THE FACE OFF (シクラメン)
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Period1 愚かな入学式

* 

 お花見、入学式、花粉症……

 春にはたくさんのイベントがある。

 県立下総学園しもうさがくえん通称、県総けんそう。ここも例外じゃなかった。校門から校舎までの道の両脇に桜が植えられ、その道にもカーペットのように舞い散った桜の花がひかれている。今日は入学式の様で、多数の新入生とおぼしき制服を着た生徒や、生徒よりも気合いが入っている保護者の方々もお見えになられている。

「入学式ねぇ……九条君的には入学式って特別なものなのかな?」

 初老の男性は、窓の外の入学生を見ながら諒に問いかける。諒はテーブルの上に置いてある来客用の和菓子が気になるのか横目でずっと和菓子を見ている。

「そうですね。やっぱり、ここから自分の日本での生活が始まるんだなって思うと気合いは入りますね」

 諒は新入生の様なきちんと礼節をわきまえた態度で初老の男性の質問に答える。だが、依然和菓子は気になっているのか先程ほどあからさまではないが、チラチラ横目で和菓子を確認している。

「なるほどねぇ、流石は奏君の息子だ。物事を冷静に見ている。だが……」

 初老の男性は見た目にそぐわないスピードを出し諒に近づく。そのまま、右手の親指と中指、薬指、小指で諒の頬を押さえつけた。

「ぅわにしゅんしゅか!?(なにするんですか!?)」

「君はもうちょい笑った方がいい。そっちの方がいい男にみえるぞ」

 初老の男性は大笑いをした後、諒の頬から手をはなした。諒はひと睨み利かしなにか言おうと思ったが、その気も失せたのかただ頬をさすっているだけにとどめていた。

「ん?そろそろ入学式の時間じゃないのかい?行きたまえ。悪いね。こんなところに呼び止めてしまって、君の学園生活が実りあるものになることを祈っているよ」

 失礼します。と礼儀正しく礼をして校長室と書かれている部屋を後にした。

「諒君か、奏君に似ていい目をしてる」

 校長は机の上に置いてある、教頭が書いた祝辞を破り捨て入学式の会場である体育館に向かった。

 諒が体育館についたころには、多くの席が新入生によってうめ尽くされていた。諒はその中から空いている席を見つけだし座る。隣には新入生の中でもひときわ小さい、かっこいいと言うよりもかわいいと言う印象の方が強い少年がいびきをたてながら眠っていた。

 下総高校の体育館は諒の思っていたよりかなり広い。アメリカの時の学校の体育館の二倍はある。それもそのはず、下総高校では毎年多くの数の部活が全国大会や、関東大会などに出場し、数々の輝かしい成績を残す知る人ぞしる名門スポーツ校である。しかし、アイスホッケーとなるとそこまで上手くはいっていないらしい。去年の成績は地区大会二回戦負け。

 しかし諒はそれに絶望はおろか、闘志みなぎっていた。そう言う人間なのである。

 ざわついていた会場が一気にしんと静まる。

「これより、第78回入学式を行います。まずは、工藤校長先生のお話です」

 工藤は先程諒と面会していた顔とは打って変わって、こんな顔できたのかと諒に思わせるほど真面目な顔で壇上にあがりマイクをとる。

「君たちはなにをしにこの学校に入ったか。私はまずそれを問いたい」

 諒の隣でぐっすり寝ていた少年がマイクの音に反応して自分の座っていたパイプ椅子をはじきとばさん勢いで飛び起きる。

「恋愛か?友情か?進学か?」

 工藤はちらりと確実に諒を見る。一方の諒は、校長の話をふてぶてしく足を組み校長を睨みつけている

「それとも、部活か?」

 一息おき工藤は周りを確認する。入学式の挨拶にしては上出来なほど生徒たちは、自分の話を聞いてくれていることを確認するとほくそ笑む。

「色々な理由、色々な人間、色々な社会、色々な生き方、私はすべてを肯定する」

 諒は少し関心した。最近の中年と呼ばれる人たちは、外国人や自分の生き方とは違う若い人を蔑み、軽蔑し、自分たちを擁護するために差別をする、父から日本ではそのような人間が多いと聞いていた。自分もその意見に対してはその通りであると思っていた。

 しかし、彼は分けへだてなく。むしろ、若い人のことを

優遇しているような口ぶりで生徒にぶつかっていた。

「だから、君らの失敗は僕は責めない、むしろ、肯定する」

 工藤は辺り一帯を見回す。諒の隣の少年は未だ眠いのかこっくりこっくりと船を漕いでいる。

「僕が許さないことは二つ。失敗を否定することと、失敗を恐れて何もに挑戦しないことだけだよ。例えば、お菓子が欲しい時に一言も声をかけられない、とかね」

 工藤は少しおどけたしぐさをしながら話す。会場に笑いが巻き起こる。その時諒は工藤にウインクされた気がし、諒はどことなく悔しさを感じた。

「そんなところかな、僕からの話は以上だ。ご静聴ありがとう」

 会場に拍手が起きる。ちらほらではなく本当の拍手だと諒は感じた。

「出だしは好調だな……校長」

諒は誰にも聞かれないように呟いた。

「次は学年主席の挨拶です」

 いい加減にしろよ。

 諒及び、新入生の共通の思いだった。校長の話まではよかったのだが、教頭の話、生徒指導部長の話、極めつけは生徒会長の話。このコンボで生徒のほとんどが撃沈していた。諒はとある理由で、幸いにもつまらない話に慣れていたので寝ないでいている。

「あれ、もう最後か。早いなー」

 隣の少年が目をこすりながら起き、頑張って起きていた生徒全員を敵にするような語を呟く。

 一方の前の舞台の方では、かわいいと言うよりは美しいといった言葉の合う可憐な女の子が壇上にあがろうとしている。顔はよく見えないがおそらく傾国の美女であることは確かだ。

「ねーねー、あの女の子可愛くない?」

 急に隣の男の子が、人懐っこい笑みを浮かべて諒に話しかける。諒は一瞬驚いたが表情には見せずに解答する。

「確かにな」

 すると、男の子は一層嬉しそうな顔を見せる。

「あれさあれさ、俺の幼なじみなんんだよね」

「そうか」

 男の子は誰に聞かれるとまずいのかわからないが、諒の耳元に近づく。

「君、格好いいじゃん、彼女とか募集してないの?」

「してない、いるからな」

 男の子は心底がっかりしたかのように肩を落とし、一人ごちている。

「はぁ、やっぱだめか……アイツ、今年も彼氏できないんじゃ」

「それって……」

諒が彼に何か聞こうとしたところで話が始まる。

「みなさん。入学おめでとうございます。新入生代表の広瀬玲奈です」

 玉を転がした音ような声が、マイク越しに会場全体に響きわたる。

 諒の眠気も同時に吹き飛ぶ。

「私たちは、この下総学園の生徒として、誇りを持ち。清く正しく、精一杯勉学及びスポーツに取り組むことです」

 玲奈は一息おき、周りを見渡す。その時一瞬、こちらの方をみて微笑んでいる気がしなくもない錯覚を諒は感じた。

「高校の限られた時間を無駄なく。有意義に使いましょう。以上です」

 言い終わると、ちらほら拍手が起こる。

「いいぞー玲奈!!」

 一人スタンディングオーベーションで玲奈を労っている声が聞こえた。諒は隣の奴を真性の馬鹿と認識した。

**

 無事に入学式も終わり、諒は帰路につこうと校門をくぐったとき、例の馬鹿が後ろから、おーいと叫びながら追いかけてくる。

「……お前、先生に説教されてたんじゃないの?」

 彼は、お前というワードに過敏に反応する。

「ん!?お前!!お前って言うな!!俺には桐生湊っていう立派な名前があるんだぞ」

 なれなれしいな、コイツ。

「お前はお前って人のこと言ってもいいのかよ」

 湊は右手の人差し指を頭に突きつけ首を傾げる。

「そーだよなー、あれ?俺、お前の名前って聞いたっけ?」

「九条諒だ、覚えなくて良いからな」

 湊は諒が言った言葉を無視して諒の歩くスピードについてくる。

「へぇー、諒かー、ん?諒?呼びにくいな。いいや、諒っちってこれから呼ぼ」

「着いてくるな、変なあだ名付けるな、俺にかまうな」

 湊は、何かがわかったかのようにパッと顔をきらめかせる。

「わかった、さては諒っち……ツンデレだな?」

 これが、後々パートナーとなる桐生湊との出会いであったのは神のみぞ知ることであった。

 

***

「諒っちー待ってよーおいてくなよーワクドでも言ってだべろーよー」

「ついてくんな、うっとおしい」

「うっとおしいっていうのはなぁ、こうやってだな……」

「馬鹿野郎!!どこ触ってんだよ。気持ちわりーな」

「ほれ、ほれ」

「やめろ!!馬鹿」

 正午の西船橋の閑静な住宅街に二人の声が充満した。

 



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