ダンジョンでLv.6を目指すのは間違っているだろォか (syun zan)
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ダンジョンでLv.6を目指すのは間違っているだろォか

こンな実験でLv.6(絶対能力者)を目指すのは間違っているだろォか。

 

いくつもの細い路地裏の奥。この都市の闇の住処。

絶対的な力を求め被検体(オレ)実験道具(にんぎょう)がそこに立ち入る。

人形が実験の始まりを告げ、間髪入れずオレから距離を取る。

轟く銃声、奔る雷撃、その全てがオレまで届かず跳ね返る。

人形が倒れ伏し、残るのは足掻くこともできねェ肉塊と、嘲笑う自分。

赤黒く染まる壁、肉塊を片付ける人形、素早く清掃する暗部の構成員。

 

時には狙撃してきた弾を反射して鋼鉄破り(メタルイーター)ごと人形を貫いてみたり。

時には体内の電気信号の向きをぐしゃぐしゃにしてみたり。

時には血流を逆向きにして心臓から爆発させてみたり。

時には大質量の物体で押しつぶしてみたり。

時には時には時には時には…。

最強(レベル5)』では足りなくて『無敵(レベル6)』を目指してしまった結果やってしまったこと。

10031人の虐殺。ひたすら殺すだけの実験。

余りにも酷くていかにも自己中心的なこンな実験でも、『ヒト』を殺し続けるよりはいいじゃねェか。

こンな実験でレベル6を、訂正、誰も傷つける必要のない『絶対』を目指すのは間違っているだろォか。

 

結論。

 

オレが間違っていた。

「歯ぁ食いしばれよ最強(さいじゃく)───俺の最弱(さいきょう)はちっとばっか響くぞ」

「ぐがっ」

生きる者の尊厳を踏み躙るよォな実験で『無敵(レベル6)』を目指した結果、オレは今、死んだ。

具体的にはツンツン頭のレベル0の男にぶン殴られた。

能力に頼りきりで生きてきたオレには強すぎる一撃で、ぽっくり逝った。

死ンだ。間違いなく、死ンだ。

卑劣で悪逆な実験を行った者にはもったいねェ死因。英雄の拳(ヒーローのパンチ)

こンな実験に参加したオレは馬鹿だった。

最強(レベル5)』を超えた『無敵(レベル6)』なンて夢のまた夢だった。

2万体の死体を積み上げるこンな実験にそれを求めていた時点で、オレは終わっていたンだ。

あァ戻りてェ。

この実験に…いや、この都市(まち)に来ることを決めたあの時の自分を止めてやるために、あの時へ戻りてェ。

物理的にもオレの命運的にも、そしてもう一つわけの分からねェ理由でも、それはもう不可能なンだが。

 

『グルオァッッ!!』

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!?何なンですかァ!この犬頭どもは!」

 

武器を持った犬頭のイキモノ。

突如壁から生まれ出てきての最初の一撃以外(・・)は躱しきったものの、身体能力の低すぎるオレにとっては既に体力的に限界だ。

蹴躓いて、ゴロゴロと床を転がる。

 

『グルルゥッッ!!』

「チッ!」

 

即座に体勢を整えて後ろに下がった。

普段ならばする必要の全くねェ行為。『能力(ちから)』が無けりゃ、オレなんてこンな程度のもンだったらしい。

ドンっと背中が壁にぶつかる。行き止まりだ。

目が覚めたこの広いフロア。正方形の空間の隅にオレは追い込まれた。

(レベル6を目指したオレがレベル0程度の能力も出せずに死ンじまうなんてなァ…まァ、あンだけやった天罰みてェなものか)

 

─結局、レベル6にはなれなかった。

一万人も殺してきた理由を性懲りもなく思い浮かべながら、死にゆく自分を自嘲する。

 

次の瞬間、イキモノの体に一線が走った。

 

「ハァ?」

『グルゥ?』

 

オレと犬頭のマヌケな声。

どうやら犬頭は背後から心臓を貫かれたよォだ。

そいつの後を付いて外から入ってきた6匹の犬頭も次々と屠られていく。

 

大量の血を浴びて、オレは呆然とする。

 

「…あ、えっと、大丈夫ですか!?」

 

犬頭に変わって現れたのは、ごくごく普通の少年だった。

白髪で赤目なンていう目立ちまくる特徴を除けばだがな。

 

(オイオイ…マジかよ)

 

奇しくもその特徴はオレと、一方通行と全く同じで、

奇しくもその行為はオレに、一方通行に実験を思い出させた。

 

(二万体の人形との戦いでレベルを上げる実験が失敗したンだから、次は二万種のバケモンでってか?)

 

あァ。

こンな実験でLv.6(絶対能力者)を目指すのは間違っているだろォか。

 

再結論。

もちろん間違ってる。

が、学園都市(この街)はレベル6を目指すのを止めさせるつもりはねェみてェだな。



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出会いの迷宮譚

『ギャウッ!?』

「はッ!」

安物の短刀、と言っても毎日の生活費をギリギリまで切り詰めて作ったお金で借金を返済したばかりの僕の唯一の武器なんだけれど。

それで何度も薙いで、目の前のモンスターをなんとか屠る。

これでも、この街、オラリオに来る前と比べれば、僕は格段に強くなっている。

神様がくれた『恩恵』が、単なる子供に過ぎなかった僕を上層の弱いモンスター程度なら倒せるくらいまで引き上げてくれている。

『シャアッ!』

「ほあっ!?」

『グエッ!?』

とはいえ、Lv.1の僕の力じゃ、危うくなることのほうが多いんだけど。

例えば、今みたいに。

『『『『『『グルオァッッ!!』』』』』』

「無理だぁー!?」

角を曲がって出くわしたのは計8匹のコボルトの群れ。

囲まれる前になんとか2匹は倒せたけれど、その間に綺麗に包囲されてしまった。

駆け出し冒険者の僕が言うのもなんだけど、大抵1,2匹で徘徊しているコボルトがあんなに群れてることも、あんな綺麗な戦術を使ってくることも、非常に稀っていうかありえないことのはずだ。

少なくとも僕はそんな光景は見たことない。

先日のミノタウロスといい、この頃ろくな目に遭ってない。

これで、あの時みたいな出会いがあればまだしも、コボルトをに追いかけられてる新米冒険者をわざわざ助けるなんてことはないだろう。

下から追い立ててしまったというあの時のミノタウロスと違って、コボルトはあくまで上層のモンスターだから。

「っ!」

直角の曲がり角に飛び込んで、ブレーキをかけようとしてやめる。

僕がしようとしたのは待ち伏せ。コボルトが飛び込んできた瞬間、一気に飛びかかる心算だった。

でも、既にコボルトはこの先の小部屋にもいて、今にもへたりこんだ遠目にもわかる”美少女”に襲いかかろうとしていた。

『──男ならハーレム目指さなきゃな!』

ああ、どうしてこんな時に祖父の言葉を思い出すのだろうか。

もう心が止まれない、もう足が止まらない。

「うあああああああああああああっ!」

『グルゥ!?』

自分の持つ唯一の取り柄といってもいい、比較的高い『敏捷』のステイタスを振り絞ってコボルトに飛びかかる。

相手の心臓に短刀が食い込む。これで、小部屋の中は大丈夫!

間を置かず入ってきた他のコボルトたちが、同族の死体を見て少しの動揺を示した。

一方、僕の攻撃の勢いは緩まない。そのまま始末したコボルトを盾にするようにして群れへ突撃、動揺の隙を突いて2匹のコボルトを巻き込んで地面に倒れ込む。

『ガ、ガァ!?』

「ふっ!」

『ギョグ!?』

前転して素早く立ち上がり、地面に倒れ込んだ一匹のコボルトの喉笛にナイフを突き立てる。これで一匹!

『グ、グオオオッ!?』

「!」

『ゴッ!』

動揺で固まっていた4匹が再起動した。

飛びかかってくるのをいなし、コボルトの死体で防ぎ、ついでにまだ地面に倒れているもう一匹のコボルトの頭を

蹴り飛ばす。犬頭がとんでもない方向を向く、2匹目。

『ガァッ!?』

「ふんっ!」

『グェ!?』

ボロボロで、盾にもならなくなった死体を未だ健在の4匹へ向けて放り投げる。

一瞬、注意を死体に向けさせて、その隙に一匹の喉を掻き斬る。3匹目。

「僕の勝ちだ!」

『キャインッ!?』

勝利宣言。

残りのコボルトでは、僕を包囲することもできない。

仮にあの少女を人質に取られたとしたら危ういかもしれないけれど、知能の低い下級のモンスターがそんな戦術をとるわけないし、それを避けるためにわざわざ大声で勝利を宣言して、気を引いたんだ。

ザッと4匹目の腹をかっ捌いて残るは2。

恐怖の眼差しを向けてくる最後のコボルトたちを、僕はもう時間をかけずに撃破した。

「ふ~~っ……勝てたぁ」

へたりこみたい気分になるけれど、女の子の前だから、体に喝を入れて振り返る。

女の子はこちらを驚いたような目で見てくる。ここでクールに声掛けをすれば!

「あ、えっと、大丈夫ですか!?」

うっ、全然クールじゃない。

それに戦い方もひどく泥臭い感じだ。

僕を助けてくれた時のアイズ・ヴァレンシュタインさんのように格好いい倒し方じゃない。

こんなんじゃあハーレムなんて夢のまた夢、きっとこの子にも幻滅されただろう。

「オイ、聞いてンのか。」

「え?」

迷宮に響くように僕の耳に聞こえてきたのは、凶暴さを含んだ”男性の声”。

まさかと思って、さりげなく見回してみるけど、ここには僕とこの”少女”だけ。

──美少女は実は男だった。

『男の娘でもいいだろう。可愛ければな!』

ごめんなさい。お祖父ちゃん。

僕はそこまで達観できません。




ここの一方さんのホルモンバランスは少し女性よりです。


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幻想《ファンタジー》

コイツは一体どうしちまったンだ?

声をかけてやってからというもの、ずっと放心しっぱなしじゃねェか。

ハァ、仕方ねェ。

”能力が使えねェ”今、安全地帯に行くにはそこまで行けるだけの力とそこまでの道のりの知識が必要だ。

この場所の先住者と思しきコイツは適任。

さっさと目を覚まさせるか。

「オイ、起きろ…あー、そこの…オマエ」

「あっ!ごめんなさい。えーっと」

一方通行(アクセラレータ)だ」

「あ、一方通行?さん。僕はベル・クラネルです。えっと、なんで、しょうか」

なンだコイツ。随分と腰の低い奴だなァ。まァイイ。まずはここから出ることだ。

「あァー。外に出てェンだが、そこまで案内してくれねェか?まァ、出来ればでイイけどよォ」

「ならいいですよ。僕もそろそろ帰ったほうがいいかなと思っていたんですよ。ちょっと待っててくださいね」

こりゃァ運がイイもンだ。犬頭7匹を屠ったコイツは少なくとも今のオレよりは強いからなァ。

それにしても不思議なもンだ。

コイツがどンな能力を持っているかはわからねェが…

少なくともレベル1の《身体強化》に相当する身体能力を持ち、

そのうえ”ナイフを突き立てただけで犬頭の死体を量子レベルまで分解”して、一部だけ取り出していやがる。

多重能力者(デュアルスキル)ってやつかァ?

存在しねェはずだが、統括理事会が秘匿してたンだったらありえる話かもしれねェ。

ベクトル操作ができればともかく、出来ねェ今の状態では勝ち目はねェな。

「それじゃァよろしく頼むぜ。ベル・クラネル」

「はい。任せてください。一方通行さん」

手を差し出してきた少年…ベル・クラネルに向け、なるべく友好的にと心がけて、笑顔で握手をする。

こンなことする柄じゃねェが、今は仕方がねェからな。

『ウオオオオオオオンッ!』

『ガアアッ!!』

「……連戦?」

うおっ。犬頭が3体に、緑のガキが2体襲いかかってきやがった。

まァ、さっきより数も少ないし、なンとかなるだろう。

「えっと、一方通行さん!手伝ってくれませんか!」

「ハァ?オレは今はレベル0だぜ?」

「え!?一方通行さん、もしかして『恩恵(ファルナ)』を受けてないんですか!?」

「『恩恵』?なンだそりゃ。」

「えーっと。地上に出たら説明します!受けてないんだったら早く下がって!」

『恩恵』とやらが何かは知らねェが、どちらにしろ、今オレにまともな戦闘力はねェから、素直に下がっておく。

…『恩恵』ねェ。それが多重能力者を生み出す鍵になるンだったら。そいつがレベル6になる手助けになるンだったら、少なくとも元のレベルまで戻せるンだったら。

受けてみるってのもイイかもしれねェな。

「これで、終わり!」

『グガァ!?』

戦闘も終わったか、これでようやく外に出れそォだな。

 

──────

 

ベルについて来て、分かったことが一つある。

『ギシャアアッ!』

「危ないっ!って、ぐえっ!?」

─コイツ、致命的にツいてねェ。

これで3階層登った訳だが、その間にコボルトと呼ばれる犬頭7体、ゴブリンと呼ばれる緑のガキ5体に襲われやがった。

オレをかばいながら歩いているせいか、攻撃も7回ほど受けてやがる。

ベル曰く、『敏捷が高いから回避型』で『耐久はあまり高くない』とのことだから、

あれだけ攻撃を受けてれば危険だろう。

実際、最初より足取りがおぼつかねェ感じだ。

まァ、オレも荷物を背負って長ェこと歩いていたせいで、疲労困憊だがなァ。

もうすぐ出口だってことだけが救いか。

オレは体力がねェからいつまでも歩いてられねェしなァ。

「取り敢えず……倍返し!」

『ブベエッ!?』

お、粉砕。ついでに、出口が、外が見えたな。

全くとんでもねぇ研究所だぜ、中世の街をまるまる一つ再現しやがって。

学園都市以上のサイズがあるんじゃねェか?この規模だと、学園都市外部の協力機関ってところか。

遺伝子改造によるバイオ生命体か?いろンな姿かたちをした奴らがいやがるな。

エルフにドワーフに…まさしくファンタジーじゃねェか。

名付けるなら”幻想(ファンタジー)都市”ってかァ。

まァ、とにかく外に出たのならコイツといる必要もねェな。

「じゃァ、ベル、オマエとはここでお別れか?」

「はい、僕は『魔石』や『ドロップアイテム』を換金したらまた潜らないといけないので。

 あ、そうだ。今晩、『冒険者通り』にある『豊饒の女主人』っていう酒場に来てください!『恩恵』のこととか 説明します!代金も出来る範囲で奢りますから!」

あァ、それがあったな。『恩恵』とやらが使えるか使えねェかを測れる機会だ。

こっからの時間は、その酒場を探すことに使うとするか。

 



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眷属《ファミリア》

ブラブラと散策をしてみたが…ここでひとつ重大な問題が出てきやがった。

「…この街、広すぎねェか?」

まァ、簡単に言やァ迷ったわけだなァ。

もともと目的地はねェンだから、迷ったって言い方は変かもしれねェが、

豊饒のなんたらっていう酒場の見当がつかねェ訳だし、迷ったでイインじゃねェかな。

まァ、適当に人を捕まえて道を聞きゃァいいだろ。

そこの屋台で売り子をやってるガキにでも聞くか。金はねェけど。

「オイ、ガキ。ちょっと聞きてぇことがあるンだが…」

「へぇ~、ガキ?このボクに向かってガキ呼ばわりとは、君は一体何様なんだい?」

「あァ?ガキにガキっつゥのに何か資格が必要なンですかァ?」

「また言ったな?ボクはこれでも神なんだぜ?」

「はァ?神だァ?オマエみてェなクソガキがァ?ハッ、冗談も大概にしな」

オーバーに両手を上げ、やれやれと首を振る。

コイツを選んだのはハズレだったか。

まさか自分のことを神とかいうような奴だったなンてなァ。

まァ、ここ以外の屋台で聞けばイイだろ。

「フフフ…いいだろう。神に喧嘩を売ったことを後悔させてやる!喰らえ、神の拳!」

「がはァっ!」

コイツっ、正面からぶン殴ってきやがった!

能力の使えねェオレの身体能力なンざそこらの活発なガキにも劣る。

反射もできなけりゃ、衝撃を流すことも出来ねェ。

鳩尾にガキのパンチを食らっただけでも、意識が朦朧としてきやがる…

「嘘だろ?まさか、これ一発で沈むっていうのかい!?いくらなんでも貧弱すぎるじゃないか!?」

「ヘスティア?何でお客を殴って、しかも気絶させているんだい?」

「うわわわわっ!すいません店長!」

「うん、いいからその子を早く休める場所へ連れてってやんな。何があったかは打ち上げで聞かせてもらうからな。」

「は、はいぃぃっ!」

 

──────

 

目が覚めると、目の前にクソガキがいた。

「やぁ、目が覚めたかい、少年。悪かったね、まさか『恩恵』を授かっていないとは思わなかったんだ。」

また『恩恵』か。

この口ぶりからするに、この実験都市では『恩恵』は当たり前のように持っているもンなンだろうなァ。

そして『恩恵』の内容は通常の個々の能力に加え《身体強化》を強制的に発現させることってとこか。

あの時みてェに反射を無視して攻撃してくる奴がここに居ねェとは限らねェし、

今はまず反射がねェからな。

『恩恵』とやらを得とくべきだな。

まァ、それもベル・クラネルから説明を受けてからだな。

「悪ィと思ってんならちゃんと質問に答えろよ?」

「ああ、もちろん!なんでも聞いてくれよ。これでもここに住んでからは長いんだ。」

「今日の夜にメインストリートの『豊饒の女主人』ってところに行く約束をしたンだが、

 どこにあるのかわからなくてなァ。」

「へぇ!奇遇じゃないか。実はボクの【ファミリア】の子も今晩そこへ行くらしいんだ。

 そうだね、そろそろ帰ってくると思うから一緒に行ったらどうだい?

 ホントはボクも行こうかと思ってたんだけど、高いらしいし、バイト先で打ち上げがあるからね。」

『ファミリア』?

眷属っつゥことだよなァ。

じゃァソイツはこのクソガキの神様ごっこのお相手って訳か。

大変だろうから優しく扱ってやるか。

「神様、帰ってきましたー!ただいまー!」

「おっ!ちょうど帰ってきたね。おかえり!|()()()、今日の成果はどうだったんだい?」

なンだかどっかで聞いたことのある声じゃねェか。

しかも、()()()

まさかとは思うが…。

「今日は結構収穫多いですよ!ドロップアイテムもいっぱい…って一方通行さん!?」

「なんだいなんだい、キミたちは知り合いだったのかい?」

「はい、今日ダンジョンで会って…」

やっぱりベル・クラネルだったかァ。まったく、なンて偶然だよ。

まァ、店を探してウロウロする必要がなくなっただけ良しとするかァ。

「アクセラ君、『恩恵』もなしにダンジョンに潜るなんてキミは無茶をするね。」

「ンな事言われても知らなかったんだからなァ。」

「そうか…そうだね。うん、よし。

 なあ、アクセラ君。よかったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今からベル君の【ステイタス】を更新するんだけど、

 入ってくれるなら一緒にキミに『神の恩恵(ファルナ)』を刻みたいと思うんだ。どうかな?」

ハァ?このガキが『恩恵』を刻むのか?

っつゥことはこんなナリしていても、研究者ってことかァ?

まァ、どちらにしろ、ここで受けたって今より弱体化するなんてこたァねェだろ。

懸念すべきは、『ファミリア』っつゥのに、研究者の『派閥』とでも言うべきもンに入れられちまうことだが、

そんなのは能力さえ戻ってくりゃァどォにでもなるからな。

「イイぜ、オマエの【ファミリア】に入ってやるよ。クソガキ」

「ボクはクソガキじゃなくてヘスティアだよ。アクセラ君。

 とにかく、ボクたちのファミリアへ、【ヘスティア・ファミリア】へようこそ!!一方通行!」



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恩恵《ファルナ》

恩恵とやらの説明を一通り受けたが…

どォやら身体強化を付与すると同時に、その強度やその他の能力などを何らかの方法で測定・数値化するっつゥことみてェだな。

「じゃあ、早速刻印しようじゃないか。アクセラ君、上着を脱いでここに座ってくれ」

「あ?オレの分をやンのは後じゃねェのか?」

「いやいや、そんなわけないさ。ボクはじゃが丸君はバターの乗っている方から食べる神だよ?

 より面白そうな方からやってしまうのは娯楽に飢えている神々(ボクたち)の本能みたいなものさ」

オイオイ、楽しそうとか面白そうとかで順番を決めンのかよ。

と、思ったが別段おかしな事じゃァねェな。

順番が逆でも結果が変わらねェタイプの実験ならオレだって面白いヤツからやることがねェわけじゃァねェからな。

「よし、じゃあ始めるよ。」

背で行われてるから何をやってるかはよく分からねェが…触感だけでも少しは理解できる。

何らかの液体を背中に落とし、指、もしくは棒かなンかを使って液体を広げるよォになぞっていやがる。

この液体に《身体強化》を発現させるための何かが含まれてンのかも知れねェな。

「なぁ、アクセラ君。キミはここで何を為したいんだい?」

クソガキが尋ねてくる。自分の派閥に入れるんだから目的や素行の調査ぐれェは普通はすンだろ。

ここは弱小だからか、なンの調査もしてねェだろうオレを入れるくらい手当たり次第な感じだったけどなァ。

まァ、嘘を言う必要もねェだろ。

「強くなることだ。それこそ『最強』どころか『無敵』になるぐれェまでなァ」

「『無敵』!?キミもとんでもないものを追い求めてるね」

「そうだろうなァ。それでも求めなきゃいけねェンだよ。」

「ま、事情は聞かないよ。話してくれるまでね」

聞かれても答えるつもりはなかったけどなァ。

まァ、聞かねェで置いてくれるンなら、ありがたく受けとっておくか。

「そうだ、アクセラ君。キミの名前のことなんだけど…」

「一方通行にしといてくれ。昔の名前はもう捨てたンでなァ」

「名前は大切にするべきだとボクは思うけどね」

「大切なもンだからこそ捨てたンだよ」

「これについても話す気はなさそうだね」

「まァな」

そンなことを話しているうちに『神の恩恵』の刻印は終わった。

途中で一度クソガキが変な反応をしやがったが、まァ何事もなく終わった。

「……なぁ、アクセラ君。キミは一体何者だい?」

「ハァ?何者もなにも、オレは一方通行だぞ?」

「まあ、分からないなら分からないでもいいんだけどね…。

 とにかく、これがキミの【ステイタス】だ。これでキミもボクのファミリアの仲間だよ。

 しっかり覚悟しておいてくれよ、これから大変で、面白い日々が始まるんだからね!」

【ステイタス】ねェ… 一体どんなふうになっているやら。

 

──────

 

一方通行【  ・   】

Lv.1

力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

《魔法》

《スキル》

一方通行(アクセラレータ)

 ・ありとあらゆる向き(ベクトル)を感知し、操作する。

 ・演算能力により効果上昇。

 ・スキルを信じる心より効果上昇。

 

「…ハァ?」

 



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異界《オラリオ》

「やっぱり、最初ステイタスを見たときはびっくりするよね。でも安心していいよ。

 基本アビリティの数値は熟練度とも言って、最初はみんな0だから」

などと、見当違いのことを言いやがった奴もいたが、オレが驚いたのはそこじゃねェ。

《スキル》【一方通行(アクセラレータ)】の存在だ。

試しに風を手のひらに集まるように操作してみれば風は渦を巻き、オレの周りを回る。

さっきまで使えなかった能力が、『恩恵』を受けたと同時に使えるようになったことと、

『恩恵』を受けたことに関係がねェ訳がねェ。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

どちらかといえば後者の方が確率は高ェか。

何つったって、ここは()()()みてぇだからなァ。

ここは元々オレのいた世界とは違ェ法則が少なくとも1つは存在する。

実際に、操ったはずの風は演算どうりに手の上で圧縮されず、

手の上を通過して、オレの周囲を回転しているンだからなァ。

操りながら解析も進めているんだが、全く掴める気がしねェ。

それぐれェ向こうの既存法則とは違ェ法則が、既存粒子とは違ェ粒子が、既存物質とは違ェ物質が、

ここには存在してンだ。

これで同じ世界だっつゥ方が無理あるっての。

ともかく今は反射どころか、軽減する程度しかできねェ訳だ。

それだけでも出来りゃァクソガキに殴られてもなんとかなるけどなァ。

まァ、今となってはいくつもの実験に追われることもねェ、

あの怪物どもだって学園都市の用意したレベルアップのための玩具(実験)じゃねェ、

時間なんていくらでもあンだ。

この()()をゆっくり解析して行きゃァイイだけのことだからな。

 

────その後、クラネルのステイタスを更新したクソガキは何故か不機嫌になって出て行った。

バイト先で飲み会があるらしい。

そォいうところは向こうと一緒らしいな。

「それじゃァ、オレ達も行くか?いつまでも落ち込んでるよりはイイと思うぜ?」

「うん…そうだね。神様には後で謝るとして、今は切り替えていかないと!」

 

──────

 

太陽は完全に沈み、空は薄く輝く満月と向こうとは違う並びの星々が浮かぶ。

この星の並びもここが地球ではねェっつゥことを示してるよなァ。

しかし、クラネルは慣れてンのか結構ずんずんと進ンでいきやがる。

これははぐれたら面倒そォだな。

「あれぇー?朝、シルさんと会ったのはこの辺りの筈なんだけどなぁ……」

オイオイ、コイツも道を知らねェのかよ。

確かに昼にこの辺をうろついてた時と比べれば随分と様変わりしてるみてェだがなァ、

だからって目的地がわからなくなるほど変わってるわけじゃねェだろォが。

つまり、コイツも誰かと約束したとか、話を聞いたってだけで行ったことはねェってことか。

「……たしかここ、だよね?」

「聞かれてもオレには分かンねェぞ?看板にはそォ書いてあるがなァ」

まァ、十中八九ここだろうがなァ。

にしてもこの街並みの中ではかなりでけェ酒場なンじゃねェか?

このあたりの店じゃァ一番大きいぞ?

クラネルはもう中を覗いてンのか。

じゃァ、オレも入らせてもらうとするか。

でも、コイツ、何で喉を鳴らしたり、赤面したりしてんだ?

流石に学園都市に酒場っつゥのはねェし、入ったこともねェが、

こンな雰囲気の店だったら、ねェ事はねェからな。

それより、さっきから店員の一人がクラネルのことを呼ンでンだが、気づきそうにねェぐらい固まってンな。

「ベルさんっ」

「…………やってきました」

「はい、いらっしゃいませ」

店員は何かやたら大きく微笑ンでンな。

その方、クラネルは何か無理やり笑ってンな。

そんなに店に入るのに緊張してるのか?

そんな緊張することじゃねェと思うが、コイツにはそうなンだろうなァ。

「お客様2名入りまーす!」

そして、クラネルはやたらビクビクしながら店員のあとをついて行った。

オレも案内されるままに席へ向かう。

案内された席は今さっき片付けられたたばかりのテーブル席だった。

酒場の隅のカウンターの1席が空いてンだから、

クラネルが一人で来てたンなら彼処に案内する予定だったンだろォな。

実際、人目が気になンのかクラネルはまだ萎縮しっぱなしだかンな。

壁際のテーブルだっつゥのになァ。

店側もかなり融通してくれてンだが…ダメそうだなァ、こりゃァ。



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酒場

席に着いてすぐ。

カウンターの方から恰幅のいい女性──多分、店長か何かだろう──がやってきて言い放つ。

「あんたらがシルのお客さんかい?ははっ、随分と似てるねぇ!姉弟かい?」

「似てねェ」

髪と瞳の色が近ェだけじゃねェか。

そンなもンで兄弟扱いされるンだったら基本黒髪黒目の日本人なンかほとンど家族になっちまうじゃねェか。

「そりゃ悪かったね!機嫌直していっぱい注文してくれよ!何でもそっちの子はアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」

「「!?」」

コイツ、そンなに食うやつだったのか。と思ってクラネルの方を見ると、

「ちょっと、シルさん!僕いつから大食漢になったんですか!?僕自身初耳ですよ!?」

「……えへへ」

「えへへ、じゃねー!!」

と、背後にいる店員を見て喚いている。

あの店員、シルとやらがクラネルのことをそう伝えたンだろうな。

言い争ってるみてェだが、そうしねェうちにクラネルが負けるだろうな。

それまでに注文する料理を決めておくか。

……うン、この豚の丸焼きにするか。

「ふふ、冗談です。ちょっと奮発してくれるだけでいいんで、ごゆっくりしていってください」

「……ちょっと、ね。まあ、今日は一方通行さんの入団祝いでもあるから、ちょっと奮発するのも…」

よォやく決着したか。

「じゃァ、クラネル。オレはコレを頼むからオマエもさっさと決め」

「よ、予算3000ヴァリス以内でお願いします……」

…貧乏ファミリアの構成員には高すぎたみてェだな。

仕方がねェからクラネルに合わせて300ヴァリスのやっすいパスタを注文した。

それといらねェと断ったにも関わらず机に置かれた今日のオススメ(850ヴァリス)と醸造酒(エール)が2杯。

何なンだこの店……。

「えっと、一方通行さんはどこから来たんですか?」

「何処だってイイだろ。それより、ここのことをいろいろと説明してくれるンじゃねェのか?」

黙々と食べていると、クラネルがその雰囲気に耐えられなくなったのか、話しかけてきやがった。

が、ここで学園都市だなンて言ったところで向こうは分かんねェだろ。

なンてったってこことは別の世界かもしれねェンだからな。

コイツが向こうに行くようなことがねェ限り必要ねェ情報だ。

だが、こっちについての情報は今のオレにとって必要だからな。

「そ、そうですね、すみません。じゃあ、あの、何について知りたいんですか?」

「恩恵のことはクソガキから聞いたから、この世界についてと迷宮(ダンジョン)とやらについてだ、当然の常識から専門的な学術知識まで全部教えろ。」

「えっと、そんなことを言われても専門的な知識とかはないから、教えられないと思うけど…」

「なら、オマエが知ってる範囲で全部言え。」

「じゃあ、この街のことから説明しますね。……」

クラネルの話は質問したり、誘導したりしながら聞けば、ここで生きてくための最低限の収穫は得れそォだ。

少しこの世界の英雄譚が多い気もするが、まァそのへンはコイツの趣味の部分もあるンだろうな。

その部分は特に目を輝かせて語ってンだから。

にしても、このシルとかいう店員。

なンでさっきからここの席に座ってんだ?仕事しろよ。

そうやってクラネルの話をまとめながらこの店のおかしさについて考えていると、急に話が止まりやがった。

固まったクラネルの視線の先にはバラバラの種族の集団。

周囲の客も集団に気づいてざわめきを広げてやがる。

エンブレムを見りゃァそこに刻まれてンのは滑稽に笑う道化師(トリックスター)

クラネルの話が本当なら、

それは()()()()()()【ロキ・ファミリア】のエンブレムだ。



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発起《スタート》

クラネルは何故か耳まで真っ赤にしてテーブルに突っ伏しちまったが、コイツも目はしっかりと【ロキ・ファミリア】の方を見てやがる。

なンで顔を赤くしてンのかは……まァ軽く予想はつくが、とにかくコイツも都市最強の冒険者共とやらに興味津々なンだろう。

「おい、店員。アイツ等は……」

「ああ、【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

なんだ、コイツも気づいてやがったのか。

わざわざクラネルに聞こえるように耳元に口を持ってきている。

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

「あの話……?」

あの、狼と人の混ぜものみたいなやつの言葉に反応し、

クラネルがぴくりと動いた。

そして、その次に放たれた狼人の言葉の後───

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

───クラネルの顔色が変わった。

耳まで赤くなっていた顔は、打って変わって白を通り過ぎて青くなる。

「ミノタウロスって、17層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

つまり、迷宮の下の方に行ってた【ロキ・ファミリア】がその帰りに遭遇(エンカウント)したミノタウロスを仕留め損ねて上の方まで追いかけてアイズとやらがトドメを刺した。

そして、その場に───

「いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)が!」

───コイツが、クラネルがいた。

っつゥことかァ?

あくまでも推測に過ぎねェが、その冒険者がクラネルなら、

さっきからの顔色の急変にも理由がつく。

まァ、どうであれ、コイツの色恋沙汰なんてオレには関係ねェな。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

ガタン!!

と、目の前の椅子が蹴飛ばされる。

そこではクラネルが立ち上がり、駆け出そうとしていやがった。

「ベルさん!?」

そしてクラネルは、外へ飛び出していこうとした。

だが───

「ちょっと待て、クラネル。まだ話は終わってねェ。」

いくらコイツが速さに特化しているつっても、

コイツもテーブルとテーブルの間の狭い空間を通らねェと外には出れねェ。

一方、オレはコイツの進路を塞ぐのに横から手を伸ばすだけでイイ。

そして体の一部でも掴んじまえば、もうクラネルがどう力を込めよォがそのエネルギーは逸れ、発散する。

さっきは関係ねェつったが、ここで逃げられると食事代が払えねェからな。

「……一方通行さん。行かせてください。僕はっ、強くならないとっ!」

「イイぜ。だが、まずここの代金を払ってけ。食い逃げになンぞ」

「え、いいんですか?こういうのって止めるものなんじゃ……」

「どういう基準でテメェがそう言ってンのかは知らねェが……オレにとって、止める必要がねェからな。それに、オレだって恩恵の効果を試してみてェし」

「ということは……一方通行さんも来るんですか?」

「行くに決まってンだろ。さァ、雑魚をツブして経験値稼ぎと行こォじゃねェか」



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覚醒前夜《エマージェンス》

一閃。

腕を、ただ薙ぐ。

『ゲガァッ!?』

ただ、それだけで既に解析の終了しているカエル型のモンスターはあっさりと事切れる。

「やっぱり二人だと一人の時に比べてサクサク進めますね!『フロッグ・シューター』が3体現れた時には死ぬかと思ったけど、この格好でもなんとか倒せましたし!」

「ほら、防具無しでも問題ねェだろ?」

「それはないです」

いま、オレ達はダンジョンに潜っている。

酒場から直接来たから防具はねェし、武器もクラネルの護身用短剣1本だけ。

ポーション等の回復薬の持ち合わせもねェ。

クラネル曰く、こんな格好で潜るなんて自殺行為とのこと。

だが、オレにとっては武器や防具なんてあってもなくても変わんねェ。

理解できねェもので溢れかえっていやがるこの世界でも、

【一方通行《アクセラレータ》】が不完全とはいえ効力を持つ以上、

それが理解しているものであるならば、一度理解しちまえば、核兵器でもオレは傷ひとつ負わねェし、大概のものは触れるだけで壊せるからなァ。

そんなことを考えていると

───ビキリ、と音がした。

「それにしても……いま何階層でしたっけ?」

「あ?何階層ってそりゃァ……」

───ビキリ、ビキリ。

と、音は大きくなり。そして、

「…6階層だろ」

───バキン!!

と、壁の()()()音がした。

モンスターはダンジョンに産み出される。

生み出されたのは160cmほどの『影』。

「っ……!『ウォーシャドウ』!!それも、5体も!?」

「ハッ。5対2かよ、随分と不利な状況かも知れねェな。ただし、オレがいなかったらだがなァ!」

「一方通行さん!?ああもう!半分は僕がやりますからねっ!!」

       

───────

 

『ウォーシャドウ』は確か6階層から出現するモンスターで、

戦闘能力は6階層でも随一だったかァ?

速度と威力、そして長い腕によるリーチを活かしてナイフ状の指で攻撃する……雑魚だな。

音速にも満たない黒手の斬撃しか攻撃方法を持たねェんじゃ、向きの防壁は越えらンねェはずだ。

が、

「チッ!全く、その影も()()()()()()()()!」

影の黒刃は防壁膜を歪ませて、オレの皮膚を掠めた。

また《未知》だ。

世界の法則から違ンだ。

謎の物質で構成された生物が居てもおかしくねェってかァ?

この迷宮中に存在している生物、モンスターは数瞬あれば解析できる程度であったとはいえ全て、未知だ。

それどころか、床も壁も天井も、全てが未知の塊。

全く巫山戯てやがる。

だが……それでこそだ。

それでこそ、理解のしがいがあるってもんだァ!

「くきき、くか、くかかかッ!!」

ベクトル操作の力をフルで使用し、大地を蹴る。

反射が出来てた時程に加速できるわけじゃねェが、もともとの身体能力がステータスで圧倒的に強化された今の俺なら、それでも十分な速度が出る。

影の一撃が振り下ろされるよりも早く、敵の頭部をぶん殴り、解析する。

この世界の法則に比べりゃァ随分少ねェ情報量だ。

『……』

解析中の一瞬の停止を狙って、3方向から鋭い三指が迫る。

だが、それは、

「一歩遅かったなァ雑魚ども。残念ながら解析完了ってなァ!!」

オレには届かねェ。

オレへと叩きつけられようとしていたエネルギーは逸れ、地面に突き刺さる。

そして、刃の代わりに腕がウォーシャドウの胴体を貫いた。

本来なら、こんな一撃で倒せるほど弱くはねェンだろォが、

物質の抵抗力だってベクトルなンでなァ。

逸らすだけの今でも、魔石をくり抜くのは余裕ってなァ‼︎

魔石を抜かれた二体は、まとめて地に伏せた。

『『───!!』』

「喋れねェと断末魔も出せませンってかァ?つまンねェなァ!!」

『!!』

その間に地面から指を引っこ抜いた最後の一体が、後方へ飛びながら長腕の一撃を放つ。

「オイオイ、また斬りかかってくるなんて学習能力0かァ!?」

当然、攻撃は逸れ、次は天井に刺さった。

こうなっちまえばもう決まりだなァ。

ハイ、御終いっと。どうやら向こうも終わったみてぇだし、帰るとするか。

と、足を浮かせたところで、

───ビキリ

「ハハッ!マジかよ!オイ、クラネル寝てる場合じゃねぇぞ。連戦だ」

「わかってる……やってやる」

クラネルは短剣とドロップアイテム、『ウォーシャドウの指刃』を構える。

オレも自然と前傾に、突撃する構えを取る。

大量の雑魚相手は学園都市じゃァそればかりやってたオレの得意分野みてェなもンだからな。

直ぐに終わらせてやろうじゃねェか。

その直後、オレ達と迫り来るモンスター共は激突した。



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帰宅

廃教会の地下、ヘスティア・ファミリアのホームには、ヘスティアが一人でいた。

(遅い!いくらなんでも遅すぎる!)

時刻は早朝の5時。

腕を組み、眉を思い切りより合わせ、焦りを顔に浮かべる。

ベルの懸想(おもい)の強さを【ステイタス】の成長という形で見せつけられ、不機嫌なまま別れた昨夜。

しかし、飲み会から帰った時も、10時、11時と時間が進んでも、

果てには12時を越え、深夜を回ってなおも帰ってこない二人に、危機感を覚え始めた。

すぐさま教会を飛び出して近辺を探して回ったのだ。

「どこに行ったんだ、君たちは……!」

収穫は0。

目立つにも程がある白髪頭の影すら1つも見つけられなかったヘスティアは、入れ違った可能性にかけてつい先ほどこの部屋に戻ってきたが、やはり彼らの姿はなかった。

(まさか、ボクがあんなことを言ったから?でも、あの子は人に心配をかけるくらいなら、自分の心情を殺して我慢するような子だし……これが普段通りなら、ボクに平謝りに来てもおかしくないものだけど……普段通り、なら?)

ヘスティアはそこまで思考して、あることに気付いた。

(今、いつもと違うことと言ったら……【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】とアクセラ君?この二つの共通点……『強さ』を追い求めている事!?まさか、迷宮に!?)

夜間の迷宮探索、それも徹夜でとなれば、他に冒険者がいない分多く集まってくるモンスターを、疲労した重い体で相手しなくてはならないのだから、危険さは昼の比ではない。

ヘスティアは内心の恐怖を抑えつつ教会内を見回す。

せめて、無くなっていてくれと思っていた防具があった。

(嘘だろ!?たとえ上層でも防具をつけずに潜るなんて、今の二人には危険すぎる!)

嫌な汗が全身から噴き出す。

居ても立ってもいられなくなったヘスティアは、ギルドに向かうために扉のもとへ駆け寄った。

「───ぶぎゅ!?」

ヘスティアがドアノブに手を掛けようとした、その時だった。

見計らったかのように四角形の板が開いて彼女に突進してきたのは。

ゴスっ!ヘスティアは顔面を強打!

顔面を抑えながらうずくまるヘスティアは、声にならない呻きを上げる。

「あァ?何やってンだ?クソガキ」

「か、神様……ご、ごめんなさい」

まさかの襲撃に悶えていたヘスティアだったが、頭上から降ってきた声を聞いて、両手で押さえていた目を見開く。

声の主が無事を望んでやまなかった人物たちだと察知し、ヘスティアは勢いよく立ち上がった。

「ベル君!?アクセラ君!?」

彼女の予想に違わず、目の前に立っていたのは自身の眷属たる二人、ベルと一方通行だった。

ヘスティアは一瞬安堵するも……二人の顔と姿に言葉を失った。

ベルは酷くぼろぼろであった。顔は切り傷と土でクシャクシャに汚れ、服は破け、肌は青く腫れ上がっていた。

そしてなによりも、右膝の部分が酷かった。3本線の裂傷が刻まれ、黒く汚れ、血は未だに流れている。

一方、一方通行もまた、ベルほど深くはないとは言え、全身に切り傷を負っていた。

「……どうしたんだい、その怪我は。まさか、ダンジョンに潜っていたなんて言わないよね?」

「……ごめんなさい」

「あァ、もぐってたぜ?」

何でもないことのように吐き出された言葉は余りにも予想通りで、ヘスティアははぁー、とため息をついた。

「何を考えているんだ、君たちは。防具もつけずに一晩中ダンジョンに行くなんて……どうしてそんな無茶をしたんだい?」

「……」

「決まってンだろ。強くなる以外に理由があンのか?」

「……まあ、予想は付いてたけどね。とにかく、シャワーを浴びておいで。血と泥と汚れを落とさないと。そのあとすぐに治療しようか」

「……はい、ありがとうございます」

「じゃァ、クラネル。先入ってろ。オレはちょっと出てくるからよ」

やっと小さく笑ったベルに、ヘスティアも苦笑した。

しかし、次いで一方通行から放たれた言葉に、彼女の表情は、驚愕に変わった。

「えっ!アクセラ君!?どこに……」

「別にそんな遠くに行くわけじゃねぇよ。少ししやァ帰ってくる。」

そう言って、一方通行はくるりと向きを変え外へ歩いて行った。

 

─────────

 

「……さァて。実験開始っと」

廃教会の外に出た一方通行は、両掌を天に掲げ、大気のベクトル、風を操作する。

流石に今これをあン中でやンのは危険すぎるからなァ。

30秒ぐらいで風の操作を止め、手を降ろす。

「……やっぱりなァ」

実験の結果は予想通り。風は渦を巻き、一部は俺の掌の中に集まり、ほとんどのそれ以外は虹色に揺らいで飛散する。

「次は、コイツで試してみっか」

小石を拾い上空へ投げ飛ばす。

そして落下してきた小石を反射し、また上空へ飛ばす。

10回程続けたとこで大きなブレができて小石は3cm程離れた位置に落下した。

「……あァ、こっちもだ、確実に能力の精度が上がってきてやがる」

ダンジョンに潜る前、恩恵をもらってすぐ試した時よりもはるかに高い精度だ。

常に反射膜を張り、無意識下の解析を行ってたっつゥ事も原因としちゃァあるだろうが……

それよりも、迷宮の壁やモンスター等に含まれていやがった謎の要素がこの世界でオレの能力が正しく働かねェような影響を及ぼしてると見たほうが間違いねェだろうな。

よォするに、何千種、何万種必要かはわかんねェが、とにかくあのダンジョンに潜り、モンスター共を解析すりゃァ……俺はこの世界の法則を、全く新しい法則を掴めンだ。

ギャハハ、俺の考えもあながち間違っちゃいねェじゃねェか。

 

─────あの薄暗ェ迷宮(ダンジョン)で、2万種の怪物(モンスター)を殺害することで、オレは絶対能力(レベル6)へと進化(シフト)する。

 

「『知り合い』じゃなきゃイイ『ヒト』じゃなきゃイイでついに『ヒトガタ』じゃなきゃイイってかァ?つくづく都合のイイ考えしてンなァ、オレは。」

だが、結局オレにはそれしかできねェンだ。

一方通行(アクセラレータ)】は、自分は守れても他人は守れねェ。

他人(ヒト)を壊すことはできても他人(ヒト)を救うことなんてできやしねェ。

「くかか、やってやるぜ異世界が。テメェの法則まるっきり全部丸裸にして、絶対(無敵)って奴になってやろォじゃねェか」



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能力更新

「朝ですよ、神様!一方通行さん!早速ステイタスを更新しましょうよ!」

朝っぱらからクラネルの声が響く。

まったく、うるせェもんだ。

こいつ、今何時だと思ってんだ?

まァ、とにかく音も軽減しとくとするか。

……うン、少し聞こえっけど、寝れる程度にはなったな。

そいじゃァ、おやすみっと。

「ベル君……今何時だと思ってるんだい?」

「え?7時ですよね?」

「そう、7時だ。そしてボクたちが寝たのは5時半。一時間しか眠れてないんだよ?なんでそんなに早起きなんだい君は!!」

「い、いつもの癖で?」

「はぁ……ま、頷いちゃったし、仕方ないか。」

「?神様、今なんて」

「いや、別にどうでもいいことだよ。それより、【ステイタス】の更新がしたいんだろう?なら早く準備してくれよ。ボクは終わったらもう少し寝る事にするから。」

「本当にすみません、神様……」

「いいってことさ。それじゃあ、先にアクセラ君のから終わらせることにしようか!さぁ!起きてくれアクセラ君!!」

……なンでだ。

クラネルの声は半分ぐらいに軽減できてるんだが、クソガキの声は普通に聞こえてきやがる。

これも、超越存在デウスデアたるが故ってかァ?

チッ、とにかく全然眠れねェ。

さっさと起きて、終わらせて二度寝だなァ。

「なるべく早く終わらせてくれよ?オレもあと10時間程寝たいからなァ」

「10時間は流石に寝過ぎだと思うけど、眠いのは同感だからね!手早く終わらせるとしよう。さ、横になって?」

言われた通りに寝転がると、前回と同じく謎の液体、確か神血イコルだったか、を落として指で背中全体に広げる。

相変わらずまったくもって解析不能な物質だ。

クラネルの話によれば、神血はそのまま神の流す血らしい。

指も、血も、声すらも解析できねェ存在。

コイツの事を解析できれば絶対能力者進化レベル6シフトも大分進むんだろうが……動き、意思のある生物である以上それだけの間接触してられそうにねェな。

まァ、地道に雑魚を解析してけばイイだけだ。

地道な実験は苦手じゃねェからなァ。

「はい、終わったよ。アクセラ君、今日は口頭で【ステイタス】の内容を伝えていいかい?」

「そっちのほうが早いンならな」

「じゃあ伝えるよ───

 

一方通行【  ・   】

Lv.1

力:I8 耐久:I14 器用:I22 敏捷:I21 魔力:I68

《魔法》

《スキル》

【一方通行アクセラレータ】

 ・ありとあらゆる向きベクトルを感知し、操作する。

 ・演算能力により効果上昇。

 ・スキルを信じる心より効果上昇。

 

───ってところだね。……にしても、偏りすぎじゃないかい?」

「それ以外なかなか使わねェからな」

「やっぱり、向きの操作なんてとんでもレアスキルなだけあってそれ相応の対効果(デメリット)があるってことかな……うん。じゃあ、次はベル君のを更新しようか!」

「はい!神様!」

 

───────その後、クラネルの【ステイタス】の伸びにクソガキが驚いたり、

二人で6階層まで行ったということにクソガキが怒ったり、

ヘスティアがパーティーに行くことを伝えたりしたらしい。

オレは寝てた。



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登録

太陽が燦々と空に輝いてやがる……あァ、日光が肌に刺さるゥ。

時刻は12時少し前。

場所は人通りで混み合う西のメインストリート。そしてオレ達は走っている。

クソガキが出かけた後、冒険者用装備一式を身につけたクラネルに起こされたオレは、

仕方ねェからクラネルについて行く事にした。

クラネル曰くダンジョンに向かう前に一度ギルドに寄るとか。

たしか俺の冒険者登録をするンだっけか。

冒険者ねェ……確か、登録しねェと、本来はダンジョンに潜れねェンだったな。

向こうでの経験から、こういうのに登録するなンて気が進まねェが、その為にいちいちルール無視で動く必要性は感じられねェからな。

そんなことを考えながら街道を走っていると、見覚えのある店の前まできた。

「あっ!ベルさん!?」

「えっ、シルさん?」

そこで、店員─仕事もせずにオレ達と同じテーブルについてた奴だ─が、話しかけてきた。

クラネルも知り合いに話しかけられ、足を止めて振り返る。

すると、店員は、何か言いづらそうにしながら口を開いた。

「あの、先日はすみませんでした。不快にさせてしまったようで……」

「な、なんでシルさんが謝るんですか!?シルさんは悪くないじゃないですか!!」

そして飛び出してきた謝罪の言葉に、クラネルが慌てる。

身振り手振りを交え、大げさにやって店員は悪くないと説明するベルに、店員もクスクスと笑みをこぼした。

微笑ましげにベルを見ていたかと思うと、店員は何かに気づいたように手を打ち鳴らした。

「少し待っていてください」と言って厨房の方に消え、戻ってきた店員は大きめのバスケットを抱えていた。

「今日もダンジョンに行かれるんですよね?よろしかったら、貰って頂けませんか?」

「えっ?」

「私たちのシェフが作った賄い料理二人分です。味は折り紙つきですよ」

「いえ、でも、何で……」

「先日のお詫びと……差し上げたくなったから、では駄目でしょうか?」

「……すいません。じゃあ、いただきます」

「ええ、代わりに、これからもこのお店を利用してくださいね?私、お二人なら凄い冒険者になれると思ってますから」

「ありがとうございます!」

そう言って、クラネルが頭を下げると、店員は笑って奥へ戻っていった。

そのすぐ後から、

『シル、あれを渡しては貴方の分の昼食が無くなってしまいますが……それに、もう一人分はどこから?』

『あ、うん。私はお昼一食分くらいなら我慢できるし、もう一人分は誰のか確認せずに持ってきちゃったけど、一応今日は自分で作ってきたお弁当があるから……』

『ニャー!?し、シル。その弁当は自分で食べたほうがいいと思うニャ!』

『え?でも、そんなこと……』

『そうだニャ、そうだニャ。シルが勇気を出してコレに弁当を渡したんだニャ。その分のご褒美として、シルが作った弁当はシルが食べたほうがいいと思うニャ!別に、シルの料理を食べるぐらいなら空腹で半日過ごしたほうがマシとかそんな考えで言ってるわけじゃないニャ!』

『そんなこと考えてたんですか!?コレでもないし、料理もそこまでじゃありません!!』

と、厨房の方が煩くなってきていやがるが、特に気にすることでもねェな。

さっさとギルドに行くとするか。

 

──────

 

冒険者ギルド内部。

窓口に行き、職員に登録することを言えば

何枚も書類が渡され幾つかの質問を聞かれ、書いた書類を職員に渡した。

こういう事も向こうと重なってるなァ。

すると職員──クラネルのアドバイザーもやっているらしィ──が首を傾げる。

「うーん」

「エイナさん?書類に何か問題でも……」

問題ねェ……どォ考えても問題アリアリだろ。

本名も出身地も、その他諸々大分書いてねェ部分があるからなァ。

「いや、ベル君の連れてきた、えー、一方通行君だっけ?君の冒険者登録は完了したよ。担当も私がつくことになったし。少し気になることはあるけれど、今聞くべきことじゃないから」

問題ねェのかよ。

いくらなンでも酷く大雑把じゃねェか?

「まァ、登録できたっつゥンなら、別にイインだがなァ」

「……気になることが一体何なのかすっごく気になりますけど、聞かなかったことにします」

「うん、ありがとう。ベル君も一方通行君も。とにかく、君たちはパーティを組むわけでしょう?それで、折角だから、パーティプレイの教習を……」

うン?教習?

教習という言葉を聞いた瞬間、クラネルは立ち上がった。

そして、オレの手を掴むと外へ向かって走り出した。

「ありがとうございました、エイナさん!それじゃあ!」

「オイ、クラネル!どォした!?」

「エイナさんの教習は厳しくて長いんですよ!一方通行さん!」

うヘェ。

そりゃァ確かにめンどくせェことだ。

「じゃァ仕方ねェ!さっさとずらかっぞ!」

「ちょっ、二人共!ま、待ちなさああああい!」

職員が追ってくるが、一般人と【ステイタス】持ちじゃァ身体能力の差は大きい。

見る見る間に差が開いていく。

そして、見えなくなるかならねェかぐれェの所でクラネルは後ろを向いて叫ンだ。

「またいつかお願いしまああああああす!!」

「オレには別に必要ねェかンなァ!」

実際、オレはパーティらしい連携なンてする必要はねェからなァ。

さっさとダンジョンに行っちまうとすっか。



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怪物の檻《カーゴ》

高さ、直径共に10m超の大穴に架かる螺旋階段を登ること数分。

クーラーでも効いてンのか涼しげな空気で満ちた部屋に出る。

ダンジョン直上に建設された白亜の巨塔『バベル』の地下一階。

危険な迷宮と安全な世界の中間地点だ。

ここまで来れば、モンスターは極めて稀な階段を登ってきたゴブリン程度に過ぎねェし、

そいつらも、ここに集まっている大勢の冒険者によって袋叩きに遭うだけだ。

……と、聞いていたンだが。

「オイ、クラネル。コイツは一体どォいう事だ」

「えっと、間違ってもダンジョンからモンスターを出しちゃいけないはずなんだけど……」

今、ここに入ってきてンのは巨大なカーゴ……いや、檻だ。

時折、中身が暴れるかのように、ガタゴトッ、と揺れたり、『ウウゥ』と低い唸り声を放つそれは、中にモンスターが入っていることをはっきりと伝えてきやがる。

そしてカーゴは次々と(ダンジョン)から(まち)へと運ばれていく。

『今年もやるのか、アレ』

怪物祭(モンスターフィリア)ねぇ……』

『あんな催し飽きずに続けて、意味あんのか?』

『パンと見世物であろう……くだらん』

『【ガネーシャ】のところも損な役回りだな。ギルドに押し付けられて、市民に媚びを売るような真似を、毎年毎年』

『そりゃあオメェ、何てったって【群衆の主(ガネーシャ)】様だしなぁ、はははっ』

喧騒とまでは言えないざわめきの中から、そんな話し声を拾った。

……怪物祭(モンスターフィリア)だァ?

聞きなれねェ単語だが、話から推測するにモンスター使ってショーでもするンだろう。

象の顔が描かれたエンブレム付きの装備を纏う【ガネーシャ・ファミリア】の構成員達。

彼らが大小様々なカーゴを引っ張ってくる光景を、周囲の奴らと同じように眺めていると……

(うげ、あン時の職員じゃねェか)

視界の端に映ったのは自分の冒険者登録を行った職員───エイナ。

どォやら、仕事中なのだろう。

もう一人いるギルド職員と何やら打合わせを行っているみてェだな。

ギルド職員が関わっているっつゥことは、この見世物はギルド公認ってことだ。

どォいう見世物なのか気にはなるが、わざわざ話しかける気にはなれねェな。

なにせ今朝教習から逃げてきたとこだ。

話しかけるどころか気づかれでもしたらそっから先は数時間に及ぶ詰め込み教育が待っているだろうなァ。

クラネルも同じくそう思ったのだろう。

オレ達は、気づかれねェように注意を払いながら、そっとシャワーを浴びに外へ向かった。



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薬神《ミアハ》

「ありがとうございました」

受付に見送られて、オレ達はギルド本部を出た。

シャワーを浴びたオレ達は、戦利品を金に換えるためにギルド本部に足を運んでいた。

あの職員が戻ってきたら面倒クセェから、済ませることだけ済ませて早々に退出させて貰ったがな。

代わりにというには可笑しなことだが、クラネルはまだ帰る気じゃなさそうだな。

オレはさっさと帰って寝るが。

「すっかり日も暮れてしまいましたね……神様はもう出かけているのかな」

「今夜のパーティーだろ?もう出かけてるに決まってンだろ」

「そうですよね……あれ?あの人何処かで……?」

そう言ったクラネルが目を向ける方にオレも視線を向ける。

そこには、貴公子然とした灰色のローブの男がいた。

クラネルと比べりゃァ頭二つ分ぐらい背が高く、両手に紙で梱包された何かを持っている。

どことなくクソガキと同じ気配がにじみ出ているから、クソガキと同じく神なのかも知れねェ。

「ん?おお、ベルではないか!……ん?」

「あっ、ミアハ様!お買い物ですか?」

「おう、そっちがベルか。その通り夕餉のための買い出しだ。暇があったので(わたし)自らな。ところで、そちらの子が……」

「はい!新しくファミリアに入ってくれた、一方通行さんです」

「おお、これでヘスティアのところも一歩成長か。お互い、零細脱出に向けて頑張ろうではないか。はっはっは。一方通行君も、ヘスティアをよろしく頼むよ。あれはあれでいい奴だからな」

そう言って、群青色の髪を揺らしながら、ミアハというらしい神は、こちらに軽く口元を緩めて笑いかけてきた。

クソガキやクラネルの知り合いか……別に、ここで敵対する必要はねェだろォし、普通に返しておくか。

「ああ、分かったよ」

その返事に満足したのか、ミアハはその顔に浮かべた笑みを深めた。

そこに、何かを思い出したらしく、クラネルが一つ尋ねた。

「あ、そう言えばミアハ様。ヘスティア様のことについて何か知っていませんか?二日ぐらい前にご友人のパーティーに出席されて、その、まだ帰っていなくて……」

「ヘスティアが、か?ううむ……すまない。私には少しも見当がつかん。力になってやれそうもない」

「い、いえっ、そんな気になさらないでくださいっ」

「パーティーというのはガネーシャの開いた宴でまず間違いないだろうが……私はその日、宴そのものに出ていなくてな。顔を出していれば何かわかったかもしれんが」

「ン?オマエはその宴に招待されてなかったのか?」

「ちょ、一方通行さん!そんな……」

「ふははっ、構わないよ。(じぶん)たちはそんな人間(こども)達も大好きだからね。さて、招待されていなかったのかだったかな?いたのかいないのかと聞かれれば、声はかけてもらっていた。が、極貧の【ファミリア】を率いる身としては暇がなくてな、先日も酒宴そっちのけで商品調合の助手に勤しんでいたのだ」

さっきの零細発言といい今度の極貧発言といい、なかなかに【ミアハ・ファミリア】も困窮してんだろォな。

まァ、廃教会の地下にホームがあるこっち(【ヘスティア・ファミリア】)程じゃねェと思うがな。

神相手でも、クラネルが普通に話しかけたりしていたのもいわゆる底辺ファミリア同士だからってことか。

「おお、そうだ。ベル、一方通行、これをお前たちに渡しておこう。今も話したが、出来たてのポーションだ」

「えっ!」

ミアハは両手に持っていた紙袋を片手に持ち変えると、懐から3本の試験管を取り出し、差し出してきた。

ほれ、とベルに手渡されたその試験管の中には濃い青の液体が波打っている。

「ミ、ミアハ様、これって、ポーション!?いいんですか!?」

「何、良き隣人にごまをすっておいて損はあるまい?それに、一方通行君の加入祝いでもある。むしろこれだけしか出せなくて、申し訳ないくらいだ」

「そんなことないですって!!」

「ふはは、それならよかった。ベル、一方通行。今後とも我が【ファミリア】のご贔屓を頼むぞ?」

そう言って、ミアハは片手を振りながら去っていった。

にしても、ポーションか。

向こうの常識で考えるなンて無意味なことだと分かっていても、飲むだけで重症すら完治させる薬品なんてシロモンは信じ難ェモンだな。

……調べ(解析し)てみるか。

「オイ、クラネル。そのポーション、一本貰うぞ」

「え、あ、どうぞ。そもそも一方通行さんの加入祝いで渡されたものですから自由に使っていいですよ」

…見た目・匂いからは判別できるもンはねェか。

まァ、その程度で解析しきれるシロモンじゃねェのは解ってた。

問題は……直接触れて解析して、どれぐらいかってことだ。

試験管を横に倒し、手のひらに一滴乗せてみる。

即座に解析が開始され、体積、重量、密度、効能、構成元素……ありとあらゆる情報が、数式が、オレの脳内に流れ込む。

合計時間およそ3秒ってとこか。

意外とかかっちまったが、また一歩、この世界の根幹に、法則に、『無敵』に近づいた手応えがあった。

「く…くか……くかき……」

「あ、一方通行さん?いきなりどうしたんですか?」

「いや、ちょっと気分がイイだけだぜ」

「そ、それならいいですけど……ほんとに大丈夫ですよね?」

「大丈夫だっつってンだろォが。ともかく、もう今日の探索は終わりなンだろ?帰らなくていいのか?」

「はい、もう少し街を歩こうかと……」

「そうか、じゃ、ここで一旦解散だな。オレは帰るから」

「え、えぇ!?」

驚いて、面食らった様子のクラネルを放置して、オレは帰路に着いた。



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依頼《クエスト》

クソガキが出かけてから3日目の朝。クソガキが帰ってくる気配はまだねェ。

相も変わらず早朝に起こされ、気分がイイとは言えねェが、未知に溢れるダンジョン探索は現状、最も効率よくこの世界について理解する手段だ。

ここで二度寝三度寝を繰り返していても仕方がねェから準備をする。

まァ、準備っつってもオレがやることはその辺からバックパックを引っ張り出すだけだがな。

自分の分の準備をさっさと終えて、地上への階段に腰掛け、しばらく待っていると、武器や防具の整備やらポーションなどの小物類の整理やらを終えたクラネルが出てくる。

「お待たせしました。一方通行さん。僕の足も完璧に治ったことですし、今日こそは到達階層を伸ばしたいですね!」

「そォだな。心構えとしちゃァイインじゃねェの?」

「うっ、とにかく前はちゃんと探索できなかった5・6階層をしっかり攻略してからですよね。よっし。今日も頑張りましょう!」

そう言って、クラネルは階段を駆け上がり、傍から見れば廃墟でしかない教会を後にし、路地裏に飛び出す。

オレもまた、クラネルと同じように駆け出した。

細い路地を幾度も曲がれば、西のメインストリートに出る。

所々でまだ完全には上手くいかねェ風の操作を交えながら、クラネルと併走していると、

「おーいっ、待つニャそこのダブル白髪頭ー!」

という声が聞こえてきた。

白髪頭だけでもそうそういるもンじゃねェってのに、それがダブルとくりゃァ自分たちの事だと気づく。

声のした方を見れば、『豊饒の女主人』の店先に、猫の耳と尻尾を生やした人型の生き物。キャットピープルの少女がいた。

……確か、ウェイトレスをやっていた店員の一人だったはずだ。

クラネルが一応辺りを見回してから自分を指さし、「僕達ですか?」と確認すると、こくこくと頷いた。

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて、悪かったニャ」

「あ、いえ、おはようございます。……えっと、それでなにか僕達に?」

二人が二人共ペコペコと頭を下げ合う。

叩き込まれたマナー通りにやったという感じのお辞儀をした店員は、早速用件を切り出す。

「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、これ」

「へっ?」

「こっちの白髪頭はシルのマブダチニャ。そして、白髪頭二人は同じファミリアの仲間ニャ。そんでもって、昔の偉人はこういったニャ。『友達の友達は友達』と!」

?何言ってンだ?このネコは。

「だからこれをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」

無駄に手を振りあげたり、回ったりしながらワケ分かんねェことをほざく奴だ。

さっきまでの言葉とだからの後が繋がってねェじゃねェか。

「アーニャ。それでは無駄な説明が多すぎて、肝心な部分が説明不足です。お二人も困っています」

「リューはアホニャー。店番サボって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずともわかることニャ。ニャア、ダブル白髪頭?」

「というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

「あ、いえ、よくわかりました。そういうことだったんですね」

「彼女は気にしないでください。それで、どうか頼まれてもらえないでしょうか?私やアーニャ、他のスタッフたちも店の準備で手が離せないのです。これからダンジョンに向かうあなたたちには悪いとは思うのですが……」

その言葉に、「別に構いません」とでも言いそうなクラネルを抑え、一言、声を返した。

「断る」

「ニャっ!?断るのかニャ!?」

「一方通行さん!?」

「別にオレは誰かの手助けがしたいですゥなンて善意で冒険者になったわけじゃねェからな」

まァ、当然だよなァ。

オレの目的はあくまでこの世界を解析し、能力を進化させることなンだからな。

人助けの為に街をぶらつく暇なンてねェ。

それに同調するように、長耳(エルフ)の店員も言った。

「……その意見は、当然のことだと思います。実際、多くの冒険者の方はそういう考えをするでしょうから。それに、今の貴方方のファミリアの状況から考えても、どちらか片方でも無収入で一日働くことは認めるべきではない。ならば、冒険者依頼(クエスト)という形でならどうでしょうか。もちろん、報酬は出すつもりです。私達のポケットマネーから出す以上、お二人の普段の稼ぎを超えられるとは思いませんが……」

「そ、そこまでしなくてもっ、僕が一人でやりますから!!」

その言葉に、止める間もなくクラネルは返事をした。

全く、コイツはどこまでもお人好しなヤロォだ。

しかし、冒険者依頼(クエスト)だァ?

クラネルの話でもそいつは出てこなかった。

話の流れから考えるに、冒険者(オレ達)に何かをお願いするってことなんだろォが……まァイイ。

ここはさっさと返事しやがったクラネルに全部押し付けてダンジョンに潜るか。

「はァ……。良かったな店員共。クラネルがロハでもいいとまで言ってやりたがってンだぜ?」

「ええ、御二方の善意に感謝します」

そう言って、エルフの方は頭を下げた。

しかし、猫人の方は訝しげに首を傾げたあと、口を開くと、言った。

「……リュー、ちょっと待つニャ」

「?なんですか、アーニャ」

「私()のポケットマネーってどういう事ニャ?」

「どういうことも何も、普通に貴女の財布からも依頼料を捻出するということですが」

「うぇー!?なんでシルのために私のお金を使うんだニャ!?そうニャ!こっちの白髪頭は元からやる気だったんだから、お金なんて無くてもやってくれるニャ!」

「いい加減にしなさい。元々クラネルさん達には依頼を受ける義理はないんですよ」

「それを言うなら……!」

「だからと言って……!」

まったく、ギャーギャーとうるせェなァ。

あたふたしてるクラネルをここに置いといて、オレはさっさとダンジョンに行くか。



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女神の会談

東通りのメインストリートに面する喫茶店の2階。

ここに、圧倒的な気配を放ち、小洒落た雰囲気を塗りつぶす、1つのテーブルがあった。

一方に座るのは、黒い陰謀を腹の中にいくつも温めているような薄笑いを浮かべた朱髪の女性。ロキ。

もう一方に座るのは、いかなる衣を用いても隠しきれぬ美を持つ、『美』の化身とでも言うべき女性。フレイヤ。

2柱の神が同席するこのテーブルが発する圧力は、このそこそこ人気のある店から一切の客を追い出して余り有るものだった。

唯一、今客と言えるだろうは、2柱の神物(じんぶつ)と同席している【剣姫】ぐらいのものだろう。

「で?どんな奴や、今度自分の目にとまった子供ってのは?いつ見つけた?」

どうやら、女神2柱(ふたり)の会話は、腹の探り合いから恋愛話に移った……ように、2柱の威圧感に押され、現実から逃避していた従業員たちには聞こえていた。

そして、神フレイヤは羽織った紺色のローブの奥に揺れる銀瞳で、遠くを見るようにしながら、応えた。

「そうね……片方は、そんなに強くは、ないわ。貴方や私の【ファミリア】の子と比べても、今はまだとても頼りない。少しのことで傷ついてしまい、簡単に泣いてしまう……そんな子」

あっさりと二股宣言すんのかいと呟いたロキの声を覆い潰すように、でも、と細い唇が震える。

「綺麗だった。透き通っていた。あの子は私が今まで見たことのない色をしていたわ」

「そんで?もう一人はどんな子や」

「ふふふ、もう一人の子はその真反対。とても強くて、強くて、強くて……濁ってた。澱んでた。沈んでた。あんな魂、見たことないほどに、黒く、黒く染まってた。そんな二人が並んでた。言葉を交わしてた」

だから興味を惹かれた、目を奪われた、見惚れてしまった、と。

何人も気づけないような、微かな熱を銀色のソプラノが帯びたとき、

フレイヤの動きが止まった。

その銀の視線が、冒険者の防具を()()()『白い髪の少年』に釘付けとなった。

その足が向かう先はおそらく、闘技場、きっと、怪物祭(モンスターフィリア)

徐々に遠のいていくその背中を見つめるフレイヤは、パンッ、と一度手を打つと、

「オッタル!」

と、自身の眷属(こども)を呼んだ。

「はっ」

そしてそこに現れたのは岩のような肉体の猪人(ボアズ)

彫像のように立つ彼は、主神であるフレイヤの次の言葉を番犬のごとく待つ。

()()()()?」

そして、フレイヤは周囲に理解させる気のない、一方的な質問を下した。

「……彼でしたら、単独でダンジョンに居りましょう」

そして、猪人もまたそれに返す。

深くつながる眷属(かぞく)であるがゆえに、通じる会話。

「そう……じゃ、呼んできてちょうだい」

「はっ」

そう言い放ち、猪人はまた外へ消える。

「おいこらフレイヤ。一体何するつもりや。」

「ふふ、答えてあげてもいいのだけれど……急用ができたから」

「はぁっ?」

「また今度会いましょう」

ぽかんとするロキを置いてフレイヤは席を立った。

ローブでしっかりと全身を覆い隠し、店内を後にする。

その場には、一瞬の硬直をおいてロキとアイズだけが残された。

「アイズ!今すぐ追っかけるで!ここで見失ったら、アイツが何するか……!」

ハッとし、我に返るとロキは慌てて立ち上がり、アイズにも立ち上がるよう促す。

しかし、何故だかアイズは窓の外、さっきフレイヤが見ていた方向を見つめていた。

「アイズ、どうした?何かあったん?」

「……いえ」

何も、と続く言葉だけを言い、アイズは立ち上がった。

しかし、その言葉とは裏腹に、アイズの金の瞳は外を、見覚えのある白い髪を追っていた。

ロキは、アイズのその様子に一つ、溜息を吐き、

「とにかく、あのクソ女神を追うからな」

と、それだけ言って、喫茶店を後にした。



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女神の囁き《ウィスパーボイス》

迷宮第10階層。

白い靄を切り裂いてオレは駆け抜ける。

正直、まだ能力の戻りが完全じゃねェ現状で、ここまでソロで降りる気はなかったんだが…

未解析の怪物(モンスター)がここより上には既に存在しなくなっちまったからなァ

クラネルが地上で動いている以上、解析済みのモンスターを増やすにはソロで降りるしか無ェ。

だが……

『ブグッゥゥゥゥ……、ブギッ、ブォフオオオッ!!!』

「早速お出ましかよ。糞豚がよォ!」

霧の向こうから現れ出たのは枯れ木をそのまま引き抜いたような無骨な棍棒を持った巨大な豚頭。

『オーク』

身長は3mを超え、丸く太ってずんぐりとした、「大型級」モンスターだ。

闘争において、デケェってこたァそっくりそのまま強ェってことだ。

つまり、今の不完全なオレにとって、コイツから一撃貰うってのは非常に不味いっつゥことだ。

そんなことよりも、もっとヤベェのは、例えば奴の持つ棍棒のような、『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』の方だ。

『迷宮の武器庫』っつゥのは、ダンジョンが、モンスターに、天然の武器を提供する厄介な特性だ。

そして、そういった武器群は、全てダンジョンの一部。

ダンジョンの床や壁と同じだ。

情報が複雑すぎて、解析するには時間が全く足りねェ。

ステータス的には非常に貧弱であるオレにとって、解析不能の物、つまり能力で反射することも逸らすこともできねェ天然武器(ネイチャーウェポン)は正しく天敵だろォな。

まァ、先に本体の解析を終えちまえばイイだけの話だ。

「テメェみてェな鈍間の攻撃なンざ、当たるわけねェだろォが!!」

『ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』

オークの雄叫びとともに戦闘が始まる。

ゆっくりとこちらに近づいてくるオークに向けて、こっちは全速で駆ける。

先に言ったように、攻撃を食らうことはできねェ。

だが、デケェってことは、何も利点ばかりじゃねェ。

的が大きく、小回りは利きづらい。

クラネルみてェなちょこまかと動くやつを捉えにくくなる。

そして、もう一つ。巨体には大きな欠点がある。

このオークなんかバッチリハマっていやがる。

()()()()()()()()()()()()()

『ォオオオオオオオオオ!』

一直線に駆け抜けるオレに向かってオークは棍棒を腰だめに低く構えた。

薙ぎ払うつもりか、それともかち上げるつもりか、何れにせよ……

「クカカ、そンな無駄にデケェハンマーでンな事できると思ってンですかァ?」

オレは更に前進する。

1.3m程の高さで横薙ぎに振られたハンマーを、

もともとの低姿勢を更に低くして躱し、そのままオークの足に触れる。

当たり前のことだが、どんな攻撃をするにせよ、手元は手より低くはならねェ。

巨体であれば、その分手の位置は高くなる。

それこそがデケェことの最大の欠点だ。

もちろんすぐに徒手空拳に切り替えられンなら話は別だが、

あんなデケェ得物を振った後で出来ることじゃねェし、素手での攻撃なら、解析にさほど時間はかかンねェ。

まァ、そもそもコイツは、武器を離そォとも思わなかったみてェだがな。

そのまま解析を終え、足と腕を断ち切ってやりゃァ終わりだ。

「ハァ……天然武器が脅威だっつっても、鈍間が持ってンなら問題はねェな……問題はウォーシャドウみてェな素早いモンスターが持ってた時だな……」

そう呟いて、ダンジョンへ還っていく天然武器を見ながら、

緑色の液体(解析済みのオークの血)を周囲へ飛ばしていると、霧の奥から、男が呼びかける声がした。

「……凄まじいものだな」

「あン?誰だ?」

呼びかけた奴に誰かを問うが、しかし、その男は答えねェ。

代わりにその男は霧の中からその姿を、2mを超す岩石のような獣人の巨躯を曝け出した。

「あァ……生憎とオレはまだここの人物に詳しかねェンだ。テメェがどんな有名人かは知らねェが、顔見ただけじゃァわっかンねェンだわ」

そう言って、オレは獣人に名乗るよう言った。

「名乗る必要はない。俺はただお前に伝言をしに来ただけだ」

「ハァ?伝言だァ?ンなもンされる覚えはねェンだが?」

「我が主神より、『早く地上に戻りなさい。白い兎が大変よ』とのことだ」

へぇー。兎が大変ねェ……つゥか女言葉が致命的に似合ってねェな。……ン?兎?

「オイ、今なンてッ……」

改めて前を見ても、慎重に周りを見渡しても、既に周囲には誰もいねェ。

「……チッ!」

おそらく兎ってのはクラネルのことだろォ。

訳のわかンねェ奴に従うのは気に食わねェが、仕方ねェ。

助けにでも行くとするか。



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決死

(ああ、もう!!なんでこんな時に一方通行さんと別れちゃったんだよ僕は!!)

苛立ち混じりに街中をかける二人は、白髪の少年(ベル・クラネル)黒髪の少女(神ヘスティア)は、逃げていた。

一度入れば出てこられないとまで言われるオラリオのもう一つの迷宮、

『ダイダロス通り』の中を、

その上に下にと錯綜する複雑な隘路の中を、入り混じる複数の階段を、

二人は縦に横にと駆け回る。

住宅街であるはずのダイダロス通りだが、今は人気(ひとけ)がない。

それも当然だ。

住人たちも彼らと同じように逃げ去っていったのだから。

二人を追う怪物(モンスター)、“シルバーバック”から。

『グガァ!』

「……!」

ベルとヘスティアは今にも追いつかれようとしていた。

高い【敏捷(にげあし)】のステータスを持つベルはともかく、権能のほとんどを封印している神の、ヘスティアの身体能力は一般人と変わらない。

むしろここまでよく持った方だ。

ぐんぐんと距離を詰めていくシルバーバックは、遅れがちとなったヘスティアに今にも手を伸ばそうとしていた。

「神様、そこ曲がります!」

「う、うんっ……!」

二人はそれまで走っていた道を急遽外れ、別の通路へ、そしてそこからもすぐに逸れ、また別の経路へと、幾度も進む方向を変えた。

(振り切った……?)

ベルは後ろを振り返り、そこにシルバーバックの姿がないことに安堵しかけた。

しかし、

「───」

ベルは知覚し、認識してしまった。

何かを蹴るような音と石材が軋む音を、足元に広がる大きな影を。

(しまっ───!)

二人の真上、家屋の隙間から見える青い空から降ってくる白い物体。

野猿のような怪物は、迷宮の作りを無視し、軽やかな身のこなしで建物の間を移動し、ベルとヘスティアの間に降り立った。

『ギァアアアアアアア!』

「ッ!」

「ぁ!?」

爆音に近い着地音とともに、二人を繋いでいた手は離れ、分断される。

ベルはヘスティアのもとへ急いで駆け寄ろうとするも、顔を振り上げたシルバーバックと正対する格好となり、

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

その咆哮(ハウル)を、真正面から浴びた。

「───ひっっ!?」

ベルは完全に『恐怖』状態に陥り、いとも容易く強制停止(リストレイト)に追いやられた。

『ルガアァッ!』

咆哮が呼び起こすのは原始の『恐怖』。

しかし、シルバーバックの威圧が呼び起こしたのはそれだけではない。

『ミノタウロス』(トラウマ)

今もベルの脳に染み付いたその『恐怖』が、ベルの身体を竦ませる。

(───ぅ、ぁ)

ベルにとって、眼前の敵は今の己では太刀打ちない、絶望の象徴(ミノタウロス)と面影が被る怪物。

ベルにとって、その奥にいる少女は、今の己が守るしかない、己以外には守れない、大切な存在。

(怖い───)

逃げたいという思いと、助けなきゃいけないという思い。恐怖と、義務感。臆病風と、使命感。対立する本能と義務感がせめぎ合う。

(怖い───)

逆らうことを許さない衝動に、彼の中のちっぽけな責任感はいとも簡単に折れそうになる。

(怖い、けどッ───)

それでも。

(───僕は、『男』だろ!!)

『男』の意地が、内から聴こえてくる祖父の声が、

彼に後退を許さない。

『女の子』を置いて、逃げることを許さない。

「───うああああああああああああああっっ!!」

ありったけの力を込めてベルも咆哮し、大地を蹴る。

『ガァァァッ!』

シルバーバックは迎え撃とうと棍棒のような左腕を振るうも、

ベルは頭を下げて回避し、鞘から短刀を抜き放ち、すれ違いざまに全力の斬撃を叩き込んだ。

「っっ!」

が。

キィンッ、という金属の悲鳴が響き渡った。

傷ついたのはモンスターの体躯ではなく、斬りつけた刃の方だった。

その純白の剛毛の前に刃は通らず、銀の粒子へと姿を変えていた。

(───刃こぼれ!?)

無数の破片と化してしまった刀身を目にして、ベルの頬が引き攣る。

ベルの低い力のステータスでは、シルバーバックの耐久を貫き得ないという現実に、彼の足は歩みを止めてしまい───

「ぎっっ!」

彼はその細い体をシルバーバックの両手で握り締められ、振り回され、そのまま壁に叩きつけられた。

あまりの激痛に一瞬ではあるが呼吸は止まり、目は限界まで見開かれる。

その視界には、

『グルァ……ッ!』

もうほんの少しで触れようかという位置に、大きく口を開け、鋭い牙をのぞかせた醜悪な怪物の顔が入る。

「ベル君っっ!」

(このままじゃあ、やられる……!?何か……何かないのか!?)

ベルはヘスティアの叫び声を耳にしながら身じろぎ、脱出するためのチャンスを探す。

すると、その指が何かに触れる。

そこにあったのは壁に設置された一つの魔石灯。

考えている余裕はない。

すぐさま手を伸ばして壁から拳大の魔石灯を取り外し、手早く操作して光量を最大にする。

そして、手の中で煌々と輝く魔石を、モンスターの瞳に向かって───押し付けた。

『ギゲェエエエエエエエエエッ!!』

その光に瞳を焼かれ、シルバーバックは絶叫する。目を押さえ、数歩後ろに下がる。

掴んでいた手が離れ、ベルはどさりと地面に落ちる。

痛む体に鞭打ち、泣きそうな顔で駆け寄ってきたヘスティアが口を開く前に、その手を取って怪物から逃げ出す。

「ベル、くん……?」

「っ……!」

悔しい。

そんな気持ちがベルの心を支配する。

いくら勇気を振り絞ったとしても、弱い自分では彼女を守りきることはできない。

惰弱、貧弱、虚弱、軟弱、怯弱、小弱、暗弱、柔弱、劣弱、脆弱。

受け入れたと思っていた嘲笑の言葉たちが、少年の心を苛む。

あの時、狼人に言われた言葉が、憧れの人(アイズ・ヴァレンシュタイン)も聞いていた、雑魚という言葉が、何度も少年の脳内に浮かんでくる。

同じなのだ。あの時と。

弱い自分が、こんなにも悔しい。

『ウォオオオオオオオオオオオオオッッ!』

「!」

怒りに燃えた獣の遠吠えがダイダロス通りに響く。

敵はまだ追いかけてくる。

(このままじゃあ……!)

ベルは思考する。

きっとまた追いつかれるだろう。そうすれば三度目はない。

(どうする……どうすればいい?)

少女を、神様を守るための、助けるための方法を必死に考える。

「───」

そして、閃きとは言えない簡単な答えが頭の中に見つかった。

それは単純な思考の帰結。力なき少年にもできる打開策。

初めから守る必要なんてなかったのだ。

───()()()()()()()()()()()()、それでいい。

「お、おいベル君、どうしたんだよ……?」

一切の感情が消えたような少年の表情に、ヘスティアは疑問と恐怖を抱き、少年に問う。

少年は、なにか大変なことをしようとしているのではないかと。

しかし、ベルはその問いには答えず、ひたすらに細い道をすり抜けていく。

その道の先にあったのは隣の居住区(ブロック)に出られるらしい隧道───狭い地下道だ。

ベルは有無を言わせず少女をその奥へと進ませると、ゆっくりと、入口に備えられていた封鎖用の鉄格子をスライドした。

ヘスティアは驚いた表情で振り返る。

「ベル君!?何を…‥!?」

「……ごめんなさい、神様」

鉄格子が締まりきり、少年と少女の間に冷たい境ができる。

少年は沈痛な面持ちで、謝罪の言葉を口にした。

「神様は、このまま先に進んで、一方通行さんを、いえ、誰でもいいですから強い人を呼んできてください」

「ボクは、って……君はどうするつもりなんだ!!」

「……あのモンスターを引きつけて、時間を稼ぎます。僕だって、しばらく耐え切ることぐらいできますから」

ヘスティアを守れないベルに残された、ヘスティアを助けるための唯一の方法。

囮。

少年がシルバーバックを引きつけている間に、少女が安全地帯まで移動する。

超越存在(デウスデア)たる少女には、その真意が分かった。

少年の身は、もはや限界で、さほど長い時間耐え切ることはできないということを、

少年は、それを理解した上で死地に向かおうとしていることを、

少年が、今、自分のために死のうとしていることを、分かってしまった。

少女は愕然とした。叫ばずにはいられなかった。

「な、何を馬鹿な事を言ってるんだ、君は!」

「お願いします、神様。これっきりでいいです、僕の言うことを聞いてください」

「駄目だッ!許さないぞ、そんなことは絶対に許さない!ここを開けるんだ、ベル君!!」

「神様……」

少女は顔を大きく左右に振って、少年の願いを否定する。

その小さな体では開けられるはずのない鉄格子にしがみつき、必死に少年へ声を荒げ、叫ぶ。

少年は瞳を伏せ、少女の命令を否定する。

諦めたような、覚悟を決めたような、悲しい顔をして、少女の懇願に耳を傾けないようにする。

互いに身を案じてくれている相手の想いが感じられ、それが嬉しくて、嬉しくて、悲しかった。

時間がない。モンスターは既に視界を取り戻し近づいてきているだろう。

ベルは体を低くしてヘスティアの目線に合わせたあと、懇願するように言った。

「神様……僕はもう、家族を失いたくないです」

「……!」

ベルは、ありのままの本音を、ヘスティアにぶつけた。

オラリオに来る前、たった一人の家族を失ったベルは、その喪失感を覚えている。

空っぽになってしまった胸の痛みを覚えている。

「怖いんです、家族を失ってしまうことが……守れないことが」

少年は運命の出会いを求めてオラリオにやってきた。

しかし、その出会いは何も異性との出会いだけじゃない。

ベルは、確かに期待していたのだろう。家族の温もりに。神々が与える家族(ファミリア)という絆に。

少年は、家族を求めていた。

「だから、お願いします。僕に……家族(かみさま)を守らせてください」

少女は、この短いやりとりの間、見開いた瞳で少年を見つめ続け、やがて苦悶の表情を浮かべた。

「……ここから早く離れて、助けを求めてください」

「っ……ベル君っっ!」

最後に、それだけ伝えて少年は立ち上がる。

少女は悲しそうに眉を歪めて、少年を見上げ、遠ざかる背中へ言い放つ。

「ボクだって、君を、家族を失いたくない!!約束してくれただろう!?ボクを一人にしないって!」

「……大丈夫です。僕の『敏捷(にげあし)』の速さは神様も知っているでしょう?」

少年は、精一杯強がって笑い、一思いに駆け出す。

少女の声がどれだけ背中を叩いてきても振り返らない。

ごめんなさいと、何もできない自分のことを、約束を守れなかったことを、震える声でもう一度謝罪する。

「……っ!」

涙を腕でゴシゴシと拭い、ベルは元来た道を戻って再び十字路へ出る。

モンスターはまだ来ていない。

頭上にも注意を払いつつ、ベルはレッグホルスターから【ミアハ・ファミリア】印のポーション───1本の試験管を取り出し、中に詰まっているマリンブルーの液体を飲み干す。

疲労感は拭われ、体力は戻り、全身の痛みは和らぐ。

『ルァッ!』

シルバーバックが通路の奥から走ってやってくる。

ベルは今度は十字路の正面に立ち、振り返る。

『ゥ……?』

「来い、こっちだっ!」

小さな女神を見つけられないモンスターは首をひねる。

ベルは、声を高らかにモンスターを挑発する。

モンスターは十字路の中心で足を止め、右手の通路をちらりと見る。

ベルの呼吸が一瞬止まる。

『……ガァアアアアアアアアアッ!』

(よしっ!)

それでも、自分に向かってくるシルバーバックを確認し、少年は駆け出した。

複雑なダイダロス通りを駆け回り、方向感覚を見失いそうになるものの、

少年は壁に引かれた真っ赤な(ライン)───迷宮街の出口を指し示す『道標(アリアドネ)』を頼りに、ダイダロス通りの最深部へ向かっていく。

(……)

少年を見下ろす複数の怯えた住人たちの視線を、ベルは肌で感じる。

(一体、誰なんだ、この人……?)

ベルは、モンスターという厄介事を持ち込んでしまったことに負い目を感じる一方で、

その中に含まれる、たった一つだけ異質な視線を、他のものとは違う無遠慮に過ぎる視線を感じ取っていた。

ずっと前から、自分だけを注視し、舐るように見張る、いや、()()しているその視線に、

言葉にできない薄ら寒さを感じ、口を手で覆う。

『グルァ!』

「ぐぅ!?」

そんな視線に意識を引っ張られたからか、少年は上方より襲いかかるシルバーバックを往なしきれず、石畳の上に投げ出され、ゴロゴロと少し開けた空間に転がり込んだ。

中央には粗末ながら噴水があり、いくつもの通路が集まってきているここはおそらく憩いの場であろう。

『ガルアアアッ!』

「!?」

ヘスティアを見つけられないことに業を煮やし、興奮しきったシルバーバックはより苛烈な攻勢を仕掛ける。

天然武器(ネイチャーウェポン)を使いこなす10層以降に生息するモンスターらしく、

シルバーバックは両の手首と連結している鎖をあたかも鞭のように扱い始めた。

地面を砕き、壁を削る。暴風のような速度と威力。

大気を力任せに切り裂く不気味な風切り音がベルを繰り返し叩きのめす。

回避にしか、集中を許さない。

化物の腕力から繰り出される鉄の鞭の一撃は、ただただ凶悪だった。

「~~~~~ッ!!」

ガキンと音がした。

とうとう、捕らえられた。

頭部を狙った一撃。裂帛の吠え声とともに真一文字に振るわれた鉄鞭は、その芯で、少年を捉えた。

短刀を顔の横に構え、辛うじて弾くことには成功したものの、尋常ではない衝撃が少年の体を貫通する。

真っ赤な火花が少年の視界に散り、同時にその体が勢いよく横転する。

「あ、ぐっ……!!」

ベルは、地面にへばりついている上半身を震える腕で起こす。

しかし、痛みに悲鳴を上げる体はなかなかいうことを聞かない。

やはり歯が立たない。勝負にもならない。

そう視界のほとんどを埋める石畳を見下ろしながら少年は感じ、痛みと悔しさを噛み締める。

気持ちだけで無理やり首を持ち上げると、シルバーバックは噴水のそばで低く唸っている。

止めを刺す気だ。

手に鎖を持ち、ジャラジャラと金属音を奏でている。

ベルだって死にたくはない。心底死にたくはない。しかし、頭のどこかで諦めてしまっていた。

体に力が入らず、何より気力がもう尽きそうだ。首を持ち上げることすらもうできそうにない。

気がかりなのは、ヘスティアが逃げられたかどうかだけだ。

(そういえば、あの時も……こんな感じだったっけ)

あの人が駆けつけてくれたのは。

ヴァレンシュタインさんが、助けてくれたのは。

しかし、今度は彼女が助けてくれるようには思えなかった。

ベルは、あの人の顔をもう一度見たかったなぁと未練がましく思いながら、

しかし同時に、安堵もしていた。

あんな格好悪い姿を、二度と晒したくなかったから。

今の状況に当時の光景をふと幻視しながら、ベルは、顔をうつむけた。

その時、一つの声が、耳に飛び込んできた。

 

 

「クラネル!!」



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終結

「クラネル!!」

 

 

「───」

時が止まった。

白く染まったベルの意識に飛び込んできたのは真っ白な少年───一方通行の声。

顔を振り上げる。視界が回復する。瞳に映る光景に、ベルは呆然とする。

助けに来てくれた人たちがいた。今度はあの人じゃない。でも、それは、

とても大切な家族(ファミリア)だった。

 

        *

 

猪人の忠告通りに地上に上がってみれば、そこは急に降って沸いた災害(モンスター)に完全に混乱していた。

つまり、アイツの忠告は正しかったっつゥことかよ……怪しいな、アイツについても後で調べるか。

しかし、今はクラネルを探すほうが先だな。

どう考えてもこの騒動の発生源と関係のある猪人が『兎』が危ういっつってたんだ。

ワザワザオレに言いに来たことから考えても、クラネルが危険な目にあってンだろ。

オレは、一飛びに屋根に登り、そこから別の屋根へ、さらに他の屋根へと飛び移りながら、クラネルを探すことにする。

微細な空気の振動から、悲鳴や戦闘音と思われるものの発生源を感知し、

その場所へ向けて飛び回るが、いかんせん発生源の数が多い。

幸い、次々と戦闘が終了しているようで、発生源の数も徐々に減ってはいるが。

「チッ……クラネルの野郎、一体どこに居やがンだよ」

仕方ねェ。

近場から見ていくつもりだったから敬遠してたが、発生源が倒されて行ってるから問題ねェだろ。

少し遠くの場所を先に叩いてみるか。

そう思って、小路を軽く1,2本飛び越えて、オレはその戦闘音の発生源、ダイダロス通りへ向けて駆ける。

いくつもの通りを跳び越し、いくつもの家の屋根を渡れば、そこまで対して時間は掛からねェ。

そして、更にダイダロス通りの中心部に向けて移動している音源に向けて移動しようとしたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「ッ!アクセラ君!」

「あン?なンだよ、クソガキじゃねェか。クラネルと一緒じゃなかったのか?」

その声の持ち主、一応のオレの主神(ヘスティア)は、随分と焦燥した様子で、息は切れ、顔色は悪い。

そして、戦闘音の位置や、あの獣人の言葉からある程度の予想はつく。

「……アイツが奥で戦ってンのか」

「そうなんだ!アクセラ君!頼むから、一緒に助けに……」

今にもクラネルが死ンじまうンじゃねェかと焦るクソガキが言おうとした言葉を、オレは右手で遮る。

……わざわざ地上まで戻ってきたンだ。言われなくてもやることは一つしかねェ。

あン時の恩返しだ。借りを作りっ放しってのは気分が良くねェしな。

そして、オレは助けを断られたのかと顔を青くしているクソガキに向けて右手を伸ばす。

「しっかり掴まってろ。一飛びでクラネルの頃まで行ってやる」

「!ありがとうアクセラ君! やっぱり君は善いィィィィィィ!?」

「言い忘れてたが、喋ると舌を噛むから黙ってろ」

ほほひほ(遅いよ)!」

 

 

        *

 

 

「どうだい、ベル君。助けを、呼んできてやったぜ?」

「か、神様……」

胸の中に生じるこの気持ちを形にできないまま、ベルの頭の中は温かな想いで満たされる。

「ボクに試してみたいことがあるんだ!ベル君、付き合ってくれるね?アクセラ君、それまで、やれるかい?」

「心配すンならモンスターの方だぜ?あンまり愚図愚図してっと、試す前に終わっちまうかンなァ!!」

『ウグルゥ……ガァァァッ!』

そして、二つの白き怪物は激突する。

 

 

        *

 

 

シルバーバックはその両手の鎖を縦横無尽に振り回す。

確かにその速度は尋常じゃねェし、鞭のようにうねる軌道はどうしても読み辛ェ。ついでに威力もある。

回避型(ベル・クラネル)にとっちゃァ戦い難い相手かも知ンねェな……。

それでもよォ、

「案外、手応えねェじゃねェか!そンなンでオレに勝てるわけねェンだよォ!」

『ガ、ガァアアアア!』

オレにとっちゃァ敵じゃねンだわ。

その鎖は残念ながら鉄製……特に何の特殊な効果もねェ。

“魔法”的なもンが、オレにとって未解析なもンが、その鎖にはねェ。

そうである以上、

どれほどスピードがあろうが、どれほど威力があろうが、エネルギー量がどれだけ高かろうが、

“一方通行”は越えられねェ。

『ガァァァアアアアアアッ!!』

それでも、シルバーバックは鎖を振るう。

「まだ無駄だってわっかンねェンですかァ?」

そしてオレはその全てを弾く。

今後の事を考えるとクラネルには経験値(エクセリア)を積んでおいて貰った方がイイのだろう。

しかし……

「はァ……退屈にも程があるな。さっさと終わらせちまうか」

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

オレは、一歩一歩鎖を弾きながら近づいていく。

近づくにつれて、攻撃は苛烈さを増す。

しかし、当然ながら一撃たりともオレには届かねェ。

『ガ、ガァァァッ!ガァァァアアッ!!』

シルバーバックは、鎖による攻撃の中を突き進むオレに恐れでも感じ、判断力が鈍ったのか、

鎖ではなく、その足での攻撃をオレに向けるも、

「残念ながら、そいつは悪手なンでしたァ!!」

『ガァッ!?』

その結末は転倒。

オレを蹴たぐろうとした足は即座に解析され、あらぬ方向に滑り、シルバーバックはバランスを崩し、転倒した。

「そいじゃァ、オシマイだ」

『グオォォォッ!!』

そして、ズブズブと解析を完了したシルバーバックの腹にオレの掌が沈みこむ。

グシャリと音を立ててその身体から魔石が抜き取られる。

時をおかずして魔石を失った体は灰へと還り、風に乗ってその姿を跡形もなく消滅させた。

正直、まだオークの方が手強かったなァ。

 

 

           *

 

 

「相変わらずとんでもない力……御陰であの子の活躍は見れなかったわね」

とある人家の屋上。

ベルのいる付近一帯を一望できる高所で、フレイヤは呟いた。

その銀の瞳の先には、遅かったなと煽り、魔石を見せる一方通行と、シルバーバックの魔石を見せられてぽかんとしているベルの姿がある。

青空に囲まれながらどこか拗ねるように言葉を落とす女神は、しかしすぐに笑った。

「残念ながら、今回はここまでみたい。……でも」

()()らしく、3人並んで歩くその姿を熱く見つめながら、フレイヤは目を細める。

日の光を反射する銀の髪を翻し、一つの言葉を残して彼女はその場を後にした。

「また遊びましょう───ベル、アクセラレータ」

 

 

           *

 

 

バタンと、扉が閉まる。

そして、その部屋の中に楽しげに声を交わす三つの人影が入る。

「悪いね、アクセラ君。おぶって貰っちゃって」

「悪ぃと思ってンなら、そンなになるまで土下座なンてすンなっての」

階段を下り、背負っていたクソガキをベットに降ろす。

何やら強い武器を作って貰うために、30時間程土下座していたらしい。

……馬鹿だな、コイツ。

そんなオレの意見に、クラネルもまた賛同して、言う。

「そうですよ神様!確かに、ヘファイストスのナイフは凄いものだとは思いますけど、神様がそんなになってまで」

「何度も言ってるだろ?ボクだって見てるだけは嫌なんだ」

「僕だって神様がそんなになるのは嫌です!」

勿論クソガキも言い返すンだが……このやり取りは道中も含めて4回目だ。

「五月蝿ェ。さっきどっちも納得したで終わっただろォが!」

そう怒鳴れば、はい、っと言って二人共引き下がる。

顔は納得してねェみたいだがな。

そしてしばらくすると、またそのやり取りが始まる。

まったく、静かにならねェところだ。

(でも……こんな生活も悪くねェ)

オレは、心の何処かでそう思っている自分を自覚した。

本当のオレは邪悪で、極悪で、手の付けられないような悪党だって理解していても、

少しの間ぐらい、こんな光の世界にいてもいいだろうと。

そんなことをオレは考えていた。

(本当に、ここが元の世界と全く関係のねェ異世界なら……善人として暮らすのもアリかもしれねェな)

 

そして、そんな風に、ありえないことを思っていた。



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小人〈パルゥム〉

怪物祭でのモンスター脱走事故から数日。

いくつもの小路が入り組んだ路地裏を、オレは歩いていた。

ゆっくりと日は傾いて、空は茜色に染まっている。

好きなように歩いていても、その辺のアホどもが関わってこねェってだけで、この世界の良さが分かる。

静かな散歩も十分に気晴らしになるってもンだ。

しかし、その気分をぶち壊す雑音が耳に入ってくる。

「ン?……足音か。全く、気分を害してくれるじゃねェか」

前だったらスクラップだぜ。と小さく呟きながら、オレは音に対する能力の設定を()()に変更する。

ここ最近の怪物退治と、普段からの解析の結果として、オレはベクトルの向きを、90°か180°かの二択ではあるが変換できるようになった。

反射が戻ってきたのはこういう時に役に立つ。

今までの能力(チカラ)だと、音がめちゃくちゃに跳ね回った挙句、元より数段不快な音が耳に入ってたからな。

まァ、そうやって不快な音を排除すると、オレは再び歩み始める。

すると、角まで来たあたりで、腰のあたりに小さな影がぶつかってきた。

「~~!?」

当然、ぶつかった衝撃は反射され、小さな影の方が地面に倒れる。

試しにそっちに視線をやってみると、1つ1つのパーツを縮小したような小さな人間がいた。

(……このサイズ、小人族(パルゥム)か。音楽が大好きで、あまり戦いには向いていない亜人(デミ・ヒューマン)だっけか?)

視界の端でピクリとも動かないその小さな体から目を離す。死んだか、気絶しているか、騙し討ちのために狸寝入りをしているか。

まァ、何れにせよぶつかってきたのは向こうだ。助けてやることもないだろう。

「~~~~~~、~~~~~~~~~!!」

そう思って立ち去ろうとすると、道の奥から一人の人間が現れる。

目をギラギラと光らせた、齢20ほどの冒険者風のその男は、割とデカ目の剣を背中に差し、言うまでもないがオレよりガタイはいい。

「~~~~~~~~~~……!」

顔を真っ赤にしたその男は、怒りに燃えた表情で、こちらへ近づいて来る。

「~~~!~~~~~~~~!!」

何かを言ったらしく、口をパクパクさせると、その男はオレの肩を掴もうとしてきた。

そして、その指はオレの反射膜に触れると同時に外側に折れる。

「~~!!~~~、~~~~~~!!」

男は指を押さえ、その怒りに満ちた眼差しをこちらに向けてくる。

オイオイ、こっちにも攻撃するつもりかよ。

まァ、肩を掴もうとした時点で決まってンですけどねェ。

スクラップ確定か。

じゃあ、辞世の句か、断末魔ぐらいは聞いてやるか。

「オイ、テメェ。今からテメェの言葉を一言だけ聞いてやる。存分に醜く無様に言い訳してみたらどうだ?」

「く、くそが!この化物がぁ!!そいつを庇うとどうなるか思い知ることになるからな!」

男は顔色を青くし、そう叫ぶと、後ろに向き、一目散に退散しようとする。

「……チッ。あァ、興が冷めた。つまんねェなァ」

が、しかし、

「だからただ殺すだけの屠殺は嫌いなンだっての」

その走りは、あまりにも遅い。

オレは一歩で相手の前方に回り込み、石畳の地面に男の顔を叩きつける。

見事に耳までめり込んだ男をその場に放置し、ちらりと奥の、もう一人の気絶者の居た場所に目を向ける。

そこには、既にパルゥムの姿はなかった。

おそらく、もうどこかに行ったンだろォな。

多少、こっち側(あくとう)の臭いがしたのが気にはなるが……まァ、オレにはもう関係ねェだろ。

そう考え、オレはそのまま踵を返し、日が完全に暮れる前に廃教会(ホーム)に戻ることにした。



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購入

「よし……」

昨日装備を新調したらしいクラネルは、姿見の前で新しい鉄色のライトアーマーとエメラルド色のプロテクターを身に付けていた。

時々、装備を撫でてニヤついていて、キメェとは思ったが、指摘はしなかった。勿論、面倒くせェからだ。

「神様、じゃあ行ってきますねー!」

「う~ん、いってらっしゃぁ~い……」

超越存在(デウスデア)であるにも関わらずバイト疲れでダウンしている自分たちの主神に苦笑しながら、オレ達は玄関へと向かう。

クラネルは昨日最後までバイトを辞めるように説得していたが、もう諦めたらしい。

……そもそも、最初っからジャガ丸くンの屋台でバイトをやってンだから、辞めさせる必要なンざねェとは思うンだがな。

名残惜しそうに、また鏡を見ているクラネルは、まァ確かに冒険者()()()なったとは思う。

不要だからとは言え、普通の服しか着ていないオレと比べれば、冒険者らしさなら、クラネルの方が上だろう。

鉄製の《短刀》とミスリル製の《(ヘスティア)()ナイフ》を腰に据え、完全装備となった彼は、そういった目で見れば頼もしく見えねェこともねェ。

オレも、武器や防具はないがポーションなどの小道具を揃え、教会の隠し部屋を出発した。

(チッ、やたらと日差しが強いじゃねェか)

廃教会を出れば、頭上には青く澄み渡った空が広がっていた。

能力が発現してからこっちに飛ばされるまで太陽光を浴びてこなかったオレはには、この日差しは厳しいものがある。

だが、太陽の光なんてもん、解析できてねェわけがねェ。

意識をひとつ切り替え、紫外線と必要以上の可視光線と赤外線、後その他諸々の不要な光線を反射する。

すると、反射光が目に刺さってきたのかクラネルは目を細める。

「うわ、なんか急に眩しくなりましたね。一体どうしたんでしょうか……雲が急に晴れたわけでもないのに。一方通行さんもなんかやたらと輝いていません?」

「光の向きを変えてンだよ。眩しかったからな」

「え、……それ、こっちに光が来ないように反射できませんか?」

「……」

「出来るならやってくださいよ!目が痛いんです!」

 

──────

 

裏道を経由してメインストリート、そして中央広場(セントラルパーク)

冒険者どもの波に乗ってオレ達はバベルまでやってきた。

この中央広場は人が多く集まる場所だけあって、出店なンかも沢山ある。

武器や防具を売る店、回復用のポーションや粉薬を売る店、トラップアイテムなンかを売る店が立ち並んでいる。

クラネルが砥石等のアイテム類を整えている間、歩きながらそンな店々を見て回っていると、その中にやたら目を引く商品があった。

……服だ。

オレが向こうの世界で着ていたものと似たようなデザインのものが何着かそこにあった。

オレは全身をターバンで隠した店員に話しかけることにした。

「オイ、ちょっとイイか?」

「!?はい、なんでしょうかとミ……私はお客さんに答えます」

「この服をちょっと見せてもらってもいいか?」

「別に構いませんよ、とミ……私はお客さんに答えます」

どこかで聞いたことのある変な喋り方をする店員だと思いながら、服に触れる。

……素材も縫製もいつもの服と同じだ。

内側のロゴマークこそ見つからなかったが、何から何まで似ている。

……つゥか、この世界で化学繊維製の服なンてあンのかよ。

「ハァ。まァイイや。これとこいつとこの服をくれ。いくらになンだ?」

そういうと、店員はしばらく黙った。

そして、口を開いたかと思うと、

「……そうですか。売れ残りなのでタダでいいですよ、とミ……私は服を押し付けます」

と言った。

……売れ残りなのかよ。

こっちの世界でもこのセンスが分かるやつは少ねェンだな。



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補助役《サポーター》

「それでは、お兄さん。どうでしょうか?リリを雇ってもらえませんか?」

「もうすぐ、パーティを組んでいる人が来ますから、その人と相談してからに……」

服を購入し、集合場所に指定されていた噴水の前に戻ると、意外と時間がかかっちまったようで、既にそこでクラネルがいた。

そして、クラネルは自分より一回りも二回りも小さな犬人(シアンスロープ)の子供に絡まれていた。

「あ、一方通行さん!待ってましたよ!」

「おォ、悪ィな。ちょっと店を見てまわってたんでな……で、そこの脇に控えてやがるちっこいのは一体どォしたんだ?」

「実は、この、リリルカ・アーデさんがサポーターとして参加できるパーティを探しているみたいで……僕達のパーティに入りたいと」

「サポーター?このちっこいのがかァ?」

サポーターは荷物持ちだ。

それがいるといないとで、冒険の効率が大きく変わってくる存在とのことらしィな。

実際、オレたちにとっても、荷物がいっぱいになったから引き上げるっつゥことは幾度かあった。

そこにサポーターがいれば、もっと長くダンジョンで探索ができるだろう。

しかし、まァ、オレたちであれば主に荷物は嵩の割に軽量な魔石になるだろォからそこまで力は要らねェだろォが、普通なら帰りはもちろン、行きも大量の水薬や、壊した時の替えの武器などで相当な重さの荷物を背負って動くことになる。

“レベル”や“ステイタス”による身体強化がある以上見た目で判断することはできねェだろォが、こんな小さなガキが、そういった荷物を持って動けるとは到底思えねェな。

しかし、そのちっこいのは、クラネルに対して相当売り込んできたらしく、クラネルは動けると判断しているみてェだな。

そう考えていると、ちっこいのはクラネル一人だった時の絡みようが嘘だったかのように手のひらを返し、後ろに下がりながら、

「そう、そうですよね、ほら、リリは見ての通りちっこいですし、【力】のステイタスも大したことはありませんし、お二人にはリリみたいなの必要ないですよね。リリは別の入れてくれるパーティを探すことにします。それでは」

「ま、待ってください!リリルカさん!」

そう言って去っていこうとする犬人をクラネルは引き止め、

「実際に僕たちのパーティにサポーターが必要なのは確かですし、僕は入れてみてもいいと思うんですけど……一方通行さんはどうですか?」

と言った。

おいおい、そこでオレに聞いてくンのかよ。

コイツがちゃんとサポーターとして動けるかどうかも分からねェし、急な態度の切り替えといい、気になることは幾つかあるが、まァ居ちゃ悪いってこともそンなにねェだろォな。

「イインじゃねェの?別に入れたって」

「ですよね!というわけですからリリルカさん。今日一日お願いしますね!」

「……は、はい。よろしくお願いします……」

ちっこいのは、入る先が見つかったっていうのにも関わらず、なぜだが力なく笑った。

 

 

 



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圧倒

ダンジョンは、深くなればなるほどその()()()()()本性を露にするようになる。

例えば、『キラーアント』のような厄介なモンスターを生み出したり。

例えば、モンスターを生み出す間隔(インターバル)を短くし、一瞬の隙を突いてきたり。

だからつまり、当たり前のことではあるが、深く潜る冒険者ほどその前の段階で【ステイタス】のみならず、経験、武装、機転、などなど様々な面で地道に力を積み上げてきた、()()冒険者だということ。

だから。

「らァっ!」

「ふッッ!」

『ロォォォォォォォォォ!!!』

ありえない。

一つのナイフを除いて武装も貧弱。

機転もそこまで効く様子ではない。

見るからに経験不足の()()冒険者が、二人組(コンビ)で、こんな深さまで潜れるはずがない。

現在位置11階層。

過去に私が、リリが他の冒険者パーティについて行った時に記録した最深到達階層と同じ階層。

この階層にもなれば上層最硬の防御力を誇る鎧鼠(アルマジロ)型のモンスター、『ハード・アーマード』や、身体能力が高い位置で偏りなくまとまっている『シルバーバック』のような強力な大型モンスターが、当たり前のように複数で出現する。だから、Lv.1の冒険者が、少数で潜れる場所ではない、はずだった。

『ロォォォ!!』

「よっ、とォ!」

『───ガッッ!?』

一方通行が高速で転がってくるハード・アーマードを躱そうともせず、白い手刀で切り払う。

相手の転がる速度も乗った一撃は、まるで甲羅などないかのように巨大な鎧鼠を両断する。

「行きますッ!」

そして、ハード・アーマードが真っ二つに割られてできた一本の道を、ベル・クラネルは駆け抜ける。

ベルが向かう先にいるのはシルバーバック。

その猿の顔を大きく歪ませて、咆哮(ハウル)を放つモンスターに向けて、神速で飛び込む。

だが、その速度は、決してシルバーバックなら目で追うことのできない速度ではない。

……目で追えたからといって、対処できるわけではないが。

『グゥォォォ!!』

「らああああああッ!」

目の前に迫って来る敵に叩きつけるために、シルバーバックがその腕を持ち上げるまでに、ベルはシルバーバックの足元まで到達する。そして、黒刃が閃き、シルバーバックの巨体を切り裂いた。

「はッ!!」

『ギグゥゥッ!!』

「ふゥ、これでそっちも終わりかァ?」

「はい、なんとか」

上層でも深部は少数では潜れない。

彼らはそんな定説を簡単に覆してしまっている。

『ハード・アーマード』の甲殻を素手で貫き、『シルバーバック』を圧倒的な速度で翻弄し、討伐している。

……うん。この二人からは盗むのはやめましょうか。

ベル・クラネルは純朴そうですし、彼一人だけだったならあのナイフを盗み取ることもできたでしょうが……もう一人の方、一方通行とやらは、どっちかといえばこっち側、後暗い世界をよく知る目をしています。

多分、向こうも私の事を分かっているのでしょう。

こちらを露骨に警戒していますから。

とりあえず、今日一日彼らに媚を売って逃げ切り、稼業は明日から再開としましょう。

「流石です!お二方とも、お強いですね!」

「そ、そうですかね?リリルカさん。一方通行さんはともかく、僕はまだそれほどでもないと思うんですが……」

「私から見れば、ベル様も一方通行様もものすごーくお強いですよ……それはともかく、ここからは私の出番です。任せてくださいね!」

そう言って、私はモンスターから魔石をくり抜く作業に入る。

自慢ではないけれど、私はこの作業は上層でも随一の腕だと自負している。

正直、これほどの大型種を一気に解体するのはわりかし久しぶりなので少し不安もあるにはあったけれど、意外と体は覚えているものだ。

サクサクと解体を進めていけば、取り出す作業は割と直ぐに終わる。

途中、様呼びを嫌がるベル・クラネルに物事の道理を教えたりもしたけれど、さほどのタイムロスもない。

そうして、解体を終え、魔石をバックパックにまとめて、ベル・クラネルに声をかける。

「そろそろ、地上(うえ)に戻りましょう」

「え!?もう?まだ僕にも余裕はあるけれど……」

「はい、お二人ならばまだまだ余裕はあるでしょうが、荷物の方に余裕がありません。お二人の活躍のおかげでリリのバックパックももういっぱいです」

「そォかい……じゃァしょォがねェな」

「そういうことならしょうがないね」

ふぅ、よかった。

これで、このコンビから離れられる。

一割も貰えないサポーターではあまり稼げませんから、一日を無駄にした気分です。

でも、今日の分は、明日からの仕事(ぬすみ)で取り返せる範囲でしょうね。

明日から頑張っていくとしましょう。



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報酬分割《わけまえ》

「「ご、59000ヴァリス……やあぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」」

「うおっ、なンなンですかァ?いきなり叫びやがって」

既に日は半分以上地平線に沈み、多くの冒険者たちは帰路に──まぁ食事処か娼館に行く人もいるのでしょうが──ついている夕方。

ギルドの換金所から出てきた私たちは、そこで手に入れた数え切れない程の金貨に、私は歓喜する。

59000ヴァリスもあれば1割でも仕事でき(ぬすめ)なかった日の稼ぎとしては上々、むしろショボイ冒険者相手から仕事した(ぬすんだ)時よりも多いぐらいかもしれない。

本業(ぬすみ)をしばらく休んで、副業(こっち)に専念することも考えてしまうような金額、これだけ稼げるのだったらしばらくこの二人についていくことも考えるべきかも知れない。

とはいえ、それらは全て()()()()()()()()という話。皮算用に過ぎない。

『サポーターには分け前は無い』なんて言う冒険者は決して少なくはないのだから。

だから、思い切って私は彼らに訪ねる。

「それで、ベル様、一方通行様。今日の報酬のことなのですが……」

「うん。こんなに手伝ってもらったんだし、普通に山分けでいいよね。一方通行さんもそれでいいですよね」

「あ?別にイインじゃねェの?」

「ということで、リリには19700ヴァリスね。はい」

その返答ともに、どばっっ、と金貨全体の3割を超える量がこちらに渡された。

「…………え?」

「あぁ、これなら今晩、ううん幾晩かは神様に美味しいご飯を食べさせてあげられるかも……!」

「いや、オマエは武器や防具も整えるべきだろォが。いつまでも《短刀》じゃァ火力不足だろ」

……はっ!

あまりのことに、少しの間意識が飛んでいた。

お前の分の分け前なんてあるわけねーだろなんて言われる心の準備はしていたけれど、こんなことは想定してもいなかった。

当たり前だ。

どうして戦闘に貢献することのないサポーターに、自分達と同じだけの報酬を与えるというのだろうか。

そういうものだ、と思っているのだったら世間知らずにも程がある。

「ま、待ってください!ベル様!一方通行様!」

「え?なにかな?リリ。もしかしてそれだけだと不満だった?じゃあこっちは同じファミリアなんだし半々に……」

「違いますよ!むしろ、多過ぎるくらいです!リリはサポーターなんですから、お二人の三割分、7500ヴァリスもあれば十二分。というか、5000ヴァリス程が相場です。こんなに頂くわけにはいきません!」

「そうは言っても、こんなに稼げたのはリリがいてくれたお陰だし……」

「別に、オレにはそんなに金の使い道があるわけでもねェからな。大金なンて興味ねェ」

そう言って、明らかに金銭欲なんか持っていないという顔をしている二人に、私は内から湧き出る疑問を抑えられなかった。

「……ひ、独り占めにしようとか……お二人は、思わないんですか?」

「え、どうして?」

私の疑問に、心底不思議そうな声色で、ベル・クラネルは問い返してくる。

私は言葉を詰まらせることしかできなかった。

おかしい、と。

冒険者なんてお金のためになるものなのに、と。

そういった疑問がいくつも渦巻いて、

「……変なの」

 

耐え切れずに私の口から溢れでた小さな呟きは、誰の耳にも拾われることなく、空に消えていった。



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女神の手出し

白亜の巨塔の頂点、最も天に近い50階。

そこに座す二つの銀の瞳が遥か下方でゆっくりと動く二つの白い影を捉える。

見るだけで、よく分かる。

彼らの余りにも特異な魂が語りかけてくる。

「そう。あなたはまた強くなったのね……」

銀の女性は魂の言葉に呟きで返し、興奮が冷めやらないというように、蕩けた視線を注いでいた。

雲間からふとした拍子に差し込む月光が部屋を照らせば、壁一面を丸々占拠する巨大な窓硝子際に立つ部屋の主の姿が、まるでスポットライトを浴びせられたように浮かび上がる。

その姿は、まさに魔性。

「それでいい。貴方はもっと輝ける……でも、ダメよ?あまり隣の子を引き上げちゃ……」

見るもの全てを虜にしてあまりある美貌を携えた女性──神フレイヤは、自らの姿が映る硝子に手をついてカリと音を鳴らした。

神々の個室(プライベートルーム)となっている部屋の中でも最上品質にあたる一室で、彼女はベル・クラネルと一方通行を見下ろしていた。

「もっと、もっと輝いて?もっと、もっと沈んで?貴方達には、私に見初められた故の義務がある……」

その瞳には深い情愛と、そして自己より遥かに劣等な存在との間でのみ成立する絶対優越があった。

フレイヤは執心していた。彼ら二人に。

些細な物事なんて放り出して、彼らのもとで感情(ちじょう)を解き放ってしまおうかと考えるくらいに。

フレイヤの持つ『洞察眼』というべき下界の者の───『魂』の───本質(いろ)を見抜く先天性能力(スペック)は『神の力(アルカナム)』ではないがゆえに地上での使用も許されている。

その目に留まったものは、それが生前であれ死後であれ非常に幸福だ。

なにせ『美の神』と称される彼女に生きていても死んでいても永遠に可愛がられるのだから。

それが一切の自由を許されない、無限の束縛であったとしても。

「より強く、より相応しく……それが貴方達の義務」

他の神たちと同様に、気の向くままに下界に降りてきても、彼女の(ひとみ)趣味(コレクション)も変わらなかった。

子供たちの本質を、才能を、輝きを見抜き、自分の【ファミリア】に加えてきた。

そして、今、彼女のターゲットとなっている幸運な犠牲者が彼らだというだけのこと。

「私も強い男が好きよ?」

彼らを目にしたのは偶然……いや、あれほど目立つ魂の組み合わせだ、必然であったかもしれない。

だけれども、少なくともあのとき目にしたのは偶然だった。

ある日の早朝。メインストリートを歩む彼の姿を、その銀の瞳が捉えたのだ。

───欲しい。

一目見て、そう思った。

久しく感じていなかった絶頂のような興奮の感覚が湧き出し、全身を襲った。

これまでもそうだったように、アレを自分のモノにしたいという、子供のような素朴な欲求が心の奥底から這い出した。

そして、しばらくして彼の隣にもう一人が現れた。

彼もまた、フレイヤに根源的な欲求を呼び起こさせた。

その二人の魂はフレイヤが今まで見たことのないような色をしていた。透き通るような透明と、全てを飲み込んでしまった黒。

それらが混ざってしまうのか、どちらかがどちらかに染まってしまうのか、それともどちらもそのままなのか……『未知』を前にして神の興味が尽きることなどありえない。

だから、かどうかは彼女自身も良くは分からないが、

しばらく様子を見たくなった。どちらもまとめて自分の色で塗りつぶしてしまうのも面白そうではあったが、経過を見てからでも遅くないような気がした。

「楽しみだわ。貴方達がどこまで強くなれるのか、どうなってしまうのか……どんな色に変わっていくのか」

二人の姿を見つめる視線には確かに慈愛も含まれていた。ただし、歪んだ慈愛ではあるが。

「あら?……うふふ、また気付いたの?」

そして、その凶悪なまでの“愛”が込められた視線の先で、かなり小さくなっているベルが急に立ちどまった。

頻りに顔をふり周囲を見回している。

不安に襲われ、何かを探し出そうとしている素振りだ。

フレイヤが初めて白の子を見つけ、溢れる感情のままに彼を凝視していた時も、同じように彼は視線に勘付いていた。

彼の感覚は思ったより鋭いらしい。

(()()()と比べても今までの子達と比べても才能は乏しいように思えたけれど……中々どうして。それとも、それも全部含めて『成長』しているのかしら?ふふ、本当に面白い……)

そして、眼下で彼らが幾度か言葉を交わしたかと思うと、彼らの姿が視界から消えた。

「あら……もう隠れてしまったのね。残念だわ……」

おそらく、黒の子が何がしかをしたのだろう。

彼の力はなんでも出来すぎて、【ステイタス】の見えない彼女には判別できない。

でも、彼女はそれでも構わないと考えている。

飼い猫を可愛がるように自分の膝の上で撫で回すのも新鮮味に欠けてきた。

時には庭で遊んでいる何もわからない野良猫を可愛がるのもいいだろう。

所詮、そこは自分の箱庭だ。捕まえようと思えばいつでもできる。

「貴方達をものにするのは楽しみだけれども……複雑ね、来ないで欲しくもある。今この時こそが、一番胸の踊る時期なのかもしれない」

きっと、これも今までがそうであったように、手に入れたあとはいずれ関心も薄れ、彼らのことも飽きていくのだろう。

最初に感じていた期待と喜びは掠れていくものだ。感情は経年劣化する。

しかしそういうものなのだ。そう、フレイヤは理解している。

だから、次々に欲しいものは現れ、戸棚を飾る収集品(コレクション)は多過ぎるぐらいでちょうど良くなるのだ。

だから、手出しは本当にたまらなくなった時まで取っておいたほうがいい。そんな風にフレイヤは考える。

「……でも、そうね。あんまりバランスが悪すぎてもいけないわね。バラバラになってしまっては困るもの……」

そう、考えている。しかし、それを実行しているかは別の話だ。

トン、と人差し指をその顎に当てて思案する。

首を少しだけ横に傾けて黙考したあと、部屋の隅に鎮座する、幅が広く、背も高い本棚に向けて歩き出す。

(そろそろ『魔法』ぐらい、使えたほうがいいものね)

フレイヤには他神によって書かれたステイタスを看破することはできないが、それでも魂の輝きから大体の傾向は分かる。

見るに、ベルの『魔力』は未だ0。それがフレイヤには少し頼りなく見えた。

だから、早速()()()する。

「これがいいかしら?」

フレイヤは本棚から一冊の本を抜き出し、その手の中に収めた。

パラパラとページをめくり、中身を確認すると、彼女は満足そうに頷いた。

「オッタル」

「はっ」

彼女が一つの名を呼ぶと、厳しい声がそれに答える。

一体いつからいたというのか、猪人の大男、オッタルがそこに立っていた。

「この本を……」

と、言いかけ、本を差し出しかけたところで、フレイヤは唇を閉じ、腕を戻して手の中の本をじっと見つめた。

「どうかなされたのですか?」

「……ふふっ、いえ、何でもないわ。今のは忘れて頂戴」

「はっ」

手短に了承する眷属からは既に意識を外し、フレイヤは手の中の本に微笑を向けた。

もし、彼に手渡しでもされたら、あの少年は怯えに怯えることだろう。そして、先にもう一人が読んでしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。

そうだ、()()()に置いてこよう。

彼に本が渡れば良いのだから。

彼らを見初めたあの場所のすぐそばで営まれている()()()へ。

あそこに置いておけば、いずれこの本は彼の手に渡るだろう。

薄暗い部屋の中、フレイヤは従者に見守られながらクスクスと笑みを漏らしていった。

 



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