戦国時代に傭兵1人 (長靴伯爵)
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プロローグ


どうも、三笠と申します。

以前から少しずつ書き溜めていたものを今回投稿することにしました

まぁ、メタルギアの新作出るみたいですし多少はね?(目逸らし)




 

 

 

 

 

時は戦国。

 

日ノ本の天下を獲るべく、数々の男女の戦国武将が鎬を削る乱世の時代。

様々な場所で、血で血を洗う合戦が繰り広げられ、多くの兵の命が散っていく。

 

彼女が見渡す戦場もそのうちの1つだ。

 

「ん~。こう待っているのは性に合わないわね」

 

 正面にそれなりの城を見据えた、小高い丘に敷設された天幕。その中で床机に腰掛けた織田家当主、織田信奈は腕を組んで座っていた。

 彼女は天下布武の名の元に日ノ本を1つに纏め上げようと奮戦する革新者である。現在、織田信奈率いる織田軍はとある国人との戦の真っ最中であった。

 誰もが見惚れるであろう美貌を持っているのだが、今は不機嫌な表情を隠そうともせずにしきりに貧乏ゆすりを繰り返していた。そんな彼女に1人の男が声をかけた。

 

「なあ、信奈。少しは落ち着けよ。こういう時にドオーンと構えてないと器が知れちまうぜ?」

 

「うっさいわね、サル!サルが私に意見してるんじゃないわよ!打ち首にするわよ!!」

 

「はぁ!?いくらなんでも言いすぎだろ!?」

 

 横暴だ!!と、サルと呼ばれた男は悲鳴に近い声を上げて抗議した。

 この男、名を相良良晴といい、なんと遥か未来からやって来た未来人なのだ。今は合戦中の為に鎧を着けているが、普段は後の世で言う学生服を身に纏っていた。サル顔・・・という訳ではないのだが、彼の女好きの性格からどうも言動がサルっぽくなってしまうとかないとか・・・。

 何はともあれ、この信奈と良晴の口喧嘩はもはや織田家名物と言われるほど頻繁に起こるものだった。

 

「姫様!本当にこのまま待機でよろしいのですか!?」

 

 ギャイギャイと言い争う2人の間へ割って入るように一人の姫武将が声を上げた。銀と蒼の鎧を纏い、巨大な槍を傍らに置く彼女の名は柴田勝家。織田家随一の猛将である。 勝家の言葉に信奈も流石に黙った。

 

「何よ、六」

 

「このまま奴を待っていても埒が明きません!すぐにでも兵を差し向けるべきです!」

 

 どうも彼女は待機している現状を良く思ってないらしい。すぐにでも立ち上がって敵の城へ乗り込みそうな勢いである。ちなみに六とは勝家の幼名である。そして、彼女の言葉に信奈も同感だった。

 

「う~ん、そうよね・・・」

 

「ならば、この私に一番槍を!必ずや大将の首を獲って参ります!!」

 

 信奈の考えが自分寄りなのに気を良くしたのか、勇んで声を更に声をあげる勝家。だがここで、この天幕の中で唯一沈黙を保っていた人物が口を開いた。

 

「姫様、柴田殿。一度取り決めた約定を破るのは信義に反します。五点です」

 

 そう言った姫武将こそ、織田家重臣、丹羽長秀である。艶やかな長い黒髪の左右をリボンで留めたとても穏やかな雰囲気を持っており、当主信奈を初め若い年代が多い織田家の中で、姉のような立ち位置にいる人物である。

 長秀は開いていた扇子をパチリと閉じると、不満顔の信奈に言った。

 

「あの人と交わした約定は、今日の夕刻迄にあの城の城主を我らの前に引き立てること。まだ二刻ほど期限は残っていますよ」

 

「しかし!そんなことは到底不可能だ!たった一人でそんなことできる訳がない!こうしている間にも敵が兵を集めていかも・・・」

 

 即座に勝家が抗議するが、長秀は冷静に言った。

 

「既にこちらの兵が包囲しています。敵兵が増えることはありません。それに、もしあの人が約定通りに出来るのならば、兵を無駄に死なせることもありません。九十点です」

 

「し、しかしだな・・・」

 

「もし、あの人が失敗したのなら、その時にこそ柴田殿の言う通り攻めこめばいいのです。時間的な余裕はまだ十分にあります。もっとも、あの人が失敗するとは思えないので、六十点の策ですが」

 

「む、むう・・・」

 

 参謀色の強い長秀に武闘派の勝家が敵う訳もなく、勝家は反論出来ずに押し黙ってしまった。これで話は終わりかと思いきや、このやり取りを退屈そうに見ていた信奈がふと口を開いた。

 

「万千代、やけにあいつのことを持ち上げるわね」

 

「・・・ええ、勿論です。姫様」

 

 勝家と同じように長秀のことも幼名で呼ぶ信奈。その彼女の不貞腐れたような表情をみつつ、長秀で穏やかな微笑みを湛えて言った。

 

「自分の命を救ってくれた相手を信頼するのは当然です」

 

 

 

 そして、彼女の確信は現実となる。

 

 突如、天幕の外が騒がしくなり、一人の虎の被り物と大きな朱槍を持った小柄な少女が駆け込んで来た。彼女の名は前田犬千代。自身の身長よりも遥かに大きい朱の豪槍を振るう、あまり感情を表に出さない姫武将であるが、今はその滅多なことでは崩すことない表情を驚きの色に染めていた。

 

「帰ってきた。馬で、後ろに縛り上げた誰かを載せている」

 

「何!?本当か!?」

 

「マジかよ!すげぇ!」

 

 勝家が驚きのあまり立ち上がり、良晴が感嘆の声を上げた。信奈も信じられないのか、目を丸くしている。ただ、長秀だけがさも当然とばかりに微笑んでいた。

 

「デアルカ。で、あいつはどこにいるの?」

 

「もう、すぐに。・・・!」

 

 天幕の外から馬の嘶きが聞こえ、犬千代はすぐに天幕の入り口から退いた。直後、荒縄で締め上げられ気絶している男を載せた馬を引き、1人の男がゆっくりと現れた。

 

 日本人で男性ということは分かる。が、その姿は異様だと言えよう。

 まず、股引きや袴や草履、鎧兜といったといった日本特有の衣服を纏っていない。その人物が纏っているのは後の世、この時代から少なくとも200年以上先に現れる野戦服と野戦ブーツと言われる物だった。背には火縄銃ではない奇妙な形の鉄砲を掛けており、腰にある小物入れのようなものには短筒らしき物を入れているが実際の所、良晴を除いた織田家の面々にはそれが何であるか分かっていない。服にも彼女達には良く分からない物が幾つか取り付けられており、唯一分かるのが腰の後ろに差してある脇差程度だ。

 

 黒髪を短く刈り込んでおり、その相貌は静か。しかし、その身から発せられる雰囲気は確固な力強さを感じさせていた。 

 

 男は天幕をぐるりと眺めた。否応なく向けられる視線は疑り、驚き、警戒、そして親しみ。これらの視線を送る者達は一様に戦場で生きる姫武将。視線にもそれ相応の重圧が掛かっているのだが、この男は全く気にする素振りを見せずに荒縄で締め上げた男を馬から下ろして担ぎ、信奈の元へと歩を進めた。

 縛り上げた男を地面に下ろすと、ひざまずき頭を垂れ初めて口を開く。

 

「約定通り、城主を確保して参りました」

 

「デアルカ」

 

 落ち着いてハキハキとした男の言葉に信奈の表情は先程までの不機嫌なものから一転し、とても満足げなものに変わった。

 

「まさか、本当に出来るとは思わなかったわ」

 

「恐れ入ります」

 

「優秀な人材は大歓迎よ!約定通り、あんたを万千代付きの家臣として認めてあげる。これからも織田家の為に力を奮いなさい!」

 

「ハッ」

 

「じゃあ、面を上げて改めて名を名乗りなさい!」

 

 男は顔を上げた。その静かな相貌に揺るぎない力を宿らせて。

 

「傭兵組織MSF『国境なき軍隊』が1人、仙波利孝。我が組織の理念の元、織田家に全力を尽くします」

 

 仙波利孝(せんばとしたか)

 何の因果か、相良良晴と同様に時代を遡ってこの地へ降り立った1人の傭兵である。

 





ストックを少しづつ放出する形になるので、ストックが切れたら・・・しょうがないね

織田信奈の野望は発売からずっと読み続けているお気に入りの小説なのですが、なんでMGSとクロスさせようと思い立ったのかは覚えてません。これもしょうがないね


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第一話

 

 

 

 

 MSF 正式名称「国境なき軍隊」

 

 

 国家、組織、思想、イデオロギーに囚われることなく軍事力を必要とする勢力に必要なだけ供給し、そして戦うために生きる者達の理想郷。

 BIGBOSSの称号をもつ伝説の傭兵、「ネイキッド・スネーク」と彼の相棒である「カズヒラ・ミラー」によって率いられ、直接的な戦闘だけでなく、装備開発、兵站・物資調達、訓練など軍事に関わる様々な業務を遂行する組織。

 この組織を構成する人員はボスであるスネークに任務中に確保され、ミラーに説得された者が多いが志願してここにやってくる者もいた。

 

 

 

 仙波利孝(せんばとしたか)は後者だ。

 多種多様な人種が集まるMSFでも珍しい東洋系で26歳。しかもカズヒラ・ミラーと同じ日本出身で自衛隊にいた経験もあった。とある事情から日本を離れ傭兵として紛争地帯を転々としていた時、MSFから派遣されていたリクルーターの話を聞いてMSFに参加することにした。

 同じ母国の者が1人も居なかったカズヒラは仙波の参加に大喜びで、暇があれば彼を連れ出し、演歌を歌い合ったり日本酒や焼酎を飲み交わしたりしていた。

 

 兵士としての能力は上の中といった所だが、格闘戦や近接戦では抜きん出た腕前を持っていた。というのも、仙波は剣道と銃剣道の段位を取得しており、近接戦の心得は既に十分以上に持っていたからだ。MSFに参加してから学んだCQCも真面目さからか弛まぬ訓練で身に付け、その腕前は、スネーク曰く「なかなかやる」所にまで達した。

 

 日本人気質と言うべきか、周りとの和を大切にしているので他のメンバーとの関係も良好だった。ある時、カズヒラの思いつきで剣道を見せることになり、その竹刀を持った姿から何時しか「サムライ」というニックネームで呼ばれるようになったりもした。 今では、有志が仙波を師範として剣道教室を開いており共に汗を流すほどである。

 マザーベースで行われた合同誕生日パーティーの際、どこで手に入れたのか分からないが本物の日本刀を送られたりもした。

 

 

 

 

 

 

 そんな仙波利孝であるが、今はマザーベースの一角で特に何かをする訳でもなく景色を眺めていた。ついこの前まで任務でマザーベースを離れており、数週間ぶりの休みを思うがままに過ごしていた。

 今、仙波がいるのは海上プラントであるマザーベースの中心部、司令部区画の屋上だった。ここにいればマザーベース全体を見渡すことが出来るので、気分転換の時や気が向いた時に仙波はよくここを訪れていた。

 眼下に広がるマザーベース。国家に所属していない独立した組織として、ここまで壮大な施設を持つものはそう無いだろう。雄大とも取れる規模だが、所々クレーンなどが忙しなく動いている区域があった。建設途中ではない。修理中なのだ。

 約1年前だろうか。MSFがここまで大きくなるきっかけとなった事件が起こった。

 

 PEACE WALKER計画

 

 この計画を巡る戦いでMSFは大きく成長していった。仙波がMSFに参加したのは、その戦いの中盤あたりだった。仙波は他メンバーと同様に現場で戦うスネークのサポートに奔走し、また時には自身も現地に向かい戦いもした。

 そして戦いも終息に向かい始めた時、このマザーベース上で大規模な戦闘が行われた。相手は機械。MSFが持つ技術力の総力を上げて作り上げた核搭載二足歩行戦車、メタルギアZEKE。それをMSFに紛れ込んでいた敵性勢力「サイファー」のスパイが乗っ取り、攻撃を仕掛けた。実はそのスパイ、元々パス・オルテガというこの戦いの依頼人(クライアント)だったのだ。

 結果だけ言えば、戦場となったマザーベースの一部プラントの破壊と引き換えにZEKEは鎮圧され、パスは海へ転落し行方不明となった。しかし、このZEKEとの戦いはMSFにマザーベースの損傷以上の衝撃を与えたのは間違いないだろう。件のZEKEは回収されて今もMSFが保有している。

 

「センバ、ここにいたのか」

 

 仙波の回想を終わらせたのは渋く深みのある呼び声だった。そして自分のことをセンバと呼ぶのなら、思い当たる人物は1人しか居ない。仙波は声の方向に向き直り相手に敬礼した。

 

「お疲れ様です、ボス」

 

「お前も任務明けだったな。ご苦労」

 

 葉巻を咥えたスネークは仙波の敬礼に頷くと、お前も吸うか?とばかりに1本の葉巻を取り出した。ビッグボスからの誘いを断るつもりなどさらさらない。仙波は恐縮して受け取ると、手持ちのナイフで両端を切りとり、スネークのライターで火を着けた。芳醇な香りを楽しみ、ゆっくりと煙を吐く。

 仙波とスネークは葉巻の煙を揺らしながら雑談に興じた。

 

「お前はどこの任務だった?」

 

「中東の方で教官の方を。戦闘技術を仕込んできました」

 

「インストラクターの仕事も馬鹿にはならんからな。お前はケンドーも教えているから、教官職の適性があるのかもしれんな」

 

「そう言って貰えると嬉しいです」

 

 そこでスネークは一旦大きく葉巻の煙を吐き出した。その息には溜息が多分に含まれているように感じられ、仙波は控えめに尋ねた。

 

「ボスも忙しそうですね」

 

「ああ・・・。IAEAの受け入れ準備がな。ヒューイの勝手で大慌てだ」

 

「なるほど・・・」

 

 仙波は納得した風に頷いた。

 実は、つい最近IAEA、国際原子力機関から査察の申し出があったのだ。どこで情報が漏れたのか分からないが、ZEKEが搭載している核兵器の存在を嗅ぎつかれたらしい。国家でもない組織が独自に核兵器を保有する。確かに一大事だ。だが、だからといってこちらにも事情がある。状況を鑑みたスネークとカズはこの申し込みを拒否するつもりでいたのだが、ヒューイが独断で申し出を受けてしまったのだ。確か数日後だったはず。

 

 ヒューイとはMSFの開発班の科学者でZEKEの開発者だ。ヒューイ曰く、IAEAに核がないことを確認してもらうことはMSFの為になるとのこと。IAEAからの心象を良くする為にと警備スタッフの武装を解除するほどの徹底振りだ。このヒューイの独断により、今のマザーベースはIAEAの受け入れ準備で大忙しらしい。ZEKEを海中に隠蔽するための作業や警備計画の作成などやることは沢山ある。それを統括するスネークが疲れているのはしょうがないことだろう。

 

「私に何か手伝えることがあればいつでも言って下さい」

 

「そう言ってお前は休まないからな。日本人の真面目さも考え物だ」

 

 仙波は善意で言ったのだが、スネークには割りと真面目に諌められてしまった。何時の間にか2人とも葉巻を吸い終わっており、スネークは吸殻を携帯灰皿に入れた。そろそろ仕事に戻るようだ

 

「お前はしっかりと休んでおけ。休養も兵士の仕事だ」

 

「了解しました、ボス」

 

 颯爽と立ち去っていくスネークを見送り、仙波は再び海を眺めた。

 遥か先にはいつの間にか大きな雷雲が発生していた。どうやら天候が崩れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな、トシタカ。こんなことになってしまって」

 

「気にしないで下さい、カズ」

 

 カズヒラ・ミラーの申し訳なさそうな言葉に、今にも飛び立とうとメインローターを回転させるヘリに乗り込んだ仙波は、自身の装備を点検しつつ事も無げに答えた。今、彼が装備しているのはMSFが支給している防弾ベストや各種支援装備一式にスリングを付属させたAM69と呼ばれるアサルトライフルの低倍率のスコープを装備した強襲支援タイプだった。これから行うミッション、南米の海兵隊基地に潜入したスネークの支援に必須の装備である。そしてサブウェポンとして拳銃のAM D114を装備していた。

 

「基地の主要部隊の殆どはIAEAの査察準備で手が一杯だ。今手が空いている人員の中でボスの支援を十分に出来る人物はお前しかいなかったんだ」

 

「ボスの為です。何も問題ありません」

 

「そのボスからお前は絶対に休ませておけと言われていたんだが・・・これはあとでボスにどやされるな」

 

「これが終わったら飲みましょう、カズ」

 

「そうだな、いい日本酒が手に入ったんだ。一緒に飲もう」

 

 そう言ってカズヒラはヘリから離れて行った。仙波はヘリのハッチを閉め機内での通信のためのイヤーカフスを着けると、身を沈めるように備え付けのイスに座った。すると正面には既に1人座っていた。

 

「よう、サムライ。お前と一緒のミッションは初めてだな」

 

「そうだな。俺もお前も殆ど単独ミッションだろう?」

 

「違いない」

 

 仙波と軽口を交わす向かいの相手は、顔をMSFが支給している戦闘用マスクで隠してはいるが既知の人物だった。MSF内でも相当な腕を持ちメディックとしても有能な傭兵である。噂ではボスにもっとも実力を認められているとも言われていた。だが、立場としては同じMSFの隊員。仙波の口調も砕けたものになる。

 

「お前は今回のミッションについて説明は?」

 

「ボスがチコとパスを救出するためにキューバの海兵隊基地に潜入した。俺達はボスから支援を・・・と」

 

 メディックに尋ねられ、仙波は思い返すように答えた。

 チコというのは先のPEACE WAKER事件の際に共闘したFSLNという革命軍の司令官アマンダの弟である。

 IAEAの査察が行われるという中でスネークが任務に向かったのは、そもそも行方不明だったパスを南米キューバの海兵隊基地で発見したことに端を発していた。この事自体、仙波はこのミッションを頼まれた時に知ったのだが、このパスの発見を知ったチコはあろうことか単身で彼女を救出しようとし逆に捕まってしまったのだ。この2人を救出すべく、スネークは海兵隊基地への潜入を決めたらしい。

 

「俺達に仕事があるか疑問だがな」

 

「お前はあるだろう?ボスはともかく、チコやパスには治療が必要かもしれない」

 

「そうは言うがな。ヘリの機内で出来る治療なんて高が知れているぞ?」

 

 そんな会話をしているとヘリのローターの回転音が一段と大きくなり、機体がふわりと浮き上がった。もうすぐにミッションが始まる・・・と仙波はメディックとの会話を一旦止めて小さくなっていくマザーベースを眺めた。イヤーカフスを通して、ヘリパイロットの通信が聞こえた。

 

『こちらモルフォ。前進します』

 



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第二話

 

 

 

 

 結論から言って、二人の予想は当たっていた。

 

 

 スネークは支援を必要とすることなくチコとパスの両名を回収し、治療が必要だったのもチコとパスだった。もっとも、パスの治療が彼女の腹部に埋め込まれていた爆弾の摘出だったのは流石に予想外だったが。仙波は摘出の際に暴れるパスを抑えるのを手伝うことしかできなかった。

 

「しっかりと休すませておけと言ったのだがな。カズめ・・・」

 

「勘弁してください、ボス。カズも貴方のことを思っての行動です」

 

 腕を組んだスネークが渋面を作るのを、仙波は苦笑しながら諌める。メディックはパスとチコを治療している。若干イライラしているのは仙波が彼の言いつけを守らなかったからか、それともカズか、はたまた葉巻を吸えないからか。スネークは憮然として再び口を開こうとするが、その前にヘリパイロットから通信が入った。

 

『ボス、マザーベースとの交信が出来ません』

 

「何?」

 

『こちらから何度も呼びかけているのですが、一向に返答がこないんです』

 

「妙だな・・・。IAEAへの対応で立て込んでいるのか?呼びかけを続けろ」

 

『了解です。こちらモルフォ。マザーベース応答願います』

 

 スネークは顔を顰めると、仙波に向き直った。仙波は表情を引き締めてスネークに向き合った。

 

「マザーベースで何かあったのでしょうか?」

 

「わからん、通信機の不調かもしれないが・・・」

 

 眉を顰めるスネークはどうやら想定している状況は芳しくないようだ。仙波はどうにも嫌な気配を感じ、無意識に銃に手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『まもなくマザーベースに到着します』

 

 ヘリパイロットからの通信にスネークと仙波、メディックは各々身構えた。やっと自分達の家に帰ってきたはずなのに緊張感をはらんでいる。

 

『前方に熱源が・・・これは!?』

 

 ヘリパイロットの声が驚愕の色に染まる。仙波がヘリの窓へと飛びつく前にスネークがハッチを開け放った。

 

 広がるのは地獄絵図

 炎に包まれ、至る所で爆発し、海中に没していくプラント。

 まだ無事なプラント上では、仲間達が所属不明の敵と激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 眼下の光景にヘリの中に居た全員が呆然とする中、瞬時に我を取り戻したのはやはりスネークだった。スネークは即座に銃を構えると、プラント上の仲間達への援護射撃を始めた。

 仙波とメディックもスネークに倣い、各々の武器を取って援護射撃を開始する。激しく上下するヘリからの射撃だが、スネークは次々と命中弾を放ち、仙波も自身の銃が強襲支援用にカスタマイズされていたこともあり少なくない命中弾を叩き出していた。メディックもそれに続く。

 仙波が1弾倉分撃ち尽くした時、ヘリパイロットが声を上げた。

 

『ミラー副指令です!!』

 

 見ればちょうど真下辺りでカズヒラが部下を率いて敵と戦闘していた。彼に付き従う部下の数は少なく、周辺には幾つもの仲間の死体が横たわっていた。仙波は込みあがる感情を無理矢理押さえ込み、再び援護射撃を始めた。

 

「着陸しろ!!救出する!!」

 

『了解!!』

 

 スネークの命令を受けてヘリは降下を始めた。激しい振動の中でもメディックは器用にヘリの中を移動し、ボスに近づいた。

 

「ボス!我々が先に降りて援護します!」

 

「いや、お前が殺られれば怪我人を救えなくなる。センバ!一緒に来てもらうぞ」

 

「了解です、ボス」

 

 スネークの言葉に仙波が頷くや否や、ヘリがプラントの甲板に、地獄の真っ只中へ降り立った。ヘリから飛び出そうとする直前、仙波の肩をメディックが叩いた。

 

「頼むぞ、サムライ!」

 

「ああ!絶対にボスは守る!」

 

「瀕死までだったら俺が治してやる!這ってでも戻ってこい!」

 

「よく言う!期待しているぞ!」

 

 直後、仙波はスネークに先んじて地獄の中へと飛び出した。こちらへと退避してくる僅かに生き残った味方を援護するため、追撃してくる所属不明部隊へ弾幕を張る。

 

「ボス!!」

 

「こっちだ!離脱するぞ!」

 

 カズヒラ達を鼓舞するようにボスが呼びかけると、カズヒラを含め生き残った仲間達の表情に希望の色が浮かんだ。そんな彼等を援護する為に仙波は更に前へと踏み出すが、その直後最後尾に居た仲間が凶弾に撃ち抜かれた。

 

「ッ!?」

 

 仙波は撃った敵兵に即座に銃弾を叩き込むと、倒れた仲間に駆け寄った。自身の体に大量の血が付着するのも全く気にせずに近くのコンテナの陰まで引きずっていく。

 

「おい!大丈夫か!?・・・ックソ!」

 

 仙波の必死の行動も叶わず、すでに仲間は事切れていた。先程まで生気に満ちていた目が伽藍のように沈んでいくのを直視できず、仙波は目を逸らして滲み出た悪態を吐いた。しかし、銃声と着弾の音で消えさってしまうこの状況下。仲間達を殺していく敵に、この地獄に、仙波は憎悪の炎を胸に抱きコンテナから飛び出した。

 支援のために弾倉を多めに所持していたのが幸いし、残弾を気にせず引き金を引くことができた。自信の近くで跳ね回る敵の銃弾を物ともせず、射撃を繰り返す仙波。しかし、三回目の弾倉交換の際に視線の先にある敵兵の動きに仙波は大声を上げた。

 

「RPG!!!」

 

「伏せろぉ!!」

 

 仙波の視線の先には、こちらへとRPG、ロケットランチャーを向ける兵士の姿が。味方が一斉に回避行動を取る中、仙波だけが更に前へ出た。

 集中力が極限まで高められ、一瞬が引き伸ばされていく。再装填中のAM69を手放すと、腰から拳銃のAM D114を引き抜きRPGを構える兵士に向け引き金を引いた。

 

 

 ダンッダンッダンッ!!と放たれた3発の弾丸。

 

 仙波が放った弾丸は果たして目的を達した。3発中1発が敵兵の頭部を貫いたのだ。しかし、一歩遅かった。

 仙波に向かって猛スピードで迫り来るロケット弾。

 敵兵は頭部を貫かれたその瞬間までRPGの引き金に指をかけており、撃ち抜かれた衝撃で発射されてしまったのだ。ロケット弾は仙波の目の前に着弾した。とっさに伏せようと体を投げ出したのはほとんど本能だった。

 猛烈な衝撃を感じたのも束の間、仙波は一瞬意識を刈り取られてしまった。

 

「センバ!!!」

 

 自分の名前を呼んだのは誰だったのか?

 だが、少なくともこの声で仙波の意識は覚醒した。

感じるのは不自然な浮遊感。状況を確認しようと見開いた目が捉えたのは飲み込まれるような漆黒の空間だった。

 

「なッ!?」

 

 息を呑む仙波だが、周辺を見渡してすぐ理解した。振り返れば紅蓮の炎を纏った、慣れ親しんだマザーベースのプラント。

 ロケット弾の爆風で吹き飛ばされ、そのままプラントから落とされてしまったのだ。

 

「カズ!!ボス!!!」

 

 無我夢中に手を伸ばすも、人は空を飛べない。プラントへ戻ることができない。仲間達は無事なのか?カズは?ボスは?

 数瞬後、仙波は海面に叩き付けれた。再度体中に凄まじい衝撃が襲い掛かり、肺の中の空気が強制的に吐き出される。同時に肌に突き刺さるように冷たい海水が仙波の体を包み込み、海中へと引き摺りこんでいった。

 

(皆・・・!!!)

 

 この言葉を最後に、仙波の意識は冷たさと酸素不足で沈んでいった。

 



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第三話

 

 

 

仲間が死んでいく。

 

我が家が燃えていく。

 

数多の弾丸、数多の爆発。

 

手を伸ばして叫んでも、それらは止むことはない。

 

誰も助からない。

 

誰も助けられない。

 

何故?何故?

 

誰が。誰が?誰が!!

 

許さない

 

絶対に

 

絶対に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 仙波が感じたのは爆発するような肺の痛みだった。

 身体中の細胞が酸素を欲し、呼吸しようとすれば口と鼻から大量の水が流れ込んでくる。

 本能的に身体が動き、無我夢中で手足を動かし、ひたすら上を目指す。

 そして・・・

 

「ッッッガッッハッァァァアアアア!!!」

 

 鼻から口から大量の水を吐き出し、仙波は胸一杯空気を吸い込んだ。水面から飛び出した勢いのまま再び身体が沈んでしまうが、再度手足を動かして水面から飛び出し、貪るように空気を吸い込む。

 この一連の動きが身体を進めていたのか、何時の間にか底に足が着いていた。仙波は鉛のように重い身体を引き摺り、一歩一歩水中の足を動かして陸地を目指す。そして、遂に身体が水面から完全に出るほど進んだ時、体力の限界を迎えたのか膝から前のめりに倒れてしまった。

 顔に伝わる固く冷たい感触は沢山の石か。霞む仙波の視界が広がる砂利とその先に鬱蒼と生い茂る森林を写していた。

 

 

 

砂利?

 

森林?

 

俺が落ちたのは海のど真ん中だ。

 

何故俺は川岸に打ち上げられている?

 

 

 次第にハッキリとしてきた思考が今自分の置かれている状況の異常に警鐘を鳴らし始める。

 

 

 

一体俺は何処にいるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 AM69を杖代わりにして何とか川から移動した仙波。

 

 鬱蒼茂る森の中を移動し、大木の根元で何とか腰を落ち着けることが出来た。

 

「一体何がどうなって・・・」

 

 仙波は呟きつつも苔が生えた木の皮に体を預け、胸の内ポケットに手を伸ばす。全身ずぶ濡れではあるが、辛うじて水浸しになっていないタバコを取り出し、気だるげに咥えてライターで火をつけた。

 タバコの先に赤い火が燈ると共に紫煙を胸一杯吸い込むと混乱し切った頭が次第に治まってくる心地がした。少なくとも自分が生きているのは確かなようだ。

 

「まずは装備か・・・」

 

 タバコを地面に押し付けて揉み消し、吸殻を携帯灰皿に押し込むと自身の装備の確認に移った。点検を含めて一つ一つの装備を外して地面に置いていく。

 アサルトライフルのAM69と拳銃のAMD114は完全に水没したが、問題はなくAM69のスコープも無事。予備弾倉は多めに持っていたこともありAM69の物が5つ、AMD114の物は3つ。手榴弾、スモークが各三つ。サバイバルキットや応急処置キット、携帯食料などは所々凹みがあったりしたが機能的には問題なかった。

 しかし幾つかの装備は使えなくなっていた。

 

「これは・・・動かないか」

 

 仙波はボタンを押しても全く反応しないiDroidを握り、力なく呟いた。

 iDroidとはMSFが技術力を結集し独自に開発した通信から3Dでの位置情報の把握まで出来る情報端末である。水密加工されているはずだったが、落下の衝撃で内部に水が入ってしまったのかもしれない。

 

「これじゃあ通信も出来ないし、自分の位置も把握出来ないか・・・」

 

 仙波は溜息を吐いてiDroidを元の場所に戻し、次いで地面に広げていた各種装備も元の場所に戻していく。そうしながら思考を巡らしていった。

 この状況下でまず最優先すべきは生き残ることだ。水は先程の川から、食料は自分の携帯食料があるからいいとして、まずはこの濡れたままの格好を何とかすべきだ。このままでは体調を崩しかねないし、現在位置の特定はその後でも十分なはずだ。

 

「なら、野宿出来るところでも・・・ッ!?」

 

 全ての装備を装着し直して立ち上がった時、1発の銃声が何処からか響き渡った。仙波は反射的に身を竦ませてしまったが、すぐに自分への銃撃ではないことが分かった。しかし断続的に銃声が続いている。加えて馬の嘶き。

 

「騎馬兵でもいるのか?アフガニスタンじゃあるまいし・・・」

 

 ここはアフガニスタンの乾いた大地とは無縁の緑豊かな森林。自分の馬鹿な考えを鼻で笑いつつも、警戒を解くことなく銃を構える。少なくとも、銃声の元を探さなければならない。仙波はAM69を手早く点検してから立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 移動を始めた仙波は、時折響き渡る銃声を頼りに歩き続けていた。

 銃を構え、ブーツの中の水に辟易しながら草木を踏みしめること数分。仙波は自分の目を疑うことになった。

 

「・・・何だ、これは?」

 

 思わず呟いた仙波の視線の先には、時代劇のような日本の鎧と鉢巻をつけた男が1人。体に草を巻きつけて原始的な銃・・・火縄銃を持っている。その男が見ているのは、森の貫通するように続いている道だった。簡単にカモフラージュを施した仙波の存在には全く気付かずに、男は火縄銃に次弾を装填し始める。

 

「映画の撮影か?それにしても手の凝った・・・」

 

 仙波が呆れたような目で見ていると、再び馬の嘶きが響き渡った。更に、沢山の足音や人の怒号まで。仙波はスネークから教わったスニーキング技術を駆使して道全体を見渡せる草地へと移動した。果たして、次はいったい何が出てくるのか・・・。

 

 ややあって現れた騎馬兵の部隊を見て、仙波は目を奪われた。誰しもが傷だらけで逃走しているのは明らか。だが、仙波の目が奪われた理由はそれではない。先頭の騎馬を駆る人物だった。

 

 まるで着物のような衣服に、薙刀らしき武器を持った女性。その表情は厳しく引き締まっていたが、その美貌に仙波は思わず目を奪われてしまった。

 

 仙波が気を取り戻したのは、至近距離で銃声がしたからだ。直後、女性が乗っていた馬にぱっと赤い花が咲き、暴れるようにして倒れた。女性も地面に投げ出されてしまう。

 

「ッ!さっきの奴か・・・!」

 

 ハッとして気を取り戻した仙波。思わず飛び出そうとするのを理性で押さえ、じっと草地に身を潜める。視線の先では女性の後ろに続いていた鎧姿の男たちが慌てて馬を止めていた。

 

「姫様!?」

 

「どこからの攻撃だ!?」

 

 1人の男が馬を降り女性を助け起こそうとしていると、背中に波のような模様の旗を背負った別の騎馬隊が現れた。傷だらけの一団の反応を見るに、どうやら彼等から逃げていたらしい。

 

「姫様を連れて逃げろ!拙者等はここで足止めを!」

 

「・・・あい分かった!」

 

 姫さまと呼ばれた気を失った女性を抱えた男を残し、4人の男達は迫り来る敵騎馬隊に突撃していった。死を覚悟した捨て身の突撃。

 

「・・・ッ」

 

 仙波は眉を顰めて小さく息を吐いた。

 彼等の姿がマザーベースで戦いながら死んでいった仲間と重なったからだ。無意識の内に引き金に伸びていた指に気付き、仙波は頭を振った。ここで自身の姿を晒すようなことをすれば、自分も戦闘に巻き込まれる。何も分からない今の状況でそれは避けたかった。

 だが、仙波の思いとは裏腹に状況は更に悪くなっていく。

 

「お命頂戴いたす!!」

 

「何!?ガハッ・・・」

 

 女性を助け起こそうとしていた男が突如として動きを止めた。先程仙波が見かけた鉢巻の男が忍び寄って脇差で貫いたのだ。女性を支えることが出来なくなり、地面に崩れ落ちる男。その目が偶然、潜んでいた仙波の目と合った。生気が消え、伽藍のようになっていく目。それでも、男は確かにこう言った。

 

「姫様を・・・頼む・・・!」

 

『ボスを・・・頼む・・・!』

 

 マザーベースで力尽きた仲間の最後の言葉と男の言葉が重なった。

 仙波の胸にはあの時の憎悪の炎が再び燃え始めた。

 

 所属不明の敵がナイフを振り上げ、地面に倒れた誰かを殺そうとしている。倒れているのは・・・ボス、スネークだった。

 

 また奪おうというのか。

 家を焼き、仲間を殺し、次はボスまで。

 また奪おうというのか。

 

 させるか。

 許さない。

 絶対に許さない。

 

 

 

 殺す。

 

 

 

 仙波はAM69を構え、潜んでいた草地から立ち上がった。

 いきなり現れた仙波に敵は驚いているが、全てが遅すぎた。

 躊躇い無く引き金を引き、肩に軽く衝撃がかかったのを感じた瞬間には、スコープ越しに男の頭は破裂していた。

 これだけでは終わらない。

 

「銃声!?」

 

「見ろ!まだ敵が居るぞ!!」

 

「なんと珍妙な格好!?」

 

「問答無用!織田の重臣共々首を取れ!」

 

 荒波のように迫り来る十数騎にもなる騎馬隊の前に仙波は真っ向から立ち向かった。

 スコープを覗く目の憎悪の炎はまだ消えない。

 

「・・・ゥゥゥウウウオオオオオオ!!!」

 

 怨嗟の雄叫びと共に引き金を引く。引き続ける。

 向かってくる騎馬は血を撒き散らし、顔を驚愕と絶望に染めて地に倒れた。

 だが、仙波は引き金を引くのを止めない。弾を撃ち尽くすと叫ぶのを止めて再装填し、ゆっくりと歩き出した。

 騎馬は全て地に伏せた。後は致命傷を負いつつも死に切れずにうめき声を上げる者だけ。

 仙波は何の躊躇いもなく引き金を引いていた。

 

 

 

 

 

 先程までの戦闘音は一切止み、辺りは風が木々を揺らす音や、鳥の鳴き声しか聞こえない。

 仙波は無表情のままAM69の弾倉を新しい物に換え、そこでやっと大きく息を吐いた。自身の怒りのままに動いてしまったことを後悔しつつも、今はここから移動すべく行動を開始するべきだ。先程の銃声を聞きつけて、敵の増援が来るかもしれない。仙波はもう一度自身が倒した騎馬兵たちを見た。

 

「こいつらは本当のサムライなのか?だとしたら・・・ここは何処なんだ?」

 

 仙波の疑問に答えられるのは、気絶している姫と呼ばれた女性だけだ。彼女を助けようとした男の最後の言葉もある。仙波はAM69を背中に回すと未だ気絶している女性を担ぎ上げた。既に日が傾いていた。

 

 

 

 

 

 いくら薙刀を振り回しても敵は一向に減らない。

 1人、また1人と味方は敵の刃に倒れ、地に伏していく。

 馬で逃げても敵は追いすがってくる。

 

 ここで死ぬのでしょうか・・・?もう姫様の夢を見ることがないなんて・・・0点です。

 

 諦めかけたのが運の尽きだったのか。

 どこからか飛来した弾丸が私の馬を貫いた。馬が進行方向に崩れ落ちてしまうままに、体が宙に投げ出されてしまう。それをどこか他人事のように認識した直後、凄まじい衝撃が全身を貫いた。そこから記憶は途絶えてしまったけれど、唯一記憶に残っていることがあった。

 

 

 憎悪に彩られた鬼のような唸り声だ。

 

 

 

 

 

 

 パチッパチッ・・・という細かな音で私は目を覚ました。

 ぼんやりとした頭で体を起こそうとするも、体に走る痛みに息を詰まらせてしまう。

 

「っ・・・くぅ・・・!」

 

 落馬した時に酷く背中を打ちつけてしまったのだろう。それでも、何とか周りの状況を確認したくて苦痛に漏れる声に構わず上体を起こした。

 どうやらここは洞窟の中。パチッパチッという音は焚き火の音だったらしい。私の薙刀や刀、脇差はすぐ脇に置いてあった。いつの間にか日が暮れ、真っ暗になった辺りを柔らかく照らしていた。そこで・・・初めて自分の体に掛かっている物に目が行った。

 今まで見たことのない着物だった。深い緑色で所々に金属が付いており、どことなく姫様がお持ちになっている南蛮の衣服に似ていた。

 

「これは一体・・・」

 

『目が覚めたみたいだな』

 

 聞き覚えのない声と言語に脇差を取った私は悪くないだろう。

 脇差を向けた先に居たのは南蛮人のような衣服を着た奇妙な男。見た目は日ノ本の男性だが、今彼がしゃべっているのは明らかに南蛮語だった。

 私は鞘から抜いた脇差の剣先を奇妙な男に向けて、睨みつけた。

 

 そう、これが私と彼の出会いだった。

 



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第四話

 

 

 

『まず話をしないか?お互いに分からないことが多いだろう?』

 

「・・・」

 

 話しかけても全く警戒を解かない女性に、仙波は内心溜息を吐いた。食料調達から帰ってきら、いきなり脇差を向けられた状況。対処するのは簡単だが、捕虜なら兎も角助けた相手からそうされるのは虚しいものがあった。

 

『いきなり武器を構えるのはやめてくれないか?』

 

「あなたは何者です?なぜ南蛮語で話すのですか?」

 

『南蛮語?・・・ああ、そうだった』

 

 彼女の言葉で仙波はやっと自分が英語で話していることに気付いた。日本を離れてからずっと英語を使っていた為、無意識の内に英語で話していたのだ。

 

「すまない。これでいいか?」

 

「一体あなたは何者ですか?今の南蛮語は?それにこの状況は・・・私の家臣は?」

 

「一から説明する。その前に武器を下ろしてくれないか?おちおち調理も出来ない」

 

「・・・分かりました」

 

 魚が数匹釣らされた釣り糸を掲げて見せると女性はゆっくりと脇差を鞘に納めた。しかし、警戒は全く解いておらず厳しい視線を向けてきている。仙波は背負っていたAM69を揺らして位置を直すと焚き火に近寄り、彼女の向かい側に腰を下ろした。

 

「仙波利孝だ。君は?」

 

「織田家家臣、丹羽長秀です」

 

「織田家?家臣・・・?」

 

「まさか、織田家を知らないのですか?」

 

「いや・・・そんなことよりまずは状況を説明しよう」

 

「・・・分かりました。お願いします」

 

 礼儀正しく正座に座りなおした長秀を見て、仙波はどこから話そうかと思案しながらAM69を置き、サバイバルナイフを抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチッと火の中で枝が爆ぜ、細い枝に串刺しにされた魚が火で炙られていく。

 魚が焼ける香ばしさに合わせて香辛料の匂いも加わっているのは、魚の臭みを消す為にカレー粉を使ったから。カレー粉は調味料最強。以前、女傭兵の誰かが言っていた。

 

「・・・そういうことでしたか」

 

 仙波の説明を聞き終わって暫く沈黙を保っていた長秀がようやく口を開いた。手持ち無沙汰で、焼かれている魚を見ていた仙波は長秀の様子を窺う。

 

「姫様のご命令も完遂できず・・・多くの家臣も失い・・・0点です」

 

「0点?」

 

「いえ・・・。貴方に謝らなければならないようです。命の恩人に先程のような刃を向けた非礼。まことに申し訳ございませんでした」

 

「いや、そこまで気にはしていない。頭を上げてくれ」

 

 長秀は地面に手を付き深く頭を下げるが、仙波はすぐに頭を上げさせた。今の仙波が最も重要視しているのは今後の方針を決めることだ。

 

「これからどうするつもりだ?」

 

「姫様の下に戻ります。まずはこのことを・・・お知らせ・・・しないと・・・」

 

 そこまで言った時、不意に長秀の体が揺れた。危うく火の中に突っ込んでしまいそうになる所に、仙波が慌てて焚き火を飛び越え受け止める。

 

「あれ・・・私は・・・?」

 

「緊張の糸が切れたのか、単に栄養不足か。熱は無いみたいだが。魚を食べて寝た方がいい」

 

 長秀に額に手を当て体調を確認した仙波は、自身の上着を地面に敷きなおしてその上に座らせた。火の通った魚を取り上げると長秀に渡した。

 

「なぜ・・・ここまで手助けして頂けるのですか?」

 

「死に逝く者が残した最後の願いだ。・・・どうも断りきれなくてな」

 

「本当に・・・貴方は何者なのですか?」

 

「しがない傭兵だよ。詳しくはまた明日だ」

 

 そう言って仙波はAM69を取り上げ洞窟の入り口に座った。仙波自身、色々と考えたいことが多かった。

 

 

 

 

 

 一夜明け、仙波と長秀は森の中を歩いていた。

 食事と睡眠をとった長秀はある程度体力を回復させており、彼女はすぐに移動することを希望した。しかし、仙波にしてみればまずは状況分析と行動方針を決めたい所。2人は妥協案としてゆっくりと前進しつつ、道すがら話し合うことになった。仙波が先導して、長秀が後に付いて行く。

 

 

 道中、長秀から聞かされた話は仙波の戸惑わせるのに十分すぎるものだった。

 

 彼女が話してくれた内容を掻い摘むと、彼女が所属する織田家その当主織田信奈は大名同士が闘争を繰り返す乱世を天下布武の名の下に平定する戦いの真っ最中。現在、隣国である斉藤家と戦闘状態にあり、織田家重臣である長秀も一族郎党を率いて戦闘に参加していた。だが、何度目かの戦闘で斉藤家に付いた国人衆の奇襲を受け敗走。仙波が出くわしたのはその時だったらしい。

 

織田家、斉藤家、天下布武。

 

 明らかに日本の戦国時代の単語。絶対に自分が生きていた1975年ではない。それに自身の記憶にある戦国時代とは異なる部分も多い。織田の大名は男で信長だったはずだ。

 

(タイムスリップにパラレルワールドだと・・・?出来の悪いSF小説じゃあるまいし・・・)

 

 頭を抱えたくなる仙波だったが、後ろからくる長秀の声で辛うじて思いとどまった。

 

「昨日の続きです。貴方は何者なのですか。それが分からなければ信用しきれません。3点です」

 

「3点?昨日も言った通り、傭兵だ。ただ・・・今は何年だ?」

 

「・・・永禄10年です」

 

「俺は少なくとも400年以上先の時代を生きていた・・・はずだ」

 

「・・・未来から来たと?」

 

「俺の姿や装備を見たら分かると思うが・・・」

 

 仙波がチラリと後ろの長秀の様子を窺うと、思ったよりも疑いの視線は緩かった。

 

「疑わないのか?」

 

「疑いはありますが・・・一概には否定できません。50点です」

 

「一刀両断に否定されると思った」

 

「貴方の装備は私が見知っている物と全く違います。それで少しは信憑性があるかと。それに・・・」

 

 長秀はそこで1度言葉を切ると、衝撃的な一言を発した。

 

「私は、貴方と同じように未来から来たと言う人物を知っています」

 

「何?」

 

 まさかの展開に仙波は思わず足を止めて長秀に向き直った。彼女の顔は真剣そのもので、嘘を言っているようには全く見えない。

 

「本当なのか?」

 

「はい。その人物は信奈様の下に居ます」

 

「なら、俺にもそこに行く理由が出来たな」

 

 怪訝な表情になる長秀に、仙波は少し頬を緩めた。例え絶望的な状況であっても行動の指針が定まれば少しは気が楽になるものだ。

 

「その未来から来たという男に会えば、何か分かるかも知れない」

 

「そうかもしれませんが・・・しかし・・・」

 

「それに頼まれごとを途中で投げ出すのは職業柄苦手でね」

 

「分かりました。それではよろしくお願いします」

 

 長秀は持っていた薙刀を携え頭を下げようとするが、仙波は待ったとばかりに手を差し出した。キョトンとする長秀に仙波は言う。

 

「お互いに力を尽くすんだ。ここは握手でどうだ?」

 

「あくしゅ・・・?あくしゅとはなんでしょうか?」

 

「・・・握手を知らないのか?」

 

 ちなみにではあるが、日本に握手の文化が入ってきたのは幕末から明治にかけてであって長秀が知らないのは当然だった。

 



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第五話

 

 

 

 森の中を進む仙波と長秀。

 

 いきなりここに現れた仙波はまったく道が分からず、長秀も目的地までの大まかな方角は分かるがそこまで詳しくはないらしい。

 

「その信奈という人物の所までどのくらいかかるんだ?」

 

「馬を使えば1日で到着するのですが・・・こう山の中を進むことになると何日かかることになるか・・・」

 

 すでに2人は半日歩き続けている。所々に休憩はいれているがやはり体力は消耗しているもので、MSFの任務で不整地での行軍慣れしている仙波は兎も角、長秀は息が上がりかけていた。

 

「そろそろ休憩をいれよう」

 

「いいえ・・・まだ・・・」

 

「まだ大丈夫だから休むんだ」

 

 長秀は難色を示すが、仙波は構わず近くの木の根元に銃を置いた。そこまですれば長秀ももはや何も言わず、仙波から少し離れた所に腰を下ろした。やはり歩き疲れたのか長秀が表情を僅かに歪めて足を擦るのを見つつ、仙波は自身の腰に取り付けていた水筒を差し出した。

 

「水を飲んでいた方がいい」

 

「・・・ありがとうございます」

 

 プラスチック製の水筒を受け取った長秀ではあるが、両手に持っただけで一向に飲もうとはしない。仙波は胸ポケットから煙草を取り出そうとして、そのことに気付いた。

 

「どうした?」

 

「いえ・・・その・・・」

 

 長秀はジッと水筒を眺めると、やがて言いづらそうに目を逸らして言った。

 

「開け方がわかりません・・・。3点です」

 

「え?3点?・・・あぁ、そうか」

 

 戦国時代にキャップなど無い。開け方が分からないのも当然だ。

 まさかこんなことですれ違うとは思わなかったと仙波は長秀から水筒を受け取り、キャップを外してから再度手渡した。

 

「ほら。水はこれだけだから飲みすぎないようにな?」

 

「そのくらいは把握しています。・・・ありがとうございます」

 

 すこし恥ずかしかったのか若干頬を赤く染めた長秀は、水筒を両手で持ちゆっくりと水を口に含んでいく。その様子を見つつ、仙波は煙草に火をつけゆっくりと紫煙を吸い込んだ。吐き出した紫煙が立ち昇る様子を見つつリラックスしていると、目の前に水筒が差し出された。ちゃんとキャップが閉められている辺り、もう使い方はわかったようだ。

 

「仙波殿。ありがとうございました」

 

「ああ。気にしなくていい」

 

 水筒を受け取る為に煙草を携帯灰皿に入れようとしたが、そこで長秀の疑問を含んだ視線に気付いた。

 

「どうした?」

 

「いえ、その口に咥えているのはなんでしょうか?」

 

「これは煙草だよ。つまり・・・煙管だな」

 

「それが未来の煙管ですか・・・」

 

 何か感心したように長秀は煙草を見ているが、仙波は煙草がもう手に入らないという事実に気付いてしまった。もどかしげに携帯灰皿に煙草を突っ込み、胸ポケットの煙草の箱を確認すると半分程、数本しか残っていない。この調子では強制的に禁煙生活だと、憂鬱げに溜息を吐いた。

 

「・・・さてと、そろそろ行くか」

 

「ええ。行きましょう」

 

 お互いに銃を、薙刀を手に取り二人は再び歩き出す。日は傾いてきてはいるが、もう少し距離を稼ぎたかいのが現状だった。

 

 二回目の野宿は、やはり静かなものになった。

 山の中は夜になれば気温が下がり、体力の消耗にも繋がる。万が一のことを考えて焚き火は必要最低限の大きさに限定していた。

 

「これが未来の兵糧ですか・・・。美味ですね。口の中が乾きますが・・・80点です」

 

「80点・・・。まぁ、これはうちのボスのお気に入りだからな」

 

 長秀が淡い炎に掲げるのはMSFで支給されている携帯食料の1つ。小さな長方形のレーション、カロリーメ○トである。MSFのボス、スネークの大のお気に入りであるこれはもちろん他のMSF兵士にも人気で、仙波もよく携行していた。今回も任務の前に準備しており、残っていた物を長秀と分け合っていた。

 

「未来ではこのような物を食べているのですか?」

 

「いや、これは戦闘用の食事だ。普段は・・・国では違うが、この時代の食べ物と変わらない」

 

「国では違う・・・」

 

 仙波の何気無い一言だったが、長秀は何か考え込み尋ねてきた。

 

「これを食べている日ノ本は世界に生きているのでしょうか?」

 

「・・・少なくとも俺が生きていた世界ではそうだった。俺も日本には住んでいなかった」

 

「だから貴方は始めてあった時、南蛮語を使っていたのですね」

 

「そうだ」

 

「得心を得ました。90点です」

 

「90点・・・?」

 

 それ以降長秀は黙々と食事を続け、仙波は手早く食事を終えて拳銃の簡単な整備をしていた。このまま見張りの順番でも決めて寝てしまおうかと考えていた時だった。

 

 ガサリッという草を掻き分ける音に仙波は瞬時に反応した。傍らに置いていた銃を掬い上げる様にして構えると音の発信源に銃口を向けた。仙波の急な動きに長秀も薙刀を持って立ち上がる。

 

「敵襲ですか?」

 

「分からない。だが、誰かいるのは確かだ」

 

 耳を澄ませると草を掻き分ける音が複数聞こえる。相手側から何も意思表示をしてこない以上、友好的だとは考え難かった。仙波が周辺を警戒している中、長秀も薙刀を構え仙波と背中合わせになる。

 

「・・・きます」

 

「ああ」

 

 森の暗闇から、2人を包囲するように複数の人影が現れる。皆、一様に体を黒装束を纏い、覆面と手に短刀を持っている。どう見ても忍だった。確実に殺すつもりらしく、タイミングを計るようにジリジリと距離を詰めてくる。

 

「斉藤方の忍ですか・・・10点。絶対絶命ですね」

 

「・・・お前を狙っているのか?」

 

「おそらく」

 

「まさか本当の忍者と戦うことになるとは・・・」

 

 目の前にいる忍者は銃に警戒してか一向に動こうとしない。ちらりと仙波が背後の長秀を伺えば、彼女はやる気のようで顎を引くように小さく頷いた。仙波も頷き、銃のセレクターを単発に切り換えた。補充が望めない以上、弾はなるべく節約しなければならない。

 

「先手必勝だな。いくぞ」

 

「はい」

 

 長秀の返事を聞いた瞬間、仙波は引き金を引いた。銃口からのマズルフラッシュが暗闇を一瞬切り裂き、正面にいた忍が倒れた。それとほぼ同時に、周りに忍達が飛び掛ってきた。彼等が知る鉄砲は1発しか撃てないもの。仙波が撃てばこれ以上攻撃手段がないと判断し、一気に殺しにきたのだろう。

 だが、仙波が持つ銃AM69はこの時代からして400年後のオーバースペックの銃。そして仙波はこの銃を体の一部のように操るMSFの傭兵。忍達が飛び掛ってくる前に、すぐさま狙いを定めて2人目3人目と一瞬の内に撃ち抜いていた。そして4人目が来る直前に、仙波は銃を手放して両手を構えた。

 

「フッ・・・!」

 

 仙波を焚き火の光をギラリと反射させる短刀の刃。それを仙波は迎え入れるに動き、そのまま刃をすり抜けるようにして忍の手首を掴んだ。覆面から覗く目が驚きで見開かれ、その一瞬後に忍は地面に叩きつけられ意識を失った。

 スネーク直伝のCQCは忍にも通用するようである。

 

「丹羽!」

 

 こちらの忍は片付けた。次は長秀の援護である。

 長秀は忍3人を相手に薙刀で立ち回っていた。地面に1人倒れているということは当初は仙波と同じ4人を相手にしていたらしい。長秀の太刀筋は鋭く、3人を近づかせないでいたが、表情が厳しい。今までの移動で体力が消耗しているようだ。

 仙波はき地面の銃を拾い上げるのを諦め、腰の拳銃とナイフを抜き長秀の背後を伺う忍を狙った。走りながら引き金を引くも当たるわけもなく、しかし掠めた弾丸でこちらに注意を引くことは出来た。忍がこちらと対峙した時には、すでに仙波が拳を振り抜きその拳で殴り飛ばされていた。たたらを踏む忍に追撃の銃弾を放ち、完全に息の根を止める。

 そこで、長秀の悲鳴が聞こえた。

 

「クッ・・・!?」

 

 振り返った仙波の目に映ったのは一人の忍を薙刀で貫くも、肩にクナイを突き刺された長秀だった。体勢を崩してしまった長秀に止めを刺すべく、最後の1人が短刀を掲げている。

 仙波は拳銃の引き金を引いていた。

 額を撃ち抜かれた忍が仰向けに倒れるのを見つつ、仙波は長秀に駆け寄った。傷自体は大して大きくないのか長秀は既にクナイを引き抜き、布を押し当て止血を試みている。

 

「大丈夫か?」

 

「この程度掠り傷です。それより早く移動を・・・ッ・・・」

 

 仙波が気遣いに長秀はあくまで冷静に対応しようとする・・・が、不意に彼女の体勢がグラリと揺らいだ。仙波は慌てて受け止めるが、長秀が尋常ではない汗をかき視線が乱れているのに気付いた。

 

「おい!?どうした!?」

 

「わ、わかりま・・・せん。しかし・・・体が急に・・・まさか忍の・・・」

 

「忍の?まさか・・・毒か!?」

 

 地面に転がっているクナイと長秀の体調の急変を見てクナイに毒物が含まれていた可能性が高い。ならばすぐに対処しなければ手遅れになってしまう。

 仙波は腰のポーチから応急処置セットを取り出し、中にある解毒薬を意識が朦朧としている長秀に注射した。1本しかないがMSFの医療班が開発した新薬らしく、大概の毒を解毒できるらしい。今までこれを使用する機会が無かったので実際の効果は分からないが・・・。

 仙波の心配をよそに解毒薬はしっかりと働いたらしく、長秀の表情はいくらか安らかになる。しかし、自力で動くことは到底無理そうだった。新たな忍が現れることも否定できないのですぐにでも移動すべきである。

 

「・・・すまない」

 

 一応一言入れてから仙波は長秀を担ぎ上げた。銃はスリングで下げるようにして長秀の薙刀も持つ。体に掛かる負荷が一気に増えたが、仙波は表情を変えずに歩き始めた。敵に捕捉されてしまった今、どこか安全な場所を確保して体勢を立て直す必要がある。

 

(きつい行軍になりそうだな)

 

 肩にかかる重みと温かさを感じながら仙波はやれやれと嘆息した。もうこれ以上の厄介ごとは御免だった。

 



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第六話

 

 

 

 森の中の行軍は神経を使う。視界を生い茂った森林で塞がれ自身の現在位置を見失う可能性もあるし、足場の悪さは体力を奪う。野生の動物の襲撃、潜伏している敵からの奇襲、急激な天候の変化。ましてやそれが夜ならば危険は倍増する。

 つまり何が言いたいのかというと・・・この山寺を見つけたことは幸運以外のなにものでもないということだ。

 

 

 

「流石に疲れたが・・・まだいけるか」

 

 意識を失ったままの長秀を境内の中に降ろし、仙波は溜息を吐いた。

 山の中にひっそりと建っていた山寺は、荒れに荒れ辛うじて形を保つ程度だったがそれでも屋根がある分マシだった。追手だけが問題だったが、長秀の容態を考えればここで処置をするべきであろう。

 

「・・・丹羽には申し訳ないが、今は仕方ない」

 

 仙波は長秀に謝ると彼女の着物に手をかけ、負傷している肩の部分を肌蹴させた。汗ばんだ柔肌と更に緩んだ衣服から胸を隠す晒まで見えるも、仙波は理性を働かせて応急処置セットでの治療に集中した。最後に包帯で固定し、服をしっかりと着せれば処置は終了。

 

 仙波はふぅ・・・と溜息を吐き、柱に背中を預けて長秀の寝顔を眺めた。

 

 大人びた風貌は今は寝ているためかどこか幼さが覗く彼女の顔に、仙波には穏やかな感情が生まれていた。それに加えてどこか物悲しさも。

 

「これがこの戦国時代か・・・」

 

 仙波は別に女性が戦うことを否定している訳ではない。MSFにも女性兵士は居たし、何より自分のボスであるスネークの師匠、ザ・ボスも女性だ。

 

 だが、何故だろうか?

 

 今、仙波は目の前の女性が戦うのに強い拒否感を覚えていた。

 

「・・・雨か」

 

 山寺の外から水が滴り落ちる音が聞こえる。先程までは全くそんな予兆はなかったら、通り雨かもしれない。そう仙波が予想した途端、大きな落雷の音が鳴り響き、視界を一瞬白く染めた。

 

「うお・・・っ。近かったな。・・・・?」

 

 軽く驚く仙波だったが、突然掴まれた手に視線を落とした。

揺れる瞳と僅かに荒い呼吸、そして掴まれた手から伝わる振動。いまだ意識がはっきりしていない中で長秀は咄嗟になのか、寝ている体勢から上半身を起こし、縋るように仙波の手を掴んでいた。

 

「頭の中で・・・鉄砲の音が・・・。家臣達の死に際が・・・断末魔が・・・。誠に申し訳ございません・・・」

 

「大丈夫か?」

 

 どうやら先程の落雷の音が引き金となり、昨日の出来事がフラッシュバックしてしまったらしい。シェルショックに近い症状かもしれない。仙波も経験があるし、そのようになった兵士も見てきた。

 重度の傷を心に負っていたら取り返しのつかないことになるが、長秀は気丈にも揺れる瞳にはまだ力が残っていた。

 

「はい。ですが・・・少しだけ・・・」

 

「・・・何が少しだけだ」

 

「え・・・?」

 

 長秀の微かに震える手に僅かに力が篭ると、仙波はそのいじらしさ思わず動いていた。掴まれた手に力を込め、寝ている長秀を出来るだけ痛みがないように引き寄せて抱き締める。長秀の息を呑む音が耳のすぐ傍で聞こえるが多少心臓に悪いが、抱き締めたまま優しく彼女の頭を撫でていた。

 

「仙波・・・殿?」

 

「目の前で仲間が、家族が死んでいく。辛いよな、無念だよな。・・・ああ、分かる」

 

 優しく語り掛ける声とは裏腹に仙波に目に宿るのは憎しみの黒い火。火の海に包まれ、海に沈んでいく我が家(マザーベース)。目の前で凶弾に貫かれていく仲間達。

 

「・・・」

 

 長秀は何も言わなかった。だが、恐怖で強張っていた体から徐々に力が抜けていくのは分かった。そして、何時しか彼女が眠りにつくまで仙波はずっと頭を撫で続けていた。

 しかし、仙波が虚空を見つめる火は一向に消えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が昇りかけている早朝。

 

 仙波は長秀を背負い山寺を出発した。いまだ長秀は目を覚ましていない中、森林から林道に抜けて黙々と歩いていく。勿論、周辺の警戒は忘れてはいない。だが、襲撃の気配は全く無い穏やかな空気だった。

 

「んっ・・・」

 

「ああ。目が覚めたか」

 

 背中でもぞりと動く長秀に仙波は軽い調子で声をかけた。肩越しで見ると、ぼんやりとした表情から段々と覚醒していき、そして頬に朱が差して恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「・・・申し訳ございません。まさか背負ったまま移動するとは・・・」

 

「昨日も1日お前を背負ったんだ。今更苦じゃない」

 

「重ねて申し訳ございません。本当に・・・3点です」

 

 やがて長秀は自分で歩くといい、仙波の背中から降りた。最初はやや危なげな足取りではあったが、渡された薙刀を杖代わりにしっかりと歩き始めた。

 

「解毒薬を使ったが、まだ毒の影響が残っているかもしれない」

 

「毒・・・。クナイに毒が塗られていたのですね。だからここまで気を失うことに・・・。もう0点です」

 

「・・・そうだな。0点だな」

 

 長秀の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていく。昨夜の雷雨が嘘のように晴れやかな天候は、状況が状況ならピクニックに来ているのではないかと錯覚してしまいそうなほどに穏やかなものだった。

 しばらく2人は黙々と歩いていたが、どちらからともなく歩みを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・何か来るな」

 

「馬のようです。恐らく、敵かと」

 

「脇の森に。隠れてやり過ごせるならばそれがいい

 

「もし見つかれば・・・」

 

「逃げればいい。兎も角、俺の後ろに」

 

 長秀を急かし近くの茂みの中に身を潜めると、仙波は静かに銃を構え初弾を装填した。こちらに気付いた瞬間に発砲し、森の中へ退けばいい。

 

「来ます」

 

 長秀の合図に仙波は安全装置を解除した。スコープ越しに見る林道の先から一騎また一騎と騎馬兵が現れてくる。人差し指が引き金にかかるが、騎馬兵が背負う旗印が見えた瞬間に人差し指を止めた。

 

「旗の模様が違う。あれは・・・花か?」

 

「花?・・・まさか!?」

 

「待て!丹羽!!」

 

 仙波の言葉を聞くや否や、長秀は制止の声を振り切って林道へと躍り出て騎馬の一団の前に立ち塞がった。仙波は血相を変えて長秀の前に飛び出すと騎馬兵に銃口を向ける。

 しかし、それを押し止めたのは長秀自身だった。

 

「何をする!?」

 

「仙波殿!あれは・・・」

 

「万千代!!!」

 

 響き渡る空を裂くような高い声と共に、騎馬兵の一団の中から奇抜な少女が飛び出してきた。茶髪を茶筅のように結い上げ、盛大に着物を肌蹴させて肩を出し、何故かブラジャーらしきものを惜しげもなく見せつけている。腰には荒縄に瓢箪。馬に跨ってこちらに突撃してくるその姿に驚いた。そして更に度肝を抜いたのは刀を抜いたことだ。

 

「万千代から離れなさい!この下郎!」

 

「万千代って誰だ!?」

 

 慌てて押し止めてくる長秀を突き放し、少女の突撃を飛び込んで避けた。だが少女は即座に反転して切り殺そうと更に迫ってくるのだ。しかも後続の騎馬兵達も到着しようとしている。

 

 反撃しなければ殺される。ここで死ぬわけには絶対にいかないのだ。

 

 ならば・・・。

 刀の振りかぶって迫り来る少女に仙波は銃の狙いを定めた。

 

「死ねぇぇえええ!」

 

「クソッ!?」

 

 その直後だった。

 

「駄目です!!!」

 

 目の前に現れた長秀の背中に、長秀は慌てて銃口を上に持ち上げ、少女も馬を急停止させた。

 

「どいて、万千代!万千代を酷い目に合わせた奴なんてここで打ち首にしてやるわ!」

 

「誤解です、姫様!仙波殿は違います!」

 

 以前に刀を納めず睨んでくる少女。長秀が姫様と呼んでいることは・・・つまり・・・。

 

「姫様。仙波殿は私を救ってくださった・・・命の恩人です」

 

「ふ~ん。・・・南蛮風だけど変な格好。でも万千代がそこまで必死になるってことは本当みたいね」

 

 やっと刀を鞘に納め、勝気な目に疑問の色を混じらせつつ馬上から見てくる少女が、長秀が仕える織田家の頭首、織田信奈ということだ。

 

「とりあえず、城に戻りましょう。そこの男も一緒に付いてらっしゃい。その南蛮の衣服といい変な銃といい、色々と聞きたいわ」

 

『もう訳が分かんないな』

 

 思わずここに居る人には誰にも分からない英語で愚痴ってしまうのも仕様がないだろう。

 



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第七話

 

 

 

 織田家領地、尾張、清洲城。戦国大名、織田信奈の居城である。

 別の世の戦国大名、織田信長はこの城を起点とし天下布武の覇道を歩み始め、数々の戦を戦い抜き、天下統一まで後一歩という所で本能寺でその生涯に幕を降ろした。

 そんな日本の歴史の聖地とも言える城を城下に建つ屋敷の縁側から、着物を着た仙波は煙草を吹かしつつ、ぼぅと眺めていた。

 

 一歩間違えれば斬り殺されていた事態にはなったが、結果的に幸運なほど早い段階で織田信奈と合流することができた。当初の目的であった長秀の護送は完了した形になる。次の仙波の行動目的は少しでもこのタイムスリップに関する情報を集めるために織田家の未来人に会うことだ。その未来人と会うには信奈に話を通す必要があるだろうから、こうして信奈本人から城に同行するように言われるのは渡りに船だった。

 信奈の一団に加えられて清洲城下に入った仙波だが、そこである問題が起きた。それは仙波の滞在場所である。信奈は城のどこかを適当に割り当てるつもりだったらしいが、彼女の帰還を待っていたある人物が待ったをかけた。

 織田家一の猛将、柴田勝家である。

 最初、勝家は信奈と長秀の帰還にとても喜んでいたのだが、仙波のことを聞いた途端まず胡散臭い目になり、信奈に銃を向けたと聞けばその目が怒りの色に激変し、城に泊めると知ると猛烈な勢いで抗議した。

 

「どこぞの馬の骨とも知れない胡散臭い奴を姫様のおわす城に泊めるなど絶対に駄目です!!!」

 

「六、いくらなんでも心配のしすぎよ。確かに胡散臭いけど、一応万千代を助けてくれたんだから」

 

「いいえ!!もしかするとそれは姫様に近づくための計略なのかもしれません!現に、姫様に銃を向けたのでしょう!」

 

「それは私が勘違いしていたからって言ったでしょう?」

 

「だとしてもです!姫様、どうかお考えを改めて・・・」

 

「分かりました」

 

 頑なな勝家に段々と面倒くさくなり機嫌が悪くなる信奈の口論に終止符を打ったのは、長秀の静かなしかし力の篭った一言だった。

 

「仙波殿は私の屋敷に。それが100点です」

 

 こうして、仙波は長秀の屋敷の縁側で煙草を吹かすことになった。今は借り受けた一室に装備を保管し、更に衣服も借りて着物姿になっている。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 縁側から続く部屋から長秀の声が聞こえたので、仙波は咥えていた煙草を携帯灰皿に押し込んだ。煙草の残り本数に少し哀愁を感じつつ敷居を跨ぐと、仙波にとっては珍しい日本家屋の部屋の上座に長秀が正座していた。淡い藤の色の着物を着て艶やかな黒髪を首の後ろで結んでいる姿に、仙波は一瞬固まってしまった。それは数日前、馬を駆る長秀の姿を見た時とまったく同じ感覚。彼女はあまりにも・・・

 

「仙波殿、どうかしましたか?」

 

「あ、ああ。いや、なんでもない」

 

 不自然に固まってしまったのを取り繕いながら、長秀の正面に腰を下ろす仙波。面と面を合わせて座るというのはどこか落ち着かないものがあったが、1度座ってから動くのも何か違う気がする。そんなことを考えている仙波に、長秀が口を開いた。

 

「改めて仙波殿。私はあなたに何度も命を救われました。感謝してもし足りない程に。加えて数々のご無礼、どうかお許しください」

 

 三つ指を突き深々と頭を下げ長秀に仙波は慌てた。ここまで感謝されたことは初めてだったからだ。

 

「そんなに畏まることじゃない。顔を上げてくれ」

 

 ゆっくりと顔を上げた長秀は真剣な表情だった。そんな彼女に仙波は少しはにかみつつ口を開いた。

 

「あの時の俺の仕事は君をここまで送り届けることだった。だから、それに自分の出来る限りの全力を注ぐことは当然だ」

 

「ですが、傭兵というのはそれと同じぐらい自分の命が大切なはずです。私はそう言って逃げる者達を何度も見てきた。だから、あなたのことも信じていなかった。ですが・・・」

 

 真剣な表情から、まるで花開くように柔らかで可憐な笑顔になり、仙波は思わず見蕩れてしまった。

 

「ですが、あなたは違った。戦に負け、数多の家臣を失いましたが、仙波殿、あなたに助けてもらえて本当によかった。100点です」

 

「・・・」

 

 仙波はすぐには反応できなかった。

 自分が丹羽を助けた理由は、そんな純粋に感謝されるに値するものではない。人間の汚い怒りと悲しみと欲望・・・そういった負の感情を暴力に込めた結果、そうなっただけだ。勝手に自分の境遇と丹羽のものと重ねただけ。傭兵の仕事を隠れ蓑にした、一方的で歪な自己満足に過ぎない。なのに・・・

 

「・・・ありがとう。そう言ってもらえると・・・嬉しい」

 

 結局、感謝を受け入れてしまった俺はクソ野郎に違いないだろう。ボスに顔向けできない。

 



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第八話

 

 

 

 仙波が長秀の屋敷に滞在した翌日。

 信奈の元から至急参上するように伝える使いの者がやって来た。

 慌しく支度を整え、幾つか長秀から信奈に会う上での注意点を聞いて、現在、MSFの野戦服姿の仙波は清洲城内にある大広間において信奈に謁見していた。

 

「私は織田信奈。ここの城主よ。あんた、名前は何て言うの?」

 

「仙波利孝と言います。傭兵です」

 

 お互いの自己紹介から始まった謁見。大広間の一段高い場所に座る信奈はついこの前、馬に乗って仙波を斬り殺そうとした時と同じ大きく着物を着崩した奇抜な格好をしている。彼女に相対する仙波の左側にはいまだに疑いの目を向けてくる勝家、右側には静かに目を閉じる長秀がそれぞれ座っていた。

 

「デアルカ。まず利孝。あなたのおかげで万千代は助かったわ。万千代は私の家族同然なの。本当にありがとう!」

 

「俺は自分の出来ることをしただけです」

 

 戦国大名とはいえど、喜ぶ姿は年相応の少女のようだった。仙波は信奈の眩しい笑顔に若干気後れしつつも、日本に居た頃に見た時代劇の侍を真似て胡坐の姿勢から頭を下げた。謙虚ね~と信奈は感心したように呟いていたが、その目が仙波の服装に留まる。

 

「それにしても、変な格好ね。それは南蛮の衣なの?」

 

「そうですが、少し違います」

 

「どういうこと?」

 

 的を得ない言葉に信奈の形のいい眉が顰められる。仙波は軽く頭を下げると目線をチラリと長秀に向けた。静かに目を開けた長秀は仙波と目が合うと小さく頷く。

ここから、仙波が織田信奈に謁見した本題に入る。仙波はゆっくりと顔を上げ信奈の顔を見据えた。

 

「確かにこれらは日本の物ではない。しかし、重要なのはこれらは約400年後の物だということです」

 

「約400年後?何?あなたも自分が未来人だって言うの?」

 

「はい。俺はこの時代から約400年後、西暦1975年からこの地にやってきました」

 

 そう言った瞬間、仙波の隣に座る勝家が我慢ならないといった風に吼えた。

 

「戯言を!姫様、こいつもサルと同じふざけた下郎にすぎません!即刻叩き出しましょう!」

 

「証拠は?」

 

「姫様!?」

 

「六。サルは私達の未来を知っていると言って紛いなりにも自分が未来人だと主張しているわ。なら利孝にも自分を未来人だと主張する証拠があるはずよ。あるの?」

 

「ここに」

 

 仙波が背後から出したのは長いある物を包んだ風呂敷だった。ゆっくりと風呂敷を解けば、中から出てきたのは仙波の愛銃、アサルトライフルAM69。そのまま持参するのは敵対の意思と捉えられかねないので長秀から風呂敷を借りていたのだ。

 

「貴様!武器を持ち込むなど!!」

 

「六。落ち着きなさい。で、その奇妙な鉄砲は?」

 

「私が未来で使っていた銃です。弾は抜いてあります。アサルトライフル、突撃銃と言います」

 

「突撃銃ね。ちょっと見せなさい」

 

「姫様!危険です!この機に何をするか・・・」

 

「万千代。利孝は信用できるんでしょう?」

 

 再三に渡って警告する勝家を放っておいて、信奈は今まで静観している長秀に話を振った。ここまで自身の行動を諌められると流石に嫌気が差したらしい。長秀はにっこり笑って信奈に答えた。

 

「はい。信用に足るお人です」

 

「ほら、万千代もこう言ってるでしょ」

 

「くっ・・・。長秀ぇ・・・」

 

「大丈夫ですよ」

 

 長秀にまで言われた勝家がやっと引き下がると、信奈はいそいそと仙波が差し出したAM69を受け取った。

 

「へぇ~。種子島より軽いのね。どんな能力があるの?」

 

「射程は種子島の約9倍、連続での射撃も可能です」

 

「9倍!?連続して撃てるの!?」

 

「さらにその銃本体の上部の物はスコープになっています」

 

「すこーぷ?わ!物が近くに見えるわ」

 

 仙波の解説のもとAM69を触る信奈は好奇心旺盛な只の少女にしか見えなかった。楽しそうに顔を綻ばせ、分からないところを仙波に質問していく姿に勝家ももはや何も言えなくなり、長秀も嬉しそうに目を細めていた。

 やがてAM69を弄繰り回すのに満足した信奈は自身の傍に立て掛けた。

 

「凄いわね。本当に凄いわ。ねぇ、利孝、これ私に頂戴?」

 

「ご勘弁を。それは俺の半身です。武士の刀と同じぐらい大切なものです」

 

「ま、そうよね。期待はしていなかったわ」

 

 はいっ、と信奈から返されたAM69を受け取り自分の傍らに置く。

 

 証拠は見せた。後は信奈が信じるかどうかだけだ。

 

「信じていただけますか?」

 

「少なくともその銃はこの戦国の世に存在しないでしょうね。信じるに値するわ」

 

「ありがとうございます」

 

 仙波が頭を下げるのと同時に、右側からほぅという溜息が聞こえた。チラリと目を向ければ、安心したように胸を撫で下ろしている長秀の姿が。随分と心配してくれていたみたいだった。仙波の視線に気付いた長秀は嬉しそうに頷いた。

 

「利孝が未来人なのは分かったけど、なぜ未来から来たの?」

 

 信奈の質問が聞こえたので仙波は視線を正面に戻し、姿勢を正した。脳裏にチラつくマザーベースの炎を理性で押さえ込み、あくまで冷静に淡々と話すことに集中する。

 

「俺がこの時代に来た理由は分かりません。戦闘中に気を失い、気が付けばこの時代に」

 

「ふ~ん」

 

 信奈が特に何の反応も見せなかったところを見るに、どうやら動揺を隠すことには成功したらしい。仙波は内心安堵の溜息を吐きつつ、気を取り直して話を続けた。

 

「そこで、折り入って信奈様にお願いがあります」

 

「何よ?」

 

「信奈様の下にいると言う未来人にお会いしたいのです」

 

 長秀から聞かされた既に存在しているという未来人。その人物と会うことができれば、このタイムスリップの事象に関する手掛かりが手に入るかもしれない。仙波の思いとは裏腹に、信奈の顔は曇った。

 

「サルに?」

 

「サル?」

 

「そう、サルよ。一応、本名は相良良晴って言うんだけど、私はサルって呼んでるわ」

 

「それで、その相良良晴という方は?」

 

「今はいないわ。犬千代連れて何処か行っちゃった」

 

 聞けば、少し前に信奈の前に現れた相良良晴は女好きで猿顔らしく、信奈といつも喧嘩ばかりしているらしい。そう語る信奈だったが、口調は憎らしくとも表情はどこか楽しげだった。喧嘩するほど仲が良いのだろうか?ちなみに犬千代とは信奈の家来の1人らしい。

 

「利孝には万千代を救ってもらった恩もあるわ。望みどおり、サルに会わせてあげる。今はどこをほっつき歩いているか分からないけど、万千代の屋敷で待ってなさい」

 

「ありがとうございま・・・」

 

「お待ち下さい!」

 

 仙波の礼を遮るように声をあげたのは、やはり勝家だった。信奈も少し面倒くさそうにしていたが、勝家の方を向いた。

 

「何?六?」

 

「姫様、斉藤攻めの件もあります。悠長にしている暇はございません!」

 

「それは分かってるわよ。でも、その話はここですることじゃないわ」

 

 そう言って信奈は立ち上がった。どうやら、ここでこの会談は終わりにするつもりらしい。

 

「まさか未来人だとは思わなかったけど、会えて楽しかったわ」

 

「俺も信じて戴けて嬉しかったです」

 

「デアルカ。それじゃあね」

 

 そう言い残して信奈は大広間から出て行った。そして彼女が居なくなってすぐに勝家も立ち上がった。

 

「仙波・・・と言ったか。私はお前を信用していない。姫様に危険が及ぶことをすれば即刻切り捨てる」

 

 そう宣言して仙波を睨むと返事も待たずに大広間から出て行った。残ったのは仙波と長秀だけ。先に動いたのは、大きく溜息を吐いた仙波だった。

 

「ふ~。なんとかなったか」

 

「お疲れ様でした」

 

「口添えしてくれて助かった」

 

「このぐらいは当然です」

 

 自分のことのように喜ぶ長秀の笑顔に釣られ、仙波も自然と笑顔を零していた。これからの行く先の見当もついてきたのだ。少しぐらい喜んでもバチはあたらないだろう。

 

「フフッ」

 

「どうした?」

 

「いえ。仙波殿の笑顔は初めて見ることが出来たので。それに時々・・・いえ、なんでもないです」

 

 思わず仙波は自分の頬に手を伸ばしてしまった。そういえばタイムスリップしてから一度の笑う機会は一度も無かった気がする。戦闘、行軍、戦闘、逃亡と連続で続いていたのだ。当然と言えば当然である。

 

「まぁ、そんなこともあるか・・・」

 

 頬に伸ばした手をそのまま顎に持って行き、仙波は何故か感じたバツの悪さを誤魔化すように呟いていた。

 

 

 

 

 

「まぁ、そんなこともあるか・・・」

 

 そう呟いた仙波殿は今まで見てきたどの時よりも穏やかに見えました。

 私はすでに彼が未来からということは信じています。それは彼の装備や話、行動を見て疑いようがありません。

 ですが・・・信奈様との会話で彼の話した内容に少し疑問が生まれました。

 

 彼がこの時代にくるきっかけとなった時、何があったのか?

 

 信奈様にその話をしようとした瞬間、仙波殿の雰囲気が一瞬変わった。そして声にも何どこか固さがあった。

 

 その時、一体何があったのでしょうか?

 

 その出来事のせいで・・・、仙波殿、あなたの目は時々鬼のように見えるのでしょうか?

 



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第九話

 

 

 

 

 

 織田家に仕えている未来人、相良良晴が清洲城に帰還するまで長秀の屋敷に滞在することになった仙波。長秀によれば相良良晴がいつ帰還するかは分からないらしい。つまり向こう数日間は暇になってしまった。久々に戦闘から解放される貴重な時間で、仙波は長秀に話を通し借りた部屋でゆっくりと過ごす・・・つもりだった。

 

「・・・」

 

「どうした、傭兵。さっさとかかってこい」

 

「仙波殿なら大丈夫です」

 

 目の前には動きやすそうな衣服に木刀を持つ柴田勝家。横を見れば縁側で湯飲み片手に行儀良く座る丹羽長秀。そして野戦服のズボンにTシャツ、唐突に渡された木刀を持つ自分。

 

『どうしてこうなった』

 

 おもわず英語で呟いた仙波は溜息を吐いて頭を掻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 なぜこのような事態に陥ったのか?

 それを説明する為には、昨日、仙波と信奈の会談後の夜にまで遡らなければならない。

 

「長秀か?」

 

「ええ。夜分遅くすみません。勝家殿」

 

「まぁ、上がれ」

 

 夜、清洲城下の別区画にある柴田勝家の屋敷を長秀が訪ねていた。織田家を支える重臣の2人だ。こういう風に片方が片方の屋敷に訪ねることは度々あるので、勝家は疑問も無く長秀を招きいれた。

 勝家の屋敷も重臣である分広々としたものである。勝家と長秀が向かい合っている部屋も質素ながら品のいいものだった。

 

「そういえば、まだちゃんと言っていなかった。よく無事で戻ってきたな。嬉しいぞ、長秀」

 

「この度はご迷惑おかけしました」

 

「お前の帰還を祝って一杯どうだ?」

 

「是非」

 

 運ばれてきた徳利で互いのお猪口に酌をして、酒を汲み交わす。2人は織田家重臣として、それこそ言葉通りの意味で心血を注いできた。そしてこれからも注ぎ続けるだろう。だが、こうやって酒を酌み交わしている間は2人で心身を休めることができる。どちらからともなくアルコールの熱が篭った溜息を吐いていた。

 

「斉藤攻めが始まったが先行きはどうも良くない。これからも我々が頑張らなければな」

 

「はい。我々が力を合わせてこそ、100点満点となります」

 

「長秀の100点が聞けたぞ!今日はいい日だな!」

 

 空の徳利の数も増え、勝家は自身の膝を叩いてあっはっはと豪快に笑った。長秀もにっこりと笑って徳利を手に取り、勝家が持つお猪口に酌をする。

 

「おっと、すまないな」

 

「いいえ。・・・勝家殿、少しお話があるのです」

 

「ん?なんだ?」

 

「仙波殿のことです」

 

「ああ・・・。あの未来人とかほざく男か」

 

 機嫌よく酌を受けていた勝家だったが、長秀が仙波の名前を出した途端急に不機嫌になってしまった。それでもお猪口に注がれた酒をゆっくりと口に含んでいた。その様子にも決して笑みを絶やすことなく、長秀は言葉を続けた。

 

「なぜ彼をそこまで邪険にするのです?」

 

「お前こそなんであいつに肩入れをする?」

 

「私は彼に命を救われたのです」

 

「そういえばそうだったな」

 

 勝家はクイッと酒を飲み干すと、そのままダンッとお猪口を床に叩きつけた。

 

「私には未来人などと法螺を吹く奴を姫様に近づけることが理解できん」

 

「それは相良殿もですか?」

 

「もちろんサルもだ。だが、サルは1度姫様を救っているし、なんだかんだ姫様もサルを気に入っているからな・・・」

 

 普段の勝家なら良晴を信奈が気に入っているなどとは決して言わないが、今は酒で相当緩んでいるらしい。長秀もそれなりに飲んではいるが、まだ十分理性を保つことができる範囲内だった。

 

「傭兵だと言ってはいたが、本当に戦えるとは思えないしな」

 

「仙波殿は斉藤方の兵と戦って私を救ってくれました」

 

「それはおかしな鉄砲があったからだろう?あいつ自身強いかどうか分からん」

 

「・・・なら、勝家殿が仙波殿が強いと分かれば認めてくれるのですね?」

 

「まぁ・・・それなら完全ではが少しは」

 

「いいでしょう、80点です」

 

 勝家も少しポカンとしていたが、長秀は自分の酒を静かに飲んだ。その後、幾つか話し合いをしてから、2人は気を取り直して再び酒を酌み交わした。

 

 

 

 

 

 

 

「ということです」

 

「つまり柴田と戦えと?」

 

「そういうことだ!長秀の頼みだし、お前がどのくらい強いのか興味もある。全力でこい!」

 

 そして今、長秀の屋敷に至る。

 勝家が提示したルールは木刀で有効な部位への寸止めをした方かどちらかを行動不能にした方が勝ちというもの。審判は縁側に座る長秀がしてくれるらしい。

 勝家はやる気に満ち溢れているし、長秀もニコニコするだけで止める気は無さそうだ。仙波は諦めて前もって渡された木刀を数度振ってみた。それなりの重さはあるが、以前マザーベースの剣道の練習で使っていたものと大差は無い。問題はなかった。

 正眼の構えで正対した仙波に勝家は意外そうな表情をした。

 

「構えが様になっているじゃないか、傭兵」

 

「これでも剣道の有段者なんだよ、俺は」

 

「なんだ?剣道って?剣術の一種か?」

 

「そうだ!」

 

 会話が終わるや否や、仙波は泰然自若に構える勝家に素早く切り込んだ。自分では中々いい太刀筋だと思ったのだが、勝家は容易く受け止めた。目の前で木刀同士がぶつかる固い衝撃音が鳴り響く。

 

「思いの他いい太刀筋だな!」

 

「簡単に受け止めてよく言う!」

 

「まだ甘いからだ!」

 

 そういうやいなや勝家は女性とは思えない強い力で神崎を弾き飛ばしたしまった。まさか力で負けるとは思っていなかった仙波は冷や汗をかいて後退する。

 

「力が強すぎだろ・・・」

 

「次はこっちからいくぞ!」

 

 後退した仙波への追撃で勝家は上段から木刀を振り下ろした。咄嗟に仙波も木刀で受け止めるが、あまりの衝撃力に手が痺れ顔が歪んでしまう。それでも、押し切られる前になんとか木刀を受け流した。

 

「この程度か?まだまだいくぞ!」

 

「ッ・・・!」

 

 そこからの勝家の攻撃は凄まじかった。とてつもない膂力とキレのある太刀筋は、織田家猛将に相応しい苛烈な剣戟となり、仙波を襲った。仙波には全くの余裕が無くなり、何とかできるのは木刀で受け止めるだけ。

 しかし、打ち合いが十合目となった時状況が動いた。

 

バキィッ・・・!!!

 

『クソッ!?嘘だろ!?』

 

「南蛮語か?何を言っているかわからないな!」

 

 仙波が驚きで英語で叫ぶのも無理はない。なぜなら、今仙波が持っている木刀は刀身の半分程の部分で叩き折られたのだから。木刀を握っていた腕は痺れ、辛うじて手に保持することしか出来ない。

 

「さぁ、どうする?降参するか?長秀、もう私の勝ちじゃないか?」

 

「・・・どうしますか?仙波殿?」

 

「まだだ。まだ終わってない」

 

 仙波は握っていた木刀の柄の部分を捨てると、逆に地面に落ちた刀身の部分を拾い上げ左手で握った。

左手を前、右手を後ろに、体勢は低く若干前のめりに。

 

「木刀もちょうどいい長さになった」

 

CQC。

近接格闘。

仙波がMSFに入り、ボスであるスネークから学んだ、最強の格闘術。

 

「いくぞ」

 

 戦国姫武将でも捻じ伏せてやる。

 

 

 

 

 

 傭兵の仙波との戦いは(勝家)の勝ちに思えた。

 確かに剣の腕はいい方だった。自慢ではないが私の剣は凄まじい。それを耐えた仙波は長秀が言った通り、実力者なのだろう。正直、ここで仙波が負けても認めるつもりだった。

 

「まだだ。まだ終わってない。木刀もちょうどいい長さになった」

 

 木刀を拾い上げ、見たこともない構えをとる仙波。その姿に私は思わず木刀を構え直していた。

 

「いくぞ」

 

 その瞬間に私は木刀を振り下ろしていた。仙波はだが、気が付いた時には・・・衝撃と共に地面に転がっていた。

 

「え・・・?」

 

「俺の勝ちだな」

 

 首筋に木刀を添えて言う仙波に、私は見上げたままで何も言うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 いきなり木刀を振り下ろしてきた勝家に、仙波の体は自然に動いていた。

 その動きはスネークに叩き込まれ、実戦で磨き上げられたそれ。

 

 木刀が振り下ろされる直前、左手の短くなった木刀で、勝家の手首を押さえ込む。間髪入れずに右手を勝家の両手の隙間から顎に伸ばし、合わせて足で勝家の足を絡め取る。

 そして、瞬く間に地面に叩きつけた。

 

「え・・・?」

 

「俺の勝ちだな」

 

 ポカンと、呆気にとられた表情の勝家の首に木刀を添える仙波。その様子を確認して長秀が口を開いた。

 

「そこまでですね。仙波殿の勝ちです」

 

「ふぅ・・・。なかなか疲れたぞ」

 

「お疲れ様でした」

 

 立ちあがった仙波に労いの声をかける長秀。先程よりも明るい笑顔なのは仙波の勝利を喜んでいるからか。長秀の笑顔に癒されつつ、仙波は屋敷の縁側に座った。そこでやっと地面に転がっていた勝家が飛び起きた。

 

「・・・は!?なんだ!?今の技は!?仙波!?」

 

 訳が分からないといった様子で、勝家は仙波に詰め寄り唾を飛ばすのも気にせずに捲くし立ててくる。正直今は疲れて面倒くさいのでどう誤魔化そうか思案する仙波だったが、この勝家を止めたのは予想外のものだった。

 

「丹羽様!柴田様!」

 

 慌しい足音と共に重臣2人の名前を叫んで少女が屋敷の庭に入ってきた。2人の顔色が変わったのを見るに、彼女は何かの伝令なのかもしれない。そして仙波の予想は的中した。

 

「斉藤方の国人衆が挙兵!稲葉山城に続く道を封鎖しました!」

 

「何!?」

 

「これは・・・30点ですね」

 

「ふぅ・・・」

 

 勝家が驚いて立ち上がり、長秀が静かに点数を付ける中、仙波は溜息を吐いてとりあえず状況を見ることに決めた。

 



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第十話

 

 

 

 

 

 清洲城の広間には柴田勝家、丹羽長秀を始めとした織田家重臣が集まり、新たに挙兵した国人衆への対策会議が開かれていた。

 現在、斉藤方と交戦状態にある織田家の方針自体は固まっている。この国人を撃破して、斉藤方への攻勢を継続することに変更は一切無い。問題は、その方法である。

 

「ここは一気呵成に攻め込むべきだ!時間をかけてしまえば、他の国人衆も同調してしまう!それに斉藤方に時間を与えては逆にこちらが不利になるぞ!」

 

 勝家が膝を叩いて声高に主張するのは強硬論。今ある兵力をもって一気に国人衆を制圧してしまい、そのまま斉藤方を攻め立ててしまおうというのである。理屈があっているのだが、そう簡単にいかない理由があった。

 

「勝家殿、現在の我が方の兵力に余力はありません。無理に攻め立てて兵を失えば、斉藤方への攻勢がままならなくなります。10点です」

 

 静かな様子で勝家を諭すのは長秀。彼女の言うとおり、織田家が動員できる兵力は多くない。今川義元との戦闘、これまでの斉藤攻めの影響がいまだ色濃い。しかも街道を封鎖した国人衆の主力は森の古い城を根城にしており、力押しでは相応の被害がでるのが確実だった。

 なれば・・・と長秀は静かに慎重論を主張した。

 

「国人衆を調略しましょう。時間はかかりますが、上手くいけば味方も増えます。50点の策ですが・・・」

 

「しかし!国人衆がこちらにつくとは思えん!」

 

「やってみなければ分かりません」

 

「それはこっちも同じだ!」

 

 強硬論と慎重論を二人以外の重臣達もそれぞれぶつけ合うが、結論に至る訳ではなく最後は信奈による決断が求められることになる。しかし・・・。

 

「姫様は・・・?」

 

「いらっしゃいません・・・早く来て欲しいのですが・・・」

 

 気分屋のきらいがある信奈は時折、会議に出席にしないことがある。結局、この日信奈が広間に現れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 長秀が会議に出席することになったので、仙波は自由な時間を使ってこれからのことをよく考えることにした。

 

 屋敷の人に頼んで準備して貰った油と布切れ、竹ひごを使い、今まで酷使していたAM69を分解して綺麗に整備する。引き金付近の細かい部分や布切れで拭い、銃口から竹ひごと布を通していく作業は、仙波にとって無意識のうちに出来るほど慣れ親しんだものだ。こうして作業しながらだと逆にしっかりと思考を巡らすことができた。

 

 これからどうするか?目的は?手段は?

 

 未来に戻る算段を見つけるのが一番の目的だ。だが、それに関する手掛かりが一切無いのが現状である。未来に戻るための算段の手掛かりを見つける・・・キリが無いことになる訳だ。個人の力で出来ることには限りがある。そもそも今は長秀のお陰で何も不便はないが、食料や資金の調達手段など様々なことで検討が必要になってくる。

 様々な選択肢があり、それを一つ一つ吟味し取捨選択していく。

 最善となるのは・・・やはり・・・。

 

「やっぱり、それが最善か・・・」

 

 カシャン・・・という音と共に分解されていたAM69を組み立てた。幾つかの動作点検をしてどこも問題がないことを確認できれば整備は終わりである。仙波は溜息を吐いてAM69を壁に立て掛けると、西日が差す縁側に出た。長秀と勝家が屋敷から出て清洲城に向かったのが昼過ぎだったから、結構な時間が経ったことになる。余程、真剣に考えていたらしい。後は、長秀が帰ってくるのを待つだけだった。

 

「暇・・・だなぁ」

 

 いつもの癖でポケットから煙草を取り出すが、もう3本しか残っていない。もう分かっていることだが、煙草の代替品も見つけなければならない。これに関しても今後の行動指針に入れ込むしかなさそうなので、仙波は寂しそうに煙草をポケットに戻した。

 

「ただいま戻りました」

 

 そうこうしている間にようやく長秀が帰ってきた。仙波を見て微笑みはするが、その笑みには何処か陰りがあった。どうにも事態は芳しくないらしい。

 

「大変そうだ」

 

「ええ・・・。20点の事態です」

 

「さっきより10点下がっているな・・・」

 

 長秀はゆっくりと座布団に座ると、愚痴のように先程までの会議の様子を語っていくと、仙波の予想よりも織田家の状況はだいぶ切迫しているように感じられた。積極的に動いても、慎重に動いても、事態は悪化していくいくばかり。こんな状況のことこそジリ貧というのだろう。

 

「問題はやはり時間と兵力か」

 

「はい。迅速に少数で制圧できるにこしたことはないのですが・・・」

 

 しかし、織田の兵は弱兵として名高い。数と鉄砲が揃えば他国の兵と互角に戦えるが、視界が悪く射線が遮られる森での戦闘になれば苦戦は必須だった。長秀たちの会議が紛糾するのも無理はないだろう。

 だからこそ、長秀には悪いが・・・。

 

「・・・俺ならいけるか」

 

「はい?」

 

「丹羽、俺を雇わないか?」

 

「え・・・?」

 

仙波にとって最善の策が打てるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 兵の動員は既に始まっているが未だ行動の指針が決まらない織田家では翌日も清洲城広間では会議が行われていた。昨日と同じ重臣達が集まる中、2人だけ追加された人物がいた。勿論、長秀の後ろに座る仙波である。重臣達が仙波に訝しげな視線を投げかける中、勝家だけは1度鼻を鳴らしただけで、否定も肯定もしなかった。

 もう1人は、信奈である。今日は最初から広間の上座で会議の様子をつまらなそうに眺めていた。

 会議はやはり強硬論と慎重論で紛糾したが、長秀の一言が転換点となった。

 

「提案します」

 

 飛び交う言葉を貫くように長秀の言葉が広間に響いた。1度喧騒が止み、信奈も僅かに反応を見せる中で、長秀は真剣な目で言った。

 

「この件は依頼しましょう」

 

 その瞬間、会議に参加していた勝家以外の重臣達が一斉に反対した。

 

「長秀殿!お気は確かか!?」

 

「これは織田家の戦!他の者の手を借りるなど!!」

 

「織田家の面子に関わりますぞ!!」

 

 ただこの喧騒の中で、勝家は腕を組み長秀ではなく彼女の背後にいる仙波をジッと見ていた。恐らく、既に察しはついているのだろう。

 長秀は反対の声を一切無視し、信奈に直接発言した。

 

「姫様、この国人衆の鎮圧には少数による迅速な対応が求められます。しかし、我が方にはその条件に合う戦力はありません。20点です」

 

「デアルカ。それで万千代。誰に、何を依頼するつもりなの?」

 

「仙波殿に、国人衆城主の捕獲を、です」

 

 まどろっこしいことが嫌いな信奈に対し、長秀は単刀直入に言い放った。信奈が、他の重臣が仙波に注目する中で、更に長秀は言葉を重ねる。

 

「仙波殿を雇い、我が家臣としたいと思います」

 

「ふ~ん。で、利孝。出来るの?」

 

 信奈が問いかけを受けて仙波は長秀の隣に進み出た。

 この長秀の提案は昨日二人で話し合って決めたことだ。元々、仙波は信奈に自分を売り込むつもりだったが、長秀は待ったをかけた。信奈に雇ってもらえば、他の重臣からの反感を買う可能性があり、仙波の提案は多数の反対に押し切られるかもしれなかった。ならば、あくまで長秀の提案する作戦を長秀が雇った兵が実行するとなれば反発は少ないはずである。

 

「依頼されればその達成のために全力を尽くします」

 

「出来る、とは言わないのね」

 

「お待ち下さい、姫様」

 

 ここでようやく沈黙を保っていた勝家が口を開いた。

 

「敵陣の真っ只中にいる将を1人で捕獲するなど正気の沙汰ではありません」

 

「何?反対するの?」

 

「時間の余裕がほとんどないならばすぐにでも攻め込むべきです・・・!」

 

 勝家の言うことは正しい。だからこそ、長秀は腹案を提案した。

 

「ならば、仙波殿の行動と平行して城を包囲しましょう。仙波殿が失敗すれば攻撃を開始し、成功すればその兵力で斉藤攻めを行えばいいでしょう」

 

「どう?六」

 

「まぁ・・・それなら・・・」

 

「利孝?」

 

「はい」

 

 信奈は仙波にとってもっともなことを問いかけてきた。

 

「あなた、傭兵よね?報酬に何を求めるの?」

 

「丹羽の家臣として織田家に付くことです」

 

「なんのために?」

 

「未来に帰還するため為の手掛かりを探すために」

 

「正直ね。そういうのは嫌いじゃないわ」

 

 重臣達がヒソヒソと話す中で信奈は楽しそうに鼻を鳴らすと立ち上がって宣言した。

 

「利孝に任せるわ!刻限は3日後の夕刻!六達も兵を率いて包囲陣を敷きなさい!ただ・・・」

 

 信奈は意地悪い笑顔を見せると付け加えて言った。

 

「利孝が万千代の家臣になる件は保留よ。この戦に勝利したら認めてあげる!」

 

「はい」

 

「なら、すぐに準備しなさい!」

 

 信奈が広間から出ると重臣達も出陣の準備をすべく足早に退出していく。長秀と仙波もその人の波と共に清洲城から出て屋敷に向かった。その道すがら、長秀が心配そうに仙波に尋ねた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「敵地への潜入は俺がいた組織の十八番だ。俺も何度も経験している」

 

「ですが・・・」

 

「これを成功させれば晴れて丹羽の家臣になれる。必ず成功させる」

 

 仙波はニヤリと笑って見せるとすぐに頭の中を切り替えた。

 今の自分の装備と能力。

 そして予想できる敵の戦力。

 刻限までに作戦を成功させるための戦術。

 

 弾薬の補給が望めない以上戦力低下は免れないし、敵に対する未知の部分も大きすぎる。考えることは山ほどあり、無意識のうちに仙波は周りの音があまり聞こえなくなるほど集中してしまっていた。

 

「・・・御武運をお祈りいたします」

 

 だからこそ、頬を染めた長秀の小さな言葉には気付くことができなかった。

 



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第十一話

 

 

 

 まだ日の昇らぬ清洲城下丹羽屋敷。

 

 装備を整えた仙波は長秀の厚意により貸し与えられた馬の準備をしていた。タイムスリップする直前に行っていたアフガニスタンでの任務でも移動には馬を使っていたのだ。乗馬には全く不安はない。

 

「馬の扱いは大丈夫なようですね。100点です」

 

「丹羽、起きていたのか」

 

 心配してくれていたのか長秀がやって来た。予想以上に仙波が馬の扱いに手馴れているのを見て安心したのか、ほっと溜息を吐いて微笑み仙波の正面に立つ。そして、向き合った仙波にそっと一振りの脇差を差し出した。

 

「これは?」

 

「持って行って下さい」

 

 この脇差には仙波は見覚えがあった。2人が始めて会話を交わした洞窟で、長秀が仙波に向けていた一振りである。丁寧に脇差を取り上げて僅かに刀身を覗かせると、研ぎ上げられた刃が覗いた。

 

「孤立無援の戦です。せめて、お守り代わりに・・・」

 

「分かった。ありがたく使わせてもらう」

 

 祈るような長秀の頼みを仙波は快く受け入れた。その場で脇差を弾帯の腰の位置に差し、いつでも使用できるようにしておく。不安の色を隠さずに見つめてくる長秀に仙波は頷いて見せた。軽やかな動きで騎乗し、安心させるようにと微笑んで言った。

 

「3日後に会おう!」

 

「・・・はい!御武運を!」

 

 長秀に見送られる中、仙波は馬を走らせ清洲城下を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼と茂った森の中に1つの古城がある。

 築城されたのは何十年も前になるのだろう。草木に侵食されて所々崩れた石垣がその時の経過を如実に表していた。石垣に囲まれている本丸は三階建てで堅牢な造りをしており、所々が劣化していたが補修された跡があった。

 石垣内には見える限りで約100人ぐらいの兵が常駐しており、多くの天幕が立てられ武器や物資を集積していた。ここが斉藤方国人衆の展開する街道封鎖の補給線の要であるのは一目瞭然だった。

 

「さて・・・どう潜入するか・・・」

 

 木の枝葉に紛れるように草木を用いて迷彩を施した仙波はAM69のスコープを双眼鏡代わりに古城の状況を把握し静かに呟く。

 この任務が、戦国時代での初の任務となる。

 最初が一番重要なのだ。この任務の評価によって仙波がこの時代で生きていけるかが決まるといっても過言ではない。だからこそ、今の自分が用意できる全ての装備を、AM69から各種手榴弾まで準備してきたのだ。補給が望めない分使いどころを見極めるのが難しいが、使うとなれば躊躇はしない。

 古城の様子を見た限り、潜入すること自体は難しくないだろう。見張りや森への巡回もあるがさして問題は無い。ネックとなるのは捕らえた敵将をどう運ぶか、だった。現代だったら、マザーベースからの支援でフルトン回収とヘリによる輸送が出来たが、今仙波がいるのは戦国時代。マザーベースはおろか、ヘリも車両さえない。手元にある輸送手段といえば、森から少し離れた所で待機させている馬だけ。

 

「もう少し、情報がいるか・・・」

 

 情報が作戦の生命線であることは重々承知している。古城に関する情報は長秀経由で信奈から貰っていたが、現地での得た情報との擦り合わせが不可欠だ。MSFでは諜報班の担当だった仕事を今は1人でしなければならない。つくづくMSFが規格外の傭兵組織だったと思い知らされる。

 仙波は頭を振って気持ちを切り替えてスコープを覗く。その後、数時間偵察に費やすとスルスルと木を降り、別の地点から再び偵察を行う。最終的に仙波が偵察に費やした時間は凡そ1日。そして潜入から脱出までを迅速に行うために下準備に費やしたのが丸1日。信奈から提示された期限の三分の二を費やしていた。

 しかし、仙波はそのこと関してまったく焦りはない。

 作戦は短ければ短いほどいいのだ。敵が全く気付かない内に目標を達成させればそれにこしたことは無い。その為の準備期間があるのならば、その時間をフルに使うべきだ。

 

 

 

 作戦期間最後の1日が始まろうとしている。

 刻限は夕刻まで。

 

 古城の警戒網から離れ、しかし古城を一望できる小高い丘で仙波は作戦の最終確認をしていた。

 何も問題はない。すでに下準備は済み、後は作戦を実行するだけ。

 東から昇り始めた朝日を望み、仙波はゆっくりと腰から脇差を抜いた。刃に沿うように朝日が反射し、刀身に自信の顔が映る。

 タイムスリップしても自分は変わらない。MSFの傭兵として自分に課せられた任務を達成する。そう、何も変わらないのだ。スネークに教えられた通り、己の全力を以って己に忠を尽くすだけ。

 

「さて・・・やるか」

 

 カチリという音と共に脇差が鞘に戻る。地面に置いてあったAM69を拾い上げ、仙波は朝露に濡れる森の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 処変わって、織田家尾張領、清洲城。

 場内が斉藤攻めで緊張した空気が張り詰めている中、ある1人の男が帰還した。

 

「侍大将、相良良晴!!大手柄で帰還したぜ!!!」

 

「相良氏、ちょっと声が大きいでごじゃるよ」

 

 ドスドスと大きな足音を立てて広間に現れ、大きな名乗りを上げたのは相良良晴。本人の知らぬ間に今まで幾度と無く会話に出てきた織田家に仕える未来人である。平成の世から何の因果か戦国時代に迷い込み、ひょんなことから信奈に仕えることになり、戦国ゲーム「織田信長公の野望」で得た戦国時代の知識を駆使して尽力しているのだ。

大声をあげる良晴を諌めたのは黒装束に身を包んだ少女、蜂須賀五右衛門。良晴と主従の契りを交わした凄腕の忍びである。

 勝家、長秀と共に斉藤攻めに参加しておかしくない人物なのだが、今の今まで何をしていたのかというと・・・。

 

「天才軍師、竹中半兵衛!今孔明とまで謳われた彼女を俺の手腕で・・・」

 

「五月蝿いわよ!!サル!!」

 

「ブベラッ!?」

 

 喜色満面で長々と口上を述べていたが、不機嫌な信奈に投げつけられ扇子を顔面に受けて強制的に黙らされてしまう。床に沈んでしまった良晴だが、彼の後ろから続々と新たな人物が現れた。

 

「姫様。只今帰参した」

 

「随分と遅かったわね、犬千代」

 

 虎の毛皮を被り、小さな体に見合わない大きな朱槍を抱えた少女、前田利家。幼名は犬千代。あまり感情を表には出さないが、出さないだけで相当感情的である。また健啖家といった面もあるが、今は言及することでもないだろう。

 犬千代の隣には、同じくらいの年齢の少女がいた。活動的な装いの犬千代に比べて内向的で弱気な雰囲気が強い。つぶらな瞳には沢山の涙を溜めて、地面に転がった良晴を見ている。彼女こそこの天才軍師、竹中半兵衛であったが、信奈にはただの泣き虫の少女にしか見えなかった。

 

「よ、良晴さんがこんなことに・・・。わ、私もいぢめます?」

 

「ん?誰よ、あんた」

 

「彼女こそ、今孔明、竹中半兵衛じゃ」

 

「あら。マムシ、来てたの」

 

「おお、おお。最近はばたばたしていたからの。顔を出すのが億劫じゃったがな」

 

 そうして最後に現れたのは、斉藤道三。マムシとは彼が戦国の世に轟かせた別名である。現在、織田家が交戦状態にある斉藤家の()当主である。そもそもこの織田家と斉藤家の戦は斉藤家のお家騒動から端を発したものだ。本来の歴史であればこの騒動によって道三の命運は尽きていたが、その命を救ったのが良晴であった。

 今は織田家の客将として身を寄せており、信奈を実の娘のように可愛がっている好々爺となっていた。

 

「相良殿は竹中半兵衛を調略してきたようじゃの」

 

「ふ~ん。サル、いつまで寝てるの。さっさと起きなさい!」

 

「いきなり扇子なげるなよ!痛いだろ!」

 

 信奈が一声かけると床に伸びていた良晴はウガーと抗議の声を上げた。頬のぶつけられた扇子の跡が残り、顔がおかしな様になっている。それを見て、信奈の表情が少し明るくなった。

 

「もう。サルが帰っきたらすぐに騒がしくなるわ」

 

「なんだと!?」

 

「いいから。あんた達がいない間に色々と面倒なことになってるのよ」

 

「面倒なこと?」

 

 信奈の表情が真剣なものになると、良晴の顔も一気に引き締まった。犬千代や半兵衛も揃って真剣な表情になる。そうして信奈は斉藤方国人衆による街道封鎖の件を切り出した。全ての状況を把握すると、最初に口を開いたのはやはり軍師の半兵衛だった。

 

「状況は不利ですね。少数の精鋭で短時間で落とせればいいのでしょうが・・・」

 

「でも言っちゃあ何だが、尾張の兵は弱い。信奈、どうするんだ?」

 

 腕を組んで頭を悩ませる良晴だったが、信奈は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放った。

 

「そんなのとっくに手は打ったわ。傭兵を雇ったの」

 

「傭兵?」

 

「そう。あんたと同じ・・・未来から来たという傭兵をね!!!」

 

「・・・な、なんだって!?」

 

 良晴にとっては晴天の霹靂だっただろう。まさか自分以外に未来から来る人物がいるとは夢にも思っていなかったはずだ。現にあまりの驚きにこれでもかと言うほど目を見開いている。

 そして、言い放った信奈といえば良晴のリアクションに満足したのか、満面に笑みで命令を下した。

 

「三人ともすぐに出陣の準備をしなさい!傭兵が依頼を果たすところを見に行きましょう?」

 



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第十二話

ものすごい亀投稿

原作も完結してしまった。
寝かせに寝かせ、まだ読んでいる途中ですが・・・





と、思っていたら完結してなかったでござる
関ヶ原編が完結ってそんなー(´・ω・`)
あ、読み終わりました


 

 

 

 

 紅い朝日が森全体を照らし出し、古城も赤く染まっていた。その姿は古さを感じさせぬ威風堂々とした雰囲気を醸し出していた。

 

「この城も捨てたもんじゃねぇな」

 

「ここで戦えりゃ織田になんて負けねぇよ」

 

「次の荷運びは何時だっけ?」

 

「四半刻後だってよ。街道封鎖してからいつもだよなぁ」

 

 そんな古城で数人の足軽達が駄弁っていた。殆どの兵は寝静まっているのだが、彼等は今しがた休憩に入ったばかりである。それぞれ手に竹の水筒やおにぎりを携えて随分気が抜けた様子だった。

 

「だがな~。この石垣はもう少しなんとかならなかったのかね?」

 

「急いで整備したから仕方ねぇだろ」

 

「そこはほらよ。織田から銭を奪い取ってそれで補修すりゃあ」

 

「そりゃいい考えだ!」

 

 ゲラゲラと下品な笑い声を上げる彼等はすでに織田を倒したつもりでいるようだ。確かに織田家は国人衆達の街道封鎖で窮地に立たされてはいるが・・・織田家が負けるのはありえないだろう。

なぜなら・・・。

 

 カタンッという物音が足軽達の近くで鳴り、彼らの視線がそちらの方に集中した。だがそこには何の影も形もなく、すぐに足軽達の関心は薄れてしまい取り留めの無い話に戻ってしまった。

 織田家を救う一手に城に潜入されてしまったとは夢にも思わずに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初手は問題無し・・・」

 

 石垣内に積まれた物資の陰に隠れ、仙波は小さく溜息を吐いた。

 

 古びた石垣には至る所に亀裂や歪があり、よじ登るに大した苦労はいらなかった。太陽が昇り始めた頃合を見計らって森から走り出し、石垣に取り付く。走る勢いそのままに石垣の上まで登りきった所で、そっと顔を出し石垣の下を窺った。

 油断しきった足軽達を確認した所で、すぐ近くに落ちていた小石を拾って近くの物資の陰に投げ込む。彼らの注意がそちらに向いている間に音も無く着地し、すぐ傍の物資の山に飛び込んで・・・今に至る。

 

「結構警備が甘いな。すでに織田家が動いているはずだが・・・まだ気付いていないのか?」

 

 潜入用に装備の配置を変えた今の仙波は、AM69を刀のように腰にかけて動き易くしている。たが、長秀から渡された脇差だけは腰に差したままで変わってはいない。お世辞にも潜入に向いているとは言えない脇差は森の中で待たせている馬の所に置いておくべきなのだが、どうもその気はおきなかったのだ。

 

「・・・さて、さっさと済ませるか」

 

 腰の脇差を一撫でし、仙波は物資の陰から飛び出した。

 スニーキングの技術はスネークや先達のMSF隊員から徹底的に叩き込まれている。物を投げて音を立てることによる視線誘導や周りの物と気配の波長を合わせて気配をけすことなど、もはや容易いことだ。まして、周りには沢山の物資が積まれているのだ。本丸に接近することなど造作も無かった。

 

 ここから少しだけ難しくなる。

 

本丸から程近い天幕に影から覗くと、本丸には入り口で番をする足軽が2人いた。彼らをやり過ごすのは簡単だが、そうしてしまえば後の仕事がしにくくなる。

やるべきは、静かに、確実に、そして速く。

 

 仙波から見て一人挟んだ奥の足軽を越えた先に石を投げ込み、その直後音を立てぬまま手前の足軽に接近した。そして、石が地面に落ちて音を立て足軽達の注意がそちらに向いた瞬間・・・。

 

「すまん・・・な!!」

 

「ん?おま・・・」

 

 足軽が仙波を認識した時には、仙波の拳が彼の体に突き刺さっていた。そのまま目にも留まらぬ速さで次々と拳が突き刺さり、徐々に体を押し出していく。やっと奥の方の足軽が異変に気付いた時、仙波は足軽を掴み背負い投げの要領で投げ飛ばした。奥の足軽の目に入ったのは投げ飛ばされてくる隣にいた足軽の姿。

 

「・・・な!?」

 

 そうして足軽2人は仲良く気絶する羽目になった。だが、このまま放置している訳にもいかない。仙波は2人を担ぐとそれぞれ本丸の壁に寄り掛からせ、刀を使って体勢を固定させた。ついでに槍を持たせればパッと見たら分からない・・・はずである。

これで、準備は十分に整った。

 

「さてと、次は・・・お?」

 

 木偶の坊とかした足軽達の横を通り、本丸への侵入を果たした仙波。本丸の大体の構図は長秀から提供された情報から把握している。そして、今しがた見つけたこれ(・・)を使えば完璧に潜入できるだろう。

 敵が異変に気付く前にここの棟梁を確保するべく、仙波は静かに本丸の潜入を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 本丸の中にも当然見回りの兵がいる。

 その武士も腰の刀に手をかけつつ巡回をしていた。味方の報告で織田軍が動き出してはいるが、ここから距離がある地点に布陣しており攻撃する気配はない。だが、警戒を怠らないように指示が出ていた。

 ここまで敵がくることはありえないだろうが、形だけでもしておかなければならない。

 

「さて、もう2,3周すれば交替か・・・おっと」

 

 少しだけ気が抜けていたのか、廊下の曲がり角の所で大きな竹籠に足をぶつけてしまった。何か重いものでも入っているのか竹籠の方はビクともしなかった。

 

「誰かに運ばせなければな・・・」

 

 後で通りかかった女中にでも言っておくか・・・と思いつつも、武士は竹籠については意識から外れてしまっていた。そのせいで、彼の後ろで竹籠が忽然と消えていたのも全く気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボスがダンボールを使うのも分かるな・・・」

 

 既に5人目の警備をやり過ごした仙波は、そっと竹籠から抜け出し城主がいるであろう最上階まで到達した。障子で仕切られた部屋の中からは数人の話し声とカサカサという紙がこすれる音が聞こえていた。どうやらここの城主を含めた高い位にいる武将等が集まって会議しているようだ。気配を探った限りでは・・・3人はいる。

 仙波は必要になる時間をざっと計算し、手袋で隠された腕時計を見て・・・AM69の予備弾倉に手を伸ばした。隠密性、確実性、迅速性を考えればこうするのが一番だった。

 障子を開けてからは一瞬の勝負。

極力静かに開け、部屋の中へ一歩踏み込む。3人が視線をこちらに向けた時には、仙波は予備弾倉をアンダースローで次々と投げ込んだ。

 

「貴様!何や・・・」

 

 何事かと武将たちが声を上げるが、その瞬間唐突に彼らの声が途切れた。仙波が投げ込んだ予備弾倉が見事3人の顔面にクリーンヒットして意識を刈り取ったのだ。

 あまりに気持ちの良い命中振りは聞こえるはずのない快音を幻聴してしまう程だった。

 

 昏倒した3人の顔を検分し、長秀から教わった目標の城主を確認する。

 

 後は邪魔な2人を何処かに隠して、目標をここらか連れ出すだけだ。

周りには数百の敵兵。捕虜を担いでの脱出。こんな任務を毎回やってのけるボスの凄さが改めて分かるものだ。

 

「確か・・・四半刻後だったな」

 

 目の前には竹籠と捕虜。やることは1つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・おい!見張りが2人して何寝ているんだ!!」

 

「・・・へ?」

 

 城の入り口にもたれて寝ていた2人の見張りは、巡回中だった別の足軽に起こされた。見張りは自分が何をしていたかを悟り、慌てて立ち上がって周りを見渡した。幸い、侍大将達には見つかっていないようだった。見つかっていたらただじゃすまない。

 

「あぶねぇ・・・。助かったぜ」

 

「ったく。しっかりしろよ・・・。そこの籠も運ぶんじゃないのか?」

 

「え?ああ。そうみたいだな」

 

 見張りが慌てて振り返ると、入り口のすぐ脇に大きな竹籠が鎮座していた。縄で厳重に蓋を閉じられている。蓋の上には次の荷運びに出すようにと書かれており、すぐにでも運んだ方が良さそうだ。

 

「じゃあ、俺がここを代わっとくから持っていけよ」

 

「すまねえな。おい、手伝ってくれ」

 

「おう。って結構重いな。この籠」

 

 足軽に入り口の見張りを任せて、2人は荷物の集積場所に竹籠を運んでいった。重い籠を運ぶ2人の影を何かが通り過ぎたが、運ぶことに集中している2人勿論視界の死角を突かれた足軽も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「荷車を引け!移動を開始する!」

 

 明け方の足軽達の会話から四半刻後。

 彼らの会話通り、街道封鎖地点への荷運びが開始された。この部隊が運ぶ物資は主に食料と矢玉といった消耗品である。封鎖を突破しようとするであろう織田軍への迎撃には絶え間ない補給が不可欠だ。

 食料や矢玉を満載にした荷車を馬で引き、足軽達が荷箱を担いで歩く。半刻程歩けば休憩というペースではあるが輸送は滞りなく進んでいった。

 

 

 3度目の休憩時。

 道の脇にある開けた場所で周辺に警戒の歩哨を配置し、足軽達は思い思いの休憩を取っていた。戦場への道すがらではあるため緊張感はあるようだが、中には雑談に興じる者達もいた。

 

「ったくよ~。やっぱり長いよな~」

 

「文句言うな。これで銭が貰えるんだ」

 

「聞いたか?なんか織田家が兵を動かそうとしているらしいぞ」

 

「本当かよ。戦になるならどうしようかね・・・」

 

 地面に座って今しがた背負っていた荷物に背を預けて会話する足軽達だったが、そこに突如馬の足音と共に鎧武者が乱入してきた。背中に掲げる旗が味方だと示しているが、何だ何だと歩哨たちは集まり、休憩していた足軽達もざわつく。鎧武者は荷運びを指揮する侍大将を見つけると、馬上から侍大将によく通る声で言い放った。

 

「織田勢が街道ではなく、直接城へ兵を向けた!すぐに城へ戻られよ!」

 

 この一言で、足軽達の休憩は取り消されてしまった。腰を下ろしていた者達は慌てて立ち上がって地面に置いていた荷物を持ち上げる。ここでノロノロしていれば織田が攻撃してくるかもしれないのだ。

 荷物に背を預けて座り雑談に興じていた者達も周りと同じように自分達の荷物に手をかけた。

 

「な、なぁ。あの城に篭れば織田なんて目でも無いよな?」

 

「そんなの俺が知るわけなぇだろ」

 

「城攻めなんて簡単に出来るもんじゃねぇよ。城主がしっかりしてりゃあ、斉藤家の援軍だってくるさ」

 

「だ、だよな・・・。って、ありゃ?」

 

 不安げに周りに話しかけていた足軽が自分の荷物を持った時、唐突に驚きの声を洩らした。周りの足軽達は自分達の荷物を準備し終えており、驚きの声を洩らした足軽を不審げな目で見た。

 

「どうした?」

 

「い、いや。さっきよりも荷物が随分軽くなったような・・・?」

 

 足軽が背負った竹籠を揺らして不思議がっていると、後ろに居た別の足軽が何かに気付いた。

 

「おい。その籠。蓋が開いているぞ」

 

「なんだって!?」

 

 慌てて荷物を地面に下ろすと、しっかり蓋を固定していた縄が切られていた。蓋を開けてみれば中身は勿論もぬけの殻である。

 

「何時の間に・・・。休憩するまではあったよな!?なぁ!?」

 

「あ、ああ・・・。けどよ・・・。中身って何だったんだ?」

 

「それは・・・。何だったんだ?」

 

 呆然とする足軽達。そんな彼らが森の中に消える人影に気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 森の中を気絶した城主を肩に担いで進む仙波は、荷運びをする敵部隊から十分距離を取った後でようやく溜息を吐いて緊張を僅かに解いた。

 

 潜入自体は難しいものではなかった。城壁の突破、城内での侵入、棟梁を含めた3人を無力化まで全くと言っていいほど問題がなかった。

 城主の輸送が懸念だった。

 人を抱えたままでは城壁を素早く乗り越えるという手段は難しい。そもそも、人を担いで動けばどうしようもなく目立ってしまい、潜入する所ではない。ボスならば可能だろうが、仙波の潜入技量はその域までは達していなかった。

 だが、1日分かけた情報収集が功を奏し、敵城主の輸送の糸口を見つけることが出来た。

 それが、情報収集中に発見した街道封鎖への補給部隊である。街道の封鎖線に向かうということは即ち織田領に近づくことと同義である。ならばと、敵城主の運び出しは敵自身にやってもらうことにしたのだ。

 城主以外は物置らしき部屋に押し込み、城最上階から入り口まではなんとか城主を抱えて突破した。気絶したままの見張りの傍に箱詰めした棟梁を置いて近くに潜伏。ちゃんと見張りが荷箱を輸送部隊の所へ持っていくのか内心ハラハラしていたのだが、しっかりと運び始めたことを確認して一足先に城外へ脱出。

以降は、輸送部隊と距離を取りつつ棟梁を回収タイミングを計っていた。

 

 早馬が来たのは全くの予想外だったが結果的には上手くいった。

当初の予定では適当なタイミングでスモークグレネードを投げ、混乱している間に運び出すはずだった。だが、早馬が上手く足軽達の注意を惹いてくれたので、スモークグレネードを節約して城主を回収することができた。

 あの早馬の侍には感謝である。

 

「回収も完了。織田の姫様も動き始めたようだし、さっさとこいつを運ぶか」

 

 いきなり目を覚まされても困るので、馬を停めてある拠点まで戻ったら城主に猿轡と追加の縄を用意しておこうと考える仙波だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、仙波の初仕事は無事達成された。

 馬に完全に拘束した棟梁を乗せて織田家の陣に近づいた時、どデカイ朱槍を持って頭に虎の皮を被った少女が出てきた時は流石に驚いたが、陣中の天幕の中で無事棟梁を引き渡した。功績を認められ、信奈から正式に長秀に家臣として仕えることも許された。

 

 敵に全く気取られることもない、ノーキルノーアラート。

この世界での初任務は万々歳の結果である。

 

「さすがに少し疲れたか・・・」

 

 織田軍本陣の天幕から少し離れた貯水場。

 仙波は信奈から休息を取るように言われ、天幕から追い出されてしまった。すぐにでも古城の攻略に手を着けるらしい。

 天幕には初対面となる姫武将や自分と同じ未来人だという相良良晴らしき少年もいたので話してみたかったのだが、いきなり自分の上司の上司に逆らうわけにはいかず大人しくここまで来たのだった。

 

 水を飲み、顔を洗うとようやく人心地がつけるものだ。

 大きな装備を近くにまとめて置き、身軽になった仙波は水瓶に寄り掛かりポケットを弄った。皺くちゃになった煙草の箱を取り出し、残り少ない貴重な1本を抜き取った。

 

「こんな日ぐらいいいだろう」

 

 仙波はそう独りごちるとライターで火をつけ、ゆっくりと紫煙を吸い込んだ。任務明けの体に久しぶりの煙草が染みわたるようで、惜しむように吐き出す。MSFでも任務開けにはマザーベースでこうやって煙草を吸っていたものだ、と携帯灰皿に灰を落とした。

 その時、地面に人影が写ったのに気付いた。

 

「ここにいらしたのですね」

 

 視線を上げると、穏やかな笑顔を向ける長秀の姿が。

新しいボスの登場に仙波は吸いかけの煙草を灰皿にしまおうとするが、それは長秀に止められた。

 

「気を遣わなくていいですよ。私は仙波殿を従える立場になりましたが、それはあくまで建前で、私には毛頭そんなつもりはありません。90点です」

 

「丹羽がそれでいいなら構わないが・・・」

 

「それに・・・その煙管も残り少ないのでしょう?」

 

「・・・お心遣い感謝する」

 

 丹羽の言葉に甘えて、しかし急いで煙草を吸いきると改めて携帯灰皿にしまい長秀と向き合った。

 

「待たせたな」

 

「お気になさらず。それよりも、今回の依頼達成、ご苦労様でした。姫様も大変満足しています。100点です」

 

 そう言う長秀の表情は本当に嬉しそうにほころんでいる。仙波としても文句なしの結果であったため、その言葉を素直に受け取ることが出来た。長秀の笑顔に釣られるように、仙波も頬を緩める。

 

「お互いに満足できる結果だ。織田の姫様にも俺にも」

 

「そうですね。ですが、それは60点です」

 

「そうなのか?」

 

 あまり高くない点数を付けられ、疑問符を浮かべる仙波。長秀は微笑みながら心なしか仙波との距離を縮めた。仙波の顔を見上げて、恥ずかしげに小さく首を傾げて言う。

 

「姫様と仙波殿、そして私も満足が出来る結果でした。仙波殿を召抱えることが出来て・・・これであなたに救われた恩を少しでも返すことができます。120点です」

 

 そんなことを言われて嬉しくない男がいるだろうか?

 仙波は温かい感情が湧き上がるのを感じながら、腰の脇差を鞘ごと手に取って胸の前に持っていった。

初任務の中でこの脇差は確かに自分の気持ちを支えてくれたのだ。

 

「この脇差があったお陰で任務に集中できた。ありがとう」

 

「はい・・・!」

 

 仙波の感謝に、長秀はより一層笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 このまま少し話をしてもよかったのだが、長秀はすぐに信奈に同行して出陣するらしく一礼して去っていった。

 仙波もいつまでもここにいる訳にもいかず、移動しようと置いていた装備に手を伸ばした。何気無くAM69に手を伸ばし、掴んだ瞬間だった。

 

『お前は今何を感じていた?』

 

 臓腑を震わせる程の寒気と脳髄を痺れされ程の熱が体を襲ったのだ。

目が明滅に眩み、思わず片膝をついてしまう。

 

『お前の仲間は皆、死んだんだぞ』

 

 誰が話しかけているのか?

 幻聴なのか?

 

『怒りを忘れるな』

 

 地面が揺れていると思った途端、体が地面に向かってしまう。何とかこらえようと近く似合った水桶に手をかけるが、体を支えるには至らず盛大に水を零す羽目になった。水溜りになった地面にAM69を持ったまま手を突くと、丁度水面に写る自分の顔を覗き込む形になった。

 

『復讐を忘れるな!!!』

 

 血みどろの顔に額から突き出る黒く鋭い角。

 その姿はまさに鬼のようで・・・。

更なる恐怖が仙波を貫いた。

 

「ああああああ!!!」

 

 自分の感情に突き動かされるままに、持ったままのAM69を振り上げて銃床を水面に叩きつけた。荒い呼吸のまま、もう一度水面を見ると、そこには脂汗を垂らす自分の顔しかなかった。

 

「・・・クソ。なんだったんだ・・・」

 

 体の調子も元に戻り、聞こえていた声も止んでいた。仙波は訳が分からずとも粘りつくような嫌悪感に顔を顰め、改めて装備を取って貯水場から離れた。

 長秀と共にいて感じていた感情など消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反織田家の国人衆が篭る古城の攻略は瞬く間に進み、僅か半日で達成された。これにより街道の封鎖も解かれ、織田家は斉藤家攻略に再び傾注することのできる態勢になった。

 

 そして・・・。

 この日を境に、丹羽長秀の家臣となった仙波利孝は本格的にこの世界の戦いに身を投じることになるのだった。

 




で、メタルギアの新作は・・・・あ(察し)


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