツクシに声をかけようと、観客席を歩いてツクシに近いところまで移動した。
「へい、ツクシ。バトル見てたぜ」
「知ってた。入ってくるの見えてたもん」
「そっか。で、いまどんな気持ち?俺にぼこぼこにされたトレーナーに負けて、どんな気持ち?」
「とりあえずバッジ渡し終わったら君をぼこぼこにしたいなぁ、って気持ち」
「はっはっは、お前の悔しいという気持ちが伝わってきて実に心地よいぞ!」
「……ライチュウとデンリュウが放電中の間に割って入って感電すればいいのに」
「……え、ツクシさん?それって、遠回しに死ねって言ってます?」
「まさか!ぼくが君に向かって、死ねなんていうはずないじゃないか!」
「お、そうだよな。まさか10年来の幼馴染に向かってそんなこと……」
「死ぬような目にあえばいいのに」
「ストレート過ぎぃ!?」
ちょっとでも気持ちを解きほぐそうと努力した幼馴染に対して、なんという言い草だろうか。
ジムリーダーに就任して、調子乗っ取るんとちゃいますか?
俺もホウエンでそれなりに強くなって帰ってきたのである。ここら辺で一度本気でバトルしてもいいかもしれないと思った。
「っていうか、あの挑戦者の子、君が前に言ってた子なの?」
「そうそう。初っ端『のろい』打ってきた奴。なんか強くなってて驚いたよ」
「ふーん。じゃあ、やっぱり君に負けたのが良かったのかなぁ。彼はいいトレーナーになると思うよ」
「俺もそう思う」
赤い髪の少年について話す。
ツクシは彼に会うのが初めてだったのだろう、第一印象はそんなに悪くはなさそうだった。
俺としては、最初の声のかけられ方からして、あまり好きになれそうにないタイプだったが。
「……おい、なにくっちゃべってんだよ」
不満そうな声が聞こえた。
声が聞こえた方を向くと、赤い髪の少年だった。
バトルフィールドの向こう側から声をかけてきたようである。
俺がツクシに話しかけたことで、バッジの授与が遅れている。そのことで怒っているんだなと思った。
ツクシから離れて、授与式を待とうとした。
が。
ツクシから離れた俺の方に、赤い髪の少年の視線が向いているように見えるんだが……?
「……なんでジムリーダーと喋ってんだって言ってんだよ」
「……え?俺に言ってんの?」
自分を指差して答えた。
なぜに俺に話しかけるのか、訳が分からなかった。
「……なんで勝者の俺じゃなくて、負けたそいつに話しかけんだよ……」
「……うん?なんて?」
小さい声だったので、よく聞こえなかった。
なので、聞き返したら。
「……俺を見ろよ!!」
大きな声で怒鳴られた。
ツクシが、わぁ、と言って交互に奴と俺を見ているのが見えた。
心なしか、目がキラキラしているようだった。
他の観客も、異例の事態にざわついているようである。
何が何やら分からなかった。
バトルフィールドの向こう側にいた赤髪が、こっちにずんずん歩いてきた。
「数日前にお前に負けてから、俺は死に物狂いで鍛えたんだ!今のバトル見てたんだろうが!俺はどうだったんだよ!」
「……え。えーと、良かった、と思う、よ……?」
「世辞はいらないんだ!今の俺でもお前に手も足も出ないってことは分かってる!俺はこっからどうしたら強くなれるんだ!」
「……えっと。とりあえず、今の方針で行けば、ズバットが良い感じに進化するんじゃない、でしょうか……?」
「今のやり方でいいのか!?今のやり方でやれば、お前みたいになれるのか!?」
「……え、いや、えっと。今のままだと、ゴースの進化が頭打ちになるから、ゴーストになった後誰かと通信交換してもらえばええんちゃうか……?」
「ならお前がしてくれ!!」
「ひぇえっ……!?」
なにこれ……?なんでこんなに執着されてんの……?コワい!
「んっ!うんんっ!とりあえずバッジを渡すから、こっちに来てくれるかな?」
「……ちっ」
ツクシが赤髪の注意を引き付けてくれたおかげで、一旦視線が俺から外れた。
ツクシの方を向いた赤髪の顔がエライことになっていた気がしたが、底知れない恐怖が俺を襲っていたので、ただの見間違いかもしれなかった。
たった一回バトルで負かしただけである。この数日の間に、いったい彼に何があったというのか。
とにかく怖いので、ジムから逃げた。
◇
「あっははは!『俺を見ろよ!』だって!随分好かれちゃったねぇ!」
「笑い事じゃねぇよ……。たった一回バトルしただけだよ……。怖ぇよ怖ぇよ……」
「トレーナー名は、『シルバー』君って言うんだって。二週間くらい前にキキョウジムのバッジを取ったらしいよ」
「奴のパーソナリティーなんて教えなくていいから!噂をすれば影っていうだろ!幽霊とか悪霊とか悪いものはその話をすると寄ってきちゃうんだっての!」
「ふ、っふふふ!悪霊扱いは酷いよ。言ってたほど悪い子でもなさそうじゃない。君のアドバイスも真摯になって聞いてたよ」
「咄嗟に答えちゃったんだよ……。言わなきゃよかったよ……」
高層ビルが立ち並ぶ都会の道で、赤い髪の奴について話していた。
ビルや地面からの照り返しがきつくて、実際の気温以上に熱く感じた。
肌がじりじりと焼け焦げていく感覚。暗いウバメの森を抜けた時と比べて、俺の肌は明らかに焼けて浅黒くなっていた。
隣を見ると、半袖短パンにも関わらず、全く変わらない白い肌のままのツクシが歩いていた。
なんだろう、こいつの分まで俺が焼けているとでもいうのだろうか。
そんなことを思うくらいに、対照的な焼け方だった。
ここはコガネシティ。
ジョウト地方随一の大都会である。
ド田舎のヒワダタウンと大都会のコガネシティ、実は近い場所にある。
コガネシティの自然公園で定期的に虫取り大会が開かれることもあり、それなりに頻繁にこの都会へ来ている俺とツクシだった。
「あー、暑い。うー、暑い。どっかで涼んで、夕方になったら帰ろうぜ。もう、このくそ暑い中家までとんぼがえりする気力は俺にはない」
「あははは……。じゃあ、カフェオレでも飲みに行こうか」
「そうしよう」
そういうことになったので大通りから横道に入った路地を抜けて、大きな建物が立ち並んでいる、その裏側を通るようにして歩いて行った。
途中、花屋やら自転車屋やらがある道を進んでいくと、一軒家が多いエリアに出る。
家々が並ぶ中に混ざるようにして、目当てのカフェがあった。
木張りの壁が目に優しく、古ぼけた扉が良い雰囲気だった。
「こんにちは!おじさん、カフェオレ2つお願いします!」
「こんちゃーす。相変わらずガラガラっすけど、今日は座っちゃダメな席とかあります?予約席とか」
扉を開けると、まず目に入ったのはカウンターの奥にいるおじさんである。
細身だが背が高くガタイがあり、子供の目には少々迫力がありすぎる。
しかし怖い印象が無いのは、顔にかけた丸メガネとチョビヒゲがいかにも優しそうな雰囲気を出しているからだろう。
「ツクシ君いらっしゃい。カフェオレ2つ承りました。クヌギ君もいらっしゃい。どこでも好きなところへどうぞ」
笑いながらさっそく準備を始めてくれるおじさんである。
俺みたいなクソガキの憎まれ口も笑って流すあたり、渋い男のダンディズムがあふれ出ていた。
入口からは見えないような店の奥に座ると、テーブルの上に突っ伏した。
焼けるような暑さから解放されて、一転して心地よいクーラーの冷たさが体を包み込んでいた。
「あー、涼しい。やっぱり都会の夏はないわ。ユキワラシとか抱っこしながら移動しなきゃ」
「ふー、涼しい。そんなことしたら、ユキワラシが溶けちゃうよ。とけわらしになっちゃうよ」
正面に座ったツクシを見ると、同じようにテーブルに突っ伏していた。
やっぱりこいつも暑かったのだろうか、汗をかいた頬は赤く染まっていた。
熱を持った頬を冷たいテーブルに押し付けて、ぐでぐでほやほや笑っていた。とけツクシである。
「……ツクシ―。目線こっちに向けて―」
「……うん?あっ」
パシャリと、一枚写真を撮った。
ポケギアに内蔵されたポケモンを認識する機能に改良を加えて、写真を撮れるようにしたのだった。
確認すると、なかなかよく取れていた。
ぐったりうつ伏せになって視線だけこっちを向いている。赤くなった顔が程よくエロい。
「……売れるで、これは!」
「売るな、ばか!肖像権侵犯だよ!ポケギアに入れとくだけにして!」
釘を刺されてしまったので、ポケギアをポケットの中にしまった。
背中のリュックを下して、空いている椅子の上に置いた。
リュックの中をごそごそ漁って、目当ての物を取り出した。
技マシンである。
今日コガネに来たのは、この技マシンを買いにデパートに行くためだったのである。
せっかく手に入れた技マシン。出来ればすぐに使いたい。
「おじさーん!ポケモン出していいー?」
聞くと、店を壊さない程度の大きさのポケモンなら出していいと言ってくれた。
一個のモンスターボールを出して、スイッチを押した。
出てきたのは、四足歩行の白い体毛を持ったポケモン。
ホウエンで捕まえたアブソルである。
じゃあぼくも、といってツクシが出したのは、プカマルだった。
「おお、二人とも珍しいポケモンを持ってるね」
カフェオレを持ってきてくれたおじさんが、二体のポケモンを見ながらそういった。どっちも見たことがないよ、とコップをテーブルの上に置いた。
「今日はこいつに技を教えるためにきたんすよ。じゃなかったらこのくそ暑い中、ヒワダから出て来やしませんて」
「なんの技マシンを買ったんだい?」
「『だいもんじ』。ツクシに刺さりまくる技っす」
「ええっ!?『だいもんじ』だったの?その子『だいもんじ』覚えるの?」
「おうツクシ、帰ったらバトルしよーぜ」
「このタイミングで!?」
いや、もちろん否とは言わないけど、と拗ねたようにいうツクシ。
アブソルに覚えさせる『だいもんじ』は、ほのおタイプでも高い威力をもつ技だった。むしタイプには効果抜群である。今回の勝負はもらったな。
「はっはっは!仲がいいねぇ、君たちは!」
そういったおじさんに、ツクシは照れたように笑っていた。
自分がどんな表情をしているかは分からなかった。
◇
夕方になって、暑さも和らぎ、長い時間置いてくれたおじさんに礼を言って帰りの道を歩いた。
大通りには出ずに、路地をそのまま突っ切ってウバメの森まで進んでいた。人がいないので迷惑にはならないだろうと、アブソルとプカマルはモンスターボールから出したままだった。
「……ん?」
ふと、ツクシが立ち止った。
どうしたのか聞いてみると、
「なんか、頭から靴まで全身真っ黒の人がいて」
といった。ツクシが見ていた方を見ても、誰もいなかった。
「都会には変な趣味の大人がいるもんだなぁ」
「田舎には変な趣味の子供がいるけどね」
「……うん?それって誰のことを言ってるのかね?」
「言わなくても分かるでしょ?」
「ははは、こやつめ」
はしゃぎながら、ヒワダへの帰り道を歩いた。
やはりツクシの魅力が大きかったのでしょうか、それともランキング効果でしょうか。
たくさんの人に読んでもらっているようでとても嬉しいです。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでもらえるとさらに嬉しいです。
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第五話
なんか、ロケット団の残党がヒワダタウンで騒動を起こしていたらしい。
それを知ったのは、ジュンサ―さんがガーディと一緒にロケット団らしき数人を拘束、逮捕している場面に出くわした時である。このままムショまで連行していく、ちょうどその時に立ち会ったようだった。
なんでも、ヤドンの井戸の中でヤドンのしっぽを切り落として、それを売り捌いていたらしい。
ヤドンは感覚は鈍いが、痛覚が無いわけではない。怪我を負ってから一日後くらいに、彼らは涙を流す。
ロケット団が事を起こしたのが一週間ほど前だというから、既に、泣いているヤドンを奴らは見ているはずだった。
ポケモンが泣いていようが苦しんでいようが、奴らにとってはどうでもいいんだろうか。
聞くと、切り落としてもまた生えてくるからいいじゃないか、という。
思わず拘束されているロケット団の頭にとび蹴りをぶち込んでしまった。
ジュンサーさんにとっ捕まる前に逃げたが。
願わくば悪がきの悪戯だと思ってほしいところである。そうじゃなければ傷害罪だ。
ロケット団を止めたのは、ボングリ頑固親父で有名なガンテツさんと、バッジを集める旅をしているワカバタウン出身の子供らしい。
何があったか詳しくは知らないが、ガンテツさんはぎっくり腰になってしまったという。
さぞや激しい戦闘が繰り広げられたのだろう。
ヤドン達にとっては、二人は救世主といったところだろうか。
気付けなかったことに悔しさは感じるが、同時に、義憤で動いてくれる人間がいたことに嬉しさを感じた。
ワカバタウンのトレーナーは事件解決後すぐにヒワダタウンのジムに行ったという。
そのアグレッシヴさは嫌いではなかった。
ヤドン達を救ったヒーローを一目見ようと、ジムまで直行した。
ジムのドアをくぐると、ちょうど挑戦者の後ろ姿が見えた。
今着いたところなのだろうか、入口のアドバイザーが声をかけようとしているところだった。
「よう、未来の……」
と、アドバイザーの人が言いかけたところで、彼は俺に気が付いたようだった。
何度もこのジムには出入りしているため、アドバイザーの彼も、俺と顔見知りだった。
「あれ!?クヌギ君、正式に入口から入ってくるなんて、とうとうヒワダジムのバッジを取ろうってことかい?」
「違います。ヤドンのヒーローがここに来てるっていうんで、見に来たんです」
「なんだそうか……」
なぜかホッとしたような顔をして、道を開けてくれた。
挑戦者の子の正面に回ってみると、同い年くらいの女の子だった。
「よう、未来のチャンピオン!君の名前を教えてもらっても?」
「えっ?あ、コトネと言います。ワカバタウン出身です」
ちょ、クヌギ君、それ、俺の仕事……、などと呟いているアドバイザーの人をしり目に、話を続けた。
「そうか、コトネちゃん。ヒワダの一員として、君にはお礼を言いたい。ヤドン達を助けてくれて、どうもありがとう」
頭を下げると、彼女は慌てたように、お礼なんていいです、といった。
アドバイザーの人は、あのクヌギ君が頭を下げるなんて……、と愕然としていた。無視した。
「ポケモンに酷いことするなんて許せなかったから止めただけです。
特別な事なんて、なにも……」
「そうか。でも、その君の在り方は、とっても特別なんだよ」
「ふぇっ!?」
顔を赤くするコトネちゃん。純真で可愛い女の子である。
後ろで、クヌギ君が、笑った……?なんだあのイケメンスマイルは。俺はあんな子は知らんぞ……。と言っているのが聞こえた。無視した。
「よし、じゃあジム戦だ。むしポケモンと戦ったことは?」
「あ、あります。キャタピーとか、トランセルとかですけど……」
「OK!なら、むしポケモンがどんな戦い方をするかは知ってるな?むしポケモンの弱点は、ほのお、ひこう、いわタイプの技だ。ストライクなんかはひこうタイプとの複合だから、その他にでんきタイプやこおりタイプなんかも弱点になる。こんなところかな。あとは実践あるのみ!ここのジムトレーナーも、それなりに手強いぞ?」
「が、頑張ります!」
ぐっと両手を握りしめるその仕草はやる気が満ち溢れていた。
ヒワダジムの内装は、光が射すウバメの森、とでも言えばいいような状態になっていた。
改装には、ちゃんとツクシの要望も入っていた。むしポケモンをジム内に放しても、彼らが心地よく暮らせるジムにしたのである。
だから、通路を進んでいる間も、時々むしポケモンが顔を出した。
キャタピーやらビードルやらにポケモンフーズをあげながらコトネちゃんと歩いていると、彼女が不思議そうにこっちを見ていた。
「えっと、ポケモンフーズ、持ち歩いているんですか……?」
「ここに来るときは大体持って来るよ。ポケモンと仲良くなるのに一番手っ取り早いからね」
「ほぇえ……」
そんな話をしていると、開けた場所に出た。
一人目のジムトレーナーがいる場所である。
「待ってたわよ、挑戦者!ツクシちゃんが出るまでもない、私が、たお、して……?」
勢いよく登場したお姉さんだったが、俺の顔を見た瞬間から声に張りが無くなった。
「どうも」
「挑戦者ってクヌギ君!?なんで今更正規のルートで挑戦してるわけ!?私が君に勝てるわけないんですけど!?」
「頑張ればワンチャンありますよ」
「遥かなる高みから!?」
突っ込みの激しいお姉さんだった。
コトネちゃんが困ったように俺とお姉さんを交互に見ていた。
もし俺がお姉さんとバトルするなら、自分は辞退しようと考えているような顔だった。
「挑戦者は俺じゃなくってこの子っす。コトネちゃん。ヤドンを救った正義のヒロインっす」
「ヤドンを救った……?ほほう、この子が噂の」
「せ、正義のヒロインじゃ、ないです……」
恥ずかしそうに言うコトネちゃんを見て、お姉さんはなにか考える仕草をすると、ちょいちょいと俺に向かって手招きした。
歩いていくと、内緒話の姿勢になった。
「クヌギ君、お姉さんはわりと寛容な方だけど、ツクシちゃんはどうか分からないよ……?」
「なんの話をしてんですか」
近くにあった顔を押しのけて、早くバトルをするように催促した。
◇
「……うん、普通だ」
コトネちゃんの二回目のバトルを見ながら呟いた。
基本に忠実、突飛なことはせず、堅実に相手を倒していくスタイルだった。
鳥ポケモンのポッポを軸に、弱点を狙って倒していくバトルである。
悪くはない。しかし、それではツクシのストライクには勝てない。
「……アドバイス、するべきなのかなぁ」
でも、自分で気付いた方が、トレーナーとして強くなるだろう。
悩ましいものだと思った。
「クヌギさん、勝ちましたよ!」
「いぇい、やったね。いよいよ最後のジムリーダー戦だ。ポケモンの体力が心配なら、一旦ポケセンで休んで明日また改めて挑戦するっていう手もあるけど……」
「調子がいいので、このままで行きます!」
「……そっか!頑張ってね!ツクシは、とにかくストライクの一撃が怖い。それに気を付ければ、行けるんじゃないかな」
「はい!行ってきます!」
そういって、コトネちゃんは走っていった。
◇
「……勝てませんでした」
膝の上のメリープをもふもふしながら、コトネちゃんは俯いていた。
メリープも悲しそうに鳴きながらコトネちゃんに寄り添っていた。
場所はポケモンセンター。
あのあとツクシに挑戦したコトネちゃんだが、初っ端のストライクのとんぼがえりでポッポが瀕死になった。
茫然としたまま繰り出したエースのベイリーフだが、トランセルを倒したところで再び出てきたストライクにこれまた一撃で倒され、残るメリープは育成不足が祟ってか、コクーンの毒針の猛攻撃に耐え切れずに戦闘不能。
結果として、3対3だったにもかかわらず、ツクシの手持ちは2体残り、コトネちゃんの方は全滅してしまった。
夜、暗くなってからようやく、比較的軽症だったメリープが返されたのだった。
「ポッポちゃんが一発で倒されちゃうなんて、思ってもいなかった……。速さも強さも思っていた以上で、結局ツクシさんのストライクの体力も全然削れませんでした。……どうやったら勝てるんでしょうか?」
「……ポッポで弱点を突こうとしても、スピードが足りなくて先に攻撃されてしまう。ベイリーフはそもそもむしタイプに弱く、メリープは根本的に育成不足だ」
「……勝てないんでしょうか」
ますます顔を暗くするコトネちゃんである。気分の上がり下がりが大きい性格をしているようだった。
メリープも心配そうに、コトネちゃんの頬を舐めていた。
「……そのメリープ、ちょっと触らせてもらっていい?」
「……? はい、どうぞ……」
抱えていたメリープを渡してくれるコトネちゃん。暗い顔をして、不思議そうにしながらも手渡してくれるあたり、とてもいい子だった。
メリープ。四足歩行の羊型。
進化すると、二足歩行になるんだけどなぁと思いつつ、もふもふした綿毛を撫でて。
ぐっと、首根っこを掴んだ。
びっくりしたメリープが、痛そうな鳴き声をあげた。
途端に綿毛から放電現象が起こり、周囲に電気が飛び散った。
思わず手を放す。床に落ちたメリープは、俺を警戒しながらコトネちゃんを盾にするように後ろに回った。
「……えっ?な、なにをしたんですか!?体は大丈夫ですか!?こら、ダメでしょ、メリープ!」
「いやいやコトネちゃん。今のは俺が悪いんだ。メリープの首根っこ、思いっきり掴んだからね」
「……なんでそんなことしたんですか!?」
「四足歩行の獣型、好きじゃないんだよねぇ」
「……え?そんな理由で……?」
コトネちゃんは後ろに回ったメリープを抱えて、困惑したような表情でこっちを見ていた。
「でんきタイプの特性は、パッと見じゃ分からないからさ。どうもその子は、『せいでんき』の特性を持っているみたいだね」
「パッと見じゃ分からないからこんなことしたんですか……?」
「『せいでんき』はいい特性だから、その子大事に育てるといいよ。あと、特性についてもちゃんと調べたらいいんじゃないかな」
言ってから、ばいばいと手を振ってポケモンセンターを離れた。
メリープに放電された右手と、背中に突き刺さる視線が痛かった。
自分に分かってることを、人に分からせるのは難しい。相手に自分で気付いてもらうようにするとなったら、なおさら難易度は上がるのだった。
相手がツクシだったら、こんな面倒なことはしないで済んだのになぁと思いながら、帰り道を歩いていた。
◇
「そーたろー。君がお気に入りだったコトネちゃん、ジムバッジゲットしたよ」
「……うぅん?そりゃ何よりだが、なんでお前がそんなこと伝えに来るの?」
「気になってるだろうなぁと思ったからさ。幼馴染の考えることくらい、天才ジムリーダーのぼくにはお見通しなのですよ?」
「……さいで」
家の屋上に作った秘密基地に横になっていると、ツクシが昇ってきた。
ここに来るには家の中に入って、二階の窓から出る必要があるのだが、例によって例のごとく、母が素通りさせたに違いなかった。
暑い日差しを遮るための屋根と、ポケモンに作ってもらった大きな氷柱が、ここの主要な避暑設備だった。
「なかなか強くなっててねー。戦術らしきものも使うようになってたよ。まだまだ未熟だったけど、あのまま成長できればいいところまで行くんじゃないのかな」
「いくだろうよ。元々ポケモンたちには随分慕われてたみたいだったし。ああいうのを才能っていうんだろな」
「君が言うと大体の人には嫌味に聞こえると思うよ、それ」
「いやいや。俺のはまた違う方向だから。俺の場合は最初にポケモンに有能さを見せつけて信頼を勝ち取る感じだが、コトネちゃんのは最初に信頼ありきで後から強さが付いてくるタイプだ」
「ポケモンと一緒に強くなっていくトレーナーの典型だね」
「そういうこと」
そういうトレーナーは、ある程度知識が増えたり戦術が使えるようになったりすると、途端に
自分がどんどん強くなっていく実感が得られるというのは、どんな気分なのだろうか。
「……羨ましいねぇ、コトネちゃんは」
「コトネちゃんは君を羨ましがってたけどね」
「隣の芝、ってやつだ。でも、他人事みたいに言ってるけどツクシ。お前だって俺と同じタイプだろーよ。信頼を勝ち取っていかなきゃ、どんなポケモンもついてこないタイプ。っていうか、世の中そっちの方がはるかに多いと思うんだが。お前はコトネちゃん、羨ましくないのか?」
「そりゃあ、ちょっとはそういう気持ちもあるかな。でも、正直そんな感傷に浸ってる暇は、ぼくにはないけどね」
「……うん?どゆこと?」
寝っ転がったまま、ツクシの方に視線を向けた。
ツクシと目があった。ずっとこっちを見ていたようだった。
「ぼくの隣には君がいるから。頑張って強くならないと、すぐ置いていかれちゃうでしょ?」
くすくす笑って、そう言った。
熱かったので、顔を背けた。
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第六話
苦手なものはなかなか変わらないものだなぁ、と先日のことを思い出しながら歩いていた。
印象を払拭するようなよっぽどの出来事がないかぎり、苦手なものは苦手なままらしかった。
コトネちゃんのメリープにやったことが、その証明である。
見た目可愛らしい、全く害のなさそうなふわふわもこもこしたメリープに、割と躊躇なく攻撃できてしまえた。
考えてみれば、コトネちゃんに聞いてみるなりポケギアでスキャンするなりすれば、メリープに痛い目を見させずに特性を知ることが出来た筈である。あの時は全く考えが及ばなかった。
言い訳するならば、あの時は痛い目を見せてでも自分でポケモンの特性を理解させて、戦術的な戦い方を編み出してほしいと思っていた。
人に言われて理解するより、痛い目を見て自分で打開策を探す方が身につくものなのである。
特性『せいでんき』は、物理的な攻撃を食らったときに相手を麻痺させる優れた特性であり、麻痺の状態異常は相手の速さを鈍らせる。スピードで勝てなかったストライクも、麻痺させれば十分勝ち目があるはずだった。
……完全にただの言い訳である。
四足歩行の獣型。
ロケット団にとび蹴りかましたその日のうちに、奴らと似たようなことをしでかすのだから救えない。
今度会う機会があるなら頭下げて謝らないとなぁ。
そんなことを考えながら歩いていると。
「……あ」
コトネちゃんだった。
驚いたような顔をしてこっちを見ていた。
目線があって数秒、固まっていた。
噂をすれば影っていうのは、頭の中で考えているだけでも効果を発揮するものなんだな、なんてことを考えていたのである。
見つめあったような形になった後、視線を外された。
しかし、無視して行ってしまうのでもなく、困ったように目を下に向けて所在なさげに立っているところを見るにつけて、本当にコトネちゃんはいい子だった。
「……コトネちゃん。ジム戦、勝ったんだってね。ツクシから聞いたよ。おめでとう」
気付くと、自分から話しかけていた。しかも、謝罪から入るのではなく当たり障りない共通の話題から入るあたり、実にへたれっぽかった。
「……はい、ありがとうございます。なんとか、勝てましたよ……?」
「うん。ツクシも、褒めてたよ。随分強くなってたって」
「あの後、調べたんです。メリープちゃんのこととか、特性とか、麻痺の効果とか……」
「……う。そ、そう。そりゃあ、まぁ、なんというか……」
「……ちゃんと、調べたんですよ……?」
近づくと、気まずくてとてもじゃないがコトネちゃんの顔なんて見れなかった。
控えめに言う声が、なんだか恨めしそうな響きに聞こえてきてしまった。
「ちゃんと、調べましたよ……?」
謝るしかない。
「あの時はすいませんでしたぁっ!」
頭を下げた。
……返事がない。
恐る恐る、顔をあげる、と。
目をまんまるくして、驚いた顔のコトネちゃんがいた。
「……えっ?な、なんで、クヌギさんが謝るんですか……?」
「えっ?」
「ふぇ?」
首を傾げる様子が可愛かった。
◇
「いろいろ教えてもらっていたのに勝てなくて、怒られちゃったのかなぁ、って思っていたんです」
と、恥ずかしそうに、コトネちゃんは打ち明けた。
道中付きっ切りで相手の特徴を教えていたのが裏目に出ていたのだろうか。あれだけ教えてもらったんだから勝てなきゃ嘘だよ、とばかりに勢い込んでしまったコトネちゃんだが、結果は惨敗だった。
そのあと、それまで優しく接していた俺が急に暴力的に怖い感じになるものだから、期待を裏切って俺が怒ったのだと思ったという。
なんともお人好しで優しくて、そして自分を低く考える子であった。
別れ際に残した俺の言葉をちゃんと聞いていて、言われたとおりに調べて、言われた以上のことも調べて、そして勝つために戦術を練って訓練して、再度ジムリーダーに挑んだという。
なんとも生真面目で頑張り屋で、そしてなにより素直すぎる女の子である。
概ね俺が思っていた通り、否、それ以上の成長をしてくれたコトネちゃんである。ポケモン一匹一匹について詳しく調べるという経験も、相手に勝つために戦法を考えるという経験も、ここで積んでおけばあとあと役に立つことは間違いないのだが。
メリープに関しては、100%こちらが悪い。
普通、自分の大事なポケモンを傷つけられたら、その相手のことを嫌って当然、無視して当然だ。
そうならないコトネちゃんがちょっと心配である。
「今日探して見つけられなかったら、もう次のコガネシティに行こうかなって思っていたんですけど」
会えてラッキーでした、とはにかんで言った。
「会えてラッキーだったのは俺もだよ。ちゃんとコトネちゃんに謝れたし、メリープにも、謝れたしね」
「うん、それはそうですね。メリープちゃんには、ちゃんと謝ってほしいと思ってました」
つん、としたような雰囲気を出したかったのだろうか、ふんすと顔を背けるコトネちゃんはやたら可愛かった。
コトネちゃんの足元をちょこちょこ歩くメリープに顔を向ける。
こっちの方は、俺のことが怖くなってしまったのだろう。コトネちゃんを盾にするようにして、俺をちらちらと観察していた。
メリープを見ていると、めぇ、と鳴いた。見るな、と言われているような気がしたので、視線を前に戻した。
「……でも、私に謝ってもらう必要はないです。私がもっとちゃんと出来てれば、クヌギさんがあんなこと、する必要はなかったんですから」
「いや、それは……。新米トレーナーが出来ないのは、むしろ当たり前のことだったよ。出来なかったことをやらせようとした俺が悪かったし、メリープにやったことはそれに輪をかけて悪かった」
「でも、強くなるためには出来なきゃいけないことですよね?自分の仲間が何を出来るのか、相手にそれがどんな風に効果があるのか。考えてみれば、バトルするためには当たり前に考えなきゃいけないことなのに、それが分かっていなかったんです。トレーナーになって、舞い上がっちゃってたんですかね。私」
「…………」
「教えてくれて、ありがとうございました。クヌギさんのおかげで、ちゃんと出来るようになりました。だから、功罪帳消しです!私に謝る必要はないですよ、クヌギさん?」
「……OK、了解。もう謝らない。コトネちゃんには謝らないと決めた」
「うんうん!それでいいんです!これでこのお話はおしまいです!」
「これから先何があってもコトネちゃんには謝らない」
「……うん?どういうことです?」
「勝手にコトネちゃんの写真を撮っても謝らないし、偶然スカートがめくれちゃっても謝らないし、必然スカートの中を見てしまっても謝らない」
「ふぇえ!?ダメです!それは謝ってください!」
「誤っても謝らない」
「……なにやら最低な人を生み出してしまった気がします……」
呟くコトネちゃんに向けてにっこり笑いかけると、仕方ないなぁとでも言うように笑い返してくれた。
将来悪い男に捕まりそうで、実に心配である。
そんな風に話をしながら、ウバメの森に向けて歩を進めていた。
今日も晴天で、実にいい天気だった。
日差しは強いが、ド田舎の舗装されていない道路が程よく熱を吸収し、辺りに生えている木々が木陰を作り出していた。
自然と共生している街、ヒワダタウンである。
ヒワダタウン以上に自然に囲まれた街は、俺の知る限り、ホウエン地方のヒワマキシティくらいしかない。
ヒワマキシティ。あそこの住人は、ほとんどがウッドハウスに暮らしていた。
鉄もガラスも使わずに、木だけの家に住んでいたのである。
開きっぱなしの窓からたまにむしポケモンが入ってくるんだと、笑いながら話してくれた覚えがある。
率直に言って変人だらけの街だと思った。
自然に囲まれ過ぎると、人はおかしくなっていってしまうのだろうか。
ジムリーダーの女の人も、すこぶる綺麗な人だったが若干電波入っていたなと思い出しながら、コトネちゃんに話していた。
「その人、鳥ポケモン使いだからか、風を読むのがすっごくうまくてさ。本人いわく、風の様子が声として聞こえるんだそうな」
「こ、声として、ですか……?」
「まぁ、そういう才能が有りすぎて常人には理解できん所にいる人なんだろうけど、その人の趣味が、風の声の変わり様を観察することでさ。高いところでぼうっと立っているのが日課でさ。端から見ると、何もないところをぼんやり眺めて、すっごい幸せそうにしてるんだ。その人の美貌も相まって、まるで電波を受信してるように見えてさ……」
「あ、あははは……。世の中には、いろんな人がいるんですね……?」
「考えてみれば、ホウエンのジムリーダー、半分以上変人だったわ。世界の変人祭りだったわ」
「そ、それは、ちょっと失礼なのでは……?」
「まぁ、個性がなきゃジムリーダーとかやっていけなさそうだし、すごい人は、どこかしら変なところがあるものなのかもしれないな」
「あぁ、それは分かるかもしれません。クヌギさんも、そうですもんね!」
「……う、うん……?」
今、割と直球に、変人扱いされたか……?
素直なコトネちゃんは、思ってることがそのまま口に出る。ってことは、俺、変な人だって思われてる……?
もやもやした気持ちを抱えながらも、ウバメの森へと続くゲートが見えるところまで来た。
コトネちゃんはこのままコガネへ行くので、ここでお別れである。
「じゃあ、この辺で」
「はい。いろいろありがとうございました。ヒワダタウンに来てから、私ちょっと強くなれた気がします」
「それも、コトネちゃんの頑張りだよ。あとバッジ6個だけど、コトネちゃんなら、きっと直ぐにゲットできる」
「は、はい!頑張ります!」
向かい合って、握手を交わした。
コトネちゃんの50m程後ろにゲートがある。あそこを通れば、すぐにウバメの森に入る。コトネちゃんに会うことも、もうないだろうと思った。
と、思っていた時。
ゲートの自動ドアが向こうから開いた。
出てきたのは、赤い髪に、この世の悪全てを煮詰めたようなきつい眼差し。
奴だった。
「……あ、あのですね。クヌギさん、もしよろしければ、なんですけど……」
コトネちゃんはゲートに背を向けている。奴のオーラを感じ取るには、コトネちゃんは修行不足だった。
ぐっと引き寄せて、最寄りの民家の壁に押し付けるようにして身を寄せた。
「……できれば、連絡先の交換を……? ふわぁ!?クヌギさん!?ちょ、な、何を……?」
「しっ!静かにっ!」
びっくりしたのか、顔が赤くなっているコトネちゃんを隠すように、顔の横の壁に手を押し当てた。
なぜ奴がここに……?まさか、待ち伏せをしていたとでも言うのか!非常にまずい事態だった。
眉をひそめて、じっと奴の様子を伺う。
「……く、クヌギさん……?あ、あの、その、お顔が、その、近いと言いますか……」
「黙って」
「ひぅ……」
諦めたように、コトネちゃんがぎゅっと目をつぶった。
諦めんなよ!一緒に打開策を考えようよ!
コトネちゃんは目を開けない。俺一人でなんとかするしかないようだった。
どうする……?奴が行くまで待ち続けるのか……?しかし、奴は一体いつまでここにいる?くそっ、情報が足りない!
民家の引き戸がガラッと開いた。
歩きづらそうに出てきたのは、最近ぎっくり腰になったボングリ職人のガンテツさんだった。
ガンテツさん!ここはガンテツさんの家だったのか!これでいける!
ガンテツさんは壁にいた俺たちを見ると、怪訝そうな顔をしていった。
「……なんや小僧、辛抱溜まらんって顔しおってからに。別に乳繰り合うのは構わんが、人ん家の壁使うなや」
「黙れエロ爺ぃ!ふざけてる場合じゃないんすよ!ちょっと中に入れさしてもらいます!」
「んおぉっ!?」
コトネちゃんの手を握って、ガンテツさんの家に転がり込んだ。
格子の隙間から、ゲートの方を見る。奴はまだいた。
「おい小僧!わしの家は連れ込み宿とちゃうぞ!」
「10歳に何言ってんだあんた!コトネちゃんに聞かせるような単語じゃないでしょうが!そうじゃなくて、あれ見て、あれ!」
「うぅん……?」
ガンテツさんにゲート前に陣取る脅威を見せる。
コトネちゃんは、つれこみ、やど……?と首を傾げていた。純真なままの君でいてください。
「……なんや、最近ここ来たトレーナーやないか。もうそろそろコガネへ行く言うとったで」
「ならさっさと行けよやぁ!あんなところでうろうろしやがって、一体何を企んでいやがるんだ奴は……!」
「……追われとるんか、ソウタロウ?よく見れば、お前さんが連れとんのは、ヤドンの井戸で会った嬢ちゃんやないか」
「……ど、どうも、こんにちは、ガンテツさん」
「奴に会うとヤバい事情があるんです。コトネちゃんを危険に晒すわけには……?」
あれ、よく考えてみれば、コトネちゃんは別に隠れなくてもよくないか?
咄嗟に連れてきちゃったけど、その必要はなかった……?
奴の脅威に頭の十割が危険信号を出していたせいで、そこまで考えが回らなかった。だめだ、最近頭が悪い。天才の称号も返上である。
「……あれって、シルバー君、ですよね?」
「……!知っているのか、コトネちゃん?」
「えぇと、知り合い?なのかなぁ……」
奴と知り合いとは、コトネちゃんもなかなかに侮れない精神力を持っているようだ。
でも、それならば話は早い。コトネちゃんとはここで別れて、俺は奴が去るまでガンテツさん家に入れておいてもらえばいいのである。
「……シルバー君に付き纏われてるんですか?」
「……ああ、そうなんだ。奴は俺にとって実に恐ろしい存在だ」
「なら!私が言ってきてあげます!」
天使がいた。いや、救いという意味での女神かもしれなかった。
「……だ、だから、連絡先、交換してもらえないでしょうか……?」
ポケギア、パソコン、家の住所、全て教えた。
◆
「じゃあ、気を付けて、コトネちゃん」
「はい、分かってます!私もワカバタウンからここまで旅してきたんですから、大丈夫です!」
「いや、そっちじゃなくて。『名前を言ってはいけない赤い髪の奴』に気を付けて。奴は『のろい』が得意なんだ。油断してるとやられるかも」
「は、はぁ……」
よっぽど苦手なんだなぁ、とコトネは思った。
ボングリ職人、ガンテツの家の前である。
先日ジム戦の時にアドバイスをくれた頼れる少年が、玄関の壁に隠れるようにして見送ってくれていた。
一体どんなことをすれば、この少年がこんな風に警戒するようになるのだろうと、コトネはシルバーに怒りを覚える。メリープには酷いことをしたけれど、それも謝ってくれたし、基本的には優しくて。物知りで。理知的で。
とっても素敵な少年である。
彼がこんなに怯えるなんて、ポケモンバトルで相当酷い負かし方をしたのだろうか。考えたくはないが、出会った時からポケモンに優しくない言葉をかけていたシルバーである。戦闘不能になった彼のポケモンに、追い打ちをかけるように攻撃していても不思議はないと思った。
コトネは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐のシルバーをコテンパンにすると決意した。
彼女は政治が分からぬ。
彼女は純朴な一トレーナーである。
しかし、シルバーのような邪悪には人一倍敏感であった。
「シルバー君!」
「……?ああ、お前か。……ふん、お前、復活したロケット団を倒したってな。風のうわさで聞いた」
「シルバー君、人に迷惑をかけている自覚はあるの!?」
「……迷惑?覚えがない。そもそもヒワダタウンにはほとんど滞在してない」
「うそ!うそだよ!よく考えてみてよ!」
「……なんだお前。俺はここのところ、ずっとウバメの森の奥で鍛錬を続けていたんだ。ヒワダタウンには、食い物が切れたら戻ってくるくらいだ」
「じゃあ、クヌギさんって名前に聞き覚えは!?」
「……!クヌギ、だと……っ!?」
名前を出した瞬間に、表情が変わった。それまで飄々としていたのが嘘のように、表情が色づいた。
やっぱりそうなんだ、とコトネは思った。
「クヌギさんに迷惑をかけるのはやめてよ!これ以上続けるなら、私許さないから!」
「お前には関係ない!!口をはさむな!」
「……っ!関係あるもん!クヌギさんには、お世話になったんだもん!シルバー君がクヌギさんをいじめるのを、止めるために来たんだもん!」
「……世話になった、だと……!それに、俺があいつをいじめる、だと……!」
言った途端、なにやらすごく怖い顔でコトネを睨んできたが、コトネは気丈にも睨み返した。
「……お前、あいつとポケモンバトル、したのか」
怖い顔をしたまま、質問してきた。
「してないけど、それがなにか関係あるのっ!?」
「……は、はっはははははははは!」
答えると、怖い顔から一転して笑い出した。
意地悪そうな笑顔をしながら、シルバーはコトネに言った。
「分かってない!お前は全くあいつのことが分かってない!」
「……分かってるよ!物知りなのとか、優しいのとか、全部!」
「そんなものはどうでもいい!あいつの本質は知識とか、優しさとか、そんなぬるい物じゃない!はは、助言をもらうだけのお前は、あいつの庇護下にあるだけだ!」
「……どういうこと?」
「俺はお前とは違う!いつかあいつに並んで、追い越してやる!お前も、ロケット団を倒したその力、見せてみろ!」
モンスターボールを構えた。
多分こうなるだろうとは思っていたので、驚きはしない。
お互いに離れて、向かい合った。
「……いって、ピジョン!かぜおこし!」
「……いけ、ゴルバット!ちょうおんぱだ!」
◇
「……それでそれでっ?それでどっちが勝ったのっ?」
「……なんかお前、超楽しんでね?これ一応、俺のお悩み相談なんだけども」
「超楽しんでるよっ!超面白いっ!ジムリーダーになってから一番くらいに面白い!」
言葉尻が跳ねまくっていた。
ポケモンジムの休憩室である。椅子に座って向き合っていた。
ツクシにこの間あった事を話していたわけだが、まるで心躍る冒険譚を聞いている子供のようなはしゃぎ振りであった。
キャラちげぇ、と思いながらも話を続ける。
「あのジム戦で負けた時以来のコトネちゃんのバトルだったけど、すごく戦術的な動きが増えててびっくりしたよ。マグマラシ相手にタイプ苦手なベイリーフでもある程度戦えてたりして、驚いた。バトル中、メリープもモココに進化するし、ああ、この子選ばれてんなぁ、って思ったもんだった」
「おおっ!バトル中の進化!いいねぇ、ロマンだね!じゃあ、勝ったのはコトネちゃん?」
「いんや、奴の方」
「奴?」
「『名前を言ってはいけない奴』だよ。言わなくてもお前なら分かんだろうが。あの野郎、ズバットは進化してるし、戦い方も洗練されてたし、挙句の果てにはゴースがゲンガーになってやがった。もうバッジ5個目くらいの力は有りやがるんじゃねえのかな」
「えぇっ!ゴースがゲンガーまで!?君、交換してあげたの?」
「するかボケぇっ!心優しい誰かに頼んだんじゃないのか?あの時のアドバイスきっちり聞いてるんだから笑うわ。いや、笑えんが」
「へぇえ。じゃあ、コトネちゃん負けちゃったのか。それでその後は?」
「あの野郎、高笑いしながらコトネちゃんに向かって『いいか、お前が負けたのはお前のポケモンが弱いからじゃない!お前自身が弱いからだ!』とかなんとか言ってくれやがって、そのままウバメの森に消えていきやがった。今頃はコガネシティにでもいるんじゃないか?」
「あっははは!それ君が最初に言ったやつじゃない!覚えてるなんて、シルバー君はいい子だね!」
「やかましゃあっ!大爆笑しやがってツクシてめぇ!そんなに笑いたいならもっと笑かしてやるわ!」
「うわっ、ちょっ、なにするんだ! んふぅっ! あは、あっはははははは!」
座っていたツクシを押し倒して、くすぐってやった。
笑いたくなくなるくらい笑わせてやれば、笑うのを止めるだろうか。
「そんでな、コトネちゃんはポケモンが全て戦闘不能になったから、一旦ポケセンに戻ってその日はヒワダに泊まってな?」
「ふはっ!はははははは!くすぐりながら、喋るの、やめてぇ!」
「次の日改めて見送ったんだが、その時に、『絶対シルバー君を止めて見せますから!』ってな?コトネちゃんマジ天使」
「ふひゃあ!あはははははは!もうだめ!もうだめだぁ!息、出来、ないよぉ!」
「ツクシ聞いてる?」
「も、も、だめ、ふぅ、やめ、やめへぇっ……!」
「ツクシ、聞いてるの?」
「んぁあ!き、聞いてる、からぁ!」
「聞いてるなら感想言えるよな?どう思ったん?言ってみ?」
「いう!いう、からぁ!ぁ、ああ、手ぇ、止めてっ……!」
「このまま言って、ツクシ?このまま言ってみろや、おお?」
「んふ、うふぅ、んっ、んっ、んふぅ……!」
こんこん、とドアをノックする音がした。
休憩室なんだから、ノックなんていらないのに、誰だろうとドアを見ても、誰かが入ってくる様子はない。
少し間が空いてから、ドアの向こうから声がした。
なぜだかとても気まずげな声だった。
『あ、あのー。クヌギ君?えっと、ここは一応、公共の場、だからね?君たちの個室じゃ、ないからね?』
ジムトレーナーのお姉さんのようだった。
もちろんそんなことは分かっていた。ちょっとうるさくし過ぎたかと思いながら返事をする。
「あー、すみません。うるさかったですかね。お姉さんは休憩ですか?入ってきてもいいっすよ?」
『えっ、ええ!?まさかの途中参加歓迎!?クヌギ君、進み過ぎ……。お姉さんにはまだちょっとレベルが高いかなぁって……』
「レベル?よく、分からないっすけど、ツクシをいじってるとめっちゃ楽しいっすよ?」
『え、遠慮しときます!声かけちゃって、ごめんなさいでしたっ!終わったら呼んでくださいっ!』
ばたばたばた、と走っていくような音がした。
なんで敬語?
休憩はしないのだろうか。熱心な人だなぁと思った。
今回少し長かったですかね。
読んでくださってありがとうございました。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。
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第七話
約束事は守らなきゃならないという。
約束を破れば、まず第一に、約束した相手の信用を失うし、相手に迷惑がかかる。
第二に、約束を破った、自分の方も損害を被る。
人と人との関係なんて、目に見えない不確かなもので、不確実なものだ。
昨日まで友達だと思っていた者が手のひら返しをすることもある。そもそも向こうは友達だと思っているかどうかも分からない。
自分が不利益を被るとなれば簡単に離れていくやつもいるし、逆にこちらが望んでもいないのに近づいてくる奴なんかもいる。
不確かな人間関係を、少しでも強固に、目に見えるものにする楔。
それが約束である。
楔が抜かれればふらふらとどこかに行ってしまうような人間関係なんてそもそも構築しなければいいとも思うが、実際にやってみると驚くほどに周りに人がいなくなる。
そこで初めて理解するのである。
約束事が繋ぎ止めていたのは、人と人の間柄なんてものではなく、自分自身だったのだと。
ふらふらとどこかへ漕ぎ出そうとしていたのは、人間関係ではなく、自分自身だったのだと。
約束事は、自分自身を社会に繋ぎ止めるための楔である。
約束事を守らない者は、いつしか社会と遠いところをふらふらふらふら彷徨い続けることになるのである。
そしてそれは、間違いなく自分の不利益だ。
そんなことを、考えていた。
「クヌギ君。君ジムトレーナー云々の書類提出してないだろ。今朝方連絡が来て、今日の昼頃、ポケモンリーグ協会の人が君と一対一で面談やるらしいから、スクールに来てください。来なかったら君ん家訪問するつもりらしいで」
……不利益!
◇
すっかり忘れていた。
ヒワダジムに入り浸っているうちに、ツクシへの対応も大分改善してきて、こりゃあもういいかなぁ、と思っていた。
俺が自分の能力でポケモンたちから信頼を勝ち取るように、ツクシもまた、有能さでジムの人間から信頼を勝ち取ったのである。
恥やら嫉妬やら面倒臭い感情盛りだくさんの大人から、10歳児が信頼を勝ち取ったんだから、ツクシの天才さが浮き彫りになるであろう出来事である。
だれに違和感を抱かせるでもなく、不快感を与えるでもなく、するりと人の中心に入っていく能力は俺にはないもので、ツクシが持っている得難い才能だった。
っていうか、可愛くて有能な子供が頑張っていたらどんな人間でも応援したくなるよねっていう。
俺には可愛さがないので、歳が上の人間からは敬遠されるか嫌がられるか、どっちかしかないのだった。
そんな中で普通の子供を扱うように接するガンテツさんは人間経験の塊である。爺は出来る爺だった。
そんなわけで、立派にジムリーダーとして役割を果たしているツクシであるので、着任当初の俺の思いは風に吹かれてどこかへ消えた。『ツクシを楽にしてやるには、どっちがいいのかな』だって。恥ずかしっ!
俺はスクールも卒業しているので、かなり早いが社会人である。金を稼がなきゃということで、遊んでいる時間以外は各地の小規模なポケモンバトル大会に出場して、賞金ゲットして暮らしていたわけである。まぁ、だから、ほぼ毎日遊んで暮らしていたのと大差はない。
小規模な大会でも優勝すればトレーナー同士のバトルレートで4、5万は余裕で稼げる。そこにさらに優勝賞金が入るので、一回につき10万以上は稼げるのである。ボロイ商売だった。
リーグトレーナーはスポンサーもつくと年間10億を稼ぐ人間もざらにいるので、それに比べるとまぁ控えめな方である。
ホウエンでリーグ挑戦も出来ただろうが、それだと向こうでずっと過ごすことになりかねない。ヒワダタウンに帰ってこれない。やめた。
つまり。
ポケモンリーグ協会から打診されていた、ジムトレーナーになるというお話が、すっかりさっぱり頭から抜けていたのである。
今電話口で先生に聞かされて、ようやく思い出したぐらいだった。
「えー、と。先生、そのお話は、残念ですけどお断りしときます、って出来ますか?」
「残念ながら出来んようだねぇ。協会の人、もうヒワダに来ちゃってるしね。君はもうスクールに通ってないから知らなくて当然なんだが、昨日はスクールの視察だったわけで、特別講師としても講義してもらったんだよね。そんで当然報酬を渡さなきゃならんわけだが、その報酬として君との面談を要求してきてね。スクールとしてもお金を渡さなくていいなら経営楽になるんで、受けたわけだ」
「受けたわけだ、じゃないっすよ。俺の自由意思はどうなるんですか」
「自由意思を示せる段階で示さなかった君の責任だね。君のその、どうでもいいことは放っておく癖、早く直さないとえらいことになりそうで先生心配だよ」
「ってことは、俺は面談行かなきゃいけない感じですか?今日、バトルの大会でもうエントリーしちゃってるんですけど」
「君の人生が早くも遊び人の様相を呈してきて、先生重ねて心配だよ。バトルの賞金で暮らすくらいならまだいいけど、くれぐれも、違法ギャンブルに手は出さないように」
「ご心配ありがとうございます。そんな無駄にリスクがでかいことはしませんて。そんで、面談は?」
「君どんだけ面談したくないのさ。いい経験だと思うけどな」
「面談がしたくないわけじゃなくて、大会を逃したくないだけなんです。優勝賞金が俺を待ってるんです」
「当然のように優勝することが前提な辺り、クヌギ君らしいけど。でも優勝カップくらいたくさん持っているだろう。今回の面談はいい経験になるよ。絶対。相手がいいからね」
「……10万円以上の価値のある面談?え、ちょっと、協会の人って誰です?」
「君も知ってると思うよ。っていうか実は、今先生の隣でこの会話聞いていたりして」
「……おぉい!出たよ、安定のくそ教師!絶対面白がってやったでしょうが、あんた!」
「クヌギ君、口調口調。聞いてるって言ってるでしょうが。あ、え?直接話したい?了解しました」
「ちょ、先生?もしもし、もしもし!?」
突然、会話が途切れた。席を替わったのだろう、椅子を転がすような音が聞こえた。
一時停止のボタンを押さない辺り、あの教師らしいと思う。
なにやら、席を譲りあうような会話が聞こえる。一方は先生の重低音。もう一方は、ハスキーだが明確に女性の声だった。
女性。ポケモンリーグ協会の人。俺が知っている。
ははは、いやいや、まさかそんな。
「もしもし、お電話代わりました。カリンと申します。あなたがクヌギ・ソウタロウ君?聞いてた以上に問題児みたいね」
まさかだった。
◇
四天王に講義させるスクールってなんなん……?
しょぼくてぼろいスクールだと思っていたが、もしかしてヒワダタウンのトレーナーズスクールは凄いんじゃなかろうか。
とにかく先制攻撃。
「初めまして、クヌギ・ソウタロウと申します。僕の間違いでなければ、四天王のカリンさんでしょうか?お話できて大変光栄です」
『あっはははは!クヌギ君が僕って言った!猫かぶり過ぎぃ!』
楽しんでんなぁ、あの教師!
「そんなに硬くならなくていいのよ。先生に接するようにしてくれると、とても嬉しいのだけれど」
「いえ、まさかそんな失礼なことはできませんよ。先生とカリンさんとじゃ、比べ物にならないじゃないですか」
「……それは、どういう意味で比べ物にならないのかしら?」
「お好きにご想像なさってください」
『クヌギ君!初っ端から攻撃力高いよ!抑えて抑えて!』
…………。
「それで、面談の件だけれど。来てくれるのかしら」
「もちろんです。最初からカリンさんとの面談だと分かっていれば、渋ることなく返事をしていたのですが。先生には困ります。昔から生徒で遊ぶ悪い癖があるんですよ」
『ちょ、人聞き悪いな、クヌギ君!ぼかぁ、君以外の生徒で遊んだ覚えはあんまりないよ!』
「先生、うるさいっす。スピーカーホンで聞いてるんでしょうけど、今カリンさんと話してるんで黙っててください」
『直球ゥ!声が怖い怖い。おこなの?クヌギ君おこなの?』
「カリンさん。面談よろしくお願いします。時間と場所を教えて頂けますか?」
「ええ、いいわよ。時間は……」
約束を取り付けた後、定型文で別れた。
受話器を置くと、喜びを噛み締めた。
四天王と、器比べが出来る。
◆
「そろそろ時間になりますので、面談の場所にご案内しますよ」
そう言ってカリンに話しかけたのは、中年の教師だった。
先ほど一緒に件の少年に電話をした教師である。カリンが講義でこのスクールに来た時からの案内係で、昨日からの会話数はこのスクールの中で最も多かった。
生徒とのやり取りを見ていると、この男が生徒思いなのがよく分かる。生徒の方も、この男をよく慕っているようで、とてもいい関係のように思った。
しかし、先ほどの電話。
電話をしていた時の彼は、普段とはまた違う表情を見せた。
大きないたずらっ子のような表情をしながら会話をする彼を見ていると、そんな変化をもたらした少年に興味が湧いたので、一言二言話してみようという気になったのであった。
話した結果。
率直に言って、クソガキだった。
10歳児らしさが全くない。
先に教師との会話を聞いて居なければ、電話の先には腹黒い大人がいるとしか思えなかった。
カリンとの会話を聞きながら、教師が本当におかしそうに笑っているものだから、普段とは全然違う喋り方で、そのギャップに笑っているのだと容易に気付いた。
「……クヌギ君は、本当に聡い子でして」
歩きながら、教師がぽつりと言った。
「相手が本当に本心からの行動を取っているか、いないか、分かるようなんです。天然の嘘発見器みたいな子です。そのくせ、自分の行動で相手がどんな風に考えるのかはよく分からないみたいでして。そこら辺のすれ違いが多々ありました」
「……天才は得てして他人の心が分からないものだとも言いますものね」
「まさにそうです。なので、彼の前では本心で話すように心がけていたら、いつの間にかあんな風に喋るようになっていました」
驚いたでしょう、と恥ずかしそうに言うので、ええ、少し、と返した。
まるで別人のような会話だった。
「個人的には、彼はジムトレーナーには向いていないと思っています。彼がジムトレーナーになったら、そこのジムだけ難易度が急上昇です。ジムリーダーにたどり着くまでの、途方もなく大きな壁になるでしょう。彼は手加減が出来ないから、手加減したポケモンを使っても十全にバトルをして、そして勝つでしょうね」
「トレーナーの力が、ポケモンの力になるタイプ。トレーナーがポケモンに依存するのではなく、ポケモンがトレーナーに依存する、珍しい型のトレーナー、だということでしょうか」
「ええ、彼がバトルをするところを見れば分かるでしょうが、ポケモンが、まるで彼の手足のように動きます。いや、彼がポケモンたちの脳髄だと言った方がいいでしょうか。リーグトレーナーの方々には珍しいことではないのかもしれませんが、最初見たときは驚きましたね。一人だけ突出して強すぎた」
カリンは、少年の経歴を思い出す。
10歳。ホウエン地方ジムバッジ制覇。所要期間、二ヶ月。
向こうでは歴史的な早さだと、新聞やニュースで報道されたらしい。
カント―・ジョウトリーグには、レッドがいた。
あまりにも有名で伝説に過ぎるレッド。
物理的な距離もあって、あまりこちらでは話題にならなかったが、それでも考えてみれば、これから会う少年はすさまじい経歴を残している。レッドに迫るほどに。
「……彼は、ジムトレーナーは難しいと思うなぁ。本当に。リーグトレーナーや、チャンピオンの方が、クヌギ君らしい」
するりと口から滑ったような形で、教師が言った。
話しているうちに、指定した会議室にたどり着いた。
彼が鍵を取り出して、ガチャガチャとやり始める。
が、なかなか開かない。
「……んん?」
「どうかしました?」
「……いえ、どうやら、鍵が開いたままになっていたようです。鍵を回したら、閉まってしまいまして」
首を傾げながら、彼がもう一度鍵を回した。
今度は開いたようで、ドアノブが回った。
「では、中でお座りくだ、さい……?」
ドアを開いた教師が、中を見て固まった。
なんだろう、と思ってひょいと中を覗いた。
彼がいた。
「初めまして、カリンさん。俺がクヌギ・ソウタロウだ」
威嚇するように笑っていた。
◇
「……クヌギ君?鍵どっから取ってきたん?」
「気付かれないように職員室に入って、気付かれないように鍵開けて、気付かれないように戻しました」
「鍵の管理がばがばやないか!」
なぜ、先生が喋るとこうもシリアスが崩れるのだろうかと思いながら、笑顔を引っ込めた。
先生のせいで、あるいはおかげで、部屋の中の緊張はなくなったが、カリンさんは驚いたような顔のままだった。
驚いたような顔のまま、あらあら、イケメン、と呟きながら、入口近くの席に座った。
俺が奥の席に座っていたからだろうか。作戦通り、まずは上座をゲットすることで心理的に優位に立った。
『びっくり放心作戦』、成功である。
この時既に、俺の頭の中から、俺の返事が遅れたせいでこんな事態になっているのだという自覚は吹き飛んでいた。目の前に四天王がいるのであるから、器比べをしたくなるのは当然だった。
作戦2!『先制で謝っといて自分の過失を有耶無耶にする作戦』、発動!
「カリンさん、今回は俺の返事が遅れたせいで御手を煩わせてしまって、申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
「……ああ、そんなこと、いいのよ。直接顔を見て分かることの方が多いもの。面接試験を早めたようなものだと思っておいてちょうだい」
「ありがとうございます。だけど、これが面接試験だというなら、俺は不合格になるように努力しなければなりませんね」
「……不合格になるように?」
「ジムトレーナーになる気はないということです」
作戦3!『初っ端自分の立ち位置を明確にして喧嘩を売る作戦』!
器を比べるなら、対立する立ち位置にいた方がいい。もともと協会から俺に打診してきた話である。ジムトレーナーにならない立ち位置は、俺の希望も含めていいところのような気がする。
「……私の立場上、はい、そうですかと聞くわけにはいかないのよね。理由は?」
成功!うまく対立できた。『そう、それじゃ』と言われたら、また別の作戦を考えなきゃならなかった。
このままうまいことやって、なんとかバトルまで誘導していきたいところだった。
「俺は今の生活がそこそこ気に入っていまして。ジムトレーナーになったら時間も無くなるでしょうし自由も無くなるでしょう。生活が一変してしまうのは大きなデメリットですよ」
「隠居した御爺ちゃんみたいなことを言うのね。今の生活。ふぅん。小っちゃいポケモンバトルの大会に出て、賞金を掻っ攫っていくような生活?それで満足かしら?」
「好きな時に遊びに行って、好きな時にポケモンバトルして、金を稼ぐ。割と悪くないですよ」
「それで生きていけるのはごく一部、と言いたいところだけれどね。あなたはそのごく一部の、上の方にいるみたいね」
カリンさんが、持っていた資料に目を通しながら言った。
「第34回キキョウ杯、第54回フスベ竜祭、第12回ラジオ塔選抜カップ……。他にも、アマチュアが参加可能な大会には軒並み出場して、全部優勝してる。ラジオ塔の選抜なんて、プロも出場してる大会なのに」
なぜか出場していた大会を把握されていた。
ぐるんと先生の方を向くと、俺じゃないと言わんばかりに手を顔の前で振っていた。
「なんで私が知っているか、気になる?」
「……気になります。もしかして、カリンさん俺のファンだったりします?なぁんて、はは……」
「私は違うわ。でも、あなたのファンは、いるみたいよ?」
冗談めかして笑って見せたが、まさかの返答を頂いた。
聞くと、ウェブ上のまとめサイトで、俺の出場成績をまとめているアホがいるらしかった。
「そうとう熱烈なファンみたいよ?たぶん、あなたが大会に出始めたころからずっと追いかけている」
「あ、あははは……。暇な奴もいるもんですね」
「投稿者は、ヒワダの虫取り名人さん」
「あいつかぁ!?」
確かに、大会に勝つたびに報告していた。
まさかとは思うが、逐一全部まとめサイトに上げてたのだろうか、あのロリショタは。
「大会でバトルした人や、バトルを見ていた人が、反応してるわよ?二つ名もついてるわ」
「二つ名って。香ばしい奴らですね。そんなの考えてる暇があるなら訓練しろって」
「『鬼畜ショタ』ですって」
「不名誉過ぎぃ!」
失礼千万な奴らだ。自分が負けたからって相手に不名誉な呼び名をつけやがって。
……あれ?でも。バトルを見てただけの人もそう呼んでるんだよな……?
自分のバトル方法の根本を揺るがすような事態だった。
面談開始時の余裕はもうなかった。
これを狙ってこの話題を出してきたというのなら、さすがは四天王。戦術的行動がよく分かっている。
「……でも、そんなことで本当に、あなたは満足しているのかしら?」
見透かしたように笑いながら、カリンさんはこっちを見ていた。
怜悧な美貌に、楽しそうな色がついていた。
「……楽しい日々を送らせてもらっていますよ。なにか問題でも?」
「言い方が悪かったかしらね。多分、あなたは私からこう言ってほしいのでしょうから、言ってあげましょうか」
カリンさんは立ち上がって、腰についているホルダーから、一つのモンスターボールを取り出した。
「ポケモンバトルを、しましょう」
俺は笑った。唸るみたいに。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでいただけると嬉しいです。
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第八話
雑魚とバトルするより、強い奴とバトルした方が楽しい。
そんな風に思い始めたのは、いつからだったろうか。
わりと最近のことだったかもしれないし、そうではなく最初からだったのかもしれない。
トレーナーズスクールで負けたことは、一度もなかった。
あのツクシですら、教師の前での、お行儀のいいバトルでは俺を負かしたことがない。
平らなバトルフィールドで、一対一でのポケモンバトル。
楽しいバトルを求めて小さい頃からヒワダジムに入り浸っていたが、一度戦ったジムトレーナーには二度と負けなかったし、前任のジムリーダーも同様だった。
ヒワダタウンという狭い街の中では、すぐに相手はいなくなった。
どうにもつまらなくなって、面白くなくなって、ポケモンバトルなんてこんなものかと達観しそうだったとき、再戦を申し込んできたツクシと、スクールのバトルフィールドではなく、ウバメの森でバトルをした。
本来、正規のバトルフィールドではないところでトレーナー同士バトルするのは、試験に受かってトレーナーズカードを取得してからではないと協会規約違反なのだが、その時はもう、バトルはこれっきりにしようかとも思っていたので、そこら辺はどうでもよかった。
森でポケモンバトルをした。
平らなフィールドではなく、木々が生い茂り視界が狭く、死角が多い。
ツクシはそう言った死角に、むしポケモンの出す糸で罠を仕掛けていた。
相手のトレーナー、つまり俺が立っているところからは全く何の変哲もないただの森に見えていたが、そこはツクシにとっての狩場になっていた。
指示を出してポケモンが移動すると、いつの間にか糸に絡められて動きが鈍っていた。
逆にツクシのポケモンは、自身が張った糸を足場に三次元的な軌道を繰り返し、まるで動きがとてつもなく速い飛行タイプのポケモンのような挙動をした。
同年代とのバトルで初めて完全な負けを喫した。
そのとき察したのだ。
ポケモンバトルがつまらないのではない。
弱い奴とバトルするからつまらなくなるのだと。
◇
どうにも笑顔が抑えきれなかった。
端から見れば、会議室からバトルフィールドまで、終始ニヤニヤしながら移動する気持ちの悪い子供だったことだろう。
授業が終わった子供たちが遠巻きにしてこちらを見ていたのは、はたして四天王のカリンさんがいたからなのか、それとも俺が気持ち悪かったからなのか、判別がつかなかった。
移動中、先生が俺とカリンさんに向かってなにやらしきりに話していたようにも感じたが、どうでもよかったので聞き流した。
そんなことより、カリンさんとのバトルの魅力の方が大きかった。
移動していた数分の間に、俺の持っているカリンさんの情報を洗い直し、手持ちのポケモンを推測し、それぞれについての特徴と対抗策を考えるのに忙しかったのである。
適当に予想しただけの対抗策だったので、むしろ外れることの方をこそ期待していたと言ってもいい。
なにせ四天王である。
カント―・ジョウト地方における公式で最強のトレーナー集団。その一人。
予想が当たることの方が拍子抜けでつまらない。
予想が全て当たっているのなら、過不足なく十全に俺が勝つ。
そんなことになったら全く面白くない。四天王とバトルする意味がない。
四天王はメディアへの露出が最も多いポケモントレーナーの一つだ。
チャンピオンへ挑戦するトレーナーの前に立ちはだかる壁として、あるいはポケモンリーグ戦の常連、上位リーガーとして、テレビにも新聞にも雑誌にも情報が載る。
つまり、手の内が見えやすい。見え透いていると言ってもいい。
容易に勝利への道筋が建てられる。
どうなるかなと、実に楽しみだった。
「ルールの設定をしましょうか。私からバトルを誘った形だから、あなたが好きにルールを決めていいわよ?」
「手持ち6体全てが戦闘不能になるまでやりましょう。殲滅戦で。意図的にトレーナーを狙ったと見做された場合はその時点で反則、手持ちポケモンの枠が一体ずつ減るルールで」
「……それはつまり、トレーナーへの攻撃を推奨するルールってことでいいのかしらね」
競技バトルでは、トレーナーは比較的安全な場所から指示を出す。
普通の野良バトルでも、トレーナーを狙うことは禁忌であり、わざわざルールにはしない。
「たまたまトレーナーに攻撃が向かってバトル中止じゃ、面白くないじゃないですか」
「クヌギ君!俺はもう何も言うまいと思っていたが、あえて危険なバトルをするつもりなら止めさせてもらうぞ!本当なら四天王のカリンさんとバトルすることすらも……」
「うるさいっす。先生とは話していない。カリンさんから誘ってきたバトルだってことは、四天王としてではなく、いちトレーナーとしてここに立っているってことだ。何の問題もない」
「クヌギ君……」
バトルフィールドの向こう側に立つカリンさんに目を向ける。
彼女は額に手を当ててため息を吐いた。
「なんて、問題児……。まるで昔の自分を見ているよう。いいでしょう、そのルールでやりましょう」
ルールを受け入れてもらった。嬉しくなって笑顔が深まった。
しばらく俺とカリンさんを交互に見ていた先生だったが、やがて諦めたように項垂れると、フィールドの外に歩いて行った。どうやら審判をするつもりらしかった。
いつの間にか、フィールドの周りはスクール帰りの生徒で囲まれていた。人ごみの中には、スクールの生徒や、たまたま通りかかった街の人もいるらしかった。
どうでもいい。
早くバトルをしたい。
「ではこれより、ポケモンバトルを始める!手持ち制限は上限6体。殲滅戦。お互いに礼を!」
先生が大きな声で審判の定型文を言う。みんなの前だからか、ご丁寧に礼をさせる。
四天王に礼をさせるスクール教師ってのも凄いもんだと思いながら頭を下げた。
「どちらも準備完了か?それでは、試合開始!」
「いけ、フォレトス!」
「マニューラ、ゴー!」
◆
フォレトスか!
相性が悪い。防御力が高いフォレトス相手に、マニューラでは大きなダメージを与えられない。完全に仕事をさせてしまう。ポケモンを変えようかとカリンが瞬時に判断した瞬間だった。
少年が声をあげて笑い始めた。
「あっははははははは、マニューラか!はは、いきなり予想外だ!いいぞ、そうこなくちゃ面白くねぇ!」
バトル前から浮かべていた攻撃的な笑顔が爆発したような笑い声だった。
驚きながらも、カリンは淀みなくポケモンを入れ替える。
長年強敵と戦ってきて身に染み着いた動きである。
ホルスターを見ることなくマニューラと交代するポケモンのモンスターボールを取りだし、交代しようとした。
その時、少年の指示が飛んだ。
「フォレトス!ボルトチェンジだ!」
フォレトスの鋼鉄の体に、似つかわしくない電流が流れる。
カリンは交代する行動を止められない。もうマニューラを戻してしまったのだ。次のポケモンを出さなければならない。
「……いって、ヘルガー!」
角を生やしたオオカミのようなポケモンが場に現れると同時に、フォレトスの攻撃がヘルガーに命中した。
重量のある鋼鉄の塊が、電気を纏ってヘルガーにぶち当たる。
フォレトスの攻撃力の低さとスピードの遅さもあってかヘルガーに大きなダメージはなかったが、『ボルトチェンジ』という技はこれで終わりではない。
攻撃し終わったフォレトスが即座に赤い光となって少年の元へ戻った。
そして、カリンが指示を出す間もなく次のポケモンが場に現れた。
ほっそりとした長い体は、美しいという気持ちを抱かせはすれど、その巨躯に弱弱しさは微塵もない。
ミロカロス。
水タイプのポケモンだった。
またしても、カリンのポケモンには相性の悪いタイプ。
カリンのポケモンは体力が削られていて、少年のポケモンは無傷。タイプ相性は悪い。
序盤戦、カリンは明確に不利だった。
戦闘の流れを読むことにおいて、少年の方が上手だった。
少年は楽しそうに指示を出した。
「『ねっとう』、ぶっかけてやれ!」
「ヘルガー!相手が攻撃する直前にヘドロばくだん!」
◆
素早さで優っているヘルガーが、口を開けたミロカロスの、その口の中にヘドロばくだんを叩き込んだ。
ヘルガーは戦闘不能になったが、ミロカロスもまた、攻撃が急所に当たった上に毒状態での戦闘を強いられる。
とっさに最善手を叩きだすあたり、さすがに四天王である。
しかし、それでもまだクヌギが有利だと、教師は冷静に見ていた。
「ミロカロス、じこさいせいだ!終わったらねっとうでブラッキーを弱らせろ!」
「ブラッキー、のろいで準備して!そのあとしっぺがえし!」
二人のトレーナーの声がフィールドに響き渡る。
周りを見渡すと、観客が増えていた。
同僚がどこからか持ってきたカメラでバトルの動画を撮っているのを見て、教師は苦笑した。
この動画を使ってスクールの宣伝をすれば、間違いなく子供を通わせようとする人が増えるだろう。
年端もいかない幼い10歳の子供が四天王相手にここまでのバトルをしているのを見れば、我も我もと集まってくるのは目に見えていた。
スクールの生徒だった少年が、四天王を押している。
事実は事実。
しかし、彼のほかにこれと同じことが出来るものなど、教師の中にもいやしない。
悪徳商法極まる、詐欺一歩手前の商売をやらかそうとしている同僚には、あとで注意しとかなあかん、と思いながらも、審判を続けた。
と、試合が動いた。
「ミロカロス!れいとうビームだ!」
少年がなにかのジェスチャーをしながらミロカロスに指示を出す。
少年を見たミロカロスは、こくりと従順に頷くと、エネルギーをためてビームを放った。
カリンにほど近い地面に向けて。
あのガキ、やりおったわ、と思った。
冷気と土煙でカリンの姿が見えなくなった。
「よし、今!ミロカロス、もっかいねっとう!」
戦況が見えなくなったカリンにかまわず、少年はブラッキーに向けた攻撃の指示をした。
これを、最初から考えていたのだろうか。
カリンの手持ちで、ブラッキーは有名なポケモンである。
小さい体に見合わない高い防御性能と、回復技。
『のろい』、という素早さを代償に攻撃力と防御力を高める技を駆使して、耐えて耐えて耐えた後、一気に相手を倒しにかかる、カリンパーティーの軸の一つであった。
早く倒しておくに越したことはない。
が、こんなやり方をするとは。
「クヌギ君!反則!意図的な攻撃とみなし、6体の枠を一つ減らします!」
「最初っから俺の手持ちは5体だ!関係ねぇ!」
分かりやすくクソガキだった。
手持ちの総数を6体にしたのも、あんなルールにしたのも、デメリットなく確実にこの隙を作り出すための布石だったわけだ。
ミロカロスが力を貯める。
茹った熱湯を作り出し、ブラッキーに放とうとした。
「……ブラッキー、ふいうち」
冷静な声が飛んだ。
途端に、狙われていたブラッキーが動き出した。
雷速で駆け抜けたブラッキーは、ミロカロスに攻撃される前に、先制で強烈な打撃を打ち込んだ。
あくタイプのブラッキーが放つ不意打ち。『のろい』を積んでいた上に、ヘルガーに食らった毒状態もあって、ミロカロスは倒れ伏した。
戦闘不能。見事なカウンターだった。
冷気と土煙が晴れる。
視界がない状態で少年の行動を読んだ上で、最適な判断を下す。四天王にふさわしい、素晴らしいプレイングだった。
「……は、はははははは!すげぇ!返されるとは思わなかった。最高だぜカリンさん!」
少年は笑いながら、ミロカロスを戻し、新しいポケモンを出そうとする。
「黙りなさい」
と、冷え切った声が聞こえた。
思わず教師の背筋に、悪寒が走る。
声の主であるカリンを見た。
視界が遮られていた状態が終わると、はっきりとその姿が確認できた。
砂まみれ。氷まみれ。
笑顔だった。
背筋が凍るような美貌に、満面の笑顔。
「……うわっ、怖っ……。雪女や……。雪女のご降臨や……」
思わず小声で、コガネ弁が出てしまった。
笑ったまま、カリンは言った。
「幾らも生きていない小童の分際でよくもやってくれたわね。あなたには女性の扱い方というものを学ばせた方がこの世のためになるのでしょう。身を持って思い知らせてくれるわ」
ガチ切れだった。
同僚の教師が、うぉおおう、なんか目覚めちゃうぅぅ、とか言っているのが聞こえた。無視した。
さすがの少年も、まずかったと思ったのだろうか。ポケモンを出す前に話し出した。
「あ、いや、えっとですねカリンさん。これは不幸な事故でして。戦術的な動きのために必要な代償と言いますか。ブラッキー攻略のための秘策だったといいますか。い、いやー、残念だなー。ホントはこんなことしたくなかったんだよなー、俺もなー。ブラッキーが強すぎたからなー。いやー、しょうがないなー。お、カリンさん、氷が解けて、すごい色気が出てますよ!氷も滴るいい女、みたいな。ド田舎のヒワダに現れた季節外れの雪女、みたいな。い、いやー、美人だなー。でも、バトル中のことだから、ノーカン、ですよね……?」
カリンは爽やかに笑った。
「ぶっ殺すわ」
◆
引き攣った笑顔をしながら、少年がポケモンを繰り出した。
触覚や目を覆う大きな膜、虫のような特徴的な容貌をした、砂漠の精霊フライゴンである。
先ほどのミロカロスもそうだったが、ホウエン地方に生息するポケモンがパーティーに組み込まれている。カリンもトレーナーのトップであるので、その存在を知らないということはなかったが、交戦経験は少ない。油断しないように、と冷えた頭で考える。
「さぁ、いくぞフライゴン!」
少年が言った。
フライゴンは少年を見て、相手のブラッキーを見ると、こくこく、と二回頷いた。
そして、指示もなく動き出した。
すさまじく速いフライゴンだった。
前にカリンが見たことのある個体より二回りほども大きい巨躯を持ちながら、フィールド内を縦横無尽に飛び回っていた。
カリンは先制を取るのは無理だと判断した。物理攻撃が中心のブラッキーでは、攻撃を当てること自体容易ではないだろう。機を伺う。
「ブラッキー、つきのひかり!」
ブラッキーの光輪が輝きだす。隙は生じるが、防御力が増した今は体力回復の恩恵が大きいはずだった。
が。
ブラッキーが回復を始めた瞬間、フライゴンが強襲した。少年の指示は一切ない。
高速でブラッキーにぶつかった後、赤い光となって少年の元に戻った。
攻撃を食らったブラッキーは、吹き飛ばされて意識が刈り取られていた。戦闘不能だった。
とんぼがえり!
カリンは驚きながらも納得し、次のポケモンを繰り出した。
アブソル。鎌のように反った角を持ったポケモンだった。ジョウト地方にはいないポケモンである。
「アブソルか!ますますもって面白い!ロマン対決だ、いけ、アブソル!」
相手側のフィールドに、カリンのポケモンと瓜二つのポケモンが現れる。
同じ種族のアブソルだった。
「同じポケモンを出すの?言っておくけど、私のアブソルは経験豊富よ?」
「俺のアブソルはその分若々しいから大丈夫です」
びきり、と頭の中で音がした気がした。
私のアブソルは老けているとでも言いたいのだろうか。
二体のアブソルが、お互いに唸りながら距離を測る。相手の挙動を観察するように円を描いていた。
「「アブソル!つるぎのまい!」」
同時に指示が飛んだ。『つるぎのまい』。攻撃力を大きく上げる技だ。
どちらも、一発で勝負を決めようという魂胆だった。
アブソル達が気合を入れて吠える。準備はできていた。
「アブソル!つじきりよ!」
カリンのアブソルが飛び出した。反った角にエネルギーが込められていく。
少年は指示を出さなかった。笑ったまま、戦況を見つめていた。
アブソル同士が交差する。
お互いの角がぶつかり合い、派手に吹き飛んだ。
カリンのアブソルは、立てなかった。
少年のアブソルは、かろうじて立ち上がった。
「カリンさんのアブソル、戦闘不能!クヌギ君のアブソルの勝利!」
言いづらそうな審判の声が聞こえた。
◇
「超楽しかった」
「知ってる。見てたし」
ツクシの家でWiiしながら、バトルの感想を言っていた。
カリンさんとのバトルの件である。
あの後謎のパワーアップを果たしたカリンさんに冷や汗流しながらも、強敵との実に楽しいバトルをさせてもらった。
試合後、アブソル同士の戦いの中で何をしたのか、問い質された。
自分のアブソルが一撃でやられたのが疑問だったのだろう。
『若さっすよ。力強さと体力が違いました。いやー、残念残念』
『それは私たちが年増だと言ってるの?ぶっ殺すわ』
『メガホーンです』
くっそ怖かったので白状した。
メガホーン。むしタイプの大火力の技である。
火力が高い代わりに命中率が低いのだが、角同士をぶつけ合わせたあの戦いにおいて、そんなものは関係なかった。
アブソルの体の中で最も硬い部分があの角である。
うまく受け切れれば、こちらはなんとか戦闘不能にならずに済むと思っていた。
むしタイプの技は、あくタイプのアブソルに相性がいい。向こうは戦闘不能になる。
結果、勝った。
というより、それ以外に勝つ方法がなかったと言った方がいい。
カリンさんのアブソルは自己申告してくれたように経験豊富で、戦闘技術的に俺のアブソルの格上だった。奇を衒うことでしか勝てないと思った。
そもそもあくタイプメインのカリンさんと、手持ちの多くにむしタイプの技を覚えさせている俺とでは、のっけから相性の有利不利が明確だったのだが。
観客の中に動画を撮っていた連中がいるらしく、一部はネット上に流れ出していた。
霙まみれの妖艶なカリンさんは大人気を博していた。
バトルの一部を切り取ってつなぎ合わせた動画を、スクールの教師陣が作成中らしい。
宣伝に使っていいかと聞かれて笑顔で承諾するカリンさんは大人の女性でした。
ギャラが出るなら使っていいですよ、と言ったところ、唐突にカリンさんに頭を押さえられて、強制的に頷かされた。とてもいい笑顔だったが、頭の上に怒りマークを幻視した。いらいらしていたようだった。
なんでイラついてたのかなー。大人って不思議だなー。
「そりゃあ、怒るよ。誰だって怒る。ぼくだって怒る」
「怒るかぁ?お前の場合は、バトル中やり返してきて終わりのような気がするが」
「そりゃね。バトル中のことはバトルの中で返したいじゃない。でも、怒った気持ちが綺麗さっぱり無くなるわけではないよ、普通」
「さいで」
マリカで対戦しつつ、俺の愚痴も聞きつつ、自分の意見も言いつつ。
ツクシは器用な奴だった。
「ほら、前に君が似たようなことをしてきたことがあったじゃない。ウバメの森で。無駄に精巧なピタゴラスイッチ作って丸太で攻撃してきた奴」
「あったなぁ。その後、バトル中に
「あれはわざと」
「知ってた」
「それでバトルの後、何か変だなぁ、って思わなかった?」
「んん?その後?お前がにこにこしながら手ぇ握ってきたから、そのまま帰った覚えしかない」
「白い糸でどろどろした君を見て、街の人はどう思ったと思う?」
「元気に遊んできたんだなぁ、って思ったと思う。1000ペリカかけてもいいぞ」
「じゃあ1000ペリカちょうだい」
笑って手を差し出してきたツクシを前に、俺は首を傾げた。
どうやら俺が思っていることは間違っているらしい。
一体街の人はどう思ったというのだろうか。分からなかった。
黒杜 響様、誤字報告ありがとうございました。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでいただけると嬉しいです。
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第九話
「この暑さをのりきるには、どうすればいいと思う?」
ツクシが言った。
カリンさんとの怒涛の一日が終わった、その後の日のことだった。
結局あの後、拒否する者に無理やり役割を押し付けることはできないと言って、ジムトレーナーになる話はキャンセルされる流れになった。カリンさんにしてみれば骨折り損のくたびれもうけ、バトルするだけで結局何も決まらなかったあの日のことは、デメリットしかなかったのではないかと思っていた。
ポケモンリーグの四天王ともなれば、観客の前で一戦バトルするだけでとんでもない額の金が動く。
片田舎の子供との野良バトルなんてほぼほぼ無価値なものだろう。その上ノーギャラでスクールの宣伝用PVなんてものも作成されるのだから、こいつはもう大損なのではないかと思った。
そこら辺どうなのか別れ際に聞いてみた。
『一体誰のせいなのかしらね』
『バトルに誘ってきたのはカリンさんなので、カリンさんのせいだと思いますけど。ただまぁ、俺が煽った部分も少々あったので気に病んで聞いてみた次第です』
『いけしゃあしゃあと。どの口が、気に病んで、なんて言ってるのかしら。んん?』
『
『子供が大人の懐事情なんて気にしないの。美人なお姉さんが背伸びした男の子にサービスしてあげた。それでいいのよ』
『サービスかぁ。そんならいっそスクールのフィールドじゃなくてウバメの森でやってもらえればもっと楽しかったのになぁ……』
『また今度のお楽しみにとっておきましょう。それまでにもっと女性の扱いを勉強しておきなさいね?』
『女性として扱われたいんですか?バトル中に?そいつは驚きっすね』
『あらあら。女性として扱うことを手加減することとはき違えてるのかしら?お子様ねぇ、クヌギ君は』
『ぐぬぬ……』
『あっはは!その子供っぽい悔しそうな顔、可愛いわクヌギ君。まぁまぁ、楽しみにしてなさいな。そのうち、私が今回のバトルで得た物が何か分かるでしょう。お姉さん、お金よりうんと価値のあるもの、見つけちゃった』
優雅にポケモンに乗って飛んでいくカリンさんは、最後まで楽しそうに微笑んでいた。
そんなわけで、それまでと変わらない日々を過ごしていた俺であるが、夏の盛りは過ぎたというのに暑くて暑くてたまらない。最近連続した台風がカント―・ジョウトを襲ったこともあり、湿気が急上昇。夏真っ只中の時の方がむしろ今よりも過ごしやすかったんじゃないかと思うほどに不愉快な気候になっていた。
なにせ、動いてないのに汗がしたたり落ちるのである。
この惑星が人間を殺しに来ているとしか思えないほどの殺人的な暑さ。
貧弱な俺は部屋の中でクーラーで冷やされた環境下、辛抱強く涼しい秋が来るのを待ち望んでいた次第であった。
ツクシが言った。
「この暑さをのりきるには、どうすればいいと思う?」
ノックもせずに部屋を開けての第一声がこれである。
このくそ暑い中外を走ってきたのだろうか、髪は汗で濡れていた。普段白い頬は赤く染まり、顔と手足のコントラストがビリリダマみたいになっていた。
汗が頬を伝って流れおち、床を跳ねた。
「とりあえず暑くて死ぬからドア閉めろ。お前水飲んだか?一体何リットル汗かいてんだそれ。今なんか飲み物持って来るから待ってろ」
そう言って立ち上がると、仁王立ちしてるツクシの横を通り抜けて、下の階の冷蔵庫へ向かおうとした。
横を通った瞬間、ツクシに肩をぐい、と引っ張られた。
両手で頬を挟まれ、ぐにぐにと潰された。
この気温もあってか、やたら体温が高くて不愉快だった。
「おおっ!そーたろー、君のほっぺた冷たいよ!冬眠して冷凍されてたニョロモみたいだ!」
「妙な例えをするんじゃない。頬をぐにぐに揉むな。俺が冷たいんじゃなくてお前が熱いんだ。何連続で突っ込ませる気だお前は」
「夏祭りだよ、そーたろー!」
聞きゃしねぇ。
俺もそうだが、ツクシもツクシで、たまに全く他人の言葉が耳に入らなくなる時がある。
集中してる時や、今みたいに興奮してる時がそうだ。こんな時は話半分に聞いておくに限るのである。
「へー、夏祭り。そりゃあいいや」
返事をしながらツクシの手を外して、部屋を出る。飲み物を取りに行くのである。
水分補給は基本。水を制する者が残暑を制するのである。
「夏祭りだよそーたろー!夏祭り!」
階段を降りようとしたところで、ツクシが後ろから覆いかぶさってきた。
両腕を俺の首の前に回して背中から抱き着いてくる。体温が高くてくっそ暑い。汗で濡れてて気持ち悪い。
その状態のまま階段を降り始めた。
後ろから耳元に、ツクシのテンションの高い声が聞こえる。
「今年もやるんだぁ、夏祭り!天気が心配だったけどちゃんと晴れて一安心だよ!夏祭りで遊んで来れば暑さも吹き飛ぶよ、そーたろー!わたあめとか、りんごあめとか、チョコバナナとか!花火もやるらしーよ!」
階段を一段降りるごとに、一拍遅れてツクシが階段を下りた足音と振動が伝わってくる。
暑い。重い。うるさい。三重苦だった。
なんとか一階までたどり着くと、そのままキッチンに直行する。
リビングには母さんがいて、ちゃんとエアコンが動いていた。涼しい。
テレビを見ていた母さんは、こっちを向くとちょっと笑って、またテレビの方に向き直った。
なにも言うことはないんかい。あんたの息子が苦しんでおるぞ。
薄情な母親にため息をついてツクシをずりずり引き摺りながら冷蔵庫へ向かった。
「ガンテツさんがねー、屋台開くって言ってたよ!ボングリが原料のボール、何個か売るんだって!面白そうだよねー!見に行こうね!」
「うぇい」
「射的をね、やるんだよ!去年は大負けしたからねー、今年こそは、って秘密の特訓をしてたんだ!勝負しようよ!」
「うぇーい」
「それでねー」
冷えた麦茶があった。コップを二人分用意して、お盆に乗せて。棚にあった菓子を拝借。
部屋に戻ろうとした。
「肝試しがあるんだよ!」
耳触りのいいツクシの声で、とんでもない単語が聞こえた。
「……何があるって?」
「肝試し!ウバメの森の祠まで、明かりなしで歩くんだって!面白そーだよねー!一緒に行こうね!」
「行かん」
一瞬止まった動きを再開させて、リビングの机の上にお盆を置いた。
背中に張り付いたままのツクシをぺいっと椅子の上にうっちゃって、その正面に座った。
ツクシは驚いた顔で固まっていた。
「……肝試し、行かないの?」
「行かない」
「……どして?」
目を丸くしたままこてんと首を傾げた。
分かっていないツクシに向けて講釈を垂れる。
「そもそも、肝試しなんて今までなかったじゃんか。なんで急に肝試し?」
「先生が提案したんだって。スクールの子たちのやる気を引き出すためのイベントづくりの一環だよ。『気になるあの子と急接近!?町内丸ごと肝試し大会!』って」
余計なことしやがって、と、今ここにいない教師に内心で悪態を吐く。
ふぅ、とため息をついてから、話し始めた。
「いいかツクシ。ヒワダタウンの夏祭りと言ったらジョウトの中でもなかなかの伝統がある由緒正しい夏祭りだ」
「うん、そうだよ」
「時渡の神を祀って人がここに集まり始めてからいままでずっと続いてきた、いわば神事の一環だ」
「ふんふん」
「そんな伝統のある夏祭りに、急に今年から、夜、ウバメの森で、肝試しなんて始めたらどうなると思う?」
「……どうなるの?」
「もちろん、時渡の神の怒りをかうに決まってんだろ!奴だって夜は寝てんだぞ、いい加減にしろ!真っ暗な中、寝床でぐっすりしてる時に急に人が大勢押しかけて見ろ!びっくらこいた神様が、怒って周囲丸ごと時渡だ!参加者全員神隠しで大騒ぎだぞ!そして主催者の教師がテレビの取材で言うんだ。『こんなつもりじゃなかった』ってな!だから俺は行かない!」
完璧な理論武装。人々の危険を背景に具体例を示し、時渡の神の代弁までしてやった。どこにも隙はなかった。
これでツクシも馬鹿なことは言わないだろう。安心して麦茶を飲んだ。
ポカンとした顔をしながらツクシが言った。
「君、もしかして怖いの?」
「ぶぼふぅっ!!」
「うわ、冷たっ!」
口に含んだ麦茶が、そのままツクシに降りかかった。
一瞬にして理論武装を砕かれた俺は、慌てて舌戦の用意をした。
「あほかっ!ゴーストポケモンの群れの中に放り込まれても心に波風一つ立たん俺だぞっ!怖いわけあるかいっ!」
「うわー。びちゃびちゃだよ。ギャグじゃないんだから、本音突かれたからって人にお茶吹かないでよね」
「ほ、本音!?本音ってなに!?本気モードの音!?ハイパーボイスのことか!?」
「ウバメの森って、過去に自殺者がいるらしいよ。ホントに何か出そうだよね!」
「幽霊さんのお邪魔になるだろっ!?いい加減にしろっ!」
テレビを見ながら、あらあら、まぁ、と笑うオカン。
どうにも会話を聞いて楽しんでいるようだった。
ツクシがにやりと笑って語りだした。
「ウバメの森に関する怪談もてんこ盛りだよ。そーたろー、知ってる?」
「お、おう。怪談?べ、別に怖くねーし。言ってみろや」
どうせ全部作り話である。
幽霊の、正体見たり、野良ゴース。
最後の落ちは全部ゴーストタイプの仕業でした、ってなるんだ。だから怖くない。ほんとだよ?
「これは50年位前の話なんだけどね……」
そういって、ツクシは話し始めた。
◆
昔、ヒワダタウンが今よりもっと田舎だったころ、ウバメの森と街の境は凄く曖昧だったんだ。
街と言うよりも、村とか、集落とか言った方がいいのかな。
とにかく、昔から田舎だったヒワダは、本当に森の中に人が暮らしていたんだ。
今みたいにゲートなんてない。
街灯もない。
だから、夜になるとそこはまるっきり森の中と区別がつかなくて、真っ暗闇の中、ポケモンと人間との生活の場も、境界がうやむやで、混ざり合っていたんだよ。これは、そんな時代の奇妙な物語。
◆
「……って、君、大丈夫?」
「は?な、何が?なんもねぇけど?」
「はやくも顔真っ青だけども」
「俺は生まれた時から顔が真っ青な男なんだ」
「そんなわけないよ……。ホントに怖そうだから、やめよっか?」
「ばかおめー、ツクシてめぇ、俺は聞くぞ。別になんも怖いことないし、俺は聞くぞ」
「強がりだなぁ……」
◆
そんな、今よりもっと田舎だった街に、ある夫婦が暮らしていたんだ。
木炭作り職人の夫と、その妻だよ。
とっても仲睦まじい二人で、近所でも評判のおしどり夫婦だった。
若く逞しい、将来有望な夫と、儚げで健気な、小柄な妻は、とても仲良しだった。
森から木を採ってくる時も、木から炭を作るときも、ずっと一緒に働いていた。
汗水垂らして働きながらも、楽しそうに暮らしている二人を見て、街の人たちは口々に言ったものだった。
『早く子宝に恵まれるといいのにねぇ』。
二人の唯一の悩みは、まさにそれだった。
二人には子供がいなかった。
夫の方は、気長に待てば、そのうち神様が授けてくれるさ、と気楽なものだった。
頑張っても仕方のないものは仕方がない、子供が出来ないこと以外は何の問題もない生活をしていたから、そのうち子供も出来るだろうと思っていた。
気にしていたのは妻の方だった。
生来気が細い質の妻は、子供が出来ないことを自分の責任のように考えていた。
居ても立ってもいられなかった妻は、そのうち毎日のように、森の奥の祠に出かけるようになった。
祠の前で跪いて、神様にお願いしたんだ。
『どうか、子供を授けてください』。
それが、彼女の日課だった。
一体どれだけ長い間、その祈りを続けていたのだろう。
それは伝えられていないけれど、とにかく長い間、二人には子供が出来なくて、その間ずっと、妻は祠に通い続けていた。
あるとき、妻が祠からの帰り道を歩いていると、ふっと、赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がした。
なぜだか行かなければならないような気がして、ふらふらと声が聞こえる方へと歩いていった。
森の中を、どれだけ歩いたことだろうか。だんだんと、泣き声が近づいてきたような気がした。
ふと顔をあげると、森の中に一軒の家が建っていたんだ。
泣き声は、その家から聞こえていた。
ふらふらと家の中に入ると、部屋の真ん中、畳の上に、一人の赤ん坊が置かれていたんだ。
泣き喚いていた。
あやそうと思って抱き上げようとすると、なぜだか、見えない腕に捕まれているかのような抵抗を受けた。
それも、一度身震いをすると消えていった。
赤ん坊の顔を見ると、まぁ、その顔は、夫と妻の顔によく似ていたんだ。
眉のくっきりしたところは夫に、涼やかな目元は妻に似ていた。
妻はなんだか嬉しくなって、赤ん坊を抱いたまま、家の外に出てしまったんだ。
あ、と思った。
妻は善良な人間だったから、その時になって、知らない人の家の中に入って、その赤ん坊を抱いて出てきてしまったことに酷い罪悪感を覚えた。
やっぱり赤ん坊を元に戻そうと、来た道を振り返ると。
さっき出てきたはずの家が、跡形もなくなっていた。森になっていた。
周りを見渡せば、そこは見知った森の中。木炭を作るために出入りしていた場所だった。
夢を見ていたのかと思ったが、腕の中の赤ん坊の重みはそのままだったし、赤ん坊の泣き声もそのままだった。
首を傾げながらも家に帰って、夫には、森の中で子供を拾った、とだけ話した。
すぐに村の中で話が広まったが、子供を森の中に捨てた、という人は現れなかった。
妻と夫は、その子を自分の子供として育てることにしたんだ。そして、その子が唯一の子供になった。
それから数十年が過ぎて、子供が大人になり、妻と夫はおばあさんとおじいさんになった。
子供は結婚してすぐに、子を授かった。
そのころにはヒワダタウンも形が出来て、病院もちゃんとあった。
病院の中で、おばあちゃんになった妻が、一人で赤ん坊を抱いていたんだ。
突然、病室が和室になった。
床は畳になっていた。
昼だったはずなのに、真っ暗闇の深夜になっていた。
知らない古民家の中だった。
来たこともない家の中のはずだったのに、おばあちゃんはなぜか、そこのことを知っているように思った。
見たことがあるように思った。
がらり、と音がした。
戸が開いたようだった。
外から入ってきたのは、一人の女だった。
長い時間歩いていたのだろうか、涼しげな目元を汗が伝っていた。
女は驚いたような、喜ぶような、奇妙な表情をしていた。
そして、赤ん坊を見たかと思うと、急に手を伸ばして、おばあちゃんから取り上げたんだ。
おばあちゃんはもちろん抵抗したけど、異様なくらいに力が強くて、とてもかなわなかった。
そして女が赤ん坊を抱きながら家を出て行ったと思ったら、そこはもう、元の病室に戻っていた。
おばあちゃんは荒い息を吐きながら、夢かしら、と思った。
となりの小さなベッドを見た。
赤ん坊は、もうどこにもいなくなっていたんだ。
◆
「……おしまい!どうだった?怖かった?」
「こ、怖くねーし……。この前のカリンさんの方がよっぽど怖かったし……」
「あれ?君、ちょっと泣いてる?」
「泣いてねーし!」
目元をぐしぐし拭って証拠隠滅を図った。
「この話はねー、怖さレベル5くらいかな」
「そうか……。最大5レベルの中の5だろ……?通りで……」
「いや、最大100中の5」
ツクシがそう言った途端、俺は思わず立ち上がっていた。
そのまま玄関に向かおうとするが、途中でツクシに止められた。
「ちょ、ちょ、急にどこいくの!?」
「こんな街にいられるか!俺は今後フエンタウンで暮らす!」
本当は怖いヒワダタウン?やかましいわ!
こんなくそ怖いド田舎にいるより、濡れ透け巨乳ねーちゃんのいるフエンタウンの方が何倍ましか知らん!
落ちがゴーストタイプのポケモンじゃなかった。シャレにならん。ふぇええ、怖ぇよぅ、怖ぇよぅ。
「お、落ち着いてってば!こんな程度の怪談なんて、どこの街に行ったってあるよ!温泉郷なんてもっと怖いお話がいっぱいあるよ、絶対!」
「……まじかよ。何?怪談って市民の嗜みかなんかだったの?勘弁してくれ……」
「あ、やっぱり怖いんだ」
「こ、怖くねーし……」
「絶対、肝試し行こーね、そーたろー!」
「かつてないほどの笑顔……」
輝くような笑顔を見せるツクシと、項垂れる俺。
そんな光景を見て、母さんは口を押えて笑っていた。
◇
夕方。
だんだんと暗くなってきた辺りからが夏祭りの本番である。
街の大通りに吊るされた提灯が火を灯し、街のそこかしこでデンリュウやらモココやらが、尻尾の先を一生懸命輝かせていた。
大通りの両端には出店屋台が立ち並び、大勢の人で道がごった返していた。
「あっ、金魚掬いやってる!いいトサキントはいるかな?」
「綺麗なトサキントはいても、強いトサキントはおらんだろ」
そんなことを話しながら騒がしい街の中を歩いていた。
ツクシの両手には、昼間に言っていたように、リンゴ飴やら綿菓子やらチョコバナナやらが握られていた。
頭には、出店で売られていたペラい仮面を斜めに被っていた
浴衣を着ていた。相変わらずどっちか分からんような中性的な格好を好む奴である。女物か男物かわからん浴衣だった。
ツクシは、楽しみにしていた出店を消化するように練り歩いていった。
俺はそれについていくだけだった。
大勢が歩いてほこりが舞い上がっている中で、水飴やなんかを食べる気にはならなかったのである。
ガンテツさんとこに行った。
「おお、ツクシと小僧やないか。なにか買うてくか?」
「あいにく、お祭り気分で散財するような俺ではないもんで」
「このスピードボール。コトネちゃんが持ってきてくれたボングリで作ったんやが」
「全部買います」
「まいどー」
射的屋に行った。
「狙い撃つよっ!」
「……ああー、残念、ツクシ君。だけど、店開いてる俺が言うのもなんだけど、そろそろ止めといたほうが……」
「修行のっ、成果がっ、出るまでっ、撃つのを止めないっ!」
「……クヌギ君、クヌギくーん!ツクシ君を止めてやってくれーっ!」
祭りを回っていると不思議なもので、昼間あれだけ嫌だった纏わりつくような暑さも、いいアクセントのように感じるようになっていた。夏祭りはやっぱり、この暑さがないとだめだとすら思う。
次第に気分が高揚していくのを実感できる。
ただ歩き回ってるだけで楽しい気分になれるのだから、これは、俺を家から引きずり出してくれたツクシに感謝せねばなるまい。
「ツクシ、貸してみ」
「あっ」
ツクシの手から射的の鉄砲を奪い取って狙いをつける。
でかいのは落ちない。下の方にある小さいのが狙い目である。
「……はいっ、おめでとう!三等のハッサムストラップだ!おめでとう、ツクシ君!ありがとうクヌギ君!」
出店のお兄さんにやたら感謝されながら景品を渡された。
受け取って、ツクシの方を向くと、ぶっすー、とした顔でこっちを見ていた。
「……あとちょっとで取れたのに」
「ちょっと、ってどれぐらい?一万円消費するまでには取れてたのか?だったら悪いことしちまったな」
「……ぶー」
ぶすくれたまま、ストラップをひったくっていった。
そのまま歩いて行ってしまうので、苦笑しながら後を追いかけた。
夜も深くなってくると、だんだんと祭りの終わりが近づいてくる。
締めくくりに花火をあげるというので、広場に行って待機していた。
人が周りに集まってくると、花火が開始された。
次々に空に大きな花が咲き、そのたびに人々の歓声があがった。
「綺麗だねぇ……」
「綺麗だなぁ……」
隣から似たような感嘆の声が聞こえたので、そちらに顔を向けると、ツクシも同じようにこっちを見ていた。
ぱちくりと目を瞬かせていたので、にっ、と笑ってやると、同じように笑い返してきた。
ツクシはその笑顔のまま言った。
「そーたろー、この後は肝試しだよ!」
楽しかった気分が急降下した。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。
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第十話
この世とあの世をつなぐ時があるという。
黄昏、逢魔ヶ時なんてのは有名だし、夜明け、払暁とか暁闇とか呼ばれる時間にだって不思議なものに遭遇する。
昼と夜が混ざり合って、時間が曖昧になった時は、此岸が彼岸とつながるのだと、昔から言うのである。
そういう時は、向こう側の住人がこっちに出てきたり、あるいは逆に、こっちにいた人間が向こう側に姿を消してしまうというようなことがあったとか、なかったとか。
それだけではない。
丑三つ時というのもある。
黄昏時と払暁の間の時間。
草木も眠る丑三つ時には、幽世の住人が目を覚ますのである。
「……だから、いいかツクシ。今は丑三つ時に近いから、より本格的に向こうの住人と会う可能性が高いんだ。やばいだろ?帰りたくなってきただろ?我慢しなくていいんだ、さぁ帰ろう、すぐ帰ろう」
「君、怖がりのくせにそういうの調べるからもっと怖くなるんじゃないの?」
「ばかおめー、今そこにある脅威を克服するには情報が必要だろうが。必然調べるだろうが」
「変なとこで真面目なんだからなぁ……」
何とも言えない顔で見てくるツクシである。
このロリショタは一体何を言っているのか。
ポケモンバトルでも、相手を知って、自分のできることを把握して、戦闘を構築していくではないか。
つまり、戦うためには情報があった方が明確に有利なのである。
ジムリーダーになって手加減したポケモンで戦うようになってから、そんなことは忘れてしまったとでも言うつもりなのだろうか。
「……そーたろー、お化けとか幽霊とか、信じてないんだよね?」
「信じてない。見たこともないし、今後その予定もない。ツクシ、知ってるか?二十歳までそういうもんに関わらなかったら、その後の人生において、やつらと接触する確率が激減するらしいぞ。だから信じてない」
「……なにが、
重い足を引き摺り引き摺り、ツクシについて行った。
周りにははしゃいで走っていく子供や、彼らを微笑ましそうに眺めながら後を追いかける大人たちがいた。
大人たちの中には、大きな荷物を持っている人がいた。
おそらくは、森の中で子供たちを驚かす役兼迷わないように見守る役を遂行するための、お化けツールだろう。
大きい荷物を持っている大人を記憶しておく。
森で会ったときに誰か分かっていれば、ビビらずに済むからである。
正体が分かっていれば、怖くない。問題なのは、偽物の中に混じって出てくるマジモンである。
おどろおどろしい雰囲気を作り出して人を驚かせようというのである。出て来やすい環境をわざわざ作ってやるのだから出てこない方がおかしい。
集合場所は、ウバメの森へのゲートの中だった。
街中のほとんどの子供たちが集まってきているためか、結構な人数がいた。ぎゅうぎゅう詰めである。
大勢の子供が祭りの後で、興奮したまま狭い場所に入れられるのだから、ざわざわという騒音がすごかった。
一人一人は大した声量を出していなくても、重なり合えばものすごい大きな音になるのである。
スクールの知り合いに手をあげて挨拶しながら、空いたスペースに転がり込む。
「……うそだろ、まじかよ」
「……?どしたの?」
「こいつら全員、肝試し大会参加するの?なんなの?ヒワダタウンの子供は皆心臓に毛が生えてるの?」
「君くらい強心臓な子もいないと思うけど……。君の心臓は毛皮被って常に吠えまくってるくらいに思ってたけど、
「誰の心臓が毛皮被ったヤドンみたいだって?いや、そんなことはどうでもいいんだけど……」
「それにほら、度胸試しだけが目的じゃないみたいだよ」
ツクシが指差した方を見る。
周りでは、一緒にウバメの森で肝試しをしようと男の子が女の子を誘っていたり、女の子が男の子を誘っていたりした。ほんわかする光景だが、この後の恐怖体験を想像すると喜劇にしか見えない。
「……あれが何だって?」
「だから、肝試しの目的。よく言うじゃない、吊り橋効果、って。一緒に怖い体験をすると仲良しになるんだって。気になる子と仲良しになるために参加するって人もいっぱいいるんじゃない?」
「……色ボケは恐怖を凌駕するのか。なんてこったい。幽霊さんも、自分がこんな風に使われるって知ったら何とも言えない感じになるんじゃなかろうか」
「えー?そうかなぁ。ほら、緊張しながらも勇気を出して誘ってるところを見ると、なんだか微笑ましい気分にならない?」
「ビビッて怖がるのが女の子ならいいけどな。男がビビってたら幻滅されんだろうが。ああ、価値観が固定された悲しきこの世の定めだ」
「あっはは!普段強気な人が怖がってたらなんだか可愛いよ。この人にも怖いものがあるんだなぁって。苦手なものが何もない完璧な人より、ちょっとした弱点がある方が人として魅力が出るものだし」
「そういうのをギャップ萌えって言うんだろ?人の弱点をあげつらうようで俺はあんまり好きじゃないね。出来るもんなら長所を好きになってもらいたいもんだ」
「長所も好きだよ?」
「ん?まぁ、そりゃあ長所は普通に好きだろうが……」
「でも、短所も好きでもいいじゃない」
「……いや、別にお前の好悪に口を出す気はないけども」
にこにこしながら見てくるので、よっぽど人の弱点を探すのが好きなんだなぁと思いながら、ツクシの若干の腹黒さに少し心配になった。
そんなことを話しているうちに肝試し大会の準備が整ったようで、だんだんと子供たちが列を作って並び始めた。ウバメの森側のゲートに吸い込まれるように、数人ずつが森に足を踏み入れていく。
恐怖心をあおるためか、ご丁寧にもゲートが飾り付けられている。
黒い枠の門である。木の枠におぼろげに彫られた人間の輪郭をした何かや、恐怖の表情を浮かべた何かが実に雰囲気を出している。
扉の前には石碑のようなものが置いてあり、最前列はそこで止まるようになっていた。
石碑には、おどろおどろしいタッチで赤い文字が書かれている。
『この門をくぐるもの、一切の希望を捨てよ』
参加者は、石碑の前でじっくりとこの文字を見せつけられてから、自分の手で門を開いて、真っ暗な森の中に進んでいくのである。
「……地獄の門かよ」
ヒワダタウンに、こんな才能の持ち主がいたのか。
明らかに、急ごしらえの間に合わせとは格が違った。
先生、いったいどれだけこのイベントにやる気を出していたのだろうか。力の入れどころが間違っているような気がしてならなかった。
「お、ツクシ君久しぶり。クヌギ君はちょっとぶり。君たちは二人で一組かな?」
列を進むと、先生に声をかけられた。
質問に頷くと、小さな懐中電灯を一つだけ渡された。
スイッチを入れると、か細い光が出る。
「……え?これ一個だけっすか?もっとこう、ごつい軍用懐中電灯とか、いっそのこと松明とか」
「明かりが少ない方が、怖いだろ?」
「こんなちゃちいのじゃ、殴りかかれないじゃないっすか」
「何と戦おうとしてるんだ君は……」
「ソウタロウ、肝試し怖いみたいで、お昼からいつもより三割増しで変なんです」
「……え?怖い?クヌギ君が?」
「いや、怖くないっすよ。ただ、自分の身は自分で守るのが基本っすよね?」
「どこの戦場にいるんだ君は」
先生が半笑いしながらこっちを見てくる。
ちくしょう、鬼の首を獲ったようににやにやしやがって。
ちょっとの間話していると、いつの間にか列の先頭になっていた。
前の組が森に入ってから5分経過。俺たちの番である。
「よしツクシ、俺が懐中電灯持ってるから、お前が門を開く係りな」
「よしきた!」
役割決めてからノータイムで門に手をかざすツクシである。こいつのこのくそ度胸は一体どこから来るのだろうか、実に不思議だった。
ぎいっ、と音を立てて門が開いた。目の前には真っ暗い森が口を開けていた。
行くしかない、とツクシの後に続いて足を踏み出した。
俺が完全に森側に入ると、後ろで門が音を立てて閉まっていく。恐らく先生が閉めているのだろう。
懐中電灯の明かりはか細い。ほとんど意味をなさないような明かりでも、真っ暗な森の中では随分頼りになるように見えた。
「おーい、そーたろー!行くよー!」
既に10m程先を進んでいるツクシである。ため息を吐いて歩き始めた。
後ろで完全に門が閉まる音が聞こえた。
その瞬間。
ぽんぽん、と軽く肩を叩かれた。
後ろを振り返っても、閉まった門しかなかった。誰もいなかった。
くすくす、と、笑うような声がどこかから聞こえた。
「……ちくしょー、のっけからかよ」
小さく呟いた。
恐らく、どこかに大人が隠れていて、ビビってる子供を最初から脅かしておく作戦だと思われた。
それでも怖かったので、小走りでツクシの元まで走っていった。
◇
「……なんだかなぁ。慣れてるからなのか、あんまり肝試しって感じがしないねぇ」
歩きながらツクシが言った。歩き慣れた自分の庭、といったような様子で、リラックスしたように後ろ手に両手の指を組んでいた。
対する俺は、ツクシの後ろを歩きながら懐中電灯を前に向けていた。木々の間にできた道をしっかり確認しておかないと、いつの間にか迷い込んでいた、なんてことになりかねなかった。
先生の話では、ポイントポイントで、順路、と書かれた立札があるとのことだったが、まだ一度も見ていなかった。恐怖を煽るために必要最小限にしているようだった。
「そーたろーだって、夜のウバメの森を通るのは一度や二度じゃないでしょ?なんだか、拍子抜けって感じがしない?そんなに怖がるような仕掛けも、全然ないしさぁ」
「仕掛けがないって、おま、俺が全部引っかかってるからだろうが!」
「えー?じゃあ、そーたろー、前歩く?」
「遠慮します!」
後ろを歩いている人を狙い撃つものばかりなのだろうか。
さっきから、肩をぽんぽん、と叩かれて、振り向くと誰もいない。小さな笑い声が聞こえる。
そんな仕掛けばかりなのである。
歩いてから10分くらいは経っただろうか、都合5回も仕掛けに引っかかっている俺である。
さすがの俺も三回目くらいから慣れてきて、肩を叩かれても振り返らなくなった。
後ろからつまらなそうな、不満げな声が聞こえてくる。いい気味だった。人を驚かせるなんてあくどいことをしてるからそうなるのである。
それにしても、後ろから聞こえる声がまるで幼い子供の声のようで驚きである。
街の大人の中でも、声が幼い女性が担当しているのだろうか。そんな人いただろうか。
首を傾げながらも、暗い森の中を行く。
ツクシの言うとおり、夜のウバメの森自体は何度も歩いている。勝手知ったる広い庭のようなものだ。
祠への道順も分かるし、暗い中迷わないための方法も知っている。
ただ、肝試しというこのイベント、この環境が怖いのだ。……怖いって言っちゃったよ。
「……あっ!そーたろー、タマタマがいるよ!」
「あん?どこ?木の上?……あぁ、見えた」
「タマタマが急に目の前に降ってきたら、ちょっとホラーだよね」
「あー、丸い体に目ぇついてるしな。生首がまとまって落ちてきた、みたいな感じ?」
「そうそう!こんど森に来たとき、そーたろーにやってみよっかなー」
「ネタバレしてる仕掛けに俺が怖がるとでも……?それに、普段の森は別に怖くない」
だんだんと怖さが薄れてきて、普通に夜のウバメの森を散歩している気分になってきた俺である。
ツクシはどうも最初からそんな気分だったようで、暗い森の木々に暮らしているポケモンを見つける遊びをし始めた。
キャタピー、ビードル、トランセル、コクーン。バタフリー、クヌギダマ、へラクロス。
ツクシの場合、ただポケモンを探そうとするだけじゃなく、彼らの生態を考えて、この時間帯何をしているかを想像し、そしてポケモンたちが居そうな場所を重点的に探すのである。面白いように次々と見つかった。
「……おー、いい角のへラクロスだ!モンスターボール持って来れば良かったなー」
「まー、肝試し中だしなー。また今度捕まえに来れば?」
「うん、そうだね。また今度一緒に虫取りに行こう」
もはや肝試しなんてそっちのけでポケモンを探すことに専念しているツクシである。
俺もなんだか余裕が出てきて、こんなもんか、と思い始めた時。
ぽんぽん、と、肩を叩かれた。
またかい、と思った。どうにもワンパターンで、面白みに欠けるとすら思う。スタート地点、あれだけ気合を入れて作っていた先生が、道中の仕掛けをこんなつまらないものにするだろうか。ゲート前と森の中とで担当が違うのかもしれない。
ふぅ、とため息を吐いて、振り返らずにそのまま歩き出そうとした。
ばぁっ!と、上から何かが落ちてきた。
「うおぁああっ!?」
「……っ!?なにっ!?どしたの!?」
思わず驚きの声が出ていた。
目の前を通って地面に落ちたもの。おそるおそる見てみると、連なった丸い生首のようなもの。
タマタマだった。
どこかから、くすくす、と笑い声がした。
「……なーんだ。タマタマじゃない。大きい声出すからびっくりしたよ」
「……なぁ、なんかおかしいぞ、ツクシ」
「タマタマが目の前に落ちてくるホラー!さっき言った通りだね!ネタバレしてる仕掛けには驚かないんじゃなかったの?」
「いいから聞けって!さっきからどうもワンパターンな仕掛けばかりで、つまらないと思ってた瞬間に、その前に言ってた怖い仕掛けが出てくるんだぞ。変じゃないか?」
「……えぇ?でも、偶然じゃないの?これくらい、誰だって思いつくよ」
「後ろから肩をぽんぽん叩いてくる仕掛けばかりだったのに、急にそんな仕掛けになるか?俺たちがさっき話していたばかりの仕掛けに?それに、入口であれだけ気合を入れた門を作ってた先生が主催だろ?あの人は、最初だけ形を整えておけばいい、なんていう適当なことは、たとえ遊びだとしてもやらない人だろ?あの人が作った肝試し会場なら、今頃俺が阿鼻叫喚の渦に巻き込まれてても不思議じゃない。けど、全然そんなことはない」
「……でも、だってそれは、仕掛けをやる人と担当が違ったんだよ、きっと」
「一番変なのは、もう何分も歩いているのに、一向に順路の立札が無いことだ。慣れてない奴なら迷っててもおかしくないくらいには、もう森の深部だぞ。あの先生が、万一にも子供が森に迷い込むような形にするか?」
「…………」
くすくす、と笑い声がする。子供のような笑い声が。
「……くそ、うるせぇな」
「……え?な、なにが?」
「笑い声だよ。スタート地点で肩を叩かれてからずっと誰かがついてきてるんだ」
「……笑い声?」
「おう、結構大きな声だろ?子供みたいな高い声……」
周りを見渡しても誰もいない。
ツクシを見ると、引き攣ったような笑い方をしていた。
「……え?い、いやだなぁ、そーたろー。やめてよ、そういうこと言うの……」
「……は?そういうことって……?」
「そりゃあ、ぼくだってつまらないなぁと思ってたよ?肝試し大会で、なんにも仕掛けがないんだもん。もうほとんど、ただ君と散歩しているような感じになってて、こんなもんかぁ、と思ってたけど……」
「……いや、だから、お前が引っかかってないだけで、仕掛けはあったぞ?肩を叩かれて、振り向くと誰もいなくて、笑い声がする、って……」
「……笑い声なんて、聞こえなかったよ……?」
え、と思った。
ツクシを見ると、青ざめた表情で俺を見ていた。
嘘ではないようだった。
こいつには、子供のような笑い声は、聞こえていないらしかった。
「……え、だって、こんなにはっきり……」
「……一度も、聞こえなかった、よ……?」
『きゃは『きゃははは『きゃはははは!『きゃはははははは!!『きゃははははははは!『きゃはははは『きゃはははははは『きゃはははははははは!きゃははははははは『きゃはははははははは!『きゃはは『きゃはははは『きゃははははは『きゃはははははははは!!『きゃははははははは『きゃははは『きゃははははははは『きゃはははは『きゃははははははは『きゃははははははははは!『きゃははははははは『きゃはは!『きゃははははははははははははは!!』『きゃははははは!『きゃははははははははは!きゃは『きゃははははは『きゃははははは『きゃはははは!』
森が爆発した。
そう錯覚するような、笑い声の渦だった。
甲高い子供の声である。
何人も、何人も、何人もいるように聞こえるようで、その実たった一人しかいないようにも聞こえる、不思議な笑い声だった。
不思議な爆音だった。
あまりのことに呆けていると、ツクシが急に抱き着いてきた。
反射的に受け止める。
ツクシの体は震えていた。
「……き、聞こえた。笑い声……」
「……だろ?あるだろ、笑い声……」
「……君、ずっと、こんな、狂ったような笑い声を……?」
「……いや、今急にこんな笑い方になった……」
笑い声は続く。
声の渦の中に閉じ込められるような錯覚を覚える。
腕の中のツクシの震えが大きくなった。
「……よし、戻ろう」
「……え……?」
「明らかになんかヤバいことに巻き込まれてる気がする。来た道を戻ってゲートに向かおう。リタイアだ、こんなもん」
「……う、うん、そうだね……」
ツクシは青ざめた顔で頷いた。
大きな丸い目はうるうると濡れていた。
俺もこんな顔になっているのかな、と思った。
振り返って、来た道を戻って歩く。
相変わらず、振り返っても誰もいない。ただ真っ暗な森が広がっているだけだった。
頼りになるのは、か細い懐中電灯の明かりだけ。
笑い声は続く。
ツクシと腕を組みながら歩いた。
ツクシは、少しでも笑い声を耳から押し出そうとしているかのように、両手で耳をふさいでいた。
歩いていると、懐中電灯の光がとぎれとぎれになって、弱まっていった。
もともと小さい電池式の懐中電灯で、しかもスクールの備品である。電池が無くなるのも当たり前だということで、替えの新品の電池を渡されていた。
電池を代えようと、ポケットから新品を取り出した。
一旦光を消して、ツクシに抱きしめられた腕を抜いて、交換しようとした。
「……ちょ、ちょ、なんで手ぇ放すのっ!?」
手探りで電池交換をしようとしたときに、ぐいっと手を引っ張られて抱きしめられた。
その拍子に、電池も懐中電灯も、手をすっぽ抜けて真っ暗闇の森の中に飛んで行ってしまった。
「……お、お前、ツクシ、急に引っ張るなよ!」
「……だって怖いもん!手つないでてよ……!」
ぎゅう、と手を握りしめながら、涙声で呟いた。
可愛かった。ギャップ萌えである。
「……あー、もう!行こう!」
闇の中を懐中電灯を探して彷徨うのも怖かったので、木々が開けて夜空がかすかにでも見えるところを選んで歩いた。
笑い声は続く。
どれだけ歩いただろうか。恐怖で時間間隔が狂っていて、分からなかった。
一時間くらいかもしれないし、五分くらいかもしれなかった。
とにかく歩き続けていると、ふっ、と開けた場所に出た。
見覚えがあった。
それもそのはずで、目の前にあったのは、ウバメの森の奥にあるはずの、古びた祠である。
「……おいおい、うそだろ……」
来た道を戻っていたはずだった。
なのになぜ、目の前に祠がある?
これでは方向があべこべだ。
「……あれ、そーたろー、変だよ……」
ツクシが言った。
祠を指差している。
何が変なのか、最初は分からなかったが、はっと気付いた。
肝試しの中間地点の祠には、ここまで来たという印のために、スタンプが置かれているはずだった。
しかし、なにもなかった。
あるはずのものがない。
恐る恐る、祠に近づいて確認する。
やはりない。
祠に触った瞬間、ずっと続いていた笑い声がやんだ。
足音が聞こえた。
二人分。
音の感覚が広い。
足幅が広い。
大人の足音だった。
二人。
暗い中でも、なぜかはっきりとその姿が見えた。
しかし、顔はうすぼんやりと暗くて分からなかった。
一人は背の低い、男だか女だか分からないような中性的な服装をしていた。
もう一人は背が高い、白いズボンにシャツとジャケット。男だった。
男が言った。
「ハッ!ばかなガキだねぇ。普段ポケモンに頼るってことをしないからこんなことになる。てめぇの能力だけで全部終わらせようとするクソガキの限界だな」
中性的な方が言った。
「あっははは!すっごいブーメランだね!それにしても、そっかぁ、そうだよね。思い出したよ。この時怖かったけど、君が隣にいて安心してた覚えがあるよ」
男の方が近づいてきて、何かを投げ渡してきた。紅い、燃えたぎるマグマのような色をした玉だった。
そのまま、頭をぐわっと掴んで、がしがしと乱暴に撫でられた。
「いいか、クソガキ。そいつを後生大事に抱えとけ。絶対なくすな。壊すな。盗られるな。いつか必ず必要になる。それが世界を救うんだ、ぐらいの気持ちで扱えよ」
中性的な方がツクシに近づいて、両肩に手を置いた。
そのまま、何かを手渡した。蒼い、深い海のような色をした玉だった。
「怖かったよね。分かるよ。かなりやり過ぎだよねぇ、神様も。悪戯好きなんだからなぁ、もう。それはそれとして、君も、これを持っているんだ。なくさないでよ?」
渡し終わると、どちらもすっと立ち上がって、背を向けて歩き出した。
「じゃあな。お前らのこの先はいろいろ前途多難だが、才覚生かして生き残れよ。自分でダメなら人に頼れ。それが正しい人間の生き方ってもんだろ?」
「ばいばい。大変なことはいっぱいあるけど、楽しいことも、嬉しいことも、この先いっぱいあるんだよ。君たちの行く先は、綺麗に素敵に輝いてるよ」
元から顔は見えなかった。
彼らが歩いていくうちに、体全体も、顔と同じようにうすぼんやりと消えていった。
彼らについていくようにして、薄緑色の小さな妖精が飛んでいくのが見えた。
子供みたいに、くすくすと笑っていた。
◇
ふと気が付くと、そこは祠の前だった。
隣にはツクシがいて、不思議そうな顔で辺りを見渡していた。
祠の方を見ると、前に机が置いてあって、スタンプを押せるようになっていた。
ツクシと顔を見合わせた。
お互いに、両手には綺麗な玉を持っていた。
夢見心地で、手の甲にスタンプを押した。
檻@102768様、トウセツ様、誤字報告ありがとうございました。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。
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番外編1 もしつく もししる
本編とは関係のないお話ですので、イメージを崩したくないという方は読まない方がいいかも……?
やっぱりね、作者もね、クソガキ書いてるより可愛い女の子書いてる方が楽しいんですよ。
そんな感じの番外編です。
もしつくっ! ~もしツクシが明確に女の子だったら~
Part1 始まり
「ほらほらそーたろー!見てよこれ!わたしジムリーダーになったんだよ!」
少女が一人、とある家の玄関で、とある少年に紙切れ一枚を見せびらかしていた。
夏の暑さが続く中、炎天下の太陽の下を走ってきたのだろうか、滝のような汗を流していた。
太陽の熱を跳ね返しているかのように焼けることを知らない白い肌。
その肌の上を大粒の汗が流れおち、胸元から滑り落ちて、洒落た白いワンピースの中に消えていった。
麦わら帽子を片手で抑え、もう片方の手を突き出して少年に紙を突き出していた。
これを読めというのだろう。
少年は胡乱げなまなざしで紙を眺めた。
鋭く吊り上った瞳にほっそりと尖った細面。
すっと伸びた鼻梁と、しかめられた形の良い眉が、将来の容貌を保証している様な少年だった。
「……よくできた贋作だけど、偽造は重罪だぞ。友達のよしみで通報しないでおくからさっさと燃やして証拠隠滅してこい」
「ばか!本物だよ!君じゃないんだから任命書偽造なんかしないよ!」
「信じられるかボケ。旅行から帰ってきたら幼馴染がジムリーダーでした、って、意味が分からんわ」
「わたしに何にも言わずに旅行行っちゃう君の方が意味分からんわだよ!悔しかったので資格試験受けて来ちゃった!」
「受けて来ちゃった、で受かる辺りお前らしいが。え、いやいや。ないわ。さすがに冗談だろ?」
少年は全く信じようとしなかった。
俺がそんなものに騙されるわけないだろうと言わんばかりに、両手を顔の横に広げて、やれやれという仕草をした。
「……ばか。ほんとだもん。信じてくれたって、いいじゃん……」
「分かった。ホントだな。信じる。信じます。だから泣くのはやめてください!」
少女の目が涙でうるうるし始めると、途端に態度を変えた。
女性の涙は強いのである。
Part2 海にて
「えぇっ!?そーたろー、バッジ8個集めちゃったの!?」
「おうよ。旅行中に回るだけで余裕でした」
キキョウシティとヒワダタウンをつなぐ32番道路。
海の上を通る桟橋の上で足をぶらぶらさせながら、少年が自慢げに言った。
ホウエン地方に旅行していた二ヶ月の間に、ジムバッジを8個集めてきてしまったのである。
実際は、主にジム以外の場所でのトラブルが多く、とてもではないが余裕な旅路ではなかったわけだが、バッジを集めた事実は事実。都合の悪いことは言わなければよかろうなのだった。
少女はびっくりしたように目をまあるくした後、不満げにぐっと眉根を寄せた。
「なんで一人で集めちゃうの!?一緒に回るって約束したじゃん!」
「別にジョウトのバッジを集めたわけじゃないからいいじゃんか。それに、旅の云々を分かってるやつが一人いた方が楽になるだろ?」
「むぅううっ!そうだけど!そうなんだけれどさぁっ……!」
不満げに歩き回った後、どすんと勢いよく少年の隣に腰かけた。
相棒のような少年が自分に言わずに抜け駆けしたような気持ちになって、納得できないようだった。
唇を尖らせて少年を睨みつけた。
「一緒に旅したかったもん!ずるいずるいずるいよぉー!」
「アヒル口になってんぞツクシ。別に、これから一緒に旅に出ればいいだろ。スクール卒業してさ、その後ゆっくりバッジ集めてさ。旅先でやりたいこと見つけたり、リーグトレーナーになったり、いろいろ出来るさ」
「そりゃあ、いろいろ出来るだろうけどさっ!そうじゃなくてさぁっ……!」
「あ、分かったぞ。もしかしてツクシお前」
にやり、と意地悪そうな顔で笑って、少年が言った。
「俺に面倒見てもらうのが嫌だから、そんな風に言うんだろ?」
「……っ!」
かぁっ、と少女の顔が赤く染まった。
少年はそんな少女を見ながら、にやにやと笑いを深くする。
「顔真っ赤にしちゃって、可愛いねぇツクシちゃん。そうだよなぁ、完璧主義のお前なら、全部自分でやりたがるよなぁ。旅のイロハを知ってる俺と一緒に行くと、ぜーんぶ俺に仕事を取られそうで嫌なんだろ?」
「……ち、違うしっ!そんな風に思ってないしっ!むしろ、雑用全部君に押し付けようと思ってたしっ!?」
「照れるな照れるな」
「炊事洗濯事務手続き、お金稼ぎに露払い、全部やらせようと思ってたしっ!?」
「お姫様かお前は」
「ほらそーたろー!わたしのモンスターボールを持ってきなさい!わたしのリュックも持ってきなさい!」
「女王様かお前は」
「コイキングがいなければギャラドスで戦えばいいじゃない!」
「マリーさんか。しまいにゃ反逆かますぞ」
笑いながら、少年は少女の頭を撫でた。
憎まれ口も顔を真っ赤にしながらでは、可愛くしか思えない。
思わずなでりこなでりこ、手が動いていた。
少女は羞恥が限界を超えたのか、俯いたまま動かなくなった。
少女は思う。
旅の楽しさや感動だけじゃなく、苦しさも、辛さも、少年と一緒に分かち合いたかったのに、と。
そんなことは恥ずかしくて、とても言えなかった。
「あれ、そういえばツクシ、お前ジムリーダーになったんだから、旅とか無理じゃん」
「……はっ!?」
少女は一転、顔を真っ青にした。
もししるっ! ~もしシルバーが女の子だったら~
Part1 バトル後
「……うそ、だろ……」
つながりの洞窟で、二人のポケモントレーナーが対峙していた。
片方は余裕を持って相手を見据える少年。傍らには砂漠の精霊、ドラゴンタイプのフライゴンが悠々とその巨躯を浮かせていた。
もう片方は少女である。
赤い髪を腰まですらりと伸ばし、黒い衣装に身を包んでいた。
普段は厳しく相手を睨む切れ長の瞳は、動揺のためかショックを受けたように揺らいでいた。
彼女の前には、戦闘不能になったマグマラシが力なく横たわっていた。
「……おれが、負けた……?」
鈍重で弱そうな丸いポケモンと腑抜けた様子で座っていた少年を見て激しい苛々を覚え、バトルを突っかけた少女である。自分が敗北することなど考えてもおらず、まだ、状況を受け止めきれていないようだった。
いや、ただの敗北ならば、彼女もそれほどショックを受けずにいたのかもしれない。
しかし、ただの敗北ではなかった。
惨敗である。
完膚なきまでに。
手加減すらされた、屈辱的な敗北だった。
『……ゴース?あれだけ啖呵きっといてゴースか……。本当に新米だったんだな。ステロ撒く必要もない。それ以前に本気で相手したら殺しかねないぞ。手加減とか苦手なんだけどなぁ……』
手加減が苦手。それは嘘ではなかったのだろう。
少年は、ポケモンが出せる最小限の力で、少女のポケモンに与えるダメージを極力小さくした上で、じわりじわりと体力を削っていった。
本人にそういう意図はなかったのであろうが、それはまるっきり、熟練者が初心者を嬲って遊ぶ光景だった。
少女のポケモンもただやられていたわけではない。
必死に食らいついて、反撃もした。少女の自慢のポケモンたちだった。
しかし、少年の鍛え上げられたポケモンには程遠かった。
そもそも反撃が当たらない。
素の能力値に差がありすぎたし、バトルの技術でも差がありすぎた。
時には単純にスピードで振り切られ、時には技を受け流すようにされて、まったくダメージが入らなかった。
加えて、少年の得意とするサイクル戦と呼ばれる戦い方。
ポケモンの技に、直接モンスターボールに戻る類の技がある。
それを駆使して、次々と新しいポケモンを繰り出し、少女に一瞬の判断を何度も強要した。
勝てなかった。程遠い。
少女は少年を見る。
今の少女は、彼がこの世界の頂点に立っていて、自分を遥か上から見下ろしているように感じていた。
今まで自分がやってきたことはなんだったのだろうか。
目の前が真っ白になった。
「ふふふ、いいか!ポケモンが弱かったんじゃねェ、お前が弱かったんだ!……って、おいっ!?ちょ、大丈夫か!?倒れた!?え、なに、貧血かなんかか?……トレーナーの中には負けるとショックで倒れる奴がいると聞いてはいたが……。しゃあねぇな、ちくしょう……」
少女が目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
どこかの民家だろうか、パソコンやゲーム機が散乱しているのが見えた。
子供の部屋のようにも思ったが、壁に貼られた何かの表やグラフが、研究室のような雰囲気を出していた。
少女はベッドに寝かされているようだった。
体にタオルケットがかけられていた。
いいにおいだな、と少女は思った。
どこか安心するようなにおいだった。
放心していると、部屋のドアがガチャリと開いた。
入ってきたのは、あの少年だった。お盆に乗せたコップが二つに、紙パックの飲み物を持っていた。
「……お、起きたか。おはようさん、この寝坊助め」
「……あ、え、あ……?」
状況が呑み込めなくて、少女は混乱しているようだった。
少年は言った。
「お前のポケモン、ポケモンセンターに預けてきたところだったんだ。出来るだけ軽症にしたつもりだったけど、回復には明日の朝までかかるってさ。今日はここに泊まってけ」
「……ここに?」
「そう、俺ん家。いやー、母さんがなんか張り切っちゃってさ。多分、俺みたいなガキしか家にいなかったから、女の子が新鮮なんだと思うんだよな。だから悪いんだけど、母さんと話すときはおしとやかにしてやってくれな」
「……意味が分からない。泊めてもらう理由がない。おれは宿に行く」
「まぁ待て。やり過ぎちゃった詫びだと思って、な?」
体にかかったタオルケットを跳ね除けて立ち上がろうとすると、少年が肩を押さえるようにして止めた。
「……詫び」
「そう。なんかいじめるみたいなバトルになっちゃって、すまんかった」
そういう少年に、少女は怒りを感じた。
少女には、『お前が弱すぎたせいでまともなバトルにならなくてごめん』という風に聞こえた。
弱かった自分が悪い。強いこいつは、悪くない。
悪くないのに謝る奴は嫌いだった。
「でも、バトルしてて思ったけど」
「……なんだよ」
「お前、きっといいトレーナーになるよ」
少年はそういって笑った。
少女はなぜだか、気恥ずかしい気持ちになった。
Part2 ゲート前にて
ヒワダタウンとウバメの森をつなぐゲート。
そのヒワダタウン側で、ポケモントレーナーが二人、バトルをしていた。
どちらも背は小さいが、ヒワダタウンのジムバッジを手に入れられるくらいには実力者だった。
戦っているのは、マグマラシとモココである。
進化段階も、レベルも、能力値も、今の時点では大差はない。
大きな差になるのは、トレーナーの能力と、ポケモンの士気だった。
先ほどバトル中に進化したばかりのモココは、進化後の能力上昇の恩恵もあり、やる気十分。
マグマラシも気持ちは強かったが、今のモココは実力以上の力を発揮していた。
押され気味のマグマラシを支えようと、シルバーの声が飛ぶ。
「マグマラシ!まもるだ!」
「モココ!じゅうでん!」
体力がないマグマラシに防御姿勢を取らせたシルバーだったが、それを相手は読んでいたのだろうか。
充電され、モココの体表から強烈な電気が飛び散った。
気合十分、モココは貯めた電気を開放する。
普通なら弱い電気が飛ぶだけの電気ショックが、気を抜いたマグマラシに紫電となって襲い掛かった。
「よし!やったよモココちゃん!」
マグマラシを倒したモココが尻尾をふりふり、トレーナーのもとに駆け寄った。
電気を押さえて、主人に抱き着く。
「……頑張ったな、マグマラシ」
そういって、シルバーはマグマラシをボールに戻した。
マグマラシが負けたのは、自分の戦い方が悪かったから。ベイリーフを倒した後、疲れている時に連戦させたから。
これで、残る手持ちはお互いに一体ずつ。
しかしシルバーは、この一体には絶対の自信があった。
ある少年が、自分のために交換を繰り返してくれた、そして一緒に鍛えたポケモンだった。
「最後だ、ゲンガー!」
現れたのは、黒い影のような大きなポケモン。
くっきり見える口元は、不敵に笑っていた。
「モココちゃん!後一体で勝ちだよ!頑張ろうね!」
後一体。この一体がシルバーの切り札であることを、相手は知らない。
◇
「……お?シルバーとコトネちゃんか?」
バトル後、軽く話していた二人を見て、少年が歩いてきた。
バトルを見ていたわけではないようだったが、それでもいい。
シルバーは報告したくてたまらなくなっていた。
あなたのおかげで勝てたのだと、声を大にして言いたかった。
「あ、クヌギさん。こんにち……」
「ソウタロウ!」
横にいた少女の声を遮るようにしてシルバーは駆け出した。
勢い余って少年に抱き着くような格好になったシルバーは、そのまま話しかける。
「ソウタロウ!勝ったよ!おれが勝った!ゲンガーが圧倒するところ、お前にも見せたかった!」
「おうおう。そいつは良かった。『ふいうち』はうまく使えたか?あれの読みがうまいかどうかでトレーナーとしての格が一枚上がるぞ」
「使えたよ!ソウタロウが教えてくれた通りにできた!技マシンをくれた『シャドーボール』も、すっごく強かった!」
いぇい、と少年が手を挙げたので、シルバーは嬉しくなって、ぱちぱちぱち、と勢いよく連続してお互いの手を打ち合わせた。少年が教えてくれた、友達と喜び合う仕草だった。
「……あれ、クヌギさん。シルバーちゃんと、随分仲がいいんですね……?」
「やぁ、コトネちゃん。いや、ちょっと前に知り合ったんだけど、呑み込みが早かったからいろいろ一緒に練習したんだ」
目が暗くなったような表情のコトネが気になったが、今が幸せなシルバーには些細な事だった。
今が幸せなシルバーは気が付かない。少年のモンスターボールホルスターの、その裏地に。
小さな盗聴器が仕掛けられていることに。
◆舞台裏◆ ~飛ばしていいです~
小さな部屋があった。
窓はあるが、外は見えない。白い空間が広がっていた。
何もない小さな部屋の真ん中に、ミカン箱と、それに乗ったパソコンがあった。
パソコンの前に、白い人影が座っていた。
充足したような雰囲気を醸し出しながら、何か言っていた。
「どや、ツクシもシルバーも可愛かったやろが。可愛い女の子を書ける俺はホモじゃない。まだ大丈夫、大丈夫」
ホモじゃないー、ホモじゃない―、と調子っぱずれの歌を歌いながら寝転がった。
「いやー。やっぱり可愛い女の子を描写するのは楽しいな。手が進みまくるね。主人公書いてる時の3倍速くらいのスピードだったわ。量産型ザ○とシャア専用ザ○、みたいな」
書き終わった後の充足感で、たいして面白くもないたとえ話を呟く。
「最後なんかコトネちゃんがアレだったけどまあ、概ね可愛かったよな。これでシルバーもヤンホモ扱いはされんで済むだろうか。あとは本編で主人公かっこよく書けるようになれればいいんだけどなー。俺もなー」
ごろりと寝転がった人影は、うだうだと無い物ねだりするナマケモノのようであった。
「……あれ、でもちょっと待てよ?ツクシが明確に女の子で、シルバーが女の子になった世界線だと、クヌギ君の周り、男の子供がおらんよな?男女比が崩れすぎて俺が嫌いなハーレムものみたいになっとる。そうなると書く気が失せるのでやっぱりこの番外編はここで終わりにしたい。だけど可愛い子を書いてると筆が進むし楽しい。……つまり、可愛いツクシをもっと書いて、出る回数を増やす!これだ!やはり原点回帰が二次創作における士気の保ち方に必須の要素で……」
終われ。
早くも十話到達しまして、驚きつつも喜んでおります。
今後も楽しく書いていけるといいなぁと思っています。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでいただけると嬉しいです。
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第二章 Flaming Snow
第十一話
肝試しが終わったからというわけでもないだろうが、うだるような暑さが抜け、穏やかな涼しさを感じるようになってきた。
風の匂いも変わり、焼けつくような暑さを持った空気とはうって変わって、適度な湿気と心地よい温度をもった秋の風が肌を撫でるようになってきた。
もう少し経てば紅葉が見えたり、秋の花が咲き始めたりするのだろうが、まだまだそこまで季節は進んでいない。
つまり、夏の自然と秋の空気が織り交ざった季節の変わり目というわけである。
俺が最も好きな時期だった。
クーラーの吐き出す人工的な空気の中をじっと耐え忍んでいた真夏とは違って、外の空気を吸うだけでどうにも心がざわついてきて、自然自然にテンションが上がってくるのだ。
体の奥底から荒波が押し寄せてくるような、あるいはマグマがせり上がってくるかのような、落ち着かない、されども決して嫌いではない気持ちにさせられる。
どうしても何かをしたいような、誰かに会いたいような、どこかに行きたいような。
何をしたいのかも、誰に会いたいのかも、どこに行きたいのかも分からないけれど、それでも何かをどうにかしたい。
そんな、にっちもさっちもいかないような気分になる。
そんな時期である。
こういう気持ちは、本当に、嫌いではない。
しかし落ち着かないので、この時期はいつも、誰かと一緒にいるか、何かに没頭しに行くのである。
正式にポケモントレーナーになった今年は、その気持ちをポケモンバトルで晴らしていた。
『ブーバー、戦闘不能!ハッサムの勝利!よってこの勝負、ヒワダタウンのクヌギの勝利!』
例によって例のごとく、バトルの大会である。
今回はエンジュシティで開かれた大会で、優勝者には賞金だけでなく、特別な賞品も用意しているとのことだった。
だから、というわけでもないが、季節の変わり目で上がりに上がったテンションを解消するためにも、少し遠出してエンジュシティまで来たわけである。
『さぁ、まさかの大番狂わせです!前大会優勝者、エリートトレーナーとして経験を積んだほのおタイプのスペシャリストであるバサラ選手が、準決勝で今大会初参加の無名の少年に敗北するなど、いったい誰が予想したでしょうか!』
司会のこういう口上も、いい加減聞き飽きた感がある。
前大会優勝者が云々。ダークホースが云々。まだ10歳の少年が云々。他に言うことはないのだろうか。
『と、言いたいところですが』
そんなことを思っていると、いつもとはちょっと違ったフレーズが出てきた。
お、いったい何を言うつもりなのだろうか。
『人気ウェブサイト、ポケネットの視聴者ならお分かり頂けるでしょうか。ヒワダタウンのクヌギ選手、彼は先日から、ある動画で有名になった少年であります!何を隠そうこのわたくしも、その動画で彼のことを知った口であります!四天王カリンとの名勝負!恥ずかしながらわたくし、この大会に彼が出ると知って若干興奮した夜を過ごした昨夜でありました!』
カリンさんとの勝負の余波が、こんなところに出ていた。
『探ってみればこの少年、この夏にトレーナーデビューを果たしてからわずか数か月!この間に各地の大会を荒らしまわった
明らかに興業のだしに使われていた。
大会の司会というのも中々に頭を使う仕事だが、これだけ喋れれば十二分に役割をこなせるんだろうなと思いながら、選手控室に戻った。
控室に戻るまでの通路。
昼間だから明かりをつけないのだろうか、陰になって暗い通路を歩いていると、途中で誰かが立っていた。
スタッフか誰かだろうと思って横切った時。
その人が言った。
「……うん、君は、いいな」
横目で見る。
暗くて顔はよく分からなかったが、頷いていたのが見えた。
気持ち悪かったので、足早に控室に向かった。
◇
「ハッサム!つるぎのまい!」
指示に答えて、赤い鎧をまとったようなポケモン、ハッサムが力を貯める。
これで二回目の『つるぎのまい』だった。
「くっそぉ!グランブル!かみくだけ!」
トレーナーの指示に従って、大きな体躯をした二足歩行のブルドックのようなポケモン、グランブルがハッサムに肉薄し、肩に思い切り噛み付いた。
金属を擦るような音が聞こえる。
可哀そうに。鋼の強度を誇るハッサムの体に噛み付いて、あのグランブルの口の中は大丈夫だろうかと考えながらも指示はやめない。
準備は完了したのである。
「ハッサム!しっかり捕まえてろよ」
声を聴くと、ハッサムは左腕でグランブルの首をがっしりと挟み込んだ。
そして、右腕を構える。
「バレットパンチ、連打だ!」
答えるように大きく鳴くと、ハッサムの右腕が光りだす。技のためのエネルギーが貯められているのが分かった。本来バレットパンチは超高速の打撃で相手を先制攻撃する技だが、相手を確実に固定している今、もっとえげつない技にグレードアップする。
ハッサムが、今更逃れようとあがくグランブルの首を掴み、ぐい、と持ち上げた。
そして炸裂する、連続したバレットパンチ。
銃弾のような速度で放たれる鋼の拳。
普段でも細い木ならば一発で砕いてしまうようなそれが、『つるぎのまい』で強化され、さらに連打される。
ハッサムから解放された瞬間、グランブルは声もなく崩れ落ちた。
『グランブル、戦闘不能!ハッサムの勝利!』
相手は残り二体だったが、よっぽどの切り札がない限り、いまのハッサムは止められない。
『ケンタロス、戦闘不能!ハッサムの勝利!』
『ミルタンク、戦闘不能!ハッサムの勝利!』
予定調和だった。
『この勝負、ヒワダタウンのクヌギの勝利!よって、今大会優勝者は、クヌギ選手!』
優勝優勝、万事ことも無し。ちょっとは上がりに上がったテンションも、解消されただろうか。
変なことがあった肝試し大会なんて早く忘れて、いつもの状態に戻りたいものである。
『力で押して押して押しまくる!なんという勝負でしょうか!準決勝のようなサイクル戦とはうって変わったバトルスタイル!変幻自在の戦闘についていけなかったか!クヌギ、さすがに『鬼畜ショタ』の二つ名は伊達ではなかった!』
「……へーいへいへい!ちょっと待て!その二つ名は了承してないぞー!訂正しろー!」
『それでは授与式に移りますので、準備が整うまでもう少々お待ちください!』
「聞けや!」
完全にスルーして進める司会の人。
さすがにプロだった。
選手一同集まって待っていると、入賞者の立ち台やマイクなどが手早く用意されていった。
その様子をどうすることもなく眺めていると、一人の少女が目に入った。
俺より幾分か年上だろうか、役員の人間が準備しているのを所在なさげに見ていて、時折手伝おうと動くのだが、断られて元の場所に戻るのだった。うろうろと何か手伝うことがないか探しているが、役員の方が恐縮した様子で首を横に振るのだった。
しょんぼりした様子で元いた場所に戻る彼女は、なかなかにいい子のようだった。
俺なら最初から手伝おうとしないだろう。
明るい茶髪を腰まで伸ばし、かつ頭の両側で縛って角のような形をつくる独特の髪型である。
白いワンピースが良く似合うような、儚げな容姿をしていた。
『長らくお待たせいたしました。準備が整いましたので、これより授与式を行います』
アナウンスが流れた。促されて、立ち台の真ん中に上がる。
両隣は大人だった。身長の差で、もっとも高い立ち台にいるはずの俺が、一番低いところに頭があった。
谷みたいになっていた。
三位から順にメダルを渡されていく。
最後は俺の番だった。
『優勝は、ヒワダタウンのクヌギ選手!素晴らしいバトルを見せてくれました!優勝カップの贈呈です!』
持ってきたのは、さっきうろうろしょんぼりしていた少女だった。
遠目からではよく分からなかったが、近くで見れば、見覚えがある少女だった。
雑誌やテレビで見たことがある。
『優勝カップを渡すのは、アサギシティジムリーダー、鉄壁ガードの女の子!ミカンさんです!』
「おめでとうございます!」
確実に俺よりも緊張しているであろうがちがちになったような声で祝ってくれた。
なぜエンジュシティの大会で隣の町のジムリーダーがこんな仕事をしているのだろうかと疑問だった。
内心首を傾げていると、ミカンさんが小さな声で言った。
「……このあと、お時間もらっても、よろしいですか……?場所は、もうとってあるので……」
驚いて彼女の顔を見ると、言ってやった!というような安心した顔になっていた。一仕事終えたような満足感がそこにはあった。
安心。満足感。仕事。
誰かに頼まれてやっているのだろうか。
「……場所と時間は、チケットに書いてあります……」
そういって離れていった。
特別賞の優勝賞品は、高級懐石料理のタダ飯チケットだった。マイコさんの踊りもセットで見ることが出来るようだった。
場所は、エンジュ踊り場。時間は、今夜。
……ガキにこんなもん渡すなよ、と思った俺は多分、間違っていない。
◇
「……お、お待ちしていました」
エンジュシティ、踊り場の前だった。
頭を下げてくるミカンさんに笑顔で手を振ってみた。
俺につられるようにしてか、ちょっとほっとしたような顔で小さく笑ってくれた。
笑ったまま聞いてみた。
「誰に頼まれてあんなことやってたんですか?」
「……え」
「あ、っと自己紹介がまだでしたね。ヒワダタウンの、クヌギ・ソウタロウといいます。10歳です。好きなことは幼馴染と散歩すること、嫌いなことは面倒な事です」
「あ、わ、私は、ミカンと言います。えっと……」
「アサギシティのジムリーダーの、ミカンさんですよね。知ってますよ。最近、いわタイプからはがねタイプにポケモンが変わったんですよね。鉄壁ガードの女の子、ってかっこいい二つ名だと思います」
「あ、ありがとうございます。でも、あれは、周りの人が決めたものなので、私には選択権がなかったといいますか、そのう……」
「あー、分かります。僕なんて『鬼畜ショタ』なんて呼ばれるようになっちゃって、失礼しちゃいますよね、本当に」
「そ、そうですよね!周りに決められると、本当に困っちゃうっていうか……」
「それで、いったい誰に頼まれてたんですか?」
「はうっ」
やばい、なんだこの子。可愛い上に反応が面白いぞ。
自然自然に頬が吊り上っていくのが分かった。
「アサギシティはエンジュの隣街ではありますが、わざわざ隣街のジムリーダーがアマチュアも参加可能な規模の大会になんて関わりますか?あまつさえ、一参加者を呼び出しますか?さらに言えば、こんな風にわざわざご丁寧にお出迎えなんてしますか?」
「……あ、あのう、それは……」
「僕だったら頼まれてもやりませんが、優しそうなミカンさんなら誰かに頼まれたらやっちゃいそうですよね。加えて、可愛らしい女の子のミカンさんにあんな風に誘われたら、どんな人間でも行ってみようかって気になりますもんね」
「……え、えっと……」
「誰かに頼まれたんでしょう?」
困ったように視線を右往左往させるミカンさん。
超楽しかった。
そうだよ、この感じだよ!
見透かしたようなことを言って他人を困らせて悦に入る、この姿こそがクヌギ・ソウタロウである。
最近はカリンさんの襲来だったり肝試しだったりなんだりで自分を見失っていた。
綺麗なお姉さんに手玉に取られたり、お化けに怖がったり、そんなんじゃまるっきり普通の子供である。
俺は俺らしく生きねばならぬのだ!
「ありがとうございます」
「へ……?」
「ミカンさんのおかげで自分を思い出しました」
「……?えっと、どういたしまして……?」
唐突な感謝にとまどいながらも返してくれるミカンさんはいい子だった。
そんなやり取りをしていると、誰かが近づいてきた。
見ると、こちらも見知った姿だった。
紺色のヘッドバンドに、同色のマフラーをつけていた。
金髪に、黒いセーター。白いだぼっとしたチノパン。
「やぁやぁ!彼は来ているね?ミカンちゃん、ありがとう。今日は心ゆくまでエンジュ自慢の懐石料理、食べてってよ」
「マツバさん……っ!ほ、本当にいいんですか?懐石料理って、その、高いんでしょう?アサギシティの食堂の、何倍かはするって聞いたことがあるんですけど……」
「お仕事の正当な報酬だからね。それに、この後もやることはあるんだから、おいしいもの食べて、力つけとかないとね」
「はい……っ!ありがとうございますっ!」
びっくりするほど蚊帳の外だった。
しかし、これで分かった。
俺を呼び出したかったのはこの人で、ミカンさんは懐石料理につられて動いていたわけだ。
エンジュシティ、ジムリーダーのマツバ。ゴーストタイプのスペシャリスト。
可愛い女の子を料理でつるとは、なかなか恐ろしい奴だった。
「さぁ、そして、はじめまして!君がクヌギ君だね?」
「そういうあなたは、マツバさん」
「そう、僕がマツバだ。来てくれてありがとう。とりあえずは、中に入ろうか」
マツバさんに促されて踊り場の中に入っていった。
ミカンさんは隣で、今にも涎を垂らしそうな、幸せそうな顔をしていた。はらぺこ美少女だった。
踊り場には既に何人か人が集まっていた。
純粋にマイコさんの踊りを楽しむ人たちなのだろう、踊り場に近い前の方で楽しそうに談笑していた。
俺たちが案内されたのは、二階のお座敷だった。
こっちの方は、料理を楽しみながらマイコさんの踊りも楽しめるようになっているようで、吹き抜けから、下の階を一望できるような作りになっていた。
畳の上で胡坐をかいて、荷物を下した。
俺の正面にはマツバさんが同じように胡坐をかき、マツバさんの隣ではミカンさんがきっちりと正座して目をつぶっていた。料理が来る前の精神統一のようだった。
「今日のために特別に席を取っておいてもらったんだ。ジムリーダーでもなかなか入れない、特別な場所なんだぜ?って言っても、あの大会の優勝者に渡されるチケットに便乗しただけなんだけどね」
そういって、マツバさんは笑った。
周りには誰もいない。俺たちだけのようだった。
「ってことは、マツバさんの用がなければ、俺は一人寂しくここで飯食ってたってことですか?」
感謝すべきなんですかね、と言おうとしていたところで、何が琴線にふれたのか、ミカンさんがぐわっと目を見開いてこっちを見てきた。
「クヌギ君!」
「は、はい……?」
「飯食う、なんて言い方をしちゃダメです!」
すごい迫力だった。
さすがにジムリーダーというだけのことはあるのか、一言一言に鋼の意思が感じられた。
この子に率いられる鋼ポケモンたちはさぞや精強なのだろうなと思わせられる姿だった。
しかし、飯の話である。
「え、えっと……?」
「こんな立派な場所でいただくお懐石料理ですよ!?私たちの方もそれ相応の態度をとらなければなりません!まだ子供だからと言って無礼が許されるものではないのです!」
「は、はぁ、すんませんでした……」
「分かればいいんです!」
鼻息荒くも、元の不動の姿に戻るミカンさんだった。
マツバさんの方をみると、あちゃー、というように苦笑していた。
気を取り直して。
「えーと、つまり、マツバさんの用が無ければ、俺はここで一人寂しくお懐石料理を頂いていたということでよろしいのでしょうか……?」
目をつぶりながらうんうんと頷くミカンさんを確認してから話を続けた。
「それはつまり、マツバさんは特別俺に、というわけでもなく、あの大会の優勝者に、要件があったってことですよね?」
「うん、話が早いね!僕もまさか10歳の子に頼むことになるとは思わなくて、ちょっと驚いているところだよ」
「ミカンさんは?」
「彼女にも僕が声をかけたんだ。本当ならもう一人、ジムリーダーにお願いをしたかったんだけれど、生憎ハヤトくんもヤナギさんもアカネちゃんも、忙しくて断られてしまってね。それならと、ちょうど開かれる大会の優勝者に依頼しようかなと決めたのさ」
「ジムリーダーが三人必要な仕事ですか……?」
「ツクシくんには既に現地に向かってもらっているから、実際は四人だね」
あいつお仕事中だったのか。通りでジムにも家にもいなかったわけだ。
しかし、ジムリーダーの半数が必要な仕事?
面倒事の香りしかしない。
「お、料理が運ばれてきたね。じゃあ、後は食べながら話そうか」
「お食事しながら話すんですか……?」
「ミカンちゃん、君には悪いけど、お仕事の話だから勘弁してくれ。僕だって本当は料理を楽しみたいし、マイコさんの踊りを楽しみたいよ」
マツバさんの言葉を聞いて階下の踊り場を見た。
五人のマイコさんが踊りを始めていた。
あれだけ楽しそうに談笑していた観客の人々が、魅了されたようにしんと静まり返っていた。
そして、マイコさんたちとともに踊る五匹のポケモン。
目が吸い寄せられるように、その中の一匹に向かった。
帯電した金色の毛。四足歩行。獣型。
「……ちっ」
自分の眉間に皺がよるのが分かったので、目を離してマツバさんを見た。
「それで?俺に何を依頼しようってんですか?」
「……うん、君は、グリーンフィールド、って街を知っているかな?」
グリーンフィールド。小さな街だ。ポケモンジムが無いくらいの規模でヒワダタウンよりも田舎だと言っていいくらいの小さな街。もはや村である。
ヒワダとコガネの間。ウバメの森を東に抜けると見えてくるそこは、小さいが、それなりに有名な場所である。
「……女性トレーナーが行ってみたい場所ランキングの常連っすよね?古びた風車が回って、花畑が広大に広がってる、綺麗な場所ですけど」
「さすがにヒワダタウン出身なら知っているか。なら、そこに、スノードンという学者が屋敷を構えていることは?」
「……知ってますよ。シュリー・スノードン。論文をいくつか読みました。考古携帯獣学の専門家で、アンノーンについての研究を行っているはずです」
「へぇ、そこまで知っているならもうほとんど説明はいらないかな」
いつの間にか運ばれてきていた酒を料理と一緒に口に放り込んでから、マツバさんは言った。
「スノードン邸でね。出たらしいんだ。エンテイが」
自分の眉根が寄っていくのが分かった。
詞葉様、誤字報告ありがとうございました。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。
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第十二話
「エンテイ、って言って分かるかな。おとぎ話の中に出てくるような、伝説のポケモンなんだけど」
「……知ってますよ。火山が噴火する度に生まれる、だとか、そうじゃなくて、エンテイが激怒すると火山が噴火するんだ、とか、いろいろ伝承が残っているポケモンです。恐らくほのおタイプのポケモンでしょう。エンテイの他に共通点がある獣型のポケモンが二匹いて、水を司るスイクンと、そしてもう一体……」
「雷雲を従えるライコウ。よく知ってるね。学者とか、伝説ポケモンオタクとかじゃないと、知っている人は少ないと思っていたんだが」
「調べたんで」
料理を食べながら答えた。
なるほどなるほど、と頷きながら器をつっつくマツバさんと、神妙な顔で上品に食べながらも、すごい勢いで皿の中身が無くなっていくミカンさん。面白い対比だった。
「ミナキ君が気に入るわけだ。同じような匂いを感じたのかもしれないな」
知らない名前が出てきた。
どうでもよかったので聞き流した。
「それで?グリーンフィールドのスノードン邸にエンテイが出たからなんだって言うんです?ジムリーダーがこぞって対処するような案件でもないでしょうが。エンテイが火山でも作り出そうとしてるってんなら一大事ですが、そんな話聞いたこともない。エンテイだって好き好んで人を傷つけるようなポケモンというわけでもないでしょう」
ライコウなら別だけどな。
名前も分からん料理を口に放り込んだ。
マツバさんを見ると、荷物をごそごそと探っているところだった。
リュックから一冊のファイルとノートパソコンを出すと、机の上の皿をミカンさんの方に寄せてスペースを作り、それらを開いて見せた。
「これはまだ、ポケモンリーグ協会の方でストップ掛けてニュースにしてない事件なんだけど」
そう言って、話し始めた。
「テレビの生放送でちらっとだけ流れちゃったんだけど、君は見たかな。グリーンフィールドの事件。え?見てない?それじゃあ、ちょうど良かった。見て欲しい映像が二点程あるんだ。ミカンちゃんは……」
美しい姿勢で上品に、かつ掃除機のような勢いで料理を口に運んでいくミカンさん。
「……忙しそうだから置いておくとして、今から流すのは、その、テレビでちらっと流れちゃった部分だ」
パソコンを操作して映像のプレイヤーを起動させた。
後ろに映っているのはポケモンセンターの建物だろうか。屋根が赤く、壁は白い。
ざわざわという人の声が聞こえる。数人が叫んでいるようだった。
不意に、画面の中央部を大きなものが駆け抜けた。
カメラが回転して、それを追う。
離れていく後ろ姿は、体高で2m、体長では3~4mほどもありそうな四足歩行のポケモンだった。
背中に人を乗せていた。乗っている人はぐったりと倒れ伏して、ポケモンの背中の上で腹這いになっていた。気絶しているようだった。
「……戻してください。……止めて」
俺の言った通りに映像を巻き戻して、ある場面で止めてくれたマツバさん。
カメラの映り始めの一瞬、ポケモンの全体像がよく分かる絵だった。
「……あー、こりゃあ確かにエンテイですね。文献通りの姿です。体高2m程、四足歩行。濃い茶色の体毛と、たなびく白い鬣。顔は赤い仮面状の毛と王冠のような突起物。こんだけはっきり見えてれば同定も簡単です。気になるのは、連れ去られている人とエンテイとの関わりと、それから、エンテイが地面を蹴るたびに、その部分が青く光る鉱物に変化してますね。結晶化ですか?そんな伝承は聞いたこともない。新しい力を持ったエンテイか、あるいはその皮を被った偽物か、ってところですね。分かりました、次の映像を見せてください」
催促したが、マツバさんの手は動かなかった。
なにやってんだと思って見てみると、目を見開いてこっちを凝視していた。あれだけ料理に夢中だったミカンさんも、ぽっかり口を開けていた。
「……なんすか?」
「……クヌギ君、学者さんみたいですね……?」
「……いや、驚いた。我ながら、いい人材が確保できたようでラッキーだよ」
どうでも良かったので次を催促した。
「あぁ、次ね、次。次はなかなかインパクトのある映像だよ。スノードン邸だ。さっきのを見て一発で結晶化に気付いた君が見れば、また何か新しい発見があるかもしれない」
次の映像は短かった。五秒程の映像だろうか。
空からの映像だった。
グリーンフィールド全域が、青く結晶化していた。
結晶の波が押し寄せてきて、そのまま固まったかのような光景だった。
中心には、これまた青い結晶で出来た建造物。空高くまでそびえ立つそれは、結晶塔、といったところだろうか。
「……なるほど。少なくとも俺の知ってるエンテイはこんなことは出来ないですんで、何か他の存在が関わってますね。この結晶、氷ではないんですよね?結晶の実物はあるんですか?」
あるんですか?と聞いておきながら、手で催促する俺である。つまり、出すならとっとと出せ、ということだが。
マツバさんは首を横に振った。結晶は無いようだった。残念。
「ないんならしょうがない。映像を見る限り、現地に行けば腐るほどあるようですし、そっちで我慢します」
「いや、現地にもないんだ。もうこの世のどこにも、この結晶と同じものは残ってないよ」
「……は?えっと、じゃあ、この結晶の塔はどうなってんですか?」
「消えたんだ。出来た時も一瞬だったらしいが、消えるときはもっと一瞬だったらしい。一夜城、というとちょっとニュアンスが変わっちゃうけど、そんな感じだよ」
「……幻覚かなんかか?でも、映像記録に残ってるってことは、人の頭だけに作用するものじゃなさそうだし……。その、連れ去られた人はどうなったんですか?」
「無事に救助されたらしい。その人の証言も現地に行けば見られると思うよ」
「……そうっすか」
難題である。面白かった。
「興味を持ってくれたようで何より。それで、君に頼みたい仕事の話なんだけど」
「……ああ、そういえばそんな話でしたね。そうか、俺は別に検証とか考察とかしなくていいんか」
「あははは……。出来るんならしてくれてもいいけど、それが本題じゃない。君には、ポケモンを使った護衛をしてもらいたいんだ」
「……護衛?」
「今既に現地にいるのは、研究班なんだよ。シュリー博士を中心に据えて、この現象の再現性を検証しているらしい。俺には細かいことは、よく分からないんだけどね。エンテイが出たって聞いてから居ても立ってもいられなくなって」
聞くと、マツバさんは映像を見てから仕事を全て投げ出してグリーンフィールドに急行したらしい。
しかしマツバさんが着くころには事態は収束していて、結晶塔も、エンテイも、消えていたという。
「つまり、だ。あれを再現できれば、またエンテイが現れる可能性があるだろう?僕は、そのために動き回っているわけさ。僕たちは、研究班の護衛。研究班は、現象の解明と、再現性の検証。もし再現できたなら、また人がさらわれる可能性があるからね。僕たちの仕事は、研究班の人たちと、自分自身を守ること」
「……俺みたいなガキが『あなたを守ります』、とか言っても信用されなさそうですけどね」
「だーいじょうぶだいしょうぶ!実力はあるんだから問題なし!当然、報酬もあるよ」
「……ちなみに、おいくらで?」
マツバさんはそっと、俺に耳打ちしてきた。
俺は引き受けることにした。
◇
次の日の早朝、マツバさんが運転する車に乗って、三人でグリーンフィールドに来ていた。
相変わらず草原と花畑だけのなにもないド田舎だったが、景色は美しい。
ミカンさんはきゃーきゃー言って喜んでいた。
「うわー、うわー!綺麗ですね!見渡す限りお花畑ですよ!まるで絵本の中みたい!あっ、クヌギ君、見える?風車が回ってますよ!わぁ、おっきい風車!風情がありますねぇ。素敵ですねぇ!」
外の景色を見ているよりも、ミカンさんの喜ぶ姿を見ている方が癒される気がする。
これがグリーンフィールドが人気な理由か。
女の子は景色を見て喜び、野郎どもは喜ぶ女の子を見て喜ぶのである。
しばらくして、目的地に近づくと、だんだんと様子が変わってきた。
ところどころに奇妙な跡があった。
ダンプカーでガラスを踏みつぶした後のような荒れ方をした花畑。
鋭利な刃物で切られたような断面の木の幹。
何かが飛び出した後のような円形の空白。
斬新なガーデニングでないとすれば、やはりここで何かが起きたことは間違いないようだった。
「もうすぐスノードン邸だよ」
マツバさんの声に促されて前を見た。
なだらかな丘の上に、お屋敷が立っていた。スノードン『邸』と言われるのも納得できるような、デカいお屋敷だった。
屋敷の前には何台か車が止まっていて、数人がなにがしかの作業をしていた。
彼らの横を通り、屋敷の門を潜り抜けて中に入っていく。
門の中から建物まで続く庭を車で移動する。もはや庭園だった。シュリー博士は娘さんとの二人暮らしだというから、このくそ広い屋敷を二人で使っているわけだ。スペースの無駄遣いである。
建物の前に車を止めて、門の中に入っていった。
玄関ホール。
玄関ホールであった。
吹き抜けは二階まで続き、無駄に高い天井が頭の上にある。
ミカンさんが、ほぇー、と感嘆の息を吐いた。
屋敷の中を、マツバさんについて歩いていく。高い天井を支える太い柱が何本もそびえ立っていた。
歩いていると、先の扉が開いて、よろよろと人が出てきた。
女の人のようであったが、よく分からない。顔まで届く高さに重なった書類を抱えていたからだ。
向こうはこっちに気付いたようで、声をかけてくる。
「あっ、マツバさん、ですよね?そっか、もうそんな時間なんですね。いつの間にか朝になっちゃってましたか。えっと、どうしようかな。シュリー博士に御用ですよね。えっと、うーんと」
重なった書類を抱えたまま右往左往する。
動くたびに紙の塔が左右に揺れるので、ミカンさんは心配そうに、紙の塔と同じように左右に揺れていた。可愛い。
不安定なのは紙の重なりだけが理由では無いようだった。
研究者らしい白衣を着ていたが、白衣を押し上げるようにして双丘が突き出していた。とても豊かな母性をお持ちのようで、それが紙の塔につっかえてさらに不安定になっているようだった。
「そうですね、私もこれからシュリー博士のところに行きますので、一緒に行きましょう。そうしましょう!」
そうしましょう!と言ってぐるりと方向を変えた瞬間、決壊した。
ゆらゆらと揺れていた紙束が耐え切れなくなったように、ぐいーと傾き、どさどさどさ、と床に落ちた。
紙が床に落ちる度、ミカンさんが、あっ、あっ、あっ、と声を上げた。可愛い。
紙の束が全部床に落ちて、彼女の姿がよく見えるようになった。
黒い髪は邪魔にならないようにかき上げて、後ろで結んでいた。丸い眼鏡に、よく見えるおでこ。しゅっと顔が細いので、メガネが大きく見えた。
床に落ちた紙束を見て呟いた。
「……あー、またやっちゃいました……」
紙束が落ちる音を聞いてか、部屋の中からどたばたと足音が聞こえてきた。
ばんっ、と荒々しく扉を開けて出てきたのは、我が幼馴染であった。
「あーっ!遅かったーっ!もうっ!アイン博士!書類はぼくが持っていくからいいですって言ったじゃないですかっ!」
「ご、ごめんねツクシちゃん?でもね、私も大人としてね、ツクシちゃんみたいな子供に任せるのもどうかと思ってね……?」
「もっと手間がかかっちゃうじゃないですかっ!博士は度を越した運動音痴なんですから、動かなくていいんです!その頭を一番効率よく働かせられるパソコンの前にいてくれればいいんですっ!」
「ふぇ、ごめんなさい……」
おお、珍しくお怒りだぞ。
随分強い口調で責めていらっしゃる。こりゃあ、あの女の人、書類ぶちまけるの一度目や二度目じゃないな。
ツクシはそばに立つ俺たちのことも気が付かない様子で、辺りに散らばった書類を集め始めた。
アイン博士、と呼ばれた人も、半泣きになりながら紙を集めて回る。
ちょうど俺の足元にも一枚落ちていたので、拾って読んでみた。
遺跡の写真である。
不可解な模様のような、文字のようなものが写されており、それについての分析が行われているようだった。
「なーるほど。アンノーン文字。そりゃあ、お前が呼び出されるわけだ。なぁ、ツクシ?」
声をかける。自分の名前が呼ばれたからか、頭を上げてこっちを見てきた。
不機嫌そうな表情が一転、不思議そうな顔になる。
「あれ、そーたろー、君なんでこんなところにいるのさ。もしかして、追っかけてきたの?全くもう、ぼくのこと好き過ぎるんだからなぁ、君は」
「あほう、お仕事だ。研究者チームを護衛するのが俺のお役目」
「ええっ!?君が!?お仕事!?ぼく、なんだかとんでもないことが起きるような気がしてきたよ」
「そりゃあ一体どういう意味なんですかね……」
「ちょうどいいや。ほらほら、突っ立ってないで、書類集めるの手伝ってよ」
「……うぇー……?」
見れば、マツバさんもミカンさんも床に手を付けて散らばった書類を片付けていた。
しょうがないので紙を集めて回った。
◇
「本当にありがとうございました。私、よく資料ぶちまけちゃうんですよね……」
力なく笑うのは、アイン博士と呼ばれた女性だ。
俺とマツバさん、ミカンさんは、アイン博士とツクシの後ろについて歩いているところだった。
自分が拾った分の書類を持って、全員で分担して運んでいた。
ミカンさんはどっさり重く、俺との対比が明らかである。真面目に一生懸命拾ったのだろうと思うと、なんだか申し訳なくなってくる。その辺マツバさんはちゃっかりしていて、丁度五分の一くらいの量を拾っていたのだが、ミカンさんのどっさり具合を見るに見かねて、いくらかを自分の方に移していた。マツバさんは出来る男だった。
「自己紹介、してませんよね?私、アイン・アントヒルと言います。シュリー博士の助手を務めさせていただいています」
「アイン博士は、ポケモンの起こす現象についての研究をしている人だよ。ポケモンの技とか、特性とか、そういうもの。量子力学の一分野で、携帯獣事象力学、っていうらしいんだけど、分かる?」
「破壊光線がどういうメカニズムでポケモンからでて、どういう過程を辿って対象にダメージを与えるのか、っていうようなことを研究する分野だろ。ちょっとかじったけど、つまらなくなって止めた。既にそこにある現象を理由付けて説明する学問で、答えが最初に用意されていてそこに至る道筋を紐解くだけのつまらん学問だ」
「こら、そーたろー!研究してる人が君の隣で歩いてるんだよ!」
「うぇーい。すんません」
頭を下げると、アイン博士はふるふると首を振って笑ってくれた。
「まだ小さいのに、よく知ってるね?ツクシちゃんとも、仲が良さそうだけど……」
「はいはい!私も、それ気になってました。クヌギ君は、ツクシちゃんとは初対面じゃないんですか?」
ミカンさんが聞いてくるので、ツクシと顔を見合わせた。
アイコンタクト。
「初対面です」
「幼馴染ですっ!……えっ」
「わー、ジムリーダーのツクシさんだー。あとでサイン貰えますか?」
「なんの小芝居だよっ!?意味もなく嘘つく君にびっくりだよっ!」
「ばかおめー、個人情報はそう簡単に人に渡しちゃいけないんだぞ?」
「建前だよね、それ?君はただ人を騙したいだけだよね?」
「おい、まるで俺が詐欺師みたいな言い方はよせよ。とんだ風評被害だよ」
「詐欺師より質悪いよっ!君の二つ名もなるべくしてああなったんだよ!」
「俺は知ってるんだぞツクシ。あれ、考えたのお前だよな?」
横を向いてひゅーひゅー、と吹けていない口笛を披露するツクシ。こいつは実に綺麗に口笛を吹くのを知っているので、これはただのポーズである。やっぱりこいつだった。むしろ、俺がいつ気付くか楽しみに待っていた感じさえあった。
「お前の二つ名、今日から『歩くロリショタ製造機』な」
「意味が分からないよっ!ただの蔑称だよそれ!」
「『鬼畜ショタ』だって事実無根の蔑称だろーが!」
「……え?事実無根?本気で言ってるの?」
「急にマジになんなよ……」
言い合っていると、マツバさんが噴き出した。そのまま大笑いを始めた。
ミカンさんを見ると、微笑ましそうな顔で言った。
「仲良いんだね、二人とも」
隣でツクシが笑って大きく頷いた。
認めるのも癪だったので、俺は顔を背けた。
そうこうしているうちに、一際大きい扉の前にたどり着いた。
扉が開かれると、黴臭いような、独特の臭いが中から流れ出てきた。図書館の臭い、大量の本の臭いだった。
部屋の中にはたくさんの本棚があり、扉から右手の方に机が一つ置かれていた。
まるっきり大きな図書館のような、かなり大きな一室だった。
部屋の床には紙が並べられており、最低限の足場の他は紙に埋め尽くされていた。
真ん中には壮年の男性が一人いて、書類の群れを凝視していた。
「シュリー博士、マツバさんがいらっしゃいましたよ。それと、追加の資料です」
アイン博士が声をかけると、紙を凝視していた顔のままこっちを向いた。
鬣のように広がった髪に、しかめられた眉根。体格がよく、学者とは思えない体つきをしていて、総じて獅子のような印象を受ける男だった。
こっちを見ると、表情を和らげて笑みを作った。
「マツバ君、来てくれてありがとう。後ろにいるのが、護衛チームかな。資料も持ってきてくれたのかい?助かるよ」
資料を部屋の隅に置いておくように指示されたので、ばらけないように積んでおく。
ちらっと部屋中の紙を見ると。どれもこれも、アンノーン文字についての表記だった。
「ツクシ君、ちょっと来てくれないか。文字の解読で、分からないところがあってね」
シュリー博士に呼ばれて小走りで寄っていくツクシをしり目に、机に沿っておかれた椅子に腰かけた。
マツバさんも同じようにどっかりと腰を下ろし、少ししてミカンさんが恐る恐ると言った雰囲気で椅子を引いてちょこんと座った。
「……文字の解読、って、ツクシちゃん、アンノーン文字が読めるんですか……?」
「読めるも何も、解読方法を発見したのがツクシ君さ。だからまぁ今回ツクシ君は、ジムリーダー、というよりは研究者としてここに来てるって感じかな」
「……ほぇえ、すごいんですね」
「まぁ、昔から頭のいい奴でしたし。でも、そうか。だからツクシが呼ばれてたんですね。ほのおタイプであろうエンテイと相対するには、あいつは不利かなと思ってたんですけど」
むしタイプはほのおタイプとは相性が悪い。相性的には、あいつは呼ばれなさそうである。それでも、ツクシならなんとかしそうではあるが。
「タイプ相性なら、ミカンちゃんだって不利だけど?」
「はぅう……」
「ミカンさんは、もともといわタイプ使いじゃないですか。ハガネールがエースでも、本来の手持ちにゴローニャやらバンギラスやらいたって不思議はないでしょう」
「はは、さすがに分かってるね」
笑うマツバさんである。
自分が招集したメンバーである。彼が分かっていないわけがない。それでも聞く辺り、底意地が悪いというかなんというか。俺と似た匂いを感じる。
「……で、俺は確かエンテイ対策でここに呼ばれているはずなんすけど、シュリー博士が見ているのはエンテイの文献ではなくてアンノーンの研究報告ですよね。どーなってんです?」
「そこら辺は、ご本人に説明してもらおうじゃないか」
顎で指し示す方を向くと、シュリー博士がこちらに歩いてきているところだった。
机の近くまで来て改めて俺たちを見渡したところで、メンバーの中に一際小さい者がいることに気が付いたようだった。言わずもがな俺である。
「……マツバ君を疑うわけではないが、この子も護衛チームのメンバーなのか?随分と、その、幼いようだが」
ほら来た。
どうするんだとマツバさんの方を見ても、笑っているだけである。
しゃあないから自分で対応するかと思ったところでツクシが言った。
「彼はぼくより強いから大丈夫です」
にっこり笑顔で言うツクシを見て言葉を失うシュリー博士。
何事かを言おうとするが言葉にならなかった。そのまま流すことにしたのか、話を続けた。
「……それじゃあ、今回の仕事の話を始めようか。結論から言うと、先日起きた事件に、エンテイは一切関係がない。全ては、アンノーン達が起こした現象だと考えている」
エンテイは関係がない、と言われた瞬間、マツバさんが真顔になったのが印象的だった。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。
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第十三話
「ちょっと待ってください。エンテイは関係ない?どういうことです、シュリー博士?」
真顔になって質問するマツバさん。
エンテイを追って他の仕事を放り出してきたんだ、と気恥ずかしそうに話していたマツバさんである。
それが、始めの話し合いから関係がない、となったら、この反応も当然のことだった。
「ああ、まずは、今回の事件の顛末と、それに関わるアンノーンの能力について話した方がいいだろうな」
そう言って、シュリー博士は話し始めた。
◆
事件の顛末と言っても、これは私自身がその目で見たわけではない。
巻き込まれた人たちに話を聞いて、それを統合した結果だ。私はその時、これまた妙なことに巻き込まれていたようだから、その時のことは分からないんだ。
始まりは、アルフの遺跡だった。
遺跡の調査を委託していたチームから、新しい石室と石板が見つかったと連絡があったんだ。
私はすぐに現場に行き、調査を始めた。
この辺に、その場所の写真があったはずなんだが……。ああ、これだ。
小さい石室だった。幅も奥行きもそんなに大きくはない場所だったが、壁一面に、アンノーン文字が彫られていたんだ。今もまだ解読中だが、どうやら、その時代の生活や文化について記述されているらしい。
私は、その石室の奥で、一際大きく刻まれた文字を見つけた。
その場で解読したその言葉は、こうだ。
『わたしたち、一族、言葉、ここに刻む』
私達、というのが誰を指しているのかは現在調査中だが、はっきりしているのは、彼らがアンノーン文字を日常的に使っていたということ。そして恐らく、その時代に、アンノーンは人の前に姿を現していたのだろうということだ。つまり、その時代の人間は、アンノーンについて詳しく知っていたんじゃないかと考えている。それを示唆するような文面も、いくつか見つかっているんだ。
石室の中を調べている最中に、小さい正方形の板が床に落ちているのを見つけた。
その板の表面には、たった一文字の、アンノーン文字が彫られていた。
板を拾った瞬間、妙なことに、後ろから視線を感じたんだ。
一緒に来ていた研究員がこっちを見ているのかとも思って振り向いたが、彼は一心不乱に壁の写真を撮っていて、こっちを見ていた様子はなかった。
そして見つけたんだ。
小さな箱を。
今もそこにある……そう。その箱だ。
中を開いてみれば分かると思うが、箱の中には私が見つけたのと同じような、アンノーン文字が刻まれた板が大量に入っていた。まるでジグソーパズルのピースのように。まるで、置き忘れたおもちゃ箱のように。
何枚かを手に取った時、文字が光ったような気がした。
驚いて立ち上がった瞬間、そう、信じられないかもしれないが。
手に取ったピースと同じ文字の形をしたアンノーンが、私の周囲を取り巻いたんだ。
そして、連れ去られたのだと思う。
目を見開いたとき、そこは既に、石室ではなくなっていた。
立っていた地面さえ無くなっていた。
その空間には、数えきれないほどのアンノーンがいて、歌っていた。踊っているようでもあった。
そして、その後から、助け出されるまでの間、記憶が途切れている。
……ああ、いや、そんなに驚いて板を投げ出さなくても大丈夫だよ、ミカンちゃん。
その後何度か弄っているが、一枚や二枚じゃ全く反応はない。
このあとは、私の体験ではなく、聞いた話だが。
私が消えた後、私の家、つまりここまで、研究員のジョンがこの箱を持ってきた。
私が消えたことの、手掛かりになると思ったらしい。
そして、その日の夜。
私の娘、ミーというんだが、彼女がピースで遊んでいたらしい。
寂しかったのだろう。いかにもおもちゃ箱といった見た目の箱に、こんな板切れが入っているのを見たら、あのくらいの年の子ならだれでも触ってしまうものだろう?
娘?ああ、五歳だよ。
君たちの、丁度半分の歳になるのか。可愛い盛りでね。それにあの子はとても賢くて……。
ああ、すまない。話を続けよう。
丁度、妻が病気で入院している時だった。寂しい中で私まで消えてしまったあの子は、強く強く、両親を求めたのだろうね。
どうも、その強い気持ちがアンノーン達に強力に作用したらしい。
ここにいらしていたオーキド博士も、同じような見解を持っていた。
◆
「オーキド博士がここに来てたって!?ツクシ、なぜ俺をすぐに呼ばなかったんだっ!?」
「ぼくが着いた時にはもういなかったんだよっ!ぼくだって会いたかったよ!」
「あ、あの、今はお話を聞きましょう……?」
◆
……いいかな?
話を続けると、だ。
アンノーンは、人の精神を敏感に読み取る力があるらしい。現物で実験したわけではないのでまだ仮説の段階だが、ほぼほぼ、間違いはないだろう。
しかも、それだけではない。
アンノーンが複数体集まった時、彼らの力は反響し、共鳴し、増幅する。
そして、人の思いを形にする能力を得るんだ。
それはあたかも、文字によって世界に形を与えた神話の神のように、文字の姿をした彼らが集まり、そう、まるで文章のように並びを変え、ぐるぐると回りだすとき、その文章の通りに世界が改変される。
……と、考えられている。
アンノーン達が集まって回転しているところを見たという少年たちはいるんだが、彼らにそれを読み取る技術はなかったし、映像も取っていなかったらしい。それどころではない危険の中にいたとか。
アンノーン達が暴走していたらしい。
つまり、形にする元の精神を持つ人がいなくなった後も、世界を改変し続けようと動き続けていた、ということだ。あるいは暴走ではなく、アンノーン達が動き出すためのトリガーが、人間の強い意志なのだ、という説も立ててみたのだが、どちらも実証することは出来なさそうだ。
そこで、護衛チームである君たちを呼んだんだ。
今から、あの時の現象を再現する実験を行う。
何が出てくるか分からない。
私の娘の時は、エンテイが出てきたが、それは、前日に読み聞かせていたおとぎ話の本が原因だろう。エンテイが出てくる話だったんだ。
エンテイが関係ない、と言ったのはそれが理由だ。
すべては、アンノーン達が改変した世界の中のことであり、あの結晶の塔も、結晶に覆われたグリーンフィールドも、そしてエンテイすらも、アンノーン達の創造物だったということなのだ。
アンノーン達に反応する人の精神によって、出来る世界も出てくるものも変わるというのは当然考えられることだろうし、何が出てくるか分からない以上、ある程度以上の力を持ったポケモンと、そのトレーナーが居てくれた方が安心できる、というわけで、君たちに護衛を頼んだ次第だ。
◆
「……質問なんですけど、その、シュリー博士の娘さんである、ミーちゃん?彼女がアンノーン達に作用したというその時、具体的に彼女は、何をしたんですか?」
聞いてみた。
アンノーン達が実際に動いた以上、その時と同じ状況を作り出せれば再現できるはずなのだ。
「ああ、この石板を、並び替えて遊んでいたらしい。石板の文字が光ったその時の並びも教えてくれたよ」
そういって、誇らしそうな顔をした。
取り出したのは、厚紙を石板のピースと同じ形に切って、それぞれに同じだけの文字を当てた偽物のピース。
シュリー博士は、紙で出来たそれを並び替えていった。
丁度、こんな並びである。
-----M
--P A P A
-----M E
-----A
「……ああ、パパ、ママ、ミー、だね。シュリー博士の娘さん、五歳でしたっけ?アンノーン文字、理解しているようですね。すごいな……」
ツクシが感心したように言った。
「……へぇ。これだけの、たった八文字の石板で、あんな規模の現象を引き起こせるのか。村一つ飲み込むデカさの災害じみた現象を。ってことは、より強い意志を持った人間が、正確にアンノーン文字を理解して、正しい文脈で石板を並べたら、どうなっちまうんでしょうね……?」
シュリー博士を見ると、引き締まった表情で頷いた。
「君の言うとおり、私もそれを危惧している。もし、アンノーンを操る技術が完成してしまった場合、そして、それを邪な目的で使おうとする人間がいた場合、恐ろしいことになるだろう」
「でもですよ!?」
シュリー博士の言葉を遮って身を乗り出したのは、アイン博士だった。
丸い眼鏡の奥の瞳が輝いていた。勢いよく跳ねた瞬間、マツバさんが、おお、揺れた……、と感嘆の声を上げた。あんた一体何を見てるんだ。
「もし完全にアンノーンを操ることが出来れば、例えば、医療!目が見えない人、耳が聞こえない人、体が不自由な人、植物状態の人……。考えつくありとあらゆる症状が、アンノーンの力で治すことが出来るかもしれません!他にも、そうですね、一瞬で建物を建てたり、災害から身を守ったり、森や湖を再生したり!あるいは……」
「……死者の、蘇生なんてことも……」
「……できちゃうかもしれないんですよ!?それって、すごいことだと思いませんか!?うわぁ、なんだかテンションが上がってきましたよ!?携帯獣事象力学を専攻してきて、これほどまでに心躍ることはなかったってくらいにやる気が出てきました!先生!はやく実験の準備、はじめましょー!」
はじめましょー!と言って部屋を出て行ってしまった。
歩きながら考え事をしているのか、ぶつぶつと呟くような声も聞こえてきたが、やがて小さくなって聞こえなくなった。
その場にいた全員が顔を見合わせる。
ミカンさんが、困ったように笑いながら言った。
「えぇっと……。あはは、随分と、個性的な方ですね……?」
やっぱり学者は変人だらけだと思った。
◇
目下のところの最大の問題は、アンノーン達が人の精神に反応して世界を作り出す現象の、再現性。
次いで、再現したものの維持、残留、ということだった。
つまり、そもそもアンノーンを使った世界の改変現象を任意に発動させるための条件も分かっていないうえに、一度だけ発動したミーちゃんの時も、生み出された結晶やエンテイはアンノーン達の活動が停止するやいなや、幻のように消えてしまい、その場には何も残らなかった。
まだまだ始まったばかりの研究なので、まずはこの二つの問題を軸に考えていくということらしい。
今は、実験を始める前の準備期間だということだった。
事象を記録するためのカメラやレコーダー、そして何が起こっているのかを解明するための機材一式。
それらをかき集めてきて、動作確認をしているところだった。
今日の昼には準備が整う見込みだということで、それまでは護衛チームは自由時間のようなものだった。
マツバさんは、本物のエンテイに会うという目的が果たせなくなったので、やけになったようにスノードン邸にある伝説のポケモンに関する文献を漁っていた。
ミカンさんは、グリーンフィールドを散策したいとのことだった。
俺はどうするかな、と思っていた時、シュリー博士に声をかけられた。
「クヌギ君、これは護衛としての君にではなく、10歳児としての君にお願いなんだが」
「客観的に見て一般的な10歳児とは言い難いと思うんですけど、俺は」
「外見はちゃんと子供だから問題ない。私の娘、ミ―なんだがね。ちょっと構ってやってくれないか」
「……えぇ……?」
「研究続きでなかなかミーと接する時間がとれなくてね。塞ぎ込んでいやしないかと心配なんだ。頼んだよ」
「……えぇー……」
言うだけ言ってきびきびと歩いて行ってしまった。
ある程度の強引さがあった方がチームリーダーとしては優秀なのだろうが、ここでその資質を発揮しなくてもいいんじゃないかな。
だって、子守りだよ?俺に向いているわけがない!
「ミーちゃん、どんな子なんでしょうね?気になるなぁ。そうだ、良かったら、ミーちゃんも連れて一緒にお散歩に行きませんか?」
と、ミカンさんが誘ってくれたので、俺一人で子守りをしなくてもよさそうだった。
いざとなったらミカンさんに全部お任せしてしまえばいいや、と気楽に構えていたわけである。
巨大なスノードン邸の、二階に上がった。
長すぎる階段を上りきって突き当りの部屋がミーちゃんの部屋のようだった。
中に入って、小さい女の子と目があった。
あぁ、だめだこりゃあ、と。
好き勝手に遊ばせてもらっているクソガキ的な視点で思った。
なまじ他の子より賢い上に優しくて素直で聞き分けがいいから、大人の迷惑にならないように立ち回って、寂しさや悲しさを押し込んでいるような、そんな女の子なんだろうな、と。
俺たちが入って行った途端、沈んだ表情を笑顔に作り変えた彼女を見て思った。
そして決意したのである。
シュリー博士には悪いが、この子を聞き分けが悪くてわがままで自分勝手で。
自分のやりたいことが出来るようなクソガキに変えてやろうと。
なにせ、俺やツクシに匹敵しそうなほどの知性、才能の塊。
自分勝手に生きなきゃ、俺たちは死んでしまうんだぜ、ミーちゃん?
「あなたがミーちゃん?わぁ、可愛い!私、ミカンって言います。お父さんのお仕事の、お手伝いさんをやってます」
「……ミカン?ジムリーダーの、ミカンさん?」
「知ってるの?そうそう!アサギジムのジムリーダーをやってます」
「そっちのお兄ちゃんは?」
ミーちゃんが聞いてきた。
幼い顔に向けて、印象に残るように、記憶に焼きつくように。
好き勝手に生きれば、もっと世の中楽しくなるんだと教えてやるように。
あくどい笑顔を向けて言った。
「初めまして、ミーちゃん。俺のことは、そうだな。魔法使いさんとでも呼んでくれ」
「……魔法使いさん?」
「そう、ミーちゃんのお願いを何でも叶える魔法使いさんだ。出血大サービス、今ならどんなお願いでも叶えてあげよう!」
「……私の、お願い?」
「うわっ、クヌギ君、悪そうな顔してるっ!私でもわかりますよ!なんか無茶やらかす気ですねっ!」
「どうも、悪そうなことを企んでるクヌギです。ミカンさん、共犯ですからね?裏切っちゃ嫌ですよ?」
「ううっ……。一人でお散歩行けばよかったよぅ……」
ミーちゃんのそばに歩いて行って、彼女を抱き上げる。
ミカンさんを指差して、耳元で囁いた。
「ほーらミーちゃん、分かる?人の言うことをほいほい聞いてると、ミカンさんみたいに貧乏くじ引くことになっちゃうんだよ?」
「聞こえてますよクヌギ君っ!?やめてください、
「……あははは、くすぐったいよ、魔法使いさん」
耳元で喋ったのがこそばゆかったのか、けたけたと笑うミーちゃん。
驚くことに、初対面の男にここまでされて笑うという大きな器を持っていた。
この子……出来る……!
このまま移動しようとも思ったが、さすがに重かったので、抱っこからおんぶに切り替えた。小さい子特有の甘いにおいや、高い体温が感じられる。
歩いていく中でミーちゃんに聞いてみる。
「さぁミーちゃん、なんでも言ってくれ。なんでも叶えてやろう。お父さんに構ってほしいか?お母さんに会いたいか?ジムリーダーになりたいか?エンテイをゲットしたいか?なんでも叶えてやる」
「……なんでも?」
「なぁんでも」
なんでも、とか言っておいて本当にエンテイが欲しいとか言われたらアウトだったんだが、予想通り、ミーちゃんは別のことを欲した。
「……えっとね、じゃあね、アイスが食べたいな、魔法使いさん?」
「……オーケーオーケー。アイスね。叶えてやろうじゃんか」
「……クヌギ君、アイスとか持って来てましたっけ?」
「こんなくそデカい屋敷なんですから、キッチンに行けばアイスくらい常備されてるでしょう」
「……やっぱりそういう感じ……」
一階のキッチンには予想通り期待通り、大きなパックのアイスクリームがあった。
器によそって、三人で食べる。
「ちゃっかり自分も食べる辺りクヌギ君ですよね」
「そんなこと言って、ミカンさんもなんだかんだで食べてるじゃないですか。あーあ、これで完全に共犯ですね。言い逃れは出来ないっすよ?」
「……?おいしーよね、魔法使いさん?」
「おいしいねー。自分の気持ちも認められないミカンさんには分からないおいしさなのかなー」
「……っ!おいしいですよっ!おいしいです!食べ物に関しては一家言あるんですからっ!なめないでくださいっ!」
「次は、何したい?」
「……えっと、次は……」
さっき話し合いをした本棚のたくさんある部屋に来ていた。
折よくマツバさんが本を集めておいてくれたので、利用させてもらおう。
「えぇっと、彼は何をしてるのかな、ミカンちゃん」
「ドミノ倒しですね。世界記録に挑戦、だそうです」
「スノードン邸の貴重な書籍で!?しかも、僕が後で読もうと思って置いておいた文献、全部使ってるし!」
「いいよー、ミーちゃん押してー」
「はーい!」
「待って待って、待っつぁあおおおい!まじでやりやがりましたよ!?」
「マツバさん、諦めてください……」
「目が死んでるよミカンちゃん……」
「次は、何したい?」
「……えっと、次は……」
パパがお仕事をしているところがみたい、と。
小さな声で言った。
にやっと笑って見せた。
「お安い御用だ」
まず用意するのは、天才の幼馴染一人。
「……準備中なんだけどなぁ……」
「迷惑はかけんから、ほれほれ、動く動く」
「わぁ、おっきい段ボール!」
次に、ドジな学者。
「あ、あれ……?私、ここに、こんな大きな段ボール置いたっけ……?」
「あ、あははは、何言ってるんですか、アイン博士。さっきご自分で置いていたじゃないですか。でも、邪魔ならぼくがどかしておきますよ」
「あ、ありがとう、ツクシちゃん」
「…………」
暗い段ボールの中、覗き穴からシュリー博士を見つめる小さい瞳。
ミーちゃんは真剣な表情で、働く博士を見ていた。
普段ミーちゃんに見せる顔とは全く違うだろう。鬼気迫る、という言葉が似合うような働きぶりである。
そんな父親を、ずっと目で追っていた。
「さぁ、そろそろ時間だし、最後は俺のお願いを聞いてくれ」
「……魔法使いさんのお願い……?」
フライゴンにまたがって、一緒に空を飛んだ。
子供二人分の体重など軽々と持ち上げるフライゴンである。
ゆっくりと空を飛んでグリーンフィールドの上空にいると、普通に地面を歩いているのとは全く違う、格別の光景を見ることが出来る。
下には、視界いっぱいの花畑である。
キャンパスに思いっきり絵具をぶちまけて、奇跡的に美しい絵が出来上がったような、そんな絶景だった。
色とりどりの花が美しく咲き誇る全体像を、一目で見ることが出来る。
はしゃいでいるミーちゃんに話しかけた。
「どう?楽しいか?」
「うん!こんなの、初めて!すっごくすっごくすっごいよ!」
「そっかそっか。そりゃあ、良かった。でもな、ミーちゃん。よく聞けよ?」
「……うん?なぁに?」
この小さな女の子に、少しでも多くを伝えられるように。
こんな短い時間のなかで、それでも心に残るように。
話しかける。
「今日は、楽しかっただろ?いろいろやって、いろいろ遊んだ。だけどそれは、ミーちゃんがやりたいと思ったからやれたことなんだ」
「わたしが……?」
「部屋にこもって、一人で遊んでいても、こんなことはやれなかったはずだ。わがまま言って、やりたいことやって、自分勝手に動かなければ、こんな景色も見られないんだ」
「……見られない」
「好きにやろーぜ!自分勝手に生きようぜ!ミーちゃんには、それをやるだけの頭も、能力も、きっとあるはずなんだからさ」
「……でもね」
フライゴンの上をゆっくり振り向いて、ミーちゃんは言うのだ。
「わたしがいい子にしてると、パパは、いい子だね、て頭を撫でてくれるんだよ。いい子にしてると、夜、本を読んでくれて、エンテイになって、背中に乗っけてくれるんだよ。それが無くなっちゃうのは、いやだよ……」
そう言って俯く。
いい子にしていないと、父親に嫌われると思って、嘆くのだ。
やはりまだ五歳。分かってないなぁと首を振った。
「ミーちゃん。お父さんに頭撫でてもらうのも、本を読んでもらうのも、エンテイになってもらうのも、ミーちゃんのやりたいことなんだ。でも、アイス食べるのも、本でドミノやるのも、お父さんの仕事場覗くのも、おんなじようにやりたいことだ。そうだろ?」
「……うん」
「ならさ、全部やればいいんだよ!」
「……全部」
「やりたいこと全部出来るように頑張るんだ!そんなことは無理だって言う人は、たぶんいるだろう。選ばなきゃいけない。なにかを捨てなきゃいけない。そうしなきゃ、何も出来なくなるんだと、そういう人もいるだろう。でも、そういう人には、こう言ってやればいいんだよ」
伝わるように、心を込めて。
「『お前の尺度で、俺を測るな』ってさ」
「……やりたいこと、全部……」
そうすれば、きっと、もっと楽しくなるはずなんだ。
小さい子が自分のやりたいこともやれないような状況など、どう考えてもおかしいじゃないか。
そんな間違ってる状況なんて、ぶち壊してやればいい。
もしも、この短い間の、短い短いふれあいの中の、薄っぺらい俺の言葉でも。
ちょっとでもミーちゃんが自分勝手になれたなら。
それはとてもいいことのはずだった。
◇
シュリー博士が言った。
「準備が整った。昼食後、実験を開始する」
読了ありがとうございます。
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第十四話
研究チームと護衛チームが、玄関ホールに集まっていた。
玄関ホール。つまり、スノードン邸の中で最もスペースのある場所である。
真ん中には机が一つ置かれ、皆その周りに集まっていた。
机を遠巻きにするように各種機材が並べられ、現象を観測する準備も整っていた。
ビデオカメラや音響機器などのオーソドックスなものから、パッと見ではなんに使うのか分からない奇妙な機材までが揃っていた。
地面に伏せられたパラボラアンテナのようなものや、金属板とボールが交互に食い合ったようなもの、螺旋状に連なった棒、等々。
さすがにこんな大きな屋敷を構えるだけのことはあり、シュリー博士は潤沢な資金を使って様々な機器を買い集めたようだった。
中心に置かれた机の上には、博士が遺跡で発見したという古びた箱と、その中に入った、アンノーン文字が刻まれたたくさんの小さい石板が置かれている。ミーちゃんがアンノーンを呼び起こした引き金になったと考えられている品である。
機材確認や設置のために動いていた作業員たちが、玄関ホールから出て行った。万一のことがあった場合に備えて、参加する人間は最小限にしたいというシュリー博士の意思である。
博士の横で作業の様子を見ていたミーちゃんも、名残惜しそうに何度もこちらを振り返りながら、ぽてぽてと出口へ歩いて行った。心配そうに、胸の前で両手をぎゅっと握っていた。
机の周りにいるのは、六人。
シュリー博士、アイン博士、ツクシ。そして、護衛のマツバさん、ミカンさん、俺。
全員を見渡してから、カメラに向かってシュリー博士が言った。
「では、これよりアンノーンの召喚及び改変事象の観測実験を開始する。参加者は六人。私、シュリー・スノードン。助手のアイン・アントヒルさん。文字の解読補佐として、ツクシ君。そして、それぞれに一人づつの護衛チーム。マツバ君、ミカンちゃん、クヌギ君。以上の人員で実験を行う」
わざわざ馬鹿丁寧に名前まで紹介しているのは、実験の記録のための証拠映像を撮っているからである。
そこら辺をきっちり行うあたり、さすがに著名な学者であるシュリー博士だった。
「改変事象を起こすうえで必要となるのは、遺跡で発掘された石板とアンノーンを呼び出すための強い感情、だと仮説を立てている。細かい部分は後日作成予定の論文に記載するので熟読されたし。では始める」
シュリー博士は石板を手に取り、並べていった。
事前に文を作っていたのだろうか、淀みない動きで次々とアンノーン文字の列が重なっていく。
使った石板は、25枚。ミーちゃんの時は八枚だった。その倍以上の枚数を使って、そして恐らく、文脈も正しい並べ方のはずだった。
後の問題は、人の感情だったが。
とりあえず最低限度以上の条件は満たしたようだった。
「……第一段階の成功を確認。分かるだろうか。これが、アンノーンだ」
カメラに向かって言うシュリー博士の声は、興奮で震えていた。
25枚が並べ終わったその時、ちらっと石板が光ったような気がした。
そして、アンノーンが現れた。
一匹だけのようだった。
横から見ても分からないような薄い体に、大きな一つの目。
石板に刻まれた文字と同じような形のその体は、I、の文字だった。
虚空から唐突に現れたそれは、きょろきょろと周りを見渡していた。
周りにいる俺たち六人をそれぞれじっと観察しているようでもあり、かつ、どこか困ったような雰囲気を感じられるようでもあった。
ふよふよと辺りを飛び回り、結局は石板の上に滞空するようにして留まった。
「……で、このあとは?」
シュリー博士に聞いた。
博士は悩んでいるように眉をひそめていた。
アンノーンの呼び出しには成功したが、現状、ただそれだけだった。
出現したアンノーンも、たった一匹。小さく震えて、こっちを見ているだけだった。
「……アンノーンの召喚には成功した。文字の並びも、問題はないはずだ。ならばあとは、感情の強さが足りないということなのか、それとも、まだ他に現象を起こす引き金があるということなのか……?」
「アンノーン文字についてはその解読方法はほとんど解明したと言っていいでしょうけれど、アンノーンそのものについての研究はまだほとんど手付かずですし、その生態や能力を完璧に把握しているという学者は存在しません。アンノーンを呼び出せただけでも、まずは一歩前進、ということでいいんじゃないでしょうか」
「アイン博士……」
手に持ったバインダーに何事かを書き込みながら、アイン博士が言った。
午前中に見せたようなどこか抜けた様子は消え失せ、確かな知性を感じさせる表情でシュリー博士に提言をしていた。
考え込むシュリー博士をよそに、アイン博士が一歩、歩を進めた。
視線の先には、アンノーンがいる。
「……記念すべき、第一歩です。歴史に刻まれる、第一歩になるかもしれません。アンノーン。もし、この子たちの力を完全に制御できて、そしてもしも、この子たちが創造する世界を現実に残せたのならば……」
ゆっくりと、アンノーンに向かって手を伸ばした。
ぐるん、と。
アンノーンの一つ目が、アイン博士の姿を捉えた。
アンノーンとアイン博士が、数瞬、見つめあった。
にっこりと、アンノーンの目が笑ったのが分かった。
困った雰囲気を出していた薄っぺらい小さな生き物が、歓喜の感情をあらわにしたのが分かった。
そして、歌い始めた。
すうっ、とその場に浮かび上がり、アイン博士が伸ばした手の上に留まるように滞空したアンノーンは、高い澄んだ鳴き声を上げ始めたのだ。それはまるで、喜びの歌を歌ってでもいるかのような光景だった。
くるくると回転し。
朗々と声を上げ。
アンノーンは歌っていた。
「……わ、なんか、可愛いですね……」
ミカンさんが呟いた通り、それはなんだか可愛らしかった。
一つ目の薄っぺらい体という、少し不気味な容貌をしたアンノーンが、愛らしく見えた
自分の手の上のアンノーンをみて、アイン博士はどうすればいいか分からないというような感じで固まっていた。
思わず手を出したら、なんだか妙に懐かれてしまった小動物を見るような目でアンノーンを見ていた。
マツバさんも、ツクシも、ミカンさんも、そして恐らく俺も、歌って踊る小さなアンノーンを微笑ましそうな顔で見ていたのではないかと思う。
たった一人、アンノーンに連れ去られたことのあるシュリー博士を除いて。
「……いかん!早くアンノーンから離れるんだ!」
「……え?」
え?、という声だけを残して、アイン博士は消えた。
◇
アイン博士が消えて数秒、誰も声を出せなかった。
目の前にいた人間の唐突な消滅。
まるで見えない大きな怪物に飲み込まれてしまったかのような、脈絡ない消え方だった。
アイン博士とともに、アンノーンも消えていた。
呆けたようにアイン博士がいた虚空を眺めている俺たちをよそに、シュリー博士は言った。
「……そうか、そういうことか!データ量だ!なぜ私は気付かなかった!一度飲まれているというのに!」
「……データ量……?どういうことです?」
「私はアンノーン達が大量に巣食っている空間を見た。地面も空もない、アンノーン達だけの空虚な空間だ。恐らく、複数のアンノーン達が呼び出されてこの世界に渡ってくる時、その大量のアンノーン達に見合うだけの情報を持つ存在が、代わりにアンノーン達の世界に渡って行ってしまうということだろう。最初に出てきた一匹は、その、向こうの世界に行く『生贄』とでも呼ぶべき存在を見定める役割を持つもの、ということだ」
質量保存則と似たようなものだ、と博士は言った。
世界にある物質の情報量は常に一定を保っているのだという。
そんな中で、別の世界にいるアンノーンがこの世界に入ってくると、その分だけこちらの世界の情報量が多くなる。情報の均衡を保つために、入ってくるアンノーンの分だけに見合う存在、今回はアイン博士が、向こうの世界に行ってしまったということだ。
「……つまり、アイン博士は今、アンノーン達の世界に迷い込んでしまった、ということですか」
「……なんてこった、なんのための護衛だよ、僕達は」
マツバさんが頭を抱えた。
シュリー博士は全員を見渡してから、机の上にある石板を見た。
「アイン博士が居なくなっただけではない。今、この世界はアイン博士の分だけ情報が減少している状態にある。つまりは、もうすぐ……」
言葉の途中で、上を見上げた。
博士の視線の先を見る。
虚空に穴が開いていた。
渦潮のように螺旋を描く空気が、どこかにつながっていた。
その穴から、ふっ、とアンノーンが飛び出してきた。形は、W。空気を震わせるような、高周波の声を上げていた。歓喜の歌を歌っているようだった。
その一匹に続くようにして、虚空の穴から濁流のように大量のアンノーンが流れ出てくる。
様々な文字の形をした黒い薄っぺらい体。
一字一字がポケモンで、一匹一匹が文字だった。
「……まずはアイン博士を助けなきゃ。アンノーン達が力を発揮するその前に何とかしたいけど……」
「とりあえずぶちのめせばなんとかならんかな」
「え、ちょっと……」
ツクシに何かを言われる前にモンスターボールを投げた。
出てきたのはミロカロスである。
大量のアンノーンを見てちょっと驚いている様子だったが、こっちを振り向いて一声鳴いてくれた。
「ミロカロス、冷凍ビーム!」
「ゲンガー、気合玉!」
「レアコイル、10万ボルト!」
声が重なった。
横を見ると、マツバさんとミカンさんが同じようにポケモンに指示を出していた。
分からないけどとりあえず倒してみよう、というところで考えが重なったようだった。
いまだに穴の中から押し寄せているアンノーンの群れへ向けて、3匹の技が迫る。
極寒の冷気の束が。
凝縮されたエネルギーの塊が。
超高電圧の電流が。
同時にアンノーン達に衝突した。
「……おいおい」
技の余波で巻き上がった煙が晴れた時、目を疑った。
あの小さなアンノーンの、たった一匹でさえ、倒れている様子がなかったからである。
虚空に空いた穴は消え失せ、アンノーン達は頭上で一塊になっていた。
技が効いている様子は一切なかった。
「効いていないのか……!?」
「あれ、なにか、バリアーみたいなものが張られてます」
ミカンさんの言葉通り、アンノーン達が密集している空間一帯に見えない膜があるようだった。
続けて攻撃してみても、その膜に沿って弾かれるようにして霧散してしまうようだった。
「ばかな……。まさか、既に改変現象が始まっているというのか……!しかし、もし既に始まっているというのならば、トリガーになった私の願望を映し出す世界になるはずだが……」
アンノーン達は、回転を始めていた。
そこかしこでそれぞれ円を作り、いくつかのグループで好き勝手に回っているようにも見えるが、やはり規則性が有るようだった。
一つ一つは意味を持たない文字が、複数集まって始めて言葉を作り出すように、一体では力を持たない彼らは多くの個体が寄り添いあうことで力を発揮していた。文章を作り出していた。
「ツクシ、分かるか?」
「ちょっと待って。今読んでるとこ……」
ツクシに問いかけた矢先、ふわりと、白いなにかが降ってきた。
掴んでみると、手の中で、ふっ、と燃えるように湧き上がり消えていった。
燃え上がる雪のような、何か。
上を見上げると、それが雪崩のように落ちてくるところだった。
周り全てを、雪崩が呑み込んだ。
一瞬で、辺りが真っ白になった。
◆
雪道を歩いていた。
高く高く積もった雪が、道の両側に壁のようになっていた。
どこまでも続く雪道を、延々と、延々と、進み続ける。
寒さはない。
雪のように見えるそれらは、温度がなかった。
積もる端から湧き上がり、燃え立つように消えていく雪。道の周りにある壁となったものの他は、白い炎のようにゆらりゆらりと揺れながら虚空に消えて行ってしまうのだった。
道の先を見れば、雪壁から湧き上がるように白い炎が出ているのが分かった。
どこまでも続く一本道の先を、白い炎が覆い隠していた。
ため息を吐いて、横を見る。
隣には、ここまでずっと一緒に歩いてきた相棒がいた。
立ち止った自分を見つめていた。
心配そうに見ているようにも見えるし、なぜ立ち止っているのかと責めているようにも見えた。
彼は自分とは違い、鋼の体に、鉄の顎。表情が変わらないから、何を思っているのか分からないことがあるのだった。
六本の足を器用に動かして、彼は周りを歩いて見せた。
まだまだ元気だという表現だろうか。
相棒が、これまでと同じように歩き続けると言っているようだ。
ため息を吐いて、止まっていた足を再び動かし始めた。
◆
目を覚ますと、辺りは白一色だった。
空から降ってくる雪崩のようなものに押し流されたところまでは覚えている。
それからどうなったかなと、体を起こしながら考えた。
視界に入ったのは、鋼鉄の殻に囲われた丸い体。
フォレトスが、心配そうに俺を見ていた。
「……勝手に出てきたのか、うん?」
聞くと申し訳なさそうに俯いたので、その体をがしがしと撫でてやった。
鋼を纏うフォレトスに、軽く触るくらいじゃ撫でたことにはならない。10歳の弱い体では、思いっきり力を籠めなければ、フォレトスに気持ちを伝えらえれなかった。
「よーしよしよし。俺を守っててくれたんだな?いい子いい子。ありがとう、フォレトス」
感謝の言葉を伝えると、嬉しそうに体を震わせた。
ひとしきりフォレトスを撫でた後、辺りを見渡した。
見える範囲には、誰もいないようだった。
雪崩に押し流された時、確かに
既に、アンノーン達が作り出した世界の中にいるようだった。
先が見えなくなるほどに長く続く一本道。
道の両側には高く高く積もった白い雪のようなものが壁となっていて、向こう側を伺うことは出来なかった。
と、なれば。
フォレトスをモンスターボールの中に戻して、フライゴンを出した。
翼をばたばたさせるフライゴンに頼んで、背中に乗せてもらう。
空の上からなら、ここから出る方法を探すことも、人を探すことも、やりやすいだろうということである。
3、4mほどの白い雪壁もフライゴンなら一羽ばたきで飛び越えられる。
解決策を探すにしろ、アイン博士を助けるにしろ、どちらでもとにかく動かなければ始まらない。
軽やかに宙に浮かんで、フライゴンが飛び立つ。
雪壁を越えて飛んで行こうとしたその時。
壁が伸びた。
「……は?」
フライゴンが高く飛べば飛ぶほど、フライゴンを越す高さまで伸びていく白い壁。
フライゴンはぎょっとしたように体をびくつかせた後、スピードを上げて壁の外に出ようとする。
しかし、いくらスピードを上げても、どこまで高く飛んでも、フライゴンの頭が壁より高くなることはなかった。
いったん諦めて、地面まで戻る。
すると、壁は何事もなかったかのように元の高さに戻った。
地面に立って、白い壁を睨みつけた。高さは、元に戻って3、4mほど。しかしいくら高く飛ぼうとも壁を超えることは出来ない。
ファンタジーか。伸びる壁など聞いたこともない。やはりここは、アンノーンが作り出した幻想空間のようだった。
越えられない壁。無性にイラついてたまらなくなったので、ぶっ壊していくことにした。既に、普通に雪道を歩いてみるという選択肢はなかった。
モンスターボールからポケモンを全て出す。
フォレトスの突進。
重い鋼の体が、雪の壁に衝突する。ずもりと体の半分ほどまで埋まった後、ずりずりと後退した。
フォレトスが出た瞬間に、雪が内側から押し出されて元に戻った。
ミロカロスの水弾。
圧縮された水が何度も何度も連続して壁にぶつかる。大きなクレーターがいくつもできるが、雪から白い炎が燃え上がったと思うと、その後はきれいに消えていた。
ハッサムの鉄拳。
並のポケモンが食らえばミンチ状になってしまうのではないかというほどの猛烈なラッシュ。
殴り続けて奥へ奥へと進んでいくハッサムだったが、息継ぎをした一瞬で戻った雪壁にはじき出された。
アブソルの業火。
雪なら炎だと、アブソルに最近覚えさせた大文字を使わせた。練度が不安だったが、問題なく大火力を放ってくれた。なぜか雪壁が爆発炎上した。持ち前の危機察知能力がなければ、アブソルは危なかったかもしれない。後にはなんら変わりのない白い壁があった。
フライゴンの地震。
渾身の一撃で放った地震は、雪壁全体を大きく震わせ、上からは雪がどさどさと落ちてきた。
雪まみれになっただけだった。
「……ぬわぁああああああっ!」
壁はまだ、崩れない。
◆
ミーは一人、小さい両手を握りしめていた。
この大きな扉の向こう側に、父と、その仲間たちが居るはずだった。
扉は開け放たれていたが、誰も中には入れなかった。
部屋の中にいなかった父の助手たちは、慌てたように右往左往して、時折白い雪のようなものを小さな瓶に詰めたり、写真に撮っていたりした。
それしかすることがなかったと言ってもいい。
玄関ホールへと続く扉は、白い雪のようなもので埋まっていた。
内側から溢れ出すようにして出現したそれは、瞬く間に部屋全体を覆い尽くした。
中にいた六人がどうなっているのかは、外からでは分からない。
ミーは一人、小さい両手をそっと開いて、握りしめていた物を見つめた。
手の中には、文字が刻まれた小さい石板が7枚。
机の上に有った箱の中からくすねてきたものだった。
あれだけいっぱいあるのだから、これくらいいいでしょ、と、思っていた。
自分勝手に、我がままに。やりたいことを。
「……私、いけないことやっちゃったのかな、魔法使いさん……」
雪に埋もれた扉を見つめ、ミーは小さく呟いた。
読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。
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第十五話
◆
朽ちた円形劇場。
周りには、ボロボロになった客席が所狭しと並んでいる。
天井は既に崩壊し、大きな柱が支える物は何もない。
天井が無いにもかかわらず、空から射す光はない。
月は輝かず、星々がここを照らすこともない。
舞台を照らすスポットライトの他は、明かり一つない。
もうずっと昔から、ここは真っ暗な夜だった。
床はひび割れ、そこかしこから雑草が生い茂っていた。
暗い色をした植物は、光もないのに伸び伸びと大きくなる。
柱は既に黒い蔦に覆われ、残った壁さえも、少しずつ少しずつ、枝葉に浸食されていくようだった。
床板は朽ち果て、少し動くたびにぎぃぎぃと音が鳴った。
ぎぃぎぃ、ぎぃぎぃ、と音を立てながら、私は回り続ける。
劇場の真ん中で、止まることなく、ぐるぐると、ぐるぐると。
少し離れたところで、相棒が私を見ていた。
もう止めろという心配そうな視線だろうか、それとも、もっと回り続けろという激励だろうか。
鋼鉄の角膜に、金属光沢のある表面。私とは違って、柔らかく動かすことが出来ない顔なので、彼の感情がよく分からないことがあるのだった。
六本の足を器用に折りたたんで、彼はじっと座っていた。
いつまで回り続ければいいのか、私には分からない。
見る人はいないこの朽ちた劇場の中、私は回り続ける。
いつか、もういいよ、と、誰かが言ってくれるまで。
でも、誰がそう言ってくれるというのだろう。
私の相棒には、喋るための舌はなかった。
◆
目を覚ました時、そこは暗い劇場だった。
円形に並んだ客席の、その真ん中。
舞台の上で、大の字に横になっていた。
あれ、とミカンは考える。
最後に覚えているのは、白い雪のようなものが雪崩となって押し寄せてくる景色である。
アンノーン達が作り出したのだろう白い雪は、観測機器も、その場にいた六人も、全部押し流して行った。
そして、今。
なぜか、全く違う場所に、ミカン一人だけがいるのだった。
とにかく腰のホルダーを探った。
モンスターボール、全部ある。
よし、それなら大丈夫。
いつもの癖でそのままハガネールを出してしまいそうになったが、一歩踏み出した瞬間にぎぃぎぃと音を立てた床を見て思いとどまった。
私の体重でも壊れそうなこの場所にハガネールを出したら、間違いなく床が抜けちゃう。
いや、決して私が重いとかそういうことではなく。
最近ちょっと運動はしてなかったけど、いくら食べても太らない私だから、大丈夫、大丈夫。
この明らかな異常事態の中、太ったかもしれない、などという私事極まることに冷や汗を流すミカンは、はたしてただの天然なのか、それとも大物なのか。
ハガネールを出すのをやめ、代わりに別のモンスターボールを開けた。
中から出てきたのは、常に浮遊して移動するポケモン、レアコイル。
レアコイルも、ミカンと苦楽を共にしてきた仲間だった。
最近、レアコイルの新しい進化先のポケモンが発見されたという話も聞いた。
特定の場所から発せられる強力な磁場が、レアコイルに変化を促すというのである。
この子も、進化したいのかな。もしそうなら、ちょっと旅行で訪ねてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、暗い劇場の中を見渡すミカンである。
思考があちらこちらに迷子になる女の子であった。
劇場の周りをぐるっと囲むように置かれた客席は、ボロボロに崩れていた。
そこかしこから雑草が生え、いかにも廃墟、といった雰囲気の劇場である。
パッと見、出口は無いようだった。
天井は抜けていて、上には真っ暗な空が見える。
「……皆さんはどうなったんでしょう」
ぽつりと呟く声に反応するのは、困ったように体を震わせるレアコイルだけである。
まぁ、皆それぞれ自分で対処できる人たちばかりだろう。ちょっと心配なのは、クヌギ君がまたぞろ変なことをやらかさないか、ということだけだった。午前中に彼の人間性は嫌というほど見たのである。彼より年上の人間は、彼の傍若無人さに冷や汗を流すか眉をひそめるか、どっちかだろうな、と。
ミカンはそんな風に思っていた。
現状、消えてしまったアイン博士を取り戻す手がかりはない。
なんとかアンノーンを見つけ出して、なんとかバリアをぶち抜いて、なんとかして取り戻す。
うん、これだ。
ピンチの中にチャンスは生まれる物である。
ピンチでもなんでもない現状、ミカンにやれることはあまりない。
事態が動けば、自ずと自分がやることも見えてくるだろう。
周りを見渡す。
古ぼけているとはいえ、劇場だった。雰囲気はある。
「……この際ですから、ジムの挑戦者さんの前でやるキメポーズの練習でもしましょうか!」
両手を胸の前でぐっと握った。
ジムの人にさんざん言われていたキメポーズ。ここで作っておくのも悪くないだろうと。
彼女はどこまでも自由人だった。
◆
見渡す限りいっぱいに緑が広がっている。
目がくらむような、新緑に染まる大地が眼下に見える。
上には雲一つない快晴の青空。
どこまでも青い蒼穹が頭上に広がり、見ているとふっと吸い込まれそうになるほどだ。
風が爽やかに吹きつけ、太陽はさんさんと輝いていた。
緑の真ん中に、大きな川がゆったりと優雅に流れ、その周りには草木が色とりどりの花をつけていた。
この美しい世界で一人、私は浮遊し続ける。
美しい大地の上でもなく、無限の空を飛び立つでもなく。
宙に浮いた岩の上に、一人で立っている。
いや、一人ではない。
相棒が、隣で同じように佇んでいる。
この美しい世界で、逞しい大地に立つでもなく、空の中を飛ぶでもなく、でこぼこした灰色の岩の上でひたすらに立ち尽くしている。
ここからの光景を見て、相棒は一体、どう思っているのだろうか。
私たちが決して中に入れない、あの景色への羨望か。
それとも、私たちを弾きだした、あの世界への怨嗟か。
相棒は私と違って、どこへでも歩いていける強靭な脚と、鋼の心。
人間のような軟弱な体を持っているわけではないので、彼の感情がよく分からないことがあるのだった。
彼から視線を外して、私は目の前の絶景を眺め続ける。
延々と、他にすることもなく。
追い出されたこの美しい世界を、灰色の岩の上から眺め続けるのだ。
◆
目を覚ましたら、そこは空の上だった。
うーん、と唸って、ツクシは岩の上から身を乗り出すのを止めた。
下には美しい草原が。
上には無限の蒼穹が。
宙に浮いた大きな岩の上で、ツクシは一人で立ち尽くしていた。
スノードン邸の玄関ホール。
頭上から降ってきた雪崩に飲まれて、目が覚めたら空の上である。
浮遊する大きな岩の上で、一人寝ているというこの状況。どう考えてもアンノーンの仕業だった。
恐らくここはアンノーン達が作り出した幻の世界なのだろうと辺りをつけて、ツクシは頭を掻いた。
一瞬のことだったし、アンノーン達の観察に気をとられていたしで、隣にいた幼馴染の手を握る暇もなかった。
ストッパーがいない状況で彼が一体何をしでかすのか、ちょっと不安だった。
とりあえず下に降りてみよう。
ツクシはモンスターボールを取り出した。
出したのは、カブトプスのような体形に、鋭い爪、背中から砲塔が一本生えた、幼馴染からもらったポケモン。
愛称『プカマル』である。
プカマルはちょっと周りを見渡すと、ツクシの方を振り向いた。
控えめに、ちょいちょい、と爪でツクシをつっつく。
自分の鋭い爪でトレーナーを傷つけてしまわないように。だけど、出してくれて嬉しいという気持ちが伝わるように。
自分より大きくゴツく力のある存在の可愛い仕草に、ツクシは思わず笑顔を見せて抱き着いた。
「プカマル、下まで連れて行ってほしいんだ」
ツクシの言葉にうなずくと、プカマルは体を変形させた。
カブトプスのような体を折りたたんで、頭蓋と一体化させる。
まるで平たいボードのような形になったプカマルは、その状態で
宙に浮いているのである。
『……なぜだ……!?意味が分からん!なんでこいつは浮いてるんだ!?どういう力学が働いてる?……ちょっと解剖したい』
『だめだよ!?』
『うぉっ!?冗談冗談、冗談だって、はは……。ちょっと体削るくらいだ』
『だめだって!』
若干本気の声だった幼馴染を思い出して変な笑いが出た。
妙な迫力を出してプカマルに迫る彼を必死で止めたのだった。
そのときプカマルは、ツクシの後ろでぷるぷる震えていた。
浮いたプカマルの上に座って、移動してもらう。
とにかく解決策を探すために、地に足をつけてこの空間を調べようと思っていた。
岩から降りて、下に向かおうとした。
大地が見えるところまで空中を移動して、降下しようとした瞬間。
岩が動いた。
宙に浮いた岩が、まるで下には行かせないとでも言うかのように水平に移動したのである。
「……わー、ファンタジーだ……」
げんなりしたような顔でツクシは言った。
何度か試したが、そのたびに通せん坊をするかのように移動する岩。
イラッ。
「プカマル、テクノバスター!」
発射された砲撃が、空間を震わせた。
◆
暗い海の底で一人、膝を抱えていた。
相棒が、私と向かい合うようにちょこんと座っている。
まとわりつくように重い青い水と、足をとろうとするかのようにずぶずぶと沈み込んでいく砂。
時折、ふわりと湧きあがるように大きな水泡が上へ浮き上がっていく。
ふわりふわりと上に向かう水泡を、何度も何度も見送った。
この海底に落ちてくるのは板切れや何かの残骸ばかり。
そういうものは、朽ちる間もなく砂の中に潜り込んで、見えなくなってしまうのだった。
生きているものが落ちてくることは、一度もなかった。
ここで生きているものは私と相棒だけである。もう長いこと、他の何かや誰かは見たことが無かった。
『ああ、そういうことか。この空間は』
下から上に向かう唯一の物は、ふわりふわりと漂う大きな水泡である。
なかにたっぷりの空気を入れて、空気以外の物を受け入れない空虚な泡だけは、ぷかぷかと上に漂っていけるのだった。
『僕でもなく、シュリー博士でもなく、ミカンちゃんでもなく、ツクシ君やクヌギ君でもなく』
相棒が、私の目の前で、ずっと私を見続けている。
いつになったら上に上がっていくのかと問いかけているようでもあるし、もう砂の中に潜ってしまえと勧めているようでもあった。
重い体に、空虚な心。
私と違って中途半端なもののない相棒なので、彼の感情がよく分からないことがあるのだった。
浮けもせず、沈みもせず。
私はここにいる。
『この世界にはいないはずの、貴女の心象風景』
◆
「ってことはつまりシュリー博士の実験は失敗だったということなのか」
マツバは目を見開いてそう言った。
座禅を組んで目を閉じて。
精神統一した状態から復帰した後の第一声がそれだった。
大きく伸びをして、さらさらと足をとる砂地の上に立つ。
アイン博士をアンノーン達に連れ去られてしまった時から、護衛としての役割を果たせていなかったわけだが。
せっかく頼ってもらったんだし、ちゃんとお仕事をしようかなと。
マツバにしては珍しく、そんなことを思っていた。
それは
なんにせよ、ロマンを追い求める男であるところのマツバをして、仕事をしようと思い立たせるような何かが、この空間にはあったということだろう。
驚いた様子もなく周りを見渡す。
暗い海の底である。
青い水がまとわりつくように重い海底であるのにもかかわらず、それが当然とでも言わんばかりに、マツバは呼吸をしていた。
ずぶずぶと沈み込み、放っておけば全身が取り込まれてしまうであろう砂からその両足を引き抜いて、マツバは歩き始めた。
「クヌギ君は大爆笑だし、ミカンちゃんは天然だし、ツクシ君は怒らせると怖いし。いやいや、このチームはなかなかに面白い。現状が
そう言って、暗い海底の中を、まるで目印が見えているかのように明確な足取りで。
千里眼を持つ男は、悠々と歩き続ける。
◆
「……すぅー、……はぁー……」
大きく深呼吸をして、ミカンは心を整えた。
最大の敵は羞恥心である。
そもそも人前でしゃべることがあまり得意ではないミカンに、あまりにも高いハードルを押し付けてきたジムトレーナー曰く、『キメポーズはジムリーダーの個性を表す必須の要素。皆一つは持っている物』
恥はかき捨てるんだ、私。
皆練習してるんだから、私だけやらないのは無しだよ。
カッと目を見開いて。
「この世に蔓延る軟弱な悪を!
叩いて伸ばして金属光沢!
鋼の体とキュートな心!
持ってる人に打ち直す!
ジムリーダー!ミカン!参☆上!」
シュバ、シュバ、シュバババ!
シャキーン!
「……うーん、あまりよくありません。かっこいいですけど、私らしさがないというか……」
どうしよう。ジムトレーナーの皆が考えてくれたキメポーズ、私には使いこなせません。
いっそのことシンプルにポーズと擬音だけ、とか……?
とりあえずもう少しやってみよう。えーと、後あるのは、魔法少女風と、退魔忍風と……。
朽ちた円形劇場の中で、レアコイルとともに、あーでもない、こーでもないと試行錯誤を続ける。
明らかにジムトレーナーの連中に遊ばれていることに気が付かない辺り、ミカンは純朴ないい子であった。
こんな子であるからこそ、周りの人間は支えようと思うわけであるのだが。
「よし、次はこれ!
風は空に、
星は天に、
輝く光はこのボールに、
鋼の心はこの胸に!
バトルフィールド、セーットアーップ!」
「お、やってるねぇ、ミカンちゃん」
「はぇ……?」
人の声が聞こえた気がして、ミカンはポーズをとったままきょろきょろと周りを見渡した。
ここには自分以外の人間はいなかったはずだが、低い男性の声が聞こえた。
見ていると、劇場の床が波打った。
海面に波紋が広がるようにして、空間が歪んだのである。
驚いて声も出せずにいると、床からにゅっと人の頭が出てきた。
にやにやと笑いながら、まるで階段を上っているように、一歩一歩進むごとに体を床から生やしていくその男。
「ま、マツバさん……!?」
「やっと合流出来たよ。全く、海の中を歩くのは楽じゃないねぇ」
「も、もしかして、見てました……?聞いてました……!?」
「個人的には是非とも退魔忍風が見てみたいところなんだけど」
「は、はうぅぅっ……!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるミカン。彼女を労わるようにして、レアコイルがミカンとマツバの間に割って入った。
ばちばちと紫電を迸らせるレアコイルには目もくれず、マツバはにやにやと笑い続けた。
轟音。
どおん、という音とともに、巨大な鋼の玉が、にやにやと笑い続けていたマツバのすぐ横を通って、後ろの壁にめり込んだ。ごろん、ごろんと自分で回転して壁から外れた鋼の玉。フォレトスである。
笑顔を引き攣らせて、マツバはフォレトスが飛んできた方を見る。
空間に大きな穴が開いていた。
無理矢理引きちぎった後のようなグニャグニャとした断面。
拳を振り切った後の状態で、ハッサムが佇んでいた。
「うおっ!フォレトス吹っ飛んだ!?やっと抜けたかこんちくしょー。そんで次は……なんだここ?夜?劇場?」
向こう側から歩いてきたのは、白い雪のようなものを体中にくっつけた少年。
進んでくる間に雪のようなものはぼうっと燃え上がり、消えていった。
「あぶ、危ないなぁ、クヌギ君!向こう側にいる人のことも考えてくれ!」
マツバが叫ぶと、周りを見渡していたクヌギはひょいと見て言った。
「当たらなかったからモーマンタイ、ってことで。マツバさんとミカンさん、みっけ。あと二人でコンプリートっすね」
「なにをやってたんですか……?」
「雪の壁がどーしても抜けれなかったんで、フォレトスを楔に、ハッサムのパンチで掘り進む、って感じでぇ……」
「どういう状況……?」
閃光。
真っ暗な空に穴を開けて突き抜けてきた閃光は、ボロボロになった客席を吹き飛ばし、黒い蔦が絡まった壁を打ち抜いて行った。
三人で空を見上げる。
UFOにも見えるボード状になったポケモンに座って、ツクシが空から降りてきた。
「あれぇ?岩を壊そうと思ったらなんだか色んなものが壊れちゃったみたいだね」
ぎぎゅう、と、申し訳なさそうにツクシが座っているポケモン、『プカマル』が鳴いた。
「いやいや、問題ないよ。むしろ大手柄だよ!ありがとね、プカマル」
硬い茶褐色の甲殻を撫でながら、地面に降り立つ。
朽ちた劇場の真ん中に着地したツクシに向かって、三人で歩いて行った。
「へいへい、ツクシ遅いぞ」
「ん。もしかしてぼく、四番目?うわぁ、なんてこったい」
「あっはは、年少組は登場が派手だねぇ。ジムリーダーとしては、見習うべきなのかどうなのか」
「見習っちゃだめだと思うんですけど……」
これで四人、揃った。
あとはシュリー博士を見つけて、アイン博士を取り戻すだけである。
キメポーズの練習してた私はやっぱり正しかったと思いながら、ミカンは胸を撫で下ろした。
ざわざわと、何かが蠢くような音がする。
見ると、プカマルのビームが打ち抜いていった壁の周辺で、黒い蔦が動いているようだった。
崩れた壁を補強しているようであった。だんだんと塞がっていく穴の先を見ると、光が見えた。
「……そんじゃあ、行きますか」
行く先を阻もうとする蔦を踏みつけて、四人は壁の先に足を踏み入れて行った。
読了ありがとうございます。
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第十六話
――エヴゲニー・ボリソヴィッチ・ヴォルギン
長い長い、長い長い、とてつもなく長いトンネルだった。
真っ暗だ。
ミカンさんのレアコイルが、長いトンネルの中をパチパチと照らしていた。
一本道である。
坑道のような、上が円形に掘られたトンネルがどこまでも続いていた。
レアコイルが放つ『フラッシュ』の光が途中で途切れてしまうくらいに、このトンネルは長かった。
ごつごつとした岩肌が露出している。
全く整備されていないただ掘っただけのようなトンネル。
しかし、露出した岩肌をよく見ると、どこかつるりとした光沢があるようにも見える。
まるで何かが踏み固めていった後のような有様。上下左右、どちらを見渡しても同じような質感のトンネルだった。
「……長いな……」
トンネルを歩き始めて数十分、言葉を発したのはマツバさんだった。
「どこまで続いているんだ、このトンネルは。一時間近く歩き続けても全く変わらないじゃないか。かれこれ数キロは歩いていると思うんだけれど」
「……まず、ですね」
と答えたのは、わが幼馴染だった。
「このトンネル、なにかのポケモンが掘った穴を再現しているものだと思うんですけど」
と言って、俺たちの方を見た。
自然と皆の足が止まり、トンネルの中で立ち往生しているような格好になった。
「これだけ長く続くトンネルが自然にできるとも思えませんし、なにより歩き易過ぎます。自然に出来たものがこんなに平坦に歩きやすいものになるとは思えません」
「アンノーンがつくった空間が自然かどうかはともかく、ポケモンが掘った穴を再現してるってのは同意する」
と、俺は言った。足元の土を蹴り蹴り、言葉を続ける。
「このトンネル、何かにそっくりだとずっと思ってたんだが、あれだ。前にテレビかなんかの特集で見た、ディグダの穴に似てるんだ」
「ディグダの穴……。カントー地方の名所ですね。たまに子どもが入って、行方不明になったりする」
ミカンさんがレアコイルを撫でながら言った。
「似てるけど、ちょっと違いますよ。ディグダじゃないと思います。ほら、これ」
地面を指さして、ちょっと小首をかしげる。可愛い。
「足跡、あるじゃないですか?それも、いっぱい、いっぱいついてます。これだけ固い岩盤を掘りぬいて、しかも岩に足跡をつけられるような硬いポケモンで、かつ群れて生活してるような、そんなポケモン……」
ミカンさんが指さす地面を見る。
つるりとした硬い岩があるだけで、足跡なんぞ全く分からない。
アイコンタクト。
――分かるか?
――分かんない。全く全然分かんない。
――だよな。分からんよな。
――ミカンさんしか分からないようなポケモンの跡ってことは……
「鋼タイプか」
マツバさんが言った。
「鋼タイプのスペシャリストであるミカンちゃんしか分からないような足跡。岩盤につく微かな痕跡ってことなら、鋼タイプくらいしか考えられない」
「そんな、スペシャリストだなんて……。ふふ、ふへへへへ……」
顔を赤らめて照れ笑いするミカンさん。可愛い。
思わずほっこりしたような表情を引き締めて、マツバさんが続ける。
「鋼タイプで群れて行動するポケモン……?少なくとも僕の知っている中ではいないぞ。ジョウト地方のポケモンじゃないのか……?」
「あ、六本足!六本足ですよ!すごい!かっこいい!小さいけど硬くて重そうです!」
ミカンさんがちょっとかがんで、地面を見ながらはしゃいでいた。
改めて見てみるが、全く分からない。なにをもって六本足だと断定できたのか不思議である。
スペシャリストってやばい。ほとんどファンタジー。
俺が戦慄している隣で、ツクシは考え込んでいた。
「鋼タイプ……穴を掘る……集団行動……六本足……小柄……」
「なんか分かるか?」
「どっかで……聞いた……ことがある……どっかで……」
驚いた。
『歩く虫ポケ大百科』なんて呼ばれてるが、虫タイプのポケモンだけではない。
こいつのポケモンに関する知識は凄まじいものがある。
ライフワークにポケモンの生態調査が含まれるほどのポケモンオタクだ。
『ジョウト地方にいるポケモンは?』という質問に、名前、生態、使う技から進化系統まで、全てのポケモンの全ての情報を滝登りするアズマオウのような勢いで答えて、TVのキャスターをドン引きさせた知識量は伊達ではないのである。
そんなツクシが、答えられないポケモン。
少なくとも俺達の身近にいるポケモンではない。
「ここまで……出てきてる……ここまで……」
悔しそうな顔で、喉に手を当てるツクシ。
やがて、首を振って頭に手を当てた。
「だめだ。最近ソウタロニウムが不足していて頭が回らなくなってる。ソウタロウがなー、ジムトレーナーになってくれなかったからなー」
「さりげなく俺のせいにするの止めてくれませんかね……」
「なにかびっくりするようなことがあったら思いつくかもしれないんだけどなー」
「……びっくりすること……」
ふむん、と考えてみた。
なにか衝撃的な事実的なものを、この幼馴染に告げてやらねばならぬ。
「今まで言ってなかったけど、実は俺…………。女なんだ」
「あー、そういうのじゃないんだよなー。あー、君がくだらないこと言うせいで、完全に引っ込んじゃったじゃない」
「完全に俺のせいにするの、止めてくれませんかね……」
がっかりである。
せっかく人が、一生懸命考えてひねり出したびっくり衝撃の事実を、『そういうのじゃないんだよなー』の一言で終わらせる。
こいつはそういうとこあるんだよなー。
人の努力を評価しないというか、目に見える結果が全てなんだ、とか。
なんともドライな10歳児である。
「……え、ええええええええっ!?」
ミカンさんが叫ぶ。
「え、なんかありました?」
「なんかありました、じゃないです!?むしろ何かしかないです!?何かしかしか!?」
「なんか分かったんです?」
「クヌギ君女の子だったんですか!?」
………………。
ピュアッピュア。
純粋が山の下を通って地層に不純物を漉し取られながら最終的に深海に湧き出るくらいにピュア。
こんな女の子いる?
こんな純粋な十代女子いる?
「好きです」
「ふぇっ!?」
「失礼、つい本音が」
「ふぇええええ!?」
ミカンさんが赤くなる隣で、マツバさんが大爆笑していた。
◇
「さて、散々笑ったところで、状況を整理してみよう」
笑ってたのはあんただけです、という突っ込みをなんとか堪えて、先を促した。
マツバさんがトンネルの中にどっしりと腰を下ろして、携帯端末に情報を整理していく。
「現状僕たちが最優先で行わなくてはならないのが、護衛対象であるシュリー博士とアイン博士との合流、救出。特にアイン博士は、どうにもアンノーンに連れ去られて消えてしまっているようだ。これはアンノーン達の活動を止めてみないことにはどうしようもない」
アンノーンを止めること。
マツバさんが端末に書き込む。
「その過程で、今離れ離れになっているシュリー博士と合流する。恐らく、これまでの僕らと同じようにシュリー博士もアンノーンが作り出した空間に隔離されているはずだ。どんな状況になっているかはわからないけれど、こればっかりは動いてみないことにはどうしようもない」
シュリー博士と合流すること。
「そして、シュリー博士と合流するために、このトンネルを脱出する。今まで作られていた空間も、何らかの手段で抜けることが出来た事を考えると、このトンネルを抜ければまた新しい空間にたどり着くことが出来ると考えられる。空間がどういう基準でつくられているのかわからない以上、抜けてみないことにはどうしようもない」
トンネルを抜けること。
携帯端末には、この三点が書かれた。
「なんだか、どうしようもないことばかりだし、行動原理も仮説ばかりだけれども、今はこんなところかな。なにかあるかい?」
マツバさんが三人の顔を順番に見渡す。
特に異論はなかった。
強いて言えば、こんな真面目空間をつくることが出来るなら、初めからリーダーシップをとって真面目にやって貰いたかったということくらいか。
どうにもこの人は、遊び心が度を越していて困る。
しっかりやれば頼れる大人なのだから、初めからしっかりやっていてほしかった。
笑ってばかりいないでちゃんとすればいいのだ。俺みたいに。
俺みたいに。
「いや、クヌギ君。君には言われたくない」
「! ……こいつ、俺の心を……!?」
「君の呆れたような顔と、その後のどやっとした顔を見ればなんとなく分かるよ……」
さいで。
「で、だ。とりあえず次の行動は、このトンネルを抜けることにしたいわけだが」
三人がこくりと頷いた。
「クヌギ君方式で行きたいと思う」
三人が首を傾げた。
「ツクシ君方式でもいい」
さらに疑問が深まる。
「年少組方式の空間の抜け方を踏襲しようというわけだ。で、ミカンちゃん」
「はい……?」
「やって貰いたいことがあるわけなんだが」
きょとんとした顔で、ミカンさんは首を傾げていた。
読了ありがとうございました。
感想、アドバイス、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。
PS:帰ってきた気がします。
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