犬吠埼樹は悪魔である (もちまん)
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第一打【犬吠埼樹覚醒の章】
第一話 百合の開花


あなたのお名前を教えてほしいな~

 

                                   私は…乃木若葉だ。

 

わっ、おんなじ苗字だ~

 

                                 お前の、先祖だからな。

 

じゃあ、若葉先輩だね~

 

                                       先輩…か。

 

ねぇ、もっとお話ししたいな~

 

 

 

 

                 「…また、同じ夢か…」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹「今日も雨ですね…」

 

友奈「最近ずっと雨だよね。外にも出られないし、体がなまっちゃうよー」

 

樹「私も雨ってちょっと苦手で…じめじめして…私の場合、湿気で寝癖がもっと悪化しちゃうので…朝直すのに困っています」

 

風「樹は寝相が悪いからなおさらよね~」

 

樹「うぉ、お姉ちゃん!それはみんなには言わないでって…」

 

風「あっはは…ごめんね。帰りにコンビニで焼肉味のアイス買ってあげるから」

 

樹「マジっスか!?やったっス!5本!5本がいいっス!」

 

風「…5本か…」

 

 

犬吠埼樹がこのような口調になってしまったのはごく最近のことである。

半年前…樹は満開使用による散華の影響により、一時的に声が出せなくなっていた。

しかしレオ・バーテックス討伐後には供物が戻り、樹の声帯は再び機能するようになった。

現在は他に異常もなくすっかり元通り…というわけにはいかなかった。

樹はあまりにも長期間発声をしていなかったせいで、自身がどのような口調をしていたのか…それを忘れてしまったのである。

 

それゆえに、今の樹の口調は安定していない。

以前の可愛らしい口調に戻るときもあれば、急に大人びた冷静な口調になることもある。

もっとも多いケースは、語尾に「っス」と付けるパターンである。

なぜ、よりによって「っス」という口調なのか…たしかに、その片鱗は見られた。

勇者部5人で合宿をした夜、樹は姉の話題に対して「この話10回目っス」とスケッチブックに記している。(『結城友奈は勇者である』第七話 牧歌的な喜び より)

声帯に異常があるわけではない。口調の問題なのだ。

しかし姉の風をはじめ、勇者部内には樹のそういった変化を気にしている者はいない。

乃木園子に至っては、元からそういう口調なのかと認識されている。

○○には若干、気にしている様子が見られるが…

 

 

東郷「うーん…」

 

樹「みもりんさん?どうしたんスか?あ、それって女の子が融資屋になって借金から世界を救う、今話題のスマホRPG!『幽鬼ユーナは融資屋である』通称『ゆユゆ』!」

 

東郷「むっ…」

 

樹「…あ、すいません。私もやってるんでつい…何か困ったことでもあったんスか?」

 

東郷「樹ちゃん、そうなのよ…このゲームって今イベントやっているじゃない?そう、借金返済イベント。それに合わせてガシャキャンペーンも更新されているわ…それで今回追加された、この期間限定でガシャから排出されるSSR『ユーナちゃん』(ボイス付き)がものすごく欲しくて…でも、何回引いても出ないのよ…」

 

樹「このキャラ、友奈さんにそっくりっスねぇ…課金とか、したんですか?」

 

東郷「今回のガシャだけで…3万円…」

 

樹「ひょぇーーーっ!(笑)」

 

 

※神世紀の3万円は西暦の貨幣価値に換算すると、30万円以上である。

 

 

東郷「…SSRの的中率は1%…それにSSRの数は現在20種類以上もあるから、一点狙いが難しいことくらい…わかっているわ…でも、今回のキャンペーンは新規『ユーナちゃん』的中率3倍よ!?それなのに3万円使った私の手元には他キャラのSSRが6枚も…こんなの絶対おかしいわ…」

 

樹「みもりんさん…いいじゃないスか!目的のものは出なかったとしても、デッキは強化されたんスよね?SSR『南郷さん』とかSSR『メガロポリス』とか、スキルレベル上げて融合したら強いっスよ!今回は縁がなかったと思って…」

 

東郷「だっ、ダメよ…!限定SSR『ユーナちゃん』(ボイス付き)が手に入る機会は、今回が最初で最後…ここで退くわけには…いかないわ!」

 

樹「復刻を待ちましょうよー!」

 

友奈「東郷さん?呼んだ?」

 

東郷「ゆ、友奈ちゃん」

 

友奈「あー!東郷さん、ダメだよ!また課金なんて!お金は無限じゃないんだよ?」

 

東郷「で、でも…SSR『ユーナちゃん』(ボイス付き)は今回しか…」

 

友奈「ゲームだけがすべてじゃないよ!お金の使い方にもいろいろあるんだし、視野を広げればもっと楽しい使い道だって見つかるよ!」

 

東郷「友奈ちゃん…」

 

友奈「東郷さん…わかってくれた…?」

 

樹「ふぅ…」

 

東郷「ご、ごめんなさい!…それでも、それとこれとは…違うの!」

 

友奈「東郷さーん!?」

 

東郷「出るまで回せば必ず出るわ…!」

 

友奈「あああ…東郷さんが壊れた…」

 

風「…東郷、大丈夫かしら。最近、ぼた餅しか食べていないみたいだけど…」

 

樹「そうなんスか…」

 

東郷「うわああああああ!!!!!!」

 

風「!?あれは…」

 

園子「あ~きっと年齢制限に引っかかったんだね。最近は未成年の課金のし過ぎを抑えるために、ゲーム側が対策として未成年者はひと月3万円しか課金できないようになっているんだって~」

 

樹「大変っスねw」

 

風「大人気ゲームだしね…って乃木!いつからいたのよ」

 

園子「さっき来ました~にぼっしーと」

 

夏凜「あんたたち…何やってんのよ…」

 

友奈「あ、園ちゃんに夏凜ちゃん。もう清掃委員の仕事は終わったの?」

 

夏凜「ええ。パパッと終わらせたわ」

 

園子「にぼっしーは、まさに完成型勇者って感じだね。掃除に関しても、テキパキとしていて~…とっても手際がいいんだ~」

 

夏凜「ま、まぁね。園子がスローペースじゃなければ、もっと早く終われたんだけど」

 

園子「にぼっしーが私の分もやってくれたから、私は楽だったよ~」

 

夏凜「丁寧なのはいいけど、あんたは遅すぎるのよ…」

 

東郷「くっ…こうなったら裏ルートで課金制限の解除を…」

 

風「はーい、みんな揃ったわね!本日は部長であるアタシから、お話がありまーす!」

 

東郷「え?」

 

友奈「風先輩、話って?」

 

夏凜「前から言われていたわよ。今日は全員で集まって話す日だって」

 

樹「そうでしたっけ?」

 

風「本日、勇者部一同に集まってもらったのは他でもありません!」

 

夏凜「もったいつけちゃって」

 

園子「(何を話すのかな~)」

 

風「文化祭も無事に終わったことだし、そろそろ来年度の新部長を決めようと思うのよ。ほら、アタシは3年生だからもう引退しなくちゃいけないでしょ。それで、次の部長を友奈、東郷、夏凜の誰かにやってもらいます。それを今日決めるわ」

 

園子「うわ~」

 

友奈「あれ、園ちゃんは?」

 

風「乃木も候補にはいたんだけど、乃木はまだ入部したばかりだし、ここのことよくわからないんじゃないかって思ってね。それで候補から外しておいたんだけど…あれ、もしかして乃木もやりたい感じ?」

 

園子「あっ…いえ~…大丈夫です~」

 

風「あー…ごめんね、勇者部全体のことなんだし、やっぱ乃木にも話しておくべきだったわ…うむ…今からでも乃木を候補に…」

 

園子「大丈夫ですよ部長~私はまだわからないことだらけですから~」

 

風「そ、そう?…んじゃ、さっそく決めましょう。樹、そこにある鞄持ってきて」

 

樹「んしょ…はい」

 

風「サンキュー樹んぐ」

 

東郷「こっ…これは…!」

 

夏凜「麻雀?」

 

友奈「麻雀だぁー!」

 

風「…来年度の勇者部新部長は、麻雀で決めます!」

 

 

 

第一話、完



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第二話 撫子の罠

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

風「…来年度の勇者部新部長は、麻雀で決めます!」

 

 

ざわ…

 

 

東郷「麻雀ですか…」

 

友奈「風先輩、なんで麻雀なんですか?」

 

夏凜「唐突にもほどがあるわ…麻雀知らない読者が読んだら怒るわよきっと」

 

風「アタシだっていきなり思いついたわけじゃないわ。これにはねぇ、ちゃんとした理由があるのよー」

 

夏凜「ホントかしら」

 

園子「理由ですか~?」

 

風「乃木には話していなかったけど、次の部長に友奈に東郷、夏凜までもがやりたいって言い出すのよ?候補が3人ともなると、さすがのアタシも困っちゃって」

 

園子「3人とも部長になりたいんですね~」

 

風「そうなのよ。それで、それぞれ個別に話も聞いてみたんだけど…うーん…ぶっちゃけ誰も捨てがたいのよね…友奈はたくましいし、リーダーシップもあるし…東郷や夏凜は部費や書類関係の仕事をきっちりとやってくれそうだし…」

 

園子「たしかに、いい意味で迷っちゃいますね~」

 

風「でしょう?3人ともしっかりしていて誰に決めるか悩むけど、やっぱり1つの部活をまとめるためには、1人のリーダーがいる。だからもう、これはアタシ1人が決める問題じゃないと思うわけ。そこで思いついたのが、麻雀よ」

 

園子「ほえ~」

 

夏凜「いや、なんでそうなるのよ。筆者の趣味全開じゃない」

 

友奈「夏凜ちゃん!これ以上の発言は…大赦に消されるよ!ぞぞぞぞー!」

 

夏凜「なんのこと?」

 

風「そう!麻雀とは奥深いゲーム…勇者部の部長の座を勝ち取るためには…人としての基本的能力…それだけではダメ…知力・洞察力・観察力・選択処理能力…さらには運命力さえ味方につけなければ、次期勇者部部長は務まらないわ!あと女子力」

 

夏凜「た、たしかにそう言われると否定できなくもない…わね」

 

東郷「風先輩の言う通り…いいかも知れませんね。麻雀とは取捨選択のゲーム…必要な事柄を見極める能力を計る意味でも、これからの勇者部にとって必要な能力だと思います」

 

友奈「私、運なら負けない自信あるよ!よーし、やっちゃうよー!」

 

東郷「友奈ちゃん、麻雀は運だけでは勝てませんよ」

 

園子「うん~?なんか正しいような~正しくないような~…」

 

風「こういうのはゲーム感覚で適当に決めた方が案外うまくいくのよ」

 

夏凜「でも、麻雀は4人でやるゲームよ。始めるにはあと1人足りないわ。私に友奈、東郷で…あと1人は誰がやるのよ」

 

風「そ、そうだったわね…そこは考えていなかったわ…このアタシとしたことが…あ、そうだ樹、あんたがやんなさいよ!」

 

樹「マジっスか先輩。私ルールわかんないっスよ」

 

風「いいから、いいから。基本的なことは教えるから。あ、あと樹が勝ったら部長ね」

 

樹「マジっスか」

 

東郷「そ、それはさすがに荷が重すぎでは…」

 

夏凜「そうよ。それに、ルールだってわかんないって言っているのに…」

 

風「だって次の新部長を決めるのよ?我が愛する妹すら倒せないようじゃ、この先部長が務まるかどうかとてもとても…あ、ひょっとして夏凜。あんた樹に負けるのが怖いのー?」

 

夏凜「い…いーわよ。やってやろうじゃない!」

 

友奈「じゃあ、やろう~」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

のちに―――

裏の勇者部を震撼せしめる存在となる、犬吠埼樹。

これがその始まり。初めての麻雀。

犬吠埼樹13歳。このとき、樹は卓につく5分前に姉の風から麻雀のルールを簡単に説明されただけで、役など一切知らない…トーシロ以前の状態だったという。

 

麻雀とは基本的に牌3枚の組み合わせ(面子)4組と、同じ牌2枚の組み合わせ(雀頭)1組…

計14枚で役を作る。その組み合わせのスピードや点数の高さを競うゲームである。

 

今回は友奈、東郷、夏凜、樹の中から1名を新部長に決定する。

トップであがった者が次年度の勇者部新部長となる。

 

持ち点は各25000点。東は樹、南は夏凜、西は東郷、北は友奈。

樹から見て右(下家)が夏凜、正面(対面)が東郷、左(上家)が友奈。

樹→夏凜→東郷→友奈→樹→夏凜…の順番でゲームは進む。

 

 

勝負開始。樹に目立った様子はない。

 

 

東郷「ツモです。七対子ツモドラドラ、満貫。前半戦終了ですね」

{六六①①445577東東南}ツモ{南}ドラ{7}

 

夏凜「や、やるじゃない」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

東局(前半戦)終了。

この時点でトップは東郷35000点、二位夏凜27000点、三位友奈21000点。

 

結局、初心者である樹の点数は四位の17000点。

振り込みもしないがあがりもしない…平凡な内容。

のちに裏の勇者部を統括する才気の片鱗はまだ見えない。

 

後半戦開始。

南一局。親は樹。ドラ{五}

開幕、樹は静かな立ち上がりを見せた。

 

 

樹「り、リーチ!」

 

 

4巡目、樹テンパイ。

 

 

東郷「(親の樹ちゃんのリーチ…あがった場合、親の得点能力は1,5倍…捨て牌からしてタンピン系が濃厚…さて…)」

 

夏凜「(気になるのはこのリーチの早さ…よほど配牌がよかったのか…いや、それはないわね。なぜなら樹は初心者…役がどうとかはまだ理解の外…そうなれば答えは1つ。テンパイ即リーで連荘を目指すのが狙いのようね。だから待ちは、そんなに良くないはず。とりあえず私は字牌整理…しばらくは様子見…)」

 

友奈「(たしかに親のリーチは怖いけど…いい手が入ったし、降りることはないよね!)」

 

樹「(さて…ルールもある程度覚えたし…まずは減った点棒を集めておこうかな…集めやすいところから…)」

 

 

樹の思考はこう。

まず自分が最下位であること。これを利用する。

最下位ということでほぼ自分はノーマークになる。

東郷と夏凜はそれぞれ30000点近い点棒を抱えている。

そんなときに起きた、ノーマークの樹のリーチ。

この場合、そこそこの安全圏にいる彼女たちは、イチかバチかの勝負はしてこない。

様子を見ながら場を回し、振り込みは極力避ける…ことなかれ主義。

そういう輩には、捨て牌にタンピン系を匂わせた字牌の単騎待ちが効果的。

あとは勝手に、向こうから振り込んでくれる。

 

 

樹「にぼしさんは…お兄さんとうまくやっていますか?」

 

夏凜「えっ!?な、な、なによ。いきなり…」

 

樹「いえ…なんて言うか…急に気になったものですから。どうですか?最近…」

 

夏凜「どうって言われても…ふ、普通よ、普通」

 

樹「そうスか」

 

夏凜「(なんなのかしら…)」

 

樹「(ふふ…)」

 

夏凜「{西}」

 

樹「ロン、リーチ一発一盃口…裏ドラ2つで…親満12000点」

{223344⑤⑥⑦七八九西} ロン{西} 裏ドラ{2}

 

夏凜「えっ…!?」

 

 

ざわ…

 

 

樹「や、やったぁー!あがれたー!」

 

風「すごいわ樹―!」

 

夏凜「(…{西}単騎…?そんなこと…だって樹の捨て牌…リーチ直前のあの牌を切らずにいれば、もっと理想的な待ちにできたものを…なのにそれを蹴っての{西}単騎…!偶然なんかじゃない…樹は、私の溢れる捨て牌を狙っていた…!今思えば、さっきの会話…それこそが罠…!身内の話題で私を動揺させ、溢れ牌を出させやすくする作戦…!こいつ…!)」

 

樹「にぼしさぁん!すいませんねぇ!」

 

夏凜「(…でも、やはり樹は初心者…この手、一発に裏ドラが2つ乗らなければリーチ一盃口のみの安手…そう、これは単なる偶然…ビギナーズラック…)」

 

 

が、実際に満貫を振ってしまったことも事実。

このあがりで、樹は17000点あった点棒を一挙に29000点にまで盛り返す。

逆に夏凜は樹からの直撃を受け、27000点から15000点にまで落ち込む。

このときより―――

勝負の振り子はゆっくり、樹へと傾き始める。

 

 

 

第二話、完



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第三話 躑躅の意地

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

南一局一本場。親は再び樹。ドラ{北}

 

 

友奈「{七}」

 

樹「チー!」{横七八九}

 

友奈「(チー?となると樹ちゃんの狙いは萬子のホンイツかチンイツ…)」

 

東郷「(チャンタや三色の可能性もあるわ。でも、ドラ抱えでもしない限りそのままでは安い…連荘目的のようね…)」

 

夏凜「(どちらにしろ、今の流れは樹にある…流れが去るまで、私はディフェンスに徹する…!)」

 

樹「(さぁ、ダメ押しっス…!)」

 

 

樹のこの鳴きにより、樹は他家から萬子を縛る。

流れに乗りそうな樹に、みな警戒しているのだ。そうして牌を絞らせておいて…

 

 

夏凜「{④}」

 

樹「ポン!」{④④横④}

 

夏凜「(萬子鳴きからの筒子鳴き?)」

 

東郷「(これでホンイツ、チャンタも消えた…一体何を考えているの?)」

 

 

次巡

 

 

樹「カン!」{■北北■} 新ドラ{3}

 

3人「(ドラ4…!)」

 

夏凜「(ドラを4つ手中で揃えるなんて…とんだ強運ね…でも、これで樹の狙いはハッキリした…樹はきっと翻牌抱え…つまり、{白・發・中}のどれか3つを暗刻で抱えてのドラ4!

ここまで鳴いているんだから、あがりへの切符はすでに確定していると見るのが自然…さっきのように単騎待ちになっている場合、現物か4枚目以外の牌は切れない…3鳴きの手に振り込むなんて最悪…!)」

 

 

次巡

 

 

東郷「{8}」

 

樹「カン!」{8横888} 新ドラ{⑤}

 

東郷「(またカン…)」

 

 

樹は嶺上牌を引き、手中の{④}をカン。

 

 

樹「カン!」{④④④横④} 新ドラ{西}

 

3人「(三槓子…!?)」

 

 

このカンによって樹は『三槓子』を確定させる。

樹、三槓子ドラ4裸単騎。

{■} カン{④④④横④}{8横888}{■北北■} チー{横七八九}

 

 

夏凜「(なんて麻雀よ…跳満まであるじゃない…ここは、降りね…)」

 

友奈「(こんな役、計算外だよ…うう…現物…)」

 

樹「(案の定ベタオリか…現物が無くなったときが見ものだぜ…)」

 

 

数巡後

 

 

友奈「(現物が切れた…樹ちゃん、何で待っているのかな?樹ちゃんが最後に切った{1}…あれは場に1枚も出ていない牌。ツモあがるには最高の牌だよね…それを切ったということは、私たちからの…ロン狙い…?じゃあ、狙われやすい字牌は切れない…むしろ、こっちの索子か筒子の方が…)」

 

 

考えれば考えるほど、術中に嵌まる。

勝負から降りる際に彼女らが考えること。それは手中にある対子(2つ)か暗刻(3つ)落とし。

これなら一度の危険で2~3巡安全が買える。

しかし、それこそが樹の狙い。

{④}がカンされ、{③・⑤}は巡子が構成されにくい。

同じ理由で{8}の側、{7・9}も捨てられる可能性がある。そこを狙い撃つ。

もともと単騎待ちを避ける絶対の保証など、ありはしない。

樹の洞察力が牌を引き寄せるのか?それともまったく別な悪魔の仕業か?

切ってしまう…魅入られたように…

 

 

友奈「…{③}」

 

樹「………」

 

友奈「(通った…!)」

 

樹「お姉ちゃん…」

 

風「ん?ああ、それよ」

 

樹「ロン、三槓子ドラ4、跳満。一本場で18300点」

{③} カン{④④④横④}{8横888}{■北北■} チー{横七八九} ロン{③} ドラ{北}

 

友奈「くぅ~っ…」

 

風「親で逆転トップなんて!さすがアタシの妹ー!」

 

東郷「………」

 

 

一位樹47300点、二位東郷35000点、三位夏凜15000点、四位友奈2700点。

樹は二位の東郷と10000点以上差をつけてのリード。

風が吹き始めていた。(風先輩のことではない)

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「これは案外…初心者の樹が決めてしまうかもね」

 

園子「いや~わかりませんよ。まだわっしーはイッつんに一度も振り込んでいないから~…わっしーの親満貫ツモで逆転もあり得ますよ~」

 

風「それもそうね。なんにせよ、樹の親連荘を含めてあと最低4ゲーム…どう転ぶかわからないわね」

 

園子「そうですね~今のところ流れはイッつんにありますから、この親でどこまで突っ走れるか…といったことろでしょうか~わっしーはもちろんですが、三位、四位のゆーゆ、にぼっしーにも頑張ってもらいたいところですね~」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

南一局二本場。ドラ{1}

 

 

樹「{中}」

 

東郷「ポン」{中横中中}

 

友奈「{6}」

 

東郷「もちのロン、中のみ。二本場で1600点」

{②③④⑤⑤三四五45} ポン{中横中中} ロン{6} ドラなし

 

 

樹の流れに危険を感じた東郷、安手で樹の親を蹴る。

友奈はさらに最悪。このロンで点棒は1100点を残すのみとなった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

一位樹47300点、二位東郷36600点、三位夏凜15000点、四位友奈1100点。

 

南二局。親は夏凜。ドラ{⑤}

 

 

夏凜「(…トップとの点差は32300点…樹を抜くには、跳満直撃…それか満貫跳満ツモを1回ずつしないと逆転できない計算…なんとしてもこの親で稼がないと…!)」

 

 

今のところ、点数的には樹か東郷…その2人が新部長の椅子へ駆け上がろうとしていた。

しかし夏凜、そこは突っ走る。

 

 

夏凜「(よし!配牌は死んでいない…来てるわ!こいっ…こいっ…!)」

 

 

10巡目、夏凜テンパイ。

索子のホンイツ一通中、{3}-{6}-{9}待ち。

{12345678中中中北北}

 

 

夏凜「(来たっ…!満貫確定!高めの{9}が出れば跳満…!)」

 

東郷「リーチ!」

 

夏凜「(うっ…東郷もテンパイ…捨て牌からして、待ちは筒子辺り…?)」

 

 

次巡

 

 

友奈「{9}」

 

夏凜「(や、やった…!私のロン牌…!)」

 

 

が、夏凜…あがれない。

なぜなら、もしここで夏凜がロンをしてしまえば18000点のあがり。

残り1100点の友奈はとび、自動的に勝負が終了してしまうからである。

牌を倒したとしても、夏凜の点棒は15000点から18000点プラスされ33000点。

完全勝利…トップにはなれない…!

 

 

夏凜「(…友奈の捨て牌ではあがれないわ…リーチした東郷はともかく、樹は東郷のリーチを受けてベタオリの気配…この手、あがれるのはツモか、東郷の直撃のみ…!)」

 

 

しかし、このとき夏凜は気付いていなかった。

 

 

夏凜「(ここで私があがれば…!ツモ…!来た!高めの{9}!跳満ツモ…!)」

{12345678中中中北北} ツモ{9} ドラなし

 

 

…ここで夏凜、気付く。この手、またしてもあがれない。

なぜなら、親の跳満ツモは6000点オール。残り1100点の友奈はとぶ。

 

 

夏凜「(くっ…せっかくの跳満の手をあがれないなんて…!なら、ここは待ちを変えて…あっ…待って…もしこの局で東郷が満貫以上をツモることがあれば、子の友奈は2000点払いでとぶ…いや、友奈が東郷に打ち込む可能性もあるわ…そうなれば、有無を言わずに東郷のトップが確定…なんてことや…)」

 

 

そう…気が付けば状況はすでに最悪であった。

跳満見逃しどころではない。待ちを変えるか、友奈をとばさないよう自分のテンパイを崩して東郷のリーチに振り込まなければいけない状況。

すべてが遅すぎた…!

 

 

夏凜「(東郷がツモらないのを祈るしかないわ…残り数巡だし、とりあえず今はテンパイ維持…)」

 

 

だが幸運にも、この夏凜の思考は結局杞憂に終わる。

東郷もツモれず、友奈、樹も打ち込まない。

 

 

東郷「流局…テンパイです」

 

友奈「テンパイだよ」

 

夏凜「テンパイよ…」

 

樹「ノーテンっス」

 

夏凜「(友奈と東郷も索子待ち…2人の待ちを、私が握り潰した形だったのね…)」

 

 

流局…東郷、友奈、夏凜テンパイ。

ノーテン罰符により、樹は1000点をそれぞれに支払う。

 

この時点で一位樹44300点、二位東郷36600点、三位夏凜16000点、四位友奈2100点。

(東郷のリーチ棒1000点据え置き)

樹か東郷…このどちらかが跳満をツモると友奈がとび、あがった者のトップが確定するという状況。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

南二局一本場。再び夏凜の親。ドラ{②}

 

 

夏凜「(うっ…配牌は微妙ね…ツモもいまいち…)」

 

 

夏凜、ここに来てなかなか手が伸びない。

前局の悪い流れを引き継いでいる様子。

ここで友奈、動く。

 

 

夏凜「{白}」

 

友奈「ポン!」{白横白白}

 

樹「{7}」

 

友奈「ロン!白ドラ3、一本場で8000点」

{②②②③③七八九56} ポン{白横白白} ロン{7} ドラ{②}

 

 

わずか4巡。友奈、電光石火の早あがり。このあがりで友奈は追加8000点。

さらに前局の東郷のリーチ棒1000点も加算され点棒は11100点にまで回復。

ひとまずツモられたら即とぶという状況からは抜け出す。

一方樹の点棒は36300点にまで減少。わずかながら東郷を下回る。

 

 

東郷「(くっくっくっ…よし!)」

 

 

今の樹に流れはない…そう確信した東郷。

友奈のあがりによって夏凜の親は流れ、次親は東郷。この瞬間から東郷の麻雀が動き出す。

 

 

東郷「(樹ちゃん…悪いけど今あなたに流れはないわ…さっき友奈ちゃんに8000点を振った…それが分岐点よ…そして舞い降りた私の親…それにこの配牌…行けるわ!絶対に…勝つ!)」

 

 

 

第三話、完



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第四話 朝日に染める

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

南三局。親は東郷。ドラ{⑦}

 

 

友奈「{①}」

 

東郷「ポン!」{①①横①}

 

夏凜「{⑨}」

 

東郷「チー!」{横⑨⑦⑧}

 

友奈「{白}」

 

東郷「それも鳴きます!ポン!」{白白横白}

 

 

東郷、瞬く間に3鳴き。

東郷の手…鳴きと捨て牌からして狙いは筒子のホンイツ狙いとバレバレ…

この3鳴きによって、みな筒子を警戒。

しかし、それこそが東郷の狙い。

 

実はこのときの東郷の手…バラバラ…!

{③9中中} ポン{①①横①}{白白横白} チー{横⑨⑦⑧}

 

まだテンパイには至っておらず、手には{③}、{9}、{中}が2枚あるばかり。

東郷はロンあがりなど最初から期待してはいない。

みながベタオリしてくれればそれでいいという考え。

麻雀とは、極めればいかに誰よりも早くあがるかを競うゲームである。

つまり自分以外全員が降りてしまえば、そこは自分の独壇場。

あとはゆっくりツモあがりすればいいのである。

序盤の鳴きにより、東郷はこの場を完全に支配した…かに思えた。

 

 

樹「{中}」

 

東郷「(この状況で{中}切り…?すでに場に1枚切れているとはいえ…ロン牌の可能性もある私のホンイツを恐れずに来た…!あんな危険牌を切るということは、樹ちゃんもテンパイの可能性が濃厚…威勢がいいわね。いいわ、受けてあげる…その強引な{中}切り…!)」

 

樹「…みもりんさん?通りますか?」

 

東郷「ええ…でも、鳴かせてもらうわ。ポン!」{中横中中}

 

 

東郷、裸単騎。

{中}鳴きで、東郷は筒子のホンイツ白中ドラ1のテンパイ。{③}単騎待ち。

この手、あがれば親満12000点、ロンでもツモでも、樹を追い越し文句なく逆転。

{③} ポン{①①横①}{白白横白}{中横中中} チー{横⑨⑦⑧}

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「これで東郷は裸単騎…よほど配牌に恵まれていたようね」

 

園子「狙いはホンイツでしょうね~」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

次巡、東郷のツモ。

 

 

東郷「(…ん?これは4枚目の…{①}?面白いわ…!)」

 

 

4枚目の{①}をツモる。ここでまたしても、東郷動く。

 

 

東郷「カン!」{①①①横①} 新ドラ{①}

 

友奈「(ドラ4…!?)」

 

夏凜「(くっ…!)」

 

 

東郷、ツモした{①}をカン。新ドラ表示牌は{⑨}。

これにより、カンした{①}含む4枚すべてがドラに。合計ドラ5。

つまり東郷の手、ホンイツ白中ドラ5の倍満24000点の怪物手に変化…!

 

 

樹「やるっスねぇ…みもりんさん」

 

東郷「ふふふ…来た来た!来たわよ、樹ちゃん…!行くわよ、嶺上ツモ…!」

 

樹「………」

 

東郷「(…これは…!)」

 

 

東郷は手中の{③}を切り、テンパイ。

{■} ポン{白白横白}{中横中中} カン{①①①横①} チー{横⑨⑦⑧} 

 

東郷があがれば樹を追い越し逆転…そんな状況…だが、樹は動じない。

東郷がここに来て筒子を切ったこと…そしてあの隠しきれていない笑顔から、樹は東郷の手がおそらく倍満から三倍満へ昇ったと推測。

 

{白・中}が鳴かれている今、4枚目と現物以外は何を切ってもロンされる危険性があり、事実上、待ちは変幻自在である。字牌や筒子単騎と見せかけて他の牌で待っている可能性もあり得るが、東郷はここに来てそんな曲げた打ち方をするようなプレイヤーではない。

つまり、この場合東郷の待ちはドラの{⑦}単騎か、小三元&チャンタが追加される{發}単騎か。

どちらにしろ三倍満…この二択に絞られる。

 

 

樹「(…が、残念。みもりんさん…{發}は1枚私が握っている…場を見る限り残りの{⑦}2枚、{發}2枚はツモ山か…友奈さんかにぼしさんが持っている(東郷が{⑦か發}どちらかをすでに持っていると仮定した場合)…私はもちろん、他の2人も完全にホンイツを警戒している。だから、この状況で現物以外の筒子・字牌が出るわけないっス。つまり、みもりんさんがあがれる可能性はツモしかないってことっスよ…)」

 

 

樹の読みはズバリ的中。

東郷、{發}単騎待ち…!先ほどの嶺上牌は{發}。つまり東郷の手、さらに進化。

小三元ホンイツ白中チャンタドラ5…三倍満36000点である。

{發} ポン{白白横白}{中横中中} カン{①①①横①} チー{横⑨⑦⑧} ドラ{①⑦}

 

 

東郷「(取り憑いたようね…!私に…神が…!神は満貫、倍満手では飽き足らず…三倍満…!これはもう、神が私を部長にしたいという意志…!あがれる!この手…!)」

 

友奈「リーチ!」

 

東郷「(えっ!?リーチ?)」

 

 

友奈、突然のリーチ。

東郷は自分の手の進行に精一杯で、他の者は完全にノーマークだった…

そこで起きた友奈のリーチ…

しかも友奈の捨て牌には、萬子が1枚もない…!

 

 

東郷「(…そういえば友奈ちゃんは最初から筒子、索子、字牌をよく切っていた…まるで萬子以外を無視しているかのような打ち回し…まさか!)」

 

 

そう、このときの友奈…

{一一二二三三四四四五六七八}

 

萬子のチンイツ…!待ちはなんと{三-五-六-八-九}の五面待ち。

この時点で子の倍満16000点確定…!ツモるか、裏ドラが1つでも乗れば子の三倍満24000点である。

オーラス直前…最下位の自分が逆転しようとすれば満貫手しかない。

そこで友奈は配牌時からチンイツ一直線…全ツッパに打って出た。

 

他家のリーチも捨て牌も関係ない。自分のあがり以外は眼中にない打ち回し…!

結果的にこれが功を奏し、友奈は面前でこの倍満手をものにする…!

友奈は秘かに…狙っていた…!逆転へのチンイツ…!

 

 

東郷「(面前の染め手ということは…多面待ちは確実…!くっ…ここは、はやくあがらないと…)」

 

樹「友奈さんのそれ、ポン!」{横⑥⑥⑥}

 

東郷「はっ…?」

 

 

樹、動く…!

 

 

夏凜「{②}」

 

樹「ポン」{②②横②}

 

東郷「(なっ…!ここで2鳴き…?ってことは樹ちゃん、まだ張っていなかったってこと?)」

 

 

樹、2鳴き…!

樹の手、東郷から見ればこの形…!

{■■■■■■■} ポン{横⑥⑥⑥②②横②}

 

そう、この鳴きはまさに帰路…

樹の手は、ある条件が加わると猛烈な勢いで動き出すように構築されていた…!

これで樹もテンパイ…!長く顔を伏せてきた樹が、ついに東郷に追いつく…!

東郷は圧倒的優位な状況ゆえに、軽んじていた…麻雀におけるその動き、可能性を…!

 

 

東郷「(ぐぐぐっ…!もう勝負は終盤…2鳴きもされたら、間違いなくテンパイ…!役はおそらく筒子のホンイツか対々和…私と同じくテンパイに至った…!テンパイになれば、もう役が安い高いは関係なくなる…!先にあがった方が、勝つ!それが麻雀…ここで私が追い詰められるなんて…!いや、大丈夫…今ここで私がツモれば…問題ない…!)」

 

 

勝利の女神に握手を求めるかのように、ツモ山へ手を伸ばす。

ツモった牌…それは…

 

 

東郷「({⑦}…!?)」

 

 

 

第四話、完



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第五話 菊は極まり

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

東郷「({⑦}…?{⑦}って…)」

 

 

掴んだのはドラの{⑦}。

ここで東郷、手替わりの選択。

 

 

東郷「(…いや、ここで{⑦}待ちはないわね。なぜなら…{⑦}はすでに私が1枚、そして友奈ちゃんの捨て牌に1枚入っている…つまりこれで待つということは、残り1枚の単騎…地獄待ちということになるわ。でも、その1枚もすでに誰かが…樹ちゃんあたりが止めている可能性が高い…そもそも私の捨て牌は明らかな筒子のホンイツ…それにこの終盤、誰がドラを手放すっていうの…?それに{發}は生牌…まだ1枚も捨てられていないから、ロンでも、ツモでもあがれる可能性あり!私のツモはあと2回…これは樹ちゃんのロン牌の可能性もあるけど…さすがにドラ単騎なんてしないはず…ここは行くわ!まっすぐ!)」

 

 

東郷、{發}はそのまま手中に残し、打{⑦}。

自分の読みを信じ、変わらず{發}単騎に受ける。

 

 

樹「………」

 

東郷「(…どうやら通ったようね)」

 

友奈「私のツモだね」

 

東郷「(友奈ちゃんはリーチをしているから、それが自分のあがり牌でなければどんな危険牌でも捨てなければならない…ロンあがりなら、友奈ちゃんからあがれる可能性が一番高い…!)」

 

友奈「(ツモ…!)」

 

東郷「(来いっ…!来いっ…!来いっ…!發うううううううんっ…!)」

 

 

友奈「…{⑦}」

 

東郷「(…え?{⑦}…?も、もし{⑦}で待っていれば…)」

 

 

{發}を切って{⑦}で待っていればあがっていた。

結果論と言ってしまえばそれまでだが、東郷にはこの出来事が納得いかない。

 

 

東郷「(あり得ないわ…残り2枚の…しかもドラの{⑦}が…重なっているなんて…!)」

 

 

デジタル思考の東郷からすれば、これは当然のこと。

通常、同じ牌が2枚も…しかもドラが重なるなんて確率的にあり得ない。

しかし、それはあくまで東郷の理論での話…決してあり得なくはないのである。

たしかに確率は低いものの、0ではない限りそれは起こり得る。

 

東郷の確率論…

それはこのような真剣勝負の場においてはズレた能書きに過ぎない。

ここぞという局面には、確率以上のものが求められるからである。

それは、牌に対する(あがり牌に対する)嗅覚。

東郷の理論では牌のバラツキは均等というのが原則。

だが、実際にそんなことはあり得ない。客観的に見ればひどく雑な戦略。

 

つまり、{⑦}が来る予感…それが東郷にあれば、あがっていた。

東郷が信じているのは確率という名の信仰。それを捨てれば、勝てたのだ。

しかし東郷には、それがわからない…!

 

 

東郷「(…まぁいいわ。次、私が引けば…それまで…!)」

 

 

{發}…!{發}…!ツモれば…引けば…東郷の逆転…!新部長…!

{發}が出れば…倒せるっ…!犬吠埼樹を…!

なのに…

 

 

樹「………」

 

東郷「(なぜ…?なぜ樹ちゃんは…怖がらないの?私がここでツモれば、12000点オールの大逆転…点棒の少ない友奈ちゃんはとび、私の勝利が確定…それがわからない…ってわけでもないでしょう?)」

 

 

東郷のツモは{4}。

またしてもあがり牌ではない。

 

 

東郷「っーーー!」

 

 

必死の願いもむなしく…ツモれず。

 

 

東郷「(はぁ…はぁ…私のツモは次が最後…次で…次で引けなければ…流局…!つまりは、消える…!私の三倍満…!)」

 

 

が、次巡。東郷、最後のツモ番…

 

 

東郷「(…{4}?)」

 

 

東郷のツモは{4}。またしても牌被り…あがりを逃す…!

 

 

東郷「くぅーーーそっーーー!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

園子「なんだかやる気に満ちていますね~わっしー☆」

 

風「え?そうなの?」

 

園子「(そんなことより、このわっしーのアゴ長そう)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

東郷「(…ふぅ。私のツモ番は終わった…もうツモあがりはできない…ラストツモは友奈ちゃん…ここで友奈ちゃんが私のロン牌、{發}を引いて来れば、私のあがり…!それがもし、友奈ちゃんのあがり牌でなければ…!来て…!来て…!發!發!發!發!發!發ぅんっ…!)」

 

 

東郷の必死の祈り。

友奈のラストツモは…

 

 

友奈「(ツモ…!)」

 

東郷「(来いっ…!来いっ…!)」

 

友奈「…{發}」

 

 

ラストツモは{發}…!友奈、五面待ちでツモれず…!

そして東郷は…

 

 

東郷「うわああああああ!!!!!!」

 

友奈「!?」

 

東郷「ロンっ!ロンっ!ロンロンロンロンっ!ロォーン!ロォーン!うわははは~!」

{發} ポン{白白横白}{中横中中} カン{①①①横①} チー{横⑨⑦⑧} ロン{發} ドラ{①⑦}

 

 

駆け巡る脳内物質…!

βエンドルフィン、チロシン、エンケファリン、バリン、リジン、ロイシン、イソロイシン…!

実はこのあがり、さらに神がかっていた…!

友奈のラストツモでロンしたことにより、さらに1翻…河底ロンが追加…!

つまり東郷の手、三倍満36000点からさらに進化…!

小三元ホンイツ白中チャンタドラ5…プラス河底ロンで、合計13翻!親の数え役満48000点である。

おそるべき東郷の剛運…!すべてを飲み込む、剛腕の麻雀…!

 

 

東郷「(やった…!やったわ…!親の数え役満…!48000点!勝った!勝った!勝った!友奈ちゃんはとび、これで勝負終了…!新部長は…私…!)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「ははは…盛っているわね…」

 

園子「ふふふ、そうですね~」

 

風「(…私にも、あんな時期があった…)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

東郷「ははははーっ!」

 

樹「………たか?みもりんさん…」

 

東郷「ほへっ?」

 

樹「聞こえませんでしたか?みもりんさん…」

 

東郷「何が…はっ!」

 

樹「残念、頭ハネっス。ロン、河底&対々和で…5200点」

{111八八八發} ポン{横⑥⑥⑥②②横②} ロン{發} ドラなし

 

東郷「なっ…なっ………なにぃ~!?」

 

 

樹、起死回生の頭ハネ、待ちは東郷と同じ{發}の単騎待ち。

この頭ハネによって、東郷のあがりは無効となる。

友奈は東郷の48000点の代わりに、樹のあがり5200点を支払う。

 

 

東郷「うわああああああ!!!!!!許さない!」

 

夏凜「東郷!?」

 

友奈「ぼ、暴力はダメだよ!東郷さん!」

 

樹「あらら」

 

風「と、東郷!落ち着きなさい!」

 

東郷「うううっ…ぐぐっ…私の役満が…こんな…こんな理不尽なことって…!」

 

樹「こんなこともある」

 

 

南三局終了。

一位樹41800点、二位東郷36600点、三位夏凜16000点、四位友奈5600点

また、東郷はこのショックで二週間両足を散華する。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「…今思えば、樹のあの{中}切り…あれが分岐点だったのかもね」

 

園子「あ~、部長も気付きました?」

 

風「ええ。あれは一見、東郷の手を進める手助けをしていたように見えるけど、実は違っていたってこと」

 

園子「わっしーはあの{中}鳴きでテンパイまで辿り着きましたが、それだと単騎待ちになってしまうんですよね~もう少し手変わりを待っていれば~…例えばあの場面、{中}を鳴かずに、{④}辺りを持ってくれば{中}を頭にして{②-⑤}待ちにしたり、{③}だったらその{③と中}のシャボ待ちにできたりと、待ちを広くできましたよね。そうすれば、ツモれる可能性も増えましたし」

 

風「うーん。まあ結果論に過ぎないけどね。多面待ちと単騎待ちが勝負しても、単騎待ちの方が先にあがることだってあるんだから」

 

園子「そうですね~前者はあくまであがれる牌が多いってだけですし~」

 

風「でも樹は終盤でよく鳴けたわね。友奈と夏凜がそれぞれ筒子を捨てなければ、あの役…対々和はできなかったわけだし」

 

園子「イッつんは終盤何が切れるのかわかっていたようですね。ゆーゆはもう全ツッパだったんで、いつか筒子がこぼれると思っていたのでしょう。にぼっしーの場合は直前でわっしーから{③}が切られていたので、巡子が構成されにくいから安全と踏んだのでしょう。わっしーの手は筒子のホンイツ。2人とも筒子は警戒していたでしょうが、まだ攻めっ気がありましたからね。イッつんのポンは、それを狙ったポンだったと思います~」

 

風「…なるほど。変なあだ名ばかりで話の内容が全然入ってこないわ。さてさて、勝負はオーラス。樹と東郷の点差は5800点。樹はどんな安手でもあがればトップ。東郷は満貫手であがれば逆転!いったいどちらが勝つのか!」

 

園子「そんなこんなで勝負はいよいよ最終戦!張り切っていきましょ~」

 

 

親の数え役満をあがり損ねた東郷の流れと性格は最悪。

すっかりいじけてしまった…

一方、頭ハネを決めた樹は一時追い抜かれた東郷を引き離し、再びトップへ。

何者をも寄せ付けない圧倒的樹のセンス…!

この勝負、すべてにおいて流れは樹にある。誰もがそう思っていた。

 

否!実は違っていた。この勝負の真の流れは友奈にある。

友奈は樹から直撃を取った唯一の人物。

あがれなかったものの東郷のリーチを避けつつもテンパイ維持、面前で倍満手を作り上げるなど、終局間際になればなるほど好調な配牌…流れを掴んでいる。

このとき…まだ誰も問題にしていなかった、結城友奈の存在。結城友奈の秘策。

逆転への執念に、まだ誰も気が付かない…!

 

 

 

第五話、完



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第六話 桜咲く

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

南四局。オーラス。親は友奈。ドラ{9}

 

 

友奈「………」

 

 

友奈は配牌時から、とある役満を想定した打ちに入る。

 

 

樹「{南}」

 

夏凜「カン!」{横南南南南} 新ドラ{6}

 

樹「(早速の翻牌カン…速攻か?)」

 

夏凜「(…樹との点差は25800点…樹に倍満を直撃させなければトップを取れない計算…正直、私の逆転は絶望的…なら、もういいわ!もう好きに打っちゃおう!)」

 

 

夏凜は樹から跳満直撃に成功してもギリギリ逆転できない点差。

カンをして少しでもドラを増やす作戦。役はドラをのせた混一狙い。

 

 

友奈「{中}」

 

樹「ポン!」{横中中中}

 

東郷「(うっ…夏凜ちゃんも樹ちゃんも翻牌鳴き…まずい…)」

 

樹「(よし…)」

 

 

樹は序盤から早あがりの特急券、{白・發・中}の三元牌のうちのひとつ、{中}をものにする。

1000点でもあがればトップになる樹にとって手の高い安いは関係ない。

 

樹に対し、東郷は厳しい。満貫手を作り上げなければ逆転不可能なのだ。

樹からの直撃であれば、満貫である必要もないが、いざとなれば守りに入ればいい樹から直撃を取ることは至難。

狙いは満貫手…東郷は、静かにその機を待つ。

 

 

10巡目

 

 

東郷「カン!」{■88■} 新ドラ{白}

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「(夏凜に続いて東郷もカン…典型的な対子場…巡子が重なりにくい状況…)」

 

 

園子「(このオーラス、わっしーも勝負に出たね)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

東郷「そして、リーチよ!」

 

樹「(…カンしてからのリーチ…このオーラス…みもりんさんの満貫は確定的…しかも数巡前に、にぼしさんもカンをしているから、ドラの枚数次第では逆転か…降りることもできるけど…手牌に安牌は少ない…どうしよう…)」

 

友奈「…リーチ!」

 

樹「(友奈さんもテンパイ…しかもドラ切りリーチ…みもりんさんと同じく満貫以上の可能性が高い…でも鳴ける牌だし…とりあえず一発は消しておこうかな)」

 

友奈「{9}」

 

樹「チー!」{横978}

 

 

樹、この鳴きで東郷と友奈のリーチ一発を消す。

樹の手は一歩前進し、{四}切りでテンパイ。

{四六七八④④⑥⑧} ポン{横中中中} チー{横978}

 

しかもこの{四}、東郷と夏凜には現物の牌。振り込む可能性はない。まさに一石二鳥。

 

 

樹「(友奈さんに対して現物はない…振り込む可能性もあるけど…通れ…!)」

 

友奈「…!」

 

樹「{四}」

 

夏凜「(私のツモ…)」

 

友奈「待って」

 

夏凜「え?」

 

友奈「…うん。その牌だ。ロン…!」

{③③③⑦⑦⑦三三三五五五五} ロン{四}

 

樹「(しまった…!しかしこの手…)」

 

友奈「リーチタンヤオ三暗刻」

 

夏凜「…ち、ちょっとこれ、直前の{9}を切らずに{五}を切っていたら…役満の四暗刻確定テンパイじゃない!」

 

友奈「うん。でもドラ単騎だと誰も切らないじゃない?だから{四}に受けたんだ」

 

樹「…ですが友奈さん、それじゃあ親満12000点止まり…逆転しないっスよ」

 

夏凜「そうね。{9}は生牌なんだからツモあがりに賭けてもよかったと思うけど」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「(友奈はなんでこんなことを…?通常…ドラが溢れにくいとはいえ、四暗刻を蹴るかしら…単純に連荘狙い…?とりあえず、このあがりで友奈は18600点…対する樹は12000点を失い29800点…友奈は次局、跳満以上をツモれば樹も東郷も抜いてトップ…逆転…)」

 

園子「(…でも、どうかな。これで点数的にわっしーがイッつんを抜いてトップ。次の局、今度はわっしーが1000点でもあがればトップが確定…どうなるかな~)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

東郷「やるわね友奈ちゃん。でもこれで、点数的に私がトップ…次局は勝たせてもらうわ」

 

友奈「どうかな?まだ…わからないよ」

 

東郷「…え?」

 

友奈「裏ドラだよ」

 

東郷「裏ドラ?」

 

友奈「うん。リーチしたしね」

 

 

友奈は、カンにより増えた3つある内の裏ドラ…その1つをめくる。

 

 

友奈「{二}…まずドラ3。跳満18000点」

 

東郷「(うっ…!)」

 

友奈「2つめ…あっ、これも{二}だね…対子でドラ6。倍満24000点」

 

東郷「(そんな…こんなことって…もし最後の裏が暗刻で乗れば…)」

 

夏凜「(13翻折れて、親数え役満48000点…!逆転トップ…)」

 

樹「(ま、まさか…)」

 

友奈「{⑥}…合計ドラ9…決まったね」

 

風「り、リーチタンヤオ三暗刻ドラ9…逆転!」

 

 

ざわ…

 

 

樹「(そ、そんな…!)」

 

 

友奈、リーチタンヤオ三暗刻ドラ9の数え役満48000点を和了。

{③③③⑦⑦⑦三三三五五五五} ロン{四} 裏ドラ{三三⑦}

 

最終的な順位はこう。

一位友奈53600点、二位東郷36600点、三位夏凜16000点、四位樹-6200点

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「さすがね友奈!たった一度のあがりで部長の座をもぎ取るなんて!」

 

友奈「もう普通に打っていたら逆転は難しいですからね。ここまで来たら役満狙いの全ツッパしかないかなーって思ったんですよ。幸いにも対子場でしたし」

 

風「なるほどね~その読みと執念の勝利ってわけね」

 

樹「………」

 

夏凜「樹…そんなに落ち込まなくても…」

 

樹「…いや、あれは私が悪いんスよ。テンパイの誘惑に惑わされずに、もっと…警戒するべきでした。そうすれば、あそこで振り込むことはなかったっスから…」

 

夏凜「…そうだとしても、樹の判断…私は正しかったと思うわ」

 

樹「にぼしさん…」

 

夏凜「{四}は私と東郷の現物だった。それにもし、あの場で樹が振り込まなかったとしても…2人がリーチしている状態なんだからこの局、どちらかはあがっていたはずよ。あの局樹はトップで、しかも{中}という役が確定していたんだから、あの場は多少危険でも手を進めていくべき。樹の鳴きと{四}打は、結果的には裏目に出たのかもしれない。でも…それは違う。それは、勝つための一打…!私には、そう見えた」

 

樹「…にぼしさん…」

 

夏凜「何?」

 

樹「にぼしさん、優しいんスね…惚れちゃいますよ?」

 

夏凜「あそ」

 

樹「あれ?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「んじゃ、これからは友奈が部長ってことで、よろしく~」

 

友奈「え~、でも私、やっぱり自信ないなー…」

 

風「なーに言ってんのよ!勝ったくせに!」

 

友奈「あ、あのときは勝つことで精一杯で…」

 

風「なによもう、友奈らしくないわね。では副部長の東郷さん、励ましてあげなさい!」

 

東郷「え?」

 

友奈「え?」

 

風「あれ、言ってなかったっけ。今回の勝負、二位だった人は副部長になるのよ」

 

友奈「き、聞いてませんよ?」

 

東郷「同じく…」

 

風「春からは新部員も増えると思うし、これからは部長1人だけじゃ大変だと思うのよね。実際夏凜の時点でアタシ、結構忙しかったし。だからサポート兼お付け目役として、来年度から副部長も配置することにしたのよ」

 

樹「お姉ちゃんはいつも突然だね…」

 

風「…東郷。急なお願いかもしれないけど、任せてもいい?」

 

東郷「も、もちろんです!任せてください!」

 

友奈「よろしくね、東郷さん!」

 

東郷「よろしくお願いします、友奈ちゃん!」

 

風「部員全体で協力しての勇者部よ。だから、東郷だけじゃなく樹や夏凜も、ちゃんとサポートしてあげてね。もちろん、私もできる限り力になるわ。それと悩んだら相談!これも忘れないこと!」

 

東郷「は、はい…!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

樹「いやー負けちゃったっスよ」

 

園子「イッつん~」

 

樹「お疲れさまっス、そのっちさん」

 

園子「さっきは惜しかったね~でもすごかったよ~イッつんの闘牌」

 

樹「いやぁ、どうもっス。でも、自分はまだまだっスよ!もっと強くならないと…」

 

園子「お~その心意気やよし~ところで、イッつんがよかったら…どうかな?この後、私ともうひと勝負…」

 

樹「マジっスか!?そのっちさんも麻雀打てるんスか?」

 

園子「うん。大赦の人とはよく打っていたよ~イッつんは負けちゃったけど、私はイッつんの麻雀からなんかこう…すごい才能を感じたんだ~それで、久々に打ってみたくなって~」

 

樹「いいっスねぇ!やりましょうよ」

 

風「よっしゃー!アタシもやるわよ。あと1人は誰が出る?」

 

夏凜「…ああ、私はパスよ。なんか、すっごく疲れたし。後ろで見とくわ」

 

東郷「部長…いえ、風先輩。すみませんが私もそうさせてもらいます」

 

園子「じゃあ、ゆーゆ、やろうよ~」

 

友奈「いいよ!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

???「そのこ…そのこ…」

 

園子「…わかちゃん…」

 

若葉「『わかちゃん』はやめろ…恥ずかしい…」

 

園子「若葉先輩…」

 

若葉「久しぶりだな、園子が麻雀を打つのは…」

 

園子「…そうだね」

 

若葉「さっそく潰すのか?あの樹って子…」

 

園子「先輩…潰すだなんて…」

 

若葉「違うのか?」

 

園子「…ん~…今はそれほど危険な存在ではないかな。でもそれは、それほど容量が計れないってことだよ~」

 

若葉「…ふむ」

 

園子「イッつんには、才がある。つまり将来…間違いなく私の敵になる存在…でも、今なら勝てるよ。格の違いを…教えてあげなきゃ。もう戦えなくなるくらいに…」

 

 

一度バランスを崩せば、それは才気優れる者ほど脆い…!

 

 

若葉「それでは、金髪率が減ってしまうじゃないか…」

 

園子「はい?」

 

若葉「…なんにせよ、園子の麻雀…また見られるのか。期待しているぞ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

園子「ん~…ただ打つのもつまんないから、ここはサシ勝負にしない?」

 

樹「サシ?」

 

風「一対一での勝負ってことよ」

 

樹「私とそのっちさんで?(察し)」

 

園子「うん。あと~ちょっとしたギャンブル要素もほしいかな~って…」

 

樹「ギャンブル?」

 

園子「これとかどう~?」

 

樹「そ、それは…!」

 

 

 

第六話、完



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第七話 悪薔薇にご用心

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹「そ、それは…!」

 

 

園子が懐から差し出したもの…それはチュンカード…5000円分…!

 

 

※神世紀の5000円は西暦の貨幣価値に換算すると、5万円以上である。

 

 

園子「ふふ…いいでしょ~」

 

樹「…で、でも自分…中学生ですし…課金とかまだ考えたことも…それに、そもそもそんな大金賭けられないっスよ…」

 

園子「いいよいいよ~イッつんはチュンカードの代わりにある権利を賭けてくれればOK!」

 

樹「ある権利?」

 

園子「たしか~ここの勇者部の顧問ってまだ決まっていないんだよね?生徒に任せるとかで…それでさ、もし私が勝ったら~…その権利を私に譲ってほしいんだけど~…」

 

風「(えっ…!?)」

 

夏凜「(は…?)」

 

東郷「(そのっち…!)」

 

友奈「(顧問の…権利…?)」

 

 

ざわ…

 

 

樹「(…なるほどね…)」

 

 

顧問ッ!

「ある組織に関与し、意志決定を行う権限を持たないが、意見を述べる役職やその役職に就いている者のことである」(Wikipediaより引用)

 

園子の目的。それは勇者部の顧問になること。

顧問とは、例えるなら部活の裏部長的存在。表には出ないものの、その組織を影で操る立場…

園子は顧問になり、裏で勇者部を操ろうとしていた…!

 

 

風「(なんてこと…乃木のやつ…めちゃくちゃ…これは認めるわけにはいかないわ)」

 

 

風がそう思うのも当然のこと。

いくら勇者の先輩とはいえ、ここでの園子はまだ新部員扱い。

新参者に顧問をさせれば何が起こるかわからない。

風は乃木を説得することを決意。

ここは先輩としての威厳を発揮する、まさに最後のチャンス。

 

 

園子「…どうする~?」

 

風「乃木、悪いけどそれは…」

 

樹「構いませんよ。受けましょう」

 

風「はっ…?」

 

 

ざわっ…

 

 

園子「ふふ…いいねいいね~そのノリ!」

 

風「ちょっとちょっと樹ー!?本気なの?もし負けたら乃木は…」

 

樹「確認しておきますが…そのっちさん。この勝負…もし私が勝てばそのチュンカード…もし負ければ、あなたがこの部活の顧問になる…ということでいいんですよね」

 

園子「そうだよ?」

 

樹「つまり、私が勝ったらチュンカードだけでは済まない…顧問の権利も同時に得る…ということ」

 

園子「…!」

 

風「…はぁ?」

 

樹「いきなり降って湧いて出たこの話…もともと、顧問の居ない部活…誰が顧問をするのか…その権利は誰にもないのだから、このギャンブル…そう捉えてもおかしくない…」

 

園子「(さすがだよ。そこに気付くなんて…でもまぁ、これくらいのリスクは承知の上…)」

 

風「うぃーつぅーきぃー…」

 

樹「お姉ちゃん。いいよね?」

 

風「樹…あんた…」

 

樹「お姉ちゃん…」

 

風「…ふぅ。まあいいわ。アタシは、あんたたちがちゃんとやってくれるのなら…それで」

 

樹「…ありがとう」

 

園子「決着の取り決めだけど、さっきも言ったようにサシ勝負だよ。これはトップ取りの麻雀じゃない。どちらかが0になるまでやるよ~」

 

樹「つまり、私とそのっちさんの点棒がなくなるまでの勝負ってことっスね」

 

園子「そうだよ~もしイッつんが私をハコ割れできれば~…このチュンカードと顧問の権利は君のもの~パフパフ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

持ち点は各25000点。東は樹、南は友奈、西は園子、北は風。

樹から見て右(下家)が友奈、正面(対面)が園子、左(上家)が風。

 

樹→友奈→園子→風→樹→友奈…の順番でゲームは進む。

 

この勝負は、樹と園子のサシ勝負。

しかも相手の点棒を完全に0にするまでのデスマッチ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

東郷「(つまり樹ちゃんはそのっちから直撃を取らなければならない…だけどこれが至難なはず。そのっちは大赦の打ち手の中でも相当の実力者と聞いたことがあるわ。他から満貫・跳満を取るよりも、そのっちから3900点取る方が難しいかもしれないわね)」

 

 

勝負開始。親は樹。その樹の第一打。

 

 

樹配牌…

{③③③68一二三四六八西中} ツモ{7}

 

 

樹「{③}」

 

東郷「(えっ…?)」

 

 

樹、手牌の暗刻(3枚)になっている{③}、その一牌を捨てる。

さらに樹、2巡目3巡目も{③}捨て。{③}三連打…

 

樹手牌…

{⑧6789一二三四六八九中}

 

 

風「…?」

 

 

みなその意図が分からない。

が、ただ1人…園子だけは察する。

 

 

園子「{④}」

 

若葉「(…!おいおい。手牌に2枚もある{④}を切るなんて…何をやっている…!?)」

 

風「(…はぅっ!そうか!並の打ち合いでは互いに直撃が取りにくいと判断して、樹は三種類ある数牌のうちあえて一種を消しにいったのね…まず樹が誘って…それを乃木が受けて立った…!一色消し…『絶一門』…!)」

 

 

お互いが一色を消して残った二色で手作りをすれば、必然的にテンパイ間際で溢れる牌は残った二色の何かということになり、打ち取られやすい。が、同時に打ち取りやすい。

振る公算も高いが打ち取る公算も高いという…言わば逃げない麻雀。足を止めての打ち合い…!

 

 

園子捨て牌     樹捨て牌

{④④⑦⑨⑧⑨}   {③③③西中⑤}

{西北九①4八}   {⑧⑥八95④}

 

 

若葉「(なんだこれは…2人とも筒子を無視した打ち回し。こうなると待ちは索子か萬子…)」

 

 

しかし13巡目…そろそろ手牌がまとまってくる頃。

 

 

樹「{②}」

 

若葉「(手出しの{②}?なんで今頃…いや待てよ…そうか、わかったぞ!樹め、初っ端からかましてきたのか!絶一門とは、ある一色を絶つということだ…必然的にその色は安全牌となる。だが、その基本を逆手にとってその色で待つことができれば、これほど効果的な迷彩はない…樹の{②}はそれを狙っていた…しかし上家が1枚、下家が2枚と{②}がすべて切れてしまった。それで仕方なく、樹は{②}単騎を諦めたのだ…今の樹はおそらく、索子か萬子の多面待ち!油断ならないな…自分から絶一門に誘っておいていきなり裏を取りにいくとは…)」

 

園子「{①}」

 

樹「ロン、一通ドラ1、5800点」

{一二三四五六七八九678①} {ロン①} {ドラ九}

 

園子「…{①}単騎~?」

 

若葉「({①}単騎…!なんて待ち…!2枚腰か!中盤いかにも諦めたかのように単騎の{②}を落としてみせ…その奥…!その奥にもう1枚隠していた{①}単騎待ち…!悪魔じみている…!こんなの中学生の発想じゃないぞ…!もぐもぐ)」

 

園子「(先輩~…ちょっとうるさいよ~…実況長いし…あと私の中で骨付き鳥食べないでね~)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

絶一門での戦い。

まずは樹が園子を出し抜く。幸先のいいスタート。

 

こうして―――

いつ終わるかも知れない2人の絶一門の戦いが始まった。

樹はそれからも、たびたび絶一門の裏をかく待ち…それを鮮やかに決めていく。

 

 

園子「{6}」

 

樹「ロン、タンヤオドラ1、2600点」

{三四五五六七②③④⑥⑥⑥6} {ロン6} {ドラ四}

 

若葉「(くっ…!また溢れ牌を狙った単騎待ち…!)」

 

園子「………」

 

 

こうした樹の変幻自在の打ち回しに、当初園子は翻弄されたかに見えた。

が、実は違う。園子のペースは微塵も乱れていない。

 

 

園子「ツモ~、發ドラドラ~…2000点オール~」

{四五①②③⑨⑨567} {ポン發發横發} {ツモ三} {ドラ⑨}

 

 

園子はマイペースでオーソドックス。

あがりも樹からの直撃にこだわらない。ツモもしばしば見せた。

そして絶一門の宿命、避けようのない溢れ牌を…

 

 

樹「{②}」

 

園子「ロン~」

 

 

打ち取る。

 

 

園子「平和一通ドラドラ~…満貫」

{一二三四五六七八九66③④} {ロン②} {ドラ6}

 

樹「………」

 

東郷「(…まあ、これは仕方ないわ…絶一門で打っていれば振り込むのは当たり前…むしろ精神的に痛いのは裏を取られているそのっちのはず…樹ちゃんの優位に変わりない…)」

 

 

同じ絶一門での戦い。

だが2人の打ち筋は対照的であった。

変化を好む樹に対して、基本に忠実な園子。

しかし徐々に差が付き…それは開いていった。

 

 

樹「{九}」

 

園子「ロン~、連風&対々和~…ふふ…満貫」

{三三三九九④④} {ポン東横東東 横999} {ロン九}

 

樹「………」

 

東郷「…樹ちゃん…」

 

夏凜「大丈夫よ…あの溢れ牌は痛くないわ…絶一門の必然…」

 

東郷「…それはちょっと違うわ。樹ちゃんはきっと、苦しんでいる…」

 

夏凜「え?」

 

東郷「私も最初…夏凛ちゃんと同じことを考えていたの。序盤の2枚腰トリックや絶一門の裏をかく戦法…なんとなく樹ちゃんが冴えている印象…事実そのっちは裏を取られていいとこなし…あがり方も平凡…でも、実際に点棒を制しているのはそのっち…」

 

夏凜「…た、たしかに」

 

東郷「互いに打ち取っている回数は同じだけれど、あがり手が違う…これは当然、樹ちゃんのような変則待ちは役が絡みにくいから、どうしたって安くなるわ。一方そのっちは、麻雀の王道を行く役が常に手牌に絡んでいる…たしかにあがり方に芸はないけれど、確実にあがったときの点数は大きい…そのっちはただ、偶発的にできた待ちで待っていただけ。狙ってやっているわけでもないから、振り込んだ方も『やられた』という印象は起きにくい。それにツモでも構わず牌を倒しているから、点数競争で樹ちゃんが勝てるわけがないわ…」

 

夏凜「樹…」

 

 

事実、その通りであった。樹は絶一門を意識するあまり、園子の待ちを見抜けないでいた。

 

 

樹「{7}」

 

園子「ロン~、タンピン三色ドラ1~…満☆貫」

{二三四23456②③④⑦⑦} {ロン7} {ドラ③}

 

樹「(うっ…)」

 

園子「(…ふふ…無駄無駄…絶一門で待ちを工夫するなんて不合理…そんなことをしなくても溢れるものは溢れてくるのに…まぁ、イッつんはせいぜい上手な麻雀をやるといいよ。私は下手でもいい…ただ、勝つ!華やかなことが好きなイッつんに、私は倒せないよ…)」

 

 

樹の攻めにも微動だにしない園子。

まさに、難攻不落の要塞。自らが掘った穴に足を踏み入れてしまった樹。

果たして、勝利の策はあるのか…?

 

 

 

第七話、完



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第八話 杜若の地を追え

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

絶一門の戦いから一時間。

最初五分五分に見えたこの戦いも、次第に2人の優劣がはっきりとし始めた。

 

 

園子「リーチ~」

 

樹「(そのっちさんは溢れる端牌を狙っている…これなら通るか…)」

 

園子「(ふふ…)」

 

樹「{西}」

 

園子「はい。ロン~、リーチ一発七対子で6400点なり~」

{一一六六⑥⑥6688發發西} {ロン西}

 

 

樹「(西単騎待ち…!?そんな…)」

 

 

絶一門に限り園子の方が上。樹の不利は明白に。

園子の点棒は増え続け、ついに50000点越え。

樹は序盤のあがりをじりじりと吐き出し、点棒は22000点にまで落ち込む。

 

 

園子「(勝負の最中、負けが込んだ人間が求めるものは安心…現物があれば現物を、なければもっとセーフティーと感じる牌を捨てる…私はただ、そこを狙い撃てばいい…ふふ…)」

 

若葉「順調のようだな、園子。どうだ?樹は…」

 

園子「うーん~…最初はね、イッつんは私がこれまでに蹴散らしてきた(足は動かなかったけど☆)大赦の人たちとは少し違う…って感じていたけど~…やっぱり初心者だね~私がその気になれば、ちょちょいだよ~」

 

若葉「そうか、だが油断はするなよ」

 

 

園子が押し切るか…?

樹が盛り返すか…?

そして数局後、ついに最初の山場が訪れる。

 

 

園子「{6}」

 

樹「{④}」

 

若葉「(樹の捨て牌…萬子が1枚もない…そして園子の捨て牌も…つまり、2人とも萬子の染め手か…!面白い…絶一門ならぬ…絶二門と言ったところか…)」

 

東郷「(樹ちゃん…それはちょっと無謀じゃないかしら。流れは今、あなたにはない…あがり牌を掴むのはそのっちが先…)」

 

 

東郷の推察は当たっていた。

このときの樹に勢いはなく、好調なのは園子。

 

{二三三四四五六七八九中中中}

園子、{三-六-九}待ちテンパイ。

 

 

若葉「(この勝負…やはり園子か…ドラの{中}を暗刻で抱え、この早いテンパイ。しかも三面待ち…理想的じゃないか)」

 

友奈「カン!」{■東東■} 新ドラ{七}

 

風「(何やってんのよ友奈!こんなときにドラを増やすなんて!)」

 

 

風はこの勝負、最初から樹のサポートに回っていた。

自分のあがりは眼中になく、樹の当たり牌と思われる牌や鳴きそうな牌は積極的に樹に渡す打ち回し。

今回の勝負、サシウマの対象ではない風と友奈の点棒に実質意味はない。

風にとって重要なのは、樹の点棒を0にさせないこと。

樹に流れがない今、カンをして新ドラを増やすなど以ての外。

しかし、この勝負において友奈の打ち筋は異端。

誰をサポートするわけでもない…誰よりも自分のあがりを優先している。

 

 

友奈「リーチ!(あれ、風先輩怒ってる?)」

 

樹「(友奈さんはリーチ…この局は早く終わりそうな予感…)」

 

 

このときの樹の手…まだこの形…

{一一二二四四六八八九九九西}

 

この形、七対子イーシャンテンとも言えなくはないが、そのときに溢れる{九}が園子のロン牌という魔の悪さ。樹もこの牌が危険ということは感じている。

そこで風の{七}切り。

 

 

風「{七}」

 

樹「チー!」{横七八九}

 

 

この鳴きで、樹は危険牌である{九}を面子として1枚確定させてしまう。

 

 

樹「(よし…)」

{一一二二四四六八九九} チー{横七八九}

 

 

こうすれば残った{六九}も手牌にいい形で残り、溢れにくい。

樹のセンスが光る絶妙の仕掛けで危険回避。

が、園子もこの動きをすぐに察知。

樹の動きを的確に読み切った。

 

 

園子「(…イッつんから{三-六-九}は溢れない…)」

 

友奈「{五}」

 

園子「チー!」{横五三四}

 

 

{二三四五六七八中中中} チー{横五三四}

園子、{三-六-九}待ちから{二-五-八}へ待ちへ変化。

次に樹から溢れそうな{八}へ待ちを移行。

攻撃目標が変化すればそれにピタリと付いていく…まるで誘導ミサイル。

しかし樹もそれを受けて…

 

 

風「{七}」

 

樹「チー!」{横七六八}

 

 

{一一二二四四九} チー{横七八九横七六八}

手中の{八}が消え、打{九}。再び園子の待ちを振り切る。

次巡…

 

 

友奈「{二}」

 

園子「(ロン牌だ…でも…)」

 

樹「(ふふ…あがらないんスか…?じゃあ鳴かせてもらうっスよ…!)」

 

 

{二}は園子のロン牌…だが、園子あがらず。この局は樹からの直撃を狙う肚。

 

 

樹「ポン」{二二横二}

 

 

{一一四四} ポン{二二横二} チー{横七八九横七六八} 

この鳴きで、樹もテンパイ。園子に追いつく。{一-四}待ち。

次巡、園子のツモは{一}。またも手替わりの選択。

 

 

園子「(イッつんは手中の{三-六-九}と、{二-五-八}を整理した…つまり手中にあるのはまだ切られていない{一-四-七}…!)」

 

 

{一二三四五六七中中中} チー{横五三四}

園子、{八}切り。これでさらに待ちを変更、{一-四-七}待ち。みたび追いかける…!

樹と同じ待ちではあるが、{七}の待ちが多い分、園子に有利…!

次巡、樹のツモ。

 

 

樹「(…{七}…!)」

 

 

{一一四四} ツモ{七}

掴んだのは最悪…ドラの{七}…!

 

 

園子「(掴んだかな~…?)」

 

風「(樹…?)」

 

樹「{四}…」

 

園子「ふっふっ…ロン~、ホンイツ中ドラ4、親っパネだよ~18000点」

{一二三四五六七中中中} チー{横五三四} ロン{四} ドラ{中七}

 

樹「っ…」

 

園子「(ついに捕まえた…!イッつん…♪)」

 

樹「………」

 

風「(ああ…これで樹の点棒は残り4000点…)」

 

夏凜「(次は直撃どころじゃない…園子に跳満をツモられたら、とぶ…)」

 

東郷「(やっぱり、そのっちには敵わないようね…)」

 

樹「…ちょっと、外の空気を吸ってきてもいいっスか?」

 

園子「うん、いいよ~」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

樹「………」

 

風「元気出しなさいよ、樹。際どかったとはいえ、まだ点棒はあるんだし」

 

樹「でも…雀の涙もいいとこっスよ…」

 

東郷「…いえ、負けたとしても樹ちゃんの麻雀はすごかったわ。凄みという意味では、そのっち以上かも…」

 

風「?どういうこと?」

 

東郷「あの局。樹ちゃんは、なんとかそのっちの待ちを潜り抜け、テンパイ…{一-四}待ちまで来ました。そこで持ってきた超危険牌ドラの{七}…先輩なら何を切りますか?」

 

風「何って…」

 

夏凜「…私は{七}ね。いくらドラでも、テンパイで来れば関係ないわ!それに通る可能性もあるんだから、テンパイ維持はしておくべき…」

 

東郷「{一-四-七}はすべて当たり牌と感じていたとしても…それでも{七}に手が伸びると思うんです。{一-四}も同じように危ないのですし、それに万が一通ったときのことを考えて、夏凜ちゃんのようにテンパイを維持しておきたいと思うのが人情…でも、樹ちゃんはその『万が一』を追いませんでした」

 

夏凜「あのとき樹はテンパイを崩して{四}を切ったわね」

 

東郷「もし、その『万が一』を追ってドラの{七}を切っていたらドラがひとつ追加されて、そのっちの手は倍満にまで手が伸びていた…」

 

夏凜「あ…」

 

樹「…そうっスね」

 

東郷「親の倍満は24000点…残り22000点しかない樹ちゃんは、それでとんでいたわ…軽率に{七}を切らなかったこの粘りは驚異的…私たちにはそこまで気が回ったかどうか…回ったとして、テンパイの誘惑を絶てたかどうか…」

 

樹「『もし』『万が一』を追いかけて勝てるほど、この勝負は甘くない…そういうことっスよ」

 

風「樹…」

 

樹「そうでなきゃ、勇者だったこの半年間…とても生き残れなかった…」

 

 

『勝つ』ということは、現実の中での出来事なのだ。

『現実』を追求せずして勝てるわけがない。

樹は、振り込みつつも意志は残した。それは、現実の中で勝とうとする意志…!

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「…ていうか、友奈はなんでカンしたりリーチしたりしているの?さっきの局だって、友奈がカンをしなければ{七}がドラになることはなかった…友奈はこの勝負の意味…わかってんのかしら」

 

夏凜「そうよね。これは樹と園子のサシ勝負…友奈があがる意味はないと思うけど…」

 

東郷「私が友奈ちゃんに頼んでおいたんです。この勝負、友奈ちゃんは普通に打っていいと」

 

風「え?どうして?」

 

東郷「…話は少し戻りますが、新部長決定戦…オーラスでの友奈ちゃんの最後のあがり…裏ドラを9つ乗せての逆転トップは、みなさん覚えていると思います」

 

{③③③⑥⑥⑥三三三五五五五} ロン{四} 裏ドラ{三三⑥}

 

夏凜「6話だったかな…あれはすごかったわ…」

 

風「まぁ、違和感もあったけどね。四暗刻を蹴るあたりは特に…」

 

東郷「そうですね。あのあがりは、風先輩も言うように今思えばかなり不自然…通常、裏ドラ3つがすべて暗刻になるなんて、あり得ると思いますか?偶然にしては、出来すぎなのではないか…と」

 

風「うんうん。夏凜は?」

 

夏凜「わ、私もちょっとは…そう思ったけど…」

 

東郷「もちろん、友奈ちゃんがイカサマをしていた…と言いたいのではありません。では、イカサマではないとしたら何なのか…そこで私は、ある1つの仮説を立てました」

 

風「仮説?」

 

東郷「はい。もしもあのあがりが、イカサマでも何でもなく、友奈ちゃんの実力…あの勝利…それこそが、友奈ちゃん本人の読みや駆け引きの結果だとしたら…」

 

風「そ、それはある意味おそろしいわね…」

 

東郷「つまり、友奈ちゃんに下手な考えや小細工は不要ということです。ですからこの勝負、友奈ちゃんに樹ちゃんのサポートをさせるよりは、普通に打ってもらった方がいい。そうすれば、おのずと良い結果に繋がるかも知れない…そう考えたからです」

 

風「…でも、それが樹のためになるとは限らないじゃない。現にさっきも…」

 

東郷「新部長決定戦での、友奈ちゃんのあのリーチ…友奈ちゃんには3つの選択肢がありました。{五}を切って{9}待ちの四暗刻単騎か、{9}を切って{四}待ちのタンヤオ三暗刻…または{五}を暗カンしての確定四暗刻。嶺上牌単騎・嶺上開花狙いか…」

 

{③③③⑥⑥⑥三三三五五五五9}

 

風「うん」

 

東郷「そのときの私の手牌が、これです」

 

{三四⑦⑦666北北北} カン{■88■} ドラ{6}

 

風「ん?{二-五}待ち?」

 

東郷「はい。リーチしていた私の手はリーチ三暗刻ドラ3と跳満が確定していて、待ちは{二-五}でした。そして私のリーチ直後、友奈ちゃんは手牌にあるドラの{9}を切ってリーチにでました。これは、友奈ちゃんクラスの打ち手では通常あり得ない打牌。なぜなら、あの場面での{9}はドラ。いくら端の牌とはいえ、それで待たれる可能性もあるのに…友奈ちゃんはそれをおそれず切りました」

 

風「…でも仮に、友奈が四暗刻を目指して{五}を切っていたら、東郷に振り込んでいた…」

 

東郷「その通りです。その打ち方は、さきほどの樹ちゃんと似ています。逆転の手を崩したように見えても、実は違う。それは勝つための、誘惑に惑わされない堅実な打ち筋…!{五}を暗カンしなかった理由も、なるべく他に警戒されないようにしたため…私は後ろで樹ちゃんを見ていて、まるで友奈ちゃんを見ているようでした…」

 

風「東郷…」

 

東郷「ですから、もう少しだけ…信じてみませんか。友奈ちゃんを…樹ちゃんを…!」

 

 

 

第八話、完



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第九話 牡丹を返す

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹の流れは悪い。

前局、手中の牌すべてが園子のロン牌になるという不運。

普通にいけば倍満の振り込みのところを、なんとか跳満にまで止めたものの、そもそもあんなロン牌を掴むこと自体が不運。流れは明らかに園子…

この振り込みで樹の点棒は残り4000点。

あと一度園子に振り込めば、すべてが終わる…!

 

 

風「(頼むわよ樹…流れが来るまで耐えてちょうだい…その間は…そうね。私も積極的にあがるか振り込むかして場を流す…そうすればいずれ、チャンスは訪れる!)」

 

 

樹の配牌…!

{一二六②⑦⑧⑨14西西發中}

 

 

東郷「(配牌はあまりいいとは言えないわね…一九字牌が半分を占めている…まぁ、こんな手でも頑張るしかないわ…なんせ樹ちゃんは、跳満をツモられたらとぶ…点棒回復のためにも、ここは攻めないと話にならない…)」

 

 

園子の配牌…!

{五五③③⑥⑦356東發發發}

 

 

若葉「(ドラはないものの…配牌から發の暗刻に中張牌多め…面前でうまく仕上げれば三色も付く好配牌…まさに盛運だな。リーチツモでドラがうまく乗れば跳満…樹はとぶ。それでジ・エンド(最近覚えた単語)…とばないにしろ、流れは園子…この局も園子のあがりで間違いないな…)」

 

 

しかし、このとき園子…この無垢な少女は、若葉とはまったく別のストーリーを思い描いていた。

 

数巡後、園子テンパイ。{4-7}待ち。

{五五③③③⑤⑥⑦56發發發}

 

 

若葉「(何事もなくテンパイか…だがこれではリーチツモでも2600点オール止まり…裏が乗れば満貫手だが…とりあえずリーチは保留して手替わりを待つ…か…それとも、ダマテン維持で樹からの出あがりを狙っているのか…?)」

 

 

若葉の思いとは裏腹に、樹は振り込まない。

 

 

東郷「(これが、天性の勘…?樹ちゃんはテンパイに向かいつつも止めるところはきっちり止めている…なぜそれを止めるのか、私にはわからない…それはきっと、その場で打っている者にしかわからない感覚…感性…)」

 

園子「(イッつんには読まれている…ロン牌はでない…そんな気がする…)」

 

 

読み切っているのは園子とて同じ。

ともに振り込む気配はない。どちらかがあがるにしても、ツモあがりしかない。

そう思えたとき…

 

 

東郷「(来たわっ…!絶好のところ…!)」

 

 

樹、{發}切りでイーシャンテン。徐々に復活しつつあった。

{一二⑦⑧⑨⑨⑨112西西發} ツモ{三}

 

 

樹「(生牌の{發}か…関係ねえっ…!)」

 

園子「………ボソ」

 

若葉「(園子…!?やめろ!)」

 

園子「ふふふ…カン!」

 

樹「え?」

 

 

園子、樹の{發}をカン。

 

 

園子「イッつん~、牌を倒してからもめるのは嫌だから、確認させてもらうよ~」カン{發發横發發}

 

樹「?」

 

園子「もし、今ここで私が嶺上開花でツモあがりした場合なんだけど~…そのときの支払いは、生牌をカンさせたイッつんの1人払いになるんだ~そのことは知っているかな?」

 

樹「…そうなんスか?」

 

風「え、ええ。たしかに大明槓には責任払いってルールがあるわ。けど、そんなことめったには…」

 

園子「(…そう、起こらない…でも、常に何%かの可能性はある…私たちのように…)」

 

樹「(…はっ!)」

 

園子「(ツモ…!)」

 

東郷「(うっ…まさか…!)」

 

園子「…ごめんねイッつん…引いちゃったよ。發、嶺上開花…一本場で3500点…!」

{五五③③③⑤⑥⑦56} カン{發發横發發} ツモ{7}

 

 

樹「…!」

 

東郷「そ、そんな…!」

 

夏凜「ばっ、馬鹿な…」

 

園子「ふっふっふ…イッつん~、新ドラをめくってちょうだいな。ドラが1個でも乗れば6700点…残り4000点のあなたは、それでとぶ…」

 

東郷「くっ…ドラは…!」

 

 

新ドラは{②}…乗らず…!

 

 

風「(た、助かった…!とりあえず命拾いね…)」

 

夏凜「(でもこれで点棒は500点…次はノーテン罰符でとぶ…いよいよ後がないわね…)」

 

園子「…なかなかしぶといね~…でも、それもここまで…次かその次…イッつんの顔が赤くなるのか、青くなるのか…楽しみだよ~」

 

樹「………」

 

園子「…あうっ」

 

 

園子、突如卓上に倒れ込む。

 

 

樹「!?」

 

風「乃木!?おーい」

 

園子「くかーっ」

 

友奈「…寝ちゃったの?」

 

東郷「そのっち、どうしたんですか?起きてください」

 

夏凜「寝ているっていうか、気を失ったように見えたけど…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

???「ううっ…」

 

東郷「そのっち…大丈夫?」

 

若葉「うっ…ここは…そうか…私は…」

 

樹「あ…あなたは…」

 

 

乃木若葉である。

 

 

東郷「若葉先輩!?」

 

友奈「あー!若葉先輩だー!テレビ見てます!」

 

夏凜「若葉先輩も、この次元に来ていたんですね…」

 

風「え?アタシついていけないんだけど」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

若葉「…こほん。私の名前は乃木若葉。乃木園子の祖先だ。ちなみに、初代勇者でもある。今はわけあって、園子の身体を借りて一緒に生活している。ヒモではないぞ。好きな食べ物はうどん」

 

風「ど、どうも…」

 

夏凜「変な感じね…身体は園子なのに、しゃべっているのは若葉先輩だなんて…」

 

東郷「そのっちから聞いたんですが、若葉先輩は幽霊のような存在なので、肉体は持っていないらしいです」

 

樹「でも目つきや声…雰囲気は変わりましたよね…」

 

友奈「それにしても、どうして若葉先輩がここに?」

 

若葉「すべてを話すと長くなるが…私が園子の身体を使って出てきた理由…それは、園子が仕掛けた嶺上開花…あれが原因なんだ」

 

友奈「嶺上開花ですか?」

 

若葉「ああ。あれは言うなら、園子の…いや、私の力…能力とでもいうのか…霊体的な力だ」

 

夏凜「霊体的な力?」

 

若葉「私が園子の身体を借りていない間、私は通常、肉体を持たない霊体のような存在だ。つまり、霊体のときは物や壁など…物質をすり抜けられる」

 

友奈「…はっ!そっかー!」

 

風「な、なるほどねぇ…」

 

夏凜「え?なに?なに?わかんないわ」

 

樹「わかんないんスか?にぼしさん…簡単なのに」

 

東郷「で、では、あの嶺上開花のツモあがりは…」

 

若葉「そう。園子は、樹が{發}を捨てた瞬間…ここで勝負を決めようと…見たのだ。私の霊体能力を使い、この後ツモる嶺上牌を…!そしてその牌が、園子のあがり牌だった。だから園子は樹の{發}をカンし、嶺上開花を成功させることができた」

 

夏凜「えええ…」

 

友奈「…あ、若葉先輩!質問です。どうして園ちゃんは、若葉先輩の霊体能力を使えたんですか?」

 

若葉「今の私は、園子の身体を借りていると言っただろう。つまりこの身体は、本来は園子のものでもあるが、私の身体でもある。逆を言うなら、今回のように園子も私と同様に霊体に…物質をすり抜けられる存在になれるということだ」

 

樹「そうなんスか。ここテストに出ます?」

 

若葉「…だが、やはりそれは本来の自分の身体ではないため、長くは続かない。私が園子の身体を操る場合、動かす対象…つまり肉体は実存するから必要なのは私の精神力だけだ。だからこうして長く話せるのだが、霊体を操る場合だとそうはいかない。

霊体を動かすにも、肉体を動かすときと同じく精神力が必要になるのだが、霊体は肉体と違い、動かす対象が実存しない。肉体+精神力で操る身体と、精神力のみで操る霊体。精神的にどちらが疲れるか…それは明らかに後者だ。ああ私か?私は元が霊体だから、それが普通というか…慣れっこなんだ」

 

友奈「…じゃあ園ちゃんは、それで一気に体力を消耗して…」

 

若葉「ああ。今は疲れて寝ているだけだ。またすぐ起きるとは思うが…今の精神の構造上、園子の身体を支配しているのは私、ということになっている。慣れないことをしたな、園子…」

 

東郷「それで今、若葉先輩の精神が出てきてしまったんですね…」

 

夏凜「一気に漫画みたいな展開になってきたわね」

 

友奈「それにしても、どうして先輩はこのことを私たちに…?」

 

若葉「私がこうして出てきたのは…樹…お前に、頼みがあるからだ」

 

樹「私に?」

 

若葉「頼む樹…この勝負に勝って…園子を…救ってくれ…」

 

樹「え?どういうことっスか?」

 

 

 

第九話、完



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第十話 桔梗の報せ

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

若葉「園子が最近まで、大赦で祀られていたことは…他のみんなも知っているな?2年前の戦いで満開を繰り返し、散華した園子は大赦内で生活していた。そこでの生活は特に不自由はしていなかったようだが、園子は1つ疑問に思うことがあったそうだ。

 

“なぜ大赦がもう戦えなくなった勇者の面倒を看ているのか…?”

 

当時、大赦は立派にバーテックスと戦った園子を…勇者として褒め称えた。今後の生活はすべて我々が面倒をみる…立派にお役目を果たしたのだからと言って…

だが、実際は違っていた。園子が大赦で生活させられていた本当の理由は、今の勇者が暴走したとき、それを止めるための役割…大赦への反乱を防ぐために飼われていた…!つまり園子は、大赦の安全装置だった。常に大赦からの監視を受け、身体も満足に動けない…言うならこの2年間、園子は缶詰状態だったのだ」

 

東郷「(そのっち…)」

 

若葉「園子はいつも1人だった。話し相手がいない園子には吐き出し口がなかった。現勇者を呼び出す方法を思いつくまでの、園子の数少ない楽しみは…小説と、麻雀だった」

 

樹「…へぇ」

 

若葉「当然、園子の対戦相手は大赦の人間だ。人の心を読むことに優れている園子にとって、素人相手に勝てることはたやすい。麻雀は、園子が大赦にひっそりと対抗できる楽しみになっていった。調子が良い日には夜通しで麻雀をしていたこともあった」

 

風「寝不足はお肌に悪いのに…」

 

若葉「園子が麻雀をしていた理由は、ただ楽しい…それだけではなかった。園子は、ある時期からひそかに金を賭けていたのだ。大赦の打ち手は、断りたくても勇者の頼みだから断れない。大赦の人間は園子にとって暇つぶしの相手であり、絶好のカモでもあった。賭け金も日ごとに上昇し、園子はこの1年間で莫大な利益を得た」

 

友奈「(園ちゃん…どうして…)」

 

若葉「…これが1年前のことだ。その頃の園子は、もう普通の麻雀では満足できなくなっていた。賭け麻雀以外打たなくなった。金銭感覚も麻痺し、家が建つような大金も平気で賭けるようになり、日々勝ちを積もらせていった…」

 

東郷「(たしかに…5000円のチュンカードなんて大金、通常の人間がホイホイ出せるものではないわ…)」

 

樹「逆に言うと、それは大赦の打ち手も相当な金持ち揃いだった…ってことっスよね…」

 

若葉「最初は遊び半分だった大赦も、大金を賭けるようになれば話は別。そんな園子を放っておくはずがなかった。しかしそこでの園子は神のような存在であり、さらに現勇者が暴走したとき、それを止める役割も担っていた。だから、あまり機嫌を損なわれても困る。

そこで大赦が思いついたのが、園子の祖先であるこの私…乃木若葉の霊魂を呼び出し、園子の魂と共存させて園子を制御することだった(安全装置を制御するなど…ふふ、滑稽だな)」

 

友奈「若葉先輩の魂を呼んだんですか?」

 

若葉「祖先の言うことであれば大人しくなるだろう…という安直な考えのようだ。しかしそれは案外うまくいった。話し相手ができて嬉しかったのか、麻雀の回数も徐々に減っていき、園子は以前の自分を取り戻していった。小説執筆も捗るよ~って言っていたっけ…

私がこれまでの園子のことを知っているのも、園子が話してくれたからだ。いろいろな話をした…勇者のこと、うどんのこと、友達のこと…それで、最近まで私が園子と一緒に暮らしていたわけだが…」

 

樹「変わったんですね。あの日から」

 

若葉「そうだ。あの日、友奈たちがレオ・バーテックスを倒してから状況が変わった。その戦いの後、どういうわけか2年前の戦いで散華した部位がすべて戻ってきた園子は、完全復活状態。枷が外され、本来の力を取り戻した園子は、もはや私の力だけでは制御しきれず、再びあの頃の園子に戻ってしまった…というわけだ」

 

東郷「なんてこと…せっかく供物が戻ってきたのに…」

 

夏凜「………zzz(寝ている)」

 

若葉「今の園子は、見た目おとなしいが、実際は一種の暴走状態…私の助言も聞かず、自制が利かなくなっている…今までは私が、園子の暴走をなんとか抑えていたのだがな…すまない」

 

樹「…それで、今に至るというわけですね」

 

若葉「…今日園子が、樹に麻雀を挑んだのは他でもない。この勇者部の中で今後、最も力をつけるであろう樹を倒し、この勇者部の顧問になるつもりだったのだ。まぁ、今日樹と勝負はせずとも、後々は何かしらの方法で勝負を仕掛けるつもりだっただろうが…正直な話、樹との対戦中においても私はまだ迷っていた。園子に味方すべきなのか、それとも止めるべきなのかを…だが、力なき私にはどうすることもできなかった…そう、園子が私の力を使い、精神が逆転するまでは…!」

 

樹「………」

 

若葉「そして、ここまでの勝負を見てわかった。樹は初心者ながら…園子にも負けない何かが…圧倒的才能がある…!樹なら…園子に勝てるかもしれない…!園子を救えるかもしれない…!そう思った…」

 

風「ちょ、ちょっと待って!」

 

若葉「?」

 

風「…乃木が…園子が、そこまでやろうとしている理由は何?勇者部を乗っ取って、どうするつもりなの?それで樹が…アタシの妹が…狙われる理由は…一体何なの?」

 

若葉「…わからない」

 

風「え?」

 

若葉「園子がなぜ、こうなってしまったのか…原因はわかる。それは時間を…取られたからだ。本来であれば普通の女の子として生きていける時間を…!奪われた…!2年間…ずっと…1人で…やつらの…バーテックスと…散華のせいで…!」

 

風「…っ!」

 

若葉「…四国をバーテックスから守り抜くことが勇者のお役目。それは園子もわかっていた…人類のためだと。園子は…優しい子だ。苦しいときも、いつも笑顔で…だが、散華したこの2年間は…辛酸に値した。園子はもう、肉体的にも精神的にも限界だったのだ。散華から解放されたことで、その積もり積もった鬱憤が爆発し…こんな事態を…!そうだ。私が来たところでなんら変わりはしない…!私は結局…救えなかったっ…!あのときも…!」

 

友奈「そっ…それは違います!」

 

若葉「友奈?」

 

友奈「若葉先輩は、立派にお役目を果たしていたじゃないですか!園ちゃんと一緒にいるっていうお役目を!だから、こんな事態になったのは若葉先輩だけのせいじゃありません!もし先輩がいなかったら、園ちゃんは今よりもっと…もっとひどい事態になっていたはずです!」

 

若葉「友奈…」

 

友奈「だから責めないでください!自分を!」

 

若葉「(…ああ…やっぱり友奈だ。友奈。お前はここにはいなくても、そこにはいるのか)」

 

友奈「…先輩?」

 

若葉「…ありがとう友奈。救われたよ…」

 

友奈「先輩…わかってくれたんですね…」

 

若葉「…だが、なぜ園子が勇者部を乗っ取ろうとしているのか、そして何をしようとしているのか…それは私にもわからない。聞き出そうとしても、うまく誤魔化される。園子のことだから、何か目的があるのだろうが…」

 

風「じゃ、じゃあ、それで樹が狙われる理由は…?」

 

若葉「それは…」

 

樹「ふふ…それはなんとなく、私にもわかりますよ。若葉先輩…あのとき…そのっちさんが、なぜ嶺上開花で勝負を決めにきたか…あなたにはわかりますか?」

 

若葉「…いや?あれは単に、園子が勝てる確信があったからだと」

 

樹「それでも、新ドラが乗らなければ私をとばすことはできません。つまり不確定。ではなぜ、そのっちさんがそんな賭けに出たのか…それは、勝負を早めたかったから」

 

若葉「…?ああ、そうだろうな」

 

樹「勝負を早く終わらせたい…そう思うそのっちさんの気持ちの要因は、どこにあるのか…それが問題です。ですが、答えは簡単。それは『恐怖』という感情…」

 

若葉「恐怖?」

 

樹「人は恐怖にはおそれをなすものですよね。そのっちさんの考え、私にはよくわかります。負けたくないから、勝ちたい。勝って早めに勝負を終わらせて、早く恐怖から解放されたい。だから私を倒そうとする…一刻も早く。そう、そのっちさんが何に対して恐怖していたのか…それは私でした」

 

風「樹に?」

 

樹「うん」

 

若葉「(たしかに、園子はおそれていたのかも知れない…樹の将来性を…突き詰めればそれは、樹の言うように、『恐怖』していたということか…)」

 

風「で、でも樹は麻雀に関しては初心者…」

 

樹「私が初心者だからこそ、得体の知れない何かを私から感じたんじゃないっスかね?」

 

若葉「(自分で言うかそこ…)」

 

風「ビギナーズラック的な」

 

東郷「違うと思います」

 

樹「そのっちさん本人は気付いていないでしょうが…私に対する殺意…焦燥…それを生み出す『恐怖』を消すために、あのとき嶺上開花をして、勝負に出た…」

 

若葉「だが結局は削り切れず、勝機を逃した…というわけだな」

 

樹「はい。つまりここ一番で、私の揺れない心が勝った…そういうことっス」

 

風「(樹…大人になって…お姉ちゃん嬉しいッ!)」

 

樹「若葉先輩の頼み…受けてあげてもいいっスよ。ですが私からも、若葉先輩にお願いがあります」

 

若葉「お願い?」

 

樹「次からの勝負を東風戦に…連荘有りの4ゲームで、終わりにしてもらいたい」

 

若葉「なん…だと…!?」

 

 

 

第十話、完



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第十一話 勿忘草と彼女

「…とうとう、2人だけになってしまったなぁ…」

 

                                       「………」

 

 

眼に映るこの景色は、今まで幾度となく見てきた。

しかし、その景色の彼方にいる『それ』は、今まで見たこともない『もの』だった。

『進化体』よりさらに強力な個体…『完全体』…というものらしい。

 

やつらも、進化しているのか。まるでちっぽけな我々人間をあざ笑うかのように。

あれは倒さなくてはならない。国のためにも、仲間のためにも―――

 

………倒せるのか…?私たちだけで…?

ある予感が、頭の中をかすった。

 

 

「っ!おああああああっーーー!!!!!!」

 

                                       「!?」

 

「(押し殺せ押し殺せ押し殺せ!)」

 

 

無意識の咆哮だった。

その咆哮はまるで、敵の強大さに包み込まれるのを拒絶しているかのような…

 

 

「はぁ…はぁ…!くそっ…!」

 

 

それは、乃木若葉初めての経験であった―――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「今月の話も、なんかすんごいことになっているわね!」

 

東郷「謎が謎を呼ぶ展開ですが…ついに出るんでしょうか?」

 

夏凜「ちょ、ネタバレは止めなさいよ!私まだ読んでいないのに…」

 

樹「来月号まで待ちきれないっス!」

 

友奈「雷撃G’zマガヅンは、毎月20日発売です!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹「みもりんさんの真似しているのかと思いましたよ…」

 

若葉「何の話だ?」

 

夏凜「…すやすや…zzz」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:夏凜の夢の中

 

 

友奈「だっ、誰かー!助けてー!黒い帽子にマントの変質者がー!」

 

国防仮面(神樹様の恵みモード)「へっへっへっ…へい!へい!そこの娘ちゃん、可愛い顔をしているわね♪あたいと一緒に楽しいことやらない?」

 

友奈「変態だーっ!」

 

夏凜「待て待て待てえーっ!」

 

国防仮面「何奴っ!?」

 

夏凜「若い娘に対して何たる無礼!目に入ったからには、見逃すわけにはいかないってえーもんよ!」

 

国防仮面「やいやいやいやい!てめぇーには関係ねぇこった!口出しするんじゃあないわ!」

 

夏凜「とやかく言ってねぇで手を離しな!さ、娘さん。こっちにおいで」

 

友奈「は、はいっ!」

 

国防仮面「おっと!」

 

友奈「きゃっ☆」

 

夏凜「なっ…!かっ…可愛い…!」

 

国防仮面「へへへ…この娘は渡さない…!さぁ友奈ちゃん。家に帰って、一緒に国防仮面のDVDを見ましょう。初回限定版のフィギュアに、お蔵入りNG集もあるのよ」

 

友奈「ひぇー…なんか言っているよ~…」

 

国防仮面「あなたにも神樹様の恵みを受けさせてあげるわ…ふふふふ…」

 

夏凜「野郎…いい加減に…」

 

国防仮面「野郎じゃないわ。それとも何かい?あたいとやろうってのか!?」

 

友奈「気を付けて!一体どんなプレイを強要されるか…」

 

夏凜「…あんたには…この桜吹雪が目に入らないようね…」

 

国防仮面「そっ…!その刺青シールは…!『遊び人の夏凜』…!?」

 

夏凜「まだやるかい」

 

国防仮面「お、覚えていなさいーっ!」

 

 

………………

 

 

夏凜「怪我はないかい、娘さん」

 

友奈「あ、ありがとうございます!お侍様…ぜひ、あなた様のお名前を…!」

 

夏凜「わざわざ名乗るほどの者ではないわ。では、達者で………うっ」

 

友奈「お侍様!?」

 

夏凜「ふっ…さっき登場するときに、足を挫いてしまったらしい…」

 

友奈「…そうだ!私の家においでください。簡単な手当てならできますので」

 

夏凜「恩に着るぜよ」

 

 

………………

 

 

友奈「…はい、終わりました」

 

夏凜「かたじけない」

 

友奈「お侍様、もう日が暮れます。よろしければ今晩は、私の家に泊まっていきませんか?」

 

夏凜「えっ…(ドキッ)」

 

友奈「近頃は、うどんの株価変動の影響もあってか…近辺、あのような輩がたむろするようになったのです。ですが、お侍様が泊まってくだされば安心です。実家はこのとおりカフェーを経営しておりますので、うどんはもちろん…にぼしに、ぼた餅もあります。御代はいりませんので、今晩の宿が決まっていないのであれば、ぜひお泊りになってください」

 

夏凜「いや、拙者は…」

 

友奈「にぼしもありますので」

 

夏凜「…拙者でよければ、世話になる」

 

 

その夜………

 

 

友奈「もぞもぞ…お侍様…」

 

夏凜「ん、どうした?こんな夜分に…まさか賊か!?」

 

友奈「いえ…賊ではございません」

 

夏凜「それではなぜ、拙者の布団の中に入る…?」

 

友奈「…気付いてくださらないのですね…」

 

夏凜「え?」

 

友奈「お侍様…私は、私はあなた様のことが…!」

 

夏凜「や…やめるんだ娘さん!カフェーの娘が、侍となど…!」

 

友奈「私の気持ちは、もう止められないのです!」

 

夏凜「娘さん…!」

 

友奈「今だけは…『友奈』って呼んで」

 

夏凜「あっ…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

夏凜「………ううっ」

 

東郷「あ、夏凛ちゃん。起きたんですね」

 

夏凜「…ふぅ。あれ?今…どういう状況…?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

樹「つまりは、ルール変更です。どちらかの点棒が0になるまで打つのではなく…回数を設定…ゲーム終了時に100点でも点棒が多い方が勝ち…そうしてもらいたい」

 

若葉「…な、なぜだ?」

 

樹「ふふ…」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

夏凜「…ど、どうして樹はあんにゃことを…(寝ぼけている)」

 

東郷「なるほど…いいかも知れないわね」

 

夏凜「にゃ?」

 

東郷「そのっちの点棒はすでに80000点…これを0にすることはほとんど不可能…できたとしても時間がかかりすぎるわ…帰りが遅くなれば学校の先生にも迷惑だし…至難の業…それならあえて、短期戦でイチかバチかの勝負に出るのも悪くないわ…」

 

夏凜「なるほど…」

 

若葉「…だが、いいのか?いくら時間がないとはいえ…お前の点棒はたった500点。それにこの膨大な点差だ…頼んだ私が言うのもなんだが、残り4ゲームではあまりにも少ない…さすがにそれでは園子に逃げ切られてしまうぞ…」

 

樹「いえ…麻雀にセーフティーゾーンなんてありませんよ。それにこの局、そのっちさんは自分の流れを崩してでも勝ちを取りにいきました。しかし、それが結果的に裏目…私は直撃を受けながらも生き残った…これはもう、天が私に味方している証拠。おそらく次の局から、流れは変わる…そう思いませんか?」

 

若葉「…そうか。樹…お前がそう言うのなら、なぜだか安心できる。それと園子もだいぶ疲れているだろうから、もう私の力を使うことはないだろう。頼んだぞ………あうっ」

 

樹「頼まれたっス…!」

 

若葉「………」

 

園子「………くかーっ」

 

風「あ、もう1回起こすのねこれ」

 

友奈「園ちゃん、起きて!」

 

園子「…あれ~?私、寝てました~?」

 

樹「先輩!おはようございまス!グレープフルーツジュース飲むっスか?」

 

園子「…あ!これ、果汁100%じゃないじゃん~飲むけどね~」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

風「樹…水を差すようだけど…無理はしないでよね。アタシは、樹が無事ならそれで…」

 

友奈「でも、500点じゃリーチすら…」

 

夏凜「友奈!あんた…」

 

樹「いいんスよ…もし、私よりそのっちさんが先にあがることがあれば…そのときは『天』が私たちを見放したってことっス。お互い覚悟しようぜ、にぼしさん」

 

夏凜「そっ、そう言われても…樹…!」

 

樹「…ですが、それもすべて配牌次第…もし私にまだ…運が残っているのなら…ありえるっス…逆転の手が入る可能性…!そのときは逆に、私に分があると考えるっス…天の意志が、私に勝てと言っている…!キリッ!」

 

風「(あー、あんなこと言っちゃって~やっぱ樹は可愛いわねー)」

 

東郷「録音しておきましたよ」

 

風「…さすが東郷ね。スキがないわ…あとでデータを…って!なんでニヤケてんの!?」

 

東郷「ところてんで樹ちゃん、次からの具体的な戦略なんだけど…絶一門はどうするの?」

 

樹「あれはもうやめるっス。なんだか待ちを工夫するあまり、窮屈に感じてしまって…」

 

夏凜「そうね。特に今は少しでも点棒を仕入れなきゃいけない状況だし…」

 

友奈「樹ちゃんは、樹ちゃんらしい麻雀をすればいいんだよ!」

 

樹「みなさん…ありがとうございます。絶対、勝ってみせます」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

この時点で、園子80000点。樹500点。

その点差、79500点。もはや絶望的と言っていい大差である。

 

 

風「…よっし、席を変えましょう」

 

樹「え?どうして…」

 

風「気分転換よ、気分転換。それに決着の方法がデスマッチからトップ取りに変わったんだし、東一局から始めるなら席を変えて、仕切り直した方がいいわ」

 

園子「それもそうですね~」

 

友奈「はいはーい!じゃあ席順決めるよ~風先輩から、どうぞ!」

 

風「おっ、悪いわねー。じゃあアタシはー…この牌に決めた!」

 

 

……………

 

 

友奈「結局、私と風先輩の位置が入れ替わっただけでしたね!」

 

風「んっんー!友奈!そういうこと言わない!虚しくなるから!」

 

 

席順も一新し、次より決戦…!

それでいいのか勇者部員…!

 

 

 

第十一話、完



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第十二話 甘野老の色彩世界

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

東は樹、南は風、西は園子、北は友奈。

樹から見て右(下家)が風、正面(対面)が園子、左(上家)が友奈。

 

樹→風→園子→友奈→樹→風…の順番でゲームは進む。

園子80000点、樹500点からスタート。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

勝負開始。東一局。最初の親は樹。ドラ{二}

 

 

東郷「(風先輩のサポートがあるとはいえ、実際のところ状況は厳しい…この点差、ツモあがりや他家からのロンだけでひっくり返るものではないわ。逆転するには、なんとしてもそのっちからの直撃が必要…でも、いざとなれば向こうは守備に徹して自分の点棒を守り切ればいい…そのっちクラスの打ち手が守りに入ってしまったら、直撃なんて取れるはずもない…つまり通常の打ち方では、そのっち攻略は不可能…樹ちゃん…!)」

 

 

東郷の心配をよそに、先に流れを掴んだのは樹。

 

 

風「{中}」

 

樹「ポン!」{中中横中}

 

 

数巡後

 

 

樹「ツモ。中ドラ1、1000点オール」

{二三四⑤⑤⑥⑦⑧78} ポン{中中横中} ツモ{9} ドラ{二}

 

 

風のサポートもあり、樹は軽く中のみをツモあがり。

 

 

東郷「(よし…ひとまず流れはいいようね…あがり手は小さくても、今はあがることが重要…序盤の{中}は、場のリズムを掴むには是非欲しかったところ…これで3500点。ノーテン罰符でとぶこともなくなったわ。何よりこれでリーチ代1000点を支払えるのが大きい…)」

 

 

東一局一本場。再び樹の親。ドラ{五}

 

地獄の淵から帰ってきた樹。

その二度目の配牌は、まるで悪魔と取引をしてきたかのよう…

 

{①②③⑨四發發發中中西西東} ツモ{⑨}

 

 

東郷「(これが樹ちゃんの天運…?すんごい手が入っているわ…!)」

 

樹「(ふふふ…)」

 

 

数巡後、樹は当然の如くこの鬼手をツモあがる。

 

 

樹「くく…来たぜ。PETAりと…」

 

東郷「うおおおっ…!樹ちゃん…♪」

 

樹「さぁ、反撃開始だ。ツモ!」

{①②③⑨⑨⑨發發發中中西西} ツモ{中} 裏ドラ{③}

 

園子「(ううっ…)」

 

 

ホンイツ發中チャンタ三暗刻ドラ1…リーチとツモを合わせて、三倍満である。

並の人間は仮に流れを掴んでも、案外それを活かせない。

しかし、こと樹に限りそれはない。

一度地獄を潜り抜ければ、そこは樹だけの…神の世界…神樹世界(いつきワールド)…!

 

東一局二本場。樹、三度目の親。ドラ{6}

 

 

樹「ツモ…満貫です!」

{③④678三四五五六七八八} ツモ{⑤} ドラ{6}

 

東郷「(よしっ…!いいわよ、樹ちゃん…!)」

 

 

メンタンピンツモドラ1…満貫。

樹、三連続和了。なんの淀みもなく伸びていく手。

樹は自分のリズムを快調に刻んでいく。

これには園子の不調も影響している。

園子は先ほどの霊体能力の使用により体力を消耗。

まだ完全に調子を取り戻せてはいない。

その隙を、樹は見逃さない。

 

流れに任せてあがり続け、樹の点棒は500点から52400点にまで回復。

園子は振り込むことはないものの、ツモあがりされては防ぎようがない。

80000点あった点棒は62700点にまで減る。

遥か遠くにかすんでいた園子の背中に手が届くにまで迫る。

しかし、園子もこれで大人しくなるような打ち手ではない。

狙うはカウンター。園子も静かに機を待っていた。

 

 

東一局三本場。ドラ{2}

 

 

樹「リーチ!」

 

園子「(来たっ…!イッつんは流れに身を任せている…自分が振り込まないツモる流れだと確信すれば、私の捨て牌…明からな染め手と分かっていても我先にとリーチに打って出る…そして、多分その読みは当たっている…ふふ、でもね…)」

 

 

機、熟す。

 

 

風「(樹の待ちは…これかな?)」

 

樹「………」

 

風「(あちゃー…また違ったようね…)」

 

 

風はこの勝負、樹のリーチに対して危険牌を積極的に振り込んできた。

園子の点棒は減らせないが、樹がそれであがれば少なくとも点棒は増やすことはできる。

しかし、前もってお互いにサインでも決めておかない限り、的確な差し込みを行うのは困難。

仕方のないことではあるが、風の思惑はことごとく外れている。

それは友奈も同じことであるが…

 

 

園子「う~ん~…」

 

風「…乃木?」

 

園子「ねぇ、イッつん~…オープンはいいのかな~?」

 

樹「オープン?」

 

園子「2翻役のオープンリーチのことだよ~」

 

 

※オープンリーチ…自分の手牌をすべて公開してリーチをする。

 

 

樹「…どうなんスか?」

 

風「え?…まぁ、認めてはいるけど…」

 

樹「だそうです」

 

園子「なら~、リーチ!オープン!{3}」

 

東郷「(うっ…!)」

 

 

園子手牌…!カン{2}待ち。

{13445566白白白南南}

ズオオオオオオオッ…!

 

 

東郷「(え…?両面待ちならまだしも…ドラのカン{2}待ち…?一体どういうこと?オープンするから、てっきり多面待ちかと思ったのに…)」

 

樹「(しかし、なぜオープン…オープンしてしまったら、待ちが丸わかり…誰も振り込まない。あがれるのはツモか、すでにリーチした人の捨て牌………あっ…!しまった…)」

 

 

{一二三三三③④⑤⑥⑦⑧78}

このときの樹の手、平和のみの安手。{6-9}待ち。

決して悪い待ちではないが、園子の満貫手と勝負できるような手ではない。

流れを離さないようにすべくテンパイ即リーしたのがここで響く。

 

 

東郷「(しかもそれだけじゃないわ。そのっちの捨て牌…リーチ宣言牌の{3}を手中に残しておけば、この形…変則多面待ちや、七対子の手にも受けられたってことじゃない…なのにそれを嫌って、あえてドラの{2}待ちにした…その理由はきっと…)」

{133445566白白白南南} この形から↓

 

{33445566白白白南南} {1}切りで{36南}待ち

{133445566白白南南} {白}切りで{1}単騎待ち

 

 

夏凜「(他で待つよりも{2}で待った方が出やすいと、園子は読んでいるのね。そして、樹のリーチを待っていたかのように追っかけリーチ…何かあるわね)」

 

園子「(ふっふっふっ…ダメだよ…イッつん。いくら流れに乗れているからって、リーチをすれば手牌の変更はできない。つまりリーチは、後の状況変化に対してまったくの無力ってこと…リーチをしてしまえば、たとえそれがどんなに危険だと感じていても…あたり牌以外は切るしかない…!追い抜けるかな?私のカン待ちに…!)」

 

 

樹のツモ番…!

 

 

樹「…!」

 

東郷「(…樹ちゃん?)」

 

 

リーチは天才を凡夫に変える。

 

 

樹「…{2}」

 

園子「イェーイ~!ロン~!オープンリーチ一発ホンイツ白一盃口ドラドラ~…倍満だよ~」

{13445566白白白南南} ロン{2} ドラ{2} 裏ドラ{3}

 

樹「っ…」

 

東郷「い、樹ちゃん!」

 

樹「大丈夫っスよ、みもりんさん…こんなこともある…」

 

夏凜「(裏ドラがもう1つでも乗っていたら三倍満…危なかったわね…)」

 

東郷「(そのっちは{136南}…それらよりも{2}の方が来そうと踏んでリーチした…そこは特に問題ではないわ。問題はその直後!樹ちゃんがその直後に、ロン牌である{2}をツモったこと…いいえ、ツモらされた…?まるでそれが{2}であると、知っていたみたい…まさかそのっち、またあの能力を…?)」

 

園子「うふふ…」

 

若葉「(また『使った』な…園子。もうするなと言ったのに…ここは早く勝負を決めるつもりか…)」

 

 

園子、このカウンターで点棒を再び回復させる。

園子79600点、樹35500点。またもや引き離される…!

 

 

東郷「(何より問題なのは、これで樹ちゃんの親が流れてしまったこと…残りの三局、樹ちゃんがどんなに頑張ったとしても3回しかあがれない。つまり、残りたった3回のあがりでそのっちを上回らなければならない…いえ、残り3回すべてあがれるっていうのも都合が良すぎるわ。そのっちがあがって、更に差をつけられることも…樹ちゃん…!)」

 

風「(樹の親が流れてしまった…とりあえず次局も、アタシが樹に積極的に振り込んでいく感じでいいでしょ。トップとの差は40000点以上もあるんだから、なりふり構ってはいられないわ。樹にはこの勝負、なんとしても勝ってもらわないといけないんだから…!)」

 

友奈「(東郷さんには普通に打っていいって言われていたけど…ここまで来れば、さすがに普通に打つのはダメ…つまり、樹ちゃんを妨害するようなことはできない…樹ちゃん、私もサポートするからね!)」

 

 

 

第十二話、完



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第十三話 白粉花に寄せられて

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹と園子のサシ勝負。

2人の点棒は園子79600点、樹35500点。その点差、44100点。

園子の策略により好調だった樹の親は流され、場は東二局へと移行。

 

 

風「(さて、頑張るぞいっと………む、ドラ表示牌は{東}…つまりドラは{南}か。樹には少しでも高い点数であがってもらいたいこの状況で字牌がドラなんて、ちょっと微妙ね…)」

 

樹「………勘違いっス」

 

風「樹?」

 

樹「お姉ちゃん、1トンずれてるよ。賽の目は11なのに、12で区切ってる」

 

風「え?…ああ!ごめんごめん。ってことは、ドラ表示牌は{東}じゃなくて…隣の{⑤}!つまり、ドラは{⑥}!」

 

夏凜「まったく。姉の方が取り乱してどうすんのよ…」

 

東郷「(落ち着いている…こんな絶望的な状況なのに…樹ちゃん、何かアテがあるの?)」

 

 

東二局。親は風。ドラ{⑥}

 

樹の配牌…

{一三①②⑤1444667北} ツモ{南}

 

 

東郷「(強力な手が欲しいときにこの配牌…しかも、ツモも平凡…手が安め安めにいく…)」

 

 

数巡後、樹、{4}切りでテンパイ。

{三四五①②44446667} ツモ{③}

 

 

樹「………」

 

東郷「(張ったわ…でも、ただそれだけのこと。この手、リーチをしないと役がないわ。このままでは安い…ここはもう少し手替わりを待って…)」

 

樹「カン」{■44■}

 

風「新ドラは…ややっ…!」

 

園子「え?」

 

 

新ドラ表示牌は{3}。つまり、カンした{4}4枚がそっくりドラに。

 

 

樹「ふふ…いいドラっスね…そのっちさん」

 

園子「(まだ流れはイッつんにあるみたいだね…)」

 

東郷「(さすがの樹ちゃん、古今無双のてんてこ舞いね…役なしのゴミ手が、あっという間にドラ4内臓の黄金手…!満貫確定!リーチしてツモれば跳満…この{5-7-8}の三面待ちなら、引けないはずがないわ)」

{三四五①②③6667} カン{■44■} ツモ{東} ドラ{4} {東}切りで{5-7-8}待ちテンパイ

 

樹「リーチ!{7}」

 

東郷「(えっ…?)」

 

 

樹、嶺上牌で引いてきた{東}単騎待ち。

{三四五①②③666東} カン{■44■}

 

 

東郷「(おっ、お馬鹿…!なぜ三面待ちを捨てるの?なぜ…三面待ちを蹴って、{東}単騎?しかも{東}はすでに場に2枚切れている、地獄待ち…!そのっちからの直撃を取るためなの?でも樹ちゃん、そのっちはそんな手に引っかかるような甘い打ち手ではないわ。三面待ちであっても地獄待ちの字牌単騎であっても、防御重視のそのっちは決して振り込まない。それなら、ツモれる可能性の高い三面待ちの方がいいはずなのに…それを…)」

 

夏凜「(と、東郷…{東}ってたしか…)」

 

東郷「(あっ、そういえば…この局の始め、風先輩が間違ってめくったドラ表示牌…それは{東}!そして{東}は捨て牌に2枚、さらにドラ表示牌の隣に1枚あるから合計3枚…つまり、この{東}待ちはカラ…!あがれる可能性は無し…!この土壇場でなんて過ち…!)」

 

樹「………」

 

東郷「(…いえ。あの樹ちゃんに限って、そんな過失をするわけがないわ。樹ちゃんのことだから、何か考えがあるはず…考えられるのは、次々の嶺上ツモがあの{東}ということ。誰かがカンをしたうえで、樹ちゃんが4枚目の{6}を引き当ててカン!嶺上開花でツモあがりという可能性。だけど、4枚目の{6}はすでに捨てられている…その芽はないわ。

残るは誰かがカンを2回して、あの嶺上牌にある{東}を打ってくるという可能性。そのっちはもちろんしてこないだろうけど、風先輩か友奈ちゃんが援護でカンをしてくるかも…でも、それも期待薄。なぜなら、カンをするには同じ牌を4枚集めないといけないし、それを2回もするということは…それだけ、そのっちの手にドラを乗せる危険性がある。樹ちゃんの待ちがわからない2人は、そんな危険をわざわざ冒しはしないでしょう。つまり絶無…あの{東}は、決して河には放たれない…!)」

 

園子「{南}」

 

東郷「(また現物…リーチ後のそのっちの捨て牌はすべて現物だわ。それはつまり、守りに入ったということ。仮に{5-7-8}の三面待ちでも、{東}単騎でも、そのっちからは出なかったでしょうね…樹ちゃんがリーチとなれば、あとは徹底的に降りるだけ。ただ逃げるだけの、楽な麻雀…)」

 

 

否!実は園子は苦しんでいた。

楽な麻雀だと感じるのは、すべてを知っている傍観者の発想。

園子にはドラ4が見えている。樹のリーチはただただ不気味。

 

 

園子「(張った…でもこの手、あがってもしょうがないよね。現物があるうちは現物っと…)」

{5558889四四六八中中} ツモ{七} {9}切りで{四中}待ちテンパイ。

 

 

数巡後

 

 

園子「(うっ…カン材(4枚)が2組も…悪い流れ…ベタオリしようってときに、こう牌が重なっちゃ苦しいよ~…カンをして嶺上牌に安牌を求めることもできるけど、もし危険牌を引いたら、ただイッつんにドラを乗せただけってことも…安牌かどうかの確認をしようにも、体力的にわかちゃんの霊体能力はもう使えないし………ん?んん…?待てよ~…)」

{55558889四四八中中} ツモ{8}

 

東郷「?」

 

園子「(とりあえず、これが最後の現物…残るはあと1巡。これで終わり…!)」

 

 

次巡、園子のツモ。

 

 

園子「(また危険牌…ふふ…でも私には、最後の最後に秘策がある…!ここだけの話、とっておきのウルトラCってやつだよ~!)」

{555588889四四中中} ツモ{3}

 

東郷「(そのっち…?)」

 

園子「カン~!」{■55■} 新ドラ{白}

 

東郷「(えっ…?カン?)」

 

園子「(嶺上ツモは…これもイッつんに通っていない牌…ならもういっちょ…)」

{388889四四中中} カン{■55■} ツモ{④}

 

東郷「(…え?)」

 

園子「カンカン~!」{■88■} 新ドラ{①}

 

東郷「(なっ!こ、これは一体…?)」

 

園子「(嶺上牌…!そう、欲しかったのはこの{東}…!これはこの局の始めに誤って見えた牌。このことはイッつんも覚えているはず。なら、場に2枚捨てられ、ヤマに眠っているこの{東}でイッつんが待つはずがない…!しかもカンを2回したことによって、イッつんのラストツモも消した…ツモはゆーゆで終わる…一石二鳥だっ…!)」

{39四四④中中} カン{■55■■88■} ツモ{東}

 

東郷「(そっ、その牌は…!まさか!)」

 

園子「{東}~」

 

夏凜「…お、おお…!」

 

東郷「(あり得ない…絶対に出ないと思われた{東}が…{東}が飛び出してきた…樹ちゃんは、これを察していたとでもいうの…?)」

 

樹「…ふふ…」

 

園子「?」

 

樹「タロットカードで例えるなら、そのっちさんは『愚者』のような人物…生半可なことでは、その天才から点棒はむしれない…つまり『理』ではダメ…『理』では動きを読まれてしまう。そんなトリックスターを捕まえるには、別の力を使うしかない」

 

東郷「別の力?」

 

樹「つまり、『偶然』という力です。これはそのっちさんだけに限らない。誰しも『偶然そうなる』ということに無防備…その旅人の足は、偶然によって止まる…!」

 

園子「イッつん…何を言って…」

 

樹「それだ…そのっちさん…ロン…!」

{三四五①②③666東} カン{■44■} ロン{東}

 

園子「…え?とっ…!{東}単騎~…!?」

 

友奈「す、すごい…!」

 

風「い、樹ぃー♪」

 

東郷「(吸い込まれた…!そのっちの徹底した守備…理が、樹ちゃんの偶然に…!)」

 

樹「ドラ、裏表合わせて7か…リーチを加えて、倍満16000点」

{三四五①②③666東} カン{■44■} ロン{東} ドラ{4①四五}

 

園子「ぐうっ…!」

 

東郷「(2つの偶然…誤って見えた{東}と、そのっちの2回のカン。樹ちゃんは{東}を待っていたというより、対子場による牌の偏り…その結果生じる、そのっちのカンを待っていた…つまり、偶然の機会を待っていた…)」

 

 

まさに、別領域からの刃…!

人は理で避けられても、偶然までは避けられない。

理に頼る人間は、理であることに無防備…必ず殺せる…

樹の手にかかれば、その人の心理や状態…すべてが映し出される…!まるで鏡のように…

なぜなら樹は、『心の痛みを判る人』だから…

 

 

樹の倍満直撃…!

これにより、樹は一気に園子に迫る…!園子63600点、樹51500点。

 

 

園子「ちょ、ちょっとトイレ…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:女子トイレ

 

 

園子「………はぁ…」

 

若葉「大丈夫か?園子…だいぶ、詰め寄られたが…」

 

園子「え?うん…大丈夫だよ。あんなあがりは、一度だけ…次は私の親だし、そこでまた引き離せばいいんだよ。まぁ…流れはイッつんにあるようだけど…私はそのことよりも、イッつんの親…それがもう来ないことの方が大きいと思う…」

 

若葉「そうなのか?」

 

園子「私との点差は10000点ほどしかないけど、連荘を狙えないこと…それはイッつんにとって厳しいはずなんだよね。イッつんの親はもう終わったから、イッつんがあがれる回数はどう見積もっても残り2回。つまり安手であがるだけじゃ、点数的にも無理がある。どうしても高めの手作りと考えないといけないよね」

 

若葉「ああ」

 

園子「逆に私は、次の親で連荘して稼げるし~、仮に親が流れてオーラスのゆーゆになったとしても、点棒がイッつんを越えていれば安手で流して逃げ切れる。ふふ、短期決戦でこの差は大きいよ~」

 

若葉「そうか…園子がそう言うのなら、何も言うまい…」

 

園子「うん…信じて…」

 

若葉「(だが、私にはわかる。園子は無理をしている…2回も霊体能力を使ったのだ。相当疲労が溜まっているな…それゆえに、ますます理に頼ろうとしている…麻雀とは偶然や、不確定要素の大きいゲームだ。『絶対』なんて保証、ありはしない。

それでも園子は自分の理で、大赦の打ち手をこれまで何人も打ち破ってきた。つまり、ここに来て頼るのは己の理しかない。しかし犬吠埼樹という、理だけでは太刀打ちできない相手が出てきてしまった…だから園子は、あれほどまでに樹に追い詰められている…)」

 

園子「うっ」

 

若葉「園子!?」

 

園子「だ、大丈夫…ちょっと、めまいがしただけ…」

 

若葉「(…園子を倒してくれとは言ったが、ここまでしろとは言っていないぞ…樹…!)」

 

 

 

第十三話、完



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第十四話 水仙を選ぶ

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

東郷「あっ、『ゆユゆ』のスタミナ消費しないと…ピコピコ…」

 

友奈「好きだねー東郷さんも」

 

樹「(LANEでメッセージ送りつけて妨害してやるっス!)」

 

東郷「むむっ…これは…樹ちゃん…『らぶゆ~』って…」

 

樹「なんでもないっスw」

 

園子「戻ったよ~」

 

樹「さて…始めましょうか。東三局」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

勝負再開。

東三局。親は園子。{ドラ三}

 

 

園子「(配牌は………よし、安いけど軽い手だ。ツモもいい…今この場で、強力な手は要らない…サッとあがる。要はイッつんが何かを仕掛ける前にこっちが先にあがっちゃえばいいんだよ~!なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう~)」

 

 

数巡後

 

 

園子「よぉ~し来た!ピンヅモドラドラ~、2600点オール~」

{三三五六①②③④⑤⑥123} ツモ{七} ドラ{三}

 

 

東三局一本場。ドラ{5}

 

 

友奈「{⑧}」

 

園子「ロン~!タンヤオ一盃口ドラ1、一本場で6100点~」

{二二⑥⑥⑦⑦⑧345666} ロン{⑧} ドラ{5}

 

 

園子、二連続和了。園子77500点、樹48900点。

樹への直撃にはこだわらない。とにかくあがって連荘し、点棒を増やす。

 

 

園子「(ふふ、なかなかにいい流れだよ~…この勝負、私はもうイッつんとはぶつからない。スピードのみを優先!それが今の私にとってはベスト…誰よりも最短距離を駆け抜ける~…!)」

 

若葉「(だがリーチは保留か…無理もない。園子が怖いのは、樹への振り込みのみ。それならば、手替わりができなくなるリーチは当然できない。それにダマテンで張ることにも意味はある。テンパイの有無を教えないということは、周りにのびのびと打たせることになるが、裏を返せば、それは警戒されないということ。万が一、樹からロン牌が出れば更に差を広げられる…その可能性も信じてのダマテン…手は高くはならないが、ここはこれでいい…さすが園子………って、褒めてどうする。この勝負、樹にはどうしても勝ってもらわなくてはならないというのに…)」

 

 

若葉は、ノリツッコミを覚えた。

 

 

東郷「(まずいわね…そのっちが調子を取り戻しつつある…)」

 

風「(このまま連荘が続けば差が開く一方…こうなったら…!)」

 

園子「~♪」

 

風「(頼んだわよ、友奈…樹は調子が悪いようだし…ここは私があがる!)」

 

友奈「(任せてください…!)」

 

 

東三局二本場。園子、三度目の親。ドラ{九}

 

 

友奈「{中}」

 

風「ポン!」{中横中中}

 

樹「{七}」

 

風「チー!」{横七八九}

 

園子「(…開き直ったのかな?この土壇場に来て…役は萬子のホンイツ?一見、ただの悪あがきにしか見えないけど、それでも私の足止めはできる。つまり、私の手の中にある萬子と字牌…これらが切りにくくなった…さすがにまだテンパイにはなっていないだろうけど…)」

 

友奈「(風先輩、園ちゃんから萬子と字牌を縛った…だけどこの局の目的は、園ちゃんから直撃を取ることじゃない…次の親を、私に回すこと…!私から振り込んでもこの親は流れる…幸い、私の手には萬子がまだまだある。いつでも振り込めますよ、先輩…!)」

 

樹「………はぁ…」

 

 

樹の手牌は悪い。

風の鳴きが流れを歪めたのか、それとも園子に流れが傾いてきているのか…

 

 

樹「(手牌が形になってこない…とりあえずこの局は、そのっちさんの現物を切るか…)」

 

 

10巡目

 

 

園子「{1}」

 

風「…ロン!」

 

園子「…へ?」

 

風「中チャンタ三色ドラ1…二本場で8300点」

{⑦⑧⑨7891} ポン{中横中中} チー{横七八九} ロン{1} ドラ{九}

 

友奈「(こ、これは…!)」

 

若葉「(萬子のホンイツではなく、チャンタ三色…だと…?なるほど。序盤の鳴きは、ホンイツに見せかけたチャンタ!萬子のホンイツを匂わせたのなら、筒子や索子の端の牌は、タンヤオ狙いの園子からは最も出やすい牌…そこを狙ったのか…!)」

 

友奈「(てっきり萬子のホンイツかと思っていました!風先輩、さすがです!)」

 

園子「くっ…」

 

風「(とりあえず連荘を阻止することはできた…樹、お姉ちゃんにできるのはここまでよ…)」

 

東郷「(よし…残るはオーラスね…)」

 

 

東四局。オーラス。親は友奈。ドラ{⑦}

園子69200点、樹48900点。

その差、20300点。樹は跳満を園子から直取りすれば逆転である。

 

 

東郷「(…普通に考えれば、厳しい大差ね。この20300点という点差…逆転には跳満の直撃が必要…でも、そのっちもそこだけは心得ていて、直撃だけは慎重に避けてくる。いざとなれば徹底的に降りるだけ。つまり、通常での戦いでの勝ち目はすでにない…だからここで求められるのは、ツモあがりのみ!言うならツモで倍満や役満が成るという奇跡。通常の波高を遥かに超える高波…百に一度のα波…!そんな強運で勝つしかないわ…)」

 

 

樹の配牌…!

{三四五五①③③⑦⑧1北西西}

 

 

東郷「(うっ…なんてつまらない配牌…艶がない…高波の予兆なし…)」

 

 

その樹の第一ツモ。

{三四五五①③③⑦⑧1北西西} ツモ{西}

 

 

東郷「({西}…!いやん…オタ風の暗刻なんて最悪…!これでは平和もタンヤオも付かない…つまりこの手の未来はもう安手と決まったようなもの…樹ちゃん…!)」

 

 

否!そうではなかった。

実はこの{西}引きこそ予兆…通常の波高を遥かに超える高波…百に一度のα波…!

 

3巡目、樹手牌…

 

 

樹「………」

{三三四五五③③⑦⑧北西西西} ツモ{三}

 

 

東郷「(…わずか3回のツモで、強烈に匂い立ったある役満…!あと2つ…!)」

 

 

8巡目、樹手牌…

{三三三四五五③③⑦5西西西} ツモ{③}

 

 

東郷「(三暗刻…!なんて流れ…やっぱり樹ちゃんはすごい…常人の計りを遥かに超えているわ…!でもこうなると問題になるのが、そのっち…)」

 

風「{八}」

 

園子「チー!」{横八七九}

{■■■■■■■} ポン{九九横九} チー{横八七九}

 

東郷「(もう2鳴きもして、生牌打…役は萬子のホンイツかチンイツ…樹ちゃんの手、まさにここからが正念場。この四暗刻、絵に描いたぼた餅か…それとも…)」

 

樹「…!」

 

 

10巡目、樹、四暗刻テンパイ…!

{三三三四五五③③③5西西西} ツモ{五} {四か5}切りでテンパイ。

 

 

東郷「(うおおっ…来たっ…!四暗刻テンパイ!しかもツモは理想的{五}…これでロンあがりでも四暗刻を確定できるわ…ここは、そのっちには多少危険でも{四}切り。とりあえず{5}で受けて、より理想的な単騎待ちへと移行。それが常套…)」

 

樹「リーチ…!{5}」

 

東郷「(え?リーチ?しかも{5}切りの、多面待ち…!リーチするならせめて、四暗刻が確定する{四}切りの、{5}単騎待ちでしょ…!)」

 

樹「オープン」

 

東郷「(は…?)」

 

樹「オープンリーチ、{二-三-四-五-六}待ち…!」

{三三三四五五五③③③西西西}

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

園子「…オープン?」

 

東郷「(あああ…樹ちゃん!どうして?このオーラスが最後かも知れないのに…どうしてっ…!?こうなるともう、何が何やら…)」

 

夏凜「東郷」

 

東郷「夏凜ちゃん…」

 

夏凜「不思議に思うことはないわ、東郷。これは樹の『理』なんだから」

 

東郷「樹ちゃんの…理…?」

 

夏凜「樹の読みは独善的で断定的。しかも樹は、ああ見えて一度決めたことは決して曲げない性格。その判断の見切りがあまりにもバッサリだから、私たちトーシロには…それが奇異に見えるのよ」

 

東郷「え、ええ。で、でも…あの打ち回しは…」

 

夏凜「話は簡単よ。もう場は10巡目…仮に園子がすでに張っているとして、その待ちが{四}だとわかっていたら…東郷はどうする?」

 

東郷「…切らないわね。絶対に」

 

夏凜「そうよね。待ちがはっきりと見えてしまったら、当然{四}は切れないわ。切ったらロンされるんだからね。鳴きと捨て牌から見て、園子は明らかな萬子の染め手。なら、ロンされる危険がある{四}は切れない。そう樹は踏んだ。そして自分の手は役満の四暗刻。これ以上の高目も望めないし、{四}が切れなくて手替わりもできない。なら、リーチにいってもおかしくないわ」

 

東郷「そ、それはわかるけど…なにも、オープンする必要はないわ。リーチには相手の足止めを狙う効果もあるけど、跳満以上の直撃が必要なこの場面でオープンしてしまったら、そのっちは決して振り込まない…」

 

夏凜「…たしかにオープンをしてしまったら、園子は振り込まないわね。でも、園子が振り込まないこと…それ以上のあまりある効果があのオープンに含まれているのよ」

 

東郷「あまりある効果…?」

 

夏凜「あれは、園子から直撃を取るためのものじゃないってこと。つまりオープンは脅し…風や友奈から手中を引き出すためのね…」

 

東郷「風先輩や友奈ちゃんから…?」

 

 

夏凜の推察は半分当たり、半分外れていた。

このときの園子、{一-四-七}待ち…!樹の読み的中。

{二三四五六八八} ポン{九九横九} チー{横八七九}

 

 

園子「(四暗刻オープンリーチって…めちゃくちゃするな~…)」

 

東郷「どういうこと?」

 

夏凜「オープンすれば待ちは明白になるから、通常のオープンリーチでは誰も振り込んだりしてくれないわ。オープンする場合、自分があがれる可能性はツモくらいしかないけど、味方がいるときは別よ」

 

東郷「…わかったわ!樹ちゃんの狙いは、風先輩か友奈ちゃんからの差し込みね!役満の32000点なら、そのっちから直撃を取らなくても逆転できる…!」

 

夏凜「ふふ、そういうこと☆」

 

風「{①}」

 

東郷「(えっ?)」

 

 

東郷の思惑は外れ、風…振り込まず。

 

 

東郷「どっ、どうして…(キレそう)」

 

夏凜「お、落ち着いて…うーん。ここら辺はちょっと難しいのよね…」

 

東郷「?」

 

夏凜「園子が{四}で待っている可能性が高いってことは、さっきも言ったわよね。もし風が{四}を持っていて、それを樹に差し込んだとしても…席順的にあがれるのは樹じゃなくて頭ハネで園子。その可能性があるから、軽率に{四}は差し込めないのよ。今の風はきっと、こう考えているんじゃないかしら…『振り込むのは、もう少し乃木の様子を見てから…』ってね」

 

東郷「そんな………あっ!でも、友奈ちゃんからの差し込みなら…!」

 

夏凜「…ええ。友奈からの差し込みなら頭ハネはないから100%通る。そこは安心していいと思うわ。あと、樹の待ちは他にも{二-三-五-六}と4種類。つまり{四}以外でもあがれるけど、この場面…{四}以外の選択肢はないわ。なぜなら、それ以外の牌であがったとしても、オープンリーチ三暗刻で満貫止まり…園子は越えられないからね…」

 

東郷「いくら役満を張っても、あがれなければ意味がないってことね…」

 

夏凜「そうでもないわよ。樹には風と友奈の差し込みがあるんだから、実質3回のツモが可能ということ…そのスピードを考えるとこの勝負、樹が有利ね…!」

 

 

{四}は園子が1枚、樹が1枚使っている。

つまり樹の四暗刻完成に必要な{四}は、残り2枚…!

 

 

 

第十四話、完



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第十五話 夕顔の角度は

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹の四暗刻オープンリーチ…!

果たして、樹の狙いとは…?

 

 

園子「(まずいよまずいよ~!イッつんは流れを失いつつあると思っていたのに…ここで四暗刻なんて…!イッつんに四暗刻をあがられちゃったら、今までコツコツ稼いできた20300点差…これが一発でひっくり返っちゃう…!)」

 

 

園子手牌…

{二三四五六八八} ポン{九九横九} チー{横八七九} ツモ{西}

 

 

若葉「(意図的かどうかはわからないが、あの場で差し込まれなかったのはラッキーだったな)」

 

園子「(うん。でも問題ないよ。{二-三-五-六}が出たとしても満貫止まりだし、役満になっちゃう{四}が出たとしても、私は頭ハネで止められるし~)」

 

若葉「(そ、そうなのか。私の時代には頭ハネではなくダブロンが基本だったからな。うっかり忘れていた)」

 

園子「(さて、問題はゆーゆ…もしゆーゆが{四}を持っていれば、それを差し込まれて終わりだ…それを阻止するには~………)」

 

若葉「(…園子?何をする気だ?)」

 

園子「フーミン先輩。この麻雀、オープンリーチに振ったらどんな手牌でも役満なんていう…そんな取り決めはしていませんよね?」

 

風「え?…ええ。そんな決めはないわ」

 

園子「(なら…差し込んじゃえ…!)」

 

若葉「(あれ…おかしいな。オープンへの意図的な差し込みは、西暦では役満扱いだったはず…たしかに、神世紀に移行してから300年余も経過しているうえ…麻雀自体、ローカルルールの多いゲームだ。多少ルールに違いが見られても不思議ではない…が、それを考慮したとしても、同地域にこれほどまでにルールの差が表れるものだろうか?)」

 

園子「?」

 

若葉「(………考えたくはないが、西暦から神世紀にかけて何らかの文化的・社会的・宗教的変化・革命が起こったに違いない。現に、西暦の日本では宗教の信仰は自由だった。だが、園子たちの住む神世紀では信仰の自由すらない。なぜなら宗教がたったひとつしか存在しないからだ。

それは神世紀では普通なのかも知れない。だが、我々西暦時代の人間から見ればこれは異様…これも大赦によるものなのか?やはり西暦から神世紀に移り変わった300年前に何かが…何か黒い革命が起こったとしか思えん)」

 

園子「(………ま、いっか…)」

 

若葉「ぶつぶつ」

 

園子「ん~、これかな~?{二}」

 

樹「…え?」

 

 

ざわ…

 

 

東郷「{二}…!?こ、これは樹ちゃんの{四}以外のあたり牌…!まさか、これも樹ちゃんの狙い?」

 

夏凜「そう。まさか樹も本気で四暗刻をあがれるなんて思っちゃいないはず。本当に樹が欲しかったのは、絶対に出ないと思われていたサシウマ相手からの直撃…この四暗刻は言うなら、この{二}を園子から引き出すためのものだったのよ…!」

 

東郷「で、でも夏凛ちゃん?そのっちだってお馬鹿じゃないわ。樹ちゃんの手、オープンリーチ一発三暗刻で満貫8000点止まり…逆転する跳満には、裏ドラを乗せる必要がある…」

 

夏凜「きっと樹には、裏ドラへの読みがあるのよ」

 

東郷「裏ドラが乗れば樹ちゃん。乗らなければそのっち…ということね」

 

夏凜「ええ。これは園子にとっても、危険な賭けだと思うわ」

 

 

しかし、園子…

 

 

園子「(ふふふ…期待しても無駄だよ。今回のドラ表示牌は、偶然私が積んだヤマ…私が積んだとき、裏ドラにあたる下の段には索子が多めだった。私の記憶が正しければ、あの位置の牌…あの裏ドラにあたる牌は{1}…!萬子と筒子と字牌で構成されているイッつんの手牌にドラは乗らない…手は満貫止まり。私には届かない…!)」

 

 

園子クラスがその気になれば、自分が積んだ牌の位置を記憶するくらいなんでもない。

事実、このときの裏ドラ表示牌は{1}…園子の読み的中…!

 

 

樹「………」

 

園子「どうしたの?はやく裏ドラめくりなよ~」

 

樹「寝ぼけるな。続行っスよ。ケチな点棒拾う気なし…!」

 

園子「…は?」

 

 

ざわっ…!

 

 

東郷「うぃ、樹ちゃん…!」

 

夏凜「樹…!まさか本気で…」

 

樹「本気と書いてマジと読むくらい本気っスよ。そのっちさんは今、手を崩してまで私に差し込んできた。この取引が成立すると勝手に思い込んで、闘う手を降ろしてきたってことっス…つまり、今のそのっちさんの手は闘う形になっていない」

 

東郷「そ、そうだとしても…裏ドラ…」

 

樹「…みもりんさんの言う通り、裏ドラが乗ればこの勝負…逆転できるっス。でも、そうだとしたら…何か妙なことに気付きませんか?」

 

東郷「妙…?」

 

樹「よく考えればわかります。そのっちさんは私のオープンリーチに対して、逆転される可能性があるのにわざわざ差し込んできた…しかもリーチ一発も付くこの巡目で差し込んできたのです。ということは、そのっちさんに裏ドラへの読みがないということ…それもかなりの高確率で」

 

夏凜「(たしかに…樹の言う通り冷静に考えれば、園子のことだし…あり得なくはないわね)」

 

樹「今までの戦いからわかるように、そのっちさんの戦術はマイペースでオーソドックス…そして合理性を重んじる性格。ですから、自分が圧倒的に優位な場面でこんなイチかバチかの勝負はしてこない。それを考えれば、あの{二}…客観的に見ずとも、あれはミエミエの差し込み。勝ちへの確信から放たれた…罠…!枯れた考え…」

 

園子「うっ…」

 

樹「なら、進みましょう…そのっちさんが退いた分、前へ…この四暗刻で…刺す…!」

 

 

空振る園子の思惑。樹の妥協なき戦い。

樹は、じわじわと園子に迫る…!

 

 

園子「(四暗刻オープンリーチ…それだけでも考えられないのに、私からの差し込みを見送るなんて…たしかに、裏が乗らないと逆転はない。裏ドラへの読みが、本当にないってこと…?つまりイッつんは、本気で四暗刻を引きあがる気…!?)」

 

夏凜「…まぁ、樹の考えもわからないわけじゃないわ。裏ドラ自体、狙って乗せることは不可能だし…通常の麻雀でも乗る可能性はかなり低い。それなら、ツモあがりに賭けてみるのもいいかもね…」

 

東郷「で…でも、もしあがり切れなかったそのときは、そのっちからの直撃…つまりは逆転の機会を逃したという最悪の結果だけが残るわ…この局、もしそのっちの方が先にあがってしまったら、それこそ取り返しのつかないことに…樹ちゃん…!」

 

 

園子からの差し込みを見送ったことにより、それ以降は{二}以外のロン牌…当然{四}が他家から出たとしてもロンではあがれず、すべてフリテン扱いとなる。

つまり、風や友奈からの差し込みでもあがることはできなくなった。

樹は、ツモあがりにすべてを賭ける…!

 

 

数巡後

 

 

園子「(萬子が引けなくなった…イッつんに無理に差し込んだことで、順調だったツモに影を差したのかも…ここまではイッつんの思惑通り…)」

 

樹「{二}」

 

園子「(今度はツモあがりを見逃した…あくまで四暗刻狙いか…)」

 

友奈「{④}」

 

園子「(手出しの{④}…もうすぐ流局だし…ゆーゆも張ったかな?このオーラス、親はゆーゆだから、あがられても流局テンパイになっても連荘は確定…またイッつんとぶつかることになる…)」

 

 

次巡、園子のツモ。

{三四五六八八⑤} ポン{九九横九} チー{横八七九} ツモ{六}

 

 

園子「(来たぁ…!理想の{六}!これでテンパイ復活…{六-八}のシャボ待ち!盛り返した…!さぁ、後悔させてあげるよ~その馬鹿げた闘牌…!)」

 

 

園子は手中の{⑤}を切り、テンパイ。しかし…

 

 

園子「{⑤}~」

 

 

ロン…

 

 

園子「え?」

 

友奈「白一盃口ドラ1、5800点だよ」

{四四778899⑥⑦白白白} ロン{⑤} ドラ{⑦}

 

園子「…!」

 

 

友奈への振り込み。

園子は樹にのみ注意が行っているため、必然的にサシウマ相手以外へのガードは弱くなる。

前局でもその弱点を突かれ、風に8300点を振り込んでいる。

 

 

若葉「(周りが見えているようで、見えていない…友奈の捨て牌…直前に捨てられた{④}の側などもろ本命…強気にテンパイへ向かったのはいいが、逆に墓穴を掘ってしまったな…一体どうしたというんだ…園子、お前の麻雀のステップはもっと軽かったはずだ)」

 

園子「(…いや、これはこれでいいんだよ)」

 

若葉「?」

 

 

このとき、園子は心底震えていた。樹の強運、友奈の強運に…

友奈の手牌…一見単なる凡手だが、その中にキラリと光る{四}2枚。

樹の四暗刻成就のキー牌、その最後の2枚を友奈が握っていたのである。

 

 

園子「(イッつんに差し込まなかったら負けていた…危ない危ない…ふふ、でも今回ばかりは私の強運が勝ったよ。勝負は次局…まさに九死に一生だよ~)」

 

若葉「(悪運強いな…)」

 

東郷「(さすがよ友奈ちゃん。やっぱりゆうみもね。これで点差はさらに縮まったわ…!)」

 

 

園子は友奈に5800点を振り込み、63400点、樹は変わらず48900点。

その差14500点。樹は園子から満貫を直取りするか、跳満をツモれば逆転である。

 

 

 

第十五話、完



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第十六話 向日葵白昼夢

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹と園子…その熱く長い闘いも、いよいよ終焉を迎えようとしていた。

 

 

園子63400点、樹48900点。

東四局オーラス一本場。親は再び友奈。ドラ{中}

 

 

園子手牌…

{四七八③③④⑤⑥⑨99中中}

 

 

園子「(うーん、あまりいい配牌とは言えないかな。どうせならもっと早くて軽い手がよかった…でも、今そんな我儘は言っていられない。私が振り込まなくても、イッつんに跳満をツモられたら負けるんだ。私も攻めないと…!)」

 

 

樹手牌…

{二二①⑧⑧⑨388白南北北}

 

 

東郷「(最悪の配牌ね…テンパイできるかどうかも怪しいわ。対子が多いのが唯一の救いとはいえ、このオーラス…樹ちゃんの手が遅いとなれば、そのっちも本気で攻めてくる。この重い手からどうすれば、そのっちが振り込むような満貫手になるの?時間的にも、この局で勝負を決めるしかないのに…樹ちゃん…!)」

 

 

しかし、落ち込んでいても始まらない。この最終局面で樹…攻める…!

それは園子も同じ。曲げずに、まっすぐ攻める…勝つために!

ここぞという場面で、勝つために決して曲げてはいけないもの。

 

樹は天賦の感性。園子は自身の経験。

2人とも、己を信じる心…それを決して曲げない。

己を信じられずしてどうして敵に打ち勝てようか。

樹も園子も、共にそういう流れを感じている。

 

 

5巡後

 

 

友奈「{⑧}」

 

樹「ポン!」{横⑧⑧⑧}

 

若葉「(あの鳴きに、あの捨て牌…筒子のホンイツかチンイツ。まずこれが本線だろうな)」

 

園子「(…どうかな。イッつんのことだから、これが囮ってことも十分あり得るよ。決めつけるわけじゃないけど、他の色にも注意は払うべきだね…)」

 

若葉「(そうだな。しかし、鳴きが入った手への振り込みはさほど痛くない。手が高くなりにくいからな…鳴きを入れたうえで、ある程度点数を高くしようとするならば、役はかなり限定されてくる。それか、ドラを抱えるかだが…)」

 

 

しかし次巡…

 

 

園子「{二}」

 

樹「ポン!」{二横二二}

 

園子「(えっ?)」

 

樹「…ふふふ…」

{■■■■■■■} ポン{横⑧⑧⑧}{二横二二}

 

 

ざわっ…

 

 

園子「(筒子の染め手じゃなくて、対々和なの…?通常、対々和で満貫を狙うのなら一色に染めるかドラを絡ませることは必至…今の鳴きで染め手の線が消えたってことは、ドラ抱えのようだね。もうドラの{中}2枚は私が使っているから、イッつんの手には多くても{中}が2枚…もし2枚とも持っていれば、トイトイドラドラで満貫…)」

 

 

しかし次巡、園子のツモ。

{八八①③④⑤⑥⑦799中中} ツモ{中}

 

 

園子「(3枚目の{中}…!これでイッつんのドラ2枚の線も消えた…ってことはイッつんの手は対々和のドラ{中}単騎待ち!満貫以上を狙うのなら、これで決まりか…よしよし)」

 

風「{白}」

 

友奈「ポンっ!」{白横白白}

 

 

友奈、風の{白}を鳴き、{中}打。

 

 

園子「(ゆーゆも役牌抱え…この局もあがりに賭けているようだね。今の鳴きでゆーゆが切ったのは{中}。これで私の手牌と合わせると4枚目…イッつんの手にドラはない…)」

 

 

さらに園子、友奈の{中}をカンせず見送る。

自分がまだテンパイに至っていないこと、そして樹に新ドラが乗る可能性があること。

この2つがカンを見送った大きな理由であるが、それよりも園子は樹に自分の手の内が知られることをおそれた。最初からスピードのみを考えている園子にとって、テンパイに進まないうえ、手牌を晒すことになる鳴きは極力するべきではない。

 

 

園子「(怖いのはイッつんの満貫直撃か、跳満ツモだけ。カンをして無理に新ドラを増やす必要なんてないよね…それに捨て牌には{東}と{發}が2枚ずつ、そしてゆーゆの{白}鳴き…これでイッつんの翻牌抱えの線も消えた…ますますいい流れだよ~)」

 

風「{8}」

 

園子「(来たっ~!これを鳴けばテンパイ!)」

{八八③④⑤⑥⑦799中中中}

 

 

園子がチーと宣言しようとした、その瞬間…

 

 

樹「…ポン!」{88横8}

 

園子「(え…?)」

 

 

樹手牌…

{■■■■} ポン{横⑧⑧⑧}{二横二二}{88横8}

この鳴きで…樹再び甦る…!三色同刻…!(三色の同じ数字を刻子にする)

※鳴きはチーよりポンが優先される。

 

 

園子「(まさか…!この土壇場で三色同刻って…たしかに、三色同刻と対々和を絡めれば4翻折れるから、ドラや翻牌を使わなくても満貫に届く…つまりイッつんは、単騎待ちってこともあり得るのか…)」

 

若葉「(…いや。それはないな)」

 

園子「(え?)」

 

若葉「(見ろ。自分の手牌を…)」

 

園子「(…はっ!{八}…!)」

{八八③④⑤⑥⑦799中中中}

 

 

園子「(…そうだった。{八}はすでに私が2枚対子として使っている…ということは、今イッつんの手牌に{八}の暗刻はない。あったとしても、こんな形…{八}と何かのシャボ…つまりイッつんの三色同刻も、私がこの{八}を切らなければ完成しない…)」

 

樹手牌予想

{八八西西} ポン{横⑧⑧⑧}{二横二二}{88横8}

 

 

ふふふ…

 

 

園子「(日和ったかな?やっぱりイッつんの悪魔じみた強運も下り坂なんだ…肝心要の{八}、そしてドラの{中}も私に流れてくるようじゃあ…ふふ。この勝負、むしろ流れは私かな?ドラ抱えも、翻牌も、三色同刻の芽も消えた今…おそれることはない…怖いのは満貫の直撃だけ。それに届かないとなれば、容赦はしないよ~)」

 

友奈「{9}」

 

園子「ポン~」{99横9}

 

 

この鳴きで、園子テンパイ。理想形。{②-⑤-⑧}待ち。

{八八③④⑤⑥⑦中中中} ポン{99横9}

 

 

園子「(ついに、ついにイッつんに引導を渡すときが来た…♪振り込んでくれなくてもいい…私がツモっても、勝負はつく…)」

 

東郷「樹ちゃん…」

 

樹「大丈夫っスよ。みもりんさん…勝負の綾は、まだわからない」

 

 

園子の鳴き直後、樹もテンパイ。

 

 

東郷「(このツモでようやくテンパイね…でもこの手、張ったはいいけど安手。直撃を取ったとしても逆転には届かないわ…樹ちゃん、本当に何か策があるの?)」

 

園子「(わっしーのあの顔…イッつんも張ったね。ふふ、でも大丈夫…向こうの手は満貫に届いてないんだ。それはイッつんと私だけが知っている事実…ビシバシ行かせてもらうよ~)」

 

樹「(どうっスかね…この世には、良かれと思っていたことがすべて裏目…保証書がすべて紙屑になることもままある。つまり、世の中は早々そのっちさんの思い通りにはいかないということ。こう見えて逆転の道はあるんスよ…そのっちさんを追い抜ける、別ルート…!)」

 

 

次巡、園子のツモは{北}…

 

 

園子「(生牌の{北}か…{北}は役牌でもイッつんの風牌でもない。仮に振ったとしても対々和のみの2000点止まり。大丈夫大丈夫…)」

 

 

何の気なしに{北}を河に放とうとしたその刹那、園子に電流走る。

 

 

園子「(…ビリリッ!待って…これは…)」

 

若葉「(…なるほど。この{北}は通常怖くない牌…だがこれを打った場合…ある条件が3つ重なれば、満貫出費もあり得る…!)」

 

 

まず園子が{北}打…

これを樹があがれば問題なし。対々和のみの2000点。

問題なのは、この{北}に対し樹が大明槓をしてきた場合である。

大明槓後、嶺上ツモで引きあがれば対々和+嶺上開花で3翻。

そして真におそろしいのは、カンしたことにより追加される新ドラである。

新ドラが1つでも乗れば、樹の満貫が成立。(対々和なのでドラは2つ以上乗る)

前回園子が行った大明槓の責任払いという隠し技。それが今度は、園子の責任払いとなる…!

 

しかし、もちろんこれは非常に薄い確率。

まず樹が{北}をカンし、嶺上でツモり、さらに新ドラを乗せるという、3つの関門を潜り抜けた末に辿り着く奇跡…

 

 

若葉「(普通はそこまで考える必要はない…速攻で切り出してもいい牌だ…だが、園子はおそれている…そう。やりかねないからな…犬吠埼樹だけは…!)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

最終局面。園子もまた追い詰められていた。それは、樹に対する恐怖。

通常の確率では計れないことを可能にしかねない。そんな危険を感じさせる…

それが、犬吠埼樹という存在…

 

 

園子「(安全を追うなら、ここは4枚在処が知れている{中}あたりで回すべきなんだろうけど…それはあまりにも弱い打ち回し。それにここで流しても、次局でイッつんがあっさりと跳満をツモるかも…カンしてからの新ドラ乗りなんて、そんな心配すること自体間違っている…私は三面待ちなんだし、ここは強気で行くべき。そんな当たり前のことはわかってる…わかってるけど………イッつんだけは、常識では計れない…!)」

 

若葉「………」

 

 

園子、長考。

この勝負が始まって、初めて手が止まる。

しかし熟考の末、ついに決断。

 

 

園子「{北}…!」

 

樹「………カン!」

 

若葉「(来たっ…!樹は本当に、あの3つの関門を突破する気なのか!?)」

 

園子「………」

 

 

このとき、意外にも園子に動揺はない。

なぜなら、園子はすでに樹封じの秘策を右手に秘めていたからである。

園子が右手で{北}を切る際、{中}も手中に抱えていた。

もし樹がカンをしてきたのなら、その嶺上ツモと{中}を早業ですり替える。

友奈の捨て牌には{中}がある。園子の手牌の暗刻と合わせれば4枚。

つまり樹が{中}で待っている可能性はない。完全な嶺上開花潰し。

園子の{北}打は単なる強気の勝負ではない。万が一に備えての保険付きであった。

 

 

園子「(ふっふ~ん~…あのとき以来だよ…私にイカサマを使わせるなんてね…)」

 

若葉「………」

 

園子「(今だっ…!)」

 

若葉「(………ボソ)」

 

園子「っ…!?」

 

 

………なよ…

 

 

樹「…そのっちさん?」

 

園子「でも………」

 

風「…乃木?」

 

友奈「…園ちゃん?」

 

園子「…いや。なんでも…ない………よ」

 

樹「…これで4副露。さて、嶺上ツモ」カン{北横北北北}

 

園子「(ツモるもんか…!)」

 

東郷「うっ…!樹ちゃん!」

 

樹「………ツモ!」

{南} ポン{横⑧⑧⑧}{二横二二}{88横8} カン{北横北北北} ツモ{南}

 

 

そのまさか、嶺上ツモ…!

 

 

園子「くっ…!」

 

東郷「来たっーーー!うわああああああ」

 

夏凜「あああ安心するのはまだ早いわ、東郷。問題はここから…」

 

風「対々和に、嶺上開花…これに新ドラが乗れば、満貫…」

 

樹「新ドラ…めくってくださいっス。友奈さん」

 

友奈「う、うん…ドキドキするね…それっ」

 

 

樹と園子。その勝負の命運を分かつ、新ドラ表示牌…

 

………それは{東}!つまり、ドラは{南}…!

 

 

園子「はぁうん…!」

 

友奈「どっ、ドラが頭…!ということは…!」

 

東郷「嶺上開花&トイトイドラドラ!満貫…!決着が着いたわ!うわああああああ」

 

夏凜「勝ったーっ!勝ったんだーっ!(大泣き)」

 

風「すごいわ!すごいわ樹ぃいんー♪」

 

友奈「やったね樹ちゃん!」

 

園子「………ん。私の負け…だね」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:???

 

 

「………ここは?」

 

 

 

第十六話、完



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第十七話 桃の芽生え

LOCATION:???

 

 

「ここは、どこだ…?」

 

 

「私は、たしか――…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹と園子の長い戦いが、今終わった。

勝負を決めたのは、土壇場で樹が見せた3つの強運。

{北}の大明槓、嶺上開花、そして新ドラが乗ったこと。

これで樹はノミ手を満貫にまで押し上げ、園子に完全逆転勝利…!

 

 

{南} ポン{横⑧⑧⑧}{二横二二}{88横8} カン{北横北北北} ツモ{南} ドラ{南}

 

 

最終的な点数はこう。樹57200点(前局48900点) 、園子55100点(前局63400点)。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

夏凜「ふぁー…長かったわ…(夜中の3時半か…スーパーの惣菜…もう売り切れているわよね…ていうか閉まってる。コンビニ行こ。ていうか夜が明ける)」

 

東郷「結局この勝利は、風先輩や友奈ちゃんのサポート、そして樹ちゃん本人の運だけで片付けられるものではないわ。他人を寄せ付けない圧倒的才能…そしてセンスが、樹ちゃんにはある…」

 

夏凜「…いや、やっぱり運でしょ」

 

東郷「むっ…」

 

友奈「そうかな?たしかに運もあると思うけど、私も運だけじゃないと思うよ」

 

夏凜「そう言われても…」

 

友奈「例えば麻雀で夏凛ちゃんが、満貫以上の打点を狙える絶好の好配牌を手に入れたとして…その局、必ずあがれるって言い切れる?」

 

夏凜「いや…思うように鳴けなかったり、ツモが悪かったりしてまったく手が進まないときは、当然あがれないわね…そんなときに他からリーチでもされたら…場合によっては降りることもあり得るわ」

 

友奈「そうだよね。それにその逆のパターンも然り」

 

夏凜「逆?」

 

友奈「最悪の配牌でも、その後のツモが良かったり、鳴きたい牌が思うように鳴けたりできれば、自然と形になることもあるよね」

 

夏凜「ええ」

 

友奈「配牌が良くても悪くても、ツモや鳴き次第で手は高くも低くもなる。それが麻雀。樹ちゃんには…『流れ』っていうのかな。そういう勝負の流れを読む状況認識能力が誰よりも優れているんだよ。この牌は捨てるべきなのか、この牌は鳴くべきなのか…取捨選択の判断が適切で、早い。それは、二手も三手も先を読んでいるから。こればっかりは、樹ちゃんの才能と言うしかないよね」

 

東郷「そういうことよ…」

 

夏凜「いかにも東郷が説明しましたって口調、やめなさいよ…まぁ、わかったわ。なるほどね…意外と言うか…知らなかったわ。あの樹にそういう才能があったなんて…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

園子「ごめんなさいイッつん。そしてみんな…」

 

風「そんなことより、乃木。あんたは勇者部の顧問になって一体何するつもりだったの?」

 

園子「………顧問を通せば、部費や合宿…その他もろもろの部活動の申請がスムーズになりますよね。だから顧問が居れば、私たちの今後の勇者部活動にいろいろ便利かな?って思ったりして~…私、部活っていうのを今まで経験したことがなかったから、どんな接し方をすればいいのかわからなくて…つい、なりゆき任せのゲーム感覚で、決めようとしていました…ごめんなさい~…」

 

風「乃木…(人のこと言えない)」

 

園子「…私はただ、顧問になれば部費がもっと増えるかも…そう思っただけで…そのお金でみんなとコミケに行ったりコスプレの衣装を買ったり…みんなと楽しく部活を…そう、私が今まで経験したことのない部活動を、やりたかっただけなんです…!」

 

友奈「なんだ、そんなことだったんだ」

 

園子「え?」

 

樹「全然問題ないっスよね?」

 

風「うんうん」

 

東郷「お金の使い方はさておき…そのっちは、ちゃんと勇者部のことを考えてくれていたんですね。そのことだけでも嬉しいです」

 

園子「わ、わっしー…みんな…」

 

夏凜「(っはぁーーー!よかったああああっー!樹が勝ってくれてー!コ…コミケ行くのは別にいいとして…コスプレとか絶対やりたくないわあああー!本当にー!)」

 

風「…んで、樹。顧問には本当になるつもりなの?部長以上に大変だと思うけど」

 

樹「もちろん、頑張るつもりっスよ!裏で勇者部を支配していきまス!」

 

風「可愛い(苦笑)」

 

友奈「おおっ!樹ちゃんが頑張るなら私、応援するよ!」

 

東郷「忙しくなるとは思いますが、樹ちゃんならできると信じています」

 

園子「私も顧問はイッつんがふさわしいと思うよ~もちろん私たちにできることがあるならなんでも言って~」

 

夏凜「私も、応援するわ。はい、オリーブオイル」

 

樹「ありがとうございます!みなさんが協力してくれるのなら100人力っスよ!」

 

 

樹と園子…その決着。

そして謎に包まれていた園子の目的と意図が明らかになったことで、部員同士の緊張は解け、和解。

部室には安堵の気配漂う…緊迫し、張り詰めた空気から一転…弛緩した空気が流れた。

園子の敗北でこの勝負は終局…後ろで見守っていた東郷や夏凜をはじめ、友奈や風も、これで勝負終了であると…誰もがそう思っていた。

しかし!ある人物だけは、東郷たちとはまったく別のことを考えていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

若葉「樹、本当にありがとう。お前のおかげで園子はこの通り正気を取り戻すことができた。今この場で礼を言わせてもらう。本当に、感謝してもしきれない」

 

樹「こ、こちらこそ!ですが、この勝利は私だけのものではありません。お姉ちゃんや、友奈さんのサポート…そしてみもりんさんとにぼしさんの応援があったからこそ、勝てたんだと思っています。私はただ、若葉先輩との約束を守りたかっただけで…」

 

若葉「謙遜するな。私は、お前のことを誇りに思うぞ」

 

樹「そ、そんな…照れちゃいますぅ~」

 

風「はぁ~あざとい!なんてあざといのかしら!ねぇ!」

 

東郷「知りませんよ…」

 

若葉「そして樹、約束のチュンカード…5000円分だ。受け取ってくれ」

 

樹「………あ…そ、そのこと…なんですが…」

 

若葉「どうした?」

 

樹「…い、いりません」

 

若葉「え?」

 

風「いりませんって樹…」

 

樹「そのチュンカードをそのままそっくりサシウマに乗せてもう一勝負…!レートを倍にして、次は1万円のサシ勝負っス…!」

 

 

※神世紀の1万円は西暦の貨幣価値に換算すると、10万円以上である。

 

 

樹「まだだ…まだ終わらせない…限度いっぱいまで行く」

 

若葉「…!」

 

東郷「い、樹ちゃん!?何を言い出すかと思えば…引き際を知りなさい!」

 

夏凜「そうそう…!これで終わりよ…!」

 

樹「引き際なんて最初からないっスよ。この勝負はこの世界と同じ…そう、人間とバーテックス…その関係と一緒っス。これはもう私とそのっちさんだけの問題に収まらない。犬吠埼家と乃木家…そのどちらかが破滅するまでやる…そういう真剣勝負だったはず…ですよね、若葉先輩」

 

若葉「…読者のためにも、そう言いたいところだが…その園子が負けてしまってはな…打ち手がいないんだ…もう…」

 

樹「何言ってるんです。そのっちさんで再戦すればいいじゃないスか。勝負は五分五分だった…」

 

若葉「…そうもいかない。わかるだろう。今の勝負で完全に格付けが付いてしまった…今の園子はもう、お前には勝てない」

 

樹「じゃあ…若葉先輩が戦えばいいじゃないスか」

 

若葉「いや…私なんかは園子に到底及ばない…顔に出やすいタイプだからな。園子で及ばない相手を私がどうこうできるわけでもない。つまり、私の園子が負けた時点でこっちの勝ちの目は消えた…それに園子の目的が消えてしまった今、こちらにはもう勝負する理由がないんだ。だから降りる…!その決断は変わらない」

 

樹「むー………」

 

友奈「…樹ちゃん」

 

樹「友奈さん」

 

友奈「いいじゃない。今日はもう遅いし、ね?」

 

樹「…まぁ、友奈さんがそう言うなら…」

 

 

このとき樹、意外に素直。

 

 

若葉「…ほら、チュンカード…5000円分だ」

 

樹「…どうも」

 

東郷「いいですね樹ちゃん…5000円もあれば、イベントも十分に走れますし…ガシャなら、今のキャンペーンで2~3枚はSSRが出るかも知れません」

 

友奈「東郷さん!また課金の話!」

 

東郷「あっ…」

 

夏凜「…樹ならもっとうまい使い方するわよ…少なくとも東郷よりは」

 

風「………」

 

樹「…課金かぁ…」

 

 

そのときの樹の表情は印象的で、今でもよく覚えている。

 

 

風「(樹のあの目…とてもきれいな目をしているわ…子供が、興味のないおもちゃを見つめる目…さっきまでの樹の狂気が去っている…きれな目…まるで今までの憑き物が落ちたかのように…そうよね、樹はまだあたりまえの中学生…13歳の女の子。他の子となんら変わりないのよね…)」

 

 

ああ…私はもう、勇者部を辞めよう…

 

 

風「(今回の勝負で、私はわかってしまった。樹の強さが。樹にはあって、私にはないもの。その正体が。そうよ。私が樹のように勝てるわけないじゃない…なぜなら、私には生涯…あんな目はできないだろうから…)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

樹「どうです?汗もかいたことですし、今からプール行きませんか?学校の」

 

友奈「えっ!?今から!?」

 

夏凜「まさか泳ぐ気?外は真っ暗よ」

 

樹「何も泳ごうなんて言ってないっスよ。ただ学校のプールにあるシャワーを借りようって話で…まぁ、私は泳ぎますけど」

 

夏凜「うん…突っ込まないわよ、もう」

 

樹「どうです?どなたか、一緒に泳ぎませんか?スッキリしますよ」

 

東郷「…仕方ありませんね。それでは、本編では見せられなかった私の泳ぎをry

 

樹「そのっちさんは、どうします?」

 

園子「いや、私は遠慮しとくよ…スク水しかないし」

 

樹「…そうですか。では、若葉先輩」

 

若葉「スク水しかないから…止めておく。それに気分じゃない」

 

樹「えっ!?先輩…そんなこと言っちゃって…もしかして泳げないんスか?(笑)」

 

若葉「んだとぉ!?」

 

風「っ!まぁまぁ。2人とも落ち着いて。それに樹?どうせ泳ぐなら、ちゃんとしたプール施設か海で泳いだ方がいいって!」

 

樹「じゃあ有明浜まで行きますか」

 

風「今からは勘弁。帰ろ」

 

樹「マジっスか。じゃあビニコン寄りましょう。例の物、買ってもらうっス」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:コンビニ

 

 

勇者部6人(+乃木若葉)は、樹の例の物を買うためにコンビニへと移動。

時刻は、午前4時になろうとしている。

 

 

店員「らっしゃっせー!」

 

風「キョロキョロ…」

 

友奈「風先輩、どうしたんですか?」

 

東郷「幽霊でも見ましたか?」

 

風「そ、そんなわけないでしょ…!たしかに幽霊は苦手だけど…」

 

友奈「先輩、ゆーれいに会ったことあるんですか!?」

 

風「ないってば…!なんでそんなに目ぇーキラキラさせてんの!?ひ、ひとまずその話は置いといて…この時間ってさ、おもいっきし深夜じゃない?未成年の深夜徘徊はアレだし…帰り道、もしあの人に出くわしでもしたら…」

 

友奈「あの人…って誰ですか?」

 

風「ほら、今噂になっている国防仮面よ国防仮面。見つかったらお説教とかされそうで…」

 

友奈「ああー…」

 

 

国防仮面とは…近頃、観音寺市近辺で話題になっている謎の憂国の戦士のことである。

その存在の波紋は勇者部の間にも広まっていた。しかし、それも当然のこと。

国防仮面の行っていることは、基本的には人助け。

自身の正体を明かさないことを除けば、彼女ら勇者部が普段行っている活動と何ら変わりはない。

主な出現時間は平日の夕方から夜。休日は昼間にも姿を見せるという。

つまり、金曜日から土曜日にかけてのこの時間帯は、最も出現率が高いことになる。

 

 

東郷「そうですね。ですが国防仮面のことですから、捕まったらお説教で済むかどうか…」

 

風「やっ!やめてよ東郷ー!」

 

友奈「でも私は会ってみたいかも!だって人助けしているんだから、悪い人じゃないと思うし」

 

東郷「ええ。名前から察するに、きっと護国思想の持ち主ね」

 

友奈「あはは、それなら東郷さんとは気が合いそうだね!」

 

東郷「ギクッ」

 

樹「まぁ…国防仮面もそうですが、それよりも今私たちが最も危惧すべき存在…それはK察…」

 

風「あー、そっちの方が面倒かもねぇ…」

 

樹「にぼしさん、捕まってみます?きっと楽しいっスよ(私が)」

 

夏凜「もし捕まったら補導…反省文…前科持ち………わ、私…先に帰る!」

 

樹「あらら~」

 

園子「にぼっしー、安心して~きっと大丈夫だよ~」

 

夏凜「へっ?」

 

園子「深夜徘徊で捕まっちゃう時間帯は、地域にもよるけど基本的には夜の11時から朝の4時までだからね~平気平気~」

 

夏凜「べっ、別に知らなかったわけじゃないし!知ってたわよ、そのくらい」

 

園子「ふ~ん………」

 

夏凜「な、何…?」

 

園子「赤信号~みんなで渡れば怖くない~」

 

夏凜「…ってー!ダメじゃない!」

 

園子「あはは~、ひっかかった~冗談だよ~冗談。国防仮面さんも、今頃起きてるんじゃないかな~?ね、わっすぃー」

 

東郷「そっ、そうね…」

 

友奈「(あれ?今なんで東郷さんに振ったのかな?)」

 

 

………………

 

 

樹「はい、そのっちさん。それと、若葉先輩」

 

園子「…これは~?」

 

樹「ボリボリ君の秋ビニコン限定、焼肉味のアイスっスよ。お姉ちゃんの奢りです」

 

若葉「むっ、悪いな。ありがたくいただくよ」

 

園子「この伏線は回収するんだ~」

 

若葉「それ、伏線か?」

 

樹「これで2本…あとはみもりんさんと友奈さん、そしてにぼしさんの分と合わせて5本…」

 

風「これで全部ね」

 

樹「お姉ちゃん。あれは私の分で5本って意味だよ?だからあと5本買って欲しいな~…」

 

風「い、樹ぃー…!」

 

若葉「(結局買うのか…)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:帰り道

 

 

友奈「雨止んでよかったねー!雨上がりの空気、私は好きだなー」

 

東郷「友奈ちゃん、あんまりはしゃぐと転ぶわよ」

 

夏凜「放課後の雨が嘘みたい…明日は晴れそうね」

 

 

………………

 

 

友奈「じゃあ、私たち帰り道こっちだからー!」

 

園子「あっ、そうだったね~じゃあここまでだね~」

 

若葉「私と園子以外は別方向か」

 

友奈「ばいばーい!園ちゃん!若葉先輩!」

 

風「乃木ぃー、気を付けて帰りなさいよー!まだ暗いんだしー!」

 

夏凜「では、達者で」

 

東郷「ぼた餅」

 

樹「そのっちさん!若葉先輩!ま、また学校でー!」

 

園子「うん~またね~」

 

若葉「………」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:帰り道(海岸沿い)

 

 

若葉「今日は疲れたろう。大赦に帰ったら、ゆっくり休むといい」

 

園子「そうだね~」

 

若葉「………」

 

園子「………」

 

若葉「………このままでは…終われないな………ボリボリ」

 

園子「…え?」

 

若葉「樹のことだ」

 

 

若葉は、ボリボリ君を噛み砕く。

 

 

若葉「園子を救ってくれたことはいい…それには感謝している。だが、なぜだ。今回の勝負…私は樹に頼んだ。園子に勝ってくれと…そして約束通り樹は勝った。チュンカードも渡したし、これでもうお互いに勝負する理由はなくなった。それなのになぜ、樹は倍プッシュ…もとい、再戦を申し込んだのか…」

 

園子「そっ…それは…」

 

若葉「…その答えは1つ。樹は、あの流れなら100%園子に勝てると確信していたからだ。だからあのとき、その機を逃さず搾り取るだけ搾り取ろうとしたんだ。時間や園子の体調なんて関係ない…ただ自分が勝つために、もっともっと勝ちを積もらせるために…!」

 

園子「………」

 

若葉「くっ…!許せん…許せんぞ…犬吠埼樹…!もしあのとき、樹にいいように言いくるめられて再戦していたら…それが原因で園子に…もしものことがあったらと思うと…!園子、私は決めたぞ。ボリボリ」

 

園子「…え?」

 

若葉「『何事にも報いを』乃木家の…誇りだ」

 

園子「若葉先輩…まさか…」

 

若葉「止めるな、園子」

 

園子「私のために怒ってくれる…その気持ちは嬉しいよ…でも、その考えはもう…止めたって…」

 

若葉「我々乃木家が、『誇り』を守らなければ…一体誰が守ると言うのだ?それに、園子をここまでひどい目に遭わせようとしたんだ。腕の一本くらい、もらっておくべきだと思うぞ…血の味を、もう一度『生大刀』に思い出させてやる…クッフッフッフッ………」

 

園子「じょ、冗談だよね?(その笑い声も)それはあまりにも…」

 

若葉「…年を取ると冗談が出てくるようだな。だが、安心しろ。報いは受けさせてやる…」

 

園子「じゃ、じゃあどうやって…?」

 

若葉「麻雀の借りは…麻雀で返す…!」

 

園子「ま、麻雀…!?」

 

若葉「ボリボリ…美味いなぁ、これ」

 

園子「…あ!私の分まで…!」

 

 

朝。雲間から昇る朝日。

まるで戦いに負けた2人を、悲しくも称賛するかのような…その閃光が、2人を眩しく包み込む。

しかしその光も、憎悪に満ち溢れドス黒く染まってしまった彼女の瞳の奥底には、決して届くことはなかった…

 

 

こうして、伝説の夜は終わった。

 

 

否、これは始まり…

この日神世紀300年10月22日の出来事である。

そして、世間は再び樹を知ることになる。

そのわずか2か月後に………

 

 

 

第十七話、完



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これまでのあらすじ・キャラクターまとめ

神世紀300年―――

レオ・バーテックスとの戦いを終え、再び日常を取り戻した讃州中学勇者部。

部員は3年生の犬吠埼風。2年生の結城友奈、東郷美森、三好夏凜。1年生の犬吠埼樹。

そして2年生の乃木園子が加わり、部員は6名。

 

季節は秋。そろそろ次期勇者部の部長を決めなければならない時期。

候補者多数により、犬吠埼風は麻雀による新部長の決定を提案する。

そして、数合わせのため麻雀をまったく知らない犬吠埼樹もそれに参加することに。

姉である風のわかりやすい指導(5分)により麻雀のルールを把握した樹は、徐々にその才能を開花。友奈、夏凜、そして強敵・東郷らを出し抜き、オーラスまでトップを維持していたものの、友奈の逆転劇により敗れる。新部長は結城友奈となった。

 

樹の麻雀を見ていた乃木園子。

樹の才能と将来性をおそれた園子は、顧問の権利とチュンカード5000円(西暦の貨幣価値で5万円以上)を賭けたサシ勝負を樹に挑む。

最初2人の実力は五分五分に見えたが、やはり実力は経験豊富な園子の方が上…樹はハコ割れ寸前にまで追いつめられる。しかし、そこで乃木若葉が登場し、状況は一変する。

若葉から今園子に起きている状況を知った樹たちは、悪戦苦闘しながらも園子に勝利。

樹は顧問の権利とチュンカードを獲得し、園子も理性を取り戻すことに成功した。

一息ついたのもつかの間、樹はさらに勝負の続行…倍プッシュを要求する。

若葉の懇願により勝負の続行は行われなかったが、時間と園子の体調を顧みない樹の行動に怒りを覚えた若葉は、麻雀による樹への復讐を誓う…

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

キャラクター紹介

 

 

「勝負の後は骨も残さない…!」

 

1、犬吠埼樹

勇者部員兼顧問。麻雀を覚えたての中学一年生。

新部長決定戦で早々に麻雀の才能を開花させた。

才気・精神力・運量といったすべての面で常軌を逸しており、若葉からは『悪魔』と称される。

あらゆる流れを読む力と心の痛みを判る力があり、それらを自身の戦術に取り入れている。基本的に独善的で断定的であり、誰もが思いつかないような闘牌を行う。どん底を乗り越えたあとには必ず鬼手を引いてくる、カンドラ・裏ドラがよく重なるなど、ここぞというときの勝負強さも持ち合わせている。

口調が安定しないが、それは散華により長期間声を出していなかったためである。

先輩・三好夏凜に好意を寄せる一面が見られるが…?

好物はうどん、焼肉、果物類。

 

 

「アタシが、なんとかしなくちゃ!」

 

2、犬吠埼風

女子力の高い勇者部元部長。樹に麻雀を教えた。(5分)

周囲の状況認識に優れる。そのため、振り込む可能性は登場人物の中で最も低い。

牌効率も意識しており、手の高い安いに関係なくテンパイ速度は比較的早い。ただし、やや慎重になりすぎる一面もあり、強気に出られないことが多い。それは本人も自覚している。

妹・樹を家族として大切に思っており、勇者部活動と麻雀を通して樹の成長を見られることに喜びを感じている。しかし、その顔には少しの哀愁が感じられる。

好物はうどん、天ぷら。

 

 

「だって2人は、勇者だから」

 

3、結城友奈

勇者部部長。意外と毒舌。

麻雀の腕前は良くも悪くも普通。どんなに手牌が悪くてもなるべく諦めないため、振り込み率は登場人物の中でトップ。しかし、降りないゆえにあがる回数も多い。どんなに不利な状況でも決して諦めず、あらゆる可能性を模索する。それが功を奏し、希に奇跡的な逆転劇を起こす。麻雀そのものを誰よりも楽しんでいる様子。

生まれつき自分以外の人が傷付くことや辛い思いをすることを嫌い、一時期それが彼女の麻雀にも影響していた。しかし、ある時期を境にそれは吹っ切れ、純粋に麻雀を楽しめるようになった。

最も敬愛されているのか、樹からはニックネームではなく『友奈さん』と呼ばれている。

好物はうどん、東郷のぼた餅。

 

 

「つゆはさっぱりストレート」

 

4、東郷美森

勇者部副部長。解説が得意。

デジタル思考の持ち主で、ツモと鳴きを駆使しより早く、より高い手牌を構築する。これは東郷自身の性格と確率論によるもので、勝ち筋は安定している。しかし、それと同時に流れを意識する傾向も見られ、本人のテンションが高まるとそれがより顕著に出る。

樹に対しては勇者部活動をはじめ、歌や麻雀の実力に関しても一目置いている。初めての可愛い後輩だから、という理由もあるだろう。そのため、樹の発言や行動に有無は言わせずよく反応する。また、樹の話し方の変化にいち早く気付いた人物。

スマホゲーム『幽鬼ユーナは融資屋である』(通称『ゆユゆ』)の廃課金者。

好物はうどん、和菓子類。

 

 

「くっ…なんてことや…」

 

5、三好夏凜

勇者部部員。夢に見るほど時代劇が好きで、ときどき話し方がおかしくなる。

あがらなければ勝てないという思考の持ち主で、攻めの麻雀を展開する。しかし、常に猪突猛進な麻雀をするわけではなく、リーチのみや役牌のみ…といったあがりはしない。多くの場合、彼女の手牌には複数の役かドラが絡む。彼女のまっすぐな性格からか、染め手のホンイツ、チンイツをよく狙う。降りるときは鬼のように降りる。

最初は心の中で樹を格下扱いしていたが、樹の闘牌を見て徐々にその才能を認め始めるようになる。樹によく煽られているが、それは好きの裏返しであることに彼女は気付いていない。

好物はうどん、にぼし。

 

 

「同人誌…だよ~」

 

6、乃木園子

勇者部部員。実は大金持ち。

麻雀の実力は大赦の中でもトップクラス。徹底した合理主義と人の心の状態を読む能力で、確実に勝ちを取りに行く。また、いざとなれば脅威の記憶力と霊体・乃木若葉を利用したイカサマを用いて牌をすり替えることも可能。それほど、勝ちに固執している。元から運が良い上に、大赦内で多くの麻雀をこなしてきた経験が、彼女自身の強さに拍車をかけている。

先祖である若葉とは非常に仲が良い。しかし、立場はマイペースな園子の方が若干上のようである。2人の性格はまるで正反対であるが、根っこの信念は同じであるため、最終的には同意見に落ち着くことが多い。若葉の意志は園子にしっかりと継承されている。

好物はうどん、百合。

 

 

「それが私の意志。やり遂げなければならないこと」

 

7、乃木若葉

西暦の勇者。超有名人。

霊体であるため、自身の肉体を持たない存在。精神の拠り所として園子の身体にいる。

園子とは脳内で会話することができるが、園子以外の他人に意思の疎通を図るには園子の肉体を借りる必要がある。(その間、園子の意識はなくなり、園子の顔と雰囲気は若葉に似る)

麻雀の実力は不明であるが、園子には到底及ばないと自称している。西暦から神世紀に移行する際の記憶をなくしており、西暦と神世紀の麻雀ルールの違いに若干戸惑いを見せる。

園子と読者を何よりも大切にしている。金髪が好み。

好物はうどん、骨付き鳥。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

乃木園子・乃木若葉関連年表

 

 

神世紀298年秋。

『瀬戸大橋跡地の合戦』鷲尾須美・乃木園子散華。

 

神世紀298年冬。

生き神として祀られていた園子は、大赦の人間たちと賭け麻雀に没頭するようになる。賭け金は次第に上昇し、大赦が許容できない金額にまで膨らむ。

 

神世紀299年夏。

園子の精神制御のため大赦によって乃木若葉の霊魂が召喚され、園子の身体に宿る。この時期から若葉と園子の共同生活が始まる。園子の賭け麻雀の回数は徐々に減少。

 

神世紀300年秋。

結城友奈たちがレオ・バーテックスを討伐。その関連性と理由は不明だが、園子が過去に散華した部位がそれと同時期に復活。再び賭け麻雀を打つようになるが、樹に敗れ理性を取り戻す。

 

神世紀300年冬。

大赦から、勇者部宛てに一通のメールが送られる―――



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第二打【犬吠埼風覚悟の章】
第十八話 蝦夷菊の真意


―――ちゃん、起きて…

 

                             んー…もう少し、寝かせてくれ…

 

このやり取り、今日で3日目なんだけど…

 

                                         zzz…

 

…ほーら、行くよー!

 

                              ひあぁっ!?な、何をする!?

 

ふふ、弱点をさらけ出して寝ている方が悪い~

 

                                 ………すまん、起きる。

 

うんうん~でもま、その気持ちもわかるけどね。

 

                    本当に、久しぶりだったからな。こうして眠るのは…

 

 

 

                  「本当に」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:讃州中学校、勇者部部室

 

 

樹と園子…その激闘からちょうど2か月。時は神世紀300年12月22日。

勇者部である結城友奈、東郷美森、犬吠埼風、犬吠埼樹、三好夏凜、そして乃木園子。

終業式を終えた彼女たちは、今年最後の勇者部活動を行っていた。

新年に幼稚園で行われる演劇…それの打ち合わせである。

勇者部一同、各自その準備に取り掛かっていた。

 

 

風「え?乃木は帰っちゃったの?」

 

友奈「はい。なんでも、急ぎの用があるとかで…」

 

風「ふぅー(風先輩のことではない)…本番まで時間がないから、脚本の調整したかったんだけどね…まぁ、いいわ。乃木には、あとでアタシから連絡入れとくわ」

 

友奈「お願いします。園ちゃん担当の脚本、面白くなりそうですよね!」

 

風「そうね。でも、お姫様も勇者も女って言うのは…」

 

夏凜「新鮮で良いんじゃない?そういうのも」

 

友奈「お姫様という恋愛要素が追加されることによって、さらに観客をストーリーに引き込ませられる…らしいですよ」

 

風「でも、そうしちゃうと本来のメッセージ性が弱まると思うのよね…乃木には悪いけど、そこら辺の配分も、ちゃんと考えないと」

 

友奈「…それもそうですね。夏凜ちゃんは、どう思う?」

 

夏凜「私は………―――」

 

樹「ねェ、いいっショ?みもりんさん…」

 

東郷「むっ…今いい所なのに…」

 

樹「今月の雷撃G'z読ませてくださいよ~、面白い連載あるんスよ~もちまんって人の!」

 

パソコン「ピコーン!」

 

東郷「ん?ちょっと待ってください、樹ちゃん」

 

友奈「パソコンがしゃべった!?」

 

樹「マジっスか。勇者部に依頼っスかね?」

 

東郷「………これは………」

 

友奈「?東郷さん?」

 

東郷「………みなさん、このメールを読んでください」

 

風「差出人は………たっ!大赦から!?」

 

東郷「送信元はそうですね。宛先は樹ちゃん。本文には私たちの名前も書かれています」

 

夏凜「大赦が樹宛のメールを、わざわざ『勇者部』に送って来たということは…つまり樹だけが対象じゃない。結局は私たち全員にも見てもらいたい…共通する内容…ってことよね」

 

樹「さすがの洞察力っスねにぼしさん!マジパネェっス!」

 

風「樹…なんかあんた、麻雀始めてから本当に我が道を行くようになったわねぇ…しみじみ」

 

友奈「あれ?でも、園ちゃんの名前は書かれていないようだけど?」

 

東郷「それは…この送り主がそのっち本人…そして、若葉先輩だからです」

 

4人「!?」

 

 

大赦から送られてきた一通のメール。

差出人は乃木園子。そして、乃木若葉である。

メールの内容は、2か月前、樹が要求した賭け麻雀の続行…それを引き受けるとのこと。

1万円のサシ勝負の承諾である。(大赦書史部・巫女様検閲済)

 

※神世紀の1万円は西暦の貨幣価値に換算すると、10万円以上である。

 

 

ファクス「ビビーっ!」

 

友奈「『勝負当日は本紙の内容に同意、または選択の上、明後日12月24日20時に大赦本殿へお越しください。また、賭け金は1万円としておりましたが、金額は新たにこちらで設定させていただきます。犬吠埼樹様30億円、犬吠埼風様、結城友奈様、東郷美森様、三好夏凜様各位25億円を最大賭け金とし…?』」

 

夏凜「…何よこれ?なんで私たちにまで値段が…」

 

友奈「私たちも勝負できるってことじゃないかな?園ちゃんたちと」

 

夏凜「たしかに、本文を読む限りではそうかも…」

 

樹「でも友奈さん。そもそもこの金額…私たちのような一般人に支払える金額じゃないっスよ…負けたら払えってことっスかね?」

 

友奈「そうだろうね。でも最大賭け金って書いてあるから、その通りの金額を賭ける必要はないと思うよ」

 

東郷「つまり…仮に25億円張って勝つことができたら、25億円もらえる…そういうことですね…(静かな興奮)」

 

夏凜「な、なるほど…ハイリスク、ハイリターンってやつね。しないけど」

 

東郷「課金が捗るわね」

 

夏凜「…は?」

 

東郷「課金が捗るわね(ニコッ)」

 

夏凜「懲りないわね…」

 

風「東郷、まさか勝負するつもりじゃないでしょうね…心配だわ」

 

東郷「友奈ちゃんも一緒に受けない?」

 

友奈「…いや、危ないよ。これは」

 

東郷「友奈ちゃん?」

 

樹「友奈さんが2回も倒置法を使うなんて…穏やかじゃないかほりがするっスよ」

 

友奈「東郷さんの言う通り、もし勝つことができたのなら…この金額をもらえるのかも知れない。でも、そこが怪しいというか…落とし穴というか…」

 

樹「そうっスかねぇ…」

 

東郷「そのっちは嘘をついたり、約束を破ったりする人ではありませんから…そこは問題ないのでは?」

 

友奈「うん…そこはわかっているんだけど…これが園ちゃんの打った文章とは限らないし…額が額だからね…なんか違和感が…」

 

東郷「友奈ちゃん…」

 

友奈「えへへ…なんか私、おかしいよね。友達を疑うなんて」

 

夏凜「…まぁ、『何かご不明な点がございましたら質問を』…ってあるから、そこは聞けばいいんじゃない?」

 

風「樹はどうするの?この勝負、だいぶ前の話だし…嫌なら断っても…」

 

樹「うーん…これはそもそも私から言い出したことっスからねぇ…それじゃあこう返信して…タッタッタ…ターン!ビシッ!」

 

風「キーボード打つの速っ!」

 

樹「学校で習ったっショ」

 

東郷「むっ…」

 

 

勝負の前日…園子からある『物』をもらい受けることを条件に、樹これを承諾。

園子との倍プッシュ…1万円のサシ勝負は、園子側が新たに金額を設定。

その賭け金は、限られた金額の中、樹たちが自由に設定することができる。

最大1万円のサシ勝負は、最大30億円へと膨らんだ。

神世紀の30億円は西暦の貨幣価値に換算すると、300億円以上に匹敵する。

 

翌日12月23日朝。

樹はメールの送り主、乃木園子と勝負の打ち合わせを行う。

樹が直接会っての打ち合わせを要求した理由…それは、メール内容の確認と確定。

メール本文のみでは不明な点が多い。互いの解釈を一致させるためにも、直接話し合っての賭け金やルール設定などの事前把握は必須。これは樹側としては当然の要求。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:商店街通り

 

 

風「やっぱり危ないって!樹ィ!メールは乃木たち…つまり大赦から送られて来た!大赦の奴ら、四国のためなら勇者を平気で見殺しにするような連中なのよ!い、今からでも遅くないワ!断りの連絡を入れよう!」

 

樹「何言ってるの。せっかく頂いた、そのっちさんからのお誘いなのに」

 

風「そういう意味じゃないわよ!このメールはねェ…と、とにかく…捕まれば監禁か?脅迫か?いずれにしろ、ろくでもない目に!」

 

樹「…わかってるよ。でもねお姉ちゃん。このことは、そもそも私から仕掛けたこと…私だけでなんとかしてみせるよ。それに、私たちはバーテックスと戦う勇者だよ?今更監禁も脅迫も怖くないでしょ」

 

風「そっ、そう言うけどね…樹ィ!」

 

樹「私ももう中学生なんだし、自分が使ったうどんのどんぶりは、自分で洗うよ。いつまでもお姉ちゃんに頼りっぱなしってわけにはいかない。これは、私の意志でもあるんだから」

 

風「樹ぃ…成長したわねぇ…」

 

樹「…着いた。このカフェーだね。お姉ちゃん、そんなに心配なら一緒に行く?」

 

風「い、いや…アタシはこれから特売の卵を買いに行かないと…」

 

樹「…用件が済み次第出てくるよ。早くて20分くらいかな」

 

風「気を付けてね、樹。早めに戻って待ってるから」

 

樹「うん…」

 

 

 

第十八話、完



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第十九話 菫お取り潰し

LOCATION:喫茶店内

 

 

園子「…あっ、イッつん~こっちこっち~」

 

樹「ちわっス」

 

園子「こんにちは☆」

 

樹「キョロキョロ…」

 

園子「…どうしたの?座りなよ~」

 

樹「…何スかこの店は…ひどい客層っスね」

 

 

樹入店。

入店後、樹はすぐに察した。店内の雰囲気…その異様さに。

照明は薄暗く、カーテンは閉ざされ、そこに一般客は皆無…そして園子のテーブル席以外は、すべて神官たちが占領している。つまり今この場にいるのは、樹を除けば大赦の人間のみという状況。

 

 

樹「どこを見渡しても神官だらけ…決して良い気分とは言えないっスね」

 

園子「いや~ごめんね。この人たち、私のファンね」

 

樹「ファン…?」

 

園子「追っかけってやつ?常に私を監視していたいようだから…モテすぎるのも困りものだよね~まぁ、気にしないでよ。普通の人に聞かれたら、ちょっとまずい話もあるし」

 

樹「そこの…隣の女性は?神官ではなさそうですが」

 

園子「紹介するよ。こちらは今回の勝負を仕切ってくれる…上級巫女の上里さん」

 

樹「初めまして…(きれいな人だなぁ…黒髪ロングだしうらやましい…)」

 

上里「…樹様。ここにいる者はすべて、こちら側の人間です。つまり…囲いました。今この場にいるは我々…大赦の身内だけ。ここはもう暗い闇の中…何が起ころうと闇から闇へ…ふふふのふ…」

 

樹「ふーん…さすが大赦…一度脅しをかましてからじゃないと、ろくに人と話もできねえのか。圧力を背景にした取り引きは私には通じない…それがわかったら、髪をお姉ちゃんの大好きな金髪ショートにして、出直して来ることっスね。上里さん」

 

上里「…!」

 

神官たち「なっ…!」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

園子「イッ…イッつん…!年上だよ…!超年上…!」

 

上里「…なるほどですね。話に聞いた通り、面白いお友達ではないですか。園子様」

 

園子「え?う、うん…」

 

上里「あと私、そんなに年上じゃありませんから…ですが、こういう多少サディスティックな方も私の守備範囲…」

 

樹「そのっちさん、面倒くさいんでこの人無視してもいいっスか?」

 

園子「今の台詞はスルーでOKだよ~」

 

上里「あららー」

 

樹「あ…それより、ご結婚おめでとうございます。そのっちさん」

 

園子「ありがとう~早いよね、もう1か月前のことなんて…」

 

樹「そうっスね。あれから順調っスか?若葉先輩とは」

 

園子「うん~毎日がアツい夜だよ~」

 

樹「あいや、そういうのはいいんで、本題いきましょ。店員さん、マンゴージュースお願いします」

 

園子「…その前に。イッつんに1つだけ、聞いてもらいたいことがあるんだ」

 

樹「なんですか?」

 

園子「今回の勝負、イッつんには辞退してもらいたい」

 

樹「え?辞退っスか?」

 

園子「そう。イッつんに残された道は、これしかない。なぜなら、明日イッつんが闘う相手は、私じゃないから…」

 

樹「それってどういう…」

 

園子「若葉先輩、だよ。2か月前のあの日…イッつんは私に勝っておきながら、無理に勝負を続行しようとしたよね。あれを見てわかちゃん、ひどく怒っちゃったみたいでさ…次の勝負は私が出るって言っているんだ」

 

樹「そのっちさんの代わりに…ですか」

 

園子「うん。私は最初冗談だと思っていたんだけど…実際、わかちゃんがあそこまで本気になるなんて思っていなかった。この2か月間、特訓に特訓を重ねて…今のわかちゃんは、正直、私より強いよ。腕も運も、文句なく最強クラス…もう大赦に敵う人間はいない状態なんだよ。強さ的には…そうだね。この私より2ランク程度上と言えば想像付くかな…如何に天才的なイッつんでも、戦えば必ず負けると思うよ…」

 

樹「…なるほど。ゲームで例えると、クックとガルルガくらいの差っスか………」

 

園子「そしてその過程でどちらかが…いや、必ず両方が傷付く。私はもう、誰かが傷付く姿を見たくないんだ。だからイッつん。代わりにこれをもらってくれないかな?」

 

上里「樹様、これを」

 

樹「この封筒は?」

 

園子「中にあるのは…うどん小切手。使用期限はなし。観音寺市内のうどん屋さんに限り、最大30万円分まで使えるよ。ドリンクやデザートにも使えてとっても便利なんだ~イッつんには、これで身を引いてほしい」

 

 

※神世紀の30万円は西暦の貨幣価値に換算すると、300万円以上である。

 

 

樹「ふーん…うどん屋さんで使える30万円か…たしかに少ない額じゃないが…足りねえな、その程度じゃ(お姉ちゃん的に)」

 

園子「…そう言うと思った。今回の勝負、ある程度のお金は動くことになるだろうから、大赦に話は通してあったんだ。だから希望の金額があれば、幾らか融通は効くはずだよ。言ってごらん?」

 

樹「今回の大勝負、私は乃木家…つまりは大赦を取るつもりっスからね。まぁ…半分っスね」

 

園子「半分?」

 

樹「大赦という組織を動かすために必要な資金…その半分ってことっスよ。腋全開の勇者衣装、そして勇者システムを作り出せるほどの技術力と資金源…軽く見積もって、5000億円ってとこか…」

 

 

※神世紀の5000億円は西暦の貨幣価値に換算すると、5兆円以上である。

 

 

園子「5000…?」

 

樹「ふふ…それだけくれるって言うなら、考えてあげてもいいっスよ」

 

 

ざわっ…

 

 

上里「キエエエエエエーーーーーー!そっ、園子様の優しさをいいいいことに、対等の条件を持ち出すなんて…!このガキャあ…!」

 

園子「…イッつん、さすがにそれは通らないと思うよ?」

 

樹「いや…さすがに私も、そのっちさん個人がそれだけの大金を持っているとは思っていません。ですが、大赦なら持っている。そう思ったんスよ…」

 

園子「…なんで大赦が出てくるの?」

 

樹「話を戻しましょう。昨日勇者部に届いたメール…それがこの話の発端ですが、私にはそのときから疑問に思っていたことがありました。それは、メールを読んだ友奈さんも感じていた…決定的な違和感」

 

園子「違和感…?」

 

樹「メールの送信元と、明日勝負する場所…それには2つとも大赦が絡んでいた…そして、今日の打ち合わせにも大赦の人間がいた。これはつまり、そのっちさん…そして若葉先輩に大赦という後ろ盾がいる…ということ」

 

園子「…!」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

樹「ふふ…違いませんか?」

 

園子「…いつから気付いていたの?」

 

樹「確信を持てたのは、今日実際に会ってからっスね。はじめに引っかかったのは、メールに記載されていた…賭け金の増加です。たしか私が30億円。他の4人がそれぞれ25億円まで賭けられるという話でしたよね。この金額…私たちはもちろん、これまで賭け麻雀で稼いできたそのっちさんですら、支払うのは難しいはず…なら、この億という金はどこから出てきたのか…これはもう、大赦しかない。つまりこの勝負、裏で大赦が金を出している…影で糸を引いている証拠…」

 

園子「そっか…さっきイッつんが『乃木家…つまりは大赦を取る』って言ったのも…」

 

上里「そっ、園子様…」

 

樹「ふっ…その言葉…そっくり受け取ってくれてもいいんスよ。ターさん」

 

上里「くっ…!」

 

園子「何もかもお見通しってわけだね…なら、全部話すよ」

 

上里「園子様、よろしいのですか?」

 

園子「うん。イッつんには、すべてを知った上で闘ってもらわないとね。わかちゃんも、きっとそう思っているだろうから…ここには若葉派もいないしね~」

 

上里「私は一応…若葉派なのですが」

 

園子「いいからいいから~」

 

上里「うえっ!?私の立場…」

 

樹「(マンゴージュース遅いな…)」

 

園子「じゃあ、賭け金について話すよ。まず、イッつん本人に賭けられた30億円。察しは付いていると思うけど、この金額を設定したのはわかちゃん。イッつんが望んだ、犬吠埼家と乃木家…そのどちらかが破滅する金額に設定した………というわけじゃないんだな~これが~」

 

樹「…は?」

 

園子「イッつんは1つ勘違いをしているよ~ふふ、メールの内容からして、イッつんは私たち乃木家の財産を多くても30億円程度って踏んでいるらしいけど~…仮に私たちがそれを失ったとしても、正直痛くも痒くもないんだよね~私からすれば、今まで稼いできた分を少し吐き出すってだけだし~」

 

 

ざわっ…

 

 

樹「マジっスか…稼ぎすぎでしょ。じゃあどうして、若葉先輩は…そっちからすれば痛くも痒くもないような…中途半端な金額に設定したんスか?」

 

園子「せめてもの慈悲…ってやつだよ~私はよく知らないけどさ、30億円あれば一生遊んで暮らせるよ~?でもイッつんからすれば、折角勝てても私たちが破滅しないんじゃ…うま味がないよね?」

 

樹「それは…そうですが………」

 

園子「そ・こ・で!他の4人の賭け金が出てくるんだよ~!」

 

樹「4人の…?」

 

園子「イッつんの30億円に、ゆーゆ、わっしー、フーミン先輩、にぼっしー…それぞれの25億円を乗っければ、なんと130億円~!何が言いたいか、わかるかな?」

 

樹「なるほど。私1人の力では無理でも…みなさんにカンパしてもらえれば、一度に最大130億円の金賭けて勝負することもできる…そういうことっスね」

 

園子「その通り~!便利でしょ~?まぁ、私は130億円程度負けても全然問題ないんだけどね~」

 

樹「…でしょうね。この流れからすると…そう言うと思ったっス」

 

園子「でも希望はあるよ。130億円勝負をイッつんが何度も勝ち続けてコロコロ回せば~…私たちの破滅に手が届くかもよ~?もちろん、負けちゃった場合はイッつん1人に背負わせるつもりはないよ。25億円、それぞれに払ってもらうから安心してね~」

 

樹「私以外に賭け金が設定されていたのは、このためだったんスね…!そのっちさん…あんた、一体何百億円持っているんスかっ…!?」

 

園子「ふっふっ…秘密でーす☆それを聞くのは個人情報の侵害!だよっ☆」

 

樹「くっ…無理っスよ…!こんな生きるか死ぬかの勝負に、私だけならまだしも、お姉ちゃんや、みなさんを巻き込むなんてこと…乗ってくれるわけがない…!」

 

園子「だから、賭けられるのは何億円『まで』って設定しているんだ~まぁ、そこはみんなと相談してよ。いざとなれば別の支払いルートも用意しているからさ~」

 

樹「………」

 

上里「(園子様…少し…脅しすぎでは………)」

 

園子「(…うん…私もやりたくないんだよね、この勝負。ここは、イッつんから身を引いてくれるのがベストなんだけど…)」

 

 

樹、長考。

自分のみならず、他の部員をも巻き込んだ巨額のギャンブル。

負ければ破滅。仮に勝つことができたとしても、その勝ちを何度も重ねなければ園子たちを破滅させられないという理不尽…これは当然、14歳の樹1人が下せる判断ではない。

園子も上里も、内心そう思っていた…

 

 

樹「…わかりました。受けましょう」

 

園子「(えっ…!?)」

 

上里「(まさか!?こんな無謀な麻雀を受けるなんて…)」

 

樹「…ただし、55億円です。私とお姉ちゃんの合計を賭けます。他の3人は…賭けません」

 

園子「うぃ…イッつん!考え直さない?」

 

樹「え?なんでですか?急にキャラ変わっちゃって」

 

店員「マンゴージュース、お待たせしましたああああああー!」

 

樹「あ、どうも。で、何の話でしたっけ」

 

園子「い、いや…私としては、イッつんには破滅か否かの麻雀をしてもらうより、このまま30万円のうどん小切手で手を打ってもらった方が利口と言うか、ありがたいと言うか…せめて最初の1万円勝負にしてくれないかな?55億円一気に賭ける必要はないよ~」

 

樹「今更1万円なんて、やる気出ないっスよ。それに明日の勝負は乃木家か犬吠埼家、どちらかの命運を賭けた麻雀じゃないスか。それならば当然、友奈さんたちに迷惑を掛けるわけにはいかない。ここは限界まで行きましょう」

 

園子「うーんでもね…」

 

樹「そのっちさんの言う通り、たとえ今の若葉先輩が最強クラスになっていたとしても…そんなの関係ねえな、私には。ズズズー(ジュースを飲む音)」

 

園子「イッつん…!」

 

樹「私は、私の限界を試してみたい…私の血、私の運、私の命がどこまで行けるのか、どこまで通用するのか…試してみたいんス。その相手がたとえ、若葉先輩であっても」

 

園子「…そっか。でも死ぬよ?あんまりわかちゃんを舐め過ぎると…これは比喩表現なんかじゃない。本気なのは向こうも同じだから、最悪は………」

 

樹「ふふ、別に舐めているわけじゃないっスよ。私は自分の力がどこまで通用するのか、確かめてみたいだけ…ですが、参考にはさせてもらいますよ。ありがとうございまス」

 

園子「どうしても、勝負するつもりなんだ?」

 

樹「こく…(ジュースを飲みながら)」

 

園子「はぁー…話にならないねぇー…」

 

樹「…そうスか。決裂ですね。じゃあ私、そろそろ帰ります。例の物…」

 

園子「ああ、はいどうぞ~」

 

上里「園子様、そのUSBは?」

 

園子「PN4専用ソフト『ドキドキ☆ハンサムパラダイス学園』のゲームデータだよ。やったことあるでしょ」

 

上里「いやないですよ」

 

園子「イッつん、何を考えているのか知らないけど…そんなもの何に使うの?」

 

樹「んー…明日になればわかると思います。では、失礼します」

 

園子「また明日ね~」

 

上里「………」

 

園子「………あ、マンゴージュース代…」

 

上里「…私が、払います…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:喫茶店前

 

 

樹「ただいマンゴー」

 

風「い、樹ィ!大丈夫だった?何か、危ない目に…」

 

樹「全然」

 

風「良かった」

 

樹「(さっき、そのっちさんから微かに感じ取れた若葉先輩の気…あれはまるで…)」

 

風「樹…?」

 

樹「いや…何でもない。卵、私の分も買いに行くっショ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:商店街通り

 

 

風「それで、園子はなんて?」

 

樹「うん…実はね………」

 

???「あれ?風先輩?樹ちゃんも!」

 

 

 

第十九話、完



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第二十話 山の手毬へ

LOCATION:商店街通り

 

 

 

友奈「あれ?風先輩?樹ちゃんも!」

 

樹「え?友奈さん?」

 

友奈「ヤッホー」

 

風「友奈?それに東郷、夏凜まで…」

 

東郷「偶然ですね」

 

夏凜「学校以外で5人が揃うのも…珍しいわね」

 

友奈「もしかして、買い物帰りですか?」

 

風「ええ。友奈たちは?」

 

友奈「私たちは、前に捨て猫を引き取ってくれたお家のお宅訪問へ行っていました!今はその帰りです」

 

東郷「お宅訪問と言っても、軽く様子を見に行っただけですが…」

 

風「前言っていたやつ、覚えといてくれたのね!ありがとう!で、猫の方はどうだった?」

 

友奈「病気もなく、すくすくと育っているみたいですよ!触らせてもらったら、ふわふわもふもふで温かくて…ちゃんと成長しているのがわかって、嬉しかったなぁ…!」

 

風「良いわねぇ、子猫ちゃん。この寒い時期は特に…」

 

東郷「ふふ、友奈ちゃん。私も温かいのよ」

 

夏凜「…そう言えば、明日の勝負の打ち合わせはどうなったの?」

 

風「あ、そうだったわ。明日はどうなりそう?」

 

樹「実は………」

 

 

樹は、園子との打ち合わせ…その全容を語る。

人知れず若葉から恨みを買っていたこと。そして何十億円という勝負に友奈たちも巻き込まれる可能性があるということ。状況は、風たちの予想以上にひっ迫していたのである…

 

 

樹「…それで、私はそのっちさんに宣言しました。明日は私とお姉ちゃんの合計…賭け金55億円で勝負するって…他のみなさんに迷惑を掛けるわけには…いきませんから」

 

東郷「55億円…まさに乃木家と犬吠埼家の一騎打ちね」

 

友奈「なんかすんごいことになっているね?」

 

風「ち、ちょっと待ってね樹…今頭の中整理するから…わ、私とお姉ちゃんの分って…なんでアタシの分まで…?」

 

樹「だって私とお姉ちゃんは家族だから。30億円も55億円でも破滅することに変わりないっショ」

 

風「…それはわかるわ。だけど、そもそもなんでそんな勝負を引き受けちゃったのよ!負けたら55億円なんて大金…一生かかっても絶対払えるわけないじゃない!それは、うどん券を蹴ってまですることだったの…!?」

 

樹「お姉ちゃん。私たちが生涯、普通に働いたとして…一生の内に手に入る金額は…幾らくらいだと思う?」

 

風「え…?何の話?」

 

樹「普通の人が普通に働いて得る金じゃ、一生かかっても億なんて金には到底届かない。それに、こんなレアチャンスも一生に一度あるかないか…なら、受けないと損だよ」

 

風「で、でも…!もし負けたら…!」

 

樹「負けたら負けたで、そのときの覚悟は…もうできているよ。心配しないで」

 

風「ウィツキィ!こんな、こんな賭けが正気の沙汰じゃないってこと…わからないの?やるなら、せめてあのときの1万円勝負にしてよ!なんでアタシまでこんな麻雀に…」

 

樹「…お姉ちゃん。今回の勝負…大赦に話が通じていることは話したよね。億って金が動くこの麻雀…となれば、大赦の上層部やお偉いさんたちも、少なからず関わらざるを得ない。だから今更何言っても、この勝負はもう降りられない。降りられない以上、額は減らさない方がいい。額にビビって数を減らせば、それこそ相手の思うツボ…自殺行為だぜ」

 

風「な、なんでよ」

 

樹「そのっちさんたちが恐怖しているのは、私の狂気。ブレーキを踏まない、揺れない心…2か月前、そのっちさんとの麻雀…あの死闘も、私がブレーキを踏まないから勝てた」

 

風「ブレーキ?」

 

樹「うん。初心者であるバリバリ最弱No.1の私がそのっちさんに勝つためには、ある前提を覆す必要があった。それは私の中にある…負けるのが怖いという意志…」

 

風「樹…」

 

夏凜「(負けるのが怖い…か。樹にも、そういう思いがあったのね…)」

 

樹「そのっちさんと闘っている間…私はもう、最初から全ツッパだったよ。振り込みなど気にしない…仮に振り込んで負けたのなら、それでもいい…そう思っていた」

 

風「樹…あんた、そんな心境だったの…」

 

樹「いや、実際にはそう思ってはいなかったよ。私がそう思っているとそのっちさんに思わせただけ…でも、実はこれがキーでね。案の定、そのっちさんは私のプレイングに気を取られ、攻めるタイミングを失い、自身の心…つまり自身のプレイングに、ブレーキを掛けた…典型的自滅」

 

東郷「…なるほど。必死に見えていても、実はすべて計算尽くだったのね…おそろしい子!」

 

友奈「樹ちゃん、さっすが!」

 

樹「ふふ…危ない橋は渡っているフリだけでいいんスよ…」

 

風「…そっ、そんな打ち方がいつまでも通用するはずがないわ!仮にそれが園子や若葉先輩?に有効だとしても…そんなブレーキが壊れたような真似…アタシにできるわけがない!」

 

樹「できるよ!…と言うより、実際…していたよ。あのときのお姉ちゃんは…誰よりも早く」

 

風「あのとき?」

 

樹「忘れたわけじゃないでしょ。初めて満開したあのときのことを。初満開の成功…そのトリガーは満開ゲージや、満開したいという意志だけじゃなかった。それは『この日常を守りたい』という意志…!そしてその中で、お姉ちゃんは思ったはずだよ。『そのためなら、何事をも厭わない』って…」

 

風「………」

 

樹「お姉ちゃん…初めて満開したときのように…自分を捨てちゃいなよ。できるよ、きっと」

 

風「………樹…お姉ちゃん…わかんないよ…」

 

樹「お姉ちゃん…」

 

風「…アタシは!姉である犬吠埼風は…!樹と一緒に…世間一般な…温かい日常が過ごせれば、それでいいの!それでいいのに…樹はなんで、自分からそんな危ない橋を…!」

 

樹「お姉ちゃん…そこはもう、通り過ぎたんだよ」

 

風「通り…過ぎた?」

 

樹「…だって私たちは、『勇者』でしょ。バーテックスから国を守る…勇者でしょ。私たちが"当たりだった"時点で、もう普通の暮らしなんてできっこない。その『覚悟』…それ自体は、お姉ちゃん自身が…ここにいる誰よりも前から持っていたんじゃないの?」

 

風「…!」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

風「………」

 

東郷「風先輩」

 

風「東郷…」

 

東郷「樹ちゃんの言う通りかも知れません。なぜなら、私たちは『勇者』。たとえ供物が返った身体になったとしても…勇者としての経験をしてしまった以上…もう普通の人としての暮らしには、戻れないんです」

 

風「………なら東郷。あんたはどうなのよ。あんたは樹のように、こんな生きるか死ぬかの麻雀…やれるって言うの!?」

 

東郷「風先輩。私だって、伊達に勇者のお役目をこなしていたわけではありません。ですから私も、樹ちゃんのように…その『覚悟』を持ちます」

 

風「え?」

 

東郷「樹ちゃん…明日の勝負、私も外ウマに乗せてください。私も25億円賭けるわ」

 

樹「みもりんさん…!」

 

風「東郷…!本気なの?」

 

友奈「東郷さんだけじゃないよ」

 

風「友奈?」

 

友奈「私も、乗らせて欲しいな。その外ウマってやつに…25億円」

 

樹「友奈さん…!」

 

風「友奈…あんたまで…」

 

友奈「だって私も、勇者だから」

 

 

樹と風併せて55億円のサシウマ…それに東郷と友奈の賭け金が追加され、105億円となった。

※神世紀の105億円は西暦の貨幣価値に換算すると、1050億円以上である。

 

 

樹「みなさん…良いんですか?本当に…」

 

東郷「樹ちゃん、よく話してくれたわね。私と友奈ちゃんが外ウマに乗れば、もう安心よ」

 

友奈「東郷さんの言っている意味はよくわからないけど、私もできるだけ…勇者部の力になりたいからね。大丈夫!負けちゃった分は、私たちの賭け金から引いていいから!」

 

樹「友奈さん…みもりんさぁん…!」

 

風「(謎の感動)」

 

夏凜「………お取込み中のとこ悪いけど、私はパスよ。外ウマには、乗れない」

 

東郷「えっ」

 

樹「マジっスか」

 

友奈「夏凛ちゃん…」

 

風「(そこは空気を読まない夏凜…さすがだわ)」

 

 

ざわ…

 

 

夏凜「あんたらねぇ…ちょっとは冷静になりなさいよ!そりゃ、勝てばいいわよ?でも、負けた場合も視野に入れないでどうすんのよ。25億円の借金なんて…それはもう特別でもなんでもない!普通以下の人生になるのよ!?うおおおおおお!」

 

風「あー…み、三好さん?お、落ち着いて…?」

 

夏凜「借金まみれの人生なんて、私は御免だわ!そこら辺もよく考えることね!じゃあ!」

 

友奈「かっ、夏凛ちゃん!」

 

樹「にぼしさーん!?どこ行くんスかっー!?」

 

夏凜「にぼしのタイムセールよー!悪かったわねー、にぼしでぇー!(にぼしDAY)」

 

樹「別ににぼしのことは悪く言っていないのに…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:帰り道

 

 

友奈「…今日の夏凜ちゃん、なんか変だったよね」

 

東郷「ええ。いつもと違って朝からそわそわ…落ち着かない…何か、思い詰めている感じもしたわ」

 

風「そうだったの…お金の話が、苦痛だったのかしら。樹はどう思う?」

 

樹「まぁ、にぼしさんの気持ちもわかるっスよ…普通に考えて25億円なんて外ウマ…保証なしで乗れるはずがない。しかもそれが自分の金ではないとなると、そのプレッシャーは強烈だったはず…」

 

風「そっ、そうよねー!普通ならそう考えるわ!普通は!」

 

樹「ふふ…その普通じゃないってのがいいんじゃない。いずれにしろ、明日の麻雀はこの4人で挑みましょう。参加したくない人を無理に参加させるのは、悪いっスから」

 

風「…うん。そうね」

 

樹「改めて…ありがとう。友奈さんに、みもりんさんも…ありがとうございます。こんな麻雀に協力してくれるなんて…正直、思ってもみなかったっスから…」

 

友奈「水臭いよ!樹ちゃんは、同じ勇者部の仲間なんだから!」

 

東郷「友奈ちゃんの言う通りよ。私たちは仲間…それだけで理由は十分だわ」

 

風「樹…アタシも、覚悟はできたわ」

 

樹「…明日は、生きるか死ぬかの勝負になるでしょう。つまり今回も、通常の神経で渡れる橋ではないことは確か…ですから、あとは私に…1日だけ…―――」

 

 

あと1日だけ、狂気に身を委ねておけばいい…!

 

 

 

第二十話、完



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第二十一話 彼岸花は上を向く

LOCATION:大赦本殿前

 

 

翌日、12月24日。

犬吠埼樹、風、結城友奈、東郷美森らが集う。

時刻は19時30分。勝負開始30分前。

 

 

風「全員揃ったわね?さーて、大赦に乗り込むとしますか!」

 

樹「人聞き悪いよ、お姉ちゃん」

 

風「樹はちょっと眠そうね」

 

樹「うん。夕飯食べたばかりだし…」

 

友奈「…あ!樹ちゃん、眠たいのなら…はい、飴あげるよ」

 

樹「眠そうな人になんで飴あげるのか、わかりませんが…もらっておくっス」

 

東郷「そろそろ時間ですね」

 

風「よっし…勇者部4人!行くぞーっ!」

 

4人「おおっー!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:大赦本殿入口

 

 

上里「こんばんは」

 

樹「あ…上里さん…」

 

風「樹、この人は?知ってる人?」

 

樹「うん、昨日会ったの」

 

上里「犬吠埼樹様、そして勇者のみなさま。お待ちしておりました。私、乃木様の身の回りのお手伝いをさせていただいている、上里と申します。早速ですが、ここにいる4人の身分証明書とスマートフォン端末を確認させていただけますか」

 

樹「…これです」

 

上里「拝見します………はい。たしかに、勇者のみなさまご本人の身分証明書と、その端末でございますね。すみません。御手数をお掛けして…」

 

樹「イエイエ、とんでもないっス」

 

上里「大金が動くということですので、失礼とわかっていながらもこちらでこのような処置を取らせていただきました。この2つは勝負の間、こちらで預からせていただき、終了した際にお返し致します。それでは地下の最終待合室までお進みください」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:待合室

 

 

上里「(お茶をどうぞ~)けっこう高いやつです」

 

友奈「(カッコが逆じゃないかなー…)」

 

東郷「いい茶葉使ってますね。ごくごく…」

 

樹「バリバリ!ボリボリ!」

 

風「樹ィ!?」

 

樹「飴消費してるんスよ。お茶飲むために」

 

友奈「目ぇ、覚めたでしょ?」

 

樹「ええ。ある意味。これチョー甘いっスね」

 

友奈「練乳味だからね。最近お気に入りなんだ~」

 

上里「ぼた餅もどうぞ~」

 

東郷「むっ…このぼた餅に使われている小豆…どこの小豆かしら…舌触りが独特で、飽きのこない味付けね。餅本体も…やるわね」

 

友奈「うん!東郷さんのぼた餅と違って、また美味しいね~!」

 

東郷「むむっ…さらに見た目も、私が作るものより拘っているのがわかるわ。味だけではなく、さらに上質の喜びを提供するその気持ちが伝わって…私に足りていないものは、これだったのね…!作り手の気持ちや愛…それが和菓子にはうんぬんかんぬん…」

 

樹「素直に美味しいって言いましょうよ。私は、みもりんさんのぼた餅の方が好きっスけど」

 

東郷「い、樹ちゃん///」

 

友奈「東郷さん、顔赤いよ?」

 

上里「ふふ、お口に合って良かったです」

 

風「あの…今更なんですけど、アタシたちも入ってよかったんですか?勝負するのは樹なのに…」

 

上里「どうぞ、お気になさらないでください。あなた方は勇者である以前に、乃木様たちのお友達なのですからね。若葉様、園子様も友人が多い方が嬉しいでしょう。ですが、少々お待ち願いますか。只今先客がございますので…」

 

風「先客?」

 

上里「あら、ご存じないのですか?」

 

風「え?」

 

上里「本日のお昼過ぎでしょうか、三好夏凜様もここにいらしたのです。今も乃木様たちの相手をなさっているはずですが…」

 

樹「にぼしさんが!?」

 

友奈「夏凛ちゃんがここに来ているんですか!?」

 

東郷「『相手』?一体、何をしているのでしょうか…」

 

風「あ、あの!その、今の夏凜の様子…って言うか、今どこにいるのか…会えるのなら案内してもらえませんか?」

 

上里「…ええ!どうぞどうぞ。こちらですよ。勝負の邪魔をなさらないのであれば、ご自由に」

 

風「(『勝負』…まさか夏凜…)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:大赦VIPルーム

 

 

上里に導かれ、4人はとある地下の一室へと案内される。

ドアを開けた風たちの目に飛び込んできたのは、四方形の麻雀卓。

そして、それを取り囲む乃木若葉たちの姿があった。

 

 

風「…これは…麻雀…?」

 

上里「はい…」

 

若葉「………」

 

 

正面の若葉はすぐ風たちに気付いたようで、一瞥後すぐに麻雀卓に視線を落とした。

彼女たちが行っているのは…麻雀。しかしそこに和気あいあいとした雰囲気はない。

場は緊張と静寂に包まれており、聞こえるのは微かな水音と、牌を切る音のみである。

そしてその静寂の中…間もなくして風たちも気付く。

若葉と対面している見覚えのある後ろ姿…それは…

 

 

風「かっ…夏凜…!?」

 

夏凜「………え…?誰…」

 

風「(うっ、目が虚ろ…!ハイライトが消えかかっている…!私が、わからないの?夏凜…!)」

 

若葉「ククク…三好さんも大分死んだ…あと一押しだな」

 

園子「そうだね~」

 

風「(あっ…!あんたは…!)」

 

 

そこにいたのは乃木若葉…

否。怒りに染まった彼女の瞳は、もはや人のものではない。

その様子を一言で例えるのなら、『悪魔』…犬吠埼樹と同質の匂い。

彼女の麻雀…そして脳は、すでに常軌を逸している…

 

 

ざわ…

 

 

風「夏凜…あんた一体、ここで何を…」

 

上里「三好様は、ここで働いているお兄様…三好春信さんの借金返済のために勝負をしていらしゃいます」

 

風「借金?それになんで乃木たちが…」

 

上里「それは…」

 

東郷「…そのっちからの…借金ですね」

 

上里「はい。それは昨年、園子様が賭け麻雀に没頭していらした時期…園子様に無理に勝負させられてできた借金でございます。その際に春信さんが背負われた金額はおよそ5億円…そして三好様は今、お兄様に代わってその借金を返済しようとしているのです。麻雀で、自分自身を賭けて…」

 

風「『自分自身を賭けて』…?」

 

上里「先日お送りしたメールはご覧になりましたか?」

 

風「はい」

 

上里「それには、三好夏凜様25億円と記載されていたはずです。この25億円という数字…あまり公にされては困るのですが、これは『大赦がこれまでその勇者1人に費やした金額』でございます。主に、勇者システムですね。当然、三好様ご本人が返済可能な額ではございません」

 

 

風、友奈、東郷、夏凜それぞれに明記された25億円という数字。

それは、大赦がこれまでその勇者1人に費やした『勇者システム』の開発費であった。

※神世紀の25億円は西暦の貨幣価値に換算すると、250億円以上である。

 

しかし、上里レベルの人間が知れるのはここまで…内訳は明らかにされていない。

 

樹が30億円と他の勇者と比べ5億円分多いことに関しては、なんら特別な理由はない。

樹は今回勝負するメインキャストということで、若葉側が特別に都合を付けただけのこと。

 

 

上里「つまり25億円という数字は、三好夏凛様そのもの。そして三好様が、今この場で25億円すべて負けてしまうようなことがあれば…それは三好様ご本人に価値がなくなったことを意味します。つまり、三好様は『大赦の物』になる…というわけでございます」

 

風「そんな…夏凜はなんでこんな勝負を…アタシたちに内緒でっ…!」

 

東郷「…上里さん、今、夏凜ちゃんは勝っているのでしょうか?」

 

上里「正直…厳しいと思われます。あの麻雀卓の下をご覧下さい」

 

 

夏凜たちが使用している麻雀卓…

その下は透明なガラスケースとなっており、そこには大量の札束が入っていた。

 

 

風「あ、あのガラスの箱は…?それに、その中にある札束の山…」

 

上里「あれは勝負に必要な金を一時的に預ける箱です。乃木様の麻雀……『乃木麻雀』は、1回ツモるごとに金を箱の中へ投入し、最終的にその半荘をトップであがった者がその中の金を総取りできるルール…」

 

風「『乃木…麻雀』?」

 

上里「通常、麻雀には親と子がありますが、『乃木麻雀』ではさらに、親の権利として場代を設定することができます。親とそれを受けた子は、それぞれ1回ツモるごとに親が設定した場代をあのガラス箱…『共卓』に入れていくのです。子が場代を払いたくない場合は降りることもでき、降りた後は牌をツモ切るだけです。そしてこの『乃木麻雀』における場代の最低金額は100万円…親はそれを100から200、200から400…のように、ツモ順が来る度に倍々に上げる権利を持ちます」

 

風「1ツモに100万円…?そこからさらに倍々って…本気ですか?」

 

 

※神世紀の100万円は西暦の貨幣価値に換算すると、1000万円以上である。

 

 

東郷「『乃木麻雀』においては、お金がないと勝負すらできない。そういうことですね」

 

上里「『金』がものをいうルール…そう設定してあります。さらに場代とは別に金を支払えば、ある程度の不正も可能となります」

 

風「不正?」

 

上里「例えば自分がツモった牌が気に入らなかった場合、そのツモ1回につき一度だけ、その牌をツモ山へ戻し、次の牌をツモる…つまり、前後の牌を入れ替えてツモることができます。もちろん明らかな不正ですから、罰則金として現在の場代の3倍を共卓に出す必要がありますが…」

 

風「はぁ…?」

 

 

ざわ…

 

 

風「これってつまり…」

 

東郷「…さらにお金を払えば、それだけ勝ちやすくなるってことですね」

 

上里「そうですね。2回ツモができるようなものですから」

 

風「…仕組みはなんとなく解りましたが…なんか納得いかないわね。だってそれじゃあ、お金をたくさん持っている方が圧倒的に有利じゃないですか」

 

上里「…そうですね。ですが若葉様、園子様はおっしゃっていました。所詮この世は『金』…金を持っている者が勝つ…それが基本。そしてそれは、結局のところ平等なのだと…」

 

風「バカなっ!」

 

東郷「くっ…!資本主義の青狸どもめ…!」

 

樹「あ…みもりんさん、そこはまた違う話になるので、その辺で」

 

友奈「…でも、風先輩や東郷さんの気持ちもわかるよ。勝負が始まる前から優劣があるのは、フェアーじゃないよ…」

 

上里「…おっしゃりたいことはわかります。ですからこの二度ヅモというルール、不正ではなく投資と考えた方がわかりやすいかも知れませんね」

 

風「投資…?」

 

上里「たしかに金に糸目を付けない方は勝ちやすいです。しかし、考えてみればそれも当然のこと。それだけ金を…つまり『投資』をしているのですから、別の言い方をすればそれだけリスクを負っている。先ほど若葉様は二度ヅモを使用しましたが、結局その牌をツモ切りしています。ニ度ヅモは連続しての使用はできませんし、それをしたからといって必ずしも有効牌を掴めるとは限りません。注ぎ込んだ金をそっくり無駄にしてしまうこともあり得ます。それはわかりますね…」

 

風「ええ、まぁ…」

 

上里「現在、あのガラスケースにある金のおよそ半分は若葉様が出した分。それなら、若葉様があの金を総取りする可能性が一番高くなるのも当然じゃありませんか」

 

風「そうかも知れませんが…」

 

 

ツモ…

 

 

上里「あ、終わったようですね」

 

風「え?」

 

 

乃木若葉のツモでこの半荘は終了。トップは43000点で乃木若葉。

ガラスケース(共卓)の中の金はすべて乃木家のものとなる。

 

これで乃木若葉は3連続トップ。

一方、夏凜はまだ一度もトップを取れずにいた。

半荘1回で4~5億円は溶ける麻雀である。

彼女がはじめに乃木家から借りていた25億円も、残り少なくなっていた。

夏凜のここまでの負けはゆうに20億円を超える。

 

 

『乃木』の麻雀は、狂気の麻雀。

一度ツモるごとに大金を供託に投げ込む麻雀である。

正気の沙汰ではない。とても正常な精神で続けられる麻雀ではない。

乃木側はこれを『投資』と呼んだが、それは金に余裕のある者の台詞。

この麻雀をギリギリの金で打つ者にとって、一打ごとに出す金は自分の血であり、肉でもあるのだ。

 

特に夏凜の場合、それはまるで身を切られるかのような思いであった。

投資などという冷めた感覚はすでにない。つまり地獄である。

対する園子や若葉には、そのような感覚はない。

なぜなら夏凜と違い、彼女たちは何百億円という資産を有しているからである…!

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

 

第二十一話、完



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第二十二話 曼陀羅とは裏腹に

LOCATION:大赦VIPルーム

 

 

若葉との麻雀…その勝負をするために大赦へ赴いた樹一同。

しかしそこには、参加を断ったはずの夏凜が卓に座っていた。

彼女がここにいる理由はただひとつ。兄である三好春信の借金返済のために勝負していた。

夏凜たちが行っているのは『乃木麻雀』…通常の賭け麻雀ではない。

それは、自分たちがツモるごとに大金を投げ入れる狂気の麻雀である………

 

 

夏凜「………」

 

 

夏凜の破滅は近い。

彼女がこの勝負の始めに持っていた金は25億円。すべて乃木家からの借金である。

そして、その内20億円はすでに溶けた。残りは5億円。

この麻雀…半荘1回で4~5億円は軽く"溶ける"。

つまり今この半荘でトップを取らない限り、夏凜の負けは確定する…!

 

 

風「(夏凜………)」

 

 

『乃木麻雀』は麻雀と言うよりポーカーに近い。言わば、麻雀のルールを利用したポーカー。

ツモるごとに金を払うというシステム。これはポーカーでいう勝負への場代や参加費と同じ。

この場代は親が倍々に上げる権利を持つ。最初は100万円で1回のツモが買えたが、それを200万円、400万円に上げることも親は可能。これはポーカーでいう金を積み上げることと同じ行為。

(この権利は親のツモ順が来る度に行える。よって、100→400へと一気に上げることはできない)

 

そして場代が800万円、1600万円と増加した場合、子は降りることが可能。場代を払わない代わりに、その局そのものを放棄することができる。その後はすべてツモ切りとなり、あがり放棄と見なされる(鳴きやカンも当然できない)。これはポーカーでいう降りと同じ行為であるが、ポーカーと違い降りた後は完全に安全というわけではない。ツモ切りは通常通り行われるため、相手へ振り込む可能性は格段に高まる。

 

 

以上の点から、麻雀の運や技術以前に『乃木麻雀』ではこの金の積み合いに乗ることができけなければ絶対に勝つことはできない。ポーカーでストレートやフラッシュなどの手を完成させても、金の圧力に負け降りていては勝てないことと同じだからである。

 

『乃木麻雀』における勝ち筋とは、基本的に通常の麻雀と同じ。自分の手の高さや相手の手の内を読み切り、攻めるときは攻め、退くときは退く…これが基本となる。しかし、その判断を決して誤ってはならない。なぜなら『乃木麻雀』は長期戦。勝負が長引くほど、所持金の優劣が顕著に浮き出る麻雀。故に資金のない者にとって無駄な投資は一切できない。麻雀における堅実な読みと判断…そしてプレイヤー同士の駆け引きが一層重要となる。このルールは後に、乃木園子の今後の人格形成に一役買うこととなる。

 

 

風「(夏凜はもう、残りが少ない…上里さんじゃないけど、夏凜がここからトップを取るのはかなり厳しい。いよいよとなれば、向こうは金の圧力で潰しに来るに決まってるし…)」

 

東郷「(資金面から見て若葉先輩側が有利。それは動かない。でも…)」

 

友奈「(でも最後の最後に手が入れば、もしかしたら…)」

 

樹「(にぼしさん…!)」

 

 

後ろで見守る風たちの心配をよそに、夏凜は善戦した。

局は進み、勝負は終盤を迎える。

場は南三局。親は園子。ドラ{②}

 

この時点で、一位若葉35000点、二位園子33000点、三位にやっと夏凜27000点。

三位ではあるが、トップの若葉との点差は8000点。

次に夏凜が満貫以上をツモれば逆転する。

 

 

夏凜「………」

十巡目、夏凜手牌。イーシャンテン。

{①②③③④④⑦⑧⑨⑨⑨白發} ツモ{⑥}

 

夏凜「(よし…この手、筒子だけで仕上げれば跳満は固い…あがれば子の跳満12000点で逆転トップ。トップでラス親を迎えられるわ!勝てばこの半荘で使ってきた金を一気に取り戻せる!あがりたい…!)」

 

若葉「(………とでも考えているのだろうな…ククク…)」

 

夏凜「{白}」

 

若葉「…ポン!」{白横白白}

 

夏凜「(役牌を鳴かれた!早逃げか?)」

 

若葉「…来たな。園子…」

 

園子「うん~」

 

夏凜「え?」

 

園子「{發}~」

 

若葉「ポン」{發發横發}

 

夏凜「あっ…」

 

若葉「ククク…」

{■■■■■■■} ポン{白横白白發發横發}

 

夏凜「(もしかして大三元っ…!?)」

 

 

大三元…役満の中でも成功しやすい役の1つ。{白.發.中}を3枚ずつ揃えれば完成する。

 

 

夏凜「(いや…さすがに大三元なんて…)」

 

若葉「三好さん。今一度確認させてもらうが、役満に振り込んだ場合、通常の点棒とは別に役満祝儀というものも払ってもらうことになる。その祝儀は変動相場性…そう、今の状況であれば………園子、電卓貸してくれ」

 

園子「はいよ~」

 

若葉「………えー、今場代は400万円で、この半荘でここに積もった共卓金が9億円。つまり0,4×9で3億6000万円という計算になるな」

 

夏凜「(ううっ…!勝負は終盤………だから、もう残りはそんなに…)」

 

若葉「これだけの金を振り込んだと同時に払ってもらう。つまりこの局、私に大三元を振り込んだ時点でお前は終わる…まぁ、精々気を付けることだ。三好さんが楽しみにしているラス親が来る前に終わりたくはないだろう?」

 

夏凜「(バカな………くっ…脅しよ!あんなの脅しに決まってるわ!大三元なんて手がそう都合よく入るわけがない!)」

 

 

しかし次巡、夏凜のツモ…

 

 

夏凜「(うっ…!?)」

 

 

夏凜がツモったのは最悪…死神の{中}…!

 

 

夏凜「(なんて牌を持ってくるのよ…!)」

{①②③③④④⑥⑦⑧⑨⑨⑨發} ツモ{中}

 

 

夏凜は手中の{發}を捨て、イーシャンテン維持。

 

 

夏凜「(でもこの手、あがれなきゃもう…)」

 

風「(落ち込むことはないわ夏凜!そのツモは不運なんかじゃない…逆に相手のあがり目を消したと考えればいいのよ!それにこのホンイツ手なら、鳴いて{中}単騎に受けることも容易い!今は粘れ!夏凜…!)」

 

 

さらに次巡、夏凜に絶好の牌が舞い降りる。

 

 

夏凜「({⑤}…!やった…!一番欲しかったところ…!メンチン一通の{①.②.④.⑤}待ち、理想的テンパイ…!)」

{①②③③④④⑥⑦⑧⑨⑨⑨中} ツモ{⑤}

 

風「(おお…!)」

 

夏凜「(…あっ…!でも{中}が…)」

 

 

そう、このテンパイを目指すには{中}を切らなければならない。

大三元、そして小三元の可能性もある若葉に対しての超絶危険牌…この{中}を…!

 

 

夏凜「(あがるためには…切らなきゃ…!切るしかない!)」

 

 

夏凜は、{中}に手を伸ばす。

 

 

風「(は!?ば、バカなっ…!)」

 

夏凜「(これが通れば…!)」

 

風「よせっ…!夏凜…!」

 

夏凜「えっ………ふ、風…!?」

 

 

思わず風は、夏凜の肩に手を置く。

この勝負、終始自分のことで精一杯だった夏凜。

風の声掛けは、今再び夏凜に仲間の存在を認識させ、そのおかげか…その瞳に僅かな光が戻った。

 

 

風「夏凜のその気持ち、アタシには痛いほどわかる。でもね夏凜…下手に生き返ろうとするのは、麻雀では一番やっちゃいけない行為。戻り道は刺されるわ!今は引くときよ!それに、この牌を切ってもテンパイには受けられる!」

{①②③③④④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨中} この形から↓

 

{①②③③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨中} {④}切りで{中}単騎待ち

 

 

風「点数的にも決して低くはならないわ!だから今は…―――」

 

夏凜「でっ、でも…単騎待ちなんかじゃ…」

 

風「夏凜!ラス親にかけるんや!」

 

夏凜「………親でいい手が入るとは限らない…」

 

風「入る!夏凜!アタシを…自分を信じろっ…!相手の上がり目を消せば、次はあんたのターンよ!風は吹く!(風先輩のことではない)」

 

夏凜「………通す!」

 

風「通すって…」

 

夏凜「(この手、あがるんだ!)」

 

 

チンイツ一通ドラ1の4面張…!あがればトップ…!

{①②③③④④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨} ドラ{②} {①.②.④.⑤}待ち

 

 

風「よせっ…!」

 

夏凜「{中}」

 

若葉「………ふふ…」

 

風「(どっ、どっち…!?)」

 

若葉「みんな、待てないんだな…」

 

夏凜「は…?」

 

 

ざわっ…

 

 

若葉「ロン…!その{中}だ!」

{③④⑤三三中中} ポン{白横白白發發横發} ロン{中}

 

敗者は必ず死に急ぐ…!

乃木若葉、役満大三元和了…

 

 

夏凜「ああああああ!」

 

若葉「子の役満32000点の直撃…資金が尽きる前に、これでお前はとびだ。4回戦終了」

 

夏凜「あ、あああ…(散華目)」

 

風「夏凜!くっ…なんで…」

 

若葉「『なんで』か…あなたにはわからないだろうな。あのとき、三好さんが{中}を打って出た気持ち…その心理が…」

 

風「え?」

 

若葉「人はギリギリの状況に追い込まれると、その無為に耐えられないものだ。ここまで築いた手を崩す…その行為に耐えられない。今までに費やした金と努力…それを無駄にしたくない。だから勇気を出す。今までに出したことのない勇気を…」

 

風「………」

 

若葉「…だが、勇気と蛮勇は違う。あの場面で{中}を打つこと…それは後者でしかない。結果取って喰われる。このように…な」

 

夏凜「ううっ…」

 

風「…夏凜…」

 

若葉「…ま、その気持ちもわからなくはない。仕方のないことだった…」

 

風「仕方のない…?」

 

若葉「…あの時点で、三好さんの通常な神経はとっくに壊れていた。自身の破滅を間近に感じている人間は、まさに一種の狂人だからな。恐怖からの解放を、自ら望む者。その者自ら下す決断が、限りなく死に近い決断であってもだ。そうだろう?犬吠埼…樹…」

 

風「(えっ…?)」

 

樹「………」

 

 

地獄を見つめて生きるより、希望を追って死にたい…!

それが人間。それが人間の末路…!

 

 

………

 

 

若葉「さて、精算に入るか。事前に話した通り、三好さんが負けた場面には2つの選択肢…支払い方から選んでもらうことになっている。だが春信さんの5億円と今回の25億円…計30億円を支払わなければならないこの状況になっては………どちらを選んだとしても今の三好さんに支払い能力はない。お兄さんに事情を説明して、新たに生まれた借金の肩代わりしてもらわなくてはな…」

 

夏凜「やっ、止めてください…!それだけは…!」

 

若葉「約束は、約束だからな」

 

夏凜「お、お願いしますっ…!私で負けた分は、私が責任を持って返しますから…!兄貴に…兄に迷惑を掛けるのだけは…!」

 

若葉「…そうだな。なら、こうしよう」

 

夏凜「?」

 

若葉「猫語で話せ」

 

夏凜「…は?」

 

若葉「借金全額返済までの間、此処にいる者たちとは今後猫語で話すんだ…それを守れるのなら、お兄さんには黙っておこう」

 

夏凜「はっ…!?」

 

 

ざわっ…

 

 

風「(猫語?猫語って…)」

 

園子「(うをおおおおおおお!!!)」

 

東郷「ありっちゃありですが…」

 

樹「マジっスか。ここ真面目なシーンっスよ」

 

夏凜「それは…」

 

若葉「できないのか?語尾に『にゃ~にゃ~』と付けるだけだぞ?ほら、にゃ~にゃ~☆」

 

夏凜「っ…」

 

風「乃木若葉ァ!お前は…!」

 

若葉「むっ…!?」

 

 

夏凜に勝つだけでは収まらず、さらにはプライドまでも傷付けようとする若葉。

後輩をバカにされたことに怒りを覚えた風は、我を忘れ若葉に殴り掛かる。

しかし…―――

 

 

友奈東郷「風先輩!」

 

風「なんで止める友奈!東郷!こいつは…!」

 

東郷「殴り合っても、何の解決にもなりません」

 

友奈「今は…堪えてくださいっ…!」

 

風「っ………わかったわよ。2人して私の胸揉まないで」

 

 

友奈と東郷、風の乳を揉むという必死のファインプレー。

その予想外すぎる行動に、風は落ち着きを取り戻すことに成功した。

 

 

若葉「………わかったのなら、私にも何か言うことがあるんじゃないか?」

 

風「………すみません」

 

若葉「たしかあなたは、噂に聞く勇者部部長の犬吠埼風…樹の姉だな」

 

風「今は部長じゃないけどね」

 

若葉「勇者部…そのような組織があるというのは前々から聞いていたが、危険極まりないな。今の大赦は、こんな危なっかしい人間を勇者の代表にしているのか…」

 

風「………」

 

若葉「何か言いたそうだな。お前も代打ちなら、勝負は卓の上でしたらどうだ」

 

風「!?それって…」

 

若葉「ふふ…私はいつでも、受けて立つぞ」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

樹「…若葉先輩」

 

若葉「なんだ」

 

樹「にぼしさんとお兄さんの借金…代わりに私が払います!」

 

風「へあっ!?」

 

夏凜「いっ、樹…」

 

若葉「………ほう」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

 

第二十二話、完



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第二十三話 四花の思惑

LOCATION:大赦VIPルーム

 

 

樹「2人の借金…すべて私が払います!」

 

夏凜「樹…」

 

 

ざわ…

 

 

若葉「…つまりこういうことか?三好さんの借金25億円…さらにそのお兄さんの借金5億円…計30億円。それを樹…お前がすべて肩代わりすると?」

 

樹「そうっス」

 

風「うぃ…樹ィ!?なっ、なっ…何言ってんの…!?」

 

夏凜「樹!余計なお世話よ。これは私がみんなを…裏切って、勝手にやったことなんだから…」

 

樹「そうもいきません。にぼしさんは同じ勇者部の…仲間じゃないっスか!」

 

夏凜「樹…」

 

樹「それに、にぼしさんの暗い顔は…もう見たくありませんから」

 

夏凜「樹…ありがとう。でもね、これは私自身の問題よ。後輩に救われるなんて、カッコ悪いじゃない」

 

樹「…ですが、どうもそれは無理っぽいっスね」

 

夏凜「え?」

 

若葉「…ふむ、園子はどうだ?」

 

園子「私はどっちでもいいよ~面白そうな方で~」

 

若葉「展開的にこっちの方が面白そうだな…よし、飲もう。その提案!」

 

夏凜「なっ…!?」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

樹「マジっスか」

 

若葉「何事も読者のために…乃木家の誇りだ」

 

樹「マジっスか」

 

若葉「三好さん、たった今お前の借金30億円は樹の物になった。猫語も、話さなくていい」

 

夏凜「は、はぁ………んまぁ、ありがたいっちゃありがたい話だけど…樹、本当に良かったの?」

 

樹「半分冗談でした」

 

夏凜「え?………マジ?」

 

樹「まっ、なんとかなるっショ」

 

若葉「となると、少しややこしい話になるな。三好さんの借金30億円、そして樹本人に賭けられた金額も30億円だから、それをそっくり差し引けば+-0円…お前たちが用意できるのは友奈、東郷、風の3人の合計…75億円と減少するが…」

 

樹「ふふ…その金は、勝負が終わってから差し引くことにしませんか。勝負は私を含めた4人の合計…105億円で挑みます。30億円以上は、絶対に奪い取るつもりっスから」

 

若葉「…なるほどなるほど…面白い。いいだろう。では早速勝負を…と言いたいところだが…悪いな。これから少し用事を済まさなくてはならないんだ。私と園子は席を外させてもらう。勝負は明日からでもいいだろう」

 

樹「え…?明日からっスか?」

 

若葉「大事な用でな。本当はそれを、夕方までに片付けておきたかったのだが…」

 

園子「急ににぼっしーが来ちゃったからね~そういう事もあるよ」

 

若葉「お前たち、食事は…?」

 

樹「それはもう、済ませていますが…」

 

若葉「なら、それぞれ個室を準備させよう。今夜はくつろぐといい。勝負は明日の朝9時でどうだ?」

 

樹「…わかりました。9時っスね」

 

若葉「では上里、彼女たちに部屋を案内してあげてくれ」

 

上里「わかりました」

 

風「その前に1つ、聞きたいことがあるの」

 

若葉「ん…?」

 

 

ざわ…

 

 

風「さっきの『勝負は卓の上で』の意味…言葉通りに取っていいのかしら」

 

若葉「…ああ。明日は私と樹との麻雀になるが、数合わせのため、私の陣営には園子。そちらの陣営には風…お前に入ってもらう。構わないだろう?」

 

風「…受けて立つわ。樹…明日は、お姉ちゃんと一緒に闘おう!」

 

樹「お姉ちゃん…!もちろんだよ!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:廊下

 

 

園子「わかちゃんたら、もう!止めてよね!」

 

若葉「…バレていたか」

 

園子「…マジで斬るつもりだったでしょ。もし、ゆーゆとわっしーが止めなかったら…」

 

 

園子は、若葉の腰に下げた『生大刀』を指さす。

この刀は西暦時代、若葉本人がバーテックス討伐に使用していた武器である。

『生大刀』は若葉死亡後も大赦にて厳重に保管されており、それは西暦以降の勇者の武器作成の研究やヒントに現在も活用されている。

若葉復活後、その刀は再び彼女の元に戻り、今も生前と変わらず携帯している。

 

若葉の日課は居合である。

それ故、いつ敵が襲って来ようともすぐさま対応できる抜刀術を身に付けている。

幸い、その能力が風に発揮されることはなかったが…

 

 

若葉「まさか。峰打ちで済ますつもりだったぞ?」

 

園子「ほんと~…?」

 

若葉「…それより、行くぞ。寝る前にもうひと仕事だ」

 

園子「うん~」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:大赦の個室・風の部屋

 

 

上里「こちらが、最後のお部屋です。何かありましたら、お声掛けください」

 

風「どうも…」

 

 

バタン…

 

 

風「………ふぅー…」

 

 

上里に案内され、部屋に入る。

風たち各自に用意された来客用の個室…それは地下にあり、その広さは20畳ほど。

リビングにはツインベッドが1つに、高価なソファーやテーブル…タンスなどが配置されている。冷蔵庫も供えられており、お酒も嗜むことができる。※お酒はアダルトになってから。

全体的な内装は、一般的なホテルの一室とさほど変わりはない。

唯一違う点は、地下のため夜景を見ることができない点であるが…

 

 

風「(これで1人用の寝室か…贅沢って言うか、なんて言うか…天井高いし、広いし…リビングだけで1LDKくらいあるんじゃないの?1LDKの広さも、よく知らないけど…)」

 

 

風は、用意されたベッドに仰向けに寝転ぶ。

 

 

風「(…てか、なんで洋式なのよ。大赦なんだから普通和室でしょ、普通…)」

 

 

普通…か…

 

 

風「(あはは…もうその感覚は、ここじゃ通用しないわね。なぜなら明日の麻雀は、何十億って金を賭けるんだから…)」

 

 

明日は…絶対に勝たないとね…

 

 

風「(でも…よくよく考えると…そもそもこの勝負。根本的に、こっち側に有利になるってこと…あり得るのかしら。樹が園子から直接聞いた話では、向こうの資産は何百億円以上…いや、もしかしたらもっとあるかも。それに対して明日、私たちが用意できるのはMAX105億円…そりゃ乃木たちも小さな額とは言わないだろうけど、それでも向こうからすれば、失うことに怯える額じゃない。仮に負けたとしても、これまでの勝ち分を少し吐き出すくらい…)」

 

 

でも…

 

 

風「(それでも私たちにとっては、絶対に失うわけにはいかない金…もし負けたら、一体どうなるのよ…上里さんは私たちが『大赦の物になる』って言っていた…たぶんだけど、今までの生活はできなくなる。樹をはじめ…友奈に東郷、そして私と…みんな買われてしまうわ)」

 

 

生涯大赦の手駒…!買われた犬に成り下がる…!

 

 

風「(私はともかく、樹をそんな境遇にさせるわけにはいかない…!樹には、せっかく夢が見付かったのに…!冗談じゃないわ!負けたら、また樹を悲しませてしまう!)」

 

 

さら…さら…

 

 

風「(…?水の音…?そう言えば、夏凜が勝負していた部屋に入ったときも同じ音が…キョロキョロ………あ、窓の外に…庭?なんで地下に木々が…)」

 

 

足を運ぶと、そこには庭は言うよりは森に近い空間が広がっていた。緑が生い茂り、草木や花が立ち並ぶ。そしてその中央には、小さな川が流れている。その川の水は…神樹の滝の水。

神樹のすぐ近くには神聖な滝が流れており、その滝の水がここの地下まで流れて来ているのである。風も神樹の滝の存在については、幼い頃に両親から聞かされた覚えがある。

 

 

風「(そうか…ここは大赦。なら、神樹様の滝から比較的近いこんな地下にも水が流れて来るのも、当然…でも、何も地下に植物を植えることはないわ。こんなの金で自然を持て余しているだけ…悪趣味。まぁ、悪趣味なのはさっきの麻雀でもわかったけどね…)」

 

 

最初のツモが100万円で、そこから親によって200、400と倍々で引き上げられて…そんな感じで、それこそ掛け算方式で金を搾り取る麻雀だもんねぇ…―――

 

 

風「………はうっ!」

 

 

そのとき風…不意に閃く。

億万長者・若葉たちをねじ伏せる奇襲…剛腕戦略…!

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:大赦食堂

 

 

勝負当日。

時は神世紀300年12月25日。午前7時30分。

勝負はこれから1時間半後…午前9時に行われる。

勇者部一同は、食堂に集まっていた。

 

 

樹「あ、お姉ちゃん。おはよう」

 

風「…おはよう、みんな」

 

東郷「風先輩、味噌汁をどうぞ」

 

風「あんがと」

 

友奈「風先輩、昨日はよく眠れましたか?調子とか…」

 

風「えと…6時間くらい…かな。寝る場所が違っても、案外普段通りに目覚めるもんね。調子はまぁ…別に悪くはないわ」

 

夏凜「…そっちの身体は出来上がっているようね」

 

風「夏凜!あんたいたの?」

 

夏凜「…んなっ、何よそれ!」

 

風「い、いやー…夏凜はもう勝負関係ないし?帰っちゃったのかなーと思って…」

 

夏凜「私は、樹に助けられた身だからね…この勝負、最後まで見届けたいの。それだけよ」

 

風「…そっか」

 

樹「………」

 

夏凜「…やっぱ風、あんた元気ないんじゃないの?樹も」

 

風「えっ!?なんで…」

 

樹「私はそうでもないっスけどね」

 

夏凜「いやなんか…なんとなく………ね…」

 

友奈「夏凛ちゃん。そこは気付いても言わないって約束したのに…」

 

東郷「磔ですね」

 

夏凜「あっ…」

 

風「え…?友奈、東郷…もしかして心配してくれていたの?」

 

友奈「もちろんですよ!2人とも、きっと不安がっているだろうから、目の前で不安にさせるようなことは言わない!って決めていたんですよ」

 

風「夏凜…あんたも心配してくれていたのね…」

 

樹「にぼしさんマジ天使」

 

夏凜「とっ!当然でしょ。今は風と樹にとって…一大事なんだから!」

 

東郷「磔ですね」

 

夏凜「うっ…」

 

風「…ふふっ。ありがとう、みんな」

 

東郷「風先輩。私たちは、2人に託すと決めました。ですから、これから先何が起ころうと…私たちは風先輩と樹ちゃんの判断に従います」

 

風「東郷…」

 

樹「お姉ちゃん…頑張って何とかなる勝負じゃないかも知れないけど…頑張ろうね」

 

風「樹…ええ。そうね。頑張ろう!」

 

樹「ところでお姉ちゃん。1つ、聞いてもいい?」

 

風「何?」

 

樹「私たちにとって、今…『金』って何だと思う?」

 

風「今…?」

 

樹「うん」

 

風「…今の状況じゃ、お金に価値なんてないわ。今は単なる数字や目盛りと同じ…増えようと減ろうと、この地下から勝って出るまではある意味で無価値。そう思っているわ」

 

樹「…そっか。私も、まったく同じ考えだよ」

 

東郷「知っていますか?西暦の大泥棒・石川五右衛門は釜揚げで処刑される際、お湯ではなく油が使われたとか…その理由は…―――」

 

夏凜「東郷…あんたもしつこいわね…あ、2人とも、サプリあげる」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:大赦VIPルーム

 

 

午前9時。ついに乃木若葉との麻雀が始められる。

樹たちの用意できる金は、105億円…!

神世紀の105億円は西暦の貨幣価値に換算すると、1050億円以上に匹敵する。

 

この金を失うまで行うデスマッチ…絶対に負けることが許されない闘い…!

若葉側は若葉と園子。樹側は樹と風で闘う。

金髪4人が卓を囲む…!まさに、金髪好きには堪らない光景…!

 

 

園子「実は!作者さんはこれがやりたかっただけなんよ~」

 

樹「マジっスか」

 

風「ふぇえ…」

 

若葉「…さて、勝負の席に着く前に今一度確認しておきたい。『乃木麻雀』のルールと、お前たちの勝ちと負けの基準…その明確な取り決めと、その後の処遇について…」

 

 

若葉によって、まずは『乃木麻雀』の説明が行われる。

 

 

若葉「上里から『乃木麻雀』の大体の説明はすでに受けたと思うが、基本的には普通の麻雀と変わりはない。ポーカーのように場代が設けられたものと考えればわかりやすいだろう。この麻雀は場代100万円でスタートし、最終的にその半荘をトップであがった者が供託の金を総取りできるというルール。だが、今回の勝負はあくまで私と樹のサシ勝負。他の者…つまり園子や風がトップを取ることは………まずないと思うが、仮にそうなってしまった際…金はどちらの陣営のものにもならない。その金は一時保留にし、また次の半荘で私か樹…どちらかトップを取った方が、前回の半荘の金を追加で得られる。こうすることで2人の対決という図式が、より鮮明になるというわけだ」

 

 

『乃木麻雀』では場代が存在する。

その場代は最低100万円。そして親はツモ順が来る度に倍々に場代を上げる権利を持つ。

子は場代を払いたくない場合に降りることが可能。それ以降はツモ切りのみ。

仮にテンパイしていたとしても、すでに降りを宣言している場合、あがることはできない。

半荘終了時には、その半荘でトップを取った者が供託の中の金を総取りする。

また場代とは別に幾らかの金を追加で供卓に投入することで、二度ヅモなどのある程度のイカサマも可能となる。

 

 

若葉「まぁ、この辺りはやっていくうちに慣れるさ。さて次は、勝ち負けの基準だが…」

 

 

次に樹側の勝ち負けの基準の説明。この詳細は未だ語られていない領域…

 

 

若葉「まず樹たちの勝ちの基準だが、これに明確な線はない。なぜならこの勝負は、樹たちの資金が尽きるまで続行可能な麻雀。お前たちが満足行くまで戦ってもらって構わない。そして負けの基準だが、これはその逆。樹たちが105億円分負けた時点で勝負は終了となる。昨日三好さんの件でも触れたが、このとき、そちらには2つの支払い方から選べる。現金ですぐに返すか、お前たちが大赦の物になるか…」

 

風「…昨日も聞いたわ。大赦の物って…つまりどういう意味?」

 

若葉「簡単なことだ。大赦で生活して、大赦のために働いてもらう。105億円分きっちりとな…その間、もちろん家や学校には帰さない。面会も大赦を通して行う」

 

風「…!」

 

若葉「だが私も鬼ではない。犬吠埼樹、結城友奈、東郷美森は借金のタカそれぞれ5億円分を追加することで解放しよう。だが犬吠埼風。お前の解放はない」

 

風「え…?」

 

若葉「当然だろう。最後の1人を解放してしまっては、他の勇者たちを操るコントローラを自ら手放してしまうようなもの。つまり風、お前は人質ということだ」

 

風「…!」

 

 

ざわっ………!

 

 

若葉「クッククク…」

 

風「くっ…!お前…!」

 

樹「まっ、待ってくださいっス!」

 

若葉「ん?」

 

樹「この勝負、そもそも私と若葉先輩の勝負っスよ。なら、負けたとき一番割りを喰うのは私でいいはずっショ!なんで、なんでお姉ちゃんなんスか!?」

 

風「(たしかに…)」

 

若葉「…ふふ、そう!この勝負の肝は…正にそこだ!この勝負を持ち掛ける際、私は考えた。どうすればお前が一番深く傷付くのかを…そこで気付いたのだ。仮に樹本人を捕らえても、あの人を舐めた態度に動じない性格だ…いくらダメージを与えたところで、お前は傷付かないだろう。だからお前のお姉さん!犬吠埼風を傷付ける方が最も心に傷を負わせられると気付いたのだ!樹、お前が園子を傷付けたようにな!」

 

樹「っ…!?」

 

 

ざわ…ざわ…

 

 

若葉「良かったじゃないか、樹。お前の望んだ、生きるか死ぬかの麻雀だ…何も問題はない。それに考えても見ろ。この勝負に必要な金は、そもそも我々が貸したもの…ならばこれくらいのリスク、背負って当然だろう?」

 

樹「くっ…」

 

風「樹…心配することはないわ。勝てばいいんでしょ、勝てば…」

 

樹「そうだけど…」

 

風「(それにもし私たちが負けても、最悪割を喰うのは私だけ…ふふ、案外ヌルいわね)」

 

若葉「勝負は10分後に行う」

 

 

………

 

 

樹「お姉ちゃん、ちょっといいかな?」

 

風「何?」

 

樹「今回の勝負、私はお姉ちゃんに任せようと思う」

 

風「え?なんで…」

 

樹「だって、もし負けたら…」

 

風「…なーに言ってんのよ今更!勝てばいい話じゃないの!ねっ」

 

樹「…だからだよ。お姉ちゃん、本当は若葉先輩と闘いたいんじゃないの。それに、にぼしさんも言ってたでしょ。負けたときのことも考えておけって…だからお姉ちゃんには、そのとき悔いのないよう…リーダーとして…全力で闘ってもらいたいんだよ」

 

風「樹…」

 

樹「嫌なら私が降りるだけ」

 

風「…わかったわ。樹がそこまで言うなら…」

 

樹「…ありがとう」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:園子の部屋

 

 

若葉「何?樹ではなく、風がリーダーに?樹はそのサポート役か…」

 

上里「はい。向こうはそう要求しておりますが…」

 

園子「おお~面白そう~わかちゃん、そうしよう?」

 

若葉「…まぁ、いいだろう(おそらく樹の差し金だな…何を考えているか知らんが…無駄なこと。幾ら策を練ろうと、我々の勝ちは動かない…!)」

 

 

ついに始められる、乃木家と犬吠埼家の麻雀決戦…!

若葉の誇りと、風の覚悟…勝利の女神は一体誰に微笑むのか…?

 

 

 

第二十三話、完



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番外編
第十七,五話① 若葉と園子…復活編


園子…1つ、訊いていいか?

 

                                          何?

 

どうして麻雀なんだ?ボードゲームなら、他にいくらでも種類があるだろう。

 

                     うーん…なんだか単純に、飽きちゃったんだよね。

 

飽きた?

 

                            それに、麻雀だとさ………―――

 

 

 

             「…なるほど。いかにも、園子らしいな」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:大赦寝室

 

 

………眩しい…なんだ?この光は………光…?

窓から日の光が…これは…朝…か?

なぜ、私は寝て………それより―――

 

 

若葉「ここは…どこだ?」

 

上里「えっ…?」

 

若葉「………上里?」

 

上里「わわっ…若葉しゃん…!?ああ、いえ…若葉様!おおおお目覚めになられて…!」

 

若葉「は?上里…私が見えるのか?」

 

上里「見えるも何も………はい、手鏡を」

 

若葉「………なっ、なんじゃこりゃあ~!?」

 

上里「ああっ…!生きている間に、若葉様の肉声が聞けるなんって…!」

 

 

乃木若葉のように肉体が存在せず、精神のみが存在しているという状態は本来あり得ない。

『精神』とは肉体あっての精神であり、『肉体』とはその宿る対象であるからだ。

これは人間に限った話ではなく、すべての生ある者は、生まれたときからその両者を有している。どちらか片方でも失えば、それは生きているとは言えない。

 

 

若葉「私が、鏡に映っている…ていうか持てる。上里、これは一体…」

 

上里「若葉様は蘇ったのですよ…生前と同じ肉体を得て…」

 

若葉「どういうことだ?詳しく聞かせてくれ」

 

 

229年前に亡くなった乃木若葉を人間として再び蘇らせるには、若葉の精神と肉体…その両方を呼び出し、その2つを一体化させる必要があった。それが大赦の課題。しかし、一度死んだ人間を蘇らせることは不可能。それではなぜ、若葉は蘇えることができたのか…

 

 

上里「わかわかのまるばつ…」

 

若葉「ふむ、ふむ…」

 

 

乃木若葉は先日まで、乃木園子に宿る霊魂として存在していた。

一般的に考えられている『霊魂』というものは、肉体とは別の精神的実体として存在している。つまり己の肉体を操作するだけではなく、離脱することも可能。それが以前の若葉の状態である。

 

一括りに『霊』と言っても、それはいくつかの名称・存在に分類される。

『幽霊』『精霊』『霊魂』などと呼ばれるものだ。基本的にそれらは、質量を持たない。

霊体である乃木若葉がそれらと決定的に異なる点は、意思の疎通が可能という点にある。

つまり、園子に憑依している状態の若葉は、厳密な意味での『霊』ではない。

なぜ若葉だけが、通常の霊魂とは違う存在だったのか。その理由は至極単純。

大赦は若葉の霊魂を『召喚』したが、それは『呼び出す』程度のものではなかったからである…

 

神世紀299年…大赦は神樹の力を使い、乃木若葉の霊魂を召喚。

乃木園子の肉体にそれを定着させることには成功した。

大赦が、若葉の霊魂の定着先を園子にした理由は主に2つ。

1つは、当時暴走していた園子を制御すること。そしてもう1つは、若葉の精神と、その血筋関係である園子の肉体との相性が最適だったためである。しかし、それだけでは半分。

大赦が目的とする乃木若葉完全復活のためには、別の肉体を新たに用意する必要があった。

そこで大赦は神樹の力と『ある方法』を用い、乃木若葉復活を図った―――

 

 

若葉「なるほどな…大赦は神樹の力を使い、私の肉体を再生したと…」

 

上里「ええ。現在の若葉様の肉体は、年齢的に14~15歳前後。西暦時代…若葉様がこの国を守る勇者として活動していらした時期の身体です。ピチピチギャルです」

 

若葉「すごいな…あの頃と遜色なく動かせる。しかしなぜ、今になって…」

 

上里「若葉様はこの1年間、園子様に憑く、幽霊のような存在でしたよね」

 

若葉「ああ」

 

上里「実は、若葉様のその肉体…霊魂を宿らせるためのベースは、神樹様のお恵みによりすでに存在していました。ですが、そこからが問題でした…」

 

若葉「問題?」

 

上里「若葉様は、この世に未練がおありですよね」

 

若葉「…ああ。バーテックスをこの世から滅亡させ、奪われた世界を取り戻す。それが私の意志。やり遂げなければならないこと」

 

上里「…はい。十分、存じております」

 

若葉「なぜ、そんなことを聞く」

 

上里「現世にある肉体と、あの世の霊魂を一体化…つまり定着させるには、その者の現世に対する未練や執着…強い意志が必要なのです。この世とあの世を結ぶための架け橋と言いましょうか…ナウく言うならケーブルのような役割です。そして若葉様は十分すぎるほど、その器量を有しておりました。ですが、それだけでは足りなかったのです」

 

若葉「何?」

 

上里「若葉様のその思いだけでは、霊魂を定着させることができなかったのです」

 

若葉「…上里。それはつまり…」

 

上里「いえ、それは違います。重要なのは思いではなく…きっかけだったのです」

 

若葉「きっかけ…だと?」

 

上里「若葉様の霊魂には、現世に対する揺るぎない意志がありました。しかしそれだけでは、定着させるためのきっかけ…スイッチが働かないのです。言うなれば、常日頃から抱いている意志の他に、新たな意志が発現する必要がありました」

 

若葉「…では私がこうしていられるのも、新たな意志…それが私に芽生えたということか」

 

上里「はい。実際、若葉様は先ほどより…こうして肉体を得ています。それは若葉様に新たな目標や決意…つまりは意志が芽生えたということに他なりません。若葉様には最近、何かその『きっかけ』ができたのではございませんか?」

 

若葉「………はっ!」

 

 

犬吠埼…樹…!

 

 

若葉「…そうだった。それだ!それだぞ上里!」

 

上里「?」

 

若葉「『園子を守る』そして『樹を倒す』…!それが私の、新たにできた目標だ!」

 

上里「はっ…?倒す?」

 

若葉「あー………これは話すと長くなるな…詳しいことは園子に聞いてくれ。私は少し疲れた…」

 

上里「この後、どうされますか?肉体も戻られたことですし、お食事でも…」

 

若葉「…ああ、確かに腹が減った…が、その前に。ヘアゴムもらえないか?今の髪型のままでは、園子と見分けが付かん」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

上里「園子様に似て、さらさらできれいな髪ですね。クシクシ…」

 

若葉「違う。園子が私に似ているのだ」

 

上里「性格は大きく違いますけどね」

 

若葉「はっきり言うな…だがそれだけは、私にもわからん。まぁ、血統とはそういうものだろう」

 

上里「…なるほど。ゴムお付けしますね」

 

若葉「遊ぶなよ」

 

上里「まさか」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

若葉「…うむ。ありがとう上里。きれいに整っている」

 

上里「ありがとうございます。後でリボンも用意致しますので」

 

若葉「助かる。ところで上里。この身体に1つ…問題が…」

 

上里「どこか、痛みますか?」

 

若葉「痛みはない。見た目についてだ。顔や髪、身長に関しては生前通りで問題ないんだが…この頃の私はもう少し…その…胸はあった気がするんだが…」

 

上里「詳しく聞かせてもらっていいですか!?」

 

若葉「…いや、やっぱりいい」

 

上里「そんな!」

 

若葉「…つまらないことを言って悪かった。他には何も異常はないから、安心してくれ」

 

上里「そうですか…それは何よりです」

 

若葉「…あ。そういえば、園子はどうした?まだ寝ているのか?」

 

上里「園子様は今お勉強中です。若葉様の事情は、すでに伝えてあります」

 

若葉「そうか…園子も大変だな………ああ」

 

上里「どうかなさいました?」

 

若葉「い、いや。帰りが今朝だったから、今も疲れて眠っているのではないかと思ってな。園子は、よく眠る子だから…(私が憑依していた間は私が代わりに勉強を教えていたからな…それがもうできないとなると少し…寂しくなるな)」

 

上里「園子様はマイペースに見えて、有言実行を怠らない方ですからね。寝不足な今でもしっかり勉強していらっしゃいますよ(しかし、実際半分以上は寝ているのですが)」

 

若葉「そうか…だが、あまり無茶はさせないようにな」

 

上里「承知しております」

 

若葉「園子の供物が戻ってからしばらく経つが…学力の方はどうだ?」

 

上里「少しずつですが上がっていますね。散華の間は好きにさせていましたから、現在もままならないのは仕方ありません。最近では休みの日も、自分で時間を決めて勉強していらっしゃいますよ」

 

若葉「頭の良い園子のことだ。遅れた学力はすぐに取り戻せるだろう」

 

上里「そうですね」

 

若葉「(園子もこれからのために頑張っている…では、私は…)」

 

上里「若葉様?」

 

若葉「上里…私はこれから、どうしたらいい?」

 

上里「まずは朝食を和食か洋食か選んでいただいて…」

 

若葉「そうだな朝はやはり………って、そうじゃない。今後について…だ」

 

上里「今後については、ここで時間をかけ、ゆっくり考えることにしましょう」

 

若葉「…ゆっくりでいいのか?」

 

上里「若葉様自身の今後のことですから、急ぐ必要はございません。そしてその答えを出す上で、どちらか選ばなければならないこともあると思います。もしお困りの際は、私をはじめとした大赦の人間や仲の良いお友達に相談なさるのも良いでしょう。悩んだら相談です。ですが、それでもどうしても答えが出ない…そんなときは、若葉様の好きなことを…なさってください。後悔のないように。私は、それを心から望む者です」

 

若葉「(『私の好きなことを』…か。この肉体…私が勇者だった14歳前後の頃であることは、大赦…もしくは神樹の意志。その思惑には別の思惑も見え隠れするが…今は黙っておくか)」

 

 

大赦が乃木若葉の霊魂を召喚した本来の目的は、当時の乃木園子を制御すること。

しかし制御することのみが目的であるなら、このまま若葉が霊魂のみの存在でも大赦的には問題なかったはずである。それならばなぜ大赦は、今になって若葉の肉体も復活させたのか。その方法とは何なのか。

その詳細を知る者は、大赦内のごく一部の人間に限られる…

 

 

若葉「…わかった。じゃあまずは朝食と行くか!」

 

上里「…はい!何になさいますか?」

 

若葉「目覚めて最初に食べるものと言えば…うどんだ!肉ぶっかけうどんを頼む」

 

上里「そうおっしゃると思って…もう準備してあります!(ウワーワタクシスゴイ)」

 

若葉「さすがだ上里!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:大赦園子の部屋

 

 

若葉「園子の部屋か…」

 

上里「すみません、若葉様のお部屋はまだ準備ができていなくて…それに大食堂は人目に付くと思いまして、お食事はこちらで用意させていただきました」

 

若葉「謝ることはない。上里のそういう気の利いた配慮…私は気に入っているんだ」

 

上里「光栄です。あ、うどんが茹で上がったようですね。はいどうぞ」

 

若葉「ありがとう」

 

 

ずるずる…

 

 

上里「お味はどうですか若葉様…」

 

若葉「うまい…うまいぞ………だが…」

 

上里「?」

 

若葉「………私には少し、このうどんが塩辛い…ようで…」

 

上里「どうされました!?泣いて…」

 

若葉「いやっ…少し…な。『味わう』という行為が…その…懐かしく…感じてしまって…」

 

上里「若葉様…」

 

若葉「園子の身体ではなく、私の身体で『食べる』…その行為…これが、どれだけ幸せか…200数年振りに、思い知った。『生きている』という実感…それ自体が幸せである…と。ありがたい…」

 

上里「わ…若葉様ぁ…!」

 

若葉「上里…すまないが、食べるのを…手伝ってくれないか?手が嬉しさのあまり…震えて…満足に動かせないんだ」

 

上里「はっ、はい!お箸をお持ちします!どうぞ…!」

 

若葉「手間をかける…」

 

上里「いいんですよ。はい、あーん♪」

 

若葉「あーん…もぐもぐ…ああ、うまい。身に染みる…」

 

上里「もう一口、あーん♪」

 

若葉「あーん………あ?」

 

 

バタン…

 

ドアを開ける音がした。ふとそこに目を向けると、そこには…

 

 

園子「わっ…わかちゃん…!?上里さんと…ああ、そういう関係…ご、ごゆっくり…」

 

若葉「まっ、待て園子!誤解!誤解だぁ!」

 

上里「あらあら」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

LOCATION:園子の寝室

 

 

若葉「ふぅ…なんとかして誤解は解けた…」

 

園子「わーかーちゃん!今日は一緒に寝ようね~」

 

若葉「わかちゃんと呼ぶのは止めろと言っているだろう」

 

園子「え~でもさ~、その身体…私と同年代くらいだし~やっぱり『先輩』なんて呼びづらいよ~だから、これからは『わかちゃん』でいいでしょ?」

 

若葉「お前には先祖を敬う気持ちはないのか…」

 

園子「さてさて~!わかちゃんは~どの枕がいい~?」

 

若葉「聞いてないな…」

 

園子「お布団の中…あったかいよ~、わかちゃんも入りなよ~」

 

若葉「もぞもぞ…」

 

 

2時間後………

 

 

園子「ふぁ~…いろいろ話したけど、そろそろ眠くなっちゃった…」

 

若葉「園子…」

 

園子「なぁに?」

 

若葉「私は今朝、自分の身体でうどんを食べた。自分の口でうどんを味わうことができた。そして感じたのだ。人は、『生きている』…それこそが幸せであると…」

 

園子「うん」

 

若葉「だがよく考えれば、それは間違っていた。勇者であるお前にならば、わかるだろう」

 

園子「…うん」

 

若葉「生きているだけなら、誰にでもできる。生きているだけで幸せ…というのは、動物レベルの話だ。私たちは動物ではない…1人の…人間だ。私たち人間には、すべきことがある」

 

園子「………そうだね」

 

若葉「神世紀に移行し、私が死んで200年以上…人類は、未だにバーテックスから世界を取り戻せていない。しかし、それも当然のことだ」

 

園子「当然?」

 

若葉「現在もバーテックスを根本から根絶やす策はなく、勇者はお役目を任され、それを知る者は日々その脅威に怯えている。だが、それは今の話だ。どんなに辛くとも諦めなければ、我々はいつか…必ず勝つ。実際、大赦はこの300年で勇者システムを飛躍的に向上させ、満開と精霊を用いた攻守も完璧…とは言えないが、比較的万全だ。私の代からすればな。そして壁の向こうの奴らも、我々と同じく進化を遂げているらしいが、それでも園子たち現代の勇者は、引けを取らずに闘えている。なんと喜ばしいことだ。これからも勇者たちがバーテックスとの闘いに耐え、勝ち続けることができれば…それは、勇者間のみならず…人類全体の…大きな自信へと繋がる」

 

園子「それは…わかるよ。でも!その勇者システムを作った大赦にもいろいろ穴はあるんだよ~いろいろとね。ああもう、ふざけんな!って言いたくなるくらい~」

 

若葉「…ああ、わかっている。油断は禁物だな」

 

園子「わかちゃんは、満開と精霊システムを過大評価しすぎなんだよ~!あれは表の顔!本当の裏大赦はね~勇者を使ってピーピーピーピー!」

 

若葉「園子…私は、この愚痴を聞くのは何回目だろうか…」

 

園子「…はっ!ごめん~続けて?」

 

若葉「…300年という年月…さらには人の一生。それは人類の長い長い歴史から見れば、瞬きするような短い期間だ。その一瞬で何ができるのか…それは限られている。だが…いや、だからこそ私たちは、その一瞬に全力でいる。ある者は、夢を叶えるために。そしてある者は、何かを成し遂げるために。そう…人は、自らの望みを実現させるために生きているのだ。バーテックスから世界を取り戻すというのも、その1つに過ぎない。園子、お前の夢はなんだ」

 

園子「私はバーテックスを全部倒して、もっとわっしーたちと遊びたいな~」

 

若葉「…良い夢だ。ならば私は、その夢を全力で応援しよう。それが私の夢だ」

 

園子「え~?わかちゃん、そんなのでいいの~?」

 

若葉「いいんだ。園子の夢は、私の夢でもあるからな」

 

園子「ふーん、そういうもんかな~」

 

若葉「そういうものだ。それに私がこうして蘇ることができたのも、何かの縁だ。ならば私は、なるべくその縁を…大切な人のために使いたいと思う」

 

園子「え?大切な人って~、もしかして私のこと?」

 

若葉「他に誰がいる?」

 

園子「………う、うわ~…今の私…けっこう恥かしいかも~…」

 

若葉「な、なぜ背を向けるんだ?」

 

園子「う~、今までそんなこと言われたことないから…恥ずかしくって…」

 

若葉「そういうものか?」

 

園子「そういうもんだよ~」

 

若葉「…そのままでいいから、聞いてくれ。園子…私から1つ提案があるんだが…今後ひと段落着いたら、大赦を出て…私と…2人で暮らさないか?学校の近くに新居を買って、そこで一緒に生活するんだ」

 

園子「うん~?2人で引っ越すの?それって…」

 

若葉「ええと………つまり、あれだな…その…///」

 

園子「…わかちゃん?」

 

若葉「………結婚…しよう」

 

園子「はぅっ!?」

 

若葉「!?どうした?」

 

園子「はわわわわわ~///わ、わかちゃんったら!もうっ!」

 

若葉「え?は?何が?」

 

園子「ベッドの中で告白なんて、聞いたことないよ!こういうのは、雰囲気ってものがあるでしょ~?」

 

若葉「あっ…いや。そっ、そうだったな。すまない…」

 

園子「どうせ告白されるのなら、もっとちゃんとした形で告白されたかったな…ぷんすこ」

 

若葉「(ああ、私としたことが…また園子を悲しませて…)」

 

園子「でも」

 

若葉「?」

 

園子「…うん。いいよ。わかちゃんとなら」

 

若葉「そ、園子…!」

 

園子「ただし!今度はちゃんとしたシチュエーションで告白してもらうからね~」

 

若葉「ま、また告白するのか?」

 

園子「うふふ、わかちゃんに2回も告白されたってことになれば、みんなに自慢できちゃうよ~」

 

若葉「まったく…敵わないな。園子には…」

 

園子「ふふ、この関係は肉体が戻っても変わらないねぇ~」

 

若葉「っー…返す言葉もない。もう寝るぞ………園子?」

 

園子「………わかちゃん。今夜はちょっと寒いから…もっと近くで寝てもいい?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

園子「(わかちゃん。さっきの告白も、本当は嬉しかったんだよ。不意打ちとは言え、暗いベッドの中、お互いに身体をくっ付け合った状態で…耳元で後ろから愛の告白を囁かれるシチュエーション…吐息が耳の中に入ったのにはちょっとびっくりしちゃった。不覚にもグっときたよ~!)」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

園子「おはよ~わかちゃん、おはよ~だよ~」

 

若葉「んあ…?」

 

園子「朝だよ~、朝!起きて!7時だよ!セブンオクロック!」

 

若葉「………ふぅ…」

 

園子「ぐっすりだったね~」

 

若葉「…ああ、そうか。昨日は園子と寝たのか…」

 

園子「ふふ、その言い方は誤解を生んじゃうよ?寝たことに変わりはないけど。ところで、今朝のわかちゃんの寝顔…とってもウルトラ可愛かったよ~ほら見て、この写真の幸せそうな表情…これは永久保存版だね~」

 

若葉「…ふふ」

 

園子「あれ?わかちゃん、怒らないの?」

 

若葉「…園子の行動が、似ていてな。昔の友人に」

 

園子「あれれ、わかちゃん…友達いたんだ~」

 

若葉「なっ、当たり前だろう!」

 

園子「冗談だよ~知っているよ。わかちゃんも昔、仲間と戦っていたんでしょ?」

 

若葉「…ああ。昨日は、その夢を見ていた…ような」

 

園子「実はわかちゃん、さっきまでうなされていたんだけど…怖い夢でも見たの?すごい寝顔していたよ~」

 

若葉「すごい寝顔?」

 

園子「ほら、この写真~」

 

若葉「…そっ、その写真は今すぐ消せ!ひどい顔だ…!」

 

園子「え~、嫌だよ。こういう表情はレアなんだから~」

 

若葉「何がレアだ…その顔はさすがに他人に見られたらまずい。消すんだ!」

 

園子「そこまで言うのならいいけど…でも~、こんな鬼のような形相…よっぽど悪い夢を見ていたんだね~(わかちゃんフォルダに移動して…と)」

 

若葉「(おかしいな…私が見た夢はそのような夢では………はっ!思い出した…)」

 

園子「?」

 

若葉「『犬吠埼樹』…あいつだけは………倒す。私の手で…」

 

園子「えっ…!?あの言葉…本気だったの?」

 

若葉「ああ。園子をあんな目に遭わせた樹を…許してはおけない」

 

園子「わかちゃん…あれはもういいよ…私もちょっと、悪ふざけがすぎたし…」

 

若葉「園子は良くても、私が許せんのだ」

 

園子「でも………」

 

若葉「あいつとは、麻雀で決着を付ける。だから園子、私に…麻雀を教えてくれないか?」

 

園子「私が、わかちゃんに…?」

 

若葉「私はもっと、強くならなくてはならない。西暦時代…仲間と遊びで牌をつまんだことはあるが、園子のように金を賭けた真剣勝負というのは、したことがない。だから…」

 

 

だから教えてくれ…!園子…!私に、真剣勝負の麻雀を…!

 

 

この日神世紀300年10月23日、早朝…乃木若葉は完全復活を果たす。

だがそれは皮肉にも、犬吠埼樹に対する怒りによって成されたものであった。

若葉は乃木家のプライド、そして園子を守るため、樹への復讐心を露にした…

 

復讐の炎に取り憑かれた若葉は、一体どんな麻雀を見せるのか…

2か月後に起こる激闘を、樹たちはまだ知る由もない…

 

 

 

第十七,五話①、完



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