超能力者は勝ち組じゃない (サイコ0%)
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第一話① 超能力者

 

 

超能力って信じるか?

 

 

物を動かしたり、瞬間移動したり、そんなヤツだ。

世界には動物の言葉を聞き取ったり、霊の言葉を聞いて事件解決したりする凄い人達が居るが、それも超能力の一種だとオレは思う。

超能力とは、昔からあるヒトの潜在能力。卑弥呼だって予言をしていたし、占い師だっている。中には巧みに言葉を操っているニセモノもいるかもしれないが、やはり超能力というのは信じる人が少ないだけで、世の中に溢れているのかも知れない。

そんな話をしたのかっていうと、オレも超能力を使えるからだ。最初に言った通りの、物を動かしたり瞬間移動したりするヤツ。

 

オレができることは主に三つある。

 

一つ目は念動力。物を動かすアレだ。有名なスプーン曲げとかもそれに当てはまる。

 

二つ目は瞬間移動。テレポーテーションとも言われるモノで、瞬時に場所と場所を移動するモノ。線ではなく、点と点を繋ぐモノだ。

 

三つ目は精神感応。テレパシーだ。人の思考を読み取ったり、自分の言葉を口に出さず相手に送ることができる。

 

オレは最初、念動力しかできなかったが、二つ目と三つ目はなんとなくで思いつきでできた代物である。

ヒトでいう物心つく前からできた事だが、それができたのはオレが所謂転生者で記憶ありだからだろう。前世の記憶は五年経った今でもまだ衰える事はない。漢字は普通に読めるし、一応習った高校までも問題ならば容易く解ける。と言っても、それはちょっと不安なので小学生の内に復習しようかと思う。あれだよ、小学生ならばすんなりと記憶できるらしいので、せっかく生まれ変わったのだから、先に勉強して頭良くなっておこう。

生まれた家は、どうやら小さな子供にも部屋を与えるようで、姉と一緒の部屋になったのはちょっと癪だが仕方がない。プライベートスペースがないと思うが、二段ベットの上がオレのプライベートスペースである。ふふん、上をじゃんけんで勝ってぶん捕ってやったんだ。姉は半泣きしながらオレを殴って、譲ってくれたけど。

幼稚園から帰ってきたオレはベットの上でゴロゴロしながら、超能力を鍛えていた。と言ってもしょぼいもので、まだ鉛筆を数十本ぐらいしか持ち上げる事ができない。どうやら、鍛えなければ重い物は持てないようだ。だが、まぁ威力は追々として、新聞を引きその上で意識せずとも鉛筆とカッターを動かして、鉛筆をピンピンに削る事ができるようになったので、良い成果であろう。

因みに、瞬間移動は半径十メートル。精神感応は相手の思考をぼんやりとしかわかる事ができない。まぁ、人生長いんだし、この超能力を鍛えてダラダラと人生を歩めたらなぁと思う。

そんな事をぼんやりと考えていたら、階段を駆け上がる音がした。オレは寝転んだ姿勢から起き上がり、数十本の尖った鉛筆を新聞紙の脇に念動力で起き、一本の鉛筆とカッターを持って鉛筆を削るふりをする。これ、一回だけ自力で試してみたんだが、超能力で削るより難しい。力加減ができないというか、なんというか。たまに力入れすぎて芯を折ってしまう事があるからなぁ。

 

「弟よ!」

 

ダァン!という盛大な音を立てて入ってきた姉は仁王立ちして、オレを固有名詞ではなく名詞で読んだ。おい、名前呼べよ。まぁ、いつもの事だけどさ。

 

「なんだ、姉よ。オレは今忙しい」

「また鉛筆を削っているのだろう?それを世間では忙しいに当てはまらないぞ」

 

ウルセェ!オレが忙しいと思ったら忙しいの!

ハァ、とため息を吐いてオレは鉛筆を削る手を止める。先程削るふりをすると言っていたが、自分の手ごと超能力で動かせば綺麗に削れる事を思いついたため、試していた。結果?綺麗にできたよ。

 

「それよりもだ!今日は弟にニュースがある。良いニュースか悪いニュース、どちらから聞きたいか?」

「良いニュース」

「そうか!良いニュースは、悪いニュースが良いニュースだったことだ。じゃ次だ」

 

おい、結局それって良いニュースしかねぇじゃん。このバカ姉。

 

「良いニュースだが、ワタシの学年に超能力者がいる」

 

ピクリと耳を傾ける。デカくなっているのは気のせいであろう。

オレの反応を見た姉はふふんと得意げに笑った。

 

「名前は影山茂夫。通称モブと呼ばれる、モブ顔の男子だ。食事中にスプーンを曲げたり、筆記用具を浮かせたりできることから念動力者だな」

 

出たよ。姉のストーカー癖。

手に手帳と思わしきモノがあり、それを読んでいる。たまにペラリとページをめくることから、内容は薄いが文字がデカイと思われる。姉は色んなところで杜撰なので、結構デカイ文字を書く。まぁ小学一年生だと思えば普通か。

因みに姉の喋り方がこんな風なのには、オレの影響でもある。両親に対しては子供のように接しながらも、姉に対してだけは普段のオレで接していたため、同学年よりも大人びた口調であり男っぽい。髪は長いが、多分軍服でも着せたら女長官っぽくなるのであろう。うん、似合いそうだ。

そんな姉だが、今ハマってるのが探偵ごっこである。気になった人物を付け回し、情報を収集する。無自覚と言え、単なるストーカーだ。いつか捕まらないことを願う。

 

「超能力者か。ホントにいたんだな」

「ふふぅん!驚いたか?驚いただろう!まさか超能力者がいるなんてな!」

 

オレと口調は似ているが、テンションが高くてバカなのが姉の特徴だ。まぁ、小学生ってみんなこんな感じだろうけど。

 

「で、だ。そんな超能力者、影山茂夫と遊ぶ約束をしたので……弟よ。一緒に来い!」

 

なん、だと……?

 

「姉よ。話が飛躍しすぎだ」

「ふっ。これはすまなかった。説明すると、ワタシのストーカー行為が暴露たので、自暴自棄になりその超能力を見せて貰えるように今日遊ぶ約束をした……それだけだ」

 

自分でストーカー行為だと言ったのは無視して、なるほど。実はアナタと遊びたかったけど、声をかけられずに困ってた女子な雰囲気を醸し出して、約束を取り付けたと。全く恐ろしい姉だ。その世間でいう、容姿端麗を利用するとは。影山茂夫、哀れ。会ったらまず、謝ろう。

 

「なるほど、わかった。良いだろう」

「良し!では、その削った粉を捨てて準備しておけ!」

 

私は彼に連絡を入れてくる!と言いながら一階へ降りていった姉。どうやら、連絡番号まで教えて貰ったらしい。小一なので携帯は持っていないだろうが、家ならそうでもないだろう。ふむ、ますます謝らなければならないな。姉は暴走する癖がある。相手の事をあまり考えないあまり、孤立したりするからな。幼稚園じゃそうだった。オレが唯一の話し相手だったりしていたが、影山には感謝だな。基本的に良い奴なのだろう。それか、押しに弱いだけか。

 

「さて、準備か」

 

ま、着替えるだけなんだけどな。

新聞紙に溜まったゴミを、超能力でゴミ箱に捨てながら、オレは姉弟共同のクローゼットを開け自分の服を取り出し着替え始める。

 

 

さてはて、影山茂夫という奴はどういう奴なんだろうか。

 

 

この今世での初めて会うオレ以外の超能力者。仲良くできたら、儲けものだ。

 

 

 

 




小学生()と幼稚園生()


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第一話② 超能力者

 

 

「は、はじめまして。影山茂夫です」

 

姉について行った公園で出会ったその少年は一言で言えば、モブ、だった。

主人公顔でもなく、教室で主人公にカメラが向けられる中、その端にちょこんと映るような顔。それか、漫画でいう面倒くさいからという理由で個が確立されず、その他多数に含まれる様な雰囲気を醸し出している。一言も台詞がないキャラのような。

なるほど、名前からしてモブと呼ばれているのかと思えば、彼自身がモブ顔だったからとは。誰がこれを信じるのだろうか。

 

「姉よ。意外や意外すぎるぞ」

「はっはっは!弟よ!実はその反応を期待していたんだが、大成功だな!」

 

得意の仁王立ちをして高笑いをする姉。オマエは何処ぞの社長さんか。それとも魔王様か。

姉の高笑いにビクリと肩を揺らした影山くんは戸惑いながら此方を見ている。うん、表情の変化がないようであるな。顔に出にくいタイプなのだろう。因みにオレの場合、表情筋が死んでる事で有名だ。先生や、親には笑顔を貼り付けているが、それは念動力でしているにすぎない。うん、便利だな超能力。さて、フォローしなくてはな。

 

「済まないな。姉はこういう性格なんだ。そう怖がらなくて良い」

「う、うん」

 

こくりと頷く影山くん。うん、良い子だ。

 

「さて、姉よ。影山くんが自己紹介してくれたのだから、此方もするべきだろう」

 

まだ高笑いを続けていた姉の頭を殴る。正気に戻った姉は、オレの言葉に頷く。

因みに、姉を殴った瞬間、影山くんは目を丸くしていた。先程も言った通り、やはり顔に出にくいタイプか。驚いていたとしても、目を丸くさせるだけで他の表情筋が動いていない。オレが言うのも何だが、コイツ大丈夫なのだろうか?

 

「そうだな、弟よ。ワタシは日向美久」

「オレが日向湊だ」

 

「「よろしく」」

「よろしく」

 

ニカッと笑う姉と相変わらずの無表情なオレ。そして、ニコリと小さく笑う影山くん。どうやら、人見知りなだけで表情筋が死んでいる訳ではないようだ。少し安心した。小学一年生の時から表情筋が死ぬって、将来顔のたるみがヤバそうだからな。うん、オレの事だけど?

実は影山くんと姉が同じ学年なんだ、という事実から発表し、オレが一歳年下の弟だと言うと、どうやら影山くんにも弟がいるらしい。律という名前のそいつは、来年から小学校に通う予定だそうだ。

 

「またもや、意外や意外。オレと同い年がいるとは」

「弟よ、モブの弟と仲良くするんだぞ!」

「姉よ、早くも影山くんをあだ名で呼ぶコミュ力には完敗するが、それはその律くん次第なのだからあまり期待しないでほしい」

「オマエ、コミュ障だもんな!」

「……その言葉どこで覚えた」

「オマエがいつも言ってるではないか」

「それは気のせいだろう」

 

全く、姉はズバズバと物事を言いすぎなんだ。もう少し考えてほしいものだな。

姉の言動に呆れてため息を吐いていると、隣で見ていた影山くんがふふっと笑い出した。姉弟そろって首を傾げる。どうかしたのだろうか?

 

「仲いいんだね」

「「そうでもないぞ」」

 

なんだ、そういう事か。仲良い、と言う言葉にオレと姉は即座に否定する。おかげで言葉が重なった。ハモるなっての。

 

「姉は殴るし、お調子者だ。我儘な子供で実に扱いに困る」

「子供なのはオマエも同じだろうに。弟の方が殴るだろう、さっきも殴ったではないか」

「それは姉がトリップしていたから、正気に戻そうとだな。そもそも姉の方が自分勝手で殴るだろう。正直、全然痛くはないが」

「何?男子に負けなしのワタシの拳が効いていないだと?弟よ、表に出ろ」

「姉よ、すでに表だ」

 

ベンチから立ち上がった姉を見て呆れる。こういう所があるからこそ、仲良いとは言えない。確かに、喧嘩するほど仲が良いというだろう。だが、それは本人達が認めない事実でもある。仲が良い?客観的に見ればそうでもない。オレは仲が良いとは到底思えない。

そうだと言うのに、影山くんはクスクスと笑うだけで何も言ってくれない。というか、微笑ましい感じで此方を見てくる。や、止めてくれ。オレ達はオマエが思っているようなモノではない。

影山くんにどう言っても笑うだけでとりあってはくれず、姉と顔を見合わせて肩を竦めた。仕方がない。本題に入らせて貰おう。これ以上は少し身がもたない気がする。

 

「ところで、モブ。オマエは超能力を使えるという噂を聞いたが、本当か?」

 

姉よ、それは噂ではなく事実なのだろ?自分で調べてきたのではないのか。

そもそも、そういう聞き方だと影山くんが隠している場合、教えてくれないかもしれない。そうだとすればオレは永遠に自分以外の超能力を見れなくなる。ま、永遠にって程ではないだろうけど。

 

「うん、ほんとうだよ」

 

姉の質問の仕方について、心の内で追求していると、影山くんは即答した。しかもイエス。その意味は、影山くんが超能力者であるということ。別に隠しているわけではなさそうだ。聞かれれば答える、と言う感じなのだろう。

是と答えた影山くんはベンチから立ち上がり、水場へと直進した。公園の水場とは、暑い夏などでは水浴びをする子供達で溢れかえる場所である。今は秋なので、そういう事もないが、たまに喉を乾かした者が立ち寄ったりする。調味市の公園の水は水道水なので飲めるのだ。凄いね。

影山くんが躊躇いもなく蛇口を捻る。堰き止められていた水が勢いよく、地面へ向かって飛び出し、そして流れるかと思われた。確かに地面に向かって水が飛び出していたはずなのに、その水達は丸い形になり宙に浮いた。水の周りが少し光っている事から超能力を使ったのだろう。コイツ……できる……っ!

オレよりも重量が大きい。鉛筆数十本と水の塊じゃ、水の方が重いのだ。上には上がいると言うことだろう。超能力に対してオレは完全に完敗した。戦ってすらいないが。

そうだ!今思いついたのだが、自分自身を重りにして念動力を鍛えるのはどうだろうか?子供の体といえど、十キロ以上はある。うん、我ながら良い考えだ。

 

「おぉ!これが超能力!触っても良いか?」

「どうぞ。ただのみずだもん」

「確かに、念動力で丸くしただけの水だもんな。だが、これを相手に被せれば窒息させれることができる……便利だ」

「かんがえがこわいよ。日向くん」

 

そうだろうか?ただの防衛手段として言ったのだが。決して水牢の術みたいだな、とか思ってないから。そこから案山子の先生が捕まって溺れかけてたな、とか思い出してないから。ないから。

水の塊に手を突っ込んできゃいきゃいはしゃいでいる姉を見ている影山くんをオレは見上げる。身長はオレの方が低いようだ。まぁ、これから抜かしていくのだろうし、それは良いとして。初めてのオレ以外の超能力者。しかも上。

この年でこれ程の超能力を使えるとなると、相当強くなりそうだ。もしかしたら、モブ顔の少年はその顔の通りに、モブにならないのかもしれない。もしかしたら、この世界の主人公なのかもな。

 

「(考えすぎか)」

 

そう結論付ける。

この世界の主人公だったとしても、影山くんにとっては自分が主人公。誰だって自分自身が主人公だ。自分がどういう人生を歩むかなんて、自分次第なのだから。

……それよりも、だ。

 

影山くんと仲良くなれるだろうか?

 

 

同じ超能力者同士、仲良くなりたいモノだ。

 

 

 

 




モブは生粋の小学一年生なのでひらがな。


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第二話 入学式

 

「ご入学おめでとうございます」

 

この身体には少し大きいパイプ椅子に座りながら、欠伸をする。ここの校長は例にも漏れず話が長いようだ。最初の祝福から始まってもう五分は経っているだろうか。オレの様に欠伸をしている者は少ないが、皆飽きてきたようだな。最初はワクワクドキドキしていた小学生達もウンザリとした顔で校長の話を聞いている。

今日からオレは小学一年生だ。友達100人できるかな?ってヤツだよ。できないけどな。せいぜい、二、三人が限界である。オレのコミュ力の無さを嘗めない方がいいぞ?無表情すぎて、話しかけられても相手の子に泣かれるのがセオリーだ。そんな時は念動力で無理矢理笑ってはいる。やはり、子供が泣くのは気分がいいモノでもないからな。

入学式が終わり、教室へと向かう。今日からこのクラスの担任になりました〜などと言う台本通りの言葉を目の前の担任は言う。若いお姉さんだ。子供の年齢が低い分、お姉さんの方が好かれやすいのは最早社会の常識。母性というモノだろうか?何かと子供は女性の方が安心するモノだ。

 

「さて、自己紹介して貰いましょうか!」

 

元気よく笑顔でそういうお姉さん。うむ、敵であったらしい。まさか、笑顔で爆弾を投げ入れてくるとは思わなんだ。

出席番号順に座っているこの席。小学校にあるあるな席をくっつけるタイプであった。隣がよろしく、と言ってきたから此方もよろしくと返したら、たのしくないの?と返されたのはちょっとトラウマである。現に隣にいる小学生の事だ。おのれ、許さん。

オレの名前は、日向湊なので、大分後ろの方である。佐藤という日本でクラスに人生で必ず一人以上は出会う苗字を聞きながら、遂に自分の番が回ってきた。因みにオレ、コミュ障過ぎてこういう場でも少し固まるぐらいだ。

 

「……日向湊、よろしく」

 

なので、これが精一杯。

うん、先生の笑顔が固まったよ?大丈夫かい?

 

「え、えーと湊くん?好きな物とかはないの?」

 

あ、なるほど。自己紹介では好きなモノはセオリーだもんな。失敬、失敬。

 

「好きなモノは……ゲーム。特にやり込みゲーが好きで、この前ディスガ◯アで千レベ達成した」

 

おぉ!好きなモノとなるとスラスラ出てくるな。先生に感謝感謝だ。

やり込みゲーが好きだと言ったが、別にそこまでしているわけでもない。先ほどのゲームはレベルを9999まで上げれることができるし、転生してスキルなどを全部覚える事が出来たりするが、そこまで考えてしようとは思ってない。あ、いや考えてないだけでしようとはしてるけど……うん?矛盾しているな。

 

「あ、ありがとう。一年間、よろしくね」

 

おっと、先生に引かれてしまった。先生は知らないのかディ◯ガイア。面白いのに。

その後は皆元気に自己紹介していった。いやはや、若いって良いねぇ。オレぁ、そんな元気残ってないよ。家帰って寝たい。ふわぁと欠伸をしながら暇潰しに寝た後、ホームルームが終わり帰宅時間になった。小学生特有の、先生、さようならを皆で言い、玄関外で待っている家族達と合流する。オレも少ない荷物を新品のランドセルへ入れ、背負う。黄色い帽子を被れば完璧だ。トントコと小走りに玄関へと向かう。真っ新な上靴から小さな運動靴へと履き替えて、今世の家族を見つける。お?父と母に加え、姉も居るようだ。確かに入学式というのは子供の大事な行事の一つである。

 

「やっと出てきたな、雑種。待ちくたびれたぞ」

「姉よ、それ以上キャラ設定増やさない方がいい。というか今度はフェ◯トにハマったな?」

「何故ばれたし」

「雑種の時点でわかるわ」

 

オレが駆け寄ってからのお出迎えがそれかよ。弟は悲しいぞ。

 

「じゃ、帰りましょうか。母さんこれから仕事あるから」

「母さんや。息子の入学式にそれはないと思うよ」

「そう思うならば父さんも働いて」

「主夫バンザイ!母さんバンザイ!」

 

相変わらずの父と母である。

オレの家庭は、世間の家庭とは反対で、母が働き、父が専業主夫をしている。なので、父は母の尻に敷かれているのだ。おお、なんと悲しい人種よ。大黒柱とは程遠い存在だな。

さぁ帰ろうかという雰囲気になる中、一人の人物が此方へと駆け寄ってきた。背はオレより高く姉と同じぐらいの男児。所謂パッツン前髪をしているその子は見知った友達であった。

そう、モブこと影山茂夫である。

 

「あ、モブ」

「あ、影山くん」

 

姉と言葉が重なる。

影山くんとはここ半年で、姉伝でよく会うようになった。小学二年生になった彼は、彼の弟である影山律の晴れ姿を見る為に家族と来ていたんだろう。その後方に姿が覗えた。同時に兄を追いかける弟も。

姉が言うには影山くんは友達が少ない。その性格などから友達ができにくいと判断できるが、なんでも遊び相手がいないというわけではないようだ。帰りに公園で、複数の男子と女子の中に混じる影山くんを見かけたそうで。姉から見ると少し楽しそうにしていたらしいが、周りがそう思わなかったらしい。わらえよ、などと言ってたようだが、まぁオレは見てないんで知らない事だ。

影山くんはあぁ見えて表情豊かだ。多分だが、髪の毛で眉毛が隠れているから、とか表情筋がちょっと死んでるからとか。理由があると思うんだがな。オレみたいに完璧な無表情じゃない分、まだマシなんだと思うんだけどな。

 

「日向さん、日向くん。こんにちわ」

「こんにちわ」

「おう、こんちわ」

 

オレ達に挨拶した後、影山くんはオレ達の両親にも挨拶をする。うむ、両親からは好評のようだ。確かに礼儀正しく挨拶する子供なんて、あんまりいないからな。子供は元気が一番だ。オレ以外。

 

「ちょっとまって、にいさんっ」

「あ、律」

 

おい、忘れてあげんなよ。

影山くんの斜め後ろに立ち止まった律と呼ばれた男の子はジッと此方を見ていた。どうやら影山くんよりは体力があるらしく、走っても息は荒くなっていない。強いな、律くん。

 

「二人とも、ぼくのおとうとの律」

「「初めまして」」

「は、はじめまして」

 

前髪パッツンの影山くんに対して、律くんはごく自然な前髪であった。なんていうんだろうか、影山くんはストレートだが、律くんは少し癖っ毛があるようだ。所々髪が跳ねている。オレの場合、影山くんのようにストレートではなくちょっと癖っ毛なのだが、別に律くん程ではない。あそこまで行くと、ワックスで固めているかのようだ。まだ短いのでマシなのだが。

 

「ワタシが日向美久」

「オレが日向湊だ」

 

「「よろしく」」

「影山律です、よろしく」

 

影山くんにしたように挨拶をすれば、律くんは最初程吃らずに、へらりと笑って返してくれた。世間的に第一印象がめちゃくちゃいい奴である。

 

オレが言うのも何だが、影山兄弟、面白い兄弟だ。

 

 




黄色い帽子を被るかどうかは地域によって違う、らしい。


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第三話① 霊とか相談所

 

 

小学三年生に上がろうかという時だった。

 

「初めまして、だな。俺は今世紀最大の霊能力者、霊幻新隆だ。よろしく」

 

終業式まで後数日。そんな微妙な時期の午後、学校をいつも通りに終えたオレを待っていた影山くんに来て欲しい所があると言われ、付いてきたのだが。

“霊とか相談所”というボロい看板が掲げられた事務所に入ったオレは、影山くんに茶髪の男性を紹介された。その挨拶が先程のということだ。

 

「僕のししょうで、僕はここでバイトしてる」

 

なるほど。この霊幻新隆と名乗ったコイツは、影山くんの超能力について相談を受けた。そこで同じ能力者であることから弟子入りし、バイトと。何となく状況は掴めた。

そういや前に、律くんが影山くんを前にちょっと笑顔がぎこちなかった時がある。律くんは影山くんと違い超能力が使えない。その事については姉と同じだが、違う点はそれに憧れていてその気持ちの正体。姉は単純に、凄いとか自分も使ってみたいとか純粋なモノ。しかし、影山くんにはどこか恐れが見えた。

超能力について相談。律くんの影山くんへの恐れ。そこから、影山くんは何らかの原因で暴走したと思われる。うーん、名推理ではなかろうか?

因みにオレは暴走した事がない。感情の制限が付いているのか、それともあまり感じないのか。まぁ、自分の事なのであまりわからないのだが。

 

「日向湊。小学三年生だ、よろしく霊幻さん」

「おう」

 

オレの差し出した手に快く応じてくれた霊幻さん。その瞬間オレが思ったことといえば、あっ(察し)である。つまり、コイツはニセモノ。霊力というモノがからっきし。どうやら、影山くんは利用されているようだ。

オレの精神感応、テレパシーは触れた相手の心を読み取ったりするモノ。念話を送ることも可能だが、それはまだまだ弱く鍛える必要性がある。前まではぼんやりとしかわからないモノだったが、だんだんと使い物になってきた気がするな。順調順調。

つまりだ。オレは霊幻さんに触れたからこそ、今までの事や、今考えている事、力の強さなどがわかる。触れる、という過程が必要だが便利な能力だと思う。

にしても影山くん。利用されてるとは微塵も思ってないらしい。それどころか、ちょっと尊敬しているようだ。流石影山くん。その純粋さが眩しいぜ!

 

「それはそうと、影山くん。オレをココに連れてきた理由を聞いてなかったんだが……」

「あ、ごめん……」

 

いや、謝られても。説明プリーズミー。

顔にはあまり出てないが、しゅんと落ち込んだ影山くんに代わり、霊幻さんがわざとらしい咳払いをして説明を始めた。ありがとうございます。

 

「俺が呼んだんだ」

「と言いますと?」

「モブが「僕の他にも超能力者いますよ」と言ったんでな、友達だと言うから連れて来いと」

 

はぁ、それでオレを。というか、そもそもオレが超能力者だって事、影山くんに話してないが何故知っていたのだろう?

影山くんの方に振り返ると、バツが悪そうにそっぽを向きながら答えてくれた。

 

「さいしょに会った時からわかってたけど……その、かくしてるみたいだったから、えーっと」

「なんだ、バレていたか」

 

ふぅと息を吐く。この約三年間、影山くんがやけに親しげにしてくるのにはそこが関係していたのかもしれない。

自分以外の超能力者。それはまだ自分以外に超能力者がいないと思っていたからこそ、同族を見つけた時の喜びようは半端ないのだろう。オレもそうだったし。

最初は同学年の姉のついでだと思っていた。だが、姉が言うにはオレがいないと影山くんは話しかけてこないらしい。そこから思うに、慣れない女子よりも、男子であり同じ超能力者であるオレの方が接しやすかったのだろう。事実、影山くんとは律くんよりも話しているかもしれない。というか、律くんと同じクラスになれないのが彼と仲良くできない原因だとオレは責任転嫁してみる。

 

「で、だ!日向湊君。ここで働かないか?時給300円で」

「やっす!!」

「無表情で突っ込まれてもな……」

 

時給300円とか安すぎませんか。労働基準法から遺脱しすぎて、最早尊敬の念すら抱くわ。

まぁ、小学生なので原則バイトとかはできないわけだが、小遣い感覚なのだろう。そう思えばその金額は間違えていない、かも知れない。

バイト内容はこうだ。ココ、霊とか相談所はその名の通り、霊に関する事を相談しにくるところだ。決まったシフトは無いが、依頼内容や場所によって決まるらしい。もし、遠い場所などに行くときは霊幻さん持ち。つまり、小遣い300円で手伝ってくれ、俺は除霊できないから……という事だろう。

ふむ。最近ずっと何かと暇だったしな。ゲームや超能力を鍛える事、後は姉の相手をするぐらいだし。友達と遊び?はて?なんの事やら。

 

「いいですよ。オレも暇ですし」

「他人の職業を暇潰しみたいに言うなよ……よし!そうと決まれば、今から行くぞ!」

「「どこにですか?」」

 

影山くんと二人揃って首を傾げる。

オレ達の反応を見た霊幻さんは、ニヤリと笑った。

 

「依頼主の所だ」

 

 




時間が飛ぶのは日常茶判事。


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第三話② 霊とか相談所

 

「ごめんなさいね、こんな夜に。でも憂いは断ちたくて……」

「いえ、そのお気持ちは良くわかります。この霊幻新隆にお任せください」

「ありがとう」

 

にこりと微笑む貴婦人。まるで、野原に咲く一輪の花のようで、派手で華やかな花達とは違い、小さく儚い花。そんな表現が似合うような笑みだった。

誰もが魅了されそうな微笑み。この人と結ばれた旦那さんはとても幸せに成るだろうなぁ、という客観的な感想を抱いていると、隣の影山くんはポーッと惚けながら頬を染めていた。おい、オマエさんはツボミちゃん一筋じゃなかったのか。まぁ、心移りするのは仕方が無いとは思うが。

霊幻さんに連れられて来たのは、ある山の上にある館だった。一目見て金持ちが住んでそうだな、と思うようなモノだったが、出迎えてくれたのが執事服の老人とくれば、それはもう確定だった。応接間に通されたオレ達は、この屋敷の主人の妻だという人の話を聞く事にした。

ズズッと紅茶を啜る。こういうモノがわからないオレには、何の紅茶なのかは知らないが市販のペットボトルよりは濃い気がした。

 

「お爺様の書斎。もう夫の書斎になっているのだけれど……夫がね、お爺様がいるって言って聞かなくて」

 

暗い顔をする貴婦人。先程とは真逆の表情に、皆が皆同じ様な顔をする。と言っても表情を変えたのは霊幻さんと、執事長だけだが。

奥さんの話によると、そのお爺様とやらは何年か前に亡くなっているらしい。なるほど、確かに居るのは可笑しい。もし、その旦那さんが霊の類を見れるヒトだとしても、お爺様は成仏しているはずなのだから、いるはずが無い。

奥さんはもう既に、法事の全ては終えていると言っている事からもそのはずだ。うむ、洋風の屋敷なのに仏教徒なんですね。

しかし、本当にそのお爺様の霊がいるとすれば、悪霊化している可能性が高い。元々霊ってのは、物凄く未練がないと現世に止まれないって言う程。

 

「ここです」

 

屋敷の階段を上り、右に曲がった廊下の突き当たり。そこには他の部屋と同じ様な扉があったが、一際異様だった。扉の隅から溢れる霊気の様なモノ。なるほど、霊が住み着く場所へ行った事が無かったため知らなかったが、こういうモノなんだな。

隣の影山くんを見る。すると影山くんも此方を見て、頷いていた。どうやら同意見らしい。

 

「……なるほど。貴女は下がっていてください」

「え……?」

 

オレ達の雰囲気を悟ったのか霊幻さんはゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

霊幻さんの言葉に奥さんは怯えながらも、一歩二歩と下がる。オレ達の後ろまで来た所で、止まった。どうやら、見届けたいらしいが……それもできるかどうか。

 

「奥さんを下がらせた事は正解だ、霊幻さん。お爺様の霊とやらは彼女に気がある……勿論、悪い意味でだが」

「流石です、ししょう」

「ま、まぁな」

 

パチパチと小さく手を叩く影山くん。その目には尊敬の念が込められているが、霊幻さんはその目から居た堪れなさそうに、視線を逸らした。どうやら、何となくでやったらしい。

 

「よ、良し!俺が先導して扉を開こう。三、二、一で開くぞ」

 

ドアノブに手をかける霊幻さん。その頬につーっと冷や汗が流れた。オレも流しているのだが、お生憎様表情筋が堅すぎて、見ただけでは冷静にしか見えない。チラリと隣を見ると、影山くんはいつも通りの表情で、冷や汗も何も流していなかった。流石である。

 

「さーん」

 

カウントが始まった。たった三。なのに、その間延びしたカウントは緊張しているからだろう。

 

「にーぃ」

 

誰しも嫌な事や不安な事から逃げ出したい。怖いモノなら尚更だ。我が身大事、それは野生本能にも深く刻まれている事で、別に恥ずかしい事でも無い。

 

「いーっ」

 

だからこそ、何も力の無い霊幻さんがオレ達の反応を見ても、先に扉を開く何て事、本当はするとは思っていなかった。自ら進んで盾になる。このヒトは、世の中にいるニンゲンの中で良い人に入る部類だ。影山くんが尊敬するのもわかる気がする。詐欺師紛いな所にはどうも尊敬できない気がするが。

 

「ち!」

 

扉が勢い良く開かれる。

刹那、霊幻さんに向かって何かが音速で飛んできた。オレと影山くんは躊躇いもなく、右手を上げる。

 

「ッ!?」

 

目の前で弾かれるナニカに目を見開く霊幻さん。どうやらバリアを張る事に成功した様だ。影山くんと同時に張ったからか、いつも張る様なのとは一線を凌駕して、随分と強固になっていた様だ。周りには斬撃と思われる傷跡が残っていた。

しかし、霊幻さんには傷は無い。一先ず、安心した。

 

『ほーう、儂の斬撃を防ぐとはな……中々やる様だな、霊能力者よ』

 

謎の突風が吹く中、オレ達の視線の先は一人の老人が立っていた。見据える眼光は、此方を品定めしている様で、気持ちが悪い。

しかし、老人とは、マッチョで筋肉質で、しかも刀を携えているモノだっただろうか。

 

オレにはどうもあの髭を生やした霊が、老人とは思えなかった。

 

 




名前は告げないスタイル。


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第三話③ 霊とか相談所

 

「お爺様……」

 

ポツリと呟く奥さん。どうやらアレが、例のお爺様で間違いないようだ。

袴を着込み、腰に刀を携えて立つその姿は武人の様。着物を着ていてもわかる、盛り上がった筋肉は立派である。もはや、爺という言葉が似合わない程の逞しいお姿だ。生前もこうだったのだろうか。

 

「奥さん、あの霊がそのお爺様とやらで間違いないですね」

「え、えぇ。前にお会いした時と変わらぬお姿で、間違いありません」

 

強く頷く奥さん。その瞳には恐怖の色が見えた。そんな奥さんを庇うように立つオレ達。いつでも来ていいように、バリアを張れる準備はしておく。ゴクリと誰かが唾を飲み込んだ。

オレ達の姿を見て、そして霊幻さんを一瞥してから、その悪霊は鼻で笑った。

 

『ハッ、女狐め。今度はそこの霊能力者でも誑かしたのか?』

「そんな事……!」

 

ここまで毛嫌いされているとは。お爺様はどうやら、奥さんへの怨みが強いらしい。それで悪霊化と。何をしたんだ、奥さん。

ふるふると首を振る奥さんは儚くて、多くの男は助けたくなるだろう。目には薄っすらと涙が浮かんでいた。それを見た影山くんが、オロオロとし始め、霊幻さんを見たり、悪霊を見たり、此方を見たりして忙しない。

影山くんを見て確信する。使いモノになりません。

 

「し、ししょう。奥さんが泣いて……」

「霊幻さん、ここは話を聞くべきでは?何か事情があるようですし……影山くんはこうですし」

「……日向の言う通りか。モブ、今回は下がってろ」

 

え……?と呟いてから固まる影山くん。普段より感情が表に出てるな、珍しい。そんな影山くんの肩を掴み、ズルズルと引きずって奥さんの隣に並ばせる。手を目の前で振ってみても、反応を返してくれない。どうやら、戦力外通告された事が少しショックだったらしい。

コイツは何かと優しいからな。多分、半泣きした奥さんの為に何かしようと思ったけど、肝心の上司からはオマエはいらない、と言われた。怒っていいと思うぞ。

下がってきた影山くんを驚きながら見る奥さん。その様子にオレは違和感を覚える。思わず眉を寄せるが、表情筋が死んでいるのでそんなに動かなかった。いつもの事だ。

 

「おい、爺さん」

『なんだ、霊能力者。儂はあの女狐をやらなきゃいかんのでな。邪魔をするでない』

「因みに、どの〝やる〟で?」

『勿論、殺る方だ』

 

その言葉に眉間に皺を寄せる霊幻さん。隣に並んだオレを一瞥した後、悪霊を見ながら、ふむと思案する。何を考えているのだろうか。霊幻さんは前世のオレよりも年上だ。人生の経験者の先輩なので、多分オレにわからない事なのだろう。多分だが。

影山くんの方を見る。奥さんが此方を心配そうに見つめながらも、今だ固まっている影山くんをチラチラと二度見ならず何度見もしていた。うん、気になるよなぁ。

 

「ちょいと聞きたいんだが、何故あの奥さんを殺そうとする?」

『お前に関係あるものか』

「それがあるんだなぁ。俺は奥さんに依頼された霊能力者だ。その内容は書斎に出る霊をなんとかして欲しいと……こうも言ってた、やり方は任せる、とな?」

『ほう、それで?』

「俺は別に今すぐ消してやってもいいが、俺の弟子がそうは望んでいない。弟子の期待に応えるのも師匠の役目だろう」

 

それで、だ。霊幻さんは続ける。

 

「お前は、悪霊だが話を聞ける。話し合いで解決しようじゃないか。どうだ?悪い話ではないんじゃないか?お爺様」

 

この人。力も何も無いのに、何故こんなにも堂々と出来るのだろうか。考えてみる。

子供の前だから。依頼人の前だから。しかし、霊幻さん自身には力が無いのに対して、あの悪霊は壁に大きな傷を作る程の威力を持つ斬撃を飛ばしてくる。構えからして居合斬りだと思うが、あんなにも速くできるのは、魂だけの霊だからに過ぎない。だが、強力だ。

だからこそ、あの悪霊が刀を抜いた瞬間、霊幻さんは死ぬ可能性がある。もち、オレもだ。バリアが押し負ける可能性もあるからな。

なのに、この堂々とした佇まい。怖いわけでは無いだろう。けれど、それを悟られない余裕の顔。つーっと冷や汗が流れているのは幻覚でも何でもない。

オレには力がある。影山くんには劣るだろう。しかし、コイツから逃げれる程にはあるつもりだ。だからこそ、目の前に立てる。

 

悪霊は思案する。ジッと此方を見据え、そして奥さんを見やる。一秒、いや何分か経ったような感覚の後、お爺様はわかった、と言った。

 

『いいだろう。だが、霊能力者!それとそこの冴えない小僧!貴様らだけに話してやろう』

 

ビシッ!ズビシッ!と指差した方向は、霊幻さんと影山くん。オレと奥さんはお呼びじゃないらしい。今度は霊幻さんが了承する番だった。

 

「モブ、行くぞ」

「は、はい」

 

トテトテとスーツ姿の大人に駆け寄る小学生。絵面は可愛いが、それは死地に飛び込む前でなければの話。

 

「日向、奥さんは任せた」

「はい、お任せください」

 

霊幻さんの言葉に強く頷き、閉まる扉を固唾を飲んで見送った。

バイト一日目。思わぬ強い悪霊と出会ったが、あの二人なら大丈夫。そんな気がした。

 

 




別にそこは死地じゃないよ。


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第三話④ 霊とか相談所

 

 

霊幻さんと影山くんが扉の向こうに消えてから数分が経った。何も物音が聞こえてこないところから、この部屋は防音対策バッチリなのだろう。そんなくだらない事を考えながら、戦闘に発展していない事を悟る。

まぁ、霊幻さんはこの短時間でも口車が上手い事がわかった。あぁいうタイプには何を言ってもムダな風を感じさせたが、霊幻さんの交渉に乗った事から理性はあるようだ。

純粋な霊。悪霊と言えど、混ざり合い己を見失えば、それは霊と言う名の化物と変わる。しかし、あのお爺様とやらは、自身の力しかない様に感じた。他の霊を取り込み、自我を保てる程の強力な霊かと思えば、そうでもなさそうだ。力よりも技。見た目からは力が自慢そうだが、彼は技を極めた様に見える。どこか、親近感を感じた。

 

「奥さん」

「何かしら?」

 

前を向きながらも隣に立つ奥さんへと話しかける。奥さんは快く応じ、此方を向いたような気配がした。

彼等が戻ってくる前に、それか霊が怒る前に、奥さんとは話しておかなければならない事がある。別に話さなくてもいい事なのだが、奥さんがあった時に言っていた様に、憂いを断ちたいというモノ。これが憂いというモノには当てはまらないが、まぁしておいて損は無いだろう。

 

「単刀直入に言いますが、奥さんって自己中って言われた事ないですか?」

 

奥さんが息を飲んだ。チラリと隣を見ると、心なしか顔が引き釣っている気がした。

 

「貴女は典型的な女性だ。自分を着飾り、自我が強い。ただ、貴女はそれを隠すのが周囲より上手いだけ」

 

そして。

 

「とても人間らしい。他人を見下し、所詮他人事、我が身大事。貴女はそんな典型的なニンゲンだ。素晴らしいですね、ジンルイの代表にだってなれますよ」

 

クルリと奥さんに向き直り、念動力で表情筋を動かし、ニヤリと笑う。奥さんの瞳にに恐怖と困惑の色が入り混じった。ケラケラと笑う。

 

「……何が言いたいの?」

 

奥さんは後ずさる。

 

「何が言いたい……そうですねぇ。あえて言うのならば、オレって子供に責任とか押し付ける大人って嫌いなんですよね」

 

大人は汚い。

それはニンゲンが作った社会の中で生きていく為には仕方がない事。それは理解している。だが、大人になれなかったオレの感情はそれを嫌悪した。純粋で生きたい、素直で生きたい、それがオレの願いだが、叶わぬ事は目に見えなくともわかる。あぁ、オレもなんて人間らしいのか。扉の向こうに消えていった同年代に出会って、その性格を知った時、思わず羨望を抱いたのは、ここから来たのだろうか。自分の感情なのによくわからない。

まぁ、この場合。自分で何とかできる力を持っているのに〝わざと〟他人に頼る事が許せないだけなんだが。

 

「ねぇ、奥さん。貴女に居ついているその獣畜生は飾りなんですか?」

「ッ!?」

「あの悪霊が貴女を〝女狐〟と表現してましたが、あながち間違いでもない様だな」

 

ねぇ?こっくりさん?

 

その瞬間、奥さんの肩がピクリと跳ね、そして震え始める。顔を覆い隠す手、その先端には赤い紅い爪が異様に伸びていた。

 

「くくく、くはははははははっ!!誰一人として見破らなかったのに、御前さんだけは!……何故気づけたんだい?」

 

緋く噴き出すオーラ。彼女の身体を包み、後方には尾の様なモノが三本ほど生えていた。人間には本来ないモノ。可憐な花の様な笑みはなりを潜め、獰猛なそれでいて妖艶な笑みをソイツは浮かべていた。

 

「オレの能力でな。触れた相手の記憶や感情、思考を読み取る事ができる。まぁ脳にハッキングするモノだ。それで霊幻さんの思考を読み取った」

「あの霊能力者か」

「その時に、過去の依頼者の記憶も読み取った。本人は覚えていないみたいだがな……その記憶の中に貴女がいた」

「ほーう?」

 

こっくりは眼を細める。

読み取った記憶の中、確かにこの女性がいた。内容はオカルト好きの友人とこっくりさんをした後、自分の記憶が飛ぶ事がある、というモノ。その時、影山くんはおらず、相談所も霊専門ではなく唯の相談所。霊幻さんは得意の口車で奥さんの悩みを解決した。だが、悩みは解決できたが、本当には解決できていなかった。

 

「貴女はニンゲンとして生きたかった。そうだろ?」

 

こっくりさんは、五十音順のひらがな、はいといいえ、0から9の数字、男と女、そして鳥居。それを書いた紙の上に十円玉を置いて、呼び出す降霊術。

 

そう、降霊術なのだ。

 

降霊術とは、その名の通り霊を降ろす術。霊というモノは霊力がなければ、人に視認されないモノだ。ならば、それとコミュニケーションを取る為にどうすればいいのか。こっくりさんの様に十円玉を通じるか、モノに憑かれせるかが大半だ。

世に通じたこっくりさん。海外では悪魔を降ろす降霊術として言われているが、日本では悪霊だ。こっくりさんは身近であるが、悪霊である。聞いた事がないだろうか?こっくりさんに頼りすぎた人物が行方不明になるとか、意識不明の重体になるとか。その大半はこっくりさんの仕業であり、行方不明はこっくりさんがソイツを殺し、意識不明の重体はこっくりさんが憑こうとして精神が追いつけなかった場合。これはオレの予想だが、多分大分いい線をいっているのではないだろうか。

そして、目の前の奥さんは、こっくりさんに魅入られ、そして取り憑かれ、精神が耐えた。多分だが、最初期、霊幻さんに相談しに来た時はまだ抵抗していたのだろう。しかし、今、奥さんの気は感じられない。奥さんはこっくりさんに魅入られる程の霊力の持ち主だった。多分、質が良かったんだろうな。雰囲気からしてそうだ。力はオレよりも弱い。だが、その分質が良い。実に厄介だ。

 

「こっくりさんは狐としてビジュアルが強いが、本当は狸でも犬でもある。結局イヌ科まぁ、あんまり変わらないが。そんな中、狐とわかる格好。オレの推測だが、オマエは最近の若者の怨念や恐れから具象化されたor強化された悪霊だろ」

 

すぅっと眼を細めて此方を見るこっくりさん。その表情は嬉しそうで、糸切り歯が唇の隙間から伺えた。

 

「最早そこまでとは……賢い小童よ。クハッ!して、わっちの相手してくれるのか?小童」

「霊幻さんも影山くんも向こうだしな。まぁ、そういう事になる。初めてだ、優しく頼むぜ?」

 

刹那、振り上げられる爪。全てを切り刻もうとするその爪は、オレを切り裂く前に止まった。

念動力で止めたが、いつまで持つか……。

 

「優しくって言ったのが、聞こえなかったのか?」

 

ニヤリと笑うこっくり。相変わらずの無表情のオレ。

 

「わっちはいつでも全力なんでな」

 

ゆらりと揺れる三つの尾。自分の手の甲をペロリと撫でる。そこには緋く滴る水滴があった。

ジクリと遅れて来る痛み。本能的に逸らしていたのだろうか?左耳に切り傷ができていた。それは肉を抉られ、断崖絶壁が出来ている。くっそ、一撃でコレか。

力は弱い。しかし、あの悪霊と同じ様に技術がある為に此方より強い。はぁー、こっくりさんって言うのは低級霊だったり、狐の霊だと言われてるが、本当にコイツはそんなモノでは無い。数の多さが人の強みだが、こんな時にその強みを実感したくなかった。

あぁー、ちくしょう。

 

「痛いんだが、狐狗狸(こっくり)さん」

「わざとに決まっておろう?」

 

……勝てる気がしない。

 

 




わっちって言いながら廓詞ではない。


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第三話⑤ 霊とか相談所

 

 

鋭い爪が飛ぶ。何かに弾かれる。それを繰り返す攻撃の嵐。オレはこっくりに対して、防戦一方であった。

攻撃はオレのバリアでも防ぐ事ができるほどの威力。だが、連続して来るそれはどうにもオレが攻撃に移る事ができない程であった。

 

「防戦一方じゃないか!さっきの威勢はどうしたんだい!?」

 

徐々に押され始める。こっくりは疲れた様子もなく、爪を繰り出し続ける。それは欠ける事もなく、傷つく事もなく、勢いが弱まることも無い。実力差がわかる事実だった。

しかし、このままではバリアが壊れてしまう。ピキ、ビキと罅が広がっていくのが見えた。もう限界らしい。オレはバリアを止めて空間転移し、こっくりの背後に現れる。右脚に念動力を加えさせ、鋭く刃の様に尖らせて振り抜いた。けれど、それは当たる事はなく、掠めるだけに止まる。つーっと紅い血が滴った。

オレはこっくりに反撃を与えない様に、念動力を酷使し高速で脚や腕を振るう。それには念動力の刃を纏わせてあるが、その分の距離もこっくりはきっちりと避けていく。少しウザい。

 

「こっちの攻撃も当てさせて欲しいものだがっ!」

「わっちの攻撃を全て防ぎった御前さんに言われとうないわっ!」

 

たまにふわりと浮く尾が音速で此方へと向かってくる。腕に纏った刃で弾き、脚を音速で振り上げる。しかし、やはりこっくりに止められた。動かない脚。相手が触れていないという事は、コレは念動力か。力を力で弾き飛ばす。自由になった脚をぷらぷらと動かして、感触を確かめた。足が地味に痛い。

 

「わっちの念動力を弾き飛ばすとは……御前さん、強いのう」

「別に強くないと思うが。まだまだ子供、体格に見合わない事をしているからか、身体が痛い」

「くくくっ。わっちが勝つかも知れんの」

 

クツクツと笑う。何が可笑しいのか。眼を細めて笑うその姿は優雅で魅入られるが、相手が悪霊だと思っている今、そうは思わない。

細くなる眼の中、瞳孔は此方を見据えている。品定めする様な目は、あの刀を携えた老人の悪霊に少し似ていた。

 

「して、御前さんや」

「何だ?」

 

攻撃の手を止め、ゆらゆらと楽しそうに狐の尾を揺らすこっくり。

 

「器と魂、見合ってないのう?」

「ッ!?」

 

コイツっ!

オレの反応を見てケラケラと笑うこっくり。無表情なはずだが、表情が崩れたのだろうか?自分ではよくわからなかった。

 

「くははははっ!引っかかりおったのう!言動が子供染みてないのが気になっただけなんだがのう?訳ありか?」

「…………流石、狐狗狸さん。心理戦は得意という事か」

 

ジリ、と足が後ろに下がる。カーペットだからか、少し滑った。いや違う。脚が……脚が震えていたから、滑った。

心理戦でも、実力でも負ける相手。やはり、勝てる気がしなかった。超能力が使えるだけで、何処か自信があったのかも知れない。超能力が使えて、転生して、他人と違う。オレは特別だと、心の中のどっかで思ってたのかも知れない。人生をやり直せたのだから、のんびりといこうって言ってたのに。あぁ、何だろうか、この失態。やっぱり、オレも人間だったか。……それはちょっと嬉しかった。

クツクツと笑うこっくりと睨み合いしていた時だった、オレの後ろの扉が開いたのは。

その扉は霊幻さんと影山くんが消えていった場所へ繋がる扉であり、あの老人の悪霊と話し合いをしていた場所のはずだ。当然あの二人はその部屋にいる事になるが、扉が開いたとなると出てきたということだろうか。それにしては慌ただしい。チッとこっくりが舌打ちした気がした。

 

「日向くん!」

「日向!そいつから離れろッ!」

「え?」

 

どういう事ですか?と尋ねようとして振り返ると、こっくりがこの機を逃すまいと尾を振り回しオレを吹き飛ばそうとする。が、それを感じ取ったオレが寸前に空間転移、間一髪避けた。勘、というモノが働いたのかも知れない。

霊幻さんの隣、影山くんの反対側に姿を現わすオレ。二人が驚いた様な気配を感じる。

 

「で、どういう事です?」

「……今の、お前の能力か?」

「えぇ。空間転移、テレポートですね」

「そりゃまた便利な……じゃなくて、彼奴は有名な悪霊、こっくりさんだ!気をつけろ」

「知ってますけど」

「え?」

「えっ」

 

霊幻さんが此方を見るのに合わせて、オレは何故知らなかったのか聞いた。すると答えは、あの老人の悪霊に教えて貰ったのだと言う。目の前のこっくりは、ここに嫁ぐ前に完全に憑依が完了しており、元の人格はもう無いと言う話らしい。しかも、ここの主人が奥さんに惹かれたのは、奥さん自身じゃなくこっくりだったという。つまりだ、こっくりさん自身の判断でここに嫁いだ。やはり彼女はニンゲンになりたいらしい。

 

「霊幻さん、正直に言いますと、オレではあのこっくりには勝てません。今まで戦っていて攻撃は一度も当たらない。あちらの攻撃も防げますが、まぁ平行線ですね」

 

つまりですね。

 

「霊幻さん、ココはちょっと引かせてもらいます」

 

オレの言葉を聞いた霊幻さんは言葉を詰まらせ、何かを考える。暫く、と言っても数秒も経たずに、霊幻さんはオーバーリアクション気味にこっくりさんを指し示した。

 

「モブ……GO」

「はい」

 

ゆったりとした足取りで、こっくりさんの方へ向かう。にしても、キメ顔までしてたのに他人任せか。霊幻さんには何の力もない、だからこそ仕方がないと思う。というか、霊幻さんが狡賢く過ぎて、尊敬が生まれそうだ。

こっくりが影山くんの事を侮りながら、迎え撃つ。影山くんは念動力を駆使して、攻撃の軌道を逸らしたり、防いだりしていた。

それより、霊幻さんに聞きたい事があった。扉から出てきたという事と、あの老人の悪霊が見当たらない事からするに、あれを退治したのだろうか。

 

「霊幻さん、あの悪霊は」

「あぁ、あの老人な。そこにいるぞ、ほれ」

 

そう言って指し示した方向には、薄い青緑色をした小さな霊がいた。力も弱く、人の形を保ててない事から低級も良いところ……だが、その顔つきは可愛げもない厳格溢れるあの老人の顔だった。髭が身体を覆い隠してるよ、スゲェなアレ。

霊幻さんに聞くと、影山くんが除霊しようとして、こんな姿になったという。話し合いはどうなったのか気になったが、大体は想像付く。霊幻さんはともかく、影山くんが悪霊の言葉を否定したのだろう。見た目や性格からして意見が合わなさそうなのは明白だった。こっくりを少し苦戦しながらも圧倒的な力で押している影山くんを見る。やはり、技よりも力か。圧倒的な力は小手先の技なんて効かない。強いな、影山くん。

 

「で、話し合いはどうなったんです?」

 

一応、聞いてみる事にした。

 

「あぁ。この爺さんが、あの女狐は殺すべきだ。あいつは儂の息子を誑かした、つって聞かなかったんでな。モブに黙らせた」

「それがあの姿ですか」

「そうだな。俺は完全に消せと言ったんだが、あのこっくりと話してから判断するって聞かなくてな」

「影山くんらしい」

 

その後、戦闘音らしき音が聞こえてきたから此方に来たらしい。正直来てくれるのは有難かった。あのこっくり相手では少し、やり辛いかったからな。

 

「終わりました」

 

ふと、前方から声が掛けられた。影山くんだ。

少し前から戦闘音が無くなっていたので、どうしていたのかと思ったら、どうやらこっくりと話していたらしい。こっくりを念動力で床に縫い付けながら、此方へと歩み寄るその姿は少し頼もしく見える。疲れているのか、影山くんの額には汗がたらりと垂れていた。

 

「おー、お疲れ。どうだったんだ?お前のお眼鏡には適ったか?」

「そんな大層な事じゃ……それがですね」

 

影山くんから聞かされていた話はオレが予想していたのと十中八九合っていた。

 

 




後一、二話でこっくりさん終わり。


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第三話⑥ 霊とか相談所

 

 

影山くんの話によると、こっくりは元々動物霊であったということ。彼女は生前も動物であり、狐であった。その時から人間は憎んでいたという。

生前、彼女の住んでいた森が破壊された。

 

人間による仕業だった。

 

生前、彼女は友達を殺された。

 

人間による仕業だった。

 

生前、彼女は人間の村に近づいてしまった。

 

人間に捕獲され殺された。

 

彼女は恨んで、怒った。何もかも人間の所為だ。人間が彼女の住処を奪い、友人を奪い、そして己の命さえも奪った。

その怨みがいつしか力となり、そして霊としてこの世へ戻った。最初は驚いた。何せ自分が生き返ったかのように思えたのだから。

しかし、動物霊となった彼女が仲間に会いに行こうとしても、彼らから敵と認識され警戒された。仕方がなく、彼女は森を抜け、人間が住む街へと繰り出した。

村が街となっており、心底驚いた彼女だったが、死んでいる間に時間は進んだのだと認識して納得した。そして、喜んだ。怨みが晴らせる、と。

 

死後、彼女は呪った。

 

人間は苦しんだ。

 

死後、彼女は姿を見せた。

 

人間は恐怖した。

 

死後、彼女は呼ばれた。

 

そこには人間の子供がいた。

 

小さな小さな子供。彼女の背よりも小さく、年は幾年なのかわからないが、人間の言葉で幼児と呼ばれる物。恐る恐る近づいた。

今まで見てきた人間とは違う純粋な瞳。そのキラキラとしたその瞳に彼女は惹かれた。

 

『こっくりさんこっくりさん。おいでください』

 

小さな柔らかい唇から零れ落ちる音。鈴の音のような音に彼女は頬が紅潮したのを自覚した。

 

なんて、なんて愛らしい子。可愛らしい、儚げな子。人間の子供がこんなにも愛おしく感じるなんて。

 

彼女は恋をした。その子供に恋した。

その時からだという。その子供に呼ばれるようになって、いつの間にかこっくりさんなんて名前がついてしまったのは。

彼女は様々な人に呼ばれた。こっくりさんこっくりさんおいで下さい。彼女を呼ぶ言葉はそれだけで良かった。手軽な降霊術は瞬く間に浸透していき、世間を賑わした。

彼女は恨んだ。己を呼ぶのはあの子供だけでいいのに、何故呼ぶ?わっちは御前さん達に用は無い。

世間は震えた。手軽な降霊術、こっくりさんをした大人や子供達が意識不明の重体になったり、行方不明になったりした。こっくりさんに攫われた、呪われた。そのお陰か、彼女の力は強くなり上級霊に達しようとしていた。

 

その時だった。

 

彼を見つけたのは。

 

こっくりさんとして呼ばれるようになり幾年か過ぎていた。それは人間の寿命にして約二十年以上。彼女が恋をした子供はもう十分な大人であった。

彼女は悲しんだ。もう、あの愛らしい声は聞こえないのか。もう、あの綺麗な瞳はもう見れないのか。彼女は嘆き悲しんだ。

彼と再会したのはこっくりさんとして呼ばれた時だった。もう彼も良い年であり、会社の跡取りとして嫁を取らなくてはいけなくなっていた。だが、彼は世間で言う冴えない男性で、彼女はもっぱら女友達でさえ少なかった。そんな彼が彼女を呼び出したのは、合コンでの暇潰しの催し物の際だ。

動き出し十円玉に彼は懐かしい雰囲気を感じ取り、他の男性や女性達はギャーキャーと騒いだ。テンションが上がった女性達は彼女に質問を繰り返し、一部の男性達以外はそれを見守った。彼女は淡々と質問に答えていた。

幾つか質問を繰り返した時、一人の女性が彼にこう言ったのだ。

 

『質問、してないの貴方だけですよ?』

 

その女性は彼の想い人であった。今回の合コンで初めて会った時から惚れていた。所謂一目惚れをしていたのだ。

彼は困った。口下手である彼は少々吃りながら、別に良いと断った。彼は下手に出る人間だった。

しかし、女性はそれでは面白く無いと、私が質問すると言った。彼は首をぶんぶんと勢いよく振ったが、女性の勢いに負け、結局は了承した。してしまった。

 

『こっくりさんこっくりさん、彼の好きな人は誰ですか?』

 

嫌な質問だ。

彼女はどうしようかと迷った。彼を思うならば、いない、と答えた方が良いのだろうが、自分はこっくりさんだ。真実のみを伝え、その代償に彼らの肉体や精神を奪う。今まで奪っていなかったのは彼だけだが、それは今は関係なかった。

こっくりとなって数十年。彼女のプライドが、彼よりも勝った。

 

『あ』『な』『た』

 

彼女がそう答えた瞬間、女性は顔を徐ろに歪め、彼は悟った。自分の恋が実らないモノだと。

 

「それから、指を十円玉からはなした女の人に取りついたらしい……です」

 

一息という程ではないが、一気に話をした影山くんはぜぃぜぃと苦しそうに息を吐いている。普段、あまり喋らない影山くんがこうも話す事は珍しいが、それは同時に話し慣れていないという事になる。そんな人間が、こんな長話をするとどうなるか。答えは単純。息切れになります。

 

「そうか。その〝彼〟ってのは、此奴の旦那さんだな?」

「そ、そういうっ、こひゅっ、とになりま、ハァ、すね」

「無理すんなよ、モブ」

 

話し終えた安堵感からか、先程とは違い、途切れ途切れに言葉を返す影山くん。見た感じ大丈夫じゃなさそうなんだが。こひゅって聞こえたし。酸素マスクが必要かもしれない。

 

「御前さんに言われて話したが!別に和解しようとはわっちは思っとらん!戦いの続きと行こうかの……っ!」

 

影山くんの念動力の圧力から抜け出そうとするこっくり。別に悪い奴では無いようだが、やはり戦う気満々ならしいので、離すのは賢明な判断では無い。影山くんが圧力を加え続けているが、話し過ぎでの疲れが来ている今、弱まってきている。この好機を逃すまいとこっくりが、床に指を突き立て、脚に力を入れた。

だから、そうはさせまい、と言っているだろう?

 

「ぐっ、ぅ……っ!?」

 

突然強くなった圧力に、こっくりは肘をついた。まだ耐えているらしい。此方も彼方も満身創痍なのだから、もうやめて欲しいのだけども。

 

「こっくりさん」

 

息を整えたらしい影山くんがオレより一歩前に出て、膝を突くこっくりへと向きなおる。いつにも無く、影山くんの目が真剣だったので、オレは手を出さないでおこう。まぁ、出したとしても返り討ちに合いそうだが。

 

「あなたの事はわかりました。あんたはあんまり悪い悪霊じゃないみたいだ」

 

こっくりは黙る。

 

「だから、消さない。溶かしません」

 

こっくりは目を見開く。

 

「あんたとあの旦那さんが幸せになるためには、これがさいぜんかもしれないけど……けど、あんたは一人の人間の人生を台無しにした」

 

それはゆるされない事だよ。目を伏せる影山くん。長い切り揃えられた前髪が、目にかかって何を考えているかわからない。だが、少し顔が歪んだ気がした。

 

「だから」

 

決意は固まったようだ。やれやれと首を振る霊幻さんにオレは苦笑しながら、影山くんを見る。その整った姿勢がどこか眩しい気がした。

 

「だから、その人の分まで幸せに生きてください。それがぼくがあなたを消さない、さい底じょう件だ」

 

ぽたり、と雫がカーペットの上に染みを作った。

 

 




小三ってどこまで漢字を覚えているのか。


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第三話⑦ 霊とか相談所

 

「影山くんは、あの女性がもう人格が無いとわかっていたのか?」

 

帰り道。あの屋敷から帰るその道。オレはそう影山くんにそう問いかけていた。

オレは霊幻さんの記憶からとこっくりの様子から予想はしていたが、まさか影山くんもわかっているとは思ってなかった。

 

「うん、なんとなくだけど」

「そっか……」

 

こくりと頷き苦笑する影山くん。一目ではわからないその変化をオレはちゃんと見て理解して、オレも苦笑した。

あの後、こっくりが静かに涙を流した後、オレ達は老人の悪霊を連れて帰った。途中、騒動を給仕室から覗き込んでいた執事長が正門まで案内してくれた。臆病だが良いご老人であった。

 

「お前ら、良くやったな。たこ焼き奢ってやる」

 

前を歩いていた霊幻さんがそう言った。たこ焼き!やったぜ。最近値段が高くなってきているたこ焼き。それを奢ってくれるとなると、結構得じゃないだろうか。

同じようにたこ焼き、と呟いた影山くんだったが、急にハッとした様に霊幻さんへと声をかけた。どうしたというのだろうか。

 

「ししょう。あの悪霊はどうするんですか?」

 

ちょいちょいと指を差した方向にはあの青緑色の老人の悪霊がいた。立派な髭を携えながら、ふよふよと仕方がなさそうに付いてきている。別に此方としては消しても良いのだが、この時点での上司は霊幻さんだ。部下の影山くんは判断を仰いだのだろう。自分じゃどうすればいいのかわからないから。

 

「あ?あ、あーっ……」

 

霊幻さんは最初、怪訝しそうな視線を影山くんへと向けていたが、影山くんが指差した方向にいたあの悪霊を見て、バツが悪そうに頭を掻き悩んでいる様な顔をしていた。腕を組み、暫くじっと考え込んでいた霊幻さんだが、やがて決意した様に影山くんに言う。

 

「よし、溶かせ」

「あ、はい」

 

その言葉を聞いた影山くんは躊躇なく左手を上げる。その動作を見たあの悪霊は、仕方が無いように笑い、その小さな両手を上げた。所謂、降参のポーズだ。そんな行動をした悪霊にオレと影山くん、霊幻さんはきょとりと瞬きをした。潔いな、なんて思いながら。

 

「潔いな、もうちょっと渋るかと思ってたんだが」

『フッ、何を言う。儂の目的はもう達した。此処に留まる理由が無いのだから、潔く消えても何ら不思議は無いと思わんか?』

 

霊幻さんの言葉に悪霊はそう答える。ニヤリと意味深に笑いながらも、その眼にはどこか諦めが見えた。留まる理由が無い?本当にそうなのだろうか。

霊というモノは現世に強い未練があって留まっていられるモノ達の事だ。逆に言えば、強い未練が無ければこの世に留まっていられない。勝手に成仏する、という事だ。しかし、目の前のコイツはどうだろう?まだふよふよと漂っている。という事は、まだやり残した事があるのでは無いか。

悪霊の未練はあのこっくりを倒せなかった事だという。生前は今と比べ、人よりは強く人ならざるモノよりは弱かった。だからこそ、人ならざる霊になった時、あのこっくりを倒そうとした。しかし、こっくりもこっくりで、人に取り憑き、この人の息子を誑かした理由があった。それは、この悪霊にとって許せる理由。だからこそ、もうこの世には留まる理由がないと言った。

改めて悪霊を見る。やはり、瞳の奥に後悔の様なモノが見えた。この人はまだ、消えてはいけない。

 

「オマエ、まだ」

『何を言う、超能力者よ。儂はもうこの世に未練など---』

 

その時だった。

此処にいる誰でもない声が聞こえたのは。

 

「父さん……?」

 

オレを含めた四人共が声をした方を向く。そこには眼鏡を掛けた青年がいた。いや、男性か。

見覚えがない人だったが、此処はまだ山の中。あの屋敷の主人の敷地外ではあるが、こんなあの屋敷以外何もない山に訪れる人なんて限られてくる。となると、消去法であの男性がこっくりの旦那で、屋敷の主人だ。

 

「……やっぱり、父さんだ。その姿、除霊されかけてるんだね」

 

クルリと振り向いた悪霊の側まで寄り、その顔を確かめてから、男性はうんと頷きそう言った。悪霊の状況からそう察したらしいが、普通の人はそうは思わない。そもそも霊との接点が無いはずなのに、この人は冷静に見ていた。

 

『そ、それは』

「いいよ、わかってる。彼女が除霊業者を呼んだんでしょ?そこにいる彼らがそうだよね?」

『あ、あぁ、そうだ』

 

息子を前に吃る悪霊。その姿はクスリと笑いが込み上げてくるモノがあるが、それよりもその旦那さんの容姿に目が行ってしまう。

存在感の無さそうである様な姿。眼鏡の奥の半開きの眼。そして切り揃えられた前髪。そう、何処かの誰かさんにそっくりなのである。詳しくいうと、近くにいる一瞬ぽけっとしている様な顔をしている少年に。決して、オレの事では無い。

そそそっと霊幻さんの側により、顔を近寄せる。目線は旦那さんに、たまにチラリと影山くんを見た。

 

「……似てません?」

「あぁ、似てるな。瓜二つだ。眼鏡を外したらそのまま成長したモブの様だな」

「世界にはそっくりさんが三人いるとか言いますけど……」

「これ程とはな……」

 

本人達はハテナマークを浮かべ、首を傾げている。その姿もそっくりすぎて、思わず吹き出しそうになるが何とか堪えた。ここで吹き出してしまえば、失礼に当たる。それだけは避けたかった。

 

「えっと、貴方達が妻が呼んだ霊能力者さん達ですか?」

 

オレと霊幻さんの視線に気づいた旦那さんが、気まずそうに此方を向き、そう言ってきた。

 

「いかにも。この霊幻新隆が引き受けました」

 

霊幻さんが一歩出て、答える。一応上司の霊幻さんはこの中で代表的な存在だ。それに、彼は口が上手い。オレ達が下手に話すよりはマシだし、影山くんに任せると空気読めずにズバズバ言うので、それはダメだ。それに、オレだと、空気読めないんではなく、読まない事もあるし。

 

「……妻と父さんがご迷惑をお掛けしました」

「いえいえ、霊能力者として依頼を受けた身として当然の事をしたまでです」

 

ペコリと頭を下げた旦那さんに、霊幻さんは手を振りながら下手に出る。しかし、頭を上げる様に言われた旦那さんの表情は優れず、申し訳無さそうにしていた。そして、此方を見た瞬間にハッと息を飲んだ様な顔をして、オレに詰め寄ってきた。えっ……?

 

「あ、あの!君、その耳っ!」

「え?あ、あー。大丈夫ですよ。もう止血はしてありますし、あとは治るのを待つだけですから」

 

耳、という言葉に内心首を傾げたが、すぐに思い出した。そういや、こっくりにやられてパックリといっていたのだった。断崖絶壁ができた耳は見ていて痛々しいのだろう。旦那さんの顔が青ざめていた。

 

「本当?それなら良かったけど……それ妻がやったの?」

 

止血というのは本当だ。念動力で血を操り、これ以上出ない様にしたため、あとは瘡蓋ができて皮膚ができるのを待つだけだ。出血多量というほどでもないし、命に別状がないので、大した事ではない。

 

「えっ、はい、そうですが、まぁ避けきれなかった自分が悪いので……貴方が気に病む必要はありませんよ」

 

そう言うとまた申し訳無さそうな顔をしていた。影山くんより表情が豊かだなー、と思っていると、霊幻さんが声をかけてきた。

 

「こう言ってるので、大丈夫ですよ。ところで、ご主人」

「はい、何でしょう?」

「そこの霊。この霊幻新隆にお任せ頂ければ、すぐにでも除霊致しますが?どうしましょうか?」

 

そこ、と言いながら指差した方向は勿論、あの悪霊である。旦那さんの父親である彼は、ピクリと体全体を揺らして反応した。恐る恐るという風に旦那さんを盗み見ている。怖いのだろうか?先程までたった数分とは言え、威厳を見していたあの悪霊がこんな弱々しく実の息子を伺っている。

オレは彼の言葉を振り返る。〝女狐〟〝息子を誑かした〟という言葉。そこから分かる事は彼が自分の子供が好きだったという事。愛すべき存在であり、守る存在であった。だからこそ、あのこっくりを倒そうとしたし、今もこうして伺っている。彼はただ、子供第一の親バカだったのだ。

だとすれば、彼のこの世にある未練は〝息子を見守る〟事。こっくりが旦那さんに惚れているとわかり、手を出さないと理解したとは言え、やはり心配なのだろう。コレが親心というモノなのだろうか?大人じゃない子供なオレにはわからない事だ。

暫く考え込んだ旦那さんは、ゆるゆると首を振ってへらりと笑った。……影山くんも笑えばこんな感じなのだろうか?

 

「遠慮しておきます」

「……そうですか。今なら特別サービスで無料、と言いたい所でしたが、それなら仕方がないですね」

「すみません。やはり、死んでも父さんは父さんなので」

 

苦笑する旦那さん。

そんな旦那さんを見て笑う霊幻さん。

 

「では、また霊の相談がありましたら、霊とか相談所をご利用下さい。二回目以降の方には割引仕様がございますので」

「はい、困った時は頼らせていただきます」

 

互いが互いにペコリと挨拶をして、別れる。あの悪霊……お爺様とやらは、やはり旦那さんについて行く様だ。こっくりと喧嘩にならなきゃいいけど、それは彼次第だろう。

旦那さん達と別れたオレ達は再び並んで歩き出す。霊幻さんの左右にオレと影山くんが配置される仕様だが、当然の如く右側は影山くんであった。うん、何だかこの二人、コンビとしてはいい線行っていると、今日一日見ていて思ったしな。

そういや、あの悪霊が部屋に呼び出す時、自身の敵の霊能力者である霊幻さんだけでなく、影山くんまで呼び出したのは、彼の息子が影山くんそっくりだったからなのだろうか?それとも、彼と同じ様な雰囲気を感じ取って、コイツなら理解してくれる、と思ったのだろうか?人の考える事はやはり、教えてくれなきゃ理解は出来なさそうだ。まぁ、オレの場合触ったら終わりなんだけどな。

太陽がもうすぐ顔を隠す様な時間帯。深い蒼と綺麗な橙が複雑なコントラストを描いて、とても幻想的で綺麗だ。そんな景色を歩きながらも楽しんでいたら、一緒に歩いていた影山くんが急に止まった。振り返ると何やら少し悩んでいる様な素振りを見せていて、霊幻さんがどうした?モブ、と話しかけると顔を上げてこう言った。

 

「あの人、ぼくにすごいそっくりでした」

 

世紀の大発見の様な表情でそう言うモノだから、オレは無表情で盛大に吹き出してしまった。

 

 




いつもより倍増しでお送りしました。


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第四話① 知らない天井

ネタバレ含みますのでアニメ派の方はご注意を。


 

まさか、知らない天井だ。なんてポピュラーなネタを使う事になるとは思ってもいなかった。

目を開けると真っ白い天井が見えた。体を起こす。少しだけグラグラする脳を気持ち悪く思いながら、頭を押さえた。

ココは何処だろうか。辺りを見渡すが、最低限生活できる様な家具が一通り置いてあるだけで、他は一つの扉以外真っ白い壁しかなかった。ココが何処かわからない以上、調べるしかないのだが、ベットの下、箪笥の中、扉の向こうと調べても良く分からなかった。わかった事は、ベットの下には何もなく、箪笥の中には替えの服があり、扉の向こうは洗面所とトイレ、そして風呂があった。それ以外には扉もなく、小さな換気扇ぐらいしかない。ここから考えられる事は、オレは誘拐され、監禁されたという事。最悪だ。

 

「(何故か超能力も使えないし……さて、どうするか……)」

 

実力行使と言うのだろうか。念動力を使い壁にでも穴を開けて脱出を試みようとするが、どうしても力を使えない。力が衰えたのではなく、使えないのだ。つまり、無能力者と同じ。超能力を失ったオレはただの子供であり、無力だ。もう一度言おう、最悪だ。

超能力が使えないとなると、精神感応も瞬間移動も使えない。モノに触れて調べる事も、ココから転移して脱出する事もできない。何という不便さ。改めて超能力が凄いモノだとわかった。

ベットに座り、どうしようか悩む。脱出の算段が立てられない以上、この状況に陥らせた人物がコンタクトを持ってくる事を待つしかない。その人物と言うのは、オレが寝る前に会ったヤツだろう。眼鏡を掛けたスーツ姿。顔にある傷と手に持ったリアルな日本刀が特徴的だった。銃刀法違反で捕まればいいのに、と思いながらも、ソイツに受け答えしたのが間違いだったか。

 

『お前、名前は』

『親に知らない人には名前教えちゃいけないって言われてるので、名前は無いです』

『……一緒についてきて貰おうか』

『親に知らない人にはついて行っちゃダメって言われてるので、お断りします』

『…………可愛げの無い餓鬼め』

『親に知らない人に罵倒されたら仕返しして良いって言われてるので、おっさんこそスーツ姿で刀とかカッコ良いと思ってるの?え?厨二?厨二なの?その年で??えっ?ウ〜ケ〜る〜!』

『………………』

 

そんなやり取りをした後にオレはココにいました。解せぬ。

そんな事を悶々と考えていた時だった、何処からか声が聞こえた。ザーッという砂嵐の様な音の後の聞き覚えのある声。あの眼鏡スーツのヤツの声だ。

 

《聞こえるか、小僧》

「親に知らない人に声掛けられたら無視しろって言われてるので、聞こえて無いです」

《……………………》

 

何処から声が聞こえるのか分からない。しかし辺りを見回すと小さなスピーカーが天井近くの壁に張り付けられていた。オーディオプレイヤーの隣にあるスピーカーよりも小さい。外見も白いので、見つけるのは困難だ。

オレはそのスピーカーに近寄りながら、そう答えたのだが、相手は無言を貫く。カチャリ、という音がした。うん、向こうで鯉口を切った音を拾うとは、高性能なマイクでも使っているんだろうか。

 

《待て!桜威!気持ちはわかるが、そこは抑えろ!!》

 

どうやらあの眼鏡スーツは桜威と言うらしい。ガシャンドシンとスピーカーの向こうで何やら口論しながら暴れ回っているが、オレには知った事では無い。にしても、桜威と言うヤツといい、先程の声と良い、すげぇ良い声してんな。多分眼鏡スーツの方は普通にイケメンの部類に入るだろうから、あの顔の傷と日本刀をどうにかすればモテるんでは無いだろうか。金持ちと思われて。女性っていうのは玉の輿を常に狙ってるモンだって婆ちゃん言ってたし。

 

《おい餓鬼。これ以上桜威を怒らせるな。俺以上に厄介だぞ、こいつは》

「あー、すみません。オレってば人を煽る事が大好きで、わざと空気読めない様にしてるんですよね」

《……その性格何とかならんのか》

「あー、すみません。コレは生まれつきでして。親に聞いたんですけど、赤ん坊の頃から人を煽ってたらしいですよ。バブバブーって」

 

オレの言葉を聞いたその人は、暫く黙り込んだあと、口を開いた。

 

《すまん、桜威。お前の気持ち良くわかった。ちょっとこれ壊して良いか?》

《何を言ってるんだ、誇山。駄目に決まってるだろう?》

《お前もさっき壊そうとしてたじゃねぇか》

《それとこれとは別だ》

 

スピーカーの向こうからそんなやり取りが聞こえた。成る程、桜威と話しているヤツは誇山と言うらしい。少し荒っぽい口調なのが誇山、荒っぽく聞こえるが丁寧な口調が桜威、と。今の会話だけでその情報取れただけでも儲けモノだ。しかし、コミュ障なオレをここまで喋らすとはこの二人……やるなっ!

オレは改めてぐるりと辺りを見渡してから、もう一度超能力を使おうとする。…………やはり、使えない。と、なると、オレを攫ったあの二人はオレと同じ超能力者か、それに詳しい研究者か。まぁ、あり得る可能性が高いのはどっちも同じだが、この状況からは前者の方が高い。唯の研究者が日本刀なんて危ないモノを持つだろうか?まぁ、世の中にはいるかも知れないが……あまりいないだろう。

さて、更に情報収集しようか。

 

「それで、オレを攫った理由を教えてくれますか?」

《こいつ!》

《よせ、誇山。小僧、お前を攫った理由だがな。率直に言う……俺達の仲間にならないか》

「嫌です」

 

仲間……仲間か。となると、彼等は二人で、それとも彼等以外にも誰かがいて、そのグループへ入れという事だろう。しかし、攫うという犯罪紛いをした連中の事を誰が信じるか。オレは即答した。

 

《即答かよ》

 

誇山が呆れた様な声を出した。姿はわからないが、嫌そうな顔でもしてそうだ。

二人には悪いが、オレはまだ小学生だ。なのに犯罪紛いをする集団の誘いを受けて、受託すると思うのか。否だ。前世の記憶があるオレならば、小学生ならぬ態度でこうして冷静にしてられるが、本当の小学生なら、震え涙を浮かべながらふるふると首を振っていただろう。結局は断るって事だな。

 

《そうか……。小僧、良く聞け。その部屋は俺の力で超能力者から超能力を奪う様にしてある。 脱走しようとしても無駄だ。更に、その部屋の入り口を開くには此方の許可が必要だ。そこは俺が作った部屋、俺の許可なしでは行き来できん。理解したか?》

「オレが是と言うまで出さない、という事ですね?」

《頭の良い餓鬼で助かる》

 

この部屋の様子は監視カメラで彼方に伝わるという。トイレや風呂まで監視カメラはないが、もしも脱走でもすれば、あの桜威と言うヤツが気づくだろう。この部屋はアイツの能力そのものと言っていい。ならば、その中にある異物が無くなって気付かない方が可笑しいからな。

桜威は自分の能力に自信を持っているんだろう。だが、その能力には穴がある。話を聞いているとその穴が自然と浮かび上がってくるもんだ。オレの予想が正しければの話だが。

 

「……一つ聞いていいですか?」

《何だ》

「貴方達は何の目的がある集団なのか聞かせて貰えます?」

《……良いだろう。信用を得るには真実を言った方が良いとも言うしな》

 

桜威はこの集団……ではなく、組織である〝爪〟について話し出した。

最終的な目標は世界征服。超能力者達の集まりであり、掃き溜め。そのボスの名前は教えてはくれなかったが、顔に傷があるのはボスに挑んだ証だという。なんでもそのボスとやらは、強いヤツが上に立つのが普通だと思ってるらしく、いつでも挑戦を待っているらしい。その証があの傷。どうにも故意に残された様な傷だが、まぁオレの耳にあるようなヤツに似てるので、そういう事なのだろう。

そもそも、世界征服という子供染みた目標を笑わなかったオレを褒めて欲しい。コイツら何なんだろうか。ヒール役でもして魔王を目指しているのだろうか。世界を創り変える、とか、世界を綺麗にする、とかなら、あーコレゲームとかで見た気がする、で済ませたのに。

っとと、そんな呑気に思考してる場合じゃないと。

 

「……面白そうですね。良いですよ、貴方達の仲間になりましょう」

 

オレは無表情ながらにそう告げると、スピーカーの向こう側にいる桜威は暫く黙り、そして話し出す。

 

《そうか。良い返事が聞けて良かったよ》

 

そう言った瞬間、パシュッと音がした。音のした方を振り返ると、そこには長方形に壁がくり抜かれていて向こうの廊下が見えた。成る程、あんな所に扉があったのか。

 

《その扉をくぐって右側へ行け》

 

そう告げた桜威はもうそれ以降話しかけてこなかった。まぁ良い、好都合でもある。オレは何でもないように装って扉から出る。右か……ま、行かないんだけどな。

ニヤリと笑う。念動力で表情筋を動かしたが、それはもう力が使えるという証拠。オレはその場で瞬間移動し、建物と思われる外に出た。脱出できた。そう心の内で喜んでいたオレだが、目の前の景色を見て少しテンションが下がる。その理由とは、オレを待っていたのが、良くある住宅街の風景ではなく、緑豊かな森だったからだ。……うーん。

 

「ココ何処だ」

 

予想外も良い所。森の中とは……現在地が把握できない。仕方がない、あの獣道らしき場所を行くか。オレは逃げる為に走り出した。

 

 




私なのか俺なのかどっちだろうか。


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第四話② 知らない天井

 

 

「ダメだよ、勝手にいなくなっちゃ」

 

男なのか女なのか若いのか老いてるのかわからない声が眼前のガスマスクから発せられる。

眼を見開いた。後ろから追手が来てないか確かめてる間に目の前にいるのだから。ガスマスクも声も相まって軽く恐怖である。

 

「いつの間にッ!」

 

左手を振り降ろしそこから念動力で発した強い突風で飛ばす。軽く浮いていたガスマスクは吹っ飛んでいった。その間に転移。今できる最大限の飛距離で跳ぶ。小学校上がる前は十メートルだったコレも今じゃ百メートル。約十倍に飛距離が伸びており、一瞬で移動する為他のヤツに捕まえられる事が少ない。瞬間移動できる超能力者は今の所会ったことはないが、コレしか即座に逃げられる手段は無いので、コレに頼るしか無い。

二、三回ほど瞬間移動を繰り返した所で小さな門と舗装された道路が見えた。まだ山道だが、コレに従っていけば住宅街へ出られるはずだ。

光が見えた。それは希望がやって来たのと同時に絶望に塗り潰される瞬間。絶望という名の恐怖を与える住人は総じて人が悪い。だからこそ、彼女、いや彼?が嫌なタイミングで現れたのだとオレは後でそう思った。

 

「ハイ、残念」

「ぐっ、うっ……!?」

 

急に重くなる足に取られ、手をついた所で圧力がかけられた。いや、重力が増したというのだろうか?自分の手足の部分の地面だけが凹んでいる。念動力で必死に対抗するが、力は相手が上。抜け出すには力勝負ではなく技の方が良さそうだ。瞬間移動し、ガスマスクの斜め上に跳ぶ。周囲の重そうな石を自分の周りに出現させ、それを念動力でガスマスクに向けて放つ。しかしその刹那に、石達は粉々に砕け散り、何か黒い球体へと吸い込まれて行った。なんだ……アレ。

 

「瞬間移動に念動力。君は優秀だね。ますます取り逃がすのが惜しくなる」

 

球体は周囲の石や木を取り込み砕く。いや、アレは塵にしている方が正しいか。ブラックホール。宇宙の神秘の名がオレの脳内を掠った。

 

「だからさ……殺しちゃうね」

 

---ゾワッ!

 

自身の背中に寒気が走った。手足が言うことを聞かなくなり、カタカタと震える。口の中では歯を打ち付ける音が反響していた。そんな状態の中で、宙に浮き続ける程の念動力を使えている事が奇跡に思える。

オレをこんな風にしているこの威圧は何なんだろうか。いや、わかっている。わかっているが、理解したくない。矛盾を起こさせるソレは、〝殺気〟だ。ドス黒い殺気。

こっくりさんに向けられていたのは殺気ではない、敵意だった。あの悪霊の老人も殺気を直接オレ達ではなくこっくりに向けていた為、そんなに感じなかったのだが……前世では感じなかったコレ。今世で人の感情に少しばかり敏感になったからか、コレはオレにとって未知の恐怖。いや、本能的な恐怖か。

ゆっくりと、ゆっくりと黒い手袋に覆われた手が近づいてくる。そのままあの球体を近づけさせるのではなく、掌にそれを発生させ苦しませる事もなく死なせるなんて、なんて優しんだろうとでも思ったかクソ野郎が!第二の人生、ココで死ぬわけにはいかねェんだよ!!

しかし、敵わぬのは明白。ならば、せめて。オレは震える手足に鞭を打ち、無理やり動かさせた。

 

「せめて、せめて!死ぬぐらいなら!!テメェも道連れにしてやるッ……!!!」

「ッ!?」

 

思い切り念動力を使い、相手の首を絞める。念動力でできた見えない手が相手の首を絞め、その首にはクッキリと手形が付いていた。不気味だと思うと同時に、愉快に思う。ガスマスクの奥にある、その余裕な顔を崩せていると自信があるからだ。

 

「あはっ、あはハはハハハッ!!!しネッ!!」

「ぐっ、ふ」

 

その時、何処からかため息が聞こえ、そしてオレは。

 

「支部長ともあろう方が殺られそうになっているとはな」

 

意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない天井だ。

本日二回目だと思われる知らない天井……ではなく、脱出しようとする前にいた白い部屋だった。しっかし、またしても超能力使えないし、手首が痛いし、頭も痛い。

頭に関しては、気絶する前にオレは窮地を脱する為、自分で自分自身を騙していたからだと思われる。精神感応は洗脳に近いモノができるからな。ソレを自分にかけた時点で可笑しくなる事は明白だったが、まさか狂人みたいになるとは。いや、自分に洗脳をかけるヤツは狂人だと思うけどな。人を殺しかけておいて、アハハと笑ってるヤツの何処が狂人じゃないというのだろうか。殺人鬼にでもなるつもりか、オレは。とにかく、色々危なかった気がする。

手首に関しては、動かすたびにジャラリと鳴る手錠の所為かと。まぁ、コレは手錠じゃなくて手枷だけどな。何処で手に入れたんだか。結構重いんですけども。あと、ついでに脚にもついてるわ、枷。オレは何処ぞの囚人かっての。でも、日常生活に関しては少し邪魔になるだけで、支障はきたす事は無さそうだ。多分だが。

 

《おはよう。小僧》

「あっ、桜威さん。おはようございます。見た目に違わず挨拶とかしない方だと思ってたんですけど、ちゃんとするんですね」

《……今のは褒め言葉だと受け取っておこう》

 

褒め言葉ですよ。

ベットから起き上がり、部屋内を彷徨く。やはり、何も変わっていない様だ。唯一変わっているとすれば、オレの状態だけ。ジャラジャラと鳴る枷は煩いが、慣れればそうでも無さそうだ。

この部屋の出口があるはずの部分へと近寄る。ペタペタと触ってみるが、凹凸も無く反応する事もない。うむ、やはり桜威さんの同意がなきゃダメか。

 

《やぁ、少年。先程はよくもやってくれたね》

 

脱走中、オレを追い詰めたガスマスクらしき声が聞こえた。あの時はわからなかったが、変声機を使っているのか……成る程コレは彼なのか彼女なのかわからないな。背も小さかったし……オレぐらいだったし。

 

《私を追い詰めたのはボス以来だよ、全く》

 

やれやれ、という様に言うガスマスク。ボスねぇ……思ったよりも組織化されてる様だ。コレは厄介だな。そもそも、この広い建物を有している事からも金銭的余裕もある様だし。それに抗った方がバカと言うモノかねぇ。

 

《君は桜威が連れてきた超能力者だからね。殺すのは止めとくよ……痛いしっぺ返しも食らったし》

「賢明な判断だと思いますよ」

《君って、ちょくちょく人を煽るのが趣味なのかな?殺してもいい?》

「うーん、ココで殺したら赤い血で芸術的なアートができてしまうんで遠慮して頂くとありがたいですね」

《そうだね。掃除が面倒そうだし、そもそもそこじゃぁ、私も能力使えないから、安心して良いよ》

 

いや、どういう安心。でも、良い情報は手に入った。どうやら、この部屋は無差別に超能力者から超能力を奪う様だ。予想だが細かい設定ができないのだろう。〝超能力が使えない〟という事だけを設定しているのかもしれない。だとすれば、ココに入った者は全員、ただの人間へと成り下がる。それはオレも敵も例外ではない。そういう点では安心、なのかね。

 

《そうそう、自己紹介がまだだったね。私は遺志黒。ここ第七支部の支部長を務めている》

 

あ、支部長さんでしたか…………え、支部長?しかも、第七支部とか言ったな、ガスマスクの野郎。遺志黒だったか。この単語から予想されるに、本部があり、最低でも七つに支部が分かれている。支部ごとの人数はわからないが、この短時間で超能力者に出会った数が三人。うち一人はまだ直接は見ていないが、超能力者で間違いないだろう。うわ、組織化されていると思っていたが、結構デカイ組織らしい。うん、ヤバイのに目をつけられましたね。詰んだかな。

その遺志黒が言うには、オレが完全に組織の仲間になるまで帰さないという。基本的にココで生活し、呼び出しの時はあの消える扉を開くらしい。

 

《あと、さっきみたいに部屋から出た瞬間テレポート!……なんてできないからね》

 

この手足についている枷はこの部屋と同じ様な役割をしており、超能力が使えないので逃げるのは無駄らしい。詰んだかな。

 

 




桜威さんのスプレー欲しい。シュッシュ。


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第五話 日向湊という子供

 

 

「日向が行方不明?」

「はい。昨日の晩から帰ってきてないらしくって……師匠、何か知りませんか?」

 

ここ、霊とか相談所で寛ぐ二人の人物がいた。一人はここの所長であり、自称霊能力者である霊幻新隆。もう一人はその助手兼バイトの小学四年生、影山茂夫。彼らは霊幻が買ってきた十六個入りのたこ焼きを頬張りながら、話をする。話の内容は、茂夫の数少ない友人の一人である日向湊の事についてだ。

日向湊とは、茂夫より一つ年下の男児の事である。子供らしからぬ言動をし、周りが茂夫の事をモブと呼ぶ中、唯一影山くんと呼ぶ人物。茂夫は常々その呼び方が一線を引いている様であまり好きでないのだが、此方も日向くんなどという呼び方をしている時点でおあいこだろう。

湊が行方不明だと聞いたのは、同じクラスにいる湊の姉、日向美久の言葉からだった。放課後、一学年下の児童が茂夫のクラスに湊のプリントを届けに来た事が始まり。美久がそのプリントを受け取った所を見ていた茂夫は、美久に湊は休みなのかを聞いた。そしてその答えが、行方不明。

今にも泣きそうな顔をしていた美久を見て、何も思わなかった茂夫ではない。そもそも、女の泣き顔を見て何も思わない男なんぞ、男ではないと言って過言ではないだろうか。涙は女の武器とは、良く言ったモノだ。

それに茂夫は基本的にお人好しだ。自分から相手にわざと傷つく事を言う事はないし、相手が自分を嫌っていたからって嫌いになる事はあまりない。そんな茂夫だからこそ、友人の姉、そして同級生でありクラスメイトの美久が困っていて何もしないなんて選択肢は無い。自分には相手を慰める程の話術も無い。ならば、弟の安否だけでも確認せねば。そう思い、起こした行動が霊幻に聞くという事だった。本末転倒な気もするが、実際はそうでも無さそうだ。

 

「俺は何も知らんが……。モブ、日向が行方不明って判明したのはいつだ?」

「今日です。日向くんの家に行ったんですけど、そこのお母さんが丁度電話に対応してて、流れで」

「成る程、その電話先は警察だな?」

「そうだけど……って師匠、何かわかったんですか?」

 

これだけで?と聞く茂夫の言葉に霊幻は緩く首を振った。まだわかってないらしい。

 

「お前、昨日日向と会ったか?」

「え、あっはい。僕、日向くんといつも一緒に帰ってるんですよ。道が途中まで一緒なので」

「ほぅ、そうなのか。ん?お前の弟と日向の姉は一緒じゃ無いのか?」

「はい。律と日向さんはいつも友達と帰ってるから」

「…………因みに、その友達とやら……弟は女だらけで日向姉は男だらけじゃなかったか?」

「うーん、一人二人は同性がいた様な気も……けど、師匠良くわかりましたね」

「……モブ、強く生きろよ」

「え?何でですか?」

 

霊幻の的外れだと思われる質問に茂夫は首を傾げる。霊幻はそんな茂夫にため息を吐き、やれやれと憐れむ。本人はどうやらわかっていないらしい。しかし、無自覚天然&鈍感である茂夫に理解しろという方が酷に思えた。

 

「つまり、日向が行方不明になったのは、モブと離れてから晩までの間……か」

 

昨日の夕方。特に依頼予約が無かった霊とか相談所。依頼が無ければあまり来ない湊の事なので、必ず来てくれる茂夫もいる事で霊幻自身もたいして気にして無かった。そのまま家に帰ったのだろうと思っていた。勿論、茂夫もそう思っていただろう。しかし、現実は行方不明という不穏な四文字。

 

「心配か?モブ」

「えぇ、まぁ少し」

「おま、少しって……お前」

 

友人が行方不明だというのに、少しの心配だけで済ます茂夫に霊幻は肩を落とした。手元に持ってきていたたこ焼きを頬張った。少し冷めている。

 

「お前、日向の友達だろ?」

「僕はそう思ってますけど……日向くんはどうだろう?」

「そこは自信持ってはいって言えよ」

 

とにかく、と続ける。

 

「お前が日向をあまり心配じゃ無いのは何故だ?」

「えっ?」

 

茂夫は考えた。

茂夫自身、別に湊の事を心配じゃないわけでは無い。今だって大丈夫だろうか?と湊の身を案じているのだから、心配していると道理だ。それに、美久の気の落ちようを見れば誰だって心配すると、茂夫は思う。

ただ、何故だろう?湊はふらっといつの間にか帰ってくるんじゃないか、と思ってしまうのだ。そう、霊幻に伝えると、彼は茂夫に向かって怪訝そうな顔をしていたが、やがて納得した様な表情になる。

 

「モブの言い分はわかった。俺も頭の片隅で同じ様な事を思っていたからな」

「師匠も?」

「あぁ。良くも悪くもあいつはふらりと現れる奴だからな……全く能力も相まってぬらひょんかって思うぐらいだ」

 

吐き捨てる様に湊をそう評価する霊幻。茂夫は霊幻の言った言葉の中に知らない単語が混じっている事で首を傾げた。肘をついてふぅと息を吐いていた霊幻はそんな茂夫に気づいて、どうした?と声をかける。

 

「あ、いや……ぬらりひょんって何だろうなって……」

 

訊かれると思っていなかったのか、ピクリと体を小さく動かしたあと、おずおずといった様に訊き返して来た。

それを見た霊幻はあぁ成る程と理解する。彼は知らないのだ。ぬらりひょんを。友人が少ない茂夫が世間に疎いのは知っている事だが、それ以前にぬらりひょんはポピュラーなモノでもないので、小学生が知っている事は少ない。だか、今時小学生がぬらりひょんを知っていると言ったら、それはそれで可笑しいと思うが、今さっきまで話題の中心人物だった者は無表情で知っていると言いそうだ。それを思い浮かべた霊幻は苦笑する。

 

「ぬらりひょんってのはな、いつの間にか人の家に上がり込み、タダ飯をしてどっかへ行く妖怪の事だ。のらりくらりとしているから、ぬらりひょんと呼ばれてるそうだ」

「あぁ、それなら、日向くんにぴったりですね」

「何でだ?」

 

霊幻の説明を受けた茂夫はやっと理解した、という様に顔をパァアと輝かせる。それと同時に自分より会う回数が少ない霊幻が湊の性格を把握している事を凄い、と更に霊幻を尊敬した。

一方、霊幻は茂夫の言葉に疑問を浮かべた。確かに自分がぬらりひょんと評したが、茂夫が確信するほどだろうか?そう軽い気持ちから訊き返したのだが……。

 

「だって、日向くん。たまに僕の部屋にテレポートして来るんですよ?何でここに?って聞いたら決まって「暇だから」って。暇だから人の部屋にテレポートとか無いでしょ。不法侵入だって言っても聞かないし。ねぇ、師匠、この場合どっちが悪いと思いますか?」

「……日向の方だな」

「ですよね。日向くんいつも「オレは悪くない」って言うし。良かった、アンタにまで僕が悪いと言われたらどうしようかと」

「お、おう……」

 

普段あまり自分から話さない茂夫から怒濤の如く、言葉が吐き出され、引き気味に霊幻は答える。感情が表に出ている茂夫は貴重なはずなのだが、これは少し彼らしく無い。霊幻は口角を引き吊りながら、今はいない湊を心配した。行方不明の事で、ではなくただ単に身の安全を。このまま茂夫をからかい続けたら、いつか痛いしっぺ返しを食らいそうだ。程々にしておけ、と霊幻は心の内で湊に忠告をする。本人には聞こえないが、それはそれだ。

 

「まぁ、お前の言う通りふらりと帰ってくるだろう。俺達は日向を待つだけだ」

「何もしないんですね」

「そうだな。俺は霊専門だ。行方不明者なんて探す仕事でも柄でもない。こういうのは警察に任せるべきだな」

「……でも」

 

俯く茂夫に霊幻は怪訝な顔をする。どうしたというのか。先程といい、今といい、今日の茂夫は少し可笑しい。ソファの背凭れに腕を置いて、目線だけ茂夫に寄越す。態度がでかそうだが、実際茂夫の上司なのだから許容範囲だろう。

 

「どうした?モブ。今日は変だぞ」

「そう……ですか……?」

「あぁ。いつにも増して感情が表に出てる」

「……?」

 

霊幻の言葉を聞いた茂夫はむにむにと自分の頬を触る。柔らかな頬が形を変え、笑顔を作ったり、悲しそうな顔をしたかと思えば、変顔になったり。口元だけが動いているからか、全体的に見ればそんなに表情が豊かには見えないが、不思議そうな色をした瞳が少しだけ、彼の無表情さを無くしていた。

 

「可笑しな顔をするなぁ、モブ。日向はお前に結構、影響を与えているみたいだな」

「え?」

「気づいてないのか?お前、話すの大抵はお前の好きな何とかちゃんと日向の事ぐらいだぞ」

「ツボミちゃんです。……でも、そうか……知らなかった」

「ま、お前ら殆ど一緒だもんな。影響受けるってもんか」

 

同じバイト先だからか、それとも家の方向が同じだからか、友人が少ない同士二人で帰る事が多くなっていた。それぞれ、弟や姉と帰ればいいのに、肝心の本人達は遠慮して一人で帰ろうとする。そこで偶々会うのが、茂夫と湊だった。別に時間を合わせたわけでもない。終わりのホームルームが終わって掃除当番でもなければ、すぐ帰る癖が二人には合った。きっとその所為だろうと思っていた。

けれど、いつの間にか下駄箱付近で待つ様になり、一緒に帰る事が当たり前に。登校時間は流石にあまり被らないが、下校だけが違うのだから、面白い。

つまりだ。一緒に下校している二人。そして同じバイト先。必然的に一緒にいる事になるのだから、そりゃ師匠にそう思われるだろうな、と茂夫は思った。

 

「それは……否定しませんけど」

「(否定しないのか……)」

「……今日、日向くんと一緒に帰らなかったのが少し変な気分だったのは……確かです」

 

その言葉に霊幻は眼を見開き、そしてふっと笑う。それはいつもの自信ありげな笑みではない、慈愛を持った笑みだった。独身だからか、子供を持った親というものはこういうものなのだろうか。霊幻は少しだけ想像してみたが、やはり自分には似合わなさそうだ。軽く苦笑する。

世間を飛んでいた渡り鳥は今、流れる水が奏でる音によって成長している一本の木の側に近寄る。不思議そうに眺めていた鳥はやがて、居心地が良さそうに眼を細めた。それを意味するのは果たして、何なのだろうか。

 

「日向くん、早く帰ってこないかな」

 

水が無くなった今、しおしおと萎れる木からポツリと言葉が呟かれた。それは静かになった事務所へと反響し、その小さな音を拾うのは、向かい側にいる鳥だけ。

静かなのに騒がしい彼がいないだけで、ここはこんなに広かっただろうか。偶にしかいないというのに、そこにいる事が当たり前になっていた。

 

「そうだな」

 

残っていたたこ焼きはもう冷めきっていた。

 

 




たこ焼き食べたい。


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第六話 掃除係

 

 

あの日誘拐された日から一週間。オレは掃除係として支部内の掃除をしていた。

オレは今、ジャラジャラと五月蝿い枷という名の防具を両手両足に装備しながら、モップという名の武器を手に持ち、床と格闘している。くそっ、ココの汚れ取れん!

地味に重い枷達は筋トレにはもってこいかもしれないが、今はもう重さに慣れたのであまり意味はなさそうだ。その代わり筋肉痛が毎日来るんだけどな。

あの白い部屋は寝る時にしか行かない。風呂や歯磨きはちゃんとするが、夜と朝以外出入りする事はない。そもそもあそこは桜威さんの許可無しでは開かないので、自分で戻ったりできない。なんて不便な。

因みに、ココへ来て二日目に洗脳というかもの凄く顎が長い人に幻覚を見せられたんだが、リアリティが凄くて感動した。霧藤という名前のその人は、オレに身近な人、姉や影山くん、あと霊幻さんが殺された映像を見せてきた。アレはヤベェな。同じ精神干渉系の超能力者だからか、幻覚だと一発で分かったのだが、そのクオリティがクッソ高いのなんの。オレもアレできないかどうか、今は師事させて貰っている所だ。といっても、この枷の所為で実戦はできないので、論理は習ったのでいつか試してみたいと思う。誰に向けてだって?勿論、霧藤さんにだよ。

 

「よ、新入り。掃除捗ってるか?」

 

自分の身体にフィットしているロゴ入りの糞ダサい黒い服を着た男達がニヤニヤと笑いながらこちらへ向かってくる。幹部ではない、平団員達だ。超能力は勿論ない無能力者達である。

オレは掃除の手を止めず、チラリとその姿を確認してからまた床の染みへと視線を戻す。しっかし、全然取れないな、コレ。

 

「おいおーい、無視かよ」

「ナチュラルだからっておれら嘗め過ぎじゃね?」

「おれ達一応おまえの教育係なんだけどなー?」

 

次早に交代交代で言葉を紡いでいく五月蝿いハエ共。いつもの事なので無視をする。

因みにナチュラルとは、天然の超能力者の事だ。人工的に創り出された超能力者とは違う、天然モノ。必然的にナチュラルの方が力が強いが、数で押されては敵わない事もある。オレはナチュラル、コイツらなんぞ取るに足らん相手だが、いかんせんこの枷達の所為で身体能力は彼らの方が上。だから。

 

「無視すんなって言ってんだろッ!」

 

こうして殴られる事も必然なのだ。

左頬にクリーンヒットした拳は、仰け反り倒れたオレによって行き場を失い元の位置に戻る。倒れる直前に見た拳は少し赤くなっていたが、痛くないのだろうか。

 

「ギャハハハハ!無視するからだ!」

「うわっ、おまえよーしゃねーな」

「こいつの頬腫れてんぞ」

「良いんだよ!おれたちゃ、こいつの教育係なんだからよ!」

「「それもそうか!」」

 

何が面白いのか笑いあう三人は、汚い顔も相まって更に汚く見えた。オレより、前世のオレよりずっと年上の良い歳した大人がオレを殴って喜んでいる。間違いなく社会のゴミだった。

三人でオレを殴ったり、蹴ったりしていたソイツらは最後に鳩尾に一発蹴りを入れる。ごふっと息が漏れた。

 

「じゃぁな、新入り」

「精々頑張れよー」

「だからおまえらよーしゃなさ過ぎだろ」

「「そりゃおまえもだよ」」

「それもそうか!」

 

先程と同じく笑い合って去っていく三人衆。白く続く廊下の角を曲がった所で、ソイツらの姿や声が聞こえなくなっていく。

行ったか。

一番ダメージが大きい鳩尾を摩りながら、オレは座り込む。ふーぅ、と息を吐いて整えた。

超能力者と無能力者、この差には埋められない程の差があるが、それ以前に人には差がある。それは天才か馬鹿か、それは強いか弱いか、そして大人か子供か。大人と子供には差が必然的にできる。他は努力の成果によって差は縮まるが、コレだけはどうにもいかない。大人と子供には体格差があり、体重差がある。

体格があり体重がある大人、それだけで戦闘や喧嘩では有利に立てるし、強い。だが、その相手が細くガリガリな子供だとすれば?答えは必然。子供が負ける。そもそも縦で負けているのに、横や重さでも負ける。子供という時点で圧倒的不利なステータスなのだ。

それを埋めるのが超能力と言いたいところだが、生憎オレはこの枷によって超能力者ではなく無能力者に成り下がっている。同じ土俵から引きずり落とされたのと道理だ。

 

「大丈夫か?」

 

ふと、声をかけられた。

低く低音な声は一回で大人と判るモノで、見上げなくても狭い視野の中で見えた革靴が誰か示していた。ここで黒い革靴を履くのは一人しかいない。オレを誘拐してきた桜威さんだ。

 

「あっれー、桜威さんだ。幹部は集会じゃありませんでした?」

「先程終わったところだ。それより、大丈夫か?」

「オレを誘拐して来た人が何を言う。大丈夫ですよ、慣れましたし」

「そうか」

 

それだけ言って立ち去ろうとする桜威さん。どうやら、集会から帰りにオレに出くわしたらしい。なんともまぁ、タイミングの悪い。

桜威さんが玩具だと言っていた日本刀を握り直し、革靴の底を鳴らす。カツカツと小刻みに良い音が流れていたが、五回ほど鳴った所で止まった。ふと、顔を上げる。

 

「支部長が呼んでいた」

 

おや、支部長殿が。

どういうわけかガスマスクさんに呼ばれたようだ。コレは大急ぎでこの床の染みを取って、向かわなければ。あの人多少の自由を許してくれるけど、少し厳しい所があるしな。オレの場合、殺しかけた事が起因してるかと。

痛む頬を押さえながら立ち上がり、倒れているモップを手にする。さて、掃除再開だ。

ちょっと待っててくださいよ、遺志黒さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い」

「床の染みと格闘してました」

 

腕を組み仁王立ちをしている遺志黒さんに言い訳をする。オレの言葉を聞いたガスマスクは徐ろにはぁとため息をついた。

 

「君が掃除係で助かるよ。どうにも男だらけのこの支部だから、掃除を怠るんだよね」

「ちょっと男子〜状態ですね、わかります」

「言い得て妙だから、否定できないよ」

 

と言ってもオレも男子なのだが。

学校では遊んだりせず普通に掃除するタイプ。一部のやんちゃな男子共にはクソ真面目と称されているが、授業中のオレの態度を見て欲しい。毎時間寝てるから。因みに女子が男子に注意する時決まって、ほら!日向君だって真面目にしてるんだから!あんた達もやりなさい!である。さすがカーストナンバーワンの女子。名前は知らないが、女子全体を仕切ってるヤツの言うことは違う。アイツが睨めば、その場にいる女子がそうだ!そうだ!と賛同してくるので、男子達は渋々従うしかないのだ。オレのクラスでいじめが無いのは、単にあの女子のお陰だ。典型的なお嬢様タイプじゃなくて良かったよ、本当。

 

「それで、オレを呼び出した理由は何です?脱走なんてもうしませんよ?」

「君の場合、残念ながらそれは信用できないんだよね。ってそんな理由じゃなくてね」

 

ガスマスクの奥で何かがニヤリと笑った気がした。ゴクリ、と無意識に唾を飲んだ。

 

「君を本部に連れて行く」

「は?」

 

数分間たっぷりと間を取ったわけでは無いが、それぐらいにはその言葉を理解するに時間がかかった。

理解はしていた。本部というモノがあるのならば、いつか連れて行かれるだろうなぁ、とも思っていた。しかし今とはな。誘拐されてから一週間が過ぎている。幾ら何でも遅すぎないか?

因みに一週間この施設に入るが、外ではオレは行方不明になってるらしい。一週間探して見つからないので、警察はもう諦めモードだとこの前笑いながら誇山さんが言っていた。確かに一週間も見つからなかったらもう亡くなったと考えた方が良いだろう。オレはこうして生きているが、日本には数多くの行方不明や誘拐事件があり、その大半が帰ってこず亡くなっている。ならば、警察が諦めモードに入るのは仕方がない事だろうな。

 

「一年に一回ね、本部に支部長が集合する時があるんだよ。その時に攫ってきた子供や勧誘した人を連れて行く決まりがある。だから」

「オレを連れて行くと」

「うん、そういう事」

 

こくりと頷くガスマスク。物分りが良くて助かるよ、と言った遺志黒さんはトテトテと歩き出す。どこへ行くのだろうか。こっちこっちと手招きされたので、ついて行く事にした。

扉を潜り抜け、四角い部屋。黒い家具などで統一されたその場所は霊とか相談所の事務所に似ていた。デスクワークでもするんだろうか。世界征服という目標の組織は大体がノープランで、力任せだと思ってたんだが、これは偏見かな。

近くにあったクローゼットに近寄り、中を漁る遺志黒さん。何をしているんだろう。こてりと首を傾げる。

 

「はい、これ。いつまでもその格好じゃ駄目でしょ?ちょっと臭うしね」

 

差し出してきたのは黒いパーカーとジーパン。見た感じオレにぴったりのサイズだろう。腕を上げて、その服一式を受け取る。ペラリと上にあるパーカーを捲ると、下着であるトランクスが挟まっていた。当然黒だ。黒尽くしで口角が引き攣りそうである。表情筋が死んでいるのでそんな事にはならないが。

 

「遺志黒さんの?」

「まぁね。あ、トランクスはちゃんと新品だよ。安心して」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

受け取った事を確認した遺志黒さんは、今度は違う場所へと向かう。多分、オレを引き連れるのは準備の為だろう。支部長直々なんて恐れ多いんだが、まぁこの人はよっぽどの事がない限り能力を発動させないから良いんだけど。本人が言っていた事だが、あの重力の塊、ブラックホールを発動させると小さいモノで周辺の壁まで少し巻き込むらしいから、あまりしないんだと。じゃぁオレの時は何だったのか、と聞いたら、あの時は本気で殺そうとしたらしい。殺す事に躊躇しないのは、さすが怪しい集団の支部長と言ったところか。

次の部屋は幹部達が収集された時や集会の時に集まる長テーブルがある部屋だ。薄暗く青い光で灯されているこの部屋は、とても雰囲気がある。

その長テーブルの上座、遺志黒さんが座る所の机の上に何かが乗っていた。暗くて少しわからないが、丸い輪っかの様なモノだとわかる。ガスマスクはそれを手にして、此方に戻ってきた。

 

「これはチョーカー。君用だよ」

「……オレ用?」

 

どういう事だろうか。

 

「君はいつ何しでかすかわからないからね。ちょっと行動を制限させてもらっている。今は超能力を無くすという形でね」

 

そこまで聞いて遺志黒さんが言いたい事がわかった。ほんの、ほんの小さく眼を見開いたオレはまじまじとチョーカーを見つめた。クスクスとガスマスクの奥で笑う声が響く。

 

「この銀の飾り、凄い凝ってるよね。ここまでいらなかったんだけど」

 

チョーカーの前部分であろう場所には丸い銀の飾りがある。裏返してみれば、この組織爪のロゴが入っていた。確かにいらない装飾だ。

 

「これをつけて、拒否権はないよ」

 

片手に重力玉発生させて言うことかな?遺志黒さんよぉ。

オレは大人しくそのチョーカーを受け取り、首に付ける。首が締め付けられる感じがして少し苦手だが、いつか慣れる事を願おう。位置を調節して、首下に銀の飾りの感触があれば完璧だ。つけ終わったオレは意志黒さんの方へ向く。彼はクスクスと笑っていた。

 

「付けたね?」

 

首を傾げる。

 

「それは桜威の特別製でね。製作者が許可した者以外はチョーカーは外せないし、それを付けている限り私達に危害を加える事ができなくなる」

 

無駄に高性能だった。

桜威さんが許可した者以外外せないはまだ良いとして、危害を加える事ができないというのはどういう事だろうか。

 

「わからないって雰囲気を感じるよ。いいよ、攻撃してきて。百聞は一見に如かずってね」

 

遺志黒さんが桜威、と小さなインカムに向けて話すと、ガシャン!と大きな音を立てて手首から枷が外れた。足の上に当たらなくて良かったとホッとしていると、今度は足枷が外れた。手首を摩り感触を確かめる。赤く跡がついてしまっているがいつか治るだろう。脚もぷらぷらと振り、違和感がない事を確認する。

さて、遺志黒さんは攻撃して良いと言った。これはチャンスだ。ここから出られるチャンスである。

グッ、パーと腕や手の動作確認をしていたオレは目の前の余裕そうなガスマスクを睨みつけた。

 

 




主人公は自称コミュニケーション障害。


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第七話① 本部

 

 

日本の何処かにある本部。念の為と眠らされたオレは車に乗りあれよあれよの内にそこに辿り着いていた。

廊下、支部より広いこの廊下ですれ違う人々はジロジロと此方を見てきた。本部の平団員達だろう。しかし、支部の平団員と違うのは一人一人が超能力者だという事。一人では弱いが十人ぐらいになればビル一つは動かせるというのだから、驚きだ。オレより強い。ならば、眼を合わせない事が最適な対応だろう。目の前を歩く遺志黒さんにひたすらについて行く。

 

「大丈夫だよ」

 

オレの心を読んだかの様に遺志黒さんが話しかけてきた。

 

「支部長である私がいるんだから何もしてこないよ」

 

この人は一瞬にして人を殺す力がある。滲ませているこの気配はそれを証明していた。ジロジロ見るのは遺志黒さんから発せられる気配、プレッシャーに何事かと振り返り、支部長である遺志黒さんが団員服も着ていないオレを連れている事に疑問を持っているからか、よくはわからない。

何分か歩いた後、大きな自動扉の前に辿り着く。臆する事も無くスタスタと進む支部長には色んな意味で憧れるが、その人柄に憧れてるわけではないのを言っておく。

 

「ごめん、遅くなったね」

 

そう言うのは最早決まり事。遺志黒さんが着いてからの一言目の殆どがこの台詞で、皆が皆それに返すことは無いとこの前槌屋さんが言っていた。基本的にいい大人で、何で世界征服を狙う組織に入ってるのかわからなかった人だが、何と無く雰囲気が馴染んでいたから、それ相応の理由があるのだろう。

基本的にいい人ってのは、槌屋さんはオレに対して弟の様な振る舞いをしてくるからだ。無飼とも仲が良いので、あの子の事も妹の様に思っているのだろう。因みに無飼を何故呼び捨てなのかと言うと、自分より多分、年下だからである。年上にはさん付けだが、年下や同い年にはあまりしないのがオレである。まぁ、上に向けての敬語口調は崩れる事はあるが。

遺志黒さんは返事を待たずに七番目だと思われる席に腰掛ける。返事を待たずに、なんて言ったが、誰もこちらを見ていなかった。個性豊かなその人達は他の支部の支部長さん達なのだろう。まぁ、遺志黒さん程個性的では無いが。ガスマスクは例外だという事か。

遺志黒さんが座った背後に立って、辺りを見渡す。支部長さん達以外にポツポツと子供が支部長達の背後に立っていた。怯えた表情をしている彼ら彼女らは多分攫われてきた子達なのだろう。ヒラヒラと手を振ると皆が此方に気づいて安心した様に笑って振り返してくれた。その後オレは支部長さん達に睨まれていたが、別に怖くはなかった。

あの子供達が安心した理由はオレが彼らより年下だからだろうか。自分よりか弱そうな子がいれば安心するのも道理という事かな。よくよく見ればオレが落ち着いている事に疑問を持つはずなのに……それだけ恐怖で縛られているとわかる。

 

「待たせたな」

 

低い低音の良く通る声がこの室内へ響く。コツコツと革靴の音が鳴ったと思えば、一人の男が入ってきた。枝分かれした眉に整えられた短い髪。スーツを着たその姿は何処かの社長の様に見える。大きな野望を持っている危ない目を彼はしていた。

ボス!ボス!と歓喜の声が上がる。声自体は小さいが、その声からは嬉しさと憧れが滲み出ていた。確かにカリスマ性がヤバそうな人物である。そもそもこんな組織を率いている時点でそれは分かる事だ。

ボスと呼ばれたその男の背後に五人の男達が並んだ。縦に設置させられた長テーブルに座る支部長達と違い、横に設置している長テーブルに座る。ボスの両隣にいる事から支部長よりも偉い人物だとわかる。幹部のそのまた上。多分一人一人ここにいる支部長達よりも強いんだろう。

ボスさんは椅子に座ると集まってくれた事の感謝とその苦労を労った。表情があまり変わらない事から、心の底からそうは思っていないのだろう。無表情のオレが言うのもなんだけど。

 

「さて、今回の成果を報告して貰おうか」

 

その時一人の人物が立ち上がる。長髪の黒髪のおっさんである。この人も強いのかな。見た目なら三下も十分だ。だが、見た目より中身だと言うからな。玉城と呼ばれたそいつは背後にいる自分を指す。

同じく黒髪の青年は顔を引き締めている様に見えるが、冷や汗が流れていた。この空気にあるプレッシャーに耐えかねているのか、少し震えていた。攫ってきたわけでは無い様だ。多分受験に失敗して人生や世の中を恨んでる所を爪に勧誘されたと。結構良い推理では無いだろうか。

次に立ち上がったのは第二支部長の古館という人はガリ勉という印象が強い。瓶底メガネに出っ歯って……出っ歯って…………。彼は攫って来た子供の様だ。小さなその子はプルプルと震えていた。小さな少女だった。あの瓶底メガネがあんな可憐な少女を攫ってくるとなると薄い本でも作る様な展開が起きそうだ。つまり、事案。お巡りさーん、こっちでーす!

第三支部長の海老原という者は一人団員服を着た男を連れていた。筋肉隆々という表現が強いその人はサングラスを掛けいたが、その奥にあるつぶらな瞳が印象を裏返していた。なんだアレ。

第四支部長のひょっとこ……じゃなくて、柳川と名乗った男は誰も連れていなかった。

第五支部長の榊原は、双子の兄妹を連れていた。二人で手を繋ぎあって目を瞑って耐えるその姿は愛らしいが、高校生だと思われるその身長でその行動は一部の者から反感を買いそうだと思われる。

第六支部長の五十嵐。お多福な頬が特徴的なその人は中学生ぐらいの子供を連れていた。手枷も何もしていないが、逆らえない事はわかっているんだろう。ガタガタと震えているその子供はクラスで人を引っ張る様な見た目をしていた。

そして、第七支部長遺志黒さんの番が来た。

 

「私が連れてきたのはこの子。私を追い詰めたほどの問題児だから、支部長クラスの実力はあると思うよ」

 

他とは違い敬語口調ではない遺志黒さん。ボスさんに何回も挑んでいる事から、それ相応の自信があるのだろう。次のボスは遺志黒さんって平団員達が言ってたしな。

ガスマスクの言葉を聞いた支部長達はザワリと騒ぎ出した。成る程、どうやら遺志黒さんは結構強い方らしい。雰囲気から、というか見た目からしてラスボス感が半端ないもんな。ボスさんは裏ボスみたいな。

 

「そいつ幹部じゃないのか?傷がついているが」

「違うよ。元々からあった傷。彼は私の支部の幹部が攫って来た子だしね」

 

傷、と言うのはオレの左耳にある傷だろう。こっくりさんにやられたコレは綺麗に治らずに残っている。顔に傷があるのが幹部とかなんとか言っていたから、まぁそう勘違いしても仕方がない。

そもそも、遺志黒さんを追い詰めたのは彼が油断していたのと、オレが必死だったからだ。奇跡に近い。あの時足が竦んでいたし、ほんとうに殺されていたのかもしれないのだから。

遺志黒さんの言葉を聞いた支部長達はへぇ?と好戦的な笑みを浮かべて、ボスの隣にいる人達も興味深そうに此方を見ていた。待ってくれ、オレはそんなに強くないし、影山くんに負ける程だぞ?勝負したこと無いけどな!

 

「待て、遺志黒に危害を加えたと言ったな?」

「追い詰めた、だけどね」

「そこまで暴れているなら、いつか裏切るのでは?そんな奴この爪に置いておけると思えない」

 

言うことは最もだが、世界征服なんて事本気で考えて本気で目指してんのボスぐらいだと思うんだけど。そもそも社会からハブられたオマエらには言われたくは無い。それに組織というモノは裏切りが常だ。忠誠を誓うだなんて、カリスマ性がないとできない。ボスさんはそれができそうだが、彼は構成員達をただの駒としてしか見ていなさそうだ。勿体ねぇ。

 

「それなら大丈夫だよ。彼の首にチョーカーがついているでしょ?」

 

ジッとオレの首にあるチョーカーに視線が向けられる。

 

「それは私の所の幹部の特別製。私達に危害を加えられないようにできている。検証済みだよ、安心して」

 

無駄に高性能なこのチョーカー。支部にいた時に遺志黒さんに攻撃して良いと言われたので、迷わず念動力をぶっ放そうとしたが上手く発動できなかった。中でこんがらがった様な感触があり、暴発しそうになったので必死に抑え込んだのは良い思い出だ。

堰き止められている。すぐにそう感じた。試しに他のモノ、椅子や机に超能力を使うと普通に使える。これは確認した。どうやら、標的が彼らだと超能力に蓋がされるのだろう。

ならば、転移はどうだろうか。それもやってみたが、やはりダメだった。危害を加えるわけでは無い、ただここから移動し逃げようというだけ。何がダメなのかイマイチさっぱりであった。遺志黒さんに笑われたのも覚えてる。詳細は教えてくれなかったが。

 

「相変わらず、君の所の幹部は有能だな」

「でしょう?しかし、ボスに褒められるとは光栄だね」

 

クスクスと笑うガスマスクは本当に楽しそうだ。何が楽しいのかわからないが、その笑い声は無邪気な感情から来た事では無い事はオレにでもわかる。

一通りの話し合いがされ、何故かオレが過剰評価されてそうな事に目を背けながら、オレはその話を聞いていた。会議と言う名の話し合いが終了。これで解散!かと思えば、ボスさんが立ち上がってこう言った。

 

「さて、恒例のイベントを始めようか」

 

その言葉はオレの首に死神の鎌を当てるのと道理であると、後々にオレはそう思った。

だって、それぐらいにはこの後に行われるイベントは命懸けだったのだから。

 

 




意志黒さんの声が思いの外可愛かった件について。


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第七話② 本部

 

 

連れて来られたのは地下室。広いこの部屋は地上と敷地面積と全くもってあっていない。この部屋の方が広い、と眼で見ただけでとわかる。

ボスがオレ達から十歩ぐらい歩いた後、くるりと振り返った。

 

「さて、始めようか」

 

相変わらずの無表情。オレといい勝負だな、というよくわからない争いを脳内でする。

支部長達と子供達、そして五人の大人達。この五人の大人達は五超という本部の幹部達だそうだ。本部の幹部という事は、支部の幹部や支部長達よりも強いんだろう。そんな雰囲気を醸し出しているし、ボスにぴったりとくっついているのが良い例だ。ボスの命令以外聞かないという姿勢には尊敬の念を送ろう。

勢力図的には、ボス>>>超えられない壁>>>五超>支部長>支部幹部>本部平団員>支部平団員ぐらいだろう。全員一人ずつという事にしているが、集団だとこれは崩されると思われる。ただボスは絶対的な存在か、と彼らの態度を見ていればわかる。そもそも、何人も支部長達の相手をしていながら、息切れしてない時点で十分化け物だ。

目の前で戦う彼らを見ながらふと、まだ隣にいるガスマスクの方を見た。他の支部長達はボスさんが始めようと言った瞬間に飛び出し、攻撃している。しかし、遺志黒さんだけは飛び出していかず、ただ隣で立っている。可笑しい。第七支部の人達には、支部長は何度もボスにして挑んでいる、って聞かされていたから、遺志黒さんも戦闘狂(バトルジャンキー)かと思ったんだが。

 

「行かないんですか?」

「ん?」

 

オレからもわかる。ボスさんに軽くあしらわれている彼らを見ていたのだろう、遺志黒さんは首を捻り、その無機質なガスマスクにある穴を此方へ向けた。地味に怖い。

 

「私は一対一で戦いたいからね。協調性もないあんな馬鹿共に加わったりしないよ」

 

確かに見てみれば、我先にと支部長達は競っている。それではあのボスは倒せないだろう。そもそも、攻撃しようとして他のヤツに当たるというダサい事が起きていた。お陰で一人が背中に念動力受けてダウンしている。おつかれー。

あのボスさんはあの場から一歩も動いていないし、協調性もない彼らが刃向かったって一歩も動かせないだろう。力の差もあり、そして此方には自分の邪魔をする相手がいる。こんなハンデ、負けるしかない。

 

「でも、協調性あったとしてもあのボスには勝てないだろうね」

 

何度も挑んでいるからこそわかる事実。ボスは遥か高みにいる。この組織の誰もが敵わない程に。しかし、彼の声には諦めたような雰囲気は感じとれなかった。まだまだ、いつか絶対に勝ってやる、と息巻いているようにも見えた。彼自身のプライドなのだろう。ボスさんに負ける事がわかっていても、また挑む。何度もなんども。諦めきれない我が儘な子供の様に見えるそれは、オレには無い要素だ。同じ子供だとしても、オレは諦める方なのだから。

 

「それに、さっき言った事と矛盾してるけど、今回、私は戦わないよ」

 

え?と声が出る前に、ドサリという音がした。前を見てみると、支部長達が他に突っ伏していた。大の字に寝転んだり、顔面から突っ込んだり。ほとんどの支部長達は傷が痛むのか、顔を歪ませている。

 

「次は誰だ?」

 

パチパチという五超が贈る拍手の中、彼はそう言った。無表情であり息も整っている。あれだけの超能力者相手に平然と立つボスさんに、恐怖を覚えたのだろうか。子供達やあの筋肉隆々な人が震えていた。オレ?既に震えてたよ。

そんな小刻みに震える腕を遺志黒さんは掴み、持ち上げた。プロレスで勝った選手を讃える審判の様に。

 

………………………は?

 

「ふむ、その子供か」

「そう、私イチオシの子だよ」

 

あの、ルーキーを売り込むマネージャーな事言ってないで、冗談だと言ってくれませんかね?あんなバケモノ相手にオレ、無理なんですけど!?明らかにあの人達の様に数秒で地に突っ伏しちゃうんですけども!?そこらへんどうお考えで!?

そもそもチョーカーで危害加えるの無理なのでは?

 

「君は来ないのか?」

「今回は止めとくよ。今日はこの子の実力を見てもらいたかったからね」

 

トンと背中を押され前に出るオレ。体勢を整えながら、周りを見渡すと驚愕した様な顔をする大人達が此方を凝視していた。ですよねー!可笑しいよねぇー!誰か遺志黒さんとボスさん止めてくれないかなー!?

チラリと遺志黒さんの方を見ると、彼は面白可笑しくクスクスと笑っていた。ボイスチェンジャーのその声は可愛いが、オレは悪魔の笑い声にしか聞こえなかった。そもそもこの人、危ない人であり、犯罪染みた事を平然とできる人だ。そんな人に実力を認められた日からオレの平穏な人生は終わったと言えよう。というか誘拐されてからか。

 

「大丈夫だよ、ちゃんと攻撃できる様にしてある」

 

そもそも危害を加えられないのは登録した人だけだからねぇー。と笑いながら言う意志黒さん。ハッハーン、良いこと聞いたぜ。つまり登録してない人には攻撃し放題と。ならなぜ、逃げる為にテレポート使えないんですかねぇー。まぁ、文句を言っても仕方が無い。事実、使えないのだから。

さて、と。前を向く。そこには無表情で此方を見るボスさんがいた。見据えるその眼光は鋭く、相手に恐怖を与える。プレッシャーが支部長さんの比ではないのだ。同時に溢れ出るカリスマ性に何故か膝をつきたくなる。この人ならば、世界征服なんて事容易くしてしまいそうで怖い。

 

「来ないのか?」

 

問いかけてくるバケモノ。正直関わりたくはない。だが、こうなってしまった以上は腹をくくるしかないのだろう。憂鬱だ。

スゥーハァーと息を整えるのと同時に精神を安定させる。よし、行くか。

ボスさんの問いかけには答えず、瞬間移動する。いつも通りにボスさんの真後ろ斜め上だ。そして、左手に念動刃を形成し、その首を切り落とそうと腕を振るう。殺さない様に手加減していては、逆に殺される相手だ。ならば、最初(はな)っから殺しにかかった方が良い。

あと数センチでこの項に一筋の赤が走り、身体と頭がお別れするだろうの所で、ガキィイインという妙に良い音が響いた。すんでの所でバリアを形成し、防いだのだろう。しかし。

 

「(か……った……!?)」

 

バリアが固いのだ。強固すぎて目を見開いてしまった。

 

「良い手だ」

 

左手を掴まれる。困惑していたオレはそのまま引っ張られ、遠心力と重力によって床に勢いよく打ち付けられてしまった。

 

「だが、浅い手でもある」

「かっ、はっ……!」

 

息が詰まった。気管に衝撃がいったのだろう。息が出来ないという苦しさを味わいながら、オレは次の手を食らわない為に瞬間移動し、最初の位置に戻った。ごほっごほっと必死に呼吸をする為に咳をして、整える。

 

「ほう、躱したか」

 

ボスさんを見ると、彼は床に向けてチョップをした体勢で此方を見ていた。あの位置は丁度オレの首があった場所。ゾワリと寒気が走った。瞬間移動していなければ、あの割れた床の様にオレも首の骨が粉々になっていただろう。

オレの癖を見破られてしまった。相手を攻撃する時は一撃必殺の、瞬間移動からの首。人と戦った事があまりないオレがする一手だ。経験がないのもあるが、そもそも殺そうとする相手があまりいないのが現状だ。チンピラ共は軽く吹っ飛ばして逃げるが勝ちだしな。

霊幻さんには人に超能力を向けてはダメだと教わっているが、オレは守ってない。自惚れはもうこっくりさんで捨てたし、そもそも身を守る為ならば仕方がないと割り切っている。霊幻さんが超能力は秀でた一個性だと言っているのにはオレも同意するが、それを使える場面で使わないでどうする、というのがオレの意見である。影山くんはこの言い付けを守っているらしく、クソ真面目だなぁと思ったのが最近だ。

 

「どうした?もう終わりか?」

 

そんな事つらつら考えている内に相手が此方を見据えてきた。

ハァ。超能力を得て人生やり直して、気楽に生きようとしていたのにどうしてこうなったのやら。オレを攫ってきた桜威さんには今度イタズラをしてやろう。あの愛刀に落書きしてやるのだ。具体的には考えていないが、プラスチック製なのだから油性ペンで書けるだろう。あの落ちない地獄を味わうといいさ!遺志黒さん?怖すぎて無理ですね。

これ以上あのボスさんを待たせてはいけないな。何されるかたまったもんじゃないし。ため息を吐いてから、オレは両手に振動する殺傷力抜群の念動刃を形成し、やけくそ気味にボスさんに飛び出していった。

 

負け確定の戦争に身を放り込む兵士の気分だった。

 

 




モブサイコSS増えろーー!何故増えないーー!


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第七話③ 本部

 

 

右、左と斬り込んでいくが、ボスさんはずっとバリアを張ったままで、オレはそれをずっと攻撃している状態だった。ガキン、ガキィンと小刻みな音が辺り一面に響く。地下室だからか、反響している様にも思えた。

今のオレはこの前のこっくりさんの様だ。しかし、あの戦いはオレも参考にしてもらっている。今もまさにそうだ。適当に打ち込んでいる様にも見えて、振動する刃は一箇所を周到に狙っている。チェーンソウの先を細くした様な念動力は、攻撃力が高い。いくら、固いバリアだとしても小さいヒビを入れる事は可能だ。ほら、もう破れる。

パリィンとガラスが割れた音がした。少しだけ目を見開くボスさんを尻目に、オレは思いっきり腕を振り切る。狙いなんてない、どこでも良いから傷をつける。それが今回の戦いでの目標。

 

「甘いな」

 

吹っ飛ばされたと気づいたのは、地下室の壁に背中を打ち付けた時だった。床に座り込む。肩に小さいコンクリートが当たった。横目に後ろを見ると、壁が円形に凹んでいた。ヤバい、黒い液体が壁から流れているという事はオレは怪我を負ったのだろう。致命傷とはいかないが、浅くもない怪我を。

コツリ、コツリと革靴の良い音が響く。力なく頭を上げるとそこにはボスさんの無表情があった。見上げる形になるからか、影が落ちていて暗い。人を殺せそうな瞳をしていた。

 

「私のバリアを壊した事は評価しよう」

 

だが、と続ける。

 

「甘い」

 

甘い、ねぇ。小学生に甘くないモノなんて求めるモンじゃないと思うんだが。

しかし、一撃でやられるとは思ってもみなかった。対人戦はあまりした事がないが、戦闘センスは自分でもあると思っていたのだが……自惚れだった様だ。こりゃ痛い。

戦闘を開始して数分の出来事だ。五分も持たなかったか。けれど、それだけで終わろうとは思わない。せっかくのボスさんとの対戦だ。死ぬ可能性はないだろう。彼は超能力を持つ人材を求めている。使い捨てにされるかもしれないが、彼自ら手をかける事はしないと思う。不利益な事は一切しなさそうな顔してるからな。

持ち上げられた腕を見てすぐさま転移する。ボスさんの後方、遠くに避けて、そこから念動力で筋力の底上げと補助をして、オレが今できる最大スピードでボスさんに接近。振動刃をその心臓へと突き立てる。

だが、またもや腕を掴まれ、最初にされたのと同じ様に床に打ち付けられる。背中の怪我も相まってめちゃくちゃ痛い。口から赤い液体がこぼれ落ちた気がした。

 

「君は戦闘センスはいいが、単調だ。早く終わらせようと急所を狙う癖がある。小学生でそれだけできれば十分だが、やはり弱いな」

 

ホントだよ。オレ小学生だぜ?もっと褒めてくれてもいいと思うんだが……この人に何言っても無駄だろう。駒としてしか見てなさそうだし。

ボスさんを見ていたが、やがて視界が霞んできていた。出血のせいか、それとも疲労か。どちらにせよ、今までにないぐらいこの身体は働いてくれた。念動力を筋肉に行使してしまったし、明日は筋肉痛かもな。

意識を手放す手前、左耳に、以前こっくりさんにやられた傷がまた痛んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと知らない天井でした。コレ、二回目な。

最近、気を失い過ぎて時間感覚がおかしくなってきている気がする。頭を押さえてゆっくりと首を振ると、ズキリと左耳が痛んだ。そっと触る。ガサリとした肌触り、これはガーゼだろう。怪我が開いたのか、わからないが、少し痛い。大怪我であろう背中よりも痛かった。

腰の後ろにデカイ枕を置き、背凭れにする。それに背をかけようとするが、やはり背中も痛い。けれど、少し我慢して背をかけると、やがて痛みは治まる。ふぅーと息を吐いて、改めて辺りを見渡した。病院の様な場所だが、オレの服装は病院服ではなく、遺志黒さんに貰った服であった。白い空間にポツリと黒いシミが混じった様な感覚に陥る。

 

「起きた?」

 

全自動なのだろう。パシュッという音を立てて、少し遠くにあった扉が開いた。やけに近代的である。

声をかけてきたのは眼鏡をかけた男だった。へらりと笑うその姿は、とてつもない胡散臭さを秘めている。霊幻さんといい勝負かもしれない。

羽鳥、と名乗ったその男はオレの側にある心電図を示した機械などに触れて、目を閉じた。オレはその奇妙な行動に首を傾げるが、やがて羽鳥さんはうん、と頷くとまたへらりと笑う。

 

「大丈夫だね。もう起きていいよ」

「いや、もう起きてるんですけど」

「はははっ、そうだったね。今のはもう動いてもいいよ、ってことで」

 

あははっと笑うその姿は気安い雰囲気を感じ取れるが、警戒を解いてはいけない。今思い出したが、彼は五超と呼ばれる一人だった気がする。影が薄かったが、傍にドローンを浮かしている事は目立っていた。よかった思い出して。知ってるのと知らないのでは、大きい違いだからな。

能力は多分、機械操作。精密機器でもなんでもござれなんだろう。心電図に手を当てただけでオレの体調がわかったり、ドローンを操ってる事から推測できる。現代社会において、脅威の能力だろう。しかし、詳しく知りたいのでさり気なく聞いておこう。

 

「羽鳥さんは、機械に詳しいんです?」

「どうして、急に」

「いや、心電図でオレの体調がわかったじゃないですか」

 

明確には言わず少しぼかす。

羽鳥さんは、あぁと納得したように頷いて、備え付けの椅子に座った。カタリと音がなる。

 

「別に詳しくないよ。さっぱりだ」

「え?」

「心電図で君の体調がわかったのは、僕の能力が電子機器を操る事ができるものだから」

 

やはり想像通りの能力だ。けれど、何故機械にさっぱりなのに、電子機器を操る事ができるんだろうか。首を傾げると、羽鳥さんは笑う。

 

「可笑しいよね。僕もね、理屈はわかってないんだ。ただ、どうすればできるのかが感覚でわかる。もしかしたら、超能力ってそういうもんだって漠然と思ってるからかも知れない」

 

確かに超能力というのは不思議だ。神秘の力と言っても過言ではないだろう。科学で証明できないんだから。いや、証明できても詳しくはわからないかも知れない。やはり、人の手には余るシロモノだと、オレは思う。

自分だって、この能力がまだ成長するとはわかっている。だけど底が見えない。それに、何故モノが浮かせる事ができるのか、何故瞬間移動できるのか、何故人の心理を覗ける事ができるのか。オレはその全てを理解せず、なんとなくで、感覚でしている。この人もそうなのだろう。

 

「さて、世間話はこれで終わりにして、本題に行かせてもらうよ」

「?」

 

本題?

今までスルーしていたが、ココ本部に連れてきた意志黒さんが来ず、何故五超の羽鳥さんが来たのか、ずっと疑問に思っていた。ここで明かされるのだろうか。何だか、嫌な予感がするのはオレだけ……かな?

 

「君の他にも子供達がいたの覚えてるでしょ?」

 

こくり、と頷く。

 

「彼らもあの後、ボスと戦ったんだけど、結果は惨敗。まぁ当然だね」

 

そりゃそうだろう。見た限り支部長達に怯えていた子達だ。オレだって支部長より弱いし、ボスには到底敵わない。あの筋肉隆々な人だって震えていたんだから、見た目ではわからんモノだな。

 

「それで、彼等の顔に〝傷〟がついた。そう支部の幹部として認められた。君も含めて、ね」

 

え……?という声を出す前に、ハッとする。そうだ、左耳。半年以上前にやられた傷なのに、今更痛くなって、ガーゼを当てられている。そこから想定するに、あのボスさんに傷をつけられたのだろう。だから、倒れる前に傷が痛んだ気がした。

オレは支部幹部となった。不本意だが、あのボスさんにそう格付けされたのだ。オレは弱い。支部幹部達は確かに強いが、それでも目の前にいる男含めての五超には敵わないだろう。それほどに弱い。幹部ってのに、数が多いのにも納得がいく。ちょっと強い量産品。何か、癪だった。

 

「んで、ここからが本題の本題なんだけど」

 

羽鳥さんは懐から掌に収まるような小さいクラッカーを取り出す。百均に四個入りで売ってそうなヤツだった。羽鳥さんは、光を浴びて光るクラッカーの紐に手を添えた。

 

「君は新しくできる第八支部の支部長に任命されましたー!わーぱちぱち」

 

パァン……!という少し小さい破裂音が辺りに響く。少し五月蝿いなぁ、と思いながらもオレは頭の中で反響するその言葉を、一音ずつ吟味しながら理解していく。

理解した後で、いやいやいや!とまた吟味し始めるのだが、やはり行き着く先は同じ。オレには到底理解できない……いや、したくない事だ。

 

「………………………………はっ?」

 

暫くして漸く絞り出したその言葉を聞いて、微笑む羽鳥さんに目潰しして眼鏡を割りたいと思いながらも、やはりオレはポカンと口を開ける事しかできないのだった。

 

 




ペケ。


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第八話① 新入生代表

 

 

今世、二度目の入学式。

新品の明らかに丈があってない学ランを着た彼等や、これぞ女子中学生と言えるセーラー服を着た彼女達。皆が皆、新しい学生生活に現を抜かし、そわそわしていた。

登校してるだけでそれがわかるんだから、もう少し大人しくしていても良いと思う。浮かれ立って、足下をすくわれたって知らないぞ。ほら、オレの数メートル先を歩くツンツン頭の様に、楽にそれでいて規則正しく歩けば良いのに。

 

……まぁ、アイツはちょっと肩苦しいけどな。

 

トテトテと少し早足にソイツの所へ行く。トンと肩を叩き、ゆるりと振り向いた顔に付いた目がオレを捉えて、少し嫌そうな顔をされた。

オレはコイツに少し嫌われている。大好きな兄さんといつも一緒に下校していたからか、それともその兄さんと同じ超能力者だからか。後者は教えていないのでカウントされないと思うが、その兄さんに憧れや尊敬という名の恐怖を抱いているから、オレがフランクに接しているのを理解できないからか、よくわからない。まぁ、心を読めば分かるだろうが、そんな無粋な事は信頼する相手にはしない事にしている。彼は影山くんの弟だ。大切な家族の一人である彼にそんな事をしたと影山くんに知られれば、オレの命はない。うん、マジで。

 

「お一人か?」

「そう言う君こそ、一人?」

「はっはっは、オレに一緒に登校する友達がいると思うのか」

「思わない」

 

だろ?と返せば、鬱陶しそうな顔になる。ホントお前、オレが嫌いだな。霊幻さんほど胡散臭くないつもりなんだが、律くんに嫌われる理由がわからない。いや、ホント何で?

アレだろうか。小学生の時は入学式以来、たまに遊んだりするけど、影山くんぐらいに会ったことがないからなのだろうか。小学生と中学生では性格が違うという人もいる。昔は明るかったのに、何で今は暗いんだろう、など。オレは変わっていないつもりだが、律くんはそうでもなさそう。前は明るく結構はしゃいでたりしていたが、今はこうして話していても騒がしくない。というか大人しい部類だ。

彼の性格からすれば、積極的であるが大人しく、規律正しく、なんて有り得そうだ。完全に偏見だが、生徒の模範である生徒会に入りそうな顔をしているし、実際優等生だ。小学生の時、学年一位は彼だった。

模範的な優等生。そんな彼の持つ、色々な枷を外せばどうなるのだろう。少し興味が湧く。

オレ?オレは、あれだ、その……名前書かないパターンとか、居眠りとか、居眠りとか……。小学生のテストは簡単過ぎてつまらなく、授業もつまらないので姉の教材を持ってきて独自に勉強していた気がする。あと、本屋などに行って、簡単な高校の教材、大学で習うであろうモノとか。小学生の頭は物覚えが良いと言われてるので、オレはそれに賭けたんだが。今では、全課程の予習を終えた感じにある。でもまぁ、オレは天才でも秀才でもないので、少しズルをした様な思いもある。

せっかく転生したのだ。学問ぐらい人生イージーモードで行きたい。どうせ就職以外で役に立たないのだから、これぐらいのズルは許してくれるだろう。……大人になった事がないので、役に立つ、立たないは知らないが。

 

「律くんさ。アレやるのだろう?」

「……アレ?」

「新入生代表の挨拶」

 

そう言うと、あぁという様な顔で納得する律くん。彼は新入生代表であり、小学校でのテストや成績は学年でトップ。だから選ばれたのだろう。やはり、優等生だ。

 

「するよ。原稿もちゃんと持ってきてる」

「流石学年一位。偉いねぇ」

 

オレがはぁーと感心していると、律くんはサッと前を向いて歩き出す。オレよりちょっと背の高い律くんは、足が速くなくても歩くスピードは速い。つまり、オレは少し駆け足で歩かないといけなくなる。

因みにオレの身長は153ぐらい。これから伸びる事を期待するが、この隣を歩くヤツには一生追いつけない気がしてきた。影山くんでさえ、156ぐらいだ。なんだこの差。この差はなんだ。ちくせう!!

影山くんの身長の事を知っているのは、彼に聞いたからである。明らかにクラスの中で低身長だと落ち込んでいた彼に、身長を聞いたら返ってきたのがそれだ。オレより上。オレより上なのに、クラスの中で低い。なら、オレは背の順になった瞬間、一番前になるんではなかろうか。なんだろう、この屈辱。勝負事に負ける事より悔しい気がした。

 

「そういや、影山くん元気か?」

「何で急に」

「いや、最近会ってないからな」

「相談所で会ってるんじゃないのか」

「いや、最近行ってないからな」

「…………」

 

同じ様な事を繰り返し言うオレの癖にイラっときたのか、律くんの目元が引きつった気がした。

暫く、黙り込んだ後、律くんは口を開いた。相変わらず、正面を向いたままだ。

 

「普通に元気だよ」

「普通ね……」

 

ま、元気だったら良かった。影山くんは何をしても元気そうなのだが、まぁ話題が見つからなかったし、仕方がないと思える。コミュ障なくせに黙ったままというのは少し堪えるので、こうして必死に話題探しをしている。

前を向いて歩く律くんのスピードに必死について行く事数分後、オレ達は今日から通う学校に着き、クラスの表が張ってある場所に着いた。

ココ、塩中学校は良くも悪くも普通の学校である。普通の校舎に普通の学生。不良の溜まり場でもなければ、秀才だらけの場所でもない。平均的な学校だ。そんな学校だからか、クラスは五組まで。ズラリと並んだ名前の中、中央右の方に自分の名前を見つける。

どうやら、一年三組らしい。五組でも一組でもない、中間。まぁ、別にそこはこだわりはないから、どうで良いとして……クラスメイトは知ってる人いるだろうか……って。

 

「「あ」」

 

声が重なった。発生源はオレと隣の律くんから。多分、呟いた理由はオレと同じだろう。律くんの方を向いて、相手は嫌そうにしていたが念動力で苦笑いを作る。

 

「同じクラスだな」

 

ふいっとそっぽを向かれ、スタスタと歩いていく律くん。ちょっと泣きそうである、オレが。

因みにオレの表情筋は何年経っても回復しそうになかった。念動力で笑顔を作る事には慣れたが、物事をハッキリと言うある人には、オマエの笑顔は胡散臭い、と言われたモノだ。霊幻さん程じゃないと信じたいのだが、毎日オレの顔を見ている彼女の意見なので、まぁ合っているのだろう。姉よ、許さんからな。

もう一度クラス表を見て、自分の番号を確認する。そのまま教室へと向かい、出席番号だけ書かれた名札がついた机を探して、座る。指定カバンを机の上に置くと、ドサリと音を立てた。

斜め前には律くんの姿が。ちょこんと座り、先生が来るのを待っているようだ。入学式は、練習もせずぶっつけ本番なのがセオリーであり、始業のチャイムが鳴れば先生が引導して体育館などに向かう。まぁ、小学校の時や前世の時と同じだ。名前を呼ばれてハイ、と返事する事以外それほど緊張していない。

ブーとバイブモードの携帯が鳴る。オレの携帯はガラケーではなく、最新のスマホだ。親に土下座までして頼み込んだ品である。影山くんと霊幻さんはガラケーだが、オレはスマホの方が何かと便利なので此方にしている。

通知の内容は、霊幻さんからのメールと、幹部達からのリネンだった。リネンとは、スマホアプリの事であり、オレの前世の某SNS、漢字に直すと線と言う名のアプリと同じモノである。というか、あの名前にnを加えてローマ字読みにしたモノがリネンだ。

 

「(今日の午後六時ぐらいから、会議か。アイツら、無駄に律儀だからなー)」

 

グループ名[第八支部の愉快な幹部達]

誰だよこの名前つけたのってぐらいの寒い名前だ。はっはっは、つけたの、オレだよ。

支部長のオレを含めて、七人の幹部達が入っているグループだ。連絡するときに電話というのは正直面倒くさい質なオレなので、こうして提案した。丁度みんなスマホ持っているからな、助かった。そもそも、みんな年上だし、近くても二歳は離れている。小さな女の子だと称していた子は、オレより年上で当時小学五年生であり、現在中三だ。背が同じぐらい低いので、驚いたのはいい思い出だ。

察しの良いヤツはわかると思うが、オレの支部の者達はあの日、支部長達に連れてこられた子供達や大人である。筋肉隆々な人は、意外にも繊細であり、第八支部の経理係。双子は支部団員達の纏め役。委員長的な人は副支部長。小さな女の子だった人は執務長。青年はオレの世話係というか、身の回りの事を手伝ってくれる。なんやかんやで、良いヤツらなのはココ数年間で分かった事だ。

リネンの画面をスライドして、オレ宛のメッセージを読む。皆が皆、遅れない様にと送っていてオレに念押ししていた。言われなくても遅れないつもりだが、時間にルーズなオレにぴったり来るなんて事を求めないて頂きたい。ハッキリ言って、無理だ。

 

「(できるだけ努力する、と。さて、霊幻さんは何の用かね)」

 

任せろ!的なスタンプを送り、リネンを閉じる。上に、不安だ……という通知が六人分ぐらい来るのだが、みんな暇なのだろうか?

メールを開いて、内容を確認する。件名は除霊依頼と書いていて、嫌な予感をしながらもそれをタップした。

 

「(げっ!今日の午後かよ。二時……ね。ギリギリかなー)」

 

予定が被りそうになる事に顔を内心顰めながらも、了解しましたと返信する。

内容は、近所の公園に出る幽霊らしきモノを除霊して欲しいというモノ。今の所、被害は出ていないが、念の為オレも呼ばれたらしい。そもそも、影山くんさえいれば万事解決なのだろうが、まぁ霊幻さんの事だ。何か考えがあって……というかオレを利用するつもりだろう。口で乗り切ってきた凄い人ではあるが、偶にテンパって意味不明な事を口走る癖があるからな。オレが偶にフォローしている事が多々ある。霊幻さんに霊力がない事を知っているオレがいた方が安心というか……そこまで自惚れているつもりもないが、利用されてやってるのが現状だ。天然で偶に確信を突く影山くんの相手を一人だけというのは不安なのかもしれない。

ま、偶には影山くん側について霊幻さんを責めるってのも面白そうだが。

ハードスケジュールになりそうな今日を思い浮かべて、ため息を吐きながら、オレはスマホの電源を落とすのだった。

 

「はーい、席に着いて」

 

ジャストタイミングである。

 

 




中学の新入生代表ってどう選ばれるのだろう。


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第八話② 新入生代表

 

 

影山律は日向湊が好きではなかった。

 

小学校の入学式の日、兄の友達として紹介された彼は恐ろしく無表情であった。まるで無機質な人形の様な彼の顔は、幼い律には怖くて仕方がなかった。

彼の姉は向日葵の様に明るくて、賑やかだというのに、弟の彼は静かな森の様。その中に取り残された人は、その静けさの余り恐怖を覚え、不安を駆り立てるだろう。律はそんな彼に一目見たときから苦手意識を持ってしまったのだ。

 

律の兄も無表情で有名だった。モブとあだ名をつけられた彼は、よく友達やクラスメイトから笑わないやら、空気読めないやら称されていたが、彼にだって感情はある。そもそも、感情が表に出やすいと常日頃から兄を見ている律はそう思っているし、両親だって彼が悲しんだりしていたら気づく。表情の変化が乏しいだけで、ちゃんと感情はあるのだ。人間なのだから。

だが、湊はどうだろう。彼も律の兄同様無表情だった。しかし、律にはどうにも兄に比べて湊は無機質に思えた。普通に接しているつもりではあったが、距離を置いていたのは事実だ。嫌いではない、ただ苦手なのだ。

そんな律の唯一の救いは湊と小学校の六年間、同じクラスにならなかった事だろうか。どんな風に話せば、どういう感じに接すればわからないのだから、毎年違うクラスだと知って安心していた。

しかし、彼は律の兄と仲が良かった。どうして?と律は常々思っていたが、兄が楽しそうに話しているところを見ると強く言えなかった。律は兄の事を恐れてはいたが、好きだった。大切な家族なのだ、嫌いになる筈がないが、考え方が違うからか、それとも、何度兄に何故彼といるのか聞いても、何となくという曖昧な返事が返ってくるからか、律はその事が兄が霊とか相談所とかいう怪しい場所に出入りしている事ぐらいに気に入らなかった。心情は、僕の兄を取りやがって、である。彼女かよ。

 

そんなこんなで律は湊が好きではなくなっていった。元々、苦手意識はあったのだ。好きではなくなっていく事など時間の問題だったのだ。

 

「アレやるのだろう?新入生代表の挨拶」

 

塩中学校の入学式の日。一人で登校していた律に話しかけてきたのは、律の苦手とする湊だった。肩を叩かれ、振り返れば好きじゃない奴の顔。思わず律は顔を顰める。やはり彼の表情は変わらない。

適当に言葉を返してやり過ごそうとしていた律に、湊はふとそんな事を聞いてきた。身体が強張った気がしたが、彼は気づいたのだろうか。チラリと表情を見てみるが、分からない。無表情だった。

 

「するよ。原稿もちゃんと持ってきてる」

「流石学年一位。偉いねぇ」

 

そう言われた瞬間、律は顔を背けて足を速くした。この顔を、醜い表情を誰にも見られたくはなかった。

自分は学年一位ではない。そう言いたかった。

 

いつだったか。律は小学生の中でも秀才であった。テストではいつも一位。100点を取った事なんて何回あっただろう。両手ではない数え切れないほどだ。最初は余程のバカではなければ、満点を取れるほどのテスト。たが、小学の後半。高学年のテストとなってくるとそうもいかない。最近では、英語も加わるようになった近年。小学生のテストの難易度はぐんと上がり、反して彼ら彼女らの点数は下がっていった。しかし、そんな中相変わらず高得点を出す者がいた。

 

律だ。

 

ほとんど満点で、教師やクラスメイトに好かれる程の優等生。顔も良く、頭も良いことから女子にも違う意味で好かれていた。

超能力が取り柄だけの兄とは全然違う、世間では勝ち組の彼。まだまだ小学生な彼。表では謙遜しながらも、心の中の彼の鼻は伸びきっていた。鼻高々である。

そんな律の鼻がポキリと折れたのは、小学五年のある日、そうテストを返された日であった。

 

『学年一位は全て100点満点のヤツだ』

 

頭に鐘の音が響いた様な気がした。それぐらいショックであった。

白いテストの紙を広げて、全てのテストの点を見ても違う。100点はあるが、〝全て100点〟ではなかった。

 

どういう事!?

 

律は嘆き、絶望する。彼の取り柄は勉強だけだと、兄にはできない勉強が得意だから努力してきたのだ。少しでも、一つでも兄に勝つために。それがいつしか学年一位を取り続ける事に変わっていったのを律は気づかなかったが、今はそれどころじゃない。

休み時間、職員室に戻ろうとする教師を捕まえて問いただした。今回の一位は誰なのかを。

 

『あー、お前いつも一位だったもんなー。まぁ、運が良かったと言うか、悪かったと言うか』

 

歯切れの悪い教師にイライラしながら、律は早く言ってくださいと促す。

ガシガシと後頭部を掻いていた彼は、言って良いのかどうとか悩んでいたが、生憎律には聞こえなかった。いや、忘れたと言った方がいいか。それぐらいには衝撃的だったのだ。教師が紡いだ言葉は。

 

『日向湊。別クラスの奴。お前知ってるか?』

 

日向湊。聞いた事がある名前だ。そもそも、入学式に出会い、偶に会って遊んでいる子供の名前だった。律にとって顔見知り、兄の友達。

普段の大人びた言動から同年代として考えてもいなかったが、ここでこの名前が来るとは律も思っていなかった。

教師の問いかけに、律は壊れた人形の様にゆっくりと頷く事しかできなかった。

 

『そいつ、いつもテストは寝たり、名前書かなかったりして、二つぐらいは点を逃してるらしい。今回はちゃんと解いたんだろうな、そこは偉いが、授業もまともに聞かない問題児だってあのクラスの先生言ってたなー』

 

こっちに愚痴るのいい加減止めて欲しい、と愚痴りながら去っていく教師。しかし、その姿は律には映らなかった。ぐるぐると先ほどの言葉が律の脳内を回る、廻る。

 

寝たり、名前を書かず逃した点。

 

今回はちゃんと解いた。

 

授業もまともに聞かない。

 

その三つから考えられる事は、日向湊は天才だという事。抜けているのかもしれないが、それしかありえなかった。

律でさえ、授業はしっかりと聞きノートを取っている。テスト前はちゃんと見返して、点を稼いでいる。しかし、日向湊はどうだ?

授業も聞かず、テストでは寝て、名前を書くのを忘れている。一見問題児な彼は、他を置く天才だったのだ。実際は、前世の記憶というズルをしているのだが、律がそんな事を知っている筈がない。

努力して点を取る律が秀才ならば、努力せず点を取る湊は天才じゃないのだろうか。そうぐるぐると考えてしまう。

 

律の小さなプライドがズタズタに引き裂かれた日だった。

 

だからこそ、今回の新入生代表は湊がするべきだと律は思う。しかし、実際の実力よりも、表に出している律が評価されるのは必然。実力が高いとはいえ、努力を怠る人物を誰が代表に指名するだろうか。そもそも、湊の教師達からの評判は低いと言っていい。その点、律は教師からも評判が良い。何方かを選ぶのは明らかだった。

 

…………気に入らない。

 

兄の事を聞かれたりしたが、少しイラついただけで別に何もなかった。律は早く別れたい、と心の内でそう思いながら、ひたすら足を動かして学校へ向かった。

自分よりも背の低い湊を引き離すのは簡単かと思えば、そう簡単には行かず、小走りでついてくる湊の姿には微笑ましいものがあったが、律は呆れたようにため息を吐いた。そんなに必死についてこなくても良いのでは無いか。それとも、僕が君を離そうとしているのをわかっていないのだろうか。律には理解できなかった。

 

「「あ」」

 

結局、学校まで一緒に登校してしまった。仕方が無い、クラスをさっさと確認して早く別れよう。そう考えた律だったが、目の前にある大きな紙に書かれた自分の名前を見つけ、そして隣にいる湊の名前が自分と同じクラスにある事を知った律は、思わず声をあげてしまった。

何故。何故なのだろう。今まで同じクラスになった事なんてなかったのに、どうして中学になって。もしや、こいつと兄が仲良くしているのを教師達は知っていたのだろうか。だとしたら、要らぬ世話だ。

声が重なってしまった事にも顔を顰めながら、律は湊の方を見る。すると、彼はニコリと胡散臭い笑みを浮かべながら。

 

「同じクラスだな」

 

と、言ったのだ。

律は顔をさらに顰めて、ふいとそっぽを向く。クラスは確認した。場所もわかる。律は、速足で教室へと向かった。一刻も早く彼から離れたかった。結局クラスで会うのだが、そんな事は今は関係無い。

眉の皺を深め、グッと鞄の取っ手を握りしめる。気に入らない。

 

「(気に入らないな……)」

 

教室へと着いて、自分の席の位置を確認。正鞄を置いて、ストンと座った。手元を見て、ぐるぐると考える。この感情の名前がわからない。

怒り?

憎しみ?

嫉妬?

いや、どれも違う。どれでも無い。何かわからない。そのもどかしさに、律は手を組んで力を強める。ギリと歯を噛みしめた。

 

気に入らない。

 

好きでも嫌いでも無い。どうでも良いはずなのに、何故なのだろう。こうにも彼の事が頭から離れない。

のらりくらりと、ゆらゆらとしている湊。実力をわざと隠しているわけでも無い、見せびらかすわけでも無い。そういう奴なのだ。そういう性格なのだ。日向湊という人物は。

あぁ、やはり。

 

「(気に入らない……っ!)」

 

ただ、ただ、その在り方に、その存在が、律は理解できず、気に入らなかった。

 

 




彼はプライドが高いのです。


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第九話① 携帯電話

 

 

入学式の後、公園にいるという悪霊の除霊依頼に向かったオレ達だが、やはりたいした除霊依頼でもなく、低級霊だった為、影山くんが一発で除霊した。オレもできるが慣れてきているのか、影山くんの方が素早い。

 

「おー、良くやったなお前ら。帰りにたこ焼き奢ってやる」

 

霊幻さんがそう言うので、たこ焼き奢ってもらえる事に内心ガッツポーズ取る。儲けというモノだ。オレは何もしていない。ただついてきただけなのに、時給の三百円を貰え、尚且つたこ焼きまで奢ってもらえる。こんなにもラッキーなことは無い。もう一度言う。オレは何もしていない!

スマホを取り出し時間を確認する。現在午後三時前。支部の幹部会議まであと三時間もあり、正直余裕だった。ギリギリかな、と焦っていたのは杞憂だったようだ。

 

「あ、日向くんスマホなんだ」

 

ポケットからスマホを取り出したオレに気づいた影山くんは、珍しそうに手の内にあるスマホを眺める。影山くんはガラケーだからか、この形状は少しばかり新鮮なようだ。心なしか目をキラキラさせている気がする。

 

「入学祝いで。親に頼み込んでな、大変だった」

「そうなんだ」

「あぁ、土下座までして誠心誠意を見せたら渋々買ってくれた。全く良い親だと常々思うな」

 

主に母親に向けて、だけどな。

専業主夫の父親と違って、母親は働いているからか常にピリピリしている。家族よりも仕事優先なデキル女性であった。良い人なのはわかるのだが、その少しキツイ見た目と性格から誤解されやすく、しかも家族を夫に任せ仕事仕事。普通の子供だったら嫌われていて、家族とも交流が少なそうだが、オレの場合、仕事優先なのは仕方が無いと思うし、感謝もしている。

 

「日向、それ親を貶してる様にも聞こえるが?」

「何言ってるんです?霊幻さん。そんなバカな事言って無いですよ」

 

心外だ。親に感謝してんだぞ?オレは。

例え、仕事ばかりでツンデレのキツイ女性が母であり、その母の尻に敷かれているいつも母バンザイな父であったとしても、感謝はしてるんだ。尊敬はしてないけどな、少なくとも父に対しては。

いや、家事を全部してくれるし、ご飯も美味い。父が独身であれば、思わずいつでもお嫁に行けるって太鼓判押せる程の腕前だ。彼に任せておけば、いつでも家はピッカピカである。いつも散らかす姉とは大違いだ。全く、姉は母親似で、母も片付けない癖があるから、オレや父が片付けている。面倒くさい彼女達だ。あと家事が破滅的にできない。そこが可愛いと父は言っていたが、オレには理解できん。

 

「オレは霊幻さんを尊敬していない様に、親を尊敬はしてませんが、感謝はしています。今、この手にスマホがあるのも親の稼いだ金のお陰ですし」

「おい。いろいろツッコミたいけど、おい」

「日向くんも師匠尊敬してないんだ」

「待てモブよ。〝も〟って事はお前もか!」

 

お前らの師匠だろ!?尊敬しろよ!!なんて騒ぎ立てている霊幻さんを無視して、影山くんの方へと近寄る。スマホで連絡先一覧を開きながら、やはりこの中に彼の名前が無い事を確認してから、声をかけた。

 

「影山くん」

「なに?」

「連絡先を交換しません?」

 

オレがそう言うと影山くんは不思議そうに首を傾げながら自分の携帯を取り出した。黒塗りのガラケーである。

ポチポチとあまり手慣れていない手付きで操作してから、影山くんは納得がいったという様に頷いた。どうしたというのだろうか。

 

「まだ交換してなかったのか……」

「まさか、忘れてたのか?というか気づいてなかったとか?」

「どっちも。今まで不便じゃなかったから」

 

あぁ、まぁ、確かに。小学生の時は携帯なんて持っていなかったが、普通にやっていけたし、必要もあんまり感じてなかった。けれど、前世はスマホ依存症だったオレとしては、少しだけ不便だと感じていたし、この世界でのアプリとかも見たかった。それに、スマホの方が扱いやすいしな。パソコン用のページとかもスマホだったら見れる。ガラケーじゃ無理だし、そもそもネットサーフィンしてたら値段がやばくなりそうだしな。

影山くんが携帯を持ち出したのはオレが霊とか相談所に通い出した時。その時は親と自宅と霊幻さんの連絡先しかないと言っていたな。今もそうなんだろうか。友達の連絡先が無いとか、寂しすぎやしません?影山くんやい。

 

「って、影山くん何しているんだ」

 

自分のメールと電話番号が載ってるページを開いていたら、影山くんが、ん!ととな◯のト◯ロに出てきた男子小学生が傘を差し出しているシーンの様に、ガラケーを突き出していた。オレは首を傾げて、何をしているんだろうと思いながらそう問うたら、影山くんも同じ様に首を傾げた。ん?

 

「何って……連絡先交換?」

「何故に疑問系……?」

 

こてん、と首を傾げる影山くんはまだ幼くあどけない顔をしている。子供だなー、若いなー、と彼の少し跳ねている髪の毛を見ていたが、自分も子供だと今更ながら思い出した。というか、影山くんの方が一歳年上である。

暫く首を傾げあっていたオレ達だが、霊幻さんが痺れを切らした様に声を上げた。

 

「日向、モブは赤外線で交換しようと言ってんだ。早くしてやれ」

 

え?あ、あぁー。そういう事。そういう事かぁー。赤外線ね、ガラケーにはそんな便利なモノがあったか。忘れていた。何せ、ガラケーを弄ったのは今世を含めて何十年も前だ。今世じゃ、スマホが初めての携帯だしな。

そもそも、霊幻さんもガラケー勢だからか知らないのか。器用貧乏であり天才とも言える霊幻さんが知らないというのは、少しだけ意外だ。彼は何でも知っている様で、知らない事もあるらしい。成る程、知っている事だけ知ってるってヤツか。このヤロ〜。

 

「影山くん、申し訳ないけども……スマホには赤外線が無い」

「え?」

「えっ」

「え」

 

何でそこまで驚くの。世紀の大発見みたく目を見開く二人を見て、オレもびっくりしてしまった。暫く三人とも黙っていたが、オレがため息を吐くと、止まった時が刻み始めた様に彼らも動き出した。だが、その表情はまだ驚愕のままだ。

どうして、そこまで驚くのかわからない。スマホの裏側を見てみれば、赤外線に必要なあの黒いモノが無いではないか。そこから予想はできないのだろうか?と思ったが、そもそも彼らの周りでスマホを持つ人物がいたかどうか怪しい。テレビのCMだってそんな事は言わないし、特集だってココがすごい!としか言わない。言ってくるのは、スマホを買った時についてくる説明書か、携帯ショップの店員さんぐらいだ。まぁ、店員さんは質問をしないと必要最低限の事しかしてくれない。あとはカリキュラム通りの言葉の羅列。たまに変なコースとか勧めてくるしな。まぁ、商売なのだから仕方が無いが。

 

「スマホに赤外線が無いだとっ!?連絡先から写真まで、ありとあらゆるデータを送れる赤外線が無い!どういう事だ!日向!?」

「どういう事も何も、無いったら無いんですよ。というか、赤外線にも送れる容量あるでしょうに」

「あんな便利な赤外線が無いの……?衝撃だ……」

「影山くんもさ、この世の終わりみたいな顔しないで?」

 

ガラケーをずっと使っているヤツからすれば、当たり前の様にあったんだから、無いって聞いて驚くのは仕方が無いか。オレもガラケーからスマホに乗り換えた時に、赤外線がない事に驚いたからな。

スマホに赤外線が無い事を知った二人に内心苦笑いしながら、オレは影山くんの携帯を借りる。連絡先一覧を開くのにも時間が少しかかる彼に任せていたら、すぐには終わりそうに無いのでオレが操作することにした。何も躊躇無く渡してくる影山くんの素直さに、尊敬を抱きながらも、ポチポチと素早く連絡先一覧を開く。

新規作成から自分の名前と、電話番号、メールアドレスを打つ。

 

「早い……」

 

影山くんが何かポツリと呟いたが、優先事項は今コレになってるので、無視を決め込む。

影山くんのガラケーに自身の連絡先を打ち終えたオレは、両方の携帯を入れ替え、右手にスマホ、左手にガラケーの状態にする。買って貰ったのは最近なのに、前世に使っていたスマホと同じ機種にしたからか、最早使い慣れたと言って良いスマホのホームから連絡先一覧へと飛ぶ。新規作成、影山くんの名前と電話番号、メールアドレス。あと一応、誕生日と住所だな。あんまり必要無いけど。住所は年賀葉書ぐらいか……誕生日は毎年相談所で祝っているので、脳にインプットされてる。だから登録する必要ないんだが……まぁ念のためだ。

 

「登録完了っと。はい、影山くん」

「あ、ありがとう」

 

パチンと影山くんの携帯を閉じて、手渡す。その間にオレはスマホをズボンのポケットに入れた。同じ様に影山くんもガラケーを直す。

 

「打つの、早いね」

 

影山くんが携帯を直している間に、未だ驚きのあまりドコかを見ている霊幻さんの弁慶の泣き所をゲシゲシとピンポイントで蹴る。歳の差を感じていたのだろうか、遠い目をしていた霊幻さんはオレが心を込めて贈る蹴りに痛みを感じて、痛い痛い!と半泣きになって逃げた。

逃げ出すのと同時に先に歩き出した霊幻さんに、小さく舌打ちしながら、ついて行く。影山くんも慌てた様についてきたと思えば、そんな事を言ってきた。

 

「まぁな。使い慣れてるし」

「えっ、でも入学祝いで買って貰ったって……」

「そうだな。一、二週間前ぐらいかな」

「そんな短時間で打つのが早くなるの?」

「ふふん、オレぐらいのレベルになると文明機器は縄文土器みたいなモノだよ」

「……そうなんだ」

 

いや、信じるなよ。どんだけ純粋なの、ピュアなの。びっくりだっての。自分でも言ってて意味がわからない言葉を、へぇみたいな目で見ながら肯定するなよ。

影山くんの態度に驚いていると、ポンと誰かが肩に手を乗っけた。振り向くと首をゆるりと振る霊幻さんの姿が。成る程、諦めろって事か。まぁ、彼は霊幻さんの言葉を鵜呑みにする程の純粋さだ。仕方が無いか。

というか、霊幻さん……アナタ先に行ってませんでした??どうやって後ろに回ったのさ。気づかなかった……。

 

「ま、使い慣れたら早くなるさ」

 

気休めで言ったのがいけなかったのだろうか。ふと止まる影山くんに首を傾げていると、彼はまたもやこの世の終わりの様に絶望した顔でこう言った。

 

「五年使ってるのに、未だ使い慣れない僕って……」

 

……そういや、そうだったね。

 

フォローのしようがなかった。

 

 




スマホに赤外線が無いと知った時の絶望感は半端無い。


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第九話② 携帯電話

 

 

「これの場合は、3を=の右側に移動させる」

「うん」

「で、その時+3は=を跨いだ事で、−へと変わる。元々右側にいた7から3を引いたのが答えだ」

「なるほど」

 

公園の除霊依頼の後、オレの分のたこ焼きを頬張りながら、影山くんへ勉強を教えていた。科目は数学。彼は破滅的に数学がダメらしく、赤点を回避する事の方が奇跡らしい。

明日が中学二年生に上がる始業式なのに、中一の復習をする影山くんには感嘆の声を上げるが、方程式がわからないってちょっと致命的だと思う。しかも、一年になったばかりのオレに教わるこの事実。影山くんは気にしていないらしいが、まぁ彼にプライドが少なからずあれば頼んできてないだろう。

因みに今、解いている数式はコレだ。

 

x+3=7

 

簡単だ。超簡単だ。なのにわからない、致命的である。それに、数学だけが苦手っていう影山くんもある意味凄いと思うが。

オレの場合は英語である。世界共通語である英語とはいえ、元は他国の言葉だ。何故に覚える必要がある。オレたちゃ日本人だぞ。前世はそう言って、英語が理解できず散々だった。今世は全然マシな方だが、英語喋れと言われても片言な自信がある。発音にセンス無いのがオレだからな。

 

「あとは同じ様な問題ばかりだから、同じ様に解いていけばオーケーだ」

「ありがとう、日向くん」

 

理解したらしい影山くんはさっきよりもスラスラとその問題を解いていた。どうやら要領が悪いだけで、別に頭が良くないわけでは無い様だ。数学以外の教科全て平均点ぐらいだと言っていたし、そんなモノか。

ぼーっと影山くんの動かすシャーペンを見ていたら、ふと時間が気になった。十六時五十分。大丈夫、まだまだ時間がある。

影山くんがそのプリントを解くのに少し時間がかかりそうなので、暇潰しに携帯でも見とくか。スマホを取り出し、ロック画面を開く。十五時五十分。指紋認証で素早くホーム画面に移った。

 

「…………霊幻さん」

「なんだ」

 

デスクに置いてあるPASOと書かれたノートパソコンの画面を見ながらマウスを忙しなく動かしていた霊幻さんは、此方の呼びかけに短く答えた。

その間もオレは電源ボタンを押して、画面を暗くし、またロック画面を開きホーム画面に移る。それを何度も繰り返す。やはり、数字は変わらない。チラリと、丸い縁の時計を見る。秒針の針はちゃんと動いていて、長身は正確な時間を表しているのに、どうにも短針だけが微妙に本来いる位置と違っている。はぁ、とため息が出た。

 

「あの掛け時計、壊れてません?」

「え?」

 

ひょいっと顔を上げた霊幻さんの表情は驚愕に染まっていて、目を細めてジッと掛け時計を見据えた。

 

「うわっ、ホントだ。帰ってきてから合わせたばっかなのに……」

「短針だけ壊れるって妙ですねー」

 

霊幻さんの口調や表情から何度もなっている事だと推測する。実際にそうだろう。買い換えようか、と悩んでいるのだから。そもそも、この短時間の間に一時間もズレるなんて致命的だ。影山くんの数学並みに致命的かもしれない。

オレが暇潰しに携帯を取り出し、時間を見なければいつまでもずっと一時間後であったであろう、掛け時計をジッと見てから、オレは一つの提案をする。

 

「直しましょうか?」

 

あの掛け時計。

直るかは不明だ。そもそも時計には詳しく無いし、時間を合わせることしかできない。解体し、原因を突き止め、直すなんて事オレにはできないと思うが、まぁできそうな気もするのがこの神秘的な力というモノだ。つまり、超能力で直そうか?という事であった。

え?できるの?と何か言いたげな霊幻さんを無視して、掛け時計をテレポートで引き寄せる。霊幻さんと影山くんの顔が驚愕に染まった気がした。

 

「おま、いつの間にそんな芸当を」

「日向くん、凄い」

 

お褒めに預かり光栄です。

手元に来た掛け時計に手を当てて、中身の様子を見る。オレのできる事の一つで、精神感応、つまりテレパシーで掛け時計のどこが壊れているのかを調べる。ふむふむ、見つけたぞ。ちょっと歯車が狂ってるな。進むスピードが短針だけ遅くなっているわけだ。そこの歯車の回るスピードが遅いのだから。

 

「いつの間にって言いますけど、一、二年ほど前からできる様になってましたよ」

 

テレポートで歯車を回している部品だけを取り出し、念動力で部品がなくなった事で崩れるそうになる時計を支える。なるべく、そのままの状態で。

 

「オレが超能力でできる事、知ってますよね?」

 

そう問いかけると、霊幻さんはコクリと頷いた。

 

「あ、あぁ。念動力に瞬間移動、あと精神感応……だったか?」

「日向くん、そんなにできるの?凄い」

「モブよ、日向とは幼馴染じゃないのか?何で知らないんだよ」

「幼馴染……?そうなんですか?」

「おい」

 

幼馴染とは、幼い頃から親しい友人の事を指すらしいので、まぁ合っているはあってる。彼とはオレが幼稚園児の時からの付き合いである。友人よりも、幼馴染と言った方が正しいとも言えるな。

そもそも小学生の時に影山くんに、僕と日向くんって友達だよね?と聞かれた時があったからなぁー。これだけ付き合っておいて、友達じゃ無いとか思っていないわけじゃ無いだろうに。素直なのが影山くんの美徳だが、どうにも自分に自信が無いのが彼だ。まぁ、自分に自信があるって方が珍しいっちゃ珍しいが。

 

「話を続けるけど、結論だけ言いますと、能力の併用ですね」

「ん?どういう事だ?」

 

部品をじっくり見ながら、テレパシーでどういう風に壊れているかを見る。念動力を使い、少しずつ直していく。細かい作業だが、伊達に鉛筆を削ってきたわけでは無い。今じゃ、電動削り機と同じ速さで鉛筆を削れる程だ。

 

「そのままの意味ですよ。前までは自分の体か触れた物体しかテレポートできなかった。しかし今じゃ、遠くにある物体もここへ転送する事ができるんですよ」

 

種明かしはこうだ。オレはこの三つの能力を併用する事で応用力の幅を広げている。

今の自分の手元にないモノを引き寄せるのは、精神感応と念動力、瞬間移動、全てを使って行う。

ここ数年で超能力もグレードアップしたオレは触れずに精神感応ができる様になったし、瞬間移動の幅も広がった。勿論、念動力の強さもだ。

 

「念動力と精神感応で位置や物体の大きさや重さを把握、瞬間移動で特定の位置へ飛ばすんです」

 

つまりだ。精神感応を念動力で飛ばし、持ってきたいモノを測定、把握。次に、同じ要領で飛ばしたい位置を把握、そして瞬間移動で飛ばす。という事だ。ほら、簡単。

 

「ほら、簡単。じゃない。簡単じゃないよ、日向君」

 

霊幻さんが何やら、俺でもわかる、簡単じゃ無い、とか呟いて頭を抱えているが無視だ。基本的に彼を無視するのがオレのセオリーである。あぁいう状態の霊幻さんは放っておいた方がいい。絡んでもウザいだけだ。

影山くんは尊敬の念を惜しみなく送ってきているが、やめてくれ、オレが律くんに殺されそうだ。包丁持ってこっち来る律さんの姿が安易に思い浮かべられるんだけど!重症ですかね!というかどんなヤンデレブラコン!?

因みに、触れていないモノを飛ばせる事以外にできる様になった事がある。

能力の併用。

それが本来できない事は、超能力者なら誰でも知っている事だ。影山くんは念動力一筋な感じで、他の能力も持っていないが、幾らぬぼーっとしている彼としても無意識にそれを避けているはずだ……多分。

何も能力の併用とは、別の能力と掛け合わせる事だけでは無い。

例えば、剣を持った騎士がいるとしよう。相手からの斬撃を受け止めた騎士はそのまま攻撃ができるだろうか?否、できない。必ず弾き返してから攻撃するはずだ。能力の併用ができないとはそういう事だ。

オレ達は万能に近い能力を持っていたとしても、できる事が限られてくる。できたとしてもコントロールが効かないからだ。無意識に使っているとしているのならば、自然にできてしまうかもしれないが、意識的ならそうもいかない。意識的にできるか否かは、まぁ訓練次第というわけだ。

 

「僕にもできるかな……」

 

影山くんのそんな呟きを聞きながら、部品を瞬間移動させ、元の位置へ戻す。少しズレた部品達を念動力で戻しながら、クルクルと短針を今の時間に合わす。十六時丁度。スマホの時計はいつだって的確だ。

 

「平々凡々なオレにだってできた事だ。影山くんなら楽勝だろうな」

「そうかな?」

「そうだとも」

 

同じ超能力者であるオレが保証する、と言えば、影山くんは小さく笑った。

カチカチと音を立てて秒針を動かす真っ白なシンプルな時計はちゃんと直ったと思う。当分は正確な時間を刻んで知らせてくれるだろう。いやはや、やはり超能力ってのは便利だな。オレ、時計を弄ったの今回初めてだってのに。

 

「直りましたよ。当分は大丈夫でしょうね」

「おー、ありがとな」

「また壊れたら言ってください。直しますから」

 

霊幻さんとそう受け答えをしながら、瞬間移動で掛け時計を元の位置へ戻す。現在、十六時二分。携帯を取り出す。よし、正確だ。

さて、数学の続きやりますかね。影山くんにプリントが終わったかどうかを聞けば、完璧という様にドヤ顔で言ってきた。そんなに難しい問題ばかりではなかったはずだが、影山くんは単純らしい。純粋とも言うが。まぁ、いいか。

来客用のソファーに座り、影山くんからプリントを貰う。赤ペンを持ち、丸付けを開始する。その間に次のプリントを超能力で影山くんへと渡した。

 

「それはちょっと応用だけど、基本的には解き方が一緒だからできるはずだ。頑張れ」

「う、うん」

 

アドバイスと丸付けを同時にこなすオレを、ジッと見ていた霊幻さんに目線だけを寄せると、彼は気づいたのか苦笑いを浮かべた。

 

「お前、将来便利屋でもしたら?」

 

唐突に言われたその言葉にオレは丸付けを止めて、きょとんとする。

成る程、便利屋ね。超能力は便利だし、ほとんどの事ができる。霊能業者と同じく、不安定な職かも知れないが、その方がオレに合ってるのかも知れないな。

 

「良いかも知れませんねー、それ」

 

なんだか面白くて可笑しくて、クスクスと笑うオレに霊幻さんも影山くんも目を見開いた。その様子にオレは笑うのを止めて首をかしげる。どうしたというのだろうか?

 

「「笑った!?」」

 

ハモってる。

あぁー、そういう事。そりゃ、オレだって笑いますよ。例え、無表情の鉄筋野郎でも、超能力を使えばちょちょいっと…………って、アレ?超能力、使ったっけ?

 

「え?」

 

マジで…………?

 

今世一番の衝撃かも知れない。

 

 




たまにはタイトルと関係無い話を。


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第九話③ 携帯電話

 

 

スマホを弄る。ヘッドホンから流れてくる音楽は軽快な音を発していて、自然にリズムを刻んでくれる。

十七時四十五分。六時の会議まであと十五分である。この調子で歩いていると間違いなく間に合わない。多分十分ぐらいオーバーするかもなぁ。

テレパシーを使ってスイスイっと人混みを避けて歩く。こういう時、この能力は便利だ。人の歩くスピード、行く方向を直感的に感じ取って避ける。これが、ちょっと楽しいので癖になりそうだ。路地裏に入ると、オレは周りに誰もいない事を確認して、トンと跳ねて、跳んだ。

一瞬にして大空へ躍り出る。ふわりとした独特な感覚のあと、重力に従って急降下する自分が着ている服は上へと上がる。落ちる事に慌てるわけでもなく、もう一度テレポートをして、先程と同じ高度に出て、それでいて先程と違う場所に出る。下にいる人々が豆粒程度にしか見えず、多分オレの事も鳥ぐらいにしか見えないだろう。写真撮られて拡大されたら終わりだが、それすらさせないぐらいに素早く転移する。

それを何回か繰り返していると、目当ての建物が見えてくる。人気の無い場所に建てられたそれは爪の第八支部だ。

 

「っとと」

 

急に地に足をつけたからか、バランスを崩しそうになるのを堪える。二、三回跳ねてから、周りを見渡すと目当ての部屋だ。会議をする場所であるそこにはもうほとんどの幹部達が揃っていた。

キュッキュと綺麗に拭かれた床を踏む音が鳴る。それを少し楽しみながら、支部長が座る席へとオレは座った。キィ。椅子が軋む。

もう一度、幹部達を見る。その表情は驚きという言葉が似合っていて、何だか面白い。笑いはせんが。暫く、口をパクパクとしていた彼らだが、やがて言葉を揃えて叫んだ。

 

「「「「支部長がいる!?」」」」

「あー、うん。失礼だな、オマエら」

 

支部長だってちゃんと時間を守るよ。

ヘッドホンを頭から外しながら呆れたような目を向けていたら、彼らはまだ驚いているのか目を見開きながら、捲したてる様に質問をしてきた。

 

「大丈夫ですか!支部長!何かの病気!?」

「まだ十分前だぜ!?大丈夫か!」

「支部長殿にしては珍しいな」

「君も時間を守る時はあるんだねー」

 

口々に失礼な事を言う幹部達。順に委員長気質な副支部長、世話役の青年、筋肉隆々な人、そして小さな女の子だ。名前は、副支部長が旌旗(せいき)、世話役青年が城山(きやま)、筋肉隆々が有高(ありたか)、小かった女の子は(きり)という名前だ。ここにはいない双子は小越(ここし)兄妹と言い、兄は継義(つぐよし)、妹は継美(つぐよし)と言う。読みは一緒なので、兄をつぐ、妹をよしと互いに呼んでたりするのがあの兄妹の特徴だ。オレもそう呼ばせてもらっている。 女の子なのに〝つぐよし〟なのにはスルーだ。

 

「まー、偶にはこういう事もあって良いと、オレは思うんだがな」

 

スマホを弄り、ヘッドホンから流れる音楽を止める。リズミカルなステップを刻んでいた音たちはオレにワンプッシュで止められて、少し不満そうだ。後で再生するとしよう。

 

「というか、あの双子は?」

 

辺りを見渡してもあの二人はいない。二人一組な彼らはいつも一緒にいて、仕事の時も一緒だから、二人共ここにいないと可笑しい。因みにあの二人が離れたりするのは、喧嘩した時ぐらいである。

オレの疑問に答えたのは四人の中で比較的冷静だった桐さんだ。彼女は執務係を務めているだけあって、支部団員の纏め役である双子の行動は知っているのだろう。

 

「あの子達は見つけたナチュラルの子供の勧誘に失敗したらしい団員にスカウト講座してるよ」

「あっ……そう」

 

憐れ、名も顔も知らぬ団員よ。あの双子の講座は長いったら長い。クドクドと途切れる事なく紡がれる言葉の数々は精神的にも体力的にも結構来るモノがある。オレは一回受けただけでノイローゼになりそうだった。

団員達は頭が固い。社会から漏れ出た大人だから仕方ないとは思うが、オレ達がどうしようとその固りに固まった思考は程よく柔軟してくれるわけもなかった。そんな彼らがナチュラルの勧誘。どうせ断られて強硬手段に出ようとしたところで返り討ちにされたのだろう。馬鹿な奴だ。

ってか、桐さん。あの二人をあの子達呼ばわりって流石ですね。オレにはできん。そもそも年上なのだから、どうしても子供のようには扱えない。あの双子は大学生だし。中学生なのはオレと桐さんだけで、旌旗さんは高校生、城山さんと有高さんは社会人だしな。改めて思うと、何だこのメンツ。

 

「ま、あの双子は置いといて。さっさと始めようか。オレ、腹減ったからさっさと帰りたいんだよ」

 

オレの昼ご飯、霊幻さんに奢ってもらったたこ焼きだけである。そりゃお腹空くし、何よりあまり遅くなっては父親に何て言われるかたまったもんじゃないからな。なるべく早く帰りたい。

オレの言葉を聞いた彼らは一斉に頷く。どうやら賛成のようだ。執務係の桐さんが立ち上がり、各幹部達に資料を渡していく。そんなに分厚くないコレは二枚組みであった。いつも通りの枚数である。

サラッと目を通したオレはみんなの方を向く。すると委員長な旌旗さんが手をピンと上げてきていた。流石委員長、手を挙げる姿も綺麗だな。背筋真っ直ぐだ。オレは目で続きを促すと、先程の桐さんが言っていた団員の事ですが、と前置きした。

 

「その団員は爪の情報を話したらしいです。流石にこの場所や、詳しい事は言わなかったそうですが」

 

旌旗さんが纏めてられている資料を見ながらそう言ってきた。あー、なるほど。そういう事、ね。

詳しい事を言わなかったとなると、内部構成とかは言わなかったのだろう。どうせ超能力者がわんさかいる、とかそういう類の話だと思われる。まぁ、そんなわんさかいるわけでもないけど、百人は超えてそうだもんなぁー。

 

「で、何を話したんだ?」

「爪の超能力者の大体の数。爪の目的。あと、幹部の特徴である〝傷〟も話したみたいです」

 

ほーん。という事は、そいつに顔を見られただけで爪の幹部だと悟られるわけだな。うーん、厄介な。にしても、そのナチュラルの能力者。相当強力な奴だな。超能力者じゃないとは言え、大人を簡単にいとも容易く押し退ける程の能力。影山くんまでとは行かずとも、強力な奴な筈だ。日常生活にすら役に立たない能力とは違うだろうなぁ。

 

「そのナチュラルの情報あるか?」

 

そうオレが問うと、そうですね、と旌旗さんは目を瞑る。能力を発動させているのだろう。彼の能力はオレも使える精神感応。だが、無機物限定である。彼曰く生物は読み取るのが難しいらしい。曖昧な、変動する記憶だからだとも言っていた気がする。それに比べて、無機物や機械はある一定パターンだからわかりやすい、らしい。なんとなく、で使ってるオレとしては良く分からない話だ。

多分、この施設にあるメインコンピュータに入り込み調べているのだと思われる。彼の能力の範囲は計り知れず、電子機器の電波を通してならば全世界にも届くだろう。ぶっちゃけ、彼にかかればどんなセキュリティーロックが掛かっていようと、難なくすり抜けてしまう。足跡も残らないハッキングと言えばいいのだろうか、ゾッとする。

因みに、調べられるだけで操る能力は無いらしい。まぁ、あったらあの五超である羽鳥さんと同じ能力だもんなぁー。

 

「わかりました」

 

ゆっくりと眼を開いた旌旗さんは、こちらを向いた。

 

「名前は花沢輝気。黒酢中学校の生徒で明日から二年生だそうです。能力は典型的な念動力者。念動力を生かした機動力が強く、そこらの瞬間移動使いよりは速いかと思われますね」

 

念動力による高速移動かな?瞬間移動よりは遅いけど、確かに使い慣れればそれなりに速いかもしれない。

しかし、黒酢中か。塩中学校から結構近いんじゃなかろうか。歩いて数十分の場所にある筈なのだが、そうか。そんな近くに同じ超能力者がいたとはなぁ。まぁ、目の前にいるコイツらだって超能力者だし、前にも言った通り、知らないだけで世間に溢れているのかもしれない。

 

「超能力を上手く使い、たった一年で裏番長にまで上り詰めた人物です。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と三拍子揃った完璧人間らしく、付き合った彼女は数知れない……と…………」

「旌旗さん、気持ちはわかるけどさ、資料を折り曲げて更には破く事は無いんじゃないか?」

「ハッ!す、すみません!支部長!つい!」

 

あ、〝つい〟で破いちゃうのね。と思ったヤツはオレだけじゃないはず。

そもそも、それは桐さんが作ったモノであり、彼女はそういうの得意と言っても好きで作っているわけではないかと思われる。しかし、少しだけでも努力して作った資料を他人に破られる所を見たら、幾ら温厚な彼女でも怒ると思う。ほら、もう既に桐さんの周りがバチバチと謎の青白い閃光が……。

 

「旌旗クンさぁ?そんなんだからモテないんだと思うんだよねぇー?」

 

あぁ、もうとオレは頭を抱える。城山さんと有高さんはちゃっかり避難してるし。まぁ、防御できないよね。絶縁体とか持ってないと、無理か。オレにはバリアがあるけども。

ゆらりと立ち上がった桐さんに旌旗さんはあたふたと首や手を左右に振る。

 

「えっ、いや!それは今関係ないかと!?」

 

旌旗さん、それは火に油だよ。ガソリンだよ。

青白い閃光を発して旌旗さんを丸焼きにしようと追いかける桐さんを無視して、会議を続けるとしよう。いつの間にか会議室をくるくると回ってた彼らだが、扉をぶち破って出て行ったからな。アレ、直すの結構金使うんだけどなぁー。

桐さんは人の努力を踏み躙る人が嫌いだそうだ。例え、それが無意識であろうと、容赦ない。憐れ、旌旗さん。黒焦げになってたら綺麗に埋葬してあげるから。

 

「さて、彼らは放っておいて、続きをしようか」

「いいのか?支部長殿。旌旗殿が黒焦げになる未来が見えたが」

「あー、大丈夫だろう。あぁ見えて旌旗さんは精神感応者(テレパシスト)のクセして、身体は丈夫だからな」

「ならいいが……」

 

有高さんの言葉に適当に返しながら、オレは手元にある少しだけ焦げ付いた資料を見る。黒焦げになった部分は何とか字が書いてある部分を避けていた。ラッキーである。

有高さんの能力は透視能力。未来、過去、そして現在のありとあらゆる事象を見る事ができる、ある意味チートな能力の持ち主だ。ただ、見る事ができるのは、実際に起きる事や起きた事であり、つまりは旌旗さんと対称的な能力みたいなモノだ。

有高さんはコンピュータの中や、遠くにある看板に書かれた文字や、建物の場所は見れない。ただし、誰かがあの場所に入って行った、という事象が起きたり、起きそうになれば、誰なのか、どの場所なのか、何故入ったのかを知る事ができる。まぁ、使い様によっては便利なのだが、面倒くさい能力というのがオレの印象である。

因みに、桐さんの能力は発電能力。と言っても、静電気を操っているだけらしい。静電気は摩擦などで起きた電気を身体の内に帯電し、電圧が高くなると逃げる性質を持つモノだ。冬とかでドアを開けようとしてバチッとなるアレだ。

彼女は日頃発生した静電気を身体の内に帯電する。ここまでは普通の静電気と一緒なのだが、彼女はそれを操っていて、本来の電圧よりも溜められる事ができるらしい。自身で電気を発生させたりできないが、こうして日頃発生するモノを溜めて、操る事ができる。発電できないのは惜しいが、電気を操るってだけで強キャラ感が半端ない。

 

「(しかし、あと二ヶ月もすれば梅雨の時期だってのに、大丈夫か?)」

 

彼女の弱点である湿気が増える時期はもう直ぐだ。なのに、あんなに使って大丈夫なのだろうか?まぁ、彼女も何も考えていないわけじゃないだろうから、大丈夫か。

 

「それじゃ、城山さん」

 

飛び出していった旌旗さんと桐さんを恐怖が混じった目で見ていた城山さんに、オレは話しかける。オレの声が聞こえたのか、恐る恐るという様にコチラを向いた。

オレは城山さんが怖がらない様に、念動力で精一杯の笑顔を作りながら、お願いをする。

 

「コーヒー、入れてきてくれないか?ミルクと砂糖も入れて」

「は、ハイッ!」

 

不味いの作ったら容赦しないから。と目で訴えたら、疾風の如く給湯室へと向かった。

城山さんはオレのお世話係だと言った事があると思うが、正確にはパシリだ。気さくな彼だが調子に乗りやすく、それにビビりであるために、オレや幹部達には従順だ。まぁ、彼は団員達には虚勢を張るが、幹部達には弱腰である。年上で大人なのに。

と言っても、彼の能力も相当強力なのだが、それを生かせるのは彼が心の底から恐怖した時と、怒った時だけ。そんな彼の能力は身体能力強化である。無難であり単純がゆえに強力。一回、幹部達全員と手合わせしたんだけど、その時に凄い勢いで殴られました。いやー、あの時は油断したね。それと痛かった。

 

「城山さんが戻ってきたら、会議の続きを始めよう」

 

そう提案すると、有高さんはコクリと頷いた。

椅子の背もたれにもたれ掛かったオレは城山さんが戻ってくるまでの暇つぶしに、音楽の続きを聴くことにする。首にかけていたヘッドホンを耳にかけ、スマホを取り出して、再生ボタンを押す。十八時十五分。そんなに時間は経っていなかった様だ。

 

「(もうすぐ充電切れそう)」

 

右上に表示されるバッテリーの容量残高を見ながら、漠然とそう思った。よくよく考えてみれば、50%もあるんだから、すぐには切れないというのに。

 

 




無難な能力しか思いつかない。


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第十話① 花沢輝気

 

 

梅雨の時季に入り始める月。中間テストも終わり、通常の授業が戻ってきた五月下旬。

一年生にして生徒会に入った同級生であり、幼馴染の弟である影山律くんとは違い、このオレ日向湊は帰宅部という部活を堪能していた。

因みに中間テストの結果が返ってきたが、皆が皆、うぉー!と喜んだり、うがぁー!と嘆いたりしてる中、淡々と丸付けしてたのはオレと律くんだけだったりする。ハッキリ言って中学一年の習う範囲は完璧であり、それでいて簡単すぎてテスト中暇であったので、全て80点を取りに行くという事をしていた。どれがどれにどれだけの配点をされているのかと、教師側の気持ちになって考えるのは楽しかったが、コレを他者に言うと殺されそうなのでココだけの秘密だ。前世では平々凡々なオレであったので、皆が真剣なテストでこんな事をするヤツは殺したい、と思う。つまりオレ。

まぁ、それはさて置き、授業が終わった今日、平日。除霊依頼予約もない霊とか相談所に行くわけでもなく、会議もない第八支部へ行くわけでもなく、塩中学校から少し離れた黒酢中学校に来てます。

塩中学校と違い、少しだけ趣きのある校舎からは下校時間だからか、生徒達が次々と下校していた。校門に立つ学ラン姿の子供は、ブレザーの大群の中では際立つ。周囲に見られているのを感じながら、オレは一人の人物へと声をかけた。

 

「なぁオマエ、花沢輝気って知ってるか?」

 

約一ヶ月半程前、第八支部の会議にて出たナチュラルの名前。名前や能力、所属の学校までは知ってるが、生憎容姿は知らない。

あれから特に団員に聞くとか、自分で調べるとかしてこず、今日もなんとなく会ってみようと思い立ったのが原因である。まぁ、オレのせいか。

オレの声に反応した逆立った黒髪の少年は、オレの方を向いてガンくれて来た。人選ミスったかも知れない。

 

「あ"ぁ!?てめぇ!テルさんに何の用だよ!」

 

うん、ミスった。

青筋浮かべながら此方を睨んでくる不良(仮)を見ながらそう思った。泣きたい。

しかし、この不良(仮)は花沢輝気の事を知らないという事もなく、あだ名にさん付けでしかも何の用だと言ってきた。テルってのは輝気から取ったとして、何故に不良(仮)が花沢輝気相手にさん付け?

 

「(あ、そういや裏番だっけ)」

 

そう、花沢輝気は二年生でありながら裏番長の座に上り詰めたとか何とか旌旗さんが言っていた気がする。彼の情報は正確なので、目の前のコイツは舎弟みたいなモノなのだろう。

 

「いや、ここに強いヤツがいるって聞いてな。名前は花沢輝気と言うらしい。容姿までは知らないから、こうして尋ねてるだけなんだが」

 

何の用だ、と問われながら答えないオレ。もしくはお茶を濁す、話を逸らす。

嘘は言っていない。花沢輝気は超能力者であり、大人を退ける程の実力を持つ。こうして裏番にまでなっているのもあるが、実際に彼に会った団員に聞いた話が元だ。超能力はなくとも格闘技をしていた団員の拳をたやすく避け、平手打ちを入れられたらしい。しかも鳩尾に。うわ、痛そうと思いながら聞いていたのだが、格闘技をしている大人を平手打ち一発で倒す中学生、って字面にしてみるといかに凄いのがわかるだろう。

オレの言葉を聞いた不良(仮)は目を見開いたと思うと、さっきよりも剣呑な雰囲気を発して睨んできやがった。

 

「おまえみたいな小せぇやつが、テルさんに敵うと思ってんのか?」

 

しかし、不良のクセにあんまり服を着崩してないのは面白いな。ブレザーのボタンを閉めず、シャツのボタンを一、二個外して、ネクタイを緩めただけ。ズボンはズラさずにちゃんと着ているし、タバコの匂いもしない。なるほど、道はそれほど外れていないらしい。ただ、暴力的なだけで。

 

「敵う、かどうかはやってみないとわからないな」

 

実際に会った事もないし、情報だけじゃ実力なんて分からないし。肩を竦めながら、そう告げると彼はどう受け取ったのか、ニヤリと笑った。

 

「テルさんと殺りたかったら、オレを倒してからにすんだな!」

 

黒酢中学校番長!この枝野剛をな!!

枝野剛と言うらしい。記憶の片隅にでもインプットしておこう。どこでどう会うか分からないしなぁ。しかし、コイツが番長。成る程、裏番長とは番長より強いヤツの事を指すらしい。まぁ、ボスの裏ボスみたいなモンか。

何故かやる気になっている枝野剛は自分のカバンを地面に置き、大きく振りかぶって殴りかかってきた。ホームラン!とさせるわけにもいかず、反射的にその腕を掴み、素早くターン。掴んだ腕を引っ張る腕と手と、コンクリートを踏みしめる脚へと力を込める。そして、思いっきり、背中のヤツを地面に向かって投げる!受身取れないと痛いぜ!

 

「がはっ!」

「良しっ、一本!」

 

柔道やった事ないけど。何となくかっこいいからってやってて良かったかも知れない。

オレがやったのは皆さんご存知、背負い投げ。某頭脳は大人見た目は子供に出てくる探偵のおっさんの必殺技だ。前世に見てたんだが、あの背負い投げはこう、くるモノがあり、少年心をくすぐられるモノがあり、デカイ縫いぐるみ相手に何度もしていた事がある。その成果がコレだ。やったね。

背中を抑えながら悶える枝野剛を見ながら、内心ガッツポーズを取る。受身が取れなかったらしい。痛そうだ。けれど、さっき小さいとオレを侮辱した事への仕返しができたので、良しとする。オレは寛大だから、見逃したふりをしてから仕返しをするから、覚えておくといい。

 

「で?倒したが?」

 

枝野剛にそう言いながら首を傾げると、起き上がった彼は更に眉間に皺を寄せて睨んできた。彼の目を見ていたら、ぜったい教えてやんないもんねー!と某マフィア漫画の牛みたいなセリフが浮かび上がってきた。その事から枝野剛は相当頑固なんだろう。

その事に感心していると、またもや此方に殴りかかってきた。同じ要領で一本背負い投げをする。同じ様に投げられた枝野剛はまた、殴りかかってくる。またもや一本背負い。ぐへぇ、と潰れたカエルみたいに地面に横たわっている彼を見ていると呆れも出てくるモノ。受け身が取れなかったんだろう。痛そうな声にもうやめろよ、と言いたくなる。コレで三回目だ。

 

「……へへっ」

 

中々花沢輝気の居場所を教えてくれず、何度も殴りかかってくる相手に寛大なオレも少しイラッとくる。それも、ニヤリと笑われたら。勝利を確信した笑み、そんな笑顔を彼は浮かべていた。

取り敢えず、このイラつきを奥にしまい首を傾げる。何故、やられているのに勝利を確信しているのだろうか?謎だ。

 

「テルさんを呼んだ。これでおまえはもう五体満足で家に帰れねぇぜ?」

 

あ、そゆこと。

 

「うん。オマエが何で弱いのかわかった」

「は!?なんだと!?」

 

ガンを飛ばしてくるが、いやもうソレ小動物が威嚇している様にしか見えないから、と内心で手を振る。まぁ、小動物も人間に比べれば弱い生き物だが、彼らは彼らで身を守る為に色々な技がある。そんな彼らよりも、目の前のコイツは弱い。そう思った。

 

「そうだな、オマエを動物に例えると、コバンザメ、いや、チワワか」

「はぁ!?」

 

そう、自分を強く見せようと吠える小さな獣。そして自分より強い生き物を傘にして生きる魚。そう例える方がしっくりくる。因みに、金魚の糞じゃなくてコバンザメにしたのは、オレなりの優しさである。

オレは彼に近寄り、膝を折った。

 

「あと、動きが単調だ。相手を殴ろうとだけじゃ勝てない。攻めに回るよりも、守りの方が良いとオレは思うがな」

 

まぁ、それはオレの性格の話であって、誰にでも当てはまるわけではないが。

そもそも、相手に攻撃の意志があればそのまま戦闘になるし、後攻ならば、正当防衛だと言い訳できる。言い訳にしかならないが、相手から攻撃してきたという事実は強い味方となるだろう。だからと言って、喧嘩が良いかと言われればダメだ。喧嘩ダメゼッタイである。ま、守る気はさらさら無いけど。

 

「僕は攻めの方が良いと思うね。何かと有利だからさ」

 

確かに、最初に攻めれば主導権を握りやすい。そもそも、守りの方は後出しじゃんけんの様なモノで勝てるが、何かと攻めあぐね、一つ一つの動作が遅くなる。そう考えれば、攻めの方が良いと思うが、やはりオレは後攻の方が好きだ。

 

「テルさん!」

 

枝野剛が立ち上がって、彼の下へ駆け寄ると共にオレもしゃがんだ体勢から立ち上がった。

彼がテルさんと呼んだ人物を見る。ふわりとした金髪に、二重瞼の整った顔、程よく着崩した制服は一種のオシャレの様に思えた。彼が花沢輝気か……確かにイケメンだ。

 

「あいつ生意気なんすよ!やっちまってください!」

「君ね、そんな事で呼ぶのやめて欲しいね。まぁ、それが君の役割だし、別に良いけどね」

 

はぁ、とため息を吐く花沢輝気。良くあることらしい。番長の名前が廃るな。HPが底をつきそうなだけで、裏ボス出現て。しかもボスは結構弱い。何これヌルゲー。

けれど、簡単に出てきた裏ボスは一筋縄ではいかない相手だ。完璧な装備で行かなければならないが、そもそもオレは戦闘じゃなく、話し合いに来たんだ。別に世界の半分を貰おうってわけでも無いが。

彼の丸い目がオレを射抜く。三白眼のオレとは違い大きい瞳孔は、思わずカラコンでも入れているのか?と聞いたくなるほどだ。

 

「それで、僕に何の用かな?」

 

和やかに笑う彼だが、目だけは完璧に笑っていなかった。というか怖い。

黒い瞳が光を反射しない所為で、ハイライトが無い。そんな事でこんなに怖くなるとはな。ヤンデレ臭半端ない。

正直、相手が怒ってるみたいなので話したくは無いのだが、オレが喋らないと事態は動かない。

 

「花沢輝気、であってるか?」

「は?……あってるけど?」

 

怪訝そうな顔を向けながら一応返答してくれる花沢輝気。……もういいや、フルネームをいちいち言うのは面倒くさくなってきたので、テルさんでいいか。そこの枝野剛ってヤツがそう呼んでたし。心の内だけで呼んでおいて、あとで普通に呼べば万事オーケーか。

 

「オレは日向湊。塩中学校所属の一年生だ」

 

無難な自己紹介。趣味とか好きなモノとか、そういうモノは今はいらない。アレは学校とかでやる自己紹介で十分だ。いや、ほんと毎年やるアレなんなの。自己紹介いらないでしょ?先生がわからない?バカ言え、生徒表持ってんだぞ?写真付きで、わかるだろ。

それはさて置き、オレの自己紹介を聞いて塩中学校だと!?と驚いていた枝野剛もさて置き、オレはテルさんに向けて手を差し伸べる。欧米風だが、この方が良い気がした。

 

「オマエと友達になりにきたんだよ」

 

よろしく、と言えば、テルさんは目を見開いて固まってしまった。アレ?おーい、おーい?目の前で手を振っても反応しないテルさん。そんなにオレと友達になるのが嫌だったのだろうか?

同じ超能力者。友達にならないわけが無い。まずは信用を勝ち取って、爪へと誘う、わけでもなく、ただ単に興味が持ったからだ。超能力をふんだんに使い、中学生ライフを満喫しているイケメン完璧超人の野郎をね。

 

というか、いつ回復するんですか。テルさーん、おーい??

 

 




原作変えようか迷うけどまだ始まってないこの現状。


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第十話② 花沢輝気

 

 

花沢輝気こと、テルさんと友達になって一週間。彼のコミュ力の塊に驚きながら、見事リネンを交換し、今日遊ぶ約束をしていた。

黒酢中学校に押しかけた日は今日より五日前であり、月曜日だ。放課後は彼女とのデートで忙しいという彼のスケジュールを最優先して、遊ぶのは土曜日となった。

普通、土日を開けて平日の放課後とかにするだろうと思っていたオレだが、どうやらそんな事はなかったらしい。というか、彼女とのデートで忙しいってどういう理由だよ。旌旗さんが聞いたら、殴られるぞ。あの人力無いからあまり痛くないけど。

 

「(テルさん絶対結婚できなさそうなタイプだよな……)」

 

それか、できてもすぐ離婚するタイプ。

そんな失礼な事を考えながら、オレは玄関先で靴の紐を結ぶ。ちょっと解けていたので、前よりもキツく縛った。立ち上がり、肩掛けリュックを持つ。斜めがけするタイプで、父がコレ流行っているからと言って差し出してきたモノだ。父が言うには、オレは流行に疎いタイプらしい。確かに、何が流行だったと知っていても、今何が流行っているのか知らないからな。成る程、影山くん程でなくともちょっと抜けているらしい。しっかりしなくては。

リュックの中身は最低限のモノしか入っていない筈だ。携帯に財布、家の鍵、あとバッテリー。何処へ行くとも決めていないし、まぁ金とスマホさえあれば迷子にはならんし、路頭に迷う事はないと思う。オレが方向音痴でなければ、の話だが。

そうして、持ち物のチェックを行っていると、二階へ続く階段からドタバタという焦ったような足音が混じったデカイ音がした。多分姉だろう。二階の部屋は姉の部屋とオレの部屋しかないからな。因みに部屋を分けたのは姉が小学校の高学年になってからだ。

暫くして、パジャマ姿ではなく脚にフィットしたジーパンに白いカッターシャツ、その上に黒いベストを着た姉が駆け下りてきた。格好が中学生じゃなくて、大学生っぽく見えるのオレだけだろうか。

 

「弟よ!なぜ起こしてくれなかった!?」

「姉よ、また遅刻か。オレが起こす義理は無いし、そもそもアラームセットしてただろう?」

「私の弟だろ!?アラームは昨日ちゃんとセットしたが、何故か鳴ってなかったんだ!きっと壊れてる!」

「いや、鳴ってたぞ。そりゃもう盛大に」

「なんだって!?」

 

オレの言葉に驚きながらも姉はリビングの方へ走って行った。今頃テレビを鑑賞中であろう父親が作っていた昼ご飯を食べに行ったに違い無い。確か、スパゲッティだった気がする。美味しいかった。ただ、お湯が多いのか茹ですぎなのか、ビチョッとしてたのが欠点だな。

そんな姉に呆れたため息を出しながら、オレは玄関のドアの取っ手に手をかける。リュックを背負ったし、忘れ物も無い。良し出るか、という時に、リビングに繋がる扉が開いた。反射的に振り向く。

 

「いってらっしゃい」

 

姉が手を振りながらそう言うので、オレはフッと笑いながら手を振り返す。我ながら鼻息を出しただけで口角が全く動かないのは褒めたいところだ。この前笑えたのは奇跡だったに違い無い。

 

「いってきます」

 

そう応えて、オレは開いていた扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ」

 

待ち合わせ場所に行くと相手はもう居た。調味駅の前のベンチという一応わかる場所にしたのだが、正解だった様だ。

広場の時計台の時間を見ると、約束の時間よりも数分遅れていた。少し遅れた様だ。待ってくれた相手に申し訳なくなる。

オレは遅刻する事もあるが、無い方が多い。支部の幹部達にはオレは遅刻魔だと思われているが、アレはただ単に会議が面倒くさいだけである。この前は何となく今日は遅刻しないでおこうとした結果であり、いつもは三十分は遅れて到着する。まぁバタバタしていたら、一時間遅れるなんてことはザラなんだけどな。最低な奴だ。

 

「すまん、遅れた」

「いいよ、僕も今来たところだし」

 

コレは嘘つけ!ってツッコミをすれば良いのか、それとも彼女みたいに、そう?良かった〜なんて言えば良いのか、どっちなのだろうか。

明らかに携帯を弄っていたし、ベンチから立ち上がった時に見たズボンの皺からして、結構前からこの場所にいる筈だ。けれど、そこまで言及する気は無い。彼女と交際する事が多い彼だからこそ、反射的に出た言葉なのだろう。女ってのは面倒くさい生き物だからな。ま、男も面倒くさいが。

 

「じゃ、行こうか」

 

テルさんがそう言って歩き出すので、オレも速足でついていく。背の高い彼が悠々と歩く中、ちょこちょことついていくオレ。うん、アンバランス。

ふと、テルさんの服装を見てみる。その整った顔に合わさってオシャレなその服は、周りの女子達の視線を釘付けにしていた。今通り過ぎたカップルの片割れさんも此方を向いていて、彼氏さんが少し拗ねている。罪深きテルさん。

しかし、ホントオシャレだな。シャレオツだよ、洒落乙。……漢字にしたら違う意味になったな。

テルさんは、スキニーパンツに白いシャツ、七分袖のジャケットを着ている。センスが良いのだろう、オレには絶対思いつかない。ファッション雑誌見て着たりするけど。因みにオレはパーカーにジーパンだ。何だろ、この差。パーカーはジッパー付きなので、中央を開ける事もできるが、今日は少し肌寒いので止めておこう。因みに下はボーダーのTシャツである。

それより、ドコへ行くのだろうか。遊ぼうと言ったのはオレだが、何処へ行こうとも考えてもいなかったし言ってもない。完全にテルさん任せである。オレが何を言わずとも、斜め前を歩いているし、さり気無く道路側だ。女子にしたれよ、と思うが、そもそもデートし慣れすぎてるのかもしれない。ま、オレは野郎とのデートなんて御免被るが。

 

「何処か行きたいところはあるかい?」

「いや、特に無いが」

「そ、じゃちょっと付き合ってくれ」

 

ん?ドコに?

そう疑問を頭に浮かべていると、テルさんはスタスタと速く行ってしまおうとする。ちょっと待ってくれ、オマエの脚とオレの脚の長さが同じだと思うな!

暫くして連れてこられたのは、ショッピングモールだった。家具に家電、ゲーセンや服屋、雑貨屋等が勢ぞろいしている建物。飲食店やスーパーも完備。そんな主婦の味方のショッピングモールへテルさんは用があるらしい。

調味市最大のショッピングモールは、土曜日とあってか賑わっていた。馳け廻る子供に怒鳴る親、腰を曲げながらも歩くお婆ちゃん……大丈夫か?あの人。

 

「数週間前に引っ越してね。家具は揃えたんだけど、食器がまだなのさ」

「引っ越し?」

「そ。今は親元を離れて一人暮らしをしてるよ」

「はー、凄いな。一人暮らし、大変だろう?」

「いや、そうでも無いさ。結構楽しいよ」

 

どうやらテルさんは中学生の身で一人暮らしらしい。一人暮らしは一人で生活リズムを整えていかないといけないので、大変だ。特に食事や洗濯。親にして貰っていた事を自分一人でやるというのは結構面倒くさい。オレも前世じゃ一人暮らしした事あったが、その時は食費が仕送りだけじゃ足りなくてバイトしていた。ま、友達と外食に頻繁に行くオレが悪いんだけどさ。イイエと言えない勇気の無さは人一倍あったから。

そう思うと今の暮らしは楽である。掃除洗濯炊事、全て親がやってくれる。ナンテコッタ。こんな楽で幸せな事はないぜ。一生親の脛をかじって生きてこう。嘘だけど。

そういや、前の会議で旌旗さん(報告係)が花沢輝気をまた勧誘しに行った団員が、ナチュラルがいなくなった!って騒いでいた、なんて事言っていたな。そりゃ、こういう事か。引っ越ししたらいなくなるよな、うん。

 

「何を買うんだ?」

「さっきも言ったけど、食器。お皿とかかな」

 

最低限はあるんだけどね。

肩を竦めながら、テルさんは棚に並ぶ皿達を見定めていく。安物の所だが、その分丈夫だし、何も高いからって性能が良いわけでもない。逆に繊細な皿だってある。まぁ、中学生がそんなのを選り好みする訳でもない。ただ単に、見た目を見るだけだろう。微笑みながらお皿を真剣に見る目は良いと思うけど、その笑顔ちょっと胡散臭そうに見えるから止めておいた方が良いと思うぞ。オレが言うのもなんだがな。

色んな食器があるこの場所はただ見てるだけでも少し楽しい。成る程、多分だが女子が服屋でキャッキャウフフしてるのはこういう事だろう。野郎とキャッキャウフフなんて死んでもゴメンだが。アレは女子だから許されるんだ。

というか女子達はあんな仲良くしておいて内心じゃ、人を下に見てんだから怖い。姉はそんな事ないんだがな。ほら、そこの服屋で服を合わせ合いっこしている女子だって、〇〇ちゃん似合ってるよー?と言いながら脳内で、私の方が断然似合うし、とか思ってるんだろう、きっと。

 

「〇〇ちゃん似合うよー?(ハッ!私が着たほうが断然似合うしちょー可愛いに決まってるけど)」

 

思ってた…………女子怖い。

 

「ありがとー!でも△△ちゃんの方が似合うよ!(そんな事はないけどね!私の方がか・わ・い・いんだしっ☆)」

 

女子って怖い。ガクブル。

いや、アレは稀なケースだろう。内心で相手を貶しながら買い物をしている、休日なのにわざわざ好きではない人と出掛けている事に疑問が尽きないが、まぁ人それぞれだろう。

しかしあの二人、ストレスで胃がマッハで開かなきゃ良いけど。それだけが心配だ。

 

「どうしたんだい?」

 

そういやテルさんと買い物中でした。と言ってもオレは買うものないので、大丈夫なのだが、テルさんはもう買い物終わったのだろうか?

振り返り何でもないように装う。どうやら、これから会計に行くらしく、買い物カゴの中にはお皿が並んでいた。どんなのを買ったのだろうか、少し覗いてみる。

 

「(なるほど、小皿と丼か……必要なさそうに見えて使い道がある二つだな……にしても)」

 

柄が気になる。この大量に並ぶ食器の中からどうしてその柄を選んできたのだろうか。小さな花の絵が描かれた小皿は良いとしよう。だが、丼、テメェはダメだ。何でリアルな胡瓜の絵なのに、キャラクター要素があるのさ。残業明けのおっさんサラリーマンみたいな顔して、笑顔で手を振ってるの地味に怖いんだが。

極め付けは名前だ。どう見ても胡瓜。どうやって見ても胡瓜なのに、茄子くん。茄子くんだ。

馬を牛って言ってるようなもんだぞ。行き帰りの乗り物間違えたみたいな。

 

「は、花沢くん、これドコに……?」

「これかい?なんだ、日向君も欲しくなったのか?」

 

いや、いらない。

 

「それなら、こっちにあったよ」

 

なんて言えず、オレは大人しくテルさんの後をついていく事にした。この食器を並ばせる店もそうだが、テルさんもテルさんだ。何故コレを選んだ。謎過ぎるんだが。

暫くついて行ったあと、茄子くん食器の棚に着いた。胡瓜のおっさんが疲れた笑顔で手を振る姿が、丼だけでなく、小皿に始まりコップまで、ありとあらゆる種類の食器へとプリントされていた。他の食器達と違い、数は多く、売れていないのだとわかった。必然だ。誰がこんな食器を買おうとするのだろうか。

 

「良いだろう?これ。センスが半端ないよ」

 

あぁ、隣にいた。

やっぱ丼はやめて、こっちのサラダボウルでも。と検討しているテルさんは本当にセンスが無いのだとわかる。破滅的に無いのだ。しかも自覚なし。センス無いオレが言うのもなんだが、大丈夫だろうか?あと、サラダボウルは別にあまり必要ないモノだと思うぞ。サラダ専用の食器だし、他に使い道があまりない。それにプラスチック製なのでレンジにも入れられない。あくまでサラダボウルはサラダの食器なのだ。だから、陶器製であり形からして結構色々なモノにも使える丼の方が良い。丼だけでなく、スープなどにも使えるしな。

 

結局の所、丼にしたテルさんは会計へ行った。もうあの柄については何も言うまい。服がオシャレだからと言ってセンスが良いわけじゃない事を今回は学んだ。大事な事だと思う。

しかもあの服、テルさんが自分でセレクトしたのかと思うと店員さんがやってくれたらしい。そういうのはあまり頓着しないらしく、私服は店員さんがしてくれたコーディネートか、ファッション雑誌のをそのまま着る事が多いらしい。それで良いのか!テルさん!

 

「(あ、店員さんがテルさん見て顔赤らめていたのに、丼見てドン引きしてる……)」

 

完璧超人やイケメンは、漫画でも現実でも何処か抜けているらしい。まぁ確かに、完璧過ぎれば引くからな。イケメンはドコか残念なのだと、相場が決まっている。それにテルさんが当てはまっただけだ。

暫くしてホクホク顔のテルさんにちょっと引きながら、最初の約束場所であった調味駅前へと歩を進めた。買い物をしている最中にもう夕方となったので、解散しようというわけだ。

この後どうしようか、家に帰ってもヒマなので事務所にでも寄ろうか。そんな事をつらつらと考えていた時だった。テルさんが笑顔で爆弾を落としてきたのは。

 

「今日はありがとう」

「いや、オレこそ誘ったのに」

「別に良いよ、大丈夫。けど、そろそろ誘った理由を教えてくれると嬉しいかな」

「え?」

 

誘った理由?

 

「ただ単に遊びたかったからだが?」

 

それは興味本意にテルさんと友達になりたくて、遊びたくて。ただの買い物で終わったが、それでも楽しかった。テルさんの破滅的なセンスを知れたしな。この情報、どうしようか。枝野にでも提供しようか。結構高く売れそうだ。

ニシシシシッと内心悪どい笑みで笑っていると、テルさんがそうじゃなくて、と言ってきた。じゃどういう事だと、テルさんの方を向くと彼は笑っていた。けれど、目は笑っていなくてハイライトもない。背筋が凍りそうな笑みだった。低い身長がさらに縮んだような気がする。どうしてくれるんだ。

 

「本当の理由だよ。〝爪〟の幹部さん?」

 

気がつくと人気のない場所で、住宅街だというのに人通りが無かった。しかし、今はそれに疑問を持っている場合ではない。わかっていない様に首を傾げながらも、内心ダラダラと冷や汗を流す。

いつ?どこで?漏れた?今日?いや、ずっと大分前だった気がした。そう、副支部長が言っていた言葉の中にこんなのがあった筈だ。

 

幹部の特徴である〝傷〟の事も話した。

 

現在オレの耳には傷がある。顔、ではないが顔の一部とも言える耳は許容範囲なのだろう。横一直線に入る稲妻は、ただ転んだだけでは手に入らない代物だ。最初、コレはこっくりさんにやられたのだが、次に傷が残る様に付けたのはボスさんだ。言い訳というか、理由は話せる。とある悪霊にやられた、と。切り抜けられるが、問題はその後だ。

用心深いテルさんの事だ。疑いは晴れないだろう。さて、どうするか……。

 

「何とか言ったらどうだい?爪の幹部、通称〝傷〟?顔のその傷が特徴だって聞いたけど、違うのかい?」

 

とりあえず、テルさんの目が怖いので、言い訳もとい、理由を話そうと思う。その後の事は……何とかなるさ!………………誰か助けてっ!?

 

 




テルさんのセンスはピカイチさ☆


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第十話③ 花沢輝気

 

 

花沢輝気は日向湊の事を疑っていた。

 

始まりは一本の救援メールからだった。輝気の舎弟である黒酢中学校番長、枝野剛からのメール。

彼は自身が不利になると必ず輝気に助けを求めるメールや電話をする癖がある。それは自分よりも強い輝気を尊敬し、羨ましいと思っての行為であり、決して怠慢というわけでもない。彼はわかっているのだ。自身の力量というものを。だからこそ、裏番長の輝気を頼り、尊敬し、崇める。全ては裏番長の部下であり、黒酢中学校の番長である彼の役目。

それをわかっているからこそ、輝気もすぐ呼び出す癖にとやかく言ったりしないし、寧ろウザいとは思っていても大歓迎であった。枝野剛は、花沢輝気という主役を盛り上げる脇役、モブに過ぎない。枝野はわかっていないが、少なくとも輝気はそう思っていた。彼は自分を成り立たせる一つのピース。欠けてはならない、今の自分を形作るもの。だから、輝気はそういう彼の救援メールを無視した事はない。今回も無視する、という選択肢は生まれなかった。

 

「(他校の生徒がテルさんに用事があるらしいっす。自分が締め上げますんで!安心してください!けど、一応来てくれると嬉しいです……ねぇ)」

 

それはつまり、来いって事ではないだろうか。

そもそも、その他校の生徒やらは自分に用があるはずだ。なのに、締め上げる。やれやれ、これだから不良は考え方は野蛮だ。まずは話し合い、それから話し合いが成立しなかったら殴れば良いだけの話だ。何故その話し合い=殴り合いなのか、輝気には理解できなかった。

その考え方も野蛮なのだとは、本人は気づいていない。

これから彼女とのデートが控えている。無能力者に負けるつもりはさらさらないが、万が一に備えて怪我だけは避けないといけない。はぁとため息をついて、重い足取りを輝気は必死に動かした。

 

暫くして校門前に辿り着いた輝気の目に映ったのは、自身の部下が黒い学ランの少年に一本背負いをされている場面であった。

ほぅ、と輝気は息を吐く。枝野は弱いとはいえ、そこらの小柄な少年に負けるほど弱くはない。となれば、彼は相当のやり手なのだろう。少しは楽しめそうだ。

 

「僕は攻めの方が良いと思うね」

 

何かと有利だからさ。

何故か攻めか守りかの話をしていたので、加わりたかった輝気は自分の意見を述べた。輝気の考えは、守りよりも攻めに徹した方が良いということ。攻撃は最大の防御と言う様に、有利なのは明白。ジッと機会を窺うよりも、怒涛の攻撃で相手の手を防いだ方が自分の性に合っている。だからこその攻め。

必然的に少年とは気が合いそうにない、と輝気は思った。

ふと少年が顔を上げた。何処にでもいる普通そうな少年、それが第一印象だった。ボサボサとしたあまり整っていない髪、眠たげな三白眼、少しも動かした事がなさそうな表情筋が表す無表情。その無表情さがなければ、極々普通の少年だと、輝気は思っていただろう。

計り知れない表情。元々人の笑顔の奥にある心理を見抜く事が得意な方だと自負している彼は、少年の虚無感に後ずさる。得体が知れない、こんなのは初めてだ。

しかし、輝気が怖気づいたのは、それだけが原因ではない。彼にはあったのだ。〝傷〟が。

左耳に疾る一本の線。再生した痕だと思われるその稲妻は、輝気が持っている知識と一致した。自分を追う超能力者の組織〝爪〟。その幹部の特徴と、完全に一致。相手は超能力者だ。これは、警戒せねばならない。

ぐっと湧き上がる恐怖に耐えて、笑顔を取り繕う。口角を必死に上げたおかげか、目はちゃんと笑えなかったが。

 

「それで、僕に何の用かな?」

 

相手は爪の幹部。自分と実力が同等、あるいはそれ以上だと思わなくては。

目的は何だろうか。勧誘を避けて引越しした自分に逃れられないと忠告しに来たのか、それとも本格的に攫いに来たのか。

ぐるぐると輝気の中で考えが巡る。どう転んでも抵抗するのならば、戦闘は必須。格下相手にばかり戦ってきたおかげで、勝てるかはわからない。けれど、全力を持っていかなければ。

何故か自己紹介をしだした相手は、右手を差し出し口角を上げてニヤリと笑った。

 

「オマエと友達になりに来たんだよ」

 

気構えていた輝気に届いた言葉は、あり得ないもの。思わず、身体が硬直してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日向湊と名乗った人物は、輝気とリネンを交換した。電話番号とメールアドレスを知ったわけではないが、リネンには通話機能も搭載されているので、実質連絡先を知ったも当然だろう。

その時、これから遊ぼうと言われたが、何とか輝気は、放課後は彼女とのデートで忙しいと断った。結果、五日後の土曜日に遊ぶ事になったのだが、毎日(・・)彼女とのデートがある、だなんて嘘を吐いてまでした甲斐があったというものだ。

日向湊と遊ぶ日を延期にした理由は至極単純だ。ただ、考える時間が欲しかった。相手は自分を攫おうとした組織の幹部。何を考えているのか、輝気は分からず、只々怖かった。

今まで通り、暴力、武力で来るようなら此方もそう返せばいいだけであったので楽だった。しかし、今回は、友達になりにきたと言う。得体の知れない奴。それが輝気の日向湊へと今の印象。

あぁ、どうしてこうなったのだろう。己の行動を悔いる。超能力なんて使って、人生をエンジョイしていたから、目をつけられたのか。しかし、仕方がないというものだろう。頭の良さやルックスを与えられ、それに加えて人智を超えた力なんて与えられては、自分は特別だと思ってしまう。きっと、日向湊という彼もそうに違いない。自分は下等生物なんかと違う、と思っているはず。

けれど、輝気は思うのだ。超能力を与えられた人物は特別だとしても、そう超能力が使える者達が集まり、一つの目的を持っていたら、それは特別じゃ無くなるのではないか。組織に属してしまえば、集団から飛び出た個ではなく、集団に埋もれる個になる。

 

「(嫌だな……)」

 

嫌だ。僕は、特別なんだから。凡人共とは違う、特別な存在……。

絶対に、ぜったいに爪なんかに入るものか。僕は、埋もれたくはないから。一つの、一人の人物として、成り立ちたいから。だから。

相手が何を考えていようと関係ない。今まで通り、相手に追求して真実を知るだけ。何故、自分を執拗に狙うのかを知るために。

輝気は決意を新たに、土曜日を迎えた。

 

 

迎えた土曜日。輝気は店員さんに見繕って貰った服を着て出かけた。

つい数週間前に引っ越してきたマンション。調味市内ではあるが、結構広いマンションであり、家賃は少々高い。中学生には到底払えない額だが、そこは親が出してくれているので問題はない。そのマンションの一角、所謂角部屋の扉を閉めて鍵を閉める。戸締りは完璧、さぁ出かけようか。

目的は相手の意思を確認する事。敵対組織の幹部なのだから、何も打算もなく此方に接触してきたわけではないはすだ。取り敢えず、何かを聞き出さなければ。

 

「やぁ」

 

待ち合わせ場所である、調味駅前の広場のベンチ。底に座ってスマホを弄っていた輝気は近づく気配に気づき、スマホをポケットにしまって立ち上がった。

パーカーにジーパンというラフな格好で来た日向湊は、此方が声をかけると駆け足で近寄ってきた。

 

「すまん、遅れた」

「いいよ、僕も今来たところだし」

 

遅れた、と言って謝ってきた相手に輝気はいつも通りの返事をする。輝気は黒酢中学校にいる女子達と付き合いデートするとき、決まって相手が遅れてくる。遅れて来た方が可愛いなどと思っているのだろうか。疑問に思っていた輝気だが、まぁいつもの事なので先程のように相手に気を使うようにして、別に何とも思ってない様に装う事にした。偶に何十分も遅れてくる奴がいるが、それはそれだ。

何処かの行きたいところは無いかと訊くと、誘ったくせに何も考えてなかったらしい相手は、どうしようかと目線を彷徨わせている。基本的に無表情な彼であるが、焦ったりすると目線が泳ぐのが特徴的だ。

その目の意味を汲み取った輝気は、苦笑し肩をすくませた。こういう大袈裟な動作の方が良いらしいと何処かの雑誌で読んでから、こうしている。

 

「じゃちょっと付き合ってくれ」

 

丁度良い。輝気はそう思いながらも、相手が頷いた事を確認して歩き出した。

向かう先はショッピングモール。家具家電、服、雑貨等などの店が揃う所。場所によっては、飲食店やスーパー等もあり、ゲームセンターもあったりする場所。

調味市内の一番大きいとされるショッピングモールに着くと、輝気はスタスタと目当ての店へと足を進める。場所は分かっていた。何度も足を運んだ事があるし、付き合っている子とのデート先の一つでもある。ショッピングは女子が好きそうな事の一つだ。現にそこの服屋でも一組の女子達がキャッキャと騒いでいた。

さて、このまま目当ての場所へ行くのも良いが、相手に揺さぶりをかけてみようか。危険な賭けでもあるが、このまま戦闘に入る事は無いだろう。ここには何人もの人がいる。此奴が、人を巻き込む事に躊躇しない性格ならいざ知らず、今までを省みてもそんな性格ではない筈だ。大丈夫、そう自分に言い聞かせた。

 

「数週間前に引っ越してね。家具は揃えたんだけど、食器はまだなのさ」

 

急に話しかけられたからか、ピクリと反応した相手はコテリと無表情で首を傾げた。おや?と片眉を上げる。

 

「引っ越し?」

 

もしかして、知らない?

 

「そ。今は親元を離れて一人暮らしをしてるよ」

 

そう答えた輝気にはぁー、と感心した様な声を出す。そして、凄いなと言う。

本当に心からそう思っている様だ。どういう事だろうか。爪の団員なら、自分が引っ越した事なんて既に知っていても可笑しくは無い。なのに、知らなかった。

 

……本当に関係無い?

 

「(いや、そんな事は無いはず)」

 

本当に関係無いのならば、その左耳の傷は何なのだろうか。爪の幹部達の顔に傷があるのは、ボスに挑んだ証拠であるから、と引き出した情報の中にそうあった。だからこそ、幹部だと認識したのだが、そもそもの前提から間違っているのかも知らない。

 

もし、その傷がそのボスに付けられたものではなく、何か理由があってできた傷だったら?

 

本当に彼は関係無い人になる。幹部だと決めつけ、超能力者だと警戒していたが、自分よりもオープンな団員が、超能力を使わないなんて可笑しいし、爪という組織は脳筋の様にも思える。いつも、無理矢理連れて行こうとするからだ。

だが、目の前のこのチビはどうだ?

何もアクションを起こさない。起こしたのは、遊ぼうという年相応の提案。じゃぁ、白、なのでは。

 

「(いや、違う。違うはすだ)」

 

では何で、わざわざ少し遠い黒酢中に来た?友達になりに?何故、自分の存在を知った?何故、名前を知っていた??

思い出してみれば、可笑しな事ばかり。何も仕掛けてこない事にばかり囚われていたが、そもそもな話、自分にわざわざ会いに来た所から可笑しかったのだ。

何故、どうして、考えれば考える程その疑問が浮き上がってくる。

ショッピング中、ずっとそんな事を考えていた輝気だったが、やはり疑問を解消する事が先決だと、帰りに決心した。ずっと隣をちょこちょこと必死に親について行く雛鳥のような彼に、真実を聞くための、決心を。

未だ、彼が白なのか黒なのかわからないグレーだ。自分が持つ判断材料では些かパーツが少ない。それを拾って結ぶのは輝気だが、それを提供するのは日向湊の役目。だから、これは賭けだ。相手が、重要なパーツをくれるかどうかの。

 

「今日はありがとう」

 

さりげなく、輝気の知っている人気の無い所へ移動する。人を巻き込んではいけない、と輝気は思っているからだ。

 

「いや、オレこそ誘ったのに」

「別に良いよ、大丈夫。けど、そろそろ誘った理由を教えてくれると嬉しいかな」

「え?」

 

完全に人気が無くなるも、目の前の彼は気づいていないらしい。輝気の言葉に首を傾げていた。

 

「ただ単に遊びたかったからだが?」

 

選んだ場所は、つい最近引っ越しが相次いでいる住宅街。そのため住宅街にも関わらず人気も少なく、何も用事も無い人は通らない場所。

彼に振り返った輝気は、ニコリと笑う。口角を上げて、目は一切細めず笑った。

 

「そうじゃなくて、本当の理由だよ」

 

此方を振り向いた彼はほんの少しだけ目を見開いて、辺りを見渡した。いつの間にか人通りが少ない場所に居たのだから、驚いたのだろう。なんて間抜けなのか。これが、本当に幹部なのだろうか。

ハッキリさせる為にも、輝気は震える口を必死に震えないようにしながら、開く。

 

「〝爪〟の幹部さん?」

 

大袈裟に首を傾げながら、問いかける。彼は何を考えているのかわからない、闇が深い真っ黒な目で此方を見つめてきた。

ぐるぐる。巻き込まれそうな、まるで宇宙の神秘であるブラックホールの様にぐるぐる回る目に、輝気は後ずさりをしたくなる。けれど、ここでぐっと堪えなければ。そう思い、誤魔化すように笑みを深める。

 

「何とか言ったらどうだい?爪の幹部、通称〝傷〟?顔のその傷が特徴的だって聞いたけど、違うのかい?」

 

パチリと瞬きをする。

今、この瞬間がとても長く感じられる。一時間一分一秒、そのどれが時を刻んでいるのかがわからなくなるほどの、緊張感。知らず知らず、生唾を飲み込んだ。幸い、喉は上下していない。

輝気が言った言葉に彼は首を傾げ、そして苦笑した様な笑みを見せた。

 

「つめ……?何言ってるんだ?」

 

笑みが消えた後はきょとりとした無表情が残る。本当に疑問に持っているようだ。どこか怪訝そうにも見えた。

あれ?と輝気は首を内心傾げる。ハズレ?本当に白?

 

「何って、超能力者の組織の事だよ」

「超能力者の組織?」

「そう。それで、顔に傷があるのがその組織の幹部の証。君はその幹部じゃないのか?って話をしてるのさ」

 

ん?と首を傾げたままの彼に輝気は慌てた。白だというのが濃厚になってきた。半々で混ぜたはずの絵の具は、白が多くて、少しずつ少しずつだけど、灰色が淡くなっていく。

 

「さっきから、組織とか幹部とか……オマエ、厨二病か……?」

「違う」

 

それだけは否定したかった。例え、超能力を持っていたとしても、それを駆使して自分を彩って、凡人ではなく選ばれた存在だと思っている自分には、その言葉が突き刺さる様な気がした。厨二病ではない、断じて。輝気は心の中でそう反復する。

 

「お、おう……ともかくだ、その爪?ってのは知らない。幹部の証拠?ってのも知らないしな」

「嘘だ!じゃぁ、その耳の傷はなんだよ!」

「え、あーこれか?」

 

耳の傷と言われ、彼は思い出した様に左耳を触りだす。指先を動かして弄る姿は、どこか女性が横髪を弄る姿に少し似ていた。

 

「これは、悪霊にやられた傷。こっくりさんって知ってるか?」

「知ってる……けど」

「そのこっくりさんに、爪でザクッと。あの時は少し怖かったな」

 

あぁ、怖い。と無表情で両腕を摩る。その姿は、到底爪の幹部とは思えず、輝気ははぁとため息を吐いた。今まで気を張っていたからか、その吐いた息は重く感じた。

この少年が嘘を吐いていなければ、白確定だ。だが、やはりまだ白に近いと言ってもグレー。灰色だ。取り敢えず、危害を加える気はないらしいし、無理矢理連れて行こうともしていない。此奴が幹部だとしても、今は様子見でいいだろう。

なにか、どっと疲れた気がする。

 

「(今までの葛藤は何だったんだ?……そもそも元から様子見で良かったんじゃ?)」

 

はぁ。とまた息を吐く。

そんな輝気を不思議そうな表情で見ていた日向湊は、空を見上げて、もう帰ろうかと言ってきた。陽は沈み、辺りはオレンジ色に染まっている。確かにいい時間だ、帰った方が良いだろう。

帰ってから何をしようか、まずは風呂に入って、晩御飯、そして寝よう。明日も休みだ。早く寝て早く起きたとしても得だろうし、ずっと寝てられる。ふぅと息を吐いて、歩き出した。

 

「ねぇ」

 

行きとは違い、先に前を歩いていた湊に声をかける。疑いが晴れたわけでない。けれど、証拠もなければ意味もないだろう。白に限りなく近いグレー。それは、だった一つの黒い水滴でもまた濃く黒くなる可能性があること。

けれど、それとは別に輝気は気になっていた事を質問した。

 

「悪霊って本当にいるの?」

 

十四年間生きて来て、見た事がない存在。悪霊とは、悪い幽霊。俗に言う、先程言ったこっくりさんや、貞子みたいなものだろう。有名どころしか知らないが、合っているはずだ。

けれど、その有名な悪霊にさえ会った事がなく、普通の幽霊すら見かけた事がない。まぁ、普通の幽霊、善良な幽霊なんてこの世に殆どいないのだが。

振り返った湊は輝気の質問に、瞬きを繰り返す。余程予想外の言葉だった様だ。確かに、今までの、組織だの幹部だのと話をしていたのに、急に悪霊っているかどうかの話だけ。困惑しない方が可笑しいかもしれない。

湊はそんな輝気を見ながら何を考えているのかわからない無表情から、一変して微笑む。

 

「いるさ」

 

オマエが知らないだけで。

 

ドコにでも。

 

 




例えば嘘吐きと言う名の悪霊とか。


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番外編

 

 

夏だ!

 

海だ!

 

海水浴だーー!!

 

って事で、現在海に来ています日向湊です。

このネタって、海水浴か水着かで分かれるけども、今回は健全小説を目指している為に海水浴に決まった。メタいとか言わないでくれ、番外編だ番外編。メタくて十分。本編で仲良くなってないやつや、そもそも出てないやつも出るしな。

そんなこんなで、迎えた夏休み。折角夏なのに、原作では秋始まりであり、水着イベントなくね?と考えた作者が、どうせ二次なんだから好き勝手やろうぜ!と吹っ切れた結果、こうした回ができた……らしい。詳しくはわからんな。

別名、第一回チキチキ!ドキッ!男だらけの水着イベ!〜ポロリなんてあってたまるか〜である。

男だらけって時点で残念真っしぐらなのに、小説って時点でも残念感半端ない。どうしろと、活字でどうしろと。精一杯表現しても、あとは読者の想像力任せではないか。そこんところどうなんだ、と問いたい。

 

「ってなわけで、ビーチバレー大会やりたいと思いまーす。もしくは、ビーチフラッグ大会」

「じゃぁ、ビーチバレーやろうぜ」

 

さんせーい!という声が多数上がる。オレのビーチフラッグという意見は霊幻さんにバッサリ捨てられたので、ひっそり用意していたフラッグはそこらの砂の城にでもぶっ刺しておこう。

トーナメント方式で行われるこの大会。四チームに分かれて勝負するらしい。くじ引きを行い、それに書かれた番号の人とチームだそうだ。

参加するのは、オレ、霊幻さん、影山くん、律くん、テルさん、姉、トメちゃん、エクボ、将くん、セリさんだ。三人一組で一チームを組むらしい。

時間軸的におかしいとは言ってはいけない。この夏休みは何処かの次元に隔離されてるに違いないからな、考えてはいけないんだ。自分で何言ってんのかわからないけども。

第一試合。オレのチームの出番であり、相手は霊幻さんに、トメちゃん、セリさんだ。ネットで分けられたコート、三人ずつ各コートへ入る。じゃんけんで先攻後攻を決めようとしたテルさんが一歩前に出た時、トメちゃんが待ったをかけた。一体なんだってんだ。

 

「ちょっと待ってよ。どう見ても圧倒的不利でしょ!この状況!」

「そうだ!超能力者三人対、こちとら一般人二人と超能力者一人だけだぞ!?」

 

トメちゃんの叫びに霊幻さんも乗っかり、そうだそうだ!と叫ぶ。けれど、セリさんはあわあわしながら二人を宥めている。

影山くんもセリさんと同じようにあわあわしてるし、オマエさんいつもはすげぇ冷静だろ、どうした?と言いたいほどだ。テルさんは、余裕ありげに肩を竦ませている。オットナー。

けど、二人に言い返す気がない影山くんとテルさんにちょっとハァとため息を吐く。仕方がない、オレが言い返してやろうか。

 

「ウルセェ!セリさん強いからいいじゃねぇか!」

 

芹沢さんことセリさんは、影山くんの次に強いぐらいの超能力者だ。ただ、コントロール力があまりなく影山くんと同じく力押しだが、それでも強い。小手先の技は圧倒的な力には通じない、みたいなものだ。

 

「セリさん善良なの!超能力使わないって言ってるのよ!?」

「そうだ!芹沢がこう言ってんだから、お前らだって使うなよ!」

「一言も使うだなんて言ってないですけど!?」

 

こんな押し問答が十分ほど続き、結局の所、超能力を使う事は禁止され平和なバレーボール大会をする事となった。オレは元々身体強化の為の念動力は使う気が無かったのだが、仕方がないか。バレなきゃ良い話だ。

先攻はオレのチーム。ピーッという安っぽい笛の音が鳴り、同時に緑と赤と白が混ざったバレーボールが放り投げられる。結構小さいな、当てられるだろうか。

そんな心配をしていたが杞憂だったらしく、空気も入れたばかりの新品なのだろう、ふっくらとしているボールは構えていたオレの腕へと当たった。チラリと腕を見ると、ほんのり赤くなっている。

ポーンと円を描きながら綺麗に上げられたボールは、テルさんが手を三角形にして構えている中にすっぽりと嵌る。そして、押し出されネットの上空へと打ち上げられた。さて、コレを誰が打つのだろうか。二回連続はアウトなのでテルさんは除外、オレは位置的に無理、なら影山くんしかないだろう。

普段の運動不足で運動が苦手な影山くんとは思えないスピードで、ネットの上へ跳び上がるとスパーン!と気持ちの良い音が響き、相手コート上の砂へと打ち付けられた。

皆が皆、ポカーンとする中ピピーッ!と笛の音が鳴り、コチラ側へ一点が入る。よっし、先制ー。

 

「ちょ、ちょちょっと待って!今打ったの誰!?」

「あ"?文句あんのか??ん"?」

「ミナ君、キャラ崩壊してるわよ。というか無表情で言われても……じゃなくて!」

 

またもやストップをかけてきたトメちゃんに、ガンくれてみるも、そもそもの表情ができてなかったらしい。声はヤンキーそのものなんだが、何せ死にに死んでる表情筋様が動くはずがなかった。笑えた奇跡がどこかへ消えたな。

 

「超能力!使わないって言ってたでしょ?何で使ってるのよ」

「オレは使ってないけど」

「屁理屈!!」

 

トメちゃんがそうじゃないのよ!いや事実だけど!と叫んでいる中、隣にいた霊幻さんはオーバーリアクション気味に手を動かした後、ビシリと影山くんを指した。

 

「モブよ!」

「はい、師匠。何でしょう?」

 

眉に皺を寄せている霊幻さんと違い、のほほんといつも通りな影山くんはコテリと首を傾げた。多分超能力について言われるんだろうな、と見当を付けながらつまらなさそうに欠伸をしているテルさんの背中を超能力無しで思いっきり叩いた。ベシリッと音がしたと同時に、軽い痛っという声が聞こえた。サボんなよと言いたかったのだが……うーん、力がちょっと弱かったかな?

 

「人には超能力を使うなと言ってあるはずだろ?」

「はい」

「破るのか?約束を」

「いえ、破ってないです。さっきのは僕自身に超能力を使いましたから」

「…………始まる前に使うなって約束したのは忘れてないよな?」

「忘れてないですよ?けど、僕は(・・)使わないなんて言ってないです」

「屁理屈っ!!」

 

霊幻、撃沈。

そこはお得意の口で弟子を捩伏せるのが師匠ってモノだろうに、変な方向にテンションが上がっているのか、わーん!弟子が虐めるぅ!(棒)とセリさんに泣きつき、慰められていた。おっさんがおっさんに慰められるって絵面が酷いので切実に止めて欲しいのだが。というか、トメちゃんもセリさんに慰められてるし。

セリさん、雰囲気がほんわかしてるから慰めて欲しいのは理解できるが、もう一度言う。絵面が酷いので止めて欲しい。特に霊幻さん。

見かねた審判が超能力は使わない事をルールに付け加えて、試合再開した。あの帽子の審判は誰だろうな、と思いながらも影山くんの方へ飛んでいったボールを眺める。

 

「わっ!」

 

腕を構えながらボールが来る位置へと移動していたはずの影山くんは、顔面にボールを受けて撃沈した。今度は超能力を本当に使っていないらしく、赤くなった顔を優しく労わる様に触っていた。

顔面受けしたはずなのに、ボールは見事宙に上がって今度はテルさんがトスをした。またもやスパイクを打てという事なのだろう。良いだろう!オレの本気を見せてやるッ!

砂を蹴り宙高く跳び、思いっきりボールに掌をぶつけた。感触はある、さてどうなったかな?と地面にふわりと降り立ちながら、点数ボードを見ると相手に点が入っていた。なんでだよ。

 

「場外!」

「あ、成る程」

 

よくよく見て見ればボールは相手コートの外に落ちており、場外である。これは相手の点数だ。にしても、惜しいな。あともう少し、コッチ側であれば入っていたのに。

どんまい!と励ましてくれる先輩二人に礼を言いながら、持ち場へ戻ろうとした時、またストップがかかる。ホント何だよ。

 

「超能力、また使ったでしょ!ほら見てよ!このチリチリの髪!飛んできたボールで摩擦が起きてちょっと燃えたんだけど!」

「チッ」

「舌打ち!?」

「知るか。避けられない方が悪いし、オレは超能力は今回初めて使ったし、一度も使わないなんて約束してないから」

「審判!しんぱーん!!」

 

誰とも知らない審判にダメだよ君〜と言われ、酷く反省したところで試合再開。打ち、打たれのビーチバレーボール大会一回戦は結局の所、オレのチームが勝った。ルール違反ギリギリだったが、まぁその方がスリルがあって楽しかった。

因みに決勝だけど、エクボがそのままじゃできないからどこからか持ってきた死体で大混乱になり中止になった。ここの砂浜をずっと行った先にある岩場は自殺のスポットになっているらしく、そこで拾ってきたらしいのだが、死体に乗り移れるっての初めて知ったよ。確かに魂のないただの器だもんな。

その後警察に遺体を渡して、海はお開きとなった。旅館での温泉とかで悪霊が出たりしたが、なんなく影山くんが倒してくれて静かに過ごせた。旅館の料理は美味かったのでまた行きたいと思う。

土産売り場で姉とトメちゃんに振り回され荷物係にされたのは少し良い思い出ではないが、夏休みの日記に書ける事ができたので良しとしよう。

さて、夏休み終了まであと少し。今のうちにダラダラと過ごしてみるか。支部に呼び出されたりしなきゃ良いけど。アイツら、妙に律儀過ぎるんだよな。ホント支部長を敬えってんだ。

 

あぁ、そうそう言い忘れていたが、次からは原作開始だと思うぞ。

 

今回は番外編。世界の運命を知っていたって多少は可笑しくはないだろう。改変者(作者)の考えが読めても、可笑しくはない。

だって、オレは日向湊とは同一人物であり、別人物なのだから。

 

 




テキトーに書いてたらできた。なので言葉の意味は特にない。


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第十一話① 聖ハイソ女学園

 

 

晴れ渡る空を見て何を想うだろう。

空気が美味しい事とか、平和だなとか。そんな些細な幸せか、それとも、何故空は然として佇んでいるのか、とか。意味の分からない達観とか。けれど、感性は人それぞれだろうから、今あげたこと以外にも感じる事があるはずだ。

そう例えばオレの場合、あんな事言わなきゃ良かった、とか。

 

事の初めは、影山くんと霊幻さんが悪霊退治に行った帰りの話を聞かされた時。隣町だったか忘れたが、トンネルにいた悪霊を退治してきたらしい。

トンネルに悪霊って定番だな。と思いながら、あまり興味無いその話を聞いていたが、その話のオチで盛大に吹き出してしまった。

オレは良く皆に笑い所が可笑しいと言われる。皆が笑っているのに、何が面白いのかわからず笑えないのに、ネタが滑ってシーンとなっているその光景に笑う事もある。そんなオレが笑うのだ、皆からすれば笑う事ではないと思う。

けれど、これは言わせて欲しい。絶対に笑うと。

何せ、トンネルの悪霊退治の後帰ろうとした二人なのだが、トンネル近くにあるバス停に来るバスの最終時刻を過ぎていたらしい。午後五時過ぎ。山奥や、田舎には良くある事なのだが、生粋の都会っ子である二人はそれを考慮してなかったそうな。な?笑うだろ?影山くんはともかく、霊幻さんがニアミスするなんて思うか?いや思わない。だから、オレは無表情で盛大に吹き出したのだ。

人の失敗談を笑うなんて失礼な事だとは思うけれど、オレは他人の失敗談が好きという捻じ曲がった性格をしているので許して欲しい。

ぷるぷる震えて笑いを堪えているオレに霊幻さんは見兼ねたのか、ビシッと指を指してこう言ったのだ。

 

『次の依頼!お前も手伝って貰うからな!日向!』

 

どうせ、いつもの除霊依頼だろうと高を括っていなければ良かった。なら、何も疑いもなく、頷く事すらしなかっただろうに。

 

『別にいいですよ?』

 

コクリと頷きながら了承すると、霊幻さんはニヤリと悪どい笑みを浮かべながら、言ったな?言ったな??と何度も繰り返し確認した後、後悔すんなよ?と言ってきた。

その時は不思議に思ったモノだが、今になって後悔する。あぁ、霊幻さんはここまで見越してあんな事を言ったのか……んなわけねぇだろ馬鹿野郎。自分自身のせいですよ!

 

前を見ると金髪のポニーテールの子が、ブレザーにスカート、指定カバンを持ち、濃い臑毛を晒しながら歩いていた。いや〝子〟ではないか、〝人〟だな。年齢的に。

そしてその横には、黒髪の三つ編みの子が気分をどんよりとさせながら、同じく制服を着て歩いていた。その背中は正々堂々としている金髪ポニーテールと違って、自信なさげだ。

 

「(自信なさげというか、嫌々というか)」

 

少なからず楽しんでいる目の前の人とは違い、オレと一つ違いの彼は嫌らしい。それが彼の男らしさというか、まぁこの姿をクラスメイトや同級生、挙げ句の果てにはあこがれの人や身内に見られたら立ち直れない自信があるもんな。オレもそうだ。

さて、ここまで言ってわかっていない人なんていないと思うが、ネタばらしをしておこう。

 

我々は今!女装しています!

 

金髪ポニーテールは霊幻さんで、黒髪三つ編みが影山くんだ。何故女装をしているのか。その答えは霊幻さんのせいであると素直に言える。

除霊依頼が来たのは良しとしよう。しかしその場所が男子禁制の女人国、もとい女子高校であったとすればこの格好も納得が言えるかも知れない。まぁ、要するに依頼場所である聖ハイソ女学園の校長へと許可が取れなかったのだ。

女子高は基本的に男子禁制。学園祭の時や、生徒の保護者でなければ入れない場所として有名だ。そんな場所にアラサーと中学生二人の男組が入れるか、答えは断然否である。そこで、霊幻さんは女装して入る事を決行した。その仕事魂は尊敬に値するが、ちょっとは臑毛を剃るとかしたらどうなのだろうか。口紅とポニーテールまで来たなら、その濃い脚を隠すべきなのだとオレは思う。

因みに影山くんだが、女の子と言われれば普通に納得してしまう程だ。彼は良くも悪くも平凡。あだ名の通りに、超能力がなければモブ、その他大勢。黒髪おさげという、大人しい髪型をしている彼を見ても、誰も女装だなんて思わない自然な出来だ。この場合、おさげをセレクトした霊幻さんに流石と言うべきなのか、影山くんの容姿が良かった事を褒めれば良いのか、どっちなのだろうか。

 

「ここが、聖ハイソ女学園だ」

 

前を歩いていた霊幻さんがふと立ち止まる。上を見上げると、明らかにお嬢様学校です!と強調しているような風貌の校舎が見えた。白ソックスな事から、校則が厳しそうだが、側のグラウンドから聞こえてくるソフトボール部の声はとても楽しそうだ。

部活動の人達もいるからだろうか、少し空いている校門の柵の間から入ろうとすると警備員らしき男二人がオレ達を止めた。ピピーッという甲高い笛の音が頭に響く。

 

「ちょっと!ちょっと何入ろうとしてるんですか」

「怪しいヤツめ!」

 

この学校に雇われた警備員だろう人達が、学校内に入ろうとした霊幻さんを止めた。確かに明らかに怪しいもんな。霊幻さんの女装は騙すモノじゃなく、パーティーとかで笑いを取るためのモノに近い。だから、その臑毛をどうにかしろと。まぁ、したところでアラサーが女子高生に完璧に化けれる事はないだろう。同性ならまだしも、異性だし。

横を見ると明らさまに影山くんはホッとしていた。もし、この場で通報されて捕まりでもしてしまえば、名前が知れて仕事が入らなくなるし、批判中傷を言われるのは必至。逃げるしかないだろう。つまり、この聖ハイソ女学園に入らなくて済むという事だ。その事に影山くんはホッとしているのだと思われる。しかし、現実は無慈悲だ。

 

「大丈夫だったかい?君たち。さぁ、もう安心していいよ」

 

警備員の一人がオレ達に近寄り笑顔を浮かべて見せた。その行動は不審者に連れ回された子供の対応。それに対して首を傾げても可笑しくないだろう。影山くんも驚いているしな。

 

「さ、早く入って」

 

そう言って指し示す先は聖ハイソ女学園の校舎。そこまでいけば幾ら鈍感な影山くんでも察しがついた様だ。固まったままダラダラと冷や汗を流して、チラリと霊幻さんの方を見た。オレもそっちを向くと、霊幻さんは警備員の人と話しながら親指で聖ハイソ女学園の校舎を指差した。その意味は、行け。

縋るようにコチラを見た影山くんと目が合ったので、諦めろという意味で首を振る。上司である彼に言われてしまえば、部下は堪えるしかないのだ。何と無情な。

かくしてオレ達は女装をして女子校に入るという前代未聞であろう事を、しでかした。

因みにオレも女装している。影山くんと同じ黒髪だが、髪質上三つ編みなんてできない。というか影山くんの髪はサラサラすぎるのだ。今度何のシャンプー使ってるか聞こうか。オレ、寝癖ヤバいからな。なので、カツラだ。所謂ボブショートと言われるものを被っている。だけど、オレのボサボサ髪は押さえ込むのを許してくれず、所々跳ねてよくわからない髪型だ。まぁカツラもオレの髪質に合わして、ゆるふわカーブというパーマを取り入れているので、不自然ではないらしい。詳しくは知らぬ。

服は彼らと一緒で聖ハイソ女学園の制服。革靴はなんてもの何年前に履いたのやら。正直にあまり慣れていない。足が痛いやらなんやら。

 

「行こうか」

 

中々歩き出さない影山くんの手を取って歩き出す。ぐずぐずしていたら、霊幻さんに何言われるかわからない。とにかくオレ達はこの依頼を達成しなければならないからな。

裏声を出しながら警備員と戦っている霊幻さんを放置して、校舎内へと入っていく。待ち合わせは屋上。あまり人のいない場所を選んだのだろう場所を目指し、階段を上がる。学校によって屋上が開放されている所と無い場所があるが、ここは開放されているようだ。校門から見えたフェンスと、待ち合わせ場所に指定した事からしてわかっていた事だが、昔から屋上は授業をサボる者達、所謂不良の溜まり場というのがセオリーだ。だから、扉を開けたら制服をちゃんと着こなしたお利口な女子高生不良がいても、不思議では無い。

そして、その不良達を依頼人だと勘違いした影山くんが話しかけようとしたとしても、不思議では無い。

 

「あ、あの……依頼された方ですか……?」

 

心は極々普通の男子中学生である影山くんには、いくら女子だと言えども年上の不良が怖いのだろう。恐る恐る声をかけたが、その返事もまた不良ならではだった。

 

「あ゛ぁ?」

 

〝あ〟に濁点をつけた声。喉の奥から絞り出されるそれは、機嫌が悪い時や威嚇する時に使うような言葉だ。案の定、竦み上がった影山くんを見てため息をつく。もっと、周囲を見て欲しい。我を行く影山くんには好意を持てるが、先走りすぎだろう。

 

「テメェ等、センコーの回しもんか?あ゛?」

「チョーうざったいんですけどぉ」

「帰ればいいんだろ、帰ればー」

 

え?あのっ?と戸惑っている影山くんとオレの合間を縫って帰っていく不良達。すれ違う時に律儀に舌打ちを連打して行った。しかし、センコーとか今時まだ言う人いるのか。そっち方面は疎いのでよくわからないが、とにかくいきなりガンくれては、殴ってくる何処かの不良番長よりはマシだと思うな。因みに、塩中の番長の事じゃない。

お利口な不良達を見送っていると、クスクスという笑い声が聞こえてきた。ふと、上を見上げると貯水タンクの手前に誰かがいる。二人組だ。オレ達と同じ制服を着た彼女達は、少し憐れみを込めた目で此方を見て、こう言ったのだ。

 

「大変だったね」

 

オレは思う。強大な力を持ちながらもびくびくしていた影山くんを見て面白がっていたオレが言うのもなんだが、そう言うなら止めろや、と彼女達に声を大にして言いたかった。

 

 




学園はエスカレーター式の学校の異称らしい。


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第十一話② 聖ハイソ女学園

 

 

依頼内容はこうだ。

最近、視線を感じるやら、私物が無くなるやら、更衣室でブラジャーが浮いていたやらの心霊現象が多発しているのでそれを調査、原因を突き止め、もし本当に悪霊の仕業ならば除霊して欲しいという事だった。

 

「というか君達、その格好で来たの?何で?」

「師匠が、許可が取れなかったって……」

「師匠……?」

「けど、そうなのよね。校長に言っても、何を馬鹿な事言ってるー!って言われて」

「あの時、ほんと腹が立ったよ」

 

心霊現象なので校長に掛け合っても戯言と言われ相手にしてくれず、近くにある安い霊能業者である霊とか相談所に電話したんだそうな。確かに、学生にも払える値段だもんな。他じゃぼったくりとかザラであるし、ちゃんと祓ってくれない。それに、先払いだ。

霊幻さんの威厳の為に言っておくが、霊とか相談所は優良物件と言っていい。語彙力がないのでそんな例え方をしてしまったが、所長である霊幻さんは口が達者でお客の憂いを祓ってくれるし、影山くんがいるお陰でホンモノの依頼にも対応できる。そして、安い。これに尽きる。とにかく安いのだ。最低で二千円。これが安くないという奴は頭が可笑しいと思え。

たぷたぷと親指を動かして、スマホのメモ帳に依頼内容を書き込む。相談された時の話とほぼ変わっていない内容だが、念の為だ。当事者というわけではないが、依頼者の話をメモするのは調査の上で基本だろう。ボイスレコーダーというものを後から思いついたのはこの際、なかった事にして欲しい。

 

「依頼内容はわかりました。これから調査しますので、お付き合いお願いできますか?」

「うん。場所わかんないもんね、案内するよ」

「正直不安だけどさ、頼れるのあんた等しかいないからね」

 

年下だからってその態度はどうにかならんのかよ。いや、相手はお客様だ。お客様は神様だと言うしな。平常心、平常心。だからって、顔に出ないけど。オレの表情筋は今日も死んでいた。

 

調査を開始して校舎中を周る。放課後だからか人は殆どいないが、居残りの人や部活の人、ただ駄弁ってるだけの人がちらほらいた。

懐かしいな。オレも昔はあぁやって、友達と駄弁って放課後を無駄に消費していた。今でこそ、霊とか相談所や第八支部があるが、前世じゃ超能力なんか持たない極々普通の少年だった。因みに今は学校の友達少ないので、放課後駄弁るなんて事はできない。別に悲しくはない。放課後にやる事ができる、それは結構充実した日々ではないだろうかと最近思うのだ。思考がジジ臭いとか言うなよ、そこ。

事件が発生したという場所を辿る。霊の気配と言うべきなのだろうか、ふよふよと見える何か青白いモノがあちこちにある。それを辿っているのだが、影山くんはその青白いモノが見えていないようだ。影山くんについて行くと分かる事、偶に首を左右に動かしていたりして、しっかりとそれを目に捉えていない事がわかる。オレにしか見えないモノか。よくはわからないが、多分オレが精神感応をできるからだと思われる。

精神感応はオレが生まれた時からできた事だ。念動力も瞬間移動もそうだが、昔はそれ程強くはなかった。最初は対象に触れて、大体の事しかわからなかったが、今は対象に触れずともわかるし、遠くの人の事もわかる。つまりだな、オレの周りの奴らの心覗き放題というプライバシーの侵害も関係ない事ができるのだが、何も精神感応は人だけにも作用するものではない。物にだって使える。精神があるのか謎だが、まぁできちゃったのだから深くは考えていないようにしている。なので、霊の跡の様なモノが見えるのはその所為だとオレは推測した。

物についた、つまり霊が触れた時についた僅かな霊力や、漏れて大気中に漂う霊力を感知する事ができる、という事なのだろう。自分で言っててよくわからないが、まぁそんなモノだと受け入れておく。だって見えてしまってるのだから。楽観的思考だとか言わないでくれ。

影山くんが右往左往している中、オレはある一点を見つめる。あの青白いモノ、霊の残り香は僅かに真新しかった。その事から影山くんが察知して追いかけている中、霊は逃げる様にして校舎中をあっちこっちしている。警戒しているのか、仕掛けてくる事はないが……これでは無限ループだ。

 

「(ちょっと、細工するか)」

 

概念がわからないのだが、霊には超能力が効く。それは影山くんやオレがこうして除霊をしている事からして最早わかりきった事だが、少し不思議に思う自分もいる。

一般的に超能力は脳の異変が生み出した能力とも言われる。詳しくは知らないが、脳の誤作動や正常に機能しないとか、超能力を使えるヤツと使えないヤツの脳の形が違うとか、聞いた事がある。あやふやなのでハッキリとは知らないけど、そういう事なのだろう。つまりだ、超能力は科学に準ずる。しかし、霊はどうだろう。オカルト、非科学的だ。墓などで見る人魂は化学反応で青く見えるとか何とか言っていたが、じゃぁ目の前の霊はなんだろう。理解不明だ。非科学的なのに、何で超能力で除霊できて、見えるのか。うむ、謎だ。

結構話が脱線したが、オレは右手を上げて遠くにある次に霊が向かうであろう場所にバリアを張った。それは人が通れて霊が通れないモノ。どうして作れるのかは、オレの想像力が豊かだと言っておこうか。

 

『いたっ……何だこの壁は』

 

少し低い声が聞こえた。状況からして十中八九、霊。

引っかかったな?

ニヤリと笑って、オレは次々にバリアを張っていく。先程までに霊が通った場所、教室、職員室、更衣室、部室や、準備室。それだけに飽き足らず全教室や部屋にバリアを仕掛ける。精神感応と念動力の応用で透視もどきを発動し、霊の動向を探る。どうやらオレの張ったバリアのお陰で行ける場所がなくなったらしい。焦ったような雰囲気を感じ取り、そしてそこからいなくなった。

 

「(校舎からは出て行ったか……)」

 

けど、流石に学園からは出て行かないとオレは予想している。だとすれば、行ける場所は人一人いなくなったグラウンド除いてただ一つ。

 

「「体育館」」

 

ん?

振り返ると戸惑った影山くんがいた。どうやら、彼と声が被ったらしい。依頼主と一緒に行動していた影山くんとは別行動していたオレだが、結局の所彼も霊の気配を追ってここまで来たらしい。まぁ、前にいたはずの影山くんが後ろから来たとなればそうだろうな。一周してきたのだと思われる。

 

「日向くんも?」

「あぁ、同意見だ。どうやら霊は体育館に入って行ったらしいな」

「うん。霊も相当怒ってる。逃げ場のない体育館だからこそ、そこに行ったのかも知れない」

 

十中八九、オレの所為なんだけどな。追いかけ回すよりタチの悪い妨害。多分だが、このまま追いかけていたら夕暮れ頃にあの霊は怒っていただろう。しかし今はまだ空が青い。こんなに早く怒らしたのには、今後用事があるからで。今から行ってもギリギリだろうなぁ。

追いかけ回した事より妨害された事の方に怒った霊は体育館に立て籠もったのを見計らって、すかさず影山くんが右手を上げて超能力で閉じ込める。

 

「今、逃げられない様に結界を張りました」

「あそこにいるの……?でも、今……」

「やだ!あたし、怖くなってきたんだけど」

 

影山くんの報告に女子高生二人が怯える。確かに霊とは無縁の生活してそうだもんな、女子高生って。けれど、殆どの人はそういうモノで、こうやって関わっている方が稀である。霊能業者が詐欺るわけだ。数が少ないんだからな。

ジャリッと土と細かな石を踏みしめる。感触はローファーの底から伝わってきて、思わず動かない顔を顰めた。このローファーの靴底が薄い事から、安物だと確信する。因みに顔はあまり動いていない。

体育館に近づくにつれて、霊の気配と複数人の気配が濃くなってくる。掛け声や、体育靴の滑る音がするので、部活中なのだろう。ボールの跳ねる音からして、バレーボール部。ガチャリ、と重たい鉄鋼扉を開けた。

 

「あ、違った」

「え?」

 

扉を開けて見えたのはユニホームを着込む女子達。バンバン!というボールの音、キュっというターン時に鳴る摩擦音が耳に届いた。しかし、その跳ねるボールの色は茶色。一般的なバスケットボールであった。

 

……どう見ても、バスケですね。ありがとうございました。

 

無表情ながら目を瞑り、手をあわせるオレに隣から怪訝そうな視線が刺さる。後ろにいる女子高生二人に至っては、何してんだコイツ?というような冷めた目線だ。

しかしどうして、バレーボール部だと判断したのだろうか。バレーボールは基本的に上にボールを上げて落とさないようにするゲームである。バスケは対照的に床にボールを打ち付けて移動したりするゲーム。間違えようがないね、すみません。耳鼻科にでも行って難聴じゃないか聞いてこようかな。多分精神年齢に身体が引きつられたんだ……そんなわけないけどな。

体育館の中にいたバスケットボール部達は声を掛け合って練習試合をしていた。短パンから覗くスラッとした脚がとても眩しいが、オレの脚より逞しそうだ。アレに蹴られた時には青痣ができる気がした。

こっちー!やらパス!などの声を聞き流しながら、霊はドコにいるのかと探せば意外な所にいた。なんと、悪霊さんはバスケットボールのゴールの上にいました。何であんな所にいるんだよ、というツッコミは置いておいて、さて仕事と行きましょうか。

 

『俺は、おれはただっ!』

 

隣にいた影山くんが、見つけたと呟いてから高速移動したので、オレはその進化バージョンである瞬間移動で悲鳴を上げて恐怖に震えている女子高生達の前に移動する。

ゴールへ入るはずだったボールは悪霊に受け止められて破裂させられる。そこから相当な握力があると分かるが、オレ達の前ではそれも無力だ。実体のあるものでオレ達超能力者にも敵うほどの腕力や握力の持ち主ならば、どうにかなるのかもしれないが、相手は霊である。何故か超能力が効果抜群な霊である。この世にもういてはいけない存在でもある。そんな相手が生きている者、しかも超能力者に敵うのか、いや否だ。

オレはバリアを張り後ろの女子高生達を守り、影山くんは悪霊の右腕を飛ばした。青い学ランを着込んでいる事から、その悪霊は生前中高生だったのだろう。同じ学ランって所に親近感が湧くが、生憎今はブレザーだ。しかも女物。すまない、悪霊よ。同情はしない、ただはやく成仏しろ。学ランが羨ましいんだけど!

右腕付近に風の刃ならぬ、空気を刃の形にして固めたモノを念動力で作り出す。それを操り悪霊の元へと投げた。その時バリアに当たりそうになったので急いで解き、張り直した。たぶんコレに当たったら攻撃にならず、ただ透明な壁に透明な刃が突き刺さるという妙な図ができてしまうので、防げてよかったと思う。

 

『ぐぅ……っ!!』

 

影山くんが飛ばした右腕のみならず、いきなり飛んできた空気の刃によって左腕も切断される。両腕を失った悪霊はよろけるが、しっかりとした足で身体を支えた。倒れるまでは行かずとも、よろけさせる事は出来たようだ。満足。

 

『くそっ!くそ!霊能力者めっ……!おまえらなんか来なければ!おれはっまだ!』

「この生活を送れたのに、か?嫌だな、そういう考えをする悪霊は」

「日向くんの言う通り、僕も嫌いだ。他人に迷惑をかけるものじゃない」

 

感性が違うとかそういうんじゃねぇんだよな。ただ迷惑、それだけだ。

死んでいる者が生きてる者に迷惑かけるモノではない。そうなれば、除霊は確実だ。しかも今回は女子達とイチャイチャしたかったという欲求。多分だが彼は、オレ達に似たような奴だったのだろう。クラスの端で誰とも話さずいつも一人でいるヤツ。自分から必要以上に話しかけず、それでいて話しかけられても吃るしかないような……気が強い子がいたなら多分いじめの対象にされていそうな、そんなヤツ。

オレは大抵自分から話しかける事はないし、話しかけるとしても律くんと影山くんぐらいだろう。クラスメイトとは、まぁそれなりに上手くやっていっているつもりだが、特定の相手とつるむなん事はない。因みに影山くんはオレと律くん以外に話しかけられる対象がいないんだとか。

ともかく、オレ達が来た時点で観念するんだな。霊能界で霊とか相談所以上に良い所オレは知らないし。影山くんやオレという例え強い霊であろうともほぼ除霊できる能力者、そして口では多分誰にも負けないであろう霊幻さんがいるんだからな。分担わけが偏っているが、まぁ完璧に近い。

 

「そもそも、優柔不断すぎる」

『は?』

 

突然の言葉に戸惑う霊。オレはそんな悪霊を気にせずに続けた。

 

「一般人にはわからない程に姿を消していながら、故意的な心霊現象を起こした。興味を持って欲しかったんだろうが、それなら姿を見せればいいだけ」

 

そしたら除霊まっしぐらコースだが、結果的にこうして除霊できるオレ達が来たのだから、まぁ時間の問題だったのだろう。

 

「姿を見せれば除霊は確実。嫌だ、けれど彼女達に気づかれたい。ほら、優柔不断にどっちつかず。姿を人に近づけるとか、イケメンに憑依するとか、色々やり方はあった筈なのにそれもしなかった。つまりだ、オマエのやった事はほぼ唯の八つ当たり、それか欲求不満によるモノ。ブラジャーの件がそれだな」

 

まぁ、姿を変えるとか憑依は悪霊によって使えないらしいけどな。

ブラジャーの言葉で少し顔を赤くする影山くんに、初々しいなというおっさんのような感想を抱きながら、オレは怒ったのか襲ってきた悪霊の左足を吹き飛ばす。そして、次に右足も吹き飛ばした。ふらふらしていた悪霊は完全に支えを無くして倒れる。再生しようとしても無駄だ。できないように念動力でその傷口を覆って止めてるからな。現に影山くんに吹き飛ばされた腕は戻っているが、オレが飛ばした方はまだ再生していない。

 

「つーことで、来世に期待しろ」

 

オレが親指を下に向けて突き出し、そう言った瞬間、影山くんが悪霊の全てを吹き飛ばした。

言いたい事は全部言った。スッキリだ。

実は言うと優柔不断な所に少しだけイラッとしたのは事実だ。いつも以上に喋った気がするし、何処か疲れた。

 

「(というかオレって自己嫌悪激しいな、おい)」

 

悪霊に対してあれだけ喋ったのは、その優柔不断さが自分に似ていたからだ。どっちつかずというのは寧ろオレの方で、幽霊の様にふらふらしていると思われる。

爪という超能力者の組織に所属していながら、その目標である世界征服には賛成していないし、けれど抜ける様な事はない。ほら、どっちつかずだ。そもそもだ、オレは前世から優柔不断だった。日本人の特徴と言えば良いんだろうが、それでも他の人に比べると酷い方だ。選べないじゃない、選ばない。他人に選ばせ、それに賛同する。とにかく否定する事も無く、自分の意見も言わない。ふむ、典型的なコミュ障である。グループ学習とかホント嫌だった記憶があるな。

今世、というか今はまだマシな方だろう。組織の事は置いておいて、普通に考えて意見言える様になったしな。年月というモノはゆったりと問題を解決してくれる。いやはや、転生してから解決するって何だよって感じだな。

 

「珍しいね」

 

内心ため息を吐いていると、一安心した影山くんがそう言った。オレは首を傾げる。

 

「日向くんが感情を出すの」

 

あぁ、そういう事。

 

「そうでもない。今も内心じゃ、大嵐の様に感情が乱れてるからな」

 

肩を竦めてそう言ってやると、影山くんは小さく笑う。一体何だろうか?影山くんの不思議ぶりは今に始まった事ではないが、気になる。

首を傾げながら、頭を捻っているとドン!と誰かがぶつかってきた。思わず倒れ込みそうになるが、念動力と瞬発力を振る利用して何とか持ち堪える。一体誰だよ!と文句を言ってやろうと顔を見ると、依頼人の一人だった。何か笑顔で凄い凄い!と言っているが、耳がキンキンさるのでやめて欲しい。

だからだろうか、影山くんが女子高生達に囲まれる前にボソリと呟いた言葉が、あまり聞き取れなかったのは。聞こえたのは、うらやまという単語。オレでも裏山の方だとは思わない。なら、そうするとこの言葉になる。

 

---羨ましい。

 

違う女子高生がドン!とまたもや抱きついてくる。今度は鳩尾にクリーンヒットし、嗚咽を漏らした。そして意識を失いかけながら、オレは思う。

 

女子高生に抱きつかれてるのに嫉妬するって、影山くんもやっぱり普通の男子中学生だなぁ。

 

 




影山クンは超能力全開放イコール感情爆発だからね。


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第十二話① フクロウ

お久しぶりです。


 

 

「嫌です」

 

そう拒否の言葉をはっきりと伝えると、目の前にいる二歳年上の先輩は驚いた様に目を真ん丸に開いた。

断られるとは思っていなかったらしい。その事こそ此方が驚きたい事なのだが、そもそも初めて会った先輩に部活に入らない?ってスカウトされる時点で断る要素満載なんですけどね。

オレは断然、帰宅部派である。中学の部活は殆どの場合お遊び、本気でやる者が少ないモノだ。この学校からは大会で何位入賞なんてあまり聞かないし、やはり普遍的学校なのだろう。

だからこそ、この先輩がやっている部活も所詮お遊び。もしくは、ただのお菓子パーティ。

 

「なんでよ!もう貴方しかいないの!素敵な部活よ!宇宙との交信!未知との出会い!ねぇ、お願いだから!いや!お願いします!」

 

下手に出るのならオレの肩を掴み、ぐわんぐわん揺らすのやめて欲しい。正直、空間転移でこういうのには慣れていたつもりだが、視界が揺れるというのは、視界が変わるより結構酔うらしい。気持ち悪い。

オレが勧誘を受けている部活は、脳幹電波部という見るからに怪しい部活だ。目的は宇宙と交信するためにテレパシー能力を身につけるというモノらしいのだが、オレはテレパシーというか精神感応を使えるし、入る意味が無い。放課後を学校で無駄に過ごすならば、第八支部にでも行って模擬戦でもしている。

 

「その時点で胡散臭いので、嫌です」

「胡散臭くないわよ!お願い、入って!」

「正直、オカルト研究部なら入ってました」

「なんで!?」

 

冴え渡るツッコミ。そういうの好きですけど、しつこい奴は嫌われるぞ。良く女の人のセリフで、しつこい男は好かれないとか何とか言っているが、それは女の人にも当てはまると思う。というか全員そうだろう。特にモノ好きでなければ、嫌悪感を示すはずだ。

 

「もう直ぐ授業ですので、帰って貰えますか?」

「貴方が是と言うまで帰らないわよ」

「受験生としてそれはどうかと」

 

どうしてもその脳幹電波部というのを維持させたいらしい。その必死さには感服するが、いい加減うざいというもの。クラスから注目集めているし、さっさと何処かへ行って欲しいモノだ。

後ろの部員だと思われる人達へ、帰れという意味を込めて目線を投げかけるが、困ったように首を振るだけ。彼らは部長の彼女には逆らえないらしい。なんと、女性上位社会はここに存在していた様だ。日本よこれが女性の強さだ。あぁ、恐ろしや。

さて、彼女等はオレが最後の頼みらしく引いてくれなさそうだ。だったらこちらも切り札を出すべきだろう。引いて押せならぬ、引いてくれなきゃ反らせ。

心の中でゴメンと謝りながら、オレは生贄を差し出した。

 

「でしたら、その脳幹電波部にうってつけの人物知ってますよ」

 

どうせ彼の事だ。認知されずに放置されているのだろう。影が薄いというならそこまでだが、注目されないといるかどうかがわからない彼だ。この前出席取る時に返事してないのに出席扱いにされたとか何とか言っていたし、何か心配になるな。

まぁ、その彼を今餌として目の前にぶら下げたのだが。

 

「一つ上の先輩で、モブと呼ばれている人です。確か、部活には所属していなかったはずですが……あ、もう勧誘していたならすみません」

 

どうです?と首を傾げて問いかけてみれば、部長さんの後ろにいた髪の明るい男子生徒があぁー!と声を上げた。五月蝿いなぁ、またクラスの注目を集めてしまった。

 

「部長!早速行きましょう!そいつまだ誘ってません!」

「え?何?急にどうしたのよ」

「どうしたもこうもありませんよ。さっきの子の言う通り、うってつけですから!」

 

早く早く!と部長さんの腕を引っ張って去っていく脳幹電波部の男子生徒達。去り際にグッ!と親指を立てていたのは幻覚ではないだろう。ありがとう、脳幹電波部の男子生徒諸君。お陰でオレはこれで寝れる。

自分に刺さる敵意の視線を受けながら、オレは大きく欠伸をして机に突っ伏す。今日の枕は特注品である、ぐっすりと眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おはようございます。夕方です。

超能力で外界の音を遮断したかの様な快適な睡眠でした。いやはや、特注品枕は良いな。親に土下座して良かったと思う。

オレの今世の親は何やかんやでオレ達姉弟に甘い。土下座すれば一発なのだから、ちょろいモノだ。別に自分が一番下であるという事を示す、日本独自の謝り方を安売りしているわけでは無い。安くは無いが、割引きをやっているだけだ。大体五割引ぐらいだろうか。自分の土下座にどれだけの価値があるのかは、わからないが。

 

「起立、礼。さようなら」

 

学級委員が毎時間恒例の言葉を言う。ただ違うのは、帰りの時間だからか別れの言葉を言っている。

さて、学級委員以外のクラスメイトが別れの挨拶を繰り返して、今日の授業は終了である。やっと、帰れる。懐かしく思いながらもつまらない授業を延々と受けるのは、やはり骨が折れる。四十五分授業がとても素晴らしく思えた。

指定カバンに筆箱やら、宿題やらを詰める。教科書は当然、机の中に置いている。置き勉という奴だが、そもそもこんなクソ重たいのを毎日運びたいとは思わない。家帰っても使わないし。宿題に使うとしてもオレの場合、内容をちゃんと理解しているので、そもそも必要無い。

忘れ物が無いかを確認してから、スマホを起動する。塩中学校は原則携帯を持ってくる事を禁止しているが、そんなの破っている奴は幾らでもいる。オレもそうだし、影山くんだってそうだ。バレなきゃ良し。ルールってのは破る為にあるモノだしな。まぁ、先生達が目撃しても取り上げないって所もある。基本的にウチの学校はゆるゆるだ。

 

「(そういや今日、十六時半から除霊予約入ってるんだっけ……)」

 

ぴたぴたとスマホの画面を触ってメールの内容を読む。お気に入り登録されたそれは、除霊依頼を予約したお客さんが来るから、事務所に来いという内容。確か二日前に送られてきたものだ。

スライドさせると、事務所で話を聞く事となっている。持ち込みは無しという事、多分相談だけだろう。オレや影山くんが必要とは思えない内容だ。霊幻さんだけで済ませちゃう予感がビシバシと感じるが、いかないとなると霊幻さんに怒られるので行かないといけない。何とも、約束や時間は厳守するべきだと言う事で……いや正しい事言ってるけど、学生なのだから少し多めに見て欲しいと思う。まぁ、甘えと言われればそれで終わりだが。

しかし、十六時半か……本屋に行きたいのだが、生憎事務所と逆方向だ。ここから徒歩三十分程。事務所へと空間転移すれば、間に合うかもしれないが、そこでお客さんがいればアウトである。あぁでも、事務所の路地裏とかにすればいいか。彼処は薄暗く、普通の人ならば寄り付かない場所だ。何せ幽霊いるしな、路地裏を見るだけで震えが止まらないと評判だ。知ってるのオレだけだけど。

 

「(事務所は影山くんが無意識に結界を張ってるからな……)」

 

低級な霊は寄り付かないが、あれは彼処で死んだ奴の霊で、地縛霊だから仕方がない。害がないから放ってはいるが、一部の霊能力者によると地縛霊はずっと放っておくと悪霊になると言う。

 

「(その時はオレが除霊するけど……)」

 

人型であれば抵抗は少しだけあるが、あれは人型ではない。戸惑いも躊躇もしないが、まぁ、うん……。

兎に角、取り敢えずだが本屋に行こうか。何だか、路地裏に行くのは気に乗らないのだが。

オレは、快眠枕を鞄の中へ突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(空間転移)っと」

 

一瞬だけ地に足が付かず独特の浮遊感が襲うが、もう慣れたことなので気にせず顔を上げる。うん、事務所の路地裏だ。現在十六時二十五分。間に合ったな。

隣に立つ茶色い建造物に手をつきながら、細い路地裏を歩く。大人一人がギリギリまっすぐ歩ける範囲であるが、同級生の中では小柄の方であるオレにとっては何てことない普通の広さだ。

けれど、事務所の入り口へ行く為の階段がある場所より反対側。この路地裏の奥に少々広い所がある。そこに地縛霊はいる。

まぁ、地縛霊かどうかなんてあんまりわからないけどな。ずっとそこにいるから、そうだと思ってるだけで。

 

「(まだ、いるな……)」

 

まだ昇天していないようだ。何かしらの未練が無ければこの世には止まれないはずだから、未練はあるのだろう。

 

「お前、まだいたのだな」

『クゥ』

 

まぁ、言葉を交わせない以上、何に未練があるのかわからないのだが。

オレの目の前にいるのは、人の形をした霊ではなく、所謂動物霊である。その姿形から、日本にあまりいないフクロウという名の鳥というのだけわかるのだが、その他はさっぱりだ。

オレが言葉をかけると其奴は嬉しそうに翼を羽ばたかせ、近づいてくる。超能力のお陰で、幽霊は見れるし触れる。オレに何故か懐いているこのフクロウのもふもふを堪能できるというものだ。

ずっと置いてある木箱の上に座り、隣に乗ってきたフクロウを撫でてやると笑ったように目を細める。動物嫌いではなければ、皆が皆可愛いと喜ぶような仕草だ。

 

「お前、成仏しないのか?ずっとここにいては退屈だろう?今の内にあの世に行けば、天国行きだろうし、今よりも退屈せずに済むだろうに」

 

悪霊になってしまえば、まぁ地獄行き確定だが。まだこいつは悪事を働いていない。未練はあるだろうけど、その未練とやらが悪い事で無ければ、まだ待遇は良い方だ。生前に何かやらかしてたら、その限りではないが。

 

『クルゥ?』

 

首を九十度曲げて、わかっていないような鳴き声をあげた。それから目を細めてぐっと頭をなでてと言っているように近づいてくる。その姿に仕方がないな、と思いながらその頭を撫でた。

あまり詳しくは知らないが、鳥というものはこうにも人懐っこいのだろうか。昔から人のパートナーとして代表に上がる動物である犬ならともかく、鳥でしかもフクロウだ。どうにも、人に懐かないイメージが強い。いや、何事にも例外はあるが、な……その例外が目の前にいるし。

白い顔に丸々とした黒い瞳。少し茶色が混じった翼は綺麗に折りたためられている。フクロウだとわかる顔はしているとは言え、何処かで見たような奴だ。有名な鳥だろうか?流行ってたって言ったら、はしびこ?はしびら?なんだったっけな、そういう目つきの悪い鳥だった気がするけど、フクロウじゃないし。

とは言え、あの有名な海外映画である魔法使いが飼っている白いフクロウとも違う。第一、こいつの方が小さいし。

うーむ、何処で見たんだろうか……何とも思い出せない。

 

「(霊幻さんに聞いてみるか……)」

 

今日会うしな。何よりあの人は何でも知ってそうだから、こいつの種族についてもわかるだろう。

オレに撫でられて何故かウトウトしているフクロウから目を逸らして、建物の隙間から見える空をぼんやりと見上げた。

 

 




可愛い系のマスコット的なの欲しいな、って思って。


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第十二話② フクロウ

 

 

「あぁ、そりゃメンフクロウって奴だ」

 

陽が沈んでいく夕方。予約して相談してきたお客さんが帰った後、霊とか相談所の路地裏に住み着いているフクロウ霊の種類について霊幻さんに訊くとそう返ってきた。

メンフクロウ。それがアイツの種類らしい。

 

「メンフクロウ……ですか」

「おう。それ程珍しくもないぞ。確かに日本には野生で住んでない奴だが、ペットショップにでも行けば簡単に会える」

 

他はそうだなぁ、動物園とか。

カチカチと、ノートパソコンをじっと見ている霊幻さんの手元からマウスのクリック音が響く。

しかし、メンフクロウか。聞いた事ある響きだ。フクロウって付けば何でもかんでも聞いた事あるように思えるが、メンフクロウに関してはそうではない。一、二ヶ月ほど前に動物を紹介する番組でやっていた気がするのだ。まぁ元々、どうでもいい事に関しては記憶力が良くないオレなので、確かかどうかはわからないが。あの霊を見たとき、全然思い出せなかったし。

 

「動画あるけど、見るか?」

 

ネットで調べてくれたのか、ノートパソコンをくるりとこちら側へ向けてくれた。そこには有名な動画投稿サイトの画面があり、大きく拡大されたフクロウが動画画面に映っていた。少し顔つきが違うが、あの霊と同じだ。

さて、どんな動画なのだろうか。あの霊のように可愛い動画だと良いのだけど。

霊幻さんはマウスを器用に動かし、再生ボタンを押した。

 

『ギャーー!……ギィヤァアアアァァ!!』

 

…………。

 

「…………」

 

沈黙が流れる。

しかし、二人の空気が止まったからと言って、動画が止まるわけもなく。キョロキョロと首を動かしながら嘴を開き、再び絶叫のような鳴き声を上げるメンフクロウ。

数秒経てば、その動画はピタリと止まった。再生を終えたのだろう。

 

「霊幻さん」

 

黙々とノートパソコンを元の位置に戻す霊幻さんに、オレは声をかける。言いたい事があるのは明白だ。すっと息を吸い、そして言葉を乗せて吐いた。

 

「動画間違ってません?」

「あってるわ!!」

 

おぉ、鋭いツッコミだ。流石霊幻さん。

しかしながら、動画はあっているらしい。合成とかでもなく、正真正銘のメンフクロウが鳴く所を撮った動画。他を再生してみても、個人差はあるがほぼ同じ鳴き声だった。個人差というのは、声の大きさや音の高さとかだが。

ただ、外にいるアイツの鳴き声はこんなものではなかった。クルゥ?というまるで漫画の世界にいる鳥のような鳴き声であり、人懐っこさだ。なんだろ、チョ◯ボ的な?飛べそうだが。

まぁ、鳴き方が変わったのは霊になったからだろうだけど……。

 

「それで、何でメンフクロウの事なんか聞いてきたんだ?」

 

カチカチとマウスのクリック音が響く。先程より高速で動いている事から、お祓いグラフィックでもしてるんだろう。

合成を片手間にしながら話しかけるなんて、やはり霊幻さんは器用だ。

 

「あぁ。フクロウを見た時、なんの種類だろうか気になって。それで、霊幻さんなら知ってるかな、と」

「容易く俺を当てにしてやがる……まぁ良いけど。フクロウを見た?どこで?動物園でか?」

 

ゆるりと首を振る。

 

「そこで」

 

霊幻さんのデスクがある反対側。

そこは窓があるのにも関わらず、そこからは光が漏れていない。つまり、昼以外は暗い路地裏がある場所に面している窓だ。

その斜め下、そして左に少しずらして指を指す。霊幻さんを見ると、訳がわからないと言った顔をしている。やれやれ。

 

「いや、そこ路地裏だぞ。少し広い場所があるだけの。そこにフクロウなんている訳ないだろ」

「……いるんですよ。覗いて見てください、可愛いですよ、モフモフです」

 

まぁまぁとりあえず、と霊幻さんの背中を押しながら窓際まで押しやる。

疑問符を頭の上に浮かべながらも、彼は窓を開けて路地裏を覗き込む。太陽が傾いている時間帯だからか、少し暗い。

オレもその横から覗き込み、案の定というかいつもの位置にそのメンフクロウはいた。夜行性であるからか、まだこの時間帯は眠いらしい。こっくりこっくりと船を漕いでいる。

 

「いねぇじゃねぇか」

「そりゃまぁ。霊幻さんにはいないように見えますよね」

 

何かを探すように周りを見渡していた霊幻さんに、そう言葉を返すと彼はズサササーッ!という音を立てて、後ずさった。見事な後退である。今のは動画に撮りたかった。

 

「どうしたんです?」

「どうしたんです?……じゃないわ!それって、幽霊って事だろ!確かに俺は霊能力者で?除霊師だが?お前でも追い祓えるだろ!」

 

首を傾げたオレを真似して、同じ様に傾けた霊幻さんだが、オレに一目散に近寄った彼は物凄い剣幕で叫ぶ。ちょちょ、唾飛んでる!汚ねぇ!

暗にお前が祓えと言ってきた霊幻さんにジト目を送りながら、オレは首を振った。

 

「勿論、お陰様であれぐらいの霊はちょちょいのちょいですが、いや、何か、こう……愛着を湧きまして」

「霊相手に!?」

「動物霊飼うって経済的に良くありません?餌代要りませんし、排泄もしない。とてもエコな存在では?」

「霊だってところを除けばな……」

 

オレの言いたい事を悟ったのか、はぁと溜息を吐いた。これだから子供はとか考えていそうだ。その子供にいつもフォローされているのは誰ですかね。ついでに仕事も。

 

「まぁ、そうは言わずに。種類もわかりましたし、今日からここのマスコットという事で……どうです?」

 

いやいやいやと首を振る霊幻さん。

 

「霊とか相談所は霊の悩みについて話す所だ。そこに原因である霊がいてどうすんだよ」

 

確かにそうだ。オレは納得する。

霊幻さんの言い分もあっているだろう。しかし、霊とは悪霊だけでなくいい奴もいるってのも知って貰いたいと思う部分もある。いや、良い霊なんて会ったこと無いんだけど。

けど、霊をここに置くメリットは勿論ある。それは。

 

「霊をここに置くとしたら、それを視認できる人の依頼は十中八九本物という事がわかるのでは?」

「それは!……まぁ」

 

霊幻さんは数秒の間沈黙し、考えるように顎に手をやる。考えているのだろう。まとまったのか、やがて口を開いた。

 

「確かにそうだ。依頼人が霊を視認できるとなると、本当に本物のを見ている可能性が高い。なるほど、お前は良いこと言うな……モブは言葉より実行だし」

 

確かに。

影山くんは言葉を話すより実行主義者である。口下手な事もあるけれど、何故か行動に移す大胆さがある事から、そのような性格になったのだろう。

前に話せる霊を黙らせる為に、黙ってくれと願う前に霊の周りの物を吹き飛ばした事があった。彼の行動力はそれぐらいである。何?わからない?そんなバカな。

 

「ま、とにかく見てくださいって。可愛いですから」

 

必要の無い動作だが、腕を上げて窓の外に向ける。霊幻さんにこれから何かしますよと言う合図なのだが、彼は感じ取ったのか少し後退した。

この事務所の周りは影山くんの超能力バリアが覆っている。無意識か知らないが、それなりに強力なので力の弱い霊は通れない仕組みだ。

因みに霊幻さんに故意に害を与える奴らも入って来られないようになってる。そのせいで結構ここが霊能業者として信憑性が高くなっているのは、影山くんの与り知らないところだ。勿論、霊幻さんはバリア含めこの事を知らない。

あのメンフクロウの霊としての力がどれくらいなのか知らないので、一応としてバリアをこじ開ける。オレが対処可能な程の力で良かった。影山くんが本気出すと此方は手に負えないのだし。無意識でのバリアでこれっていうのも、影山くんがヤバイという事がわかる。

 

「おーい、こっち来いよー」

 

ポ!という変な声を出してフクロウが起きる。キョロキョロと見渡しているところにもう一度声をかけると、声の主がオレだと分かったらしい。明らかに此方を見上げて表情を明るくした。

羽ばたく彼?彼女?は羽音も立てずに一直線に向かってきた。これ、オレの顔面に当たらないか?

 

「ちょっ!まっ!」

 

もふりとした感触と共に視界が真っ暗になる。羽が目に入ってちょっと痛い。

思いっきり仰け反ったオレは手をフクロウにやって引っぺがす。結構乱暴にしたか大丈夫だろうかと心配しても彼は嬉しそうに鳴くだけ。杞憂だったかと息を吐く。

もふもふと柔らかい毛並みを堪能しながら、霊幻さんの方へと振り向くと彼は奇妙なものを見たような顔をしている。彼にしては隠しているつもりだろうが、少なくとも今は笑顔を浮かべる場面ではないように思う。

 

「何変な顔してるのですか?」

「いやお前の挙動の方が変だからな?」

 

失礼な。このフクロウが見えない貴方にはそう見えるだけでしょうに。

鷲掴みにしていたフクロウをずいっと霊幻さんの方へと向ける。オレの行動に首を傾げる彼だが、きっと彼には両手を微妙な位置で開いて突き出している変人に見えているのだろう。

しかし、しかしだ。オレを馬鹿にするのもここまでである。

 

「うおっ!?」

 

この霊が壊れてしまわないように少しずつ力を分け与える。彼に見えないのはこのフクロウが低級の動物霊だからだ。地縛霊でないと生きていけない脆い身体を持っているから、霊感のない人には見えない。死んでるけどな。だが、こうして霊としての力を高めさせると霊感がない人でも徐々に見えてくるはずだ。

見えてきたのだろうか?霊幻さんが後ずさるのしかわからないから、彼のリアクションで判断するしかないのだが。

 

「…………マジでいたのかよ……」

「あっ、信じてくれました?」

 

降参だと言うように両手を上げる霊幻さん。どうやらフクロウが路地裏にいたことを認めてくれたようだ。

 

「もふもふですけど、触ってみます?」

「実体ないのにあるって何だ……」

 

そんな事を言いながらも右手を突き出し、頭を撫でる霊幻さん。フクロウは気持ち良さそうに目を細めている。本当に感情豊かだな、こいつ。

 

「この子地縛霊ですけど、今霊としての力を高めましたので路地裏だけでなく、この調味市全体を自由に動き回れるほどになりましたので、連れ回してもいいですよ?」

「誰がするか!!というかランクアップしすぎじゃね!?」

 

小さくちょっと可愛いなと呟いた霊幻さんにそう進めると拒否された。そこまで拒まなくても……ちょっとフクロウが泣きそうになっている。……フクロウって泣くのだろうか?

ランクアップしたと言っても本当はこの事務所ぐらいしか自力で飛び回れない。この調味市全体を動き回れるのはオレのおかげだ。まだ半信半疑だが、どうやらフクロウとのパスが繋がったようで、ずっと力を送り続けれるようだ。成る程、式神や使い魔ってこんな風になるのかなんて感心してたのだけど……考えてみてもちょっと意味がわからない。

地縛霊にあるまじき行動力である。

 

「ま、とにかく根負けしたのは俺だ。これから宜しくな、えーっと」

「この子に名前なんてないですよ、何せ地縛霊ですし」

「それじゃ不便だろ。俺が名付けてやろう!そうだな……フクスケ!はどうだ?」

「フクロウだから?」

「うん。どうだ?フクスケ?」

『クルッポ!』

「気に入ったみたいですね」

「…………鳴き方がハトだな……」

「言わないであげて……」

 

フクスケが仲間になった!

 

 




めちゃくちゃ時間空きましたね!作者は生きてます。
モブサイコ二期決定おめでとう!!!(遅い)


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