I/S ( IS×アルドノア・ゼロ) (嫌いじゃない人)
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第一話  最後の戦い

初めてのネット投稿だから、温かい目で見て。



 蒼く澄みきった快晴の空。遮る物一つとして無い空の中を二つの人型が駆け抜ける。

 

 それらは只飛んでいるのではなかった。陽光に霞むなかで互いに火花と発火炎を散らしながら、その複雑な軌跡を絡ませていく――戦闘をしているのだ。

 

 巨大な鋼の腕に、それに相応な化物染みたサイズと口径を誇るライフル銃、或いは二メートルを優に超える重厚な刀剣を構え、超音速で飛行する人の形をした兵器(マシン)

 

 そしてその中央には二人の少女が、柔らかそうな体の殆どをむき出しにして鎮座している。

 

 

 それは一昔前の軍人(或いは民間人)が見れば自らの正気疑うであろう光景だった。

 

 

 『インフィニット・ストラトス』。通称『IS』

 十数年前、篠ノ之束博士により開発された女性にのみ扱うことの出来るマルチフォーム・スーツ。

 開発当初は主に宇宙進出のため研究されたがやがてその圧倒的な戦闘能力に注目が集まり飛行パワード・スーツとして発展を重ね始めたISは、現在では条約により表向きの軍事利用は禁止されているため、専ら最先端スポーツ競技としての地位を得ている。

 

 しかし、少女たちが戦っているのは競技のため規定されたアリーナではない。

 

 『すべての兵器の頂点に君臨する』とまで称された戦闘能力は未だ健在。それどころか更なる発展を遂げ続けている。

 

 

 ISに乗っている少女達は交わす言葉も持たない―― 刃と射線を交わしながら、一切の感情を滲ませないままに、ただその役割を果たす。

 

 

 一機は武者鎧のような鋼色のIS『打鉄(うちがね)』。日本の企業である倉持技研が開発した、量産型第二世代機。その防御力は第二世代機最高峰を誇り、世界シェアにおいても第二位の地位を占める。

 その装甲の形ゆえに一見して近接特化型とも見做されやすい打鉄だが、換装装備(パッケージ)次第で多岐に亘る能力もまた本機の強みである。

 

 この少女の駆る機体もそうであった。

 超長距離狙撃用パッケージ『撃鉄(げきてつ)』。ISの大きさから鑑みても明らかに巨大なスナイパーライフルとそれを運用するためのバックパックからなり、第三世代を含むすべてのISの中で最大の超長距離狙撃命中率を保持し続けるこの装備は、彼女の機体を完璧な遠距離狙撃型へと仕立てあげていた。

 

 

 その打鉄に対するは、IS『緋鉄(ひがね)』。打鉄と並行して開発された、国産第二世代機。

 打鉄のパッケージすべてに互換性を持つほどの姉妹機でありながら、その姿と性能には差異がある。装甲の色はその名とは異なり、緋色と呼ぶより焼き入れ最中の刃のような橙に近い。そして打鉄最大の特徴である肩部の物理シールドと腰回りの巨大なアーマースカートは外され、代わりに両肩部と両脚部にキックスラスターとウイングが其々一組ずつ備え付けられている。

 それにより緋鉄は打鉄と基本設計を共有しながらも、防御性能と引き換えに高い機動力を得ていた。

 

 

 

 

 精確な射撃を肩部シールドで受け止めた打鉄は、同時にスナイパーライフル『禍筒(まがつづつ)』で狙いをつけ反撃する。

 

 回避不能の攻撃を最小限のダメージにとどめ、被弾しながらもこれを機とし沈着冷静に反撃行動に移る。

 正しい選択、素早い行動、優れた操縦技術に基づいた完璧な挙動。

 しかし、当たらない。音速を超えるISに命中させるために開発された禍筒専用の超高速飛翔弾頭は同規模の実弾兵装の中でも特に秀でた初速を有する。

 それが敵の背後の虚空へ、無情に消え去っていく。

 

 

 戦いの主導権を握っているのは、橙のIS『緋鉄』だった。

 

 

 防御型と高機動型、超音速機動に十分な広さの戦闘区域での純粋な決闘という条件下。これを必然の帰結とみる者もいるだろう。

 だが地の利など、この対決の行方においては微々たる要因でしかない。

 

 実力の差が、それ以上を占めている。

 

 警告音。打鉄のシールドエネルギーが5%を下回ったことを知らせる音だ。

 あと一撃でも強力な攻撃を――例えば、近接武器による斬撃などを食らおうものならば、その瞬間エネルギーは尽きてしまう。

 心許ない残エネルギー量に、早く態勢を立て直さなければという焦りが芽生える。

 

 だが、その願いすら許されない。

 一瞬で距離を詰める緋鉄が構えるのは、近接格闘ブレード『葵』。

 敵機体のシールドエネルギーは本来知ることはできない筈だが、打鉄の困窮が見透かされていることは間違いない。止めを刺す気だ。

 

 

 スナイパーライフルからアサルトライフルへの切り換え。打鉄の手の中で光の粒子が姿を変え、『焔備(ほむらび)』『轟姫(とどろき)』二丁が両手に握られ出現する。

 引き金が引かれる。点での一撃から一転。確実に敵を捉える、絶えることのない面での制圧へ切り替える。

 命中率が上がる半面、当たったところで大したダメージにはならない。あくまで一度間合いを取り、次の手へ繋げるための布石。

 緋鉄は最小限の回避で針に糸を通すかのように隙間をぬい、距離が縮まり弾雨が密となればブレードで弾き飛ばし打鉄へ迫るが、その勢いを削ることには成功している。

 

 それでも覆らぬ機動力の差。迫る緋鉄の刃。

 

 その間合いに到達する瞬間、打鉄はライフルを捨てる。その掌の中には、いつの間にか展開していたのか一振りのナイフ。

 大振りのブレード呼び出しする時間はない。相手もそれは読んでいる。だからこそ、コンマ以下で展開可能な高周波ナイフによる正面からの不意打ちを選択する。

 

 間合いと威力では彼方が勝るが、取り回しは此方が上。

 

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)―― 距離を詰める敵の懐に、逆に飛び込む!

 

 

 胴一閃。真一文字に斬り返される打鉄。

 敗北の証に、視界が黒に染まる。

 

 

 

 

 

「はーあ、今回は勝てそうな気がしたのに……」

 

 一辺三メートルほどの筐体―― 軍用のISシミュレーターから抜け出した少女、網踏韻子は残念そうに呟いた。

 勝てそう、というのは何か根拠があってのものではない。いつも通りの敗北を喫した今となっては、ただ自分の願望がそう錯覚させただけのような気がしてならなくなってくる。それがまた悔しい。

 韻子はもう一つの筐体を睨み付ける。中には対戦相手であった緋鉄を駆る少女の、その中の人物が座っている。

 

「お疲れ。韻子」

 

 もう一つの筐体の扉を開け中から顔を出したのは少年だった。

 

 名前は界塚伊奈帆。

 

 男性である彼は実際にISを操縦することはできない。彼がシミュレーターを使っていたのはあくまでも、IS操縦者を目指す幼なじみ、網文韻子の練習相手をするためである。

 

 軍の設備を民間人の二人が利用できるのは、軍属のIS操縦者である伊奈帆の姉、界塚ユキがIS操縦者を志す韻子のために許可を取ったお陰だ。軍としても将来有望なIS操縦者の育成にも重きを置いているため、埃を被った設備を利用することにも快く応じてくれた。

 伊奈帆が付き合わされているのはAIよりも実戦を想定した訓練に適当だという理由からだった。

 

 しかし、それも今日で終わり。

 

 もうすぐ新年度が始まる。韻子は四月から全寮制の学校、IS学園への入学が決まっている。

 そのため二人のシミュレーション訓練はこれで最後。彼女は長きに亘る因縁の幕引きを勝利で飾りたかったのだ。

 

「ちょっとくらい手加減してくれてもいいんじゃない? 気が利かないなぁ」

 

「韻子は強いよ」

 "本気で来なよ"と言ったのは韻子だ、とは言わない。

 

「候補生選考で最後まで残れたんだから、その実力は本物だよ」

 

「なにそれ皮肉?」

 

「僕が保証する」

 

「……ありがと。も、もう暗いし挨拶して帰ろっか。荷物、まとめるよ」

 

 

 

 

 

「ねえ、伊奈帆」

 

 帰り道。バスの中で韻子は話しかける。停留所についたら二人の帰路は逆方向だ。

 IS学園に入学してからでも伊奈帆に会えないことはない。ただこれまで通り気軽に会うのは少し難しいかもしれない。訓練という名目も使えない。

 

「なに?」

 

「……ううん。なんでもない。IS学園に入ったらさ、伊奈帆がどんなに頑張っても勝てないくらいすごい操縦者になるんだから。そしたら逆に叩きのめしてあげるから、覚悟してなさいよ」

 

「わかった。楽しみにしてる」

 

 バスが停留所に着いた。

 

「それじゃあ、またね。伊奈帆」

 

「うん。また、今度」

 

 韻子は少し嬉しそうに、伊奈帆はいつもの無表情より少し柔らかく、別れの挨拶を交わした。

 二人は各々の道を歩み出す。

 

 

 

 その日、界塚伊奈帆が無事に家にたどり着くことはなかった。

 

 

 




最初のシミュレーションのシーンはストーリー上必要ないかなと思ったんですけど、この後しばらくバトルシーンが無い予定なので入れました。

誤字脱字等あれば教えて下さい。作者が喜びます。


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第二話  誘拐事件

第二話だけ他の話より少し長いです。
自分の書きたいシーンのために辻褄を合わせようとしたら、妙に間延びしてしまった感じです。


 とある部屋の中、二人の男が向かい合って座っていた。

 

 縦に長い部屋の中央には大きな楕円型の机が備え付けられ、その周りには左右で向かい合うようにたくさんの革張りの椅子が並べられている。

 構造こそ会議室のそれだが、部屋や調度品は議論を交わすには不要だろうと思われる高級感を漂わせている。

 オフィスビルの会議室というより、大型のホテルのそれに雰囲気は近い。

 

「僕を解放しろ」

 

 部屋の奥側の椅子に座る伊奈帆は、机を挟み目の前に座る男に言い放った。

 

 この部屋には彼のほかに男が三人いる。部屋の隅に立っている者が一人。その反対角の隅、伊奈帆の斜め後ろに立っている者が一人。そして伊奈帆から真正面の椅子に、背筋を伸ばし深く腰掛けた者が一人。皆一様にスーツを着込み筋肉質の体をサラリーマンの風袋(ふうたい)の中に押し込めている。

 椅子に座っている男だけが白人、立っている二人はアジア系だ。

 

 白人の男は白髪交じりの頭髪に、整っているが皺が深く落ちくぼんだ顔。それでいて血色が良く肉体は若々しい。それらの要素が合わさって年齢すら見当のつかない不気味な風体を完成させている。

 

「ふむ」

 

 男は顎に手を当てながら無遠慮な態度で伊奈帆を見やる。そのくせ、口調は穏やかに。

 

「君はどうやらパニック状態に陥っているようだ。自身の置かれた状況に対して何か勘違いをしているのかもしれない。どうかね。一旦深呼吸でもして、記憶を――」

 

「茶番は抜きだ。人攫い」

 

 男は目を細める。

 

「驚いたな。まさか正気だったとは。パニックのあまり狂ってしまったのかと心配になったよ。まったく誘拐されたというにここまで冷静とは、どうやら君は元来精神に異常をきたしている人間らしい」

 

「……」

 

 

 あの後、韻子とわかれた直後に伊奈帆は誘拐された。ただその時の記憶は彼に無い。あるのは薄れゆく意識の中、支えきれなくなった体と共に傾いていく視界の断片だけ。

 

 しかし今も座っている椅子の上で目覚めた伊奈帆は、即座に自信が誘拐されたということを結論付けた。

 目の前に座るこの男、あるいはその仲間が、一切の気配も予兆となる情報も出さぬまま人一人を誘拐することが可能かどうか考えた結果、それは全くありえないことではなかったからだ。

 伊奈帆にとって誘拐されるのは人生初の出来事だったが、それでも彼らがプロ―― クラッカーがエンターキーに指を伸ばす程度の意識と正確さで人に害を成すことのできる人種だと、そう判断した。

 

 伊奈帆は憶測から、目の前の男がこの犯行を主導、或いは命令した人物だと仮定し話しかける。

 

「それで」

 

「ああ。解放するとも。身体の安全も保障しよう。私たちはただ話を聞いてもらいたい。それだけなんだ」

 

 男は巧みな日本語でぬけぬけと宣う。伊奈帆には現状、拒否しようなどないのにだ。

 

 しかし今、手錠や轡で拘束されていないことを考えれば理性的な対話は十分に可能な相手なのかもしれない。伊奈帆は事態の改善のため、話を聞くことを承諾した。

 

「そうか、では自己紹介から。私の名は『ロジャー』。もちろん本名ではないがね、君が私を呼ぶためだけにつけた名だ。大切に親しみを込めて呼んでくれ。……役職としてはそうだな、スカウトだ。君を自分たちの仲間に引き入れる、或いは手を組みたいと考えた人々が、私を派遣したのだ」

 

 それが誰なのか、彼は明かさない。

 

「何か、仕事をさせるつもりか」

 

「そうだ。悪くない仕事だ。給料はしっかり、福利厚生もばっちり、危険はゼロではないが大勢の大人たちが身を挺して守ってくれる。そして君だけにしかできない」

 

 ロジャーはここで言葉を切る。

 一拍だけ言葉を止めるのは、演説でも使われる有効な手法だ。

 

 しかし彼の振る舞いは意としてのものではないようだった。自分の言葉を信じてもらいたい―― 裏を返せば、他人が信じられないような突拍子もないこと信じてもらおうと告白するときに起こる、無意識の動き。

 

「……」

 これが本題か。

 

「界塚伊奈帆。君にはISを操縦し、IS学園に男子生徒として入学してもらう」

 

 

 

 もしここに第三者がいたら男女問わず全員が同じ答えを言うだろう。

 不可能だ。ISは女性にしか動かせない。

 確かに織斑一夏という唯一の例外は最近発見された。

 だが伊奈帆は自分もそうだとは考えない。事実、彼がもう少し子供のころ姉の職場でISに触れる機会があったが、他の男性と同じくISに触れると即座にその起動プロセスは停止したのだ。

 

 

 伊奈帆は意図せずに半ば開いた口を閉じてから、ロジャーに尋ねる。

 

「方法があるとでもいうのか」

 

「あ……。そ、そうだ。それだとも。我々はとある技術を独占している。世界には明かされていない、不可能とまでされている、男性にIS適性を付与する処置法だ」

 

「それを今証明できるか? もし織斑一夏がその実例だというのだとしても――」

 

「いや違う。織斑一夏は私たちの処置は受けていない。彼がなぜISに乗れるのかは不明のままだ。それと……我々は君からの信用は必要としていない。君に窮屈な思いをさせていないのはあくまで対話を円滑に進めるためだ。こちらにはその為の、様々な道具の用意がある」

 

 一つ山場を越え調子の戻ったロジャーは再び主導権を握りにかかった。

 

「仕事の話に戻そう。我々の手によって処置を受けた君は世界で二番目の男性IS操縦者としてデビュー。政府と超法規的措置により保護されたのちIS学園へ入学する。以上だ。理解したか?」

 

 彼の説明は目的も手法さえも明らかにしない、あまりに雑多だ。理解しろというほうが無理がある。

 それでも首を横に振れない伊奈帆は、代わりに質問に質問で返した。

 

「お前たちの利が見えない。目的はなんだ」

 

「そうだな、君にはそれも知ってもらいたいんだった。ただそのためには、我々の正体も話しておかなくてはならない」

 

 それは先ほどまで意図して避けてきた話題。しかしロジャーは簡単に明かしだした。

「私はIS委員会の公安職員だ。目的はISにかかわる国際規模での危機管理。これは国際IS委員会の総意だ」

 

 『国際IS委員会』通称IS委員会。

 ISに関する国際的な取り扱いを定めた国際法「アラスカ条約」(正式名称、IS運用協定)に基づき設置された、国連の下部機関。その主たる役割は各国家のISの運用を監視することであるが、水面下で発生するISによる国家間の軋轢の解消をはじめとして、未だISという存在を扱いかねている国際社会において多様な役割を果たしているという。

 ちなみに一般的なイメージにおいては、決して民間人の少年を誘拐し脅迫するような組織ではない。

 

 ロジャーの言葉は続く。

「なぜIS委員会が君を必要としているか順を追って話そう。だがその前に質問だ。界塚伊奈帆、君は今の『IS』が、競技、娯楽、産業、職業、そして兵器として安定していると思うか? "安全"とは言わん。アレはそんなものではないからな……。大事なのは人の手で管理できるリスク、ハザードであるかだ」

 

 伊奈帆は正直に即答する。

「安定はしていない。要因は二つ。一つはIS自体の問題。ISの中枢、ISコアそのものがブラックボックスであり不確定要素そのものであること。もう一つはISを運用するための環境の問題。法、インフラ共に発展途上という状況下で国家、企業、個人の利益追求が先行しすぎていることだ。ISのリスクは『中』と『外』に遍在している」

 

「いい答えだが、耳が痛いな。君の言う『外』の問題の解決は正に私たちの仕事だ。『中』の方は、まあ良識ある学者たちに任せるとして……。私はその二つに、さらに中と外の両方に亙るリスクを提示したい。IS開発者『篠ノ之束』というリスクだ」

 

 その名前を出したときロジャーは少しだけ声のトーンを下げていた。まるでここにいない、地球のどこにいるのかすらわからない兎耳の女性に聞き咎められるのを恐れているかのように。

 

「『白騎士事件』」

 ロジャーは十年前の出来事を口にする。その日のことは伊奈帆もよく憶えていた。

 

「私たちは外の連中は何処となくお祭り騒ぎだったが、日本人である君たちにとっては忌むべき記憶だろうな……。あのパニックは酷かった。ミサイルという絶望に瀕した若者たちの凶行。人の本性を問われているようだった」

 

 マナーが良い、礼儀正しいという認識を世界に広めていた日本人の暴走には、多くの人々が驚き、認識を新たにした。日本人は極東の猿、或いは人間一皮むけば皆同じだと。

 

「聡いきみなら気づいているだろう、あの惨劇を引き起こしたのは誰なのか」

 

 白騎士事件の犯人。それは誰もが予測しながら、誰も表立って批判しようとは思えない。そんな人物。

 

「恐るべき叡智と技術を持ちながら彼女には道徳観と倫理観が欠如している。『天災』の呼び名を持つ一個人を野放しにはできない」

 

「それと僕がIS学園に入学することの関係性がない」

 

 篠ノ之束の探索は今も全世界規模で進められている。IS委員会や国家のみならずISの技術を独占したいと考える巨大企業や犯罪組織までもがこの十年虱潰しに動いているのだ。もはや人の生活できる環境は調べつくし、次は海底か成層圏かという段階にまで至っているとの噂もある。

 そんな状況で何故という思いが、伊奈帆にはあった。

 

「篠ノ之束の過去の知人から聞いた話では、昔の彼女は他人に一切興味を持たず勝手気ままに振る舞う問題児だったらしい。そんな彼女が執着または興味を示した数少ない対象が、友人である『織斑千冬』、妹の『篠ノ之箒』、そして友人の弟であり妹の幼なじみである『織斑一夏』の三人。そして、この三人がIS学園という一ヶ所に集う。篠ノ之束が彼女たち接触することの蓋然性は高い。我々は学園に、パイプのある誰かを置きたいと考えている。……そこで君が呼ばれたわけだ」

 

「なぜ僕を選んだ。IS委員会の伝手ならば入学の決まった生徒から指名することも出来たはずだ」

 

「それは君が優秀なIS操縦者だからだ。シミュレータのデータは見させてもらったよ。あれの成績はクラウドにより広範囲に共有されるが、軍や企業はより現実に即した能力、適性を図るために予め登録していたIS適性と合わせて機械的に選別し評価する。男である君がいかに活躍しようと誰も気に留めないわけだ」

 

 ロジャーは、クククと馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

 

「しかし我々は違う。もはやIS適性は変化させられる数値でしかない。他所の連中が見落としていた優秀な人材を、男女問わずスカウトできる。君のような隠れたエースは世界中に大勢いる。……その中でも君はとびきりだがね。さらに織斑一夏と同じ国籍、年齢とくれば、彼との接触を望むにはこれ以上ない最高の条件だ。これが、君を選んだ理由だよ」

 

 

 

「さて。今度はもう少し具体的な、君の利益の話をしよう。脅迫というのは長引くほどリスクが増していくものだし、君がIS学園に入学したら我々の手は届かなくなるしな。……それに世界のためとはいえ、まだ年若い民間人に滅私奉公を求めるのは忍びない」

 

「僕の望むものを知っているつもりか?」

 

 伊奈帆への返答として、ロジャーは参ったという風に首を振る。

「残念ながらそこは我々の諜報能力も及ばぬところだよ。だから、君が探すんだ。私がこれから君に挑むのは交渉ではない。どちらかと言えば『誘惑』だ」

 

 

「君のお姉さんは軍のIS乗りだそうだね。それに君の幼なじみ、網文韻子といったかな? 彼女もIS操縦者を目指して今年から入学するそうじゃないか」

 

 ロジャーはわざとらしく伊奈帆の表情を覗き込む。そこに変化は見られないが、ロジャーの胸中にふと一つの懸念が湧いた。

 なにか気配を感じ取ったわけではないが、確証がなくともあえてそれを口にする。

 

「……失礼。気のせいだったら謝る。もし君が今、私を殺す算段をしているのであれば止めてくれないか。それは互いの精神衛生上よくないことだ」

 

「謝る必要はない。続けて」

 

「そうか。こちらには脅す意図はなかったんだが、浅慮だったな。……話を戻すと、私が言いたかったのは君の親しいこの二名は、すでにISと関わる道を選んでいるということだ。もしこの先、ISの世界に身を投じた彼女たちが大きな苦難や悪意に晒されたとして、君はどうする? 男だから、ISは動かせないからと言い訳して見放すつもりか?」

 

「あなたの語る苦難や悪意には具体性がない。仮に僕がIS操縦者になったとして、それはこちらから危険を招くようなものだ。篠ノ之束の興味を引くことになるかもしれない。逆に僕が二人を巻き込んでしまうことのほうが想定すべきリスクだ」

 

 うんうんと、ロジャーは楽しそうに首を振る。

 この男のリアクションがオーバーになるときは、凡そ自分の筋書き通りに話が進んでいる時だ。

 

「そう。君が言うとおりになるかもしれないし、でも私が言うとおりになるかもしれない。残念ながらどちらも、確率すら導き出すことの出来ない不確定な可能性にすぎない。これでは理路整然とした交渉なんて夢のまた夢だ。……だから質問を変えよう」

 

「……」

 

「界塚伊奈帆、君はどうしたい? 大切な人に危機が迫ったときに、君は何処にいたい? ――思い出すことだ。十年前のあの日、君に何が出来た!? 君は姉と手を握り、炎に包まれる孤児院から逃げ出すことしか出来なかった。そうだろう」

 

「それでも施設の皆が無事だった。あの場では最良の選択だったのには違いない」

 

「違うな。逃げることしか出来なかった。それが賢い選択だからじゃない。それしか選択がなかったからだ! 君はもしかしたら、あの日の無力を過去のことだと思っているかもしれない。大きく成長し、たくさんの知識を身につけた。だがな、それでも君は無力のままだ。もう同じ想いを繰り返したくはないだろう?」

 

 

 誘惑。

 惑わし誘う。

 利益ではなく感情に訴えるという点では、確かに交渉というよりも誘惑だろう。

 しかしロジャーが伊奈帆に仕掛けているものは、厳密にはそれとも異なる。

 

 この男は論理で守られた伊奈帆の本心を暴くつもりだ。

 一時の気の迷いや言質には価値がない。脅迫すらも無意味。

 

 伊奈帆自身の意志でISに乗る選択をさせる。それが彼に与えられた仕事だった。

 

「君には今、『後悔』しないための賢い選択をする能力はない。それを判断するための情報が致命的に不足しているからだ。未来のことは誰にもわからない。……今君が選べるとすればそれは、『最後の後悔』をどこでしたいかだ。大切の人の隣か、遠くの日常の中か。酷なことだがそれを今、選ぶんだ」

 

 ロジャーは何かを取り出して机の上に置いた。ごん、と重い音がする。

 伊奈帆の携帯と、一丁のマカロフ。伊奈帆の手の届く距離までその二つを滑らせる。

 それから何か合図をしてアジア人二人を部屋から追い出した。

 

「我々は君の選択を尊重する。純粋な君の意志に依る選択を聞きたい。不満だろうが私にはこれが限界ということを理解してほしい」

 

 パン!

 パッ!

 

 木の机に楕円状の穴が二つ開いた。

 

「実弾。本物の銃は初めて見た」

 

 伊奈帆は腕と肩に残る痺れの感覚を記憶しながら、尋ねる。

 

「訊こう。このままあなたを撃たずに退出することも出来るのか」

 

「ああ。信じるか否かも含め、全て君の意思にゆだねられている」

 

 

 短い沈黙ののち、伊奈帆は答える。

 あっけない幕切れだったかもしれない。

 

「いいだろう。もう少し話を聞こう」

 

 

 




次の話からようやくIS学園編。
某主人公もちょっとだけ登場します。

白騎士事件捏造はアンチ・ヘイト
IS二次創作スレにもそう書いてある。


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第三話  IS学園入学

ここから原作沿いに話が進んでいきます。
ただ設定や展開は自分が書き進めやすいように少しずつ変えていく予定です。


 IS学園新年度初日。一年三組の教室は独特な緊迫感に包まれていた。

 新しい学園生活への不安が綯交ぜになった期待感とも異なる。どちらかと言えば、未知への興味と困惑に近い。

 

 新入生である彼女たちは学園設立以来の誰も想定していなかった事態に直面していた。

 

「……」

「…………」

 

 その原因は、教室の真ん中やや左寄りの席に座っている一人の少年だった。

 界塚伊奈帆。ロジャーと彼の上司の目論見の通り、彼はIS学園への入学を果たしていたのだ。

 

 

 誘拐犯から解放されたのち、伊奈帆は何事もなかったかのように帰路につき一時の日常の中へ戻った。

 

 そしてある日、ISと接触する機会(間違いなく彼らの御膳立てであろう)に遭遇した伊奈帆は誰に言われるでもなくそのISに触れ、起動し―― 二人目の男性IS操縦者として、世界に名を轟かせた。

 

 そこから先の日々は一気に非日常へと転落した。政府による保護の名目のもと一切の同意なしに居住区を移され、隠蔽する気もない監視の目に晒され、他人との接触を大幅に制限された。明らかな軟禁状態―― そんな環境の中で日本政府の役人やIS委員会から派遣された調査員、IS企業の営業や技術者を相手に交渉事と契約書を積み重ねる日々が続く。

 そうしてようやく今日、伊奈帆はIS学園への入学へ至ったのだ。

 

 

 緊迫し張りつめた教室の空気。

 だが当の本人は、何をするでもなく静かにホームルームの進行を待って座っていた。今日まで続いた不自由な日々に思いを馳せるでも、全員女子のクラスメートの中に男子自分一人という状況を意識してしまうわけでも、大勢の人々の思惑が絡むであろうこれからの学園生活を憂うでもなく、只静かに、感情をおくびにも出さずにいる。その様子は平穏そのもの。

 

 寧ろ異常なのは他のクラスメイトだった。ただでさえ興奮冷めやらぬIS学園入学初日という状況に加え、クラスには男性のIS操縦者という存在―― 彼女たちの感覚からすれば正に未知との生物との遭遇に他ならない。

 自分の常識の中の異物として睨み付ける者、珍獣として認識する者、伊奈帆のすぐ前の席で背後の存在にビクビクと怯える者などその反応は様々だが、皆一様にこの生き物から意識を逸らすことができずにいる。

 

 そんな少女達の中に一人、他のクラスメイトよりも複雑な思いで彼を見つめる少女がいた。

 界塚伊奈帆の幼なじみ、網文韻子。IS学園への入学を果たしていた彼女は伊奈帆と同じクラスになったのだ。彼とは久々の再会。しかし、その心中は穏やかなものではない。

 

 

(……もうわけ分かんない。ちゃんと説明しなさいよ伊奈帆ぉ)

 当然だ。全寮制の学校に入学したら暫く会えなくなると思っていた幼なじみが、ある日急にテレビで二人目の操縦者として紹介され、実質女子校であるIS学園への入学が決まっていたというのだ。

 彼と会って話したのは、あの日のシミュレート対戦が最後。

 テレビを見てから慌てて連絡を取ろうとしたのにうまく繋がらず、辛うじて受け取ったメッセージは「ごめん。事情があるから後で説明する」というそれだけだった。それから今日まで放置が続いたままだ。

(『後で』って後でIS学園で会った時にってこと? 伊奈帆だし忘れてるってことはなさそうだけど……。あー、もう!)

 

 あー!、と頭を抱え髪を掻く韻子。そんな彼女にもクラスメートはノータッチだ。教室全体がそれどころではないのだから。

 

 

 チャイムが鳴る。

 それと同時に一人の女性が教室前方の扉から現れた。

 パンツスタイルのスーツで全身をきちりと固め教員用名簿を小脇に抱えたコーカソイドの若い大人の女性が、ヒールの音を静かに響かせながら、生徒たちの正面へ歩みを進めていく。

 

「初めまして、皆さん。私がこのクラスで担任を務めます、イザベラ・アルツです」

 

 教卓の後ろから自己紹介の挨拶とともに会釈した彼女―― アルツ先生は短く切りそろえた金髪を掻き上げながら言葉を続ける。

 

「副担任の先生は諸事情により着任が遅れるため、紹介はそのときにします。さて、」

 

 彼女は視線を僅かに動かし、このクラス唯一の男子生徒を一瞥する。

 

「このクラスへ入学した皆さん―― いえ。本学園でISに携わる者、あなたたちを含めた全員が今までにいなかった新しい仲間の参入に驚き戸惑いを禁じえられずにいます。浮足立つ気持ちも理解できます。しかし、それによりカリキュラムを変更する要綱は一切ありません。あなたたたちには例年通り、例年以上の成果と習熟が求められていることを肝に銘じてください。わかりましたね……。返事!」

 

「はいっ!!」

 

 数分前とは打って変わって引き締まった教室の雰囲気に、このクラス担任は満足したようだった。

 

「では、今度は生徒の自己紹介といきましょう。アルファベット……ではなく、五十音順でしたね。出席番号一番から順に進めてください」

 

 

 

「……ちょっといい? 伊奈帆」

 

 クラス全員の自己紹介を終えた後の休み時間。

 殆どの女子が遠巻きに眺め、牽制し譲り合う中で韻子は声をかけた。

 その表情にさっきまでの焦りや困惑はない。すでに彼女の中での感情は一周して冷静な怒りにまで到達していたからだ。

 

「休み時間は短い。手短に済ませられることなら」

 

「そ。なら屋上に行こ。……教室だと人多すぎるから」

 

 最後の一言を小声で付け足した韻子は、伊奈帆と共に屋上へ向かった。

 

 

 IS学園の屋上はよくある高等学校のように封鎖されていなかった。

 緑まで整備され、生徒たちの憩いの場となるようになっている。もっとも新年度初日の昼休みでない休み時間とあって、人影はごく疎ら。開放的な場所だがプライベートな会話には十分だろう。

 

「説明」

 

 それが韻子の要件。簡潔で明瞭な要求だった。

 

「ごめん韻子。あまり多くのことは話せない。今の僕はいくつもの規約に縛られている。そういう立場なんだ」

 

「……なにそれ。こっちはね、聞きたいことは山ほどあんのよ!! なにIS動かしてんのとか、今まで何処に行ってたのとか、これから先のこととかも……! ユキさんとも連絡、つかなくなっちゃうし!」」

 

「僕を含めISを動かせる男性についての研究は全世界規模で行われているけど、そもそもISが女性にしか動かせない理由もわかってないからほぼ全てが膠着状態。今までは政府の保護プログラムに則った生活をしてたから、居住区については日本領土内までとしか明かせない。先のことは分からないけど、ユキ姉なら心配いらない。近々会える予定だよ」

 

 伊奈帆らしくない回りくどい言い方に韻子は気付く。

 言葉を選んでいる。

 

「嘘、吐かないんだね」

 

「虚偽の情報を漏洩させる必要性については、僕の自由裁量に任されていると判断した」

 

「そっか。今のあんたの大体の感じ、なんとなくわかったかな」

 

 気持ちとしては諦めと納得の半々。それでも晴れやかな様子で韻子は笑いかけた。

 

「戻ろっか、教室。もう休み時間も終わるし」

 

「……うん」

 

 韻子は気づかなかったが、伊奈帆の視線の先、彼女たちとは別の男女の二人組がいた。入口を挟み屋上のほぼ対角線上にいたため、向こうも韻子たちの存在に気づかなかったようだ。

 伊奈帆は彼らに見覚えがあった。一人はテレビでもネットでも何度も見た顔。もう一人はロジャーから渡された資料に子細なデータが載っていた。

 

(織斑一夏、篠ノ之箒。あの二人も幼なじみか)

 

 そう考えれば自分たちと酷似している状況。それを奇遇とも思わずに、階段室の陰に隠れる存在を無視しながら伊奈帆は韻子の後をついて歩いた。

 

 

「ちょっと! もう少し詰めなさいよアンタら」

「こっちだってギリギリなのよ。……ああっ! 織斑くんたちも戻ってきちゃった」

「声がでかい、お尻引っ込めて!」

「あんたがデカいんでしょ!」

「誰のケツがデカいってぇ!!」

 

 一夏と伊奈帆たちから見えない位置にある建物の陰。そこは一年一組と三組の女子で大変に賑わっていた。

 幼なじみに連れ出され屋上に向かった彼らを、彼女たちはつけてきていたのだ。

 皆あくまでも興味本位でちょっと覗いたら、退散するくらいの気持ちでいた。メンバーも自制して少数で向かったつもりだった。

 しかし、もう一組の男子がいるクラスでも全く同じ状況になっていたのは想定外だった。少数精鋭のスマートな隠密行動のはずが一転、ベストと思われた監視スポットは定員オーバー、多すぎる人員が混乱を招き撤退もままならなず、二人の会話の内容も把握できぬままエリートたるIS学園生徒にあるまじき醜態を曝している。

 

「……不毛」

「もう、なんでこうなるのー!」

 

 IS学園に入学した二人の男子生徒は、本人の与り知らぬところで確かに学園に動乱をもたらしていた。

 

 

 しかし、とある新聞部員は後にこう語る。

 この出来事はこれからIS学園で巻き起こる大騒動の幕開けに過ぎなかったのだと。

 

 




八月いっぱいで書き溜めてるのはここまでです。
もしかすると更新が途切れることがあるかもしれませんが、エタりそうなときはご報告するつもりです。


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第四話  二人の男子生徒

今回は原作準拠で、一夏の一人称です。


 散々だった授業をなんとか乗り切った、放課後。

 俺は学生寮の廊下を歩いていた。

 

「はぁ……。初日からこれじゃあ先が思いやられるな」

 

 一度、手もとに目を落として山田先生から渡されたメモを確認する。

 

「1025、1025……。おっと、この部屋だな」

 

 ドアノブに手をかけると鍵がかかっていたので、メモと一緒に渡された鍵で開ける。

 

(あれ? 電気がついてるのか)

「えっとお邪魔します……。おおっ!」

 

 部屋の内装は思っていたよりずっと立派だった。

 二人部屋の寮室と聞いたときはよくある古びた学生寮を想像したけれど、全然違った。

 まるで高級ホテルだ。

 けれども、電気がついているからいるだろうと思っていた同居人の姿が見当たらない。

 

 パーテーションの向こう側とかか?

 そんなことを考えながらベッドの奥を覗こうとしていたとき、後ろから水が流れる音が聞こえた。

 なんだ、トイレか。

 そう思い振り返って―― これから共に暮らす同居人の姿を認識した時、俺は固まってしまった。

 

 結果、先に挨拶したのは、彼の方だった。

 

「やっぱり君が同室か。僕は界塚伊奈帆。初めまして、織斑一夏」

 

 

 

 そこに立っていたのは、俺と同じようにIS学園の制服を着た、一人の男子生徒だった。

 少し幼い顔立ちをした、日本人の少年。背も俺より低い。

 制服には改造を加えているのか、上着の襟や裾が俺のものよりだいぶコンパクトに収まっている。

 

 

(……男子だ)

 そうだ。すっかり忘れていたけどIS学園には俺のほかにもう一人、男子生徒が入学したんだ。

(いや、女子だったらどうすんだよ。考えがなさすぎだろ、俺。……疲れているんだから、これは仕方ないな、うん)

 そんなことを考えていたせいで、俺は静かに差し出されたそいつの手に気付けなかった。

 

「……大丈夫だよ。ちゃんと洗った」

 

「あっ! わるい、そうじゃなくてだな。……これからよろしくな、界塚」

 

 握手を交わす。

 女の園に男二人。

 なんだか、すごく勇気づけられた気がした。

 

 

 

 

 

「勇気ある行動をしたよ、君は」

 

 俺が今日の昼間、セシリアとクラス代表の座をかけて決闘することになったことを話したときの界塚の反応が、これだった。

 ちなみに三組は揉めることなく界塚がクラス代表に決定したらしい。

 

(……皮肉だよな? まさか本気で言ってるわけじゃないと思うけど、真顔でいわれると反応に困るというか……)

 ひょっとして呆れられてるのか? もしかして、第一印象で馬鹿だと思われたかもしれない!

 

「それで勝算はあるのか」

 

 しかし俺の心配をよそに、界塚は真面目に相談に乗ってくれた。

 

(内心どう思ってるかわからないけど……。表情筋がもうちょっと仕事してくれたらいいんだけどなぁ)

 まあ、物は相談だ。正直に話そう。

 

「いや。正直言ってなんにもわからん。代表……候補生って、そんなに強いのか?」

 

 セシリアは『エリート中のエリート』と名乗っていたけど、あんましその強さの想像がつかない。

 千冬姉がわざとISの存在から俺を遠ざけていたせいもあってか、どうやら俺のISに関する知識は一般人のそれより欠如しているらしい。

 

 俺の質問に、界塚は答えた。

 

「強い。僕たち同年代の中で頭一つ抜けた実力を持つのは間違いない」

 

「……マジかぁ」

 

 気が重くなる。

 なんかこう、薄々気づいてはいた事実なんだけど人の口から聞くとより事態が重くなったような気がしてくる。

 界塚の無表情&低いトーンで宣告されるとショックも一入(ひとしお)だ。

 

「後悔、しているのか」

 

「いや。あそこまで自分の育ってきた国を馬鹿にされたんだ。あれで黙っているなんて、男じゃねえ!」

 

 他所の国の人の中には、日本人を馬鹿にしている人がいるという話は知っていた。俺自身、十年前のあの日、自らの正体を失う大人たちの姿に失望してたかもしれない。

 けど、それとこれとは話が別だ。

 確かに勝ち目の薄い勝負に挑むなんて、他人から見れば賢い選択ではないのかもしれない。

 だけどあの時あいつに言い返したことを後悔するつもりは無い! 勿論、これから逃げ出すこともだ!

 

「だったら問題ない。勝ち目はある」

 

「作戦でもあるのか!?」

 

 界塚は空中にディスプレイを映し出すと、それを俺が見やすい向きに変えた。

 

「ひとまず一夏の理解が怪しい国家代表候補生の説明から始める。それでいい?」

 

「そっからか……。ああ、頼むよ」

 

 俺としては作戦の方が気になったけど、話の腰を折るのも悪いので授業の予習だと思ってありがたく聞くことにした。

 

「君の知っている通り国家代表候補生は文字通り、国家代表操縦者の候補者として選出された学生だ」

 

「おう」

 

 そこまではセシリアからも聞いた。

 、

「でも国家代表操縦者は一国あたり一名から三名なのに対して学生を含めた代表候補は十人、二十人はざらにいる。最も多い中国では百人以上が候補として選ばれているくらいだ。トップエリートと言え、あくまでも『候補』でしかない」

 

「おおっ!!……いやちょっとまて。少しおかしくないか」

 

 ISに絶対必要なISコアは世界に467個しかない。

 セシリアは自分用の専用機を持っていると言っていたけれど、コアの数と比べて候補生の人数が圧倒的に多いような……。

 そもそも人口十億人以上の中国で100人って、とんでもなくトップ集団だと思われるのだが。

 

「ISコアは貴重だから、代表候補の中でも特別な操縦者にしか与えられない。数のことは心配しなくていい」

 

「いや冷静に言わないでくれよ! セシリア専用機持ちだぞ!」

 

「そこに君の勝機がある。……これがセシリア・オルコットの専用機『ブルー・ティアーズ』」

 

 ディスプレイにISの動画となにかのデータを示す画面が表示される。

 動画には青いISを纏ったセシリアが空を飛ぶ姿が映っていた。

 

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。兵法の基本。

 しかし俺は、せっかく得られそうな相手の情報から、目を逸らしてしまった。

 

「見ないのか?」

 

「……実は子供のころから剣道の手合わせとかで、事前に相手の得意な技とか調べるのが苦手でさ。みんなやってることでそれが卑怯だとかは思わないけど、俺には合わないから」

 

「見といた方がいい」

 

「甘い考えだっていうのは分かってるんだ。勝負は試合より前から始まっているってことも」

 

 なに言い訳してんだろうな俺は。せっかくアドバイスしてくれてるのに、無碍にするようなことまで言って。

 

「それでも見るべきだ。一夏、これは君の意地だけの問題じゃない。きっかけはどうあれ、これはクラス代表を決める一年一組の問題だ。慣れないやり方だとしても、総合的に判断してそれがベストなら皆のために選択するしかない。これからの学園生活を考えるなら尚更のこと―― 状況は、待ってはくれない」

 

「……わかった。見せてくれ、界塚」

 

「伊奈帆でいい。僕も一夏と呼んでるのに、一方的なのは好きじゃない。それと失礼なことを言って悪かった」

 

「いや、伊奈帆の言う通りだ。俺は、俺が誰と戦おうとしているのか、どんな世界で戦おうとしているのか、もっと考えなくちゃなんなかったんだ。……ありがとな、伊奈帆」

 

 セシリアの動画はイギリス政府が撮影、公表したものだった。アラスカ条約により求められているISに関する技術、情報の開示を目的とした動画らしい。

 PR映像も兼ねているそれには、セシリアのISの全てではないものの、決闘の準備には十分な情報が映っている。

 

「『ブルー・ティアーズ』、遠距離狙撃型のIS、か。……今さらだけどISの動きってすごく速い。よくカメラが追いつくな」

 

「ISの試合の撮影には軍事技術を流用した専用の特殊機材が使われている。僕が注目してほしいのはイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装『ブルー・ティアーズ』。ほら、これだ」

 

 一時停止した画面の中で伊奈帆が指し示したのは、セシリアのISの周囲を飛び交うフィン状の蒼いパーツ。オールレンジ攻撃を可能とする無線誘導兵器らしい。

 IS『ブルー・ティアーズ』の特殊兵装『ブルー・ティアーズ』。ちょっとややこしくて混乱を招きそうだけど、この『ブルー・ティアーズ』を搭載した第一号機だから『ブルー・ティアーズ』は『ブルー・ティアーズ』という名前らしい。確かに理屈はあってる。

 

 伊奈帆の話は続く。

 

「IS、ブルー・ティアーズの操縦者にはIS適性とは別にBT適性というBT(ブルー・ティアーズ)を操作するための特別な素質が求められる」

 

「誰でも使えるわけじゃないのか?」

 

「うん。それにBT適性はIS適性より希少性が高い。セシリア・オルコットは被験者のうち最も優れたBT適性の持ち主としてブルー・ティアーズの専属操縦者に選ばれた経緯がある。つまりは純粋な操縦技能で選ばれたのではないということ。逆説的に言うのであればBT適性の価値がそれだけ高いということだけど――」

 

「そいつさえ攻略できれば、勝機が見えてくるってことか」

 

「正解」

 

 成程な。これは俺にとって朗報かもしれない。BT(ブルー・ティアーズ)は確かに強力な武器だが、ごちゃごちゃした課題を片付けていくよりは、たとえ難題でも一所懸命に取り組んでいく方が、俺の性分には合っている。

 

「わかった。……なあ。ここから俺一人でセシリアの研究をしてみたいんだ。ここまで手伝ってもらっておいてなんだけど」

 

「止めないよ。今までやってこなかったならきっといい練習になると思う」

 

 

 

 

 それからも伊奈帆といろんな話をした。

 趣味のことやよく聞く音楽のこと、中学にいた面白い先生のことなんかを。

 

 伊奈帆のことは最初は物静かなヤツだと思っていたけど、話してみると案外面白い。

 感情や考えが表情から読みづらいだけで、俺と変わらない普通の男子高校生だ。

 

 それともう一つ発見。

 お互いのことを話している中でこいつも俺と同じ、家族が姉一人ということに気が付いた。

 

 だけど、俺はそこを掘り下げようとは思わなかった。

 今日はもう遅い。この時間から互いのたった一人の家族のことまで踏み込んだら、きっと寝不足になる。

 俺たちはそれを本能的に察知していた。

 

 その話は、また次回ということで。

 

 

 

 

 

「話は変わるけど、一夏に尋ねておきたいことがあるんだ。少しいいかな?」

 

「なんだよあらたまって。俺に答えられることだったら何でもいいぞ」

 

 たぶん真面目な話だ。

 伊奈帆の表情もさっきまでよりなんとなく固い気がする。

 

「この女性と面識はあるか?」

 

 再びモニターを見せてくる伊奈帆。

 

 映っていたのは俺たちと年が同じくらいの一人の少女だった。

 美しいプラチナブロンドの髪を後ろで結い前へ垂らした、どこか儚げで可愛らしい女の子。

 セシリアとはまたベクトルの違う、おしとやか系のお嬢様タイプだろうか。

 

「……いや。見覚えはないなぁ」

 

 アドバイスのお礼になればと思い、必死に思い出そうとしてみたが記憶にはなかった。

 俺の周囲にはあまりいない類の()だから、もしなにかの縁があれば忘れないと思う。

 

「そうか。ありがとう」

 

 伊奈帆の質問はそれだけだった。

 

 なぜ伊奈帆が俺にこの少女を知っているか聞いたのか、その意図は分からない。

 

 でも、知らないものはどうしようもない。

 俺は思っていたほど大層な質問じゃなかったな、と思いながら、気がつけばその少女のことを頭の隅へと追いやっていた。

 

 

 




あまり一人称と三人称をまぜると混乱するかな? という不安もありますが、今後もちょいちょい一人称での描写を使いたいと思っています。


原作キャラへのSEKKYOUはアンチ・ヘイト。
二次創作スレにもそう書いてある。


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第五話  夢に見る

ログインせずに感想を書き込めるように設定を変えました。


 僕は立ったまま彼女の話を聞いていた。

 案内された部屋には僕のための肘掛椅子が用意されていたけれど、座れという指示は受けていない。

 なので、椅子の背に軽く手を掛けるだけで済ませている。

 

「――成程。それが貴方のISの、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)ですか」

 

「はい」

 

 答えた少女はテーブルの上のカップに手を伸ばす。が、それが冷めきっていることに気付くと申し訳なさそうに腕を下した。

 

「……私にはわかりません。なぜこのような力が私のISに与えられてしまったのか。この子は人を、宇宙の果てなき世界へ導くために生み出されたはずなんです。それなのに……!」

 

 確かに彼女の単一仕様能力(ワンオフ)が持つ二つの能力は、そのどちらも宇宙進出を目的として開発されたISには役立たないだろう。

 しかし単一仕様能力とは操縦者とISの相性が最高の状態へ達したときに発現するIS固有の特殊能力であるが、発現する能力が何によって決定されるのかは未だ判明していない。

 操縦者が潜在的に望む力だという説もあれば、篠ノ之博士がコアごとに予め設定しているという説もある。

 

 その疑問が、彼女を苛んでいるようだった。

 

「私は考えてしまうのです。もしかすると、この力は私の醜い欲望から生まれてきたものではないかと。誰かの生を歪め、(あまつさ)(おとし)めるような――」

 

「違います」

 

 言葉は意識する前に口から出ていた。

「それは思いあがりです。貴方がこれから使おうとしている能力は、人に新たな選択肢を与えることしか出来ない。それを選ぶかどうかの裁量すら貴方は持ち得ない。決めるのは、僕です」

 

 僕の発言に彼女は一瞬だけ呆けたような顔をして、それから笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。伊奈帆さん。あなたはとても優しい男性なのですね」

 

「事実を言ったまでです」

 

「それでも、礼を言わせてください。……それと、こんな愚痴に付き合わせてしまってごめんなさい」

 

「いつも、こうなんですか」

 

 愚痴の内容が内容だ。自分に対して文句を言われたと誤解し気分を害する人がいたとしてもおかしくはない。

 

「ち、違います! その、最近友人とも会えていないせいか、年の近い伊奈帆さんとお話して気が抜けてしまったのでしょうか、つい失礼なことを……。えっと男性の方とは初めてなので、もしかしたらそれで緊張しているかもしれません」

 

「そうですか」

 

 もしかしたら彼女はあまり自由な身の上ではないのかもしれない。

 なにせ、使い方次第では世界のパワーバランスを崩し得るほどの能力だ。

 国際IS委員会の理事の中でも、その存在を知るものは稀だと聞いている。

 仮に彼女の単一仕様能力の情報がどこかからか漏れ出せば、世界中の国家や企業が彼女の力を求めるだろう。

 命を狙われる蓋然性も高い。

 

「……僕でよろしければ、話を聞くことぐらいはできます」

 

「あら? 話し相手になってくれるのではないのですね」

 

「それは、まあ……」

 

「ふふっ。やはりあなたは優しい人です。……でも、今日はもうおしまいですね。あの、またお会いできますか?」

 

「予定が合えば」

 

「……それでは、始めます。椅子に座ってください」

 

 言われた通り椅子に座る。

 それを命じた彼女は一度深呼吸をし、それから真剣な面持ちとなった。覚悟を決めたのであろうか、先ほどまでの歳相応の雰囲気から一変し、厳粛な空気を身に纏っている。

 

 

「最後に、今一度お聞きします。――力を欲しますか?」

 

「はい」

 

「何のために?」

 

「具体的な目的があるわけじゃない。貴方の言う『力』を求めたのは、僕なりの俯瞰的視点に基づいた総合的な判断によるものです」

 

「……その判断の中から、しいて一つを上げるとすれば……」

 

「大切な人の傍にいたいから、だと思います」

 

「つまり『大切な人の傍にいるために力が欲しい』、ということですね」

 

「はい」

 

「いいでしょう。私が力を授けるに足る、素敵な願いだと思います。……では少しの間、この目隠しをしていてください」

 

 そう言って差し出された少女の手の上には、白く綺麗なハンカチが一枚。

 それで目を隠せということなのだろうが。

 

「それは断ります」

 

「そんな! ひどいです!」

 

 もはや厳粛な空気は何処へやら。

 先のやり取りで既に怪しくなっていた彼女の威厳は、完全に剥がれ落ちてしまっていた。

 拒絶されることを全く想定してなかったらしい彼女は、頬を染めながら狼狽え始める。

 

「は、初めてなんですよ私! 見られながらなんて絶対に無理です!」

 

「……前例はあると聞きましたが」

 

「男性の方は別です! うう、まさかこんな日が来るなんて……。わかりました。目隠しは結構ですから、せめて目はしっかり閉じていてください」

 

「すいません。貴方を信頼していないわけではないのですが、そこまで無防備になることには抵抗があります」

 

 僕はあの男から『IS適性を付与するための処置』としか聞かされていない。薬品や外科手術の必要はないと理解していても、具体的な方法の説明がない以上は視覚を制限されるのは避けてほしかった。

 

 少女は赤くなりながら俯くと、自分に言い聞かせるようになにかブツブツと呟き始める。

 

「ううぅ……! これは儀式。これは儀式です」

 

「……わかりました」

 

 思い返せば、先ほどから彼女は僕の立場に十分な理解を示してくれていた。

 僕も彼女の気持ちに対して理解を示すべきだ。

 

「貴方に、全てを委ねます」

 

「……はいっ!」

 

 目を閉じる。

 視覚からの情報が遮断されたことにより、他の五感――特に聴覚と触覚が鋭敏になるのを自覚する。

 

 再び深呼吸の後、少女は『儀式』へと掛かる。

 

「それでは、いきます。私がいいと言うまできちんと目を閉じていてください」

 

 その言葉の直後だった。

 

 肌を撫でる大気が一変した、そう錯覚するほどに部屋の中の雰囲気が変わっていく。

 数分前のような人一人の気配に由来する微かな変化ではない。

 圧倒的な力の一片に触れようとするかのような未知の感覚の中で、僕は彼女の呟くような声を聴いた。

 

 

「―― 『資格のあるもの』、アセイラム・V・アリューシアの名に於いて――」

 

 

 彼女の指がそっと僕の両の頬に触れ、顔を持ち上げる。

 

 そこでようやく僕は彼女の不思議な振舞いの理由を悟った。散々警戒していた自分の愚かさも。

 

 成程。たとえ儀式と割り切っていても、初心な少女が忌避感を抱くのは仕方ない。

 しかし目を閉じるというシチュエーションは何ら状況を改善させていないということに、彼女は気づいていないのだろうか?

 そう思ったが、今さら呼び止めるべきかを判断する時間は無かった。

 

 

 柔らかな吐息の気配が、ゆっくりと近づいている。

 

 

 

 ―― 単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)《Harmonious》発動 ――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、悪い伊奈帆。起こしちまったか?」

 

 界塚伊奈帆はベッドの上で目を覚ました。

 周囲を見渡して、ここが昨日入寮したIS学園の学生寮であることを認識する。

 部屋ではルームメイトの一夏がすでに制服に着替えて支度を終えていた。

 

 伊奈帆は時刻を確認する。

 朝食をとる時間を考えても朝のホームルームにはだいぶ余裕がある。

 

「おはよう一夏。ずいぶん早いね」

 

「おう、おはようさん。いつもは朝のトレーニングとかストレッチとかするんだけどさ、今日は寮登校初日だし時間には余裕を持ってこうと思って。伊奈帆にも声かけようかと思ったんだけど、目覚ましもかけてないみたいだったから起こしていいものか迷ってたんだよ」

 

「お気遣いどうも。気遣いついでに三分待ってくれ。僕も一緒に行く」

 

「もちろんOKだ」

 

 

 

 食堂に着いた一夏と伊奈帆は食堂にいた女子たちから注目されながら、その列に並んだ。

 IS学園の朝食はビュッフェ形式になっている。

 二人はそれぞれ和食、洋食メインでメニューを組み立てていった。

 

「朝から結構食べるんだね」

 

「そのぶん夕食は軽めに済ませてるからな。ところで伊奈帆、今日ほんとは何時に起きるつもりだったんだ? 目覚まし時計くらいかけとかないと、さすがにマズいぜ」

 

「いつも自然に目が覚めるからアラームを使う習慣がなくて」

 

「へぇ~。すごいな」

 

「でも今朝は少し遅れた」

 

「まあ、それはしょうがないだろう。昨日は入学初日だったんだから、誰だってへとへとになるまで疲れるよ」

 

「……疲れというより、夢見かな」

 

「おっと、こんなところに味噌汁があったのか……えっとどっか空いてる席あるか?」

 

 プレートに朝食を載せた一夏が座れる席を探そうと食堂を見渡す。と、一斉に女子が動いた。

 ガタガタと音を立てながら自分たちの隣に二人分のスペースを空けているのだ。

 

(みんななにを慌ててるんだ? まだ時間もだいぶ早いのに……おっ! あそこに座ってるのは――)

「おーい! 箒!」

 

 一夏は壁際の席に一人座っていた幼なじみを見つけて声をかけた。

 

「……なんだ、一夏か」

 

 箒はさも今気づいたかのような、つっけんどんな態度をとるが、一夏が食堂に入ってきた段階で周囲は騒めいていたのだから彼女の反応は明らかに不自然だった。

 

 しかしそれに気付かないのが一夏クオリティー。

 幼なじみの刺々しい雰囲気に臆すことなく接していく。

 

「なんだとはなんだ。朝から失礼な奴だな」

 

「……ふんっ!」

 

「そうだ。箒ここ空いてるなら座ってもいいか? っと伊奈帆、相席でも構わないか」

 

「構わないよ」

 

「なっ! 男二人で勝手に決めるな!」

 

「もしかして誰かと待ち合わせしてるのか? だったら退散するぜ」

 

「いや、その、そういうわけではないが……」

 

「ならいいだろ。食堂も混んできたし、詰めて利用しないとな」

 

 一夏に言い包められた箒は渋々と横にずれる。二人はその空いたスペースに座った。

 丸形のテーブルを挟んで箒と伊奈帆が向かい合い、一夏がその間に挟まっている形になる。

 初対面の二人を、真ん中に座っている一夏が執り成した。

 

「紹介するよ伊奈帆。こいつは俺の幼なじみで剣術の同門の篠ノ之箒。小学校一年生の時に剣道場に通うことになってから、四年生の時まで同じクラスだったんだ。……それと、こいつが界塚伊奈帆。三組にいるほうの男子で、俺と同室に住んでる」

 

「よろしく篠ノ之箒」

 

「ああ。よろしく、界塚。……一夏がなにか不埒な真似をしたらすぐ私に言うのだぞ。叩き直してくれるからな」

 

「なんでだよ!!」

 

 

 

 それから三人は食事に手を付けながら話をした。

 朝のホームルームまではまだ時間はあるし食堂もあまり混んでいないようなので、ものを食べたまま喋ったりせずにゆっくりと会話は進んでいく。 

 

「ところでだ、一夏。昨日取り決めた決闘の準備はどうなっている? お前のことだ、どうせ――」

 

「うん? ISのことなら伊奈帆に教わることになったぞ」

 

「同じ一年なんだ。教えられることはそう多くないよ」

 

「でもあの電話帳みたいな参考書、ばっちりマスターしてたじゃないか。それだけでもすごいぜ。俺、アレ読んでるだけでどうにも頭が痛くなる気がして」

 

「っ! ……いや! 理論だけではダメだ!」

 

 突然、箒が力強く主張する。

 その主張は一夏も思っていたことだが、座学以外の対策案が出ていないのにも訳がある。

 

「それは俺も思ってたんだけどなぁ。新年度始まってしばらくは、訓練機の貸し出しは上級生の方が優先されるらしいんだ」

 

 昨日のうちに伊奈帆が調べてくれたことだが、休暇中にISの操縦感覚を忘れてしまわないための措置として規定されているらしい。

 おそらく一夏が頼めば譲ってくれる先輩方もいるだろうが、その理由を聞いた一夏としてはあまり大きな借りを作るような真似はしたくなかったのだ。

 

「だから一夏は甘い。そもそもISが無いからとなにもできないという考えが軟弱なのだ」

 

「でもな箒。素人の俺が言うのもなんだけど、実物を知ってるのとそうじゃないのとでは全然違うだろ」

 

 

 

「それだったら、僕が協力できると思うな」

 

「へ?」

 

 

 突然、プレートを持って歩いていた女の子が三人の会話に入ってくる。

 一夏は彼女に見覚えがあった。しかし一夏が声をかける前に、箒が噛みついてしまう。

 

「なんだ貴様はいきなり! 誰か知らんが人の会話に割り込むなど失礼だぞ!」

 

 一夏が慌てて箒を止めた。

 

「箒、クラスメイトだって! お前の方が失礼だぞ」

 

「あはは。いや、今のは急に声をかけた僕の方が悪いよ」

 

 しかし少女は箒の尖った態度に荒波を立てず、笑いながら受け流してくれた。

 優しくて気配り上手、人付き合いの上手そうな少女だ。そのスキルを箒にも少しわけて欲しいと、一夏は思った。

 

「えっと君の名前は確か……」

 

「シャルロット。シャルロット・デュノアだよ。もし三人が良ければ、一緒に座っていいかな?」

 

「伊奈帆、箒、いいよな?」

 

「いいよ。知り合いが増えるのは大歓迎だ」

 

「ふん! 一夏は知らない女の味方をするのだな。勝手にしろ!」

 

 伊奈帆が詰めて空いたスペースに、シャルロットが座った。

 持ってきた朝食はパンケーキプレートだ。

 

 一夏は彼女に聞く。

 

「なあシャルロット。さっき言ってたことって、ほんとか?」

 

「うん。だって僕も専用機持ちだからね」

 

「えっ! そうなのか!」

 

「あはは。一応自己紹介の時にフランスの代表候補だって言ってたんだけど、織斑君はそれどころじゃなかったみたいだね」

 

「うっ! ……すまん。でも、だったらなんでクラス代表を選ぶときに立候補しなかったんだ? セシリアみたいに」

 

「僕もクラスのみんなと一緒、一組の代表は一夏でいいと思ってるんだ。だから勝ってもらわないと、一夏が代表にならなきゃ僕が辞退した意味がなくなっちゃうよ」

 

 いきなりプレッシャーをかけられた一夏は驚いた。

 自分の知らない間にそんな期待がかかっているなんて思ってもいなかったのだ。

 

「ええ……。急にそんなこと言われても」

 

「言ったろ一夏、これはクラスの問題だって」

 

「ええい!!」

 

 急に箒が立ち上がる。

 見れば食器はすでに空になっていて、食後のお茶も飲み終えたようだった。

 箒が急いで食べていた様子もなかったが、三人の中で一番先に座っていたのだから何もおかしなことはない。

 

「とにかく、一夏は今日の放課後、剣道場に来い! 腕が鈍っていないか確かめさせてもらう!」

 

「ISと剣道がどう関係あるんだよ?」

 

「問答無用だ!!」

 

 言うだけ言って、箒は自分の食器を片付けに向かった。

 

 

「ご馳走様。とてもおいしかったです」

「はいどうもありがとねー」

 

 

 残された一夏は箒が不機嫌になった理由がわからず固まっていた。

 

「箒の奴、一体なにがしたいんだ……?」

 

「もしかして僕が怒らせちゃったかな?」

 

 シャルロットがしょんぼりしている。

 

 自分が話に割り込んだせいで、グループの一人が抜けてしまったと思ったらしい。

 

 一夏が慌ててフォローする。

 

「いや。シャルロットは悪くないって。俺たちが声かけた時からなんだか機嫌悪かったし」

 

「一夏。さっき篠ノ之箒としていた約束、僕も同伴していいかな」

 

「あっ、剣道場の話? 僕も行ってみたいな! ……篠ノ之さんが良ければだけど」

 

「おう! いいぜ。ぜひ来てくれよ」

 

 一夏は喜んで承諾した。

 正直、あのテンションの箒と二人きりになると手加減というものを忘れられそうでおっかなかった。

 

 パンパン!

 手を叩く音がした。

 次いで凛とした女性の声が食堂に響き、生徒の注目を集める。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に、効率よく取れ! ……そこの生徒、箸に不慣れならフォークを使え。もたもたするな!」

 

「千冬姉!? どうして学生寮に……」

 

「私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンドを十周させるぞ。これは寮長として下す罰だ。私のクラスに遅れたものは教師としても罰してやるから心しておけ!」

 

 その言葉に食堂にいた全員が急いで食事を掻きこみ始めた。確かにここまで言われたら誰だって慌てるだろう。

 

「伊奈帆もシャルロットも、急いで食べないと……」

 

「いいよ。食事にスピードは求めてない。慌てるような時間でもないし」

 

「ごめん一夏。僕もう食べ終わっちゃたから先に行ってるね」

 

「お、おう」

 

 マイペースな伊奈帆と、案外ちゃっかり者のシャルロット。

 どちらに合わせるべきか一瞬迷ったが、一組の授業に遅れるわけにいかない一夏は急いで朝食を済ませていった。

 

 四人の中で伊奈帆が最後まで残った。

 

 

 鶴の一声によって食堂にいた大勢の生徒がいなくなった後、伊奈帆に声をかける女性がいた。

 

「……友人は先に行ったみたいだぞ。急がなくていいのか」

 

 その友人を追い払った人物、織斑千冬だ。

 これが普通の女子生徒ならキャーキャーと黄色い悲鳴が飛ぶものなのだが、伊奈帆は相変わらずのテンションを保っている。

 

「チャイムの十五分前に着席できるようには気をつけています。それに食堂に残っている人数から考えても、僕の行動はそこまで孤立したものではないかと」

 

 伊奈帆の言う通り、食堂にはまだ何人かの生徒がいる。

 しかし彼女たちは少し遅れて食堂に来たために、千冬の言葉を聞いていなかった子達だ。

 伊奈帆のように千冬の言葉を聞いた後でのんびりと食事をとっている訳ではない。

 

「まったく……あいつに聞いていた通りだ」

 

 千冬はため息をつく。

 

「姉貴に何を吹き込まれたんですか?」

 

「信じられないようなエピソードばかりを、な。だが、今のお前を見るにあながち嘘でもないらしい。……あと、あれは通常授業の初日から遅刻しないようにという私なりの心遣いだ。あまり無碍にしてくれるな」

 

「はい」

 

 伊奈帆はスクランブルエッグを食べた。

 

 

 

 

 放課後、剣道場に来ていた伊奈帆とシャルロットは剣道場の端に座って剣道の試合を見学していた。

 伊奈帆は携帯端末のカメラで試合を撮っている。

 試合をしているのは、もちろん一夏と箒だ。

 

「せっ!」

「やっ!」

 

 鋭い掛け声が飛び交い、時たま竹刀と防具の触れる音が響く。

 

「やああっ!!」

「ぐあっ!」

 

 力強い気合と共に振り下ろされた一本。

 吹き飛ばされたのは一夏の方だった。

 

「……どういうことだ」

 

「いや。どうって言われても……」

 

 一夏は面を取り肩で息をしながら、板張りの床にへたり込んでしまっている。

 

「どうしてそこまで弱くなっているんだ! 中学三年間、お前はいったい何をしていたんだ!」

 

「バイトして家計の足しに――」

 

「部活はどうした! 剣道部じゃないのか!?」

 

「帰宅部。三年間、皆勤賞だぜ」

 

「っ! ……軟弱だぞ一夏! 男なら武道と労働の両立くらいして見せろ! 無論、学問もだ!!」

 

「んな無茶な!」

 

「無茶などあるものか! 鍛えなおしてくれる!!」

 

 威勢よく竹刀を構えなおす箒を見た一夏は、頭蓋骨を割られるわけにはいかんと大慌てで面をかぶりなおした。

「やあああっ!!」

 

 

「ねえ織斑くんってさ、結構弱い?」

「あんなんで本当にIS動かせるのかな?」

 

 

 噂を聞きつけて道場に見学に来ていた他の生徒の言葉には、ほんの少しだけ織斑千冬の弟に対する失望のようなものが漏れ出ている。

 言われている本人がそれどころではないのが、ある意味幸いだろう。

 

 しかし二人の試合を一番近くで観ていたシャルロットの意見は、彼女たちとはある種、逆の視点に立っていた。

 

「一夏は弱くないよ。動きも、太刀筋だって悪くない。……箒が、強すぎるんだ」

 

 シャルロットだって代表候補生に選ばれた直後から、自分の身と専用機を守るために軍の特殊部隊で護身術を仕込まれた。

 実際に大の男の軍人と渡り合えるだけの実力もあるし、学んだことの中には長物と対峙した際の対処法もあった。

 

 しかし竹刀を持った篠ノ之箒を相手にその格闘術が通用するイメージが湧かない。

 対等な条件としてこちらが竹刀を持てたとしても怪しいだろう。

 

 箒の剣術は、代表候補性が舌を巻く程のものだった。

 

「篠ノ之箒は中学の時、剣道の全国大会で優勝している」

 

「えっ!?」

 

 伊奈帆はネットから拾ってきた新聞の記事をシャルロットに見せる。

 

「……篠ノ之、箒の名前は見当たらないけど」

 

「この頃の彼女はまだ重要人物保護プログラムが適用されていたから偽名で通っていた。だから名前で検索しても該当項目は表示されない。例えば当時のスポーツ雑誌でも、彼女の実力は高校部門はおろか男子の部でも優勝を狙える、とまで語られているけど篠ノ之箒の名前は何処にもないんだ。……この記事の通りなら一夏が負けるのも仕方がないことかな」

 

「ふ~ん。そうなんだ」

 

 箒の実力と伊奈帆の情報収集能力に感心しながら、シャルロットはさっきから気になっていたことを尋ねた。

 

「ところで、伊奈帆はどうして防具を着けているのかな?」

 

 シャルロットの言う通り、伊奈帆は袴を着て剣道用の防具を着けていた。面までしっかり用意している。

 

「ここまでの有段者と手合わせできる機会はあまり無いし、せっかくだから」

 

「えぇ……、唐突すぎない?」

 

 

「はああぁ!!」

「がっ!?」

 

 三度、道場の床に倒れる一夏。

 倒した箒は、息一つ乱していない。

 

 伊奈帆は手を挙げながら、道場の中央へ進み出る。

 

 

「次、お願いします」

 

「む、界塚か。……一夏はへばってしまった様だし、いいだろう! 相手をしてやる!」

 

 剣道全国大会で優勝した少女と、経歴上は剣道未経験の少年の試合。

 

「無茶だと思うけどなぁ……」

 

 カメラを手渡されたシャルロットは伊奈帆を見送りながら、誰にも聞こえないように呟いた。

 

 




更新が新しい順の検索結果で、どんどん埋もれていく……ちょっと恐怖。
みんな、執筆速いなぁ。


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第六話  手合わせ

一話分描き切った後で、(この話必要だったかな)と思う時がある。




 箒は、久しぶりに剣を交えた幼なじみの不甲斐無さに怒っていた。そして少しだけ、張り切っていた。

 

 自分の手で再び一夏を鍛えなおす。強くて格好良かった昔の一夏を取り戻すという使命感に燃え上がり、そしてときめいていたのだ。ただ、そのせいで肩に力が入りすぎ、当の一夏が早々にへばってしまった。

 自分の暴走に反省する。

 

 ここらで少し休憩を挟むべきかと箒が思案しているとき、声がかかった。

 

「次、お願いします」

 

 見れば、防具を着け完全に準備の整った界塚伊奈帆が、勝負の相手を申し出ていた。

 箒は一夏の様子をもう一度見て、承諾する。

 

「いいだろう! 相手をしてやる!」

 

 箒と伊奈帆は向かい合って立つ。

 開始の合図は取り決めていないが、試合が既に始まっていることは双方承知していた。

 互いに切っ先を正面に構え、相手の出方を待つ形だ。

 

「……いくぞ!」

 

 先に仕掛けたのは箒。勝利のための決断ではなく、経験者として後手を譲ろうという判断。

 鋭く剣先を揺すりながら、素早く距離を詰める。伊奈帆も身体を小さく揺らしながら応戦を図る。

 

 そして互いの剣が触れるだけの間合いに入り――。

 

 

 パン!

 

 

 鋭い音。観客の女子たちには何が起きたのか分からない。一夏とシャルロットだけが捉えることの出来た、一瞬の出来事。

 その一瞬の間の後、伊奈帆が構えていたはずの竹刀が床に転がる。

 

 

 

「……ねえ、一夏。今のはなんて『技』?」

 

 箒の竹刀の切っ先が伊奈帆の竹刀と触れた瞬間、それを弾き飛ばす。シャルロットはそれが箒の剣術によるものだと判断した。

 

 しかし、一夏は否定する。

 

「いいや。今のは技じゃない。竹刀に伝達する力を、もろにくらったんだ」

 

「……! それって!!」

 

 互いの剣が触れた瞬間に雌雄が決する。

 それは両者の間に、余程の実力差がなければ起こりえない事象だ。

 しかし、静かに安定した構えで対応していた伊奈帆に落ち度があるようにも見えなかった。

 つまりは箒の実力が伊奈帆の予想をさらに上回ってたということ。

 シャルロットはさっきまでの一夏と箒の試合に対する認識を、もう一段界上に改める。

 

 

 

「…………」

 

 実力の差を痛感しているのは伊奈帆も同じだった。

 

 ただ、面と向かって認識した箒の実力は、あくまで想定内。

 対処を変えれば問題ない。

 

 伊奈帆は両手を開閉しながら、衝撃(インパクト)の感触を反芻し、結論を導く。

 

「……力を入れすぎたか」

 

「どうした? 手が痺れたか?」

 

「いや、続けられる」

 

 竹刀を拾い、再び構える。箒もそれに悠然と応えた。

 

「……どうする? 先の二の舞になりたくなければ、そちらから仕掛けるのも手だと思うが?」

 

「じゃあ、それで」

 

 スッ、っと伊奈帆が踏み込む。

 

(……ほう)

 箒は少しだけ驚いた。つい先ほど得物を失った人のものとは思えない、重心の安定した完璧な摺足(すりあし)

 教本通りと言ってしまえばそれまでだが、逆に言うならば、その域にまで辿り着ける者のどこまで少ないか。

 

「……フッ!」

 

「はぁっ!!」

 

 短い息と共に振り下ろされた竹刀を、箒が防ぐ。そして逆に、弾き上げた。

 

 

 しかし今度は、伊奈帆の手から竹刀が抜けるようなことはなかった。

 

 

「成程。適度な筋肉と関節の弛緩が必要なわけか」

 

「……どうやら、一夏が休憩する時間くらいは取れそうだな」

 

 今の箒の一撃は、直前の試合で伊奈帆の竹刀を弾き飛ばしたときより鋭い返し。だが、それを事も無げに受け止められたのだ。

 

 冷静に振る舞いつつも、その心中は穏やかでない。

 

(なぜ急に腕をあげた? 実は有段者で、先のは油断が招いた事故か?)

 

 その認識も、二手三手と攻防を繰り広げるうちに塗り替えられる。

 踏み込みながら胴を狙えば竹刀で間合いを取られ、打たせて小手を返そうとすれば寸前で察知される。

 だが伊奈帆に剣術に必要な身体ができてないないことは動きから見ても明らかだ。

 

(……なるほど。私の動きをよく観察しているようだが。……まさか技を見切るだけでなく、真似て学習しているのか!?)

 

 

 剣の道はすなわち見、という言葉もある。

 剣術の基本たる『見』の能力。

 こいつはそれに秀でている。

 

 

 試合の中、箒は次の一手で仕留めようという気持ちで加減していた力を、徐々に現していく。しかしその度に紙一重で凌がれる。そしてその直後に返される反撃の手も馬鹿にならない。

 

 倒すために必要な最小限の力量だと思っていた力の、その僅かに上をいく。

 試合開始時より明らかに、界塚伊奈帆は箒にとって厄介な相手へと変貌していた。

 

 

 

「ねえねえ? 界塚くんって、結構イケてるんじゃない?」

「織斑君より全然勝負になってるよー? 千冬様の弟なのに変なのー」

 

 

 

(……なんだと?)

 

 極限の集中化にあったはずの箒の耳に、外野からの言葉が滑り込んでくる。

 彼女たちの言葉は、それほど箒にとって聞き捨てならぬモノであった。

 

(一夏が弱いだと!? そんなはずがないだろう!! だいたい今だって、一夏との時の七割ほどの力も出していないのだぞ!!)

 

 必要以上に握りしめられた竹刀の柄がギシリと音を立てる。

 

 伊奈帆はそれすらも観察していた。

 

「言われてるけど、いいのか?」

 

「なに?」

 

「悔しいのなら、篠ノ之の剣術を見せればいい」

 

「……ほう。そういう腹積もりか」

 

 箒は、すうっと目を細めた。

 伊奈帆の目的は端から『見る』こと。自分と、そして流派を同じくする一夏の剣を知るために立ち合いを望んだのだろう。

 故に、迷いなく即答する。

 

「いいだろう! だが、加減は出来んぞ!!」

 

「はい」

 

 箒から立ち上る闘気が、一息の後に変容する。

 

「はァッ――」

 

 より色濃くより鋭く。それこそ、先ほどまで見当違いの意見を交換していた女子たちすら言葉を詰まらせるほどに。

 

 

 ゆらり、と殺気に倣うように構えも変わる。剣道の正眼の構えから、刀身を腰まで下げた居合の構えへ。

 

 

 

 

「一夏。これ、もしかして……」

「ああ。箒のやつ、これで決める気だ」

(どうしたんだ箒? 初見の相手に流派の技を出すなんて、らしくないぜ……)

 

 同門の試合を心配する少年は、しかしその原因の一端が自分にもあるとは微塵も思っていないようだった。

 

 

 

 

「私はいつでもいけるが、合図でもいるか?」

 

「必要ない」

 

 伊奈帆は箒の構えが居合へ変わった途端に、既に大きく距離をとっていた。

 対して箒はその場から動かない。

 篠ノ之流剣術は合戦の剣。あらゆる状況下に対応することが求められ、進化し続けてきた剣だ。

 この程度の間合いの変化、打つ手は山とある。

 

「では、――!」

 

 

 

 ―― 篠ノ之流歩法『漸擬(ようやくもどき)

 

 みしり。

 

 板張りの床が立てた音が伊奈帆の耳に届いた時には既に間合いの中。

 そして技の多くは連携を以て技とする。流れる挙動に絶え間は無い。

 

 ―― 篠ノ之流剣術奥義『竟環(ついかん)

 

 

「!」

 

 

 

 衝突音とも破裂音ともつかない衝撃が響くとともに、伊奈帆の身体が道場の床に転がる。

 

「伊奈帆!!」

 

「界塚くん!?」

 

 達人級の一撃をモロに喰らった――。そう思った一夏が慌てる。

 だが伊奈帆は転がった勢いのままに、片膝をついて立ち上がった。

 

 大きな怪我はない様子に一夏たちは安堵する。

 

「僕の負けだ」

 

 しかし大きく乱れた呼吸を整えながら立ち上がった伊奈帆は、自らの敗北を宣言。

 手に持っている竹刀は見事にへし折れている。その切っ先の部分は道場の端まで吹き飛んでいた。

 

「うわぁ」

 

「箒、本気になりすぎだろう……」

 

 引いていく観客(ギャラリー)

 しかし箒にとって自分の技を受けた竹刀が折れることは何ら珍しいことではない。

 平然と言葉を返す。

 

「別に実戦じゃないんだ。新しい得物を選べばいい。それとも、闘志まで折れたか?」

 

「竹刀が折れたから試合を止めるわけじゃない。逆だよ」

 

「逆?」

 

「竹刀が破損したおかげで衝撃が吸収された。でなければ僕は今立っていることも出来なかった。武器がどうあれ負けを認めるしかない」

 

「そうか……。そうまで言うのなら仕方ない」

 

 そこまで話してからようやく箒は竹刀を下す。

 

「では次は一夏の番だな」

 

「げっ! そうなるのか……」

 

「当たり前だ。もともとお前の訓練なのだからな。これ以上無駄にする時間は無いぞ!」

 

「ぐえー」

 

 

 

 

 

 

 一夏と立ち代わりで、伊奈帆は道場の隅へ戻る。その足元は心なしかふらついていた。

 

「お疲れさま」

 

 面を外した伊奈帆をシャルロットが出迎える。

 二人は元いたように道場の壁によりかかるように座り込んだ。

 

「ねぇ。伊奈帆はさ……」

 

 シャルロットが尋ねる。

「何か、目標があるの? 例えば"夢"、みたいな」

 

 

 

「せいッ!!」

「ぐあぁっ!!」

 

 道場の真ん中では再び一夏が箒のしごきを受けている。

 伊奈帆に本気を見せたのが尾を引いているせいか、少しだけその苛烈さを増しているように見えた。

 

 

 

「――じゃなきゃ、分からないよ。どうして篠ノ之さんと稽古なんてしようと思ったのか」

 

 箒の強さは伊奈帆も十分に理解していたはず。決して好奇心で挑める相手じゃない。稽古中の伊奈帆の様子にも、静かながら鬼気迫るものがあった。

 

 何か目的とする、大切なものが無ければシャルロットには納得出来なかった。

 

 伊奈帆は答える。

「ISの操縦の感覚は、自分の体を動かす感覚の延長線上にある。生身での格闘能力や経験は役に立つ」

 

「でも、普通はあんな無茶はしない」

 

「僕は普通じゃない。世界に二人しかいない、男性のIS操縦者だ」

 

「……うん」

 

「例えば、今在学している生徒の目標も様々。国家代表、それ以下の競技者、軍人或いは軍属操縦者、IS関連企業への就職、ただ経歴のためにIS学園に入学することも許されている。彼女たちは何を目標とするか知っているから、その為に何をすればいいか、どの程度の努力が必要かも把握できる。でも僕と一夏は卒業後、そういった選択肢があるという保証すらない。とどのつまり、強いに越したことはないんだ」

 

「それは、考えすぎじゃあ、ないかな?」

 

「考えすぎかどうかは結果が出ないと分からないよ。例えばの話、これから新しくISを操縦できる男性が見つかったら僕たちの価値は相対的に低くなり世間の関心は薄れる。それだってリスクだ」

 

「…………」

 

「確かなことなんて何もないけど、それでも大人たちが守ってくれている。僕は臆病になっているだけかも。それが正解と思うから行動しているわけじゃない。行動しない自分が不安なんだ」

 

「一夏は、不安なんてなさそうだけど」

 

「それもいい。考えすぎる子供は大人に嫌われる。愛されるのも才能の内」

 

「ふふっ、そうかも」

 

 当の一夏は相変わらず箒から滅多打ちを喰らっている。あれこそ正に、愛の鞭。

 

 

 その様子を見ながら、今度は伊奈帆から尋ねる。

「僕からも、訊いていい?」

 

「うん。いいよ」

 シャルロットは承諾した。

 

 

「シャルロットの。()()()()()()()()

 

「えっ……」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 

 シャルロットにとっては、それはただの言葉選びの違いであり、その言葉自体に意味はないという期待を込めての沈黙。伊奈帆にとっては、彼女のその願望を否定するための沈黙。

 

 静寂の後、彼女が折れたのは必然だった。

 

「仕方ないか……。伊奈帆になら、話してもいいかな」

 

 諦めたように、囁く。

「僕の"目的"は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒と訓練をした翌朝。

 

 一緒に部屋を出た一夏と伊奈帆が廊下を歩いていると、箒とばったりと出くわした。

 

「……おはよう。箒」

 

「おはよう。篠ノ之さん」

 

「ああ、二人ともおはよう。……そういえば界塚。お前、シャルロットのことは名前で呼ぶくせに私に対しては随分と他人行儀ではないか」

 

「文化の違いに配慮したつもりだけど」

 

「ただでさえお前の言葉からは感情が読み辛いのだ。周囲と合わせて距離を置いたつもりでも相手には冷たい印象を与えることもある。今後は私のことも名前で呼んでくれて構わない。他の男子ならともかく、お前は変な奴だからな」

 

 一夏は、箒が伊奈帆に打ち解けた様子を見せたことに驚いた。

 やはり昨日、一度とはいえ剣を合わせたことが功を奏したのだろう。

 もしかしたら人付き合いが苦手な箒にとって、剣での手合わせは相手を理解するためには適した手段なのかもしれない。

(う~ん。でも肉体言語な女子ってのはいかがなものか。河原の番長でもあるまいし……。それに箒は"界塚"呼びなんだな)

 

「そうだ一夏。わかっていると思うが今日の放課後も特訓だからな」

 

「えっ!」

 

 一夏は聞いていない、と抗議しようとした。

 だが箒の一睨みに先手を打たれ、容易く封じられてしまう。

 こうなると彼女に言うことはそう易々とは覆せない。

 

 しかし救いの手は思わぬ方向から差し伸べられた。

 

「箒。悪いけど僕と一夏は先約があるから」

 

「むっ!?」

 

「えっ?」

(先約? 俺は聞いてないぞ!?)

 

「今日の放課後はシャルロットに専用機を使った実演をしてもらう約束をしているから、剣道を使った訓練は明日以降に回そう」

 

「そうか、それは仕方ないな。……だが一夏、セシリア・オルコットとの決闘までにお前を鍛えなおすという約束は忘れるなよ」

 

「あ、ああ」

 

 最後に念を押して去っていく箒を見送りながら、一夏は伊奈帆に聞いた。

 

「なあ、伊奈帆。お前いつの間にシャルロットとそんな約束してたんだ?」

(箒に扱かれた後はそんな様子はなかったし、時間があるとすれば二人で見学をしていたときか。もしかしたらメールか何かでアポを取ったのかも)

 

「してないよ。そんな約束」

 

「へっ!? だってお前さっき――」

 

「昨日の筋肉痛がまだ治ってない。今日は運動は休むと決めていたんだ。だから嘘を吐いた」

 

 

 一夏は感心した。

 あの鬼気迫る様を前にして顔色一つ変えずに嘘を吐くなど、並大抵の神経で為せることではない。

(―― って感心してる場合じゃねぇ!)

 

「バレたらどうするんだよ! 箒は嘘と卑怯を目の敵にしてんだぞ!」

 

「今から一夏がシャルロットに約束をとりつければ気付かれない。彼女なら一夏の頼みは断らないから」

 

「……それは俺に、嘘の共犯になれということか」

 

 それで嘘が箒にばれようものならどうなることか。もう春だというに、一夏の体はぶるりと震えた。

 

「伊奈帆、恨むからな」

 

「僕は一夏を信じてる。それよりも箒がもう教室に入ろうとしている。シャルロットはもう登校しているかも」

 

「え? ……うわあぁぁ!!」

 

 

 

 

 結局のところ、一夏はシャルロットの機転のおかげで辛くも難を逃れた。

 しかしそのことで浮かれたせいで箒から厳しい指導を賜ったのは、伊奈帆にとって与り知らぬことである。

 

 

 




剣道とか全然知識無いのに無理して書いてみた。
ふいんきだけ出せたらいいなと思う。戦闘描写は今後の課題。


更新不定期タグを付けるべきかしら。


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第七話  専用機:一夏

気が付けばセシリア戦。
日常シーンが書けないとあっという間にイベントに到達する。


 クラス代表決定戦当日、一夏は箒と伊奈帆、シャルロットと一緒にある荷物の到着を待っていた。

 

 決闘の場となる第三アリーナのAピットにいる四人の耳にまで、会場のざわめきが届く。

 

「一週間、早いもんだな」

 

「どうした一夏。今さらになって怖気づいたか?」

 

「まさか。やれるだけのことはやったんだ。ビビることなんて、ありゃしねえよ」

 

「そうか? なら、私の特訓が役に立ったのだな」

 

「……だな」

 伊奈帆には授業でやったIS操縦の基礎理論の復習を手伝ってもらったし、シャルロットには実際にISを見せてもらって経験者からのアドバイスも貰ったが、箒とは結局、剣道の試合しかしていない。

(1人だけISとあんまり関係ない気がするけど……)

 

「何か言ったか? 一夏」

 

「い、いや!? ……それにしても、ほら。この格好はどうにかなんなかったのか?」

 

 一夏は自分の服装を見ながらぼやく。

 他の三人は普段通りの制服姿なのに自分一人だけ、肌にピッタリと張り付くような、上下に分かれたボディスーツを身に着けている。

 

 一夏が来ているのは『ISスーツ』と呼ばれる、ISを操縦する際に着用する専用パイロットスーツのようなもの。

 スーツそのものはISの操縦に絶対不可欠というわけではないが、体を動かすとき筋肉から出る電気信号を感知、増幅してISに伝達することによって、着ているだけでより効率的にISを運用することができるという特殊な衣服だ。

 首元の電子タグにはバイタルデータを検出するセンサーが組み込まれており、いつでも生徒の身体状況を確認できるようになっているので有事の際にも安心。さらには小口径のピストル程度なら防げる防弾防刃性も備えている。

 

 そんな至れり尽くせりの代物であるものの、一夏はその薄さと皮膚への吸着性に辟易としていた。

 水着のようなものと言えばそれまでだが、水着だって街中で一人身に付けていれば恥ずかしい。それに一夏は水着はトランクスタイプ派だ。

 

「へぇ。男性用のISスーツって、こんな風になってるんだ」

 

 当然、男性用のISスーツなどというものは今までこの世に無かったため、一夏が身に付けているのは半オーダーメイドの特注品である。

 

 シャルロットはそれがよほど珍しいのか、上から下へと顔を近づけながら一夏のISスーツを観察していった。

 

「な、なあシャルロット、そんなにまじまじと見ないでくれないか」

 

「えっ! ……あ、ごめん!!」

 

 自分が何をやっているのかようやく気付いたシャルロットは、耳まで真っ赤になりながら飛び上がる。

 

「不埒だぞ。一夏」

 

「俺が悪いのか!?」

 

 

 

 

 三人で騒いでいると、ピット内のスピーカーから聞きなれた声の放送が聞こえた。

 

『織斑くん織斑くん織斑くん!』

 

 なぜだか慌てている風の山田先生の声。

 

 試合の開始時間は迫っているが、それは今さらなので急くような理由では無いはず。

 なのになぜ彼女がこんなにもテンパっているのか、その答えはすぐに出た。

 

『届きましたよ! 織斑くんの専用IS!』

 

「!」

 

 

 

 ピットの搬入口の扉が重厚な駆動音を立てて開いていく。

 そしてその中から、一機のISが姿を現した。

 

「……これが、俺の専用機」

 

『はいっ! 織斑くんの専用IS『白式』です!!』

 

「これが一夏の――」

「――専用機、なんだね」

 

『織斑、今すぐにISを装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。いいな?』

 

「千冬姉!?」

 反射的にピット上のモニタールームを見ると、特殊強化ガラス越しに、千冬姉の顔が見えた。

 遠くからでも分かる。あれは『織斑先生だ、戯けめ』という目をしていた。

 

『機体が開いているだろう。そこに背中を預ければ、あとはISが自動的に最適化する』

 

「そう、一夏。そこに足をかけると、やりやすいから。うん。そこでいいよ。動かないで、そのまま」

 

 一夏はシャルロットのアドバイスを受けながら、操縦者の収まるべき場所に中腰の体勢で座る。

 

 すると腰から胸にかけ姿勢を保持するかのように体の前で装甲が閉じる。それだけでなく、腕や脚を挿入した各パーツも閉じて操縦者の身体に合わさっていく。

 

 一夏が自分の体を見下ろすと、装甲が表面を僅かに波打たせながら、自分の体格に合わせて変形していくのが見えた。

 

「……ISって、すごいな」

 

最適化(フィッティング)途中の装甲は通常よりも少しだけ脆くなるから、あまり推奨できないんだけど……。一夏、ハイパーセンサーは起動してる?」

 

「これだな。ああ、問題ないさ」

 

 ISを通してみた景色は驚くほど鮮明に見える。普段、自分と見ている風景の間には何も遮るものなどないはずなのに、まるでそれが取り除かれたかのように鮮やかだ。

 ISに乗るのはこれで二度目だが、相変わらずこのハイパーセンサーの感覚には驚かされる。

 なにせ、普段よりも感覚が鋭敏になった上に360°全方位の視界がそのまま頭の中に流れてくるのだ。

 

 文字通り見てる景色が、世界が違う。

 

 

 『戦闘認可空域にISを確認』

 『僚機設定対象外』

 『機体名《ブルー・ティアーズ》』

 

 

 視界に現れる複数のディスプレイが様々な情報を操縦者に伝える。

 どうやらセシリアのISはいつでも戦闘態勢に入れる状態で待っているらしい。

 

 相手を待たせてる状況に一夏は急かされる様な気分になるが、それをグッと堪える。

 今さら慌てても勝機が遠ざかるばかりだ。

 

「一夏。出撃前に各事項を確認しないと」

 

「えっと、ハイパーセンサーはOK。……エネルギー残量良し、シールドバリアーと絶対防御も展開に異常なし。PICも……うん、大丈夫だな」

 

「武装」

 

「あ、ああ。白式、装備は?」

 

 伊奈帆に言われ、一夏は慌てて量子格納された武装を確認する。

 

 

 『武装一覧:近接格闘ブレード《名称未設定》』

 

 

「……これだけ?」

 

 表示されたディスプレイを見て、一夏は呆然とする。

 白式に呼びかけなおしても、表示内容が変わることも新たなディスプレイが表示されることもない。

 

「なあ。銃とかはないのか?」

 

『残念だが織斑、今から他の装備をインストールする時間は無い。腹をくくってゲートへ向かえ』

 

「ええ……。そんなことってあるか!?」

 

 武装が近接一本のみという状況に、救いを求めた一夏は今まで頼りにしていた二人の顔を見る。

 

「う、う~ん。完全な近接オンリーの機体なんて見たことないからなぁ」

 自信無さげに言うシャルロット。

 

「攻め方が限られる。一夏、相手のパターンに嵌れば挽回は難しいから、それだけ気を付けて」

 不吉なアドバイスをする伊奈帆。

 

 期待を裏切られた一夏に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみだった。

 

「今さら何を気にする必要がある。素人のお前が慣れない武器を選べたとして、それでどうなるというのだ。剣に雑念が生まれぬ分、好都合だと思え」

 

「箒……」

 

「他の連中は代表候補生とIS素人の試合だと思って見ているのだろうが。私はな、剣士であるお前の戦いだと思っている。……それが分かったら、さっさと勝ってこい!!」

 

 箒の檄を受け、一夏の心は落ち着いていった。

 

 かつての篠ノ之の道場で培い、この一週間の箒との手合わせで思い出した、戦闘に際し最も適した緊張状態まで精神を遷移させる。

 そうして見れば、何てことはない。

 これから待ち受ける決闘も、今までの剣道の試合とそう変わらないものに思えてくる。

 

「箒」

 

「……これ以上話すことなど無いからな」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴る箒。

 一夏は照れてるんだろうなぁと意地悪く思いながら、最後にもう一度言葉を交わす。

 

「ありがとう」

 

 箒は赤いまま、そっぽを向いて答えた。

 

「……礼なら、勝って戻って来た時に聞いてやろう」

 

「ああ! 行ってくる!!」

 

 




今回は短めです。

文字数ではなく、ストーリーが少しでも進むよう意識して一話一話区切ってるので、これからも今回みたいに短かったり逆にダラダラと長くなったりすると思います。
一応一つの目安として、一話平均文字数が五千字になるように調整したいなーと思ったり思わなかったりラジバンダリ。



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第八話  クラス代表決定戦

セシリア戦は再び一夏の一人称です。
読んでても書いてても混乱するので、視点の切り替えは一話あたり二、三人に抑えたいと思っています。


「あら、あまりに遅いのでてっきり尻尾を巻いて逃げたものかと。男の方にしては度胸のある……いえ。無謀と知らないだけですわね」

 

 セシリアはアリーナの空で俺を待ち構えていた。

 片方の手に六十七口径級特殊エネルギーライフル《スターライトmkⅢ》を下げ、もう片方の手を腰を当てた不遜な態度で悠々と俺を見下ろしている。自身の圧倒的勝利に疑いがないのだろう。

 その姿が様になっていると思ったのは、ここだけの秘密だ。

 

「まさか。逃げ出すわけないだろう」

 

「そうですか? なんでしたら、今ここで謝るというのなら許して差し上げようかと考えておりましたのに」

 

「人を小馬鹿にするのもそこまでにしとけよ。俺は今、お前と同じ空にいるんだぜ」

 

「小馬鹿になど……。わたくしはただ、あなたを苛めたくてこうしているわけでないと知っておいて欲しかっただけですわ。ですが断られてしまった以上は、大勢の前で惨めな姿を晒しての敗北という結果を受け入れてもらうしかないようです。残念ですがこれで――」

 

 セシリアは一瞬の動作で構える。

 銃口は覗き込めるほど、真っ直ぐこちらに向けられ――。

 

 

『射線に入らないこと。それだけ守っていればどんな銃の名手も一夏を墜せない』

 

 

「お別れですわ!」

 

 意識より先に体が動く。

 パワーアシストで無理やりに体を捻る。そのすぐ脇の空間を、衝撃を纏った閃光が突き抜けた。

 シールドエネルギーは削れていない。完全に回避できた。

 

 だが今の一撃。当たればどうなっていたか。シールドは破られ、装甲は砕かれ、もし生身なら骨すら残らなかったに違いない。あの威力は紛れもなく兵器のそれだ。そんなものが体のすぐ隣を通り過ぎていった。人に向けて撃つ方もそれを観て歓声を上げるギャラリーもどうかしている。

 頭の中の大切なところが麻痺する。心臓を冷えた手で握りつぶされたようだ。

 この感情は恐怖。あの誘拐以来の恐怖だ。

 だがそれは自覚してすぐに霧散し、代わって胸の奥底から闘志が湧き起こる。攻撃を受けた事すら、自分が苛烈な闘争の中にいることを実感させる興奮材料へと変わる。

 

 

『ISの操縦者保護機能の一つである脳内物質量制御。これは操縦者の精神に作用することでパニックや鬱状態を事前に防ぐ。ただし強すぎる感情の起伏はISでも完全に制御できるとは限らないから、個人的にはあまり頼るべきでないと思う』

 

 

 さらに一撃。

 回避したつもりが脚先から衝撃が響く。同時にダメージアラート。幸いにしてブースターに損傷はないようだ。

(……クソッ! 回避に集中しろ! 白式のスピードは足りてる。回避は出来るハズなんだ!!)

 

 俺が射撃からの回避に追われているその隙に、セシリアは遠く高く離れていく。

 近接装備しかない俺は距離を詰めなければ手が出せない。セシリアは勝ち誇った笑みを浮かべながらさらに引き金を引く。

 

「さあ踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!!」

 

 

 ◇

 

 

 

「さて。相手があのブルー・ティアーズとなると、一夏がまず知るべきは射撃武器の避け方かな」

 

「それはすごく知りたい」

 

 シャルロットの授業、IS実戦編。

「まず知っておいてほしいのは、"ISを狙って撃つ"のはそれなりに難しいことだということ。理由は二つだね。ISは射撃の的としては小さすぎるし速すぎるんだ」

 

「ISが速いってのはわかるけど、小さいイメージはあんまり無いな」

 

 現に俺はIS『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』に乗って地面に立つシャルロットから見下ろされている。

 

「射撃武器の適性距離って結構長いからね。例えば生身の人間同士の銃撃戦だと5、6メートル離れてても撃ち合いになるけど、ISだともう近接格闘の距離なんだよ。それ以上に離れるとなると、人より少し大きいくらいのISは的としては小さいね」

 

「なるほど。でもだからってセシリアが弱いってことにはならないんだろう?」

 だとしたら誰も射撃型ISなんて作らない。

 

「そりゃあね。IS操縦者は当然それができるだけの実力が付くまで訓練を重ねるし、遠距離射撃型の操縦者なら尚更だよ。ただ、だとしても難しいことをしているのは間違いない。つまり大事なのは、とにかく動きまくって狙いにくい的になること!」

 

「おお! (こす)い!」

 

「狡い言わない! とにかく、これが射撃の避け方入門編。わかった?」

 

「わかるけどなんつーかアレだな。ドッヂボールでそういう避け方してる奴いたな」

 

「『ドッジ』? 確か英語で『逃げる』とか『躱す』とかの意味だった思うけど、なにそれ?」

 

「え? フランスにはドッヂボールないのか!?」

 マジか。フランスの小学生は休み時間なにしてんだ。

 

「……とにかく次は初級編。ISには超音速のスピードとハイパーセンサーがあるから、"あ、撃たれるな"って操縦者が思ってから回避するだけのポテンシャルはあるの。でもそれはコンマ秒以下の駆け引きだから、ぶっつけ本番だと難しいかも」

 

「確かに難しそうだな」

 

「一夏は弱気発言禁止だよ。だからISの回避方法にはこだわらないで、ここは生身での銃の避け方を考えてほしいかな」

 

 生身で銃を避ける。マト●ックスかな。

「イヤ、よけい難しそうになったぞ」

 

「あーまた言ったぁ。次から弱気発言ペナルティーだからね。僕が言いたいのはホラ、人間って銃弾より早く動くのはムリでしょ。だからどうするのかっていうと、とにかく銃口の先、射線上には立たないようにすること。あとは代表候補クラスだと見越し射撃もマスターしてるだろうから加速(とば)し過ぎないようにジグザグ飛行かな。うん、ただそれだけ」

 

「……さっきからシャルロット、当たり前のことしか言ってなくないか」

 

「当たり前のことをシンプルな言葉にするのが大事なんだよ。なんとなく出来ることをなんとなくやってるだけだと無駄が多かったり遅くなったりするでしょ。追い詰められたときにパニックにならないためにも大切だね。とにかく一夏がまず覚えるのは、逃げると決めたら相手の射線に入らないこと。それだけ守っていればどんな銃の名手も一夏を墜せない。 ……理論上はね」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「簡単に言ってくれるぜシャルロット! どこまで逃げてもキリがねぇ!」

 

「逃げてばかりでは勝てませんわよ! お行きなさい、《ブルー・ティアーズ》!!」

 

 セシリアの呼びかけに応え、ブルー・ティアーズの非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から四つのパーツが分離する。レーザーを発射する砲身と最低限の慣性制御装置、スラスターのみで構成された独立浮遊砲台(ビット)、《ブルー・ティアーズ》。

 四つのそれは解き放たれた猟犬のように俺を囲い込み、砲口を俺に向ける。

 

「くっ!」

 

 射線軸から飛び退いたその直後、四方からの光線が(くう)を焼く。

 これがオールレンジ攻撃。四方向から延びる射線軸全てを意識しなければ―― 違う!

 

 とっさに腕をあげシールドを任意(マニュアル)で展開し紙一重で《スターライトmkⅢ》の狙撃を凌ぐ。衝撃に体勢を崩されたところへ迫るブルー・ティアーズの追撃をギリギリでかわす。マニュアルの防御はオートよりエネルギー消費は少ない。ダメージは最低限に抑えた。

 だけど失敗した。BT(ブルー・ティアーズ)は確かに脅威だが単発の威力ではセシリアが持つライフルの方が遥かに高い。多少BTの攻撃を貰ってでもライフルだけは避けるべきだったのに、回避に夢中になって真っ直ぐ飛び過ぎた。

 

 焦りか高揚かは知らないが、冷静になり切れてない証拠だ。

 

「無駄な足掻きを!」

 

「『白式』! 武器を!」

 

 俺の呼びかけ(コール)に応え白式の腕のあたりに青い光の粒子が舞い―― 次の瞬間凝集し、消える。後に残ったのは白式の右手に握られた一振りの刀。なんら特徴のないIS用近接武器にしか見えないが無手よりはずっと良い。最終手段としてセシリアにぶん投げてやるのもアリだ。

 

 その間にも絶え間なく降り注ぐ閃光。白式の機体性能のおかげで、そのほとんどは回避すること出来る。自分でも驚くほど動けている。

 しかしその状況から脱することが出来ない。

 高機動型のIS『ブルー・ティアーズ』の機動性は俺の『白式』とほとんど互角。攻撃を避けながら追いつくことは限りなく不可能に近い。かといって回避行動に徹しても完全に攻撃を凌ぐことは出来ない。BTのレーザーが掠めるたびにシールドエネルギーはジリジリと削られていく。

 

 とにかく、第一目標は事前に立てた作戦通り。BTを墜す。それが出来ない限りセシリアには近づけない―― が。

(BTにすら近づけねぇ……! 俺の間合いに入らないように距離を取ってやがる!)

 ブルー・ティアーズはビットを操作している間は機体を動かすことが出来ず、逆に機体が動いている間はビットの動きが止まる。操縦者がビットの操作に意識を集中しているからだ。

 その事実は試合前にビデオで確認している。

 そこが俺にとって攻撃のチャンスとなるはずだったが、その直前にBTは大きく距離を取り俺の間合いから逃れてしまう。そのおかげでライフルからの射撃を事前に察知できるのが不幸中の幸いと言えるが、それで出来ることは回避することが精々だ。

 

 試合状況は完全に一方的。複数の敵から意識を逸らさないよう高速でジグザグ飛行を強いられ、ひたすら後手に回される。

 精神力がガリガリ削られていくのが自分でもわかる。

 でも、精神面で追い詰められているのは実はセシリアも同じだ。

 ビットの操作には適性だけでなくかなりの精神力を要する。そこへ加えて代表候補生である自分が初心者に苦戦するわけにはいかないという重圧。試合が長引けば長引くほど、彼女は二重の意味で苦しくなる。

 

 

 どちらが先に参るか、精神力の戦いに持ち込む。―― それが一夏(おれ)の作戦その二。

 

 

 相手の限界を信じて飛び続けること、およそ十分。

 根競べの末ついにセシリアの攻撃に綻びが生じる。セシリアが動く寸前、大きく距離を取るはずのビットが一機、俺の近くに取り残された。

 この機を逃す手はない。俺はライフルを回避し、取り残されたBTに攻撃する。

 

「かかりましたわ!!」

 

 奇襲の成功を目前にして、俺の進む先をレーザーが横切る。咄嗟に刀身で受け止めるものの、減速した瞬間さらに降り注ぐ攻撃を受けシールドエネルギーがガンガンと目減りしていく。

 転げるように地上スレスレまで撃ち落とされながら可能な限りレーザーを切り払い、そうして追撃から逃れ切ったところでようやく、これがセシリアの罠だと気が付いた。

 

 仕掛けた方の彼女は勝ち誇った笑みで俺を見下ろす。どうやら相手より高い位置にいるのが好きみたいだ。

 

「やはりビットから狙ってきましたか。それにしても、この程度で騙されるなんてアカギツネよりチョロイですわ」

 

「そうかよ……」

 

 今の攻撃でシールドエネルギーの残量はほとんど無くなった。

 それでもまだ、諦めるつもりはない。勝機だってある。

 ハイパーセンサーはセシリアの顔にうっすらと汗が浮かんでいるのを見落とさなかった。ビットを囮にした攻撃も見方を変えれば追い詰められている証拠だ。

 

「ええ。ほんの少し策を弄すれば簡単に手の平で踊ってくださいますもの。逃げるのは得意なようですが、所詮はそれだけが取り柄の男……。時間も惜しいですし、次で終わりにして差し上げます」

 

 セシリアに呼び戻されたBTがブルー・ティアーズに接続、エネルギーを再充填する。

 その間俺は自由(フリー)

 これも罠かもしれないが―― やっぱり待つのは性に合わない。

 

「ああ! そろそろ決着つけようぜ!!」

 

閉幕(フィナーレ)ですわ!!」

 

 

 刀を構え真っ直ぐに飛び込む。

 セシリアはライフルを下している。いつでも避けれるように心の準備をして最短距離で突撃。セシリアも全力で後退するがバックでは全速は出せない。

 互いの距離がだんだんと縮まり―― セシリアがライフルを構える。試合開始直後の焼き直しのような光景。だが、あのときより俺は落ち着いている。

 迫る蒼光を、シャルロットの見様見真似バレルロールで回避。

 だがセシリアの攻撃はそれで終わらない。アーマースカートのうち腰の両側から突き出ていた円柱状のパーツがガシャリと動き、砲門を俺に向ける。

 

 反応する間もなく"それら"は発射される。ただ直線には飛ばず、俺の動きに合わせて軌道を曲げる。

 

「―― ミサイル!!」

 

 白式のディスプレイが新たな脅威を表示する。

『ブルー・ティアーズ《追尾弾頭型(ミサイルタイプ)》』

 

「こいつもBTかよ!」

 

 速く飛び過ぎた―― このまま飛んだらBTミサイルとの相対速度が速すぎて切り払うタイミングがない!

 バレルロールの勢いのまま、ブルー・ティアーズへの直線軌道から弾かれるように逃げ出す。ここまで来て背を向けるのは癪だけど我儘を言うだけの余裕(シールド)はない。一度退いてミサイルを切り捨てて――

 

「そう簡単にはいかないか!!」

 

 再び眼前を横切り、視界を蒼で埋め尽くす光。

 急速方向転換でセシリアの偏差射撃を回避する。この試合での経験が活きた。

 

(おかしい。セシリアはビットとライフルを同時には扱えないはず。ミサイルは攻撃を命じないぶん楽なのか? ……なっ!?)

 

 その姿が目に入ると同時、理解するより早く機体を細心の意識で操り、平行に飛翔した4本のレーザーの間をすり抜ける。

 レーザーが飛んできた(もと)には、ブルー・ティアーズがBTを自機の背に扇状に並べていた。その切っ先はライフルと同じ方向を向き、セシリアが引き金を引くと同時にレーザーを発射する。

 飛んでくる光線は計5本。背後からは2発のミサイルが迫るため減速も出来ない。

 

(……はぁっ!! 飛ばさなきゃビットも同時に使えんのかよ! 完全反則だろ。……危ねぇ!!)

 

 この試合が始まってから一番ギリギリでの連続回避。死に物狂いで切り抜けたが、そう何度と成功する試みではない。

 しかしここまで追い詰められると逆にわかりやすい。打つ手は一つ、再突撃だ。

 

 決断は一瞬、機体を反転させる。進行方向にはアリーナの隅を陣取ったセシリアとブルー・ティアーズ。背後を取られる憂いと共に退路を捨てた完全な迎撃態勢を取っている。

 しかしセシリアの《スターライトmkⅢ》は連射型ではない。射撃直後の今仕掛ければ、俺がセシリアにたどり着くまで撃てて後一発!

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

 未だ後ろについているミサイルを振り切るように全力で加速。

 馬鹿正直に突っ込む俺の脇をBTのレーザーが走り抜けていき、うち何本かが掠めシールドエネルギーを奪っていくが無視をする。今止まれば攻撃は届かない。

 この一撃を入れただけで勝てるわけではないのに。勝利が目的なのか唯の足掻きなのか、自分でも判断が付かない。

 

(考えるな!! まずは一撃! この一撃に集中しろ!!)

 やはり精神的に限界が近いのかBTの狙いが定まらない。あとは本命のライフルを避ければ勝てる!

 

 

 

 弾雨(あめ)が止んだ。

 ビットは沈黙し、セシリアだけが静かにライフルの構えを調整する。ミリ単位以下の繊細な作業。迫りくる白式(てき)など存在しないかのような、落ち着いていて手慣れた動き。

 それでも間違いなくブルー・ティアーズのヘッドギア、セシリアの額の中央にある複合センサーレンズは俺を捉えている。無機質なはずのレンズと()()()()()

 

 

 

『だけどね一夏。本当に完璧な狙撃っていうのは、わかっていても避けられないんだよ』

 三度(みたび)、シャルロットの言葉を思い出す。

『単純な理屈の上で言うなら銃身の角度をほんの少しだけ傾けるのと、その延長線上にある二点間の距離を飛ぶのとでは前者の方が圧倒的に早い。……もちろんこれは理論上の話で実際は中々そうはならないよ。動作自体は小さくても細かな作業の方が人間やっぱり時間がかかるし、偏差予測の精度にも限界は来る。まあ一応は警戒しとくに越したことはないかなって程度だよ。それに避けられないなら防御すればいい話だしね』

 

 

 シャルロット、残念なことに防御が許される状況じゃないんだ。

 まずい。

 これは、躱せない。

 

 セシリアが引き金を引く。角度をつけた刀身で受け流そうとするが、無理だ。セシリアの狙撃は俺の()()()()()()を寸分違わず撃ち抜く。

 衝撃で減速した俺の背後にBTミサイルが追いつくと、わかっていても手の打ちようがない。詰みだ。

 

 

 ミサイルの直撃。想像と違って音は無かった。視界は爆炎の赤と白、それと潰したような黒で埋まる。爆風は巨人の手に握り潰されているみたいで、シールド越しの炎は焼けるというより炙られる感触。

 自身の敗北を、俺は冷静かつ他人事のように認識していた。

 

 『____ mkニdeiチカ__《限定情報共有(リミテッド・シェアリング)》切断 フォーマットとフィッティングが終了しました』

 

 

 ◇

 

 

 爆炎の後に黒煙が立ちこめ、命中した目標の姿を覆い隠す。

 

 セシリアは確かな手応えを感じていた。しかし油断なく煙を見つめながら、一定の距離を保ち迂回するようにアリーナ中央の広い空間に戻る。

 自分の筋書きの通りなら今頃は試合終了のブザーが鳴っているはず。つまり予想していなかったことが、きっとあの煙の中で起きたのだ。

 

 黒い煙を白い剣で切り払い、それは姿を現した。

 

 

 ◇

 

 

 煙が晴れてすぐ、俺はセシリアを視認した。心なしか全方向視界の中から目標の相手を見つけるのが速くなった気がする。

 

「……まさか、一次移行(ファーストシフト)!? あなた、今までは初期設定の機体で戦っていたというの!!」

 

 セシリアが何かに驚いたリアクションをするので自分の姿を改めて確かめると、確かに変わっていた。

 

 (いや)。ただ単に変わったというよりも人の作った形から()()()()()()()だ。

 背中の推進部も一回り大きくなり、もともと白かった装甲からはこの戦いで生じた傷や歪みが消え白式()の名の通り曇り一つない純白を陽の光に輝かせている。

 

 そして俺にとっての一番の変化は、手に握る武器だった。

 日本刀の形を模したIS専用近接武装。名称《雪片弐型(ゆきひらにがた)》。

 

 《雪片(ゆきひら)》――それはかつて、千冬姉が振るっていたISの武器の名前だ。

 その名を冠する武器を持つということは、多くのIS操縦者が憧れと同時に畏れ多く思うだろう。だが俺は血縁関係云々に関係なしに躊躇なくそれを受け入れていた。この雪片が自分のためにある武器だという確信が、温かな熱のように握る手を通して伝わってくる。

 

「まったく……俺は、世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

 それはもしかすると世界中の姉を持つ弟が同じように思っていることかもしれないけれど、今だけは断言させてもらおう。世界でブリュンヒルデを姉に持つのは俺だけなんだから伊奈帆だって許してくれる。

 

「でも雪片(こいつ)を託されたからには、もう守られてばかりってワケにはいかないよな。これで負けたら千冬姉の恥になる」

 

「……あなた、さっきから何を言っていますの?」

 

「独り言だよ。とりあえずセシリア、お前には勝つことに決めたからな!」

 

「世迷言を……! ブルー・ティアーズ!!」

 

 セシリアの叫びに応え四機のBTが俺を取り囲む。俺は多方向から絶え間なく飛んでくるレーザーを曲芸のように避けた。反撃する余裕がないのは変わらないが、一次移行を経てから掠める不安もない。今の落ち着いた気持ちと思い通りに動く機体のがあれば、むしろずっと回避し続けられる気すらしてくる。

 セシリアもそれを感知し、ビットを下げる。セシリア自身が攻撃をする前兆だ。

 俺は素早く動く。ライフルの鋭い一撃を回避し―― BTを一機切り捨てる。

 

「なんですって!!」

 

 セシリアの驚嘆。ビットの動きが止まったその瞬間に雪片を投擲、近くに浮かんでいたもう一機に突き刺すとそれが落下するより早く飛付き、武器の柄を掴んで突き刺さっていたBTを蹴り捨てる。大穴を開けたビットは先に真っ二つにされた仲間を追うように落ちていく。地上で続けざまに二回、小さな爆発が起きた。

 

「そんな……どうして!?」

 

「気付かなかったのか? 全力を出せるようになった白式の機動力はさっきまでの比じゃない。セシリアのブルー・ティアーズより上だ。気をつけなきゃすぐに追いつくぜ」

 

「くっ……。いくら速くともそれだけでは獣と同じこと!」

 

 残るBTは二機。数が減った分、操作に割ける意識の割合は上がるはず。新しいパターンの攻撃を警戒するが、BTは今までより俺との距離を離しただけだった。

 はっきり言おう。物足りない。

 セシリアのオールレンジ攻撃最大のポイントは、例え一つのビットに狙いを定めて落とそうとしてもすぐに他のビットやセシリア自身がカバーすることで包囲網を崩さないことにあった。しかしビット二つでは牽制にしかならなし、最も精度の高いライフルの狙撃も、ビットの動きが止まることを恐れてか狙おうとしてこない。

 そして俺自身、オールレンジ攻撃そのものに慣れてしまった。本来ならIS初心者である俺には十字砲火(クロスファイア)や挟み撃ち射撃すら脅威となるはずだったが、この試合のうちに長時間その脅威にさらされたせいで脳ミソが完全にオールレンジ対応モードになっている。

 

 たぶんセシリアは今のが悪手であることには気付いていない。チャンスだ。

 

 俺はちょうど上を飛んでいたBTに狙いをつけて飛んだ。逃げるビットを追う。背後からもう一機が撃ってくるが、この程度の牽制では白式とBTの機動力の差は埋められない。

 間合いを詰め、斬る。装甲に裂傷が走り火花が散らせながら斬られた衝撃で空中でクルクルと回るそれを、俺は掴んでセシリアに投げた。

 

「なっ!!」

 

 彼女は完全に虚を衝かれたようだ。一瞬BTに命令を飛ばそうとし、それがもはや通じないと気づいてから避けた。

 そしてその間に俺は最後のビットを破壊した。

 作戦その三『セシリアが自身への攻撃に対処している間にBTを落とす』、大成功である。もともと俺のISに射撃武器があることを想定して用意した作戦だったから実行不可能だと思っていたけれど、まさかこんな形で成功するとは。

 

 セシリアは自分が大きな判断ミスをしたことを理解したらしい。表情に少し赤みがさし、奥歯を食いしばっている。

 

「物を投げるなど、猿のような真似を……! やはり男は野蛮、こんな奴をクラスの代表にするわけにはいきませんわ!」

 

 悪態の雰囲気も少しだけ変わった気がする。俺を辱めるというより、無理にでも自分自身に言い聞かせるような感じだ。

(まあ試合には関係ないことだし、気にするようなことでもないだろ)

 

 もう俺とセシリアを遮るものはない。雪片を構え突撃する俺に、ミサイル型のBTが発射される。

 2発のミサイルの間の距離は、一息で斬るには離れすぎている。片方を迎撃すれば、その隙にもう片方に攻撃される。回避しながらなら両方を斬り落とせるが、それではセシリアの狙撃の的になる。

 それが彼女の狙いなのだろう。

 だから俺は止まらない。

 

「白式ぃ!!」

 

 すでに全ての推進力を回しているはずなのに、まだ先があると白式(こいつ)が教えてくれる。

 だからこの機体に賭けて、駆ける。

 俺は突き動かされるままに、スラスターの後ろに潜在する熱量を、今まで散々追い回された苛立ち(フラストレーション)と一緒くたにブチ撒けた。

 瞬間、さらなる推進力を得た白式はもう一段階加速。セシリアが反応する間もなくミサイルの間をすり抜ける。

 

「……瞬時加速(イグニッション・ブースト)!!」

 

 固く握りしめた右手を通じて、まるで"敵を斬る"という俺の意思に応えるかのようにエネルギーが雪片弐型へ流れ込むと、雪片の刀身が鎬に掘られた溝に沿い縦に割れ刃の根元からエネルギーブレードが伸びた。

 白く輝くエネルギーの奔流の刃渡りは実体部分の1.5倍ほど。それが並々ならぬエネルギーを持つことは明らかであった。セシリアの表情が引きつる。

 ブルー・ティアーズの回避は間に合わない。近接装備で防ごうにも、今から展開するには一秒ほど時間が足りない。

 

 ――いける!!

 

「ぅおおおぉっっ!!」

 

 上段から全力で振り下ろす袈裟払い。

 

 

 

 

 

 その一撃が当たる直前、雪片のエネルギーの刃が力なく縮み、消えた。そしてアリーナに試合の終了を告げるブザーが鳴る。

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 




原作と結末は変わりません。バトル内容を変えたのは、そのまんま原作やアニメの展開を持ってくると盗作に引っかかりそうでビビったという理由が大きいです。

バトルシーン書くの、正直苦手です。油断するとすぐ同じ表現が四個くらい重なったり、ターン制バトルになってしまいます。あとボキャブラリーがすぐに尽きるので類語をググりながら書いてる。


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第九話  反省と宴

滞っていました更新。アマゾンプライムのアルドノア無料視聴で一旦モチベ回復です。


「あれだけ大きな口を叩いておいて、この様か。たいした奴だよお前は。」

 

「……いえ、それほどでも」

 

 場所は再びアリーナのピット。

 千冬の前で、一夏はうな垂れていた。その姿に試合前まであった覇気はない。

 

 

 

 クラス代表決定戦の結果、一夏はセシリアに負けてしまった。

 

 代表候補生vsIS初心者。

 対戦カードとしては当然の結果だが、一夏には納得できていないことがあった。

 

「なあ、なんで俺負けたんだ?」

 

「弱いから負けたのだ。それ以外に理由などない」

 

「試合運びは悪くない。ただ、あの映像を撮影した時期と現時点でのセシリア・オルコットの力量の差を考慮できていなかった。それを予め踏まえていれば他にやりようはあったと思う」

 

「いや、そうじゃなくてだな」

 

 一夏が疑問を持っているのは試合終盤におきた事。

 ついにセシリアのブルー・ティアーズをその間合いに収めた白式が近接格闘ブレードを振り下ろさんとした正にその瞬間に試合終了のアナウンスが鳴り、セシリアの勝利を告げたのだ。

 試合の制限時間が切れたわけでも、皆が気付かないうちにセシリアの攻撃が通ったわけでもない。

 

 負けは負けとして認めつつも、一夏が敗因を追究したいと考えるのは当然のことだった。

 

 そしてその疑問には千冬が答える。

 

「あのタイミングで白式のシールドエネルギーが切れたのは、エネルギーが底を着いた状態で『バリアー無効化攻撃』を発動したことが原因だ」

 

「『バリアー無効化攻撃』?」

 

 一夏と箒はそろって首を傾げる。

 

 しかしシャルロットの反応は違った。何やら思うところがあったらしい。

 

「"バリアーの無効化"……それって、まさか!?」

 

「知っているのか。シャルロット」

 

「えっ! うーん。でも確証があるわけじゃないし……」

 

「『バリアー無効化攻撃』と、言うのはですね――」

 

 言い淀むシャルロットに助け舟を出す形で、山田先生が解説を始める。

 

「文字通り、ISが機体周囲に発生させているシールドバリアーを無効化することによって、機体や操縦者に直接ダメージを与える攻撃のことです。それによって操縦者保護機能である『絶対防御』が発動すれば、通常の攻撃の数倍のシールドエネルギーを削ることができます。白式の武器《雪片弐型》の特殊能力はエネルギー無効化。近接攻撃の威力と掛け合わせれば、一撃必殺の攻撃すら可能なんですよ」

 

 

『絶対防御』とは操縦者自身に危害が及びかねなくなった際に大量のシールドエネルギーを消費して操縦者を守る、ISの基礎的な機能の一つ。

 

 絶対防御は基本的ににシールドバリアー以上に強力な障壁を張ることにより操縦者を守る。

 しかし保護すべき第一目標は操縦者の『命』であり、その為にどのようなエネルギーの運用方法が適しているかについては、ISのシステムが判断を下すのだ。

 故にその判断如何では、絶対防御が発動したにもかかわらず操縦者が怪我をすることもあるという。が、それは稀であるためISの試合では積極的に相手の絶対防御の発動を狙っていくことが多い。

 その行為はレギュレーションでも禁止されていないし、寧ろ近年開発されたIS、特に第三世代機にはシールドエネルギーを貫通するだけの威力がある兵装を積極的に搭載しているくらいである。

 

 絶対防御の発動はISバトルにおける逆転の一手であり、昨今の試合における花形なのだ。

 

 

 

「だが、その発動には決して少なくない量のエネルギーを要する。それこそ自機のシールドエネルギーを喰い潰すほどのな」

 

「それでエネルギー切れ……。じゃあ、最後の攻撃が当たってたら俺が勝っていたのか?」

 

「当たっていればの話だ。事実、《雪片》の特殊能力は強力だ。私がかつて世界大会で優勝できたのも、その力によるところが大きい」

 

「やっぱり、織斑先生と同じ能力……。でもそんなことって……」

 何かを呟くシャルロット。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「あ、ううん。何でもない」

 

 否定しながらも、彼女の思考は続く。

(千冬先生のIS《暮桜》の武器《雪片》の"エネルギー無効化"は単一使用能力だった。単一の能力が二つも存在するなんてこと普通は考えられない。 可能性としては《暮桜》のコアを白式に転用したとか……違う、既存の理論なら操縦者が違えば同じISでも違う能力が発現するはず。まさか姉弟だから? そんな単純な話でもないとは思うけど、一次移行で単一使用能力が使えることがIS本体の仕様だということまで考えるならあり得ない話ではないのかも。偶然で終わらせるよりも可能性はずっと高いハズ。でも、だとしたら――)

 

 そう考えると新しい疑問が生まれる。

 一次移行で操縦者に縁のある単一使用能力を発動させるということが、一企業(倉持)の技術力で果たして可能なのだろうか。

 

 

「まあ、使いこなせないことには欠陥機でしかないがな」

 

「欠陥機!? 欠陥機って言ったか今!」

 

 思考に沈んでいくシャルロットの意識を、一夏の叫びが引き戻す。

 

「落ち着け馬鹿者」

 

 出席簿で弟の頭を叩きながら、千冬は言葉を選び直した。

 

「確かに『欠陥機』と呼ぶのは少し違うな。そもそもISというものは未だ完成に至っていないから欠陥も何もない。お前のISも少しばかり攻撃に性能が寄っているだけだ」

 

「だけって……」

 

 一夏は自分の右腕に着けられたガントレットを見る。それが白式の待機形態だった。

 

「おおよそ能力のおかげで拡張領域も埋まっているのだろう。諦めてその得物一振りで勝負してみろ。案外、合っているかもしれないぞ。……なにせ、私の弟だ」

 

 

 

 

 

 

「……にしても、これであいつがクラス代表かぁ」

 

 アリーナからの帰り、寮へ向かう道を歩きながら一夏が呟いた。

 

 あの後、山田先生から電話帳のようなISの使用についてのルールブックを渡され、さらにISを専用機として扱うための手続きを幾つもこなした。

 

 決闘の直後に小難しい書類を何枚も相手にするのは気が滅入る作業だったが、本来ISを受け取る前に終わらせるべきだったことを特例として千冬が後回しにしてくれたのだから一夏に文句は言えなかった。

 

 そのことに時間をかけたたせいで、もう日は大きく傾き夕方になってしまっている。

 

「負けたお前の責任だ。男なら黙って受け入れろ」

 

「一夏の目的はクラス代表じゃなかっと思うけど」

 

「そうは言ってもな、真剣勝負だったんだ。負けるのは悔しいもんだぜ」

 

 むしろ負けて悔しく思えなければそれは勝負ですらない、と一夏は思う。

 けれど大見得を切った手前、明日クラスメイトと顔を合わせることを思うと、気持ちが重くなる。幸せが逃げると分かってながら、ため息は止められなかった。

 

「ったく、格好悪いよなぁ……」

 

「負けt――」

 

「そんなことないって! 頑張って闘う一夏は格好良かったよ!」

 

「誰も一夏の勝利を期待してはいなかったから、皆からの評価が上がったことに間違いはない。それだけいい試合だったと思う」

 

「そ、そうか?」

 

 あまり慰められた経験のない一夏は、慣れてないのか驚いたような反応をする。

 

「そうか……。二人とも、ありがと――」

 

「――まあ! 少しは格好良かったのではないかっ!!」

 

 箒が吼えた。

 

 突然のことに一夏もシャルロットも驚いたまま固まっている。

 二人の反応を見て、箒は自分が何を口走ったのかようやく気が付いたらしい。

 我に返ると段々と赤くなっていった。

 

「な、なんだその反応は! 私がこ、こんなことを言うのがそんなに可笑しいか!?」

 

 箒は肩をこわばらせるようにしながら三人の前を歩く。

 無論、照れ隠しだ。

 

「……箒」

 

「なんだ!」

 

「ありがとな。お世辞でも、お前に言われるとなんかすっげえ嬉しい」

 

「っ!? ふ、ふんっ! だが、お前が未熟なことには変わりない。専用機も手に入ったことだし、明日からはISの訓練にも付き合ってやろう」

 

 さらに歩調を強めながら、箒は離れた三人にも聞こえるよう大きな声で提案(?)する。

 今の表情を一夏に見られたくないがための行動だったが、耳まで真っ赤になっているせいで後ろからでも箒の心情は丸見えだ。

 しかしそれに気付かないのが一夏という男。

 

「いやぁ、でも箒は専用機を持ってないし、ISの訓練にはシャルロットに手伝ってもらえたらなと……頼めるか?」

 

「うん。もちろん大歓迎だよ」

 

「いや! それでは不十分だな! 一夏の白式は近接格闘型。武装は剣一本なのだ。ここは私の出番だろう」

 

「そ、それもそうか……」

 

 二人からISの訓練を受けている様子を想像して、一夏は今からどっと疲れた気がしてくる。

 箒は言わずもがな、シャルロットも中々に厳しい教官だということを一夏はこの一週間で学んでいた。

 物腰は優しいし教えることは分かりやすいのだが、どうやら自分のキャパシティ以上の学習能力を引き出されているようなのだ。

 

「いや。一夏は座学にも注力しないと。入学前に遅れた分を巻き返すはずの時期に、決闘の準備に時間をかけすぎた」

 

 追い打ちをかける発言がもう一つ追加される。

 

「俺の身体は三つもないんだけどな、伊奈帆」

 

「さて、それはどうだろう。どこかの研究機関が秘密裏に採取した一夏の体組織からクローンを生成しているかもしれない。だとしたら一夏の肉体は一つじゃないことになる」

 

 一夏は、悪の組織の秘密基地の地下にある真っ暗な研究室の中に、裸の自分が浮かんだ円柱状の水槽がいくつも並んでいる光景を想像した。

 

「怖っ!」

 

「だ、大丈夫だよ一夏。クローン人間は国際条約で厳しく規制されてるし、伊奈帆も冗談のつもりだって、ね?」

 

「じゃあ、冗談」

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 

「……はぁ。大変なのはこれからってことか」

 もしこれでクラス代表の仕事もこなさなければならないとしたら、身が持たなかったかもしれない。

 負けたのは悔しいが、そういう意味ではこれで良かったのかも。

 

 夕暮れの道を四人で歩きながら、一夏は少しだけ考えを改めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! 来た来た!」

 

「ん? なんだ?」

 

 四人が寮へ近づくと、入り口の辺りをうろついていた二人の女生徒が彼らを見つけ近付いてきた。

 

「誰だあいつらは?」

 

「クラスメイトだね」

 

 どうやら四人のうちの誰かを待っていたようだ。それが誰か、ということは三人にとっては容易く想像できる。

 そしてその予想は正しかった。

 

「ナイスタイミングだねぇ織斑くん。こっちだよ」

 

「早く早く~。みんな待ってるし~」

 

 そう言う二人は一夏の両手を取ると、どこかへ連れていこうと引っ張り出す。行先は寮の中のようだった。

 

「え? え?」

 

 しかし全く予想していなかった本人は戸惑いの声をあげる。

 

「なんだ貴様ら! 急に来て男の手を握るなど、はっ破廉恥な!! 目的を言え。返答如何では斬るぞ!」

 

「え、秘密だけど」

 

「秘密だと! 秘密にしなければいけないようなことを一夏に――」

 

「ねぇ、僕たちもついて行っていいのかな?」

 

「もちろんクラスメイトは大歓迎! 界塚くんも特別歓迎だよ」

 

「行こう。ここにいても埒が明かない」

 

「勝手に決めるな界塚! 一夏も黙って連れていかれないできちんと抵抗しろ!」

 

「四名様ご案内~」

 

 

 

 

 そうして一夏たち御一行が連れて来られたのは、寮の食堂の前。

 ただ普段から開け放たれていた食堂のドアは閉まっていて中の様子は見れないようになっている。

 

 案内してきた二人はドアノブに手を掛けながら、何やら向こう側にいる人と意思疎通をしていた。

 

『……もういいかな?』

『……OK、いつでも大丈夫』

 

「なあいい加減説明してくれないか?」

 

 焦れた一夏が声をかけるも二人は笑顔で受け流す。

 

「ふっふ~ん。お待たせしましたぁ」

「それじゃあ、どうぞー!」

 

 二人が扉を、勢いよく開けた。

 

 

 

 

 

 

「織斑くん、クラス代表決定おめでとー!!」

 

 パン、パン。

 クラッカーが鳴り、紙吹雪とテープが舞い散る。

 食堂では一年一組のクラスメイトが一夏のことを待ち構えていた。

 

「え!? へ? ちょっと待ってくれ。クラス代表はセシリアに決まったんじゃないのか?」

 

 何かの間違いじゃないかと一夏は周囲に意見を求める。

 だが食堂に掲げられた横断幕にも『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と大きな文字で書かれていた。

 ちょっとした間違いという風ではない。

 

「それはわたくしから説明しますわ!」

 

「セシリア!?」

 

 大勢のクラスメイトを掻き分け一夏の前に進み出たのは、ほかならぬ勝利者であるはずのセシリア・オルコット。

 

 彼女は腰に手を当てながら、堂々とした姿勢で語り始めた。

 

「確かに試合ではあなたが敗北しました。伝統ある英国文化としての決闘に倣うならば、わたくしがクラス代表を務めるのが道理なのでしょう。ですが元より代表候補生たるわたくしが勝つのは自明の理。力による勝敗によって我を通そうというのは、淑女たる者の行いではありませんでした」

「そこで反省の意も込めまして、此度のクラス代表の座を辞退することにしましたの。幸いにして"一夏さん"にはIS操縦者としての才能の片鱗がありますし、このセシリアが先達者として指導すればクラス代表に相応しい操縦者になれること請け合いですわ!」

 

(ん?……"一夏さん"?)

 一夏の意識に一瞬、セシリアからの呼び名が変わっていることが引っ掛かかる。

 だが即座にそれどころではないと気持ちを切り替え、大きな声で訊ねた。

 

「ちょっと待て! 俺の意見は!?」

 

「まあ一夏さん。そう遠慮なさらないでくださいまし」

 

「そうだよ織斑くん。観念しなさい……。あ、コレ飲み物。他の人にも回して」

 

「お、おう」

 

 飲み物が入った紙コップが全員に行き渡ったことを確認すると、一人の女子生徒が群衆の中から抜け出しその前に立つ。その手にはマイクが握られていた。

 

『それでは皆様、乾杯のグラスは手に取っていただけましたでしょうか……。ハイ! それではいきますよぉ~。セシリア・オルコットさんの勝利と! 織斑一夏くんの、一年一組クラス代表就任を祝しまして! カンパーイ!』

 

「かんぱ~い!」

 

 あちこちで掲げられる紙コップ。グラスではないので何の音もしない。

 

 乾杯の音頭のあと、集まった女子たちは何となくグループを作り始める。

 その中でもとりわけ大きな集団の中に一夏は取り込まれてしまった。厳密に言うのなら、一夏を目的に彼女たちが集まったため自然と囲い込まれたのである。

 

「織斑くんの試合、すっごくカッコよかったよ!」

 

「千冬様の弟は伊達じゃないのね」

 

「いーなー。私のクラスにも織斑くんちょうだい」

 

 大勢の女子に囲まれた一夏はその対応に追われる。ちなみに最後のは二組の生徒だ。

 一夏は慌てて友人に助けを求めた。

 

「なあ、箒――」

 

「ふんっ」

 幼なじみは女子たちの垣根の隙間から一夏を一瞥する。とても助けを求められる様子ではない。

 

「伊奈帆――」

 別の女子グループに囲まれて見えない。伊奈帆の身長だと普通に女子に埋もれてしまう。

 

「シャルロット――」

 彼女も別の集団に囲まれていた。代表候補生というのはやはりIS操縦者を目指す学生にとっては憧れる存在らしい。

 一夏と視線が合うと"ゴメンね"と小さく目配せをする。

 

 頼みの綱は全て撃沈。諦めてた気持ちで一夏が辺りを見回すと、セシリアの姿が見えた。

 

 彼女もまた、シャルロットと同じように複数の女子に捉まっていた。

 困ったような、照れたような笑みを浮かべながら会話を弾ませようとしている。顔も心なしか赤い。

 

(意外だ……)

 

 一夏にとってのセシリアのイメージは高飛車なエリートお嬢様。だが今の彼女は同年代の女子から慕われて困惑する、良い意味での普通の女子だ。

 

 おそらくはそのどちらもセシリアの一面なのだろう。今までの一夏が、その片方しか知らなかっただけで。

 

 

「どうですか? 織斑くん。楽しんでいます?」

 

 新たに一夏に話しかけてきたのは、大和撫子のような柔らかな物腰の黒髪の少女。

 

「あ、はい。ええと……」

 

「四十院 神楽です。織斑くんは今日の主役なのですから、遠慮なさらないでください。お菓子もたくさんありますよ」

 

 テーブルの上にはお菓子の袋や箱がいくつも空けられている。果たして食べきれるのだろうかと、一夏が思うくらいの量だ。

 

「お話ばかりしていると、すぐに無くなってしまいます。手作りのを持ってきてくれた娘もいるのですから。さあ、こちらへ」

 

 神楽に案内され、一夏は窓際のテーブル席へと辿り着く。人混みから抜け出した形だ。

 テーブルの上にはお菓子だけでなく、飲み物やサンドイッチなどの軽食まであった。軽く夕食も兼ねているのだろう。

 

「あの、四十院さん」

 

「はい? なんでしょう」

 

「俺がクラス代表で本当にいいんですか? 他にもやらなきゃいけないことはたくさんあるし、委員長のような役職を今までやったことがないんですけど……」

 

「それでしたらご心配に及びません。代表としての委員会出席や雑務は私たちで分担して引き受けますから」

 

「え!? いいんですか? いや、そもそもどうして……」

 

「織斑くん。クラス対抗戦の優勝商品が何だかご存知ですか?」

 

「……単位?」

 

「学食デザートの半年フリーパスです。クラス全員分の。ですから織斑くんがISに集中できるよう、皆さん喜んで協力してくれるはずです。ちなみにこれ恒例のことなので、先生方も黙認していますから」

 

「千冬姉も?」

 

「千冬先生も、です」

 

 そこまで言われては一夏も断れない。

 仕事が減るのはうれしい。しかし心労的には余計に負担がかかったような気がした。

 

 気を取り直すように、一夏は少し気になっていたことを質問する。

 

「このパーティーって、試合結果が分かる前から準備してましたよね」

 

 食事の量や会場の飾りつけを見ると、試合終了から短時間で用意したとは考えられない。

 

「はい。ちょっとしたサプライズです」

 

「俺が負けたら……じゃなくて、セシリアが代表候補を辞退しなかったら、準備が無駄になったんじゃないかと思ってさ」

 

「ああ! そういうことですか」

 

 神楽は口元を隠しながら小さく微笑む。

 

「その時は、セシリアさんの代表就任と織斑くんの歓迎を兼ねた祝賀会を催します」

 

「そうですか……」

 

(それってただ単にパーティーの口実が欲しかっただけじゃないか?)

 別に、一夏はこの催し自体を否定するつもりは無い。

 親睦を深める機会があるのはいいことだ。大勢に迫られることだって、多少は困るけど、それでも遠巻きに見られているだけよりずっとマシだ。

 

()()()()()()()()()()()、織斑くん」

 

「? はい」

 

 神楽は少しだけ声のトーンを下げる。

「今回のような決着の仕方は、当事者にとっては後腐れのない方法かもしれません。ですが、理屈を伴わない決定要因は時として周囲に遺恨をもたらします。今後は気をつけてください」

 

「……そうか。そうですね」

 

 会場を見ると、何やらセシリアと箒が言い争いをしている。シャルロットは二人をなだめようとしているが、他の生徒たちはむしろ焚き付ける側に回っていた。

 

 今さらながら良いクラスだと、一夏は思う。

(でも最終的に決闘を決めたのは千冬姉だよな……。千冬姉、頭はいいのに考え方がシンプルというか、根性論寄りだし)

 

 

 

 

 

「新聞部でーす。話題の新入生たちにインタビューしに来ましたー!」

 

 パーティーも盛り上がり宴もたけなわという頃に現れたのは、『新聞部』の腕章を付けた眼鏡の女性。リボンの色が他の人と違う。IS学園の制服のリボンは学年ごとに色分けされているので、つまりは上級生だ。

 

「私は新聞部副部長、二年の(まゆずみ) 薫子(かおるこ)。よろしくね。あとこれ名刺」

 

「あ、これはご丁寧にどうも」

 

 名刺を受け取った一夏の感想は『名前の画数が多いな』だった。

 

「ではズバリ!! 織斑君、クラス代表に決まった感想をどうぞ!」

 

 薫子は出会って早々、一夏にボイスレコーダーを突きつける。

 

「えーと……まあ、その。頑張ります」

 

「ふむ。少し味気ないコメントだけど、大衆向けに脚色して使えばなんとか……」

 

「いやいや捏造はやめてください!」

 

「ここはもう一人の男子に期待するしかないわねぇ。事前調査だと彼もここにいるはずだけど」

 

 薫子がきょろきょろと食堂内を見回す。するとすぐに、伊奈帆が姿を現した。

 

「はいはーい。こっちにいますよー」

 

 ただ明らかに気乗りしない様子であった。ケーキを食べながら女子の一人に背中を押されるようにして連行されている。

 

「韻子、どうして此処に」

 

「クラスなんて誰も気にしていないわよ。ほら」

 

「そんじゃ界塚君。界塚君も三組のクラス代表に決まっているわけだけど、意気込みはありますか」

 

 今度は伊奈帆がマークされる。

 

「…………」

 

 残念! 伊奈帆の口はケーキで塞がっていた!

 

「ふむふむ。織斑君に業火の様な対抗意識を燃やしていると……。こんなもんでいいかな。よし次はセシリアちゃんだ」

 

「わたくしですか!?」

 

「クラス代表を辞退したのは……織斑君に惚れたからということにしよう!」

 

「んなっ!?」

 

「ついでにシャルロットちゃんとはライバル関係。やっぱり英仏だしお国柄ネタは外せないわよね」

 

「いや全然そんなことないですから!」

 

「なんか、どんどん大変なことに……」

 

「人は事実を訂正しようとするとき、積極的に情報を開示する。乱暴だけど相手から言葉を引き出すには一つの手だ」

 

 ケーキを飲み込んだ伊奈帆が解説する。

 

「いや冷静に分析してるけど、お前の記事も捏造されてるからな」

 

 欧州候補生二人組は薫子に詰め寄るように話しかける。そこになぜか箒も混ざっていた。

 薫子は三人の勢いに押されることなく話を聞きメモを取る。

 

「ふんふんなるほどね~。うん、次は記事のための写真を撮りましょう!」

 

 皆でワイのワイのと写真を撮るために整列していく。その中央には自ずと一夏の顔見知りが集まっていった。

 

「なら主役は今日の試合で戦った一夏さんとわたくしですわね!」

 

「おい、私とかぶっているぞ! それに一夏とくっつきすぎだ!」

 

「伊奈帆も真ん中に行かないと、みんな立ち位置に困ってるよ」

 

 

「ハーイ。撮るわよー。ハイっチーズ!」

 

 

 

 

 

 




今までサイトの『文章の冒頭一文字下げ』の機能を知りませんでした。
「」付きの台詞が下がらなくて便利。吃驚。


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第十話  界塚姉弟+α

かなり久しぶりの連続投降&今回も少し短め。


「ねえ伊奈帆。聞いた? 転入生の噂」

 

「いいや」

 

 ある金曜の朝。ホームルーム前の時間、机に付いた伊奈帆に韻子が話しかける。

 話題は今朝仕入れた転校生の噂だ。

 

「時期的には珍しいね。中途入学には国家の推薦が必要だけど、何処の国?」

 

「中国の代表候補生だって。ウチのクラスかな?」

 

「それは無いと思うよ。机の数が変わらないから」

 

 IS学園の机はタッチパネル等を内蔵した最新型の電子機器だ。数が足りないからといって空き教室から運んでくるような代物ではない。

 

「そっか。残念」

 

「二組だって、転校生」

 

 二人が話しているとクラスメイトの一人が会話に参加してきた。

 

 基本、伊奈帆が一人でいるときクラスメイトから話しかけられることはあまりない。

 しかしそれは決して伊奈帆がクラスメイトから忌避されているわけではなく、単純に絡み辛い相手だからである。

 話しかけても相槌を打たず、表情も動かず、必要以上に口を開かない。沈黙を嫌う今時女子高生にとっては彼とのお喋りはなかなかの難関だった。それでも、クラスメイトの彼に対する興味は尽きない。

 最近では、"伊奈帆上級者"の韻子が一緒にいるタイミングを狙って声をかけることが、三組のスタンダードになっていた。

 

「最新情報。ってか教室覗いたら二組の机が増えてた」

 

「わざわざ見に行ったんだ」

 

「まーね。そこはほら若さから来る好奇心ってやつ? あとそれとさ、もう一つ情報仕入れたんだけど、聞きたい?」

 

「勿体ぶらないで教えてよ」

 

「……界塚くんは?」

 

「僕も聞きたい」

 

「ふふふ。実はここだけの話。今朝早くのことなんだけど、今まで学園内で誰も見たことのない若い女の人を、茶道部の朝練組が見たんだって」

 

「待って茶道部の朝練組ってなに」

「続けて」

 

「その人なんだけど、歳は千冬さんと同じくらいでスーツ姿だったからたぶん教師らしいの。ほら三組ってまだ副担が来てないでしょ。だから――」

 

「皆さん。着席してください」

 

「うひゃぁ!!」

「今日のイザベラ先生、急に来るわね」

 

 いつの間にか教室に入ってきていた三組の担任、イザベラ先生が生徒たちに着席を促す。それにより先生の入室に気付かなかった大勢の生徒たちが慌てて自分の席に戻りだした。

 彼女には決して学生の不意を衝こうという意思はない。ただただ動きが静かなのだ。

 そのため三組の女子たちは休み時間が来ても、いつ教室の扉の陰から担任が顔を出すものかと考えてしまい、ある程度は自重してしまう。結果としてそれが三組の風紀維持へとつながっている。

 

 そんな彼女についたあだ名は『サイレントティーチャー』。またの名を『アサシン先生』。

 

「あの、先生? まだホームルームの時間には早くないですか?」

 

 生徒の一人が質問する。

 イザベラ先生は千冬先生とは異なり五分前行動には括らないタイプの教師だ。

 彼女自身、普段はホームルーム開始のチャイムが鳴っている間に教室に入ってくることが多い。しかし今日は少しだけ時間が早い。

 

「なにか不都合でも?」

 

「あ、いえ。そういうわけでは」

 

 時間が早いとはいえ、ほんの数分のこと。教室には全員揃っていた。

 

「まあ、なんと言いましょうか。今回は彼女に急かされたので」

 

 

 

「彼女?」

 

 そこで質問していた学生は気が付いた。いつもなら教室に入ってきたイザベラが後ろ手に閉めるはずの扉が、今日は開いたままになっている。

 直後、その扉から女性が入ってきた。黒髪の日本人。白いシャツに紺のスカートというオーソドックスなスタイル。表情には微かな緊張が表れているが、それでも美人と言って差し支えのない容貌をしている。

 

「…………」

 女性は無言のまま歩き、先生の隣に立つ。

 

 韻子はその姿を驚いた顔で見つめていた。

 

 イザベラが口を開く。

「どうぞ、自己紹介を」

 

「えっと、みんな初めまして。このクラスの副担任を勤めることになりました、界塚ユキです。教師の経験は初めてですけど現役のIS操縦者として伝えられるだけのことはみんなに伝えたいと思っています」

 

「えっ?」

 クラスメイトが騒めく。

 

「界塚?」

「珍しい苗字だし、間違いないでしょ」

 

「あの、先生!」

 

 クラス全員を代表するように一人の生徒が質問する。

「界塚先生って、やっぱり……」

 

「んーまあ、みんなの想像する通り。界塚伊奈帆の姉、界塚ユキです」

 

 その一言に教室の騒めきの音量がさらに上がる。

 

「皆さん。お静かに。新しい先生に質問する時間が足りなくなりますよ」

 

「あれ? 質問タイムあるんですか!?」

 

「今、設けました。さあ界塚先生、おとなしく挙手している生徒から指名してくださいね」

 

 シュパッ!

 

 幾本もの腕が上がる。

 しかしその中でも天井を衝かんばかりの勢いで上がった腕が一本。界塚ユキには、その気迫から目を逸らすことは出来なかった

 

「はい。韻……網文さん」

 

 当てられたのは韻子だった。

 ユキと韻子は、ユキがまだ中学生だったころからの付き合いだ。韻子の実家である食堂に度々招待して家族のように夕食を食べた。幼なじみの姉というだけでなく、歳こそ離れているが親友のような感覚で接していた部分もある。

 聞きたいことは山とある。それこそ、なにから聞けばいいのか分からないほどに。

 

「なにから質問したらいいかわかりません!」

 

「……えー」

 

 

 

 

「いやぁ。まさか、ユキさんが先生になってくるとは思わなかったなー」

 

 時は変わって昼休み。韻子と伊奈帆は食堂でお昼を食べていた。

 

「伊奈帆は知ってたの? ユキさんが来るって」

 

「うん」

 

『知っていた』ということは事実だが、実のところそれだけではない。

 伊奈帆がIS学園に入学を決めたとき、ロジャーに幾つかの条件を出した。ユキのIS学園教師としての就任もその一つ。ロジャーはその要求を呑んだのだ。

 

「知ってたなら教えてくれればよかったのに。恥かいたの、伊奈帆のせいだかんね」

 

「大げさなんだよ韻子は。最後に会ってから一ヶ月しか経ってない」

 

「……話には聞いてたから、ユキさんが無事だってことは分かってた。問題は私の方。これからIS学園に入学で一世一代の大勝負ってときに伊奈帆のニュース聞いてさ、頭ん中こんがらがって。私にISのこと教えてくれたのユキさんだったから頼りにしてたのに、あのタイミングで連絡付かなくなったの結構パニックだったんだよ」

 

「ごめん韻子」

 

「伊奈帆が謝ることじゃないでしょ。なんでIS動かせるのか分かんないけど、伊奈帆には仕方のないことだし」

 

 

 

 

 二人で話していると、いつもの見知った顔が近づいてくる。

 

 

「あ、伊奈帆。ここ座っていいか? 連れもいるんだけど」

 

 昼食の乗ったお盆を持った一夏がそう訊ねる。

 

「いいよね韻子」

 

「もちろん。ほら伊奈帆、もっと奥に詰めて」

 

 テーブルにやって来たのは一夏だけではなかった。一組の専用機持ちのセシリアとシャルロット、幼なじみの箒。

 彼女たちと伊奈帆は一組の代表決定戦以降も何度か会っている。韻子とも十分に顔見知りだ。

 

 ここまではいつものメンバー。

 

 今日はそれに加え、知らない顔がいた。ツインテールの小柄な少女だ。東洋人だが日本人とは少し雰囲気が違う。子供らしい自信ありげな笑みに、大陸系の美貌を含んでいる。

 それだけで韻子にはピンと来た。

 

「ひょっとして転校生の」

 

「ああ。紹介するぜ。今日二組に転校してきた鳳鈴音。中国の代表候補生だ」

 

 一夏は二人に紹介する。

 

「ふーん。あんたがもう一人の男ってワケね。……一夏と比べると随分貧相じゃない」

 

 初対面の相手に対しては失礼な物言いだが、言わんとしていることは事実だった。

 学園への入学以降、伊奈帆も運動量を増やしている。だがそれでも、幼き日から竹刀を握り中学生になってもアルバイトで体を動かしてきた一夏と、主に健康の維持と老後への貯蓄を目的として体を動かしてきた伊奈帆とでは、身長のみならず筋肉量にも差がある。

 

 無論、そのことと礼儀の話は別だ。

 韻子が受けて立つ。

 

「……"貧相"だなんて、その身体でどの口が言うのかしら?」

 

「誰? あたしにケンカ売ってんの?」

 

「注意されたら逆切れ? 若者のモラル低下は日本に限った話じゃないみたいね。嘆かわしい」

 

「まあまあ二人とも、そうカッカすんなよ」

「韻子。僕は気にしてないから」

 

「一夏がそう言うなら……」

「気にしてないって……少しは気にしてよ。なんで私が怒ってんだか」

 

 男たちに宥められ、二人の少女は矛を収める。

 

「一夏、いいかげんに答えろ。その女とはいったいどのような関係なのだ!」

 

「そうですわよ。朝、会ったときからあんなに馴れ馴れしく……。まさか、こ、恋び――」

 

「僕だって気になるよ。一夏に中国とのパイプがあるなんて聞いたことないもん」

 

 三人の言う通り、一夏の鈴への親し気な態度は、以前から友人か或いはそれ以上に親密な関係にあったとしか思えない。

 必死の形相を見せる彼女たちに一夏はあっけらかんと答える。

 

「なにって、幼なじみだよ」

 

「幼なじみは私のはずだっ!!」

 

「いやそうだけど。ええと、箒が引っ越したすぐ後くらいに、中国からこっちに越して来たんだよ。確か小学五年生くらいのときか?」

 

「……私が越したのが小学四年の頃だな」

 

「んであたしが日本に来たのが五年の頭ね」

 

「そうそう。それからまたしばらくして、中二のときに国に帰っちまったんだよ。だから箒とは完全に入れ違いだな」

 

「ねえ一夏。僕の記憶が正しければ、日本語の『幼なじみ』って小さい時から一緒にいた同年代の友達のことだよね。そのくらいの歳からの付き合いでも、幼なじみって言うものなの?」

 

「別に幼なじみのルールなんてものは無いだろシャルロット。でもタイミング的に二番目に出来た幼なじみだから、"セカンド幼なじみ"だな」

 

「セカンド幼なじみ……。そんな日本語もあるんだ。知らなかった」

 

「いや普通そんな野球のポジションみたいな呼び方しないって。騙されないでよシャルロット」

 

「辞書には載ってないね」

 

 一夏の感性を理解する者は、残念ながらこの場には誰もいなかった。

 

「そんなことより一夏、あんた一組のクラス代表なんだって?」

 

「ん? おお」

 

「残念だけど、あたしも二組の代表になったから。これで専用機持ちはあんた一人じゃなくなったわけ。簡単には勝ち残れないわよ」

 

「そりゃ、簡単だなんて思っちゃいないけどさ」

 

「ふ~ん、わかってんじゃん。それじゃ、あたしがISの操縦教えたげよっか? べつに勝ち譲るつもりないけど、幼なじみが大勢の前で恥をかくのも目覚めが悪いしね」

 

「待て! 一夏を鍛えるのは私の役目だ!」

 

「わたくしのことを忘れてもらっては困りますわ! だいたいあなたは二組でしょう!」

 

「えっと、一夏の指導役は一組で十分間に合ってるから、気持ちだけもらっておくよ」

 

 一夏の指導役をめぐり、四人の間で火花が散る。当事者であるはずの一夏は蚊帳の外。伊奈帆は箸を休めることなくその様子を観察する。

 韻子は言い争いを重ねる一組の面子に対し、何か言いたげに口を開き――。

 

「駄目だよ。韻子」

 

 小さな声で伊奈帆に諫められた。

 

「……わかってるわよ」

 

 言いたいことなのに、今は言えない。韻子は拗ねたように口を閉じた。

 

 

 

 

 

 




ようやくユキ姉登場。ただ先生なので生徒と絡めるのが少し難しいかもしれません。チャンスがあれば織斑姉弟との絡みも書きたいですね。


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第十一話 専用機:伊奈帆


『お気に入り300突破』コメしようとしたら400行ってて吃驚。
もうね、素直に嬉しいです。


 放課後、誰もいない廊下を韻子は二つ缶コーヒーを抱えながら歩いていた。

 IS学園の校舎からアリーナへと続く廊下にはすでに西日が射し、橙色に染まっている。韻子の目的地はアリーナのピットに併設された整備室、そのうちの一つ。本心では放課後すぐに向かいたいところだったが、今日はクラス代表の代役として会合に出席してたため遅くなってしまったのだ。

 一人歩いていた彼女はやがて『第8整備室』という記された一室の前にたどり着く。

 

 カシュ。

 

 空圧式の自動ドアが開く。整備室の中は薄暗かったが、辛うじてその全容は見て取れた。

 通常IS整備室は整備科の生徒の実習にも使われるため学内のISの数に対応して広く造られているが、この整備室に限ってはさほど広くない。普段からISの整備には使われず、専ら教員機の武器格納庫として利用されている一室である。

 

 だからこそ、今回はこの部屋が割り当てられた。

 

 

 

 韻子は部屋の奥、作業している人物に近づき声をかける。

 

「お疲れ、伊奈帆」

 

 冷たい壁に寄り掛かり、座りながら端末に文字列を打ち込んでいた伊奈帆が顔を上げた。

 

「コーヒー。ブラックと微糖どっちがいい?」

 

「微糖」

 

「はい」

 

 微糖の缶コーヒーを受け取った伊奈帆が封を切る。韻子も残ったブラックを開け、缶を傾けた。

 

 

 

「……これが伊奈帆のISなんだね」

 

 韻子の視線の先、整備室の中央に鎮座するオレンジ色のIS。

 伊奈帆の操作する端末とケーブルで繋がっている。

 

「第二世代型IS『スレイプニール』」

 

 それが界塚伊奈帆に与えられた専用機の名前。武神の愛馬の名を冠したIS。

 

 

 

 

 今朝のホームルームのあと、二人は廊下に出た直後ユキに呼び止められた。その要件とは伊奈帆の専用機が届いたということ。

 ただ、専用機は初期化と最適化を行わないと待機状態として携帯することが出来ない。その二つを済ませる前に専用機のことが周知されれば、野次馬やそれに紛れた産業スパイへ対応しなければならなくなる。それ自体は何ら難しいことではないが、少しでも面倒を減らすためには専用機の到着そのものを秘匿するのが手っ取り早いというのが、ユキが二人に伝えた事だった。

 

 

 

 

 韻子はコーヒー缶を片手に、ぐるりとそのまわりを一周しながらISの造形を眺めた。

 

「倉持?」

 

 鎮座したスレイプニールの外観は、倉持技研の開発した打鉄と通ずるものがある。韻子は現物を見たことがないので想像でしかないが、搭乗者の乗っていない『緋鉄』の見た目とも酷似しているように思えた。色なんか特にそっくりだ。

 

「半分はそうかな」

 

「やっぱり、この装甲は倉持の形よね。ところで伊奈帆はさっきから何をしてるの?」

 

 専用機が届いたと聞いたとき、韻子は伊奈帆がすぐに初期化と最適化を進めるものだと思っていた。

 なにか、専用機設定以前にやるべきことがあるのだろうか?

 

「OSをもう少し自分の理想に合わせたいと思って、カスタマイズを少しだけ。今は超長距離狙撃用プログラムと通常射撃用プログラムを一つに纏めていたところ」

 

「未完成なの?」

 

「僕がそう注文したんだ。カスタマイズは自分の手で仕上げたいと思ったから。でも実際に見てみると想定より手を加えたい部分が多い」

 

「大丈夫? まさかとは思うけど、クラス対抗戦まで間に合わないなんてことは……」

 

「ギリギリだね。間に合わせるよ」

 

「機体としてはどのくらい完成してるの?」

 

「九割九分」

 

「そこから伊奈帆でも一ヶ月かかるのかぁ。ISって正直学生が手を出していいもんじゃないと思うんだけど」

 

「ソフトの変更に合わせてハードに手を加える必要も出てくるかもしれないし、資料収集、技術習得、実践を並行して進めるから時間はどうしても掛かる」

 

「……なにか、手伝えることとかあったりしない?」

 

「心配しなくていい。学生の手でISを組むことには、前例がある。それに期間短縮の策もあるから」

 

「あぁ、またなにか企んでる……」

 

 呆れた風な韻子。しかし同時に、伊奈帆が何を目論んでいるのか興味があった。

 伊奈帆自身やれることは全てやる前提のはずだし、韻子の助力など微々たるもの。頼れる友人としてIS企業『デュノア社』の御令嬢シャルロット・デュノアがいるが、伊奈帆のISの存在は学園のセキュリティーの観点から緘口令が敷かれているため、彼女に相談することは出来ない。無論、他の人にもだ。

 

 

「……ということなんで、手伝ってもらえますか」

 

「へっ?」

 

 伊奈帆は振り返り、暗闇に話しかける。その先には武装を格納したコンテナしかない。

 しかし伊奈帆の言葉に反応するように、ゴソリと動く気配があった。

 

「誰!?」

 

 

「うーん。張り込みスキルには自信あったのに、まさか見破られるとはねぇ」

 

 コンテナの陰から姿を現した生徒に、韻子は見覚えがあった。一夏の代表就任パーティーに襲来した上級生だ。

 

「新聞部の部長さん!」

 

「ノンノン! 私は副部長。新聞部副部長、スクープ逃さぬ情報戦士 黛薫子!」

 

 (やま)しいことなど何一つない。そう言わんばかりに威風堂々と名乗りを上げる薫子。

 しかし当然、真面目っ子韻子はそんなノリには誤魔化されない。

 

「どうして!? この場所は秘密のハズ……!」

 

 廊下で話していたとき、ユキは二人以外には明かしていないと言っていた。それにそのとき、三人の話が聞こえる距離には人はいなかった。だが、あのタイミング以外でここの情報を知ることは不可能。

 

「まさか、盗聴器……!」

 

「それは断固否定!! "読唇術は使っても盗聴器は使わない"、それがIS学園新聞部の伝統よ!」

 

 聞こえる距離に人はいなかったが、見える範囲に人がいなかったわけではない。

 今朝、薫子は一年二組の転校生と一年三組の新任教師の両方を張っていたのだ。

 

「読唇だって盗聴なんじゃないの……?」

 

「それで界塚君。私に手伝ってもらいたいと? 私も暇じゃないんだけどな~」

 

「告発しますよ」

 

 確かに薫子の行動は公になれば問題だろう。しかし薫子は臆すことなく不敵に笑う。

 

「ふふふ。でも、それで困るのは私じゃなくてあなたのお姉さんじゃないの?」

 

「ユキさん?」

 

「界塚君の専用機……『スレイプニール』だっけ。その秘匿は学園警備観点からの方針だった。だから持ち主のあなたにだけこっそりと伝える手筈だったのに、あなたのお姉さんはその情報を漏らしてしまった。となれば規則上、処罰は免れないわ。まあ口頭注意程度だろうけど、着任早々はキツいでしょうね」

 

 薫子が語る完璧な計略。伊奈帆は一蹴する。

 

「織斑先生に告発します」

 

「それはヤメて」 

 

 

 

 

「うーん。さすがは界塚君。よもや頭脳戦で私を凌ごうとは、聞きしに勝る策略家ね」

 

「頭脳戦?」

 

 韻子のツッコミはスルー。

 

「まあ冗談はこのくらいにして。真面目な話、私の手が必要?」

 

「借りれるなら、是非に」

 

「それで、私に何かメリットある?」

 

「織斑先生の罰則を免れます」

 

「ぐっ……! 冗談で流そうとしたのに、失敗だったか……!」

 

「冗談です。強制はしません」

 

「それこそ冗談、手伝うわよ。それじゃまず、ISの詳細なデータ見せてくれる?」

 

 薫子は伊奈帆から端末を受け取ると、それを手にISの周りを歩き観察を始めた。ISのソフトとハードを見比べ、同時に把握しているようだ。

 

「ねえ、伊奈帆。あのひと信頼できるの?」

 

 韻子は薫子に対し、信頼できる記事を書く記者というより、下賤なパパラッチに近い印象を受けていた。

 

「大丈夫」

 

 伊奈帆はその心配を否定する。

 

「あの人の成績は整備科で一番」

 

「……嘘ぉ」

 

「それはどういう意味かな? 韻子ちゃん」

 

 いつの間にか機体の観察を終えていた薫子が戻ってきていた。

 

「速いですね」

 

「ざっと見ただけだからね。でもコレ、既に完璧って言っていいくらいの完成度よ? 正直、君の目指すところが想像付かないかな」

 

 困惑したような言葉と裏腹に、薫子の態度には高揚が漏れ出ていた。

 

「使われてる技術自体はそれほど難しくもないけど、もしかしたらあのとき以来の大仕事になるかも……くひっ♪」

 

「ええと、それで結局、先輩の手を借りることは頼めますか?」

 

「まかせなさい! どのくらい仕事があるのか分かんないけど、界塚君が一ヶ月かかるという言を信じるなら、そうね……。最終的な仕様が分からないから作業そのものは界塚君に任せて私は補佐に回るとして、そうすると私の分担は人に教えながら作業をすることになる……」

 

 薫子は『スレイプニール』をチラリと見る。

 授業では『打鉄』の整備、改修で完璧な成績を収めた。だが学生に求められる完成度など高が知れている。これから自分たちがやろうとしていることはその向こう側の試みだ。

 今、頭を捻ったところで導かれるのは皮算用。だが薫子は自分の直感を信じ、最も確かと思える皮算用をはじき出す。

 

「一週間!! 界塚君と力を合わせて一週間で仕上げてみせる!」

 

 薫子は拳を突き上げ、そう宣言した。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「それじゃあ、界塚先生の着任と三人の再会を祝って、乾杯です! 乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯」

 

 

 三人はグラスを突き合わせ、その中身のビールを煽る。

 

「ゴッゴッゴッ……くふ~♪」

 

「山田先生、明日は授業がないとはいえあまりはしゃぎ過ぎないように」

 

「たまにはいいんじゃない。先生ってストレス溜まるんでしょう?」

 

「界塚()()。君はもう他人事ではないだろう」

 

 IS学園教職員寮の一室、山田先生の部屋で、織斑千冬と山田真耶、界塚ユキの三人は仲良くちゃぶ台を囲んでいた。

 

 この三人はIS学園に教師として勤める以前から親しい関係にある。

 

 千冬とユキは、共に両親が不在で幼い弟を姉の手一つで育ててきた。そんな共通する境遇もあり、二人は出会ってすぐに腹を割って話せる友人になった。

 そして真耶とユキは、日本の代表候補の座をめぐり競い合った仲。かつてのライバルであり今では気の置けない友人である。

 

 この集いも建前としては『界塚ユキの歓迎会』だが、要は『久しぶりに会ったんだし積もる話もあるでしょうからパーッと飲みましょう』という流れで始まったもの。

 つまみはそこらのスーパーのパック惣菜。そのソーセージやらポテトサラダやらをパックのまま机に並べている。ここで『何か作ります』と言う人が誰一人いないのが独身三女の残念なところだ。

 

「いやはや~。それにしても、まさか自分が学校の先生になるとは思わなかったなー」

 

「それでも姉弟いっしょにいられるならいいことじゃないですか。織斑先生も、織斑くんがいるからか今年は気合の入りようが違ウぃひタァァ!!」

 

 向う脛を蹴られ悶える真耶。

 

「織斑先生もうアルコールが入ったんですか……? 加減がいつもより……」

 

「……馬鹿を言え」

 

 酔ったのではない。ユキとの再会に素ではしゃいでいるのだ。

 

「……どうですか、ウチの伊奈帆は? みんなとうまくやれてます?」

 

「そういうことは普通、三組の担任に聞くものだと思うが」

 

「織斑くんと一緒にいるところはよく見かけますね。仲も良いみたいですよ」

 

「よかった……。あの子、何かと誤解というか、孤立しやすいところがあるから」

 

「変わり者なのは否定できんな。だが成績は優秀だ。一夏には今まであのようなタイプの友人はいなかったから、互いにいい影響を与えることを期待している」

 

 千冬の知る一夏の男友達は、五反田弾と御手洗数馬くらいのもの。千冬の基準ではあまり頭が良いとは言えない部類の少年だった。

 もちろん"織斑千冬の弟"という色眼鏡をかけずに一夏と接していた彼らの人柄は、それなりに高く評価している。ただそれでもやはり大切な身内の知人というものはついつい厳しい目で見てしまうものなのだ。

 

「あ! 私まだ一夏君に会ってない!」

 

「それはまた明日……は土曜か。はっはっはっ。残念だったなユキくん」

 

「あ、酔ってる」

 

「う~ん。休みの日に先生が生徒を訪ねるってのも変な話よね~」

 

「最近は織斑くんも休日返上でクラス対抗戦向けの特訓してますから邪魔しちゃだめですよ」

 

「特訓とは生意気なぁ……勝つのはなお君よ!」

 

「うわぁこっちも酔ってる!」

 

「ほう。頭でっかちが私の一夏に勝てるかな」

 

「なんですって!!」

 

「あの二人とも、飛ばし過ぎですって……。アレ!? 空の瓶がこんなに転がってる! いつの間に!!」

 

 因みに一番多く空けたのは真耶である。

 立ち上がり火花を散らす二人の姉。

 

「ああぁ暴れないでください」

 

「はっはっはっ。私は教師だぞ。道理は弁えている」

 

「右に同じく。てなわけで、こいつで勝負!」

 

 ユキがベッドの下から取り出したるは、某国民的カーレースゲーム。真耶が実家から持ってきたものだ。

 

「はっはっはっ。『ふぁみこん』か! 私に反射神経の絡む競技で挑もうなど笑止。いいだろう。負けたやつはつまみの買い出しだ!」

 

「……あまり熱くならないでくださいね」

 

「なに言ってんの。真耶も参加よ。つまみのタダ食らいしようったってそうはいかないんだから」

 

「ええぇぇ」

 

「はっはっはっ。ゲームスタートだ!」

 

 千冬がテレビに繋がれたゲームのスイッチを入れる。

 

 謎のゲーム大会は夜中の三時まで続いた。

 勝者は真耶。勝因は二人が酔ってダウンしたためである。

 

 






とりあえず今プロットが出来てるのが一巻終了時点までなので、そこまではコンスタントに載せたいなと思っています。


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第十二話 クラス代表対抗戦 開幕

今回は少し短め。三連休中に閲覧数を伸ばすためにペースを上げて投稿しております。




「つまり俺が言いたいことはだな、謝るのなら謝るだけの理由を説明してもらわないと困るってことだ」

 

 ある日の夕食の後、一夏は同室の伊奈帆にこれまでの経緯を語っていた。

 

 彼の話を要約すると、こういうことだ。

 先日、一夏がいつものようにアリーナでIS操縦の練習を終えたときに鈴音と会った。その後しばらく箒を交えた三人でお喋りをしていたが、ふとした弾みで会話の流れが鈴音が一夏と交わした約束の話になる。一夏は『料理が上達したら、毎日酢豚をご馳走してあげる』という約束をしっかりと記憶していた。しかしそれを聞いた鈴音は大激怒。一夏の頬を引っ叩いたあと『意味が違う!』という謎の言葉を残し立ち去ってしまった。ちなみに一部始終を見ていた箒も、手をあげたはずの鈴音の肩を持っていた。『馬に蹴られて死ね』とのお達しである。

 そしてその出来事からすでに数日が経過しているが未だに鈴音は顔を合わせるたびに怒りと敵意をぶつけてくる。

 

 

「伊奈帆はどう見る!? 俺と鈴どっちが悪いんだ!」

 

「一夏」

 

「チクショウ!!」

 

「一夏に無理な期待をしている凰鈴音も問題だとは思うけど、それを措いても君の対応が……。もしかして最近彼女が訓練に力を入れていることと何か関係が?」

 

「ああ。クラス対抗戦で俺が勝ったら『なんで鈴が怒ってたのか理由を説明してもらう』ってことになった」

 

「鈴音が勝ったら?」

 

「『理由も関係なしに俺が謝る』……鈴に負けるわけにはいかない。絶対に勝つ」

 

 そう言いながら一夏は額の左側に張られた湿布にそっと手を触れる。その下には今日のISの訓練でこさえた打撲の跡があった。

 

 一夏は(きた)るクラス対抗戦に備え、セシリアとの決闘で奇跡的に成功した『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を、完全に物にしようとしていた。

 瞬時加速とは、スラスターから放出したエネルギーを再び取り込むことで通常の倍のエネルギーで加速する技術である。エネルギーの"溜め"や消費量、直線加速に限られるなどの短所もあるが、それをもって余りある加速力を有する。織斑千冬が編み出したこの技は、今では近接格闘型操縦者(パイロット)の必須スキルだ。

 

 その習得は厳しかった。技としての難易度は『中』。入学したての一年が挑戦することではない。

 バランスを崩したりスラスター出力を間違えるだけで容赦なくアリーナの防壁に超音速で叩きつけられる。衝撃はシールドバリアーを少しだけ透過するが絶対防御が発動するほどではない。しかし何度も何度も衝突を繰り返すうちにダメージが蓄積し、やがて体に現れる。額の傷はそういった訳だ。

 

 

 

 彼をここまで突き動かすのは、唯の意地ではない。

 

 一夏は鈴の怒りが理不尽だと思う一方で、自身に対する不甲斐無さも感じていた。

(俺をビンタしたとき、あいつ泣いてたもんな……)

 

 一夏は経験則から、時として女の感情や行動は道理にそぐわないと知っていた。そもそも最も身近な女性であるところの姉と幼なじみが理不尽の権化のような存在である。理由のない怒りなど慣れたものだ。

 だがそれでも、女の涙を見過ごすほど冷めてはいない。あのときの鈴の涙は、きっと悔しさや悲しさの涙だった。

 なのに自分にはその理由がわからない。

 鈴は謝れと言うが、理由なき謝罪は謝罪ではなく謝罪のフリだ。そして一度頭を下げてしまえば、その行為は二度と取り消すことは出来ない。

 つまり『鈴に謝る』ということは『泣いていた鈴に二度と謝らない』ということだ。

 

 そんなことは許さない。

 男として絶対のタブーだ。

 

 

 

「専用機持ちの代表候補生だ。当然鈴は強い。でも、俺にだって白式がある。やってやれないことはないはずだ」

 

 事実、一撃で勝負を決する《零落白夜》は金星を取るにはこれ以上ない装備だ。例え実力で劣っていようと度胸と根気で勝利をもぎ取ることが出来る。

 

 

 拳を握りしめ熱く燃える一夏に、伊奈帆は一応と思い忠告することにした。

 

「クラス代表対抗戦の相手は凰 鈴音だけじゃないってこと、忘れてないよね?」

 

 クラス対抗戦は総当たり形式で行われる。出場者四名による計六試合を一日二試合、三日かけて行い、その成績で順位をつけるのだ。

 一夏にとっての敵は鈴音だけではない。

 

「うっ。わ、わかってるさもちろん! 三組の代表が伊奈帆だろ。それで四組の代表が……」

 

「更識簪。専用機は未完成だけど、日本の代表候補生」

 

「そっちも代表候補か……。大丈夫なのか、伊奈帆は?」

 

「? 大丈夫って何が?」

 

「ほら、伊奈帆も専用機が無いだろ? 訓練用のISで出るつもりか?」

 

「……一夏になら、話してもいいかな。専用機、僕のも届いてる」

 

「え! そうだったのか!?」

 

「整備中だからまだお披露目できないけど、対抗戦にはそれで出場するつもり。あとこのことは皆には内緒で」

 

「おう、了解。対抗戦での伊奈帆の専用機のお披露目、楽しみにしてるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに日々は流れ、季節は五月の半ばに差し掛かろうという頃。

 IS学園第二アリーナの観客席は大勢の観客でごった返していた。客席からあぶれた生徒は通路となる階段に座り込み、客席後ろの壁に寄りかかって立ち見をしようとする者もいる。

 今日は一年生のクラス対抗戦当日であり、その第一試合が間もなくここ第二アリーナで行われようとしていた。

 

 

 

 その出場者である一夏は自分のクラスに割り当てられたピットで、試合の組み合わせ発表を待っていた。箒とシャルロット、セシリアも一緒にいる。

 

「なあ、発表はまだなのか。もう予定時間は過ぎてるぞ」

 

「さっき聞いたんだけど、抽選を決める機械にトラブルが発生して今その対応に追われてるんだって」

 

「なんだそれは? 抽選の方法などごまんとあるではないか。パソコンでもアミダでも結果は変わらんだろう」

 

「わたくしと一夏さんのパーティーの、あのビンゴで使ったガラガラではいけませんの?」

 

「そういう決まりだからしかたないよ。IS学園の公式試合は世界が注目するし、結果次第では国家情勢や大企業の株価が大きく変動することだって十分考えられるから、こういったトーナメント戦での抽選なんかは決まった型式のプログラムを使わなきゃいけないんだよ。不正防止策にしてもオーバーだとは思うけどね」

 

 なんとも呆れた話だ。形式に括るあまり物事の本質を見誤っているという他ない。

 

「そんなことで大人たちは手間取ってんのか? ……行き過ぎたテクノロジーは、本当に人を幸福にするのかね」

 

「難しい問いだな。武人としては安易な手に依らず質素倹約、日々精進を是とすべきかもしれぬが、それもまた現状に満たされた者の驕りなのやもしれぬ」

 

「……二人はなにを言っているのかな?」

 

「!! 一夏さん! トーナメント表が出ました!」

 

 掲示用大型モニターに表示された『クラス対抗戦一年生の部』のトーナメントの組み合わせ。

 一夏はそれを、落胆と興奮が綯い交ぜになった感情で見つめた。

 

 

 

 

 クラス対抗戦 一年生の部《初日プログラム》

  第一試合: 二組『凰鈴音』  対  三組『界塚伊奈帆』

  第二試合: 一組『織斑一夏』 対  四組『更識簪』

 

 

 

 ◇

 

 

 

 二組のクラス代表、凰鈴音。

 彼女は一人、ピットで出陣の準備を終えていた。その身は既に鋼鉄の鎧を纏っている。ピットまで応援に来てくれた三組のクラスメイトには、試合前の精神統一のため早めに客席に帰ってもらった。

 

「ふッ……!」

 

 

 ガギンッッッ!!

 

 

 己が掌に拳を叩きこむ。自分に気合を入れるためのただそれだけの動作だが、その余波は衝撃となってピット全体の空気を揺らす。

 

 彼女の専用機は中国の第三世代型IS『甲龍(シェンロン)』。装甲の色は黒と淀んだ赤のコントラスト。

 龍の角をイメージしたヘッドパーツに、比較的シンプルな脚部と腕部のパーツ。意図して構造を簡略化することで強度と出力を向上させたそれらは、ある種の機能美を具える。

 そして本機最大の特徴である非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)。攻撃的な一本のスパイクを生やした球形に近いそれを二つ、両肩の後ろあたりに従えている。

 

「『かいづか』とか、いったっけ……」

 

 初戦の相手は界塚伊奈帆。出来れば初戦から一夏に当たりたかったが(これ)ばかりは仕方がない。

 鈴音は考え方を変えて、一夏と同じ男性IS操縦者である彼に勝てば一夏との試合に向けた良い景気づけになると思うことにした。

 

 

「出るわよ……! 甲龍!!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 三組のクラス代表、界塚伊奈帆はIS『スレイプニール』を展開し、機体の最終チェックを終えていた。いつも通りの落ち着いた姿からは公式戦初戦に向けての緊張など微塵も感じさせない。やるべきことを淡々と済ませていく。

 

「いやー。まさか機体の完成に二週間もかかるとはね」

 

 ピットには韻子、そして最終調整のための協力者として薫子が来ていた。

 

「先輩のおかげで予定以上に機体が仕上がりました」

 

「そう? それならいいけど……。でも相手は数多くのライバルを蹴落としてきた中国の代表候補生よ。勝算はあると思う?」

 

「凰 鈴音のIS『甲龍』は第三世代型ですが機体のスペックは負けていません。互いの実力と運次第としか言いようがないです」

 

「…………」

 

 確かにスレイプニールのスペックは第三世代型の甲龍と比べ大きく劣るものではない。それは開発の仕上げを手伝った薫子も理解している。しかし開発を手伝っているときから、彼女はスレイプニールの性能に一抹の不安を抱いていた。

 スレイプニールの原型である『緋鉄』は装甲の薄い高機動近接格闘型。スレイプニールはそこからさらに機動性を上げ射撃性能を加えたモノであり、弱点であるはずの防御力は強化していない。はっきり言ってかなりの玄人仕様の機体に仕上がってしまっている。

 

 薫子は質問の相手を変えることにした。

 

「幼なじみの韻子ちゃんとしては、伊奈帆くんが勝てると思いますか?」

 

「えっと、伊奈帆は結構強いですよ。無茶はしても己惚れるタイプじゃないので、多少癖の強いISでも乗り熟せると思います」

 

「ふむふむ」

 

 ちょっとした手伝い程度だがスレイプニールの開発に参加した韻子もその性能は理解しているはず。それでも太鼓判を押すのだからよほど操縦者の伊奈帆を信頼しているのだろうと、薫子は考えた。

 

「それじゃあ、いってくる」

 

「がんばって。伊奈帆」

 

「新聞部としては中立が第一だけど、今回は特別。私個人として応援するわよ」

 

「ありがとうございます、先輩。韻子も。―― スレイプニール、出る」

 

 

 





次回、久しぶりのバトル。
似非理系の作者にアルドノアっぽいバトルは書けないのでその点、間違っても期待しないようにお願いします。


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第十三話 二組vs三組

久々の? バトル。
バトルシーンを書いてると、『書いてる間は自分の文章に酔う』➡『後で読んで絶望する』みたいなパターンが多い。


()ふ……織斑先生。試合、今どうなってますか?」

 

 試合の順番を後に回された一夏たちは、ピットの上にあるモニタールームに顔を出した。ピットにも観戦用モニターはあったが、せっかくなので先生たちがいて試合の詳細なデータを見ることが出来るここへ来たのだ。

 一夏の後ろに続いてぞろぞろと箒、セシリア、シャルロットも入ってくる。

 千冬は内心呆れながら四人を迎え入れた。

 

「先に凰がアリーナに出たところだな。界塚ももうすぐ――」

 

「出てきましたよ! 織斑先生!」

 

 興奮した真耶が複数あるモニターのうち一つを拡大表示する。そのモニターに、界塚伊奈帆の専用機が映っていた。

 

 

 白式と全然違う、と一夏は思った。

 機体カラーはシャルロットの『ラファール』とよく似たオレンジに白いライン。

 大きさは小さめ。機体そのものは訓練に参加するとき箒が借りていた『打鉄』と同じようにコンパクトだが、脚と両肩の横に接続された四つの独立したスラスターのせいでシルエットは人型から遠ざかっている。ヘッドギアの中央にはセンサー系と思われる長方形の緑の発光体。セシリアと同じ射撃型かもしれない。

 

 ふと我に返った一夏がモニタールームに意識を戻すと、箒を除く全員が伊奈帆の映るモニターに注目していた。

 

「なあ、……いえ、織斑先生」

 

 一夏には気になって仕方がないことがあった。

 

「教師に対する口の利き方じゃないが、まあいい。なんだ織斑」

 

「伊奈帆のISスーツ? アレどうなってんだ」

 

 

 伊奈帆が着ているのは一夏のような男性用ISスーツではなく、首から下を覆うパイロットスーツに似た服だった。濃い灰色でつなぎの様な上下一体の構造。ゆったりとした作りではなく体の線も出ているが、肌にピッタリ張り付くISスーツよりも厚手で見ていて安心感がある。

 

 一夏が真っ先に質問したのは、できるなら自分もアレに変えたいと思ったからだった。ISスーツより断然恥ずかしくない。

 

 

「織斑。妙な期待を寄せているならやめておけ」

 

「界塚くんが体を覆っているのはハードタイプと呼ばれるISスーツです。戦闘服にISスーツの機能を付与したものですが基本的には通常のISスーツの上に重ねて使います。拡張領域の節約のためにもあまり競技用には使いませんが、それでもいくらかの衝撃を和らげることは出来て……えっと、ですから拡張領域に空きのない織斑くんは使えませんね」

 

「……そんなこったろうと思いました。ハイ」

 

「あの、山田先生。わたくしの記憶違いでなければ、ハードタイプ・スーツはIS操縦者がエネルギー切れなどの原因でISを展開できないときにその身を守るための軍用装備。それも米軍でようやく実用段階に漕ぎつけたモノだったと思うのですが、どうしてそれが界塚さんのISに?」

 

「山田先生。界塚の専用機の情報を」

 

「はい」

 

 真耶は新たなディスプレイを開く。そこにはつい先ほど更新、公開されたISの情報が載っている。

 

「界塚くんの専用機『スレイプニール』は、倉持技研が開発した『緋鉄』を発展させたISです。ただ世代としては緋鉄と同じ第二世代のままですね。開発に携わったのはそれぞれ倉持技研とアメリカの企業から派遣された技師です」

 

「アメリカ? なんでだよ。伊奈帆のISは日本の所有じゃないのか?」

 

「ええと、その事情は少し複雑でして……。織斑くんは、ISのコアが世界に467個しかないこと。そのコアは国際IS委員会によって各国に割り振られていることや、国家間での取引が禁じられていることは知っていますね。授業で教えましたから。その結果、一国あたりのコアの数は大きく限られてしまい需要と比べて全然足りないんです。それは日本だって例外ではありません。なので、界塚くんのIS『スレイプニール』のコアはIS委員会が保有するコアであって日本にはあくまでも"貸し出し"という形をとってるんです」

 

「えっ? コアってレンタルできるのか!?」

 

「いえ。それを許すとIS条約の意義が害されますから、普通は出来ません。今回は特例です。もし日本以外の国が界塚君に専用機を与えられてしまえばそのまま彼を引き抜かれてしまうかもしれないので、日本はそれを封じたい。他の国にしても、貴重な男性操縦者のデータをそのコアを出した国に独占されてしまうかもしれない。そうやって多くの国の利害が一致したため、特例措置を執ることができたんです」

 

「伊奈帆も結構めんどくさい立場なんだな……」

 

「わたくしとしてはコアの出自よりも機体の性能の方が気になりますわね。米国と日本、IS開発先進国によって共同開発されたIS。第二世代とはいえ侮れませんわ。……シャルロットさんもそうではなくて?」

 

「……そうだね。同じ第二世代型専用機持ちとして僕も気になるかな」

 

「いえ、色とかキャラとか被っているのではと」

 

「そっち!? いや色被りは別にいいでしょ! 僕のラファールはもっと綺麗なオレンジ色だよ!」

 

(気にしてたのか……)

 

「えっと、皆さん? もう試合が始まりますよ?」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 試合開始のブザーが鳴る。

 

 同時に伊奈帆は武装を呼び出す(コール)。だが粒子が集うより速く甲龍の双天月牙が襲い来る。風切り音の唸りを上げ迫る鋼鉄の塊には、人間の根源的な恐怖心を煽るだけの力があった。

 伊奈帆は機体を倒すようにして眼前を横切る双天月牙を回避、展開したアサルトライフル《焔備》で反撃するも甲龍は青龍刀の側面で難なく防ぐ。

 しかしスレイプニールは射撃、回避の勢いを共に緩めない。スラスターを前方に向け後退しながら、高機動下でも狙い違わず集弾させ続け相手の機動性を殺ぐ。その技術は撃手として腕が立つ証明。ダメージ覚悟で袈裟切りの二撃目と回転の重さを乗せた三撃目を繰り出すも躱された鈴音は、相手の射撃戦へ持ち込もうという意図に確信を深めた。

 

 伸るか反るかは一瞬の判断。鈴音はあえて伸った。

 

 双天月牙をバトンのように高速で回転させ防壁とし、無数の弾丸を弾き飛ばした。それにより互いに態勢を整える隙が出来上がる。仕切り直しだ。

 

「なによ、一夏の陰に隠れてたくせにやるじゃない」

 

「隠れていたつもりは無いけれど」

 

「世間じゃそういうコトになってんのよ。でも、勝つのはあたしよ!」

 

 勝利宣言の直後、甲龍のアンロック・ユニットの装甲がスライドし中の球体を晒す。つるりとした球体の表面には窪みが一つあるだけで兵装の類には見えない。

 だがその窪みのあたりで発光が起きた瞬間、伊奈帆がついさっきまでいた場所を"何か"が超音速で通り過ぎる。掠めただけでスレイプニールのエネルギーを持っていった不可視の弾丸。ただの鉛玉より威力は高い。

 甲龍のデータを事前に確認していなければ、伊奈帆でも避けることは出来なかったであろう。そうなればスレイプニールの防御力では為す術なく吹き飛ばされていた。

 

 伊奈帆はその兵器の名を呟く。

 

「……《龍砲》」

 

「へえ。よく調べてるじゃない。ま、クラスを代表してんだからそのくらい当然よね」

 

 正解者への褒美に龍砲が再び吼える。出力と圧縮率を切り替えた見えない攻撃が、散弾のように空中にバラ撒かれた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一夏はセシリアの解説を聞き返した。

 

「《龍砲》?」

 

「ええ、通称『衝撃砲』と呼ばれる甲龍の第三世代兵器ですわ。空間に圧力をかけ砲身を形成、余剰で生じる衝撃自体を弾丸として発射する。分かりやすく言えば見えない砲弾を撃ち出す兵器ですわ」

 

「ついでに補足すると、射角をほとんど制限せず砲身を形成することができるから前後左右あらゆる方向に撃ち出すことができるんだ。『飛んでくる砲弾が見えない』兵器というよりも、『飛んでくる瞬間まで感知できない』兵器といった方が撃たれる側の感覚としては正解かもしれないね」

 

 二人の代表候補生の解説の通り、衝撃砲《龍砲》は対抗手段の確立されていない厄介な兵器として位置づけられている。だがモニターを見ていた箒はあることに気が付いた。

 

「……だが界塚の奴、まだ一度も龍砲に当たっていないぞ」

 

「え!?」

 

「……本当ですわね。衝撃砲発射の瞬間、ハイパーセンサーで大気の歪みを感知し回避しているようですが……。それと射撃の両立を可能とするだけの機動性があのスレイプニールにあるということでしょうか?」

 

 その疑問には真耶が答える。

 

「伊奈帆くんのIS、スレイプニールは推進機構として通常のエネルギースラスターと共に燃料式のキックスラスターを採用しています。脚部と肩部に外付けした、この部分ですね。これはスラスター内部にあるカプセル状の燃料に着火させることで爆発的な加速を生み出す近接戦闘用の推進器です。砲撃の瞬間まで感知できない龍砲を躱せるのも、これのおかげのようですね」

 

「燃料式だからエネルギーの消費は無し。瞬時加速みたいに直前のチャージも要らない……」

 

「でも装甲を貫通するような攻撃が命中すれば引火して大爆発ですわよ? それに弾丸のように燃料カプセルを消費しますから回数には制限がある……。弾切れを狙うのも一つの手ですわね」

 

 気が付けば、二人の代表候補生は自分ならどのようにスレイプニールを倒すのかを考えていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 アリーナでは銃撃戦の応酬が繰り広げられていた。今装填されている《焔備》のマガジンは既に二つ目。それももうすぐ尽きようとしている。

 戦いの最中、鈴音はめんどくさい展開になったと感じていた。

 

 龍砲の牽制と双天月牙の防御で相手の射撃を封じつつ一方的に攻撃するというのが甲龍の中距離戦のパターンである。ただこれには一つだけ欠点があった。

 

 観客から見て退屈なのだ。

 

 見えない砲弾は当たらなければ撃っていることすら判らないので敵はただ飛び回っているようにしか見えないし、甲龍も単調に武器で攻撃を弾くだけ。本来の彼女は外野のことなど気にする性質(たち)ではないが、応援してくれている人々へのサービスはIS操縦者の義務なのだ。立場上染みつけられた癖は簡単には抜けない。

 鈴音は状況の打開へと動いた。

 

(やっぱ近づいて打叩斬(ぶったぎん)んないと埒が明かないわよねえ。と、たしかアイツの機体も改造前は近接特化なんだっけ? 一応警戒しておきますか)

 

 甲龍はスレイプニールの動きに合わせるように飛び、徐々にその距離を詰め始める。正面から突っ込んだのでは機動性に勝るスレイプニールを捉えることは出来ない。龍砲の役割を攻撃の牽制から移動の牽制へと切り替えながら近づくため甲龍の被弾は増える。しかし構わない。これで得意とする近接格闘に持ち込めるなら十分おつりがくる。

 

 迎撃が不利と悟ったのか、マガジンが切れた瞬間にスレイプニールは背を向けた。全力で回避すれば甲龍が追いつくことは難しいだろう。

 

 ―― だが遅い!

 

「もらったぁぁあ!!」

 

 

 鈴音は高速回転により限界まで運動エネルギーを引き絞った双天月牙をその背中に叩きつける。―― 直前に繋がった二本の青龍刀を分離させた。

 

 

 ギキィィイン!

 

 

 鋭く硬い金属同士が衝突する音。二ヶ所で火花を散らす"それ"は一つとなって鈴音の鼓膜を叩く。

 

 スレイプニールがキックスラスターの推力を利用し高速で反転すると同時、両手に握りしめる二本の実体剣で甲龍に斬りかかったのだ。量子展開の瞬間を機体の陰に隠した、ある種の奇襲。鈴音はそれを持ち前の反射神経で受け止めることに成功した。

 

「これを防ぐのか」

 

「二刀流! ……やっかいね」

 

 伊奈帆が構えるのは日本刀を模した極めてシンプルな装備。

 相手が近接格闘戦を選んだことに内心舌なめずりをしながら、鈴音はさらに万全を期すための手を打つ。

 

 甲龍は僅かに距離を取り再び龍砲を開くと、不可視の砲門の左右からそれぞれに、スレイプニールが今いる位置より少し後ろの空間に向け砲弾を放った。

 上下に避けるか前に出るかという与えられた状況下で、伊奈帆はさらに前に出る。

 

 近接格闘と遠距離射撃の切り替えの度に装備を格納(クローズ)展開(オープン)しなくてはならない第二世代機の操縦者は、武装切り替えの隙を晒さないため一度戦闘スタイルを決めた後はすぐに変えることを嫌がる傾向にある。近接装備を展開したスレイプニールなら間合いを詰めてくると鈴音は考えたのだ。

 

 その結果、二機は現在至近距離にある。十分に甲龍の間合い。

 ここまでは鈴音の狙い通り。

 

 スレイプニールの同時に放つ突きと斬撃を、甲龍の間合いで受け止める。そのまま双天月牙を振るい相手の刀を弾き飛ばし、返した勢いで斬りつける。純粋な格闘パワータイプであるISにのみ許された荒技だが、体勢を立て直したスレイプニールの斬撃の方が速い。

 甲龍は斬撃の軌道を変え、刀身の幅でスレイプニールの攻撃を防いだ。

 

「ちィッ!」

 

 甲龍の近接武装《双天月牙》の重量は一般的なIS装備より遥かに大きくスレイプニールの装備と比べても倍以上はあるが、圧倒的な腕力を誇る甲龍はそれをほとんど互角のスピードで振るうことが出来る。質量を破壊力に直結させた格闘能力こそが甲龍の近接格闘戦最大の強み。

 しかし伊奈帆はこの暴威を的確に捌いてみせた。速度を乗せた双天月牙の重量はISの慣性制御を以てしても相殺し切れるものではなく、力の流れを誤れば過ぎた勢いが剣戟初速の枷となる。伊奈帆は鍔迫り合いを避けるように剣を振るい続けながら、意図して青龍刀を振るいにくい方向へ攻撃を仕掛けることで、剣戟の流れを一方的に自身へ引き寄せていた。

 

 一方、後手に回る鈴音は苛立ちを募らせていた。自分の得意とする戦法で攻めきれないというのは、IS操縦者が最も嫌う展開の一つだ。

 

「っ!! なめるんじゃないわよ!」

 

 鈴音は近距離から衝撃砲を拡散させ発射、スレイプニールが回避する隙に双天月牙を再び連結させた。

 

(―― シールドの削り合いなら、端からこっちが有利!!)

 

 そして得物を回転させ、勢いのままに斬りかかる。回避されてもその回転は止まらない。反撃を恐れず、むしろ反撃から相打ちに持ち込む覚悟で武器を振り回し斬り続ける。

 

 格闘戦なら相打ち上等、射撃戦なら衝撃砲で攻め落とす。

 

 伊奈帆の選択は前者だった。新たなブレードを展開し、目まぐるしく斬撃を繰り出す甲龍を斬りつける。その一撃に素早く鈴音も反応した。

 互いの刃が交差し、シールドを削り取る。

 

 一瞬の交差の後、鈴音は確かな手ごたえを感じていた。事実、再び距離を取ったスレイプニールの左肩装甲には小さいが確かに亀裂が生じている。絶対防御を発動させられなかったのは残念だが、削り取ったシールドの量は致命的だろう。

 

「どうよ甲龍のパワーは!! これなら―― っ!!」

 

 鈴音の言葉はそこで止まる。

 視線の先には自身の甲龍の腕。その右腕の装甲に、折れた刃のような金属が深々と突き刺さっていた。 ――否。それは正真正銘、折れた刃だ。スレイプニールが持つ二本の刀のうち一本がぽっきりと折れている。

 

(―― 右手の動きが鈍い! シールドエネルギーもこんなに!)

 

 鈴音は装甲に突き刺さった刃を引き抜き、ハイパーセンサーで観察する。

 

「……ただの近接格闘用ブレード、打鉄のは《葵》だったっけ? それとは違うみたいね」

 

「《葵・薄葉》。刀身を限界まで削ぎ落として切れ味を高めた。シールドエネルギー程度なら簡単に切り裂くことができる」

 

「なるほど。防御は普通の《葵》、本命の攻撃は《薄葉》というわけね……」

 

 鈴音は感心したふりをしながら、機体の状態を確かめる。

 右腕は満足に動かない。衝撃砲も半ば攻略されている。遠距離、中距離で撃ち合えばこちらが先にシールドエネルギーが切れるだろう。

 

(それなら、近接戦に勝負を賭ける!!)

 

 甲龍は左手一本で双天月牙を振り回し、スレイプニールに斬り込む。当然、巨大な青龍刀を扱うには片腕では精彩を欠き、スレイプニールの二刀に対抗することはできない。

 

 だが ――。

 

「武器を握れない右手でも! 殴るこたぁは出来んのよ!!」

 

「ぐッ!!」

 

 双天月牙はブラフ。本命は右の正拳突き。

 甲龍の右腕は壊れかけ、装甲の裂け目から火花すら散らしているが幸運にもそのパワーは健在だった。拳の命中したスレイプニールの胸部装甲が大きく拉げる。

 

 スレイプニールは二度、キックスラスターを素早く吹かし体勢を立て直す。そしてその手にスナイパーライフル《禍筒》を展開し、甲龍に狙いを定めた。

 

「ちっ!!」

 

 鈴音にとって、今の一撃で仕留められなかったのは失敗だった。だが悔やんでいる暇はない。双天月牙を高速回転させ射撃を防ぐ盾にする。

 

 しかし伊奈帆が狙ったのは甲龍の機体のある一点。双天月牙に隠れておらず、その回転の中心にあるため動いてもいない、甲龍の左手。青龍刀の柄を握るマニュピレータ。

 そして狙いすまされた一撃は甲龍の左の指三本を吹き飛ばした。

 

「―― 嘘」

 

 支えを失った双天月牙がアリーナの大地に落ちる。そして防御と近接格闘戦の術を同時に失った甲龍に向け、スレイプニールは二挺のライフルを構えた。

 

「勝負はついた。降伏すれば、これ以上機体は損傷しない」

 

「なにそれ? 命令のつもり?」

 

「違う。ただの提案」

 

「――はっ。 当然、断る!!」

 

 再び繰り広げられる射撃戦。

 しかし開幕時のそれと異なり甲龍には防御手段がない。一点集中、拡散と巧みに衝撃砲を使い分けスレイプニールのシールドを削るが、それ以上の甲龍のシールド消失のペースが速かった。

 

 

 それから五分と経たないうちに試合終了のアナウンスが鳴り響く。

 

 『試合終了。勝者、界塚伊奈帆』

 




感想欄でも書きましたが本作のIS『スレイプニール』はフルスキンではありません。見た目ロボットのISというのも好きなんですが、それを作中に登場させるための設定が思い付きませんでした。

伊奈帆の『ハードスーツ』は『ISスーツって男が着てもダサくね?』という理由から登場させました。見た目はアルドノア作中のパイロットスーツをイメージしています。


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第十四話 揺らぐ対抗戦

もうちょっと格好いいサブタイを付けたいけど、あんまり捻くれた表現だと話の内容が分からないという難点が。


「惜しかったな、鈴」

 

「全然。一夏も見てて分かったでしょ。さっきの試合ずっとアイツのペースだったじゃん」

 

 クラス対抗戦第一試合終了後、鈴音は一夏に会いに来ていた。場所は一組のピット。一夏だけモニタールームから下りてきたのだ。他の三人はまだ上にいる。

 今この時間は第二試合出場者の準備と観客の休憩、それと前の試合で荒れたアリーナの整備のために設けられたインターバル。

 

 

 アリーナではISに似た機械(マシン)を身に着けた二人の用務員が、主に龍砲によって抉られデコボコになった地面を(なら)し修復していた。

 機械の名前は『EOS(イオス)』という。正式名称『エクステンデッド・オペレーション・シーカー』。

 パワードスーツという概念はISの登場以前、数十年前から現実のものとして存在していた。そしてほとんどのパワードスーツが技術の発展により軽量化の道を進む中、多くの機能を犠牲にパワーに特化する形で進歩を遂げたのがEOSである。

 EOSは機械の腕と脚にあたるパーツに操縦者が生身の手足を入れて操縦するという点でISと共通しているが、重力・慣性制御機能を持たないEOSは、全てのパーツが武骨なアームによって機械の中枢パーツであるバックパックに繋がっている。巨大なバックパックにはプラズマ式バッテリーや各種センサー、バランス保持機能などが集積され、重量はそれだけで五十キロ以上。移動方法はずんぐりむっくりした脚の裏にあるランドローラーとホバー装置がメインで、脚としての機能は悪路の踏破や跳躍にしか使われない。ISと似ていると言っても、その外観はペガサスとカバほどに離れている。

 アリーナで働いている二体のEOSは黄色く塗装された重機仕様(タイプ)。専用の巨大なスコップとローラーを手に地面の整備に従事していた。アリーナの土は固く、吹き飛ばされたいくつもの塊が岩のように転がっている。EOSが土の塊にスコップを突き刺すとスコップから微細な振動が発生し固まった土が細かな砂粒のように解れていく。あたりの土を穴に戻し終えてから、今度は巨大なローラーに道具を持ち替える。ローラーから一種の凝固剤を噴霧しながらEOSは地面を元のように平らにする。プログラミング次第で操縦者の技術に頼らず完璧な水平に均すことが出来るのも、このようなパワードスーツの利点である。

 

 用務員は若い女性と年老いた男性のコンビだった。二人は的確に作業を分担しながら、慣れた手つきでアリーナの地面を整えていく。

 それが終わり次第すぐに一夏が出る第二試合が始まる予定だ。

 

 

 

 二人が話していると、ピットのドアが開いて知った顔が入ってくる。伊奈帆と韻子、それと何故か新聞部副部長の薫子の三人だ。

 

「あっ! アンタ!!」

 

 直前の試合で彼と戦った鈴音が素早く反応する。

 

「やっぱりアンタも……伊奈帆だっけ? 一夏の応援に来たの?」

 

 鈴音の中に試合中彼に抱いていた敵愾心(てきがいしん)は無い。試合が終われば後はサッパリだ。

 

「うん。それもあるけど、この人に誘われて」

 

 伊奈帆に『この人』呼ばわりされたのは先輩であるはずの薫子。しかし彼女は気にした様子もなく二人に挨拶をする。初対面である鈴音に名刺を渡すことも忘れない。

 

「どうもーお久しぶりです織斑君」

 

「ええとお久しぶりです、黛さん。あの、俺これから試合なんで用があるなら手短にしてもらっていいですか?」

 

「それじゃサクサク進めましょう。織斑君、初戦の意気込みは?」

 

「……相手はセシリアと同じ代表候補生なので実力でいったら俺より上かもしれません。でも一所懸命に戦って、応援してくれた一組の皆に応えたいと思います」

 

「あれ? 思いのほか普通のコメント。ひょっとして用意してた?」

 

「あ、バレますか?」

 

『一夏、いつまでふざけている! もう闘技場の整備が終わったぞ!』

 

「え、箒!?」

 

 スピーカーから聞こえてきたのは上のモニタールームにいるはずの箒の声。

 一夏が見上げれば、マイクを奪われた箒と奪われて慌てている真耶の姿が見えた。

 

 

 アリーナでは箒の言う通り、地面の整備を終えたEOSが道具を肩に担ぎながら撤退していく。

 それからすぐピットの中に参加者の出場を促す内容の空中ディスプレイが浮かび上がった。

 

 

「ああ……。それじゃあ先輩、少し離れて下さい」

 

「ほいっと」

 

 薫子が離れた後、一夏は右手首の白いガントレットに思いを込める。

 

「―― 来い、白式!!」

 

 一夏の体が量子展開の光粒子に包まれた次の瞬間、IS『白式』が現れる。

 気合を込めた展開。一夏としては戦いを前に精神を整えるための儀式的な意味合いだったが――。

 

「……何をしているんですか? 黛さん」

 

 一夏は、自分の周りをカメラを手にハッスルしていた先輩に質問する。

 

「え、なんかポーズ決めてたからサービスシーンなのかと思って」

 

「んなわけないでしょう!? これから真剣勝負なんですよ……」

 

「カメラを手にした私はいつだって真剣勝負よ!」

 

『おい一夏! まだふざけているのか! もう対戦相手が出てきているぞ!!』

 

 一夏がアリーナに目を向けると確かに箒の言う通り、対戦相手の四組のクラス代表が打鉄を纏って試合開始位置に着いていた。なんとなくハイパーセンサーで注視してみると、その少女と目が合う。

 

「うおっ!」

 

『!! どうした一夏!』

 

「ああいや、なんでもない」

 

 一夏が彼女を見ているのだから、対戦相手の彼女が一夏を見ていたとしても何らおかしなことはない。だが一夏はあの少女の視線に、試合相手に向ける以上の険しさが含まれているような気がした。

 

(なんだ? 俺なにかあの娘に恨まれるようなことしたか? う~ん、試合前に聞いて……聞いたら鈴みたいに怒るかもしれないな、終わってからにするか)

 

 一夏はとりあえず、その視線の理由を保留にすることにした。

 

『白式、カタパルトにセットしてください』

 

 無事マイクを取り返した真耶が出す指示に従って、一夏が白式の脚部をカタパルトに収めようとしたその時だった。

 

 

 

 

 白式のハイパーセンサーが強力な光を感知し操縦者の一夏に伝達。直後、地震のような揺れがピットを襲う。

 

 

 

 

「な、なんだ!!」

 

『――外部からの攻撃です!!』

 

 IS学園の防衛システム管理機能を有するモニタールームにいた真耶は、その瞬間何が起きたのか、ピットにいた一夏よりも正確に把握していた。

 アリーナ上空より降り注いだ巨大な光柱が、あろうことか遮断シールドを貫通し地上に着弾。衝撃でアリーナを揺らしたのだ。

 IS同士の戦闘による流れ弾から観客席を守る遮断シールドは簡単に敗れるような代物ではない。光の正体はエネルギー兵器だろうが、その出力は第三世代ISの『ブルー・ティアーズ』の最大出力を優に超えているはずだ。

 

 

 ただ一夏にとってそんなことは大事なことではなかった。

 上空からの攻撃が命中した瞬間、その着弾点のすぐ近くに四組のクラス代表がいた。今は土煙で姿が見えなくなってしまっている。

 

 ――果たして彼女は無事なのだろうか?

 

「クソッ、行くぞ白式!!」

 

「あっ! 一夏!!」

 

 鈴たちの制止に耳を貸すことなく、一夏は秩序を失った闘技場に飛び立った。

 

 




文字数が少ない投降はその分前後の投稿間隔を狭めたいと思っています。


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第十五話 ゴーレム

無人機乱入イベント。個人的には白式やスレイプニールみたいなスピードタイプのISよりも、無人機のようなパワータイプの方が書いてて楽しいです。



 更識簪は怯えていた。

 

 

 

 

 クラス代表対抗戦一年生の部、一組対四組の試合。四組のクラス代表である彼女の対戦相手は一組のクラス代表、織斑一夏。

 一夏とは面識のない簪であったが、彼女は彼に対し恨みにも似た感情を抱いていた。その理由は男性IS操縦者である織斑一夏の出現によって簪の専用機開発が遅れているためである。

 当初、日本の代表候補生である簪にはIS学園入学までに専用機が与えられる予定だった。その専用機開発を任されたのが、量産機シェア世界第二位を誇るIS『打鉄』を開発した『倉持技研』。だがその『倉持』は織斑一夏専用機の開発を日本政府より最優先指令として与えられてしまい、簪の専用機開発のための人材もそのために引き抜かれてしまった。もはや簪は倉持への期待を捨て自身の手による専用機開発を進めていた。そして今日の対抗戦までには専用機は間に合わず、訓練機の打鉄で出場する羽目になっている。

 普段は自身の権利や立場を声高に主張しない彼女にとっても、代表候補生であるはずの自分が四人のクラス代表の中で唯一専用機を持たないことは十二分に屈辱である。

 

 それでも簪は織斑一夏に責任はないこと、自分の思いが八つ当たりに近いものだということを自覚し、自分の感情を抑え込んでいた。

 怒りや不満をぶつける為ではなく自分を応援しているクラスメイトに応える為、そして自分が専用機に相応しい操縦者であると証明する為に戦うのだと思いながら試合の開始地点に立つ。

 

 

 

 

 

 

 目の前の大地が吹き飛んだのは、正にその瞬間だった。

 

 知覚域外からの攻撃により整備されたアリーナの地面は抉られ、その破片共々に簪は吹き飛ばされた。

 

「な、なにが起きてるの……!?」

 

 辺りには土煙が立ちこめ視界が効かない。それでも打鉄のハイパーセンサーはその土煙の向こう、ちょうど攻撃の着弾点のあたりに機影を捉える。

 

(……なにアレ? IS?)

 

 しかしISが情報を認識したところで操縦者が混乱していては意味をなさない。吹き飛ばされた簪は起き上がることすら忘れ、ぼんやりと打鉄から送られてくるデータを眺めていた。

 その隙が致命的となる。

 

 突如眼前に現れた鋼鉄の塊。それがISの拳だと認識するより早く、簪は咄嗟に打鉄の肩部シールドを前に突き出した。

 

 

 

 ガギイイィィンッ!!

 

 

 

 辛うじて拳の直撃は防いだものの、大きく吹き飛ばされ体勢を崩す打鉄。距離を詰めた敵にさらに一撃喰らうも、今度は偶然スカートアーマーに当たり致命傷を免れる。

 

「――がっ!!」

 

 

 蹴飛ばされた路傍の石のようにアリーナの地面を転がった打鉄は、客席前の障壁に激突しようやく動きを止めた。

 

 (うずくま)る簪の前に立った襲撃者が腕の砲口を打鉄に向けると、その真っ黒い孔に遮断シールドを打ち破ったのと同じ色の光が生まれる。

 痛みと恐怖に支配された簪は、それを眺めることしか出来なかった。

 

(私、死ぬの……?)

 

 段々と輝きを増す光を見つめながら、他人事のように自分の未来を俯瞰する。

 

(アニメならヒーローが助けてくれるのに……。ああ、最後までこんなこと考えるなんてダメだなぁ。ごめんね、お姉ちゃん――)

 

 限界までエネルギーを溜めた光が、簪の視界を白く ――。

 

 

 

 

 

 

「させるかあぁぁぁぁっっ!!」

 

 上空からの剣戟。白式の奇襲を躱したことで未知のISの狙いは逸れ、光線は簪の後ろの障壁を破壊するだけに終わった。

 一夏は未だ茫然としている簪を庇うように、襲撃者の前に立ちふさがる。

 

「なんなんだアンタは!? 何が目的でこんなことをする!!」

 

 一夏は駄目元で襲撃者に呼びかけながら、その異様な姿を観察する。

 

 それは一夏がこれまで目にしたどのISにも似つかない姿をしていた。

 直立したまま地面まで届く巨大な両腕。『全身装甲(フルスキン)』と呼ばれる全身を包む深い灰色の装甲。顔には大小のレンズが不規則に並ぶだけで表情を窺うことも出来ない。

 

「くそっ! えっと四組の代表さん。動けるか!?」

 

「あ、あ……」

 

 一命を取りとめた簪だったが、まだ恐怖と混乱から回復していない。むしろ今さらになって死が直前まで迫っていたという事実を認識して動けなくなってしまっていた。

 

 その間にも襲撃者のISの攻撃は止まらない。一夏は雪片で競り合うがアリーナとの障壁に挟まれた閉所であるため存分に刀身を振るえず、零落白夜の刃を突き立てることができずにいた。むしろその巨腕によるパワーに押され一撃毎に後退していく。

 しかし後ろには動けない簪がいる。これ以上は下がれない。

 

「このままじゃ、やられる……!」

 

「一夏、退()いて!」

 

 プライベートチャネルの通信。その声を耳にした瞬間、一夏は許される限り後ろに飛退いた。

 

 直後、一夏と敵ISの間に爆発が起きる。

 それにより敵ISが怯んだ隙に一夏は簪を抱え上げ、アリーナの外縁に沿って逃げだす。逃亡する二機を追おうとする襲撃者を追加のグレネードが阻んだ。

 

 

 

「二発命中」

 

 一夏の逃走を援護した伊奈帆は冷静に相手を観察する。グレネードの爆発による黒煙はすぐに晴れた。

 

「目標健在」

 

 襲撃したISの装甲には汚れが付くばかりで目立った損傷は見受けられない。中々手強そうな敵だと、伊奈帆は認識を上方修正する。

 

 

 

「援護、助かったぜ伊奈帆。ところでいつの間に来たんだ?」

 

 簪を抱えた一夏が伊奈帆に合流する。ようやく落ち着いたらしい簪はおずおずと一夏の腕から降りた。

 

「一夏の後を追ってね。それで、どうする?」

 

「どうするもなにも――」

 

 その時、二人に割り込む形で通信が入る。発信者はモニタールームにいる真耶だ。

 

『織斑くん、界塚くん、更識さん!! 無事ですか! すぐに先生たちが駆けつけますから、それまで持ち堪えて下さい!!』

 

 退避命令ではなく『持ち堪えろ』。伊奈帆はすぐにその異常に気が付いた。

 

「救援到着までの時間を具体的に教えてもらうことはできますか?」

 

『……分かりません。現在このアリーナのシステムは皆さんの目の前のISにハッキングされています。遮断シールドは特別緊急事態用のレベル4、アリーナに通じる遮断壁や扉は全てロックされています。現在三年の先鋭チームが解除を試みていますが、目処は立っていません』

 

「それってヤバくないか!?」

 

「そんな……」

 

「分かりました。客席の避難状況は?」

 

『観客用の避難通路も閉ざされていて一向に進んでいません。そちらの救助作業にも人員を割いています』

 

 思っていた以上に深刻な事態。三人の間に沈黙が流れる。それを最初に破ったのは一夏だった。

 

「……山田先生。俺たちは平気です。客席の人たちの救助を急いでください」

 

『織斑くん!? でも皆さんは一番危険な場所にいるんですよ!?』

 

「ISがありますから。それに三対一ならきっと勝てます」

 

『でも――はい。えっと代わります』

 

 通信が真耶からもう一人の教師に切り替わる。

 

『織斑。その言葉、信じていいんだな』

 

「千冬ね――」

 

『織斑先生だ。とりあえず無理をするな。逃げるだけ逃げて敵を翻弄するだけでもいい』

 

「わかった、やってみる」

 

 通信が切れる。一夏は二人を見渡した。

 

「ごめん、二人とも。勝手に決めたのは悪いと思ってる」

 

「一夏の選択は間違ってない」

 

「私も、怖いけど逃げちゃいけないのは知ってるから……!」

 

「そうか、それじゃあ――」

 

 三人は襲撃者のISを見据える。敵は三人が話してる間、観察するかのようにこちらを見ていた。不気味な相手だが怯むわけにはいかない。

 

「止めるぞ、奴を」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「……と、いう訳だ。ここはあの三人に任せるしかない」

 

 千冬は落ち着いた様子でプライベート・チャネルの通信を切る。だが冷静でいられないのはこの場にいる生徒たちだった。薫子はハッキング解除のための助力に向かったため、この場には箒、鈴、セシリア、シャルロット、韻子がいる。これだけの人数がいるモニタールームは中々に騒がしい。

 

「そんな! 一夏さんたちが危険ですわ!!」

「待ってください! 伊奈帆のスレイプニールはさっきの試合のダメージが回復してないんです!!」

「先生、僕たちに出来ることはないんですか!?」

「ちょっ、ちょっと落ち着きなさいよアンタたち。山田先生からも何とか言って――」

 

「ど、どどどどうしましょう織斑先生ぇ!??」

 

「山田先生……」

 

「まあ落ち着け。コーヒーでも飲むといい。糖分が足りないからイライラするんだ」

 

 そう言って千冬はコーヒーに白い粒子を入れて攪拌し、真耶に差し出す。しかしその一部始終を真耶はしっかりと見ていた。

 

「……あの織斑先生。いま入れたの塩でしたよ。砂糖は隣です」

 

「……なぜこんなところに塩がある」

 

「さあ? ……あ、でもやっぱり弟さんのことが心配なんですね! だからそんなつまらないミスを――」

 

「違うな。私が入れたのは砂糖で塩というのは山田先生の見間違いだ。という訳で飲め。これは砂糖入りのコーヒーだ」

 

「……はい」

 

 真耶は押し付けられたコーヒーを受け取る。世界にはコーヒーに塩を入れる飲み方は存在するが、それはあくまで隠し味。砂糖たっぷりのつもりで塩を入れたコーヒーは苦みと塩味の折り合わないコラボレーションだった。

 

「ううっ不味い……」

 

「先生! 遮断シールドを破壊することはできないのですか!?」

 

「そうよ! 私の甲龍のパワーなら――」

 

「残念だがそれは無理だ。確かにIS競技用アリーナの遮断シールドの原理はISのシールドエネルギーと同じだ。だがその役割は絶対防御を持たない観客をISの攻撃から守ること、おまけに今は非常用コンデンサーを利用しシールド発生装置に大きな負荷をかけるレベル4に設定されている。並みのISの攻撃では歯が立たないだろう」

 

「……《零落白夜》なら……」

 

 千冬の話を聞いたシャルロットがぽつりと呟く。

 

「エネルギーを無効化する白式の零落白夜なら、遮断シールド破って救援を招き入れることができるんじゃないですか!?」

 

「!! そうだ! 一夏の白式なら出来るはずだ!!」

 

「……それも難しい。現状、外部からの侵入を拒んでいる遮断シールドは同時に敵ISのエネルギー兵器から客席の生徒を護るシェルターの役割を果たしている。そのどこか一ヶ所を破れば影響はシールド全体に波及し客席に危害が及ぶリスクがある。破るとすればここ、ピットからの出入りを塞いでいるシールドだが、そのためには一夏が敵に背を向け戦線を離脱しなければならない」

 

「三人いるのでしたら一夏さん一人が抜けても大丈夫なのではないですか!?」

 

 セシリアの言葉に他の四人も賛同する。

 

「…………」

 

 だが戦いの様子をモニターで観戦していた千冬には、そうは思うことができなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ウオオォォォ!!」

 

 スレイプニールの援護射撃によって回避先を封じられた敵ISに、零落白夜の刀身を掲げた一夏が斬りかかる。だがあと数十センチで刃が届くという瞬間、敵ISの全身に設けられたスラスターが稼働し回避行動をとらせる。

 

「チッ!!」

 

 初撃を空振った一夏が二の太刀を繰り出そうとするも、敵ISが姿勢を立て直す方が速い。闇雲に腕を振り回すような攻撃に回避を余儀なくされた。

 

「踏み込み過ぎ。下がって」

 

 一夏は伊奈帆の援護射撃に支援してもらいながらその腕の範囲から離脱する。直線での機動性では白式が上。振り回される腕から発射される熱線を躱しながら一夏は距離を取った。

 これでアプローチは三度目の失敗。

 

「悪い伊奈帆。またミスった」

 

「大丈夫。焦らないで一夏」

 

「焦るなっつっても……!」

 

 数の上では三対一だが状況はあまり良くなかった。

 戦いが始まった時点で万全と呼べる機体は一夏の白式のみ。スレイプニールは直前の甲龍との試合のダメージが残っているうえ使用した銃火器を整備に回してしまったため装備・弾薬不足。打鉄も襲撃直後の攻撃によってシールドエネルギーを大きく削られてしまっていた。さらに悪いことに簪が未だ恐怖から脱しておらず、敵のターゲットにされることを恐れ、近づくことも積極的に援護することも出来ない状態にいる。

 

 遠距離の攻撃手段を持たない白式が前衛、スレイプニールが後衛という形で何とか均衡を保ってはいる。

 だがそれも何時(いつ)まで持つか。

 

(伊奈帆のISの弾丸も残り少ない。四組の代表……更識さんも早く逃がさないといけないのに!!)

 

「一夏はピットのゲートに向かって。ここは僕が食い止める」

 

「食い止めるったってどうするつもりだ!? あいつがスレイプニールの攻撃で止まるのは一瞬だけだ!」

 

「遠距離ならね。近接戦を挑む」

 

「……っ! ダメだ。スレイプニールの防御力じゃ危険すぎる。武器だって、あの折れやすい刀しか残ってないんだろう!?」

 

「確かに戦線維持なら打鉄が適任だ。でもあの娘には任せられない」

 

 一夏は簪を振り返った。危険な役割を強要するつもりはない、ただ仮にも代表候補生なのだからという期待を込めての視線を向ける。

 

「ひっ!?」

 

 しかし簪はその視線にすら怯えてしまう。これでは伊奈帆の言う通り前衛を任せることはできないだろう。それどころか一夏が離脱すると知っただけで恐慌してしまいそうだ。

 

(彼女を責めるな。あんな攻撃を喰らったんだから怯えて当然だ。ここはやっぱり、俺がやるしかない……!)

 

 一夏は四度目の突撃を覚悟し雪片の柄を握りしめる。その時ふと、あることを思いついた。

 

「なあ二人とも、あいつの動きって何かに似てないか? ……なんつーか機械染みてるって言うか……」

 

「えっと、ISは機械だから……」

 

「そうじゃなくて……。そう、ロボットとかプログラムみたいな感じがする。まるで人じゃないみたいだ」

 

「そんな……!? ISは人が乗らないと絶対に動かないはず。人が乗ってないなんてあり得ない!」

 

「一夏が言うことは理解できる。各アプローチの度に奴の回避運動はその精度を増している。その動きから基本パターンを排除すれば、浮かび上がるのは機械的アルゴリズム。人の脳による学習行動は出てこなかった」

 

「本当に、無人機だって言うの……?」

 

「『人が乗らなければISが動かない』というのは人類が共有している経験則でしかない。無人機の可能性もある。もっとも、IS稼働のための搭乗者と操作する機械部分の両方が乗っている可能性も捨てきれないけどね」

 

「なあ伊奈帆。仮にあいつが無人機だとしたら、何か策はあるか?」

 

「あることはあるけどすべては可能性に過ぎない。一つずつ試していこう」

 

「分かっ―― 来るぞ!!」

 

 地上にいる敵ISから放たれる熱線を、三人は散開して躱す。

 

「大人しく話を聞いてると思ったら――」

 

 左右に散らばった白式とスレイプニールは反撃に打って出る。スレイプニールが二挺のアサルトライフルによる銃撃を浴びせ、敵が回避や怯んだ隙に白式が切り込む。この戦いにおける定石だったが、それは敵ISの思わぬ行動によって崩れた。

 

 襲撃者は散らばった二機には目もくれず、一直線に打鉄に突撃する。今までになかった襲撃者の行動に簪は意表を突かれた。

 

「キャアァァァー!」

 

「更識さん!!」

 

「姿勢制御を! 立て直して!!」

 

 拳に打ち据えられ地上へと落下する打鉄。満足に抗うことも出来ず、そのまま地表に叩きつけられてしまう。襲撃者はその打鉄の上に跨り、両腕の砲口を向けた。

 

「やらせねぇ!!」

 

 瞬時加速で追いついた白式が零落白夜の刃を振り上げる。

 

「違う!! 罠だ!」

 

 だがそれを予期していたかのように、襲撃者はスラスター制御により振り返った。エネルギーを充填完了した両腕は直線運動しか執れない白式に向けられている。

 白式がいるのはスレイプニールと襲撃者を結ぶ直線上。伊奈帆の位置から援護射撃をすることはできない。

 

 一夏は直感的に自分の危機を察知した。

 

(―― やられる!!)

 

 

 

 

 

 

 

『―― やらせないわよ』

 

 突如飛来した一本の槍が、襲撃者の腕に突き刺さる。正確には装甲が薄い熱線の砲身付近。エネルギーを充填していた右腕は暴走し、爆発を引き起こした。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「なんだとは失礼ね。せっかく助けに来たのに」

 

 思わぬ事態に混乱する一夏の後ろに、一人のISを纏った少女が降り立つ。倒れていた簪はその少女を見た瞬間驚きの声を上げた。

 

「―― お、お姉ちゃん!?」

 

「お姉ちゃん?」

 

「はーい。そうでーす。更識簪の姉、更識楯無! よろしくね、一夏くん♪」

 

 増援に来た少女はひらひらと手を振って挨拶をした。




更識楯無、あっさり登場。
原作だと二学期以降の登場なのでだいぶ早いですね。シリアスな展開には使い勝手のいいキャラです。


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第十六話 学園最強

引き続きゴーレム戦。自分のつもりとしましては楯無先輩、微強化です。


 遡ること数分前。

 千冬や箒たちがいるのとは別のピットのモニタールームでも、事態収束の為に動いている人たちがいた。

 

 イザベラはアリーナの客席に入場した生徒たちのリストを照合、信を置ける上級生の個人の端末に連絡を取り生徒たちの避難誘導を任せる。取り残された彼女たちが言うには、幸いなことに深刻なパニックは起こっていないがアリーナから戦闘の音が響くたびに生徒たちが怯えているそうである。救出は急いだ方がいい。

 イザベラはいつ教員部隊が突撃しても大丈夫なように非常口の扉の前を空けるよう指示をしながら、界塚ユキを手招きで呼び寄せた。

 

「…… 織斑先生との連絡は?」

 

「駄目です。アリーナの通信設備が麻痺したせいで、皆が織斑先生個人の端末に連絡を取ろうとしているみたいで……」

 

「臨機応変に動くしかないようですね」

 

 IS学園に非常事態が発生したとき、その事態を解決するための陣頭指揮権は織斑千冬に与えられている。これは彼女が地上最強の称号を持つことに由来しており事態の収束能力そのものよりも人を束ねるカリスマ性を買われたという部分が大きい。マニュアルに無い事が起こった以上、彼女に全てを委ねるわけにはいかなかった。

 

「アリーナの戦況は? あとどれだけ持ちそうですか?」

 

「正確な判断は難しいです。白式とスレイプニールは機動性で正体不明のISと渡り合えるので、客席に被害が出ないようにするだけならそれなりの時間は稼げます。ただ問題は打鉄です。敵ISの攻撃にも数発は耐えるだけの防御力はありますが機動性で劣ります。攻め手に回ればその防御力が活きると思いますが……」

 

「戦いは当事者に任せるしかないでしょう。正体不明の敵。戦っている本人たちにしか分からないこともあります」

 

「大丈夫です。なお君のこと、信じていますから」

 

「ならば私たちは私たちに出来ることを急ぐしかありませんね。恐らく織斑先生は学園外部にも協力要請を出しているはずです。しかしアリーナのシステムセキュリティーが破られている以上、利用できる通信回線であっても使う訳にはいかないでしょう。私は新しい情報共有経路の確立に回るので、この場は界塚先生に任せます」

 

「分かりまし―― ちょっとあなた!? なにしてるの!」

 

 モニタールームの窓から下のピットを覗いたユキが叫んだ。

 今まさにモニタールームから出ようとしていたイザベラが慌てて引き返しピットを覗き込む。

 

 そこには一人の女生徒が立っていた。

 ピットは客席と異なりシールド一枚でしかアリーナと隔てられていない。

 

「そこは危険よ! 今すぐ離れなさい!」

 

「待て界塚先生! 彼女は――」

 

『私なら大丈夫ですよ』

 

 少女が口を開くと、ガラスで隔てられているはずのモニタールームに彼女の口の動きの通りに声が響いた。

 

「これは、プライベートチャネル!?」

 

「ええ。彼女も専用機持ちの一人です。IS学園生徒会長、ロシアの国家代表操縦者『更識 楯無』」

 

「生徒会長……?」

 

『それより先生方がここから避難して下さい。このピットのシールドを破壊します』

 

「待って! どうやってシールドを破壊するつもり!?」

 

『ちょっと荒っぽい手段を使うので、少しだけ揺れますよ』

 

 そう言って更識楯無はISを右腕だけ部分展開し、さらに装備を呼び出す。

 

「――《蒼流旋(そうりゅうせん)》」

 

 そして円錐型の突撃槍を振り回し合金製のピットの床に亀裂を生じさせる。だが彼女の行動はこれだけに終わらない。

 

 

「……なにあれ、煙?」

 

「霧、ですね。アレもまた彼女の武器です」

 

 

 楯無の周囲にうっすらと霧が立ち上る。そしてその霧は流れるように床の亀裂に注ぎ込まれていった。

 

(アリーナの設計は頭に入っている。構造的にはきっとこの奥に――)

 

 霧の正体は特殊ナノマシンを含んだ水の粒子。楯無の専用機は、ISのエネルギーを伝播する性質を持つこのナノマシンを操り武器とすることができる。

 やがてそのナノマシンを有する霧はピットの床の奥、目的の場所に辿り着いた。

 

(―― 見つけた。この流形エネルギー、シールドのエネルギー供給パイプに間違いない)

 

「いくわよ……《清き熱情(クリア・パッション)》!」

 

 瞬間、ピットの床の奥底で爆発が起こりモニタールームまで大きく揺れた。

 教師二人は床に伏せ頭を抱える。

 

「な、なにをしたの!?」

 

「クリア・パッション……! ナノマシンにより伝えたISエネルギーによる熱と爆発でISの装甲内部にダメージを与える技です! 彼女が破壊したのは恐らく――」

 

 起き上がった二人がピットを見ると、そこには既に楯無の姿は無かった。

 イザベラは急いで計器を確認する。するとやはりピットとアリーナを隔てるシールドが消失していた。

 

「やはり、シールドのエネルギーを供給するための設備のうちのどれかを破壊したでしょう。ハードさえ破壊してしまえばソフトをハッキングされたとしても問題はない。……彼女の言った通りこのモニタールームも危険です。退避し、手動でピットへ通じるシャッターを閉じます」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「……更識、さん?」

 

 思いがけない増援に、一夏は呆然と問いかける。

 

「ふふっ更識だと紛らわしいし、『楯無』って名前で呼んで♪」

 

 更識楯無と名乗った少女は、独特な形状のISに乗っていた。

 サイズは普通のISより一回り小さく、人に近いシルエットを持つ打鉄と同じくらい。だが装甲がかなり少なく、剥き出しになった肌を覆うように水のヴェールを展開している。非固定浮遊部位として浮かぶ二つのクリスタル・パーツからそのヴェールは伸びていた。

 

「IS『ミステリアス・レイディ』。霧纏いの淑女の名の如く、敵を翻弄し打ち倒すISよ」

 

 その外観からいったいどのような戦い方をするISなのか、一夏には見当がつかない。

 突然アリーナに現れた姉に、簪は敵の攻撃も忘れて質問をした。

 

「お姉ちゃん、どうしてここに……?」

 

「大切な生徒と可愛い妹のピンチだもの。何処へだって駆けつけるわ。――それより簪ちゃん、早くそいつから離れなさい」

 

「わ、わかった……」

 

 地面に倒れていた簪が起き上がると、襲撃者のISはピクリと反応した。

 

「あら、余所見は禁物よ」

 

 ミステリアス・レイディはその手に蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を展開し、敵の動きを牽制する。

 その隙に打鉄は距離を取る。スレイプニールは打鉄を庇うかのように襲撃者の後ろに降り立った。

 

 

 

 

『…………』

 

 四機のISが襲撃者を取り囲む。

 

「ねえ一夏くん。こいつ、オープン・チャネルで話しかけても返事をしないのだけど。降伏勧告が通じないのかしら?」

 

「ずっと呼びかけてても反応しないですよ。むしろ俺らが話し合ってるのを聞いてる方が多いです。もしかしたら、無人機かもしれない」

 

「無人……? それは斬新な意見だけど試してみる価値はあるかもしれないわね。なにか作戦はあるの?」

 

「作戦とかは伊奈帆が……」

 

「作戦と言うほどのものではありませんが、手順ならいくつか。でもそろそろこいつが――」

 

「――動く!!」

 

 襲撃者がその巨大な腕を振り回し独楽のように回転しながら熱戦を撃ちまくる。碌に狙いもつけていない攻撃だが連射速度故にその密度はかなりのものだ。

 四機は上空へ退避し熱線から逃れた。

 大人しくしていたと思ったら急に攻撃を再開するそのリズムを、戦ってきた三人は既に知っている。

 

「一夏! 僕が援護する。もう一度《零落白夜》を!」

 

「分かった! でもエネルギー残量的には後二回が限度だ!」

 

「それでいい」

 

 スレイプニール、そして打鉄がアサルトライフル《焔備》を構え、巧みな連携で襲撃者を追い込んでいく。伊奈帆は更に追い打ちとして虎の子のグレネードを放り込んだ。

 爆風で抑え込まれ襲撃者の動きが止まった瞬間、瞬時加速で突撃した白式が零落白夜による一撃を放つ。

 

 それを敵ISは躱した。全身のスラスターを利用した操り人形のような動きで雪片の一撃を紙一重で避ける。

 

「くそっ! まただ!!」

 

「それは違うわ、一夏くん」

 

 ミステリアス・レイディが振るう蛇腹剣《ラスティー・ネイル》が、鞭のように敵ISの巨大な腕に絡みつく。

 

「楯無さん!」

 

 

 

 

 

 攻撃をした本人である楯無も、自分の一撃がここまで綺麗に入ったことに驚いていた。

 事前に伊奈帆から知らされた作戦の通りに攻撃をしたところ本当に命中したのだ。

 

『―― 一撃必殺の零落白夜の危険性を、あのISは高く評価設定している。最優先で避けなければいけない攻撃だと判断してるからこそ、今までの一夏の攻撃は全て回避されていた。ならば零落白夜と同時に来た攻撃に対しては優先順位が低くなる。攻撃をダメージの値でしか換算していない機械の弱点だ』

 

(……ご明察よ、界塚伊奈帆くん!)

 

 

 

 

 敵ISが絡みついた蛇腹剣を解こうとするも、刀の節がガッチリと噛み合っているため容易くは抜け出せない。ピンと伸びた蛇腹剣が二機のISを結びつける。

 だがパワーで勝る襲撃者のISにミステリアス・レイディはジリジリと引き寄せられていた。

 

「――いけない!! お姉ちゃん!」

 

 敵ISが勢いよく腕を振るうと、小柄なミステリアス・レイディはハンマー投げのハンマーのように宙に浮かぶ。そしてそのまま振り回し、楯無を地上に叩きつけようとした。

 

「甘いわよ!」

 

 だが地面に激突する瞬間、ミステリアス・レイディはPICで姿勢を制御。慣性を殺し柔らかに着地をする。

 

「……すげぇ」

 

 戦いの途中だが、一夏と簪はその鮮やかな動きに見とれていた。

 

「それじゃあ仕返しよ! 《ラスティー・ネイル》!!」

 

 瞬間、蛇腹剣の刃の節々から高圧水流が噴き出す。高速で噴射される水にISエネルギーを上乗せした刃は瞬間的に恐るべき切断能力を発揮。

 四方八方からその刃に切り刻まれた襲撃者の腕はズタズタに引き裂かれる。生身の人間で例えるなら剃刀製の鎖で腕を縛り上げるようなモノ。襲撃者の腕の傷口から覗くのは機械でしかなかったが、その無残な姿はグロテスクですらあった。

 

「エグすぎるだろ……」

 

「一応私の名誉のために言っておくけど、今の技、競技だと封印してるからね!」

 

 切裂かれた襲撃者の右腕はだらりと垂れ下がり、大きく火花を散らしている。もはや熱線攻撃も怪力も発揮することは出来ないだろう。

 

「ここまで追い詰めて、逃げられるわけにはいかないわね。機動力のある白式、スレイプニールで頭を押さえて。トドメは私が」

 

「……私もいく」

 

「簪ちゃん!?」

 

「ごめんお姉ちゃん。もう助けられるだけは嫌なの。ヒーローみたいにかっこいい自分にはなれなくても、お姉ちゃんの足は引っ張りたくない」

 

「そうね……。分かったわ。二人とも、挟撃でいく。伊奈帆くんは簪ちゃんを上空援護。一夏くんも突撃の用意だけはしておいて。牽制の役目もそうだけど、もしかしたらトドメを任せることになるかもしれないから」

 

「了解」

「わかりました!」

 

「それじゃあいくわよ!! 簪ちゃん!」

 

「うんっ!」

 

 左右に散らばった打鉄とミステリアス・レイディは挟撃の形で敵ISに接近する。数の上では四対一、おまけの主兵装たる腕を片方失いつつも敵は撤退を選択しなかった。

 周回軌道を描きながら近づく打鉄に熱戦を放ちながら、距離を詰め迎撃に出る。

 

「このまま、突っ込む……!」

 

「援護する」

 

 簪は熱戦を左右に躱しながら接近、打鉄の手に近接格闘ブレード《葵》を展開する。そして敵が左の拳を振り上げた瞬間、一気に体勢を低くした。

 

 

(―― 瞬時加速)

 

 

 敵の剛腕の下を最大速度で潜り抜け、擦違いざまに斬撃を見舞う。

 脚を狙った斬撃を襲撃者は前転するように飛びあがり回避。その頭上から零落白夜の輝きが迫るが、さらにスラスターを吹かして横に旋回するように回避する。

 そして図らずも上空を仰ぎ見る体勢になった襲撃者のカメラに映ったのは、今まさに攻撃を繰り出そうとする白式の姿だった。

 

「喰らいやがれぇぇっ!!」

 

 瞬時加速の勢いを乗せた白式の飛び蹴りが、襲撃者の頭部を踏み砕く。最初の零落白夜は一夏が投合した雪片によるもの。

 

「頭を押さえた!」

 

 頭部をつぶされても襲撃者は動き続ける。

 自分の上の白式を捕らえようと巨大な左腕を伸ばすが、それを上空から降下したスレイプニールが加速した勢いで(とど)め抑えつけた。

 

「一夏、本当に頭を押さえる必要はないよ」

 

 スレイプニールは敵ISの腕に跨り、展開した《葵・薄葉》を突き刺し地面に縫い付ける。その二本で僅かに動きを封じ、そして新たに展開した二本で左腕を付け根から切り落とす。

 

「……そんなに持っていたのかよ」

 

 もはや襲撃者は虫の息。このまま抑え込むことも容易だろう。

 だが楯無に攻撃の手を緩めるつもりはなかった。

 

「退いて!! 二人とも!」

 

 飛び上がったミステリアス・レイディの手に握られているのは戦闘開始時に投擲されたランス《蒼流旋》。

 

「のわっ!!」

 

 二人は慌てて飛退く。

 そして楯無が振るい、ナノマシンの水流を竜巻のように纏い破壊力が増したそれは襲撃者の胴をあっけなく貫いた。

 

 

 最後にもう一度だけ火花を散らし、力なく倒れる襲撃者のIS。四人のISのハイパーセンサーもターゲットの無力化を表示している。

 

 

 

「…………」

 

「……勝ったのか? 俺たち」

 

「目標は機能停止。客席への被害は無し。僕たちの勝利だ」

 

 襲撃者だったISはピクリとも動かない。何度かハイパーセンサーで調べても危険性は感知できなかった。

 

 『本当に無人機だったのだろうか?』、そう思って装甲の中を覗き込もうとした一夏の前に楯無が立ち塞がる。

 

「楯無さん……?」

 

「離れて一夏くん。ISは国家機密の塊。一見して安全そうに見えても巧妙に自爆装置が組み込まれてるかもしれない」

 

「自爆!?」

 

「そんな心配しないで、簪ちゃん。私から見てもこれが自爆する可能性はあまり高くない。離れるのは念のためよ」

 

「……分かりました」

 

「うん。よろしい♪」

 

 一夏が言われた通りに襲撃者から離れているとプライベート・チャネルから通信が入る。

 

『織斑くん! 織斑くん無事ですか!?』

 

「うわっ! 山田先生!?」

 

『ああよかった、無事ですね。えっと織斑くんたちがISを倒してくれたおかげでアリーナの制御も取り戻しました。客席の避難誘導も始まっています。これから教員部隊がアリーナに出るので、皆さんは安全が確認されるまでの間ISを展開したまま待っていてください』

 

「はい」

 

 一夏が返事をした直後から、ピットから教員用ラファールを装着した先生たちが続々と降りてくるのが見えた。

 

「……本当に、助かったんだね私たち」

 

 簪がぽつりと呟いた。近づいてくる大人たちを見て、ようやく安心したのだろう。

 その気持ちは一夏にもよく分かった。

 

「ああ……。そうだな」

 

 

 




既に更識姉妹が出そろいました。アニメ二期でやっていた『専用機専用タッグマッチトーナメント』の展開を一つのイベントにまとめてしまった感じです。

そろそろ原作一巻の範囲が終わりですが、初投稿からここまで一年もかかってしまいました。


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第十七話 保健室ではお静かに

伊奈帆の存在感が薄い(愚痴)。


「……なあ。クラス代表対抗戦って中止になるのか?」

 

「なるんじゃなくて"なった"のよ、一夏くん」

 

 アリーナ襲撃者との戦いの後、四人は保健室に運ばれていた。全員大事は無いように見えるが学園としても予期していなかった事態であるため念には念を入れて診断するらしい。

 伊奈帆、一夏、簪はそれぞれカーテンで区切られたベッドで寝かされ、怪我一つなかった楯無は一番ダメージを負った簪の手当てを手伝っている。

 

 なので会話はカーテン越しだ。

 

「また日を改めて、ということは?」

 

「それもないわねー。もともとクラス代表対抗戦の目的は生徒たちの学習のモチベーション向上だから、対抗戦自体にはやらなきゃいけないという理由はあんまり無いの。対抗戦のためにまた日程の調整をして通常授業を潰したら本末転倒。まあ生徒たちから不満が出ないように救済措置はあるでしょうね」

 

「はぁ。鈴との賭け、どうしたもんかなぁ……」

 

「あら一夏くん。簪ちゃんがこんな大怪我したのに対抗戦続行を希望するなんて、結構鬼畜?」

 

「え!! 簪さんそんなにひどい怪我なのか!?」

 

 驚いた一夏が咄嗟にカーテンを開ける。と、すぐ目の前に楯無が視界を塞ぐように立っていた。

 

「……えっと、楯無さん?」

 

「目潰し♪」

 

「っギャアァァ!!」

 

 ベッドに倒れ落ち、のたうつ一夏。

 

「もう。簪ちゃんの身体を拭いてるときにカーテン開けるなんてデリカシーがないぞ、一夏くん」

 

「いやワザとですよね楯無さん!!」

 

「お、お姉ちゃん。私は大丈夫だから」

 

「うそ、裸を見られても大丈夫だって言うの! まさか、二人がそこまで進んでいたなんて……!」

 

「進んでない!!」

「進んでません!」

 

「一夏、お客さん」

 

「ああ……。悪い伊奈帆、俺、いま目が見えないんだ。誰が来たんだ?」

 

 しかし伊奈帆が答えるより早く、訪問者の声が一夏の耳に届いた。

 

「堂々と女の子の裸を覗こうとするなんて、サイテー」

 

「り、鈴!? 違うぞこれは! 生徒会長の陰謀なんだぁ!!」

 

 幼なじみにあらぬ誤解をされては堪らないと、一夏は必死に縋りつきながら弁明を重ねる。

 

「……なにカーテンにしがみついてんのよ。キモい」

 

「あ、鈴はそっちか。いやちょっと視力がな」

 

「ま、別にいいけど。どうせあんたにはそんな度胸ないし。……にしても結構元気そうじゃない。ベッド使ってるもんだからてっきり骨の一つでも折ったかと思ってびっくりしたわよ」

 

「なんだ、心配してくれたのか?」

 

「これで心配の一つもしなかったら中々の薄情者よそいつ」

 

「それもそうか。ありがとな、鈴」

 

「ふん。見舞いの方はついでよ。それで? 勝負の方はどうするの?」

 

「あら。二人して学校行事で賭け事? 生徒会長として、お姉さん見過ごせないわねぇ」

 

 カーテンの向こうから楯無ひょっこりと顔を出す。

 

「生徒会長!? どうしてこんなところに!?」

 

「違いますよ楯無さん。賭けといってもお金とかじゃありませんから。こいつが昔――」

 

「わっ! わぁーなんでもないです! なんでもないんです会長!!」

 

「ふーん? それはひょっとして、"昔、鈴ちゃんとしたある約束を一夏くんが『毎日酢豚を奢ってくれる』という風に間違えて記憶していて、それに鈴ちゃんが激怒した"って話と何か関係があるのかしら?」

 

「な、なんで生徒会長がそのことを知ってるんですか!?」

 

「そそそれってもしかして、『毎日お味噌汁を……』的なプロポーズなんじゃ――」

 

 うっかり核心を突いてしまう簪。鈴音は慌ててその口を塞ごうとする。

 

「わーっ!! ちょっとアンタなに言ってんのよ!!」

 

 簪に跳びかかる鈴音。しかし彼女の首根っこを楯無が掴んで食い止めた。

 

「ホイっと。怪我人に無茶をしないの」

 

 鈴音は悪さをした猫のように捕まっている。

 

「フシャーッ!!」

 

「ううっ……」

 

「プロポーズかぁ。確かについさっき約束のときの言葉を思い出したんだが、言われてみればそう聞こえないことも……」

 

「――違うから!! プロポーズとか深読みしすぎだから!」

 

「おっ、おお。そこまでの勢いで否定しなくても分かってるって」

 

「あっ……。うん……」

 

 やってしまった。

 がっくりとうな垂れた鈴音を、楯無は床に降ろす。

 

「えっと。ごめんね凰さん」

 

「鈴でいいわよ、もう……」

 

 どんよりと、沈み込む二人。

 原因は分からないまでも二人の間の沈んだ空気を察した一夏は話題を変えようとする。

 

「あー。中華と言えばさ、鈴の親父さんの店、うまかったよな。日本に戻って来たってことはまたやるのか?」

 

「……その、お店はしないんだ。あたしの両親、離婚しちゃったから」

 

「え……。離婚?」

 

「私が中国に帰ったのも実はその関係でさ……。親権だと今はやっぱり母親の方が何かとやりやすいし、中国にも頼れる親戚がそれなりにいたから……。ああ、でも父さんとは一年くらい会ってないし、もしかしたら元気にお店やってるかも」

 

「そうだったのか……」

 

 さらに沈み込む部屋の空気。

 ここから何と声を掛けるべきか、一夏が悩んでいると突然腕に痛みが走る。

 

(痛ぇ! なに――!?)

 

 見れば、一夏のベッドに腰かけるように上がっていた楯無が一夏の腕を抓っていた。

 

(ちょっと一夏くん!? どうしてくれんのよこの空気! 簪ちゃんまで落ち込んじゃったじゃない!)

(いや俺も予想外でしたよこの流れは!? 鈴の御両親すごい仲良かったですし、まさか離婚するなんて……)

(言い訳しない! 私たち鈴ちゃんとはまだ付き合い浅いんだから、離婚の話題から変えられるとしたら一夏くんしかいないのよ! それとも鈴ちゃんがこの沈黙を破るまで待つつもり!?)

(い、伊奈帆! ちょっと助けてくれ! なにか良いアイデアは!?)

(分かった。増援を呼ぼう)

(……増援?)

 

 以心伝心で会話するここまでが4秒。伊奈帆が外部に通信を入れるまでが5秒。

 そして十数秒も経たないうちに廊下からバタバタと足音が聞こえてきて、保健室のドアが勢いよく開く。

 

「一夏!!」

「一夏さん!!」

 

 飛び込んで来たのは箒とセシリア――。

 

「―― って俺!?」

 

「界塚から聞いたぞ! 『一夏が上級生と一緒に保健室のベッドに乗っている』と!!」

「その女性はいったいどちら様ですの!?」

 

「……あら? それって私のこと?」

 

 一夏の隣に座っている楯無が、自分のことを指差す。実状は一夏の腕を抓るために近づいただけなのだが、今来たばかりの二人からは一夏と腕を組んでいるようにしか見えなかった。

 愕然とし俯いた二人の肩がぷるぷると震える。

 

「ふ――」

「ふ――」

 

「……ふ?」

 

「――不埒者ぉぉっー!!」

「――不潔ですわーっ!!」

 

「ちょ、待って二人とも話を!! 楯無さんからも何か言ってください!!」

 

「お姉さん退散(たいさ)~ん」

 

「待って置いてかないで楯無さん!」

 

「一夏ぁ! 覚悟ぉっ!!」

 

「うギャアァーー!!」

 

 

 

 

 

「なんか、また一夏が大変なことになってるね……」

 

「元気? 伊奈帆。見舞いに来たよ」

 

 一夏に襲い掛かる二人の後からシャルロットと韻子が保健室に顔を出す。伊奈帆は二人には救援要請を送っていないので、おそらく箒とセシリアの様子から察して来たのだろう。

 

「僕は平気。軽度の打撲だから本当はベッドも必要ないくらい」

 

「分かってるって。全然攻撃は喰らってなかったし、訊いてみただけ。本当に心配したのは更識さんの方なんだけど……今は近づける感じじゃないか」

 

 

 

 

 

 韻子の言う"更識さん"―― 簪は、一夏の身の潔白を荒ぶる二人に説明していた。

 本当に良い娘である。

 

「……だから、お姉ちゃんがふざけてただけで織斑くんは悪くないの」

 

「なるほど。そうでしたの……」

 

「いや、容易く信じるなセシリア。聞けばその生徒会長とこいつは姉妹だという。実は口裏を合わせて――などということも考えられるのではないか?」

 

「ハッ……! 更識簪……おそろしい子ッ!」

 

 

 

 

「――いや。あんたらいつまでコントやってんのよ」

 

 鈴音の冷静なツッコミ。

 

「む? コントだと」

 

「だいたい口裏合わせだの保健室のベッドだので騒ぐなんてどんだけ恋愛脳なのって話よ。別にこの姉妹のどっちかが一夏に惚れたってわけじゃないんでしょ?」

 

「――ひょえっ!!」

 

「む!?」

「ん!?」

「あら?」

 

 三人の視線が一斉に、不用意に反応してしまった声の方へ向く。睨まれた簪は鷹の前の雀のように怯えるしかなかった。

 

「……そういえば、一夏がアリーナに出たのってこの娘を助けるためだったっけ?」

「状況的にはそのように見えたな」

「一夏さんならやりそう……いえ。まず間違いなく助けますわね」

 

「あ、ああああ……。お姉ちゃ――」

 

「はいはいそこまで。あんまり怪我人を追い詰めない」

 

 韻子が三人と簪の間に割って入る。ここで楯無が動いても(こじ)れるとの判断だ。

 

「ふむ。確かに韻子の言う通りだな」

「この話は後日改めて、ということにいたしましょう」

「そういうことだから早く怪我を治しちゃいなさいよね」

 

 三人はとりあえず矛を収めた。

 

「えっと、ありがとう。網文さん」

 

「長い付き合いになるし、韻子でいいわよ。私もお姉さんと紛らわしいし簪って呼ぶから」

 

 

 

 

 

「ねぇ伊奈帆。あの二人って以前から知り合いだったっけ?」

 

 クラスの違う二人の生徒の接点を疑問に思ったシャルロットが尋ねる。

 

「日本の代表候補生選考に韻子も出てたから、たぶんその関係」

 

「あー、そういうのか。確かに一つの国の中だとISの世界って結構狭いもんね」

 

 

 

 

「ハイハイ。皆、友達のお見舞いに来るのは感心だけど、ちょっと騒ぎ過ぎ。と言うか人数多過ぎよ。そろそろ退散しましょ」

 

 静かになった頃合いを見て、楯無が号令をかける。

 確かに彼女の言う通り、保健室の中は見舞客だらけだ。新しく保健室を利用したい生徒が来たら困ってしまう。それに騒ぎ過ぎたのも事実で、もしここに織斑先生がいれば折檻を免れなかっただろう。

 

「そうだな。無事も確認できたし、私たちはこれで失礼するぞ一夏。……む? 一夏、寝ているのか?」

 

「まあまあ。白目をむいて床に寝転がるなんてお体によろしくありませんわ。ベッドの上に運んで差し上げないと」

 

「……一応聞くけど、あんたらそれギャグで言ってるのよね?」

 

「あははは……。それじゃあ伊奈帆、一夏、簪さん。お大事に」

 

「それじゃあお大事に……。あ、伊奈帆、怪我がないのは分かったけど一応今日は大事を取って入院しときなさいよ」

 

 

 

 ぞろぞろと退散する女子たち。

 立ち去った後の保健室は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになった。

 

 

 

「……実際、更識簪の負傷はどの程度なのですか?」

 

 気絶した一夏越しに伊奈帆が尋ねる。

 

「大丈夫だよ。骨折みたいな大きな怪我じゃないし――」

 

「簪ちゃん、ウソおっしゃい。両足にヒビ入ってるでしょ。それに全身に重度の打撲。三日間は安静ね」

 

「ううっ……」

 

「でも、今回の事件を考えたらこの程度で済んだのは僥倖なのかもしれないわね。あのISのパワー、エネルギー兵器の威力。尋常じゃなかったわ」

 

「打鉄が、守ってくれたから……。それに織斑くんが助けてくれたし……」

 

「えーお姉ちゃんも頑張って駆け付けたのに……。恋する乙女の目にはもう、王子様しか映らないのね」

 

「ち、違っ!? お姉ちゃんにも界塚くんにもほんとに感謝しててっ、えっと!!」

 

「わかってるわよ。からかっただけ。簪ちゃんも、今日はよく頑張りました。あそこから立ち直れるガッツがあったなんてお姉ちゃん驚きよ?」

 

「えへへ……。あ! 織斑くんにまだ、お礼言ってない……」

 

「今は寝てる(?)し、また今度になさい。時間はたっぷりあるんだから焦ることないわよ。……私はこれでお(いとま)するけど、簪ちゃんも伊奈帆くんも、しっかり休んで早く治しちゃいなさい」

 

「はーい」

「この位の怪我なら動いた方が治りが……」

 

「駄目よ、伊奈帆くん。周りの人も心配するしここで休むのいいわね?」

 

「会長がそう言うのであれば」

 

「それじゃ二人とも、安静にしてるのよ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

(……あれ? ここ、どこだ?)

 

 一瞬、見慣れない景色に戸惑うが、すぐにここが保健室で自分がベッドに寝ていたことを思い出す。

 

(確か、アリーナでよくわからないISと戦って、そのあと保健室で休んでたらセシリアと箒に――)

 

 ――思い出すのはよそう。

 

 ぼんやりとあたりを見ると、ベッド周りのカーテンがちゃんと閉まっていた。誰かが気を使って閉めてくれたのだろう。

 そのカーテンの向こうから声が聞こえる。

 

「―― だから―― 無茶はしないで――」

 

「大丈夫だよ――。――から、――」

 

「もう――。――。まったく……」

 

 

 

(ああ……。この声、伊奈帆のお姉さんか)

 

 目が覚めたばかりで喉が渇いたから水の一杯でも貰おうと思ったけど、今は外に出れる空気じゃない。

 しかたがないので、もう一度シーツを被り直ることにした。

 

 

 ◇

 

 

 

 ……カサっ。

 

「……ん?」

 

 浅い微睡みの中にいた一夏は、微かな物音に目を覚ます。

 

「……あれ? 千冬姉?」

 

「なんだ、起きたのか」

 

 目が覚めた一夏に、千冬は持ってきた紙袋を投げ渡す。一夏はその中身を開けてみた。

 

「『あんばた』と塩パンとアンパン……。購買の売れ残りのパンじゃねぇか!? しかも餡子で被ってる!」

 

「生憎、これでも教師として多忙の身でな。それに出来合いの物なら冷めても食べられるだろう」

 

「ああ、そうか……。ありがとう、千冬姉。代金は後で渡すよ」

 

「いらん。それに織斑先生だ馬鹿者」

 

 一夏がふと窓の外を見ると、陽はとっぷりと暮れていた。

 

「腹減ったと思ったら、もうこんな時間だったのか。昼に寝すぎて生活のリズムが狂っちまうぜ」

 

「なに、体力と精神力をすり減らして戦った後はそういうものだ。どうせ夜もぐっすり眠れるから安心しろ」

 

「織斑先生。今日襲ってきた敵、なんだったんだ?」

 

「"調査中"としか今は答えられん。ただ戦闘に加わった者には調査結果が出たら教えることになっている」

 

「そうか……」

 

「まったく、無茶をしてくれるな。IS操縦者としてある程度の危険は付き物だが、なにも好き好んで自分から突っ込んでいくことはないだろう。たった一人の家族に死なれては目覚めが悪い」

 

「ごめん、千冬姉。でもただ見ていることなんて俺には出来ないかったんだ。助けられる距離にいて助けられる力があるなら、俺は守りたい」

 

「お前がそういうヤツだということは百も承知だ。だが織斑、お前が身を挺してでも誰かを助けることに心を痛める人がいることを忘れるな。篠ノ之やオルコットにも後で謝っておけ」

 

「……ああ」

 

「飯を食ったら歯を磨いてさっさと寝ろ。お前たちは明日も通常授業だ。一旦寮に戻る分いつもより早く起きないと遅刻するぞ」

 

 

 

 

 

 

 千冬が帰った後、消灯した保健室のベッドの上で一夏は今日の戦闘について考えていた。

 

 確かに戦いには勝った。予期せぬ事態であったことや襲撃者の強さを考えれば三人ともこの程度の怪我で済んだことはむしろラッキーなのだろう。だが、自分はそれで満足していいのだろうか?

 楯無さんは昼間なにかとふざけていたけど、それでも妹の面倒は丁寧に見ていた。襲撃者の攻撃を何度も受けていたことを考えれば決して軽い怪我じゃないことは想像がつく。

 それに加え思い出されるのは、見舞いに来てくれた千冬姉や幼なじみたちのこと。みんな本気で心配してくれていた。それ自体は喜ぶべきことなのかもしれないが、裏を返せば不安にさせてしまったということだ。守る守ると(うそぶ)いて周りの人を不安にさせるようでは、それは自分が憧れた強さではない。

 

 

 (俺はもっと強くならなくちゃいけない。千冬姉にも心配をかけない、誰も不安にさせない、そんな強さが必要なんだ……。……ん? 何か違うような……)

 

 誰かを護る為には強くあるべき。それは間違いないのだが、何か千冬の言っていた言葉に引っ掛かりを感じる。

 しかし微睡(まどろ)みの中では簡単な思考もまとまらない。一夏はそのまま、眠りの中へ落ちていった。

 




 とりあえず一夏と簪のフラグは回収。基本、原作のヒロインは一夏とくっつけるつもりです。
 ただ個人的に楯無は一夏に惚れる前の方がお姉さんキャラとして魅力的だと思うので、改変があるとすればそこだと思います。


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第十八話 襲撃の後に残るもの

 十七話に続いて襲撃事件の後の話です。
 前回の保健室がギャグ多め(のつもり)だったので、今回はシリアス(?)がメインです。


 クラス代表対抗戦襲撃事件からしばらく経ったある日の放課後。一夏は千冬に呼び出され普段は近付くことのない部屋に来ていた。

 窓には暗幕が掛かっていて室内には机が無く椅子だけが並ぶ。簡易視聴覚室のような部屋だ。

 

 そして一夏と同じように呼び出されたメンバーが三人。伊奈帆と簪、それと箒。

 これで呼び出されたのが一夏と伊奈帆と簪の三人ならば用件は先日の襲撃事件のことだと分かるのだが、そうすると箒という人選が不可解だ。

 

 何が起こるのか分からないので大人しく一夏が座って待っていると、部屋の扉が開いて真耶が入って来た。

 

 箒が手を挙げ質問をする。

 

「あの、山田先生。私たちはどうしてここに来るよう言われたのですか? 理由をまだ教えてもらっていませんが……」

 

「ええと詳しいことはこれから来る二人に説明してもらいますが……。その前に皆さんにはこの書類にサインをしてもらいます」

 

 そう言って真耶は持ってきた書類の束から複数枚セットの紙を四人に渡していく。

 

「……なんだこれ?」

 

「契約の同意書。内容は……見た限り、IS学園が統制対象に指定した情報を外部に漏らさないようにするためのものか」

 

 IS学園は日本でいうところの高等学校に相当する教育機関であると同時に、世界各国から最先端の技術が集まる研究施設でもある。そのため機密保持のための同意、契約は珍しくない。

 四人は促されるままに契約書を読みながら複数個所にサインをした。

 

「……なあ。この文章ややこしくてイマイチよく分からないんだけど、サインして大丈夫なのか?」

 

「細則まで細かく定められてるのは罰則に関する事項ばかりだから、人に吹聴してまわらない限り大丈夫だよ」

 

 サインを終えた人から順に真耶が同意書を回収していると、部屋の扉が開きさらに人が入って来る。千冬と楯無だ。

 

「あら? ちょうど書き終わったところかしら」

 

「お姉ちゃん? 今日は生徒会のお仕事のはずじゃあ?」

 

「今日は特別。こっちの方がちょっと重要な用件なのよ」

 

 そう言って楯無が開いた扇子には達筆な字で『優先順位』と書かれている。

 その後ろで千冬は真耶から四人分の同意書を受け取っていた。

 

「山田先生。ありがとう」

 

「いえいえ。四人全員、サインに不備ナシです!」

 

「ふむ―― それでは諸君、本題に入ろう」

 

 千冬の宣言と共に真耶がリモコンを操作すると部屋の明りが暗くなり、千冬の後ろに巨大なモニターが浮かび上がる。

 そしてその画面に、昨日アリーナを襲撃した正体不明のISの映像が表れた。

 

 必然的に四人の表情が強張る―― 若干名、表情の変化が乏しい者もいるが。

 

「知っての通り、こいつは先日アリーナを襲撃しクラス代表対抗戦に乱入したISだ。姿形はこれまで各国が発表したどのISにも似ておらず、共通する特徴も見受けられない。学園外の専門家に聞いてもそれはほとんど同じ意見だった」

 

「戦闘の映像から分かるのは、類い稀な機動性とパワー、そして高火力の熱線。識者の意見でも、このISは最新の第三世代型ISのスペックを上回っている可能性が高いとのことです」

 

 映像が切り替わり今度は破壊された襲撃者のISが映る。画像を撮った場所はISが倒された現場のアリーナではない。何処かきちんとした場所で部品ごとに整理され並べられている画がモニターに映されている。

 その頭部の装甲はひび割れ、胴体にはぽっかりと孔が開いていた。

 

「さて。そしてそのISの操縦者だが―― 諸君のうち何名かが想像している通りこいつは無人機だ。操縦席に当たる場所が存在せず全てのパーツが一体化している。血液や毛髪など人の痕跡も見当たらなかった。……なんだ? 界塚」

 

「無人機に使われていた技術は遠隔操作とAIによる独立稼働、どちらか判るでしょうか?」

 

「残念ながら無人操作の中枢部位はどこぞのバカに破壊されたせいで解析不能だ」

 

「てへっ♪」

 

 楯無は『ドジっ娘』と書かれた扇子を広げながら舌を出す。

 

「……まあいい。機体の解析可能な箇所を調べた結果だが驚くべきことにコードの切れ端からネジの一本まで、生産工場を示すようなものは見つからなかった。襲撃の首謀者は依然、不明のままだ」

 

 そこまで話が進んだとき、おずおずと一本の手が上がった。簪だ。

 

「あの、ISのコアは無事だったんですよね?」

 

「……ああ」

 

「だったらコアの登録番号を調べれば、どこの国の所属なのか判るんじゃないですか?」

 

「コアは未登録のものだ。私からはこれ以上言えん……。いや、もう一つ言わなければならないことがあったな。IS学園はこのコアを破壊したとIS委員会に報告した」

 

「えっ!! 千冬姉ウソを()くのかよ!」

 

 壇上から降りた千冬はつかつかと歩み寄り、一夏に鉄拳制裁を喰らわせる。

 

「がはっ!」

 

「織斑先生と呼べ、人聞きの悪い。もし国際社会に向けこのコアの存在を明らかにすれば必ずコアの奪い合いとそれに絡めた襲撃の犯人探しが始まるだろう。そして生憎だが、私には国際協調の和を乱し争いの火種を放り込む趣味はない。諸君らもこのことは他言無用だ。解ったな」

 

「……は、はい!」

 

 

 

 

 

「失礼しましたー」

 

 説明を受け部屋から退出した四人は、人気のない廊下を歩き一年生の寮に向かう。

 しばらく沈黙が支配した後、一夏が歩きながら口を開いた。

 

「……結局、何の話だったんだ?」

 

「話の要点は、今回の襲撃騒動について一切他言無用。そういうことだよ」

 

「まあそれは分かるんだが……。無人機とか未登録コアとか、そんな深刻なことなのか?」

 

「……一夏、ISは人が乗らなければ動かないことや、コアの登録番号については知っているな?」

 

「なんだよ箒、改まって。えっと両方とも教科書で読んだぞ。コアにはそれぞれコアナンバーがあって、アラスカ条約によるコアの国家間配分のときにどの国がどのナンバーのコアを持っているのか登録している……だったか? 確か」

 

「そうだ。今まで不可能とされてきた無人操縦技術の開発、それに存在しないはずの未登録コア。ここまで証拠が揃えば誰が犯人かなんて簡単に想像がつく」

 

「……まさか!?」

 

「ああ、そうだ。今回の襲撃事件の首謀者は……おそらく私の姉だろう」

 

 篠ノ之箒の姉、篠ノ之束。

 ISの生みの親であり、現在世界から姿を眩ませている彼女なら、無人操縦システムの開発も新しいコアの作製も出来るだろう。むしろ彼女でなければ未登録コアなど手に入るはずがない。直接的な証拠こそないが、彼女が今回の襲撃事件の犯人であることはほぼ間違いない。

 

 箒は廊下の真ん中で立ち止まり、勢いよく簪に頭を下げた。

 

「すまない! 私の姉が、多大な迷惑を掛けた!」

 

 突然90°頭を下げられた簪はパニックになりながらも、それでも頑張って思うことを言葉にする。

 

「え、えっと篠ノ之箒さんが謝ることじゃないです! 頭を上げて下さい!」

 

「しかし――!」

 

「もし……もしもお姉ちゃんが他所様に迷惑を掛けたなら、私は謝る前に何でそんなことをしたのか理由を聞きます! それからお姉ちゃんにも文句を言います! どっちもできない篠ノ之さんが謝るのはおかしいです!」

 

「僕も箒が謝ることじゃないと思う。この場合に謝罪行為が必要だとしても、篠ノ之束が頭を下げるのが先だ。僕もユキ姉が失敗したらしっかりと意見するよ」

 

「う~ん。千冬姉が人に迷惑を掛けたこと、あったか? 想像も出来ん」

 

 三者三様の意見。箒は可笑しくなって、つい吹き出してしまう。

 

「はははっ……。なんだ? ここにいる全員、姉がいるのか!」

 

「え? あ、本当だ」

 

「四人全員は中々珍しい確率かもしれない」

 

「確率とか言うなよ。人と人との繋がりは"縁"ってやつだ」

 

「……姉の縁? それはちょっと……」

 

「ははっ……はぁ。全く、一夏は何下らないことを話しているのやら」

 

「俺!? まあ、箒が元気になったようで良かったよ」

 

「お陰様でな。更識さんも、ありがとう。それと最後に一度だけ言わせてくれ。すまなかった」

 

「えっと、『簪』でいい……」

 

「なら私のことも箒と呼んでくれ……っと。そろそろ夕食の時間だな。このまま皆で食堂に向かうか?」

 

「賛成」

 

 部屋を出たときよりも幾分明るい雰囲気で、四人は寮の食堂に向かった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 襲撃者と交戦した三名と関係者の肉親と推定される一名の生徒への説明を終えた後、更識楯無は別の部屋の前に来ていた。

 重厚な扉の上のプレートには『学園長室』と記されている。

 

 ノック三回。そして中から返事が返ってから、楯無は扉を開けた。

 

「失礼します」

 

「やあ更識くん。いらっしゃい」

 

 楯無を迎えたのは穏やかな雰囲気を持つ初老の男性だった。IS学園の理事長を妻に持つこの男性は、普段は用務員として働いている。しかしその正体はIS学園の実務を担い組織として運営する実質的な学園トップでありブレイン。

 

 まるで孫を出迎えるかのように表情を綻ばせた『轡木 十蔵』は、茶葉の筒と急須が乗ったお盆を棚から取り出し楯無に椅子に座るよう促す。

 楯無が応接室のようなソファに座ると、その向かいに十蔵が座った。二人の間の机の上にお茶とお菓子が乗ったお盆を置く。

 

「ささ、遠慮なくどうぞ」

 

「もうすぐ夕食でしょう? 奥さんに怒られるのでは?」

 

「なぁに。ちょっと遅いおやつですよ」

 

「それじゃあ、頂きます……。うん、美味しい!」

 

「そう言ってもらえてよかったですよ……。それで、今日は如何なるご用件で?」

 

 最後にお茶を一啜り。湯呑から顔を上げた楯無は真剣な表情になっていた。

 IS学園の一生徒ではなく、対暗部用暗部『更識家』当主として楯無は口を開く。

 

「やはり、彼は危険です」

 

「……彼、とは?」

 

 十蔵は楯無の言及する人物が誰なのか、もちろん理解している。

 とぼけたような言動は穏やかな否定の表意だ。それを十分に理解しつつ、彼女は自分の主張を続けた。

 

「無論、『界塚伊奈帆』のことです。先日、肩を並べて戦ったことで、よりはっきりと理解しました。彼の実力は、"才能のある素人"と呼べる枠を大きく逸脱しています」

 

「その話ですか……。彼の氏素性に疑惑無し。入学以前の身辺調査でそのように結論が出たはずですが?」

 

「わかっています。界塚伊奈帆の両親はともに軍人。彼が産まれたすぐ後に、災害派遣の先で人為的事故に巻き込まれ死亡。その後、姉の界塚ユキと孤児院で暮らす……。現在では界塚ユキは織斑千冬と友人関係にあります」

 

「織斑先生の人を見る目は確かです。それとも、更識さんは疑うつもりですか?」

 

「それが学園を護る為になるのなら、幾らでも。界塚伊奈帆のIS学園入学が決定する際にIS委員会の中で不可解な動きがあったのは紛れもない事実です」

 

「……話を伺いましょう」

 

「これを」

 

 楯無が取り出したのは、IS委員会のとあるメンバーの動向に関する資料だった。

 

「『ギルゼリア・V・レイヴァース』。IS委員会保守派の筆頭ですか」

 

 いかに国際協調を目的に設立されたIS委員会とはいえ、そこは巨大組織の常。その内部ではいくつもの主張が衝突し合い権謀術数が渦巻いている。

 そしてその委員会を構成、運営する委員たちは、その出自や主張によって大きく二つのグループに分類される。

 

『ISという脅威から既存の利権や秩序を守ろうとする保守派』

 と

『ISのあらゆる分野における更なる活躍を支持する革新派』、である。

 

 保守派のメンバーにはISの出現以前から高い社会的地位を有する者が多く、元国連職員や政府関係者、貴族や企業の重役から出身した者も在籍している。国家行政やIS登場以前から巨大資本を有する企業とのパイプが太いのが特徴。以前は今よりも勢力があり、IS委員会設立当初は幹部の八割が保守系統のメンバーで占められていた。

 対する革新派のメンバーには、出自や経歴よりもその才覚で登り詰めたものが多い。彼らのバックにいるのは爆発的に力を伸ばしているIS関連企業やISの進展を是とする国家や政権。単純な財力や権力では保守派に与する勢力には劣るものの、近年は国際世論を味方につけ影響力を増しつつある。

 

 ギルゼリアは保守系統の中で二番目に大きな派閥を率いる委員会メンバーであり、彼を知る者からは『類い稀な野心家』として認識されている。その野心故に更識家からは監視の対象とされていた人物だ。

 

「界塚伊奈帆くんの学園入学、専用機の譲与がこれほどスムーズに進んだのは、この男が根回しをしたおかげです。そしてその根回しのタイミングがあまりに出来過ぎている」

 

「なるほど、それは確かに怪しいですね。界塚くんと直接接触した記録はないのですか?」

 

「物的証拠はありません」

 

「ふむ。しかし入学以前、界塚くんが日本の学校に通っていたことは裏が取れていますから、例えレイヴァース氏と彼に繋がりがあったとしても精々連絡を取り合う程度しか出来なかったでしょう。界塚くんが委員会メンバーの間諜だという線は薄いように感じますねぇ」

 

「……たとえ限られた時間、条件下の接触であっても相手の心理に揺さぶりをかけ、自分たちの勢力下に取り込む。訓練を積んだエージェントであれば決して不可能ではありません。事実、更識家にはその類いの技術を修めたものが数名程ですが存在します」

 

「貴女の実家を基準にされると、ちょっと困ってしまいます」

 

「実はそうとも言い切れません。ギルゼリアは北欧貴族の家柄であり、そういった古い貴族家には代々黒子のように使える家臣がいるもの……。そうした影の一族から生まれた小規模な暗部組織が欧州には複数潜在すると考えらえています」

 

「いやはや。そこまでいってしまうと些か勘繰り過ぎでしょう。それに、その方法では貴女が言っていた彼の異様な強さが説明付きません」

 

 暫しの沈黙。

 楯無は冷めた湯呑を手に取り、その中身を空ける。

 

「……正直、その点は私にも皆目見当が付きません。危機的な状況に瀕してあの冷静さ、判断力。アレがほんの数ヶ月前まで普通の中学生だったなんて信じられないですよ」

 

「私はISに乗れませんから映像で見るしかありませんが……。彼の強さ、"天才"という言葉では片付けられないのですか?」

 

「私から見れば『天才』はむしろ織斑一夏くんの方です。極めて短期間の練習で技術を習得し、実戦で自分の戦い方に取り込む。流石は織斑千冬の弟と、納得できるだけの才能を持っています。ですが伊奈帆くんの強さはそれとは違う。もっと漠然とした、得体の知れない強さ。気味の悪さすら感じる」

 

「……更識くん。私はきみの思慮や言葉、経験に基づいた直感を高く評価しています」

 

「痛み入ります」

 

「ですが物的証拠もないまま、個人への詮索を推し進めるべきでないのもまた事実。()()()()()()()を動かすことはできません。今回のことは私も念頭に置いておきますので、貴女は学園の生徒会長として、これからも生徒たちを守ってあげてください」

 

「……わかりました」

 

 

 楯無は胸中の不安を拭えぬまま、学園長室を後にした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「一夏。空いた」

 

 シャワーを浴び終えた伊奈帆が脱衣所から出ると、一夏が椅子に座りながら何か考え込んでいた。机の上には教科書も参考書も広げられていない。

 

「一夏」

 

「なあ、伊奈帆。なんで束さんは無人機でIS学園を攻撃したんだ?」

 

「分からない。普通なら無人操縦技術の露呈、ISコアの喪失、手配措置の強化などのリスク以上のリターンがあり、それを目的に行動したと考えるべきだけど、おそらく彼女はその全てを度外視して行動している。理屈でしか捉えることの出来ない僕よりも、実際の篠ノ之束を知っている篠ノ之箒や君たち姉弟の方が彼女の行動を理解できると思う」

 

「……確かに無茶苦茶なんだよあの人。それでも俺の憶えてる限り妹の箒だけは大切に思ってた。だからIS学園を襲撃して箒の立場が悪くなるようなことをするとは、俺には思えない」

 

 伊奈帆は濡れた髪を拭きながら一夏の話を聞く。

 篠ノ之束の情報を得る良い機会だ。同時に混乱している友人を慰めるべき場面でもある。

 

「一夏自身は今回の襲撃事件で何か変化はあった?」

 

「変化? ……変化か。言われてみれば、少しだけ認識が変わったかもしれない。なんというか、今までISってそんな怖いものだとか考えてなかったんだよ。確かに初めて銃を向けられたときは結構ビビったけど、それでもISというスポーツの中の危険性みたいに考えてた。でも昨日初めて競技の外から敵に襲われたとき、それが間違いだって気付いたんだ。ISの競技の中に危険があるんじゃない、ISという大きな力をスポーツの枠の中に無理やり収めているってことに、俺は気が付いた……。でも、それがどうしたってんだ?」

 

「これは僕の推測だけど、篠ノ之束の価値観は異常だ。世界的な事件や発見を些末事として捉えているきらいがある。彼女にとってはそんなことよりも織斑千冬や篠ノ之箒の、ちょっとした感情の機微の方が重要なんだ。昨日の襲撃事件で心境に変化があったのは一夏だけじゃない。むしろ襲撃される一夏を見てることしか出来なかった織斑先生や箒の方が、心境に大きな変化があったかもしれない」

 

 一夏は目を見開く。

 

「そんな、そんなことのために簪は襲われたのか!?」

 

「一夏、落ち着いて。全ては僕の推測に過ぎない。それに篠ノ之束は稀代の天才だ。何処まで先のことを見通しているか、例え今は小さなことでも将来的には大きな変化に繋がるかもしれない」

 

「だからって関係ない人を傷付けるのは間違ってる!!」

 

「確かに重大な国際協定違反だ。でもそれを糾弾し断罪するのは一夏の役割じゃない」

 

「伊奈帆、断罪とかじゃないんだ。あの人はちょっとやって良いことと悪いことが分からなくなる時がある。俺は、それを教えられれば十分だ」

 

「やっぱりそれは、やりたいことであって背負うべきことじゃない。僕たちは昨日、生徒としての責務を逸脱し人道的に為すべきと思ったことを為した。その時点で十分だ。さっきも言ったけどシャワーが空いた。とりあえず一度、頭を冷やしてくるといい」

 

「ああ……。そうするよ」

 

 立ち上がった一夏は着替え一式を取り脱衣所へ向かう。

 

 

 

 

 

 シャワーの水音が聞こえてから、伊奈帆は自身のブック型の端末を起ち上げた。そして昨日途中まで書いたレポートの仕上げに着手する。

 タイトルは『IS学園襲撃者について:学園の声明に対する補足情報』。提出先はIS委員会の公安を名乗る男。

 伊奈帆は従順且つ反抗的な子供を演じながら、既にその男の背後にいる人物に目星をつけていた。

 

 




 なんかきな臭い話になっていますが、ぶっちゃけ大層な世界観や設定とかは用意してないです。不穏な雰囲気を出したかったという、ただそれだけ。
 ギルゼリアさん。名前だけ登場です。アルドノア本編でも名前だけの登場でしたが、本当に名前しか分かりません。ググっても容姿の情報も苗字も出てこないのでお手上げです。


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《機体設定》 

 オリジナル(?)で登場させたISの設定です。
 オーバーラップ版の設定紹介風にまとめました。細かい用語などに深い意味が無いのは原作準拠だと思ってください。


 

緋鉄 (第一話登場)

 

 

名称:緋鉄(Higane)

和名:緋鉄(ひがね)

型式:強化外装・五六式

世代:第二世代

国家:日本

分類:近接格闘型

装備:近接ブレード『模造・雪片(もぞう・ゆきひら)(仮称)』

   アサルトライフル『焔備(ほむらび)』

装甲:試作型スライド・レイヤー装甲 

仕様:着脱式外付推進器、打鉄との装備互換性

概要:"最強のIS『暮桜』の量産化"という上層部の意により設計、開発された日本の第二世代。脚部メインスラスターをパッケージにより換装可能。戦況によって、航続性と安定性に優れたウイングスラスターと瞬間的な加速に優れたキックスラスターを使い分けることが出来る。当時困難と言われていた機動性と操縦性の両立を成功させたことにより高い評価を得るが、後続的に開発された姉妹機『打鉄』の性能の方が量産機としてのニーズに則していたため、本格的な量産は見送られた。またそれにより専用の近接格闘用装備の開発も頓挫している。倉持技研の開発系譜においては高機動格闘型機として『暮桜』と『白式』の間を繋ぐ機体。『プロト白式』。

 

作者余談:スレイプニール登場以降はあまり作品に絡まない機体です。ぶっちゃけ伊奈帆が量産機に乗る展開を書くためだけに登場させました。イメージ的には防御型の『打鉄(アレイオン)』に対し紙装甲・高機動の『緋鉄(スレイプニール)』という感じです。

 

 

 

スレイプニール (第十一話以降登場)

 

名称:スレイプニール(Sleipnir)

和名:神馬(しんば)

型式:強化外装・番外六式

世代:第二世代

国家:日本

分類:全距離対応型

装備:近接ブレード『葵・薄葉(あおい・はくよう)』

   アサルトライフル『焔備(ほむらび)』  

   スナイパーライフル『禍筒(まがづつ)』

装甲:耐衝撃性スライド・レイヤー装甲(軽量型)

仕様:汎用OS『ASIMOV』

概要:日本の第二世代IS『緋鉄』を改造し、予定操縦者である界塚伊奈帆の要望に基づき日米合同チームが開発した機体。超長距離狙撃用パッケージ『撃鉄』と推進系パッケージ『キックスラスター』の換装機能を排除、小型化し標準装備として有する。その他、腕部ワイヤーアンカーや狙撃時の精密な姿勢制御のための背部スタビライザーを装備として追加。純粋格闘型に近かった緋鉄と異なり、中距離格闘から長距離射撃まで対応可能な高機動型として仕上がった。ちなみに装甲の色を緋鉄から変更しなかったため、改造以前の機体の知名度の低さが災いしオレンジ色が伊奈帆のパーソナルカラーとして学園生徒や世間から認知されている。

 

作者余談:『オレンジ色』『量産機の改良型』『機動性重視』『武装は実弾&実体剣のみ』という点でシャルのラファールと被ってしまった機体。一応ですがラファールは中距離主体、スレイプニールは全距離網羅という形で装備に差をつけています。当初は宇宙用のアンカー装備を背負わせるつもりでしたが作者がワイヤーアクションを描けないという理由から断念。

 

 





 原作一巻の範囲が終わってキリが良いので設定を投稿しました。気持ち的には一段落付いた感じです。


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