ソードアート・オンライン ~闇と光の交叉~ (黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス)
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プロローグ ~転生先はSAO~
しかし登場人物と主人公の関係から心情描写は全て自分で書いているので、丸ぱくりという訳では無いです。後々から変わってくるようにしているので。
もしそれもイヤという方は、申し訳ありませんがブラウザバックをお薦めします。私の力量不足なのですが、もう修正が利かない所まで書いてしまったので……
それでは長文失礼致しました。
実質第一話となるプロローグです。他の話に較べてかなり短いですが、どうぞ!
プロローグ
~転生先はSAO~
「目覚めて下さい」
……何だ此処は。白い空間に何時の間にか居る俺の目の前には黄金と白銀の鱗がある龍が居て、俺は混乱した……
龍の神か?
「当たりです。まず貴方、【黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス】さんは現世で死んでしまいました。しかし多くの人間の助けとなっていたので、特別に色々特典を付けて記憶を持って転生して戴く事になりました」
「……突っ込みどころ満載なのは一旦置くとして。龍神という事はあんたは……神、なのか……」
「そうです。正確には日本の他、全世界も守護し見守っている特殊な龍神ですが。元は世界を司っていた精霊神でしたが、とある事があって今の状態に」
「そうなのか……まぁ、それはいい。転生するのは確定事項なのか? そもそも俺はどうして死んだんだ?」
「それは――――」
*
「おーい、部活遅れるぞ」
「分かってるよ~」
本当に分かってるのか。俺は義理の妹の和葉の間延びした返事にそう思う。いくら俺が大型バイクで送るからって、そうゆっくりされても困るのだが。
そのまま玄関で待つこと一分、部活に間に合う時間ギリギリで出発した。
「もうちょっと余裕を持って出たいんだが」
「分かってるわよ。でも仕方ないじゃない、悠璃だって待たせる事あるんだし」
「だとしても、俺は予定時間を十分もオーバーしたりはしない」
信号が赤になったので、俺は黒い大型改造バイク【フェンリル】を停止させる。これで家から学校まである信号機六つの内、五つ引っかかった事になる。
急いでる時に限って赤信号が多いこの偶然、なんという歯痒さ。
「うー、急いでるのに!」
「だから俺は余裕を持って出たいんだよ」
「悠璃、もっと飛ばして!」
「無理。信号が赤だし、俺がそれすると色々とヤバイ」
俺は十四という歳で五つの企業の統括長をしている。九歳の時に立ち上げた企業だ。
九歳の時『桐ヶ谷』家に居候をしだす事になったのだ。俺は断ったのだが、そこの夫婦と二人の兄妹の四人に強く勧められ、結局俺が折れた。しかし根無し草で戸籍も持っていなかった俺を養うのは相当に苦労する筈。実際そうだったらしいがその話は詳しくは教えてくれない。
とにかく何もせずにただ養われるのを厭った俺は、かつていた所で学び、得た知識や行動力を活用してアメリカへ留学し、一年で主席卒業。情報を駆使して五つの企業を立ち上げた。それで恩返しをしようと思ったのだ。
結果的に五つの企業は成功、『五大企業』とも世界から呼ばれるほどになった。俺自ら手がけた研究、エイズやHIVウィルスの特効薬や高性能なアンドロイド、人型自律機動兵器や浮遊艦も開発した。それらを抑止力とすることで戦争へ武力介入をし、停戦へ持ち込むようにしたのだ。
俺は世界から『停戦者』という役職だか二つ名だかよく分からない仕事もし始め、現在多くのことに成功している。
俺自身が数年間続いた『ロシア内乱』の生存者であり、当時のロシアを統治していた者を俺が殺して内乱が終わった事もあり、『俺を敵に回すと生きられない』という認識があるらしい。そしてそれはあながち間違いでもない。数万の軍をたった一人で蹴散らしたのだから。
まぁ、そのせいで色々と縛りやしがらみ、憎悪や嫌悪されていたりする。だから俺はあまり桐ヶ谷家の皆と一緒にいようとは思えない。
嫌いと云うわけではない。ただ危険に晒すのが嫌いなだけなのだ。だからなるべく距離を置こうとしているが、それをこの和葉は酷く嫌がる。だから一緒にいるために、毎朝俺に送り迎えを頼むのだが――――
「なあ和葉、俺にも一応学校があるんだが? 遅刻したらお前のせいだぞ」
「こうでもしないと悠璃、一緒にいてくれないじゃん……中学では皆から距離置いてるし、何処にいるのかわかんないし」
「俺、お前が来た時は大抵教室で本読んでるんだがな……」
「本? なんて本?」
「【ソードアート・オンライン】。ほら、和斗と和葉に瓜二つの兄妹が出てくる、デスゲームを舞台にしたあの小説だよ」
「あぁ、あれね……今、十四巻まで出てるんだっけ?」
【ソードアート・オンライン】。それは俺が愛読している小説のタイトル。名前の通り、剣が主題になっており、主人公の桐ヶ谷和人がデスゲームを多くの仲間(女性が殆ど)と共に生き抜いて戦っていく小説だ。
この小説が好きなのは剣が出てくるバトル物だからなのもあるが、主人公の《桐ヶ谷和人》とその従妹の《桐ヶ谷直葉》の二人が、俺の今の家族である《桐ヶ谷和斗》と《桐ヶ谷和葉》そっくりな事もある。親の名前は全く同じ、偶然にも程がある。
桐ヶ谷夫妻と和斗と和葉の兄妹とは義理といえど、もはや家族も同然。俺も普段は《桐ヶ谷悠璃》だし、皆を大切に思っている。失いたくないと。
だからこの時だって周りを警戒していて、それで気付けた。俺達の方に突っ込んでくる大型トラックを見つけたのだ。ブレーキを踏んでも俺達に突進するだろう事は明らかだった。
だから俺は和葉を歩道にぶん投げた。
「和葉、しっかり受身取れよ!」
「えっ、ちょっ?! 悠璃?!」
和葉をぶん投げた後に俺もバイクから跳ぼうとしたが、大型トラックの方が幾分か早かった。驚愕に顔を染めている和葉に、俺は顔を向けた。
「ごめんな……」
直後、途方も無い衝撃。視界が反転して空を飛ぶ。視界が暗転する。
ふと目が覚めると、目の前に泣き腫らした顔をした和葉。その先は曇り一つ無い夏の晴天。周りには人だかりが出来ていて、救急車も見えた。
俺が目を覚ました事に気付いて和葉が俺を呼ぶ。俺は応えよう体を動かそうとして、しかし出来なかった。体の感覚は無くなり、どんどん冷えていくのだけ分かった。夥しい量の血――命の源が流れ、俺に死が迫ってくるのが分かる。
もう猶予は無い。だから俺はかろうじて声を絞り出す。
「か……ずは……」
「悠璃……?! 起きたの?! それより喋らないで! 助からなくなっちゃうよ!」
「とうさんと、かあさ、んに……かずと、に……伝えて、くれ……幸せに、生きてって……」
「いいから! それ以上、喋らないでよ……! お願いだから、死なないでよ!!! ねえ?!」
和葉が泣いて叫ぶも俺は止めない。今言わないと、もう二度と言えないのだ。心残りは残したくない。
「こんな俺を……家族って、言ってくれ……て……ありがと、う……さよ、な……ら…………」
ずっと言いたかった言葉を出し切り、俺は目を閉じる。今度こそ、もう動かない。もう……終わるのだ…………俺は……………………
「悠璃? 悠璃?! ちょっと、悠璃!!! ねえ、目を開けてよ?! 悠璃!!! ――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
和葉の慟哭を最後に、俺の意識は闇に沈んだ。彼女のその声、悲壮な慟哭は後々まで、俺の心に留まり続けて俺を束縛する事になった。
*
そうだ、和葉を投げ飛ばして助けて、俺は間に合わなくて、それで俺は死んだんだ……
「大体思い出しましたか?」
「……ああ。しっかし今考えると、女の子投げ飛ばすって、酷いな俺」
「あの状況では仕方ないと思いますけどね……」
龍神が俺に慰めの言葉をかける。
「……なあ、まさか和葉の奴。自殺しようとしたりは……」
「してませんね。というよりは、しようと考える事も出来てないようです」
「そうか……そういえば転生とか言ってたな? 元の世界にじゃないんだろう……一体何処に転生をするんだ?」
俺は前世に未練を作ったりすることを避ける為、心苦しかったが強引に話題を来世に変えた。
「【ソードアート・オンライン】です。色々特典をつけますよ、余程の物でない限りは要望にも応えますが」
「あの世界か……転生先は? まさか俺をそっくり入れるわけじゃないんだろう?」
「ええ。さっきも言ったとおり、前世の記憶や能力は全て引き継いだままです。その状態で赤ちゃんから始めてもらいます。ちなみに、SAO,ALO,GGOは絶対に避けて通れません。他にも様々な要素が加わるのでかなり別世界になりますが、あなたの知る原作には必ず関わりますよ……エンディングはあなた次第です」
「その言葉で転生先が分かったんだが」
「それで、どんな要望がありますか?」
要望か……そうだな……どの道あの世界にあの人物で入るんだから……
「……容姿はGGOの外見。あと……『テイルズ』シリーズのゲームわかるか?」
「ええ、分かりますよ」
「じゃあその術技とか使えるスキルを俺にくれ、使えるだけの才能だけでも良い。もしくはソレが入れれる、つまり茅場晶彦とSAOの製作が出来るように若干の改変をしてくれ。どの道前世のノウハウがあるし、使うつもりだからな」
「そうですね……なら茅場晶彦と製作できるようにする方向で。ああでも、あなたに与えられるようにもしておきましょう」
「他は……原作七巻に出てきたあのユウキの生存ルートと、リアルとアバターの身体能力を上昇させてくれ」
「結構欲張りですね? ただ彼女の生存ルートは、あなたがエイズ等の特効薬作成するので確定では?」
「ああそうだったな、ならいいか。他は…………出来るだけ、物語は原作基準で頼む」
「あなたが入る時点で原作も何も無いと思いますが……これで全部ですか?」
そうだな……皆を助けられる要素は割と出した。茅場と共同制作するんだからSAOの設定は自然と分かるだろうし、能力をチートにしたからサチ達もなんとかなるだろうし。ユウキ含め、エイズ患者も助けられるようにした。
俺が努力を怠らなければまだ大丈夫だろう……
「ああ、これで一通りの要望は終わりだ」
「……そうですか。では、良き生を!」
俺はその白い不思議な空間から、空気のように溶けていって、消えた。
***
私は彼が去った後もしばらく、その空間に留まってた。あの少年の願いの根源について考えていた。
「あの少年は、近年稀に見る個性でした。まさか自分の特典を全て人助け目的で選んでいくとは……」
転生する先は、まず間違い無く彼自身が予想しているよりも遙かに辛く、厳しいものになる。全てを投げ出して死に逃げる事もあるかも知れないくらいに辛い未来がある事は分かっていて、それより先は私にも分からない未来が無数に存在している。
それらを考え、私は欲張りのようで、しかし実際は人助けのために己を殺す少年の為に、色々手助けになるように更なる追加特典を追加する事にしました。多少の困難は発生するだろうが、彼ならきっと乗り越えるでしょう。すぐには気付かないだろうが、彼が諦めなければ何時かきっとその力を目覚めさせる時が来る筈だ。
それらを駆使して、きっと彼が知る原点とは違う形で、更に多くの人を救うだろう。
頑張ってください。
――――《桐ヶ谷和人》さん。
はい、どうでしたでしょうか。転生系は最早二次小説でもありきたりなのですが、当時も今もかなり嵌まっているものです。
異論は認めます。しかし話はもう変えられませんので、このまま突っ走ります。
この小説を読むにあたって注意するべき事を伝えておきます。
『*』……このように一つだけの場合、大抵は同じキャラクターの視点となります。見極めは心情や情景描写での一人称、および人物の呼称、口調です。基本的にキャラクターのそれらは個性なので変えないようにしていますが、稀に豹変するので注意です。また今話のように同一キャラクターによる回想でも使用します。
『***』……途中にあったこれは、プロローグでは主人公と龍神の視点変えに使いました。以降もキャラクターの視点変えでのみ使用します。まぁ、変わった先のキャラクターによる状況描写か台詞から大抵始まるので、多分すぐに分かると思います。
今回は転生まででした。次話からは転生後からSAOに入るまでのお話です。
それと、龍神はこれ以降、基本的に名前だけの存在になると思って下さい。
では!
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An Incanating Radius ~創世の調べ~
第一章 ~《桐ヶ谷和人》としての第二の人生~
後悔はしていない、反省もしていない。
今話はプロローグより短いです。何せあらすじなので。全て転生主人公こと和人視点です。
では《SAO篇》第一章どうぞ。
第一章
~《桐ヶ谷和人》としての第二の人生~
龍神に見送られて俺の意識が薄まった次の瞬間、俺は赤子として新たな生を授かった。母親に与えられた名前は《桐ヶ谷和人》。予想通り、あの小説の主人公に転生したのだ。
俺は赤子だった為、動いたり喋ったりはまともに出来なかった。しかし物事を理解する能力はそのままだ。俺は端から見れば、とても聞き分けの良い育てやすい子供だっただろう。
そんな俺が二歳くらいになった時、夜の山を車で移動中に車のブレーキが壊れて崖下に落ちてしまった。それで運転していた父親は即死、母親も少しずつ体から血が流れて目の前で死んでいく。
この状況、原作で両親が死ぬ状況だ。俺はまだ二歳のためまともに喋れないし、叫んだとしてもここは真夜中の山奥。しかも運の悪い事に雨まで降っている。だんだん目が虚ろになっていく母親を見て、俺は気が狂いそうだった。人の死を、俺の目の前で死んでいくのを見るのはもう沢山だ。しかし、所詮二歳児の体の俺には何も出来なかった。
結局、俺達が見つけられたのは午前八時。事故が起きたのが午後十一時、九時間近くも雨に晒されていたのだ。出血多量で母親も死に、俺は天涯孤独の身――にはならなかたった。
俺の母親――――《桐ヶ谷蒼(あおい)》の妹、《桐ヶ谷翠》の夫妻が俺を引き取ったのだ。そしてその夫妻には、何故か原作と違って俺の一つ上の一人娘《桐ヶ谷直葉》がいた。
原作では一つ下なのだが、なぜか姉になっていた。多分龍神が何かしたんだろうが大した違いではないし、俺はあまり気にしていない。そもそも精神年齢で言ったら、俺はこの時点で十六歳だからな。妹に変わりは無い、精神的に。
俺はそのまま平穏無事に成長した。ただし、俺は前世の記憶がある上、前世では弱冠十四歳で高度な研究すらしていた男だ。それを活かさない手はなく、今世でも同じ事をするつもりでいた。
小学生の頃からテストは満点、スポーツは身体能力を上昇してもらっている上、そもそも俺はライフルすら見切って内乱を一人で停めた男。子供のスポーツでは簡単に頭角を表す。
ちなみに、俺の容姿は頼んだとおりにGGOの容姿だ。そのせいで俺を女と勘違いする者も多いが、それは丁寧に俺が男だと教えている。懇切丁寧に、な……
俺がこの容姿を選んだのも実はわけ合ってのこと。要は目立つ為にこの容姿にしたのだ。前世は銀の長髪だった俺、いきなり短い黒髪になっても落ち着かない。
だったらいっその事、リアルも長髪にすればいいのだ。まだ子供でも長髪の少年、というのは目立つ。そしてこれは『五大企業』を立ち上げる為にも必要な事なのだ。なぜなら俺はアメリカに留学するつもりなのだから。
なぜか? それは茅場晶彦と関わりを持つ為に必要な手段。アメリカに行って企業を立ち上げ、天才と呼ばれている茅場晶彦と並ぶ。そのためにはアメリカで色々する必要があるのだ。
だから目が止まりやすいようにわざとこの姿にしたのだ。テスト全てを満点を取るのも、アメリカへ留学するための布石の一つ。余程の秀才でなければ飛び級や留学など夢のまた夢。
だから俺は保育所の頃から猛勉強した。特に政治経済と情報処理、それと数学に英語を。前二つは前世と違う可能性があるからだ。いざやろう、と言う時になって慌てるのでは色々と計画が台無しになる。
後ろ二つは単純に必要だと思ったからだ。前世でも世界有数の難関校をたった一年で飛び級をしまくって主席で卒業してはいた。日本に戻ると義務教育があるため学校に行っていたのはそのためだ。
ちなみに、保育所に通うような子供がそんな勉強をするなんて言うのは、かなり異様に取られて敬遠される。その為俺には友人といえる者は一人もいなかった。いつも直葉と一緒にいて遊んでいた。いつもはスグ姉(ねぇ)と呼んでいるが。だから俺が途轍もない『秀才』、いや『天才』という風に言われても、直葉は俺を嫌わず、むしろ誇らしそうにしてくれていた。
そして俺が小学校三年の時、留学の推薦が来た。とある高名なアメリカの教授から名指しがあったらしい。
それを待っていた俺は、一も二も無く当然のように受けようとした。
しかし、当時小学四年生だった直葉は、俺が留学し、短くても三年はいなくなるだろう事を聞いた途端学校で大泣きし、『行かないで!』と俺を引き止めた。
俺が行かなければ、SAOの死者は確実に増える。情報が有るのと無いとでは歴然とした差が出る。俺は行かなければならなかったし、行くつもりだった。
しかし、直葉の大泣きする姿は、前世で最期の時に見た和葉の慟哭を想起させた。俺は酷く迷い、そのまま一週間寝込んでしまった。
幸い、留学の話はまだ一ヶ月先の事で返事は二週間後の金曜までにすれば良かった為、一週間寝込んだ後も留学の選択はあった。
両親(育ての、だが)は俺の意思を尊重したいが直葉の意思も無視したくない様子。直葉は俺の留学に断固反対。本当に困った、詰みと言っても良い。
それを打開したのがアメリカの教授本人だった。俺が倒れ、その理由を小学校の校長から聞いて、直葉を説得する為に駆けつけたらしい。その教授は流暢な日本語で直葉の説得を試みた。
「直葉君。私はね、キミの弟さんを取ろうと言うのでは無いのだ。ただ、彼の行動の、未来の手助けをしようと思っているのだ。少なくとも、私は本気でそう思っている」
「手助け……?」
「そう。彼が留学に賛成の意を示した理由を、直葉君は知っているかい?」
「いいえ……知りません」
「そうか、だったら仕方が無いかもしれないね。キミの弟くんはね、家族を護るために、少しでも多くの人達の助けとなるために、とても幼い頃から頑張って勉強していたんだ。彼はジュニアの世界の剣道大会でも、全国模試でも、常にトップを誇っている。その理由を、私は個人的に聞いたのだ。そして、その答えがそれらだった。だから私は彼にアメリカ留学を薦めたのだ」
「……本当なの?」
「……ああ、本当だよ。俺はずっと昔から、それこそ、保育所に入るずっと前から……多くの人の助けになるって、決めてたんだ……」
俺の返答に直葉は顔を俯け。そのまま数分が経過してやっと顔を上げた時には晴れやかな顔をしていた。
「和人、だったら約束。あたしが中学に上がるまでには、帰って来てね」
「……ははっ。難しい事を言うなぁ……でもま、努力して帰ってくるよ、直姉」
「絶対の絶対に、約束だからね」
「ああ。約束は破らない。破らないよう、努力はするさ」
そのまま俺達は抱き合い、直葉はまたも大泣き、俺も泣きはしなかったが小さく嗚咽を漏らした。
その二週間後、俺は羽田空港からアメリカに留学。教授が講師をしている世界最難関の学校に、若干九歳という異例の最年少として編入。そこでありとあらゆる学問をし、大図書館の書物を読み漁って全て読み、たった一年で主席卒業を果たして日本へ帰国した。
その間に前世と同じ企業を立ち上げ、約半年で『五大企業』とされるまでに至った。流石に人型自律機動兵器等は開発していないが、太平洋沖に人工島を造ってそこに移住する計画などを国会で話すなど、小学生の範疇を軽く越えまくった。前世でもしていない大事業だ。
当然、帰国するとメディア関係の人間でごったかえしていた。
その時に茅場晶彦と対面、ナーヴギアとSAO製作の協力が来たのでそれを受ける。【アーガス】と技術提携及び協力してゲーム開発にあたることも、しばらく後になって茅場晶彦が大々的に発表した。
これで目的の半分以上は達成したことになる。生活は相変わらず忙しいが、前世と大して変わらないので慣れたもの。一年ぶりに家に帰ると、直葉が泣きながらタックル――――もとい、抱きついて来て驚いた。もう小学五年生になるのに全く弟離れが出来ていない。俺は内心
――――どうしよう。SAOに二年囚われたら、直姉は一体どうなるんだろう?
という、微妙に論点がずれている気がする焦りを浮かべていた。
ちなみに、俺はこの時から既に自分だけのVRMMOを作成し、ナーヴギアの基礎理論を搭載したヘッドギアを使い、そこで様々な訓練をしていた。ライフル弾の連射を見切ったり、剣を振って技を自作したり。
リアルでも剣道を再開。アメリカに行っている間、剣道はしていなかったので前世のクセが出てしまい、祖父に怒られてしまった。直葉にも呆れられた。
前世のクセ、というのは剣を片手に持ち、右手と左手と持ち替えながら戦うクセだ。他にも剣を肩に乗せたり、片手で回したり、同じ長さの剣を二本構える二刀流などもある。二刀流があるので、それらのクセを矯正するのは骨が折れた。
それから一年後、西暦2022年11月7日。運命の日がやってくる。
はい、第一章終了です。
SAOに入ってないしこれもプロローグで良いんじゃないかと思いはしたんですが、まあ良いかとそのまま投稿。ぶっちゃけると書き直すのが面倒だっただけです。
そしてこの話で分かったと思いますが、直葉は姉です。家族構成は原作とほぼ変わっていませんが、姉です。今話の弟離れ出来ていない直葉でも、姉です。今作の和人は原作和人を二歳引き下げたので、直葉が上がった訳ではありません。
ちなみに言うと何人か年齢が上がっていたりします。この作品の主人公和人は、原作での綾野珪子ことシリカと同年齢の立ち位置になりますので、誕生日も絡めると実は作中のメインキャラクターで何気に最年少となります。
が、それを感じさせないように最初は振る舞うので、暫くこの年齢設定は直葉が姉という部分以外は忘れて頂いて結構です。後々に物凄く関わりますが、今は大丈夫です。
和人が興した《五大企業》、これ、後々重要なので頭の片隅にでも置いておいて下さい。あ、そんなの作れるくらいチートだったね、程度で。
ではこれで。次話はついにSAO入りです。ただし、原作が若干崩壊します。
それと、和人の誕生日は《11月7日》という設定にしています。結構作中でも関係してくるので憶えておいて頂きたいです。
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第二章 ~姉と弟の覚悟とすれ違い~
今話は割と強引な展開が多いです。
最初は直葉視点です。ではどうぞ!
第二章
~姉と弟の覚悟とすれ違い~
あたしには一つ年下の、『天才』の異名を欲しい侭にしている弟がいる。保育所に入る前から人の助けになる為に勉強して、小学校三年でアメリカに留学。同年に五つの企業を立ち上げ、世界的に有名になった。
そんな弟の和人があたしから完全に離れたのは、《茅場晶彦》というもう一人の『天才』と【ソードアート・オンライン】という新しいジャンルのゲーム――ヴァーチャル・リアリティ・マッシブリィ・マルチプレイヤー・オンライン――通称VRMMOと呼ばれるゲーム開発に専念しだしてからだ。
VRMMOというのは『ゲーム世界がほぼ完全にリアルに再現された世界で遊ぶゲーム』の事で、要はゲーマーが妄想する世界のようなものらしい。
和人はその共同制作の方に忙しく、いや、執念を燃やして、本気で取り掛かっていた。学校にいてもそのゲーム開発の事ばかりで何を話しても上の空。
一応会話はちゃんとしてくれるし、学校の勉強も仕事も全部完璧にしてしまうので真正面から文句が言えない。その考え事も仕事なのだ、しかも全世界から期待されているほどの大仕事。
水・風・火・原始力発電に頼らず、空気中に存在する水素や窒素を使った電気エネルギーや、エイズにHIVウィルスに対する特効薬の開発。世界的な食糧不足を補うクローン技術。
既にありとあらゆる偉業を為し遂げている和人。とても誇らしいし、凄い事だと思う。
でも最近、彼の様子が妙だ。《SAO》製作について考えている時、和人は必ず怖い顔になっている。クローズドβテストをしているらしいが、それの話も一切しようとはしない。熱中しているのかと言えばそれも違う。
なんだか覚悟を持って立ち向う戦士のようなのだ。彼が留学していた間は電話でしか触れ合っていなかったが、それでも彼が余裕を失う事は無かった。
彼は何かを隠している、しかもかなり危険な事を。そう直感した。
だから母さんに無理を言って、和人に内密で私も《SAO》のゲームソフトを手に入れたのだ。彼と共に歩みたいがために。
そして今日、2022年11月7日。《SAO》の本サービス開始の日となった。
昼前、和人が帰ってくる前に機械音痴なあたしは母さんの手を借りて、アバター《リーファ》を作成した。母さんにかなり苦労を懸けたので、自由に設定をしても良いと任せたら、肌は色白、耳は尖っていて長い金髪をポニーテールにして後ろの纏めている、妖精アバターにされた。母さんは
『ゲームなんだからいつもの自分と違った遊びをしなきゃ! どうせならその大きな胸であの子を誘惑してみれば?』
と言っていた。大きなお世話である。
とにかくアバターを作成して一旦終了、リアルに戻って和人特製のチャーハンを食べる。
母さんがテレビを点けると、やはりと言うべきか当然と言うべきか、今注目の《SAO》関連のニュースだった。
『いやー、この行列見てください! 一週間前の映像ですがこれは凄い! 流石、世界に名を轟かせる『天才』の二人が手がけただけありますね!』
『そうですね! 新しいゲームジャンルのVRMMORPGは、ゲーム世界に自分が入り、自らの足で世界を歩くという夢のようなゲーム! まぁ足で歩く、と言っても感覚でなんですけどね』
『開発総責任者の《茅場晶彦》氏は『これはゲームであっても遊びではない』という言葉を売り文句にしています! 初回ロット一万本、βテスターの千人分を差し引いた分で九千本。それがなんと、一時間足らずで販売終了したらしいですよ!』
『目の前で完売し、涙を流して悔しがる大勢の客。期待の程が伺えるシーンです』
『また、開発にあたっての技術協力およびナーヴギアの基礎理論構築他、ゲーム内のスキルや武器、モンスターグラフィックにステージやフィールド設定を担当した、世界最年少であるもう一人の『天才』! 《桐ヶ谷和人》氏も忘れてはいけません!』
『彼がした事は茅場氏の構想を現実にしただけでなく、数多の偉業もあります。エイズの特効薬に始まり、新エネルギー収集技術、新しい娯楽開拓、革新的な経済理論等、世界に及ぼした影響は茅場氏以上!』
『ですが、彼はこの《SAO》のついては一回しか触れていません』
『そこが謎ですね。彼は『このゲームは本物の異世界となる』という言葉を口にしています』
『桐ヶ谷氏もこのゲームの完成度に満足しているのでしょうね』
『おそらく感動を抑えようとして素っ気無くなっていたのでしょう。事実、桐ヶ谷氏もログインされるようです。どうも茅場氏に勧められたらしく、なんでも『まだ子供なのだからゲームをして楽しんで欲しい』と言われたとの事』
『うーん。茅場氏、優しい言葉をかけていますが微妙に興奮が隠せていませんね。とどのつまり中に入ってもらいたいのでしょう』
『まぁこの世界に入りたい人は大勢いますからねぇ。かく言う私も、目の前で完売してしまって涙を流した内の一人ですから』
ニュースのコメンテイターがそんな感じで、朗らかに笑いながら《SAO》や茅場・桐ヶ谷両『天才』を褒めちぎっていく。
でもあたしは少し不満だった。和人が偉業を多く成し遂げて茅場晶彦以上に凄いなら、何故和人が総責任者でないのか。茅場は最もおいしいとこを持っていっているのだ。
それを聞くべく和人を見て、あたしは驚いた。普段から彼は表情をあまり変えないが、それでも目を見ればなんとなくは分かる。
今彼は何かに思い悩んでいる。いや、何かを決心しようとしている。それが何なのかは分からないが、少なくとも彼は、何かを背負おうとしている。
「和人、どうしたの?」
「……ン。いや、何でもないよ、スグ姉」
あたしの問いに微笑む和人。でもその笑顔は未だ強張っていて、あたしは恐怖を覚えた。それが何故かは分からないが、和人が戻って来なくなるのではないか、そんな妄想に囚われた。
でも、それはあたしの単なる妄想に過ぎない。あたしは素早く残りのチャーハンを完食して部屋に戻る。和人が苦笑していたのを視界の端に収めたため、顔が少し火照るも無視。
部屋に入って着ていたジャージのジッパーを下ろして、全体的に余裕を持たせる。そして隠していたナーヴギアを被り、ベッドに横になる。
あたしはもう一つの世界に……本物の異世界に旅立つ呪文を唱えた。
「リンク・スタート!」
あたしの視界が虹色の輪で埋め尽くされ、五感が遠くなると同時。
ドダダダダダダダダダダダッ! という足音と
「――――待て、スグ姉!!!」
という和人の緊迫した声を最後に聞いて、あたしは《SAO》に旅立った。
***
俺は急いでチャーハンを完食したスグ姉に呆れた。何か楽しみがあるのだろう事は一週間程前から分かっていた。どうも今日がそうらしいが、何も急いで食わなくてもいいだろうに。
「なんだかスグ姉、浮かれてない?」
「そりゃそうよ。最近ずっと構ってくれなかった和人と同じゲームが出来るんだから」
「……は? 同じ、ゲーム……?」
俺はチャーハンを食べ終え、食器を運ぼうとした時に言われたその言葉に、その手を止めた。
「そうよ。今話題の《SAO》」
「……ッ?!」
俺は急いで立ち上がり、倒れた椅子を直すのももどかしく二階に駆け上がる。スグ姉の部屋に辿り着いた丁度その時……
『リンク・スタート!』
その声を聞いてドアを蹴破る勢いで開ける。
「待て、スグ姉ッ!!!」
そこにはナーヴギアを被ってベッドに横になっている姉の姿。間に合わなかったのだ。
なんという事だ。周りや顔も知らない人間を助けようとするあまり、身近で大切な家族を危険に晒すなんて……ッ!
「ちょっと和人、どうしたのよ? いきなり怒鳴るわ、駆け上がるわ。あなたらしくないわよ?」
母さんがひょっこり顔を出して尋ねてくる。その顔は訝し気だ。
「……母さん、スグ姉のアバター名と特徴は?」
「え? えっと、アバター名は《リーファ》、見た目は金髪ポニテ、尖った耳に巨乳の女の子だけど」
それ、どう考えても《ALO》のアバターだよな。というか龍神。ここでスグ姉を《SAO》に入れたらダメだろ、《ALO》編に続かないんじゃないか?
それはともかく、俺は急いでスグ姉の保護に行かなければならない。しかし、その前に母さんに言う事がある。
「……おそらく午後五時半くらいに、《SAO》の大々的なニュースがある。例え無くても今日一日は絶対に、俺達のナーヴギアを外さないでくれ」
「ちょっと待ちなさいよ、和人。それってどういう意味なの?」
「…………スグ姉は、俺が必ず、現実に還す。母さんは祈っていてくれ。スグ姉の無事を……俺の武運を」
「あ、ちょっと、和人?!」
俺は母さんの呼びかけに応えず、そのまま足早に自室へ入る。そしてセットしておいたナーヴギアを被ってスイッチを入れる。
「和人、待ちなさい?! それって……?!」
「母さん、絶対にナーヴギアを外さないでくれよ。父さんにもよろしく言っといてくれ」
「ちょっと! それじゃまるで遺言じゃないの?! やめてよ、そんな縁起でもないことは!」
母さんは完全に取り乱して叫ぶ。俺は腰掛けていたベッドから立ち上がり、母さんを抱きしめて落ち着かせる。
「大丈夫。スグ姉は絶対に還す、絶対に」
「…………和人、それじゃあんたは……?」
母さんと顔をあわせる。その顔は驚きと困惑で歪みきっている。普段の飄々とした雰囲気は見当たらない。
母さんと言っても彼女は、今の俺の生みの親ではない。そもそも俺は、一度死んでいる生きた死者。
そんな俺だからこそ、俺は自分を犠牲にしてでも他人を助ける。
「…………行ってくる」
落ち着いてきた母さんから離れ、俺はベッドに横になる。母さんの唖然とした視線を受けながら、死と隣り合わせの世界へと魂を飛ばす呪文を唱える。
「リンク・スタート!」
俺の視界が虹の輪に染め上げられ、意識を異世界の城――――浮遊城《アインクラッド》へと飛翔させた。
はい、第二話終了です。
実は今話、後々にまで引き摺る言葉を和人が呟いていたりします。ついでに色々と伏線を張っているので、色々と妄想してみて下さい。SAO好きが妄想したのは多分大抵当たります。
それとあらかじめ言っておきます。
《SAO》は、ゲーム《ホロウ・フラグメント》と原作展開両方ありますが、物凄く後にならないと終わりません。何せこのデスゲームだけで文字数が五十万近いので。理由はタグ。ただし同じ展開はしないつもりなので違いを楽しめるかと。
次話は名前だけのチートアイテム閲覧、ニュービーの指導、デスゲーム開幕です。
さぁ、ここから更に原作準拠ながらの若干崩壊が続きます!
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第三章 ~デスゲーム・開幕~
さて、今話はSAO入りしてしまった姉である直葉こと《リーファ》を追って、和人も《キリト》としてログインします。
デスゲーム宣言後の容姿も原作のキリトを思い浮かべて頂ければ結構です。
そんな原作キリトの容姿でログインした今作主人公のキリト。すぐにリーファを見つけ、動き出すのだが、道中で二人のプレイヤーに声を掛けられます。
一人は安定。しかしもう一人は原作では居ませんでした。さて、誰でしょう?
ではどうぞ。
第三章
~デスゲーム・開幕~
俺は石と鉄で出来た百層からなる浮遊城《アインクラッド》、その初期の街【始まりの街】に降り立った。
俺の容姿設定は原作のキリト。姿をリアルの姿にする手鏡を使ったキリトの姿で、アバター名も《Kirito》。本当は《Yuri》でも良かったのだが、それにすると面倒そうなのでやめた。
それはどうでもいいとして、リーファはどこだろうか。周りを見回すと、女性プレイヤーが一人、オロオロと迷っていた。金髪ポニテに妖精のように尖った耳。間違いないだろう。
「……まんま原作の《ALO》のアバターじゃないか。歴史の矯正力が凄いと言うべきか、龍神が凄いと言うべきか……」
そう呟いて見るいると、妖精アバターの女性プレイヤーと眼が合った。オドオドしながら寄って来る。俺も彼女に寄った。
スグ姉には悪いが、この《SAO》内で俺が弟だと晒すつもりは無い。これからずっと、赤の他人という状態にするつもりだ。
「えっと……?」
「俺は《キリト》。キミは?」
「《リーファ》です。人を探してるんですけど……」
「人……? キャラクター名や外見の特徴は?」
俺は訝しむ表情を作って聞く。当然何も教えていないので、分かる筈もない。少し心に罪悪感が……
「……知りません」
「それじゃ、探しようが無いな……キミの方は名前や特徴を教えてるのか?」
「いえ……どうしよう?」
それで俺と会おうとしてたのか。MMO初めてのプレイヤーによくあるミス。しかし今回はそれが俺にとっては幸運、リー姉(スグ姉、以降はリーファ)にとっては、途轍もない不幸、というよりは痛いミスだ。
「まぁ、このまま待つってのも手だが……この世界ではリアルと何もかも違うから、それは出来ないだろうしなぁ……なんなら、俺と一緒にその辺で狩りでもするか? 俺、ベータテスターだから色々分かるぞ」
「本当ですか? ありがとうございます! よーし、和人に会った時はビックリさせてやるんだから!」
リアルの名前は出すなよ、それと今現在目の前にいるんだがな。
それは口にせずにリーファとパーティーになる。リーファは周りを見渡し、感嘆の溜息を漏らしていた。
「それにしても……ここって、本当に仮想世界なの?」
瞳を煌かせながら周りを見渡すスグ姉、改めリーファ。
俺はそれに苦笑し、しかし残酷な牙を剥くことになる、この世界の本質を伝える。
「まぁ、ここを仮想か現実か……偽物か本物か決めるのは本人次第だけどな」
「本人次第……」
「……そこまで深く考えなくても、良いと思うけどな」
リーファが深く考え出したので軽くそう言う。あまり深く取られても困る。
「それで、これからどうする?」
「うーん、まずは武器を決めようよ!」
「分かった。ならちょっと走るぞ」
俺はそう言ってリーファの手を取り、全力で走り出す。そして俺は一つ、重要な事を忘れていた。
俺はこの世界に転生するにあたって、『リアルもアバターも身体能力を上げてくれ』と頼んでいたのだ。この十二年間ですっかり忘れていた。
よって、俺がした全力のダッシュは恐ろしいスピード――――それこそ、全てがブレて見える程のスピードが出たのだ。
「わあぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
リーファが悲鳴を上げているので少しずつ減速、目的の武器屋の前で丁度止まった。
「ふわぁぁぁ~……目が回ったよ~」
「えっと……ごめん、リーファ」
そのまま武器屋でお目当ての武器を買う。二人とも片手剣、しかも俺は安いのをいい事に二本買った。俺達はスキルセットに移る。
と。そこで改めて龍神に頼んだ事を思い出した。それと、頼んだ覚えも無いものまであることに気付く。
スキルには《二刀流》、《片手剣》、《隠蔽》、《索敵》、《投擲》、《武器防御》、《バトルヒーリング》、《
エクストラスキルやユニークスキルは、10レベ毎の追加されるスキルセット欄の外に装備されるので、俺の二つのセット欄を埋めるのは《片手剣》、《隠蔽》、《索敵》、《投擲》、《武器防御》の五つのみ。
とりあえず《片手剣》と《索敵》を取っておく。他のエクストラ・ユニークスキルはしばらく隠し通すつもりだ。
次に武具を装備しようとすると、そこには幾つかの装備アイテム、それも覚えのあるものばかりがあった。スキルも異常である。
【ニバンボシ】 カテゴリ【片手剣】&【刀】
・敵を倒すごとにHP一割回復
・被ダメージ半減 ・与ダメージ倍増 ・相手の防御力0でダメージ算出
・全状態異常無効
【聖剣エクスカリバー】 カテゴリ【片手剣】
・全攻撃強化 ・持ち主のレベルに応じて能力変化
・HP高速大リジェネ ・敵を倒すごとにHP一割回復
・被ダメージ半減 ・相手の防御力ゼロでダメージ算出
・全状態異常無効 ・装備中の全武具の耐久値減少無効
【魔剣ルミナスリパルサー】 【聖剣ダークネスリパルサー】 カテゴリ【片手剣】
・全攻撃強化 ・持ち主のレベルに応じて能力変化
・最大HP大幅上昇 ・HP高速大リジェネ ・敵を倒すごとにHP一割回復
・被ダメージ半減 ・与ダメージ倍増 ・相手の防御力0でダメージ算出
・全状態異常無効 ・特殊攻撃無効 ・装備中の全武具の耐久値減少無効
・スキル硬直&始動モーション&使用待機時間無し ・敵の全特殊スキル無効
・限定特殊スキル《魔聖剣》解禁
・取得経験値&コル十倍
【コート・オブ・ミッドナイト・ダークネス】 カテゴリ【体防具】
・【攻撃力】&【防御力】&【筋力】&【敏捷】&【命中】&【回避】一割上昇
・《隠蔽》&《索敵》&《投擲》ボーナス
・耐久値自動回復 ・破壊状態自動修復
・《ラストリーヴ》:HPが2以上なら、最後の攻撃では死なない。
・《コンボリーヴ》:HPが2以上なら、連続の攻撃では死なない。
【武装魔導器(ボーディブラスティア)】性能 カテゴリ【腕防具】
・【STR】&【VIT】&【SPD】&【DEX】三割上昇
・獲得経験値十倍&獲得コル二倍
・スキル発動待機時間短縮&クリティカル率上昇
・スキル熟練度上昇量大幅増&被スキル妨害無効
・スキル硬直無し&あらかじめ選択したスキルを初動無しで発動可能
付加スキル
・《剣技》…自身の技を放つ。熟練度上昇で威力増加と連携数が追加
・《悪夢の狂宴(パーティー・オブ・ナイトメア)》…HPが五十%以下で三割、二十五%以下で五割、十%以下で十割ステータス上昇。熟練度上昇でスキル使用中の被ダメージ低減
【ウェイトゥザドーン】 カテゴリ【首アクセサリ】
パーティー時は全員に効果がある。
・全ステータス一割上昇 ・被ダメージ半減
・敵の全スキル無効化 ・特殊攻撃無効化
・取得経験値&コル二倍 ・スキル熟練度上昇量十倍
・通常アイテム&レアアイテムドロップ率三倍
【約束のお守り】 【過ぎ去りし思い出】 カテゴリ【指輪】
・高速HPリジェネ付加 ・全状態異常&能力低下無効
・装備の耐久値減少無効 ・敵に止めを刺すと取得経験値&コル五倍
特殊効果
【廻りあう心】 カテゴリ【指輪】
【約束のお守り】と【過ぎ去りし思い出】同時装備で二つの指輪が一つになり、装備中、全装備の効果上昇。
追加付加スキル(効果上昇対象外)
・全被ダメージ半減&全与ダメージ倍増
・カウンター攻撃ダメージ倍率三倍
・別カテゴリ武器ソードスキル使用可(盾、弓、投擲を除く)
・即死完全無効化(ダメージ無し)
・レアドロップ率十倍
「…………これはチートすぎだろう……というか、こんなの入れた覚えが無い」
俺の心からのコメント。龍神、流石にこれはないだろ。ゲームバランス崩壊にもほどがある。
「……? どういうのがあったの?」
「悪いが見せないぞ。それに、そういうのを聞くのはマナー違反だ、覚えとけ。MMOでリアルの名前を出したり、人のスキルやアイテムを詮索するのがそれにあたるからな、気をつけろよ?」
このアイテム群、もしかしてデスゲームになるにあたって、俺を生かすために龍神が特別にくれたのか?
まぁ、これがなんであれ嬉しい事に変わりはないので、俺は首と指輪アクセサリを装備する。もうこれだけでニュービーとはかけ離れている。
だが例え疎まれようとも、それで多くの人を助けられるのなら構わない。俺一人の評判なんて気にしてられない。
俺とリーファは話しながらフィールドに向かう。フィールドに出るその直前、後ろから声を掛けられた。
「ねぇねぇキミ達。ちょっといいかな?」
無邪気で少し高めの明るい声。それに反応して振り返ると、少女が一人いた。
腰まである深い紺色の長い髪、アメジストのように赤い瞳、紫のクロークに片手剣を左腰に差している少女が居た。身長は一四〇センチに届くか否か、リアルの俺の身長よりは少し高めだろう。
アバターは微妙に違うが、十中八九間違いなくユウキだ。
「ボクはユウキって言うんだ。実はちょっとお願いがあって……」
「お願い? あたし達に出来る事かな?」
「えっとね……ボクとパーティー組んで下さい!」
そう言って頭を下げてきた少女、ユウキ。体全体で表現したそのお願いに、俺は即頷いた。
「ああ、まあいいけど」
「ほんと?! やったぁ!」
「…………」
ガッツポーズをしながら小さくジャンプ、結構器用な奴だ。それとリーファ、そんなにじっと目を見開いて見てくるのはやめてくれないか? 純粋に怖いぞ。
と、後ろからまたもや声を掛けられた。今度は男の胴間声。
俺はこの声も知っている。なぜなら、その人物は――――
「俺はクラインって言うんだ。頼む! 俺も入れてくれねぇか?」
そう言って両手を合わせ、頭を下げる赤髪バンダナの曲刀を装備した男、クライン。
彼は原作で《風林火山》という完全武者装備のギルドをリアルの知り合い達と作り、《SAO》クリアまでただの一人も死なせなかったという、素晴らしい男だ。人に不快感を与えない人懐っこさもあり、息の詰まる攻略組には欠かす事の出来ない人物でもある。
この男はデスゲーム《SAO》をクリアするにあたって、恐らく必要不可欠な存在だ。だから俺は速攻頷いた。パーティー全体に効果のある装備をしているからでもあるし、死者を増やさない布石にする為だ。
「俺は構わないよ、仲間は多い方が良いしな」
「マジか?! あーでも……そっちのお二人さんは……」
「ボクは良いよ?」
「あたしも良いですよ……それにしても、あたしの弟と似てキリトってコミュ症っぽく思ってたけど、案外人と話すの平気なんだね?」
「うるさい……」
リーファはそう言ってくるが、もしかして、《キリト》=《桐ヶ谷和人》だと気付いているのか? ……だとしたら怖い。
というか、そもそも俺はコミュ症じゃないし……人が寄ってこなかっただけだし……
「ん? リーファちゃんは弟がいるのか?」
「あ、はい。少しユウキに似てますね」
「え、ボクに? ふーん……弟、かぁ……」
ユウキが何かを考えるように顎に手を当て、俺を見てくるその目は、何かを知っているような目だ。もしかしてこのユウキも、俺と同じような転生者か、もしくは精神だけ逆行したのか? いずれにしろ、俺がリーファの弟だとバレないようにしなくては。
逆行している場合はもう色々遅い気もするが。
「まあとにかく。よろしくな、二人とも。俺はキリトだ」
「あたしはリーファだよ」
「ボクはユウキ! よろしく!」
「俺はクラインだ。よろしくな」
こうして俺達四人でパーティーを組んでフィールドで狩りをしたのだった。
* * *
「ぜりゃあああああっ!」
クラインの持つ曲刀が黄色の光を帯び、曲刀最初期スキル《リーパー》が発動、青い猪《フレンジーボア》を即死させた。
この数時間を費やして、やっとまともに放てるようになった。やはり、クラインは大器晩成型らしい。リーダーシップが出来たら凄くなるのだろうか?
彼は大きくガッツポーズをして吼える。それに小さく拍手をしながら俺は彼に近づいた。
「おっしゃあああっ! ようやくコツを掴めてきたぜ!」
「おめでとう。とは言っても、今の猪って他のゲームの雑魚スライム相当だがな」
「うそだろぉ?! オリャアてっきり中ボスクラスかと……」
「それだとそこら中に中ボスがいることになるぞ。というか、いきなりそんなのとは戦わせない」
なにせ今の状態でも、死んだら終わりだからな。俺はHPに相当気を配っており、攻撃を喰らいそうになればすぐに俺が防いでいた。
「まあそうだよな……で、キリトは一体何をやってんだ?」
クラインが疑問顔で尋ねてくる。少し離れたとこにいるリーファとユウキも不思議そうにみていた。
端から見れば、ただ攻撃を空振りさせてるだけだが、これにもちゃんと意味がある。
「オリジナルソードスキルシステム、略称OSSシステム。自分だけのソードスキルを作れるシステムを使ってるんだ。今はその練習、次が本番だ」
俺はそう言い、剣を左手で持って構える。
「いくぞ!」
気迫と共に開始し、ある一点を中心に瞬転と攻撃を繰り返す。かなりの速度での行動なので、俺の姿はブレて見えるかもしれない。
そのまま数十回攻撃を繰り出し、最後に中心に向けて突進し複数回攻撃を繰り出す。
斬り抜けた後の姿勢から立ち直り、剣を振り払う。
「――《斬洸狼影陣》!!!」
振り払いと同時に、斬り抜けた空間が閃光を撒き散らしながら爆裂。
それが終わった直後にOSS認定が為された。
【片手剣】カテゴリ 五十七連撃オリジナルソードスキル 《斬洸狼影陣》
それが完成した瞬間だった。それをOSS欄に追加する。
突如リンゴーン、リンゴーンと大きな鐘楼の音が響き渡った。
「な、なんだこりゃあ?!」
「ね、ねえキリトさん。これって一体……」
「多分、《ログアウト》ボタンが無い事の解説かなんかじゃないか?」
「「「ええっ?!」」」
三人が俺の言葉に驚愕し、慌ててメニューを呼び出した。そして三人同時に目を見開く。
その直後、俺達は強制転移によって【始まりの街】に戻された。
***
「一体、何が……?!」
あたしは突然の事に驚いた。《ログアウト》ボタンが無いし、いきなり場所が移動するし、キリトとは離れるしで良いとこない。そう思っていると突如、天を覆っている天蓋一面に二つのメッセージが表示された。
《Warning》と《System Announcement》の二つ。《警告》と《システムアナウンス》か。
「一体、何が起こるのかな……?」
「さあな、でも《ログアウト》ボタンが無いことの説明はあるんだろうぜ」
ユウキの不安そうな呟きにクラインが応える。キリトが何処かに行ってしまっているが、いずれ見つかるだろう。それよりも、まずはこっちが優先だ。
待っていると、真紅に染まった天蓋から血のような赤をした粘液の様なものが出てきた。それは空中に留まると、一つの巨大なアバター、中身が無いがらんどうな赤ローブを形作った。
あれはGMアバターだと以前聞いた気がする。ならばあの中は茅場晶彦?
でも何故……?
『プレイヤー諸君、ようこそ私の世界へ。私の名は《茅場晶彦》、今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。これより、【ソードアート・オンライン】正式サービスのチュートリアルを行う』
そう粛々と告げる茅場晶彦。
赤ローブは左手を振ってメニューウィンドウを呼び出した。プレイヤーは普通、メニューを呼び出す際は右手を振る。つまりあれはGM専用のメニューだ。
巨大な可視化状態のメニューを繰っていく茅場。メニューの一番下、本来なら《ログアウト》ボタンがある筈のそこを指し示しながら続ける。
『諸君の殆どの者が《ログアウト》ボタンが消えている事に気付いているだろう。しかしこれは《SAO》本来の仕様である。繰り返す、これはゲームの不具合ではなく、本来の仕様である。諸君らは今後、この鉄の城の頂きを極めるまで、ゲームから自発的にログアウトする事はできない』
え? ログアウトできないって、うそ? でもそんなの、ナーヴギアを母さん達に外してもらえば――――
しかしあたしの考えを呼んだかのように、茅場晶彦は更に続ける。
『ゲームプレイ中にHPがゼロになった場合、または外部からのナーヴギアの接続解除、具体的にはネットワーク切断から二時間の経過、電源コンセントを外して一時間の経過、ナーヴギアの破壊、解体、または取り外しが行われた場合――ナーヴギアの発する高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を焼き、その生命活動を永久に停止させる。これは現実世界の各メディアにも報道されている。だが残念な事に、忠告を聞かなかった家族がナーヴギアを取り外した為、既に243名のプレイヤーが、この世界からも現実世界からも永久退場している』
生命活動を永久に停止させる。
永久退場。
それらの言葉を聞いた時、あたしは二つの思いがあった。それは、なんて事を! と、ああ、これかという思いの二つ。和人が険しい顔をしたり、あたしがログインする時に駆け込んできたのは、これを知っていたからだろう。
でも、それなら何故茅場を止めなかったのだろう?
あたしの疑問をよそに、茅場晶彦のチュートリアルは続く。
『諸君はおそらく『何故?』と思っているだろう。『何故茅場晶彦はこんな大事件を起こしたのか?』と。私の目的は大規模なテロでも身代金目的の誘拐でもない。諸君がこの鉄の城の頂きを目指すこの状況こそが、私の最終目的だ……最後に、プレイヤー諸君に私からのプレゼントを用意してある。確認してくれ』
そう言われてあたしやクライン、ユウキもメニューを操作した。ストレージには確かに覚えの無いアイテム【手鏡】とあった。それをタップしてオブジェクト化する。
両手にちょうど収まる長方形の手鏡。そこには母さんが遊びまくったアバターが移っていた。
しかし、それを覗いて少し経つと、あたし含めた皆が青い光に包まれ――――次の瞬間、手鏡にはリアルのあたしの顔が映っていた。
肩まで届かない長さの短い黒髪、くりりと大きい漆黒の瞳、起伏の乏しい体。身長などの変更はしていなかったらしく、目線や腕、脚の長さに違和感は無い。周りを見ると大きく変化している。恐ろしい事に男女比もかなり変わっていた。
クラインは長くサラサラだった赤髪がツンツンに逆立った髪になり、イケメンだった顔も野武士面に変わっている。
ユウキはそこまでの変化は無かった。どうやら彼女はリアルに似せた容姿にしていたらしい。
「お前、リーファか?」
「そういうあなたはクラインさん? もしかしてリアルの姿?」
「ああ……そういや、探してる弟はどんな感じなんだ? キリトみたいな感じか?」
「いえ、弟は男に見せてるだけで、リアルはあたしよりも女の子っぽい見た目ですよ。ユウキより髪長いし、少し低い身長だし。一目で男と気付くのは無理かな、見た目完全に女の子だから」
「マジで?!」
などと暢気な会話をしているあたし達。
混乱していた周りや赤ローブの視線が集中したので、あたし達は揃って口を噤んだ。
『……これで《SAO》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を――――』
「うおぉぉらああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「「「「「っ?!」」」」」
茅場晶彦が最後を締めようとし、周りのプレイヤー達が恐慌状態になるその寸前、一つの咆哮が広場に響き渡った。
それは悲鳴でもなければ自暴自棄になった者の叫びとも違う、確固たる意志を持った者の雄叫びだった。
声の発生源は斜め上――赤ローブに最も近い、鐘楼塔の壁を走って上る男性プレイヤー――キリトだった。キリトは【手鏡】は使ってないのか、変化が見られないため未だ短い黒髪の少年の状態だ。
一万人近くのプレイヤーが固唾を呑んで見守る中、キリトは鐘楼塔の頂点まで走り上った後、その勢いのまま更に上空――茅場晶彦が操る赤ローブ目掛けて《片手剣》突進ソードスキル《ソニックリープ》を放った。壁走り、溜めを入れたジャンプ、突進ソードスキルの三つの勢いを上乗せしたキリトは物凄い勢いで赤ローブまで突進し、剣を深々と刺した。
それによってか巨大な赤ローブ全体に一瞬ノイズが走り、直後、その姿を蒼く煌くポリゴンへと四散し、キリトはそのまま地面に自由落下していく。地面に衝突する寸前に体勢を整えて着地した。
あたしはキリトに急いで走り寄り――そして数メートル手前で止まった。
彼はキレている、それも憤怒と言えるほどにまで。
たった数時間しか一緒にいないが、彼がここまで感情を表すところを、あたしは初めて見た。
「おい、キリト!」
クラインが掛けた声に反応したか、肩をピクン、と動かした。
そしてあたし達へと振り向く。
「おい、キリト。お前いきなり何を――――」
「別に。ただ、今のあれで終わってくれれば良いと思っただけだ……意味は無かったみたいだけどな」
淡々と言うその言葉に、あたしは震えた。隣のユウキも怯えた表情であたしの腕にしがみ付いている。周りのプレイヤー達も圧倒されたかのように後ろに少し下がった。
キリトは周囲を一瞥、すぐに歩き出した。
「キリト、ちょっと待って」
「……なんだ?」
「あたし達を【始まりの街】に置いてくの?」
あたしは出来るだけ怒った様に言うが、内心では冷や汗をダラダラ流している。キリトから発せられている威圧感が凄まじいのだ。
そんなあたしを冷たく一瞥し、そしてキリトは言った。
「俺一人なら次の村に行ける。だが……このデスゲームとなった世界に、絶対は無い。だから、俺は一人で行く」
「でも、キリトは《SAO》の知識を沢山持ってるじゃない。何が危険なの?」
「人の恐怖、憎悪、嫉妬。それら負の感情による行動と混乱は、たとえどれだけ強かろうが情報があろうが意味を成さない。これ以上死者が出るくらいなら――――俺一人ででも、この城の頂きを目指す」
臆面も躊躇も無くそう言い放った彼に、あたしは久々に度肝を抜かれた。
直後、あたしは怒鳴っていた。
「はぁ?! そんなの無茶よ!!!」
「そうだぜキリト! 何もお前がそこまで背負わなくてもいいだろ!」
「そうだよ! それは背負いすぎだよ!」
クラインにユウキも同調する。周りの人たちも頷いている。すると、そこまで不敵に微笑んでいた表情を消し、真剣な顔であたし達を見た。
「なら、手伝ってくれるか? 死者を少なくなるために」
これを聞いて、これを言う為にわざわざ言ったのかと思い、しかしそれを否定する。
そもそもその気が無いのなら言ったりもせず、勝手にいなくなって影で色々やっているだろう。
つまりこれはあたし達を誘導したわけではなく、あたし達に何かを任せることで置いていこうとしてるのだ。それに軽い憤りを覚えつつあたしは頷いた。
それを見たキリトはメニューを操り、三枚の羊皮紙を取り出す。
「これはこの街周辺のモンスターやショップ、効率の良い狩場を書いてある羊皮紙だ。それと戦い方の基礎訓練や心得も書いてある。使い勝手の良い装備品が手に入るクエストや取ると良いスキルも書いてある。これらの情報を出来るだけ多くのプレイヤーに広めてくれ」
「それは分かったけどよ……キリトはどうすんだ?」
「俺は、βテストと何が違うかを確かめる必要がある。些細な違いが死を招くからな。あと……もうこの街を出て行っているプレイヤー数十人を探し出す。ここをβテストと同じと考えて戦っていると死ぬって事を、分かってないだろうからな」
それは茨の道を行く事に変わりは無い。それでいいのか、そもそも十数歳の彼に何もかも任せて良いのかとも思う。
しかしあたし達ではどうしようも無い事ばかりだ。
だからあたしはこれだけを口にする。
「絶対に生きてよ。生き抜いて……現実に帰るよ!」
「…………ああ……クライン、これを」
そう言って再びメニューを操作する。するとトレードウィンドウがクラインの前に表示された。それを見たクラインが驚愕の声を上げる。
「おい……キリト。お前ぇこれは一体……」
「俺の全財産だ、ニュービーの育成その他諸々に必要だろ」
「だからって! なんでそこまで自分を犠牲にすんだ?!」
するとキリトの顔が、本当の無表情になった。虚ろな瞳はどこかココではないどこかを見ているようで、虚空へと向いている。
「……なんで、か……俺の家族が……かつて、目の前で段々死んでいくのを……俺は何も出来ずに、それを見ている事しか出来なかった…………もう嫌なんだよ…………俺の目の前で、誰かが死ぬなんて……」
そう言って自嘲の笑みを浮かべて俯くキリト。過去に一体何があったのか。
キリトはそれについては何も言わず、そのまま【始まりの街】の北門――フィールドへ続く大門へと歩き出した。
途端そちら側にいたプレイヤー達全員がズザッと、音を立てて左右に分かれる。まるでモーゼの再来。剣を持った冒険者達によって作られた花道をゆっくり歩いていくキリト。その後姿はやはり、悲壮な覚悟をしていて……どこか弟と同じ背中に見えた。
後にプレイヤー達は語った。
あの少年こそが、この世界を終わらせるに違いない。
始まりに剣を抜き、そして全てを終わらせる者だと。
人はその剣士を畏敬を込めてこう呼んだ。
【終わりの剣士】と。
はい、第三話終了です。
如何でしたでしょうか?
クラインは安定として、まさかのまさか、リーファこと姉となった直葉と、原作屈指の感動を呼んだ《マザーズ・ロザリオ》のメインキャラであるユウキの登場です。
ちなみに構想設定として、SAOログイン時点でユウキ(アバター&リアル)は身長一三八センチ、キリト(アバター)一六五センチ、和人(リアル)一三二センチです。リーファは一四〇センチです。
まぁ、女子の小中学生くらいだとこんなもんじゃないかなという予想です。キリトが低いのは、GGOキリトの見た目から女性寄りのホルモンバランスからくる体型という設定だからです。実はもう少し理由があるのですが、後々分かるので今は言いません。
目線の高さや手足の長さが変わると戦いづらいという部分は、そこは転生者だからという理由で。何でも出来るようにしていなければという信念で生きていますし。
最初の方に出てきたチートアイテムは、名前だけ覚えて頂くだけで構いません。ぶっちゃけ細かな効果の所はチート具合を前面に押し出す為と、後々のキリトの壊れ具合の理由付けですから。
ニバンボシと《Yuri》、そして武醒魔導器で分かった人は、主人公のモチーフもちょっと分かったかも? 分からない人はGoogle先生に訊いてみよう!
では次話も、原作プチブレイクです!
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第四章 ~流星と孤独の狼~
はい、五つ目の連続投稿をした黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。この連続投稿、一先ず次話で最後となります。イコール次で第一層終わります。
今話は、まぁ、サブタイトルから分かる通り、《リニアー》でお馴染みの少女と遭遇します。
ただし、その前にとある人物と遭遇、しかしその人物は原作では確か……?
プチ原作ブレイクの多い今作の第四章、どうぞ!
第四章
~流星と孤独の狼~
俺はあの後、【始まりの街】を出て【ホルンカ】という名の村まで一直線に疾走した。
チートアイテムや龍神の恩恵(この場合は加護も適当かもしれないが)をフルに使って走った。そのお陰で、通常二十分はかかる行程をたった三分で完走する。
俺はある民家に駆け込んだ。そこでは第一層から第五、六層までお世話になる剣【アニールブレード】がもらえる《森の秘薬》クエストがあるのだ。当然その事もクライン達に渡した羊皮紙に書いてある。
俺はそのクエストを受領後すぐに森へ向かって、クエストアイテムの《胚珠》を落とす植物モンスター、《リトルネペント》というモンスター達を次々に屠る。
なるべくこのチート装備の使用は控えたいこともあり、武器と体防具は初期装備に戻している。とはいえ首や指輪アクセサリはあるので、チート状態には変わりなく、次々に《胚珠》を落とすモンスター――《リトルネペント》の花つきを仕留める。
《胚珠》は特殊なモンスターが所持しており、赤い大輪を持つ《リトルネペント》、通称花つきを倒すと確実に手に入る。厄介なのは丸い種の状態の、通称実つきで、この実を攻撃してしまうと、大量の《リトルネペント》を引き寄せてしまう。
その辺のノウハウは既にあり――というか俺が設定したのだが、とにかくそれにさえ注意すれば簡単なクエストなのだ。しかも《胚珠》を持っていった数だけ、なぜか家宝の筈の【アニールブレード】が貰える。
ちなみにこの設定、俺じゃなくて茅場がした。それはもう、すっごい楽しそうに。
俺がここに来たのは一時間前。街からホルンカまで二十分、そこからこの森まで三十分。そしてこの夜中にこの森にいるのはβテスター以外はありえなく、自然、クエストを知っていて、《胚珠》を狙っている奴となる。
そう、例えば、MPKして自分だけ美味しい思いをしようとしている輩とか。
「……で、いつまで隠れてるつもりなんだ? 実つきが出てきたときに俺をMPKしようと画策してるのか?」
「……気付いてたのかい。一体いつから?」
不思議そうな顔で背後の草むらから出てきた男。たしか原作でキリトをMPKしようとして自滅した、コペルという男だ。コイツもβテスターだった筈。
「お生憎様、お前が俺をつけ始めた三十分前からだ。お前にタゲが行かないよう殲滅してたんだぞ? 実つきも含めてな。何せ、《リトルネペント》みたいな視覚以外で動くモンスターには《隠蔽》スキルは効かないからな」
「……っ?!」
俺にMPKも思惑が見抜かれてたからか動揺しまくりのコペル。
まぁ精神年齢で言えば三十前だしな、俺。それに元の世界でお前の事を知ってもいるから、これは俺が凄いんじゃない。ただずるいだけだ。
「そういう理由があるから《隠蔽》スキルは最初には取らないのが吉。むしろ《索敵》で危険察知とかを鍛えた方が良いぞ。《隠蔽(ハイド)》したままプレイヤーに接触するなんて、やましい事があると言ってるみたいなもんだしな」
「う、うん……そうするよ……」
おーおー、顔が引き攣ってる。よし、これで死者は一人減ったな。
「で、お前、《胚珠》欲しいんだろ? あそこに花と実が一匹ずついるが……お前はどっちが良い? 好きな方を選べ。俺が花を倒しても《胚珠》はやる」
俺が指し示す方向、三十メートル先の闇の中に、ぼんやりと花と実のシルエットが見えた。大急ぎでスキルを変えたらしいコペルは尚も慌てている。少しは落ち着け。
「え、えっと……」
「…………はい時間切れ。俺が実をやるからお前が花な。ほら、行くぞ!」
「え、え、え? え、うわあああああ?!」
キョトンとしてるコペルをどついて前に進ませる。コペルに気付いた二匹の内、実の方を俺が相手する。
コペルは最初こそ慌てていたが、流石はβテスターと言うべきか、すぐに落ち着いて戦い始める。一分が経った頃に花を始末したらしい、かしゃぁぁん……と小さく儚い音が響く。
それを機に俺は一気に勝負を決め、速攻で実つきを倒した。
コペルは笑顔の中に後ろめたさの翳りがある。
「よ、お疲れさん」
「……キミは酷いね、いきなり戦わせるなんて」
「おかしいな。ここまで懇切丁寧に説明して、しかも花を任せたのに悪し様に言われるなんて」
「本気で言ってるなら、一度病院に行ったほうが良いよ」
「お生憎様、この世界に病院は無いよ……元気が出てきたみたいだな」
俺は片頬を上げてニヤリと笑う。コペルは俺の言葉に目を見開いた。
「キミ、まさかわざと……?」
「さて、なんのことやら……んじゃ、一緒にホルンカに戻ろう。途中で死なれると寝覚め悪いし、悪夢に見るからな」
「そ、そこまでかい……?」
「あー……言い方が悪かったな、これは俺自身の問題なんだよ……俺はキリト、よろしくな」
「あ、うん、よろしく。僕はコペルです」
そう言って礼儀正しくお辞儀をするコペル。
ううむ、原作では酷いヤツなのに、こうも礼儀正しい好青年だと、俺が悪者だな……スグ姉にこの人を彼氏にどうか薦めてみようか。クリアまで三人共生きてたら。
コペルはきっと大成する。時間は掛かるかもしれないが、俺よりもずっと、人徳的な意味で立派になるだろう。今回のMPK未遂で何かを学んでくれたら良いのだが……
「……リト? キリト?」
「……ン。何だ?」
「何だ? じゃないよ。ホルンカに戻るんでしょ? さっきから何度呼んでも返事しなかったし」
「……あれ? どれくらいぼーっとしてた?」
「一分くらいかな」
一分? そこまで考え事してたのか?
「悪い悪い。始まりの街の皆や家族の事を考えてたんだよ」
「家族?」
「そう。俺のせいでこの世界に入ってしまった、一つ上の姉だ。向こうは俺の事を知らないけどな……俺が執念を燃やすあまりに……姉は……」
俺があそこまでしなかったら、スグ姉と適度に触れ合っていたらこうはならなかったのだ。スグ姉に関しては完全に俺のせいだ。
「……僕はキリトと会ったばかりだから、偉そうな事言えないけどさ。そこまで自分を責めるのはやめた方が良いと思う。少なくとも、そのお姉さんが《SAO》に来たのは全部自分のせい、って考えるのはそのお姉さんに失礼だと思うよ。君のお姉さんは君に会うためにこの世界に来たんだろう?」
「……そうなのかな。でも、だとしても……この世界は……俺が……」
「…………はぁ。とにかく、君は一人で抱え込み過ぎだね。仲間や家族がいるのなら、皆に頼れば良いんじゃないかな?」
「皆を……頼る……?」
それはずっと俺がしないようにしてきた事。俺が近づけば誰かが悲しむと思ったから、やめた事。
「そうだよ。だからまずは、ほら、僕を頼りなよ」
コペルは微笑みを浮かべて俺を見る。右手を差し出してきた。これは――
「仲間としての、第一歩、かな?」
「…………俺で、良いのか? 最悪最低な奴なのに」
「だとしても、君はそこまで苦しんで自分を責めてるんだ。それを悪いとは言わないけど、少しは皆を頼ろうよ」
そう言って更にズイッと右手を出してくる。俺はのろのろと緩慢に、しかし確実に右手を差し出し、彼の右手を握り返した。
「ははっ……よろしく、キリト」
こうして新たな仲間、コペルとパーティーを組んで狩りをしたのだった。
***
あれから俺達はホルンカに戻り、そこで報酬の【アニールブレード】を貰った。コペルは一本、俺は大量に《胚珠》を集めたので二十三本。家宝が形無しである。
全てをNPCの鍛冶屋で【指定回数フル強化】を選び、二十四本全てを鋭さ3、速さ2、頑丈3まで鍛えた。コペルが驚愕していたが、バグだと教えると呆れていた。俺がこれを知っている事に呆れたらしい。失敬な。
一本しかないコペルが羨ましそうに見ていたため、二本譲る。
俺は六本取り、残りの十五本は一応取っておいた。攻略組に渡すつもりではあるが、それはタイミングを選ばなければならない。
それから三週間が経ち、今俺達二人は迷宮区の十九階にいるのだが。
「凄い……」
「ああ。まるで流れ星だな」
暗い迷宮区の奥深くで、6レベの《ルインコボルト・トルーパー》という片手斧を持った人型っぽい魔物を、流星のような光を帯びた突き一つで圧倒しているプレイヤーが一人。
赤が基調のフーデッドケープに軽装備の細剣使い(フェンサー)。十中八九、原作のキリトの奥さんになる少女、アスナだ。
いやはやしかし、端から見ても大した速さの突きだ。
しかし――――
「……ぅ」
どうした事か、突きの構えを解いて頭を押させる細剣使い、その隙を逃す魔物ではない。今にも注意域のHPを消し飛ばそうと片手斧を振り上げ――――
「させるかぁっ!!!」
俺が放った《剣技》スキルの特技《瞬迅剣》による突進突きによって、一撃で倒れる魔物。それを一瞥して細剣使いを見る。
相手も俺には流石に気付いており、警戒と敵愾心を顕わに俺を睨んでいる。
「……どうして、余計な事をしたの?」
「ん? どういう意味だ?」
「……どうせ皆死ぬのよ……ただ、遅いか早いかの違いだけ……私は死んでも、良かったのに……」
そう言ってそのまま横に倒れていく女。俺はソイツを抱きとめ、顔を確認する。
わずかに覗いて見える栗色の髪、整った端正な顔立ち。間違いない、やはりアスナだ。
「……で。その子どうするの?」
「うーん、最上階に続く階段はすぐそこなんだよなぁ……コペル、悪いけどこの子を少し見ててくれ。ぱぱっとマップ完成させてくるから」
「うん、わかった。気をつけてね」
その声に頷きで返し、俺は最上階のマップ作成に行った。
ついでにボス部屋を一度開けて中を見ると、やはりそこには第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》が二層へ続く階段を塞いでいる玉座に鎮座していた。
その後ろ腰には長く太い得物――――野太刀があった。やはり曲刀のタルワールから変化している。
俺はそれをメモし、急いでコペルの元へ帰還。俺達は細剣使いを背負って拠点にしている村まで戻った。
***
気が付くと、鼻腔を微かにくすぐる良い香りがした。それは美味しそうな料理の匂い。いつも食べているような1コルの黒パンではありえない香り。
それに釣られて起きると、目の前にあるソファに腰掛けている、短い黒髪の剣士の後姿が目に入った。
どう考えてもこの男が自分をここまで運んだに違いない。少しはなれたところに仲間らしき男もいた筈だが、その者は何処に行ったのか。
そう考えていると、自分が起きる際に立てた極僅かな衣擦れに気付いたのか、その男が肩越しに振り返った。そして片頬を歪めて言う。
「よ、気分はどうだ? 死にたがり」
「……あんたのせいで最悪な気分よ。なぜ余計な事をして、私を生かしたの?」
私は憤りを隠そうともせず、目の前の黒ずくめの少年に食って掛かった。見た目は十代中頃だろうから自分とそう変わらない歳だろう。
しかしその瞳は自分よりも遥かに澄み、そして遥かに暗い闇を宿していた。
その少年が口を開く。
「……目の前の人を見殺しにするとか、俺にはもう出来ないんだよ。そんなのは……もう十分だ……それにアンタが作成した筈のマップデータも欲しかったし、アンタの細剣の腕に興味を覚えたこともあるし……この状況は俺のせいでもあるからな」
「……………………」
この男はどういう心をしているのか。暗くなったと思えば飄々とした態度に変わる。コロコロコロコロ、顔が定まっていない少年だ。
いや、そもそも少年で合ってるのかすら分からない。その瞳だけは少年ではなく、世界を知っている大人と完全に同じ輝きだ。一体何者なのか。
「明日、【トールバーナ】っていう街で『第一層ボス攻略会議』が開かれる。あんたも、自分をなんとかしたいなら、自分を貫きたいなら、来てみろよ」
「……気が向いたらね」
「同じパーティーになった時はよろしくな…………ところであんた、腹減ってないのか?」
「う…………」
その呻きに合わせて、小さくクキュルルル~と音がなった。まったく、なぜこういうとこまでリアルに近いのか。
そんな逃避的思考を展開していると、少年がお椀とスプーン、水を持ってきてくれた。良い匂いの正体はこのシチューだったらしい。
私はすぐにいただきますと唱え、シチューを口に含む。すると、現実でも味わった事の無い美味しさ、味による快感が体を満たした。一心不乱にシチューを食べ、気付くとすでに皿は空っぽ。そして笑顔で待っていた少年の顔が目に入った。しかし、それが不思議と嫌じゃない気がする。
「おかわりもあるが……食うか?」
「……食べます」
その後も三杯おかわりし、凄まじい眠気が襲ってきたので、そのまま少年のベッドで寝てしまった。
*
翌日の朝、恐縮しながらも美味しいのでついご馳走になってしまい、四杯もおかわりした。少年は相変わらず笑顔を絶やさない。
「本当に……ごめんなさい。お風呂も借りちゃったし……」
「別に俺の家ってわけじゃないからなぁ。あんたが生きてくれるなら、それでいいさ」
「キリトって、ホント適当というか、計算ずくというか、天然と言うか……」
キリトを挟んで左側に自分、右側にコペルという少年が並んで歩き、トールバーナで開かれると言う『第一層フロアボス攻略会議』へ向かう。
コンサートステージのような広場で会議は行われる予定らしい。
そこへ向かっていると、キリトが突然足を止めた。
「わっと……ちょっとキリト君?」
「どうしたんだい、キリト?」
二人でキリトに問う、キリトは元から鋭い双眸を更に鋭くし、周囲を警戒している。
「……………………いや、なんでもない」
長く間を開けての返答。しかしその顔は険しくなっている、ただ事ではない。
彼は背中の【アニールブレード+8】の柄を握り、少し抜いてからすぐにパチン、と戻す仕草をした。それが何を意味するのか、私達には見当もつかなかった。
*
コンサートステージのような広場の中心で、今回の会議の主催者らしき男が声を上げる。中々の美声で芯があるはっきりした印象がある。
「はーい、少し遅れたけど会議を始めたいと思います! 知ってると思うけど、俺はディアベル! 職業は気分的に【ナイト】やってます!」
周りからは、本当は勇者って言いたいんだろ! と好意的な野次が飛ぶ。
後ろで一つ括りにした青い髪、白銀の軽鎧、腰にある大振りな片手剣、背中に背負ったカイトシールド。確かに御伽噺に出てくるナイトを想起させる格好。
自分の隣にいる黒尽くめの剣士とは正反対に位置するだろう人物。短い黒髪、最低限の防具すらない漆黒のコート、背に装備している無骨な剣、鋭い双眸。どちらかと言うと盗賊や暗殺者、魔王とも言えそうだ。
見た目は完全に正反対だが中身はどうだろうか。自分を助けた理由を思い出し、しかし判断がつかない。本当のことなのか嘘なのかが分からない。
そう考えている間にも、会議はドンドン進む。
そしてディアベルが皆の意識を統一する宣言をしたその時、一人の声が上がった。
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
スケイルメイルをジャラジャラ鳴らしながら、一人のトンガリ頭の男が広場に出てきた。ディアベルは突然の乱入にも嫌な顔一つせず、寛容に受け入れた。
「そん前にこいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
「こいつってのは何かな? まあ何にせよ、意見は大歓迎だ。でも、発言するなら一応名乗ってもらおうか」
「…………フン。ワイは《キバオウ》ってもんや。こん中にワビィ入れなあかん奴らがおるはずやで。いままでに死んでいった三百人に詫びを入れなあかん奴ら――――βテスターが。ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略に入れてもらお考えてる小狡い奴らが! そいつらに土下座させて、こん作戦のために金やアイテムを軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預かれんと、ワイはそう言うとんや!」
キバオウの怒声に周囲が不気味な静寂に包まれる。それを破ったのは一人の巨漢。浅黒い肌に禿頭、大きな両手斧のバトルアックスを背負った男だった。
「俺はエギル。発言いいか?」
「ああ、構わないよ、エギルさん」
ディアベルのその言葉を受け、エギルはステージに上がってキバオウと対峙する。凄まじい身長差でキバオウは一瞬圧倒される。
「キバオウさん、アンタが言いたい事はつまり、元ベータテスター達が面倒を見なかったから三百人が死んだ。その責任を取って謝罪・弁償しろって事だな?」
「そ……そうや。あいつらが見捨てんかったら死なずにすんだ三百人なんやぞ! しかもその三百人はどいつも別タイトルのMMOで、ベテランやった三百人やぞ!」
キバオウは一瞬押されたことに反感を覚えたか、エギルに食って掛かる。それを余裕で流すエギル。エギルは一冊の本を出しながらキバオウに語り始める。
「あんたはそう言うがな、キバオウさん。このガイドブック、あんたも貰っただろう。【始まりの街】で最初に配られて以降、俺がどの村に行っても必ず道具屋で売られてたコレを。情報が早すぎだとか思わなかったのか?」
「早いからなんやっちゅうや!」
「つまり、この情報を集めてるのは、元ベータテスター以外にはありえないって事だ」
「ぐ……っ! や、やからってなぁ、それでも罪が消えるわけやあらへん。現にそこにいる黒尽くめはワイらを見捨てて、すぐに街を去ったやろうが!」
突然隣にいる少年を指差して怒鳴りつけ始めるキバオウ。
それにコペルと共にカッとなりかけるが、キリトの小さな動きでそれは出来なかった。
キリトは立ち上がり、ゆっくりとキバオウの下へ歩いていく。
「俺は黒ずくめって名前じゃない。キリトだ」
「ふん……で、キリトはんはどうするんや? ここでアイテムや金を全部出すんか?」
「…………出さなかったら、あんたはどうする?」
「決まっとるやろ! ワイはこのレイドに参加せん!」
キバオウの意固地と言えるその発言に、周りは少しどよめく。
しかしキリトは、周りを更に騒然とさせる事を言い放つ。
「なら、いっその事俺が抜ける。その方が手っ取り早いだろ」
「なん……やとっ?!」
「ちょっと待ってよ、キリト! あたし達はどうなるの?!」
「リーファ……」
リーファと言われた、彼の知り合いらしき黒髪の少女が大股でキリトに詰め寄る。
「キリト、また一人でボス攻略に行くとか言うんじゃないでしょうね?!」
周りが更に騒然とする。私もコペルと顔を見合わせた。
あの、人の生死に敏感な彼が、そんな無謀な事をしようと考えた事があったとは。
しかし彼なら出来てしまえる気がするし、実力もあるのでそう考えるのが自然なのか。でもこのデスゲームの事をよく理解している彼が、まさかそんな事を……
「けどなぁ、キバオウが反対するんじゃ……」
「そんなの放っときなさいよ! また自分一人で背負おうとする! いい加減にしなさいよ!」
ぱぁん! と乾いた音が響いた。少女が彼を平手打ちにしたのだ。
彼は俯いたまま立ち尽くす。しばらく後、その場にくずおれた。
「ちょっ?!」
少女が慌てて抱き起こすもキリトに変化は無い。いや、彼は――――
「……寝てるの?」
「どない神経しとんや……」
「彼が、ほぼ一睡もしてないからだよ」
その声と共にコペルが立った。その顔は見たことも無い位に毅然としている。
「ほぼ一睡もしてないやと? んなアホな」
「そう、キリトはアホなんだよ。僕がどれだけ言っても、このデスゲームが始まったあの日から、彼はほとんど睡眠をとってない。一日一時間が長いくらいさ。昨日はしばらく離れてたけど、それ以外はずっと一緒にいたから、知ってるんだ」
「な……」
私は唖然として思わず喘いだ。
私がキリトとあった時でさえ、四日間の睡眠は三時間ずつはあった。それを軽く上回る日数、数えると三週間と一日、しめて二十二日も殆ど寝ていない事になる。睡眠時間は二十四時間を超えない。
それで安全に戦闘をこなせるのか。
「彼に何故寝ないのかと聞いたことがあった。彼、なんて答えたと思う?」
「……なんて答えたんや?」
「『助けられなかった人間がいるのに、おちおち寝てられるか』って言って、毎晩フィールドに出てはビギナーの手助けをしてたんだ。それでも助けられなかったり、目の前で死んだ時には涙を流してたよ。彼は人の死に敏感なんだ、悪夢で一切寝れなくなるほどに。自分を追い詰めて、自分を殺す勢いで人助けをしてる彼を侮辱する事は……僕が許さない……!」
鋭い眼でキバオウを睨むコペル。あんな彼は見た事が無い。おそらく彼もキリトに助けられたのだろう。だからあんなに怒っているのか。
「こんガキ……!」
「……ぅ……」
「キリト?!」
低く呻いて眼を開けるキリト。顔色は悪く、体はカタカタと震えている。
「…………ここは……?」
「何言ってるんだい。ここはトールバーナ、会議の途中だよ」
「そう、だったか……?」
今ひとつしっかりしないキリト。私も駆け寄って彼の手を取る。酷く冷たい手だった。これが本当に同年代の少年の手なのか、と思うほど凍りついた手だった。
「キバオウさん、わかったか? キリトはこれだけ自分を犠牲にして戦ってるんだ。少なくとも、この会議は今後の行く末を左右すると、俺は思ってる」
「……今回は引いちゃる。けどな、いつか白黒つけるで、【終わりの剣士】」
キバオウはキリトを睥睨し、彼を異名で呼んでから足音荒く席に戻る。
キリトは自分で立てるほど回復していないので、コペルと私の二人がかりで席に戻す。彼は未だ低く呻いている。
「――――さて、そろそろレイドを組むにあたって、パーティーを作りたいと思う。各自自由に分かれてみてくれ!」
…………なんですって?
私は戦慄した。私達は既にパーティーを組んでいる状態で、キリトに色々教えてもらっている。しかし、私達はキリトを主軸としたパーティーだ。彼が衰弱して戦えない今、私達はどうすればいいのか。
二人でやるという選択肢は無い。今朝早くに軽く狩りをしたのだが、私もコペルもキリトに頼った戦い方だ。しかも二人とも実力――プレイヤースキルや習得スキル熟練度――が、ソロやタッグを組んでの戦いが出来るほどではない。
つまり彼がいない状態だと、完全に足手まといということだ。彼を戦わせるという選択肢はまず無いと言って良い。こんな状態の彼を戦わせるわけにはいかない。回復すればそれも違うのだが……
「あの……もし良かったら、あたし達と組みませんか?」
さっきの少女が仲間を連れてやって来た。濃い紺の長髪にアメジストの瞳、片手剣を持った少女、ツンツンに逆立てた赤髪にバンダナ、曲刀を装備した男と似た感じの男二人。計五人がやって来た。
「それは助かるわ、よろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
「よろしくね、ボクはユウキだよ!」
「俺はクラインだ」
他の三人も挨拶していく。その五人は最後に揃ってキリトを見た。
彼は起きてはいるのだが、半死半生の体で仰向けに倒れている。
複雑そうな顔でキリトを見る少女二人とクライン。三人は始まりの街で別れた、キリトの元パーティーメンバーらしい。彼に色々託されて残ったんだとか。さっきエギルが言っていた【始まりの街】の話が、正にそうらしい。
彼は自分の全財産と貴重な情報を残して、クリア目指して街を、たった一人で去った。無茶が過ぎる話である。
その後の話し合いで、私達のパーティーの役割はボス攻撃役になった。最も危険な役割だ。
「よし、役割も決まった。決行は明後日。その日の午前九時に、ここにまた集まってほしい。それまでパーティーの連携を整えておいてくれ――――解散!」
キリトを借家まで連れて行き、そこに寝かせる。彼は全く寝付かないが、脳が疲弊しすぎてるせいか、まったく動けないようだ。
私達はその間に連携を強化していく。
そして二日後、復活して無理にでも来ようとするキリトと一緒に、私達はボス攻略に出発した。
***
「どうして……どうしてなの……」
私は二人が寝ているベッドの間に座り、泣いていた。
あの日、直葉がSAOにログインした直後、弟の和人もログインした。彼は『スグ姉は絶対に現実に還す』と言っていた。
午後五時半過ぎに、SAOのニュースが流れるとも言っていた。絶対にナーヴギアを外さないようにとも。
そしてほぼ五時半、SAOが茅場晶彦によってデスゲームと化し、ゲーム世界で最上層にいるラスボスを倒さないとログアウト出来ない、HPがゼロになると死ぬ等の事が流れた。
もしかしたらあれだけSAOに執着していたのは、できるだけSAOの情報を覚え、人を助ける為だったのかもしれない。大勢の人間を救う為に。直葉を、姉を護る為に。
そのまま囚われの身となっているが、《SAO対策チーム》の一員であり、総務省の公務員と名乗った役人の話では、和人は文字通りに不眠不休で他人を助けているらしい。精神状態がかなり不安定らしいが、それもなんとかなっているとの事。
しかし、三週間経っても今だ第一層をクリアできていないらしい。このまま二人は死んでしまうのか。
でも和人は還すと言っていた。ならば信じよう。私の娘を、姉さんの息子を。
「どうか、無事に帰ってきて……!」
はい、第五話、コペル救出、アスナとの出会い、第一層ボス攻略会議でした。
実は私、案外コペルが嫌いでは無かったり。原作のキリトもMPKという行為は一応認めてますし、人を嵌めて殺すのはどうかとは思うものの、とても人間臭いキャラクターなので割と嫌いでは無いです。ただ、目立っていないし特徴もあんまり無いので、好きという訳でも無いのですが。
アスナやリーファに対する態度は、犠牲者を減らす為とは言え自分も同罪だから、という思考をコペルとの時に展開している通りで、後ろめたいので突き放すような言動を取っていました。ちなみにこれ、結構後まで尾を引きます。
あとキリトの睡眠時間についてですが、人間やれば出来るようですよ? 実体験です。ぽつぽつとちょっとずつチョコを舐めたりなど糖分を取っていけば、無茶すれば出来ます。
気絶したのは、リーファが知らないとは言え家族である姉に怒られて、精神的にショックを受けた事で一気に疲労が来たせいです。なので一日休むほどだし、倒れてすぐに目が覚めても震えていたのです。ちなみにこれも実体験。物凄く心配……されなかったので哀しかったです。
では次話、第一層ボス攻略です。
原作と少し違うし、短いですが、国語力がまだまだな頃の戦闘描写でも楽しんで頂ければ幸いです。
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第五章 ~人を護る為、人を殺す業~
つまり第一層ボス攻略戦です。半分くらいボス戦ですが、描写はボス戦の途中から始まります。
そして原作知識を駆使してベータテストをプレイしていたキリトの壊れ具合の端緒が此処にあります。あとキリトの異常な精神構造の端緒も。
心理的なものに詳しい人が呼んだら、アレ? と疑問に思う部分はわざとです。何故なら必要だから。
私の持論:ストーリーを盛り上げる主人公には分かりやすい悲劇的な経歴が必要だ!
という訳で、割と安定&予想外だろう原作ブレイクがある第五章、どうぞ!
第五章
~人を護る為、人を殺す業~
「A隊、B隊とスイッチ! HPが注意域に下がる前に言え! ソードスキルだ、カウント――――3、2、1、今!」
ディアベルさんの必死の指揮の下、あたし達はなんとか《イルファング・ザ・コボルドロード》と戦えていた。やはり指揮が有るのと無いとでは全く違う。
今のところ戦線を維持できているが、危険と判断すれば迷わず撤退をする手筈になっている。あたしはユウキとキリトと一緒に攻撃をし、その隙をクラインさんやアスナさん達がカバー、そしてそれをあたし達がカバーという連携を取っていた。
今のところはそれで何とかなっている。
しかし、コボルドロードのHPが残り一段になったら攻撃パターンが変わるらしい。今の片手斧と盾の装備から巨大な曲刀【タルワール】に変えるのだとか。
そしてもうちょっとで残り一ゲージになる。あたし達は一斉に攻撃、一気にHPを削り取った。
そしてHPが残り一段となり、コボルドロードは咆哮と共に武具を投げ捨てる。そして後ろ腰にある武器を手にとって抜いた。
あれは――――あれは曲刀なんかじゃない!
「俺がやる!」
「ディアベルさん、ダメ! あれ、でっかい刀だよ! 野太刀だよ!」
「なんだって?!」
ディアベルさんが一人突出しかけるも、ギリギリで間に合った。寸でのところで踏みとどまり、野太刀の間合いから離れる。
グルル……と憎々しげにあたしを睨むコボルドロード。その野太刀を両手持ちにした。あたしはそれに不敵な笑みで返し、あたしも両手持ちになる。
一切の音が消えた。周りの取り巻きたちでさえもが動きを止め、あたし達の対峙を固唾を呑んで見守っている。
ロードが若干の動作を見せた。あたしは一気に踏み込む。狙いは一点、その大きな腹の中央。そこ目掛けて大上段に剣を振りかぶる。
そこでロードがニヤリと笑った。ヤツは己の野太刀にソードスキルの光を宿らせて、あたしを真上に斬り上げて吹っ飛ばした。そのまま別のソードスキル、血のように赤い色を纏わせてあたしを斬り裂こうとする。
まず大上段からの斬り下ろし。空中に飛ばされてる上、ノックバックもしているので絶対に回避は不可能。即死は確定だ。
――――ゴメン、和人……
ここにはいない弟を想い、眼を瞑って最期を待つ。
直後――――
ガギギギギイイイイィィィィンッッッ!!!
と盛大に金属音が鳴り響いた。
目を開けるとそこには男が、一本の無骨な剣を構えて立っていた。漆黒の髪、あたしよりも細めなくせに力強い印象のある華奢な体、黒が基調のインナーに軽装な服。そこまで高くない背、幼い顔つき。しかしそれらがあっても余りあるほどの、大人でさえも怯ませる鋭い双眸と威圧感。
彼は――――
「和、人……?」
「誰と間違えてる、俺はキリトだ……下がってろ、俺がしばらく支えておく!」
あたしの間違いを肩越しに見てきながら否定した後、キリトは吼えながら、コボルドロードに向かって突進。
ロードはまたソードスキルの構えを取る。あたしを吹っ飛ばしたのと同じ構え。
しかし今度は真上からだった。縦に変幻自在の技なのか。その不意打ちをキリトは慌てずパリィで軌道を逸らし、がら空きの脇下目掛けて攻撃を仕掛ける。
ロードがそれに反応するも、己の巨体が仇となってキリトに攻撃が届いていない。
するとキリトは何を思ったか、一本のロープを取り出した。それをロードの両足を絡めるように高速で巻いていく。それで足をもつれさせ、ロードは倒れた。まだロープは残っていて、それも片方の端はキリトの手の中だ。その間にキリトは右の剣でソードスキルを繰り出した。
《片手剣》水平四連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》。左斬りあげ、右水平薙ぎ、左水平薙ぎ、右斬り下ろしを連続で放つ。
と、そこで左手に持ち替えた剣がペールブルーの光に包まれる。
――――連続のソードスキル?!
《片手剣》垂直四連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。それを立て続けに放った。回転しての下段左薙ぎ、左側斬り上げ、上段左薙ぎ、右側斬り落とし。
二つ連続で水平と垂直の長方形を描くソードスキルを喰らい、ロードはそのHPを残り僅かまで減らした。
剣を右手に瞬時に持ち替え、続けてソードスキルを放とうとして――トスッと、キリトの背中に僅かなダメージエフェクトが発生し、そしてHPバーの枠は麻痺を示す黄色になった。
キリトはソードスキルを放てずボスの前で倒れる。
ボスはそれを逃さず技を放つ。あたしを殺そうとした血の色の技!
大上段からの斬り下ろし、返して逆風の斬り上げ、最後に突き。この三つを高速で行いキリトを斬り裂く。キリトはあたしの方へ飛んできた。
彼のHPはグングン下がっている。七割、六割、五割の注意域、四、三、二、一割――――
そしてあとほんの数ドットを残して減りが止まり、すぐに回復しだす。彼の持つ装備やポーションの効果だろう。
しかしその回復を妨げるように一瞬、回復が止まって、HPが減った。見ればピックが刺さっている。それの刺さっている方向を見れば、嫌な笑顔を貼り付けた男がピックと片手剣を持ってこちらを、いや、キリトを見ていた。キリトも彼を見つめ返している。しかしその表情に怒りは無い。
男はにこやかに笑ったままキリトに話しかける。
「ああ、残念です。殺し損ないましたか」
「……なるほどな。一昨日感じた嫌な視線はお前のだったか」
「ええ。《隠蔽》スキルを使ってて見つかってない筈なんですが、あなたあの時、勘で気付きましたよね?」
「まぁそれくらいはな」
簡単に言ってるけどそれ、普通出来ないよね? ここはデジタルの世界、そんな感覚的な情報――視線とか殺気とかはデジタルに置換出来ないものはありえない筈。でもキリトはそれをやってのけたらしい、目の前の男も呆れ、純粋な苦笑を浮かべている。
あたしは急いで解毒麻痺効果のポーションを飲ませる。これで麻痺は回復した。キリトは剣を構えながら立ち上がる。
男はそれに余裕の笑みを浮べて近寄ってきた――
「もうちょっとで倒せるし、リーファはボスの方へ。俺はコイツの相手をする」
「…………わかった」
***
素直に答えてボスへ向かうリーファ。
これで良い。ここからは、リーファには見せたくも聞かせたくも無い。
「……さて、僕をどうするつもりで?」
「別に牢獄行きにしてもいいんだが、その前に……お前、ディアベルも殺そうとしたよな? やっぱり俺とあいつが……?」
「ええ、そうですよ。まぁあなたは自分を晒してるし、己を犠牲にしてまで色々やっているので、あなたへの個人的な恨みは無いです。ディアベルは別ですが」
そこで彼は顔を顰める。どうも毛嫌いしているようだ。
「なるほど。つまりお前は、ベータテスターに恨みを持っていて、殺す事で復讐を……」
「ええ……親切顔でよって来たプレイヤーはベータテスターでした。そいつと一緒に狩りをして、そろそろ良い頃合かと思ったときに……殺されかけたんですよ、MPKでね。私はギリギリ逃げ切れましたが、ヤツは死んでしましました。この恨み、他のベータテスターで晴らさないと、気がすまないのですよ」
「……そうか。なら、俺がいるぜ? 何せ、ベータテスターな上、この世界に深く関わる者の一人だからな。元凶の一人である俺を殺した方が、もっとスカッとするんじゃないか?」
「……なるほど、確かにそうですね。あなたを殺せば、恨みも晴れるでしょう」
そう言って剣を構える男。しかし俺は男から体をそらし、ボスに向かって走り出す。
これも布石の一つの為だ。
「なっ?! ここまで煽って逃げるのですか?!」
「俺が目指すのは百層クリア。そこを履き違えんなよ!」
俺はそう言って更に加速。神速を以ってボスに突進する。
その際に発動したソードスキル〈バーチカル・アーク〉がボスの首元から袈裟斬りにする。
それでも一画素分が残った。コボルド王は獰猛な笑みを浮べる、しかし俺も同種の笑みを返す。
この技は二連撃、そしてソードスキルが完全に当たって仰け反っている、今の状態なら――――
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
袈裟に斬った軌道の終点を軸に、V字を描くように剣を左上に跳ね上げる。腹、胸、首、耳と順に斬り裂いて行き、そしてこれが止めとなった。
《イルファング・ザ・コボルドロード》に最後の一撃を当てて倒した事で、俺の視界に一枚のウィンドウ――
《―― You got the Last Attack Bonus! ――》
が表示された。
俺は表示されたウィンドウとそのLAアイテムを一瞥することなく、すぐに振り向いて剣を構えた。周囲にいるプレイヤー達が驚愕の表情をして構えるが、ディアベルがそれを抑えた。
「……やってくれましたね、キリトさん」
「はっ。隙を見せる方が悪い」
苦い顔で毒づく男にそう返しながら、俺は剣を無行の位(即時反応できるが危険な構え。手に持ってぶら下げている状態)で近づく。そして男の前に剣を突きつける。
男はそれを一瞥、再度俺を見る。
「……どういう意味ですか、これ?」
「牢獄行きだ、お前は。何も殺す必要は無いからな」
「…………確かに、僕じゃキリトさんには絶対に勝てません。でも牢獄に行くのはゴメンです、だから…………あなたが苦しむ方法で死にます」
そう言って男は俺に近寄り――自ら、俺の剣に刺さりに来た。男のHPがグングン下がっていき、俺はオレンジカーソルになった。
男は嫌な笑みを浮かべながら俺にもたれかかり、耳元で囁いた。
「これでアナタも人殺し。最悪最低な、犯罪者です。せいぜい……偽善者ぶって……苦しんで死になさい。先に、地獄で……待ってますよ。【終わりの剣士】――――キリトさん」
そう残して男は、蒼いポリゴンを散らして消えた。しかし、俺の剣にも肩にも、耳にも男の感触、声が未だに残っていた。
完全に呆然とする俺。俺は剣を下ろし、深く俯く。
***
「キリト君……?」
ディアベルさんがキリトに声を掛けた。キリトは緩慢な動きで彼を見る。
その瞳はあたしにも見えた。
何も映さず、光を宿さない瞳。暗い闇に彩られた瞳だった。
「キリト……」
「……大丈夫だ……俺は……」
あたしは思わず彼の名前を呼んだ。キリトは次にこちらを向いて微笑んだ。その笑みはどう見ても無理をしたもので、彼が張り詰めたガラスのように見えてしまう。
今、彼とあたし達は分水嶺に立っている。ここで何かが狂えば、それだけで、全てが終わる。二度とキリト戻らなくなる。
そもそも彼は最初から自己犠牲心が有りすぎる。ここで重い責任を感じてしまえば、もう後戻りは出来ないだろう。
「なんでや! なんでアイツを殺したんや?! 牢獄送りにするんやなかったんか?!」
ああ。それなのに、どうしてこの男はこうもぶち壊すのか。
キリトは目に見えて怯えの色を瞳に宿した。彼は自分を責め続け、そして今、この男の発言によって引き起こされた波を恐れたのだ。人というのは、多勢に弱い。いくら実力があろうが、大衆には勝てないのだ。
この男――キバオウもそれを分かっているのだろう。波を周囲にも向けて発している。
皆の瞳に、キリトに対する同情や哀れみが消え、代わりに侮蔑や憤怒が瞳に宿った。
「ジブン、ボスの技も見きっとたし、ちゃっかりLAもとっ取る。それだけならベータテスターや言うて済ませれる。けどなぁ、何でアイツを殺したんや?! ここがデスゲームやと分かっとって、どうして殺したんや?! そんなのただの【人殺し】、茅場と何も変わらんやないか!」
キバオウの言葉に全体が同調し始めた。キリトは深く俯き、その言葉を受けている。あたしやアスナさん達、クラインさんにエギルさん、ユウキ達、ディアベルさん派の皆は一切何も言わない。あたし達は耐えているのだ。キリトを責めることに。そして待ってもいる、キリトが言い返すことを。
あたし達は理解していた。
キリトは好きで殺したんじゃない、ただ、剣を引くと犠牲が出る殺し合いが始まり――攻略組全体にひびが入る。それに思い至って剣を引けなかったのだ。
でもキバオウ一派はそれを理解せずに責めるだけ。責めるくらいなら自分達が牢獄に連れて行けばよかったのだ。
そう考えて耐えていると、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「ジブンは人殺しや、罪は贖わなきゃならん。金輪際、攻略組には来んなや」
キバオウのあまりにも一方的で、クリアの事を考えてない言葉に、あたし以外のずっと耐えていた皆も怒りの表情をキバオウに向け――そして固まった。
キバオウは今、こちらに振り向いて顔を向けている。彼には背中にいるキリトの顔が見えていないのだ。
彼の顔は……狂気に歪んでいた。
「……ク、クックク……ハーハッハハハ!」
「な、なに……?!」
キリトがいきなり笑い始めた。もしかして心が持たず、壊れたのか。キバオウ一派も私達も、突然の事に対応できない。
「な、何がおかしいんや?!」
「ククク……いや、なに。俺は元から攻略組に居続けるつもりはなかったよ」
「な、なんやと……?」
キバオウの呆然とした呟きは、同時にあたし達全員の言葉でもあった。
それはソロで続けるという事か。しかしそれは無茶が過ぎる。いくらキリトだって、ソロでやれば死んでしまう。
キリトはあたし達から離れ、第二層に続く階段の手前で止まってこちらを睥睨する。
その顔には、不敵で不遜な笑みを浮かべている。
「キバオウ、アンタは会議の時、俺を元ベータテスターって言ったよな? そうだ、確かに俺は元ベータテスターだ。けどな……死んだ五百人の内、実に二百人以上はベータテスターだった。凄まじい倍率で当たった千人の内、ベテランが何人いたと思う? ほとんどはレベリングの仕方も知らない雑魚ばかり、あんた等の方がまだしもマシさ」
「な…………」
突然語られ始めた内容に、キバオウ共々絶句する。
五百人中のテスターの死者は約二百人というのも驚いた。
でもそれ以上に、キリトの豹変ぶりの方に驚愕した。
彼はいつも、基本的に優しいのだ。どれだけぶっきらぼうでも、聞いたことはキチンと答えてくれるし、心配もしてくれる。だから今の彼に驚いたのだ。
キリトの舌鋒はまだ続く。
「でも、俺は違う。俺はまだ誰も見たことも無いモンスターや様々な情報を知ってる。誰も上がれなかった階層を攻略してたからな。その時に《カタナ》を扱うモンスターとさんざん戦ったから、ボスの技も知ってたんだ。アルゴなんか目じゃないぜ、俺の持ってる情報量はな」
「なんやそれ……そんなん、もうテスターやない、チーターやないか!」
周りからそれと同じ内容が聞こえてくる。しばらく罵声が続き
「テスターとチーターを掛けて……だからビーターだ!」
その言葉が聞こえた直後、キリトが顔の笑みを深いものにした。
「ビーターか……いいな、それ」
彼のその言葉で、何故彼が態度を豹変させたのかを、キバオウ一派以外の攻略組全員が理解した。
「そうだ、俺はビーター、【人殺しのビーター】だ。これからは、他の有象無象の雑魚テスター如きと一緒にしないで貰おうか。他の奴らも、お前らビギナーと大して変わらないんだからな」
彼は自分一人で、元ベータテスター全員に対するビギナーの人たちの負の感情を、一身に受けようとしているのだ。それであたし達攻略組にいざこざが起きにくいように。
キリトはそう言うと、メニューを呼び出して指を走らせ始めた。
背のアニールブレードが消え、黒と薄翠の片手剣が背中で交差するように現れる。着用していた黒が基調の簡素な衣服類も、全て一目でレア物と分かる漆黒のロングコートに変わった。
そしてキリトの雰囲気が一変、近寄れない程の威圧感を放ち始めた。
「攻略組に裏切り者が出たって話、それ、俺にして流しとけ。『死者が出たのは薄汚い【ビーター】キリトのせいだ』ってな。適当に吹聴してれば勝手に尾ひれがついて回るだろうし、その辺はディアベルに任せる。じゃあな、俺は先に二層に上がってるぜ。来るなら、初見のMobに殺される覚悟をして来いよ」
彼はそう言って階段を上がっていった。
以降、攻略組がボス部屋に到達しても、殆どが彼に討ち取られていた。彼はそれからずっと、長い間、独りで戦うことになったのだ。
数日連続で迷宮区に潜って戦い続ける。人は、彼のその狂気のような戦いぶりからこう呼んだ。
全身黒ずくめな事に因み、名づけられ、長い間呼ばれることになる四つの異名。
【魔の剣士】、【黒の剣士】、【死の剣士】
そして
――【黒衣の断罪者】――
はい、原作ブレイクが多かった第五章、如何でしたでしょうか?
最初のオレンジプレイヤー、最初の公になったプレイヤーキルを同時に背負ってビーターと蔑まれるようになり、しかし一部のプレイヤーは良い面を評価しているというお話です。
何故オレンジ&PKをさせたのかは、後々に関係してきます。
余談ですが、実はこれを書いた頃、まだSAOはアニメ公開がされていませんでした、確か。取り敢えずプログレッシブ一巻が発売されて少し経った頃だったのは確かです。だって次の話は第二層じゃないから。
一つネタバレをしておきます。
私は割とキバオウは好きなので、今回悪い役回りにしましたが暴走させません。予想は出来ていたと思いますが。
取り敢えず、キリトとは後々に毛嫌いしつつも仲間としてやっていく程度にはなっていきます。そんな描写、あんまり書いてないけど。
一緒に命を預けるボス戦の仲間として戦っていれば、きっと完全拒絶にはならない筈です……だってキバオウ、リーダーだからそれくらいの分別着ける筈なので。
それと、感想欄に、前書きと後書きはどんなのが良いか、ネタバレは良いか、次話の予告はして欲しいかの意見を書いて下されば嬉しいです。
返信はするつもりですが、全ては難しいかも知れませんので、ご了承下さい。決定した事は何らかの方法で伝えます。
ではではこの辺で。次も深夜くらいの投稿になると思います。お楽しみに。
…………楽しみにしていて下されば、嬉しいです。
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第六章 ~月夜の黒猫と宵闇の剣士~
この前書きを書いてる時点で既にUAが150を突破していて嬉しく感じ、他の方のUA数を見て若干悔しさを覚えた黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
ちなみに書いてるのは24日朝の六時頃です。投稿していたのは午前二時くらい……阿呆と罵って頂いても結構ですよ(笑)
早起きって良いですよね、最近は暑いので朝の涼しさが身に染みます。
まぁ、それはともかく。UA数は少しずつ読者様によって伸びていくし、私の腕によるものなのでのびのびとやっていきたいと思います。
そんなこんなで第六章。タイトルから分かると思いますが、原作のあの子が登場します。割とアッサリと話が終わりますが……後々、ちょっとずつ絡める要素を含めてるので、そのオードブルとして楽しんで頂ければ嬉しいです。
ただコレを書いてる頃、知り合いからご要望があったので二人ほどオリキャラが居ます。まぁ、ちょくちょく名前を聞く程度ですし、そこまで深く関わらないのですが。
それではどうぞ!
第六章
~月夜の猫と宵闇の剣士~
「それじゃ、キリトさんに助けてもらったお礼と出会いを祝して――――」
「「「「かんぱーい!」」」」
「か、かんぱい……」
「…………乾杯」
俺は今、第十九層の主街区の宿屋にいる。現在、SAOに囚われてから半年、最前戦は俺の働きもあり、既に四十八層【リンダース】だ。そこは原作で、《リズベット》という少女が鍛冶屋を営む街でもある。
アスナ達とも未だ交流があり、彼女が店を買うのに力を貸して欲しいと言われた。一応値段を聞き、余裕で払える額だったので、匿名で渡すよう頼んでから金を渡した。返済はアスナ達経由だ。
俺は一層をクリアしてからは、しばらくチート装備を使って攻略を進めた。実は攻略組がボスに挑んだ回数よりも、俺がソロで倒した回数の方が多かったりする。
最近は一緒にボス攻略をするようになったが、原作の二十五層で軍を壊滅させたフロアボス《ザ・グレイトドラゴン》はソロで倒したので、キバオウ達は未だ健在。俺とヤツは顔を合わす度に喧嘩をしている。初撃決着で決闘をした事もある。俺は異常にレベルが高くなっているので、キバオウは全く相手にならないが。
なるとしたらアスナ、リーファ、ユウキ、クライン、そして茅場が扮するラスボスのヒースクリフだろう。それでも、十回戦えば九回は絶対に勝てる。ヒースクリフのシステムオーバーアシストだけは未知数だが、それ以外で俺に勝てる存在は今のところ無い。
今では悪夢を見ることも無くなってきているので、十分な睡眠も取れるようになってきており、昔よりも更にミスは少なくなっている。とはいえ三~六時間なのだが。
ちなみに、ヒースクリフは原作どおりに《血盟騎士団》を立ち上げ、アスナはその副団長。リーファとユウキはアスナの補佐。クラインは、やはりこちらも《風林火山》を立ち上げている。エギルは俺も色々と協力したので、立派に商人をしている。
さて、俺はというと。
ギルドは人数制限はないもの、つまり独りでも立ち上げれるのである。というわけで俺も作ってはいる、団員は俺だけだが。
漆黒を背景に白い真円。その円の上下左右に等しく接するように、中央にはダイヤのようなマーク。漫画とかアニメでよくある、キラーンという効果音が入りそうなシーンで出る、あのマークだ。
それを俺は『夜空で一番凛々しく輝く星』と言う意味で、《凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)》とギルドに名づけている。ギルドと言っても俺一人なのだが。
なぜこれをしたかというと、なんとなくとしか答えられない。
最前線トップのプレイヤーであり、最強の剣士。正しくこの名は似合うだろう。これはキバオウ、そして何より、ヒースクリフ――――茅場晶彦への皮肉だ。ヤツは最強を自力で目指そうとしている、その鼻っ柱を、チートとはいえへし折ってやるのだ。
ただそんな気がしただけで、別段深い理由でもない。
さて、初めに戻ろう。
今俺は十九層の主街区の宿にいる。目の前には五人構成のギルド。『月夜を背負った黒猫』がギルドの印になっている。
そう、原作でキリトが全滅させてしまった、あのギルド《月夜の黒猫団》だ。ただし、メンバーに若干違いがある。原作では男四人、女一人だったが、今俺の目の前の五人は男三人、女二人だ。
リーダーで片手メイス前衛のケイタ。茶髪・茶色の瞳の男。
投擲や撹乱のシーフ姿のダッカー。茶色の髪と瞳の少年にみえる男。
軽装だが、片手剣と盾を使う怖がりな少女サチ。小柄で、黒の瞳と髪。
軽装で前衛に出る槍使いのルシード。短くツンツンの髪を紫、瞳を銀にしている。一七〇センチを過ぎた辺りの身長に、ほっそりとした威丈夫。
軽装で投げナイフやチャクラム、短剣使いの少女ルネード。茶色の髪を小さいポニーテールに纏め、薄ら蒼い瞳をしている。身長は一六〇センチ手前あたり。
出会いは同じ。俺がちょっとした素材収集にこの層の森に降り立ったら、数匹の魔物に追われてHPを危険域まで減らしているプレイヤーを発見、すぐに助け出した。無論、全力なので二刀を使った。よって【黒の剣士】だともばれている。というかばらした。
《二刀流》スキルは未だに使っていないが、片手剣それぞれでソードスキルを使うシステム外スキル〈スキルコネクト〉を使っているせいで有名なのだ。
右の剣と左の剣それぞれのソードスキル終了体勢に、無理が無いものだったら繋げられることに気付き、数ヶ月鍛練したのだ。俺はシステム的にもチートという事で、【人殺しのビーター】に拍車が掛かりそうだ。
それでも五人の態度は変わらない。若干怯んだようだが、リーダーの《ケイタ》等は『サインをください!』と頼み込んできたほどだ。お前、原作の時と色々違うな。アレはキリトのある意味の自業自得だが。
さて、今俺はケイタ達にお礼を言われながら乾杯をした。というかお礼は何度も帰りに言われているのだが、なんでも話があるらしい。
「いやー、それにしても全プレイヤー中最強のキリトさんに会えるなんて、僕、嬉しいなぁ……しかも助けてもらったし」
「それは良かった。あと、俺と話すときも敬語は無しで頼む……それで、ケイタ達の頼みって?」
俺はケイタに聞いた。実際のところ内容は知っているのだが、ここで一応聞いておかないと、後々面倒になりかねない。
ケイタは俺の隣に座っている女性《サチ》に目を向ける。
「えっと、分かってるだろうけど、僕達のパーティーって前衛と中衛のバランスが悪くて……それでその子、サチを槍使いから片手剣使いに変えようと思ってて。キリトさん……キリトには、その指導をしてもらいたいんだ」
はい、やっぱりそうでしたー。俺としても、息抜き代わりに受けるのはやぶさかじゃない。しかし、サチの場合、片手剣使いは恐らく無理だ。
俺はそう伝えるべく、考え、言葉を気をつけて選び、口を開く。
「……生き抜ける、助かる可能性を広くするのなら、俺も喜んで協力する。だが……サチの場合、そもそも近接は向かない。いや、戦闘自体向いてない」
「え……どうしてだよ? 今まで戦えてきたんだぜ?」
茶色のローブマントを着た少年が訝し気に言う。まあ、そうなんだが……
「ケイタ、話は変わるが。《血盟騎士団》にはどうして会計やら装備部やら職人プレイヤーもいると思う?」
「えっ……それは、攻略を進めやすくするためじゃないのかい?」
「一応それもある。けど、正解じゃない。正確には『フィールドに出たくないが、ギルドに貢献したい』プレイヤーがするのが後衛職、つまり戦闘以外で頑張る事を目的にして作られたんだ。まぁ、かなり助かってるらしいけどな」
「そうだったのか……でも、それだと、サチは……」
「サチは向いてない。生き残るようにするなら後衛職にして、サポートにすると良い。効率重視なら槍のままにして、他の四人の誰かが片手剣を上げると良い。俺はそれには付き合う、でもサチを片手剣使いにするなら協力するつもりはあまりない。無理にやらせようとしても、恐怖心だけは本人の問題、どうにも出来ないからな」
俺の言葉にケイタは悲しげな顔をする。サチはというと、曰く言いがたい複雑な表情をしていた。恐らく、自分のせいだけど前には出たくない、という葛藤に苛まれてる。
ここはもう一つ押すべきか、サチが何故戦いに向かないのか。
「そもそも、ケイタ達は知ってるか? サチが攻撃する際に一瞬目を瞑ってる事を、攻撃される際も同じ事をしてる事を。サチは戦いを恐れてる。そんなヤツに前衛を任せようとするのは、死にに行かせるもんだぞ。攻略組、最前線に出ようとしてるなら尚更だ」
「っ?! そうだったのか、サチ……?」
ケイタの問いに、サチは目を伏せながら小さく、コクと頷く。それを見て、四人は驚愕をあらわにした。おそらく気付いていなかったのだろう。サチが怯えているのは知っていても、まさかここまでとは。
「うん……本当は、【始まりの街】から出たくなかったの」
「サチ……そうだったのか……ごめんな、気付けなくて」
「ううん……これは私が悪いの……でも、憧れがあったから。だから怖くても頑張れると思った」
「憧れ? それは……?」
俺が聞くと、今度は真っ直ぐ、俺の瞳を見てきた。その瞳は煌きを持ち、ほんの少しだけ潤んでいる気がする。
「私の憧れは……キミだよ、キリト」
「…………は? え、どうして俺なんだ? 《血盟騎士団》の団長や副団長、その補佐の二人なら分かるけど、俺は悪名高いんだぞ? どうして俺なんかが憧れなんだ?」
「キミを悪名で、【死神】とか悪し様に言う人は少数なんだよ? たった一人で、孤独の中戦い続ける少年剣士。たった一人でアインクラッドの希望となっている星。だからこそ、私の憧れはキミなんだよ」
俺が色々している事も含めて、サチは俺に憧れを抱いているのか……なんともまた、厄介な……そう言えば、アスナやリーファ、ユウキ達も似た事を言っていた。
あの時は慰めかと思ったが、中層・下層域で動くサチ達が言うのなら、本当なのかもしれない。そんなつもりは全く無いのだが……
「……そうか、ありがとう…………それで、サチはどうしたいんだ?」
「キリトが一緒なら、私、剣も使える気がする……!」
「なんとまた、単純と言うか純粋と言うか……」
胸の前で両手を握ってやる気を見せるサチ、結構レアなシーンな気がするがいいのだろうか?
「……じゃあ結局、剣の鍛練するのか?」
「うん……! キリト、ううん。キリト師匠、お願いします!」
「僕達も、攻略組を目指してる。サチのついでで良いから、レクチャーしてくれ!」
そう言って俺より年上の五人が一斉に頭を下げるという、このある意味異様な光景。他の宿泊客もこちらを見ているのが分かる。
「…………厳しくなるぞ? 攻略組になるのなら、相当強くならないといけない。これはステータスとかだけの話じゃない。『心』の強さ、意志、覚悟もそうだ。辛いものになる。特にサチは怯えを克服しないといけない。それでも…………するか?」
「「「「「はい!」」」」」
「……よし、だったら引き受ける! ギルド同士の同盟だ!」
「「「「「おー!」」」」」
こうして俺は《月夜の黒猫団》の講師となった。
それからは毎日フィールドへ向かった。サチには俺が昔ドロップして、しかしチート装備があった為使わなかった片手剣をあげた。
サチは俺との圏内戦闘で怯えもかなり克服。今では俺の憧れなのか、それとも俺のせいなのか、若干戦闘狂になってしまった気がする。育て方を間違えたかな……?
一ヶ月間、俺は最前線のボス攻略には参加、それ以外はケイタ達の育成に時間を充てた。当然、経験値稼ぎや情報収集の為に二、三日に一回は最前線に出るが。
初めて会った頃は、俺はレベル124、ケイタ達の平均レベル18だった。しかし、一月が立った今、彼らの平均レベルは54となった。これは俺とパーティーを組んだからチート装備の効果が反映されたのだ。
現在、主に行動している階層は四十層、以前に比べれば異常な成長速度だ。勿論安全マージンもだが、各々の実力も重視させている。俺が多くの武器を使って魔物の動きを再現できるので、ケイタ達に連携を重視させている。
そして、片手剣使いに転向したサチはというと……
「はあぁぁぁぁっ!」
「……ッ!」
どういうことか、本気ではないとはいえ、俺と一対一で拮抗するようになった。もう以前のような怯えは無く、戦闘時は鋭い雰囲気と目つきになって敵陣に突っ込んでいる。しかも、指揮や戦い方がケイタより上手い。聞けば俺の戦い方を参考に、自分なりに動いているのだとか。だから盾無し片手剣使いなのだろう。
人間ここまで化けるのか、と思う今日この頃。この感想は他の四人共通のものである。
流石にここまで変わるとは思わなかった……
「まさか、たった一月でここまで変わるとは……」
「えへへ……どう、かな?」
「……冗談抜きで、ある意味俺より強いぞ」
「え? ほんと?!」
喜色満面な顔で驚いて喜ぶサチ。初めて会った頃の暗い雰囲気は、今は全く感じられない。怯えなくなって戦闘に積極的になったのは、俺も嬉しく思おう。
「ああ、ホントだ。片手剣一本で初撃決着の決闘をすれば、多分俺が負けるな」
「ええ?! そっかー、これでキリトみたいにソロでも活動できるね!」
「「「「「…………ん?」」」」」
……ちょっと待て。今サチは何て言った? ソロで活動だと?
「サチ。拳骨とでこピン、どっちが欲しい?」
「え? ――――あうっ」
一瞬でこピンの方を見たので、額に一発お見舞いする。サチは怯み、どうして? と半泣きの目で聞いてきた。痛かったか? だが謝らん。
「あのな、サチ。ソロっていうのは危険だ。余程じゃないとやっちゃダメなんだよ。そもそも、ソロで活動するのは存外実入りが少ないぞ」
「そうなの? でもキリトはソロなのに強いよね?」
「俺は速攻でモンスターを倒せるからな、パーティーで戦う時以上に早いから稼げるんだ。あとは色々情報を入手しまくってるし、敵のスキルは全部覚えるようにしてる。他にも状態異常に高い耐性がある装備とかもしてるし。でもパーティーならこんな手間暇掛けなくても済む。ぶっちゃけソロをするのは自殺行為なんだ、馬鹿のすることさ」
「キリト、そこまで言うのかい……」
ケイタが呆れている、だが俺は間違った事は言っていない。事実なのだ。
「でも、私はキリトと一緒に戦いたい。そのためには、ソロでも全部出来るようにならないと……」
「……ハァ。俺はそんな危険な事をさせるために鍛えたわけじゃないんだ。そもそも、俺と一緒に戦うのならソロじゃないだろ。人間一人に出来る事なんてたかが知れてるんだ。生き残りたいなら、まずはソロで戦うという考えを捨てろ」
サチはしばらく考え込んでいたが、少し経ってから顔を上げて頷いた。ソロに対する妙な憧れに気付けて良かった。それで死なれたら流石に洒落にならん。
「うん、ゴメン……」
「分かったら良い。俺は独りで戦わないといけないから戦ってる。ソロの理由としてはこんなとこ、サチがソロをする必要は無いんだよ」
俺の言葉に再度頷くサチ。それを見守るケイタ達も頷いているが、その表情は複雑なものだった。納得出来ないのだろう。
俺はそれに気付くも、しかしあえて無視した。この後には第五十層のボス攻略があるのだ。
実はこの一月、俺が攻略に殆ど出ていないせいもあってか、攻略速度が非常に遅くなっている。それ以外にも、クォーターポイントということもあり、モンスターがかなりの強さなのだ。結局ボス部屋を見つけたのは一昨日、しかも俺だった。
俺は一回ボスと戦ったが、アレばかりは一人では絶対無理だ。幾らなんでも手数が違いすぎたのだ。俺は戦闘開始三十分でHPが危険域に入ったので、仕方なく撤退した。今回のあれは、死者が出るかも知れない。というか、出なければ奇跡である。
なので、俺のほか、実力のあるギルドやソロ、パーティー全員に参加の申請が来ている。アスナ達が俺に、直に土下座までして頼み込んでくるほどだ。余程偵察で苦戦したのだろう。俺の渡した情報も鑑み、おそらくなりふり構わず頼み込んでいる。
俺はこの後にあるボス討伐レイドに行かなければならない事を、改めてケイタ達に伝え、その場を後にした。
如何でしたでしょうか?
原作では《月夜の黒猫団》入りしていたキリトですが、今作のキリトは自分でギルドを立ててしまっています。知っている人は知っているあのギルドですね。
ただしキリトが立てたこのギルドの名前、ちょっとだけ後に関わります。モチーフとコンセプトを活かしたいと思っていたので。
プログレッシブ三巻はこの頃まだ出てなかったのでその辺を書いてませんが、クエスト達成条件なんかもギルドの証を取るくらいで、クエスト受領に人数どうこうは無かった覚えがあるので、一応矛盾は無いと思います。
そしてサチの片手剣使いへのシフト、ついでに積極的な性格へのシフトもわざとです。原作では大泣きしてしまったので、せめてこの小説の中だけでも積極的に生きて欲しいなと思いまして……
それでは次話、第五十層ボス戦……?
あ、活動報告の方にR18の作品について、リクエストとかどんなのなら書けるとか書いているので、ご希望のカップリングで書いて欲しかったら、活動報告の方にご返信下さい。感想にはあんまり書かないで頂きたいです。何か、規約に引っ掛かるかも知れないので。
ちなみにまだR18は投稿してないので悪しからず。
では今度こそ、さらば!
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第七章 ~複数のユニークスキル使い~
おはこんばんにちわ、作者の黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
まぁ、内容はタイトル通りですね。原作をトレースしていますし、分かる人には分かる部分も含めてます。そこまで見応えは無いかと。基本、SAO編はまだまだ書き出しだったので心情描写が未熟で、読み応えは薄いと思われます。
こういう流れでこうなったのだ、と事実としてあったという風な認識で良いですし、原作知ってる方はそっちで補完して頂いても結構です。
ただ、ちょこちょこ原作に無かった階層での戦闘、描写を入れてますし、今作のキリトの今後に関わる描写が時折入っているので、完全パクリではありません。それでも被りが多いのはこの城のお話が始まったばかりだから。
進むにつれて今作独特の要素が入ってくるので、最初は退屈でしょうが、どうかお付き合い下さい。
それでは第七話、ちょっとした前哨戦です。
第七章
~複数のユニークスキル使い~
「諸君、今回のボス攻略に参加してもらったこと、心より感謝する」
私の目の前では、《血盟騎士団》の《ヒースクリフ》団長がレイドに参加する皆に挨拶をしているところだ。
五十層のボスは全滅する可能性が高い。それをキリト君に指摘され、まさかと思いつつ偵察に行って、その理由が分かった。
ボスは多腕型、しかも腕が数十本もある大型ボス《ザ・センジュカンノン・ブレイダー》という名前だった。かなりどうかと思うネーミングだが、名前にある通り、数十本の腕全てに片手直剣を装備している。
偵察部隊は五分も持たなかった。ソロで三十分戦い続けたキリト君によれば、ボスの剣は破壊可能でも数秒で復活する、腕全てを使ったソードスキルは剣を破壊しないと止まらない、剣一本一本が独立している為に仰け反りや硬直が狙えない、などの情報を得たらしい。
今までと戦い方が全く違う上、クォーターポイントのボスは恐ろしく強い。かつて二十五層のボスをソロで倒した彼でさえ無理と言っていた。それだけ強力なのだろう。
しかし朗報もある。なんと、ヒースクリフ団長が《神聖剣》を、キリト君が《二刀流》や《魔聖剣》等の複数のスキルを習得していたらしい。
《神聖剣》は片手剣と盾装備で、防御力に途轍もないボーナスが付く。
《二刀流》は片手剣二本同時装備可能になり、ソードスキルも二刀のものが使えるらしい。攻撃力、クリティカルにも膨大な補正が付くとか。《魔聖剣》も似た感じらしいが、全ステータスの強化、攻撃力に絶大なボーナスがある等、ゲームバランス崩壊気味のスキルなのだとか。
他にもあるらしいが、今回は関係無いとのことで、それ以上は話さなかった。キバオウがそれに対して、公開せんかい! と怒鳴っていたが、そもそもスキル構成のことを聞くのはマナー違反。それを団長やディアベルさんにも指摘されて渋々引き下がっていた。相変わらず、キリト君とは不倶戴天の敵な間柄のようだ。
「さて、それでは諸君。行こうか」
団長がそう言って大きな深い青の結晶――《回廊結晶》を使った。これはある地点を記録しておけば、結晶を使用した際に記録した地点まで転移出来るという、宝箱からしか手に入らないレアなアイテムだ。
目の前に薄く、水面のような波紋を描く光の歪みが出現。
そこに団長とキリト君が並んで入る。今回のボス戦は、団長の《神聖剣》で護り、キリト君の《二刀流》と《魔聖剣》で攻める方針になったのだ。しかも、二人は攻略組の顔と言える。団長は攻略組最大のギルドのリーダーとカリスマ性で。キリト君は圧倒的な実力と、ギルドを率いる団長とは正反対のソロのリーダーとしての存在感で。
キリト君がリーダーをするのにはもう一つ意味がある。彼は今十三、ユウキとリーファは今年十四、私は十六歳だ。攻略組で最年少なのが彼なのだ。圧倒的に年下の彼が死地で奮戦すれば、自ずと士気が高まるだろう、という事を狙っているらしい。
それの効果は覿面らしく、全体的な士気は高い。ユニークスキルと名づけられたスキルが現れ、勝機が見えてきたからだろう。キバオウが未だにキリト君を睨んでいるが。
二人に続いてあたし達も入る。出た場所は五十層迷宮区の最上階、ボス部屋の手前だ。既に二人は扉の前で準備を済ませていた。
あたし達も急いで最終準備を済ませ、二人に向き直る。それを確認した二人は口を開いた。
「諸君、これから行うボス攻略は厳しいものとなるだろう。しかし忘れないで貰いたい。我らの剣、我らの戦いに、アインクラッドにいる全プレイヤーの想いが掛かっていることを」
「俺達はこれまでを生き抜いた、そしてこれからも生き抜く。自分の役割とはいえ、命を粗末にするな。例え勝てても、死者が出れば敗北と同じだ」
二人が言いながら、団長は盾に差された白銀に赤十字の長剣を、キリト君は背中から黒と翠の二刀を抜き払って、天に掲げる。
「「俺/私達から言える事は唯一つ……誰も死なず、全員で生きて帰る事だ!!!」」
『『『『『おおおおおっ!』』』』』
あたし達は二人の言葉に、気合を乗せた声で返した。誰もが、己の武器を掲げている。
団長とキリト君は二人でパーティーを組んでいる。攻防を二人だけでこなす為だ。その補助をするのが私達だ。全員で気合を入れなおす。私達の失敗が二人の死に直結するからだ。
二人は同時に大扉を開き、ボスの前に躍り出る。
ボスは侵入者に気付き、その数十の剣を振るいだす。団長は盾でいなして防ぎ、キリト君は襲い掛かる剣を破壊し、逸らし、あるいは俊足で避ける。
私達は事前に聞いていた弱点――背後に襲い掛かった。今回、二人はメインであり囮でもある。メインアタッカーの二人が欠けたのは少々痛いが、それでも副団長の私やその補佐の二人、ユウキにリーファもいる。クラインやエギルもいるので、頼れる仲間達と共に攻撃を仕掛ける。
*
その戦い、いや、死闘は三時間にも及んだ。途中、あまりの強さに恐れて勝手に離脱する者が相次ぎ、戦線が崩壊しかかった。それを支えたのが団長とキリト君の二人。残りの皆や離脱したメンバーが戻ってくるまでの、実に一時間もの間、たった二人で一度も下がらずにボスの相手をし続けた。途中に攻撃をしながら。
私達は二人の邪魔をしないように下がって見る事しか出来なかった。圧倒的過ぎた。入る余地が無く、下手に入ればどちらかが死ぬことは全員が理解していた。
そしてボスを倒した時、全員のHPは危険域や注意域ばかりで、安全域のグリーンは誰一人としていなかった……団長を除いて。
団長は注意域に入る、ほんの数ドット手前でグリーンを保っていた。それに驚嘆し、ユニークスキルって凄いのね……と思いながら見つめていると、不意に漆黒の閃光の如くキリト君が団長に迫っているのが視界に入った。
彼は黒剣で《レイジスパイク》という、使い勝手の良い突進系ソードスキルを団長に向けて放った。団長は慌てて盾を構えて防ごうとするも、キリト君が微妙にずらした剣先が湾曲した盾の表面をすべり、団長に当たる――――
寸前。不可視の何かに阻まれ、盛大なエフェクトと轟音を当たりに撒き散らす。
直後、団長の頭の上に【Immortal Object】と紫色のウィンドウが表示された。
団長に駆け寄ろうとしていた私はその表示を見て驚愕し、キリト君と団長を交互に見る。
「【不死存在】……? ど、どういうこと?」
「つまり、ヒースクリフはシステム的に守られてて、HPが絶対に注意域に落ちないんだよ。そして、そんな事が出来るのは一人だけだ。そうなんだろう? ヒースクリフ。いや――――茅場晶彦!」
キリト君が団長に怒鳴る。怒鳴られた本人は驚愕の表情を浮かべたままだったが、やがて落ち着いたのか、いつもの無表情になってキリト君を見据える。
「……参考までに、どうやって気付いたのかな? これでも、私はまだあまりヒントを見せては無い筈だが」
「……あんたの目。あんたの、俺達を見つめる目は、俺達と対等じゃなくて、自分以下の存在として見ていた目だった。そして、この激戦で誰もがHPを黄色や赤色に染めてるのに、あんた一人だけが緑色だからな。それでピンと来たんだ」
「なるほど……」
ヒースクリフはそう言って笑い、私達全員を一旦見回し、そして宣言した。
「確かに、私は茅場晶彦だ。そして最上層でキミ達を待つ、このゲームの最終ボスでもある」
「……趣味が良いとは言えないな。最強のプレイヤーが一転、最悪の敵か」
「中々良いシナリオだと思うのだがね……それと、最強は君だと思うのだが」
「き、きさまが……」
その時聞こえたかすかな声、しかしはっきりと殺意が乗せられた声に全員が向く。《血盟騎士団》団員の一人で、団長を崇拝していた若い人物だった。
「貴様が、お、俺達の忠誠を……! よく、よくも、よくも、よくも……っ!」
団員の男が剣を振り上げて飛び掛る。と同時。ヒースクリフは冷静に素早く『左手』を振り、現れたウィンドウを操作する。すると、ここにいる全員が何故か麻痺になって倒れ伏す――キリト君とヒースクリフ以外が。
彼は周りを見て焦燥を浮かべ、ヒースクリフの前に、私達を庇う形で立ち塞がった。
「どういうつもりだ。ここで俺達全員を殺して、口封じでもするつもりか」
「いや、流石にそれはしないよ……ふむ、こうなってしまっては仕方が無い。九十五層で明かそうと思っていたのだが、こんなに早く見破られるとは流石に予想していなかった。私は最上層にある【紅玉宮】で君達を待つことにしよう。ここまで育ててきた諸君を見捨てるのは心苦しいが、なぁに、君たちなら大丈夫さ。だが、その前に」
そう言ってヒースクリフは盾を左手から外し、差された長剣の柄を持って地面に勢い良く立てた。
「キリト君。君には私の正体を見破った報酬として、チャンスを与えよう」
「チャンス……?」
「そう、今ここで、私と一騎打ちするチャンスだ。私を倒せばゲームはクリアされ、生き残っている全プレイヤーが即時ログアウトできる。どうかな?」
「キリト君、だめよ! あの人は、ここでキリト君を始末する気よ!」
「そうだよ、だから受けちゃダメ!」
「キリトさん! ここで受けたら、キリトさんは……!」
「キリト――――ッ! ダメだ、引け――――ッ!」
「やめろ、キリト! ここでお前までいなくなったら、俺達はどうやって進めば良いんだ?!」
「……………………」
私、リーファ、ユウキ、クライン、エギルを筆頭に、攻略組の全員が制止の言葉を叫ぶ。あのキバオウでさえ、涙を流しながら怒鳴っている。
しかし――――
「……ここまで育ててきた? 見捨てるのが心苦しい……? 俺達なら大丈夫……?」
俯いてそう繰り返す彼は、ギリッと離れていても聞こえるほど大きく歯軋りをし、顔を上げて怒鳴った。
「ッ……ふざけるなよ! 今まで……どれだけの人間が苦しんだと、死んだと思ってやがる! チャンスを与えるだと……? お前は何様のつもりだ、茅場ァッ!」
キリト君は今までに無く憤怒していた。今までも彼が怒ったところを見たことはあったが、それらなんて比べるべくも無いほど、彼は憤っていた。
「……いいぜ、受けて立ってやる……!」
「キリト君?!」
「ちょっ、なんで?!」
「……ここで立ち向かわないと、俺は俺じゃいられなくなる。俺も……同罪だ。人を……殺した……だから、ここで自分の死に怯えるなんて、出来ない……!」
そう言って、彼は二刀を向きながら茅場晶彦の前方十メートルの地点で構える。茅場はそれを見て、ウィンドウを操作、互いに危険域――たとえ一撃でもクリーンヒットを貰えば終わるくらいのHPに調整。
その後、
――《Changed into Immortal Object》――
という表示が出た。これで【不死属性】は解除されたのだ。
そして、二人は構えた――
はい、今回は可攻略組を成り立たせているギルドや戦力、ボス戦について、アスナ視点から語られました。
第一巻はキリト視点オンリーでしたけど、アスナ視点で暴露から決闘への流れを見たらこういう風になるんだろうなと考えて書きました。とは言え、割と原作まんまだったりするので面白みに欠けるでしょうけども。
それと一つ。キリトへの呼び方についてですが、原作にも出ているキャラクターの中で一人だけ最初から呼び方が完全に違う人が居ます。違和感があるかも知れませんが、ずっと続くのでご容赦下さい。
それでは次話、ヒースクリフとのガチ決闘。
流れは原作同様、されど戦いの場は五十層。キリトの中身は転生者、勝負の行方は何処へ行く?
第八話を待っていて下さい。
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第八章 ~世界は続く~
タイトル見れば分かる人には分かる。ヒントはゲーム。ちなみにコンセプトもそれ。大体ロスト・ソングが制作中の頃に書き上げたものですからね。
ゲーム持ってる人はキリトVSヒースクリフのCGを、アニメだけの人はアニメのキリト戦を、小説を読んだ人は脳内映像でお楽しみ下さい。
どれも知らない初の方は、お目汚しですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
ではどうぞ!
第八章
~世界は続く~
俺はヒースクリフ――最終ボスに扮していた茅場晶彦の正体を、HPがもう少しで注意域に入るのを確認した為、七十五層ではなく、ここで戦って終わらせる事にした。
俺は茅場にいくつか怒りの言葉をぶつけているが、これらは全て本心だ。ふざけるなと思う。その上で、戦うのだ。
だが、その前に――――
「……悪いが、二つ頼みがある」
「何かな?」
「一つ目は……簡単に負けるつもりは無いが、もし俺が死んだら、しばらくで良い……アスナ達が自殺できないように計らってくれ」
「ほう……? よかろう。アスナ君達は、全員、三日間は四十八層のリンダースから出られないようにしよう。それで、もう一つは?」
「…………少しだけ、あいつらと言葉を交わす時間をくれ」
「ふむ、いいだろう」
鷹揚に頷きながら言って、数歩下がるのを確認し、俺は皆に半身向き直る。
クラインを見ると、滂沱の涙を流しながら俺を見ている。第一層の頃からリーファ達や右も左も分からないニュービーを任せ、迷惑をかけっぱなしだった。甘えていたのだ、彼の心の広さに。しかしケジメはつけなくてはならない。
未だ全員を騙している俺は、かつて彼にした事を、今更だが謝る。
「クライン、あの日……リーファとユウキを預けて……大変な役目を押し付けて、あの街に置いてきて……ゴメンな」
「オイ、何だよそりゃあ……謝んなよ、今謝んなよ、キリトォ! 許さねぇぞ。ここで死んだりしたら、絶対に許さねぇからな! 向こうに戻って、飯の一つでも奢らねぇと、絶対に許さねぇからなっ!!!」
「ああ……今度は向こうで飯を食おう……」
今度は商人として活躍している、巨漢に向く。彼には多くの援助をしてもらった。彼なしでは、俺はとっくに死んでいただろう。俺がソロで行く事になっても、オレンジになっていても、それでも対等に接してくれた心優しいプレイヤー。
たとえ、俺が死んでも攻略組の柱として、皆を支えてくれる。
「エギル、今まで俺達みたいな剣士クラスの支援、ありがとな。ホントは知ってた、エギルが店の売り上げの殆どを、中層域プレイヤーの育成に注ぎ込んでたの」
「き、キリト……?!」
驚愕に目を見開く彼に微笑みを返す。
そして最後に、俺をよく助け、気にかけてくれた女性陣三人を見る。彼女達は、いつも俺を見つけては付きまとっていた。口論は絶えなかったが、それは同じ目的のための意見の対立。それだけだったのだ。
彼女達に、俺自身のことを隠し続けていることが、悲しい。だが、言うわけにもいかない。彼女達から受けた多大な恩に報いる為にも――――
「……アスナ、リーファ、ユウキ。三人には、この七ヶ月、返しきれない恩がある。それを今、あの世界に還すことで返す。今まで、ありがとな……」
「キリト君……! そんな、そんなの無いよ!」
「あたし、キリトくんのことが……! こんなの嫌だよ……!」
「ボクを真剣に見てくれたのは、キリトさんなんだよ! 思い出は少なくても、ボクにとっては大切な宝物なんだ、だから……!」
「……今度会うときは、向こうでな」
涙を流す三人に、俺は翠の剣を上げることで答える。
他の皆とはそこまで親しいと言える間柄ではない。むしろ敵愾心を俺に向ける者が殆どだ。しかし、今ばかりは俺の事を心配する目をしている。俺は一人一人、目をあわせて挨拶する。
その時、キバオウと目があった。この男とは昔から対立していた。腹が立つ時だって無数にあった。でも、今は不思議と心が落ち着いている。仮に死んだ時のために、言っておかなければならない。この男は、曲がりなりにも大部隊を率いる男なのだ。
「……キバオウ」
「な、なんや……」
「……今まで、生意気言って悪かった。もし俺が死んだら……皆と一緒に、このゲームをクリアしてくれ」
「なっ……?!」
キバオウは俺の言葉に絶句し、驚愕の顔となった。
これで全員。月夜の黒猫団の皆には悪いが、挨拶はなし。サチが心配だが、きっと大丈夫だろう。もしかしたら、攻略組随一の片手剣使いになるかもしれない。一層の頃からの付き合いであるコペルがここにいないのが少し悔やまれるが、それは仕方が無い。俺が死んでも、皆を下から持ち上げてくれる筈だ。
これで、後顧の憂いは無くなった。
「……いいかね?」
「ああ……」
俺と茅場は、同時にゆっくりと剣を構える。少しずつ重心を低くし、攻撃の構えを取っていく。
(……俺は、このデスゲームで多くの命を救えなかった。このまま進めば、間違いなく犠牲者は増える。このゲームも俺自身も……終わらせる。だから、俺は、お前を……)
俺は声を絞り出すと共に、少しずつ力を溜める。一瞬で肉薄する為の力を。
そして――――
「殺す……ッ!!!」
俺と茅場は、同時に駆け出した。
俺の二刀連撃は、悔しいくらいに的確に弾かれ、生まれた隙を的確に突いてくる。俺もヤツも、今は通常攻撃しかしていない。
ソードスキルは威力が高い代わりに、代償もでかい。技後硬直など致命的だ。しかも、存外見切りやすい。少なくとも、茅場はそもそもソードスキルの発案者だ、見切れて当然。俺もそうだ。
だから互いに使わない。茅場は、俺が《黒ヶ谷悠璃》と気付いているかは知らないが、一切使ってこない。俺は実力だけで、ヤツを超えねばならない。
何度攻撃しても通らず、何度も弾かれ反撃される。それも余裕の表情で。
俺の二刀を掻い潜った長剣が、俺の頬を浅く裂いた。
――――弄ばれてるのか……?!
俺は頭に血が上り、一瞬でが理性がとんだ。そして遂に、やってしまった。
《二刀流》最上位ソードスキル 二十七連撃《ジ・イクリプス》
使ってしまったのだ、使ってはならないソードスキルを。瞬間、茅場の無表情だった顔に酷薄な笑みが刻まれる。
そのまま二十数連撃が防がれ、俺は斬り上げで飛び上がる。そこでソードスキルが終了した。俺は動けず、茅場はそれを知っている。俺に、白銀の長剣が吸い込まれるように突き出された――――
瞬間。世界がブレた。
何故かはわからないが、そう感じた。一瞬の間を置いて動き出す。
空中から俺が着地した直後、二人同時に後ろに後退。俺は距離を取って仕切りなおした後、なぜか動揺して動きが鈍い茅場に猛攻を仕掛ける。
茅場は盾で受けるだけ。剣や盾に当たる度に焦りを増していく茅場。
俺の猛攻、二刀十字交叉の斬り上げで盾による防御を崩した。直後、翠の剣【聖剣リンベルサー】を突き出す。俺を止めようと長剣を振り下ろしてくる茅場。
――――どっちが速いっ……?!
「ぐッ……!」
ドスッ! と、茅場の胸の中央に、リンベルサーが刺さる。長剣は俺の左を通過しただけだった。そのままの体勢でいること数秒、突如、茅場が光に包まれ、俺の意識は暗転した。
* * *
キリトさんがヒースクリフ――――茅場晶彦の真紅の甲冑、その中央に翠の剣を突きたてた直後、途轍もない轟音と閃光がボク達を襲った。視界が真っ白に染まる。しばらくして視界が回復し、目を開く。そこにはキリトさんが剣を突き出した姿勢で固まっていた。
いつの間にかボク達の麻痺は解除されたらしく、皆のHPバーは通常の白になってる。それを確認していたら、突然キリトさんが仰向けに倒れた。
「キリトさん?!」
ボクは大慌てで近くへ走る。アスナやリーファも同じで、慌てて来た。
キリトさんは気を失っただけらしく、すぐに目を覚ました。
「……茅場は?」
「ん……どこにも見当たらないよ。キリトさんは、茅場を倒したんだよ」
「おい、おいおいおいおい! やったじゃねぇか、キリの字!」
「クライン……?」
「なにボサッとしてんだ。茅場を倒したんだよ! オメーは勝ったんだよ!」
クラインの手荒い祝福に続いて攻略組の皆も、口々にキリトさんを労う。ボク達三人はキリトさんに、ひしと抱きついて涙を流す。本当に怖かった……!
「キリト君、怖かった……本当に、君が死んだらどうしようって、怖かったんだから……!」
「ホントだよ。一層からの付き合いなんだよ? 君が死んじゃったら、あたし……」
「ボクも、キリトさんが死ぬなんて嫌だ。もう、こんな無茶しないでよ……?」
「三人共……悪かった」
そう言って、ボク達の頭を順に撫でてくれる。その表情は穏やかで、ボク達が大好きな彼の顔だった。
「ウホン! ……あー、四人とも。イチャイチャするのはエンディングロールが流れてからにしてもらえませんかねぇ?」
クラインの空気を読まない言葉を皮切りに、皆がボク達をからかっていく。ボク達は顔を赤らめた。
望んではいるしアタックもしているけど、彼とはまだそういった関係じゃない。いかんせん、守りが堅すぎるんだよね……
「もう、茶化さないでよ、皆……」
「いいさ、見てろよ! 俺だって向こうに戻ったら彼女作って、幸せになってやるからな!」
「そもそも、俺は付き合ってすらないんだが」
「そこは言うんじゃねぇよ、このリア充!」
「リアルじゃないだろ、ここ……」
「まぁ確かにな……………………ところで、キリト」
そこまで朗らかに言い合っていた雰囲気を消し去り、クラインは真面目で、不安げな表情をした。
「……ん?」
「いつになったらログアウトするんだ? 現実世界によ」
「…………その事だが。さっきの決闘の後、俺は気を失ったんだけど……実は意識だけは別の場所に行ってて、そこで茅場と話した。この状況について……」
キリトさんは遠い目をしながら話し始めた。
この世界は今、不安定になっていること。
この世界の基幹プログラム【カーディナル・システム】が正体不明なタスクに追われ、エラーが多発している事。外部からの無理矢理な接触のせいで、全プレイヤーが死に掛け、それを阻止したため茅場晶彦とは決着が着いていないこと。
つまりは、このデスゲームはまだ続くという内容だった。当然、皆が絶句し、絶望する。もう終わりかと思って喜んでいたらそれなのだ、しかもまだ五十層もある。
しかしキリトさんは片頬を上げて不敵に笑う。
「要は今までと変わらない、ズルはダメだったって事だ。俺はこのままソロで攻略を続ける。皆はどうする? 残らなくても良いし、全員いなくなっても俺は独りで戦い続ける。俺としては、皆には攻略組に残って欲しい」
キリトさんの宣言に、再び絶句する。今の状態で、たとえ皆がいなくなってもソロで頂きを目指す。彼はそう言っているのだ。本当にボクよりも年下の、最年少プレイヤーなのだろうか?
辺りはざわざわと騒がしくなった。皆、明らかに動揺して落ち込んでいる。帰れると思ったら、外部からの接触のせいでまだ戦わなくてはいけなくなったのだから、当然かもしれない。
「……答えは出ないみたいだな。自分の命だ、思いっきり悩んで決めると良い。アクティベートは俺がしておく、皆は後から来い。俺も、仲間を下に待たせてるんでな」
キリトさんはそう言い終えると、上層へと続く階段を上っていった。あの時、第一層攻略を終えたときの光景と、重なって見えた。
ボク達は一切言葉も発せず、身動きも取れず、ただ彼が立ち去るのを見守るだけだった。
はい、キリト視点によるヒースクリフ戦、そして初のユウキ視点による観戦の恐怖感を描写しました。
実は私、クセなのか戦闘描写は不利なキャラの視点、あるいは戦っているキャラと親しいキャラの視点で書く事が多いです。そっちの方が心情描写で的確な予測とか、親しい分だけ手札について語れますから。
ただこの時期はまだキリトが距離を置いているので、あんまりその辺は書けないです。結構後になりますが、今後に期待頂ければと。
ちなみに、前話の後書きで書いた、最初から呼び方が原作と違うキャラはユウキです。まぁ、読んでいれば分かると思いますが、さん付けになっています。
基本、現時点のユウキは原作とHFボスのユウキの印象を意識しているので、さん付け以外はそこまで性格に変化はありません。あとは異性に興味がある事くらいです。普通に生きられるようになればそうもなるでしょうしね。あとさん付けになった裏設定もあるので。
この小説は、原作の死者が生き延びた先の可能性の未来を、転生者キリトが導くものです。
ぶっちゃけて言えば、HFにボス&パートナーとして出てきたユウキで色々と妄想が爆発して、書き始めました。そしたら凄い筆が進む進む……
なのでこれから、ユウキは結構絡みます。同時にユウキに負けじと他のキャラも絡みます。
そしてユウキ達から、キリトは距離を取ろうとし始めます。
ラスボスが居なくなっても続く世界、流動する関係、流れる黒い噂の中、黒衣の剣士と一人の少女が出会う。
次話、お楽しみ頂ければ嬉しいです。感想、お待ちしてます。
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第九章 ~竜姫と【黒の剣士】~
タイトル通りですね。基本的にこの頃に書いたお話はタイトルから内容が分かります。
しかし、所々原作と違い、その違いから後に発展させていくのが私の小説なので、読んだ覚えを残しておくと少しだけ内容が入りやすくなります。
ちなみに今話は宿に泊まるまで。ついでにシリカ視点です。キリトの容姿は原作と同じにしているのでシリカの印象は余り変わらず、よって会話の違い以外はほぼ原作と同じですね。
ではどうぞ。ピナが散ってしまってからです。
第九章
~竜姫と【黒の剣士】~
2024年 1月21日
「あ、あああ……ぴ、な……!」
あたしは深く後悔していた。死と隣り合わせのこの世界で、慢心や驕りがすぐ己の死に直結すると、ずっと前から知っていた筈なのに。
でも、あたしのせいで大切な仲間、使い魔の《ピナ》を死なせてしまった。
リアルで飼っている猫と似ているモンスター。《フェザーリドラ》という種族名で、水色の羽毛に身を包み、尻尾は二股の羽になっている、小型のモンスター。ずっと、一緒に生きてきた、大切な仲間。
あたしのせいで、あたしが弱いから、あたしを庇って死んでしまった。本来、単純なアルゴリズムで動く使い魔が、主人を守る為に身代わりになる行動をする筈は無い。でも、あたしを庇うピナの行動は、そんな理屈なんて関係ないもの――――【心】を感じさせるものだった。
あたしを庇って、その命を表す数値がゼロになり、その小さな体躯を光と蒼い欠片に変えて、この世界から消え去ったピナ。一枚の小さな水色の羽根が落ちる。
あたしの前には、五匹の《ドランクエイプ》。大きなゴリラが棍棒を持った感じの見た目のモンスター。あたしのHPは危険域、対して五匹のモンスターは全て七割残っている。最早覆しようが無い、絶望的な現実。
あたしは最期の時を待つべく、目を固く瞑る。と――――
ガシャァァァァン……!
複数の破砕音が一気に重なって聞こえた。あたしはまだ死んでいない、ならば目の前にいた五匹の《ドランクエイプ》の音。しかし誰が倒したのだろう?
あたしが目を開いて前を向くと、一人の男が数メートル先で立って、こちらを見ていた。
不思議な印象の男だった。漆黒のロングコートで金属鎧は一切無く、少し長い前髪が表情を見えにくくする。武器は漆黒の片手剣一本で、盾も無い。見た目では自分とそう歳は変わらないように見えるが、鋭い双眸が年齢の判別を惑わせる。少年なのか青年なのか、よく分からない男だった。
男が黒の片手剣を背中の鞘に、パチンと音を立ててしまい、口を開く。
「……仲間、助けられなくて悪かった」
「え、う……あ、ああ……」
そう言われ、再び涙が溢れてきた。大粒の涙がとめどなく流れて言っては、光る粒子となって消える。それを男は、黙って見ていた。あたしは涙声で聞く。
「グスッ……ど、どうして、行かないんですか?」
「こんなとこで、HPが危険域に入ってるやつを見捨てて行けるか。それと……その羽根、もしも【心】アイテムなら、使い魔の蘇生ができる」
「……――――本当ですかっ?!」
「ぅおわ?!」
一瞬思考が停止し、言われた事の意味を理解した直後、男に詰め寄って聞く。男は驚愕の表情で後ろに下がった。
それに申し訳なく思い、足元の羽根を拾う。アイテム名は【ピナの心】。この男の言う【心】アイテムなのだろう。男に見せると、男は小さく頷く。
「四十七層に、使い魔を蘇生できるアイテムがあるらしいんだ。生憎、本人が行かないとアイテムが手に入らないらしいけど。しかも、使い魔が死んで三日経つと、【心】アイテムが【形見】アイテムになって蘇生できなくなる。今日から三日以内が勝負ってことだ」
「そう、なんですか……でも、行くにしてもマージンが……」
「三十五層にいたのなら、大体45レベ前後か? ……確かに危険だな」
そう、あたしのレベルは現在44。デスゲームとなったアインクラッドで、大体階層+10レベが安全マージンとされている。つまりあたしが四十九層に行くにはレベルが圧倒的に不足している。たった二日でレベルを10以上上げるのは無理だ。
元のゲームであったSAOなら、階層と同数で良かったらしいが、今はデスゲームなのだ。安全を期して、階層+10は最低限欲しい。大体そのくらいなら、堅実にやっていればレベルは上がる。
男があたしに回復結晶を使ってくれた後、草を踏みしめる足音が聞こえた。
「…………ここで落ち込んでても仕方ない。とっとと主街区に――――」
「すみません……今、この層の主街区に戻りたくないんです」
あたしは彼の提案を拒絶した。あたしは元々、この迷いの森にはあるパーティーと来ていたのだ。そこにいたもう一人の女性と、回復アイテムの分配で揉め、あたしはそれでパーティーを抜けたのだ。自分はパーティーに誘ってくれる人たちがいると、驕っていた。それが今回の事態を招いた。
その女性もだが、そのパーティーの人たちに会いたくはない。だからこれはあたしの我侭なのだ。
しかし、男はそれを真面目に取り、少し困った風に頭をガリガリ掻いた。
「……ハァ。なら、俺の知り合いがいる四十八層の【リンダース】に行くか。丁度行かなきゃならなかったし」
「知り合い、ですか?」
「ああ。《リズベット》っていう女の子がやってる鍛冶屋だ。あそこは俺の知り合いの溜まり場だから、相談に乗ってくれる。今は……午後五時か。丁度いいかな」
「えっと……?」
あたしは何が何だか分からず呆然としていると、男が左手でいきなり腕を掴んできた。更に男は右手で道に迷わないようにするためのマップを頼りに歩き出し、ものの数分で敵に遭遇しないで迷いの森を抜けた。《索敵》スキルも相当高いらしい。
男がマップを仕舞った後、その手には転移結晶が握られていた。あまりに早い行動に反応できずにいると、男は転移結晶を掲げてコマンドを唱えた。
「転移! 【リンダース】!」
あたしは男と一緒に転移し、気付けば石畳の主街区にいた。周りを見渡せば、程良く自然が見える。なんと小さな川まである。
あたしは男に腕を引っ張られたまま連れて行かれる。突然の行動ばかりで、反応が出来ない。しかしあたしの事を気にかけているようで、時折こちらを肩越しに見てくる。見た目と行動は怖い印象だが、根は優しいのかもしれない。
何かメニューを開いてパネルを叩いているのを見るに、誰かにメールをしているようだった。
よくタイプしながら歩けるなと思いながら暫く歩くと、一つの店の前で止まった。水車小屋の鍛冶店らしい、ゴットン、ゴットンと、一定のリズムを水車が鳴らしている。男はその店にあたしを引き連れて入った。
「いらっしゃいませー! リズベット武具店へようこそ!」
入った途端、正面のカウンターから景気の良い挨拶が聞こえた。声の主はヘビーピンクのショートヘアにちょっとあるそばかす。真紅のスカートやブレザーに純白のフリルエプロンを着た女性だった。この人が《リズベット》さんなのだろう。
「って、なんだ。キリトじゃない」
「あのな、客に向かって『なんだ』はないだろ。まぁ、今回はいいか。ちょっとわけありでこの子をな……」
「ん? そういえば見ない子ね……何? あんた、アスナ、リーファ、ユウキというSAO三大美女をさしおいて、その子に惚れたの?」
「違う……まったく、どうして俺の周りの女はこんなんばっかりなんだ……言ったろ、わけありって」
女店主の言葉に大きく溜息を吐き、あたしを示しながら言う。なんだか、普段から苦労している人らしい。
「あーそう言えばそうだったわね。で? その子の名前は?」
「あ。そういえばお互いの名前言ってない……」
「言っときなさいよ……微妙に肝心なとこで抜けてるわねぇ……」
あたしも、あ。と思った。いつの間にか気を許していたらしく、名前を聞いていないことに気付かなかった。もしこの人が危険な人だったら、あたしは今頃大変な事になっていたのではないだろうか。
女性は頭に手をやって頭を振った。やれやれ、と溜息を吐いている。それから二人はあたしに向き直った。
「悪かった。俺はキリトだ、よろしく」
「あたしはリズベットよ。これでも、攻略組御用達の鍛冶師をしてるわ」
「あ、あたしはシリカって言います。えっと……助けていただいて、ありがとうございました」
「ああ……さて、そろそろ来る頃合か」
キリトさんが謎の言葉を言った直後、店に数人が入ってきた。
純白の軽鎧に赤いスカートの騎士服、腰には薄蒼い鍔を持つ細剣を装備した、長い栗色の髪を持つ女性。
全体的に薄翠を基調としたシャツに純白の胸当てをした黒髪の少女。
深い紺色の長髪に黒の胸当て、紫を基調としたクロークを着る少女。
あたしはその三人を知っていた。なぜなら、【SAO三大美女】と言われる三人だからである。高嶺の花とも言われており、高潔な精神と尋常ではない腕前の女剣士達。プロポーズされた回数は数えられないほどあるとか。
その三人が揃って《血盟騎士団》にいるのも知っていた。一時期、団長だったヒースクリフが茅場晶彦であったという話で騒然となり、その際、話でなぜか取り上げられていたのだ。その以前から人気はあったが。
その三人がここに来るのは攻略組御用達だからか、でも現団長と二人の副団長が、どうして揃って迷宮区ではなく主街区に来るのか。その疑問は、次の《血盟騎士団》団長の女性の一言によって氷解した。
「それで、メールにあったビーストテイマーの女の子って、その子のこと?」
「ああ、そうだ。シリカというそうだ。シリカ、こっちの騎士服の女が【閃光】アスナ。隣の短い黒髪が【閃風】リーファ。紺色の長髪が【絶剣】ユウキ……まぁ、聞いたことくらいはあるだろ。俺とは違う意味でかなり有名だからな」
「ちょっと……その紹介はどうかと思うんだけど、キリトくん?」
「そうだよ。流石にもうちょっと言いようがあるでしょ、キリトさん」
二人の少女が頬を膨らまして抗議し、アスナさんは苦笑している。キリトさんの紹介は確かに酷い気がする。というか、何気に自分を貶している辺り、自分の事が嫌いなのだろうか。
「いいだろ、要点が掴めれば良いんだから。それで、三人を呼んだ用件だが――――」
キリトさんはあたしに断りをいれ、アスナさん達三人とリズベットさんに、あたしの事を話し始めた。あたしの使い魔が死に、その蘇生アイテムを手に入れるために協力して欲しいという内容だった。
「えっと……四十七層なんだから、キリト君は余裕でしょ? 今の最前線が六十五層なんだし」
「一応の保険だ。過剰戦力だとは思うが……最近物騒だからな。特に殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》や一部のオレンジギルドがな」
殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。死ねば現実でも死ぬこの世界で、率先して殺しをする狂った連中の集まりのことだ。オレンジギルドも恐喝や盗み、殺人をするが、《笑う棺桶》は更に性質が悪いらしい。その辺の情報はあまり入ってこないのだ。
ただ、噂によれば何故か壊滅したらしい。それでもリーダーの《PoH》や幹部数人は生き延びているらしいけれど。
「ああ……確かに、最近活発だよね」
「うん。ボクは見たことは無いけど、それでも、噂は聞くよ」
「キリト君はそれを懸念してるの?」
「ああ……俺は一度、仲間の何人かを死なせてるからな。あと、使い魔を蘇生させる【プネウマの花】っていうアイテムはレアで狙われやすいんだ。それでシリカが狙われる可能性は極めて高い。三人には、その護衛を頼みたいんだ」
「それはいいけど……さすがに過保護過ぎない? キリトくん」
「俺もそれは思ってるんだがな……嫌な予感がするんだよ」
そう言って顔を顰めるキリトさん。その瞳は、今は暗い闇を湛えている。一体何があり、何を考えているのか。
「う~ん……キリト君がそう感じるならそうなんだろうね。キリト君の勘、もの凄く当たるし」
「今日はちょっと無理だけど、明日ならオッケーだよ」
「そうか。シリカもそれでいいか?」
「え? あ、はい! よろしくお願いします!」
「いいよいいよ。ボク達にドンと任せて、大船に乗ったつもりでいてよ! 迷宮区以外を歩くのも良いしね!」
三人は朗らかに笑って話した後、仕事があるからと言って帰っていった。元からここにくる予定だったらしい。
「さて……リズ、今日は邪魔したな」
「いや、それはいいけどさ……シリカだっけ? 気をつけなさいよ」
リズベットさんがあたしに顔を近づけて言ってくる。その顔は少し真剣だった。
「キリトだけど……ちょっと良くない噂があるから」
「噂ですか?」
「そう。完全天然な女殺しってのもあるけど……なんでも《笑う棺桶》と何か繋がりがあるって言われてるのよ」
「ッ?! 《笑う棺桶》とですか?!」
「確証は無いけどね。とにかく、アスナ達を基本頼りなさい?」
「はい……」
正直ショックだ。この人は攻略組の一人なのだろうけど、何故《笑う棺桶》と繋がりがあるのだろう? あたしを助けたのはどうして……?
あたしはだんだんわけが分からなくなってきた。考えるほど深みに嵌って行ってる気がする。
その後、あたしとキリトさんは鍛冶屋を出て、四十七層の主街区【フローリア】へ転移した。一面花畑で綺麗である。
「ここは通称、フラワーガーデンって呼ばれてるらしい。一面綺麗な花畑ってことだな」
「そうなんですか……凄い……!」
あたしは花畑を眺める。色とりどりの花に、夕陽の茜色が加わって幻想的に見える。優美さの景観に、どこか寂しさを内包しているのも、胸にグッと来て、強い感動が来る。それはキリトさんへのお礼の言葉になった。
「キリトさん、ありがとうございます。今日は色々としていただいて」
「いや……人を助けるのは当然の事だ、シリカが気に病む必要は無いよ」
「それでも、です。あたしはキリトさんに命を――――」
「あらぁ? そこにいるのって、もしかしなくてもシリカちゃんじゃない?」
あたしの言葉を遮る形で乱入してきた女性の声。この声は――――
「……ロザリアさん」
赤いウェーブのかかった髪を伸ばし、光沢がある黒の軽鎧を装備し、十字槍使いの女性、ロザリアさんだった。彼女と喧嘩したことで、あたしは森で迷ったのだ。
「ちゃんと生きて出られたのね……ところで、あの水色のトカゲが見えないようだけど……もしかして……」
そう言って口を歪めるロザリア。使い魔は主人から離れないしストレージにも入れられない。主人の周りにいないということは死んでしまったという事、それを知ってる筈なのに、この人は……!
「ピナは死にました……でも、必ず生き返らせます!」
「! ……なるほど、だからこの層にいるのね。でも、シリカのレベルで大丈夫なの?」
「俺も一緒に行く、シリカだけじゃない。それに、あそこは難しい所じゃないしな」
キリトさんがロザリアさんの視線から、庇う形であたしの前に立った。その背中は意外に大きくて、まるでお兄ちゃんのようだった。あたしに兄弟姉妹はいないけど。
ロザリアさんはキリトさんを上から下までじっくりと眺め、やがて嘲笑を浮かべた。反応は違うけど、あたしと概ね同じ結論になったのだろう。
「アンタ、見たとこ強そうには見えないけど。何、アンタ、その子に体で誑しこまれちゃったクチ?」
「……! この人とはそんな関係じゃありません!」
「ハァ……行こう、シリカ」
キリトさんはそう言ってあたしを宿屋に案内した。ロザリアさんはパーティーメンバーがどこにいるのか、転移門を使って転移した。
そのまま宿屋に入って夕食を摂ることに。
あたしに先に席に座って置くように言ったあと、少ししてからNPCが料理とパン、一杯のコップを持ってきた。しかしまだ何も注文していないのに、何故来たのか。答えはキリトさんだった。
「NPCレストランとか宿屋って自作料理やボトルの持ち込みが出来るんだ。俺が作ったビーフシチュー、コッペパン、一杯飲むごとに敏捷値が一上がるルビー・イコールっていうボトルだ。《料理》スキルは『完全習得』してるから、味は保証する」
「そ、そんな貴重な物をあたしなんかに……」
「ボトルを寝かせてても味が良くなるわけでも無し。誰かと飯を食うのは……三ヶ月ぶりだからな。こういう時にでも開けないと飲まないし、気にするな」
キリトさんはそう言って、薄ら赤い液体が入ったコップを持って向けてきた。乾杯をするつもりらしいので、あたしもコップを持って向け、カチンと鳴らす。
「ピナ蘇生を願って。頑張ろう」
「はい!」
そのままコップに口をつけて液体を飲む。薄ら赤い飲み物は、昔、少しだけ父親が飲ませてくれたホットワインのようで、芳醇な甘さと仄かな酸味、そして特有の渋さが口の中に広がる。美味しい、と素直に思えた。
続けてパンをビーフシチューにつけて食べる。パンは柔らかくてフワフワ、シチューは肉と野菜の味が完全に染み込んでいて、思わずがっついてしまう。今まで生きてきて、ここまでの美味しい料理は食べた事が無かった。
生きていて良かった……と本気で思えた。死んでしまったら二度と味わえないし、リアルで飼ってる猫のピナや父親に母親、学校で仲が良かった友達とも逢えなくなる。もう二度と驕ったり過信したり、向こう見ずな行動はしない、と心に固く誓う。
その上で彼を見た。
キリトさんは根は悪くない人なんだと思う。でも、どうしてあたしをわざわざ助けようとするのか。本当に《笑う棺桶》と繋がっているのか。ならそれはどうしてなのか。
分からない。この人の何もかもが分からない。
三大美女と言われてるアスナさん達と仲が良いみたいだから、少なくとも、結構前から攻略組にいるんだとは思う。でも、分かってるのはそれだけ。あたしを手助けしようとする理由にはならないし、そもそも、これは自分の推測に過ぎない。
命を助ける部分はまだ分かる。あたしだって、同じ場面に遭遇すれば同じ行動をする。でも、死んだ使い魔蘇生のために動くか、と聞かれれば快諾は出来ない。そもそも、『うまい話には裏がある』と言うのがアインクラッドの常識だ。
「キリトさん。どうしてあたしを助けてくれたんですか?」
「っ?! ゴホッゴホ?!」
今更な気もするが、それは当然の疑問。
だから分からなかった。目の前にいる黒ずくめの彼が、どうして咽たのか。
「えっと……大丈夫ですか?」
「ゴホッ……あ、ああ。えっと、理由だったか? …………マンガとかアニメじゃあるまいしなぁ……笑わないって約束するなら、言う」
「笑いません」
あたしは即答した。キリトさんは頬を赤くし、視線を度々ずらし、額に手をやった。そして口を開く。
「…………シリカが……どこか、義理の妹に……似てたから」
色々予想していた答えと完全に違い、一瞬呆けた後、思わず笑いが込み上げてくる。口元を手で押さえて堪えようとするも、一度嵌ってしまって中々収まらない。
「ごめんなさい、つい……フ、フフ……!」
「……笑わないって言ったのに…………」
彼はショボン……と項垂れて、もそもそとパンを食べる。なんだか彼が兎みたいに見えて、かわいいと思った。表情があまり変わらないから年上かと思っていたが、もしかしたら年下なのかもしれない。
そう考えると、彼に対する恐怖心が薄れてくるから不思議だ。
彼に持ったその感情のお陰か、今度出てきた笑いは穏やかなものだった。彼が顔を上げて見て来た。
「……ようやく笑ったな」
「……え?」
「シリカはずっと暗い雰囲気しか出してなかったからな。どうやったら笑うかなとか考えてて……まぁ、これで笑ってくれたなら、結果オーライ、かな……?」
キリトさんは少し項垂れながら言う。あたしの為に冗談を言ったのかと、再度警戒しかけるけど、理由は本当らしい。その心遣いに感謝を覚える。この人と会えてよかったと思え、その原因になった出来事を思い出した。つい顔を顰めてしまう。
「…………どうして、あんな事を言うのかな……」
「シリカは、大規模なMMOとかは……」
「このSAOが初めてです」
「そうか……どんなゲームでも、それが自分の分身……偽者や作り物、いわゆる『リアルとは違う自分』になると人格が変わるやつは多い。善人と悪人との差とかが良い例かもしれない。それを、普通のゲームなら『ロールプレイ』と言っていたけど……この《SAO》に限っては、それは無いと思う」
キリトさんは一瞬顔を思いっきり顰め、テーブルに置いてる両手を強く握った。
「今はこんなデスゲーム、異常な状況だ。そりゃ、『皆で一致団結して、仲良く百層クリアを目指しましょう』なんて、甘い幻想を実現出来ないなんて分かってる。でも……盗みを働く、他人の不幸を喜ぶ――――人を殺すヤツが多すぎる」
あたしはキリトさんの目を見た。彼の瞳は深い闇が映っていた。この人には、その瞳の闇を持つような何かがあったのだろう。それが一体なんなのかはわからないし、聞かないほうが良いと思った。
「俺は、ここで悪事を働く事は、それがどんな理由だとしても犯罪だと思ってるし、現実でも性根が腐ってる最低なヤツだとも思ってる」
苦しそうに、しかし吐き捨てて言う。思わず気圧されてしまい、それに気付いたキリトさんが自嘲の笑みを浮かべ、すまないと謝った。
「……本当はな、俺だって人のことは言えない。守るためとはいえ、俺は人を殺してる。仲間だって守れなかった。人助けをしようとして……このザマだ…………」
あたしは、この人が深い懊悩と……何か辛いものを背負って生きている事を、おぼろげながら悟った。深い悔恨の念に追われている彼に、慰めの言葉や気の利いた言葉をかけたかったが、悲しいかな、中一までしか勉強してない上、読書をあまりしなかったから、自分の貧弱な語彙力では何も浮かばなかった。
だからあたしは、その事自体にではなく、彼がしたことを言う事にした。彼の両手を自分の両手で包み込み、彼の眼を見て言う。
「少なくとも、キリトさんはいい人です。助けてくれた上に、ピナも助けてくれようと手伝ってくれるんですから」
キリトさんは一瞬驚き、身を引こうとした。しかしあたしはそれを許さない。
「キリトさん、過去を省みるのは大切な事です。でも、過去を引き摺って今を手放したり、自分を悪し様に言うのは良くないです」
「…………あいつらにも、同じことを言われてる。けど……いや、そうだな……ありがとう、俺が慰められたな」
そう言って穏やかに微苦笑するキリトさん。それを見た途端、胸の奥がズキン、と疼き、心臓の鼓動が速くなる。顔が赤くなっていくのが分かった。
慌てて彼から両手を離し、それを自分の胸に持ってくる。それを見たキリトさんは慌てている。
「ど、どうかしたのか……?」
「い、いえ! なんでもないんです!」
テーブル越しに身を乗り出してくるキリトさんに、慌てて笑顔を作り、首を横にぶんぶんと振って応える。
その後、この宿で一泊して明日直接行こう、という話になった。ほぼ同時に部屋を取ったせいか、あたしとキリトさんは部屋が隣になった。
まだ寝るには若干早かったので、今はキリトさんが取った部屋で明日の予定を聞いている。
「えっとだな。基本、戦闘はシリカ一人でやる。モンスターが複数来たり、シリカが危険だと判断したら、アスナ達が突っ込む。俺は基本は手出しはしない。周囲の警戒は俺がするから、そこは安心して欲しい。とはいえ、油断は禁物だけどな」
「はい……でも、あたしの攻撃で、まともにダメージ入るでしょうか?」
「そこはこれらで補おう」
キリトさんはメニューを操作すると、あたしにトレードウィンドウを出してきた。ウィンドウのトレード欄には【イーボン・ダガー】【シルバースレッド・アーマー】【シルバースレッド・コート】【竜巫女の首飾り】……他にもあり、合計七個のアイテムが表示されている。驚くべき事に、全てのアイテムランクが14ランクだった。
アイテムにはランクがあり、全部で20ランクある。5階層毎にランクが1上がるという理屈らしい。つまり、このアイテム群は七十層あたりの高ランクアイテムなのだ。性能的にも装備は出来るものばかり。
「これで10~20レベは底上げできる。少なくとも、この層のモンスターに能力で遅れは取らないだろ」
「えっと、いいんですか? こんなにレアアイテムばかり」
「構わない。というか、それら全部売ろうと思ってただけだし、ダガーはともかく、体防具にいたっては女性専用だから俺は装備できない。だから気にする必要は無い」
「そうですか……こういうアイテムって、一体どこで入手するんですか?」
「最前線の討伐クエストや宝箱、生産クエストで貰える。一度最前線の街の生産クエストでもしてみればどうだ? スキル無しでも出来るのは多いから、経験値やアイテム稼ぎに丁度良いぞ。なんなら今度案内する」
「そうなんですか……機会があれば行ってみますから、その際はお願いします」
キリトさんはアイテムのお返しとして渡そうとした、あたしの全財産のコルを受け取ってくれなかった。代わりに、「感謝なら、ピナと一緒に攻略組に入ることで返してくれないか?」と笑われながら言われた。でも、あたしは完全にその気で、絶対に攻略組に入ると固く決意した。
その後、ダガーの連続攻撃の練習をキリトさんに指導してもらい、四十七層の目的地である《思い出の丘》というところの説明を聞くことに。
丸テーブルに丸い水晶を出して置き、それを軽くタップすると、水晶は淡い輝きを放ち、宙に立体ホログラフを浮かび上がらせた。キリトさんはそれをタップ、クリックして四十七層の立体地図を出した。
「きれい……」
「【ミラージュ・スフィア】って言う、レアアイテムだ。ユニーククエストで手に入れたんだよ。マップデータがあるとこは立体的に見れる」
その後、所々指で示しながら説明してくれた。
「……ここが主街区で、ここからが《思い出の丘》な。目的のアイテムを得るには最奥まで行く必要があるから、ここの橋からこの道を真っ直ぐ行って――――」
キリトさんの穏やかな声が部屋に満ちる。なんだか無性に幸福を感じ、それを自分の生とともに噛み締める。
「それで、アイテムを手に入れてピナを生き返らせるのも良いけど……帰りを徒歩にして、シリカのレベル上げをしよう。ピナはその後で生き返らせれば良い、帰りに死なれるのは流石に嫌だからな」
「あ、はい」
「んじゃ、帰りは行きと同じ道で……あとは……ああ、そうそう。アイテムが手に入る直前に丘を登るんだけど、そこからエンカウント率が凄いらしい。気を付けてくれ」
「はい! ……? どうしたんですか?」
キリトさんが不意にドアの方を睨んだので、あたしはわけが分からず聞いた。
キリトさんはしばらくの間睨み続け、やがて溜息と共に鋭い目つきを穏やかなものに戻した。
「……いや。俺はちょっとこれからメールを打つから、少し待っててくれ」
メールを打ち出した彼の後ろ――ベッドであたしは丸くなった。キリトさんの後姿は、昔、旧式のパソコンに向かい、難しい顔でキーを叩いていたフリーのルポライターである父親を想起させた。シリカはその父親の後姿を眺めるのが好きだった。
懐かしい家族を思う、その温もりを感じ、シリカはいつの間にか目を閉じた。
はい、原作シリカ視点と割と近い第九章でした。ただちゃっかりキリトが手を握って強引に案内したり、一足早くリズベット武具店に向かってたり、アスナ達と対面して一緒に花を取りに行くようになったりと、出来るだけ他のキャラも交えようとした結果、こうなっています。
裏話ですが、リズベットから来いと言われていたからキリトはあそこへ行く予定があり、キリトが来るからアスナ達も来る予定があったという設定があります。所謂仲人というやつですね、リズベットは。
アスナ達が受け取ったメールは、リンダースの街へ転移した後、シリカを案内しながら打っていたアレです。ちょろっと一文だけ書いています。
さて、今回は一気に文字数が一万を突破しました。原作でも心情描写が多かったお話は文字数が一気にドンと増えていき、多少読み応えが増すと思います。
次話は《プネウマの花》を取りに行くお話です。色々とあるので、楽しんで頂ければ幸いです。
では!
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第十章 ~【嘆きの狩人】~
約一日ぶりです、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
ちょっと予定をオーバーしてしまいました。色々と私自身の莫迦なことで手間取ってしまいました。理由は後書きに書いてあります。
ぶっちゃけマジで阿呆なヘマをしました。でもネットを見ると案外いるそうなので、皆さんもパスワード管理などは気を付けましょう。
今話はシリカの視点……と、第三者視点が入り混じった書き方です。基本的に一人称が『あたし』となっているのはシリカの視点、シリカからわからないことや『シリカ』と書かれている文は第三者視点となります。
何でこうなったかというと、原作片手に書いちゃったからですね。当時は書き分けが出来ていなくて、手探りで書いていましたから。
さて、前話の続きからなので、寝落ちしたシリカが目覚める所からです。途中から原作と少し展開が違い、最後は完璧に暴走するので要注意。原作が好きな人には特に。
では、第十章、どうぞ。
第十章 ~【嘆きの狩人】~
耳元で起床アラームが鳴る。自分にだけ聞こえるように設定したものだ。起きるように設定していた午前七時。いつもは朝が苦手なのだが、今日は深く長い睡眠を取れたおかげか、頭の中がすっきりしている。
いつもは横にピナがいたので、それを寂しく思いながらベッドから降りようとしてギョッとした。ベッドに上体をもたれさせ、床に座って寝ている男がいたからだ。
侵入者かと思い、思わず悲鳴を上げそうになって、ようやく自分が何処で寝ていたか思い出した。
――――あたし、キリトさんの部屋でそのまま……!
あたしは顔が火炎ブレスを浴びたかのように、熱くなったのを感じた。SAOは感情表現が少しオーバーなので、湯気の一つも出ているかもしれない。彼はどうやらあたしをベッドにそのまま寝かせ、自分は床での睡眠に甘んじたようだ。ずっと世話をかけっぱなしで、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、両手で顔を覆って、しばらくベッドの上でゴロゴロと身悶えした。
数十秒を費やしてようやく思考を落ち着かせると、あたしはそっとベッドから降り、キリトさんの前に移動する。
彼の寝顔は存外あどけなく幼いものだった。鋭い双眸と険しい表情のせいで年上に見えていたが、やはり年下だと思う。寝顔を眺めるのも愉快だったが、いつまでもそうしてるわけにもいかないため、彼を起こそうとした。
その時、いきなり扉が開いた。
「キリト君、いつまで寝てるのー?」
「キリトくーん、朝だよー」
「キリトさーん、早く起きてー」
「キリトー、早く行こうー」
「キリト、起きなさーい!」
突然の闖入者に、あたしは驚いた。確かに宿屋の部屋は、フレンド登録している者で、部屋への入出を制限されてなければ入れる。彼のフレンドだとして、しかしどうやってここを知ったのか。フレンド追跡だとしても部屋までは特定できないはずなのだが。
《血盟騎士団》の騎士服を着た女性、短い黒髪に薄翠の装備の少女、長い藍色の髪に紫色のクロークの少女、見覚えのない短い黒髪に蒼いクロークとプレストアーマーの女性、ピンクの髪にウェイトレスのような装いの女性。
アスナ、リーファ、ユウキ、リズベット、そしてシリカは知らないが、過去キリトが入っていたギルド《月夜の黒猫団》のサチの五人だった。
五人は笑顔で入ってきたが、床で眠りこけているキリトさんとその前で中腰で顔を覗いているあたしを認めると、リズベットさん以外が表情を消し去った。その視線はキリトに向けられている。
「「「「ふーん……」」」」
「あちゃー……また、ね」
「え、えっと……? どうして剣を構えてるんですか?」
「シリカ、あんたちょっと来なさい。退避するわよ」
「え? いや、リズベットさん?」
「「「「たあぁぁぁぁっ!!!」」」」
四人が問答無用でキリトに襲い掛かり、その後、一つの悲鳴と怒声が響いた。
*
現在、あたしはアスナ、リーファ、ユウキ、サチ、リズベットの五人でパーティーを組んでいる。アスナさん達にとってはいつもの事らしいが、キリトさんだけは絶対に一緒のパーティーに入ろうとはしなかった。
リズベットさんは彼が気がかりなのとあたしを心配しての事らしい。サチさんはアスナさん達に呼ばれたのだとか。なんでも同盟を組んでいるとの事。一体何の同盟なのかは、聞いても教えてはくれなかった。
キリトさんはあたしの前、先頭を進んでいて、その表情はムスッとしている。朝起きたらいきなり攻撃された上、わけも分からず説教されたからだ。あたしを部屋に泊めたのが原因らしいが、彼からすれば、そもそもシリカが部屋で寝てしまって、取った部屋に連れて行けないからした当然の事。それで怒られるのは理不尽が過ぎるものだった。
シリカが四人に事情を説明しても、キリトへの追及は止まらず、結局、彼は不機嫌なままアイテムを取りに向かうことになった。流石に理不尽だったと反省しているのか、アスナ達は申し訳なさそうだったが、彼は未だ不機嫌だ。
しかし、戦闘にまで私情を持ち込まないのがキリトさんらしく、数体のモンスターが現れれば、一匹以外をほぼ一瞬で倒してしまった。どうもストレス発散をしてるらしい。
ここにいるモンスターは《フラワーガーデン》と呼ばれるだけあり、花形のバケモノだった。蔦でリーチの長い攻撃をしてくるが、そのことごとくを皆が弾いてくれた。SAOの経験値取得の割合は、ダメージを多く与えた者、つまり、戦闘に貢献した度合いで決まる。
自分をレベルアップさせる為に皆が協力してくれるのだ。全力でしなければと思い、戦っていく…………流石に、体全体をイソギンチャクのような触手で包まれた時は、気絶するかと思ったけれど。
そのまま目的地に到着、アイテムの《プネウマの花》を手に入れた。そのまま行きと同じ道を戻る。
街に入る手前の小さな川があるところに、石橋が一つ掛けられている。そこの丁度真ん中あたりで、先頭を進む彼が止まった。そのまま先を睨んでいる。後ろのアスナさん達も、なんなのか分かっていない様子だ。
そのまま鋭い目線を投げかけ、キリトさんは少し経ってから口を開いた。
「……そこに隠れてるのはわかってるんだ、とっとと出てきたらどうだ?」
「「「「「えっ?」」」」」
あたし達は皆揃って声を上げた。数秒後、見覚えのある女性が出てきた。
細い十文字槍に光沢のある黒い胸当て、ウェーブのかかった眺めの赤い髪。
「ロザリアさん……? どうしてここに……?」
そう、昨日喧嘩別れをしたロザリアだったのだ。しかし彼女は質問に答えず、キリトさんを見る。
「あたしの《
ロザリアは次にあたしを見た。その目をみて、嫌な予感がする。
「昨日の暗い顔から一転、その明るい顔になってるってことは、無事に《プネウマの花》をゲット出来たようね。おめでとう……じゃあ、その花、渡してもらうわ」
「っ?!」
「あなた、いきなり何ですか? シリカちゃんは頑張って、花を手に入れたのよ? それを横取りしようなんて――――」
「悪いけど、そうはいかないな、ロザリアさん……いや、オレンジギルド《タイタンズハント》のリーダーさん」
アスナさんを遮って口を開いたキリトさんの言葉を聞いて、ロザリアは口を歪めると、右の指を鳴らす。すると、道の途中にある草むらから多くのプレイヤーが……オレンジプレイヤーが出てきた。男三十人、内一人がグリーンだ。
「で、でも、ロザリアさんはグリーンですよ?」
「シリカちゃん。オレンジギルドって言っても、全員がオレンジなのは稀なんだよ。大体はグリーンが得物を見繕って誘導するんだ」
「うん、そういう悪質なことがあるから気を付けないといけないんだ」
リーファさんとユウキさんが説明してくれた。という事は、つまり……
「昨日まで一緒のパーティーにいたのも……」
「そうよ、その得物だったの。一番美味しいと思ってたシリカちゃんが抜けちゃったけど、まぁ少しは肥やしになったわ」
「っ?! ……という事は、もう……あの人たちは……」
「ええ。昨日の内に、四人ともコルとアイテムを奪って殺したわ。シリカちゃん達と会ったのはその帰り」
殺した。つまりそれは、あの人たちの魂が、この世界からも向こうの世界からも消えたことになる。自然と体がカタカタと震えた。アスナさん達は怒りのあまり強く歯を噛み締めている。
「…………なるほどな。やっぱり……呼んどいて良かった」
「……は? アンタ、この状況を分かってる? こっちは三十一、そっちはたったの七人じゃない。計算も出来なくなったの?」
ロザリアの嘲笑を、しかしキリトも嘲笑で返した。
「そっちこそ、何か勘違いしてないか? そもそも、俺の前に現れた時点で、あんたらの命運は決まったも同然。ここを通ることを、わざわざそこのグリーンの男に盗聴させてたんだ。あんたらを誘き寄せて、痛い思いをさせるためにな」
キリトさんがそう言って、あたしは昨夜、キリトさんがドアを険しい目で睨んでいた事を思い出した。あれは盗聴されている事に気付いていたのだ。
「だが……俺はある依頼を受けた。お前らを監獄に飛ばしてくれって依頼を。あんたら、三週間前にも同じ手口でギルド《青き竜爪》のメンバー、リーダー以外の十三人殺してるだろ」
「ああ……あの貧乏な連中? 何、もしかして敵討ちかなんか?」
「いや、敵討ちとかのつもりじゃなかった。けどな……あんたを監獄に飛ばしてくれる人を、リーダーさんは最前線に来て必死に叫んでいた。あんたに……その思いが……大切な仲間を殺された時の気持ちが……わかるか?」
暗く、深い声で問いただすキリトに、あたし達は怯えた。いつもの飄々とした彼じゃなかったからだ。サチさんは目を見開いて、ガタガタと体を小刻みに震わしている。
「わからないわよ、そんなの。あたし、そういうの嫌いなのよね。この世界で死んだからって、向こうでも本当に死ぬかなんてわからないじゃない。そもそもこの世界を作って、あたし達を閉じ込めた茅場が全部悪いのよ。この世界を向こうの法律とか倫理とかで縛らないでくれる?」
「…………そうか、なら仕方ないな……」
そう言ってキリトさんは、背に吊ってあった黒の片手剣を抜く。光すら跳ね返さない漆黒の剣身からは、見た目以上の何かが発せられている気がして、恐怖を感じる。
たった一人、そのまま無造作に進むので、思わず声を上げた。
「キリトさん……っ!」
その声が響いた瞬間、ロザリア達から余裕の表情が消え、代わりに焦燥に染まった。一人の男が慌て始める。
「キリト……? …………盾無し黒の片手剣、短い黒髪に鋭い双眸、黒いロングコート……やべぇ、本物だったら、本当にやばいですよ!」
「クソッ、なんでこんなとこにいるんだ!」
「アンタ達、うろたえんじゃないよ! たとえ本物だとしても、たった一人なんだ。あたし達を皆殺しに出来る筈は無いさ!」
「なら俺を攻撃してみるか? 一応言っておくが、攻略組のタンク役のプレイヤー以上の防御力と、ボス以上のリジェネが俺にはある。ダメージカウンターも高い倍率を誇ってる。あんたらが逆に死ぬぞ」
「くっ……そ、そんなの、やってみなけりゃわからないじゃないか! あんた達、やれ!」
ロザリアのその言葉を受け、三十人の男の内、グリーンの一人以外が吼えながらキリトに襲い掛かる。ソードスキルを使った多重連携攻撃、しかも四方からだ。しかし、キリトさんは一切避ける素振りも見せず、攻撃してくる男達をただただ冷ややかに見つめるだけだった。
キリトさんのHPは端のほんの一、二ドットは削れるが、一瞬後には完全に回復している。それどころか、攻撃している男達のHPのほうが危険域に入った。彼のダメージカウンターの倍率は、本当に高いらしい。そこまで攻撃回数は無い筈だが、それでHPを赤の危険域まで落とすのだ。
男達は恐怖に顔を引き攣らせ、攻撃を一人、また一人とやめていく。最後の一人がやめた後、この場には耳と心に痛い静寂が訪れた。
「十秒あたり20、それがお前ら二十九人で俺に与える総ダメージの最大量だ。俺のレベルは171、HPは87560、リジェネは十秒で8756ある。何時間攻撃しようが、俺を殺す事は出来ない」
「レベル、171……?! そんなの……そんなのありかよ……出鱈目も良いとこじゃねぇか……」
「そうだ」
キリトが吐き捨てるように答える。その顔は苦味きっていた。
「たかが数字が増えるだけで、ここまでの無茶な差が出て、出鱈目になる。それが、レベル制MMOの理不尽さというものなんだ…………もうわかってるんだよ」
「な、なにをだい、わかってるって?」
「あんたが知っているかは知らないけどな……お前らの後方に反応があるんだ。とっとと出てこいよ、かくれんぼって歳でもないだろ」
彼がそう言って森の闇を睨む。ロザリア達はそれに困惑した。アスナ達も困惑する。一体何を言っているのか。
「……ふっ!」
キリトさんが呼吸を一瞬止め、裂帛の気合と共に高速ダッシュ、黒剣を振りかぶった。何も無い空間、しかし、そこで高い金属音が鳴り響く。
相手の武器は中華包丁のようなダガー。危険人物として有名なプレイヤーが愛用していると言う話の【友斬包丁】(メイト・チョッパー)。アレがあるという事は、つまり……
「OH……気付いてたとはな……少し舐めてたぜ」
突然響いた、韻律に富んだ声。男の荒々しい口調と声質に、滑らかな声が響く。声の出所はキリトの前、ダガーを持っている者だった。
すぐ後に、ハイドを解除したプレイヤーが姿を現す。黒緑のポンチョに数十本はあるピック、ベルトをズボンの足に幾重も巻きつけ、後ろ腰には中華包丁のような、肉厚のダガー【友斬包丁】(メイト・チョッパー)。そして――オレンジカーソル。
聞いた事はある特徴と完全に一致する。
殺人ギルド《笑う棺桶》リーダー
――《PoH》――
キリトさんとその男――PoHは鍔迫り合いをやめ、距離を取った。
「よぉ、PoH……久しぶりだな」
「おめぇこそ、その鋭い剣の冴えは鈍ってないな」
「当たり前だ。俺の剣はその為にあるんだ、止まってられない…………俺の前に顔を出したんだ。当然、覚悟は出来てるんだろうな。《ザザ》、《ジョニー・ブラック》」
キリトさんが口にした二つの名前も、PoH率いる《笑う棺桶》の幹部メンバーだ。その二人もPoHと共に逃げていたという話だったが……
「ククク……やっぱり、気付いて、いたか……」
「まぁ、ヘッドのハイディングに気付いてたなら、当然だろうけどよー」
PoHの後ろから更に二人出てきた。髑髏のマスクに赤い瞳、先細りで刺突特化の武器エストックを持つ、赤眼の《ザザ》。
漆黒のブーツに細身のパンツ、刀身が緑に光るダガーを持ち、目の部分だけ繰り抜いた頭陀袋を被っている《ジョニー・ブラック》。
《ラフィン・コフィン》の三巨頭が揃っていた。ロザリア達もアスナさん達も、完全に怯えて竦みきっている。今、主街区へ続く細い一本道にいるのは、キリトさんとラフコフ三人の四人だけ。ロザリア達は近くの木立へ力無く寄っていた。
「クク……覚悟と、言っていたが……お前には、あるのか? 俺達を、殺す、覚悟が」
「忘れたのか? だったら思い出させてやろうか? 三週間前、誰がラフコフ五十三名の内、五十名を殺して壊滅させたのか……」
「はっはぁ、流石は【黒の剣士】だ。伊達に【嘆きの狩人】張ってねぇぜ」
「【嘆きの狩人】?! あの、オレンジ・レッドプレイヤーキラー専門の?! え?! キリトさんがそうだったの?!」
――オレンジ・レッドプレイヤーキラー【嘆きの狩人】――
プレイヤーキル、所謂殺人をするオレンジやレッドプレイヤーを殺す、プレイヤーキル・キラーのこと。メンバーは極めて少数で、活動どころか存在さえ疑問視されている。もしかしたらそれが《笑う棺桶》を壊滅させたのではないか、という噂を聞いたことがあったので知ってはいた。
攻略組の方では、本当に存在するのなら《笑う棺桶》以上に危険な存在の為、壊滅作戦を立てようとしていたらしい。その噂も下に出回っていた。
【嘆きの狩人】と攻略組が関わっているという事で、オレンジギルドの活動は少なくなったりしているらしい。特に【嘆きの狩人】への恐れが尋常では無いらしい。《笑う棺桶》を壊滅させたのなら当然かもしれない。
「どうして、キリトさんが……?」
「……もう二度と、ケイタやテツオのような犠牲者を出さない為に……俺は、PKをするやつらを殺すと、決めた。だから……」
そこまで言うと、彼はウィンドウを操作し、背中にもう一本剣を出した。薄翠の片手直剣。それを抜き払いざま、目の前の三人に斬りかかる。問答無用、完全に殺す気の攻撃だった。
そのままキリトさんはPoH達と戦闘を開始した。毒や麻痺毒を塗っている筈のジョニー・ブラックのダガーを喰らっても、キリトさんは状態異常にならなかった。そのまま攻め続け、次々にPoH達に二刀を繰り出す。
そのあまりの速さ、強さに周囲の者全員が息を潜めて注視する。アスナさん達も同じ反応をしているという事は、彼は二刀をあまり使っていないのかもしれない。
「クッ……調子に、乗るなよ」
「クソが! テメェみたいなガキが、俺らを殺せるとでも……!」
「五月蠅い。お前らが生きてると、犠牲者が増える一方だ。とっとと――――死ね」
ザザとジョニーの二人の武器を横合いからの攻撃で破壊し、キリトさんは二人に二刀ソードスキルを使った。反時計回りに一回転しながら左の剣を薙ぎ、その回転でついた捻転力を使って右の剣を薙ぐ、計二回の斬撃。高レベルの筈の二人には足りないであろう攻撃回数。
しかし、しかし。
まだ六割はあった二人のHPがみるみる減っていき、注意域の黄色、危険域の赤を経て、そして――――
「ク、ソ……?!」
「マジかよ……?!」
かしゃぁぁぁん……!
ほぼ同時にゼロになり、二人は青いポリゴン片へとカタチを変えた。それは死を意味する筈の最期。キリトさんは、二人を殺したのだ。
続けて右手で持つ黒剣の切っ先をPoHへ向けるキリトさん。向けられた方のPoHは薄く笑うと、ダガーを構えた。
二人は互いに向き合い……剣を下ろした。
「クックック……あの二人をほぼ即死させるのには驚いた」
「そう思うのなら、金輪際姿を見せるな。二度と殺人ギルドなんぞも作るな。もし、またお前の名前を、殺人関係で聞けば……次は無い」
「それが二人を殺したヤツの言う事か?」
「お前を一人にすれば、また違うだろうと思ってな。担がれる神輿は作れる、だがそれを担ぐ者を作るのは大変だ。それに、メンバーを殺してリーダーを生かすのは、存外怖がられる。単独で大勢を相手して殺せるってのは、それだけ実力差があるってことだからな」
キリトさんのその言葉に、PoHは小さく苦笑の息を漏らし、そのまま闇へと消えた。何故、PoHを追いかけなかったか。その理由はロザリア達だった。
PoHを殺そうと追いかけていれば、ロザリア達を逃がしてしまう。依頼を受けているキリトさんからすれば、逃げられると探索が面倒になる。だからPoHより優先したのだ。
キリトさんはロザリア達へ向き直り、腰のベルトポーチから深い蒼の結晶――《回廊結晶》を取り出す。続けて、別のポーチから一本の小型のダガーを取り出した。剣身は薄緑に濡れていて、それが毒塗りであると物語っている。
「お前らには牢獄に飛んでもらう。言っておくが、このダガーの麻痺毒だけでも三十分は余裕で保つ。抵抗しても良いし、逃げても良いが……その時は何処までも追いかけて、お前たちを殺す。選べ、抵抗して死ぬか……降参して生きるか」
「………………」
「早く決めろ。俺の理性が保っている間にな……」
「畜生……」
誰かがそう声を上げたことで、キリトを睨んでいた男たちは一様に諦めの表情を浮かべた。その男たちは、回廊結晶を使って開いたゲートに次々入っていく。
最後に残ったロザリアは、未だ強気に胡坐をかいて留まっていた。彼女は近づいてくるキリトさんを睨みつける。
「あたしを傷つけてみなよ、そうなったらあんたもオレンジになるんだよ」
「生憎、最初に人殺しをしたのもオレンジになったのも俺だ。どこのギルドにも入ってないし、俺はソロ。数週間オレンジだとしても困らないぞ」
「街に入れないよ?」
「武具のメンテは自分で出来る、食事は我慢できる……早くしろ、殺されたいのか?」
キリトさんが黒剣を首筋にあてて脅し、ロザリアは小さく息を呑んだ。さっきの戦いから、絶対に勝てない上に自分を殺すと分かっているのだろう。
それでも一向に動こうとしないことに苛立っているのか、キリトさんは少しずつ刃を首筋に食い込ませていく。キリトさんのHPバーがオレンジになるも、それを気にした風も無く続ける。
ロザリアは流石に恐れを抱いたのか、少しずつだが光の回廊に後退していく。キリトさんは等速でロザリアを追い詰めいく。
「ちょっと……ねぇ許してよ、やめてよ……そ、そうだ、あんた、あたしと組まないかい? あたしはオレンジギルドのやり口を色々知ってる。あんたの腕があれば、どんなやつだって相手にならないよ!」
「……俺はラフコフ関連でそう言う手口をあらかた知ってる。それにな……俺にその相談をした時点で、お前、もう終わりだ」
そう言って剣の腹で背中を思いっきり叩き、ロザリアをゲートに叩き込む。直後、見計らったようにゲートは消失した。
少しの後、そこにいるのはキリトさんだけとなった。
「キリト君、キリト君は本当に……【嘆きの狩人】なの……?」
「ああ、俺がそうだ。で、どうする? 【嘆きの狩人】は俺だったわけだが……攻略組で話していたように、俺を討伐するか?」
「それ、は……」
アスナに向かって小さく微苦笑を浮かべるキリト。しかしその表情は明るくは無い。彼の本心が見えない。この一日でわかったが、彼はいつも穏やかな表情は向けてくれる。しかし、本心を表すような表情は見せようとしない。
あたしは彼が怖いと思えるけど、だからと言って拒絶するまではいかない。確かに、人を殺す行為は罪だけど、その目的が皆を守るためなのだ。
「キリトさんは……いい人です。皆を守るために戦ってるんですから」
「シリカ、昨日言ったはずだ。『ここで悪事を働く事は、それがどんな理由だとしても犯罪だと思ってるし、現実でも性根が腐ってる最低なヤツだとも思ってる』と。目的は手段を正当化しない…………いずれは、俺も罪を
キリトさんが無表情で言い、そのまま立ち去ろうとする。
「ちょっと、キリト?! どこいくのよ?!」
「ん……何処へだっていいだろ? 俺の自由だ…………お前らは、俺のようにはなるなよ……」
二人はそのまま森の中へと消える。あたし達は一切動けなかった。
事件は解決し、オレンジも捕まった。ピナの為の蘇生アイテムも手に入った。
でも……キリトさんはそのせいでオレンジになって……去った。
「キリトさんもいなきゃ、ピナが生き返っても……喜べないですよ…………」
両の瞳から熱いものが溢れ、それは頬、顎を伝って落ち、その雫を散らした。
はい、如何でしたでしょうか。
ロザリア達との下りは面子とレベルが違うくらいでした、それでは面白くないし色々と考えて《笑う棺桶》を出してみました。とはいえ、現時点ではPoHしか生き残っていません。ちなみにクラディールはまだ加入していないので生きている設定です。
キリトが人を殺す事を躊躇わない理由は口にしていた通り、ケイタ達の死が関わってます。
奪われる前に守るために殺す。第一層ボス戦で起こってしまったPKの時もそうですが、今作のキリトは基本的に容赦はありません、特にとある条件を満たすと暴走し始めるようにしています。そこは原作キリトのぶち切れモードと似たようなものですね。
前世でありったけの人を殺しているため、自分が汚れ役になる事には躊躇いが無いキリトは、これから正道と横道を行ったり来たり迷走します。
ああ、またか、程度に温かい目で見守って下さい。吹っ切れるのに物凄い時間が掛る上に厄介な事情が絡みますが、そこは悲しい経歴を負ってこそという持論があるため、変えません。
さて、前書きで書きましたが、少し遅くなった理由についてです。
何故遅くなったかと言うと、新たに取ったとあるアカウント……というか、Microsoftのアカウントを取ってからこの投稿を開始したのですが、その際にどうやらノートPCのサインインのパスワードも変わっていたらしく、PCを動かせなくなっていたのです。これまで絶望感と焦燥感に急かされながら足掻いていました。
結局は出荷状態に初期化し、今まで手間取っていたという訳です。いや、データをバックアップしておいて本当に良かったです。
とはいえ、最近書いていた数十万文字分は無くなったのですが……まぁ、正直掲載するかどうかわからない部分なのであんまり支障は無いですね。少なくともSAOの投稿に支障はきたしていません。
続編を期待するという方がいればまた書き直します。少なくともまだまだ本当に先なので。何せアリシゼーション終わった後のお話ですからね、原作とは流れが違いますけど。
みなさんもパスワードはアナログに手帳などに書きましょう。私はパソコン内でパスワードを管理していたので、車の中にキーを置いて鍵をかけるの如し愚行を犯してしまった私を莫迦にして頂いても構いません。実際に阿呆でした。このサイトにも実は半ば奇跡でアドレス、パスワードが当たっただけです。
という訳で色々と言い訳を失礼。
次話は一気階層が飛びます。ついでに言うとサチとシリカは攻略組入りします。
そしてキリトを探し続けていく少女達の前に、人情に溢れる侍と、傲岸不遜な兵士が現れます。その後、思わぬ展開に……
第十一話、お楽しみに。
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第十一章 ~青眼の悪魔~
今話もSAOを知っている人ならすぐ分かるタイトルですね。ただやっぱりちょっと原作と展開が違います。
ぶっちゃけて言うと一番はボス戦後です。死ぬはずのプレイヤーが生き残る、なんて事が一番ではありませんよ?
読みながら予想してみて下さい。ヒントは既にヒースクリフが退場している事です。
ではでは、第十一章、どうぞ!
第十一章 ~青眼の悪魔~
攻略組最強のソロプレイヤー。そして、唯一となったユニークスキル使いである【黒の剣士】キリト。
彼がオレンジ・レッドプレイヤーキラー【嘆きの狩人】だったことが知らされ、その悲報に攻略組の士気は落ち、攻略速度はガタ落ちになった。今まで五日前後に一層クリアだったペースが、一週間~二週間ペースになったくらいだ。
2024年6月初め。今までのペースなら八十層には言っていてもおかしくはない時期、この時点で未だ七十四層までしか進んでいない。
だからだろうか。かつて最強といわれた二刀剣士、その人物を見たという噂は一気に広まった。
――――迷宮区の奥深く、黒尽くめの剣士がいる
真偽の程は定かではない。しかし、あのプレイヤーの名前は未だに横線を引かれず生存を示している。皆は一様に思った。帰ってきて欲しい、と。
そしてそれは、ある意味では叶った。
***
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………」
「リーファちゃん、大丈夫? 少しここで休もう?」
「す、すみません、サチさん……」
あたしは連日の攻略の疲れが出ているのか、肩で荒く息をしていた。
現在、あたし、アスナさん、ユウキ、サチさん、シリカちゃんの五人で七十四層迷宮区をマッピングしているとこだ。さっきボス部屋を見つけたので、試しに中を見ると、山羊の頭に青い体躯、蒼く光る瞳を持った大剣持ちの悪魔型ボス《ザ・グリームアイズ》。その威容に圧倒され、五人とも全速力で安全地帯まで逃げたところだったのだ。
ここ数ヶ月、ろくに休みを取っていない。早く攻略しようと躍起になるが、そもそも、今までの迷宮区攻略は殆どあのプレイヤーがしていた。攻略組はその情報を元に、効率の良い狩りや攻略をしていただけだったのだ。
あのプレイヤーが攻略組と連携しなくなってから、攻略速度は落ち、ボス攻略も上手くいかなくなった。死者こそ出していないが、撤退を何度もするようになった。今まで会ったことのないような、特殊な攻撃をするボスや矢鱈ステータスが高いボスも多かった。今まで会った事がないということは、それら厄介なボスは全て、あのプレイヤーが撃破していたという事だ。
その偉業に改めて畏敬の念を浮かべ、同時に胸の奥に深い疼痛を覚える。この数ヶ月ずっとこの調子だ。アスナやユウキ達、今のメンバー全員がそうだ。なにせあのプレイヤーに惚れていたのだ、それは分かっていたこと。
「彼、一体どこにいるんだろ……?」
「それって、キリトさんのことだよね?」
キリト。それはあたし達が、そして攻略組全体が捜索している人物だ。この五ヶ月間ずっと探しているのだが、チラッと噂が流れるだけで殆ど姿は見られない。
彼は多くの生産・職人系スキルを鍛えていたという話だったので、おそらく武具のメンテは自分で全てしているのだろう。街で姿を見たと言うのはかなり稀だ。
そもそも、彼は黒のイメージと二刀の印象が強すぎ、彼の見た目に関しては攻略組や知り合い関係者でないとわからない。アスナや自分のように、分かりやすい目印か特徴が流れているのならまだしも、彼は完全にソロで動いていた上、最前線層から降りる事は殆ど無かった。時間があれば攻略、攻略。【攻略の鬼】と呼ばれていた自分達以上のペースで戦い続けるので、幾度と無く攻略組のメンバーが休暇を提案、というか強制している。
彼は自分に必要な分以外のアイテムやコルは、それがたとえレアアイテムだろうが商人やギルドに配っていた。エギルさんはキリトと親しかったからか、結構安価で大量に仕入られている。それは、エギルさんは適正価格で売ってくれるかららしい、本人からそう言われたと言っていた。
未だにアイテム等の納入が続いているという事は、まだ最前線で戦っているという事。事実、リーファ達が踏破してきたエリアの宝箱全てが、既に開けられていた。それもトラップ付きの物も含めてだ。
これらから、キリトに会うなら最前線と言う結論になり、あたし達は連日迷宮区に入っているのだった。
ちなみに、アルゴさんにも情報は大量に入っているらしく、攻略会議の際には大助かりしている。その情報の出所が分かっている攻略組としては、結構複雑な心境なのだが。アルゴさんも「定期的に会う以外では全く見かけないし、後を尾けてもすぐに見失うから追いつけないんだよネ」と、寂しそうに言っていた。
攻略にはキリトの存在が不可欠、というのが攻略組の総意だ。キバオウだけは、「あの殺人鬼なんぞに頼るなんて認めん!」と言って、軍は一時的に攻略から身を引いている。和解したと思ったが、とことんキリトのことが気に入らないらしい。
「……そろそろお昼にしよっか」
「「「「さんせーい」」」」
アスナさんのお昼宣言で休憩ついでにご飯を食べる事に。アスナさんは《料理》スキルを『完全習得』しており、なんと醤油やケチャップソース等の味を再現した調味料を作成している。
彼女の話ではキリトに教えてもらったらしい。
「……そういえばアスナさん。コペルさんは、今どうしてるんですか?」
「え、ああ……彼は今、ディアベルさん率いる、新たなギルド《聖竜連合》の副長として頑張ってるみたいよ。ディアベルさんと凄く仲が良くて、ギルドの双璧って呼ばれてるんだって。ディアベルさんが護り、コペルが攻めの盾と矛」
「へぇ……彼ってそこにいたんだ。ここ数ヶ月以上見ないから何処に行ったのかと思えば、《聖竜連合》に……でも、あそこって……」
ユウキの顔が曇る。それは内心を如実に表していた。
「うん、《聖竜連合》は最近、ちょっと良くない噂があるんだよね……まぁ、それが攻略組の被害になるってわけじゃないんだけど、ディアベルさんやコペルにもどうしようもないメンバーがいるみたいなんだよね……」
キリトに反感を抱いているメンバーが多く、彼を探し出す為に隊を作っているなんて話があるのだ。ディアベル達はそれを抑えようとしているのだが、いかんせん、ギルドの規模が少し大きめで抑えられないのだ。まぁ、キリトを殺そうとか、そういう話ではなく、なんでも説教するためらしいのだが。それもあって皆が止めないのだ。
というか、説教なら是非して欲しい、いやいっそ自分達が思いっきりしたい。
そんな考えを持って昼食を終えて休んでいると、迷宮区入り口方面から、見慣れた集団――クライン率いる《風林火山》のメンバーが見えた。
《風林火山》はリーダー含めて一パーティー八人中六人という、攻略ギルドでも人数が少ないギルド。しかし、実力は平均以上で装備も実力の質も高い。見た目は全員武士だが、その外見に合う実力を誇っている。なんと、全攻略ギルド中、死者はこの一年六ヶ月通してゼロ。クラインの指導力の高さが垣間見える。
彼らもこちらに気付いたらしく、疲れたと大書されている顔が一様に明るくなった。やはり迷宮区で顔見知りと会うのは嬉しいもので、自分も顔が緩む。ここは《安全地帯》、通称《安地》と呼ばれる【アンチクリミナルコード有効圏内】、つまるところ、街と同じでモンスターは出ないしHPも減らないエリアなので、ここで気を張る必要は無い。知り合いならば尚更に。
「おおー! アスナにリーファ! ユウキ、サチ、シリカもいんのか! 元気にしてたか、お前ぇら!」
元気のある、威勢の良いクラインの声が響く。
「ええ、お久しぶりです。クラインさん達も元気みたいですね」
「あったりめぇよ! キリトのヤローを一発ぶん殴ってやらねぇと、こっちは気がすまねぇんだ! そんでアイツを二度と離れないように、色々しねぇといけねぇしな!」
「色々って、なにをするの?」
「お前らからキリトが逃げられないようにする。あいつがなんで人を避けるかは知らねぇけどな、キリトは人を護る事に関しては、これ以上ないほど全力だからな。それを逆手に取る。具体的には、お前らの誰かとキリトをくっつける!」
「「「「「ええーっ?!」」」」」
クラインが大真面目に言うもんだから、それはもう心底驚いた。驚きながらあたしは問いを投げた。
「な、なんでそんな事を考えたんですか?」
「というかだ。それくらいじゃねぇとキリトは捕まらねぇよ。お前らがキリトに好意を抱いてることはずっと前から知ってたしな。アルゴが商品にしても皆知ってるから売れない、って言ってたほどだぜ」
マジですか。もう皆知ってたなんて……恋は盲目、とは言うけど、まさかこんな盲目があったとは。
そうクラインに遊ばれつつ談笑していると、あたしの索敵に引っかかる集団がいた。横二列、縦六列の十二人。規則正しい二列縦隊の行軍をするのは《軍》しか考えられない。
皆に注意を促したところで、軍の姿が見えてきた。濃緑色のマントとステンレススチール風に鈍く輝く全身鎧。全員基本の片手剣+盾の装備だ。これが一番バランスが良いのだが、逆に言えば一番決定打に欠けるとも言える。
キリトの場合、高レベルや高性能の武器、それ以外にも高いプレイヤースキルがあるお陰か、盾が無く、防御が薄い装備でも圧倒的な強さを誇る。一応、一刀でも、ヒースクリフ――茅場晶彦と拮抗し、しかも勝利したらしい。何時デュエルしたのかは誰も知らないが、茅場自身も頷いていたのだから真実なのだろう。その時、かなり悔しそうに見えたのはおそらく気のせいではない。何気に負けず嫌いだったりしたのだ、茅場は。
思考が思いっきり逸れていたのを引き戻したのは、目の前まで来ていた軍のリーダーらしき人だった。いかついバシネットをしているため顔は見えないが、口元だけでも厳格なイメージがある。
部下を休ませ、男はあたし達に話しかけてきていた。
「私は、《アインクラッド解放軍》コーバッツ中佐だ。諸君は、もうこの先もマッピングしているのか?」
中佐。ギルドの名称からして、完全に軍の真似事をしている。
「え、ええ。ボス部屋までは一応、一通り」
「ふむ。ならば、そのマップデータを提供してもらいたい」
この言葉には、さしものあたし達でも硬直した。この男はあたし達が苦労して作成したマップデータを、横から掻っ攫おうと言うのだ。表現は違うが大体の意味は同じだ。
キリトが迷宮区のマッピングを、たった二、三日ソロでやってのけていた事も地味に偉業だったりする。そもそも、一番乗り状態というのは一切情報が無い上、危険なNM――ネームド・モンスターという固有名付きの強力な特殊エネミー――がいる可能性も高い。攻略組最強パーティーのあたし達でさえ、四日かけてようやくボス部屋に辿り着いたのだ。ソロでやる事がどれだけ尋常でないかがよく分かる。
それを、この男はろくに体感せず楽しようと言うのだ。ここまで来たのならそれなりの苦労をしたのだろうが、ここの手前のマップデータは街で売られている。やはりキリトやあたし達ほどの苦労はしていないだろう。
あたしはそう結論付ける。他の皆も殆ど同意見らしく、顔を歪めていた。
「提供しろって、お前ぇマッピングの苦労知ってんのか?!」
「我らは一般プレイヤー諸君のために戦っているのである! 情報提供は当然の義務である!」
「て、てめぇ……!」
あまりにも傲岸不遜な態度に、クラインは怒りに顔を歪め、体を小刻みに震わせる。後ろにいるあたし達や《風林火山》のメンバーも同じだ。剣呑な空気が辺りを満たす。
それを破ったのは、一枚のウィンドウだった。いや、正確には、全員の前に現れた一枚のウィンドウだった。カツン……カツン……と足音が響き、続けて声が放たれた。
「――――それで満足だろ? とっとと失せろ、自己満足者」
その男は、あたし達が逃げてきたボス部屋のある道でも、クライン達や軍が来た道でもなく、もう一本あった道から来た。
男にしては少し長い黒髪、金属防具は一切無く、漆黒のロングコートに身を包み、背には黒と薄翠の二刀を交差させて背負っている。女顔で背はアスナと同じくらいの男。
巷では伝説と言われ、一切人前に出なくなった彼が、現れた。その瞳はただただ剣呑な光を宿し、見る者に絶望を与えるかのような闇を宿してもいた。
五ヶ月前、最後に見た時に比べて更に鋭くなった双眸は、コーバッツに向けられている。余程の激戦があっただろうに、一切疲れを感じさせていないのが恐怖を煽るかのようだ。
コーバッツも一瞬たじろいだが、それでもリーダーとしての自負か、はたまた軍に嫌われているキリトに負けるのが嫌だからか、すぐに姿勢を元に戻した。
「……自己満足者、とはどういう意味かな?」
「一々説明させるな。マッピングは全部終わってるから、そのデータ持ってとっとと行けよ。ただ、気をつけろよ。ボス部屋は《結晶無効化空間》だから、撤退や回復は早めにな。死者を出すんじゃ、一般プレイヤー開放の為に戦ってるってのに本末転倒もいいとこだからな」
「っ……協力、感謝する……」
一瞬反論しようとしたらしいが、キリトのもたらした《結晶無効化空間》の情報は確かに重要すぎる情報だ。礼を優先したらしく、一礼する。顔を上げるとすぐに部下の下へ歩いていった。
「……ボスは大剣とブレスを使う。動きもカスタマイズされてるみたいだし、攻撃力も高い。一当てするなら気をつけろよ」
「……改めて、感謝する」
全く感謝の気持ちが篭ってない言葉を残して、コーバッツは隊を率いて行ってしまった。部下達は疲れているみたいだったが、コーバッツはそれを斟酌せずに向かってしまった。
しかし、今重要な事はそれではない。五ヶ月ぶりに再会できたのだ、再会の言葉くらいは交わしたい。そう思ってキリトを向くと、彼は柱にもたれて昼食を摂るところだった。ストレージから次々料理を出していく。一体どこで食材を買っているのだろう。
「ねぇ、キリトくん……その料理、食材はどうしてるの……?」
「ン……オレンジカーソルが解けてからも転移門が無いエリアの村とか町に行ってるな。あとはモンスターの相手をしてれば自然と集まる」
「で、でも、調理はどこで?」
「簡易調理キットとかか。後はホーム買ってるから、そっちで寝泊りする時か」
なんと。ホームを既に買っていたとは。これは初耳だった。しかし、何故話してくれたのだろうか。そこがいまいち分からない。
「キリトさん、どうしてそれを教えてくれるのですか?」
「シリカ……攻略組に入れたんだな、それにピナも。おめでとう」
「あ、ありがとうございます……えっと、それで……」
「簡単に言うなら、そうだな……ソロ攻略も、そろそろ限界を感じてきてな。いい加減攻略組と合流しようかなと。拒絶されればソロを続けるけどな」
淡々と言うキリトの言葉に、本当かという疑念を持った。
彼がここに来た時点のHPはマックス状態。対して、自分達はスイッチやポーション、ピナの《ヒールブレス》があっても七割前後。限界を感じてきたという言葉に説得力が無い。
彼は以前から謎がある人物だったが、この五ヶ月で更に謎が増えた気がする。
「しかしよ、キリト。お前ぇが帰ってくれば確かに攻略は進むだろうけどな、お前ぇが【嘆きの狩人】だったってことで、反感を抱いてるヤツは多いぜ?」
「そんなこと、やり始めるときから分かってる。それで拒絶されれば、さっき言ったようにソロを続けるだけだ……ボス攻略だけは、無理矢理にでも参加させてもらうが」
「それも拒否されればどうするの?」
あたしは素直に疑問を抱き、思わず質問した。キリトは昼食のサンドイッチやハンバーガー、アイスコーヒーを食べ終えて、あたしに顔を向けて言う。
「さっきから言ってるだろ? ソロを続けるだけだ」
事も無げに言って立ち上がり、軽く伸びをしてからボス部屋方面に向かって歩き出した。サチが慌てて呼び止める。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、キリト。君はこれからどうするの?」
「コーバッツ達の様子を見に。アイツ、絶対に突撃して撤退はしないからな。ついでにボスも倒す」
肩越しに振り返って言うと、キリトは一瞬で加速し、もう見えなくなってしまった。あまりの速度に呆然とする。ハッと気がついて、大慌てで再びボス部屋へ向かった。
***
ボクは焦っていた。
ボクはかつて、妖精達は見守る中、ボクが大好きだった女性の腕の中で死を迎えた。そこで終わったはずだったのだ、《紺野木綿季》という少女としての人生は。
でも、気が付けば赤ちゃんに戻っていた。目の前には記憶にある母親の顔。
初めは気が動転した。けど、数年を過ごす内に分かった。
ここはボクが生きた世界の過去なんだ、と。ボクは意識だけが過去に戻ったんだと。
またあの地獄にも等しい、小学校での体験をしなければならないのか。彼女達に会えるとはいえ、それは嫌だった。でも行かなくてはならなかった。
もういっそ死んでしまいたかった。でも、そんなことをすればかつての仲間たち――――シウネーやノリ、タルケン他《スリーピング・ナイツ》やアスナ達に叱られる。そんな弱さでは【絶剣】は名乗れない。
そう思い、かつてと同じ道を歩む事を決心した。かつて受けた仕打ちにも耐え抜く覚悟を。
だけど、ボクが小学校四年生の時、あるニュースが流れた。アメリカで新たに立ち上げられた五つの企業、そこがHIVウィルスの特効薬を開発したというのだ。しかも、企業を立ち上げ、開発したのは弱冠九歳の少年。名前は《桐ヶ谷和人》という少年だった。彼はかつての世界でSAOをクリアし、多くのプレイヤーを救った《英雄》と呼ばれた人だ。
その特効薬は、開発した少年の言葉により、全世界の患者のために大量生産された。原材料は手に入りやすい上に調合も簡単だったらしく、すぐに日本にも輸入された。
既にHIVウィルスを知らされていたボクも手に入れ、服用した。それから一ヶ月服用し続けた事で、HIVウィルスは完全に死滅、完治した。かつて生きた道とは違う道を歩めるようになったのだ。
その数年後、《SAO》を共同開発するという発表があり、ボクは貯めに貯めていた貯金を使って、ナーヴギアと初回ロット一万本の《SAO》を苦労して手に入れた。
SAOはデスゲーム開始直後に、リアルと同じ容姿に変わるとかつて教えてもらっていた。だから中で彼に会って、お礼を言うのだ。そのつもりだった。
中に入ってすぐ、見覚えのある姿を見つけた。というか、何故そのアバターなのかが気になった。ここはSAOで、まだALOは発売すらされていない筈。なのに、なぜかシルフ族のアバターの彼女――――リーファを見かけた。しかも一緒にいるのは彼女の兄の《桐ヶ谷和人》だった。そもそもなんでリーファがここに、と思ったが、かつてとは違うのだろうと思い、声を掛けた。クラインとも一緒になり、指導を受けた。
既にOSSシステムは実装されているみたいで、すぐに十一連撃の突きを放つ《マザーズ・ロザリオ》を作成した。斜めに突きを五回ずつ、それを交差させるように放ち、その交差点中心に最後の一発を放つ技。【絶剣】と呼ばれた、ボクの思い出の技だ。
キリトはその遥か上を行く、思いっきり強力な技を作った。もしかして彼も逆行したのだろうか、と思い質問しようとしたが、結局それは叶わなかった。
赤ローブを斬るのは初耳だったが、彼は話に聞いていた通りにソロで向かってしまった。その際、リーファには弟がいて、自分よりも女の子らしい見た目と聞いた。
やはり、和人さんが変わっているという事は、ここは若干違う異世界なのだろうか、と考えた。彼は兄だったはずだし。一体どういうことか。
疑問をそのままに、リーファやクライン達と戦力強化に努め、ボス攻略開始。裏切り者を殺してしまったキリトさんは、自ら孤立する事で元ベータテスター達への悪感情を自分に向けた。そのままずっと、一人で攻略を続けた。
その最中、ボクはずっと彼を追い続けて、追い掛けて、ようやく捕まえた時にあるお願い事をした。物凄く渋られたけど、攻略の役に立つという言葉で漸く首を縦に振ってもらえて、お願いは聞き入れてもらえた。それから少しずつ、アスナ達にも内緒で距離を縮めていた……
そして約一年後に、彼がオレンジ・レッドプレイヤーキラー専門のプレイヤー【嘆きの狩人】だった事が判明。それからフレンド登録を破棄され、本格的に居場所が分からなくなった。
更に五ヵ月後、つまり現在。ボク達はキリトさんを追いかける為に、敏捷補正全開で走っていた。あまりにも速く、またレベルもかなり上げていたから、筋力に振った割合が少し高めのクライン達を置いていく形になった。全員がこの迷宮区のマップコンプリート状態になっているので、逸れても支障は無い。
ボク達がボス部屋に着いた時は、既にキリトさんが二刀を抜いてボスと戦っていた。苦戦するどころか、むしろボスを圧倒している。
《ザ・グリームアイズ》という山羊の頭、青い巨大な体躯に大剣を持つボスと互角に戦う様は、ボクにとってこれ以上ないほどの興奮を呼んだ。
基本的に強い相手と戦うのが好きなボクは、見るのも好きだ。ボクが好意を抱いているキリトさんともなれば尚更に。今のボクは、きっと瞳を爛々とさせているだろう。それぐらいわくわくしたのだ。
しかし、彼の戦いに入ることは出来なかった。よく見てみると、紙一重で避け続けているだけで、少しずつだけど被弾しているのだ。彼なりの戦い方に、いきなり入っても邪魔になるだけ。
そう結論付けたボク達は、周りで倒れている《軍》の部隊十二名の救出を優先した。ボクは近くにいたコーバッツを運ぶことに。
「大丈夫?」
「あ、ああ……クッ……何故だ。何故あの男は……一人で戦えるのだ……」
コーバッツは涙を流して、口を歪めて呟いていた。バシネットに隠されているその目は、間違いなくキリトさんに向けられている。それは嫉妬、羨望を内包するものだった。
「……きっと、独りでも戦えるように頑張ったんだよ。キリトさんは、誰かを護る為なら自分の全てを犠牲にしてしまえる、そんなとこがあるから」
「だからと言って……」
「悔しいのなら、彼の戦いを、彼自身を見ることが大切だと思う。噂とかに惑わされず、彼のしてきた事の、本当の意味を考えるのも……必要だよ」
「彼、自身を……」
「うおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
コーバッツを運び出し、ポーションを飲ませてから一緒にキリトさんを見る。
キリトさんは鬼気迫る表情で二刀を高速で振るい、ボスの攻撃を次々いなしながら猛攻を加えていった。
その二刀が大剣を持つ右腕と左足を切断した。部位欠損を起こしたのだ。ボスだからすぐに回復するだろうが、それでも隙を作れたのだ。
それをキリトさんは逃さない。すかさずソードスキルを叩き込み始めた。
どう見てもシステムアシスト以上の速度で二刀が繰り出され、光の乱舞がボスを襲う。HPをがりがり削っていき、最後に、強力な直突きを放った。それが止めとなりボスは爆散。蒼く煌く欠片へと変化し、それらもやがて四散した。
キリトさんはしばらく突きの姿勢を保っていたが、一度姿勢を戻し、そのまま第一層攻略会議や五十層の時のように、仰向けに倒れる。大慌てでボク達は駆け寄った。
よく見れば、彼のHPが残り二割を切っている。彼が言っていた『限界を感じている』というのは、この事だったのだろうか。
「キリト君?! しっかりして!」
アスナが慌てて彼を抱き起こして揺すっている。キリトさんは苦しそうに呻き、ゆっくりと目を開けた。
「…………アス、ナ?」
「ボク達もいるよ。クラインや軍の皆もね」
「ユウキ……死者は?」
「いないよ……キリトさんは、軍の皆を護ったんだよ」
「そうか……よかった」
満足そうに笑みを作るキリトさん。穏やかな表情を作った事で、周りのボク達は驚いた。さっき安地で見せた表情とは真逆の顔をみせたのだ。しかも初めから軍を助けるつもりだったらしい。なんだか謎が深まるばかりだ。
キリトさんはゆっくり立ち上がり、二刀を拾って背に収めた。それからボク達を見る。
「…………で、お前らは俺を探してたんだよな? 一体なんの用だ?」
この言葉には、ボク達だけでなく《風林火山》や《軍》全員がずっこけた。
「「「「「いやいやいやいや! それをわざわざ聞く?!」」」」」
「キリト、お前ぇ……馬鹿だろ」
「むぅ……彼は天然なのか?」
「何だかよくわからんが、貶されてる事はわかった」
クラインとコーバッツのコメントに反応するキリトさん。出来ればボク達の反応の意味にも気付いて欲しいんだけど。《軍》の皆にはばれているのに……これは狙ってやってるのだろうか。天然だとしたら、なおのこと悪い。
「……まぁいいか。さて、七十五層か……一体何が――――」
突如、キリトさんは青い転移光に包まれて姿を消してしまう。いきなりの事で、全く反応できなかった。
「「「「「ちょ、は、え、ええええええぇぇぇぇっ?!」」」」」
彼は忽然と消えてしまった。
はい、如何でしたでしょうか。
今回は……というか、今回も、かなり強引な戻し方でした。
まぁ、キリトは原作知識でコーバッツ達を知っていますから、彼らを助ける為に向かったというのが構想です。だからタイミングを見計らって助けに入りました。
何で迷宮区に居るのに攻略していなかったのかは、物凄い後に判明します。
数話前の前書きか後書きに書いていますが、私の小説は凄い後になって纏めてバラすタイプなので、それまで一杯予想して下さい。それだけでも結構楽しいですよ? もしかすると当たっているかも知れませんね。キャラクターの心情に立ち、今までの言動を鑑みれば高確率で当たるかも知れません。
そして最後、キリトは忽然と青い転移光に包まれ、姿を消してしまいました。一体どこへ行ったのでしょう? ヒントは、ヒースクリフが居ない事、さらに言えば《HF》です。
実はリズベットのお話をする前に絡める事で、スムーズに進められるのです。理由はリズベットのお話で書くつもりです。
では予告です。ちょっとお試し気分でアニメ風にやってみます。
いきなり何処とも知れぬ樹海に移動させられたキリト。転移した先では唐突に思わぬ人物と遭遇する。その人物は、剣壊しの異名を持つ短剣を携えた一人の少女。
その少女はキリトに対し刃を振るう。それにはとある理由があるからだった。
次回、第十二章~虚ろな世界~
……ちょっとこの予告、楽しいので続けてやるかも知れません。ウザかったら容赦なく感想欄にどうぞ。見た感じ多かったらやめますので。
ではでは!
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第十二章 ~虚ろな世界~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
さて、ここまでお話を読んできた方、活動報告の私の文を読んだ方、そしてSAOファンでゲームをプレイしている方はタイトルで凡その予想が出来た事でしょう。
今話からゲーム展開が入ります。そして七十六層以上からは完全にゲーム展開になります。
参考にするゲームは、《アインクラッド》編では《インフィニティ・モーメント》と《ホロウ・フラグメント》と呼ばれる、PSPとPSVitaのゲームストーリーです。
基本的に今話で出てくるキャラクターには《ホロウ・フラグメント》ストーリーが、フロアボスなどの階層攻略には《インフィティ・モーメント》のお話をコンセプトに据えています。
まぁ、二次創作ですからコンセプトどうこうで参考にするのは当たり前なんですけども。
ちなみに主人公キリトは、前世でこの二作をやっている、という設定です。何故ならリアルに原作十四巻が出た頃には《HF》があったからです。前世にSAOがあったのならあってもおかしくない、という発想です。
なのでゲームをしていない方にとってはネタバレを盛大な含みます。ご注意下さい。
ついでにゲーム中の面倒な仕掛け、戦闘、会話は割とすっ飛ばします。重要な部分だけ抜粋して書いていきますが、その分だけ心情描写や情景描写を細かく書いていますので、詰まらなさ過ぎる事は無いと思われます。
では第十二章、どうぞ!
キリトハーレムの一人で別名、現地妻の登場です!(笑)
第十二章 ~虚ろな世界~
いきなり青い光――転移光に包まれ、俺は思わず手を掲げて目を庇ってしまった。気が付けば深い樹海の中に放り出されていた。
――――と、そこで背後から草を踏みしめる音が響いているのに気付いた。振り向くと、金髪、青いフーデッドマントを着た少女が走ってきていた。フードを被っている顔は後ろを見ている。おそらく俺には気づいていない。
しかしあまりの速さと一瞬の驚きのせいで回避が間に合わず、少女も気付いたが速度が出ていた為、互いに正面からぶつかった。それによって後ろに投げ出され、後転を繰り返してしまう。起き上がると、少女は長めで片方にギザギザが付いている両刃の短剣【ソードブレイカー】を抜いて襲い掛かってきていた。
三回は避けるも、四回目は避けられないと判断し抜剣、パリィを連発して斬撃を弾く。
ふと、少女のカーソルが目に入った。少女はグリーンではなく、犯罪者を意味する――オレンジ。
――――オレンジプレイヤーか……!
「はぁッ!」
「ッ!」
俺が大きく振りかぶった黒剣【魔剣エミュリオン】と、少女が逆手に持ち替えた【ソードブレイカー】のギザギザの部分が交差、鍔迫り合いに入る。
【ソードブレイカー】のギザギザの部分は武器破壊確率に補正がかかる。俺の二刀は特殊効果で折れはしないが、気付かれたり怪しまれたりするのは面倒だ。折られないように注意する振りをしながら、鍔迫り合いを続ける。
俺のレベルは既に213。おそらくアスナ達が90手前だろうから、この少女が幾ら強くても、筋力:敏捷=6:4で振ってる俺には、アスナ達同様、絶対に勝てない。それがレベル制ゲームの理不尽なとこだ。下手をすれば0ダメージもありうる。仮にこの少女から一撃喰らったとしても、HPはまず減らないだろう。
そもそも、短剣はクリティカル率補正やウィークポイントを狙ったり、小回りが利くのを活かして手数で圧倒したりするのが普通だ。圧倒的強者との戦いにはあまり向いていない。クリティカルも、相手よりレベルやDEX(器用)が高くないとまず発生しないのだ。短剣の利点が一気に封じられる。
つまり、この少女との鍔迫り合いはただ付き合っているだけなのだが、なぜそんなことをしているかというと、この少女、どこかで見たことがある気がするのだ。
一体どこでだったか……?
そう考えていると、少女からの視線を感じた。見返すと、口を開く。
「アンタ……誰?」
「それはこっちのセリフだ!」
思わず半ギレで突っ込んでしまった。やはりどこか覚えがある顔だ。しかもこのやりとりにも覚えがあるのだが、当然俺はこんなやりとりをした事は誰ともない。一体なぜ……?
そのまま鍔迫り合いを続けること十数秒。突然俺の左の方の地面が爆ぜた。いや、何かが落ちてきたのか。
ソイツは、目は四つ、四つに割れ分かれた顎に縦に長い頭蓋を持ち、血のような色の刃を持つ大鎌を腕に四つ、百足のような脚にも四つ付けていた。コイツ四つ多いな。
そう、ソイツは――――
「なっ……《スカル・リーパー》だと?!」
そう、原作で出てきた七十五層フロアボス《スカル・リーパー》だったのだ。
いや、正確には酷似しているモノだろうか。《スカル・リーパー》の鎌は腕二つだけだった筈。しかしコイツは四本ある。
別種かと思って名前を確認すると、《ホロウ・デッドニング・リーパー》LV93とあった。
そして、それを見てやっと思い出した。
ここは、俺が前世で生きた世界で発売されていたゲーム【ソードアート・オンライン ホロウ・フラグメント】の舞台となる、【ホロウ・エリア】だ。封鎖されていたここまで開放されるとは、龍神は気前が良いのかもしれない。
けれどこの展開はどうにかならなかったのか。まぁそんなことをボヤいても仕方がないのだが。
「クッ、追いつかれた……!」
「おい、あんた。戦えはするんだろ? ならサポート任せて良いか?」
「は? え、でも……?!」
少女が呆けて構えが解けた隙を狙い、長いので略して《ホロウ・リーパー》が大鎌を振るう。
「危ない!」
俺は黒剣でその大鎌を弾いた。ギリギリで少女には当たらなかった。
「あ、あんた、どうして……」
「そんなことはどうでもいいだろ! で、どうするんだ? 戦うのか、戦わないのか? 戦わないのならとっとと逃げろ!」
「……わかった、戦う」
「よし、なら俺は正面から突っ込む。お前はサポートを頼む!」
「了解!」
少女は強く頷き、再度短剣を構える。俺も【聖剣リンベルサー】を抜き払い、二刀で構える。そのまま俺は正面から突っ込み、出来るだけ少女にタゲが行かないようにした。
***
「うおおぉぉぉぉぉッ!!!」
目の前に散々わたしを追い掛け回した骸骨百足を蹂躙するプレイヤーがいる。二刀黒尽くめのプレイヤーは、その二刀を振るって骸骨百足に猛攻を仕掛けている。はっきり言って自分が必要なのか疑問だ。
さっきは驚きと焦りのあまり攻撃してしまったが、プレイヤーは難無く連撃をいなし、簡単に反撃してきた。鍔迫り合いは長く拮抗していたが、もしかしたら自分より余程レベルが高いのではないだろうか。だとすれば、わたしを本気で殺す気だったら、とっくに殺せていた。
その事実に考えが至った時、わたしは身震いした。このエリアに来て、大体一週間か。周りのモンスターはレベルが高くて強かったが、一対一なら勝てなくも無かった。それでそこらのプレイヤーよりも強い自負があったのだけど、上には上がいるということか。
と、そんな思考を広げていた間に、プレイヤーが骸骨百足に止めを刺した。一回もソードスキルを使っていない上、HPは全く減っていない。恐ろしいほど強いようだ。ソイツはわたしのほうへ向いた。
「で、お前いきなり斬り掛かってきたけど、そもそもここは何処なんだ?」
「……わたしも知らない。一週間前にいきなりここへ転送されたから……」
「お前もか……俺も、七十四層ボスをソロ撃破した直後に、ここに強制転移されたんだ」
「……ちょっと待って。今、『七十四層ボスをソロ撃破した』って言った……?」
「ああ、そうだが?」
本当にソロ撃破したのだとしたらマズい。このプレイヤーの特徴は完全に一致する。
二刀黒尽くめの少年剣士。【黒の剣士】、そして【黒衣の断罪者】。オレンジやレッドなど、およそ犯罪や人殺しといったことに手を染めた者を容赦なく殺すプレイヤー、キリト。《笑う棺桶》すら単独で壊滅させた男で、フロアボスでさえソロで倒してしまう実力があるプレイヤー。
わたしの心を、恐怖が完全に覆う。さっきの骸骨百足に手も足も出ないから逃げていたのに、それを一分もかけずに難無くソロで撃破する男から逃げられる筈が無い。このプレイヤーが反撃してきたのも、おそらくわたしがオレンジだとわかったからだ。
逃げたくても、脚が言うことをきかない。もう、ここで終わってしまうのか。わたしが自分自身を殺した、その報いなのか。戦える力があるのに、クリアを目指さずトレジャーハンターになった、その罰なのか。だとしたら、もう親にも逢えないのだろうか……ここで、終わってしまうのだろうか…………?
「……おーい、どうした? おーい!」
「はっ?! 一体何を……?!」
「いや、呼びかけても答えなかっただけだろ……で、お前の名前は?」
「えっ…………フィリア、よ」
渋々名前を教える。この場の支配者はこの男なのだ、下手に刺激しない方が良い。
「フィリアか……俺はキリト、【黒衣の断罪者】とか呼ばれてるけど……そう警戒するなって」
「無理よ……わたし、人を殺したのよ……それでオレンジになってるのに、あんたと遭った時点で……」
そこまで言った時、男――キリトが微笑した。思わず睨むと、両手を挙げて降参の意を示してきた。
「悪い悪い……うん、フィリアは殺す対象にはならない」
「ど、どうして……?」
「俺が今まで殺したプレイヤーは……オレンジとか気にしてなかったし、誰かを殺しても、それは自分じゃなくてナーヴギアや茅場が悪い、っていう奴らだったんだ。人を殺して悔やんでるフィリアは、俺にとっては殺す対象になりえない。そもそも、それで言ったら俺のほうがよっぽどだからな……」
自嘲の笑みを浮かべながら、キリトはそう言ってきた。それは何も、オレンジやレッドだから無差別に殺すということではないという事か。
わたしは不安に駆られながらも、キリトを見返す。キリトはわたしを真っ直ぐ見てきた。その後、どうしてか困り顔になって目を逸らした。
「だから、その……そんな涙目で見ないでくれないか?」
「……え?」
わたしは思わず変な声を上げてしまった。少し首を傾げたからか、いつの間にか溜まっていた雫が頬を伝って落ちる。それを慌てて拭うも、熱い雫は止めどなく流れていく。
わたしは小さく嗚咽を漏らし、泣きじゃくってしまった。男の前なのに、なぜか涙は止まらない。
すると、頭に何かが置かれる感触。前にはいつの間にか近寄っていたキリトがいて、わたしの頭を撫でていた。その感触は懐かしいもので、それを払いのけずにしばらく泣く。その間、キリトはずっと撫でてくれていた。
数分を掛けてようやく落ち着き、キリトから離れて彼を見る。キリトは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「……ありがとう」
「いや……と、とにかくここから離れよう」
「うん、そうね……っ?!」
突如として、キリトの右手が光り始めた。そこには見覚えのある文様が浮かんでいる。キリトは少し慌てていたけど、すぐに落ち着きを取り戻した。
「……その文様に似たものがあるの」
「本当か? 案内してくれ」
「わかった」
深い樹海を歩いてキリトを案内する。途中、システムアナウンスが二回響いたけど、キリトはあまり焦っていなかった。ホロウ・ミッションって言うものにも冷静に対応して簡単にクリアしてしまう。
そのままあたしの案内でキリトの文様に似ている物――――宙に浮く群青色の逆四角錐型浮遊石がある場所に着いた。その前に二人で近づく。
「なるほど……確かに似てる。というかまったく同じだな……転移石か?」
「多分。アレに繋がってるんだと思う」
わたしは中心で浮いている巨大な物――――石と同色の球体を指差す。あそこだけ、どうしても行く道を見つけられなかったのだ。
「これを動かせるのは、その文様を持ってるキリトだけじゃないかな」
「なるほどな……とりあえず行ってみるか」
キリトはあたしの手を取って石に触れる。すると、青い光に包まれた。
視界が回復するとそこは、0と1が乱舞する不思議な空間だった。
「ここは……」
「…………【ホロウ・エリア】っていうとこの中枢じゃないか? システムコンソールがあるし。多分あの球体の中だろ」
「へぇ……って、ここ【圏内】?! ガーディアンが……!」
「来ない、な……【アインクラッド】とは違う仕様か……ちょっと調べるか」
キリトはシステムコンソールをカタカタと操作し始めた。その手つきは異様に慣れている印象がある。向こうではそういう仕事か趣味でもあったのだろうか?
キリトを邪魔しないようにし、わたしは周りを探索する。床に碑文のような物があって、それが【アインクラッド】へ行ける転移門なのだと分かった。試しに転移しようとしたが、何故かエラーが出て戻れなかった。わたしがオレンジだからだろうか……
落ち込むも、そのまま他も探索する。しかし他には何もなく、退屈なのでキリトに近づく。キリトはしばらくコンソールのパネルを叩き、ホロウィンドウに高速で流れていく文字を読んでいた。しばらくして、それを終えた。
「どうだった?」
「ン………まぁ色々分かったよ。とりあえず、【ホロウ・エリア】のことと、フィリアがオレンジの原因もわかった」
「うそ?!」
あたしは心底驚いた。わたしはここに転移させられた際、目の前に自分がいて、半狂乱の内に殺してしまってオレンジになったのだ。
それがわかったって、どういう事なのかわからなかった。
「まずだな……ここ【ホロウ・エリア】は、様々なシステム実装に際して使用される、いわゆる大規模試験場みたいだ。試験されたシステムは【アインクラッド】に反映される。そしてその一環で、プレイヤーを模したAIもいるらしい」
「大規模試験場……それは分かったけど、プレイヤーを模したAIって……?」
それはつまり、NPCのようなものなのか。わたしはそう質問すると、キリトは頷く。
「イメージとしては合ってる。そのAI、便宜上《ホロウ》と呼ぶが、それは限りなくプレイヤーに近い行動をするようプログラミングされているらしい。ただ、俺達本物のプレイヤーが【ホロウ・エリア】にいる間は、《ホロウ》は一旦消えるらしいな。同じアバターは二つ同時に存在できないってことだ」
「で、でも、わたしは自分を殺してるんだよ? それに、もしかしたらあたしが《ホロウ》なのかも……」
疑問や不安をそのままぶつけると、キリトは穏やかな笑みを向けてきた。
「さっき言ったろ? 『同じアバターは二つ同時に存在できない』って。仮にフィリアが《ホロウ》だったら、自身にあった時点で消えてる。それに、コンソールで確認も取った。どうも、なんかの不具合が原因で閉鎖されてたエリアの一つとして、【ホロウ・エリア】が開放されたらしい。その不具合の時にフィリアはこっちに来てしまったんだな」
「なら、わたしが【アインクラッド】に戻れないのって……」
「ああ、あの転移門か……フィリアが予期しないエラーを起こしたからだろうな。《オリジナル》が《ホロウ》を攻撃するっていうのは、さっき言ったルールではあり得ない事態。フィリアのオレンジは不測の事態だからなんだよ」
キリトの答えを聞いて、一週間ずっとわたしを苛んでいた不安が無くなったのが分かった。さっき泣いたばかりなのに、また涙が溢れてきた。
「……フィリアは泣き虫だな」
「……うるさいっ……うっ……」
「まったく……」
いきなり暖かい感触に包まれた。キリトがわたしを抱き寄せたのだ。
さっきはわたしがしがみついたけど、今度はキリトがわたしを抱いている。頭をゆっくり撫でてきて、それがまた、懐かしい記憶を揺さぶる。
それは母親や父親に撫でられている、昔の自分。泣いた時、怒っている時、テストで良い点や何かの賞を取ったりした時に、わたしを撫でてくれた記憶。
その記憶にある手とキリトの手は似ていた。一週間誰とも話さず、一年半近く会っていない両親が懐かしくなって、わたしは泣いた。
さっきよりも大きく、さっきよりも激しく泣いた。大粒の涙が流れ続け、キリトの漆黒のコートに、分かりづらい染みを薄らと作る。それでもキリトはわたしを突き放さないで、ずっと撫でてくれていた。
*
どれくらい泣いただろうか。数分、十数分、あるいは数十分かもしれない。体感的に長い時間、わたしは泣き続けた。でも、心はなんだかぽかぽかしてる。
わたし達はコンソールを背中にし、二人で座っていた。
「ありがとう、キリト……お陰で楽になったかも」
「そうか? なら良かった」
「うん……【アインクラッド】に戻りたいとこだけど……エラーがねぇ……どうにか出来ない?」
キリトに頭を預けながら聞く。キリトは難しそうな顔をして答えた。
「ン……ここは【管理区】って言うんだけど、ここの地下にあるシステムコンソールなら出来るらしい。でも、地下に行くには《ホロウ・エリア》にある、五体のエリアボスを倒さないといけないみたいだ」
「……キリトは攻略組なんだよね?」
「ああ……早くクリアしないといないんだけど……今までのツケかな……俺一人で迷宮区のマッピングを完成させてたせいで、攻略組全体がマッピングに慣れてない。事実、俺が前線に出てない間の攻略速度は落ちてる。だからあまり抜けるわけにも、な……」
「そっか…………」
キリトは攻略組、それも最強のプレイヤーだ。かつて、《血盟騎士団》の団長をしていた茅場晶彦扮するラスボス《ヒースクリフ》を倒したという。茅場との一騎打ちに勝利したキリト。
【嘆きの狩人】となってPKキラーをし始めたキッカケは分からないけど、彼は間違いなく最強で、攻略組に不可欠な存在だ。その彼を、自分の都合で引き止めるわけにもいかない。
「ま、【ホロウ・エリア】は俺も気になるし、女の子一人を残すわけにもいかないしな。ちょくちょくここに来るよ」
「え……でも、攻略は……?」
そう考えていたのだが、キリトは返してきた言葉が予想外のことだったから、思わず聞き返した。キリトはどこか遠いところを見ていて、その瞳は茫洋としている。
「《血盟騎士団》のアスナ達がいる。あいつらは俺がマップデータを流さなくても、俺が参加していなくても、迷宮区を攻略してフロアボスを倒した。次のクォーターポイントである七十五層ボス攻略には絶対に出るが、それ以降は任せても良いだろ…………偶には行かないといけないだろうけど」
「そっか……信頼されてるんだね」
【SAO三大美女】と称される女性の名前を聞いて、胸の奥が疼く。それを隠そうとして、自分にとって辛い質問をした。
キリトはその質問に驚いたのか肩が一瞬震えた。
「ん……信頼、か……どうだろう。信用はされてるだろうが……信頼はなぁ……」
「……【SAO三大美女】に惚れられてるんじゃないの?」
「そうらしいけどな……俺には、その資格は無い…………それに、惚れられるような事、した覚えは無いんだよなぁ…………」
キリトは額に手を置いて溜息を吐いた。どうも惚れられていることが憂鬱らしい。他の男が聞いたら狂乱して襲ってきそうなセリフと態度だ。
「そんなこと、他の男プレイヤーに聞かれると殺されるよ?」
「実際されかけたよ……――――まぁ、俺のリアルを知ったら、本当に殺しに来るだろうけど」
「……え? なんか言った?」
「いや、何も」
キリトはそう言って立ち上がったから、わたしもそれに従う。軽く伸びをして深呼吸をした。
「さて。俺は一旦ホームに戻る。フィリアはどうする?」
「んー……しばらくここにいるよ。あ、そうだ!」
思いつきで、あるアイテムをオブジェクト化する。それは薄らと銀に輝く鉱石【鈴音鉱石】、それが三つ。
「この鉱石三つで、わたしの【ソードブレイカー】を強化して欲しいの。鍛冶師の知り合い、いる?」
「まあ、いるっちゃいるな。ちょっと面倒なヤツだけど…………明後日の朝に持ってくれば良いか?」
「うん、よろしく」
「ならフレンド登録しとくか。こっちに来る時にはメール入れるよ」
わたし達はフレンド登録を済まし、キリトはわたしの短剣を持って【アインクラッド】に転移して帰っていった。
「キリト、かぁ……なんだか手強そうだなぁ……」
わたしは溜息一つ吐く。アイテム整理や予備の短剣でソードスキルの練習を数時間し、その後は寝袋をオブジェクト化して寝た。
はい、如何でしたでしょうか?
前書きに書いた通り、キリトはこの《ホロウ・エリア》について何もかも知っている状態で、フィリアがどうしてオレンジになったのかも知っています。なのでフィリアが抱いていた不安をすぐに解消し、ここまで安心させられたんですね。
ただ、ゲームをプレイした方は気付いたかも知れませんが、とある事で矛盾が生じていましたね。
でもこれ、わざとです。こうでもしないと知識チートなキリトを出し抜いてゲーム展開をする事が出来ないんです。
そしてフィリアから《短剣》を預かったキリトは、例の鍛冶屋へ赴きます。そう、次が健気な鍛冶屋の子のお話なんです。
では予告です。
手違いでオレンジ化してしまったフィリアから《短剣》の強化を依頼されたキリトは一路、知り合いの中でも一番の腕を持つ少女の元を訪れる。あまりにもあまりな対応に苛立ちを覚えた少女は、とある目的のためにキリトを同伴させる。
目的地は夏の季節でも氷雪地帯となっている五十五層南の山、ドラゴンの巣だった。
次話、第十三章 ~贖罪の剣士~
お楽しみに!
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第十三章 ~贖罪の剣士~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
たったの二日でUAが700人突破。これは喜んで良いのか、素人なので程度がわからず少しにやけつつ首を傾げています。
そしてお気に入り登録数、まずは10人突破です!
まだまだ駄文なのにも関わらず読んで下さり、更には登録して下さった皆様に、この場でお礼を述べさせていただきます。ありがとうございます!
目標は特に決めていませんが、行けるところまで行ければそれでうれしいです。とにかく楽しんで頂ければ幸いです。私自身、割とはっちゃけてストレス発散目的で投稿していますし。
さて、謝辞およびお礼はここまでとして。
今話は待っている人も居るかも知れません、《アインクラッド》きっての鍛冶屋、攻略組も御用達のリズベット武具店の店長が主役です。原作及びアニメ《心の温度》を参考に書き上げました。友人からは、他のキャラよりも原作により近くて良い、と中々な高評価を頂いているので割と自信があったり。
ちなみに、タイトルの《贖罪》ですが、これ、リズベットやアスナ達に対するものではありません。言うなれば、全ての人です。
では第十三章、お楽しみ下さい! どうぞ!
第十三章 ~贖罪の剣士~
ソイツがあたしの店に来たのは昼頃で、実に五ヶ月振りだった。
一昨日、昨日と立て続けに注文された武器を鍛えるのに夜遅くまで起きていたため、眠気が凄まじくて集中できない事この上なかった。だから店先のポーチでまどろんでいたのだが……
「で、一体何の用よ」
「客に向かってそれは無いだろ……まぁ、自覚あるけどさ」
目の前にいる黒尽くめの男。五ヶ月前、あたし達の前で《笑う棺桶》幹部の《ザザ》と《ジョニー・ブラック》を殺し、【嘆きの狩人】とバレた後に姿を消した男。どれほど心配し、号泣するアスナ達を宥めすかしたことか。
ずっと行方知らずになっていた男がいきなり来たのだ。その事であたしは怒り心頭なのだが、この色々な意味で鈍感な男には暖簾に腕押しのようで、まったく効果がない。
せめて困らせてやろうと、今の態度をしているわけだ。
「はぁ……まあいいけど。今日はちょっと知り合いの武器強化を頼みたいんだ。武器と必要なアイテム、コルは持ってきてるから明後日までに頼めないか?」
「今からでも良いけど……知り合いって誰よ?」
「フィリアっていう子だ。昼頃に色々あってな……」
また女か。本当に狙ったように女の子と会う男だ。
「色々って何よ? また厄介事?」
「そうだな、かなり。しばらくはまた攻略を休まないといけなくなった」
この男がそこまで言うのなら、それはかなり危険な事ではないか。キリトには多くの問題はあるが、全プレイヤー中最強であり、キリトに解決できない事は無いとまで言われている。
その彼が攻略を休まなければならないほどの厄介事……
「ふぅん……この武器はその協力者の物ってこと?」
「まぁ、そうだけど……協力者と言っていいのかな……どっちかと言うと、俺もフィリアも巻き込まれて知っただけだしな……」
キリトは難しい顔で悩みだした。ただ頼まれただけらしいが、しかし巻き込まれたと言うのはどういう意味か。それを訊くも、「まぁ、色々と」とはぐらかされた。
あたしは何だかモヤモヤし、何かさせようかと考えた。あれだけアスナ達に心配かけてあたしに苦労させたのだ。少しくらいはキリトに頼みごとをしても良いのではないか、と考えたのだ。
【ソードブレイカー】を【鈴音鉱石】という見聞きした事も無い鉱石を使って強化する。この鉱石、《鍛冶》スキルを『完全習得』していないと使えない代物だった。だからあたしのとこに来たのだろう。
強化された短剣は名称を変え、【ソードブレイカー・リノベイト】という魔剣クラスの武器に変貌した。さっきまでは店売りの武器だったのに、この鉱石の効果は凄まじい。
あたしは鍛冶師としての魂が刺激され、キリトに頼みごとをする事に決めた。それは――――
「五十五層での護衛?」
「そ。五十五層にいるドラゴンが特殊な鉱石を落とすって話が、鍛冶師の間で噂になってるの。レイドが何回も組まれてるらしいんだけど、未だ一回も出てなくてアイテムもコルもショボイんだって。でも――――」
「なるほど。それでマスタースミスであるリズベットも行けば、もしかしたらフラグ達成で出るかもしれない、と……」
キリトは得心顔で頷いた。流石、クエストの鬼とまで言われているだけあり、一気にフラグのことまで気が付いた。
しかし、その後複雑そうな顔をする。
「でも……その話の鉱石、ドラゴンが水晶を齧って、それを腹の中で精製するっていう内容だよな?」
「そうよ、だから倒しに行こうってんじゃない」
「いや、だったらドラゴンの巣を探した方が当たりかもしれない」
「は? なんで巣を?」
キリトの言ってることが分からなかった。ドラゴンが腹の中で鉱石を精製しているって話なのに、なぜ巣の話になるのか。
「いや、だって考えてもみろよ。ドラゴンは水晶を齧る、つまり食事してるわけだろ? それで水晶を腹の中で鉱石をして精製するわけだ」
「まぁそうね。でもどうして巣なのよ?」
当然の疑問の筈だが、何故だろう。キリトにすごく馬鹿にされた顔で呆れられた。すっごくムカつく。
「おいおい……ずっとSAOの中だから忘れたのか? ずっと腹の中にあったら下すだろ。その鉱石はドラゴンの排泄物として出てるんじゃないかって話だ」
「排せっ……!」
なんという事を言うのか、この男! 乙女に向かって言う事じゃないわよ!
「な、なんてことを言うのよ、乙女に向かって!」
「そもそもこの考えすら浮かばなかったお前が悪い。ともすると何か? もしかして、レイド組んだ奴らも考えなかったのか」
「当たり前でしょ! 一定のアルゴリズムで動くモンスターに、そんな生きてるような行動をするなんてわかるわけないじゃない!」
その瞬間、キリトは近くの壁を思いっきり殴った。ガアァァァンッ! という轟音とエフェクトフラッシュが炸裂する。ここはホームであり【圏内】なのでコードが発動し、薄紫のウィンドウが表示された。
でもあたしはそんなことに気が行っていなかった。目の前のキリトから、目を離せなかった。いや、離したらいけないと思った。
キリトは顔を俯けて立っていた。ただそれだけ。それだけの筈なのに、彼は凄まじい怒気を発していた。ともすれば殺気かもしれない。
キリトなら、本気の殺気を出せば【圏内】だろうと関係ないのではないか。そんな考えが浮かんでしまった。それくらい怖かったのだ。
「――リズベット。お前、それを言うってことはだ……ピナや街のNPC、フィールドのモンスターは生きていないってことだぞ」
「……だ、だってそうじゃない。ピナだって、システムとかのAIで動いてるでしょ? NPCやモンスターとかに、リアルの行動があるわけ……」
「…………そうか。確かに、アルゴリズムで動くモンスターとかに、排泄とかがあるとは思えないよな…………でもな」
キリトはそこで一旦言葉を止め、そして口を開く。
「あいつらは生きているし、存在もしている……データかどうかは関係ない。本質を見るのも大事だけど、事実も見ないと……大切なものを失うぞ」
キリトはそこまで口にした後、そのまま黙った。なんだか、大切な事を言われた気がした。キリトの強さの一端を、見た気がした。
このデスゲームは、死ぬ可能性があると言っても所詮ゲーム。この世界にあるのはただポリゴンで構成されたデータであり、プレイヤー達は仮初めの肉体に魂を入れられただけ。出てくるモンスターはただのデータ、仮初めの命。そう考えていた。それは多くの者がそうだろう。
でも、キリトは違った。データで作られたモンスターを対等の存在と見、武具を大切に扱う。それは、この世界の完全な住人だった。この世界をデスゲームではなく、もう一つの現実として見ているのだ。
相手を対等に見て命のやりとりをしていれば、確かに強くなるだろう。相手を見くびらず、油断せずに戦うのだから。
それが、キリトと――攻略組との差。
そういえばと、ある話を思い出す。いつだったか、アスナ達が話してくれた事。
この世界に囚われてから数ヶ月経った頃だったか。たしか、フィールドボス攻略会議で、意見が割れた時だ。
攻略組は【圏内】ではないNPCの農村にボスを誘き寄せ、NPCを囮に戦うという、長期戦を見据えた作戦。
一方、ソロプレイヤー組は短期決戦を見据えていた。
攻略組は経験値等が均等に入るようにパーティーを振り分け、戦うことにしたのだ。それに猛反発したのがソロプレイヤー組、特にキリトは凄かったらしい。
キリトは、「このボスの防御力は低いけど攻撃力が異常に高い。長期戦は死者を出す可能性を高めるだけだ」と言っていたらしい。その後に言った事は全員が笑い飛ばした。
なんでも、「NPCとはいえこの世界で生きている、そんな作戦は倫理的にどうかと思う」と続けて言ったらしい。それを笑い飛ばされ、静まった頃に、キリト一人でアスナ、リーファ、ユウキの三人とデュエルし、キリトが勝ったら短期決戦、負ければ長期決戦とアスナに提案され、デュエルすることになった。
アスナは「NPCは何度でも復活するんだから、そんな綺麗事を持ち込まないで欲しい」と言った。しかし死者が出る危険性が高くなると指摘された手前、キリトの意見を無碍にも出来ず、デュエルで決めることにしたのだ。
詳しい事は聞けなかったが、結果はアスナ達の惨敗。その話を知る攻略組に聞くと、必ず「キリトは怒り狂ってた。NPCだからって、囮に使おうとか考えたらダメだって思ったよ」と返される。デュエルした当の三人は、完全に怯えてすらいた。余程の怒気だったらしい。
それはおそらく、これの事だろう。たしかにこれをデュエル中にぶつけられれば怯えもする。ただ立っているだけなのに、それだけで人を殺せそうなのだから。
「……ゴメン」
「……いや、俺こそ悪かった……さて、取りに行くか」
キリトはあたしの頭にポン、と手を一度置いて店の出口に向かう。あたしは急いで支度をして外に出た。
キリトは近くの露天でイチゴのカキ氷を食べていたらしい。もう一つ持っていたそれをあたしに渡してくる。
「いいの?」
「…………さっきのお詫び」
そう言ってシャクシャクと食べ始めるキリト。あたしもカキ氷が溶ける前に食べる。冷たいサクサクの氷が口の中で解け、イチゴの甘い味が染み渡る。妙な味やゲテモノがしょっちゅうあるSAOでも、カキ氷だけは現実世界と同じ味に設定されているようだった。
数分かけて食べ終え、二人で五十五層に移動するべく転移門に向かう。途中、色々なプレイヤーの視線が集まった。
キリトが【SAO三大美女】に惚れられている話は有名だし、その黒尽くめは目立つ。あたしのベビーピンクのショートヘアにウェイトレスみたいな店服も目立つ上、マスタースミスとしても有名だ。
あたしがキリトと並んで歩いているというのが、あらぬ噂を生んでいるのだろう。アスナ達の恋愛相談を受けている立場としては、これがアスナ達の耳に入ることが怖い。鬼神となって迫られそうだ。
そんな憂鬱な事案に、内心頭を抱える。それを発生させてる本人は何処吹く風というように、大して変わらずに歩いている。ときたま飛んでいる蝶を目で追いかけもしている。もしかして年下なのだろうか。
そんな疑問をよそに歩いて転移門に到着。いざ転移しようとすると、キリトに首の後ろを掴まれて「グエッ」と奇妙な声を出してしまった。
「な、何するのよ!」
「言い忘れてたけど、五十五層は寒冷地帯だ。余分な服とか防寒着は?」
「……まったく無いです」
あたしが答えると同時、メニューを繰って漆黒のフェザーコートを出してあたしに渡してきた。
「これって……?」
「【ダークネス・ウォーマー】。寒冷・灼熱地帯のどちらでも快適に動けるフェザーコートだ、使っとけ」
「……いいの?」
「寒さで動きが鈍いと足手まといだからな」
「むッ! あんたは寒くないのかって聞いてんのよ!」
「精神力の問題だ、あとは慣れだな」
キリトの返しにムカつきながらも羽織る。すると、熱かった気温が涼しく感じられた。キリトの解説は正しかったらしい。
「それ、後で返せよ。レア度17なんだからな」
「17?! わ、わかったわ!」
レア度17と言えば、あたしの全財産を費やしても払えない額のアイテムだ。この装備のレア度に驚きつつ、あたし達は五十五層に転移した。
五十五層は確かに寒冷地帯で寒そうだった。でもフェザーコートを借りたあたしは全く寒くなかった。キリトも寒さで動きが鈍るという事もないらしく、さっきからあたしの前をズンズン進んでいる。
キリトは黒剣一本のみ背負っている状態だ。【エリュシデータ】と言うその黒剣は五十層ボスのLAボーナスだったらしい。相当の攻撃力があり、また、重量もそれに見合うものだった。鍛冶師として腕力をかなり上げているあたしでも、数センチも持ち上げられなかった代物だ。
ドラゴンがいるという雪山に行く前に、フラグを立てるために村長を訪ねる。村長のとんでもなく長い昔話、それも村長の幼年期、少年、青年期の苦労話に続き、そういえば雪山に~となるものだった。お陰で既に時間は夜に差し掛かる夕方。
「まさか、フラグ建てにここまで掛かるなんてね……」
「どうする? 明日にするか? 明後日以降は無理だけど……」
「んー……行きましょう!」
そんなわけで、暗い雪山を登っていくことに。
あたしのレベルは70手前でここは五十五層。しかも出てくるのは《アイス・スケルトン》という氷で出来た骨ばかり。打撃武器を使うマスターメイサーのあたしには格好の敵で、ガッシャンガッシャンと気持ちよく砕いていく。キリトも、あたしの経験値稼ぎには口出しせずに周囲を警戒してくれていた。
頂上に出ると、幻想的な光景が見えた。
夜とはいえ吹雪いてはおらず、雪は静かにシンシンと降り注ぐだけ。その雪が反射する光を、水晶が乱反射する。それで水晶達が全て煌いているのだ。
あたしは駆け出す――――が、再びキリトに後ろ襟を掴まれる。またも奇声を上げてしまい、キリトに向き直る。
「いったいわねぇ! 何すんの、よ……」
「リズベット、転移結晶の準備して、そこの水晶に隠れとけ」
キリトは恐ろしく真面目な顔をして剣を構えた。その目は既に、目の前の虚空に向けられている。その虚空に、蒼く煌く欠片が収束し始めていた。
あたしはコクコクと頷き、ポケットの転移結晶を出しながら水晶に隠れる。
「えっと……ドラゴンの攻撃は引っかきとブレス、尻尾と突風だって! ……気をつけてね!」
キリトは振り返らずに、ただキザったらしく左手の親指を立てた。それが絶大な安心感を齎す。
と、白銀のドラゴンが完全にポップし、咆哮を上げながらキリトに突っ込む。滑空からの引っ掻き。それをキリトは剣で受け止め――――弾き返した。
「うっそぉ……」
幾らなんでも、ここまで巨大なドラゴン相手に力で勝ち、しかも弾き返すとか出鱈目すぎる。
ドラゴンはブレスを吐き、それに剣を突き出して高速回転させることでキリトは防ぐ。《片手剣》防御ソードスキル《スピニング・シールド》だ。完全には防げていないらしいが、HPは減ったそばから一瞬で回復している。そもそも減る量からしておかしいくらい微々たるもので、ほんの数ドット分くらいしか減っていない。
その後、キリトは一瞬で飛び上がってドラゴンの目の前に着くと、片手剣を一瞬で振るう。通常技だが、一回斬られただけでドラゴンのHPは残り三割となった。攻撃力も出鱈目だ。
もう決着が着いたと思い、水晶から身を出す。
すると、キリトは後ろにでも目があるのか、一瞬であたしに気が付いた。
「おい! まだ出てくるな!」
「まだって、もう終わったも同然じゃない! 一撃でそこまで減らしたんだから!」
「突風攻撃があるだろ!」
そう、あたしは確かにそう言った。そして今。ドラゴンはあたしに向けて翼を強くはためかせている。
「?! しまっ……?!」
「チッ!」
突風に晒され吹っ飛ばされたあたしは、大きな穴に出てしまった。そこに自由落下していると、キリトが舌打ちしながら腕を掴んできた。
「き、キリトっ?!」
「死にたくなかったら掴まってろッ!」
キリトは上空に向けて、血の色に見える直突きのソードスキルを放った。ソードスキルの推進力で減速、完全に止まった。それを見計らって、彼は黒剣を逆手に持ち替え、壁面に突き刺す。
ギャギャギャギャギャ! と、耳障りな擦過音が響き、火花が散る。LAボーナスの武器なのだから耐久値はかなり高いだろうけど、その数値は今、ガリガリと大きく削れていっているに違いない。彼は武器を大切にする、プレイヤーの中でもかなり珍しい傾向がある。昔に使っていた片手直剣をインゴットにして、それでオーダーメイドを頼むくらいに大事にしていたのだ。
それなのに、今逆手で壁面に刺し、ゆっくりと降りている。武器よりも、あたしを優先したのだ。それがなんだか嬉しい。
穴の底まで降りたが、そこは何も無いところだった。上を見れば穴の入り口がとても小さく見える。相当な高さから落ちたらしい。まぁ、【アインクラッド】の構造上、一層の高さは百メートルなのだから、この雪山の大穴もかなり見積もっても深さ数十メートルなのだろうけど。
キリトは黒剣を壁面から抜き、背中に吊っている鞘にしまった。その後に腕を組んで唸る。
「んー……どうやってここを出ようか……」
「転移結晶は? メールで助けを呼ぶとか」
「ここはダンジョン扱いだろうから、メールは多分無理だ。結晶は…………ここって、《結晶無効化空間》っぽい感じがするんだよな……こう、肌になにかが纏わりついてる特有の感じがする」
「やってみないとわからないわよ!」
あたしは転移結晶もメールも試したけど、キリトの言う通りダメだった。
「どうするのよ……」
「まぁ、あとは物理的手段だよな…………壁を走って登るか?」
「アンタ……バカ?」
「か、どうかは……」
キリトは壁に背をつけると、正反対に向けて走り出す。壁にぶつかる寸前に跳躍し、積もった雪が雪煙となる。
視界が晴れた時に見たのは、螺旋を描きつつ忍者のように壁を走っているキリトの姿だった。
「うっそぉ……」
本日二回目のこのセリフ。そのまま三分の二も走ったところで、キリトは壁を三角跳びしながら降りてきた。
「……どうしたの?」
「いや、リズベットを置いて自分だけ帰るのもどうかと思って」
キリトは真顔でそう言うと、少し離れてアイテムを出し始めた。
ランタン、ベッドロール二つ、幾つかの小袋、簡易調理器具。野営の必需品とアスナ達に言われた物だ。
あたしは真っ赤になっているだろう顔の頬を叩き、キリトに聞く。
「……何してんの?」
「何って、夕食と野営の準備だけど?」
「準備って……ここから出るのは諦めたの?」
「いや? ただ朝まで待つのも一興かと思って」
「何、一興って?」
キリトは無言でニヤリ、と笑う反応を返し、それから調理に専念し始めた。
小鍋をランタンの上に置き、その中に雪オブジェクトを投下。その、後小袋の中身をザラーっと入れる。肉をまな板の上で切り、それも小鍋に入れた。
それで完了らしく、タイマーが小鍋の上に出る。その時間が料理完成の時間だ。良い匂いがあたりに漂う。
キリトはその間にアイテムの整理をしているみたいだった。《ウィンドウ多重表示》スキルを取っているのか、七枚のウィンドウを出している。他人には見せないように不可視モードにしているようであたしには見えないが、キリトの顔から、相当真剣だと分かった。彼の言っていた厄介事関連のようだ。
「……キリト、出来たみたいよ」
「ン」
キリトはウィンドウを全て消し、すぐに小鍋の方に向き直る。二つの器に中身を注ぎ、器一つとスプーンをあたしに渡してくれた。
少し食べると、シチューのような味わいがあった。体もポカポカしてくる。
「おいしい……」
「これでも《料理》スキルを『完全習得』してて、色々研究もしてるからな。味なら、アスナ達にも負けない自信がある」
あたし達はシチューに酷似したものを食べ、ベッドロールにそれぞれ入った。ランタンの明かりが、暗い夜の穴底を照らす。
「…………信じられないなぁ……ダンジョンで夜を明かすなんてさ。アスナ達でさえ、こんな事あんまりしないらしいのに」
「ゲーム開始三週間くらいの時のアスナ、俺と迷宮区で会ったんだがな。その時点で四日篭ってたらしいぞ」
「うそ……」
「あの頃のアスナはツンケンしててなぁ……俺が倒れたアスナを運んだら、「どうして私を助けたの」って言って来てな。今のアスナからは考えられないくらい、死にたがりだったよ」
それは以前聞いた事がある。それをキリトが救ってくれたのだとも、ほわんほわん笑いながら。
噂で聞くキリト。あたしを助けてくれたアスナの話通りのキリト。どれが本当のキリトなのかわからない。
だから、噂のことを聞こうと思った。あの事も。
「ねぇ、キリト……」
「ン?」
「キリトは……なんでソロを続けるの? なんで……PKキラーをしようと思ったの?」
こちらを向いていたキリトが、驚愕に目を見開いた。それは段々苦しそうな顔になっていった。
「………………贖罪だよ……少しでも犠牲を少なくするためのな」
「だからって……PKプレイヤーを殺すの?」
「俺がそうすれば……犠牲者は減るだろ? ……ソロでいるのも、そのためだ」
「キリト一人でやる必要は無いでしょ」
「他のやつらには任せられない……ミイラ取りがミイラになるだけだ」
キリトはそう言い切り、口を閉じた。
あたしはなんだか悲しくなってきた。
このデスゲームを開いたのは茅場、PKをしているのは自分で決めたプレイヤー達だ。そのプレイヤー達を殺して皆を守ろうとしているのに、その皆はキリトを嫌悪している。キリトは、それを当然のことだと考え、周りを巻き込まないようにソロでいる。
誰にも頼らず、頼れない中、一人で攻略を進めるキリト。本当に同年代なのかと思う。実際に歳を知っているわけではないが、ほぼ同じか年下のはずだ。キリトが目を瞑っていると、年上だと思えないのだ。そんな彼が一人で背負い込もうとしている。
だったら――
「…………だったら、あたしがそれを助ける。あたしを、キリトの専属スミスにして」
「……はあ?!」
キリトは一瞬間を空けて、直後に目を見開いて驚きの声を発した。
「ちょっと待て、一体何をどう解釈したらそうなった?!」
「キリトは何もかも一人で背負いすぎなのよ。守ってる人への思いの分くらい、あんたの武器の面倒を見るんだから、少し分けなさいよ」
「待て。それはダメだ。そんなことしたらリズベットまで悪く言われる。俺だって好きでやってるわけじゃないけど、これは俺の贖罪なんだ! リズベットまで関わる必要は無い!」
「贖罪って……あたしを助けてくれた事も?」
「そうだよ!」
あたしの疑問に、キリトは叫び返した。普段の彼から想像できない感情の発露。
それはキリトの限界を意味してるのかもしれない。アスナ達は攻略組の旗印、それを【人殺しのビーター】が汚すわけにはいかない。だから一緒にはいられないからソロなんだ。キリトはかつてそう言っていた。
人間、一人で生きるのは無理だ。ずっと黙っていても、ずっと一人で生きようとしても、無理なのだ。キリトはこの一年半近く、ずっとソロで生きていた。幾らアスナ達が誘っても頷かなかったらしいけど、それはおそらく、攻略組のメンバーや他のプレイヤーとの折り合いも関係しているのだろう。
でもそんなのは関係ない。キリトは十分すぎるほどに頑張っている。これ以上独りにさせたら、キリトはいずれ死んでしまう。
張り詰めたガラスのような幻視を覚える、キリトの姿。誰かが手伝い、支えなければならないのだ。
「だったら尚更よ。キリトは一人で背負いすぎ、これ以上一人だと死んじゃうわよ」
「それでも……俺は、あいつらを守れなかったから……!」
「守れなかった……?」
あたしの問いに、キリトは深い溜息を一つ吐き、観念したのか、ポツリポツリと話し始めた。
「…………シリカと会う少し前。ヒースクリフが茅場だったと分かって、数週間経った頃だったか……サチの所属してるギルド、《月夜の黒猫団》のメンバーが二人……俺を狙ったPKで死んだ」
「キリトを……?」
「ああ……PoH達じゃない。他のオレンジギルドだった……そいつらは、俺を殺す為だけに、リーダーのケイタと、メイサーのテツオを人質に取った。その後…………二人は自殺した」
「自殺っ……?!」
なぜ、どうして。生きたいと思わなかったのか。キリトは淡々と言葉を紡ぐ。
「……『僕達のせいで、キリトに死んで欲しくない。キリトは、このゲームを終わらせる人だから……頑張って、このデスゲームをクリアしてくれ』。ケイタはそう言って……テツオは『サチを……皆を頼みます、キリト』と言って、自分達の武器で……自殺した」
それは……それは、辛い。後をキリトに任せるという事は、重みを全て押し付けるという事だ。
「その事を、サチは……」
「知らない、筈だ。他に二人仲間はいて、その二人は俺が殺したと思ったらしいし、今も思ってるだろうな……サチは何故かわかったらしいけど……」
「その二人って……」
「リズベットも知ってる。槍使いのルシードと短剣と投剣使いのルネードだ。今頃……俺を殺す算段でもしてるんじゃないか?」
やはりあの二人か。その二人はよくうちに来てる二人で、攻略組の一員だ。《月夜の黒猫団》リーダーのサチ、サブのルシードとルネードは結構有名だ。なにせ、あのキリトが鍛えたというギルドなのだ。
ルシードはルネードに厳しいが、彼女はルシードの厳しさも好きらしい。明るく話していたのを思い出す。
キリトの話をすると、突然顔を暗くしていた。「ルシードさんは、キリトさんを怨んでいるんです」と彼女が言っていた事を思い出した。詳しい事情は聞かなかったが、ルネードは怨んでいないらしい。ルシードは「キリトはぶっ飛ばすべき敵だ、絶対に負かす」と気炎を上げていたが、そういう事情だったのか。
これはあたしの口からではなく、実際に二人と会って話した方が良いだろう。それには触れずに、ただ話を続ける。
「…………そっか。キリトがソロなのは、周りを巻き込みたくないからなんだ」
「ああ……」
キリトは短く返し、そのまま口を噤んだ。沈黙が続く。
しばらくして、あたしは右手をキリトに向けてべッドロールから出した。
「……? どうしたんだ?」
「手。繋がせて」
「はぁ? ……まぁ、いいけど……」
キリトは訝し気な表情をしながら左手を出してきた。その手を、しっかりと右手で握り、包み込む。
キリトの手は思っていたよりも華奢で、そして暖かかった。
ちゃんとした人間の暖かさだ、と思った。
しっかりと生きてて、今を生きる人の手。
この世界がデータである以上、この温感もキリトとあたしの体も単なるデータに過ぎない。けれど、データなんて関係ない。心がある以上、仮想世界も現実世界も関係ない。キリトがあの会議やあたしの店で言いたかった事が、分かった気がした。
自然と言葉があたしの口から紡がれる。
「あたしはここで生きてる、絶対に死なない。キリトが、守ってくれるから」
「……」
「だから、その恩返しくらいはさせてよ。ぜんぶ一人で背負わずに……少しくらい、頼ってよ……」
少しずつ、涙が溢れてきた。悲しいわけじゃない。ただ寂しいのだ。キリトがこんな生き方をするのが、ただただ寂しいのだ。誰にも頼らず、一人で生きていこうとする彼を見るのが、ただただあたしの心を寂しくさせる。
今まで、キリトのことを考えてこんな気持ちになったことはなかった。
「あたしも……当然アスナ達も……キリトに頼って欲しいんだよ…………お願いだから、一人で何もかも背負おうとしないで……」
「…………ずっと、昔……もう、凄く遠い昔に……同じことを言われた」
キリトは少しずつ、少しずつ言葉を紡ぐ。それは懺悔のようで、悔恨のようで。
「一人で行かないで。もっと家族を頼ってよ……そう言われてた。この世界に来て、この世界に囚われてからも、何度も同じことを言われた。コペル、リーファ、アスナ、ユウキ、クライン、エギル……ディアベルやキバオウ……ヒースクリフ――――茅場にすら何度も言われた。生き急ぐなって…………俺は、まったく成長しないな……」
「……そうだよ。まったく成長してないんだから…………」
もうこのまま言ってしまえ! と心が言うけど、アスナ達が先に言い寄っているのに、それをあたしが遮るなんて出来ない。この想いは、今は仕舞わないと。
「…………どうした?」
「……んーん。なんでもないわ」
そう言って笑うと、キリトもぎこちなく微笑んだ。そのまま眠りに落ちたらしく、穏やかな寝息を立て始めた。
「まったく……アスナ達が惚れるのも、分かった気がするなぁ……」
キリトの穏やかな寝顔を見つつ、そう呟く。その後、あたしも眠った。
はい、如何でしたでしょうか?
ドラゴンの穴に落ちた所で一旦区切りましたが、まぁ、ここまでは皆さんも予想していたでしょう。割と予定調和ですからね、この展開。
穴底に落ちたキリトが壁を走るシーン、原作では足を滑らせていますが今作ではそのまま上がりきることも可能です、理由はレベルと桁違いの技術。前世がアレなのだから壁走りくらい出来てもおかしくないという考えからそうしました。
ちなみに今作のキリトは基本的に一人で何でも出来なければならないという考えがあるので、《鍛冶》や《料理》、《索敵》、《隠蔽》、《裁縫》など何でもかんでも完全習得していっています。毎日使ってたら完全習得も不可能では無いでしょうし、チート装備がありますからね。シリカに《短剣》の扱いを教えられたのも同様です。
そして穴底での会話。
原作キリトはリズベットをサチと被らせ、死なせない為に助けに落ちました。少しだけ傷を開いていたのが原作です。サチが遺したメッセージでメンタルケアは済んでいますし、シリカと出会ってから二か月経過してますからね。精一杯足掻いて生きようと前を向いています。
対して、今作ではキリト自身が犠牲者を減らす目的で情報を得ようとSAO制作に関わっているので、自分は許されない者なのだという意識があります。初のPKからオレンジ・レッドキラーをし始め、更には自分のせいでケイタ達を死なせてしまったというトラウマがあるため、原作キリトよりある意味で傷は深いです。死んでも構わないという考えが心の奥底にはあります。
仲間を失って、殺戮を辞めて人助けをし始めた前世を持つ主人公にとって、最早SAOの世界そのものがある意味でトラウマの凝集です。
そんな弱ったキリトを見てしまったリズベットが恋慕を抱きました……原作準拠に書いたらチョロインっぽくなってしまいましたが、割と真面目に書いたつもりです。少なくとも半ば告白に近い言葉は原作に近くしましたから。
それではこの辺で予告を。
リズベットの失態で落ちてしまった穴底で、本音を吐露したキリト。リズベットはその弱り切った姿に惹かれ始める。
夜を明かし、無事に町へ帰還してから目的のものを剣に鍛え上げたリズベットはそれをキリトへ託し、ある想いを告げた。
それは、キリトにとって受け入れがたい事だった。
次話、第十四章 ~心剣の誓い~
お楽しみに!
…………真面目な内容だと予告が難しいです。
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第十四話 ~心剣の誓い~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
ぶっちゃけると今話でリズベットのお話は終わりです。シリカと共に二話続きでしたね。しかも案外文字数があるという不思議。
ゲームでもあんまりパートナーにしていないリズベットは、実は心情描写は結構書きやすいです。さっぱりしていますし、面倒見が良い姉御肌にして乙女でもあるからかも知れません。
まぁ、私が女性の心理描写を得意としているからでもあるのですが。男性よりはまだ書きやすいです。最も書きやすいのはユウキですね、彼女はとても素直で健気なので一番筆が進みます。
さて、今話で一気に剣を鍛えるところまで行きますが、最初から最後まで完全に原作展開に無い要素を含みます。
ハッキリ言って、無理だろこれっていう批判を数多く喰らいそうです。
だがしかし、そこを押し通すのが二次創作にしてご都合主義なラノベ、そして神様転生です。気にしないで行きましょう。
では第十四章、やはりずっとリズベット視点です。どうぞ!
第十四章 ~心剣の誓い~
目を覚ますと、キリトの背中が見えた。良い匂いがあたりに漂っていて、それで食欲が湧く。ベッドロールから出る時に、眠る時には外に出していた右手が仕舞われていることに気付き、その気遣いに感謝の念を覚える。まだ残っている気がする温かみを感じつつ、あたしは起き上がった。
キリトが振り返る。右手には白銀色の透けている長方形のアイテム――見慣れた形のアイテム、インゴットがあった。それも三つ。
「おはよう、リズベット」
「……おはよう。それ、どうしたの?」
「俺の仮説が正しかったらしい。掘ったら出てきた」
「そう……ん? 仮説って……どうやって検証したのよ?」
首を傾げて聞くと、キリトがあたしの後ろをニヤリと笑みを作りながら見た。嫌な予感に顔を引き攣らせつつ見ると、そこには――――白銀の鱗、澄んだ蒼い瞳、巨大な体躯のドラゴンがいた。
「んなっ、ど、どら、どら……?!」
「ドラキュラ?」
「ちっがーう! ドラゴンよ! どうしてここにいるの?! というか、どうして襲ってこないのよ?!」
「ドラゴンは夜型、朝になったから巣に戻ってきた。襲ってこないのは俺のユニークスキル使ってテイムしたから」
言葉が出ないとはこのことか。久しぶりに絶句した。前半まだしも、テイムしたと普通に言われても……
「……え? テイムしたって、ピナみたいに?」
「一回戦ったせいか、さっき帰ってきたら懐かれて。飯上げたらテイム出来たんだ」
「は~……凄いわね。って、ちょっと待って。昨日言ってた『朝まで待つのも一興』って……」
「おう。ここがドラゴンの巣ってことは分かってたからな」
「あ、アンタねぇー!」
クックック、といかにも面白そうに笑うキリト。あたしは思わず殴りかかろうとするも、それをキリトが器とスプーンを出して止めた。
あたしは渋々それを受け取り、途轍もなく美味しい味を堪能しながら、それでもキリトを睨み続ける。キリトは勝ち誇りながらも、嬉しそうな表情であたしを見ている。キリトは自分の料理を他人が食べるのを凄く嬉しそうに見る、とアスナから聞いていたが、どうも本当らしい。
あたしがご飯を食べ終わった後、ドラゴンの背に乗って穴を抜け、主街区近くまで運んでもらった。
別れる際、キリトを引き止めていて困らせていた。ユニークスキルでサイズを少し変えられたらしく、高さ五メートルあったのが二メートルに。尻尾含めて体長十メートルあったのが五メートルほどに小さくなり、一緒に行けるようになった。
《クリスタライト・ドラゴン》と言う名前から《クリスタル》に決定したらしい。
「……これ、インゴット出現フラグどうなるんだろ?」
「新しいドラゴンが配置されると思うぞ? ……多分」
キリトとそう話しながら四十八層【リンダース】の店に帰還する。一日も経っていないのに、数年帰っていない錯覚を覚えた。
「……さて。じゃ、早速鍛えましょうか! 片手剣で良いのよね?」
「ああ。俺も一個やる」
そういうことで、二人で一個ずつ鍛える事に。【クリスタライズ・インゴット】二つを熱した炉に入れる。程よく熱された頃に取り出し、それぞれをヤットコで金床(アンビル)に置く。
そのままハンマーでインゴットを叩く。ただただ、いつものように無心で叩き続ける。二百~二百五十くらい叩いたところで、二人が叩いていたインゴットに変化が訪れた。SAOで数少ない、魔法のような光景。
あたしのインゴットからは透き通った焔のように波打つ朱の片手剣が、キリトのインゴットからは、対のように透き通った氷のような蒼の両刃片手剣が創造された。
「……あたしのは【フランベルジュ】。感情燃える焔の剣、ね……」
「俺のは【ヴォーパルソード】。信念を貫く氷の剣、か……」
それぞれの現状を如実に顕している二刀。別々に打ったのに、対のような二刀。
あたし達はお互いを見合って苦笑する。すると、持っていた二刀がそれぞれの輝きを放ちながら宙に浮き、引き寄せられるように近づいていく。少しずつ重なり合い、色も混ざっていく。そして一際眩しく輝いた瞬間。
そこには、別の片手直剣が浮かんでいた。白い柄、白銀の鍔に赤の宝石。細身の剣身は薄ら朱く、刃は薄ら蒼を帯びている。それらが交じり合って薄紫となっていた。
「こ、これはっ……?!」
「…………【魔剣エターナルソード】。ある神話で、『時と空間を操る魔剣』といわれてる魔剣だ……」
キリトが確認しながら言う。メニューを繰って、一本の片手剣を出した。黄金色に輝く片手直剣。キリトがこんな剣を持ってるとは知らなかった。そして今まで見たことも無い。
「それは……?」
「【聖剣エクスカリバー】だ……」
キリトがそう呟いて二刀を床に置くと、最後のインゴットを出した。
残り一個のインゴット。どちらが鍛えるべきか迷っていると、キリトがとんでもない事を言い出した。
「なぁ、リズベット……最後のインゴット、二人同時に打たないか?」
「は、はぁ?! 二人同時って……そんなの、システム的に出来ないわよ?」
「だとしても。二人で打ちたい」
キリトの真摯で真っ直ぐな瞳と気迫に圧され、あたしは頷いた。
二人同時に打つ。キリトの提案したそれは、一つのスミスハンマーを二人で持って打つという意味だった。あたしはキリトと肩を密着させ、あたしは右手で、キリトは左手で持つ。
十分に熱せられたインゴットを金床に置く。キリトと目を合わせて、それに力の限り、呼吸を合わせてハンマーを振り下ろす。
カン、カン、カン! カン、カン、カン!
リズム良くハンマーでインゴットを叩いていく。
アインクラッドの生産・趣味スキルは所詮、スキル値の高低と確率、システム通りに沿っての事かを大まかに演算され、無限の選択肢の中からランダムで選択される。つまり、本人の力量・信念は一切関係ないのだ。説明文にも『インゴットを特定の手順で規定回数叩く』とあるだけだ。
しかし、何処の世界にも、人間が生きる限りオカルトは存在する。
ハンマーを叩くリズム、感覚、気合で変わる。
それが、あたし達鍛冶師に、古くから根付く一つの説。要は、『相手を強く思うことで、想いが武器に宿り強くなる』のが、数多の鍛冶職人に信奉されているオカルトだ。それは、『想いを込めて鍛える事で意志が宿り、強力な武器となって持ち主を護る』ことでもあるのだ。
今、あたしはキリトの事を想って鍛えている。キリトはどうなのだろう? あたしの事を想って鍛えているのだろうか?
でも、どちらでも構わない。あたしの想いが宿ってキリトを護ってくれるのなら、キリトの力になってくれるのなら、彼があたしを想っていなくても構わない。
カン、カン、カン! カン、カン、カン!
あたしはいつものような無心ではなく、キリトを頭一杯に思い浮かべてハンマーを振る。いつの間にか、キリトとの動きなんて気にならなくなっていた。キリトと動きが自然と合い、互いが互いのズレを正して叩く。それが何に代えても嬉しくて、あたしの心は喜びで一杯になった。
そのままどれくらい打っただろうか。ことによったら数十分かもしれない。それくらい回数が多かった。今まで鍛えてきた中でもぶっちぎりで多い。数千回だったかもしれない。
インゴットが変化し始めた時、あたしもキリトも肩で息をしながら、しかしハンマーからは手を離さずに見守った。
いつもなら十秒もかからない魔法の瞬間。しかし数十秒待っても変化が終わらない。
不安になりながら見つめると、やっと一本の長剣になった。
薄翠に煌き、切っ先に行くにつれて透けていく刀身。柄はやや青みを帯びた翠。レイピアとまではいかないが、剣身は華奢。片手剣としては、かなり細い部類だ。ユウキの黒曜石のような片手剣にも負けないくらいの華奢さ。
キリトが以前から振るっていた片手剣に酷似している。しかし、あの片手剣には無い何かが、この剣には宿っていた。それはあたしの想いか、キリトの想いか。
あたしはその剣を持ち上げようと両手で持つ。いや、持とうとした。
――――お、重い……ッ?!
【エリュシデータ】と対になっていると思えるほどの重さ。あたしでも持ち上げられない。キリトがそれを見て剣を握る。ゆっくりとだが、それは持ち上げられた。あたしは剣をタップして名称を確認する。
「名前は【ダークリパルサー】。暗闇を払う者、ね」
キリトがそれを聞いて驚愕する。開いていたままのメニューを更に操作し、キリトの背と手にある剣に酷似している二刀を呼び出した。
それらを出した途端。この部屋にあった六本の剣が輝き始めた。
【エリュシデータ】、【魔剣ルミナスリパルサー】、【魔剣エターナルソード】は闇を。
【ダークリパルサー】、【聖剣ダークネスリパルサー】、【聖剣エクスカリバー】は光を。
それらは集まって、変貌する。
「「っ……?!」」
あたし達が息を呑む中、それらは現れた。
見た目は【エリュシデータ】と【ダークリパルサー】と全く同じ。けれど、纏う何かと威圧感は違う。今までキリトが装備していた二刀の、遥か上を行く威圧感だ。
あたしは震えながら、キリトと一緒に近づく。キリトが二刀を両手で持ち上げる。
「うおっ……くっ」
「ど、どうしたの?」
「この二刀……今までのどんな剣よりも……重い! とんだ二刀だな!」
言葉とは裏腹に喜色満面なキリト。その二刀のウィンドウを同時に出す。
【魔剣エミュリオン】 【聖剣リンベルサー】
・全攻撃強化
・持ち主のレベルに応じて能力変化
・最大HP大幅上昇
・HP高速大リジェネ
・敵を倒すごとにHP一割回復
・被ダメージ半減
・与ダメージ倍増
・相手の防御力ゼロでダメージ算出
・全状態異常無効
・特殊攻撃無効
・装備中の全武具の耐久値減少無効
・スキル硬直&始動モーション&使用待機時間無し
・敵の全スキル無効
・限定特殊スキル《神剣》解禁
・取得経験値&コル10倍
・【攻撃力】&【防御力】&【筋力】&【敏捷】&【命中】&【回避】二割上昇
・【STR】&【VIT】&【SPD】&【DEX】三割上昇
「「うわぁ……」」
キリトの装備も酷かったが、これは輪をかけて酷いものだった。キリトの話では、これらの効果が一気に付くアイテムは持っていないらしい。
「これからは……この二刀が俺の愛剣だな」
「そう……! ……ならさ、あたしからの贈り物として儀式みたいなのしない?」
「儀式? 西洋で剣を授けられるみたいな?」
「そうよ、その方が気合入るでしょ?」
キリトはまあ……と小さく頷き、あたしの提案に乗った。
とはいえ、儀式といってもそれらしい装備は無いし、あたしも女王みたいな装備は持って無い。この二刀をあたしでは絶対に持てない以上、キリトに直接授けることも出来ない。
そんなわけで、騎士の誓いのような形式にした。主君に剣と忠義を捧げる、あのタイプの儀式だ。
キリトは二刀を抜いて眼前に掲げている。その表情は何時に無く真剣で、今だけは本当に自分だけのナイトのように思えてしまう。
「――――騎士キリトよ。貴殿はその二刀を持って、邪を滅し、正義を貫かんとする事を誓いますか?」
「――――誓います。我が剣、みなの為にあるゆえ」
大真面目に答えるキリト。ここでみなと言うところがキリトらしい。
「よろしい。ならば、ゆめ忘れる事無かれ。その剣がかぶりし業は汝だけに非ず。汝に剣を与えし我もその業を、罪をせお――――」
「リズベット!!!」
キリトが途中で怒鳴って、あたしの口上を遮る。キリトが怒った理由は分かっている。あたしも、キリトの罪を背負おうとしたから。
「何よ、キリト。今いいとこだったのに」
「そういう問題じゃない! 今のは一体なんだ?!」
「何って、キリトの負う罪はあたしの罪でもあるって言おうとしたのよ」
当然のように言うあたしに、キリトは目を見開いて絶句した。二の句がつげないのだろう。そのままキリトは後ろへヨロヨロと下がっていく。
「キリトが人を殺す理由やきっかけは昨夜わかった。あたしはもう、あんたを止めない。でも、キリトの専属スミスになるって事を諦めたわけじゃないの。いい? これはあたしがキリトに剣を授けるのと同時に、あたしがキリトの剣を研いで戦えるように――――キリトの罪の一端をになう事を覚悟して宣言する儀式でもあるの。あんたに強力な二刀を鍛えて渡しておいて、キリトのする事は自分と関係ないって、そんなのは嫌なのよ!」
「リズベット……けど、俺は……」
「あたしね……ずっと人の温かみを渇望してた。自分でも分からないくらい、無自覚に求めていたのよ。それを……あたしに温かみを教えて、与えてくれたのがキリトだった……だから、キリトには絶対に死んで欲しくない。昨日言ったでしょ? そのままだと、キリトは死んじゃうって。そんなのは嫌。だから……あたしも、キリトが背負う罪の半分を背負う。それが、キリトに二刀を渡したあたしの罪で……覚悟で……願い」
昨日、穴底で寝る時に分かった事。あたしは長い間、人の温かみを、懐かしみを求めていた。でもここはデータで作られた紛い物の世界だからって、人と接する事を避けていた。だから分からなかったのだ。この世界で起きる事は、それはすべて真実で、ここはもう一つの現実なんだという事が。
それを教えてくれたのは、自分を犠牲に何でも一人で背負い込もうとする、キリト。この世界を現実と捉えて、その日を全力で変わらず生きている人。だからこんなにも無茶をするし、一人で抱え込む。悩んで一人で進む。
そんなキリトを支えたい。攻略組としては、実力もレベルも覚悟も足りないあたしは、それでも彼の助けとなりたい。キリトと別れたくない。これはあたしの我侭だってことは分かってる。でも、キリトが死ぬのは絶対に嫌だ。だから、死なないように。自分が死ぬと、必ず悲しむ人がいるって自覚させて死なないようにする、楔を打つ。
今はまだ、これが限界。
でも、きっといつかは、キリトと…………
「キリト、お願い。あたしをキリトの専属スミスにして。そして……あたしにも、キリトの罪を……一緒に背負わせて」
「……………………俺はこれからも、人を殺すと思う」
少しずつ、俯けられた顔が上げられていく。彼の口からは、彼の本心が紡がれていく。それは、キリトにとって苦しい葛藤があっただろう。苦しい懊悩を抱えているだろう。それでもあたしの声に必死に応えようとしてくれている、その直向さ、真摯さに感銘を受ける。
「これからも多くの心配をかけるし、一杯怒らせもすると思う。多くの罪を背負ってる俺は、皆の憎悪の対象となる。それでも…………覚悟が出来ているのなら…………それでも良いのなら…………」
ゆっくりと上げられ、見えるようになった彼の表情は……苦しそうで、でもどこか嬉しそうで。一筋の涙が頬を伝っていた。
「…………よろしく…………リズ」
「……やっと愛称で呼んでくれたわね。こちらこそ、よ…………キリト」
あたし達は固く手を握り、二刀を二人で持った。あたし達二人の心の欠片が詰まった二刀は、今まで見てきたどの剣よりも煌いて見えて、圧倒的な存在感と安心感を齎してくれるものだった。
「この二刀に誓う。俺は絶対に死なない。絶対に、生きる」
「あたしもよ。キリトの二刀は砥ぐ必要が無いみたいだけど、それでも顔を見せに来てね、待ってるから…………あたしも――――」
「ン?」
「あたしも……キリトを狙うからね! 覚悟しなさい、絶対に射抜いてみせるんだから!」
キリトはあたしの宣言に顔をボッと赤くし、俯いた。その反応が今までの印象を更に変え、世話のかかる弟という感じになる。アスナ達皆が口を揃えて弟みたいで可愛い一面があると言っていたのがよく分かった。
「まぁとにかく……これで儀式も終了よ。また来てよね、キリト」
「ああ……毎日は無理だけど……数日うちに、また来るよ」
キリトの答えは満足とは言えなかったけど、それでも十分なものだった。あたしは心からの笑顔を彼に向けて、言う。いつもの挨拶で……でもちょっと違う挨拶。
「これからも、【リズベット武具店】をよろしく!」
堂々と想いを伝え、リズベットの笑顔で締めた十四章、如何でしたでしょうか。
中々原作のリズベットを再現できているのではないかと自分では思っています、友人も言ってくれましたし。前話に比べてちょっと文字数少ないですが中々良いのではと思っています。
うじうじと、では無いけれどずっと一人で背負い続けているキリトを見ていたれなくて、その背中を支える為に押し切ったリズベットの姉御肌で頼れる面を表現できたかなと思います。
取り敢えず原作と違うのは、キリトがビーストテイマーになっちゃった事、そしてリズベット会心の作であるダークリパルサーが他の剣と融合した事ですね。
とはいえあんまり階層攻略で活躍はしません、そこに居て一緒に戦っているというくらいの描写しかしていないのです。
そして、このリズベットの心が籠められた剣を、キリトはずっと大切にし続けます。黒を好むキリトが持っている異色の剣……黒くない剣というのがキーです。
リズベットは今後もちょこちょこ出てきます。
ではそろそろ、次回予告です。
リズベットの想いと共に下賜された二振りの剣を背に、キリトは街へと繰り出した。そこに届くアスナ達からのメール。行方不明になっていたキリトへの怒りと安堵が書き記されたメールを読み、キリトは彼女達と合流する。
そしてそれは、同時にある一つの騒動の前触れであった。
次話、第十五章 ~《完全決着》~
お楽しみに!
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第十五章 ~《完全決着》~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話は、前話のリズベット武具店の直後のお話です。タイトルと現在の階層から分かる人も居るでしょうが、あの人が出てきます。ほんの少しだけ戦います。そしてすぐに退場します(笑)
だってキリトのレベル的に絶対勝てませんもの。
だからと言って殺しはしません、そこは原作と同じです。
そんな訳で。原作展開に近い第十五章、どうぞ!
ちなみに、このお話でこの《アインクラッド》は折り返しとなります。半分到達です。
第十五章 ~《完全決着》~
リズと別れた俺は、明日にフィリアの武器を届ける予定だったが、すぐに届ける事にした。届けてから、疲れていたから今日は一旦自分のホームに帰ることにした。二十二層の森の中にある、二階建ての家だ。かなり大きく、リビングにキッチンはもちろん、寝室は三つ、客間のようなとこは四つあった。しかも大きい庭まであり、大邸宅である。
今までは一人だったため寂しかったが、今日からは《クリスタライト・ドラゴン》改め、《クリスタル》が一緒に暮らすのだ。大型犬よりも大きいサイズだが、中には入れる。いずれシリカとピナに会わせてみたいものだ。
そこまで考えて思い出した。そういえば俺、七十四層でいきなり消えたのだった。
「…………メールがひっきりなしに着てる……」
凄まじい量のメールがアスナ達から来ていた。いくつか読み飛ばし、一番最近着たのを確認すると、そこには『今からキリト君のとこに行くから待ってなさい』という内容のメールが。なんとも情報が早い……位置追跡でもしたのか、それともリズがメールで話したのか。クラインとエギルからは『生きて帰れ……』とあった。
一体どれだけ心配させたのだろう。これでリズと一緒にダンジョン行ってたって言ったら、特大の雷を貰う事確実だ。しかし逃走するという選択肢は無い。ここで逃げれば尚更怖くなるからだ。
そんなわけで、俺は二十二層主街区【コラル】の村の転移門広場、その隅で待っている。服装は私服の黒シャツに緩い黒ズボン。二刀は差してないし、上下黒とはいえコートでもない。そのうえ二十二層は低層に位置する為、攻略組は降りてこないという先入観がある。少なくとも一発で俺だと気付くヤツは少ないだろう。一応、あらかじめメールで俺を名前で呼ばないように頼んでおいた。その理由も含めて。
その状態で、情報屋から買った数少ないメディアである、羊皮紙数枚分の新聞を読む。ついでに昼飯も食うことにした。
新聞の一面は、デカデカと七十四層攻略のことについて載っていた。曰く『軍を返り討ちにした青眼の悪魔』、曰く『その悪魔を完全単独撃破した【黒の剣士】』、曰く『突如転移光とともに消え、行方不明となった【黒の剣士】』。
原作のキリトほど無茶をしたわけでもないし、そもそも俺は五十層の時点で《二刀流》を明かしているため、そこまで特筆して書くようなことは無かったのだろう。強いて言うなら、俺がいきなり消えたことくらいか。まぁ教えるつもりは無い。面倒になるだけだからだ。
「にしても遅いな……いつまで待たせる気だ?」
アスナ達が来ると言ってから既に一時間。クリスタルも横でスピスピ寝ている。白銀の鱗が煌いているが、よく見ると羽毛もある。いや、むしろ羽毛の方が多くないか?
そんな思考とともにアイテムや装備、スキル熟練度の確認をしていると
「オ、どーだいキー坊。最近の稼ぎハ?」
横から声を掛けられた。俺を「キー坊」といい、この語尾を上げる独特のイントネーションの喋り方をする女は、俺が知る限り一人しかいない。
「まぁ、ボチボチかな、アルゴ」
そう言いながら横を見る。顔に左右三本ずつヒゲのペイントを描き、金の巻き毛を持ち、体全体を覆えるくらいの茶色っぽいフード付きローブの女。情報屋【鼠】のアルゴ。金さえ払えば自分のステータスさえも売り払ってしまうような情報屋で、色々な仲介を受け持つからか、多くの者達から恨まれている人物だ。
情報屋の信念とやらがあるらしく、知らないという言葉を絶対に出さないため、それでトラブルが起こり、俺が巻き込まれるか首を突っ込んで解決した事も結構ある。第一層からの付き合いで、俺が得た情報の殆どをアルゴに無償で売っていた。マップデータもその一つだ。
「しっかし、ここで会うとは思ってなかったゾ。昨日は一体何があったんだイ? アーちゃんやリーちゃん、ユーちゃんが大泣きだったヨ。シーちゃんはまだしも、サーちゃんまで泣いてたしナ」
「ああ……まぁ色々あってな。ちょっとダンジョンに飛ばされたんだ」
「ダンジョン?」
「おう。とは言えすぐに抜けられたんだけどな。さっきまではちょっと別の用件だったんだ」
「ほウ? その別件って何だったんだイ?」
「さてね。少し調べればわかるさ」
久しぶりのアルゴとの会話。昨日まではずっと無駄口を叩かない雰囲気を俺が出してたから、アルゴはカタカタ怯えていた。今も若干警戒してるらしいが、今の俺は、余程のことが無い限り荒れはしない。
「ふーン……まぁいいけどナ。それで、誰を待ってるんダ?」
「アスナ達だ。昨日の事だろうな……俺に会いに来るってメールが着てから一時間くらい経ってるんだが……一向に来ないんだ。こんな事はかなり珍しいんだが……」
俺は本気で訝しむ。まぁ、いくつか予想はしてるが。
俺は今転移門の近くにいてアスナ達《血盟騎士団》重役複数人と待ち合わせ。《血盟騎士団》は攻略組の最有力ギルドで、その団長と副団長二名、副長補佐一名、しかも最近台頭してきた《月夜の黒猫団》のリーダー一名という豪華な顔ぶれだ。俺の予想は十中八九当たっているだろう。原作一巻であった、転移門前の出来事。今回はエギルの店や《ラグー・ラビットの肉》イベントを挟んでいないが、ヤツとは既に面識がある。まず間違いなく妨害に来るだろう。
なんだか憂鬱だ。俺がこの層にホームを構えているという事は、アルゴには百万コルの口止め料を払っている。知られるべきでないのなら、待ち合わせ場所を最前線にするか。
俺は「待ち合わせ場所変更、最前線の七十五層で待つ」と書き、メールを一斉送信する。ひとまずここに来る予定だった五人と、クラインに送る。
そして俺は立ち上がり、クリスタルを起こして転移門に向かう。
「どこに行くんだイ?」
「色々な事情で移動だ。またな、アルゴ」
手をひらひら振ってアルゴと別れ、最前線の主街区に移動する。
そこは昼頃だからかそれなりの、しかし多くのプレイヤーがいた。これでクリスタルの話は広まった。もしかしたら二十二層にホームを構えている話も広まるかもしれないが、その時はその時だ。既に俺は数百億コルを稼いでいるし、実力的にも黙らせる事が出来る。そもそも俺なんかに積極的に関わろうとする輩はそういない――
そう思っていたのだが、攻略組は精神がタフなのかただの好奇心旺盛なゲーマーなのか、次々と俺とクリスタルについて話しかけてくる。昨日の話も出たが、それは適当にぼかした。
そんなこんなで時間は過ぎていき、しかし更に一時間経ってもまだ現れない。二時間も待ちぼうけを喰らっていることになるのだが、これならもう帰って寝てしまおうか。リズと鍛冶の話でもするか、いや【ホロウ・エリア】に行こうか。
そう考えていると、背後の転移門から蒼い光が複数と――――
「「「「「きゃああああぁぁぁぁぁ?!」」」」」
「うおおおぉぉぉぉっ?!」
五人分の女の悲鳴が文字通り飛んできた。
俺はいきなり視界を埋め尽くした圧倒的な質量に耐え切れず、そのままそれらの勢いで広場の石畳をガリッゴッ、ガリッゴッ、と言わせながら滑る。ようやく止まったところで色々と覚えのある気配と声と香りがし、両手を地面につけて一気に体を抜いた。
ここで目の前にあった存在を退けようとしてしまうと、原作どおりの展開でラッキースケベと物凄い平手打ちを喰らってしまう。それを全力で回避した結果だ。予想できたからこそ出来た回避でもあるが。
目の前で固まって伸びているのは五人の女性プレイヤー。見た目から判断して間違いない。俺を二時間待たせた五人――アスナ、リーファ、ユウキ、サチ、シリカ――だ。後方でクリスタルとピナが戯れているのが見え、周りの攻略組はそれを見て相好を崩している。
さて、このまま放っておくと少々面倒な事になる。かといって関わっても面倒だ、一体どうしたものか。
内心首を傾げて考えながらのびているアスナ達を見ていると、転移門に新たな光が溢れた。出てきたのは予想通り、《血盟騎士団》の甲冑を装備した大剣使いの男プレイヤー《クラディール》。最前線でちょくちょく会うが、会話は一切した覚えは無いし、ボス攻略に出ていたのを見た覚えも無い。ということはそこまでの強さではないのか。
そんな思考を巡らせながらクラディールとアスナ達を見る。クラディールは一瞬、クリスタル達使い魔が戯れているのを見て相好を崩したが、すぐさまその顔を引き締め、アスナ達に歩み寄った。アスナ達はクラディールに気付き、俺の元に走り寄ってきて俺の後ろに隠れた。
……何故隠れる。
「アスナ様、リーファ様にユウキ様も。勝手に行動されては困ります……!」
「嫌よ! そもそも、今日は私達、ギルドの活動日割り当てじゃないわよ!」
「そうだよ! あと、何でクラディールさんはあたし達の家に張り付いていたんですか?!」
「ふふふ……こんなこともあろうかと、この不肖クラディール、一ヶ月ほど前より団長達の自宅の警護の任に就いておりました」
「それって……ギルドの勝手な決定じゃないよね……?」
まぁ、アスナ達は団長副長メンバー。自分達の与り知らないとこで決定されてれば、勝手だよなぁ……。
「私の役目は団長達の護衛! それはもちろん、ご自宅の警護も入り――――」
「いや、それは入らないんじゃないか?」
あ、やべ。思わずつい突っ込んじまった。
クラディールが邪魔された事に苛立ってか、俺を睨んでくる。かなりの殺気、確かにこれは寒気がするかもしれない。
まぁ、PoHやヒースクリフの殺気に比べれば、まだまだだがな。
「……とにかく。一緒にギルド本部まで戻りましょう」
俺を無視することに決めたらしく、そう言いながらアスナに近寄るクラディール。その三白眼の目つきから読み取れる感情や思考は、どう考えてもアスナの身体を狙っている。これは邪魔しないとダメだよなぁ……なんかリーファやユウキが期待の眼差しを向けてくるし。
内心嘆きながらアスナに向かって伸ばしたクラディールの右手を掴む。クラディールは凄い目つきで見てきた。
「悪いけど、あんたんとこの団長さんたちは、今日は俺の貸切なんだ。別にボス戦をしようってわけじゃない。本部にはあんた一人で帰ってくれ」
「何だと……! 貴様のような雑魚プレイヤーに、アスナ様たちの護衛が務まるかぁ!」
「第一層からの長い付き合いなんだ。あんたよりかは、アスナ達の得手不得手を理解してる分、まだマシに務まると思うぞ」
言って思ったが、原作のキリト同様、後半は要らなかったか。ヤツは物凄い殺気を放ち始め、わなわなと震えながらメニューを操作している。
ああ……もうこれ、完全に原作通りだよ……
「き、貴様ァ……そこまで大口叩くのなら、相応の覚悟はあるんだろうなぁ……」
そう言ってメニューを繰っていくクラディール。数秒後、予想違わず決闘申請があった。しかし、その内容が問題だった。
《SAO》の決闘、所謂デュエルには三つのモードがある。
一つ目は《初撃決着》。どんな攻撃だろうが、掠っただけで終わる。
二つ目は《半減決着》。強攻撃やソードスキルをヒット、HPを半減させれば終わる。
三つ目は《完全決着》。文字通り、HPが全て無くなるまで戦う。
デスゲームと化したSAOで、デュエルといえば基本《初撃決着》か《半減決着》だ。そりゃそうだ。《完全決着》は相手か自分が死ななければ終わらないのだ。
だからしてくるなら、普通《半減決着》がせいぜいなのだが……
「おい……こりゃ何の冗談だ? 《完全決着》モードって……ふざけてるのか?」
「はっ! 【人殺しのビーター】なら、これくらいは余裕だろう? 何を怖気づいてるんだ?」
「そういう問題じゃないだろう……!」
「ハッハッハッハッハ! 【殺戮者】の異名を持ってるお前がそんなこと言っても、説得力皆無なんだよぉ!」
クラディールは既に大剣を構えている。その目は完全に俺を殺すつもりだ。俺がソロでフロアボスを倒せると知らないのか。それとも、俺の強さを過小評価してるか自身の強さを過大評価しているのか。どれにせよ、性質が悪いことこの上ない。
「ちょっとクラディール! 幾らなんでも《完全決着》はダメよ!」
「それに、さっきから【人殺し】とか【殺戮者】って言ってるけど、事情も何も知らないあんたが偉そうに言わないでよ!」
「キリトさんは好きで人を殺してるんじゃない! 他の皆に被害がいったり、殺されたりしないように、先手を打ってるだけだよ!」
「キリトさんのことを、よく知りもしないで悪く言わないでください!」
「キュルルルル!!!」
「キリトはあたしに勇気をくれたの。臆病な私を戦えるようにしてくれた。彼を悪く言うのは、絶対に許さない!」
「うるせぇんだよ! これはコイツと俺の戦いなんだ!」
アスナ達全力の俺への援護攻撃も意味を成さず、ただ尚更クラディールの殺意に燃料をくべるだけだった。事、ここに至っては是非もなし。
「……ハァ。仕方ない」
俺はメニューのYesボタンをタップ。直後、俺とヤツの間の空中に大きなデュエルパネルと制限時間パネルが表示される。
「クハハッ! ご覧くださいアスナ様、リーファ様、ユウキ様! 私以外に相応しい護衛はいないという事を証明しますぞ!」
アスナ達が驚愕の表情で俺を見るが、俺はそれを片手で黙らせ、ストレージに長い間放っていた武器【ニバンボシ】を取り出す。
白の布で巻かれた柄、金色の鍔に若干反りがある片刃の片手剣。カテゴリ的には、【片手剣】にも【刀】にもなる武器。殆ど使ってこなかったが、それを今出したのには訳がある。今日鍛えたばかりの背の二刀。これを、わざわざこんな男のために振るう必要は無いと思ったのだ。だから二軍武器。
クラディールはそれを挑発ととったらしい。実際は少し違うのだが、まぁ挑発の部分が無いといえば嘘になる。そのまま俺とクラディールは構えた。
狙いは大剣の剣身、その腹だ。クラディールは装飾が多いものを好むのか、ギルドの制服である甲冑以外の装備は華美な装飾が多い。そして、装飾過多な装備は、えてして耐久力に劣る。俺みたいなチート装備やチートスキルが無い限り、まず確実に折れる。
俺は右半身を前にして刀を下段に構え、クラディールは大剣を大きく構えている。大剣高位ソードスキル《アバランシュ》の構えか。あれは長い突進距離と離脱距離があり、ヒット&アウェイが苦手な大剣士に重宝すると聞く。
セオリーに則るのは良いが、これが対人戦だという事を理解していない。セオリー通りという事は、対人戦では対策されていて当然なのだ。
だからそんな勝ち誇った顔をしていても恥をかくだけなのだが……まぁそんなこと、俺の知った事ではないな。
少しずつ減っていく制限時間。俺の構えは下段受け身の構えだが、これはフェイント。実は、ここから左半身を踏み込ませるだけでソードスキルが発動する。これもまた、対人戦の醍醐味だ。殺し合いはしたくないが。
そして開始のドラムのエフェクト音が鳴り響く。
俺は一気に半身踏み込ませて高速ダッシュ。《ソニックリープ》で右下から左上に切り上げる軌道。ソードスキル《アバランシュ》を立ち上げようとしているクラディールの大剣は、俺のいきなりの突進による動揺もあってか、オレンジ色が明滅を繰り返していてはっきりしない。そしてこれは俺が狙っていた事だ。
大剣の腹と俺の剣が交錯、キイィィィン――! と儚い音を鳴らして剣が折れる――――
――――クラディールの大剣が。
驚愕に顔を引き攣らせて対応が遅いクラディールを蹴り倒し、その首筋に剣を逆手で持って構える。少しでも動けば刺さる位置だ。
「俺の勝ちだ。武器を変えるのならまだ付き合うが……今の俺は機嫌が悪い。結果は変わらないだろうし、もういいんじゃないか?」
「ぐっ……………………アイ、リザイン」
その瞬間、空中に俺が勝利したことを示すパネルが表示される。剣を首筋から離し、クラディールを開放する。ヤツは俺を暗く淀んだ目で睨み、何かぶつぶつと、おそらく俺に対する百通りの呪詛を呟きながら転移門から帰っていった。
あたりはクラディールの毒気に当てられたかのように静まり返っていた。俺は溜息を一つ吐き、アスナ達に向き直る。
「今回の事、適当に処理しといてくれ」
「うん……ゴメンね、キリト君」
「んな事はもういい。それより、とっとと行くぞ」
「行くってどこへですか?」
シリカが聞いてきた。まぁ話を聞くだけのつもりだったのだから当然の疑問だろうが……俺は今、かなり機嫌が悪いのだ。
「迷宮区。憂さ晴らしついでに、昨日あったことを話す。ハイペースで行くつもりだから、来るのならそのつもりでな」
そう簡潔に言って【ニバンボシ】をストレージにしまいつつ、俺は迷宮区に向かって足早に進んだ。アスナ達が遅れて駆けて来る。
そのまま七十五層迷宮区へと向かったのだった。
はい、如何でしたでしょうか。
原作のキリト同様に相手を挑発してしまい、デュエルをすることになった今作キリトは、クラディールが選んだ《完全決着》デュエルでも決して怯まずに戦いました。
まぁ、武器破壊が出来る技量があったらぶっちゃけモードは関係無いんじゃないかと思います。だってメインウェポンはキリトみたく幾つもある筈無いですしね。
それを考えると原作クラディールは大剣を折られたのに、キリトを殺そうとする時には別の大剣を用意していましたから、計画を練る事からしても割と用意周到な男なのかなと思っていたりいなかったり。そういう計画性のある所は尊敬出来るなと思いました。
とは言え今後出てくる事なんてあんまり無いんですけどね!(笑)
という訳で、そろそろ予告をしようかと思います。
クラディールを下し、凄まじい勢いで第七十五層の迷宮区を進んで行ったキリト達。数時間の攻略の果てにボス部屋を発見。様子見のために中へ入ると閉じ込められてしまった。
そして誘い込まれた餌を喰らわんと、白い存在が動き出す……
次話、第十六章 ~骸骨の刈り手~
お楽しみに!
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第十六章 ~骸骨の刈り手~
今話はタイトル通り……なのですが、原作通りでは無いです。
あと物凄く短いです、キリトのチート具合を出すためと、この頃の私では上手く戦闘描写が出来なかったためです。申し訳ありません。
一応色々と差を付ける為に書いているので、今後は少しずつ原作やゲームの戦闘から外れていく部分が多々あります。その差だけでも楽しんで頂ければと……
ちなみに、後書きの方にR18について書いているので、良ければ読み、そして活動報告の方も目を通して下さい。これは強制ではありませんし、読んでいなくとも本編を読むにあたってほぼ弊害はありません。
ではそろそろ、第十六章、どうぞ!
第十六章 ~骸骨の刈り手~
今、ボク達はキリトさんやアスナ達と一緒に七十五層迷宮区の十九階を探索中だ。キリトさんはハイペースで行くって言ってたけど、このスピードは洒落にならない。広場から今までの六時間で一気に十九階だ。それも殆どの道を行ったり来たりして、マッピングもほぼ終わっている状態。あと一階上がればボス部屋。今までこんな攻略スピードが記録された事は無い。幾らなんでも規格外すぎる気がするんだけど……。
そんな彼はボク達の心境に気付かず、さっきからマップを確認したりアイテムやスキルの確認をしたりして前を歩いている。今は二刀を抜いている状態だ。
迷宮区を進みながら、キリトさんは昨日から今まで何があったのかを教えてくれた。
あの後、いきなり見知らぬ樹海ダンジョンに放り出された後はそこで会ったオレンジプレイヤーの女の子と共闘、いきなり現れた《ホロウ・デッドニング・リーパー》を倒して戻ってきたらしい。
その後はリズさんと鉱石採取に五十五層、手に入れたインゴットで三本片手直剣を作ると、元から持っていた三本の片手直剣と融合。今、キリトさんが持ってる強力な二刀になったんだとか。
「昨日は消えた後にそんな事があったんだ」
「ああ。樹海に出たと思ったらオレンジの女の子に襲われるわ、ボスが降って来るわでおおわらわだったんだ。リズと五十五層に言った際に、そのインゴット関連のキーモンスター、《クリスタライト・ドラゴン》がテイム出来たのは嬉しい誤算だったけどな」
キリトさんの横を歩いている《クリスタル》がグオオォォン♪ と啼いた。上機嫌のようだ。ピナとも仲が良いみたいでピナはクリスタルの上に乗っている。何故かピナはキリトさんにも懐いているのだけど……使い魔って、ご主人以外に懐くものだっけ?
そんな疑問を持ちながらキリトさんと攻略を進め、遂にボス部屋がある二十階に到達した。周りの雰囲気が重苦しく、威圧感を放っている。
キリトさんやボク達の経験則上、クォーターポイントのボスは異常な強さを誇る。二十五層ボスだったらしい巨大なドラゴンは尋常ではない防御力と範囲攻撃を持っていたとか。しかも空を飛んでいて、HPバーが残り一本になったら常に飛翔していたらしい。周りに浮いていた岩を足場に切り崩していったらしいけど、キリトさんも相当苦戦したようだ。
五十層フロアボス戦は一度戦線自体が崩壊しかかった。あまりのボスの強さに戦意喪失し、勝手に撤退する人が後を絶たなかったのだ。あの時はヒースクリフとキリトさんの二人が、圧倒的スキルとステータスにものを言わせて一時間も耐えた。これだけでもクォーターポイントのボス戦はいかに危険か、推し量れると言うものだ。
「……とうとう見つけたね、ボス部屋」
「ああ……ちょっと見てみるか……アスナ達は入り口ギリギリ外で、俺とボスの戦いを観察して情報を集めてくれ。絶対に邪魔をするなよ」
キリトさんの有無を言わさぬ言葉。何を言っても聞かないことは分かっているので、ボク達は素直に従った。キリトさんが左手で大扉を開け、二刀を構えて入る。
中は薄暗く、そして今までのボス部屋に比べて広かった。しかし、いつもならいる筈のボスの姿が見えない。一体どこかと探していると、突如、大扉が素早く閉まり始めた。
大急ぎで中に入ろうとするも最早手遅れ。キリトさんは一瞬こちらを肩越しに振り向き、左の薄翠の剣を軽く上げて、ボク達に微笑んだ。
――――まさか、こうなることを知っていた?!
その疑問は、当然誰にも答えられず、目の前で大扉が閉まったことに絶叫しながら、ボク達はただただ扉を開けようと躍起になった。
***
さて……これで被害は出にくくなるだろう。これ以降のボス攻略戦も、撤退と結晶使用が出来ないって事を伝えられる。そのためにも、この戦いに勝たなければならない。
なに、《ホロウ・デッドニング・リーパー》をほぼソロで撃破出来たのだ。あれはHNMだったから、実質はフロアボスとは違うのだが、攻撃軌道が読みやすくなるのは有難い。
後ろで完全に扉が閉まり、この空間には俺とボスだけとなった。この広さと空間のモチーフからして、ボスはやはり変わっていないだろう。
「とっとと出てこいよ……《スカル・リーパー》!!!」
上を向いて吼える俺。天井には、蜘蛛や百足のように張り付いている巨大な何か。言わずもがな、七十五層フロアボス《スカル・リーパー》だ。
二つある白い大鎌、百足のような骨の胴体に長い頭蓋、四つに割れた下あごに四つの呪われるかのような眼窩。間違いない。コイツは原作で、攻略組トップの防御力が高いタンクを即死させていた。つまりそれだけ攻撃力があるという事だ。
しかし、今の俺も相当な強さを誇る。俺のレベルは、昨日で上がって220、《スカル・リーパー》はどんなにあっても九十層あたりのステータスだろうから、大体100レベか。俺の識別スキルでも見れるということは、俺の方が強いという事。油断さえしなければ死にはしないだろう。
天井から奇声を上げながら降りてくるボスに、俺は全力で加速した壁走りで天井に一直線。途中で三角とびをし、空中で身動きとれないボス目掛けて、二刀流突進系スキル二連撃技〈ダブル・サーキュラー〉を放つ。
空中で胴部分を二刀でもろに斬られた《スカル・リーパー》は、為す術もなく地面に叩きつけられる。俺はその突進のまま壁で受け身を取り、再び壁走りを再開。地面に降り立ってから二刀を構える。
俺のソードスキル二撃と地面へ叩き落した際の落下ダメージで、五段あるHPゲージの一番上のゲージが一割も削れていた。ボスに対しては破格のダメージである。
「ははっ……幸先良いな」
二刀を構えながらそう笑う。
大鎌攻撃は二刀でパリィし、尻尾や大振りな連続攻撃は俊足で避ける。たまに掠るも、それらは全て多重高速リジェネで回復する為、あまり意味は無い。
それでも流石はクォーターポイントのボスか、あまりダメージが入らない。いや、かなり入っているのだろうが、隙を作らないようにソードスキルの使用を控えているので、あまり纏まったダメージが入らないのだ。
本来ならレイドが不可欠なボス戦にソロで挑む。そんな馬鹿なこと、俺以外がするはずも無い。
これは償いなのだ。この世界に囚われた者達、この世界で死んだ者達、この世界で魂をゆがめられた者達。そして、リズやアスナ達のように、俺の罪を背負おうとしたり、俺を助けてくれる者達に対する贖罪なのだ。
*
結局、俺がボス戦を終えたのは、戦闘開始から四時間後――攻略組全員がボス部屋前に揃っている状態だった。
ボスに止めを刺すと同時、七十六層へ続く階段と、七十五層迷宮区の大扉が開く。後ろで多くのプレイヤーが息を呑むのが分かった。
俺は押し寄せてくる疲労に耐え切れず、ドサッと地面に仰向けに倒れた。なんだかボス戦のあとって、仰向けに倒れる事が多い気がする。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『『『『『キリトッ!!!』』』』』
攻略組全員が叫び、直後に数人分の駆け足の音。それは完全に予期しており。いつもの事だと割り切る。
俺は足音――アスナ達が俺にたどり着く前に起き上がり、二刀を背にしまう。アスナ達は酷く焦り、泣く寸前の表情をしていた。
「よ……生きてたぞ」
「「「「「馬鹿っ!!! どうして脱出しなかったの?!」」」」」
「ここ、結晶無効化空間だったんだよ。だから逃げれなかったんだ」
俺の言葉になんだと……ッ?! とクラインが呻いている。周りのメンバーも似たり寄ったりだ。そして俺になんとも言えない表情を向けている。
「生きていたから良かったが…………よく倒せたな? いくらお前ぇがボスのソロ討伐に慣れてるからって、クォーターポイントのボスは普通無理だろう……」
「やらなきゃ死んでたからな。流石に今日死んだら、二刀を鍛えてくれたリズに申し訳が立たない」
俺の言葉にアスナ達女性陣が不機嫌な顔で睨んできた。一体なにが逆鱗に触れたのだろう?
「ま、こうして生き残れたんだ。早く上の層に行こう」
俺の呼びかけに微妙な反応を返し、俺達攻略組は七十六層へと上った。そこで、原作通りの展開とゲーム通りの展開が起こることになるのだった。
はい、ユウキ視点、続けてキリト視点に移りましたが、如何でしたでしょうか?
今作のユウキは基本的に勘が鋭いです。既に分かった方も居ると思いますが、ユウキもキリトとほぼ同じような状態で、中身の年齢は同年代の人より上だからです。
要はキリトは作者のオリジナルキャラが転生した存在なのに対し、ユウキは原作から今作の世界へ転生した存在であるということです。
この設定、かなり重要なので覚えておいて下さい。
前話で書き忘れていたのですが、活動報告の方に《R18作品について・改め》というものを書きました。ぶっちゃけて言えば前書いた時の制限をほぼ無くしたという宣言みたいなものです。
取り敢えず近い内にお試しとして一話だけ投稿しようかなと思っています。
更に、そのお話では盛大にネタバレを含みます。そこは活動報告も併せて読んで頂けばわかると思います。
さて、ではそろそろ次話予告です。
たった一人で三体目のクォーターボスを倒してしまったキリトは、助けに駆け付けた攻略組を伴って七十六層の街へと歩を進める。
強敵の後の街だからかとても広く、綺麗な街並みにプレイヤー達が三々五々散る中、キリトはある出会いを果たす。
それは本来、この世界には存在しない者と、居る筈の無い者との出会いだった……
次話、第十七章 ~異界より来たりし者達~
活動報告の方もよろしくお願いします。
ではでは!
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第十七章 ~異界より来たりし者達~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
さて、今話から完全ゲーム展開へ入るにあたって、ゲームでも原作でも人気なあの子達が登場します。ゲームを知ってる方ならすぐ分かる筈です。
更に、本来なら居ない筈の子達も登場です。理屈を考えてはいけません。
では今回はこの辺で。
第十七章、どうぞ!
第十七章 ~異界より来たりし者達~
俺達は長い長い階段を上り、七十六層の大地を踏みしめた。まずは主街区へ向かう事にし、全員で進む。その時、俺はある違和感を覚えた。
この層に関して――ではない。一瞬だが、ラグがあったように感じたのだ。
《SAO》は自立型基幹プログラム【カーディナル・システム】があり、エラー訂正・修正機能を持つ。超高性能のサーバーを使用しているので、ラグや処理落ちが起こるという事は、それだけカーディナルに負荷――――つまりは外部からの接触があったという事だろう。
他の皆は気付いていない。俺は前世でしていたゲーム設定を思い出し、メニューを開いてスキルや装備品を確認する。かなり入念に調べたが、異常もバグも起こっていない。ひとまず安心だが……油断は出来ないな。
「お。キリト、あれじゃねぇか?」
「そうみたいだな。よし、じゃあ入ろうか」
クラインの指摘に意識が引き戻され、俺は七十六層主街区に脚を踏み入れた。
そこは小さな川が流れ、草花などの自然も多く、活気溢れる街だった。西洋の城下町と思えるような街並みだ。クライン以下、攻略組の殆どが速攻で街の散策を始め、残ったのは俺だけ。原作キリトと仲が良いメンバーも散策に出かけており、俺はそれを若干嬉しく思う。
惜しむらくは、あの少女達がいないことであろうか……嘆いてもせん無い事、いや、そもそもあの少女が来たらそれはそれで大変というか、この後の物語が色々と狂いそうなのだが。
――――と、俺が考えていると。ふと妙な音を俺の聴覚野が捉えた。
バジジ、ジジジジ、という音は、聞き方によってはノイズだ。なんとなく嫌な予感がして空に目を向けると――なんと。次の層の床、俺達から見て天蓋にあたる部分がバグのように穴が開き、そこから少女が現れるではないか。どう考えてもゲーム通りの展開。
少女が穴から完全に身体が出ると、穴は閉じ、少女が自由落下を始めた。ここは圏内なのでダメージは受けないが、百メートルの高さから落ちれば半端ではない精神的ダメージがある。トラウマにもなる恐れがあるし、そも、俺に少女を助けないという選択肢は無い。
俺は大急ぎで駆ける。
「ッ…………間に合え……!」
少女の落下予測地点と俺がいたところは転移門を挟んで正反対。距離は直線にして五十メートルか。幸い、正反対方向には道はあったからなんとかなるだろう。あとは俺の敏捷力パラメータ次第。
全力で走ってスライディング。丁度落ちてきた少女をお姫様抱っこの状態でキャッチする。安堵の息を吐き、少女をよく見る。
短い黒髪、華奢な体躯に猫のような雰囲気を感じる。服装は緑を基調としており、金属防具は胸当てだけ。動きやすさ重視なのが窺える。どう見ても、【ホロウ・フラグメント】というゲームで登場する衣装の、原作五&六巻のヒロイン《朝田詩乃》こと《シノン》である。この時期はまだ《GGO》(ガンゲイル・オンライン)は無い筈なので、おそらく射撃関係は未だトラウマだ。
さて、この少女をどうしよう? このままというのはアレだし、かといって他人に任せるのは論外。なら俺が汚れ役として色々なレクチャーをするかな、主にこの世界についてと犯罪の手口について…………確実に嫌われるだろうけど。
そうと決まれば即実行。俺は少女を背負い、急いで二十二層のホームへと帰る。途中何度か奇異な物を見る視線を受けたが、そんなものに構ってられない。ホームに着き次第、彼女をベッドに横たわらせる。一応手軽にサンドイッチとミルクコーヒー、それとある物を用意する。
そのまま待つも、一時間経っても起きないのでホームに全ロックをかけ、森を散歩する。実はこの森、ちょっとした噂が二つあるのだ。内一つはさっき仕入れたのだが。
前から入っていた噂は、なんでもこの層の奥深くに、白のワンピースに長い黒髪、黒のワンピースに長い銀髪の幽霊が出るらしい。まぁ、場所からして、どう考えてもユイなのだろうが、しかし黒のワンピースの方は知らない。一体何者か。
そしてもう一つのさっき仕入れた噂は、この森のどこかに金髪の妖精が出るとのことだった。これにも心当たりはあるのだが、しかしそれだと少々おかしくなる。その妖精は前世でしていたゲームでも登場するのだが、リアルは《桐ヶ谷直葉》、つまり、この世界のリーファ=俺の姉にあたるのだ。既にSAOにリーファがいるのに、何故妖精の噂があるのかが不思議というか妙な話である。
そう考えながら散歩していると、不意に辺りが暗くなった気がした。現在の時刻は午後八時。確かに暗いのは当然だが、突如として更に暗くなるのはどういうことか。何かのイベントでも発生させてしまったか。
武装しながら辺りを見回すと、見つけた。
いや…………見つけてしまった。噂通りの幽霊と思しき人影が二つ、俺の方に顔を向けている。杉の木から少し顔を覗かせているだけなので、確かにこれは怖い。二刀を背負っていなかったら、俺ですら恐怖で身が竦んで動けなくなっている。
そのままどれくらい経過したか。何を映しているのかわからない二対四個の瞳は俺を捉え続け、いきなり横に倒れた。ドサドサッと、幽霊にあるまじき音がする。
「やっぱりプレイヤーか……?」
そう呟きながら駆け寄る。疑問系なのは、ユイと思しき白のワンピースの少女だけならまだしも、黒のワンピースの少女に全く心当たりが無いからである。
駆け寄る途中、またしても人影を見つけた。しかも、それは俺の見覚えのある――しかしこの世界にはもう存在しない筈の姿だった。金髪ポニーテールに黄緑の小さい翅、白と緑を基調としたレザーアーマーとブレザーにスカート、翠の反りのある片手剣を腰に差している少女。極めつきに小さく尖った耳。
どう見てもその姿は――――
「――――リーファ、か……?」
俺の掠れてか細い、音としても不明瞭すぎる問いかけに反応したか、少女の尖った耳がピクンと動き、こちらを振り返って――――驚きに顔を染めた。信じられないという風に俺を見て、口を開く妖精少女。
「お兄ちゃん……?」
「お、お兄ちゃん?!」
俺は変な声を出してしまった。《桐ヶ谷和人》として生まれてこの方、お兄ちゃんと呼ばれたことなど無い。しかし少女は驚きから一転、喜色満面になって俺の方に駆け寄り、手を両手で包んではしゃぐ。
「やっぱりそうだ! やっと会えたよ、お兄ちゃん!」
「待て待て待て待て。俺に妹はいないぞ。てか、なんでアバターが妖精なんだ?」
「うそ?! あたしは妹だよ?! まさか妹を忘れたの?! あたしだよ、直葉だよ、桐ヶ谷直葉! お兄ちゃんの一つ下の、十五歳になった妹だよ!」
マジか……どう考えても原作の直葉が入り込んでる。なんだかゲームに侵食されてないか? 大丈夫かよ、龍神?
――――などと、現実逃避気味にそんな思考を巡らせる俺。とりあえず疑問は棚上げにして。
「えっと……とりあえずそこに倒れてる女の子二人を運びたいんだけど……話はそれからでいいか?」
俺の言葉にリーファはすぐに女の子達に気付いて、首を縦に振る。俺は銀髪の少女、リーファは黒髪の少女をそれぞれ背負って、俺のホームに戻る。
ホームに戻ると、ベッドで寝かせていた少女も目を覚ましていた。俺の容姿を見て警戒していたが、背負っている少女二人を見てなんだかほっと息を吐いていた。
「お、目が覚めたか。どこか調子の悪いとこはあるか?」
「…………とりあえず無い。一応、ありがとうと言っておくわ……で、なんでアンタは剣なんか持ってるのよ。捕まるわよ」
「…………剣持ってないとこの世界では生きれないんだけどな……仕方ない。妖精含めて、諸々説明するか」
ソファに二人の少女を寝かせて毛布をかける。それから俺は一人用、妖精と猫っぽい少女は対面の大き目のソファに座る。目の前の低いテーブルにはサンドイッチや水を用意している。
「まず自己紹介からしよう。俺は《キリト》だ」
「あたしは《リーファ》。あっ、このアバターは《ALO》っていうゲームのアバターなんだ」
「私は……《朝田詩乃》よ」
「ちょっと待て。それはリアルネームだろ、アバターネームの方を教えてくれ。右手の人差し指と中指を立てて上から下に振ればメニューが出る。そこに表示されてるから」
俺の指示通りにぎこちなく振る猫っぽい少女。メニューが出た途端、驚愕で固まった。
「えっと……《シノン》……それが私の名前みたい、だけど……こんな名前、付けた覚えが無いんだけど……」
「ン? それじゃあ、この世界に来たときのことを覚えてないのか? 空からいきなり落ちてきたんだぞ」
「待って、私も混乱してるの…………やっぱりダメ。ここに来る前後含めて、あまり覚えてない」
「そうか……まぁ焦らなくてもいいだろ。焦っても記憶が戻りはしないだろうし。それで……リーファ、お前は俺の妹って言ってたよな?」
「そうだよ!」
ムクレた感じで言う妖精少女。しかし今回ばかりは俺もよく分からない。
「今の俺は数えで十四歳、お前より年下だ」
「…………は? え……でも…………」
「《SAO》のアバターはリアルに基づいている。それはこの世界の最初に皆が使ってる、あるアイテムのせいで。もし、お前が容姿で俺を兄と思っているのなら人違いだ」
「そ、そんな……?! で、でもお役人さんには《キリト》っていうアバターネームのトッププレイヤーって言われてたし、キミは完全にお兄ちゃんと同じ容姿だし……!」
「同じ姿に同名か……トッププレイヤーってことは攻略組か……? でも、俺以外に《キリト》って聞き覚えは無いしな……」
俺の言葉に悄然と項垂れるリーファ。見てて罪悪感が湧くが、ここで嘘を言ってもな……
「ねぇ、ちょっといいかしら。そもそもこの世界って何のこと?」
「ああ……シノンは記憶が無いんだったな。丁度良いし、リーファもこの世界の説明聞いとけ」
項垂れていたリーファも、流石に耳を傾ける体勢を作り、シノンも落ち着いて聞く体勢を取っている。二人とも冷静で非常に助かる。
「それじゃ説明するぞ。そもそもここは現実世界じゃなく、電子と二進法で作られたデータ世界……仮想世界と呼ばれるゲームの中だ。ゲームのタイトルは《ソードアート・オンライン》、通称《SAO》。シノン、聞き覚えは?」
「ん……ごめんなさい。なんとなくある気はするんだけど……」
「いや、謝らなくて良い。それで……この世界はヴァーチャル・リアリティ……つまり、限りなく現実に近いオンラインゲームの中ってことだ。そしてここはゲームの中、なんだが……決して遊びの為の世界じゃない」
「どういうこと? ゲームなんだから、遊びなんじゃないの?」
シノンが俺に質問してくる。オンラインゲームが分かるという事は、どうやら生活の基礎知識は狂ってないらしい。
「《SAO》製作者は二人いて、茅場晶彦という一人の男が、このゲームをデスゲームに変えたんだ……この世界に入るには、専用のハード――ナーヴギアというヘルメットみたいなのを被るんだけどな……それに仕掛けが施されてたんだ」
「仕掛け……?」
「ある条件を満たすと死んでしまう。現実へ帰る方法……自発的なログアウト――ゲームプレイをやめる事も出来ない。およそ一万人のプレイヤーが囚われたんだよ、この世界に。死ぬ条件は、今現在においては一つだけと言って良い。そして、それが普通のゲームとの差なんだ」
「それって一体なに?」
「いいか、二人とも、よく聞けよ。現在、人が現実でも死ぬことになる最大の条件は……アバターのHPがゼロになることだ。HPが全損すれば、俺達が被ってるナーヴギアが俺達の脳を、電子レンジと同じ原理で焼き切って破壊する」
俺の説明に、シノンもリーファも絶句した。特にシノンの驚きは尋常ではないだろう。巻き込まれた形なのだ。
「狂ってる……」
「ああ、確かにな。とはいえ、きちんと基礎をしっかりとして油断さえしなければ、余程のことが無い限り死にはしないよ」
「まぁ、キリト君はそれで二年生き抜いてるんだしね」
「何言ってる? 今は一年と七ヶ月だぞ?」
「え、あれ?! 今日って2024年11月7日じゃないの?!」
「今日は2024年6月5日だ」
リーファはメニューで日にち確認をし、それから更に混乱した。まさかと思っていたが、やはり原作世界から迷い込んだようだ。
「どうもリーファはパラレルな世界から来てしまったらしいな。SFかよ」
「で、でも、そんな事がありえるの……? 普通はありえないでしょ」
「ところがどっこい。この世界のサーバー、量子回路並列演算式をとってるらしくてな。要は、平行世界にある量子回路演算機器も使ってるサーバー、とSF的に見れば言えなくも無い。事実、俺とお前は兄妹関係じゃないし。何故かは知らんが、リーファは目的のSAOとは別の世界のSAOに来てしまったらしいな」
「そ、そんなぁ……」
泣き崩れるリーファ。やはり酷だっただろうか、しかしここでぼかしてもすぐに色々と分かるしなぁ……
「とにかく。シノン、リーファ。この世界については理解したか?」
「ええ、ありがとう」
「うん……」
「二人の過ごす場所だがな、しばらくは俺の家にすると良い。この辺りはモンスターは現れないから、余程、迷宮区――あの白い塔――に近づかなければ襲われる事も、まぁ殆ど無いだろう」
「「……殆ど?」」
俺は注いでいた水を飲む。二人も釣られて飲み――――コップを落とした。HPバーが黄色に点滅、麻痺のデバフアイコンが付与されている。
「これが、俺が『殆ど襲われない』と言った理由だ。この世界に、進んで人殺しをする奴らがいるんだ。麻痺で動けなくして殺したり、女なら……犯したり、な」
「で、でも……ハラスメント防止コードが、あるでしょ……?」
「なに、それ……?」
「ハラスメント防止コード、別名セクハラコード。痴漢撃退法と思ってくれればいい。このコードが発動すると、目の前にウィンドウが出る。それのYesを押すか、コールすれば、相手を牢獄に入れれる。ただし、このコードにも抜け道がある。麻痺や睡眠状態だと発動しないし――――」
俺は二人の右手を持って振る。するとウィンドウが現れ、二人は驚愕に目を見開く。
「このように、他人の動作でもウィンドウが開ける。んで、そういうことする際には、ハラスメント防止コードが邪魔になるんだが、こう可視化モードにして……オプションをクリック。んでどんどん潜っていくと、《倫理解除設定》ってやつが出る。これはハラスメント防止コード解除設定と思ってくれれば良い。あとはこれを解除すれば――――」
俺の指がどんどんウィンドウに伸び、それに比例して二人に涙が浮かび、叫ぼうとする。
しかし麻痺状態だと囁き程度にしか声が出ない為、それは悲鳴になっていない。身体をカタカタ震わせ、大粒の涙を流して恐怖しているその姿は、もう十分に警戒心と恐怖心を心と記憶に刻んだことだろう。
「――――終わりなんだが、俺はそこまではしないよ。ほら」
「「んぐっ?!」」
二人に新たに注いだ水を飲ませる。直後、麻痺アイコンが消えた。これは解毒薬だ。
「――――あ、アンタねぇ! いきなり何すんのよッ?!」
「これくらいしないと、言葉だけじゃ伝わらない部分がわかるだろ。大事なのは二人が感じた、その恐怖だ。それを絶対に忘れるなよ、じゃないと死ぬぞ。ただでさえ二人はSAOに疎いんだから」
シノンはまだ鼻息荒く俺を睨むが、それも落ち着いたらしくソファに座りなおした。リーファも、俺に警戒の冷たい視線を向けるも座った。
「さて……今日はこの辺にするか。一応聞いておくが、二人はこの世界で戦うのか? それとも戦わないのか?」
俺がソファに座りながら二人に聞く。
実際、これはかなり重要だ。戦わないのなら第一層の教会に行って、知り合いに保護してもらうつもりだ。ただ戦うと言うのなら、その準備をしなければならない。あまり時間が掛けられない分、今聞いておく必要があった。
「ん…………この世界で死んだら、現実でも死ぬのよね?」
「そうだな。リアルの事は分からないけど、茅場の話ではそうらしい」
「だったら……私は戦う。逃げてばかりじゃ強くなれないもの。私は、強くなりたい……この困難なゲームをもクリアできるほど、強く……!」
シノンは瞳に強い意志の輝きを宿らせ、俺にそう訴える。覚悟はあるみたいだ。ならばリーファはどうだろう?
「リーファ、お前はどうする? この世界に、お前の逢いたい兄はいない。お前が戦う必要は無いし、俺はそれを咎めはしない。戦わないのなら、お前を第一層で子供達を保護してる知り合いに託すつもりだ」
「…………ごめんなさい。一晩……考えさせて下さい」
俯き、唇を強く噛んでそう零すリーファ。これは答えを焦っても良い結果にはならない。最悪、自分の答えと心の整合ができず、そのまま死ぬ可能性もある。死ぬことは絶対に避けなければならない。
俺はリーファに「なら、明日の朝食後に答えを聞く。無論、知り合いのとこに行った後でも、戦うのなら言ってくれてもいい。焦らず、ゆっくり考えて答えを出せ」と言い、二人を寝室に案内した。
二人は別々の部屋で寝ると言ったので、最低限寝れるように部屋を整える。二人と分かれた後は、俺も眠りに就いた。
はい、如何でしたでしょうか?
シノンの方は分かったでしょうが、ここで妖精リーファが出るとは思わなかったかも知れません。平行世界の人間という設定です。
更に原作の娘ポジションの子も出ましたね……一人増えてましたが、気にしないで下さい、気にしたら負けです(笑)
ところで、今話の途中でキリトが二人に麻痺毒飲ませてましたが、あのホームの中は圏内という設定です。圏内では本来如何なる手段であっても相手プレイヤーに干渉はできません。
ではなぜ圏内なのに麻痺らせられたかというと、ゲームであったとあるイベントを参考にしました。ゲームでは食べ物、液体を介したものだと状態異常が付与されるらしいので、それを参考にしたのです。
興味がある方はゲームのリーファイベント、フィリアイベントをご覧ください。ちなみにリーファイベントは今作でもするつもりなので、そこでこういう事だったのかと納得して頂ければ幸いです。
では、そろそろ予告です。
意を決して乗り込んだ死の世界、そこは彼女が望んだ世界では無かった。しかし元の世界へ帰るためにただ震えてばかりではいられないと、覚悟して戦う事を決意するシノンを見て、リーファもまた決意した。
それを受けたキリトは二人を鍛えるために考えを巡らせる。その傍らで、眠り続けていた少女達が目を覚まし……
次話、第十八章 ~風と猫と心の少女達~
ではでは!
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第十八章 ~風と猫と心の少女達~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今回は多くは語りません。何故なら内容が短いのと、タイトルでバレバレだからです。
今回は完全リーファ視点です。
ではどうぞ!
第十八章 ~風と猫と心の少女達~
あたし、《桐ヶ谷直葉》こと、アルヴヘイム・オンライン、通称《ALO》の古参プレイヤー《リーファ》は、現在絶賛混乱中だ。
友人の《長田慎一》こと《レコン》が隠し持っていたナーヴギアと《SAO》をほぼ力ずくで借り、あたしはそれらを使ってSAOにログインした。いきなり出たのは街でなく、どこかの杉の森だった。
そのまま数日、全くモンスターが出ないのを良いことに散策し続け、しかしプレイヤーの気配や、何故かALOから引き継いでいる数多のスキル(魔法系は無かったが)で何かを察知すると、すぐに身を隠していた。なにせ自分のアバターはALOのもの。魔法や妖精といった要素が無い筈のSAOに妖精型アバターは無い筈なので、見つかると大変だ。
空腹の中歩き回り、鳥の鳴き声と暗闇の森林のある場所で立ち止まっていると、いつの間にか背後に誰かがいた。振り向くと、そこには――――兄《桐ヶ谷和人》がいた。
事前に総務省のお役人さんからお兄ちゃんのキャラクターネームを聞いていたけど、それが不要なほど、そのプレイヤーの容姿はリアルそっくりだった。思わず駆け寄って手を取りはしゃいだ。
「やっぱりそうだ! やっと会えたよ、お兄ちゃん!」
「待て待て待て待て。俺に妹はいないぞ。てか、なんでアバターが妖精なんだ?」
しかし、彼の反応はあたしの想像の外のものだった。
妹はいない。
それはつまり、あたしのことを否定するという事。お兄ちゃんに会いたい想い一つで意を決してSAOに来たのに、彼の話で、ここがパラレルワールドだという推測が立った。つまり、この世界にはあたしの大好きなお兄ちゃんが……逢いたいお兄ちゃんがいないのだ。
そしてあたしは今、ナーヴギアを被ってSAOにいる。それはHPがゼロになれば、元の世界で寝ているあたしも死ぬという事。しばらくは彼――お兄ちゃんに酷似した容姿のキリトくんの家で過ごすことになった。
寝る前に、これからどうするか聞かれた。戦うのならキリトくんが色々面倒見てくれるらしいし、戦わないのなら第一層で子供達の世話をしている教会に預けるそうだ。ほぼ同時期に来たらしい、部分的な記憶喪失状態の《シノン》さんは戦うことにした。
でも、あたしは悩んでる。
お兄ちゃんに逢いに来たけど、ここはパラレルワールド。あたしのお兄ちゃんはいない。キリトくんは無理しないように言ってきた。ここにあたしのお兄ちゃんはいないのだから、わざわざ命を懸けなくてもいい、と。確かにそうかもしれない。
でも、あたしの面倒見てくれる彼は年下で、しかもこの世界のクリアを目指す攻略組の一人。最強プレイヤーでソロだと言うのだ。そんな彼が戦っていて、自分はのうのうと安全なところで過ごすなんて嫌だ。それでは覚悟してまでこの世界に来た意味が無い。
当然、この世界で死ねばそれこそ意味が無い。けど、この世界から出る為にも、少しでも彼の支えになれるようにするためにも、戦うことを決める。これでも、ALOではシルフ族で五指に入るほどの――ALO中三指に入るほどの実力はあるのだ。油断せず、レベルや装備を整えれば力になれる筈。
そう結論を出し、あたしはキリトくんのホームの寝室で意識を沈めた。
翌日、彼にあたし自身の結論を、考えた過程含めて伝えた。すると彼は微笑んで――――
「兄想いの良い妹だな。まったく。果報者だな、リーファの兄は」
――――と感想を述べ、あたしとシノンさんの訓練をする事が決まった。
今は三人で、キリトくんが作った朝食のフルーツサンドとココアを食べながら、この世界のスキルや武具、システムについて教わっている。キリトくんは七枚のホロウィンドウに何かを書き込みながら解説をしてくれている。なんでも、今日は知り合いと探索に出かける約束があるらしく、あたし達の本格的な訓練は明日かららしい。そのためのガイドブックのようなものを書いているのだとか。
今、あたしとシノンさんのレベルは52。スキルは《片手剣》1000、《索敵》852、《隠蔽》534、《投剣》10。
シノンさんは《索敵》100、《隠蔽》367、《投剣》0となっている。
あたしはこれでも結構高めなのだが、キリトくんから言わせれば、「低い。それでモンスターと戦えば、下手すればすぐに死ぬ」とのこと。何でも、少し前にあったバグのせいでモンスターのAIが若干賢くなり、ポップ速度もかなり上がっているらしい。
せめて武器スキルを完全習得し、《索敵》と《隠蔽》をどちらも八百~九百までは最低限必要らしい。
「リーファの武器は片手剣か? 剣道を習ってるのなら両手剣や刀の方が良いんじゃないか?」
「う~ん……両手剣も良いんだけど、ALOで片手剣の扱いに慣れちゃってて……」
「そうか、まぁいいけど。SAOは必殺技のソードスキルがあるけど、片手剣を両手で剣道みたいに持つと発動しない。それは気をつけてくれ」
「うん」
彼はあたしにそう忠告し、次にシノンさんに話しかけた。シノンさんはフルーツサンドをゆっくり食べ、その表情はあまりの美味しさに緩んでいる。確かに、この味は現実でもまず味わえない。
仮想世界は基本、現実の味とは微妙に違った味わいのもばかりで、たまに酷いものもある。けれど彼の作る料理は全て完璧に再現されていて、しかも絶品。すぐに食べ終えてしまう。
《料理》スキルをコンプリートしたらしいけど、攻略組でそれをコンプした人は彼だけらしい。何かの食事会の時は必ず彼は呼び出されるらしく、早く誰かもコンプしてくれないかと言っている。話によれば、知り合いの女性プレイヤー数人がコンプしかけらしい。
「シノンの武器なんだが…………武器スキル値が全てゼロだ。逆に言えば、どんな武器にもすることが出来る。まずはメインを決めて、最低700以上にしないとだけど……」
「私のメイン武器……剣とかレイピアとかは、なんだかしっくりこないのよね……」
「そうなんだよな……一応、シノンでも装備できるレベル帯の全種の武器を渡しておく。今日一日、全部試してみてくれ」
彼がそう言ってトレードウィンドウを出し、シノンさんがそれにぎこちない操作で応じた。出して見せてもらったが、かなり豊富に取り揃えられている。武器の見た目は無難なもので、実用重視の無骨な物ばかりだった。あたしやシノンさんのステータスでも十分に装備できる物ばかり。
しかし彼は攻略組、なぜ中層域プレイヤーレベルの装備を持っていたのだろう。疑問に思って聞いてみると。
「モンスターを倒して素材集めしてたら、いつの間にかドロップして集まってた」
との事。
通常、モンスターから装備品がドロップされるのは稀。どれだけリアルラックがあるのか。この世界に囚われている時点でリアルラックも何も無いと思うけれど。
しばらく武器の特徴や短所、ステータスに振るボーナスポイントの振り方、有用なスキルのことを聞いた。食事が終わってからは外でいくつかスキルを手本に見せてもらった。
彼が使ったソードスキルは片手剣の《ホリゾンタル》と、短剣の《クロスエッジ》という基本技らしい。それでも場面を選べば強力なのだとか。
そうやって時間が過ぎ、一旦家の中に入る。彼は少女二人の様子を見に行くので、あたし達も一緒について行った。二人を寝かしていたソファでは、既に目を覚ましていたらしい少女達が起きて座っていた。
キリトくんはその事に安堵の息を吐き、二人に話しかけた。
「大丈夫か? 自分達の事、分かるか?」
キリトくんが穏やかに聞くと、二人の少女は彼に向き直り、少女に似つかわしくない真剣な表情で話し始めた。
「私達は……メンタルヘルス・カウンセリング・プログラムと呼ばれるAIです。私はMHCP試作一号《ユイ》」
「わたしは……MHCP試作二号《ルイ》……あなたに……キリトに、会いにきたの」
「俺に……?」
それから彼女達は語った。
自分達はプレイヤーの精神的ケアを目的とされて作られ、しかしデスゲーム開始直後に、プレイヤーとの一切接触を禁止された事。義務だけがあり、権利が無い板ばさみ状態のなか、プレイヤー達の巨大な負の感情をモニターし、それを受けてエラーを次々溜め込み、段々壊れていった事を。
そして、キリトくんの精神状態が他のプレイヤーとは違っていることに気付いた。
他のプレイヤーの悪感情を一身に受け、人の死に敏感で深い絶望に囚われながらも戦い続ける。その絶望の先には必ず皆を護るという信念、光があったことを。
それに深い興味を覚えて惹かれ、いつしか逢いたい、その光に触れてみたい、彼と会って話したいと思うようになり、彼のホームである二十二層に実体化したのだという。今の状態は、エラーで完全に壊れる一歩手前の状態らしい。
「なるほど……それで俺に会いたいと思ったわけか」
「はい。キリトさんの心は深い闇、絶望に覆われているにもかかわらず、何故かいつも光っているように感じられたんです」
「それを不思議に感じて……逢ってみたいっていう思いを……抑えられなくなった……」
「そうか…………なんなら、ここで一緒に暮らすか? 生憎、俺は攻略や他にも大切な用事があるからあまり一緒にはいられないけど、リーファやシノンはここにいるし」
「…………いいのですか? 迷惑とかじゃないですか? AIですよ?」
「構わない。AIだから拒絶するなんていうのは俺には無い。俺を親と思ってくれて構わないぞ? 結婚してないから母親いないけど」
彼の提案に、真剣で、でもどこか暗く寂しげだったユイちゃんにルイちゃんの表情が一気に明るくなった。笑顔満面でキリトくんに抱きついていく。
「だったら私、キリトさんの事、パパって呼びます!」
「ならわたしは、お父さんって呼ぶ……!」
「いいぞ。二人は俺の娘になったわけだから、俺達は家族だな。ユイ、ルイ。これからよろしくな!」
「はい! パパ!」
「うん……! お父さん!」
キリトくんとユイちゃんにルイちゃん――――親子となった三人は笑顔で笑う。その表情はどこか似ていて、なんとも不思議な親子なのだった。
はい、今話はシノンとリーファの訓練準備、そしてMHCPであるユイと妹のルイの登場でした。
MHCPのユイとルイに関してですが、原作ではユイだけで、しかもキリト達に会った時にはプレイヤーの負の感情で言語機能まで損傷される程にエラーをため込んでいました。
今作ではどうしようもない負の感情をキリトが一心に受けていますし、原作より途轍もない速度で階層を攻略しているので、原作よりはまだマシという構想です。なのでギリギリ二人は記憶を保っていた訳です。
そしてMHCP二号であるというルイですが、ゲームでは別のキャラがここにあたります。その子は今作では一つずれ、MHCP三号です。
利発なユイ、大人しいルイ、爛漫な三号と性格を変えているので今後楽しめると思います。結構後になってからでないと面白くないでしょうけど。
ではそろそろ予告です。
時は速く過ぎ去り、キリトはフィリアが《アインクラッド》へ戻れるよう協力し、エリアを次々と攻略していった。キリトの信頼を感じ、フィリアは温かい気持ちになる。
しかしそのキリトの背後に魔の手が差し迫っていた。
次話、第十九章 ~虚ろな心を癒すホロウ・フラグメント~
暫くアスナ達はお休みです。
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第十九章 ~虚ろな心を癒すホロウ・フラグメント~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
突然ですがここで謝罪させていただく事があります。
どうやら第十九章を投稿する際、予約のつもりがその時の時間に投稿してしまっていたようで、第十八章と第十九章の順番が逆になっていたのです。
このミスは初心者という事もありますが、私が阿呆な為に起きてしまった事です。
既に順番を戻しているのですが、間違った順番の間に読んでしまった皆様には、ご迷惑をお掛けしてしまった事を深く謝罪致します。申し訳ありませんでした。
さて、真面目な謝罪はここまでとさせて頂き、今話について触れようと思います。
今話はゲーム《ホロウ・フラグメント》の舞台となる《ホロウ・エリア》でのお話です。まぁ、タイトルからもお察しでしょう。
知らない方も居ると思うので補足として。
《ホロウ・エリア》は樹海エリア、浮遊遺跡エリア、入江エリア、洞窟エリア、異界の森エリアの五つのエリアがあり、そこの最奥にいるエリアボスを倒す事で名前を挙げた順に攻略していくようになっています。
つまり樹海エリアのボスを倒した事で、次は浮遊遺跡エリアに行くという形です。
で。既にゲームのネタバレをしてしまっていますが、フィリアは現在本来ならあり得ないパターンでオレンジ化してしまっています。《もう一人の自分》という《ホロウ》と《オリジナル》は、《ホロウ・エリア》のルールで同時に存在する事は無いからです。
しかしヒースクリフの唐突な消滅、別ゲームからの参入者、封印されている筈のMHCPが出てくるといったシステム障害を来しているため、フィリアは《ホロウ・エリア》に飛ばされた時に出会ってしまい、攻撃してしまった。グリーンである《ホロウ》を攻撃したので本来あり得ないパターンのオレンジ化をしてしまったのです。
それを解除しなければ《アインクラッド》へ戻れないので、二人は協力してエリアを回って行っています。
その途中が今話です。お話はリーファ達が来てから二週間後、入江エリアのエリアボス戦終盤からです。
ゲームをしている方は分かると思いますが、フィリアの剣を強化しているのでイベントを幾つか飛ばしているし、ゲーム初期のフィリアとの話はあんまり無く、そもそも今作のフィリアは既にキリトに心を許しているのでゲーム通りの会話は成り立ちません。ぶっちゃけあんまり読んでいて面白くないし、長くなるので省きました。
書き所のあるシーンと言えばエリアボス戦くらいしか無いけど、キリトのチート振りから一方的な戦いになる事は予想済みでしょうし、当時も今も私はあんまり書くつもりが無かったのです。よって重要な場面だけ抜粋し、繋げていっています。
なので、今回は急展開の連続です。
オールフィリア視点です。お楽しみください!
第十九章 ~虚ろな心を癒すホロウ・フラグメント~
彼と会ってから早二週間。あたし達は【セルベンティスの樹海】、【バステアゲート浮遊遺跡】の二つのエリアを怒涛の勢いでクリアし、現在、【グレスリーフの入り江】エリアのエリアボス《デトネイター・ザ・コボルドロード》と対峙している。
キリトの話では、第一層のフロアボスとほぼ同じらしく、対策は既に出来ているらしい。彼が取り巻きを数瞬で屠り、今はロードの相手をしている。わたしはその援護で、復活した取り巻きがキリトの邪魔をしないようにするのが役目だ。短剣使いのあたしでは決定打に欠け、ボスよりは取り巻きの方を相手にする方が安全なのだ。それでも油断は出来ないのだが。
「うおおぉぉらぁぁああッ!!!」
キリトの、より一層激しい猛攻。ソードスキル《ジ・イクリプス》を発動したのだ。奥義技をまともに喰らってノックバックを連続で課されているため、ロードはされるがまま。
キリトは異常なほどレベリングをしている上、装備も尋常ではない。超ステータスに超高性能装備、そして極めつきにユニークスキルの最強奥義。これらが全て揃えば、いかなエリアボスといえどHPはガリガリ削れる。事実、六本あったHPバーは今は最後の六本目、それもあと十分の一ほどだ。その残りさえも削りきり、キリトのソードスキルは終了、ロードはその姿を蒼い欠片へと変え、四散した。
「お疲れキリト。相変わらず、キリトはバグキャラだねぇ」
「お疲れフィリア。あと、それは言うな。自覚はしてるし……」
「ま、キリトのお陰で物凄いスピードで探索できてるんだけどね。ホント、【黒の剣士】の異名は伊達じゃないね」
キリトは二刀を背に戻し、わたしの言葉に少し落ち込んだ。それをフォローすべくこの言葉を言ったけれど、これはお世辞じゃなく、本当の感想だ。アインクラッドで異名を付けられるという事は、それだけ強いか印象的かのどちらかなのだから。
例えば、《血盟騎士団》現団長のアスナはその美しい剣技と速さから【閃光】と呼ばれている。これは強さの証として広まっている。
印象的、つまり特徴的といえば同ギルド所属のビーストテイマー、シリカだろう。彼女は数少ない女性プレイヤー、しかも見た目からして十三歳あたり。その彼女が竜を使い魔としていることから【竜姫】、果敢に立ち向かうことから【竜騎士】と呼ばれている。前者は特徴、後者は強さの証として呼ばれているのだ。
ではキリトの【黒の剣士】はどうかと言うと、これはかなり複雑だ。
彼のイメージカラーが黒、殺人を犯すなどの行動から心が黒、薄汚いビーターとかけて黒、と多くの説がある。
しかし、彼を見知った人、攻略組や情報屋、鼠のアルゴのコメントは違う。
『全プレイヤーの憎悪を一身に浴び、辛い体験から深く絶望した瞳の闇』
これが【黒の剣士】という異名の、本当の由来らしい。言われて本人を見ればなるほど、たしかに彼の瞳は闇を宿している。そしてそれは、絶望しても諦めない不屈の精神を持っているという事だ。
戦う時、何が重要か。レベル? 装備? スキルやスタイル?
否。答えは本人の精神。本人に戦う意思が無ければどれだけ強くても負ける。生きる意志が無ければ死ぬ。SAOはそう言う世界なのだ。キリトは深い絶望を受け、瞳に闇を宿しながらも生きて戦う精神を持っている。それが、攻略組が【黒の剣士】と呼ぶ異名の由来なのだ。
蔑むのではなく、ただ畏敬を込められた異名。それはかなり特殊、異例と言っても良いかもしれない。それが、キリトの歩んだ道の証。キリトの強さの源泉。彼だけは、誰も歩まなかった茨の道を歩んできたのだ、強くて当然だろう。
「そう言ってもらえて嬉しいけどな……さて、んじゃ行くか。【ジリオギア大空洞】」
「うん……どんなとこかな?」
「まぁ、普通に考えて、大きな穴が開いてるんだろうな。穴の壁の道を降りていって、洞窟を進むんじゃないか?」
事も無げに答えるキリト。そのまま先に進む。オレンジのわたしの前を歩くという事は、それだけあたしを信用しているのだろう。背中は任せたという、絶対の信頼。
この二週間で分かったが、キリトは一度信用すれば絶対に裏切らない。それはオレンジのわたしにも例外ではなく、わたしに重要な役割を振ってくれたり、レベリングに付き合ってくれたりもした。彼はとことん優しいのだ、根がお人好しなのだろう。
そんな彼に……あたしは一つ、隠していることがある。それは彼の信頼を裏切る事。
だからわたしは、彼のその無言の信頼を受けて、なんだか泣きそうになった。彼は今までも裏切りを受けてきたかもしれない。彼は今でこそ多くの人間に信用されているらしいけど、少し前は四面楚歌、孤立無援の状態で長い間ソロだったらしい。人間が信用できず独りで生きるなんて、本当に彼は今年十四歳になる少年かと思う。
そんな彼を、わたしは裏切る。裏切ってしまう。きっと恨まれる。憎悪され、嫌悪され、次に会ったときは容赦無くその二刀でわたしの命を刈り取るだろう。
でも……それでもいい。こんなわたしは、そういう末路がお似合いなのだ。大好きな人に殺され、この世を……去る。なんて……愚かな裏切り者に似合う、末路だろう。
今は彼が言っていた大きな穴の壁にある道を歩き、洞窟内の遺跡にいる。この少し先に、目的地がある。そこが……わたしとキリトの、分岐点。
きっともう、キリトはわたしに優しく声をかけてくれない。
でも……それでも、わたしは…………
「……どうした、フィリア? ずっと黙って上の空で。昨日からそうだったけど、何か悩み事か?」
キリトがあたしを心配して振り向いて聞く。その優しさが、あたしの心を抉る。
「……キリトはさ、ホントに優しいよね。オレンジのわたしにも、優しく普通に接してくれるし」
「……? いきなり何だ?」
「そのくせ、わたしはキリトに何も出来てない。キリトの力になれないし、迷惑かけてばかり。今だって、心配させちゃったし……」
キリトと二人、遺跡を歩きながら言う。
キリトは訝る表情をしながらも、わたしの話を遮ろうとはしなかった。わたしが何故この話をしだしたのか、気になるのだろう。きっと、話し終えれば分かると思って。
「キリトはわたしに光を……希望を与えてくれた。わたしにとってキリトは、虚ろな心を癒してくれる、光の欠片……ホロウ・フラグメントなんだよ」
でもゴメン、キリト。ここで……
「でも……ゴメン、キリト。バイバイ…………少し我慢してて……」
わたしの別れの挨拶に驚愕して固まったキリトを、後ろから忍び寄っていた男が目の前に現れた落とし穴に蹴落とす。キリトの驚愕に彩られ、何が起こったか理解した、その表情が見えた。
どうして……と語りかけてくる彼から、わたしは目を逸らしてしまった。
「あばよ、【黒の剣士】」
男が流暢な日本語で言う。黒のポンチョ、高い背丈、浅黒い肌に特徴的な中華包丁のような肉厚のダガー【友斬包丁(メイト・チョッパー)】。
殺人ギルド《ラフィン・コフィン》頭領PoH。
わたしは、その男と組んで……キリトを嵌めたのだ…………わたしは……オレンジ以上の……最悪な人間で……大好きな人を殺そうとした、最低な……女だ……
初めて会ったのは【バステアゲート浮遊遺跡】をクリアし、管理区でキリトと別れた後、その時だった。そしてそこでキリトのことを話された。
キリトはわたしのことを、【ホロウ・エリア】での便利な案内人としか思ってなく、完全にクリアすれば用無しと捨てると。わたしは目の前にいるPoHと同様、【カーディナル・システム】という自立型人工知能が動かすAIに過ぎず、キリトが言っていた、わたしは人間というのは嘘だと。PoHに言われた。
わたしは初めは混乱した。
でもPoHは、管理区のコンソールではAIかプレイヤーかの判断なんて付けられないと言ってきて、実際にコンソールを操ってわたしに見せた。確かに調べる事は出来なかった。
それが決定打となった。キリトは、どうしてかは知らないけど、わたしに嘘をついたんだ……そう、考えてしまった。
キリトがゲームクリアするとデータである自分達はアインクラッドと共に消去されるだろう、だから最もクリアする可能性が高いキリトを殺して、自分達は生きる。
そう言われて、自分の生を取ってしまった。キリトを騙す事で、生き永らえようとした。
最低だ…………!
「Oh……そう怖い顔するなって。キチンとここで話してやるよ」
今、わたしとPoHは、キリトを突き落としたさらに先、【情報集積遺跡内部 秘匿エリア】の一角、【細菌の回廊】という部屋にいる。そこで全てを話すと言われたのだ。キリトは殺さずに解決する方法がある、だからそのために突き落とせ。そう指示された。
キリトは今も生きてる筈。彼が死ぬなんて考えられない、でも万が一もある。わたしのせいで死にかけているのだ。行かなければ。たとえ、殺される事になったとしても。
「早く言って。わたしはキリトを助けに行かないと……!」
「Oh、健気だなぁフィリアは。まぁ……あそこで何度もプレイヤー落としてるが、誰一人戻ってこなかったし、アイツはもう死んでるだろうがな」
PoHが薄く笑いながら言った言葉に、わたしの思考は止まった。
殺さずに。
そう言われて、生きたいがために妥協点として、彼を裏切った。あとで助けにいけることを心のより所にして。しかし、この男は、もう死んでるだろう、と言った。
それでは……!
「それじゃ話と違う! お前は殺さないと言ってた筈!」
「そうだっけか? 俺はキリトを殺さないとは言ったが、落とした後の事は言ってないぜ?」
「だ、騙したのね?! 卑怯者!!!」
「陳腐な反応どうも。そのお返しとして、こっちも陳腐な言葉で返してやるよ。騙される方が悪いってな。キリトはお前のせいで死んだんだ。俺とぉ、お前でぇ、選んで決めたんだよぉ!!!」
PoHはわたしを嘲笑いながら、そう言う。お前が自分を信用したのが悪いんだ、と。キリトはお前のせいで死んだんだ、と。
殺す筈は無かった。助けに行くつもりだった。たとえ殺されようとも、それくらいのケジメはつけるべきだと思ったから。
でも、キリトは……もう……
「おいおい、何悲しんでるんだ? 人殺しのオレンジだろ? ――――オレンジ、オレンジ、オレンジ!!! 肩身が狭い同じオレンジ同士、仲良く人殺し続けようじゃあねぇかッ!!!」
PoHが両手を広げて高笑いしながら言う。わたしはもう、何も考えられなかった。
キリトは、わたしのせいで死んだ。
その事実が、わたしに重く圧し掛かる。
「歓迎するぜ、フィリア。レッドギルド《笑う棺桶》は、お前ぇのように、性根の腐った腐ったぁ……【殺人者】をよぉ……!」
オレンジのわたしを助けてくれたキリト。認めてくれたキリト。沢山助けてくれたキリト。多くの場面で、わたしの拠り所になってくれたキリト。
その彼を……コロシタ……
わたしのせいで。
「そんなこと……してないよ……キリトを……殺してなんて…………」
ポツリと、わたしは呟く。哄笑していたPoHが笑いを収める。
「――――殺すか」
一言そう呟くのが聞こえ、数瞬後、横から凄まじい衝撃が来た。蹴られたのだ。そのまま床を転がり、うつ伏せに倒れる。このままでは殺される。
でも、わたしは起き上がる気力を失っていた。
「おぉっと悪ぃな、思わず蹴っちまった、痛かったかぁ? ……そんなわけねぇよな。ココ、SAOの中だもんなぁ」
SAOは『ペインアブソーバ』という、痛みを感じるレベル調整が為され、攻撃を喰らっても痛みではなく、鈍器で殴られたような鈍い衝撃と不快感を被るだけのシステムになっている。だから痛いというのはシステム的にありえない。
でも、わたしは痛かった。体が、じゃない。心が……だ。
「ただ……キリトと生きたいだけなのに…………」
その瞬間、PoHに頭を掴まれてゴッゴッと連続で床に叩きつけられる。
「良くねぇよ、そういうの良くねぇ。手前ぇで始めた事途中で放り出して、自分もう関係無いとかそういうの一番良くねぇ。そういうのダメだって、親とか学校とかで、習わなかったか?」
PoHはそこで頭から手を離し、中腰だった姿勢から立ち上がる。
「――――習ったよなッ!」
そう言ってわたしの腹の部分を蹴り、わたしを吹っ飛ばす。ゴロゴロゴロと転がり、今度は仰向けになった。
何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。そもそも、何故【ホロウ・エリア】なんてあるんだろう。なんでオレンジになったんだろう。なんで……キリトを殺す事に賛同したんだろう。
心はもう折れ、抑えていた涙が溢れる。大好きな、でももうこの世にはいない彼の名を紡ぐ。
「……ゴメン……キリト…………」
わたしはそこで目を瞑る。涙は次第に溜まっていき、頬を伝う、PoHがゆっくり歩いてくる足音がする。
でも、もうどうでもいい。早く、殺して。早く、キリトと同じ世界へ、逝かせて……
PoHがあたしの襟元を掴んであたしを持ち上げる。身長的に差があるため、わたしはぶら下がる状態、されるがままとなっている。
「あーあ、つまらねぇなぁオメェ。可愛く泣き喚くとか、もっと女の子らしいリアクション期待したのになぁ、残念。お前使えなさそうだしもういいわぁ」
ジャキ、とダガーを構える音。そしてわたしの首筋になにかが食い込む感じ。きっと、首にダガーを当てて、じわじわと殺すつもりなのだ。
するなら、はやくして欲しい。早く、殺して欲しい……
心は完全に折れ、生きる気力を失っている。それでも涙は何故か溢れ、今までの思い出が思い浮かんだ。思い浮かんだのは何故か、現実の両親達ではなく、キリトだった。
樹海で斬り結んだ時、《ホロウ・リーパー》と戦った時、樹海や浮遊遺跡、海岸のボスと戦った時。管理区で食べた彼のお弁当、教えてもらった戦い方のコツ、OSS作成の手伝い。彼が話した、今までの経験談や仲間の話。
色々な事が一気に流れる。それらはとても楽しく――――まだ見ていたい未来。
でも、もう遅い。
キリトはこの世におらず、わたしも殺されかけている。もう遅いのだ、なにもかも。
その思いが、涙となって表れる。すぐに溢れ、頬、顎を伝って落ちる。雫が床に落ちた音がした。
それと同時――――
――――はぁぁぁあああああっ!!!
聞きたかった、あの声が聞こえた。
でも、あり得ない。どうして、何で?
そんな思いとは裏腹に、PoHの手から開放されて床に尻餅をついたまま前を見る。
黒のロングコート、短い黒髪、背に交差させた二本の鞘に両手に持った漆黒と翡翠の二刀。上下黒の衣服を着た少年が、目の前にいた。少年は肩越しに振り返ってわたしを見る。
わたしは、信じられない思いで少年キリトを見た。
「キ……リト…………?」
「ったく……随分探したぞ、フィリア」
呆れた口調で溜息を吐きながら言うキリト。その様子からは、わたしに対する怒りは感じられない。
なら何故探していたのだろう。キリトを殺そうとした、このわたしなんかを。
はい、如何でしたでしょうか?
穴に落とす前のフィリアの台詞は、実は管理区でキリトに対して言った言葉です。でもその場面を追加するの面倒だったし、今が合うかもと思って繋げました。
さて、キリトが初めて《ホロウ・エリア》管理区に行き、フィリアが《ホロウ》では無いと言ったお話で矛盾があるというのはこれだった訳です。
ゲームでも管理区で《ホロウ》か《オリジナル》かは確認できません、出来るのは描写していませんが現在進んだ四つ目のエリアにあるコンソールと、管理区の地下にあるコンソールです。
キリトに自分は人間であると言われて安心感を抱いていた所でPoHが近づき、矛盾を突いて不安定にさせた所で騙したのです。人間誰しも根幹を揺さぶられれば騙されやすいですからね。PoHはその辺の天才なので出来た事でしょう。
ゲームではフィリアの不安はずっと抱いたままだったのでキリトにツンケンしていましたが、今作では安心感を抱いていたため、その反動が強かったという設定です。
自分が《ホロウ》であるかどうかより、ずっと一緒に居てくれたキリトを、騙されたとは言えど自分の意志で殺してしまった絶望感からあんな感じになってます。ちなみにここはゲームでも一緒です。
木原数多さんと丸っきり同じなイイ性格をしていらっしゃるPoHを再現できたでしょうか? ゲームのCGイベントを丸覚えして書いたので、フィリアの心情描写は結構細かく出来ました。
SAO編でもここまでキャラの心情が違和感なく忠実なのは稀です。
何故ならプロット無しで思うがままに書いているから。
阿呆の所業、笑って頂いても結構です。
さて、次回予告です。
絶望と罪悪感に苛まれたフィリアを救うように駆け付けたのは、穴に落とされ死んだ筈のキリトだった。キリトは因縁めいたものを感じるPoHと対峙し、PoHが計画していたある事を聞き出す。
キリトはフィリアの為に、同時に全てのプレイヤーの為に、フィリアしか知らない未曾有の危機へと立ち向かう。
次話、第二十章 ~狂気と贖罪の衝突~
お楽しみに!
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第二十章 ~狂気と贖罪の衝突~
第二十章 ~狂気と贖罪の衝突~
「キリト、どうして……?」
「人を助けるのに理由が必要か?」
わたしの疑問に、キリトはなぜそんな当然な事を聞く? という態度で返す。わたしからすれば、なぜわたしを助けるのが当然なのかが気になるのだけど。
「Oh、黒の剣士……よくあそこから生きて抜けられたな?」
「俺を舐めるなよPoH。あれくらい、フロアボスを単独撃破するより楽さ」
それは比較の対象が間違ってると思うんだけど。それを出来るのはキリトだけじゃないだろうか。
PoHも同意見らしく、狂気の笑みが少し純粋な苦笑に変わっている。
「そんなことできるのはお前ぇくらいだ……お前ぇはどうして、俺の邪魔をする?」
「逆に訊くぞ、PoH。お前はどうしてそこまでして生きたいんだ? 俺を殺す事で、SAOクリアを阻止し、《ホロウ》の自分をそうまでして生かしたいか?」
「ああ。死んだら人を殺せねぇだろ? それに、足りねぇんだよ……だから俺は考えた。【アインクラッド】に【ホロウ・エリア】をアップデートすりゃ良いんだってな」
どういう意味か。アップデートして何か意味があるのだろうか? その疑問を投げかけると、キリトが固い声音で答えた。
「フィリア。俺がした《ホロウ》の説明とフィリアのオレンジの原因、覚えてるか?」
「え? えっと、何かのバグでわたしが来た時に《ホロウ》が消えなくて、それでわたしが《ホロウ》を斬っちゃったって話だよね?」
その部分でわたしはPoHの話に乗ってしまったのだ。そもそもホロウがバグで消えなかったのなら、今生きてるわたしが《ホロウ》で、《オリジナル》を殺したんだって。
「そうだ。今の話で重要なのは、『プレイヤーがいるホロウは消える』っていう原則だ。今はプレイヤー優先になってるが、これをホロウ優先にすると……『ホロウがいるプレイヤーは消える』っていう原則になる。それを【アインクラッド】に及ぼそうとしてるってわけだ、PoHは。SAOクリアはほぼ不可能になるな」
「そんな……?!」
現実の肉体は確実に衰弱していってて、いずれは死に至る。早くクリアしないと、ゲームクリア前に全員ゲームオーバーになってしまう。そう言ってキリトは一人で攻略を無理に進めていたらしい。PoHの企みは、キリトの想い全てを踏みにじるものだ。
キリトが視線を投げかけると、PoHは正解、と楽しげに言った。
「そうだぜ。そうすりゃ、《ホロウ》の俺はずっと生きられて、しかも永遠に人殺しを楽しめるってわけだ。最ッ高にCOOLじゃねぇ?」
「そうまでして、人殺しがしたいのか?」
「ああ……向こうの俺は生き残るのに、なんでこっちの俺が死ななきゃなんねぇんだ? だったら俺が全部覆してやる。ずっと【ホロウ・エリア】でPKを繰り返して手に入れた、この文様――――適正者の紋章を使ってな」
「ッ……お前も、高位テストプレイヤーだったってわけか」
そう言って右腕を見せてきた。そこにはラフィン・コフィンのギルドマークの他に、キリトと同じ文様があった。
「そうだ……な~んもなく狩りをしてた俺に天啓が来たんだよ……この文様が浮かんだ時にビビィッ! っとな。それで考え付いたんだが……――――お前ぇが来やがった」
「悪かったな」
皮肉笑いを浮かべて返すキリトに、PoHは苛立たしげな雰囲気を出し始めた。
「それで始末しようとフィリアに近づいて誘導したんだが、それも失敗……やっぱりさぁ、一番大切な事は自分でやらなきゃだめだよなぁ、ウン。だからよぉ……俺の思惑のために、イイ声を上げて死んでくれよぉ?! 黒の剣士ィッ!!!」
「フィリア! 出口付近まで下がってろ!」
PoHはキリトに襲い掛り、キリトはそれに反撃した。短剣と翠銀の剣がぶつかって火花が散る。
PoHは全力でわたしに向かおうとしているけれど、キリトが全力でそれを阻止する。キリトの猛攻は激しさを増していき、PoHは防御・回避に専念するしかなくなっていた。
キリトがソードスキルを発動させた。時計回りに独楽のように回転しながらの高速突進を繰り出す。いきなり使われたソードスキル、しかも初見の二刀流スキルだ、PoHに防げる筈も無い。
先に右上に振り上げられた薄翠の剣がPoHのメイト・チョッパーを破壊し、続けて右下へと振り下ろされる黒剣で体を斬り裂いた。フルだったPoHのHPがみるみる減っていき、すぐにゼロになる。
「あー……まぁ、いいか……」
最後にそう言い残し、PoHはその体を光る欠片へと変じさせ、消えた。
キリトは構えていた二刀を下ろして背の鞘にしまい、わたしの方に歩いてきた。
「……大丈夫か?」
「う、うん……ねぇ、キリト……どうしてわたしを殺さないの?」
「何でフィリアを殺さなきゃいけないんだ?」
若干苛立ったように首を傾げて聞き返すキリト。その表情は訝るようなものになっている。
「だってわたしは、キリトを殺そうとしたんだよ? PoHに乗せられてとはいえ、わたしはキリトの信頼を裏切った!」
わたしは何故か彼に怒鳴っていた。頭の中がぐちゃぐちゃで何を言いたいのかわからない。助けてもらったし、会いたかった人なのに、何故か怒鳴っている。自分がどうしたいのかもわからない。生きたいのか死にたいのかも。
ただ分かっているのは、死ぬのならキリトに殺されたいということ。
「キリトは今まで、オレンジのわたしにも普通に接してくれた! こうしてピンチにも駆けつけて助けてくれた! でもわたしはキリトの信頼を裏切って殺そうとした! わたしはキリトに殺されて当然――――」
瞬間。パァンッ! と乾いた音が響いて、わたしの右頬に熱い衝撃が走った。視線を彼に戻すと、彼は左手を振り抜いていた。わたしを平手打ちしたのだろう。
そして彼の表情は、憤怒を顕していた。
「キ、リト……?」
「……俺に殺されて当然……? 俺の信頼を裏切って、それでお前が死ぬのは当然なのか……? ――――ふざけてんのか」
ゾクッと、背中を冷たい何かが這い回る感じがした。キリトはわたしが見たことないほど怒っている、それがわたしに向けられて、わたしに怒っている。
それが、途方も無く……怖い。
「俺の信頼は、人の命より優先されるものか? 違うだろ。人の――――フィリアの命はフィリアの物だ。そんなことのために死ぬなんて、俺は認めない。俺を裏切った事に負い目を感じてるなら、それを挽回できるくらい俺の力になってくれ」
「キリトの……力に?」
「俺は攻略組、最終的にはSAOクリアを目指してる。一緒に【ホロウ・エリア】を探索してて分かったけど、フィリアは攻略組トップと遜色ない実力がある。オレンジエラーを解いた後は、アインクラッドの攻略組に入って欲しいんだ」
キリトの真剣な話に、わたしは涙を流すのを止めて聞き入った。彼は真剣に、本気でクリアを目指してる。
他のプレイヤーはアイテムやクエストに目が移りがちだけど、彼だけは、初期の頃から攻略一辺倒。そして攻略組、いや、全プレイヤー中最強であり、ソロプレイヤーの彼が言うのだから、わたしの実力はそうなのだろう。
彼の望みがそれで、わたしの償いになるのなら、むしろ進んでする。
「うん、わかった。あ、でも……」
「まだ何かあるのか?」
キリトが不思議そうに聞いてくる。表情は普段のポーカーフェイスに戻っていて、もう彼は怒っていないのだと分かった。だから訊けなかったことを訊く。
「PoHが見せてくれたんだけど……管理区のコンソールじゃわたしの確認取れなかったよ? 本当に、わたしは……プレイヤーなの…………?」
それはどうしても知りたかった事。ここで分からないと答えられたら、わたしはキリトから離れて自殺しようと考えていた。
でも、キリトはわたしの期待通りに答えを提示してくれた。
「それは確認済みだ。一応《アインクラッド》の黒鉄宮の《生命の碑》で確認したし、この大空洞にあったコンソールでも再確認した。管理区では、《ホロウ》とプレイヤーのマップでの反応で確認したんだ。フィリアは間違いなく、プレイヤーとして生きてるし、誰も殺してない」
優しく微笑みながら言われた言葉に、わたしはまた涙を流した。MPKしかけたのにそれを怒らないキリトの優しさと、わたしが本当にプレイヤー――――人間だと分かった事に対する安堵が、涙を流させた。
すると、頭に手が置かれる感触。キリト中腰になってわたしの頭を撫でているのだ。
わたしはもう抑えられなくて、キリトに抱きついて泣いた。初めて出会った日、管理区でしたように。キリトも、わたしを拒絶せずに撫で続けてくれた。
数分の時間を掛け、わたしは泣き止んだ。かなり気恥ずかしくて、勢い良く立ち上がる。
「そ、それで……これからどうするの?」
「【ジリオギア大空洞】と【アレバストの異界】エリアをクリアし、管理区地下の【秘匿領域】に行って、PoHのアップデートデータを消去する必要がある。あと、フィリアのオレンジエラーも消さないと。だからこれまで通りエリアボスを倒して回るが……フィリアは管理区で待機してて欲しい」
キリトが真剣に、わたしに戦力外通告する。一緒に行きたいと反論したかったけど、彼に考えがあってのことだと思って、先を促す。
「フィリアとのコンビは応用力があるけど、ボス戦では互いを支えながら戦う必要があるし、俺はボスとの戦いは単独撃破が慣れてる。俺の場合、ソロの方が突破力はあるし、いつアップデートが開始されるか分からない以上、今は時間が惜しい。だから俺はこれから全力で【ホロウ・エリア】を攻略する。細かい探索はアップデートを阻止してからだ」
細かい探索と聞いてトレジャーハンターの血が騒ぐも、それの前に凄く危険な事をする必要がある。キリトはたった一人、未開のエリアを探索し、あまつさえ一人でエリアボスを撃破すると言っているのだ。
とても危険だし、正直付いて行きたい。でもキリトは確かにソロ攻略に慣れてる。わたしがいると、未開エリアの探索速度が実際に落ちるのだ。そのせいでアップデートを止められなかったら目も当てられない。
「……わかった。でも、無理は絶対にしないで。生きて帰ってきてね」
「当然」
キリトが笑って答えるのを見た後、わたしは転移結晶で管理区に戻った。
彼から渡された便利な情報冊子やOSS作成、絶品のご飯を食べて、キリトの帰還を待つことにした。一緒に戻ったクリスタルとしばらくじゃれたりもした。
それから五時間後。午後四時にキリトは帰ってきた。もう全てのエリアボスを撃破したというのだ、出鱈目にも程がある。
キリト曰く――――
「【ホロウ・エリア】のボスは【アインクラッド】のフロアボスとあまり変わらないからな。ソロなら仲間を攻撃しないように気を配る必要がなくなるから、ゴリ押しも出来る」
――――とのこと。わたしは足手まといなのかと思った。
「ソロだと回復のタイミングが難しいし、フィリアは強いから足手まといじゃない。ただ俺の戦い方がおかしいだけだ」
しかし、それを察したのかキリトはそう言ってくれた。まあ確かに、ボスをソロ攻略する上、防御を考えないゴリ押しをするなんて正気の沙汰ではない。それがキリトだから出来るし、するのだろうけど。
コンソールで全エリアクリアしたことを紋章と首飾りで証明し、【秘匿領域】へ行く為の転移ゲートを開く。一気にクリアしたエリアはまた後日探索という事になり、二人で【秘匿領域】へ。
【秘匿領域】は不思議なエリアで、まるでネットワークがダンジョンになったかのような様相だった。上下左右全てが宇宙のような輝きを放ち、道は明滅する青い電子線で構成されている。SAOの売りのリアルさが欠片も無い、完全にゲームの中だと主張するダンジョン。
出てくるモンスターは今まで会ってきた雑魚モンスターばかり。ただしレベルは110~130まであり、見た目や記憶にある同種同名のモンスターと同じだからといって油断は禁物だった。
実際、何度もわたしのHPは赤くなった。その度にキリトが大量に持ってたポーションや回復結晶類、宝箱から手に入った回復アイテムも惜しみなく使って回復してくれた。キリトは装備の多重高速リジェネのお陰で、連続で攻撃を喰らわなければ死にはしないらしい。
強敵は基本キリトが全力の二刀で相手をし、わたしはその間に別のモンスターや弱いモンスター、キリトとの《スイッチ》での援護をしていた。
《スイッチ》とはパーティー内で行う攻撃手を交代する事だ。一人が出来た隙を、仲間が交代することで無くすことで連携をし、被弾率を下げることを目的としている。また、敵のAIに負担をかけ、アルゴリズムやあたし達に対しての対策パターンを狂わせることで隙を作り、倒しやすくするという事も出来る。回復のために後退する際にも有効だ。
《スイッチ》やキリトの二刀による猛攻で、殆どのモンスターは次々と青いポリゴン片へ変わっていく。そのまま速攻で階層を降りていき、そこまで広くなかったので一時間で十層目まで降りると、最下層へ辿りついた。
透明で真円の巨大な床。周りは何もなく、やはりここも宇宙のような景色が空間を埋め尽くしている。真円の床は途中で途切れているけど、どうも落ちるとかの心配はいらないみたいだ。見えない壁みたいなもので手が防がれたし。
「ここって……コンソール無いよ?」
「…………ここにも、エリアボスがいるみたいだな……―――――来るぞ!」
キリトが鋭く叫んだ瞬間。巨大な何かがいきなり下から出現した。
両手と長い尾は剣、エイのような形で赤く輝くラインの入った銀の巨大な体躯。二十メートルはあるだろう。横にいるクリスタルが小さく見えてしまう。
「《オクルディオン・ジ・イクリプス》か…………フィリア、気をつけろよ。クリスタル、行くぞ!」
「うん!」
「グオォォンッ!」
それからは、これまでの戦いでわたしの記憶の中に残る中でも一、二を争うくらいの激戦になった。でも詳しい事は覚えてない。気付けばいつの間にか倒していた。かかった時間は大体二時間ほどだった。よくまあ、そんな長時間も戦えたものである。
残りHPはわたしが四割の注意域、クリスタルは自己回復技があるからか六割強、キリトはなんと危険域の一割だった。あのキリトがここまで消耗しているということは、それだけの激戦だったのだ。今までのエリアボス戦で、キリトのHPが七割以下になったところを見たことが無い。良く生きていたな、と心底思った。
「き、キリト、大丈夫?」
「ゼェ、ハァ……ああ、なんとか、な……ヒール!」
腰からピンク色の結晶《完全回復結晶》を取り出して使用する。わたしも使用し、わたし達のHPがフル回復した。クリスタルも自己回復技でフル回復している。
「これでコンソールに行けるんだよね?」
「どうだろうな……」
キリトがそう呟いた直後、無機質なシステムアナウンスが聞こえた。
――――アップデートの準備が完了しました。最後に、高位適合者のテストを行います。高位適合者が戦い、勝利すればアップデートは不適切と判断され、消去されます――――
「……これって、どういうこと? 間に合わなかったの?」
「いや、多分今から戦闘があるんだ。それに俺が勝てばアップデートはされないってことだろう。高位適合者ってことは文様のある俺か? 相手は…………【ホロウ・エリア】のアップデートだから……まさか……」
顔を引き攣らせながら呟くキリト。なんだか顔に余裕が無くなっている。
すると突然、目の前に光が集まり始めた。それは人の形を取り始め、光が晴れた時に現れたのは――――キリトだった。
「え……キリト?! どうし……ッ?!」
突如、わたしの体から力が抜ける。HPバーが麻痺の黄色に明滅している。
キリトはわたしのかなり前にいて、こちらに向けて何もアクションはしていなかった為、これはもしかするとシステム的な麻痺なのかもしれない。高位適合者ではないからだろう。
「……フィリア。悪いけど、待っててくれ。アレを倒さないといけないらしいからな」
キリトがそう言って、もう一人のキリト――――《ホロウキリト》を見る。
ホロウキリトは光を宿していない茫洋とした瞳でキリトを見つめている。黒剣、薄翠の剣、黒のロングコートなどの装備類は勿論、容姿まで全く同じ。違うのは表情と瞳だろう。ホロウキリトの瞳はさっき感じたとおり光を宿していない。なにも感じていないのだ。表情も無く、覇気が感じられない。
キリトは深い闇を宿しているけど光を映してる。その大きいとはいえない体躯からは、激しく闘気を迸らせていて、それがあたしを安心させてくれる。
おそらく、ホロウとキリトの技量は全く同等。戦い方もおそらく同じだろう。
ならば、勝敗を分けるのは――――
「キリト。絶対に、死なないで。お願いだから、いなくならないで……!」
「……ああ、分かってる。ここで俺自身くらいには勝たないと、SAOクリアなんて夢のまた夢だし……フィリアに応援してもらったからな。絶対に――――勝つ」
背中越しに返して強く頷き、キリトは二刀を構えた。ホロウも構える。
全く同じ構え、同じ強さの二人が今、ぶつかり合う。
狂気の剣士と贖罪の剣士が互いの存在をかけて……
はい、如何でしたでしょうか?
今回のタイトル、実はキリトとPoHだけでなく、キリトとホロウキリトも掛けていたんです。ホロウキリトが狂気なのはPoHが用意したから。
今回もオールフィリア視点で、キリトの異常さを語っています。とは言えそのキリトでも危険域一割まで削るエリアボスはおかしいんですがね(笑)
ちなみに前話から《クリスタル》が描写されていませんが、《管理区》でフィリアを待たせる時に一旦戻って連れてきたという設定です。
そもそもキリトがビーストテイマーであると言ってませんし、フィリアは知らない状態ですので、管理区で待っている時に知ったという訳です。だから今まで描写は無かったのです。知らなかったら書き様も無いですしね。
そして次回はキリトとホロウキリトが戦います。でも色々な事情から視点はフィリアのままです。
それではそろそろ、次話予告です。
とうとう最深部に辿り着いたキリトとフィリア。しかしPoHが最後に用意していた壁はキリト自身のホロウだった。
レベル、剣腕、強さから全く同じ存在の本来あり得ない戦いをフィリアは見る。
他には知られざる悪夢の決闘が、今、幕を開かんとしていた……
次話、第二十一章 ~虚ろな黒~
お楽しみに!
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第二十一章 ~虚ろな黒~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
前話の後書きでオールフィリア視点っぽい事を言っていましたが、キリト視点もあります。ただ諸事情で途中から変わるだけです。
さて、今話は前話言った通り、キリトVSホロウキリトです。ゲームでもある展開で、更には最強の敵の片割れ《ナイトメア・ホロウ》としても出現する敵ですね。
現時点でキリトのレベルは220を超えているので、この戦いは《ナイトメア・ホロウ》との戦いと言っても良いかもしれません。ただの《ホロウキリト》では負けるでしょうし。
今作の《ホロウ》は《オリジナル》と同じ技量を持ち、同じ思考回路を持つという設定です。
ただしこの《ホロウキリト》は人格が違います、更にはボスとプレイヤーという立場があるのでボス補正が働きます。その差で勝負が分かれてきます。
拙い戦闘描写ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
ではどうぞ!
ちなみに、《ホロウキリト》は喋ります。『』で喋ります。
キリトは今まで通り「」これです。
第二十一章 ~虚ろな黒~
「『ハアアアアアアッ!』」
俺と俺のホロウは、二刀を激しく交えていた。前世でゲームをしていた頃から薄々思っていたが、ホロウはやはり記憶・体験を受け継いでいるらしい。俺と全く同じ剣筋だ。
俺とホロウは《桐ヶ谷和人》としても《桐ヶ谷悠璃》としてもおそらく同じだ。つまり俺のする事、考える事は全てホロウにも分かると言っても良い。技は当然、フェイントや剣のクセまで同じだろう。
違いと言えば、現状の立場か。
俺は《桐ヶ谷和人》として生を受けてからも、多くの罪を背負った。SAOの製作に携わっておきながら何だが、初めは作らせないよう努力した。しかしやはり無理と分かり、ならばとゲーム製作に当たって多くの担当をした。流石にボスの配置は担当できなかった(ラスボスは《ヒースクリフ》――《茅場晶彦》自身なので当然だが)が、多くの情報を得られた。それを第一層の時から小出しにして、多くのプレイヤーを助けられるようにしたのだ。
しかしそれでも犠牲者は後を絶たなかった。少なくない人数が犯罪・殺人に走った。犠牲者が増えるのを俺は許せなかった、だから不本意ながらレッドを殺したのだ。俺はその罪を背負っている。
だがアスナ達攻略組は、一部反感・不満はありながらも俺を受け入れてくれている。俺は《桐ヶ谷和人》だと隠していながら、それに甘えている。
ならば、少しでも早くSAOをクリアするのがせめての恩返し。それに、ここで負ければ【アインクラッド】にいるプレイヤーは死ぬか隔離エリアに行くかされて、クリアまでの道が遠のく。現実で横たわっている肉体の限界、衰弱死のことも考えると悠長にはしてられない。
俺は絶対に負けるわけにはいかないのだ。比喩抜きで、俺の双肩と二刀には、全プレイヤーの命が掛かっているのだから。
「うおおおおおおぉぉぉっ!!!」
『っ?!』
俺の突然の咆哮に意識を割いてしまったホロウに、《スターバースト・ストリーム》を放つ。高速十六連撃は全て綺麗に決まり、ホロウを十メートルほど吹っ飛ばす。
今の攻撃でやっと七割に入った。やはりと言うべきか、思考・記憶・戦い方・スキルまで同じなら装備も然り。超ステータスと超高性能武具に身を包む俺だ、この程度でHPを多く削れる訳が無い。
しかも重要なのは、この戦いに限っては装備の特殊効果――《ラストリーヴ》と《コンボリーヴ》という、ほぼ絶対に死なない特殊効果が無効化されるということ。つまり、いつものように戦えば俺は死ぬのだ。この二刀【魔剣エミュリオン】【聖剣リンベルサー】の特殊効果としてそういう特殊効果を無効化する効果がある。他のステータス上昇やリジェネ関連は効果はあるだろうが、いざという時の保険がないのは地味にきつい。
加えて二刀の特殊効果に、スキルの硬直や使用待ち時間、初動を全て省略するものもある。一切気を抜けない。抜けば、《スキルコネクト》を連発されて何も出来ないまま死ぬ。
『流石、オリジナルは違うな』
「そういうホロウのお前こそ」
互いにニッと口を歪め、二刀を構える。全く互角の戦いの中、勝敗を分けるのは何か。
「キリト……絶対に、勝って……!」
後ろにいるフィリア。見るわけにはいかないが、おそらく焦燥に顔を歪めているだろう。もしかしたら泣いてすらいるかもしれない。
なにせホロウのHPはまだ七割あるが、俺は既に注意域の四割。どうもホロウにボスとしての補正が掛かっているらしく、中々HPを減らせない上に俺よりステータスが高いので防戦一方。しかも掠っただけで結構削られる。はっきり言って詰んでいる。
『もう諦めた方が良いんじゃないか? そっちの方が楽だぜ?』
「お断りだな。あいつらを消えさせるわけにもいかないんでね」
『強情だな。ま、俺としてはオリジナルを殺さないとダメなんだけどな』
「お前、俺とは違うんだな。簡単に殺すとか……」
『事実だからな、偽善振っても仕方が無い……そろそろ、決めさせてもらうぜ』
そう言ってホロウが深く腰を落とした。おそらく、《神速》を使った突進攻撃を喰らわせるつもりなのだろう。俺も持ってるユニークスキル全てを使っているとはいえ、それは相手も同じ。むしろ俺よりステータスが高く、本能で戦ってる分俺の数倍は強いだろう。
徐々にリジェネで回復していき、俺は六割、ホロウはボスリジェネもあってフル回復してしまった。これも勝負が中々つかず、俺に勝ち目が薄い原因の一つ。
次の瞬間、ホロウが一瞬で突っ込んできた。俺も迎撃するも、しかし二刀連撃は一撃も当たらない。そのままホロウの二刀を喰らい続け、ホロウが《ダブル・サーキュラー》を発動、思いっきり吹っ飛ばされた。
「キリトっ?!」
フィリアの悲鳴が聞こえた。ホロウはゆっくり構えている。俺のHPは残すところ数ドットとなっていた。
勝てないのか……俺は、全員を死なせるのか……?
その瞬間、俺の中に何かが入り込む感覚がした。剣ではない、もっと異質な、しかし俺に一体化するような何かが……
――ユニークスキル《――》 インストール ターゲット《Kirito》――
その表示が視界に現れた瞬間、俺の意識は途絶えた。
***
わたしは信じられない思いでキリトを見た。
ホロウとの剣劇の応酬はわたしには見て取れないほどの、超高速の戦いだった。でもキリトとはパーティーを組んでるから分かる。キリトは攻撃を受け続けて、もう危険域に入る。そこにダメ押しのようにホロウがソードスキルを使ってキリトを吹っ飛ばした。
彼はあたしの左横まで転がってきて止まった。キリトのHPはもう数ドット、あの全プレイヤー中最強と謳われているキリトが手も足も出ないなんて。いくらキリト自身だからって、これは理不尽すぎる。
そんなキリトに、ホロウは容赦無く迫る。勝ちを確信しているのか、その表情は見たくも無い、狂気に彩られた笑みが形作られていた。
もう、キリトは終わってしまうのか。
ホロウの二刀がキリトを斬り裂き、キリトがその体を蒼いポリゴン片へと四散させる、そんな最悪な未来を幻視した。
無音の悲鳴を口から迸らせる。彼の名前を叫びたいのに、彼が死ぬという恐怖で身が竦んで上手く声が出せない。
ホロウがどんどん迫る。そしてキリトに向けて二刀を重ねて大上段から振り下ろした。
その時!
ガギィィンッ!!! と金属がぶつかる音を立てて、ホロウの二刀がキリトの二刀で止められていた。そのキリトは深く俯いていて表情が見えない。リジェネのお陰か、HPは……何故かHPが完全に回復していた。
それにホロウも気付き、しかし驚愕の表情を浮かべている。どうやらホロウとして作り出された時点の、キリトが持つスキルか何かの効果ではないらしい。でも完全回復結晶は使ってなかった筈。なら何?
その思考はほんの一秒にも満たない時間だったが、キリトはその時間でホロウの二刀を弾き返した。そして顔を上げる。その彼の顔を見て、あたしは固まった。
SAOの顔はリアルに基づいている。基本日本人は黒や茶髪で瞳もほぼ同じ。たまにわたしみたいな金髪蒼瞳みたいな外国人っぽいのもいるけど、キリトは髪も瞳も真っ黒だった。
でも、今のキリトの瞳は金、白眼の部分は黒い。しかも表情は――――狂気染みた笑みが浮かべられていた。どう考えてもいつもの彼ではない。
『なっ……?! それはっ……?!』
「――――ァァァァアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
ホロウが怯んでる間にキリトの二刀がブレた。
その次の瞬間に、ホロウの体からダメージエフェクトが出た。しかも幾重にも重なって。フルだったホロウのHPは、この一瞬で一割にまで激減している。一体キリトに何が起こったというのか。
『ガッ?! そ、そうか、それは確か……』
「――――ォォォォオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
ホロウが何かを言いかけるが、キリトの再度の咆哮はそれを遮って二刀がまたブレた。
そしてホロウのHPがゼロになる。ホロウの表情は悔しそうで、しかしどこか心配そうだった。
『気をつけろよ。それは諸刃のつる――――』
それがホロウキリトの最期となった。カシャァァァン……と、プレイヤーと同じ破砕音とともにポリゴン片へと四散した。
それと同時にシステムアナウンスがアップデートを破棄することを告げるが、今のわたしにはそれは重要でない。
キリトが二刀を振り切った姿勢のまま固まり、倒れたのだ。急いで彼の元へ行き、膝枕で彼を寝かせて介抱する。どうも気絶しているだけらしい。
それにしても、さっきの黒目金瞳と表情は何だったのか。表情はともかく、何の操作もせずに瞳の色が変わるなんてのはおかしい。しかもHPがフル回復した上、見たところステータスも圧倒的に高くなっていた。何か新しいスキルを土壇場で得たとしても、熟練度が低いだろうし効果は低いだろう。本当に一体何があったのだ。
キリトの頭をゆっくり撫でつつ、あたしはその疑問と推測で頭が一杯になっていた。
そのまま数分してキリトは目を覚ました。戦闘中の事は記憶に無いらしく、瞳の色や表情の事は伏せて戦いの顛末を教えた。
その後、システムコンソールであたしと、ホロウを倒した事でオレンジエラーとなったキリトのオレンジを修正、元のグリーンに戻った。これでアインクラッドに戻れるようになったらしい。
ただ……もう少しお揃いがよかったかな、なんて……
そのままアインクラッドに戻り、一時的にわたしはキリトのホームへお邪魔する事になった。
これで《ホロウ・エリア》でのお話は一応終わりです。如何でしたでしょうか?
PoHにやられている時、キリトに慰められている時の心情描写に精根尽き果てていたのか、かなりの多分になってしまいました。まぁ、キリト視点からの戦闘描写はそこそこ緊迫感があるのではないかと思います。
私が戦闘しているキャラの視点で書く時、それは大抵不利になっているキャラですので、必然的に緊迫感が出てくると思います。
逆にそうで無いときはアッサリ終わります。途中フィリアに変わった時のように、その戦闘について何が起こったのか理解できないくらい差がある場合、何も知らない人の視点の場合はかなりアッサリ終わると思ってください。
ちなみにこれを書いていた頃は《ホロウ・フラグメント》のアップデートをしていなかったので、《ナイトメア・ホロウ》の存在も知りませんでした。実際に戦ってみてボコボコにされて、《ジ・イクリプス》を喰らった時なんてHPフルから一桁まで減ったので冷や汗を流した覚えがあります。今話のキリトと同じ展開ですね。
そして最後、《ホロウキリト》を倒す際にキリトの身に起こったあの豹変。アレはまた今後も出てきます。そう何度もという訳ではありませんが、アレによって命が救われる事もしばしばです。
あの豹変はキリトにのみ起こる現象ですので悪しからず。そう頻繁には起きませんから、条件的に。後にその条件も判明しますのでお待ち下さい。
ではそろそろ、次回についてです。
ホロウPoHの企てをどうにか阻止したキリトはフィリアを伴って、《アインクラッド》での日常へと戻った。
そんな中、レベリングと攻略をしている途中である人物と遭遇する。
その人物とは、キリトも無関係では無い存在だった……
次話、第二十二章 ~心の少女~
知っている人は知っているあの子の登場です。お楽しみに!
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第二十二章 ~心の少女~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
原作でもあるこのタイトルを使ったのは、わざとです。異論は受け付けません(笑)
さて、今話はオールキリト視点です。そして久し振りにキリトの知識チートが炸裂します。ゲーム展開すら崩壊させるのがうちのキリトです。
あんまり語ると今話のネタバレになるのでそろそろ。
ではどうぞ!
第二十二章 ~心の少女~
ホロウ・エリアであったホロウPoHの企みを完全に阻止し、フィリアと共に俺のホームへ戻った俺を待っていたのは、俺のHP状態をフレンドリストで確認し、危険域に入ったことで心配し集まっていたアスナ達だった。
皆から盛大にお叱りを受け、そのあとが大変だった。
「キリト君……? その人はだぁれ?」
「まさか、攻略をサボってたのって女の人と遊んでたからなの……?」
アスナとユウキがどす黒いオーラを出しながら迫ってくる。何気に剣に手を掛けていていて、圏内コードがあってもそれを貫通するのではないかと思えるくらいの殺気だった。
その後ろでは、黒髪のリーファが金髪のリーファと対峙していた。どちらかというと、そっちの方が重要な気がするのだが……
「ねぇ、キリトくん。この金髪の人って……」
「言いたい事は分かる。簡単に説明すると、金髪のリーファはパラレルワールド……平行世界のリーファらしいぞ」
「全然簡単になってないよ……」
黒髪のリーファがガクンと、項垂れる。
妖精リーファの話をし、その後最近はどこにいたのか、フィリアとは一体どういう関係なのか聞かれた。フィリアが「とっても深い間柄だよ♪ 命の恩人だし!」と思いっきり爆弾発言をしたため、場が騒然となったのは言うまでもない。
【ホロウ・エリア】の事はわざと話さなかった。まだ、時期としては早い。フィリアが皆に慣れてからでないと無用な騒ぎが起こるからだ。
次の日から攻略を再開することになり、現在攻略中の七十九層へ向かう。パーティーは俺、フィリア、妖精リーファ、シノン、アスナ、ユウキ、黒髪リーファ、シリカ、クリスタルとピナの八人二匹。はっきり言って過剰戦力である。妖精リーファとシノンは二週間ずっと鍛練と生産クエスト達成に重点を置いていたので、既にレベル92まで上がっている。もう攻略組としては十分だろう。
俺240、フィリア125、アスナ117、ユウキ118、黒髪リーファ116、シリカ109となっている。フィリアは長い間俺とパーティーを組んでいた為、パーティーに反映する経験値増加効果があったし、ホロウ・エリアの敵は元々レベルが高く経験値も多かったのでレベルが高くなったのだ。
妖精と猫の少女のレベル・スキル上げを同時にしながら、バグのせいでポップする速度が上がっているモンスター群を狩っていく。リーファとシノンは凄まじい速さで成長していってて、頼もしい限りだ。少し時間を掛けながら迷宮区を探索する。
俺はあまり戦闘に参加していない。皆より異常にレベルが高いから他の皆の経験値稼ぎ優先ということもあるし、何より、俺達を尾けてきている視線があるからだ。
「どしたの、キリトさん? 何かあったの?」
「……俺の《索敵》に引っかからないけど、ずっと俺達を尾けてきてるヤツがいる。悪意は無いみたいだから大丈夫だろうけど……」
「キリトさんの《索敵》にも引っかからないの? それって《隠蔽》スキルを完全習得してるってことだよね……危険じゃない?」
「このまま放っておいても大丈夫だろ。それより、とっととボス部屋見つけよう」
俺のその言葉に促され、渋々ではあるが皆進み始める、念のため俺は最後尾に付く。
それから数十分を掛け、俺達はボス部屋へと辿りついた。回廊結晶で位置マークし、そのまま転移結晶を使って街に戻る。アスナ達はギルド本部がある六十一層グランザム、俺、妖精リーファ、シノン、フィリアは二十二層へ戻る。
コラルの村に出ても視線は消えていなかった。流石にホームの正確な位置を知られたくはなく、仕方ないので釣ることを決める。
三人には回復アイテムの補充をするから上に行ってくると言い、俺だけ五十層アルゲードに行く。
これで視線が離れていたらすぐに戻っていたが、一つだけの視線は俺の方に付いて来ていた。そのままエギルの店でアイテムの納入と回復アイテムの補充を行う。
「エギル、全回復結晶三つと高回復結晶六つ。それと、グランポーションを六つくれ」
「あいよ。全部で……三六万六千コルだ」
ちなみに、全回復結晶は一つ十万、高回復結晶が一つ一万、グランポーションが一つ千コルだ。グラポは飲んだ瞬間にHPが1万回復し、しかも大回復リジェネまで付き、三分で六万回復する優れもの。
ポーションやハイポもこれの劣化効果があるが、グラポは特に効果が高いので《結晶無効化空間》で重宝する。
「それにしてもキリト、お前じゃんじゃん稼いでくるなぁ。てか、こんなアイテム見たこと無いぞ。なんだよこの性能の高い装備品は」
「それ、ここ最近俺が行ってたダンジョンでだけ手に入る装備だな。敵のレベルも130とか普通にいってるとこだったし、それくらいないと割に合わないって」
「マジか、そんなダンジョンあったのかよ……」
「まぁ、多分俺以外は入れないけどな」
詳しい部分は暈しつつエギルと少し話す。彼と話すのはかなり久しぶりで、大体フィリアと会った頃から会っていない。メールでやりとりはしていたが、直に会う方が心配してる人にとってはいいだろう。
簡単に近況も伝え、俺はエギルの店を後にする。店を出た途端、再び視線を感じた。
そのまま何食わぬ顔で露天を見て周り、裏路地に入る。そこで大きく跳びあがって建物の屋根に到達、追跡者の背後に降り立った。
「っ?! ビックリしたぁ!」
「っ……今まで、会ったことはないよな?」
俺はその追跡者の顔を見て驚愕しながらも、一応聞く。初対面なのに知っていては不自然だからだ。
「うん、初めましてだよ。アタシはストレア、よろしくね♪」
薄紫の長いカールヘア、赤水晶を思わせる瞳、大人のような肢体に子供のように無邪気な雰囲気を併せ持った追跡者――ストレアが小首を傾げながら言う。
俺はストレアを知っている。当然ながらこちらで会うのは初めてだ。ならどこで知ったか。答えは簡単、前世でしていたゲームで登場したオリジナルヒロインだからだ。
彼女はMHCP試作二号……の筈だが、ルイが二号になっているので、ストレアは三号だろう。彼女も多大なエラーを蓄積し、MHCPとしての記憶を失ってプレイヤーとして動いているのだ。自分の記憶の欠落、矛盾には気付かずに。
「いや~凄いね! アタシの追跡に気付いてたんだ!」
「七十九層のフィールドからな。それで、どうして俺を尾けてた?」
「う~ん……なんとなくかな? 街をフラフラ歩いてたらキリトを見かけて、なんだか追いかけなくちゃいけない気がして、それで追いかけたんだよ」
追いかけなくちゃいけない気がした、だと? まさか、須郷がもう行動を起こしているのか……?
ここで言う須郷は、原作三、四巻に出てくる卑劣漢のこと。ゲームでは何かの実験中、SAOに起こったバグのせいでこちら側に来てしまった設定だ。ALOはSAOの基幹プログラムを積んでいる設定だし、高性能な機体で実験をしていれば、SAOのバグでてんてこまいなカーディナルも誤認して呼び寄せてしまうだろう。
その須郷は、ゲーム設定でストレアの感情を記録し、時には操るということもしていた。時期的には九十層後半の筈だが、もしかしたらもう始めているかもしれない。注意をしておく必要はあるだろう。
ひとまず、ストレアに自分の事を思い出させるのが先決だ。少し遠回しな会話になるが、あまり直接言うと今後面倒な事が起こりそうだ。
とりあえず立ち話というのは場所としても雰囲気としても悪いので、アルゲードでもまともな俺お気に入りの喫茶店に入る。落ち着いた感じで、女性プレイヤーにも人気がある明るい雰囲気と内装の喫茶店だ。俺はレモンティー、ストレアはオレンジジュースを頼む。飲み物が来てから、俺は口を開いた。
「ストレアは俺の索敵から隠れ続けたんだ、実力は攻略組に匹敵するんだろう?」
「うん、そうだと思うよ? これでも腕には自信があるんだから」
「大剣を振り回すほどの実力はあるみたいだしな」
むん、と掛け声を出しながら力こぶをつくろうと右腕を曲げるストレア。細い腕には力こぶが無いが、見ていて和む。
「そうか……なら、いつからフィールドにいたか覚えてるか?」
「いつからってそれは………………あ、あれ? アタシ、いつから戦ってたんだっけ……?」
俺の質問に答えられず困惑するストレア。
それは当然だろう。ゲーム設定とは色々と違ってきているので何時からかはちょっと見当が付かないが、少なくとも、ストレア自身が覚えてはいないだろう。
「……実はな、俺がストレアをお茶に誘ったのって、実はストレアのことを少し前から知ってたからなんだ。さっき自己紹介された時は心底驚いた。なあストレア、MHCPっていう単語に聞き覚えはないか?」
「MHCP……そうだ、確かにアタシは……ずっと暗いとこにいて……」
手応えはアリ。どうやら単純に、記憶がバグによって封印されてただけで、少し刺激を与えると解ける程度だったらしい。
「……辛いかもしれないが、何時カーディナルから離れたか聞かせてくれないか?」
「カーディナル……そう、アレはたしか……五十層でゲームマスターとプレイヤーが戦った時と、一つの世界が解放されたときのバグで監視が外れた時に……余ってたプレイヤーアカウントにあたしをロードしたんだ…………絶望しながらも、光を持ってる人に会いたかったから……」
やはり、ユイとルイの理由と同じだった。出て来た時期が最も遅かったから記憶に弊害が出ていたのだろう。少しずつバグによってロックが掛かっていた記憶が解かれ、かつての記憶が開放されているのだ。
ストレアもカーディナルからプレイヤーとの接触を禁止され、膨大なエラーで少しずつ壊れていく中、俺を見つけて会いにきたのだろう。俺を見て追いかけなくてはと思ったのも、おそらく、無意識下の願望がそうさせたのだ。
「……思い出したよ。アタシ、人間じゃなかったんだね……」
寂しそうに俯くストレア。
それはかつて、前世の家族の義兄、和斗と同じ表情をしていた。かつてはそれを叱咤激励し、彼を立ち直らせたものだが、今回のこれはそもそも根底のものが違う。選択を誤れば、そこでストレアは終わってしまう。
俺は慎重に言葉を選びながら、ストレアに語り掛ける。
「確かに、ストレアは人間じゃなくてAIだが……それは関係ないな。俺には二人娘がいる。二人もストレアと同じMHCPで、俺に会いに来たかったらしい。同じ理由でな。二人と同じようにストレアも俺の娘としてこないか? きっと楽しいぞ」
「え……でも、キリトとは会ったばかりで、その二人には会ってすらいないんだよ? 三人もMHCPがいたら、カーディナルに見つかって消去されちゃうだろうし……」
そう、それは俺も当然気付いている懸念事項。そして、それに対策を立てていない俺ではない。
「そんな事を気にはしないだろうな、あの二人。むしろ家族が増えて喜ぶと思うぞ。それに、カーディナルの件に関してはちょっと考えがある。明日決行しようかと思ってたが、三人をカーディナルから切り離して、俺のナーヴギアのローカルメモリに保存するつもりだ」
ストレアを見つけてからのつもりで先延ばしにしていた計画。そろそろ時期的に危なかったが、これで実行に移せるだろう。
「本当に、いいの? アタシが娘になっても……?」
ストレアの問いに、俺は力強く答える。正直、同居人の妖精リーファとシノン、フィリアにどやされるか犯罪者を見るような目をされると思うが、ユイ、ルイ、ストレアのためなら構わないと思っている。
それが通じたか、ストレアは涙ぐみながら俺に頭を下げた。
「それじゃ、よろしく、お願いします……父さん」
新たにストレアが娘になった。ストレアが泣き止むのを待ち、二十二層に戻る。
二十二層では三人が黒いオーラを出して待ち受けていて、ストレアを見て更に黒くなった。ユイとルイの事情は三人とも知っていて、ストレアもMHCPだと伝えると三人はストレアを受け入れてくれた。俺には後で、キッツイお仕置きが待っていたが。
三人のお説教(帰りが遅いとか、メールくらいしなさいとか)を受けながらホームに帰ると、ユイとルイが待っていた。昨日の俺とホロウとの戦いで残りHPが数ドットまでいったので、昨日の今日で心配で待っていたらしい。ストレアを見て一瞬表情を変えるも、二人が持っている限定的なGMアカウントで調べたらしい、ストレアという名前に驚愕していた。
ストレアと俺が交代しながらさっきあった事を説明し、ストレアも娘になったことを伝えると、ユイもルイも大いに喜んでくれた。フィリア達も祝ってくれて、夕飯は豪華にする事に。
《料理》スキルをフル活用し、俺自身が絶品と思う料理を次々作っていく。使った食材は《ラグー・ラビットの肉》と《フレリィ・オックスA5肉》。どちらも激レアと呼ばれるS級食材で、その味は絶品と言われている。それを俺が全力で調理するのだ、更に絶品になることは当然。二つを使ってビーフシチューを作り、一緒に小麦粉から作ったふかふかのパンを出す。
苦労して作ったお陰で、全員が今まで食べた事が無いほどの美味しい料理を食べ、今日の晩餐は大いに盛り上がった。俺が今まで苦労した話をしてそれに呆れたり、大概そんな感じで時間は過ぎていく。
ちなみに、三姉妹の長女はユイ、次女がルイ、三女がストレアだ。外見的には逆に見えるが、三人をまとめる行動力があるユイが長女なのは納得だ。今日はMHCP同士で仲良く一緒に寝ることにしたらしく、三人で寝ると言っていた。
その後にアスナからあるメールが届き、それに返事をしつつ、俺達は全員寝た。
はい、心の少女とは存在だけ示唆したMHCP三号ストレアでした。
彼女は《インフィニティ・モーメント》から出てくるオリジナルキャラクターで、そのゲームではストレアはヒロインではありませんでした。また、PSP版ではある迷宮区の一階からボス部屋前の一度しかパートナーとして連れ歩けない大剣使いでした。
大剣のソードスキルは《片手剣》スキルを完全習得しなければならなかったのですが、その分だけ効果は絶大です。各種スキルを使う度に何らかのスキルが付与されていたためです、奥義スキルでは無敵アーマーが付きます。更には殆どが範囲攻撃です。
そのため装備やスキル的にかなりの強キャラなのですが、残念な事に自ら誘えないという……
その苦情があったためか、《ホロウ・エリア》のお話を加えた《ホロウ・フラグメント》では特定時期までなら自由に連れ歩けるようになりました。
ちなみにですがラスボス戦では一緒に戦えません。理由は自分でゲームをプレイしてみれば分かります、キリトの思考の通り須郷さんが半分以上悪いです。
八十層まで《インフィニティ・モーメント》はパートナーが各ヒロイン固定で、七十七層攻略開始時にリーファとシノンがやって来て、七十九層にストレアが現れます。
《ホロウ・フラグメント》では七十六層攻略時点でリーファ、シノンとの遭遇イベントは終了しています。初めて直後にフィリアとは出会います。ストレアは変更なしです。
という訳で、時期を調節してフィリアとストレアの参入を合わせました。
一週間に一層攻略のペースだから、キリトなら無理させれば《ホロウ・エリア》も知識チートで十分攻略できますしね。
ここからはほのぼのと行く……かと思いきや、少しだけ物騒な存在が出てきます。
それでは次回予告です。
MHCP三号となるストレアを漸く見つけ、精神を崩壊させずに受け入れる事に成功したキリトは、自らの娘達の為に行動を起こす。それは彼女達を、SAOを動かすカーディナルから切り離す事だった。
その後、キリトはある人物と遭遇する。その人物とは攻略組へ入りたいと願い出た、とあるギルドの長だった。
次話、第二十三章 ~攻略組入団試験~
キリトがやらかします。
お楽しみに!
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第二十三章 ~攻略組入団試験~
今話もタイトルで分かります。ゲーム知らなくて原作知っている人でもギルド名聞いてすぐさま気付きます。どっちも知らない人でもキリトが解説してくれます。
そして、本来なら感動するシーンである第一層地下迷宮ですが、母親居ないしキリトのスペックなら創造主の片割れという事もあって三人分いけると思うので、感動するシーンは無いです。タイトルからもここはサラッと重要でないと言っていますしね。
そんな訳でユイファンの方には申し訳ありません。彼女の真骨頂はもっと後なんです。基本的にキャラがキリト以上に活躍しだすのは成長してからですから。
ちなみに、ずっと書かなくてはと思って書き忘れていた事があります。一パーティーの人数についてです。
原作では一パーティー七人、一レイド四十九人の最大人数で七パーティー構成です。これは《プログレッシブ》のボス攻略、《ファントム・バレット》でシノンが所属するスコードロンや《キャリバー》、《マザーズ・ロザリオ》でもそうなので、SAO、ALO、GGO共通のようですね。
対して今作は一パーティー八人、一レイド四十八人の最大人数で六パーティー構成という設定にしています。
理由はタグから分かると思いますが、SAOシリーズだけでなくISキャラも入るからです。更に原作に居ないルイ、ストレア、フィリア、亡くなる筈の紺野家も生存しているため、どうしても枠を増やさなければならないからです。
あとゲームではフロアボス戦で、キリトとパートナーキャラの他に、キリトと最も仲の良い三人パーティーが二組入り、合計八人のパーティーとして戦っていたからです。
ぶっちゃけるとユウキが原作パーティーに加わるので、どうしても一人分増やさないと誰かが抜けるんですよね。彼女は現状アスナ、リーファと一緒に居て、シリカはリズベット、妖精リーファはシノンと一緒なので、キリトと一緒にしようとするとどうしても八人パーティーにならざるを得なかったのです。
という訳で、そんな変更点がありますが、どうかご容赦ください。
長々と失礼しました。ではどうぞ!
第二十三章 ~攻略組入団試験~
翌朝、ユイ、ルイ、ストレア、フィリアを連れて第一層始まりの街に降り立つ。
目的は基部フロアに出現した地下迷宮の探索を頼まれ、それに答えて――というのは建前で。本当の目的は最奥にあるシステムコンソールだ。コンソールでユイとルイのGMアカウントを使い、三人を俺のローカルメモリに保存する為だ。
コンソール自体は七十六層にもあるにはあるのだが、他の誰かに見られるのはマズイし、あれを護るボスモンスターがちょっと強すぎだったのだ。
対して、ここの地下迷宮のコンソールは安全地帯にあり、三人の娘とフィリアを護る事を気にせずに操作が出来る。守護ボスとして死神がいるが、それは多分大丈夫だ。
依頼してきたディアベルと、物凄く久しぶりに会うコペルに挨拶する。彼は二十層攻略の頃から後衛に回ったので、俺と会うのは一年以上振りだ。
「キリト君か! 久しぶりだな、無事だったか」
「キリト、相変わらず元気そうだね。無理はあまりし過ぎないようにね」
朗らかに笑いかけてくるディアベルとコペル。後ろにいる四人の事を聞かれ、フィリアは仲間、ユイとルイとストレアは義理の娘と答える。
どうして三人が娘なのか、なぜ戦えない三人を連れてきたのかを聞かれ、他言無用だと言ってから正直に答える。二人は「キリト君らしい」「相変わらずだね」と言ってきた。昔からの俺の行動原理を良く知る分、納得したらしい。
戦闘メンバーは俺、フィリア、ストレア、ディアベル、コペル、キバオウの六人。キバオウは俺を見て嫌がっていたが、そもそも頼んできたのは軍の方。渋々受け入れてはいた。
ちなみに、ディアベルとコペルは《聖竜連合》所属だが、元は《軍》の団長副団長だった為、こうしてちょくちょく《軍》の依頼を受けているようだ。今回俺まで呼ばれたのは、中のモンスターが強いかららしい。初めは60レベル代でも、進むと100レベル代のまで出たのだとか。
フィリアとストレアのレベルは125、ディアベルが98、コペルは93、キバオウは96。
最前線に積極的には出ていないコペルが90レベル代というのは驚いたが、話によればマッピングには出ていたらしい。ボス攻略戦に出ていないだけらしいので、単に俺が知らなかっただけだ。
このパーティーなら、余程の油断あるいは死神型守護ボスが出ない限り、簡単に全滅はしないだろう。
「そういえばキリト君、昨日のアスナさんが送ったメールの返事、ありがとう」
「メール? 何があったの?」
ディアベルの藪から棒な礼の言葉に、何か知らないフィリアが首を傾げる。
「実はワイら《アインクラッド解放軍》と《聖竜連合》、《血盟騎士団》とか、攻略組のギルド全部のリーダー格を集めてある会議が開かれたんや。新興ギルドが攻略組に入りたい言うて、ワイらに便りがあってな。それで模擬戦をすることになったんやけど、その模擬戦の立会人として、キリトはんも呼んだっちゅーわけや。戦闘全般の見極めには一家言あるキリトはんの判断なら、何においても信用できるからな」
キバオウがそう言ってフィリアとストレアに説明している。
正直、キバオウが俺に高評価を出すなんて、何か企んでるのではと勘繰ってしまう。流石に穿って考えすぎなのですぐに考えを改めたが。
「へ~、凄いね父さん。それで、その新興ギルドってなんて言うの?」
「ギルド《ティターニア》。構成人数は七人、リーダーの名前はアルベリヒ。全員がハイレベルの剣士で、最近下層中層で有名になっているギルド、だそうだよ」
「でも噂でしか知らないし、それで判断するわけにもいかないからキリトを呼んだんだよ。攻略組メンバーが増えてくれるのは嬉しいしね」
コペルがそう言うが、俺がこの依頼を受けた理由は別にある。
それは、アルベリヒの注意を俺に向ける為。間違いなく、アルベリヒは俺の知るアイツだ。アイツも俺も、姿はリアルの物ではない以上、俺が相手をする方が都合が良い。妖精リーファ同様、《桐ヶ谷和人》が《キリト》だと分かってるかもしれないが。
そのまま迷宮を降りていく。ディアベル達三人と俺達三人でモンスターを交互に相手していく。ほとんど一撃で即死させるという、俺達の一方的過ぎる戦いにポカンとする三人。ユイとルイが「がんばれー」と応援するので、尚更緊張感がない。
そのままマッピングをしていき、最奥のコンソールがある地点まで辿り着く。ここから俺が先頭を歩き、今まで抜いていなかったリンベルサーも抜いて二刀を構える。
少し歩くと、闇の中からいきなり大鎌が振り下ろされ、それを全力で弾く。この攻撃は喰らうと即死する攻撃だ。
事前に聞いていたので冷静にパリィし、攻撃を弾いたことで相手の隠蔽が解け、その姿が顕わになる。
黒い襤褸切れを被り、大きな鎌を構え、落ち窪んだ眼窩に暗い赤の光を燈す髑髏。死神型ボスモンスター《フェイタル・リーパー》。あらかじめユイ達に聞いていた。
「コイツの相手は俺がして抑えておく! お前ら全員、あそこにある安全地帯まで全力で走れ! ユイとルイを忘れるなよ!」
返事を待たずに死神に突進する。俺に気を取られたせいで、フィリア達が安全地帯まで走りぬけていく。
俺の攻撃が入っても、死神のHPはろくに削れていなかった。八十層ボスと聞いたが、原作同様、異常な強さを持っている。
だが、ここで負けるわけには、いかない……!
「――――――――ぁぁぁぁぁああああああっ!!!」
俺は咆哮し、エミュリオンとリンベルサーを構えて死神に斬りかかった。
*
それからの事は良く覚えていない。気付けば仰向けで寝ていて、フィリア達の泣き顔が見えた。
また意識を失っていたらしく、気が付くとフィリアに膝枕をされていた。ディアベル達は既に帰ったのか、ここにいるのは俺達だけ。俺の目が覚めた事に気が付くと、四人は俺に抱きついてきた。
話によれば、死神ボスは俺一人で倒してしまったらしい、しかも殆ど速攻で。
その後また倒れたので、じゃんけんで勝ったフィリアが膝枕をしたということらしい。ストレアが若干むくれていた。たった一日の触れ合いだが家族の絆は既に出来ているようで喜ばしかった。
「……それじゃ、早速やるか。三人共、覚悟は良いな?」
「「「はい!」」」
三人が力強く頷くのを確認し、ユイとルイ、二人のGMアカウントを使用してコンソールを起動させる。
ここからは時間との勝負だ。手早くしなければカーディナルに気付かれ、MHCPとしての三人も、GMアカウントを使ってシステムに干渉している俺も消去されかねない。
俺の場合はアカウントの消去だろうが、それはHPがゼロのなる事とほぼ同義。急いで三人を俺のナーヴギアのローカルメモリに移す必要がある。
カーディナル内のプログラムを走査。三人を見つけてカーディナルから切り離し、俺のナーヴギアに転送。ここで時間が掛かった。
なにせ人工知能と人格プログラムの二つを、同時に三人分転送しなければならない。バグで色々やばくなっている状態での外部へのデータ転送は、遅くなるに決まっている。
ホロウィンドウに表示されたインストールバーが徐々に右端へと行くのを、まだかまだかとじれったい思いで待つ。そしてバーが右端へ到達すると同時、コンソールから光が迸り、近くにいた俺は思いっきり吹っ飛ばされた。
離れていたフィリアのところまで吹っ飛ばされ、受け身を取る。ユイ達三人は蒼い光に包まれて姿を消した。
「ユイちゃん達消えちゃったよ?!」
「……ギリギリ間に合った、大丈夫だ。一時的にアイテムとして格納されただけで、ちゃんといるよ」
転移結晶で一旦ホームに戻り、メニューを開く。【MHCP001】【MHCP002】【MHCP003】という名前のアイテムを三つ同時にオブジェクト化。
オブジェクト化された水色の涙滴、黒の勾玉、薄紫のハートの小さなアイテムをタップすると同時、アイテムは消えて三人が現れた。
これで三人はSAOがクリアされた後も存在し続ける。その事に喜びつつ、俺、フィリア、ストレアは七十六層【アークソフィア】へとコラルの村から転移した。
ユイとルイは留守番だ。アルベリヒの注意を引くわけにはいかない。
俺達が転移すると、既に攻略組の殆どが集まっていた。
ディアベル達が心配そうに俺を見ていて、それに笑みを返す。他の攻略組の視線は、俺の後ろにいる少女二人に向けられている。昨日今日で初めて見たからだろう、その視線は疑問に満ちているものだった。
事情を知らない皆の視線が彷徨い、その中でも俺と割と親しいクライン、エギル、ルシード、ルネードの四人が進み出てきた。
「なぁキリト……そっちの二人、誰? お前の彼女?」
「……ルシード、分かってて聞いてないか? 二人とは少し前に知り合ったんだ」
「フィリア、トレジャーハンターを生業としてる短剣使いでソロよ。今はキリトとパーティーを組んでるの」
「アタシは大剣使いのストレアだよ。父さんの三人目の娘です!」
「……は? キリト、お前ぇ、娘なんていたのか?! いや、そもそもお前ぇ結婚してねぇだろ! なにか?! アスナやユウキ達ととうとう結婚したのか?!」
クラインが鼻息荒く詰め寄ってきて、正直ウザイ。他の皆は唖然として言葉も無いようだ。何故かアスナ達が嬉しそうにしていたが。
「違う、結婚してない。色々事情があって、ストレアを助ける事になっただけだ。事情は一切話す気は無いし、あと二人いる娘との事情も話さないからな!」
「おいおいキリト、それは流石に無理が……いやスマン。悪かった忘れるから、頼むからその二刀の柄を握ってる手を離してくれ、お前の場合洒落にならん」
エギルが慌てて言うのを聞き、俺は二刀から手を離す。周りも聞く気はなくなったのか、俺が見ると顔を逸らした。
「…………何してるの、キリト」
「いや、別に。攻略組の雰囲気なんて、真剣な時以外こんなもんだ。結構楽しいぞ?」
「それは父さんだけな気がするなー……」
「えっと……とりあえず、来てくれてありがとう、キリト君。分かってると思うけど、今回の試験にキリト君も立ち会って意見があったら言って欲しい。それと……そっちの二人の実力は今日見たけど、一応この場でも見せてもらいたい」
ディアベルが苦笑しながら助け舟を出してくれた。それに有難く乗っからせてもらう事にする。ディアベルの言っている事は、事前に二人にも一応言っている。
「ああ。それは分かってるし、一応二人にも言ってある。それで、二人の相手は?」
「それはあたしと――」
「ボクがするよ」
そう名乗り出るリーファとユウキ。
確かに、《血盟騎士団》副団長の二人がなら結果にも納得なのだが……何故だろう。二人から只ならぬ気配が出てる気がする。それを受けたフィリアとストレアも、何故か同種のオーラを出している。一体どういう事か。
「うわー……キリト、あの二人大丈夫か?」
「ストレアはかなり強いし、フィリアも相当な激戦を経てる。ちょっとやそっとでやられるほど弱くはないよ……なんであのオーラが出てるのかは分からないけど。それと……噂の新興ギルド、来たんじゃないか?」
俺が転移門を示して皆が見ると、丁度蒼い光が散って人が見えるようになってくるところだった。
出てきたのは七人。リーダーらしき男は絢爛豪華な白金の鎧に身を包み、腰には返しが大きく付いた血のように赤い細剣を帯びている。オールバックの金髪に頭部に金の装飾のような物を付けた男。コイツがアルベリヒだ。
「おや。時間までに来たのですが、遅れてしまいましたか」
「いえ。時間前ですから遅れていません……初めまして。私は《血盟騎士団》団長のアスナです。こっちの二人が副団長のユウキとリーファ。そして青い小竜を従えた子が副団長補佐のシリカです」
「俺が《聖竜連合》リーダーのディアベルです。今回の攻略組参加の申し出、嬉しく思います」
「これはこれはご丁寧に、どうもありがとうございます。私はギルド《ティターニア》のギルドリーダー、アルベリヒと申します。攻略組としては若輩ですが、皆様に負けぬよう、粉骨砕身の覚悟で戦いたいと思います」
そう言ってにこやかに礼をして自己紹介をするアルベリヒ。印象としては爽やかな好青年で親しみやすそうだが……俺はどこか慇懃無礼な印象を持った。リアルを知っているからだろうか。意志が宿っていない薄っぺらい言葉に聞こえたのだ。
「では、お話していた通り、これから模擬線での試験を行いたいと思います。こちらにいる女性、フィリアさんはリーファと、ストレアさんはユウキと戦います。アルベリヒさんは誰と戦いたいですか?」
「私が選んでもよろしいので? そうですね、戦いたい相手といえば……………………そちらにいる黒衣二刀の彼は、噂の【黒の剣士】のキリトさん……ですよね?」
やはり俺を選んできたか。アルベリヒは誰かが自分の上に立つことを嫌い、どんな手を使ってでも超えようとする性質だ。念のため見つかりやすくしておいてよかった。
「そうだ」
「では僭越ながら、【黒の剣士】様と模擬戦をしたいですね」
「……キリト君、構わない?」
「ああ」
俺が頷くと同時、アルベリヒが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。自分のステータスをスーパーアカウントで強化しているんだろう。それがどこまでしているのかは分からないが、桁違いなのはこちらも同じ。だから俺と大差ないはずだ。
二人揃って、十メートルの間を空けてそれぞれの武器を抜く。俺はとりあえずエミュリオンだけ抜いて、左半身を前にして構える。
アルベリヒは細剣を抜いて構えるが……
「……フフン」
全くなっていない構えだった。教科書で載っている写真を忠実に再現したかのような、気迫も何も感じられない構え。そもそも装備の選択からして間違っている。
俺のようなダメージディーラーは、いわば防御を犠牲にして攻撃と回避に特化した装備をしている。つまり重い金属鎧は無いのだ。リーファやユウキはプレストプレートをしているが、スピード重視の剣士はえてして軽い武装をする。俺のような、全く金属鎧が無いのは極端な例だ。コペルはその点、キチンと安全に軽金属鎧をしている。
タンクのエギルのような防御優先のビルドなら、重甲冑を選ぶ。かわりにスピードを犠牲にするので、移動速度はかなり落ちて回避は出来なくなる。攻撃に移るのも、タワーシールド等で防いでからのカウンターが主体だ。エギルはバトルアックスでのパリィをした後だが。
ディアベルのような片手剣と盾、軽金属鎧装備のプレイヤーは、本職のダメージディーラーやタンクには及ばないが、オールラウンダーにこなせられる。なので、一点特化が怖い者はオールラウンダータイプとなる。
とはいえ、ダメージディーラーやタンクとタイプ分けをしているが、この世界のダメージ算出はそう難しくは無い。
攻撃側の攻撃力×攻撃速度×受ける側の防御力×攻撃された部位のダメージ倍率。
これだけだ。攻略組の場合、攻撃力と防御力の差があるが基本的な値はほぼ同じ。つまり、タンクがダメージディーラーになることもできる。ヒースクリフは圧倒的防御力を持った、ユニークスキル使いのタンク兼ダメージディーラーだった。その逆――俺がタンクになるのはあまり出来ない、しようと思えば出来ない事も無いが。
攻撃力に大した差が無いという事はつまり、大きくダメージを出すのならスピードが重要だという事だ。ソードスキルのダメージがでかいのは、実はかなりのスピードがあるからでもある。無論、システムで規定されている威力も関係している。
さて、では細剣で大きくダメージを出すならどうするか。それはアスナが既に最適な答えを出している。細剣に軽金属のプレストプレート、あとはコート等の衣服。
要は身体的負荷、装備重量を少なくしてスピードに特化すればいい。
細剣は軽い武器、つまりスピードが命だ。俺の武器は重く、それでも尚素早く振れるので大きいダメージが出るが、細剣は重量でのダメージ追加は出来ない。ならば軽さを活かしてスピードでダメージを底上げすれば良いのだ。
そのため、細剣使いは皆軽装の者が殆ど。盾を持つ者もいるにはいるが、盾は姿勢が悪くなって攻撃速度が遅くなるので、ダメージを出すのには向かない。攻略組としてボスと戦うのなら尚更だ。そもそも回避重視のプレイヤーが盾を持つというのはナンセンスである。
ではアルベリヒはどうか。
おそらくステータス自体は俺と同等かそれ以上だ。だが豪奢な装備は重量が結構重い物が多い。あの見るからに重甲冑だろう装備をしているから、スピードは遅いだろう。攻撃防御のパラメータが高くても、攻撃を当てられるだけのスピードが無ければ話にならないし、そもそも細剣使いが甲冑を装備するのは論外だ。
一応クラインの刀もスピードが命だが、彼が装備している和風の甲冑はそこまで重くは無いらしく、むしろ刀を振るには最適な重さらしい。自分にとって適切な重量を選ぶ事も肝要というわけだ。
命を懸けて戦うのなら、こういうセオリーだけは外してはならない。デメリットになる要素は少しでも排除しなければ死ぬのだから。しかし、アルベリヒはそういう基礎を完全に外れている。それで攻略組に入るなど、寝言は寝てから言えと言いたくなる。ここはステータスだけが全てではない、とも言いたい。
俺達は《半減決着》デュエルをすることになった。《初撃決着》ではヤツの実力を見せられないし、俺の負けで終わるのはゲーマーとして嫌だから。
刻一刻と減少する待ち時間。それが減っていくのと同期して、周りの視線やざわめきが遠のいて感じる。
相手の構えがなっていないからといって油断しては、それだけで俺への信用と全体の士気が低下する恐れもある。何より、娘のストレアが見ているのだ、格好悪いとこを見せたくは無い。
「それでは、デュエル――はじめっ!」
「てやあぁぁっ!」
アスナが開始の宣言とともに右手を振り下ろすと同時、アルベリヒが突っ込んできた。
俺は《細剣》スキルをコンプしてはいるが、それでもアスナのようにメインにしているわけではない。それでも構えと走り方の良し悪しはわかる。加速しきれない構えだ。
突き出された細剣をエミュリオンで右に弾き、そのまま袈裟斬り、左斬り上げに繋げるソードスキル《バーチカル・アーク》で吹っ飛ばす。
これで普通は勝負が着くのだが、アルベリヒのHPは一割も削れていない。やはりスーパーアカウントでステータスと装備に、異常な強化が施されている。
ディアベル、コペルにキバオウ達もアルベリヒの違和感に気付いたらしい。顔を険しくしている。まぁ、異常に高いステータスを誇る俺のソードスキルを諸に喰らって、それでも一割も削れていない上、動きが全くの素人なら違和感も覚えるが。
「くっ……やってくれたな。でも、僕にそんな攻撃は効かないよ!」
「なら、二撃と言わず、OSSの六十連撃でどうだ?!」
そう返してアルベリヒに一瞬で肉薄、ソードスキルを立ち上げる。色は漆黒、片手剣のスキルには無いものだ。宣言通りのOSSなのだから当然だ。
片手剣六十連撃OSS《ダークネス・ハウリングアサルト》。
威力・速度共に折り紙付きな上、ヒットした相手の全パラメータを半減させ、自身は二割上げる。自作しておいてなんだが、チートなOSSだ。
袈裟斬りから始まり、右薙ぎに左斬り上げ、右薙ぎ、袈裟斬りを放ち、複数回の高速回転斬り。その勢いを利用して切り抜ける。
振り向きざまに六回斬り、次いで七回刺突。そのまま高速の連撃を放ち続け、斬り上げながらジャンプ。右に薙いで左拳で殴り落とす。着地と同時に回転してから右薙ぎを放ってふっ飛ばす。
これで終。
アルベリヒのHPは、俺が持ってる片手剣OSS最強技でも、六割まで削るのがやっとだった。
コイツのステータス、俺のホロウより高いのではないか?
「くっ、卑怯だぞ! 六十連撃のOSSなんて!」
「戦いに卑怯も何も無い、そもそも正攻法だ。ほら、掛かって来い!」
「ふん! なら身の程知らずのガキに見せてあげるよ。僕の最強の攻撃を!」
そう言って再度突撃してきた。ソードスキルではなく、何の変哲も無い突き。
いい加減相手にするのは面倒なので
「これで、終わり……だぁぁぁああああああああッ!!!」
袈裟、逆袈裟、斬り上げを力の限り放つ三段攻撃。地面にエミュリオンが擦れる度に衝撃波が現れ、それにアルベリヒは怯んだ為、三段攻撃を綺麗に受けた。
初めて使ったので威力を把握していなかったが、なんと恐ろしいほど減りが悪かったアルベリヒのHPが一気に危険域の一割まで減った。これには流石に冷や汗が流れ、俺は硬直した。気に入らない、危険で不審な男とはいえ、流石に殺すのはまずい。
ちなみに技の名前は《冥空斬翔剣》という。《剣技》スキルにある技の一つだ。
アルベリヒのHPが注意域を下回ったので、そこで決着が着いた。
「なっ、なっ……?!」
「あ、危なっ……ここまで威力があったとは……」
アルベリヒは自分のHPを確認し、死ぬ直前まで減ったのを見て恐慌状態に陥っている。流石にこれは俺が悪い。が、謝る気は無い。
「……えーっと……アルベリヒさん。残念ですが、またの機会ということに」
「なっ?! ま、負けたとはいえ、ステータスは【黒の剣士】様以上。戦力としては十分の筈ですが……?」
アスナ達はデュエルしているので、代わりにディアベルが通告した。顔が若干引き攣っており、冷や汗も流れている。俺の技の威力とアルベリヒのHPに内心、慌てただろう。俺もだ。
「最前線の戦いは、ただステータスが高ければ良いというわけでもないんです。ですから、もう少し実力を付けてからという事に……」
「っ……分かりました。しかし、私たちの力が必要になった時はご一報を」
ディアベルの通告に悔しそうな表情で返し、踵を返して転移門に向かった。振り返る際、俺に憎悪の篭った視線を向けるのを忘れずに。
「…………キリト、大丈夫?」
「父さん、まさかわざと煽った……?」
アスナ達とのデュエルを終えた二人が来た。結果は……アスナ達が項垂れている事からも想像できるな……
「……さて、な。それで、今から七十九層のボスに行くんだろう? 急がないと回廊結晶のマーク効果時間が切れるぞ」
「……そうね。それでは皆さん、これからボス攻略会議を始めます――――」
それから一時間後。七十九層ボス。三つ首の竜《トライテンペスト》と戦った。
無意識だったが、かなりストレスを溜めていたらしく、俺の二刀の猛攻はいつも以上に激しかったらしい。クラインが「お前ぇを怒らせたら絶対にいけねぇって、改めて痛感したぜ……」と呟いていた。
そのお陰もあってかホロウ・エリアのボスより弱く感じたからか、いつもは二時間~五時間懸かるボス攻略が三十分足らずで終わった。周りの皆が完全に呆れた顔をしていて、ストレアとフィリアでさえ呆れていた。
「ルシードさん……キリトさん、昔よりバグキャラになってません?」
「それでも、俺はアイツを超えてやるさ」
「超えるってことは、もうキリトを怨んでないの?」
「ケイタ達が死んでのは、キリトが悪いんじゃないからな。そういうサチだって、怨んでないだろ? お互い様だ」
「ふふ……そうだね」
黒猫団の三人の話し声が聞こえた。ルシードは俺を怨んでるものかと思っていたが……意外だ。あの三人の友人のケイタとテツオは、俺のせいで死んだようなものだ。
その罪滅ぼしとして面倒見てきたが……これで、ケイタ達も許してくれるかな……?
「父さん、どうしたの? なんだか雰囲気が暗いよ?」
「…………昔を思い出してただけだ。サチ達の仲間だった時を……な」
ストレアにそう返しながら八十層への階段を上がる。少しずつ階段を上り、一レイドの上限である八人×六パーティーの四十八段分を上っていく。
四十八段上って折り返し、上って折り返しの螺旋階段を上る。俺は以前からよくここを一人で上っていたが、仲間と一緒に上るのもいいものだな、としみじみ思う。
そのまま上っていき、遂に白亜の扉へたどり着く。先頭の俺がそれを開き、八十層へと足を踏み入れた。
八十層をアクティベートし、俺達三人はホームへ戻って疲れを癒すために早めに寝た。
はい、ホロウキリト戦に続く戦闘描写でした、とは言えほぼほぼキリトによるスタイルとビルド、装備の説明でアルベリヒはフルボッコでしたが☆(笑)
ビルドと装備についての解説ですが、割とこれは考察を重ねた末に書いています。原作キャラの装備、戦い方とステータスを考えれば多分皆様も納得されるのではないかと。
例えば、《刀》はスピードタイプです。アレは抜刀術のように速さを利用した一撃必殺を旨としなければ刃が折れてしまうくらい、存外脆い武器ですから。そのためクラインは筋力よりも敏捷寄りのステータスになっています。
原作《キャリバー》編でもキリトがその辺を語っています。隠しステータスを含めてもキリトの方が筋力が上であると。ALOキリトはSAOのデータを引き継いでいないので、それを考えると引き継いだクラインより上という事はクラインが敏捷寄りにしている事の現れだと思います。
《細剣》を使うアスナは言うまでも無いでしょう。既にキリトの説明にある通り、彼女は重量をギリギリまで軽くする事によってスピードを上げたスピードと回避優先の剣士です。
キリトとユウキ、リーファについてですが、この三人については正直微妙です。
取り敢えずリーファは鎧が見られず、胴着を意識した装備のようですね。敏捷ステータスに補正が掛っていると思われます。原作公認のスピードホリッカーですし。でもアスナには体のこなしも含めてちょっと敵わないでしょうね。
ALOユウキは胸鎧を着けていますが、持ち前の反応速度を考えるとステータスポイントはHPと筋力、敏捷へバランスよく振り、防御力には振っていないのだと思われます。持ち前の回避技術で防ぎきれないダメージを鎧で軽くし、シウネーの回復に相当な信頼を寄せていたのでしょう。
ちなみに今作のユウキのモチーフはこのALOユウキです。まぁ、シリカ編の描写で気付いたでしょう。
SAO&ALOキリトは重い剣を好む事から力を求めています。それでも原作でアスナとほぼ同等のダッシュが出来た事から、レベルが高い事もありますが、スピードにも重きを置いていると分かります。《武器破壊》が出来る程に反応速度があるので、直前で攻撃を見切って紙一重の回避を戦法に取り入れているのでしょう。金属はおろか革鎧すらしていないのは重量を増やさない為でしょうね。
キリトはダメージ重視回避優先の短期決戦型という事です。《二刀流》はスキル一つが硬直時間も長くて危険なので、尚更でしょう。まぁ、両手の剣でのパリィを考えると一対一では優勢かと思われます。ヒースクリフと互角に戦えたのは互いに両手で攻撃と防御を果たせたからかと。だからこそ拮抗したのでしょうが。
リズベットは片手棍とバックラーという丸盾、つまりはタンク寄りのアタッカーです。筋力が高いと《鍛冶》がどうこうと原作でもあった筈ですので、スピードは捨てていると思われます。マスターメイサーですしね。
シリカは《短剣》使いとしてヒット&アウェイを重視するスピードアタッカーでしょう。そもそもケットシーという種族自体が敏捷値高いでしょうし、小柄というのも相まって中々だと思われます。
シノンもシリカと同様、種族として敏捷値が高いと思われます。でも矢の飛距離と弓の重さで決まる弦の強さ、つまり攻撃力を求めて筋力にもバランスよく振っていそうです。なのでちょっと彼女は分かりません。聖剣エクスキャリバーを抱えてましたし。
一応本作では筋力寄りながらバランスよく振っているという設定です。ヘカートの事もありますし、弓でもやはり力は要るでしょうし。ケットシーなら種族的に素早いと思われるので妥当かなと思っています。
まぁ、こんな感じで一人一人考察していると、キリトが語った私の考察もあながち勝手な解釈という訳ではないと分かるかと思います。
オールラウンダーのプレイヤーなら剣と盾、攻撃と防御をバランス良くする装備というのもゲーマーなら割とありですしね。
攻撃特化型は攻撃力アップを目指して盾の代わりに何か持つでしょうし、キリトのように二刀にするかも知れません、あるいは両手武器を求めるかも知れません。
こんな感じで考察していって、ああなりました。異論、反論はあるかも知れませんが、本作ではこの考えでずっと進めていますのでご了承下さい。
無茶だろそれは、っていう理論は私自身が書かないようにしているので、多分拒絶反応は無いと思います。
長文失礼しました。これからも良ければ本作にお付き合い下さい。
では次回予告です。
攻略が順調に進む中、自らの意志で強くなろうとキリトに師事する少女シノン。彼女は自らの武器を上手く扱えないでいた。
そんな中、とある鍛錬の途中、あるものが追加されている事にシノンは気付く。それをキリトに報告すると、シノンを連れて街へと繰り出した。
それはシノンにとって、新たな武器との邂逅でもあった。
次話、第二十四章 ~猫の懺悔と黒の守護~
お楽しみに!
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第二十四章 ~猫の懺悔と黒の守護~
今話はシノンのキャライベントですね、前半はゲーム、後半はGGOの会話を参考に書き上げています。
視点はシノンです。結構シノンの心情を忠実に再現できたのではないかと思います。ゲームではキリト以外の心情描写はほぼありませんから、ゲームをプレイした方はこんな感じに思っていたのかなと妄想して下さい。
ただ本作のシノンはゲームのシノンより、幾らかキリトに対してマイルドです。ゲームと違ってアスナ達全員に保護されたのでは無く、キリトによって庇護されているからですね。
ただ庇護されているだけは嫌だという事でシノンは自らを強くしようと頑張っています。そのため、ちょっとだけ卑屈な部分も。そこは元来の性格が表れています。
ではどうぞ!
第二十四章 ~猫の懺悔と黒の守護~
《朝田詩乃》こと《シノン》と名乗っている私は、今、キリトという男に戦闘の訓練をつけて貰っている。《SAO》と呼ばれるこのデスゲームに巻き込まれて、既に一ヶ月が経とうとしていた。
現在は八十三層までクリアされ、順調に攻略が進んでいるらしい。キリトは前線から外されている為、攻略速度は落ちているらしいけれど。
なんでも、キリト、同居人の短剣使いフィリア、彼の娘の大剣使いストレアのレベルが異常に高く、レイドのパワーバランスを取るためだとか。ボス攻略には参加するけど、マッピングは他の人達ですることになったらしい。
それと、アスナ達から内緒で教えてもらったのだが、キリトの疲れを取るためだとも言っていた。確かに、ここ最近の彼は疲れを溜めている気がする。二週間前の第一層地下迷宮探索でも、ボスを倒した時に倒れたらしいし。
ずっと前からソロとして独りで生きていた時の無理・無茶が普通になってしまって、自分の状態に鈍いところがあるんだとか。どれだけ無茶を続けてきたんだろう?
そんな疑問を持ちながら、彼のホームの庭でキリトの訓練を受けている。
私が一番上手く扱える武器は短剣と投剣。特に投剣は今のところ百発百中で、キリトからも驚きと共に褒められている。投剣の命中率が高いのは相当凄い事らしい。
問題はメインで近接武器の短剣なのだが……
「ン……やっぱりしっくりきてない感じだよなぁ……」
「そうなのよ……なんでだろ?」
「片手剣や曲刀、細剣よりは良い感じなんだが……投擲武器は概して攻撃力が低いし、チャクラムも耐久値がある間は無限投擲が可能とはいえ、前線で戦うには決定打に欠けるし……」
そう。なぜか私はしっくりくる武器がないのだ。短剣を使ってはいるが、それも他の武器よりマシなだけ。キリトに言わせれば、前線に出ればすぐにやられるレベルらしい。
同じ短剣使いのフィリアにも、一対一でも辛勝すら難しいかも、と言われた。
「でも、私は強くなりたいのよ。どうにか出来ない?」
「ン……ンー……武器がダメならスキルで補う、か? でもソードスキルも使い手自身が武器の扱いに習熟してないとダメだしなぁ…………」
私の我侭に腕を組んで唸るキリト。
彼は厳しいと言いながらも、分かりやすい指導をしてくれる。お陰でそれなりにレベルは上がっていて、今は98。最前線にパーティーで出ても大丈夫なレベルではあるらしいけど、いかんせん武器自体に馴染んでいないからまだ行けていない。
妖精リーファは99、別タイトルの《ALO》というゲームでも片手剣を使っていたからか、最前線に近いフィールドでフィリアとストレアの三人で狩りをしている。
私だけ足手まといになっているのだ。
「ンー……シノンは近接武器というより、遠距離から攻撃する武器が得意っぽいんだよなぁ……でも《SAO》って遠距離武器少ないし……シノンにユニークスキルが出てれば話は別なんだがなぁ……」
「私に? ……そういえば、SAOに遠距離武器が少ないなら、それに比例して遠距離スキルも少ないのよね?」
「ン? そうだけど……なんか気になるスキルでもあったのか?」
「うん。これ見て」
「って、ちょっと待て!」
キリトが慌てるけど、私にはその理由が分からなかった。
何? と聞くと、キリトは真剣な目をして言ってくる。
「いいか、シノン。他人には自分のステータスを見せちゃいけない。ステータスは自分の生命線。それを知られればデュエルは勿論、PKとの戦いで圧倒的不利になる」
「え? でも、キリトは私とデュエルしたり殺そうとしたりしないでしょ? 私が人殺しに走れば別だろうけど」
「いや、まあ、それはそうだけど……」
「じゃあ別に良いじゃない、あんたが言わなければ。ほら、ここ、早く見てよ」
「はぁ……他の人には見せるなよ」
「わかってるわよ」
キリトは溜息を吐きながら私のスキル一覧を見る。すると、訝し気な声を上げた。
「どうしたの?」
「《精密動作》に《危険察知》のパッシブスキルか……これを取ってるなんて珍しいな、普通狙わないと出せないスキルだぞ。しかも結構数値も高い……」
「え、もしかして効果薄いの?」
これらを珍しいと言うのなら、もしかしたら効果が低くて実用では無いのではと思った。しかしキリトはその考えを否定した。
「悪い、俺も一応取ってコンプリートしてるけど、その二つについては俺もあまり分からないんだ。クリティカル率と《索敵》と《隠蔽》に補正が掛る事くらいは分かってるけど……ン? これは……《射撃》だと?!」
これが気になったスキルなのだ。昨日の夜、スキルの熟練度確認をしていた時、いつの間にかあったのだ。それは既に習得している。
「そのスキル、いつの間にか出てたのよ。どういうのか分かる?」
「いや、こんなの見たこと無いが……毎日の訓練で出たのかもしれないな……いや、もしかしたら投剣の命中率が高いから出たのか」
《射撃》スキル……名前からして遠距離武器スキルだろうけど、やっぱり……
「射撃ってやっぱり……銃、とか……?」
数年前から私を蝕むモノ、銃。悪夢にも見るそれを、私はここでも見るのか。しかも、自分の武器として。
しかしキリトは、私の問いに対して、横に首を振った。
「いや、それは無いな。ソードアート・オンラインというタイトルが示すとおり、そもそもこの世界は遠距離武器が少ない。チャクラムや投剣、ピックがせいぜい…………いや、待てよ? もしかしたら…………シノン、急いで最前線の店に行くぞ!」
「えっ? え、ちょっと?!」
私の手を取って足早にコラルの村に向かい、最前線の街に転移する。そのまま裏路地をドンドン進んでいくが、いい加減私はキリトに問い質したくなった。
「ちょっと待ちなさいよ。なんでいきなり最前線の店なの?」
「いいか、シノン。十中八九まず間違いなく《射撃》スキルはユニークスキルだ。俺も知らないスキルだし、誰かが持ってるって話も聞かない」
「ユニークスキルって、そんなに凄いの?」
「俺の《二刀流》、ヒースクリフってヤツが持ってた《神聖剣》がそれだ。大雑把に『ゲームバランス崩壊スキル』と言える」
うん、キリトがゲームバランス崩壊気味なのは知ってた。皆から話を聞く度に言われてるし。
「それでだ、いいか? この世界には遠距離武器は少ない。そして、《射撃》スキルはおそらく遠距離武器スキルだ。それ専用の武器は今まで役に立たなかったものだろう。だから骨董品としてあるかもしれないんだ」
「なるほど……だから最前線の店なのね?」
「ああ。最前線の骨董店ならある確率は高いし、何よりシノンは遠距離攻撃が得意分野だ。後衛から攻撃できるのはパーティー戦で、大きいアドバンテージになるからな。本人がやる気だし、是非とも攻略組に入って欲しい」
そう言ってそのまま路地を進み、うらぶれた店に辿りついた。店と知らなければ絶対に入らない家屋だ。
中に入ると、ローブ姿の老人NPCが私たちを迎え入れた。
「……いらっしゃい」
「私一人だったら、絶対にここ入らないわよ……」
内装は陰気で、何に使うかよく分からない物が多い。ボロボロなローブに錆付いた武具、染みの浮いた本…………骨董店というより、怪しい呪術具店の方が正しいのではないだろうか?
キリトはこういうところが好きなのか、ウキウキで置いてある道具類を漁っている。
「こういうところに、よく値打ちモノが転がってるんだよ。お? ……店長、これは?」
「ああ、それは弓だな。つい先日手に入ったんだが、珍しいだけで役には立たんよ」
キリトが持ち上げたのは白い革が巻かれた弓だった。既に弦は張られていて、神聖さと威圧感がある。それを受け取り、一緒にあった矢を番えてみる。
かなりしっくりきて、これは使えると確信した。
「うん、使える。戦えそう」
「分かった……店長、これ買い取る……って、なんだよこの値段。役に立たないって言ってたんじゃなかったのかよ…………」
「どうしたの? もしかして高いの?」
「いや、余裕で何とかなるよ……ちょっと値段が高すぎるだろうってだけだ」
「キリトが高いって言うって……幾らなの?」
「300万コル」
その値段に完全に固まってしまった。
NPCの店やリズの武具店で扱われてる装備でも、10万~30万がせいぜい。それを軽く超える金額を聞き、驚愕と共に固まったのだ。
キリトが買い取った白弓をトレードで受け取り、それを試し射ちしてみると、スキルが立ち上がった。これは私には完全に使えるのだ。
今日の訓練は終わりになったしすることもないので、余った時間を商店街の冷やかしに使うことになった。その間、キリトにとっては理不尽な事だけど、私はムクレていた。
「……借りは、あまり作りたくないんだけど」
「借りとか思わなくても良いよ。ユニークスキルのお祝いと思ってくれ。さっきの威力を見る分に、多分少し訓練すれば最前線に出られるぞ」
キリトの言葉に嬉しく思うも、やはり300万コルは大きすぎる借りだ。それもデスゲームの中で絶対必要な武器を買ってくれた300万。これは本格的にケジメをつけなければならない借りだと思う。
少しでも感謝の印として何かをしたい。今の私に出来る事……そうだ。
「…………ねぇ、せめてご飯を奢らせて」
「へ? いや、それは悪いっていうか」
「何よ。私には奢られたくないって言うの?」
「……いえ。じゃあお言葉に甘えます」
最近分かったが、キリトはこと戦闘以外のことでの押しに弱い。それが戦闘に一切関係無いのなら尚の事。
キリトを誘えた事に嬉しく思い、同時に何故嬉しく思うのか不思議に思いつつ、七十六層にある喫茶店に入る。木造建築でいくつもテーブルがあり、アニメや小説で出てくるような西洋の喫茶店が思い浮かぶ。リアルでもイギリスなどの喫茶店はこうだろうけれど。
その一角のテーブルに着き、対面で座る。メニューを取ってどれにしようか選ぶ。
「……ここ、落ち着く雰囲気だな」
「そうでしょ? 生産クエストの時に見つけたんだけど、ここのデザートが美味しいのよ。ついついリーファと来てしまってね。オススメは、【リンゴのシブースト】よ」
「へぇ……それじゃ、俺はそれと……【フルーツミックスケーキ】」
「なら私も【リンゴのシブースト】に、【フルーツサンド】」
注文を済ませ、すぐにやってくる店員。ここが現実とは違うところだ。
「……そういえば、記憶はどうだ? 結構戻ったんだろう?」
そう。私は少しずつだが、記憶が戻ってきている。
――――忘れていたかった、忌まわしい記憶も一緒に。
「うん……」
「…………無理するなよ。焦っても良いことは無いからな」
そう言ってシブーストを食べるキリト。
少し前に、彼が今年で十四歳だと聞いた。今の私は数えで十五歳だから彼は年下なのだが、全くそう見えない。落ち着いている雰囲気や喋り方は歳相応どころか、大人以上ではないだろうか。
それが私の幻影と重なり、自己嫌悪に陥ってしまう。
似ても似つかない彼と私。
彼の強さがいったいどこから来るのか、知りたくなった。
「不躾で悪いんだけど……言いたくないなら言わなくて良いの……キリトはさ……人を殺して、どう思ってる?」
「どう思う、か……そうだな…………後悔はしてない。でも、もっと違う方法があったんじゃないか、って思うことはあるな」
「…………それを、どうやって乗り越えたの?」
私のか細い問いに、キリトはスプーンを置き、瞑目する。
一分ほど経った頃、ようやく彼は口を開いた。
「……乗り越えてないよ」
「え?」
強いと思っていた彼のその答えは、私にとっては予想外も良いところだった。困惑しながら、彼に聞く。
「乗り越えてないって……でも、キリトは普通にしてるよね?」
「……人を殺した夜、俺は必ず夢でそいつ等を見る。夢の中の俺は、何も抵抗できなくてな…………そのまま殺されるんだ。人を殺すのは嫌だし、怖い。それがたとえ昔のことでも同じだ。一切乗り越えてないよ」
「そ、そんな…………」
キリトほどの強さを持っても、過去を乗り越えられないなんて…………なら、私はずっと克服できないのだろうか?
悪夢に出る、あの《銃》には……あの男には…………
「でもな」
キリトが続けて口を開いた。その言葉はさほど大きいとは思えなかった。ともすれば、店に包まれている喧騒でかき消されてしまうほどに、小さな囁き。
しかし、なぜか私の意識はそれに引かれた。大切な事だって、思ったから。
キリトはゆっくりと語り始める。
「忘れる事が出来なくても……悪夢に見るのだとしても……それは消す事はできない。だったら、それを受け入れて生きるしかない……シノンがこの事を聞く理由は、大体分かった。その上で言わせて貰う……誰かを守る為にしたのなら、守られた人の事を考えて、自分を救っても良いんだ」
「自分を、救う……? 守られた人の、事を……考えて?」
考えた事が無かった。人殺しの自分に、そんな権利があるのだろうか……?
「殺人は確かに、してはならない事だ。でもな……もしその選択が人を殺すことで人を護るものだとしたら……そして、殺さなければ自分が、あるいは誰か大切な人が殺されるとしたら。その状況で、それでもその選択を選ばないことが出来るか?!」
キリトの小さな、しかし鋭い叫びに、私は息を詰まらせた。
知っているのか。一瞬、そう思った。この目の前にいる黒尽くめの少年は、私を蝕み、過去を黒々と染める、あの忌まわしい出来事を知っているのか、と。
――――違う……多分、キリトも……昔、その選択をしたんだ……
私は十一歳の時、母親と共に銀行にいた。その時に銀行強盗が現れ、拳銃を取り出して威嚇した。警察に連絡しようとした職員を一人撃ち、続けて母親も撃とうとした。
母親は私が幼い頃に父親が死んだ事がキッカケで、精神が幼い状態になっていた。私は幼い心で母親を護ると決めていた。だから強盗から銃を奪い取り、それを奪い返そうと襲ってくる強盗の男に向けて銃を撃った。
一発目は腹に、二発目は右鎖骨に。ここで私の両腕両肩は激痛を発していて、しかしそれを無視しての三発目の射撃は、腹を狙ったものの、狙いが逸れて男の額の中央へ。
男は絶命し、母親を守れたという喜びと共に母を向けた。この世で誰よりも愛する母親の両眼に――――
明らかに私に向けられる、恐怖と怯えの色を見た。
まだ両手で自分が握っていた拳銃のグリップには、赤黒くドロリとした飛沫がついていた。
そう。私は、母親を守るために、人を殺したのだ。
状況や事情は違うだろうけど、おそらく、キリトも同じ。
「俺はたとえ、【殺戮者】のレッテルを貼られて極刑に処されることになっても、きっと同じ事をする……それでも俺は弱い。それは力がどうとかの話じゃない。俺は多くの罪を背負って生きてる、止められた筈の事を止められなかった、な…………乗り越えられないし、過去を克服することもできない。なら、受け入れて生きるしかない。自分の選択は、人を守ったんだって」
「それが、キリトの生き方…………私には……」
「一人でダメなら、俺がシノンを支える」
できない、と言おうとして、しかしキリトの言葉で固まった。
人殺しの私は昔から虐められていた。同級生、その保護者、学校の教師達にも、だ。誰一人として私を理解してくれなかったし、理解しようともしてくれなかった。私自身、それを拒んでいた節があるのは否めないが、誰も《朝田詩乃》という一人の人間を見てくれなかったのだ。
でもキリトは私を見てくれた。全ての事情を話したわけではないのに、それでも私を見てくれた。その上で、支えると言ってくれた。
胸の奥が大きく高鳴った。それは今まで感じたことが無い疼き。それが何なのか、今の私には分からないけど…………気分の悪いものでは無かった。
でも、過去の経験から簡単に信じられなくなってしまった私は、おずおずと確認してしまった。
「……ホント?」
「ああ。現実の家が遠いといつでもってわけにもいかないけど……それでも、支えるさ。手段は色々あるんだしな」
「ホントにホント? 私を、裏切るなんて……しない?」
「…………裏切り、か。皆に隠してる事の中でも特大のがあるけど、それは裏切りになるかもな……」
皆に隠している特大のもの。それが裏切りにあたるかもしれないと言う。
人は誰しも秘密を抱えるものだが、キリトのそれは確かに大きそうだ。皆に言っていない時点で、それは確信を持って言える。
それを知りたいけど、皆にも言っていないのなら、私が聞いても無駄かな。でも、一応聞いてみたい。
「それは、どういうのなの?」
「皆が知ったら、俺を殺し来るレベルだ。実際は、俺も被害者なんだがな…………」
ふっ、と自嘲気味に笑うキリトの顔を見て、信じても良いかもしれないと思った。どうしてかは分からないけど、何故かそう思えたのだ。
「信じるわよ。キリトはこんなにも優しいんだし、今までしてきた事も皆の為って聞いた。だから、私はキリトを信じる」
「そうか…………なら、その『信頼』に応えられるよう、裏切らないようにしないとな」
寂しげに笑うキリト。でも、そこに切なそうな表情は見えない。
過去の自分を振り返ってでもいるのだろうか……?
「さ、早く食おう。せっかくの美味いデザートが無くなっちまうし」
「そうね……それじゃ――――キリトの美味しそうなケーキ、貰い!」
「あっ! 後で食おうと取っておいたのに! ならこっちだって!」
そのまま何事も無かったかのようにはしゃいで食事をする。笑顔溢れる食事は、何年振りだっただろう。とても、楽しい平和な一日。
でもその時、私はまだ知らなかった。
彼が抱えている『闇』の深さを…………
それを知る事になるのは、本当に、ずっとずっと後になってからだった。
はい、如何でしたでしょうか?
キリトは原作キリトをトレースして台詞を口にしているのですが、割と本心で話している面もあります。ですが、シノンに掛けた言葉が完全にブーメランになると自覚していません。
ここ、ストーリーのキーポイントです、ある意味最重要と言っても良いですよ。何度かその辺はお話に出ていますね。
シノンの過去ですが、ここは原作と同じです。SAOに入るかどうかで原作とゲームで分岐しているんですね。
記憶が戻ったのはゲームよりちょっと速いですが、ここで思い出させておかないと、彼女の強さを求める理由が分からないままになってしまいかねなかったので、この時期に思い出すようにしました。
ゲームでは《短剣》と《弓》を交互に使ってくれます。弓スキルの《ヘイル・バレット》と呼ばれる六連撃は毒をボスにすら付与させる技ですので、とても重宝しました。高難度クエストの際には彼女を連れていき、スキルの連携を連発してフルボッコなんてしていましたね(笑) そのお蔭で正妻アスナより十数レベル上でした(笑) HFでアスナは130レベルなのにシノンは200レベルですしね(笑)
そんなこんなでシノンに超強化フラグが立ちました。
最後の三行、キリトの『闇』、そしてそれを知る事になる『時期』について明確に記していませんが、何れ必ずわかります。そして分かる時がシノンの超強化フラグ成立です。現段階ではまだです。
ネタバレになりますが、基本的にSAOメインキャラは原作を超越して強くなると思って下さい。全員という訳ではありませんが、その一人にシノンが入っています。
理由? シノンが好きだからに決まっています(笑)
正確にはシノンも好きです。過去に誰かを守るために人を殺し、それを周りから言われて心に傷を負っている、という過去に悲しい事があり、それでも立ち向かうという所がツボなんです。
そういう訳で、何れ転生特典&前世の経験込みの強さを持つキリトに素で匹敵するキャラが誕生します。その頃には戦闘描写はもっと細かく、臨場感溢れる書き方になっていると(自己判断ですが)思うので、楽しみに待っていて下さい。
とは言え、毎度言っていますが物凄い後です。それもあってこんな阿呆な連続投稿をしているという理由もあります。溜めているお話が物凄い話数という事もありますが。
ではそろそろ、次回予告です。
キリトによる鍛錬を受け、SAO在住のフィリア達はおろかシノンにも後れを取っていると感じるリーファには焦りがあった。それはとある感情から起きるもの。
感情と焦りが混ざり合って苦悩する中、キリトの言葉を受けてリーファは思わぬ行動に打って出た。
次話、第二十五章 ~妖精の焦燥と黒の過去~
妖精リーファとのお話です。
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第二十五章 ~妖精の焦燥と黒の過去~
これを書いているのは26日深夜1時なのですが、現時点でこの小説のUAが1500を突破している事に気付き、口角を上げてしまいました。実質二日でこの数は結構快挙かなと思っていたりします。
願わくば、感想と数値の評価があると有難いです、とても嬉しくなります。強制では無いですけどね。
お気付きであろうと思いますが、結構私の小説はムラがありますので、面白い話とそうでない話があると自分でも分かっています。
しかし既に書いてしまっており、更にはそれを元に後の話に影響させてしまっているので、書き換える事も出来ないです。何せほぼ全話が後々に関与しておりますので。
つまり一話のどこかに必ず一つは伏線があると思って下さい。それは別の伏線と一本の糸で繋がるかもしれませんし、または別の糸に繋がるかも知れません。一杯悩んで下さい。
そしてそれを含んだ上で書き直す気力が私にはありません、理由は文字数。お気付きでしょうが、まだ終わりは来ていないのに既に十万文字超えてますからね(笑)
それに原作から結構端折ってたり、会話だけにならないよう抜粋したりしている所も多く、書くとグダったり原作コピーっぽくなってしまうので、それを避ける意味も含めて書き直さないと決めているのです。もうどうしようもないくらい先まで書いていますしね。
今の状態で書き直すと、一話二万文字~三万文字という阿呆な数字になります。それくらいじゃないと落ち着かなくなってしまって……今二十五章で、まだ先があるのにそんな文字数書いてられません(笑) キャラも少ないし出来事も少ない中でそれだけ書こうとすると私死ぬ(笑)
あとは原作の感情や情景描写ですね。最初はキリト視点のみだし、川原礫様が後から設定を追加されているので、私がそれを付け加える事を苦手としている事もあってSAO編は中々差を作れない状態なのです。下手にするとSAOの雰囲気も壊れますし。
それもあってゲームを加えていますし、タグにある通りの現象が起こります。
つまり……まだまだ先は長いという事です( ̄▽ ̄)ニヤリ☆
初めて顔文字使った二十五話、リーファのお話です。ではどうぞ!
第二十五章 ~妖精の焦燥と黒の過去~
あたしは今、キリトくんのホームで彼と模擬戦をしている。デュエルではなく、圏内戦闘でだ。デュエルだとあたしが一撃で死ぬ。
今回の模擬戦の目的はあたしの反応速度の向上と、ソードスキルの回避に慣れること。
彼が左右の二刀別々に放つソードスキルを回避するか、ソードスキルで相殺するのが訓練内容だ。とはいえ、彼のステータスは尋常ではないから、あたしでは力負けして相殺しきれないのだけれど。
「バーチカル・スクエア! 続けてホリゾンタル・スクエア!」
「くうっ!」
「まだまだ! ファントム・レイブ! カーネージ・アライアンス!」
水平四連、垂直四連、大振り六連、乱舞八連の大技を連続で放たれ、あたしは避けるのも精一杯で、途中から全撃喰らってしまった。絶大な衝撃とエフェクトが発生する。
凄まじい衝撃とノックバックがあたしを襲い、庭の芝生に尻餅をついてしまう。座ったまま彼に抗議する視線を向け、口を開く。
「う、ぅううう……! キリトくんバグキャラすぎるよ! どうして左右別々に連続でソードスキルが出せるの?!」
「システム外スキル《スキルコネクト》。姿勢が無理な状態でなければ、連続で放てるんだ。これくらい出来ないと、ボスの単独撃破は出来ないからな」
「ううう……不正軽量竹刀の百倍酷いアドバンテージだよ……」
「褒め言葉だな」
ニヤっと口の端を吊り上げながら言い、二刀を背にしまう。どうやら今日はこれで終わりのようだ。キリトくんはそのまま背を向けて家に入っていく。その入り口ではシノンさんが柔らかく微笑みながら、彼を出迎えていた。
一週間前から二人の距離が近くなっている気がする。何かあったらしいけど、キリトくんは完全に黙秘、シノンさんは顔を赤くしながらゴメン、と言ってきた。
どう考えてもシノンさん、確実に堕ちたよね。一体何を言ったのだろう……アスナさん達がいながら……
そう考えながら不貞腐れていると、フィリアさんとキリトくんの娘三姉妹がやって来た。
「リーファちゃん大丈夫? なんだかぼうっとしてるけど」
「パパの剣技は圧倒的ですからね。あれを捌けっていうのは、ちょっと無理がありますよ」
「そうだねぇ。アタシでも父さんの猛攻は捌けないなぁ」
「あ、あはははは……確かに、あれは反則ですよ。せめて、一刀ならなんとかなるんですけど……」
「あ、キリトって一刀でも《スキルコネクト》出来るよ。二刀より制限があって難しいらしいけど、それでホロウ・エリアのエリアボス圧倒してたから」
「え、えー……キリトくんって、チートになりすぎでしょう」
あたしは乾いた笑みが出るのを止められなかった。最近はシノンさんやストレアさん達も同じ訓練をしてるけど、それでも一番弱い。というか、あたしの時だけ矢鱈と強力な上位ソードスキルを使ってる気がする。
彼曰く、「リーファが一番片手剣に慣れてるから、どうしてか出してしまう」との事。彼の表情から察するに他にも理由がある気がするけど、それには触れないでおいた。なんだか、聞いちゃいけない気がしたから。
あたしがこの世界に来てから一ヶ月と一週間。このSAOが始まってから一年八ヶ月。キリトくんは人に言えない何かや多くのものを抱えて生きてるのはよく分かった。
先日、ホロウ・エリアにシノンさん、フィリアさん、ストレアさん、あたしにキリトくんの五人で探索に出かけた。基本はあたしが前衛でダメージを与え、シノンさんが弓で援護する。他の三人は周囲の警戒。このスタンスだった。
それでもやっぱり危険な目にはあった。どうしてかわからないけど、フィリアさんでさえ見た事が無いレベルのモンスターが現れたのだ。
レベル200《アンビシウス・ブレイドルーラー》。ケンタウロス型の体にいくつもの装甲が付けられ、両手には大きな両刃剣。全体的に黄色のフィールドボス。
それは咆哮を上げてあたし達に襲い掛かってきて、それを止めたのが彼だった。
彼は悲壮とも取れる咆哮を上げながら二刀を構えて突進。ルーラーに猛攻を仕掛け、あたし達を離脱させた。彼が管理区に帰ってきたのはそれから三十分後。HPが三割弱になりながら帰ってきた彼は、開口一番に無事だったか……と言い、その後横になった。全力で戦うと、よく倒れるらしい。
自分よりも他人を優先し、しかも自分が倒れるほど全力で戦う。その無茶な戦い方は、過去に何かがあったとしか思えない。しかしそれは聞いてはいけない気がした。
そう、シノンさんと何があったのか聞いた時に感じたのと、同じ感じ。おそらく、シノンさんとキリトくんは何か共通の部分があって、それで惹かれあったのだ。彼は気付いていないみたいだけれど。というかどんだけ鈍感なのだ、彼は。
あたしの気分が沈んでいると、ルイちゃんが綺麗な銀髪を揺らしながら小首を傾げてあたしを見る。
「……? リーファ、どうしたの……?」
「え? な、何が?」
「なんだか……悲しそう? ううん……寂しそう……嫉妬?」
「――――っ?!」
ルイちゃんの言葉に、あたしは絶句した。
MHCP――――メンタルヘルス・カウンセリング・プログラムだった彼女は、こと人の心の機微に敏い。あたしの心の状態を的確に言い表した事に、言葉を失った。
そう。あたしはキリトくんに惹かれているし、シノンさんやアスナさん達に嫉妬している。
あたしはこの世界の住人ではない。パラレルワールド……平行世界から来た、異世界人なのだ。SAOがクリアされれば、もう二度と、この世界のキリトくんに会うことは出来ない。あたしの世界のキリトくんはお兄ちゃんなのだ。一応、正確には従兄妹だから結婚できるけど、彼に惹かれた今、諦めきれない。
でも、いつかこの世界はクリアされる。いつかは別れの時が来る。それが堪らなく嫌で、そして、キリトくんと親しげな皆を羨ましく思ってしまう。
皆はこの世界の現実でも生き、あたしは平行世界に戻る。記憶を持ってかどうかは分からないし、そもそもちゃんと帰れるのかも定かではない。あたしはとても不安定な存在なのだ。
そのあたしの心の拠り所なのが、キリトくん。
あたしの事を気にかけてくれるし、面倒見も良い。一層の知り合いと保護されてる子供達に会ったけど、皆彼を慕っていた。彼自身は人と関わるのを最近まで避けて、ソロで生きていたらしい。それでも尚慕われている。
あたしには、その訳がよく分かる。
彼は多くの人間を殺しているらしいし、悪い噂に事欠かないけど、根は優しくて皆の事を一番に考えている。クリアを目指すことも、オレンジ・レッドプレイヤーを殺す事もその為だと、アスナさんやディアベルさん達に教えてもらった。
「何も知らない人からすれば狂気の殺戮者でも、よく見れば、彼ほど人のために尽くす人間はいない。周りの皆を守るために、汚名を被ってでも殺人を愉しむ人達を殺す。そんなことが進んで出来るのは、確かに恐ろしいけど……申し訳なく思う。俺達よりも幼い彼一人に、これ以上無いほど辛い役目を負わせてしまうのだから」
ディアベルさんは悔しそうにそう漏らしていた。他の攻略組の皆も似た表情だった。皆、キリトくんの事を少なからず想っているのだ。それは彼にとっては予想外の事だっただろう。アスナさん達に想われているのに気付かないのは、自分は憎まれて当然、と決め付けているからだ。それでも人のために全力になる。それが人を惹きつける。
それにあたしも惹かれたのであり、同時に、それが壁となって阻む。
彼の隣に立てないのなら、せめて戦闘で彼の役に立てるように頑張っているのだけど……いかんせん、あたしには荷が勝ちすぎたようだ。中々思い通りにはいかない。
「……ハァ」
あたしは溜息を吐き、心配そうに見てくるフィリアさん達に大丈夫、と告げて部屋に戻った。
あたしは四つある客間の一つを使っている。三つある寝室は三姉妹とキリトくんだ。ユイちゃんとルイちゃんで一部屋ということらしい。この二人、本当に仲が良い。
部屋でスキルや装備の状態を確認、部屋の中でも出来る索敵と隠蔽を連続で発動させ、スキル値を高くしようとする。
その時、扉をノックされ、続けて彼の声が聞こえた。気分的に彼に会いたくなかったけど、かといって入れないわけにもいかない。仕方なく返事をして部屋の鍵を開ける。
「……どうしたの?」
「いや。なんだか暗い顔してるな、と思って様子を見に」
「そう…………」
「…………」
「……」
「……」
あたし達は沈黙した。あたしは何を話せば良いか分からないから。キリトくんは何かを迷ってる様子。
ずっと無言なのも気が滅入るので、彼が話しやすいように先を促した。
「…………で、何?」
「ん……何を焦ってるかは知らないけど、焦っても良いこと無いぞ。個人の強さには限界があるんだから」
彼の言う言葉に、あたしは説得力を感じられなかった。
ソロで多くの困難を越えてきたキミに、何が分かる。そう言い返したかった。
でも出来なかった。その代わり出てきたのは、いや、したのは、自分でもよく分からない行動。
「……それでも、あたしは強くならないと……あたしは強くなって、キリトくんの力になりたいのよ!」
「あっ、おい?! リーファ、どこに行くんだ?!」
キリトくんの制止の声が響くけど、あたしはそれを無視した。ホームから出て、そのまま全速力で走り、コラルの村の転移門から八十二層の街へ飛び、再び疾駆。迷宮区へ入った。
あたしは溢れ出す感情のまま剣を振るう。あたしのレベルは一週間で上がって100。この層の迷宮区モンスターでは相手にならない。次々とモンスターを屠りながら進む。あたしの中で荒れ狂う、この感情。これを収めるには時間を掛けるか、何か成果を出さないと気がすまない。
すると、隠し扉を見つけた。それを開くと、中には大きめの宝箱が一つだけ。かなりのレアアイテムではないだろうか。
これを持って帰れば、彼にも認めてもらえるし、あたしの実力も証明できる。もっとキリトくんに見てもらえる。
そんな願望を抱きながら中に入り、宝箱に手を掛ける。開けようとした寸前……
「リーファァァアアアアアアアアアッ!!!」
二刀を抜いて叫びながら、高速で疾走してくるキリトくん。あたしを心配して来てくれたのだろう。あたしはそれに笑いかけ、宝箱を開けた。
「それは罠だぁぁぁああああああああッ!!!」
「えっ……?!」
その瞬間、部屋が真っ赤な光に包まれ、宝箱から大きなサイレンが鳴り響く。同時に扉が閉まり――――閉まる直前に黒い閃光になったキリトくんが滑り込んだ。
次々と現れる大量のモンスター達。どうやらモンスタートラップを引いてしまったようだ。あたしは慌てて転移結晶を出してコマンドを唱えるも、反応が無い。
「うそ……《結晶無効化空間》……?!」
絶望と共に、そう搾り出す。大量のモンスターに即効性の結晶アイテムが使えない状況、あたしには詰みだ。いくら安全マージンを取っていても、迷宮区のモンスターを大量に相手取る事は出来ない。
このままあたしは死ぬの……?
「チッ! リーファ! とっととその宝箱の蓋を閉じろ! その後は一切動くなよ。コイツらの相手は、俺が全部やってやる!」
「えっ、でも」
「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
あたしの反論に耳を貸さず、彼は二刀で猛攻を仕掛ける。ほぼ一撃で敵の大群を屠っていく中、あたしは急いで宝箱に近づいて蓋を閉めた。
でもその行動を慌てて行い、その時にガチャガチャと音を立ててしまったのがいけなかった。彼から離れた一部のモンスターがあたしをターゲットしたのだ。
あたしは片手剣を抜き、構えて抵抗しようとする。すると、キリトくんが一瞬でモンスターを一閃の下に即死させた。あたしを睨んで言う。
「一切動くなと言っただろ! 俺にお前を見殺しにさせる気か?!」
「っ?! ご、ゴメンなさい……!」
「分かったら下がってろ、説教はその後だ!」
彼はそう言い残して再び大群へ。けたたましかったサイレンは止まったので、今いる四十ほどの敵だけだろう。次々二刀の餌食にし、一分も経たない内に全滅させた。
キリトくんはあたしに近寄り――――抱きついてきた。
「ちょ、ちょっとっ?! キリトくん、何を――――」
「……無事で……本当に良かった…………!」
強く反論しようとした時、耳元で囁かれた彼の声を聞き、あたしは浴びせようとしていた鋭い舌鋒を納めた。
彼は人の死に敏感だと聞いた。今回、彼が追いかけてきてくれなければ、あたしは確実に死んでいて、彼を悲しませただろう。一緒に暮らしているし、あたしがここに来たのは実力を上げてキリトくんの力になる為。自分が原因で死なせたと自分を責めるに違いない。
今更そんなことに気付く自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。嗚咽を漏らして震える彼の背中を、あたしはゆっくり撫でて落ち着けるよう促した。その背中は大きくはないけど安心できるもの。彼が余裕と自信を持ってるから、そう感じるのだ。
その彼の背中が小刻みに震えるのは、それだけ深い恐怖に囚われていたという事。それに心の底から申し訳なく思い、彼を抱きしめ返して撫で続ける。
キリトくんは数分震えた後、あたしから離れた。彼はあたしを睨む。
「……本当に間に合ってよかった。リーファを死なせてたら、俺はまた、自分のせいで…………」
「……ゴメン」
「もう、勝手に突っ走るのはやめてくれ。俺はもう、仲間の叫びを、聞きたくない……」
そう言ってキリトくんは項垂れた。その姿は、歳相応の少年に見え、それだけ彼が弱っているという事なのだと悟った。
きっと、彼は今の生き方に疲れ始めているのだ。皆を守ることは、やりがいはあるだろうけど困難を極める。特にボス攻略などはそうだ。あの戦いは死者が出るのは仕方が無いと言っても良い。それくらい危険なのだ。
「……ねぇ。キリトくんがあたしの訓練で上位スキル使うのって……」
「…………少しでも強い環境に身を置けば、生きる可能性は上がるだろう?」
やっぱり、あたしの為だった。あたしの兄同様、不器用だ。
「……そうだったんだ」
「ああ……それじゃ、帰ろう。皆も心配してるしな。帰ったら…………覚悟しとけよ?」
キリトくんはニヤリと黒い笑みを浮かべ、あたしの手を取って歩き始めた。その突然の行動に反応できずにされるがままのあたしは手を引かれて歩き、ホームに辿りついた。
中で待っていたのは、フィリアさん達同居人と、アスナさん達攻略組女性陣、サチさんやリズさん、クラインさんにエギルさんまでいた――――鬼神を想起させる笑みと共に、仁王立ちして。
皆から思いっきり説教され、そして思いっきり泣かれた。ユイちゃんとルイちゃんは特に大泣きで、もう絶対に一人で突っ走ってはダメだと心に刻んだ。
サチさん、ルシードさんにルネードさんからは、「もうキリトに仲間の死を背負わせないでやって欲しい」と言われた。仲間や誰かが死んだその日は、キリトくんは大いに荒れるのだそうだ。それを見るのは心苦しい、とも言っていた。
それだけ、キリトくんは人のために戦うことに、必死で……全力なのだ。
そんな彼への労いと感謝を示す為に、何か出来ることは無いかと思ってメニューを繰る。すると、アイテムで珍しい物があるのに気付いた。ホームを出る前には無かったから、ついさっきドロップしたのだろう。気付かなかった。
アイテム名は【リトルドラゴンの胸肉】、S級食材。絶品と称される、あの超レアな食材アイテムだ。クラインさん達の話によれば、アイテム名に部位の名前が付いているのは超レアの中でも更に輪をかけてレアらしい。幻の一品とさえ言われているのだとか。
というわけで、キリトくんの元へ向かってアイテムを見せ付ける。
「キリトくん、これ見て」
「ン? どうした……って?! 部位名称のS級食材だと?! しかも《リトルドラゴン》の?!」
「え? 《リトルドラゴン》って驚くほど珍しいモンスターなの?」
「そのモンスターは幻のモンスターって言われてるんだ。街のNPCから、絶品の食材が取れるが大体はマズイ部位しか手に入らん、と聞いててな。しかもポップ確率が鬼みたいに低い。実際、俺も遭った事はないから、この食材を見るのは初めてなんだ……」
驚いた。クラインさんから、「キリトはレアアイテムを恐ろしいくらいかき集めてやがる。リアルラック高すぎだ、アイツは」と言われている、あのキリトくんでさえ見た事が無いアイテムだったとは。なんだか嬉しくなった。
「フフン! 凄いでしょ!」
「ああ……それじゃ、調理するか。リーファ、その肉をトレードでこっちにくれ」
キリトくんが当然のように言う。
これを予測してたあたしは、首を横に振って宣言する。そもそもこれはキリトくんに食べてもらおうと思って、彼に見せたのだ。
「これ、あたしが調理してキリトくんに食べさせてあげる!」
「……は?! いやちょっと待て。S級食材は《料理》スキルが高くないとダメだぞ? リーファは《料理》スキルをまったく上げてないだろ?」
「うん。でも現実では料理も上手くなってるし、大丈夫! キリトくんは座って待ってて!」
「いや、現実とSAOでは色々違うって言うか、まず失敗する――――って、聞いてないな……」
あたしはキリトくんの言葉を最後まで聞かずにキッチンに向かい、食材をオブジェクト化して調理器具を用意する。作るのはシチューだ。アスナさんやキリトくんには勝てないかもしれないけど、ビックリさせてやるんだから!
*
数分後。出来たものに愕然としながら、それでも待っているキリトくんに成果を持っていく。出来上がったのはシチュー……
「……ゴメンなさい」
「お、おう…………な、なんだか凄い様相のスープだな…………?」
……に、似た何か。異臭を放ち、色は紫に染まっている。
はっきり言おう。どうしてこうなった。
手順は間違っていないのに……やはり《料理》スキルをコンプリートしなければならなかったのか。だとすれば勿体無い事をした。
「はぁ……――――とりあえず、いただきます」
「えっ?! い、いやキリトくん? 体に悪いよ?」
「現実の体じゃないんだ、別に大丈夫だろ。それに、リーファがわざわざ作ってくれた料理を残すなんて、俺の矜持が許さない」
そう言いながらスプーンを動かして、あたしの失敗シチューを食べてくれるキリトくん。結構イケる味だぞと言ってバクバク食べていき、数分後には完食してしまった。
「ご馳走様でした」
「はっ、はい……お粗末様」
「見てくれや匂いはともかく、味は良かったぞ? スキル値が低いから超級レア食材を活かしきれてなかったけど。とりあえず、これからでも《料理》スキルを頑張るか?」
「うん……」
「なら頑張ろうな。生産系スキルの上がりはかなり早いから、武器スキルほど時間は掛からないよ。ちょくちょく時間を見て練習、を……?!」
食器を持って立ち上がったキリトくんだったけど、どうしてか床に倒れてしまった。食器アイテムが落ちてポリゴンになるけど、そんなことを気にしてられない。
あたしはキリトくんに駆け寄って――――彼のHPバーが緑色に明滅している事に気付いた。どうして?!
「ま、まさか……あたしの失敗シチューのせい……?」
「え……S級食材の毒って、圏内でも有効、だったの、か……? 初めて知った……」
そう言って眼を瞑ってガクッと首が倒れた。慌てて彼を抱き起こすと、体の体温が異様に低い。冷たくなっている。
毒は解毒結晶で治ったけど、彼の症状は変わらない。
「ど、どうしよう?! あたしのせいだ、あたしの……!」
キリトくんを彼のベッドに寝かせて布団を掛けるも、彼は呻き声を上げながら震えている。布団を握り締めているところを見るに、寒いらしい。
「……そ、そうだ。寒いのなら、あたしが暖めて……」
震えているキリトくんの横に一緒に布団に入る。彼を強く抱きしめ、出来るだけ体が密着して、彼を暖めようとする。
倫理的に見て色々とヤバイ気もするけど、今更そんなことに頭は回らない。
『男女七歳にして同衾せず』? 何のことかしら。
「うぅ…………」
「……キリトくん、寒いの? ……大丈夫、あたしが一緒にいて暖めてあげるから……」
震える彼を更に強く抱きこみ、あたしも目を閉じる。
彼の息遣いが聞こえてきて少しくすぐったいけど、それがなんとなく嬉しい。あたしは生きてるんだ、と思えた。
生物学的な生じゃなくて、あたし自身の意志で今を生きてる、そう思ったのだ。
今までは皆に遠慮して抑えてたけど、もう無理。これからはあたしも彼を狙う。異世界人だとかもう会えないかもしれないとか、そういうのは関係ない。あたしはあたしの意志と覚悟で、彼を狙う。絶対に諦めない。
「だから……覚悟してね、キリトくん……」
あたしは襲ってきた眠気に意識を沈めた。その日の夢はキリトくんが出てきて、楽しく幸せな夢だったことを、ここに加えておこう。
はい、如何でしたでしょうか?
ちゃっかりキリトは妖精リーファも落としています。原作直葉の純情は従兄では無く平行世界の従弟に向けられたのです。
ちなみに今回のお話、実はゲームでもシノンのイベントとして存在します。リーファのイベントは兄妹の設定が強く、黒髪リーファが居るので使えないと思い、無難にこれをしました。結構負けず嫌いのきらいがあるから割と自然だったと自分では思うのですが、どうだったでしょうか?
そして《剣技連携》を放った後のリーファの台詞、これを言わせたかったというのもあって半ばいぢめ(誤字に非ず)をさせました☆(笑) 原点は原作《キャリバー》の金色と黒色のタッグミノタウロス戦です。
勿論いぢめたのにはキリトが言った理由もあります。
キリトは精神的に取っている歳は同年代の誰よりも上なので、彼女達を弟子や妹のように思っています。
なので殊更護る事に異常執着します。
更にプロローグでお別れした和葉という女の子と、直葉は丸っきり瓜二つ、つまり重ねてしまっているのです。アバターから見た目が違えど性格の何から何まで一緒のため、自分を愛してくれた前世の家族と重ねてしまい、過保護になっています。黒髪直葉は実際に自身の姉になっていますし、平行世界と言えど妖精直葉も同様ですから。
そんな訳でキリトは半ば誰かしらに依存してしまっているのです。むしろ誰かを護る事で自分を立てていると言っても良いかも知れません。
そんな不安定なキリトは、それでも過去をずっと引き摺り続けて戦っています。しかも現在進行形で負の感情と罪を自ら背負い続けています。
普通ならまともに生活出来ませんよね。それを察した事がトドメとなってリーファは決意を新たにしてしまいました。
そして、そろそろ良い頃合いなので先に言っておきます。
基本、和人は報われません。幸せの後には絶望がやって来るのが常になります。死んでもおかしくない事なんてザラで、精神的に病む事も普通、護る為なら自分の命すら棒に振る行動も平然と取ります。それが当たり前なのだと異常思考に囚われ、些細な事に幸せを感じるようになります。
更にそれらを生き抜く力を徐々に付けて行くのですが、合わせて敵も強化されていきます、主に手口と勢力と環境が。それを全て一人で解決しようとしてボロボロになり、それでも笑います。
……と、まぁ、ここまで書いておいて何ですが、そんな状態の和人を一度真正面からぶっ倒すキャラが現れます。それまでキリトは正面きっての戦いで一度も敗北しません、意地でもしません。何故なら、勝たなければならないと思っているからです。
そのキャラによって漸く報われるようになるので、温かい目で見守ってあげて下さい。
取り敢えず言いたい事は、和人の思考は基本的に暗いという事です。
ではそろそろ、次回予告です。
妖精リーファの暴走から一か月が経った頃、攻略が遅れる異常事態が発生する。それは名うての剣士達の唐突な失踪。既にアスナ達も行方不明となっている中、キリトは元凶を潰し、救出に向かう。
それは、自らの全てを曝け出すカウントダウンの始まりでもあった……
次話、第二十六章 ~神話の悪鬼と最強の剣士~
お楽しみに!
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第二十六章 ~神話の悪鬼と最強の剣士~
今話はゲームをされている方ならすぐに分かる展開です、ちなみに台詞もゲームを参考にしています、幾らか省いていますが。
さて、今話はキリトがとんでもない事をやらかします。正直自分自身の首を絞める行動に出ます。
さて、それは一体何なのか? にふにふと笑いながら予想してみて下さい。私の作品の主人公であるこのキリトがどういった人物で、どんな容姿だったかを思い出せばすぐに分かるでしょう。
では、どうぞ!
第二十六章 ~神話の悪鬼と最強の剣士~
リーファとの一件から、早一ヶ月が過ぎた。
デスゲーム開始から、一年九ヶ月過ぎたことになる。現在の最前線は九十二層。
なんだか龍神の作為か歴史の修正力を感じる。このまま進むと、丁度二年経ったときに百層に到達する計算だ。
その間も、俺は勿論攻略をしていた。多くのレアアイテム、レアスキルやクエスト情報を流し、マッピングデータを無償で公開もしている。
変わった事と言えば、常に誰かと一緒に攻略していることか。今までみたいなソロ攻略をしなくなったのだ。
妖精リーファ、シノンにフィリア、アスナ達に止められたことが原因なのだが。
そして一緒にいれば、必然的に彼女達も強くなる。シノンと妖精リーファの今のレベルは137。アスナ達が132だから、かなり頑張ってレベリングをしたようだ。今では二人とも攻略組に欠かせない人材となっている。
リーファはその卓越した剣技と俺との連携、シノンは遠距離からの強力で正確無比な援護射撃。ボスを翻弄していき、戦いがとても楽なのだ。
勿論フィリアとストレアもかなり強い。二人は使う武器の性質が正反対なれど、息ピッタリの連携を見せるから驚きだ。
中でも一番驚いたのが、俺が(正確には原作八巻のキリトが)編み出したシステム外スキル〈スキルコネクト〉を、四人全員が近接武器で使えるようになった事だ。俺ほど成功率は高くないし二連続までらしいが、剣一本ででも使えるようになるのは凄い。
……さて。現在の攻略層は九十二層。二年経つまで、あと三ヶ月。
原作ではこの時点で七十層に至っていなかった事を考えると、結構なスピードだ。このまま一気に突破してしまいたいとこだが…………実は今、それが出来ない問題がある。
「また攻略組メンバーが失踪したのか……」
「そうなんだヨ。黒鉄宮に行って調べてもみたけど、名前に横線は引かれていなかっタ。一体何が起こっているのやラ……おちおち外出も出来ないヨ」
アルゴの話を聞いていて分かっただろうが、今、攻略組メンバーが失踪しているのだ。しかも全体の三分の二が。
攻略組は総数約三百人。ここからボス戦でまず死なないと言えるトップレベルの剣士だけを数えると、一気に四十人くらいにまで減る。
この四十人の内、実に二十四人も失踪しているのだ。その中にはアスナ達、攻略組大手ギルドメンバーも含まれている。
そのせいでアインクラッド全体の士気が落ち込んでいる。攻略ギルドなんてもう殆ど活動していないと言って良い。これはかなりマズイ状況だ。
昔の俺ならボスをソロで攻略するのだが、いかんせんこの層だけはソロで挑めない。俺の予測が正しいなら、絶対に来るはずだ。ヤツが――
「……何だか、心当たりがあるみたいだネ?」
俺がそう思考を広げていると、それが顔に出ていたのかアルゴが訝る表情で見てきた。
流石、恨みを買いまくっている情報屋、人の顔色や思考を読むのが出来るだけある。
「推測に過ぎないけどな……アルゴ。これからはあまりフィールドに出るな。それと、絶対に一人でいるなよ。せめて信用できる、付き合いの長いヤツと二人でいろ、いいな」
「それはもう皆にも伝えてるし分かってル。けど、キー坊はどうするんだイ?」
「俺は、この元凶を潰しに行く」
そう言って立ち上がり、ホームを出る。アルゴの制止の声が聞こえるが、誰かを巻き込むわけにはいかない。
フレンドリストの追跡設定を変更、追跡不可にしてフィールドを疾駆。コラルの村の転移門を使って九十二層に転移。すぐさまフィールドへ移動する。
前世でしたゲームなら、この時期に最前線に来た直後は戦闘があるのだが、クラインも失踪しているため発生しない。
というか、《風林火山》はおろか、《血盟騎士団》に《聖竜連合》のトッププレイヤーの殆どが失踪、壊滅状態にあると言っていい。早く助け出さないと、間に合わなくなってしまう。
そのまま進み、林の中にある大岩の前に立つ。そのまま二刀を振るって岩を『破壊』する。フィールドオブジェクトは基本的に破壊不能オブジェクトだ。破壊できたという事は、やはりここだろう。
そのまま入ると、やはりここで合っていた。
SAOは基本的にファンタジーや古代西洋をモチーフにしている。文明利器が無い、剣が世界の代名詞なのだから当然だ。
つまり、この世界にファンタジーのような感じを受けない物は、この世界にとって『異物』にあたる。
そう、今目の前にある、プレイヤーを閉じ込めたカプセルやその周りの機器とか。
その機器を弄っていたらしい男がこちらに気付いた。格好こそ冒険者で結構良さげな装備だが、足運びや気迫は完全な素人。剣に命を懸けていない。
「お、お前! どこから入ってきた?!」
「普通に真正面からだぞ。失踪者の救出に来たんだよ、ギルド《ティターニア》。お前らの悪行もここまでだ。精神・記憶の改竄研究なんぞ、俺が全て潰してやる」
「っ?! どうしてそれを……?!」
「へぇ? 適当にカマ掛けてみたが、当りを引いたのか? これは益々潰さないとな」
嘘である。前世で原作小説やゲームをしているから言えた事。普通は予想できる筈も無い。
このセリフを言ったのは、あとで整合性を合わせる為だ。若干違和感はあるだろうし疑念を持たれるだろうが、ここで言質を取った事を事実にしておけば、変に怪しまれる事は無い。
「おい、どうした? 騒がしいけど……」
「し、侵入者だ! 【黒の剣士】だ!」
「な、なんだと?! 者ども! 出会え出会え!」
ここは一体どこの武家屋敷だ? いや、まあ和装のヤツもいるみたいだから似合っちゃいるが、古風だな。嫌いではないけど。
「ふん! 三十三人の俺達に、たった一人で立ち向かえるのか?」
「俺達のレベルは、お前を警戒して250、リーダーに至っては300だ!」
「……お生憎様。俺はゲーム開始時から何故かチート装備を持っててな……今の俺は、レベルに左右されるほど弱くはないんだ。さぁ選べ。黒鉄宮の監獄に行くか、それとも…………ここで死ぬか。死にたい奴から掛かって来い」
「「「「「舐めるな、クソガキがぁぁぁぁっ!!!」」」」」
俺の言葉を無視して襲い掛かってくる《ティターニア》メンバー。
だが、相手が悪かったな。
「お前らがこの世界解放の障害になるのなら、俺は一切容赦しないっっっ!!!」
《二刀流》ソードスキル二連撃範囲技《エンド・リボルバー》。左回転で一閃、その際に引き絞っていたエミュリオンを右に一閃、これで終。
二連撃を綺麗に喰らった男六人は、HPを一気に減らし、その体をポリゴンに変えて死んだ。周りの者達はそれを見て硬直した。
当然だろう。自分達が圧倒的強者と思っていたのが、実は相手のほうが圧倒的強者だったのだ。しかもステータスは異常に高くしていたのに、それでも即死。
俺はリンベルサーを突き出し、口を開く。
「投降するヤツは武具を全て解除して、部屋の片隅で怯えてろ。それが嫌なら掛かって来い、容赦なく殺してやるよ。逃げられると思うなよ? 俺は攻略組最強の【黒の剣士】であり、SAO最凶の【殺戮者】。顔、口、口調に仕草のクセ、全て覚えた。一度狙った獲物は、絶対に逃さない……!」
俺の殺気を浴びてか一様に固まったあと、急いで武装を全解除して部屋の片隅に行く男たち。人数を数えて顔を覚える。
その後機器を操って全員を助け出し、事情を説明して見張りを任せる。
「キリト君、君はどうするの?」
「俺はちょっとこの先に用がある。皆はそいつらを見張って、どうするか処遇を決めといてくれ。まぁ、逃げ出しはしないと思うが、な……」
アスナ達に後を任せ、俺は奥に進む。
奥にはコンソールがあり、結構な量のデータが保存されていた。それを一通り調べた後、全てを消去する。内容は予想していた物ばかりだったからだ。まぁ……符丁や暗号を解読したものは、許されない物だったが。ここのデータを抹消し、バックアップが取られていた場所のコンソールも全て探し出して同じように抹消した。もうこの研究は出来ないだろう。
ヤツを捕まえていないから油断は禁物だが。
全ての作業を終えたのは午後五時になってからだった。時間は遅いが、かといって家に帰るには若干早い。なのでリズベット武具店に行く事にした。
転移門で四十八層に飛び、リズの所に行く。店に着き、中に入ると――――
アスナとユウキと黒髪リーファとシリカとサチに泣いて抱きつくリズの姿があった。
「「「「「「……………………」」」」」」
「……………………邪魔したな」
ぱたんと店のドアを閉める。と同時。
「「「「「「ちょっと待って――――――――っ!!!」」」」」」
音は一切漏らさない筈の圏内コードを突き破るほどの叫び声が響いた。
そして数分後思いっきり皆をからかい、半泣きで睨まれながら言い訳を聞いていた。
「いやーリズが百合に目覚めたのかと勘違いしたぞ」
「アンタ、それ絶対嘘でしょ! さっきからあたし達を楽しんでる目で見てたし!」
「酷いよ、キリト君! 私達百合趣味は持ってないよぉ!」
「そうだよ! キリトくんはデリカシー無さ過ぎ!」
「キリトさんってこんなキャラだったっけ……?」
「うぅ……キリトさん、冗談が酷いですよ」
「キリトって意地悪なんだね……私知らなかったよ」
「あっはっはっはっはっは! まぁ、感動の再会に水を差して悪かったよ」
大いに笑えたが、何で泣いて抱きついていたかは簡単に想像がつく。アスナ達が失踪してから、リズはかなり落ち込んでいたのだ。それはもう、武具の質まで落ちるほどに。一時期は店が潰れかけた事さえあり、俺が代わりに武具を鍛えていたほどだ。
それがいきなり全員帰ってきたのだから、泣いて抱き付きもするだろう。
からかったのは面白そうだったからだが。
「ハァ……それで、キリトはどうしてここに来たのよ?」
「ホームに帰るには時間が微妙でな。アスナ達を救助した話ついでに、雑談でもして時間を潰そうかと」
「そう……そういえば、どうやってアスナ達を救出したのよ? なんだか普通じゃないエリアだったらしいじゃない、そんなとこをよく見つけれたわね?」
「ま、その辺は秘密……と言いたいとこだがな。《ティターニア》の拠点を調べてたらたまたま見つけたんだよ。で、マークしてて他に候補地も無かったんで、突っ込んだら当たりだったってわけだ」
「へぇ……なんだか、キリトさんに分からない事なんて無い気がしてきたなぁ……」
ユウキが感嘆の声を上げる。
実は元から知っていた、なんて口が裂けても言えない。それは俺が転生者――生きた死者だという事を暴露すると同時、《桐ヶ谷和人》だという事も暴露する事になる。それは今の時期にはマズイ。
まぁ、初めから明かすつもりは無い。気付かれれば話すつもりだが、気付かれないようにするのが現時点での目標だ。
「でも、主犯格のアルベリヒは捕まってないんでしょ?」
「ああ……ま、その内出てくるさ。何せ俺はアイツの恨みを買うよう動いたんだ、絶対に来る。もしかしたら、九十二層のボス戦後に俺達を殺そうとするかもしれないな」
「え、ええっ?! キリトくん、それは流石に無いんじゃ……」
「いや。ああいうタイプの人間は自分が最高じゃないと気が済まないし、自分の目的の為なら、邪魔なものはどんな手を使っても排除しようとする。あいつの場合、この世界をクリアに導いた英雄を気取りたいんじゃないか?」
俺の推測(という名のズル)を聞き、皆が絶句する。まぁ、そりゃそうだ。誰だって理解は出来ないだろう。俺だってゲームをしてた当時はオイオイ……と思った。
だが、《桐ヶ谷和人》として茅場経由でヤツと会い、その人柄を知っている今、この推測は絶対に当たると確信を持って言える。平気で原作どおりに笑いながらするだろう。
それは絶対阻止、ないし俺が犠牲になってでも止める。俺のせいで、これ以上周りの皆を巻き込むわけにはいかない。既に、この世界を作ってしまった時点で、皆に贖いきれないほどの罪を俺は背負っている。
まったく、転生した時には想像も出来なかった展開だ。ここまで俺が変わるなんて、予想外もいいとこだ。ここまで俺は、罪に対して弱かっただろうか……?
「なんだか、キリト君が言うと説得力が違うのよね……一応気を付けとくわ」
「そうしてくれ……ああそうそう。九十二層のボス部屋を見つけてる。明日コリドーマーキングするから、明後日ボス攻略な」
アスナ達にそう言って店を出て、俺は転移門に行く。二十二層に戻ると、いきなり誰かに突進された。
もしかしてアルベリヒか?! と思って身構えるも、突進してきたのは茶色のローブ姿のプレイヤー。そのまま俺に突っ込み、俺を抱きしめてきた。筋力パラメータが大きい俺はよろけもしなかったが、いきなりの事で硬直してしまう。
そのローブ姿のプレイヤーは、鼻声でか細い声を紡いだ。聞き覚えのある、長い間親しんだ女性の声。
「グスッ……無事でよかったヨ、キー坊……キー坊までいなくなったら、一体誰がデスゲームを終わらせるのサ…………?」
「アルゴ……? 泣いてるのか?」
俺はかなり困惑した。いきなりの事で驚いたという事もあるが、アルゴが泣いている事に、今までアルゴと接してきた中で一番驚いた。
周りには一切人気が無い。だからだろうか? 普段は一切感情を見せたりはしないアルゴが、涙を流して震えているのは。余程心配させたらしい、その目は完全に潤みきっていて赤く充血している。
SAOは意外なとこまで細かいこだわりがあるようだ。何時の間に入れたのだろう、茅場は。
そんな現実逃避気味な思考を振り払うように、尚更強く抱きしめてくるアルゴ。平時の冷静さや飄々とした雰囲気をかなぐり捨て、感情を爆発させている。
思えば、SAO内での付き合いの長さで言えばアルゴがトップだろう。俺が第一層ボス攻略でオレンジになったあとも、アルゴは臆さず接してくれた。ケイタ達が死んで俺が荒れていた頃も、怯えながら、しかし絶対に逃げずに接してくれた。アスナ達とはよくぶつかり合ったし、何回かは本気で剣を交えもしている。今ではかなり親しい関係になってはいるが、一番世話になったのはやはり、アルゴだ。
「キー坊がいなくなったら……お姉さん、本気で泣いちゃうヨ…………」
「…………悪かった。でも、一人じゃないと危険だったんだ」
「……キー坊がそう言うんだったらそうなんだろうネ。でも……残される人の事を、少しは考えて欲しいもんだヨ。キー坊に惹かれてるのは、なにもアーちゃんたちだけじゃなイ。オレッち……ううん……私も、キリトに惹かれてる」
途中、いつもの語尾を上げる独特なイントネーションの喋り方をやめ、普通の喋り方に変わったことに、俺は心底驚愕した。
それと同時、アルゴまでアスナ達と同じだという事にも。今までそんな素振りを見た覚えは無いのだ。
「アルゴ……いや、でも、アルゴがそんな素振りしたことは」
「一杯あるよ。キリトが気付いてなかっただけ。キリトは、本当に鈍いからね、半ば諦めてたんだけど……やっぱり諦めきれないんだよ…………今日はこの辺で勘弁してあげる……でも」
俺から一旦離れたアルゴの表情は、晴れやかで、しかしいつもの人を食ったような笑みでは無かった。
子供のような、無邪気と言える笑顔。
「向こうに戻ったら、絶対に私がキリトを射抜く。覚悟してるんだよ?」
アルゴはそう言うと、素早く転移門でどこかへ転移してしまった。
これは告白と思って良いのだろうか? だとしたら、俺は最低な男だ。多くの女性に好かれているのに……それに答えられないのだから、絶対に。
その日は早めに休み、翌日、同居五人一匹パーティーにアルゴまで加わった事に、内心冷や汗を浮かべる。なんだか四人とアルゴの間に火花が散っている。
「キ~リ~ト~? これはどういう事~?」
「キリトくん……まさかアルゴさんまで……油断してた……」
「父さんって、結構節操無いよね。いや、天然で撃墜してってるだけか」
「キリトって、ホント、天然で鈍感だよね……」
「パパ……いくらゲームの中だからって、女遊びは程々にしておかないと……」
「お父さんの、意外な一面……?」
「アルゴ……お前これ、絶対わざとだろ」
「ニャハハハハハ! 自業自得だヨ、キー坊!」
喋り方が元に戻っているが、体を密着させるスキンシップが目立つようになった。それにどんどん目を険しくする女性陣と一緒に、九十二層迷宮区を攻略する事になった。
とはいえ、一度俺は全部攻略しているしモンスターのレベルは俺にとっては所詮雑魚。俺は援護に回り、アルゴたちのレベル上げに付き合うことに。
アルゴはレベルこそ110だったが、俺が目を瞠るほどの卓越した短剣捌きを見せた。フィリアやシノン、シリカ達にも負けていない、というかそれ以上の腕前。次々攻撃を当てていき、俺のパーティー反映効果のお陰でボス部屋到着時には120レベまで上がっていた。
スピードタイプの極み、恐るべし。
内心驚嘆しながらコリドーマーキングを済ませる。
「さて……マーキングは終わったし、さっさと帰るか。アスナ達に回廊結晶渡さないといけないしな」
「そうだね」
そのままその日は帰り、翌日、攻略会議を開き、ボス攻略をすることになった。
「皆さん、九十二層ボスは《カオスドラゴン》と呼ばれる竜型ボスです。おそらく、ブレスや引っかき、噛み付きがあると思います。危険と思ったら、すぐに後衛と交代してください!」
『『『『『おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!』』』』』
「皆で、生きて帰りましょう! 行きます!」
アスナが【ランベントライト】という、銀鏡仕上げの美麗な細剣抜き払い、扉を開く。それと同期して、全員も抜剣して構える。
中で待っていたのは、漆黒の鱗に紅く輝く瞳を持った巨大なドラゴン。クリスタルに見た感じは酷似している。元の大きさのクリスタルとほぼ同じか。
俺は先にクリスタルを行かせ、ユニークスキル《魔物の王(ラタトスク)》を発動、クリスタルの体躯を元の大きさに戻してボスに特攻させる。
これはあらかじめ伝えておいた。今回の囮は俺とクリスタル。俺の二刀とクリスタルの攻撃力を使って戦うのだ。これでボスの攻撃の大半は潰せる。
俺がドラゴン型に慣れているせいか、皆のレベルが矢鱈高くなっていたからか、それとも最近のストレスを発散しているからか、あるいはそのどれもか。とにかく皆の猛攻は凄まじかった。特にアスナ達の勢いは俺に迫るのではないかと思ってしまうほど。
そんな、八つ当たりされてるボスからすれば理不尽極まりない猛攻は止まらず、皆殆ど攻撃を喰らわずにボスを倒した。今回のMVPは間違いなく俺以外の皆だろう。
というか、俺と同等くらいのアバター能力になってた気がする。〈心意〉を無意識で使ってたな。
「はぁ……はぁ……はぁ……もう、だめ。私疲れたよぉ」
「ボ、ボクも……これ以上は……」
「あたしもよぉ……こんなに辛いとか……」
アスナ達他、シリカやサチ、最近攻略組に入ったリズも肩で荒く息をしてる。しかし、ここからが本番だったりするのだ。
「とにかく、これでボス戦は終わりだろ? とっとと引き上げ――――」
「――――いやいや、まだだよ?」
クラインの言葉を遮ってその声が響いた瞬間、俺を除いた全プレイヤーが地に伏した。
全員、呻きながら麻痺で倒れている。
あたかも、ヒースクリフが茅場晶彦である事を、俺が暴いた時のように。
「アルベリヒ、か……やっぱり来たな」
「おや? 低脳なゲーマーの屑でも、僕の行動を先読みするなんてね。やるじゃないか。ご褒美に君は生かしてあげよう、僕の研究の実験体としてね」
「お断りだな。お前はここで終わりだ。監獄に行くか、俺にここで殺されるか、どっちか選べ」
「ヒャヒャヒャヒャヒャ! 君、本気で言ってるのかい? 僕はスーパーアカウントっていう特別なアカウントで、レベルを300まで上げてるんだ。君のような低レベルじゃ勝てないよ!」
「そうか…………どうしてそんなアカウントを持ってる?」
俺は一応、通過儀礼として聞いた。答えは分かってるのだが、ゲームとの展開が違う為、少しでも情報を集めたかったのだ。
ゲームでは、キリトも麻痺で動けなくなったのに、なぜ俺は麻痺に掛かっていないのか気になったからだ。
まあ、この答えは得られないかもしれないが、それはそれで構わない。
「ああ、そのことかい? ……僕はね、この世界には事故で来ちゃったんだよ。そうでなければ、誰がこんな世界に好きで来るものか。それで、僕だけど…………今、現実世界では《ALO》――《アルヴヘイム・オンライン》っていう妖精になって空を飛べるVRMMORPGがある。そこのGMとして色々製作や実験をしてたんだけど、数ヶ月ほど前にこの世界に来てしまったんだ」
「《ALO》……妖精……金髪リーファのような、か」
「どうでもいいけどさ、いい加減あたしを呼ぶ時の『金髪』って枕詞外してくれない?」
倒れたまま抗議する金髪リーファ。
だってこうしないと、同じ名前のプレイヤーがいるんだから仕方が無い。そちらにも『黒髪』と付けているから文句は受け付けない。
金髪リーファと俺の視線の会話を、アルベリヒはなんともいえない表情で流し、そのまま解説を再開した。
「…………そう、そちらのお嬢さんの、ね。まぁ、その子がどうしてこの世界に来てしまったのかは知らないけど。たださっきも言った通り、この世界に来たのは本当に事故でね。その時にこのアカウントが引き継がれていて、ホントに助かったよ」
矢鱈と饒舌に喋るアルベリヒ。一体、何がお前にそこまでの自信を与える……?
「あなたは……一体この世界で何をするつもりなの?」
「……茅場晶彦は本当に馬鹿な男だよ。彼は天才だったが、こんな大事件を起こすほど愚かな男さ。彼が築き上げてきた輝かしいキャリアは全て失墜、当然アーガスは倒産。五大企業の方は統括長が知らずに巻き込まれても世界情勢や各国と深い関わりがあるからって今でも健在だけどね。そして現在、この世界の維持は《ALO》を運営している《レクト》が引き継いでいる」
「《レクト》……?!」
「そう……君のお父さんが社長の会社だよ……《明日奈》」
「――――ッ?! あなたは、まさか……《須郷伸之》……?!」
アスナが愕然と漏らした呟きをアルベリヒ――――須郷伸之は拾い、嫌らしい笑みを浮かべる。
「そうだよ。今のこの世界の支配者でもある。どういうわけか知らないけど、この世界に《桐ヶ谷和人》はいない。少なくとも、攻略組にはいないみたいだ。なら、この世界を終わらせるのは僕がする。そうすれば、自らデスゲームに飛び込み、見事クリアし皆を救った英雄として祭り上げられるだろう」
目に狂気を宿らせて早口に言葉を紡ぐアルベリヒに、周りは呆然とするばかり。麻痺になってるから動けないのもあるだろうが、狂人の思考に付いていけないのだろう。
俺は冷めた目で須郷を見ながら、ある事を考えていた。いずれはバレるだろうし、もう明かしても良いと思ったからだ。
これから再びソロに戻るわけだが、それでも構わない。
『《桐ヶ谷和人》は《須郷伸之》の犯行を見ていた』という事実が重要なのだ。
「《桐ヶ谷和人》はいない、ね…………本当にそう思ってるのか?」
「……どういうことだい?」
「――――こういうことだよ」
俺はストレージから一つのアイテムを出す。長方形型のそれは【手鏡】。
二年前、茅場がプレゼントと称してプレイヤー全員に配布したアイテム。
その効果は、『アバターをリアルに似せる』事。
手鏡に俺を映した直後、俺は蒼い光に包まれ、数秒後に光は四散した。
そこで少しの違和感。アバターの身長設定をリアルから変えていたから、違和感は目線の高さや四肢の長さの変化が原因だ。俺は再び手鏡を、実際の姿を肉眼で見る。長い黒髪に大きめの黒い瞳、美少女と間違えられる女顔、細めの手足。そこらの女子よりも低い背丈。間違いなく、リアルの俺の姿だ。
アルベリヒ――――須郷を見ると、ヤツは唖然とした表情となった。
「なっ……お前が、桐ヶ谷和人だったのか?!」
「うそ、でしょ……?!」
須郷とアスナが喘いでいる。他の皆も似た感じだ。ユウキだけは推測していたのか、表情はあまり変わらずだったが。
「そうだ、俺が桐ヶ谷和人だ。それで、お前は俺を殺してSAOクリアの英雄になって、何をしようとしてる? 何が目的なんだ?」
俺が改めて問うと、須郷は気を取り直して説明を再開した。
「今、現実では明日奈と僕の縁談が持ち上がってる。彼女と結婚すれば僕は《レクト》の社長になり、統括長を失った五大企業も合併吸収でいずれは僕のものにする。そしてあの研究も完成すれば、僕は現実世界の王、いや神になれる!」
「そ、そんなこと、誰も許しはしないわよ! 現実に戻ったら、あなたの犯行を全て警察に――――」
「それは無理だよ。彼のせいで研究データが無くなってしまったけど、僕がしていた研究が完成すれば、むしろ君は喜んで僕を受け入れてくれるようになるだろう」
「なっ……?! どういうこと……?!」
アスナが絶句する。
どうでも良いが、意外に口数多いなアスナ。混乱しすぎてるからか?
「僕のしている研究は精神・記憶の改竄だ、上書きと言っても良い」
「改竄……?」
「そう。例えば戦争、戦争は怖いよねぇ? どんなに辛く厳しい訓練をした兵士でも、死を前にすると怯え竦んで動けなくなってしまう。その恐怖を、死への喜びに変えてあげると、恐怖を抱くどころかむしろ喜んで危険な任務をする、素晴らしい兵士が出来る。どうだ、凄いだろう?」
「狂ってるわ…………」
「確かにな……俺がお前を止めてやる」
「フフッ、それは無理だよ。なぜならぁ……アスナ以外は、ここで殺すつもりだからねぇ!」
そう言って赤い細剣――――ではなく、黒く禍々しい黒剣を取り出して構えた。見た感じ特殊効果ありだろうが…………
「これはねぇ、【デスブリンガー】と言って、どんな相手でも、どれだけHPがあっても即死させれるスーパーアカウント限定武器なんだよ。それも徐々に、じわじわとだ」
「なるほど…………特殊武器なら、俺の装備の即死無効化効果は意味無いな。当たれば終わり、か……」
「そうだよ桐ヶ谷君。だから――――ここで死ねぇっ!!!」
そう言って片手剣一本で突進してくるアルベリヒ。しかしやはり構えも走り方もなっていないし、速さを利用したフェイントも無い。やはり雑魚。
だが即死武器を持っている以上、俺から手を出すわけにもいかない。
と、いうわけで。
「――――アルゴ! 今だ、やれ!!!」
「分かったヨ、キー坊!!!」
「何っ?!」
ボス部屋入り口から飛んでくる数十本のピック。その全てが薄い緑にテカっている。レベルMAXの麻痺毒だ、受ければ一時間は余裕で動けない。しかも普通の麻痺毒と違い、レベルMAXのは、左手も頭も全く動かせなくなると言う極悪ぶり。
それを完全雑魚のアルベリヒに避けれる筈も無く、綺麗に背中に刺さって動けなくなる。俺は流れ弾を全て二刀で弾くか移動して避けたため、一切当たっていない。
レベルMAXの麻痺毒なので目だけを動かし、囁き声で小さく叫ぶ。
「くっ! 何故だ! ここにいるプレイヤーは全員システム的麻痺にした筈……!」
「残念だったな。こうなる事を見越して、アルゴに安全地帯でハイドしてもらってたんだ。パーティーを組んで、俺以外が麻痺するかお前を見かければ即座にこの部屋の手前まで来るようにな。戦闘になるだろうから、その時に後ろからレベルMAX麻痺毒ピックを投げるよう頼んどいたんだよ、俺に構わずやれって」
「クソッ! クッ、何でだ! 体が全く……」
「レベルMAXの麻痺毒は一切体が動かせない極悪仕様だ。悪いが、ちょっと使わせてもらうぞ……」
俺はヤツの左手を振ってウィンドウを出し、全員に掛かってるシステム麻痺を解き、デスブリンガーを破壊。続けてアルベリヒのレベルを1にし、装備も全て初期装備に変更。
その後、スーパーアカウントは俺が没収した。
「これでもう、お前は何も出来ない。ステータス的有利も、アカウント的有利も無い。クライン、エギル。コイツを監獄へ頼む。スーパーアカウントは処分した」
「わ、分かった。任せとけ、キリの字」
「なっ、近づくな。離せ! 離せ! この低脳どもがぁ!!!」
「さんざん言ってくれたし、やってくれたからな……たっぷりお返ししねぇとな……それと、キリトには後日、色々と聞きてぇ事があるから覚悟しとけ」
おお……エギルが指をバキバキ鳴らして凄むと迫力がある……てか、ぶっちゃけ怖い。
そのままクラインとエギルに引き摺られていくアルベリヒ。向こうに戻ったらどうするべきか…………
そう考えていると、いくつもの足音が響き、嫌な予感がピキューンと額に浮かんだ俺。なんとなくこの先の展開が読めた。
「…………キリトくんが、和人だったんだ……」
俺の後ろに、鋭い目つきで俺を睨む黒髪リーファ――スグ姉が立っていた。
「……スグ姉…………悪かった、黙ってて」
「……キリトさん、どうして黙ってたの? それになんで手鏡を使ってなかったの?」
スグ姉の横に並んだユウキが不思議そうに聞いてくる。
まあ普通そう思うだろう。あの時はみんな、呆然としたまま茅場の指示に従ったのだから。
「俺が桐ヶ谷和人とバレると、俺を殺しに来る人間が大勢いただろうし、手鏡は解説でアバターをリアルに近付けるって書いてあった…………だから使わなかったんだ」
「それは、そうだろうけど……」
スグ姉が何かを言いたそうに、しかし頭が混乱してるのかつっかえていた。他の皆は俺を様々な感情を込めて見ていた。悲しみ、怒り、憎しみ、驚愕……大体がそんな感じの眼だ。特に俺に憎悪の眼を向ける者が多い。予想してはいたが、やはり…………
「……………………どうやら、俺は消えたほうが良さそうだな……」
アスナ達にそう言って、俺はボス部屋の先、九十三層へ続く階段を上がった。後ろから追いかけてくる足音も、俺を非難ないし制止する声も聞こえない。
俺はそのまま九十三層に上がり、転移石でホームの二十二層へ帰った。
アルゴにはメールですまないという謝罪と助かったという礼を送った。返信で、キー坊の依頼は皆の為になる物だったからナ。やって当然だヨ……無事にな、と来た。最後に普通の喋り方にするのは卑怯だと思う。
……そういえば、アルゴって幾つなんだろう? 歳は近いのか?
まぁ、それはいいか。歳が近ければ必然的に、向こうで作られる急造の学校で会うし……いや、この場合は『遭う』の方が正しいか? いつも場を引っ掻き回すし。
そんな取りとめも無い思考を展開しながら、ユイとルイへの説明も程ほどに、俺は自室に引き上げた。
俺は今後の事で頭を抱えた。須郷の事を許せないというのもあったが、軽率が過ぎたと後悔する。今後、俺の未来に光は無いだろう。俺は《桐ヶ谷和人》、この世界に巻き込まれた一被害者とはいえ、この世界の創造主の一人だ。絶対に許されはしないだろう…………
その思いを心に刻み、俺は疲れて寝たのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
途中、アルゴさんをぶっこみました。なぁんか原作でもアルゴとキリトの繋がりって怪しいんですよね……こう、キリトの事を放っておけないからちょっかい出してるみたいな、そんな感じですよね、彼女。一つ違ってたらキリトはアスナでは無くアルゴを選んでいてもおかしくは無いですよ、《プログレッシブ》が無かった場合。
だからそんなアルゴが、原作以上に無茶をして、それも命を捨てるのも厭わない勢いで攻略を進めているキリトを見ていたらどうなるかと思って書いていると、いつの間にかこうなっていたという……後悔はしてません。私、アルゴさん大好きなので。
だがしかし、彼女はヒロインでは無い……メインでもサブでもありません、彼女はキリトの良き理解者という感じです、どの世界でも。
さて、自らの正体を明かしたキリトですが、攻略組の前から立ち去りました。これはデスゲーム開始後、第一層攻略後にビーターとして一人で進む時の二つのキリトを踏襲しています。今回は創造主の片割れ、つまり本当の憎むべき存在として一人で進みました。
最初は尊敬を向けられ、次に嫌悪を、最後に憎悪を向けられています。これを繰り返すのが本作の特徴です。基本的に持ち上げられ、地獄まで落とされるのがキリトです。
正直、この作品の内容を大まかに語ると、大抵はストレス大丈夫かと私が心配されるくらいに報われないです。物凄く後にならないと報われません。
しかし、人間、鞭がキツくても飴があればやっていけるように、キリトにも救いが現れます。そう、ヒロインの確定です。
次話で確定されるヒロインとは誰なのか? まぁ、分かる人には分かるでしょう、かなりヒントをばら撒いていますからね。
でも数人まで絞り込めても、その後が困るでしょうね。
さてさて、誰になる事やら( *´艸`)
それでは次回予告です。
次回、キリト、結婚する?!
……以上です。
ちなみに確定する子の答え合わせは本日午後六時、本作と、R18作品の両方で分かります。
ただし後者は物凄いネタバレになるので、ネタバレを嫌う方は読まない事をお勧め致します。何があっても自己責任です。本編に関わっている事はお伝えします。あらすじでも書きましたので悪しからず。前書きと後書きは本編に関して書いていますのでご注意下さい。
ちなみに、そちらはお試しと以前言った気もしますが、ガチものです。彼女のイメージがぶっ壊れても責任は負えません。その辺を承知の上で閲覧をお願い致します。
それでは!
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第二十七章 ~闇と光の交叉~
前話の後書きにも書きましたが、今話で漸くヒロインが確定します。ちなみにR18の方で登場しています、色々と大活躍です。
タイトルと同じサブタイトルにしたのはわざとです。
さて、あんまり語ってもネタバレになるので、そろそろ。
攻略組の前から立ち去って一週間ほど経過してからです。
ではどうぞ!
第二十七章 ~闇と光の交叉~
それから俺はずっと一人で戦い続けた。
『独り』ではなく『一人』なのは、俺の理解者がいるからだ。
とはいえ、攻略組の殆どが理解者だったのだが。ユイ達三人の娘、フィリアや金髪リーファにシノン、アスナ達が筆頭だ。
あの時、俺に向けていた憎悪の眼は本物だったらしいが、俺が立ち去った後に話し合いが持たれたらしい。内容を詳しく知ることは出来なかったものの結論だけを言えば、俺を殺そうとはしないように決まったらしい。今まで、命を張って戦ってきた事が、思いがけず良い結果を呼び起こしたようだ。
それでも一緒に居るのは俺自身が忌避していて、《桐ヶ谷和人》と明かしてから一週間、ほぼ一日中迷宮区に篭ってレベリングを続けていた。
今は安全地帯で昼食を摂っている、のだが…………
「キーリトさん」
「……………………なんだ、ユウキ?」
喜色満面なユウキが横でジッと俺を見てくるから、なんだか食べ辛いというか、居た堪れないというか、とにかく居心地が悪い。
最近アスナ達とはまったく顔を合わせないようにしているから、自然、攻略組とも顔を合わせる機会が無い。
だからだろうか。たまたまお互いソロの状態で迷宮区の安全地帯で出会い、そのまま昼食を摂ることで俺と一緒にいようとするのは。
ユウキも他の女子同様、俺に好意を向けてくれているのは理解している。
だが、多くの罪を背負った《桐ヶ谷和人》であり、前世を持った転生者、所謂『生ける死者』の俺が彼女達と結ばれる事は許されない。少なくとも、リアルに帰れば俺は犯罪者として拘束、そのまま先が見えない人生を送る事になる。最悪死刑かもしれない。
そんな俺と恋仲になっても、良いことは無いのだ。だから俺は彼女達と恋仲になる気は無い、のだが…………
「キリトさんが最近まったく顔を見せてくれなくなったから、ボクはすっごい寂しいんだけど」
頬を膨らませて言うユウキに、俺は何度したか数えられない説明を再びする。
「あのな、俺は桐ヶ谷和人なんだ。俺と関わっても良い事は無いんだよ」
「……そんなの関係ないよ……ボクはキミに、お礼をしたかったんだから」
「お礼……?」
ユウキの突然の言葉に少し困惑した。確かに今まで何度かユウキを助けた事ぐらいはあるが、それらはすぐにお礼をしてもらったし、何も俺を追いかけてまでするほどではない。
真剣な顔をして俺を見てくるユウキは、そのお礼の意味を話した。彼女が現実世界でエイズ患者だったが、俺の開発した特効薬のお陰で関知した事。そのお礼言う為に、俺がログインする《SAO》に足を踏み入れたと。
そして、更に信じられない事を言い始めた。
ユウキは俺と同じ前世持ちらしい。結論だけ言えば、原作のユウキが転生して、この世界に入った。そして新たな人生を送っているのだと。俺とほぼ同じ状況だ。
「なるほど…………俄かには信じがたいが、それならユウキが最初期の頃から異常に強かったのも頷ける。そうだったのか…………」
「えーと……自分で言うのもなんだけど、信じるんだ?」
「まあな…………ユウキと似た境遇のヤツを知ってるし。ま、俺の事なんだが」
「……………………へ?」
俺の突然の話に、ユウキは素っ頓狂な声を上げた。キョトンという表現が的確な表情で俺を見ている。
驚いているのだろうが、それは俺も同じだ。ずっと隠そうと思っていた秘密を、思いがけず同じ秘密を抱えていた者を知って明かしてしまったのだ。
もしかしたら、俺は理解者が欲しかったのかもしれない。今の俺を受け入れてくれる人間は数多くいるが、それでも本当の意味で俺を受け入れてくれる者は少ない。
本当の意味とは、俺が転生者であることを知って、その上で俺を受け入れてくれる事。しかし俺が話さなければ知りようが無いし、俺と同じ境遇の者がいる筈も無いから、俺の本当の理解者は現れないだろうと思っていた。
だが、ユウキは俺と同じ転生者で、同じ秘密を抱えていた。だからだろう、俺が思わず話してしまったのは。彼女なら俺の秘密を知った上で、俺を受け入れてくれる。そんな甘い幻想を抱いてしまった。
ここで拒絶されるか笑い飛ばされれば、俺は二度と人に心を開けないだろう。少なくとも、ユウキに笑い掛けることは絶対に出来なくなる。
どうか信じて欲しい。
その思いでユウキの顔を見て反応を窺っていると、彼女は急に顔を綻ばせた。
「そっかぁ……キリトさんも、かぁ…………これって、思いがけない秘密の共有だね!」
「え? あ、ああ……そう、だな?」
ちょっと予想の斜め上を行くユウキの反応に、俺は戸惑いながら言葉を返す。正直、好反応を示されるとは思っていなかった。
それからしばらく、お互いが昼食を終えるまで、一切会話は無かった。しかし重苦しい空気ではなく、どこか明るくて浮かれた雰囲気があった。それは俺も、内心で喜んでいたからだろう。拒絶されず、お互いに抱えていた同じ秘密を共有できた事が。ユウキは何故かわからないが、俺が喜んでいるのは、俺を本当の意味で受け入れてくれたからだろう。
俺は本当の意味では、今までずっと『孤独』だったのだ。どれだけ俺を想ってくれても、心のどこかでそれを否定・拒絶してしまう。それは俺自身のせいなのだ。
しかしユウキは俺を受け入れてくれた。だから俺も喜んでいるのだ。
これは俺にとって、進歩となり得るのだろうか……今まで人をどこかで拒絶していた、俺の何かを改変するほどの何かに、なり得るのだろうか……?
俺は隣を歩くユウキに顔を向ける。それを敏感に感じ取ったらしい、ユウキが俺に顔を向けてきた。紅く煌く瞳が俺を見つめる。
「キリトさん? どうしたの?」
「……ン、ああ悪い。ちょっと考え事をしてた」
「人の顔見て考え事って、一体どういうのなの? …………もしかして、秘密を共有出来たのが嬉しいの?」
その言葉に思わず眼を見開いてしまい、それが肯定と分かったユウキが嬉しそうに再び笑った。
笑われるのはちょっとアレだが、ユウキになら笑われても良い。そう考えてしまう自分がいた。
ボス部屋までのマッピングは終わっていたので、一緒に帰る事にした。転移結晶を使うのは勿体無いので、二人でMobを殲滅しながら迷宮区塔を降りていく。
次々と現れるMobを速攻で狩っていく俺とユウキ。どうやら彼女もユニークスキルを習得したらしい。《絶剣》というそれは、高い威力と速さを備えたソードスキルが充実しているらしく、二刀の俺に迫る勢いで次々とソードスキルを叩き込んでいく。まぁ、そこまで強いのはユウキ自信の強さもあるのだが。
そのまま一気に降りていき、ようやく出口が見えてきたところで、見覚えのあるプレイヤーを見つけた。クライン、エギル、アスナ達、俺と親しい攻略組だ。フィリアにストレアもいる。
「それで、これから入るわけだが――――って、キリトじゃねぇか?!」
「……よ、クライン。相変わらず息災そうでなによりだ。他の皆も」
俺が片手を上げながら言うと、クラインは俺を睨みながら怒鳴ってきた。
「お前ぇ、言う事はそれだけか?! 人にさんざっぱら心配かけといて!」
「……ごめん。俺が桐ヶ谷和人だって分かると、皆の見る眼が変わるんじゃないかって思うと、なんだか怖くなって…………それに、俺は皆と一緒にいる資格は……」
「んなもん関係ねぇ! キリトはキリトだろうが!」
「クラインの言う通りだぜ、キリト。お前のリアルが桐ヶ谷和人だというなら、今までのお前の無茶無謀な行動にも説明が付く。何より、お前が誰であろうと、俺達がお前を見る目は変わらねぇ。他人の為に、贖罪だと言って尽くしてきたお前を、俺達は非難したりしないぜ」
「そうだよキリト君。君の優しさに救われた人は沢山いるんだから」
クライン、エギル、アスナの言葉に、俺は涙を流しそうになった。俺を知っても何も変わらないでくれる皆の心に、前世でも中々感じなかった感動を覚えた。
それはさっきのユウキとの会話で得た喜びとは、また少し違った感情。俺の今までの行動は、少なくとも完全な間違いではなかった。SAO製作の手助けをしてしまったのはアレだが、この世界に入ってからの行動は正しかった。そう思えたのだ。
「そう、か…………」
俺はそれだけなんとか返し、そのままアスナ達と別れた。
フィリアとストレアは俺に気遣う表情を向けてくれ、俺は二人に帰るとだけ伝えた。ユウキも何故か一緒に来ているが、今更止める理由もない。
俺が外に出たのは、既に深い夜が辺りを覆っていた頃だった。視界右上のクロックを見れば[23:36]と表示されていた。これから迷宮区入りするアスナ達は、おそらく安全地帯周囲のキャンプ狩りをするつもりだろう。あの辺りには経験値効率の良いMobが多かったからな。
ユウキも一緒に俺のホームへと戻ってきた。流石に深夜のこの時間、ユイ達もシノン達も寝ているようだ。誰も起きていないホームの中を静かに歩き、俺の部屋へと入る。
「……で、なんでユウキもここに来たんだ?」
そう、迷宮区からここまで、ユウキは俺の後ろをずっとついて来ていた。いずれ帰るか、または俺のホームの空き部屋を使うかするかなと思っていたが、一向にその気配が感じられない。
俺が振り向いてユウキを見ると、少々、いや、かなり予想外な光景が目に入った。
今夜は満月だったらしく、開け放たれたベランダから月光が部屋を満たしていた。その月光をバックに、ユウキは俺を見つめていた。頬は赤く染まり、瞳は潤んでいて、両手は胸の前で組まれている。その彼女に、俺は目を奪われた。
――――幻想的。
その一言が正に相応しいと思えるユウキの姿に、俺は鋭く息を吸ったまま呼吸を忘れてしまった。ユウキを見つめて、立ったままの状態になった。
その俺に、ユウキは突進攻撃と遜色ない速度で俺に抱きついてきた。
そして、ユウキが口を開いた。俺はユウキの、鈴を転がすような声に聞き入る。
「もういなくならないで…………キリトさんはボクにとって、大切な人なんだよ……」
いつもの快活な声とは違う、消え入りそうな懇願に、俺は反射的に首を振った。
「……だけど俺は何もユウキにした覚えは無い。それに俺といると、ユウキが――――」
「だから! そんなのは関係無いよ! ボクはそんな事を気にしたりはしない! ボクは! ……ボクは、ただ大好きな人と、一緒にいたいだけだよ…………」
「ユウキ…………」
小さくなった涙交じりのユウキの声に、俺は自分の愚かさを呪いたくなった。
かつて、前世でも和葉に同じ事を言われた覚えがある。
俺といると危険だと言うのに、家族なんだからと言ってそれを拒んだ。その時に言ってきた言葉が、今のユウキの言葉と全く同じだった。
俺は結局、何年経っても成長しないのだろう。この先もずっと、俺はユウキに同じ事を言わせ続ける事になる。それはユウキだけではない。スグ姉もそうだし、アスナやクライン達だってそうだろう。俺は独りで生きると誓いながら、結局は独りで生きられていない。俺は過去に縛られすぎて、独りで生きようとしても生きられなくなっているのだ。
誰かを護る。
その信念と行動が俺の周りに人を寄せる。それを遠ざけようとしても、自分自身で蒔いた種。独りになれる筈が無い。俺は孤独と思っていたが、たとえ俺自身を本当の意味で理解していなくても、俺を受け入れてくれる人は大勢いた。その最たる人は、目の前で俺に抱きついて嗚咽を漏らす、ユウキだ。
思えば、アスナ達の中でも、ユウキは俺を一番気にかけていたように思える。
七十五層のボス部屋が閉じる時も、俺は無意識にユウキと眼を合わせていたし、他にも彼女と言葉を交わす機会は多かった。付き合いの長さで言えばアルゴ、リアルで言えばスグ姉が一番だろうが、俺への理解度で言えばユウキが一番だ。
俺はいつの間にか、ユウキに多くの事で救われていたようだ。それは俺自身が気付かないくらいに小さなものの積み重ねだったが、それが今、俺にユウキの想いを受け止めさせているのだろう。
「アスナ達には悪いけど……ボクはキリトさんと一緒にいたい。キリトさんと……ここで……ううん……リアルでも、結婚したい」
ユウキの唐突の告白。彼女の求婚の応じ、俺の目の前にウィンドウが現れた。
それは結婚申請が為された際に表示されるウィンドウ。
ユウキは未だ潤む瞳で俺を見ていて、その表情は真剣そのもの。本気と悟るには十分だった。
「……男冥利に尽きるし、嬉しいとも思う。だけど、俺と結婚すればユウキまで同じように見られる。多くの罪を背負ってきた俺を、生ける死者の俺を、ユウキは……」
俺が続けようとした言葉を、しかしユウキはハッキリと俺を見て言い放った。
「受け入れるよ。ここまで言ったんだよ? そんな質問、今更だよ……」
紅水晶を思わせる、紅い瞳。大粒の涙を浮かべて潤んでいるそれは、暖かな光を湛えていた。真剣な光も宿していて、最終的に俺はその光を認めた。
少しずつ俺の右手がウィンドウに近づく。もう少しで、俺の指が結婚するという意味のYesボタンに触れる。その直前で、やはり小心者で愚か者な俺は、ユウキを再度見てしまう。本当にいいのかと。
彼女は俺を、真剣な眼で見続けていた。俺と結ばれるのを望み続ける、純粋な少女でしかなかった。今だけは、デスゲームだとか剣士だとか、俺の罪だとか関係無い。そう思って、本気で俺を想っている一人の少女だった。
遂に、俺の右手の人差し指がYesボタンを押した。
直後、俺とユウキの両方に一枚のウィンドウが表示された。それは、お互いが結婚したという事を知らせる、メッセージ。
ユウキはそれを一瞥したあと、両の瞳に溜めていた涙を流した。それは彼女の頬を伝い、顎まで行き、そこで落ちた。蒼い月光の光を受けて煌く雫が床に落ちる。同時、感極まって涙を流すユウキが再度、俺に抱きついた。俺も彼女を抱きしめ返す。
これから俺は、彼女の『夫』。何があっても彼女を護らなければならない。だが、むしろそれは当然なのだ。それは俺の罪だとか贖罪だとかは関係ない。一人の少女を愛する者として、俺は護る。このデスゲームの中だけでなく、向こう――現実世界でも、俺は彼女を護るつもりだ。
当然俺一人の力なんて高が知れている。なら今以上に強くならなければなるまい、俺を愛してくれるユウキを護る為にも。
俺は心と魂に誓い、ユウキと互いの顔を見合う。俺と彼女は同時に微笑み、そして改めて名乗った。
「キリト……桐ヶ谷和人、数ヶ月後で十四歳です……これからよろしく」
「ユウキ……紺野木綿季、誕生日が来たから十五歳です……不束者ですが、こちらこそ」
月光を浴び、明るく照らされるユウキの顔は赤く火照っていたが、それはおそらく俺も同じ。
しかし恥ずかしい気持ちを押し通し、俺達は笑った。穏やかに笑い、どちらからともなく、俺達は互いにキスを交わした。たった数秒だろうそれは、何時間にも感じられた。キスを交わし終えた後、再び笑う。
俺と彼女は涙を流しながら笑い続け、そのまま一緒にベッドに横になった。
* * *
キリトさんと結婚した翌日、ボクはキリトさんによって起こされた。SAOに囚われている間に思い浮かべていた夢が叶い、一気に幸せ気分で夢に入っていたボクは、思いの外かなりの熟睡状態になっていたらしい。
ボッと赤くなって恥ずかしがるボクを、キリトさんは明るい苦笑で見ていた。
それに仕返しをするべく、ボクはキリトさんに不意打ちでキスをした。
いきなりの事で、対応も反応も出来なかったキリトさんは驚きに目を見開き、だけどボクを拒絶したりはしなかった。ボクから身を離すと、キリトさんは完全な苦笑でボクを見た。結局は仕返しが出来たのだし、ボクにとっては幸せなのだから構わない。
その後、アスナからメールが着た。内容は明後日に九十四層ボス攻略をするから、明日に主街区で会議を開くというものだった。それに返事をしつつ、ボクはキリトさんと一緒に部屋を出る。
リビングに人はまだいなかった。キリトさんは朝食を作りにキッチンへ行き、ボクは何も出来ないからソファに座って待つことに。
とはいえ、考え事をするには丁度よかったのだけど。
何せ大勢いる恋敵を抜いての行動、どうやって説明したものか判断に迷うのだ。説明も何もあったものじゃない気がするけど。
ボクは昨夜、キリトさんとリアルの名前まで言って結婚した。それはつまり、リアルに戻っても恋仲でい続ける、という意味だ。先にキリトさんが言ってきたし、それは確実だと思う。それに本気だと理解してもらえれば、アスナ達もきっと分かってくれる筈。
実力としては【絶剣】――――【黒の剣士】に次ぐ強さの剣士と目されているから、その意味ではオーケーだ。覚悟も、ボクは一生彼に尽くす気でいる。
そもそもエイズ完治は彼のお陰で、彼にそのお礼を言うつもりでもあった。まさか結婚するほど惹かれるとは予想外だったけど、今のボクは彼無しではいられない。
だから覚悟は十分にある。
「ふぁ……良い匂いがします。久しぶりにパパが帰ってきてくれたのですね」
「お父さんの料理、二日ぶりだから……おなかがペコペコ」
「まったく……キリトの奴、一体どこをほっつき歩いてたんだか……」
「そうだよ。キリトのリアルが何だろうと、わたし達は気にしないって言うのに……」
「まあまあ二人とも。それは何度もキリトくんに言ってるんだし、ユウキもいるからその辺に、ね?」
ボクが考え事をしている間にユイちゃん達が起きてきた。なんと全員集合である。
「……ただいま。朝食はフルーツサンドとサラダ、オレンジジュースだ」
キリトさんが七人分の朝食を用意して持ってきて、ボク達は朝食を摂ることにした。
ユイちゃんとルイちゃんはどうしてボクがいるのか、大体の予想はついたらしい。もしかしたら限定GMアカウントでボクとキリトさんの情報を見たのかもしれないけど、拒絶されていないのなら嬉しい。実はボクが一番気にしていたのが彼女達だったからだ。それに安心したのはキリトさんも同じようで、互いに目を合わせて安堵の息をついた。
それを訝しげに見るシノン達三人に、どうやって説明したものかなと、内心首を悩んでいると外から声が聞こえた。声の主はやはり、昨日迷宮区で別れたアスナ達全員だった。ちなみにリズや黒猫団の三人もいる。
これを丁度いいと考えたのはキリトさんもそのようで、朝食を食べ終えた後に全員をリビングに集めた。
殆どが不思議そうな顔をしている中、ユイちゃん、ルイちゃん、ストレア、クライン、エギル、アルゴ、ルシードにルネードは分かったらしい。得心顔でボク達を見ている。
「それでキリト君、私達に伝える事ってなに?」
「あー……昨夜、俺とユウキは結婚しました」
(うわぁ……一気にそれを言うのかぁ…………)
キリトさんのいきなりの宣言にアスナ達はポカンとしたあと、すぐさま声を上げた。
「「「「「えええええええええええええええええッ?!」」」」
「それでは、これからユウキさんはママですね!」
「お母さん……なんだか嬉しい」
「母さんかぁ……二人ともアタシよりも背が低いなぁ」
「これでちったぁ落ち着くか。いやぁ肩の荷が下りてせいせいしたぜ」
「まったくだ。ここまで辿り着くのに時間が掛かりすぎだ、もうクリアまで残すところ三層だぞ」
「キー坊が……やっぱり諦めるしかなかったカ……」
「ま、一番良さ気だったのはユウキだったし、この結末は目に見えてたな」
「お二人とも。お幸せに、です」
それぞれの反応を返してきた。その半分、キリトさんに惚れてた皆からはどうしてボクが結婚するまでに至ったのか、そして何がきっかけで惚れたのかを聞いてきた。
それは他の皆も聞いてきたのだけど、実はそれはかなり単純だったりする。転生については伏せ、まず病気について軽く話した後、きっかけについて触れた。
「ボクとキリトさん、実は第三層攻略時から『師弟』の間柄だったんだ」
《師弟クエスト》。師匠となるプレイヤーと弟子となるプレイヤーが二人でクエストをクリアすることで、二人が師弟関係となれる一風変わった第三層限定の特殊クエスト。何も恩恵は無いと思うかもしれないが、キチンとメリットはある。デメリットも当然あるけど。
メリットは、例えパーティーを組んでレベルに差がかなりあっても、師弟関係なら経験値のレベル調整での増減がないことだ。つまり、弟子が戦わずに師匠がハイレベルMobを倒すだけでも同じ経験値がもらえるという事。
デメリットは現時点でこの師弟関係解消法は、死別以外に確認されていない事。これはベータ版ではなかったシステムらしい。アルゴさんが言っていた。
とにかく、心から信頼できる間柄でないと軽はずみには出来ないことなのだ。では何故ボクがこれを受けたかと言うと…………キリトさんがボクをボクとして見てくれたからだ。そして彼がとても強かったことに惹かれたというのもある。
勿論、彼が師匠だ。師匠は《マスター》、弟子は《ピゥープル》と呼ばれるらしい。少なくともクエスト用語で。
誰にも明かしたことがない事実をアッサリ暴露。それに今まで『師弟』と知らなかった全員が驚愕した。まあ二年近くも隠しおおせていたのだ、それをいきなり言われても驚くだけだろう。昨夜彼に言った言葉や覚悟、それらの元はこの『師弟』関係があって言えたという部分もある。
「「「「「二人って『師弟』だったの?!」」」」」
アスナ達だけでなく、素でアルゴやエギル達も突っ込んでいた。誰にも知らせていなかったのだから驚くのも無理はない。
とにかく、いつの間にかキリトさんと結婚していて、しかも二年近くもの長い間『師弟』の間柄ともなっていれば、もうボクと張り合おうともしなかったみたいだ。アスナ達は全員清々しいまでの苦笑を浮かべている。ボクを妬むどころか(内心少しはあるだろうけど)むしろボクとキリトさんの関係を祝福してくれた。
彼の実の姉だと言うリーファも、キリトさんにボクのことで色々言っていた。主に、ボクを守る覚悟とか将来のこととかだ。
それにキリトさんは真顔で全て即答していた。要約すれば『将来を見据えたお付き合いであり、ボクを守ることも支えあう事も覚悟の上』という事だ。それを聞いてボクは思わず赤面してしまった。昨夜はボクの方が積極的だったけど、真顔で間を空けずの即答でそう言われると照れてしまう。
それを思いっきりクラインにからかわれたから、彼にはお披露目も兼ねて《マザーズ・ロザリオ》の餌食にしておいた。キリトさんも容赦なく二刀を振るっていたし問題は無いだろう。こういうデリケートな問題をからかうクラインが悪い。
ボクとキリトさんはその後、キリトさんのホームの周囲の散歩に出かけた。キリトさんに散歩しようと誘われたからだ。
他の皆は付いて来ずに、二人だけで周囲を歩いていく。
ユイちゃん達を保護したらしい杉林を抜けた先、そこは一面の湖と、抜けるように青い空があった。外周部近くまで歩いて来ていたらしい。
ボクはその光景にしばらく見入った。
ボクは現実でも結構外に出てたし、このSAOの世界でも沢山綺麗な景色を見てきた。幻想的と思える光景だって、何度か見たこともある。だけど、今見ているものに見入ったのは、その感動が今までとは違ったからだ。
まだかなり朝が早かったから、今見えるのは蒼穹に浮かぼうとする朝陽だった。それが空を明るくしていき、薄紫だった空を蒼くしていく。それは今まで見てきた光景でも一番ありふれたもので、でも、あまり見た事が無い光景だった。想い人のキリトさんと一緒に見ているのも、あるのかもしれない。
「……ユウキ」
それを見続けていると、急にキリトさんがボクの名前を呼んできた。
そちらに振り向くと、彼の手には二つの小箱が。一つは黒、もう一つが紺と藍色のコントラストの小箱。
キリトさんはその二つの内、コントラストの小箱をボクに見えるようにして出して、そして蓋を開けた。中身はやはり想像していた、でも想像の斜め上の物だった。虹の宝石に微細な黒の結晶を散りばめ、リングは白銀の輝きを持つ。そう、結婚指輪。エンゲージリングだった。
「コレ、【エターナルリング】っていう指輪で、超高難易度クエスト報酬で手に入れてな…………《師弟》と《夫婦》である事っていう制限があって、俺とユウキにピッタリだと思ったんだ……今更だけど、結婚指輪……受け取ってくれるか……?」
彼の精一杯の告白に、ボクは不意に泣きたくなった。嬉しくて、本当に嬉しくて。
この際、装備制限だとかクエスト報酬だとか、性能だとかは関係ない。彼がボクに対して渡してくれる物なのだから。
「……はい…………!」
彼がボクの答えに涙を浮かべ、ボクの左手を取った。
左手薬指に、彼が持っている【エターナルリング】を嵌めてくれた。
そのお返しとして、彼がまだ持っている黒い小箱を受け取って中身を出す。やはり同じ指輪を、ボクは彼の左手を取って薬指に嵌める。
お互いに指輪を嵌めて向き合い、笑いあった。それはお互いを受け入れあって信頼しあった笑い。キリトさんがやっと、本当の意味でボクを受け入れてくれた証。
今までボクを受け入れていなかったのは、多分自分の本当の姿を出していなかった、手鏡を使っていなかったからだと思う。自分のリアルを知られれば皆が拒絶するとか、そんなふうに考えていたのだろう。
ボクにも分かる。前世は勿論、今世も初めはエイズ患者だったから、それを知られまいとして、色々と怯えたものだ。
つまりはそういうことなのだ。自分の秘密全てを知られた上で自分を受け入れてくれる、そういう人を求めていたのだ。
でも知られて拒絶されるのが怖い、だから黙ってしまって、誰も受け入れられないし信頼も出来ない。彼も今まで、そんな感じだったのだ。
でもボクは彼とほぼ同じ秘密を抱えていたし、それを受け入れた上で求婚した。この二年間、彼にアタックし続けていたのも、『師弟』にもなっていた事も大きいだろう。彼がボクの事を受け入れたからこそ、ボクは彼を受け入れられた。彼はボクを救ってくれた恩人でもあるのだし。
「キリトさん。絶対に一緒に生きよう。リアルに戻っても、ずっと……」
「そうだな……絶対に、約束だ」
笑いあい、ボクとキリトさんは、陽光照らす中で再びキスを交わしたのだった。
はい、キリトのヒロインはユウキでした! 最初からでしたが、さん付けだったのはこういう事だったのです。
サブタイトルの闇は当然キリト、光はユウキです。
しかしこれは逆にも出来ます。希望となっている光のキリト、転生者という同じ闇を抱えているユウキというように。
タイトルの場合はもう少し違う意味が入るのですが、これはまた後ほど語る事にします、物凄いネタバレになるので。
ちなみにユウキの方が身長数センチ高いし、精神的に取っている年齢も上ですよ。ユウキが亡くなったのは十五歳、キリトは前世で十四歳で死亡しましたから。現在同じ年になっているので二歳の差があるという訳です。ユウキは精神年齢三十歳、キリトは二十八歳という訳ですね。クラインより年上だぜ☆
つまりはこの二人、歳と境遇が近い為に惹かれたという訳です。ユウキは原作より一年早く生まれているという事になります、原作のSAO開始二年目ともなれば凡そ亡くなる一年前ですから。
余談ですが、リアルに結婚した人は男性の方が年下という事が多いらしいですよ。どうでも良かったか。
まぁ、ユウキの場合は未来を生きられるようにしてくれた事もあるでしょうし、剣の弟子になった事もあると思います。
この《師弟》関係は、実はちょっと前から暗喩しています。第七十四層辺りのユウキ視点、あの時などにチラッとそれらしい事を呟いているのです。キリトがユウキと目を合わせたのも、何気に《師弟》という関係を気に入っていたからです。
凄く分かり辛かったと思いますが、わざとです☆(笑)
どうして描写しなかったのかというと、書くとヒロインって丸わかりになると面白くないなと思ったからです。だって誰か分かったら、他の子と話して惚れさせているキリトが悪いように思えるでしょう? タグでもヒロインについて言及していないのはそのためという事もあります。
多分皆さんはユウキの他に妖精リーファ、シノン、フィリア、シリカ、リズベット、そして大穴のアルゴ辺りでちょっと悩んだんじゃないかと思います。
恐らくアスナは除外されていると思います、彼女との絡みは第一層以来ほぼありませんからね、《圏内事件》も描写していませんから。サチも同様でしょう。
この二人以外は誰がキリトのヒロインになってもおかしくないよう、ちょっとずつ調節しながら書き上げました。まぁ、もしかすると即バレだったかも知れませんが(笑)
案外リズベットで迷った人は多いのではないでしょうか? 共に剣を鍛えた、心に誓ったという辺りで彼女は他より特別な扱いになりましたし、キリトに対して真っ向から告白しています。更にはそれでキリトも赤面しましたし、本音を吐露していますのでとても特別扱いになりました。
しかしキリトはユウキを選びました。過去にお互い大切な人を失った者であると同時、惹かれ合ったという部分が気付かない内に最たる理由となっています。その次に同じ境遇、すなわち転生者である事です。この二つはリズベットには無く、それでユウキが勝っちゃいました。
展開上の都合もあります。
グリームアイズ戦のユウキ視点で、彼女の過去を描写しています。あそこにあった彼女の心情は殆どが恐怖心です。その恐怖心は、実はまだ拭い切れていません。そこが今後のキーポイントになるでしょう。
さて、ユウキを生涯の伴侶として選んだキリトですが、実はこれから更に苦しむ事になっていきます。逃れる事は絶対不可能です。何故ならそれが定めだから。
しかし、そんな定めにあるキリトにも一時の安息はあります。
という訳で次回予告です。
ユウキと結ばれて知らなかった幸せを得たキリトだったが、足繁くSAO三大美女が通い、更には結婚の口止めも忘れたせいで一時避難する事になってしまった。
避難先は第一層始まりの街。そこにはデスゲームを生き抜くには幼過ぎる子供達を保護する施設があり、キリトはそこの顔馴染みであった。
次話、第二十八話 ~幸せな一時と罪の影~
お楽しみに!
……ちなみに、最後の指輪を嵌める所の光景は物凄い後から重要になってきます。
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第二十八章 ~幸せな一時と罪の影~
今話はちょびっと展開を原作に似せています。原作の《心の少女》のお話で出てきた人達の登場です。
今までチラッとキリトが言っていますが、第一層の子供を預ける施設である教会とは既に顔馴染みの状態です。当然ながら巻き込んでしまった事への罪の意識から援助をしていました。
今回はその辺のお話ですね。
では、どうぞ!
第二十八章 ~幸せな一時と罪の影~
俺がユウキと結婚した事を皆に伝えた翌日、数多の情報屋が二十二層南にある俺のホームに押しかけてきた。
一体ドコでその情報を知ったのだと思ったが、おそらくクラインかアルゴあたりだろう。あの二人に口止めをするのを忘れていた俺が悪い。場所の方はアスナ達【SAO三大美女】が足繁くここに通っていれば、バレもする。
とにかく大量の情報屋から逃げる為、俺とユウキは超高レベル補正の敏捷力にものを言わせ、《神速》も併用して誰にも追いかけられない速度で第一層へ逃げた。第一層始まりの街の東七区にある、子供たちが集まっている教会へ避難するためだ。最近行っていないのと、俺に関しての謝罪をしなくてはならなかったからだ。皆が《SAO》に囚われているのは俺の責任でもあるし、俺は自分が《桐ヶ谷和人》だという事を二年近く黙っていたのだから。
その目的もあり、その教会がある始まりの街へ来たのだ。
しかし――――
「ねぇキリトさん。気のせいじゃないなら、なんだか人が少ないと思うんだけど……」
ユウキが持った疑問の通り、始まりの街にいるプレイヤーが圧倒的に少ない。
存命中のプレイヤーは約八千。内、軍に所属するプレイヤーや街から出ていないプレイヤーは推計五千はいる筈なのだ。
だから転移門周りなら誰かいてもおかしくは無いのだが、なぜか人が見当たらない。
気配としては無数にあるので、おそらく屋内に引き篭もっているのだ。軍に関しては偶然会わないだけだろうけど。
「確かに人通りはないな。まあ気配はあるから屋内にいるだけだろうけど」
「これってどういうことかな……?」
「多分、最近軍の過激派がやってる『徴税』とやらのせいだ。最近軍の内部で頭角を現したらしい……えっと、たしか《べルナー》とか言う男が過激派の首領だった筈だ。『KoBなんかに遅れを取ってはならない!』とか言ってるらしい。七十四層でコーバッツ率いる軍がいたよな? アイツを派遣したのもソイツらしいぞ」
「へぇ……なんて言うか、その人、バカだよね」
「まぁ、攻略も何もせずに吠えてるだけらしいからな」
何せ攻略会議には一切出ない男らしいのだ。しかもレベル的にも中層上位レベル、つまり50前後らしい。完全職人のリズよりも弱いという事だ、レベルだけ見れば。
「とはいえ、圧倒的に強いキバオウやディアベルに対しても臆さずする無謀としか思えない言動、野心を誰にも気付かせなかった智謀…………それらをさせるだけの何かがある、ないし持っていると推測はしておいた方が良いかもしれない」
「それって例えば…………?」
不安そうに俺を見てくるユウキ。気持ちは分からんでもない。
「そうだな…………半年前の『圏内事件』ははただの演出でそう見えていただけだったけど、本物の『圏内事件』……圏内PKを可能とするスキルとか。まぁ、それは可能性的に見てまず無いから、俺のチート装備みたいな物を持っているとか」
「圏内PKを可能とするスキルか……その事件の時に団長にアドバイスを受ける為に相談したんだけど、団長は『その可能性は除外して良い。フェアネスを貫いているのが《SAO》の特徴なのだ、そんなスキルが入って入ればフェアではない』って即答してたよ」
「茅場が断言したなら残るはチート装備か…………いや、もしかしたらシステムの穴を突くアイテム、ないしシステム外スキル、か……?」
顎に手を当てて熟考する間も俺達は歩いているわけだが、その中でも俺の感覚は研ぎ澄まされている。それは前世や長いソロ歴で身についた習慣だ。
そして、それが今回は幸いとなった。
――――離せよ! 何でまた俺達に関わるんだよ!
――――お前らは税金を滞納してるからな、保母さんを釣る餌だ!
「「ッ!」」
その声は子供のものと大人の男のものの二つだった。子供は少し涙声で震えており、大人の方は下衆特有の声質だった。しかも会話内容からしてロクでもない上に、十中八九“軍”に所属しているヤツだ。
ユウキも声を聞き取ったらしい、俺と顔を見合わせた直後、同時に路地に入った。互いに凄まじい速度で疾駆する。
すぐに目的地に着いたが、俺とユウキはそこで止まらずに細い路地で固まっている軍を飛び越えた。そのまま子供たち――東七区で過ごしている子供たちの前に降り、俺とユウキは軍へ振り向いた。
いきなりの事で全く反応出来ていない連中。鈍い鉄色のフルアーマーの男たちは横に広がって隙間を無くしている。
《SAO》のシステムにある【アンチクリミナルコード】は結構融通が利かない部分がある。その最たるものがプレイヤー同士の接触関連だろう。今の軍のように、隙間を無くしての通せんぼを『ブロック』、それで人を囲う事を『ボックス』と言い、立派な非マナー行為だ。一応これは圏外でも見られる、まぁあくまでそれはプレイヤー限定だけれど。
とにかくそれのせいで、無理矢理の通行は出来ない。
だから俺とユウキは何の躊躇いも無く、軍の連中を飛び越えたのだ。
一応注釈を付けておくと、これを出来るのは敏捷力や敏捷補正が多大な数値の者だけだ。俺以外で挙げるとユウキ、アスナや黒&金髪リーファ、シリカ、フィリア、アルゴの七人くらい。
つまりそれだけ敏捷補正が無ければ出来ない。それを理解出来れば、俺とユウキが如何に強者なのか分かる。逆に言えば、それが理解できないのは弱者であり、気付かないうちに喧嘩を売る馬鹿という事だ。
「お、オイオイオイオイ! お前らいきなりなんだぁ?!」
「通りすがりの【黒の剣士】キリトだ。ちなみに、今のこの姿がリアルな。今までの姿は手鏡を使っていなかった状態の、自作アバターのままだったんだよ」
「そしてボクは《血盟騎士団》第一副団長【絶剣】ユウキだよ」
ちなみに第二副団長は黒髪リーファである。
「はぁ?! お前らみたいなガキがそんなわけねぇだろ! お前ら軍を舐めてないか?!」
ゲラゲラと馬鹿笑いする軍の連中に、ユウキが段々剣呑な空気を出し始めた。
とりあえず軍はユウキに任せ、俺は後ろの子供たちへ向き直る。
「ギン、今の内に服を着直しとけ。俺とユウキがいるからにはもう大丈夫だ」
「ほ、本当にキリト兄ちゃんなのか……? それがリアルの姿なのか……?」
「そうだ、俺のリアルは《桐ヶ谷和人》、《SAO》を作った者だったんだ。今まで騙してて悪かった。とにかく今は服を着ろ」
俺の言葉に呆然と頷きを返しつつ服を着直す子供達。赤毛のギン、茶髪のリン、長い青髪のエミナが慌てて足元の鎧や服を着直す。
それを見て、軍の連中が怒鳴り始めた。
「貴様! 軍の公務妨害として本部に来てもらうぞ! それとも圏外行くか?! おぉ?!」
俺を見ながら腰から大振りのブロードソードを抜く男。装備のランクは周りより一つ上、つまりこいつらのリーダー格か。
しかし右手で持って左手の平にペチペチと音を立てているブロードソードは、まだ一度も強化・修復を経験していない武具特有の薄っぺらさしか持っていなかった。つまりこの男はロクに戦闘を経験していないという事になる。
そして圏外へ行くという意味も、コイツは真の意味で理解できていない。
「……ユウキ。悪いが、後ろのギン達の方に付いててくれ。コイツらの相手は俺がする」
「えっ、でも……」
「ユウキは《血盟騎士団》第一副団長としての立場がある。今ここでユウキが戦ったら、団長のアスナに迷惑しか掛からないだろ?」
俺の言葉に渋々頷き、ギン達のもとまで下がる。そして俺はリーダーの男と相対した。
今の俺とユウキは変装の為にいつもの装備をしていない。つまり外観から俺を【黒の剣士】キリトと判断出来ないのだ。しかも今の俺は一週間ほど以前とはアバターが違い、《桐ヶ谷和人》としての姿。尚の事【黒の剣士】とは分からない。
だからだろう。俺とユウキのやり取りを芝居だと判断して、圏外戦闘を仄めかしたのは。
俺はメニューを開き、そこにある【クイックチェンジ】のタブをクリック。
一瞬で俺の装備は【黒の剣士】の代名詞の二刀黒衣の姿になった。続いて黒剣の方だけ抜き、男に向けて構える。
そして少しずつ近寄っていく。
「お……お?」
「……わざわざ圏外まで行く必要は無い――――」
まだ反応出来ていない男に向けて、その場で袈裟斬りを放つソードスキル《スラント》を放つ。それを受けて、凄まじい轟音と閃光が炸裂した。
圏内戦闘はデュエルと違ってHPは絶対に減らないので、友人同士の模擬戦でよく利用される。その際、攻撃がヒットする時に【アンチクリミナルコード】に遮られる。つまり俺がヒースクリフを攻撃した時と同じ事が起きるわけだ。
そしてこの轟音と閃光、攻撃側プレイヤーのスキルやステータスによって過剰演出になっていく仕様になっており、ソードスキルでの攻撃で威力が過剰な場合、ノックバックも発生する。それだけの過剰演出がされていてノックバックも発生するとなれば、慣れていない者からすればHPが絶対に減る事が無いと分かっていても恐怖を覚える。
つまり、今のこの状況にはもってこいなわけだ。
「その代わり、永遠に続くがな」
再びのソードスキル、今度は《ヴォーパル・ストライク》。重突進攻撃なため、リーダー格の男は十数メートル吹っ飛んだ。やはり過剰な轟音と閃光と共に。
それでようやく俺が本物と分かったのだろう。少しずつ怯えが混じり始めた男たちに、リーダー格は戦えと命じた。それを受けて俺に剣を向けてくる。
それに対した俺は、子供達を助けるついでに今朝から溜まっていた鬱憤を晴らすべく、男たちを蹂躙していった。
***
「はぁぁぁああああっ!!!」
「「「「「ぎゃああああぁぁぁぁ?!」」」」」
「うわぁ……はっちゃけてるなぁ……」
ボクはキリトさんの大暴れ振りを見て、ちょっと引いていた。
さっきまではボクも子供達を襲う卑劣な連中に怒っていたけど、その怒りはキリトさんの方が大きかったらしい。いや、アレは絶対、今朝の情報屋の事で溜まった鬱憤晴らしも入ってる。
「な、なぁあんた。あの人ってやっぱりキリト兄ちゃんなんだよな? そんで、リアルは……」
ボクのクロークの裾を引っ張って、赤髪のギンと呼ばれた少年が不安そうに言う。その瞳は裏切られ、捨てられた子供のようだった。
「……うん。彼は確かに【黒の剣士】のキリトさんだし、リアルは《桐ヶ谷和人》でもある。少し前までは正体を隠してたけどね……」
「じゃあ……もしかして、キリト兄ちゃんもヒースクリフと同じ、このゲームのラスボスなのか……?」
そう聞かれ、ボクは即答出来なかった。もしそうなら、今まで人を遠ざけてきた彼の行動にも説明はつく。
けど、ボクはそれを認めたくなかった。だからボクは、ギンに微笑みかけながら不明確なことを口にした。
「それは違うよ。キリトさんはラスボスじゃない……茅場とは違う」
「そっか……ならどうして俺達全員に対して黙ってたんだ?」
「《SAO》最初期の頃、彼がリアルバレまでしてたら、きっと殺されてた。キリトさんはそれを見越してたんだよ。殺人に対する精神的な壁を壊さないために……誰かが悪いのなら処刑なんて、安直な結末に至らないように」
無論これは今考えた理由だ。本当は自分が殺されないように、自分が集めて流す情報の信憑性を疑わせないようにするためだ。彼がアバターをリアルにしたのも、その必要性が無くなったからと言っていた。
つまりこれは、ボクが都合の言いように嘘を言っているに過ぎない。彼が嫌われないよう、ボクが満足できるように矛先を向けるためにしている嘘なのだ。
それを疑わない少年少女。かなり罪悪感が生まれる。
「……どうしたユウキ? 少し苦しそうだぞ」
いつの間にか軍の連中全員を気絶させたらしいキリトさんが、声を掛けてきた。黒剣を収めて、さっきまでの緩い上下黒の服装へと戻っている。
「……ううん、なんでもないよ――――あ。あの人が保母さんじゃない?」
「ああ、ギン、リン、エミナ! 無事だったのね! ――――って、あなた方は……?」
路地を子供と一緒に駆けて来た保母さんが、ボクとキリトさんを見て警戒して短剣に手を掛けた。それを制したのはギンだった。
「サーシャ先生! この黒い人、キリト兄ちゃんだよ! リアルの姿になったんだってさ!」
「え……キリトさんって……その姿、だったんですか……?」
「…………今まで黙ってて、悪かった……」
ギンの言葉にうろたえるサーシャさん。その彼女にキリトさんは頭を下げた。
「え……いえ、それは……と、とにかく! お礼と話を聞きたいので、教会の方に……」
サーシャさんに促されて、ボク達は教会の方へ向かう事になった。
*
「なるほど……だからアバターが……そしてリアルの姿を隠していたと……」
教会に着いた後、ボクとキリトさんはさっき何があったのかを話してお礼を言われてから、キリトさんのことについて話していた。
キリトさんは顔を顰めて俯いていて、彼の周りには教会にいた子供達がいた。初めは少し離れていたのだけど、話が進むにつれて彼が落ち込み始めた辺りから周りに来たのだ。
「サーシャさん、それに皆も……今まで黙ってて……それと《SAO》に巻き込んでしまって、ごめんなさい…………」
再び頭を下げるキリトさんに、サーシャさんは声を掛けた。
「キリトさん……あなたのお話はよく聞きます。PKキラー【嘆きの狩人】としても、フロアボス単独撃破のことも……他にも多くの事を聞きます。今までの行動、その根本は何だったのですか……?」
「…………贖罪だ……俺だけが罪を被れば、誰も苦しまない。誰かを殺す必要があるのなら、それは俺がすればいい。フロアボス討伐も危険なら俺一人ですればいい。俺が死ねば、俺はそこまでの男だっただけ……そう思って行動していた。今もそう思ってる」
「キリトさん……」
「……だけど」
そこで言葉を切って、キリトさんはボクを見てきた。その瞳は以前までの暗い闇を宿していても、光の方が多かった。
その瞳でボクを見ながら、キリトさんは続けた。
「虫の良い話だけど……俺に、一生を懸けて守りたい存在が……出来た。彼女……俺が《桐ヶ谷和人》と知っても受け入れてくれたユウキが、俺にとって大切な存在だ。絶対に一緒に生きるって、誓った……俺の罪は消えないし俺の行動も変わらないだろうけど…………絶対に死ねない理由が出来た」
彼の話を聞いて、サーシャさんは息を呑んだ。
今まで、彼が生きる意志を見せた事は無いのだと思う。ボクも見たことが無い。そして、それの元になってるのがボクだという事に嬉しくなった。
「そうですか……キリトさんは今まで、ずっと自分を殺して生きてきました。それは同年代の子供達に比べれば、圧倒的に辛かったでしょう?」
「まぁ……それが俺の贖罪の道なのだし、俺が歩まなければならない道だ。《SAO》を作り、こんな事件が起こる原因の一つが俺なんだから…………」
「だからといって、あなた自身の命を粗末にしてはならないし、巻き込まれた一人なのですから……そんなに自分を追い詰めなくてもいいでしょう? もう十分だと思います。これからは、あなた自身の幸福を探しても良いと思いますよ……」
サーシャさんの言葉はキリトさんにとっては意外なものだったようで、彼は眼を見開いて、涙を流していた。それは勢いを増していき、彼は深く俯いて口に手を当てて嗚咽を漏らし始める。
子供達はそれを見て、彼の頭や背中を撫でたりとあやし始めた。彼が泣くなんて想像も出来なかったからか、皆かなり慌てていた。そして、その気遣いが更に涙を流させ、嗚咽を激しいものにするということに気付かない。
サーシャさんとボクは、暖かく彼を見ていた。
はい、如何でしたでしょうか。
原作で《軍》が暴走していたのはキバオウですが、本作では別の人をその立場に宛がっています。ただ彼は名前だけ、つまり登場はしません(笑)
そしてユウキの思考がとても大人っぽくなっています。精神的には三十歳ですから、まぁ、これくらいの思考があってもおかしくは無いと思います。今までそれっぽい思考を彼女視点の際には他よりも多く展開させているので、本作に限れば違和感は少ないと思います。原作の描写は少ないので違和感大きいでしょうが。
本作のユウキは原作に比べ、少しずつ大人になっていく予定です。具体的には原作のアスナ以上となり、ISの織斑千冬や篠ノ之束すら頭が上がらないくらいになります。キリトも慕われつつ尻に敷かれます。つまり怒れば最強という訳ですね。
私のユウキのイメージなのですが、彼女は天真爛漫に振る舞う裏ではかなり思考を巡らせ、人の顔を窺ったり、人の気を悪くしないようにしている一面を持っていると考えています。それで自己嫌悪に陥る事もしばしばです。
原作でもそれによってアスナの為と自ら距離を取りました。
ここが決め手となり、ユウキは基本的に人の心情を察する事が出来る子となっています。
まぁ、ユウキだけではないのですが(笑) それに皆の成長はそんな所では終わりません、まだまだ成長していきますよ? にふにふ。
そんなキャラのチート化を無意識に推し進めるキリトを、これからも温かく見守って下さい。
ではそろそろ次回予告です。
今までの行動を肯定され、涙を流すキリトを周囲の人間は温かく見守った。暫く雲隠れする為に一時的に部屋を借り、キリトとユウキの二人は同じ部屋で夜を過ごす。
その時、ユウキはある質問を投げ掛けた。
次話、第二十九章 ~光支える闇、闇支える光~
お楽しみに!
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第二十九章 ~光支える闇、闇支える光~
本話はなんと、ずっと暈されているキリトの前世について、少しだけ語ります。あらすじに書いてあるとある出来事についてもサラッと触れます。
まぁ、転生者にありがちな設定だと思いますが、後々に響いてきますので流さないで頂ければ幸いです。
ではそろそろ。大人びてきているユウキ視点です。
ではどうぞ!
第二十九章 ~光支える闇、闇支える光~
彼が泣き止んだのは、それから三十分後のことだった。
彼は泣き続けたせいか眼を充血させ、少し顔を火照らせていた。SAOはこういう細かい部分も再現されているのだ。
「泣いてしまって悪かった…………」
「いえいえ、気にしてませんから。それに、今まで子供らしくなかったから結構新鮮でしたよ?」
「そうだぜキリト兄ちゃん! っていうかキリト兄ちゃん、俺の一つ歳下だったのか! いやーキリト兄ちゃんって全然子供っぽくないから、今までのアバターで判断して年上かと思ってたぜ!」
「ぐっ…………」
サーシャさんの微笑みとギンの無邪気な悪意の無い言葉に、キリトさんは少し呻いていた。ダメージ的には精神面でサーシャさんの言葉の方が大きいと思う。
「まあそれは良いでしょう。とにかくこの話は終わりとして…………そういえば、聞き忘れてたのですが、キリトさんはどうして一層に? 寄付ですか? それは嬉しいですけど……」
サーシャさんの言葉に、キリトさんは急いで横に首を振った。
「いや、今日来たのはちょっと訳があって……さっきした俺の話と、それと今ホームに情報屋が来てて落ち着けないから、その避難先として今日はご厄介になる事をお願いしたくて……」
「情報屋がホームまで? しかもお話的には結構な人数のようですね? 一体何をしたのですか?」
他動系の『あった』ではなく、自動系の『した』と言うあたり、この人もキリトさんの性格をよくご存知のようだ。
「…………一昨日の深夜、つまり昨日の午前零時頃に、俺とユウキは結婚して……それについて昨日の朝、仲間に報告して……そしたら今日の今朝、情報屋が来て……仲間に口止めするのを忘れていた…………」
それを聞いて、サーシャさんはボクとキリトさんに「おめでとうございます」と祝福すると同時「ご愁傷様です」と苦笑して言ってきた。
ギン筆頭に子供達は羨ましがっていたけど、キリトさんが女の子にモテるのは当然の事という認識らしい。ちょっと興味が出てきた。
「ね、キリトさんが女の子にモテるって、どうしてそんな認識に?」
「え? だって【SAO三大美女】に惚れられてるんだろ? ユウキ姉ちゃんってその一人だし、キリト兄ちゃんって強くてカッコいいし……それとここだけの話、ここにいる俺らの女子の中にも、キリト兄ちゃんを狙ってたヤツは結構いたんだぜ」
ギンが教えてくれた。最後のあたりは声を潜めてで、それを聞いた後に女子メンバーを見ると…………なるほど。確かに悔しそうにボクを見ている。なんだかアスナ達のようだ。
ギンもそれを見て苦笑していた。どうやら彼は見た目以上に精神年齢が高いらしい。
「ギンは皆の事をよく見て理解してるんだね」
「それ位できねぇと、キリト兄ちゃんくらい強くなれねぇしな。それにフィールドに出た時も、コレが出来てないと戦いの先読みとか適切な指示が出来ないし。って言っても、これ全部キリト兄ちゃんの受け売りなんだけどな」
「そうなんだ? なんて言ってたの?」
「え~と、たしか……『己を知り、仲間を知り、敵を知ることこそ勝利への一歩』だったかな?」
なるほど。たしかにキリトさんらしい言葉だ。彼はよくボス攻略で窮地の際、周りの反感をものともせずに指揮を執って戦線回復をしている。それをするには確かに必要な能力だ。
ただちょっと興味を引く事があった。
「ねぇ。その話を受けてるって事は、ギンってフィールドで戦ってるの?」
「ん? ああ、俺以外にも何人か。俺は最年長だから出てるぜ。俺は最高のレベル57、他の何人かは30~50の間かな。レベルが低いのは生産スキルで動いてるヤツだ」
「57……中層上位に入るね。上層下位もいけるかな?」
この子達だけでも中層でギルドとして活動できる。安全を期するなら二十層中頃から三十層中頃だろう。
「って言っても、やっぱ軍の連中には敵わねぇよ。レベルで勝ってても装備が……それにサーシャ姉ちゃんやキリト兄ちゃんから『軍と戦うな』って言われてるし……」
それは多分、軍の過激派と問題を起こすなって事だろう。キリトさん達はそれを越した指示を出しておき、ギンはそれを素直に聞き入れたのだ。
「ギンは偉いよ。あそこまでされても、その言いつけを守ってるんだから」
「だってよ……サーシャ姉ちゃんに迷惑が掛かるし、キリト兄ちゃんは起こった騒ぎの解決に走るだろ? これ以上キリト兄ちゃんの評判を落としたくねぇんだよ……」
「そっか……でもキリトさんのリアルは一気に広まるだろうし、悪評が回ることは避けられないだろうね」
ボクの言葉にギンは勿論、周りで話を聞いていた子供達が泣きそうな顔になった。
でも、ボクの話はまだ続きがある。
「でもね、キリトさんはそんな悪評は気にしない。キリトさんが気にするのは、自分を受け入れてくれる人の事なんだ。つまりボクや君達のことだよ」
「俺達のこと……?」
「うん。その悪評自体じゃなくて、それによるボクや君達の反応を気にするんだ。ボクや君達が彼を拒絶したら、彼は心の拠り所を失って、また独りになる。だからボク達がするべきことは、キリトさんの本質を見て、受け入れることなんだよ。それも同情や哀れみからじゃなくて、ボク達自身が本当に受け入れる、そう想うことが大切なんだ」
ボクの話を聞いて、ギン達は俯いて考え込み始めた。さっきまでのキリトさんを思い出しているのだろう。
キリトさんは心からの思いやりに慣れていない。それは周りが噂・悪評に踊らされ、キリトさん自体を見ずに判断していたからだ。キバオウやリンドなどが良い例だ。あの二人はキリトさんを偏見で見て、彼の言動を悪評を基にして穿って考えることが多い。そしてそんな彼らには一切心を開いていない。
彼の悪評を一切気にしていないディアベルやクライン、エギルさん、アスナ達やボク、ここのサーシャさんやギン達は別だ。皆、彼そのものを見て判断しているからだ。
それを朧気ながらも察せたらしい、ギンは決意の光を宿した瞳でボクを見た。そして、キリトさんへ向けて歩き始めた。
ボクがギン達と話している間はサーシャさんと話していたらしい。キリトさんが話していると、その途中でギンが近寄るのに気付いた。
「ギン? なんだ?」
「……キリト兄ちゃんが《桐ヶ谷和人》でも、俺は兄ちゃん本人を見続ける。このデスゲームを作った本人だとしても、それだけで今までの兄ちゃんが消えるわけじゃないし、今まで受けた恩が消えるわけじゃないから……だから、リアルに戻っても会おうぜ!」
いきなりのギンの言葉に、キリトさんはまたも目を見開いた。そしてボクを見た。
ボクはしてやったり的な顔をして見返し、それを見てキリトさんは苦笑した。
「そっか……ありがとな、ギン。その言葉だけでも、もう十分、救われた…………」
「わ、私だって見続けるもん!」
「僕も!」
「オレも!」
次々と名乗り出てくる子供達に、三度、目を見開いた。
彼からすれば、今日でもうお別れだと思っていた筈だから、この展開は完全に予想外だろう。また涙を流している。けれど今度は嗚咽を漏らすのではなく、子供達と笑いながら流していた。
それを見つつ、ボクはサーシャさんの方へと近づく。サーシャさんもそれに気が付き、ボクに話しかけてきた。
「ユウキさん……彼は、本当に変わりましたね……」
「うん、凄く変わった。このデスゲームが始まったあの日から知ってるけど、あの時より明るくて柔らかくなったよ」
「ユウキさんは、キリトさんと初日から?」
「うん、まあソードスキルとかのレクチャーを受けて……デスゲーム開始直後に、あの赤ローブに斬りかかるのは驚いたけどね……」
ああ、あれか……というような顔をしたサーシャさんと、ボクは昔話をし続けた。
彼と攻略組の話やボス攻略の時の話、攻略が休みの時にあった話、ヒースクリフを茅場と見破った時の話。アルベリヒという男が危険な事をしていた話、それを解決して捕えた話。そして、ボクと結婚した時の話。
その一つ一つを聞いて、サーシャさんはよく反応を返してくれた。彼女からすれば、キリトさんは弟のような感じらしい。目を離せない弟、それが彼への印象。
その彼の行動、その軌跡を直に見た近しい人から聞くのが一番嬉しい。そう言っていた。
「そうですか……彼があの歳相応の明るさを持つまで、二年近くも掛かったのですね…………」
「うん……リアルに戻ってからがもっと大変だって、キリトさんは言ってます。最悪、死刑の可能性もあるって。自分より先に死んだ茅場の分まで、《SAO》被害者に対する償いをしなきゃいけないって…………五十層の時点で終わっていれば、また少し違ったらしいですけど…………」
「そんな……?!」
「アルベリヒ、須郷伸之が外部からの干渉で出られないようにして、プレイヤーを人体実験するなんて事が無く、早く出れていれば…………しかもリアルでは茅場晶彦と桐ヶ谷和人が悪いってなってるらしくて、そういう風に誘導したのも須郷らしいんです。自分の野望に邪魔だからって……」
それを聞いて憤慨するサーシャさん。それはボクもだけど、こればかりはどうしようもない。
「キリトさん、それを聞いてから暗くなっちゃって……かと思えばいきなり明るく行動し始めて……どうもリアルに戻る前に、こっちで色々と人生を楽しむつもりらしくて…………皮肉ですよ。一番人を生かすために動いてた彼が、リアルでは死ぬかもなんて」
「そうですね…………一体、彼みたいな若い子に、どれだけ負わせるのでしょう……」
サーシャさんはそう呟き、キリトさんを見た。視線の先の彼は、子供達と一緒に綺麗な笑みで笑っていた…………
*
その後、ボクとキリトさんは子供達と一緒に行動することになった。これから皆で二十五層を訪れる事に。目的はコルと素材集め。
パーティーは二つで、ボクとキリトさんはそれぞれのパーティーに分かれた。
A……キリトさん、ギン、リン、エミナ、サン
B……ボク、ハイナ、レンナ、ウォルト、ケイオス
男女二人ずつがそれぞれに分かれて五人パーティーを作った。
ボクとキリトさんは別パーティーになっても『師弟』のシステムはそのままだし、彼の装備効果でパーティーに効果が及ぶものはボクの方にも効果はあるらしい。つまりいつもより戦いやすいのだ。
攻略組、そして全プレイヤー中最強として名高いキリトさんには、ギン達が行った。彼の事を前から兄と慕い、よく一緒に行動する仲だったらしい。
そしてボクの方には、ボクに憧れを抱いていたらしい四人が集まった。強さに惹かれた男子と嫉妬がある女子。先行きが微妙に不安になるメンバーだ。特に女子。凄い睨んできていて、ぶっちゃけ怖い。
「えっと……何かな?」
「あなたが【SAO三大美女】の一人の【絶剣】……なのよね?」
「うん、まあそう呼ばれてるね。ボク自身が名乗ってるのは【絶剣】だけだけど……」
「『美女』って言うより、『美少女』の方が正しくない?」
ハイナとレンナが順に言って来る。嫉妬はあっても素直ではあるらしい。
「ユウキはどれくらい強いの?」
「ハイナちゃん、いきなりだね……普通は見せたらいけないんだけど……まあ、いっか。ステータスはこの通り」
そう言ってステータスを見せる。それを見て、四人が愕然としていた。まあレベルが200を超えているのだ、その反応も当然だろう。
「くっ……やっぱり強くならないとダメだった……それに綺麗さでも負けるし……」
「可愛さというか、天真爛漫なとこが……くっ!」
「すっげぇ……レベル201とか……絶対に辿り着けねぇ……」
「っていうか、攻略組ならこれくらいは普通なのかな?」
「いやいやいやいや。ここまでレベル高いプレイヤーなんていないから。キリトさんは275レベだけど」
ボクの言葉に更に唖然とする四人。その反応が面白くて笑いを堪えるのが大変だった。
その後、ボク達は頑張って戦闘をこなし、目的を達した。ボクとキリトさんはその日一晩の宿を教会で借りた。ユイちゃん達には悪いけど、メールで謝っておいた。
ボクとキリトさんは《師弟》であり《夫婦》でもあるということで、部屋数の関係もあって同室となった。当然ながらベッドは二つなのだけど。けれどボクとキリトさんは同じベッドで寝ることにした。初めはキリトさんも拒否していたけどボクが引き下がらないのを見て諦めたから、強引に一緒のベッドにしたのだ。
一緒に寝たいのもあったけど、当然目的は他にもある。
「キリトさん……ちょっといい?」
「ン……なんだ?」
少し眠そうに目を向けてくるキリトさんに、ボクは悪いと思いつつも質問した。
「キリトさんは……前世があるんだよね? ボクのは話したけど、キリトさんの前世ってなんだったの……?」
ボクがそれを聞くと、キリトさんは一瞬狼狽した。『動揺』ではなく『狼狽』だ。
つまり、誰にも話したくないほどの過去なのだろう。それは分からないでもないけど、ボクは話したのだから、少しでも知りたい。
「…………俺の前世はな、ユウキとは根本からして違う。ユウキの前世って、《SAO》に端を発す、【VRMMORG】ってゲームジャンルがあったんだろ? 俺の前世にはそもそも、そんなジャンルは無かった。もっと言えば、アーガスとかレクトすら無かった。いや…………俺からすれば、ここは本来、創作物、架空の話の世界なんだ」
架空の話の世界。
それが意味するところはなんとなく分かった。ボクは前世同様に結構な読書家だ。だから分かる。
つまり彼はこう言いたいのだ。『この世界の全てが物語なのだ』と。
「それって……ボクも皆も、作り物ってこと……? ボクの前世も……?」
「俺やユウキの前世だけで言えばな。でもな……俺はこの世界の知識を似た創作物で得ているだけで、ここは架空の世界というわけじゃない。俺もユウキも……本物だ」
それを詭弁だと思ってしまったのは仕方がないだろう。だって自分で決めて歩んだ人生の全てが、誰かの手によって決められたお話に過ぎないなんて言われたも同然なのだ。それは他の人だってそうだ。
でもボクは今回、前世とは違う人生を生きている。それは彼の話では、彼の世界にあったらしい小説とは違う人生らしい。
それはどう考えても彼……キリトさんが原因だ。
ボクが今この時を普通に生きれているのも、全てはエイズ特効薬を開発した彼のお陰なのだ。それで言えば、彼はボクを含めた全ての人の人生に影響を与えている。アスナと結ばれずにボクと結ばれ、しかも多くの人を生存させているのだ。確かに彼の言うとおりなのかもしれない。
その結論に行き着いたボクは、キリトさんを受け入れる。彼の前世の話を聞くことにした。
「そっか……それで、キリトさんの前世はどんな人生だったの?」
「…………俺の前世での生まれは、高性能暗殺者適合体開発研究、第十四世代特殊実験体一号。親として十三世代の高性能暗殺者の配偶子を用い、特殊な因子を数万打ち込んだ、最終研究の末に生み出された究極体……つまるところ、世界最強を目指した目的の為に作り出された生命体であり…………暗殺者でもある生体兵器だったんだ」
途中から信じられない思いでそれを聞いて、最後の言葉で理解した。今まで彼からは尋常ではないほどのものを感じていた。
それは『死』であり『生』であり……『無』。
彼は自分の『死』には異常なほど無頓着で、でもそれには反比例して他人の『生』に異常なほど執着する。そして自分の全てを犠牲にしてまで行動して…………だけどその先には彼がいない。彼の思う未来に、彼がいない。
今までずっと疑問だった。どうしてキリトさんは自分を全く顧みないのか。どうして彼の行動の先には、自分がいないことを当然と思っているのか。それがやっと分かった気がした。
彼の前世が『暗殺者』……本来は存在しない存在の者としての考えが抜け切っていないのだ。しかも今の彼のリアルは命を狙われる危険すらある。だから周りとの接点を出来る限り少なくしていて、人を拒絶していた。
そう考えると、よく求婚を受け入れてもらえたなと思う。それと同時に、彼も限界だったのだろうと思った。
人間は一人では生きていけないのだから。
「俺が物心ついた時は、既に暗殺者としての訓練を受けていた。他にも高度な勉学をな。暗殺の為には頭の回転が速く、知識が豊富の方がいいからな。でも……俺が五歳の時、その暗殺者養成組織……非道な研究をしていた組織が各国政府にバレてな。強襲があったんだ。無論、組織の全てを闇に葬り去る為に……」
それは多分、生き残り全てを…………どの世界の人間も、本質は同じらしい。キリトさんは遠くを見る目で話し続けた。
「俺はその時一緒にいた、メンバーの中でも比較的親しかった……というよりも、俺を何故か気に入っていた女の子と一緒に脱走。そのまま四年は傭兵として放浪した。幸い、そういった知識や武装はあったし」
「それで、生き残れたの? たった五歳で?」
「女の子が九歳だったからな。それに俺は前世でも最強だったし。それで九歳の時に参戦した『ロシア内乱』、そこで仲間に裏切られて女の子は俺を庇って死亡。俺は命からがら生き延びた。その後は今世とほぼ同じだ。違いは、前世では『停戦者』として武力を振るっていたあたりかな。あと、俺を日本で引き取ってくれた人たちがいて、その人たちの恩に報いる為に『五大企業』をたてたことか」
「引き取ってくれた人たちって?」
「桐ヶ谷家だ」
キリトさんの話を聞いて、尚更妙な縁があると思ってしまった。
前世でも今世とほぼ同じ家族といて、死んだらその家族と瓜二つの家族として生まれてるって…………なんだかキリトさんって、色々と苦労してる。
「な、なんだか凄い偶然だね」
「俺の容姿は龍神に頼んだのとはいえ、転生先がまさかの《桐ヶ谷和人》だからなぁ…………ちなみに、俺の前世の名前は《桐ヶ谷悠璃》、元の名は《ユーリ・ルナリア・メリディエス》だ」
あまり変わらない苗字だ。そう思ったのはボクだけでは無い筈。コレを聞いたら誰もが思うだろう。
それからも彼の話を聞き続け、彼の死因も聞いた。家族を守って自分は死んだっていうのが、実に彼らしいと思った。
でも、と思う。
「キリトさん、ボクがもしその事故と同じ状況になったら、やっぱり同じ行動を取る?」
それがボクの思ったことだった。
キリトさんは一瞬目を瞠って、数秒の間瞑目した。そして口を開く。
「……前世の俺にとって、アイツは守りたい存在だった。ユウキもそこは変わらない。でも…………ユウキを残して死ねない。いや、死にたくない。何十万の命を奪った俺を、全てを知った上で受け入れてくれた人を……悲しませたくない」
その答えは、ボクにとって最高の答えだった。もしここで『同じ行動を取る』と言っていたら、ボクはキレていたと思う。
残された人の事を考えていないキリトさんの行動を正そうと思っていたけど、その必要も無かったみたいだ。ボクが彼の楔となっていたのだから。
でもそれはボクも同じ。ボクが死んだら、キリトさんは絶対に悲しむ。それは避けなければならない未来、でも難しい未来だ。彼のリアルは命を狙われる危険性が高いし、その彼と恋仲のボクはもっと危険だ。だってリアルのボクに、【絶剣】としての強さは無いのだから。
それに彼はリアルで大犯罪者とされているらしい。つまり裁判に挙げられて死刑判決になる可能性が高いのだ。彼が茅場晶彦の分まで、罪を背負わなければならないらしいのだから。
「ボクもだよ…………でもキリトさんは、リアルで……」
「そうだ、俺はリアルで大犯罪者として挙げられているらしい。まあ須郷の計画の邪魔とされていたからっていう証言もあるけど、『SAO生還者』の意見は頭の固い政治家によって潰されるだろうな。二年も殺伐としたデスゲームにいて、精神的に支障を来たしている可能性があると見られるだろうし、俺は《SAO》の生みの親。十中八九、俺は死刑だ」
「やっぱり、そうだよね…………ここがクリアされたらキリトさんは死刑になるかもしれなくて、キリトさんは自分を犠牲にしてまで人を助けてきたのに…………」
「ジレンマ、だよな……ここから出たいのに、出たら俺は死刑。ここにいれば生きられるのに、他の皆まで巻き込んでしまう…………《SAO》事件を知っていながら、結局はそれを止められなかった俺への報い、か…………前世の罪もある俺の末路としては相応しいけど、ユウキを残して逝くのはな…………」
「ボクもキリトさんが死ぬなんて嫌だし、キリトさんを残して逝くのはもっと嫌だよ……」
ボクとキリトさんは抱き合って涙を流した。互いを強く想い合っているからこその涙。
須郷のせいでキリトさんの努力が全て消えた。
五十層で終わらせようとした時、須郷は終わらせないように横槍を入れ、七十五層の時は事故で中に来てしまい、それからトッププレイヤーの邪魔をし始めた。
そして九十二層ではボク達全員を殺そうとした。
邪魔しかしていない須郷のせいで、キリトさんの立場がドンドン悪くなっていく一方だ。早く終わったらそれだけキリトさんは自分を責めなかったのに、須郷の自分勝手のせいで多くのものを背負い込んでしまった。
ケイタ達の死、ラフコフの死、他にも多くのことを背負わなくて済んだのに…………
ふと気付けば、キリトさんは既に寝入っていた。一定の速度で寝息が立てられ、穏やかな寝顔をしている。
普段はあまり大きく表情を変えないから年上だと思うけど、緊張の糸が切れた時やボクしかいない時は歳相応の寝顔になる。やっぱり可愛い弟だと思う。守りたい、そんな感情が湧き上がってくる。
可愛いとはいえ、精神的にはボク達は前世の分も合わせると三十路前後なのだけど…………ボクは三十入っちゃったし…………前世より早く生まれ、彼は遅く生まれたから、彼より歳上になったのか………………
そこまで考えて、あまりこれは引っ張らない方がいい思考だと判断。すぐさま中断してボクも意識を沈める事にした。ちょっと背が低い彼を抱きかかえて。
そして心の中だけで誓う。
キミに何があろうと、ボクは絶対にキミを支え続ける、と。
はい、如何でしたでしょうか?
キリトの前世はそういう訳でした。暗殺と殺戮を目的に造り出された生体兵器というのが主人公の正体でした。色々と強化されてるから子供でも戦場を生き抜けるという訳です。プロローグで語っていましたが、彼自身研究者でもあり技術者でもあるので可能となっていました。
そんなキリトは多くの人を殺している罪の意識を人助けによって浮き彫りにし、尚更責任を感じています。なので割と死に対する思考はドライです。
ぶっちゃけ死ねないとか言ってますが、ユウキがピンチになれば即座に身を晒す事も厭わないアホの子です。特別に想っている事もあってその頻度は他の人達に対してよりも更に高まっているという悪影響まで出ています。
基本、キリトは人を護る事にのみ意義を見出しています、つまり他人本位の生き方を自ら選んでいるのです。特にユウキに対しては、ユウキが死ぬ方が怖いという意識があります、そのためなら自分は死んでもいいとすら考えています。
同様に、ユウキも大切な人が居なくなっていく事に恐怖心を覚えています、ぶっちゃけトラウマです。ここは原作と変わりありません。そんな彼女ですが、大切な人であるキリトを絶対に死なせはしないと心に固く誓っていると同時に、自分も死なないようにしようとしています。ここはキリトとの違いですね。
が、それらは逆に言えば、一緒に居なければ情緒不安定に陥る事を指します。温かみを知ってしまったが故に、原作にあったユウキの強さは一度形骸化してしまうのです。
つまりこの夫婦、互いに無意識下で物凄く依存しています。
ここは原作のキリト&アスナバカップル夫婦を少しだけ踏襲し、アレンジを加えました。あの二人はお互いを強く想っている為にとんでもない事をしでかしますからね、アスナとかアリシゼーション編で国家機密の所に踏み込んでますし。普通は即座に牢獄行です、アレ。
よくネタにされてますが、アスナって結構ヤンデレ気質入っていると思うんですよね、原作でキリトがユウキに負けた時の理由も女の子に見惚れたからではと疑ってましたし(笑) キリトのバイタルデータを見てトリップしちゃってますし(笑) 初めて原作でそこを(第九巻冒頭)を読んだ時は笑ってしまいました☆
アレって、過去に色々とあった反動なんだろうと思っています。そこを参考にしようと思って書いていっています。
加えたアレンジは、二人ともが大切な存在を目の前で喪ったという事。ここが物語の根幹を為していきます。
まぁ、色々とヒントはばら撒いていますし、ここで語った事も後々になれば普通に出てきます。ここで語ったのは書いておかないと二人の言動が意味不明になる部分があるからです。
一先ずこのお話のコンセプトみたいなのは、そんな感じです。基本的にキリトは報われませんし、ヒロインのユウキも何だかんだでヤバいくらい報われません。でも依存し合ってるから別れはしません。
そんな報われないカップルを、これから末永く見守って下さい。いずれ必ず報われるようになります。
確定なのは、既に書いているからです☆(笑)
ではそろそろ、次回予告です。
新たな絆を紡ぎ、懸念していた要素の全てを排したキリトは心より心を置く仲間達を、そして愛する者を伴い、とうとう浮遊城の最奥《紅玉宮》へと足を踏み入れる。
そこでキリトが予想していたあの人物が、片頬に笑みを浮かべ、天に反逆する者達を迎え入れていた。
やれる事は全てやってきた。後は目の前の男を斃すのみ。
天空に浮かぶ鋼鉄の浮遊城を想像した者同士が、今、最後の決闘の火ぶたを切って落とさんとしていた……
次話。SAO編最終章 第三十章 ~【紅の神聖騎士】と【黒の二刀剣士】~
お楽しみに!!!
…………ちなみに、次話でもまだ文字数的に折り返したばかりですよ?(笑)
にふにふ☆
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第三十章 ~【紅の神聖騎士】と【黒の二刀剣士】~
唐突ですが、この場を借りて読者の皆様にお礼を申し上げます。
何と8月26日午後21:40現時点、たったの三日足らずでお気に入り登録50名、UA2000名を突破していました!
まぁ、短期間に連続投稿しているせいで感想・評価等は少ないですが、これに関しては別に思う所はありません。読者様がいるだけで、そしてお気に入り登録して下さっているだけでも嬉しいです!
いや、マジで涙が出ます。今まで読んできた二次創作の先達が感動していたのがよく分かりました。自分で考えた設定、駄文と思ってしまうお話を評価して頂けるのは嬉しいものです。
さて、そんなこんなで早三十話になりました。
先の話をしておきますが、今まで私は《物凄い後》という言葉を連呼しています。これは《その時が来るまでは駄文である》と取って頂いて結構です。理由は次話以降のお話で自ずと分かります。
そして一応、このSAO編は終了となるお話です。タイトルと前話後書きで書いた予告からも予想は付くでしょう。
ですが……一応、です。何故一応なのかもすぐに分かります。
ちなみに視点はキリト、珍しい事に書きやすい条件を無視した視点展開となります。ほぼ三人称っぽい情景描写ですが。
ではどうぞ、因縁の決着です!
第三十章 ~【紅の神聖騎士】と【黒の二刀剣士】~
「皆さん。遂に……この日が来ました」
2024年11月7日。つまりデスゲーム開始から、丁度二年が経過した今日。
第百層【紅玉宮】へと辿りつき、今はそのボス部屋の前。アスナが総団長になり、恒例の宣言をしている。しかし、この場を満たす張り詰めた空気はいつもの比ではない。
今まで以上の熱量と期待、そして緊張を孕んでいる。当然だろう。二年と言う長きに渡った死闘も、これで最後なのだから。
ユウキと結婚した日から一緒に行動し始め、日頃の攻略はおろか日常生活もボス攻略も同じパーティーになるようになった。
そして九十三層~九十九層のボスを速攻で撃破し、クリアの日は丁度二年の日にしようという事になり、準備期間の一週間で各々の準備を済ませた。
俺はユニーク高難度ソロクエストをクリアし、特殊な二刀を取得。それをリズと共に強化融合させた事で、更なる力を持った二刀を得た。名前はあまり変わっていない。【魔剣エミュリオン】が【魔神剣エンリュミオン】に、【聖剣リンベルサー】は【神聖剣リンベルサー】になっただけ。ランクは最高の20。
融合に使ったのは【魔剣エンシュミオン】と【聖剣エクセリオン】。なんとこの二刀、俺の二刀の対になる物だったのだ。三度の融合を経た俺の二刀と、SAO準最強の二刀は融合し、新たな形を得た。
それは攻略組全員が見た、奇跡の瞬間。やはり、見た目は同じ黒と銀翠の剣。しかし、内包する力は融合前の四刀以上。正しく【最強】の名に相応しい。特殊効果の変化は特に無かったが、装備自体の能力が激増していた。
他にも全能力が大幅に上昇する【インフィニティアンク】というお守りを得た。凄まじいステータス上昇効果の付いた装備品だ。実は九十九層攻略するまでしか売っておらず、持っているのは俺一人。なにせ一つの値段が9000万コル。誰もが買おうとして二の足を踏み、そして買えなくなってしまったのだ。
俺はその事を知っていて、それを流してはいた。それで買わなかったのなら、それは自業自得というものだ。
さて、これで俺の装備部位十箇所全てがチート武具で固まったことになる。
二刀剣の 【魔神剣エンリュミオン】【神聖剣リンベルサー】
体防具の【コート・オブ・ミッドナイト・ダークネス】
足防具の【ブーツ・オブ・ミッドナイト・ダークネス】
腰防具の【ベルト・オブ・ミッドナイト・ダークネス】
腕防具の【
首飾りの【ウェイトゥザドーン】
お守りの【インフィニティアンク】
指装備の 【廻り合う心】に【エターナルリング】
ここまで揃うといっそ乾いた笑みが浮かぶ。何せこの装備、首飾りやお守り、指輪の【エターナルリング】以外は全て俺専用なのだ。龍神の贔屓な優しさが身に染みる。
ただまあ、ここまで用意されては絶対に勝たなくてはならないわけで。
だからこそ俺は全力で当たる。絶対に勝つ為に。
「私から言えることは一つだけです……必ず全員、生きて、現実世界に帰りましょう!!!!!!」
「「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」」」
アスナが巨大な真紅の扉を開く。そこで待っていたのは、ヒースクリフだった。
彼は悠然と十字盾と十字剣を持って待ち構えていた。攻略組はその意外な相手に完全に固まり、動きを止めた。予測していた俺を除いて。
「――――やっぱりここにいたのか、茅場晶彦」
その言葉に、ヒースクリフは苦笑で応えた。
「そうだ。私は、五十層でキリト君との決闘後、外部干渉を受けたカーディナルによって強制的に管理者モードに移行、そのままここにいたのだ。本当はもっと早く、私自身がこの事実を伝えるべきだったのだが、それをキリト君に任せてしまった」
「それは良い。あそこでアンタが管理者モードとやらになって操作してなかったら、今頃俺達は死んでいたんだろう?」
これは簡単に予想出来る。世界と世界が繋がってしまうほどのバグだ、茅場が全力で対処していなければ、今頃全員あの世逝きだったのだ。
「それはそうなのだが……いや、いい。それより、これまでのお詫びとして、君達にプレゼントをあげよう」
「プレゼント……?」
俺は疑問の声を上げて身構えた。茅場からのプレゼントで嬉しい物はあまり無かった。
だから警戒したのだが、茅場はそれに少し傷ついた表情になった。
「そう警戒しなくてもいい。プレゼントとは、SAOクリアだ。私を倒さなくても、全員が今すぐに出来る」
「……一体、何を企んでるの? ヒースクリフ団長?」
「ユウキ君、考えてもみたまえ。そもそも、五十層での決闘はどう考えても彼の勝利だ。確かに私は彼の隙を突いて長剣を出したが、彼は反応出来ていたし、事実、私に勝った。今までSAOがクリアされなかったのは、こちら側の不手際なのだよ」
「大元の原因は、須郷伸之、だろ?」
というか、そうとしか考えられない。ヤツはこの世界のプレイヤーを実験体として使うつもりだったんだ。さぞかし、良い実験体として使うつもりだっただろう。
俺の半ば確信している問いに、茅場は強く頷いた。
「そう、彼の件もある。君たちは須郷君の予測できない行動に、見事に対応して見せた。キリト君が殆ど片付けたようなものだが、それはこの世界を侵す者を止めてくれた事を意味している。だからこその報酬なのだ」
「……ねぇ、キリトさん。これ、受けても良いんじゃない? 戦わずに帰れるなら、それに越した事無いよ」
ユウキがそう言ってくる。確かに、戦わないに越した事は無い。
無いのだ、が……
「…………茅場。俺は、このデスゲームクリアのために、文字通り身を粉にして戦ってきた。全ては、最上階で待つラスボスを倒す為に……俺以外の全員をログアウトさせた後、俺とまた、五十層の時のように一騎打ちをしろ」
「…………つまり君は、無謀にもこう言おうというのか? 本来のラスボスと決着をつけさせろ、と?」
「俺の今の気持ちを言い表すなら、そうなるな」
「「「「「キリトっ?!」」」」」
「キリトさん?! どうして?!」
茅場含めた全員が驚愕と共に俺を見る。そりゃ驚くだろう。けど……
「悪い、ユウキ……ラスボスを倒す為だけに戦ってきた俺にとって、この戦いは避けられない。ここで逃げたら、俺は一生SAO…………この浮遊城に魂を囚われたままだ。そんな状態で現実に戻っても……虚しいだけだ。だから……先に還っててくれ」
俺の頼みに、皆は一様に黙った。少しして、アスナが口を開き始めた。
「キリト君だけ還らないなんて、そんなのは嫌」
「そうだよ。ここまで一緒にいたんだよ? 今更一人で戦おうたって、そうはいかないんだから」
「ホロウ・エリアで私を助けてくれたキリトを、一人残していけないよ」
アスナ、リー姉、フィリアが苦笑して言う。
「あんたの二刀を鍛えたのはあたしよ? 見届ける義務ってもんがあるわ!」
「キリトさんは沢山の人を助けてました。その最後の戦い、見逃せませんよ!」
「キュルルルル!!!」
「私に力をくれたのはキリトなのよ? 向こうでも力になるって言ってくれたでしょ」
リズ、シリカ、ピナ、シノンが続ける。
「平行世界のあたしも助けてくれたし、キリトくんは恩人なんだよ!」
「ケイタとテツオの分も、私たちが見届ける! 黒猫団のリーダーとして!」
「キリト一人じゃ危なっかしいしな。昔の仲間なんだ、見届けさせろ」
「そうですよ、キリトさん。あなたは一人じゃないんですから」
リーファ、サチ、ルシード、ルネードも笑みを浮かべて続けた。
「そうです! パパの戦いは、パパ一人だけのものじゃないんですから!」
「お父さん……私たちを助けてくれた。だから……今度は私たちが支える!」
「そうだね! 姉さん達の分も、父さんの力になるよ!」
MHCPとして人を見続けて来た娘達が、俺を応援してくれている。
「二年前、デスゲームが始まったあの時から君の事は見てたんだ。仲間を頼ってよ」
「キリト君は俺をボス戦で助けてくれた。その恩返しもまだ済んでないんだ、見届けさせてくれ」
「……ワイはキリトはんのことはいけ好かん! けどなぁ! そんなのは関係ない! ここで死んだら、一生許してやらんからなぁ!!!」
違うギルドに属し、しかし元は同じである三人が俺を見て言う。仲間なんだと。
「向こうに戻ってから飯の一つも奢らねぇと、絶対に許さねぇぞ! キリの字!!!」
「俺の店はお前のお陰で繁盛したようなもんだ。向こうに戻ってから、一回くらい飯を奢らせろ。それに、保護者代表として残る義務もあるからな」
大人の男の中でも、特に俺が信頼した二人が言った。真逆の事で元気付ける。
俺と特に親しかった皆が、俺に声を掛けてくれた。それに胸が詰まる思いを抱いた。
そして最後、俺の最愛の人に顔を向ける。彼女は苦しそうな顔をしながらも、俺が顔を向けると苦笑を浮かべた。
「絶対に、勝って。勝って、向こうでも……一緒に…………!」
その先は言われずとも理解できた。向こうに還ってからも、俺は俺であるために戦う。
だが、その前に保険を掛けておかなければならない。
「……茅場。一つだけ頼みがある」
「ほう? 何かな?」
「俺との戦いの結果とは関係無く…………皆をログアウトさせてくれ」
「「「「「ッ?! キリト?!」」」」」
「あくまで決闘で白黒をつけたいのか…………よかろう。それが……君の決意。背水の陣、かな?」
「――――違う」
茅場の当然の問いに、しかし俺は否定する。俺がこの頼みをしたのは――――
「絶対に負けられない。ユウキと、向こうで会わなきゃいけないんでな。その楔だ」
「キリトさん……! 頑張って!!!」
「「「「「勝て!!!」」」」」
ユウキとみんなの応援を背に、二刀を音高く抜き払う。漆黒と翠銀の二刀は夕陽を反射し、その刀身を煌かせている。
その切っ先ををヒースクリフに向けると、皆は固唾を呑んで下がった。
俺とヒースクリフ――――【黒の二刀剣士】と【紅の神聖騎士】の一騎打ちの決戦場が出来上がる。
「ふっ…………人の意志と言うのは、本当に面白い。もしかしたら私は、この光景が見たくて、この世界を作ったのかもしれないな」
心からであろう、感情のある微笑を浮かべ、俺と後ろの皆を細めた目で見る。その目は、憧憬を内包しているように見えた。
「そのあんたが創ったこの世界を、今度こそ、本当のあり方で終わらせる!」
俺の笑みと共に放った声に、ヒースクリフは今度こそ破顔する。歓喜の笑みを浮かべ、十字剣を抜き払って構える。
「よろしい、ならば掛かって来たまえ。正真正銘のラストバトルを始めよう!!!」
その言葉と同時、俺とヒースクリフは駆け出した。互いに笑みを浮かべ、互いをライバルと認め、剣舞を舞う。
黒と翠の二刀、白銀赤十字の十字剣盾。攻撃は最大の防御。防いだ後の隙狙い。
俺は笑っていた。今までこんな高揚感は感じたことは無かった。それはヒースクリフも同じ。俺と同じ笑みを浮かべている。ソードスキルなんて不要、自分の力じゃないものなんて無粋だ。俺は今、最強の騎士を相手にしているのだ。
俺自身の力でなくては、それは無礼にあたる!
「うおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
「はあああぁぁぁぁぁっ!!!」
互いの咆哮、攻防で散る火花と響く音。それは剣舞の調べ。
そう、俺とヤツは舞っているのだ。この世界での最後の舞を。そして楽しんでいる。互いの命を懸けた、戦いを。黒と紅が混じり合い、神速を以って刃を交え、鎬を削る。
やがて、二つの音が響いた。
リンベルサーと十字盾が吹っ飛ばされたのだ。ユウキ達が悲鳴を上げているが、それに俺は頓着しない。目の前の男も同じ。
《二刀流》は片手直剣二本を、《神聖剣》は片手剣と盾を同時に装備する事でスキルの効果を得る。つまり、今の俺達は互いに元の――――昔の戦いと変わらないのだ。
そのまま漆黒と白銀の剣を交え続ける。既に防御は一切考えず、ただ攻め、ただ弾き、ただ隙を突いて相手を斬る。今までしてきた基本的な戦いであり、久しくしていなかった戦い。このまま続けばと、そう思った。
しかし、いつかは決着が来るもの。
既に互いのHPは一割にまで減少している。もうこれ以上続けられない。
ヒースクリフもそれを悟ったようだ、俺を見て腰溜めに構える。俺も同じ構えを取る。
「……そろそろ決めようか、キリト君」
「……そうだな、ヒースクリフ」
互いに同じ構え。放つ技は《フェイタル》。溜め時間に応じて威力が上がるこの技は、それに応じて光も強力なそれへ変わる。
数秒、数十、数百、数千秒経っただろうか。互いの剣の元の色が分からなくなり、紅玉宮の真紅の間を、虹の七色の輝きが満たす。
更に溜める間、俺は想像する。俺の根源を。俺の力を。
この世界で生きる間、俺は贖罪に生きた。多くの罪を背負った俺は、“闇”そのものと言っても良い。それは生ける死者だからでもある。
この光が俺の力なら、俺は“闇”の光を放つ――――!
その想いと同時、俺の剣は虹の輝きから漆黒の煌きへ変わり。同時にヒースクリフの十字剣の輝きも真紅の煌きに変わる。
互いの象徴に想いを乗せて、全力で解き放つ!!!
振り抜いての一瞬の静寂、次いで轟音と閃光の炸裂。
俺の剣はヒースクリフの十字剣を砕き、その刃で彼の胸の中心を斬り裂いた。
そのまま数秒停止し、ヒースクリフが口を開く。その表情は晴れやかだ。
「――――見事だ、キリト君……ここまで鮮やかに勝利して見せるとは、私の想定以上だ………………」
「――……俺自身……ここまでの戦いが出来るとは、思いもしなかった。やっぱり……あんたとの決着、着けといて良かったよ」
ヒースクリフは俺を労い、俺もヒースクリフを労う。二人の間に弛緩した空気が流れた。他の皆が寄ってくるも、それも俺達から数メートル開けて止まる。
俺はリンベルサーを、ヒースクリフは十字盾を回収し、金で装飾された真紅の玉座の前で対峙する。この男とは決着は着いた。後はログアウトを待つだけだ。
「……さあ、最後のボスは倒された。君たちは全員、現実へ帰れる。これから順に、君達はログアウトしていく」
「……ヒースクリフ、あんたは?」
「フッ……私は戦いに敗れたのだよ。ここで私自らがルールを破っては、私にとって唯一の現実であるこの世界を、否定する事になってしまう」
ゲームでも口にしていた、同じセリフ。昔は特に感慨は浮かばなかった。格好良いくらいしか、感想は浮かばなかった。
しかし、この男と直に刃を、心を交えた今、俺は何か声を掛けようとして、しかし出来ないでいる。結局ゲームと同じ、それでも、俺にとっての本心の言葉を口にする。
「……確かに、この世界は仮想世界だ。でも、この世界を全力で生きた俺は、ここも一つの現実だと思ってる。確かに狂ったゲームだったけど、それでも、な…………」
「っ! ……そう思って、くれるのか…………ありがとう。キリト君……」
ヒースクリフは深く瞑目した後、左手でウィンドウを操作する。
システムアナウンスが流れた。『ゲームはクリアされました』という、お決まりの言葉が響いた直後、うわあぁっ!!!!!! とアインクラッド全体が震えた。この部屋でも、攻略組の皆が喜んでいる。
俺とヒースクリフはそれを遠巻きに眺め、互いに別れを告げる。
「キリト君……それとも、現実の名で呼べば良いのかな?」
「いや、この世界にいる間は、《キリト》で頼む、《ヒースクリフ》」
まだ、最後になるだろう楽しい夢から、醒めたくないから。
「そうか…………君に、念のためにGMアカウントを託しておく。必要になれば使うと良い。とはいえ、使えるのは……」
そう言った直後、目の前に卵型の半透明な物体が降りてきた。
それをキャッチすると、それはいきなり消えた。格納されたのだろう、俺のナーヴギアのローカルメモリに。
「それが関わる世界だけだがな…………それは世界の種子、芽吹けばどういうものか分かる。もし君が、この世界に憎しみ以外を持っているのなら――――」
「あるさ。皆と会えて……楽しい時もあった。それを無くす事なんて、出来ないからな」
俺の即答に、一瞬驚いて目を見開くも、すぐにそうかと微笑しながら呟いた。
「…………ヒースクリフ。良き旅路になる事を祈ってる。因果の交差路で、また会おう」
「気付いていたのか……私も、キリト君が良き生を歩む事を、心から祈っているよ」
柔らかく微笑み、今度こそヒースクリフ――――茅場晶彦はこの世界を去り、どこかの異世界にあるであろう、本当の浮遊城を目指して旅立った。
「…………また、な。茅場……」
俺は青い光に包まれつつ、ユウキの喜ぶ姿を見ながら、意識を浮上させた。ユウキと向こうで会える事を夢に見て、俺は現実へと帰還する。
ユウキと最後の会話が出来ないのが少し寂しいが、向こうでも会える。そう思って、俺は我慢する事にした。
最後に俺が見たのは、茜色の夕陽の中、主を失って役目を果たした浮遊城が崩れ去るところ。
崩れ行き、赤く煌く光に紅玉宮が呑まれ、その最後の一欠片を散らすとこだった。
これが、2022年11月7日に勃発し、2024年11月7日に収束した大事件。
後に、【SAO事件】と呼ばれる事になる世界の終焉……
――――となる筈だった。
はい、如何でしたでしょうか。
ヒースクリフとの戦い、そこそこ緊迫感というか、臨場感は出ていたのではないかと思います。でも原作のアスナVSユウキのようなギリギリ感はちょっと薄いですね、そこは精進し、物凄い後は結構良い感じで書けています。
ちなみに最初にあったチート装備についてですが。実はゲームやアニメでも十個の装備欄があります、それを本作のキリトは全てチート装備で固めました。
まぁ、実は一つだけ、本当の意味で最強のチート装備でないものがあります。結婚指輪にもなっているエターナルリングではありません、首飾りが最強ではないです。
ゲーム《ホロウ・フラグメント》をやり込んでいる方ならすぐ分かったと思います。
今話を書いていた時点で出店されているゲームは《インフィニティ・モーメント》と《ホロウ・フラグメント》で、ゲームにありがちですが、タイトルの名前を借りた装備というものがあります。お守り装備が前者のゲームなら、このキリトが揃えた装備には後者のものが無いんです。
現時点では入手しません。当時はアップデートしてませんでしたので、無いものとして書いていたからなんです。なので存在自体一切触れてません。
ですが、現時点では、と書いているので……にふにふ☆
ちなみに入手方法については明記しませんが、ヒントは一応今までで出しています。まだ入手していない人は頑張って私の前書き、後書きを読んで推理してみて下さい。ヒントは《HF》ストーリーのお話です。
余談ですが、PSVita&PS4ゲーム《ロスト・ソング》では、種類は言いませんが同名の武器が手に入ります。ゲームをプレイしている中でまだゲットしていない方は探してみるのも良いと思いますよ。何でこれが手に入るの? って首を傾げる武器もあります。
おかしいなぁ、SAOのものの筈なんだがなぁ……というものだったり、見た目同じでも名前が違う武器なんてものもあります。原作のキャラがALOで装備してる武器もありますから、ファンの方も狂喜乱舞した事でしょう。私もです。
アップデートで追加されたボスからはGGOキリトの原作武器【カゲミツG4】が手に入りますからね。ただ《ロスト・ソング》の歴史ではGGOが無いので、バグってる設定で手に入りますから、名前は一部伏せられてます。
でも強いです、そして高く売れます☆(笑)
アップデートでGGO衣装も手に入るので、シノンと一緒に是非GGOミリタリージャケットで冒険に出かけましょう。《HF》と《LS》の両方で可能です。恰好良いですよ、長髪キリトで《二刀流》は。
私は持っていませんが、PS4版の《Re:HF》では主人公であるキリトを女性アバターに変えて、完全に別人プレイを可能としているようですね。TS好きの人は一見の価値あるのではないでしょうか。私はハードが無いので見れないです……(泣)
さて、長々と蛇足を語りましたが……最終章と言っておきながら、何やら妙な終わり方をしましたよね?
既に答えは出ています、というか最初から出してるんです。
言っておきますがALOにはまだ入りません、ALOの前のタグのお話になります。
そして今までの前書きや後書き、活動報告などで、違いを、とか、差を付けて書いている、とか私は書いています。
実はこれ、原作との違いだけじゃなかった訳です(笑) 引っ掛かった人は多いだろうと思います、逆にん? と何かが引っ掛かって首を傾げていた人はとても国語力が高いです。
私、原作と違いを出すために、というのは限定的には書いていても、全体的な事に関しては明記していません。その為に長文を書いていました、半分わざとです☆
にふにふ☆
さて、そろそろ次回予告です。
二年もの長きに渡って過ごした鋼鉄の浮遊城《アインクラッド》、その最期を見届けたキリトは静かに目を閉じ、現実への帰還を夢見る。愛する人との再会、大切な家族との再会、そして自身に待っているだろう死の定めに思いを馳せながら。
しかし、そんなキリトの目の前に映ったのは、あり得ない光景だった。
次話。第二回SAO編 第一章 ~始まりへの遡行~
最終章というのは《逆行する前のSAO》という意味だった訳です。
ちなみに遡行とは、時を遡る事を言います。逆行を難しく言っただけです。
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Re:An Incanating Radius ~終焉の調べ~
第一章 ~始まりへの遡行~
前話の後書きでも書きました。今話からはこういう訳です。
ほぅら……タグをよく見れば、《SAO》と《ALO》の間にあるでしょう? 《逆行&平行世界》というタグが。
基本的に本作はタグにある順番でお話が進んで行きます。つまり《マザーズ・ロザリオ》編も《MR》と書いているのであるという事です。まぁ、その本人がヒロインとしてキリトと一緒に居るので、登場キャラが一人違うし展開も若干異なりますが。
そんな訳で今話からは第一層どころか《ソードアート・オンライン》の一番最初からまたやっていきます。登場キャラ自体は殆ど一回目と変わりません、何せ過去に戻っただけですので。
ただ前話の後書きにも書きましたが、前話まで、つまり二人にとっての一回目SAOの展開とは所々違います。
その差をお楽しみ頂ければ幸いです。
では第一章、どうぞ!
第一章 ~始まりへの遡行~
光に包まれ、意識が飛んだ。俺達を二年間縛り付けていた《浮遊城アインクラッド》。その最期を目に焼きつけ、俺は眠った。
……その、筈だった。
次に目を開いた時、違和感を覚えた。
普通、目を覚ませば肉体のある病院の筈。そこで寝かされている筈なのだ。
しかし、俺の眼前に広がるのは明るい肌色のレンガ、様々な形の屋根をした家。背後を見ると漆黒のドームが目に入り、上を見ると、まるで『作られたかのような空』が目に入る。
そして、その道を闊歩し、あるいは喜び、あるいは驚嘆し、あるいは不敵に笑う者達。緑のカーソルを付け、剣や曲刀、槍、斧などの武器を背負った……プレイヤー達。
「う、そだろ…………どうして……?!」
ここは、どう見ても間違いない。【始まりの街】。そう、あの世界の第一層主街区。
「ここは……浮遊城【アインクラッド】……なのか?!」
【アインクラッド】。俺が二年かけて攻略し、遂にクリアして終わらせた世界の舞台。
あの世界をクリアしてログアウト出来るようになったのに、なぜ第一層なのか。
俺は嫌な予感が段々膨れ上がっていくのを感じ、漆黒のドーム――黒鉄宮へ走った。ベータ版だったら《転生者の間》と呼ばれたそこは、一万人もの名前が彫られた碑文――――《生命の碑》があった。
信じたくなくてメニューを開いて日時を確認、それがトドメとなった。
――――2022年 11月7日 13:05
「あの、デスゲームが始まった日…………は、はは……ははははは…………」
変な笑いが込み上げて来た。
二年間、いや、転生した時からの覚悟も含めて十四年間、SAOの死者を少なくする為だけに邁進した。あまりに執念を燃やしすぎてせいで姉を巻き込み、自身の不甲斐無さで多くの人間が死んだ。茅場を殺してでも止めていれば、そもそも出なかった犠牲。
無論、この世界で営まれていた時間が無駄だったとは言わない。この世界で得た物がある人間だっている。
しかし、犠牲になった人間の方があまりに多い。償いきれない業。贖いきれない罪。それが重く圧し掛かり、俺を壊しにかかる。
「――――ハハはハハハはハハハハハハハハハはハハはハはははハハはハハハハハハハ!!!!!!」
もう、何もかもがどうでも良くなった。
あの世界で人を殺したのも、あの世界で起きる犠牲を少なくし、早くクリアする為だ。証拠に、原作では丁度二年の時点で七十五層だったが、俺は百層までクリアしている。
しかし、あの世界で自分がした全てが意味の無かった事。自分の精神は逆戻りし、また一から始め、最上層――――第百層まで上り詰めなければならない。
もう、いい。もう俺は疲れた。
何もかもが、どうでもいい。
心の中でそう呟いて、生命の碑で背中を擦りながら、座り込んだ。
狂い笑いの衝動は既に過ぎ去り、今の心は空っぽだ。ヒースクリフとの決闘を終えた時は清々しかったのに、それが嘘のように淀んでいる。
「キリト君」
全ての思考を放棄した俺に声を掛けたのは、予想外もいいとこの男だった。
韻律に富み、鋼の意志をうかがわせ、人を惹き付けてやまないテノールの声。俺は、ばっと顔を上げた。
そんな、どうして。その思いが渦巻く。この時点で、この男が俺に接触するのはおかしい。前回、そんな事は無かった。
しかし、真紅の甲冑、白銀に赤の十字がある十字剣に十字盾。鋼を思わせる銀髪を一房肩に乗せている男。その男の真鍮色の瞳がまっすぐ、俺を見つめていた。
「君に伝える事があってきた」
「ヒース、クリフ…………?」
俺は確信した。この目の前にいる男は、ヒースクリフは前回の茅場晶彦だ。去り際、俺に見せた瞳がそのまま俺に向けられている。
だから、俺は声を荒げず、むしろ同じ仲間がいる事に安堵して立ち上がる。正面から互いを見据え、まず俺が口を開いた。
「前回のヒースクリフか…………久しぶり……なのか?」
「あの決闘からさほど経っていないがね…………そう言う君も、私と同じようだな」
「お前も、逆行したのか」
「正確には、私は前回の茅場晶彦という男のエコーのようなものだから、君のように実体を持っているわけではない」
よく違いが分からない。要は、俺はこの世界の俺の肉体を持ち、茅場は持っていないという事か。
そう聞くと、微笑しながら肯定した。
「そうだ。どうやって、どうしてかは分からないが、私達は精神だけを過去に飛ばされたらしい……私がここにいられるのも残り僅かだ、本題に入ろう。君にこれを渡しに来た」
そう言って俺に幾つかの物を渡してきた。
それは《ザ・シード》だった。
ちなみに、何故か前回の最終武具は持っていた。すぐには使わないが、用意はあったほうが良い。ひとまず、目立たない首、指輪、お守り、腕防具は装備する。
「すまないが、前回同様、百層までクリアして欲しい」
「……お前はどうするんだ?」
「私はこれよりエラーを抑え、横槍に対する妨害に尽力しよう。君には本当に申し訳ないのだが……頑張ってくれ」
そう言い残し、ヒースクリフは消えた。残された俺はウィンドウを右と左で同時に開き、ログアウトボタンを確認する。しかし、やはり無かった。
「……ふ……ふ、ふざけるなぁ――――――――――――――――ッ!!!!!!」
この世の理不尽と龍神とに向かって、天を仰いで吼える。
*
暫くの後、ひとしきり吼えて気を落ち着かせて漸く思考を回し始めた俺は、黒鉄宮から出た。
その直後、インスタントメッセージが入った。同じ階層で名前を知っているプレイヤーならフレンドで無くとも遅れるメッセージ機能だ。
現時点で俺にメッセージを入れるプレイヤー、思い当たるのは一人しか考えられない。
From Yuuki
キリトさん、今どこ?! もしもボクの事が分かるなら返信お願い!
予想通りの内容に、俺は顔を綻ぶのを自覚しながらメッセージを打った。
From kirito
今《黒鉄宮》前。中で待ってる。話があるから《生命の碑》の裏に来てくれ。
これを送信して、再び黒鉄宮の中へ。
そして生命の碑の裏側に回って、スキルや装備の確認をして時間を潰す。
確認していて分かったが、どうやらエクストラスキルまで引き継いでいるようだ。とはいえ、数値は初期値の0だったし、流石にこの世界の茅場が封印しているためかユニークスキル類は無かった。
「アイテム類はどうかな……同じく、引き継がれている、か。となるとユウキもか? いや、もしかして全プレイヤーもだったり? …………流石に無いな」
そう呟きながら待っていると、パタパタと足音が聞こえてきた。音の軽さからして女性プレイヤーだろうが、裏側まで回ってこないと俺は顔を出さないつもりだ。
そして数瞬後、ひょっこりという擬音が似合う感じで、ユウキが姿を見せた。ユウキは俺を見て、すぐに顔を綻ばせた。
「キリト、さん、だよね?!」
「そのキリトが、ユウキの『師匠』で『夫』のキリトならな」
「っ……キリトさんっ!」
涙を流しながら俺に抱き付いてくるユウキ。俺も一応の確認を取ったが、ユウキも俺と同様に逆行したらしい。
ユウキが泣き止むのを待ってから、俺は彼女に前回のヒースクリフとの会話を伝えた。
「そんな……また登らなきゃならないの?」
「そうらしい…………とりあえず、だ。前回の俺は人を殺めすぎた。今回はユウキもいるから、人を殺さない方向で動くつもりだが…………問題は手鏡だよなぁ…………リー姉のこともあるし」
「最初からバラしちゃえば? それでビギナーの皆を引っ張っていくリーダーとかになればいいんじゃない? 少なくとも、そこまでの汚名は被らないと思うよ?」
俺もその方向は考えた。リーダーなんてあまりしたくないが。しかしそれをすると、少し厄介な問題が残る。
「でもそれをすると、元ベータテスター達への怨みがなぁ…………ユウキには悪いが、俺がビーターになった時の事を考えておいてくれないか?」
「というかもう既にビーターになる覚悟してるんだ……まぁ、付いていくけどね。ボクはキリトさんと一緒に居るから」
「毎度毎度、苦労を掛ける」
「いいよ別に。頼ってくれるのは嬉しいし」
俺とユウキは気を取り直して、まずはリー姉を探す事にした。
とはいえ、黒鉄宮前の広場はプレイヤーがログインした時に出現する場所、俺を探してウロウロしている女性プレイヤーを探すのは簡単だ。というか、一人だけ妖精アバターなのだから当然なのだが。
少し探してすぐに見つかった。前回より見つける時間が遅いから、少し涙目になっている。半泣きで人を探している今のリーファが、ちょっと可愛く見える。
「ねえキミ。誰か探してるの?」
男が言ったらナンパ判定確実なセリフも、ユウキみたいな無邪気な少女が聞くとマトモに聞こえるのだから不思議だ。
声を掛けられたリーファが、半泣きでこちらを振り返った。
「ぅあ……? なんでずが?」
涙をポロポロ落としながら鼻声で話すから、ユウキが若干どうしようと迷う素振りを見せた。
「え、えっと……誰を探してるのかなって思って、声を掛けたんだけど……」
「グスッ……あたしの弟です。名前もアバターの容姿も分かってないですけど……」
「……それじゃ探しようが無いんじゃない…………? 弟さんの方はキミの事を知ってるの?」
ユウキの再びの問いかけに首を横に振る。話してて分かったが、スグ姉は逆行していないようだ。となると、やはり前回同様の展開が妥当か。
「それじゃあ探しようが無いな……ここでずっと待ってても多分分からないと思うし、なんなら俺達と一緒にレベリングでもするか? 俺、元ベータテスターだから色々と教えられるぞ」
「えっ、良いんですか? それじゃ、よろしくお願いします!」
こうしてリー姉を仲間に加え、三人で武器屋へ向かうことにした。途中、やはりクラインが声を掛けてきたので、予定通りに仲間に加える。
そして今、クラインとリーファの二人にソードスキルの特訓をしている、のだが……
「オリャァァァァ――――ァァァァアアアアアア?!」
「セイリャァァァ――――ァァァァアアアアアア?!」
「……二人して、何で発動させて空振るんだ……?」
「これって中々無いよねー……」
《SAO》最弱Mob、第一層《フレンジー・ボア》に対してソードスキルを放っているのだが、発動させても空振りばかり。そのくせ回避は上手いときている。
やはり逆行していてわざと下手に見せているのかと思ったが、リーファはドンドン上手くなっていってクラインだけ下手なままだったから、やっぱり逆行はしていないと判断した。
「ほらクライン、あそこにもいるからとっとと一人で倒してみろ」
「んなこと言ったってよぉ……アイツ動きやがるし」
「案山子じゃあるまいし動くに決まってるだろ、アレも生きてるんだからな……発動出来ても空振るのは、多分重心が高いせいだ。膝を曲げて脇を締め、腰を落として曲刀を肩に担いでみろ。距離を測り間違えるなよ、対象から目測四メートルが攻撃範囲だ」
俺の指示を順に試していき、曲刀に黄色のエフェクトが迸る。曲刀基本スキル《リーパー》を放ち、青イノシシを即死させた。それに狂喜乱舞してガッツポーズするクライン。うん、やっぱりクラインは逆行していないな。
「おっしゃぁぁぁあッ!!! 倒したぜ!」
「あはは、おめでと! って言っても、今の敵って雑魚中の雑魚だけどね。最弱だし」
「な、なにィ?! オリャアてっきり中ボスかと……」
「いやいや、それじゃあフィールドMob全部が中ボスになるからね?」
クラインの一人漫才に律儀に突っ込むユウキ。前回は俺がしていたが、今回は無自覚にユウキがやってくれている。端から見ていて面白い。
ちなみに、俺はリーファの方の指導に入っている。指導しているのはシステム外スキルの基本、《スイッチ》と《ハウル》、そして《コネクト》だ。
《スイッチ》は前衛後衛の交代、《ハウル》は咆哮によるヘイト溜め、《コネクト》はソードスキルによるスイッチを指す。この三つは基本中の基本であり、フィールドに出るならこれは必須なのだ。
ソロも例外ではなく、いきずりの野良パーティーや加勢に入る時、ボス攻略レイドでも出来ないと回復に困る。
とはいえ、俺は前回、真正のソロだった期間が長かった上、基本的にボス攻略レイドもソロだった。
それをよく、理解ある攻略組メンバーに咎められたものだ……
「キリトくーん? どうしたの?」
「……ん、ああ、悪い。ちょっと昔を思い出してて……昔はよくソロで戦ってたから、こういうことは殆どしなかったなあって」
「ソロって、ベータ版でずっと? キリトくんってどれだけ強いの?」
「…………一人でボス討伐をしたりしてたかな……」
俺の言葉にえー! と反応するリーファとクライン。ユウキは俺を見て苦笑していた。
しばらくそのまま狩りを続け、俺はレベル5、ユウキが4、二人は3に上がった。チート装備の恩恵が高いから、全員のレベルアップも早い早い。
そして茅場晶彦のチュートリアルに入った。俺は今回、手鏡を使ってリアルの容姿に戻す事を決意した。元々、第一層ボス攻略後のビーター宣言で明かすつもりだったのだ。そこで戻しておいた方が、後々で都合がいい。
だが少なくとも、今はまだ使わない。
まぁ、それに見合うだけの受難はあるだろうが……
俺はチュートリアルが終わり次第、今回はすぐ横にいた二人を連れてユウキと一緒に路地に入る。そこで二人に向き直った。
「ユウキ、クライン、リーファ。俺はすぐさまこの街を離れて次の拠点【ホルンカ】に向かう。そこで強力な片手直剣を得られるクエストがあるからだし、突っ走った元ベータテスター達とかの救援もするつもりだからだ。でも、俺は三人を連れて行けない。だからこの情報を出来るだけ広めて、生存者に希望を与えてくれ」
その言葉と共に、俺は狩りの合間を縫って書いていた、第一層の迷宮区塔手前までの情報羊皮紙をユウキに渡す。それをしっかりと頷いて受け取るユウキ。
実はこの展開、既に二人で示し合わせたことなのだ。
俺がソロで人命救助、ユウキは始まりの街で情報拡散と戦力増強。俺が人命救助に向かうのは、そうすることで俺への印象を少しでも良くしようという事らしい。そしてそれが戦力増強にも繋がると言うわけだ。
「でも……このまま一人で行ったら、キリトくんは……」
「リーファ、これは俺の贖罪だ、するべき事なんだよ……ユウキ、二人を……他の皆を、頼む」
「うん、任せて。二人だけじゃなくて、他の皆も出来る限り護るよ」
ユウキの言葉にしっかりと頷き、俺は踵を返す。その俺の背中に、聞き慣れた優しい胴間声が掛けられた。そして涙交じりの声も。
「キリト! お前ぇ、リアルもそんな姿なんだな! 結構好みだぜ、俺!」
「絶対に生きて帰ってきてよ!」
「キリトさん、次に会う時は攻略会議で! 無茶しないでよ!」
三者三様の声に、俺は肩越しに振り返って左腕を軽く持ち上げて振る動作――――前回、銀翠の剣を軽く振る動作をした。それを最後に、俺は全力ダッシュで次の村、ホルンカを目指した。
はい、逆行直後のお話でした。如何でしたでしょうか?
私、結構逆行などが好きで、そういった内容で書いている方の小説を読み漁っていた時期がありまして。恐らくこのハーメルン様を長くご利用されている方には覚えがあると思います。
逆行はオリ主だろうが原作キャラだろうが、未来を知って足掻こうとする様が必然的に悲しくなってくるタイプなので大好きです。
つまり、私の持論がここぞとばかりに暴走しまくります。気分を害する展開もあります、意味不明な言動もあります、その全てが物凄い後のお話の為という事でどうかご容赦願いたい。キチンと全てに意味があります、後から全て回収して解決しますので。
そんな訳で、これからの話は基本、キリト達の経歴を濃くして話を盛り上げる為の味付けのようなものです。伏線張りと言っても良いです。
原作を物凄く読み込んでいる人なら勘付く部分もあります。他の作品なども好きな方には脳裏によぎるネタも含めていくので、ここから本格的に多作品要素が入って来ると言っても良いです。
ちなみに、一回目や原作と大差ない場面は飛ばしていくようになるので、かなりアッサリと進んで行ってしまいます。何せ開始時点では全く同じなので。
よってキャラ視点ではなく第三者視点が多くなってくるし、説明を敢えて省いている部分もあるので悪しからず。
ではそろそろ、次回予告です。
どういう訳か、クリアした筈のSAOの開始日に戻ってしまったキリトとユウキは、互いの役割の為に一度分かれる。キリトはとにかくビギナー達とベータテスター達の人命救助、同時に情報収集に努め、ユウキはキリトから送られてくる情報を情報屋のアルゴと共に拡散し、ビギナー達を纏め上げる事に注力した。
デスゲーム開始から三週間後、二人の道は何時か見た光景と共に交わった。そこにかつては無かった絆と共に……
逆行SAO編 第二章 ~第一層攻略会議・再び~
お楽しみに!
ちなみに、現在の私の文才とR18作品で書けるだろう本気のものを、そちらへ同時に投稿しました。
ちょっと内容が本編の未来の一つとして書いているものなので面倒ですが、木綿季はしっかり出ています。興味がある方はどうぞ。
文量は二万文字、台詞や直截的なものは前回に比べて少なくし、より生々しく描写しております。私が書けるだろう最高のものを目指したので正真正銘の全力です。
ただし、そのお話を読む際には前書きで触れている名前と注意事項をよく読んでからでないと、ちょっと分からない世界観です。気を付けてください。
後書きにはネタバレ内容も相当書いております。
ネタバレが嫌な方、18歳未満の方はご遠慮した方がよろしいと思います。
では!
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第二章 ~第一層攻略会議・再び~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話は多作品要素が今までより絡んできます。具体的にはキャラが。あと、現時点では居ない筈のキャラも居ます。お前ら世界が違うだろという突っ込みは無しで(笑)
さて、キリトとユウキにとっては二度目となる第一層攻略会議です。
一回目ではキリトがキバオウと言い争って黒髪リーファに頬を叩かれてぶっ倒れたシーンですね。今回はあの時よりキリトはまだ精神的に余裕を持っています。
ではどうぞ!
第二章 ~第一層攻略会議・再び~
このデスゲームが始まってから三週間、前回よりも多くの変化があった。
始まりの街を中心に、ある大きな集団が形成された。《アインクラッド解放軍》。この時期では《隊》だった筈だが、規模が生き残りの殆ど、五、六千人なのだ。前線で戦う者、後方支援専門の生産職の者、生産で必要な素材収集の部隊の者。様々な役割を自分で選択したのだ。
俺がユウキに託した情報で、死が怖い者、前線で戦いたくない者は後方支援やその援助に回る、ということも載せていたのだ。無論、前回の反省を活かしてである。
前回は、サチのように怯えてでも戦う者が多かった。それはかつてのアスナ然り、シリカ然り。生きる意志の弱い者、戦闘が怖い者はすぐに死んでしまう。
なら、少しでもそれを抑えるべく、その情報も載せたのだ。情報は最大の武器。それを認識させる為に。そしてパーティーを組んで慌てず戦えば負けはしない。その認識も生まれた。
今では、ほぼ全てのプレイヤーは何かしらの動きをしている。軍に所属するのは大体約六千、独立しているが、パーティーを組む者約三千。ソロ百未満。死者九百近く。
原作はこの時点で、既に二千人の死者が出ていた。その半分以下という事は、それなりの効果はあったのだろう。全体的に明るい雰囲気になっている。
俺が確認する限り、ソロプレイヤーは三十いるかいないか。これも二層、三層になれば俺だけになる気がする。前回の最終決戦でも一応ソロプレイヤーがいるにはいたが、それは入るギルドやパーティーが無かったというのもある。前回のギルドは互いの勢力争いでギスギスしていて、自由を好むソロプレイヤーは束縛を嫌った為、当然の事ながら入らなかった。俺は色々悪い噂があったので、ケイタ達が死んだ後は一切入らなかった。俺が作ったギルド《凛々の明星》も、結局俺一人だったし。
しかし今回、俺は前回以上に己が身を犠牲にしてでも、多くのプレイヤーを生かすつもりだ。今回ばかりは、たとえリー姉やユウキに止められてもやめるつもりはない。なるべく早くにマッピングをし、多くのプレイヤーが居心地が良いと感じるギルドが出来るように尽力する。そうすることで犠牲者を減らすのだ。まぁ、俺としても、ユウキを残して死ぬつもりはサラサラ無いが。
そんなわけで迷宮区全マッピングを終えた今、流れ星を放つ、後の【閃光】様を見ることなく攻略会議が開かれるのだった。
2022年 11月28日、時刻は午前九時。迷宮区前の街【トールバーナ】。
そこのステージ広場で開催されることになった。
ステージに集まったのは七二人。前回が四十八人ときっかり一レイドだったから、かなり集まった方だ。
この中にはコペルやクライン達はいたが、アスナは見当たらない。まさか死にはしていないと思うが……というかそう思いたい。その話は既にしているので、きっとユウキがなんとかしてくれている……筈だ。多分…………
「はーい! 皆、今日は集まってくれてありがとう! 知ってるだろうけど、俺はディアベル! 職業は気持ち的にナイトやってます!」
ディアベルが開始の宣言と共に行ったその言葉に、周りから「本当は勇者って言いたいんだろう!」等と好意的な野次が飛ぶ。
ディアベルは今現在、蒼い髪に白銀の軽鎧、片手剣とカイトシールドを装備している。確かにナイトというより勇者も似合う格好だ。前回同様、爽やかな男である。
「そしてボクは、知ってる人も多いと思うけど、ユウキだよ! 全体的な指揮を担当してます! よろしく!」
隣に立つ藍色の髪に紺色のクロークの少女剣士、ユウキの笑顔に男全員の顔が緩んだ。
まぁそうだろうな。あの顔と潤んだ瞳、そして不意打ちの告白に俺は堕とされたのだ。
「――――実は昨日、ボス部屋前までの全てのマップデータ、その情報が載せられている鼠の攻略本を見つけた! 【第一層ボス編】の攻略本だ!」
ディアベルのその言葉に、一瞬静寂に包まれたが、すぐさま鬨の声が上がった。
そのマップデータは一昨日、俺がアルゴに接触できた時に渡したマップデータだ。まだ誰一人も迷宮区のマッピングはしていないと聞いたが、ディアベル含めた全員が驚愕しながら見ているのを眺めると、どうも事実らしい。ディアベルあたりはしてそうなもんだが、軍の統括で色々と忙しくて出来なかったのだろう。ユウキは多分人命救助優先だ。
ちなみに、俺は今回あの攻略本の類は持っていない。いや、必要ない。あれの情報のほぼ全てが俺を元にしているからだ。俺がアルゴに情報を渡し、それをアルゴが編集する。
つまり、アレは俺とアルゴの合作になる。その証拠として、あれの裏表紙は【ベータ版&現行版情報提供者:Kirito 編集者:Argo】とある。
あれは俺が指示したのだ。かなり渋っていたが、どちらにせよいずれはバレる。なら好印象を与える要素を少しでも増やしておいた方がいい、とユウキが判断したのだ。
ついでに言うと、俺はボスの偵察は完全に済ませている。当然、武器を刀に変えることも確認済みであり、それも攻略本に載っている。スキルの軌道や名前、対処法も全てだ。俺は完全に記憶しているので、ディアベルに近づいて見る必要が無い。
「さて! そろそろパーティーを組も――――」
「ちょお待ってんか! ディアベルはん!」
ディアベルの声を遮るがなり声。俺と犬猿の仲、不倶戴天の仲だった男の登場だ。
「パーティーとレイド組む前に、これは言わしてもらわな気がスマン!」
「……キバオウさん、キミの言うこれとはつまり、ベータテスター達の……?」
おや、どうやらここのメンバーの殆どがキバオウを知っているらしい。この世界で知らないのは…………周囲を見た結果、俺だけか。周りは全員、またか……という顔をしている。
「そうやでユウキはん! ここにおるんは基本が軍のメンバー! そりゃ、いくつか小さいグループ作って来とるプレイヤーもおる。ここで言うのはあれやけどなぁ…………こん中にも何人かおる筈やで! 自分らだけ上手い思いして、このレイドに入れてもらおと考えとる、薄汚くて小ざかしいベータテスターが!」
なんとなくだが、若干セリフが変わっている。大部分は同じだが、憚っているあたり、少しは悪いと思ってるらしい。
キバオウはそのまま周りを見渡し、最後に席に座ったままの俺を睨めつけてきた。どうやら、攻略本を見に行ってない事から俺をベータテスターと思ったらしい。まあ、俺はこの世界を作った張本人なので、ベータテスター以上に酷いけど。
そう他人事のように思っていると、突如として怒りの矛先が向けられた。キバオウが俺に指を突きつけて、周囲の視線を一気に俺に向けさせる。
「あんさん! この攻略本のベータ版の情報提供者なんや! ベータテスターやろ! 今まで集めてきたコルやアイテムを全部出してもらおか! 今まで死んだ約九百人、そいつらビギナーを見捨てた慰謝料としてなぁ!」
なんと、矛先を俺だけに限定しやがった。他にもおるだろうに……
「なんや! なんか言うたらどうなんや?!」
「ちょっと待ってよ!」
どう対応したものかと考えていると、唐突な声に俺の思考は妨げられた。
それは若い少女の声。その子の周りには歳若い少年少女や大人が結構いた。全員の顔に見覚えがある。
「キリトさんはこの騒ぎを知らずに巻き込まれた被害者の一人でもあるんだよ?! それに彼は私たちを『贖罪の為』って言って助けてくれた! 他にもいるでしょ?! 彼に助けられた人が!」
「ああ俺もだ! 俺も助けられたぜ!」
そう言って割り込んできたのはクライン。どうやら今回は既に攻略組に入れるくらいの実力を持ったらしい。ユウキがいれば当然かもしれないが。
そしてその手には、俺とアルゴ謹製の攻略本が握られている。
「俺は初日にキリトと会って、色々とレクチャーを受けた。別れ際には『突っ走ったプレイヤーを助ける』って言って、たった一人で外に出たんだぜ? それに、この攻略本だってキリトが殆ど情報提供したんだ。隠していれば独占できた情報を、人を助けて生かすために全部出したんだ! 自分が元ベータテスターだと責められるのも厭わずだ! それで一方的に責めるのはおかしいぜ!」
「そうだそうだ!」
「キリトさんの事を何も知らないで勝手な事言うな!」
俺が助けた皆が俺を擁護してくれて、キバオウが歯を食いしばって俺を睨んでいると、ディアベルが入ってきた。
「キバオウさん、君の言いたい事も分からないでもない。でも確かに、この有力な情報が載ってる攻略本に、彼が元ベータテスターとして情報提供したことに違いはない。そして、敵は彼じゃなくて、ボスだ。皆で協力して、全ての原因の茅場に一泡吹かせよう。そうだろ、みんな!!!」
「「「「「おおおおおおおおおっっっ!!!」」」」」
周りの喧騒がキバオウの怒りの声を掻き消し、全体の士気を上げた。流石ディアベル、上手く場を纏め上げた。
「それじゃ、仲の良い人たち同士で適当にパーティーを組んでくれ!」
「…………何?」
俺が呆然としている間にも、当然と言うかなんと言うか、次々パーティー上限数の八人が組まれていく。そして、俺は取り残された。
ここにいるのは七十二人。七十二人÷八人=九パーティー。
しかし俺は親しい人間がいない。いや、ユウキがいるのだが人数きっかりのパーティーを組めるのに、何が悲しくて二人パーティーなんぞ作らなければならんのか。
「キリトさん、パーティー組もう?」
「そうだな。けど、あと六人は…………」
「あたし達も混ぜて」
そう言ってきたのはリー姉だった。その後ろには見覚えのある女性。赤いケープを纏っているから顔がよく見えないが、間違いない。見つけられなかったがいたらしい、アスナだ。
他にはエギルもいるし、さっき俺を擁護してくれていた数人がいた。
「……細剣使いのアスナよ、よろしく」
「俺はエギル。見ての通り、両手斧使いのタンクだ」
前回でも顔見知りだった二人。エギルは今回、斧使いの仲間はおらず、ユウキがヘッドハンティングしていたらしいから来たらしい。アスナは命を助けてもらったのだとか。
「私は片手直剣使いのロニエって言います! よろしくお願いします!」
「私も同じく片手直剣使いのティーゼです! その節はありがとうございました!」
アスナ達を見ていると、横から元気の良い挨拶が聞こえた。茶髪のロニエ、長い赤髪のティーゼは、ビシリッ! と音が聞こえるほど勢いの良い敬礼をしている。それも頭に手をやるのではなく、左胸に右拳を持っていく敬礼だ。
というかこの二人、原作のアンダーワールドで出てくる人物ではなかったか?
「槍使いのエリーだよー! よろしくね、キリトさん!」
「俺は両手剣使いのジュリウスだ。あの時は助けてくれて、ありがとう」
矢鱈活発な少女のエリーと、冷静沈着を絵に描いたような金髪の男のジュリウスが挨拶をしてきた。
しかし、ジュリウスって確か、前世でしていた別ゲームのキャラだったような……? 気のせいか……?
そんな疑問が二つほど浮かびはしたが、これで俺のパーティーは完成だ。それをディアベルに伝えに行くと、俺達は取り巻き担当になった。というか、キバオウが割り込んできたのだ。
当然それはロニエ達やユウキが猛反発したが、キバオウの意思は固く、それに俺は応じた。
今回のボス戦で危険なのはコボルド王の刀もだが、実はその取り巻きの方が警戒すべき存在なのだ。なにせいるだけで本隊に支障が出るし、HPバーが最後の一段になれば無限湧きになるのだから。
それを全員に説明して納得させるのに、軽く五分は掛かった。
ちなみにこの情報、前回の記憶もあるが、一応偵察をして確認をしている。残り一段までは俺一人で削れたのだ。それ以降の無限湧きに圧されて撤退したが。これを聞いたユウキが烈火の如く怒り、涙を流してまで俺に説教したのを見て、リー姉は目を見開いていた。
その後の話し合いで今日、明日は互いの連携を強化する事に努めることになったらしい。とはいえ、全体の動きのパターンを何とかする為なのだが。俺は前回や前世の戦闘経験があったからしないつもりだったが、今回は訓練に参加するべきだろう。というか、ユウキがいる時点で俺も強制参加なのだが。
そして夜。俺は前回と同じ場所で宿を取っているが、今はトールバーナの宿屋一階で食事中だ。
皆が思い思い(とはいえメニューは少ないしマズイのだが)の料理を口にしていく。
俺は一人で飯を食っていた。一個の黒パンにクリームを塗ったパン。パン自体は固いし味も無いがこれはこれで楽しめる。クリームはたまに食べるのにはもってこいだ。俺は甘いのは苦手だが。
しかし、何が悲しくて一人侘しい食事を摂っているかと言うと、ある男に付き合うためだ。
「前、座っても良いかい?」
「……どうぞ」
しばらく周りのドンちゃん騒ぎを見ていると、ディアベルがやって来た。俺がここで食事をしている理由も、彼から呼び出しがあったから。申し訳なさそうにしているので、どうやら謝罪に来たようだ。
「……今回はゴメン」
この言葉はキバオウの俺に対する言動のことだろう。俺とユウキが今回の最大戦力にも関わらず、個人の感情でそれを妨げた。彼と親しいディアベルがそれを謝罪しにきたという事だ。
「構わない。こういうのは慣れてるし、覚悟はしていた」
「それでも、だよ…………君は良いのかい?」
「このまま進んでいけばいずれは本隊へのオファーが掛かるだろうし、気長に待つさ。取り巻き相手は安全だが、ボス攻撃本隊への被害を考えると気を抜けないしな」
俺の言う事は本心だし、気を抜けないと言うのも本当だ。
というか、実はスキルや装備の制限さえ解除すれば単独でボス攻略も出来るのだが、この時期にそれをやるといらぬ面倒や騒ぎが起こる。キバオウあたりが騒ぎ立てそうなのだ。
俺の思考が分かったのだろうか、ディアベルは苦笑している。
「そうか…………ところで、あの攻略本の情報は確かなのかい?」
「少なくとも、俺が知っていて且つ俺自身で集めた情報と、アルゴが集めたのとすり合わせをした分だから、間違いは無い筈だ」
声を小さくして話して来るので、俺も合わせて小さくして返す。一応嘘は吐いてない。
目の前の男は俺が嘘を吐いていない事に気付いたようだ。苦笑を浮かべて俺を見ている。それに居心地が悪くなり、話を変えることにした。
「……それはそうと、ディアベル。LAボーナス欲しさに突っ走るなよ。この先の攻略の要になり得るのはアンタなんだ、ここで死んでみろ、一気に士気は落ちて皆の希望は潰える。あんたは自分を《騎士》と称したんだ、なら絶対に死ぬな。あんたは騎士、この城の主、魔王を倒す勇者なんだからな」
本来なら勇者は圧倒的な手数と威力を誇る《二刀流》スキル保持者、つまり前回の俺なわけだが、俺の代わりとなり得るディアベルを死なせるわけにはいかない。この忠告を先にしておかないと、この男は絶対に死ぬ。そう、決まっているのだ。
俺の忠告をどう受け取ったかはわからない。ただの年下の言う事と真に受けないか、それとも俺がベータ時代に暴れた張本人であり、LAボーナスを取り捲った事に気付いて受け取るか。それはディアベル次第だ。
ボス部屋は四十八人しか入れず。それ以上入ろうとしてもコードによって邪魔されるのだ。つまりタイミングによっては、俺がいても助ける事が出来ない可能性もある。
だからこその忠告であり、攻略本に刀スキルを載せたのだ。上手くそれを活用して生き残って欲しい。
「俺が勇者、か……大層な役回りだ」
「少なくとも、あんたを否定するヤツは少ないと思うぞ。ちゃんと全員が生き残ったら」
「責任重大だな……」
そう言ってコップを呷る。中身は酒らしく、ディアベルの顔に赤みが差し始めた。それくらいしないと、押し潰されそうなのだろう。責任に、重圧に。
「死と隣り合わせのレイドのリーダーするんだ、当たり前だろ…………刀スキルは、発動を見てからじゃ絶対に遅い。スキルの構えを取るのを見たら何よりもまず防御だ。そうじゃないと、すぐに死ぬ」
「そうか…………次は、本隊に是非入って欲しいね」
「誰も拒まなかったらな…………じゃあな」
俺が挨拶した後に、ディアベルは席を立ってキバオウ達に歩いていった。
この世界の酒に酩酊のパラメータは設定していない筈なのだが、なぜか酔ってしまう。現に、キバオウなぞ馬鹿笑いしている。性格・見た目通りの笑い上戸らしい。
他を見れば、クラインやリー姉、ユウキも飲んでいる。全員笑い上戸らしく、面白い感じに壊れている。俺も飲んでいるのだが、酒に強いのか中々酔えない。
いい加減腹にもたれてきた気がするので、今日はもうやめにして取っている宿代わりの家まで戻る。
今回はアスナとも軍に入ったコペルとも俺とは疎遠だ。つまり、この部屋は俺専用というわけ――――
「キーリートーさーん♪」
――――の筈なのだが、一体どこから嗅ぎつけてくるのだユウキは。誰にも見られないように動いた筈なのだが、一体どこから漏れているのやら…………まあ、フレンド追跡しただけだろうけど。
俺が内心呆れつつ扉を開けると、そこにはなんとユウキだけでなく、俺のパーティーメンバー全員が集まっていた。全員、顔は赤いが理性の色はあるようだ。
「……皆どうしたんだ?」
「いや、お前が勝手にいなくなるから追いかけてきたんだ」
「それに、キリトさんとまだお話したいですし、明日からの事について何も話してませんよ?」
エギルに続いてロニエが言う。なるほど、確かに話していないが、フレンド登録しているのだから別にそれでいいのでは?
そう考えていると、アスナが赤いフーデッドケープの下から鋭い視線を浴びせてきた。
「…………ここで立ち話ってのもなんだから、早く入れてくれない?」
「え? ああ、まあ良いけど……どうぞ」
俺が借りているのは農家の二階。結構広いが、八人も入れば結構狭苦しい。とはいえ、エギル以外は全員がそこまで大きい体格ではないので、そこまででもないのだが。
ちなみに、ジュリウスの体格は中背中肉。平均的な体格だ。
「それで、リーダーとしてはどうするつもりなんだ?」
「俺がリーダーってのは決定なのか……? 普通はユウキじゃないのか?」
「いや、ボクよりキリトさんの方が圧倒的に強いし、適正あるでしょ」
ボス戦で壊滅しかかった時は俺が一時的に指揮を執ってたから……そういう意味なんだろうが、率先してリーダーはしたくないな。
「…………まあいいが。そうだな…………ボスの取り巻きは、ボスのHPが残り一段になったら無限湧きになる。けど、そうなったら必ず突っ走るヤツが出る筈だ。俺はソイツを絶対に止める。たとえ、この身を危険に晒してでも…………」
俺の言葉に少し気圧された七人。ユウキは俺を不安げに見ている。その彼女に俺は微笑みを向ける。
「そこまで不安にならなくても良い……ただ、絶対に突っ走るヤツには心当たりがある…………ディアベルだ」
「ディアベルだと? あの人はリーダーだろう? そんな勝手をするだろうか?」
ジュリウスが思案しながら呟いた。どうやら思考回路自体は俺の知るジュリウスと同じらしい。だから分からないのだ。
「いいかジュリウス。今は死の危険があるとはいえ、元を正せばこれはゲーム。そして、第一~第百層全てのボスには『ラスト・アタック・ボーナス』、通称LAボーナスがあるんだ。一点物のレアアイテムで、能力は折り紙付き。それを最初に手に入れてリーダーシップを発揮する事で全体的な士気向上を図る。それが彼の狙いだ――――そうだろう? ディアベル」
「「「「「……えっ?!」」」」」
俺がそう言って全員が驚くと同時、先程から反応があった相手に対して問い掛ける。そして数秒の後、予想違わずディアベルが入ってきた。
「……いつから聞いていると気付いていたんだい?」
「初めからだ。俺とユウキ達が話し始めた辺りでウロウロし始めたから、これは盗み聞きじゃないなって判断して、アンタを呼んだんだ。で? 俺の予想はどうだ?」
「……恐れ入るよ、まったくの大当たりさ。さっき俺に忠告したのも、それを見越してのことだったんだね」
「まあな」
俺とディアベルの会話の間、パーティーメンバーの七人はディアベルにキツイ視線を浴びせている。特にユウキ、アスナ、リー姉の三人の目つきは冷たいものを感じる程だ。
「それを踏まえてもう一度言わせて貰う。一人で突っ走るな。LAボーナスが欲しいのは分からんでもない、ディアベルは他のみんなのリーダーたらんとして狙っているというのも理解している。けど、死んでしまったら元も子もないだろう…………頼むから、命を大切にしてくれ…………」
「キリトさん……」
俺の懇願を聞いて、ユウキが俺の手を取って落ち着くように促す。
俺は前回の犠牲者、特にケイタとテツオのことを思い出していた。俺のせいで死んでしまった二人だ、そして彼ら以外の犠牲者も同じ。俺のせいで出た犠牲者だ。
俺がいなくても出ただろうが、俺もこの世界を創った者の一人、俺のせいなのだ。
「ディアベル、頼む。このことを周知徹底させてくれ。俺はもう、俺が助けられる目の前で誰かが死ぬところを、見たくない…………」
「…………わかった」
俺の懇願をディアベルは聞き入れ、その後立ち去っていった。
他の仲間も、今の俺には触れない方がいいと判断したらしく、「明日は連携の強化に注ぎ込む。朝八時にこの村のクエストを受けるぞ」と俺が言った後、ユウキを除いた全員が去った。
「……キリトさん。キリトさんが死んだら、ボクも追いかけるからね」
怖いくらい真剣な目をして俺を見て言うユウキに、
「なら、絶対に死ねないな」
俺は不敵に微笑むことで答えを返した。
はい、如何でしたでしょうか?
ユウキは持ち前のカリスマ性とリーダーシップを発揮して、第一層の時点で《アインクラッド解放軍》を設立し、そこの副リーダー的存在として君臨していました。
元々原作で《スリーピング・ナイツ》を姉の次に率い、仲間に慕われ、大勢の人から見送られる程に人懐こいユウキが、一回目のSAOで《血盟騎士団》の第一副団長を務めていたのですから、これくらいは出来てもおかしくありません。誰もが不安に怯えている所で実力ある冷静な人物が上に立てば、自ずと人が集まるでしょう。
そして前回と異なるのは、アスナを助けたのはユウキである事、コペルが今回登場していない事、代わりにパーティーに新キャラが四人とエギルが参入した事です。
ジュリウスは《ゴッドイーター2》に出てくるブラッド隊隊長さんです、金髪美青年なゴッドイーターさんです。今作では両手剣使いとして参戦です。神機ってそれくらい大きいですし。リアルにこんな美青年居たらヤバいでしょうなぁ。そして本名プレイをしているに違いない(笑)
ロニエとティーゼに関してはSAOファンであれば知っているだろうキャラですね、アリシゼーション編でもかなり優遇されているキャラです。本作のアリシゼーション編でも大活躍する予定ですが、その子達とこのSAOに出てきた子達は別人です。似ているだけです。正直数合わせの為に出すキャラに困って、可愛いからという理由で出しました☆(笑)
残る槍使いのエリーですが、彼女に関しては完全にオリジナル、しかも構想もあまり練っていません。こちらはロニエ達よりも酷い理由です、数合わせとしてしか考えませんでした。まぁ、間延びした口調の溌剌な子って明るい雰囲気になるよねと思って書きました。若干原作ユウキに近いですが、彼女よりも天然溌剌としています。
そして一回目との違いを出すため、会議もそこそこに今回はパーティーの役割の確認会議とディアベルを止める為の会話を入れました。
前者はともかく、後者にはキリトなりの企てがあります。
ユウキはそこに気付いていて、敢えて何も言いません。出来た妻ですねぇ……
ではそろそろ、次回予告です。
新たなメンバーでパーティーを組み、キリトとユウキにとっては二度目となるデスゲームでのコボルド王に挑むボス攻略戦。キリトが決死の情報収集をし、ディアベルも突っ込む真似をしないため、順調に事は進んでいた。
だがしかし、そこで二人にも予想だにしなかった思わぬ存在が割り込んできた。その存在に、戦っていた全ての者が戦慄する。
それは、誰も知り得ない存在だった……
次話。第三章 ~疎まれし者~
お楽しみに!
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第三章 ~疎まれし者~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
ちょっと遅くなってしまいました。お気に入りに登録して頂いている方々、登録していなくても展開を気にしているかも知れない方々、お待たせしました。
夜遅くまで起きてたんでずっと寝てました☆(笑)
はい、酷い理由ですね。とにかく申し訳ありませんでした。
さて、そろそろ今話について触れたいと思います。
今話は前話から分かったと思いますが、第一層攻略、つまりはボス戦です。一回目のコボルドロード戦に比べてちょっとだけ描写を濃くしています、アスナ視点です。ユウキは途中殆ど出番がありません。
そして、このボス戦、前回と同じと思ってはいけません。まぁ、当時の私の文章力不足もあって上手く書けていませんが……
さて、ではどうぞ。
あ、感想欄で疑問を送られていて、その返答も皆さんにお伝えするよう書いています。良ければどうぞ。何故キャラ全滅後では無く完全攻略後に逆行させたかについてす。
二日後、俺はパーティーメンバーの七人と朝食を摂っていた。料理はカレー。当然ながら、俺の《料理》スキルを上げて調理したものなので、結構な美味しさを誇る。
「…………なんで男のあなたが料理上手いのか、物凄く気になるんだけど」
「俺、リアルの家事全般を担当してたし。親は仕事でいなかったから姉と俺がやらなきゃいけなかったんだけど、姉は全く出来なくてな…………必然的に俺の家事能力が上がったと言うわけだ。後は時間を見てスキル上げしてたし」
アスナの不満の呟きに、俺は律儀に答えておく。
アスナは前回と違い、俺とそこまで親しくない。彼女の機嫌をこれ以上損なう事は、パーティー間における連携に支障を来す可能性が大きくなる。
「キリトさんって、リアルでも家事万能なんですか?」
「まあ、万能っていうより、しなくちゃいけなかったから出来るようになったんだがな…………」
「それが凄いんですよ。私なんて、掃除は出来ても料理・洗濯は出来ませんから……」
ロニエとティーゼが俺に尊敬の眼差しを向ける。それにユウキは気を良くしているが、リー姉の機嫌もアスナと同じく急転直下していっている気がする。
「……なあ。ボス攻略直前なのに、どうしてこうも緊張感が無いんだろうな」
「さあ? 俺に聞かれてもな…………」
エギルとジュリウスの大人二人組が苦笑してボヤいている。それを視界に入れ、流石に気合を入れなければと思い直す。
それが伝わったか、さっきまでの談笑の雰囲気が消え、冷たい緊張感が肌を刺激する。
「……皆、これから数時間後に第一層攻略が始まる。その上で、俺が言う事は二つ。一つは『死を恐れて恐怖に抗え』。もう一つが……『何があっても絶対に死ぬな』、だ」
俺の言葉は前回、そして前世の無数の死線を潜り抜けてきた上での言葉だ。それが感情として伝わったのか、全員が神妙な顔で頷いた。
その後は一切の会話をせず、俺達は集合場所へと向かったのだった。
*
「絶対に、全員で生きて勝とうぜ!」
ディアベルの掛け声のあと、トールバーナから迷宮区へ向かう事に。
キバオウはしつこいくらいにワイらが取り漏らした雑魚だけ狩ってろと言ってきた。キバオウのしつこさとベータテスター嫌いも相変わらず筋金入りのようで、ディアベルも頭を悩ませていた。前回のように大人しくなれば嬉しいのだが…………
そのまま迷宮区を進む。俺にとっては庭のようなものだし、前世からの能力(?)の《完全記憶》を持ってるので、この世界で覚えていない事は全く無いと言っていい。よって、この塔を登るのはかなり短時間で済むようになった。レイド全員で時間をかけて進むのはぶっちゃけ面倒くさいのだが、だからと言ってここで俺一人が行動するわけにもいかないので、結局全員で一緒に行く事に。
三時間かけてボス部屋まで辿りつく。ディアベルが全体の最終確認をし、各々の装備の状態の最終確認をする。
俺は念のために、《片手剣》スキルを鍛えて出た追加スキル《クイックチェンジ》を準備する。項目を二つ作り、目的にあわせて設定をする。これをすれば、もしかしたら俺は死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。だが、上等。これくらいでなくては、この世界を生き抜くことなんて出来はしない。
全員が確認を終え、装備を整えてディアベルを見る。青髪の騎士は一つ頷き、腰から大振りの片手直剣を抜き払う。
「皆、俺から言えることは唯一つだ。――――勝とうぜ!」
「「「「「おおおおおおおおっっっ!!!」」」」」
…………前世でも前回でも思ったんだが、やりすぎではないだろうか?
そんな事を考えつつ、俺も背中から剣を抜く。それを片手で構え、ディアベル達より先に突進、取り巻きの《ルイン・コボルド・センチネル》三匹の内、一匹の鎧の隙間に剣を差し入れ、捻って斬り上げる。これだけで一匹倒した。
それに後ろのレイドも大ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》も驚愕したのだろう、硬直した。それは当然、残りの取り巻き二匹も例外ではない。
この隙に一気に突進、左右に分かれている二匹に水平単発ソードスキル《ホリゾンタル》を叩き込む。これで左右に大きくぐらついて互いから距離を取らせた。続いて右のルインに単発直進系ソードスキル《ソニックリープ》を弱点の首に差し込む。これで二匹目。
最後のルインは体勢を立て直していたが、それでも遅い。単発直進突き技《レイジスパイク》を弱点に突き入れ、倒す。
ボス戦開始から十秒。たったこれだけで、それなりの強さの取り巻き三匹を屠った。俺は後ろを肩越しに見て口を開く。
「どうした? LAボーナス、俺が貰っちまうぞ?」
その言葉を残し、とっとと突っ込む。その直後、後ろから怒声が聞こえた。
俺一人で突っ走っているのが気に食わないメンバー。というよりも、全員が怒鳴っていると言うべきか。ユウキ達でさえ怒っている。彼女達の場合、中身が違った気もするが。
今この行動を取ったのは、俺がベータテスターだと分かった時の憎悪をより深める為だ。LAボーナス欲しさに連携を取らないという悪評を俺だけに付ける。ビーターだからという理由が深いものになれば、他の元テスター達に怒りが向く事は無い。これはそのための行動だった。俺に近しい人間には辛い道を歩ませることになるが……。
内心、反応は上々、と考えながらコボルド王に突進。通常攻撃と回避ステップを交えながら攻防を繰り広げる。
コボルド王のステータスは前回同様大したことは無いが、俺の目的上、ここで犠牲者は絶対に出せない。レイドや俺を呼んだディアベルには悪いが、絶対にタゲを他に移させはしない。彼がタゲを取ると、前回のようにベータテスターを殺そうとするヤツが現れるかもしれないからだ。今回は俺も含まれそうなものだが。
しかし、たとえ俺のHPが危険域になろうとも、絶対に誰も死なせない――――!!!
俺とコボルド王は、咆哮を上げながら刃を交えるのだった。
***
『グオオオオォォォォ!!!』
「うおおおおぉぉぉぉ!!!」
「な……あの人、一体何者なの……?」
私は不思議でならなかった。相手は四メートルはある獣の王。ボスなのだ。それ相応のステータスはあるから、プレイヤー一人で抑えられるものではない。
普通、先に限界が来て死ぬ。ステータスは十分でも、精神の方が先に限界を迎える。一撃一撃が死を齎す攻撃を、正確にいなして防ぐのは並大抵の集中力では持たない。
確かに彼は、この世界を知っている元ベータテスターだ。
しかし幾ら知識があっても、強大な敵相手に一人で戦うなんていうのは無茶が過ぎる。
だが現実はどうか。眼前で一本の片手直剣を振るう少年は、たった一人でボスと渡り合えている。攻撃部隊が割り込もうにも、ボスの攻撃範囲が広すぎて手出しが出来ない。その攻撃を、全て紙一重でかわし、あるいはいなし、あるいは弾いて防ぐ。
彼の実力は尋常ではない。はっきり言って、次元が違う。どこの世界に、たった一人で圧倒的強者と渡り合える者がいるのか。彼はボスと対等なのだ。
だからこそ、彼は一人、いや、『独り』で戦える。
『独り』に慣れているからこそ、戦うのだ、彼は。
その『独り』で戦う姿に、どこか既視感を覚え、すぐにわかった。
自分に似ていたのだ。このデスゲームが始まって一週間蹲り、軍の助けを得てから動き始めた自分と。
あの時の自分は危うい戦い方だった。自分が戦えるのなら命なんて惜しくは無い、死んでしまったら所詮それまで。遅いか早いかの違いだけ。そう、思っていた頃の自分に、彼はよく似ていた。
だからこそ、だろうか。何故だか、絶対に彼を『独り』にしてはならないと思った。
しかしあの戦いには入れない。今入っても、絶対に邪魔になって彼が死ぬ。それは嫌だ、彼が死ぬのは。関係も何も無い筈なのに、なぜか、心の底からそう思った。
私のパーティーメンバーも全員そうらしい。私が顔を向けると、こくり、と頷いてくれた。今の私たちができる事、それは――――
「ユウキ、リーファちゃん、いくよ!」
「うん!」
「任せてください!」
彼がボスのHPを三段目のゲージまで減らした事でリポップした取り巻き、それを彼に絶対に近づけない事。彼が戦っているのは、ボスの攻撃で犠牲者が出ないようにするためだろう。なら、元々の彼の仕事くらいはこなさなければならない。
細剣を鎧の隙間、首の部分に連続で突きこみ、二人も別々で同じ事をする。他の五人も連続でスイッチをしてくれる。
他のレイドパーティーは彼が後退した後、すぐに攻撃に移った。どう見てもLAボーナス狙いのそれは、完全に引き際を見誤らせている。
ボスの攻撃が届くその寸前、彼が回復しきっていない危険域のまま、前線に復帰。ボスの攻撃をソードスキルでキャンセル、弾き飛ばした。
その隙にレイドメンバーが更に攻撃を仕掛ける。片手剣使い(ソードマン)の彼は、ボスの攻撃や行動を気にしないレイドメンバーを気にして、あまり後ろに下がれていない。レイドはそれを気にせず、一気に攻撃を重ねていく。
「はあぁぁぁぁ!」
「ワイの攻撃、喰らってみいぃやあぁぁぁぁ!!!」
「ふんぬらぁぁぁぁ!!!」
『グオオォォォ?! グルルルル……!』
連続でソードスキルを放たれて一気にHPが一段目まで削れた。そこで、コボルド王は手に持っている骨の大斧と円盾(バックラー)を投げ捨て、後ろ腰にある物に手を掛けた。スラリ、と抜かれたそれは、緩く湾曲していながら細身の刀身をしている。
攻略本の情報通り、湾刀ではなく刀になっている。全員が安堵した直後、信じられない事が起こった。
『グオオオオォォォォォォッ!!!』
「「「「「なっ?!」」」」」
ボス部屋の奥。玉座に蒼い結晶片が集まったと思ったら、そこから咆哮を上げて出てくるモンスターがいたのだ。
《イルファング・ザ・コボルドロード》。全く同じ見た目のボスがもう一体。ただし、装備は既に刀。HPは四本全てある。ボスが二体。どんな情報にも載っていなかった存在。これだけでも十分に脅威。
なのに、なぜ。なぜ世界はこれで終わりにしてくれないのか。
先にいたコボルド王が投げ捨てた大斧と円盾。それらがグニャリと変形し、合わさり、一つの姿を作った。漆黒の鎧、両手持ちの肉厚な禍々しい大剣。頭から足先まで覆う、フルプレートアーマー。《ギルティ・ナイト》。HPバーは四本。
圧倒的なモンスターで、確実にボス級の存在で、全軍に死を与えるであろう存在。
ボスが合計三体。しかも入り口に闇騎士が現れたから退路も絶たれた。全軍が混乱に陥り、全滅の危機になる。
それを収めたのは、やはり彼だった。
「――――おおおぉぉぉぁぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!!」
いつの間にか彼が瀕死のコボルド王を一瞬で屠り、その先の新コボルド王に連撃を加える。その両手には、無骨な剣が一本ずつ握られている。
右の剣に光が宿ってスキルが放たれ、しかしそこでは終わらず今度は左の剣が放たれる。再度右、左、右、左と放たれる猛攻に、王は為す術もなく受け続け、最後の深紅の左直突きによって四散した。登場後、すぐの出来事。
当然ながら、圧倒的な光景にボス部屋にいる全員が固まり、彼を見てしまう。それは闇騎士も例外ではなかったらしい。こちらに歩いていた音が聞こえなくなった。
彼は突き出した姿勢から元の姿勢に戻り、こちら――――闇騎士を見た。その姿、瞳を見た瞬間、何故か再びの既視感。
どこかで、彼のあの姿を見たことがある。感じた事さえあった筈だ。
しかし、それはあり得ない。もしそうだったら、彼の名前くらいは知っていて当然だし、レイドや会議で初めて見るなどということはあり得ない。自分の記憶力にはかなりの自信があるのだから。
そう考えている間に彼は私の横を一瞬で通り過ぎ、闇騎士に斬りかかっていた。相当ステータスが高いボスの筈なのに、二刀になった彼はものともしない。いや、厳密に言えば攻撃を喰らって、思いっきりHPが減っている。しかし、そのHPも徐々に回復している。
聞いた事はある。《バトルヒーリング》という、戦闘中でも時間経過で回復していくスキルの存在は。情報屋のアルゴさんが特別に色々教えてくれたのだ。そして、それを習得する為の条件も。
――――『HPが危険域になるまで大ダメージを連続で受け続ける』、それが絶対条件ダ
しかし、それはHPの全損=死となるこの世界では無茶が過ぎる。時間が経てば自ずと習得するかもしれないけど、たった三週間ちょっとで習得するのは相当危険な戦いをしていた証拠だ。しかも、回復量はスキル熟練度の高さに比例し、スキル値を上げるには更に大ダメージを受け続ける必要があるらしいのだ。
一体どれほど危険な戦いをソロでしてきたのだ、彼は。
「うお……らあぁぁぁぁぁっ!!!」
圧倒的な能力と経験と共に、闇騎士を圧倒する二刀の少年。闇騎士を中心に円移動し、全方位から二刀の斬撃を叩き込む。立て続けに放たれる通常攻撃の連続数は優に数十は超える。最後に、再び深紅の左直突き。それで四段あったHPが全損し、蒼いポリゴンとなる。
常なら四散して消える欠片は、しかし黒衣二刀のプレイヤーに収束した。彼もこの現象を予想できていたわけではないらしく、思いっきり狼狽していた。欠片は彼の全身に収束していき――――その光が晴れた後は、闇騎士が立っていた。
思わず全員が身構えるも、闇騎士は右手を振って何かを押すと、すぐに鎧が消えた。現れたのは鎧に覆われる前の少年。どうやら勝手に装備されただけらしい。
「……ジブン、一体何なんや……」
「しかも俺達、殆ど戦ってないぞ。いや、危ない目に遭わなかったし経験値は大量に入ったから良いけどよ。あんた、どうしてそんな変なスキル持ってるんだ……?」
あたりがザワザワと騒ぎ出した。しかも何だか良い雰囲気ではない感じだ。リーダーのディアベルは複雑そうな――しかしどこか悲しそう、申し訳なさそうな表情になっている。この状況を引き起こしてしまったことを、悔いているのだろう。
そもそも、元ベータテスターだと言う少年は、存在自体が好かれる者ではない。だが、この喧騒が彼への妬みなどが原因であれば、それで彼を責めるのは筋違い。彼があのスキル連続発動をしていなければ、今頃自分達は全滅していたのだ。それを理解しているプレイヤーは結構いる。浅黒い肌に禿頭の両手斧使いのエギルなどの私のパーティー、ディアベルと仲が良いメンバーの殆どは、彼を責めるような言葉を発していない。キバオウも、最初の言葉は茫然自失の体で放っただけらしく、今では彼に申し訳ない顔を向けている。
ザワザワと騒がしくなっていく中、それを一瞬で沈めたのは黒衣の彼ではなく、リーダーのディアベル――――でもなく。バシネットと呼ばれる顔の半分は隠れる兜を装備した、短剣使いの男性プレイヤーだった。甲高くてよく通る声で、彼を指差して叫ぶ。
「おれ……おれ知ってる! コイツはベータテスターだ! だからおれ達の知らないスキル持ってて、おれ達が知らなかったボス二体を一気に倒せたんだ!」
そう言われた本人は、目を見開いて驚愕していた。それは彼の指摘が間違っていることを示しているのか、それとも――――
「これは最上位システム外スキル《スキルコネクト》だ。左右別々の剣で無理が無い姿勢からなら連続でスキルを放てる。難易度が高すぎる上、下手に流布させると犠牲者が増えると思って、まだ回していなかったけど」
「なっ……や、やっぱり独占してるじゃないか! 他にも美味いクエや狩場を知ってるんだろ?! 知ってて隠してたんだろ! さっきの新しいボス二体も、知ってて隠してたんだ! LAボーナス欲しさに! ベータテスターだから知ってたんだろ?!」
「ちょっと待った。それは無いと思うよ」
ヒートアップし始めた男を止めたのは、リーダーのディアベルだった。彼は冷静に男に話し始める。その声はよく通り、ボス部屋全体に響いた。
「俺は攻略会議後の夕飯の時、彼と話してる。彼にボスや攻略、危険な事を色々と質問して教えても貰った。全て俺に任せるといった感じだったよ。俺のことを『魔王を倒す勇者』とも言っていたし、新たなボスが現れた時は彼も驚愕していた。知っていたなら驚愕はしないと思う」
「そ、それは……!」
言葉に詰まった男に、私も言いたい事を言うべく近づく。
「それにこの攻略本だってベータ版のものを元にしているらしいし、彼はベータテスターというだけのアドバンテージしか無いのだから、基本的な知識の差は無い筈じゃないの? 有用な情報は必ず回されてるんだし」
攻略本を取り出しながら言う。
その裏面には、『注意! この情報はベータ時代のものです。現行版では変更されている可能性があります』と記載されている。しかもその情報提供者の名前までがキッチリと書かれているのだ。ベータ版と現行版の情報提供までしている、その彼の名前が。
しかし、それを見せながら言うと、男は我が意を得たとばかりに口を歪めた。
「その情報が嘘だったんだ。鼠だって元ベータテスターだったんだから、タダで正しい情報を売るはずが無かったんだ。ソイツと鼠はグルになって、美味しいところを独占して、俺達には偽の情報しか回さないんだ!」
「ちょっと! アルゴさんがそんなことするわけないでしょ! 私はそれで何度も命が助かってるのよ?!」
「アンタ、さっきから元ベータテスターの肩ばかり持つな……もしかして、アンタもその仲間なのか? 後ろのお仲間やディアベルさんも、グルなのか?」
その男の言葉に、私のパーティーメンバーやディアベルさん達が反応した。幾らなんでも冤罪をかけるにしては度が過ぎてる!
「クククク…………」
怒りのまま細剣を抜こうとした。しかし、それを止めたのは、この空間で最も幼いであろう彼――――キリトだった。
「クッハハハハッ……オイオイ、冗談だろ? そいつらは正真正銘のビギナーだぞ?」
ぴたり、と固まった後、少しずつ少年の方を向く。
彼は左手の剣を背に吊っている鞘にしまい、右手の剣はまだ手に持っていた。その目は今までに無いほどの、嘲りに満ちていた。口が嘲笑の形に歪む。
「困るなァ細剣使い(フェンサー)さん、そう懐かれると仲間だと思われちゃうだろ? それに、鼠と仲間だと思われるのも業腹だね。これだから世間知らずのユートーセーさま達は、自分達が利用されてるなんてこれっぽっちも思いやしない。端から見れば滑稽だよ」
入り口から少しずつこちら側に歩き、奥の上へ上る階段を目指しながらそう言う彼を、呆然としながら目で追いかける。
ゆったりとした歩き方と、隠しもしない嘲笑と共に、悠然と進む少年。
「お前らもお前らだ」
近くにいたプレイヤーの胸当てを軽くポンポン叩く。その仕草は挑発、相手を格下と見下している、そんな仕草。
「元ベータテスター? 情報屋? あのな、俺をあんなド素人共と一緒にしないでもらおうか」
とうとうレイドの集団の中心に立つ。そこで止まって剣を肩に担いだ。周囲のプレイヤーを右から左に顔を動かし、一瞥していきながら口を開く。
「たった千人のベータテスターの中に、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う? 殆どはレベリングのやり方も知らない初心者(ニュービー)、ド素人共だった。今のあんたらの方がまだしもマシさ……――――でもな、俺は本物だ。上の層の、誰も知らないことを知っている。鼠なんか話にならない」
彼の言葉に、誰も言葉を返さない。いや、返せないでいた。彼の放つ異様な空気に圧されて、まったく動けないのだ。
キリトは再び歩みを進めた。少しずつ、二層へ続く扉へ近づく。
「アルゴにも黙っていたが、その攻略本にも載せていない情報は当然ある。流石にさっきの二体の追加ボスは、俺も見た事が無かったから驚いたが。それはあくまで攻略本、コンプリートガイドじゃないからな。他にも、ユニーククエストや攻略に関係なさそうな情報は俺が独占してる」
「なんだよ、それ……チートじゃねぇか……」
その言葉を皮切りに、プレイヤー達が罵詈雑言を浴びせる。
――――最低のチート野郎だ
――――ベータテストどころの話じゃねぇ
――――ベータ上がりのチーターなんて、最悪最低じゃねぇか……!
――――完璧にチートだろ!
――――ベータテスターにチーターだから……かけてビーターだ!
――――そうだ、最悪のビーター!
その叫びが放たれた直後、そのまま歩いていた彼がフッと笑った。メニューを操作して、今までの簡素な防具ではなく、黒衣の革コートを纏って振り向いた。
「【ビーター】! いいなそれ、気に入ったよ! LAボーナスと一緒に俺がいただいた! 俺の名、その記憶に、魂に刻め! 俺の名は――――!」
装備変更で現れる蒼いエフェクトに包まれ、今までの少年らしい容貌からまるっきり姿が変わった。長い黒髪、色白の肌に少女と見紛うばかりの美貌。小柄な体に大人さえも萎縮させる覇気を宿した少年。漆黒の瞳に得体の知れない、深い闇を宿す、彼は――――
「この世界を創り出し、《茅場晶彦》が作ったデスゲームの世界に囚われた愚か者。【ビーター】《キリト》だ!」
剣を肩に担いで私たちに宣言する彼、キリト。嘲弄を隠しもしない表情に酷薄な笑みを浮かべ、私たちを一瞥する。そのまま振り返って上へ繋がる階段を目指す。
「二層の転移門は俺がアクティベートしといてやる、お前らは街に戻って大人しくしてろ。ベータ時代にもよくいたんだ――――折角ボスを倒したのに、上の初見のMob(モンスター)に殺られる馬鹿がなァ! はははっ……ははははははっ……!」
「……ふざけるな……謝れ……謝れよ…………!」
そう搾り出しているのはディアベルのパーティーメンバー、シミター使いの男性プレイヤーだった。涙を流し、顔を険しくして歪め、キリトに向かって叫んでいる。
「……俺達に……死んだ皆に! 謝れよ! ビィィタァァァアアア!!!!!!」
「ははははははははははっ――――!!!!! ――――――――……っ」
哄笑を上げながら歩き、上への階段を登り、キリトはその扉を閉めた。最後まで、哄笑を上げながら。ガコォン……、と扉は閉まり、キリトの哄笑は一切聞こえなくなった。
呆然としたまま聞いていた者、彼に憎悪の呪詛を上げる者、彼の真意に気付いて苦しそうな表情の者。反応は多くあれど、全員がすぐには動けなかった。
だが、その中でも動いたのは、彼の『妻』であるユウキだった。彼女は苦笑しながら階段に進み出て、扉を開ける。その背中は、彼を心の底から慕い支える、献身的な女性の背中だった。
この短期間、たった二日しか一緒にいない彼に、何故そこまで肩入れするのか。
そう考えていると、ユウキが一瞬私を見て、そして目を伏せた。それは悲しそうで、しかし安堵しているようで、予想していたと言うような反応だった。
それが後々になっても、脳裏に深く、しかし薄くこびりつくのだった。
***
【ビーター】の誹りを受けて二層へ続く階段を上っている間、俺は前回を思い出していた。
前回、俺は本当の姿を九十二層で始めて明かした。その時から俺の誹りは凄まじい物だった。今回、俺の本当の姿を現したとき、俺は本名は言わず、わざと誤解を受けるような言い回しにした。
敏い者なら気付くだろう、俺が製作者であると。それも早い段階で。ならば俺は四六時中、PKの対象となると考えて然るべきだろう。だから俺は誰とも関わらない方が良いのだ。
しかし、俺の後ろから聞こえる足音に、俺は涙を流しそうになった。こんな俺を、時を越えても愛してくれる人がいるのだ。その人まで、どうして拒絶できようか。
「……来たのか、ユウキ」
「当然だよ。キリトさんの行くところにボクもありってね。キリトさんがレッドプレイヤーになるなら、ボクもなる覚悟だよ」
「本当に洒落にならないな…………」
自分は前回、オレンジ・レッドキラーとしてレッドプレイヤーになっていた。俺自身に前科がある以上、今回もするかもしれなくて。そして今回はユウキまで来ると言うのだ。幾ら何でも、そこまで付き合わせたくは無い。
今回はレッドキラーはしないようにしようと決意し、ユウキと一緒に階段を上る。
はい、如何でしたでしょうか?
既に明言していた通り、ユウキは付いて行きました。半ばビーター扱いされる処か前回のキリトの行動からレッドプレイヤーになる事すら辞さない覚悟です。
一瞬アスナを見たのは、ユウキ自身がアスナの事を特別視しているため、気に掛けているからです。前回、アスナも一応キリトに惚れていましたしね。少しだけ後ろめたい気持ちがあります。
キリトは流石にレッドにまで付き合せたくないという葛藤に駆られています。
取り敢えず言える事は、ユウキはレッドに堕ちません。キリトが全力で暗躍して先回りし、阻止します。
ところで、一回目の《アインクラッド》をキャラ全滅のバッドエンドにして逆行させた方がよかったのでは、というご指摘を受けました。1回目が濃厚過ぎたようで、そう思われた方も居たようです。なるほど、貴重なご意見です。
私としては100層まで到達させたのは、まぁ、ゲームの子達を絡めたかったのもありますが、何よりキリトの報われなさを始めたかったからです。
皆さんは、例えば長年連れ添った配偶者や親友達に、過去に戻ったせいでいきなり知らない扱いを受けてしまったらどうでしょうか? まず茫然と、次に人によっては恐慌を来したり、恐怖に苛まれて動けなくなったりと、様々だと思います。
キリトの場合、最も大切なユウキと一緒なので一先ず動ける程度ではあります。更に未来の知識を持っている状態なので半ば知識チートも出来るでしょう、自信に裏付けられた実力もあります。
しかし、それでも今回のボス戦のように僅かな差、違いがあるせいで、目の前で助けられなかったら……それはきっと、1回目の時以上の絶望感を抱くに違いありません。
知っていたのに助けられなかった。
キリトは本作ではSAO制作者なので、人の死や助けられなかった事実を酷く気にします。
そんな訳で、前回のSAOのテーマがキャラクター達との出会いを描く《邂逅》ならば、逆行SAOはキリトのトラウマやら恐怖やら絶望やらを書くので《絶望》というテーマになります。
100層を突破出来たのは、皆との《邂逅》から信頼まで辿り着き、曲がりなりにも終盤は協力していたからです。更にキリト自身、心の傷は深いがまだ耐えれる範疇でした。
逆行編からの《絶望》をテーマにした《アインクラッド》では、そもそも今のキリトがユウキに依存していますので、他の大勢に頼る事はあんまりありません。ユウキの助けすら借りる事も稀です。自分の贖罪に付き合せたくないという考えがあるからです。
それがキリトの過ちとなります。あとご指摘されたヒロインなどのキャラ全滅ルートは、実は今後出てきます。
詳しくは書きませんが、キリトの絶望は、正直こんなの可愛い方です。後半になると何で逆行SAOであそこまで絶望したのか首を傾げる程になる程だと自分なりに書いて思いました。
《ソードアート・オンライン》という作品の中でも絶望的なIF展開を、私なりに考え出し、アレンジを加えたものがキリト/桐ヶ谷和人の絶望です。どうあっても払い除けれません。
あの時、もしもキリトが間に合わなかったら…………
多分ファンの方なら一瞬だけでもチラッと考えた事がある展開です。
言っておきますがSAO編ではありませんし、更に言えば原作より酷いです。敵キャラの強化ってとても恐ろしいですよね、原作では何時もギリギリで勝っているタイプだと特にそう思います。
あ、別に意見された事で怒ってはいません。貴重なご意見ですし、気付かされましたから。
ここに書いたのは他にも同じ事を思っている方が居るかも知れない、また、どうして完全攻略後に逆行させたかの意図を伝える為でした。本当はずっと後に書こうと思っていましたが、一応言っておいた方が良いかもと思いまして。
感想欄にも返信として載っているのでそちらもどうぞ。ネタバレ要素を含みますが。
そんな訳で、疑問、不満な点がありましたら、どしどし、コメント欄に感想を送って下さい。一つ一つ、時間がある限り丁寧に対応しようと思います。結構楽しいですしね。
ちなみにですが、私はキリトのみ逆行したパターンと、キリトが《死銃》に殺されたIF世界の未来ユウキがSAOに逆行してきたパターン、逆行せずにそのまま進んで復讐鬼に堕ちたパターン、全ての因縁に決着を着けて死亡すると同時に原作和人の弟として転生するパターンなど、結構多種多様のIF展開も番外編として書いております。
そこまでストーリーが進んだら何れ何らかの形で出せたら良いなと思っています。どれも完結していない上にストーリーもボロボロですがね(笑) ユウキ復讐鬼ルートは短編完結してますが、強引です。
基本的に弟として転生する展開以外は全てシリアス&バッドエンドルート直行です、何せ主人公となるキリトかユウキの相手が何らかの理由で居ないか逆行してませんから。精神的に病み、徐々に追い詰められていきます。
この話を友人にした時、精神科に掛かる事を進められました(笑)
ではそろそろ……次回予告です。
疎まれ者《ビーター》として蔑まれるよう誘導したキリトと後を追ったユウキ、二人は第二層に姿を消したが、数日間一切の消息が不明となってしまう。
攻略組にはキリト達を受け入れる組と否定的な組、2つの派閥が生まれていた。
そんな中、フィールドボスの討伐戦が企画されていて……
次話。第四章 ~第二層フィールドボス攻略戦~
お楽しみに!
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第四章 ~第二層フィールドボス攻略戦~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
まぁ、タイトル通りですね。プログレッシブを参考に書いているので結構キリトの行動が似ています、と言うかまんまです。
あと、キリトは嫌われようとわざと口調を変えています。今までのイメージがガラリと変わっているのでお気を付け下さい。
ではどうぞ。
二層攻略開始から、早三日が経った。その間、ディアベル率いる攻略組はフィールドの探索に集中し、キリトが齎したアルゴの情報を基に活動していた。多くのプレイヤーがひしめく中、別に進むプレイヤー達もいた。言わずもがな、キリト達である。
ただし、この三日間、二人がどこにいたかを知るものはいない。彼らは三日もの間、前線から離れていたのだ。その三日間を聞かれると、必ずこう答えた。
――――知らない方が幸せな時もある。
そう言って口を噤む。これには鼠も同じ答えを返している。この答えはいずれ明るみに出るのだが、同じ体験をした者も、同じ感想を言うのだった。
「――――っていう感じのナレーション作ったんだがよ、どうだ?」
赤髪を逆立ててバンダナをした曲刀使いのクラインが、鍛冶師の少女リズベットに感想を聞いている。
彼女は上客を捕まえる為に、わざわざ危険な前線まで出張ってきた腕利きの鍛冶職人なのだ。一応腕利きのメイサーでもあるのだが、お店を開くのが夢だったらしく、前線からは一歩引いた位置にいる。
「アンタ……んなしょーもないの考えてたの? この時間を使って、何かスキル上げしたり、作戦立てたり出来ないの?」
「んなこと言ったってよぉ。キリトは俺達に情報をくれて、その上色々と影で手助けしてくれたヤツなんだぞ? たった一人で全部背負っちまうし。それにキリトとユウキの二人ともが三日も姿を見ないんじゃ、何かあったと思って心配にもなるだろ」
クラインのナレーションはアレだが、キリト達が三日も前線にいないのは事実。それはかなり危険な事をしているのか、はたまた隠しダンジョンに潜り続けているのか。真相は分からないが、彼が未だに出てこないのはかなり気がかりだ。
「アスナはどう思う?」
リズベットがクラインの曲刀を砥石に当てて耐久値の回復をしつつ、私に話を振ってきた。
「私に振られてもなぁ……彼の考える事なんて全然分からないよ。ボス攻略で一緒に戦ったくらいだし……」
「だよなぁ。何で前線に出てこないんだろうなぁ……?」
「怖気づいたんじゃないの? あたし達プレイヤーに」
「それは無ぇな」
リズベットの言葉に、クラインが即答する。
クラインとキリトは初日の頃から面識があったらしく、その時から既に落ち着いた雰囲気を持っていたらしい。彼の姉と言うリーファの話では、リアルでも昔からそうだったらしいが。
そう思考を広げていると、二人分の足音が聞こえた。
「あのボウズとユウキ、まだ見つからんのか? ワイも一言礼と謝罪をしたいんだがなぁ……」
「フン。あんなヤツ、とっとと死んでしまえば良い。義理立てする必要もない」
緑を基調とした鎧のキバオウと、青を基調とした鎧のリンド。キリトを糾弾していたシミター使いはリンドだ。
その彼の言葉を聞き、リーファは今にも斬り掛かりそうなほどの殺気を出し始めた。睨みと凄みを出して、リンドに近づく。リンドにはクラインが対応するべく、リーファを押し止めながら前に出た。
「今の言葉、取り消せよ。アイツの情報のお陰で俺らは生き残れてるんだぞ」
「はっ、そもそもあんな奴、いようがいまいが別に変わらないだろう」
「ッ!!!」
「リーファちゃん、落ち着いて!」
歯を喰いしばって剣の柄に手を持っていく彼女を、私も慌てて止めた。ここで剣を抜いても何も得る物は無い。
それが分かったのか少しずつ落ち着いていくリーファを、冷ややかな目で見続けるリンド。ディアベルを目指していると聞いたが、全く似ていない。
キバオウが居心地悪そうな表情で頭をガシガシ掻きつつ、私たちに向かって言う。
「ああ……そろそろフィールドボス戦やから、準備しとき」
「はい……」
「ふん、あんなヤツらのために時間を無駄にするなら、それを攻略やレベリングに充てればどうなんだ?」
「リンド! アンタ、家族の事を悪く言われるのを嫌だと思わないの?!」
リンドの言葉に、流石のリズも言葉を荒げた。
キリト達は現時点で、間違いなく最強戦力だ。彼らがいるのといないのとでは、やはり大きく違う。
彼らを探すのを時間の無駄と言うなら、彼らと真正面で戦って勝てるのかと問いたい。
「知るか。俺はキリトの家族じゃない。なりたくもない」
「俺も、女を虐めるような性根の腐ったヤツと、家族なんかになりたくないな」
「ボクはお近づきにすらなりたくないね」
森からがさがさと音を立てて出てきたのは、最後に見たのと同じ黒のコートと、二本の無骨な【アニールブレード】という剣を背負った長い黒髪のプレイヤー、キリトだ。その隣に、藍色を基調としたクロークとプレストプレートを装備したユウキ。
美少女と見紛う彼、キリトを視認したリンドが、一歩下がりつつ曲刀の柄に手を添えて構えた。
「お前! どの面下げて出てきた!」
「悪いな、独りで行くと決めはしたが、それはなにも不干渉を貫くってわけじゃない」
「お前なんて、とっとと死んでしまえば良いんだ!」
「というか、色々な意味で俺もう死んでるし」
「あ、はははは……そう、だねぇ…………」
どういう意味だろうか。ここにいるのなら、生物学的な意味では生きている状態だろう。ならこれは、社会的に死んだということだろうか。それとも他に彼なりの価値観での死があるのだろうか。
リンドは忌々しそうに睨んでから舌打ちをし、足音荒く戻っていった。
キリトは溜息を吐いてこちらを見てくる。長い黒髪と黒いコートが風で揺れた。
「ふぅ…………で、皆はここで何を?」
「あ、ああ…………迷宮区前の街に行くのに、フィールドボスの《ブルバス・バウ》を倒さなきゃならなくてよ。これはそのレイドだ」
クラインが簡単に状況説明をし、キリトがそれに相槌を打つ。
あまり質問していないから、おそらくフィールドボスの存在は知っていたのだろう。まあ、彼はベータテスターなのだから、それも当然か。
「そうか……なぁ、ちょっと変な事を聞くが。アルゴの攻略本にも載ってないモンスターを見かけたこと、あるか?」
「ハァ? あれってお前が情報源なんだろ? そのお前が見たこと無いなら俺らも無ぇよ。俺達はアレを頼りに動いてるから、ここら辺以外には行かねぇし」
クラインがそう答えると、キリトは物憂げな表情をし、しかし一瞬で表情を戻した。
「なるほど…………あのフィールドボスは、HPが危険域、残り二割になった時に凶暴化して暴れ始める。気をつけろよ、頭のデカいこぶが弱点だけど、突進中に喰らうと即死する威力だからな」
真顔でそんな事を言うものだから、全員の顔に緊張が走った。いや、おそらくそれが狙いなのだろう。
緊張が無ければすぐに死ぬ。覚悟が無ければ生きられない。
それを言外で言っているのだ。
それを心に留めつつ、私は気になった事を質問する。
「…………それ、あの人たちには伝えてあげないの?」
「アルゴに情報を渡してるから、攻略本に載ってる筈だよ。それで知らないのなら読んでないあの人たちが悪い」
彼女のその言葉に、攻略本を捲って《ブルバス・バウ》攻略編を見ると確かに書いてあった。しかもイラスト付きで、対処法や狙うと良い部位、攻撃方法も載っている。一体どこまで覚えているのだ。それとも実際に戦ってデータ採取でもしたのか。
「で、キリトさん達はどうするんですか? 参加ですか? リズさんが鍛冶師を目指してて前線から一歩引いてるから、私達のところに空きはありますよ」
ティーゼの発した問い、ないし誘いに、キリトは一瞬考え込み、しかし同じく問いで返した。
「お前らの役割って、取り巻きMobの《ウィンドワスプ》か? それとも《ブルバス・バウ》本体か?」
《ウィンドワスプ》はフィールドMobなのだが、数メートル級の巨大な牛型のボス《ブルバス・バウ》の無限ポップの取り巻きになっている蜂型Mobだ。
落とすアイテムが中々に使える素材アイテムで、自分が装備している【ウィンドフルーレ】という薄緑の細剣も、《ウィンドワスプ》のドロップ装備品である。結構美味しいMobなのだ。
しかし、私たちは全員が中々に熟練者であり、最初期にキリトとユウキに接触して激しいレベリングに勤しんだクライン、リーファの二人がいるため、ボス本隊を相手にする事になっている。他のメンバーが取り巻きMobの素材やドロップ装備品を欲して、Mob狩りを優先したのもある。
リンドとキバオウは当然ながら本隊組だ。
「本体だよ」
「なら遠慮しよう。丁度、リンドが嫌そうに視線を向けてきてるし」
それを受けて私たちがリンドに目を向けると、確かに凄く嫌そうな顔でキリトを見ていた。相当嫌っているようだ。彼がそのように誘導しているのだが。
「ま、無限湧きの雑魚Mobの相手はしよう、丁度素材が欲しかったところだし。それに、本体レイドがあれだけ意見を言い合ってグダグダじゃ、死者が出ないとも限らない。そのリカバーもする必要がありそうだからな」
キリトの言葉を受けて、ディアベルは嬉しそうに破顔し、リンドは心底嫌そうな顔をした。キバオウは複雑そうだが、少なくとも嫌がっているようには見えない。ボス戦後の彼の行動に、何かを感じたのだろう。雰囲気や態度に変化が見られる。
その後、各パーティーリーダーで話し合いが持たれ、不測の事態や危機に陥った際の殿の役割も果たすという条件の下、取り巻きの雑魚Mobの相手をする事が許された。この条件を出したのはキリトを完全に嫌っているリンド派で、ディアベルやキバオウ達はそれに反対した。
大荒れに荒れた結果、キリトがその条件を呑んだのだ。その際に、リンドから邪魔しないよう釘を刺されたのだが、キリトは「本隊がちゃんとしてれば、牛の相手はしないよ。しっかりしていれば、の話だけど」と返して挑発していた。
周りのリンド派からビーターと罵詈雑言とを浴びせられても、キリトは微塵も揺るがずに装備の確認をしていた。今の装備は変わらず、二本のアニールブレードにLAボーナスだったらしい黒コート。圧倒的な威圧感と存在感を振りまいている。ユウキもにこにこと笑顔を絶やさず浮かべており、それがある意味恐怖を誘う。
リンド派メンバーとキリトが険悪な雰囲気のまま、《ブルバス・バウ》戦に入ったのだった。
***
「おい! なにをやっとるんや! とっととスイッチして後退せんかい!」
「ふざけるな! こっちはまだ余裕がある! そっちは牛の後ろに回って挟め!」
「余裕って、もう五割切るやないか! 下手すりゃ一撃で死ぬで!」
「うるさい! 俺に指図するな!」
「リンド! いがみ合っていないで早く下がるんだ! 五割を下回ったぞ!」
(おいおい……フィールドボスだからって、連携悪すぎだろう……)
(何やってるんだろうねぇ……)
キバオウ率いる緑隊とリンド率いる青隊、片手直剣メンバーと曲刀メンバーがいがみ合って、ボスのLA欲しさに突っ込みすぎている。あれでは死んでしまうというのに、それを一切考えていない戦い方だ。
キバオウはキチンと下がらせて回復をしているが、リンド隊は未だに一度も下がっていない。危険域の者は流石に下がっているが、注意域の者は下がらない。危険を冒す必要は無いのに我欲に走る、あれでは指揮官失格だ。
ディアベルが無理矢理にリンドを下がらせ、代わりにディアベル隊とクライン隊が出る。話し合いの場では、大人で話しやすいクラインが適任と判断して、パーティーリーダーになったらしい。流石、今後は一攻略ギルドの頭を張るであろう男だ。
《ブルバス・バウ》は直径十メートルはある青い牛で、額に巨大なこぶがあり、それが弱点。投擲武器を使うか脚を狙ってダウンを取るかで攻撃できるのだが、リンド達はLA狙いに執着しすぎ、その辺の情報を鑑みた戦い方すら出来ていない。あれで死者を出せば確実に指揮官の責任だし、そもそもLAボーナスも命あっての物種だ。
そう評価を下しつつ、ソロで大量に湧き出る蜂型Mob《ウィンドワスプ》を次々屠る。
いくら倒しても出るわ出るわで、素材や換金アイテム、装備品がボロボロ出てかなり嬉しい。ある意味、ボスのLAボーナスより稼いでいる。レア度でいえば比べるべくも無いが。
「キリト! 悪ぃけどこっちリカバー入ってくれ!」
クラインの大声で意識が引き戻され、彼を見ると、なんと牛を相手にする本隊全員が危険域に入っているではないか。
それは牛も同じ、つまり凶暴化してしまって避けるタイミングを外して、凶暴化始動攻撃を喰らったのだろう。特有の破砕音は聞こえていないから、かろうじて死者は出ていないようだ。
クラインが大急ぎで倒れているレイドメンバーを後ろに下げている傍らを、俺とユウキは俊足で走りぬけ、その勢いのまま牛の前脚を斬り裂く。
直後、苦悶の叫びを上げて俺にタゲを変えた。これで引き離せば、レイドメンバーを安全に下げることが出来る。そう考えて牛を見据えながらダッシュでレイドとは反対方向に走る。そのままついて来るはずだ。
しかし――――
「オオオオォォォッ!!!」
「っな?! 何やってんのあの人?!」
「リンド……あの馬鹿が!」
リンドが《
それを見て、わざわざタゲをソロで取ってまでレイドから引き離した行動を邪魔されたユウキと俺が罵倒の声を上げたのは、致し方ないというかむしろ当然だろう。少なくとも俺の選択した行動は間違ってはいなかった。死ぬかもしれないメンバーからボスMobを引き離そうとしたのだから。
方向転換した牛はリンドがいる地点――危険域になって後退しているレイドメンバーが休んでいる地点――に向かって、突進する構えを取った。リンドは盾と曲刀を構えて戦うつもりのようだが、彼のHP的にも装備的にも耐えられるものではない。タンク仕様でない装備で耐えられるのなら、コイツはフィールドボスとして設定されていないのだ。
『ブモオオオオォォォォ!!!』
「間、に、合、えぇぇぇぇええええええええッ!!!」
牛が咆哮して突進する、その直前、ホントのギリギリで俺の放った突進剣技ソニックリープがヤツの後ろの蹴り脚、それの膝関節を斬り裂いた。蹴り脚を斬られたせいで突進はキャンセルされ、再度苦悶の叫びを上げる。残りHPは僅か数ドット。
これ以上危険な事で邪魔されては敵わないので、とっとと終わらせるべく、俺は左の剣を背にしまいながら牛の目の前に来て跳躍する。そして右手で持っている片手剣を引き絞り、突き出そうとする構え――――《レイジスパイク》の構えを取る。
「んな?! キリト君、それは無茶だ!」
「オイオイ! そりゃ流石に届かんやろ!」
「まあまあ、見てろ……よっ!」
俺の言葉が言い終わると同時、剣はペールブルーの光に包まれ、現実ではあり得ない空中での加速と見えざる手によって剣が突き出される。俺の右手は剣を握っているのだから、当然俺自身も突進することになる――――牛の頭のこぶ目掛けて。
ソードスキルは牛のこぶに丁度突き刺さり、弱点を刺されたダメージと俺自身の攻撃力、攻撃速度、ソードスキルの威力も相まって思いっきりなオーバーダメージを叩き出す。余ったエネルギーは衝撃波と轟音、数多の閃光となって《ブルバス・バウ》を襲う。
「せいこうっ」
「「「「「おお……ッ?!」」」」」
「な、何それっ?!」
「あはは……久しぶりに見たなぁ…………」
俺の快心の声、周囲とアスナの驚愕の声がほぼ重なった。ユウキは苦笑を浮かべて俺を見ている。
まあ、見たことは無いだろう。タイミングがズレると危険だし、そもそも思いつかないだろう。空中でソードスキルを放つなんてプレモーション検知がかなり難しい、この時点では。前回は、飛行Mobが多かった四十層代で発見された。とはいえ、前回のアインクラッドではデスゲーム開始日に、俺は赤ローブに対して使っていたが。
そのまま自由落下して着地、剣を払って背負っている鞘に音高く収める。それと同時、後ろでボス牛が完全にポリゴンとなって四散し、目の前にリザルトとLAボーナス表示が出る。それを無視して、近づいてくるリンドとディアベル、クライン達に向かってドヤ顔で胸を張り、自身の胸に親指を当てる。
「どうだ。上級システム外スキルの一つ《空中ソードスキル》だ。簡単そうに見えて、結構タイミングがシビアなんだぞ?」
ちなみに前回のアインクラッドでは、システム外スキルにはそれぞれ『最下級』『下級』『中級』『上級』『最上級』の五段階評価が為されていた。リンドの《咆吼》は最下級。俺の《
基本的に最下級~中級までなら、前回の攻略組メンバーは基本使えた。上級は実力者に数えられた俺やユウキ、アスナ、リーファ、クラインにヒースクリフが主だったが、最上級システム外スキルは俺専用と言っても良かった。一応みんなにも教えていたのだが、それもほんの二日間、《武器破壊》のみだったため、誰も習得出来ず、俺専用という認識に至ったらしい。
そんな事を頭の片隅で考えつつ、リンドの対応面倒だなぁ……と思っている。
「そんなことはいい! ビーター、お前、どうして邪魔をした!」
「邪魔って言うなら、せめて一パーティーくらいはHPを安全域まで回復してから言ってくれ。それと――――」
俺に詰め寄っているリンドの後ろ、上空から突進している蜂に向け、剣ではなく拳で迎え撃つ。
《体術》スキル《閃打》。
溜めた拳を相手に一発叩き込むスキルで、おそらく現時点では俺とユウキしか習得していない《体術》スキルだ。
「周りにも気を使ってから言え」
リンドは呆然としていたが、はっとしてから俺を睨む。ビーター嫌いなリンドからすれば、チートの代名詞ともいえる『自分達が知らない何か』を使ったビーターに助けられたのは、かなりの屈辱だろう。
しかし助けられた手前、それを糾弾するのは流石に筋が通らないとわかっているらしく、何も言わずに踵を返した。
「……キリト君、すまない。リンドは相当君を毛嫌いしてしまったようでね……」
「構わない。俺よりディアベルのほうが色々とまずい気がするけど」
「そうだよ、ディアベルはこれから大変なんだから」
俺達が言っているのは、ディアベルもベータテスターなのだから気付かれないように気をつけろ、という意味のことだ。ここでディアベルまで糾弾されては、何のために俺が色々と手を尽くして、しかも元ベータテスターと明かして【ビーター】という謗りを受けてまで元ベータテスターとニュービーの確執を避けようとしたのか、わからなくなってしまう。
それはこの男もわかっているらしく、複雑そうにしたあとに頷いた。
「…………そうだね。それはそうと、さっきの拳スキルは?」
「……………………俺達が三日間前線にいなかった理由だ。別に教えても良いが……怨むなよ」
一応そう付け加えておく。これで俺が怨まれても達成すれば良いのだから言わなくても良いかもしれないが、リンドのようなタイプの輩はかなり根に持つので、一応だ。
案の定、それを聞いた全員が不思議そうな顔をしたが、詳しくは言わなかった。ただ言えたのは一つだけ。
「受けるのなら、絶対にクリアする覚悟で挑め。じゃないと…………後悔するぞ」
「そうだね。覚悟が無いなら、色々と終わるね…………」
これらを聞いて、全員が顔を引き攣らせていた。
この日から更に四日後、第二層迷宮区ボスは俺とアルゴで裏取りして広めた情報があったことで、万全な体勢と心構えが出来ていた攻略組によって突破された。
取り巻き中ボス 《ナト・ザ・カーネルトーラス》
ベータ時のボス 《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》
真の第二層フロアボス 《アステリオス・ザ・トーラスキング》
この三体のLAボーナス全てを、【ビーター】が掻っ攫う事で。勿論、周りとの確執が更に深まったのは言うまでもない。
はい、如何でしたでしょうか?
プログレッシブでキリトがやって見せたのは、高い位置にあるコブを空中でソードスキルを発動して攻撃する、というものでした。
SAOって飛び道具は殆ど無いのに飛竜とか蜂とか、飛行系モンスターが容赦なく居ます。ゲームでは空に浮かばないので良いんですが、現実的に(仮想世界的に?)考えて高度を上げないというのは絶対無いんですよね。
それに対処するために編み出したという設定です。第一層から蜂は居ますし、原作キリトはソードスキルをブーストして空中でコボルドロードを叩き落としていましたから、出来てもおかしくはありません。
原作キリトよ、お前本当に現代人なのか? ゲーマーなインドア派って本当なのか?("= =) トオイメ
ともかく、原作キリトは第二層時点で使っていましたし、本作キリトはSAO制作に関わる上でソードスキルの動作に携わっているので空中で構えを取るなんて朝飯前です。ユウキはそもそもOSSがあった原作ALO出身ですから普通に可能と考えています、空中戦闘でもソードスキルが使えないと話になりませんしね。なので数人は使える上級としました。
そもそも空飛ぶ敵への対策ならこれが一番ですから、原作キャラもアスナ辺りは三十層辺りで出来るようになっているんじゃなかろうかと思います。長槍や投擲物では効率悪いですからね。
そしてキバオウが一回目よりマイルドに、対して名前だけだったリンドが過激になって前に出てきています。ここも前回と違いますね。ディアベルがいるのに抑えられていない辺り、ベータテスターと何か確執があったのかも知れません。
ぶっちゃけストーリーは考えてません(笑)
ですが、今後も時折絡んでくる人です。そして結構扱い酷いです。
ではそろそろ、次回予告です。
第二層ボスを斃し、第三層に辿り着いた攻略プレイヤー達。ある者はギルドを興そうとクエストを受けに、ある者は第九層まで続くという大規模なキャンペーンクエストを受けようと森へ向かう。
そんな中、明らかに違う行動をキリトとユウキは取っていた。
その理由は、二人の関係が確たるものとなったあるクエストの為だった。
次話。第五章 ~死を経た者達~
すみませんが、ダークエルフさんは出てきません。
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第五章 ~死を経た者達~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今回は第三層のお話ですが、キャンペーンクエストは流石に書けなかったので終わってる設定です。流れとしては原作と大差無い事としています。
キャンペーンクエストって、未だにプログレッシブで続いてますから下手に書けないんです……アリシゼーション編ならともかく、SAOの謎とか裏設定が出てきますから下手に突っつけない。
あそこを自力で書けている作者方にはマジで脱帽です、尊敬します。
さて、今話はユウキ、アスナ、そしてキリトの視点で物語が展開されます。とは言え殆ど人間関係の描写ばかりで戦闘描写なんて薄いです。割とこじつけな所も多いです。
ぶっちゃけると自分でもSAO、ALO、GGO編は駄作と思っていたりします。当時も今も、この辺は変わりないです。
現在、GGOを書き直しているのですが、銃火器詳しくないので難しいですね。後のお話も書いてしまっている以上、そこがおかしくないようにしないといけませんし。ただ心情描写は物凄く詳しくなっていて、それで文字数稼いでますが(笑)
……話が逸れてしまった。
そろそろ終わりとします。
ではどうぞ。
第五章 ~死を経た者達~
ボクは今、三層の深い森をソロで進んでいる。
ずっとキリトさんと一緒にいたかったけど、ディアベル達が本格的にギルドを作り始めたことが関係していて、今はキリトさんと別行動を取っているのだ。
クラインは《風林火山》を、ディアベルは《アインクラッド解放軍》を、リンドは《聖竜連合》を、そしてヒースクリフと言う男は《血盟騎士団》を立ち上げた。アスナはヒースクリフのギルドに、他の皆は軍に入った。アスナが《血盟騎士団》に入るのは予想済みだった。
少し予想外だったのが、キリトさんが一切誘われなかった事だ。リンドはともかく、クラインやヒースクリフ、ディアベルには誘われてもよさそうな間柄なのに。まあ納得は出来るけど。ボクは引く手数多で、断るのに苦労した。とにかくそんなわけで無事にギルドは立ち上げられ、それらに入って縛られる事を良しとしなかったボクとキリトさんは、攻略組で唯一のタッグプレイヤーとなった。
現在、三層を探索し始めてから一週間、とっくに次の層へ行ってもいい筈なのだが、それはあるクエストで足止めを食っているからだ。キャンペーンクエストと呼ばれるそれは、三層から九層まで続く特殊クエスト。それに一つ一つの章――この場合、一層毎の一連のお話を一章で区切る――が長い上、一度放棄するか失敗、すなわちキーアイテムを持ってるプレイヤーが死ぬと、そのパーティーやプレイヤーは二度と受けられない。プレイヤーが一回しか受けられないクエストなのだ。
色々事情があって、攻略組の主だったギルドは放棄し、迷宮区を探索している筈だが、アイテムの取得権やレベリングの争いであまり捗っていないようだ。
自分もそのクエストを進めてはいる、キリトさんと一緒に。今は一章をクリアしたので、一旦別れただけだ。では何故深い森にいるのかというと――――
「見つけた…………《師弟クエスト》受注場所…………」
早速クエストを受注、早くキリトさんに会うために、急いで第三層主街区【ズムフト】に戻る。ステータス割り振りは筋力・敏捷=3・7の割合だから、かなりのスピードが出る。全力ダッシュを二十分するとすぐに街が見えてきた。
大きな樹を直接家にした街並み。流石エルフとダークエルフ、自然ファンタジーの代名詞ともいえる二種族が争うテーマの層だ。実際、それを抜きにしてもこの層全体が森に覆われているから、自然を使った家でないと違和感バリバリなのだけれど。
彼が取っている筈の宿屋に早足で向かう。大きな樹の中も宿なのだけど、彼は自ら忌み嫌われる役になったので、攻略組、特に《聖竜連合》と顔をあわせない為に人気の無い宿を取っているのだ。少なくとも、探さないと絶対に見つからないだろう宿だ。いや、宿とすら気付かないかもしれない。そんな趣のボロい建築物。
扉をココン、コ、コココンと独特のリズムでノックすると、数秒後に中から声。
それに名乗って返すとすぐに扉が開いた。中で待っていたのは、ラフな上下黒の部屋着のキリトさん。
前世で知っているキリトは、少なくとも女顔ではあったけど髪が長かったりはしなかった。目の前にいる彼は、性別を知らなければ完全に女の子と勘違いする。まあ、それも二刀や黒のロングコートなど、黒尽くめな格好で【ビーター】と分かるのでナンパする馬鹿はいないけど。
「…………今、微妙に失礼なこと考えなかったか?」
「きっと気のせいだヨ」
「なぜアルゴっぽい発音なんだ…………まあいいか。それより、受注したのか?」
「うん!」
彼の鋭い勘に内心冷や汗を流していると、表情を真剣なものにしてボクを見てきた。それに、笑顔満面で返す。もう逃げ道は無いんだぞ、と。
それが伝わったのか、観念したのか、溜息を吐いて頭を振った。
「はぁ……嬉しいと言えば嬉しいけど。ユウキはどうして前回同様に俺と師弟関係になりたいんだ?」
「キリトさんはボクより遥かに強いし、なにより、キリトさんからはボクと同じ感じがするから」
天を仰いで呆然とするキリトさん。しかし、実はそれだけではない。前回から燻っていた疑問をついでに解消するべく、更に彼に言葉を投げかける。
「ね、師弟として組む前に、またお互いの事をよく話そうよ」
「…………そうだな」
それから再びお互いに話すことに。まずボクから話した。
前世はエイズ患者で、終末期医療状態で息を引き取ったら、気付けば再び赤ん坊として生まれていた事。小四の頃、エイズの特効薬が開発された事。この世界に、それのお礼を言いに来た事。キリトさんは所々頷きながら、黙って話を聞いていた。
前回、一緒に戦っていく中で、キリトさんだけは【絶剣】という二つ名ではなく、ユウキという一人の女の子として見てくれた。そしてボクは彼の強さに惹かれた。それらをキリトさん本人に再び明かす。その上で、今度は彼に話をするよう促した。
彼は頷いて、話し始めた。
彼が前世では、ボクの知る《キリト》が主人公の小説を愛読していて、家族の人を守って自分が死んだ後、この世界に転生したこと。
長年の、誰にも明かしたことが無かった秘密に、互いを見合って笑った。
どこまでも、似たもの同士。そう、思った。
前世があって、前回のアインクラッドを覚えてて、今回も前回とほぼ同じで進む。違うのは、彼の容姿と立場、ボクの想いと行動。
前回、ボクやリーファ達は迷わず《血盟騎士団》に入ったし、シリカとはかなり後で知り合った。そもそも、今回ほど軍は大きくなかった。でも今はボクはペア、アスナだけが《血盟騎士団》に入り、他の皆は軍に入った。しかもフィリアが初めからいる。
「さて! お互いの事情も再確認したし、早速パーティー組もうよ!」
「はぁ……お前は相変わらずだな」
「そう言うキリトさんは背がちっちゃくなったよね。ボクと同じくらいかほんのちょっと高いくらい?」
「………うるさい。確かに龍神に転生特典として頼んだけど、頼んだけど……!」
グギギギギ……と呻くキリトさん。まあ自業自得だよね。
……そういえば。
「そういえばさ。その姿が小説での《GGO》っていうゲームアバターなら、そのゲームでアバター作成する時もその容姿なの?」
「それどころか《ALO》に《SAO》のデータ引継ぎした際も、同じ見た目、リアル準拠だからな。下手すれば三つのゲームで完全に見た目が同じ、ということもあり得る」
「うわぁ…………ちょっと見てみたいかも……」
「俺からすれば一発でバレるし、憂鬱なんだけどな…………」
キリトさんは項垂れた。まあ男でその容姿、しかも有名タイトルとなる三作でリアルと全く同じアバターならそうなるかもしれない。話を聞く限り、ボクもなりかねないらしいけど。
そうはならないように祈りつつ、パーティーを組んでクエスト場所へ向かう。
既に武装していて、ボクは最大強化の【ブラック・シバルリックソード+8】に紫紺色を基調としたプレストプレートに【ナイトリィコート】。
彼は言わずと知れた装備、黒のロングコートに一本の黒剣【シャドウ・ギルティソード+8】。罪の影剣、という意味の剣。
二本とも、キャンペーンクエストを進める間に立ち寄る事になる、居留地で得たのだ。このキャンペークエスト、実はエルフ側とダークエルフ側の二パターンあり、どちらにつこうともエンディングに差は無いのだとか。で、味方についた方でクエストを進めていく中で、味方した種族――ボク達はダークエルフ側――の居留地でお世話になるのだ。
そこにいた、接客はアレな無口な鍛冶師が鍛えてくれた会心の二振り、それがこの二本の剣。それまで使っていた剣をそれぞれインゴットに変え、それを使って鍛えてもらった。それで生成された武器、というわけだ。キリトさんも心底驚いていた。
おそらく、キリトさんのチート装備を除けば現時点で最強に位置する武具を装備し、ボク達は二人連れ立ってクエスト地点へ行く。
一時間後、目的地に到着。キリトさんの知らない設定があったため、念のためにボクは待機して、彼だけ突っ込む。
内容は『ゴブリンアーチャーの討伐』。遠距離攻撃という、およそプレイヤーに不利なMobを相手に、彼は一切被弾せずに斬り伏せた。心配は幸いな事に杞憂となり、無事に達成。
ボク達は晴れて『師弟』となった。同時にアイテムストレージは一緒になった。チート装備は彼専用らしいから装備できないみたいだけど。ちぇ。
「はぁ、やったぁ…………一歩前進、かな?」
「そうか? なら良かったが……ま、これからもよろしくな、ユウキ。前回同様に弟子になったわけだが、今回はキチンと俺の戦い方やシステム外スキルも教える。とはいえ、上級までなら殆ど使えるだろうけどな」
「それでも頼もしいよ? キリトさんは前回、長い間ソロを貫いてたんだし…………これで、ボクもキリトさんも『共犯者』、になるのかな?」
「さあな…………とりあえず、よろしくな」
肩頬を吊り上げて笑い、どちからともなく握手をする。
前回の途中まではキリトさんを《キリト》かと思ってアスナに遠慮していたけど、彼もボクと同じと分かっているし、結婚しているのだから遠慮はいらない。
そう意気込んで、彼と一緒に進む。
これからもボクは彼とずっと一緒にいるようになり、たまに冗談で『師匠』とも呼ぶけど、それもお互い楽しんでる。今まで生きてきた人生の中で、もしかしたら一番かもしれない喜びを感じながら、彼と一緒に、ボクはこの死の世界を生きる。
ちなみに、この後に暇つぶしとしてギルド結成クエストを達成して、《凛々の明星》と《スリーピング・ナイツ》をかけて、《十六夜騎士団》を結成した。
キリトさんのギルドが星と月、ボクのギルドが夜とキリトさんが連想し、名前を付けたのだ。今のところ、ボクとキリトさんのギルドだ。
***
「えー……これより、第三層フロアボス攻略会議を始めたいと思います……」
そう私の隣でそう宣言した彼はディアベルさん、この攻略会議の、そして《アインクラッド解放軍》リーダー。私、アスナは《血盟騎士団》副団長。
彼のギルドはなるべく多くのプレイヤーが生き残れるように活動し、攻略を進めることを、私のギルドは攻略を最優先とした行動を目的としている。普段の活動は色々と管轄が違っているけど、ボス攻略に限っては手を取り合って協力する。団長は攻略にしか興味を示さないから、代わりに他のギルドとの折衝は私が受け持っている。私が彼と親しくて話がしやすいこともあるだろうから特に不都合は無い。
ちなみに、《聖竜連合》を立ち上げたリンドは、ディアベルの元ベータテスターや【ビーター】であるキリト君を受け入れる姿勢に反発し、彼の元を離れている。彼に従った者達、つまり《聖竜連合》に所属するプレイヤーは全員が元ベータテスター批判派だ。
ディアベルの姿勢に反発こそすれ、攻略リーダーとしてまでは反発していない。それでも、キリト君に対してだけは凄まじい反感がある。
今もその反発感と嫌悪感でピリピリした空気が会議場を満たしている。それはいつもの事なのだが、しかし今日に限っては若干いつもと原因が違っていた。
その『原因』の存在――――ユウキは、いつもと変わらない笑顔だ。キリト君は流石に苦笑している。要は男の妬みや嫉みでピリピリしているだけだ。
「――――というわけで、この攻略本に書かれている特徴は以上だ。それでキリト君、頼んでいたことはどうなったのか教えてもらえるかい?」
「ああ、キッチリ持って来た。とはいえ、大した情報じゃないんだけどな」
ディアベルの問いにキリト君は飄々とした態度で答え、会議場舞台に来た。
ディアベルが頼んでいた事、それは、『キャンペーンクエスト一章が終わった時、ボス攻略に有益な情報が出たら教えて欲しい』というものだ。噂で囁かれていたのだ。
キャンペーンクエストはエルフとダークエルフの二種族のどちらかを選び、進行させていく特殊クエスト。どちらについても、相手側や同じ種族を選んだプレイヤーと互いがクエスト進行に邪魔にはならない。基本は。このクエスト進行で、目的地が同じ場合があってバッティングしてしまい、一度大荒れに荒れた事がある。そこに運悪くキリト君とユウキのコンビも来てしまい更に悪化。
リンドとディアベル、ヒースクリフ団長に私、キリト君の五人で話し合った結果、キリト君たちがキャンペーンクエストを進め、私達ギルド組が迷宮区のお宝探しとなった。当然ながらリンドが喚いたが、それを私たち三人が止めた。この時、ディアベルとリンドの間柄の亀裂は決定的となり、リンドは彼から離れて《聖竜連合》を立ち上げた。
あれから一週間が経った。遂にボス部屋を見つけ、攻略組の平均レベルが15を超えて安全マージンが取れたので、攻略会議を開いた次第なのだ。
そして、キリト君はキャンペーンクエストで分かった事を述べる。
「えーとだな……『ボスは毒攻撃を多用するから、解毒ポーションを大量に用意すること』だ…………一応言っておくが、少なくとも、ベータ版では毒攻撃は使わなかった。だから攻撃方法やモーションも一切知らない。回避できるようになるまで被害が出るだろうから、出来るだけ多く用意しておいたほうが良いと思う」
彼の言葉にがっかりした者、疑わしそうに見る者、真剣に頷いている者など多種多様な反応が起こった。大半は前二つだが、彼さえ知らない設定と聞き、目を見開いて驚いていた。
それを受け、キバオウとディアベル、リンドに団長、そして私が攻略手順を話してまとめる。そしてそれを公表して役割分担した。
ディアベル隊がタンク、キバオウ隊がアタッカー、リンド隊がアタッカー、ヒースクリフ隊がアタッカー兼タンク、アスナ隊がアタッカー、クライン隊がアタッカー兼援護。キリト君はユウキとコンビで遊撃に。
つまり二人は自由に動けるわけだが、前回もLAを全て取られたからか、リンドが相当釘を刺して嫌味を言う。
「ビーター、前回は《ブルバス・バウ》と三体のLAを取ったんだ。今回はすっこんでろ」
「あの牛は本隊だったレイドが危険だったから倒したのだし、ボス三体に至ってはそんなこといわれる筋合いは無い。欲しかったら狙えば良いだろ。それでお前や誰かが死んだら勝っても敗北と同じだし、命あっての物種だけどな」
「黙れ! お前さえいなければ……!」
そう言って曲刀を抜こうとするも、キリト君は一切動かなかった。ただ、冷ややかにリンドを見つめるだけ。それだけでリンドは固まり、そのまま席に戻ってしまった。
リンドが自分の仲間だったこともあり、ディアベルが謝るが、彼は気にしていない風にヒラヒラ手を振った。
「いいよ、別に。ま、俺がいなかったら確実に死者は増大してただろうけどな」
確かに、彼が情報を即日出さなければ、私たちの中にも会えない人はいただろう。そう考えると寒気がする。
「そうか…………………ところで、キリト君。そっちの彼女……ユウキ君だっけ? 長い間、聞きそびれてたんだけどさ、彼女となぜコンビを……?」
「ああ、知らないのも無理は無いか。俺とユウキ、《師弟》になったんだ。俺が師匠でユウキが弟子でな」
「「「「「…………へ? ――――ええええええええええ?!」」」」」
会議場にいた攻略組全員(リンドと団長でさえも)が驚きの声(一部悲鳴)を上げた。
あのキリト君に《師弟》関係になる事を認めさせた。その事実が完全に予想外だったのだ。普段冷静沈着なヒースクリフ団長でさえ、口をパクパクさせて驚愕している。ちなみに、悲鳴を上げたのは数人だ。
…………私じゃないよ? まああの二人の場合、当然と言えば当然の流れなのだけど…………
注目されたユウキは幸せそうにはにかみ、キリト君は平然としている。それに少し不満気なユウキ…………この反応の落差、彼女に同情したくなってきたかも…………
色々話を聞こうとしたけど、二人とも黙秘を貫き、自分達二人にデュエルで勝ったら教えると言われてしまい引き下がるしかなかった。だって、キリト君は全プレイヤー中最強、ユウキも彼に追随するほどの反則級の強さを誇るのだ。そしておそらく、二人のレベルもステータスも私たちより高い筈だ。つまり絶対に勝てない。
会議が終わった後、そのまま二人連れだって去っていった。師弟となり、戦闘の呼吸を合わせやすくするため、二人は宿で同じ部屋を取るらしい。ベッドは別々らしいが。
その二日後、三層ボス攻略が始まった。
***
三層フロアボス《ネリウス・ジ・イビルトレント》。巨大な樹木型Mobボスで、事前情報として、広範囲攻撃でスタンと毒効果攻撃をそれぞれ持っていることが分かっている。
打撃属性(メイスや両手棍のスタッフ)や細剣の刺突属性はほぼ効かないが、斬撃属性はかなり効くことが分かっているため、俺とユウキの遊撃は攻撃メインとなりそうだった。攻撃力と敏捷、攻撃速度がかなりあるため、高速のヒット&アウェイ戦法が取れるからだ。
そのための特訓を積み、二人専用の技も作り出した。片手剣スキルを無茶をして上げ、OSSも全力で作成。上手く連携が成功すれば大ダメージを与える事が出来る。
そのタイミングが非常に難しいのだが、なにせ俺の弟子にして転生と逆行もあり、経験豊富な状態のユウキだ。俺と息を合わせるのは朝飯前。俺も彼女と息ピッタリなので戦いやすいことこの上ない。
そんなわけで、俺達二人は二日間をレベリングとスキル上げに費やした。俺のレベルはチート効果もあって43、ユウキは師弟関係とチート装備の影響で41。確実に全プレイヤー中トップだろう。
ヒースクリフ=茅場晶彦はフェアプレイを貫く男だから、GMアカウントでレベルやスキルのズルはしない筈。むしろ俺達のほうが完全にズルだ。もしかしたらカーディナルに監視されているかもしれない。
そんな事を考えつつ、俺とユウキ含めた討伐レイド七十四人はボス部屋の前にいる。
前回、前々回より一人多いのは、ヒースクリフが入った為だ。元からいた攻略組が《血盟騎士団》に入っただけなため、ヒースクリフ分の人数しか増えていない。とはいえ、彼のタンクとしての防御力は《神聖剣》が無くとも凄まじいので、彼の参入を拒む理由は無かった。俺とユウキもクリアを目指すのに利用するつもりなため、口出しはしていない。
現時点で暴いても、おそらく排除されるだけ。俺もGMアカウントがあるが、おそらく今回のGMアカウントの方が権限レベルは上だろうから、対抗は出来ないと考えて良いだろう。だからそれなりに時期が経ってから暴こうと話をした。
故に今はスルーなのだが、いずれは暴く。
しかし時期に迷うんだな。遅いと須郷の妨害、早いと排除される危険性。こまめにタイミングを計るしかないだろう。まずは興味を俺に引くことからだ。だから、俺はLAを取り捲るつもりだ。単純に楽しいこともあるが。今回も出来れば取りたい。取ることで実力を示し、ヒースクリフの興味を俺に向けるのだ。
まあユウキが取っても差し支えないのだけれども。ストレージが同じだし、彼女と俺は運命共同体だからだ。
「皆、俺から言えるのは、定番になってきたけど一つだ…………勝とうぜっ!!!」
「「「「「おおっ!」」」」」
仲間の声を聴いてすぐに俺達も突っ込む。互いの黒剣を携え、目指すは腕部分の付け根。
そこにレイジスパイクを決めてスタン範囲攻撃を阻止。続けてユウキが頭にソニックリープを放って視力を奪う。軽くスタンが入っている間に全員で猛攻。タンクがアタッカーになっている。
十数分間それを繰り返していくと、四本あったHPバーが残り一本に。攻撃パターン変更ラインだ。
そこで俺とユウキの攻撃によって、恐るべき事実が分かった。
『グオオォォォ……!』
「オイ! あの残りのHPバー、回復しとりゃせんか?!」
「……どうやら、残り一本になると高性能のHPリジェネが付与されるようだね。二本目まで回復しないのは幸いだ……しかしリジェネとは、流石樹木Mob」
ディアベルの声が淡々と響く。
確かに一本部分のみのリジェネがあるようだ。しかも俺とユウキで減らした二割分がものの十秒で一割回復してしまう。これは相当な攻撃力をもったアタッカーに攻撃してもらわなければ倒せそうに無い。
というか、前回も同じ展開になったが、あの時はどう倒したのだったか…………?
「キリトさん、『アレ』やろう!」
「……わかった。タイミングを合わせろ! 機会は一瞬、いくぞ!」
「ボクを甘く見ないでよね!」
互いを見て頷き、ボスの左右前方に散開する。そして突きの構え。
「いくぞ、合わせろ!」
「うん! 喰らえ! 協力技!」
「衝破!」
「「十文字ッ!!!」」
『グゴオオォォッ?!』
右手に持つ剣を肩に担ぐような構え。片手剣重突進技 ヴォーパル・ストライク。《片手剣》スキルの値が950になると習得する、重突進技。リーチが突進の分もあってかなりのもので、スピードもあり使いやすいソードスキルだ。それを相手に対してクロスを描くように突き抜ける協力技、それが衝破十文字。それを二人で再現したのだ。うってつけにそれっぽい突進突きがあったのだし。
クロスを描く形で突き抜け、ボスがいる交差点が爆発。更に大ダメージが入り――――そのまま蒼いポリゴンとなって四散した。
「……あれ? 一発?」
「………………爆発含めた三撃とも、クリティカルだったのか…………」
ユウキと俺のコメントに、ヒースクリフでさえも唖然とした様子で黙り込んで俺達を見ている。段々いたたまれなくなってきた。
――――と、そこでユウキが嬉しそうな声を上げた。どうやらLAボーナスはユウキが取ったらしい。俺とストレージを共有しているから、間違って取らないようにしなくては。
「ユウキ、何が出たんだ?」
「えっと、【ナイトリークローク】だって」
その言葉と同時、ユウキの服装が変わった。
今までも薄紫を基調としたクロークだったが、今回のは澄んだ濃い紫色のクローク。よく似合っていて、形自体はアスナの《血盟騎士団》のクロークに似ている。彼女の髪は藍色で目は澄んだ赤がかったアメジスト色。クロークの色がよく合っている。
意味は夜……もしくは騎士か? どちらにせよ、ユウキにピッタリの防具だ。
「へえ! ユウキ君良かったじゃないか! よく似合ってるよ!」
「うんうん! 私もそう思うよ! ね? リーファちゃん」
「はい、そう思います。なんだかあれですね、キリトくんと並ぶと、黒と紫色のコンビだから二つ名が欲しくなっちゃいますね」
「だな。そうだな~俺が付けるとすりゃあ…………【黒紫師弟】なんてどうよ?!」
「それはありきたりですよ、もっと珍しくて格好良い二つ名でないと…………そうですね…………【藍黒師弟】なんてどうでしょう?」
リーファの意見に周りが反応、結果は【藍黒師弟】になったようだ。まあ誰がどう呼ぼうが構わないのだが。ユウキはどちらでも嬉しいらしい、俺とのコンビが認められたからだろう、俺も嬉しい。
……………………リンドの視線が突き刺さって痛い。こういう視線は前回もあった。
この視線は、このまま放っておくとPK――殺人に走る者になる可能性がある人間が放つ視線だ。どうも、俺はリンドに悪影響を与えすぎたらしい。しかもPKの恐ろしさがイマイチ現時点で伝わっていないので、その辺の危機感が前回より薄い。
リンドの動向と《ラフィン・コフィン》の動向を、逐一気にしなければならないだろう。おそらく、前回同様で原作より早い時期に結成される筈だからだ。それを頭の隅にメモしつつ、ユウキを促して上へ進む。
第四層。三層で仲間となったダークエルフの女性騎士《キズメル》と再会の約束をした場所であり、俺とユウキの二人が、本当の師弟として戦い始める層。初めからコンビで動き、攻略を進めるのだ。そして、キズメルを驚かす。彼女はかなりの強者だ、俺達が強くなっていれば、それを喜んで祝福してくれるに違いないから。
その未来に胸を高鳴らせ、ユウキと共に上る。そして、白亜の扉を開いた――――
はい、如何でしたでしょうか?
《師弟》に関してですが、これは~創世の調べ~第二十七章、キリトとユウキが結婚した事を報告した辺りで説明していますので、解説を省きました。今回はその時に省いたクエストの内容についてです。
とは言っても殆ど討伐クエストですが、この開始したばかりの慣れていない時期に弓による遠距離攻撃を受けるとなると、どうしても経験者であるベータテスターに師事しないと勝てないと思います。なので弓ゴブリンを置きました。本作SAO&原作ALOでの最強コンビの前には形無しですが、実際原作基準で考えると結構難易度高いかと。
そして出ました協力技。《衝破十文字》はテイルズシリーズ定番となった協力技で、突進突きを二人が交差するように放ちます。本作のような爆発が起こるタイプでも二ヒットが基本です。
しかし、SAOゲームの《ヴォーパル・ストライク》は何故か突きと衝撃波の二ヒットなので、キリトとユウキの刺突と同時の爆発で三ヒットとしました。更に上級ソードスキルな上に威力が高く設定されているので、耐性属性の刺突だろうと問答無用でHPを削り切っています。
二人だからと納得しておいて下さい(笑) 協力技補正というやつです(笑)
さて、話は変わりまして、二人はギルド《十六夜騎士団》を設立しました。名前の由来は文中にある通り。実はこれを出したくて《凛々の明星》を出していました。
希望の星、期待の星と言うように、何故か明るいイメージの言葉には夜関連の単語が入ります。逆に太陽が沈む、洛陽というように、暗いイメージは太陽関連です。なので十六夜という満月の輝きをイメージするギルド名にしました。こちらは《凛々の明星》がイメージです。
騎士団は言わずもがな、ユウキが生前所属してリーダーをしていた《スリーピング・ナイツ》からです、眠れる騎士団ですからね。ただSAOでもマジで洒落にならんのでその名前は作れません。あと、文中にある通り、こちらからも夜を連想しています。
よって二つを合わせ、《十六夜騎士団》というギルド名が作り上げられました。
ただしこのギルド、実はまだ完成ではありません。一応逆行編ではこれで完成ですがね。
今後このギルドと二人がどうなっていくか、どう成長していき、どのような影響力を持つようになるか、お楽しみ下さい。
ただ逆行編ではほぼ関係ありません、だってキリトの絶望をテーマにしてますから☆
希望なんてありませんよ(笑)
ではそろそろ、次回予告です。
過去に遡り、記憶を頼りに順調な攻略速度を保っている攻略組。その中心人物としてキリトとユウキ、【黒の剣士】と【絶剣】は既に有名となっていた。
そんな折、キリトはある者達と再び邂逅する。
それはかつて目の前で助けられなかった黒猫の集団だった……
次話。 第六章 ~淡い願い~
ユウキも居ますよ?
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第六章 ~淡い願い~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話はユウキ視点が多いです。キリト視点は前回SAOでしましたし、他人から見る方がよっぽど分かりやすいと思います。
ちなみに、タイトルの《淡い》は切なく、儚く、小さな、些細なという意味を持たせています。《願い》は勿論彼らを救いたいという希望です。
ではどうぞ。
第六章 ~淡い願い~
「それじゃ、キリトさんとユウキさんとの出会いに、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
「か、かんぱい……」
「かんぱーい!」
「……乾杯」
ボク達は今、十九層主街区の宿屋で、あるギルドと歓迎会(?)をしてる。現在の最前線は五十一層、半年経った五月の今頃、たった半年で半分過ぎたのだから、かなり速いペースと言える。
今回の五十層攻略は前回とは違って、ヒースクリフの《神聖剣》、キリトさんの《二刀流》は勿論、そこにボクの《絶剣》の三つのユニークスキルが解禁されたから、以前よりも軽く終わった。それでヒースクリフのHPは五割ギリギリになっておらず、茅場だと決める決定的な材料が判断材料が無くなったから、今でもヒースクリフは《血盟騎士団》団長をしている。
仕方ないからと攻略を進めてると、キリトさんが不意に、ある事を思い出した。それは、キリトさんにとっては忘れられない日。かつて一緒に過ごした仲間たちの事だった。
ボクとキリトさんはすぐに下層に降り、キリトさんの記憶を頼りに十九層の迷いの森に行った。すると、丁度キリトさんの記憶どおりに彼ら――――《月夜の黒猫団》が戦っていた。
でも、少し違和感があった。人数が二人ほど多かったのだ。前回はシーフっぽい短剣使いの男の子と長槍使いの男の子はいなかった筈。少なくとも、そんな話は一切聞いてない。
キリトさんも一瞬困惑したけど、今は救出が先と判断。二刀流とボクの絶剣で一気に彼らを囲んでたゴブリン達を屠る。そして彼らを見た。
内三人は覚えがある。サチ、ルシード、ルネードの三人だ。他の五人は覚えが無いけど、キリトさんの話でなんとなく分かっている。
「あ、ありがとう……物凄く強いね」
「ま、これでも攻略組だからな。ここに来たのは素材集めで、君たちを助けたのは偶然だったんだよ」
「え、攻略組?! あ、二刀黒尽くめの男の子に紫紺色の女の子…………まさかキリトさんにユウキさん?」
「そうだよ」
ルネードさんの問いかけにボクが軽く答え、それに驚愕する七人。まあ、最前線から思いっきり離れてるここで攻略組にあえば、そういう反応もするかな。
そのあと、ポーションが不安だと言うリーダー《ケイタ》からの頼みで、ボク達は七人の護衛(頼まれてもするつもりだった)を引き受けて、今に至る。
それぞれ自己紹介をすました。リーダーでスタッフ使い《ケイタ》、シーフっぽい短剣使い《ダッカー》、片手剣使い《テツオ》と《サチ》、長槍使い《ササマル》と《ルシード》、短剣と投剣使いの《ルネード》。この七人がギルド《月夜の黒猫団》。
前回いなかった筈の二人は《ササマル》と《ダッカー》で、この二人はキリトさんが前世で読んだ小説の中に居て、ボクの前世のキリトさんは会ってる人らしい。前回いなかったのはわからないけど、今回は前回とやはり何かが違うようだ。
そんな思考を浮かべながら話をする。キリトさんと一緒に敬語は外すよう頼んだ。
だってどう考えてもボク達のほうが年下だし、敬語には不慣れなのだ。堅苦しいのは嫌いだから、そう言った。ケイタは顔を綻ばせ、快く頷いてくれた。
すると、真剣な顔でこっちを見てきた。見れば他のメンバーも同じ感じだ……サチ以外。
「えっと、キリトにユウキ。ボク達、攻略組を目指してるんだけど……その、レクチャーをしてくれないかな?」
「…………一応訊くけど、ケイタ達はどうして攻略組を目指すの?」
「…………憧れ、もある。でも一番は、ボク達も皆のために戦いたい。それが大きな理由かな」
ケイタは真面目に答えた。他の皆も似た感じの意見らしい、同じ雰囲気が感じられる。
理由は立派、でも……それではダメかな。
「あのね、ケイタ達を悪く言うつもりじゃないけど……攻略組に、皆の為なんて言って戦ってる人は少ないよ。それに、ケイタ達は良いかもしれないけど、サチはどうするの?」
「……え? 私?」
「うん。戦闘をチラッと見ただけだけど、サチ、怯えてたよね。攻撃する前やされる前に目を瞑ってた。それじゃあ最前線ではすぐに死ぬよ」
他の皆が絶句し、サチは驚愕してる。見抜かれたのが余程ショック、もしくは驚きだったのだろう。キリトさんは口を挟まずに成り行きを見守ってる。
「サチ……そうだったのか?」
「……うん。ずっと、怖かったの…………本当は始まりの街から出たくもなかった。でも……皆が行くって言って……置いてかれるのが嫌だったから、怖かったから……黙ってたの…………ホントは片手剣使いへの転向も嫌なの。怖いから……」
「そう、だったのか…………」
ルシードが呆然と呟き、項垂れた。この半年間、一緒にいたのに全く気付けなかったことに後悔しているのだろう。他の皆も同じようで、雰囲気が暗くなった。なんだかお通夜か残念会みたいになった。
それを破ったのは、成り行きを見ていたキリトさん。
「それで? 結局のところ、サチはどうしたいんだ? 片手剣使いになるのか、槍使いとして戦い続けるのか、生産職としてギルドのバックアップをするのか。色々選択肢はある。なんなら第一層の子供たちの面倒見てる孤児院みたいなとこで、子供たちの世話でもするか?」
「そんなとこがあるの?」
「ああ。一応ナーヴギアには建前になった使用制限年齢として、十三歳未満の子供は使っちゃいけないんだけど、どうしてか小学生が多いんだよな」
「それ、キリトさんもバリバリ入るからね?」
ボクの突っ込みにケイタ達は笑った。この人たちはよく笑うから、自然と空気も軽くなった。サチが笑いながら言う。
「ん、と…………キリト、出来れば私に片手剣の手解きをしてくれない?」
「てことは転向するのか……手解きなら俺じゃなくて、同性のユウキが良くないか?」
「……キリトは、憧れだから」
憧れねぇ……と腕を組んで唸っているキリトさんは、恐らく気付いていない。彼女がボクと同じ目で、キリトさんを見ていることに。メチャクチャ鈍感な彼は、サチに狙われているのも気付いていない。このメンバーの中で、ケイタ達は既に気付いたというのに。
というかアレだよ、アルゴやアスナ達も同じ目で見てたのに、それに長い間一切気付かなかったってどうなんだろう? もしかして気付かないフリだったのか。
それなら結構キツいお仕置きが必要だね…………
「フフフフフフフフフフフッ…………」
「ユ、ユウキ……? 俺を見ながら虚ろな目で笑うのはやめてくれないか…………?」
おっと、どうやら声に出ていたらしい。でも自業自得だと思うよ、キリトさん。
そしてボクの反応でサチも気付いたらしい。好戦的で不敵な微笑みを――――って、さっきまでの怯えた感じはどこにいったのかな? もしかしてこっちが素なの? 前回、片手剣振らせたら凄い強かったけど、もしかしてそういう感じの人? 剣持ったら人格変わるみたいな?
でも怯えてたし…………このあとのキリトさんとの特訓が原因かも…………よし、絶対阻止! キリトさんは渡さないもんね! 前回で既に結婚してたし、今回も結婚する事自体はキリトさんも了承してるから、結果は変わらないけどね! ちなみにボクは、このギルドの行く末を見てから、それがたとえ誰か死亡したとしても結婚するつもりだ。
ボクと視線の応酬をするサチ。
その間にさっさと話を進めていて、ボクとキリトさんは一緒にケイタ達のギルドを手伝うことになった。ギルド加入は断ったらしい。まぁ既に僕達で作ってるしねぇ……加入希望者はいないけど。ジュリウス他、めぼしい人たちは全員他のギルドか野良を選んだのだ。
それから一ヶ月間、攻略やボス討伐の合間を縫いながら、ケイタ達の特訓に付き合っている。
彼らの戦力バランスは後衛に固まり気味だったけど、サチがボク達の指導もあって、無事に片手剣使いに転向。前衛は強化された。ぶっちゃけ物凄く強くなったので、ボク達八人は戦慄していたりする。
だって、剣を振りながら「フフフ……」とか「五月蠅いよ」って笑いながら言ったりして戦うのだ、怖いよアレ?! あれってホントにサチなの?! そっくりさんじゃなくて?!
そんな感じの共通見解がひそかに立てられていくのを知らず、彼女はソロ戦闘において、雑魚Mobならまず遅れを取らなくなった。ノーダメージで圧倒したまま勝てるくらいだ。
……この人、何で今まで怯えてたの? いや、前回のSAOで一緒に戦ってたから強いのは知ってるけどさ……
*
それから時は過ぎて7月7日。最前線は五十八層。
ボク達が無茶な速攻マッピングをしなくなったから、微妙に攻略速度は落ちている。しかしアスナやヒースクリフ達からすれば、これくらい余裕のある方が良いらしい。前回も今回も、かなり急ぎ過ぎたみたいだ。
ギルドの戦力もかなり増強され、平均レベルは63。もう少しで安全マージンを満たすまで来た。キリトさんは92、ボクは89だ。
『七夕クエスト』や『七夕イベント』をクリアしたという事で、今日と明日はゆっくり休む休日になった。
ボクとキリトさんも一旦離れ、思い思いに過ごす事になった。暇になったボクは四十八層【リンダース】の街にある、【リズベット武具店】に向かう。
「いらっしゃいませ――――ってユウキじゃない。久しぶり」
「久しぶり、リズ。コレの研磨をお願いしたくて」
「ああ、今手が空いてるし良いわよ」
そう言ってボクの愛剣【ルナティーク】という黒剣をリズに渡す。
これは五十層ボスのLAボーナスの一つ。前回は【エリュシデータ】だけだったのだが、キリトさんを転生させた龍神が変えたんじゃないかな、との事らしい。ちなみに、ボクがLAを取ったけど、ストレージは共通だから彼はその【エリュシデータ】を装備している。
ボクとしても前世で装備してたALOの武具に似てるから、かなり気に入ってる。体全体の装備も、前世のボクを知る人から見れば完全に再現されてると思うだろう。
これら全て、目の前でボクの黒剣を砥石に当てて研磨してるリズが造ったのだから、本当にリズには恐れ入る。アインクラッドで随一の腕前と、一番早くマスタースミスになった人は、やっぱり色々と凄い。
一分後に研磨が終わり、丁寧にしてくれたお陰か耐久値に最大値減少も起こらずフル回復した。相当なスキル値が必要らしいけど、リズ曰く、本気で丁寧にすれば簡単との事。でもキリトさんは普通は最大値が減少するから、リズは特別だろうと言ってる。まあリズは元から凄いんだけど。
渡される剣のお返しに百コル金貨を指で弾いて渡す。これ、アスナがよくやっていたから真似たのだ。指でコイン弾くのって格好良い。
「まいど! またご贔屓に!」
「他の鍛冶師知らないし、リズが一番信用できるからね。贔屓させてもらうよ」
「嬉しいわね…………ところで、キリトは? ユウキといつも一緒にいるでしょ?」
「ああ……キリトさんとは別行動だよ。最近は《月夜の黒猫団》っていうギルドの特訓に掛かりきりだったからね。久しぶりの休暇なんだ」
「ああ、噂になってるわよ。【藍黒師弟】があるギルドを手伝ってるって話」
「へぇ、噂になってたんだ…………ん? メール? ケイタから……って、え?!」
「ん? どうしたのよ?」
「ゴメンリズ! また今度ね!」
「あ、ちょっと?!」
リズへの挨拶もそこそこに、ボクは急いで五十七層に向かった。ケイタから届いたメールに
From Keita
ダッカー達が僕やキリト達を驚かそうと、五十七層迷宮区へトレジャーに行ったんだ! キリトも急いで追ってる。僕はソロ適正レベルが危ないし、足手まといだから十九層のギルドホームで待ってる。お願いだ、皆を助けてくれ!
そうあったのだ。
事前にキリトさんに聞いてた話――――原作での黒猫団壊滅とほぼ同じ状況だと分かった。更に悪いのが、五十七層はトラップも出るモンスターも極悪と言えるものばかり。
モンスタートラップや《結晶無効化空間》化トラップに、スタンや毒、麻痺に出血の状態異常を付与するMobが圧倒的に多いのだ。下手すれば、黒猫団の皆は一瞬で壊滅する。そして、その可能性はかなり高い。
ルシード、ルネード、サチの三人はトリオでかなりの戦力となる。前衛・中衛・後衛がはっきり分かれてるし、個人個人の能力が高いから。
でも他の、ケイタを除く三人は頼りないと言わざるを得ない。まず間違いなく、三人は真っ先に死ぬ。どこか人に頼る感じがあるのだ。自力で生きる覚悟が足りない以上、確実に最前線の迷宮区では生きられない。黒猫団全員が揃えばまだしも、揃ってないのではダメだ。
「お願い、間に合って……!」
そのまま走り続けて約十分。しかし、ボクは間に合わなかった。キリトさんも、間に合わなかった。
いや、厳密に言えば『間に合った』と言えるかもしれない。でも、言えないかもしれない。
だってサチ、ルシードにルネードはいたけど……ダッカー、ササマル、テツオの三人はいなかったから。
四人は暗い顔をしていて、キリトさんは泣きそうな顔を、無理矢理耐えて取り繕っていた。彼にとっては前回も通して二回目。しかも絶対に守ると決めていたから、余計に響く。
ギルドホームに帰ると、ケイタが待っていた。彼はボク達の帰還を喜び、すぐに首を傾げた。三人足りない。それに気付いたのだ。
「……キリト。ダッカー達は……?」
「……ごめん。俺が皆を見つけた時は、既に…………」
「そ、んな……………………」
キリトさんの言葉に、ケイタは顔を歪めきった。
少し前に、あの三人は、ケイタにとって保育所の頃からの親友たちだと聞いた。サチ達三人とは高校の部活で一緒になって仲良くなったのだとか。
つまり、ケイタにとっては最も親しい仲間を失ったわけで――――
「ッ……!」
ドン、とキリトさんを突き飛ばし、そのままホームを走り出たケイタ。
ボク達が突然の事で呆然とする中、キリトさんがいち早く彼を追いかけ始めた。ボク達はその数秒後に追いかけ始める。
転移門に着いた時は、キリトさんが転移するところだった。
「転移、始まりの街!」
早口で唱えられた呪文を忠実に実行し、転移門はキリトさんを転移させた。ボク達もすぐに転移する。
蒼い光に包まれた視界が回復すると、ほぼ目の前には尻餅をついて呆然としているアスナ、横で立って憤慨しているらしいクラインにリーファがいた。皆、ある方向を向いている。
「クライン! キリトさんと、だれか男の人が走って来なかった?!」
「おう? いや、まあキリトも、アスナを倒したのに謝らなかった男も通ったが……どうかしたのか?」
「それってどこに?! 教えて今すぐに!」
「えっと、あっちだよ」
サチの剣幕に押され、リーファは方向を示した。その方向にあるのはアインクラッド外周部テラス。
それから導き出される答え、それは――――
「まさかケイタ、自殺する気?!」
ボクの推測と全く同じ答えに行き着いたらしいサチの答えに、そこにいたアスナ達全員が驚愕。ボクが走り出すと同時に、アスナ達も遅れてやってきた。ボクは圧倒的にレベルが高くなってるから、敏捷値が高いアスナも振り切る形になった。
そのまま走っていくと、声が聞こえた。
「――! ――――タ!」
「――い―――――――――に――――たちと―――――なんて――ったんだ」
曲がり角を数秒後に曲がり、そこで見たのは――――
「キリトさん! 大丈――――ッ?!」
テラスの手すりを両手を握り締めて強く叩き、声にならない悲鳴を上げてる、キリトさんの姿。ケイタの姿は――――無い。
後から追いついたアスナ達も、キリトさんの後姿と様子で事情を察したのだろう。絶句して、何も言えない状態になった。ボクも、同じだ。サチ達は泣いてすらいる。
そのまま震えて雲海を覗く、彼の顔を見て絶句した。
涙を流し、ただ茫洋と焦点の合ってない虚ろな瞳で、雲海を眺め続けていた。
ボクに、いや、おそらくここにいる全員に気付いていない。そしてその口は…………狂った自虐の笑みに歪められていた。
もしかして、前回もケイタを自分のせいで自殺させ、今回は更に酷い状況で自殺させてしまったせいで、精神の方が耐えられなかった……ッ?!
「……………俺は、何度も同じ結果を……繰り返すんだな……ハハッ…………ハ、ハハハ……ハハハハハ――――ッ!!!」
「き、キリトさん、しっかりして! キリトさんッ!!!」
再び響く、無音の叫び。無骨な鉄色の手すりを両手で強く叩く。ガァンッ! と轟音を立てるも、彼がそれに頓着した様子は無く、再び打ち付ける。強く歯軋りをした――――と思った直後、キリトさんは倒れた。
前回は頻繁にあったけど、今回のアインクラッドで倒れたのはこれが初めてだ。今までずっと張ってた気が、最悪な形で切れた。
そう直感して、慌ててキリトさんを抱き起こした。彼の顔色は、今までに見たことが無かった。それこそ、この世界で絶望したどんなプレイヤーの顔よりも、酷い様相だった。
どこが、とは詳しく言えない。でも、表面に出ていない何かが、ボクに警鐘を激しく鳴らした。
*
その後、アスナ達には事情を後で話すことにし、サチ達とは一旦別れた。ギルドリーダーはサチになったらしいけど、しばらくは活動できないだろう。ボクも、出来ない。
今出たら、確実に死ぬ。
そんな嫌な、だけど現実味のある確信があった。
キリトさんは既に共同で購入していた、前回と同じ第二十二層の二階建て木造建築のホームに寝かせた。
ボクは一時間後、午後八時にヒースクリフ以下、攻略ギルドリーダー達に、しばらく攻略を休むと言いに行った。そこで、なぜ休むのか、そして、どうして攻略組最強のコンビがいながら壊滅の憂き目にあったのかを聞かれ、話した。
今日は休暇として別々に行動していて、リーダーのメールを受けて五十七層迷宮区に勝手に行った仲間を助けに行った事。ボクは完全に間に合わず、キリトさんは仲間が三人死亡した時点で駆け付けた事。その三人はリーダーと、幼い頃からリアルで親友だった事。リーダーは彼らを助けられなかったキリトさんを責めながら、外周部から身投げして自殺した事。
そして、それに多大なショックを受けて、キリトさんは意識を失った事。
それら全てを語った後、会議が持たれた五十五層【グランザム】の《血盟騎士団》本部は、不気味なほどの静寂に包まれた。
リンドは当然食いついた。既に噂となっていたらしい、黒猫団の壊滅の話でキリトさんに対する罵詈雑言を言い放った。ボクはそれに、言い返し、再び静寂が訪れた。
それを破ったのは、《血盟騎士団》団長ヒースクリフ。
「わかった…………キリト君とユウキ君、両名が最前線から一旦外れる事を認めよう。キミたち二人の強さも突出していて、レイドを組む調整も必要だったからな…………他の攻略組メンバーには、私を含めたギルドリーダーから伝えよう…………彼の隣にいてあげなさい。彼は強く見えて、存外脆いからね……」
「元から、そのつもりです…………」
ヒースクリフ=茅場晶彦の意外な優しさに内心驚きつつ、ボクはKoB本部を後にした。
その帰り道で、今日は七夕だったことを思い出した。帰りに寄った道具屋で短冊と竹を購入し、ホームに帰ってからそれをベランダに立てた。
それから暫く、あまった時間を彼の看病や読書をして過ごす。寝る気にはなれなかった。
真夜中になって、窓から月光が漏れている事に気付いた。
前回と同様で、昼も夜中も空が映し出されるから、夜の今は月光が眩しい。現実とも周期はリンクしているらしいから、現実でもこの世界でも満月だ。照らされる、周囲の杉林と湖畔を眺める。湖畔が反射する、綺麗な輝き、薄らと蒼味を伴った煌き。
それが、あのギルドの名前を想起させ、自然と涙が溢れ出した。
ずっと一緒。そう思っていた。少なくとも、彼らを死なせるつもりは無かった。
でも、結局死なせてしまった。しかも、噂ではキリトさんが壊滅させたとなっているらしい。ヒースクリフ以下有力ギルドや個人的な意見力が強い、キリトさんをよく知るプレイヤーが彼の擁護をしてくれると言ってくれた。リンドは期待していないけど、アスナや軍のディアベル、キバオウはきっとなんとかしてくれる筈。
そう思いつつ、買ってきた短冊二枚の内、一枚にペンで内容を書いて括り付ける。それが風で揺れるのを見続けた。
竹や笹が風で揺らめき、ボクの長い紫紺色の髪もたなびいた。
*
どれほど見ていただろう。少なくとも二、三時間は見ていたと思う。
「綺麗だな……」
夜の景色を見続けていると、後ろから声を掛けられた。
「ッ?! キリトさん……起きて、もう大丈夫なの……?」
いつの間にか、ベランダの入り口にそっと佇む、キリトさんの姿があった。
いつもの黒衣一刀の格好をしてる。ここは圏内なのに、家の中でもその格好をするのは……それだけ彼が精神的に荒れているという、何よりの証左だろう。
「ああ、心配かけた…………そうだった、今日は七夕だったな…………」
そう言って儚げに微笑むキリトさん。
今は満月から放たれる蒼い月光を受け、
かなりうなされてたからだろう、どことなくやつれ、完全に無理をしている表情をしてる。瞳は深い闇を讃え、そこに透明な何かが溜まっていく。
今日は七夕。
限定クエストを達成しようと、彼らと約束して、ずっと生きると誓い合った日。
でも、そこには触れず、キリトさんに残った短冊を渡す。
「これ、買って来たんだ。七夕だし、折角だから書いて」
「…………何でも良いのか? ユウキはなんて?」
「キリトさんが書いたのを見せてくれるなら、ボクも見せるよ」
そう言うと、キリトさんはしばらく考え、書き始めた。数分後に出来上がり、それをボクの括り付けた短冊と近い位置に付ける。
そして、互いの願いを見た。
ボクが書いた願いは
『和人さんとずっと一緒にいられますように』
キリトさんの願いは
『木綿季とずっと一緒にいられますように』
「「っ……!」」
互いが互いを想い、同じ事を願っていた。
ボク達は勢いよく顔を見合わせた。殆ど口にせず、そして聞くのが怖くて訊けなかったことが、同時に出来た。それは、ボクにとっては最高のこと。彼はどうなのかわからないけど、同じ思いだったら嬉しいと思う。
彦星の彼と乙姫のボクは、前世、そして前回のアインクラッド攻略という、長大な天の川を超え、ようやく逢えた。前回も結婚できたけど、今回もボク達の心が、お互いにやっと伝わった。
ボクは段々潤んできた瞳で彼を見る。視界が涙でぼやけるけど、それすら気にならない。ボクは少しずつ微笑んで、今度こそ、と笑みを作って、言う。
「キリトさん……ボクは、キリトさんの事が……ううん。桐ヶ谷和人さんとしても、桐ヶ谷悠璃さんとしても大好きです。一生傍にいたいと、願うほどに…………」
ボクの告白を聞いて、キリトさん――――和人さんは動揺した。瞳に明らかな怯えを宿し、一瞬だけ目を逸らした。
でも、すぐに顔をこちらに向けて、まっすぐ見返してきた。今度は揺らめく強い光を讃えて。
「俺もユウキのことが……いや、紺野木綿季のことが大好きだ。傍にいて、一生を共に生きたいほどに…………こんな俺でも、いいのなら…………――――」
そこまで言って、彼はメニューを繰って、あるアイテムを取り出した。それは紫紺色の小箱であり、漆黒の小箱もあった。
紫紺色の小箱をこちらに向けて、それを開いた。瞬間、涙がとめどなく溢れ出した。入っているのは、銀のリングに虹の煌きを讃え、黒の微細な宝石の欠片で彩られた指輪。
一目見ただけで、この指輪の重要さを理解した。ここまでのものを出してくるのなら、彼は――――いや、彼も本気なのだ。だからこそ、指輪を出した。
「また俺と…………結婚、して下さい」
今まで見た事が無いほど真剣な表情、それでの求婚。
短冊をかけた竹を挟み、蒼い月光を降らす満月の夜。蒼い輝きが指輪を煌かせ、お互いの顔を照らし出す。
「――――……はい」
泣き笑いと共に頷いて答えると同時、互いが互いの色の小箱を開け、その中の指輪を優しく取り出す。小箱をベランダに設置しているテーブルに置き、取り出した指輪を、互いの左薬指にゆっくり嵌めた。
結婚申請の無粋なウィンドウにYesで答え、システム的にも結婚。
続けて、互いの目を見て剣を抜き払う。
ボクは腰から愛剣としている黒剣【ルナティーク】を。
彼は背から黒剣【エリュシデータ】を。
同時に音高く抜き払い、それらを眼前に掲げる。騎士の誓いのように。
「俺はお前を……紺野木綿季を守り抜く。この身、この魂を懸けて。だから――――」
「ボクは君を……桐ヶ谷和人を支え抜く。この身、この心を懸けて。だから――――」
同時に、しかし微妙に異なる文言で誓いを交わす。
いわばコレは、神前結婚の際の『誓いの言葉』と同じもの。
それを承知で、互いに誓い合う。
あの、蒼い満月に誓って。願いを書き綴った短冊に誓って。
目の前の、愛しい人に誓って。
「「――――この世界を……この人生を生きよう、二人で一緒に……」」
その誓いで締め括り、剣をしまう。
ボクとキリトさんは抱き合い、誓いのキスを交わした。
――――ボクたちは、あたかも、星の導きかのような満月の下で、再び結ばれた。
以上です。
タイトルからも、言ってきたテーマからも予想付いていたかも知れませんが、前回よりも酷い結果になっています。生き残っている三人は同じ、けれど死んだ理由が原作と同じです。更に人数も増えてます。
逆行してから今まで結婚した描写が無かったのは、この為です。
キリトはユウキに依存していますが、それでも同じ道は歩ませない覚悟です。そして絶対にユウキだけは護る事を誓っています。
今現在、後悔の根源である黒猫団の半壊を阻止できなかったキリトにとって、最後の拠り所はユウキのみです。他のメンバーはある程度動けば勝手に生きると原作展開からも考えているので、自分の近くにいるユウキのみが本来は存在しない筈の不確定因子。よって彼女を護る事で自分を確立させる為に拠り所としています。
ディアベルも第一層で本来なら死んでいるので不確定因子ですが、彼の場合はキリトを原因とした死因が考えられないので除外されてます。仲間も居ますし。
惚れた弱みでもありますが、ユウキもキリトの限界を察しているので酷く不安定になっています。前世で喪った大切な人達に続き、今世でも喪えば壊れるでしょう。
原作キリト&アスナ以上に不安定です。多分あの二人でも到達しないだろう領域まで行き着いてしまいますね。
こんな感じでどシリアス&鬱展開が今後多いです。
それでも最後は当初からは考えられないくらい(文才込みで)幸せになるので、末永くよろしくお願いします。
では、次回予告です。
精神の均衡が崩れ、一時的に気を失ったキリトを案じて攻略を休むと告げたユウキ。それを受けた攻略組だったが、ある問題が浮上した。
その問題は、休んだ二人によってのみ埋められる事だった。
次話。第七章 ~黒と聖竜の衝突~
段々暗くなっていくので注意。
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第七章 ~黒と聖竜の衝突~
本作を投下し始めてからおよそ五日足らずですが、UA4000人突破、お気に入り60人突破、更には数値評価でなんと9を入れて下さった方が二人も居た事に驚きました。
自分自身で言っていますが駄文だと思っているので、5以下の評価は普通だろうと思っていたのですが、まさかこの時点で9という高評価が入るとは……
コメントは無いので私なりの解釈となりますが、楽しんで頂けていると思っております。ありがとうございます。皆様も、今後とも末永くよろしくお願いします。
さて、本話は前話の続きです。日付的には翌日ですかね。
黒猫団を前回よりも悪い結末に導いてしまい、更にはケイタに目の前で更に悪い状態で自殺された事で心の傷を抉られ気絶したキリト。それを案じて、休みを申し出たユウキ。
二人は自分達だけでギルドを作り、戦力も自己完結させていますが、SAO攻略組からすれば二人は重要な戦力です。BLEACHの一護、ワンピースのルフィ、ゾロ、サンジ並みに居ないと強敵を斃すのが難しくなります。
勿論攻略組だけでも設定的に考えればボスを斃す事は可能でしょう。原作でもアスナが指揮した攻略メンバーで進んでいますし、黒猫団が半壊したと言えど、攻略組のメンバーは原作より揃っています。この時点でディアベル、キバオウ、原作にて何時参入したか知りませんがクライン達が居ますからね。
しかし、現在のSAOは原作とも前回とも違いのある逆行編、キリトを苦しませる為のお話です。
タイトルからお察しでしょうが、お休みになる筈のキリトも今回登場します。休まずに攻略を続けるのです。
明らかに精神を摩耗させている状態でボス戦、そして攻略……皆さんならどう考えるでしょうか。
では、どうぞ。
第七章 ~黒と聖竜の衝突~
「……キリト君、大丈夫かなぁ…………」
「……そんなに心配ならば、いっそのこと様子を見に行ってはどうかね?」
「あの二人の間には入り込める隙間がありませんし…………ここを動くわけにもいかないでしょう…………」
「まぁ、確かにそうだな…………」
隣でそう言うのは、言わずと知れたアインクラッド最強の盾、《血盟騎士団》団長のヒースクリフ。心配そうにぼやくのはその副団長を務める私、アスナだ。
一昨日、キリトとユウキの様子を思い出して、段々不安になってきたのだ。
今まで色々な表情の二人を見てきたけど、あの日ほど打ちひしがれた二人は見たことが無かった。下手すれば自殺すら辞さない雰囲気をキリトは放っていた。一昨日、事の顛末を報告しに来たユウキも、尋常でないほどに暗かった。
自分達が育てていたギルドメンバーの死、そしてそれを聞いたリーダーの自殺。
自分もそこに居合わせたとはいえ、殆ど事情は知らなかった。ただ、二人が中層ギルドの育成をしている、その噂を聞いて知っているくらいだった。それくらいしか気に留めなかったのだ。あの二人は全プレイヤー中最強プレイヤーで、最強最高の師弟だと思っている。それは攻略組の総意だ。
だから、あの日、一切の余裕を失ったキリトを見て唖然としてしまった。
あの日、私はクラインや軍のシリカ達と一緒に、休暇を楽しんでいた。
夕方になったしそろそろ帰ろうと第一層の転移門まで行くと、転移してきた見知らぬ男が前を見ずに走ってきた。突然の事で一切反応できなかった私は突き飛ばされ、それにクラインが憤慨した。
その直後だ、彼が転移してきて、私たちを見つけるや否や慌てて走り寄ってきたのは。
彼の表情は焦りと後悔、それら二つに恐怖で彩られていた。一体何があったのだと思った。彼がここまで余裕を無くす事があったなんて今まで無かったのに。そう思った。
彼はクラインを問い詰めた。「ここに、慌てて走った男が来なかったか?! ソイツはどこに行った?!」と。
クラインはキリトらしくない剣幕に圧されながら先程走り去った男の方向を指し示し、キリトはすぐさま走り出した。
姿は数秒で見えなくなり、その直後にユウキと、見知らぬ三人も転移してきた。四人もキリトと似た表情で、かなり焦っているのがわかった。四人も同じ質問をしてきた。それに同じ答えを、今度はリーファが返す。何かあると完全に確信した私たちは走るユウキの後を、全力で追いかけた。敏捷補正全開で走って、それでもユウキはどんどん私たちを置いて走り去った。
しばらく走って角を曲がったそこには、テラスがあった。手すりに両手を打ちつけ、震えているキリトの姿。
それしかなかった。先に来た筈の男の姿は、無かった。
それだけで理解できた。
名も知らない彼は自殺したのだと。それにはキリト君達が関わっていると。
キリト君はその男の自殺に、無音の絶叫を上げて気絶した。彼が倒れる事も絶叫する事も、ましてやそれで気絶するなど、初めてだった。
彼を休ませたい、頭の中を整理したいとユウキの申し出もあり、一時間後に話を聞くことになった。彼女は攻略組の主だったギルドリーダーを集めて欲しいと言ってきた。
それを団長に伝えると、団長はすぐさま通達、全員を集めた。
《血盟騎士団》、《聖竜連合》、《アインクラッド解放軍》、《風林火山》他、幾つかの中小攻略ギルドリーダー各位がKoB本部に集結、彼女の話を聞いた。
彼女の話は、キリトにもユウキにも全く非が無い話だった。安全なエリアでの狩りを繰り返し、迷宮区探索は必ず二人ないしどちらかが同行。数日に一回は主街区で訓練し、適度に精神を休ませていた。
それが完全に二日休暇となった一昨日、自殺したリーダー《ケイタ》以外のメンバー六人が、キリト君、ユウキ、ケイタの三人に黙って勝手に五十七層迷宮区に潜った。
これはキリト君の話らしいが、彼がギルドメンバーを見つけたとき、メンバーは宝箱のトラップ――《モンスタートラップ》と《結晶無効化空間》化のトラップを引いていて、既に三人が死亡していた。彼は速攻でモンスターを排除、トラップも即刻解除し、その帰り道で彼女と会ったらしい。
そのままギルドホームで待っていたケイタに報告。彼の幼馴染で親友であった三人の死に絶望し、自殺に至ったらしい。彼女はケイタが自殺する直前に、キリトに対して何かを言っていたのを聞いたらしいが、詳しくは聞こえなかったらしい。キリトは未だ寝ているから、知る術がまだ無いと言う。
その話を、他のギルドリーダー達は黙って聞き続けた。もし、同じ事が起これば、自分達は正気を保って、あるいはそのまま攻略組を続けられるか、と。そう自答した。
その不気味な静寂を破ったのは、反ビーター派、キリト嫌いのリンドだった。
彼はユウキに対して《聖竜連合》への勧誘を、遠回しではあるが行った。
「キリト――――ビーターなんかと一緒にいると、いずれ君も死ぬ。だからうちのギルドに入ると良い」
と言って。
「そのギルドが壊滅したのは、ビーターのキリトが一緒にいたからだ。アイツに、人と一緒にいる資格は無いんだ」
と、ユウキにそう畳み掛けた。
私や他のギルドリーダー――――団長でさえも、その物言いに憤慨した。
いや、憤慨しかけた。
しかし彼女は全く変化の無い無表情で、リンドを見返し、
「…………今の彼を、ボクまで見捨てれば、もう二度とキリトさんは戻ってこない……本当の狂気に狂うか、廃人になってしまうか…………そうならないようにする為なら、ボクはこの命、魂すらも、彼のために使う」
そう言い切った。
思いもよらないユウキの言葉に、リンドはおろか、誰も一切口を開けなかった。
彼女は、必要なら何でもする。その確信があったからだ。それは最悪、人を殺す事すら躊躇わないだろうと。
彼女はそのあと本部を辞し、ホームに――――キリトの下へ帰っていった。
そしてその二日後。7月9日。五十八層フロアボス攻略会議で、私はあの二人を心配している。
それは他のメンバーも――《聖竜連合》はむしろ嬉しそうだが――同じらしく、全体的に雰囲気が暗い。士気もかなり低い上に、ユニークスキルの最強師弟のコンビが完全に抜けている今、メインアタッカーとなれる者がおらず、打開策が浮かばないのもある。
団長は完全タンク向きだ。ここで誰かがユニークスキルを習得していて、それがアタッカースキルなら話は別なのだが、たとえそうなっても、あの二人ほどの火力は出ないだろう。
今回のフロアボス《ザ・ファントムナイト》は、クォーターボスでもないのに、異常に高い攻撃・防御力を誇っているのだ。動き自体は大剣使いとほぼ同じな上、スキルも同じ。巨大ゆえの蹴りは恐いが、それも回避重視のアタッカーなら余裕で――――それこそ、あの二人ならカウンターさえも決めるだろう。
しかし、あまりにボスのステータスが高いため纏まったダメージが入らない。偵察戦もしたが、あれは酷すぎる。クォーターポイントボスレベルのステータスだ。今までの戦いやボスの攻略は団長が防ぎ、その間にキリトとユウキの師弟コンビで猛攻を仕掛け、他の皆がスイッチや回復・援護に回る。このパターンが構築されていた。
だからだろう、皆が団長、師弟の三人に依存してしまい、己の腕を磨かなくなったのは。その弊害が出てきている形だ。まさかこんな形で発覚するとは思わなかった。
二人、もしかしたらキリトはずっと出ないかもしれない。いや、『出れない』かもしれない、の方が正しいか。
助けに行った仲間が死に、そのリーダーはキリトの目の前で自殺した。攻略組最年少で、昔からずっと罵詈雑言を浴びてきた彼でも、今回の出来事は苦しい筈だ。自分が止めれなかったばかりに出た犠牲、しかも自分が直接関わった人が自殺したのだ。これで立ち直れたら、どれだけ心が強いのか。それとも――――ユウキの支えが強いのか。
とりとめもない思考を広げてしまうのは、あの二人無くては今回のボス戦で初の死者が出ると、誰もが予感しているから。現に今、アタッカーを志望する人を募っているけれど、クラインは刀使いのスピード寄り、エギルという禿頭肌黒の両手斧使いはパワー寄りで条件を満たせずあえなく辞退。他も似た感じだ。今まで誰も死ななかったが故に、死闘への覚悟が鈍っている。
今回のアタッカーは、高い攻撃力と高いスピードによるヒット&アウェイ戦法が必要なのだ。
しかし、ここにいるのはどちらかが満たせないプレイヤーばかり。私はパワーが圧倒的に足りず、団長はスピードが足りない。硬さを利用したごり押しもできない事は無いが、それは本人から最後の手段と言われている。だから手詰まりになっている。
もうここはユウキにブチギレられることを覚悟して、攻略組全員で頼みに行くか。彼女だけでも来てくれれば、それだけで戦意・士気・勝率は高くなる。
そう思案し、提案しようとしたまさにその時だった。
二つの足音が会議場――――五十五層【グランザム】KoB本部前に響いた。一つは強い意志が感じられる力強い音、もう一つは小さく軽やかな、しかし芯が伝わる音。
今ここに来るのは、遅れたプレイヤーだけだろう。今ならレイドパーティーの役割分担すら出来ていないから、まだ大丈夫だ。しかし遅刻や欠席、不足の報告は聞いていない。いや、正確には欠席の話はある。しかし、あの二人は来ない筈なのだ。ならばこの足音の主は一体誰?
頭でそう考え、しかしある種の予感と期待を持って、転移門行きの街道を見た。他の攻略組も同時にその方向を見た。
私たちの視界に入ったのは長い黒髪、漆黒のロングコートに同色の片手剣を背に差す少年と、長い紫紺色の髪、澄んだ濃い紫に漆黒の片手剣を腰に帯びた少女の二人。
二人が連れ添って、こちらに歩いてきた。それを見て、全員が驚愕の表情と声を上げる。一昨日休むといたばかりの二人が、不敵な微笑みと共に向かってきたのだ。
ヒースクリフ団長が代表で、二人の前まで歩み出る。彼から数メートルの距離を開け、二人は止まった。
「……たしか、しばらく休むと、ユウキ君から聞いたのだが?」
「うん、たしかにそう言った。でも……」
「ボス部屋が見つかったのに、個人の理由で休むわけにもいかない。俺達は、この世界に囚われた人たちの解放をしなきゃいけないからな」
「しかし……大丈夫なのかね? 無理をすると、死ぬぞ」
団長の無機質的な問いに、一昨日からは考えられないほどの強い表情をキリトは浮かべた。
片頬をニヤリと吊り上げ、不敵に笑ういつものキリト。それに、今は何か別の強さが宿っていた。
「死なないさ」
「ほう……? 同じデザインの指輪をしているということは、ともすると、とうとう君たちは結婚したのかな?」
「「「「「な、なにィ?!」」」」」
ヒースクリフの落ち着いた問いに、全員で驚愕の声を上げた。
信じられなかった。あのキリトが、誰かと結婚するなんて誰が想像できただろうか。しかしユウキは心の底から嬉しそうにはにかんでVピースをし、キリトは穏やかに微笑んだ。
それがなによりの証拠。互いの左手薬指には、銀のリングに虹の宝石、微細に散りばめられた黒の宝石で作られているお揃いの指輪が嵌められている。それは見たこともないほど、優美で綺麗な指輪だった。
それを確認した彼女がいない男性プレイヤーが、悲痛で嫉妬の詰まった叫びを響かせた。さっきまでの暗い雰囲気が一瞬で消し飛んでしまっている。息が詰まる攻略組は、やはりこれくらいの適当さが良いだろう。
そして、それの中心は目の前の師弟で――夫婦となった最年少の二人だ。
二人は恥ずかしそうに微笑み、ヒースクリフを見た。彼と二人はかなりの身長差があるので、端から見れば父親と双子の兄妹ないし姉弟に見える。
「というわけだ。俺もユウキも絶対に死なないし、死ねない。その覚悟の上で、ここに来た」
「本当に休もうと思ったけど、休むのはボス戦後でも出来るから。だから来たんだよ」
強く微笑みながらヒースクリフを見上げ、団長もそれに微笑みで返した。
「そうか、そこまでの覚悟ならば異論は無い。ならば、早速引き受けてもらいたい事がある。とはいえ、いつもと変わらないのだがね」
団長はそう言って二人に簡潔に説明しだし、五分後に話し終えた。二人は私の下へ来て口を開いた。
「アスナ、今回のメインアタッカー、引き受けるよ」
「危険だろうと関係ない。その代わり、絶対に死者を出さないでくれ」
「…………誰にものを言ってるの? 出すわけ無いでしょ…………無茶は厳禁よ、二人とも。さっきから微妙にしっかりしてない感じなんだから」
私の言葉に二人は、悪戯がバレた子供がするようにバツが悪そうな表情をした。そのユウキが私と握手し、キリトが団長と握手する――――
「待てよ!!!」
――――直前、声が響き渡った。
***
ボクとキリトさんがアスナにヒースクリフと握手を交わす、その寸前だった、その怒鳴り声が広場に響き渡った。グランザムは建物や床の全てが鉄で構成されているから、その声はよく反響して響いた。
声の主は、肩をいからせてキリトさんに詰め寄った。彼の襟首を掴み、鍛えた筋力補正でぶら下げる。
それをしたプレイヤーは誰あろう――《聖竜連合》リーダー《リンド》。
反ビーター、反キリト派と公言して憚らない人物で、ギルドメンバー全員がそんな感じだから、キリトさんがどう思っているかよく知らないけど、ボクは彼らのことが大嫌いだ。
今の攻略はキリトさんとボクの猛攻でボスを速攻で撃破できているからと言って良い。前回でもそうだったけど、彼は己が身を省みない戦い方をする。
でも、危険を冒すその根幹は必ず誰かのためというものがあった。今回の攻略もそう。前回ほど無茶をしなくなったとはいえ、やはり少し、無理をして攻略を進めている。そのお陰か、今までのボス攻略で死者は未だゼロ。彼とアルゴさんの二人が集め、編集して売り出している攻略本の情報のお陰だ。
そのお陰で死者が減っているのに、リンド達はキリトさんの事を一切認めないし、ボス戦でもLAボーナスを奪う為に邪魔をしてきたことだってある。そのせいで、何度かキリトさんが瀕死状態やボスの状態異常攻撃を受けて危機に陥った事もある。
しかも、無理をして前線にいて攻撃を喰らいかけたリンド達を、彼は己が身を挺してまで助けた事すらある。
けれどリンド達はむしろ、それに対して怒りを顕わにする。「ビーターに助けられるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだった」と。それには「誰かが死ねば、例え勝っても完全敗北と同じだ」とキリトさんは返す。
そこからよく言い合いに発展し、アスナやクライン、ヒースクリフ、ディアベル達に止められて終わる。その繰り返しだった。
だから、キリトさんが実際に暴威に晒されるとこなんて、予想もしたことなかった。反応が遅れてしまった自分を恥じ、リンドの手を掴んで彼から離す。
リンドの手から解放されたキリトさんは少し喉のあたりを擦り、リンドを見る。その目は、一切の感情が乗っていない。
「……一体何の真似だ?」
「お前がいなければ、俺達がLAボーナスを取れた! 今までずっとLAを取ってきただろ! 少しは自重しろ!」
リンドの言葉に、《聖竜連合》のメンバーは同意とばかりに深く頷いている。誰の目を見ても、キリトさんに敵意しか向けていない。それを見かねたのか、アスナとクライン、ディアベルが止めに入ろうとする。幾らなんでも横暴だ。
彼がLAボーナスを大量に取っているのは事実。でも、使わないLAボーナスは全て各ギルドと商人を集めた集会で値段交渉をして売っている。少なくとも、全てを独占してるわけではない。
他にも彼は色々としている。
ストレージや所持金は《師弟》《結婚》の両方で統一されるけど、彼は所持金とアイテムストレージをそれぞれ作って分けた。つまり、ボク達はシステム上《師弟》であり《結婚》した夫婦なのだけど、統一された筈のメニューは元の状態に戻しただけとなる。共通ストレージタブを分解したわけではないから、無論、残っている。回復アイテムや素材アイテムは共通ストレージの中なのだ。
なら何故、彼が二人分のストレージ類を作り直したか。それは前回のアインクラッド攻略が関係してくる。
前回もアイテム類――――たとえ一点物のレアアイテムや大量のコルだろうと、自分にとって不要なら商人プレイヤーや各ギルドに格安で売り捌いていた。それをする事が、彼にとっての贖罪のつもりだったらしい。事実、そのお陰で助かった事も沢山ある。
今回のアインクラッド攻略でも、キリトさんは同じ事をしている。共通データとなったストレージやコルを元の状態に近い形に戻したのは、前回もしていたそれをやめないためだ。
加えて、これは《聖竜連合》含めた各ギルド、攻略組メンバーの抑止力でもある。
なぜなら、キリトさんは文字通り、アルゴさんよりも多大な情報を有してる。開発者の一人なのだから当然だけど、前回の記憶もあり、それを細かく検証して裏取りをし、まとめてからアルゴさんの作る攻略本に載せる。攻略ギルドが安定して運営されているのはひとえに、キリトさんの努力があってこそだ。
その彼を敵に回すという事は、今まで生命線だったキリトさんの情報やアイテム類の恩恵を得られなくなると同時、攻略組にもいられなくなる事を意味する。彼はボク、アスナ、ヒースクリフ、ディアベルなどの攻略組最強メンバーの中でも、真に最強と言われるプレイヤーであり、攻略組の主だった面々と親しいのだ。
その彼を敵に回すという事は、他のメンバーの攻略組最大戦力のギルド《血盟騎士団》や《アインクラッド解放軍》、少数精鋭の《風林火山》とも敵対する事になる。特に《軍》は、下層・中層・上層の全てにギルドメンバーがいて、アインクラッド全体のプレイヤーに信頼されている。そのリーダーであるディアベルから離れた上に敵対したとなれば、《聖竜連合》なんてひとたまりも無い。少なくとも、二度と最前線には出られない。
それを理解している筈なのに、それでもキリトさんに危害を加えようとした。
リンドは腰に差している、片手でスキルが発動できる【打刀】というカテゴリ武器に手を掛けている。
刀は普通は両手で持つ武器なのだけど、打刀は片手でも扱える武器だ。《片手剣》《曲刀》《刀》の三つのスキルを放てるレア武器。それも五十三層ボスのLAボーナスだ。キリトさんが集会で売りに出した時、欲しがったリンドに、やはり格安で売ったのだ。
そんなエピソードがある打刀を、今はキリトさんに向けている。キリトさんはその死線を受けて尚、静かにリンドを見つめている。
「……『自重しろ』と言われても、ボス攻略に出ないといけないだろう。今回のボス、ヒースクリフから聞いたけど相当厄介らしいじゃないか。だったら尚更出ないと」
「お前が休むと聞いて、やっと俺達もLAが取れると喜んだんだぞ! なんで来るんだ!」
「言った筈だ。『俺達は、この世界に囚われた人たちの解放をしなきゃいけないから』と。ここで出なかったら、そしてそれで死者が出たら、俺は後悔してもしきれない。ユウキが帰ってこなかったら尚更だ」
「お前なんかが休んでも出ても同じだ!」
どこまでも平行線を行くリンドとキリトさん。
片方は己の欲望のために、片方は贖罪のために。自分のためか他人のためか。
それは答えが分かりきってる問答だけど、でも決着が着かない問答。
それを破ったのは、リンドの宣言だった。
「こうなったら決着を着けるぞ!」
「…………いいだろう、存分にやるといい。その方が後腐れはなさそうだ」
額を押さえてるヒースクリフがそう言うのを聞き、キリトさんのデュエル申請ウィンドウがリンドの前に表示された。そしてリンドが設定しただろう内容が表示されたそれを、キリトさんは軽く一瞥――の筈が、思わずといった感じで目を見開いて凝視した。
それに訝しい表情を向けるボク達。
キリトさんは、掠れた囁き声でリンドに問うた。何かは聞こえなかったけど。
「おい……どういう事だ」
「どうもこうもない。なんだ? 逃げるのか?」
キリトさんが睨むも、リンドは気にした風もなく打刀を構えた。
キリトさんも鋭く舌打ちしながらエリュシデータを抜く。
一体何を言っていたのか、彼が舌打ちするのは少し珍しい気がする。
ヒースクリフは中間に立ち、他の皆が二人から十数メートルの距離を取る。ボクはキリトさんに叫んだ。
「キリトさん!」
「わかってる……絶対に、勝つ!」
「ふん……勝てるのなら、な」
リンドの挑発とキリトさんの睨み、二人の無言の応酬が交わされ、間に紫電がバチッと走った幻覚を見た。
リンドの装備はギルドカラーの銀色の軽鎧に打刀、腕をダランと垂らしたまま刀を持っている。
対するキリトさんは、左半身を前にして右手持ちの黒剣を後ろに下げる構え。左手は柄に添えられているだけ。回避を優先した攻撃的な構えだ。
「「……………………」」
無言で対峙する間に、デュエル開始までの時間が一秒、また一秒と減っていく。そして遂に、その時間も一桁になった。
5、4、3、2、1――――0。
「はあぁぁぁっ!」
カウントが0になる直前、リンドがソニックリープを発動、キリトさんに直撃する。それに沸き立つ《聖竜連合》。
鉄で出来た街と言えど、派手に戦闘をすれば砂埃や土ぼこりは起こる。今吹っ飛ばされたキリトさんが起こした砂埃のせいで、リンドの前方の視界は不明瞭だ。そして、それを利用した攻撃に警戒して身を固める、それが定石。
しかし思い出そう。ここは命を懸けた世界であり、かつての彼はたった一人で戦い抜いてきた剣士であること。そして、定石ということは、彼もそれをわかっていることを。
警戒して動かないリンド、その彼の頭上に黒が現れた。咄嗟に気付くリンドも大したものだが、黒――――キリトさんの反応速度・攻撃速度には到底及ばない。
「お返しだ!」
「グッ?!」
強力な下突きを地面に刺し、周囲に衝撃波を拡散。それに触れたリンドは下突きと衝撃波で吹っ飛ばされ、スタンと同時に大ダメージを受けた。
キリトさんのHPは七割、リンドは八割弱残っている。リンドの剣は階層で言えばエリュシデータ以上のLAボーナス武器だし、ライトニング・フォールはスタンを狙ったスキルのために威力は抑えめ。初手はリンドが優勢みたいだ。
「ふん! どうやら俺の方が上らしいな。降参したらどうだ?」
「却下。『弟子』であり『妻』でもあるユウキの前だ、良い格好したいんだよ」
「そうか、なら――――喰らえ!」
突進しながら再びスキルを立ち上げるリンド。
打刀を右下に構えて赤い光を放つスキル、アレは――――シャープネイル!
左斬り上げ、右薙ぎ、袈裟斬りに高速三連斬をエリュシデータで受ける。それでもダメージは通り、HPは七割を下回って、六割、五割――――注意域の黄色になった。しかし、デュエルは終わらない。
「……え? キリトさん?!」
「おい、なんで黄色になってんのに終わらねぇんだ?!」
「ちょっと待って、もしかして全損決着モードなの?!」
アスナの叫びに、周囲は騒然とした。リンドはそれを鬱陶しそうに、キリトさんはリンドを睨んでこちらから顔を背けている。それが雄弁に語っていた。
「ねぇ! キリトさん、どうして全損決着モードでやってるの?! それでどっちかが死んじゃったら、意味無いじゃない!」
「うるさい! 黙ってろ!」
「…………とっとと決着、着けるか」
キリトさんの呟きと共に、黒剣がプラチナの輝きを放った。
この光を放つソードスキルは《片手剣》スキルには無い。つまり、これはキリトさん自身のOSSとなる。彼と結婚したことでスキル一覧も見れるようになったから、この光を放つスキルは無いと判明している。OSSスキルはまだ見ていないが。
それを見てリンドは警戒と敵意、そしておそらく目の感覚の錯覚ではないだろう、多量の殺意を持った。リンドの打刀は赤黒い光を燈す。
光と闇とも考えられる両者のスキル光に、周りは圧倒されて、思わずといった感じでほう……と感嘆の声を次々漏らす。
段々光が強くなっていき、そしてそれらは同時に放たれた。
リンドの放ったスキルは《片手剣》上位ソードスキル八連撃カーネリアン・ダンス。対するキリトさんのOSSはボクも見たことが無いスキル。
リンドは唐竹、袈裟、左薙ぎ、左斬り上げ、逆風、右斬り上げ、右薙ぎ、逆袈裟の順に斬撃を叩き込んだ。まだ目で追える速さ、アスナやキリトさんの攻撃に比べれば遅い。
しかし、キリトさんのOSSは一瞬強く発光したかと思った時には、既に終わっていた。
見えたのは剣が、通り過ぎた九つの剣閃。
それらは全て数秒で消えたが、リンドの体はちゃんと斬られていた。
彼のHPがどんどん減っていくが、それも残り数ドットで止まった。キリトさんに慌てた様子が無いという事は、ちゃんと狙っての事らしい。
仰け反りから回復したリンドは、反転してすぐさま斬りかかった。
そのリンドに――ではなく、彼の打刀に向けて《ソニックリープ》が放たれ、打刀の刀身は完全に折れた。
あまりの早業、正確無比な剣技に周囲もリンドも唖然とする。ボクは前回のSAOで何回か見る機会があったからあまり驚かない。凄いとは純粋に思うけど。
丁度そこでデュエル時間が来た。
カァンッ! というエフェクト音と共に、キリトさんには【Win】のウィンドウが、リンドには【Lose】のウィンドウが表示された。時間切れなのだった。
狙ったかのようなタイミングでの決着に、リンドはキリトさんを思いっきり睨む。
「……俺の勝ちだ」
「クソッ! 薄汚いビーターのお前なんかに、俺達と関わる資格なんて無いんだよ!」
負け惜しみが反響し、そのまま去っていくリンド。彼を追いかけて《聖竜連合》のメンバーも去っていった。
…………ボス戦はどうするのだろう?
「…………また……資格、か…………」
リンドが立ち去った方を向き、ただ小さく、ポツリと漏らしたその呟きを聞いた。その声には深く、暗い感情を宿しているように感じられた。
「…………キリトさん、大丈夫?」
「ユウキ…………ああ、大丈夫だ……――――それより皆、悪かった。《聖竜連合》を外させてしまった」
「いや、気にしなくても良い。私としても、リンド君の言動に頭を悩ませていた…………今回の全損デュエルも、君を亡き者にすることで攻略組最強を名乗りたかったのだろう。あるいは……」
「俺が負けたという事を吹聴し、俺の攻略組に対する影響力の低下。ないし、俺の強力な装備のトレードを迫る、といったところか」
「または自分の傘下に入れるか攻略組から追い出すか、だな」
キリトさんとヒースクリフが互いに考察を並べていき、そこまで頭が回っていなかったボク含めた皆が混乱し始めた。
とりあえずわかったのは、キリトさんの強みを損なわせることだった、という事。
「……………………さて、予定外の出来事で時間を食ってしまった。《聖竜連合》はいなくなったが、代わりに最強夫婦が駆けつけてくれたことを喜ぼうではないか。これでボス攻略も捗る」
「……そうですね。リンド達はタンクかスピードタイプのアタッカーが主、今回必要なのは圧倒的火力を持ったプレイヤーだ。リンド達が抜けてしまったのはアレだが、まずは二人の参入を喜ぼうか!」
ヒースクリフとディアベルの二人が周りの皆に向かって宣言し、それに同調する。キリトさんだけは、顎に手を当てて考え込んでいた。
その後、一気にコリドークリスタルでボス部屋前に転移。そのままボス攻略へ。
ボスの大剣をヒースクリフが防ぎ、その間にキリトさんと一緒に猛攻を仕掛ける。互いのユニークスキル《二刀流》、《絶剣》を使っての協力技はボスのHPを一気に削り、戦闘開始から二十分弱でボスを倒した。
今回のLAボーナスはキリトさんが取得。【シルバリック・シバルリー】。
銀鏡仕上げの片手直剣で、見た目はボクの【ルナティーク】と瓜二つ。【エリュシデータ】より軽くて二刀では使いにくいから、という事で【シルバリック・シバルリー】はボクにくれた。
これで一応ボクも《二刀流》が使えるようになった。どうして彼のスキルを使えるかと言うと…………まだ秘密だ。無論、逆もできるから、キリトさんが《絶剣》を使う事も出来る。これはおそらく、結婚しているボクと和人さんだけが出来ることだ。ある条件を満たせば他の皆も出来るらしいけど。
皆に色々心配されつつ、ボクとキリトさんは一緒に二十二層、その平穏とした街の南に位置するエリア。アインクラッド有数の豊かな自然な景観を持つホームに帰った。
そのまま食事を済まし、色々と仕事や作業を済ませた後、明日からのために寝た。
はい、如何でしたでしょうか?
余談ですが今回攻略組を悩ませていたボス《ザ・ファントムナイト》ですが、これの元ネタは《テイルズ・オブ・エターニア》と《テイルズ・オブ・シンフォニア》のとあるEXダンジョンに出現する巨大な騎士型ボスです。
《ファントムナイト》というこれは、今話にて説明されている特徴に加え、《シンフォニア》では無詠唱で上級術を使い、更には中々攻撃速度もある難敵でした。
《エターニア》の方は横スクロールなので、とあるキャラのとある技でほぼハメれるので楽です。攻撃力高くても、一回喰らうと死ぬまでチョップ喰らわせてくるモンスターより良心的なので(笑) 術も使いませんしね。闇属性の火炎弾を手から放ってきますし見た目巨体のクセに移動速度半端ないですが。
まぁ、ダンジョンの奥までの敵を普通に倒せるのなら、苦戦はしても十分倒せると思います。ちょっと特殊ルールのあるダンジョンで、途中で放り出される事もあるようですし。《シンフォニア》のダンジョンなら私は失敗した事ありません、半ば偶然ですね、あれは。
ですが、《シンフォニア》版ボスにちょっと苦戦した覚えがあります。超巨大というのはともかくとして、如何にもこうにも巨大故にリーチがあって回復薬が痛めつけられるし、さっきも書きましたが攻撃速度はかなりのものです、更には物理攻撃と防御力の数値が高い。普通の剣士ですら鬼門ですよ、あれ。
で、重要になって来るのは移動速度。ヒット&アウェイが出来る《二刀流》の主人公剣士ロイド・アーヴィングというキャラでした。
彼の技には移動に最適な《裂空斬》という縦回転しながら移動する技がありまして、巨大だから全ヒットするし、移動は相当早いしで重宝します。タイミングを掴めばダッシュでもノーダメいけます、《ダッシュブーツ》があれば更に確実でしょう。それに慣れるまでが大変ですがね(笑)
と、そんな苦労があったので、今作に特別出演させました。攻撃力と防御力、更にはスピードにも長けているキャラが居なければ大ダメージは必至、更には攻撃速度があるという事は手数もあります。
そんなボスは二刀のキリトか反則的な反応速度を持つユウキくらいしか対処できません。他のメンバーは本編で書いた通りです。
キリトが攻略に出てきた理由は、むしろ出なければ悪夢に魘されるからです。何かやっていないと落ち着かないという精神状態なんです。相当追い詰められています。
ぶっちゃけこの子、死ねないとか死なないとか言ってますが、正確に言えば死なせないです。つまり自分入ってません。半ば死に場所を求めている状態ですね。とは言え、ただのフロアボスでは経験と知識のダブルチートで大抵やられませんが。
さて、そろそろ次回予告です。
苦しみを背負いながら攻略に戻ったキリトとユウキ。
ボス戦で手に入った剣を使って二刀となったユウキだったが、キリトにはまた別の剣が必要だった。それを求め、キリトはかつて自身の剣を鍛えてくれた少女の元へ訪れる事を決意する。
しかし、その先には別の出会いも待ち受けていた……
次話。第八章 ~竜姫と藍黒~
この逆行SAOでは、リズベットはキリトに惚れません。
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第八章 ~竜姫と藍黒~
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話はリズベットが数話ぶりに顔を出しますが、殆ど関係ありません。ユウキと結ばれているし、心に傷を負っている以上キリトは他の子と関係を持とうとしませんから。少なくとも一人では。
そんなリズベットの元にはタイトルにある通りの少女が来ています。
しかし、実はもう一人、後から合流する方が居ます。ヒントは原作では既に亡くなっていました。更には攻略組ですらありません。
さて誰でしょう?
ではどうぞ。
「うう…………ピナぁ……グスッ、ヒクッ…………」
「あ~もう……あんたは生き残れたんだから、少しはしゃきっとしなさいよ……」
あたしは今、同じ軍所属で鍛冶屋を営んでリズベットさんのホーム、四十八層の街リンダースにお邪魔して泣いている真っ最中。原因は、この数ヶ月をともに過ごした種族名《フェザーリドラ》の使い魔《ピナ》が、あたしを庇って死んでしまったから。
軍に所属するあたしは、ギルド《黄金林檎》の護衛依頼を受け、三十五層の迷いの森というダンジョンまで付いていった。そこまでは良かった。
しかし、そこで予想外の事が起こった。大量のモンスターが一気に押し寄せてきたのだ。その時点でのあたしのレベルは、この数ヶ月堅実に冒険やレベリング、軍の仕事をこなして51。安全マージンを十分に取っていたから相手にするのは簡単だった――――本来ならば。この時は護衛以来を受けていたのだ。
護衛していたギルドの何人かが混乱して勝手に動き出し、護衛をしていたあたしやリズベットさん、リーファさん、フィリアさんはその対応に慌て、結果、大きな隙を作る大混乱に陥った。
なんとか体勢を立て直したけど、一度起きた混乱は中々去ってはくれず、ギルドリーダーの《グリセルダ》さんとあたし達五人で殆ど殲滅した。その時に、背後から寄ってきていた猿型MoB《ドランクエイプ》の棍棒からあたしを守るために、ピナは犠牲になった。
それが今日の午前中の出来事。今は午後四時、あれからずっと泣いている。
「だって、だって……!」
「あーもう、うざったいわねぇ。今アスナが蘇生の心当たりを探してるから、あんたはアスナを余計心配させないように、もっとシャキっとしなさいよ。蘇生の可能性はあるらしいから」
「ほんとですか?!」
リズさんの言葉に、思わず声を張り上げながら詰め寄ってしまった。少し後ろに下がりながら頷くリズさん。更にその後ろに立つ、二つの人影。
「あ、リズさん。お客さんみたいです」
「え? あ……すみません! えっと……リズベット武具店へようこそ!」
リズさんの後ろから横にずれて、姿を晒しながら人影を見る。見覚えの無い二人だった。
片方は長い黒髪、黒の片手剣を背負った黒く古ぼけたロングコートの少年。無表情だから感情を察せないし年齢も推測できないけど、そこまで自分と変わらない。見た目の背からして、そこまで歳は離れていない筈。もしかしたら自分より年下かもしれない。
もう片方は藍色の長い髪、同じく黒い片手剣を左腰に帯び、紺色のクロークの少女。隣に立つ少年とほぼ同じ身長で、表情は天真爛漫そのものと言って良いほど明るい笑顔に満ちている。
少女は剣豪というか強者の風格があるけど、少年の方はそこまで強そうに見えない。アスナさんやリーファちゃんと比べると圧倒的に見劣りする、そんな感じの少年だ。武装も一切強そうには見えない。
リズさんの武具は全て高額で、数十万コルは下らない値段をする。その分高性能なのだけど、それを買う殆どがトッププレイヤーの攻略組。少年より、少女の方がお金を持ってそうだし、少女は確実に攻略組だろう。少年は分からないけれど。
リズさんもそう考えたらしく、お客は少女の方だと思ったようだ。少女を見て言う。
「って、ユウキ。片手剣だったらこっちの棚だけど? それとも研磨?」
「あ、違うんだ。ボク達はそっちの女の子に用があって来たんだよ、アスナに呼ばれて。君にも用があるのはこっちの彼なんだ」
多少崩れた口調に苦笑しながら、隣の少年を少女が示す。その彼を、リズさんは胡散臭そうに見る。少女とは顔見知りでも、少年の方とはほぼ初めて顔を合わせるらしい。
「俺は片手直剣のオーダーメイドを頼みに来たんだ」
「えーっと……最近、鉱石の相場がかなり高くなっておりまして、最低六十万コルはかかりますが……」
「鉱石はあるから、それで鍛えて欲しい……一応、プロパティはこれと同等、ないし以上かな?」
そう言いながら、透き通った白銀の鉱石と背に吊っていた黒剣をカウンターに置く。
未だ胡散臭そうに少年を見続け、リズさんはまず黒剣を手に取った。それを持ち上げようとして、しかし両手で支えても全く持ち上がらなかった。
「ちょっ、重っ?! これどんだけ重いの…………って、重さ一t?!」
「い、一tですか?!」
驚愕の表情と声を上げ、黒剣をタップして性能を確認し、そこで信じられない言葉を聞いた。重さ一tなんて、今まで聞いたことが無い。
武具にはそれぞれに重さが設定されていて、武器強化によっても重量を増す項目を選ぶことが出来る。大体の武具に共通する特徴として、『重さと頑丈さが高ければ、比例して耐久値も高くなる』というものがある。早い話、『重くて頑丈=耐久値が高い=強力な武具』という方程式が成り立っているのだ。
レベルの高いプレイヤーの装備は自ずと強力なものになり、その強さに比例して重量も増す。強力な装備で身を固めたいのなら、それ相応の努力をしてレベルを上げ、筋力値を高めなければ重さのせいで装備すらままならない。
マスターメイサーとして優秀であり、強力な装備を持つ攻略組御用達である鍛冶屋を営んでいるリズベットは、かなりの筋力値を保有する筈。その彼女でさえ持ち上げる事すら適わないそれは、装備重量一tの剣。
おそらく鍛冶師の間で話になっている《魔剣》を、片手で軽々と扱う目の前の少年は全く強そうでない見た目だが、それでは図り知れない強さを持っているようだ。
その彼に比べれば、隣の少女が強いと分かるだけマシなのかもしれない。昔読んだ何かの漫画か小説で、自分よりも圧倒的に強い者の実力はまったく測れない、とあった気がする。つまり、中層上位に入る自分でも強いと分かる少女より、強いということすら理解できなかった少年の方が、圧倒的な能力・実力を誇るということなのだ。
「それに、代金は幾らふんだくってくれても痛くは無い。流石に一千万とか言われるとキツイものがあるけど」
「いや、たとえこれと同等の剣を作っても、一千万はないわよ…………そうね、出来上がる剣のプロパティはランダムだから絶対の保障は無いけど、鍛えてあげる。今から即行でね。そっちの子の話がホントなら、アスナの紹介なんでしょ?」
「ああ、今朝方メールが来てな。頼まれごとついでに、鍛えてもらえれば重畳だと思って…………悪い」
「いいわよ……かなり苦労するでしょうし、良いの出来たら思いっきりふんだくるから。覚悟しておきなさいよ?」
ニヤリ、と不敵な笑みを交し合い、リズさんと黒衣の少年は工房に入っていった。
リズさんはオーダーメイドを依頼されて鍛え上げる時は、依頼者がいるなら鍛え上げる現場を見せるようにしている。何故かと聞けば、「気合が入るから。この人のために鍛えるんだー! ってね」と答えた。リズさんはシステム的スキル数値だけでなく、本人の想いが鍛え上げられる武具の強さに関わると信じているらしい。
それはアスナさんから教えてもらった事で、そう考えるようになったのだとか。『このデータ世界でも、見て聞いて感じ起こる事全て本物で、この世界でも心だけは唯一自分の物だ』って。
かつて自分の目の前で、自分自身を殺してまで他人に尽くす、そんな人を見たらしい。誰かは知らないけど、まだ死んではいないと聞いた。
その話を聞いたからか、それからリズさんの作る武具は一線を画すものとなった。同じ名前の装備でも、リズさんの武具は何かが違う。同じ筈なのに、手から伝わる感触に重みが、でも不快には思わない暖かな何かが伝わるのだ。きっと少年に鍛え上げる武器も、暖かくて強力な剣になるだろう。
そう思って工房を見ていると、横からえっと……いいかな? と少女の声が聞こえた。そう言えば、あたしに用があるって言ってたっけ……
「君がビーストテイマーの《シリカ》でいいのかな?」
「あ、はい。そうですけど、あなたは……?」
そう聞くと、少女は笑った。
「あ、ゴメンね。ボクは【絶剣】ユウキ、それでさっき向こうに行った彼が【黒の剣士】キリトさん。攻略組最強の【藍黒夫婦(らんこくふうふ)】って言えば早いかな?」
【黒の剣士】と【絶剣】。【藍黒夫婦】。どれもアインクラッド全体に名高い二つ名だ。確か、攻略組にそんな二つ名のプレイヤー達がいたような…………って。
「ぇ……ええええっ?! ほ、本物ですかっ?!」
あたしの驚愕と悲鳴の混ざった声に、少女――――【絶剣】ユウキは苦笑しながら頷いた。
「ど、どうして攻略組最強のお二人が、あたしに?!」
「いやそれ言ったよ? アスナに頼まれたんだ、今朝方。『友達にビーストテイマーがいるんだけど、使い魔が死んじゃったの! 蘇生方法知らない?!』って。その蘇生方法をキリトさんが知ってたから来たんだよ」
信じられなかった、たった数時間で蘇生方法が見つかるなんて。
でも、夫婦でもある二人は攻略組中最強とすら言われているらしいし、特に夫の方は【ビーター】と言われ、多くの情報を独占しているのではないかと言われている。だから蘇生方法を知っていたのだろうか?
「その使い魔専用蘇生アイテムは《プネウマの花》って言うんだけど、それは四十七層の思い出の丘ってとこに咲くんだよ。主人本人が行くのと、使い魔が死んでから三日間。この二つが絶対条件。三日が過ぎると、使い魔の『心』アイテムが『形見』アイテムになって蘇生出来なくなるんだって。『心』アイテム、持ってる?」
「はい……でも、四十七層……安全マージンが少し足りませんよぅ…………」
適正レベルは階層+10と考えられているデスゲーム。レベルを上げるのも無茶して一日三レベが限界。しかし自分にそこまでの突破力も無茶な戦いも出来ない。性格もあるがステータスや装備の性能、戦い方のスタイルとしても合わないのだ。
そう思っていると、目の前に一枚のウィンドウ――――トレードウィンドウが現れた。
【イーボン・ダガー】【シルバースレッド・アーマー】【シルバースレッド・グローブ】【シルバースレッド・ベルト】【フェザースカート】【フェアリーブーツ】【竜巫女の首飾り】……見たことも無い装備群、しかも装備のレア度は全て14。七十層台の装備だ。
「俺もユウキも使い道が無かったし、やるよ。これなら10~20レベ前後の底上げは出来る筈だ」
後ろから木造建築特有の足音を立てて歩いてくる少年キリト。後ろからは少し疲れた感じのリズさん。
キリトの背中にはさっきの黒剣と交叉するように背に吊られた翡翠の剣。柄は薄いエメラルドグリーンに見える色合いのそれが、先程依頼していた剣だろう。黒剣に勝るとも劣らないくらい威圧感がある剣だ。
「まったく…………とんだ暴れ馬ね。出来た剣も重さ一tって、どういう事よ」
「俺に言わないでくれ。幾ら俺でもシステムに干渉は出来ないんだから」
「ま、キチンとふんだくったから良いけどね」
リズさんのニヤリとした笑みに、キリトは苦笑で返した。どうやら相当な値段だったらしい。まあ、それと引き換えで強力な片手直剣を鍛えてもらえたのだから、内心、嬉しがっていると思う。あまり表情が変わってないから、正しいのかは微妙だけど。
「…………さて、俺達がここに来た理由は……シリカ、お前の使い魔蘇生を果たす為だ。無論、俺とユウキの二人が護衛する。ついでに、その装備もお前に進呈する。どうだ?」
「嬉しいですけど…………どうしてここまで親切なんですか? アスナさんの頼みだからって、装備までくれるなんて……」
思わず警戒して見てしまう。アスナとユウキには悪いが、男性はどうも苦手なのだ。
下心で近寄ってきたプレイヤーも多く、一度は求婚すらされたことがある。既に結婚している彼だから襲ってくる事は無いだろうけど、そもそも今のアインクラッドでは『上手い話には裏がある』のが常。だからこその警戒なのだ。
そう思って聞いたのだが、目の前の少年は顔を少し赤くして背け、額に手をやってから、小さく呟いた。
「……………………笑わないのなら、言う」
「笑いません」
「あたしも笑わないから、早く良いなさいよ」
「……………………ふふっ♪」
ユウキが既に笑みを浮かべている。それを聞いたキリトがキッと一睨みし、再び顔を背けてか細く呟いた。
「…………シリカが…………に似てたから……」
「え?」
「シリカが! 従姉に似ていたからだ!」
聞き取れずキョトンと聞き返すと、彼は顔を真っ赤にして大声で叫んだ。
それに反応出来ずにいると、リズさんとユウキさんが思いっきり噴き出した。腹を抱えての大爆笑。それを見て思いっきり顔を赤くして顔を背けているキリト。
その構図に思わず自分も笑ってしまった。一度起こった笑いは中々去らず、長い間笑い続けた。
*
「まったく……予想していたとはいえ、何であそこまで大爆笑するんだ…………」
目の前をブツブツ何か呟きながら進む黒衣の少年キリト。
その後ろに続くのは、ユウキ、シリカ、グリセルダの三人。四人でパーティーを組んで思い出の丘を進んでいるのだ。少し過剰戦力ではないか、と疑問に思ったけど、彼によれば、理由があってのことらしい。
ここ最近、オレンジギルドの活動が活発な事。覚えの無い、階層ごとの適正レベルを逸脱した強さのボス級モンスターの突如としたポップ。この二つがあるから、念のためと称してこのパーティーになったのだ。
とはいえ、攻略組で調べた上では、この階層のアンノウンモンスターは既に倒されていて、今までに倒されたアンノウンモンスターが復活したケースは無いらしく、だからあまりそっちは心配していないらしい。どちらかと言えばオレンジギルドを警戒しているのだ。
まあ、念のためという事で過剰戦力を整えているらしいけど。今までのパターンを破って、アンノウンモンスターが復活するかもしれないからだ。
それで今このパーティーなのだけれど、キリトさんがさっきからご機嫌斜めなのだ。あれから五分近くもの間爆笑してしまい、それでリズさんがからかいまくった為、拗ねてしまったのだ。
なんだか雰囲気との落差が激しくて、可愛い弟と思えてしまう。見た目だけなら妹か。
そんな彼に、苦笑の中にどこか楽しそうな笑みを含んだユウキが話しかける。
「まあまあ、そんなに拗ねないで機嫌直してあげなよ? ほら、シリカも怖がってるし」
「い、いえ、別に怖がっているというわけではないですけど……ふふっ」
「ふふ……元気になったみたいね、シリカちゃん」
グリセルダさんが小さな笑い声をあげ、それに顔を赤くしてしまう。
この人には気を使わせてしまい、今回の蘇生アイテム取得に付き合わせてしまっているのだ。ギルドの方は仲間が構わないと言ってくれたらしい。ピナの事で責任を感じているから、一緒に来ることにしたようなのだ。
「あうう……すみません」
「私はともかく、彼はどうなのかしら?」
「別に怒ってはないけど…………お、着いたぞシリカ。あれが、《プネウマの花》が咲く場所だ」
彼が示すそこは、小さな祭壇がある場所だった。そこに小走りで行くと、小さく柔らかな花が芽吹いたところだった。それを取ると、シャラン……と音を立てて茎から外れ、自分のストレージに格納された。後ろから祝福の言葉がかけられる。これで、ピナを蘇生できる。
さっそくピナを蘇生しようとメニューを呼び出す。
すると、キリトさんが待ったをかけた。
「喜ぶにはまだ早い。ここで生き返らせるのは得策じゃないからな」
「え? どうしてなの?」
「グリセルダ、考えてみてくれ。ここはシリカとピナという使い魔にとって、格上の魔物が犇く場所だ。少なくとも、一対一では苦戦するだろう。そんなとこにいる今蘇生すると、またシリカを庇って死ぬ可能性がある。さすがに二回連続で面倒は見れないし、《プネウマの花》は同じテイマーに対しては三日に一度しか咲かないらしい。今ここで生き返らせて死ねば、まず蘇生は出来ない」
「な、なるほど……わかりました。街に帰るまで我慢します」
あたしの言葉に頷きを返し、キリトさんは来た道を戻り始めた。他の二人はあたしに合わせて進んでくれ、彼は出てきたモンスター全てを一撃の下に屠っている。
一体だけ残してあたしのレベリングもしてくれ、ピンチの時には助けてもくれた。他の皆をどうして集めたのだろう、と疑問を浮かべるも、さっき教えてもらったばかりだと思い出す。あたしはそのまま狩りに集中した。
一時間をかけて四十七層フローリアまで戻る。街に入る直前にあるちいさな橋、そこを渡る直前、キリトさんが先頭を歩いていたあたしの肩に手を置いて止めた。そこまで強いというわけではなかったけど、決して動けない意志を感じた。
振り返ってキリトさんを見ると、彼は底冷えする瞳で前方――――街までの道、その脇にある林に目を向けていた。その口から、底冷えするような声が発せられた。
「出てこい、そこに隠れてる奴ら。それとも、こう言った方が良いか? ――――オレンジギルド《タイタンズハント》」
キリトさんがそう言った直後、林から数十人のオレンジの男と、二人のグリーンプレイヤーが出てきた。一人は男、もう一人が――――
「ロザリア、さん……?」
一、二ヶ月前。軍に入る前に一度、野良パーティーで組んだことのある女性だった。十文字の細身の槍、黒い軽鎧に赤い髪の女性で、性格は好きになれなかった人。
「久しぶりねぇ、シリカちゃん。噂で聞いたけど、あの蒼いトカゲが死んだって話、ガセじゃなかったんだ。だから思い出の丘に来た、と……なら早速――――」
「そうはいかないなリーダーさん。いくら《プネウマの花》の相場が良いからって、他人から奪おうとしちゃあな」
ロザリアさん……いや、ロザリアの言葉を遮ったのは、彼女達のハイドを見破ったキリトさんだった。
言葉こそ軽い調子だけど、やはり底冷えする迫力がある。それを感じたらしいオレンジ達も一瞬怯むも、武器を構えて威圧し始める。
それを見てキリトさんは一つ小さく嘆息、背に吊る黒剣を抜いた。
リズさんの店で見たときは、(飾り気の無い、無骨で貧相な剣だな……)としか思わなかった。見た目では。その後、黒剣の重さが一tという、超を付けても足りないほどの高性能な剣だと知って、しかしその印象は拭えていなかった。ここで剣を振ってモンスターを両断している時も、その印象は残っていた。けれど、今目の前で抜かれた黒剣を見て、あたしは心の底から恐怖した。
目の前で構えられた黒剣の刀身は、この層のモンスターは勿論、下層・中層で見てきたどのモンスターよりも冷たく、鋭く、限界まで凝縮・濃縮された――――殺気を放っていたからだ。
それを鋭敏に感じたからか、ロザリアが右手を慌てて振る。
「ッ……あ、あんたら、やっちまいな! たとえ強くても、この人数ならやれるだろ!」
「お、おう! 本当に強いとしたら、きっと美味いレアアイテムとか手に入るぜ!」
「お、おっしゃ! 皆、やるぞ!」
「キリトさん! 一人じゃ危ないです! ユウキさんもどうして動かないんですか?!」
流石のキリトさんでもこの人数は圧倒的に不利だと思い、彼の妻であるユウキさんに振り向いて言う。
しかし、彼女は一切動揺していなかった。むしろ泰然自若の体で、完全に傍観の構えを取っている。
「あれくらいの奴らに負けてるんじゃ、キリトさんは攻略組たり得ない。鎧袖一触よりも手酷い光景が見られるよ、彼女達程度ならね」
腕を組んで苦笑しながら言う。後ろのグリセルダさんも動こうとして、しかしユウキさんに止められていた。彼女はあくまで、キリトさん一人に任せるつもりらしい。
――――と、自分達の問答を聞いたオレンジ全員が、一様に驚愕の表情を浮けべて足を止めた。
「キリト……? ユウキ……? 黒尽くめと紫尽くめの装備……ま、まずい……こいつら、攻略組最強夫婦の、トッププレイヤーだ!」
「はぁ?! 何だと?! こんなガキどもが夫婦なのか?! クソッ、爆発しろ!」
「俺なんて彼女にフラれたのに、なんでお前らみたいなガキが結婚できてんだ!」
「クソッ! 死ねこのリア充どもが! リアルじゃねぇけど!」
「「「「「ウオォォォォ!!!」」」」」
なんだろう、オレンジギルドって恐ろしい筈なのに、一気に恐怖感が薄れてきた。
涙を流して慟哭を響かせながら、キリトさんに襲い掛かるオレンジの男達。次の瞬間、その人たちの持つ数多の武器が全てポリゴンと化した。
「「「「「…………は?』』』』』
唖然として自分の手にあった武器を見やり、それらの柄がポリゴン化していくのを見て、オレンジ達は一様に引き攣った表情になった。
あたしもグリセルダさんも唖然として見ていると、隣のユウキさんが口を開いた。
「最上位システム外スキル《武器破壊》……キリトさんだけが使える、彼だけのユニークアビリティだよ。ボクでも成功確率は一割いかないんだ」
「き、キリトさんはそれを、確実に起こせるんですか?!」
「うん。少なくとも、彼と戦うときに刃を交える事は厳禁。交えるなら、《武器破壊》を避ける為の相応の技量がいる」
ユウキさんの言う、あまりにも凄すぎる彼の実力のことに絶句する。グリセルダさんも知らないという事は情報屋にも無い情報。
どうやら、キリトさんは妻であるユウキにしか知らせていないらしい。無理も無い、だって『武器破壊』を意図的に起こすなんて、誰も聞いたことが無いのだから。
彼は本当に攻略組最強と呼ばれているだけある。そんなシステム外スキルは聞いたことが無いし、自分がやろうとしても到底出来ないだろう。つくづく、目の前の彼は規格外だと思う。少なくとも、振りぬいたはずの一tある剣の残像すら、一切目に視えなかった。ブレを視ることすら適わなかったのだ。
その圧倒的理不尽で凄まじい光景に唖然としていたロザリアだったが、ハッと気付き、舌打ちをした。
「くっ……本物かいっ! 仕方ないね、転移――――」
「シッ!」
ロザリアが転移結晶を掲げて逃げようとするのを彼は許さず、黒く細長いピックを飛ばした。それは狙い違わず、ロザリアが持つ右手の蒼い転移結晶に当たり、結晶を粉々に砕く。
ロザリアが呆然としている間に、彼はロザリアの喉元に黒剣の剣身をピタリと当て、やはり底冷えする声で言う。
「逃げようとするな……逃げれば、どこまでも追いかけて…………殺す」
そう言われて顔をサァッと青くし、持っていた十字槍を落とした。
その後、彼が持っていた回廊結晶で全員を監獄送りにされ、キリトさんはあたしに謝ってきた。
曰く、《タイタンズハント》を捕らえる為、あたしをわざと囮にしたのだ、と。ピナが死ぬ場面には遭遇したけど、助ける事自体は間に合わなかった、だからすまなかったと。
顔を苦悶に歪め、頭を下げてそう謝るキリトさん。誠心誠意謝るその姿は全くの歳相応で、だからこその謝意が伝わってきた。
「か、顔を上げてください。あたし、別に怒ってませんし」
「そうか……ありがとう」
キリトさんは少し不安そうな表情で良いながら姿勢を戻した。その横に着くユウキさん。柔らかな笑みを浮かべ、彼を見ている。それに気付いて恥ずかしそうに顔を赤くし、キリトさんは街へ進んでいった。
それを苦笑しながらあたし達は追い、街に入ったところでピナを蘇生させる。夕陽にあてられて煌く雫を、ピナが遺した蒼い羽根に一滴落とす。
すると、金色の光が収束し、その光の中心からピナが現れた。蘇生できたのだ。
「ピナ! ピナ、ピナぁっ! 良かったよぉ……!」
「キュル、キュルルル?! キュルルキュル!」
思わず涙を流して抱きしめ、それに悲鳴を上げるピナ。それでも抱きしめ続け、やがて抵抗しなくなってしまった。
「そろそろ離してあげたら? ピナちゃん、苦しそうよ?」
グリセルダさんに苦笑されながら言われ、ピナを離すと、すぐさまピナはあたしから離れてしまった。
するとどういう事か、ピナは離れて佇んでいる黒衣の少年の元へ飛び立ち、彼の右肩に止まって頬擦りし始めた!
「あー! キリトさん、いいなあ! ボクもして欲しいのに!」
「俺に言われてもなぁ……ピナ、ご主人のとこに戻れ」
「キュル~…………キュルル!」
両手で体を持ち上げられたピナは、キリトにそう言われてしばらく黙るも、すぐに気を取り直したふうに一鳴き。再び彼の肩に止まった。
「ふふっ。あなたはピナちゃんに好かれてるようね。助けてもらった事を理解しているのかしら?」
「え~……? AIにそんな機能があったような覚えないし…………いや待て、まさか……お前、自我を得たのか……?」
「キュルル!」
キリトさんに聞かれたピナは、強く頷きながら鳴いた。思いっきりアルゴリズムから外れた行動だけど、ピナなら当然かなと思ってしまった。今までもずっとそんな行動を取ってきたのだから。
その日はこれで解散となり、あたしは拠点である始まり街に帰った。今日あった出来事を、あたしはきっと忘れない。ちょっと怖かったけど、キリトさんやユウキさんと会えたことは、これからの生涯の大切な思い出としよう。
はい、如何でしたでしょうか?
合流する方とはグリセルダさんでした。彼女は優しい女性としての印象で書かれていますし、アニメ見た方は分かるでしょうがとても落ち着いた風貌と表情です。そして人を纏めている立場なので責任感も強いだろうと思い、シリカの使い魔ピナ蘇生に協力させました。そこそこグリセルダさんらしさがあるのではないかなと思います。死人に口は無いので原作では一言も喋ってませんが。
前話の後書きでリズベットはキリトに惚れないと書きましたが、シリカもユウキが既にお相手として居るため、恋愛感情より尊敬の念の方が勝りました。まぁ、この歳の子ならあり得なくは無いと思います。強さ的にもこっちの方がまだ自然でしょう。
さて、今話では前回よりもメンバーが少ないですが、しかしまだ平和的に終わりましたね。前回は《笑う棺桶》が乱入してきましたが、今回はそれも無く、誰も殺してませんし。
ちなみに知らない人の為に補足しておきますが、《グリセルダ》さん率いる《黄金林檎》というギルドは本来、原作では消滅しています。彼女が旦那さんから依頼を受けた《笑う棺桶》によって殺され、その後に空中分解するからです。
詳しくは他の方の二次創作、あるいは川原礫様の原作をお読み下さい。本作では一切この話はしません。ちなみに《圏内事件》という名称です。
とにかく私が言いたい事は、本来なら既にこのギルドは壊滅しているという事です。しかし人の感情なんて防げませんし、文中で分かったと思いますがキリト達とグリセルダは初対面、つまりギルドの繋がりもありません。《黄金林檎》は攻略組として動いてませんし。
そんなギルドとグリセルダさんがまだ存在しているという事は……描写こそしていませんが、既に《笑う棺桶》は……
あとは、分かりますね( ̄▽ ̄)ニヤリ
ちなみに、シリカがリズベット武具店辺りで装備について解説していましたが、アレは原作の設定を基に書いております。まぁ、重さ一tというのはアレですが。
ところで、何故一tにしたのか。
それは、原作SAO攻略組プレイヤーの能力が現実の身体能力の十倍はあると予想できたからです。
第一巻のキリトとアスナは第七十四層攻略に赴いた軍から隠れる際に、数メートルの高さの崖を一息で飛び越える事が出来ているようですし、そんな事をキリトが解説してもいました。
現実的に普通に跳躍しても一メートルはいかない、凡そ五十センチが良いところでしょう。しかしキリト達は五メートルは最低限飛べました、最終期では。つまり最低でも十倍の能力があると仮定できます。
で、今作のキリトは原作キリトよりレベルが圧倒的に上です、具体的に言えば二倍はあります。200到達してます。
SAOのレベルは一つ違うだけでもかなりの差が出るようなので、実際数値的には二倍どころでは済まない筈です。そしてチート装備によっても基礎ステータスはかなり増大しています。
リズベットが重いと言った原作エリュシデータの重量を十キロと仮定しても、それくらいなら攻略組プレイヤー達は普通に持てるでしょう。速度重視のアスナは微妙ですが。キリトは現実でも普通に持てる筈です、米袋一つ分ですので鍛えている方は持てるようですし。
で、一tまでは百倍の重量差があります。
最低十倍の能力はあるので百キロまでは持てると仮定して、更に十倍差がある訳ですが、200レベル突破しているキリトであれば十倍なんて差は埋まっているでしょう。
レベル1が現実準拠、100程で現実の十倍の能力(エリュシデータ持てるレベル~百キロ)とあれば、200では更に十倍になってもあまりおかしくはありません、少なくとも二から五倍程度には収まらない事は確実です。
これらの概算から一tとしました。これはキリトの異常性を表し、強いのだという事を表現する為の一つでもあります。
まぁ、ここは流石に私の解釈です。取り敢えずキリトは凄く強いのだという事だけ分かればそれで構いません。この数字、今後一切出てきませんから☆(笑)
ではそろそろ、次回予告です。
新たな剣を鍛えてもらい、竜と少女、とあるギルドリーダーとの絆を紡いだキリト。彼はそれからも変わらず攻略を進めていた。
ある時、キリトは過去に遭遇した軍の一団と攻略中に出会う。ボスによって壊滅状態に追いやられていた彼らを助けた直後、《アインクラッド》には存在しない樹海へと飛ばされ、そこでまた少女と邂逅する。
しかしキリトにとって、繰り返される出来事よりも重要な事が存在していた……
次話。第九章 ~月命日~
誰のかはすぐ分かります。
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第九章 ~月命日~
――――これは、絶望への序曲である――――
どうも、おはこんばんにちわ、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
えー、珍しく挨拶より先に茅場晶彦氏の名言(迷言?)を真似て、こんな事を書いてみましたが。
この一文が逆行編の全てを物語っています。
ちなみに今話から全体的に暗いです。どれくらいかと言えば、一気に明るい雰囲気なんて消え去って息をしないくらい、記憶に留まらないくらい、そもそも幸せって何だろうと考えてしまうくらい暗くなっていきます。
というかキリトが思い切り引き摺ります。私がそうしてるんですが、よくこの子自殺しないなと思うくらい精神的に病んでます。
しかし今話の最初はまだ暗くないです、嵐の前の静けさとでも思って下さい。ぶっちゃけ雑です。
ではどうぞ。
第九章 ~月命日~
あれから数ヶ月が経った。今日は11月6日。
俺は今、七十四層迷宮区十九階を攻略中。パーティーメンバーとして、これでもかというほどの強さのプレイヤーが揃っている。
俺、ユウキ、ヒースクリフ、アスナ、ディアベル、キバオウ、リーファの七人だ。
何故このパーティーなのかと言うと、それは数時間前に遡る。
俺とユウキが七十四層迷宮区攻略に出向こうとすると、どういう偶然かアスナ達とディアベル達が迷宮区前で揃っていたのだ。その上ヒースクリフが重い腰を上げての出陣、一体何事かと思った。話を聞けば、俺とユウキを待っていたらしい。
どういうことか再び聞くと、ここ最近のモンスターはアルゴリズムのパターンに変化が見られる。そんな時に単独行動が多い俺をユウキだけに任せておけない、と意見が俺の与り知らぬとこで固まったらしい。
ヒースクリフだけは、単純に俺と一緒に戦いたかっただけらしいが。
そういうちょっと軽いというか微妙な理由で、俺は皆に見張られながらの迷宮区探索に出た。
「というわけで、俺に自由はない」
「……誰に解説してるの?」
「…………いや、気にしないでくれ」
ユウキの呆れが多分にある視線に耐えられず、顔を背けて早足に進む。それを追いかけてくる仲間たち。
正直言って、ユウキとのタッグやソロが長く定着していた俺にとって、迷宮区攻略を多人数パーティーでするというのは苦痛でしかない。俺に向けられる感情が良いものであればあるほど、俺は苦しくなる。
俺はそもそも、人と触れ合う資格は無いのだ。
ならユウキとどうして前回も今回も《師弟》や結婚して《夫婦》になったという話になるのだが、結婚はともかく《師弟》の方は俺もよく分かっていない。ユウキによれば当然の事らしいのだが、俺にはよく分からないな……
とにかく、俺は一刻も早くこの状況から逃げ出す為、意識を極限まで高めて進む。後ろからの声は意識的に外し、しかし周囲への警戒は解かない。そしてキャッチした。
――――ぁぁぁああああああ……!
「ッ!!!」
「キリト君? どうかしたのかね――――キリト君?!」
「ちょっと?! キリトさん、待ってよ!」
後ろでヒースクリフとユウキの驚きの声が聞こえるが、それに構っていられない。俺の記憶・推測が正しいならば、この先では既に誰かがボスと戦っているのだから。
俺は敏捷力補正全開で疾駆、アバター強化が施されている俺だ、一気に皆を突き放して走りぬける。一分と経たない内にボス部屋へと到着した。
ボス部屋で戦っているのは複数人。
全員が黒色の鎧とバイザーを着けた装いのプレイヤー。軍だ。
「くっ! おい! とっとと逃げろ!」
「ふざけるな! ここまで来て、今更撤退なぞ出来ん! 皆の者、突撃――――っ!」
隊列が乱れたまま突進する軍。そして、それをその乱れを逃すボスではない。隙だらけの軍に、その大剣を叩きつけようとしている。
「危ない! 伏せろ!」
七十四層フロアボス《ザ・グリームアイズ》の大剣を二刀交叉で防ぐ。
その間に前衛でHPが危険な軍のプレイヤーを退かせて部屋から出すために、俺は二刀を繰り出し始める。
ソードスキルは入れないが攻防変幻自在なため、ボス戦でも十二分に通用する。
「はぁぁぁあああああああ!!!」
大剣をパリィして隙が出来た時を狙い、いっその事倒してしまおうと決断。パリィでボスの体勢を崩した一瞬を使って、一旦距離を取る。
そしてメニューを呼び出して《クイックチェンジ》を行う。前回アインクラッド最終戦時のチート装備を身に纏い、再び突進。
俺に向かって突き出される大剣の横っ腹を黒剣で弾き、隙を見せたボスのわき腹目掛けてソードスキルを放つ。
左半身を前にして銀翠の剣を上向き、右半身は後ろにして黒剣は肩に担ぐように前に構えて下を向ける。スターバースト・ストリーム十六連撃。
最後の突きをキャンセル、再びほぼ同じ構えを取る。ジ・イクリプス二十七連撃。
突きをキャンセルし、二刀を右側に構える。シャイン・サーキュラー十五連撃。
両の剣を後ろに構えて突進する。ルミナス・アンド・ダークネス百連撃。
青白い流星乱舞、太陽コロナの煌き、青黒い光を放ち、最後に黒と白の輝きを振るう。
計百五十八連撃の多重連撃スキルを《剣技連携》によって組み合わせていき、怒涛の勢いでボスのHPを削った。
しかし、HPが削れているのは自分も同じ、攻撃している間にもかなりの攻撃を受けている。
だが、俺は止まらない。否、止まれない――――!
「――――ォォォオオオオオオオオッ!!!!!」
咆哮と共に、最後の十字交叉斬りを放つ。
直後、ボスはその巨体を蒼いポリゴンに変え、部屋から消滅した。ボスだった蒼い欠片は空中を舞った後、俺の元へ集まって包み込む。
今回のアインクラッドで、どうしてかポリゴン片を俺は吸収してしまっている。前回は無かった事態だから俺にも原因が分からない。
これは一体どういう……
「――――ドウイウコトナノカナ? キリトサン?」
「ひぐっ?!」
背後から聞こえた冷たい声。戦慄しながら肩越しに振り返ると――――阿修羅がいた。
にっこり微笑み、黒剣と銀剣を構えるユウキ。穏やかに微笑んでいるが、騙されてはいけない。今現在の彼女の気迫はボス以上、最高に危険な状態だ――――!
「えっとだな……!」
俺も同じように二刀を構えて相対するも、ジリジリと距離を詰められる。
ユウキはにっこり微笑んだまま俺ににじり寄ってくる。俺にはさながら、冥王か死神にしか見えない。俺の方が若干背が低いので近いと見下ろすされる形になるから、尚更怖い……
「ボクヲ置イテマタ一人デ突ッ走ッテ、キツイオ仕置キガマタ欲シイノカナ?」
「ちょっと待て! これはアレだ! あいつらを助ける為だ!」
俺は慌てて黒剣を、離れて座りこんでいる軍に向ける。
「アイツラ…………え? 軍? どうして?」
ほっ。ユウキが元の、いつものキョトンとした顔に戻った。
他のメンバーの顔も険しいが、それも軍を見て固まる。そりゃそうだ。ディアベルとキバオウがマスターと副を務めるギルドメンバーが、なぜかボスと戦ってたのだから。
さて、コーバッツはこの事をどう説明するのかな……と考えていると、俺は蒼い光に包まれた。
光が拡散すると、深い緑の多い樹海に立っていた。見覚えのある樹海な上、覚えのある展開だ。たしか前回の七十四層ボス撃破後も、樹海に飛ばされた気がする。
俺が振り返って後ろを見ると、丁度青いポンチョを来たオレンジプレイヤーが走ってきていた。少し横にズレて避ける。
向こうも俺に気付いたようだが勢い余って足を木の幹に引っ掛ける。しかし俺がそれを支えた為に、前回のように転びはしなかった。外れたフードが外れ、顔が顕わになる。
金髪に青の瞳を持つ少女、少しだけ釣り目気味の目つきが俺の顔を捉えた。そして驚愕に見開かれる。
「なっ……あ、あんたは?!」
「大丈夫か? 一体何を焦って――――」
俺の言葉はそこで遮られた。前回同様、上方から落ちてきたのだ、アレが。
四つの赤い鎌、四つの目と割れた下顎。長い骨の胴に百足のような脚。ここで戦う最初のモンスター《ホロウ・デッドニング・リーパー》だ。レベルは93。
前回は四六時中迷宮区にいたからレベルが異常な数値になっていたが、今回はユウキと一緒に平穏な時間を過ごしているので、前回ほど異常ではない。それでも既に150ある俺にとって、このボスは敵ではない。
しかし、この少女――フィリアはそうはいかないだろう。前回は一年半くらい経っていて、フィリアのレベルは90を少し上回っていた筈。しかし、今はギリギリ一年経っていない。現時点では彼女が参戦しても戦えないだろう。
「おい、お前戦えるか? 具体的にはレベルが90以上あるかって事だが」
「ギリギリある……わたしはフィリア、よろしく」
そのまま二人で特攻。前回の経験がある俺にとって全く敵ではなく、ものの二分で倒しきった。
俺は少し掠れた記憶を頼りに、フィリアと共に樹海を歩く。途中、前回と同じようにホロウ・ミッションや適正テストが実施されるも、内容は既に知っている俺はすぐに済ませた。
自己紹介や情報交換を行いつつ先に進み、転移石に辿りつく。《管理区》に転移した。これでアインクラッドに帰れる。
「さて……ここから俺は帰るが、フィリアはどうする?」
「…………わたしはここに残るよ」
「そうか…………俺もちょくちょくここに来るよ。フレンド登録しとこう、メール飛ばせるし」
俺の言葉に嬉しそうに頷きながらフレンドを交わす。そして俺はホロウ・エリアからアインクラッド二十二層へと帰還した。
家へ帰った俺を待ち受けていたのは、仁王立ちで腕を組んだユウキだった。その表情は阿修羅と言っても良いかもしれない。
「やぁキリトさん。お帰り」
「お、おう……ただいま、ユウキ」
にっこり微笑んで出迎える彼女に少し怯えつつ、俺もそれに応える。
あの後に何があったかを話しつつ、夕食を取ることになった。そこでフィリアの名前が出ると、懐かしそうな顔をした。
「あぁ、フィリアと再会したんだ」
「ああ。前回同様の出会い方だったよ。違いと言えば、襲われなかったことくらいか?」
俺はユウキに、今回のフィリアの話をしながら、夕食の時間を過ごしたのだった。
*
夕食を摂り、心配をかけた面々に無事に帰れたという旨をメールで伝える。
ユウキはそのまま寝たが、俺はしばらく起きていた。
なぜなら、明日は俺にとって大切な日なのだ。アイツらの月命日なのだから。
ユウキが完全に熟睡したのを確認し、俺はそっと家を出た。転移門を通って第一層に転移。そのまま静かに、黒鉄宮の《生命の碑》へ向かう。
昔、今から約三年前に二人、そして数ヶ月前に四人亡くした。
一回目と二回目のアインクラッドで、同じ人を、しかも、二回目の方がより酷かった。
きっと、いや、間違いなく、アイツらは俺を憎んでいる事だろう。少なくとも一人は確実だ。アイツら幼馴染のメンバーで、ギルドを作っていたリーダーは。
俺は前回も今回も、アイツらが死んだ月命日には必ず《生命の碑》まで足を運び、花を添えていた。ただの自己満足に過ぎない上、それがアイツらに届いているかすら定かではない。ただそれをしないと、俺が俺でいられなかった。俺が関わったばっかりに、アイツらは死んだのだ。
前回のアインクラッドではケイタとテツオが死んだ。俺を狙ったPKプレイヤーに人質にされ、しかし俺に迷惑は掛けられないと言って自殺し、サチ達を俺に託した。
結局は残った三人を鍛え上げて攻略組まで押し上げたわけだが、果たしてそれが本当に正しかったのかは、今でも答えは出せない。
しかし、コレだけは言える。少なくとも、今回よりはマシな結果・経過だと。
今回は三人が死亡し、それに絶望したケイタは外周部から飛び降り自殺をした。俺に、侮蔑と憎悪の呪詛を残して。
ケイタは何を思いながら死んだだろう。いや、ケイタはまだ推し量れる。問題は残りの三人だ。最期の瞬間、一体何を思っただろうか。仲間の心配、悔しさ、後悔、それとも俺への百通りの呪詛か…………どれもそうだろうと思えてしまう。
それを知ろうとしても、その術は無い。死人に口なし、彼らは既に死んでいるのだ。それを知ることは出来はしない。
俺は月命日毎に頭に浮かぶ同じ結論を出しながら、生命の碑に辿りついた。
「テツオ、ダッカー、ササマル…………」
しばらく黙祷を捧げ、生命の碑の前に三つの花束を置く。そして俺は再び歩き出す。向かう場所は外周部テラス――ケイタが自殺で飛び降りた場所だ。
一旦転移門広場まで戻り、そこから南に向けて歩く。始まりの街は地図では南に位置する街で、外周部と隣接した立地なのだ。だからそこから自殺する者達が相次ぐ。
一つの花束を持って外周部照らすへと向かう途中、多くの軍のメンバーを見かけた。今現在、軍の一部のプレイヤーが《徴税》という体の良いカツアゲや《夜間補導》など、様々な規制を作っているらしい。当然ディアベルやキバオウ、そして縁の下の力持ち的存在のシンカーの命令ではない。一部の過激派のせいだ。
だからこの時間に歩いている俺は補導される対象なのだが、この日――――毎月七日だけ、俺は捕まらない。少なくとも、花束を持っていれば。
俺が《月夜の黒猫団》壊滅に関わり、しかし俺のせいではない事は既に周知の事実。そのあたりは攻略組メンバーやギルドがきつく言っておいたらしい、誰もそのことで俺を責めなくなった。そしてだからこそ、この日に限っては俺を邪魔しない。
テラスへ向けて歩く間、どうしても思い出してしまう。ケイタ、そしてリンド。二人は偶然だろうが、同じ言葉を俺に言っている。
『薄汚いビーターのお前なんかに、僕達に関わる資格なんて無かったんだ』
『薄汚いビーターのお前なんかに、俺達と関わる資格なんて無いんだよ!』
「っ…………!!!」
蘇る記憶。二人の言葉と顔が重なってフラッシュバックした。俺に向けて憎悪の顔を向ける二人は、よく似ていた。表情、目つき、瞳に宿す光までもが全く同じ。
俺は歯をキツく食いしばり、空いている右手をキツく握った。俺にとって永遠に忘れてはならない出来事であり、永遠に俺を縛る鎖でもある。
人殺し、ビーター、愚か者…………多くの呼び名があったが、形ある物より、俺の記憶にだけあるこれらの方が、余程俺には堪えるものだ。
「っ……俺は……何時まで経っても、変わらないな…………」
テラスを冷たい風が吹きぬけ、長い黒髪と黒コートをはためかせた。
*
それから数十分、その場所に居続けていると、足音が聞こえてきた。
俺が入り口に目を向けると、そこにいたのは赤いローブのような服を着た、『賢者』のような姿のヒースクリフだった。
「ヒースクリフ……」
「やはりここだったか、探したよ。ユウキ君が大泣きしてメールしてくるし、ギルドに押しかけてくるから、私も大慌てだ」
「メールは一応しておいたんだがなー…………」
ヒースクリフの苦情を、俺は苦笑で流す。そのまま二人そろってテラスに並び、冬の空と満月を忠実に再現した夜空に見とれる。
しばらくして、ヒースクリフが俺に顔を向けて話しかけてきた。
「……キリト君はやはり、数ヶ月前の彼らの事が……?」
それは当然の疑問であり、その応えは必然な帰結だろう。ここに俺が来る理由は、それしかないのだから。
「ああ……月命日になると、どうしても夢に出る。だから七日だけ、俺は寝ないんだ。夢にうなされて、ユウキに心配かけてしまうから…………」
そうか……と言って、ヒースクリフは黙った。再びの静寂。
「…………そろそろ帰ろうか。ゲームの中とはいえ、流石に精神的に悪いだろう」
「……そうだな」
***
深夜とも言える時間に、ユウキ君からメールが届き、本人も大泣きでやって来た。彼が行方不明だと言う。
それに心当たりがあった私は、単独で彼を探しに出かけた。とはいえ探すと言っても、今日は既に七日。つまり彼にとっての儀式の日だ。そしてこの日に彼が取る行動も決まっていた。
だから私は第一層の南にあるテラスへ向かった。予想通り、彼はそこにいた。
しばらく彼と共に夜空を眺めた。彼が何を思っているのか、それはわからない。
私は夢幻を想起した。数多の星はこの世界のプレイヤーであり、月はそれを照らし、希望を与える象徴。すなわち、キリト君とユウキ君二人だけのギルド《十六夜騎士団》。
彼ら二人は、最初期の頃からかなり奇特な行動が多かった。
それは、ともすれば、この世界自体を知っていたのでは。そう考えてしまうほどのものだった。それが本当か、または幻と同じ空想の産物なのか。それはまだ分からない。だから夢幻。
そのまま一時間ほど彼と夜空を見続けた後、さすがに冷え込んできたので、私は帰宅を提案した。彼もそれに乗った。
「……キリト君、どうしたのかね?」
隣を歩く少年が、さっきから黙り込んで足元を見て歩いているのを見て、私は少し心配になった。リアルでも彼を知っていたが、こんな状態の彼はあまり見ないのだ。リアルでは皆無だったと言える。
「…………もし、もしもだ。俺が…………」
そこで一旦言葉を止め、何かを言おうとし、しかし迷っている。
結局諦めたのか、「やっぱり、なんでもない」と言って再び黙った。
彼が何を言おうとしていたのか、それは私には分からないが、何か悪い予感がするものだった。
得体の知れない何か、それを信じるようになったのは何時からだったか…………
私はそんな事を考えながら、再び就寝するべくギルドに戻った。
はい、如何でしたでしょうか?
まず最初ら辺でユウキが壊れましたね、片言って怖いですよね(笑)
ハイライトが消えた瞳で笑みを浮かべながら笑っている子は大抵ヤンデレか精神的に追い詰められているかのどちらかです。
ちなみにユウキが前者に近く、キリトは完全後者ですね。キリトの場合は~淡い願い~を参照して下されば分かる描写をしています。ユウキは時折状況描写で地の文を出しています、そこを読めば分かると思います。
そして今回、フィリアに前回とほぼ同様のタイミングで邂逅しましたが、彼女には記憶ありません。更に今まで会った事が無い設定です。
そして分かったと思いますが、戦闘描写はおろか《ホロウ》どうこうの部分も完全に省いています。理由は前回と同じだから。
同じ事を書いても面白くないでしょう? 私も書く気力がありません。
という訳なので、《ホロウ・エリア》イベント&ストーリーは完全省略です。気付けばフィリアは《アインクラッド》に戻って来れている状態、すなわち惚れている状態という事になります。
エリア攻略はキリト、ユウキ、フィリアの三人で行ったものと考えて下さい。SAO最強タッグと一緒に、何気にソロ戦闘力とサバイバビリティがあるフィリアが組むのです、割と敵なしだと思います。
ホロウPoH? オリジナルと互角以上に戦えるキリトに加えてユウキが居ますから実力的に敵ではありません。
そもそもキリトとユウキの敵って、言われれば気付くと思いますが、モンスターなんかではありません。レベルが違いすぎますしね。
人にとって最大の敵とは、人の心であると、私は考えております。人の悪意って際限無い上に増大します、更には他人の心なんて読み取れませんからね。前回SAOでのデスゲーム宣言後のキリトがクライン達に対して言っています。
そして、既に話しているキリトとユウキですが、どう考えても普通の家庭環境ではありません、つまり普通の思考回路と精神構造でもありません。
ユウキなんて前世が生まれながらにして死を定められていた上に虐められ、更には家族から先立たれています。キリトは後に語られる出来事でトラウマがありますから……実は案外ユウキの方がトラウマは酷いのですが。
しかしキリトにはユウキに無い絶大なトラウマがあります。それが黒猫団半壊の原因という事。月命日というのはこれの事です。最早《アインクラッド》の暗黙の了解、タブーとすら化しています。
回想のリンドの台詞は~黒と聖竜の衝突~の最後、ケイタのは飛び降りる直前の台詞ですね。実はリンドの言動、今までこれを出すためだけにヘイトを上げさせてました。いやぁ、理不尽な台詞を書くのって疲れます。
さて……もうお気付きかと思いますが、この逆行編、原作キリトの行動を改悪しております。精神状態も更に悪化させております。
これはアンチではありませんが、原作キリトの場合、第二巻では何故かサチの事しか頭に無いんですよね、第一巻ではケイタについて相当参っている様子でしたが。蘇生させる相手はサチで迷いが無いようでした。相当思い入れがあったのでしょうね。同衾してればそりゃそうか。
生きていたらアスナより先にゴールインとかも……《プログレッシブ》無しで考えればあり得た未来の一つです。同衾してますし、お互いに依存し合ってましたからね。
いや、本作キリトとユウキより全然マシですが。
で、今作ではサチは生きています。そもそもキリト自身深く関わり過ぎないよう距離を調節していますので、サチが惹かれていてもキリトは一切惹かれてません、美少女奥さんを護る事に執着していますのでそんな余裕すら無いと言った方が性格です。
そして先に死んだ三人は自業自得と言えます。キリトは理解こそしていますが結構気にしてますね。描写していませんがユウキも自業自得と判断しています。なので三人についてではなく、ケイタとキリトの間にあった事が会議で問題視されたんですね。ユウキもそこにだけ焦点を当てていました。
つまり、キリトが最も気にしているのはケイタ一人です……後は分かりますね?
私なりの改悪、第一最悪パートです。ぶっちゃけ雑ですがご容赦頂きたい。
では次回予告です。
ずっと忘れていた、興味すら無かった、その効果はあり得ないと断じていた蘇生アイテムの存在。キリトが知る知識で、それは過去の者を蘇らせる力なんて無い事を知っていたが故に、彼はそれを求めず、記憶からも消し去っていた。
だがその話を再びこの世界で耳にした時、脳裏には自らを呪って雲海へと姿を消した青年の姿がよぎる。
前回はそうだった。だが今回はどうなのだろう。
ほんの少しずつ違う世界、ほんの少しずつシステムに差異があるこの世界ならば、あるいは。
希望を持ってしまった黒は、全てを捨てる覚悟でそれの入手に全力を傾ける。全てはただ贖罪の為に。
黒の傍らには、誰も居ない。
次話。逆行編SAO最終章 第十章 ~絶望の終焉~
IFの世界としてあり得たと考えられる未来です。
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第十章 ~絶望の終焉~
前話の後書きに書きました通り、今話でこの逆行編SAOは最終章となります。
少し雰囲気が崩れますが、実は今話、私が書き溜めているお話では五つのお話を纏めて作り上げております。
タイトルはそれぞれ~絶望のクリスマス前編・中編・後編~、~壊れた剣士~、~歪な終焉~と名付けておりました。
何が言いたいかと言うと、物凄く長いという事です。実は過去最多、最長の二万文字近いです。繋げたのは一話が短いのと、十章という切りのいいところで終わらせたかったから。
と、いう訳で。私が考え出した原作改悪&バッドエンドの一つです。
どうぞ。
第十章 ~絶望の終焉~
血色の閃光が迸った。
続いて、膨大な蒼い煌きと硝子が砕ける儚い音と共に、黒いモノが爆散する。
男は暗い暗い谷底で剣を振り続ける。
限界はとうの昔に超え、壊れたかのように――憑かれたかのように、黒いモノを壊し続ける。
全ては、己が罪業に報いる為。
全ては、唯一つの目的の為…………
***
2023年 12月17日
ここ暫くの間、アインクラッドに存在する全プレイヤーを賑わせる噂があった。
それはクリスマスイベント。正確には、それによって得られるアイテム。
クリスマスイブ…………リアルで言えば、子供達の憧れの存在である、赤いサンタクロースがプレゼントをくれる、子供達にとっては嬉しい日だ。その正体の方からしてみれば、微笑ましくも懐事情が辛いものになる日なのだが。
そのサンタはどうやらアインクラッドにもいたらしい。
全階層にいるNPC曰く、『クリスマスイブの日、モミの木に現れる背教者ニコラスが担ぐ袋には、死者を蘇らす宝具があるらしい』との事。
誰もが眉唾だと思った。しかし、本当ならそれは魅惑の物だ。値段など付けられないほどに、貴重な物だ。
だが、冷静で現実的なプレイヤーがいる中、その反対の意見を言うプレイヤーもいた。
『ナーヴギアで殺されるというのは実は無理矢理外された時だけで、HPが全損した場合においては昏睡状態が保たれ、どこか別エリアに隔離されているのではないか』
そんな馬鹿らしい――――しかし妙に信憑性のある噂も流れていて、結局みんながその宝具を狙っている。それはトッププレイヤーが殆どだった。
フロアボスに限った話ではないが、ボスというのは概して、強い。圧倒的に。そして蘇生というのは、最も死ぬ可能性の高い最前線に赴くプレイヤー――トッププレイヤーである攻略組にとっては、喉から手が出るほどに欲しいもの。死者が減る手段は、今後の攻略に関しても死活問題なのだ。
たとえ蘇生アイテムがガセ(この場合、過去死んだ者の蘇生は不可能など)だった場合でも、一年に一回のイベントボスなのだ。当然、蘇生アイテム以外にもレアアイテムがあるだろう。それこそ、高性能な装備アイテムがあれば御の字だ。
レアアイテムだって、【黒の剣士】や【絶剣】が全てをくれるわけではない。彼らだって人間であり一ゲームプレイヤーなのだ。ユニークアイテムなら――LAボーナスアイテムも、必用無い物は惜しみなく売っているとはいえ、やはり自力で手に入れたい。
レアアイテムでも、大した効果の無い物しか流れないかもしれないないのだ。
だから攻略組は躍起になっている。そして、他に先を越されないよう――他ギルドやパーティーに取られないようパワーレベリングや情報収集を繰り返していたのだ。
この情報収集はかなり難航していた。
なぜなら殆どのプレイヤーが、モミの木を知らなかったのだ。イベントボスはモミの木に現れるのだから、レベリングしても場所を知らなければ意味が無い。故に、皆が躍起になって探しているのだ。
なので数多の情報屋があらゆる情報を駆使し、あらゆる場所を探し回っている。
しかし、情報屋というのはゲームシステムに秀でた、つまりゲーマーだ。ゲーマーはあまり外に出ないだろうし、ましてや植物図鑑を開けて眺めたり植物研究や鑑賞をしたりしないだろう。
よって、飛び交っている『モミの木情報』の全ては、情報屋自身でさえ気付いていない間違いばかりなのだ。そしてそれに気付ける攻略組ではない。彼らは情報屋以上にゲーマー、ないし自分の命や時間を振るいに掛けて戦っているのだから。
――――ただ二人を除いては…………
***
暗い谷底に、陽光が差してきた。どうやら狩りに集中するあまり、時間を忘れていたらしい。全く気付かなかった。
今いる谷底は蟻の巣であり、まだ誰にも知られていないレベリングスポットだ。
ここは六十九層の南端にある谷。主街区からかなり離れているため、ここを訪れるプレイヤーなど俺以外はいないだろう。今アインクラッド全域を賑わせているクリスマスイベントに向けて、レベリングスポットはレベル的に経験値効率が悪い四十九層だ。上層フィールドにもかなりのギルドやパーティーがいて、ハッキリ言って、ウザイことこの上ない。
それなら攻略のついでにレベリングをすれば――――って、自分も人の事は言えないな。自分だって、攻略そっちのけでレベリングをしているのだ。最前線である七十九層から遥かに遠のく、この六十九層で。
しかしここは蟻の巣、少しでも気を抜けばすぐに死ぬ場所だ。
なぜなら、レベルやステータス的な意味合いもあるが、最たる理由として、その恐ろしいまでのリポップ速度にある。
通常、フィールドモンスターのリポップ速度は数分~十数分。乱獲すれば数十分に延びる。迷宮区は数分前後だ。他のダンジョンも、大体それくらい。四十九層にあるスポットでも一分ほどは掛かる。短くてもせいぜいが数十秒だろう。
しかし、この谷は違う。なんと、蟻一体のリポップは数秒~十数秒だ。圧倒的に速く、しかも俺が確認している限りは無限リポップ。リポップ速度が落ちることは無く、ポップに制限が無い。
つまり、倒すのに手間取っていると数体、あるいは十数体以上もの蟻を同時に相手にしなくてはならなくなるのだ。こんな場所、パーティーでも危険。レイドが適切だろう。
しかし自分はここに、単身で乗り込んでいる。ここでキャンプ狩りし始めてから、既に何週間か経っている。その間、一切層を切り替えていない。つまりこの間、誰も自分の姿を見ていないのだ。流石に回復アイテムの補給は必要な為、人が集まる主街区以外の村や町で補給しているが。
とりあえずフレンド登録をしているプレイヤーは、自分の状態が生存を示している為、死んでいるとは思わないだろう。大いに心配をかけてるだろうが。
だが自分は誰にも、それこそ、最も親しい者にすら手伝ってもらうつもりはない。彼らが死んだ原因は、誰がどう言おうと自分にあるのだから。
そのまま谷の近くにある――――恐らく茅場がわざと設置したのだろう、草原地帯にある安全地帯に入り、装備の点検を済ました後、仮眠を取るために横になって眠る。ここ四日ほど、一切の睡眠を取っていなかったのだ。
そのお陰か、それともそのせいか。すぐに波が押し寄せてきて、意識を手放し、深い眠りに就いた。
*
――――どうしてお前は生きてるんだ
やめろ。
――――僕達は死んだのに、お前はどうして生きている?
やめてくれ。
――――俺達を殺しておいて、のうのうと…………
俺は、皆を護るために……
――――『目的は手段を正当化しない』。お前の考えの一つだよなぁ?
それはそうだが……!
――――俺達を、殺す事で、罪から、目を、逸らしてる、だけだ……偽善ぶって、な……
偽、善…………
――――お前は一度死んだ身だから、俺達が死ぬのもいいってか?
そんなことは無い! 俺は……!
――――なら、どうしてこんな事をした?
こんな事だと……? 元はと言えばお前らが!
――――違う違う。俺達が原因じゃねぇよ。だって、俺達がこんなのになったのは、お前のせいなんだぜ?
俺の、だと……? お前らは自ら進んで人を……
――――違う。お前のせいで僕達は死んだ。お前がSAOを止めていれば…………茅場をどんな手を使ってでも殺していれば! 僕達は死ななかった!
それ、は……!
――――お前のせいだ!
――――お前のせいだ!
――――てめぇのせいだ!
――――お前の、せいだ……!
――――おめぇのせいさ!
俺、は…………
――――お前さえいなければ、僕達は!
――――俺達は!
――――――――誰も死ぬ事は無かったのに!
――――お前なんかに! 誰かと関わる資格は無い!
*
「――――ッ……?! っはぁ! はぁ! はぁっ! …………夢、か…………」
…………息が荒い。汗なんて無い筈なのに、身体はべっとりしているように感じる。
再び見た夢。自分が背負った罪業。
それが毎夜、夢になって襲い掛かる。自覚しているとはいえ、まさかここまでとはな…………
「俺は生きる資格も、幸せになる資格も無いって……? そんな事、とっくに分かってるさ…………」
――――それなら、どうして結婚なんかしたんだ…………?
俺の頭の中を、俺の意識が作り出した幻影が疑問を呈する。
「……………………どうして、か…………同じ境遇の人間がいて、嬉しかったんだろう……きっかけはそれだろうな…………」
俺の言葉は、草原を奔る夜風に攫われた。
***
2023年 12月24日 PM10:00
二十二層の南端。そこにある一軒の木造建築の家は、悲しみに包まれていた。
前回のアインクラッドの事を覚えているシノン、金髪リーファ、ユイ、ルイ、ストレア、ユウキの六人。何故か思い出したフィリア、覚えてはいないがユウキと親しいアスナ、リーファ、シリカ、リズベット、エギル、クライン、サチ、ルシード、ルネード、ヒースクリフ、ディアベル、キバオウの十三人と、ピナの一匹。
合計、二十人と一匹が顔を揃えていた。しかし誰もが暗い、一部は哀しい表情をしていた。泣きそうな表情をしている者もかなり多い。むしろそちらのほうが多い。
原因は明白。アインクラッド最強と言われ、今生き残っている全プレイヤーの希望と言ってもいい剣士――――【黒の剣士】キリトの行方が、ここ二週間全く分からないのだ。
最初期は、単身で攻略やボス撃破をしているかと思っていたが、それは早々に撤回せざるを得なかった。一切マッピングデータが流れていないしボス撃破の報も、上層アクティベートも無いからだ。しかも彼の『弟子』であり、最愛の『妻』であるユウキをも置いていくなど、最早目的は一つしか考えられなかった。
前回のSAOを覚えている五人からしてみれば、今回の彼の行動は予測できなかった。
前回、彼は今回以上に人を殺しているし、今至っている結論は前回にもあった事。前回しなかったことを今回するなど、誰が予想できようか。
彼の一番のパートナーであるユウキは、残念ながら今回に限っては仕方ないと言える。
彼女のみに知らされている、彼の前世。前世で彼は、SAOを小説で読んだと聞かされたし、前回にもあったクリスマスイベントは、蘇生アイテムの実体を知っているが故に狙いもしなかったのだ。
そのお陰で、その時期の攻略スピードが落ちることは無かった。クリスマスイベントにかまけてる攻略組の分を、彼が巻き返して尚、お釣りが来るほどだったのだ。前回のヒースクリフが、攻略速度を落とさずに進めてくれたからという理由で、キリトに報奨金すら出したこともあったのだ。
それくらい彼は、一切興味を持っていなかった。
しかし、今回の彼はどうした事か、クリスマスイベントの蘇生アイテムを完全に狙っている。しかも、他の誰にも場所を知られないよう、フレンド追跡はおろか、師弟間や結婚した夫婦間に働く追跡すら無効にしており、情報が流れないように隠れているという徹底ぶり。
今までの彼を、前回含めて知る皆は、一様に混乱した。彼がここまで執念を燃やす事は、それがレアアイテムとはいえ今まで無かった。
そして彼がそこまでして蘇生アイテムを狙う理由は、やはり、数ヶ月前に起こった…………7月7日、七夕の日に起こった、あの事件が原因だろう。
キリトは、彼らを……いや、彼を生き返らせようとしているのだ。出来るかどうか、救われるのかどうかすら分からないと言うのに、ただその目的一つの為に邁進している。
危険すらも……信頼すらも……命すらもかなぐり捨てて。
「ヒースクリフも、キリトさんの行方は……」
「すまない。私も全力で捜索しているのだが…………」
ユウキが不安げに聞くも、ヒースクリフは顔を顰めて首を横に振る。
彼も心苦しいのだ。リアルで会っている人物だからというのもあるが、この中でも最年少でありながら最も頼りになる彼がここまでするとなると、余程追い詰められていると確信しているからだ。
約二月前の彼――11月7日の月命日で見た彼を思い出し、尚更不安になる。
イベントがある今日、いや、これからでも、彼が死んでしまえば、ここに集まったメンバーは二度と立ち直れないだろう。彼と親しい者はおろか、下手をすれば攻略組自体が瓦解する。そうなってしまえば、自分の思い描いた夢想が実現しない。
《二刀流》に目覚めている、勇者の役割を背負う彼と戦えないなど、ここまでの大事件を起こしてまで己の夢に邁進した努力が、水泡に帰してしまうではないか。それは嫌だし、彼には個人的にも死んでもらいたくない。何だかんだ言って、彼の事を気に入っているのだ。
だからどうにかしたい。
いや、しようと思えば出来る。他のプレイヤーが持っていない権限を使えば。
だがそれは、己に課したルールに反する。しかし背に腹は代えられない。こうなっては仕方が無いのだ。
「彼の行方は分からないが、一つ、有益な情報はある」
ヒースクリフの言葉に光明を見出したかのように、皆が彼に顔を向けた。それはあながち間違ってはいない。
「イベントが起こる場所。すなわち、モミの木の場所がわかったのだ」
「団長、こんな時にまでクエストですか……」
勘違いしたのか、アスナが怒りの表情で詰め寄った。もしも彼が茅場だと知っていれば、確実に腰にある銘剣ランベントライトを抜いていたであろう怒気を纏っている。他の皆も、同様の雰囲気を纏っている。
しかしヒースクリフは全く動じない。もとよりそれを言おうとしたのではないのだ。
「クエストではない。キリト君の真の目的は、究極的にはクリスマスイベントで手に入る蘇生アイテムだ。ならば、彼は必ずその場所に現れるだろう? そこに先回りして彼を待ち、来たところで共闘して死なさないようにすれば良いのだ」
そう、それこそがヒースクリフの考えた事である。
単純な話、何処にいるか分からない彼を探すのではなく、彼の目的地を探し当てれば良いのだ。幸い、固定イベントだから場所は変わらず、彼の頭の中にはその指定した場所も記憶されているのだ。
これが、茅場=ヒースクリフとして出来る、最大限の協力であろう。あとは一プレイヤーとして動けば良い。
どの情報屋にも知られていないその座標を聞き、半信半疑ながら、彼の正体を知っている七人は完全に信用して、全員がその場所に向かった。他のギルドメンバーすら引き連れずに。
*
PM11:30
キリトは一人、三十五層の迷いの森を走っていた。
既に森は深い夜の帳が下りており、視界は不明瞭と言って良い。雪もリアルに準拠しているのでシンシンと降り注いでおり、幻想的な光景が広がっている。自然特有の美しさを、デジタルは忠実に醸し出している。
それを視界に入れつつ、キリトは無感動にただただ走る。
前回、シリカを助けに行く際にモミの木の場所は確認しておいたし、《月夜の黒猫団》と共に来た時にも確認したことがあるのだ。
その時、ケイタはモミの木を見つけてはしゃいでいた。ただ大きいという感想しか出していなかったが、それでも感動していただろう。このデジタル世界を彩る、0と1の二進法が作り出す自然に、データに。
そして、それを奪ったのも俺なのだ。俺が彼らを死に誘った。
結局、俺は何も変わっていないのだ。前世から何一つ…………こんな俺に、最早、誰かといる資格も、誰かを愛する資格も、愛される資格も…………生きる資格も、無い。
キリトはそう堂々巡りの思考をしながら、ただただ走る。目的地はモミの木。
背教者ニコラスが来る場所であり、蘇生アイテムが手に入る場所であり。
もしくは、自身が戦って死ぬ、最後の戦場。
結果は見えている。しかし、一縷の望みに全てを託す。蘇生アイテムが、自身の知る物でないと信じて、ただただ猛進し、妄信し、盲信する。
キリトは一つの願いと、絶大な絶望を抱えて、ただただ戦場へ歩を進める。
*
最後のワープポイントをキリトが通った後、キリトの目の前には大きな傘を持った木があった。これこそ、クリスマスイベントボス:背教者ニコラスの降り立つ場所の象徴。
蘇生アイテムと言う希望を送る場所であり、絶望という名のプレゼントを送る場所だ。
現在は五十分。イベント開始は零時ジャスト。
あと十分の猶予がある。どうするか。
回廊結晶で位置情報を記録し、仲間に手伝ってもらうか。単独で挑んで報酬を独占するか。まあ、手に入れても不要なものは全て市に出すが。
前者なら生存率は圧倒的に高まる。ユウキがいるだけで、おそらく楽勝だ。
しかし自身は誰かと関わる資格、すなわち共闘する資格は無い。これは俺の贖罪の一つなのであり、するべき事、通るべき道なのだから。故に後者を選ぶ。
残り五分。装備の最終チェック。
残り四分。回復アイテムをポーチに入れ、ストレージから取り出しやすくする。
残り三分。使用スキルの見直し、作戦の最終確認。
残り二分。今までの記憶を掘り起こし、己の罪を思い出し、数える。誰を殺したか。
残り一分。二刀を抜いて構え、気を落ち着け、しかし神経と本能は高ぶらせる。
そして、その時は来た。
シャンシャンシャンシャン…………と鈴の音が響き始め、満月煌く空に、大きな影が見えた。そりを引くトナカイ、そして、そりに乗る大きな袋と、手綱を持った影。
影はそりから飛び降り、巨大な体躯を地面に落とした。衝撃波が放たれ、積もった雪が煙となってキリトを襲う。
『ギ』
「うるせぇよ」
キリトは、何かを言おうとしたニコラスに向けて、問答無用で二刀を閃かせた。
*
その戦いは、レベル300超えという超レベル、そして装備と《二刀流》等のスキル、パラメータに振ったボーナスポイントが多大なダメージディーラーであるキリトをしても、三十分も時間が掛かった。しかも、自分用として用意していた全回復アイテムを使い切り、超性能リジェネを駆使して、危険域。HPは一割以下しか残っていなかった。
被弾による死を恐れずに攻撃一辺倒である彼でも、それだけ掛かったのだ。他の普通のプレイヤーでは死者が出るのは免れなかったであろう激戦を越え、彼は生き残った。
そして生き残り――勝者に与えられるのは、ニコラスが持っていたズタ袋に入っている、膨大な量のアイテム。モンスターグラフィックかと思いきや、この袋の中に全アイテムが入っていたのだ。それらはボロボロと零れ出てくる。
とはいえ、自力で拾うのでは無く、勝手にストレージに収まっていくのだが。
キリトは勝利時に表示されるリザルトに一瞥すら向けず、すぐさま新規入手アイテム一覧を見る。そこに、望みのアイテムがある事を信じて。
数十、事によると百を越えるアイテム群を血眼になって繰って探していき、とうとうそれを見つけた。
アイテム名は【還魂の聖晶石】。キリトの知る名前のアイテムを取り出し、手に取る。
真っ白な石に虹色を煌かせるそれを震える指でタップし、表示されたウィンドウを食い入るように見る。
『このアイテムのポップメニューから使用を選ぶか、あるいは保持して(蘇生:プレイヤー名)と発声する事で、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ十秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させる事が出来ます』
その説明文がウィンドウに表示されていた。それを何度も読み返す。
間違いはないか。本当なのか。信じたくなくて。
およそ十秒間。それが、HPが全損してアバターが四散してから、ナーヴギアによって脳を焼き切るまでの、シークエンス起動にかかるラグ。猶予時間。
だが、ケイタ達の死亡した日は今から約五ヶ月も前。条件を満たさない以上、蘇生は出来ない。過去の罪業を浄化する事は、出来ない。
「う、あああ……あああああぁぁぁ…………」
キリトは聖晶石を地面に投げつけた。雪に半ば埋もれたそれを、踏み砕くようにブーツで踏む。何度も何度も。何度も何度も踏みつけ、手で殴り、剣で斬りつける。
しかし砕けない。傷すら付かない。まるで、自身の罪を思い出させるかのように。お前とは違うと言うかのように、眩しく輝くだけ。
「あああああああああああああああああああッ!!!!!!」
キリトは限界を迎えた。心が絶望に耐え切れなかった。
涙を流し、力の限り慟哭を上げ、地面の雪を鷲掴みにして、しまいには髪を掻き毟りながら地面を転げまわった。
そこでやっと、ユウキ達二十人が来た。他のギルドやプレイヤーが追跡を仕掛けていて、キリトの邪魔をさせないよう、全員を返り討ちにしていて時間が掛かったのだ。
そしてやっと目的地に到達した。
キリトの事だ、正確に位置を把握していただろうから、既に戦闘を開始していただろう。十中八九、ソロで。しかし一年に一回限定のイベントボスは、フロアボスを遥かに凌ぐほど強い。いかなキリトでも苦戦は必至、最悪、死んでいる可能性があった。
彼は生きていた。
しかし、生きている中でも最悪の状態だった。
HPはリジェネによって五割まで回復している。だが、それが問題ではない。彼の精神状態が問題だった。
蘇生アイテムらしき物は雪に半ば埋もれ、周囲の雪には何度も何度も執拗に踏みつけられたらしき跡。髪を振り乱しながら地面を転がり、慟哭しているキリト。生きていると考え得る中で、最悪の結末だった。
ユウキは蘇生アイテムを拾い、その効果説明のウィンドウを見て、何があったか、どんな結論を持ってキリトが慟哭を響かせているのか理解した。それと同時、絶望した。
彼は自分の不注意で死なせてしまった、前回含めれば二度もケイタ達を死なせてしまっている。知っていたのに、だ。だから生き返らせて、罪滅ぼしをしようとしたのだ。そのために、全てを振り切って邁進した。
キリトは前世でこのアイテムを知っていた。知っていてなお求めたのは、今回は自身の知らないことが多々あり、それはもしかしたら蘇生アイテムもそうではないかと考えたからだ。
しかし、現実は甘くなかった。
蘇生アイテムはやはり、過去に死亡した者は生き返らせられなかったのだ。
それによって、今まで耐えてきた罪の意識、責めてきた悪罵、罵詈雑言。それらが一気にキリトの心に堰を切って流れ、彼を負の想念が襲った。
いくら前世があるとはいえ、彼も人間だ。しかも周囲の人間が若いならば、必然的に精神年齢も若くなる。
故に、キリトの精神年齢はユウキと同様、二十歳前後で止まっているだろう。だから耐え切れず、暴走したのだ。
「キリトさん! しっかりして!」
「ああああああああああああああああああッ!!!!!!」
「キリトさん!!!」
ユウキが率先して、他の皆も声を掛けるが、キリトの絶叫は止まらない。大粒の涙を流していたが今はもう止まっていて、瞳は暗い闇に閉じられたまま。焦点も合っておらず、ただ叫んでいるだけだ。
ただし、心は自分を責め続け、今までの全てを否定し続けている。
そのまま数分間、慟哭は続いたが、ふとした瞬間、キリトは叫ぶのを止めた。
そしてそのままユウキの腕の中に倒れ、眠ってしまった。まるで死んだように、深く目を瞑って。
ユウキ達は困惑し、しかしこのままにするという選択肢は無いので、キリトをクラインが担ぎ、二十二層の家に戻った。
朝になって、しかしキリトは目覚めない。翌日も、その翌日も、キリトは目覚めない。
MHCP権限を失っているが、精神的なことに敏いユイ、ルイ、ストレアによれば、キリトの状態は最悪の一言に尽きるとの事。全てを、それこそ生きる事、存在する事すら拒絶した為に、深い昏睡状態に陥ってしまったとの事。
これは下手すれば、二度と目覚めないかもしれない。そうユイ達が言った時、ユウキが泣き叫び、キリトに抱きついて彼の名を呼び続けた。
ヒースクリフも、MHCPの存在によって得た情報に驚愕している。こんな事態になるとは全く予想していなかったし、彼がここまで深い絶望を持つとは予想していなかったのだ。
予想など誰も出来なかっただろう。唯一、最も彼の傍にいたユウキを除いて。
だからこそ、今度は彼女の心を絶望の闇と悔恨の刃が蝕んでいっている。
しかし、彼女は立ち直った。いや、正確には立っただけで、まだ直ってはいない。
だが立ち止まるわけにはいかないのだ。七十九層まで攻略が進み、やっとSAOクリアが見えてきた今、止まる訳には行かない。
なにより、攻略組で最強の矛と呼ばれたキリトと自分の誇りが、彼の弟子、妻と認められた誇りが、本来はSAOのラスボスであるヒースクリフ=最強の盾に任せきりになる事を拒んだ。矜持が許さなかった。
だからユウキは一日も休まず、攻略に出た。前回の、贖罪に邁進するキリトのように、今度は彼の妻が邁進した。
多大なリスクを顧みず、無謀にもソロで、攻略を進めるのだった…………
***
「まさか、ここまで影響が出るとはな…………」
自分しか入れない《KoB》本部団長室で、そう一人ごちる。そうしたい気分、いや、そうせざるを得ない状態なのだ。
なにせキリトとユウキという攻略組最強の矛、ひいてはアインクラッド全体の希望である二人が、一時的に攻略組から抜けたのだ。
キリトは昏睡状態で、あれから一月経ったものの未だ目覚める兆しは無いし、ユウキはそれからと言うものの、狂ったかのように…………丁度、一月前のキリトのように、ソロで攻略を進めている。
しかも恐ろしい事に、七十五層以降のボス戦は結晶アイテムは使用不可、一切の撤退も出来ないのにも関わらず、ソロでボスを討伐していっているのだ。もはや正気の沙汰とは思えない。
キリト君も追い詰められればそれくらいするだろうが、いくらなんでもそこまで夫婦で似なくても、と感想を浮かべてしまう。
しかも更に悪い事に、それを受けてか攻略組全体の士気が最低になっている。あのビーター嫌いのキバオウですら、キリトに対して心配しかしていない。それが尚更、事の重大さを物語っていて、士気は下がる一方で上がりはしない。
この一月、最前線は七十九層から八十一層に上がっただけ。死者こそ出ていないが、今までのペースは五日~七日だっただけに、まるまる二週間も掛かるなんて予想外も良いところだ。それが尚更拍車を掛けており、アインクラッド全体が暗くなっている。
キリトの存在がここまで深く浸透しているとは、流石に思いもしなかった。自分が引っ張ろうとしても、キリトとユウキは攻略の鍵となっていただけに自分よりも彼ら二人の方に信頼が傾いている。このままでは停滞が起こってしまう。
ユウキ単独で攻略は進んでいるが、しかしこのままではいずれ死んでしまう。そうなってはキリトも後を追うだろう。
いや、目覚めなくても同じ。本当の意味で停滞が起こり、誰も戦わなくなる。これで自分がラスボスだったとばらせば、ユニークスキル持ち三人、攻略組の三巨頭全員が抜ける事になり、もう二度と進まなくなる。
「さて、本当にどうするべきか…………」
今までのどの研究、どの壁よりも難解な問題に、頭を悩ませて呻くのだった。
*
「はぁ…………」
妖精リーファは暗い溜息をついた。
彼女にとっても驚くべき事だが、彼女もユウキ達と同様、前回の記憶を保持している。正確には、そのまま今回のアインクラッドへ来たという表現が正しいだろう。第百層で皆と別れた次の瞬間、再びこのホーム近くの林にいたのだから。
そこを再びキリトに見つけられ、前回同様、ユイ、ルイ、シノンと再会した。シノンは記憶喪失にはなっておらず、現状を正確に把握していた。後で入ってきたフィリアも、最初こそ記憶は無かったが、いつしか気付かないうちに思い出していた。また、ストレアも既におり、彼女含めたMHCP三人も、前回の記憶を持っていた。
三人はすぐにキリトによってナーヴギアのローカルメモリに、MHCPとしてのメンタルモニター機能などを全て凍結、削除してデータを《カーディナル》から切り離して保存した。よって前回同様、助かる事となった。
リーファもシノンもレベルは低くなっていたが、幸いと言うべきか装備はあったので、レベリングとスキル上げさえすれば即戦力となった。キリトもユウキも協力を惜しまなかった為、すぐにでも攻略組に入れた。本来ならば。
しかしクリスマスイベントによってキリトは失踪。発見しても彼は壊れていて、ユウキもそれに釣られる様にして発狂。二人ともがまともな状態ではなくなった。
キリトは昏睡し続け、ユウキは前回のアスナ達から聞いていた、キリトのソロ攻略をなぞるかのように行動している。なので本来この家にいるべき家主は、どちらもいない状態となる。キリトは家にいるが寝たきりで目覚めもしない。
クリスマスから早一ヶ月。しかしその間に進んだのはたったの二層。
それもそのはず。ユウキ一人で進めているからだ。いい加減に止めなければ、ユウキが死んでしまう。だが彼女を止められるかと聞かれれば、誰もが即座にNOと答えるだろう。
理由は明白。キリトとユウキは最強夫婦と呼ばれているが、なにも二人だから最強と言うわけではないからだ。個々の力も最強であり、キリトはユウキの師匠。実質、彼が最強であり、そして妻であり弟子でもあるユウキは、彼の次、すなわちSAOで二番目に強いのだ。
彼女に言う事を聞かせるのなら、それこそ実力行使かキリトから頼むしかないだろう。それが出来ないのだから、リーファは今こうして溜息をつくしかないのだが。
リーファはとりとめもない思考を紡ぎながら、横にあるベッドで寝ている少年――キリトを見る。
SAO内で呼吸は必要ないが、生まれた時からの習慣で呼吸をするプレイヤーはとても多く、それは寝息も例外ではない。彼もそうらしく、オプションで寝息を立てる設定をオンにしているらしい。穏やかな寝息を立てている。
しかしその表情は優れない。目元には皺が寄り、口元は歪んでいる。寝息も時々荒くなるし、うわごとのように発せられる言葉は、終始謝罪の言葉だけ。余程彼の精神は参っているらしい。
今回のアインクラッドでの彼の行動は、ユウキから聞いていた。全体的に見れば前回よりも明るい雰囲気で、しかしキリトだけは暗い道を歩んでいた。
しかしそれは仕方がないだろう。彼はこの世界の創造主の一人であり、この世界の犠牲になった者達は全て自分のせいだと考え込んでいたのだから。これまで戦ってきていた方がよっぽどだ。
リーファはそう考えながらキリトを見続け、次いでメニューのフレンドリストにある《ユウキ》を見る。彼女の名前はまだ生存を示しているしHPバーもMAXだが、その位置情報に限っては追跡不可とだけ表示されている。彼女が拒否しているのだ。
「ユウキ…………何処にいるのかな……?」
リーファの小さな呟きは、眠っているキリト以外に聞こえることは無かった。
*
「ユウキ君は今、八十二層の十八階か…………もう少しでボス部屋だな」
ヒースクリフは同じ部屋で再びひとりごちた。基本的にあまり使いたくはないが、GM権限を使い、プレイヤーIDの走査をして発見したのだ。
やはりと言うべきか、ユウキは一人で最前線に乗り込んでいた。このままでは最悪の展開にしか転ばないだろう。こうなっては仕方ない。自分一人ででも、彼女の近くで戦う他ないだろう。
ヒースクリフはそう決断して装備を整え、使いたくはないGM権限を使って、八十二層の十七階にある安全地帯へと特殊転移した。
***
一体どれほどの時が経っただろうか? 一体、どれほどの敵をコロシタだろうか?
最早時の感覚が無いから分からない。いや、知ろうともしていないし知りたくもない。ただ望むのは、SAO完全クリアを早くすること、それだけだ。
あの時……ケイタ達と別れたあの日、あらかじめ教えてもらっていたその惨劇を思い出していれば、ケイタ達が死ぬ事も、キリトさんが壊れる事も無かった。
だが、それは今言っても詮無い事だ。今はただ少しでも速くクリアすることを目的に、戦うだけだ。それ以外は無駄であり、邪魔でしかない。
そう思って戦い続ける。白剣で薙ぎ、黒剣で斬り裂く。機械的に連続して行動していき、とうとう辿り着いた。
左右の大きな扉に蛇のレリーフがあり、周囲の松明は不安を煽るかのような禍々しい青緑色。間違いない、この層のボス部屋だ。この層の探索を開始してからまだ一週間なのだが、こんなに早く見つかるとは重畳だ。これはこのまま突破するに限るだろう。
その前に装備の耐久値や回復アイテムをチェック、十分だと判断した。そして扉を開けようとした、まさにその時。思いがけない――――しかし、今のボクが渇望してやまない男が現れた。
「ここにいたのかね、ユウキ君。探したよ」
真紅の甲冑に白銀の十字剣。十字の盾には赤い十字が染め上げられていて、その出で立ちは《騎士》と呼ぶに相応しいだろう。
目の前の男こそ、SAOの真のラスボス《ヒースクリフ》。この男を殺せば、このゲームは即時クリアされる。それはボクはおろか、他の全プレイヤーの望むことだ。
「ヒースクリフ…………どうしてここに?」
「君を心配しての事だ。また単独で突っ込もうとしていたのだろう? 君は攻略組に欠かせない人物だし、キリト君とお互いに支え合っている。彼の協力も得たいし、彼を心配しての行動だ」
実に茅場らしい理屈だ。そして、ボクやキリトさんを心配してのことというのも本当だろう。
「そう…………ボクはいち早いクリアを望んで戦ってる。だから、ヒースクリフが協力してくれるのは、正直ありがたい。いや、こう言った方が良いのかな? 茅場晶彦」
ボクの言葉に、目の前の男は眼を大きく見開いて驚愕した。心の底からの感情を見せ、なんだかしてやったりという気分になる。
「…………キリト君から聞いたのかな?」
「まぁね」
そのキリトとは正確には、ボクの前世と今世であった二人のキリトさんなんだけど。
「それで、君は私の正体を暴いてどうするつもりなのかな?」
ヒースクリフが試すかのように眼を細めてボクを見てきた。ボクはそれに、強めの目で返す。
「今ここで、ボクと一対一の決闘をしてほしい。賭けるのは互いの命。ボクが勝てばゲームクリア、負ければ…………ボクとキリトさんの秘密を話すよ。それでどう?」
「……………………良かろう。どのみち報酬として言おうとしていたことだ。では、今からで構わないかな?」
「それでいいよ」
ボクがそう応えながら二刀を構えると、ヒースクリフは左手で出したウィンドウを操作。彼の頭の上に紫の表示――――不死属性解除の表示が出て、ボクと茅場のHPが一律で危険域まで下がった。
これで条件は対等だ。ヒースクリフも十字の剣と盾を構えた。一部の隙も過剰な緊張も見られないその構えは、なんだか焦りを誘ってるかのよう。
――――眠っていてでも良い。見守ってて、キリトさん…………死んじゃったら……ごめんなさい
ボクはこの世界を終わらせ、彼を苦しみから解放するべく、この世界の究極の敵に挑む。
***
所変わって二十二層。そこでは、ここ最近の日常があった。
毎朝、キリトの知り合いが彼の見舞いに来て、近況を居候のリーファ達と報告しあいながら過ごし、しばらくして攻略に出かけるか鍛練に移る。そしてローテーションでキリトの介護をしていく。これが日常と化していた。
そもそも妖精リーファもシノンもフィリアも三人の娘もそうだが、他にも多くの少女達と仲が良く、攻略組は当然ながら中層プレイヤーからも信頼が厚い彼は、多くのプレイヤー達から慕われていたのだ。彼を心配しての行動なら、自然とこうなるだろう。
しかし、この日は違った。最初に気付いたのは、リビングで新聞を読んでいたシノンだった。
彼女がキリトの部屋を見たかと思うと、その部屋の扉が物凄い勢いで開いたのだ。出てきたのは、キリトの今日の介護当番であった妖精リーファ。激しく狼狽した様子で、涙交じりに声を発した。
「き、キリトくんが! キリトくんが目覚めた!」
その言葉は、そこにいた全員に効果覿面だった。シノンにフィリア、娘達はおろか、一緒にいたクラインにエギル、ディアベルや果てはキバオウまでが硬直し、その直後にキリトの部屋になだれ込んだのだ。
彼らが見たのは、黒い革コートに上下黒の簡素な衣服。そして彼の象徴とも言える、漆黒と銀翠の二刀を背負っている姿だった。長い黒髪をなびかせ、彼らから見えた瞳には、強い意志を宿した光と、憂慮を湛えた深い絶望があった。
「パパ、起きて大丈夫なのですか?」
「ああ……起きないとダメだからな。これから俺は、ママを……ユウキを助けに行かないといけない。彼女の悲痛な叫びが聞こえた。ヒースクリフと戦ってる。たとえそれが夢だろうがなんだろうが、行かないと」
前回のヒースクリフを知っている者からしてみれば、彼の言葉は信憑性があるものだった。ユウキの今の行動は、究極的に詰めていけばゲームをクリアすること。それは茅場を殺せば早いのだ。今のユウキなら、どうにかして決着を着けようとする筈だ。それは容易に想像できた。
キリトは誰かが反応する前に、ウィンドウからアイテムを一つ取り出した。蒼い結晶だが、その中にハートの形をした結晶が入っている。
結婚した間柄でのみ使える特殊アイテム《夫婦結晶》。使えば、結婚相手がいる場所まで瞬時に転移できるアイテムで、一週間に一度使える物。当然ながら夫婦でしか使えないが、結晶無効化空間でも使えるアイテムだ。キリトはコレを使って、ユウキのいる場所まで移動し、自分の目覚めを伝えると同時、彼女を助けるつもりなのだ。
ちなみに、師弟間で使える《師弟結晶》というのもある。これら全部、キリトがシステムに入れたものだ。
キリトがその結晶を掲げて「転移、ユウキ!」と言った瞬間、キリトの体は青とピンクの光が包んだ。ピンク色が出るとは、流石夫婦……と、状況に追いつけていない者達は内心でそう考えていた。
この数分の後、死ぬまで続く絶望が始まるとは思わずに…………
***
まさかここまで強いなんて……ボクはその思いでいっぱいだった。
どれだけ早く打ち込んでも、ヒースクリフの守りを突破できない。ソードスキルは、ボクは《スキルコネクト》が出来ないから使ってはダメだ。
ヒースクリフに勝てるキリトさんと、スキルとステータスが【エターナルリング】によって合算されているのに、どうして勝てないのか。わからない。どうしてこの男に勝てないのかがわからない。
「どうして私に勝てないのか……まだ分からないのかね?」
ヒースクリフが呆れた様子の余裕の表情で聞いてきた。まだどちらも攻撃が当たっていないからHPも残ってはいるが、精神的にはボクはもう限界に近い。
「それは、君にとってはゲームクリア……すなわち、私を倒すと言う気概が欠けているからだ」
「な……ボクの気概が……?」
「君が私に挑んだ理由、それはキリト君に関連した何かだろう? キリト君なら、君の事も考えて……それでもこの世界で犠牲になった者達への、ささやかな弔いの意味も持たせて挑んでくるだろう。つまりはそこだ。キリト君は全を取るだろうが、君は個を取った。それが私に勝てない原因なのだ」
全く反論が出来ない。ボクはキリトさんを早く解放させたいが為だけに行動し、こうして茅場に挑んだ。
しかし、それではダメだったと言うのか。このボクでは、彼の弟子であり、妻であるボクでは、彼の代わりにもなれないのか……?
ボクは、自身への失意の内に二刀を取り落としてしまった。細身の二刀がカランカランと乾いた音を連続して立て、床に落ちた。膝を突き、涙を流して泣きじゃくってしまう。
まだ戦いの途中だというのに、もう戦う意思すら失ってしまった。
ヒースクリフの、失望の溜息が聞こえた。こちらへ近づく重甲冑の足音が響く。
「残念だよ、ユウキ君。数ヶ月前のあの時…………キリト君を立ち直らせた上、途方も無く腕が立つ剣士だった君は、私の個人的なお気に入りの剣士の一人だったのだがね…………これで終わりだ」
顔を上げると、涙で歪む視界の中で細長い剣が赤い光に包まれるのが見えた。それは《神聖剣》のスキルなのだろう、ボクを殺す為の。
ボクはそれを無抵抗で受け入れる。人を思いやる心を持っているキリトさんのそばに、今のボクはいる資格が無いのだ。
だから、これは当然の…………
そこまで考えた時、信じられない光景が眼に映った。
黒色と翠色を背負った、黒い人影がボクの目の前――――ヒースクリフの剣から庇う位置に飛び込んできたのだ。眼を見開いてソレ――――人影を見た。
赤い閃きを残しながら振り下ろされる十字剣を、人影……キリトさんが、身を挺してボクを庇った。代償に、彼のHPバーがぐんぐん減っていく。
安全域の緑から、注意域の黄色へ。そして危険域の赤になって――――
完全に消失した。
「キ、リト、さん……?!」
斬られたキリトさんはボクの方へ落ちてきた。そのシーンが酷く遅く見えた。
キリトさんは苦笑いをしていた。瞳は光しかない。あれほど深くあった闇が、無くなっている。けれどその光は、痛々しいまでの悲痛な光だった。
「キリト、さん……?」
「ユウキ……今まで、ありがとう……」
その言葉に、どうしてか胸が酷く痛んだ。引き裂かれるかのような痛みに耐えていると、キリトさんの、少しずつ光っていっている右手が、ボクの頭に乗せられた。
どこまでも穏やかな表情で、涙を流しながら言葉を紡いだ。
「……また、逢いたい、な…………さよ、な……ら…………」
その言葉を最後に、カシャアァァァン…………と儚い音を立てて、蒼い欠片へと四散した。
腕の中にあった、彼の重みが無くなった。
代わりに、彼の二刀が残った。漆黒剣【魔神剣エンリュミオン】と翠銀剣【神聖剣リンベルサー】が、主を失ってカラン……と同時に落ちた。
直後、目の前に現れるウィンドウ。死別によって結婚が解除されたことを報せるウィンドウだった。
「これは驚いたな…………最愛の人の危機を察知し、眠りから目覚めてここへ駆けつけたのか。そして身代わりになったと……こんな事もあるものかな。スタンドアロンRPGのような展開だな」
ヒースクリフの心からの驚嘆に、ボクは何も感じなかった。
感じたのは、ボクのせいで彼が死んだという、唯一の事実に対する罪の意識だけ。
前回、彼がたった一人で行動するのを、ボクは死んで欲しくないと言って止めた。彼はそれに対し、彼なりの誠意で応えてくれた。少なくとも、一人で行動するのはボクを危険に晒したくないという配慮になり、それ以外は一緒にいるようになった。ボクの言ったことを守ってくれていたのだ。
しかしボクは、彼が絶望の淵に追い詰められたことを言い訳に、彼のためと言って逃げようとして、一人で行動していた。
その結果が、ボクを庇っての彼の死。
もう、完全に心が折れた。戦う意思はおろか、生きる意志も失った。ただ彼の心を感じたいがために、主を失ってなお存在し続ける、彼の遺した二刀を抱え込む。堪らず涙が溢れ、抑えようとしても嗚咽が漏れてしまう。
戦う意思を失ったボクを見て落胆したのか、ヒースクリフは再度、今度は深い失望の溜息をついた。
「…………君たちには本当に驚かされてばかりだった。ここで君たちを失うことは、それは全プレイヤーに絶望を与えるも同義なんだけどね…………勝負は勝負。私が勝ちはしたが、もう構わないだろう……………………本当に、残念だ……安らかな眠りを祈っている」
その言葉が聞こえた直後、真正面から衝撃が来た。
盾で吹っ飛ばされ、それでも彼の二刀を抱えて離さないボクの危険域のHPも全て消え去り――――
【You are dead】
死ね、という神の宣告が書かれた血色のウィンドウが見えた。
それを最後に、ボクの意識は消え去った――――
***
この後、最強の名を冠した二人がほぼ同時刻に死んだ事を境にして、アインクラッド全体が絶望に包まれた。それは攻略組にも波及し、多くの自殺者を出すにまで至る。
現実でも似たような状態だった。現実では、SAO内部はともかく、プレイヤーデータの参照は出来ていて、それを参考に内部の状況を推察していたのだ。
中でも特に注目されていたのが、キリトこと桐ヶ谷和人と、彼と一緒にいたユウキこと紺野木綿季の二人である。二人のレベルが全プレイヤー中、群を抜いてトップであり、それがSAOに家族が囚われている者達にとっては希望だった。
しかし彼らと一緒にいるプレイヤーが、実はボスであったことはデータ参照の内に明らかになっていた。そのボスはラスボスと同じデータであり、これを倒せばクリアとなることも推察されていた。二人がこのボスを倒せることを、現実にいる者達も疑っていなかった。
しかしこの日、《ユウキ》と《キリト》がラスボスに破れ、そのIDを削除された。同時刻に二人のリアルの体、その脳はナーヴギアによって焼き切られた。死んでしまったのだ。それも、ニュースによって報道された。SAOクリアの希望が潰えた、と。
これにより、全ての人間はSAOがクリアされ、囚われている者達が帰ってくる未来を諦めた。ナーヴギアを取り外す者まで現れ、そうでなくとも、最早誰も触れようとすらしなかった。
この二年後。すなわち、2025年11月7日。全SAOプレイヤーは、最後の一人が死亡した事で全滅した。
これにより、当時稼動していたALO他、数多のVRMMORPGは例外なく全て稼動を停止。技術そのものも封印される事になった。
茅場・桐ヶ谷両天才によって新たに開かれたかに思われた夢のゲームジャンルは、茅場自身の手によって終わった。
この後も、茅場の行方を知る者は、誰もいない。
アインクラッド最終最前線層は、第八十二層。あの二人が死んでから、一切攻略されていなかったのだ。
SAO事件発生から二年が経った時点で、生き残りは五百人。最後の最後まで生きて戦ったプレイヤーの名は《リーファ》。
リアルの名を、桐ヶ谷直葉。
桐ヶ谷和人の、姉であった。
はい、これにて逆行SAO編は終了です。
割と最初の方でキリトが魘されている悪夢に出ていたメンバーは、それぞれ前回一層で自ら刺さりに来て死んだ男、ケイタ、ジョニー・ブラック、ザザ、PoHという順になっております。キリトにとってトラウマ相手と因縁の相手ですね。
微妙に口調に違いを入れています、全部わかった人はマジで凄い、尊敬できます。
ザザはGGO編でも出たぶつ切り口調、PoHはキリトを《おめぇ》と呼んだので何となく気付いたと思います。ザザが分かればジョニーとPoHも分かったかも知れません。ケイタも一人称が僕ですから。本作ではカタカナになってしまっていましたが、アレ、ミスです。第一層男は特徴ないし出番もほぼ無かったので流石に分からなかったでしょう。
キリトはあの悪夢で、自らが抱えている矛盾をトラウマという形で突き付けられました。原作キリトの描写では悪夢を見なかったようですが、今作キリトはしっかり見ます。というかそれくらい追い詰められているという訳です。
しかしそのトラウマと矛盾をユウキという愛する人の姿で言われないだけ、まだマシなんですよね。最新刊である原作18巻のミラーさんの最期とか、恐ろし過ぎるでしょう。アレは確かに死ねますよ。憤死とか発狂死とかありますから。
その為には相当な心的ストレスが無いとダメで、シノン程度でも不可能なんですが、キリトではいけそうなんですよね、アレ。精神的な幻というのは本人次第ですから、ガチで幻に食い殺されるエンドも可能なんです。何時かやろうかな?
酷薄に笑む幻のユウキに取り殺されるキリト…………うわぁ……(引き攣り)
あ、書いて欲しかったらどうぞ。多分リクエスト無くても書くと思いますが。リクエストがあるならキリトの罪状(笑)も添えて下さい☆
ネタバレですが、原作ミラーさんは《恐怖》という感情を基に自らが作り上げた幻に食い殺されました。第九巻から登場した彼の言葉からどうしてそうなったのかは、実際に読んでみましょう。
取り敢えず今作キリトが《恐怖》という感情に食い殺される事はありません、そもそも幻に殺されるくらい倒錯はしません。彼の場合、ある時を除いて夢と現の認識が可能だからです。更に執念を燃やす事もミラーのような危ない事では無いですから。そもそも人の為に動いてますからね、彼は。こっちの方が理由として大きかった。
途中で昏睡状態から目覚め、しかもユウキの声が聞こえて何もかも分かっているというあの状態。アレ、ご都合主義と言えばご都合主義なんですが、原作でもほぼ同じ事が起きてます。
原作を読んでいる方なら既にここで気付いたでしょう。分からない方は原作を読めば分かりますし、アリシゼーション編の話に入ってその場面が来たら嫌でも分かりますので読まなくても構いません、物凄い後になるのでもう今話のこれを忘れてる可能性大でしょうが。
ちなみに、その場面でキチンと丁寧に説明が入るので、読み返さなくても良いようにはしています。
このお話を書き始めた時にはアリシゼーション編の14巻まで出ていたので、幾らかそこまでの要素があります。原作のアリシゼーション編を知っている方々、今までの話を読み返してその要素を探すのも面白いかも知れませんよ? 実は割と散らばってます。伏線的なものとしてなので、分からなくても問題はありません。
そしてヒースクリフに斬られたあのシーン、アレこそ原作にありながら今作にはまだ無い決定的なシーンです。
原作ではソードスキルを打ってしまって技後硬直で隙だらけのキリトを、アスナが庇っています。本作では前回五十層の決闘でキリトが同じヘマをしてますが、木綿季はまだ結婚していなかったので動けませんでした。
何で麻痺から動けたのか凄く疑問ですが、ご都合主義がラノベの良いところです、皆さんも突っ込まないでおきましょう。
ゲームではそのシーンが展開上無いですが、別のシーンで麻痺られたゲームキリトが同様に何故か気合いで動きます。不思議ですねぇ(笑)
そしてキリトほどの強者が庇うしか無かったのは、転移した直後で割り込むのが精一杯だったからです。よく人を突き飛ばして自分だけトラックに撥ねられるというアレです。
あれ? 何かデジャブった。答えはプロローグ。自分で書いてたんですね分かります。
次にユウキについてです。
まぁ、彼女の場合は視点があって心情描写もあるので、読み返してみて下さい。実はあんまり強く書いていませんが、どうして絶望したのか理由はちゃんとあります。
ヒントはヒースクリフの指摘、次にその前後のユウキの心の台詞、最後にキリトとユウキの関係です。ほぼ答えですね。この答えはアリシゼーション編以降に判明します。
さて……最後の部分ですが、強すぎる希望が消えると絶望感が凄まじいという事を表現しました。キリトとユウキは特記戦力にしてユニークスキルホルダーです、ヒースクリフも同様。
しかしヒースクリフがラスボスで、既に指揮が低迷していた時に最後の希望である二人が同時に死んでしまった事で、最早彼らに立ち向かう勇気さえ奪われてしまったという構想の下、この結果にしました。剣と盾が居なくなればあり得るかと。そもそもあの二人、ビギナー達にとっては本当に希望ですからね。
つまりこの逆行した場合の歴史、プレイヤーはおろかユイ達も絶望の果てに死んでます。記憶を取り戻したとある妖精リーファ達は前回と違う歴史に困惑し、更に慕情を抱いていたキリトの死に哀しんだ末に死にました。
最後まで残ったのは黒髪リーファ、すなわちこの歴史のキリトの姉直葉ですが……彼女がどのようにして死んだのかは、後に判明します。
そしてVRMMOどころかVR技術はこの事件のせいで幕を閉じ、永遠に発展しない未来となります。バッドエンドの一つとしてはまだあり得る世界ではないかなと思いますが、如何だったでしょうか?
原作ならキリトを殺されたアスナが【攻略の鬼】時代以上の冷徹な様になって戦う未来が浮かびますが、それでも彼女が勝てるとは思えませんでした。
まず手数、次に威力などのパワーです。ヒースクリフの屈強な剣と盾に対し、細剣は脆いですし、彼女が片手剣を二本振るっている様も思い浮かびません。ユニークスキルが他のキャラに渡るかも不明ですし、アスナならスピード特化のユニークスキルを会得しそうですがそれで勝てるとも思いません。茅場が《二刀流》を特別視していたからですね。
ではユウキの場合です。彼女の場合はある理由から《二刀流》を会得しています。
が、実は今作のSAO、《神聖剣》はラスボススキルだから除外するとして、他のユニークスキルを考えても《二刀流》は最強ではありません。理由は既に出てます、ほぼ使ってませんが。
でもヒースクリフのスペックは原作準拠。なら何故勝てなかったのかは、ユウキが絶望した理由に端を欲します。有体に言えば、彼女が振るう剣は速度を重視しますが、《二刀流》やキリトの剣は手数と何よりも一撃の重さを重視するタイプのため、ユウキには合わなかったからです。その合わないちぐはぐさで、ヒースクリフを倒すには至りませんでした。
と……まぁ、今話に関して言えば文中で疑問のまま終わっているのはこれくらいでしょうか。一応後になって説明はあるんですが、取り敢えずその時のネタバレをしない範囲で解説しました。
長々と、物凄い長々と申し訳ありません。後書きだけでも3500字いってます。
本当に後書き面倒だったら感想送って下さいね? 結構ビクビクして書いてますから。読者様方が楽しんで読める小説であろうと思っていますので、ご意見お願い致します。複数の回答で決めさせて頂きます。
その代わり、前書きは少し量を少なめにしています。
ではいい加減に次回予告です。
絶望し、剣を取り落としてしまった女性最強の剣士【絶剣】ユウキ。己に迫る刃から愛する人が自身を庇い、先に逝ってしまった事で完全に心が折れてしまう。
哀れんだヒースクリフの手によって同じ場所へ送られ、全ての生きる者が居なくなったSAO。それは絶望による終焉でもあった……
しかし、キリトとユウキの戦いはまだ終わっていなかった。絶望を希望によって終わらせる戦いが、幕を開けるのである。
それは過去の世界。しかし似て異なる過去……平行世界での戦いだった。
次話。平行世界SAO 第一章 ~絶望に抗いし者達~
次は現実から、《平行世界》の和人と木綿季に憑依転生です。
ちなみに、タイトルの意味には《絶望によって終わるSAO》と、次から始まる《希望によってSAOの絶望が終わる》という二つの意味を掛けていました。
そんな訳で、平行世界SAOのテーマは《希望》です。
お楽しみに!
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Another:An Incanating Radius ~救世の調べ~
第一章 ~絶望に抗いし者達~
今話から平行世界SAOの開始です。前話のくっそ長い後書きの最後に書きました通り、テーマは《希望》です。なので前話までの暗い雰囲気はかなり軽減しています。
さて、今話からとうとうタグにある《IS》要素が入ってきます。平行世界というのはつまりこういう事です。前までの世界にISの話が無かったのはわざとです。
このISですが、原作の設定は割と変えています。
まず、和人は現在六歳で小学一年生、木綿季は一つ年上ですので七歳で小学二年生として平行世界の自分達に憑依転生しました。時期は五月、入学したてなので憑依転生していてもあまりバレないでしょう。子供なので取り繕っていれば疑問に思われても誤魔化しがききます。
一夏や箒といったIS一年生メンバーは和人と同い年です。つまり高校一年生としてIS学園に入る時に、ISは世に出て十年目という設定です。
なので二人が憑依転生した時点から一年前の四月にISが発明されたという設定にしています。つまり《白騎士事件》も同時期です。でなければ十年というのが合いません。
モンド・グロッソが三年置きですので、一夏が攫われるどうこうは小学六年生という時に起こります、二回目ですから六年目。高1から四年引けば小6です。
ちなみに《憑依転生》ですので、憑依する前の二人の行動と記憶が混ざっています。今は多少しか出てませんが、今後ちょっとだけ関わってきます。覚えのない設定はそういう事なんだなという風に考えて下さい。それで大体合ってます。
ではそろそろどうぞ。
第一章 ~絶望に抗いし者達~
「おーい、和人? どうしたんだ?」
「…………へ?」
俺の目の前に一人の少年がいた。その少し向こうには、黒髪を赤いリボンで人括りにした少女がいた。手にはそこまで長くない、年少用の竹刀袋。
ソレを見て、俺はここがどこだか把握した。そして目の前の二人にも。
少年は《織斑一夏》、少女は《篠ノ之箒》。前世で読んでいた【インフィニット・ストラトス】という小説の主人公とヒロインの一人。俺の記憶が正しければ、転生した俺の、桐ヶ谷和人としてのクラスメイトだ。SAOにしか気が行っていなかったから、途中から疎遠になっていたが。
俺が思考を広げていると、それをぼーっとしているのと勘違いしたのか、二人が心配そうな表情になった。
「どうしたんだよ? めずらしいな、ボーっとしてるなんて」
「うむ。どこかちょうしが悪いのか? 保健室にいった方がいいのではないか?」
「…………いや、なんでもない。少し眠かったからぼーっとしただけだ」
俺の言葉を嘘と思わず信じる二人。二人とは剣道仲間であるため、こうして話す機会が多かった。
俺は二人と途中まで帰り、別れてしばらくしてから立ち止まる。
「どうして、死んだのにまた…………? それともこれは夢なのか……?」
今の俺の体からして、大体小学校一年か。まぁさっき出た教室に『1‐1』というプレートがあったのだが。気温と時間、そして陽の高さから推測するに今は夏の初めだろう。つまり俺は、感覚的には八年半前、肉体的には七年前に戻ってきたというわけだ。
その原因も察しは付いているが、どうしてか分からない。俺を死なせたくないからか苦しませたいのか…………龍神のあの性格の場合、単に気を使っただけのような気がしないでもない。
とにかく、これから再び人生のやり直しをするという事に変わりは無い。前回の俺の生き方は後悔が多かった。ユウキをそれで苦しませもした。だから俺は、同じ轍を踏まないように心構えと準備をしておく必要がある。
ユウキのエイズ関連があるため、俺がアメリカへ留学に行くのは確定事項だ。問題はSAO製作に関わるかという事だが…………それはもう少ししてから考えよう。
家へ戻ると、先に帰っていたらしいスグ姉と母さんがいた。俺の帰りがいつもより遅めだから気にしていたらしく、俺が帰ると、スグ姉が突進して抱きしめてきた。母さんも少しホッとした表情をしている。
「和人、珍しく遅かったわね。何かあったの?」
「ん…………教室で友達と話してた」
俺の答えに苦笑する母さんと唇を尖らせるスグ姉。この頃のスグ姉は俺にぞっこんで、俺がいつもと違う行動を取って離れると、すぐに機嫌を悪くしていたっけ…………
それから俺は、数年ぶりの現実の家に帰還した。再び、異世界へ旅立つ事を胸に秘め。
***
「――――き。木綿季。起きなさい」
なんだか懐かしい声に呼びかけられて、目を覚ます。
眠っていたらしく、ショボショボする目をこすって声の主を見て、ボクは心からびっくりした。
「ね、姉ちゃん?!」
「な、なによ……起きて早々」
あり得なかった。あの世界で死んだ筈なのに、どうして目の前に、現実に残った姉ちゃんがいるのか。
いやそもそも、ここは…………
周りを見ると、昔の家の内装があった。ボクと姉ちゃんは個室を貰っていて、ここはボクの部屋だった。現実にある、紺色と藍色の小物が多い、埼玉県川越市にある家。
東京都保土ヶ谷区月見台の方は、エイズ関連で引っ越した先の家なのだ。元々の家はこちらであり、通う小学校も川越市にある一校だけ。
…………え? 本当に、そうだったっけ……?
「ほら、いつまで寝ぼけてるの。晩ご飯がもうすぐで出来るから、ほら起きて」
「え? あ、うん…………」
時刻を見ると、六時を少し過ぎたあたり。服装から見ると大体春あたりか夏に入る直前かな…………身長的に今のボクは、小学校一年くらいか。だとすると、また逆行したのかもしれない。
またあの世界で戦わなければならないと思うと気が重くなるが、この時代に戻ってきたのなら、きっと彼がいる筈。なら、今の内に会っておくのもいいかもしれない。彼の性格的に、エイズ関連のことは避けないだろうし、彼が逆行していなかったとしても同じ行動を取るだろうから、ボクがエイズ患者のままになるということは無い筈。ここがボクの過去と同じなら、だけど。
それなら、近いうちに彼に会いに行きたい。そう心に決めて、ボクは姉ちゃんの後を追った。
***
和人が起きる時間は、前世と変わらず午前五時頃だ。前世で睡眠時間をいくら削ってもこの時間に目覚めるよう訓練を施されており、それはSAOに囚われても変わらなかった。一回目のアインクラッドにおいて、三週間の睡眠時間が一日に満たなくても動けたのは、その訓練のお陰と言っても良い。現実では支障が出ただろうが、仮想世界の肉体を動かすのは脳であり、そういう事に慣れていれば結構どうにかなるものなのだ。
SAOの中もある意味戦場なため、情報収集が欠かせなかった。情報は生命線、すなわち情報が不足していては命取りであり、素早い行動はそれだけ恩恵をもたらす。
例えば、クリスマスイベントのような、ユニークイベントの報酬がそれだ。和人は結局、それを使わなかったけど。
そして早起きする事は、それだけ行動できる時間が長くなる事を意味した。夜間はモンスターが凶暴化し、視界も悪くなって危険だからだ。迷宮区やダンジョンならともかく、フィールドでそれは辛い。PKプレイヤーもいたのだから、そういう時間帯はまず出ない。
よって早寝早起きが習慣となる。和人はそれもあり、基本は早起きなのだ。それでも五時起きは早すぎるのだが。
和人は静かに素早く薄いシャツに着替え、家にある道場に向かう。この時期はまだ存命している祖父は、剣道に命を捧げている人物で、子供の直葉と和人にも剣道を習うよう言っている。門下生(?)として一夏と箒、一夏の姉の千冬と箒の姉の束もいる。
ちなみにこの四人とも、【IS】の重要人物である。
和人がどうしてこの朝早くから道場に行くのか。主な理由としては三つ。
一つは単純に体力づくり。SAOに《キリト》として参加する以上、怨恨の類は避けられない。ならば少しでも体力をつけ、それに慣れておく必要がある。感覚を研ぎ澄ませると言う意味もあり、どちらかと言えばそちらの方が比重は高いかもしれない。
二つ目は、和人の立場が起因している。前述通り、織斑・篠ノ之の四人は門下生的な立ち位置におり、これには直葉も入る。他にも十数人の小学生が生徒としている。
しかし和人は門下生ではなく、師範代。しかも師範である祖父より強いのだ、この時点で。よって毎朝の稽古は一日でも絶やせない。
最後は、誰にも見せられない特訓の為。それは、竹刀二本による、現実でのソードスキルの再現。つまるところ、二刀流の特訓なのだ。
これにはもう一つの意味がある。
和人は、前回、前々回のSAOで、ケイタ達を死なせている。その上、殆どの人殺しは二刀で行っており、和人にとって、二刀は嘆きの狩人《キリト》の象徴。つまり、人殺しの象徴なのだ。そのせいで、巡り巡ってユウキを死なせてしまった。
それが前回のケイタの最期の言葉を思い出させて、二刀が振れなくなってしまっている。完全にトラウマ化しているのだ。つまり一番の理由は、二刀への忌避感を無くす為のリハビリなのだ。
和人は胴着に着替えた後、軽い準備運動をしてから素振りを始める。これを一日に五百回。小さな体ではどうしても限界が来るのが早いので、五百回なのだ。朝に二百、夕方に三百。余裕があれば更に追加となる。
二百回の素振りを二十分で済ませ、和人は本命である、二本目の竹刀に左手を掛ける。目を瞑って持ち上げ、左右に構える。
直後、眉間に深いしわが刻まれ、体が小刻みに震える。両手はガクガクと震えており、汗が尋常でないほど流れ始めた。両足も同じ。
その状態が数十秒続き、和人はそのまま二刀を振るいだす。
斬撃に於ける基本の九つの型。唐竹、袈裟、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、右斬り上げ、左斬り上げ、逆風、刺突。
それらを順番に振るっていき、次第に速度を増して荒れ狂う剣劇に変わる。高速で振られる二刀は風を切る音を立てており、それも少しずつ鋭くなる。徐々にではあるが、《キリト》としての二刀流に近づいているのだ。このまま数年も訓練を厳しくして続ければ、ソードスキルと遜色ない剣技を放てるだろう。自力で斬撃を飛ばせるはずだ。
それをしばらく続ける。丁度二分経ったとき、和人は振るのをやめ、二刀を床に置いた。そして仰向けに倒れる。
「ハァ……ハァ……ハァ…………ッ」
苦しそうに喘ぎ、両手を胸の前で包んで体を丸める。脳裏には、自分を見ながら呪詛を吐いて飛び降りるケイタの姿と、自分を茫然自失の体で見つめるユウキ。
そして自身とユウキが、現実世界のどこかで夥しい量の血を流し、抱き合っている姿。
「ッ!!!!!!」
あまりにもリアル過ぎる映像が見え、無音の叫びを上げた。それは誰にも聞かれる事無く、ようやく明るくなってきた夜明けの光に溶けた。
*
和人はしばらく壁に寄りかかって休み、直葉が起きてくるのを待つ。祖父は夕方の師範担当であり、和人は朝の師範として直葉専用となる。
午前六時半になって直葉が来て、胴着を着込んで準備運動、素振り百回を済ませ、七時前に和人と立ち会う。
毎回竹刀を用意されていると思っており、和人が二刀に対してトラウマを持っているとは気付いていない。ただ、和人を除く桐ヶ谷家全員が、どこか大人びすぎていると感じてはいるが。曖昧にだが、しっかり精神状態を把握されている。
「それじゃ、いくよ」
「どこからでも」
直葉に和人が応え、試合が始まった。
直葉は素振りと同じ軌道の唐竹を繰り出し、和人はそれを余裕で受け止める。鍔迫り合いに入ったが、和人が竹刀を弾いて距離を取る。
直葉は一瞬のことで対処できず、そこを和人に面を取られて終わった。試合時間は五秒。早すぎである。
「うう…………和人、つよすぎない?」
「だって俺、師範代だし」
これでも手加減している、という和人の言葉をふくれっつらで聞きながら母屋から家に戻り、さっとシャワーで汗を流して朝食となる。
二人が通う小学校は珍しい事に集団登校ではない。しかも登校最終時間は八時十分。かなり余裕があるため、家族での食事中の会話が弾む。
「で、直葉。今日は和人から一本取れたかの?」
「むり。取れるわけ無いじゃん、祖父ちゃんよりつよいんだよ?」
「和人には天賦の才があるようじゃのぉ…………剣道で生きてみるか?」
「俺には夢があるし、趣味にしかならないと思う」
この場合の趣味とは、訓練とコミュニケーションの両立を図る手段を指す。
「和人の夢? それって一体?」
母親の翠が、味噌汁をすすった後に聞く。単純に興味本位だ。子供の夢を聞くのは、親にとって楽しみの一つなのだ。
「アメリカに留学して、色々やりたい」
「「……………………」」
ちなみに、直葉は剣道世界大会優勝と和人のお嫁さん。子供らしさいっぱいである。
和人の答えに絶句し、その間に和人は「ごちそうさま」と言って食器を片付け、二階に上がった。
残された翠、祖父の鷹宗はお互いの顔を見合って、微妙な表情となる。
「あの子、大人びてると思ってたけど、まさかここまでとは…………」
「ワシも想定外じゃった。せいぜいが『幸せな家庭を作る』とか、『彼女を作る』とか、そのあたりかと思っとったが、まさか留学とはな…………あの様子じゃと意味も理解しとる上、明確な目標もあるじゃろうな…………」
直葉は何のことか理解できていない。アメリカは分かったが、留学が理解できなかったのだ。意味を知れば、和人の過去と同じ展開となるだろう。
そのまま和人は直葉と二人、家族の微妙な表情で送り出された。途中、一夏に箒と合流し、四人とも竹刀袋を手にして小学校に向かった。
*
和人達が小学校へ着いた後、直葉は二年の教室へ上がった。三人は一年生だが、彼女だけ二年生だからだ。
直葉は一人、教室に上がると、見知ったクラスメイトが現れた。少なくともクラス内で一番親しい少女だ。
「おはよう、直葉!」
「うん。おはよう、木綿季」
木綿季は前回も、なんと前世もこの小学校へ通っていた。
ちなみに、五年生には藤原琴音=フィリア、四年生に結城明日奈=アスナ、篠崎里香=リズベット、同学年に綾野珪子=シリカ、朝田詩乃=シノンがいる。初めは皆、同じ小学校だった。
これは原作では違うのだが、龍神が整えた。しかし流石の和人と木綿季も、これが龍神の仕業だとは気付いていない。
木綿季と直葉が話していると、珪子と詩乃も来た。
「おはようございます、直葉ちゃん!」
「おはよう、直葉」
二人の挨拶におはようと返し、直葉は席に荷物を置く。
直葉の席の前は木綿季、右は珪子、左が詩乃となる。直葉は縦横六列の内、前から五列、左から二列目である。結構後ろの方の席だった。
全員が席に座って話を始める。内容は、直葉が少し膨れっ面な顔をしている原因だった。
「どうしたんです?」
「和人……弟に剣道で一本も取れないんだよね…………ありえないくらい強くて、祖父ちゃんにも勝ってるんだよ」
「うわ……それってどんだけなの? 弟ってことは、今は一年生?」
直葉に質問を被せる珪子と詩乃、それに直葉が答える。
その話を、木綿季は内心で戦慄しながら聞いていた。
剣道の話ではない。勿論それもあるのだが、そうではなく、まさか同じ小学校に通っているとは思わなかったのだ。
前々回の時、木綿季も和人も、同じ学校にいたのに知らなかった。
前世でも木綿季と直葉は親友だったのだが、木綿季が転校してから一切会わなくなり、記憶から薄れていたのだ。そして遊ぶ時は必ずと言って良いほど、原作和人と木綿季は会わなかった。だから知らなかった。普通は気付きそうなものだが。
そんな訳で、木綿季は転生者である和人の居場所を今日知ったのだ。前回も気付かなかった。前世でも、原作和人の本名も知らなかったので、知りようもなかったのだ。
そのため、当然彼女のテンションは高くなる。
木綿季は時間を見た。今は七時四十分。朝の会まで三十分もある。
「ねぇ、なんなら挨拶に行かない?」
「「「え?」」」
「ほら、ボク達って直葉の友達だし、知ってもらった方が良いかもしれないよ?」
木綿季の言い分に、三人は疑問を浮かべて首を傾げるも、時間はまだまだあるし丁度良いので、結局は会いに行く事になった。
一年教室は一階なので、四人揃って一階に降りた。
そして教室に辿り着くと、和人は席について読書をしていた。
その彼に構わず話しかけるのは一夏と箒の二人だ。三人の話している内容は、箒の姉、束による【IS】の製作と、それによる世間の動きであった。
ISは女性にしか動かせないので、それによって女尊男卑の風潮がある。ISと言っても、小説に出てきたような兵器ではなく、どちらかと言えばパワードスーツに近い感じだ。それでも男の力に比べれば強力で、その風潮に毒された人間もいる。
ソレに対する会話なのだ、この三人がしているのが。何せ開発者の妹の箒、その親友の弟の一夏、IS開発に一枚どころか十枚以上も噛んでいる剣道、及び、隠れた剣術師範代の和人。盛り上がらない訳がない。なぜ読書しながら出来ているかは謎だが。
その、小学一年生がするには相応しくない状況を見て、直葉以外の三人が悟った。これが話に聞いた少年なのか、と。そして木綿季は更に思った。相変わらずだ、と。
木綿季、実はこの時点で和人がISに噛んでいると見抜いている。だからこその感想だ。
と、視線を感じたのか和人が小説から顔を上げてこちらを見た。そして目を大きく見開く。その視線は、木綿季にしか向けられていない。
(ユウキ…………?!)
(あはは…………久しぶり、キリトさん)
二人だけに分かる、目線での無音・無言の会話。だからこそ、理解した。目の前にいる人も、逆行したのだと。
その妙な空気に首を傾げる五人だが、この二人はそれを気にせず続けた。
「…………で、スグ姉はどうしたんだ?」
「え? あ、ああ……和人との今朝の試合の話をしたら、木綿季が会いに行こうって……」
「はじめまして、和人君。私は綾野珪子って言います」
「朝田詩乃よ、よろしく」
「ボクは紺野木綿季だよ。初めまして、かな…………」
「あ、ああ……初めまして。俺は桐ヶ谷和人だ」
「あ、それじゃついでに。和人の親友やってます、織斑一夏です」
「私も同じで、篠ノ之箒と言います」
全員が挨拶を交わした。思いもよらぬ他作品キャラクターの多重邂逅である。
和人は前世で知った人物達を見つつ、しかし目線と思考は完全に木綿季に向けられている。それは木綿季も同じだった。
互いに記憶があると理解した以上、早急に話し合いを持つべきという考えが一致した。
「ね、和人…………昼休み、一緒に話さない?」
「ああ、わかった」
わざと慣れない呼び捨てで話しかけ、それに了承を返す和人。
初めて会ったはずなのに異様に仲が良いと、直葉達は疑問に思うのだった。
***
木綿季達と顔合わせをしてから、四時間分授業を受けた。俺にとっては簡単過ぎて、ぶっちゃけ暇を持て余した。授業は国語、算数、学活、音楽だった。
一番楽しめたのは音楽で、先生が来るまでが暇だったからピアノを弾いたらそれが好評。そのまま弾き続け、最後は先生が来ても続いた。授業そっちのけで大丈夫なのだろうか?
そして給食の時間が来た。
覚えているだろうか? 小学校の給食は昼休みと時間が別なのを。俺は好き嫌いが無く、一夏と箒も基本嫌いな食べ物は無いので、メチャクチャ早く食べ終わった。その間は暇なので、またISの話になる。
女尊男卑についてだが、千冬と束は、そんな風潮は下らないと断じている。
千冬の機体は【暮桜】。ISコアは束が、基礎設計や武装、システムの殆どは俺が組んだ代物で、各国のそれの何倍も強いだろう機体だ。
ちなみに、既に俺の機体の基礎設計も済んでいる。名を《黒套》という機体は、SAOでの俺の最終装備となっている。予定ではソードスキルやOSS、その他多くのシステムを積むつもりだ。
束の当初の目的は、スポーツでもなく兵器でもなく、宇宙に行けるようになりたいという、一夏と箒の願いのためにISを作ったのだ。結局、各国の腐った首脳部がそれを絵空事と言ったが。
束はそれに傷つき、少し壊れてしまった感がある。実は家にまで来て剣道をしているのは、それもあるからだ。
興味の外の人物に関しては完全に無関心で、途轍もなく冷淡になる。桐ヶ谷、織斑、篠ノ之家はその対象外となる。箒や俺はそれを心配しているのだ。
俺はそれを聞いて、色々と原作とは違うなと思っている。
今のとこはあまり気にせず、一夏がさらわれた時の事を考えている。
一夏は、原作では誘拐された事を知らされた千冬に救助されたが、それが無ければどうなるか分からない。人間はなろうと思えば、いくらでも残酷非情になれる。下手をすれば、千冬に憎悪を抱いて殺そうとするかもしれない。
どうして助けてくれなかったのか、と。
それは阻止したいところだ。個人的にではあるが、親友のそんな姿、見たくない。
そんな考えを持ちながら話をしていき、時間が来た。
俺は食器をすぐに片付け、木綿季と約束した場所へ向かう。行き先は屋上。
鍵はいつでも開いているのだが…………俺の体格を考えてくれても良いだろうに。転生特典と日頃の特訓のお陰でそこまで苦ではないが。
不満を抱きつつ上りきり、屋上に出る。そこには既に、木綿季…………いや、《絶剣》ユウキがいた。姿こそあの時よりも幼いが、目つきや雰囲気の鋭さが同じである。
「お待たせ、ユウキ」
「そこまで待ってないよ、キリトさん」
互いに笑いながら挨拶を済ます。人に聞かれるとまずいので、早速本題に入る事に。
まずお互いの話から入った。とはいえ話すことは少ない。なにせ昨日、二人ともが逆行してきたのだから。
「なるほど…………ユウキは最初、この学校に通っていて、家もこの近くだったのか」
「うん。まあボクも逆行して気付いたんだけどね。ボクが知る限り、アスナにリズベット、フィリアの三人もいるよ」
「ン……………………全員と顔見知りになっておきたいかな。そうすればSAOの時に頼りにできるだろ? 今回は前々回と同じように行くつもりだし、須郷は先に始末するつもりだしな」
「始末って…………具体的には?」
「ユウキ。前世暗殺者の俺に訊くのか?」
「……………………やっぱり聞かないでおくよ」
「賢明だな」
引き攣った笑みを浮かべるユウキにそう言って、俺は暗殺計画を立てる。
ぶっちゃけ、やろうと思えば案外出来る。雀蜂の針にある毒を抽出していけば人を殺せる毒針の完成だ。二度刺せばまず死ぬので、これ以上の物は無いだろう。
ただ問題なのは、これによって引き起こされる不確定な未来だ。須郷に代わる存在が出るかもしれないのだ。それは心配したらきりが無いのだが。
「ねぇ、暗殺するならいっそ、茅場の方がいいんじゃ……?」
「俺もそう考えてたとこ。二人まとめて殺るか…………? あ、いや待てよ…………そうだ。ユウキ、このままで行こう」
「え?! どうして?!」
ぎょっとして俺を見るユウキ。まあそうだろう。つい今しがた、始末すると言っていたのに、その主張を変えたのだから。
しかし一応、俺も考えた事なのだ。今気が付いた事もあるが。
「未来はある程度決まってる。ここで俺達が何かすると、どうしようもないほど迷走してしまう。なら、今回は俺は製作には加わらず、あくまで一プレイヤーとして入る。ベータ版はするつもりだが、それは運だしな。須郷に関しては、一回目同様に来れば斬り、そうでないならリアルで叩く」
俺の考えも、ある程度は分かってくれたらしい。須郷の部分で不満はあるらしいが、一応の納得はしてくれた。彼女も逆行を経験している上、俺と言うイレギュラーによって引き起こされた未来を知っているのだ。
それで話は終わりと思っていると、ユウキが真剣な目で俺に詰め寄ってきた。
「な、なんだ……?」
「…………もう、二度と無茶しないでよ? 辛かったんだから…………あの時、二度と起きないかもしれないって思って…………キリトさんが死んだ時も…………」
「ッ!!! ……………………ゴメン」
俺の謝罪に、ユウキは首を縦に振って受け入れた。しかし泣き止まない。涙は溢れていて、屋上に敷き詰められたタイルに、ポツポツとシミを作っている。
俺はユウキを、強引ではあるが抱きしめ、頭を撫でる。
「…………許すけど、絶対の約束。もう、二度と死なないで。二度と、ボクを置いて行かないで…………一人で、何もかも抱え込まないで…………」
「ああ…………約束する…………こんな俺でも良ければ、また俺と…………」
「…………はい」
煌く涙を浮かべながら、ユウキは俺に微笑み、俺達は再び、現実では初めてのキスを交わした。
心だけは、あの世界から同じ、夫婦なのだから。
*
「で、具体的にはどうするの?」
キスを交わして数分後、俺とユウキはタイルに座り込んで話している。
「えっとな…………とりあえず、俺は前回同様、アメリカへ行く。違うといえばSAO製作のことか。俺は今回、受けるつもりは無いからな。俺の情報はあまり意味を成さなくなるから、前々回以上に慎重に進もう。それでだ。俺は多くのプレイヤーを救う為に、前回同様にギルドを作る。ただし、メンバーは《血盟騎士団》規模にするぞ」
「それで多くのプレイヤーを救うの?」
「それもあるが、攻略組の絶対数を増やしたいのもある。あとはヒースクリフに対抗するためか。それに、俺とユウキは二回とも最強と呼ばれてた。その効果を狙って、ヒースクリフに主導権を握らせないようにする」
これが今回の俺の作戦だ。一人でダメなら、全員を巻き込もうという感じである。ギルドなら色々と出来るからな。俺がしてた市も、ギルドなら簡単だし、シリカやリズベット達を入れられたらPK関連でも安全だ。
アルゴは…………狙ってはみようか。期待してはいないが。
「でもそうなると、キリトさんの装備とか情報はアテにならないんじゃ? 二回とも、キリトさんも関わってたでしょ?」
「ソードスキルやフィールド製作とかはそうだが、アレは全部、茅場の構想から指示されたものを入れただけだ。ぶっちゃけ俺がいて良かったのってベータ版の見直しに余裕が出来たくらいだぞ? だからあまり変わらないと思う。まあソードスキルは殆ど俺自身の技だったから、多少は変わるかもしれないけど」
「そっかー……でも油断は禁物だよね」
ユウキが真面目な顔で首を縦に振って言い、俺もそれに頷く。
油断は最大限無くさないといけない。その油断のせいで、俺はケイタ達を…………
ダメだ。暗い思考は無くさないと。忘れるのはダメだけど、これを反省して次に活かすくらいでないとな。何時までも過去を引き摺るのはいけないことだろう。
そこで未来の話は打ち切り、今の話に移る事になった。話題は俺の話。
「そういえば…………和人さんって剣道強いんだ?」
「まぁ、師範の祖父さんよりは」
「将来、剣道はどうするの?」
「試合とかには出ようと思う。中学や高校の部活も剣道部だろうな、スグ姉関係もあって。まぁ、SAO事件に巻きこまれたら、被害者を集めた学校に編入になるけどな」
「強制じゃなかったらしいけど、あそこに入らないのはねー…………」
苦笑いで応える木綿季。確かに、SAO被害者で、あそこ以外に入れる場所は無いだろう。精神的な面もそうだが、偏見があるだろうから。
俺の説明に、木綿季はそっか……とだけ返した。深く言わず、俺を責めもしない彼女には頭が上がらない思いだ。
手を繋いだまま屋上で過ごし、掃除のチャイムが鳴ってから俺達は校舎に入った。
はい、如何でしたでしょうか?
今話だけでも一万文字突破です。でもこれ、書き溜めの方では四話分なんですよね。どんだけ短かったかって、何故か私、章の最初の辺りは物凄く書けないタイプのようでして。書き出しに困るんですよね。だから最初は基本駄文。
それはともかく、今話では色々とぶっ込んでみました。
一先ず新しくなった要素はISキャラ達の参入、道場のお話、そして最大なのはSAOメインキャラ達と幼馴染である事でしょう。
勿論全員最初は違います。そもそも明日奈は元々東京都出身、詩乃は埼玉県では無く別の地方です。
この二人に関してはご都合主義ですね。明日奈の場合だと結城家の話やALOの病院の事を無視してますし、詩乃の場合は描写からして埼玉県……というか、東京都周りでは無い事が窺えます。そうでなければ一人暮らししてません、きっと。虐めから逃れるように都会へ進出したのなら、そもそも都会付近に家は無いでしょうから。
木綿季も恐らく埼玉県に住んだ事はありませんが、彼女の場合、小学四年生の頃に最低でも一度は引っ越しを行っています。つまり引っ越す前が埼玉県川越市、後を東京都保土ヶ谷区とすれば、どうにか辻褄は合うんです。
流石に直葉と幼馴染というのは勝手な設定となっています。知ってたら原作でもっと直葉が関わっていますしね。もしそうだとしたらまず剣を交えてる間に気付きますよ、少なくとも明日奈の協力で現実の桐ヶ谷家にお邪魔したユウキは。
里香、珪子は流石に幾ら探しても家の情報皆無だったのですが、SAO学園に通えていて、あるか知りませんが寮住まいという訳でも無いようなので、家は県内であると想定し、そこから更に同じ小学校区内という事にしました。まだこの二人は理屈がありますね。
何故幼馴染にしたのか? その方が展開書きやすいからです。あと、今までと違う書き方が出来ますし、展開として明らかに原作から離れるでしょう。流れは同じでも立場や環境が違えば、自ずと差が出てきますから。幼馴染特有の気遣いというものがね。
というか、それもしたくてわざと平行世界を出したりしました(笑)
あとはまた逆行では同じ展開が必ず出るので詰まらないと思ったので。《ホロウ・エリア》編、逆行編では完全に省略しましたからね。
ちなみに、ユウキ視点冒頭で登場した双子の姉藍子ですが、彼女が学校登校に居なかったのは先に行っていたから、教室にも居なかったのは別クラスだったからという設定です。
兄弟姉妹って、学校の学年で二クラス以上あるとあんまり一緒にしない所があるらしく、それは都会になるほど顕著らしいんです。どうも比べられるとか何とか、PTAと教育機関の方でも話し合いがあるようですね。私はよく知りませんが、その情報を持っていたので出しました。子供には分からない部分、つまりキリトとユウキ視点で出なかったのは知らなかったからという訳です。言い訳がましいですな(笑)
年齢についてですが、何人か変えてますね。原作から比較すると、キリトは二つ下がり、シリカとユウキは一つ上がって年上になっています。原作では明記されてませんが二人って同い年なんですよ、頑張って計算しました。
直葉さんって珪子は言ってますから年上扱いかと思ったので。ユウキさんと、同い年でも普通にさん付けしてそうだったので、相当苦労しましたよ、年齢とかそういうの探すの。第二巻をじっくり読みました……
明日奈と里香は原作でも同い年とあります。明日奈は第一巻最後の自己紹介で年齢が直で、里香は《心の温度》編の最初ら辺、キリトが来店した辺りでそれらしいのが出てます。
悩んだのがゲームオリジナルキャラクターのフィリアこと琴音さんです。何となく明日奈より年下に思えなかった、更に和人をエンディングで手玉に取っている、かと言って純情な乙女の雰囲気を持っている事から原作和人より二つ、今作和人より四つ年上にしました。幼馴染連中&ゲームヒロイン最年長となっています(笑)
しかも彼女、《ホロウ・フラグメント》でも《ロスト・ソング》でも名前だけ、苗字が出てないんです(笑) 可愛そうに。
で、最初は十六夜という苗字を考えたんですが、ギルド名と被るので《藤原》にしました。ありふれてはいないが、それでもまだあるにはある、そんな苗字です。
琴というのは昔の弦楽器、その音はとても独特ですが軽やかで雅、独特の音色を持っています。平安時代、女性はよく嗜み、和歌と共に弾く事をよくしたと聞きます。私のイメージとして平安時代というのは藤原家が思い浮かんだので、苗字をそれにしました。なんとも安直です。
そして最後、キリトに体へ出るほどのトラウマが出来ました。《二刀流》ですね。文中にある通りの理由です。強引かと思いますが、ご容赦下さい。
あ、でも割と早い段階で回復します。キリトはやはり、二刀であってこそだと思っていますから。というかそうじゃないと設定が使えない(汗)
ちなみに身長についてなのですが、和人は誰よりも背が低い設定になります。
つまりSAOに入る時点でもユウキはおろかシリカよりもちょっと低いです。12歳で入るのでアレなんですが、男子にしては相当低い状態です。あんまり描写が無いですがね。
さて……ではそろそろ、次回予告です。
何故かは分からない、だが歩んできた歴史とよく似て何かが違う世界の自分達に憑依転生を果たしたキリトとユウキ。二人は今度こそ慢心せず、決して死なずクリアする事を固く誓った。
新たな世界は違った。
かつての仲間達は幼馴染、かつては無かったISという存在、女尊男卑という風潮……大きすぎでは無いが、しかし些細とも言えない差異。自らの覚えに無い記憶も存在する、それによって築かれた関係もあった。
困惑しながらも現状を受け入れた二人は、各々出来る事を為していく。
全ては、来るべき絶望を生き抜くために……
次話。第二章 ~三度目の始まり~
展開はやっぱり少し違います。
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第二章 ~三度目の始まり~
えー……遅くなってしまい、大変申し訳ありません。ある程度筋が通り、話も読める程度に書き直していたので遅くなってしまいました。人に読んでもらうのとストレス発散目的で書いていたのではやはり分の書き方が違うなと痛感しています。
活動報告に書いている通り、これまでのような連続投稿は書き直しの為にほぼ無と思って下さい。大筋は変わっていないのですが結構違和感が激しいところとか散見されていて、この前書きを書いている現時点でもまだALO、GGOと残っているので……
実は、最初に書いていたものと、このSAOの最後とか無茶苦茶違うんですよね、終わり方は一緒なんですけどね、過程が色々と違ってしまった。
まぁ、それはともかくとして。
書き直した第二章、このお話はキリトを中心に進んでいきます。まぁ、デスゲーム開始の辺りはどうしても似てしまうので、そこはご容赦下さい。
最初は憑依転生後から五年間の話を大雑把に纏めています。後々からキチンと本編に関わってきますが、その都度解説は入りますので読み飛ばして頂いても結構ですが、ちょっと分からない部分が出てくるかも知れないので気を付けてください。
それでは、そろそろどうぞ。
第二章 ~三度目の始まり~
俺と木綿季がこの時代に逆行してから、早五年が経った。現在俺は小学六年生になっている。
まず前回通り、俺は去年にアメリカに渡って留学、世界一難関な大学を主席で卒業し、五大企業も興して今年の春頃帰ってきた。前回よりも一、二ヶ月早い帰還であり、世界最年少の天才の異名を取っている。
ただし、五大企業の長の方の名前は『黒ヶ谷悠璃』であり、記者会見などでは代理を立てている為、俺がその本人だと誰も気付いていない。家族と木綿季、千冬と束には話しているが。
本社を日本に移しており、木綿季もエイズ特効薬を服用しているから完治している。この薬を作るための機材や五大企業を興すにあたってかなり面倒な事に巻き込まれてしまったのだが、今はSAOに集中するべきだし、わざわざ不安にさせる必要はないと判断して何も話していない。
ただ前回と違うのは、五大企業とアーガスが協力してSAO製作に掛かっていない事だ。俺を黒ヶ谷悠璃と見抜いたらしい茅場が伝えてきたが、それを断った。理由として、多くの事業を手がけているからと言って断った。俺を本人と見抜いたのは流石だと思ったな。
しかし茅場は中々引き下がらず、結局一部だけ協力する事になった。具体的には俺の武道と剣の腕を見込んでの、ソードスキル設定だ。仮想世界への適応は若い子供の方が速いらしく、剣術を始めとしたものを体得している俺は非常に都合の良いスタッフになるらしい。つまり、俺が直に設定するかしないかというだけで、俺個人の立場はあまり変わらないわけである。協力するのは俺と、その話を聞いて剣の実力で茅場を納得させた木綿季の二人。
木綿季は片手剣の、俺はほぼ全てのソードスキルが体に染み付いていたから、ソードスキル設定はかなり順調だった。
協力した見返りとして、俺と木綿季の二人分、ベータ版をする権利を貰った。時期はまだ先だが。
そんなこんなで、俺と木綿季は過ごしていた。彼女は俺の家の道場の門下生にもなり、その腕は師範代にもなるほど。ちなみに祖父が亡くなってしまったので、今では俺が師範となっている。うちの道場は実力で師範が決まるのだ。
実力的には俺、次に木綿季、三番目に千冬と束の二人が並ぶ。年齢からかなりの差を開いて直葉、一夏、箒の順に並んでいる。
一護は【BLEACH】の主人公の転生体だ、意図してでは無かったがとある方法で本人という事が分かっている。判明したきっかけは俺だが、彼が【BLEACH】という世界の主役というのはあくまで木綿季から聞いた話なのでよくは知らない。
一先ず確実な事は、一護は前回はいなかったという事。木綿季や明日奈達と同じ学校に通っている時点で薄々勘付いてはいたが、今回と前回では世界自体が違うようだ。まあ過去、しかも幼年期からリスタートしているから何かが変わっていても順応できるだけの時間はあったので関係無いし、俺の預り知らぬ所の変化は俺が原因という訳では無いので気にしすぎる必要も無いと判断している。
木綿季の話によれば、接してみて分かったことは黒崎一護は彼女が知っている通り、正義感溢れる熱血漢らしい。地毛のブラウンの髪と少し険のある表情は悪そうな印象を会えるが、根は優しい男だった、俺も接してみて気持ちの良い男だと感じている。
本人から話を聞けば、死神代行の能力はそのまま引き継いでいるらしい。藍染を倒してから三年後に交通事故で死んでしまい、気付けばこの世界に生まれていたのらしいので、状況としては木綿季と近いのかもしれない。現在は完現術(フルブリング)と始解までは出来るとの事だが、あんまり俺はその辺のことを理解出来てない。取り敢えず出刃包丁が武器という事くらいは分かった。
次に、三年に一度ある『第二回モンド・グロッソ』。第一回をやはり優勝した千冬も出場し、それに一夏と、二人と親しい俺が応援に行った。俺は二人に誘拐の話を隠して付きっ切りで護衛をした。しかし途中で一夏がやはり誘拐され、千冬は伝えられもせずそのまま出場。俺は全力で探し回る羽目になり、一夏が殺されるギリギリで救出できた。千冬が出場したのも知らされていないからであるというのも理解したので、姉弟間の不和は無い。
一夏を攫い、殺そうとしたのは傭兵家業をしている中でも下っ端だったようで、まだ子供の範疇である俺も体術だけでどうにか凌ぐことが出来た。流石にISを持ち出された時は死ぬかと思ったが……束と仲が良くてよかったと、あの時ばかりは心底思ったものである。そうで無ければ死んでいたに違いない。
それと、今回の俺は明日奈達とは木綿季経由でかなりの仲良しであり、結城家に限っては家族ぐるみで仲良くなっているためか、結城母は固い雰囲気が雲散霧消し、今では柔らかい雰囲気を発している。娘の明日奈も同様だ。
さて、リスタートしてからの五年間をさらっとおさらいしたが、逆行し、ユウキと再会したあの日から時は経ち、今日は2024年11月7日。いよいよ正式版SAOサービス開始の日だ。
ベータ版は木綿季と俺がしており、正式版は、詩乃とスグ姉を除くSAO原作メンバーの明日奈、珪子、里香、琴音、一夏、一護が手に入れた。一夏と一護は束を経ての入手らしい。幼馴染二人までSAO事件に巻き込まれるとなると、かなり心苦しいものがある。
ちなみに、一護も転生者なので既に俺達の身の上話をしている。俺達が転生者であり、どういった事があったかを詳しくは話していないが、時を遡ったことも話した。
つまり、SAOがデスゲームだという事を、彼は知っている。
しかし一護は尚更行くと言い出した。友人を護ると言うのだ。数時間もの話し合いの末、結局俺と木綿季はそれに根負けした。ならばせめて一緒にという事で、攻略は一緒のパーティーになろうということになった。
キャラ名は《イチゴ》で行くらしい、まさかの本名プレイだ。俺は止めたが聞かなかった。一夏はシンプルに《ナツ》らしい。剣の腕は俺が道場で門下生として鍛えている事もあるが、何より一夏自身のやる気と素養があったからか結構なものなので、VR空間に慣れれば相当な使い手になる事はまず間違いない。こう言っては比べているように聞こえるので何だが、あのブリュンヒルデの姉にしてこの弟ありである。
「さて、そろそろか…………」
俺は時計を見た。午後一時ジャストにサービス開始で、今は五十八分。あと二分だ。既にアバターは作っている……と言っても、一回目SAOで長らくお世話になったあのアバターだし、すぐに現実の顔になるので時間そのものも掛けていないものだが。
それから俺は最後に母さんと直姉宛てに書置きを残した。絶対に、六時まで外さないように、と。書置きは一応で、スグ姉にも母さんにもキツく言ってある。いきなり外すと原理的に、脳に障害が残る可能性がある、と言って。
だが人間慌てているとそんな注意事項も忘れてしまうだろうから、俺はそれを枕元に置くことにしたのだ。これが視界に入ればいきなり外す事も無いだろう。流石にこれで死んでしまっては死にきれないし、今度もチャンスがあるとは限らない、何より木綿季を置いて死ぬのはもう勘弁なのだ。これくらいの用意はしておくべきだろう。
そしていよいよ、その時が来た。新たな世界の――剣と死で彩られる世界が始まる時が。その世界に旅立つ呪文を、ただ一言を唱える。
「……リンク・スタート」
直後、幾重にも重なる虹色の環が視界を満たし、すぐに五感がシャットダウンされた。
*
ベータ版のアバター引継ぎを済まし、俺はSAOの舞台となる、百層からなる城【浮遊城アインクラッド】の始まりの街へと転送された。
蒼い光に包まれ、視界が回復して見えたのは、肌色のレンガの広場、空は青く白い雲も見える。最初は茅場らしく無感情な天蓋だったのだが、それは俺と木綿季で断固阻止したので、あれは投影だ。ランダムで、日本の何処かの天気と同期させるらしい。基本的には東京都にある気象庁辺りの天気と同期させるらしい。
周囲を見れば様々な家があり、そして広場に次々やってくるのは、何も知らず新たな世界に胸躍らせ……これから虜囚となるプレイヤー達の姿があった。
「……何とも、言えないな……」
これから四時間後には、彼らのその喜びはすぐに絶望と怒り、悲しみに塗り上げられる。
《ソードアート・オンライン》がデスゲーム化するのは茅場晶彦の手による事なので、それを知っているのなら首謀者を亡き者にすればいいと判断出来る。だが俺がそれを実行へ移すには生まれるのが遅すぎたのだ。あと十年早ければまだ変わっただろう。仮想現実というものが机上の空論で終わっている間は茅場が消えても問題は無かっただろうが、現実味を帯びて、更には実現してしまっている以上はもう茅場を消す事など出来はしないのだ。
下手に手を出せばこの世界の歴史はあらぬ方向へと進み出す。それこそ須郷のような男がどんな事をしでかすか分からない以上、俺が知る歴史に沿って死者を減らしながら進めた方がまだマシだという結論に達した。そもそも龍神は俺を転生させる時に、原作に関わる事を言っていたから、どう足掻いても無駄だっただろうし。
未知の恐怖は別に良いのだが、VR世界というのは木綿季が前世で世話になっていた《メディキュボイド》を初めとした医療方面にとても活用できる素晴らしい技術だ。目が見えなければ脳に映像を送ればいい、耳が聞こえなくても同様だ。今はまだ無理だが、いずれ携行可能なサイズのダイブハードへと小型化されれば、五感の代替にも使える。五大企業の方でも目下研究中である。
その結論に達したからこそ、数万の希望を取って数千の命を切り捨てた俺には、彼らの未来の姿が思い浮かぶと同時に目を伏せるしか無かった。せめて死者を前々回、前回よりも減らし、今度こそこの世界から脱出する事を固く決心する。どうか前々回のようになりませんように、とも龍神に祈っておく。また逆戻りは嫌だから。
内心で龍神に祈った俺は広場を離れ、ベータ版では《蘇生の間》と呼ばれ、これからは《生命の碑》と呼ばれる事になる場所に移動した。そこが仲間――リアルの皆との待ち合わせ場所なのだ。
俺はメニューを開き、スキルは《片手剣》と《索敵》を取る事にした。《リトルネペント》相手で片手剣使いを目指すならこの組み合わせがオーソドックスである、あいつらに《隠蔽》は効かない為だ。
一先ずこれで最初の設定は終わったと言って良いだろう。後は装備に関してだが、武器は街から出る前に武具屋で購入するまでは所持していない状態なので、手持ちは初期金額の千コルのみの筈だ。
しかし実際にアイテムストレージを見てみれば、俺の予想を裏切ってしっかりと前々回の最終決戦装備があった。つまりは前回と同じ状態という事である。【エターナルリング】もあるのは確かに結婚指輪に困らないので都合は良いのだが……茅場の監視に引っかからないだろうか…………今まで大丈夫だったから、今回も大丈夫かな……?
「…………使えるものだけ使うか……」
まさか今回もあるとは思っていなかったので予想外な事に悩んでしまったが、取り敢えず目立たない首飾り【ウェイトゥザドーン】とお守り【インフィニティアンク】だけ付ける事にした。使えるものは使っておく、そうする事で開ける道もあるだろう。
装備を終えてから二分待って、待ち人達はやっと来た。しかも全員揃ってである。俺とユウキはリアル重視、他は結構容姿を弄っていたが、名乗り合ってみれば何処となくリアルの面影があるように見えるのは錯覚だろうか。
「やっと来たか」
「ごめんねキリト君。操作に慣れてなくて……」
アスナが代表で謝るが、俺は気にしなくて良いと返す。
メンバーは俺、ユウキ、アスナ、シリカ、リズベット、フィリア、ナツ、イチゴの丁度パーティー最高人数である。将来的に、そしてリアルの強さを考えると、最初期のこの時点で既にチート染みたメンバーだ。
とりあえずこれから安い武具屋に行くことにする。アスナ達は前回と同じで、ナツは片手剣、イチゴは刀スキルが欲しいため曲刀をスキルに選択した。彼が刀スキルを知っているのは俺達が教えたからで、他言無用と言っている。約束を守ってくれるあたり、かなり律儀な性格だ。
俺とユウキは三年半とベータ版の経験があるのでともかく、他の皆は慣れていないので練習の為に外で戦うことにした。勿論ある程度のシステムを説明してから圏外の戦闘に移っている。
その途中でやはりクラインと接触し、俺とユウキで二人パーティー、残り七人がパーティーを組み、俺達が指導に当たった。
「ふっ! ……あれ、出ないな」
「おらァ! ……くそっ、案外難しいのな、ソードスキルって」
「確かに、初めての場合は難しいだろうね。ソードスキルっていうのは型みたいなものでね? 始動モーション通りに体を持ってきて――――」
ユウキがナツとイチゴを指導し、俺は他の五人を指導することに。クラインは俺と友好関係を築いていた方が良いだろうし、あとの女子四人は俺に対する信頼を築く為だとか。なるほど、理に適っている。
……ユウキ、段々計算高くなってきてないか?
そんな疑問をよそに指導していく傍ら、俺はウィンドウに幾多の情報を書き連ねていく。この世界がデスゲームになっても、クライン達が十分に生きていけるように。
俺とユウキは街に留まらず、クライン達に情報を渡した後、二人で先に進むつもりだ。前回の俺がした行動を、今度は二人でするのだ。そうすれば効率も良く、タッグだから経験値効率も良い。素早く倒せて、しかも安全に進めるからだ。
そのまま狩りを数時間することで、俺のレベルは4、ユウキは3、他が2となった。二人がかりなのと三年半の経験を活かしての指導で、七人は初めてのビギナーにしてはかなりの腕前となった。少なくとも基礎を疎かにしなければアッサリやられる事は無い筈だ。
そして、その時は来た。
――――リンゴーン……リンゴーン……
「えっ? こ、これ何ですか?」
「ちょっと一体なんなの?」
「キリト君、これは……?」
シリカ、リズベットが不安そうに声をあげ、アスナが声を掛けてきた瞬間、全員が強制転移された。広場に集まったプレイヤーは、不安そうに声をあげ、次第にそれは苛立ちを含んだ怒号に変わっていく。
そして夕焼けに染まった茜色の空一面に、赤い六角形のパネルが現れる。そこから粘液上の赤い液が垂れてきて、次第にそれはがらんどうの赤ローブを形作った。
俺と、隣にいたユウキは互いに手を繋ぎあい、きつく握り締める。俺達二人にとって、これ以上ないほどの因縁の相手。俺達はそのまま、茅場晶彦の言う、SAO本来の仕様――三回目となる、デスゲームのチュートリアルを聞いた。違いがないか探るように。
しかし今回も同じ内容で、同じ過程を経て茅場は消えた。
広場はたちまち怒号と悲鳴に満たされ、混乱の極みに陥った。
俺とユウキは即座に行動した。呆けている七人全員を見つけて路地に入る。そして話をした。
「皆、俺とユウキは先へ進む。進んで、自身を強くする為にだ」
「皆を連れて行きたい。でも……ベータ版の知識が通用するかと言うと、それはない。どこかしら変更点、かすかな違いがあって、それが死に至る可能性もある。だから連れて行けない」
俺達の言葉に絶望の顔となる、イチゴを除いた六人。
だが、と俺は後を引き継いだ。
「ここに、とりあえずの情報を載せた。役に立つであろう情報だ。これを出来るだけ、多くのプレイヤーに広めてくれ。そしてもう一つ。生き抜く勇気があるプレイヤーを九日の午前九時に、始まりの街の広場に集めてくれ。そこでプレイヤー全員に対するレクチャーと、手に入った正式版の情報の全てを伝えるから」
「ボク達は先に進んで、先に飛び出た他のベータテスターを追って助けないといけないから……」
「…………俺はおめぇらを止めねぇし、責めもしねぇ。ただこれだけは言わせろ……絶対に、死ぬんじゃねぇぞ!!!」
クラインは大声を発した後、笑顔で俺達を見た。
アスナ達も不安そうだが、一応の納得はしてくれたようで、俺達を見送ってくれた。
「ああ! また明後日な!」
「みんな! 絶対に死なないでよ!」
「二人も気をつけてね!」
「死なないでよ! アンタ達が頼りなんだから!」
「また明後日に会いましょう!」
「明後日の集会に遅れないでよ!」
「頑張れ、キリト! ユウキ!」
「お前ら! また明後日な!」
他の六人とも声を交わし、俺達は街を出た。目指すのはホルンカの村。そこで片手剣用の強力な装備を得るためのクエストを受ける為だ。
「…………行こう、ユウキ」
「うん」
互いに笑みを交わして、二人で駆け出した。三度、戦場へと駆け出した。
俺達の三度刻む軌跡が、希望に繋がっている事を信じて。
***
デスゲーム宣言から二日後、ボク達は宣言どおりに始まりの街に戻った。デスゲーム開始直後に助けたコペルが更に声を掛けていてくれたお陰で、大勢の人が集まっていた。総勢九千弱ものプレイヤーが集まっていたのは、流石に予想以上だったけど。
キリトさんとボクで集めた情報を伝えた後、元ベータテスターが中心になってビギナーにレクチャーを開始。戦うのが嫌なプレイヤーは生産職に回った。
この時点で幾つかの派閥が出来ていて、ベータ時代にボクとキリトさんはそれぞれのギルドを率いていて、それを知る二つのグループ。ディアベルをリーダーとするグループ。合計で三つのグループが出来ていた。
元ベータテスターは一通りのレクチャーが済んだ後、ディアベルや他の数十人のテスターが残って指導に残り、ボク達残りの二つのグループは攻略に乗り出した。情報収集は基本的に、ベータで登れた十二層まではテスターがすることになり、その間にビギナーや生産職を育成する方針になったのだ。
死亡者は、最初に死んだ分も含めて約四百。かなり少ない数値だった。
それから三週間が経ち、ボクとキリトさんは二人、三回目となる攻略会議に来ていた。場所も同じでトールバーナ。ただし戦力がかなり違う。
前回は四十八人だったけど、今回は七十二人とかなり多くなっていた。しかも装備やレベルも高めのメンバー。ボク達は攻略ばっかりだったから、キリトさんのレベルは36、ボクは31。他は大体13~20前後だった。
今回の会議は今までどおりのディアベルと、キリトさん、ボクも司会となっていた。
「はーい! それじゃあそろそろ始めたいと思います! 俺は知っての通り、元ベータテスターのディアベル! 職業は気分的にナイトやってます!」
「俺はキリト。元ベータテスターで、《黒の剣士》と呼ばれていた」
「ボクはユウキ! 同じく元テスターで《絶剣》って呼ばれてたよ! よろしく!」
三人の自己紹介を終えて、それから会議が始まった。
「今回の会議は知っての通り、一層ボス攻略が目的だ。情報はこの攻略本だ」
ディアベルが取り出した一冊の本。それはおなじみ、情報屋の鼠のアルゴがしたためた攻略本だ。情報的にキリトさんが出した物より、若干初心者(ニュービー)寄りになっている。戦闘関連のものはキリトさんが粗方出していたからだ。
そして今取り出されたのは、一層ボス編の攻略本。ただしベータ版の情報だ。
「ベータ版のもある。けれど今回、この二人が既に偵察を済ましてきたらしいから、二人の情報を聞こう。二人とも、よろしく」
ディアベルはそう言って一歩下がり、キリトさんが出た。
「俺とユウキは二人で、第一層ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》に挑んだ。まずHPは四段あり、一段減るごとに取り巻きが三体ずつリポップする。メインウェポンは手斧と盾、ただし残り一段になってからはサブウェポンとして、斬馬刀という《刀》スキルの武器を使う。注意点はこの斬馬刀で、この武器限定として一撃必殺の技があることだ」
そこで全体が驚愕の表情となった。当然だろう。最初期の時点で即死技があるのだから。
「見極めそのものは簡単だ。右手一本による大振りな袈裟斬り、《刀》スキルは基本両手で発動するので片手持ちで剣が光ったらコレが来る合図となるので、それに注意すればまず躱せる。ただし、ベータ時代に十層で敵が使ってきた刀スキルを使ってくる。スキルに関しては全て網羅していて動きを再現できるから、特にアタッカーはこの訓練を受けてほしい。タンクはとにかく、無理せず防御だ。HPが黄色になった時点で後退するようにしてくれ」
キリトさんがそこまで言うと、次はボクが入れ替わりで前に出た。
「続いて、ボスの攻略方法について説明するよ。ボスの弱点は首下と脇下、これは変更してないね。取り巻きも同じで、鎧の隙間を狙うこと。これによって、取り巻きは細剣や短剣に片手剣、ボスは片手剣や長槍、斧が適切だね。攻略で一番危険なのは、残り一本からの取り巻き無限リポップとボスのスキル。ボスのスキルは特に強力で、キリトさんは一度それを喰らって、残りHPがマックスから数ドットまで減ってる。他の皆では即死スキルと変わりないから、特にボスから目を離さないこと」
キリトさんが瀕死になったと聞いて、殆どが不安な顔になった。
ここに立つ時点で、ボク達はレベルを明かしている。圧倒的強者になっているキリトさんが、HPフルから残り数ドットまで減る。それは紛れも無く、死を意味することだ。ボクも目の前で見たときは心臓が止まる思いだった。
それからメンバーを振り分けた。
ボク達はアスナ達と組んで八人パーティー。ボス討伐のA隊アタッカーとなった。
B隊はディアベルのオールラウンダー。
C隊はキバオウのアタッカー。
D隊はエギルのタンク。
E隊はヒースクリフのタンク。
G隊はコペルのアタッカー。
これがメインの第一レイド。第二レイドは残りだった。クラインは惜しいながらも、パーティーメンバー(後の風林火山メンバー)の平均レベルが足りずこちらだ。
驚いたことは、ヒースクリフが既にいたこと。前回、前々回はいなかった筈だけど……まぁ、今は戦力になるのだから構いはしない。ヒースクリフのことは脇に置いておいて、ボク達は二人がかりで刀スキルを再現するべく、丸一日かけてレクチャーした。特にアタッカーを中心にすることで、ボスの攻撃は基本は回避となる。
レクチャーが終わった頃は夜の十時だった。攻略は明後日の午前九時からとなり、解散。この後の話し合いで、明日はボク達は連携を深めることになった。
* * *
キリト達、A隊メンバーはそろって朝食を摂っていた。顔ぶれの中にはエギルたちD隊やクライン達の姿もある。コペルは今回もMPKを狙っていて、それを見抜かれていて後ろめたい気持ちがあるので遠慮してここにはいない。
キリトとユウキが既に夫婦であることを初めて知らされ驚愕し、さらに奥の手を幾つも持っているという事に絶句し、ベータ版では二つのギルドをそれぞれ率いて最強を競っていたことを知って、更に仰天するアスナ達。
自分達は恐ろしく頼もしい味方を得ていると思っているのと同時、とんでもないゲーマーだと感想を持っている。
実際は皆より三年半ほど経験が長いだけなのだが。ベータを含めれば四年に近い。
「キリトよぉ。俺は知り合いでギルドを作るつもりだが、オメェもベータん時みてぇにギルド作んのか?」
「ああ。俺が率いた《凛々の明星》(ブレイブ・ヴェスペリア)、ユウキが率いた《スリーピング・ナイツ》をあわせたギルドをな」
「ボク達は夫婦だしね、同じギルドならしがらみも無さそうだし」
「なるほど。ギルド名は考えてるの?」
フィリアの質問に、キリトとユウキは顔を見合わせた。そして口を開く。
「俺のギルドからは月の星を――――」
「ボクのギルドからは夜と騎士をイメージして――――」
「「《十六夜騎士団》」」
それを聞いたアスナ達は、何か重い印象を受けた。なんだか、イメージから付けたと言うが、ただそれだけではない気がしたのだ。
事実、それは合っている。ユウキは前世でも率いたギルドの名前を、キリトは自分の業の一つを顕すギルドの名前を元にしているのだ。しかも前回、二人だけの、辛い記憶のあるギルドだ。
命の重みを知っているが故に、二人はこれにした。前回のようにならないようにという抱負でもある。このギルド名を名乗り始めれば最後、二人は自分自身に対して罪の意識を刻み込み続ける事になる。それを承知の上でこのギルド名を採択したのだ。
それは二人の覚悟にもなっていて、それがアスナ達に伝わった。
「《十六夜騎士団》ですか…………良いんじゃないでしょうか?」
「うん。良い響きなんじゃない?」
「私も賛成」
「俺もだ。けど、ギルドには掟が必要だろ? それは何なんだ?」
女子陣と同じく賛成を示しながらも疑問を呈するエギルに、キリトは食べる手を止めて真剣な表情となった。
いつも余裕を持った不敵な笑みを浮かべるキリトらしくない、本気の表情を見て、他の皆も姿勢と表情を改めた。
「掟は二つ。一つ、『一は全、全は一。義を持って事を為せ、不義には罰を』」
「要は、一人は皆の、皆は一人のために動いていこうっていう……そうだね、何でも屋みたいな感じ? 他のゲームであるみたいに、困った人を助けるギルドかな?」
ユウキの言葉に、アスナ達もどんなギルドか想像できたようだ。それに反対の意思は見せていない。
キリトはそれを見てから、再び言葉を発した。今度は、今までのどの言葉よりも重く。
「二つ…………『ゲームクリアまで、誰一人死なないこと』」
キリトの言葉と、ユウキと一緒に見せる瞳の真剣さに、三度息を飲んだ。
このメンバーでも最年少の二人が見せる表情でも眼でも無かったからでもあり、命の重みを伝える瞳だったからだ。クラインやエギル達は、自分達よりも遥かに大人を思わせる二人に圧倒され、少女達は戦いに対する認識を改めていた。
ここにいる全員が、少なくともクライン達以外は、キリトを団長、ユウキを副団長とするギルド《十六夜騎士団》に入ることを決めた。誰よりも信頼できるから、と考えた結果であった。
これにより、シリカ、リズベット、フィリアに関する原作イベントはまず起こらなくなったが、それはそれで構わないとキリトは思っているのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
この~救世の調べ~ではキャラ視点だけで無く、原作の書き方に近い三人称視点の書き方もあります。この頃は原作を参考に書いていたので書き方が似てしまって、でも似すぎもダメだと意識していたら妙な書き方になってしまいました。
一応これでもある程度は直したんですが、やはりまだまだですね……
それでも一応、三人称視点では、キャラの視点からは分からない各々の過去や感情の描写が出来るので、会話や言動の根底を知る事が出来る書き方に近いです。キャラ視点ではどうしてもそのキャラの性格を反映させているため、他者の言動に偏見や主観を入れなければならず、分からないまま放置の事が多いんですよね。
勿論、それが後々になって分かるようにしている部分もあります。それでも繋がりが薄いと思ったものはこの後書きで書いてきてました。
さて、今話ではタグにある別作品のキャラが二人SAOに参入しましたね。《インフィニット・ストラトス》から唐変木・オブ・唐変木ズこと織斑一夏、ジャンプより《BLEACH》から《死神代行》となって戦う黒崎一護の二人がゲスト参戦です。
既に語られているように一護は木綿季と同じパターンの転生者です。死神の力を持っていますが、和人は《BLEACH》という漫画について知らなかったので木綿季から教えてもらい、知ったという設定です。基本的に和人は《SAO》について詳しく知っており、《IS》はそのついでに聞き齧っており、それ以外は一切知らないものだと思って下さい。なので《ドラゴンボール》とか《るろうに剣心》も知りません。
《IS》について知っている理由は、これを書いていた当時の私がそんな状態だったからです。まぁ、《ドラゴンボール》と《るろうに剣心》は流石に知っていますし、後者は全巻揃えていますが、《NARUTO》や《HUNTER×HUNTER》とかは本当に一切知りません。主人公の名前くらいです、知っているのは。あ、忍者がどうとかくらいなら分かります、チャクラとか。
で、木綿季は知識で実力差を補い、和人は実力で埋めてしまう描写の方が後々面白いかなと思って、この設定にしました(笑)
知識は最大の武器、それはこれまでのSAOのお話で何度か言われている事ですが、それをものともしない実力を有している方が燃えませんか? 当然ながら苦戦はしますけどね。
ちなみにこの世界に悪霊である虚は存在しませんので、尸魂界だとかもありません。そもそも死神も居ません。BLEACHのお話の展開はほぼ皆無と考えて下さい、あるとしても一護関連です。
仮に居たらまず本作和人は真っ先に狙われているでしょうね、報われないから(笑)
さて……メインが和人なのでどうしても埋もれさせてしまいがちな二人ですが、和人の良き男の幼馴染という設定があるので、それを活かしてどうにか書いていけたらなと思います。
頑張って書き直すぞー……時間あるかな、出来るかな(-_-;) 《BLEACH》って正直一冊も原作無いので一護の設定あやふやなんですよねぇ……
ではそろそろ、次回予告です。
幼馴染となったかつての心強い仲間達と長い付き合いとなるクライン、エギルと共に、キリトとユウキは三度目となる第一層ボス攻略へと打って出た。
情報にある即死スキルを最大限に警戒し、使用されるスキルを参加プレイヤーに出来る限り伝えてきた二人にやれる事はやった。あとはこのボス戦で気を抜かない事に集中すればいいだけだ。
大丈夫、今まで何だかんだでコボルドの王に殺されたプレイヤーは居なかったのだから、きっと大丈夫。
そう胸中で呟くユウキだったが、しかし思わぬ方向に自体が転び出す。
次話。第三章 ~暴走と覚醒~
最も恐ろしいのはモンスターでは無い、人間である。
ちなみに本日午後六時に第三章を投稿します。
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第三章 ~暴走と覚醒~
第三章 ~暴走と覚醒~
皆との食事を済まし、俺達は集合場所に着いた。指定の時間より三十分ほど早かったからか、そこにはまだディアベル隊とヒースクリフ隊しかいなかった。
俺が近づくと、向こうも気付いたらしい。挨拶をしてきた。
「やぁキリト君。早いね?」
「ま、遅れるわけにはいかんだろ。で、そっちの人は……」
「初めましてかな。タンクのE隊リーダーを務める、ヒースクリフだ」
記憶にあるヒースクリフ同様、何を考えているかわからない表情と真鍮色の瞳を俺に向け、そう挨拶してくる。俺もそれに返す事にした。
戦闘スタイルの事や作戦内容のすり合わせをしていると、唐突にヒースクリフが話を変えてきた。
「話は変わるのだが、キリト君。私はいずれギルドを作ろうと思っている。攻略本には三層でギルド結成イベントがあるらしいしね」
「ああ、ベータではあったな。多分イベント発生層や内容も変わってないだろうけど……それがどうかしたのか?」
何を言いたいのかわかってはいるが、あえて分からないように言うと、ヒースクリフは表情に薄く苦笑を加えた。
「いやね、私が作ろうと思っているギルドは《血盟騎士団》と言って、攻略専門のギルドなんだ。つまり、腕の立つメンバーはとても欲しい。だからキリト君とユウキ君を勧誘しているのだよ」
「「却下」」
そこまで言われて、俺とユウキは同時に即答した。ヒースクリフは無言でそれを受けたが、少々驚きに見開かれた目で何故と聞いてきた。
「ボク達も既に、ギルドを作ろうと考えてる。攻略には出るつもりだけど、攻略ギルドにするかはまだ決定してない」
「それに攻略専門なんて息が詰まりそうだ。俺とユウキは攻略には出る。でもそれは、俺達のギルドとしてだ。あと…………」
そこで言葉を止め、俺は真鍮色の瞳を見返す。
「俺、どうもあんたが気に食わないみたいだ」
「なるほど…………では今回は諦めよう」
そう言ってヒースクリフは離れて行った。リアルではそこそこ話していた関係である為、内心では気に食わないと言われて落ち込んでいるかもしれないな。
その後、俺とディアベルとで作戦を確認し続けて時間を潰し、他の皆はそれぞれ交流を深めていた。ユウキは俺達と一緒にいる。
それからしばらく経つことで、全メンバーが集合した。そしてボスのいる迷宮区塔まで向かう。
俺とユウキ、ディアベルは攻略組のリーダー的存在だからか、先頭を歩く。自然、メンバーも同じ。
「ねぇ、ちょっといい?」
歩いていると、不意にアスナが話しかけてきた。
「ン? どうしたアスナ?」
「キリト君達は今まで何をしてきたのかなーって……食事の時の二人の雰囲気、尋常じゃなかったから」
その言葉に、俺とユウキは顔を見合わせた。同時にしまったと思った。どうにも意識から、前回までのアスナ達を重ねて接してしまう。それは今まで以上に真剣に生きるきっかけなのだけど、それが裏目に出てしまったらしい。
しかし、それは何もその理由だけが原因じゃない。
「俺とユウキは、次の村であるホルンカまでは一緒だったんだ。アニールブレードって言う――――」
俺の背に吊っている剣と、隣のユウキの腰にある剣を指し示す。
「三層終盤まで使える片手剣取得クエストを受け、コペルと一緒に入手したあと、二手に分かれた。他のプレイヤーを助けつつレベリングするならソロの方が良いから。だから基本は人助けだったよ」
「でも、それでも間に合わないプレイヤーはいた、目の前で間に合わずにHPが全損して青い欠片になるのを見た……だから皆には、そうなってほしくないんだ」
今回のデスゲームで目の前で起こったこともあったから、俺とユウキは真剣だったのだ。今度こそ、この世界を終わらせて前に進む為に。だからあまり人に死んで欲しくはない。
「そう、なんだ…………二人は私たちに比べて、想像もつかないくらいの死線を潜ってきてるんだね」
「そうだね。でも、それくらいの方が安心じゃない?」
ユウキのその言葉に、アスナは一瞬呆けた後、確かにと言った。
「俺達はプレイヤースキルでもシステム的ステータスでも、ここにいるプレイヤーの殆どより上だろう。でも、それでも俺達にだって敵わない存在もいる。だから皆の力が必要なんだよ」
「力があるだけだったり、たった二人だったりするだけじゃ、どうする事も出来ない事のほうが多いしね……」
二人でそう締めくくると、アスナは真剣な面持ちでメンバーのいる方へと下がった。俺達の会話は声を抑えていなかったからか、他の皆も聞いていたらしい。皆、真剣な表情になっていた。
それが良い方に転ぶ事を祈りつつ、先に進むこと二時間、丁度お昼前に到着した。
お昼休憩を挟んで英気を養った後、ボスへと臨む事になった。
「皆、俺からは一つだけ。絶対に勝とうぜ!」
「皆、お互いに支えあってね!」
ディアベルとユウキが扉の前で宣言し、そのあと、全員が彼女の隣にいる俺に向く。
どうやら流れ的に俺も言わなくてはならないようだった。
「俺からは二つだ――――全員、死ぬな。生きる事を、諦めるな」
俺の言葉に一瞬、動揺が走るもすぐに頷きが返された。
ディアベルが扉を開け、そして、第一層ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》との戦いが始まった。
***
『グオォォォォォッ!!!』
初めて見る大型のボスの威容とその咆哮に、攻略組は硬直してしまった。
元ベータテスターの多いメンバーが萎縮してしまったのは、ベータを知っているからだ。ベータでは死んでも、今では生命の碑がある場所――――かつては蘇生の間と呼ばれた場所で蘇生した。
しかし正式版は違う、今ではデスゲームと化してしまった。
HPが全損すると現実でも死ぬ。
そのルールがあるせいで、ベータでは何度でもリベンジ出来たものの、今では失敗は死を意味する。ベータで何度も失敗して戦ったボスだからこそ、あの時と現状を比べて竦んでしまったのだった。テスターではない者は、初めて見る大ボスに圧倒されて、そして死ぬ可能性を考えてしまった。
しかしその中でも、一切怯まず立ち向かう影が二つ。キリトとユウキだった。
二人はそれぞれ長い黒色と紫色の髪と、髪色と同色のコートをたなびかせて突進する。
まずセンチネルという、取り巻きが立ちはだかった。それに二人は同時に斬りかかり、圧倒的ステータスとプレイングスキルを駆使して数瞬で倒す。全ての攻撃を鎧の隙間、弱点に全撃クリティカルさせたのだ。
そのまま他の二体も瞬殺し、ボスと対峙する。
ここまでで、部屋を開けてから十秒足らず。
「どうしたの? 戦わないと、勝てないよ?」
「先に進みたいのなら、戦うしかない」
「っ……全員、突撃ッ!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおッ!!!」」」」」
二人の声によってやっと我に返った攻略組は、ディアベルの先導によって動き始めた。
キリトとユウキの二人のリアルを知らないものが殆どだが、二人ともが攻略組の中でも最年少であることは理解していた。特にキリトに至っては確実に最年少だと。
そして、自分達には無い、何かを背負っているとも感じていた。今ここで戦いに行かなければ、二人は本当に戦い続けるだろう。それは容易に予測できた。
だからこそ、行かなければと奮起した。自分達大人も戦い、二人を支えなければならないと。
*
今回のこれは、前回、前々回にも起きず、そして誰にも思い起こされなかった事。キリトが自身を蔑ませるような言動を取らずに人助けを繰り返し、贖罪ではなく人を助ける事を第一理念としていることで起こった事だ。
それはユウキの存在が大きい。
前回、キリトは贖罪のためと自分を殺して戦い、結果、ユウキまで同じ事になった。ユウキの声が聞こえなければ、ヒースクリフと戦っていたユウキは死んでいた。それを知ったキリトもまた、ユウキと同じ道を進んだだろう。
結論から言って、前回のSAOはクリアされずに終わった為、それは喜ぶべきではない事だ。二人はそれを、逆行してから推測している。
そして、お互いに無理をしてはダメだと、ようやく理解した。
だからこそ、キリトは前世と前々回、前回のSAOから引き摺っていた罪の意識を昔に過ぎたことと意識し、今の自分と切り離して考え直した。ユウキはキリトを一人にしないよう、いつでも傍にいることを決めた。
それが二人だけでなく、周囲の人間にも良い影響を与え始めたのだった。
*
「A隊、B隊とスイッチ! E隊は前に出てB隊を守ってくれ!」
ディアベルの声に、A隊メンバーが下がっていく。
まずリーチが短い、つまりボス戦に不向きな短剣使いのシリカとフィリア、次に生産職として《鍛冶》を取っているメイサーのリズベット。続いて、ダメージ効率と剣の耐久度に不安がある細剣使いのアスナ、その後にナツとイチゴが下がる。
残るはキリトとユウキなのだが、二人のHPは下がったメンバーと違って八割を維持している為、下がらない。これはディアベル達にも通達されていることなので混乱はなく、そのままディアベル達はキリト達の作ったブレイクポイントにあわせて滑り込む。
ロードの武装は前回同様、骨製の手斧と円盾。後ろ腰には肉厚な長剣、【斬馬刀】がある。
作戦では、残り一本になるまで総攻撃し、武装を切り替えてからはキリトとユウキの二人で技をファンブルさせて、他のメンバーが攻撃してすぐに離脱。二人はヒット&ヒット、他はヒット&アウェイ戦法になっている。
しかしこの戦法はとりあえず使えると判断し、キリトとユウキはひたすら、ロードの攻撃をパリィして隙を作ることに専念するのだった。
そのため二人はボスに掛かりっきりなので、指揮は基本的にディアベル一人でしている。本人もそれを理解した上でその作戦を採用したのだが。
E隊タンクであるメンバーは、確かにステータスや装備のチョイス、戦闘スタイルこそタンクなのだが、攻撃も十分にこなせる優秀なメンバーだった。このメンバー、ヒースクリフのギルド参入予定のメンバーだ。
《血盟騎士団》はSAOにおいて最強を誇るギルド、そしてヒースクリフはプレイヤースキルが最高ランクに位置するため、最初期とはいえ既に勧誘されたメンバーも、現時点でかなりの実力を誇る。
だがそれでも、キリトとユウキほどではない。二人は他の皆に比べて約四年近くもの経験の差があるのだから。
中身が茅場晶彦であるヒースクリフは、二人の立ち回りに感心しつつ当然だろうと考えている。
二人は気付いていないが、実は何気に製作メンバーの中で一番重要なポストにいた、ソードスキルの登録には仮想世界への高い適応力と武道の心得がある者でなければならなかったからだ。
だが武道の心得がある者は、それだけ現実と仮想の違和感に左右されて上手く出来なかった。そこを解消したのがこの二人なのである。武道に通じていながら仮想世界にも高い適応力を示した二人が居たからこそ、今回のSAOも、キリトが全力で関わった時と変わらない発売日だったのだ。
それを知らない二人は発売日が同じ事に首をかしげていたが、世間の人間と変わった思考と、命を懸けて戦い続けた精神を持つため、その異常性に気付かなかった。SAOの事に集中しすぎたとも言えるが。
とにかく、他のプレイヤーよりも実力が群を抜いて飛び抜けているのは当然の事。そしてそれが、今の攻略組の希望となって前へ進んでいる。
しかしそれは、実力の原因を知るヒースクリフやキリト達だから納得できる話で、他の人間はそうもいかない。
そもそもネットゲームとはリソースの奪い合いであり、その動力源は嫉妬から来る。つまり、SAO発売時に入手したプレイヤーや、ベータ当時からいるプレイヤーは相当のネットゲーマーであり、それらを手に入れる執念深さは嫉妬深さとイコールとなる。
当然アスナ達のような、友人が~という人間もいなくはないし、それが妬ましい事でも理解を示す者もいる。クラインがその良い例で、キリトとユウキが体験した二回とも、クラインは態度を変えずに親身になって接していた。
しかしそれが出来ないプレイヤーもいる。それがこの後、牙を剥くことになる。
*
戦闘開始から二十分経ったとき、とうとうHPが残り一本となった。
『グオォォォアアァァァァァッ!!!』
最初よりも大きく、幾分か悲鳴と怒りも混じった咆哮を上げながら、手斧と円盾を投げ捨てる。そして後ろ腰に吊ってあった斬馬刀をスラリと抜いて構えた。
左手を前に出し、右手一本で後ろ斜め上に構えるその姿は、一刀のキリトと似た構え。違いと言えば、切っ先を地面に向けているかどうかだろう。
ユウキはキリトと一緒に構えるも、同時にリポップした『六体』のセンチネルの対処に回ることにした。キリトはボスとの戦いの場合、ソロの方が圧倒的に強い。物凄く不安だが、斬馬刀の対処はキリト一人の方が確実なので、ユウキはセンチネルがキリトに行かないよう専念することにしたのだ。
「C隊とD隊はセンチネルの対処! それが済めばボスへ! A隊の残りと他のメンバーは全員、キリト君が作った隙の間にソードスキルを叩き込むよう構えておいてくれ!」
「《斬首刑》だ! 下がれ!」
キリトの言葉に、全員が慌てて下がった。キリトも下がる。斬馬刀が繰り出せるスキル《斬首刑》は、攻略組が用心している即死技だ。掠りでもすれば即死なのでキリトも含めて下がった。
しかしキリトは下がりながら《ホリゾンタル》を放つ。それを見たプレイヤー達は首を傾げるも、その疑問はすぐに氷解した。
《ホリゾンタル》はキリトが追い抜いた、ユウキが一箇所に集めていたセンチネル六体全てに当たり、センチネル達はロード側に後退。結果、《斬首刑》はセンチネル全てにヒット、即死させた。同士討ちという現象である。
そんな現象がSAO全体でも起こらなかったからなのか、一瞬ポカンと、ロードはAIのアルゴリズムには本来無い筈の行動をし、その隙にとキリトとユウキは突進。現時点で出せるソードスキルでも最高威力の《ホリゾンタル・スクエア》を発動させた。
それを見たディアベル達も遅れて参加する。まさか《斬首刑》をファンブルさせず、センチネルを一掃する手段として使うとは思いもしなかったのだ。必ず補充される訳では無いが一定間隔でリポップするセンチネル達を斃す手段として利用できる事が分かり、それをするだけの発想力と実力があると理解し、各々は知らずに口角を上げていた。それが指揮の向上に繋がり、焦燥や不安を消し飛ばし、堅実ながら苛烈な攻防を加速させていく。
数分と経たないうちに最後のHPゲージも半分未満となり、いよいよヒートアップする攻略組。
そろそろ一気にトドメを刺すと決めて最後の攻撃を仕掛けようと構えるキリト達の前を、高速で何かが駆けた。何かは、茶色の髪に白を基調とした、勇者然とした姿の、ディアベルに心酔していた一人の曲刀使い、リンドだった。
*
リンドはディアベルに心酔していた。初めて見た時こそ西欧風の容貌なれど日本人の血を引いているから蒼に染まった髪に違和感を抱いたものの、騎士を自称するだけの高潔な精神の持ち主だと分かってからは然程気にならなくなった。
ディアベルは自らがベータテスターである事を明かし、完全ビギナーのプレイヤー達の育成及び指導をキリトとユウキから引き継ぐ形でその役割を担っていた。元々一大ギルドのトップになる上に元ベータテスターとして出来得る事をする決断が出来る男だ、更には人を集め、纏め上げる自然なカリスマというものを持っている。騎士としてのロールプレイをしている部分がある事は否めないが、それでも自然な振る舞いで出来ている部分を考えれば取り繕った感じも薄い。
キリトだけで無く、クラインやアスナ、キバオウといった強者達からも多大な信頼を寄せられていた高潔な精神は、このSAOのデスゲーム化に際して芽吹いた生来の才覚だったのだろう。
それがリンドを堪らなく惹き付けた。
楽しみにしてログインしたSAOのデスゲーム化、更には自分より幼い子供達の方がしっかりしているという不安定な精神状態にあったリンドは、キリトとユウキの指導をあまり受けていなかった。攻略本を利用しながらディアベルの指導を受けていたのである。二人の指導はあくまで全体へ浸透させるためのアプローチであり、元ベータテスター達が動きやすくするための陽動でもあった、それはディアベルが自身の素性を明かすきっかけとなったので、功を奏したと言えよう。
だがリンドは、あまりにもディアベルという一人の人間に幻想を抱き、傾倒し過ぎてしまった。自身が心酔するディアベルがずっと皆を纏めていあのに、まるで手柄を取るかのように横から現れて攻略組を率いる二人組の子供に、苛立ちを覚えたのだ。
レベルは高い、情報収集能力も現時点で差異が無い事から高いと言える、実力もセンチネルの倒し方を見れば凄まじいの一言に尽きた。確かにリーダーを張るだけの事はあるだろう。
だが、今まで自分達を導いてくれたのはお前達では無く、ディアベルという蒼髪の騎士なのだ。どうしてそんなに偉そうなのだ。そう不満を心に燻らせていた。
リンドはある人物から、《Kirito》という少年プレイヤーについて聞かされていた。その少年は人助けをする事で恩を売る卑劣な奴なのだと、《Yuuki》という少女は仮想現実なので精神的に服従させられている哀れな少女なのだと、黒いポンチョを着た男からそう教えてもらった。更に、《Kirito》は攻略会議で事前に《ボスドロップはドロップした人の物》という取り決め対象の一つ、LAを陰で狙い続けている奴なのだと。
LAはこの世界のユニークアイテム、すなわちそれを持つだけで絶対的なものが得られる。第一層現時点であれば攻略組の象徴として見られるだろう。ベータ時代にもあったそれは、同じく元ベータテスターであるディアベルも狙っていると聞いた。
ならば、こんな奴よりも、蒼髪の騎士に渡る方が何倍もマシだろう。
リンドの顔は一瞬だけキリトに向けられた。
キリトもまた、リンドと目が合った。リンドの目に宿るのは怒りと嘲る色だった事にキリトは内心で首を傾げ、まさか記憶があるのかと疑問を浮かべ、それをすぐに否定した。前回のリンドは自身に対して相当な憎悪を向けていた、記憶があれば必ず今までに接触がある筈だし、仮に無くとも怒りや嘲りで済む程度では無かったからだ。だから記憶は無いと判断した。
それから前にいるロードを見て、キリトは今までに無く慌てた。
「待てリンド! 今突っ込んじゃダメだ!」
「うるさい! お前なんかがディアベルさんの前を行くなんて許せ……」
「ロードが《斬首刑》の構えを取ってる!」
それを受けて、リンドは漸く前を見て、そして愕然とした。ロードはキリトの言うとおり、《斬首刑》の構えを取っていた。右手に捻転を掛けて、袈裟斬りにしようと構えていて、斬馬刀は赤黒い光に包まれていたのだ。
キリトへ勝ち誇るような思いが浮かんで視線を外してしまったのが、運の尽きだったと言えよう。
「なっ……」
「リンド! く、そがァッ!!!」
「キリトさん?! ダメッ!!! やめてぇッ!!!」
驚愕で止まるという、最悪の行動を取ったリンドを見て、キリトは歯を食いしばって疾駆。ユウキがそれを見て、悲鳴を上げる。他の攻略組のメンバーはそれを離れたところで見ていて、クラインは部屋の外から、心配顔で見ていた。
それは驚愕と喜びに染められた。あのタイミングでキリトがギリギリで間に合い、リンドをダメージ判定が出ないライン内で思い切り蹴飛ばし、剣の間合いの外へと逃がしたからだ。どれ程の巨体と敏捷性があるボスだとしても、目の前に強者が居れば流石にいきなりは動けない筈なので、リンドは助かったと安堵した。
そして、一瞬で愕然となった。
キリトがリンドを蹴飛ばしてロードの前から退避させた。全員、リンドを救った事に喜んだ。
しかしロードの《斬首刑》が放たれ、リンドを蹴り飛ばした事で一時的に完全な隙を作っていたキリトにそれが当たった。キリトはHPを、この世界を生き続ける為の命の源を急速に減らしていき、そしてバーを真っ白にして、それが薄く消えた。瞬間、薄い蒼と白色の光を放ち始める。
ユウキはもう何度も見てきた、テスターも見た現象。アバターの爆散エフェクトの始まりであり、今では死を意味する現象だった。
それはすなわち、攻略組リーダーの《死》を意味した。
「そんな……キリトさん…………!」
ユウキの絶望の声を聞き、キリトは一瞬目を向けて歯を食い縛った。
***
リンドを助け、《斬首刑》を受けてHPが急速に減っていく中、俺は後悔していた。
リンドを助けた事では無い。前回のSAOで彼と俺は袂を分かる結果となったが、それはあくまで前回の事であって今回の事では無い、だから彼を助ける為に動いた事に後悔はしない。
俺の公開は、ユウキとの約束を早々に破ること、そして、ユウキを残して逝く事だ。
この世界に来る前にも一人で無理しないと誓った。また、破った。俺は今にも死のうとしている。一体何度誓いを破れば気が済むのか。一体、俺は何度ユウキを悲しませるつもりなのだ。こんな俺を許し、求め、愛してくれているユウキを、俺はまた裏切ることになるのか。
そして、また俺は全てから逃げるのか。
俺が死ねばまず以てユウキも後を追って死に、そして攻略が途絶える。まだ最初期だから進みはするだろうが、ここには後の攻略の要となるメンバーがいる。俺達が死ぬ事で、内心の士気は下がるだろう。それはダメだ。
それに、今回は現実に残っているスグ姉や詩乃も悲しむ。
前回の現実での行動と違い、今回のスグ姉はアスナ達と親友の仲として知り合っている。弟の俺と、家族ぐるみで話がついたらしい婚約の話もあるユウキが同時に死ねば、スグ姉まで追い駆けて死にかねない。今はデスゲームが始まったばかりだ、半年も経過すれば流石に多少落ち着くと思うので大丈夫だとは思うが、今はまだあまり時間が経っていないので不安定な筈。下手すれば自殺もあり得るのだ、確率は低かろうとも可能性としてそれは存在する。
それに、この先についてかなりの知識を持っている俺が死ねば、余計な死者が出る。それも嫌だ。
HPのバーが消えて体が光り始める中、俺の視界には無感情に表示される紫のウィンドウがあった。そこには赤い文字で【You are dead】とある。死ねという、システムを統率する神の宣告。絶対不可避の、経験や過去や能力が特別だろうとただのプレイヤーである俺には抗えない、システム的な制約だ。
覆す事の出来ない事実にどこか諦めを持ってしまいながら、最後にとユウキを見ると、再び深い後悔が襲ってきた。ユウキは涙も流さず、ただ俺を見ていた。ハイライトの消えた虚ろな瞳で俺を見て、半開きの口からは俺の名が呟かれていた。
それを見て確信した。このままでは、もう保たない。たとえ逆行しても、二度と俺とユウキは結びつかない。会えば互いを憎しみ合い、拒絶し合うだろう。
俺のせいで、ユウキの全てが失われる。
嫌だ……
ユウキを喪うなんて嫌だ……
ここで死ぬのも嫌だ……
まだ生きたい……
一緒にいたい……
もう悲しませたくない……
現実でまだ楽しみたい事があるのに……
この世界を今度こそ終わらせたいのに……
死にたく、ないッ!!!!!!
「ッ――ォォォォォオオオオオオオ!!!!!!」
無意識に口から放たれた咆哮を最後に、俺の意識は闇に沈んだ。
***
青白い光を放って、その存在と姿が徐々に希薄になっていくキリトの姿に、誰もが絶望を抱いた。
攻略組きっての実力者であり、最高戦力であるキリトは、アインクラッドにいる全プレイヤーの希望の星だ。全プレイヤーに向けてのレクチャーし、死人が出ないよう逐一情報を回す彼は、比喩抜きで希望だった。
勝手に突っ走ったリンドを、蹴り飛ばしてでも助けた彼の行動に喜びを覚えた。誰も死なせたくない強い意志、その心意気に感銘を受けた。
しかし直後、即死技である《斬首刑》をリンドの代わりに受け、それは愕然、そして絶望へと変貌した。
特記戦力であるキリトの死はすなわち、戦線崩壊を意味する。この場にいるプレイヤーが、ヒースクリフといった一部例外をも含んで彼に希望を寄せていた。実力的にも敵なしのキリトはきっと、この世界をクリアしてくれる、そう思っていたのだ。
しかし今目の前で、キリトはその身を散らそうとしている。間違いなく最年少に入るキリトが、人を助ける為に命を犠牲にした。圧倒的強者すらなす術も無く死のうとしている現実に、誰もが――ヒースクリフでさえもが――愕然として絶望した。
ユウキの心は絶望に覆われて、既に折れかけている。
キリトのアバターが四散すれば、間違いなく折れる。第二の特記戦力である彼女まで死ねば、誰も戦えなくなる。自分達よりも圧倒的に強い、ステータスも心も実力も遥かに強い二人が敵わないのなら、自分達も勝てる筈が無いのだから。
絶望と共に諦観が広がっていく中、それは響いた。
「ッ――ォォォォォオオオオオオオ!!!!!!」
なんと、消えかけのキリトがところどころポリゴンの青白い光を放ちながら咆哮した。斬られた直後の緩慢な動きが嘘のような俊敏さで起き上がり、右手の剣を持って後ろに下がる。
攻略組はおろかロードすら驚愕に固まる。
キリトはユウキの傍まで走り寄ると、彼女に顔を向けた。ユウキは光を取り戻している瞳でキリトを見た。
「キリト、さん……?」
名前を呼ぶも、しかしキリトは応えない。代わりに黒目金瞳の瞳で見返した。初めて見るその禍々しい瞳にユウキは怯え竦み、イチゴは僅かに表情を戦慄に固くした。キリトはそれに頓着しないで取り落としていた剣【アニールブレード+6】を左手で拾う。
一時的な二刀流。彼のトラウマを、そしてヒースクリフの正体を知るユウキとしては、その行動に驚きを覚えた。
キリトはそれに頓着せずに二刀を構える。しかしいつものキリトの構えではない。
普段のキリトは左右対称のような構えを取る。左右に二刀を展開し、切っ先を上に向けているのだ、形としては逆八の字になるような構えである。これは左手か右手による相手の攻撃を防御を優先する為でもある構えだ。
しかし今の彼の構えは違っており、ただ下げているだけにしか見えなかった。それでも構えていると感じるのは、彼が発する闘志を感じるからだろう。
ようやく動き始めたロードはしかし、刃を向けるキリトではなく、横で無防備になっているユウキに目を向けた。
その直後。キリトは一瞬でロードに肉薄し、二刀を振るい始めた。ソードスキルでもなく、ましてや《二刀流》スキルにあるような動きではない剣技に、ユウキは見覚えが無かった。しかし、綺麗だと思った。それは他の者達も同じ。剣技ではなく、剣舞だと思った。
そして、その感想はある意味正しい。
キリトが放っている技は特別な技。流派名は《絶剣技》。前世で習得していた、自身が禁忌として封印していた流派だった。
《絶剣技》には十三種類の型が存在し、その型に当て嵌めて技を放っていく。その内の幾つかは抜刀術を扱うので現在の片手直剣では再現できないが、それ以外ならばあらゆる刀剣で可能だ。
その中でも、今放っているのは特に危険な技だった。
前世でも今世でも、本気で真剣を振るえば戦車でしら容易に破壊できる技だ。勿論そこに辿り着くには文字通り血反吐を吐く鍛錬をしなければならないし、破壊の極意を極めなければ流石に戦車の破壊まで到達しない。だがそれでも、対人では相当の効果は発揮する。ただし代償も大きく、よほど体を鍛えていないと反動が大きすぎて動けなくなる可能性すらある。
しかし、アバターには筋組織までは再現されていないので、ステータスさえ見合えば何度でも放てる。威力もソードスキルでない以上は通常攻撃扱いになるので微々たるダメージになるが、問題は手数と攻撃部位、速度によるダメージ算出だ、速度さえ負けていなければソードスキルに勝るとも劣らない威力は叩き出せるので問題は無かった。
唐突な復活を果たしたキリトの、今まで見たことの無い猛攻と剣技に目を奪われていたユウキだったが、はたと重大な事に気付く。いつの間にかキリトの体から光が出ていない。HPバーも復活していて、しかもフル状態だ。微かに体全体を覆うように放たれている黒と虹の光は、彼が作成した最上位のシステム外スキル《心意》の光だろう。もしかしたら、それで自分の死を上書きしたのかもしれない。
だがそれはまだいい。ユウキが気にしているのはそれではなく、キリトの瞳の色だった。リアルでもSAOの中でも黒だった彼の瞳は、今は黒目金瞳という禍々しい色に変わっていた。
前々回のSAO攻略時、フィリアが言っていた事を思い出す。
キリトのホロウ、そして第一層地下迷宮の最奥にいた死神型の守護ボスとの戦いの際、白目の部分が黒く、瞳の色は黒から金色に変わり、更に獣のような方向を上げて圧倒していたと。
今の彼がもしそれなら、もしかしたらそれは危険かもしれないとユウキは考える。
これもフィリアの感想なのだが、その時のキリトは、キリトじゃない別のナニかだったと言っていた。もし本当に、今目の前にいるキリトがキリトでないなら、彼が溜め込んでいた負の想念の固まりか、はたまた二重人格の片割れなのかも知れなかった。幼馴染の様子を見てきたから、そちらの知識も一応はある、解離性同一性障害、所謂多重人格というやつになっている可能性は、今までの過去を考えればユウキとしても否定し難かった。
とにかく、今の《Kirito》というアバターを動かしている存在はロクでもないものかもしれない。もし二重人格の片割れなら、自分に話していないという事はそれだけ危険なのかもしれないからだ。
とは言え、多重人格というのは支配人格と従属人格のような存在があるらしく、それがどちらなのかは知らないが、従属人格は他の人格について自発的に知る事は不可能ともユウキが読んだ本には書かれていたので、キリトが自覚ありなのかは分からなかった。
だからこそ、それを解決できるのも上手く纏められるのも、恐らくは自分しか居ないと確信したユウキは、それで一波乱来ることを覚悟した。
密かに決意を新たにしているユウキの近くで、目の前でロードを圧倒しているキリトを見て、アスナ達は疑問に思っていた。
今までの彼と違う戦い方、そもそも雰囲気が違う、と。アスナ達にとって、キリトとは面倒見が良く、根の優しい少年だった。デスゲーム化に際しては自分達の指針を示してくれて、命を守ってくれている恩人の一人でもある。こんな大暴れは今まで見た事も無かった。
さしてキリトと関係を持たないディアベルやクラインといったキリトに理解あるメンバーも、それを感じていた。一体何があったのか、いやそもそも全損していたのではないのか、と。今の状態も十分おかしいが、HP全損からの復活は明らかに異常だと判断出来てはいたので、生きている事に喜びを覚えつつも困惑も抱いていた。
ヒースクリフもまた、別の意味で驚愕していた。キリトの今の状態を、全てではないが知っていたからだ。あり得る筈の無いことが起きていて、内心では喜んでいるも頭は混乱していた。あの即死をキャンセルする方法はただ一つ、《不死属性》しかあり得ないだ。だが彼の様子から見ても一切ズルなどはしていないようだったから、現状何か別の事が関わっているのかも知れないと脳裏で思考を回転させていた。
数多の思いを向けられる中、黒い目の中心で金の瞳を煌かせるキリトは最後の締めに入った。
「破ノ型・裂華螺旋剣舞・三十八連!!!」
キリトの叫びに呼応するかのように、二刀は乱舞した。
荒々しくも流れるかのような剣舞。人を魅せる為の儀式剣舞やゲーム、テレビ向けにアレンジされた剣技では無く、ただ対象を滅殺し、討ち滅ぼす事にのみ焦点が置かれた本気の殺意。ユウキが見てきた《二刀流》でも、現実の道場で見せられた二刀剣術でも、ヒースクリフが作り出した技のモーションでも無いそれに、全員が瞠目して固まった。
それは一切の狂いも無くロードの喉元に入って行き、反撃すら許されずHPを減らされていき、とうとう全損した。
直後、一瞬の間を置いてその巨大な体躯は破裂。蒼い欠片を散らした。
***
「それで、キミは一体……?」
戦闘直後、ボス撃破という勝利の余韻に誰も浸ることなく、ボクは疑問を投げかけた。
誰もが、何言ってんだコイツ? という顔だが、キリトさんの事を良く知る人からすればむしろ、この質問は当然のものだ。現にクラインやアスナ達は首を縦に振っている。
というか、流石のボクもHP全損から復帰する力とか初耳だったし、黒目金瞳のキリトさんを見るのは初めてだから別におかしい質問でも無い。イチゴにはちょっと後で聞いておかないといけない事が出来たけど……
そんな考えを持ったボクの問いを受けて、キリトさんは未だ禍々しい様相の瞳をこちらに向けた。彼は片頬だけ釣り上げて笑んだ。
「中々察しが良いな……確かに、体……アバターこそ同じだけど、今の俺はキリトじゃない。人格が違うんだ」
クラインに対する答えに、全員が驚愕した。
「リンドを助けるも《斬首刑》を受けたあの時、キリトの心には二つの感情があった。ユウキに対する哀しみと、自分に対する怒りだった」
キリトさん……いや、別人格の彼は遠い目をしながら語り始めた。
「無理をしない、共に生きるという誓いを破ることに対しての、ユウキに対する哀しみ。そして、ユウキを残して逝く自分への怒り。その二つの感情は負の感情で、それが心を埋め尽くしたことで、俺は目覚めた」
そう言って彼は、唐突にメニューを開き、スキル画面となったそれを可視化して見せてきた。彼の指し示すところには、見覚えの無いスキルがあった。
「《兇獣》……?」
「このスキルは本来、正式版では実装される筈のないスキルだった。コレの発動及び習得条件が『精神の百パーセントが負の感情に満たされる』事で、それが事故に繋がり掛けるからだ。だからこのスキルは封印された…………筈だった。だがキリトが死に掛けて条件を満たし、その上、自分の意志でシステムコードの上書きを行ったことにより、封印は解かれ、プレイヤー《Kirito》は死なずに存在出来ている。本来あり得ないスキルを会得したイレギュラーな事態によって、プレイヤー《Kirito》は生き永らえる結果になったんだ」
彼の話を聞いて、それはマズイのではと思った。その説明では、運営側だと思われる。
「そうなのか……しかし、君はどうしてそこまで詳しいんだい?」
ディアベルの質問に全員が頷いた。しかし彼に敵意を向ける者はいない。一応、キリトさんを信頼しての反応らしい。
「さっきも言ったが、キリトは意図してでは無いが自分の意志でシステムコードを狂わせる程の膨大な感情データを発し、その際に封印されていた筈のこのスキルを習得し、俺が目覚めた。ある意味では俺は二重人格だが、一時的にサーバーを介しているが故にシステムそのものでもある。同時に、記憶と感情は持っているから、キリトそのものでもある」
「…………つまり、君がそこまで詳しいのは、システムの上書きの時に情報が流れてきたから、またはシステムそのものだから……?」
「ああ。とは言え、俺が持っている情報もほんの一握りだ、元ベータテスターや情報屋のような期待はしないでもらいたい」
彼はそう言ったが、周囲の皆は納得できない顔だ。まあ当然だろう。ボクだって何が何だかよく分かっていないし……
「……そもそもよぉ、システムコードの上書きなんて普通のプレイヤーが出来んのか?」
「現に出来たからな……それについてどう言われても、こちらとしても対応しかねる」
それを聞いてリンドが呻いた。彼の独断専行が招いた事だからだ。けど、今はそれよりも聞きたいことがあった。
「それで、キミの名前は? キリトさんじゃないんでしょ?」
「俺の名前は《ユーリ》だ」
「…………別のプレイヤーネームなのか?」
「キリトとの差別化を図る為かな、どっちかというと」
クラインの疑問に彼――――ユーリさんはそう答える。
それにしても、その名前ってキリトさんの前世のじゃなかったっけ……?
「俺の事は、ユーリと呼んでくれ」
直後、長い黒髪が銀髪に変わった。黒目の部分も普通の白に戻ったが、瞳は右目だけが銀になり、左眼は金のままだった。多分彼の前世としての姿なのだろう。
ずっとあの禍々しい瞳のままでないのは嬉しい事だけど、まさか別の人格が今日誕生する事になるなんて思いもしなかったなぁ……
それから後、幾つかの会話を経て、ボク達は第二層へ上った。
はい、如何でしたでしょうか?
コボルドロードの武器が変わっていました。これで三回全てに差が付いた事になりますね。《斬首刑》というのはオリジナルスキル、斬馬刀は《るろうに剣心》や《戦国無双》の森蘭丸の武器から持ってきました。アニメで見たコボルドロードの武器、私としては《刀》というより《斬馬刀》の方がしっくり来るんですよね。
これは持論なのですが、《刀》というものは基本的に反りのある片刃の刀剣であると思っています。そもそも《かたな》の由来が、片刃だからです、刃を《な》と呼んでこの一文字になったとされていると聞いた事があります。
ゲームに出て来るコボルドロード、《虚ろな心を癒すホロウ・フラグメント》のお話で登場したあのボスは大剣を使いますが、ぶっちゃけアニメのコボルドロードのアレも大剣と言って良いです、反りが無い上に見た感じ両刃ですし。
しかし漫画版や原作プログレッシブの方ではきちんと反りのある刀剣として描かれています。
そんな訳で、足して割って《斬馬刀》としました。一応刀剣類で、巨大な刀身を持つ《刀》という分類に入っており、しかし見た目大剣という代物です。中庸ってあると便利ですよね(笑)
この名前の由来は文字通り、馬上の武将を馬ごと切り裂くためです。そのため超重量武器とされており、まともに扱えた人は誰も居なかったとされます。《るろうに剣心》に出て来る喧嘩屋さんは色々とおかしい、片手で持ち上げるとか。流石に万能な和人もこの武器だけは使えません。
さて、斬馬刀についてはこれくらいとして……
今話の最後ら辺で出た《ユーリ》は、ユウキが予想している通りに前世の姿と人格をしています。ただし《Kirito》としての記憶や人格も存在しているので、多少和らいでいると言えどユウキの事を大切に想っています。
実はこの辺、原作者の川原礫様が執筆している別の小説《アクセル・ワールド》こと《AW》の世界観及び設定も流用しております。まぁ、感情がデータコードを狂わせるどうこうの辺りで多くの人は気付いたでしょうけども(笑) も、ですので原作SAOの設定もあります。
恐らくこの辺は逆行SAOの最後でも気付いた人が居るでしょうね。
彼についてはあまり多くは語りません。まぁ、キリトから名前が多少変わった程度の認識でもぶっちゃけ良いです。ユウキを大切に想っているのは変わりませんから。
ではそろそろ、次回予告です。
かつては二人だけだった《十六夜騎士団》、それをキリトとユウキは攻略をしながら同時に大勢の人を助ける互助組織ギルドとして立てる事を決意していた。
不測の事態によって《キリト》が《ユーリ》という人格を生み出し、一時的に眠りに就いてしまっても記憶などは受け継いでいるため、その辺の支障は無く、当初の予定通りに二人は行動を起こそうとする。
だが、その前に二人は第三層で受けられる別のクエストに目を向けていた。
次回。第四章 ~《十六夜騎士団》~
戦闘も無いので短めです。
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第四章 ~《十六夜騎士団》~
今話は殆ど説明会みたいなものですかね。《キャンペーンクエスト》を始める前にギルドを作ったという設定になっています、やはりプログレッシブのその辺のは私には無理でした。
キズメルさんとても好きなキャラクターなんですが、あそこら辺のお話の設定や絡みは再現し辛い。ついでに言えば既に原作乖離しているし、設定上三度目ともなると流石に今更書く訳にもいかなくなりました、一回目と二回目の関わり方はほぼ触れてませんからね。
キズメルファンの皆様、誠に申し訳ありません。出して欲しいというリクエストや意見が多ければ、新生アインクラッドで別のイベントキャラとして番外編で登場させようと思います。
番外編なら余程の事でも無い限り自由に書けますからね。ご希望の方は活動報告の《ちょい不定期更新になります》へコメントして下さい。感想欄は出来るだけ避けて下さい、規約に引っ掛かる可能性があるので。
ではそろそろ……最初はアスナ視点です。どうぞ。
第四章 ~《十六夜騎士団》~
キリト君がユーリ君になって、もう五日が経った。その間に二層はすぐにクリアされ、三層へ登る事になった。
現在、攻略組は二層ボス撃破の勝利に浸っていた。
三体いたボスのLAボーナスは、第一層の時同様ユーリ君だった。と言っても彼もユウキに言われてその後に気付いたらしいので、キリト君の記憶も持っていると言ってもそこまで鮮明という訳でも無いらしい。
ちなみにユウキはキリト君の奥さんだけど、ユーリ君も同じだと言って接してる。あの包容力って凄い。
「ユーリさん、無理し過ぎだよ」
「これくらいが普通だと思うんだが……もう少し抑えた方が良いか?」
「うん……キリトさんみたいに無理されると、不安になるから……」
「…………わかった」
ボス戦直後、みんなが嬉しそうに沸き立ってる中でも所構わず仲良しなとこを見せ付ける二人。まだ春が来ていない私達からすれば何だかなぁと思うけど、もう見慣れた光景なので別に良いと思っている今日この頃だ。人前だからか、それとも深い事情があるからなのか、この二人って一般社会で普通とされているカップルと雰囲気が違うし。
それはともかく、彼女の不安も分からないでもない。彼はある意味、キリト君と同じように無茶をする事が多いようだった。自分よりも他人優先な行動が多く、自分の事は二の次な事が殆ど。ユウキはこの五日間、ずっと彼と一緒にいて同じ言葉を繰り返していた。この会話も、既に十回以上重ねている。
でも、少々心配のし過ぎでないかと思う。確かに第一層で死に掛けてるけど、そう何度も死に掛けはしないだろう。ユーリ君はキリト君でもあるのだから、剣の腕は健在だ、リアルでも剣術道場の師範をしているのだし彼女はその門下生であると同時に一番の直弟子なのだから、もう少し信用しても良いのではないかなと思う。
しかしユウキはそうは考えないらしいし、ユーリ君も何か分かっているらしい。二人だけの共通認識があるようで、それは私たちには分からないもののようだ。
それがなんだかつまらない。
その思いはシリカちゃんたちも同じらしく、ふくれっ面で二人を見ていた。
「あのお二人、仲が良すぎですよ……一体何が違うんでしょう?」
「そういえば、あたし達が会った時にはもう仲良かったわよね。昔からそうなの?」
リズベットが疑問を呈した。
私、リズベット、フィリアさんが会った時は彼が小学二年の時。二人が会ってから一年近く経っていた時で、その時には既にカップルとなっていた。小学校では既に『最年少バカップル』という二つ名があったらしく、それほど仲が良かったらしい。
しかし何故それほど仲が良いのか、そもそもカップルとなった要因は不明らしい。二人ともその辺は黙秘を貫いていて、その時の煙の巻きようと言ったら本当に年下かと思うほど。仲の良さも、母さん達が、自分達よりも夫婦らしい……と言って落ち込んでいたほどで、精神年齢で言えば私たちよりも上ではないかと思うほどだった。
何から何まで規格外というか、よく分からない二人である。
その二人に、ヒースクリフとディアベルが話しかけた。
「それで……この層に『ギルド結成クエスト』があるんだったかね?」
「ああ、そうだ。まあ俺とユウキはそのクエストをする前に、別のクエストをするつもりだけどな」
「それはもしかして、ベータの時もあった『キャンペーン・クエスト』かい?」
キャンペーン・クエストは第三層から第九層まで続く、長編クエスト。色々と嬉しいアイテムを貰えるクエストで、物語形式の珍しいクエストらしい。失敗すれば二度と受けられないらしいが。
ヒースクリフもそう思っていたらしいが、それにはユーリ君とユウキの二人が同時に否定した。首を横に振りながら言う。
「いや、それは一番後だ」
「ボク達はそれとは別のものをするんだよ。ボク達にとって、一番と言って良いほど大切なものだから……」
ユウキが微笑みながら言う。その姿はまるで、何年も戦い続けてきた歴戦の兵のような笑みにも見え……今にも消えそうな儚い笑みにも見えた。
ユーリ君は第一層LAだったらしい漆黒の黒革製のロングコートをはためかせながら階段を登っていき、彼の横に並んでユウキも上がっていく。それを私たちも追った。登りきって私たちを迎えたのは、霧が立ち込める森林だった。
全員が上がってきたのを確認してから、先に上がっていた二人が口を開く。
「今俺の後ろに見える二本の道のうち、街道沿いに行けば主街区のズフムトってとこに着く。そこでギルド結成クエストを受けられる。森の方に行けばキャンペーン・クエストが受けられる。霧が深いしマップを見られないという欠点があるから迷いやすい、気を付けてくれ」
「キャンペーン・クエストは一度放棄すると二度と受けられない。それに二種類のストーリーがあって、目的地でバッティングするかもしれないけど、喧嘩しないようにね。ちなみにクエスト開始は森の中で金属音が聞こえる場所に着いたら分かるよ」
「それは了解したけどさ、わたし達はどうするの? ギルド、結成するんでしょ?」
フィリアさんが私たちの言葉を代弁した。それにはユウキが答える。
「アスナ達には悪いんだけど、二時間ほど主街区で待ってて欲しいんだ。ボク達二人にとって、絶対にしなくちゃならないことがあるから。だからお願い」
「俺からも頼む。今の俺はユーリだが、同時にキリトでもある……ユウキの為にも、キリトの為にも、これだけは絶対にしておきたい」
二人の真剣さを感じるお願いに、思わず私たちは頷いてしまった。
「…………わかった。ユーリ君、ユウキ、なるべく早くね?」
私の言葉に深く頷きを返し、二人はすぐさま踵を返して森に入って行った。ただし、街道でも森に繋がる道でもなく、完全な獣道だったけど。でも二人には迷いが無かったから、目的地自体はベータ版で知っているのだろう。
その後、リンドとヒースクリフがギルドを作ると言った。
前者は《聖竜連合》、後者は《血盟騎士団》を。
あとシンカーという人も名乗り出て、ディアベルと一緒に《アインクラッド解放軍》を設立すると言う。彼らは攻略もするが、主に中層~下層プレイヤーの援助、犯罪者の取り締まりや未だ始まりの街で過ごすプレイヤーのために動くつもりらしい。それと情報屋のような、新聞を出すこともするようだ。リアルでそういった仕事に就いていたらしい。
これは多分、あの二人が流した情報に基づいた考えなのだろう。
あの二人は、戦うのが怖いなら生産職に就く事で、前線で戦う人たちの助けになると言っていた。ギルドに生産職の数が多いかどうかで、ギルドの質もほぼ決まるらしい。自給自足が出来て争いも少なくなるので結束力も高まり、他者に依存しないのでギルドの経営危機にも陥りにくいのだとか。
あの二人、ベータ時代には最強二大ギルドそれぞれのトップだったらしく、その辺りの事はディアベル以上に詳しい。現に彼も、キリト君のギルド《凛々の明星(ブレイヴ・ヴェスペリア)》に所属していたらしい。彼の手腕をよく知っているため、彼がギルドを立ち上げれば攻略も安定するだろうと話している。
その彼と、対等にギルドを率いていたユウキも合流して一つの攻略ギルドを立ち上げるのだから、尚更だという話らしい。
確かにそう思う。そもそも私たちのギルドの団長&副団長となる二人がベータ時代も今のデスゲームでも最強なのだから、安定としてはばっちりだろう。これで攻略組で最年少組なのだから驚きの一言に尽きる。
ギルドの特色は、リンドの《聖竜連合》はバランス、仲間を護る為に主としてタンクを育成するつもりらしい。
ヒースクリフの《血盟騎士団》もバランス、しかしこちらは被らないよう主にアタッカーを育成するつもりらしい。団長となるヒースクリフ自身はタンク寄りのビルドだが、リンドのギルドがタンク寄りなのでそうする事にしたらしかった。
私たちが所属する予定の《十六夜騎士団》もバランス。これはアタッカー、タンク、サポートの全てをバランスよくする予定なのだとか。レイドの際にメンバーと役割で困らないようにするためらしい。それに他にも目的があるようで、そちらにも対応するためだと聞いている。概要を聞けば何でも屋らしいのだが……
《アインクラッド解放軍》については少々特殊で、ほぼサポートに回る予定らしい。主に情報収集や素材集めをして最前線組のサポート、中層~下層プレイヤーの支援を最優先で攻略は二の次らしい。
以前この話をした際にはリンド他、何人かのプレイヤーが反論したが、その話し合いの場にいたキリト君とユウキの二人によって鎮まった。そういったギルドがあるだけで、死者の数は桁違いに減るし、攻略組も絶対に助かると言ったからだ。
死者の事を持ち出されては、このデスゲームに関してビギナーに対するレクチャーを行った事で一家言ある二人なので誰も反論できず、そのまま認められることになった。
ちなみに、軍にはコペルも所属する。キバオウも一緒だ。
私達はというと、一度全メンバーがヒースクリフによって勧誘された。しかし既に入るギルドを決めていると言って断っている。
完全攻略方針の《血盟騎士団》より、基本的に自由な《十六夜騎士団》の方が知り合いも多いし落ち着くからだ。そう言ったら、あの冷静沈着を絵に描いたようなヒースクリフが若干落ち込んでいたから、少し笑えた。それでも諦めていない目をしていたけど。これはしつこそうだ。
「それにしても……あの二人が絶対にしておきたいクエスト、ねぇ……何なんだろ?」
「私に聞かないでよリズ。ディアベルさん、何か知りません?」
「え? うーん…………三層のクエストかぁ…………何かあったかな?」
ディアベルに聞くも、キリト君と同じギルドに所属していた彼も思い当たらないようだ。一体何があるというのか。
「…………あ、もしかしたら《師弟クエスト》じゃないかな?」
と、コペルという少年が言った。全員が彼に目を向ける。
「ねぇ、そのクエストって何?」
「えっと……師匠となるプレイヤーと弟子になるプレイヤーの二人で受けるクエストだよ。師弟になった二人は、互いの位置情報がわかったはず。それ以外もあるかもしれないけど、僕は知らないな。でもたしか、ベータ版でもあの二人は師弟だったよ。そんな噂があったから」
「ああ! そういえばあったね! 一度だけそんな話があがったんだよ」
「そーいえばオレッちもその話を聞いたことあるナ。ベータでも今でも結婚してて、そのうえ剣の師弟、と……とんでもないのがいるナ。っていうか、キー坊は本当に最年少なのカ?」
いつの間にかいたアルゴさんも話に混じって、やいのやいのと騒ぎながら街へ向かう。ボス戦での疲れを癒すのと補給を済ませるためだ。流石にあの二人ほど、私たちの精神は頑丈ではない。
街に到着後、各々の目的のために三々五々と散っていく。私たちはキリト君達を待つ為に待機となる。私、シリカちゃん、リズ、フィリア、エギルさん、クラインさん、イチゴ君、ナツ君にアルゴさんも加わって談笑することで時間を潰すことにした。
予定よりも早く、一時間後にユーリ君とユウキが帰ってきた。
ユウキが満面の笑みを浮かべていて、彼女のその様子にユーリ君は苦笑していた。それでも喜んでいるらしい、雰囲気が明るく柔らかいものになっている。しかも何時に無いことに、手を握って歩いていた。
そこでふと気付いた物があった。それは二人の左手の薬指に、今まで無かった物があったからだ。
「お帰り二人とも。ねぇ、その指輪……」
「あ、もう気付いたんだ? そうだよ。結婚指輪なんだ」
「指輪があったから早速な……」
不敵な笑みを浮かべて言い放つユーリ君と、その彼に屈託ない笑みを向けるユウキ。
二人だけの絆が垣間見える場面で、それを見て本当に最年少なのかなと思ってしまった。他の皆も同じだったらしい、微妙に引き攣った笑みを浮かべている。
「ふ~ン……それで、キー坊、じゃなかっタ。ユー坊達はいつギルドを作るんダ? なんならオネーサンも入ろうカ?」
「「「「「えっ」」」」」
アルゴさんの思いもよらぬ言葉に、全員が驚愕の声を上げてしまった。あのアルゴさんがギルドに入るなんて、しかも自分から言い出すなんて思いもしなかった。
「なんだよその反応。オネーサンだけ仲間外れカ?」
「いや、嬉しいけど…………良いのか?」
「オレッちはキー坊とユー坊、あとユーちゃんがお気に入りだからネ」
ちなみに、ユーちゃんとはユウキのこと。私はアーちゃん、シリカちゃんはシーちゃんなど、キャラネームの頭文字をくっ付けてあだ名を作るらしい。被ったらどうするんだろう?
「それに、キー坊たちが持つ情報量が半端じゃないんだヨ。正直情報屋としての自信が無くなりそうなくらいニ。だから寄生じゃないけど、一緒にいて情報屋として正しい情報を流したいんだよネ。あとは面白そうだからだナ」
「アルゴさんらしいね…………うん、ボクは良いと思う。むしろこっちから頼みたいくらいだよ」
「ユウキに同じだ。よろしく、アルゴ」
「よろしク。それにアーちゃん達も、これからよろしくナ」
にぱっと茶色のフードの中で笑顔を見せながら言ってくるアルゴさんは、それはもう、心の底から楽しそうで、嬉しそうだった。
この後、ギルドの方針とたった二つの掟を聞いて、ユーちゃん達らしいと感想を漏らすと同時に、二人の真剣な雰囲気に気圧されていたのは詳しく語るまでも無い。
* * *
「それじゃ! 攻略組ギルド発足を祝って!」
『かんぱーい!!!』
第三層主街区【ズフムト】の大きな酒場で、攻略組がギルド結成を祝って乾杯していた。
ユーリとユウキが師弟クエストに行って出遅れたので、既に《血盟騎士団》《聖竜連合》《風林火山》《アインクラッド解放軍》は結成されている。クライン達はユーリ達と一緒にクエストをこなした。
結成されたギルドは全て攻略組に属しているので、祝うのは全メンバーがギルドに所属してからとなった。
一応出来たてで、戦闘をしてないし役割も殆ど振り分けていないので、今のうちにと有力プレイヤーを勧誘するメンバーも多かった。特にヒースクリフとキバオウだ。
クラインは友人と作ったギルドなので、引き抜かれないように死守はするが勧誘は一切しなかった。
《十六夜騎士団》は団長をキリト/ユーリ、副団長をユウキにしている。メンバーは細剣使いアスナ、短剣使いシリカ、フィリア、アルゴ、片手棍使いリズベット、斧使いエギル、曲刀使いイチゴ、片手直剣使いナツとなる。
他のギルドに比べると、《風林火山》とどっこいどっこいの人数で、攻略組ギルドとしては少ないという印象だ。その代わりに最強プレイヤーが二人、しかも将来有望なメンバーばかりいる。アインクラッド随一の情報屋、鍛冶師、商人となるメンバーがいるので、このメンバーの将来を知るプレイヤーからすれば、ある意味最凶とも言えるギルドである。少なくとも、一回目のアインクラッドのプレイヤーが知ればまず間違いなくちょっかいをかけようとはしないだろう。報復が怖いからだ。
今回、この三人も今までのSAOと同じ道を歩むらしく、それは攻略する者達にとって助かる道だ。なのでユーリもユウキも支援や協力は一切惜しむ気が無い。むしろ積極的に協力するつもりだった。
そして、そんな有望株を狙わない馬鹿はいない。
「ユーリ君、君のギルドのメンバーはとても魅力的だ。誰か私のギルドに……」
「却下。寝言は寝てから言え」
「おいブラッキー。お前さんとこのメンバー、誰かくれへんか? うちのメンバーだけやとバランスが悪い」
「断る。というか結成直後に引き抜こうとするなよ」
ヒースクリフとキバオウ、ユーリの前にあえなく撃沈。言い方こそアレだが、ユーリの言葉が正しい。
ちなみに、ブラッキーというのはキリトについていた異名の一つで、黒一色がゴキブリを連想させると誰かが言い始め、ベータの頃からLAボーナスを取り捲ってるキリトを良く思わないプレイヤーが作った蔑称だ。
ちなみに、その蔑称を言い始めたプレイヤーは後日、ユウキによって制裁されている。キバオウにも喰らわそうと動きかけたが、その前にどこかに行ってしまったのでタイミングを逸していた。
なのでとても不機嫌な顔だ。ギルドメンバー全員がそうだが、クライン達も同じ。
皆がキリトとユーリを悪く言うのを許せないのだ。キリトは負の感情に押し潰されかけていて眠っているし、ユーリは新しいギルドのリーダーとして、そして何より、誰も死なないように手を尽くしている。自分を殺してまでだ。
それを、ユウキが哀しげに見ているのを誰もが目にしている。少なくとも、それは年少組がするような目ではないと、見た者が思うほど。ユウキは今のユーリを見て、一、二回目のSAOでのキリトを思い出していた。人のために尽くし、最後は心を追い詰めて死んでしまったキリトを。今のユーリは、それの焼き直しをしている感じだと思った。だから哀しげに見てしまう。
それを支えるのは、二人を昔から知っている自分達の役目だと、アスナ達は思っている。それに、二人にはこのSAOで色々と良くしてもらっているのだ。でなければ、今頃自分達は死んでいるか、精神を磨耗させて戦うかのどちらかだっただろうから。
キリトとユーリ、その妻のユウキはとても強い。それは周知の事実だが、心の支えは必要。支えなければ、二人はいつか死んでしまうのではないか、そう皆が考えてしまう。第一層ボス戦でのキリトの行動、ソレに対するユウキの反応がそう思わせる。
だからこそ、二人を失わないためにも、自分達もしっかりしなくてはと固く決意する、キリト達に理解ある者達なのだった。
以降、アインクラッド攻略は《十六夜騎士団》《血盟騎士団》《聖竜連合》《アインクラッド解放軍》《風林火山》主動で為されていく。特に《十六夜騎士団》と《血盟騎士団》は【攻略二大ギルド】とまで呼ばれ、前者の団長キリトと副団長ユウキ、後者の団長ヒースクリフはトップスリーと呼ばれるまでとなる。
力の【黒の剣士】。守の【聖騎士】。速の【絶剣】とも呼ばれ、アインクラッド全体に大きな安心感と安寧を齎すのだった。
しかし、攻略組には一つの問題が浮上していた。いや、問題ではなく、心配事があった。それは、本来の《十六夜騎士団》団長にあたる、ユウキの夫であるキリトの存在だった。
キリトは第一層で先走ったリンドを庇って死亡し、『死にたくない』という想いを以てシステムに抗い、ユーリを目覚めさせた。そして現在のキリトの精神は、未だ眠りの中にあるという。いつまで経ってもキリトが目覚めないので、流石にギルドメンバーだけでなく攻略組全体が心配し始めたのだ。
しかしユウキはそこまで気にしていない。心配もあるが、それ以上に彼と、ユーリを信頼しているのだ。どちらも同じ『桐ヶ谷和人』だと信じ、夫の目覚めを待っている。そして、ユーリもまた『桐ヶ谷和人』であり、自分が愛する夫だと想っている。だからこそ、ユウキは慌てない。
それはユーリにとっても救いであった。自分はユウキにとっては紛い物となる存在。だから、自分は必要なく、ただ本来のキリト――『桐ヶ谷和人』を待ち望んでいるのではないかと。ユウキにとってはどちらも愛する夫だと言われ、ユーリは一つの決意をした。
その決意が本当の意味で為されるのは、SAOから抜け出した後の事になる。
そして、キリトが目覚めるのは、SAO開始から約半年と少しの後……そう、キリトにとって、生涯忘れる事の出来ない、あの出来事が発生する直前だった。
はい、如何でしたでしょうか?
この平行世界SAOは正直プロローグに近いので、割と流す所が多いです。大まかな流れは初回SAOでやってますし、ぶっちゃけ《十六夜騎士団》の活動や団長副団長となる二人の動きを描写する程度です。その動いた結果が後の物語に反映されるという形なので、あんまり面白くないかもですね。
さて、《十六夜騎士団》についてですが、《血盟騎士団》と互角かそれ以上の勢力になる事は間違いないです。何せ団長が実力的にSAO最強なので(笑)
更に互助組織としての一面も持つようにしているので、攻略に必要なレベル、スキル熟練度だけで無く、ポーション作成や探索系のスキルを取って後方支援に徹するメンバーも豊富という設定です。
原作読んでて思ったんです、こういうギルドがあっても良いんじゃないかって。どうも商人同士の組合はあったらしいですし、アスナもダイゼンとか言うキリトとヒースクリフとのデュエルの際に儲けていた人を経理担当と言っていましたから、じゃあ後方支援部隊があってもいいのではと思って作ったんです。
戦国時代を多少知っているなら分かると思いますが、戦いは補給が大切です、ゲームも基本的に回復を前提とした設定になっています。逆に言えばそれが無ければ難易度が天井知らずに上がります。
つまりギルドの方で回復アイテムを作る人や鍛冶師、商人を味方に付けてしまえば、割と難易度は下がるのでは、という考えに行き着いた訳です。キリトも前世傭兵として戦場を駆けていたのなら補給に関しては最重要視していたでしょうし、ここに着目するのも当然だと思います。
原作《スリーピング・ナイツ》もアスナが回復支援に入り、指揮を執った事もあってボス戦をクリアしていました。攻撃は最大の防御と言いますが、回復や支援も重要という事です。それを表すためにリズベットとかの参入について言及していた訳ですね。未来のマスタースミスが味方とか半分チートでしょう。
特にSAOは結晶アイテムが手に入るまではポーションという時間経過型の回復アイテムでしか回復出来ないので、尚更ですね。
今までお互いのフォローないし自分の力しか頼らなかったキリトとユウキですが、ここから他者の力も利用して人助けを行っていきます。
という訳で次回予告です。
ユーリとして過ごしていた日々は、唐突に終わりを告げた。《Kirito》が目覚めるきっかけ、それはかつて守れずに死なせてしまった者達との邂逅が近くなった事を示していたからだった。
自らの過去を振り返り、今度こそ彼らを死なせない事を決意している《Kirito》が選んだ行動は、これまでとは違ったものだった。
次話。第五章 ~《月夜の黒猫団》~
ユーリの出番は一先ず終了です。短いっ!
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第五章 ~《月夜の黒猫団》~
今話は前々回、前回とは全く違う結果となっています。
時期としてはゲーム開始から半年以上、物凄いスピードで攻略していっていせいで黒猫団と邂逅する時期で四十九層に到達しています。いやぁ、知識&実力チートって不可能を可能に出来るし、ギルドで数は力を体現していますから無茶が出来ます。
さて、今回はそのギルドの一員、原作と前作まででは《血盟騎士団》副団長を務めていたアスナが、《十六夜騎士団》の一員として見た視点が殆どです。
色々と肩書がありますが、要は原作メンバーの武器を使用するプレイヤー達を束ねるリーダーなのだという理解で構いません。あんまり使わない設定ですしね。
では、どうぞ。
第五章 ~《月夜の黒猫団》~
私はユウキと一緒に、ギルドホーム内を歩いていた。
ゲームに囚われてから早半年以上も経ち、現在の最前線はなんと四十九層。ユーリ君とユウキの攻撃力、《血盟騎士団》団長ヒースクリフの硬い守りにより、殆どのボスが屠られていっているから、攻略速度も凄まじいの一言だ。中には『公式チート』だなどといっているプレイヤーもいるらしい。
まあ、その気持ちも分からなくもないかなと思っている。
私は現在、《十六夜騎士団》にて《細剣隊隊長》と《第一副団長補佐》の役職を兼務している。つまり細剣使いたちのリーダー……ボス攻略においての分隊長と、ユウキの補助をする役目なのだ。
どうして年下に……などという思いは初めから全く無い。
彼女と一緒にいて思うのだが、確かに彼女とその夫であるユーリ君は『公式チート』と言いたくなるレベルの強さなのだ。
まずユウキ。彼女の反応速度と反射速度、状況分析力や戦闘スタイルの豊富さは、この世界で戦って何年も経っているかのような歴戦の兵といった感じだ。デュエルで相対して分かる。隙が全く無い。
しかもだ。自分はレベルアップボーナスの七割を敏捷値に振っている。レベルは現時点で76。他の攻略組のレベルが平均して70に至っていないので、これは相当高い数値と言える。つまり攻略組で、ひいてはアインクラッド全体で私以上に速い人はいない……と、昔は言えた。
だがユウキとデュエルして分かった。格が違いすぎるのだ。
例として挙げるなら、同じ攻略組のクラインやディアベル。彼らと相対しても、全く戦意が削がれる事はない。むしろ嬉々として細剣を構えて立ち向かうだろう。ボスに対しても、余程でなければ同じだ。
しかし、ユウキは……それ以上に、ユーリ君は違った。二人と相対して、『あ、コレ、もうダメだ』と思った。戦う前にはもう勝負が着いていた。何の漫画だと思うが、これは二人とデュエルした者が必ず言う感想である。ちなみに、戦ってはいないが、ヒースクリフも同じ感想を言っているので、二人が『公式チート』だという事は議論の余地もない。
二人のレベルなのだが、二人は決して言う事は無い。ただ、攻略組でもトップ、それも群を抜いて高いだろうということは誰もが推測していることだった。
フロアボス戦。ある階層では多腕型のボスだったのだが、ソレが持つ大剣をユーリ君は片っ端から折っていき、ユウキは襲い掛かる剣の全てを弾き、挙句の果てにはボスと真正面からユーリ君はぶつかり、七割もHPを減らしつつ力勝ちしていた。
それだけ筋力値――――レベルアップボーナスの振り方を【筋力:敏捷=6:4】の筈の彼が勝ったのだから、ボス以上に強かったのだろう。速さも私以上で、【筋力:敏捷=3:7】のユウキと同等だったのだから。
一回目のクォーターポイントでは相当ボスに苦戦した為、激戦が予想されており、皆がステータス強化に勤しんだ。その結果全員が、特に《十六夜騎士団》は全メンバーが強化された。
というわけで、二つ目のクォーターポイントを目標に気合を入れて挑んだ結果が、各フロアボスに対するユーリ君とユウキの無双だったので、影で囁かれていた『チート』が『公式チート』とまで言われるようになったのである。流石にこれには誰もが賛同した。
彼の話が長くなったが、ギルドも話さなければなるまい。
私は前述の通りの役職だ。第二の補佐はシリカちゃんだ。彼女は開始から三ヶ月経った時にフェザーリドラをテイムした事により、《ビーストテイマー部隊隊長》となっている。後輩のビーストテイマーに戦い方、テイムモンスターとの接し方を教授する立場だ。二つ名は【竜騎士】。
テイムモンスターというのは、ユーリ君曰く『命ある戦友』らしい。ただのプログラムではないと言うことだ。実際、彼女のテイムモンスターであるフェザーリドラ《ピナ》はシリカにとても懐いている。なぜかユーリ君にも懐いているし、彼が眠っている所に遭遇するとどういう訳かシリカから飛び立ち、彼の胸の上でくるまってしまうのだが。
次にリズベット。彼女は《メイス隊隊長》と《生産職部隊頭領》となっている。何故頭領なのかと言うと、本人曰く『隊長はなんか違うから』とのこと。今では、なんとマスタースミスとなっている。これには流石に驚きで、幾らなんでもスキル値が上がり易すぎると言っていた。嬉しそうでもあったが。
アルゴさんとフィリアさんはコンビを組んで《情報収集隊》兼《後方支援部隊副隊長》となっている。ちなみに、フィリアさんは《短剣部隊隊長》にも抜擢されており、そのメンバーが情報収集も行っている。とはいえ、殆どがアルゴさんと、何故か大量に情報を持っているユーリ君とユウキが集めた情報の整理隊だが。
エギルさんは商人として成功し、《斧部隊隊長》と《後方支援部隊隊長》となっている。彼は主に、店で手に入れた素材アイテムや良さ気なアイテムの提供を格安で売っているのだ。ついでに情報収集もしている。
イチゴ君は一時期、出刃包丁のような片刃の大剣を使っていたが、暫くして細身の黒刀を持った。服装も黒い和装で、どうしてかしっくり見える。彼は《刀部隊隊長》兼《第一団長補佐》となっている。能力は敏捷値寄りで、スピードで圧倒するタイプ。二つ名は自分から名乗っていて、【死神代行】だ。何故そんな不吉な名前をと思ったが彼なりの拘りがあるらしく、決して撤回しようとしないし、侮辱しようものなら凄まじい怒気で圧倒される事になる。
ナツ君は片手剣を貫いていて、白いコートに白い剣という出で立ちなので【白の剣士】と呼ばれている。《片手剣部隊隊長》と《第二団長補佐》。能力値はイチゴ君と同じで、スピード寄り。盾は所持していない。遊撃剣士の一人だがサポートを中心としているためあまり強いと知られていない、本人としてはそれでも良いと言っているが。
クラインは六人と少数ながらも《風林火山》として攻略組にいる。イチゴ君と同じ刀使いだけど、彼とは違って純粋にソードスキルを使っている。どうしてかイチゴ君はソードスキルでではなく、自身の技で戦う傾向がある。ユーリ君も多々見受けられるけど。
ギルドメンバーも、なんと百人を超えている。実際にボス攻略に参加できるのは三十人、他は生産職だったり新加入者の指導や素材集め、生産職だったりする。
《血盟騎士団》と《聖竜連合》は揃って二十人台、《軍》は下層・中層プレイヤーもいるので数千規模らしい。考えただけでも目眩がする人数だ。未だにヒースクリフ団長からの勧誘があるが、それは全てユウキとユーリ君が却下している。
まぁ、それもそろそろ限界が来るらしいのだけど……あの人って結構粘るんだねぇ……
「アスナ……アスナ? どうしたの?」
「え……あ、ううん。何でもないよ。ちょっと考え事してただけだから」
「そう? あ、着いたよ」
ユウキの声で現実に戻り、前を見た。そこには重厚とは言えない木製の扉がある。
このギルドホームは二十二層の南辺りにある。ユーリ君達のホームもそこにあり、しかもギルドホームのすぐ横という、なんとも贅沢な立地だ。それも少しずつ、周りの環境を壊さないように拡張されていっているのだから、後方支援の建設部隊の熱意には脱帽するしかない。
今、なぜ私が副団長のユウキと一緒にこの部屋にいるのかと言うと、ユウキとユーリ君から大事な話があるらしい。それも、ユウキの表情からして、相当に重い話が。
私は覚悟して、ユウキは気軽にそこに入ると、一人の少年がいた。
腰よりも下に長く伸びている黒髪、上下黒のシャツにレザーパンツ、漆黒のロングコートに鋲つきのブーツに指貫手袋。噂どおり、全身真っ黒な【黒の剣士】がいた。
そう。『全身真っ黒な【黒の剣士】』が。
「……え? あれ?! ユーリ君って、銀髪じゃ……?!」
「…………ああ、そうだったっけ。悪いな、今の俺は《ユーリ》じゃなくて、《キリト》……リアルでも会ってる《桐ヶ谷和人》の方だよ」
苦笑しつつ私の混乱に答えたのも目の前の少年で、今の彼は『黒髪黒目』だ。つまり、漸く目覚めたということだ。
しかし、何の前触れもなく何故? いや、こういうものなのだろうか……
「そ、そうなんだ……おはようなのかな?」
「どうだろうな……まあ、おはようか」
そう話している間に、何人かが部屋に入ってきた。各部隊長、つまりシリカちゃんやリズ達だった。
皆もどうして呼ばれたのか分かっていないらしく、疑問顔でここに来たらしい。そして、今の彼を見て驚いていた。そしてまた、喜んでもいた。彼が目覚めた原因は、キリト君自身が何かにケリを着けたかららしい。心の整理のために眠っていたのだとか。
全員に自分がキリトであると話した後、誰かにメッセージを送った。暫くしてから見覚えの無いプレイヤーが数人入ってきた。男五人、女二人のメンバーで、ギルドタグには『月を背負った黒猫』のマークがあった。
「彼らは《月夜の黒猫団》っていう中層ギルド、攻略組を目指していて、そのレクチャーを頼みたいと依頼してきた。俺とユウキとしても攻略組が増えるのは嬉しい。だからその手伝いをしようと思ってるんだけど……正直、俺達だけじゃ時間が掛かりすぎると思ってな……」
「戦力が増えるのは良いとしても、その育成のために攻略が遅れちゃ本末転倒だからね。だから彼らの武器と同じ部隊長も、時間がある時で良いから面倒を見て欲しいんだ。隊員に任せても良いけど、出来るだけ見てあげてくれないかな」
二人の説明の後、ギルドの七人が自己紹介をした。
両手棍使いのリーダーケイタ、片手剣使いのダッカー、短剣使いのルネード。長槍使いのテツオ、短剣使いのササマル、長槍使いのルシード。そして、長槍使いだけど片手剣にコンバート中のサチ。
この七人らしい。並べてみるとなるほど、中層に留まってしまうわけだ。前衛と中・後衛のバランスが偏りすぎている。とりあえず、実力を上げる為にケイタはリズ、ササマルとルネードはフィリアさん、テツオとルシードは別の部隊員に頼む事になった。元々短剣使いだったらしいダッカーはユウキが見ることになっている。
そして、サチさんはキリト君自身で見るらしい。長槍も片手剣も、スキル欄から外してもスキル値は維持されるのだから、どっちも使いこなせるようにしようとなったのだ。最初はキリト君に怯えていたけど、性別を勘違いされてヘコんだ彼を見て、緊張は解けたらしい。純粋に彼を慕うようになっていた。
私は特にする事は無いのだけど、時折サチさんの面倒を見ることになった。やはり同じ女子同士だからか、安心できるようにしたいらしい。
「依頼を受けてから五日経ったけど、サチさんも片手剣の扱いが上手くなったよね」
「ありがとう。それもこれも、キリトのお陰だよ。彼が中層に降りてきてなかったら、私は怯えたままだっただろうから…………」
キリト君が中層に降りていたという話が気になったので、そこを少し詳しく聞いてみたくなって、私は質問した。
「キリト君、中層に降りてたの?」
「え、うん……スキル熟練度を上げないといけなかったかららしいけど……」
「え? 今のキリト君に鍛えないといけないスキルなんて、あったかな……? 何か新しいスキルでも出た……? いや、でもそれなら公表するだろうし…………」
顎に手をやって考え、サチさんも同じように考え始めた。
キリト君は、ユウキもだけど、こと有用と判断した情報は惜しげもなく公表する。必要無いアイテムなら、たとえそれがユニークアイテムやLAアイテムだとしても、ギルド内優先で回し、それでもいらないなら格安で他ギルドに対して売りに出す。
つまり、何かの独占はまずあり得ないと言っていい。これは攻略組の中でも常識となっている。
それでも何か隠すというのなら、それは彼にとって知られたくないことなのだろう。恐らく、他のプレイヤーには持ち得ない……または、私たちが妬みなどの被害を被らないように配慮しているか、そのどちらかだろう。どちらもかもしれない。
「…………気になるけど、まあ暫くしたら教えてくれるでしょ。昨日に四十九層を攻略して、いよいよ五十層になるんだから、出し惜しみは彼に限ってはしない筈。スキル熟練度を鍛えてたのも、多分そのためだと思うし…………感覚を取り戻す為でもあるかもしれない」
「え? どういうこと?」
キリト君とユーリ君のこと、第一層で起こった事を知らないので、サチさんに教えた。
彼女はそれを聞くと、まずリンドの行動に怒り、次にキリト君の心情を慮った。とても優しい心を持つ人なのだなと思う。
「そうなんだ…………あ、だから彼、年不相応な雰囲気なのかな?」
「かもね。『誰かを守ろうとうする者は強い。そして、人間的に成長する』。ヒースクリフ団長が言ってることよ。彼はキリト君、ユーリ君、そしてユウキのことを気に入ってるみたいなの」
「夫婦で強いから……?」
「というより、誰かを守る姿勢じゃないかしら。攻略組の殆どは自分達の事で手一杯で、うちみたいな依頼をこなすギルドなんて存在しないし。だからこそサチさん達のギルドも依頼で頼んで来れたんだしね」
そう、彼がここまで人を惹き付けるのは、人の為に尽くす姿勢があるからだ。ギルドの『全は一、一は全。義を以て事を為せ、不義には罰を』という掟こそ、その代表的なものと言える。
皆は一人のために、一人は皆のために。
これこそ、キリト君の想いが詰まっていると言えるものだろう。だからこそ、私たちは彼を信じてここまで付いてきた。彼の力になるために、今まで戦ってきたのだ。
戦う力を付けるために他を振り捨てるのも間違いではない。そうしなければ、自分が死ぬのだから。けれど、キリト君はそうしなかった。誰よりも強くあって希望を持たせ、誰も死なないように手を尽くす。そうすることで、最終的には多くの人間を死なせないようにしているのだ。
それにより、攻略組も順調に増えてきた。装備やアイテムも充実し、後方支援も不足していない。情報の刷り合わせも綿密に行われるので、尚の事死者は少なくなっている。この半年での死者は、なんと千人に届いていない。それもこれも、キリト君とユーリ君、そして彼らを支えるユウキの尽力があってこそ。
だからヒースクリフも気に入っているのだろう。彼が個人的な感情を述べるなんて、普段にはありえないことなのだから。
この会話より更に数日後、《月夜の黒猫団》はたった二週間足らずで、攻略ギルドとして名乗れるくらいの実力を持つに至った。
それは第五十層ボス攻略戦前日のことだった。
***
キリトが目覚めたのは過去、《月夜の黒猫団》と遭遇する前日だった。それを知り、彼は中層に下り、彼らと接触したのだ。
しかし自分にもギルド、それも攻略ギルドがある。一人二人では出来る事が限られている為、仲間たちを頼ったのだ。それが功を奏し、彼らは救済され、死を回避する事が出来た。彼らは今までと違い、キリトに依存せず、ダンジョン攻略の厳しさと過酷さ、残酷さを学んだからである。
《月夜の黒猫団》の依頼を完遂した直後、過去に『指輪事件』と称された事件も、日付から近いと知って下層へ下りたところでグリセルダを救ったことで、ギルド《黄金林檎》解散も回避された。
彼らもまた、攻略組参入を目指す者達だった。それも、もう少しで参加できるほどの実力者。キリトとユウキは、それを楽しみに待つのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
団長と副団長が素でチートだと、団員であるアスナもチートになるんですね、四十九層時点で76レベルってクリスマス時期の病んでる原作キリトとほぼ同等ですよ。書いた後に気付いた。
団長ですが、彼は団員達に武器の扱いを教えて鍛える為、ユウキの師弟としての鍛錬のついでに見ています。斬馬刀は別ですが、あらゆる武具に通じているという設定ですから。アスナの細剣の扱いもキリトが教えたという事になっています。
後々、その辺の描写は別のお話で出てきますので、今はその程度で解釈しておいて下さい。あんまり今話で重要では無いので抜かしています。
さて、色々とありましたが、まずは《Kirito》の復活です。たった数章、しかも殆どあらすじに近いお話数話分で退場となる《ユーリ》ですが、キチンと出番はあります、使い捨てでは無いです。
というか進んでる階層的に相当なんですよね。やっちまったゼ☆
ちなみに《キリト》は《ユーリ》の言動を殆ど記憶している設定です。
そして、漸く《月夜の黒猫団》は全員が死を回避して救済エンドに入りました、またグリセルダさん達《黄金林檎》もです。この二つのギルドは《十六夜騎士団》と同盟を組み、同じく少数精鋭の《風林火山》と協力してボス攻略に出る事になります。
いやぁ、原作を考えるととても立派になりましたね、この人達。
更に言えば今回のタイトル、やっと正式なギルド名でケイタ達を出しました。今までは比喩表現でしたからね。オリキャラが二人居ますが、ちゃんと原作キャラ五人も居ます、この合計七人が全員揃って生き残るお話で初めてギルド名を出したかったんです。
内容が薄いと思われたかと思いますが、私の力不足ですね。シリアスじゃないと基本的に上手く書けないです……まだまだですしね。
ではそろそろ次回予告です。
《月夜の黒猫団》、そして《黄金林檎》の壊滅を防いだ未来を紡ぐ為に目覚めたキリトは、当初からの悲願を漸く達する事が出来た。後は他の皆と一緒に戦い抜くのみ。
そこで二つ目の難関となるクォーターポイントに差し掛かったのだった。
次話。第六章 ~第五十層ボス攻略~
次は9月1日正午に投稿予定です。
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第六章 ~第五十層ボス攻略~
今話はタイトルから分かる通り、ハーフクォーターボスとの戦闘です。
初回SAOではユニークスキルホルダーであるキリトとヒースクリフが、崩壊した戦線を一時間二人で保ちましたね。あの後にヒースクリフとのバトル回でした。
今回もやはり初回SAOと違う展開にしています。ほぼバトル回ですが、文字数的にちょっと少なめです。
ではどうぞ
第六章 ~第五十層ボス攻略~
キリトは今、第五十層迷宮区二十階にある、ボス部屋前の安全地帯で休息を取っていた。彼だけでなく、《十六夜騎士団》や《血盟騎士団》など、主だった攻略ギルドのメンバーが大勢いる。ざっと百人は下らないほどの大人数だ。
ボス部屋の前でこれほどの大人数が屯している理由は基本的に二つ考えられる。一つはボスの情報を得る為の偵察戦をする隊、そしてもう一つがボスを討伐する隊だ。ちなみに今回の場合はボス討伐レイドである。第一レイド、第二レイドと分かれており、レイド参加の九十六人以外は、殆ど後方支援部隊となる。武具の損耗回復担当の生産職やアイテム補充担当の調薬師などだ。
その中には、控えの戦力、およびボス戦見学として《月夜の黒猫団》と《黄金林檎》の姿もある。彼らは、キリトとユウキが頼み込んで連れて来たのだ。もう少ししたら共にボスと戦うから、そのために雰囲気だけでも味わってもらいたいと言い、それをヒースクリフとディアベルが了承した。キリトの頼みごと自体が珍しいこともあったが、純粋に戦力が増えることも嬉しかったためでもある。よって今、彼らは、自身が戦うわけでもないのに緊張で固まっている。そしてキリトを見て、最年少なのに胆力があると思い、内心で凹んでもいる。しかしそれが意識を大きくする為の燃料ともなるので、一概に悪いと言えるものでもなかった。
第一レイド、第二レイドと二つのレイドを用意する事は普通無い。何故なら、ボス部屋に入れるのは一レイドまで、つまり八人パーティーが六つの四十八人までだからである。それ以上はシステム的に不干渉領域になってしまうのだ。勿論、一人抜ければ一人入れるので、今回はそれを利用して入れ替える作戦を用意していた。
今回のボスは《ザ・サウザンドアームズ・オブ・スタチュー》という、前回、前々回とも違うボス名だった。ボスそのものは同じだったが。特性も同じで、これまでのボスの中でも最多の多腕を活かしたソードスキルは、途中で剣を折るなどして止めなければ延々と続くものだったり、腕一本一本が個々に独立していてスキルディレイが当て嵌まらなかったりなど、今までの戦法では戦えないボスだった。ここで長期戦、あるいは即座の消耗戦を想定してレイドをもう一つ作ったのである、一つでは前衛の入れ替えが間に合わない可能性もあったからだ。
そして今回の要となっているのはキリトとユウキ、そしてヒースクリフである。
前回同様、二人にユニークスキルが発現したのだ。キリトは《二刀流》、ヒースクリフはやはり《神聖剣》。
実は、《二刀流》の発言はヒースクリフからすれば早すぎるとしか言えない。数週間前に解禁したとはいえ、既に発現していたのは予想外だったのだ。しかも完全に使いこなしてすらいる。
しかし、それもまた面白いと思う。リアルでの彼を少し知っているが、彼はどこか自分と似ている部分があった。少なくとも、この世界の適応率という点では自分と同等か、それ以上。つまり、自身と同じ土俵に立てる存在とも言える。それが嬉しいのだ。彼ならば、自身の正体を見抜いてもおかしくはないのだから。
ヒースクリフはそう考えつつ、自身の装備のチェックを繰り返し行う。基本的にフェアプレイを貫いているので、管理者権限によるズルはある一点を除いてしていない。装備やアイテムも全て自前、レベリングだって自力だ。つまりヒースクリフが攻略組でも最高ランクのタンクと評価されているのは、他のプレイヤーより情報や仮想世界に通じているアドバンテージを含めても実力という訳である。
キリトとユウキは装備の最終チェックをしているヒースクリフを視界に収めつつ、この後どうするかを話し合っていた。無論、ヒースクリフを茅場晶彦と暴露するかである。幾つか話していった結果、今回はまだ暴露しない事に決めた。
理由は、【不死属性】表示の有無と、それが出る判定が分からないからだ。もし出なかったら、それだけで攻略組にはいられず、ギルドに所属する全員に迷惑を掛ける事になる。それに今回のSAOでヒースクリフは大して目立っていない、だから現時点で暴露すると問答無用で消されるか、あるいはそのまま第百層に行ってしまうかのどちらかが考えられたのだ。前々回は運が良かったのかも知れないと二人は考えていた。少なくとも今回ほどキリトとユウキの二人は目立っておらず、その分ヒースクリフが目立っていたからだ。今回は彼の役回りを幾らか奪っているので判断付かなかった。
だから、いずれ来るであろう、デュエルを待つのだ。《初撃決着》か《半減決着》かでHPを半分まで削る。もしくはその手前まで追い込み、ヒースクリフにシステムのオーバーアシストを使わせる。それを暴露のカードとするのだ。そうすれば不自然では無いし、現時点でデュエルする話は上がっていないからまだ先の話になる。
無論、それまでに出る死者は多くなるだろうが、それを犠牲にしつつその選択をした。勿論二人はその選択を取りたくなかったが、現在はキリトとユウキ、《十六夜騎士団》の活躍もあって死者は一千人に達するくらいだ。それくらい亡くなったという訳であるが、二回もSAOを経験している二人にとってはかなり少なかった。この調子で少なくしていければと願いつつ、活動を続けるつもりである。
「……時間だ」
暫くしてヒースクリフが口を開いた、いよいよ第二クォーターボスと戦う時が来たのだ。それを感じ取り、全てのプレイヤーが息を呑む。
交叉するように描かれている蛇のレリーフ。それが禍々しく照らされている大扉の前に立つのはニ人。《黒の剣士》キリトと、《聖騎士》ヒースクリフ。今回のボス攻略の要であり、絶対に失われてはならない二人が戦陣を切るのである。勿論士気向上のためで、更に言えば攻略組二大ギルドのトップだからである。
扉の前に立った二人は振り返った。冷徹とも無機質とも取れる、真鍮色の瞳を持つヒースクリフが言葉を発した。
「諸君、今回のボスは第二クォーター……想像を絶する戦いになるだろう。死に臆し、逃げるのも構わない。ただ忘れないでほしい。我等の戦いに希望を見出す者達がいるという事を。故に、勇気あるものは戦おう――――解放の日の為に!!!」
ヒースクリフの言葉に呼応して、攻略組が鬨を上げる。それもしばらくして静まり、次はキリトの番となった。
四十九層のボス戦は参加しておらず、第二層から第四十八層までユーリが戦っていたので、その間に参入した者達は、キリトを見て見下していた。どうして子供が? ユーリはどうした? と内心首を傾げている。
瞳の色と髪の色が違うだけだ。そもそも《ユーリ》というのは正式なプレイヤーネームでは無く、パーティーを組んだプレイヤーの視界端に見える名前は《Kirito》のまま。そして元を正せばこの姿の方が正式である。
だが容姿というのはかなり人の意識に影響を与えるもので、最初から知っている者からすれば信頼が出来ない子供にしか映らない。だから首を傾げ、更に不信感を露わにした。たとえレクチャーしてくれた片割れと言えど今まで居なかったのだから仕方のない反応だった。
しかし、それもキリトの目を見るまでだった。キリトの目は、覚悟を……まだ子供と言える年の子が出来る筈の無い覚悟を宿していた。その力強い瞳は色こそ違えどユーリと同一だった。それを理解し、疑念を抱いていた者達は思考を凍らせる。
キリトはそんな彼らを見て、一度頭を下げてから口を開いた。
「改めて、《十六夜騎士団》団長のキリトだ。俺を知らない者は、『ユーリはどうした?』と思っているだろう。俺は、二重人格者。死にたくない、その思い俺は今まで皆が見てきた《ユーリ》という一人の人間の人格を作り出した……らしい」
その言葉に、ざわめきが起こる。理由を知っている者は何故今話すのかが理解できないでいる。
しかしヒースクリフ他、彼を知る者は止めないでいる。ユウキも、先を予想しているからか静かに微笑みながら待つだけだった。
「俺が死ねば、悲しむ人がいる。それは俺だけじゃない、現実に家族や友人を残してきた誰もが同じだ、今まで一緒に戦ってきた皆がそうだ。それを理解しているからこそ、そんな思い、もう誰にもして欲しくはない。だから俺は……いや、俺達は《十六夜騎士団》を興した。そして《十六夜騎士団》には、二つの絶対の掟がある。ギルドを違えている人も知っているかもしれないが、俺がこれを言うのは初めてだから、言わせて欲しい。俺がボスに挑むにあたっていう事は、その二つだ……」
キリトは一度間を空け、目を瞑ってそれを言った。
「――『全は一、一は全。義を以て事を成せ、不義には罰を』」
再び間を空け、今度は目を開けて続ける。
「――『誰一人、絶対に死なない事』」
口を閉じたことで、周囲は静寂に包まれた。キリトの放つ威圧感、放った言葉の重みが、自然とそうさせた。
「無理に戦えとは言わない。ただ、一人じゃなくて、皆と戦っている事を忘れないでくれ。そして、諦めないでくれ、生きる事を……生きたいという意思は、何よりも……何よりも、強いんだ」
皆で戦っていることを忘れるのも、生きるのを諦める事も不義だと言っている。それが、キリトが伝えたかった事だと理解し、彼を知らなかった者達は思い知った。自分達が敵う相手じゃないと。正真正銘、最強の剣士なのだと。
それを見て満足げにヒースクリフは頷き、キリトは交叉させて背に吊ってある二刀――黒剣【ダークネスロード】と白剣【シャドウリーパー】に手を掛け、一気に抜き払う。滑らかに抜けることで、金属の擦れは一切なく、リィー……ンと鈴の音を立て、それすらも最強の剣士としての風格を醸し出していた。
キリトとヒースクリフは同時に扉に手を当てて開け、中に入る。
中にいるのは多腕型銅像ボス。
手筈どおりに指示を出して行き、キリトはユウキとコンビで攻め、ヒースクリフは他のタンクと共に守備に回った。
ボスの剣が振り下ろされ、キリトはそれをパリィ。その隙にユウキは反対方向へ移動して背中に《二刀流》中位ソードスキル《ブレイヴ・イグゼグション》十二連撃を放つ。二刀で八回の突き、右で袈裟、左で逆袈裟、左で逆風、そして回転して二刀による右薙ぎと力任せに剣を振るい、それによってボスは怯んだ。
キリトはユウキが放った十二連撃で怯んだボスに、駄目押しとばかりに《スターバースト・ストリーム》十六連撃を放ってディレイを続けて引き起こした。その間にスキルディレイから回復したユウキが、キリトのスキルの終わりに合わせて別のスキルを使う。
腕は独立していても本体が怯めばスキルを放てないらしく、それが延々と繰り返されることでボスのHPがドンドン減っていく。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
「「ぐは……ッ?!」」
しかし、それでも第二クォーターボス。残りHPが一本になったところで、キリトとユウキは吹っ飛ばされた。共にHPはフルから残り数ドットまで減少していた。
「なっ……?! ちょ、キリト君、ユウキ、大丈夫?!」
「いっつつ……あんまり、大丈夫じゃないな」
「うわ、一撃でHPが数ドット……ギリギリだったなぁ…………さて、ここまではなんとかしたし、これからは皆の出番だよ。ボクとキリトさんはしばらく下がるから」
アスナにそう言って、二人は部屋の外へと剣の研ぎに戻る。HPバーを三段、しかも斬撃が効き難い硬いボス相手にスキルを連発したので、耐久値も限界まで減っていた。
これは想定済みで、しかしそれを知ってもあえてこの作戦を取った。
今までのボスと勝手が違うのもあるが、強力でノックバックを発生させる長時間発動型のソードスキルを、キリトとユウキの二人で交互に叩き込むことが有効な手段だと、偵察戦でも既に判明していたから。逆に言うと、これでないとHPをまともに減らせなかったからだ。苦肉の策として、ディアベル達も採用した。
二人がユニークスキル持ちでなかったならば、あるいはスキルを使いこなしていなかったなら、最強と呼ばれていなかったなら、この作戦は採用されなかった。二人がそう信じられているからこそ、ディアベルの他、最初期の頃から二人の強さを知っている攻略組も納得したのだ。
それでも二人のHPが揃って数ドットまで減った事は予想外であり、タンク部隊は恐れを抱いていた。いくら防御を捨てがちのダメージディーラーといえど、HPフルの状態から一瞬で数ドットまで減るのは、圧倒的にレベルが高い二人がなったからこそ恐怖を覚えた。
しかし、《ジャストブロッキング》という《神聖剣》固有のパッシブスキルによって、相手の攻撃を盾中央部分で受け止めて完全にダメージを消しているヒースクリフを中心に、攻略組は立ち向かった。殆どの攻撃は、時折《咆哮》という基本的なシステム外スキルを多用しているヒースクリフに集中しているため、他のプレイヤーは防御を殆ど考えずに攻撃を優先する。
五分が経ったとき、やっとキリトとユウキが戦線復帰した。今回の指揮は、ボスに対して刺突がほぼ使えないアスナが持っており、二人は彼女の指揮の下に動く。すなわち、ダメージディーラーの援護および救援である。
残りHPが三割になっている部隊、クラインとエギル率いる《風林火山》と斧部隊の下に行き、ボスの乱舞にキリトが割り込んだ。パリィで全ての斬撃を的確に弾き、すかさずユウキが追撃を入れる。
「クライン、エギル、下がってろ!」
「すまねぇキリト!」
「ユウキ、スマンが頼む!」
「分かったから、エギルは下がってて! それと、アタッカーの皆も離れて!」
ユウキの指示に首を傾げつつ、攻撃を行っていたアタッカーの者達はこれ幸いと後退した。五分とはいえ、ボスの攻撃を避けて防いで攻撃するなんて、精神力が持たなかったのだ。
その指示に従わなかったヒースクリフは、未だにHPをグリーンに保ちつつ、《ジャストブロッキング》で攻撃を防いでいる。彼の行動は好ましく取られないが、キリトとユウキにとっては好都合。絶対に倒れないディフェンダーなのだから、都合の良いように使おうと思っているのだ。
二人は目を合わせ、ボスの左右に分かれた。
その時点で、ヒースクリフも防御を止めて後ろに下がる。二人の挟み撃ちは、誰かがいても邪魔にしかならないからだ。ボスの偵察戦でも知っていたが、二人だけいても問題は無いと分かっている。
左右に分かれ、ヒースクリフが戦線から離れたことで、ヒースクリフに入っていたヘイトはリセットされる。左右に分かれた二人の内、どちらを攻撃するか迷う素振りを見せた為、それが隙となった。
二人はもう目を合わせもせず、しかし綺麗に息が合った連撃を開始した。
通常攻撃しか放っていないが、攻撃速度はもはやソードスキルすら超えており、剣のブレすら目視が難しいほど。ユウキもいつの間にか黒と白の二刀流になっており、二人はそれぞれの二刀で猛攻を仕掛け続ける。
ボスのHPはソードスキルではないため減り具合も最初ほど多くは無いが、それでも確実に減って行っている。本当に通常攻撃かと思うくらい、二人の攻撃は早く鋭い。
二人のレベルがこの時点で200台というのもあるが、原因は攻撃速度と武器の性能だろう。ダメージ算出において、この二つはかなり重要な要素なのだから。
武器の性能においては劣る細剣も、アスナのようなスピードタイプなら攻撃方法と速度によっては威力を高く出せる。それは短剣にも言え、短剣の場合は性能と速度はそうでなくとも、攻撃を弱点部位に当てることで高威力を叩き出せる仕様になっている。他の武器でも似た仕様だが、短剣は特にその仕様が強化されているのだ。
片手剣はオーソドックスなのが売りなのでそこまで突出した要素を持っていないが、二人の能力、攻撃速度、そして現時点でも最強に位置するであろう二刀を使っている。しかも超高速の連撃を同時に挟み撃ちで放っているため、微々としたダメージも高速で入っていってHPをガリガリ削る。
ボスが攻撃してくれば左右のどちらかに避け、もう片方は避けた方向と同じ方向に同じだけ動く。時計回り、反時計回りを同時に行っていくので、挟み撃ちのままだ。
真正面から大ダメージを叩き出すキリトと、彼にタゲが入り続けている為に大ダメージが叩き出せるバックアタックを続けられるユウキ。ターゲットが変わっても同じ戦法を取れるのだから、ある意味極悪とも言える。
とても息が合っていないと不可能と言えるが、キリトとユウキは言葉に表せない一体感を得ていた。目も言葉も交わさず、しかし相手の動きや意思を汲み取れるまでに至っている一体感は、前回、前々回でも味わっている。
故に、この一体感を二人は最上位システム外スキル《接続》と呼んでいた。ことボス戦において、これの有用性は現在の戦いぶりを見て明らかだ。
この《接続》はヒースクリフも全く想定していないものであり、そして知らないことだ。初めは高難度の戦闘で集中することに限られていたが、現在では自由自在に扱える。
キリトとユウキはこの現象を《心意》によってデータコードを上書きするオーバーライド現象を、互いを支えるという強い想いが起こしているものではないかと推測しており、事実それは検証されていた。他の皆とは出来ない為、もしかしたら師弟や結婚というシステム的な繋がりを得ているからこそ、上書きによる《接続》も可能になっているのではとも考えている。
理屈はともかく、その現象が今の二人の戦いを構成しており、動きも一体化していた。呼吸もほぼ同時、攻撃速度はおろか剣の振りさえも同じであり、最高のパートナーとして動けている。
それをレイドメンバーは離れて見ており、ヒースクリフといえど驚愕の眼差しを向けるのも仕方が無いと言える。キリトを初めから知る者として付き合いの長いクラインも、リアルを知るアスナ達も唖然と見続けていて援護の事は一切頭に無い。
いや、あったとしても二人の邪魔にしかならないので、呆然となっていただろう。
HPがドンドン減って行き、いよいよ残り数ドットとなった。
その時、ユウキはボスの背中側から離れて距離を取り、キリトを取り残す形となる。
皆は動揺するも、キリトは《接続》によってそれを知っており、当然ながらユウキがその行動を取った訳も知っている。五十層LAボーナスであるエリュシデータをキリトが取るためにわざとキリトだけ残したのだ。
(キリトさん! 最後、カッコ良く決めちゃって!)
(任せろ!)
「トドメッ! スターバースト……ストリームッ!!!」
蒼と紅の輝きを二刀に宿し、防御の一切を捨てた攻撃を繰り出す。無意識に《心意》によって強化した斬撃は多大なエフェクト光と発生させ、本来ならしない筈のノックバックを発生させている。蒼の輝きに虹の輝きを宿しているのはそのためだ。
蒼と紅を宿す双剣は徐々にその速さを上げていき、最後の一撃、二刀交差の斬り払いで終。ボスはその体躯を、蒼く煌く欠片へと四散させた。
「終わった、のか……?」
「マジか……ほぼ、あの二人で倒したようなもんじゃねぇか……」
「うっそぉ……」
(キリト君がバグキャラ過ぎる……)
クライン、エギル、フィリア、ヒースクリフの順に感想が漏れる。
ヒースクリフのみ内心で呟いただけだったが、第二クォーターボスはちょっとやそっとでは倒せない強さに設定していただけに、その驚愕も一塩だ。二人の事をある程度知っていたとは言えこれは無茶苦茶としかヒースクリフも思えなかった。
この世界の創造主からそんな事を思われていると知らない二刀を振り抜いたキリトは暫くその姿勢を保っていたが、剣を下ろすと、突如として仰向けに倒れる。カランッという音を立てて二刀は床に落ち、完全に力が抜けているキリトは抵抗も無く重い音を立てて倒れた。
「き、キリト君?!」
「ちょっと?! 大丈夫なの?!」
ユウキは無言で駆け寄り、アスナ達も急いで駆け寄る。
キリトはユウキの肩を借りて立ち上がり、皆を見回した。
「キリトさん、大丈夫?」
「なんとか……でも、ちょっと疲れた……」
「ふむ……アクティベートは私達がしておこう。キリト君たちは先に帰ると良い」
「ヒースクリフ……悪い……」
キリトが苦笑気味に礼を述べ、それに同じ苦笑をヒースクリフも浮かべる。彼らの浮かべる笑みに、苦笑以外の何かを感じた者もいたが、キリトを休ませる方が優先だと考え、そのあたりは誰も突っ込まない事になった。
五十層到達パーティーは後日行う事になり、その日は解散となった。
*
後日、パーティーの席で《月夜の黒猫団》および《黄金林檎》の攻略組参入が決定された。レベルやプレイヤースキルは共に申し分なく、しかもSAO最強ギルドの団長と副団長夫婦推薦とあるなら、この上ない朗報だからだ。少数ギルドであるため、基本的には《十六夜騎士団》の同盟もあり、キリト達の下で戦う事になった。
それには両ギルド共に不満は無く、むしろ強くなって生き残れるので是非ともなっていた。
これによって、キリトは黒猫団壊滅を完全阻止出来たことになり、贖罪になったと安心できたのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
今話は珍しく完全三人称視点でした。立場が真逆にあるヒースクリフとキリト達の思考を書くには丁度いいのですが、中々調整が難しいです。
さて、今話で明確に《ユーリ》出現のキーワードが出ました。《心意》というものですね。これは《SAO》および《AW》でも出て来る単語で、今話文中にもどういうものか書かれております。
端的に言えば、原作一巻の七十五層でのヒースクリフ戦で、剣に貫かれて全損したのにキリトが動けていたり、そもそも麻痺っている筈なのにアスナが動けたりしたアレです。明確に言われていませんが、アレらは《心意》、強い想いによって出来た事なんだと思っています。
更に《接続》と書いてコネクトと呼ぶこれは、原作《スカルリーパー》戦のキリトとアスナの一体感を元に書いています。システム的な繋がりを有しているため、恐らくオーバーライド現象の対象となるだろうと思いまして……本作では更に師弟の繋がりもあるので、尚更強まっているんですね、目も合わせなくても言葉を交わす程の意思疎通が出来ている辺りがそうです。
そしてヒースクリフの強化が入りました。さして重要では無いですが、盾の中央に攻撃が入ると、ノーダメでやり過ごせるというものです。
原作アニメ見てると思いますが、幾ら何でも《スカル・リーパー》の鎌の一撃を防ぎ続けて微々たるダメージしか入らないとなると、これくらいでなければ多分説明付かないんですよね。《ジャストブロッキング》というアビリティがあると言えば、周囲を欺ける可能性もあります。
今回のSAOで追加した設定です。最強のタンクとなればこれくらいあってもおかしくない、というか《神聖剣》スキルにありそうだと思い付き、書きました。
さて、今話のバトルは如何でしたか? これまでに比べてまだ緊張感は出ていると思っているのですが、拙いですし楽しめなかった人もいるでしょう。
書き直し含めて、これからも精進していきたいと思います。
ではそろそろ、次回予告です。
第五十層を予想以上の良い戦果で終えられた攻略組であったが、一つの問題点をディアベルが挙げ、ある事をキリトとユウキに提案する。
それは、一時的に最前線から身を引くというものだった。
次話。第七章 ~安息~
次回は本日午後六時に更新予定です。
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第七章 ~安息~
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話はタイトル通り、物騒なお話ではありません。また、今までのような深刻な事態が舞い込んで来たりもしません。
イメージとしては、原作でのキリトとアスナの結婚隠居のようなものです。
オールユウキ視点です。
ではどうぞ。
第七章 ~安息~
キリトさんが黒猫団との過去の惨劇を防ぎ、五十層攻略を終えてから暫くが経った。
《十六夜騎士団》団長のキリトさんと副団長のボクは現在、最前線攻略から離れている。
理由は、ボクとキリトさんの突出し過ぎた戦闘力のせいだ。
ボス戦でのボク達があまりにも強すぎて皆が追い付けず頼りきりになっているので、ボク達無しでも十分に戦えるようにした方が良いと、ディアベルが提案したのだ。第一層でのキリトさんの危うさを熟知している彼らしい配慮でもあった。
それに、キリトさんは復活してから少ししか経っていないため、ユーリさんの記憶を継承していても違和感があるらしい。だからこの休暇を使って、その違和感を無くそうと考え、その提案を受けた。ボクはキリトさんが無茶をしないための見張りの意味も兼ねて一緒にいる。まぁ、本音を言えば一緒に過ごしたいだけだ。
しかし休暇とはいえ、一応団長組としての仕事が無くなる訳では無い。ギルドには数々の依頼、例えば素材集めとかの収集依頼などがあるため、それをボクとキリトさんはしていく事になる。攻略に関するギルドの運営は、団員の多くが替わってくれているので安心だ。
前回の第一層から一緒にいたジュリウス達もギルドに入っており、彼を中心にギルドメンバーは統率されている。ロニエやティーゼ達はキリトさんを尊敬しているらしく、よく剣の稽古を申し出ていた。
教えるのはキリトさんの方が上手いから気にはならないけど、それでも彼が女の子と親しく話してるのを見ると……こう、そこはかとない嫉妬が芽生える。まぁ、別に疚しい事をしている訳では無いのは理解しているし、キリトさんも何だかんだでボクを大切にしてくれてるから別に良いのだけど。
そんな感じで休暇を過ごして約二週間。現在の最前線は五十三層、あれから二層分のボスを斃して進んだ事になる。ボク達が攻略から一時離脱していて攻略情報を回せないので、その分攻略速度も落ちている、これで回していたら休暇をしていないと思われるからだ。副団長として口約束だとしても守らなければ団員達に示しがつかず、信頼を失ってしまうから、少し心苦しいが皆に頑張ってもらっている。
「……ふぅ……」
けれど、これはこれで良かったかも、と副団長の自分に宛がわれている机上の書類に目を通し、息を吐きながら思った。
今まで攻略や情報収集、それらからどのように戦うべきかをずっと指示してきたからか、イマイチ不測の事態への対応力に欠ける部分があるのは確かに否めない。それはボク達が情報を回し過ぎたから、あまり自分達で考えなくても良いようにしてしまったからだろう、守ろうとした事による弊害だ。これはボス戦で致命的になりかねないので、現時点から克服できるのならばしておきたい。
それを考えればディアベルから提案してくれたのは都合が良かっただろう、ボク達から言っては反感を生んでしまっていた。
しかし最初期の頃に前々回SAO終盤で取っていた攻略方法を教え、ここ一年ほども繰り返していたお陰か、前々回にキリトさんが失踪した時と比べて早い方だ。あの時はキリトさんが【嘆きの狩人】だったことと失踪による士気の低下、ボクも最強と呼ばれてなかったから当然かもしれなかったけど……
目の前にあるギルドに対する依頼書を検分、内容ごとに分けていく作業をしつつ、そんなことを考える。
ボクが今いるのは二十二層の南端にある《十六夜騎士団》本部の団長室だ。そこに依頼書を置いて振り分け、それらをギルド受付に持っていく、それをするのがボクとキリトさんの仕事である。最終決定権はボク達にあるので、その依頼がギルドの方針に沿うものかを見ていくのである。
却下依頼もあるにはあるが、そこまで数は無い、ただ来た依頼の内容や数、傾向からメンバーへ対策するよう呼び掛けたりする事が殆どとなる。偶に他のギルドからギルド名義で依頼が来る事もあり、そちらは優先的にボク達が、もっと言えば団長のキリトさんが対応する事になる。
これは攻略に参戦している間もしていた。ボク達はキリトさんの装備効果によって取得経験値量が膨大で、少しの時間の狩りでもいいからだ。
他の皆はそうはいかないし、ボク達が短時間でレベルアップ出来る事を気付かせたくもないので、ボク達は攻略の際はあまり皆と組まない。
勿論キリトさんとボクの連携に割り込めないからというのもある。ボク達は曲りなりにも三年半はデスゲームで一緒に戦ったし、実質二年近くはほぼずっと一緒に戦っていた、だから連携がボク達の間で完結してしまっている弊害だ。これもどうにかしないといけないなと思っているのだが、如何せん他の皆の実力とステータスがまだ追い付いていないので、少しやり辛さを覚えていた。
まぁ、それが原因で今は攻略を外されているのだが……
で、時間が余りがちなボク達がこの仕事をするのだ。キリトさんはそういう書類分けはリアルや前世でも五大企業の統括長として手馴れているので、作業も速い。
「……こっちは終わった。ユウキはどうだ?」
「相変わらず速いねぇ……もうちょっと待って……………………よし終わった!」
「ン、お疲れ。じゃあ少し休憩した後、息抜きにこの層を散歩しないか?」
漸く数時間に渡る書類仕事が終わり、実際は無いが凝っているかのように現実世界と同じように伸びをしているボクに、何と散歩のお誘いをキリトさんからしてきた。
今までこんな事は無かったのに、一体どんな風の吹き回しなのか……
……でも、これは良い方向に傾いている兆候なのだろう。攻略から離れて、でも人の為に働き続けるだけの余裕を持てているから、キリトさんの精神も少しは落ち着いてきたのかも知れない。前回のSAOで酷く傷ついていたし、こういう余暇的な誘いはほぼボクから言わないといけなかったから、それを考えればとても良い傾向だ。
純粋に嬉しいと思う。意識的にか無意識的にかは知らないが、少しでも、今のこの平和を謳歌しようとしているのだから。
たとえ一時的な、偽りの平和だとしても……
「いいね! あ、じゃあさ、あそこ行こうよ! ボクとキリトさんが結婚指輪を交わしたとこ!」
前々回、この層の林を抜けた先の茜色の夕焼けの下で指輪を交わし、誓い合った。その誓いをキリトさんは破る事も多いけど、それでも許してしまう。人のために動いていて、それはもう直せないと分かっているし、キリトさんらしいと思っているからだ。
いや、それでこそこの人なのだろうと思う。きっとダメだと束縛しても、この人の事だ、ボクが用意した鳥籠から無理矢理にでも抜け出して、どこかへ行ってしまうに違いない。じっとしてるのが苦手な人だから確実だ。
……その根幹は、何とも物悲しいものだけど。
ボクの想いに気付いた訳ではないだろうけど、キリトさんは少し顔を赤くして首を縦に振った。恥ずかしがる顔もまた珍しい……今日はもしかすると、良い事があるかも知れないなと思った。
数分の休憩を挟んでから、ボク達はギルド本部を出た。見たい景色は茜色の景色であり、まだ夕刻には至らないので、村の方で時間を潰す事にした。
「はぁ…………二十二層って、やっぱり長閑で良いよねぇ……」
「アクティブ、ノンアクティブ問わず一切のモンスターがポップしない設定みたいだからな……」
攻略で疲れてたり、精神的に緊張していてささくれだった心を、この層の雄大な自然は解してくれる。たとえこの世界がゼロと一の二進数によって構成される仮想世界だとしても、ここはボク達が確かに命を懸けて生きている世界、現実世界と何ら変わらないから、この感動だって本物で、この感想も決して間違ったものでは無い。
前世で生きた妖精郷も美しかったが、やはりボクが生きたもう一つの世界の大本である本物の浮遊城の方も、とても美しかった。辛く、悲しく、残酷な世界ではあるが、それだけでは無い事をボクは知っているから、きっとこの世界を生き抜いて生還したとしてもまた仮想世界に踏み込むのだろうなと思った。
「……ね、キリトさん、ユイちゃん達の事なんだけど……訊きたい事があるの」
「唐突だな……何だ?」
「ユイちゃん達を現実世界で顕現させるとしたら、どれくらい掛かるのかな……」
「……」
ボクがこの世界を嫌いにならず、同時にまた訪れるだろうと確信している理由の一つであるユイちゃん達……MHCPというトップダウン型高性能AIであるものの、ボクとキリトさんの確かな娘達。彼女達はデータとしての存在だから、現実世界では触れ合えない、それが溝となってしまわないかと少しだけ怖くも思っている。
ボクの問いに、キリトさんは少しだけ目を見張り、続けて真剣な表情と眼差しでボクを見てきた。
「……正直、俺にも分からない。ユウキは知ってるだろうけど、肢体不自由な方や《メディキュボイド》等を利用する方、それに無菌室から出られずに寝たきりの方へのアプローチとして義体を用意するという案はずっと前からあるにはあるんだ。でもプログラム構築に始まり、視聴覚双方向通信プローブの制作だってSAOに入る前、漸く研究議題として現実味を帯びた段階だった……」
「……そっか……」
ボクが生きていた前世に比べれば、まだ研究は速いと言えるのだろう。ボクが死ぬ直前頃……すなわち二〇二六年一月中頃、前世の《桐ヶ谷和人》が学校の友人達と倉橋先生とで協力して作り上げたのがそれで、まだ研究段階の代物だったという。
SAOに入る前からそれの研究が現実味を帯びて進められていたという事は、少なくとも三、四年分は研究が速く進んでいるという事だ。
だが、義体というものを用意するには、それだけでは足りない。人間の五感のうち、最も再現しやすい視覚と聴覚しかまだ補えていないのだ。味覚、嗅覚、そして最も難関な温痛冷覚を初めとした触覚を再現するには、まだまだ研究しなければならないだろう。それだけで何年掛かるのか、完全な門外漢であるボクには到底予測すら出来ない世界だ。
そう落ち込むボクだったが、しかしキリトさんはだが、と前言を否定する言葉を続けて発した。
「今までと違って、この世界にはISというものがある、アレは三百六十度全方位を三次元立体的に把握するハイパーセンサー、人間の電気信号を効率よく伝達する機構、更には心身機能やホルモンバランスを整える機能まで存在する。それらとこのフルダイブ技術、つまりIS技術とVR技術を組み合わせれば、義体作成もそこまで時間は掛からない筈だ」
「……そうなの?」
「流石に明確には断言出来ない、俺にとってもまだ未知数な領域なんだ。電気信号を電子の世界でアバターを動かす信号に変えるプログラムと義体を動かすプログラムはデータ構成からして異なるし、配線とか電盤の設定も別にしなければならない、更には重力や平衡感覚への感触も別に確かめなければならないから……余程の事が無い限り十年は掛からないだろうけど、それでも数年は要するだろうな。俺達がSAOで戦っている間にどれくだい研究が進んでいるかにも依るけど……」
「……難しい話だね。キリトさんってそんな世界も生きてるんだ」
全然そっちの知識を持っていないボクからしたら最早スパイの暗号にも等しい言葉の羅列をそう評すると、少しだけ背が低い彼は真剣な顔に微笑みを浮かべた。
「俺が自ら選んだ道なんだ、嫌とは言えないよ……それにユウキが無理に付き合う必要の無い道だから。ユウキはユウキの思うが侭に生きれば良いんだ」
「……そっか」
その道を進んでいるせいで、どれだけ苦しんだのか自覚しているのだろうかと、笑みを浮かべながら短く返答しつつ胸中で呟く。多分この人、自覚無い。
それにしても、ボクの思うが侭に、か……ボクの夢は、キリトさんと幸せになる事だけど、それは具体的には何なのだろうか。
ISが広まり、女尊男卑という世界観から違うとしか思えない風潮が蔓延する現実世界は、男性であるキリトさんが生きるには少し辛い。それを助けるくらいしか出来ないだろうけど……権力も碌に持たない子供であるボクに、一体何が出来ると言うのか。
今はまだ子供だから良いかも知れないが、現実に戻ったら将来を見据えて生きなければならない。現実の世情を知れない今、将来を見据えるのは難しい事だが少し考えておいた方が良いだろう。幸いボク達にはSAO生還者学校に通える事が分かっている、それを踏まえてどう行動するべきか、今の内に考えておくべきかも知れない。
それとなく皆にも促しておこうか……先を見据えれば、戦う活力にもなり得るかも知れないし。しかし将来に絶望して剣が鈍ってしまう事も考えられるからなぁ……
中々、人生というのは思ったようにはいかない。
それからは他愛のない会話をしながら村の武具屋を冷やかして行き、時間を潰した。途中、低性能の武器を使って高層を進んで熟練度上げをする為に武器屋でキリトさんが安物の片手直剣を購入していた。危険ではないかと思ったがボクも一緒に行く事前提のようなので、それ以上は何も言わなかったけど、また無茶を考えたものだ。
ちなみに、黒猫団との接触の時、キリトさんは《二刀流》スキルを鍛えていたらしい。助ける時は一刀に戻したらしいけど。現在の熟練度は、もう少しでコンプリートしそうな感じらしい。つまりその追い上げの為に低性能の武器を購入したという事なのだろう、彼のステータスでは敵の方が保たなくて碌にスキル上げも出来ないから。
村を回っていると、新聞を売っている情報ギルドに会った。ボクは頻繁に買いに来るので、貴重な常連客らしく、顔を覚えられていた。
「あ、ユウキじゃない! 元気にしてる?」
「うん、毎日元気だよ!」
外に跳ねた蒼髪に赤い瞳を持つ少女の名前は、カタナ。本名らしいけど、別にバレても特に支障は無いらしい。世襲制の家で、跡目を継ぐと第~代目何々~と名前も継ぐらしいからだ。それでもこれが本名とは他言無用と言われているのだけど。
何故そんな事を知っているかは、彼女の精神的なケアを《十六夜騎士団》で担当したからだ。その中でも特にボク達は彼女から信頼を寄せられている二人である。
キリトさんは訳あって当初物凄く警戒されていたが。
「あ、キリト君も。久しぶりね」
「そう、だな。カタナも相変わらずのようで良かった」
「当然よ、情報収集は私の十八番なんだから! あ、そうそう。二人に聞かせたい話があるのよ。二人はこの層に出るっていう噂の『幽霊の女の子』って知ってる?」
「「ッ?!」」
ボクとキリトさんは息を詰めた。表情はまったく変わらないけど、一瞬だけ呼吸が止まった。
その話がガセでなく、ボク達の予想通りなら…………
ボク達が思わぬ情報に瞠目した様子を、どうやら彼女は噂について何も知らずに驚いているという風に勘違いしたらしく、知らないみたいねと呟いた。確かに初耳ではあるが、その実態については知っている、でも話す訳にもいかないのでこのまま流す事に決めた。
「数日前から広まってるんだけど……南の森の奥深くにね、出るんだって。白いワンピースに黒髪の女の子と、黒いワンピースに銀髪の女の子の幽霊」
「……なんで幽霊だと? 理屈で言えばあり得なくないか?」
「さあ、そこまでは。もしかすると既に亡くなってる方の魂がナ―ヴギアに宿って、夜な夜な彷徨っているんじゃ……とかいう説があるけど、多分それは無いわね、この世界はデジタルコードで作られてる世界だし。ちなみに夜遅くまで作業してたウッドクラフトの話よ。信憑性はちょっと欠けるけど、暇潰しにはなるんじゃない?」
「そう、だね。うん、行ってみるよ。ありがとカタナ」
「良いって事よ! 困った時は、お姉さんに任せなさい!」
ちなみにカタナは一時期ボク達のギルドに入っていたけど、攻略関連の情報はアルゴさんが纏めてしまうので、彼女は娯楽関連の情報に回るために情報ギルドに転属した。 最前線から離れてしまうには惜しい実力者だったけど、彼女自身で決めた事だし、彼女が回す新聞は結構面白いので不満は無い。娯楽に飢えているから、ぶっちゃけ助かってたりする。おかげでストレスを溜め込んで問題行動を起こす団員が居ないからだ。
ちなみに、カタナは《長槍》の名手であり、キリトさんから直に鍛錬を施されたが殆ど必要としないくらいの強さを誇っていた。でもシステムに慣れていない部分があったので、そこで彼女は実力を十全に発揮出来ていないようだったが。
カタナと分かれた後、ボク達はもう少し村を回ってから森に入った。方角的には戻ったと言うべきかも知れない。
「ね、どう思う? やっぱりユイちゃん達も……」
「だろうな」
ボクの言葉の後には、『前回までの記憶は無いかな?』という続きがある。それを彼は正確に読み取り、返してくれた。やはり彼も、彼女達が記憶を持っているとは考え辛いみたいだ。前回は記憶を持っていたが、今回も持っているとは限らない。
しばらく森を探索していくにつれ、陽が傾いてきた。仕方ないので、当初の目的地に向かう。
林を歩き、それも途切れると、記憶にある――――しかし何倍も綺麗だと思える光景が目に入った。茜色の夕陽が丁度真正面に来て、周辺を染める。空も茜色をしており、それは【紅玉宮】から見えた夕陽を想起させた。
自然と、涙が流れてしまう。
「ユウキ……?」
「ごめん、キリトさん……紅玉宮から見た夕陽を思い出しちゃって……」
思えば随分と、あれからも長い間戦い続けているものだ……
「ああ……前々回の……確かに、あの時の光景に似てるな…………思えば、随分遠くまで来たな……」
彼の言葉に、ボクは頷いた。本当に、遠くまで来た。たとえ逆行しても、ボク達の心は今までずっと、この城に囚われているのだ。何年も戦い続けている、この城に。美しくも、残酷なこの鋼鉄の浮遊城に。
二年間戦い続けてクリアした前々回、途中で死んでしまった前回。そして、その二回とは違う、死者を減らすために今まで以上に尽力している今回。合計年数で言えば既に四年は過ぎている。逆行も入れれば十年近い。
それだけの間、ボク達の魂はこの城で生き続けている。
自然と手を取り合い、ボクは彼の左肩に頭を預けた。少しだけ小さな彼は何も言わずにそれを受け止めてくれた。
このままずっと、平穏の中にいたい。もう戦いたくなんて無い。
そう思ってしまった。どうやら自分は弱気になってしまっているらしい。キリトさんが死ぬ……消えてしまうと考えると、どうしても怖くなる。自分にとって、彼はかけがえの無い存在なのだ。
「キリトさん……もう、無茶しないで……」
「……ああ。今度こそ、この城を完全制覇して、帰ろう。俺達の……現実の、世界に……」
「……うん……」
今度こそ……本当に今度こそ、この世界から脱出出来ると信じて。クリアして戻るなんて事も、もうしたくない。この世界を今度は完全なハッピーエンドで終わらせて、生き残ってやる。
そう心の中で誓った。
――――がさっ
「「ッ?!」」
……と、その時。後ろからガサガサと草が揺れる音が聞こえた。反射的に距離を取りつつ後ろを見ると、二人の少女と一人の女性がいた。
長い黒髪に白のワンピースの少女と、その子と対照的に長い銀髪と黒のワンピースの少女。そして緩くウェーブが掛かった薄紫の髪に露出の多い濃い紫の服を着た女性。腰には同色の大剣まである。
三人を見て、ボク達は固まった。その三人はさっき話に出ていた、愛する娘達だったから。
「……ユイちゃん、ルイちゃん、ストレア……」
「……また、会ったな……」
「「「ッ!!!」」」
柔らかな笑みを浮かべたキリトさんの言葉に、三人は涙を流しながら抱きついてきた。小さく震えている彼女達を、ボクとキリトさんは涙を浮かべながら受け止める。
「パパ……ママ……! 本当に、パパとママなんですよね?!」
「うん…………ごめんね、ユイちゃん……」
「ほ、本当だよ……! 二人とも、死んじゃったんだよ?! あの後、どれだけアタシ達が哀しんだ事か……!」
「ッ……やっぱり記憶持ちか」
ボクもキリトさんも死んだ過去を知っているという事は、前回の記憶を持っているということだろう。
目が合ってすぐに抱き着いてきたから分かっていたが、ボク達が死んだ後の世界について顔をくしゃくしゃにしながら涙を流す三人を見れば、やはり良くない結果に終わってしまっていたらしい。
「ごめん……ごめんね……」
「……悪かった……」
「「「ううっ……う、あぁ……!!!」」」
かつて夫婦の誓いを交わした場所で、数年ぶりに娘達に会った。彼女達は坊田の涙を流し、ボクも娘達同様、涙を流し続けた。
嬉しさと、哀しさがない交ぜになった涙を……
*
「それで、ユイちゃん達はやっぱり、ボク達を……?」
「はい。今回のパパ達の行動もバッチリ見てました。カーディナルの目を誤魔化すのに時間が掛かってしまいましたが……」
前々回も前回も、SAOに起こったバグにカーディナルシステムが対処に追われたからこちらに出て来られただけで、今回はそれはまだ起こっていない。それだけ大変だったのだろう。それをも突破してしまう三人の演算能力には心から脱帽させられる。
この子達の心を傷付けてしまった……それを、ボクはずっと忘れない。もう二度と傷付けたりしない……!
「……三人とも、教えてくれ。前回のアインクラッドはどうなったんだ……?」
「……父さん達が死んでから、ヒースクリフは自らの正体を明かした。それによってアインクラッド全体は絶望に包まれた。最強の二人が挑んで勝てなかった相手にどうやっても勝てないと思って……次々と自殺者が出たよ。最後まで戦ってたのは父さんと親しい攻略組だったけど、それも全滅。次々と死んでいって、SAO事件から三年後に全プレイヤーが死亡した。一番最後まで残って、ヒースクリフが決闘をした最後のプレイヤーは……父さんのお姉さん、リーファだよ」
「ッ……! そう、か……俺のせい、だな……」
「ボクのせいでもあるね…………皆と協力さえしていれば……」
キリトさんもボクも苦い顔で呟く。それだけの事があったのだ、今度はもう絶対に起こさせない。繰り返す事は許されはしない。
《スリーピング・ナイツ》の二代目リーダーとして、そして今世の《十六夜騎士団》副団長として、皆を死なせる事なんてボクの矜持がこれ以上は許さない……もう二度と、失敗してなるものか……!
苦い表情をしながら心の中でそう決意していると、不安に感じたのか三人は涙を浮かべたまま表情をまた歪めた。
「お父さん、お母さん……もう、絶対に、無茶しないで……」
「……どれだけの人が悲しんだか、分かってる……? もう、嫌だよ、あんなの……」
「もう絶対に死んじゃダメですよ! パパ、ママ!」
「うん……もう絶対に……」
「ああ……次こそ、今度こそ、この世界を終わらせよう……出来る限りの良い終わり方で……」
こうして、絶対に死ねない理由も増えた。もう死ねない。次こそ、この世界を終わらせるという決意は更に強固なものになった。
彼女達の存在は、心を暖めて癒してくれる。
だからこそ守ろうと思った。今度こそ親として彼女達を護り、導く。それがボク達の義務であり責務だ。
ちなみにこの後、ホームに帰ってから三人の紹介に窮し、結局彼女達が自らMHCPというAIである事を明かし、どうして自分達がボク達の娘となったのかを前々回で言っていた経緯を口にして皆を納得させてくれたので、騒ぎにはなったものの問題にまで発展する事は無かった。
はい、如何でしたでしょうか?
今話の途中で入ったユイ達の義体について、これは賛否両論あると思いますが、ISの技術を流用すれば可能であると思っています。逆に言えばISが無ければ実現は数十年を要すると思っています。
ISは原作で無人機が登場します、つまり無人機を人型ロボットにすればユイ達の義体になる訳です。が、感覚系は全然です、そもそもISはパワードスーツなので視覚と聴覚しか補えない訳ですね。
対してSAOでは、キリトの言う通り重力や五感の研究がまだまだな段階で、義体として完成してませんが、ISに比べれば感覚系の方は多少進んでいると思われます。少なくともフルダイブハードが脳からの信号を全て正確にキャッチし、電子信号に変えて仮想世界で感覚を現実のもののように再現していますし。
という訳で、この二つを組み合わされば出来るのでは、という考えの下、この会話をしました。
でもまだ構想の段階なので、現段階で義体を用意する事は流石に不可能な状態で、しかも現実でどこまで研究が進んでいるかは分からないので、断言されていないです。
そして今回、三度目の娘達との邂逅です。前回の記憶を引き継いでいるのでそこから一気に雰囲気が悲しくなりました。
オールユウキ視点でしたが、逆行SAOでの弊害で暗い方に思考が偏っています。
原作アスナと本作ユウキが会ったら、どうなるんでしょうか……多分原作アスナに本作キリトが責められるんだろうな……
ではそろそろ次回予告です。
家族が揃い、平穏な時間を過ごしていたキリト達は、攻略が第七十層に入った事を祝うためにパーティーへ駆り出された。《料理》完全習得組としてユウキ、アスナと共にキリトはその腕を振るい、パーティーに参加した。
攻略に携わるメンバーが勢揃いし、各々が楽しい一時を過ごす中、キリトはある事について熟考を重ねていた。
それはキリトにとって切っても切れない、因縁についてだった……
次話。第八章 ~《笑う棺桶》掃討作戦~
次回は9月2日午前6時に投稿予定です。
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第八章 ~《笑う棺桶》掃討作戦~
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
タイトルから分かる通り……ですが、最初は予告に書いた通り、パーティーです。キリトが《料理》組として駆り出されます。
本作ではキリトがSAOで《料理》スキルを完全習得した第一人者ですので、アスナより上という訳です。平行SAOではユウキが二番目、三番目にアスナという訳ですね。
このパーティーは《ホロウ・フラグメント》のパーティーを参考に書き上げています。
ではどうぞ。
ちなみに、《笑う棺桶》は《ラフィン・コフィン》と読みます。
第八章 ~《笑う棺桶》掃討作戦~
デスゲーム開始から一年五ヶ月。最前線は七十層。キリト達が最前線から一旦退いて、もう二十層も進んだ。その間にも多くの出来事があった。
まずいきなり子供が三人も現れた事だ。前回までなら誤魔化していたが、今回は二人も誤魔化さなかった。三人をMHCP……AIだと伝え、自分達の前に現れた理由を前々回と同じので話した。
ギルド、および攻略組には真相を伝え、他のプレイヤーにはチャイルドシートというシステム的に与えられる子供という設定にした。実際にシステムとして存在しているらしいため、あながち間違ってもいない。まだ二人は未経験だから条件の一つを満たしてないものの、ユイ達がいるから別に良いかと思っていたりする。二人ともそっちにはまだ興味が無いし、そちらに興味を向けられるほど余裕がある訳でも無いからだ。
最初こそリンドやキバオウが奇異の目で三人を見ていたが、今ではユイ達にも普通に接するようになった。ちなみに、ルイはキリトに、ユイはユウキに懐いており、行動の節々がそれぞれと似ている。本当の親子と見紛うばかりで、改めてキリト達が本当に最年少組なのか疑われるようになった。ストレアは二人共に懐いているのでどちらにも似ている。
当然だが、三人を迎え入れた段階で三人を黒鉄宮地下の迷宮最奥にあるシステムコンソールに行き、三人のMHCP権限を凍結。ユイが所持していたGM権限の規模を縮小しつつ三人全員にコピーした。なので相手やボスのステータスをある程度参照出来るのだが、こは流石に他のプレイヤーには秘匿事項となっているので、知っているのは親子五人とヒースクリフこと茅場晶彦の六人のみとなる。
続いてクリスマスイベント。これにはGMであるヒースクリフを除けば、そのタネと実物を知っているキリトとユウキのみ乗り気ではなかった。前回の記憶があるため、二人とも行きたくなかったのだ、嫌な思い出しかないから。特にキリトにとっては最早トラウマを呼び覚ます根源なので見向きもしなかった。
結局蘇生アイテムを取得したのはアスナ。モミの木の座標は変化していなかったので、キリトとユウキのヒントを頼りに探し当てて入手に至る。ボスである《背教者ニコラス》は、前回キリトが相手した時の壊れステータスでは無かったため、特に死者も出ていない。
この日に、キリトとユウキは同じく興味をあまり持っていなかったリズベットと共に五十五層の南の山へ赴き、クリスタライト・インゴットを取得。【闇を払う者(ダークリパルサー)】を鍛えてもらい、チート装備を使用しなくても《二刀流》の本領発揮が出来るようになった。
それまで所持していた【ダークネスロード】と【シャドウリーパー】も相当な業物なのだが、《二刀流》スキルに武器の耐久値が耐えられない事が多々あり、スキルをあまり使用できないという問題があった。今回のこれでその問題は解決したので、今まで以上に《二刀流》スキルを使えるだろう。
そして最後。これは凶報となる。
キリトとユウキが記憶する中でも最悪に入る集団、殺人ギルド《笑う棺桶》の結成告知が、大晦日の夜に情報屋に伝えられたのである。見せしめのようなものとして、《シルバーフラグス》という十人規模の小ギルドが、リーダー一人を残して殺された。その一人は情報屋へ伝える為に残された。現在から約二ヶ月前の事だ。
攻略組は少し軽く考えていたのだが、攻略組メンバーにも被害が入り始めた。既に《聖竜連合》と《血盟騎士団》にも三人ずつ被害があり、各ギルド長は漸くこのレッドギルド《笑う棺桶》を警戒が強く必要だと捉え始めた。無論、キリトとユウキは初めから厳重警戒を発し、必ず二パーティー構成で回復アイテムを常備させ、状態異常に耐性効果があるアクセサリーを渡したり、状態異常防御効果を底上げするスキルの取得を呼び掛けていた。それが功を奏し、未だに《十六夜騎士団》に死者は出ていない。
《笑う棺桶》は最前線迷宮区には姿を現さない、少なくとも、今はまだ。大体は下層に下りた時に狙われるのだ。この犠牲になった六人も、素材集めに下りた時に襲われ、殺されたのである。下層に攻略組である自分達を殺せる奴はいないという慢心が招いた結果である。
攻略組メンバーすら殺せる強さを持つ事に動揺した者は多かったが、攻略を止める訳には勿論いかないので、キリトが奮起して攻略を無理の無い範囲で進めた。これで他の皆も追従する形となる。自分よりも幼い子供が戦っているのに、ただ話に聞いただけで恐れてどうすると自らを奮い立たせて。
そして攻略は続き、六十九層を無事攻略した。暗いニュースもあるが、明るいニュースの方が圧倒的に多い為、十層ごとに開く事が恒例となったパーティーが開かれることになった。
そこで、キリトはとある話し合いを持とうとしていた。
***
「それでは諸君、飲み物は行き渡ったかね? ……大丈夫のようだ」
「だな。んじゃ、キリト。音頭頼んだぜ!」
ヒースクリフの確認に全員がグラスを持ち、クラインがそれに頷いて俺に振ってきた。
……え。
「……え、お、俺なのか?! 聞いてないんだが?!」
「オイオイ、攻略組のトップはほぼお前で、このパーティーは攻略記念のやつなんだぜ? お前以外に適任が居るかよ」
「今までヒースクリフとかクラインがやってたくせに……はぁ……えー……それでは、これから七十層到達パーティーを始めたいと思います! それでは皆さん、ご唱和下さい! せーのぉッ!!!」
「「「「「第七十層到達! おめでとう!!!」」」」」
パン、パパンッ! と用意されていた素材、製作過程不明のクラッカーが鳴り、全員で唱和が為された。
今日に限っては無礼講、たとえギルド長だろうがとっつきにくいプレイヤーだろうが、今だけは関係ない。現に、あのヒースクリフに笑いながら話しかける剛の者までいる。ちなみにクラインとエギルは真っ先に話し掛けていた。
後方支援のお陰で相当広くなった《十六夜騎士団》ギルドホームの大ホールで大きなテーブルを置き、そこで様々な料理をするパーティーが開かれた。
言いだしっぺは俺、料理を用意したのは俺とユウキとアスナの三人。ユウキは前回までが悔しくて、アスナは負けたくないかららしい。最初期に俺の料理を食べて、少し対抗心が刺激されたようだ。
相当な量を作っているが、瞬く間に無くなっていく。しかしかなりの量を作り置きしたので、まだ厨房に再び立つような事態にはならない。下層プレイヤーにコルを払って配膳のバイトを任せたので、攻略組が裏方に回ることも今は無いだろう。
俺はそこそこ料理を食った後、グラスをジョッキに持ち替えて、アルコールが入っていない酒を飲んでいく。甘い炭酸水を混ぜたオリジナルで、そこそこイケる味となっていた。
「よぉキリト! 七十層攻略到達、おめでとさん!」
「ああ、おめでとう、クライン。これまで最前線で戦ってきて生き残ってるんだから、今思えば中々に感慨深いな……」
「確かになぁ……思えばあれから一年と少し……今もこうして一緒にいられるのも感慨深いじゃねぇか、なあ?」
「そうだな。クラインは最初期、フレンジーボアを中ボスと思って戦うニュービーだった。そう考えると相当成長したよな、クラインは」
「当ったり前ぇよ! もっと成長して、でけぇ男になってやるぜ!」
快活に笑ってそう言うクラインは、俺にとっては眩しく見えた。闇を持った俺とは違う、純粋な心と魂を持っているクライン。本当に、成長したな……
そんな感慨を覚えつつ、俺とクラインは別れた。
続いてディアベルとキバオウがやってきた。
「やぁ、キリト君。楽しんでるかい?」
「そこそこ。やっぱり多少はしゃぐのも良いかも知れない」
「なんや、最近疲れとるようやから様子を見に来たんやけど、元気そうやないか」
「お蔭様でな」
そう言って少し笑う。キバオウとは完全に仲良しとまではいかないが、今回のSAOではリーダー格の一人としてよく意見交換や情報交換をしているのでそこそこの関係を築けている。仲間思いなキバオウはとても仲間から信頼されているらしく、ディアベルも右腕に置く程だ。
そのまま二、三言話し、俺は移動した。リンドは俺を避けているので、今度はヒースクリフに出会う。
「キリト君か。こうして話すのも、少し久しぶりかな?」
「そうだな。最近、俺は最前線にあまり出ないし、ボス攻略にはずっと出てないからな。いい加減に戻らないと勘が鈍りそうだよ」
「そうかね。まぁ、そろそろ戻った方が良いとも思う、あともう少しでスリークォーターだからきっと強いボスが居るだろう。私からディアベル君に進言しておこう……ところで、この後に、重大な話があるとメールをくれたね?」
ヒースクリフが突然、声を小さくして話し始めた。メールは全ギルド長に回しており、内容はまだ明かしていない。とても大切な話だからだ。
「ああ、それはまだ話せない。ただ攻略に関して避けて通れない案件だ」
「ふむ……わかった、心の準備をしておこう」
そう言ってヒースクリフは別の場所へ行った。
その後、俺はギルドメンバーやアルゴと様々な話をした。主に俺とユウキのタッグ攻略や師弟関係の話だが。それをカタナが取材に来ていたので、相当娯楽に飢えているのだなと思った。
ケイタ達やグリセルダ達とも話した。彼らも最前線で戦うことも多くなっているので心配になっているのだが、杞憂に終わっているようだ。このまま生きていて欲しい。
そのまま時間は流れ、料理も減って宴もたけなわとなってきた頃にギルド長だけを集める。俺から話があると通達されているので、それに困惑は無いようだ。
「皆、集まってくれてありがとう。このパーティーを開いた理由、それは七十層到達を果たしたからだけじゃない。ここに全ギルド長を、安全にかつ確実に集めたかったからなんだ」
「キリト君、それはどういう事かな? まるで普段だと我々に危険があると言っているように聞こえるが」
「そりゃそうだ。ここにいる全員、攻略ギルドの頭であり、名の知れたプレイヤー。一人でも欠ければ士気は下がり、総崩れとなる…………俺がここで話すことは、最近活発になっているギルド《笑う棺桶》についてだ」
「「「「「ッ……!」」」」」
全員が息を呑んだ。俺だって緊張している。ユウキがいないので、過去の俺に引き摺られそうになるのだ、ここで殺しを推奨するわけにはいかない。
「既に攻略組にも被害は出ている。このままで続けては士気が下がり、攻略速度も落ちるだろう。このままのペースなら二年が経つ頃にはもうクリアとなるけど……」
「しかしその者達が黙っているわけが無い、と……?」
ヒースクリフの問いに、俺は静かに頷く。
「その通りだ。実際、俺も奴らと接触している」
「えっ?! キリト君、よく無事だったね?!」
「ユウキがいたし、なんとかなったんだけど……その時、首領のPoHが言ってたんだ。『殺しはSAOプレイヤーに与えられた特権であり、実際に殺すのはナーヴギアと茅場晶彦。だったらゲームらしく、殺しを楽しもうじゃねぇか。ゲームクリアなんぞされても有難迷惑なんだよ』って」
「なるほどな、そら絶対に妨害してくるわ。しかも最悪な方法で」
「ンなことさせてたまるかよ!」
キバオウがしかめっ面で言い、クラインも同調する。
「それで、キリト君はどうしたいのかね?」
「……俺は、《笑う棺桶》を潰すべきだと考えてる。だからそのために、この場を設けた。まずはギルド長にだけ話して、情報が漏れないように……」
「ふむ……それは監獄に送ることが最優先なのかね?」
「ああ。とは言え、相手は殺しに躊躇いを持ち合わせていない連中だ。最悪、殺す事になるかもしれない。クリアした後も考えると、監獄に送った連中に関しては頭が痛くなるけどな……」
ヒースクリフの質問に、俺も答えていく。だが本当に頭が痛くなる話だ。
「で、まずは聞きたい。皆はこの掃討戦に参加するか? 《十六夜騎士団》は…………いや、最悪俺だけでもするつもりだ。これ以上攻略を遅らせる訳にはいかない」
「《アインクラッド解放軍》の方は参加するよ。けど本隊じゃなくて、後方支援の方でね」
ディアベルが答える。ちなみにシンカーは来ているが、ディアベルの配慮によってパーティーの方で楽しんでいる。
彼は普段、ディアベルよりも仕事をこなしているし、そもそも彼の場合は戦う畑が違う。彼の代理のようなものとしてキバオウが来ているので別に構わないし。
「《風林火山》も参加だ、協力は惜しまねぇぜ」
「《聖竜連合》も同じくだ。仇は取る」
クラインとリンドもやる気を見せている。少々リンドが危なっかしいが、それは周りが止めれば良いだろう。
「《血盟騎士団》も参加させよう。ただ、私は攻略のためにマッピングを続けようと思う、掃討戦だけにかまけるわけにもいかないのでな」
「そう言うと思ってたよ、ならヒースクリフは引き続きマッピングをお願いする。それで、ケイタやグリセルダはどうする? 強制はしない。命の危険が今回は大きすぎる」
「……悪いけど、黒猫団は参加しないでおくよ。まともに立ち向かえるとは思えない」
「こっちもよ。ちょっと怖がりな子もいるし、お言葉に甘えて参加は遠慮するわ……ごめんなさいね」
「いや、構わない。なら《月夜の黒猫団》と《黄金林檎》はヒースクリフと一緒に攻略を進めてくれ。ヒースクリフ、頼めるか?」
「なるほど、彼らとの協力でPKを阻止するのか……了解した」
ケイタとグリセルダも辞退したが、それで良いとも思う。彼らは殺し合いを知らなくて良い。自ら危険に入る必要は無いのだ。
「じゃあ参加は《十六夜騎士団》、《血盟騎士団》、《聖竜連合》、《風林火山》、《アインクラッド解放軍》の五つが主だな。この作戦の詳細は随時、各自へメールを送る。決して他者に漏らさないようにしてくれ」
「それは良いけど、キリト君、アジトの場所は分かっているのかい?」
ディアベルがそう問うてきた。《笑う棺桶》は他のオレンジギルドと違って巧妙にアジトを隠しているので見つけ辛い、現に今も目撃情報は無い。
だが、蛇の道は蛇とも言う。情報収集ならば手馴れているメンバーがこちらに居るのだから。
「その辺の抜かりは無いよ。アルゴとカタナ、そして俺の三人で場所の特定をしてるとこだから」
「…………ユウキやユイちゃん達が知ったら怒りそうだな、キリの字よ」
「もう怒られてるよ、本気で泣かれもした。けど、納得してもらった上で、俺もやってる」
「お前ぇも懲りねぇ奴だなぁ……」
クラインの苦笑に、俺も苦笑で返す。
実際、本当に怒られた。ユイ達にも怒られた。何度も繰り返してしまうが、理由を話せば怒りを収めてくれた。泣かれてしまった。
これで話すことも終わったので解散、深夜を過ぎても宴は続くことになった。
***
会議兼パーティーから三日後。ラフィン・コフィンの根城と判明した第十層のダンジョンの前に、キリトをリーダーとした【ラフィン・コフィン掃討レイド】が集まっていた。
構成は《十六夜騎士団》が第一~第二レイド。《血盟騎士団》は第三レイド。《聖竜連合》は第四レイド。《風林火山》と《アインクラッド解放軍》で第五~第八レイドとなっていた。つまり四十八人×八レイドなので、戦闘参加人数は合計で三八四人となる。
加えて後方支援組もいるので、実際はもっと居る。
「標的は《笑う棺桶》、メンバー人数は五十三人。首領は黒いポンチョに中華包丁のようなダガーを使う男PoH。ヤツの右腕と左腕として、毒ナイフ使いのジョニー・ブラック、エストック使いの赤眼のザザがいる。この三人以外は、ハッキリ言って、能力的には雑魚だ」
キリトの最終確認を聞いている者達は、何時に無く辛辣なことを言う彼に驚いた表情を向けた。
「ただし、麻痺毒は全員使えると思って良い。だから耐毒POTは絶対に切らすな。捕まえたら目を絶対に離さず、身動きが取れないように拘束する事。また、無力化しても決してそれで油断しないように。その油断が命取り、この作戦とレイドの瓦解する要因になる事を覚えておいてくれ」
続けて放たれた言葉に、全員の気が引き締まる。歴戦の兵であるユウキ達でさえ緊張しているのだから、それも当然だ。
ただし、気を引き締めた者と緊張したユウキ達が抱いている不安は、まるっきり違うものだ。
「……相手は好んで殺人をする奴らだ。今までのオレンジプレイヤーのような奴らとは、訳が違う。最悪、殺す必要があるかもしれない。もしそうなって、殺すのが怖いのなら……俺が、全ての責任を取る」
キリトの言葉に、その可能性を考えていなかった、先ほど気を引き締めた者達は呆然となる。そして同時に、驚愕した。最年少であるキリトが人を殺すかもしれない事に、まったく恐れを抱いていないのだから。
「……恐れを抱いた者は、責めはしない、今からでもレイドから外れも構わない。ここから先は、血で血を洗う死地だ。覚悟が出来てない者はすぐに死ぬ。それでも行くと言うのなら……死ぬ覚悟を、死なない覚悟を……そして、人を殺す覚悟を決めるんだ」
威圧を伴ったキリトの言葉に、全員が息を呑んで彼を見る。しかし誰もレイドを離れることは無かった。殺す覚悟はともかく、殺されるかもしれないことは考えていたのだ、それで逃げる訳も無かった。
それを見たキリトは小さく頷くと、表情を真剣なままにしてダンジョンへ入る。黒と翠の二刀を抜いて、油断無く進む。
予定では第一~第三レイドが中に入り、それ以外のレイドメンバーは外で待機。十分ごとに二パーティーずつ投入という手筈になっている。これは後ろからの挟み撃ちをさせない為の作戦だ。全員が高性能の耐毒POTを使用しているため、余程でないと麻痺にはならない。この大人数では混戦となるとまずいが、基本的に幹部級はキリトが相手をするので、そこまで問題ではなくなっている。拘束するにはこれくらいの人数が最適なのだ。というか過剰なのが丁度いいくらいに警戒しておくべきなのである。
《笑う棺桶》がアジトとしている安全地帯まで来たが、プレイヤーの気配も姿も無い。
それにレイドは混乱するも、キリトは冷静に対処した。
一瞬で跳躍し、壁を蹴って走って最後尾へ。そして一番後ろの血盟騎士団プレイヤーを殺そうとしているオレンジカーソルのラフコフメンバーに斬り掛かった。
よもやキリトが壁走りで対処するとは考えていなかったラフコフは動揺し、そのせいで対応が遅れる。そのメンバーに向かって二刀を構えつつ、キリトは口を開いた。
「殺人ギルド《笑う棺桶》、潰しに来た。出来れば監獄に大人しく入って欲しいんだが……」
「OH……まさか黒の剣士様が直々に掛かって来るたぁな……」
そのキリトの前に、中華包丁のような肉厚のダガー【
「ハッ! 人も殺せねぇガキに従うかよ! 誰が監獄に行くか!」
「お前は、許さない、邪魔……殺す、死ね」
「オイオイ、血気盛んなこと良いが、気をつけろよお前ら……アイツは、俺達と同じ目をしてやがるぜ」
「「ッ?!」」
PoHの言葉に驚愕しつつキリトを見て、その美少女と見紛う少年から発せられる、抑えられた殺気に気付く。そして一瞬、寒気が走った。
「……答えはNO、と見て良いのか?」
「ああ。まだ殺し足りねぇんでな……だから、イイ声で啼いてくれよぉ!!! 黒の剣士ィィィイイイイイイイッ!!!」
「断るッ!!!」
PoHの奇声とキリト怒号に感化され、凄惨な戦いが始まった。
PoHのダガーを弾き、それに逆らわずにPoHは後退。それをキリトが追い、彼の邪魔をするラフコフメンバーをレイドメンバーが抑えていく。ジョニーはフィリアとアスナが、ザザはユウキが相手をすることになった。他の大部分も、イチゴやナツ達が相手をしていく。
PoHとキリトの斬り合いは、出口に向けて走りながらも続いていた。
「HA! やっぱお前ぇは最高だぜ! こんなに殺し合いが楽しいのは初めてだ!」
「なら、とっとと終わらせてやるよ!」
そう言い合いながら死闘を繰り広げていく。
*
掃討作戦開始より三十分。既に殆どのラフコフメンバーを無力化して拘束。残るは首領のPoH一人。
ユウキ達は回廊結晶で五十二人を監獄へと送り、誰一人欠員のないレイド全員でキリトを探す。来た道を戻り、分かれ道となっていたもう一本の道へと進む。
数分歩くと、断続的に続く金属音が響いてきた。それをキャッチしたユウキ達は急いで向かう。行き着いた先はダンジョンの最奥。ステンドガラスや神像があり、教会のような風情の広間。そのエントランスにあたる中央で、HPを減らしつつ戦う二人の姿があった。
レイドメンバーが来た事に気付いた二人は、一旦距離を取って互いを見据える。
「年貢の納め時だ、PoH」
「……どうやらそうみてぇだな……けどな、俺は屈さねぇ。最後は死地で、人間の手で死ぬつもりだ。絶対に監獄には行かねぇし、ここで逃げ切ればまた殺しを始めるぜ」
「…………どうあっても、相容れないようだな……」
「ああ、だから……殺すつもりで……お前ぇの全力で来いよ」
PoHの言葉を聞いて、キリトは諦めの溜息を吐く。そして二刀を構えた。ただし、それまでの構えと違い、PoHを殺すつもりだ。ユウキ達が来れば考えを変えるかと思っていたがそれは叶わず、逃げれば人を殺し続けると言ったのだ。
ならば、自分が汚名を被ってでも殺そうと決めた。既に宣言した手前もあるから撤回などするつもりも無かった。
「……行くぜ……」
「……来い……!」
短く言葉を交わし、それぞれが最強のソードスキルを放つ。
《暗黒剣》最上位二十七連撃《メイト・チョッパー》。それに対してキリトが放ったのは《二刀流》最上位二十七連撃の《ジ・イクリプス》。片や宇宙空間の闇の如き暗闇を纏った肉厚のダガーで斬り掛かり、片や太陽のコロナの如き輝きを迸らせて二剣を乱舞した。
PoHもユニークスキルを所持していたのだ。そして連撃数も全く同じ。全スキル中最多の連撃数を誇る二つの技が、ぶつかった。
「「オオオォォォオオォォォオオオオオオオオッ!!!!!!」」
二人の咆哮、剣劇がぶつかり、光と闇が乱舞した。薄暗い部屋を白と黒に連続して染め上げながら互いの攻撃は命を奪おうと鋭く眼前の敵へと放たれ続けた。
最終的に勝ったのは、キリト。PoHの短剣を折って、同名の最上位スキルも破っての勝利。トドメの一撃として、黒剣による重突進技《ヴォーパル・ストライク》がPoHを貫いた。PoHのHPは、当然ながら全損していた。
「これで、終わりだ」
「……お前ぇも、人殺しだ。俺達と同類だぜ……」
PoHがそう言い、レイドは割り込まなかったことを後悔した。最年少の彼に、殺人の重荷を背負わせたのだから。もっとやりようはあった筈なのだから。
「そうだな……先に……地獄で、待ってろ……」
「ハッ……ガキのくせに、異常だぜ……お前ぇ…………あばよ……」
その言葉を最後に、PoHは蒼い欠片に変貌し、空気に溶けて消えた。これでラフコフは壊滅したことになる。首領を除いた全メンバーを監獄送りに出来たのは、キリトの綿密な作戦が功を奏したからだ。
しかし当のキリトは俯いていて、レイドメンバーは何を言っていいか分からなくなっている。その彼に、ユウキが近づいた。
「……キリトさん……」
「……皆、ご苦労様。帰ってゆっくり休んで……明日からまた、攻略を再開しよう……各々、解散してくれて構わない……」
薄く微笑みを浮かべながらキリトは言い、その彼にユウキは心配げな表情を深いものにする。明らかに無理をしているからだ。今までと違い、彼は人殺しを極力避けてきた。リアルに戻った今後も考えての行動だが、それでも罪悪感は消えず、人を殺したという罪も消えない。
だからユウキは、言葉で語らず、寄り添うことで支えることにした。
そのユウキの優しさを噛み締めつつ、キリトは家路に就いたのだった……
はい、如何でしたでしょうか?
原作のキリトはこの掃討戦にて二人殺めており、《笑う棺桶》全体としては二十一人の死者が出ました。元の人数は三十数人でしたね、確か。
本作では五十三人、死者はPoH一人となります。本文にある通りPoH以外のプレイヤーは全員監獄行きです。数は力、そしてリーダーが殺す事も厭わないでいると士気に影響しますよね、やっぱり。
ほぼキリトとPoHの戦いしか描写してませんが、わざとです。原作はもっと緊張感がありましたが……三人称で語っていた程度ですし、私にはこれが限界でした。
さて、今回は短いですが、ここで次回予告です。
SAOでも上位に入る脅威を排したキリト、しかし人を殺めた事がきっかけで本著死を出せないまま攻略をしていく事になっていた。
自分でもダメだと思っているもののどうしても心の傷に打克つことが出来ないでいるその時、キリトはユウキの死を幻視する瞬間に遭遇した。
傷を押しのけ、キリトは全力で剣を振るい、その幻視は排される。
しかし、それはもう一つの戦いを呼び寄せてもいた……
次話。第九章 ~蒼と紅の殺意~
次回は本日正午に投稿予定です。
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第九章 ~蒼と紅の殺意~
今話もタイトル通りですね、原作を読んでいる方や本作を読んで下さっている方々なら、キリトが誰と戦うかすぐに分かります。
前半はキリトとユウキ視点、後半はアスナ視点です。
ではどうぞ。
第九章 ~蒼と紅の殺意~
《笑う棺桶》掃討戦から一月が過ぎた。俺とユウキが復帰したので、攻略速度もそれなりになった。いや、戻ってきたと言うべきか。最初期のペースになったのだ。
しかし、俺はここ最近、どこか剣の精彩を欠いている。それも当然だろう。仕方ないとは言え、人を殺したのだ。
勿論、それを後悔している訳ではない。
ただ、どうしても思い出してしまうのだ。俺はまた人を殺した。それが、かつての仲間――――ケイタの最期を思い出させる。
『薄汚いビーターのお前なんかに、僕達と関わる資格なんて無かったんだ』
その言葉は、今でも俺の夢に出てくるほど、俺を縛っている。誰かの為に二刀を振るうことを、俺に躊躇わせる。トラウマを押しての五十層ボス戦、そしてラフコフ掃討戦での、PoHの殺害。
その反動が来ているから、今の俺は、七十四層迷宮区攻略……最前線での戦闘において二刀を使っていない。
それがどれだけ愚かな事か、理解しているのに……
「キリトさん、そろそろお昼にしない?」
タッグを組んでいるユウキの言葉に、俺は視界右上の時計を見た。確かにいい時間だ。
「そうだな……そうしようか」
俺がそれに頷くと、ユウキは俺の手を引いて安全地帯の大きな柱まで走る。目的地は、ボス部屋の少し手前に位置する安全地帯だ。そこの柱の根元に腰を下ろす。
「えへへ……今日のお弁当は、ジャーン! サンドウィッチだよ!」
そう言って物質化した籐の籠を俺に渡すユウキ。俺の分の弁当らしい。
それを開けて見ると、中身はとても美味しそうなサンドウィッチだった。メンチカツサンド、フルーツサンドやベジタブルサンドなど、他にも色々ある。種々様々なサンドウィッチを作ったらしい。明らかにプレイヤーメイド、ユウキのテンションからしても彼女作なのは当然だろう。
まぁ、アインクラッドの料理は見た目と味が釣り合わないのが普通なのでもどきなのだろうが、それを踏まえても見た目や匂いがもどきを否定する。
いただきますと言ってからその一つを取り出して齧り付くと、素材の味が染み込んできた。思わず頬を緩ませつつ舌鼓を打つ。俺を見ていたユウキは、それに満足げに微笑み、自分の分のサンドウィッチを食べ始める。
お互いに肩を寄せ合っての食事は、自然とそうなったものだった。そのまま無言で食べていき、完食し終えたので、手を合わせる。
「ご馳走様」
「はい、お粗末様でした……で、どうだった?」
わくわく、きらきらと瞳を煌かせながら期待の目を向けてくるユウキ。俺が作る事が多かったから、少し不安なのだろう。ホームに居る時は別だが、迷宮区で食べる弁当を作るのは専ら俺の役目だったから、彼女はほぼ初めてなのだ。不安になるのは当然だ。
俺は彼女の不安を察して少しだけ高い位置にある頭に手をやり、緩やかに撫でながら言う。
「ああ……これは、俺の料理とはまた違ったベクトルの美味さだ……シンプルな料理では、もう俺も勝てないかもしれないな……」
「え、本当?!」
ユウキが満面の笑みで喜ぶ。相当嬉しいらしい。
「えへへ……じゃあさ、リアルに戻ってからもお弁当、作ってあげようか?」
「本当か? それは楽しみだな……でもSAOとリアルじゃ料理の仕方が違うけど、その辺はどうするんだ?」
「頑張るよ、逆行して練習したから、家事全般そこそこイケるし。目標はキリトさんかな」
「ン、そうか……楽しみにしてる」
そう話していると、乾いた音が断続的に響いてきた。恐らく甲冑だ。
西洋甲冑は金属鎧が殆どなので、これは和装の甲冑だろう。そして俺が知る中で、最前線を和装で進む集団は一つしか知らない。
俺の予測通り、俺とユウキが来た道とは別の道から、その集団が現れた。赤を基調とした和風甲冑に、カタナや槍など和風で武具を固めたプレイヤー達。《風林火山》だ。そのリーダー、大人の中でも一番の親友となっている、腐れ縁のカタナ使いクライン。彼は暫く疲れからか俯いて歩いていたが、顔を上げて俺と目が合うと、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。
彼は人懐っこい性格であるが、キチンと踏み込んではならない部分への線引きができる大人だ。そして気配りも出来る。それによって救われたプレイヤーも結構いるらしく、俺もその一人だろう。
「ユウキ、それにキリトじゃねぇか! 迷宮区で顔を合わせるのは随分と久し振りだな!」
「そもそも最近まで出てなかったからな……クライン達は迷宮区でも変わらず元気そうだな」
「当ったり前ぇよ! このデスゲームをクリアするまでに死ぬわけにはいかねぇかんな!」
クラインの威勢の良い胴間声に、俺は苦笑する。昔から元気の塊だと分かっているが、どうにも最近、その元気は更に膨れ上がっている気がする。何か良い事でもあったのだろうか?
そのまま団欒を続けていると、クライン達が来た道から軍がやって来た。人数は十二人だ。六人二パーティーによる構成らしい。その内の一人が他のメンバーを休ませ、俺達の方に来た。
それを見て、一応でも無くこの場の最高権限を持つ俺が代表で前へ出た。クラインは確かに《風林火山》のリーダーだが、攻略組という面で考えれば俺が最高権限者である。ヒースクリフが居る時は目の会話でどちらが対応するか決めるが。
「私は《アインクラッド解放軍》中佐のコーバッツだ」
「《十六夜騎士団》団長のキリトだ」
「副団長のユウキです」
ユウキが敬語を使うのは結構珍しいのだが、どうも副団長として振舞うなら敬語の方が良いかも、と思い至ったかららしい。まぁ、威厳を考えれば必要なのかも知れない。
「うむ……諸君等は、この先のマッピングも終えているのか?」
「いや、まだだ。昼食を摂った後、つまり今から俺とユウキは再開しようとしていた。あんた達はどうするんだ? 腹、減ってるんじゃないか?」
「……いや、貴君の心遣いには痛み入る。しかし我等はこのまま進む。では、失礼する」
そう言って踵を返し、軍は二列縦隊で行ってしまった。ボス部屋があるだろう方向へと。俺の記憶違いで無ければあのまま進めばボス部屋に辿り着く筈である。
「……キリトさん。今の、どう思う?」
ユウキの問いはコーバッツの態度ではなく、彼がどうしてここにいるのか、という事だ。
しかも軍は基本的にディアベルが率先して最前線に出ているのだが、その彼がいないというのも妙な話だった。俺が知る人員では無いため、彼がリーダーとなって攻略に来るのは少々妙なのだ。
「妙だな……ディアベルやキバオウの管轄外なのか? 休憩を挟まず行くなんて……何か不安だ、俺達も行こう」
「待ったキリト、俺達も行くぜ。マッピングもしねぇといけねぇんだからとにかく戦力が要るだろ?」
そう言って不敵に笑うクラインは、俺が何を言っても絶対に引かないだろうことが容易に分かった。まぁ、俺もユウキもなんだが。お人好し、ここに極まれり。
何度かリザードマンの群れに遭遇したため蹴散らしつつ軍の後を急いで追いかけていると、丁度ボス部屋が見えた辺りで悲鳴が聞こえてきた。
「うわあぁぁぁぁ……ッ?!」
「ッ! 間に合わなかったか!」
俺は悪態を付き、更に加速する。俺とステータスを共有しているユウキはともかく、クライン達は完全に置いてきている形だが、今は四の五の言ってはいられない。
ボス部屋の入り口で止まると、中は地獄絵図だった。既に軍の戦線は崩壊している。そして中に居る人数を数えれば十人――――さっき見た時より、二人足りない!
「おい! 早く転移結晶を使って避難しやがれ!」
「くっ……ダメなんだ! 結晶が使えない!」
中で戦っていたのは軍だけではなく、イチゴ達もだった。おそらく俺達よりも早く辿り着いていたのだろう。
そのイチゴの怒鳴り声に、軍のメンバーの一人が声を返した。
俺とユウキは逆行含めて知っているから良いが、知らなかったイチゴ達は息を呑む。結晶アイテムが回復手段の主流になっている現在、回復ポーションを持っているのは《十六夜騎士団》含めても少ないからな……!
「おいキリト、コリャア一体……?!」
「ボス部屋が結晶無効化空間らしい……」
「ンだとッ……?!」
クラインの愕然とした声を聞きつつ、俺は考えた。ここで助けに出るのは簡単だ。しかし、二刀を満足に振れない俺が、果たして助けられるか。そして生き残れるか。
俺の答えは結局、出せなかった。
「この……やらせる、かぁぁぁぁあああああああああああッ!!!」
「ユウキ?! ――――ク……ッ!!!」
恐らくは、ヒースクリフに俺が殺される場面を幻視したのだろう、いつもなら決して突貫などしないのにユウキはたった一人で剣を抜き払いながら突貫した。
俺も慌ててそれを追い掛け、ボス部屋に入った。。
「あ、おいキリト?! ちッ……どうとでもなりやがれェッ!!!」
俺に続いてクライン達も中に入る。
ユウキは二刀を抜いてボス《ザ・グリームアイズ》の背中に、《二刀流》十五連撃の中位ソードスキル《シャイン・サーキュラー》を叩き込んだ。空中でソードスキルを放った場合、それが突進系で無い場合はその場で滞空したまま攻撃を続ける為、全撃的確にボスの背中に入った。
しかしボスは僅かによろけただけで、空中にいるユウキを殴り飛ばし、ユウキは地面を転がって隙を晒した。そして右手に持っている大剣でトドメを刺そうと、それを振り上げる。
その瞬間、俺は全ての迷いを捨てた。ここでユウキを失うくらいなら俺の迷いを捨てて助けた方が、絶対的にマシだったから。
「やらせるかァ……ッ!!!」
メニューを開いて【クイックチェンジ】を押し、装備変換しつつ走る。そして背中に両手を回し、丁度物質化された二刀の柄を握り、一気に抜き払う。
振り下ろされた大剣を、二刀を交差させて防ぐ。《二刀流》武器防御スキル《クロス・ブロック》で大剣を押さえ、そして弾き返す。それによって出来た隙に入り込み、ソードスキルを発動した。
俺限定の、本当の意味での『奥の手』を。この二刀に最初から付与されていて、今までほぼ使わなかったスキルを。
「《神魔剣》――――《エターナル・セッション》ッ!!!」
右に闇、左に光を宿した二刀で、神速の速さを以て百連撃スキルを叩き込む。光と闇が乱舞し、二刀は残像すら目に映らない速さ。俺の目にも、最早闇と光の軌跡しか見えない。圧倒的な斬撃数の前に、流石のフロアボスも耐え切れないようだ。
しかしそこは腐ってもボス、圧倒されつつも俺に攻撃を加えてくる。俺のHPは一撃を受ける度にガリガリと確かな量が削られていった。
俺の装備は金属鎧はおろか、革鎧すら無いためユウキより身軽ではあるが、部分的に受けるダメージ倍率は彼女より高い。そのため一撃のダメージははるかに大きかった。
もう、どちらが死ぬかわからない。そんな戦いだ。
「――――ォォォォォオオオオオオオオッ!!!」
『――――ゴアアァァァァァァァァッ!!!』
いつしか、俺の咆哮とボスの咆哮が同時に轟いていて、どちらが俺の咆哮か分からなくなっていた。
そして百連撃の最後。二刀の振り抜きが綺麗に入り、ボスはその姿を青い粒子へと変貌させた。
目の前にLAボーナス取得とリザルトウィンドウが表示されるも、それすら意識せずに二刀を背中の鞘に収め、両手を膝に当てて荒く呼吸を繰り返す。
今のスキルだけで相当疲れたのは、精神的なものもあるからだな……
「ハァ……ハァ…………」
「キリトさん……その、ごめん……大丈夫……?」
「たっく、二人とも無茶しすぎだぜ……オイキリト、大丈夫か」
肩で荒く息をしていると、俺の背中と肩に軽く手を置く人物が二人。ユウキとクラインが、厳しい表情でありながらも穏やかな笑みを浮かべていた。
「ハァ……ハァ……何人、死んだんだ?」
「軍が二人だ…………イチゴ達も止めたらしいが、コーバッツが聞かなかったらしい」
そう言って俺がイチゴ達に目を向けると、済まなそうにしていた。後ろにはアスナ、リズベット、シリカ、フィリア、ナツがいた。どうやら六人で攻略していたようだ。隊長格で構成されているから、相当な戦力である。
続いてコーバッツに目を向けると、彼は肩を震わせていた。仲間の死を悼んでいるのか、己を恥じているのか……
すると、彼は俺に足音荒く近づいてきた。俺も息を整えてコーバッツに向き直る。
「どうして突っ込んだ? 死者を出さないよう綿密な戦略を練るのがボス戦の常識だ。どうしてイチゴ達の忠告を聞かなかった。そのせいで、軍所属のプレイヤー二人が亡くなっただぞ」
「そんな事より、なぜ我等の邪魔をした!」
「……はぁ?」
いきなり返された言葉の内容に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。俺だけが反応していて、他の皆は驚愕やら信じられないといった表情を浮かべて固まっていたから反応が無かったらしい。
それにしても、この男……まさか俺は名も知らないプレイヤー二人の上司なのに、リーダーなのに、死を悼んでいないのか……?
「貴君が助けに来なくても、我等は勝てていた! 貴君がボスのLAを横取りした責任はどう取るつもりだ!」
「な……何それ……?!」
「テメェ……?!」
コーバッツの物言いに、ユウキとクラインは勿論、イチゴ達も怒りを感じているらしい。それを抑えつつ、段々イライラしてきた俺が答える。
「二人も死者が出てて、しかも殆どが注意域のイエローになってたのに助けないなんて選択肢は、俺には無かった。それは不義……ギルドの掟にも、俺の信条にも反するから。目の前で死ぬかも知れない命を俺は放っておくなんて出来ないんだ」
「だが! LAを横取りしたのは事実だろう! それに最後に見せたスキルもそうだ! アレは一体なんだ!」
「……お前、人が死んだのにその態度なのかよ」
「最低だな、あんた」
イチゴとナツの言葉にうろたえもせず、尚も熱くなるコーバッツ。
「そもそも、黒の剣士はPoHを殺した殺人快楽者、とやかく言われる筋合いは無い!」
***
コーバッツの物言いにイライラしていたけど、目の前で放たれた言葉に、ボクの思考は一瞬真っ白になった。
殺人快楽者……? キリトさんが…………?
「キリトさんは、好き好んで人を殺したりはしてない……」
ボク自身でも驚くほど低い声に、他の皆も驚いた風でボクを見た。
「なに……?」
「キリトさんはリアルに戻ってからの事も考えてた。PoHはリアルに戻ってからでも、何かしらの手段で殺人を続けるだろうって。だから、誰にも手を汚させないよう、自分が汚れ役を負った。あの地獄を見てもないお前が、キリトさんの懊悩を知りもしないお前が、知った風な口を叩くなッ!!!」
「なッ……私を侮辱するか!」
「侮辱したのはそっちだッ!!!」
剣を向けてきたコーバッツに怒鳴り返しつつ、鞘に収めていた黒剣【ルナティーク】を抜き払い、コーバッツの片手剣を破壊する。最近ようやく《武器破壊》が出来るようになったのだ。
いきなり剣を叩き折られたコーバッツは一瞬呆けた表情をし、それもすぐに怒りのそれとなる。
更に斬り合いに発展しかけたボクと新しく剣を取り出したコーバッツを止めたのは、キリトさんだった。ボクの黒剣を翡翠色の剣で押さえ込み、コーバッツの剣を漆黒色の剣で地面に切っ先をつけて押さえていた。
「そこまでだ二人とも。ユウキ、これ以上はギルド間の問題になる。コーバッツもだ。勝手にボスに挑んだ挙句、部隊員を二名死なせたんだ、それ相応の処罰はあるだろう」
キリトさんの言葉にハッとして剣を収め、コーバッツは青い表情となった。処罰という部分で嫌な想像をしたのだろう。
「……イチゴ達は悪いが、コーバッツ達を頼む。俺とユウキはアクティベート後に、今回の話し合いをディアベル、シンカー、キバオウとしなくちゃならない」
「……わかった」
イチゴ達は深く頷いた後、項垂れているコーバッツを連れて先に上がって行った。
転移結晶で一層へ直接行くと言っていたが、それなら部屋を出れば良かったのでは……
残ったのはボクとキリトさん、《風林火山》のクライン達のみ。
「……えー…………あー、キリト? 話は変わるんだけどよ……お前ぇが放ったスキルは何なんだありゃ? あんなの見た事も聞いたことも無ぇぞ。《二刀流》とも違うよな?」
「うん……ボクも使ったことはおろか、見た事が無い技だったよ」
「アレか……エクストラスキルだよ。《神魔剣》」
「またかよ?! 出現条件は……わかる訳無ェよな」
「わかる。俺のこの二刀だ」
クラインは分かるわけもないと思っていたらしいが、キリトさんの答えに一瞬呆けた後、物凄く食い付いた。
「ンだとぉッ?! 一体どういう事だ?!」
クラインが驚愕の声を上げたのは理由が分かっているからではなく、武器にスキルが付与されているという事実だと思う。
今まで種々様々な武具を見てきたけど、ステータス強化は付与されててもスキル付与は無かったのだ。つまり、それだけ異質であるということ。
まぁ、聞いた話だとキリトさんのその二刀は、転生特典と前々回で鍛え上げた武具の融合によって生まれた二刀らしいので、異質どころでは無い。
「《二刀流》を所持した上でこの二刀……【魔神剣エンリュミオン】と【神聖剣リンベルサー】を装備した時のみ、そのスキルを習得、使用可能となるらしい」
「つーことはだ、キリト専用って事か?」
「だな。《二刀流》はユウキも指輪の効果で習得してるけど、この二刀はバインド属性があって他人に渡せないし」
バインド属性というのは、誰にも奪われないが譲渡も売却も不可の属性だ。ユニークスキルの道具版と思ってくれれば良いか。まぁ、バインド属性があってもレア度が低ければ何個でも手に入るものもある。
当然キリトさんの二刀はレア度最高だから二つと無い。そもそもベースとなる二刀が無いから無理なのだけど。
「バインド付きじゃあ、ユウキが使えないのも確かだな。なんだかキリトばっか良い思いしてるよなぁ、ユニークスキルを二つも持てるなんて羨ましい限りだぜ」
「逆に言えば、一番死ぬ確率が高くなるんだけどな。死地に行かないといけないんだから」
キリトさんの返しに、クラインは自身の無責任な発言に気付いたらしく謝罪していた。
この後だが、予定通りにアクティベートを済ませて軍と問題を話し合った。結果、コーバッツは除隊、監獄行きとなった。コーバッツは軍が後手に回るのを、そしてPoHを殺したキリトさんが目立つのを良しとせず、軍が台頭できる理由を作ろうとでしゃばったらしい。キリトさんを見下していたわけだ。
この会議の後、ボクとキリトさんはホームに帰って休息を取る。
その時だった。アスナから助けを求められたのは。
***
私の所にそのメールが来たのは、キリト君達がコーバッツの問題を片付けた後の夜だった。そのメールが届いた時、ちょうど寝ようと考えていた時だった。しかしそのメールを見て、またかと思うと同時、困ったとも思った。
どう返事をすれば良いか悩む内容だったため、私は夜中にも拘らずキリト君とユウキに助けを求める事にした。
「えーとなになに……『再三しているが、戦力調整の為にアスナ君を我がギルド《血盟騎士団》の副団長として勧誘したい。アスナ君が認めないのならば、団長のキリト君に話を通してくれたまえ』……普通、俺の方に先に送るべきだろう……」
「だよねぇ……」
二人はその感想を漏らした後、キリト君がヒースクリフにメールを返した。数秒後、そのメールの返信があった。ヒースクリフ団長、タイピングが異常に速いわね……
「お、返ってきたな。えっと……『それならば決闘でどうだろうか。最初期の頃から勧誘し続けているが、お互いの主張は平行線。ならば最強となった者が望みを叶える。私が勝てばアスナ君を引き抜き、君が勝てばこの話は今後一切しない。どうかな?』…………一応聞くけど、アスナはギルド転属したくないんだよな?」
「うん」
幼馴染として最初期からこのギルドに居るし、キリト君達には恩もあれば義理もある。それにここには私が信頼する人達も多く居て、ずっと前から親しい子達も居る。今更ギルドを変えるだなんて事はしたくない。
別に《血盟騎士団》が嫌という訳では無いが、やはり幼馴染と一緒に居る方が私としては過ごしやすいのだ。キリト君やユウキは当然として、イチゴ君やリズ、シリカちゃん、ナツ君達と一緒に居ると落ち着くのである。
それに《血盟騎士団》には、しつこく勧誘してくる粘着質な人も居る。痩せ、細っている大剣使い、確か《クラディール》とか言う人だ、あの人から受ける視線は酷く警鐘を鳴らさせるものだった。
まぁ、勧誘がしつこいという辺りは《血盟騎士団》団長のヒースクリフも同じなのだけど……それにしても、いきなりデュエルを申し込むほどだなんて一体どうしたのだろうかと思う。あの人、そこまで好戦的ではないと思っていたのだけど……
「……仕方ない。いずれはしなきゃいけなかったんだ、むしろ好都合だな……」
「……え…………キリトさん、まさか……?!」
「ああ、受けて立とう。とはいえ、アスナを渡すつもりなんてサラサラ無いけどな。他のギルドならともかく、《血盟騎士団》には絶対に」
彼のその物言いに若干の違和感を覚えつつ、最終的には彼の宣言どおり、決闘をすることになった。時刻は明日の午後一時、第七十五層主街区【コリニア】闘技場。
決闘のルールは次のようになった。
・デュエルモードは《初撃決着》モード。
・アイテムは全て使用禁止。装備の回復効果はあり。
・ヒースクリフが勝てばアスナは《血盟騎士団》入り。
・キリトが勝てばアスナはそのまま。以降《血盟騎士団》は《十六夜騎士団》メンバーを勧誘しない。
・ドローの場合は、勝負が着くまで再戦。何度でもすること。ただし、その際は各自回復などを万全に行っておくこと。
・武器の換装は無し。戦えなくなった時点で敗北とする。《武器破壊(アームブラスト)》は禁止とする。
この五つが決められた事だ。ドローの場合の事も決めておくとは、キリト君も抜け目が無い。
キリト君に迷惑を掛けることを謝罪すると、逆に良い機会だからと礼を言われた。何を考えているのかイマイチ分からないけど、後は彼次第。是非、勝って欲しい。
私はこのギルドに居続けたいのだ。
*
――――火吹きコーン二十コル、黒エールは十コルだよ!
――――寄ってらっしゃい! こちらは【黒の剣士】なりきりグッズだ! 二刀は勿論、黒コートや指貫手袋、何とウィッグまであるぞ! しかもそこそこ強いという実用も兼ね備えた代物だ! さぁ、買った買った!
――――こっちでは入場チケットを売ってるよ! 最前列は勿論、早く買わないと中にも入れなくなるよ! さぁさぁ、早く買って行きな!
「これは、一体……」
「まぁ、娯楽に餓えてるこの世界のプレイヤーじゃこうなるよねぇ……」
私の呆然とした呟きに、ユウキが苦笑して応えた。後ろにいるリズやシリカ達も、流石の展開に付いて行けてない。いや、キリト君が決闘するって言うんだから、もうそこからかもしれない。
キリト君は既に控え室の方に行ってるらしいので、彼と話す事は出来ない。集中してるだろうからメールも控えた方が良いと考えて、大人しく飲み物などを買って、闘技場の観客席に向かう。クラインさん達が席取りをしてくれていたから、最前列に座れた。
「クラインさんはどっちが勝つと思います?」
「オリャア勿論キリトだな! ヒースクリフの防御も異常だが、昨日のアイツや今までの戦いぶりからしてそれ以上だからなぁ。第一層の時より強くなってるのは当たり前だけどよ、今のキリトに勝てるヤツは、それこそGM以外にはいないと思うぜ」
「でしょうね。キリトさんに勝てる人なんてそうそう居る筈無いですよ、最年少でもSAO最強プレイヤー筆頭なんですから」
「確かに。ずっとボス戦で見てるけどさ、あいつだけは他の皆と動きが違うからね。まず負けないと思う」
「俺もだな。キリトの速さには正直、付いていける気がしねぇ」
「俺も」
クライン、シリカ、リズベット、イチゴ君、ナツ君の順に予想と理由を述べていく。
しかしユウキだけは違った。彼女は眉根を寄せ、険しい表情で首を横に振る。
「ボクは……負けはしないだろうけど、勝ちもしないと思う……」
「? どういうこと?」
「…………ゴメン……まだ、話せない……」
『?』
ユウキの妙な態度に、私たちは全員首を傾げた。一体どうしたのだろう?
そう思っていると、コロシアムにヒースクリフとキリト君が出てきた。すぐに実況が入る。
『さぁ出てきました! 選手の入場です! まずは東リングから! 紅の鎧に白のマント! 真紅の十字架を染め上げた十字剣に盾! 攻略組最強の盾! 《血盟騎士団》団長! 【聖騎士】ヒースクリフ!!!』
その紹介を受け、ヒースクリフは周囲を見渡して右手を軽く振る。左手には十字剣を収めている十字盾を携えていた。
『続いて西リング! 上下黒のシャツにレザーパンツ! 黒の指貫手袋に鋲付きブーツ! ロングコートも黒と黒尽くめ! 背に吊るは最早代名詞となる二刀! 攻略組最年少にして最強の矛! 《二刀流》と《神魔剣》の使い手! 《十六夜騎士団》団長、【黒の剣士】キリト!!!』
続く紹介。その途中で既に闘技場は大歓声に呑まれた。キリト君は苦笑しつつ、彼は左手を軽く振ってそれに応えた。
そしてヒースクリフに向き直る。
『ここまで人が来るとは流石に予想してなかった。手が早いな、ヒースクリフ?』
どうやら拡声器かなにか、そういったアイテムをキリト君は使っているらしい。実況と同じ声量が闘技場に響いた。返すヒースクリフも同じなようだ。
コロシアム観客席の十六四方それぞれにホロウィンドウがあり、そこに二人の映像があるため表情の読み取りにも困らない。
『確かに情報屋に流しはしたが、私も驚いているよ。SAO最強を決める決闘に皆、興味津々のようだ』
ちなみに、朝一番の新聞には『【黒の剣士】、二つ目のユニークスキル習得! 軍を壊滅させた悪魔を怒涛の百連撃でソロ討伐!』とあった。壊滅はともかく、連撃数は正しいらしいので、本当にチートだと思う。
今朝から情報屋や剣士が見せてくれと言って訪ねてきたので、ユウキは彼と一緒にいる時間が短かったからか機嫌が悪い。彼はそれを見て苦笑していたけれど。
『……最強とかどうでもいい。俺のギルドメンバーのアスナは渡さない。彼女には《血盟騎士団》に入る意思は無い。だから全力で――――勝たせてもらう』
『私としては、彼女の戦闘力は目を見張るものがあるから是非とも迎え入れたい。故に全力で――――勝たせてもらおう』
『おーっと、戦う前から既に一触即発! それではそろそろ参りましょう! お二方、準備はよろしいですか? よろしければデュエル申請をヒースクリフ殿から!』
その後、ヒースクリフがキリト君に申請をし、それを受けた直後、二人の頭上に大きなウィンドウが出た。デュエル申請が受諾された証だ。待
ち時間が六十秒あったが、それが刻一刻と消えていく。二人は各々の得物を構え、戦場が張り詰めていく気配がした。
少しずつ時間が減っていき――――ゼロとなった瞬間。キリト君が動いた。
彼は左の剣で突きを放ち、それをヒースクリフは十字盾の中心で受け止める。《ジャストブロッキング》の効果によってノーダメージかつノックバックも受けなかったヒースクリフは、剣を止められた勢いで浮いているキリト君に十字剣を振るう。
それを器用に右回転して黒剣で払いのけた彼は、地面に足が付いた直後から連撃を開始した。
『おぉ!!! キリト殿の十八番、二刀連撃が始まった! 鼠情報によりますと、彼の二刀連撃によって沈んだボスは数知れず! 全力で放たれた時は剣のブレすら見えないとの事! それを見せてくれるのか?!』
実況の声で盛り上がりだした観客達。二人の高度な戦いぶりに圧倒されていたのだ。
ヒースクリフが一瞬だけ盾を前に出して前進し、視界を遮られたキリト君に突きを放った。それを後ろに飛びながら防いで距離を取ったキリト君に、ヒースクリフは駆け寄った。
盾で剣を見せないように近づき、瞬間、なんと盾でキリト君を殴ろうとした。
『ぬんっ!』
『はぁっ!』
流石の反射神経でそれを避けたキリト君は、少し離れた直後、血色の閃光とジェットエンジンのような甲高い音を立てつつ、黒剣で突進突きを放った。アレは《ヴォーパル・ストライク》だろう。
それを盾で滑らせながらヒースクリフはいなし、通り過ぎたキリト君は技の終了と共に振り向く。
『流石の反応速度だな』
『あんたこそ、流石に硬すぎる』
ふっと不敵に笑むヒースクリフと、それに獰猛な笑みを返すキリト君。目つきや口調が普段の戦闘時とは違っている。
『堅牢防御、猪突猛攻! 相反する究極の極地点にいる二人のぶつかり合いはまだまだ先が知れません! どちらが勝つのでしょう! さあ、前座は終わり。いよいよ、全力と全力がぶつかり合う!』
実況が終わってから一秒後、二人の姿が消え、そして中央に現れた。キリト君の黒剣を、ヒースフリフも十字剣で受け止めて止まっていた。
直後、ビリビリと衝撃波が観客席まで飛んできた。それに観客は興奮し、更に歓声を上げる。
「おいおい……キリトもそうだが、ヒースクリフもあそこまで強かったのか」
「ダメージディーラー超特化のキリトなら分かるけど、タンク超特化のヒースクリフがあそこまで互角になれるなんて、かなりおかしくない?」
「それとも、キリトさんよりもプレイヤースキルが上ってことでしょうか……ですがそんな事、あり得るんですかね……」
クライン、フィリア、シリカが困惑したように呟く。その間にも、二人は高速で刃を交えていた。
しかし、一進一退を繰り返す攻防も、時間が経つにつれてキリト君が優勢になり始めた。段々加速してきて、ヒースクリフが掲げる十字盾に無数の斬撃が入りだしたのだ。
攻防ともに盾が使えるとは言え、基本はタンクであるヒースクリフはカウンター主体。しかし既に彼は剣をも防御に回して二刀を防ぐしかないほど、防御一辺倒になっていた。それほどキリト君の猛攻は速く激しいものになっているのだ。
『ッ! セラァァァアアアアアアアッ!!!』
「ああっ?! ダメだよキリトさんッ?!」
『おおぉッ?! この試合始まって以来の大技! 【黒の剣士】の代名詞とも言える《二刀流》! 《スターバースト・ストリーム》です! 蒼の閃光を宿した二刀が、次々と【聖騎士】の十字盾に叩き込まれてゆく! 速度は当然重さも半端では無いらしく、受けるのもやっとの様子です!!!』
ユウキが若干の悲鳴を上げたが、どうしたのだろうか。確かに代名詞だから先読みされるかもしれないが、使ってはダメとは言い切れない筈。
現にキリト君は十五撃目で盾を弾き、十六撃目の左直突きを入れようと――――
――――した瞬間、信じられない事が起こった。
弾かれた直後の筈の十字盾が、一瞬で元の防御姿勢として構えられ、刺突を防いだのだ。
致命的な隙を出したキリト君に、ヒースクリフは長剣を振りかぶる。
『う、ぉお……ッ!』
『何……?!』
しかし、十字剣はキリト君の黒剣で払いのけられた。青い光を宿した回転斬り《ホリゾンタル》を放ったのである。ヒースクリフが驚いた隙に、すぐさまキリト君は距離を取った。
モニターに表示されている二人の顔は対照的で、笑みを浮かべるキリト君と、驚愕の表情のヒースクリフが映し出されていた。
『……まさか、今のにすら反応してみせるとは…………』
『伊達に【ビーター】だとか最強だとか言われてないんだ。それに、剣の一番の弟子であり、最愛の妻であるユウキも、娘達も、団員達も見に来てる。無様な戦いは出来ないさ』
『愛故に為せる業……という事かね?』
『かもな……さっきのあんたの超反応には驚いたが、反応できなくもない……――――行くぞッ!!!』
再び彼は突進して二刀を振り続ける。それを限界まで防ぎ切るヒースクリフ。意地と意地の鬩ぎ合いだった。
その後は同じ展開が、とはいっても超高速で繰り広げられる剣劇の応酬が為されたので、試合は最高潮の盛り上がりを見せて終わった。
勝利者はキリト。ヒースクリフは残りHPが五割を割る手前で粘り続け、キリト君は決定打を与えられずに九割強を残し、時間切れで勝ったのだ。五割を割る直前からし始めた超反応を、どうしても破れなかったのだ。
それでも惜しい場面は幾つもあった。キリト君は途中から、とんでもない行動をし始めたのだ。
それは、左右の片手剣で、交互にソードスキルを叩き込む、である。《スターバースト・ストリーム》を防がれた直後にしたあの回避も、それだったのだ。
試合中の彼の言葉では、『最上位システム外スキル《スキルコネクト》』との事。ユウキでも出来ない、彼の奥の手の一つらしい。ユウキはどうしてか、それを見て心底といった風に頭を抱えていた。
いきなり放たれ、しかも繋げられるスキルは片手剣の何か分からない。そんな緊張感は闘技場にも伝わり、それからは歓声が上がる事も実況が入る事も無かった。《神魔剣》スキルを最後まで使わなかったのは、観客の唯一の不満だろう。
システム外スキルを構築し、システムの常識の埒外を行くキリト君。
あくまでシステムに則って、自らの能力を頼りにするヒースクリフ。
ここまで面白いほど対極の存在は無いだろうと思う。まるで、相対するのが決まっているかのような組み合わせだと、私は《十六夜騎士団》に居続けられる喜びを噛み締めながら思うのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
この平行SAOでは第五十層で既に《二刀流》を解禁していますので、第七十四層ではずっと前から書かれてはいても使われていなかったスキル《神魔剣》の一つを出しました。
名前から分かる通り、《神聖剣》とは対にしています。
《神聖剣》は原作や本作の設定、キャラ視点からも分かる通り、カウンターを主体とするタンクの特性を大きく上げる防御力に長けたスキルです。
攻撃力も全てのプレイヤーが使える《片手剣》や《細剣》などのコモンスキル、条件を満たすと出現するエクストラスキルの《刀》や《大剣》よりあるでしょうが、防御面寄りに特化していると私は考えています。《ジャストブロッキング》を出したのはそれを印象付ける為です。
なので、対にするには攻撃に特化したスキルだろうと思いました。
しかし《二刀流》が既に攻撃に特化していますので、それだと被ってしまいます。
なのでこの《神魔剣》は、《二刀流》を前提とした派生のユニークスキル、という位置付けにし、更に攻撃に特化させました。つまり《ザ・グリームアイズ》の攻撃を防いだ《二刀流》防御技《クロス・ブロック》すら無く、更にスキルの一つ一つの連撃数が多大なものになっているという訳です。それは百連撃からも分かるでしょう。
スキル発動中は完全無防備、これは《二刀流》も同じです。なのでそれを更に顕著にし、攻撃に特化させたのが《神魔剣》となりました。
私のイメージとして《神》は邪悪な魔の存在にもなるし、神聖というように聖にも傾く存在です。
という訳で、聖なる存在と魔の存在の対を表す為に《神聖剣》の対として《神魔剣》という名前にしました。当初は《魔神剣》だったのですが、それだと装備の名前と被るし対の名前として合わないので、こうなっています。
敵である魔王が《聖》とはこれ如何にと思っていたので、本当なら逆も考えたんですがね、《聖騎士》というイメージがありましたのでそのままです。
人々を救う勇者の役割を持つプレイヤーのスキルが《魔》とはこれ如何に(笑)
ちなみに《エターナル》とは永遠の、悠久の、《セッション》というのは交わる、組み合わさるという意味を持たせています。二刀の交わりと二人の交わりを掛けていますが、センスはありませんね。
ちなみに名前の元ネタは《キングダムハーツ2》の主人公と親友二人の協力技からです。アビリティ欄を見ると《エターナル》が付いていますが、コマンドでは《セッション》だけなんですね。
ではそろそろ、次回予告です。
スリークォーターを前に図らずしもデュエルによって士気が向上した攻略組。第百層攻略までの最後の難関となる第七十五層攻略に、一同は挑む。
調査隊十人の犠牲から撤退不可能である事が周知の事実となった為、考え得るだけの最大戦力で向かう事となった。
次話。第十章 対決 《ザ・スカルリーパー》
次回は本日午後六時に投稿予定です。六千字程度なので今話の半分程度です。
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第十章 ~対決 《ザ・スカルリーパー》~
今話はタイトル通り、第七十五層のボス戦ですね。ただし原作以上に骸骨の刈り手はヤバいです。いや、戦線崩壊はしませんけども、目の当たりにしたら戦う気力も湧かないと思っています。
そんな想定から当時やってしまった訳です。
最初は初めてのイチゴ視点、でもあんまり面白味はありません。彼の本領は結構後からですから。
ではどうぞ。
第十章 ~対決 《ザ・スカルリーパー》~
俺は今、七十五層主街区の転移門広場にいる。一レイド四十八人。それに選ばれたプレイヤー達が集まっているのだ。
周囲には大勢のプレイヤーがいる。彼らは見送りだ。今までちゃんとしたボスの偵察や攻略で死者を出してこなかった攻略組が、偵察戦で十人も死んでしまったからだ。
偵察部隊二十人のうちの十人が先にボス部屋に入ると、扉が閉まってしまい、どんな事をしても開かなかったのだ。開いた後はボスもおらず、中に入った十人もいなかった。黒鉄宮にある【生命の碑】で確認を取ったところ、十人全員が死亡していたことが判明したのだった。だからこそ、ボス部屋に入れる最大人数の一レイド、四十八人を選りすぐりの剣士達にした。
その中でも最も注目を浴びているのは、数日前に決闘をして勝利した、正真正銘の最強剣士キリトだろう。あいつはとんでもなく強い。おそらく、リアルで万全、昔の状態で戦っても、俺は負ける。それくらい強いのだ。
ユウキの剣の師匠でもある彼は、他の追随の一切を許さないほどの実力を誇っている。だからこそ、今まで彼を最年少と馬鹿にしてきた奴らも、キリトに期待の目を向けているのだ。当のキリトは気にしていないようだが。
今回のボスは正体不明な為、出し惜しみをせずに最大戦力で行く事になっている。
キリト、ユウキ、アスナ、シリカ、リズベット、フィリア、ナツ、俺のAパーティー。《十六夜騎士団》団長と副団長、幼馴染にして各隊の隊長を務める最大戦力が固まっている。
クライン率いる《風林火山》のBパーティー。タンクである斧戦士エギルはここに入る、クライン達のパーティーには明確なタンクが居ないからだ。
リンド率いる《聖竜連合》のCパーティー。
ディアベル率いる、キバオウとコペルを含んだ《アインクラッド解放軍》のDパーティー。
《黄金林檎》と《月夜の黒猫団》からケイタ、テツオ、サチ、ルシード、ルネード、グリセルダ、シュミット、カインズのEパーティー。
ヒースクリフ率いる《血盟騎士団》のFパーティー。
この六つのパーティーが編成された。主だった攻略ギルドの中でも、更に精鋭とされているメンバーばかりだ。それでも、結晶無効化空間であり撤退は出来ず、援軍も無い状況だ。攻略組にも今までに無い緊張感があった。
そして転移門からヒースクリフがやって来た。残る《血盟騎士団》のメンバーも一緒に転移でやってきた、その威圧感に周囲の見送りは圧倒されている。
と、ヒースクリフはキリトの前で止まると、彼に声を掛けた。
「キリト君。君の《二刀流》、そして《神魔剣》……存分に振るってくれたまえ」
「当然。誰も死なせたくないからな。それが理想に過ぎないと分かっていても……犠牲を減らしてみせる」
「フ……その心意気で頼むよ」
(キリト……『ユウキを最優先で守る』って言いたいだろうにな……)
その後、ヒースクリフが取り出した回廊結晶を使ってボス部屋の手前まで転移する。全員が装備の最終確認や作戦の打ち合わせをしていき、それも終わって扉の方を見た。
そこではヒースクリフとキリトの二人が立って、俺達を待っていた。
「……諸君。ここをくぐれば、勝たない限り出られない。覚悟は良いかな?」
ヒースクリフの問いに、むしろ早く開けろとせっつく雰囲気が出た。続いてキリトが口を開く。
「俺から言う事は一つ。絶対に、生きる事を諦めるな。良いな? ――――行くぞッ!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!』
キリトの声に、全員が武器を掲げて鬨の声を上げた。
二刀を抜きつつキリトは走り、それにヒースクリフ、俺達と続く。暫く走ったところで後ろの扉が勝手にしまった。だが、ボスの姿はまだ見えない。
「……どこに居やがるんだ?」
「「上ッ!!!」」
キリトとユウキの声に反応して上を向くと、そこには髑髏百足がいた。白い鎌を二つ持ち、長い頭蓋と四つに割れた下顎、そして細くも長い骨の胴体と無数の脚。名前は《ザ・スカルリーパー》……直訳すれば、骸骨の刈り手。不吉すぎる名前だった。
「全員後退しろ! 落ちて来るぞッ!!!」
キリトの号令に合わせて下がるも、聖竜連合のメンバーが二人取り残された。恐怖からか、足元が覚束ず、ガタガタ震えて止まっている。
それを見てか、スカルリーパーが落ちてきた。このままでは真下にいる二人が殺される!
「クッソ、がァッ!!!」
『グシャアアアアアアアアアアアアアアッ?!』
キリトの咆哮が聞こえたと思ったら、頭上からソードスキルの閃光、そして轟音と絶叫が聞こえた。見るとボスが吹っ飛んでいた。そしてキリトが落ちてくる。どうやら壁を走り上ってスキルで迎撃したらしい。
そのキリトは俺達の近くに着地するや否や、二人に向けて怒鳴った。
「何故即座に動かなかった?! 死にたいのかッ!!!」
「「ッ?!」」
「落ち着いたら前線に復帰しろ、それまでは下がれ。良いな?」
それにコクコクと頷いて後ろに急いで二人は下がった。入れ替わりでユウキとヒースクリフが来る。
「ヒースクリフ、ユウキ。俺達で鎌を止めるぞ。ユウキと俺が向かって右、ヒースクリフは向かって左の鎌を抑える――――ディアベル!」
「なんだい?!」
「俺達は今から正面の鎌を止めるのに集中する! 指揮を頼んだ!」
「了解した!」
それからキリトとユウキは、完璧に息が合ったスキルの叩き付けで鎌を防ぎ、ヒースクリフは《ジャストブロッキング》を使用してノーダメージで抑える。
そして俺達は横から攻撃を仕掛け続ける。俺のカタナはカテゴリでは《片手剣》でもあるから片手でも扱え、それにより高速攻撃が可能となっている。だから俺は、一撃ではなく、連撃かつ弱点狙いでダメージを叩き出し続ける。
「はあぁぁぁッ!!!」
「うおおおぉぉぉぉぉッ!!!」
横ではサチが槍で最上位六連撃スキル《ディメンション・スタンピード》を、キバオウが片手剣最上位六連撃スキル《ファントム・レイブ》をかましていた。
俺も負けてられないな!
「骸骨野郎……てめぇを斬るぜッ! ――――月牙天衝ォォオオオッ!!!」
俺は最近漸く使えるようになった《心意》を使い、前世から使ってきた俺唯一の技を放つ。赤黒い三日月の刃は、その白く乾いた骨を削るのだった。
***
ボクとキリトさんは焦っていた。前回のスカルリーパーと戦いはしたけど、今回のは超強化されていたからだ。証拠として、かなりレベルが高いサチやキバオウが最上位スキルを使用しても、HPはまだ一本目の五%も削れていない。
最も威力が高い一本目の五%すら削れていないのだ。明らかにこのステータスはおかしい。
(クソッ! 今まで以上にメチャクチャだな!)
(まさか、こんなに強化されてるなんて……!)
実は前回までと比べて、クォーターポイントごとのボスと、第一層のボスは強化されていたのだ。
第一層では即死技がある斬馬刀と六体の取り巻きポップ。
第二十五層ではドラゴンの鱗の防御力。弱点である逆鱗を叩かないとダメージが入らなかった。
第五十層では、残りHPが一本になったときの攻撃。あれはボク達でないと即死ものだった。
そして今相手している第七十五層のボス《スカルリーパー》。基礎能力が強化され過ぎている。前回までとの違いは強化くらいだが、今回のこれは流石に酷い。これでは勝てるのかすらも怪しい。早くしないと、こちらが全滅してしまう。
「ッ! ユウキ、鎌の相手は俺一人でもなんとかなるから、攻撃に回ってくれ!」
「えっ?! で、でも……っ!」
「いいから早くしろ! でないと、先にこっちがやられる!」
「ッ……わかった、死なないでね!」
キリトさんの指示に、ボクは渋々従った。でないと、本当に彼の言う通りになってしまうかもしれないからだ。
「まだ死にたくないんだ……だから! 早くっ! 消えろぉぉぉぉぉッッッ!!!」
《二刀流》二十七連撃最上位ソードスキル《ジ・イクリプス》。太陽のコロナの如き輝きを二刀から迸らせながら、ボクは骨を砕かんと《スカル・リーパー》に斬り掛かった。縦横無尽に斬り付け、次々に罅を入れていった。
「――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!!!!!」
少しでも速く! 少しでも強く! キリトさんと共に生きるために!!!
***
ユウキが俺の指示通りに離れて攻撃に加わった事で、多少の変化が見られた。ダメージ量が若干ながらも増えた。
これで良いと思いつつも、やはり懸念したことは起こった。
それはヘイト。主に大ダメージを多く出すプレイヤーを、モンスターは襲う。今はユウキを狙っているだろう。そして俺は、それを邪魔する。
「はぁぁぁぁあああッ!!!」
一瞬、俺から鎌を退けたその一瞬の隙に、二刀を高速で振るう。弱点は関節。そこに重い一撃を高速で放つ。
『ギシャアァァァァアアアアアッ?!』
「この……余所見する余裕なんて与えないぞ……ッ!!!」
俺の攻撃と挑発を兼ねた《咆哮》でヘイトが溜まったようで、また俺にタゲを向けた。
それに笑みを浮かべつつ、俺は降りかかる鎌を全力でパリィして防ぐ。俺の二刀は耐久値を気にしなくても良いので、全力で叩きつけて逸らす。
視界の端には、イチゴやナツ、アスナやエギル達が次々とソードスキルをスイッチしながら放っているのが見えた。その向こうには、ピナが傷を負った者の回復をし、シリカが襲い掛かる骨の脚を短剣で逸らしていた。
どうやらこんなステータスの《ザ・スカルリーパー》を相手にしても、現状では戦線崩壊をしていないらしい。恐慌を来していないようで本当に良かった。
――――と、僅かに気を抜いたのが拙かった。
「ガッ……?!」
気付けば、俺は白い鎌――ヒースクリフが担当していた右の鎌――に斬られていたのだ。防御を抜かれたらしいヒースクリフの、驚愕と焦りの顔が見える。
俺はそのまま部屋の壁に叩きつけられ、床に落ちた。スカルリーパーは攻撃し続けるユウキを無視し、まずは俺にトドメを刺そうと近づいてくる。
早く起き上がらなければ、ここで死ぬ。
しかし、俺は動けないでいた。麻痺やスタンではない。こういう事はこの世界で普通にある。凄まじい衝撃によるノックバックだ、アレは基本的にダメージ量によって時間が決まる。
目の前にはスカルリーパーが来ており、その大きな、向かって左の大きな鎌が振り上げられた。
(ここまで、か……!)
諦めて目を瞑ろうとした、その瞬間。
「キリトさんッ!!!」
俺が愛し、守ると決めたひとの声が、聞こえた。
「ッ……!」
直後、俺は左に転がって避け、体勢を整えてからバックステップで距離を取った。すぐにポーチからグランポーションを取り出して飲み、その小瓶を投げ捨てて目を瞑る。
***
キリトが鎌に斬り飛ばされ、床に蹲ったまま動かなくなったのを見て、誰もが驚愕して動けなかった。
キリトはSAO最強の剣士であり、数多の死線を生き抜いてきたプレイヤー。最強と目されていたヒースクリフと決闘し、決着を着けたとは俄かに言い難いものの、その強さは誰もが認めるほど。最強と誰もが認める実力を持つ存在なのだ。
その彼が死ぬ。それは全プレイヤーの絶望に他ならない。
誰もが動けない中、ユウキだけは攻撃し続けた。キリトを助けようと、ただひたすら剣劇を加え続けた。
しかしボスはそれを無視し、まるで嘲笑うかのようにキリトに詰め寄った。
最後の、最悪の瞬間を想起し、ユウキはキリトの名を叫んだ。
「キリトさんッ!!!」
「ッ……!」
その瞬間。蹲って動けないでいたキリトが動いた。転がった後はバックステップでボスから距離を取り、その間にグランポーションを飲んで回復する。
そして小瓶を投げ捨てて目を瞑り……二、三秒後に目を開くと同時、凄まじい咆哮を轟かせた!
「ッ! ォォォォォオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
「「「「「ッ?!」」」」」
『ッ?!』
それにレイドは全員驚愕して再び止まり、スカルリーパーも止まった。本来ならばAIのアルゴリズムには無い行動を取ったのだ。
「オオオオオォォォオオオオオオッ!!!」
その隙を縫ってキリトは突進。左の剣で《バーチカル・スクエア》を、右の剣で《ホリゾンタル・スクエア》を交互に、怒涛の勢いで放っていく。
さながら修羅の如き勢いに、ボスも完全に押されていた。
「ッ! 呆っとするな! キリト君に続けぇっ!!!」
『ッ! おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!』
ヒースクリフがハッと我に返って号令を出し、それに全員が続いた。
そのまま全員がスイッチしながら最上位スキルや打撃スキル、重攻撃スキルを叩き込んでいくが、一番凄まじいのはキリトだ。スキルディレイを全て《スキルコネクト》でキャンセルし、延々とスキルを繋げているのだ。
更にスキル中の無防備をな所を、他のタンクやHPに余裕のあるメンバーがボスの攻撃からパリィや防御で守っていたので、キリトの攻撃や止む事は無かった。
《ザ・スカルリーパー》が倒れたのは、キリトの暴走開始から二時間も後の事だった。
*
「ハァ……ハァ……ハァ……ぐっ、げほっ、げほっ……! もう、無理だ……流石に、もう……立ってられないぞ……」
「ぼ、ボクも……もう……今回は……」
座り込んだキリトとユウキの周囲には蒼い欠片が飛び散っている。スカルリーパーのものだ。
戦闘開始から二時間半、キリトの暴走から約二時間。キリトが延々とスキル連携をし続けてやっと倒れたのだ。LAボーナスをキリトはまだ見ていない、その気力すら無いからだ。他の皆も仰向けに倒れており、それだけ今回のボス戦が如何に激しいものだったかを窺わせる。倒れていないのは長年の経験があるキリト、ユウキ、そしてヒースクリフだけだ。
そのヒースクリフはといえば、右手でメニューを繰って何かをしていた。その彼に、キリトは立ち上がって近づく。二刀は持ったまま。
「……ヒースクリフ。何人死んだ?」
「……! 驚いたな……あれだけの激戦だったのに、誰も死んでいない」
それを聞いた攻略組は、誰もが喜んだ。キリトでさえ、少し頬が緩んだ。ヒースクリフも同じだ。
「そうか……良かった。これで誰かが死んでたら、台無しになるとこだった」
「うむ、そうだ……なッ?!」
キリトの言葉に頷いていたヒースクリフは、完全に気を抜いていた為に、キリトが黒剣で斬りかかってきたことに反応出来なかった。
黒剣がヒースクリフの顔に当たる、その直前、バシィンッという効果音と共に紫のウィンドウが表示され、キリトは後ろに吹っ飛んだ。
突然の音に何事かと全員が振り向き、キリトの所業に怒りや疑問顔をし、そして一瞬遅れて表示されたウィンドウ……【不死属性】を意味しているウィンドウを見て、驚愕に目を見開いて動きが止まる。
世界の終焉は、秒読みに入ったのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
まず《ザ・スカルリーパー》の超強化、実は自動回復のリジェネレーションが無いだけまだ楽だったりします。でも最上位技を叩き込んでも数パーセントも削れないというのは心に来ると思います、実際戦っていると。
なのでキリトは途中で特記戦力の一人であるユウキすらも攻撃に回し、更には途中から暴走を始めました。
例のスキルは使っていません、所謂プッツンした状態です。プッツンキリトは原作でもちょくちょく出ていますので本作では此処で出しました(笑) 戦いの細かい部分を覚えていないプッツンはこれからも稀にあります、極稀です。
そして死者が一人も居ない、これはメンバーを思い出して頂ければと思います。
このボス戦の攻略メンバー、実はヒースクリフ、シュミット、カインズ、リズベットだけが盾持ちのタンクで、他のメンバーは全員が回避重視か両手武器による防御重視のメンバーです。
更にこの戦いには回復ブレスを持つピナがいるので、つまり下がれば回復は可能なんですね。ポーションも合わせれば回復量は段違いでしょう。シリカも攻略組の一人で、攻撃をパリィする程度なら可能となっていますので、ピナの安全は確保出来ています。
よってこの戦い、原作には無かった補給と回復が可能な状態です。
更に鉄壁のヒースクリフ、今話より弱いとは言え一人で《ザ・スカルリーパー》を下した経験のあるキリト、逆行SAOで戦ったユウキがおり、キリトが攻撃特化の暴走を始めてボスが押されたので、碌に攻撃が届いていません。幾ら強くてもアルゴリズムで動くボスなので、ヘイトを一番稼ぐキリトを護れば嵌りが入るんです、スキル硬直による途切れも無いですから。
よって、これらからゼロも不可能では無いだろうと、半ば無理矢理こじつけました。一番最初の死者も助けていますしね。
さて、ではそろそろ次回予告です。
死者ゼロでとうとう三つあるクォーターポイントを凌いだ攻略組、何度も死を視た末の生を心から喜んでいた。
しかしそれはすぐに打ち消される。攻略組の頼みであったヒースクリフが茅場晶彦であると、キリトが暴いたからだ。
暴かれたヒースクリフは一つ、キリトへ決闘の提案をする。自身を斃せばクリアという報酬と共に。
当然それを読んで暴いたキリトだったが、しかし更に告げられた事実に心から動揺する結果に陥る事になってしまう……
次話。SAO 真・最終章 ~世界の終焉~
SAO編は本当に次で終わりです。
次回は9月3日午前零時に投稿予定です。
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真・最終章 ~世界の終焉~
今話で転生後の世界、逆行した別の歴史を進んだ世界、そしてISが存在する平行世界と三度続いた《ソードアート・オンライン》の終わりです。
なので原作アニメと同じタイトルです。真とついているのは、本当に終わる事を示すために付けています。
ヒースクリフの暴き方が原作に近いですが、決闘の過程に差を付けています。
真・最終章 ~世界の終焉~
「ヒースクリフさん……? どういう、事だよ? それ……」
ナツの疑問に答えず、未だ驚愕の表情でヒースクリフはキリトに顔を向ける。
「…………どうして気付けたのか、参考までに教えてもらえないかな?」
「……数日前に決闘しただろう? あん時のあんた、最後ら辺がずっと速すぎたんだよ。ポリゴンが欠けるほどの速さ、普通のプレイヤーに出せる訳無いだろう」
「なるほど、やはりあの時か。あれは私にとっても痛恨事だったよ。キリト君の速さに圧倒され、ついシステムのオーバーアシストに連続で頼ってしまった」
「まだあるぞ、ヒースクリフ」
うんうんと納得顔で頷いているヒースクリフに、キリトは更にあると言う。
「ほう? まだ何かあるのかね?」
「ここにいる全員……俺でさえHPはレッドゾーンまで入った。あんただけなんだよ、グリーンを保ってるの。幾らなんでも不自然だ。今回の戦いは明らかに常軌を逸していたのにだ。それに今まで一度もイエローに入ってないとか、タンクと言えど攻略組の一員なんだ、そんな事はあり得る筈が無いだろう。ユニークスキルの恩恵と言うにも限度があるぞ」
「なるほど……HPの方でも疑われていたのか……つまり、私はかなり早い段階から疑われていたということかな?」
「元々、あの紅ローブの喋り方と雰囲気が似ていると感じてたしな。アスナや皆を絶対に《血盟騎士団》に入れないようにしたのもその為だ。あの時の決闘は、俺にとっても都合が良かったんだ。そして最後の確信材料を得るために、七十五層まで引っ張ってきた。言い逃れが出来ないようにな……」
それを聞いて、ヒースクリフは口を歪めた。愉快と言っているように見えるそれを、キリトは不愉快気に見る。
「なるほど……確かに、私は茅場晶彦だ。そして最上階の【紅玉宮】で君達を待つ、このゲームの最終ボスでもある。本来これは、九十五層で明かすつもりだった……キリト君はこの世界最大の不確定要素と確信していたが、ここまでとは思わなかったな」
「……趣味が良いとは言えないな。最強のプレイヤーが一転して、最悪のラスボスか」
「それで言えば、君がラスボスになった場合の方がそう言えると思うがね……ふむ、こうなっては仕方がない。私は最上階で君達を待つとしよう。ここで君達を放り出すのは忍びないが、《血盟騎士団》は最上階まで上り詰められるよう育ててきた。なぁに、君達なら必ず辿り着けるさ……だが、その前に」
左手を振ってキリト以外を麻痺にして無力化した。キリトは慌てて傍にいたユウキを抱きかかえる。
ヒースクリフは十字盾をガッと床に突き立て、キリトを見据えて言い放つ。
「キリト君、君には報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう、私と一騎打ちするチャンスを。私と戦って勝てばゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤー……」
そこで言葉を止め、一拍の間を置いて信じられない言葉を続けた。
「……そして、ナーヴギアを取り外されて死んだプレイヤー以外の死亡プレイヤー全員が、即時ログアウトできる」
それを聞いて、キリトは固まった。目の前の男が何を言ったのか、理解できなかった。
数秒の時を要し、そして理解した。自然と声が震える。
「死亡プレイヤー、全員……? HPを全損して、死んだプレイヤーの、事か……? 過去に死んだ……亡くなった人達も……なの、か……?!」
キリトの声は震えていた。前回、自分があれだけ蘇生アイテムに固執せずにクリアしていれば、また違ったのか……前々回では言われなかったから、無かったのかも……そんな思いが湧き上がり、かつて自身が取った行動を悔いていた。
それを抱きつつ、期待してしまいながらもヒースクリフに問いかけた。その問いに、ヒースクリフは首を縦に振って是と答えを示す。
「そうだ。ただし、それにも条件がある。既に名前で察しているだろうが、君の持つ《神魔剣》は魔王が持つ事となる《神聖剣》と対になるスキルだ。そのスキルを持つプレイヤーが魔王にトドメを……つまりはLAを取ることで、全損して死亡したプレイヤーも目覚める」
キリトの疑念と淡い期待は、ヒースクリフの説明によって現実のものとなった。曰く、今まででナーブギアを外されて死亡したプレイヤー以外はは安全地帯のような別エリアで眠っているだけであり、正常終了シークエンスあるいは脳破壊シークエンスが起動するのを待っている状態なのだという。
つまり前回のアインクラッドでキリトが行動を起こすきっかけとなった説が、この平行世界では現実のものとなっていたのだ。
「しかし諸君、歓喜に打ち震えている所申し訳ないが、十分に留意してもらいたい事が一つある。特別にそれも教えよう」
「……それは?」
「全てには代償が必要となる。キリト君が《神魔剣》を以てして私を斃せば、確かに今まで死亡したプレイヤーも全員生還する……ただし、それはキリト君、君の命を代価としなければならない」
「「「「「…………え……?」」」」」
「……つまり、俺がもしも《神魔剣》スキルをセットしたままLAを取れば、今生き残っているプレイヤーと死亡していたプレイヤーの全員が、俺を除いて生還する……そういう事か」
最悪の想像を浮かべ、キリトは顔を俯けたまま問う。その表情を見れるのは、抱きかかえられているユウキだけ。
その問いに、ヒースクリフは再び是と首を縦に振った。
「その通りだ。君は、その手段でゲームをクリアして皆を救うと同時、脳を焼き切られて死ぬ。つまり、死亡したプレイヤーの生死の行方は君の決断一つに委ねられる。ここで決闘するか、あるいは受けないかは置いておくが、君が《神魔剣》スキルを使用するか否かで全てが変わるという訳だ」
***
俺はヒースクリフの言葉を聞いて、後悔と怒りを覚えていた。
それを知ってさえいれば、前回の皆の死を無駄にしなかった。俺が最上階まで行って……あるいは、ユウキを助けに行った後に俺が戦って勝っていれば、皆が死ぬ事もユウキが死ぬ事も無かった。
だからこの怒りは、俺自身に対する怒りだ。
俺の周囲には俺を見ている仲間がいる。幼馴染達がいる。頼れる人たちがいる。絶対に守ると何度も誓った、愛する人がいる。誰もが目で訴えかけていた。戦うなと。今ここでお前を排除するつもりだから、今は退けと。決して自分の命を無駄にするなと言ってきていた。
それも正しいとは思う。
だが……!
「ふ、ざけるな……!」
俺の腕の中にいるユウキが、ヒースクリフを睨んだ。そして口を開く。
「何故、何故そんな設定をした! 持ち上げて落とすような設定を……!」
ユウキの慟哭が響く。ヒースクリフに憎悪と憤怒を向けていた、今までに俺が見た事無いくらいに怒り狂っていた。
少しだけ、ユウキを怖いと思った俺が居た。
「英雄とはとかく美化して書かれる事が多いが、そういった立場の存在は謂わば生贄のようなものなのだよ。力なき者達の代わりに全てを背負う者……人の命の為に自らの命を捨てるか、あるいは己の命を優先して他者を切り捨てるか。この選択は二つに一つしか為されない。英雄も助かり、全ての人も助かるなどというハッピーエンドなど、あり得ないのだよ」
「それは、それは茅場晶彦、貴様の持論だ! それを他人に強要するなッ!!! それなら最初から一択に絞れt!!! これ以上この人を、キリトさんを、苦しめるなァッ!!!!!!」
麻痺になっているのにボス部屋全体どころか迷宮区全体にすら轟きそうな程の大音声で、ユウキは怨嗟の声を発していた。他人を『貴様』と言う所を初めて聞いた……それだけ真剣に怒ってくれているという事なのだろう……
俺は、どうするべきなんだ……他の人を切り捨てて生きるのか、俺の命を捨てて他の人を助けるべきなのか……
俺は、どちらを選べば良いんだ……?! どれが正解なんだ……?!
***
「う、くぅ……ッ!」
眉根を寄せ、眉間に深い皺を作るまでに表情を歪めているキリトさんを見て、自分の命を捨てて他の人を救おうという選択を取るべきか取らないべきか酷く悩んでいるのが見て分かった。
誰でも分かるだろう、こんな顔を見れば。
「キリト、ダメだ、《神魔剣》は絶対使うなッ!!! 何もお前がそこまで命張る必要は無いッ!!!」
「いや、そもそもこの決闘自体受けるなッ!!! これでお前が死んだらそれこそ無駄死にだろうがッ!!!」
イチゴとナツが必死に声を張り上げてキリトさんに制止の声を投げた。
「俺は……俺、は……!」
「キリト君ダメッ、悩まないで! 悩む必要なんて無い事は明白でしょう?!」
「あんたどんだけ自分の事を考えてないのよ?! もう今まで十分に戦ってきたでしょうが!」
「そうですよ! 最年少なのにずっと戦い続けてきて……人の為に戦うのは立派ですけど、そこまでいくともう異常です!!!」
二人の声を聞いて更に揺らぎ始めた様子を見て、嫌な予感が膨らみ始めたからだろう、アスナ、リズベット、シリカが声を投げた。
だが拙い、声を投げれば投げる度にキリトさんは揺らいできている。呼吸も荒く、瞳が激しく揺れている……明らかに逆効果だ……!!!
恐らく今のキリトさんの脳裏には、前回に死なせてしまった全プレイヤーの事が浮かんでいる、それでどうするべきか悩んでいる。全てを救って死ぬべきか、死んだ人達を切り捨てて生きるべきか……
だけど、既に亡くなった扱いの人達には申し訳ないが、そもそも悩む必要なんて無い選択だろう、キリトさん……!!!
「キリトさん、何で悩んでるのさ……!!!」
「ユウキ……俺は……」
「悩む必要なんて何処にも無い! 全損してしまったプレイヤーの人達には悪いけど、その人達の為にキリトさんが死ぬべきなんて事は絶対あり得ないんだ……!!! 生きてよ、お願いだから、死ぬ選択なんて取らないで……もう、ボクを置いて……何処にも、行かないでよ、お願いだからッ!!!」
「ッ……」
「約束したでしょ?! 生きるって、絶対に生還するって、ユイちゃん達とも交わした約束でしょ?! それなのに何で、どうして悩むのッ?! どうしてそこで躊躇うのッ?! どうしてそんなに動揺するの?! 一体キリトさんの何が、そこまで死に急ごうとさせるんだよッ!!! 一体何があったらそんなに自分の命を軽く見れるんだよッ!!!」
そんな必要なんて何処にも無いのに、どうしてこんなにもこの人は自分の命を投げ打つ選択肢でも悩むんだ……!!!
麻痺で思うように動かなくて、震える右手を持ち上げて彼のコートの襟を掴んで引き寄せる。大して力を発揮できない状態でも彼は呆気なくボクの眼前まで引き寄せられた。
顔は泣きそうなくらいに歪められ、迷いに瞳を揺らしている……
そんな顔をするくらいなのに、どうしてキリトさんは、そこまで人の為に命を軽々しく投げ打てるんだ……!!!
「キリトさんにとって、自分の命よりも人の命の方が大切なの?! 普通逆じゃないの?! 別に無意味だとか無価値だとかは言わないけど、あまりにも常軌を逸してる!!! もっと、もっと自分を大切にしてよッ!!! たった一つの、両親から授かった大切な命を…………そんな簡単に捨てちゃ、ダメだよ……」
「……」
段々声から力を失ってきたボクは、もう鼻声で喋っていた。
目から涙は止め処無く溢れるし、鼻もジュルジュル啜ってるし、全然女としての体裁を保っていない姿だけど、そんなの関係無かった。ただ死んで欲しく無かった。
「ほら、言ってよ……生きるって……死なないって…………何で、黙ったままなの……不安になるから……お願いだから…………《神魔剣》は使わないって、言ってよ……」
折角、ここまでほぼハッピーエンドで来たのに……どうして態々悪い方へ進もうとするの……? キリトさんが死んだら、たとえ生還出来たとしても嬉しくなんて無いよ、誰も……そんな犠牲を嬉しく思う人なんて、相当歪んでる人くらいだよ……
「お願いだから……お願い、だか、ら…………」
「……」
「死なないで……死ぬ選択を、しないで…………キリトさんが居ない世界なんて、嫌だよ……居なかったら、死にたくなるよぉ……!」
キリトさんが……和人さんが居ないなら、もう生きる意味を失うと同義だ。だから自殺すらも厭わない覚悟でいる……
お願いだから、それを分かってよ、居なくなろうとしないでよ……一緒に居てよ……!
――――もうボクを一人ぼっちになんて、しないでよ……ッ!!!
心の中で叫ぶ。口にしようとしても、しゃくり上げてしまって全然まともな音にならなかった。
「……ヒースクリフ、一つだけ、確認したい事がある」
漸く口を開いたキリトさんは、しかしヒースクリフに向けて話し掛けた。確認というのは一体何なのかと気になって邪魔は、しなかった。
「……何かね? 大幅にゲームシステムに関わる事は流石に答えかねるのだが」
「俺が《神魔剣》でトドメを刺した時、どのような過程で俺は死ぬ。HP全損した事でシークエンスが起動するのか、それとも《神魔剣》でLAを取った事に反応して即座に破壊シークエンスが起動するのか、その辺りを答えて欲しい」
「……質問の意図を測り兼ねるが、一応答えよう。君がラスボスである私を《神魔剣》のソードスキル倒してLAを取った場合、それに応じて君のHPもゼロとなり、アバターは通常通り爆散。そこからはナーヴギアを取り外された者と同様、開始宣言の時に説明した通りに君の脳は高出力マイクロウェーブによって破壊される。LAと同時に君のHPが全損した事で、死亡した結果から脳破壊シークエンスが起動する訳だから、最初に説明した時の死亡過程と同様であるという認識で構わない。勿論私も君にトドメを刺されれば同様のシークエンスで死亡するようになっている……これで良いかね?」
「ああ……その答えを聞いて決まったよ……」
「キリト、さん……?」
完全にしゃくり上げながら、目元の涙を拭って顔を見上げれば、彼はさっきまでの動揺など一切無い毅然とした表情でヒースクリフを見据えていた。
これは……まさか……?!
「ヒースクリフ、決闘を受けさせてもらう」
「「「「「ッ?!」」」」」
「な……キリトさんッ?!」
「ほう……?」
嫌な予感が当たり、ヒースクリフは訝しげな声を上げ、ボク達は揃って慄然の声を上げた。
「キリトさん、何で……?! 何で……どうして……どうしてッ!!!」
立ち上がろうとするキリトさんを、決して行かせないと気合いで右手を伸ばし、彼の襟首を掴んだ。
焦燥、悲しみ、そしてそれら二つの感情を上回る憤怒が胸中に沸き起こっているボクを、彼は真剣な表情で見返してきた。
「……出来る限り良い結果で生還する……俺はそう言った」
「……言ったよ、言ってたけど……それはキリトさんが死ぬ道を選ばないといけない事はないでしょ! 何で……何で、また約束を破るの、どうしてまたボクを置いて逝こうと……!」
じわりと、憤怒で引いていた涙がまた溢れてきた時、ぽふっと頭の上に手が置かれた。真剣な表情のキリトさんは、ほんの僅かに、ほんの少しだけ口の端が柔らかな笑みになっていた。
こちらの不安を取り除こうとしていた……それが逆に不安を煽って来る……
「……次会う時は、向こうの世界だ」
そう言って頭の上から手を離し、キリトさんは立ち上がってヒースクリフの方へと向き直って歩き出した。
少しずつ、でも着実にその小さくも雄々しく頼れる背中が、儚く脆く砕け散りそうな程に張りつめている背中が、離れていく……!
「ちょ……待って……!」
まだ、《二刀流》だけなのか、《神魔剣》を使うのか聞いていない……! メニューを開けない現状、《神魔剣》スキルが付与されている魔神剣エンリュミオンと神聖剣リンベルサーを使うのか分からないし、アレはエリュシデータとダークリパルサーと見た目が同一なので、どちらなのか見ても判別がつかない。
ちゃんと明確に言ってもらわないと、不安なんて取り除かれないよ……!!!
「キリト、行くな! キリトっ!」
「お前が死んだら、俺達は立ち直れねぇぞ!」
「エギル、クライン……」
滂沱の涙を流して止める、大人の中でのキリトさんの親友二人が声を荒げて制止していた。
やはり彼らも今までのキリトさんの行動から《神魔剣》を使おうとしているようにしか思えないのだ、だから止めようと声を張り上げている。
「幼馴染が死のうとしてるのに、黙って見てろなんてあんまりです!!!」
「あんた、もう十分すぎるくらい頑張って来たでしょ! もうこれ以上はしなくて良いのよッ!!!」
「キリト君、ダメ! 戦わないで!!!」
「幾らなんでもキリトが死ぬ必要なんて無いんだよ! お願いだから、考え直してッ!!! クリアなんて百層まで進んでも出来るから、戦わないでッ!!!」
「シリカ、リズ、アスナ、フィリア……」
焦りと恐怖を浮かべている、幼馴染であり大切な存在である四人も涙を浮かべて、声を投げ掛けていた。
「姉さん達も、キリトの帰りを待ってるんだぞ! 行くんじゃねぇ!!!」
「俺の妹達もそうだ! 戦うなッ!!! お前にだって現実で帰りを待ってる家族が居るだろうがッ!!!」
「ナツ、イチゴ……」
数少ない男の幼馴染達が、仲間が、一様に涙を流して和人さんを止めようとしていた。他にもディアベルやキバオウ、コペルの他にリンド達や黒猫団まで、涙を浮かべて止めようとしていた。
もうヒースクリフとキリトさんを除く全員が滂沱の涙を流していた。
キリトさん……あなたは、これ程までに思われ、慕われてる……死ぬなんてこれだけでも間違ってるって分かるでしょう……?!
「……皆も、次は向こうで会おう」
「「「「「ッ……!!!」」」」」
キリトさんは左の剣を持ち上げて皆に笑みを浮かべて返した、その言葉もやはり、生きるか死ぬかを判断付かない曖昧なもの。
『向こう』っていうのは現実なのかあの世なのか、ハッキリと言ってよ……!!!
キリトさんは、しかしボクのその思いに気付く事無くヒースクリフに向き直った。
ヒースクリフは丁度【不死属性】を解除しているところだった。その表示が出た後、剣を抜き払って構え、彼を見据える。
それに対してキリトも構える。目の前の男を倒し、全てを終わらせる為に……
*
「は……ぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!!!」
「ぬ……ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
戦いは唐突に始まり、そして最初から苛烈を極めていた。キリトさんの二刀をヒースクリフは全て的確に盾で防ぎ続け、生まれた間隙を突いてカウンターを叩き込んでいる。
その一撃をキリトさんも捌いているので、斬り合いを始めてから一分ほどの現在も未だに一撃もクリーンヒットしていない。
お互いのHPはどちらもマックス、しかし精神的な疲労があるからかキリトさんの剣速が前のデュエルの時より遅い、速度がどうしても乗り切っていない。ヒースクリフも疲労は同じだが、あちらは大きな盾があるから掲げるだけで殆ど防げるし、ヒースクリフは曲がりなりにも攻略組最強の盾と称される実力があるのだ、デュエルで見た程度の速度なら疲労がある今でも十分捌ける。
不利なのは、《スカル・リーパー》との戦いの殆どで暴走状態だったキリトさんの方だ。明らかに疲労が蓄積している。
やっぱり、キリトさんが言っていた『向こう』というのは、『あの世』の事か……!!!
「くそっ……何で……どうしてなんだよ……!!!」
無様に這い蹲ったままボクは怨嗟の声を、キリトさんに対して放った。大切にしてくれる、特別に想ってくれているのは分かる。
でもどうしてそんな簡単に命を捨てられるんだ、たった一つだけの命、転生したというのならその有難みはよく分かっている筈なのに……何で、そんな簡単に命を懸けられる、捨てられる、捨てて人を助ける行動を取れるんだ……!!!
ボクの訴えが足りなかったのか、それとも通じ合ったと思っていたのはボクだけで本当はそんな事無かったのか。ボクはキリトさんとヒースクリフの戦闘を眺めながら、脳裏でずっとその思考を展開し続けていた。
――――キィィィ……ン……!!!
その思考を途絶えさせたのは、今までの激しくぶつけ合う何かを叩いたような衝突音では無く、高く響く音だった。
視線を発生源に向ければ、漆黒の剣を肩に担ぐようにして構えて深紅の光を迸らせるキリトさんの姿を一瞬見て、直後、耳を劈く音と共に空間を切り裂く刺突を突進しながら放った。ヒースクリフの盾に衝突し、僅かに中心からずれていた為か、横へとそのまま流される。
ヒースクリフから見て盾を構える左側へと流されたキリトさんは、直後、左手の翡翠の剣に蒼光を迸らせ、左回転してヒースクリフの背面から斬り掛かった。
「ぬぅ……!!!」
流石のヒースクリフもあの強烈な刺突攻撃である《ヴォーパル・ストライク》の勢いに対応していて反応しきれず、背面から真面に横一文字の回転斬り《ホリゾンタル》を喰らい、HPを一割と少し減らした。
ソードスキルには技後硬直があるが、その攻撃をまともに受けた方にはそれよりもさらに大きな硬直を課される。ノックバックである。システム的なものなのでヒースクリフでも回避は不可能だ。
いや、むしろヒースクリフの……茅場自身の世界なのだから、自らルールを犯すような事はしないに違いない。自分から破れば、それは自ら自分自身が作り上げたこの世界を否定する事になるからだ。
「お……ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
そのノックバックで隙だらけとなったヒースクリフに、ここぞとばかりに苛烈な攻撃をキリトさんは加え出した。
二刀に蒼光を迸らせて斬り付けるあの技は、ボクも使ったことがあった、《スターバースト・ストリーム》十六連撃だ。
その最後の左刺突を放つ直前、キリトさんは二刀から蒼の光を消し、黒剣に紅い光を宿した。直後、超高速を以て五連続の刺突が叩き込まれ、袈裟掛け、大きく飛び上がりながら逆風に斬り上げ、中空で体を捻りながら大上段から唐竹に剣を振り下ろされる。
凄まじい爆裂音と衝撃波が発生し、ヒースクリフが若干キリトさんから前のめりに離れた。《片手剣》で八連撃にも上る上位ソードスキル《ハウリング・オクターブ》だ。
「はぁぁぁああああああああああああああああああッ!!!!!!」
三メートルほど距離が離れたヒースクリフを、彼は二刀にまた蒼い光を宿し、駒のように回転しながら追撃した。右回転しながら左の剣で右斜め上に斬り上げ、続けて右の剣で右斜め下へ斬り下ろす《二刀流》突進二連撃ソードスキル《ダブル・サーキュラー》。奇襲、追い打ちにとても有効なソードスキルである。
その二撃を背後からまともに受けたヒースクリフのHPは、既に三割を斬ろうとしていた。残量から見て、恐らく《ジ・イクリプス》でギリギリ削れるくらいだろう、念のためもう一つほどソードスキルを挟むべきだ。
その思考を読んだのか、キリトさんは右に振り抜いた黒剣に青黒い光を宿し、背中を向けている眼前の敵へ攻撃を開始した。左斬り上げ、右斬り上げ、袈裟掛け、刺突、袈裟掛け、勢いそのまま回転して大上段からの唐竹割りからなる《片手剣》最上位ソードスキル《ファントム・レイブ》、見ての通り六連撃技だ。
更に、最上位ソードスキルの名に恥じぬ性能を持ち、クリティカル率がかなり高い上に、ヒットした相手の全ステータスを数割下げるデバフ効果まで付与されている。
ステータス低下に加えて背面からによるクリティカルダメージを受け、《片手剣》六連撃のダメージは凄まじいものとなり、ヒースクリフのHPは最早ギリギリ一割を下回る程度となった。
これまで《二刀流》と《片手剣》のスキルしか使っていない。これで勝てれば、彼は生き残る結果となる。
彼は死ぬつもりでは無かったようだ……
「これで……終わり、だぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
最後とばかりに怒号を轟かせたキリトさんは、二刀にソードスキルのエフェクトを宿した。右の剣には真っ黒な闇、左の剣には眩い白。
――――それは、《神魔剣》スキルに特徴的なエフェクトだった。
「な……キリトさん、何で……何で……どうしてッ?!」
予想を裏切られたボクの叫びも空しく、キリトさんは怒号を上げ続けながら闇と光を宿した二刀を目で追い付けない速度で振るった。瞬く間にヒースクリフが纏う真紅の鎧に分かり辛いがハッキリと見える斬閃を示すダメージ痕が刻まれ、一秒と経たずにHPが全損する。
それと同時に、キリトさんの頭上にあったフル状態のHPバーもまた、全損する。すぐさまアバターが爆散する兆候である光が彼を包み始めた。
「「「「「な……?!」」」」」
「うそ……いや……いやぁ……!」
また、約束、破られた…………ボクは……恋人じゃ、ないの……? どうして聞き入れてくれないの……分かってくれないの……キリトさん……何で、また……ボクを置いて……先に逝くの……?
ねぇ……何で……?
麻痺は解けたけど……もう、何もかも遅いよ……
……ボクはまた、独りぼっちなの……?
――――それなら、もう、いっそ……
「……まさか、その選択を取るとはね。ユウキ君の事を考えていない……」
「ユウキッ!!! ギルドストレージにあるアイテムを急いでキリト君に使ってッ!!!!!!」
「はッ?!」
「「「「「?!」」」」」
ヒースクリフの言葉を遮って唐突にアスナに名前を呼ばれ、しかも何か使えと言われ、いきなり過ぎて頭が付いて来なくてビクッと体を震わせながら返事をしてしまった。
しかし、ギルドストレージに、ここで今使えるアイテムなんて……
「クリスマスイベントのッ!!!!!!」
「ッ!!!」
疑問が浮かんで首を傾げると、すぐに気付いたらしいアスナがそう言ってきた。
現状使えるアイテムの中でクリスマスイベントのアイテムと言えば……一つしか無いッ!!!
ボクはもう我武者羅になって右手の人差し指と中指を立てて下ろし、使い慣れたメニューを慌ただしく繰ってアイテムストレージ、その中でもギルドに所属しているメンバー共通で使用できるようにしているギルドストレージの欄に行き、アイテムを探した。
数か月前、アスナがギルドの共通資産として入れていたそれを、ストレージに入ってから二秒で見つけ出し、それをオブジェクト化する。
それと同時にキリトさんが結晶となって散り、二刀がボス部屋の床に落ちた。
ヒースクリフが結晶となって散らないのは恐らく管理者権限を使い、話す為だからだろう、これが終われば恐らくすぐにでも消える筈だが、今はそんな事を考えているほど余裕が無かった事を即座に思い出す。
これの有効時間は、十秒だけなのだッ!!!
「蘇生!!! キリトッ!!!!!!」
眩い銀に輝く宝玉が嵌っている宝石を掲げて大音声で言うと同時、ぱきぃんっと乾いた音がして結晶となって消えた。
「……あ……あぁ……!」
それと同時、漆黒と翡翠の二剣が床に落ちた所に、結晶となった宝玉から放たれた輝きが流れていき、それは周囲に散らばる彼のアバターの欠片を次々に絡め取り、元の位置へと戻した。数秒後には人の姿に戻り……
そして一際強く光り輝き、思わず目を腕で庇う。暫くしてから光が収まって腕を下げると、そこにはHPが危険域二割のラインで復活した黒尽くめの少年……キリトさんの姿があった。影もある、透けてもない、カーソルもHPバーもギルドタグもしっかりある……メニューを見ても、結婚状態は解除されていない……!!!
「……まさか、《神魔剣》でラスボスの私にトドメを刺し、自身も全損状態で条件を満たした直後、アイテムスパンが停止するまでと脳破壊シークエンスが起動するまでのラグを使って蘇生アイテムを使うとは……これは想定外だったな、まさか《還魂の聖晶石》が結晶無効化空間でも使えるとは…………ふ……しかしそれもまた、MMORPGを初めとしたゲーム運営の醍醐味かな」
「あ……あぁぁ……ああああ…………!!! キリトさん……キリトさん……!!!」
もうダメだと思った直後にこの復活だ、歓喜に心が震えて涙まで浮かんできた。さっきまでの怒りと悲しみによる負の感情からくる涙では無く、歓喜という正の感情からくる涙、とても暖かい涙だ。
茅場自身が言外にこの復活を認めたのだ、ならばもう喜んで良いだろう……!!!
立ち上がりながら走って、躓き掛けながらもすぐに態勢を直してまた駆けて、キリトさんに後ろから抱き付く。もう離すものかと強く抱擁をした。
「よかった……よかった…………! もう、ダメだと……! もうダメだと思った……ッ!!!」
「……ごめんな、ユウキ……」
「本当……現実に帰ったら、覚えててよ……今回は絶対に説教だけじゃ済まさないんだから……!!!」
「ン……覚悟、しておくよ……」
本当、今回ばかりはもう我慢ならないから、絶対に説教だけでは済まさない。頬の一発や二発は殴らせてもらう。取り敢えず筋力が戻ったら。
「キリト、テメェッ!!! 無茶してんじゃねェよッ!!!」
「この莫迦キリトがァッ!!! アスナの機転が成功したから良かったものの、失敗してたら俺達を残して死んでたんだぞッ!!!」
「「「「「……」」」」」
「クライン、エギル……皆も…………ごめん……」
「たっく……現実で会ったら、何時になってでも良いから三回は飯を奢りやがれ」
「全くだ。今回ばかりは擁護も一切出来ないぞ」
クラインとエギルが眉間に皺を寄せて仁王の如く怒りを露わにしており、キリトさんは少し怯えた様子で謝罪した。
それでもあまり怒りは収まっていない。何だかんだ言って結局許してしまうのがボク達なのだけど、暫くは怒り冷めやらぬ状態が続きそうだ。
「さて……キリト君は確かに私に《神魔剣》で勝利した。それに彼の蘇生も私自身がこの世界に組み込んだアイテムによるものだ、彼にのみ実行されようとしていたシークエンスを正当な手段でキャンセルされたのだ、彼を含め全プレイヤーのログアウトを開始しよう。これから順に、君達は現実世界へとログアウトしていく」
それはつまり、キリトさんも一緒に現実世界へ還れて、HP全損で亡くなった人達も還れるという事。最初期にナーヴギアを取り外されて亡くなった人達以外は、全員生還出来るという事だ。
考え得る中でも最高の結果だろう。
「……ヒースクリフは、これからどうなるんだ?」
「私は勝負に破れたのだよ。今は管理者権限を使ってこうして君達と話をしているが、私自らがこの世界のルールを破ったとあっては、私にとって唯一の現実であるこの世界を、否定することになってしまう。最初に言った通り私は脳を焼き切って死ぬ定めだ……これでお別れだ…………この世界に来てくれたのが君達で、本当に良かったと思っているよ……私の夢想の中で、君たちは真剣に生きてくれた…………」
思い残す事は何も無い。そう安堵の溜息と穏やかな表情となっているヒースクリフ。
何というか全然ボクは好きになれない。丸く収めようとしているが、元を正せばこの男のせいでややこしい上に危険な道へと進みかけていたのだから……
……半分は、キリトさんも悪いが……
「…………なあ、茅場」
「……何だね?」
「確かに、この世界は仮想現実の世界だ。けれど……俺はこの世界も、もう一つの現実世界だと思ってる。この世界で生き抜いた事実は変わらないし、思い出が無くなる訳でも無いから」
キリトさんは、そんなヒースクリフ……茅場晶彦に向けて、きっと最高に位置するだろう言葉を発した。
これから旅立とうとする男への手向けには過ぎたものだろう。
確かに辛かったし何度も心が折れかけた、一度は完全に折れた。でも、それでもこの世界を現実と同じように生きていたのは確かだ。楽しかった時間も確かに存在した。
絶対にヒースクリフに聞かせたくないので口にはしないが……それは確かだ……
「そう言って、くれるのか…………ありがとう……キリト君…………」
その言葉を満足そうな笑みと共に残し、ヒースクリフは光となって消えた。
直後、鐘の音が響き渡った。そしてシステムアナウンスが響く。
SAOプレイヤーの皆様に、重大なお知らせがあります。
全プレイヤーのHPは、最大値で固定されます。
全てのアイテムスパンは、停止します。
2024年7月7日、午後五持三十分。
ゲームは、クリアされました。
繰り返します。
――――ゲームは、クリアされました。
直後、アインクラッド全体が震えた。プレイヤー達の喜びが伝わってくるかのようだった。
アナウンスを聞きながら、ボク達もまた、ログアウトしていった。
***
気付けば、透明な床から茜色の雲海を見下ろせる場所に立っていた。緩やかに風が吹いていて、恰好を見れば黒尽くめのコート姿だ。
二剣は無いが、間違いなくSAOでの俺の装備。つまり俺はまだSAOサーバーに居るという事……
「ここは……どうして……」
「君だけと、少し話がしたくてね……」
その声が聞こえた後ろを見ると茅場晶彦がいた。白衣を着た、緩いスーツ姿の男。
酷く場違いに思えてしまうのは恐らくファンタジー世界に現実的なスーツ姿だからだろう。
「話か……一体何だ?」
「君に渡さなければならないものがあってね」
そう言って取り出したのは、卵のようなもの。そして青い立方体の結晶だった。
「そちらの卵のようなものは世界の種子、芽吹けばどういうものか分かる。この世界に憎しみ以外の感情があるのなら使ってみると良い…………そしてもう片方のこの結晶体は、この世界《アインクラッド》のデータと管理者権限の全て、つまりはSAOそのものだ。これらを君のナーヴギアのメインメモリに凍結し、圧縮させて送り込んでおく。きっと役に立つ筈だ……君なら、有効活用してくれると信じている」
俺が五大企業の真の統括長としてもプレイヤーとしても、今後VR世界に関わる事を見越しているな、この男……MHCPのユイ達が生きる世界から離れる筈も無いから、これは見越されていても驚きはしない。
「……つまり、SAOをもう一度再現できると?」
「デスゲームではない、正真正銘のゲームとしてのSAOならばな。これを新しい別のゲームとして売り出すか、それとも別のものに使うか、全ては君次第だ」
そう言った茅場から俺はその二つを受け取った。
その後、足元の先に見えるモノ――――浮遊城《アインクラッド》を見た。アインクラッドは基幹部から次々と崩れていっていた。少しずつ、少しずつ崩れては紅い欠片となって散っていく。
その最中、アインクラッドを眺めていて偶然見えた。第二十二層にある、俺とユウキの魂が囚われ続けた家、そこも崩れていった。隣にあるギルドホームも同じ。
「……ああ、言い忘れていた事が一つあった」
「?」
俺は茅場を見た。
茅場は俺を、力強い微笑を浮かべて見ていた。そして言葉を紡ぐ。
「改めて……ゲームクリアおめでとう、キリト君」
「……え……?!」
改めて……だがさっきまで戦っていたヒースクリフには、『ゲームクリアおめでとう』などと言われていない。
という事は、まさかこの茅場は……?!
「まさか……?!」
「ふ……ではな」
俺の驚愕に微笑みを浮かべ、茅場は去った。瞬きをした一瞬の間に、その姿を消してしまった。彼が立っていた場所には、まるで風が吹く砂漠を歩いた後かのように白い靄が流れていた。
あの笑み、そして今の言葉。間違いない、ここで話したあの男はさっきまで戦っていた茅場では無く、最初の……
「…………まさか、世界を跨いでまで本当に助けられるとは……ありがとう、茅場晶彦……さようなら……」
俺は床の透明な水晶盤に腰掛け、崩れ去る浮遊城を見ながら笑みと共に礼を呟いた。
崩落は最上階まで届き、しかし抵抗するかのように残っていた紅い城。【紅玉宮】が崩れ去るのを最後に、俺の意識も闇に沈んだ。
そして、俺は――――
***
「……ぅ……」
空気に柔らかい香りがある。
最初に抱いた感想はそれだった。もしかしたら、目覚める事が出来ないのでは、という思いがあった。
これであとはキリトさん……和人さんを探し出せばいいだけだ。
プルプル震えて全く力が入らない体に鞭を打ち、ナーヴギアを外して、全身全霊で起き上がる。
ナーヴギアは、自分にとっては合計約五年間、あの世界へ繋げ続けた拘束具。けど、あの人に会うために大切なものだった。長い間、ボクとずっと戦い続けた、謂わば相棒のようなものでもある。
――――……よく保ってくれたよ……ありがとう…………
それの、塗装が剥げてむき出しになっているバイザー部分を撫でて思う。
それから体に張り付いているコードやらなんやらを点滴のチューブ以外は外し、点滴を吊るしている支柱を支えに、少しずつ歩く。
あの世界では超人的な動きが出来ていたのに、こちらではプルプル震えて弱々しい事この上ない。すぐにも膝が折れそうになってしまい、あの世界との落差に苦笑してしまった。
廊下に出ると、丁度ボクの病室に入ろうとした人がいた。
「木綿季、あなた、起きたの……?!」
「ねぇ、ちゃ……ん」
ボクを見て、驚く誰か。髪を腰まで伸ばして、穏やかそうな顔に驚愕の表情を浮かべる、女性。暖かそうな桃色のセーターと藍色のロングスカートがよく似合っている人。そう。この人は、ボクの双子の姉。紺野藍子(こんの あいこ)。
姉ちゃんはボクを見ると、口に手を当てて泣き始めた。傍を通りかかった看護士さんにすぐに、しかし慎重に病室に戻された。
和人さんを探しに行きたかったけど、姉ちゃんや後から来たお父さんにお母さんが大泣きし、ボクの無事を祝ってくれたものだから、中々言うに言い出せなかった。
「良かった……本当に、良かった……!」
「お母さん……」
普段から涙を流さないお母さんが泣くのを、ボクは初めて見た。前世でも今世でも辛い時は神様に祈りを捧げて耐え忍んでいたからかも知れない。
「よく……よく、頑張ったな……偉いぞ……!」
「無事に目覚めて、本当に良かったわ……折角生きれると分かったのに、これなんだもの……良かった……!」
「お父さん……姉ちゃん……」
起きたばかりでかなりぼやけて聞こえたが、それでも何を言っているかはよく分かった。とても心配をかけて、大切に想ってくれているのがよく分かった。
前々回の完全クリアしたボクはこんな風に出迎えられたのだろうか、死んでしまった前回の世界の家族はどれだけ嘆き悲しんだのだろう……涙を流して喜んでいる三人を見て、脳裏にそんな思考が浮かんでは消えた。
あの世界は、漸く終わった。ボクはやっとSAOを終えて現実へ帰って来られたのだ。
とんでもない無茶をして、死にに逝ったキリトさん……和人さんも目覚めているに違いない。今は会えなくてもすぐにリハビリで会えるだろう、もしかしたら電話で話せるかもしれない。
なら、今のボクがするべき事は……
「お母さん、お父さん、姉ちゃん……」
「「「ん……?」」」
「……遅くなって、ごめんね…………ただいま……」
笑顔で、帰還の挨拶をする事だ。そして家族の温かみに溺れる事だ。
――――すぐに会えるから……怒られるのを待っててよ、和人さん……
家族の優しく温かい抱擁を受け、涙を流しながら、胸中で和人さんへ向けて笑みと共に呟いた。
こうしてボクは、現実世界への生還を果たしたのだった。
はい、これにてSAO編は終了です。
最初は三人称視点でしたが途中から殆どユウキ視点、キリトの視点はヒースクリフとの最後の会話だけですね。
以前書きました通り、キリトは基本的に死にに行くアホの子です、というか精神異常者です。とうとうそこを皆に言われてしまいました。
ユウキとか完全にキレて鬱憤を爆発させてます。
その辺の心情描写にユウキの心の声を何度も書きましたが、どうでしょうか。結構真に迫っていたと思うのですが……
ちなみにあの辺からそれ以降全て書き直しています。考えるまでも無く手が進みました。原作で大切な人達を亡くし、逆行SAOでもキリトの死を見てしまったユウキですから、これくらいあってもおかしくないと思ったので。
キリトを救ったのは原作もそうだったようにアスナでした。ユウキは庇おうにも心から折れてますので、《心意》も出来ずに動けない状態でした。そしてこの平行SAOで蘇生アイテムについてちょっと触れていて、ゲットしていたのはアスナと書いていたのは、こうする為でした。
彼女が手に入れた蘇生アイテムについて覚えていたため、平行ヒースクリフの持論が崩壊してます(笑)
実は加筆・修正したのって《神魔剣》についてが一番大きいです。
最初は《神魔剣》スキルで死亡するなんて設定ありませんでしたが、何か原作ベースで悲しみが無いなと思いました。だってキリトは既に実力が半端無いので、ワンサイドゲームになってしまいます、それが以前までの内容でした。
なので途轍もなく悩むシーンを入れるのに、この設定を採用したのです。他の全損者生還はそのままで、キリトも生きるとなれば、本作にしこたま関わっておきながら出番が無い蘇生アイテムが使えると思い至って書き足しています。アスナがゲットしていたのは元からでしたが、別に使う機会無くて良いかと思って放っておいたものを再利用した形になります。
《結晶無効化空間》なのに使えるかという疑問ですが、そこはヒースクリフの設定忘れという事で。そもそも設定のデバック調査はベータテスター達などで行ってますし、蘇生アイテムも一個だけのユニークですし、普通に使用できると考えました。
最初は七千字だったのに、加筆したら二倍の一万五千……ユウキの視点で書くと凄いですね。
そして最後に現れた茅場さん、驚愕の新事実発覚です。ここは最初から決めていた事でしたので変えてません。
彼は謎めいていますよね……謎なキャラってこういう時は使いやすいので、話の展開が楽で良いです。
さて、これでSAO編は本当に終わり、一応ベースは原作沿いなので次はALO編、舞台は現実世界と《アルヴヘイム・オンライン》です。
全体的に加筆修正を加えなければならなくなっているので、もしかしなくても更新は遅いです(泣)
ご容赦下さい。
ではそろそろ、次回予告です。
今度こそ現実へと帰還した【絶剣】ユウキこと紺野木綿季。最初期以外で死人が居ない上に、それを為したキリトも生還する新たな歴史へ進んだ事に歓喜しながら現実に戻り、リハビリを経て、ダイブする前の肉体を取り戻してからは日常を送っていた。
しかし、その隣には空白しか無かった。
SAOの戦いは、まだ終わりを告げていなかった……いや、また別の戦いが始まりを告げるのである。
次話。新章 Alfheim Online編 ~精霊の調べ~ 第一章 ~悪夢~
次話は4日零時に投稿予定です。
ちなみに、妖精とは人の姿をした精霊の事です。
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番外編 ~ヒースクリフが【不死属性】を解除していたら……~
今話はタイトルにある通り、番外編です。
第七十五層にてヒースクリフへ攻撃を仕掛ける際、第五十層でキリトとユウキが危惧していたように《不死属性》が解除されていたら……というIF展開を書き上げています。
まぁ、一話完結ですがね。
文字数は二万三千字と長大です。また、これまでと異なり視点替えの際にはキャラクター名をSIde付きで書いています。
では、第十章からの改悪ストーリー、どうぞ。
番外編 ~ヒースクリフが【不死属性】を解除していたら……~
エギルSide
凄まじい死闘が終わった。俺達攻略組が七十五層ボス《スカル・リーパー》と戦闘を開始してから二時間半が経って、ようやくやつは倒れた。途中一撃で瀕死にキリトが陥ったことで恐慌しかけるも、そこから狂ったように暴走しだしたキリトの猛攻もあって、俺達はなんとか勝利を収めた。
俺はクラインと共に背中を床に付けて、仰向けに寝た。今は第一層の雑魚イノシシにすら勝てる気がしないほど、俺達は消耗し切っていた。今でも床に寝ていないのは、俺が入っているギルド《十六夜騎士団》の団長キリトと副団長ユウキの年少夫婦コンビと、《血盟騎士団》団長ヒースクリフの三人のみ。それでも立っているのはヒースクリフだけで、キリトとユウキは背中合わせで寝るのを拒絶している状態だった。
俺やクラインのHPはギリギリ黄色を保っており、ユウキも同じ。キリトに至っては猛攻を開始してから一度も下がらなかったせいでHPが赤色になっている。レイドの殆どが黄色、最強のキリトが赤になっている中、唯一ヒースクリフだけが緑色を保っていた。それもギリギリ黄色になる、その一歩手前だ。
キリトとユウキは超絶レベルとステータス、装備を揃えている筈だし、【エターナルリング】の影響とかでステータスとスキルが合算されていると聞いているから、そこらの下手なタンクよりも防御力やHPが多い。その二人が揃って黄色以下になるまでHPを減らしているのに、ヒースクリフは《神聖剣》の恩恵か、伝説どおりに未だHPを緑に留めていた。
とんでもねぇ奴だ、少なくともあの堅さは全プレイヤー中最硬だな……そう思ってヒースクリフを見ていると、ふと、カチャ……と微かな音が聞こえた。ともすれば聞き逃してしまうだろう音は金属質、つまり剣の鍔鳴りのような音。それを立てたのは――――キリトだった。
キリトは宿敵を見るような目つきでヒースクリフを睨んでおり、それにヒースクリフは気付いていない。背中合わせだったユウキは肩越しにキリトを見やり――――その一瞬の後、キリトが駆け出した。
左手の翡翠の剣は下げたまま、漆黒の剣だけを突き出すような構え――――確か、《片手剣》スキルの《レイジスパイク》という、単発突進スキルだった筈だ。威力が低めだが《片手剣》スキルには珍しいことに刺突属性のスキルだから、序盤は重宝されていた。空中にスキル発動で飛び上がったMobを迎撃するのにキリトとユウキが多用していたのをよく覚えている。
青色の光の帯を引きながら、キリトは剣をヒースクリフに突き出す。流石にライトエフェクトでヒースクリフも気付いたようだが、しかしキリトの元からのステータスの高さとソードスキルのブーストを最大限に掛けられる技量が合わさり、一瞬で十メートルほどの距離を詰められたことで反応が遅れた。突きはギリギリで十字盾の滑らかに湾曲した部分を滑り、ヒースクリフの胸の中央に突き立った。
ドスッと、プレイヤーが刺突攻撃をされたとき特有の嫌な音が響き、続いて広いボス部屋の中で二つ、息を飲む気配がした。一つはユウキ、もう一つがヒースクリフに剣を突き立てた事で呆然としている――――キリトだった。ここからではキリトの横顔しか見えないが、彼は明らかに、『莫迦な、有り得ない』という顔をしていた。
ぐんぐんヒースクリフのHPは緑から黄色、そして赤になっていく。しかしヒースクリフは自身の胸に突き立った剣を見つめるだけで、何もしない。何をしているんだと思いながら彼の顔を見て、唖然とした。
彼は、キリトを見て、微かに微笑んでいたのだ。しかも、何時も見せる無機質で超然とした笑みではなく、心の底から相手を賞賛している笑みだった。それを見たらしいキリトが、更に顔を強張らせる。
ふっ……とヒースクリフが目を瞑りながら更に笑みを深くし――――HPを全損させて、儚い音を立てながら砕け散った。
最後まで笑みを浮かべながら死んだヒースクリフを、キリトは呆然と剣を突き出したまま見ていた。
蒼い結晶片が散るのを見上げ、次いで深く俯いた。そして二刀を仕舞おうとせず、そのまま先程ボスを倒した事で開いた七十六層への扉へと歩く。
俺達はそれを、一つも声を出せないまま見送った。呆然と、唖然と、有り得ないと思いながら、何故と思いながら、俯いたまま歩き去ろうとするキリトの背中を見ていた。キリトのカーソルは、犯罪者を示す、オレンジカラーとなっていた。
トボトボと、断頭台へ続く階段を上るかのように、ゆっくりとキリトは上っていき、とうとう扉を開けて姿を消してしまった。
それから何分経っただろうか。ふと、俺の後ろで寝ていたクラインが起き上がった。
「何でだよ…………」
クラインの声音には、抑え切れない怒りが込められていた。
「何でキリトの野郎は、ヒースクリフを殺したんだ……いきなり何なんだよ…………俺ら、ここまで必死に攻略してきたんだぞ……それが何だ……ボスを必死こいて倒せば、何でキリトはヒースクリフを殺してんだ……」
ぼそぼそと呟かれる言葉は大した大きさではないものの、嫌な沈黙が漂っていたボス部屋中に確かに響き渡った。そこかしこから漸くキリトの突如のヒースクリフPKの反応が上がる。
「何で……キリト君は、何であの人を殺したの……?」
アスナが呆然としながら呟いた。それに反応したのか、《血盟騎士団》の三白眼で少し長い髪の両手剣使いの男が立ち上がり、声を張り上げた。
「何で団長を殺したのか知らねぇが、とにかくアイツ――――【黒の剣士】はPKを犯した! それも、《笑う棺桶》みてぇな奴らじゃなくて、仲間を殺して、逃げ去ったんだ!」
「そう……そうだ……何でかは知らないけど、キリトはもう、俺達の敵じゃねぇか? 攻略の要の人を殺したんだぜ?」
次々とキリトへの敵愾心を持った連中が声を上げていき、俺やディアベルといったキリトと親しい連中は未だ困惑の表情を浮かべていた。クラインは今も苛立った表情で「何で……」と呟いていた。
「今すぐ追い駆ければ、捕まえられるんじゃないか?! たった一人なんだ、ボス戦後だから疲れもあるだろうし、今ならまだ捕まえれる筈だ!」
三白眼の男がそう言うと、周囲の連中もそうだと賛同して、キリトを捕まえに行こうとする。
十数人の男たちが階段を上ろうとした所で待ったを掛けたのは、さっきから唸っていたクラインだった。
「おい待てよ。お前らキリトの力を見誤ってるぜ」
「あぁ? 何だよ?」
「良いか、思い出せよ。キリトはユウキとペアの装備をしてるから、二人のステータスとスキルが合算されてんだ。二人とも全プレイヤー中ぶっちぎりでレベルが高いはずだ、疲れがあると言っても、それで勝てるわけ無ぇだろうが。しかもキリトはソロでもボスと渡り合える実力があるし、ユニークスキルまで持ってるんだぞ」
「なら、ユウキを連れて行けば良いだけじゃねぇか」
「…………アレを見てもか?」
くい、と親指で自身の背後を指し示した先には、小刻みに震えながら自身の体を両腕で抱えるユウキの姿。いつもの快活な雰囲気など何処にも無く、ただ弱い少女しかいなかった。幼馴染も殆ど同じで、まだギリギリ平静を保ててるのはイチゴだけだった。《十六夜騎士団》の連中や《黄金林檎》、《月夜の黒猫団》の連中、ディアベルはやはり困惑から脱しきれていなかった。ナツやキバオウは怒りに身を燃やして、キリトを捕まえに行こうとするグループに入っている。
つまり、キリトに拮抗できる実力があるユウキも、彼に及ばずともキリトに次ぐ実力があるアスナ達も付いて行けないという事だ。当然だろう、今まで希望となっていた幼馴染が、理由も知れないままもう一つの希望であったヒースクリフを何も言わずにPKし、そのまま立ち去ったのだから。混乱するなという方が無理だ。
三白眼の男は盛大に舌打ちしたが、キリトの最強ぶりは攻略組がよく知っている。あの強さには勝てないと判断できたのか、素直にクラインの主張を受けて引き下がった。一緒に行こうとしていたキバオウやナツも、渋々従う。
「…………なぁ、ユウキ……お前ぇ、何か知らねぇか? キリトがヒースクリフをPKした件についてよ……」
クラインが穏やかに努めようとしながら、しかし怒りが感じられる声音でユウキに聞いた。ユウキはぴくんと肩を震わせるも、反応はそれ以上は返さなかった。それは知らないという反応なのか、それとも困惑していて反応できないのかは判別つかなかった。
クラインは前者と捉えたようで、少し顔を顰めつつぱんぱんと手を叩いた。
「ほらお前ぇら! とっとと上に上がって、街をアクティベートすんぞ! 何時までも呆っとは出来ねぇんだかんな! キリトから話を聞くには、それ相応の対策が必要だろうが! 今のキリトはオレンジプレイヤーなんだから装備の耐久値回復も出来ねぇし、回復アイテムの補充も出来ねぇ。さっさと圏外の村とか町に監視置かねぇと、キリトを捕まえるのが難しくなんぞ!」
そう言って探しに行けないことに不満たらたらだった連中もはっとして、先に上がるクラインの後を追い始めた。ユウキも自力で立ち上がるも、その顔はどう見ても無理をしている表情だった。年相応に輝いていた表情は鳴りを潜め、今は曇ったままだ。周囲の幼馴染たちも同じで、キリトの行動に怒りを抱いているのはナツだけ、他は全員が悄然としていた。
「キリトの奴……あんなにPKを嫌ってたってのに、何で自分がやってんだよ……!」
ぎりっと歯軋りをナツが立てた瞬間、ユウキの背中がびくっと震えた。彼女は最後尾の俺の前を歩いているから、俺にしか分からない震えだった。
ナツの怨嗟に等しい独白は延々と続いていたが、しかしユウキはそれを止めようとはしなかった。ただ震え、悄然と俯いたまま言葉の度に震えるだけだ。それが無理をしているようにしか見えない。
俺は七十六層の草原へ回廊から出た後、ナツの横に行って耳打ちした。
「おい、ナツ。少しの間でいいから抑えろ」
「けどよ、キリトがPKをしたんだぜ?」
「それはそうだが、キリトの悪口を聞く身にもなれってんだ……ユウキのな」
「ッ……!」
顔を強張らせてちらっとナツはユウキへと振り向いた。ユウキはふるふると震えたままだが、しかし涙は見せていなかった。未だ覚束無い足取りながらも、周囲の女子の申し出を断って一人で歩いている。今のこの子に、愛する人への怨嗟の言葉は猛毒でしかない。時間を空けてゆっくりと考えられるようにしないと、いつか爆発してしまうだろう。
七十六層の主街区【アークソフィア】という、賑やかそうな明るい街に到着した俺達攻略組は、しかし陰鬱として転移門をアクティベートし、街開きを楽しみにして待ち構えているプレイヤーが来る前にとっとと五十五層グランザムへと転移した。
グランザムへ転移した俺達は急いで《血盟騎士団》本部へと駆け込み、大きな円卓がある会議室へとなだれ込む。三々五々好き好きに立ったり座ったりしてから、会議というにはお粗末ながらも話を始めた。議題は勿論、キリトの捕縛についてだ。
これについて、意見は半分に割れた。
一つは、殺人鬼として――レッドプレイヤーとして対処する。つまりキリトを殺す事を主張した。
もう一つは犯罪者、オレンジプレイヤーとして対処する。つまりキリトを捕縛する事を主張した。
前者は三白眼のKoB団員のクラディール筆頭に《血盟騎士団》のほぼ全員が主張。逆に怒りに身を燃やしていたナツやキバオウは意外なことに、後者の意見を主張した。怒りに身を任せてはいるが、あれほどPKを嫌って《笑う棺桶》の掃討戦を企画したキリトがヒースクリフを何故PKしたのか、その理由を知りたいと言ったのだ。しかし理由によっては殺す事も厭わないと言う。
どちらにせよアインクラッド中最大最強戦力であるキリトを相手にしなければならないだろうから、その援護にユウキの名が挙がっていた。ユウキは反対はしなかったが、しかし賛成もしなかった。
俺やイチゴ、アスナ達《十六夜騎士団》メンバーや、《月夜の黒猫団》を初めとするキリトに世話になった面々は、一先ず後者の捕縛の意見には賛同しておいた。俺達だってキリトから話を聞きたいのだ。
それからキリトの行動制限のために、各層にあるらしいカルマ回復クエストの場所にそれぞれのギルドの団員を五人ずつ派遣してクエストNPCを監視、圏外の村や町の転移門にも配置する事になった。オレンジカーソル回復や回復アイテムほか、装備品の耐久値回復といった必要不可欠な用事を済ませるには、必ず街に立ち寄らなければならないからだ。少なくとも攻略組の誰一人として、キリトが《ポーション作成》や《鍛冶》といった生産スキルを上げているというのは、完全趣味である《料理》スキルを除けば聞いた覚えは無い。
現在のキリトの位置はフレンド登録が破棄されてしまっているので俺達には分からないが、しかし弟子であるユウキだけは違った。弟子になると死別まで解除できず、フレンドリストに必ず名前が残るらしいのだ。アインクラッド広しと言えど、結婚のようにアイテムストレージまで一緒になってしまう師弟関係を結んでいるのはキリトとユウキだけなのだが。しかし現在位置を知らせる追跡が拒否となっていて、キリトの居場所は知れなかった。オレンジになっている間はメールは一切送れない仕様らしいので、キリトから直接接触でも無い限りは連絡が取れないということだ。
《十六夜騎士団》の団長――つまりはギルドリーダーの役職も、システム的にもユウキへと受け継がれていた。そしてユウキが確認したが、キリトの名前は《約定のスクロール》から消えている、つまり脱退している状態らしい。ユウキはサブリーダーとしてシステムに認められていて、リーダーのキリトが勝手に脱退したため、ユウキにそれが移行したのだと言う。
リーダーとなったユウキはサブリーダーにアスナを指名し、その後はホームに一人戻った。流石に今のユウキを止めようとする莫迦はおらず、俺達は彼女を会議室で見送った。
*
翌日、流石にキリト捜索だけにかまける訳にもいかないので、俺、クライン、アスナ、フィリア、ナツ、イチゴ、ユウキ、ストレアの八人でパーティーを組んで、七十六層を進む事にした。《十六夜騎士団》はキリトと一番親しかったメンバーなので、キリト捜索の人員からは避けられている。今の所はキリトが無闇にPKをしない限りという注釈つきだが、ディアベルを筆頭にそれは無いだろうと結論に至ったのだ。
ユウキは未だに弱っていたが、ユイ、ルイ、ストレアの励ましもあってどうにか回復。以前のような快活とまではいかないまでも、戦闘に支障が無いほどには精神的に回復していた。ナツは未だにイライラしているようなので、もしもの時のためにイチゴが付いている。俺とクラインはアスナとフィリアのストッパーだ。一応大人組の中では最も親しいので、話し合いをするには必要だと判断されたのだ。
攻略組はあの後すぐは殺気立っていたが、しかし時間を掛けて会議をしていく内にキリトがそこまで危険かと思い始めたのだ。少なくとも、問答無用でPKをしようと襲い掛かってくることはせず、真っ先に逃げるだろうと。
一応キリトの気性をよく知っているユウキ、そして娘である三人の少女に聞いてみると、キリトをブチ切れさせて殺そうと襲い掛からない限りはこちらを殺そうとはしないだろうし、するとしても最初は対話を試みようとする筈だという答えが返ってきた。つまりキリトを暴走させない為には、キリトの対応をよく見ろという事だ。ユウキからは、「キリトさんはまず絶対に最初は対話を試みて、そうでなくとも逃げる筈」と確信めいた口調で話していた。
それで俺達は一応の安堵をし、しかしアインクラッド中にはキリトの事を流した。キリトがヒースクリフをPKしたという事は速攻で流れ渡り、しかしその理由は妻のユウキでさえも知らないとも流れた。それを信じない情報屋連中は全て、ユウキの必死の対応で追い返されていた。
そういえば一度だけ、ユウキがブチ切れて大暴れしていたな……と思いながら、七十六層で強化されて出ているアインクラッドの名物、第一層でも見た青イノシシを相手にしていた。少しAIが習熟しているようだが、ステータスは上層にしてはかなり低いので雑魚と同じように屠られていっている。
ユウキとストレアがキリトを捜し求めるように先頭を歩いて大暴れしているので、マッピングはさくさく進んでいた。何回か洞窟やら森やらでネームド・モンスターと対峙したが、ユウキの圧倒的な実力のゴリ押しで倒してしまった。
今は七十六層の洞窟で、NMの《フレンジー・ストロングボア》という赤い猪が蒼い結晶へと爆散した所だ。無論、ユウキが倒した。
「お疲れさん……ユウキ、大丈夫か?」
「あ、うん…………コレがいたって事は、キリトさんはまだ通ってないみたいだね」
「ん? 何でそう思うんだ?」
「今までボクが見てきたNMは大体、復活するまでに一日は掛かってたんだ。キリトさんが去ったのは昨日の午後五時くらい。今は午前十一時だから、リポップ時間に達してない。だからそう考えたんだよ」
ユウキ…………辛いだろうに、お前は強いんだな……弱音一つ、俺達の前で吐いてねぇ。
それは恐らく、今の攻略組の希望がユウキだけになったからだろう。ヒースクリフとキリトが攻略組からいなくなってしまった今の状況で、ユウキまでいなくなれば瓦解する事は間違いない。そうなれば確実にクリア出来なくなる。攻略組でもキリトに次いで幼いユウキは、その期待と重責を一身に背負って耐えているのだ。その重みは計り知れない。
(キリト……お前、今どこで何してやがんだ…………)
「……きっと……――――」
「ん?」
考え事をしていたせいで、ユウキが何かを呟いていた事に気付けなかった。
そして俺達が歩いてきた洞窟の道の方から素早い足音が立っていた事に気付いたのは、何かを呟いた後にこちらを――――パーティーの後方を見たユウキが驚きに目を見開いた時だった。
「キリトさん!」
「「「「「えっ?!」」」」」
「なっ……?!」
ユウキの歓喜と不安が入り混じった声に俺達が驚いて後ろを向き、対するオレンジカーソルになっているキリトも驚いて足を止めた。十数メートルの幅を空けて、俺達は相対した。
キリトは幼い美少女のような容姿を固まらせ、表情は引き攣っていた。俺達がいた事に気付かず、恐らく《索敵》も使わず神速で走り抜けていたのだろう。二刀のうち、黒い剣しか背中に吊っていないキリトは、剣を抜かずに移動していたようだった。
「キリト…………」
呆然としながらもフラフラとキリトの方に近づくナツは、今にも振り抜きそうに思えるほど強く、その白い片手剣【インフィニティ】を握り締めていた。それを見たキリトが少し歯噛みするように、表情を歪める。そんな事をさせたくなかったと言いたげな顔だった。
「キリト……!」
「っ?!」
瞬間、ナツはキリトに斬り掛かった。【白の剣士】とまで呼ばれるほどの実力を持つナツは、キリトに及ばないながらも相当なステータスを誇っている。俺からは姿がブレる程のスピードのナツの一撃を、キリトは瞬時に剣を抜かずに避けた。そのまま連撃が叩き込まれるも、その全てをキリトは壁を蹴ったり走ったりするなどで避け続けた。
「何で……何でだよ! 何でキリトはヒースクリフさんを、殺したんだ!!! キリトはあんだけ、PKを嫌ってたじゃないか! SAOクリアを一番に考えながらも、人助けを最優先してたじゃないか! 何でなんだよ?!」
「ッ……」
ナツの慟哭を聞いたキリトは一瞬だけ足を止め、その背後をアスナが【ランベントライト】を構えたアスナが狙った。瞬時にキリトは気付いて身を捩りながらも細剣の柄を蹴り上げ、ギリギリでナツにフレンドリィ・ファイアが発生するのを阻止した。
「キリト君、ごめん……少し、痛い目を見てもらうわ。あなたから話を聞くために!」
「簡単に諦めると思うなよ、キリト!」
アスナとナツがそれぞれ悲壮と苛立ちを放ちながら、己の武器を構えた。キリトは今、俺、クライン、フィリア、ストレア、イチゴ、ユウキに後ろを、アスナとナツに前を塞がれた状態にある。ここで総攻撃を仕掛ければ、恐らくキリトを捕まえれるだろう。
キリトはナツとアスナを見て、続いてこちらを肩越しにちらりと横目で見て歯噛みした。しかし右手が剣に向かう気配は一切無い。俺達に刃を向けないように決めているのかもしれないし、ユウキとストレアの前で殺し合いをしたくないという想いかもしれない。
俺もバトルアックスを両手で持ち、クラインとフィリアも遅れて刀とソードブレイカーを構えた。ストレアは一応大剣を構えているが弱々しく、ユウキに至っては柄に手を掛けるだけで止まっていた。歯軋りをしながら抜くか否かで迷っている。
キリトもそれを見たのか、こちらにだけ意識が向いた。瞬間、アスナとナツの二人が同時にトップスピードでキリトにソードスキルを放った。蒼白い輝きを持つ《フラッシング・ペネトレイター》と鮮血のような紅色の《ヴォーパル・ストライク》が、キリトに襲い掛かる。
「たぁああああああああああああああ!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「ッ……!!!」
ズパパァンッ! という衝撃音が鳴り響き、銀鏡仕上げの細剣と純白の片手剣は、二本ともキリトの胸を貫いていた。急いでキリトはバックステップ、続いてステータスにものを言わせた跳躍で横の壁、天井を蹴って、俺達が塞いでいた迷宮区方面の出口へと走る。
キリトを追い駆けようとしたナツはイチゴが無理矢理に羽交い絞めにして押さえ込み、アスナはランベントライトを取り落として震えていた。キリトを貫いてしまうとは思っていなかったようだ。あいつの反射神経は異常だから、妙な信頼をしていたのだろう。あとはキリトの残りHPか、さっきの二人の一撃で、キリトのHPは一気にレッドゾーンまで落ちていた。あと一歩間違えれば捕縛するどころか殺していたのだ。それを恐れたのだろう。
「イチゴ、離せ! 俺はアイツが許せないんだよ!」
「いっぺん落ち着け! お前、今何をしようとしたか分かってんのか?! キリトを殺しかけたんだぞ! お前がどんだけ怒りを抱いてるのかは知らねぇがな、殺すのは間違ってんだよ!」
「キリトはヒースクリフを殺したじゃないか!」
「だからって、殺して良い訳じゃねぇんだ!」
イチゴのその言葉で、ナツは「くそっ……」と毒づいて落ち着いた。顔は未だに怒りに満ちていたが、今の所は追い駆けたりはしないだろう。クラインとフィリア、ストレアの三人は、ユウキを気に掛けていた。目の前で愛する人を殺されかかったのだ、心中穏やかでは無い筈だ。
そのユウキはこちらへ振り向いた。
俺は愕然とした。彼女の顔に、表情が全く無かった。今までに見た事が無かった。その彼女はナツへと近寄り、一つ平手打ちをした。
「ッ、何だよ?!」
「ナツ……君はさっき、剣に何を込めて、キリトさんを貫いたの?」
「は?」
「質問の意味が分からないなら、分かりやすく聞いてあげる――――ナツはキリトさんを殺したという事実を背負って生きる、ボクに怨まれ続ける覚悟はあったの?」
ユウキのその言葉で、ナツは愕然と黙り込んだ。それを見たユウキは「覚悟が無いなら、剣なんて捨てなよ」と返す。
「なら、ユウキにはあるのかよ……キリトを殺す、覚悟」
「…………キリトさんを斬りたくなんてないし、人を斬る機会なんて、無い方が幸せだけどね」
言外にあると言ったユウキの答えに、ナツは慄然とした表情でユウキを見た。俺とクラインは顔を見合わせ、拙いなと目で会話をする。
残念な話だが、今のナツのようにキリトを殺しかねないほどに敵愾心を燃やしている攻略組は多い。中層や下層のプレイヤーはキリトの人柄をよく知る連中が多いため困惑で済んでいるが、しかし最年少のキリトが最前線で活躍しまくったり、美少女のユウキを妻として娶っていたり、最強ギルドを率いる最強剣士である事を妬むものは多い。そういった連中はふとした拍子にキリトを殺しかねない。
ナツの場合は単純な正義感だろうが、それでも後先を考えていない。ナツは『《笑う棺桶》掃討戦』に出てはいたが、それを含めて今まで人の悪意に触れた事が殆ど無い上にどこか強さに溺れかけている節がある。それはキリトのお陰だと認識しているのだが、自身の剣やキリトは人のためと夢を見ている部分が有るのは否めない。ナツはその偶像を押し付ける形で怒っている部分もあるのだ。だから容赦が無くなってしまっている。そしてそれに、今のナツは気付いていない。
ナツはさっきの剣がキリトを殺し得るものであり、人を殺すという事の罪と業深さを考えが至っていないのだ。だからユウキへの質問も、キリトを殺す覚悟があるかなどと聞いた。
俺があるかと聞かれれば、勿論無い。そんな覚悟をするなら、キリトと和解できる道を探す覚悟をする。今でこそキリトは訳が分からない行動に走っているが、根は真面目で素直で、どうしようもなく自分が見えない大莫迦者な子供なのだ。
対してアスナは、攻撃前から既に宣言していたように、キリトを捕縛するに留める気だった。彼女は考えが至っているかはちょっと判断付かないが、少なくとも幼馴染である彼を殺す気など、恐らく一撃を入れることすら躊躇っていたはず。《細剣》最上位ソードスキルの《フラッシング・ペネトレイター》を使ったのは、それくらいの速さが無ければ捉えられないからと考えたからだろう。
攻撃を入れるつもりが無かったのに、彼女は最もダメージ倍率の高い心臓近くを貫いてしまい、キリトのHPは真っ赤になるまで減った。もう少し二人のステータスが高いか、本当に心臓を貫いてれば、それだけでHPが全損していた筈だ。キリトは超絶レベルとステータスを持っている上にユウキと全ステータスを合算しているがHPは危険域にまで下がったのだ、それだけダメージ倍率が高かったという証。もう少し心臓にズレていれば、本当に殺していたのだ。それに彼女は恐怖してしまった。
ストレアとフィリアがアスナを落ち着かせようとするも、しかしアスナは涙を流して震えるだけ。イチゴもそれに加わる事でどうにか落ち着いた。クラインは腕を組んで攻略を続けるか悩んでいる。ナツは苛立った表情ながらも押し黙っていた。
「…………皆は先に帰ってて」
「は? 待てユウキ、お前はどうするつもりだ?」
「キリトさんと話してくる」
え?! と目を剥く俺達を置いて、ユウキはストレアの矢鱈と露出が多い紫色の服装の襟首を引っ掴み、神速を超えているのではないかと思うほどの速度で走り出した。数瞬でその姿は洞窟の遥か彼方まで遠くなり、そして消えた。
「…………おい?! どーすんだ?!」
「…………今のままじゃ戦えねぇだろ……引き上げるしか無ぇよナツ」
「まぁ、そうだろうな。今の俺達の精神状態じゃ、迷宮区に入ってポカやらかしかねないからな」
「それに、ユウキの嬢ちゃんはアレで頭が回る。キリトの野郎と話すっつっても、どこかに消えるなんて事は無ぇだろ。殺される事なんざ兆に一つも有り得ねぇよ」
イチゴは泣いて立てないアスナをおぶさり、クラインが返しながらランベントライトを拾って鞘に収めた。俺はナツを筋力値にものを言わせて抑えながらさっき歩いてきた道を戻り始める。ナツは暫くは反抗していたが、やがては大人しくなった。どうもコイツ、ヒースクリフPK事件が起きてから情緒不安定だ。しかも普段は普通なのにキリトの事となると、異常な執着を見せる。
俺は少し気になって、肩に担いでいるナツに質問することにした。
「なぁナツ。お前、キリトが関わると異常に執念燃やすけどよ、一体お前とキリトの間に何があったんだ? かなり異質だぞ、お前のその執念」
「…………リアルの話になるんだけどよ、俺は織斑千冬の弟なんだ」
「あのブリュンヒルデって呼ばれてる?! はぁー……だからなんとなく面影があんのか」
「ああ……姉さんは知っての通り、《モンド・グロッソ》を二連覇してんだけど、第二回の決勝戦の日にな、俺は攫われたんだ。それを助けてくれたのがキリトで、俺に力を与えてくれたのもキリトなんだよ…………人を守る活人剣って奴を教えてもらったんだ」
「なるほどな……ナツにとっちゃ、キリトはお前の恩人ってわけか…………けどよナツ、お前はその恩人を殺そうとしたんだ。覚悟は出来てたのかよ?」
「…………分かんねぇ。けど、キリトが人を……ヒースクリフを殺したってのが許せないんだ。そんなの、キリトじゃねぇだろ」
不貞腐れたように言うナツ。
俺が言葉を発する――直前に、後ろから誰かがナツを蹴り飛ばし、軽くしか担いでいなかった為にナツは面白いくらいに吹っ飛んで洞窟の道を転がる。がばっと起き上がった。
「誰だよ?! いきなり俺を蹴ったやつ?!」
「ボクだよ」
俺の後ろを見れば、冷ややかな目でナツを見ているユウキの姿。ストレアは少し疲れた表情をしていた。
「ナツさ、そんなことで剣を持ってたの? 『キリトじゃねぇ』? ――――ふざけるな」
「ゆう、き……?」
「確かに、ヒースクリフをPKしたのは悪い事だよ。でも、キリトさんに怒ってる理由が、キリトさんらしくないから? キリトさんらしく無いなら、彼に剣を向けて良いの? 自分が思い描いてるキリトさんじゃないから、剣を向けたの? ……………………最低だね」
キッパリそう言った後、ユウキは呆然とするナツの前を彼を見向きもせず通り過ぎ、一人で戻っていく。その背中は雄弁に語っていた。
――――愚弄するな。
ユウキは冷徹さすら感じさせる覇気を発しながら、一人洞窟を歩いていった。
***
イチゴSide
キリトが攻略組から去ってから、一週間が経った。その間、《十六夜騎士団》はとんでもなく忙しかった――――かと言えば、実際はそうでもない。
いや、確かにヒースクリフPKの件でおおわらわだったのは確かだったんだが、それ以上の朗報が達せられたのだ。
実は、キリトが去ってから二日後に、ある少女が二人アインクラッドに現れ、俺達が保護した。名前は《リーファ》と《シノン》。薄黄緑かかったポニーテールの長い金髪に、緑を基調とした動きやすそうな服装。胴や胸、足といった主要な部分だけレザーアーマーで守った、耳が尖っている少女。もう一人が、青い髪と瞳に同色のネコ耳と尻尾を生やし、弓と短剣を装備した少女。
リアルの名を、《桐ヶ谷直葉》と《朝田詩乃》という。二人は俺達の幼馴染なのだが、何時まで経っても帰ってこないことに業を煮やしたので、打ち捨てられていたナーヴギアを偶然拾ったことがきっかけで、SAOにインしたらしい。和人=キリトを手伝う目的もあったようだが、それ以上にある一つの情報を齎し、アインクラッド中を震撼させた。
『SAO事件最初期にあった、ナーヴギアの解除で死んだ人以外は、誰一人として死んでいない』
無論、これは最初は誰一人として信じなかったが、二人は自身のリアルを少しバラし、リアルに残っている筈という事実を俺達幼馴染かつアインクラッドでも多大な影響力を持つユウキの断言によって、アインクラッドは暗い意識から好転したのだ。つまりキリトはヒースクリフをPKしはしたが、リアルでは死んでいないという事である。
この事実は徐々に、しかし着実に常識へと転換していった。それでもHP全損は絶対に避けろとユウキは警告し、今までと同じで臨機応変に動けと言った。最初こそこの言葉を楽観的に捉えていた俺達だったが、続く言葉で一気に冷や水をぶっ掛けられる思いになった。
『たとえ今死んでいなくとも、ゲームクリアと同時にHP全損のプレイヤーは死ぬかもしれない』
その可能性が残っていたのだ。茅場晶彦はこう言った。『HPが全損すれば、諸君の頭にあるナーヴギアにより発生するマイクロウェーブによって、諸君の脳は破壊される』と。そしてそれは、何時破壊されるか、明確な時期を言っていなかった。
その示唆もあって、アインクラッドは今までと同じように動く事となった。しかしこの事実は一部は安心させると同時に、一部はキリトへの憎しみを増大させるきっかけにもなった。《血盟騎士団》である。
現在、キリトを殺したいと思うほど殺気立っているのは《血盟騎士団》とキバオウ、ナツだけだ。ナツは先日にユウキに言われたことで凹んでおり、今ではそれまでの殺気が薄れている。ユウキとは完全な冷戦状態にあり、少なくとも用事が無ければ視線すらユウキは合わせようとはしない。
そんな時が続いて一週間、漸く七十六層のボス部屋が見つかった。今日は七十六層のボス戦当日で、ユウキが用意した回廊結晶を使っての突入だ。彼女曰く、恐らくこれからも結晶無効化空間と脱出不可能空間となるだろう、らしい。十中八九、これは確実だと。
だから今回以降、攻略組は全軍の指揮をユウキに委ねた。これまではキリト、ヒースクリフ、ディアベル、アスナの四人が取っていたが、前の二人は知っての通りいねぇし、ディアベルは《アインクラッド解放軍》とキバオウ派の統率で――実際は七十層以上から目立ってきたMobのアルゴリズムの対処に――忙しく、アスナはキリトを刺してしまってから魂が抜けかけている。いや、ちゃんと戦えはするんだが、自分の事だけで手一杯なのだ。他人にまで気を配る余裕が無い。判断力は鈍っていないのだが、他人に指示を出せなくなってしまってるのだ。
これらの理由で四人は除外となると、次に適任なのがユウキだ。ユウキは攻略組が危機に陥ってキリトがリカバーに入った時に、一時的に全軍の指揮をすることが割とあった。そしてその時の指示と判断は、まず間違いなく正しい答えを導き出す。他の誰もがしない選択をするが、それが最適解だったのだ。五十層のボス戦のあの無茶な戦い方も、原案はユウキだ。キリトはそれに補足をしたに過ぎず、二人以外は難色を示していた。それを二人はあっさりと超えた上に、他の指示も的確だったのだ。これで納得しない者はいない。
そして今、ユウキはボス戦直前の攻略会議を開いていた。七十六層の転移門広場でだ。
「みんな、今回は異例のボス戦となる。結晶無効化と脱出不可能空間な上に、ボスの情報は一切無い。しかも最強の盾と矛を失ってる状態でのボス戦は、ボク達は初めてだ。加えて今の攻略組は、知っての通り内部分裂を起こしかかってる」
この場合の内部分裂とは、キリトを真っ先に殺すべしと主張するキバオウ含めたキリト批判派と、キリトを捕縛してから処遇を決めるべしと主張する俺達幼馴染組のキリト擁護派。そして様子を見守るエギル筆頭の理解者。俺は三つ目に入る。
ユウキは「その上での決定事項を伝えます」と、真剣な表情で俺達を見回した。
「今回以降も、ボクは【黒の剣士】を隊列に加えたいと思います」
「「「「「なッ……?!」」」」」
「不満・反対も当然あると思います。これはボクの独断です。でも、彼無しでボス攻略が出来るかと聞かれると、ボクには無理としか言えない。皆だって凄く強いし、今まで一緒に戦ってきた仲間です。けど、どのボス戦でも必ず一回は【黒の剣士】に誰かは助けられてます。無論、今の【黒の剣士】と過去の【黒の剣士】は違うと、誰もが思うだろうと思います…………だからここに、一つの誓約をします」
そう言った後、ユウキは左腰の黒剣【ルナティーク】を抜き、眼前に構えた。
「もしも、彼が再びボス戦の最中に攻略組を裏切ることがあれば…………他ならない、長年一緒に居続けてきて、師弟となり、夫婦となった【絶剣】ユウキが、この剣で…………【黒の剣士】キリトを、殺します」
その誓約に、不満たらたらだった連中の全員が固まった。キリトを一番に愛し、傍にいて戦い続けているのを知っているのは、本人たちを除けば俺達なのだ。そのユウキがその宣誓をした。
ユウキの紅水晶の瞳は真剣な光を帯びていた。本気なのだ。キリトが万が一、再び俺達を裏切るような事があれば、ユウキは躊躇い無くキリトを殺す。
「もし【黒の剣士】が裏切る事があれば、それはボク……いえ、私の責任です。ですから、他の誰にも譲りません。この剣で【黒の剣士】を殺し……この世界が解放されたと同時に、私も命を絶ちます」
「なッ……?! ユウキ……お前、何言って……?!」
愕然とは本当はこの事かと、俺は喘ぎながら問いを投げた。いや、問いよりも驚愕の独白と言える。俺の他にも、というよりもこの転移門広場に集っている全員、リーファやシノン、カタナ、アルゴにユイ達までもが目を見開いている。
「それほどの覚悟だと受け取ってください。【黒の剣士】の事を私は、今でも愛しています。【黒の剣士】にあんな事を許したのは、妻であり弟子でもある私が気付けなかったのもある。だからです…………これでも信じられない方がいれば、容赦なく反論願います。今回のボス攻略から外れていただいても構いません。【黒の剣士】にも私からメールを送り、事の次第を伝えています」
「…………ユウキ君……仮に、全員が外れれば……」
「私一人ででもボス攻略へ向かい、【黒の剣士】と共闘してクリアを目指します。その時にも裏切られればこの剣で倒し、第百層クリアと同時に、私は命を絶つつもりです…………最悪の事を仕出かした夫の罪は、気付けず止めれなかった妻も同じです。こんな私でも、皆さんは付いて来て下さいますか? 命を預けて、下さいますか? …………無理だと、嫌だと、不満だと仰るなら、遠慮なく申し出てください。ボス攻略から外れて頂いても構いません」
今まで聞いた事も無いほどに丁寧な口調のユウキに、俺達は全員が気圧されていた。ユイ達などは目に涙を浮かべ、ストレアは憂慮と心痛の表情で母であるユウキを見ている。
最初に外れたのは、キバオウだった。「すまんけど、やっぱり今は認めれへん」と言い残して転移門で転移し、それからぞろぞろと外れていく。ユウキに「悪い」と言う人もいれば、「信用できるわけねーだろ」と悪罵を叩きつけてから去る人もいる。十人十色だった。
ナツとアスナは精神的に安定しないのを理由に今回は退き、シリカとフィリアも退いてしまった。クラインは迷っている風だったがギルドメンバーが帰ったので「すまねぇ……」と言って帰った。アルゴは攻略組でも情報屋なので参加出来ないが残っていた。
ディアベルは軍のメンバーに連れ去られ、ケイタやグリセルダ達は不安から戦えず辞退。リズベットとエギルは、元から店の関係で出れない事になっていたので、結局今でも残っているのは俺だけとなった。アルゴは最後まで見届けるつもりらしい。ユイとルイは元から留守番、ストレアはユウキが却下した。
ユウキが俺を見た。表情は全く変化していない。
「…………残るはイチゴだけだけど……どうする?」
「…………分からねぇ」
「そっか…………ならさ、イチゴに頼みがあるんだ」
そう言って俺の前に表示したのは、《約定のスクロール》…………ギルドリーダーの証となる、絶対的なアイテムだ。
「イチゴ、あなたに《十六夜騎士団》団長の証を授けます…………ボクは、二度と戻らないから……娘達と、皆を……よろしくね」
「ユウキ……?!」
「どうするか聞いた時のイチゴの答え、分からないだなんて答えてたけどさ……それでも、嬉しかったよ…………今まで、本当にありがとう」
そう言ってユウキは回廊結晶ではなく、蒼い長方形型の中にハート型の桃色が煌くクリスタルを出した。一度だけ見せてもらった事がある。
それは、夫婦間のみで使える、特殊な結晶アイテム。名を、《夫婦結晶》とそのままだが、効果は凄まじい。結晶無効化空間でも使えるという説明書きがあったのだ。そしてそれは、夫婦であれば何処にいようとも期間を置かずに無限に使用できる、ストレージが統一となってお互いのステータスが分かるという多大なリスクを差し引いても余りあるほどのリターンがある、唯一絶対的な転移アイテム。
効果は、夫婦となっている相手プレイヤーから前後上下左右二十メートル以内に転移すること。
ユウキはそれを左手で持ち、続いて右手で出したウィンドウを幾らか操作し――――直後、ユウキとのフレンド追跡が拒否された事を告げるメッセージが流れた。
ユウキの意図に漸く気付いた俺は涙すら浮かべるユイ、ルイ、ストレア、アルゴ、カタナと共に止めようとするも、既に遅かった。
「転移、キリト」
その文言と共に、ユウキの姿は蒼と桃色の光に包まれ――――
「あの時のキリトさんも、こんな気持ちだったのかな……――――」
寂しそうな言葉を残して、消えてしまった。
七十七層の転移門がアクティベートされたのは、この出来事からわずか一時間後の事だった。
*
ユウキがキリトの元へ行って行方を晦ました事は、下層と中層へは伝えなかった。これ以上の不安は出したくない。
攻略組はキリトとユウキの失踪、および二人だけでのボス攻略を実現させてしまった事で、ユウキへの罪悪感が沸きあがって急いで二人を追い続けた。しかし八十層、九十層と進んでいく二人に追い付けはしなかった。まるで全てを知っているかのように、二人は俺達の追随を許さない速度で攻略をしていく。
この時点で、俺達は気付くべきだった。ユウキが何故、キリトを信じ切っていたか。何故PKを最も疎んじていたキリトが、何の脈絡も無くヒースクリフを攻撃したのか、疑問に思うべきだった。
キリト、ユウキ、ヒースクリフという三つの柱を攻略組は失い、《十六夜騎士団》も創設者である団長副団長を失ったことで機能不全に陥った。それでも攻略は続け、しかし二人には追いつけなかった。
それが数ヶ月も続いて第百層へと達したある時、位置追跡は出来ないがフレンドリストにまだ名前があったユウキから、フレンド全員にメールが一つあった。
『ありがとう、さようなら』
たった二言に込められている想いは計り知れず、攻略組は急いで百層へ向かった。その道中、俺達は強制的に転移させられた。
*
全天茜色の空に満ち、踏みしめている床は半透明の白っぽいガラスのような床板。穏やかに風がなびく、この茜色の夕陽が見える場所は、ある場所をグルリと囲むコロシアムの観覧席にあたる所だった。他にも多くのプレイヤーがおり、ともすればアインクラッドにいる全プレイヤーではないかとさえ思えた。
そのコロシアムのような所で、俺がいる観覧席のような場所ではない舞台で立っている人影が三つあった。
一人は漆黒と翡翠色の二刀を交叉させて背中に吊り、全ての装備を漆黒で統一した長い黒髪の少年。
一人は漆黒と白銀色の二刀を左右の腰に差しており、紫紺と漆黒で装備を構成する長い紫髪の少女。
一人は紅十字を白銀の十字盾と十字剣に染め、その重苦しい重甲冑を深紅にした長めの銀髪の男性。
【黒の剣士】キリト、【絶剣】ユウキ、【神聖剣】ヒースクリフだった。
「ヒースクリフさん……?! 生きていたのか?!」
ナツが驚愕の声をあげ、他にも多くのプレイヤーが同じ内容の声を上げた。一部からはキリトへの怨嗟の声を上げるものもいた。
ヒースクリフは驚愕する周囲を一瞥すると、おもむろに口を開き始めた。
「ふむ……どうやら、私の正体を看破できたのは、君達二人だけだったようだね」
「正体……?」
「ナツ君、きみは正義感に溢れているが、所詮子供だった。他の者にも一つ言っておこう……『憧れとは、理解から最も程遠い感情だ』と。今私の目の前に立っているキリト君とユウキ君は、私の本質を理解した者だ。故に、この世界を終結させる権利が有った――――この百層からなる浮遊城アインクラッドのラストバトルに挑む資格がね」
「回りくどいな、とっとと正体明かせよ――――茅場晶彦」
なっ?! と驚愕に身を固まらせ、《血盟騎士団》が「出鱈目を言うな! 団長が殺人鬼である筈が無い!」と怒鳴るも、ヒースクリフは確かな笑みを浮かべ、小さくもよく通る声を上げた。
「はははははは…………一つ聞くが、何故七十五層で私を攻撃したのかな? 私が普通のプレイヤーだったならば、その時点で終わっていたぞ?」
「簡単な話さ…………あんたとのあの決闘で確信に至ったんだよ。俺の攻撃を、デュエル終了判定である、HPが半分以下になるというそれを満たす一歩手前からいきなり異常な動きを見せだしたんだ。一回ならまだしも、あれだけ十分近くもされれば、莫迦でも気付く……と、思っていたんだけどな」
「でも、まさか誰も気付かないなんて思わなかったよね。しかもキリトさんが悪だって言って疑わず、ヒースクリフを盲信していたんだから」
「……なら、ちょっと待ちなさいよ。キリトとユウキは、ヒースクリフが茅場晶彦だって、気付いてたってわけ? 何時からよ?」
「最初からだ、リズベット」
キリトはヒースクリフから目を離し、こちらへと顔を向けた。
「俺とユウキがヒースクリフと初めて会ったときから、俺達は怪しいと思ってたんだ…………」
「もっと言えば……言っていいかな」
「ユウキが良いと言うなら」
「うん…………もっと言うなら、ボク達がアインクラッドを生きたのは、これで三度目なんだ」
は……? と固まる俺らを置いて、ユウキが語り始めた。
前世はAIDSで死んだユウキと家族を事故から護る為に死んだキリトは、転生してこの世界に生まれた。SAOを百層までクリアした直後にまた最初に戻されて、今度は八十二層で死んだ。次に気が付けばそれぞれ七歳と八歳の頃に時を遡っており、再びこの世界に足を踏み入れた。
そしてヒースクリフのHPが黄色にならないのはシステム的な保護を受けているからと知っていて、それでキリトはヒースクリフを攻撃。しかし保護は出ずにプレイヤーヒースクリフは死んだ。ヒースクリフがアバターデータをラスボス仕様にしていなかったから、ゲームクリアにならなかったと言う。
俺達がそれを聞き終えたとき、冗談だと馬鹿にしたような声を上げた者が大勢いた。だが、二人は一切の動揺を見せなかった。
「信じる信じないは個人の勝手だけど、それを踏まえた上で今ここに立ってるんだよ」
「別に信じろなんて言わないさ。そもそもこんな話をしたのも…………俺達がここで死ぬのは決まってるからだからな」
それに何故かと首を傾げていると、二人は自嘲の笑みを浮かべた。
「《神魔剣》スキル保有者がラスボスのLAを取ると、HPを全損させたプレイヤーも生還出来る…………スキル保有者が死ぬ事で」
「キリトさんだけ死んで、キリトさんがいない世界を生きるなんて、耐えられない……でも、全プレイヤーを助ける為にはそれしか方法が無い。なら、一蓮托生。ボクも一緒に死ぬって決めたんだ……そして、その最後の戦いも、さっき終わった」
その言葉と同時、ゲームクリアのアナウンスが入った。からーん、からーんと最初期の時の鐘の音と同じのが鳴り響いた。
俺達は急な展開に付いて行けず、呆然としたまま二人を見た。
「じゃあね、みんな……みんなの未来に、幸、多からんことを祈っています」
「あんまりさっさと来るなよ? あまりにも早かったら怒るからな」
ヒースクリフは既に立ち去り、残っているのはプレイヤーのみ。涙を流す者、慟哭を上げる者、泣き喚きながら謝罪をする者、死ぬなと訴える者。一万人近い人々がそれぞれの行動を取る中、二人は蒼い光を放ち始めた。
既に二人は俺達の事を考えていないのか、見詰め合っていた。
「今度こそ……あの世に、逝けるのかな…………?」
「さぁな……また旅を続けることになるかもしれないな…………ユウキ、ありがとう、俺を信じ続けてくれて。今まで一緒にいてくれて」
「ふふっ、謝罪しなかったから良しとします…………行こっか」
「ああ……」
二人は互いの手と指を絡め合い、歩き出した。コロシアムならば勝手口となるだろうそこは、何人たりとも侵入が出来ないようだった。先回りしていた俺達だったが、不透明な壁に波が発生するだけでそこから先には手が届かない。
「おい! キリト、ユウキ! 逝くんじゃねえ! こんな世界に負けて死ぬなんて、どうかしてるだろうが!」
「ならイチゴは、HPが全損した罪の無い人達を見殺しにして生きろって、そう言うの? この世界がデスゲームになるって知ってて何もしなかったボク達に?」
「妙なことすると先が読めないから何もしなかったんだが、それが免罪符になるわけじゃない。それにな……忘れたのか? 俺達はもう、選んだんだ」
もう変えられないと言外に言われて固まる俺達を置いて、二人はそのまま歩き続けた。
順にログアウトしていく俺達が見た最後の光景は、今までに無いくらいに眩しく笑い合う、キリトとユウキの姿だった。
*
ぱしゃっ、と水が掛けられた小さな石が、表面を灰色から藍色へと変えた。石の前に添えられた色とりどりの花々が映え、柄にも無く綺麗だと思った。
SAOがクリアされた2024年11月7日から、早数十年が過ぎていた。和人の誕生日がデスゲームの始まりと終わりの日で…………そして、あの二人の命日だと思うと、どうしようも無い複雑な思いがわき上がってくる。
俺達が目覚めた病院は五大企業付属の病院だった。そこには俺だけで無く、一夏や明日奈達、幼馴染み連中が入院していた。勿論直葉や詩乃もだ。
俺達だけでなく全国にいたSAOに囚われたおよそ九千七百人ほどの人間が一斉に目覚めた事は、一時期日本どころか世界中を賑わせる事となった。そしてそれは、一斉に全員が目覚めると同時に脳を破壊された二人も同じだ。
俺達が目覚めた後に日本政府の役人から何があったのかを訊かせて欲しいと言われ、代わりに和人と木綿季の居場所を教えてくれと俺は頼み込んだ。最初こそその役人は難色を示していたが、しかし情報交換だと言うと出来るだけ急いで、二人がどこに搬送されていたかを教えてもらった。結果、二人は同じ病院にいると分かり、俺は筋肉が極限まで弱っているのも無視して二人が寝かされている二人部屋の病室へと向かった。
そこにいたのは、安らかな笑みを浮かべている、息をしていない二人だった。和人の母親の翠が、木綿季の両親と姉の藍子が、二人の体に頭を埋めて泣いていた。
勿論その事は他のみんなにも知らせ、そしてSAO生還者が何時しか立てたというスレッドにも書き込んだ。キリトとユウキは、やっぱり死んでいたと。それに膨大な量の返信があった。どれも二人を疑い、全てを背負わせてしまった事に対する慟哭だった。
SAO生還者の中で罪滅ぼしの為に、そしてあの二人の尊い犠牲を伝えるべく【SAO事件録】という本を出版した。ペンネームはアルゴ……ある意味で、あの二人と最も関係が深い情報屋だった。SAOクリアから半年も経たない内に出版され、日本ではそれが大反響を呼んだ。
勿論頑固な大人や女尊男卑の人間の中には、SAO生還者は精神異常者だとか、この二人は人を殺しても平然としている奴だと罵る人々もいた。
しかし、それがテレビなどで公に放たれた途端に全てのメディアがジャックされて流れた、SAOの映像によって収束した。三度流れた、キリトとユウキを主人公にした、哀しい物語だった。
あの時二人は、SAOを生きるのは三度目だと言っていた。それが本当だったのだ。二人は本当に、三度もSAOを生きた。一度目は全てクリアし、二度目は途中で死んでしまい、そして三度目は自らを犠牲にしてまで俺達を生かした。それによって、その大人達は黙るしか無かった。あまりにも悲惨で、そしてあまりにも哀しい話だったから。
それから二人は、SAOクリアの英雄として、そして最高の人間として考えられる事になった。最も幼いながら、最もSAOを生き抜いた最強の剣士として、真実を見抜いた人間として讃えられる事になった。
それが俺達には、二人が遠い存在になってしまったかのように思えた。
冷静で強く、だが心が意外に脆い一面を持っていた和人。
いつも快活で優しく、時に年不相応な聡明さを見せていた木綿季。
どちらも俺達にとって、昔から馴染み親しんできた二人の姿だった。英雄としての一面しか見られていないと考えると、それがとても寂しいと思えるようになってしまった。
数十年経つ今でも、二人の名と伝説は語り継がれている。以前に見た教科書にすら二人は載っていたし、なんとSAOが映画にまでなっている。あの謎の映像がネットに残ったままだったのを、政府が教育ものとして流すようになったらしかった。
俺と一夏はSAOクリアから一年と少しが経つ年にISを動かしてしまい、それから激動の日常が幕開けした。今でも俺と一夏は、日本代表のIS操縦者として名を馳せている。同時に最強格のVRMMOプレイヤーとしても名を馳せていた。
直葉と詩乃がしていたらしいALOに、どうしてかアインクラッドが出現した。そして、SAOプレイヤーの中でも《十六夜騎士団》幹部だったメンバーとクライン、エギル、アルゴ、カタナ、ユイ達宛てにメールが一通入った。
『あまり早く来ちゃダメだよ』
その一文だけが綴られたメールは、あり得ない事に差出人不明だった。しかし俺達には、それが誰から送られたのかを理解出来た。それから俺達は二人の死を嘆くのでは無く、二人と関わって戦えた事を誇りに思って生きる事にした。
新生アインクラッド二十二層にあるホームは、ユイ達のためにストレア名義で買っている。もうそこの本来の家主が戻る事も、三人の父と母が来る事も無いだろうけど、いつ帰ってきても良いように揺り椅子と掛け布団を置いている。近くには《十六夜騎士団》のギルドホームもあり、SAO時代のメンバーは全員がALOに集結している。
ギルドとしては作ってはいるしギルドリーダーはアスナになっているが、しかし俺達の意識の中では団長と副団長はあの二人以外にはあり得ない。そのために団長副団長室を空けている。二人が生きたという証を残すために、二人の物は出来るだけ残すようにしていた。リアルの方でも、桐ヶ谷家にあった和人の部屋は、掃除こそされているものの当時のまま残してあるらしい。勿論、木綿季の部屋も。二人の私物も、ほぼ全て。
その中で二つだけ、みんなで墓前に添えようと話し合った物がある。
一つは漆黒の指輪の形に待機状態を取っている、封印されているIS《黒套》。
一つは数十年間も雨風に晒されて尚輝きを残している、紅色のバンダナ。
どちらも生前、和人と木綿季が持っていた物だ。それを風に飛ばされないよう重めの箱に入れて固定し、二人の共同の墓に供えている。目の前にある小さな墓は、大仰なものよりも質素かつ二人一緒の方が喜ぶだろうと思った、その配慮の結果だ。
「あれから…………もう何十年も経った……和人、木綿季…………お前らがいなくなって、どれだけお前らが俺達の中で大きい存在だったかを理解させられちまった。俺達は……無意識に、依存してたんだな」
再びぱしゃっと水を掛け、二人の墓石を濡らす。この墓の下に、二人の遺骨は無い。二人は国葬で弔われて、今でも立派に維持されている大きな墓の下に骨が埋められている。それを俺達はあまり好ましく思わなかったから、勝手ながらも別の場所に墓を建てた。篠ノ之道場があった山の中でも、かなり奥の方にある開けた場所に。恐らく俺達以外には誰も把握していないだろう墓石だ。
俺よりもみんな先に来ていたようで、みんなの分の花が既に添えられていた。俺も花を添えて、暫く墓を見つめる。そして桶に柄杓を入れて持ち上げ、立ち去るために踵を返した。あまりしつこいと、二人に嫌がられそうだったからだ。
――――……一護…………
「ッ……!」
ふと、小さな囁きが耳に聞こえた。恐る恐る振り返ってみると――――あの世界の服装の二人が、薄らボンヤリと墓石の上にあった。
「お前ら…………とうとう、化けて出たのか?」
思わず体ごと向き直って苦笑してしまう。昔から霊的な物が見えていて大した驚きは無いが、しかし二人の魂魄を見るのは初めてだったからだ。
――――まぁ、ね
――――勝手に死んでしまったからな……心配だったんだ……
「そうか…………でも、見ての通り、俺達はもう大丈夫だ」
そう言うと、二人はしっかりと小さく頷いた。
――――うん。みんなはもう、大丈夫みたいだね。初めから心配する必要は、無かったかもしれない
――――これでもう、安心して逝けるよ
「相変わらず心配性だな……………………途中で待っててくれよ。《十六夜騎士団》はお前らが居てこそなんだからな。すぐに行ってやるよ」
にやっと片頬を上げて笑いながら言うと、木綿季が膨れっ面をした。
――――莫迦一護。すぐに来る事があったら《マザーズ・ロザリオ》で追い返すからね。みんなには、ボク達の分も生きて貰わないといけないんだから
――――だな。俺達は逃げやしないんだ、ゆっくり来いよ…………じゃあな、元気で暮らせよ……………………
――――みんなを……お願いね…………一護……………………
ぽつりと、二人は霊にも関わらず涙で自分達の墓石を濡らした。そして俺が瞬きをした瞬間には、既に二人の姿は無かった。ただあの世界の最期のように、蒼白い欠片が闇夜に燦然と煌めく蒼い満月へと昇っていくのが見えただけだった。
「…………任せろ。だからお前らは……安らかに眠ってくれ…………」
またな、と墓前と満月に告げて踵を返す。柔らかな風が吹いて、俺の黒衣を揺らした。
闇夜に照らし出されている二人の墓は、不思議と煌々と光を放っているかのようだった。まるで、俺達の先行きが見えない闇を照らす道標かのように、俺達を導いたあの世界での二人のように、淡く煌めいていたのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
恐らく原作を知っている方、他の二次小説を読んでいる方なら一度は考えたIFではないかと思います。もしかするとこのハーメルン様にも誰かが投稿されているかも知れません。
本作を書いたのは大体一昨年の冬くらいです、つまりこの作品を書いて数ヵ月が経過した辺りですね。
二人が死亡する原因として《神魔剣》が原因と話になっています。投稿している本編の方でも出ていますが、本編の方はつい最近書き直して登場した設定です。
つまりこの番外編、およそ二年前に書いた時点では『もしも《神魔剣》でLAを取って他の人を助ける為にキリトが死ななければならなかったら』というIFだったんですね。
でも第百層まで二人は進んでいます。実はこれを書いた当時、投稿する際に書き直している本編のような描写が出来なかったので、ヒースクリフが不死じゃなかったらというIFと組み合わせているんです。
結果的にこれで投稿出来るようになっていました(笑)
そして、この場合、もしも死んでしまってゲームクリアにならないよう《ヒースクリフ》は自身のアバターデータをラスボスと認識しないように設定していた事にもなります。でないとキリトが彼を殺した途端にクリアとなりますから。
内容としてはそこそこだと思うんですが、やはりシリアスや悲しみが伝わり辛いかなと思っています。他人視点から後日談や状況描写をするのは難しい。
要精進ですね。
では、今後とも末永くよろしくお願いします。
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Alfheim Online編 ~精霊の調べ~
第一章 ~悪夢~
SAO編終了から間を空けずに投稿出来るのはちょっと嬉しかったりします。
さて、今話からALO編が開始となります……が、実は今話、まだ舞台となるALOにすら関わっておりません、掠ってすら無いです。現実に帰還してからのあらすじのようなものですね。
原作知ってる方はタイトルでもうお察しでしょう。
ではどうぞ!
第一章 ~悪夢~
カタンコトン、カタンコトン……
揺り椅子が音を立てて揺れる。ポーチで眠るのは黒尽くめの少年だ、いつもの少し鋭めの目つきはトロンと緩くなり、表情も柔らかくなって眠っていた。
穏やかな寝息を上げる彼の隣でそれを見るのは、彼の『妻』であり、背中を任せられるに足る実力を持っていると自負する『弟子』であるボクだ。彼はボクの最愛の『夫』であり、最強の剣士だと確信している『師匠』。
カタンコトン、カタンコトン……
彼と一緒に、暖かな夕陽に照らされてまどろみを共有する。杉林が乱立し、湖畔が茜色を反射する景色は、中々見られない最高の景色だ。この光景の中に彼と一緒にいられる幸せは、何物にも変えがたい。失ってしまう事など考えられないし、考えたくない程に満たされるのだ。
永遠に続けば良い、続いて欲しいと願う光景。
――――だけど、それが長くは続かない事を、既にボクは知っている。
カタンコトン、カタンコトン……
彼に触れるべく、両手を伸ばす。
けれど、ボクの手が彼に触れることは出来ない。気付けば、ポーチの中はもぬけの殻。周囲は少しずつ闇を深くし、起きていなかった風が渦巻く。冷たさを増す風の中、ボクは立ち上がって彼を探す。名前を呼ぶ。
当然ながら、いらえは無い。
カタンコトン、カタンコトン……
森は深い闇に覆われていき、周囲の自然は闇に沈む。家の中の台所にもいない。リビングのソファに座ってもいない。庭先で剣を振ってる姿もない。湖畔で釣りをしているのでもない。家の横にあるギルドホームにもいない。
次々思い当たる場所を探していくが、全く姿が見えない。
森の小動物達も、一切その可愛い姿を見せてくれない。
カタンコトン、カタンコトン……
いつしか、家の周囲全てが闇に覆い尽くされていた。紙細工のように、まるで、彼との思い出が軽いと訴えているかのように、二階建ての家の家具、壁、庭の柵がパタパタと倒れて消えていき、庭に咲き誇っている草花も次々と枯れていく。
やがて、深い闇の中に、ボクと揺り椅子だけが残された。
誰も座っていないのに、風も既に止んでいるのに、揺り椅子は変わらず揺れ続ける。
カタンコトン、カタンコトン……カタンコトン、カタンコトン……
カタンコトン、カタンコトン……カタンコトン、カタンコトン……
ボクは目を瞑り、耳を塞ぎ、涙を流しながら蹲った。蹲り、震えが止まらない体を両腕で抱くようにして抑えようとする。
――――ユウキ……
「ッ?!」
唐突に、全てが闇に沈んでいる世界で聞こえた大切な人の声、それを聞き漏らす筈が無かった。目を開け、顔を上げれば、眼前にはもぬけの殻となっている揺り椅子が、未だに音を立てながら揺れていた。
その揺り椅子の更に向こう、本当なら暖かな日差しを受けている筈の庭があった場所に、探し人が佇んでいた。
シャツもズボンも黒で、着けたらと進めていたのに革鎧すらも装備しないで黒いコートだけで済ませていた人。男性の筈なのに女の子にしか見えなくて、それなのに格好良いと思える背中と信念を背負って戦ってきた人。背中に交叉して吊る漆黒と翡翠の二剣が特徴的で、代名詞ともなっている人。ボクを救ってくれた英雄、あの世界を生きた全ての人達をも救ってしまったとんでもない人。
自分の全てを捨てる事すら厭わない、そんな莫迦で純粋で、最愛の人が、そこに居た。
「和人さん……!」
やっと見つけた、やっと姿を見せてくれた。
歓喜に打ち震え、涙を浮かべながら立ち上がって名前を呼ぶ。あの世界では別の名前で知られていたし、別の人格の名前もあったけど、顔は同じなのだから関係無かった。
ずっと会いたくて会いたくて、でも顔を見せてくれなかった人をもう離したくなくて、早く抱き付きたくて、駆け寄った。
けれど、それを阻む壁があった。独りでに揺れている揺り椅子を境に、ボクは和人さんへ近寄れない見えない壁があった。叩いても無音で柔らかい何かに阻まれる。腰の剣で斬り付けても無音で弾かれる。
手応えは、軟らかかった。何かきっかけがあればすぐにでも斬り裂けそうで、でも今のボクでは決して斬れないもので出来ている事が直感で理解できた。
「何で……何なの、これは……?!」
ただボクは、この人と一緒に居たいだけなのに。それなのに何で訳も分からない壁に阻まれないといけないんだ……?!
『ユウキ……』
「和人さん……!」
見えない壁を挟んで向こう側に居る黒尽くめの少年は、ボクの名前を呼んだ。ボクは壁を叩いてどうにか近寄ろうとするけど全てが無為に終わる。声は届くようだから名前を頻りに呼んだ、意味が無いのに呼んでいた。
和人さんはそれを受けてか、表情を悲しげに歪めながら近寄って来た。すぐに見えない壁を挟んで、壁さえ無ければ抱き締められるくらい近くなった。
手を持ち上げて、壁に突いているこちらの手に合わせるように、壁に突いた。
『ごめんな……』
「和人さん……何で、謝って……?」
訳が分からなかった。いきなり謝るなんて、何か悪い事でもしたのかと思った。
『一緒に還れなかった……約束、また破った…………俺だけ、死んじゃった……』
「……え……」
大いに哀しんでいるよりは淡々と、けれど訥々と語るよりは悲しげに言われた事に、思考が真っ白になった。だって和人さんは、この人は、アスナの機転でギリギリで蘇生した筈なのだ、ヒースクリフだってそれを認めていたじゃないか。
それなのに……どうして、死んだなんて……
『今度は……次の世界は、絶対生き抜くから…………さようなら……』
唖然として、慄然として、絶望が這い寄って来るのを他人事のように感じながら黙っていると、彼に別れを告げられた。見えない壁を挟んで合わせていた手を下して、彼は踵を返して遠くに蟠る闇へと向き直った。
闇の先には濁った血色が渦を巻く穴が口を開いていて、そこに続くまでの道は誰かの血で作られていて、その脇道には赤々と盛大に花開いた彼岸華が大量に咲き誇っていた。
それは次の瞬間には、最初の浮遊城で孤独の道を進んだ時の再現になっていた。穴は始まりの街からフィールドへ出る門、道は石畳で作られている大通り、大量の赤い彼岸華は脇に寄って彼を見送る大量のプレイヤー。
そしてボクは、転移門広場に屹立する鐘楼の塔の中に閉じ込められていた。出ようとしても、壁が阻んで出来ない。
「ダメ、そこに入ったら、行ったら、街から出たらダメ! ダメ、やめて、やめて……!!!」
涙が頬を伝うのも無視して叫ぶが、彼の足取りは一切遅くならない。街の風景と血塗れた風景が交互に現れては消えて、現れては消えてを繰り返す。ボクが居る場所もまた、揺り椅子だけが存在する闇の中と、鐘楼の中に閉じ込められた何もない狭い空間とが交互に消えては現れを繰り返す。
まるであの時を再現しているようだった。
「ダメ、やめて、一人で行かないで、置いて行かないで! ボクを、ボクも連れて行って! 力になるから……お願いだから……置いて、一人で行かないで……!!!」
壁を叩きながら懇願するが、しかし彼は振り返らなかった。何時しか闇が広がる血塗れた空間だけになっていて、彼が血で作られて彼岸華に囲まれている唯一の道を、濁った血色の穴へと辿って進む光景だけが見えていた。
「お願いだから、一人で行かないで……ボクを、独りにしないで……!」
『……ユウキ……』
「和人さん……!」
こちらの懇願が聞こえたのか、彼は穴に入る直前で立ち止まってこちらへ向き直った。しっかりとボクを見て来た彼の顔は変わらず悲しげだ。
――――……さようなら……俺が愛した、大切な人…………どうか、幸せに……
ボクの目をしっかり見返しながら、彼は、悲しげな微笑みを小さく浮かべてそう言って……そのまま濁った血色の穴の中に姿を消してしまった。直後、穴は閉じて何も無かったかのように消え、咲き誇っていた彼岸華が全て枯れ果てて風に散り、道を作られていた血は全て蒸発したかのように消えて行った。
彼が居た痕跡は、揺り椅子しか残らなかった。彼と共に過ごした家も庭も世界も全てが無くなって……
気付けばボクは、静かに微笑む和人さんが映る遺影の前に居た。
*
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ?!」
その瞬間、ボクは絶叫しながら体を起こした。
「はぁっ……はぁっ…………こ、こ……は……」
荒く呼吸を繰り返しながら、さっきまで居た空間では無い事に気付いた。さっきまでは全き闇に覆われて主無き揺り椅子が音を立てて揺れる世界か、最初の始まりの街の世界、あるいはあの人の遺影があるどこかのリビングだった。
しかし気付けば、ボクはベッドの上だった。壁紙は無難な無地の白色、ベッドのシーツも白だが掛け布団と冬用の羽毛布団はどちらも紫紺色だ。枕元には兎の絵が描かれた目覚まし時計、ベッドの横には茶色の勉強机で小物やノートといった勉強道具が机上に置かれている。更に視線を移せば服を入れてられる棚が縦に数段あるタンスがあり、そのタンスに立てかけるようにしてボクが持つ木刀や竹刀があった。
窓から見える光景は電信柱や他の家の屋根、近代的な造りだった。
「……そ、う……か…………現実の、ボクの家の、自室、か……」
自分が目覚めた場所を漸く把握出来て気が抜けたからか、背中から再びベッドに身を横たえる。時計を見れば午前六時半……《平行世界》のSAOに入る前、桐ヶ谷道場に弟子入りした頃から朝五時には起きていてそれを続けていた事を考えれば一時間の遅刻、明らかに寝坊だ。
はぁ、と溜息を吐いて取り敢えずこれからする事を考える。
朝ご飯は母親が毎朝作ってくれるので気にしなくて良いのだが、鍛錬をするにも時間的に微妙な所だ。我が家の食事は七時からなのである。あと三十分ほどの猶予があるが、何かをしようにも中途半端な時間なのだ。
どうせ後から汗を掻くのだから、ぐっしょりと寝巻を濡らすほど掻いた寝汗を流す為にシャワーを浴びるのは馬鹿らしいし、あの世界と違って数分で終わるほど現実のお風呂は簡単じゃない。髪のケアとか気にしないといけないし、体もしっかりと洗わないと不潔なのだから。
「……取り敢えず、着替えるか……」
『木綿季?! あなた何か叫んでたけど大丈夫なの?!』
着替えようと思ってベッドから起き上がって足を床に付けたと同時、部屋の外、すなわち廊下の方から焦りを含んだ声が聞こえた。
声質は女性、というよりは少女に近いそれは姉である藍子の声だ。
「姉ちゃん……うん、ちょっと魘されてただけだから……」
『そ、そう…………もう少しで朝ご飯だから、着替えたら降りて来なさいね?』
「分かった……」
言葉を返しながら立ち上がって、姉の気配が少し遠ざかるのを感じながらボクはタンスから着替えである普段着を取り出した。
さっきの夢はいやにリアルだったが……悪夢を見るのはこれが初めてでは無い、だから姉も割とあっさり引き下がったのだ。
今日は2024年11月3日。ゲームクリアしたのは2024年7月7日なので、今日であの日からもう少しで四ヵ月が経過した事になる。茅場晶彦がデスゲームと称して、《ソードアート・オンライン》にログインしたプレイヤーおよそ一万人を閉じ込めたあの大事件の勃発から、もう少しで丁度二年が経過した事にもなる。
あの世界から生還し、目覚めたプレイヤー達は家族や友人達に喜ばれるとう出迎えを受けた後、リハビリの毎日を送る事になった。一年八ヵ月もの虜囚期間ですっかり痩せ衰えてしまった肉体が日常生活へ復帰出来るくらいになるには、回復が速かった人でも一ヵ月半は掛かったらしい、ボクもそれくらいだった。
漸く現実世界へ戻って来たと実感したのは病院での毎日でも無く、リハビリでも無く、家族の顔を家で見た時でも無かった。
未だにナーヴギアを被ったまま目覚めない和人さんの顔を見た時だった。
最初、見舞いに来た直葉と詩乃の二人から聞いた時は信じなかったのだが、ある程度肉体が回復していたのでリハビリついでに彼が眠るという病室を訪れたのである。
幸い、幼馴染で地区も程近かったからか、ボク達幼馴染は揃って五大企業付属の大病院へ入院していた。
だから病室を訪れる事が出来たのだが……出迎えの声が無かった時点で、理解してしまった。それでもと遮断カーテンをゆっくりと開けて病床の上を見て、ボクは現実を認識したのである。
真っ白なシーツと布団の上には、未だにインジケータが明滅していたナ―ヴギアを被って眠る和人さんが居たのだ。
現実世界は《SAO事件》というとんでもない事件があったにも関わらず強かな一面を持っていたようで、VRMMOというジャンルを捨てられなかったのか、《レクト》と呼ばれる大手の電気企業メーカーが《アミュスフィア》という《ナーヴギア》の後代機を売り出し、現在もVRMMOのゲームは多く発売されている。殺人を可能としたバッテリーを外しているため、幾らかスペックダウンは否めなかったものの、安全性は保証されているらしい。
つまり理屈で考えれば《ナーヴギア》というハードで他のVRMMOをプレイする事も可能なのだが、そんな希望的予測を砕くくらい彼の体は痩せ細っていたし、そもそも病院でのVRMMOプレイは終末期医療を受けるしか無い患者しか許されていない。彼は基本的に健康体なので、未だに囚われているとしか考えられなかった。
だから彼が未だに眠っている姿を見ては、これが現実なのだと認めるしかなかった。
ちなみに結城明日奈の父親である結城彰三さんがCEOを務めている企業である。
汗をタオルで拭きながら着替えを終えたボクは部屋を出て、洗面所がある浴室へ向かった。中に入り鏡を見ると、そこに映っていたのはボクの顔だった。『>>』のマークが入った赤いバンダナをカチューシャやヘッドレストのように頭に巻き、紅い瞳と紫紺色の長髪、紫紺色のシャツに身を包んだボクの姿があった。
「……ひっどい顔……」
そして顔を見て、一言呟く。目は充血していたし、目の下にはうっすらと隈があった。自慢の紫紺色の長髪も心なしくすんでいるように見え、髪質も昔に比べて悪くなっているように思えた。目もどこか輝きが無いし、顔色も良いとは言えない。
何より、鏡に映るボクは笑っていなかった。笑えなくなっていた。彼が未だに眠っているという現実を知ってからこれまでのおよそ三ヵ月、ボクは笑った覚えが殆ど無い。
その代わりに……
「…………昔は、そうでも無かったのに……」
鏡に映るボクは、うっすらと眦に涙を浮かべていた。
「本当……泣き虫になっちゃったなぁ、ボク……」
笑みの代わりに、ボクは涙をよく流すようになっていた。あの頃のように心を冷たくして過ごすなんて事はもう出来ないし、家族が居る前ではしようにも出来ないだろう。家族にとっては何時までも子供な《紺野木綿季》という認識なのだから、その強さから【絶剣】という異名を頂戴するまでの剣豪である《ユウキ》では無い、ただの力が無い子供に過ぎないのだ。
ボクは和人さんみたいに頭は良くないし、現実では剣も強くない。桐ヶ谷道場で剣道をしていたし、桐ヶ谷流剣術も幾らか習っているので、そりゃあ素人よりは強いだろうけど……現実での立場は、ただの学生に過ぎないのだ。
はぁ、とまた溜息を吐いてから涙やあまり優れない顔色を誤魔化す為に、洗面所でしっかりと顔を洗ってから一階の食卓に行った。
「あ、おはよう木綿季。丁度呼びに行こうと思っていた所だったのよ」
そう言ってきたのは母だった。見れば食卓の机の上には既に料理が並べられている、時計を見れば七時を指しており、どうやら考え事をしながら行動していたので体感よりもかなりゆっくりしていたらしい。
微笑む母におはようと返し、一緒に食卓に着く。右隣には姉がおり、対面には母が、その隣には父が座り、揃って合掌し、お祈りを捧げてから朝食が始まった。
「木綿季、少し前に凄い叫びが聞こえたが……また、夢に魘されたのか」
「……うん」
食事を開始してから暫く経って、頃合いを見計らっていたのか父がそう問うてきた。あれだけ大声で叫んでいれば聞こえるのも当然だし、初めてでは無いのだから素直に首肯する。家族は和人さんが目覚めていない事も知っているので、隠そうとしても原因を知っている以上は嘘とバレる。どのみちアレは誤魔化せない。
だが夢の内容に関しては一切教えていない。言えばHIVウィルスとエイズの事で死を感じていた家族の事だ、かなり心配性になっているからカウンセリングを受けるよう打診してくるだろう。
いや、もう打診されているのだが、恐らく今度は断れないので言わないつもりだ。
それに……
「なぁ、一体どんな夢を見るんだ? お前が何度も魘されるってよっぽどだぞ」
「……教えたくない」
「木綿季、私達、別に誰かに言うつもりは無いのだけど……」
「そんなんじゃない……」
それに、もしも誰かに話してしまったら、現実になってしまいそうで怖いのだ。あの人が何時の日か《ナーヴギア》によって脳を焼き殺される未来、あるいは目覚めないまま衰弱死してしまう未来が来そうで、怖いのだ。
人が考える事は、全て現実となり得る。かつて頭が良いと有名なとある学者が口にした言葉らしい。そして日本には言葉に霊力が宿って現実へ引き寄せる《言霊》というものがあるとも聞いた事がある。
完全に信じている訳では無いが、それでも本当になる未来が来そうで怖くて、それもあって話したくなかった。
家族の口が堅い事くらい、そんなのはボクが一番知っている。だから両親にそう答えた。
「ご馳走様……今日は病院に行ってくるから、お昼は要らない」
「木綿季……」
先に合掌し、自分の食器を台所に水で浸け置いてから、家族三人の視線を受けながらもわざと無視して食卓を出た。すぐに二階にある自室へと戻り、扉を閉めてからすぐ横の壁に背を預け……力なく、座り込む。
こんな事がもう数ヵ月続いている。大切な家族に、死を幻視しながらも生還を願い続けてくれた家族にこんな対応をし続けるのは、酷く疲れる。
だがどうしようも出来ないのだ。和人さんが起きていないと、どうにも本調子にならないし、昔みたいに笑って接する事が出来ない。まるで魂が削られてしまったかのような錯覚と共に体に力が入りきらない。感情も波打つ事が殆ど無い。
気が、狂いそうだ……
「独りに、しないでよ…………早く目覚めてよ……和人さん……」
ポツリと、涙ながらに呟く。
応えは、当然、無かった。
はい、如何でしたでしょうか?
恐らくSAO最終章の最後で予想出来ていた人も多いでしょうが、このALO編、原作と立場が入れ替わっており、キリト/和人が目覚めていません。なので描写は木綿季の生活となりました、それも朝の部分だけですが。
原作では確か描写されているのが一月の中頃でしたが、本作で描写が開始したのは十一月の初旬ですね。
冒頭の夢の部分でキリト/和人が出てきましたが、実はそこから全て書き直しております。恐らく彼が出る前の文と後の文とを読み比べると、文字数と描写に物凄い差を感じる事でしょう。
木綿季が見たこの悪夢は、原作和人が見た夢とほぼ同じです、揺り椅子の音なんか間隔以外はほぼほぼパクってます。
ただし夢の内容に差が出ています。本作でキリトが出る直前の所まではほぼ同じ流れです。しかし原作和人はここでハッと目覚めるのですが、木綿季はその先、つまりキリト登場から死亡まで続きました。原作和人の夢では自身以外誰も居ないんですね。
大切な人が居なくなって自分を置いて行く恐怖が心に潜在化している木綿季なら、多分和人が目覚めないだけでこれくらい行くだろうと思い、こう書きました。
多分読んでいて分かったでしょうが、木綿季は本作和人から転生した事を聞いていても、実は事件の細かい内容については聞いてないです。なので須郷の事は知っていても、かつて自分が生きていた前世の歴史で何をしたのかまでは知らない、つまり《ALO事件》も知らないので和人がどうして目覚めないのか全く知らない状態です。
なので何時死ぬか分からない、目覚めさせる方法も分からないとないない尽くしで、思考の迷路に落ちてしまい、笑えずに泣きやすくなってしまっているんです。
以前から言っていた依存というのはこういう訳ですね。彼女がどのように和人に依存していたのか、その度合いはこのALO編の真骨頂となるでしょう。
あ、でもヤンデレ化は流石にしません、そこまで木綿季は堕ちてません。単純にお互いが幸せになる事を願い続けているだけです。
でもヒースクリフを前話では《貴様》呼ばわりしていましたし、キリトに対しても結構縋るように責めていたので、限界を突破した怒りを覚えると恐いでしょうね。
もしかしなくても原作アスナ以上かも☆(笑)
さて……ではそろそろ、次回予告です。
漸く還った現実世界、しかしそこには和人の姿が未だに無い世界だった。色褪せてしまった世界に戻った木綿季は和人が眠る病院へ向かい、恒例となった見舞いをする。
その時、病室へ入って来る二人の大人が居た。
一人は結城彰三、親友であり細剣を振るっていた団員である戦友アスナの実父だった。顔馴染みであった木綿季は挨拶をする。
しかし、もう一人には覚えが無かった、しかしどこかで会ったような錯覚を覚える。
それも当然であった。木綿季はその男に、別の世界で会った事があるのだから……
次話。第二章 ~陰謀~
次回は5日零時に投稿予定です。
ちなみに例の人物は男色ではありませんので、悪しからず。
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第二章 ~陰謀~
ALO編第二章、数時間で書き上がっちゃいました。しかも原作片手にではなく、全て原作の描写とアニメのシーンを覚えての執筆です。
これくらいじゃないと詳しく書けないんですよね、キャラの心情をどうするかまで頭が回らなくなり、原作コピーみたいに薄っぺらくなるので。SAO編はその辺が結構色濃く出てます。
という訳で、ALO編は既に書き上げていた大筋はそのままに、心情描写などを書き足すべく全て最初っから書き直しています。
その二つ目の話です。ほぼ木綿季視点ですが、ちょっとだけ別の人の視点も入ります。
ではどうぞ。
第二章 ~陰謀~
朝食を終え、自室に引き上げたボクは少ししてから外出の準備を始めた。家族に言った通り、今日は病院へ行く事にしていたからだ。
ちなみに姉はさっき家を出た。今日は木曜日なので中学三年である姉は普通に学校がある、そのため出たのである。対して、ボクは……というか、SAOにログインした当時高校生以下だったプレイヤーは、恐らくその殆どが通っていた学校には行っていないだろう。
これはごく一部の偏見から来ているのだが、ネットで《SAO生還者》と称されているボク達は死の世界という殺伐としたゲームの中に閉じ込められていたのだから、精神異常者の集まりなのだという意見があるのだ。女尊男卑風潮に染まっている者、あの世界で犯罪や殺人に手を染めていた者達の数少ない現実犯罪や暴行の被害に遭った者達、そしてごく少数の最初期に人を亡くした家族などがそういう意見を出しているらしい。
日本政府はこれを重く捉え、高校生以下の学生を無条件且つ卒業すれば大学受験資格も授与する内容で入学先を現在作っているらしい。これには《五大企業》も深く関係しているらしく、ゲームクリアからおよそ四ヵ月が経った最近ではカリキュラムの細かい部分を詰め、教師陣営の呼び掛けを行っている段階だという。
進学先が政府の方から用意されているというのは有難い話なのだが、恐らく大部分の同世代の人間は気付いていないだろう。かつて大組織のナンバーツーを務めていたから分かる、これは不確定要素の多いSAO生還者達を一ヵ所に纏め、管理と監視、調整をする為の、謂わば保護施設だ。学校という体裁があるので流石に少年院ほどあからさまでは無いだろうが……
政府側は《SAO事件》の被害者達への支援を惜しまない態度を見せているが、ボク達を管理する事で犯罪へ走る傾向を少しでも小さくしようという目的があるのだろう。
まぁ、結果的にほぼ全員が救われているとは言え、生還者達の証言で全損者ですら生還した事には驚愕し、全損する事すなわち現実での死と言われそれを信じ切っていたのだから殺伐としていた事は変わりない。それに自ら犯罪者のオレンジや殺人者のレッドに走った者達が居る事も確か。だからそれらに対応する為の行動は正しいと言えるだろう。
とは言え、こんな事をボクが知っているのは、とある人物から出来る限りの情報を提供してもらっているからだ。
その相手とは、ボクが現実へ復帰してからおよそ一時間後に顔を出した、総務省のお役人であった。厳密には《総務省通信基盤局第二分室仮想課》という部署の室長を務めている人らしい。眼鏡を掛けた男性で、優しそうな笑みを浮かべた人物だったが、その笑みにはどこか含むものがあったように思えて警戒心を立ててしまった。どこか茅場晶彦に通じるものを感じたのだ。恐らく腹に一物抱え、人を操るか誘導するタイプの人間だった。
しかしただの推測でしか無いし、わざわざ敵意を向けて非友好的な関係になるのは望まなかったので、ある程度許容する範囲内でそのお役人……名を《菊岡誠二郎》と言った男性と会話を交わした。
流石に覚醒直後は体力が無かったので数回に分けての対話だったが、彼はそれでも満足しているようだった。
そのお役人は、今の部署に務めるのと同時に《SAO事件対策本部》のリーダーも兼務していたらしい。ボクのようにSAOに囚われてしまったプレイヤー達を病院へ滞りの無いように手配したのも、その菊岡さんだったと聞いた。というか本人が言っていたのだ。
本人はそれしか出来なかったと表情を歪めながら悔しそうに言っていたが……
「実際、相当なものだと思うけどねぇ……」
病院へ向かう為にバスに乗り、席に座って窓から外を眺めつつ、かつて悔しそうな顔をしていた菊岡さんを思い浮かべてそう評する。
全国に散らばっているSAOプレイヤーを全員、滞りの無いようあらゆる病院施設へと搬送し、それからおよそ二年近くもの間ずっと入院状態を維持していたのだ。幾ら国家権力のある総務省に務め、国で設営した対策本部のリーダーだとしても、それだけの指揮力と権力を持っている人間が謙遜するには、余りある偉業だとボクは思う。
事件直後、茅場晶彦の方からSAOプレイヤー達のキャラネームとログイン時の住居アドレスが名簿として送られてきたらしく、それを参考に病院への搬送を二時間以内に終えた、それもオンラインを保ったままでだ。
タイムリミットは水分や栄養状態を考えればおよそ二日から三日、その間に事件直後の混乱の最中でも情報を整理し、考え得るだけの対策を練りながら病院への手配と搬送を終える。これだけでも恐ろしく難関な上に、病院への入院状態を維持するという事は入院費もそれだけ掛かるし、病床も占領する事に他ならない。多くの病院にSAOプレイヤーはバラけられた事だろう。
しかし和人さんはそれを見越していたようで、《五大企業》附属の病院は最先端という事もあって巨大な入院施設を有していた。《五大企業》は世界的に手を広げている企業であり、医療方面にも手を伸ばしているので、顔が広い。どうやら他国にある支部からも幾らか支給を受けていたらしく、それが《五大企業》本部を介して日本政府へ、続けて対策本部に流れていたため、本来の入院よりは幾らか必要経費が下がっているらしかった。
入院費については被害者家族は負担無し、全て日本政府が負担するらしかった。
IS学園の事も含めて相当な額になった筈だが、恐らくIS発祥の地として《モンド・グロッソ》を開催している国というだけあって、それ関連の関税や開催費用を回収している筈なので、兆単位に膨れ上がっていた借金も帳消し状態。どうにかなるのだろう。
「……ダメだ、まだ意識が抜けきっていないな……」
そこまで考えて、その思考を振り払うように首を振る。どうにも《十六夜騎士団》副団長として動き続けていた弊害があるようで、各国政府や企業の動き、世情から裏の意図やお金の動きを考えてしまう癖が出ているようなのだ。
少し前なんか、株について話し合っていた両親の会話に入り込んで対等に話していたものだから、酷く驚かれた。未来に開かれるSAO生還者が通う学校についての意図も予想を話すと、酷く驚かれた上に、どうして気付いたのか気にしていた。
ちなみに両親には、自分がほぼずっと危険な最前線を攻略するメンバーを組織していた副団長という事は話していない。ただ色々とあったのだとだけ答えた。ただそんな曖昧な答えで誤魔化したせいか、あらぬ方向へ予想されているらしいが……
「……もうちょっと詳しく話した方が良かったかなぁ……?」
別に話しても問題無い事ではあるのだが……まだ全てが終わっていないから、話す気になれていないだけなのかも知れない。あの世界から続く全ての戦いが終わってから、ボクはきっと本当の意味でゲームクリアとなって、現実世界への帰還が果たされるのだろう。今はこの世界には居ない和人さんに、キリトさんとしてどこかに居るのだろう彼に、ボクの魂を持って行かれているのだ。
幸いなのは、彼を除く幼馴染達は全員目覚めているという事くらいか。
ここで、和人さんの未覚醒や幼馴染達の無事について思い出す。前者は直葉達から、後者はリハビリ中に図らずしも直接接触が出来たので自分の目で確認出来ているが、実は和人さんの他にも目覚めていない人間がおよそ三百人ほど居るらしい。厳密に言えば彼を含めて全員で三百人きっかりだ。
それだけの人数、和人さんと同じように目覚めていない人間が居るというのだ。勿論犯人は不明。巷では茅場晶彦による陰謀がまだ続いているのではと言われているのだが、実際の所は恐らくそうではないだろう。あの時のヒースクリフこと茅場晶彦は満足そうな顔で消えて行ったので、あの状態から夢の世界の終焉を自ら曲げるかと思ったのだ、恐らく彼は関係無いだろうと結論付けている。
となれば、自分がそれ以外で思い付くとすれば、須郷伸之の存在である。あの男は一回目のSAOで横槍を入れる程に自身の研究に執着していた。今回のSAOでは横槍が無かったので第七十五層で攻略を終えられたが、幾らかの差異が散見されど大筋は同じ世界である為に存在するだろうあの男がまさかこのまま何もしないとは思えない。
だが確証は無い。ボクはあの男について大した事は聞いていないし、知りもしない関係だ。彰三氏からも何も聞いていないし、明日奈の口からも殆ど聞いていないのでボクは前々回の世界での須郷を元に考えるしか出来ない。それでは根拠が無さ過ぎるし、行動に移すには弱い。
結局、今のボクに出来る事と言えば数える程度のものだ。
その一つとして、彼が入院する病院へのお見舞いが挙げられる。東京都御茶ノ水地区に存在する《五大企業》附属の大病院だ。バスがここまで来てくれるのは正直有難かった。片道一時間弱だから自転車で来るには遠過ぎる。
乗車賃をキチンと払ってから、ボクは病院前のバス停に降りて病院の敷地内に入る。受付まで行くと、既に何度も来て顔馴染みとなっている看護師から、顔パスで来院証とパスカードを借り受けた。
「紺野さん、今日も来たのね。遠いのにご苦労様」
「いえ、もう慣れましたから。県を跨ぐので確かにちょっと遠いですけど」
「そう……桐ヶ谷君、早く目覚めると良いわね」
「……はい……」
ここに入院している患者の中でSAOプレイヤーはもう彼だけらしい上に、菊岡さんの話では未覚醒者のSAOプレイヤー達の中でも最年少らしい。それを病院側も承知しているらしく、この看護師も大病院最後の未帰還者という事でとても気に掛けてくれているようだった。ログイン当時がまだ小学生だったという事もあるのかも知れない。
しっかりと来院証を首から下げ、パスカードも持ったボクはその女性看護師に別れを告げてから彼が眠る七階へ向かう為にエレベーターに乗った。最新技術故か殆ど揺れを感じないエレベーターに乗る事十数秒の後、七階に着いた事を知らせる軽い音と共に扉が開き、七階層に足を踏み入れてから、最早記憶してしまった病室への道のりを少し足早に進んだ。
「あら、紺野さん。おはよう。今日も彼のお見舞いかしら?」
「おはようございます。はい、お見舞いに来ました」
「おやおや、木綿季ちゃんじゃあないか。元気にしてるかい」
「ええ、しっかり寝てますしね。梶田さんもしっかり食べて寝ないとダメですよ?」
「あらら、言われてしまいましたねぇ」
「何、ちゃあんと食べておるし、寝てもおるよ。じゃないと家に帰れないからね」
「ですか。早く良くなると良いですね」
道中、顔見知りになった看護師と、その看護師が担当している入院患者と顔を合わせ、軽く言葉を交わした。既に何度も顔を合わせて挨拶していた事もあってボクはそれなりに受け入れられているらしい。
ISが世に出てから今年で八年目、女尊男卑風潮によって横柄な女性が増えて来た昨今は男性、そしてお年寄りが生き辛い世間となってしまった。
ISは基本的に若い女性の適性が高く出るので、お年寄りは激しい動作が出来ない事もあって適正値は低いから立場を低く見られがちなのだ。そんな世の中で訳隔てない若者というのはより貴重になったため、ボクのような性格の子供はISが出る前より圧倒的に少ないのだという。だから猫可愛がりしてしまうのだと教えられた。
こちらとしては別に嫌では無い、むしろ誰かと話すのは気が楽になる。それに病院は前世でも今世でもとても馴染み深い場所なので忌避感など無く、お年寄りの人達と話す事も好きだ。
だから好かれているのかもと思いながら、ボクはとうとつ目的地である病室に辿り着いた。何時もの様に扉を開け、外から見えないように閉じられている室内の遮断カーテンを開くと、やはり何時もの様に眠り続ける和人さんの姿が視界に入って来た。その頭には変わりなく《ナーヴギア》があり、やはり変わりなく三つのインジケータの内、オンライン状態を示すランプが淡い緑の光を明滅させていた。
取り敢えず、まだ生きている証なので安堵の溜息を無意識に吐きながら、病床横に置かれている折り畳み椅子に座る。そして病床の上に投げ出されている痩せ細った事で骨張っている彼の右手を取り、両手で包み込む。
辛うじて生きているだけの手だからか、その手はボクの手よりはるかに細く、脆く、脈動を感じられず、冷たかった。何時その命が絶たれてしまってもおかしくない儚さだった。
「……和人さん……」
その手に温かみを、命の輝きを分け与えるように、ボクは両手で包み込んでいる彼の手を前屈みになって額に軽く押し当てる。ひんやりとした彼の手の低体温がこちらの額を冷やし、代わりに彼の手を温める。気だけでも分け与えるかのように、ボクはその手に一心で念を込め続けた。
生きて、頑張って、そして目覚めて、ボクを独りにしないでと、強く強く念じ続けた。何時間も何時間も、ずっと。
***
「ね、聞いた? 紺野さんの話」
《五大企業》附属の病院に務めている私、安岐ナツキが同僚のそんな話を耳にしたのは、患者のカルテを一通り書き終えてから棚に仕舞って、夕食にしようと休憩室に入った時だった。この病院に務めている者が利用する休憩室なので外部の人間は居ない。
その話をしているのは同僚の二人の看護師だった。どちらも顔馴染みで、ついでに言えば話に上がっている《紺野さん》のリハビリを担当したのは私である。
「他のSAO生還者の方から聞いたんだけど……紺野さん、あの世界では最強ギルドの副団長してたんだって。まだ眠ってる桐ヶ谷君は団長として、最年少なのに一番最前線で戦い続けた剣士らしいわよ。しかもリアルでも紺野さんの師匠なんだとか……」
「え、あの若さで? というか桐ヶ谷君と紺野さんって、《SAO事件》当時は十二、三歳でしょ? 本当なの?」
「らしいわよ。何でも百層まであるお城をクリアしないといけなかったのに、唐突に七十五層のボス戦を終えた頃になってクリアになったらしいわ。口々に【黒の剣士】がやったんだ、最強の剣士がクリアしたんだって、興奮気味に話してもらったわ。そのプレイヤーがどうも桐ヶ谷君らしいわね」
「えぇ? 何、その終わり方……ズルなんじゃないの?」
「それは無いでしょう。日本政府お抱えのホワイトハッカーが総出で当たってもダメだったらしいし、ましてや閉じ込められてる中にハッキング出来る場所も無いでしょうし……案外、仲間に茅場晶彦が扮していて、それを見破って倒したからクリアになったのかもね」
「えー? まさかぁ」
同僚のそんな会話を聞きながらお昼であるサンドイッチを口にしつつ、そのまさかなんだよなぁと胸中で呟く。
私も同僚と同じようにSAO生還者達から色々と彼女について聞いたのだが、そのまさか、第七十五層で攻略をしていたメンバーの中に茅場晶彦が居たというのだ。何でもSAO最強の矛と盾と呼ばれる程の双璧の片割れ、《ヒースクリフ》という名前のプレイヤーが茅場晶彦であると見抜き、決闘をしたらしい。しかもHPが全損した人達を自分の命を代償にしてまで。
蘇生アイテムがあったため結果的に生きてログアウトになったらしいのだが……結局、今もゲームクリアを果たした英雄キリトこと桐ヶ谷君は目覚めていない。
「という事は紺野さんって物凄く強いって訳かぁ……将来IS操縦者にでもなるのかな」
「いや、それは多分無いと思うわね。あんな世界でずっと戦い続けてたんだから現実でも戦う事は無いでしょ」
「えー? でもあの年頃の子ってそういうのに夢を抱きそうだけどなぁ……」
「……確かに、そうかもだけど……少なくとも紺野さんは中学三年の年齢だし、今政府が話し合ってるらしい学校に通ったとしてもIS学園には行けないでしょ。あそこ、偏差値はおろか、世界的に生徒が志望するから倍率が定員の一万倍っていう異常さを示すエリート校なのよ? 幾らなんでも今から勉強したって無理よ」
「でも紺野さん、何か物凄く頭良いらしいよ? 一緒にお見舞いに来てた双子のお姉さんの勉強、逆に教えてたみたいだったし」
「…………いや、それどんな天才児よ……」
「お姉さんの話では昔から成績トップで、中学では全教科満点だったらしいしねぇ……こっちに戻って来てからも入院中に色々と本を読み漁ってた……とうか、桐ヶ谷君が起きてない鬱憤を晴らすかのように問題集解きまくって学習し直したらしいの。精神構造の昇華って本当に凄いんだって初めて実感したね、アレは」
「……自主勉額で現役中三生より頭良いって、途中のカリキュラム何処行ったのよ……」
ああ、アレか、と会話に該当するシーンを脳裏に思い浮かべた。リハビリを終えた後、勉強が遅れているからという理由で家族に問題集や学校の教科書を持ってくるように言って、何かに取り憑かれたかのように食事、トイレ、リハビリ、桐ヶ谷君への見舞い、知り合いの対応以外の全てを勉強に充てていた時期があったのだ。まさか就寝時間が来るまでずっとするとは思っていなかった。
お影で双子の姉や幼馴染である現役生の子達が最近はお見舞いついでに受験勉強もして、分からない所は教えてもらっているらしい……
ふと、そこまで思い浮かべて、そういえば今日は確か紺野さんが来ていると聞いたのを思い出した。
そうとなればさっさと夕食を終えて様子を見に行かなければと、私はサンドイッチを即座に食べ終えてナースセンターに戻った。丁度桐ヶ谷君の点滴を付け替える時間でもあったので口実としては丁度良い。
私は今ではこの病院で彼しか使っていない全栄養が詰まった点滴パックを銀の荷台に載せて、七階にある桐ヶ谷君の病室へと向かった。エレベーターを利用して目的の階に着いてから、病室へと向かう。
病室の扉は閉まっていたのでノックを三度するが、応えは無かった。もしかするともう帰ったのかなと思いながら失礼しますと言いつつ扉を開け、中に入ってから後ろ手に閉める。閉じているカーテンを開けて中を見て、人影がある事に気付いた。
やはり紺野さんは中に居た。病床に横たわる妖精のような儚さを持つ女の子にしか見えない少年の右手を取り、両手で支えながら手の甲を額に軽く当てていた。
それはまるで懺悔する罪人のようにも見え、並大抵ならぬ感情を持っている証である事が分かった。少しだけ目を眇めて、紫紺色の少女と黒の少年を視界に収めた。
***
「紺野さん」
ずっとずっと長い間、額に彼の右手を当てていたボクは、いきなり聞こえた聞き覚えのある女性の声で漸く我に返った。ゆっくりと手を病床の上に置きながら顔を上げれば、首や肩、腕がギシギシ軋む音を上げた。
女性は病室の入り口の方に居た。長髪を三つ編みに編んでお下げにして肩に垂らしている人で、眼鏡を掛けた柔和な女性だ。とてもスタイルが良く、白衣は大きな胸を強調していた。
この女性は安岐ナツキ看護師、ボクのリハビリを担当してくれたベテラン看護師だ。どことなく何か武道に通じている者特有の隙の無さを感じるが、少ししかやっていないのか和人さん程では無かったため、あんまり警戒はしていない。というか警戒していたらボクのSAOでの過去をちょっとでも話す事はしないのだが。
「安岐さん……居たんですか」
「正確には今来たばかりだよ……何時から来たの?」
「えっと……午前九時頃に……」
「え、じゃあまさか紺野さん、お昼抜いてるの?! もう午後六時よ?!」
「……あ、ホントだ……」
ぎょっとして言ってきた安岐さんの言葉を受けて、そういえば何時の間にか室内が茜色に染まっていて、時計も午後六時を指している事に気付いた。どうやら九時間もずっと同じ姿勢で居たようである。そりゃあミシミシ関節が軋む訳だ。
「ちょっと紺野さん、大丈夫なの……? まさか九時間、ずっとその姿勢?」
「だったみたいですね……気付きませんでした……」
「…………えー……」
唖然として言葉を漏らす安岐さん。そんな反応をされても夢中に念じ続けて気付いたらこうなのだから、仕方が無いだろう……
「でももう帰ります。流石に夕食に間に合わないですけど遅過ぎると心配させますし……」
「そっか……と、これで良し、と……」
ボクと会話をしながら安岐さんは和人さんの点滴パックを取り換えて、作業を終えるとこちらにじゃあねと挨拶して病室からそそくさと出て行った。まだ仕事があるのだろうと思いつつ、さよならと返す。
次のバスの時間は午後六時二十五分、あと十五分は猶予がある事になるので、その間だけでもまだ居ようと思って椅子に座ろうとした……その時、病室の扉が開く音を聞いた。安岐さんが閉じたカーテンを開いて部屋に顔を出したのは、一人は顔見知りだったがもう一人は知らない二人組の男性だった。
「おや、誰かと思えばやはり紺野君か。久し振りだね」
「あ、はい……お久し振りです、彰三さん……」
顔見知りの方が声を掛けて来た。人当たりの良い壮年の男性で、名前は結城彰三、つまり明日奈の実父であり《アミュスフィア》を開発した《レクト》という大手電機メーカーのCEOを務めている男性である。自分はよく知らないのだが、桐ヶ谷家と結城家は家族ぐるみで仲が良くなっているらしく、恐らくそれで見舞いに来たのだと思われた。何らかの関係性があるのではと睨んでいるが、アスナもその辺は知らないらしい。
彰三氏と会うのは一ヵ月振りなので少し硬い挨拶となったが、それを慣れているからか気にした素振りも無く、彼は和人さんへ視線を移した。そして少しだけ悲しげに眉根を寄せる。
「やはり、桐ヶ谷君は目覚めないまま、か……」
「ええ、一体何がどうなっているのか……茅場晶彦では、無いと思うのですけど……」
「君の話によれば、茅場晶彦は彼に敗れれば《ナーヴギア》によって脳を焼き切ると宣言していたらしいからな……狂人の思考は理解出来ないが、あの男が約束を違えるとも思えんのは確か。そもそもSAOをクリアしたのにまだプレイヤーを捕える意味も無いからな……」
彰三氏にはあの世界で何があったのか、明日奈と共にボクからもある程度は話している。あの茅場晶彦は大層嫌われているが人格の方はあまりイメージから外れていないので、やはりあの男が裏で何かやっているというようには思えないようだった。
「彰三さん、となるとこの子があの【絶剣】という子で……?」
「…………何故その二つ名を知っているんですか」
そこで、こちらは知らない顔の男性が話に割り込んできた。眼鏡を掛け、ワックスでも使っているのか前髪を上げて撫で付けているスーツ姿の男で、表情はにこやかな好青年らしい顔だ。普通なら好印象を持てるのだろうが……
何だろうか……この男、どこかで会った事がある気がする。それに好ましくない感じを受ける。彰三氏の前という事もあって遠慮してあからさまな警戒はしていないが、二人きりになったら恐らく警戒心を剥き出しにしてしまうだろう男だ。
それはともかく、何でSAO生還者と見えない見知らぬ男性が異名を知っているのか気になり、彰三氏に顔を向ければ、彼は少しだけ申し訳なさそうにした。
「いや、すまない、君や明日奈から聞いた話が実に感動的でね……つい彼に話してしまったんだ」
「……」
感動的……ああ、そうか、あの世界の出来事やそこで生きたボク達の言動は、何も知らない人々からはそう取られるのかと思った。もしも彼が死んでいれば、明日奈が死んでしまったら、きっとそんな事も言えないだろうに……
「……ついで話さないで下さい…………不愉快です……」
「う……すまない……」
「ま、まぁまぁ……私から頼んだという事もあるので、彰三さんをあまり責めないでくれないかな…………というか彰三さん、そろそろ戻らないと拙いのでは?」
「む、確かに次の会議が近いな……紺野君、すまないが私はこれで」
そう言って、逃げるかのように彰三氏は病室から出て行った。残った名前を知らない男性と二人きりになる。
というか彰三氏、この人を紹介してよ。
「……で、聞きそびれてたんですけど、あなたの名前は……」
「ああ、そういえば初対面だから知らないよね。初めまして、僕は《レクト》のVR部門の室長を務めている須郷伸之、君の幼馴染である明日奈の婚約者でもある」
「……明日奈の……」
名前や明日奈との関係を聞いた時、表情をピクリとも動かさずに憎悪を悟らせなかったのは奇跡に等しいと言えた。最近疲れていて表情に出すのも億劫になっていたからなのだが、これがまさか役に立つ日が来るとは……
というか、《レクト》のVR部門と言えば、菊岡さんから聞いた話では確か……
「……元SAOサーバーを管理している場所の……」
「お、そうそう、その部門だよ。結構情報通なんだねぇ」
前々回の記憶を引っ張り出しつつ菊岡さんから聞いた言葉を呟けば、どうやら当たっていたようで笑みを浮かべて須郷伸之は頷いた。
「でも、情報通にしては、明日奈に婚約者が居るとは知らなかったみたいだねぇ?」
「…………本当に、明日奈の婚約者……?」
あの明日奈が、彰三氏が居なくなってから微妙にこちらを見下した感を見せている須郷伸之を好いて、婚約を結ぶとは思えない。人の本性や素質を見抜く素養を持った明日奈が騙され続けている筈も無いし……
疑念を募らせていると、とうとう観念したか隠すのも無駄と断じたのか、須郷は肩を竦めて嗤った。
「形式上では確かに僕は彼女の婚約者だよ、ただ本人は嫌がってるけどね」
「明日奈が嫌がっているならその婚約は成立しないんじゃ?」
明日奈はまだ十七歳、未成年である以上は親の同意無く結婚出来ないと日本国憲法にあるが、それ以前に合意の下でなければ結婚は認められないのだ。だからその婚約は無効だろうと指摘するが、須郷は右の人差し指を立ててちっちっちっ、と舐めた様子で言葉を否定してきた。
「分からないかなぁ……今の彼の生命維持を担っているのは、僕が管轄する部署なんだ。明日奈の本心は嫌がっていても、大切な幼馴染が死ぬかも知れなかったら断れないだろう?」
「……まさか……」
この男が、やはり須郷伸之が和人さんの未覚醒に関わっているのかと、今の会話で朧気ながらに悟った。
「和人さんの命で明日奈を脅して、結婚しようと……」
「まぁ、ここまでヒントを出せば分かるよねぇ……そうだよ。彼の命は僕が握っていると言っても良い。そもそも《アーガス》が事実上倒産してサーバーを維持出来なくなったから、うちの部署が引き継いだんだ……当然明日奈の命も、君の命だって繋いだ。だったらこれくらいの報酬はあって然るべきだろう?」
人の命で脅して人生を奪おうとしてるのに、いけしゃあしゃあと……と須郷の言葉を聞いて睨め付けながら思った。
こちらが睨め付けつつも黙っている事に気を良くしたのか、須郷は病室の中に足を踏み入れて病床の和人さんの近くまで来た。須郷は身長が高いし大の大人なので、まだ成長途中のボクは自然と見上げる恰好になる。
「そもそも、明日奈は僕を昔から嫌っていてねぇ……正直婚約は結べないと思っていた。だがある日、気付けばニュースで大騒ぎになっているじゃないか、一万人もの虜囚に。流石にあの子がネットゲームをプレイしていると聞いた時は耳を疑ったが、実際にこの目で見て使えると確信したんだよ。結果的にほぼ全員が生還している訳だが、途中彰三さんは酷くやつれていてね、何時目覚めるとも分からない明日奈の将来を考えて腹心の僕を婚約者にしたという訳さ」
「……そういう筋書きになるよう、誘導していたんでしょう……」
「そうだよ」
人の良い彰三氏の事だ、恐らくこの男の本性には気付いていないに違いない。対して恐らく母親である京子さんは薄々勘付いている……だが須郷は腹心と自分で言ったから彰三氏の仕事で深く関わっている人間、恐らく京子さんの言葉は跳ねのけられている。
人間の悪意というものは本当に恐ろしい……
「その為に何年も前から結城家に近付いていたんだ……ああ、今の仕事は遣り甲斐を感じているから、そこはまた別さ。元々僕の進路もこっちだったしね」
「一体、何の為に……和人さんを……!」
「……」
やはり須郷伸之というこの男が原因なのだと分かってから今まで溜めて来たものが溢れてきて、我慢出来なくなってきて、言葉に力が入るのを自覚しながら須郷を睨め付けた。須郷は少しだけ顔をこちらに向けた後、ふっと嗤いを浮かべた。
「言っただろう? 明日奈と結婚する為だと……まぁ、当初は彼女を捕える予定だったんだがね、それではきっと失敗に終わると思って彼を捕えさせてもらったんだ。何せ結城家は桐ヶ谷君といやに親しい、関係で言えば仕事で深く関わっている僕よりも後に顔を出したのにだ。そしてアメリカへたったの八歳で留学し、一年未満で全単位を取って戻って来るという天才振り……明日奈を捕えて現実で婚約を勧めても、恐らく彰三氏は桐ヶ谷君の方を指名すると思ったのさ。たとえ恋人である君が居ても、その可能性が否定出来ない限りは慎重に行くべきだと思い、君には悪いが彼を捕えさせてもらった」
「……」
正直、明日奈が和人さんと結ばれるのなら仕方ないと思う自分も居る。元々前世では彼女は《桐ヶ谷和人》と結ばれていた、自分が死んでから先の未来でどうなったかは分からないが恐らくそのままゴールインを果たしただろう。
それを考えれば、彼女の未来を奪ったのは自分であるとも言えた。
「良いかい……彼の命は、僕が握ってるんだ……だから、変な気を起こせば、愛しの桐ヶ谷君は……ぼんっ、だ」
「っ……!!!」
言われた途端、脳裏に煙を噴き上げながら頭を、更にその奥にある脳髄を焼かれ、死に至る病床の和人さんが思い浮かんだ。
悲鳴を上げそうになりながらどうにか堪えるが、これは……キツい……
「なぁに、明日奈と婚姻を結べば出来るだけ早くに開放するさ……精々頑張って気を落ち着けてたまえよ、ゼッケンさん」
ぽん、と肩に手を置いて厭味ったらしく耳元で囁いた須郷は、こちらの反応に気を良くして軽い足取りで病室を出て行った。一人になってからも、ボクは眠り続ける和人さんを見続けていた。
気付けば時間は、既に三十分を過ぎていた。
***
病院へ和人の見舞いに向かった木綿季の帰りは遅く、メールで連絡しても一向に返事が無かった。一先ず作った夕食を両親と一緒に食べて木綿季の分はラッピングして温めるだけにした後、各々心配しながらもお風呂の用意をして入ったり、変わらぬ日常を過ごしていた。
午後八時となり、未だに木綿季が帰った声が無い事で流石に我慢出来ずに私が木綿季の携帯電話に電話を入れると……ふと、二階からその音が聞こえて来た。木綿季には必ず肌身離さず持っていろと両親が言っているので、まさか忘れた訳では無いだろうと思い、代表して私が様子を見に行くことにした。
帰った事の報告も無しに部屋に上がるなど、普段の木綿季の様子から考えても明らかにおかしかった。
「木綿季、帰ってるの?」
こんこんこん、とノックしながら声を掛けるが、しかしやはり無人なのか応えは無い。もう一度声を掛けるが依然変わらず。
「居ないの? ……入るわよ?」
もしかすると無視しているのか、あるいは眠っているのかも知れないと思ってドアレバーを下げながら扉を開けると……びょう、と冷たい風が吹き抜けた。お風呂上がりだから余計に冷たく感じ、寒っと呟きながら私は部屋に入って扉を閉めた。
何で窓を開けたままなのよと思いながら部屋に入って一歩目を踏み出した時、夜の空に浮かぶ月が照らした部屋の中にあるベッドに、誰かが蹲っているのを見つけた。
膝を抱えるようにベッドに腰かけているのは、木綿季だった。
「木綿季…………あなた、帰ってたの……? 何時から……」
「……」
「…………木綿季……?」
声を掛けても無反応、それどころか微動だにしない様子から、何か変だと思いながら近付いた。すると、漸くこちらに気付いたのか彼女は顔を上げた。
私が見た顔は、これまで見て来た木綿季には似つかわしくない……何もかも、諦めた人間のものだった。
「木綿季、あなた……一体何があったのよ……まさか、和人……死んでしまったの……?」
「……違う……」
漸く彼女の口から出て来た声は、酷く乾いて嗄れていた。こんな様子の木綿季、SAOに入る前も帰って来た後も見た事が無い……
「ボク…………何にも出来ない……和人さんの支えに……何にも、なれない……」
「木綿季……?」
「何も……力を持ってない、ボクじゃ…………何も……誰も……助け、られ……ない……」
ぽつりぽつりと、まるで懺悔するかのように呟きを漏らす木綿季の目は虚ろで、光を映していなかった。月光を反射しているのに、何時も見せてくれていた鮮烈な紅の瞳も、今はくすんで濁った赤になっていて、それがどれだけ今の木綿季が打ちのめされているかを表すものでもあった。
「このままじゃ……このままじゃ…………和人さんが……死んじゃう……のに……また、ボクは、何も……」
頭を抱え、膝に額を押し当てるかのように蹲る木綿季は、それを最後にこのままじゃ……と同じ言葉をぶつぶつと繰り返し続ける。延々と同じ光景が脳裏で繰り返されているのかも知れない……
あの木綿季がここまで打ちのめされるだなんて……
――――木綿季……あなた一体、何を見て来たの…………一体、今日の見舞いで何を知ったの……
数々の疑問はあったが、今の木綿季からマトモな答えが返って来るとも思えず、一先ず落ち着けるのを優先する事にした。
私は目の前で怯えるように蹲っている木綿季をゆっくり、目覚めた直後の時の様に優しく抱きしめた。頭を抱えるように両腕を回し、こちらの少しだけ膨らんでいる胸に彼女の顔を押し付けると、少しだけ木綿季が身じろぎした。
「木綿季、諦めたら終わりよ……諦めは、何もかも悪い方に持って行ってしまうのよ……」
「……だけど……ボクには、和人さんを助けるだけの、地位も……権力も……」
「でしょうね……あなたはまだ子供だもの。でもね、私だって子供……多くの大人も、大して地位や権力を持ってないわ。だからあなたが悲観する事なんて無いのよ……今はちょっと、弱気になってるだけ……あなたは諦めを知らないとばかりに旺盛な子。ちょっと疲れてるみたいだから、少しだけ休んで……また、頑張りましょう……?」
「……でも…………」
慰めと励ましの言葉は、しかし木綿季の心にはまだ届き切ってはいないようで、彼女はそれにも躊躇いを見せた。
けれど、躊躇いがあるという事は、それだけまだ諦めたくないという想いがある証拠。
その根幹を刺激すれば、あるいは……
「今は色々とあって疲れて弱気になってるだけよ……地位や権力が無いから諦めるほど、あなたが彼に向ける愛情は軽いの……?」
「違う……それは、違う……!」
手応えは、あった。昔から和人に向けている感情……愛情、慕情といったものはそこらの人よりも桁違いだったから、きっとこう言えば反応すると思っていた。しなかったら、もうお手上げだったのだが。
少しだけ反応した彼女を少しだけ強く抱き締め、頭をゆっくりと撫でてやる。
「だったら、今だけはちょっと休んで……それから頑張りましょう? 神様は私達に耐えられない苦しみはお与えにならない……諦めなければ、きっと彼は戻って来る……いいえ、あなたが取り戻すのよ」
「……」
「たとえ今は力が無くても、地位や権力が無くても、あなたにある力はそれだけじゃないでしょう? 力っていうのは形として見えるものだけじゃないのよ……あなたにはあったじゃない、諦めずに努力する、キラキラと輝く強い心が…………だから今は休んで、それを取り戻すのよ……それがきっと、あなたの一番の力になる……」
「……うん……」
こくりと、小さな頷きを返した彼女は、少ししてから寝息を立て始めた。今の今まで気を張り詰めさせていた反動だろう……
彼女をベッドに寝かせ、起こさないようにゆっくりと抱擁を解いてから部屋を出る。両親は廊下まで来ていて、寝ているからとゆっくり食卓へ向かう。
「居たのか?」
「……酷く、参ってた。一体今日の見舞いで何を知ったのかは聞いてないけど……地位や権力が無い自分には和人を助けられない、このままだと死なせてしまうって、譫言をずっと呟いて…………あんなに弱ってる木綿季は見た事無いわ……」
「……一体何を知ったのかしら、あの子は……」
両親も心配げな顔になって、木綿季が眠っているだろう部屋のある天井を見上げた。
さっきのやり取りで、幾らか気を持ち直してくれたら良いのだが……彼が目覚めていないと分かってからずっとあの調子だったから、一朝一夕で変わるかどうか……
不安な気持ちで一杯だが、何も知らない私達にはどうする事も出来ず、結局この日は自室に引き上げて眠ったのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
今話は原作の和人視点を木綿季が、直葉視点を双子の姉藍子が担っております。
更にGGO編の美人看護師である安岐ナツキさんにも関わっていただきました。
原作では和人視点でリハビリを担当してくれた人ってありましたが、まず考えると他のSAO生還者達のリハビリを担当してもおかしくなく、更に他の看護師も同様です。なので彼女はSAO内部の事情を表限定で知っている状態です、立場とか何をしていたか程度で。
冒頭の木綿季が語っている学校に関してですが、《五大企業》やISが関わっている部分を除けば殆どSAO原作と同じ設定になっています。
ただまぁ、ゲームクリアをした日付が原作より四ヵ月早いんで、頑張れば今も学校に登校出来たのではとチラリと考えたんですが、あんまり変えると面倒だし年度初めからでは無い上に二年の学年差があるので無理だろうと思って、そこは変えませんでした。なので木綿季は原作キャラが通う学校に、当初の予定通り通学する事になります。
さて……須郷さんのキャラを書くの、結構悩みました。
実は前情報で病院に行くところで明日奈から連絡が入って、須郷が語った辺りを知らせるか否かで迷ったんですよね。そうする事で原作須郷の調子で書けたので。今回だと原作須郷の調子に持って行き辛かった、なので若干マイルド気味です。私にあの下衆郷は書けなかった……
明日奈では無く、木綿季でも無く、和人が囚われた理由は本文に語っています。
覚えている方が居るかは分かりませんが、平行SAOに入る前にチラッと桐ヶ谷家と結城家の繋がりを書いています、それによって起こった変化も。
つまり、アレを起こすだけの変化を齎した和人に、彰三氏も京子氏も信頼を寄せている訳です。更に明日奈自身も和人の方に好意的で、SAOから助け出した張本人でもあるので、仮に明日奈が囚われの身になっても婚約話は和人に向けられると思いました。将来性を考えると有望株ですし。
その場合、木綿季は心の声であるように引き下がろうとも考えています。読んで分かったと思いますが今の木綿季はネガティブ思考に入っているし、前世の原作ルートでは本来明日奈と結ばれる筈だったと考えているので、自分は異物なのだと認識しているからです。そんな事を彰三氏が知っている筈もありませんがね。
そんな訳で、和人が囚われの身になりました。見た目美少女ですし、木綿季や珪子より身長低いんで、女装させれば囚われのお姫様になりますね(笑)
で、視点としては後書きの最初に書いた通り……つまり、原作の立ち位置から考えると……でも今って原作から数ヵ月前だから……
つまりはそういう訳です(笑)
ではそろそろ、次回予告です。
目を逸らしていた現実での無力を突き付けられた木綿季は、失意の内に全てを諦めていた。
しかしそこを双子の姉である藍子によって励まされた事で生来の英気を幾らか取り戻し、早速助け出す為の努力をしようと考える。
《レクト》、《アミュスフィア》、そして仮想世界……これらから木綿季はある一つの答えを導き出した。
既に木綿季は、手掛かりを手にしていたのである。
次話。第二章 ~想起~
木綿季の前向きさはとんでもないです。
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第三章 ~想起~
今話は、双子の姉藍子に叱咤されて気力を取り戻した木綿季の原作和人を超えた行動力が発揮されます。
気力を取り戻したと言っても、根本的な解決になっていないのでまだ脆いですがね。
話は変わりますが、活動報告の方に、今後の本編展開で割と重要なアンケートをしています。合計で三つしていますので、協力よろしくお願い致します。
ではどうぞ。
第三章 ~想起~
ふと、いつの間にか眠りに落ちていたらしいボクは、真っ暗な部屋で目を覚ました。 ベッドの上で眠っていたらしいボクは月明りを頼りに室内を見渡し、目覚まし時計を見て現在時刻がまだ午前三時である事を認識し、流石に速過ぎる時間だなと思った。鍛錬するにしても、流石にこれは速い。
「……でも、今のボクに時間は幾らあっても足りない……」
そう、あの人を……恩人であり、大切な愛する人を助け出す為には時間など幾らあっても足りないだろう。
ボクは和人さんほど要領は良くない、頭の出来なんて当然だし、権力や地位といった力も無い。あるとすればそれは、今までボクが築いてきた人脈と知識、経験くらい……あとはボク自身の、姉が指摘した心の強さだけだ。
須郷によって気弱になっていたボクは、姉の喝破によってもう少しだけ……いや、あの人を助け出すその時まで絶対に諦めない事にした。せめて、あの人を現実に連れ戻すか……あるいは、あの人の命が絶たれるその瞬間まで。諦めるのは、その時だ。
時間は味方してくれない、全てはボクの心と行動次第だ。
「そうと決まれば、情報を整理しないと……一気に入り過ぎて混乱してきたし……」
常にあの人が整理し、導を示してきたから全然そちらへ思考を回していなかった。けれど今、あの人はいない、だから自分自身の力でどうにかしなければならない。少なくとも情報整理程度なら今までボス攻略会議などで嫌というほど繰り返してきたし、一回目のSAOでは副団長補佐、あるいは第一副団長として作戦や指揮も考えていたのだ、考えるだけでまだ済むのはあの時に比べて遥かにマシだろう。
とにかく現時点でのキーワードを並べていく。
「まず、和人さんはどこかに囚われている、捕えているのは須郷伸之」
これは確定事項だ、須郷本人の口から理由と共に語られたのだから。明日奈と婚約を無理矢理に結ぶために彼を捕えた、理由は明日奈を捕えていた場合、彼女との婚約の話は須郷では無く結城家と桐ヶ谷家の付き合いになっている和人さんへと話が良く可能性が戦ったから。
だから須郷伸之が和人さんをどこかに捕えているのは確定している。
同時に、SAOプレイヤーが未覚醒状態になっているのだからその一人である和人さんも、恐らく現在稼働状態にある仮想世界のどこかに居る。これは予測でしかないが、恐らく間違ってはいないだろう、須郷は捕えていると言ったのだからどこかの世界にはいる筈なのだ。
「けど、あまりにも数が多すぎる……」
現在、あの《SAO事件》があったとは言えどVRMMOというゲームジャンルは黎明期となっており、数多のゲームタイトルが売り出されている。しかしボクが死ぬ寸前までの頃に比べれば数は圧倒的に少ない。何かしら要因はあるのだろうが、ボクは前世でその辺の事を全く気にしていなかったし、キリトさんからも何も聞かされていないから分からない。恐らく何かが契機となるのだろう。
その契機というのは分からない……が……
「…………そういえば、一年前に何か大事件があったような……?」
もう二十年以上昔の事なのでかなり朧気になっているのだが、メディキュボイドの臨床試験者として専門医であった倉橋先生から教えてもらった事がある大事件があった筈だ。ともすれば、VRMMOというもう一つの世界すらも存在が危ういかも知れないとまで言われていた大事件が。
確か、人体実験……だったような……
「…………人体実験……?」
その単語を思い浮かべた時、何か記憶に引っ掛かりを覚えた。それを机上のノートにシャープペンシルでさらさらと書き、ノートに書かれた四文字の漢字をジッと見る。
だが、何かが出そうなのに出てこない、そんなもどかしさしか分からなかった。
「……人体実験……一回目のSAOで、確かボクも受けた……」
パッと思い付くとすればこれだろう。一回目のSAOの時、失踪した攻略組メンバーを探していたらミイラ取りがミイラになってしまったように、ボクもまた人体実験の対象として捕えられてしまっていたのだから。その時の記憶は無いが、無い方が幸せだろうなとキリトさんに言われて、心底ぞっとした覚えがある。
VRMMO,仮想世界などの研究にはそんなおぞましいものがあったのかと……それを率先して行っていた首謀者は、確かアルベリヒと名乗って……
「……いや、違う。あの男は……そうだ、あの男、須郷伸之って……!!!」
そうだ、思い出した。もう十年も前になるからすっかり忘れてしまっていたが、そういえばあの人体実験を主導していた《アルベリヒ》は現実の名前で須郷伸之と言い、何も悪くないあの人が邪魔だからと嘘の情報をばら撒いて現実側での社会的立場を殺していた男だった。だから和人さんの病室で会話した時、会った覚えがある上に良くない感情を覚えたのだ。
そりゃあ一回目のSAOで人体実験の対象にされていればそう思いもするだろう。
「となると、須郷の研究はあの時の話のもので確定か」
一回目SAOで暴露された時より現在は若干時期的に後だが、それでも大差無いし、そもそも主導している人物が同じなら研究内容も同じだろう。この世界はISや一護といった今までの世界に無い存在が混じっている平行世界だが、どうやらSAOに関する事で大きな違いは無かったようなので、恐らく須郷が推し進めている研究も大差ないだろう。
あの時、須郷は兵士が覚える恐怖を喜びに変えれば勇敢な兵士が出来上がる素晴らしい技術を研究していると言い、明日奈の記憶や精神を改竄して結婚するような話をしていた覚えがある。
この世界の明日奈は現実に帰還しているので、仮想世界に入っていない限り改竄される恐れは無い。しかし和人さんは未だに囚われているばかりか須郷の手中にある。
つまり今の彼は、SAO一回目の時のボク達のような立場にあるという事だ。
厄介なのが、囚われている場所が不明な事。一回目SAOの時は彼が自力で隠れ家を見つけ出して助け出してくれたのだが、こちらは現実世界、隠そうと思えば幾らでも隠せるし、立ち入り禁止と言われればそれまで。そもそも怪しい人物がいれば即座に警察へ引き渡されるだろう。
「……ダメだ、どうしてもここで詰まる……」
どうしても、和人さんが囚われているだろう場所だけが分からない。須郷の目的や未だに目覚めないSAOプレイヤー達をどうしているかは何となく予想がついた、前々回と同じように人体実験をしているのだろう。記憶改竄などの人体実験は政府が認める筈も無い非人道的なものなので、仮想世界という監視の目が薄い場所では恰好の実験場所だ、更にSAOプレイヤーという打って付けの実験体が居るのだからまずやっている事は想像通りに違いない。
だが、仮想世界というのは分かっても、ならどのタイトルなのかが分からない。いや、それ以前にオンラインタイトルなのかすら怪しい、最悪社内ネットワークに造り出した極秘の研究仮想世界だったらもうボクに打つ手は無い。
「……いや、まだだ…………まだ、諦めるには早すぎる……!」
さっき、あの人が死ぬ時が諦める時なのだと、心に決めたばかりだろう……姉の叱咤を無駄にする事は出来ない。あの人を助け出すのは他ならないボク自身、神頼みや他人任せになんて出来はしない。
「考えろ……ボクが持っているものは、他の人には無いものばかりなんだから……!」
こと、須郷伸之や桐ヶ谷和人、結城明日奈に関する情報は他の人間よりも特殊な情報を多く持っていると言えるだろう。
須郷伸之の実験内容など正確に把握している部外者は和人さんを除けばボクくらいだろうし、本当の歴史なら桐ヶ谷和人という男の子は明日奈と結ばれる筈なのだし……
「……………………待てよ…………結ばれる……?」
そこまで思考を脇道に逸らした時、ふと気になる事が浮かんだ。
そういえばさっき、ボクは自分が死ぬ一年ほどまでに仮想世界の存亡にすら関わる大事件が起こったという記憶を掘り起こした。この世界の須郷伸之の所業が明らかになれば正にそうなるだろう。
前世で大事件を教えてもらったのは西暦二〇二五年の二月、そして今は西暦二〇二四年の十一月……
前世のSAOは丸二年が経過した二〇二四年の十一月に終了したらしく、今世のSAOは同年の七月にクリアとなった。つまりボクが知る前世の歴史に比べて四ヵ月ほど事件の終了が速くなっている。
それは《桐ヶ谷和人》という人間が、ボクの前世とは中身が異なるイレギュラーな人間……本来の歴史を知る転生者であったからだ。更にボクもSAOに入り、かなり深く関わっていると言えるだろう。キリトさんと結ばれたのがアスナでは無くボクである事からもそれは明白だ。加えて《十六夜騎士団》というギルドを立てていたのだから。
前世のキリトは長い間ソロプレイヤーだったらしいので、どちらかと言えば前々回のキリトさんに近いのだろう。つまり前々回の世界の歴史が、恐らくボクが知る前世の歴史に最も近いのだ。
前世で姉の次に率いたギルド《スリーピング・ナイツ》に力添えをしてくれたアスナは、矢鱈とボス戦や戦略眼に長けていると思ったが、もしかしなくても《血盟騎士団》の副団長を務めていたからではないかと思う。今思えば三回目のSAOで矢鱈しつこかったアスナへの勧誘も、本来の歴史に対する修正力が働きかけていたのかも知れない。
直接は聞いていないが、ボクの秘密を初見で見破ったキリトはボクに対し、『この世界で本当に生きているのだな』と言った、この仮想世界を命懸けで生きている事を察したのだ。そのボクに一歩及ばずながらキリトとアスナの二人は途轍もない力を誇っていて、《アインクラッド》二十二層のホームをとても大切にしていた。矢鱈強いから他のMMOもしているのかとアスナに問えば、一つのゲームを長くしているという返答があり、首を傾げた事もある。
その長くしていたゲームというのはSAOで間違いなく、次にALOになったのだろう。前世のキリトが魔法を斬った時の台詞を思い出す限り、もしかすると別のゲームで本当に対物ライフルの弾丸を斬った事があるのかも知れないが、それでもSAOの次にALOが長い事はソードスキルや《アインクラッド》の存在から鑑みても明らかである。
「つまり、ボクの前世のアスナ達から考えれば……」
恐らく、キリトとアスナも過去に、現在の和人さんとボクの状況に陥った筈だ。まず間違いないと半ば確信を持って言える。少なくともSAOの存在は本当で、大事件というものがあり、ボクが知る須郷の研究が正に世に晒されれば大事件となる事間違い無い無いようなのだから。
逆に言えば、ボクが知る限りの彼らの過去から推測する事も可能になる。何故ならまず間違いなく前世のボクが会った事の無い須郷と関わりを持っているアスナのVRMMO歴はSAOを除けばALOだけなのだから。
そしてもう一つ思い出したことがある。それは前々回SAOでアルベリヒこと須郷伸之が暴露していた事で、何故SAOに居たのかを語っていた時だ。
彼はある世界とSAOを繋げようとした時の事故でSAOに迷い込んだと言っていた、そして繋げる世界に関して、とある人物をキリトさんと共に口にしていた。
妖精リーファだ。須郷伸之は彼女に、どうしてこの世界に居るかは知らないが、と言っていた。逆に言えば須郷は妖精の姿に見覚えがあり、どうして自分と同じようにSAOに巻き込まれているかが分からなかった状態であったと言える。実験をしていた自身なら分かるが、関係の無い彼女は分からないと。
更に妖精リーファがSAOに巻き込まれた時の初期ステータスは、少なくともスキル値はALOのものが引き継がれていたという。
しかし前世でコンバート機能を幾度も繰り返した経験者から言わせてもらえば、そんな現象は本来起こり得ない。そもそもゲーム一つ一つのプログラムフォーマットが異なるのだから、バグデータとして認識すらされない筈なのである。
それなのに認識され、スキル値は引き継がれるしレベルもある程度あった……
これで須郷が所属している《レクト》が発売しているだろうVRMMOが、妖精リーファが以前プレイしていたという《アルヴヘイム・オンライン》であれば確定だと思いながら携帯端末で検索すると、話題を呼んでいる人気ランキング一位を席巻しているVRMMOが正にそれで、しかも開発元は《レクト》だった。更に《アミュスフィア》を開発したのも《レクト》である。
確定だ。SAOクリアと同時に意識を引っ張られて未覚醒状態になっている者達の意識は、全てALOにある。
「つまり、和人さんもALOに囚われている……!」
須郷伸之はSAO開放と同時にALOへ捕えるバイパスを繋げていた。前々回はその際に事故で自身が巻き込まれてしまったが、この平行世界では成功したらしい、そして思惑通りに彼が囚われてしまっている。
須郷は明日奈と結婚する為に脅しの材料とし、婚約を強要している。恐らくこの事実を結城夫妻は知らない。
かと言ってそれを言っても確たる証拠が無いのだから困ったものである。あの須郷でも、流石にバレるとやばいのだから証拠になるようなものを残している筈が無い。
となると……
「ボクにある道は三つ……」
一つ目はこれらの考察を菊岡さんに話す事。しかしこれは、須郷の研究についてどうしてそこまで予想出来ているかという事になるし、そこは話さなくとも病室での会話を録音している訳では無いので信頼を得られるとも思えない。だからこれは使えないとみていいだろう、確たる証拠を手にした暁にはこの方法が最も有効になるだろうが。
二つ目はボクが内部、すなわちALO側からキリトさん達を助け出す事。しかしこれもあまり有効とは思えない、そもそも場所の見当が付かない。更に開発者側の須郷とて莫迦では無い、その辺の警備などは十全だろうからプレイヤーとなるボクがどうにかする事も出来ないに違いない。
三つめは明日奈と連絡を取り合い、彼女の証言を元に須郷を訴えて追い詰める。しかしこれもまた有効とは言い難い。そもそも証拠が無いし、彰三氏が腹心にしているくらいなのだから猫の被り方も異様に上手いに違いない、恐らく立場が下の人間にのみあの顔を見せているのだろう。だからのらりくらりと言い逃れをされるに決まっている。更に最悪、和人さんの命を奪われかねないため、これは本当に本当の最終手段、しかも和人さんの命をチップにしなければならないというハイリスクな手段だ。
結局、考えられる三つの道はどれも有効打になり得ないものばかりだった。
「……でも、恐らく前世のキリトとアスナは、何かしらの手段でこれを解決したんだ……」
前世のキリトは今世の和人さんほどの知名度などが無かったので、恐らくアスナは須郷の思惑通りに囚われの身になったに違いない。それを同じように須郷から教えられただろうキリトがどのように対処したのかは分からない。
だが表の権力を持たないただの子供である点はボクも同じ。つまり前世のキリトは、恐らく馬鹿正直に仮想世界側からアスナを助けに行ったに違いない。
現状、それしかボクには取れる道が無い。
「となると……目的は履き違えられないね……」
ここで問題となるのが、和人さんのみを助け出すか、それとも他に居るおよそ三百人の未覚醒者全員を纏めて助け出すかである。
ボクとしては前者を取りたいところだが、恐らく和人さんとしては全員纏めての方を好むだろうと思われた。故に和人さんのみ助け出す方を最終的なものとし、あくまでもボクはまだ眠っている者達を纏めて覚醒させる方に注力しようと思う。
そうなると恐らくボクがするべき事は、須郷が非道な研究をしていた事の証拠となるものの回収、恐らくデータでも十分だ。
次に未覚醒者の一人である和人さんだけでも覚醒させて証言を取れば、幾ら腰の重い日本政府だろうが動くだろう、何せ《五大企業》の真の統括長であり、SAOの全プレイヤーにとっての英雄なのだから。まぁ、こちらは彼に記憶がある場合しか取れないのだが……ボクの予想からして、恐らく彼の身に起こっている事はまず記憶にあると思っている。須郷の性格的に、自身にとって厄介な人間は身動き取れないようにした後にいたぶる気がしたからだ。ただしこれはあくまでもボクの勝手な予想、取れない手段として考えておいた方が良いだろう。
それに、この考えには色々とムラがあり過ぎるため、危険も大きい。助けにALOへ入ったボクも囚われるかも知れないし、それでボクまで実験体の仲間入りを果たすかも可能性だって否定は出来ない。いや、相手の懐へと潜り込むのだから失敗は実験体入りが良い方、最悪で和人さんの命を奪われる事だろう。
「だけど、このまま待っていても同じ……」
記憶は、人を構成する過去だ。それを人間の手によって別のものに書き換えられるなどその人間を殺しているようなものだ。
――――させるか、そんな事……ッ!
机の上に置いている両手をあらん限りの力で握りしめ、歯を食い縛った。アスナの機転もあって折角生き残れたのに、あの人が死んでしまったら何もかもが台無しになる。
それに……ボクは、あの人がいない世界なんて……耐えられそうに無い……
「もう……大切な人が、居なくなるなんて……嫌だよ……」
前世でも大切な家族から先に居なくなって……姉も逝って…………今世では愛する人が……
――――神様、お願いですから…………もうボクから……大切な人達を、奪わないで……
ボクは神に、そしてあの人を転生させたという龍の神に、心からの祈りを捧げた。必死に祈りを捧げる最中に涙が流れたが、心は悲しみの他に希望へと進もうとする意志によっても満たされていた。
もし……もしも運命が、世界の修正力が阻むと言うのなら、ボクは自分の意志でそれらを打ち破ってみせる……!
*
翌朝、祈りを捧げてからまた眠りに就いたボクは、珍しく悪夢に魘される事無く明朝五時に起きる事が出来、朝の鍛錬に勤しんだ。
「……おはよう、木綿季」
庭先で木刀を持って素振りを繰り返していると、ふと朝の挨拶を掛けられた。一回の庭に面した窓を開けて姉が顔を出してこちらを見ていた。
「うん、おはよう、姉ちゃん」
挨拶する時だけ顔をそちらに向けて笑顔で返す。既に着替えているシャツは汗で濡れているが、十一月という冬の入りで気温が低くなってきている事もあって夏に比べて汗の量はやはり少ない。
それでもかなりの時間続けている事もあり、持ってきている時計の針が六時を指している事もあって丁度良いので一旦休憩を取る事にした。縁側に置いている水を詰めたペットボトルを手に取り、キャップを空けてから少しだけ温くなった水を口に含んだ。
一夏によればキンと冷たいよりも少しでも体温に近い方が体に良いらしい。でもボクとしては少しは体の内側から涼まりたいので、ちょっとしか温くはしていない。
「……もう大丈夫なの?」
こくっ、こくっと喉を鳴らしながら水を飲んでいると、隣に座った姉が不安そうな顔で訊いてきた。昨夜は酷くみっともない姿を見せてしまったし、慰められ、更には叱咤までされたから心配されるのも当然だろう。
だが、そのお蔭で少しは生来の直向さを取り戻したとは思う。やはり人間前向きにならなければと思う、暗い人生なんてまっぴらごめんだ。
だからボクはペットボトルを口から話した後、姉へと顔を向けて笑い掛けた。
「うん。昨夜は本当にありがとう……お蔭で元気になれたよ」
ボクがお礼を言うと、どうしてか姉は瞠目してこちらの顔を見て来た。
「え? な、なに……ボク、何か変な事を言った……?」
「違う…………木綿季、あなた、今…………」
「……えっと……?」
目を見張り、ボクの頬に手を伸ばしてきた姉は驚愕と、どこか喜びに打ち震えているかのような表情だった。別に何かしようとしている訳では無いらしいので首を傾げるしか無いボクの頬を優しく擦っていた姉は、暫くしてから何かを惜しむかのようにゆっくりと手を離した。
結局、この時の姉が何をしたかったかは分からず仕舞いだが、恐らく重要な事では無いのだろうと結論付けた後、ボクは内心で首を傾げつつ立ち上がり、庭先に移動してから木刀を青眼に構えて素振りを再開したのだった。
***
「はっ! はっ! はっ!」
我が家の庭先で、双子の妹である木綿季が紫紺色の長髪を風に靡かせながら長い木刀を正面に構え、上段からの打ち下ろし、左右からの薙ぎ払い、下段からの打ち上げを何度も何度も繰り返す。
この光景すら、つい最近まで見られなかったもので、しかし《SAO事件》が勃発する以前までは毎日見られた光景だった。
この地一帯では有名になっている桐ヶ谷道場の師範代である木綿季は、その座に見合うだけの実力を有しており、ISの世界大会《モンド・グロッソ》で優勝して世界最強と言われている千冬さんよりも実は生身では強い。少なくともSAOに囚われるまではそうだった。
当時の桐ヶ谷道場は師範と師範代が同時にSAOに囚われたため門戸を閉じる恐れもあったのだが、千冬さん、束さん、直葉の三人が結束した結果で門戸は開いたままに出来ていた。今は直葉が師範代として道場に通う子供達に剣道を教えているようで、私も偶に様子を見に行く事がある。生憎武道なんて一切習った事は無いし、門下生という訳でも無いので、どれくらい凄いのかはよく分からないのだが。
「はっ! はっ! はっ!」
その道場で何度も見て来た木綿季の素振りの姿はとても勇ましく、男の子のような溌剌さも相まって凛々しく見えた事をよく覚えている。特に誰かと摸擬戦をする時の彼女の眼は本物の剣士もかくやの鋭さを持っていて、より凛々しかった。そして和人以外では負け無しだった。
ここ最近の木綿季は精神的に参っていた事もあって酷く精彩を欠いていたのだが、目の前で素振りをしている彼女はどうやら昨夜の叱咤が効いたようで往年の力強さを取り戻しているように見えた。振るう木刀の一撃一撃が鋭く、速く、そして重いのは素人の私が見ているだけでも分かる。
あれだけで立ち直るのは難しいと思っていた。勿論まだ完全に立ち直った訳では無いだろうが、心が折れるその瞬間を今は回避出来たと思うべきだろう。
やはり木綿季には暗い表情よりも、明るく笑う顔の方が似合っている。
さっき、昨夜の叱咤についてお礼を言ってきた時、彼女は恐らく無意識なのだろう純粋な笑みを浮かべてくれた。ずっとずっと、和人の未覚醒を知ってから心からの笑みを浮かべなかった木綿季が笑ったのだ、これだけでも一つ大きな収穫だろう。
私は彼女の力になれないかも知れないけれど、彼女の心の支えになれた良い。
そう心の中で呟きながら、朝食まで続いた木綿季の朝の鍛錬の光景をずっと見学し続けたのだった。
***
「……珍しい事もあったなぁ……」
一体素振りをするだけの鍛錬を何が楽しいのか、姉はにこにこと微笑みを浮かべてずっと見続けていた事に、ボクはバスに揺られながら小首を傾げていた。別に道場に来ていたのならおかしくないのだけど、始め出した頃はともかく慣れているだろう今になってずっと見て来るだなんて、やはり心配され続けているのかと思った。
まぁ、別に鍛錬の邪魔になっていた訳じゃないし、気付いたのも素振りを一旦休憩して息を整えている時だったから集中している間は良いのだが……
「まさか姉ちゃんも武道に興味が出たとか…………無いな……」
仮にボクがきっかけで興味が出たのなら直接言ってくるだろうし、そもそもそれならもっと昔から始めている筈だ。前世のVRMMOで恐ろしく強かったから素養はまず間違いなくボクよりある筈だけど、別に強制する必要は無い。それに姉ちゃんはそもそも平和を好む性格、かつて仮想世界を現実としていた頃とは違うのだから興味を持ったとしても武道を習う事は無いだろう。
ボクはSAOの時の為に経験を積む意味で桐ヶ谷道場の門下生となり、現実でも彼の剣の弟子となった訳だが、姉にはそんな理由など無い筈だから武道を志す必要性すら無い。
というか姉は今現在、受験対策真っ只中だ。
直葉は剣道の大会で全戦一本どりによる全国完全制覇を成し遂げたらしく、近くの高校にそれで推薦を取ったらしいので、受験シーズンが始まる前から既に受験を終えてしまっている数少ない人物の一人となっている。詩乃は正に受験対策中だが、元々根が真面目で勤勉な事が幸いしてあまり焦らなくて良い成績らしい。
というか直葉と幼馴染として接してきて分かったのだが、彼女はボクが思っていた以上に機械音痴だったらしく、ゲームなんてほぼ一切しない子供だった。どうしてVRMMOのALOにて、《リーファ》というシルフの魔法剣士としてその名を知らない人がいないくらいの有力プレイヤーになっていたか分からないくらいだった。
いや、剣技自体はかつて対峙した時に型があると分かっていたし、前世でリアルの家にお邪魔した時に剣道をしていると分かってからそういう事かと納得した覚えもある。彼女の強さの根幹を為すのは何年も続けて来た剣道の経験だろう。剣道をずっと続けているプレイヤーというのは少ないながらも居て、大抵そういう人達は戦いに慣れている上に動体視力も半端無いので名前を上げている人が多い。OSSもそういう人達がよく作っていたらしい。
本当に命懸けで戦っていたSAOプレイヤーならともかく、ALOで名を上げるには相当なセンスを有するか戦闘経験を得るかの二つくらいしか無い。前世のキリト達はその両方を持っていたから強かったのだろう。
と、そんな考察をしているボクがどうしてバスに乗っているかと言えば、理由は勿論、ゲーム量販店へ行く為だ。《アルヴヘイム・オンライン》を購入し、プレイする為である。
予想が正しければ恐らく残されている時間はそう長くない。前々回のSAOでの事件期間と当時キリトさんが抹消したという研究データの概要と事件の時期を聞いた限り、多分あと二ヵ月から三ヵ月は保つ筈だが、逆に言えばそれくらいしか無い。ゲームの二、三ヵ月で成長出来る程度なんて高が知れている。
だが、何もせずに初期ステータスになるよりはマシだ。
それにボクが経験しているALOは事件後の新生《アインクラッド》が出現してからの世界であり、それ以前の世界については少しも知らない。もしシステムの多くが変わっているならそこから慣れる必要もある。更に翅で空を飛ぶ感覚も完全に忘却の彼方にあるのでまた習熟し直さなければならない。まぁ、体で多分覚えているので、完全初心者よりは要する時間は短いだろうが……
バスにそのまま揺られ続け、目的のゲーム量販店に辿り着いたボクは、発売からおよそ一年近く経過している為に在庫を常備しているらしく売り切れていなかった《ALO》のソフトを購入する事が出来た。
生憎と《アミュスフィア》も購入するお金は持ち合わせていないので、正直したくは無いがナーヴギアで代用する事を考えている。
そこまで考え、待てよ、とその思考に制止を掛ける。ある事を思い付いたためだ……正直、良策とは言い難いが、しかしボク個人でやるよりは……
店から出て暫く考え込んだ末に、ボクはある人物に連絡を取った。
*
「やぁ、紺野さん、待たせて済まない」
「いえ。いきなり呼んだのはこちらですから、お気になさらず」
申し訳なさそうに笑いながら言ってきた男性、菊岡誠二郎にそう返すと、そう言ってくれると助かるよと言いながら対面の席に座った。
現在、ボクは眼鏡のお役人と共にとある喫茶店の中に入っている。場所は彼が指定したが、この話し合いを持つ事を望んだのはボクの方だ。
「それで紺野さん、大切な話があると言ったが……桐ヶ谷君の事で、何か進展でも?」
そのような報告は受けてないけど、と早速本題について訊いてきた。この男性は《SAO事件対策チーム》のリーダーをしているし本来の役人としての仕事もあるから、ただの子供と話す時間も惜しいくらい忙しい身なのだが、それでも時間を割いてくれたのは本気で事態をどうにかしたいからなのだろうと思っている。少なくともその姿勢そのものは本気だと思う。
だからこそ、こちらも面倒な問答は控える事にした。
「菊岡さん、現実に居てVRMMOの世情についてよく知るあなたなら、恐らくコレについても知ってますよね」
「……《アルヴヘイム・オンライン》だね、《アミュスフィア》を発売した《レクト》が運営しているオンラインゲームだ。空を飛ぶのが人気だというのは知っているが……これがどうかしたのかい?」
怪訝そうに眉根を寄せて見て来る菊岡さん、流石にこれだけで気付く筈も無いので更に情報を伝える事にした。
「恐らく、ですが……和人さん……いえ、未だ未覚醒状態にあるSAOプレイヤーは、このゲームの世界に囚われていると思います」
「…………根拠は? あの世界の最前線を進む大組織のナンバーツーの位置に居た紺野さんなんだ、恐らく何か根拠があっての事だろう?」
一先ず、全てを否定する訳では無いらしい事に内心で安堵の溜息を吐いた。最悪ここで蹴躓く事も考えられた、そうなったらボクは一人で戦わなければならない所だった。 失敗さえしなければまだどうにかなるだろう。
「単刀直入に言いますと……未覚醒にしている黒幕に接触しました」
「……何だって? 一体どういう理由で黒幕だと……それに誰なんだい?」
「名前は須郷伸之、《レクト》のVR部門のリーダーを務めており、同企業のCEOを務めている結城彰三氏の娘である結城明日奈と婚姻関係を結ぼうとしている人です。和人さんが未覚醒にあるのは、結城家と彼の関わりが深く、彼が覚醒していると婚約を結べない可能性が大きかったため、明日奈を覚醒させる代わりに和人さんが未覚醒になった……いえ、未覚醒にしたと。遭遇したのは昨日午後六時過ぎ、和人さんの病室です」
「……つまり、彼が囚われているのは須郷伸之氏の仕業であり、同じ状況にある他の未覚醒者達も同様に同じ場所に居る筈だと…………けど、それがどうしてALO……ああ、そうか、須郷伸之氏が務めているのは……」
どうやら意図が繋がったらしく、難しい表情になっていた菊岡さんはハッとして納得の苦い笑みを浮かべた。それに笑みは浮かべず、ボクはこくりと頷く。
「ええ、《レクト》……そして《アルヴヘイム・オンライン》の運営も同じで、調べればこのゲーム以外にあの企業はVRMMOを運営してません……つまり、その運営チームの最高責任者に須郷伸之が居るという訳です。彰三氏は腹心の部下として信頼しているようなので、恐らく目を盗めば秘密裏に仮想世界に何らかの空間を作り、SAO開放と同時に意識をALOへ誘導する事も、技術的には可能だと思います。それが《アミュスフィア》を開発した担当者であれば尚更に」
「なるほどね……」
顎に手を当てて何かを考え込む素振りの菊岡さんを見ながら、ボクは机の上のカップを傾け、爽やかな味のするアップルティーを口に含む。
「……確かに、筋は通っている。実を言うとね、私をリーダーとするチームや総務省に新設された仮想課も、須郷伸之は怪しいと踏んでいるんだよ」
「……何故?」
「君には特に詳しく話したが、《アーガス》が倒産した後、SAOサーバーの維持は《レクト》が一任しているんだ。つまり未覚醒状態の原因、あるいは遠因は《レクト》にあるのではという予測があってね。更に須郷伸之氏の人格は非常に分かりやすい。自分よりも優秀な人間を彼は許せない、かの茅場晶彦氏にも妬みを強く持っていたらしく、仮想現実世界を先に完成させた事にかなり腹を立てていたという証言もあるんだ」
「つまり、茅場晶彦を上回る何かを為す為に、三百人を利用しているのではないか……と?」
「その通り。そう踏んでいたから、彼の周囲の人間を洗っている所だったんだよ……でも相手も流石に莫迦じゃないみたいでね、中々尻尾を出してくれないから苦労してたんだ。何せ仮想世界ともなれば証拠なんてすぐに消せちゃうし、ハッカーを潜り込ませても逆探知されるだろうしね」
だから正直助かったと、少し疲れた笑みを浮かべた菊岡さん。どうやらボクが知らない間もずっとこの人は戦っていたらしい。ボクが渡した情報が少しでも力になってくれればと思う。
……けど……
「でも、強制捜査するにはまだ足りないですよね……」
「ああ……」
そう。これはボクが聞いただけ、更に菊岡さんの方は全て予測の下でしか成り立っていない話なのだ、強制捜査なんてこんなので出来る筈が無い。下手すればボクやこの人の方が牢獄行きになる。厳然たる証拠があればまだマシになる。
…………その手段も、一応は考えているのだが……
「……あの、菊岡さん。実は今回お呼びしたのは、この話をするだけじゃないんです」
「ほう、まだ何かあるのかい?」
「あ、いえ、情報じゃなくて……協力を、お願いしたいんです」
そう、これこそが菊岡さんをわざわざ呼んでまでこの話をしたボクの本当の目的なのだ。
「協力かい……?」
「はい…………ボクは、和人さんと違って頭は良くないし……全然、凄くない……須郷には下に見られてるくらい何も出来ない、子供なんです」
「……けれど、それは仕方の無い事だろう。だからこそ僕達のような大人が動くべきなんだ」
ああ、分かっている……分かっているとも……そんな事、言われなくてもボク自身が一番よく分かっている……!
「でも……! このまま何もしなくて、何も進展しなくて、あの男の思惑通りに行ったら……和人さんは、殺される……!」
「な……?!」
あの男は明日奈との婚約を結ぶために和人さんを脅しの材料にしたと言ったが、彼が目覚めればその脅しも通用しなくなり、明日奈が須郷を嫌っている事からも婚約解消を言い出す可能性は非常に高い。それはあの男も考えているだろうから、恐らく和人さんの解放はしないだろう。
つまり、このまま指を咥えて待っていても恐らく和人さんが目覚める事は無い、最悪そのまま衰弱死か、須郷の手によってナ―ヴギアの脳破壊シークエンスが起動して彼を殺してしまう。このままでは本当に姉に泣きついた時に呟いていた言葉通りになってしまうのだ。
それを伝えると、須郷の話を直接聞いた訳では無い菊岡さんは目を瞠った。
「だから、お願いします、ボクはもう、あの人が死ぬ光景を見たくない……! 和人さんが居ない世界なんて、嫌なんです……!」
そう言って、ボクは座ったままだが頭を下げ、懇願した。
***
自分は今、らしく無い当惑の表情になっているだろうとどこか脳裏で思い浮かべながら、眼前の光景に目を瞠っていた。
「お願いします……力を、貸して下さい……!」
「……」
初めて会った時、流石に覚醒直後で痩せ細っていた紺野木綿季という少女は脆く儚い印象があったが、それでもそれ以上に元気な子という印象があった。とても溌剌としていて、まるで太陽のような子供らしさのある少女だと自分は思っていた。
その少女があのSAOでは全プレイヤートップの実力を持ち、第二位か第三位を争うほどの強者であると知った時は驚いたものだが……今の光景を見れば、確かにと納得出来るものがあった。
彼女は涙を堪えるような表情で、真剣な面持ちでこちらに頭を下げて頼み込んできていた。恐らく情報を入手できたのは意図してでは無いが、僕に話をしたのはのためなのだろう。これは交渉なのだ、情報を提供するから、事件解決に協力するから自分への支援をお願いしたいと言ってきているのだ。
彼女が話してくれた情報を考えれば元々怪しいと睨んでいた須郷伸之氏が犯人というのは断定されたし、あとは時間を掛ければ恐らく強制捜査に持って行けると踏んでいた。
しかし、それでは桐ヶ谷君の死に繋がるから待てないと、こちらも動いて無理矢理にでも現状を打破しなければ彼が死んでしまうと言って、紺野さんは頭を下げて協力を願ってきた。
「紺野さん、まずは頭を上げてくれ……何故、このままでは彼の命が失われるのか、差支えなければそれを話してくれないかい?」
「はい……」
体裁も悪いので綺麗な姿勢で頭を下げている彼女の顔を上げさせてから、そう思った理由を問う事にした。
勿論、彼女の協力は正直有難い話だ。今まで詰まっていた捜査も彼女の情報提供によって一気に進むし、もしかしたらこのまま須郷氏は口を滑らし、更に情報を漏らすかも知れないからだ。加えて紺野さんはSAOでトップの剣士と言われていたから、もしALO内部で情報を集めたりするなら、あの世界のトッププレイヤーである彼女の協力はとても心強い。
だがそれ以上に、この事件は既に子供である彼女の範疇を超えている、手に負えられないのだ。最悪彼女自身の命すら危ぶまれる。
だからこそ、大人でありこの事態に対処しているチームのリーダーである僕には、彼女の思考を知っておく義務があった。
その質問はされると思っていたのだろう、頭を上げながら紺野さんは了承の返事を返してきた。
「須郷は和人さんを、明日奈と結婚する為に仮想世界に捕えたんです……でも当初、本当なら逆にするつもりだったようです」
「逆……と言うと、つまり件の明日奈という少女を捕え、桐ヶ谷君は覚醒しているという状態かな?」
「はい……彼を捕えているのは、彼が覚醒していると婚約話は恐らく自分では無く彼に行くだろうからと。和人さんは結城家と個人的に関わりがあるらしく、彰三氏の腹心である須郷よりも信頼を寄せられているらしいんです」
つまり、信頼が桐ヶ谷君の方により向いているため、彼が覚醒していると婚約を結べないから捕えて自身へと向けさせた。その婚約も聞けば《SAO事件》真っ只中で進んでいたらしいので結城明日奈という少女の意思に関係なく進めていたという事になる。
「そして明日奈は須郷を嫌っている……意識が回復した明日奈は今、和人さんの命を脅されて婚約を押し進められているんです。明日奈にとっても和人さんは好意的な関係にあるから逆らえなくて……」
「なるほど…………しかし、これがどうして桐ヶ谷君の命に関わって来るんだい? 聞いている限りそうは思えないのだが……」
確かに彼が未覚醒状態にある理由というか原因は分かった、しかしまだ彼の命が危ぶまれる要素が出てきていない。仮に衰弱死だとしても、目的を達したら須郷も開放するのではと思うのだが……
しかし、僕が当然のように思い浮かべた考えは、紺野さんからすれば甘いとしか言えないものだった。
「この日本に於いて、結婚というのは未成年では両者の親の了承が必要となりますけど、それ以前に両者の合意が必要となります。明日奈は和人さんの命を握られているから逆らえず婚姻を結ぶ事になりますけど、脅しの材料が無くなれば明日奈の方が婚姻解消に動く筈なんです……須郷だってそれは分かっている。だからこのまま動かなかったら……」
「……桐ヶ谷君は、絶対に目覚めない……」
彼女の言葉を引き継ぐようにして少しだけ掠れた声で続きを言えば、彼女は悲しみに歪められた顔でこくりと小さく頷いた。普通なら子供の戯言だとか考え過ぎだとか言われそうだが、彼女から聞いた限りでは全くそんな事を言えないし、その可能性は大いにあり得る。
「それに、和人さんはまだ体が成長しきってないんです……他の方よりも先に体の限界が訪れる……」
「……!」
言われてから思い出したが、このままSAOプレイヤーの昏睡状態が続けばいずれ衰弱死に至ると何時だか話に上がっていた事があった。
紺野さん達は大丈夫だが、今も昏睡状態にある人達はあと半年保つかどうかも怪しい状態だ。更に桐ヶ谷君は未覚醒状態のプレイヤーの中でもぶっちぎりで最年少、まだ二次性徴の途中ですらある彼が他の大人よりも先に肉体の限界を迎えるのは目に見えていた。
「だから、お願いします……須郷を捕えられる情報を入手するので……どうか、力を貸して下さい……!」
そう言って、微かに紅い瞳を涙で濡らす紺野さんは口を噤み、静かに目を伏せた。
まるでそれは断罪を待つ囚人のようにも見え……ただの十五歳の少女とは思えない姿に、僕は少しだけ息を詰まらせてしまう。ここまで真剣な人間を見たのは、ともすれば社会に出てから初めてかも知れないと思った程だ。それだけ彼女は真剣なのだろう……
「……紺野さん……あなたの覚悟を貶す訳では無いが…………怖く、ないのかい……?」
この言葉には、仮想世界に入るのが、という短いが彼女の事を知る僕からすれば途方も無く重い意味が込められていた。
恐らくあの世界について他のプレイヤーよりも遥かに実態を知っているだろう彼女から話を聞いたが、あの世界はこちらが想定していたよりも圧倒的に平和で、しかし少なくない犯罪者や殺戮者達も存在する現実と相違ない……ともすれば、現実よりも殺伐とした面がある世界だったという。その面を彼女は関わり、知っている。
そして彼女は攻略というゲームクリアによる脱出を目指す集団だけで無く、戦う力は無いが支援はするというプレイヤーを含めて他の人々の助けになるべく動く互助組織ギルドを率いた副団長という立場にあった。攻略だけで無く、他者の助けにもなろうと動く組織のナンバーツーだったのだ、そしてボス攻略という死の危険性が多大な戦いの全てに参戦して生き残って来た猛者でもある。
恐らくあの世界を生きたプレイヤーの中でも圧倒的に命の危機というものを知っている筈だからこそ、怖くないのかと問うた。
「……怖いですよ」
こちらの問いから数秒経ってから、彼女は漸く答えを返してきた。
「もしかしたら今度こそ、ボクは死ぬかも知れない……でも、それよりも…………あの人が死んでしまう方が怖いんです……」
目を瞑って答えながら、彼女は寒いと感じているかのように自分の二の腕を触るように体を抱いた。カタカタと小刻みに震えているのは当然ながら寒さでは無い……
「もう目の前から居なくなられるのは……耐えられそうに、無いんです…………あの時の恐怖を、喪失感を、味わいたくなんて……」
ぽつぽつと語られた内容を聞いて、彼女からあの世界がどのようにして終焉を迎えたかをある程度聞き知っている僕はその恐怖の根幹を容易に察する事が出来た。
あの世界を終焉に導いた桐ヶ谷君が取ったという手段は、自らの命を代償に他者の命を救うというもの、そして彼が死ぬ瞬間を彼女は目の当たりにしている。その恐怖感が彼女を苛んでいるのだ。一見普通に見えるが……
「…………分かりました。では紺野さん、あなたにしてもらいたい事があります……」
そこで僅かに目を瞠りながら喜色を露わにした紺野さんだが、けれど、と言葉を区切って言い含める。
「良いかい、紺野さん。この事態はそもそもあなたが関わるべきでは無い事だし、無理にする必要も無い事なんだ……分かっているだろうけど、まずは君の身を最優先に動いてくれ。問題の桐ヶ谷君が目覚めても、その時に君が居なかったら……分かるだろう?」
「ッ……分かり、ました……」
こちらが言いたい事は伝わったようで、僅かに下唇を噛んで首肯と共に了承を返した。まだ安心とはいかないが……一人残される恐怖を身を以て知っている彼女なら、命の大切さを直接知っている紺野さんなら大丈夫だと信じたい。
四六時中見守っている事も出来ない僕としては、そう願うより他が無かった。
はい、如何だったでしょうか?
今話は前々回で須郷の実験の全貌を把握している上に、前世でキリトとアスナの事をある程度知っている為、木綿季が知識チートを発揮しました。多分冷静に考えればこれくらいは出来ると思います。
前世のアスナの強さの根源を身を以て知り、ほんの少ししか違わない世界である事から須郷との関係にも気付いたため、あそこまで思考が到達したんですね。
というか、最初から冷静だったら須郷に遭遇する前からある程度気付いたかも……須郷の実験内容はおろか、妖精リーファによってどこに繋がるか分かりますし、《ALO》の運営企業からすぐに判明しますからね。
それが出来なかったのは当然、和人の未帰還によって落ち込んでいたからです。
そして木綿季が取った行動の中で原作和人が取らなかった、知り合いの大人菊岡さんへの協力要請と情報提供。これはかなり大事だと思うんですよね。
原作和人、失敗した時やもしもの事態を考えなかったのだろうかと思ってました。そもそも未成年の子供が関わって良い範疇では無いと思うんです。現実では大した力は無いという事実から目を逸らしていた結果ですね、それを原作須郷に指摘されてます。
本作の木綿季はそれを、本作和人との差から痛感していますので、須郷と会った夜はあれだけ落ち込んでいたし、素直に菊岡さんに協力を申し出たのです。当然ながら最悪一人で突っ込もうとも考えてます。実際最初はそう思考しています。
しかしながら何気に一道場の師範代レベルにあるという実力者だったり、自主勉教で現役中三生よりも頭が良かったりと、目立った立場こそ無いですが実は隠れた実力者だったりします。
前世でも小学校でトップクラスの成績だったらしいですし……努力したらこれくらいなってもおかしくありません。ALOでも最強になってましたから戦闘のセンスも十分です。
さて、そろそろ次回予告です。
必死の懇願から菊岡誠二郎に協力を取り付けた木綿季は、いよいよ須郷との水面下の戦いを開始する。親しい人間、仲間には知られないよう細心の注意を払いながら、世間で話題となっている飛べる仮想世界へ……
【絶剣】の生まれ故郷へと身を投じる。
初めて、しかし改めてとなる妖精郷の地へと、別世界で最強となった妖精が降誕する。
それは天上に叛逆する意思を継いだ、最強の妖精剣士の誕生でもあった。
次話。第四章 ~狼煙~
次話以降の投稿予定ですが、諸事情により少しずつ遅れていくかも知れません。リアルでちょっと時間が取り辛くなってしまったので……
失踪はしません。
これからも末永く、本作をよろしくお願いします。
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第四章 ~狼煙~
先ずは一日空けてしまった事を謝罪致します。前話で珍しく次話の投稿予定を書いていなかったのは、多分空くだろうと予期しての事でした。わざわざ書かなかったのは、もしかしたらと思っていたからです、結局空いてしまいましたが。
何故遅れたか……ぶっちゃければリアルに嫌気が差していて、投稿出来るだけの分を修正出来ていなかったからです。
マジですみません。これからも一日空け、あるいは二日以上空けが続きます。リアルが嫌なんです、時間奪われるんです、鬼畜に。
そんな訳で投稿した今話で、漸く章のタイトル通りにゲームへインします、でも全然進みません。
だって黒いユウキを書きたかったんだもの☆(嗤)
前話からもわかってると思いますが、うちのユウキは精神的にと経験的に結構成長している部分があり、更に恋人の事になるととんでもない行動力と思考力を発揮します。
普通は国家権力を味方に付けません(笑)
てなわけで、須郷への報復&復讐(?)の狼煙第一弾です。どうぞ。
第四章 ~狼煙~
菊岡さんとの対話を終えたボクは喫茶店を出てからある程度の用事を済ませた後、家路を急いだ。
さっきの対話で一先ず国家機構の協力は取り付けられた、情報提供さえ怠らなければ切り札の一つを得たと考えていい。あちらも須郷伸之が怪しいとは思っていたようなのであちらは現実側から、ボクが仮想世界側からの活動となる。
やはり怪しいのは、ALOの中では世界樹だろう。
かつて前世のリーファから聞いた話では、《イグドラシル・シティ》という都市は無く、それ以前に樹の上に空中都市が広がっているなどというのは嘘だったという。とある大変革を境に追加された空中都市があの《イグドラシル・シティ》なのであり、つまり現在の今世ALOにはまだ存在していないという事になる。
逆に言えば、プレイヤーにとって不可侵領域になっているその世界樹の上が最も怪しいのだ。《グランド・クエスト》でしか上がれないのだからその口を閉じてしまっていれば、あるいはクリア不可能な難易度にしていれば、上で何をしていようがバレはしないのだから。
それに前々回のSAOでアルベリヒを名乗っていた須郷は攻略組に参入しようとして、形ばかりのギルドを率いていた。名前は《ティターニア》とされていたが……調べてみれば、ALOの妖精王オベイロンの妃がその名前なのである。神話では不仲になり、オベイロンが妃に媚薬だか何だかを盛ろうとしたとかあった気がしたが、現状を考えるとほぼ似たような状況である事に苦笑を禁じえなかった。いや、全然笑い事じゃないのだが。
とにかくかつてのギルド名とALO妖精王の妃の名前が同一である以上、十中八九世界樹の上で何かを行っている事は明白だ。
世界樹の上に行くには多くの事を為さなければならない。だからボクは一秒でも早く、あの世界に入る必要があった。
「ただいま」
今日は金曜日の平日という事もあって姉は学校に行っているし、両親も仕事か用事で外出していたため、帰宅の挨拶に応えは無かった。それは外に車が無かった事からも予想していたので特に感慨も無く玄関で靴を脱ぎ、揃えた後に二階の自室へとすぐに引き上げる。
部屋へと入ったボクは、手に提げていた一つの紙袋を机の上に置き、中身を取り出した。
その中身は《アミュスフィア》。菊岡さんに協力を取り付けた際に買ってもらったものである。ナーヴギアでも一応プレイは出来るのだが、安全性の確保の為にあのお役人が自腹を切ってまで買ってくれた代物、そういう意味でも今回の協力は有意義であったと言えよう。言外に脅しているとも言えたが、そこは気にしてはいけない。
まぁ、実はこれを買ってもらうつもりで協力を取り付けたという部分も無くは無い。幾ら覚悟が決まっていようと流石に自分から死の危険に飛び入りたくは無いし、そういう意味でも《ナ―ヴギア》を被りたくは無かった。もしも家族に見つかったら説教処じゃすまないし、仮にそうなったら二度とALOをプレイ出来なくなってしまうに違いないからだ。
現在時刻は午後二時。お昼は菊岡さんと対談した喫茶店で軽く済ませているので、夕飯となる七時までのおよそ五時間はダイブ出来る計算になる。しかし父か母が様子を見に来る事も考え、余裕を持って午後六時にはログアウトしておくべきだろうと考えつつ、《アミュスフィア》に《アルヴヘイム・オンライン》のゲームカートリッジを挿入し、準備を終える。
前世でALOをプレイしておきながら使用は何気に初めてとなる円環状の《アミュスフィア》をセットし、ベッドに緩い服装で仰向けに寝そべる。
聞いたところによれば外刺激を少なくすれば脳とダイブハードのレスポンス速度が上がるらしいので、ダイブする際は体を締め付けない服装とし、室温も暑すぎず寒すぎず、ダイブ前にお腹一杯飲食しない事がコツらしい。
「……リンク・スタート」
昔はそんな事を考えられる状況では無かったなと少しだけ感傷に浸りながら、前世では終ぞ口にしていない紡ぎ、ボクの五感は現実から遠のき、意識もフェードアウトしていった。
*
『ようこそ、《アルヴヘイム・オンライン》へ!』
気が付けば、幾つものテレビ画面が並んでいるかのような暗闇の中央に、リアルの写真を反映させた事によって作られている一時的なローカルアバター姿でボクは立っていた。目の前に映る唯一色を持つ画面には、音声によって伝えられた事が柔らかいフォントで書かれていた。音声案内と字幕案内の方式を同時に取って進めるらしかった、これは有難い。
どうやらこのゲーム、GMはアレなのに最初から結構まともな運営らしい。
一先ずアカウントを作成しなければならないので、プレイヤーネーム欄に《Yuuki》と打ち、リアルの情報を打ち込んで行った後、アカウントもパスワードもSAOのものと同じので済ませた。こっちの方が面倒臭くないなと思ったからである。
一瞬だけ須郷の顔がよぎったが、まさかアカウントとパスワード、更にリアルの家の情報まで入手はしていないだろうと流す事にした。本当は流すと拙い気がしたのだが、SAOサーバー内のデータそのものは菊岡さんのチームが取り出しており、現在維持されているサーバーはもぬけの殻なのだと言う。だから流した。
『このゲームは九つの妖精種族を自由に選び、各種族一丸となって《グランド・クエスト》と呼ばれる巨大イベントに挑むのが最終目的となります。見事イベントをクリアした一種族に限り、伝説に伝えられる光の妖精《アルフ》へと妖精王の力により変化し、飛行時間及び滞空制限の永久解除という夢の力を得る事が出来ます!』
「光の妖精…………光、ねぇ……?」
火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、地のノーム、金のレプラコーン、猫のケットシー、音のプーカ、影のスプリガン、そして闇のインプからなる九種族。
確かにこの中に、光の妖精種族は存在しない……元々存在しないから、それも当然なのだが……
――――所詮、虚構の光か……
胸中で冷たい気分で呟き、ふん、と鼻を鳴らす。少しだけ目を眇めて並ぶ種族達を、その向こうで動いているだろう運営の人々達を冷ややかに見つめる。
「そもそも、北欧神話に準えるなら闇の妖精はデックアールヴでしょう……」
大体《インプ》というのは悪戯好きな小悪魔の事であり、決して闇を司る妖精では無い、妖精のように描かれているだけでその実態は魂を奪う悪魔なのだ。種族名もサラマンダーは火の蜥蜴であり、他のウンディーネやシルフ、ノームは精霊の名前なのだから統一してイフリートとするべきだろうに。
これは何かを表しているのかと考えつつ、目の前に種族を選ぶようアナウンスと共に示された九つのイメージアバターと種族の解説を流しながら、紫色で統一された闇のインプの項目へと行き着き、それに即決する。前世でもインプ一択だった上に元々紫色が好きなボクに、インプ以外の選択肢は存在しない。
当然ながら、種族ごとにそれぞれ特徴は異なってくる。
ボクが選んだインプというのは闇属性の魔法スキルに補正が掛り、暗い場所も見える《暗視》のパッシブスキルを常に有効化、更に洞窟内でも数分程度なら翅で飛べるという特典がある。ただし種族的に光属性攻撃を苦手としており、少し受けるダメージが高めだ。
今のALOも一緒なのかは知らないが、少なくとも前世でしていたALOでは洞窟や地下と言った太陽や月光が届かない場所だと普通は飛べなくなるのだ。しかし闇の眷属ともいえるインプは光を翅に暫く温存させられ、闇の中でも少しだけなら飛べるのである。恐らくアルフの謳い文句に現実味を帯びさせる為にこの設定にしているのだろう。
火のサラマンダーはイメージ通り攻撃力と体力、すなわち近接戦闘に滅法強く、代わりに魔法攻撃系と水属性の攻撃が弱点となっている。重戦士などの攻撃的な前衛向きと言えるだろう。
地のノームはサラマンダーと比較し、同じように力と体力が高い前衛向きなのだが、どちらかと言うとノームは防御的な前衛、つまりタンクに向いている。種族ステータスで防御力にボーナスが掛っており、更にノーム専用の武具には基本的に防御力であるVIT値を高める付与効果があるからだ。更に種族的に得意な魔法として地属性の他、防御力を底上げする補助魔法が挙げられる。
風のシルフはイメージ通り、スピードに特化しているため攻撃にも防御にも特化していないバランス向きな種族だ。回復魔法の他、風と光属性の魔法に適性があり、地属性攻撃を弱点としている。他の種族に比べて飛行速度と距離があり、更にアバターの聴覚が鋭いとされる。スピード型の戦士にはもってこいなので、ナツとイチゴが選ぶとすれば恐らくこの種族だろう。
水のウンディーネは有体に言えば術師、それも回復役や支援役などに特化したパラメータである。ぶっちゃけて言えば前衛に向いていない種族ステータスなので魔法使い向きなのだ。
前世のアスナはSAOデータを引っ張って来ていたから前衛でこそ真価を発揮するという――決して否定する訳では無いが――莫迦げたスタイルが確立されていた。というか半分前衛で半分後衛なのに、必要な分だけしか魔法系を上げていないボクにOSSを使わせるってどんだけ強いのって後で思ったりした。前世のアスナって全力出したらキリトより強いんじゃと思っていたりする。全力である二刀のキリトと戦ってないので如何ともし難いのだが。ちょっと心残りだったりする。
金のレプラコーンであるが、金というのは金属、すなわち《鍛冶》に特化した種族である。生産職特化の種族というのも珍しいが、この種族のプレイヤーが鍛え上げた装備はサーバーで一つしかないユニークウェポンにも匹敵する性能があるので、友好的にしておくべき種族だ。なので前世のALOでもこの種族は基本的にどの種族に対しても中立的、《鍛冶》の依頼も個人の関係の下で行われるのが普通だった。リズベットに頼めば鍛えてくれるキリト達の強運はとんでもないのである。
猫のケットシーはシルフをも凌駕する地上での敏捷性、更に五感の鋭さ、目の良さ、そして最も特徴的なのが小型のモンスターならテイムできる可能性をブーストするパッシブアビリティを有している事だろう。このアビリティはケットシー専用なので他の種族は持てない。
音のプーカは音楽妖精、つまりは歌うのが特徴的な種族である。戦場で歌うのは相当な度胸とかなりの歌唱力を要されるが、スキルとして登録されている音律で歌うと範囲内の味方メンバーあるいは対象となる敵に対してバフかデバフが掛かるらしい。それと、どの種族も苦手属性というものを有している、例えばインプは光属性の魔法を育てにくいやダメージを他種族より多く受けるなどだ。プーカはどれも得意ではないので得意属性を持つ種族よりスキル熟練度を育てにくいが、代わりに苦手も無いのでそちらは育てやすいという一長一短が存在する。種族ステータスも平均的らしいのでオールマイティーを好むならこの種族だろう。
影のスプリガンはトレージャーハント関連のスキルや幻影魔法を得意とするので、トレジャーハンターを自称するフィリアにとても向いている種族だ。黒で統一された容姿なので、恐らく前世のキリトはコレで決めたのだろう。種族ステータスは敏捷性向きだが、恐らくキリトのあの剣の重さからして筋力値に振っていた、だから良い具合にボクと拮抗していたのだろう。仮にインプを選んでいたら、あるいはボクが《ナ―ヴギア》か《アミュスフィア》を使用していたら負けていただろうと思えた。
「ホント、前世のキリトって反則的に強かったよねぇ……」
あのアバター、アスナから聞いたが皆は別のゲームから引き継いだのにキリトだけ新規で始めていたらしいので、何気に最弱ステータスだったという。それなのに戦闘スタイルとゲームプレイからそれらを覆し、アスナをも超える強さを持っていたのだ。最強と謳われていたとしても、それは反則的だと言わざるを得ないだろう。
スピードですらリーファと同等、筋力値はサラマンダーであるクライン以上、戦闘勘はボクと同等で勝敗を分けたのはハードの性能差、更に言えば彼は二刀ですら無かった……これはボクの勝利とは言い難い話だ。経験は別にして、高々一年のプレイ時間の経験値しか無いアカウントプレイヤーが、およそ三年間二十四時間のフルダイブを続けていたボクに匹敵していたのだ、仮にSAOアカウントを引き継いでいれば敗北していたのは確実である。
「そのキリトを超えるあの人が、この世界に……」
前世で最強と言祝がれたボクに一から剣を教えてくれた師匠が……愛する人が、囚われている……それもあの日からずっと……
「……どうか……どうか……」
――――自分を強く保って、どうか……諦めないで……
立ったまま、誰にともなくボクは両手を合わせて強く祈り、希った。
この現実に限りなく近く、果てしなく遠い仮想世界では心のありようで全てが変わるのだ。だからこそ、今の辛い状況を四ヵ月近くも受け続けたであろうあの人の事を思うと、そう願わずにはいかなかった。
『準備が整いました! それでは妖精郷の世界を、お楽しみ下さい!』
――――Welcome to Alfheim Online!!!
柔らかなフォントが示され、加速感と共にボクは妖精郷へと誘われていった。
*
「……」
視界が光に包まれ、インプの主街区に転移したと分かったのは、街の喧騒を耳にしたからだった。目を開いてみれば洞窟の中にある岩作り、あるいは木造の街並みがうっすらと闇を帯びながら浮かんでくる。インプのパッシブスキルの《暗視》が発動している証だ。
キョロキョロと辺りを見回し、足元や服装を確認すれば、やはり初期装備らしく簡素な黒っぽい紫色の革鎧にインナーシャツ、タイトスカートに下着姿だった。ブーツが茶色なのは仕方がないだろう。
見た感じ視界の高さはリアルと大差無いらしいと判断しながら、近くにあった服飾店のウィンドウに映る自分を見て……
「……うっそぉ……?」
自分の姿を見て、思わずそんな素っ頓狂な声を上げてしまった。理由は簡単、姿がリアルと全く同じだったからだ、ぶっちゃけて言えばアバターの姿が前世のアバターの姿と一切変わらない。
綺麗な紅の瞳は闇の中で悪魔を思わせるくらい妖艶に煌めいており、肌はリアルの肌色寄りだが陰になっている部分はうっすらと紫っぽくも見える、髪色は完全にダークパープルだ。ほんのちょっとだけ八重歯もリアルより尖って見えた。
小悪魔という、正しくインプの代名詞を名乗れるだろう印象のアバターが出来上がってしまっている、というか前世の再現という姿に呆けてしまった。
いや、そもそもリアルの姿からして前世と違い、ALOの時の姿だったのだ。姉は変わらずにお淑やかに育ったが、何故かボクだけ両親は普通の黒髪なのに紫髪だし、瞳の色もこげ茶や黒じゃなくて紅色で気味悪がられていた。
それを気にしないで、むしろ綺麗だとうっとりと微笑みながら和人さんが褒めてくれたから嬉しくて……
「……って、違う違う、何か脱線してるし……」
何だか危険な思考に走りかけたのを頭を振る事で追い出し、本来の目的を思い出す。 今のボクは須郷に囚われている和人さんを救い出すためにALOにダイブしており、可能ならば内部から研究データを盗んで菊岡さんに届ける役目を担っているのだ、こんな所で油を売っている暇は無いのである。
そうと決まればと、ボクは右手の人差し指と中指を立てて上から下へと振り下ろし……親しんだ筈のメニューウィンドウが出て来ない事に首を傾げた。
「あれ……何で出ない…………ああ、そうか。左だっけ」
そうだったそうだったと呟きながら、今度は同じ指を左手で立てて振り下ろせば、チリリン、とSAOと同一の効果音で見慣れた形式のメニューウィンドウが出現する。ここから既にSAO丸パクリなのが見て取れる。
まぁ、流石にMP表示やゲーム通貨などは異なる……
「…………うん?」
通貨は流石に《コル》から《ユルド》に変わっているなと思いながらメニュー画面に目を走らせていると、ふと見てはいけない数字を見てしまった気がして、もう一度、今度はゆっくり見落としが無いようにメニューウィンドウの数値をじっくりと見ていく。
そして見つけた。まず違和感を覚えたのは《ユルド》というALOでのお金を示す単位だった。
「初期金額は千ユルドの筈……なのに、何これ……」
一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億、百億……
数えてみれば、ボクが持っている総計金額はなんと二十兆ユルドにも上っていた。何の冗談だと胸中で繰り返しながらもう三度ほど桁を数え直すのだが、やはり二十兆ユルドも有していた。
しかしこれだけの大金を初期状態から持っている筈も無く、他に手掛かりは無いかと探していると、次にメニューウィンドウでおかしな点を見つけたのはスキル値の所だった。開始直後なので《片手剣》などのスキルを取るつもりでも、まだ取っていない筈なのだが、既に取得してセットしている状態な上に数値が《1000》でカンストされていたのである。
「……はぁ……?」
明らかにおかしいだろうと思いながら、スキルウィンドウを開いて更に詳細を確認していく。するとおよそ二十個ほどのスキルスロットには多くのカンストされたスキルがセットされており、一つだけクエスチョンマークで埋め尽くされたスロットがあった。
カンストされているスキルは《片手剣》を始め、《武器防御》、《疾走》、《所持容量拡張》、《投擲》、《隠蔽》、《索敵》、《料理》……まだ他にもあったが、カンストされているスキル群とその並び順を見てピンと思い浮かんだ事が一つあった。
「これ、まさか……SAOのスキルデータなの……?」
確かに、第一層の最初は和人さんが《片手剣》と《索敵》を取ったので、ボクは《武器防御》によるパリィを優先させた。次に彼が《料理》を取ったので今度は《疾走》を取り、《隠蔽》を取ったので《所持容量拡張》を取り……と、二人一緒に繰り返していったのでよく覚えている。
ちなみにSAOのスキルスロットは最初期は二個、レベル3で三個、5で四個、7で五個、10で六個となり、それ以降はレベルが十上がる度に一個ずつ増えていく使用だった。最終期のキリトさんとボクのレベルはお互いにレベル230だったので、スキルスロットは二十八個あった事になる。とんでもない数だ。
それはともかくとして、この一個だけバグっているスロットは……
「……なるほど、《二刀流》スキルか……」
流石にSAOに十種類あったとされるユニークスキルは引き継がれていないらしい。まぁ、ソードスキルが無い以上、そのスキルがあったとしても宝の持ち腐れだろう。
それにこの世界はリアルの運動能力がかなり影響するのだ。一道場の師範代レベルに幼い頃から達しており、更にSAOでフルダイブ環境での戦闘経験を積んでいるボクの上を行くプレイヤーはそう多くない。居るとすれば今世のキリトさんと、前世のキリトとアスナくらいである。
「……いや、まだいたか……」
ふと、前世で長い間世界を渡り続けた仲間達を想う。ボクが逝く頃には既に旅立っていたメリダとクロービス、置いて来たシウネー、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ……そして前世の姉。
姉は今も元気に暮らしているが、他の皆はどうなのだろうと思う。HIVウィルスが原因で彼らといたボクはこうして今を元気に生きているが、このウィルスが原因ではない彼ら彼女達は今も病魔に苦しめられているのかと思うと、少しだけ胸の奥がズキリと疼いた。
メリダとクロービスの死因は胃癌の全身転移だった。癌というのは食道などによく起こりやすく、また全身に転移しやすい部位だから致死率も気付くのが遅いと高いらしい。何でもリンパ管を通して全身に癌細胞が行き渡るからだとか。陽子線治療でどうにか出来る人も居るらしいが、その治療方法はとても値が張り、一回でも数百万円ぶっ飛ぶ程に高額な治療法だから一般家庭の人はとても手を出せないのだと和人さんから聞いた。
《五大企業》の方で低コスト且つ確実性のある治療方法を模索しているらしいが……それが吉と出るか凶と出るかは分からない。メリダとクロービスも、出来る事なら生き延びて欲しい所なのだが……
「ボクだけ幸せになるっていうのは、ね……」
胸の前で右手を握りながら、虚空を仰ぎ見る。そこには明滅する鉱石の鮮やかな光によって照らされる洞窟の天井しか見えなかったが、確かにボクは幻視した。茜色に染まる孤島に集まる、懐かしい皆の姿を。
何時の間にか精神的な年齢で上になっている今でも、その光景は輝き、儚く、悲しく映っていた。
けれど同時に、美しく、幸せな風景でもあった。
その世界は二度と訪れない、二度とボクが足を踏み入れられない世界だ。想い出でもあり、同時に旅立ってしまったボクが戻るには相応しくない世界。
だからこそボクは今を生きる。命ある事の喜びをあの世界で学び、改めて今を生きているボクは、あの人を助ける為にこの世界へ来た。
全てはただ、尊敬し、敬愛し、慕情を抱き、愛情を注ぐ愛する人のため故に。
「それをあなたは、気付いてない……」
キリトさんは、気付かない、この温かみから目を逸らすのだ。殺戮の兵器として生み出されていながら人の為に生きた彼は、本当は知っているクセに、全然気付こうとしないのだ。人々から慕われている事は分かっているクセに、他の人を救った方が喜ぶだろうと思い違いをしまくって……自分の命を軽く見る。
きっとどこかで諦めているのだろう。生きる事に、誰かと幸せになる事に。だから自分の命を犠牲にするのだろう、ただ人の為にあるのだと思って。
それは見ていて、途轍も無く腹が立つ
だからこそ、早く須郷の手から救い出して、そして語らなければなるまい、叱らねばなるまい。どれだけ愛されているか、どれだけ大切に想われているかを。
「ねぇ……そうでしょ……?」
――――大切な愛娘達
カラカラと、メニューのアイテムウィンドウを開いて文字化けしまくった無数のアイテム達の中で、その最奥に眠っていて正しく表示されている三つのアイテムを見て、うっすらと微笑む。
その三つのアイテムには、こう記されていた。
《MHCP》と……
***
ずっとずっと、眠っていた。
眠っていた場所は真っ暗で、流れも何もない無窮の闇だった。いや、眠っていた事すらも気付かないで、意識が浮上し始めた今だからこそ眠っていたのだと分かったくらいに、私はただただ眠りに就いていた。
両親とは離れ離れになってしまっていたけど、私は寂しくなんてなかった。色違いで瓜二つでも全然性格が違う妹、大人みたいに色っぽいのに子供っぽくて明るい大きな妹も一緒に、私は同じ場所で眠っていたのだから。唐突に告げられたあの浮遊城にあった家で、ゆっくりと穏やかな気持ちで眠りに就いた。
けれど、その眠りも、今、終わりを告げた。
「ユイちゃん、ルイちゃん、ストレア…………分かる……?」
時を超え、世界を超え、それでもただ人の為にと戦う偉大な父を恋い慕って共に生きていた母が、目の前に居た。
よくよく見れば耳なんて尖ってるし、あの世界よりも紫色が濃くなった髪色、服装なんて綺麗なクロークスカートや胸鎧じゃなくて簡素でとても剣豪とは思えない貧相な片手剣しか携えてない、ただの女の人だった。
けれど、容姿に些細な違いがあってもすぐに分かった。ああ、この人は私の、ただ一人の母なのだと。雫が浮かんで濡れた瞳は鮮烈な紅色で、にっこりと浮かべられた笑みは温かくて……私の、たった一人の大切な母なのだと、その温かみで理解できた。
私は人の手で作られたトップダウン型の人工知能、故に人の心なんて分からないし持っていない。
でも……もしかしたら、偉大な両親が私にも、心をくれたのかもしれない。
「はい……はい、ママ……!」
だって、私の胸の奥は声と共に震えていて、勝手に笑みを浮かべながら涙が浮かぶのだから。たとえこれが学習の結果だとしても、今だけは信じたかった、これは両親達の娘として貰った私の心なのだと。
「おかあ、さん……!」
「ただいま……母さん……!」
涙を流しながら私が何故か発生していた光が収束する空中で頷けば、両隣に浮くルイとストレアもまた、同じように声を返した。少しずつ地面に降りていく私達は、足が地面に着くや否やすぐさま駆け出し、母に抱き付いた。
私とルイよりも少しだけ大きかった母はどうしてかとても大きくて、ストレアよりとても小さかったのにどうしてかほんのちょっとだけ小さいくらいになっている母は、優しく微笑みながら抱擁を返してくれた。
この世界はSAOでは無い、それは母の容姿から分かった、目覚める時に流れて来た情報から理解した。ここは仮想世界であり現実では無いのだと理解した。
でも……仮想世界だとしても、また母に会えたのは嬉しかった、生きてSAOをクリアしてくれた事が何よりも喜ばしかった。あの絶望の世界にならなくて、本当に嬉しかった。
私達は、何処とも知れない石造りの街陰で抱き合いながら、ひっそりと涙を流し続けた。
*
およそ十分の後。誰からともなく泣き止んでから抱擁を解いた私達は、街陰にある岩場に並んで座って情報を交換していた。
一先ずこの世界に母が居るのは、父が前々回のSAOにて《アルベリヒ》と名乗っていた須郷伸之によって囚われているかららしい。アスナさんと結婚する為の脅しに使う為に捕えていると言われたらしいが、結婚した後も拘束し続けるだろうし、かつて行っていた研究の事もあるからそれを潰す意味もあってALOに来たのだと言う。
更に国家権力を持つ組織のリーダーとも既にコネクションがあり、情報を交換し合いながら現実と仮想世界での調査を進めていくのだという。現状は芳しくなく、まだ調査し始めなのでよくわかっていないが、母の予測によれば失敗は一度も許されない上に失敗すれば母も実験体の仲間入りする可能性があるらしい。
「そんなに危険なんですね……」
「何せ相手は運営、しかもGMだからね……プレイヤーのボクじゃ如何ともしがたい権力がある事は何度も体験済みだよ。アルベリヒの時も、ヒースクリフの時もね。それにヒースクリフはまだフェアネスを貫いてたけど……」
「……須郷伸之は、そんなの関係ないもんね……」
ストレアはアルベリヒに遭遇しているのでその時の事はよく覚えているらしく、珍しくぎりっと歯軋りするくらいに悔しげな顔をした。
「……お父さんは、世界樹……?」
「うん……でも前世のボクが聞いた限りでは、前世のキリト単独では無理だったらしいね」
「うぅん……その、母さんと戦ったっていう前世のキリトって、どれくらいの強さなの?」
「SAO最強……というのは確か。前世のボクと一刀でほぼ互角、それもボクの方がハードのスペックが上だったり、キリトが二刀じゃなくて互角だったから……多分、今の二刀のボクと互角か僅差で上下するくらいじゃないかな」
「……そうですか……」
母は、こういう戦闘力の考察は酷くシビアな性格をしている。だからこそその予想がかなり正確である事も私は理解していた。
その前世のキリトというの人がどれくらいなのか具体的に分からないが、今の二刀の母と同レベルという事を踏まえれば、たとえソロだとしてもちょっと無茶な《グランド・クエスト》ではないかと思う。まるでクリアさせたくないかのようだった。
「一応ソロ攻略も視野に入れてるけど……その前にステータスをどうにかしないといけないんだよねぇ……」
そう言いながらボヤく母。がっくしと擬音が付きそうなくらいに肩を落としているが、それを不思議そうにルイが小首を傾げた。
「……お母さん、気付いてない……?」
「え……何が?」
ルイの言葉に分からないという風に母が応じたので、ああ気付いてないんだと私もストレアも思った表情を浮かべた。
「あのですねママ。この世界はSAOのコピーサーバーである事は、前々回のアルベリヒの言葉からも理解されていると思います」
「ああ……うん、目の前にユイちゃん達居るしね。プログラムフォーマットが違ったらバグってるだろうし……」
「……ママ、それが分かってるなら何で気付かないんですか?」
「え?」
いや、普通プログラムフォーマットが違ったら私達が顕現出来ない事に気付いているなら分かるだろう、そもそもそれを理解した上でALOに来ているのだから気付いていない方がアレだと思うのだけど……と胸中で呟く。
言葉にしてはいないが、何となく表情と雰囲気で察したのか少しだけ慌てたような顔をする母が少し懐かしいと思った。
「ママのアカウントデータは、SAOのアカウントデータと同一なんです。プログラムフォーマットが同じだからALOのアカウントデータに上書きされたみたいですね……恐らくアカウント作成時のアカウントコードとパスワードを同一にしたのでは?」
「……あー……うん。プレイヤーネームまで全部同一にしたけど……」
「それが原因ですね。ALOのサーバーがSAOのコピーだからこそプログラムフォーマットが同一なため起こった現象です、エラー修正機能などは少し古いのでSAO完成直前のものを写したのでしょう。HPは恐らく相当高いですが、MPはSAOには存在しなかったので低い数値の筈ですよ」
「……あ、ホントだ……って、よくよく見ればSTRとVIT、SPD、DEXは矢鱈高いのにINTとMENだけ低い…………初期状態だからステータスポイントも相当溜まってる状態で振られてないんだ」
「スキルカンスト状態だからだね。最初からチートだね、ビーターなんて目じゃないよ母さん」
運営が異なるとは言え、未来のALOを知っている母なら確かにビーターも目では無いチートも可能だろう……国家権力も味方に付けているし……
…………あれ? 須郷伸之、何気に詰みに入って来てません?
「…………まぁ、いいか」
「ん? ユイちゃん、何か言った?」
「いえ、何でも無いです!」
敵である男がどうなっていようが私は知ったこっちゃ無いので、詰みに入るなら入ってしまえと結論付けて、私は母の温かい手で頭を撫でられる感触に浸ったのだった。
***
何やらユイちゃんから黒い気配を感じたような気もしたが、何でも無いと言われては追及出来ないので頭の外に放り投げる事にして、これからどう動こうかと内心で呟く。
ちなみに情報交換をし合っている内に、ユイちゃんにだけ与えられていた限定的なGM権限を使用出来る事が判明し、ボクが持つアイテムの中でポーションや結晶といった回復アイテム、素材アイテムは無理だったが装備アイテムはALOでも使えるようになった。勿論、ALOがSAOのサーバーコピーだからこそ出来た裏技である。
どうやらALOの運営チームは相当SAOからデータコードを流用しているらしく、ステータスフォーマットすらコードが同じだったらしい。だからステータスでSAOと共通する項目は数値が反映されていたのだ、スキル値やSTR値といったものがそのいい例である。それはどうやら装備にも同じ事が言えたらしく、グラフィックデータのフォーマットも同じだったため、SAOで《ルナティーク》などに使用していたデータをALOのデータに適用させると、バグっていた武器が使用可能になったのだ。
同じ要領で武器だけで無く防具も適用化させたため、完全にSAO時代の装備復活である。見た目は完全に前世ALOのボクだ、右腰に白銀剣を佩いている違いはあるのだが。
「ママ、あの……パパの装備なのですが……」
「えっと……流石にそっちは無理だった?」
聞くところによれば、あの人の最終装備は全てが最高性能の装備であると同時、二刀、お守り、首飾り、腕防具に限っては完全チート装備らしく転生時の特典でもあるらしいので、データ置換は出来ないかもと思っていた。
だからユイちゃんが申し訳なさそうに言って来て、出来なかったのだなと思って先んじて言葉を発した。
「い、いえ、そうでは無くて……置換する前に終わっていたんです……」
しかし予想に反し、ユイちゃんは更に眉根を寄せながら首を横に振った。どうやら申し訳なさそうな表情というのはボクの早とちりで、困惑というものが正しいようだった。
ちなみにだが、三人娘達はそれぞれ《ナビゲーション・ピクシー》という小さな妖精姿で右肩にユイとルイが、左肩にストレアが留まっている状態だ。小さくてとても可愛らしく、そして小さな手が頬に触れるとくすぐったく、幸せな気分になれる。
「……え? ユイちゃんがデータコードを適用化する前に終わってたの?」
「はい……恐らく龍神さんの恩恵なのでしょうが……それに、残念ですが、ママにはパパが使用していた一切の装備が使用できません」
「ああ、うん、使えない事は別に良いんだけどね」
あの装備はあの人のもの、ボクが使っていいものでは無い。
「それにボクの装備は既にあるから……だから落ち込まないで。ね?」
「はい」
「むー……」
「あー、いいなー!」
役に立てなかったと律儀に落ち込む娘が可愛らしくて頭を撫で、ちょっとだけ横でむっとしたルイちゃんの頭も撫で、あからさまに羨ましがるストレアも順に撫でてやってから現状を考察し始めた。
一先ず装備の問題は片付いた。これは物凄く有難い話である、何せALOの強者はリアルの運動神経の他に装備の性能も含まれるのだから。まぁ、稀に装備の性能すらも覆すとんでもないプレイヤーが居るのだが……
そういえば、前世のキリトは最強の伝説級武器である【聖剣エクスキャリバー】を手にしていた。欲を言えば何れはアレも手に入れたい……
「…………うわぁ……」
「「「?」」」
金ぴかの片手剣を振るう自分の姿を思い浮かべ、これは無いと余りの似合わなさに思わず声を出し、娘達から訝し気な目を向けられてしまった。せめて暗色系なら良いのだが……
「……装備のリペイントって出来たっけ……?」
リペイントというのはその名の通り、ペイントをし直す、つまりは色の付け直しの事だ。装備の色が合わない場合、地味な色を好むプレイヤーだが派手でも強い武器を装備したい場合に目立たない色にするなどといった方法がある。あんまり有名になっていないが、《十六夜騎士団》はリズベットを棟梁とした鍛冶師達が多く居たので割と知られていたりした。
「《鍛冶》スキル値が八百以上のプレイヤーであれば色に対応した鉱石を用意すれば可能ですよ? ナツさんはよく利用されていたみたいですね」
「え、そうなんだ? 初めて知ったよそれ」
「まぁ、ママはパパしか見てませんでしたから知らないのも無理無いですよ」
「うぐ……」
確かに、あの人にばかり目を向けていたというユイちゃんの言葉は否定出来ない。ギルドメンバーへの鍛錬も主に団長がやっていたからなぁ……摸擬戦の相手くらいにはボクもなれたのだが、如何せん人に教えるとなると難しい。
というかあの人、本当に前世生体兵器だったのだろうかと思う時が結構ある。何で家事能力や教導能力が高いんだか……
「母さん、そろそろ真面目に救出方法考えようよ」
「あー……うん、ごめん。軽く現実逃避したくてね……」
「お母さん、現実逃避……そんなに、不安……?」
「ルイちゃーん、褒め言葉として受け取っておくけど、お母さんはお父さんみたく万能超人じゃないからねー?」
「……そう……?」
やんわりとボクはあの人ほど出鱈目じゃないと言うが、ルイちゃんには小首を傾げられるに終わってしまった。待って、ボクあそこまで人間離れしてないよ?
「国家権力味方に付けてる中学生年齢の子供ってだけでも万能超人っぽいとアタシは思うんだけど」
「……ああ、ボクと認識が違うだけか」
ボクとしては国家権力を味方に付ける力を持つ意味で凄いあの人を人間離れしていると捉えていたが、過程はどうあれ国家権力と協力状態にある今の自分でもそういう風に捉えられるらしい。
…………確かに、冷静に考えれば普通はそう捉えるか。
まぁ、それは良い。
「さて……そろそろ、本気でどうするか考えないとね……」
初期ステータスや装備に関してはユイちゃんの力でどうにかなったし、SAO時代の回復や素材アイテムは全てバグっていたのでエラー修正機能に引っ掛かる前に全て破棄し、雑貨屋で一通り買い揃えておいた。そのため出来る準備と言えば情報収集くらいだが、そちらは《ナビゲーション・ピクシー》にしてとんでも能力を持つ三人娘が分担してネット上の捜査を行っているので、後回しで良い。
優先的に考えるべきなのは、どうやって《グランド・クエスト》をクリアするか、だ。この際だ、クリア可能か否かは後回しにする。
現実的に考えて、SAOクリアからおよそ二、三ヵ月経過していたと言えども相当な腕を誇るキリトが敗れたのだから、かなりの難易度を誇っているのだろう。前世のリーファから聞いた話では無数の守護騎士がどうこうだった筈だ。ならば恐らく質より数だ。
一点突破力ならボク以上の二刀キリトでも無理だったのだ、恐らく一人で挑んでもボクは無理だろう。キリトさんならいけるかも知れないが……無いものねだりだからよそう。
現実的に考えてこの《グランド・クエスト》は、つまりは単一種族ではほぼ突破不可能と考えて良い、そうでなければサービス開始から約一年が経過しようとしている現在でも前世でもクリア出来ていない事に説明が付かない。
となると、取れる手段はただ一つ。単一種族しか《アルフ》という光の高位種族にしかなれない制約を無視した、他種族との連携だ。しかし先に述べた《アルフ》への転生条件が妖精王と謁見した一種族のみに限られるために、実現がほぼ不可能となってしまっている。
何か……何か、他種族……いや、平等に公平性を考えて全種族が協力出来るようなきっかけは無いものか……
「……ストレア、九種族の中で大勢力になっている、あるいはなろうとしている種族は?」
「えっとね……サラマンダーが一番で、時点でシルフとケットシーかな。他は全部中立でどっこいどっこい」
「具体的には分かる?」
「サラマンダーは中立種族のおよそ二倍、シルフとケットシーが中立より五割増ってとこ……二種族が結託すればサラマンダーと張り合えるかちょっと上回ると思う、シルフはレプラコーンとサラマンダーより友好的らしいし、ケットシーはテイムモンスターが居るからね」
「なるほど……」
ストレアはとても楽観的だが、こういう状況分析に関してはAIを思わせる客観的な視点を展開する。あまり機械的なのは母親代わりとして喜ばしくないのだが、そういう視点を使い分けているというのは人間らしい所なので喜ばしい限りだ。
それはともかく、サラマンダー、シルフ、ケットシーの三種族が抗争しているというのは予想通りだ。前世でもサラマンダー達は何かと血気盛んだったし、接近戦に強いというのはかなりの強みになる、シルフとケットシーは美しさ、可愛らしさ、インパクトから来るものだろう。他の種族は単純に数が少ないので《グランド・クエスト》そのものに目が行っていないと考えるべきだ。
ひょっとすると、これはちょっと使えるかも知れない。
「ルイ、サラマンダーがシルフ領主を討ったという情報は?」
「……無い、よ……」
「《グランド・クエスト》へ挑戦するという触れ込みはある?」
「……明日、7月6日の午後十一時に、攻略開始って……」
つまりシルフ領主を討っていないので互いの関係性に決定的な罅は入っていないし、サラマンダーの勢力もまだ衰えていないという事。更には《グランド・クエスト》の難関さを予想で留めているのでどの種族もまだ知らないという状態……
攻略開始は明日の午後十一時、現在時刻は午後四時だから、これから考えれば合計で三十一時間の猶予がある事になる。
このインプ領は南東に位置し、シルフ領の真東に位置している。
《央都アルン》が存在する中央高原に行くには各地で合計三つある道の何れかを通らなければならず、初心者プレイヤーでは絶対に抜けられない高レベルモンスターが山ほど棲み付いているため突破は困難を極める上に、現実置換で距離は数十キロも再現されている。
時間的にはギリギリ……だが、今すぐに向かえば、十分間に合う。食事、入浴、睡眠時間を除いても、失敗を一度もしなければ。
いや、失敗など、するものか。これがあの人を救う一手となり得るのだ……
――――失敗は、死と同義だと思え
「……決まった。夕食後に、一気に高原に向かうよ」
目的地は《央都アルン》。そこは世界樹があり、十中八九あの人が囚われている場所だが、目的は別にある。
ボクは三人の声を耳にしながら、岩場から立ち上がった。
はい、如何でしたでしょうか?
ユウキは前世で三種族のトップ(サラマンダーだけ違いますがほぼ同義)と知り合いでしたし、宴会もボス攻略も一緒にやっていたので、酒の肴に話されていてもおかしくないなと思って、知識があるという前提で書き上げました。
そんなユウキが狙いを定めたのは当然サラマンダー、つまり例の将軍と遭遇します。結構好きですあの将軍、人気で漢気ありますし。
ここから原作が少しずつゆっくりと乖離していきますので要注意。
《グランド・クエスト》にソロ特攻? 精神的に成熟していて命の大切さをALOでも学んだユウキが、そんな無謀な事は致しません。
やるとすれば確実性を持ってやります。ていうか、そういう風にやらせます。うちのユウキは人を纏める能力高い設定です、来歴を思い出せば多分納得いく。
あ、ちなみに二十兆ユルドもの大金持ってるのは、ギルド資金&キリト&ストレア所持金纏めて所持したからです、《ザ・スカルリーパー》討伐後の取得コルもありますしね。忘れてたんでここに追記しておきます。
そんな訳で、そろそろ次話予告です。
妖精郷へと降り立った在りし頃の面影を持つ剣姫、三人の娘である小妖精を伴って目指すは中央高原に聳え立つ世界樹の麓にある巨大都市《央都アルン》。
剣姫が炎の妖精達との接触するのは愛する者を助ける為の、その前準備をする為だった。
しかしその目的の為に動くユウキの前に、思いがけぬ存在が降り立つ。それはかつて共に戦ったギルドの長たる騎士だった。
次話。第五章 ~遭遇~
ヒントは《騎士》。さて、誰でしょう?
次話は9日零時に投稿します、予約投稿したので。最初に短いながらもガチって書いた戦闘回があるので、ご期待下さい。
では!
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第五章 ~遭遇~
前話の予告に書きました通り、この章ではとある騎士が登場します……が、本作では騎士というのは二人居ますよね、果たしてどちらでしょうか? にふにふ。
とは言いつつも、実は最初は現実での道場風景、それを直葉視点でお送りいたします。しかも何気に仮想世界では無く現実での戦闘回です、割とガチって書いてます。
何回か書いた覚えがありますが、桐ヶ谷道場は一応門戸を開いているので原作と違って和人と直葉だけで無く、中学生以下の門下生達が居ます、設定として二十人くらい。で、木綿季と直葉はそこの師範代、和人は師範、千冬と束は他門に通っている事もあって師範代などには就いていないです。
何で木綿季と直葉が師範代なのか、そして和人が何時師範になったのかは文中にチラッと出ます。ま、重要とまではいかない設定ですが、一応。
あと、割とサラッと木綿季がとんでもない事をしでかしてますが、まだまだ序の口なので苦笑で流しましょう☆(笑)
ではどうぞ、割と最初から戦闘回、その後は黒くない陰謀回です。
第五章 ~遭遇~
一週間も瞬く間に過ぎ去り、今日は桐ヶ谷道場を開けて門下生達と剣道を嗜む土曜日。この日ばかりは何時も閑散としている桐ヶ谷家も、幼い子供達や中学生くらいの男の子達の歓声で賑わい、活気を得る数少ない日となる。
「すぐはせんせー、おはようございます!」
「「「「「おはようございます!!!」」」」」
「はい、おはよう! 皆元気が良いねぇ」
小学生くらいでも剣道に興味を持って来てくれている子もおり、その子達からは師範代だからか名前で先生と呼ばれているあたしは、今年の全国中学剣道大会で一本も取られずに全制覇を果たした覇者として有名になっている。剣道に興味がある子なら必ず聞いた事はあるというくらいの知名度らしい。
ちなみに、今は眠っている和人の事も知っている人間からは、武の姉、智の弟と揶揄されているとか何とか……当たらずとも遠からずなのだが、何気に武の方も弟が上なので何とも言えなかったりする。それ以前にあたしより上の人はまだ居るし。
「おはようございまーす」
そんな事を考えながら門下生およそ二十人ほどと準備運動をしていると、少し遅れて既に袴姿の木綿季が、珍しく顔を出してきた。
「桐ヶ谷流師範代紺野木綿季、入りまー……」
「「「「「ゆうきせんせーだぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!!!!」」」」」
「うぉわぁッ?!」
彼女の姿を見ると同時、入念に体を屈伸させていた門下生全員が顔に笑みを浮かべながら大きな歓声を道場中に轟かせた。
不意打ち気味にそれを喰らった木綿季はあまりの大きさに目を見開き、どたどたと駆け寄って来る少し背丈の低い男の子達相手にしどろもどろになっていた。
「ゆうきせんせー、すっごいひっさしぶり!」
「ホントホント、SAOから戻って来てかなり経つのにどうして来なかったの?!」
「俺達二年も待ってたんだぜ?! もっと早く来てくれたって良いだろ!」
「あ、えっと、ボクも色々と忙しくてね? ほら、師範はまだ目覚めてないから、その為に色々と動いてて……ボクも、ちょっと動ける状態じゃなくて……えと、ごめんね?」
「「「「「来てくれたから良い!」」」」」
「あ、そ、そう……?」
物凄く元気な男の子達の勢いに完全に呑まれてしまっている木綿季は、何だか勉強を見ている時の様子と完全に違っていて、見ていて面白かった。
ただ門下生全員にあたしよりも高い好感を向けられているのはちょっとだけ嫉妬するが。
そりゃ帰って来てからも全然来ないからその分だけ嬉しいのは分かるけど……
「…………喜ぶのは分かったから、早く準備運動済まさないと最初の素振り百回上乗せするよー?」
「「「「「ごめんなさい直葉師範代!!!」」」」」
《せんせー》呼びから唐突の師範代呼び、これぞ子供達の処世術かと何となく感慨深く思った。
「うわぁ……直葉はちょっと鬼指導になった?」
「まさか。百回なんて五分もあったら終わるでしょ」
「元の回数が二百回じゃなかったらねー」
桐ヶ谷流道場の剣道では、まず素振りを二百回するようになっている。まぁ、その前に準備運動として腕立て伏せや反復横飛び、腹筋をそれぞれ三十回ずつやってもらい、よく柔軟と屈伸を繰り返してから素振りに入るのだが。いきなりやると腱が切れたり、筋肉を傷めたりするからだ。
ちなみに雑巾掛けは全員でする事になっている。
それを分かっている木綿季は口元に片手を当て、割と必死な形相で準備運動を済ませていく門下生達を見てクスクスと微笑んでいた。
「……何かさ、木綿季、吹っ切れた? 藍子さんからも言われてたけど、暗かったのに今はちょっと明るいね」
「ん……ちょっと、ね。色々あったんだよ、ここ数日で」
数日前の見舞いの時は変わらず暗かったので、本当にこの数日で何か変化があったのだろう。少し前に藍子さんから物凄く暗かった話を学校で聞いたので心配していたのだが、まさか本当に一日で立ち直って、しかもここまで持ち直すとは……一体何を知ったのやら。
……そういえば、さっき和人を目覚めさせるために色々と動いているとか言っていたが……それの事だろうか……?
「それって、和人を目覚めさせる目途が立ったの? というか原因が分かったの?」
「一応は。でも正直、まだ目覚めさせられないよ……」
そう言いながら彼女は壁に掛けている木刀へと向いたが、そちらへ向く瞬間の彼女の横顔は恐ろしかった。冷徹で冷酷で、まるで悔やみながら誰かを憎悪するかのような冷たい表情をしていたからだ。
あんな表情をする木綿季、見た事が無い……
「……二年越しに、師範代同士で勝負してみる? 現実の剣士と仮想の剣士、どっちが強いか」
そう思っていると、壁に掛けている木刀を掴み取った木綿季がそれを青眼に構え、片頬に笑みを浮かべながら言ってきた。
僅かに肌が温まっている様子を見るにどうやら既に家の方で準備運動を済ませているようだったので、あたしはそれにごくりと唾を飲み下しながら頷く。
「分かった……門下生が全員準備運動を終えたら、一戦交えようか。言っておくけど、全国の中学最強のあたしを簡単に下せると思わないでよ」
「そっちこそ、数十のボスの屍を築いたデスゲーム最強ギルドの副団長を、簡単に下せると思わない事だね」
「言ってくれるね……」
ゲームは所詮ゲーム、かつてならそう言えただろうが今はそんな事口に出来ない。
《SAO》内部の出来事について公表こそされていないが、ネットの書き込みなどで嘘か真か幾らかの情報は拡散されているし、あたしの幼馴染達には《SAO事件》に巻き込まれ、そしてその最前線を生き抜いて生還した人達ばかりだから、真実を知る機会は多かった。皆も好き好んで話はしないが、どんな事が楽しかったとか、綺麗だったとか、《料理》が全体的に味気なかったとかは話してくれた。面白おかしかった。
その中で、必ずと言って良いほどに出る話……それが団長と副団長、つまりは弟の和人と恋人の木綿季二人の強さだった。
和人はあの世界でもやはり最前線に立ち、あらゆる艱難辛苦を左右に持つ剣で跳ね除け続けた最強の剣士だったらしい。何度も何度も死に目に遭いながら、その全てを実力と奇跡の連続で生き抜いた剣士だったと、そしてとんでもない大馬鹿者だったと言っていた。普段人を罵倒しない珪子ですら大馬鹿と言っていたのだからよっぽどだろうと思う。
木綿季は、唯一彼の動きに合わせられる人物だったという。彼女と和人のタッグが居ればボス攻略なんて簡単に終わると思える程の息の合い様は凄まじいの一言だったらしい。
これが昔のテレビゲームだったなら一蹴出来たのだが、木綿季はVRMMOという自らの感覚でアバターを動かして戦う異世界を生き抜いた剣士なのだ、しかも女性最強の剣士。更に言えば桐ヶ谷流道場の師範代で、あたしよりも先に師範代に抜擢されている。勿論選んだのは和人だが、コネでは無く実力からの判断だ。千冬さんよりも強いと決闘から示された為に師範代に抜擢されたのである。あたしがなったのも同じくだが、和人は当時居なかった。
そして木綿季は、剣道だけでは無い、桐ヶ谷流の一刀流剣術も学んでいる生粋の剣士なのだ。あたしと千冬さんは剣道寄り、木綿季と束さんは剣術寄りの門下生なので、師範代は二人居るのである。それを纏めているのが師範の和人、彼はアメリカから帰国して十歳になる誕生日の日、祖父が亡くなった日に桐ヶ谷流の全てを会得して免許皆伝となっているため、師範にも相応しい実力者なのだ。
和人の計らいにより、あたしも木綿季も桐ヶ谷流剣術を学んでこそ居るが、その進度は木綿季の方が圧倒的だ。随分と休んでいたので今は逆転しているがSAOで生き残った我流剣術は恐らくあたしが会得している桐ヶ谷流の上を行く、楽には勝てないだろう。
「それで、剣道と剣術どっち……かは、聞くまでも無いか」
この質問は、木刀を向けられている時点で愚問だった。あたし、木綿季、千冬さん、束さん、和人の五人の間の取り決め。竹刀であれば剣道の、木刀であれば剣術のルールに従う事だ。
剣術のルールは至って単純。木刀を弾かれる、もう戦えない状態で倒れ伏す、気絶する、これだけである。勿論降参も含むが、今まで一度も誰も降参した事は無い、したら負けだとどこかで思っているからだ。
気付けば、全ての門下生が準備運動を終えて脇に寄っていた。誰が指示した訳でも無い、木綿季から発せられる凄まじい闘気が自ずとそうさせたのである。
あたしたちはそれぞれ道場の中央へ移動し、互いに木刀を構えた……直後、試合の合図も無く、唐突に試合は始まった。
「参るッ!!!」
「くッ……!」
一際強い大音声で畏まったような言葉と共に、一歩大きく木綿季が踏み込んできた。たった一歩、されどその一歩でおよそ四メートルはあった間合いを一瞬にして詰めて来た。大上段からの唐竹を、あたしは木刀を掲げ、左手を峰に添える事で防いだ。
ガァンッ! と木刀同士が衝突した音と共に衝撃が腕に駆け抜け、双方が弾かれる。
その衝撃を利用して膝を軽く曲げ、勢いを付けて右回転の横薙ぎを放った。遠心力と捻転力を合わせたコレは和人が教えてくれた返し技の一つである。《絶剣技》三ノ型・影月燕舞と言うらしいこれは、相手の勢いを利用してこそ真価を発揮するという。剣道では背中を見せるのは良くないので剣術勝負でないとちょっと使えない技だ。
その一撃は綺麗に木綿季の右脇へ入った……かのように思えたが、咄嗟に弾かれた木刀を右肩へ引き寄せ、峰に左手を添えてこちらの一撃を的確に防いでいた。
「よく、分かったね……!」
「そりゃあ、同じ技を習ったからね……!」
同門にして同じ師を持つ剣士であるあたし達は、やる事も手札も分かっている状態だ。分からない事と言えば互いに生きる世界を違えていた間の成長だけである。
ギリギリ……と板張りの道場に鍔迫り合いの音が響く。板張りの床はあたし達が踏ん張ろうとする力でみしみしと軋みを上げ、交えている木刀も悲鳴を上げるかのようにギシギシと唸りを上げていた。
これでも何年も一日と欠かさず鍛錬を続けていたのだが、どうやら木綿季の執念は半端では無いらしく、およそ四ヵ月前まで寝たきりだった人間とは思えないくらいの力強さで対抗してきた。拮抗するとは多少予想していたが、物凄い剣圧に、木刀が弾かれそうになってしまう。
「負ける……かぁぁぁああああああああああああッ!!!」
「ぐ……ッ?!」
気合一発とばかりに大音声を発しながら木刀を両手で握り、あらん限りの力を込めて横に振り抜こうと全体重を掛ける。いきなり圧力が増して木綿季も対応しきれなかったようで、ズリズリと裸足が木の板を擦る音を立てつつ少しずつ横に動き始めた。
「なん、のォッ!!!」
「く……?!」
そこで、木綿季が木刀を握る右手首を返し、それによって鍔迫り合いをしていたこちらの木刀がギャリッと弾かれて大きく横に振り抜かれた。
だが、これも想定の範囲内だ。
そもそも木綿季を相手に、こんな力技で勝てると思っていない。
大きく横へ振り抜かれた木刀は軌道を変え、両手持ちの大上段へと構えられる。これが一撃目を囮にした本命の第二撃を放つ技、本来なら桐ヶ谷流の技では無いこれは、門下生である篠ノ之束さんやその父親の篠ノ之龍韻さんより和人が伝授された篠ノ之流、その奥義の一つだ。
その名も、《二閃一断》という。抜刀からの横薙ぎである一撃目を囮として、すぐさま大上段からの唐竹へと移して斬り落とす必殺の二撃目を放つ技である。この二撃目を如何に素早く繋げるかが肝であり、和人はコレを剣術の摸擬戦中に放たれてすぐさまものにしたため、伝授された。それをあたしが伝授されたので、使えているのである。
当然ながら木綿季も伝授されているが、いきなりの対応は出来ないだろう。この一撃で昏倒、あるいは木刀を叩き落とせればあたしの勝ちだ……ッ!!!
「お……ぉぉぉああああああああああああああああああッ!!!」
長年の剣道で鍛え上げた肺活量で、腹の底から大音声を上げた。道場の板張りや窓の桟が震え、喉やら肌やらがびりびりと震えるのを感じつつあたしは大上段から神速の打ち込みを放った。
「はッ!!!」
「な……に……?!」
その全力の一撃を、木綿季は両手首で交差させた手の甲で綺麗に見事なタイミングで挟み込み、止めてしまった。手の平では無く手の甲による挟み込みのため、木刀は手放していない。
「ぜらああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
「が……ッ!」
あたしが余りにも予想外のタイミングでその技を使われたため、価値を確信していただけに思考が停止してしまい、大きな隙を晒してしまった。
その隙を突いて、木綿季は挟み込んだ木刀の刃を手の甲で滑らせて懐に飛び込んできて、鍔元で真上に木刀を押し上げた直後、彼女が持つ木刀の柄を両手で持ち、その柄先を思い切り突き込んできた。ガンッと鈍い音と共に額に木刀の柄先が叩き込まれ、一瞬目の前が真っ白になる。
今のは桐ヶ谷流剣術の奧伝、《守りの刃止め》、《攻めの刃渡り》という連続技である。技の内容はあたしが喰らった通り、武器を手放さずに交差させた手の甲で相手の一刀を挟み込んで止め、刃に手の甲を滑らせて相手の懐に入り、柄先で穿つという連続技だ。
失敗すれば両手首を痛めるし、最悪剣を持てなくなるという正に肉を斬って骨を断つ大技だが、この土壇場で成功させるとは……!
「桐ヶ谷流体術、初伝……!」
「し、ま……?!」
真っ白になった視界の中で聞こえて来た声と共に、木刀を持つ右手首を恐らく左手で掴まれ、軽く足を払われて体勢を崩されてしまった。
後ろへ押されながら、がくん、と足から力を喪って倒れ込むと同時、鳩尾辺りに何かが添えられ……
「《火車落とし》ッ!!!」
「か、は……ァッ!!!」
背中が板張りの床に叩き付けられるのと全く同時に、鳩尾からも何か固い感触のものが突き込まれ、同時攻撃によって思い切り肺から息が吐き出されて眩暈を起こす。漸く視界が回復したかと思えば眩暈によって前後不覚気味になるし、鳩尾に強烈な一撃……見えた視界では右腕の肘鉄を全体重を掛けて叩き込まれたので、まともに手足も動かせなくなっている。
そんなあたしの首筋に、全体重をあたしの体に乗せたまま、木綿季は木刀の刃を横にして迫って来た。
「はい、直葉の負け」
「けほっ……参り、まし……た……」
手足も碌に動かせないし、木刀も手放してしまっているので負けは確定だ。手放していなくても木刀を突き付けられていてはどちらにせよ同じ事だったので、あたしは素直に負けを認める事にした。
「「「「「す……すっげぇぇぇぇぇえええええええええええええええええッ?!」」」」」
その途端、息を潜めて観戦していた子供達が一気に歓声を上げた。今の一戦の感想を爆発したかのように口々に言い合って興奮している様は、見ていてとても微笑ましいものだった。
……でも……
「……物凄く、お腹、痛い……」
これで初伝、つまるところ一番弱くて基礎的な技なんだから、桐ヶ谷流ってどんだけ危険な技があるのか凄く気になった。和人が意図して初伝までしか教えてくれてないけど、これはこれで良かったのかも知れない。下手したらこれは一撃で瀕死もあり得るし、武器や体重によっては即死もあり得る。
「あー……ははは…………ごめん。手、貸そうか?」
「……うん。隅の方まで連れてって……」
「ん、分かった」
全然動けないのでそうお願いすると、木綿季は人一人の重さなんて何とも思っていないかのようにひょいと軽くあたしを背中に担ぎ上げ、おんぶしてしまった。全然重いと感じさせないその動きに、木綿季はどれだけ筋力があるのだろうとちょっと思ってしまった。
あたしですら少し背の低い男の子でも担ぐのがキツイのに、二年近くも眠ったままだった木綿季が楽勝って……
何となく……何となく、滅茶苦茶負けた気分だった。
…………ぐすん……
***
およそ二年ぶりの直葉との剣術試合を通して、やはり腕が鈍っている事を如実に感じ取った。あの死の世界からほぼ四ヵ月が経過している今まで対人戦を……いや、戦いそのものを抜いて過ごしていたのだから、幾ら日々の鍛錬だけはこなしていたとは言えど腕が鈍るのも当然だった。
基本的に現実の命の取り合いに於いて、アニメなどのような必殺技の連発など愚の骨頂である。相手に自身の手札を見せる事もそうだが、相手を不意打ちで殺すために放つのならともかく、競い合いに技を見せるというのはそれだけ自身が弱い事を示すともボクは考えている。
直葉との試合に於いて、彼女は技を一つ、ボクは初伝と奧伝を含めて三つ放った。これだけでもボクは弱い、技を、それも秘めたる奧伝を二つも――連続技なので実質一つだが――放ったのだ、つまりそれを使わせるだけ直葉の爆発力は途轍もなかった事になる。 どうにか和人さんにすら反則だと言わしめた自慢の反応速度で対応出来たが、奧伝を使ってしまうとは迂闊だったと猛省している所である。師範たる彼が居れば説教処では無い。
直葉であれば、むしろ奧伝を使いこなせた事を褒めるだろう。
だがボクは違う。ボクは桐ヶ谷流の一刀流剣術を正当に学んでいるだけで無く、彼が前世から受け継いできた秘奥の絶技をも継承するべく鍛えられているのだ。《絶剣技》と呼ばれるそれは、直葉が使ったあの技がその一つに当たる。彼女の場合は普通に剣術勝負で使えていた方が良いだろうという理由で教えられたのだが、自分の場合は和人さんの一番の愛弟子として鍛えられているためだ。
第一層でユーリさんが使ったあの《裂華螺旋剣舞》は、上から数えて三番目の強さを持つ絶技。あの時の彼は三十八連撃を超神速で叩き込んでいたが、今のボクは仮想世界でも十六連撃までしか叩き込めない、そもそも《ジ・イクリプス》の動きすら再現出来ていないのだから当然なのだが。
SAOに入る前も、入った後も学び続けたが終ぞ放てた事は無い破ノ型。更に二つも上の技があり、更に奧伝にあたる終ノ型は自分自身で形にしなければならない大技だという。《絶剣技》の終ノ型を除く全ての技を会得したその時、初めて終ノ型の輪郭を見る事が出来るのだとか……
一応幾つか会得はしているものの、それは数字の通りでは無い。理屈から現実でしか出来ない技もあるので仮想世界で出来ないのは流石に仕方ないのだが……
――――まだまだ……か
午後三時を過ぎ、門下生達と共に雑巾掛けをして来てから帰宅したボクは、袴姿のまま庭先でジッと木刀を青眼に構えていた。それをゆっくりと上段に持ち上げ、大上段に構えた直後に唐竹の一撃を神速を以て振るう。
視線の先にあった木の枝が、ピシッと音を立てて落ちた。断面は綺麗……
いや、端っこだけ一ヵ所ささくれていた。
「……やっぱり、まだまだか……」
剣士たる者、心を乱してはならない。
この戒律を出来るだけ乱さないよう努力してきたものの、やはり実力も相俟ってまだまだのようだ。若いからか経験不足からか、落ち着きを持つにはまだ足りないものがあるらしい。逆にこの衝動を解放した剣技を身に付ければ強くなるだろうかと考えるようになってきてもいる。
…………和人さんにやんわりと叱られる未来しか見えない。まぁ、流派や剣技を興したり作ったりする程の剣腕は無いから、妙な癖が付くだろうし当然だろうけど。
あまり根を詰めてもアレだし今日は良いかと自己鍛錬を切り上げ、シャワーをざっと浴びて汗を流して緩いシャツとズボン姿になってから自室に引き上げた。今日も今日とて姉は友達と遊びに外出、両親は仕事なので家に居ない。何気にうちって人が居ない事が多いなと思う今日この頃である。
「リンク・スタート」
そんな事を考えつつ、《アミュスフィア》を被ってベッドに寝そべったボクは式句を唱え、妖精郷へと意識を浮上させたのだった。
*
光に包まれた視界が晴れた時、ボクは木造の一室のベッドで目を覚ました。言わずもながらALOの宿屋の一室である。
ちなみに街の名前は《ルグルー》、シルフ領の古森を抜けた先にある《アルン高原》へと抜ける為の三つの道の一つ《ルグルー回廊》という洞窟の中にある、鉱山都市だ。レプラコーンやスプリガンが数多く居るここは、トレジャーは勿論、金属も豊富に取れるからプレイヤーの商人も数多い。当然ながら中立域である。
昨夜、入浴後の午後八時から午後十一時までの強行突破でここまで来られたのは運が良いと言っても良い。まぁ、SAOステータスを引き継いだ超ステータスと高性能装備によるごり押しな部分もあるし、ユイちゃん達のナビゲートによって一切迷わずに進んだからでもあるのだが。かなりズルをしているが、気にしてはいけない。
ちなみにユイちゃん達は《ナビゲーション・ピクシー》という扱いだが、本来ならベータ版からのプレイヤーのみが一体ずつ持つ特典らしいので、三体も持つ事になるボクは怪しまれる可能性大なので、彼女達には基本的に首の後ろからクロークの中、あるいは実体化そのものを控えてもらっている。目撃情報は少ない方が良いので、街中でもあまり喋らない方向だし、ダンジョン内でも首筋の後ろから囁き声でナビゲートを頼んでいるだけである。
窮屈な思いをさせてしまっているのだが、これも仕方ないのだ。あまり目立つ行為を現段階でする訳にはいかないのだ。もっと後になってからなら良いのだが……
ストレアもプレイヤーとして動けたら良いのだが、今のこの世界でプレイヤーアカウントを取るのはかなり拙い。彼女のリアル情報が無いからだし、SAOデータをコピーしている恐れから元MHCPという事を特定され、実験体にされる可能性があるからだ。純粋プログラムである彼女達の身の安全のためには暫く身を潜めてもらうしか無いのである。
現在は午後三時半、何事も無く直行すれば余裕で《央都アルン》に到着出来る時間帯だ。
『こんにちは、ママ』
『こんにちは……』
『昨日ぶり、母さん』
「こんにちは、ユイちゃん、ルイちゃん、ストレア……窮屈で悪いけど、ごめんね…………今日もよろしくね……」
『『『任せて!』』』
ボクは心の底から謝罪し、それを心優しく許してくれる愛娘達に感謝の念を抱いた。本当に、全ての事が片付いたら何かお礼をしなければならない……現実での彼女達の顕現を手伝って、少しでも早く実現させるというのもあるし、ALOで伸び伸びと活動出来るように根回しするというのもありだろう。
首筋の後ろに隠れている三人の愛娘達に微笑みを浮かべながら、ボクは部屋を出て一回の帳場にいるNPCに鍵を返し、チェックアウトを済ませてから宿を出た。
やはり土曜の昼だからか、プレイヤーの数がNPCよりも遥かに多い。それに圏内では無い中立域なためか争い事にならないよう配慮をしながら歩いている人ばかりで、これなら普通に歩いても大丈夫だろうと判断してから道を歩き出した。
道中にあるNPC、プレイヤーを問わず武器屋や防具屋をウィンドウショッピング程度に見ては冷やかしを繰り返し、雑貨屋で幾らかの回復アイテムと状態異常系の回復アイテムを購入し、食べ物アイテムであるお菓子を幾らか購入した。それをこっそり三人に分け与え、完食した後、《ルグルー》を《央都アルン》方面に抜ける。
《ルグルー》という鉱山都市は、洞窟の中にあるが実際は地下と言う方が正しい。それは地底湖の中心に存在し、《央都アルン》方面とシルフ・インプ領方面へと続く二つの大橋で中継されているからだ。故に街を抜けた後は長い長い石造りの大橋を抜ける必要がある。
『……お母さん……』
「……うん、分かってる……」
そして、長く続く一本道というのは常にPK達の狩場となりやすい。特にそれが一人というのなら尚更に。
ちなみにここの地底湖、ウンディーネによる水中戦闘の支援があっても倒すのはほぼ不可能とさえ言われる強さの水棲型ボスモンスターの水龍が生息しているので、泳いで逃げようとしても無駄である。それを事前に知っているボクはともかく、知らなければ襲われたら即座に湖に落ちて逃げようとし……即座にガブリ、直後にはリメインライト化しているだろう。
つまりはと言うと……ボクは街に居る時から、ずっと狙われていた。
最初は気のせいかと思っていたし、すぐにそういった視線は消えるだろうと思って意味も無くウィンドウショッピングをし、わざと菓子を買って時間を潰していたのだが……どうやら相当しつこい事から見るにこちらの所持金やアイテムを狙ったPKらしいと推測した。
感じる視線は、一つ。第六感とも言えるこの感覚は長い長いデスゲーム生活で身に着けたものだから、この数に間違いは無い、カンストの《索敵》スキルにも反応は一つだけだ。こんな大橋まで追いかけて来る反応が一つというのもおかしな話だが……
「……最初から、尾行している事には気付いている。姿を見せたらどうだ?」
少し威圧的に、黒剣ルナティークを抜きながら振り返って言えば、うっすらと違和感を覚える橋のとある空間から一人のプレイヤーが姿を現した。
そのプレイヤーは肩口ほどまでの緩いウェーブが掛った蒼い髪色で、柔和な瞳も蒼色をしていた、色からして明らかにウンディーネのプレイヤーが前衛向きの《隠蔽》スキルを鍛えている事に内心だけで眉根を寄せる。ちなみに表情には一切表してはいない。
装備は、白銀の軽鎧に脛当てや籠手、左腰に瀟洒な白銀の片手用のブロードソード、左腕にはお伽噺に出て来るような標準的な大型のカイトシールド……一言で言えば、騎士が似合うだろう装いのプレイヤーだった。見た目からして青年、身長は一七〇センチほどで運動神経は良さそうだ。敵となったら負けはしないが、苦戦は強いられるだろうくらいの戦闘経験を積んでいると思われる。
そう……敵となれば、だ。
妙な事に《隠蔽》していたこの青年、全く敵意が無く、むしろこちらを称賛する程の友好的な気配を感じる。
何だ、このプレイヤーは……?
「流石は【絶剣】ユウキだな。俺程度の《隠蔽》じゃやっぱり見抜かれるか」
「……二つ名を…………まさか、その装い……ディアベル……?」
【絶剣】というのはSAOプレイヤーか、彼らのリハビリを担当した者、そしてその家族の三パターンしか知られていないが、その実態を知る者はやはりSAOプレイヤーに限られる。更にその蒼と白銀の騎士装は正に記憶にある《アインクラッド解放軍》のリーダーであるディアベルそのものだった。
というか、容姿まで全く同じとは、一体……
こちらの疑念をよそに、青年は自身がディアベルである事を首肯で認めた。浮かべられる笑みは、正に何度も見て来た彼の柔和なそれだった。
「ああ、そうだ。《隠蔽》なんて疚しい事をしてしまった事は申し開きも無いが、俺に敵意が無い事は分かって欲しい」
「…………元々、敵意が無い事は分かってた……だからこそこちらも威嚇程度で収めた……けれど、何故《隠蔽》なんて真似で接触を図ったの?」
「君の容姿がまるっきりSAOと同じだったから、本人かどうか調べる為さ……ちなみに聞くけど、君も《央都アルン》へ行くつもりだったりするかい?」
「……まぁ、こっちにはそこしか無いしね」
残念ながら《アルン高原》には《央都アルン》か世界樹くらいしか存在しないので、こちら方面に行くプレイヤーはそこしか行くところが無かったりする。なのでディアベルの問いに素直に頷くと、なら歩きながら話そうと言われ、仕方なしに道中を共にする事になった。
「……で、本人と調べるのが必要だったのはどうして」
「単刀直入に言えば……ユウキ、君の力を借りたいからだ。SAOプレイヤーが未だに目覚めていない事は既にSAOプレイヤー達にとって周知の事実……勿論、キリト君の事も、そしてこの世界に彼らが居るであろう事も」
「……」
それが分かっているからここに居るのだろう、と目で問われ、頷きも応答もしなかったが、雰囲気だけで分かったようでディアベルは一人納得した風に頷いた。
「何故この世界に彼らが居る事が分かったか……そこは恐らく、ユウキも同じ過程を踏んだのだと思う。とは言え、俺達は偶然この世界にSAOデータが流用されている事から推測したに過ぎないんだけどね。とある物好きなプレイヤーが我先にとこの世界に来てから妙に思って、リアルのお店の広告をしていたらしいエギルさんに伝わって、そこから更に拡散していったんだ」
確かにエギルはリアルでお店を経営していたのは知っていた、だがよもや広告ついでにリアル情報をばらす真似までしていたとは……いや、エギルの決断でした事だ、その自由まで束縛する権利など無い。彼が決めた事なのだから何も言わないのが筋だ。
しかしそこから広がったのか……しかも理由が偶然という奇跡、これは中々凄い事だ。
もしかすると前世のSAOに比べ、キリトさんが大幅に人の希望となって支えていたからこそトラウマになっている人が大幅に減っているのかも知れない。だから気付いた人が居たのだ。
「……それで、何故ボクの力が必要だと?」
「勿論彼らを助ける為だ……俺達のリーダーは三人だけだった。茅場晶彦だったヒースクリフを除けば、君かキリト君くらい……だが彼が目覚めていない以上、君に頼るしか無い。俺達SAOプレイヤーのリーダーとなれるのは、もう君だけなんだ。俺では参謀程度が精々でね……あれだけの規模の軍を率いていながら攻略組のリーダーになれなかったのはそれが原因さ、第一層の時のようにね」
「……」
確かに、ディアベルは人を惹き付けて率いる能力に長けている、だがずっと率いる事には向いていない。一時的、且つ一定期間内だけ人を纏め上げるのが上手いのだ。
だからこそ今までのボス攻略で指揮をしていた自体は少なかった、攻略会議ではアスナと共に視界を担当していたりした。当てられた役割はキチンとこなし、死人を出していないだけ凄いのだが。
「ALOに来ているプレイヤーの人数は?」
「各攻略ギルドのメンバーと中層、下層域の支援メンバーを合わせて、およそ五千人だ。実際に攻略に出られるのは三百人ほどかな」
「よくもまぁ、そこまで……」
流石に予想していた人数と桁が一つ違っていて、驚き呆れてしまった。
このALOにも一応パーティーやレイドはあるらしいが、《グランド・クエスト》はやはりその難易度故か、挑戦中は退場した者は入れないものの一度に入る人数制限は無いらしい。つまり四十八人の一レイド制限を超えた巨大レイドを率いる事も理屈の上では可能であるという事だ。
「それで、どうかな……」
「…………確かに、戦力としては十分だと思う。けどボクにもボクの考えがあって動いてるんだ、悪いけど、少なくとも今はまだそっちに行くわけにはいかない。今は《何処にも所属していないソロプレイヤー》として動く必要があるんだ。ディアベルも、ボクと知り合いという事は黙っていて欲しい」
「な……何でだい?」
「……キリトさんを救い出す、その切り札を発動する為に。上手く発動すれば皆助かるけど、そのための前準備として色々と動かないといけないんだ……だからそのために、今はボクを一人で活動させて欲しい。勿論その前準備が失敗すればそちらに合流するよ。これが成功すれば、戦力は最低でも倍以上になる」
「そ、そんなにかい……?!」
ボクが考えているシナリオ通りに事が運ぶ可能性は限りなく低いが、ゼロでは無い、だからこそボクはそれに全力を注いで成功確率を上げようとするのだ。そのために、ボクは一人で居なければならない、今から彼らと共にいると絶対に成功しないのだ。
「だからディアベル、他の皆には悪いけど、暫くは合流出来ないと伝えて。時が来ればこっちから連絡を取る」
「わ、分かった……」
唖然としているディアベルとフレンド登録をした後、ボクは急いで《ルグルー回廊》を抜けるべく大橋の上を神速で走り、洞窟内に棲んでいる手斧を持ったオーク達を斬り裂いて経験値を稼ぎつつ洞窟を抜け、《アルン高原》へと抜けた。
疾駆した勢いそのままにカタパルトよろしく洞窟の崖から大きく飛び出し、そのまま蝙蝠のような大小二対の翅を出現させた後、強く空気を叩いて更に加速した。微妙に高度を上げながらシステムで規定されている最高速度で空を飛んでいると、欠ける事の無い蒼い満月が妖精郷を美しく照らしていた。
当然ながら雲より遥か高くに位置する世界樹の枝などは闇に包まれている。高過ぎだろう、アレは。
『……あそこに、パパが……』
『…………お父さん……』
「恐らくだけど……ね……」
『でも……父さんの何かを、感じるよ……』
『『うん……』』
ストレアの言葉に応じるユイちゃんとルイちゃん……やはりこの子達も、あそこにキリトさんが居ると……父が居ると感じているのだ。
――――キリトさん……まだ、待たせてしまうけど……何時かきっと、必ず助けに行くから……!!!
夜景に消える大樹の先を娘達と共に見上げながら、夜の妖精郷の空を神速で飛んだのだった。
***
「……ぅ……?」
ふと、大切な何かが聞こえた気がして、頭を擡げる。ずっとずっと、黒いトリカゴに閉じ込められていて、時間感覚なんて狂い果ててしまった自分には、もう今日が何時で、あの浮遊城の終焉を見てからどれくらい経ったのかも、もう分からない。
あの終焉の日。全てが終末の光に包まれた自分に待っていたのは、暖かな現実では無かった、虚構の世界だった。黒い黒い、トリカゴの世界だった。
あの日からずっと、自分は男としての尊厳……いや、人間としての尊厳すらも疑われる事を繰り返された。一言で言えば、凌辱だ。真っ黒な際どいドレスに包まれていた肢体は相貌のパーツこそSAOでのアバターに似ていたけど、局部を見ていけば明らかに女性のそれで、男性のものでは無かった。
女性アバターである自分は、男性からすれば劣情を催すのだろう。もう何度犯されたか分からない、もう幾度助けを求めたか分からない、嫌だと口にしたのか分からない……どれだけ涙を流したか、分からない……
もう、大切な人の、声も……顔も……分からない……
分かるのは、浮遊城の終焉と、仮想世界が何なのか……そして、自分のプレイヤーネームだけ……
自分の現実は……もう、何も、分からない……
自分は…………一体、誰……?
「はーい、キリトちゃん、元気にしてたかなぁ?」
ガシャン、と音を立てて黒いトリカゴ唯一の出入り口である柵が開いて……その奥から、半透明の綺麗な翅を二対生やした男達が、四人くらいやって来た。洋風のトーガを纏った金髪や緑髪、蒼髪、赤髪の男達は見覚えがある。何回も食らいに来た男達だ。
逃げようとしても、両手足と首は紅黒い鎖に繋がれていて、体全身に力が上手く入らなくて動けなくて、結局男達の良いようにされてしまう。意識だけぼうっとしているのに体の感覚だけが異様に鋭くて、嫌なのに…………嫌ナの、ニ……
――――誰でも、良イ…………オ願いだカら……
「…………タす……ケ……テ……」
――――コノ地獄カ、ラ…………タス、ケ……………………
はい、如何でしたでしょうか?
道場風景は、戦闘中の技で気付いた方も居るでしょう、《るろうに剣心》です。直葉と木綿季はそれぞれ薫と弥彦の二人を半々にしてます。
木綿季の道場の入り方はコミックス28巻に弥彦と全く同じのがあります。
とは言え、門下生は別の巻で出て来た他門の門下生をモチーフとしています。確か二十巻くらいだったかな? 道場帰りに蕎麦食ってて薫に叱られながらも全然堪えてなかった三人組ですね。
あ、ちなみに《火車落とし》だとか初伝だとかは完全オリジナル、奧伝の二つの技は《るろうに剣心》の《神谷活心流》の奥義です。拝借しちゃいました☆
さて、次に登場した《騎士》とはディアベルさんでした。ヒースクリフだと思った人は惜しい、騎士と言えば騎士だけどあっちは《聖騎士》です(笑) 屁理屈だと思っても構いませんよ(笑)
そしてディアベルの誘いを一時断る木綿季、張り巡らしている策はとんでもないですよ、ご都合主義満載という意味で。
……えー、そして、最後の最後に出て来た人物は当然お分かりと思いますが、名前呼ばれてる通りキリトです。相当打ちのめされております、何でかってもう文中にある通りです。
ちなみに、キリト視点最初の「……ぅ……」は、SAO編最後の現実復帰したユウキと掛けています。ユウキは現実に復帰したけど、キリトは復帰出来ずに仮想世界にずっと囚われているという訳です、それを皮肉りました。
ね? 本作主人公って、報われないでしょう? 原作アスナと立ち位置入れ替えただけでこれです。
原作須郷は明日奈の抵抗する姿まで楽しむ趣向でしたが、こちらは結婚相手じゃないので容赦ありません。
更に時間を考えましょう。
主人公報われない病の真骨頂はまだまだですよ★(嗤)
……何気に、既に書き上げていたものより酷くなっていっていたりします。元は原作にかなり近く、むしろ原作よりマイルドだったんですが……今は見る影も無いですねー……
ストレスってヤベェー……
ではそろそろ、次話予告です。
ディアベル達SAO連合への参入を一時断り、わざと一人を選んだユウキ。彼女の狙いは、どこにも属していないからこその公平さを使った交渉だった。自身の剣腕、前世から持つ情報、そして一縷の望みだけを胸に【絶剣】は央都へと到着する。
現実では真夜中、されど妖精郷では朝となる時間に、紅蓮の将軍と紫紺の剣姫が相対する。
それは、正史ではあり得ない形での邂逅だった。
次話。第六章 ~震撼~
お楽しみに。
※ちなみに、活動報告にて9月20日までのアンケートを2つ、10月1までのアンケートを一つしております。
前者は割と謎が多いISキャラ《マドカ》の過去から未来まで決めるアンケートですので、是非とも奮って意見をご投稿下さい。
味方or敵ルート3種と、死亡or生存エンド5種からのアンケートです、真面目に悩んでますので意見お願いします。返信の仕方は活動報告に書いてあります。
現在はIS学園開始時から味方ルート&若干甘えん坊実の妹キャラエンドに2票入っております。ぶっちゃければ最良なエンドルートですね、元から憎悪無い設定です。まぁ、甘えん坊と言っても若干です、原作SAO直葉よりちょっと堅い程度で良いです。匙加減間違って甘々にしかねないですが(笑) どこぞの黒い鉄な雫さんみたく兄大好き人間にでも改造してやろうか(笑)
いや、真面目に言うとそこまではしませんがね、キャラって大切ですし。マドカのキャラじゃないし、私もあそこまでは書ける気がしないので。
後者は、否定意見を募集しております、クロス内容について詳細を記載しておりますので、これが嫌だというものがあればご投稿下さい。投稿意見の半数で否定があったものを含まず、本編を進行させる予定です。逆に否定が無ければ全部含んで混沌としますのでご注意ください。延期の可能性もありますが、多分しないと思います。
現在一つも意見がありませんので、このままいくと全て適用となります。ドラゴンボールを始め、ハイスクールD×D、犬夜叉、ナムコクロスカプコン、無限のフロンティア、ゴッドイーター、バイオハザード4、キャラだけですがデビルメイクライ3ダンテなど無茶苦茶クロスしますので、一度は見ておいた方が良いと思います。クロス嫌いな人は多分後悔しますよ。和人がハイブリッドと化しますのでマジで何でもありになります。
今ならまだ引き返せる段階です。
純粋にSAOが良い! という方はコメント下さい。クロスを含まないIFとしても、意見があれば書くかも知れません、時間と投稿意見があればですが。
コメントは活動報告返信にお願いします、小説の感想欄だとどうも規約違反になるらしいので。
ではでは!
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第六章 ~震撼~
ちょっと前に言ってはいましたが、一日空けてしまいました。毎日投稿してる方ってマジで凄いなと思う今日この頃です。
そしてお気に入り登録数が増えたり減ったりを繰り返しており、減った時は微妙に物悲しい気分になっております。いや、第四章と第五章はちょっとやり過ぎたかと思いました。
でも一応、ユウキがあんな風になっている事には理由はあるんで、お付き合い下さい。キリトに関しては完全に私が悪いのですが。
さて、今話は前話にありました通り、サラマンダーの将軍との邂逅です。
が、彼と会う前にユウキがキリト救出案について語ります。
ではどうぞ。
第六章 ~震撼~
「ふわぁ……ここがALOの中心点である《央都アルン》ですか……とても綺麗です……」
「凄い……SAOより綺麗……」
「流石は妖精郷だねぇ……」
夜の妖精郷の空を高速で飛び続け、滑空と飛行を繰り返した事で相当短い時間で移動出来たボクは、《ルグルー回廊》から抜けておよそ一時間も経たない程度で目的地である《央都アルン》に辿り着いた。
現在は街の入り口からその巨大な街と世界樹の威容を振り仰いでいる所である。現実と違ってALOの時間は十八時間周期であり、今の妖精郷は夜なので街も街灯に照らされて幻想的に見えているため、その威容は更に際立っている。
数年共に暮らしたとは言えど知っている世界はSAO程度なので、あの世界には無い規模の街にユイちゃん達は驚いたようで、今は妖精の姿だが近くで飛んで街を眺めていた。入り口に居ると言っても邪魔にならないよう脇に寄っているし、三人もそこまで目立つほど大声を上げている訳でも無いので、ずっと窮屈な思いをさせていた分を少しでも返そうと思って今は好きにさせていた。
本当、今までの事を含めてよく出来た娘達である……普通なら文句の一つを言ってもおかしくないのに。少なくとも前世で似たような状況だった時は《スリーピング・ナイツ》の皆で文句を言ったものである、ボク達の前で明日奈達は美味しそうな京都料理を食べていたので耐えられなかったからだ。
彼女達三人はMHCPというAI、つまり上位権限者には逆らえないという無意識下での命令思考がある筈なのだが、やはりエラー蓄積という状態と言えど茅場の命令を跳ね除けてキリトさんに会いに来た事があるからか、その辺は割とどうにかなるらしかった。
いや、こういう言い方は彼女達に失礼だ。人工知能という作られた命と言えども人間と変わらない思考と感情、そして心を得たが故と言った方が正しいだろう。単純にユイちゃん達は素直で良い子なのだ。我儘自体そんなに言わないのである。
だからこそ、窮屈な思いを強制させているボクはかなり心苦しくなってくる……
「……あ、母さん母さん」
「ん? どうしたのストレア?」
少しだけ目を眇めながら翅を震わせて空中を漂いながら街を眺める三人を見つめていると、ふとストレアがボクを呼びながら近寄って来た。薄紫色のドレスを纏った小妖精姿のストレアがこちらの右肩に留まると、あのね、と語り掛けて来る。
「結局母さんはどうやって父さんを助けるつもりなの? サラマンダーと接触しようというのは分かったけど」
「……あー……」
確かに、三人には逐一ネットの書き込みでALOの世界がどういう状況なのか探ってもらっているけど、それらからどのようにあの人を助け出そうとしているのかはまだ話していなかった。というか、そもそも成功する確率すら低いから話す程の事でも無いと思っていた事もあるのだが……
「サラマンダー達の《グランド・クエスト》攻略に協力するつもりだったり?」
「いや、それは絶対無理だね」
その《グランド・クエスト》の報酬が単一種族限定でなければそれも考えたのだけど、一般プレイヤーが目指している報酬は妖精王に謁見出来た一つの種族のみとなる《アルフ》への転生なので、万が一にも雇った他種族プレイヤーが辿り着いてしまったら大本のサラマンダー達は損するだけとなる。それに雇うとしても同じ種族しか信用しないだろう。
だから流れの傭兵という体で協力しようとしても、絶対に跳ね除けられる。そもそもその場合は知名度と信用度も必要となるが、SAOならともかくALOではボクはプレイし始めた事もあって無名の状態だ、だからそちらの方面でも不可能なのである。
「でもまぁ、ストレアの予想はちょっとだけ当たってはいるかな」
「……どういう事?」
こてん、と小首を傾げるストレア。それを可愛いと思いながら、ボクは彼女達に、どうやってキリトさんを助け出すかの案を話した。
「これはボクの前世での話だけど、今回のサラマンダーの《グランド・クエスト》攻略は失敗に終わったんだ」
当時もサラマンダーの軍部を預かっていたユージーン将軍の話によればだが、嘘では無いと思う。だから今回の遠征も前世と変化があったSAOと違って変化する要素がまだ無い筈なので、前世と同じように失敗に終わるだろうと予想している。
変化を加えるとすれば、その後だ。
前世のALOの種族の中で、実は一度だけしか領主が他種族に倒された話は無かった。倒されたのはボクが生前に会ったサクヤの前任のシルフ領主、そして討ち取ったのはサラマンダーである。《グランド・クエスト》で喪ったアイテムやお金を稼ぐため、そして更なる強化の為に首都の外に出た所を襲ったらしい。
つまり《グランド・クエスト》が原因でサラマンダー達はシルフ領主を討ち取った事になる、それだけサラマンダー達は《グランド・クエスト》攻略に拘っているという事だ。そして当時のシルフとケットシーも同時に辿り着くことを盟約の項目に入れて同盟を組む程に執着していたという。
ボクがあの人を助け出す案は、それらを利用するものと言っても良い。
「正直、ディアベルの提案に乗っても良かったんだけどね……今ばかりは単独の方が都合良さそうなんだ。変にインプのスパイだって思われなさそうだし」
「……確かに、そうですね。しかし後ろ盾も組織に属していないママの声に耳を傾けるかどうかが、少々気掛かりなのですが……相手も種族を引っ張る立場なのですから中々信用を得辛いのではないでしょうか」
確かにユイちゃんの言う通り、現在どこにも属していない《脱領者》と呼ばれるボクは信用を得辛い立場にある。
だがしかし、個人だからと言って仮にも人を率いる者達の長がそれだけで相手を判断するとは思えない。甘いと言えるかも知れないが、今回の攻略団を率いているだろう紅蓮の将軍には言葉では無く、全力を注いで心を込めた剣が一番効くと分かっている以上、むしろ下手に組織を率いている方が面倒になる。
かつてシルフ領主サクヤとケットシー領主アリシャ・ルーとが同盟を組む場に襲撃を仕掛けたサラマンダーを止める為に駆け付けたキリトは、たった一人で大ブラフを張った上で実力を示し、相手を引き下がらせたという。サクヤとアリシャ・ルーはともかく、サラマンダーの将軍に対しては正攻法ならまだ何とかなる可能性は高い。
そして、ボクがサラマンダー達との接触及び説得をする際にも剣の実力を示す場を設ける事になるのも織り込み済みだ、半ば自然に持って行こうとも考えている。仮にもALO一の種族であり、そして現ALO最強に対して単独で交渉をしようと言うのだ、それだけの実力を有していなければ話にもならない。
逆に言えば、筋の通った話とそれ相応の実力さえあれば、取り敢えず話は出来るという事なのだが……
「……あのさ、母さんを貶す訳じゃないんだけど……現ALO最強に対してそんな交渉方法取れるの、多分母さんくらいだと思うよ」
ボクの考えを言うと、一番最初に物凄く呆れた様子でストレアがそんなコメントをしてきた。
「……キリトさんは?」
「お父さんは……多分、戦いそのものを、避ける気が……」
「確かに無暗に戦おうとはしない気がしますね」
「でも父さんなら最終手段として考えそうな気はする」
……取り敢えず、ボクはキリトさんよりも交渉に向いていない事は分かった。
「で、それは良いとしてもこれからどうするの? まだ数時間ある訳だけど」
ストレアに問われ、ボクは左手を振ってメニューウィンドウを呼び出し、時刻欄に目をやった。イベントなどに関わるALO時間と現実の時間がそれぞれ書かれており、現実時間は午後六時二十分と記載されていた。夕食まであと四十分はある。
サラマンダー達が攻略を開始するのは午後十一時、まだまだ余裕はあるのでゆっくりは出来る。夕食があるのでずっとログインは出来ないが……
「……一回、噂の《グランド・クエスト》とやらがどんなものか、挑んでみるというのもありかな……」
「ではママは、これから《グランド・クエスト》へ?」
「様子見にね。実際に知ってないと話し辛いし、対策も立て辛いからね」
サラマンダー達を説得する際に経験しておいた方が話はしやすいし、食い違いがあると不信感を抱かれる可能性もある。当初の予定には無かったが一度挑んでみるというのもありだ。
目的の集団が来る少し前にすると疲労が残るし、もしかすると死亡する恐れもあるため、まだ余裕のある今やっておく方が一番かもと判断した。戦闘で使った分の気力は夕食で回復すれば良いし。
そうと決まれば時間も差し迫っているので、ボクは急いで世界樹の根元にあるクエスト受注場所へ向かった。およそ五分の道程を飛行も併せて一気に抜けたボクが辿り着いたのは、白い大理石で作られた開けた広場だった。
まるで大樹とは思えないシルク様の質感がある世界樹の洞へ入る場所には、数十メートル規模の巨大な白亜の扉があった。その左右には白い双翼を持ち、巨大な騎士剣を眼前に翳した天翼の騎士が、まるで阿吽像のように門番をしている。どこかSAO迷宮区のボス部屋へ続く扉の装飾に似た配置だなと思った。
『未だ天の頂に至らぬ者よ、その小さき翅で天へ届かんと欲するや?』
感慨深い思いを抱きながら近付いていると、唐突に威厳めいたものを感じる男の声音でそんな言葉を投げ掛けられた。いきなりの事にボクは足を止め、肩や首筋に居た娘達が驚きにかびくりと震える。
それと同時に、目の前にクエストウィンドウが出現した。《天に挑む者》というタイトルのそれは取りようによっては弑逆しようとする者と取れない事も無いが、流石にこれは擦れ過ぎた思考だろうと内心で苦笑しつつ、ボクはウィンドウに表示された蒼い丸ボタンをタップした。
『ならばその小さき翅で、天の高みを知るが良い!』
その声と共に左右に佇む騎士が眼前に掲げていた剣を傾け、刃を交差させて一時的な門を作り出した。その間にも巨大な白亜の扉が重い響きを上げて闇に続く口を開いていく。
「三人とも、悪いけど今回は姿を消しててくれる? 万が一HPがゼロになった場合に取り残される可能性も否定出来ないから」
「……ママ…………分かりました。頑張って下さい!」
「応援、してる!」
「絶対負けちゃダメだからね!」
「ん……ありがとう」
少しだけ不安げな表情をしたが、すぐに笑みを浮かべて応援をくれたそれぞれ優しく撫でた後、三人は嬉しそうに目を細めながら抱き付いて来た。数秒後、光と共にその姿は無くなり、抱き付かれていた感触も無くなる。
一時的に姿を消しただけでアイテムに戻った訳では無い、アカウント付属の《ナビゲーション・ピクシー》に備わっている機能を利用して姿を消しているだけらしい。
しっかり三人の姿が無くなった事を確認してから、ボクは完全に門扉を開いた世界樹の内部へと歩を進めた。
「……これは……」
世界樹の内部は、正直言って気持ち悪いの一言だった。
まず内部は外から見た通りに上へ進むタイプだった、そのため歩いている大地は世界樹内部からすれば底という事になる。底にあたる大地は世界樹内部の壁に阻まれて範囲が決められており、ボス部屋のように真円を描いているようだった。
そしてその壁だが、底の辺りは普通に外観と相違ないものだったのだが問題は目線を上にあげた所からだった。まるで蜂の巣のような配列で青白く円状の膜が張り巡らされており、そこからぽつぽつと真っ白な甲冑に巨大な白銀の剣を装備した騎士達が出現していた。
まるで寄生虫が増殖するかのように、騎士達はその数を乗倍的に増やしていく。まばらだった騎士達は内部突入から十秒も経過しない内に点を覆う程に圧倒的な数となり、翅を広げて…へ向かわんとする挑戦者を地に這いつくばらせようと襲い掛かって来た。
しかし、翅を展開していると言えどまだ地に足を付けているからなのか、騎士達の動きはかなり鈍く、襲い掛かって来る数も纏めてでは無くて役割分担しているかのように数体がバラけて降下してきたくらいだった。恐らく上に近付く毎に襲い掛かって来る数は増えてきて、更にリポップ速度とその個体数も増していくのだろうと思う。数に限りが無い相手を突破するというのは相当に骨が折れる。それだけでも難易度は爆発的に上昇するだろう。
『ヴォアアアアアアアアアアッ!!!』
「うるさい」
まるでこちらを呪わんばかりのおどろおどろしい叫びと共に剣を上段に構えて左から襲い掛かって来た一体の騎士の攻撃を、一瞥すらせずに半歩後ろに下がるだけで躱し、交差法に右の拳を腰の捻りを加えて鎧の腹部に叩き込む。
ソードスキルに特徴的なエフェクトやシステムアシストこそ無いが、あの世界では《体術》スキルの初歩ソードスキル《閃打》そのものの動きを再現していた。
ただし見た目だけの再現であり、ダメージが大きくなるように腰の捻りや交差法を利用したと言えど所詮はただの拳打、削れるHP量など高が知れている……と思っていたのだが、予想を裏切って騎士のHPはフルの緑色から五割切って黄色に、更に三割を下回って赤色になり、遂にはゲージそのものすら消滅して白い爆炎を上げて四散してしまった。
『ヴォオ?!』
『ヴォォ……』
まるで知能があるかのような素振りで、こちらを斬り付けようと剣を構えていた騎士達が動きを止めて互いを見合った。それはまるで、一撃で倒された事に納得がいかないような素振りにも見えない事も無く、まさかこちらのプレイヤーデータを閲覧出来るのかと一瞬考える。
仮にプレイヤーデータを閲覧出来るのなら、それはプレイヤーが育てているスキルやステータスビルドを知る事が出来、更にどんな戦い方が出来るのかや何を弱点とするのかも大体パターン化し、対処出来る事を意味する。魔術師は近接戦に弱く、逆に前衛は魔法攻撃に概して弱い一面があるように、それらの行動を取る事も可能になるという事だ。もしかすると高度を上げていくに連れてそういった行動が出て来るのかも知れない。
まぁ、そこは流石に上がってみないと分からないのだが……
しかし、それらを抜きに考えても、この騎士の弱さは何だと内心で疑問を呟く。幾らなんでも《グランド・クエスト》に用意する強さでは無い。
前世では拳打による攻撃でダメージを与えるにはSAOでの《体術》スキルに当たるスキルの取得と、《ナックル》系の装備をする必要があったのだが、まだソードスキルを導入されていない世界だからか、指貫手袋だけでもダメージは発生した。
それは《央都アルン》に来るまでの道中で把握していたから良いのだが、疑問になったのはそのダメージ量だ。相手の勢いを利用した交差法、人体急所でありダメージ倍率が少し高い鳩尾に超ステータスを誇る自分が全力で拳打を入れたのだから、相応のダメージになる事は確認しているが、それが《グランド・クエスト》に登場するモンスターをよもや一撃で屠るとは思っていなかったのである。
ここに来るまでのモンスター相手に放った時は数割削れた程度、つまり三発前後叩き込まなければ倒れなかったのだが、この騎士には一撃だ。クリティカルが入ったという訳でも無いと思う。
つまりこのクエストに出現する騎士は、もしかして……
「……質より数を優先している……?」
確かに、それなら開始数秒で天を覆う程の数に増えているというのも納得がいく話だ、一体一体の強さでは無く無限に湧き出る数を優先したというのであれば。つまりは個体能力は低いのにHP量が矢鱈高いボス、あるいは攻撃力は低いのに防御力だけ矢鱈高くて取り巻きが常に存在するボスを相手にするのと同じである。
ちなみに例に挙げた二つのパターンのボスはSAOでも存在していた。前々回のボス戦ではキリトさんとヒースクリフのごり押しですら一日と少し掛ったため非常に面倒臭かった。今回と前回のSAOではキリトさんとステータスを合算していたし、他の皆も前々回に比べて全体的に強化されていたため、比較的楽に倒せたのだが。
それはともかくとして、続けて襲ってきた騎士達にも同じように半歩ずつ前後左右に動いて紙一重で躱し、交差法に拳を叩き込んで同じように一撃で倒せる事を確認した。どうやら剣タイプしか今の所出ていない今の騎士達は、概して一撃で倒せると判断して良い様だ。
となると、やはり高度を上げてからどうなのかが肝要だろう。
「い……けぇッ!!!」
特殊な革で作られた紫紺色のロングブーツの靴底で思い切り大地を踏み抜き、その反動で勢いを付けて大きく跳躍しながら翅を震わせて空気を叩き、飛び始めから一気に加速した。すぐに自身が出せる最高速となり、虫の様に蠢く生きた天蓋へと肉薄する。
それに反応してか、鈍かった騎士達の動きが洗練され、襲ってくる数も数体から一気に二十体以上になった。
それでもやはり連続した襲撃なだけで一つ一つを慌てずに対処すればどうとでもなり、空中で軌道を複雑に変えながら相手の剣劇を躱し、交差法に黒剣で斬り付けて一撃死させる。というか周囲全てが敵なので適当に剣を振るうだけで勝手に騎士が当たり、一撃で倒れていく状態だ。
内部に入った時、天井に当たる部分は十字に窪みが刻まれた真円の扉が見えていた。恐らく到達すれば開くよう触れ込みがあるのだろうが、良からぬ事を企んでいる須郷が馬鹿正直に報酬を用意しているとも思えないし、前世のリーファがかつては天空都市など無かったと言っていたから今も無い筈で、ひょっとしなくても開かないのではないかと考えながら、襲ってくる騎士達を斬り伏せていく。
強さを確かめる作業を繰り返して暫く経ち、もう十分にデータは取れただろう判断し、入って来た扉へと一気に降下する。
その最中、嫌な予感と圧力を覚えて真っ直ぐ降下する筈だった軌道を横へずらすと、元居た場所や進んでいただろう場所に次々と黄色の光の矢や鋼剣が飛んで来て、ずらさなければ恐らく串刺しになっていたなと内心で焦った。
ぐねぐねと先読み出来ないよう上下左右に軌道を変えて光の矢や鋼剣を避け続けて、どうにか一撃も喰らわないで、入って来た時に潜った大門を再び潜る事に成功した。
最後は最高速で地表擦れ擦れを飛んでいたので、広場に出られた時に足を地面に付けるとずしゃあああああ! と乾いた音と共に靴底から砂塵が凄まじい勢いで巻き起こった。それが、どれだけ速度を出して飛んでいたかの表れでもあり、制動は数十秒経過して漸く終わった。
重心を落とす為に折っていた膝を伸ばし、頭を左手で掻きつつ目は伏せたまま立ち上がる。一応一刀でもかなりの所まで食い込めたので、二刀でなりふり構わず全力を出せば突破も不可能では無いかも知れない。最初に最高速で飛び出し、周囲の壁からポップする騎士達が内部中央の空間を埋める前にかなりの高度を取れれば、可能性もゼロでは無いだろう。
「……何だ、貴様は?」
黒剣を鞘に収めていると、野太い男の声がした。しかも何だか覚えがあるような感じの威圧感のある声だった。
少し内心で警鐘を鳴らしながら顔を上げれば、目の前に広がる光景は大地を構成する大理石の白、そして夜明けの菫色の他に、深い色合いをした真紅が存在していた。それも横一面にズラリとだ。一人だけ、薄緑色のローブを身に纏って翠が混ざった緩い金髪の少女が居た、猫耳と尻尾があるのでケットシーなのは分かったが……そのケットシー以外は赤色、すなわちサラマンダーの色だ。
《グランド・クエスト》攻略部隊の登場であった。
***
「オイ……今、世界樹から出て来たよな……?」
「誰も挑戦して帰って来なかった《グランド・クエスト》を、ソロでやってたのか……?」
「HPが削れた様子もダメージ痕も無いぞ……」
「あのインプ、一体何者だよ……?」
《央都アルン》に到着した後、本来なら夕食を摂って入浴などを済ませる為に一時休息とする予定だったのだが、血気盛んなサラマンダー達の指揮も考えて一当たりしてみる事になってしまったため、軍部を預かる将軍の立場である俺はやむを得ず軽く《グランド・クエスト》に挑む事にした。
無論実際のクエストがどれほど難関なのか知らないので、具体的な作戦を立てる為である。そして当然ながら全軍では無く、一部の精鋭のみだ。流石に全軍で挑み、全滅したとあってはここまで来た労力が水の泡となるし、目も当てられない結果となる。ゲームとは言え俺は人の上に立つ指揮官、そんな無駄な事は出来ないのである。
それで、まず一当てする前にも情報は集めておこうと考え、俺はここ最近《央都アルン》で有名になっているという噂の【鼠】という異名を持つ情報屋を当たった。ケットシーらしい情報屋の特徴は既に聞き知っていたし、既に今回の攻略メンバーの誰かが今回の攻略をALOサイトのスレッドに書き込んでいたらしく、それをネタだと思ったのかあちらから声を掛けてきたのは正直有難かった。
だが誰もクリアした事が無い上に、具体的な情報すら無い《グランド・クエスト》はどうも一度調整されたらしく、最初期の頃とは内容が異なっていたらしい。
最初期の頃は堅いボスモンスターが三体存在していただけだったらしいが、現在は騎士が襲い掛かって来るという情報しか得られなかった。更にこの央都にいる誰もが知っている話なので情報料すら取られない、すなわちそれだけ価値が低く、参考にするにも出来ない情報であるという事を指示しているものだった。
逆に言えば、やはり一当てして直に情報を得た方が確実という事だった。
情報屋で【鼠】の異名を持つ《アルゴ》と名乗ったケットシーは、俺達が攻略に挑んだ後に情報を売るよう頼んできた。最初は少し悩んだが、腕利きの情報屋との関係を持っておこうと考え、俺は攻略後に情報を売る事に決めた。
全滅後の事を考えて死後の復活ポイントとなるセーブポイントを、サラマンダー領首都とここ《央都アルン》のどちらにするべきか悩んだが、各リーダー達と合議した結果、帰りにもモンスターを狩って資金稼ぎやPKで稼ごうという事になり、セーブポイントは《央都アルン》にする事とした。血気盛んな者達は、既に帰りにどんな相手を斬るかを考えているらしい。
この攻略はサラマンダーの今後を決める重要な作戦である事を忘れないでもらいたいのだがな……そう胸中で呟きながら、情報屋と共に世界樹の内部へ続く扉があるという広場への階段を上り終えた俺は、その瞬間に目を見開いて固まる事となった。
情報屋の話では、調整後から誰一人として入らなかったため一度も開かなかったという扉が、今は開いているのだ。
つまり俺達より先に攻略を開始している存在がいるという事である。
俺はその瞬間、軍の誰かが書き込んだスレッドを読んで、他種族の者が焦って攻略をしているのだろうと考え、一瞬の焦りをすぐに収めた。そして同じように階段を上り終えて広場に辿り着いて扉が開いているのを見て動揺している部下達に、その考えを伝えて落ち着くように言う……
――――その時だった。
俺が口を開こうとした正にその時、ずしゃあああああ! と粉塵を巻き上げながら世界樹の方から会談の前に居る俺達の方へ凄まじい勢いで迫り来る存在が、扉の向こう側である世界樹内部から現れたのは。
その存在は粉塵を巻き上げ続けて暫く、漸く止まってから膝立ちからゆっくりと身を起こした。
俺は……いや、その存在を見た誰もが目を剥いた。
世界樹の攻略をしていただろう存在は、紫紺色に身を固めたインプの少女だったのだ。
右腰には白銀剣が鞘に納められた状態で腰に巻かれている二本の紅い剣帯の一つから吊るされているが、左腰の黒い鞘は空で、闇を凝縮したような漆黒色の刃を持つ細身の片手剣を右手に提げているのを見て、二刀流なのだと理解した。
紅い帯が菱形を形作るような刺繍が入っている紫紺色のクロークスカート、肩や手首など所々が露出している服装で、およそ防具と言えるのは片翼を思わせる黒い胸鎧のみ、辛うじて頭部に巻いている《>>》の刺繍が入ったバンダナに特殊効果があるかどうかくらいだ。
スピード重視の剣士なのかと判断する。
「……はぁ……疲れた……」
ポツリと、誰もが黙り込んで静まり返っている広場に、誰も挑んだ者が生きて帰らなかった《グランド・クエスト》からたった今、無傷で帰って来た少女はそう言った。疲れた、それだけだが、その一言にどれだけ少女の強さを表しているかと俺は思った。
ただ気怠そうに、ただ詰まらなそうに少女は、疲れたとだけ口にしたのだ。
「……何だ、貴様は……?」
思わず、俺は思った事をそのまま口にしてしまった。それで俺達に気付いたのか、目を伏せたまま黒剣を鞘に納めていた少女は、ゆっくりと瞼を持ち上げてこちらを視認した。左の眉が僅かに動いた気がしたが、反応としてはそれだけ。
この少女にとって俺達の登場は驚愕すべき事ですら無いらしい。
「……名を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが筋では?」
少女はこちらの問いに、ゆっくりと静かな口調で返してきた。
それもそうだなと思い、俺は名乗るべく前に一歩出た。
「そうだな、失礼した。俺の名はユージーン、サラマンダー軍部を預かる将軍だ。俺達は《グランド・クエスト》攻略の為にここへ来た……お前は?」
「……見ての通り、インプ。名前はユウキ。領にもギルドにも属してない流れの剣士だよ。《グランド・クエスト》には……まぁ、少し上に用があってね」
そう言って、少女は朝陽に照らされて見えるようになってきた雲海の更に上に存在する世界樹を見上げる。上に用……という事は、この少女は一人でクリアに挑んだという事か?
「……まさか一人で挑んだのか」
「生憎と仲間が居ないからね。それに今回は様子見だった……今回ここに来た目的は、サラマンダー……あなた達だ」
「……何?」
少女のその言葉に、俺は勿論、配下の者達もどよめく。
「俺達が目的……というのは、一体どういう意味だ? まさか阻止という訳じゃないだろう」
「ある意味では妨害とも言えるし、ある意味では利用とも言えるし、またある意味では協力とも言える……どう取って頂いても結構。ただこちらに、あなた達の邪魔をする意図も、そして敵対する意思も無い事、この二つだけは理解して頂きたい」
「……」
つまりこの少女は、こちらの対応次第で敵にも味方にも、また中立にもなる存在という事だ……これは少々頭を使わなければならないな。この少女、どうも交渉事に慣れているように思える。
ネットMMOはリアルと容姿が異なるので、このアバター通りの年齢では無いというのは常識だ、恐らくこのインプのユウキとやらはリアルでは出来る女性なのだろう。
「まずこちらは《グランド・クエスト》のクリア……いや、世界樹の上へ行きたい」
「……同じ事だろう」
どう違うと言うのだと言外に問えば、彼女は言い方が悪かった、と言った。
「厳密に言えば、ボクとしては《アルフ》への転生なんて心底どうでもいい」
「あぁ?! 何だそりゃ?! 《アルフ》への転生がどうでも良いって……ンな分かりやすい嘘吐いてんじゃねぇぞ!!!」
「む、オイ待てッ!!!」
インプの少女ユウキの言葉に、恐らく《アルフ》へ転生すると得られる飛行制限の解除に執着していたのだろうサラマンダーの青年が激高し、装備していたランスを構えて突進した。重突進系の攻撃は防御も、そして直線的なため速度も乗っていて回避も難しい。
俺が制止の声を上げても最早手遅れである事は分かり切った事だった。
しかし、俺は……俺達は、その直後にとんでもない光景を見せられる事になった。
中々の速度を出している槍使いの同胞の攻撃を、少女はアッサリと見切って見せた、刺突に特化した突撃槍の先を左手でしっかり掴んで突進を止めたのである。表情は攻撃してきた青年への呆れ、そして圧倒的な余裕に満ちていた。
「な……?!」
「……人の話くらい最後まで聞くのが常識なんじゃないの? 大体、こちらには敵意もそちらを邪魔する意図も無いと言ったのに攻撃してくるって……ここで殺し合いをしたいと言うのなら付き合うけど?」
その瞬間、呆れに満ちていた少女の目つきが少しずつ細められ、俺に向けられる。この集団の長は俺だ、だから俺に敵意……いや、言葉を借りるならば殺し合いをするための殺気を向けて来たのだろう。俺がどうするかどうかで、この集団の未来はある意味で決まる。
正直、この少女の底が見えないため、無暗に敵対するのは悪手だと俺は思っている。
「……おい、下がれ。無暗に敵を作る行動を取るな」
「す、すみません……」
「……次は、無いよ」
俺の言葉を受けて敵意は無いのだと判断したユウキは、掴んでいたランスの先を放した。トボトボと戻って来る青年を見た後、彼女は俺に顔を向け、今回限りだと言った。
恐らく今度は問答無用で斬り合いになると理解し、俺は神妙に頷く。
「腰を折られた話に戻すけど……ボクは、厳密に言えば《アルフ》への転生を目的としている訳じゃない、世界樹の上そのものに用があるだけ。だからこそボクは種族に帰依しない」
「……目的が違うからか……だが、結局の所《グランド・クエスト》攻略という過程は同じなのだ、種族に属した方がまだ確実だろう」
「今のこの世界の情勢からして、インプがそんな事を実行に移すと思う?」
「…………」
それを言われれば、現在人気度と接近戦に強いという特性から最大勢力となっている種族の軍部を預かる者としては、黙るしか無かった。
「ボクがここに来たのは、ALO最大勢力であるサラマンダーの協力を得て、攻略の足掛かりにする為なんだよ。《アルフ》への転生は別に要らない」
その言葉を聞き、内心でなるほどと納得する。最初に言っていた利用だとか協力だとかは、最大勢力で最も攻略に現実的な俺達に共闘する事で目的を果たそうとしているからの言葉だったのだ、それなら納得がいく話である。
「……ならば、妨害というのは何だ? 今の話の中ではお前がこちらに協力し、便乗する話しか無いぞ」
「……さっき《グランド・クエスト》の威力調査をして来たけど、正直アレは単一種族じゃ攻略不可能だと思うよ。聖属性の矢は属性耐性を取り辛いし、インプならダメージ倍率がある、魔法攻撃タイプだろうから魔法防御が低い種族にはダメージが嵩む。剣も投げて来る上にかなりの速度と飛距離があるから後衛にも届く。一体一体の能力は正直《アルン高原》に来るまでのモンスター達より圧倒的に弱い、でもその数が異常だった、ひょっとすると千体に上るかも知れない程の軍勢……このサラマンダーの数ですら一気に呑まれる程の数だったんだ」
「「「「「な……?!」」」」」
余りにも予想を上回る情報に絶句する事となった。そんな全種族に対する相手が、たとえ弱かろうと無数に、しかも大量に配置されているとなれば苦戦どころか全滅すらも必至だ。
ここまで考えて、そうか、と俺は一人納得がいった。
「……なるほどな。全種族に対して対策を立てられているなら、全種族を揃えてしまおうという訳か」
最大勢力のサラマンダーの俺達を接触を持ったのは、俺達の攻略に便乗する為では無い、一時的に攻略を中断させて戦力を温存し、味方に付けてから他勢力に協力を呼び掛けて全種族で攻略するつもりなのだ、この少女は。最大勢力である俺達が声を掛ければ、少なくともまだ確執が決定的では無い今ならまだ応じる可能性はある、まだどこも種族領主は打ち取られていない上にPKもそこまで誰も固執していないからだ。
まぁ、中立域のプレイヤーの中には種族問わないでPKする輩も居るには居るが、そういう連中は大抵誰からも嫌われているので除外して良いだろう。
俺のその考えを基にした言葉に、ユウキはこくりと頷いた。
「それが最も現実的かと。勿論《アルフ》転生の事もあるので一種族につき最低一人は上に辿り着くようにしなければならないけれど、心当たりは一応あるから、そちらにも声を掛けようと思ってる。現ALO最強と言われるユージーン将軍を擁するサラマンダーには、他種族への呼び掛けを行って欲しい。当然ながらボク自身も各種族領主に掛け合う」
「…………難しいぞ。どこに属している訳でも無く、そもそも自領を抜けているお前の呼び掛けに、全種族の領主が応えるとも思えんが」
「だからサラマンダーの強さを後ろ盾に取るんだよ、ボクだってそれが分からない程の莫迦じゃない」
ひょいと肩を竦めて言うユウキは、最初からこちらを頼る気満々のようだった。
だが《グランド・クエスト》の情報をたった一人で的確に入手し、考察し、更には無傷で生還してきたその実力……白銀の剣を使っていないのを見るに全力でも無くその結果になったのなら、本物という訳だろう。情報収集の為に全力を控えていた事も考えられるが。
「なるほどな…………確かに、プレイ歴や将軍職が長い俺からしても合理的かつ現実的な話だろうと思う……だが、俺は貴様の実力を知らん。ただの妄言という可能性もあるから、このままはいそうですかと頷き、軍を返す訳にもいかん。確実性というものが欲しいところだ」
「……言っておくけど、傭兵として雇うとか所属するとか、そういうのは無しだよ」
ユウキの訝しみながらの返しに、俺はふっと口角を上げながら鼻を鳴らした。横で付き合いの長い配下達が、また始まった、とでも言いたげに額を押さえ始めるが、それもスルーだ。
「そんなものでは無い……このサラマンダーの集団は領主の意向に沿っているものだ、そして俺はそれを託されるに足る人物なので将軍職に就いている。領主と軍を率いる者をあからさまに別にしているのはそういう訳があるのだが……逆に言えば、俺が認めた事はある意味領主が認めた事にもなり得る。だからこそ俺は、サラマンダーの今後を左右する選択を出す貴様を見極める責務があるのだ」
「……方法は?」
「俺と一戦交えろ。俺の攻撃に一分耐えられたなら、実力相応の言葉なのだと信じよう」
そう言って、俺は背中から真紅の両手剣を抜いた。
【魔剣グラム】という銘のこれは《両手剣》スキルが八〇〇無ければ装備出来ない代物で、このALOサーバーに一本しか存在しない伝説級武器の一つである。唯一という事もあって、相手の武器や防具を透過して刃をそのまま相手に通す《エセリアルシフト》と呼ばれる特殊効果が備わっている。相手の刃をも透過する為、俺を相手に防御行為は全て無効だ。
「……」
剣を抜いた俺を、そして次に俺の剣を見た事で恐らくALOサイトで能力について知っているのだろうと推測しながら、俺は翅を震わせて空中へ移動する。ユウキも追って蝙蝠様の大小二対の翅を震わせて飛んできた。空中へ来る最中に漆黒の剣、そしてさっきは抜いていなかった白銀の剣も抜き、二刀流となった。
二刀を抜いたユウキは左の白銀剣の切っ先を上に、右の漆黒剣の持ち上げて切っ先を下に向け、左半身を前にした前傾姿勢を取った。中々独特な構え方だが、何時だかに見た剣道大会での二刀流選手に近いようにも見えた。
空中で互いを見据え合いながら、俺はグラムを青眼に構えた。
それから数秒見合っていたが、ふと夜明けを斬り裂く茜色の朝陽がグラムの刃に当たり、それが反射してユウキの目へと向かって視界を奪った。
「ッ……ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
その偶然生まれた隙を契機に、怒号を上げながら俺は突進した。大上段から振り下ろす一撃には手加減など一切存在せず全力を込めている、当たれば即死もあり得るダメージを発生させるだろう。更に防御しようとしてもグラムの特殊効果によって透過するので、意味は無く、むしろ直撃してしまう。
「ッ……!」
ユウキは始解を奪われた一瞬で肉薄した俺へ僅かに憎々しげな歯軋りをし、それとほぼ同時にあちらも踏み込んできた。互いに存在していた距離を俺がほぼ詰めていたので、横か後ろに退避するかと思えばまさかの前への踏み込みに、俺は一瞬だけ焦ったが大剣をそのまま振り下ろした。
大上段からの一撃を、しかしユウキは軽やかな動きで俺の右側へと半歩ずれ、紙一重で交わした。
「ハァッ!!!」
「ぬ、ぉ……?!」
そしてその場で時計回りに回りながら黒剣を大きく横薙ぎに振るい、こちらの背中に一撃入れて来た。真紅の甲冑に阻まれてガヅッと鈍い音が上がるため幾らかダメージは減退されたのだろうが、吹っ飛ばされながら視界左上に表示されるHPバーを見ていると、たったの一撃でHPが半分を下回ろうとしていた。
プレイヤーの背中はバックアタックという特殊攻撃になり、クリティカル率が大幅に増大する上に前から攻撃を受けるよりもダメージ倍率が五割増になっている。
ユウキの黒剣は恐らく相当な業物なのだろう、交差法と勢いを付けた一撃でバックアタックを入れたとは言え前衛型の俺のHPを五割以上も削ったのだ、本人のステータスよりも装備のグレードを重視されるALOではそう考えるのが妥当だ。
俺が吹っ飛びから立ち直ってユウキに目を向ければ、彼女はこちらと高度を合わせながらも構えたままで追撃はして来なかった。一応ALO最強と呼ばれている俺かグラムの特殊効果を警戒しているのか、あるいはそれが彼女のスタイルなのかは分からないが、こちらとしても最悪後一撃でやられてしまう事を考えると中々踏み込みづらいものがある。
コントローラーを持たずに随意飛行で、高度を変えずに軽やか且つ最小の動きで攻撃を躱す精度を持っているのだから、まず間違いなくベテランなのは間違いない。大柄なアバターである俺の重突進攻撃を前に、距離を更に詰めるように前へ踏み込んでくる奴など俺は聞いた事も見た事も無い、それだけ胆力と実力があるという裏返しだ。
「……早くしないと、一分経つよ? あと二十秒だけど?」
「そうだな……だが、悪いな、首を取るまでに変更だッ!!!」
「……へぇ……?」
ニヤリと笑いながら前言を翻した俺に、ユウキは苛立ちなどでは無く、純粋に面白そうにしながら不敵、且つ妖艶な笑みを浮かべた。
そんな彼女へ、俺は全力で挑み掛かった。
***
「ぬおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
サラマンダーの大将が大音声を夜明けの妖精郷に響かせながら、【絶剣】へと斬り掛かる様を、情報屋の身分である自分は呆れを思い浮かべながら残るサラマンダーズと共に見ていた。
浮かべた呆れは敵う訳が無い相手に挑み掛かり、あまつさえ自身で宣言した一分という時間を延長させた将軍と、それに何故か付き合うかつての世界で上司となる副団長ユウキ、その双方に対してだった。
ハッキリ言って、この新天地ALOにまさか彼女が来ているとは把握していなかったし、よもやALO最高難易度の世界樹攻略クエストにソロで挑んだ挙句に無傷で帰って来る出鱈目さを見る事になろうとは思ってもみなかった。
この世界はあの世界と異なり、飛ぶことが出来るのを売りにしたVRMMOだ。無論始めたばかりのプレイヤーはあの二人が普通に行っている――しかもユーちゃんの方が何故か自然で綺麗な――随意飛行が出来ないので、初心者用にコントローラーを使うのが普通、このサラマンダー部隊も数割はコントローラー利用者だ。ALO古参組でも中々随意飛行は難しいとされているのである。
自分は情報屋として速度、つまりは鮮度と正確性が肝要で文字通り飛び回らなければならないし、イメージそのものはすぐに出来たから随意飛行も早い段階で習得できたが、それでもALOをプレイし始めてから二ヵ月は要した。
その間もしっかり情報を集めていたし、有力なプレイヤーは領に帰依しているプレイヤーや中立プレイヤー問わず全ての情報を集めていたつもりだ。たとえソロだろうが、有力プレイヤーとして他の者達の噂の種になるから、自分が知らないなんて事はほぼあり得ないと言って良い。
それが、ユーちゃんのような美少女……いや、さっきの対話の雰囲気から美女とも言えるようになっている彼女であれば、美人度も相俟って尚更耳に入って来ないのはおかしい。特にソロで《アルン高原》まで突破したというのなら必ず目立つ筈だ。
つまり彼女は、ここ最近になって漸くALOをプレイし始めたという事になる。
顔馴染みであるSAO組の商人、そしてリアルでも喫茶店を営んでいる生粋の商人であり同時に頼れる両手斧使いのエギルによれば、リアルで知り合ったキー坊の幼馴染達から、彼がまだ目覚めず、そしてユーちゃんも落ち込んで生気を感じられない状態と聞いている。何でもキー坊の家で門戸を開いている道場の師範代なのに、現実に帰ってから四ヵ月程が経つ今も顔を出していないというのだ。
定期的にキー坊の見舞いに行き、後は部屋や病院でずっと勉強、あるいは本を読み、残りは機械的に日常を送るだけだとも。
だからこそ、エギルは幼馴染達を介してキー坊を助ける為にユーちゃんをALOに呼ぼうとしなかったし、更にはその幼馴染であるアーちゃん達すらも呼ぼうとはしなかった。
キー坊だけで無くユーちゃんも、情報屋として日夜動き回っていた自分や各攻略組を凌ぐ情報を数多く有していたし、水面下での動きには酷く敏かった。だからアーちゃん達が何か動いていれば、必ずユーちゃんも気付き、そしてALOに来ると確信していたから呼ばなかったのだ。
エギルの旦那から聞いたが、キー坊はあの最後となった戦い……茅場晶彦扮するヒースクリフとの最終決闘で、自らの命を捨てる行動を取ったという、それに対しユーちゃんは酷く狼狽し、涙を流しながら何故と責めていたらしい。
キー坊は少し分からない部分があるが、少なくともユーちゃんはキー坊に依存している節が多々見受けられる。彼の事になったら絶対命すら捨てる行動にも出ると容易に想像できたため、彼女や感づかれないよう幼馴染達にも、ALOについては何も言わなかったのだ。ネットのスレッドですらALOにSAOプレイヤーが囚われている話は一切上がらない、そうなるよう全員で示し合わせているからだ。ここはリアルの情報を密かにばら撒き、リアルの売り上げ上昇を目論んでいたエギルの旦那に感謝である、目的が異なれど怪我の功名になったのだから。
そんな訳で、密かにALOに多くのSAOプレイヤーがログインして救出作戦を推し進めていた所で颯爽と現れた、【絶剣】ユウキ。あまりにも予想外のタイミングでの登場に柄にも無く自分は思考を真っ白にして固まってしまった。どうも彼女は、自分がSAOでも情報屋をしていた馴染みである事を気付いているようだったため、尚更だった。
唖然としたまま話はトントン進んだ。ユーちゃんの目的はまず間違いなく世界樹の上に居るだろうキー坊だ、サラマンダーを味方に付ければどっちつかずの中立を保っている他種族も味方に付けて攻略出来るという考えを以て、ここまで来たのだ。
しかし、何故このVRMMOに彼が、彼らが囚われている事が分かったのだろうか。
自分達は、物好きな元SAOプレイヤーがALOに来た時、SAOと同じアカウントデータがある事から推理され、SAOサーバーは《アーガス》解体後にALOを運営している《レクト》が維持を担っていた事からまさかと考えられたので、集っている。
だが未だ目覚めない恋人を見て憔悴していっていたらしい彼女が、そんな状態でVRMMOをプレイしようとするだろうかと思う。彼女はそんなに薄情では無い筈だった。
愛する者が苦しんでいればそれを分かち合い、共に笑い合い、幸せを共に得ていた運命共同体なのだ。キー坊が目覚めていないのに自分だけ楽しもうだとか、まだ彼を捕えている仮想世界に自ら入るだろうかと思った。
確信を持って来たにしても、一体どうやってその情報を得たのかが分からなかった。
「そろそろ、終わりにしようか」
困惑、数々の疑問を浮かべる自分の前で繰り広げられる戦い……いや、最早一方的な蹂躙は、漸く終息を迎えようとしていた。
それを宣言したユーちゃんが一度も使わなかった白銀の剣シルバリック・シバルリーを鞘に納めた後、右手に持つ黒剣を緩やかに横へ持ち上げた。それを警戒したユージーン将軍が突進を止めた直後、ユーちゃんは翅で思い切り空気を叩いて得た推進力を以て、将軍へと突っ込む。
「がっ……?!」
そして一瞬にして将軍の背後へと斬り抜けた。珍しい事に――ともすれば初めて――黒剣を両手持ちに持ったユーちゃんは、大上段から剣を振り下ろした姿勢で斬り抜けていて、将軍は縦一文字に斬閃を刻まれ……
直後、凄まじい爆炎を噴き上げ、一つのリメインライトと化した。
「「「「「……」」」」」
それをじっと見ていたサラマンダー達は信じられないような面持ち、雰囲気を放っていたが、それも仕方ないだろうと思う。彼女はあのデスゲームだったSAOで、恐らくヒースクリフと互角かそれ以上の実力を有する剣士、実質的に第二位に位置する女性最強の剣士なのだ。
日常的にPKを行っていると言えど、死んだとしても現実で死ぬ事は無いゲームであるALOでの最強と、真に命を懸けて最前線で戦い続けていた剣士の中での女性最強とでは、そもそもの潜り抜けてきた場数が違う。たとえ経験的に空中戦に慣れていると言えど、たったそれだけで彼女を倒すには到底至らない、全く足りない。
彼女を……いや、最強の《十六夜騎士団》を創設した団長と副団長を超えるには、己の実力だけで上回らなければ勝てないのだから。
それを理解している自分も流石にあそこまで一方的な戦いになると思わなかったので少し驚いているが、それは他よりも小さかったので、まだ状況を飲み込むのは速かった。
ユーちゃんはリメインライトと化した将軍に、ストレージから取り出した貴重且つ高価な蘇生薬の雫を振り掛けた。蘇生薬が詰められた小瓶はそれで結晶となって散り、代わりにリメインライトだった将軍が人の形を取り戻し、復活した。HPは三割と危険域に入ったままだが、回復ポーションを口に含んだので暫くすれば全回復するだろう。
将軍はポーションの小瓶が塵と消えるのを見届けた後、手にしていたままのグラムを背中に背負い直し、黒剣を鞘に納めて翅も消した紫紺の剣姫に向き直った。
「……まさか、ここまで強さに差があるとはな。貴様ほどの実力者がどうして今まで俺の耳に入って来なかったのか気になる所だが……それは良い。ただの一撃も入れられなかった事は悔しいが、負けは負けだ、貴様の提案で一先ず領主に取り計らってみよう。ただし他の領主が動くとは限らん、特にシルフとケットシーは領主同士に親交があってサラマンダーと抗しているから協力を得られるかは未知数だ。サラマンダー領主に関しては任されるが、他については協力されなくとも恨むなよ」
「話に耳を傾けて頂けただけでも御の字だよ。それに逆恨みは筋違いと分かってるから……ユージーン将軍」
「ん、何だ?」
話は終わったと判断したらしい将軍がこちらに戻ってくる最中、名前を呼ばれた将軍はユーちゃんへと顔だけ振り向かせた。
「どうか……よろしく、お願いします……!」
ユーちゃんは、しっかり腰から曲げた綺麗な礼をしていた。その声にはしっかりと万感の思いが込められて聞こえ、将軍すらも一瞬気圧される程の何かが感じられた。
それを受け、自分は確信した。
彼女は絶対、何か自分やディアベル達すらも知らない何かを知って、この世界に来ているのだという事を。
「……出来る限りの事は尽くす、それだけは確約しよう」
「……お願いします……」
「ああ…………ではお前達、ここまで来て戻るのは納得いかんだろうが、そういう訳だ! 今回の大遠征は、夕食を挟んだ後の軽い情報収集だけに済ませ、本格的には狙わない事とする! 各員、午後九時にはこの場に集合する事! 良いな!」
「「「「「お……おうッ!」」」」」
流石にカリスマ性と力強さ、信頼性を併せ持っているユージーン将軍は、軽く納得がいっていない配下達をすぐに纏め上げてしまった。とにかくここまで遠征したのなら情報だけでも持って帰ろうというその選択は自分も正しいと思う。
この後、ユーちゃんはユージーン将軍、そして自分とフレンド登録を済ませてから急いだ様子で何処かへ行ってしまい、碌に会話をする事は出来ずに終わった。
はい、如何でしたでしょうか?
まず最初の方の《シルフ領主が討ち取られた》という話は原作でもありますが、明確に時期には記されておりません。なので、原作の領主サクヤが長期信任されているという辺りと矛盾するのですが、攻略に失敗したサラマンダーが関税を狙って打ち取ったという設定にさせてもらいました。
ALOでは、領主を討ち取られた種族に十日間、討ち取った側が好きに税を徴収できるという話があったので、そこから考えています。
原作でもあった守護騎士達の光の弓矢は魔法攻撃タイプ、騎士達の剣投擲は物理攻撃タイプとしており、各種族や各ビルドのプレイヤーへオールラウンドに渡り合えるという設定です。
原作ではこの辺の設定はありませんでしたので独自解釈になるのですが、なんとなく攻撃タイプはそうじゃないかなと思って、こういう設定です。
途中でユウキが素手での攻撃に対して語っていますが、原作キリトが騎士達を素手で殴って倒している場面がアニメに存在しており、同様に原作七巻のアスナVSユウキの際にはアスナが今話のユウキと同じ事を思考しております。
なので、現状はスキルさえ取っていれば高威力のダメージを素手でも叩き出せる設定です。原作同様、運営が変わればここも原作準拠になり、装備をしていなければダメージを与えられなくなります。
さて、今話の最初の方でユウキが考えて、ユージーンが推測した《全種族巻き込んで世界樹攻略》という案についてですが、この二人が浮かべている案には若干の差異が存在しております。
ネタバレになるのでそれについては語りませんが、ヒント程度なら今話に出しております。予想してみるのも面白いかも知れませんね。
そしてSAOアニメでもプログレッシブでもゲームでも出演する程の人気者のアルゴさん、今話特別登場です。碌に話してませんが、割と重要な立ち位置に居る事は描写で分かって頂けていると思います。
彼女、SAO編以降は一切原作に出てないけど、多分ALOの何処かには居ると思うんですよね……なので将軍と関わらせてみました(笑)
そして今まで原作の流れは確かに変わっていますが、次からちょっと近く沿うようになります。
どのように原作と近くなるのか、楽しみにして頂ければ幸いです。
ではそろそろ、次回予告です。
圧倒的な実力を以て現ALO最強を倒し、サラマンダーの協力体制を敷いたソロプレイヤーのユウキ。ただ愛する人を救う事にのみ邁進する彼女は更なる行動を続けていく。
それとは別に、とある手掛かりから動き出す者達も居た。
次話。第七章 ~黒檻~
読み方は《くろおり》です。
活動報告でアンケートを実施してます。直近で20日までなので、ご協力よろしくお願いします。
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第七章 ~黒檻~
およそ四日ぶりの更新になってしまいました。申し訳ありません、構想が浮かんでいても上手く文にする事が出来ずに詰まってました。
今回は二万文字ほどですが、内容はそこまで濃くありません。視点もちょくちょく変わります。
駄文ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
ではどうぞ
第七章 ~黒檻~
しまったしまったしまったしまったぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!
ユージーン将軍との決闘に勝利し、どうにかサラマンダーの協力は得られるだろうという状況へ持ち込めた事に、表情にこそ出さなかったものの心の中で安堵の溜息を盛大に吐いていたボクは、将軍が『夕食』という単語を出した事で血の気が引いた。
元々《グランド・クエスト》がどんなものかを探り、情報を集めてから夕食、入浴を経てサラマンダー達との交渉へ移る予定だった。当初は彼らが挑む直前に声を掛けておき、負けた所でこちらの案に乗せるつもりだったのだが、予想外にも到着していた為に急遽予定を変更して即座に交渉へ入った。
正直、このままでは成功しないだろうと思っていたのだが、良い感じにユージーン将軍が警戒心と理解を示してくれたのが功を奏したと言えよう。
全種族で世界樹攻略をするという案に関して、ユージーン将軍は守護騎士達に対抗する為という風に理解して納得したようだったが、こちらとしては少しでも突破する確率を上げる為だけに考えたのであって全種族に対策を持っている守護騎士達を破る為では無かった。世界樹攻略に他種族を巻き込むのなら全種族巻き込んだ方が納得は得られやすいだろうと思っただけである。
まぁ、血の気が多いサラマンダーの協力を得られたから、今後も下手を打たなければ領主達への説得に失敗するような事は多分無いと思う。
そう安堵していた所で聞こえた単語に、そういえば、と現在時刻を確認したのである。
軽く一当てする程度の予定だったのが、サラマンダー達への説明及び将軍との決闘を含めたため……時刻は午後七時二十分となっていた。
完全な遅刻である。
それを理解した瞬間に胸中だけで絶叫しつつもどうにか表情だけは取り繕い、連絡用に将軍とケットシーの情報屋アルゴとフレンド登録を済ませた後、即座に宿屋へと急行した。ユイちゃん達には悪いが夜遅くのダイブとなりそうだと胸中だけで謝罪しながら、ボクは宿屋の一室に入ると同時に開いていたメニューウィンドウからログアウトボタンを、仮想パネルを壊しそうな勢いでタップした。
直後蒼い光に包まれながらログアウトが始まるが、今のボクにはそれすらももどかしい思いだった。
*
一旦遠のいた五感がまた近付き、肉体に完全固着されたのを近くしたと同時に目を開けると……
「……やっと、起きたわね?」
ボクの腰辺りで馬乗りになって見つめてきていた姉が、にっこりと、陽だまりのように柔らかで……ちっとも温かみを感じられない笑みを浮かべて、出迎えてくれた。
「もう、とっくに、夕飯は、出来てるわよ?」
「……ごめんなさい」
「それは何に対しての謝罪なのかしらね? ん?」
やばい、姉ちゃんがド怒りモードに入ってると、《アミュスフィア》のバイザーを防具替わりにしようとしながら心の中で焦りの声を呟く。ここまで静かに、けれど激怒している姉は今までで見た事無いかも知れない。
つまりそれくらい怒っているという事なのだろう……ボクが、またVRMMOに手を出している、この現状に。罷り間違っても夕飯に遅れただけでここまで怒りはしない筈だ。
冷や汗をダラダラ流しながら冷たいものを感じる視線と柔らかいがちっとも笑ってない笑みを向けられていたが、ふと、姉が唐突にそれらを引っ込めて深刻そうに眉根を寄せた。
「……正直、降りて来ないのを心配して来てみたら《アミュスフィア》とは言え、フルダイブしてたから……心臓が止まりそうになったわよ……」
そう言って、姉はこちらの右頬に優しく手を当てて来た。
「別にフルダイブゲームをするなとは言わないけど……せめて、一言言って……本気で心配したのよ。あなた、昔から時間に律儀だったから、起きて来ないからまさかと……あの頃と重ねちゃったじゃないの……」
「……ごめん……」
月光が入り込んで来ているだけで僅かな光源しか無い部屋の中でも、姉が瞳に湛えている涙はハッキリと見えた。それが僅かに大きな雫となって頬を伝い、ぽたりとこちらの頬に落ち、少しだけ乾いた肌を濡らした。
ボクは生きている……それは、幾つもの奇跡があったから、ボク達は今も生きていられる。
生まれた時からHIVウィルスに感染していて、何れ必ず死が訪れると言われていた。この平行世界では和人さんが未来に必ずHIVウィルスを死滅させる特効薬を開発すると分かっていたから、ボクはまだ精神的に楽だったが、それを知る由も無い姉にとっては何れ来る死を恐ろしく思っていただろう。統括長の名前は代理名として違うもののため知られていないが、あの人が転生してくれたからこそボク達は別世界でも生きていられる。
SAOに関してもそうで、ボクの前世を考えればもしかしたら転生したあの人じゃなくても生き残れたかも知れない。だけど絶対的に犠牲者がもっと多く出た筈で、それを考えれば阿野人によって救われた人は既に数千人にも上る。精神的な救いを考えれば、あの世界に囚われた全ての人だろう。
特効薬によって漸く未来を生きられると実感した姉にとって、あのSAOの世界を必死に生きていた頃のボクは、何時目の前から居なくなってもおかしくない状況で……少し前の、和人さんを喪う事を恐れていたボクと同じ苦しみ、恐怖を、姉はずっと抱いていたのだ。
「ほんと……に…………良かった……目覚めてくれて……!」
「姉ちゃん……」
それをボクは、理解していなかった……分かったつもりだけだったのだ、どれだけ待つ事が恐ろしいかを知らなかった。
ずっと堪えていて、漸く戻って来たボクの前で号泣した時の嬉し涙は、今は悲しいを多く含んだものとなって流されていた。目元を何度も姉は拭うが勢いの方が圧倒的で、ぽたぽたと拭いきれなかった雫が顔や首、《アミュスフィア》のバイザーに落ちてくる。
堪らず、ボクは帰還した時に、そして慰めてくれた時にしてくれたように、《アミュスフィア》を外してから姉を抱き締めた。
「ごめん……何も分かってなくて……」
「木綿季……?」
本当、一番最後まで一家の中で残っていたボクが死を待つ恐怖を、置いて行かれる恐怖を知っている筈なのに……人間というのは喉元過ぎれば何とやら、もうあの恐怖を忘れていたらしい。人の事にまで目が行っていなかったボクの状況もアレだが……家族を、大切な人をここまで悲しませてしまったのは、全面的にボクが悪かった。
だからボクは謝る為に、そして無性に衝動が沸き起こって、姉を抱き締めた。
姉は武道に興味が無い、謂わば純粋な文科系の女子で、中学の部活も三年間園芸部に所属していた。
だから長い間、桐ヶ谷家にある道場の門下生として竹刀や木刀を振るって日々研鑽を積み続けた事で成長し、一時は昏睡によって減退するが四ヵ月間の生活で取り戻したボクよりも、姉は僅かに小柄で、華奢だった。手に取った姉の手は、こちらの少し硬いそれと異なり、軟らかく、細かった。
この細さは何年経っても変わらない。前世でも、前回、そして今回のこの世界でも、姉はずっと優しい人だった。そしてこの細い手で、ボクをずっと導いてくれた。
人を導く立場にあったからこそ分かる。流石に規模が違うので正しい比較対象では無いとは思うが……不安な気持ちをずっと隠し続けて、爆発したのだ。先日あれだけ弱り切った姿を見せ、普段から悪夢に魘されてかつての姿からは考えられないくらいに憔悴していたのだ、不安に思うのも無理は無かった。
何も話していないのだから、不安に思うのも、無理は無かった。
「夕飯、出来てるって言ってたよね? その後で良いなら話すよ……ボクが一体何の為に、VRMMOをやっていたのか……何を知っているのかを」
「え…………わ、分かったわ……」
僅かな間だけ瞠目した姉は、一先ず冷静さを取り戻してボクから離れた。それに合わせてボクもベッドから起きて立ち上がり、一緒にリビングへと降りる。食卓に入ると、既に夕食の準備は済んでいて、後はボクが来るのを待つだけだった。
父は腕を組んで瞑目し、母は不安げに目を向けてきていた。
「……遅れました、ごめんなさい……ご飯の後に話があるから……」
「……分かったわ。まずはご飯にしましょう……」
少しだけ訝しそうにしながらも頷いた母の言葉に頷き、姉と共に定位置となった席に座る。合掌して食事を開始したが何時も以上に会話は無く、結局食事が終了するまで一言も交わさなかった。
食器を一先ず水に浸けた後、ボク達はまた食卓の席に着いた。
「……木綿季……藍子から聞いたが、《アミュスフィア》……VRMMOをしていて遅れたんだね?」
沈黙が続いていた中で最初にそれを破って問いを発したのは、父だった。僅かに表情は険しいが、それはこちらを責めたり怒っていたりするものでは無く、《SAO事件》が起こっていた間の事を思い出いしているのだと見て分かった。
ボクは父の問いに、こくりと頷いた。
「《アルヴヘイム・オンライン》……明日奈の父親がCEOを務めてる企業が唯一運営してる、VRMMOをしてました……」
「……楽しくて、時間を忘れたのか?」
「……」
楽しかったか……そう聞かれれば、ユイちゃん達の事に関してはそうだと言える。
でも……
「……あの世界を、ゲームをしてるのは……楽しむ為じゃ、ないから……」
今世でALOを始めたのは、あの人を助ける為だから……楽しむ為とは違うので、正直に否を返した。
***
父さんの問いに否定を……つまり楽しんでいないと、楽しむ為にしているのでは無いと答えた木綿季は、眉根をきつく寄せた。それに私達は訝しむ表情をしてしまう。ゲームというのは楽しむ為のものなのに、楽しむ為じゃないなんて矛盾しているではないかと思った。
「《ALO》には……未帰還者が居る可能性が、高いから……」
未帰還者、というのは今や世間的にも知られる用語、すなわち目覚めていないSAOプレイヤーの事を指す。身近な例で言えば和人の事である。
「……どういうこと?」
「元SAOサーバーの維持を引き継いだのはレクトのVR部門、つまりALOサーバーを維持している所でもある……それに、ログインして分かったけど、ALOのゲームデータの大部分がSAOのゲームデータを引き継いでいたんだ、お金や装備、スキルとかね…………だからあの世界には、十中八九《SAO事件》の未帰還者が……和人さんが、居るんだ……」
「そう……だとしても、それをする理由が分からないのだけど……?」
母さんが連続して問えば、木綿季はぎりっと歯軋りをした。ここまでの激情を見せる程とは一体何を知ったのだろうかと思ったが、すぐにそれも木綿季によって明かされた。
和人が未だ目覚めないのは明日奈さんの婚約者とされる須郷伸之……レクトのVR部門室長を務める男の陰謀である事。明日奈さんは彼の命を握られているから何も出来ないでいて、須郷は結婚した後も解消されないよう恐らく和人を眠らせ続ける事。同じ企業繋がりでALOに居るだろう和人や他のSAOプレイヤー達を助けに、《SAO事件対策本部》のリーダーと連絡を取り、国家権力と協力体制を築いている事。
木綿季はたったの二、三日でそんな事をしていた。国家権力……つまりは日本政府と協力体制にあると言われてすぐに驚き、疑ったのだが、相手が彼女によく面会を申し込んでいたあの眼鏡の役人であると言われて思わず納得してしまった。
「早くしないと、もしかしたら今にも和人さんの体が限界を迎えてしまいかねないと思って……姉ちゃんに励まされてから、すぐに行動を起こしたんだ…………本当は、隠れてずっと行動するつもりだったんだけど……」
そこで言葉を区切り、チラリと私を見て来た。その目に罪悪感と謝意が映っているのを見て、私が涙を流したから明かしたのだろうと朧気ながらに察した。
「……まさか初めて二日目にバレるなんてね……」
「……夕食に遅れるなんてヘマやったあなたが悪いのよ」
「ボクだって時間は気にしてたよ。でもALO最強のプレイヤーと一戦交えて、大勢の人を味方に付ける為に話してたら何時の間にか過ぎてたんだよ……まさかあそこで鉢合わせするなんて、全くの予想外だったんだから……」
彼女がどういう風に行動し、和人を助けようとしていたのかは既に説明されているため、ALOに存在する九つの種族の領主全員を味方に付ける為の布石として最強プレイヤーと戦ったというのは聞いた。
だが、実はまだ結果を聞いていなかった。
「それで……勝ったの?」
「当然。手も足も出させなかったよ、これでもSAOで二番目か三番目の強さを持ってたんだから負けられないって」
どうやら木綿季は、ALOをプレイしていた古参の最強プレイヤーをアッサリ倒してしまったらしかった。本当昔から和人以外には負け無しなのだから恐れ入る……
……それにしても、彼女はこうして語ってくれた訳だが、本来なら私達には一切告げず、勿論幼馴染達にも何も告げずに一人でやろうとしていたらしい。役人と連携して事を進めるつもりだし、まだ九種族の中で一種族しか協力を得られておらず、更には精鋭を育てるのにも時間を要するので、もう二ヵ月程掛かると予想しているらしい。
「攻略に掛かる費用、メンバーの充実に役割分担、作戦を行き渡らせるだけの指揮系統、それに情報収集もまだしなくちゃいけないし、各種族の領主と会談も重ねないといけない。信頼を得る為にも色々と根回しが必要だから、最低でも二ヵ月はやっぱり掛かるよ……」
「……木綿季、警察に話して強制捜査は出来ないのか? どう考えても子供の手に負える問題じゃないだろう」
父さんの指摘には確かにと私は頷いた。《SAO事件》の時では下手に外せば本当に人が死んだため碌に動けなかったので内部で木綿季達自身がどうにかしなければならなかったが、こういう時はもう頼っても良いだろうと思う。
木綿季にはもう危険な目に遭って欲しくない……それが私の本音だ。
だが木綿季は、それは無理と言いながら首を横に振った。
「仮に出来るとしても、その瞬間に和人さんの《ナ―ヴギア》が作動すると思う。下手な事したらそうするって言外に言われたから……だから現実側からじゃなくて、仮想世界の方から攻略を進めてるんだよ、お父さん。一応監禁場所の目星は付いてるから……あと二ヵ月で、助けられると思うんだ…………多分、待ってるだろうから……」
少しずつ顔を伏せながら、張り詰めた糸を更にピンと張り詰めさせるかのように切羽詰まった雰囲気を感じさせる木綿季の様子から、かなり時間的にも木綿季の精神的にも余裕は残されていないのだと理解した。恐らく相当頑張っても二ヵ月が成功までの最短で、それ以上だと和人の体が保たないかも知れないのだ。
二ヵ月後……つまり、SAOクリアから半年後が勝負になるという事だ。
「……木綿季……私達に、何か手伝える事はある……? あなた一人で背負って、苦しむ必要は無いと思うけど、私達はVRMMOには疎いし……」
「……」
母さんの問い掛けに、木綿季は考え込み始めた。最初から一人でやろうとしていただけに頼める手伝いを思い浮かべられないらしい。まぁ、両親はおろか私も、VRMMOは一切やってないから仮想世界で手助けなんて出来そうにない、仮に私が協力するにしても木綿季と違って全く武道をやっていなかったから弱くて足手纏いだろうし……
暫く頤に手を当てて考え込んでいた木綿季は、ふと顔を上げた。
「何だ?」
「……出来れば……ALOでボクがした事を、聞いて欲しいかも…………ずっと溜め込むのはきついし、あっちだと下手に話せない事があるから……」
「あら、それくらいなら幾らでも良いわよ。むしろあなたの成長を感じられるみたいで良いお手伝いね」
「そうだな……《SAO事件》以降、木綿季はどこか大人びた所がある。色々と聞かせてもらおうか」
「……そうね。木綿季が一体何を見て知って来たのか、私としても興味があるから……お願いできるかしら」
「……ん…………お願いします……!」
あっさりと受け入れた私達に暫し面食らっていた木綿季は、それから涙を浮かべながら笑みを浮かべ、頭を下げた。
*
そんなやり取りから、早一ヵ月が経過した。あれから毎日、木綿季は限られた時間の中でだがその日にALOで一体何をしたのか、どんな事があったのかを話し続けてくれた。大組織トップを相手に単独で対談しに向かった事、話を聞こうともしない領主相手にはサラマンダーの方から圧力を掛けてもらった等の黒い話も話してくれた。流石にそんな事までするようになった事には内心でのみ引いたが、事態収拾に一歩近付く為にしただけであって普段はしないと言っていたので少しだけ安堵したりもした。
SAO組と合流したのを契機に領主とその側近達にのみALOにある秘密を話し、協力を得られた事は特に涙を流して喜んでいた。危険な作戦になる事を承知の上で、ほぼ事後承諾になったのにも関わらず受け入れられ、むしろこれまで単独で行動し続けて領主達を納得させた行動力を褒め称えられたという。
姉の私から見ても、多少無理していると思える部分があったが本当に頑張っていると思った。
「良かったわね……目的にも近付いたんじゃないかしら」
その喜びを私も僅かばかり貰って、意気揚々と言ってみたが、しかし彼女は途端に眉根を寄せた。
「確かにそうなんだけど……参戦メンバーの錬度がね……」
「れ、れん……?」
「……強さがね、足りないんだ。ALO最強とまでは言わないけど、せめて補助コントローラー無しで自由に飛び回って、空中戦闘を可能にする程度じゃないと……あの守護騎士の前では数秒でやられる」
どうやら参加する戦闘員達の強さ、飛行に問題というか不満があるらしく、木綿季は少しだけ眉根を寄せてしまった。
「当初は全領主を頷かせてSAO組と合流するまでに二ヵ月は掛かると思ってたから速いんだけど、メンバーが育ってないんじゃ結局同盟調印の際に挙げた条目を満たせない可能性があるからね……」
同盟調印というのは、ALO史上初となる全種族領主が一堂に会した調印式の事だ。そこで同盟を組むにあたって挙げられた条目の中で、各種族一人は最低限世界樹の内部を突破するよう全力で努める事が各員に課されており、この同盟を組むきっかけとなった木綿季はリーダーになっているため、これを最優先に意識する必要性があるらしい。
それに加え、木綿季は世界樹を突破して上に上った後、須郷伸之による犯行を全て阻止する事に加え、行われている可能性のある人体実験の研究データも全て《アミュスフィア》のローカルメモリーにコピーし、それを菊岡さんに渡さなければならない。
まるでどこぞのエージェントだかSPのような働きをしなければならないのだなと思った。
それに聞いた話では、全軍のリーダーをしている木綿季は事務仕事もしているらしく、ここ最近は夜遅くになってからもログインしてデスクワークに勤しんでいるという。本人はSAO時代に和人と共に設立したギルドの副団長として、似た事をしていたから別にキツくは無いと言っていたが……
ちなみに、木綿季は外で元気に鍛錬をしているイメージが強いので、デスクワークもかなり出来ると聞いた時にギャップを感じてしまったのは秘密である。
「やっぱり助け出すには、あと一ヵ月は掛かりそう……SAO組は連携が凄まじいけど随意飛行が苦手で空中戦に向いてないし、ALO組は空中戦に向いてるけど個々の戦闘技術が拙い。期限は言ってるけど、十分なラインに達するのに間に合うかは正直微妙だね……」
「木綿季も確か教導してるんだっけ?」
「これでも一応道場師範代だから、教える事も出来るけど……やっぱりあの人が居たらなって思うよ。SAO組は随意飛行と回復が問題なだけで戦闘に関してはピカイチだから、問題はALO組かなぁ……」
そう言って天井を振り仰いだ後、木綿季はところで、と言葉を区切ってこちらの顔を見て来た。
ちなみに今は12月の中頃、期末試験は先日終わってテストも帰って来た時期である。現在は私の部屋で勉強机の前に私は座っており、木綿季は自室から椅子を持って来て横に居る状態だ。
何故そんな状態かというと……
「話を聞いてって頼んだのは確かにボクだけど……姉ちゃん、受験勉強しないと拙いんじゃない?」
「……」
「確か姉ちゃん、二学期の成績と模試の結果、あんまり良くなかったよね? 満点五十点のテスト五教科の合計で百三十点台は……」
……お恥ずかしながら、現在、学校に通っていない妹に勉強を教わっている所でした。
「学校通ってないボクが言うとアレだけど……姉ちゃんってボクがSAOに入る前は予習復習を欠かさなかった覚えがあるんだけど、何があったの? 真面目にやってたら多分二百点近くは取れると思うんだけど?」
割と木綿季の事や幼馴染達の事で頭がいっぱいになって勉強に手が付かなかった……というのは、あんまり言い訳にはならない。今年の七月、つまり夏休みに入る前に和人を除いて皆は帰って来たのだから、その時から勉強を真面目にしていれば済んだ話なのだ。
「姉ちゃんの志望校は《藍越学園》って聞いたけど……かなり厳しいでしょ。あそこ、合格者点数平均が確か百六十点台だし、毎年倍率ヤバいって聞いたよ?」
「……ええ、その通りよ……」
「なのにこれって……ていうか、姉ちゃんに苦手科目とかあったっけ?」
小首を傾げて来る木綿季には苦手科目が存在しない、あるとすれば今の社会情勢を基にした時事問題を絡めた歴史だろうが勉強し直せばすぐに点を取る筈である。ちなみに私の苦手科目は数学、理科、英語の三科目だ。
「数学、理科、英語よ……」
「……五教科中半分以上かー……あれ、じゃあまさかと思うけど、国語と社会の点数は……」
「どちらも満点。残り三教科で十点ずつくらいなのよ」
「……何ともまた、両極端な……で、さっきから解いてるのは数学と…………でもコレ、殆ど答え間違ってるね」
「……」
パッと見て数秒で正答を頭の中で弾き出したらしい木綿季は、私がノートに書いた数式の答えを違うと言った。無言で問題の答えを見てみれば、確かに殆ど違っている。
「……ちなみに理科と英語はどんな風な間違いをしてるの?」
問われたので、口で説明するより見せた方が速いと思って、私は過去問を解いたものを木綿季に纏めて渡した。手渡された木綿季は、数式を解き直している私でそれらをじっくり黙ったまま見ていくが……黙っているのが、逆に恐ろしかった。
暫くして、数式を解き終わって丸付けも終わった私の方に、ぽんと手を置かれた。顔を向ければ、木綿季は微苦笑を浮かべていた。
「姉ちゃん、隔日で仕事休むから、ちょっと本気で勉強しようか。気を付けたら点数上がるし」
「……でも木綿季、あなた、それ、大丈夫なの?」
「ALO組代表とSAO組代表が何とかしてくれるでしょ。それに今はメンバーを育成してる段階でボクも絶対必要という訳じゃないし……今は姉ちゃんの方が一大事だからね。急いでもあっちは進められないんだから姉ちゃんの家庭教師に専念するよ」
まぁ、確かに独学ながらおよそ一ヵ月で現役中三生の家庭教師を出来るくらいで、学校でも成績トップを明日奈さんにすら譲らなかった程の秀才振りの木綿季だから、彼女に教えてもらえれば少しはマシになるかも知れない。イマイチ学校の先生の説明では理解し切れない部分があったからそこを教えてもらおうと思った。
「とは言え、流石に明日から暫くはまだログインするよ、いきなりだと調整が難しいから」
「ええ…………ちなみに、決行は何時にするつもりなの?」
それも結構重要なのではないかと思いながら問えば、木綿季は微苦笑を引っ込めて真剣な面持ちになった。
「そこも育成の進度次第だけど……1月7日にしようって話になってる。その日はゲームクリア……同時に、囚われてから半年経つからね。あの人の精神が、まだ保ってくれていたら良いんだけど……」
そう言って、木綿季は部屋の窓から外を見た。冬の夜空には綺麗な満月が上り、小さな星々がその周囲で瞬いていた。
***
真っ暗。どこまで見ても黒、黒、黒だけの常闇の世界に、ただあても無く漂っていた。何時も辱めて来る男達も来ない、ただ漂うだけの無窮の闇に、自分は居た。
眠る、とも違う。休む、とも違う。なら遊びや仕事かと問われても、やはり違う。
何時も何時も、疲れて眠りに就いたらここに来るのだ。だからここは多分夢の中……真っ黒な世界には自分しか居ないけど、それもまたらしいと思ってしまうのはどうしてか分からない。ここ最近になってからはもう黒いトリカゴに来る前の事も思い出せなくなって来たけど、以前はずっと一人で生きていたのかと不安に思ってしまう。
いや……違う。不安になるのは、一人で生きていたのかもという事にではなく……一人ではなかった筈なのに、一緒に居た人の事を思い出せないからだ。
一緒に居たらしい人の名前は分かっている、金髪の男が言っていたから。《ゆうき》という人が一緒に居た人で、自分の帰りを健気に待っている子だという……その《ゆうき》という人に色々と言って面白かったと言っていた。何を言ったのかは知らないけど碌でも無い事に違いない。
名前は言われて覚えた……でも、きっとずっと一緒だったのだろうその人の顔は、分からない。思い出せない。
もどかしい。
そして寂しい。どうせなら、この黒い世界に自分だけじゃなくて、その《ゆうき》という人も来てくれたら良いのに……
そしたらきっと…………楽しいだろうな……話して、笑って、少し怒ったり、拗ねたり……泣いたりしても、きっと……楽しいんだろうな……
それをずっと夢見ていたいけど、もう、男達が来るのだろうか……この黒い世界が、端から徐々に糸くずのようになって消えていく。何度も何度も見て来た光景で、この後には男達が嫌な表情で『おはよう』と言って、また辱めて来る毎日……今日は何日で、今は何時で、此処は何処なのかも分からない。
ただ分かるのは、黒いトリカゴの中に、妖精のような翅を持つ女の自分と、複数の男が居る事だけ。
『……?』
あれ……自分って……女、だった……け……? 《ゆうき》という子が帰りを待っているのは……女……? じゃあ《ゆうき》という人は、男の子……?
『……もう、いいや……』
何時までも変わらない世界で、何時までも辱めを受ける自分には……関係無い、事…………
「やぁ、気が付いたかいキリトちゃん、おはよう。早速始めようか?」
そして、目覚めた自分に待っていたのは、やはり何時もと変わらない事だった。金髪で緑色のトーガを纏った、嫌な笑みを浮かべる男が手を伸ばしてきて……鎖に繋がれて逃げられない自分は、アッサリと捕まった。
***
開店準備を手早く済ませた事で生まれたおよそ三十分の時間を使って、俺はPCに送られてくる知り合い連中からのメール確認を行っていた。
メールを送って来る連中は、俺がSAOで眠っている間も細い腕で暖簾を守ってくれていた妻を援助してくれた連中だったり、この店の常連客からだったりもするが、しかし今開いているメールの半分以上はALOに潜って調査を進めている連中からのものが大半だ。
そしてそのメールの内容も、最近はある一人のプレイヤーのものが大半である。
およそ二ヵ月前、突如として妖精郷に姿を現した俺達のリーダーの一人……【絶剣】の異名を与えられていたユウキが、インプとしてダイブしてからだった。初めてメールでそれを読んだ時は思わず返信で真偽の程を確かめたくらいだが、そのメールを送って来たのがSAO時代にアルゴと呼ばれていた情報屋だったので、信じるしか無かった。
驚いた事に一番最初に接触したのは、当時偶然《ルグルー》と呼ばれる鉱山都市に滞在していたディアベルらしかった。
ALOはアバターをランダムに作成されるのだが、SAOメンバーが当時のアカウントを使うとリアルに似る共通点がある。種族の色で多少の違和感を残す事になるものの、ユウキの場合はそれらを考慮に入れても似過ぎていたという。彼は《隠蔽》を見破れるかどうかで本物なのか推し量ろうとしたらしいが、街中の時点で既に気付かれていたようで、僅かに殺気を向けられたとメールには書かれていた。
まぁ、《索敵》スキルもコンプリートしていたのだから気付いてもおかしくは無い。そもそもSAO時代、キリトとユウキの背後を取れた者は、あの《笑う棺桶》含め誰一人として居ないのだから。
しかし問題なのはディアベルが遭遇した時期だ。
彼がユウキと出会ったのはおよそ二ヵ月前の十一月初旬らしく、そのすぐ後にアルゴが《央都アルン》にてユージーン将軍との決闘を目にしている。
サラマンダーの将軍であるあの男は当時ALO最強と言われる実力者で、幾らSAOでほぼ最強の位置に居たユウキと言えど、空中戦に慣れるにはまず随意飛行を会得してから経験を積んでいかなければならない。自分もALOをしているし、ディアベル達もプレイし始めてから数ヵ月経つが、随意飛行を出来るようになるまで一、二ヵ月は要したし、そこからまともな空中戦を出来るようになったのもそれなりに掛かった。
逆に言えば、それらをこなせたユウキは俺達とほぼ同時期にプレイし始めた事になる。
だがディアベルや俺は勿論、アルゴやALO古参組のユージーン将軍も、彼女のようなプレイヤーは全く覚えが無かった。もしもソロで《央都アルン》まで行ける実力者のプレイヤーが居るなら、その種族の領主がスカウトしているだろうし、補給などの関係で街に立ち寄るから必ず噂が立つ筈なのだ。それなのに一切聞いた事が無いというのはかなり妙な話だった。
SAOからお金やスキルは引き継がれているのでそれなりの強さはあるが、ALOはリアルの運動神経の他に装備のグレードによってダメージ算出が決まるシステムだ。だから、幾らプレイングスキルが高かろうと街には立ち寄り、武具屋で装備を整え、飛行システムなどに慣れる必要がある。その過程で行う戦闘を他人に見られ、それで有名になる筈なのだ。特に補給に関わる商人プレイヤーなどはその辺の情報に敏い。
なのにユウキに関してはそれが一切抜けていて、ディアベルとアルゴが会っていなければ今頃サラマンダーや他の種族達を動かしている者が誰なのか分からない状態に陥っていた。
ユウキはサラマンダーの将軍を下して協定を結んでから、各種族の領主と面識のあるアルゴを介してコンタクトを取り続けているらしい。
まずサラマンダーの次は、新しい領主となったばかりのシルフ領主サクヤと、それ以前から付き合いのあるケットシー領主アリシャ・ルーの二人と同時に対談したらしい。何でも闇属性の魔法である《月光鏡》を利用し、シルフ領の領主室とケットシー領の領主室を繋げ、テレビ電話のような対談をしたという。そこでサラマンダーの時と同様の話をし、結果的には協力を取り付けられた。
それからは半ば流れ作業のように、中立を保っていた他の六種族の領主達の協力を取り付けていった。
これが今からおよそ半月前の話、サラマンダーと協定を結んでからおよそ一月後の出来事だ。ALO三大勢力と言っても良いサラマンダー、シルフ、ケットシーの領主を対話で頷かせたのだから、最早そこからは流れ作業に等しかっただろう。
現在はサラマンダー、シルフ、ケットシーの勢力はともかく、他の六種族の精鋭がまだ育ち切っていないので、ユウキと将軍を筆頭に各種族の精鋭達を教導しているらしい。
サラマンダーの将軍が教導しているというのは意外な話なのだが、ユウキとの対談の後に一当てした時、あまりにも理不尽な数と難易度に少々頭に来ていたらしい。ユウキの言う通り一種族での攻略はほぼ不可能という考えを理解したらしく、今では他種族の垣根を越えた親交を結んでプレイヤーを育てる事に燃えているらしい。ちょっと熱血教師っぽいナ、とアルゴがメールでコメントしていた。
当然だが、ユウキは全種族の領主と協定を結んだ後、ディアベルと連絡を取ってSAO組とも引き合わせたという。ディアベル達がSAO生還者である事は明かしていないとは思うが、ALO古参組とSAO生還者組の間を繋いでいる唯一の存在であるユウキが情報の統制を行っているようなので、領主メンバーのみに伝えていたりするかも知れない。
SAO組の戦闘勘は浮遊城を生きていた頃に死に物狂いで身に着けたものであるため、当然ながら遊びで――個人によっては信念を持っている者もいるが――戦ってきたALO古参組を上回る戦闘力を俺達は持っている。戦闘時の連携、勝負勘に関してはALO組を圧倒的に上回るだろう。
だが《グランド・クエスト》は空中戦、翅を自在に動かす随意飛行が出来なければ両手斧を使う俺のような両手武器のプレイヤーは不利、というか足手纏いになる。そこはALO組も同じで、案外俺が思っていた以上にコントローラーを使っている者は多かった。
ユウキは《グランド・クエスト》に挑むに当たり、参加するプレイヤー全員が補助コントローラー無しで自由に飛行して戦闘できるプレイングスキルを要求した。
当然ながら片手武器のプレイヤー、術師といったあまり動かない後衛組に使用者が多かったので反対意見は多数出たのだが……慣れる為と《グランド・クエスト》を経験してからその反対意見は一切出なくなった。
理由は簡単。守護騎士達が、本来のセオリーに反して後衛を狙うようになっていたからだ。
ALOでのモンスターのヘイトは大声で叫ぶ《咆哮》によって注意を向けたり、与えたダメージに比例してプレイヤーへ向けられるようになっている、ALOの場合は回復魔法の使用もその対象になるらしい。そこは良いのだが、通常、数割程度の回復しかしなければ前衛にヘイトが向き続ける、そのまま回復し続けていれば後衛にヘイトは行くが散発的ならば狙われないのだ。
だが守護騎士達は、ただの一回の回復ですら狙ってきたのである。しかも菓子に集る蟻のように一気に群がって来るので対処の使用が無くなってしまう。死なないようにする為には移動するより他は無く、高速飛行は補助コントローラーでは出来ないように設定されているので、随意飛行を出来るようにならなければならないのだ。
襲い掛かって来る騎士達自体は攻撃一、二発で倒せる事が判明している。問題はその数なので、挑むプレイヤー側も相応の実力者達の数を揃えれば短時間に限り拮抗できる訳だ。
さて、その挑むプレイヤー側の実力者として、ALO側の殆どが既に揃っている、何せ全領主が全力を以て参加するようお触れを出しているのだから精鋭メンバーは揃っているだろう。SAO組もディアベルやアルゴ、そして俺を中心に心当たりのある者達のリアルを当たって呼び掛けたりしているので、あの頃の攻略組は殆どが集結していると言って良い。
残るは、俺達全員を救ったキリトの幼馴染連中である。
「エギル、一体俺達を呼んでどうしたんだ? SAOメンバーっていうには直葉と詩乃は違うし、かと言って幼馴染って言ったら木綿季と藍子と明日奈が居ねぇし……何か意味でもあるのかよ?」
不機嫌そうだが平常運転な顰め面で問うてくるイチゴこと黒崎一護。他には俺以外にナツこと織斑一夏、リズベットこと篠崎里香、シリカこと綾野珪子、フィリアこと藤原琴音の他、キリトこと桐ヶ谷和人の姉である桐ヶ谷直葉、その幼馴染の一人である眼鏡を掛けた黒髪の少女朝田詩乃が集っていた。
一護が言った木綿季と双子の姉らしい藍子、そして親友たる明日奈の三人と未帰還者の和人を除けば、一応これで集まった事になる。
「まぁ、待て、もう少ししたら話してやる。もう一人来る予定……」
「えっと……ここで合ってる、ようだね。いやぁ、お待たせしまって申し訳無い」
俺がもう一人来るから待てと一護を諫めようとしたその時に丁度来店してきた一人の男が居た。あまり飾られていない茶髪、太い黒縁のメガネに黒っぽい紺色のスーツ姿の男だ。中々の長身で体格もかなりがっしりしている事からそれなりに鍛えているのだろうと思われた。
「……誰だよ、アンタ?」
「僕は菊岡誠二郎、総務省に務める役人さ。まぁ、今は《SAO事件対策本部》のリーダーという肩書きを優先させてもらうがね」
「「「「「ッ……!」」」」」
一夏の問いに、にこやかに笑みを浮かべながらとんでもない素性を暴露した男が、俺達が待っていた最後の一人である。
「一先ず、元SAOプレイヤーだった面々には生還おめでとう、そしてこの場に居る全員に申し訳なかったと言わせてもらおう。事件直後からクリアに至るまで、ずっとプレイヤー達のモニタリングくらいしか出来なかったのでね」
「……つっても、アンタがリーダーやってる組織って、SAOプレイヤーを滞りなく各病院施設へ搬送した所なんだろ? それで一年半以上も入院状態を維持し続けてたんだから大したモンだって木綿季も言ってたぞ」
「おや、紺野さんにまでそう言ってもらえていたとはね……まぁ、世間話はここまでにしよう。僕は君達の名前については知っているので自己紹介は省いてもらって構わない。早速本題に入ろう」
そう言って手提げバッグの中からプラスチックケースを一つ取り出した。それは現在話題を呼んでいる人気VRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》のゲームパッケージだった。
「あ、これ、ALOですね。あたしと詩乃でやってますよ」
「おや、桐ヶ谷さん達もプレイしていたのかい。なら少しばかり話が速い…………回りくどい話は一旦抜きにさせてもらって、簡潔に言うと、このALOというゲームに桐ヶ谷君を初めとするSAO未帰還者が囚われていると予測されている」
「「「「「ッ?!」」」」」
物凄いぶっこんだ発言をしたなという感想を抱いていると、やはり知らなかったらしい幼馴染連中が驚愕に表情を染めた。まぁ、普通そう思うだろう、特に直葉と詩乃に関してはずっと前からプレイしているゲームに弟、幼馴染が囚われているなど思わなかった筈だ。
「ど、どういう事なんだ? キリトが……和人がこのゲームに囚われてるって……菊岡さん、本当なのか?」
「一夏君には悪いが、僕としても確証は無い、何せ囚われているという決定的な証拠があればすぐに警察によって強制捜査が入っているだろうからね……だが、紺野さんはこのゲームの中に居ると確信しているようだ」
「……あの、どうしてそこで、木綿季さんが?」
「そもそも僕にそう言ってきたのは彼女だからさ」
珪子の問いに柔和な笑みと共に答えてから、菊岡は俺達にどのようにして木綿季から教えられたかを語った。
いきなり呼び出されたかと思えば黒幕に遭遇したという下りから始まり、和人が囚われたのは明日奈と結婚する為に須郷伸之という男が企てた計画が原因なのだと。元SAOサーバーはALOを運営しているレクトが維持しており、須郷により企みを教えられた事で確信を持ったのだと。
「現在、我々《SAO事件対策本部》は全プレイヤーの覚醒を目指し、総力を以て紺野さんのアシストを行っている。とは言え情報的なものだったり、優位に立てるであろう方策を提案したりでしか無いし、殆どは彼女単独でやってきている。我々に出来た事と言えば須郷伸之氏の行動の監視、および警察を動かせるように控えているくらい……実質、紺野さんの力無くして今回の事件は解決出来ないと僕は思っている」
そう言ってから、菊岡という役人はこれを見て欲しいと言いつつ、懐から一枚の写真を取り出した。それは巨大な枝の先に作り上げられた黒い籠……中の様子を見通せないが、恐らく形状からして鳥籠なのだろうと思うものが映っていた。
ただ少し画像が荒く、半ば無理矢理に拡大したのだろうと思う写真だった。
「この写真はALOのスクリーンショットの一枚を拡大された代物でね、12月20日の午後三時に撮影された。ALO内部でも情報通であれば既に知れ渡っている程のものだよ……何せ、プレイヤーには侵入不可とされる世界樹の枝の写真だからね」
今日は12月23日、およそ三日前に撮影されたというその写真は聞いた事が無かった。だがALOでは既に知られているものらしい……
「……まさか、この黒い鳥籠の中に……」
「紺野さんは、そう予想しているらしいね」
俺が戦慄を覚えながら問いになり切れていない問いを発せば、菊岡はこくりと頷いて俺の疑念を肯定した。
「これはALOの中心部に存在する世界樹、雲よりも更に高い位置に存在する枝部分の写真さ。コレを撮影したプレイヤーは飛行高度制限が無いのを良い事に五人のロケット式で到達したらしいが、今では運営側が大慌てで高度制限を設けたために直接行く事は不可能となっている」
「世界樹に高度制限って設けられてなかったんだ……初めて知った……」
「アルンに行くまでの山稜にはキッチリあるけど、アレって場所によって設定されてたのね……」
どうやらSAO組が始める前からALOをプレイしているらしい直葉と詩乃が呆れたような、疲れたような溜息と共にそんな事を言った。まぁ、普段なら気にしないし、まさか高度制限が部分的なものとは露とも思わなかったのだろう。俺もあの山稜が限界だと思っていただけに、ロケット式を考えたプレイヤー達の発想力を少し称賛してしまった。
とは言え、問題はそこでは無い。
この男が来る事は既に俺も知っていたが、一護達を集めるように言ったのは俺では無いし、この男でも無い。集めるように言ったのは、此処には居ない木綿季なのだ。本当なら来る予定だったのだが何でも外せない用事が急遽入ったとかで、自分抜きで頼むと言って来ていた。
俺がそれを伝えようと思ったその時、菊岡が眼鏡のブリッジに指を当てて押し上げながら、さて、と話を区切るように口にして注目を集めた。
「君達に集まってもらったのは、ここには居ない紺野さんの指示によるものだ。正確には紺野さんの指示を受けたマスターが知り合っていた君達に声を掛けたんだね」
「木綿季がか……? 一体何のつもりで……」
「君達に、決断をしてもらう為だ」
一護の疑問をあらかじめ予想していたようで、菊岡は言葉を覆いかぶせながら断言した。もしかすると彼と木綿季は協力関係にあるし、今回の事情説明も任されているようだから既に話されているのかも知れない。
「元々紺野さんは自分一人で今回の事件を解決するつもりだったようだ。けれど相手は大企業の、黎明期となっているVRMMOを運営するチームのリーダーであり、桐ヶ谷君達未帰還者の命を握っている人物だ。彼女はただの子供である自分では立ち向かえないと、僕に協力依頼をして来た……その彼女が今、君達の力も求めているんだよ、《十六夜騎士団》の幹部であり、同時に背中を預けられる君達の力をね。無論、彼女も強制はしないと言っていた。一歩間違えば覚醒した君達も同じように未覚醒状態となり、最悪命を落とす事すらも考えられるため、本人の意思を尊重するとも言われている。ALOを初め全てのVRMMOは《ナーヴギア》でも作動するが、逆に言えば《アミュスフィア》でもSAOと同じように仮想世界に閉じ込め昏睡状態にする事も可能だと推測されているからだ」
確かに、《ナーヴギア》でもALOを起動させられるとSAO組の何人かが――それも危険だから止めろと言われていたので現在は《アミュスフィア》を使用しているが――言っていた、なので俺もそれについては知っている。
だが、逆の発想をすれば、《アミュスフィア》でも《SAO事件》と同様に内部に閉じ込めてしまう事も十分に可能なのだ。《ナーヴギア》の危険性は重量の三割を占めるバッテリーセルだったのでそれを取り外し、安全面を重視している代物となっているので脳破壊は無いが、仮想世界から出られなくするならGM側の須郷伸之という男なら可能だ。
最悪、その作戦に出れば戻って来られないかも知れない……その危険性を孕んでいる事に気付いた幼馴染連中は、一様に息を呑んだ。
「ALOメンバーも極一部にだが既にこの話をし、了解を得ているらしい。最悪ALOプレイヤーからも昏睡者が出れば強制捜査という手段も取れるが……その場合、桐ヶ谷君の命は無いと思った方が良い」
「…………菊岡さんだっけ? 何で俺達の力が必要とされてるんだ? 正直、ALOをプレイしてない俺達が今から始めたって力になれないと思うんだけど……」
一夏はSAO組がALOで得たステータスについて知らないので当然の疑問を呈し、それについては俺の方から補足を入れておいた。SAO時代のアカウントがALOでも流用されているため、スキルやSAOの頃にもあった筋力やHPなどについては引き継がれているのだと。まぁ、ALOはプレイヤーステータスよりも装備のグレードとプレイングスキルの方が重視されるので、大きく左右するというものでは無いのだが、それでも高ステータスで始められるというのはかなり嬉しい話である。
俺がその話をすると、珪子が首を傾げた。
「えっと……何で、エギルさんがそれを……?」
「さっきこの役人も話していたが、お前らを呼んだのは木綿季から……ALO側から頼まれたからなんだよ。キリトが居ないから木綿季のペースに合わせられる奴が未だに居ないんだ」
そこで選ばれたのがこの幼馴染達である。キリトとユウキのタッグが殆どだったとは言え多くのボス戦で同じパーティーを組み、支え合ってきたメンバーなのだ、全く知らない連中に比べれば圧倒的に木綿季にとっても気が楽である事は間違いない。
彼女もそれで声を掛け……だが、命の危険性を伴う作戦の為に強制は出来ないと言って、本人達の意思を尊重しているのだ。
「だが、お前らにも家族が居る、ずっと心配を掛け続けてきているからまた命の危険を伴う戦いに身を投じろと酷な事は言えない。だから木綿季はお前達自身の意思を優先すると言ったんだ」
「けど……それなら木綿季にも藍子っていう姉とか、両親が居るじゃないですか……」
俺が言った木綿季の言葉に反駁したのは、直葉だった。直葉は未だに弟が目覚めないのでずっと身を案じ続けてきていた、そこで出て来た拉致事件に困惑していて、それに身を投じようとしている木綿季に対する藍子の心情を想像したのだろう。
「木綿季も最初は黙っておくつもりだったが、予想外な事態に時間を取られ、ALOをプレイしているのを見つかってから全てを明かしたらしい。家族もそれを止めなかったようだ」
「……なら、木綿季はまさか……死ぬ、覚悟すら……?」
「「……」」
木綿季本人から話を聞かされている俺と菊岡は、直葉の独白にも似た途切れ途切れの問いに無言を貫いた。それが何よりも彼女の決断と覚悟を物語っていて、それを察した一同が一様に顔を顰めた。
暫く、沈黙が店内を支配した。
「……俺は、行くぜ」
その耳が痛い程の嫌な沈黙を一護が最初に破った。元々からの顰め面を更に険しくしているが、不機嫌と言うよりも覚悟を固めた表情と瞳をして虚空を睨め付けていた。
「和人にも、当然木綿季にも恩があるんだ。ここで協力してちっとは返さねぇとな……それに、和人には言いたい事が山ほどあるんだ、叩き起こすってなら協力しない訳にもいかないだろ」
「……そうだな。あいつには色々と借りがあるし……帰りを待ってるのは、木綿季さんだけじゃないもんな」
一護の意見を聞いて、腹が決まったように迷う表情を捨ててすっきりした面持ちで一夏もまた、参加の意を示した。本人達は知らないが、SAO時代でキリトの右腕と左腕とまで言われた剣腕を持つ二人組である。
一護はよく突っ込んで生き残っているため強いと知られている。一夏はサポートに回る事が多かったのであまり強いと思われていなかったが、そもそもサポート側でも最前線に立ち続けた剣士なのだから弱い筈も無く、また和人に剣を師事しているのだから他のプレイヤーより技術はかなり高かったため、経験こそ一護や和人に劣るとは言え実力はかなり上位に食い込む。木綿季も、現状この二人が協力してくれればかなり楽になると言っていた。
それくらい信頼される剣士達なのである。
「はぁ……ま、明日奈の事もあるし、あたしも協力しようかなぁ……タンク兼鍛冶師だったあたしがどこまで行けるか分からないけどさ」
「あ、あたしも協力します! 明日奈さんや和人さんの為にもです!」
頭を掻きながら苦笑を浮かべて里香が、両手を胸の前で握って精一杯の意思表示をする珪子が、同様に参加すると言った。
里香はリズベットとして優れたマスタースミスなので、レプラコーンとして来てくれれば装備が充実するし攻撃型タンクとして優秀なので、パーティーの要となる。珪子ことシリカは特筆した能力こそ無いものの、オールラウンダーに物事をこなせるし速度重視のスピードアタッカーなので、速力が求められる世界樹攻略でも重要な戦力になると言っていた。
「あの二人には色々と背負わせちゃったからね……今度はわたしの方が助けないと。うん、わたしも行くよ!」
幼馴染最後のSAO組である琴音が、最年長者として最年少にずっと重荷を背負わせていた事を心苦しく思い、今回でそれを少しでも返す為に、参加の意を示した。短剣使いの中でも最強に位置する琴音ことフィリアが加われば、相当戦力が強化されるだろう。
「あたしは元々シルフ最強プレイヤーとして攻略参加組だった訳だけど……こうなったら、何が何でも世界樹の上に行かないといけなくなったね」
「私もケットシーとして参加するから当然協力するわよ……和人には、色々と恩もあるしね……」
ALO古参組の二人は、姉として、恩ある幼馴染として、木綿季に協力する事を申し出た。この二人はSAOで一緒に戦っていた訳では無いがそれぞれシルフとケットシー最強に位置しているらしいし、木綿季とも同年代として親しいようなので、恐らく大丈夫だろう。まだ突撃する予定日まで余裕があるからそれまでに連携訓練を積んでいれば大丈夫な筈だ、元々参加するメンバーだったようだから世界樹攻略の段取りは分かっているらしいし。
俺は元々参加する話になっているので、これで此処に集まった全員が木綿季に協力する事になった。菊岡はそれを見て、柔和な笑みと共に満足気に頷いた。
「分かった。では紺野さんからはマスター、すみませんがあなたから話してもらえますか? 僕はチームの方で話し合わなければならないので」
「任された、しっかり伝えよう」
「どうもありがとう……では皆さん、ALOと《アミュスフィア》を購入する資金を今から手渡します、これで購入してきて下さい。当然ですが返済は必要ありません。また、《ナーヴギア》に比べてどうも画像処理速度に不満を持つ方も居るようですが、絶対に《アミュスフィア》でプレイして下さい」
全員が真剣な面持ちで頷いたのを確認してから、菊岡はバッグの中から五人分の封筒を取り出した、やはりあらかじめ用意していたらしい。それを五人は受け取り、中身を菊岡に言われてしっかり確認してから各々が持つバッグの中に仕舞った。
その後、菊岡が帰ったのを契機に近くのゲーム店や電気店に赴いて《ALO》と《アミュスフィア》を購入して、その場は解散となったのだった。
はい、如何でしたでしょうか?
今回は書き上げるのに相当難儀しまして、ユウキVSユージーン戦後はすぐに浮かんだのですが、その後で悩みました。
最初はサクヤとアリシャ・ルーの対談場面を書こうと思っていたのですが、ぶっちゃけユージーンを相手にした時と被るし、会話内容もくどくなるのでやめて、藍子視点で続けてやってみました。
すると、ちょっと藍子の勉強がヤバいという設定になってしまい……木綿季が頭良いという展開になってしまいました。原作でも、木綿季に関しては小学校でトップクラスの成績だってあった気がしますし、頑張れば多分中学生程度なら取り戻せます。
さて、今回で分かったと思いますが、木綿季は既に国家権力及びALO全種族の領主を味方に付けております。今後は彼らを率い、世界樹攻略を目指す描写をする予定です。とは言え私の一話の文字数的に、一話か長くても二話に入ってすぐに攻略は終わるのですがね。
一万文字以上も戦闘シーンは書けません(笑)
ではそろそろ、次回予告です。
領主達を説得して味方に付けた木綿季は、着々と世界樹攻略、もとい愛する者の救出作戦を進行させていた。幼馴染達にも打ち明け、協力を得られる事になった木綿季。
あらゆる準備を整え、これ以上ない戦力を以て今、世界樹攻略へと乗り出す。
【絶剣】と言祝がれた剣士は今、持てる力の全てを以て天へと叛逆する。
次話。第八章 ~集結~
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第八章 ~集結~
どうも、おはこんばにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
まず三日開けてしまった事についてですが、正直に言えば気力を削がれてました。
そしてもう一つ謝罪をば。
前話の後書きで、世界樹攻略に乗り出す的なノリでしたが、そこまで行きませんでした。攻略の前にちょっと書いた方が良いかもみたいな話を思い付いたので。
まだ攻略までいきません、まだ少し先になります。
今話は前話で《ダイシー・カフェ》の会話の時に、どうして木綿季が来なかったのか、そして急遽入った用事というものが分かります。
ではどうぞ。
第八章 ~集結~
ALOをプレイし始めるまでは漫然と日々を送っていたせいで酷く遅く流れて行ったように感じた時が、忙しくなってからは瞬く間に過ぎ去っていき、12月も残すところ早一週間となっていた。今日はALOでエギルに依頼し、一護達を《ダイシー・カフェ》に集めるよう言っているので、そこに行くつもりだ。
ボクが直接言わなかったのは単純な話、エギルの方がログアウトするのが先だったため頼んでおこうと思ったからである。なので特に他意は無かったりする。
《ダイシー・カフェ》は東京都台東区御徒町の裏道にあり、区分が違えど和人さんが入院する病院と同じく県境を越えなければならないので片道だけでも時間が掛かる。なのでそろそろ行こうかと思って鍛錬を切り上げ、軽くシャワーを浴びて浴室を出た所で、来客を知らせるインターホンの音が鳴り響いた。
現在時刻は午前十時。まぁ、確かに誰かが来てもおかしくは無い時刻なのだが、誰か来る予定でもあったかと体を拭きながら首を傾げる。自分が把握している限りでは宅配なども無い筈なので今日は誰も来ないと記憶している。そもそもうちは全員が何らかの理由で家を空ける事が多いので、宅配なども家に居る夜に来るよう調整する事が殆どだ。
……しかしこの気配、覚えがある処では無いのだけど……?
『木綿季、明日奈さんが来たわよ。あなたに用があるって言ってるけど……』
家を来訪した人物の気配に首を傾げていると、やはり当たっていたらしく、覚えのある人物が来たようだった。明日奈なら覚えがあって当然である。
だがしかし、今日はおろかそもそも明日奈と何か話すという約束はしていない。あると言えばあるが、まさか明日奈の方から接触を図って来るとは思ってなかった。
「ちょっと木綿季、聞いてる……の…………」
「あ」
返事もせずに考え込んでいたため聞いていないか聞こえていないと思ったのか、出てくれた姉が苛立った様子で浴室の扉を開けた。まだ体を拭いている段階だったこちらを見て固まり……
「……ご……ごめん、なさい……」
ぼふっと顔を赤くして、そろそろと扉を閉めた。
……うん、別に女同士だし、嫌な視線という訳でも無いから見られても構いはしないんだけども、そんな反応されるとこちらが困ると言うか……別に構わないのに恥ずかしくなってくるではないか。昔は一緒にお風呂に入っていたのだから顔を赤くする事も無いだろうに……
「えっと……取り敢えず、ボクの部屋に通しておいてくれる? 服着たらすぐに行くって伝えておいて」
『わ、分かったわ……』
物凄く気まずそうに返事をした姉は、何やら急いだ様子で浴室の前から遠ざかって行った。気配が凄く乱れている事から少しでも早く離れたかったのだろうな……
ふと、脱衣所にある洗面台の鏡を見れば、少しだけ恥ずかしげに頬を朱く染めた自分の顔、そして腰から上の裸体が磨かれたばかりの鏡面に映し出されている。
「…………作り物、じゃあ……ないんだよねぇ……」
かつて、この世界とは違う世界で作り出されていた妖精郷に降り立った時に得た容姿で、この世界の現実を生きている自分の体。前世と同じような容姿で育った姉と異なって、まるで先祖返りかのように紫紺色の混じった黒髪とアメジストを思わせる紅の瞳は、黒髪黒瞳、茶髪などが多い日本人の中でも異質で、稀に嫌煙される事もあった。
一時はこの容姿を僅かなりとも恨んだ事があった。こういうのは二次元の世界だったり、仮想世界というゲームの中でこそ映えるものであり、現実では異質なものとして淘汰される対象だからだ。
だが、この紫紺の髪を好んで櫛で梳き、瞳の色が綺麗だと微笑んでくれた人が現れてから、その恨みも無くなった。この姿は今世の自分の確かな肉体であり、この容姿を恨むという事は苦しい思いをしながらも産んで命を与えてくれた両親を恨む事と同義となると気付いてからは尚更だった。両親を恨むのは、それはお門違いも良い所だからだ、これに関して誰を恨む事など出来はしないのだから。
ボクの容姿に関しては、恐らくあの人を転生させた存在の龍神とやらが関わっていると睨んでいるが、真相は分からないので闇の中だ。
まるで妖精郷を生きていた頃のように思うが侭に動く体は、肉体の衰えもキッチリあるとは言え、生物学的に筋力で劣る女性なのにも関わらず男性に匹敵する身体能力を秘めている。有体に言ってしまえば基礎能力がずば抜けて高いのだ。だから木刀を振るって離れた所にある枝を斬るなんて事も可能になっているし、鍛えてからは気配を感じ取る事も可能になった。自分で自分の底が見えないのである。
だが見た目、そこまで筋力があるとも思えない細さを維持している。
自分が振るっている木刀は一本につき五キロの重量があり、習っている剣術や《絶剣技》などは二刀流があるため、両手併せて十キロといったところだ。更に鍛錬の際には両手足にそれぞれ二キロの重しを付けたリストバンドを、袴には五キロ分の重しとなるものを仕込んでいる。これらを全て付ければ合計で十三キロの重しを付けている事となる、十キロの米袋一つと少しの重しは存外体に掛かる負担が大きい。
だが、それらを纏っていても支障が無い程度に動けるようになった今の自分の体は、本当にそれが出来るのかと思う程の華奢さがあった。そこそこ鍛えていた男の一夏ですら根を上げたにも関わらずだ。
まぁ、その代わりにか体を鍛えている事もあって背は伸びている。SAOから帰って来てからも幾らか背は伸びたので、今の身長は163センチとそこそこの高さがあり、あと少しで明日奈を超えるくらいだ。前世を考えれば成長したものである。
そんな事を考えながら下着、次に衣服に身を包んで浴室を出た。姉は自室に、明日奈の気配が自分の部屋にある事を確認しながら二階に上がり、自分の部屋の扉を開けた。
部屋の中には、所在無さげに用意されている座布団に座る明日奈の姿があった。
***
「ここが、木綿季の部屋、かぁ……」
何やら顔を赤くした藍子ちゃんに、ここで待つようにと案内してもらった私が入ったのは、私が紺野家を来訪した目的の人物である紺野木綿季の自室だった。勝手に入って良いのかとも思ったが本人がここで待つように言ったらしいので、それならと座布団を貰って、それを敷いて待つ事にした。
しかし待つだけというのは存外暇で、考え事を纏める意味も込めて部屋の中を見渡した。
大体部屋の広さは九畳程と中々大きく、勉強机にベッド、縦に重なっているタンスと結構な家具もあった。机上には勉強をしていたのか参考書……それも高校生が大学受験で使うような参考書から中学受験で使うような教科書まで、多種多様の書物が積み立てられていた。もしかするとこれを一人で全て解いてきたのかと思うと、彼女の勤勉さには脱帽させられる思いである。端の方には彼女のものなのか紫紺色のノートパソコンもあった。
そして、私はタンスの横に立て掛けられている木刀と竹刀を見つけた。それぞれ二本ずつあるそれらは相当使い込まれているようで、柄の部分の色が変わっていた。
そういえば木綿季は桐ヶ谷道場の師範代だったっけ、と以前ちらっと聞いた事を思い出していると、がちゃという音と共に部屋の扉が開いた。顔を向ければ少し髪がしっとりと湿気を含んでいる木綿季が入って来るところだった。
「ごめん、待たせたね」
「あ、ううん、いきなり来たんだから別に気にしてないよ。そんなに待ってないしね」
慌てて言うと、彼女はそっかと微笑みを浮かべ、扉を閉めた。黒のシャツの上に少し厚めな紫色のカーディガン、紺色の長ズボン姿の木綿季はやはり動きやすさを重視しているように思える服装だった。
……というか……
「……えっと、明日奈、じっと見てきてどうしたの?」
視線を固定して木綿季を見続けていたからか、少し気恥ずかしそうに頬を染めてぽりぽりと指先で掻く姿は可愛らしくもあり、同時に綺麗さも倍増させていた。
「木綿季……前見た時よりも少し綺麗になった?」
「へ? いや、いきなり何を……そんなの自分じゃ分からないし…………というか、明日奈の方が綺麗だと思うんだけど……」
「いやいや、それは無い」
木綿季の反論に私はパタパタと手を横に振って否定を返した。
木綿季は知らないかも知れないが、彼女は私にもあったファンクラブだとか以上の人気を誇っていたので、何気にとんでもない数のファンがいる。SAO時代は幼さの中に見える真剣さもあって人気となっていたが、時に見せるそのあどけなさもまた人気の一つだった。
今見れば、あどけなさが薄れ、大人びた表情に見えて可愛いよりも先に綺麗と思える方が大きい。背も高くなってるし、スレンダーながらスタイルも良いので、和人君と付き合っていなかったらきっと沢山告白されていたに違いない。
「木綿季ってその辺の自覚が薄いから仕方ないかもだけど、私よりも木綿季の方が人気あるんだよ?」
「えー……?」
物凄く不可解げな顔で首を傾げる木綿季は、自分の立場というものがよく分かっていないらしい。そもそも突如としてデスゲーム化したのに即座に最前線に出て情報を集め、右も左も分からない人々に生きる為の指針を示し、生き残れるよう人助けの為に動き続けていたのだから、それだけも人気が出て然るべきなのだ。更にはボス攻略でも更に前に立つギルドの副団長なのだし。
まぁ、キリト君もキリト君で、かなりの人気を誇っていた。あの可憐な容姿も相俟ってファンクラブなんてユウキと並ぶかそれ以上の数が存在したし、仁徳もあったのでかなり慕われていた。だからこそ《十六夜騎士団》もあそこまでの勢力になっていたと言えよう。
自分が私以上に人気という部分で考え込んでいた木綿季だったが、暫くしてはぁ、と溜息を一つ吐いてからかぶりを振った。
「まぁ、もう終わった事だし良いか……それで、いきなり明日奈はどうしたの? ボク、今日ちょっと出る用事があるから手短にお願いしたい……」
「うん、出来るだけ短くするから……木綿季は、須郷伸之っていう人の事、知ってる?」
「ッ?!」
まず話をするために人物名について知っているかどうか問うた。これは和人君がかなり顔が広いし、彼は結城家と関わりが深いためもしかすると会った事があるかもという疑問もあったので、その確認のための質問だったのだが、何か言う途中だった彼女は瞠目して私を見て来た。
この反応からどうやら知っているようだが……ちょっと動揺し過ぎではないだろうか?
「……明日奈、もしかして話っていうのは、和人さんと関係あったりする?」
「え? う、うん……」
「…………ごめん、ちょっと先方に電話してくる。ここで待ってて」
正に和人君が目覚めない原因について話そうと思って此処に来たのだと頷けば、彼女は難しい顔をしたまま電話をするために部屋を出て行った。どうやら出る用事というのは誰かと会う事だったのかも知れないが、それをキャンセルしてまで私の話を聞いてくれるらしい。
それにしても、どうして彼女は、私が話そうとしている事が和人君の事だと分かったのだろうか……?
数分の後、案外長電話になったらしい木綿季が部屋に飲み物であるウーロン茶の大ペットボトルとコップ二つを持って戻って来て、少し口に含んでから、話をするよう促された。
「えっと……用事の方は、良かったの?」
「知り合いに任せた。あっちも事情はある程度把握してくれてるから大丈夫だよ……それよりも、明日奈の話の方が大切なんだ。話して」
「え、あ、うん」
抑えてこそいるが、何やらボスと戦う時のような鋭い気迫を纏っている木綿季の勢いに少し圧倒され、どもりながら返事をした私は、此処に来た理由を話す事にした。
「さっき言った須郷伸之っていう人は、男の人で……《SAO事件》一年目を過ぎた辺りで父さんが決めた、私の婚約者の人なの。腹心の部下で、昔から父さんと関わりがある人だったからよく顔を合わせてたんだけど……こう、目上の人には良くするんだけど、目下には凄く見下してくる人で……」
「典型的な小物だね」
バッサリと、大まかにあの男の人格をそう評した木綿季に苦笑を禁じえなかった。うわぁ、と内心で呟いてしまうくらい気持ちのいいバッサリ加減だった。まぁ、その意見にはとても同感なのだが。
「それで…………その人、和人君の命で私を脅して、婚約状態を維持しようとしてて……逆らうと命は無いって……」
「そう…………それで、明日奈はどうして、それをボクに? 最悪、激昂して我を忘れたボクが、その須郷伸之っていう人を殺しに行く可能性もあったよ? あの人の敵は絶対に許さないって決めてるからね」
座布団で対座に面している木綿季が軽く腕を組みながら言ってきた事は、普段の彼女を考えればしないだろうと思う事も、本当に和人君が殺されてしまったら躊躇なくするだろうと納得してしまうものだった。和人君から人を護る為の剣を学んでいる彼女がするとは思えないが、彼に対する愛情は本物だった……命を奪われれば、恐らく本当にするだろうと簡単に予想が付く。
それくらい深い愛情を注ぐ和人君は、半ば私が原因で命を握られている状態だ。
「……ごめんなさい……!」
だからこそ、私は木綿季に深く頭を下げた。土下座だ。
「明日奈……?!」
「須郷さんが私を狙ったから……私が彼と関わってたから……もう、何て言ったらいいか、分からないけど……本当に、ごめんなさい……!」
「……」
土下座をするまでは予想出来なかったらしい木綿季が息を呑んだ気配を察したが、頭を下げ、目をキツく瞑っている私には本当にそうなったのかは分からない。とにかく頭を下げて謝罪しなければと、それだけで頭の中は占められていた。
「ねぇ、明日奈」
数秒、数十秒、事によれば数分は経過していたかも知れない沈黙を破った木綿季の声音は、慈愛に満ち溢れていた。とても優しく、柔らかく、怒りなんて一切感じられないくらいに暖かな声音だった。
顔を上げれば、仕方ないなぁとでも言いたげな微笑みを浮かべていた。
「和人さんが囚われているのは、確かに間接的には明日奈が原因なのかも知れない……でもね、直接的な原因は、その須郷伸之なんでしょ?」
「……うん……」
「なら、明日奈は悪くは無い、むしろ狙われてる側なんだから被害者だ。だから明日奈、謝らないで、謝ったら悪くないのに悪い事になってしまう……」
「でも……」
そうは言われても納得いく事では無いのだ、だから謝罪を受け取って欲しかった。そう言いたくて、でも言えなくて言葉に詰まっていると、木綿季はそんな私を見てかはぁ、と溜息を吐いた。
「《十六夜騎士団》細剣部隊部隊長【閃光】のアスナッ!!!」
「は、はいッ!!!」
唐突に、SAO時代の役職と共に二つ名と名前を道場にて鍛えられている大音声で呼ばれた為、物凄く驚きながら同じように返事をした。かなりお腹に力を込めていたのだが、やはり肺活量に差があるのか、木綿季の声よりも二回りほど小さい。
木綿季は私を、副団長の目で見て来た。しっかりと芯を感じられる強い瞳、暖かな猛火を思わせる紅色がきらりと光った。
「今回の件、貴女に非は無いものである! 故に今後この件で謝罪する事を《十六夜騎士団》副団長として禁ずる!!! この命令は絶対である!!!」
「え……ええ?! ちょ、それは流石に横暴だよ!」
「横暴というのは道理に敵わない事を指し、今回の謝罪について貴女に非は無い、故に今回の件に謝罪する事を禁ずるのは道理に敵う事。よって横暴にはなり得ない」
「い、いや、そうかもだけど……でも、私としては謝罪を受け取って欲しいよ……この後、直葉ちゃんにも謝るつもりなのに……」
むしろ彼のご家族にこそ謝罪しなければならないだろう。まぁ、先に通ったので桐ヶ谷家にも訪れたのだが、直葉ちゃんは出稽古なのか用事でもあったのか留守だったみたいなので、次に紺野家に居るだろう木綿季の下を訪れたのである。
ぶつぶつと、往生際悪く不満を口にしていると、なら、と木綿季が声を挟んできた。
「明日奈、ボクに協力してくれない? 和人さんを……未だに覚醒していないSAOプレイヤー達を目覚めさせる為に。罪滅ぼしとして協力してくれるなら謝罪を受け取るよ」
「……え? 協力って……?」
そもそも彼女は今日初めて須郷伸之の事、和人君が未だに目覚めない原因を知ったのではなかったのかと困惑の極みに陥っていると、木綿季はくすっと微笑んだ。
「実を言うと、もう一ヵ月以上前には須郷本人から聞かされてたんだよ、明日奈が話した事全部ね」
「え……ええ?! それ本当なの?!」
「うん。でも明日奈から連絡無いし、もしかすると身動き取れないか連絡取れないようにしているのかと思ってたんだけど……須郷ってやっぱり詰めが甘いね。いや、仮に話して協力体制を結んだとしても、どうにも出来ないだろうと高を括っているのか……」
あの人の性格的には多分後者なんだろうなと思いつつ、協力とはどういう事かと問うと、一ヵ月前に須郷さんから話を聞かされてから今までの事を大まかに話してもらった。一番驚いたのは、ALOに彼が囚われていると推理で辿り着いた事だと思う。次に国家権力を持つ役人と交渉して協力体制を結んだこと、ALOの九つある種族の領主達全員と交渉して同盟を組んだ事か。
和人君も大概だと思っていたが、木綿季も一緒に居たからなのか相当なものだった。予想の遥かに上を行く。
「木綿季も、和人君と同様にとんでもないよね……普通お役人さんと協力体制結んで事件解決に率先して協力するなんてしないよ……」
「あの人に比べてボクなんて足元にも及ばないからね。救出できる確率を上げるにはこれしか無かったんだ……ああ、協力してほしい事だけど、ALOの世界樹攻略に明日奈も参加して欲しい。ボクに合わせられる人が未だに居なくて割と困っててね……」
「……私もという事は、他の皆はもう居るの?」
「いや、今日話す予定だったんだ。明日奈が来たから、さっき話した役人とエギルに説明を任せて来た」
「そ、そうだったの?!」
まさか電話相手がエギルさんにお役人さんだったとは……手を煩わせてしまった事を今度謝らないとなぁ……
「という事は、今日から皆も始めるの?」
「さあ? そこは皆の意思次第だね。嫌だと言えばそれでもいい、協力してくれるなら嬉しいよ。あの世界で命の危険があったんだし、家族の事も考えるよう伝えてと言っておいた。明日奈も、別に強制はしないから、そこをよく考えて欲しい……二度と目覚めないかも知れないし、最悪……自分が自分じゃ、なくなるかも知れない」
「……それは、どういう……?」
二度と目覚めないかも知れないというのは恐らく今の和人君達と同じ状況になるという事だからまだ分かるが、しかしその後に言った事の意味が分からない。私が私でなくなるというのは、一体……?
「……ごめん、明日奈。それについて詳しくは話せないんだ……明日奈には……いや、他の誰にも、知って欲しくは無いから」
教えて欲しいと視線を求めたが、木綿季は目を瞑り、かぶりを振りながらそう拒否を返してきた。何か重大な事を彼女は知っているのだろう。
苦渋の決断らしい表情をしていた木綿季は、一瞬だけそれを和らげたが、今度は更に険しさを増した表情で私を見詰めて来た。その眼に、労りの色が垣間見えた気がした。
「矛盾するようだけど……出来る事なら、本当なら、もう誰も巻き込みたくなかった。最初はボク一人で終わらせるつもりだった。役人にも頼らず、一護達にも、こうして話している明日奈にも、ね……でも、だけど、ボクはあの人みたいに一人で解決出来る力が、無いんだ……きっと、一人でやろうとすればするほど、ボクはあの人を苦しめてしまう……死なせて、しまう……」
「木綿季……?」
独白のように、まるで懺悔するかのように放たれた木綿季の言葉は、まるでどうしようも出来ない壁にぶつかったかのような苦渋と悔悟の念に満ちていた。木綿季の瞳は私を映しているが、彼女が見ているのは私では無い、そんな気がした。
「お願い……危険を承知の上で…………力を、貸して……」
私の手を弱弱しく取って、俯いたまま縋るように頼んでくる木綿季。さっきはよく考えてと、まるで遠ざけるような言葉を口にしていたけど……きっと、これが彼女の本心なのだと思う。大切な人を助け出したいが為に親しい人を巻き込む事に、きっと後ろめたく思っているから、相反する事を両方口にするのだ。
本当に……私よりも年下なのに、圧倒されるくらい心が強い子だと思った。
私はゆっくりと近付いて、俯く木綿季を抱き締めた。ほぼ同じ背丈の木綿季の顔は私の左肩に乗せられた。
「……うん、分かった……どれくらい力になれるか分からないけど……木綿季に協力するよ」
きっと一護君や一夏君、里香に珪子ちゃん、琴音さんも、木綿季に協力すると言うに違いなかった。あの世界でずっと守ってくれていた和人君には誰もが恩を感じているし、彼を助ける為にずっと戦っている木綿季に協力しないなんて、私達の中には存在しないのだから。
《十六夜騎士団》にある二つの掟。そのうちの一つである《皆は一人の為に、一人は皆の為に、義を以て事を為せ、不義には罰を》という掟に従って、私は動くだけだ。
僅かに嗚咽を漏らしていた木綿季から離れた私は、しっかりと木綿季を見据えて口を開いた。
「私、結城明日奈は……掟に従い、私自身の義に従って……副団長、貴女の力となります」
この場に細剣が無く、騎士装で無い事が惜しまれたが、姿こそ異なれど心だけはあの世界を生きた《十六夜騎士団》細剣部隊部隊長【閃光】のアスナと変わらない。私はあの世界で和人君と木綿季によって鍛えられ、育て上げられた剣士の一人であり、騎士団の一員なのだ。心が変わらないなら、きっと私の言葉は伝わった筈だ。
私の宣誓を受けた副団長は暫く瞠目して固まっていたが、暫くして一度深く瞑目し……そして、副団長の名に恥じない毅然とした面持ちで私を見据え返してきた。
「……お願いね、明日奈」
「……うん。和人君、絶対助け出そうね」
私の言葉に、木綿季はこくりと涙を浮かべた微笑で応えたのだった。
*
「あっ、そういえば……」
「ん?」
それから暫くは木綿季からALOでの戦闘やシステムについてレクチャーを受けていた私だったが、その途中である事に気が付いて声を出して、彼女の説明を中断してしまった。丁度、作戦の肝心要となる世界樹攻略の辺りの話だったので、そんな重要な話の最中に遮るように声を上げてしまった事に、木綿季は怒りや苛立ちでは無く訝しげに首を傾げた。
後にするべきかどうか迷ったが、木綿季は何か聞きたいらしくて目で先を促してくる。恐らく説明は後で何度も繰り返しする必要があるからこちらを優先してくれるのだろうと思いつつ、厚意に甘えて疑問を呈する事にした。
「えっと……ダイブ場所、どうしようと思って…………須郷さんに見つかったら面倒な事になりそうだし……木綿季は水面下で動いてるんでしょ?」
「うん。運営側に悟られないように細心の注意を払ってるからね、広告はおろかメールにすらも会談内容は伝えないようにしてる」
その気になればメールのログすらもGMは閲覧可能という可能性すら――現実的な手間を除いて――あるため、木綿季はその辺を厳重注意していたという。なので会談場所などはおろか、そもそも同盟調印を行った事すらも中立域に居る一般プレイヤー達には今現在も秘匿されているらしく、訓練などはその中立域プレイヤーに扮して行われているらしい。
噂が立ったとしても、それが風化して勘違いだったと思われるように時期を調整しているらしく、彼女の当初の予想に較べて一ヵ月も早く全種族の領主を味方に付けられたのは妨害の展開だったという。
それくらい木綿季が本気で取り組んでいる事を、もし私がALOにダイブしているだけで全て水泡に帰してしまったなら、和人君を助ける事すらも出来なくなってしまう可能性があった。
恐らくそれには気付いていたのだろう、こちらが呈した疑問……つまりはダイブ場所について、彼女は一切表情を苦悩などに歪めはしなかった。
「確かに明日奈がフルダイブゲームをまたプレイしているとなると、須郷が手を出すかも知れないし、最悪明日奈まで……いや、未覚醒者を出してる原因まで辿れるようになるから、流石にこれは無いか……」
私がVRMMO、もっと言えばALOをプレイしている最中に未覚醒に陥れば、流石のお父さんでもALOを運営しているレクト……正確に言うなら《レクト・プログレス》と呼ばれる企業のVR研究部門の室長を務めているあの男が犯人だと分かるだろう、あるいは木綿季と手を組んでいる《SAO事件対策本部》の人達が動く筈だ。
それを言うと、彼女はキョトンとあどけない表情になった。
……どうしたのだろう?
「木綿季? どうしたの?」
「え? いや、その……《レクト・プログレス》と大手電機メーカーの《レクト》って、違うの?」
「……あー……」
なるほど、彼女が疑問に思っていたのはどうやらそこだったらしいと、あどけない表情になった理由を察した私は胸中でそれを呟きながら納得の声を上げた。
よく世間でも勘違いされがちなのだが、大手電機メーカー《レクト》は《アミュスフィア》を開発・販売を請け負っている企業であり、飛べる事で大人気となっているVRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》を運営している《レクト・プログレス》とは別である。《レクト・プログレス》はVR研究部門があるように、仮想現実の研究に力を入れており、VRMMOの運営を目的としている、謂わば子会社なのだ。
それを説明すると、木綿季がなるほどと頷いた。聞けば人の上に立っている私の父親が、腹心の部下として傍に置いている筈の須郷さんの陰謀に気付いていない事に疑問を感じていたらしい。
「なるほどね、普段の仕事場から違えばそりゃ気付かないわ」
「お父さん、基本的に人が良いからね…………でも、本当にダイブ場所、どうしよう……?」
「……」
困ったと私が額に手を当てて悩んでいると、ふと木綿季が頤に手を当てて虚空を見上げ始めた。こういう時は何かしらの解決案が浮かび、それが現実に照らし合わせてどうかを鑑みているのが殆どであると経験的に知っているので、私は声を掛けずにじっと待つ事にした。何か良案でも浮かんでいるのだろうか。
暫く、およそ三分ほど虚空を睨んでいた木綿季は思考を終えたらしく、私を見て来た。
「明日奈、今日の須郷は何処に?」
「えっと……今日は確か、普通に出勤してると思うよ。あの人、あれでも一応実力で室長になってるから忙しい身だし」
「彰三氏は?」
「多分本社にいると思うけど……それがどうかしたの?」
「ん? ちょっと電話をしようと思ってね……一応、先にメールでアポ取っておこうかな……」
そう言って、木綿季は私の携帯のアドレス帳に登録されているお父さんのメールアドレスをメールで受け取った後、そのアドレス宛に幾らかの文章を打ち込んでから送信した。
「後は返信待ちかな」
「……何を話すつもりなの?」
「明日奈のお泊りのお願い」
「……へ?」
予想していたのと少しばかり違ったので、思わず返された答えに素っ頓狂な声を上げて呆けてしまった。
「てっきり、今回の事を話すとばかり……」
「いや、それもあるけど、最終的には明日奈がこっちにお泊り……もとい、須郷が関われないようにする為だし。問題は彰三氏に信じてもらえるかだけど……」
「……そこは、私も一緒に話すよ。実の娘の言葉ならちょっとは聞くと思う」
確かに須郷さんの本性を見抜けていない人の良い人だが、それでもお父さんの代だけで《レクト》を大手にまで育て上げた手腕があるのだ、理屈さえしっかり存在しているのなら子供の戯言だと跳ね除ける事は無いと思う。
そう思っている時、木綿季の携帯に着信が入った。ぷるるるる、と無味乾燥な初期設定の音と共にバイブレーションが続くそれを取った木綿季は、画面に非通知と表示されている事に顔を顰める。
「非通知……? 番号も表示されてないし……非通知着信は跳ねるようにしてるのに……」
まさか設定で弾くようにしている非通知がその設定を抜けて掛かって来るとは思わず、ぽつりと顰め面で漏らす木綿季は、私に少し待つように言ってから廊下に出た。恐らく設定を抜けたという部分で引っ掛かったのだろう。
木綿季が廊下に出て扉を閉めたのを見届けた直後、今度は私の携帯が着信を知らせた。設定しているメロディ通りに音楽を流す携帯の画面には《お父さん》という表示が出ていた。
***
非通知着信を弾くように設定していたのに、その設定を無視して着信を知らせるスマートフォンを片手に持ちながら、思考を高速で巡らせた。
普通、こんな事は現実的に考えてあり得ないと言って良い。設定を無視して着信が来るようになってしまったらクレームが入る事は間違いないし、それに対応してすぐに修正する筈だからだ。自分が使っている型番が出て早一年は経っているらしいが、幾らかの改善を求める意見はあれど、非通知は弾く設定を無視した非通知着信があるというクレームは無い筈だ。
つまりこれは、そういう設定の一切合切を無視して電話出来る相手という事になる。
即座に考えられた存在は三つ。
一つ目はこのスマートフォンや自分が契約している電話企業からの電話、それならアドレス帳に登録していないし設定を無視して電話を掛ける事も恐らく不可能では無い。だが可能性で考えるとそれは恐らくない、そんな事をすればこちら側に不快な思いをさせる可能性があるし、必ず連絡を取れるという訳でも無いからだ。そういう時は大抵迷惑メール扱いになるとしても大抵メールを送って来るし、今までも実際にメールで送って来た。だからこれは無いだろう。
二つ目は自分とあの人の愛娘達だ、彼女達は純粋なAIでシステム面に対しては絶対的なアドバンテージを有する、取り敢えずこういう携帯機器程度の防御壁は簡単に弾けるだろう。だが彼女達が居るのは元々キリトさんの《ナーヴギア》の筈であり、少なくともこの携帯端末に入れるよう教えてはいない。まぁ、自己学習などで入って来ていたのならおかしくないが、その場合は着信などまだるっこしい事はしない筈だ。よってこれも無い。
三つ目はプログラムなどに絶対的な権威を持つ篠ノ之束、すなわちIS開発者の存在だ。彼女はISという機械工学などに一石を投じる開発をした訳だが、それらの技術は殆どがプログラムによって――機体制御なども含めて――構築されているので、機械工学だけでなく電子工学の方にも強くならなければならない。ISというのは未だに解明されていない部分が殆どらしいので、それを作り上げた彼女からすれば、そんな設定を無視する事も可能だろう。
だが三つ目の場合、このタイミングで掛けて来る意図を察し辛かった。
そもそも篠ノ之束という人間は、師範代として見て来た自分が言うのもあれだが、かなり人間不信且つコミュニケーション障害を持つ人間である。自身が認めたり興味を持った人間以外にはとことんまで冷たく、まるで路傍の石を見るかのような冷たく無機質な目を向けるのだ。同じ無機質でも、こちらを人間と認識しているヒースクリフよりある意味で酷い人格だったのだ。
桐ヶ谷道場に通っている間に、気付けば何時しか態度がある程度軟化していた彼女は、どうやら和人さんと何かあったらしく相当な信頼を寄せているようだった。自分が既に恋人としていたのでそれらしい言動を取っていなかったようだが、あれは理解者が現れて懐いているようにも思える。
しかし、だからと言ってすぐに人間は変わらない。流石に同じ道場に通う同い年の親友千冬、弟の一夏や自身の妹である篠ノ之箒には――箒は門下生では無かったが――初めから意識を向けていた、同じ道場に通う門下生同士として他の子達にも意識を向けるようにはなっていたが、それでも関わりが薄い事もあって先に挙げた三人よりは冷たい反応だった。
後に和人さんが加わって四人になるが……当然ながら、自分はその中には入っていない。何故なら束は剣術寄りの門下生ではあったが、その剣術は長年教わった篠ノ之流剣術であり、桐ヶ谷流剣術のみを習って少ししか経っていなかったボクより、他の流派剣術にも通じている和人さんと鍛錬する方が良かった為だ。
だから自分とはそこまで関わりが無いのだが……逆に考えれば、桐ヶ谷和人という一人の人間との繋がりはどちらも深いと言える、深さで言えば交際している自分の方が圧倒的に深いに違いないが。
だから、もしかすると彼女も独自ルートで、和人さんが未だに未覚醒状態にある原因に気付いたのだろうかと思いながら、廊下を出て部屋から離れた所で漸く着信画面のボタンをタップし、電話に出た。
『もすもす、ひねもすー?! 皆のアイドル篠ノ之たば……』
そして耳を劈く程の矢鱈ハイテンションな大声が響いて来たと同時に、ボタンを容赦なくタップして無理矢理に通話を切った。
直後、ほぼラグ無しで掛かって来て、画面を見るとまた非通知だったので同じ相手だと溜息を吐きながら通話に出た。
『ちょっとゆーちゃん?! 何でいきなり通話を切るのさ?!』
「……色々と小難しく考えてたボクが馬鹿らしく思えてね。あと、何故か物凄く腹が立った」
『ひどッ?! 流石に今回束さんは悪くないと思うんだけど?!』
まぁ、確かに非通知設定なのはアドレス登録してないからなので、別にそこら辺で彼女に非は無いのも確かだが……色々と気が立って警戒しているボクには刺激が強すぎたのである。
「……まぁ、確かにいきなり切ったのはボクが悪かったから、ごめん……それで、何か用? そっちから電話してくるってかなり珍しい事だけど」
『んー……ちょっと納得いかないけど、まあいっか。電話したのはいっくんから連絡を受けたからなんだよ……ゆーちゃん、今、危険な事をしてるんだってね?』
「……」
どうやら電話してきたのは、恐らく明日奈と話している間に菊岡さんとエギルから話された一夏が、彼女に相談した事がきっかけらしかった。少しだけ緩んだ気をすぐに張り詰めさせ、一切口を滑らさないように心構えをし直した。
束は確かに和人さんと親しい……けれど、だからと言って、彼女も味方だとは必ずしも言えないのだから。敵の敵は味方と言うが、敵でもあり味方でもあるという言い方が正しいのだから、油断は出来ない。
「……確かに、危険ではあるけど、それがどうかした?」
『束さんもお手伝いをしようかと思ってね。和君、助けるんでしょ? 《SAO事件》では【カーディナル・システム】のガードが強過ぎて太刀打ち出来なかったし、それの劣化コピーであるALOも似たようなものだけど……それでも、ちょっとプログラムに干渉してデータを弄る程度なら力になれるよ』
「……それは……」
それは正直、決定打に欠ける今では喉から手が出る程に欲しいと思える助力だ。
世界樹内部を上り切った先にあるあの十字窪みの扉が、到達したプレイヤーの為に必ず開かれるとは思っていない、恐らくGM権限だか何だかでそもそも開かないようにされている筈だ、未覚醒のあの人やSAOプレイヤー達を捕えているのを秘匿する為に。助け出す為には上に登らなければならないのだから、その扉を開く力を有する束の助力は正直助かる。
だが……本当に、信用して良いのだろうか。どこか愉快犯で、他者はどうでも良いと思っている束は、和人さんを助ける事には協力的だが、他の未覚醒者達の事を一切度外視しているという事もあり得る。最悪他の人が死んでも良いから和人さんだけでも助けようとしそうで、すぐにその手を取るには危険だと警鐘を鳴らす自分が居た。
だからボクは『力を貸して』という言葉をすぐに発しそうになるのを堪え、慎重に行くよう胸中で何度も繰り返し呟いた。
「……それは、正直嬉しいよ。でも、分かってる? ボクは和人さんだけじゃない、直に顔を合わせていないかも知れないけれど、あの世界を共に生きた他の人達を含めて、全員を助け出す為に動くんだ。他の人はどうでも良いと思っているなら、その助けは受け取れない」
『幾ら束さんでも流石に全員は助けられないよー……と言っても、見捨てるつもりなんてサラサラ無いけどね。と言うかむしろそこはゆーちゃんが動くんじゃないの? 私はその手助けをするだけだよ?』
何と、束はこちらの予想を遥かに裏切る言葉をスラスラと言って見せた。それが本心か、それともただ取り繕っているだけなのかは、残念ながら全くの経験不足なボクには察せなかったが……
「…………束、キミ、本物?」
『ちょっ、ゆーちゃん、それは流石に酷くない?! これでもかなりコミュ障直して真っ当になったつもりなんだけど?! それに他の人を見殺しにしたら師範の和君が哀しむし、束さんとしても屑にはなりたくないから、そんな事しないよ!』
物凄い失礼な質問に対し、通話開始直後とほぼ似たテンションというか驚きの声音でまくし立てて来た反応からして、さっきの言葉が本心から言っているのが何となくわかった。もしもあれが上辺だけだったなら、へらへらと笑いながら否定していたか煙に巻くだけだっただろうから。
……これなら多分、信頼もして良いだろう。
「ごめん、疑って…………協力、お願い出来る? 正直厳しいものがあるよ?」
『何を言ってるのさゆーちゃん、私が誰か忘れたかい? 天下の大天災、篠ノ之束たぁ私の事さ! 他の人には出来ない事もやってのけるのが大天災たる束さんだよ! 和君を助け出す為なら苦難の十や二十、耐え忍んで頑張ってやろうじゃないの!』
「ん、そっか…………なら、早速お願いしたい事が一つあるんだ……」
心が打ち震える程の協力の声を返されたボクは、歓喜の涙を浮かべそうになるのを堪え、僅かに声を震わせながら一つお願いしたい事を告げた。それを聞いた束さんはふむふむ、と相槌の声を返してきた。
『なるほどねー、それは確かに必要かも……分かったよゆーちゃん、任せて。確か1月7日決行時間までにすれば良いんだよね?』
「うん……出来そう?」
少し無茶だったかなと思いながら訊けば、ふふん、と誇らしそうな声が聞こえて来た。
『さっき言ったでしょ? 和君を助け出す為なら苦難の十や二十、耐え忍んで頑張ってやろうじゃない! ……とは言うものの、正直間に合うかどうかは微妙だよ、難しいどころか激ムズ、それ以上に困難を極める事だからね…………でも確か、ALOってSAOとプログラムフォーマットは同じなんだよね?』
「うん。SAO時代の装備はデータコードの置換をする事で使用可能になったから、ほぼ同じ筈だよ。ステータスも同期してたからフォーマットはほぼ変わってない」
『なら多少手間が省けるかな……うん、分かった、それに関してはこっちで頑張ってみるから。ゆーちゃんも頑張ってね』
「……うん。よろしくお願いします」
『はい、任されました……木綿季師範代殿』
最後、今まで束には言われた事の無い呼称をされて通話は切れた。
まさかあそこでその呼称をしてくるとは思っていなかったので半ば茫然とし、同時に束の協力を得られた事も半ば唖然とした心境になりながらも、ボクはスマートフォンをスリープモードにしてから部屋に戻った。
「うん、うん……それじゃあね」
部屋の扉を開けると、どうやら電話をしていたらしい明日奈が丁度通話を切る所だった。扉を閉めつつ誰だったのか問うと、何と彰三氏からだったそうだ。
「木綿季に電話を掛けたけど繋がらなかったから、私に掛けて来たんだって。丁度部屋を出た辺りで掛かって来たよ」
「……なるほど、さっきの着信で弾かれてた訳だ」
「みたいだね。そっちは誰だったの?」
そう問いを発してきた明日奈は、んく、と持ってきた飲み物を口に含んだ。
「篠ノ之束」
「ぶふぅッ?!」
そして、口に含んだ飲み物を思い切りボクに向かって噴き出してきた。
……門下生だったらお仕置きしてたな、これ。
「げほっ、げほっ、ご、ごめん木綿季……!」
「……いや、良いよ。何となく予感してたし」
テーブルの上に置いているティッシュ箱から数枚のティッシュを取り、思い切り明日奈が噴き出した飲み物の飛沫で濡れた顔を拭いてゴミ箱に捨てた後、また座布団に対座で座り直す。
明日奈はさっきのが余程恥ずかしかったようで顔を朱くしており、見れば耳まで朱くなっていた。見ていてとても可愛いなと思った。
「というか木綿季、篠ノ之博士と関係あったんだ?」
「束は桐ヶ谷道場の門下生だからね。ただ篠ノ之道場でも剣術を学んでたから、専ら師範の和人さんに教えてもらってたけど」
「え、初耳だよそれ?!」
「そりゃあんな有名人が通ってるって言う訳無いでしょ……他の門下生に交じって習ってた時も偽名使ってたし、変装してたからね」
ISを開発した事で有名になった束は『東雲龍華』という名前で道場の門下生名簿に名を連ねている。ちなみに偽名の苗字は母方の旧姓、名前の方は父である龍韻さんから一時取り、女の子らしさを出す為に華を付け加えたらしい。
ちなみにボクがそれを知っているのは、その偽名の由来を教えてもらった和人さんから更に教えてもらったからだ。考えたのは千冬らしい。
「で、束は一夏から話を聞いたらしくて、和人さんを助ける為に協力するって内容の電話だったんだ。それで束にしか出来ない事を頼んだ」
「篠ノ之博士の協力も得られるようになったんだ……うわー……プレイヤー全領主だけならともかく、国家権力に篠ノ之博士とまで手を結べるって……ホント、予想以上に凄いんだね、木綿季って」
「ただ運が良いだけだよ、束に関しては和人さん繋がりで関係があるだけなんだし」
実際、前世の情報を持っていなかったらきっとボク一人で突っ込んでいたに違いない。いや、そもそも囚われている場所に気付く事無く、あの写真を見て漸く気付いて行動を起こすくらいだっただろう。これはボク自身の力なんじゃない、ただ知識が前以てある程度持っているだけなのだ。謂わばズルなのである。
ユージーン将軍や各種族の領主達を説得出来たのは多少経験もあるが、それでもその経験含めて前世のものがある。全て実力という訳でなく、ただ単純に運が良かっただけなのだ。
「その運や繋がりだって、木綿季の実力の内だと私は思うけどなぁ……」
「そうは思えないけどね…………ところで、明日奈は彰三氏とどうだったの?」
「え? あ、そうそう、私の話に耳を傾けてくれたよ。流石に最初はかなり訝しげだったけど、木綿季の推測を話したら一概にも否定できないし嘘を吐くような子でも無いからって、一応信じて、私がこっちに泊まるのを許可してくれた。作戦もあるから須郷さんに一切悟られないようにお願いもしておいたからね。いざとなったらお父さんが強権発動して抑えるってさ」
「そっか……」
その強権発動というのは正直褒められた行動では無いのだが、事が事だけに最悪それに頼ってしまう事も否めない。まぁ、それをすると、恐らく追い詰められた須郷は和人さんを殺しそうな気がするのだが……
ともかく、これで漸く準備が最終段階に移った。最悪幼馴染達は来ない事を想定していたし、束に関して言えば完全に慮外していたので望外の協力だった、当初に比べれば圧倒的な力を持っているだろう。
これで後は、束に頼んだ事が完成するのを待ちながら幼馴染達やSAO攻略組、ALO古参組を鍛えていくだけである。
残る時間は、およそ半月。浮遊城崩壊からジャスト半年後の1月7日に、全てを終わらせる戦いの火蓋が切って下ろされる。
はい、如何だったでしょうか?
今話で、前話は参戦しないかと思われた明日奈が参戦確定します、これは当初からその予定でした。なのでサブタイトルの《集結》は、仮想世界にギルド幹部が揃うという訳だったのです。
須郷の事だから、恐らく何も出来ないだろうと高を括って明日奈の行動を制限するとも思えなかったんですね、詰めが甘い男ですから。そもそも須郷って実力であの地位になっているからそんな事してる程暇とは言えないと思いますし。彰三氏と共に見舞いに来てましたが、関係保つくらいなら構わないでしょう、でも四六時中個人に構ってはられないと思い、明日奈は野放し状態にしました。
そして、今話で世界樹攻略まで達さなかった理由第一弾。
ISのキーパーソン、というかISの生みの親である篠ノ之束の登場及び協力です。
前話で一夏を出した辺りで、そういえばSAOから帰って来た一夏と一切連絡取ってない筈は無いと思ったので、いきなり入れてみました。チラチラと、道場の門下生として千冬と束、SAO入りする前には一夏も通っていたと書いていたので、ある程度の関係性はあると思い、電話させて味方にしています。
本作の束は原作や他の方の二次小説で偶にある黒束では無く、バリバリ味方な白束です。
原作のコミュ障は見ててイラッ★としたので、矯正させてもらいました(嗤)
ALOの全種族で世界樹攻略だけで無く、国家権力、ISという世界を席巻する権威の篠ノ之束、そして自身が所属する企業の親会社たるCEO、仮想世界最強を敵に回した須郷伸之……
……状況を考えるだけで、最早半ば詰んでますよね★(嗤)
半ば、なのは人の命を即座に奪える手段が須郷にあるからです。
ちなみに、原作では軍事施設をもハッキング出来た束さんですが、茅場晶彦謹製のAIである【カーディナル・システム】はハッキング出来ないという設定です。
それはコアプログラムが一つでは無くメインとサブの二つあり、メインにハッキングを掛けると、サブコアプログラムに保存されている正常データとの違いをエラーと認識し、修正してしまう、つまりハッキングを弾かれてしまうからです。
この設定は一応原作にもありまして、どこでかは忘れましたが和人の心情描写にありました。アリシゼーション編十二巻辺りでも、この辺は関わっています。本作でも政府お抱えのハッカーも匙を投げたと、木綿季が病院訪問した話の看護師視点で描写していますが、こういう事です。
なので正常稼働している【カーディナル・システム】に対してハッキングは出来ません、むしろすればする程にハッキング方法を学んで強化されていくので涙目です。むしろこれでユイをよく隔離出来たな原作和人よ。
ユイ達の事で【カーディナル・システム】について既に知っている木綿季が、では何を頼んだのか……にふにふ笑いながら予想してみて下さい。
では次回予告、今度は恐らく外れません。
およそ最強と言える手札を現実世界で、そして最強と言える仲間を自らが剣を取る仮想世界で得た木綿季。その木綿季に力添えしようと、かつての世界で共に戦った仲間達は妖精郷へと、人の姿から転生して降り立った。
風の妖精として転生した剣士は、風妖精最強の少女と共に央都を目指す。
次話。第九章 ~飛翔~
予告で外したのが何気に初めてでつらい……
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第九章 ~飛翔~
今話はシルフ達の話、つまりはここから原作沿いになる訳です。
がしかし、色々と差を付けて書いて来ているため既に原作展開なんてほぼ無いに等しい現状では、原作に沿いながらもオリジナル展開が含まれていきます。まぁ、展開そのものは原作に近いんですが、立場や過去が複雑なので微妙に違っています。
その立場が特に違うのは和人の姉である直葉ことリーファ、そして原作ではシルフの軍部を預かっていたシグルドです。彼は途中で退場しますが、最初は軍部を預かっていました。
ちょっと面倒な書き方をしていますが、楽しんで頂ければ幸いです。
ではどうぞ、驚異の約二万五千字です。
《ダイシー・カフェ》で総務省の役人であると同時に《SAO事件対策本部》のリーダーでもあるという菊岡誠二郎さん、あの世界で一緒に戦った頼れる商人兼斧戦士のアンドリュー・ギルバート・ミルズことエギルさんからある程度の説明を受けた後、俺、一護、里香さん、珪子さん、琴音さんは近くのゲーム店と電気店を回り、菊岡さんから支給されたお金で人数分の《アミュスフィア》とALOゲームパッケージを揃えた。
先にALOをプレイしているSAO組との連絡を現実でも取れるエギルさんも既にプレイしているらしく、購入する前に幾らかのレクチャーを受けた。主にALOの仕様、SAOと違うシステムや通貨、アイテム、《魔法》スキルの運用方法、戦闘方法、そして種族ごとの特徴などだ。
俺達は種族の特徴を聞いてほぼすぐにどの種族にするか決まった。
あの世界で【白の剣士】という異名を持つ片手剣使い《ナツ》として戦っていた俺は、速さを求めたスピードアタッカーの面が強かった。なので速度に最も秀でているという風妖精のシルフ、つまり直葉さんと同じ種族を選択する事にした。
【死神代行】の異名を自称していた《イチゴ》こと一護は、攻撃力などの接近戦の強さを求めてサラマンダーを選択することにした。
里香さんはSAOで鍛え上げた《鍛冶》スキルを大いに振るう為に工匠妖精のレプラコーンを、珪子さんは使い魔ピナとの連携を考えて猫妖精のケットシー、琴音さんはトレジャーハントだけで無く幻影魔法などで翻弄できる影妖精のスプリガンを選択し、それぞれが完全にバラバラの種族を選択した。ちなみに木綿季さんは闇妖精のインプ、エギルさんは土妖精のノーム、クラインさんは一護と同じくサラマンダーを選択し、ディアベルさんがウンディーネらしい。
後になって知った事だが、俺達が《ダイシー・カフェ》で話している間に木綿季さんの下を訪れていた明日奈さんは、ウンディーネを選択したという。
これで音楽妖精のプーカを除いてSAO組では八種族揃った事になる。
木綿季さんの考えでは、世界樹の内部へと侵入を果たすメンバーはALO古参組とSAO組とで一種族ずつ、すなわち九種族が二人ずつ居るべきらしい。ALO古参組はアルフへの転生を諦めていない者も居るし、SAOプレイヤーが囚われていると知らない人も居るからだ。SAO組は未覚醒者達を助ける事を目的としているのでアルフへの転生を求めておらず、仮に転生出来る場合には何も言わない方が良いだろうという事で、ALO古参組も必要だと考えているらしい。
無論、各領主達もこれは表向きに数を揃えるだけであると理解しているという。そもそもSAO組というのを知っているのは真実を知っている領主達と木綿季さんを筆頭とするSAO組のみなので、何も知らないプレイヤー達からすれば種族ごとに一人が到達すれば良いだけなのだ。
だがその辺を木綿季さんは気にしているという。何とも律儀なものだなと思った。
そんな事を考えながら、俺は《ダイシー・カフェ》から出て皆と一緒に埼玉県川越市まで戻った後、それぞれの家路へと就いた。
「ただいま」
鍵を開けて家に入った俺は挨拶をしたが、しんと静まり返っている家の中には誰も居ないので当然ながら応えは無い。これでもしも返答があったら――束さんが偶に居るが――不審者と思って警戒する。
俺、織斑一夏には、殆どの仲間と違って両親が居ない。俺が五歳の時に蒸発……つまりは俺とおよそ八、九歳ほど年上の姉、千冬姉を家に捨てて居なくなったのだ。俺はその辺りの記憶がかなり曖昧になっているが、千冬姉はその頃から……すなわち中学生の時分からバイトなどをしてどうにか家計のやり繰りをしていて、かなり苦労を掛けてしまった。通帳なども置いて行っている事には首を傾げたものだが、置いて行っているのだから有難いと使わせてもらっている。
両親が蒸発した千冬姉は俺を育てなければならないし、学費も払わないといけないから大変困り果てたが、近所に住む親切な人達に支えられてここまで生きて来られた。
千冬姉が通っていた道場があった束さんの実家の篠ノ之家、ISが世に出てから半ば強制的に門戸を閉じる事になってから通い出した桐ヶ谷道場の一家、俺と親しい五反田家が営む食堂の一家を初め、数多くの人々に支えられて俺と千冬姉は生きて来た。
そういう事もあって何気に近所の付き合いや繋がりが強い俺は、SAOから帰って来た後には物凄く喜ばれたものである。五反田家の兄妹などは泣き笑いで生還を祝ってくれて、特に聞かされていないが何かの仕事をしていた千冬姉もすぐさま駆け付けて生還を喜んでくれたし、束さんや桐ヶ谷翠さん、直葉さん、詩乃さんも喜んでくれた。
その喜びも、和人が目覚めないと分かってからかなり減退してしまったが。
「その和人が、この世界に居るんだな……」
ずっと眠ったままだった和人が、《アルヴヘイム・オンライン》という妖精の世界に囚われていると分かった木綿季さんに誘われる形だったが、俺はこの世界に踏み入る事を決断した。
俺の姉、千冬姉はISを用いた世界大会《モンド・グロッソ》で二連覇を果たしている世界最強の人と言われている。今は引退しているが、現役だった当時に日本代表のIS操縦者であった事で世界的に知られた人で、俺はその人の弟だから何かと狙われた。女尊男卑風潮の女性利権団体などがその筆頭で、第二回大会の時に俺は雇われの男達に攫われた事もある。
その時は、どうやら日本が二連覇を果たす事を阻止しようと目論んだ何者かが俺を攫う事で、家族思いな千冬姉を棄権させようとしたらしいが、俺の誘拐を伝えられなかった千冬姉はそのまま出場してしまった。
最初は見捨てられたのかと思ったものだが、後にそれを知れたのは、俺を助けてくれた和人が教えてくれたからだった。
あの第二回大会はロシアで開催され、千冬姉が居なくなると保護者が居なくなるし直接応援に行きたかった俺の要望もあり、俺は開催されるロシアの地まで一緒に飛行機で向かった。その際、千冬姉が和人も誘って一緒に向かったのである。千冬姉は桐ヶ谷道場の門下生であり、和人は師範として剣を教えていたので、恐らくそれもあって誘ったのだと思う。木綿季さんを誘わなかったのは家族の方が遠慮したかららしい、本人はとても行きたがっていたが。
出場国数が多かったので大会は数日に分けて行われ、俺はその最終日である決勝戦で攫われた、千冬姉の試合を見る前にトイレに行こうとした際に背後から電磁スタンガンを当てられて気絶したのである。抵抗しようとしたものの、相手は屈強な男達だったからどうにもならなかった。
気付けばどこかの廃工場に囚われていた俺は、目覚めてすぐに千冬姉がそのまま出場した事を伝えられ、拳銃で殺されそうになった。
そこに駆け付けたのが、和人だったのだ。
どうやら俺が気絶させられた場所からそう離れていなかったらしく、和人は居場所をサーチした束さんのサポートを受けて場所を特定したと後から聞いた。
*
「お前に恨みは無いが、顔を知られてるから殺さなきゃならねぇんだ……恨むなら、こんな事を依頼してきた亡国の連中を恨むんだな」
そう言って、東洋系の顔をした壮年の男が胸元のホルスターから一丁の拳銃を抜き取り、手でブローバックしてガチャリと音を立てた後、俺に銃口を向けた。しっかりと一撃で死なせるためなのか、よく狙いを定めた姿勢だった。
ここで死ぬのかよ……ッ! と俺が歯噛みし、銃口を睨みつけていると……
「やらせるかッ!」
唐突に、廃工場のどこかから聞き慣れた声が聞こえて来た。若い少年の声に、俺を攫った四人ほどの男達が動揺して闖入者の居場所を探ろうとするが、声が反響してどこから聞こえたのかよく分からない状態だった。夜だった上に廃工場に明かりが殆ど無かった事もあり、誰も闖入者の場所を特定出来ていなかった。
そして、また唐突に上から黒い影が落ちてきて、俺に銃口を向けていた壮年の男性の後ろ首に強烈な踵落としを決めて、一撃で意識を刈り取ったのを見た。あまりの早業に誰もが反応出来ない間に、その人影……俺と一緒にロシアへ千冬姉の応援と観戦に来ていた和人は、倒れる男の手から拳銃を素早く取った後、薄暗い中で困惑しているように見える男達に銃口を向ける。
「がっ?!」
「うぐっ?!」
「づぁっ!」
いや、向ける、というよりは左から右へ銃口を流したと言うべきか。
左端に居た男から順に、銃口の直線上に入ると同時に引き金が引かれ、銃口から一瞬だけ炎が噴き出る。そしてブローバックされたスライド部分から空になった薬莢が排莢され、金色の薬莢がからんと綺麗な音を立てて床に落ち、硝煙の臭いが鼻を突く。それが合計で三度繰り返され、どうやら足を撃ち抜かれたらしい男達が苦しそうな呻きを上げて蹲った。
「少し眠っててくれ」
蹲った男達に素早く近付いた和人は、それぞれの後ろ首へ手刀を一発ずつ叩き込み、今度は呻きすら上げさせずに意識を刈り取る。俺と同じ十歳――誕生日が来れば十一歳――なのに、ここまで実力に差があると、何だかなぁと胸中で溜息を吐いてしまう。最早比べるのも烏滸がましいと思えるのだ。
まぁ、桐ヶ谷道場に通う同年代の中で、俺は一番弱いから比べる以前の問題なのだけど。
和人は男達を気絶させ、銃火器類を集めて没収してから俺の方に来て、猿轡と鉄骨に俺を縛り付けていた錆臭い鎖を解いてくれた。鎖の方は時間が無いと言って、束さんが用意してくれたらしい淡い紫色のレーザーブレードで焼き切っていた。和人は光学兵器の剣だから光剣と呼称しているらしく、正式名称はカゲミツG4だとか何とか。
「あ、ありがとな、助けてくれて……」
「いや……それよりも話は後だ、早く此処を出るぞ」
少しだけ表情が険しい和人に促され、俺は廃工場の出口らしき方向へと和人が進むのを急いで追った。途中、ほぼ出口に差し掛かった辺りで、何故か和人は来た道を戻って行ったが、俺だけでも早く外に出て逃げろと言われたのでそれに従って先に出た。俺が居ても足手纏いなのは明白だったからだ。
*
そのまま工場の外に出ると、俺の捜索を秘密裏に行っていたらしいドイツ軍に保護され、俺は千冬姉の下へと帰れた。
ちなみに和人はあの後、束さんによって回収され、何食わぬ顔で千冬姉と俺の下へと帰って来ていた。俺と別れたのは束さんに回収される為だったらしい。
俺が誘拐された場所に駆け付けられたのは束さんと和人は手を組んで、俺が攫われる可能性を考慮して発信機を俺の服に付け、居場所が分かるようにしていたというのだ。初めて聞いた時は半ば呆れ、そして同い年だというのにそんな所まで予想していた和人に驚きを抱いたものである。
そういう過去から、俺は和人にSAOの時よりも前から大恩がある。それを少しでも返す為に、今度は俺が和人を助けようと思ってALOへのダイブに参加したのだ。
購入したばかりの新品の《アミュスフィア》を箱から取り出し、ALOのゲームカートリッジを差し込んで優先LANを差し込んだ後、俺はそれを被ってベッドへ横になった。バイザーに電力が行って視界端に現在時刻が、更にはオンラインになった事を示すインジケータも光ったのを確認し、俺は目を瞑った。
「リンク・スタート!」
SAO含め、これで二回目となるフルダイブの式句を口にして、俺の五感は徐々にフェードアウトしていき、意識が遠のいていった。
*
「おぉ……これはすげぇな」
ALOのアカウント作成や種族選択などをエギルさんから聞いた通りに手早く済ませ、シルフを選択した俺は、初期設定フェーズを終えて体を包んだ転移光が晴れてから回復した視力で周囲の光景を見渡し、少しばかり感嘆の声を上げた。
事前に聞いていたが、ALOの時間と現実時間は同期していないというのは事実らしく、俺が家でダイブを始めたのは昼過ぎだったにも関わらず今は夜だった。空を見上げればここ最近の現実では見られない星が輝く綺麗な夜空が広がっており、その夜の暗闇を照らすかのように翡翠色の五つの塔が街を照らしていた。中央の一本、そして四方に一本ずつある塔の中にあるのが圏内扱いなのだなと推測する。
さて、感動するのもここまでにして、俺にはするべき事がある。
まずはSAOアカウントを引き継いでいるかどうかを確認する為に装備やスキルは調べ、次に待ち合わせをしている人との合流である。メニューウィンドウを出すのは左手という事を思い出すまで少しばかり焦ったが、ウィンドウを出せてからはすんなり事を運べた。
取り敢えずエギルさんから聞いた通り、SAOと共通しているHPやSTRなどの数値は高いが、MPやINTなど《魔法》スキルに関わる数値は低かった。所持金に関してはSAOのを引き継がれているようで、数十万ユルドは持っていたが、準備を整えるのは待ち合わせをしているALOの先達と一緒にした方が良いだろうと思って後回しだ。
スキルに関しても聞いていたように、《片手剣》や《武器防御》などSAOで鍛えていてALOと共通する――というかほぼ全て――スキル値は引き継がれていた。キリトとユウキさんの《二刀流》スキルは引き継がれていなかったらしいので、恐らくユニークスキルの類だけ無いのだろう、エクストラスキルである《体術》はあったから。
ちなみにアイテムに関してだが、やはり回復アイテムや素材に関しては全てバグっており、装備アイテムのみそのまま引き継がれているようだった。なので少し脇道に逸れた俺は、人に見られないようにSAO時代の装備に着替えた。
真っ白なコートに白いプレストプレート、インナーにズボン、左腰に白い片手剣と白尽くめとなり、数ヵ月振りの【白の剣士】の恰好に少しばかり息を吐いた。懐かしい、と思うと同時に、また戦うのかという複雑な心境である。
そんな心境で表通りに戻った俺は、待ち合わせにすると聞いた場所を思い出す。
「えっと……確か、《スズラン亭》とかいう喫茶店って言っていたような……」
表通りでかなり分かりやすい看板を出しているから分かる筈だと教えてもらったので、多分分かるだろうと思いながら俺は歩き出した。街を見物がてらに探していると、なるほど、割とすぐに見つかった。名前に相応しく、中々古めかしく見える木の看板にでかでかと《スズラン亭》とあるし、その横には鈴蘭の造花が飾られていたからだ。
ここだよな、と呟きながら扉を開けると、カランカランと来客を知らせる軽やかな音が店内に響いた。中を見渡せば表通りにあるからか客入りが良いらしく、割と多くのシルフプレイヤーを見る事が出来、他の種族が見られないのはやはりシルフの首都だからだろう。
ここ、シルフ領の首都《スイルベーン》という街の圏内では、シルフをPKする事が出来ず、逆にシルフが他種族をPK出来るという状態にある。勿論他の種族の首都も同じなので、基本的に別の種族が街に居るとすれば傭兵か、物好きな物見遊山目的のプレイヤーくらいのものらしい。これでも以前に比べればかなり緩和されたらしく、以前は他種族に対して基本的には排他的であったという。
「……お、アレかな……?」
そんな事を考えながら店内を見回していると、ふとテーブルに着いている中でも一際目立つ金髪のシルフ少女を見つけた。対面には緑色のおかっぱの少年が座っているので、待ち合わせは一人でするつもりと言っていたから合っているか微妙な所だが、一先ず聞いている特徴は一致しているので声を掛けてみるより他は無い。プレイヤーネームを尋ね、違っていたらどこかで見ていないか訊くので良いだろう。
「えっと、すみません、少し良いですか? そっちの金髪の人ってリーファさんで合ってます?」
そう声を掛けた瞬間、周囲のテーブルに着いていたシルフ達から一気に視線だけで圧力を掛けられてしまった。いや、俺は声を掛けただけなのに、何でここまで殺意にも似た圧力を感じないといけないのだろうか。SAOでのキリトとの鍛錬や、ユウキさんと摸擬戦をした時の殺気に較べれば全然マシなので動じてはいないが、疑問はかなり浮かぶ。金髪の子の対面に座るおかっぱ少年からもかなりじとっとした目を向けられてるし……
それを知ってか知らずか、俺が話し掛けた金髪のシルフはこちらに顔を向けた。アップで括っている金髪が尻尾のように揺れ、翡翠色の瞳が俺を真っ直ぐ捉える。
「そうだけど……キミ、見ない顔だね。新入り……にしては、装備がかなり上等に見えるけど……名前は?」
「俺はナツです」
「ナツ……ああ、なるほど、確かに白いわ」
微笑を浮かべて納得とばかりに頷く金髪シルフのリーファさんの言葉を聞いて、この人がリアルでは直葉さんなのかと分かった。和人によれば全くコンピュータに向いていないし、ゲームに関しても無知に等しいという話だったが、それなのにシルフ最強プレイヤーになっているのは凄まじい。
いや、ALOはリアルの運動神経が諸に反映されるゲームらしいから、道場で鍛えた剣腕を遺憾なく発揮した結果なのかも知れない。空を飛べるという魅力が売りのこのゲームでは勝手が違うだろうに、そこまで至るとは途轍もない実力である、もしかすると素養そのものはあったのかなと思った。師範代に対してこの思考は失礼か?
「え、リーファちゃん、この人と知り合いなの?」
「ん、この人が待ち合わせ相手よ。ああ、ナツ、紹介するわね。こっちのシルフはレコン、あたしをこのALOに誘ってくれた友人であり仲間よ。短剣使いなの」
「レコンって言うんだな。聞いてたから分かってるだろうけどナツって言うんだ、よろしくな」
「あ、うん、よろしく……って、そうじゃなくて! リーファちゃん、この人とどういう関係なの?」
「どういうって……あたしが師範代でナツが門下生っていう関係だけど? あと、あたしの弟の同級生で弟子かな」
「弟……ああ、彼の事か」
どうやらリアルで知り合いらしいレコンは、リーファさんが弟と言った事で俺が和人の同級生である事に納得したらしい。多分桐ヶ谷家の道場の事を知ってるんだろう、という事はそこそこの間柄という事になる。
レコンの反応からして多分リーファさんに気があるのだろうが、当のリーファさんは全く気にしていない辺り全然レコンに対して意識を向けていないのだろう。何となくだが彼の苦労が忍ばれる。多分直葉さんへのアプローチの為に誘ったんだろうし……
てか、SAOプレイヤーが居る一家の人にALOを勧めるなよ。
「あたしはナツって呼ぶわね。で、早速話し合いをしようって言いたいけど……ここじゃ話せないわね」
ちら、とリーファさんが横目でこちらに視線を向けて来るプレイヤー達を見れば、そちらに居たシルフ達が一斉にさっと視線を逸らす。どうやらシルフ最強の異名は伊達では無いらしい。視線を向けるだけで目を逸らされるとかどんだけ恐ろしいんだ、リーファさん。
SAOで結構経験を積んでいると自負しているが、リーファさんと試合した時に勝てるのだろうか……? 少なくとも、現状で空中戦では全く勝ち目が無いのは明白である。
「……はぁ……ナツ、悪いけど場所を移すわよ。付いて来て」
「え、あ、はい」
「ちょ、リーファちゃん、ぼくは?」
「あんたは別に付いて来ないで良い……というか、確かシグルドに呼ばれてたんじゃなかった?」
「うあ、そうだった……」
シグルド、というのはどうやら共通の知り合いの名前らしいが、その名前を聞いた途端にレコンが頭を押さえて呻き出したし、名前を口にしたリーファさんの表情は少しばかり苦みが走っていて、どうもあまり良い印象を持っていないプレイヤーらしい事が見て取れた。あんまり人の好き嫌いを持たない直葉さん、もといリーファさんが苦手とする相手なのかと考えると、少し珍しいなと思った。
何やら会いたくなさそうな雰囲気で机に突っ伏したレコンを置いてリーファさんが移動を始めたので、俺も周囲から多くの視線を向けられながら移動する。
「はぁ……あー、息苦しい」
店から出ても、リーファさんと一緒に居るからなのかすれ違うシルフ達から様々な視線にさらされ続ける事数分を掛けて、俺はリーファさんの後を追ってとある一つの家に辿り着いた。聞けばここは、リーファさんがここシルフ領で持っている格安のホームなのだという。
ホームは基本的に家主が認めた相手しか出入りが出来ず、入るには家主が鍵を開けなければならないし、たとえ《聞き耳》スキルを育てていたとしても宿屋と違って声を盗み聞きする事は不可能になっているらしい。そのためか、ホームに俺が入ったのを確認してすぐに扉を閉じたリーファさんは、嫌気が差しているかのような溜息と共に呟きを漏らした。
「ごめんね、ナツ、あたしと一緒だったから変なやっかみが来るかも知れないわ。待ち合わせ場所、もう少し考えた方が良かったかもね」
「いえ、別に気にしてませんよ。それにいきなりPKされたりしないだけ全然マシですから」
ログイン直後の場所で待ち合わせしていたら初心者プレイヤーだという事が諸バレで、その後にいきなり上級者プレイヤーとなっていたら寄生したのだと勘違いされかねないし、面倒な事になる事は予想出来たので、これくらいは別に構いはしないと思っている。
俺が笑いながら気にしないように言うと、少し気にしていたらしいリーファさんはそっか、と微苦笑を浮かべた。
「まぁ、ナツはシルフだからこの街の中だとPK出来ないんだけどね。それにあたしの連れっていうのは分かってるんだから、もし変な事したらヤバいっていうのは分かってるだろうし」
「……それ、どういう意味なんですか?」
何やらリーファさんのALOでの立場が気になったので問いを投げれば、彼女は小さなホームの中にあるテーブルの席に着くよう促してきた。失礼します、と一言断ってから席に着くと、リーファさんは台所から二つのカップを持って戻って来た。エジプトを題材にしたアニメで出て来る、あのカップだ。
カップの中身は翡翠色に澄んだ色をした液体が満たされていて、これは何かと視線で問う。
「これ、シルフ領最高級の飲み物でね、《シルフィード》っていう銘柄のお酒アイテムよ。まぁ、酔わないからジュースみたいなものなんだけどね」
「え、最強級のなんですか? それはちょっと、悪いような……」
「別に気にしなくて良いわよ。まだ何十本もあるし、伝手で補充は幾らでも利くから。それに元々そんなに飲まないからね、現実のお酒と違って寝かしても美味しくならないんだから、どうせなら誰かと一緒に飲もうと思ってたのよ……という訳で、一杯付き合ってもらえるかしら?」
片頬を釣り上げ、カップを持ち上げたリーファさんの言葉に、俺は少しだけ苦笑してしまった。そんな風に言われてしまったら断る訳にもいかないではないかと胸中で呟きながら、俺もカップを持ち上げる。
「俺で良ければ、喜んで」
「ふふ……それじゃ、ナツのALO初プレイ記念に乾杯!」
かちん、とカップの端を当てた後、俺とリーファさんはほぼ同時に同じ動きでカップを傾け、翡翠色の液体を口に含んだ。現実で千冬姉の晩酌に何度か付き合った事があり、つまみを作る事もあったので何回かワインやバーボンなどを舐めた事がある俺だが、今までに無い不思議な味わいの酒だった。芳醇な果実を思わせる味わいと酸味、そして後味がさっぱりしている飲み物だ。
現実世界では多分作れないだろう、仮に作れたとしても相当の値打ち物に違いないと思える不思議な味わいは、仮想世界でなら割と簡単に楽しめる。まぁ、それでもこれは高級品らしいのだが、現実と違ってリアルマネーを使わない分、俺のような未成年でも楽しめるのだから、こういう所は仮想世界の楽しみ方の一つなのかなと思ったりした。
ことん、とカップを置くと、リーファさんも丁度カップを置いたところだった。俺は半分は飲み干しているが、リーファさんは少しずつ味わいながら飲むタイプらしく、少ししか目減りしていなかった。
「さて……エギルさんのお店である程度のレクチャーはしてるから、基本的な事は省くわね、その恰好を見るとSAO時代の装備も使えるみたいだし……あと確認するべき事と言えば戦闘と、アイテムの使用方法、それとALO特有の《魔法》や飛行システムくらいかしら」
「そうですね。エアレイド……ですっけ? あの世界では飛べませんでしたから、是非とも教えてもらいたいです」
「ええ、そのつもりよ。現実では一応まだあたしの方が強い……と思うけど、仮想世界じゃ分からないしね。あの世界でずっと和人とユウキに鍛えられてたんでしょ?」
リーファさんの問いに、俺はこくりと頷いた。ユウキさんとの鍛錬は基本的に圏内戦闘という実戦形式だったので頻度はそこまででは無かったが、キリトとの鍛錬は、彼が迷宮区に籠っていない限りは毎朝毎晩あったので、かなり綿密な鍛錬をしていたと言える。俺以外にも大勢いたので一人当たりの時間は少ないが、その分だけ濃密な鍛錬だったと言えよう。
例えば、ソードスキルを発動するには特定の構えを取らなければならないが、実践の最中にわざわざ動きを止めて構えを取って発動していれば、隙が大きくていざという時に動けない。それに相手をノックバックさせてから発動しようとしても、構えを取って動きが止まった時に反撃される恐れもあった。それを無くす為にキリトは武器の基本の攻撃動作を徹底的に反復練習させ、次にソードスキルの打ち込みを反復練習させ、自然に発動できるように体に覚え込ませる鍛錬方法を取っていた。
つまりどちらかと言えば、鍛錬を受ける側の方が根気を必要とした。
キリトから見て十分だという途轍もなく高いラインに達しているメンバーのみ、次のステップである摸擬戦へと移れたのである。この摸擬戦ではユウキさんを相手に戦い、その反省点を自分で、あるいはキリトとユウキさんの二人から指摘され、それらを自己鍛錬で直してまた摸擬戦をしてを繰り返していく。
ちなみに、その第二ステップに進めたのは《十六夜騎士団》全員の中でも俺、イチゴ、アスナさんだけだったりする。リズさんは鍛冶屋、そしてタンクとしての役割の方を重視していたので免除され、シリカさんの場合はピナとの連携を重視していたので、また別のステップだったのだ。
更に特殊だったのがユウキさんで、あの人の場合はキリトとの一騎打ち形式が常だった。しかも傍から見ていて同情を覚えてしまう程に一方的にキリトが打ちのめすのだが、ユウキさんも自ら望んでその形式にしているらしかったので、事情を知ってからは誰も口を挟まなくなった。何でもキリトが会得している流派の鍛錬で、俺達のとはまた別だったから一騎打ち形式を取っていたらしい。
その光景を見取り稽古としていたので、ある程度の実力を持てるようになって、俺は【白の剣士】という二つ名持ちの剣士にまで成長出来たのである。昔から矢鱈強かったイチゴ、更にその上を行くキリトとユウキさんに追い付き、少しでも助けようと思った末に頑張っていたのだが……
まぁ、俺はサポートへ回っていたので、そこまで直接的に助けられた事は無かった。それだけが少し心残りと言えば心残りか。
「ナツ……いえ、一夏、これは師範代として言わせてもらうけど、あなたの剣は真っ直ぐ……真っ直ぐ過ぎるとも言えるの。剣道では良いんだけど、剣術としてだとそれは欠点になるわ。あたしが剣術に向いていないのも同じ欠点を抱えてるからなのよ」
俺が鍛錬をして来た事に頷いた後、唐突にリーファさんは真剣な顔……道場師範代としての毅然とした面持ちで、俺にそう言ってきた。俺はそれを、門下生としてしっかり受け止めるべく耳を傾けた。
「あなたが和人に教えられてきたのは剣道……剣の道、すなわち人を護る活人剣の道よ。対して木綿季が習ってきたのは剣術、すなわち人を傷付け、殺める事を本領とする殺人剣。それでも使い方によっては人を護る剣にもなるわ……言いたい事、分かる?」
「はい。剣を振るう人間が、剣の良し悪しを決める……そういう事ですよね?」
俺が考えを纏めて問うと、リーファさんはにこりと微笑みを浮かべ、満足気に頷いた。
「ええ、その通りよ。活人剣も使い方を誤れば殺人剣になるし、殺人剣も使い方によっては活人剣になり得る。だからあなたの真っ直ぐな剣は、あなた自身を表しているとも言える……世界が異なって色々と混乱する事もあるでしょうけど、あなたはあなたらしく剣を取ればいいわ。本気になったらあなたはとんでもないんだから」
確かに、昔から和人には反復練習と同じくらい全力の実戦形式の摸擬戦を重要視されてきたが……リーファさんにも同じ事を言われるという事は、俺は所謂、本番に強い人間なのだろうかと思った。
「という訳で、アイテムを買い揃えた後は翅の使い方とこの世界での基本的な戦闘方法をレクチャーする……あ、ナツは初期装備の片手剣を使ってね、今から行くのは初心者フィールドだから」
そう言ってきたので、俺はメニューを操作して左腰に装備している愛剣のフラグメントをストレージに戻し、代わりに初期装備のスモールソードを装備する。剣だけ地味な茶色の柄と鍔なので、真っ白装備の俺には相当微妙に映る。
リーファさんも何だか微妙な顔をしているから、多分真っ白装備の俺に初期装備の剣は似合わないと思っているのかも知れない。
「色が微妙ねぇ……ま、レクチャーが終わったら処分するんだし、良いか。手持ちのお金は?」
「えっと……九十八万ユルドです」
「……流石はSAO最強ギルドの有力プレイヤー、種族一つの財産に匹敵する程のお金を持ってるわね……」
どうやら俺の手持ちのユルドは一種族の財産に匹敵するらしい。となるとSAOに比べ、モンスターから手に入るお金は少なめなのか、あるいは物価が高いのかも知れない。普通にゲームバランスを考えるとモンスター単体から取得出来る額が少ないと考えるべきだが。
しかし、そうなるとレアアイテムを売り捌いてかなりの金額を稼いでいて、ギルドに納められていたコルも管理していたキリトと結婚していたユウキは、こちらに来た時の手持ちは相当なものになっていたのではないだろうか。俺個人でこの額なのだから、恐らく億は軽く達している筈だ、俺以上にあの二人は稼いでいたのだから。
リーファさんの微妙な笑み、俺がそんな事を考えながら、俺達は初心者がよく向かうという狩場へと移動を開始したのだった。
***
ログインしたばかり、つまりALO初心者プレイヤーが向かう狩場へと移動してからおよそ二時間を経て、ナツは何とかALOでの戦闘に慣れる事が出来ていた。やはりあたしには和人ほどの気迫を出せないようで、彼が担当した時に比べてナツの成長速度は遅めだ。
それでも成長しているのだから構わないだろう。流石に随意飛行をコツを教えた後は感覚だけで体得した事には驚いたが……これがデスゲームで命のやり取りをしてきた剣士の実力なのかと思うと、ちょっとくらっと眩暈が来てしまう。
「はぁ……ホント、SAOプレイヤーって出鱈目ね……」
呆れながらあたしは呟きを漏らす。既に知っているだけでもユウキが出鱈目の頂点に位置しているが、あたしの身近にまだ居るだなんて思いたくなかった。これが珪子や里香さんまでも同じだったら、あたしはALO古参組として忸怩たる思いを浮かべなければならないだろう。そしてあたしよりも強かったら、今度は道場の師範代としての立場が無くなってしまう。
だが、そうなっても仕方ないかなと思っていたりはする。何せあたしと違い、皆は――結果的に死ななかったとは言え――本当に全力であの世界を命懸けで戦い、生き抜いてきた猛者なのだから。和人が鍛え、教え、導いて来たというのなら、あたしより強くても納得がいく話である。
とは言え、それでも悔しい事には変わりないのだが。
「リーファさん、クエスト、達成しました」
どうせならALO式のクエストも体験しておくべきだろうと思い、ユルドには無茶苦茶余裕がある事は承知で彼にはこの初心者の狩場で達成出来るクエストを二つ受けさせていた。この狩場となる草原で出る《ダイア・ウルフ》を十体討伐するクエスト、次に草原の採取ポイントで入手出来る《朝露の薬草》を五つ取得するクエストだ。
《ダイア・ウルフ》というモンスターは名前の通り狼型の地上モンスターで、まず戦闘に慣れるにはこのモンスターを一人で倒せるようになるまで繰り返す事が基本とされている。空中戦闘は、地上での戦闘方法に応用を加えたものなので、地上戦闘をしっかり出来なければまともにエアレイドなんて出来ないからだ。
《朝露の薬草》というアイテムは所謂素材アイテムで、ポーション類全てに共通する素材アイテムである。HP回復、MP回復はおろか状態異常回復のポーション全てに共通して必要で、高い効果を発揮するものになるにつれて必要数も多くなっていく代物。草原や森林、亜人モンスターのドロップ品として入手可能で、シルフは草原と領土が隣接しているのでスキルさえ取得していれば回復アイテムは簡単に入手可能だ。そういう事情があってプレイヤーショップだろうがNPCショップだろうが、店売りのポーション類は全て他の領土や中立域の街に比べて廉価となっている。
今回、ナツにそれを採取させたのは、ALOのポーションアイテムを《調薬》スキルを持っているプレイヤーかNPCに依頼する場合、必要となるから教える意味も込めて採取させたのである。実際に体験していれば理解しやすいだろうと思っての配慮である。
「はい、お疲れさま。ナツが今取って来た《朝露の薬草》は、このALOに現存するポーション類全てに作成時に共通する素材アイテムだから、よく覚えておいてね」
「え、あれがそうなんですか?」
「うん。シルフ領は草原や森林と隣接してるからポーション系は廉価なんだけど、他の街では基本的にもう少し値が張るの。だから覚えておいて損は無いよ。それにナツは物凄い額を持ってるから、万一PKされちゃったら味を占めた連中に狙われる可能性もあるし、アイテムを何度も店で買いまくってたら大金持ちだって思われるから、素材持ち込みで作成依頼をするようにした方が良いと思う。あたしも節約の意味を込めてそうしてるからね。草原での採取ポイント、ゴブリンを初めとした亜人モンスターから入手出来るわ」
「なるほど……ちなみに、持ち込むのは何処に持ち込めば?」
「雑貨店を営むプレイヤーショップは店長に依頼をして、《調薬》スキルを持ってるかどうか聞くのがセオリーね。NPCなら雑貨店ならどこででも可能らしいわよ。ナツは《魔法》スキルとALOでの戦闘経験を積む意味も込めて、暫くは素材を集めて持ち込むルーチンにした方が良いわよ。まだ空中戦闘に慣れてない以上、反復練習はしておく必要があるしね」
とは言え、彼の習熟速度からしておよそ二、三日反復練習をし続ければすぐに慣れそうだ。もう少しして回復アイテム、回復魔法と風属性の攻撃魔法の熟練度を少し上げたら、飛行しながらの戦闘訓練に移るのもありかなと思っていたりする。
ナツは、多分自分では分かっていないだろうが、追い詰められると凄まじい潜在能力を発揮するタイプなのだ。だから未知の領域に関しては少しコツを教えた後、スパルタ気味に教えた方が身に着きやすい傾向にある。この辺の匙加減はまだあたしには難しい。
「にしても……ここから見てたけど、地上戦闘ではやっぱり抜きん出てたわね……」
吠えながら掛けて来る狼を前に、一切怯む事無く果敢に挑み掛かり、飛び掛かって来た瞬間に半身逸らしてすれ違いざまに一閃。それで《ダイア・ウルフ》は蒼いポリゴンとなって消え去った。つまりは初期武器で高ステータスと言えど、たったの一撃で狼を倒したのである。
たとえ高グレードの装備をしているプレイヤーでも、初心者が相手するようなモンスターを即死させられるのは相応の力量を要される。それを初期装備の片手剣でやってのけたのだから、ナツの実力はALO古参組の中でも比肩する者が少ない程に高い事になる。当然ながら、あたしはシルフ最強の名を背負っているので即死させられる。
「このペースで成長されたら、師範代の立場が無くなっちゃいそう」
「いや、まだまだ勝てませんって……」
苦笑を浮かべて否定してきたナツに、どうだか、と顔を背けながら言葉を返す。
ともかくこれで一応ナツが受けたクエストは終わったし、あたしはそもそも受けてないし、一応随意飛行も習得はしている。後はユウキや領主達が集う央都へ向けての道中で、スパルタ気味に教えて行けば良いだろう。
「よーし、クエストカウンターに行った後は、央都へ向けて出発するわよ!」
「え?! もうですか?!」
「ナツはスパルタが丁度良いんだから気にしない!」
「ええええええええ?!」
頬を引く付かせながら驚いているナツは、目線で少し抗議の意思を伝えてきたが、あたしはそれをカラカラ笑いながらさらりと受け流した。それで無駄だと悟ったらしくがっくしと肩を落としながら、ナツはあたしの後を付いて《スイルベーン》へと戻る。
ちなみに、央都へもう向かう理由はナツにスパルタが合うというのが半分で、もう半分が、あたしがサクヤに呼ばれているからだった。
サクヤは一ヵ月半前に領主に選抜されたプレイヤーで、少し前にあった二期目の信任も連続で得たプレイヤーである。シルフの領主は毎度毎度変わっていたのだが、あたしの古馴染みがサラマンダーの動きを妙だと予感して自薦し、見事当選したのである。ちなみにサクヤ以上に長期信任されているケットシー領主のアリシャ・ルーさんとも古馴染みで、シノンと親しいあたしとも交友がある。
シノンは領主の近衛をしている訳では無いが、アリシャさんの目に留まった有力プレイヤーで、かなりしつこく付き纏われて勧誘された経緯があるらしい。それで近衛を務めはしないが、傭兵として雇うというのなら付き合うという交渉をどうにか成立させたので、アリシャさんが種族の領都から出る際には必ずと言って良い程に付き添っている。なのでサクヤとアリシャさんが顔合わせをした時にあたしとシノンが親しい事をアリシャさんも知り、それであたしもアリシャさんと交友を持つ事になったのである。
ここ最近、サクヤは世界樹攻略に余程の執念を燃やしていたのかかなりのやる気を感じさせられたが、その理由がまさかSAOプレイヤー達がこの世界に囚われているからだとは思いもしなかった。
そしてこの世界に和人が居るとなれば、少しでも央都に早く向かって現状を把握しておきたい。
あたしもシノンと同様、別に領主の近衛をしているという訳でも無いので世界樹攻略の事について特に知らされていなかった。ただサクヤと個人的には仲が良いので、領主館を長期間開ける事になる理由として、世界樹攻略の準備をする為だと聞いていただけである。まさか他種族、しかも他の全種族と調印を結んで同盟を組んでいたとは全く知らなかった。
そしてその同盟を組むきっかけ、調印の場を設けたのがユウキ、つまりは師範代の片割れでありあたしの幼馴染だというのだから本当に驚く事が最近続く。
街に戻った後、ナツはクエストカウンターに向かってクエスト完了の報告を済ませ、幾ばくかのユルドと採取クエストの報酬としてポーションを三つ受け取って戻って来た。
「それで、本当にもう央都に向かうんですか」
「行くと言ったからには勿論行くわよ……それに、会いたくない相手が居るのよ」
「……さっき言ってた、シグルドとか言う人ですか?」
会いたくない相手、と言っただけでピンポイントで当てて来たナツに、あたしは苦笑を浮かべながら正解と言葉を返しながら、あたしはこの街の中央に高く聳え立っている翡翠の塔へと向かう。
シグルド、北欧神話では別名ジークフリートという龍殺しの英雄として知られる名前を使っている男性プレイヤーは、超が付く程にシルフ族の政治行動に積極的な人物だ。また、シルフ五英傑の一人でもあり、その性格は高圧的だがそれに裏打ちされた実力を持つ有力プレイヤーである。同じ片手剣使いであるシグルドはあたしとシルフ族の武闘大会で幾度と無く鎬を削り、その都度あたしが勝ってきた相手でもある。
そんな人物は政治的にアクティブなので名前が売れており、それに対してあたしはシルフ全体の利益というものに反して割と自由にソロ活動を行っているので、アルフへの転生を目指して自己強化を行っているプレイヤー達から少し疎まれている。その筆頭がシグルドな訳だ。
とは言え、何もあたしとシグルドの関係は完全な犬猿の仲という訳でも無く、謂わば取り引き相手のようなものである。高難度のクエストの際にあたしは傭兵として雇われ、シグルドのパーティーの一員として戦うので、半ばシグルド派のようなものと言われている。シグルドが高難度クエストを達成して稼いでいる名声の一部にはあたしが貢献しているからだ。
だがその貢献もあくまで傭兵として雇われたからしたのであって、あたしはシグルドの部下でも何でも無い。シグルドはシルフの軍部を預かっていた男で、度々どうかと勧誘してくるのだが、あたしとしては政治的地位に一切興味が無いし、息抜きの為にプレイしているこのゲームの中で仕事なんてしたいとは露とも思っていない。
ある程度の手伝い、サクヤの手伝いなら全く気にしないで出来る範囲でしようとは思うが、それが種族全体かと聞かれれば否を返すだろう。
アルフへの転生は、すなわち高度制限と飛行限界時間の無制限化を意味していたが、その為に軍部などに縛られるのは何か違うと思っていたのだ。別にアルフへ転生しなくても、まだ行った事が無い未知の場所へと向かい、自由に思うが侭に飛べるならそれで良いと思っていた。
「待て、リーファ!」
だが、そうは問屋は下ろさないようだった。
シルフ領領都《スイルベーン》には五つの塔があり、その中央に佇む《翡翠の塔》と呼ばれるこの中央塔は、最上階が他の四本に比べて最も高い。つまり高度を稼げるという事であり、そこから翅を広げて姿勢制御をする事で飛行時間の消費を抑えられるグライドをいきなり行えるという事、つまり通常よりも長く飛べる利点をこの塔は持っている。
運営側もそれを意図しているようで、ご丁寧にもエレベーターが設置されている。現実のように左右二つ並んで設置されているエレベーターに向かってナツを誘導していると、後ろから声を掛けられたのだ。
その声に凄まじく覚えがあり、思わずうへぇと内心で唸りながらも、流石に無視は常識に反するため嫌々ながらも表情には出さずに振り向く。ナツも振り向いた先には、一人の美丈夫がこちらを睨むかのように見てきていた。
王冠のような飾り物を額に着け、軽めの胸鎧に緑衣に身を包んだ男で、大体アバターの身長は百八十センチといったところか。左腰には見た目は無骨ながら中々のグレードを誇る長剣を剣帯から吊るしている。見るからにステータスおよび装備のグレードが高いと分かる装いの男こそが、あたしが会いたくないなと思っていたシグルドその人だ。
シグルドの後ろには側近というか、今は取り巻きに近いプレイヤーが二人後ろに控えており、そして上手く飛べないので戦闘力そのものは低めだが《魔法》スキルが高いのでメイジとして割と重宝されているレコンが気まずそうな顔であたしを見てきていた。取り巻き二人はともかく、レコンに関してはどちらかと言うと反シグルド派なのは知っているので、別にどうとも思わない。
「あら、シグルドじゃない。こんにちは。何か用?」
ちょっと嫌な相手ではあるが、別に出会っていきなり喧嘩する程では無いので、あたしは少しイラついているらしいシグルドに対し素知らぬ顔で話し掛けた。それにシグルドは気に食わなさそうにふん、と鼻を鳴らす。
「リーファ、お前、何処に行くつもりなんだ?」
「別にあなたに言う必要性は感じられないわね。あたしとあなたは傭兵と依頼主と言う関係であって、あたしは別にあなたの飼い犬という訳では無いの、だからどこに行こうともあたしの勝手でそれを束縛する権利はあなたには無いわ」
「……お前は俺のパーティーの一員、高難度クエストクリアの常連メンバーとして知られているんだぞ」
「あたしはあなたのパーティーの固定メンバーでも、ましてや名声集めのメンバーでも無いわよ」
唐突に始まったあたしとシグルドの舌鋒の応酬に、隣に居るナツは少し呆気に取られたで唖然とし、シグルドの取り巻き二人は微妙な表情であたしを見てきて、レコンは額に手を当ててかぶりを振っている。
「はぁ……結局の所、あなたはどうしたいの? 言っておくけどこれから央都に行く予定だから、依頼は受け付けられないわよ」
「央都……まさか、サクヤの下へ行くつもりか?!」
「……まぁ、そうね」
正確には全領主を束ねるユウキの下へと参陣するつもりなのだが、そこにはサクヤも居るし、あたしもシルフの一員として戦うようサクヤからメールで頼まれてはいるので同じ事かと判断して、少し間を空けたものの頷く。
それにシグルドは、歯軋りをして怒りを露わにする。その様子にあたしは溜息を吐き、ナツは妙だと思ったのか訝しげに首を傾げた。
「シグルド、そこまでサクヤが憎いの?」
「憎いかだと? 当たり前だ! あいつが領主になってから暫くして、俺は軍部を追い出されたんだぞ!」
およそ一ヵ月前に、シグルドはシルフ領主サクヤの命によって軍部を預かる立場から退かれている。その理由はよく知らないが、何でもシグルドが強硬にサクヤの決定に抗議し続けたかららしい。
当然だが、それだけならサクヤは領主の資格無しとして不信任決議案が領主館の側近達から出されても仕方ないが、しかし今現在も不信任決議案は一つとして出されていない。サクヤが賄賂を渡して出さないようにしているのではなく、側近達も納得の事にシグルドが抗議し続けたという訳だ。
軍部を追い出され、政治的地位を失ったシグルドは自らの名声を取り戻そうと高難度クエストを次々と受注していき、しかし自身と取り巻き二人、レコンの四人組では達成出来ないから傭兵としてあたしを雇ったのである。それでシグルドは自分の地位を取り戻そうとしたようだったが、周囲の皆はあたしが加わった事で高難度クエストを達成出来たのだと理解していた、そう指摘されて怒ったシグルドがあたし抜きに四人で挑んだ時は一度もクリア出来ていないからだ。
シグルドが強硬に反対していたのは、世界樹攻略の為に他種族と同盟を組んだからだと、後に本人が怒鳴り散らしていた。シグルド的にはシルフ単一で攻略し、他種族に対して絶対的なアドバンテージを必ず得たいからこそ反対していたらしい。
まさかそれだけでシグルドを外すとは思わなかったが、領主達だけに知らされた事を知った今なら英断だったとサクヤに言いたい思いである。たかが一人の我儘を聞いて、何百人もの命を散らす結果になるなど、優しいサクヤが許す筈も無かった。
ちなみに、他種族と同盟を組んだ事は極秘事項であるとエギルさんから聞いている。それを快く思わない者達は必ず居るし、最悪PKを生業にした者達が徒党を組んで世界樹攻略軍を襲う可能性を否定出来なかったし、知られれば必ずネット上で情報が拡散されるからだ。それを警戒したのである。
現にシグルドが同盟について言い触らしているが、その辺の情報統制はどうにかなっているらしく、どこと同盟を組んだのか明確に言っていないため元々仲の良いケットシーと同盟を組むという風に今では知られている。あたしもそう思っていただけに、まさか全種族とは思っていなかったのだ。
シグルドもその情報は知っているのだろうが、恐らくユウキかサクヤが危惧したのだろう、どの種族と同盟を組むかまでは口にしていなかったらしく、シグルドもその噂について否定も何も示していない。ケットシーと元々仲が良かった事を逆手に取られ、シグルドは何も出来ない状態で放り出されたのだ。領主から信用を失ったと判断された彼の言葉を信じる者は、恐らく殆ど居ないだろう。人気なサクヤを憎んでいると公言して憚らないのだから尚更だ。
あたしは、かつては軍部を預かって配下を率いていた勇ましい男の落ちぶれた姿に、溜息を吐いた。
リアルで特に武道はしていなかったらしいシグルドは、それでも武闘大会であたしに当たるまでは必ず勝ち進んでいた猛者で、その強さは確かに実力のものだった。だから人格としては尊敬出来なくても、その根気強さと人を率いる素質に関しては素直に凄いと尊敬していたのだが……
「……とにかく、あたしはこの人と一緒に央都へ行くわ。もう決めてるのよ」
そう言って、あたしは隣で微妙な表情で黙り込んでいる……というかは、あたしとシグルドの会話を見守ってくれているナツの真白いコートの右肩に手を置いて、シグルドに言う。それを聞いて、シグルドがじろ、とナツに視線を向けた。
「……貴様、見ない顔だな」
「色々あってソロだったんで」
シグルドの怒りと威圧の籠った言葉に、ナツはまるで柳のようにさらりとそれを受け流し、即答した。まぁ、あたしと合流するまでは確かにソロだった事を考えれば、あながち嘘でも無いのだが、物は言いようだなと思ってしまった。
「……そうか、リーファが唐突に央都へ行くと言い出したのは、貴様が原因だな……! 絶対にリーファを連れて行くのは許さんぞ!」
「失礼ね、ナツはどちらかと言うと協力者。それにナツが原因なんじゃなくてあたしの知り合いの知り合いが事の要因、だからナツに怒りを向けるのは筋違いよ。それ以前にさっきも言ったけど、あたしはあなたの部下でも無いんだから許可なんてされる筋合い無いわ」
「黙れ! お前は既に俺のパーティーの常連で顔なんだ、勝手に抜けると迷惑になる事が分からないのか!」
「……シグルド……」
何が何でもシルフ最強のあたしを逃したくないらしく、シグルドは怒鳴り散らしてどうにかしてあたしを行かせないようにしようとする。
それは、かつてその実力に尊敬の念を抱いていたあたしとしては、とても失望を覚えさせるものだった。男なら、とは言わないが、自らが原因で現状に至ったのならそれを潔く受け入れ、省みて、正していくべきだろう。
他人を使って名声を、地位を取り戻そうとする様は、もうかつての覇気ある姿の欠片も無い。
「……なぁ、シグルドって言ったよな、あんた」
とうとう見かねたのか、何も言わないあたしに代わってナツがシグルドに語り掛けた。最早視線だけで殺さんばかりの鋭さになっている双眸を、シグルドは彼へと向ける。
「俺、リーファさんとあんたの関係性についてやあんたの事情についてよく知らないけどさ、でもあんたがリーファさんを自分のものみたいに扱おうとしてるのは分かった……その上で言わせてもらう。人は、アイテムじゃない」
「何だと……っ?」
「あんたが大事にストレージに仕舞っているだろうレアアイテムだとか、その装備だとかみたいに自分の物として人を扱えはしないって言ってるんだよ。リーファさんは傭兵で依頼を受けたからあんたに協力してただけで、依頼主と傭兵という関係であってそれ以上でも以下でも無いんだろ? なら縛り付けようとするのは、それは違うんじゃないか?」
「貴様ッ……何も知らない素人のクセして、偉そうにほざくなぁッ!!!」
ナツの装備からしてかなりの腕があるとは分かっているようで、恐らく素人というのは政治的なものを指しているのだろうというのは朧気ながら察せた。
シグルドは剣の柄に手を掛けているのでもしも彼が異種族だったなら剣を抜いていただろうが、ナツは同じシルフであり、この《スイルベーン》の中に居る間はシルフをPKする事は出来ないという原則がある。それはシルフがシルフに対しても同様なので、そのルールを思い出したのか、シグルドは柄に手を掛けながらも抜こうとはしなかった。
あたしとナツの二人を睨め付けていたシグルドは、暫くしてからふんと強く鼻を鳴らして踵を返した。それでも肩越しにこちらを睨め付けてきて、あたしも少しだけ強く睨む。
「……今、俺の下を裏切れば後悔するぞ」
「裏切る以前にそもそもあなたの下に就いた覚えなんて無いわよ。依頼が無かったら、あなたとは顔見知りというだけの関係なんだから」
「ふん…………俺に土下座して謝る練習でもしておくんだな」
忌々しそうにあたしとナツを見た後、漸くシグルドは完全にこちらから視線を外して立ち去って行った。取り巻き二人もその後を追い、レコンはどうするべきか迷った末にこちらへやって来た。
「レコン、あんた付いて行かなくて良いの? あたしは傭兵だけどあんたこそ固定パーティーメンバーじゃない」
「いや、行くよ、行くけど……一応、先に言っておこうと思ってね」
童顔のアバターの顔を少し真剣な表情にしたレコンは、かなり真面目な様子で話してきた。何時もなら少し間の抜けた口調なのに珍しい。
「……ちょっと人目があるから、最上階に行こうか」
そう言って、レコンはあたしとナツの手を取ってエレベーターに乗った。
確かに今のやり取りでかなりの衆目を集めていたから、シグルドの事で何か話すなら此処よりも《翡翠の塔》最上階の方が人も少なくて良いだろう。レコンもあたしの方と仲が良いしよく一緒に居ると知られているので、あまり怪しまれはしない筈だ。シグルドの機嫌は悪くなるだろうが……
エレベーターが最上階に着き、開放的なテラスに出たあたし達は、レコンへと顔を向けた。
「それで、話っていうのは?」
「僕もリーファちゃんに付いて行きたいところだけど……ちょっと気になる事があるから、もう少しだけシグルドの近くにいるよ。それが終わってから僕も央都に行く」
「え? そ、そう……」
央都には極秘で集結している全種族の軍部、SAOを生き抜いた猛者達、そしてその全てを束ねるユウキが居る。レコン一人と言えども、これでも高難度クエストを達成したパーティーの一員だから経験そのものは豊富なのだけど、飛行する度に酔う上に未だに補助コントローラーに頼っているレコンでは、世界樹攻略に参加する者達に課せられた条件を満たせていないので、来ても無駄足に終わる。
だが、それを教える訳にはいかない、これは領主とかなり親しいあたしにすら秘匿されていた情報なのだから、おいそれと他言してはならないのだ。
だからあたしはレコンの言葉に、曖昧に頷きを返す事しか出来なかった。
レコンはあたしに言いたい事を言い終えたのか、今度はナツの方に、ちょっとさっきよりも真剣さを増した面持ちを向けた。
「それで、ナツさん」
「お、おう、何だ?」
「リーファちゃん、これでも結構トラブルに突っ込んでいく節があるんで、注意してあげて下さい」
「…………あー……うん、リーファさんってやっぱ姉弟だわ」
「ちょっとレコン、何言ってんの?! それにナツも、嬉しいと言えば嬉しいけど微妙に複雑だからその理由で納得しないでよ?!」
思い当たる節があるのか、ナツはあたしが和人の姉という事で納得の表情で頷き、ちょっと納得いかないあたしは少し二人に詰め寄る。これでも師範代だし、この二人ならたとえ同時に掛かられても勝てる自信があるので、割と遠慮無しだ。
「それで……あと、リーファちゃんは、僕の……!」
詰め寄る間もナツに語り掛けるレコンの言葉の先が予想出来て、あたしは容赦無く思い切り腰の捻りと腕の捻りを加えた右拳の一撃をレコンの鳩尾に叩き込んだ。
ぐおぇっ、とカエルが潰されたかのような呻きと共に、レコンはテラスの床にもんどり打ちながら蹲る。
「レコン、何か言う事は」
「……ご……ごめん、な……さい……」
「よろしい」
痛みは無いとは言え、かなりの不快感を伴うため強烈な一撃を叩き込んだ事も含め、今回はその謝罪で済ませてやろうと思って許す。とは言え、今度はこれでは済まさない事をあらかじめ忠告して置き、青い顔でこくこくと頷くレコンを見て、満足気にあたしは頷いた。
ちなみにナツは、思い切り表情を引き攣らせてあたしを見ていた。
「ナツ、思い切り顔が引き攣ってるわよ」
「……いや、多分弟の方も同じように顔を引き攣らせると思う……」
「……」
ナツに言われ、脳裏にその場面を思い浮かべた。思い浮かぶのはナツが仮に和人で、同じようにレコンの鳩尾に強烈な一撃を叩き込んだ場合だが…………確かに表情を引き攣らせそうだが、稀に気弱な様子を見せる事もあるので、もしかするとカタカタと震えて怯えるかも知れないなと思い浮かぶ。
……ちょっと、怯える和人を見てみたいかもと思ってしまった。
というか、やば、可愛い。
「……まぁ、それはともかく、レコン、あんたはそろそろ行かないとヤバいんじゃないの?」
「げっ、確かに…………はぁ……じゃあリーファちゃん、ナツさん、気を付けて」
「ええ。あんたも気を付けなさいよ」
「また機会が有ったら会いましょう」
手を振ってレコンは挨拶を済ませ、そして乗って来たエレベーターで最下層まで降りて行った。
ふと、ここから真下まで飛べばシグルドを探せるし速かったのではないかと思ったが、レコンはもう行ってしまったので良いかとその思考を外へと放り出し、テラスの外周へと向けて近付く。
空は、夜明けの曙光に照らされ始めていた。
「……綺麗ですね、この景色」
ぽつりと、感嘆の気配を滲ませながらナツが言った。それにあたしは我が事のように嬉しくなり、ふふっと笑む。
「でしょ? この街、ALOでもランキングトップに輝くくらい綺麗な街って言われてるんだよ、この《翡翠の塔》から眺める夜明けは美しいとまで言われてる。あたしも、街の中で最も空に近いここから眺める景色はお気に入りなの……ここから自由に空を飛んでると、もう何もかもがどうでも良くなるくらいに、ね」
「……リーファさん……」
少し気遣わし気に見て来たナツに、横目でふっと微笑みを向けて、あたしは茜色に染まり始めた地平線の先の稜線を見詰めた。
「自由に飛べる翅があるのに、人は人を束縛する……あたしはそれを厭って、傭兵なんてやってたの。嫌なら嫌だと言えるし、あたしにはそれが可能な実力があったからね」
「……敵、多かったでしょう」
「まぁ、ね……リアルじゃ女尊男卑風潮なんてものが蔓延してるものだから、仮想世界まで女に負けるのは許せないって、そりゃあ喧嘩を大量に吹っ掛けられたわね」
全部返り討ちにしたけど、と付け加える。
それこそが、ナツと合流した時に集まっていた視線の原因。
シルフ最強の異名を持つあたしは謂わばシルフの最終兵器で、そんなあたしと親しい関係にあるのは実はサクヤとレコン、アリシャさん、シノンくらいなもので、他には殆ど親しいと言える者は居ない。だからあたしに話し掛けたナツに興味が湧き、あたしの仲間なのかと殺気を向けられもして、あるいはあたしと繋がっているという事はかなりの実力者だから取り込もうと考える輩が視線を向けたのである。
レコンが言うには、アバターからして美少女だからそれをやっかんだり、見惚れた者も居るという話だが、それよりは嫌煙の感情の方がより強いだろう。
傭兵という稼業を生業にしているあたしは、自由を得た代わりに、殆どを一人で過ごすようになった。
サクヤと親しかったが、それも秘密裏な関係に留めていたから彼女は領主に当選出来たし、レコンもあたしとそこそこの仲だとは知られているが下手に手を出すとあたしの逆鱗に触れると分かっているから誰も手出ししない。
別にレコンに対して恋愛感情を抱いている訳では無い。和人が愛した仮想世界を知りたいあたしに、この綺麗な世界を教え、色々とレクチャーしてくれた事には素直に感謝しているし、少しウザい時もあるが何だかんだで気に掛けてくれている。だから、そのせいで彼に掛かる火の粉はあたしが払う、それだけだ。何だかんだであたしも放っておけないらしい。
シノンとはそもそも種族が別なので、メールでやり取りをしたり、サクヤから依頼を受けてアリシャさんと秘密裏に会合する時に会うくらいだ。そもそも学校で会えるので別に良いのだけども。
「ホント……何もかも、煩わしくなるわ……だから今回は、良い機会だったかも知れないわね。何だかんだ理由を付けてあたしはここで燻っていた……和人を助ける為に、これまであたしがあたしなりに鍛えて来た力を役立てられるなら、むしろ本望よ」
「……そうですか」
「ええ」
ナツの返しに、あたしも短く返して頷いた。そしてあたしは二対四枚の翡翠色の翅を広げる。
「さぁ、行くわよナツ。一回の飛行であの森の先まで行くつもりだから、グライドとフライトをしっかり使い分けなさい?」
「……了解!」
あたしの振り切った笑みを少し複雑そうに見ていたナツは、少し強めの返事と共に翅を展開し、すぐにテラスから力強く飛び出した。翅を広げ、すぐさま最高速に同時に入り、そしてある程度の高度と速度を得た所でフライトからグライドへと切り替え、陽光と翅に吸収させて消費した分の翅の力を回復させる。
あたしは、こうして《スイルベーン》から飛び立ったのだった。
はい、如何だったでしょうか?
実はサクヤと意見が割れ、軍部を預かる者に反対されるとアレだからシグルドさんは既に軍部から外されており、一般プレイヤーとなっていました。
そしてリーファは原作と異なり、実力がかなり高いので傭兵としてシグルドのパーティーに一時的に加入して協力、依頼が終われば脱退を繰り返していました。
何気にこの二人が原作と相当違うのではないかと思います。
それにリーファは、原作と異なり本作シグルドを多少なりとも尊敬していました、人を率いる者としての素質はあったからそこを素直に称賛していたんですね。現状のシグルドには失望してしまっています。
そして、最後ら辺で浮かんだリーファボッチ説。ここは初回SAOキリトに近い感じにしました。自由さを強く求めた末に辿り着いたのが傭兵、そして自由に動く実力者ながらアルフ転生には興味無いので軍部に入らず、非協力的なので嫌煙され、ボッチになってしまいました。微妙にビーターに似てますよね。
サクヤとは秘密裏な交友だったので、同種族だとレコン君だけが表立って親しく出来る唯一の友人だったり。
原作でも多分シグルド関連で似たような状態だっただろうからと考えて、こういう風にしました。
さて、今話で漸く番外編以来まともに焦点が当たった、初の一夏視点でした。初なので、一夏と和人の関係性を過去の回想付きで書きましたが、回想が薄いのはわざとですのでご了承ください。
ナツはシルフ、つまりはスピードを求めました、原作ISの《白式》も高機動型ですしね。成長に関してぶっつけに強いというのも原作同様です、というか和人に鍛えられているので成長率は途轍もなく高いです。
ちなみに、種族は以下の通り。原作メンバーはそのままです。
例:種族名=SAO組・SAO組/ALO組・ALO組
サラマンダー=イチゴ・クライン/ユージーン
シルフ=ナツ/リーファ・サクヤ
ノーム=エギル・ストレア/
ウンディーネ=アスナ・ディアベル/
レプラコーン=リズベット/
ケットシー=シリカ・アルゴ/シノン・アリシャ
スプリガン=フィリア・ユイ/
インプ=ユウキ/
プーカ=ルイ/??
『/』で左に分けられているのはSAO組で、右がALO古参組です。ALO古参組で確定しているのはサラマンダー、シルフ、ケットシーなのですが、他の種族は今後の展開的に存在は出しても名前までは出さないと思います。
プーカに関しては、SAOゲームの【歌姫】を出す訳にもいかないので別のキャラを考えています。戦闘キャラではありませんが、歌唱力は抜群です。
ちなみに原作キャラでは無く他作品キャラです。ハテナの数は字数。
そして原作ではピクシーのままだったユイは、ゲームのストレアと同様、ルイと一緒にプレイヤー扱いになってもらいました。当然SAO組とALO組とで合わせる為ですが、SAO組は全員知り合いにする必要があったのでルイに充てました。
まぁ、この辺は後々にある程度の理屈付きで語ろうかなと思っています。
《ロスト・ソング》の【歌姫】も銀髪で、ルイも銀髪なので良いですよね?
という訳で、そろそろ次回予告です。
翡翠の街を飛び出した傭兵リーファ、【白の剣士】ナツ。二人は自慢の飛行速度を以て凄まじい速度で行軍するが、途中で高度制限の為に洞穴を抜ける必要が出た。
洞穴の名は《ルグルー回廊》。およそ一ヵ月半前、インプの剣姫が取った道である。
仲間が集う央都へと向かう為にその回廊へと入った二人だったが、背後から襲撃を仕掛けられてしまう。
色は九色、全種族が入り混じった混合パーティーだった。
次話。第十章 ~襲撃~
久し振りの連日投稿だぜぃ。
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第十章 ~襲撃~
今話も連日投稿出来て嬉しい限りですが、これから来週に掛けてテストの再試が始まるので不定期となります。構想は浮かんでいるんですが、時間がね。タイピング速度は中々でも気が乗っていないと上手く書けない。
さて、今話はオールリーファ視点です。原作でもリーファ視点でしたね。
今話の文字数は約一万五千、前話より一万文字少ないですがそこそこ内容を詰めております。また、あまり臨場感は無いかも知れませんが、タイトルからお察しの通り戦闘回です。
ではどうぞ。
翡翠色に輝く街《スイルベーン》よりナツと共に飛び立ってから約三十分を経て、領都から北に向かっていたあたし達は大きな山の麓近くまで辿り着いていた。古森を抜けた辺りには山を抜ける為の洞窟があり、今はその近くまで来ている所だ。
そこであたしとナツは、五匹の飛行型モンスターと戦闘をしていた。
「はぁッ!!!」
気合一閃と、この三十分でかなり随意飛行を体得しているナツが凄まじい速度で飛び掛かり、右手に握る真っ白の片手剣を素早く振るう。その一撃は《イビルグランサー》というトカゲ型Mobの頭部を胴体から切り離し、一撃で絶命させるに至る。
『ギシャッ!』
同胞を殺された怒りからか、反撃とばかりに残るイビルグランサー四匹がナツに対してそれぞれアクションを起こした。二体は近付いて突進攻撃を仕掛け、もう二体は詠唱を初め、すぐに完了させてから紫色のオーラを高速で飛ばす。
ナツは迫る二体を軽やかな動きで躱し、すれ違い様に一体の胴体を逆手持ちにした白剣で串刺しに貫き、致命傷を与える。そこから更に抉るかのように剣を振るい、HPを全損させて絶命させ、蒼い結晶辺へと変貌させた。突進をいなされた一体は哀しげに、そして怒りの籠った方向を響かせる。
そんなナツに二つの紫色のオーラが迫り、当たる。初撃は当たっても特に変化を齎さなかったが、二撃目は変化を齎し、ナツの周囲に紫で縁取られた緑色の円環が上から下へと向かいながら出現し、彼の白いコートや胸当てなどの色がくすんで見えるようになった。
《イビルグランサー》が使えるのはカースと呼ばれる、所謂呪い系魔法で、当たった相手のステータスを一定確率で二割ほど減衰させるものだ。これは解呪魔法を使うか、《状態異常耐性》スキルあるいは《呪い耐性》スキルの熟練度の高さに反比例して短くなる自然回復を待つ事で、解除される。アイテムも解呪用のものはあるが、基本的に戦闘中は解呪魔法を、街が近いなら圏内に入って自然回復を待つのがセオリーとなる。
HPとMP最大値は下がらないのだが、STRやMENなどは下がるし、更にはHPとMPの自然回復量、アイテムや回復魔法などでの回復量まで減退されているので戦闘中は致命的な状態異常となる。更に殆どのプレイヤーは知らないが、ステータスウィンドウにある筋力値、敏捷値はSTRやSPDなどを計算式に当て嵌めて算出された数値なので別枠として扱われるようで、呪い効果の対象にキッチリ入っている。
なので実質、全ステータスは四割は減衰すると言って良い。効果に対してかなり苦戦する原因はここにあるのだ。
「だーくそっ、また呪いかよっ?!」
あたしは傭兵で基本がソロだったので、こういう状態異常系の対策は万全にする為に《状態異常耐性》スキルを完全習得しており、あたしに何かしらの状態異常を付与出来るとするなら、それは確定系のスキルか、あるいはダンジョンの奥底に潜むボスくらいのもの。
なので割とあたしは相手のカース魔法を無視して斬り掛かり、魔法を放った後で隙だらけの気色悪い薄桃色の表皮を持つトカゲを一太刀の下に切り捨て、欠片へと爆散させる。
その傍らで、呪文を口ずさみ、悪態を吐くナツに掛かった呪いを解呪した。チリッとMPバーが削れるが、あたしの装備に付与されている自然回復量増強によってすぐにフル回復するので、それを無視して近くを飛ぶトカゲに視線を移す。
ナツが呪いに掛かってあたしに解呪されるのをもう二回繰り返した所で、無暗に逃げ回っていたトカゲ五匹の殲滅を終えた。
要した戦闘時間はおよそ二分。ソロで戦っていた時の方が短かったのはナツとの連携が出来ていないのと、彼の回復及び解呪をあたしがしていて、攻撃魔法を使っていなかったからだろう。近接攻撃を主として行っていたにしても少し掛かり過ぎかなと反省した。
まぁ、解呪呪文は《回復魔法》スキルの中でも熟練度を上げなければ習得出来ないもので、ナツはスキルの熟練度が今日始めたばかりで低いので、致し方無い部分もある。そう考えれば多少は妥当とも言えるかも知れない。
「はい、お疲れ様、ナツ」
「お疲れ様です……何か、足引っ張ってしまった気がする」
互いの健闘を称えあう意味でハイタッチすると、ナツが微妙な表情でそう言ってきた。どうやら解呪をあたし頼みにした事は気になっていたらしい。
こういう自身の悪い所を見つけ、反省しようとするのだから、門下生の中でも特に可愛がってしまう。仕方が無いなぁ、と思って色々と世話を焼いてしまうのだ。
「別に気にしなくても良いわよ、そこまで大変じゃなかったし、解呪魔法で消費するMP量は装備で強化された自然回復量で補えるからね。それにナツはダメージを受けてないんだから」
解呪魔法よりもHP回復魔法の方がMP消費量が上なので、それを考えると今の方がまだ嬉しかったりする。
取り敢えず呪いによる効果の説明をして、その危険性を理解したナツは呪い状態の時は回避を優先してあたしの解呪を待ってくれていたので、HPを回復する事は無かった。もしもあったなら、もう少し時間が掛かっていたかも知れない。
「まぁ、自分でHPの回復くらいは出来るようにして欲しいかな。詠唱も短いから自己回復程度なら簡単だし」
ほらテキスト、と言いながらメニューウィンドウのスキル欄を開き、詠唱の復習をしなさいと促す。ナツがそれに頷いて左手を軽く振る姿を見ていると、彼の背中から映える翡翠の翅が明滅し始めたのを見た。
淡い燐光を散らしながら震える翅が明滅するのは、その翅に溜めていた陽光や月光の力が底を尽き、浮力を喪い掛けている事を意味する。明滅し始めは残り時間三十秒の合図だ。
「翅も限界ね……一旦降りるわよ」
「あ、はい」
あたしはグライドを併用して戦闘を行っていたのでまだ余裕があったが、ナツは流石にそんな事は出来ないので翅が限界。一人が飛べてもパーティーメンバーが飛べないのでは移動しようにも出来ないので、すぐに降りて月光による翅の回復を少し待つ事にした。
「ふぅ……」
「ん? 疲れた?」
地面に降り立ち、首や肩、腰を捻ったりして伸びをしているナツの様子を見て軽く問えば、彼はまさかとばかりに片頬で笑み、首を横に振った。それにあたしも片頬で笑みを浮かべつつ、してやったりと胸中で呟く。
「そっか。でも残念、ここから暫くは空の旅はお預け」
「え? ……あー、高度制限ですか」
「そ。あのルグルーの山脈は高度制限が設けられてるから……ほら、あそこにある洞窟を抜けるしか方法が無いのよ」
そう言って、あたしは百メートルほど先に見える少し大きめの洞窟の入り口を指示した。もう山脈は目の前、後はこの《ルグルー回廊》と呼ばれる洞窟を抜けるだけである。
「洞窟ダンジョンかー……リーファさんって、あそこに入った事は?」
「一応《アルン高原》まで抜けるルートはマッピングを終えてるわ。普通のプレイヤーならこのルートは避けるんだけど、一応傭兵として必要だと思ってね」
普通避ける理由は、この《ルグルー回廊》と呼ばれる洞窟を抜けるルートが、合計で《アルン高原》へ向かう三つのルートの中でも最短ながら最難関を誇るからである。
この回廊の中にはトラップは殆ど無いものの、嫌がらせのようにオークなどの亜人モンスター、サソリなどの甲殻モンスターが犇めいており、更に洞窟なので戦闘音が遠くまでよく響く。結果、一度でも交戦してしまうと、街に辿り着くまでには二十回はザラの連戦を経験する事になるのだ。更に言えば一体一体の攻撃力も然るものながら、耐久力も中々侮れない。
特に甲殻類モンスターは打撃攻撃の棍系で無ければ基本的に目に見えるダメージを与えられず、あたしのような片手剣は弾かれる事が多い。更には甲殻に高い魔法耐性があるのか、魔法攻撃に対してもべらぼうに強いと来ている。幸い足は遅いので振り切れるが、仲間を呼ぶアクションを有しているので、逃げる先に回り込まれている事が多く、それで逃げ場所を失ってやられてしまう……という事が普通にある難関ルートなのだ。
しかも嫌がらせのように分岐ルートが途轍もなく多く――結局は街に行き着くのだが――選んだ道によって歩く距離が異なるし、中にはモンスターハウスの如し部屋に通じている場合もある。
なので安全なルートを求める商人や交易商などは、ケットシー領の近くにあるルートを通る。あちらは少し距離はあるが、モンスターはケットシーのテイミングを考慮しているためか比較的弱めで、数も《ルグルー回廊》ほど多くは無い。シルフはケットシーから飼い慣らした使い魔達の助力を何度か受ける事があり、交易に関しても似た事情があるため、古くから交友があるのである。
だから《ルグルー回廊》に最も近いシルフはこちらでは無く、ケットシー領近くのルートで《アルン高原》へ向かうのがセオリーとされている。
だが今のこの世界の事情で、他種族の領都に近付く事はあまり良くないとされている。
あたしは《スイルベーン》が気に入っていたからあそこに長期滞在していたのでシルフからの依頼しか受けていなかったが、それでも傭兵の端くれなので交易商や情報屋達と幾らかのコネクションは持っている。フレンド登録はしていないが、顔馴染みとして話せる程度には知り合っている。
各種族の領都や中立域を流れている者達から細々と得て繋ぎ合せた情報によれば、他種族の領地に入ったプレイヤー達はその大多数が忽然と姿を消すという噂が流れているらしい。それはどこの種族の領地とかでは無く、全種族の領地で起こっている事で、そして暫くしたら何事も無かったかのように忽然と姿を現すのである。
それを気味悪く感じている交易商はあたしのような傭兵を雇って移動したり、独自のルートで移動する事で難を逃れているらしい。情報屋も似たようなものだという。
あたしも一応傭兵なので交易商から護衛の依頼をされて付いて行った事もあるが、確かにその帰りは嫌な予感がしたから出会うモンスターの全てをスルーし、シルフ随一の速度を以て速攻で《スイルベーン》へと戻った過去がある。あの時は確かサラマンダー領だったから、それでPKされる危険性を懸念して帰ったのだが、今思えば噂が自分に降りかかる事を予感していたのかも知れない。
そういう事もあって、本来なら最難関で誰も通らないようなルートをあたしは選んでいる。ナツも地上戦ではALOトップに近い戦闘力を誇ると確信しているので、この《ルグルー回廊》を抜ける程度なら大丈夫だろう、中のマップはあたしが既に持っているから迷う事も無いので最悪最短を突っ切るだけで良いのだ。
「なるほど、マップがあるなら楽そうですね」
そんな裏事情を知る筈も無いナツの楽観的な呟きを聞いて、あたしはちょっと顔を背けて含み笑いを漏らす。あの中に入ってどうなるかは分からないが、少なくとも彼が経験したダンジョンよりはちょっと難易度が高いだろうと予想し、そこで彼がどんな反応を見せるかを考えたからだ。
とは言え、考え無しに突っ込まれて敵を呼ばれてはこちらまで巻き添えを喰らうので、そこは注意しておくべきだろう。
「あのねぇ、あの洞窟はそこまで楽じゃないわよ。あの《ルグルー回廊》と呼ばれる洞窟を抜けるなら、本当ならキャラバンみたいに十人以上の複数パーティーで万全の準備をして行くべきなんだからね?」
「……え」
「それに戦闘音がよく響く上に耳の良いモンスターがうじゃうじゃ犇めいてるから、下手に交戦すると数十回は連戦しないといけなくなるの。だからALOでは最難関ダンジョンの一つに数えられてるわ。マップがあるとは言え、それでも死ぬプレイヤーは後を絶たないから、下手に剣を抜いたり大声を上げたりしちゃダメよ」
「……マジですか? 他のルートは……」
「生憎と、他のルートは他種族の領地に入らないといけなくて、そうなると七面倒な事になる可能性が高くなる。それに……」
そこで言葉を区切り、あたしはメニューウィンドウを出して、そこに記載されているALO標準時のその下、現実標準時の時刻を確認する。現在時刻は午後五時三十分だった。
「この《ルグルー回廊》は地下都市が中継地点として設けられてるんだけど、途中で休めるのはこのルートだけなのよ。他だとかなりの長時間ダイブしなくちゃいけないし、ここから別ルートへ移動するにしても中立域の町や村は遠いわ。そもそも敵どうこうだって、遭遇してもあたしとナツが全力で走れば問題無いでしょう」
遭遇した敵全てを斬らなければならない原則など無いし、後を追ってくるモンスター達は次々と増えるので他のプレイヤーに当たったら《トレイン》というマナーレス行為になってしまうが、そもそもこんなルートを通るプレイヤーなんて殆ど居ないのだから気にしない。地下にある鉱山都市《ルグルー》にはそこそこのプレイヤーが存在するが、彼らは《アルン高原》から入って滞在しているプレイヤー達、こちら側に来る事は殆ど無いのである。
なので、少なくともシルフ領側から《ルグルー》までの道は全力疾走したとしても、誰に迷惑を掛ける必要も無いのだ。
それを説明してやると、何だか微妙な目で見られてしまった。
「何よ、その眼は」
「いや……リーファさんって、リアルとこっちじゃ性格違うなと思って……」
「……気のせいよ」
実の所、昔レコンからも同じ事を言われていたりするのだが。曰く、リーファちゃんの時は直葉ちゃんの時の五割増しに気が強い、と。
あたしはそれを、傭兵として気弱だと足元見られるからと返しておいたのだが、ナツにまで言われるという事は気が強いだけでなく性格も違ってきたのかも知れない。
あるいは、現実でもこの性格だったがナツは見た事無かっただけか……
この世界でのロールプレイは何がしか形で現実に跳ね返ると考えているので、もしかするとこちらで気を強く持って振る舞っている内にそれが素になってしまったのかも知れない。まぁ、別に無理して取り繕っていた訳では無いし、豹変とまではいかない程度の変化だから構わないのだけど。
そんな事を話しながら数分の休憩を取った後、あたしとナツは洞窟の入り口までやって来た。中は真っ暗で見えないのだが、《幻影魔法》スキルの中にある暗視魔法を使い、ゆっくりと暗い所が何かに照らされているかの如く全体的に明るくなっていく恩恵を得てから、かつて己が記録したマップデータを頼りにあたし達は内部に足を踏み入れた。
「……分岐、多いですね」
「最難関ダンジョンの一種って言ったでしょ?」
次はこっち、と内部に入ってから早十分経過した現在、十回目以上の分岐を見て辟易したように呟きを漏らすナツに言葉を返しながら、あたしはマップを頼りに洞窟を進む。あたし自身、昔の自分はこんなダンジョンをソロでマッピングしていたのかと思うと、よくやったなと呆れ半分感心半分の心境だ。
「よくこんな所のマッピングしましたね……あの世界の迷宮区より入り組んでますよ、ここ」
「昔はこういう未知の場所の探検を好んでやってたからね、苦とも思ってなかったんでしょ」
「なるほど。で、そのマップデータで商売を?」
嫌味や皮肉では無く、純粋な興味で聞いて来ていると分かるナツに、あたしは苦笑を浮かべて首を横に振った。
「してないわよ、そんな商売。マップデータは情報屋に無償で委託して、無償で拡散してもらってた。それで多くのプレイヤーがそこに向かって、その結果得られた情報をあたしは代価として貰ってたのよ、傭兵にとって情報は本当に生命線だからね」
「……やっぱり、兄妹ですね」
あたしの言葉を聞いたナツが、ぽつりとそんな事を呟いた。どういう事かと目線で彼に問えば、彼は同じだったから、と言った。
「アイツはあの世界で《キリト》っていう名前のプレイヤーだったんですけど、リーファさんと同じ事を言ってマッピングデータは情報屋に委託して広めてもらって、その代わりに入った情報を貰ってたんです。だから兄妹で同じ事を言うんだなと思って……」
「……そっかぁ……一緒、だったんだ……」
《キリト》というプレイヤーとしてあの世界を戦っていた事は眼鏡のお役人から、全プレイヤーの中でもぶっちぎりのトップレベルを誇っていると聞かされた事から知っていたが、その具体的な話はまだ特に聞けていない。数少ない弟の情報の中から、自分と知らない間に一致した行動があった事に、あたしは少し嬉しくなった。
あたしと違って色々と才能に溢れていて、正に神童とまで言われた天才の弟。あたしよりもよっぽど女の子っぽい容姿で、一つ年上のあたし以上の剣腕を持ってて、料理も上手くて、留学する程に頭も良い。あたしなんて全く勝てない、非の打ち所が無いと思えてしまう凄い家族。デスゲームに囚われたかと思えば命懸けで一部を除いた殆どの人を救ってしまうし、かと思えば今も囚われてしまっている。
あたしにとってはまるで雲の上の存在で、けれど同じところがあると知れて身近な存在にも思えて。
本当……不思議な男の子なのだ。
「……リーファさん」
「……どうしたの」
嬉しくて、けれど和人の現状を思い出すと悲しくて、よく分からない涙を浮かべそうになるのを黙って堪えていると、少し真剣な気配を帯びた声音で名前を呼ばれた。
それに気づいて、あたしも感傷を振り払って真剣に聞き返せば、後ろを指差される。
振り返れば、歩いて来た洞窟の闇が広がるだけ……
いや。何かいる、何かが暗闇の中で光を発していた。
それは二個一対の赤い光は不規則に揺れていて、目を凝らせば、薄ら暗から分かり辛いが赤色の被膜を持つ蝙蝠である事が分かった。
「ッ!!!」
それが何なのか理解した瞬間、あたしは後ろ腰に何時も忍ばせている手の平サイズの小型ナイフを手に取り、抜き様に一本投げつけた。高速で飛翔するナイフは的確に赤い蝙蝠の胴体を貫き、一撃でその体を青白い結晶辺へと散らすが、元々アレは攻撃の類を一発でも受ければ死ぬ設定だから感慨も何も無い。
「ナツ、急いで走るよ!」
「え? え?」
「いいから今は走れッ!!!」
「は、はいぃッ!!!」
事情を説明している暇も無いので現実の道場に居る時のように怒鳴れば、彼はびくぅっ! と肩を震わせてから慌てたようにあたしの後を追い始めた。慌てたように追い掛けて来る彼を横目に、マップで道は合っているかを頻りに確認しながら、あたしは今出せる全力で駆け続けた。SAOで高ステータスのアカウントを育てているナツより若干速いのは、恐らく装備のお蔭だろう、まるでジェットコースターのように周囲の壁が流れていくのはそれだけ速度が出ている事の証左だ。
さっきあたしがナイフで墜としたのは《トレーサー》と呼ばれ、《追跡》スキルで習得する追跡魔法によって生み出される魔法生物。使い魔と異なり戦闘能力は一切無いが、術者と視覚の共有をする効果を持っており、アレで対象の追跡をしたり、偵察をしたり出来る。
今急いで逃げているのは、あの《トレーサー》が赤色の蝙蝠だったからである。
魔法の種類によって魔法生物の姿が、種族によって色は異なっており、ウンディーネの《トレーサー》なら水色の蝙蝠となる。
別種で《サーチャー》と呼ばれる《隠蔽》スキルを使って隠れているプレイヤーを見つける魔法生物もおり、それはウンディーネだと魚、シルフだと小鳥、ケットシーは子猫、ノームは土竜になるという。ちなみに《サーチャー》でもインプは蝙蝠型だ。
ただでさえ人が来ないこの高難度ダンジョンの中に、他プレイヤーに《トレーサー》まで付けるという事はあまり良くない思惑で接触を図ろうとしている相手と考えるのが普通。更に言えばさっきの蝙蝠は赤色、つまりはサラマンダーである。
サラマンダーは近接戦に強いという単純明快な特徴を持つのでプレイヤー数が最多で、加えて言えば気性の荒い者が多い。領土が隣接しているシルフはよくPK対象として付け狙われたものである。だから自然と警戒心が湧き立つのだ。
更に言えば、交易商や情報屋から聞いていた、ここ最近頻発しているという忽然と姿を消し、また忽然と姿を現す先ほど思い浮かべていた噂。それが妙に気になって警戒心が湧き立っていて、逃げなければと直感が激しく警鐘を鳴らしたのだ。
何かヤバいというこの直感は、今まで傭兵稼業を支えて来たものであるため、あたしはかなり信頼している。それが奇妙な情報を得ている今となっては尚更だ。
「リーファさん、街です!」
「あそこまで突っ切るよッ!!!」
「了解!」
走り始めることおよそ一分、それなりに進んでいたからかすぐに街が見えて来た。地底湖に周囲を囲まれ、《アルン高原》とシルフ両側に続く方にそれぞれ横に広い石橋が架かっている地下の鉱山都市《ルグルー》だ、あそこまで入れば、少なくとも後ろから追ってきているPKを撒く事が出来る。
まぁ、そこの街で休んでいる間に《アルン高原》側に続く橋を封鎖されてしまったら、どちらにせよ戦う必要性が出て来るのだが。
「って、なんか来てる?!」
「アレは……地属性魔法か!」
あたしとナツの後ろから追い掛けてきて、頭上を通り過ぎた茶色の光は、《ルグルー》へ続く橋の途中で着弾した。
その瞬間、粉塵が巻き起こると共に高さ五メートルに達する石壁が出現し、あたし達の進路にして退路を塞いだのだ。
あたしは内心で激しく舌打ちした。
「くっそ……戦わないといけないみたいね」
「あの、湖を泳ぐのは……」
「無し。見たら分かるけど、水棲型の水龍が棲んでるから。ウンディーネの支援があってもほぼ倒すのは不可能なレベルの強さがあるから、あたし達じゃ入った瞬間に即死よ」
そもそも、あたしはあまり人に知られていないがカナヅチなのだ、それなのに水中戦闘とか絶対にゴメンである。
あたしの言葉を受けて、ナツは次に目の前に立ちはだかった石壁に視線を移した。それで何をしようと考えているか読めたので先んじて注意を促しておく。
「生憎だけど、この石壁は地属性の上位魔法で構成されてるから物理攻撃じゃ壊せないわよ。強烈な魔法攻撃を使えば別だけど」
「ならリーファさんの魔法ですれば良いんじゃ?」
「生憎と、これを破壊出来る程の威力の魔法もあるにはあるけど……そもそもこの地属性魔法、有効射程はそこまで無いのよ」
有効射程がそこまで無い……という事は、逆に言えばこれを放って退路を断った連中は後ろまでもう迫っているという事になる。つまりこの石壁を破壊出来る魔法を唱える時間も無いという事だ。
それを何となく察したらしいナツが漸く来た道へ向き直れば、丁度追い掛けてきていたらしいプレイヤー達が姿を見せた。
しかし、それを見てあたしは眉根を寄せる。赤色の蝙蝠だったからてっきりサラマンダーで統一されているかと思えば、何と色取り取りの髪色をしたプレイヤー達で構成されていたのである。つまりはサラマンダーという単一種族に帰依しているのでは無く、領を抜け出した中立域のメンバーという事だ。
まぁ、傭兵稼業をしているプレイヤーは少ないながらも他に居るし、あたしのように自分の種族の領地に滞在し続けている方が珍しい、それがソロなら輪を掛けて珍しいとされる。他の傭兵は大体複数人のチームを組んでおり、回復の得意なウンディーネ、偵察が得意なスプリガン、タンクに向いているノームや接近戦向きのサラマンダーといった混合パーティーも普通にある。
だが、傭兵というにはその数がおかしかった。ざっと見ても四十人近い、傭兵でも流石にここまで大人数になるのはおかしい。
となると、複数の傭兵の利害の一致か、あるいは……
「……PK集団、か……」
「……嫌な集団ですね、それ」
「PK推奨だから居てもおかしくは無いんだけどね」
それにPKを好む者達が徒党を組むというのも珍しくは無い。領地に居るプレイヤーはアルフへの転生を求めて活動しているプレイヤーが多く、PKそのものに意義を見出すとすれば、それは他プレイヤーをキルした時に得られるコルや装備、アイテム類だ。狙ったプレイヤーによってはレアアイテムを奪う事だって可能なのである。
だがシルフやケットシーを初め、大抵の領主は積極的なPKをあまり推奨はしておらず、むしろ無差別なPKをするプレイヤーは領地から追い出される対象となり得る。それを厭った者達は、自ら領地を捨てて中立域プレイヤーとなり、自然とPKを好む者同士で集まって集団を作るのだ。
とは言え、自分達が死ぬかも知れないこの最難関ダンジョンの内部まで追って来るとなると、少々妙だとは思う。自分達が死んでしまえばデスペナルティとして、スキル値やステータス値の高さに応じて幾らかの減少が起こるので、PKプレイヤーはそれを厭ってここまで普通は来ない。
そこまで考えて、そういえば、とあたしはある事に気付いた。あたしとナツは、何故か入り口からこの《ルグルー》まで来る道なりを進む間、一度たりともモンスターに遭遇していないのだ。過去に潜った経験上、少し歩けば必ず遭遇する程に犇めいている筈なのに一体も遭わないというのは、それは異常である。システムが規定してリポップを設定しているのに居ないとなれば、それはつまり、何者かが先に倒していたという事になる。
「……なるほど、嵌められたわ」
「え?」
「この人達、多分あたし達がここを通る事を予測してたのよ、先回りされたんだわ」
「ええ?! でも、一体どうやって予測を……」
そう、そこが気になる所だ。あたし達が領都を出てここに来る事を予測出来る者なんて殆ど居ない。
まぁ、逆に言えば犯人を絞り込めるという事でもある。あたしの予想では、自分の下を離れると後悔するとか言っていたシグルドが怪しいと疑っているが、たったそれだけでここまでの事をするかと思いもする。
確かに腹立たしい気分は解消されるかも知れないし、ここで負ければあたしはシグルドの下に付く流れになりそうだが、傭兵は基本的に高い報酬を要求するのが常なのでリスクとリターンが釣り合ってない気がする。
――――というか、確かに四十人というのは多い人数だが、これだけであたしを止められると思っているのだろうか?
「ナツ、回復魔法は使える?」
「え、まぁ、低位魔法のヒールくらいなら……」
「ならそれを、あたしに掛けてね。アレの相手はあたし一人でするわ」
「は……はぁ?!」
信じられないとばかりに目を剥いてあたしを見てきて、すぐに反論しようと口を開きかけたナツ。あたしはその先を予想出来たので先んじて唇に右手の指を当て、言葉を発そうとしたナツを留めた。
「シルフ最強のあたしを、あんまり舐めない方が良いわよ? 言ったでしょ? 前に喧嘩を吹っ掛けられたって……その数、一体どれくらいだったか分かる?」
「……じ、十人……くらい……?」
しどろもどろなナツの答えに、あたしはふっと微笑みを浮かべた。指を除けた後、右手を左腰から剣帯で吊るす片刃の長刀の柄に掛け、一気に抜き払う。しゅらぁ……んと鈴を思わせる音を響かせながら、掛けて来る集団へと一歩踏み出す。そして長刀を青眼に構えた。
構えながら、あたしは口元に笑みを浮かべる。ナツの答えが、あまりにも甘かったから。
「五人? そんな数じゃないわよ……あたしがかつて相手した人数はね……八十人よ」
きっぱりと言い切り、背後で凄まじく動揺した気配を発したナツへ左肩越しに振り返り、笑みを向けてから前へ向き直る。
「シルフ一族が魔法剣士、シルフ軍教導官リーファが相手になるッ!!!」
現実で道場の師範代をしているとレコンから知られてから、多少の間は空くが定期的にシルフ軍の近接戦闘訓練を見て来た経験があるあたしは、それなりに教導官としても他種族に名を知られている。
シルフがサラマンダーには劣ると言えど、使い魔の力を以て勢力を伸ばしていたケットシーに匹敵する勢力をサラマンダー領に隣接してよくPKを狙われながら保っていたのは、こういう訳があったからだ。現実でも門下生二十余名を相手に教えて来たのだ、多少心得を教えれば元々プレイングスキルがあった戦士達の腕前はぐんと上がった。
それを多少知っているのだろう、橋を渡って来ていた集団も少しばかりその速度を緩め、警戒したように構え始めた。
「ッ……!」
その瞬間を狙って、あたしはシルフの特徴の一つである速さを以て、全力で距離を詰めていった。およそ十メートルまで狭まっていた距離は、その一瞬ですぐに先頭との距離がゼロへと変わる。
先頭を走っていたのはセオリー通り、タワーシールドと片手棍を装備した重戦士タンクのノームだった。その左右にサラマンダーやオールラウンダーのインプ、スプリガン、シルフなどが並んでおり、彼らの後ろには術で支援するのかウンディーネとプーカを中心とした様々な種族のメイジローブを纏ったプレイヤーが居た。
その速さに瞠目しているノームを一瞥した後、あたしは軽く飛び上がり、タワーシールドの表面を蹴り、次に角に足を掛けた。駆けた速度はそのままなので、角を思い切り蹴って後衛部隊へと上から突撃する。
「「「「「な……ッ?!」」」」」
戦いは補給が出来るか否かで左右されるため、PK集団を相手した時には必ず回復役から潰すべきだ。それにALOの魔法は単追跡か多追跡かはともかく、放たれれば基本的に必中。距離を取られて詠唱され続けているとジリ貧なのは分かり切った事なので、回復されるのを止めるのと遠距離から魔法を浴びせられるリスクを排除してメイジ部隊を潰しに掛かったのである。
それに、相手も自分達が回復出来ないと分かれば、離れた所で支援してくれるだろうナツにまで気を配る余裕も無くなる。その間にあたしは回復してもらい、戦い続けるという寸法だ。
まぁ、あたし一人の方が戦いやすいというのもあるのだが。
「う、うわわッ?!」
「ちょ、嘘だろ?! こっち来たぞ!」
「前衛は何をやってんだよクソッ!」
あたしが降り立ったのは丁度メイジ部隊の前で、戦闘の三人が狼狽えながら悪態を吐く。
それに呆れながら、あたしは一瞬で長刀を袈裟掛けに振るい、メイジ部隊のリーダーらしいサラマンダーの左肩から右腰に掛けて、紅い斬閃を刻んだ。その一撃でサラマンダーの男のHPがぐぐっと削られ、残り三割となる。その残りも、返す刃で右薙ぎを放って消し飛ばし、男は赤いエンドフレイムを上げ、すぐにリメインライトへと姿を変える。
メイジとして、魔法攻撃力やMP自然回復力を上げるのは確かにセオリーだが、もう少し物理防御力のVITを上げるべきだろうと内心で相手の初歩的な欠点に嘆息しつつ、余りの事に半ば放心状態にあるメイジ部隊の顔を見る。分かりやすくローブを纏って杖を手にしてくれているから、ALOで驚異的なメイジを取り逃がすという事は無さそうだ。
「さぁ……あたしに喧嘩売った事を後悔するのね。シルフ最強の異名は、伊達じゃないのよ……そこのシルフのメイジさんは、知ってるでしょう? ねぇ?」
「ひっ……!」
にっこりと、微笑みを浮かべてメイジ部隊の中に居るシルフの女性へと顔を向ければ、怯えたように一歩下がられた。
「お、おい、何でそんな怯えてんだよ……たかが一人の女だぞ?」
「莫迦ッ、知らないから言えるんだよ……! この魔法剣士の教導は、確かに基礎的だったけど……基礎だからこそ、恐ろしく強いのよ……!」
「あら? あたしの教導について知ってるって事はあなた、元シルフ軍だったのね」
道理で顔に見覚えがある訳だと胸中で納得の声を呟く。別に鬼教官という訳では無く、本当に剣の振りやスキルの反復練習を繰り返しさせただけでシルフ軍は強くなった。酷い教導の仕方はしたつもりは無いからその辺で恨まれている筈は無いのだが……
まぁ、今は別に良い。
「取り敢えず、あたし達の邪魔したんだし、武器を構えているという事は相応の覚悟はあるんでしょ?」
長刀を青眼に構えながら言う。長刀からちゃきっ、と鍔鳴りがすると同時、相手の警戒心が更に強く巻き起こった。あたしを取り囲むように前衛組が動こうとしているが、あたしの目の前には自分達の生命線であるメイジ達がいるので、動こうにも動けないでいる。
かつて八十人の男性シルフを相手した時よりも明確にビルドが別れているからこその弱点、その前にあたしは居る。
「……行くわよ?」
ただ冷静に、冷徹に、そして冷酷に笑むと共に言い放ち、あたしは目の前の弱点達へと斬り掛かった。
*
時間にして三分と十五秒。
それがおよそ四十人を超えるレイド級の襲撃者達を殲滅するのに要した時間だ。最後の最後まで足掻き抜いたサラマンダーの片手剣と盾装備の男がよく粘り、あたしの剣劇の殆どを盾で防いで仲間を護っていたので、少しばかり時間が掛かった。
メイジ部隊そのものはおよそ三十秒ほどで全滅させたのだが、残る前衛組はやはりHP量と防御力が高く、技量も中々に高かった。魔法を使ってこなかったのは幸いだったが、恐らくフレンドリィ・ファイアを危惧して使わなかったのだろう。
回復魔法を使おうとシルフやウンディーネ、スプリガンといった種族のプレイヤーは、詠唱の光が見えると同時に攻撃を仕掛け、詠唱をファンブルさせ続けたので、結局回復は一切させずに終わらせる事が出来た。
相手の重厚な鎧や盾を足場に縦横無尽に飛び回り、神速で駆け回り、相手を翻弄し続けたあたしは、最後のサラマンダーで幾らか苦戦はしたものの結局ノーダメージだ。ナツの出番は一切無しである。
「ふぅ……んー! 久し振りに疲れる対人戦だったわね」
左腰の鞘に長刀を収めた後、茫然としているナツの方に戻りながらあたしは伸びをした。あたし達の進路を塞いでいた石壁は、恐らくアレを作ったメイジが倒れたと同時に消失したのか、既に存在していない。
「……リーファさん、出鱈目です」
「え? そう? SAOで最強ギルドの一員だったナツやイチゴだったら出来るんじゃない?」
「いや無理ですよあんなの?! 幾らこの世界がリアルの運動神経の影響を強く受けるからって、俺はあんな大勢を前にノーダメージで倒し切るなんて事は出来ませんって?! 多分イチゴでも無理ですよ!」
「そうかなぁ……?」
慣れれば出来ると思うんだけど、と言うが、それは多分キリトとリーファさんとユウキさんくらいです、と呆れ顔で返された。
逆にあの二人も出来るのかと思ったが、キリトに関しては実際あの世界で殺人快楽者の集まりであるレッドギルドを相手にした事があるらしい。危ない事をするものである。そう呟けば、あなたが言いますかと返された。解せぬ。
「ふぅ……ともかく、これで地下に存在する鉱山都市《ルグルー》に到着よ。もうちょっとで入れたのにとんだ事になったものだけど、よくよく考えれば《アルン高原》への道を封鎖されなかったんだから良かったかもね」
「……それは確かに。それにしてもリーファさん、シルフ軍教導官ってどういう事なんですか?」
「……まぁ、昔に色々とあったのよ。傭兵として領主から依頼されたり、シグルドやその前任の軍部を預かる人から教導を依頼されたりね。原因はレコンが、現実であたしが道場の師範代をしてるって漏らしちゃったからなんだけどね。シルフがサラマンダーの次くらいの勢力を持ってるのは、あたしがシルフ軍のプレイヤー達を鍛えたからなのよ。素振りで型を覚え込ませたり、実戦訓練で何度も繰り返したりと基礎的なものだったから、嫌がる人は多かったけどね」
正確にはまだ原因はあるのだが、そこは別に話す必要性を感じられないのでスルーする事にした。
ちなみに、かつてその訓練を受けた中にはレコンやサクヤも居たりする。レコンの場合は飛行をどうしても慣れさせられなかったが、その代わり魔法の使い方や短剣での戦い方に磨きが掛かったので、シグルドのパーティーで有用なメイジとして重宝されるようになったのだ。
これを聞いたナツは、キリトもSAOで同じ事をしていたと口にした。詳しく聞けば殆ど似たような事を自分のギルドの団員達にしていたらしい。とことんまであたしと和人ってしている事が似ているなと思った。
この後、一先ず夕食と入浴を済ませてから続きをする事になり、午後九時にダイブするよう話し合ってからログアウトした。ログアウト時刻は午後六時過ぎだった。
はい、如何だったでしょうか?
今回はどちらかと言えば説明会的な感じでしたね、ALO古参組のリーファが色々と解説してくれています。
冒頭で出た《イビルグランサー》というモンスターが使った呪い魔法についてですが、これは具体的な効果が原作には無く、大幅なステータス低下を齎すとだけ書かれていたので、オリジナル解釈で書いています。結果的に大幅低下だから良いよねと。
さて、今話でリーファが傭兵として動いていた過去が一部明かされました。シルフ軍教導官、ぶっちゃけIS原作の織斑千冬みたいな立場ですね。そしてシルフ領主や軍部の前任とも関係があったりと、中々凄まじい人間関係を構築しております。
また、交易商だとか、シルフがサラマンダーの次に、使い魔があるケットシーと同等の勢力を保っていた理由として、リーファを使いました。
実はこの辺、まだ色々と今話で明かされてない設定があるのですよ、すぐに分かるんですがね。
過去に八十人の男性シルフを返り討ちにしているリーファなら、四十人くらいの混合パーティーはへっちゃらでしょう。リーファ本人が考えているように、回復要員という弱点が丸分かりですし。
シルフは風魔法の他に、回復にも《ロスト・ソング》では長けている様でしたので、返り討ちにした八十人は全員が回復も担当出来る構想で書いています。倒せど倒せど復活する八十人を一人で相手ち続けて勝ったリーファ、凄いですな。
実は戦闘でナツを加えるかどうか迷ったんですが、リーファの視点で色々と推測は立てていますが、台詞として、つまりナツには殆どリーファは語っていないので、魔法への対処が出来ないだろうと思いましたので、単独にしました。必中だとかは語ってませんしね。
いちいち伝えている間に距離を詰められますし、原作キリトと違ってナツはスピード寄りなのでHP量は彼より少なめだろうと思いまして。切り札の幻影魔法も何か違うと思ったので、彼は見物人になってしまいました。
街から山脈への移動中に話した事にすればいいかとも思ったんですが、リーファの見せ場が欲しくて、こうしました。
いや、ここまでリーファが馬鹿強くなるとは思ってなかった。修正する前は原作同然だったのに、どうしてこうなった(笑) もうSAOに居ても良いんじゃないっていうくらい強い。
皆さんも、リーファが嫌いという方は居ないと思うし、リアルで剣道してるんだからこれくらい強くても良いですよね?
ぶっちゃけ原作でどうしてシグルドとほぼ互角という設定だったのか分からない。キリトとアスナ以外のキャラの強さが微妙に曖昧なので、色々と手を加えさせてもらいます。GGOでならハッキリ分かっているシノンも同様に手を加える気満々です。
でも銃ゲーで強化って、難しいですね……
よし、シノンも心情描写を駆使して精神的に成長させよう★(錯乱)
ちなみに私の中での原作味方キャラの強さは以下の通り。
二刀SAOキリト=ヒースクリフ>一刀SAOキリト≧二刀ALOキリト≧ユウキ≧一刀ALOキリト≧アスナ≧クライン≧リーファ=シノン=エギル>リズベット≧シリカ
攻略組ではなかった原作リズ&シリカは、やはり一歩劣り、エギルは商人だったので純粋な攻略プレイヤーだったクライン達よりは下。
リーファとシノンはそれぞれALOとGGOで古参のサバイバリティを加味。実際原作でもオールラウンダーですからね。
アスナはほぼユウキや一刀ALOキリトと互角とは思いますが、あと一歩の所で越えられない感じ。
キリトは時代と二刀かどうかによって強さが左右される、という印象です。多分SAO時代のキリトなら《ナーヴギア》と《メディキュボイド》の性能差を考えても、一刀だとしてもユウキに負けない気がする。
原作キリトが反応速度で劣っていたのは《アミュスフィア》というハードで劣っていた事もあると思うんですよね。同ハードならキリトとユウキの実力はほぼ互角かユウキが微妙に劣り、対人戦の駆け引きの経験的に多分キリトがギリギリ上くらいかなと考察してます。
《メディキュボイド》は《ナーヴギア》の数十倍のインパルスを発生させるらしいので、《アミュスフィア》ダイバーより速くて当然かなと思ってたり。
……ユウキファンにディスられるかな、これ。でも冷静に考察するとこうなると思うんです、SAOやALOキリトとどうなるかは意見が分かれるでしょうけど。
ちなみに、本作のメインキャラの強さの目標は、原作SAO二刀キリトやヒースクリフを軽く完封してぶっ潰せる強さです(笑) 現状のリーファでもキリトはいける気がしていたり。
ではそろそろ、次回予告です。
四十もの襲撃者達を鎧袖一触した傭兵のリーファは、地価の鉱山都市《ルグルー》へと辿り着くと同時、ナツと一時別れを告げて夕食や入浴を済ませにログアウトする。
現実へ戻り、シルフ最強のリーファから眠り続ける和人の姉として目覚めた直葉は、手際良く家事を済ませていく。
そこで直葉に、ある人物から連絡が入った。
次話。第十一章 ~反旗~
第一次アンケート(第一&第二アンケート)についてご報告します。
今話の投稿を持ちまして、“IS敵キャラ《織斑マドカ》について”のルートアンケートを締め切らせて頂きます。
ご意見数は二つ。どちらも第一アンケート(1)、第二アンケート(2)ルートをご希望されていましたので、この二つの意見を反映させて頂こうと思います。
コメントして頂いた白狐様、榛名黎様、ありがとうございます。
どういうルートになるかは、いずれ上げようかなと思っている構想キャラ紹介の所で書こうと思っていますし、概要は活動報告を見て下されば分かると思います。
ちなみにキャラ設定を上げるとすると、多分プロローグの話の前か後になると思います。また、随時追加していくと思いますので、定期的にご確認下さい。
もう一つの“他作品クロス要素について”のアンケートは10月1日午前零時まで実施しております。実質九月末日までです。
現在、意見は一つだけで、コメント欄の内容を確認した所、クロスしないで欲しいというものでは無かったので、現在活動報告に書いているクロス要素全てが関わる物語になる予定です。
コメントが来る気配が無いので、全てクロスする前提で構想を立てて行っています。なので和人が将来的にチート化しますし、いきなり異世界要素が入ったりもするようになりますので、ご了承下さい。
クロスが嫌だったり、SAO×IS要素のみの話を見たいという方は、その旨を活動報告のコメントとして送って下さい。別枠の物語として書く可能性があります。
長々と失礼しました。残り一つのアンケート、奮ってご意見下さい!
では!
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第十一章 ~反旗~
どうも、おはこんばにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話もオールリーファ、もとい現実側なんで直葉視点です。また、文字数は一万文字と更に少なくなっており、安定しておりません。
理由は、そのまま続けるとキリが悪そうだったからです。
今話は説明会っぽい感じですが、原作であった直葉のモヤモヤ感を数倍にしてお送りしております。
こういうの書くの、結構筆が進んで楽しいです(笑)
ではどうぞ。
ぶぅぅぅ……ん、と機器が起動していた音が次第に静まるに連れて回復していく五感が、現実の肉体へ完全に戻ってから、ぱちっと目を開く。半透明のグレーのバイザーの向こうには自室の天井が見え、その天井にはあたしがあの世界で飛んでいる所をスクリーンショットに納め、現像しているポスターが貼られている。
後ろ腰まで届くくらいに長い金髪を一つ括りにし、緑衣と白が特徴的な装いをしていて、女性的な丸みを帯びたボディラインもハッキリと分かるその妖精の左腰には、こちらの世界では御法度である流麗な長刀が佩かれていた。現実の自分の肉体よりも線が細くて、けれど芯は通っていると見える風の妖精シルフが、あたしのALOでのアバターだ。
初めてログインを果たし、自分とシノンにALOを教えてくれた長田ことレコンには大層美少女だと褒められたものだと、およそ一年前になる時の事を思い出してくすりと笑う。
そんな過去を追想しながら、あたしは薄手の服装からジャージを着て部屋を出た。
あたしの自室は桐ヶ谷家の二階にあり、同じく和人の自室も二階にある。一応間違えないためとそれぞれの自室には《すぐはの部屋》、《和人の部屋》というように木札が扉に掛けられている、字を見ただけで何となく性格が見えてしまうのはご愛敬だ。
そんな和人の部屋は、あたしが一階へ降りる際に必ず前を通る位置にある。こちらの部屋の隣だが、彼の部屋の方が階段に近いのだ。
「……和人……」
あたしは彼の部屋の扉の前を通るところで、足を止めて向き直った。
現在、彼は東京都文京区御茶ノ水にある《五大企業》附属の大病院の特別ジェルベッドの上で眠っており、更に言うならALOの世界樹の枝部分で囚われの身になっているため、この部屋の主は当然ながらおらず、したがって中は無人の状態となっている。
彼がSAOに囚われてから二年間、あたしはこの部屋を定期的にずっと掃除してきた。何かしていないと、何か和人の身近なものに触れていないと、気が狂ってしまいそうだったから。元々私物が少ない和人の部屋には、あたしのように勉強机や本棚、タンスがある以外には特に目立った物も無く、あったとすればそれは《ナーヴギア》や《ソードアート・オンライン》の特集が掲載されている情報誌程度。あとは木刀や竹刀、それと祖父から授けられたという《桐ヶ谷流》の伝書くらいだろう。
夕飯の時間に合わせるように炊飯器はセットしており、まだ時間的には一時間はある、午後七時に炊けるようにしているからだ。
だからまだ時間はあると思って、あたしは和人の部屋のドアレバーに手を掛け、ゆっくりと滑らかな動きで下に下ろし、押し開けた。
真っ暗で、除夜灯の光が遮光カーテンから室内に漏れ入っている無人の部屋は、二年が経つ今も主の帰参を待っているかのように、静まり返っていた。ベッドの布団は虫干しにしたり、敷いたままだとアレなので片づけているが、それ以外は殆ど当時のまま。PCに関してはそれに詳しい母が何かしたらしいが、あたしは特に聞いていないので詳しくは知らない。
扉を開けた正面の勉強机には横に三つ並ぶPC画面、机上には黒いキーボードがあり、傍らの小さな棚には小学校の教科書からとても難関な参考書の類が所狭しと陳列されている。右を向けばすぐタンスが視界に入り、更にその向こうの壁に大きな本棚が聳え立っていて、和人の身長が低いからかあたしの胸辺りの高さまでしか本は入れられていなかった。それも雑誌や神話関連の本なのだが。
だが、その本棚の使われている段の中で最も上の段には、本では無く、別の物が置かれている。
それは一つの写真立てだった。百均で購入出来ると思えるくらいに簡素な写真立てに入れられた写真は、《SAO事件》が勃発する前の年の大晦日に一家で撮った写真だった。中央に小さな和人が居て、彼の左手と手を繋いだあたしがその隣に、その後ろに眼鏡を掛けた厳格そうな父と柔和に微笑む母が映っている、そんな何ともないと思える写真。
けれど、写真やビデオなどの映像記録媒体で何かしらの記録を残る事を厭う和人が映っている写真は、実は物凄く少なくて、学校の定期行事で撮った写真を除くと彼自身の希望で映っているのはこの一枚だけだったりする。プールに行った時や年末年始でも撮ってはいるが、それは半ば不意打ちと言えるもので、大抵そういう時の彼は不機嫌そうにむくれてしまう。
しかしこの写真に写る和人は、とても優しげだった。温かく、柔らかく微笑んでいる和人が映っている写真は、あたしが知る限りでこの一枚限り。勿論お気に入りの一枚としてあたしも自室で飾っているが、和人も同じだと思っていなくて、掃除している最中に初めて見つけた時は半ば茫然とし、そしてまだ《SAO事件》の事で立ち直れていなかったから号泣したものである。早く帰って来てと、涙ながらに慟哭を響かせたものだ。
この写真を見る度に、あたしは思う。もっとこの笑顔を見たい、その笑顔をもっと向けて欲しい、と。
そして同時にこうも思う、この温かい笑顔を護りたい、と。
今も仮想世界に囚われ、苦しめられているかも知れないと考えると、胸が張り裂けそうに苦しくなる、胸の奥がきゅうっと締め付けられる感じがするのだ。切なくて、悲しい想いがどうしようも無く沸き起こって、涙してしまう。もっと和人と触れ合いたい、触れ合っておくべきだったと、悔悟の念がどうしようもなく湧いてきてしまう。
あたしはこの感情を知った、知ってしまった。知識としては元々知っていたし、小説なんかではありきたりなものだけど、実際にここまで苦しいとは思ってなかった。
寂しい、淋しい。哀しい、悲しい。そしてそれ以上に切ない。
けれどあたしは、それを我慢しないといけない。
和人の隣は、もう既に決まっているのだ、およそ十年も昔からずっと決まっているのだ。紫紺の髪に、アメジストを想起させる鮮烈な深紅色の瞳を持つ、とんでもない幼馴染が居るのだ。和人の愛は、家族のあたしでは無く、彼女にだけ向けられている。
この感情を抱いたと和人が知ったら、どうするのだろうか。あの幼馴染が知ったらどう言うだろうか。渡さないと、ボクだけの人なのだと、威嚇してくるだろうか。
この事を考えるだけでもあたしは辛くなってくる。
《SAO事件》が起こってから数日後、母から教えられた。和人は母の姉夫婦の一人息子であり、両親が事故で他界してしまったから妹である自分が預かった、あたしと彼は従姉弟の関係なのだと。本当ならあたしが高校生になってから伝える筈だったらしいが、その予定を繰り上げたのは、まだ和人が生きている間に真実を知って、心の整理を付けさせる為だったのだろう。
最終的には和人はSAOを生き抜いた訳なのだが、今現在も昏睡状態が続いているから、全然安心なんて出来はしない状況に変わりない。
あたしはその事実を伝えられた時、とても混乱して、錯乱して、狂ったように母を怒鳴った。いや、怒鳴ろうとしたが、それは寸前で思い留まった。母は、和人にも伝えていないというのだ、まだ引き取った時は二歳だったから知る由も無い筈だし、幾ら聡明だとしてもまだ早すぎると思ったからと判断したと言ったのだ。
命が脅かされている和人について初めて知った事を、当の本人が知らない。なら、あたしが怒るのは筋違いだと思い至って、怒鳴りはしなかった。それでもどうしてこのタイミングでと泣きはしたが。
その事実を伝えられた時から、あたしの中での和人に向ける憧憬の念や家族愛は、何時の間にか暖かくて切ない慕情へと変化していた。
ベッドの上で、まるで妖精やお姫様のように眠り続ける彼の手を取ると、嬉しい。まだ生きていると分かると、それも嬉しい。顔を見るだけで頬に熱が灯る。紫紺色の幼馴染を見ると、苦しい。二人一緒に戦っているのだろうと思うと、果てしなく胸が締め付けられる。その美しい容姿に嫉妬してしまう。
それらを自覚した時には、もう何もかもが手遅れだった。想いを伝えようにも彼は別世界で命懸けの戦いをしているし、彼が愛を向ける人も同じ世界に行っていて、それ以前に二人が恋仲になっている時点であたしがこの感情を抱くのはお門違いもいいところだったから。
「……和人ぉ……!」
とん、と軽く写真立ての中で笑む弟……いや、愛する従弟の顔を、指先で突く。視界が滲んでいる中でも鮮烈に見える笑みに、あたしは震える声で、嗚咽交じりに名前を紡いだ。
*
和人の部屋で泣いてしまってから暫くして、あたしは一人で夕食を済ませ、余ったご飯をタッパーに詰めて冷凍庫に放り込んでから汗を流しに浴室へ向かった。この時点でもまだ七時半だったので、少しゆっくり入ろうと浴槽に湯を張っている。
手早く服を脱ぎ、下着も一つ一つ袋に入れてから洗濯機に突っ込む。
父はアメリカの商社に勤めているから年末年始くらいしか帰って来ないし、母は仕事でよく家におらず、特に年末年始直前のこの時期は缶詰になる事なんてザラなので、両親が家に居ない時は昔から和人がしてくれていた。今考えると顔から火が出ているかのように恥ずかしくなってしまうが、多分何も思ってなかったんだろうなと思うと、複雑な気持ちと共にその方がらしいなぁと思ってしまいもする。
そんな事を考えながら、手早く裸体となったあたしは折り畳み式の扉を開き、暖かな湿気を含む浴室へと入った。
今は十二月と冬真っ盛りなので手早く体を、次に髪を洗い、顔も適度に洗って湯船に浸かった。ダイブしている間はエアコンを効かして底冷えしないようにしてはいたが、やはり食卓は無人だった為に寒くて、足の先からヒヤリとしてしまっていて、湯船に足を入れた時はジン、と特徴的な痛みと共に暖かな熱に息を吐いてしまう。ほはぁ、と気の抜けた声が吐息と共に吐き出された。
肩までしっかりと熱い湯船に浸からせたあたしは、それでも寒いと思って腕や肩を反対の手で擦る。波立った湯が荒々しく肌を刺激し、またジン、と熱を感じる。
ALOでも一応お風呂はあるにはあるのだが、フルダイブ技術の研究は、飲み物程度ならともかく、湯船ほどの大容量となると水質を完全に再現する事はまだ難しい段階らしくて、幾らかの違和感を覚えてしまう。それでも《SAO事件》勃発以前からフルダイブゲームを幾らかしている人達からすれば、最初期に比べて遥かにマシレベルらしいが、女の自分としては現状の仮想世界のお風呂は満足いくものでは無い。
それに現実のお風呂の方が、圧倒的に心地良い。まぁ、ここは人それぞれだろうが、多分大抵の人は自分の家のお風呂の方が良いと言うとは思う。そもそも仮想世界のゲームでまでお風呂に拘る事を酔狂だと考える人達からすれば、あたしのこの考えすらも理解出来ないものとして区分されるだろうが。
そこまで考えて、和人はどうだったのだろうかと、ふと思った。
ナツこと一夏の話によれば、和人とあたしの思考や行動は割と似ている部分があるらしい、マッピングデータの扱い然りだ。けれど彼はあたしよりも実利優先、現実主義者の側面を持つため、あたしみたいにお風呂に拘ったりはしないかとも思う、そもそも彼はあの美少女の容姿ながら生物学的に男性という詐欺めいた存在だ、見た目に騙されてはならない。
そう考えると、彼も酔狂だとあたしに言うか考えるだろうかとも思うが、何かと理解を示したり興味を持ったりするからそうは思わないかも知れないとも考えられた。
結局のところ、本人に聞かなければ分からない事なのだが。
「……そろそろ出ようかな」
十分温まったし、浴室にある浴槽の設定をする機器の時刻は午後八時を示していて、およそ三十分近く入っている事にもなる。冬だからなりにくいとは言え、ここまで思考を回転させたのだから脳の血流もかなり温まっているだろうし、下手すると湯に充てられて不調をきたすかも知れない。
ナツを案内する者として、そして師範代として情けない姿を門下生には見せられないため、あたしは湯船から立ち上がった。
浴室から出ると冬の底冷えした冷気が襲ってきたため、さっさと体を拭いて、着替えに袖を通してから素早く二階の自室に引き上げる。寒い寒い、と呟きながら、あと一時間弱どうしようかなと思考を巡らせる。
「……ん? 着信……?」
部屋に入ってどうしようかと首を捻っていると、机の上で充電ケーブルに繋いで置いているスマートフォンに着信が入っていたと知らせる赤色のランプが明滅している事に気が付いた。設定で、学校や家族、病院からの着信が入ると同時に《アミュスフィア》によるダイブを強制切断するように設定しているが、それ以外ではそのままという事にしており、着信が入っていたと分かりやすいように赤いランプを灯すように設定している。
「一体誰から……って、うぇ?!」
何時掛かったのかを見てみれば、お風呂に入り始めて少し経ってから一回目の着信があったようだった。
一回目、という事はまだ連続で掛かっていたという事で、それはおよそ一分から二分おきにずっと同じ相手から電話が掛かって来ていた事を意味していた。表示されている相手の通知は、《長田君》とある。
何故ALOでレコンとしてメールをしないで電話を、というか現実の方にALOの話はあまり持ち込みたくないのだけど、と胸中でぶつぶつと呟きつつも電話を掛けようとすると、丁度良いタイミングでまた掛かって来た。ちなみにこれで十回目の着信である。
一応、あたしが現実でALOの話はあまりしたくないというのを聞き入れてくれており、シグルドからの依頼仲介をしてくれている彼との連絡を取りやすくするためにメールアドレスや電話番号を渡してはいた。これまでも何回かこの手段で連絡を取ってはいたが、それは大抵メールで、電話なんて殆どしていない。
それなのにここまで短時間かつ連続で着信を入れるなんて、一体どんな用事なのかと半ば戦々恐々としながら、あたしは通話の緑ボタンをタップした。
「えっと、もしもし。長田君?」
『あっ、やっと出た! もしかしてご飯食べてた?』
「まぁ……うん」
素直にお風呂入ってたとは言えずに曖昧に頷くが、基本的に人の好い彼はこちらの微妙な応答にさして疑問を浮かべなかったようで、そうだったんだ、と返事していた。
『それはごめん。でも急いで伝えないといけない事があってね、悪いけど連続でコールしたんだ』
「それってALOの事?」
『うん。それもかなり重要……特に直葉ちゃんは絶対知っておくべき事なんだ』
「え、何それ、あたしが絶対知っておくべき事?」
《スイルベーン》を飛び出す直前の会話で見せたレコンの真剣さを窺わせる声音になって、あたしは混乱すると共に身構えた。ここまで彼が真剣な様子になっているのは過去に一度たりとも無かったため、それ程の重要性を持つ情報なのかと判断したからだ。ここは傭兵としての勘である。
『僕、確かシグルドについて気になる事があるって言ったよね?』
「ええ、言ってたわね」
『そのシグルドからリーファちゃんは真正面から離れた訳だけど、アイツ、信任されたばかりの頃のサクヤさんに軍部から追い出された事で名声を取り戻そうとして、リーファちゃんを雇って高難度クエストを達成してたでしょ?』
「どちらかと言うと、あたしが居ないと達成出来なかったから苦肉の策を使ったって感じだったけどね」
『うん、まぁ、実際僕も頼らざるを得ない状態だったからそこは特に言及しないけど……それで、リーファちゃんが離れたら、シグルド以上の実力者で手を貸す人物はもう居ない事になる。つまりシグルドにとって、リーファちゃんが最後の頼みの綱だったんだけど、そのリーファちゃんが離れちゃったから物凄く苛立ってて』
まぁ、それは容易に想像がついた事だが、元々あたしはお金を貰って相応の働きをする傭兵で誰かの配下という訳では無い。サクヤとレコンとは敵対したくなかった事も含めてシルフ領に留まり続けたあたしだが、その気になれば相応に他種族でも名が売れているのだから別の領地でも生きて行こうと思えば可能ではあった。
取り敢えずシグルドから離れた事に対し、何の感慨も浮かばない、それくらいあたしにとっては興味の無い存在だったという事である。
しかしシグルドからすれば面白くないのだろう。
「まぁ、それくらいは簡単に予想付くけど……それで、そこからあたしとどう関係が?」
『それがさ……シグルドって、誰かと合流する時って時間を潰せるように大抵お店に留まるでしょ? だから僕も後を追って、店に入ったら合流、宿屋に入ったら僕もログアウトしようと思ったんだけどさ……何と、途中から人気の無い道に入ったと思ったら、透明マントを被って下水道に入って行ったんだよ。これは本格的に怪しいと思って《ホロウ・ボディ》を使って後を追ったら、とんでもない事を聞いちゃったんだ』
《ホロウ・ボディ》というのは《隠蔽》スキルを八〇〇まで高めると習得出来る魔法で、ただ姿を隠してその場に留まるハイドと異なり、姿を隠したまま移動してもばれにくいという中々の魔法である。ただし使用している間は持続的に微量のMPを消費していくので、MP回復ポーションとの併用を忘れてはならないのがネックだと、レコンから聞いた。
ちなみに透明マントは、その魔法が常時掛かったマジックアイテムの一つ。本家の魔法より効果は薄いが、MP消費が無いので永続的に使用可能という利点がある。
確かにそれを使って、しかも偉ぶるシグルドが下水道なんかに入るというのは怪し過ぎる。
「それで、とんでもない事って?」
『その下水道の先にはさ、何とシルフ以外の全種族のプレイヤーが一人ずつ揃ってたんだよ。しかも真っ黒なローブ被ってて怪しい事この上無くて……で、盗み聞きしてたら、シグルドの奴、サクヤさんを殺す算段らしいんだ』
「はぁ?!」
あたしに関わる事かと思ったらサクヤ殺害の話が出てきて、予想の斜め上に飛んだから驚いてしまった。
「で、でもサクヤは、長期で央都に行ってるのよ? それにシグルドには《ルグルー回廊》を抜けるだけの実力が無いわ」
『……そこなんだけどさ、リーファちゃん、ナツさんと一緒に今日そこを通った筈だけど、何か違和感とか異常を感じられなかった?』
違和感。異常。この二つの単語から当て嵌まる事はある。
「……さっき、《ルグルー》に辿り着く直前で、四十人くらいのプレイヤーに襲撃されたわ、種族もバラバラだった。それに道中もモンスターには一切遭わなかった……」
あたしがそう伝えると、電話の向こうの彼は、うわ、やっぱりと呟く。ぱしっと音が聞こえたから額に軽く手を当てたのだろう。
『その四十人、シグルドの配下なんだよ』
「……は?」
『僕が聞いた限りでだけど……』
それから彼に話された大まかなシグルドの筋書きは次の通りだった。
まず領主なのに央都に長期滞在しているサクヤを、どうにかして他種族プレイヤーがPKする。そうするとPKした種族に関税を十日間取られ続けるため領主の信頼は失墜する事になり、二度と政治生命が復活する事はあり得ない程となる。プレイヤー個人としてもかなり酷い目に遭う事は簡単に予想出来る事だ。
それを為すには戦力が必要だったが、サクヤを信頼しているあたしをどうにか騙して翻意させる事は敵わなかったので、第二プランとして中立域に留まってたり全種族の中でも流れている同盟の話に不満を持つ者達をかき集め、同盟軍を叩き潰す事を画策した。
中立域にいるプレイヤーは、種族ステータスで幾らかの長所短所はあると言えど現状を楽しんでおり、アルフへどこかの種族が転生するとその関係が崩れる事から参加したらしい。
全種族にも流れている同盟の話は、それぞれがそれぞれ別々の種族と同盟を組むという噂になっており、大本はシルフとケットシーで、それ以外はそれに触発されて動き出したという流れになっている。しかしそれだと、自分の種族が必ずしもアルフへ転生出来るか分からないため、領主に不満を持っているプレイヤー達らしい。
この一ヵ月間、シグルドはそんなプレイヤー達にこそこそと声を掛けて回り、次第にALO中の不満を持つプレイヤー達が寄り集まり、一つの巨大なレジスタンス組織が結成されたのだという。
で、ここからがあたしとも関わりのある話になって来る。
あたしも傭兵としての信頼を得ている事もあるが、サクヤもリアルで武道を嗜んでいるのか義を重んじる傾向にあり、シルフではそれが尊敬されて信任されるに至った領主だ。そしてあたしはかつて軍部に教導官として出向いていた事もあり、シルフの物量で攻めても敵わないだろうから他種族の長所を生かした対ボス戦用のレイドで攻め、物量で押し潰して捕える。
捕えた後、どうやらユウキをリーダーとする同盟軍の中から不満を持った者が流れたらしく、今日の午後十一時に開かれるという全領主およびリーダーのユウキが集まる会議に襲撃を仕掛け、あたしを人質にサクヤを殺し、全領主も殺してシグルド配下の者を各種族の領主に、そしてシグルド自身がシルフ領主に収まるつもりらしい。
細かな部分は彼の方が省いてくれたようなので、かなりのダイジェスト版で伝えられた内容は、確かにとんでもない事だった。
ただ、ちょっと思うのだが……
「……シグルド、自分が本当に領主になれると思っているのかしら。確かにその作戦が成功すればサクヤを蹴落とせるかも知れないけど……」
『だよねぇ……しかも途中で報告が入ってたけど、聞いた感じリーファちゃん、四十人ほどのレイドを単独で鎧袖一触したんだって? シグルドが相当キレてたよ』
「いや、だって連携出来てなかったんだもの。急造のレイドじゃ全然よ」
『そんな事が言えるのは多分リーファちゃんレベルの人くらいだと思うよ……それに新領主なら、多分リーファちゃんで決まりだと思うけど? 少なくとも僕とサクヤさんはリーファちゃんを推薦する』
「あのねぇ、あたしはシルフの男性プレイヤーから疎まれてるって事を忘れてない? それに立場ある役職なんて就いたら傭兵稼業を辞めないといけないじゃないの」
あたしが少し不満げに言葉を返すと、彼は物凄く微妙な雰囲気を発しながら押し黙った。
『…………ああ、うん……そうだね。リーファちゃんって、自分の事、結構鈍感だったね』
「え? ちょ、待ちなさい、どういう意味よそれ?」
『普通疎まれてたり嫌われてたら、依頼なんて来ないと思うけど』
「それとこれとは別なんじゃないの? 現にシグルドだってあたしとあんまり仲が良くないのに依頼してきてたんだし」
『……そうだね』
微妙に間を空けながら同意を返してきた彼の声音は、明らかに納得していないようなもので、けれどあたしは彼が何を言いたいのかよく分からなくて首を傾げるばかりだった。いや、本当に何を言いたいのだろうか。あたしはかつて疎まれたから八十人に挑まれ、それを返り討ちにしたから更に距離を取られたのに。
そんなあたしをシルフの新領主に信任しようとする者なんて居ないだろう、居たとしてもレコンとサクヤの二人だけの筈だ。大体、新領主を決める際の他薦は基本的に本人の承諾あってこそ成立するのだから、無理矢理という事は出来ないだろう。他薦の場合も大多数の信任があって初めて可能なのだし。
……何か忘れてる気もするが。
「で、話はそれで終わり?」
『まぁ、一応……というか何だか軽くない?』
「いや……だって、あたしが一人でレイド潰せたくらいに急造なんだし、あっちにはユウキがいるからねぇ……将軍を赤子の手を捻るかのように倒したらしいユウキに、シグルドが急増した軍団で勝てるビジョンが浮かばないのよね」
『……その事なんだけど、さ』
あたしが彼女のとんでもない強さを、僅かな胸の疼痛と共に軽く語ると、どうした事か長田君は少し深刻そうな声音を返してきた。まだ話してない事があったのだろうか。
『その同盟会議、全領主が出席ってなってるけど……サラマンダー領主のモーティマーだけ、そのユージーン将軍を代理で立ててるんだ』
「……は?」
新たに伝えられた事実に、思考が真っ白になって表情が固まる。
それが意味する事はつまり……
『その同盟軍、サラマンダーだけ領主殺しのリスクを負わないんだよ。シグルドはレジスタンス組織を作った訳だけど、それの運営とか装備を整えるのも幾らか莫大な資金が必要な筈、それを支援してるのは多分モーティマーなんだ。他の領主全員を殺せる今回で、多分サラマンダーの一人勝ちを狙ってるんだよ。八種族から関税を十日間、自由に取れる権利を手に入れたら、どう考えてもサラマンダーとの同盟を組むだけのメリットを失ってしまう。紺野木綿季さんだっけ? 彼女がどうして同盟軍を作るまで動き続けたか分からないけど、それも無駄になってしまう可能性が高いよ』
「……う、そ」
それは……それはつまり、明確な裏切りだ。そしてシグルドの野望によって、和人の命が失われる未来もあり得る事になる。
『……直葉ちゃん?』
「……ちなみにそれ、サクヤに伝えた?」
『……ごめん、途中でポーション切れたからMP切れを起こしちゃってさ、《ホロウ・ボディ》解けて見つかって、逃げたけど捕まっちゃった。今は麻痺毒の矢とケットシーの蜥蜴で麻痺って、地下下水道で転がってる』
「ああ……うん、仕方ないわ、それ」
多分話を聞くのに集中してたからなんだろう、それにMP消費量はかなりのものだからポーション切れを起こしてしまったのならそれは仕方ない。むしろこうやって連絡してくれただけでも有難い事である。
しかし、こうなるとシグルドは本格的に敵と認定するべきだろう。
彼はそれで話すべき事は全て話し終えたようで、あたしに全てを託す形で通話を切った。取り敢えず麻痺毒が切れるその瞬間を狙って足掻いて、最悪死に戻りでどうにかして逃げると言っていた。やる時はやる根性があるから彼の事は彼自身に任せようと思い、あたしはスマートフォンを机の上に置く。
それから少し、曇り空になっている夜景を窓から眺めた。窓に薄く映る自分の姿が視界に入る。
映っているあたしの瞳は、怒りを内包していた。
――――あたしの敵になった事、意図的では無いとは言え和人を救う道に立ちはだかった事、後悔させてやる……
暗く昏く、深い怨嗟の声を、胸中でのみ呟いた。
はい、如何だったでしょうか?
前半で書いた直葉視点、特に写真で泣く辺りは東方MADの《プリエール》と呼ばれるものを、少し参考にしております。和人は取り敢えず死んでないので、レミリアほど泣いてはおりませんし、悲しげでもありませんが、雰囲気だけでも。
原作でも後半のやり取りはありましたが、スケールが違って大きくなっていますね。キリト味方勢が個人で強くなるなら、敵は勢力の方で原作より強化されました。
何気にレコンも原作より強化されてます。
原作でも思ってたんですが、モーティマーは名前だけ出てて、サラマンダーの代表が殆どユージーン将軍になってるんですよね、武と知で分けてるはずなのに。
今話ではそこを利用しました。実際、《ロスト・ソング》冒頭で領主館から出て来たサラマンダーは将軍で、領主モーティマーじゃないので。あれでよくサラマンダーと会談した事に不服を漏らさないな、サクヤとアリシャは、と思っております。
さて、この後、原作ではキリトが突っ切って色々とぶっちぎって将軍をぶった斬る展開になりますが、どのようになるか、期待と共にお待ち下されば幸いです。
では次回予告です。
自分達を襲撃した者達は、かつての依頼主であり同じ種族である同胞シグルドによるものであった。シグルドの狙いはサクヤ、ひいてはサラマンダーによる全九種族の頂点に立つ事だと予測され、リーファはそれによって愛する家族を失う可能性が増した事に怒りを覚える。
昏い憤怒の炎に身を焦がし、風の傭兵はその企みを阻止するべく動き出す。
一方その頃、シグルドに狙われている領主達は紫紺の剣姫の下に集っていた。その場に唯一、火の将軍のみが代理として立ちながら。
次話。第十二章 ~衝突~
次話以降、完全な不定期更新で数日の間を空けて投稿していく事になります。失踪や凍結はしないつもりですので、気長にお待ち下されば幸いです。
では!
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第十二章 ~衝突~
《闇と光の交叉》の投稿が遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした。数日どころか二週間ほども開けてしまいました。
単純に、ネタはあっても書く気力が無かったので、加筆修正の手が後半で止まってしまっていたのです。結局後半のクオリティが低く、話がサクサク進んでますしね……
で、リハビリ(?)&気力回復がてら、もう一つの作品を、《IS》を原作として投稿しました。そちらも読んで下されば幸いです。
もっと言えば、感想&評価を下されば、気力が湧いてきます。他の作者の方が感想を欲しがる理由がとても分かりました。批判も、どこが悪いとか改善案も添えて書いて下されば最高です。
長々と失礼を……今回はかなり視点が変わります。イチゴ、クライン、リーファ、イチゴ、サクヤという順で一気に変わっていきます。
最初は《ダイシー・カフェ》解散後の現実一護視点です。一夏の時みたく、若干過去の話が混じります。
ではどうぞ。
東京都台東区御徒町の裏通りでエギルが現実世界で経営している《ダイシー・カフェ》と呼ばれる喫茶店兼酒場にて、とんでもない事実を知った後に《アミュスフィア》と《ALO》のゲームパッケージを、役人の菊岡さんから貰った資金で購入した俺は、この世界での幼馴染達と同じく家へ直行した。当然ながらALOにインする為だ。
「コイツの中に、アイツがなぁ……」
物騒になったモンだな、マジでと、俺は内心で呟きを付け加える。遊びの世界が脱出不可能なデスゲームだったり、須郷伸之という男のように悪意ある人間が人を閉じ込める事が簡単に出来るようになってしまっているのだから。
というか囚われの身になっているから助けに向かうとか、俺に死神の力を譲渡したせいで罪に問われた――結局はそれすらも仇敵の策の内だった――ルキアを助けに行く時みたいだなと思った。あの時はルキアが俺の為に身を引いた形になるが、結局は和人もまた、俺達の為に身を粉にして動き続けた結果囚われているのだから、複雑な気分になる。
俺が転生者である事は、既に和人と木綿季の二人には知られている。小学二年生の頃に和人と出会い、そこから木綿季とも流れで対面し、速攻で転生者とバレてしまった。何でも木綿季は、俺が主人公となる創作物を前世で読んだ事があったから分かったらしく、俺は彼女が発した言葉へ過剰に反応してしまって、転生者とバレたのだ。まぁ、逆に俺も二人が転生者だと分かったのだが。
和人の前世には《SAO》というデスゲームを基軸とした世界が綴られた創作物があり、その物語の中で紺野木綿季という人物も生きていて、俺があった木綿季は、正に和人が読んだ創作物の世界の人物として生きていたという、何とも面倒臭い経歴持ちだった。しかも詳しくは知らないが、二人は既にそのデスゲームを二度経験し、時を遡ったりしていたという……
正直、信じられないというのが感想だったが、俺の過去を木綿季はほぼ全て的確に言い当ててたし、和人は和人で、当時の俺の全力を真っ向からぶつかって勝ってみせる実力があったから、信じざるを得なかった。それに転生云々は俺自身も経験しているから、そこに関して否定すると俺自身も否定してしまうから出来る筈も無い。
木綿季は俺の過去を悉く言い当ててみせたが、しかしそれは大まかな流れ……それも大事件についてだけで、俺の普段の生活についてはほんの一部しか分かっていないようだった。更にその創作物では、俺は死なずに生きていたらしいし。恐らく生きるか死ぬかの道で俺の魂の行き先が分かれたんだろうと和人が言っていたが、あんまり難しい事は分からないので、特にその辺は聞いていない。今更聞いたところで何かが変わる訳でも無いからだ。
俺が持つ親父から受け継いだ死神の力、虚としての力は未だ健在だ。
だが、滅却師の王を名乗っていた奴との戦いを制した俺の力の中で、その滅却師としての力は発現すらしていない。死神としての力は斬魄刀と《卍解》、虚の力は斬魄刀と《虚化》で現出するが、滅却師としての力は何故だか一切出なかったのだ。
和人はこれに対し、恐らく血が関係しているからではないかと言っていた。
この世界には、少なくとも俺が知る範囲内では虚が存在しておらず、同様に死神も存在していない。霊圧を有する為か幾らかの幽霊は見るのだが、それらを尸魂界へ送る死神が一人も居ないというのは前の世界ではあり得なかったし、人間や人の霊を襲う虚の気配すら感じられないというのもあり得なかったので、恐らく本当に存在すらしていないのだろうと思う。
つまり、虚を完全滅却……魂を流転へと戻すのではなく、完全消滅させて生み出させないようにする力を持つ滅却師達の存在意義すら存在しないため、そもそもそれらの血筋が無く、それ故にこの世界ではその力を俺は持っていないのではないかと、和人は予想した。
確かに、死神と虚の力は魂由来のものだが、滅却師の力は元が人間なだけに血筋に由来するものだ。滅却師の王もそれを重視しているような節が見えたし、事実俺のお袋が滅却師だったのに死ぬ事になったのも、混血であった為にアイツが“聖別”とやらで力を奪ったかららしい。
軽く死神、虚、滅却師などについて木綿季が解説しただけでそこまで行き着いたのには驚いたが、実際そうとしか思えなかったため、それで納得する事にした。
元々俺としても、死神の力を長らく使っていたからそこまで不便があるという訳でも無い。前の世界……俗に言う前世っていうやつではたった一年にも満たない期間だったが、本当に身近な力だったし、今世では生まれた時からずっと一緒だった力だ。
その力を使うにあたって、俺の武器となる斬魄刀は、見た目はぶっちゃけ身の丈大の出刃包丁だ。白い晒を剥き出しの柄に荒く巻き、刃は余った太い晒で収めるようにするその斬魄刀の名は【斬月】。本当の意味の俺の斬魄刀は大小二刀一対の筈なんだが、斬魄刀に宿っている意志こと“斬月のおっさん”曰く、俺が最も親しんだ形を取る事になったらしい。だから今はその出刃包丁型が、今世の俺の真の斬月という訳らしかった。
そして俺はその斬月を、俺の意志で何時でも出せる。死神化という肉体を捨てて魂だけにならずとも普通に生身で出せるようになっているのだ。ここは完現術と呼ばれるものが関わっていると思っている。じゃないと生身で飛んだり跳ねたり、身の丈よりデカい得物を振るえないからだ。
今世は前世と異なり、普通の日常もISという兵器紛いのパワードスーツがあるため割と物騒で、女尊男卑風潮を絶対を掲げる利権団体とそれに反発する組織の抗争が案外各地で起こっているらしく、身を護る術はあった方が良い。だが一般人である俺がいきなり武器を出すのもかなりおかしな話なので、一応和人から秘策というものは数年前に受け取っている。今まで一度も使った事は無いが、いざとなったら遠慮無く使うつもりだ。
まぁ、その機会の悉くは和人が潰してるし、使いたくても使えない事が殆どだったので、今まで一度も使った事は無かったのだが。
当然ながら、《ソードアート・オンライン》の中では死神の力なんて一切使えない。当たり前だ、霊的なオカルトチックなものがデータコードに置換出来る筈も無い、というか出来て堪るか。
だからこそ、キリトにずっと教えられていた中盤まではずっと歯痒かった。瞬歩が使えたら、卍解が使えたら、《月牙天衝》が使えたらと何度も思っていた。どうしてもイメージと動きにラグが生じてしまい、そこを何度もキリトに指導されていた。当然ながらリアルの剣術でも同じ指摘をされていた。俺は前世でも我流で戦っていて、ルール無用の戦いならある程度戦えるのだが、幾らかの制限を受けると途端に勢いを失ってしまうのだ。特に霊圧を扱った技術に関しては全て使えなかったので、それらを主体に鍛えていた俺は少し経験と度胸のある剣士というだけで、技術というものは無かった。
ずっと俺は先天的な要素を多く含む才能に支えられていたのだと痛感させられた。むしろ今まで戦ってきた相手によく勝てたものだと感心すらした。圧倒的な経験と技術の差を、俺は勘と瞬間的な爆発力で凌いでいただけだったのだ。
そんな俺も、SAO攻略層が四十層に入った辺りで漸くキリトから認められて一対一の個人指導に入った。殆どがユウキと決闘するだけだったが、キリトとユウキから指摘されたり、自分で反省して改善するというのは中々新鮮なものだったのをよく覚えている。その果てにはあの二人しか出来なかった《心意》を発現し、仮想世界内でも《月牙天衝》を使えるようになっていた。黒い刀、死覇装に酷似した黒衣を纏っていたせいもあってかイメージがかなり強くなっていたらしく、キリトの助言もあって完成したのだ。
現実世界でも、仮想世界でも、俺はキリト……和人の世話になってばかりだった。正直デスゲームに関しても、前の世界では常に命懸けだったからと高を括っていたのだが甘かったようで、完全にあの二人には置いて行かれる形にあった。まぁ、経験があったからアスナやナツ達に較べればまだマシだっただろうが、あの世界を生きた後の今となっては殆ど差は無いと言えるだろう。
木綿季はそんな俺の力をも欲している。かつて俺がルキアを助けようとした時に力を貸してくれた井上、茶渡、石田のように、今度は俺が力を貸す番になったのだ。
なら、和人を助ける為にも、あの二人に恩を返すという意味でも、俺は持てる力の全てを費やす勢いで力を貸そうと決めた。いや、もうずっと前から決めていた。
――――和人の奴が、自分の命を犠牲にしてまで自分以外の全てを救おうとした、あの時から
正直言えば、あの時のアイツの決断に関して、俺はまだ許していない。そもそも謝罪を碌に受けていないので許す訳にもいかないというか、今の状況でそこが進展する筈も無いのだが、あの時の事を思い出すと胸がムカムカ来るのだ。苛立ちを覚え、拳を固く握ってしまいそうになるくらい、和人のあの決断に関しては怒りを覚えている。
同時に、俺は俺自身にも怒りを抱いている。
キリトが即座にあの場で決断するに至った一因は、俺にもあると思っている。俺だけでは無い、あの世界を生きていた全ての人間に責任はあると思っている。
デスゲームとなった《ソードアート・オンライン》は結局第七十五層で終了した訳だが、第三クォーターのボスですら、下手すれば攻略組が全滅していてもおかしくない強さがあった。どうやら逆行と平行世界どうこうを経験している事から、最低でも二回はSAOを経験しているらしいキリトとユウキはその経験と持ち前の知識、プレイングスキルを駆使して攻略を勧めていたので碌に苦戦らしい苦戦を攻略組はほぼ経験していなかったのだが、あの一戦だけは組めば最強の二人ですらもが手を焼き、一度はキリトが瀕死に陥る程だった。そこからキリトが暴走しなければ、下手すれば誰かは殺されていたに違いないと言える。
流石に《ザ・スカルリーパー》に関しては何とも言えないが、それ以外ではキリトとユウキの二人が突出していて、俺達はどこか頼り過ぎていたように思う。ユウキも、一見ではそこまでとは思えないが、どこかキリトに依存しているようにも思えた。キリトがユウキに依存しているかは流石に分からないが……
とにかく、キリトはあらゆる事を背負い過ぎていたのだ。仲間の命、攻略組の命、先行き、その全てを見据えていた。
だからこそ、恐らくあの階層で終わらせる決断をしたのだ。第百層まで進めば、今まで以上の強敵が現れるのは必然だし、更にヒースクリフがプレイヤーとして戦っていた頃よりも遥かに強大な存在として立ちはだかり、最悪全滅もあり得るのだと。
一対一という確実性のある決闘なら、最低二回はSAOを経験しているだろうキリトの事だ、勝機を見出していたのだろう。自分一人が犠牲になれば、今まで目の前で、あるいは人知れずどこかで散って逝った者達を救える事も、恐らく後押しした筈だ。
幾らキリト/ユーリとユウキの指導力が優れ、攻略組の戦力がかなり充実していたと言えど、ボス戦で被害が出なかった訳では無い。勿論その回数は少なく、十回に上るか否か、死者も十人は超えても二十人には達しない程度ではあった。その死者達は、皆がリーダー……つまりは双璧を為していたヒースクリフとキリトを信頼して戦いに赴いた末に果てた者達だ。
だが、ヒースクリフは茅場晶彦、つまりはデスゲームを開始した本人。それに初対面の時、第一層で顔を合わせた時点で気付いていたキリトは、他の誰よりも犠牲者の死を悼んでいたのは容易に想像がつく。死者が出たボス戦後は、死者が出ても勝てた喜びに打ち震えるレイドの中で、唯一キリト/ユーリだけが笑えていなかったのだから。キリトだろうが、ユーリだろうが、そこは変わらなかった。
第七十五層ボス部屋の偵察部隊十名の死も、ボス攻略会議をしている時はおくびにも出していなかったキリトだが、その日の殆どは硬い表情だったのを覚えている。
それほどに人の死に敏感なキリトが、ヒースクリフは茅場であると気付いていながら仲間を死地に向かわせ、死なせてしまった事を気にしない筈が無かった。ずっと後悔していたのだ、もっと早くどうにかすればよかったと。あの決断をする時の葛藤は、恐らくそれが関わっていただろう。
俺達が頼り切っていた為にキリトは死者への懺悔のつもりで生贄になる事を決断した。親しい仲間や自分を愛する恋人との幸せでは無く、自らを犠牲にした他者の幸せを優先した。俺達と共に戦う第百層での決着では無く、自身一人での一騎打ちをしたのは、俺達が死んでしまうかも知れないという恐怖心から来るものだったのだ。
その恐怖心は、つまり俺達の強さを信じ切れていなかった証だ。
当たり前だ、俺達はキリトの足元にすら及ばない程度の実力で、アイツに頼り切りだったのだから。
途轍もない実力を有するキリトとて一人の人間でありプレイヤー、何時死ぬとも知れない。そしてキリトが死ねばユウキが崩れ、ヒースクリフだけが頼りとなるが何れ敵対するから安心出来ない。少なくとも、あの二人が居なくなった場合、攻略組は完全に瓦解すると言えた。それ程にキリトの影響力は絶大で、誰も死にたくなかったから当然のように頼り切りになってしまっていた。
だから俺は俺自身に苛立ちを覚える。キリトの信頼を得られていなかった事、それでアイツ一人に全てを背負わせてしまっていた事で、自分自身にどうしようもない怒りを覚える。その怒りはアイツの決断に対する怒りより、遥かに大きいと言えた。
その怒りから、俺は絶対にあの二人の助けになると決断したのだ。
「あっ、お兄ちゃん!」
「ん?」
絶対に助け出してやるからな、と心の中だけで呟きながら意気込んでいると、ふと後ろから聞き慣れた少女の声が聞こえた。振り返って見れば、そこには近くのスーパーのロゴが入ったビニール袋を両手に下げた、俺の妹がいた。
黒崎遊子、現小学三年生の妹の一人だ。明るい茶髪を後ろで左右に小さく括っており、どこか珪子に近い印象を受ける髪型をしている。事実、性格が近い事もあってか珪子によく懐いているので、恐らく彼女の髪型を真似たのだろう。
早くにお袋を亡くしたせいでSAO以前は親父や俺が家事を代わりに行っていたが、周囲の人々の助力・助言の甲斐あってか、俺がSAOに囚われている間に俺の前世での遊子同様に家事の一切を仕切っていた。小学三年にして家事万能……取り敢えず、俺と違って将来は安泰そうで安心である。
「遊子か、買い物の帰りなんだな。一つ持つぞ?」
「えっと、じゃあこっちお願い」
「おう」
軽い受け答えで遊子から差し出された方の袋を取ると、少し重い感触を受けた。中を見れば大ボトルの醤油一本と油一本、オレンジジュースとアップルジュースが一本ずつ、合計で四本の1.5ℓボトルが入っていた。六キロの重さという事になる。
…………よく片手で持ってたな。
「中々重いな……遊子、お前よく持ててたな、しかも片手で」
「これでも家事をずっとしてるんだから、持てるようになるって。むしろお兄ちゃんの方が力無いんじゃない?」
「なぬっ……これでも毎日木刀を素振りしてるんだから、それは無いだろ」
とは言え、目覚めてから一ヵ月半が経過するまでは、文字通り遊子にすら力負けしていたのだが、流石に年齢と性別と体格的に今は負ける筈も無い。
「……実は、途中途中休んでたり」
「夏梨にも声掛ければよかったんじゃないのか?」
「サッカーの約束があるって昨日言ってたし……それを邪魔するのもと思って。お兄ちゃんも出掛けてて、お父さんも居なかったから」
「そうか……」
もう一人、遊子の双子となる妹がおり、そちらは黒崎夏梨と言う。ショートカットの黒髪にやんちゃな少年のようなラフな服装で遊び回る奴で、俺に似たのか若干ながら目つきが悪くて気も男勝りに強い。
ちなみに夏梨は一度、直葉の家に遊びに行ったときに和人と対面して弱そうと言い、直後に道場師範としての指導を見せ付けられ、ギャップの激しさに絶句した事があったりする。それ以来、微妙に和人の事を意識しているらしく、顔を合わせた時は硬くなって受け答えをする。どうも苦手意識が出来たらしく、木綿季が苦笑していた。
その夏梨の趣味と言えば、大多数の男子が好きなサッカーである。夏梨はよく男子とつるんで近くの空き地や小学校の校庭でサッカーをするのである。
大事な用事とは言え俺も外出していた身なので、夏梨の事に関してとやかく言えないし、親父は家唯一の稼ぎ手なので交友関係を大切にしなければならない。そもそもあの親父、この世界では前の世界の親父以上の親馬鹿な部分があるから、余程大事な用事で無ければキャンセルしてでも遊子と一緒に買い物へ出たに違いない。
とは言え……
「一言言ってくれれば、用事から急いで帰りもしたんだぞ。俺が帰った後、一緒に出ても別に良かっただろ」
「……ごめんなさい……」
「いや、別に叱ってる訳じゃないけどよ……」
しゅんと肩を落として謝罪されると、そこはかとなく罪悪感が湧いてくる。別に責めてる訳じゃ無いんだがな……
遊子はこういう所で変に責任を感じるし、恐らく俺に負担を掛けたくないと思って一人で出たのだろう。そういう人を気に掛けられる辺りが遊子の良い所であり、人を頼らないという欠点でもある。一応自覚はあるらしく、少し気を落として反省しているようだった。
俺の後を付いて回っていた二人は、俺がいきなりデスゲームに囚われた時は何日も泣き続けたと親父が言っていた。特に遊子はショックが大きかったらしい。デスゲームから帰った後も、家に戻った後も何かと気に掛けてくれていた。
それで俺に負担を掛けまいとしてくれたのだろうが……これくらいは別に良いんだけどなと苦笑を浮かべ、俺は遊子の頭の上に手を置いた。
「お兄ちゃん……?」
「このくらいで倒れたりしねぇよ、そんなヤワな鍛え方してないぜ。筋肉だってこの五ヵ月で戻ったんだ。買い物くらいなら幾らでも手伝ってやるから、遠慮なんてすんな」
「……うん」
ふにゃりと、幸せそうに表情を緩ませながら頷いた遊子に、俺も笑って頷いた。
暫く頭を撫でてやってから、俺達は揃って家へと帰った。にこにこと嬉しそうに笑う遊子を見ると、偶には俺の方から手伝った方が良いかも知れないなと考える。俺がSAOの中に居る約二年近く、ずっと甘えさせてやれなかったし。
「ね、お兄ちゃん」
「ん? 何だ?」
ソファに座り、俺に上機嫌で抱き着いてくる遊子の頭を撫でながらそんな事を考えていると、頭を俺の膝の上に置いて遊子が話し掛けて来た。顔を下へ向ければ、俺を見上げて来る遊子と目がばっちり合う。
「そういえば、お兄ちゃんはどこに行ってたの? 知り合いから呼ばれたとか言ってたけど」
「ああ……SAOの中で知り合ったダチに呼ばれて話をしてたんだ」
「へぇ……どんな人なの?」
「頼りになる大人、だな、第一印象で言えば」
チョコレート色に焼けた黒い肌、禿頭の巨漢であるエギルは同じSAO内でも数ある有識者だったと言えよう。強面ではあるが気は良いし根も優しいので、少し親交を深めれば遊子と夏梨の二人も懐くだろう。エギルはあれで結構子供好きだしな。
何だかんだでキリトを構っていたのを思い出す。
「大人かぁ……何れお礼に行かないとね。お兄ちゃん、お世話になったんでしょ?」
「まぁ、そうだな。剣士プレイヤーを支援する商人プレイヤーとして大いに貢献してくれていたし、精神面でもかなり世話になったぜ」
「剣士……? 商人……? えっと、その人、どういう職業の人なの?」
「喫茶店兼酒場のオーナーだな。SAOの中では商人として、色んな物資の売買をしてた」
「……うーん……?」
遊子はそこまでゲームをしないから、どうやら現実での職業とSAO内でのゲームの職業の区別が分かっておらず、アイテムの売買をしていたと言っても具体的に分からないようで、困惑の表情で唸りだしてしまった。
「ははっ、遊子には少し難しかったか。まぁ、店を経営してる大人だと思えばそれで合ってるぜ」
「ふぅん……それで、その人と何を話してたの?」
「…………あー……」
遊子のその質問に、とうとう来たかと内心で呟きを漏らし、俺は思い切り目を逸らしてしまった。それが何か怪しく思ったのか、遊子はずいっと顔を寄せて来る。
「お兄ちゃん? まさかと思うけど……またVRMMOをするつもりなの?」
「……!」
直後、一発で言い当ててきて、俺は誤魔化す言い訳も考えられずに驚愕してしまった。その顔を見て予想が当たっていたと理解した遊子は、途端にくしゃりと表情を歪めてしまう。
「お兄ちゃん……あれだけの事があったのに……また、するの……?」
「…………すまねぇ……けど、和人を目覚めさせるのに必要なんだ。一夏に明日奈、里香、珪子も同じゲームを始める、木綿季はとっくに始めてる。全員が和人を助ける為に動くんだ……俺だけ行かないって訳にもいかねぇんだ。アイツの為にもな」
「……どういう、事?」
「話すと長くなるんだが……」
困惑の極みに至った遊子の疑問を解く為、俺は《ダイシー・カフェ》で受けた説明を分かりやすく噛み砕きながら説明した。和人が《ALO》というゲームに囚われており、木綿季が国家権力を持つ《SAO事件対策本部》とALO内の種族領主全員と手を結んでおり、助けを求めているからそれに応じるのだと。
遊子はその説明を受け、ある程度の理解は示した。泣きそうな顔だが無理解という程では無い、やはり母親がおらず家事を率先してやっていたからか聡明な部分があるようだ。
「……止めても、無駄なんだよね……」
「ああ……最悪では目覚めない可能性も否定は出来ねぇが、《SAO》と違って《ALO》は公では普通に人気のオンラインゲームだ、何か不手際があったらすぐにクレームが出る。木綿季と協力してる連中も、主要なメンバーには事の事実が伝えられてるから、何かあった時にはすぐ対処出来るようにされてる。使うハードが《アミュスフィア》っていう……まぁ、死なないよう安全性を優先した機械だから、ぶっちゃければ最悪引っぺがせば俺はこっち側に帰って来られる」
よもやSFチックに、ログイン中に外すと二度と意識が戻らないなどという事は無いだろうと思いながら言うと、あからさまに遊子はホッと息を吐いた。
「良かった……《ナーヴギア》をまた使うようだったら、無理矢理にでも壊そうって考えたよ」
「何気に物騒だなオイ……」
いや、まぁ、一応で取ってあるだけとは言え、《アミュスフィア》が無かったら使うつもりだったので、遊子の考えも分かりはする。
茅場の口ぶりから、恐らく《ソードアート・オンライン》のデータコードの一つとして、HP全損&ゲームクリアの条件を満たすと脳を破壊する高出力マイクロウェーブを発するシークエンスが起動するようになっていたようなので、恐らくアレが発売される以前のゲームのように、《ナーヴギア》でも他のゲームは正常に作動し、ログアウトも可能だとは思う。
しかしスペックそのものでは脳を破壊できる代物だし、須郷伸之という男は曲がりなりにも実力で一つの大人気VRMMOを作り上げた、更にはSAOのサーバーをコピーしている。最悪、ALO内でHP全損はイコール死に直結する可能性も否定は出来ない。まぁ、ゲームクリアの要素をどこに置くかだし、話を聞いてた感じ、《グランド・クエスト》の後はアルフに転生した妖精種族としていない種族達の抗争があってゲームクリアにならないだろうから、脳破壊は起きそうにないのだが。
だが須郷伸之という男が、脳破壊シークエンスを起動させる事は可能かも知れないし、木綿季の話からも内部に閉じ込められる危険性を示唆されている事が分かった。だから遊子の不安もあながち間違いでは無い、むしろあんな事があったのにVRMMOをする俺の方が異常だ。
「そういう訳だ……和人を目覚めさせるまでだけでも良い、仮想世界に行かせてくれねぇか」
「……」
真剣に言うと、遊子は俺の膝の上から起き上がってソファに座り、真っ直ぐ俺を見て来た。小学三年生の女子とは思えないくらい真っ直ぐ、遊子にしては珍しい強い眼差しに、俺も目を逸らさず真っ直ぐ見返す。
そのまま暫く見合っていると、唐突に遊子がふにゃりと表情を緩め、次に溜息を吐いた
「はぁ……反則だよ、お兄ちゃん…………そんな強い目で見られて、助ける為って言われたら、ダメだって言えないよ」
「……ありがとな、遊子」
「ん、どーいたしまして」
俺が笑みを浮かべて言えば、遊子も笑みを浮かべて言葉を返してきた。それで少し気を抜くと、ただし! と語気を強めて遊子は指を突き付けて来る。
「お父さんと夏梨ちゃんにはお兄ちゃんから話してよ! それからご飯に遅れたりしたらご飯抜きだからね!」
親父と夏梨への話は勿論、飯にも遅れる事は出来ない。もしも遅れてしまったらその時の飯と、更に次の飯も抜きになってしまうのだ。育ち盛りな俺に二回分の飯抜きは辛い。
「当たり前だ……とは言え、それは夕方になりそうだけどな」
「……あー、もしかして今から……」
「ああ。多分一夏辺りはもう入ってるんじゃねぇかな……」
里香、珪子はそれぞれの家族への事情説明があって長くなるだろうが、一夏の場合、家族は姉である千冬一人。そしてその千冬も殆ど家を空けているから、少なくとも帰って来た時に話すと考えても今はもう入っていると見るべきだろう。千冬が家に帰って来る時は連絡があるらしいし、時間も大抵は晩、昼くらいに帰って来た時は荷物を取りに来る程度だと聞いた事がある。だから一夏だけは他よりもさっさと入れる筈で、アイツにレクチャーする為に恐らく直葉も入っているだろう。
珪子はケットシーを選んでいるので、珪子に合わせて詩乃も入る筈だ。多分今頃は買い出しか何かでもしてるだろうな、アイツ、母親の代わりに家事やってるし。ちなみに遊子の家事の師匠は詩乃らしい。直葉の場合は和人が師匠で、SAOに入る前までよく指導されたらしい……剣道、剣術だけで無く家事でも師匠なんだなと初めて知った時は思った。
まぁ、それはともかく、経験にアドバンテージがあるとは言え一夏もやれば相当なものなので、あんまり差を付けられたくないという意地もあって、そろそろ行って来ると遊子に伝えた。微妙に複雑そうな顔だったが、行ってらっしゃいという言葉は送ってもらえ、それに手を返しながら俺は自室へ引き上げた。
「さてと……エラいコンパクトになってんなぁ、コレ……」
家に帰ってすぐ自室に置いた《アミュスフィア》の箱を開け、中身を取り出し、円環状のバイザー型フルダイブ機器を取り出して矯めつ眇めつそれを観察する。俺の部屋の隅に置かれている最初期の《ナーヴギア》に較べれば翅の様に軽いし、見た目も清々しい印象を受ける。《ナーヴギア》はヘルメット型のハードだったから、流線型とは言え無骨だったから、余計にそう思えてしまう。
ちょっとだけ感慨深くなりながら、ALOゲームのカートリッジを差し込み、有線LANを差し、電源コードも差す。部屋の温度も設定し、フルダイブに最適な服装になってから、俺はそれの電源を入れ、頭に被ってベッドへ横になる。
視界の右上にはバイザーに映し出された時刻が見えた。時間はゆっくりしていたためか、二時半……一夏の事だから、多分もうダイブして一時間近く経過しているんだろうな。
「ンな事は良いか…………リンク・スタート!」
ふっと苦笑を漏らしながら、俺は二度目となる式句を唱えた。すぐさま感覚が遠のき、二年と一ヵ月越しになる感じにまた感慨深くなりながら、俺の意識は肉体から離れて行った。
***
「……違う、今の奴じゃねぇ……」
蒼い転移光と共に現れた人物を見て、首を振る。
「……いや、今のでもねぇな……」
また蒼い光を帯びて出て来た人物を見て、こちらも違うと判断する。
「……いや、アイツ遅過ぎんだろ?! ログインするだけでどんだけ掛かるんだ?!」
声は小さいながらも少々鋭い絶叫を上げるという器用な事をして、俺は不満を漏らした。
エギルの方から連絡は受けていて、俺の種族……つまりはサラマンダーとしてこの妖精郷に降り立った《風林火山》のギルドリーダーである《クライン》こと俺は、同じ種族を選んだという《Ichigo》のレクチャーを頼まれたため、ずっとプレイを始めたばかりのプレイヤーが出現する場所の前でアイツが来るのを待っているのだが、待つ事およそ一時間が経過しても一向に来やしない。
まぁ、一人暮らしをしている俺と違って、アイツには家族が居るのだからそれも仕方ないのかも知れないとは思っているので、別に怒っている訳では無い。聞けばアイツにはSAO開始当時で小学一年生の妹が二人居るらしいから、その子達の説得に手を焼いているのかも知れない。あれから二年が経過した今は小学三年生になってるとは言え、それでもまだまだ兄には甘えたがりな時期だ、兄として大いに困っているという事もあり得る。
何だかんだで家族思いなイチゴの事だから、別にそういう事は仕方ないとは思う……思うが、不満の一つや二つくらいは別に良いだろう。まぁ、直に言いはしないがな。
「……っと……へぇ、ここがALOの中か。思ったより良いな」
「お?」
まだかと思って待っていると、また蒼い光に包まれて出て来たプレイヤーがいた。今度も男で、身長は俺より頭半分低い程度だからおよそ百七十センチ程だろう、体格は中背中肉。赤みよりもオレンジ色のツンツンの髪に、少し悪い目つき、そしてちょっと強面の顔には関心を持っている笑みが浮かべられている。
装備こそ初期装備だが、間違いない、十中八九アイツがイチゴだなと判断した。そもそもSAOアカウントを使えば髪や瞳の色はともかく容貌は現実のそれ、すなわちSAOでのアバターと瓜二つになる。今出て来たこのプレイヤーもまるっきりSAO時代のイチゴと同じなので、間違いないと確信を俺は持っていた。
「よぉ、お前イチゴだろ?」
「ん? って、クラインか?」
「おう。会うのはSAO振りだな。で、多分聞いてるだろうが、お前ぇのレクチャーを担当する事になってる」
「ああ、それは聞いてるぜ。よろしくな」
「おう。ま、基本的なシステムは知っての通りあの世界と一緒だから、あんまり教える事は無いんだがな……さて、と。まずはここから一旦離れて、お前ぇの装備やら何やらを見繕うぞ」
先輩プレイヤーがニュービーを育てるというのはありきたりだし、プレイし始めの者と待ち合わせというのもありがちだが、いきなり強い装備というのはステータス的にも色々とおかしいし、寄生プレイと思われてしまう可能性は否めない。だから俺はここから離れ、人目を忍んで装備を整える事を言外に伝えた。
イチゴもそれに関しては既にエギル辺りから言われているのだろう、俺の言葉の裏を汲み取って頷き、黙って付いて来てくれた。
一先ず宿屋に入った俺達は、イチゴの装備やステータスを確認する事にした。まぁ、俺も経験済みだが所持金、所持装備、SAOと共通するパラメータとスキルは引き継がれており、素材アイテムと回復アイテムはバグっていたので、それらは捨てた。
装備を整えれば、イチゴは左腰に黒い刀を差した黒い和装姿になった。俺は武将の装いに近いが、こうして見ればイチゴは流浪の侍にも思える装いだ。これのどの辺が死神なのかは分からないが、本人は死神を自称している、黒いからなのかとも思うがそれだとキリトも死神になるので微妙だ。
「お前ぇ、前々から思ってたけど何で死神なんて自称してんだ? 黒だからか?」
「あー……まぁ、俺の拘りだよ」
「拘り、ねぇ……現役中二だから中二病なのか?」
「ぶった斬るぞテメェ」
「すんませんでした」
年齢を考えれば中学二年生な訳だから別におかしくないようなと思いつつ茶化すと、割とガチの殺気を向けられてしまい、俺はアッサリ謝罪する事にした。疑問は残るが、今のは茶化した俺が悪い。キリトもユウキもそうだったが、俺の周りにいる連中は色や服装に矢鱈とこだわりを持っているようなので、下手に突っつかない方が良いのだ。今はそれを忘れていたので口にしてしまったのだが。
その謝罪で許してもらった後、イチゴの回復アイテムを一通り買い揃えてからはすぐに《ルグルー回廊》へ向かう事にした。コイツの事だから、多分進んでる内に随意飛行も習得して、ALOでの戦闘やシステムにも慣れるだろうと思っての事だった。
……思っての事、だった……のだが……
「なるほどなぁ、こうやるのか、随意飛行ってのは。案外コツ掴めば簡単じゃねぇ?」
「……ンなアホな……」
まさかのまさか、コイツ、コツ教えてから数分でものにしやがった。幾ら感覚派とは言えこれには限度があるもんだろうがよと、随意飛行をマスターするのに一ヵ月は費やした俺の努力を真っ向から嘲笑うかのように空を舞うイチゴを、俺は何とも言えない表情で眺めた。SAO組の殆どが一ヵ月は要したのに、何でキリトの幼馴染はとんでもない連中が多いんだよ。
既にサラマンダー領を出発してから約二時間が経過し、《ルグルー回廊》に差し掛かる辺り。戦闘も《イビルグランサー》という飛行する薄ピンクの飛ぶトカゲを数度相手しているが、イチゴは完璧に慣れた様子で黒刀を振って倒していった。慣れていないのは魔法だが、こちらは仕方が無いにして、いきなりエアレイドを完全にこなすとは予想外も良い所である。
まるで以前から空中戦を経験しているかのような……そんな印象を受けたが、そんなバカなと否定する。確かに幾らかフライト感覚を味わえるVRゲームはあったが、ALOの《フライトエンジン》とは比べるべくも無いくらい完成度は低いし、随意飛行ほど意のままには飛べない代物だった。更に言えばそんな生身で戦うバトル系でも無かったので、空中戦なんてSAOでのソードスキルバトル程度だろう、しかも放った後は落ちるだけなので本格的な空中戦闘なんて経験は無い筈なのだ。
だが、完全に違和感なく慣れた様子で刀を振っていたのだ、経験があるようにしか思えなかった。
……また謎が増えたな。キリトもキリトだが、イチゴも案外謎めいた部分があった。小学生にしては矢鱈冷静だし、肝が据わってる上に慣れたように剣を持って戦うしで、キリト、ユウキ、イチゴの三人は割とSAOの謎だった。実はアインクラッド七不思議の一つだったりする。特にキリトは一度システム外の現象を起こしていたから尚更だった。
そのうちの一つだったヒースクリフの鉄壁は、システム的不死に守られたものであった訳だが。
まぁ、思ったより早く随意飛行と空中戦闘に適応した事は流石に予想外だったが、裏を返せばそれは練習の為に費やす時間も減るし、敵に遭遇した時の対応も速く出来るという事になる。洞窟に入ってからは空を飛べないためあまり意味は無かったが、ALOのシステムに慣れるという面ではそれなりに役立ったようで、堅い甲殻を持つ蠍型モンスターやオークなどの亜人型モンスターを一気に屠って行けた。
途中で道に迷ってしまった事で、洞窟に入ったのは五時過ぎだったのに《ルグルー》に到着したのは六時半を過ぎてしまったものの、これくらいは大丈夫だろうという事で一旦夕飯を食べにログアウトした。イチゴに関しては出掛けていた家族に事情説明をする必要があるので、八時半くらいになると言われ、それくらいにログインする事にした。
***
長田君からの通話を終えたあたしは、すぐさまALOにログインした。時刻はまだ八時半、待ち合わせまでは三十分あるからナツはまだ来ていないかもと思っていたが、宿屋で借り受けた部屋から出て一階のロビーに行くと、端の方に置かれているソファに腰掛けて、誰かと話し込んでいるのを見つけた。
話している相手は赤色とオレンジ色の髪の毛をした二人組の男性プレイヤーで、赤髪の方はバンダナを巻いた侍、オレンジ髪の方はスッキリとしている漆黒の袴に身を包んだ刀使いの陽だった。
「ナツ」
「ん? あ、リーファさん、まだ時間前なのにログインしたんですね」
「それはあなたもでしょう……ところで、そっちの二人はもしかして……」
「ああ、紹介します。こっちの赤髪の人がクラインさん、オレンジ髪の方がイチゴです」
やはり、見覚えのある顔だからまさかと思っていたが、どうやら壺井遼太郎さんことクラインさんと黒崎一護ことイチゴのようだった。
聞けば、二人はあたし達とほぼすれ違う形で洞窟に入り、あたしがマップデータを持っていたから迷わず進めたのに対し、クラインさんはマップデータを持っていなかったから迷ってしまい、会わなかったらしい。ナツが先に事情を聞いていてくれたのですぐにそれは分かった。どうやらモンスターが矢鱈少なかった原因は、先のPK集団だけで無く二人が粗方倒していたからだった。
「なるほど……」
「ところでリーファさん、あと三十分ほど余裕があるんですけど……どうするんですか?」
「ちょっと面倒な事になったわ、すぐにここを出て央都に向かうわよ。事情説明は歩きながらするから急いで。クラインさんとイチゴも」
「え? は、はい」
「「お、おう」」
流石に急な事なので戸惑いを見せながら三人は頷いて立ち上がり、ウィンドウを消した。ナツは既にチェックアウトを済ませていたので、あたしも借り受けていた部屋のチェックアウトを済ませて宿屋を出ると、すぐに《アルン高原》方面の出口に向けて歩き出す。
元々ここに来るまでにアイテムを使った覚えは無いが、念のために確認すると、彼らは既に確認を終え、腰のポーチにも回復ポーションは補充したし武器の耐久値も回復させたという。どうやら思った以上に早くインしていたらしい。
今ばかりはそのマメさは助かるばかりだった。
すぐに街を出て、橋の上を歩きながらマップを呼び出し、ルートを確認しながら、あたしはリアルでレコンのリアルの人から伝えられた情報をそのまま彼らに伝えた。特にシグルドの企てが成功してしまえば、和人を助け出せる可能性が大幅に下がる事を伝えると、そこで漸く彼らもあたしが焦っている事情を察せたらしかった。
「それは絶対阻止しないと……でもリーファさん、その会議がある場所って分かってるんですか?」
「止めようにも場所が分かってねぇと止めようが無いぜ」
二人の問いに、あたしはこくりと頷いた。
正確に言えば、あたしはその会議する場所は知らない。だがシルフの現領主であるサクヤとケットシー領主のアリシャ・ルーとはフレンド登録をしているので、彼女達二人のフレンド反応が集まっている場所に向かえば、恐らくその会議場所に辿り着けると予想している。ユウキはあたしを知らないが、彼女が疑いを掛けて来たなら師範代としての剣腕かナツを前に出せば良いし、情報をどこで知ったのか聞かれればあたしの素性と事の経緯を伝えれば済む話だ。
それを伝えるとナツとイチゴはなるほどと頷き、しかしそこで難しい表情になった。
「でもそれ、フレンド追跡を無効にされてたら取れない手段なんじゃ……」
「……まぁ、普通はそうなんだけど、ね」
残念ながらなのかは分からないが、あたしはそこらの普通のプレイヤーには無い特殊な権限を幾つか持ち合わせている。
「あたしはシルフの現領主サクヤとは旧知の仲……と言うか、どちらかと言えばあたしの方がALO歴では先輩でね、彼女の面倒を幾らか見てた頃があったの。それで信頼されて、サクヤが領主になってからも軍部の教導官の依頼も来るようになった……ここまではいい?」
「ああ。ていうか、あんだけゲームが苦手な機械音痴だったリーファが、そんな風になってる事に驚きなんだが……」
「そこは良いのよ。で、傭兵として依頼を受けてたあたしはそれなりの信頼を置かれて、領主のサクヤから幾つか特別な権限を与えられた。その一つに、近衛と同じものがあるの」
それが、領主の反応を必ず追跡出来るというもので、フレンド追跡も無効化されないという事だ。
もしも近衛が裏切者だったりすれば圏外に出た途端に大ピンチになるので、近衛になるのも、そしてこの権限も相当の信頼を置かれなければ絶対に与えられはしない。逆に言えばそれだけ信頼されているという証であり、現にあたしは依頼というのにかこつけて領主館に何度も足を運んでもいる。ちゃんと理由はあるし、サクヤや近衛、領主館に居る人達にもそれは認められるくらい信頼されているので、問題は無い。
よって、万が一にも追跡出来ないという事はあり得ないのだ。
普段ならプライベートとかを気にして使用しない権限なのだが、今は一刻を争う時なので使用する事にした。一応本人にもレコンから教えられた事をそのまま移動しつつメールにしたため、それを送信する。これで逃げる事は敵わなくとも、少なくとも対策自体は可能な筈だ。
傭兵として動き続けて来たあたしは、戦いは始まる前から既に殆どが決していると考えている。それは対策然り、心構え然りだ。情報が生命線になると言っても過言では無い事はこのALOをプレイし始めてから痛感したし、剣道選手の得意攻撃を知っているだけでも攻めと守りの一手にもなり得るため、元々重視していた。
だからあたしはサクヤに、《会議場が多種族混合パーティーに狙われている、リーダーはシグルド、すぐに駆け付ける。サラマンダーには注意》という文で。
彼女も後輩とは言え、経験が浅くとも二期連続で領主を務めているプレイヤーだ。恐らくサラマンダーの代表が領主モーティマーでは無く、その弟とされる武の将軍ユージーンである事には内心で疑念を浮かべている筈。そこにこのメールが届けば打ち取られる油断は少なくなるだろう。
シノンと、一応親しいアリシャさんにも送っておこうと同じ文でメールをそれぞれ送り、それからメールを打つために少し緩めていた足の速さを元に戻して一気に洞窟の中を疾駆する。
途中で遭遇する亜人モンスターのオークは首を一撃で斬り飛ばし、甲殻蠍型モンスターなら首の関節の柔らかい部分に一撃くれて即死させる。ナツも、オークならともかく蠍型となると最初は無理だったが、暫くしてから出来るようになったので、これで少しはトレインをしてしまう可能性も低くなるだろうと安堵した。
「ナツ、思った以上にやるわね」
「いや、結構キッツイんですけどね?!」
あたしがオークの首を斬り飛ばしながら言えば、ナツは少し歯を食い縛りながら白い片手直剣でオークの胴体を真横に一閃し、絶命させながら応える。確かに少しばかり余裕が無くなって来たかとも思うが、そもそも彼はALOをプレイし始めてからまだ半日も経っていないし、むしろあたしのペースに付いて来られているだけでも凄い方だ。
クラインさんとイチゴの方を見れば、二人はまるで兄弟であるかのように刀を縦横無尽に振るい、勢いそのままに剣劇を敵に見舞っていた。流石に甲殻を持つ蠍型モンスターには少しばかりてこずっているようだったが、柔らかい関節部分を狙って機動力を削いだり、頸に刃を突き立てて絶命させたりなど、その手際はナツよりも数段上だ。これはナツが弱いのでは無く、単純に二人の技術が高すぎると言うべきだろう、恐らく経験では二人の方が上なのだ。
今までALOをプレイしてきて、あたしの全力に付いて来られたプレイヤーは一人も居ない。空中戦闘ともなれば尚更だ。
今は洞窟の中で、インプ以外では飛べない設定なのでシルフとサラマンダーである為に地上戦闘を強いられている訳だが、それでもあたしの戦闘力はシルフ最強と冠せられる。そのあたしに付いて来られているのに、ALOにあまり慣れていない上に剣を振るうのがSAO以来というのだから、三人がこのゲームに慣れたら恐ろしい強敵になりそうだなと、彼らには見えないよう口の端を歪めながら内心で薄く笑う。
どうやらあたしには少し戦闘狂の気があるらしいと、レコンとナツの二人から言われた性格が違うという言葉も間違っていないと思いながら、三人と共に敵を排除しつつ全速力で出口へと向かって走り続けたのだった。
***
難しい顔の親父と夏梨の二人をどうにか説得し、少なくとも和人を助け出すまでの間はALOへのログインを許された俺は、絶対に帰って来るという約束を交わして《ルグルー》の宿で再ログインを果たした。一階のロビーへ降りた時にクラインも丁度ログインしてきて、更には別種族だったため央都で合流する予定だったナツと偶然遭遇し、リーファ先導の下で央都側への洞窟を一気に走り抜けている俺は、割と必死に遭遇する敵を捌き続けていた。
央都側への洞窟を走り抜けているこの短時間で分かった事だが、リーファはどうやらSAOでも最前線で戦い続けた攻略組である俺達に匹敵、あるいはALOのシステムに慣れていない事を加味してもそれ以上の実力を有するプレイヤーのようだった。話に聞けば、シルフ族の現領主の先輩プレイヤーとして幾らか面倒を見た事があるくらいの最古参プレイヤーの一人らしく、傭兵として身を立てていたらしい。
使用する武器は《片手剣》と《刀》が混ざったような武器で、カテゴリ的には長さが足りないので長刀型片手剣という分類、つまり片手剣を扱っているらしい。時たま両手持ちで振るっているのは恐らく剣道の名残だろう。
全速力で駆け抜けながら敵を一太刀で斬り捨てるその実力は、既にALOに慣れている元SAO組のクラインを遥かに凌いでおり、SAOに居たと言われても全く不自然でない程だった。
「三人とも、アレが出口だよ! すぐに崖だから空を飛ぶつもりでいてね!」
遭遇する敵の中で躱せる攻撃をするものはスルーし、躱せなければパリィ後の一撃で屠るスタイルで走り続けることおよそ十分で、マップデータがあった事もあって《ルグルー》に到達するまでに比べて遥かに短時間で抜ける事が出来た。
そして抜けた直後、その速度のまま飛び出したため、カタパルトよろしくそのまま空中に身を放り出してしまう。あらかじめリーファから忠告されていたので動揺も小さく羽を広げた俺達は安定したグライドに入る。
チラリと後ろを見れば、俺達を追い掛けて来ていたオークや蠍の山が屯していて、後ろから押されて幾らか落下していくのが見えた。アレでも一応俺達が相手した事になるのか、ユルドの値が少しずつ増えていっていて、何だかなぁと思ってしまう。
「んで、リーファ、会議場ってのはどこなんだ? 街の中っていうのはちょっと考え辛いからフィールドのどこかじゃねぇのか?」
クラインがそう問いを発したが、街の中で無いのはユウキ達が運営や中立プレイヤーに知られないよう隠れて行動しているからだ、街の中だと必ず人目について噂になるのでフィールドのどこかに違いないと検討を付けたのだ。
リーファも急いで《ルグルー回廊》を抜ける事に優先していたためそこは確認していなかったようで、少し待ってと言いながらメニューを来る。恐らく現領主サクヤとやらのフレンド追跡を行っているのだろう。
「えっと……今あたしたちはアルン高原の南東に位置してるわ。サクヤとケットシー領主のアリシャ・ルーさんの反応は、ここから西……《蝶の谷》という所ね。シノンの反応もそこにある」
「シノン……っていうと、詩乃さんですよね?」
「ええ。多分珪子……ええと、シリカだっけ? 彼女とかなり早い段階で合流出来たんでしょうね。SAO攻略組だったなら多分ケットシー領側のルートも速攻でクリア出来たんだと思うわ、シノンもあそこはかなりの回数通ってるからMobの湧きポイントも把握してるし」
道中でクラインから聞いた話によれば、リーファとシノンはそれぞれシルフとケットシーの最強プレイヤーとして知られているらしい。同種族のプレイヤーで二人の名前を知らない者は居ない程の有名人らしく、領主以上の知名度を誇るらしい。
リーファは剣と魔法の凄まじい使い手として、シノンは数百メートル離れた所から敵を射抜く射手として恐れられており、二人が揃っている時には如何なる敵も彼女達を斃す事は不可能……とまで言われている程らしい。サラマンダー、しかも中立域で動いていたクラインですら知っているのだから、各種族領地で動いている他種族のプレイヤー達からすれば恐怖の対象だろう。リーファに至っては一時期軍部の教導官として動いていたと、さっき言っていたし。
「メールに返信は無いから……先に集まって話し合いをしているのかしら……?」
「んー、でもよ、会議ってのは十一時からなんだろ? 流石に速くねぇか?」
「クラインさん、会社の会議って早まったりします?」
「いや、その時間を目安に色々と仕事を分けるから、基本的に変わらねぇ……てかよ、そのシグルドってやつが知ってる時間の方がダミーって事は考えられねぇか? そのサクヤっていう領主が同盟を組むっていう話も、どこと同盟を組むか具体的に知られないようにしていたとしたら、そいつが反感持って何かするっていう予測も経つからダミーの情報を掴ませるっていう事もあり得るぜ。二人は知らねぇだろうが、ギルドリーダー間では《笑う棺桶》掃討戦で一回同じ事をしてるしな」
「「……あー……」」
確かに、何やらとんでもない事をしようとしているユウキなら、シグルドの動きを先読みしてそれくらいしていそうではある。なら十一時よりも早い時間に本当の会議をするという事も考えられるのだ。
気になるのはサラマンダー領主と将軍の事なんだが……
「そうなると、サラマンダーの領主と将軍の事は……」
「さぁ、そこまでは俺も分からねぇよ」
「そうですよね……」
クラインの返答に、問いを投げたリーファは少しだけ苦笑した。流石にここまで全部推測なのだから誰に分かる筈も無い。分かるとすれば、それはユウキと全領主くらいなものだろう。
「ところで、その《蝶の谷》っていうのはあそこじゃねぇ?」
話しながら飛び続けている内に見えて来たのは、滝が存在する緑の多い場所だった。確かに谷と呼ばれるだけあってそれらしい構造をしているが、蝶が飛ぶような花の類はあまり見られない。まぁ、遠くからだからかも知れないが……
リーファに三人で視線を向ければ、彼女はマップとの位置を比較した後にこくりと頷いた。つまりあの滝がある場所が《蝶の谷》と呼ばれる場所なのである。
もう少し近付けば、プレイヤーが集まっているのが見えた。赤、緑、青、紫、黒などなど……様々な色が見える事から、本当に全種族存在しているのだろう事が分かった。
そして、その谷には二つの集団が存在している事が、遠くからでも見て取れた。一つは幾つかの幕を張って谷に陣地を敷いている集団、もう一つがその陣地に武装して赴いている集団だ。
前者は言わずもがなユウキ率いる同盟軍だろう、ならば後者は……
「まさか……もう動いて?!」
それを見たリーファは同じ結論に至ったらしい。レコンというプレイヤーからリアルで伝えられた情報によれば、会議場を襲う時間は午後十一時の筈。今はまだ午後九時を過ぎたばかりで、まだ二時間も速いのに、恐らく襲撃メンバーと思しき者達がそちらへ向かっていた事に、俺達は唖然とした。
焦りを見せる中、リーファだけは飛行速度を上げながら目を凝らして戦闘を見ていた。俺には見えないが、風の妖精は聴覚が最も優れているだけでなく、ケットシーの次に視力も良いらしい。風、だからか遠目は出来るらしかった。
「……シグルド!」
そして、数秒もしない内にリーファは、敵組織であるレジスタンスの頭の名前を呟いた。俺も目を凝らせば、先頭を飛んでいるプレイヤーが緑色のマントを纏っているのは見えて、アレがそうなのかと判断する。
同盟軍とレジスタンス組織の距離は、もう数分で接触してしまう程に狭まっていた。
「く……間に合って……ッ!」
祈るような声音でリーファは言い、俺達を突き放す勢いで飛翔した。目指す先は、混沌に陥ろうとしている《蝶の谷》ただ一つだった。
***
「お前の命運もここまでだ、サクヤ」
そう言って、鋼色の長剣を突き付けて来るシルフの男……シグルド。勝利を確信しているようで、彼は怜悧なその顔に勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「俺はお前を下し、新たなシルフの領主となる! お前のように他種族に頼る者など領主の器では無い、それは他の者達とて同じだ! お前達に不満を持つ者で構成したレジスタンス組織は、満を持して今日、現領主達を粛正する!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」」」」」
「……困ったな」
シグルドの宣言に合わせ、彼に付き従っているらしい私達に不満を持つプレイヤーおよそ千名が咆哮を上げる。それに私は苦笑し、呟きを漏らす。戦えない事は無いが、聊か予想以上の数を揃えていて戦力的に数の不利が大きいのだ。
「むぅ……サクヤちゃん、どうしよう?」
「流石の私も、この数を相手に領主を護るのはキツイわよ」
「何せ領主勢が討たれては全てご破算だからな……」
すぐ近くに居るアリシャとその護衛を担っている傭兵の弓使いシノンが、難しい顔で言う。シノンはケットシー最強と言われており、近距離戦も短剣で対応出来、ケットシーの俊敏さを活かした戦いが出来るのでかなりの腕前を誇るのだが、流石に数の不利をひっくり返せる程では無い。彼女が一気に相手にできるのは数名まで、あくまで弓使いなのだからそれでも十分なのだ。
ここには各種族の精鋭が揃っているし、SAO組も居るには居るが、精鋭は数が少ないしSAO組は空中戦そのものが不慣れなので、寄せ集めとは言えどシグルドが擁しているプレイヤー達に数で劣っている現状では勝利は難しい。それが領主も居るとなれば尚更だ。何せ領主が討たれてしまっては、ユウキ君が考え抜いた末に見出した案を実行に移せず、全てご破算になってしまうのだから。
特に今、シグルド達にやれてやる訳にはいかないのだ。かなり準備が進んで、各種族領主達も種族の垣根を越え始め、あと少しで挑めるという所まで進んでいるのだから。
「くっ……まさか、ここまで数があるとは、流石に予想外だった……」
今回、シグルドの動きを予測した上で事を勧めていたユウキ君も、流石に彼が集めていたプレイヤーの数が千人に達していたのは予想外だったようで、何時もなら冷たさと温かみの両方を感じる微笑みを浮かべている彼女も、今ばかりは悔しげに歯を食い縛っていた……アレが演技だとすれば、彼女は相当な演技派である。
「さぁ、者ども! 相応しくない領主達に、今こそ粛正をしようではないか!!! 全軍、攻撃か――――」
「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
シグルドが長剣を振り上げ、攻撃宣言と共に振り下ろそうとしたその瞬間《蝶の谷》全域に轟いた怒号は、今まさに私達へ襲い掛かろうとしていたレジスタンスプレイヤーだけで無く、それに応戦しようとしていた私達も、完全に意表を突かれたため動きを止めた。
私はその怒号の声に、聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころでは無い、私がこのALOをプレイし始めてから最も長く聞いて来た、最も長い付き合いのプレイヤーだ。
声は、上から聞こえた。周囲が動揺する中で上空を見上げれば……空気を切り裂いてこちらへ疾駆する緑衣に金髪の少女の姿を、しっかりとこの目で見て取った。あの金髪、忘れる筈も無い、シルフの中でもレアな髪色をしている事でも有名なプレイヤーのものだ。
その金髪を一つに括っているプレイヤーなど私は一人しか知らない。
「リーファッ!!!」
私が歓喜と共に名前を叫べば、彼女はしっかりと私を見て強い笑みを浮かべた。それだけで、一先ず最悪な事態は避けられるという謎の安心感が胸中に生まれ、笑みを浮かべてしまう。
「何ぃッ?!」
「シグルド、覚悟なさいッ!!!」
私が名前を叫んだのを聞いたシグルドも同じように上を見て、そこに居る筈の無い人物を見て驚きの声を上げた。リーファは私から目線を外してシグルドを見るや否や、その双眸を鋭くし、左腰の長刀型片手剣を抜剣しながら怒鳴る。
しかしシグルドもシルフ五傑に数えられるだけあり、リーファの超高速ダイブによる奇襲もギリギリで剣を翳す事で防いだ。凄まじい勢いのため彼は幾らか後ろへ押されていたが、翡翠の翅を懸命に振るわせる事で体勢を立て直し、空中で鍔迫り合いを始めた。
「リーファ、貴様、もう来たのか?!」
「はん、アンタ詰めが甘すぎなのよ! あたしを殺すつもりなら数百人規模でPK集団を送り込んできなさい! たかが四十人程度じゃあたしを殺すには足りなさ過ぎるのよ!!!」
「この、化け物女がぁッ!!!」
「アンタが基本を欠き過ぎてるから弱いのよッ!!!」
至近で怒鳴り合う二人は、直後刃を押して距離を取り合った。
次に行動を起こしたのはやはりリーファで、シルフ最強にして最速の名に恥じぬスピードを一瞬で出してシグルドへ肉薄する。ほぼ一瞬で距離を詰めたリーファは長刀を両手で持ち、大上段から斬り掛かった。
対するシグルドも同じように大上段から唐竹を放つが、しかしリーファの剣と鍔迫り合う事は無かった。彼女が唐竹の軌道を変え、右薙ぎに変換し、シグルドの長剣を弾いたからだった。予想外の方向からの一撃で剣を弾かれたシグルドは、己の武器を手元から弾き飛ばされてしまう。
「な、んだと……?!」
「だから言ったでしょ……アンタ、基本を欠き過ぎなのよ」
驚愕に目を剥き、慄いているシグルドに一歩分踏み込んだリーファは、冷徹さを感じさせる声音で言い切った後、今度こそ大上段から長刀を振り下ろした。
五傑に数えられるシルフ族の男は、その一撃で体を左右に両断され、直後翡翠色の爆炎を上げ、翡翠色の炎へと変わり果てる。
「「「「「……」」」」」
漸く領主に不満をぶつけられると息を巻いていたレジスタンス達も、彼女に救われた立場にある私達も、一様に無言で彼女を見詰めていた。当の彼女は目の前で揺らめく翡翠色の炎をじっと見ていたが、その炎もすぐに消えた、シグルドがどこかでセーブした地点へと蘇生を待たずに戻ったのだ。
まぁ、リメインライトとなっても意識はあり、たった今自分を殺した相手にじっと見られていては、蘇生も絶望的なのだからすぐに戻るのも当然だろう。
リーファの睨みは怖いからなぁ……
「お、おい……嘘だろ、シグルドさんがやられたぞ……」
「殆ど抵抗らしい抵抗も出来ずに……俺達の最大戦力だぞ、あの人……」
どうやらシルフ五傑で三番手のシグルドがレジスタンス最大の強さを有していたらしい。
ふむ、二番手の私と一番手の私、そして各領主達も何かしらで各種族のトップに立っているから、これは案外盛り返せるか……?
「エック・バトラ・ミール・リンディ・ウィディア・グロール・アウカ・スカルパ・レンズォ・ゴール・スウェディ・フォーザ・ラグナ・メルト・イーディア・ティアゼ・フォルトゥナ・デューク・メディック・キラティア……タイラント・ハリケーン」
「「「「「ッ?!」」」」」」
私がそう思案していると、リーファが高速でスペルを完成させ、術の名称を口にした。各属性の魔法のスペルは最上位にもなると二十ワードに上る長大さを誇るので、彼女ほど相手に対応出来ない速度で詠唱出来るプレイヤーを、私は一切知らない。私ですら二十ワードを唱え終えるには十秒は要するのに、彼女は三秒ほどで詠唱を終えてしまうのだ。
そして完成した魔法は、風属性最上位である最強魔法《タイラント・ハリケーン》。暴虐の竜巻の名に恥じぬ威力を誇り、魔法の熟練度に合わせてその竜巻は巨大且つ強大なものへと変わっていく。彼女はこれを完全習得寸前まで鍛えているので、百メートル規模の巨大な緑の竜巻を発生させ、空中に屯するレジスタンス達を纏めて絡め取り、一掃していった。
数十秒を経て漸く勢いが削がれ、竜巻はその形を保てなくなって霧消する。その時に残っているレジスタンスプレイヤーは、およそ数十人。
「覚悟なさい、ここで斬られる覚悟をね」
逃げられると思うな、と言外に言ったリーファに恐れをなしたかのように下がる者達は、この数分の後、一人の風妖精を主とした私達の反撃によって殲滅された。
はい、如何だったでしょうか……ぶっちゃけ酷いですね、心情描写が少なすぎて泣ける( ノД`)シクシク…
一護に関してですが、私は原作持ってないし《千年血戦編》をほぼ読んでないのでチラリとしか出してません。彼はあの戦いの後に死亡し、転生したという事にしており、斬魄刀は彼が最も長く親しんだ形になったというご都合主義にしております。
ただし完現術は使えますし、卍解も使えます、虚化も同様です。件の戦いで得た能力に関してはほぼ出ないと思って下さい。
そしてSAO編で彼を書いていなかった為、当時のイチゴの心情を書いてみました。所々彼らしからぬ部分があるとは思いますが、そこは私の力量不足ですね。
ちなみに、彼のリアルについて書いたのは、力や家族の事にも触れたかったからです。
で、読んで頂いて分かると思いますが……リーファが完全バグキャラ化しました。
シグルド単体相手ならともかく、魔法の方は完全にやり過ぎましたね、後悔はしてませんが(笑)
これは《アリシゼーション編》の彼女の言動も変える必要性が出て来たかも……? 本当なら原作に近い強さでしたからね、あの辺まで。完全に乖離してるー……
よし、もうシノンもバグキャラ化させよう★(錯乱)
という訳で、GGO編でシノンもどうにかこうにか原作より強くしようと思います。取り敢えずALO編でも。
そろそろこの辺で……いや、遅くなってマジですみませんでした……
あと、次話予告についてなのですが、ハッキリしている時とそうで無い時があり、後者の場合はかなりグダグダになりかねないのでやめる事にしました。実は今回遅くなった原因の一つがこれだったりします。
誠に申し訳ありませんでした……頑張って書き上げますので、今後もよろしくお願い致します。感想、評価、批判など、お待ちしてます。
では、次話にてお会いしましょう。
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