ロアナプラ鎮守府 (ドラ夫)
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01 夕立

 “私達は生きる為に産まれ、殺す為に生きる”



              ──不知火


 僕の艦娘達は何処かおかしい。

 練度が155──を超えて、もうなんだかよくわからない位強い。ケッコンカッコカリをしていないのに、だ。

 他の鎮守府が深海棲艦にヒーコラ言ってる中、僕の艦娘達は遊び感覚で皆殺しにしてくる。

 皮肉を込めてイベントと呼ばれる、シーズン毎の深海棲艦達の大侵攻も、ものの一時間程度で殲滅させる。

 そんだけ強いから、悪い意味でも良い意味でも大本営に目をつけられたりもしたけど、余裕の全ツッパ。勧告を無視、捕らえに来た憲兵を逆に殺害、そのまま大本営に攻め込んで一番偉い人達──四人の元帥を捕らえて「もう一度同じ事をすれば次は殺す」と宣言した。

 その後、力では敵わないと見たのか暗殺しようとしたり、情報戦で謀殺しようとしたりして来たけど──僕の艦娘達は頭も良い。

 暗殺に来た奴らを逆に暗殺、ついでにクライアントと関係者を皆殺し。情報戦を仕掛けてきた奴らは向こうが偽の情報を掴まされ、組織内でクーデターが起きた。

 その後、資材の輸入を制限したり、陸軍が攻め込んできたり、世論を誘導して民衆が攻め込んできたりしたけど、全部撃退。

 全部に過剰すぎるほどの報復をした。

 結果四人いた元帥は三人首が変わり、憲兵と陸軍は人材不足に悩まされ、この鎮守府付近にあった住宅街は更地になった。

 

 

 そんなおっかない僕の鎮守府。

 非力な一般ぴーぷるである僕がどうしているのかというと──不思議なことに物凄く慕われてるんだ。というか、慕われすぎて怖い。

 僕の艦娘達は何というか、頭のネジが緩んでる、というかイかれてる。姉妹同士でレズ◯ックスとかしょっちゅうしてるし、酒もガバガバ飲む。上の口からも下の口からも。

 それにさっきの話からも分かると思うけど、僕の艦娘達は素行が悪い──なんてもんじゃない。深海棲艦どころか、躊躇なく人を殺すし、ちょっとでも攻撃されれば相手を皆殺しにする。

 そんな彼女達なのに、僕の前では何故か第二次世界大戦中のナチス軍くらい、いやもしかするとそれ以上に規律正しくしている。

 

 

 ──コンコンコンコン、と扉が四度ノックされた。どうやら、今日の秘書艦が来たようだ。

 僕の鎮守府では、秘書艦を誰か一人に固定していない。みんなが一日毎に入れ替わりでやってくれている。

 普通なら日替わりなんて事は出来ない。昨日から続いてる仕事の引き継ぎとか、長期的な計画の機微とか、長い目で見なくちゃいけない仕事があるからだ。だから普通は、特定の誰か──多くとも二、三人──を秘書艦に固定する。

 ただどういうわけか、僕の艦娘達は記憶を共有でもしてるのかというレベルで動きに統率が取れているから、日替わり秘書艦で問題なく回っている。

 

「やあ提督、来たよ」

「あれ、時雨? 今日の秘書艦は夕立じゃなかったっけ」

「夕立は急用が出来たよ。だから代わりに僕が来たんだ。僕じゃ不満かな?」

「いや、そんな事はないけど──」

 

 僕が続きを話す前に、執務室の扉が吹き飛ばされた。

 扉の前に立っていたのは──血みどろになった夕立だ。

 

「時雨えぇぇええ!!!」

「ふーん、もうあの罠を抜け出してきたんだ。速いね」

「黙れ! 提督をダシに嘘を吐くなんて、信じられない! それは不敬よ!」

「僕からすれば、あの程度の嘘に騙されてノコノコ罠の方に行く夕立の方が不敬だよ。僕だったらそうはならない。分かるんだ、提督が本当に危機に陥ってるかどうか。直感……いや、本能でね。その域に達してない夕立が悪い」

「はぁ? 夕立をあんまり舐めないでくれる? 私もそのくらい分かるよ。けど、1%でも危険があるなら助けに行くのが本物の忠義でしょ? 時雨はまだまだ忠義が足りてないね」

「だからそれが未熟だと言ってるんだよ。僕だったら100%、完璧な精度で提督の状態が分かる」

「その根拠は? 自分の本能──かってな憶測で提督に危機が及んだらとか、考えないの?」

「考えないね。だって僕と提督は絆で結ばれるから」

「時雨のは一方的な押し付け。それを絆とは呼ばない」

「──は?」

「──あ?」

 

 今はこんなんだけど、この二人普段は仲良いんだ。本当だよ。

 というかアレだ、僕の知ってる夕立はぽいぽい言ってるちょっとアホな子だけど、僕の鎮守府にいる夕立は一度も「〜ぽい」と言ったことがない。

 頼むからぽいぽい言ってほしい、相手を挑発する言葉じゃなくて。

 

「あー二人とも。二人がここで喧嘩したら、執務室は壊れちゃうし、余波で僕が死んじゃう。だからここは穏便に済ませてくれないかな?」

「わかった!」

「うん、承知したよ」

 

 人を視線で射殺さんばかりに睨み合ってた二人だけど、僕が声をかけると、直ぐに笑顔になって可愛らしく敬礼した。

 

「大丈夫、夕立?」

 

 時雨が夕立の安否を訪ねた。

 ほらね、仲良いでしょ?

 

「うーん、左脚と右腕が折れてるのと、あばらが粉砕骨折してる程度かな」

「良かった、そのくらいなら一分もすれば治るね。というか夕立、あの罠をその程度の傷で切り抜けたのかい?」

「うん。流石の私も、少し手こずったけどね」

 

 どういうわけか、僕の艦娘達は高速修理剤どころか、入渠すら必要ない。勝手に傷が、それも物凄く速度で治っていく。

 今こうやって話している間にも、ズタズタに引き裂かれた夕立の皮膚が治っていってる。出血もほとんど止まったようだ。手足もさっきよりはデタラメな方向に曲がってない。

 

「二人の仲が良くて何よりだよ。それじゃあ夕立、今日の秘書艦よろしくね。それから時雨も、夕立のいない間の代理秘書艦ありがとう」

「礼なんて要らないよ。いつも言ってるけど、頭の天辺からつま先まで、僕は提督のモノだ。提督の所有物が提督の為に働くのは当然のことさ。提督はただ命じてくれれば良いんだよ。戦闘でも性処理でも、何でも。僕はその通りにするよ。それでも礼を言ってくれるというなら、勿論僕は喜んで受け入れるけどね」

「あー! 時雨ったら素直じゃないんだ。本当は褒められて嬉しいくせに」

「う、うるさいな!」

「でも、提督さん。夕立だって、命じられれば何だってするよ? あーんなことやこーんなこと、さいっっこうにハイになれることも、ね?」

 

 妖艶に舌なめずりをしながら、怪しく赤い眼を光らせる夕立。

 それを見た時雨の眼からハイライトが消えた。

 

「あー、ありがとね夕立。それじゃあ早速、一緒に書類の整理してくれるかな?」

「畏まりました」

 

 夕立は深々と礼をした後、机に座って書類を読み始めた。

 やっぱりなんか、僕の知ってる夕立とは少し違う。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 僕の仕事は非常に少ない。

 他の鎮守府であれば、海域ごとに合った編成を考えなくてはならないのだろうけど、僕の艦娘達はソロで殺してくるから……

 それに弾薬もほとんど使わない──酷い人だと空砲やパンチで殺してくる──し、被弾もしないから鋼材も減らない。唯一燃料は使うけど、ソロだからそれほどの消費はない。入渠はしないから当然高速修理剤も使わない。つまりは、資材の収支もほとんど計算しなくて良い訳だ。

 昔は大本営から指示が書かれた書類が来たり、近所に住む民間の方々から嘆願書が来てたりしてたけど、それもなくなった。

 タダでさえ少ない僕の仕事。

 秘書艦が有能だから、直ぐに終わってしまう。

 しかも一時期は、こんな雑用の様な仕事を提督にやっていただくのは不敬では、という声が上がって、いよいよ本格的に座ってるだけになるところだった事がある。

 昔は仕事をせず暇をしていることに罪悪感を感じたりしてたけど──それももうなくなった。

 だってこの鎮守府、デイリーとかウィークリー任務、五分くらいで消費しちゃうんだもん。結果として他の鎮守府より成果を上げてるんだし、まあいいか、と。

 

「夕立、お昼ご飯を食べに行こうよ」

「畏まりました! ここでお取りになりますか? それとも食堂で?」

「今日は食堂で食べようかな。みんなの顔も見たいし、伝えることもあるし」

「畏まりました!」

 

 夕立が席を立ち、執務室の扉を開けてくれる。

 僕が歩き出せば、その三歩後ろを黙って付いてきてくれる。

 やがて食堂に着くと、扉の向こうからガヤガヤと声が聞こえてきた。この鎮守府は結構大所帯だ、必然お昼時の食堂は物凄い賑わいを見せる。

 扉の隙間から、みんなの話し声が聞こえてくる。こういう何気ない会話が、実はとても大切だったりする。

 僕に言わないだけで、みんな何か不満を抱えてるかもしれない。ほとんど仕事らしい仕事をしていないんだ、何か不満があるなら解決してあげたい。そのヒントが日常の会話から得られれば。

 僕は扉の前で立ち止まって、聞き耳を立てた。

 

「昨日は鳳翔さんにお弁当を作ってもらって、中部海域に遊びに行ったのです」

「へえ。それは楽しそうだね」

 

 この声は──電と響だろうか。

 

「その時離島棲姫が襲い掛かって来たので、逆にコテンパンにのしてやったのです。そしたらあいつ、無様にも命乞いをしてきたのです。鳳翔さんのお弁当が美味しくて気分が良かったから『情』をかけてあげました」

「ほう。その『情』というのは……?」

「もちろん、『非情』のほうなのです!」

「「HAHAHAHAHA!」」

 

 な、なんて酷い会話だ。

 

「そういえば私もこの前、中部海域を散歩してたら駆逐棲姫に襲われたよ」

「それで、どうしたんですか?」

「なに、一緒にウォッカを飲んで仲良くしてやったさ」

「ちなみに、どっちの口から飲ませたんです……?」

「それは勿論、下の口からさ。それも前の穴と後ろの穴、同時にね。あいつ処女だったよ」

「「HAHAHAHAHA!」」

 

 更に酷い。

 でもこの鎮守府においてこの会話は普通、いやむしろマシな部類だ。戦艦や空母、軽空母達の会話はもっと酷い。

 

「……提督さん、少しお待ちになってて」

 

 敬語と常用語が入り混じった言葉で夕立が止める。夕立は普段敬語を使うけど、怒った時や喜んだ時なんかはつい常用語が出てしまうみたいだ。

 

「各員傾聴!」

 

 夕立が叫んだ。

 ──誰も耳を傾けてない。

 

「これより我々の主人にして至高の御身、提督閣下がご入室する!」

 

 ピタッと、音が止んだ。

 食器を鳴らす音、雑談の音、全てが止んだ。

 

「各員、相応しい態度を取るよう! 以上、秘書艦からの伝令を終える!」

 

 夕立が食堂から戻ってくる。

 

「お待たせいたしました」

「えっ? ああ……うん。ありがとね」

 

 食堂に入ると、全員が直立不動の姿勢で敬礼をしながら迎えてくれた。

 ハッキリ言って、尋常じゃないプレッシャーだ。一人一人の眼光が戦艦クラス──いやそれ以上の鋭さだ。

 

「「「おはようございます!」」」

 

 一糸乱れぬ動き、声で挨拶をしてくれる。何処かで練習してるのだろうか。

 

「おはよう、みんな。楽にしていいよ」

 

 ありがとうございます! と敬礼を止めた。だけど直立不動のままだ。僕としては座ってもらっても構わないんだけどな。

 

「今いない艦はいるかな? 居たら姉妹艦か仲の良い人が教えてくれると嬉しいな」

 

 即座に神通が手を挙げた。

 

「申し訳ありません。我が愚姉、川内がおりません。今頃は部屋で就寝しているかと。この失態を私の命で償えるのなら、直ぐにでも」

「提督、私からもお願いします」

 

 周りの艦娘達が不快感を露わにした。

 提督に来ていただいたのに、不在とは何事か。提督が起きて働いておられるのに、自分は寝ているとは、呆れてものも言えない。二隻の艦娘の命程度で償えることではないぞ、と。

 

「いや、いやいや。そんな事をする必要はないよ。ただ今日はちょっとお知らせがあってね。だから後でいいから、神通と那珂の口から伝えてもらえるかな?」

「「御意」」

 

 二人が口を揃えて答える。

 神通はともかく、那珂ってもっとこう、キャピっとした艦じゃないの? 僕の鎮守府の那珂ちゃん、完全に仕事人なんだよなあ。

 

「他のみんなも、この件は不問にするように。……川内が居ないのは、何か理由があるんじゃないのかな?」

「はい。昨日の夜二〇〇〇から今朝方〇八〇〇までの間、カレー洋を巡回しておりました」

「うん。それならしょうがないさ。十二時間もの間この鎮守府の為に戦ってくれてたんだ、むしろ褒められるべきだよ」

 

 なんて慈悲深い方だ、と聞いていた艦娘達が感動している。中には泣いてしまうものまでいた。

 本当に、どうしてそんなに僕の事を尊敬しているんだろう。

 

「そのお言葉を川内に聞かせれば、光栄の極みに思うでしょう。ですが私共は提督の所有物、働くのは当然かと」

 

 神通の言葉にみんなが同意する。

 何というかまあ、いつも通りだ。慣れって怖い。

 

「……とりあえず、今回は川内に労いの言葉をかけておいてね」

「御意。愚案、申し訳ございませんでした」

「ああ、うん。大丈夫だから。それで本題に移るけど、深海棲艦達の大群が発生したらしいんだ」

 

 ──バンッ! と机を叩く音がした。

 音のした方を見れば、武蔵が立ち上がっていた。ちなみに武蔵の前にあった机はぶっ壊れ、ついでに床にも底が見えないレベルの穴が空いている。

 

「海──いや、この世の全ては提督閣下の物! それを無断で荒らすとは、皆殺しだ!」

 

 その通りだ! 一欠片も残さず殲滅しろ! タダでは殺すな、提督の偉大さをその身に刻みつけてから殺せ! ──血気盛んな怒鳴り声が方々で上がった。怖い。

 

「貴様等! 今は提督の御前! 汚らしい言葉を使うな、不敬だぞ! 以後発言したい者は、挙手をしてから発言しろ!」

 

 夕立がまた怒鳴り声を上げた。再び食堂が静まり返る。頼むからぽいぽい言ってほしい。

 

「加賀、発言を許可する」

 

 何人かが手を挙げた中で、夕立が加賀を指名した。

 

「提督にご質問があります」

「うん、いいよ。何でも聞いて」

「クソ共──失礼いたしました。深海棲艦達の規模はどのくらいでしょうか?」

「ボス級は重巡夏姫と呼ばれる個体が五体。他は春の大規模行進よりは少ないくらいだよ」

「お答えいただき、ありがとうございます。その程度の規模なら、一時間ほどいただければ、私一人で殲滅可能かと愚考します」

「一時間? Why? どうして提督の海を一時間も奴らの好きにさせとくのですカ?」

 

 加賀の言葉に金剛が突っかかった。

 この二人はケンカばかりしている。

 どちらも物怖じせずハッキリ言うし、このイカれた鎮守府の中でも戦闘力──自分で言うのもなんだけど──僕への忠義心、共にトップレベルで高い。だからよく衝突している。

 

「別に一時間の間好きにさせておくと言ったわけではないわ。ただ一時間あれば殲滅出来ます、と進言させていただいただけよ」

「ならとっととその進言を下げるネー。提督の素晴らしいお耳が穢れてシマイマース。どうせこのままの流れで提督に今回のmissionを任せていただいて、あわよくば褒めてもらおうとしてるんでショウ?」

「お耳が穢れるというなら、貴女が先ず黙るべきじゃないかしら? 言いづらいのだけれど……その、貴女の発音はとても不快だわ」

 

 まったく言いづらいくなさそうに、むしろありったけの嘲笑を込めた顔で加賀が金剛を挑発した。

 それに対して金剛は──

 

「Fu◯k you son of a bitch!」

 

 ブチ切れた。

 ぶっちゃけ金剛は沸点が低い。すぐキレる。

 金剛は艤装を展開──せず、加賀の所までひとっ飛びして、殴りつけた。せめて艦娘らしい喧嘩をしてほしい。

 金剛の馬力は136000。そんなものをくらえばひとたまりもない。というかこの鎮守府の金剛は、そんじょそこらの金剛の百倍くらい強いから、多分もっと馬力がある。

 

「甘いわ、瑞鶴バリアー!」

 

 加賀が近くにいた瑞鶴のツインテールを掴み、無理矢理引っ張って盾にした。

 金剛は御構い無しにフルスイング。

 

「オゲェ!」

 

 瑞鶴の歯が飛び、目玉が崩れた。おまけにそれでも加賀が瑞鶴のツインテールを離さないものだから、頭皮ごとツインテールが引っぺがされた。

 剥がれたはしから回復していくとはいえ、見ていてあまり気持ちの良いものではない。

 ちなみに加賀と瑞鶴は付き合ってる。さっきも僕が入る前までは、食堂でレズセ◯クスしていた。

 

「ちょっと、提督さんの前で! この売女どもがァ!」

 

 ブチ切れた夕立がそれに加わる。

 加賀が弓を構え、金剛も艤装を展開した。

 ちなみに僕は、比叡の陰に隠れている。一般人であるところの僕は、彼女達のパンチ一発の余波で死んでしまう。

 夕立と加賀と金剛の殺し合いは食堂をぶっ壊しても止まらない。多分夜まで続くだろう。

 まあ、いつも通りだ。慣れって怖い。

 

 

 ちなみに食堂は明石が五秒で直した。

 資材は大淀がどっからか調達してきた。

 夏イベはこの鎮守府きっての戦闘マシーン赤城が三十分でクリアしてきた。



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02 鈴谷

 “確かに人間は不完全な生物だが、世界が不完全である以上それは必然である”



              ──不知火


「パンパカパーン! 第八百六十七回、提督閣下感謝杯を開始しまーす!」

「「「うおおおおお!!!」

 

 廊下を歩いていると、外から愛宕の声と歓声が聞こえてきた。どうやら、賭けレースをやってるみたいだ。

 この鎮守府での娯楽は──一、セックス。二、殺し。三、酒とクスリ。四、賭け事だ。どれも盛んに行われている。

 一番走者は長門。

 二番走者は翔鶴。

 三番走者は高雄。

 四番走者は千歳の様だ。

 騎手はそれぞれ、第六駆逐隊が務めていた。

 

「それじゃあ、よーいドーン!」

 

 愛宕の号令に合わせて、各走者達が一斉にスタートした。

 僕の鎮守府の艦娘達は異様に回復速度が速い。それを利用して、走者──『馬』を作る。

 簡単に言えば、四肢を肘と膝の辺りから切断して、回復しない様に濃硫酸が染み込んだ布を押し当てている。その状態で目隠しとギャグボールを着ければ『馬』の完成だ。

 ちなみに『馬』に選ばれる艦娘達はロリコンとドMだけだ。『馬』も彼女達からすればご褒美らしい。相変わらずぶっ飛んでる。

 ちなみに長門と千歳がロリコンで、翔鶴と高雄がドMね。

 

「ご不快でしたら即座に辞めさせますが、いかがいたしますか?」

「うん? いや、彼女達の娯楽を奪っちゃ可哀想だよ」

「畏まりました。出過ぎた真似、失礼いたしました。償えるなら如何様にも」

「いや、大丈夫だよ。むしろ僕のことを思っての提案、ありがとう」

「勿体無きお言葉、感謝いたします」

 

 今日の秘書艦──鈴谷が、真っ白なうなじが見えるくらい深々と頭を下げた。

 他の鎮守府の鈴谷はJKみたいな軽いノリらしいけど、この鎮守府の鈴谷は冷静沈着、ハイライトは常にない、髪の色も相まって氷の様な印象を受ける。

 正直、もっと気軽に接して欲しいんだけどな。キッチリし過ぎてて、仕事がない時、二人で黙って執務室に座ってるとメチャクチャ気まずい。

 

「おら! 左に曲がるのです、このゴリラ!」

 

 長門に乗った電が長門の角? 電探? を思いっきり左に引っ張った。首が曲がっちゃいけない方向に曲がる。その上左脇腹に蹴りも入れていた。

 ギャグボールを咥えている長門の口から唾液と一緒に「グモッ! グモッ!」とくぐもった声がこぼれた。あれで喜んでるというのだから笑えない。

 

「そーら!」

 

 何故か全裸の隼鷹が、翔鶴の進行方向に向けて空いた酒ビンを投げた。ビンはあっけなく割れ、道にガラスの破片が散乱する。

 

「ほら、もう直ぐゴールよ。あと少しだから、頑張りましょう?」

 

 翔鶴に乗った雷が母の様に優しい声で語りかけた。翔鶴は張り切って進み──ガラスの破片が散らばってる場所に突っ込んだ。

 

「ん゛ん゛ん゛んんん!」

「はーい、ストップよ」

「ん゛ーーーー!!!」

 

 一気にガラス地帯を駆け抜けようとした翔鶴を、雷が髪の毛を引っ張って止めた。

 ブチブチブチ、という髪の毛が抜ける音が聞こえてくる。首が180度折れて、翔鶴の後頭部が背中に当たっていた。僕ならもう十回は死んでるな。

 雷は根っからのサディストだ。彼女曰く、一旦救いを見せてから絶望に堕とす、その落差の瞬間が一番楽しいらしい。怖い。

 ちなみに雷は深海棲艦を飼っている。

 弱った深海棲艦──雷が裏で手を回して弱らせたんだけど──を保護して、手当てをしている。そして回復して、いよいよ海に還す瞬間、後ろから撃ち抜くらしい。その時の「どうして……」という顔が何よりも好きなんだって。怖い。

 雷の話が正しいのなら、深海棲艦は意思疎通が出来るという事になる。この話をしたら、大本営──いや、世界中はひっくり返るだろうなあ……

 

「Управляемый; блядь! собака!」

 

 響が何かロシア語を叫びながら、高雄のお尻に酒瓶を突っ込んでいた。中には琥珀色の液体が並々と入っている。

 あんな物を腸から摂取したらいくら艦娘といえどヤバいけど、僕の艦娘達は余裕だ。ちょっとふらつくくらい程度だし、それも直ぐに治る。

 

「直訳すれば──走れ、この阿婆擦れの豚畜生! と言ったところでしょうか」

「へ、へえ。鈴谷、ロシア語が分かるんだ。凄いね」

「いえ。私など、提督閣下の叡智には遠く及びません。閣下に少しでも近づけるよう、日々精進するばかりです」

「え? いや……そ、そう。が、頑張って?」

「はい。ご期待に沿えるよう、及ばずながら努力させていただきます」

 

 硬いんだよなあ……

 他の鎮守府の鈴谷に何度か会ったことがあるけど、艦娘の中でもかなり緩い雰囲気を持っていた。

 それが僕の鎮守府の鈴谷はどうだ。笑ったところを見たことがない。鈴谷曰く、笑う暇があったら鍛錬、とのこと。

 いや、鈴谷に文句がある訳ではないんだ。純粋に、どうしてこんなに他の鈴谷と違うのか、疑問なだけ。

 

 

 一位を走っているのは──千歳と千歳に乗った暁だ。

 暁は雷とはまた違った種類のサディストだ。雷が積み重ねた物を一気に破壊することに、精神的崩壊に愉悦を感じる。

 それに対して暁は、積み重ねる事すら許さずに、最初の段階で徹底して破壊する。肉体的崩壊に愉悦を感じている。

 簡単に言えば、暁は相手を痛めつけることに酔ってる。相手の反応はどうでもいい、暴力を振るえればそれで良いらしい。

 雷はマゾヒスト相手だと心的外傷を負わせ辛いから苦手だと言ってたけど、暁は逆に相性がいいらしい。

 

「遅い! それでも一人前のレディなの!?」

 

 レディ関係ないと思うけど……

 暁がイかれた顔をしながら千歳を殴りつけた。あの子はクスリを常時服用してるから、拳にリミッターがかかっていない。

 だけど千歳はそれにグラつく事もなく、むしろスピードを上げる。さすが、よく訓練されている。

 

 

 ちなみに、クスリやお酒は大淀が全て調達してる。

 鉛筆からロケットまで、実在するものなら何でも揃えられます。大淀の言葉だ。

 それを面白がった隼鷹がロケットを頼んで、その二日後本当にロケットが隼鷹の元に届いたことがあった。

 手数料込みで150億円。

 この鎮守府で二番目にお金持ちの隼鷹じゃなかったら、間違いなく破産してたな。

 そしてロケットは今はもう鎮守府にない。隼鷹が中国政府に400億で売りつけたからだ。どんな商才だよ。

 味をしめた隼鷹は時たま大淀からロケットを買って、方々の国に売りつけた。月に一度ロケットが運び込まれてくる鎮守府は、多分ここだけ。

 最近では明石が格安でそのロケットをそっくりそのまま作ることに成功。結果ロケットは値崩れしたけど……その一瞬前に、隼鷹はロケット産業から手を引いていた。どんな商才だよ。

 

「パンパカパーン! 一位は高雄でしたぁ! さっすが姉さん!」

 

 ゴール寸前のところで、高雄が千歳を抜いて一位通過した。

 どうやら響がウォッカが染み込んだ高雄のお尻に、火を放ったみたいだ。そんな事されたら、そりゃあ速く走る。

 

「流石だな、高雄。どうやら私もまだまだ精進が足らないようだ」

 

 『馬』から戻った長門が労いの言葉をかけた。

 さっきまでフゴフゴ言ってた人物と思えないほど爽やかだ。いつもああしてれば、本当にかっこいいんだけどなあ……

 ロリコンとは病気だ。

 レースが終われば第六駆逐隊も、『馬』役をしていた艦娘達もみんな仲良しだ。僕にはちょっと真似出来ない切り替えの速さ。

 一位になった高雄には、賞金として一億円が贈与された。賭けに勝った艦娘達は、それぞれ元の賭け金の1.45倍のお金を貰っている。

 帰り道、潮が二千万スったと嘆いていた。

 一番得したのは、元締めをしてる隼鷹かな。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 今日はヤバい。

 どのくらいヤバいかというと、マジヤバい。

 何せ今日は、他の鎮守府との演習がある。

 僕は演習があるたびに胃が痛くなる。僕の艦娘達が相手の艦娘達を轟沈させてしまうんじゃないか、といつも不安になるんだ。

 演習ではお互い沈まないよう、リミッターがかけられてるんだけど……僕の艦娘達はそんなもの平気でブッチ切る。

 

「今日はよろしくお願いしますね!」

「はい。よろしくお願いします」

 

 相手の方、物凄く元気だ。

 潜水艦達からの情報によると、かなり優秀な方らしい。ケッコンカッコカリをして最高練度になった艦娘も多数在籍してるらしいし、甲作戦を何度もクリアした実績もあるんだって。

 

「チーッス! 今日はよろしくね!」

 

 向こう方の秘書艦──鈴谷が挨拶をしてきた。

 あの鈴谷が笑顔で砕けた言葉を話している……何というか、違和感が凄まじい。

 対して僕の鈴谷は、嫌悪の眼差しを向けていた。ガラ悪すぎィ!

 

「ところで、まだ艦娘達が来ていない様ですが……」

「ああ。大丈夫です。今日戦うのは、この鈴谷一隻なので」

「は?」

 

 僕の鎮守府については、箝口令が敷かれて居る。だから僕の艦娘達がどれだけ強いか、大抵の人が知らない。

 

「それ大丈夫なのー? 一人きりで、しかもケッコンカッコカリもしてないみたいだし」

 

 相手の鈴谷が声をかけてきた。

 まあ当然だ。

 向こうは六隻フルメンバー、それも全員がケッコンカッコカリ済みの最高練度。面子も長門、陸奥、鈴谷、瑞鶴、龍驤、北上と割とガチだ。

 それに比べてこっちは鈴谷一人。ナメプと思われても仕方がない。

 

「──愚か」

 

 こっちの鈴谷が、ありったけの侮辱を込めた声で答えた。

 

「強さが練度や、ましてや人数で決まると思っているとは、全くもって愚かですね」

「へえ……。それなら、何が強さを決めると?」

「決まっています。忠誠心です。提督閣下に勝利を捧げんとするこの心こそが、強さに他なりません」

「忠誠心? そっちの鈴谷は随分硬いねえ。ま、忠誠心なら鈴谷も負けてないけど!」

「はっ。貴女のそれが忠誠心だとは、到底思えませんが」

「なっ、ムカちーん! さっきからちょっと口悪くない? それに、忠誠心忠誠心言ってるけど、そっちの鈴谷はケッコンカッコカリすらしてもらってないじゃん!」

「それがどうかしましたか? ご寵愛をいただけなければ、忠誠心を捧げられないとでも? 提督閣下にご寵愛いただけなくとも、例え嫌悪されようとも、私の忠誠心は変わりません」

 

 相手の提督が、お前どんな教育を艦娘に施してんだ? みたいな顔で見てくる。違う、僕は何もしてない。少なくとも故意的には。

 

「ここでこれ以上話しても栓なき事。演習の結果で、全てが分かるでしょう」

「ふん! 鈴谷と艦隊のみんなの力、見せてあげる!」

 

 僕の胃が痛くなる、もう一つの理由はこれだ。

 僕の艦娘達はガラが悪い。誰かれ構わずケンカをうるし、口を開けば罵倒しかない。

 

「提督閣下、勝利をより確実に献上させていただくために、艤装の使用許可をいただきたく思います」

「うーん、それじゃあ12.7cm連装砲だけね」

「愚案を承認してくださって、ありがとうございます」

 

 演習を行う場合、僕は艦娘達に艤装を使わないよう厳命している。理由は単純に、強すぎるから。

 リミッターがかかってるから死なないとはいえ、あまりの恐怖にPTSD──心的外傷後ストレス障害になってしまう事が多いのだ。

 だけどまあ、今回は全員が練度をカンストしてるわけだし、そこまで酷い事にはならない、と思う。鈴谷は艦娘の中でも理性的な方だしね。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 簡易的な司令室に入って、鈴谷を応援する。

 僕が指示を出しても良いんだけど──そうするより、鈴谷の独断で戦った方が圧倒的に強い。僕も戦術をかじっているけど、鈴谷をはじめとする一部の艦娘達の戦術に関する知識は尋常じゃない。とてもじゃあないが、敵う気がしない。

 

 

 

 “ビーーーーッ!”と開戦を告げるブザーが鳴った。

 先ずは向こうの龍驤と瑞鶴、鈴谷が艦載機を発艦させた。こちらの鈴谷は海のど真ん中で突っ立ってる。直ぐに発見され、爆撃された──けどまあ、無傷だ。

 多少擦り傷の様なモノが出来たけど、三秒もしないうちに回復した。

 次に北上から先制魚雷が放たれる。

 そこで初めて鈴谷は動いた。

 自分の足元に向けて、弾丸の入っていない12.7cm連装砲を──つまりは空砲を自分の足元に向けて放った。

 

「──えっ?」

 

 場違いなほどのんきな、北上の驚く声が聞こえた。

 空砲は海に開くはずのない風穴を開けた、深海の砂が見える。その余波で巨大な波を引き起こ起こり、鈴谷を中心に、360度全ての方向に巨大な津波が走って行った。

 北上が放った魚雷は空中で波に呑まれ爆破、ついでに北上と龍驤、瑞鶴をも呑み込んでいった。

 

「とりゃ!」」

 

 向こうの鈴谷が波に向かってを砲撃した。波にポッカリと穴が開き、そこから向こう艦隊の艦娘達が波を通り抜けていく。

 良く統一された、素晴らしい動きだ。

 僕の艦娘達は連携プレイというものを知らないから、少し羨ましくなる。

 陸奥が46cm三連装砲を放った。鈴谷はその場で小刻みにステップを交わし、全弾難なく回避。

 

「とった!」

 

 いつの間にか至近距離に来ていた長門が、九十一式徹甲弾を両手に持って直接叩き込もうとした。

 普通なら、ここで終わりだろう。が──

 

「──脆弱」

 

 鈴谷は力で無理矢理長門を押し返す。

 徹甲弾を手刀で切断し、爆風を拍手の風圧で押し返す。そのままの勢いで長門の横腹を回し蹴り。

 グニャ、グギッ! という音が響いた。

 前者が内臓を潰した音、後者が背骨をへし折った音だ。

 蹴られた長門は水上を水切り石の様に一回、二回、三回──十三回跳ねた。

 

「な、長門? 長門!? う、うそ……でしょ? ぁ、ぁぁぁ──ああああああああ!!!」

 

 陸奥が狂った様に46cm三連装砲を鈴谷に向けて放った。だが狂っていても、狙いは正確だ。全てキチンと鈴谷の方に向かっている。流石の練度だ、日々の鍛錬の賜物だろう。

 再び鈴谷が空砲を放つ。それは陸奥の弾丸に当たり、吞み込み、勢いを落とすことなく陸奥に被弾した。

 ……詳細は省くけど、陸奥はリタイアだ。

 

「さて、貴女が最後ですね」

 

 言うが早いが、鈴谷は一瞬でその場を離れ、向こうの鈴谷の目の前に立った。そして向こうの鈴谷が反応する前に、首を片手で掴み持ち上げる。

 向こうの鈴谷は持ち上げられた状態で反撃──20.3cm(2号)連装砲を超至近距離で放った。それは鈴谷の顔に直撃した。したけど……頬を少し焼いた程度だ。それも直ぐに治る。

 

「貴女方の忠誠心と私の忠誠心、どちらが上かハッキリしましたね」

 

 向こうの鈴谷から返事はない。首を絞める力が強まってるんだ。

 

「そもそも貴女のそれは、忠誠心ではありません。私は提督閣下に死ねと命じられれば、即座に死にます。行きずりの男に抱かれろと命じられれば、即座に抱かれます。焼いた鉄板の上で土下座も出来ますし、爪の間に針だって刺しましょう。それを苦とも思いません。喜んで、私はそうします。貴女にそれが出来ますか? 出来ませんよね。なぜなら貴女のそれは忠誠心ではないからです。貴女のそれは──」

「うおおおぉぉおおお!!!」

 

 雄叫びを上げて、後ろから長門が襲いかかった。鈴谷はそちらを見向けをせずに、顔に裏拳を当てて吹き飛ばす。

 鈴谷の一撃を受けて立ち上がるなんて……あの長門、不死身か?

 

「話が遮られましたが、まあ良いでしょう。続きを──いえ、必要ないですね。それでは──」

 

 “ビーーーーッ!”と終戦を告げるブザーが鳴った。

 向こうの鈴谷が沈んだからではなく、僕が降参を選んだからだ。

 あのままだと、鈴谷が鈴谷を殺しちゃう。いくらリミッターがかかってると言っても、至近距離で首を絞めて殺す、何てことを想定してはいない。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「申し訳ございませんでした。提督閣下の経歴に泥をつけたこと、この命でお詫び出来るとは思いません。故に──」

「いや、いや。大丈夫、大丈夫だから。それに今回は、僕が独断で降参したわけだしね。鈴谷は全く悪くないよ。この件について、これ以上何か言うつもりはない、いいね?」

「……畏まりました」

 

 非力で臆病な僕がときたま艦娘達に強く出る時がある、それは今だ。

 何故なら彼女達は、不手際があると直ぐに深海棲艦を皆殺しにするか、自殺しようとするからだ。彼女達位強いと、自殺も難しい。前にこの世の醜さに絶望した不知火が自殺しようとした時などは、核ミサイルを大淀から仕入れて自分に撃とうとしたくらいだ。

 まあとにかく、深海棲艦を皆殺しにするにせよ、自殺するにせよ途轍もない被害を被る。主に世界が。

 だから僕は彼女達の提督として、置物提督のせめてもの仕事として、自責の念を取っ払ってる。多分八回くらいは世界を救ってると思う。

 

「それじゃあ、帰ろうか」

「はい」

「おい、待て!」

 

 僕らが鎮守府に帰ろうとすると、今日の演習相手をしてくれた提督が呼び止めてきた。

 

「陸奥は退役することになった。鈴谷もだ!」

 

 これだ。

 僕が恐れてたのは、まさにこれ。

 演習で艦娘を失う。普通では決してあり得ないことだ。

 自らの艦娘を失った提督は、時に物凄く自暴自棄になる。僕は一般ぴーぷる、艦娘の攻撃どころか普通の人間の一撃で死ぬ。

 命を狙われるとか、怖くて堪らない。

 

 

 僕達は逃げるように鎮守府に帰った。

 僕は単純にあの提督の視線を受けるのが耐えられなかったからで、鈴谷はあの提督を殺すのを耐えられそうになかったからだ。

 鎮守府に帰る道すがら、僕は鎮守府宛に電報を打った。今回の敗走は僕が原因で、鈴谷に全く非はない。そういった内容だ。

 僕の鎮守府はイかれてる。その中でも、重巡洋艦達は特にイかれてる。こうやってフォローしておかないと、彼女達は平気で仲間を殺す。

 飢えた狼なんかに狙われた日には、鈴谷といえど絶命は免れない。

 ちなみに、重巡洋艦の中での鈴谷の強さは上の下くらいだ。平均よりは強いけど、トップ連中には歯がたたない、といったところかな。怖い。



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03 瑞鶴

 “諸君等は人が争いを止めない愚かな生き物だと言うが、一体いつから争いが愚かな行いになったのか。
 天を、地を、海を、世界を見てみるといい。争いが行われていない場所などないではないか。
 にも関わらず、世界はこんなにも美しい”



              ──不知火


 この鎮守府は頭がおかしい!

 私──瑞鶴は、この鎮守府に来て以来そればかり思ってる。

 だってここの鎮守府の艦娘ときたら、ほとんどの人が楽しんで拷問したりされたり、クスリをキメてるのよ! 普通じゃあないわよね!

 しかも着港した時、提督さん──提督閣下に、翔鶴姉が先に着港していると教えてもらって──ご教授いただいて、ウキウキしながら行ってみたら、翔鶴姉は◯◯◯◯をしていた。

 私がビックリして悲鳴をあげても、翔鶴姉は御構い無しに◯◯◯しまくった。むしろ、一層激しく◯◯◯を◯◯◯◯しだした。更には◯◯をまるで◯◯◯の◯◯みたいに◯◯◯◯しだして──やめた。これ以上は気分が悪くなっちゃう。

 

「瑞鶴、準備は出来たの?」

「う、うん!」

 

 翔鶴姉は◯◯◯◯をしていない時は、この鎮守府の中では比較的マトモだ。というより、空母の人達は結構マトモ……かなあ。もしかしたら私の感覚が狂いだしてるのかも。いや、重巡洋艦とかは、一人残らず狂ってるって分かるし、多分大丈夫。

 これは多分、トップに立つ人の差ね。

 この鎮守府では、一番上に提督さん──提督閣下がいて、その下に旗艦のあの人、その下に船種ごとの筆頭がいる。ぁ、秘書艦は筆頭と同じ扱いね。

 力こそ正義のこの鎮守府でトップに立つということは、その人が最強という証。だから、上の人には誰も逆らわない。中々うまい制度だよね。

 空母のトップは赤城さん。

 あの人は駆逐艦とかのほかの筆頭とは違って真面目だから、あんまり風紀が荒れない……んだと思う。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「ぁ、翔鶴姉! 上納金忘れてる!」

「あら、ホントね。危ないところだったわ。ありがとう、瑞鶴」

 

 今から週に一度の正規空母定例会。

 提督さん──提督閣下はあまり指示を出してくれない──御命令を下さらないから、船種ごとに方針を決めて、日々の業務をこなしてるの。

 その時に、赤城さんに上納金を納めなくちゃならない。一人当たり週に大体二百万くらい。私は今でもちょーっと高いと思ってるんだけど、他の船種はもっと高いみたいだし、我慢することにしたんだ。

 ちなみにこの上納金は、翔鶴姉がお風呂とかお洋服で稼いでるんだって。その二つでどうやって稼いでるのかはよく分からないけど、前にソープとSMがどうのこうのって言ってた。

 

「……入りなさい」

 

 部屋の前に立つと、ノックするよりも前に加賀さんが声をかけてきた。

 気配を読んだのかな、それとも呼吸音か心臓の鼓動音を聴いたのかな……足音はたててないはずなんだけど。私達の隠密スキルもまだまだ。

 部屋に入ると、もう他の空母は集まってた。

 右手最奥に赤城さん、その対面に加賀さん。赤城さんの右隣に飛龍さん、その隣に蒼龍さん。

 翔鶴姉が加賀さんの右隣に座って、私はその隣。

 そして今まで立っていた──ここでは権力()のない者は上位者が座るまで直立していなければならない──大鳳さんが蒼龍さんの隣に座って、続いてグラーフ・ツェッペリンさん、雲龍さんが座る。

 それで最後に私の隣に葛城が座って、空母一同勢揃い。赤城さんの左手側──上座の方には紫色の座布団が置いてあるけど、空席。あそこは提督さん──提督閣下が座る席だから。

 

「それでは、正規空母定例会議を開きます」

 

 司会を務めるのは加賀さん。

 筆頭である赤城さんは、目を瞑って黙ってるだけ。

 提督さん──提督閣下もそうだけど、本当の上位者はあまり言葉を発さない。そうするまでもなく、彼らを慕う者達が済ませてくれるから。

 

「ですがその前に、赤城さんが正規空母筆頭である事に異議のある人はいますか……?」

 

 ピシリと、空気が張り詰めた。

 ツゥーっと汗が首筋をつたり、背筋に氷柱が差し込まれる。

 提督さん──提督閣下の計らいで、週に一度筆頭に挑戦する権利がもらえて──与えていただいてる。提督さん──提督閣下のご慈悲を無駄にする訳にも行かないから、毎回聞いてるんだけど……空気が凍るから正直やめて欲しい。

 重巡洋艦や戦艦は毎回挑戦者が出てるみたいだけど、正規空母からは一度も出たことが無い。

 どうしてかって?

 バカね。赤城さんに戦いを挑むなんて、死にに行くようなものだからよ。

 赤城さんは正規空母次席の加賀さんより、遙かに強い。この鎮守府で──今はいない、旗艦であるあの人を除いた場合──最強候補の一人だ。

 そんな彼女に戦いを挑むなんて、考えただけで生きた心地がしなくなる。

 

「みなさん異存ない様ですね。では──」

「みなさん? 待っていただけますか」

 

 赤城さんが加賀さんの言葉を遮った。

 空気が凍る音が聞こえた。

 

「加賀さんが私に挑むのか、誰も聞いていない様な気がしますが」

 

 底冷えする様な圧力が、部屋の中に充満した。

 横で新人の葛城が吐きそうになってた。何やってんのよ! 今音を立てたら、殺されるわよ! そんな目で見ても、私は庇えないから、死ぬ気で耐えなさい!

 

「わ、私は、赤城さんが筆頭である事に疑問は覚えないわ」

「そうですか。話を止めてしまってごめんなさいね。少し気になったものですから」

「ええ、ええ。……大丈夫よ。大丈夫。気にしてませんから」

 

 圧力がサァーッと引いた。いつの間にか呼吸を止めちゃってたみたい。空気が美味しいわ。葛城なんか過呼吸になっちゃってるし。ホント、赤城さんはおっかない……

 

「ふぅー……。それでは、議題に移らせていただきます。先ず最初に今週の討伐目標ですが、鬼及び姫型が三〇〇、空母型が一〇〇〇、戦艦型型が同じく一〇〇〇、軽空母型が一二〇〇、重巡洋艦型が同じく一二〇〇、軽巡洋艦型が一八〇〇、駆逐艦型が二〇〇〇となっています。質問がある方は?」

 

 誰も手を上げない。前と大して変わってないし、当たり前か。

 これは毎週ごとの、各自の討伐目標。その最低数値。要は、少なくともこれだけは倒して下さいねーってコト。ま、いつもやり過ぎてオーバーしちゃうんだけど。

 提督さん──提督閣下に捧げる贄は多ければ多いほどいいし、深海棲艦のゴミ共を殺すのは良い事だし、問題はないわよね。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「アウトレンジ、決めちゃうわよ!」

 

 “第一スロット”の矢を番えて、深海棲艦の群れに放った。続いて“第二スロット”、“第三スロット”、“第四スロット”と続けて放つ。

 正規空母や軽空母には、大体四つの“スロット”があるの。その“スロット”に搭載できる艦載機の数があって、“スロット”の矢を放つとその分だけ艦載機が飛ぶ──ってちょっと分かりにくいわよね。

 そうねー。例えば、私の“第一スロット”の艦載機搭載数は四四八二。つまり“第一スロット”の矢を一つ放てば、四四八二の艦載機が飛んでいくわ。

 ちなみに“第二スロット”が三一六八、“第三スロット”が一五八四で、“第四スロット”の搭載数だけすこし少なくて七九二よ。つまりは一回の戦闘で、九九九〇機の艦載機を放てるわけ。

 ちなみに赤城さんは、一五五四〇の艦載機を同時に放てるわ。頭可笑しいわよね。

 

「妖精さん、リンクお願い」

 

 妖精さんの力で、私と全ての艦載機との意識がリンクされる。

 九九九〇の艦載機を同時に操作しないといけないから、少し大変なのよね。戦闘機とか爆撃機とか攻撃機とか、艦載機によって役割も違うし。

 とりあえず西方海域と南方海域全てに艦載機を飛ばして、一斉爆撃。

 ──うん、全滅ね!

 やっぱり鎮守府に居ながら海の屑どもを一方的に皆殺しに出来る、アウトレンジ戦法こそが最強よね!

 ホントは中部海域にも艦載機を飛ばしちゃいたいんだけど、今あそこには軽空母筆頭の鳳翔さんがいるから、おわずけ。鳳翔さんの“アレ”に巻き込まれるのは、正直赤城さんと戦うより嫌かも……

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 不覚だわ!

 深海棲艦を嬲り殺しにしてたら、いつの間にか夜が明けて朝、を通り越して昼になっちゃってたの!

 昨日の夜は加賀さんと一緒に寝る予定だったのに……

 ほんっと、深海棲艦の連中ときたらロクなことしないわね!

 しかもこのままだと、お昼ごはんにすら遅れちゃう。

 お昼ごはんの時、たまーに提督さん──提督閣下が食堂に来る──いらっしゃる事があるのよ。その時全員が揃ってなかったら不敬だから、私達はお昼ごはんを食べる時間を統一してるの。無法者の重巡連中も、この時間だけはキッチリ守るって言ったら、どれだけ重要なことか分かるかしら?

 ちなみに守れなかったら、二週間懲罰房よ。正直、提督さん──提督閣下に不敬を働いた罰としては、軽すぎる刑だと思うけど……それ以上だと業務に支障を来すから、しょうがないのよね。

 

「きゃぁ! ちょっと、気をつけなさいよ!」

 

 目の前を、何かが物凄い勢いで駆け抜けていった。

 まったく、きっとまた駆逐艦の悪ガキどもね!

 後ろ姿を見れば、案の定夕立だったわ。注意しようと声をかけようとした、その瞬間──“カチリ”。

 何かを踏み抜いたような音。次の瞬間大爆発。まあ、地雷ね。

 

「ゲホッ、ゲホ!」

 

 地雷を受けて咳き込む夕立。

 危なかったわ。もし夕立が先に行ってくれてなかったら、私が地雷を踏み抜いてお洋服が汚れちゃうところだったじゃない。

 

「に、偽の情報を掴まされた……!? し、時雨ェ!」

 

 あー、今日の秘書艦は夕立なのね。それで時雨がその座を奪う為に、夕立を大破させようとした、と。

 不味いわね。だったらこの程度(地雷)じゃ済まない。駆逐艦の装甲は薄いとはいえ、地雷程度では青あざ程度だ。

 壁と床と天井からロケットランチャー、ガトリングガン、ライフル──様々な武器が出てきた。時雨が明石に頼んでつけてもらったのね。

 一斉掃射。

 火薬に混じるこの臭いは……毒ね。最近明石が発明した、5mgくらいで日本が鬼畜米国が滅ぶやつ。毒で私達を殺すことは出来ないけど、再生を遅らせる事くらいは出来る。

 上から天井を突き破って、ミサイルが降ってきた。夕立に見事命中して、キノコ雲が上がった。

 あのミサイルは、不知火が神の存在しない事を証明しようとしてゲシュタルト崩壊を起こして自殺しようとした時に輸入したやつかな。在庫がはけて良かったわね、大淀。

 

「あっ」

 

 ソニックブームで私のツインテールの片方が切れちゃった! 直ぐに生えて来るけど、頑張ってお手入れしてる髪が切れちゃうのは、やっぱり面白くない。

 また何処からかミサイルが飛んできた。これ以上はお洋服が汚れちゃうし、何よりもう片方のツインテールが切れちゃうのは嫌だ。

 私はほんの少し急ぎ足で、食堂に向かった。

 昨日の夜セ◯クス出来なかったし、食堂で加賀さんに抱いてもらおっと! いや、たまには私が抱くのもありかな……

 でも同じ鎮守府に住む者同士で殺し合うなんて、ホント何考えてんのかしら。やっぱりこの鎮守府の艦娘達は、頭がおかしいわね。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 私の機嫌は、ここ最近で一番悪かった。

 昨日食堂で加賀さんのア◯ルを犯して、その後提督さん──提督閣下の話を聞いた──お言葉を頂戴した時までは最高の気分だった。

 その後お返しとばかりに加賀さんに「瑞鶴バリアー」されたのも許す。

 でも次の日、翔鶴姉が訳の分からないレースに参加してた事は許せない! しかもその日の秘書艦だった鈴谷が、演習で負けたっていうのも、正直気にくわないわ!

 提督さん──提督閣下は非は自分にあるって言ってるけど、この世で最もお優しい方だ。鈴谷を庇うためにそう言ってるに違いない。だって提督さん──提督閣下は頂点に立つお方、負けるはずがない。鈴谷の落ち度に決まってる。

 鎮守府のみんなもそう考えてるみたいで、昨日の夜から殺気立ってた。まあ、自業自得よね。

 

「おっ、瑞鶴じゃん! チィーッス!」

 

 ──はっ? 殺すぞ?

 おっとと。危ない、危ない。廊下で心構えなしにバッタリあったものだから、うっかり鈴谷を殺すところだった。

 こんな奴でも提督さん──提督閣下の所有物。傷つけるわけにはいかない。ほんっと、お互い殺しあってる奴らはその辺りのことどう思ってんのかしら? 分かっててやってるんだったら、頭可笑しいわね。

 私は鈴谷の首に手をかけそうになるのをグッと堪えて、一緒に朝ごはんを取りに食堂に向かった。

 今日は私が秘書艦の日だ。ホントはもっと朝早くから提督さん──提督閣下のトコロに行きたいけど、提督さん──提督閣下は朝に弱いから。

 私はたっぷり朝食を摂った後、提督さん──提督閣下の部屋の前に来た。

 提督さん──提督閣下って、もう面倒くさい! 赤城さんの方針で、空母は提督さんの事を提督閣下と呼ぶ様統一されてるけど、私はそんな必要まったくないと思う。

 提督さんはお優しい方。呼び方一つ、話し方一つで怒るような事は絶対にない。

 鈴谷なんかは提督さんの前だと喋り方とか態度を普段のギャルっぽい感じからガラッと変えるけど、敬意はそんなところじゃなくて、普段の行動に出ると思う。

 はぁ……やっぱりこの鎮守府にいる人達は、頭が変だ。

 唯一話が分かる提督さんと、この鎮守府にいる艦娘達の頭の可笑しさについて語ろっと。

 私はウキウキして、ノックもせずに執務室に入った。

 そしたら敵襲と勘違いした闇に潜む者達──潜水艦にボコボコにされた! ホンット、この鎮守府は頭がオカシイ!



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04 榛名

 “かの文豪は将来に対する唯ぼんやりとした不安によって自殺したが、私は過去から迫り来る明確な絶望に殺されそうだ”



              ──不知火


『アメリカ、新ソ連及び中国の連合艦隊が敗走。各国首脳が再び処刑される。

 等々人口が十年前と比較して五分の一にまで下落。世界滅亡秒読み段階の声高まる。

 EUの食糧供給を支えていた世界最高の補給艦、豪華客船タイタニックが轟沈。第四次日英同盟破棄か……?』

 

 業務を終えて、今は執務室で新聞を読んでいる。

 僕はほとんど鎮守府の外には出ないから、テレビや新聞くらいでしか外の情報を得られない。

 そういえば、外で働いている艦娘は元気だろうか……?

 この鎮守府にいる艦娘の何隻かは、鎮守府の外で働いている。国の宝である艦娘は──海外からの誘拐などを警戒して──本当は鎮守府の外に出してはいけないけど、彼女達を誘拐できるやつなんていないし、鎮守府の本分である海の防衛は十分過ぎる程に出来てるから、特別に許可している。

 外に行く理由は様々だ。

 例えば大淀は仕入れの為にしょっちゅう鎮守府の外に出る必要があるし、翔鶴や扶桑はソープとかで働いてるから街に出なくちゃいけない。

 他にも香取や鹿島なんかは、練習用巡洋艦としての仕事がこの鎮守府ではもう出来ないから、他の鎮守府に“教育”をしに行ってるらしい。

 今だと旗艦のあの子もか……

 その中でも霧島は、特に外で働いてる時間が多い艦娘だ。今日の様に秘書艦を務める日が間近に迫った時以外は、ほとんど帰ってこない。

 

 

 僕の鎮守府は、基本的にはロの字の形をしている。

 今は更地になってる昔住宅街だったところも、一応僕の鎮守府の敷地内扱いになっている。そこでは明石がポコじゃかポコじゃかと何かしらの建物を建ててるけど、その全てを把握する事は最早不可能だ。だからここでは、その辺を省いた鎮守府内の建物についてのみ話す。

 ともかくメインの建物はロの字になっていて、その真ん中部分に僕の執務室──というか執務タワー?──が立っている。

 昔は普通の木造だった鎮守府内の建物も、今は明石が改造したせいでバカでかいしクソ頑丈だ。だけど僕がいる執務タワーはもっとデカイくて頑丈、核をも通さない。日本が滅亡しても、ここだけは残るらしい。

 ちなみに執務タワーがアホみたいに高い理由は、何でも、僕は高みから全てを見降ろすべきだからだそうだ。

 執務タワーの最上階、望遠鏡を使って執務室から北の方を見降ろせば、この鎮守府の入り口が見える。

 指紋認証、網膜認証、音声認証、合言葉、DNA認証、僕が知ってるのはこれくらいだけど、本当はもっと色んな検問をパスしないと、あの門は開かないらしい。

 

 

 その明らかに過剰な防御装置が取り付けられている門の前に、一台の黒塗りのリムジンが停まっている。

 スキンヘッドの黒服が恭しくドアを開けた。出てきたのは──霧島だ。

 金剛型の巫女服の上から、膝くらいまである豪華なファー付きのトラ柄ジャケットを袖を通さず羽織っている。怖い。

 秘書艦に備えて、毎回二日前には帰ってくる。一日休んで、次の日は精神統一をして、その後秘書艦に臨むんだって。

 霧島は日本最大の極道、金剛石会の副会長を務めてる。ちなみに会長は僕だ。いつの間にか就任してた。怖い。

 金剛石会の目的は、全国民が僕の名前を聞いた瞬間に恐怖に震え、敬い、畏れ、命乞いをする様にすること、らしい。怖い。

 そんなことして欲しくないし、頼んだ覚えもないけど、嬉しそうに途中経過を報告してくる霧島を見ると、何も言えなくなる。

 

 

 霧島はドアの前で何やらゴチャゴチャした後、怒った様子で門を殴ってぶっ壊した。明石曰く、ジャンボジェットが突っ込んできたとしても止められるらしいんだけどな……

 

「もう、霧島ったら。門を壊すなんて……後で叱っておきますね」

「いや、いや。その必要はないよ。門なんて五分もあれば明石が直してくれるだろうし、霧島も外での仕事でストレスが溜まってたんだろうしね」

「まあ、提督閣下は慈悲深いのですね。榛名、感激いたしました……!」

 

 胸の前で手をぎゅっとしながら、感動の涙を流してる……

 さながら敬虔な聖職者が、実際に神の奇跡でも目の当たりにしたみたいなリアクションだ。

 本当に、どうしてそんなに感動出来るんだろうか。

 

 

 真っ白に脱色された髪に、ルビーの様に妖しく紅く光る瞳、そして病的なまでに青白い肌。本来の物より更に露出度の高くなった真っ黒な巫女服に、これまた真っ黒でボロボロのロングコートを着ている。

 彼女こそ今日の秘書艦──榛名だ。今は呆れた顔で、妹の霧島の所業を見つめていた。

 榛名はこの鎮守府で、いや世界で唯一、一度轟沈した後戻ってきた船だ。まだこの鎮守府の艦娘達が普通だった頃、仲間を守り、轟沈した。

 その二日後、深海棲艦の姿になって帰ってきた。

 今でこそ慣れたけど、当時は本当に驚いた。その時はこの鎮守府で起きる非常識な事といえば、比叡が作る料理が不味すぎることくらいだったから……

 僕たちは良く話し合った結果、榛名をこの鎮守府で匿うことにした。

 この事を発表すれば深海棲艦と艦娘が何故似ているのか分かったかもしれないし、深海棲艦の魔の手から世界を救うキッカケになったかもしれなかったが、当時の僕たちは仲間想いだった。満場一致で榛名を隠すという結論に至ったんだ。

 今だったら匿うどころか、見た目が深海棲艦というだけで誰かがぶっ殺してるな。

 

「ですが提督閣下、差し出がましい様ですが、榛名はメリハリというのは大事だと思うんです。やはりここは何かしらの罰を与えないと、他のみんなに対しても収まりがつかないと思います!」

「そうかな?」

「そうです!」

 

 うーん、僕よりずっと頭が良い榛名が言うなら、そうなのかもしれない。

 ここの艦娘達は強すぎるから、罰の具合というのが中々難しい。ほっぺたを叩いても僕の手が折れるだけだし、食事を抜くのはちょっと可哀想だし、うーん……

 

「提督閣下、霧島に罰を与える事に、御心を痛めておいでなのですか?」

「うん? まあ、そう言ったらそうかもね」

「でしたら、榛名からご提案があります!」

「へえ、どんな?」

「榛名を罰して下さい!」

「……うん?」

「霧島を罰するならここから降りなければなりません! それは提督閣下の御御足(おみあし)を汚してしまいます!」

「うんうん」

「ですので、ここは姉である榛名が責任を取ったほうが良いかと愚考します!」

「なるほど。罰は何がいいかな? ちょっと思いつかなくてね」

 

 さっきも言ったけど、僕はあまり罰というものに詳しくない。ここは榛名自身に決めてもらった方が良いだろう。

 ここの艦娘の子達であれば、自分の罰だからと言って手を抜くような事はしないはずだ。

 

「はい! 提督閣下はお優しい方ですから、仕方がないと思います! ここは榛名にお任せ下さい! それではご提案させていただきますね。提督閣下が榛名をレ◯プするのはいかがでしょうか? 嫌がる榛名を無理矢理押し倒して、提督閣下が気持ちよくなるだけの為に、欲望の限りを尽くされるのが良いと思います! 女の子として大事にしてきたものや、人権を全て無視されて──ああ、榛名は──ふへへ……。

 あっ、鎖と首輪、どちらをつけますか? それとも提督閣下は、ご自分で首を絞めた方がお好みでしょうか? やっぱり榛名としては、首絞めは大事だと思います! 生与奪の権利を握られている感じがすると言いますか、征服されている感が出るといいますか……。うーん、少し言葉にするのは難しいですね。やはり三つとも全てお試しになられて、提督閣下ご自身で判断されるのが良いと思います!

 そうそう、それから服装はどういった趣向のものにしたしましょうか? 勿論提督閣下がこの場で直ぐにと仰るのであれば、榛名は構いませんが……。やはり、それに相応しい服装があると思います! 例えば、そうですね……ここは敢えて和服などはどうでしょう?! お淑やかにしている所を、暴力でめちゃくちゃにするというのが、榛名は良いと思います。ええ、思いますとも!

 それから榛名は、避妊具なしで大丈夫です!」

 

 めっちゃ早口でしゃべるなぁ……

 榛名は轟沈する前は、少し内気な所があったけど、気の利く良い子だった。ただ轟沈して深海棲艦化してからは、その、何というか……欲望に素直だ。

 基本的に忠誠心だけを捧げてくれる艦娘達だけど、榛名だけはストレートに愛情を表現してくれる。まあ単刀直入に言うと、セックスアピールだ。今も目にハートを浮かべて、キラキラしている。

 ちなみにこの後、僕が各員に前もって言っておかないと、榛名は金剛あたりにボコボコにされる。理由は、自分の利益で僕に進言したから。前に一度そうなったから、間違いない。

 

 

 うーむ、どう答えたものか……

 例えばここで僕がキッパリと断ったとする。すると次に榛名が取る行動は、僕に拒否された絶望感と、僕が魅力的だと思わない提案をしてしまった罪悪感からの、腕を丸ごと切り落とすレベルのリストカットだ。前に一度そうなったから、間違いない。

 例えばここで僕が受け入れたとする。すると次に榛名が取る行動は、僕に受け入れられた幸福感と、僕に魅力的な提案をすることが事から生じる達成感からの、自分が死ぬか周りにあるものを全て壊すまで止まらないレベルの暴走だ。前に一度そうなったから、間違いない。

 ここでの選択肢によっては、僕か榛名が死ぬ。

 僕がどう答えたものかと悩んでいると、コンコンコンコンと部屋がノックされた。

 

「霧島です。帰還のご挨拶に伺いました」

「ああ。入っていいよ」

「失礼いたします」

 

 ドアを開けて霧島が入ってきた。

 榛名はそれを見て、少しムッとしてる。

 

「霧島、夜分遅くに提督閣下を訪ねるなんて、少し失礼じゃないかしら?」

「はい。普段であれば翌日参りましたが……潜水艦の皆様からの連絡で、司令がお呼びとの事でしたので。榛名姉様は秘書艦なのに、司令からご指示を聞いていないんですね」

「……今思い出しました」

「へえ……」

「何か?」

「いいえ、何も」

 

 ──!?

 勿論、僕はそんな指示は出していない。

 流石は潜水艦のみんなだ。僕の心情を察して、それとなく霧島を呼んでくれたのだろう。

 潜水艦達は普段は見えないけど、最低四隻は必ず僕の半径2メートル以内にはいるらしい。何でも彼女達は“空気”とか“影”にも潜水出来るんだとか。怖い。

 

 

 今回の榛名の提案は、霧島への罰を代わりに受ける、という前提のものだ。霧島がここにいるのであれば、もう榛名が罰を受ける必要は無くなる。

 

「金剛型四番艦霧島、御身に前に参上いたしました!」

「霧島、夜遅くにも関わらず、来てくれてありがとうね」

「労いのお言葉、ありがとうございます!」

 

 四人姉妹の末っ子のせいか、霧島は他の艦娘と比べると、幾分か素直だ。

 他の艦娘──例えば鈴谷とかだったら「我々は提督閣下の所有物、であれば御身の為に参上するのは当然かと……」みたいなこと言って素直に感謝を受け取ってくれないけど、霧島はちゃんと受け取ってくれる。

 これで極道じゃなくて、ついでに訳のわからない野望を持っていなかったら、本当にいい子だ。惜しい。

 

「ところで霧島、君は鎮守府の正門を壊したね……?」

「うっ、それは……ハイ、私が壊しました。流石は司令、森羅万象三千世界全てをお見通しなのですね」

「えっ? いや、普通に見てただけだけど……ま、まあとにかく、残念ながら、僕は君に罰を与えなくっちゃあいけない」

「うぅ……はい。分かりました」

「それじゃあ、霧島には……、霧島には……」

 

 ……何をしてもらおう?

 ヤベエ、何も考えてなかった。

 

「……榛名、君から霧島に罰を与えてくれ」

「はい、畏まりました! 霧島、草むしりでもしておきなさい。貴女にはそれが精一杯でしょうから」

「……了解しました。司令、火炎放射器は使っても良いですか?」

「命令を下したのは榛名ですが」

「ええ、そうですね。──提督、火炎放射器使用の許可を頂けますか?」

「うん? ああ──別にいいよ。ただし、ナパームとかは禁止だ。守れるね?」

「はい! この霧島にお任せ下さい! 必ずや、司令の計算以上の成果をご覧にいれましょう!」

 

 草むしりの結果って、全部むしれたか、むしれなかったかの二つしかないと思うけど……

 ちなみにナパームは、自分の中の溢れ出る情熱を文字で他人に伝えられないことに絶望した不知火が絶望して輸入した物だ。

 

「ところで司令、今の戦艦筆頭は誰でしょうか? ご挨拶に伺おうと思うのですが」

「ええっと、誰だったか……」

 

 戦艦の筆頭は、割とコロコロ代わる。

 その理由は、簡単に言えば相性だ。

 例えば陸奥は陸奥流柔術という柔術を納めていて、物理的に触れるものなら何でも跳ね返せる。だから単純に力で押してくる長門や武蔵なんかと相性が良い。

 だけど艦載機と砲撃の遠距離攻撃を仕掛けてくる扶桑や伊勢なんかの航空戦艦、他にも圧倒的な火力による飽和攻撃をしてくる大和には弱い。

 逆に扶桑や伊勢、大和は一点突破を仕掛けてくる長門や武蔵に弱い。

 こんな感じで戦艦組は、良い感じに三つ巴になっている。

 

「今は……そう、大和だ」

「大和さんですか……」

 

 大和型一番艦、大和。

 通算で言ったら、多分一番戦艦筆頭に就任してる回数が多い。この鎮守府で最もお金持ちである彼女は、その圧倒的な財力と火力にモノを言わせて、全てを灰に帰す。

 

 

 性格は……そうだな、一言でいえば計算高い。

 普段はお淑やか然としてるけど、妹の武蔵といえど不利益とみれば切り捨てるし、肝心なところで致命的な嘘をつく。

 彼女の財産だって、正攻法の商売で増やした隼鷹と違い、金融と詐欺、それから“ラムネ”の販売で増やしたものだ。

 頭脳、戦力、残虐性、冷酷さ、財力、総合点ならこの鎮守府で一、二を争うかもしれない。争ってほしくないけど。

 いつもなら、もう遅いから挨拶に行くのは次の日にでいいよ、とか言うんだけど、大和が相手の場合はそうもいかない。

 僕が今回の件は不問にするよう言っても、その明晰な頭脳を持って僕の言葉の穴を探し、絶対に霧島に何かしらの罰を与える。

 大和はそうやって僕と彼女以外の全ての生物を排除しようとしている。そうする事でこの世がもっと素晴らしくなると、本気で思っている。怖い。

 

「まあ、それじゃあ、今日はもうお休み。明後日の秘書艦よろしくね。榛名も、もう今日は下がっていいよ」

「「畏まりました」」

 

 元々仕事がない僕。

 秘書艦の榛名が優秀なこともあって、とっくに今日の仕事は終わっていた。ただ下手なタイミングで業務終了すると、榛名が暴れるから……

 榛名が秘書艦の時は、毎回業務終了のタイミングに悩まされるけど、今回は上手くいった。榛名は霧島と二人仲良く部屋を出て行った。仲良くね。うん、まあ……仲良くね。

 これで今日の仕事は終わり。となれば……

 良し、良し!

 ふっふー!

 ふはははははは!!!

 今の僕のテンションは高い!

 何故なら明日の秘書艦は、比叡だからだ!

 ハッキリ言って僕は比叡が好きだ、大好きだ! 愛していると言ってもいい!!

 この鎮守府にはマトモな艦娘が二人いる。それは比叡と陸奥だ。

 尤も陸奥の場合、僕がそれを望んでるからそうしているフシがあるけど……

 まあとにかく、普通に会話できるし、直ぐ殺し合いもしないし、セ◯クスやクスリもしていない。もちろん、アブノーマルプレイもだ。そういう意味では、二人の存在はとても貴重だ!

 特に比叡の場合は、食材にさえ手を触れさせなければ、本当に他の鎮守府と何ら変わらない。比叡と二人で常識を確かめ合う時間がなかったら、僕は今ここに立ってはいないだろう。

 ──ただ、一度冗談で目玉焼きを作らせた時は、冗談抜きで鎮守府が崩壊しかけたけど……

 暴れだした目玉焼きに、たまたま居合わせた金剛と加賀、その日の秘書艦だった摩耶が負けた時は、本当にもうダメだと思った。

 急遽駆けつけた鳳翔さんと赤城の二隻が何とか討伐してくれたけど、あの二人が大破したところを見たのはあれが初めてだった。本当に、際どい戦いだった……







【どうでもよすぎる補足説明】
・鎮守府の大きさ
全部を合わせたら東京の二分の一程度。
メインの建物は東京ドーム三〇個分くらい。
逆に言うと東京の二分の一の面マイナス東京ドーム三〇個分の住宅街を更地にしたということ。怖い。


・前に榛名が暴走した時
前回は自分の腕が壊れるのも御構い無しに執務室の壁を殴り続け、奇声を発しながら提督に襲い掛かったが、潜水艦達により防がれた。
その後当時戦艦筆頭であった長門、及び陸奥が騒ぎを聞き付け、助けに入り、鎮圧。
罰として榛名はコンクリート(明石製)を抱いた状態で一週間海に沈められた。


・比叡の料理
目玉焼きの他にも、提督の知らない所でいなり寿司を作ってしまった事がある。
覚醒したいなり寿司は空間と時空を歪め、次元の扉を開き、あらゆる平行世界を結合させようとしたが、その時偶然居合わせた“死神”雪風によって阻止された。
榛名が深海棲艦になっても復活出来たのは、比叡のカレーが関係しているとかしていないとか。


・霧島のメガネ
視力が上がる。
ビームが出る。


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05 大井

 “例えば明日世界が滅ぶとして、それなら私は明日の分の忠義を今日尽くそう”


              ──不知火


 力こそ正義、混沌こそ秩序の重巡洋艦。

 それぞれが凌ぎを削る戦乱の世の戦艦。

 赤城を絶対のトップとして厳しい規律が敷かれている空母。

 鳳翔さんと僕を神と崇める宗教団体の様な何かの軽空母。

 無邪気に虐殺を繰り返す駆逐艦。

 彼女達はみんなバラバラのルール──生態系と言っても良いかもしれない──を持っている。そんな中で共通している事と言えば、“個”を尊重していることくらいだ。ああ──後、僕を慕ってくれていることもあるか……

 まあそれは置いておいて、とにかく彼女達は群れない。その強さ故群れる必要もないし、そもそも個性が強すぎるから、集団行動が苦手なのだろう。

 ただ何事にも例外と言うのはあるモノで。

 この鎮守府において軽巡洋艦と潜水艦だけが、艦隊を組み、“個”ではなく“群”で行動する。

 僕から見た彼女達──潜水艦達は目に見えないけど──のイメージは、“仕事人”だ。

 集団でいることで、より多くの仕事を確実にこなせる様にしている。数で劣る駆逐艦や、単純に“個”としての強さに劣る重巡洋艦や戦艦達相手に軽巡洋艦達が戦えるのは、そういった理由だろう。

 

 

 集団を形成していると当然、そこには派閥が生まれる。

 例えば川内型を中心に構成されている“鬼の二水戦”。

 龍田の頭脳と天龍の武力の二本柱“双黒龍”。

 殺伐とした殺し屋集団“長良組”。

 新進気鋭の新派閥“阿賀野艦隊”

 仕入れ屋という立場から例外とされてる大淀を除いて、全ての軽巡洋艦達は何らかの派閥に属している。

 そして彼女達は情報戦や白兵戦、諜報、時に裏切りを駆使し、日夜“二番手争い”を繰り広げている。

 何故二番手争いか……?

 理由は単純だ。

 一番手の派閥が強すぎるからだ。

 たった五人で軽巡洋艦のトップに君臨する彼女達こそ、軽巡洋艦をこの鎮守府最強の艦種にまで引き上げた張本人達に他ならない。

 派閥の名は“球磨型”。

 シンプル・イズ・ベストと言ったところか。

 ともかく、彼女達は最強だ。その彼女達を、僕は今日呼び出していた。

 コンコンコンコン、と執務室のドアがノックされた。今日の秘書艦──大井が“球磨型”を引き連れて来たのだろう。

 どうやって僕が執務室に入った時間を知っているのかはわからないけど、秘書艦達は通常、僕が執務室に入ってきっかり五分後に執務室に来る。

 

「入って良いよ」

『失礼いたします』

 

 五人同時に返事をしたが、それがあまりに揃いすぎてるため、一人が返事をした様に聞こえる。それだけでもう、彼女達のコンビネーションの良さが分かると言うものだ。

 

『おはようございます、ボス』

「おはよう、みんな。今日はよく来てくれたね」

「我々“球磨型”一同、ボスのお呼びとあれば何時でも馳せ参じますクマ」

 

 球磨の声に呼応する様に、“球磨型”全員がバッと一斉に膝をついて頭を下げた。

 ちなみに“球磨型”達は黒いピチッとしたレディース・スーツに黒いシャツ、ワイン色のネクタイに薔薇の形をした銀のネクタイピン、黒いサングラスをかけている。

 何というか正直、大分かっこいい。

 特に多摩とか、他の鎮守府だと愛され系キャラなのに、白紫の髪と赤い眼がスーツに合っていて物凄くカッコいい。

 後、他ではユルい系キャラで通ってる北上も、そのユルさが強者故の洗礼されたユルさに見える。脱力の境地、とでも言えばいいのか……

 元々カッコいい系で売ってる末妹の木曾も、当然と言うべきか、よりカッコよくなっている。その金の装飾が施されてる黒い外套、僕の提督に支給されるまっ白外套と取り換えてくれよ。

 球磨はなんかもう、普通にカッコいい。格好をちゃんとして、あまりはしゃがない球磨がこんなにカッコいいとは、他の鎮守府の提督は思いもしないだろう。

 そして何より、大井だ。他の鎮守府では北上さん狂いとして有名な大井だが、既に北上と付き合っているお陰で性欲が満たされているのか、加賀さんばりのクールビューティだ。うん、とてもカッコいい。

 どの艦娘達も僕の自慢の艦娘だけど、ちょっとだけ他の人には見せたくない。そこに来て“球磨型”は、何処に出しても恥ずかしくない艦娘達だ。実際大本営とかに行かなきゃ行けない時は、彼女達を護衛につけるしね。

 

「既に聴いてると思うけど、今日の任務の難易度は非常に高い。あの子がいない今、恐らく地球上で君達以外には出来ない──いや、君達であっても難しいだろう。しかし──それでも──君達を頼るしかない。出来ないと答えられると、実はとても困るんだけど、敢えて聞くよ。出来るかい……?」

「ボス。未熟ながら、我々はボスの手足としてお仕えしておりますクマ。ボスがヤレと命じられたのなら、我々には二つしかないクマ。ヤレたか、ヤレなかったか。ヤラなかった、は存在しないクマ」

 

 球磨が膝をついた状態で、頭だけを上げて言った。他のみんなも顔は上げていないものの、その伏した姿からヒシヒシとやる気が伝わってくる。

 

「ああ、ありがとう。君達の忠誠心を、心から嬉しく思うよ。それじゃあ、お願いしようか。──牢獄から逃げ出した“死神”雪風の捕獲を」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 死神。死の神。死を司る神。

 何事にも例外があるが、この鎮守府きっての例外は雪風だ。彼女にはこの鎮守府で唯一、抜錨も外出も、訓練すら許可していない。

 何故ならこの鎮守府の雪風は、“死”そのものだからだ。

 史実では雪風は、彼女だけが生還して他の船が沈んだ事で、彼女に乗っていたクルーからすれば幸運の船、他の船に乗っていたものからすれば死神、とされている。

 しかし、先ほども言った通り、この鎮守府の雪風は“死”そのものだ。

 何故ならこの鎮守府は混沌こそ秩序の鎮守府、仲間などいないからだ。故に彼女は幸運の船としての力を使うことなく、ただ周りにいる者に死を振りまく“死神”としての力だけを使っている。あるいは司っている。

 また雪風の“幸運”は、他の者にとっても“幸運”であるとは限らない。

 彼女にとっての“幸運”は、僕と雪風以外のありとあらゆる生命が死滅すること。そして彼女の“幸運”は、それを叶える。

 

 

 過去に一度、雪風を抜錨させた事がある。

 鎮守府正面海域に潜り込んできた潜水艦を倒す、簡単で安全な任務だった。

 結果は──近隣の国が二つ滅んだ。

 彼女が海を駆ける際に発生した小さな小々波は大波になり、大波には津波になり、津波は嵐になり、嵐は天災になり、天災は破滅になった。

 直ぐに鳳翔さんが抜錨し、彼女の能力で天災を鎮魂させたとは言え、人類は甚大な被害をこうむった。

 つまりは雪風とは、そういう存在だ。

 何気ない行動の全てが“死”を呼ぶ。それを彼女自身も望んでるのだから、止めようがない。

 悩んだ末僕は、雪風を幽閉する事にした。

 仕方の無い、ことだった……

 僕の鎮守府の中で問題を起こすのはいい。天災くらいでは死なないような子達ばかりだからだ。いやまあ、僕は死ぬけど。

 しかしタダでさえ深海棲艦からの攻撃で絶滅寸前の人類に、これ以上被害を与えるわけに行かなかった。

 当時の僕は……僕は、本当におかしくなりそうだった。国が二つ滅んだ。それは経済的な破綻によるものではなく、国民が、住んでいた人が全員居なくなったことによるものだ。例え戦争で負けたって、そこまでにはならない。

 自責の念、というレベルでは済まない。

 この鎮守府で働き始めてからというもの痩せ続けてきた僕だけど、とうとう骨と皮だけの様な存在になってしまった。

 間違いなく、あのままだったら僕は死んでいた。

 それは構わない。提督になった時から、この身を国に捧げる覚悟は出来ていた。しかし僕が死ねば、あの子達はどうなる……? きっと良い結果にはならない。

 だから僕は、この鎮守府に雪風を幽閉した……

 僕が普段居る執務室の一つ下の部屋に、明石と大淀に協力してもらって、世界で一番頑丈な部屋を作ってもらった。僕がいる執務タワーが最も頑丈に出来ていたのは、実は雪風を閉じ込めておくという側面もあったのだ。

 勿論、僕は一日最低でも四時間は雪風と一緒に居るようにしてるし、夕立や時雨と言ったトップランカー達には、一日三十分程度雪風の元に行くよう義務付けている。ルールのないこの鎮守府において、唯一と言っていいルールだ。

 

 

 空のダンボール箱に、重い荷物を上に乗せすぎて潰れてしまった様に、雪風が幽閉されていた部屋がグシャリとひしゃげていた。

 一体どんな力の加え方をすればこうなるのか、検討もつかない。

 ただ確実に言えることは、雪風がこれをやったという事と、雪風が逃げたという事だ。

 今頃は鎮守府を出て、この脆弱な世界に彼女にとっての“幸運”を振りまいていることだろう。

 残念ながら非力な一般人である僕には、“球磨型”のみんなが雪風を無事捕獲出来ることを祈る事しか出来ない。

 ──どうか、無事に帰ってきてくれ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 五台の黒いバイクが隊列を組み、海沿いを走っていた。

 普通のバイクであれば走った方がずっと速いが、これは明石が作った特別製。時速800km程度出る優れものである。

 それでも尚走った方が速いが、これからの事を考えれば、体力は温存しておいた方が良い。

 

「球磨姉さん。今回のミッションの成功率は、実際の所どの位だと考えているの……?」

 

 大井がヘルメットに付いている無線を通して、球磨に質問した。

 絶対なる主人、仕えるべき最高の御方であるボスからの直々の命令だ。そこに無限にも等しい喜びこそ存在すれ、断るという選択肢は塵程も無い。

 ボスの言葉に間違いは無い。もしも──あり得ないことだが──間違いを発したとしても、私達がそれを真にする。故に今回の任務、失敗する訳にはいかない。

 しかし相手は“死”そのもの……

 

「正直なところ、難しいクマね」

 

 難しい。

 もう何年も聞いていなかった言葉だ。

 大井が属している“球磨型”は負けなしの部隊だ。

 今まで受けてきた任務は星の数ほど。しかし達成が困難だった依頼の数は、片手で数えるほどだ。そしてその大半が、まだまだ駆け出しの頃のこと。

 

「恐らく練度の方は、そう変わらないクマ。となると重要なのは、相性クマ。ボスがクマ達をお選びになった以上、相性は悪く無いと思うクマが……」

 

 ボスはこの世の誰よりも、姉妹や自分自身よりも私達の事を理解しておられる御方だ。

 あの御方がお選びになったということは、間違いなく私達が鎮守府内に於いて、最も“死神”に勝てる可能性があるのだろう。そう大井は考える。

 しかし──

 

『あの子がいない今、恐らく地球上で君達以外には出来ない──いや、君達であっても難しいだろう』

 

 そうしかし、同時に難しいとも仰られているのだ。

 その上この中で一番の強者である姉が、難しいと評している。

 

 

 ──ゾワリと、大井の背筋を甘い官能が撫でた。

 

 

 この世で最も偉大な存在であるボスと、最も頼れる存在である姉が難しいと評した依頼を、ボスが自分にお任せになられた。

 これ程の喜びがあるだろうか……?

 北上さんの処女膜を貫いた時も、これ程の喜びはなかった。

 クヒヒ、と下品な笑いが漏れる。元々癖のある髪先が更に逆立ち、口元はトロけたチーズのように裂けた。しかし眼だけは、異様なまでにギラついている。

 横を見れば──今の大井は絶対に周りを気にかけるような事はしないだろうが──他の姉妹も似た様な有様だ。球磨と多摩だけが普段通りを装っている。しかしその胸中までは誤魔化しきれない。

 

「……にゃあ」

 

 この中で最も五感が優れる多摩が、雪風の気配を察知したと伝えた。流石は“球磨型”と言った所か、即座に意識を切り替える。

 

「距離は分かるかクマ?」

「にゃあ」

「……ふむ。総員、バイクを降りるクマ。ここからは歩いていくクマ」

 

 異論はない。

 五隻は道路の真ん中にバイクを停めた。

 

「北上、ここはどこクマ?」

「ちょっと待ってねー。ええっと……神奈川の横浜だね。人間種はもうここいらにはいないっぽいよー」

 

 北上がタブレット端末で位置情報と、周辺マップ、その他諸々を調べる。

 横浜市──もっと言えば神奈川県は既に滅亡しており、人は住んではいない。幸か不幸か、今回に限って言えば、むしろ人がいない事はありがたい。ここは汚染が進んでいるため、野生化した動物もいない。

 尤もボスからの命令があった以上、仮に人が居たとしても彼女達は“ヤる”のだが。

 建物から建物へ。

 廃墟と化した摩天楼の上を走る。

 

「球磨姉、作戦は?」

「大井と北上、木曾が雷撃で叩いて、球磨と多摩が白兵。後は流れでクマ」

「つまり、いつも通りってことか」

 

 重要な作戦なのに、そんな適当で良いのだろうか。

 今の会話を聞いた者は、そう思うだろう。

 しかしそれは間違いだ。

 彼女達ほどの練度になると、明確な作戦を立てる事はかえって枷になりかねない。狙いがある事で動きが単調になりやすいからだ。それは確かに僅かな違いだが、僅かな違いが決定的な差を生み出す。

 戦場は常に変化するもの。であれば自身も流動的でなければならない。故に球磨は「流れで」と言ったのだ。

 

「──にゃあ」

 

 多摩が呟いた。

 “死神”の位置を特定したのだろう。

 詳しい位置は分からないが、実は先ほどから大井も、背後に何かが立っているような、あるいは全方位から武器を向けられているような、何とも言えない悪寒を感じていた。

 球磨が片手を上げ、指をチョイと動かした。次の瞬間、球磨と多摩以外の者達の姿が見えなくなる。

 散開し、何処かに身を潜めたのだ。何処に身を潜めているのかは、球磨も知らない。標的が妙高の様に心理系の能力を持っていた場合、仕草や目線から位置を特定される恐れがあるからだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 レンガ床の何処かの広場の真ん中に、“死神”雪風はいた。

 ボーッとした様子で、空を見上げている。

 幸いにして、まだ“死”を振りまいてはいない様だ。

 サングラスを胸ポケットに入れながら、球磨がゆっくりと“死の神”に近づいていった。その距離──僅か10m前後。普通の人間であれば、狂気に呑み込まれ、発狂してしまう距離だ。

 

「お前が雪風で間違いないかクマ?」

『──是』

「……一応聞いておくが、大人しく投降する気はあるかクマ?」

『──否』

 

 その声はまるで、脳の中に直接語りかけられているかの様に、頭の内側に鼓膜を通さず響いた。

 大井がいる位置は、球磨と雪風がいる所から300mほど離れたところにある廃ビルの五階だ。そこにあった廃棄されたソファーに脚を組んで座っている。

 “パチンッ!”と大井が指を鳴らした。

 ──グニャリと、大井の背後の空間が歪んでいく。何もない空間から、無数の魚雷が頭を出した。

 熟練の指揮者がタクトを振るうかのように、実に滑らかな動作で大井が右手を雪風に向かって振った。

 それを合図に、空間に装填された魚雷が発射される。目の前のガラス戸をぶち壊し、雪風へと向かっていく。

 その数は──少なくとも3桁以上だ。

 そしてそれは、今も尚増え続けている。放たれていく端から、新たに空間に装填され、射出されていくのだ。

 大井がいるほぼ対面のビルから、同じく無数の魚雷が放たれた。恐らく、北上の雷撃だろう。

 

 

 ──ガンッ! と革靴がコンクリートを蹴った音が響いた。無数の魚雷の隙間を縫って、二つの影が中心へと向かっていく。球磨と多摩の二隻だ。

 魚雷の群れが雪風に着弾する前に、球磨が雪風に襲いかかった。

 球磨の本気は、時速800km──を遥かに超える。球磨はその速度のまま、雪風の真正面から拳を振るい──姿を消した。

 超高速でのターン・アンド・ステップ。

 雪風の目にはあたかも、球磨が瞬間移動したかの様に移っただろう。

 背後に回った球磨が今度こそ、拳を雪風に向かって叩きつける。

 流石と言うべきか、雪風はすんでの所で振り返り、ギリギリのタイミングでカウンターを合わせてくる。

 しかし──

 

(身体能力に任せた出鱈目なカウンター……警戒には値しないクマ)

 

 この鎮守府にありがちな、身体能力でのゴリ押し。技を磨いているのは、軽巡洋艦以外では、赤城と陸奥くらいのものだ。

 ──入る。

 これまでの戦いの歴史から、球磨はそう確信する。そしてこの一撃が入れば、雪風は一瞬意識を失い、そこに大井と北上の雷撃が叩き込まれる。そうなれば詰みだ。

 

 

 そして攻撃の刹那──100京分の1秒という極限の中、球磨の本能が静かに“死”を告げた。

 

 

 ギュルン! とその場で体を捻る。勢いのついた拳は止まらない。それなら、敢えて外すまでだ。

 球磨の拳が地面を叩いた。レンガ作りの床は蜘蛛の巣状にひび割れ、その後クレーターの様になった。その一瞬後に、雪風のカウンターが球磨の頭上を走る。

 ──向こうも空振りした。ボディーと足が隙だらけだ。

 しかし球磨は何もせず、迅速にその場を離れる。一瞬後に球磨が動いた余波──ソニックブームが巻き起こり、ほぼ同時に魚雷が飛来する。

 

「多摩ァ!」

「にゃあ!」

 

 球磨が叫んだ瞬間、タイミングをズラして攻撃しようとしていた多摩が急遽地面を蹴った。

 そして上空から魚雷と共に落下攻撃を仕掛けていた木曾をキャッチし、同時に戦線を離脱する。

 ──爆発。

 球磨と多摩、木曽がその場を離れた瞬間、無数の魚雷が着弾した。

 轟音が響く中、大井の元に球磨からの無線が入った。

 

『何処にいるクマ?』

「そうね、大体標的から500mってとこかしら」

『……もっと離れるクマ。少なくとも1000は取るクマ』

「了解」

 

 何故? などとは聞かない。戦場において、姉の判断が間違っていたことなどないのだから。

 大井が音もなく、痕跡を消しながら、しかし素早く距離を取る間も、球磨からの無線は続く。

 

『一つだけ、分かった事があるクマ。雪風に近づけば、確実に轟沈クマ』

 

 表には出さないが、少なくない驚きが大井の中を駆け巡った。

 不死身と称されるほどタフなこの鎮守府の艦娘達。球磨はその中でも最強に近い実力を持つ、その球磨が大破どころか轟沈するなど、想像もつかない。

 

『さっき雪風に放とうとした右、掠っただけで皮膚が壊死したクマ。加えて骨は炭化、血液も一瞬でヘドロみたいになったクマ』

「それは……」

『これほどのダメージは、昔旗艦のあいつと戦った時以来クマ。一分、回復する時間が欲しいクマ』

 

 一分。

 それは短い様で、とても長い。

 先の攻防。あれは時間にすれば、一秒未満だ。大体0.8秒といったところか。

 一分。球磨が治療に一分も要する怪我など、聞いたことがない。

 いや、幸い“死の神”はまだ破滅を願っていない。一分間何もしてこなければ、あるいは……

 

「姉さん……?」

『……』

 

 不意に、球磨が黙った。

 何事か?

 物音は聞こえなかった。襲撃を受けたのではないはずだ。

 

『……総員、上を見るクマ』

 

 大井は一つ、勘違いしていた事がある。

 雪風は──“死神”はもうとっくに、破滅を願っていた。

 広場にいた雪風は、何故上を見つめていたのか。不知火の様に、空の美しさに見惚れていなのではない。

 死神。死の神。死を司る神。

 

「嘘……でしょ……?」

 

 “死”が──“星”が空から降ってきた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「しれぇ! 雪風、只今帰投いたしました!」

『我々“球磨型”一同、御身の前に』

 

 二週間に渡る激闘の末、“球磨型”達は見事任務を遂行、雪風を連れて戻ってきた。流石に衣服はボロボロだし、大分怪我を負ってるけど、命に別条はないみたいだ。

 

「球磨、多摩、北上、大井、木曾。先ずはお礼を言わせてくれ、本当にありがとう。報酬を出そう。何か欲しいものがあれば、なんでも言ってくれ。僕が出せるものであれば、何でも出すよ」

「恐れながら、我々はボスの手足。脳の命令で働き、その対価として報酬を貰う手足が何処に有るでしょうか」

「いや、でもほら……手足が疲れたらマッサージとかするでしょ? それと一緒だよ。うーん、今の例えはあまり上手くないな。とにかく言いたいのは、僕は君達に働きに感謝してるってことだ」

「ボス……我々を貴方様の手足として認めて下さるのですね! この大井、これより一層精進いたします!」

 

 えっ、そこ?

 正直僕としては、感謝してるんだよってとこを強調したかったんだけど……

 まあ、いいか。僕の艦娘達に話が通じないのは、今に始まったことじゃあない。それより今は、

 

「さて、雪風。反対に君には、罰を与えなきゃならない。どうして抜け出したりしたんだい? 何が不満だっのかな」

「う、うぅ〜。雪風、指令の事を考えいたら、世界を滅ぼさなきゃいけないって思いましたっ! それでいてもたってもいられなくなって……」

 

 ハハハ、こやつめ。洒落になってないぞ。

 

「いいかい雪風、僕は世界の破滅を願ってないからね?」

「えっ、そうだったんですか!?」

 

 正に驚天動地! といった顔を雪風が作った。

 一体どうしてそんなに驚く事があるのでしょうか。霧島といい雪風といい、そんなに僕は終末思想を持っている様に見えるのか?

 というか雪風、僕は前に世界を滅ぼしたくないって言ったよね?

 

「それでは雪風、これから世界の平和を祈ります!」

「ああ、うん。そうしてくれ」

 

 ……何だか今回は、とても疲れた。こんなに疲れたのは、ちょっと久しぶりだ。

 ちなみに“球磨型”達は報酬として、僕とのツーリングを希望した。何だあのバイク、速すぎだろ。怖い。








今回の話はちょっと毛色が違いましたね。
次話からはまた第一話の様な日常系に戻ります。
それと、活動報告で番外編で誰を書くかのアンケートとかこっそりしてます。もしよろしければ見てってください。


【ボツ話】
軽巡洋艦は川内型をメインにしようかとも思っていたのですが、何となく球磨型をメインにしました。
元々の話では、第一話の様な日常系の話でした。軽巡洋艦最強が球磨型である事は変わってないです。

・ここでの川内
完全なる忍者。
忍術を使う。質量のある分身を出せる。


・ここでの神通。
常に目が赤く光っている。
食事中と秘書艦時以外は常に鍛錬をしている。
私服は真っ白な着物。
武器は日本刀。


・ここでの那珂ちゃん
ビジュアル系アイドルとして活動している
音楽性の違いから直ぐにバンド──アイドルグループを解散し、ついでに事務所も直ぐ移籍する。メタル業界では良くあること。
デビューアルバムが放送禁止用語に引っかかり過ぎて、直ぐにリメイク版が出されたものの、ほぼピー音のみとなった。
提督の前では冷静沈着。


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06 鳳翔

 “何故私があの御方について話すとき、例えを用いて話すのか。それは至極単純な理由だ。あの御方の素晴らしさが、この世の言語の遥か彼方にあるからである”




              ──不知火


 今日の秘書艦は鳳翔さんだ。

 鳳翔さんは母性に溢れている船で、しばしばお艦なんて呼ばれている。後、規模の大きい鎮守府なら、小料理屋や居酒屋を開いてることもままあるという。

 性格は控えめ。母性に溢れていて、家庭的。正に完璧な大和撫子だ。

 さて、この鎮守府の鳳翔さんはというと──母性に溢れすぎている。母性がカンストしてしまっている。

 なんだ、母性が溢れているだけなら問題ないじゃないか。なんて、この鎮守府を少しでも知っている人なら、もうそんな事は思わないだろう。

 鳳翔さんの母性は、全てを包み込む。その結果、知性の低い虫や動物、はては現世に留まっている悔いある魂をも呼び寄せてしまうそうだ。何を言ってるのか分からないだろう。実は僕もよく分かっていない。

 普通の空母や軽空母は弓や式札に艦載機を込めて発艦させるけど、鳳翔さんは霊を込めて放つ。何を言ってるのか分からないだろう。実は僕もよく分かっていない。

 まあとにかく、鳳翔さんは幽霊的な何かや知性の低い虫、動物を従える事が出来る、という事らしい。

 

「旦那様、お探しの書類は此方ではないですか?」

「ああ、それだ。ありがとう」

 

 無駄にバカデカイ純金製の机の端にあった書類が、ふわりと宙に舞いがって僕の方へと泳いでくる。もちろん、誰も触れていないし、窓もドアも閉まっている。

 ちなみに鳳翔さんは、何故か手にお盆を持って、僕の右真後ろに控えている。ていうか近い。時たま首筋に吐息が当たる。それに、子供の声や走る音がその辺から聞こえてくる。怖い。

 

「いえ、いえ。旦那様のお手伝いをするのは、妻として当然の務めですから」

「それは個人の夫婦感によると思うけど、とりあえず鳳翔さんは僕の妻じゃないからね。だから今回は、お礼を言っておくよ」

「うふふふ。旦那様ったら、お戯れを」

「はははは。冗談を言ったつもりは無いんだけどね」

「まあ。それでしたら、私も冗談を言った覚えはありませんよ」

 

 うーん、話が通じないなあ……

 いつも思うんだけど、この鎮守府の艦娘達は、クスリのやり過ぎか何かで、幻覚や幻聴を引き起こしてるんじゃないだろうか。

 鳳翔さんは僕の事を旦那様と呼ぶ。それに時たま、『子供』の話が出てくる。

 もちろん僕は子作りはおろか結婚すらしていない。いやそれどころか、ケッコンカッコカリすら未実装である。理由は言わなくても分かると思うけど……これ以上練度が上がらないように、だ。

 ケッコンカッコカリをすれば、練度の最大値が100から155に──つまり、約1.5倍になる。そんな恐ろしいこと、例え両親を人質にとられたってやりはしない。両親いないけど。

 おっと、話が逸れたかな。

 とにかく僕と鳳翔さんとの間には、何も無い。少なくとも艦娘と提督以上の事はね。にもかかわらず、鳳翔さんは僕のことを旦那様と呼ぶし、たまに居もし無い『子供』の話を楽しそうにする。怖い。

 これが他の艦娘であれば、他の艦娘から袋叩きにあって終わり、となるんだけど……

 鳳翔さんは強い。この鎮守府にしては珍しく、あまり戦いを好まないけど、戦うとクッソ強い。もうほんと、ドチャクソ強い。

 鳳翔さんが使役する霊──鳳翔さん曰く頼んで力を貸してもらってるだけらしいけど──は向こうからは干渉出来るが、此方からは干渉する事が出来ない。つまりは、向こうの攻撃は防御不可で、こっちの攻撃は通らないということだ。強い。

 それに軽空母達は、鳳翔さん──ついでに僕も──を絶対の神として崇めている。だから鳳翔さんと敵対すれば、軽空母全員と敵対する事になる。

 この鎮守府の賭け事を運営している隼鷹を敵に回す事を喜ぶ艦娘は、残念ながらほとんどいない。

 まあそんなわけで、鳳翔さんにたてつく者は少ない。精々他の筆頭と、旗艦くらいのものだろう。その筆頭達も、互角に戦えるというだけで勝てるかどうかは分からない。

 結局のところ、僕の事を旦那様と呼ぶのはおーけー。直接触れるのはえぬじーとなったらしい。この鎮守府では、力こそ正義だ。

 

「ん〜〜! 今日の仕事終わり!」

「お疲れ様でした」

 

 コトリと、鳳翔さんが僕のバカデカイ机に湯呑みを置いた。湯気がたってるけど、いつの間にお茶を淹れたんだろう。ずっと僕の後ろにいたはずだけど……

 いつも気になるんだけど、結局いつも聞きはしない。怖いからね。

 

「……少し、散歩にでも行こうか」

「それでしたら、宴会にご参加されてはいかがでしょうか? 今日は空母筆頭、赤城さん主催の宴会が行われているはずです」

「宴会かぁ、宴会かぁ……」

 

 正直、宴会に参加するのはちょっと遠慮したい。

 それは別に、大学生の頃無理矢理飲まされて死にかけたとか、宴会芸を強要されて嫌な目にあったとか、そういったわけじゃあ無い。

 この鎮守府で行われる宴会には、宴会芸がつきものだ。

 “アタリ”の宴会芸を引けば、実はかなり楽しい。

 良くも悪くも、この鎮守府にいる艦娘達はその能力がぶっ飛んでる。

 例えば那智の、装填数が六発の拳銃で、空中に投げた空き缶を下に落ちるまでにリロードしながら百回射抜く宴会芸は、見ていてとても楽しかった。

 他にも島風の超高速での移動による分身を利用した一人演劇、不知火の絶望と希望を謳った詩の朗読、愛宕の豊乳、どれもこれも他ではちょっと目に出来ない。

 だけどその一方で、“ハズレ”を引いたときは悲惨だ。

 例えば瑞鶴の超回復をいかした自身の腸での縄跳び、金剛のTNT爆薬わんこ蕎麦、夕立の深海棲艦踊り食い、龍驤のまな板、どれもこれも他ではちょっと目に出来ない。したく無い。

 まあでも、鳳翔さんが提案してくれたんだし、折角だから行こうかな。

 

 

 宴会が行われているのは、鎮守府を出てすぐの更地にいつの間にか建てられていた旅館だ。

 ちなみにこの旅館は、鳳翔さんが運営している。

 鳳翔さんは規模の大きい鎮守府だと小料理屋や居酒屋を開いていることがあるって言ったけど、ここの鳳翔さんはその辺を飛び越して旅館を運営している。

 一番安い部屋で二〇〇万から、一番高い部屋は……ご想像にお任せする。

 そんなにバカ高いのにリピーター続出なのだから、侮りがたし鳳翔さん。侮ろうとしたことなんて無いけど。

 田舎にある無駄に大きいショッピングモール──を優に超える超巨大サイズの旅館に近づくと、爆音と騒音が聞こえてきた。

 普通なら注意するところだけど、近隣に人は住んで無いし、まあいいか。たまの宴会くらい、ハッチャケてやるべきだ。

 ……いや、いつもハッチャケてるな。

 

「むっ。旦那様、おさがり下さい!」

 

 僕は言われた通りに、全力で後ろに下がった。僕の艦娘達の言うことは、いつも正しい。

 一際巨大な破壊音が響いた後、旅館の天井を突き破って、伊勢が降ってきた。僕がついさっきまで立っていたところに突き刺さっている。砂煙が舞い、少し咳き込んでしまった。

 あとちょっとで死ぬとこだったなぁ……

 いや、いざとなれば潜水艦達が助けてくれてたか。

 

「ぁ、ぁああ……ああああアアアア!!! わ、わた、私の愛しき君であられる旦那様のをぉ、お、お、おお、御御足に泥がァ! た、たたた、タダでは許さないいいぃぃィィッ! 虫に内臓を食わせ、動物に生きたまま餌にした後に、あ、あり得ないほどの苦痛を与えた上で、この世で最も悍ましい霊の贄にしてやるゥうえしゃらァ!」

 

 ひょえ。

 

「ま、まあまあ落ち着いてよ、鳳翔さん。ちょっと泥が足についただけだし。こんなの、洗えばすぐ落ちるよ。そ、それよりホラ、伊勢を掘り起こしてあげなきゃ」

「はあ、はあ、はあ、はあ……。だ、旦那様がそう仰るのでしたら。──あっ、嫌だ私ったら、こんなに興奮してハシタナイ。申し訳ありません、旦那様。旦那様の御前でお見苦しところを」

「いや、いや。僕は気にして無いから大丈夫だよ。それより、伊勢を掘り起こしてあげてよ」

「──ああ、そうでしたね。伊勢、伊勢ですか。まあ、ご命令とあらば」

 

 鳳翔さんがチョイと指先を動かすと、直ぐに伊勢が引っ張り出された。そのまま引っ張れていき、空中10m程度のところまで持ち上げられて、落っことされた。

 嫌な音がしたあと首が変な方向に曲がっていたが、それも直ぐに治る。

 

「いたた……長門のやつぅ!」

「大丈夫かい、伊勢?」

「!? こ、これは提督閣下! お見苦しところをお見せしました! お心遣い、ありがとうございます。幸い、閣下の所有物に目立った外傷はありません」

「伊勢さん。先に謝罪が先では無いでしょうか? 貴女は旦那様の御御足に、泥をつけたのよ」

「も、申し訳ございません! 直ぐに私の命でもって──」

「いや、大丈夫だよ。僕は特に気にして無いから」

 

 地面が陥没するくらいの勢いで、伊勢が頭を地面にこすりつけた。

 僕がそれを止めるよう言って、手を持って立たせてあげると、伊勢は感動して泣き始めた。鳳翔さんも「なんと慈悲深い……」と目を潤ませている。

 ああ──もう──大袈裟だ。

 

「……それより、どうして伊勢は飛んできたの?」

「はい。長門と手押し相撲をしておりまして、その……負けてぶっ飛ばされました」

 

 悔しそうに言う伊勢。

 いや……えっ? 手押し相撲ってあの手押し相撲? お互い手だけで押し合って、足が動いたら負けのあれ? 何がどうなったら、手押し相撲で天井を突き破ることになるんだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 伊勢も連れて、僕らは三人で旅館に行った。

 旅館に着くと鳳翔さんが先に入って、三つ指をついて「お帰りなさいませ、旦那様」と迎えてくれた。だから旦那様じゃないって。

 伊勢は僕の靴を磨くと言って、玄関に残った。

 旅館の一階にある『宴会場』の前に立つと、ガヤガヤ──というレベルを遥かに超えた、怒鳴り声にも近い何かが聞こえてきた。

 

「一航戦加賀、歌います──『爪爪爪』」

「Hey、武蔵ィー! 前から思ってんデスけど、貴女のその格好はナンナンデスカー? bitchにもほどがあるネー」

「ほう? お前の目は節穴か? このサラシはな、シルクで出来ているのだぞ」

「な、ナンデスッテー!?」

「おっ! おっ! おっ! おっ! お゛お゛お゛おぉぉおおおお!」

「で、デター! 島風さんの超高速での分身を利用した、一人レズセ◯クスだぁー!」

「おい龍驤、なんか面白いことやれよ」

「よっしゃ! お前をおもしろオブジェに変えたるわ!」

「睦月ちゃん、如月といいことしましょう?」

「にゃしい! ──とでも言うと思った? 如月ちゃんをにゃしいって喘がせてあげるよ。ほら、ね?」

「にゃ、にゃしいィ!」

「喰らえ! 『天龍流剣技・弐ノ型・黒天』!」

「甘いわ! 『陸奥流柔術・落チ葉・枯葉桜』!」

「おい筑摩、ワシの服が無いんじゃが……」

「ゴメンなさい、利根姉さん。私が食べてしまったわ」

 

 うーん、今日の夕ご飯は何にしようかなぁ……

 おっとと、そんな事を考えている場合ではなかったね。うん、でも、まあ……そうだね、なんでもいいんじゃ無いかな?

 

「……旦那様に、相応しくありませんね」

「えっ?」

「申し訳ありません、暫しお待ちを」

 

 鳳翔さんは袖をめくりながら、宴会場へと入っていった。

 そして一際大きな物音と、悲鳴。──無音。

 ガラガラっと襖が開いた。再び、鳳翔さんが三つ指をついて迎えてくれる。

 

「ご用意が出来ました」

「ああ、うん。ありがと」

 

 宴会場に入ると、全員が敬礼──ではなく、三つ指をついて迎えてくれた。

 クールを装ってるけど、僕も男だからね。実は内心、ちょっと嬉しかったりもする。

 

「楽にしてくれていいよ。今日は無礼講だ。どうせ迷惑をかける人も居ないんだし、好きに楽しんでよ」

 

 万が一何かあったときは、僕が責任をとるしね。

 ……取れるかなあ。この子達が起こした問題の責任、取れるかなあ。

 

「旦那様、お酒はいかがなさいますか?」

「お酒、お酒かぁ。実は僕、あまりお酒は得意じゃないんだよね」

「──なるほど、配慮が至りませんでした。謹んでお詫び申しあげます」

 

 ……ゴメン、なにが?

 

「あー、ごほん! 提督様もお越しになられた事だし、そろそろ恒例の、宴会芸大会行っちゃいますか!」

「「うおおおおお!!!」」

 

 今夜の主催──隼鷹が、宴会芸大会開催の音頭をとった。いつも思うけど、歓声が女の子のそれじゃ無い。野太い。

 

「と、その前に! 我らが提督様と鳳翔様に、我々が生存している事を感謝するお祈りを捧げようと──」

「不敬だ! たかが艦娘ごときと提督閣下を同列に扱うとは、不敬だぞ!」

「──あぁん? それはちょっち、聞き捨てならんなあ。提督様と鳳翔様はご夫婦、それなら立場は互角とちゃうんかぁ!?」

「頭に脳の代わりに深海棲艦(クソ)でも詰まってんの? このクソ軽空母がァ! 提督閣下は誰ともケッコンカッコカリなされて無いでしょ!」

 

 上から隼鷹、那智、龍驤、曙ね。

 鳳翔さんと僕を神と崇める軽空母達と、その他の船種達との間でケンカが始まった。いつもの事だ。

 ちなみに僕は、比叡の後ろに隠れている。余波でさえ死ぬからね。危ない、危ない。

 

「──みなさん、落ち着いて下さい。それと隼鷹さん、くれぐれも私などと旦那様を同列に扱わない様に」

「……はい。申し訳ございませんでした」

 

 見かねた鳳翔さんが場を鎮めた。あのままだったら他の筆頭が戦いに参加する可能性があったし、流石良い判断だ。

 不用意な発言をしたせいで、真っ先にボコボコにされた隼鷹が、鳳翔さんに促されて謝罪した。とりあえず、溢れてる内臓をしまって欲しい。

 

「それでは改めて、提督様にお祈りを──」

「いや、いや。その必要は無いよ、隼鷹。言っただろう? 今日は無礼講だ」

「畏まりました。提督様のお言葉を軽んじた私がご不快でしたら、如何様にも」

「いや、大丈夫だよ」

 

 一瞬、提督閣下のお言葉を忘れるとは何事か、という声が上がった。しかし、それでも尚敬意を払うのは当然だろう、という声が上がってすぐ鎮静化された。

 

「それじゃあ改めて、宴会芸大会始めるぜ! トップバッターはこの人、空母筆頭、一航戦赤城だ! ヒャ──」

「ヒャッハー!」

「!?」

「一航戦赤城、心を込めて歌います。──『THIS IS IT』」

「!?」

 

 その後、普通に宴会芸大会は盛り上がった。

 個人的にMVPは、早霜と朝霜のラップバトルかな。

 ちなみに宴会芸大会は、この後四日間ぶっ続けで行われた。最後は比叡が味が薄いと、塩を振った枝豆が大爆発した事でお開きとなったけど……あのままやっていたら、一週間くらいは続けていたんじゃ無いだろうか。怖い。






 活動報告で番外編で取り上げる艦娘のアンケートとかしてます。良ければ書き込んでやって下さい。


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番外編 ドッキリをしよう

 “深淵を覗き込む時、深淵もまた此方を見ている。希望を望む時、希望もまた私を望んでいる。しかし私がいくら渇望しようと、あの人は此方を見てさえくれない”



              ──不知火


 ドッキリをしよう。

 

 

 秘書艦が帰った後の深夜の執務室で、突然僕はそう思った。

 別段、エイプリルフールとか誰かの誕生日とかではない。理由などない、ただ僕は単純にドッキリがしたいと思ったである。

 ニュートンがリンゴが落ちるところを見て万有引力の法則を思いついたように、ノーベルがニトログリセリンが地面に染み込むのを見てダイナマイトを思いついたように、僕は執務室をぼんやりと見てドッキリをしようと思いついたのだ。

 

 思えば僕はここ何年も、艦娘達に辛酸を舐めさせられ続けてきた。

 素行の悪すぎる艦娘達の所業に胃を痛め、ケンカの余波で死にかけ、何故か一切日本語が喋れなかったビスマルクやプリンツ・オイゲンの為に一生懸命ドイツ語を習得した。ぐーてんたーくである。

 言っておくが、別に恨みはない。

 艦娘達の面倒を見るのは仕事だから。少なくないお給料も貰ってるし、比叡もいるし。

 恨みはない……そう、これはちょっとした茶目っ気だ。

 艦娘達と仲を深めるだけだからセーフ。

 

 そうと決まれば、手始めに何をしよう?

 ──よし、決めた。この鎮守府を辞めた事にしよう。

 辞表を机の上に置いておいて、明日の朝意気揚々ときた秘書艦がそれを見て腰を抜かすと言うわけだ。

 よし、それなら早速辞表を書いて……

 ……辞表って何書けばいいんだ?

 やべえ、辞める理由が思い浮かばない。大体僕が、この鎮守府を辞めるわけがないしな。比叡に会えなくなるし。お国のためになるし。比叡に会えるし。いや、プライベートで比叡に会えばいいのか? なら辞めてもいいな。

 

 『軍に居たんじゃ比叡とケッコンカッコガチ出来ないんで辞めます』

 

 流石の僕でもこれはダメだと分かる。

 だって比叡の了承を取ってないもの。

 うーん、それなら……

 

『未来に希望が溢れているので、鎮守府を辞めます』

 

 不知火か、僕は。

 これはアレだな、今日の秘書艦が不知火だったせいだな。彼女が死と生の循環の美しさを滔々と語るものだから、こんな気分になってしまったんだ。あいつめ。

 ……描き直そう。

 

『お国の為に戦う気が失せました。なので軍を辞めます。お世話になりました』

 

 これだな。

 無難かつありそうな感じ。いい出来だ、感動的といってもいい。

 良し、それじゃあこれを執務室の無駄にデカイ純金製の机の上に置いてっと。

 僕は明日まで、明石が造ったもしもの時の地下シェルターに避難しておこう。それじゃあおやすみー。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 爽やかな朝だ。

 朝というよりもう昼だけど。

 こんなにゆっくり目を覚ましたのはいつぶりだろうか。少なくとも、提督としての資格があると発覚したあの日よりは前だ。

 さて、どうしようかこれ。

 ──世界が滅亡してるんだけど。

 見渡す限り地平線と水平線。遠くに見えるが富士山がぺしゃんこ、というか逆にヘコんで谷になってる。

 ケータイにクッソ電話が来てた。メールも。

 メールはどれも、大本営から。君の鎮守府の艦娘達が我々を襲撃してる。今すぐ来て収集をつけてくれ、という内容だ。

 ヤベーヨコレ。洒落になってない。というかあれだな、僕って馬鹿だな。

 本当はね、もうちょっと朝早く起きて『ドッキリ大成功☆』と書かれたプラカードを持って待機しているはずだったんだ。

 まさか寝過ごしてしまうなんて……やれやれだね。

 

「あかし、明石ーー!」

 

 力の限り叫んだ。すると地面がモゾモゾと動き、明石が出てきた。

 明石は自身のクローンを大量に造り、世界中にばら撒いている。その内の一体だ。

 

「提督、生きてらっしゃったんですか!?」

「うん、まあ」

「何処に行っていたんですか! 本当に、大変だったんですよ?」

「ちょっとね」

 

 口調が他の鎮守府の明石と同じだ。この明石は15年くらい前の明石のクローンか。

 明石のクローン達は記憶は共有しているけど、それぞれ別の人格を有している。

 

「それより、状況を説明してくれるかな」

「はい。えーっと、提督が辞表を出しましたよね?」

「うん」

「お国の為に戦う事に気が失せた、つまり国を見捨てた、提督閣下が見捨てたモノがいつまでもあるのは不敬、そんな感じで世界は滅びました。ちなみに私の本体も、バンバン兵器を作ってはぶっ放してます」

「なるほど。それは大変だね」

「はい。大変です」

 

 やばい。

 あ、汗が止まらない。

 

「どうにか出来ないの?」

「出来ますよ。はい、タイムマシーンです」

「えっ」

 

 明石が僕に渡したのは、手のひらにすっぽり収まるサイズのボタン。

 

「行きたい時代を思いながら押せば、どの時代にもいけますよ。多少記憶の混同があるかもしれませんが……」

「ふーん。もしかして、それってかなり凄い?」

「さあ、どうでしょう。鳳翔さんは死後の世界に入門できますし、不知火さんは因果律に干渉、扶桑さんは輪廻転生を操れて、プリンツ・オイゲンさんは並行宇宙を行き来できますし、この鎮守府じゃ時間操作くらい普通じゃないですか?」

「そう言われると、そうかもね」

 

 多分違う。

 でもそういう事にしておいた。

 

「飛べよおおおお!!!」

 

 僕はボタンを押した。

 眩い光が、僕を包んだ! さよならー。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 科学の力ってすげー。

 本当に今朝に戻ってるよ。ちゃんと富士山が谷じゃなくて山の形になってる。

 海は干上がってないし、空も赤じゃない。うん、戻って来たんだ。

 

 とりあえず僕は、プラカードを持ってタンスの中に隠れた。

 今日はドッキリをする。そう決めた。

 決めたからには、やらねばらない。それが日本男児というものだ。

 多分違うが、どうでもいい。

 僕はドッキリをする。例えこの世界が滅びようとも。

 

 やがてノックもせず──ビスマルクが部屋に入って来た。彼女は色々と遠慮がない。そのため良く他の艦娘と喧嘩になるが……ビスマルク率いる通称『ドイツ派』が彼女のバックについているため、大ゲンカになった事はちょっとしかない。具体的に言うと、三回に二回くらいしか大ゲンカにならない。非常に健全だ。

 ビスマルクは手紙を凝視した後、手紙をケータイで写真に撮り何処かに送った。日本語が読めなかったのだろう。相手は翻訳サイトか何かだろうか。

 送った直ぐ後に、ピロンと電子音が鳴った。返信が返ってきのだろう。

 彼女はケータイを睨んで──

 

「Ich wurde weggeworfen! Ich will sterben! Es ist Verzweiflung, es ist das Weltgericht!!!」

 

 と叫んだ。

 いい加減日本語覚えてほしい。切実に。

 ドイツ語を勉強している言っても、僕は元々そこまで要領が良くない。ゆっくり一単語づつ区切って喋ってくれるか、紙に書いてくれないと。それでも怪しい時があるくらいだ。

 と、とりあえずもう飛び出るか。

 なんか、目が血走ってて怖いし。

 他の艦娘達にはもう慣れてきたけど、どうにも海外勢だけは慣れない。話すときやたら顔が近くて、声が大きいせいだろうか。それとも直ぐ「Kriegsgericht(軍法会議だ)!」と叫ぶせいだろうか。

 

「いえーい、ドッキリ大成功」

「Ich trenne es mit einem Admiral zweimal nicht!Wenn es sicher ist, dass es so ist, wollen wir Geschlecht haben!!」

 

 な、なに?

 興奮した様子で何か叫んでいるけど、何を言ってるのかサッパリ分からない。

 ちょ、なんで服を脱ぐの?

 何で僕の机を扉の前に置くの? それじゃあ扉が開けないじゃないか。

 これはもしかして、貞操の危機なんじゃないだろうか。ふと、そんな予感が頭に浮かんだ。

 だが、それに何の問題がある?

 ビスマルクは綺麗だ。こんな美人な人──人ではないけど──提督になる前の僕だったら、絶対に知り合えない。その人とセ◯クス出来るんだぞ。

 いいじゃないか、ゴールしても。

 

 ──頭を過るのは、比叡の笑顔だった。

 

 そうだ、僕には心に決めた人がいた。

 いや、勝手に決めただけだけど。それでも、僕はやらねばらない! 1パーセントでも可能性があるのなら、僕はそれに賭けたいんだ!

 

「飛べよおおおお!!!」

 

 僕は再びタイムマシンのボタンを押した。

 眩い光が僕を包んだ!

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 科学の力ってすげー。

 本当に今朝に戻ってるよ。ちゃんと富士山が谷じゃなくて山の形になってる。

 海は干上がってないし、空も赤じゃない。うん、戻って来たんだ。

 

 とりあえず僕は、プラカードを持ってタンスの中に隠れた。

 今日はドッキリをする。そう決めた。

 決めたからには、やらねばらない。それが日本男児というものだ。

 多分違うが、どうでもいい。

 僕はドッキリをする。例えこの世界が滅びようとも。

 

 やがてノックもせずに──ビスマルクが部屋に入って来た。

 何かドイツ語を叫んでいたが、僕は無視した。触れちゃいけない、何故かそう思った。

 次に入って来たのは──扶桑だった。今日は子供の姿のようだ。

 扶桑は不幸だ。不幸過ぎて、物凄く悲惨な死に方をした。どのくらい悲惨だったかというと、この鎮守府の艦娘達──大和は除く──が「流石にちょっと可哀想かも……」と言ったくらいだ。

 そんな扶桑はあの世で閻魔様にも同情されて、何と転生させてもらえた。でもまた悲惨な死に方をした。そしてたらまた転生させてくれた。

 そんな事を繰り返しているうちに、自分で転生出来るようになったらしい。今では生命の調整も出来て、子供になったり大人になったりも自由自在だ。自分だけでなく他人も。

 

 子供姿の扶桑はトテトテ歩いて、僕の机の上にチョコンと座った。

 そして僕が書いた辞表を見て──

 

「いやあああああああ!!!」

 

 発狂した。

 周りに花や草が咲き乱れ、一瞬で枯れていく。何だ、これは。

 

「嫌だ! 提督、貴方に捨てられたら私は誰にすがれば良いのですか! イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ! 貴方様が居ない世界なんて──か、かゆい、手首が物凄くかゆい! あゝ、憎い! 空がこんなにも青のが、憎い! 憎くてたまらないぃぃい!」

 

 うおー、空が赤くなった。

 その上扶桑が髪を掻きむしりながら、リストカットを始めた。

 それじゃあ手が最低でも3本あることになるって?

 いや、だって現実にあるんだもん。背中から二本、腹部から二本。合計六本の腕が今の扶桑からは生えている。

 ついでに大人になったり子供になったり、赤子になったり老婆になったりしている。何というか、生命の神秘を感じた。

 

「蛆よ! 私の血の中に蛆がいる!」

 

 ひょえ。

 自分の手首を掻きむしりながら、扶桑が叫んだ。どう見ても蛆なんかいない。普通の血だ。

 ここら辺が限界かな。僕の精神的にも。

 そろそろネタバラシしておこう。

 

「いえーい、ドッキリ大成功」

「へ? な、何だ。ドッキリだったんですか。もう、提督ったら……」

「ごめん、ごめん。ちょっとした悪戯心ってやつさ」

 

 あははと笑い合う僕ら。

 ──?

 扶桑が段々大きくなっていってる気がする。

 いや、違う。

 僕が小さくなっているんだ。

 

「悪い子はお仕置きしましょうねぇ。お布団の上で」

 

 怖い。

 いつからこんなホラー展開になったんだ。

 どうしてこんなことになったのか、僕には分かりません。

 

 赤子サイズになった僕を抱き上げで、扶桑が顔を寄せた。髪が顔にかかる。くすぐったい。

 というか今更だけど、こうして間近で見ると本当に美人だな。作り物みたいだ。いや、ある意味作り物何だけど。

 髪とか信じられないほどサラサラで手触りがいいし、肌とかシミひとつ無い。眼は神秘的な赤色、唇もぷっくりとしていて形がいい。

 うーむ、僕の艦娘ちょっと美人すぎる。

 ──あれ、というかこれってもしかして不味い?

 扶桑はこのまま部屋まで僕(赤子)を連れて行く気だ。すると間違いなく、山城に殺される。

 この鎮守府の所謂ケッコンお断り勢──比叡は除く──はヤバい。

 ケッコンどころか命をお断りされる。

 他の艦娘が僕へ向けてくれている忠誠心と同じくらいの忠誠心を、姉もしくは妹に向けている。姉もしくは妹を誑かす奴──つまりは僕──を容赦なく殺そうとしてくる。

 扶桑。君に恨みはないが、君と赤ちゃんプレイをする訳にはいかない。それに僕には比叡がいるし。すまない……

 

「飛べよおおおお!!!」

 

 僕は再びタイムマシンのボタンを押した。

 眩い光が僕を包んだ!

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 科学の力ってすげー。

 本当に今朝に戻ってるよ。ちゃんと富士山が谷じゃなくて山の形になってる。

 海は干上がってないし、空も赤じゃない。うん、戻って来たんだ。

 

 とりあえず僕は、プラカードを持ってタンスの中に隠れた。

 今日はドッキリをする。そう決めた。

 決めたからには、やらねばらない。それが日本男児というものだ。

 多分違うが、どうでもいい。

 僕はドッキリをする。例えこの世界が滅びようとも。

 やがてノックもせずに──ビスマルクが部屋に入って来た。

 何かドイツ語を叫んでいたが、僕は無視した。触れちゃいけない、何故かそう思った。

 次に入って来たのは──扶桑だった。今日は子供の姿のようだ。僕が書いた偽の辞表を読んで発狂していたが、関わってならない。僕の本能がそう告げた。

 その後も不知火や時雨、夕立、阿賀野、能代、熊野、瑞鳳、那智、陸奥、翔鶴、などが来たが──全て見なかった事にした。どうしてか、命の危険を感じたからだ。

 次にやって来たのは──グラーフ・ツェッペリンだった。

 

 グラーフ・ツェッペリン。

 僕の艦娘ではあるが、しかし僕は彼女について語る事が出来ない。

 彼女がまだここへ来て日が浅いというのもあるが、彼女はほとんど喋らないのだ。僕は自分から他人に話しかけるのが──比叡を除いて──苦手だ。だから僕は、彼女と会話をした事が二、三回しかない。

 グラーフ・ツェッペリンは部屋に入ると、僕の机を凝視した後で、部屋の中を見回した。

 

「……なんだ。Admiralはいないのか。せっかく、この私がコーヒーを淹れてやろうと思ったのにな。全く、仕方のない人だ」

 

 話したことはないが──グラーフ・ツェッペリンは時たまこうして、執務室に来てはコーヒーを淹れてくれた。そして無言で渡して、帰っていく。

 グラーフ・ツェッペリンは顎に手を当てて何かを考えた後、ドアの鍵を閉めてから──僕が普段座っている椅子に座った。

 

「ほお……ふむ、なるほどな……。フフッ、悪くない」

 

 とっても上機嫌だ。

 

「良い気分だ。一つ、歌でも歌うか。何が良いか……そうだ、赤城に教えてもらったあの歌にしよう」

 

 普段あんなに無口なのに、一人だと随分喋るなあ。

 

「か~っぱかっぱかっぱのマークのか~っぱ寿司ッ!」

 

 ぼふぇ。

 あ、危ないところだった。

 後少しで吹き出してしまっていた。

 赤城は何て歌を教えているんだ……

 というか、グラーフ・ツェッペリン無駄に歌上手いな。

 

「ん? 机の上に何か置いてあるな」

 

 お、漸く本命に気がついてくれたみたいだ。

 まだドッキリしてないのに、既にドッキリの最中みたいになっていたから、どうしようかと思ったよ。

 

「どれどれ……どひゃあ!」

 

 どひゃあて。

 

「な、何故だAdmiral! ようやく、ようやく最近貴方と距離が縮まって来たというのに──!」

 

 普通に泣き出してしまった。

 冷静になって考えると、かなり酷いことをしている気がする。

 

「くぅぅうう!! 私の、私の力不足なのかッ! 答えてくれ、Admiral!」

 

 そんな事は無い。

 自信を持っていい。多分君は、この世のグラーフ・ツェッペリンの中で最も強いグラーフ・ツェッペリンだ。

 ここまで、だな……

 

「いえーい、ドッキリ大成功」

「Admiral!?」

 

 プラカードを掲げると、辞表とプラカードを交互に見つめて、目を白黒させた。

 これだ、これだよ。

 僕はこのリアクションを求めていたんだ。いや、ドッキリなんかするのは今日が初めてで、他の船のリアクションなんか見た事無いけど。

 ただ何となく、他の船にドッキリをした場合ロクなことにならない気がした。

 

「良かった。本当に良かった……もう離さないぞ」

 

 グラーフ・ツェッペリンが僕を抱きしめた。なるほど、柔らかい。役得だ。やったぜ。

 

「グラーフ・ツェッペリン、君って結構面白い奴なんだね」

「うん、そうか? そう思われるのは心外だな。提督の前では、常に規律正しくあったと思うのだが……」

 

 なるほど、そういう事だったわけか。

 グラーフ・ツェッペリンは空母だ。つまりは、赤城の指導を受けているということ。そりゃあ、お固く振る舞うわけだ。

 

 僕はグラーフ・ツェッペリンと仲良くなった。

 赤城や他の空母の前では厳格に、しかし僕と一対一の時なら普段通りに振舞って良いと言った。すると彼女はあっという間に無口な空母から、ユーモア溢れる空母に改装したのだ。

 二人でかっぱ寿司の歌を歌い、踊りあった。

 ドッキリをして良かった、心の底からそう思った。

 

 しかし平穏は長くは続かなかった。

 

「Admiral! アレを!」

 

 グラーフ・ツェッペリンが指差す窓の外。そこには地球があった。

 もう一つの地球が、月のように空に浮かんでいた。

 間違いなく、プリンツ・オイゲンの仕業だろう。ビスマルクのメールの相手はプリンツ・オイゲンだったのだ。

 プリンツ・オイゲン自身の戦闘能力はこの鎮守府だと下の中くらいしか無いが、彼女はこことはよく似た、別の世界を行き来できる。恐らくその力を使い、他の宇宙から地球を呼び出したのだろう。

 何を言ってるのかよく分からないだろうが、深く考えたら負けだ。考えるな、感じろ。

 近くに巨大な惑星が現れた事で、自転か公転が狂ったのか、地面が揺れ、ついには割れ出した。その影響で富士山が割れた。

 

「Admiral、世界の終わりだ。だが、それも悪く無いと思っている私がいる。貴方と二人なら、な」

「グラーフ・ツェッペリン……」

 

 戻さなくては、ならないだろう……

 グラーフ・ツェッペリンと仲良くなる前の、あの時まで。

 悲観する事は無い。

 過去にもグラーフ・ツェッペリンはいる。

 またドッキリを仕掛けて、仲良くなればいいんだ。

 

「飛べよおおおお!!!」

 

 戻ったらドッキリをしよう。

 そう心に強く刻みながら、僕は再びタイムマシンのボタンを押した。

 眩い光が僕を包む!





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最終話

活動報告に詳しく(?)あげてますが──いや、詳しくないですね。ふわっと活動報告にあげてますが、引退する事にしました。
最終話までのダイジェスト版をサッと書来ました。

番外編含めたら当初の予定通り全8話だからセーフ。


【世界観】

 基本的に世紀末。

 ロアナプラ鎮守府内は明石と大淀がいるため基本的に豊かだが、そのほかの土地はほぼ死滅している。というのも、深海棲艦は突如現れたため、各国が敵国からの新型兵器だと勘違いし、宣戦布告とみなし、核ミサイルをそれぞれ近隣国に向けて放ったからだ。

 世界は核汚染され、人類は地下に逃げ込んだ。

 それから80年ほどが経ち、核汚染に耐えられる人間達が出てきた。

 彼等は彼女らは男の場合は提督、女の場合は艦娘となった。

 ちなみに海岸線沿いにあった発電所は全て潰されており、日本は温泉を潰して地熱発電に切り替えた。

 

 

 途中、ロアナプラ鎮守府がこんなに深海棲艦をぶっ殺しまくってるけどよく深海棲艦は滅亡しないな、という感想がありました。

 この世界では本家のゲームと同じく、深海棲艦が無限湧きです。殺しても殺しても湧き出てきます。

 ただし、放っておくと増殖し続け、侵略もしてきます。ロアナプラ鎮守府がなかった場合、人類はとっくの昔に敗北しています。

 事実、ロアナプラ鎮守府から離れている土地であればあるほど、人類は少なくなっていきます。

 

 

【話の展開】

 困ったのは大本営。

 ロアナプラ鎮守府が無いと人類は滅亡。しかも彼女達は、全く大本営の指示を、というかロアナプラ鎮守府に着任している提督以外の命令──お願い、提案、取引も含む──を聞いてくれない。

 そこで提督の誘拐や洗脳を試みる→全てロアナプラ鎮守府の艦娘に潰される。加えて、大本営も滅ぼされかける。

 それから二年後、大本営が提督に土下座して頼み込んで、ロアナプラ鎮守府の艦娘に深海棲艦の親玉を潰してもらうようお願い。

 

『深海棲艦の親玉』

 横幅は日本の二倍くらい、縦幅は未知数のの大きさの深海棲艦。

 こいつのせいで世界の水位が上がったレベル。

 体からは常に姫や鬼クラスの深海棲艦が湧き出て続け、本人の戦闘能力も非常に高い。

 

 提督は大本営のお願いを承諾。

 ロアナプラ鎮守府でぶっちぎりで最強である旗艦の例のあの人に命令、深海棲艦の親玉を潰しに行かせる。

 再び困った大本営。

 ロアナプラ鎮守府と深海棲艦で相打ちになれば良いなぁ〜とか思ってたのに、一人しか出撃してない。ヤバい。

 このままだとロアナプラ鎮守府が世界の頂点に。今までのあいつらの素行からして、絶対ロクな事にならない。

 悩んだ結果、ロアナプラ鎮守府の弱点は提督しか無い、という結論に。

 深海棲艦滅亡後、ロアナプラ鎮守府の艦娘達を抑えるために、人質になって貰えないか提督に直談判。

 提督承諾。

 

 

 二ヶ月後、旗艦の例のあの人、深海棲艦を滅亡させる。

 提督、大本営に人質として出向く。

 ロアナプラ鎮守府、荒れる。提督を助けに行く派とあくまで命を最優先派で大喧嘩。

→世界は滅ぶ。

 

 

【まだ出ていない艦娘達の設定】

・足柄──重巡洋艦筆頭。前任重巡洋艦筆頭、心を読む船妙高を殺し、その座に就いた。それを咎めた那智とも言い争いになり、口論の末殺害した。

 姉妹を殺した理由は、強くなりたいから。

 ロアナプラ鎮守府の艦娘達の強さの秘密は「経験値が上限なく溜まること」と「深海棲艦だけでなく、生物なら殺せば何でも経験値を得られること」である。

 飢えた狼の名に恥じず、足柄は強くなることに非常に貪欲。

 姉妹を殺して経験値を得た後は、筆頭としての権限を使い重巡洋艦内のルールを変え、艦娘同士の殺し合いを合法化した。

 ちなみに、提督とか「提督」と「艦娘」になる前からの知り合いであり、その為そこまで提督に敬意を払っていない。提督も常に「足柄死ねよ」と思っている。要は仲良し。

 戦闘能力は非常に高いが、特殊な能力は何一つ持っていない。ただ速く、固く、火力があり、頭が良く、狂っている。要は第3部の序盤〜中盤のスタープラチナ。

 

 

・綾波──駆逐艦筆頭。髪がゴンさんみたいに、常に上に向かって逆立っている。時が止められる。

 ロアナプラ鎮守府にしては珍しく争いを好まない性格だが、いつもトラブルの方からやってくる。

 ただし、提督に命じられれば、どんな生き物でも一瞬の迷いなく殺せる。

 

 

 

・朝潮──ロアナプラ鎮守府で一、二を争うほど忠誠心の高い艦娘(一位の争い相手は陸奥)。

 ただし実力は下の下であり、自分の力に強いコンプレックスを抱いている。

 弱いままの自分だと提督に呆れられ、捨てられるのではないか、と不安に思い、夜も眠らない。

 戦闘以外の面で提督の役に立つ如月と出会う事で、彼女が新しい道へと踏み出すのは、また別の話である。

 

 

 

・如月──この世で、いや恐らく宇宙で一番セ◯クスが上手い。

 

 

 

・秋津洲──ホンマもんの一般人。他の鎮守府の秋津洲と一切変わらない。むしろちょっと弱い。

 同艦首がいない為──千歳、千代田はもう軽空母──戦いに巻き込まれずすんでいる。

 喧嘩を売られても毎回ハッタリでかわしており、その為提督含めロアナプラ鎮守府の面々は、秋津洲が相当な強者だと勘違いしている。

 語尾の「かも」は「COME ON(かかってこい)」の略か何かだと思われている。

 

 

 

 

 他にも朝霜とか浜風とか考えていた気がする。だが、それも遠い昔のこと……今となっては、全て忘れてしまった。



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プロローグ・オリジン

引退する詐欺じゃねえかっ! と思ったそこの貴方、大変申し訳ありませんっ!
かまってちゃんみたいになってて、ホントすみませんね。
あのですね「結局ロアナプラ鎮守府最強のあの人は誰なんですか?」という質問が稀に良く来ててですね、その度にメッセージで送っていたのですが、もうそれが面倒くさくって。
しかもメッセージって一度送ると修正出来ないから、なんかこう、色々と不安なんですよ。
そこでこの話を投稿しました。

実はロアナプラ鎮守府を書くにあたって、一話〜八話プラスプロローグアンドエピローグの触り(最初の2000字くらい。話の大筋と、スポットを当てる艦娘を決める為に)は一話を投稿する前に書いていたんですよ。

本来は最終話投稿→プロローグ(というより前日談)→エピローグという流れでした。
このプロローグ編の触りで秘書艦のあの人が分かるので、それで投稿した的なノリです。
推敲とか全くしてない(しかも書いた時は番外編が存在していなかったから、設定が食い違ってるかも)ので、色々と多めに見てください。


 産まれてこの方、マトモな人付き合いというものをしたことが無かった。

 小学生の頃までは両親が居たが、提督と艦娘だった二人は、多額の保険金を残してこの世を去った。妹もいた気がするが、いつの間にか何処かへ消えていた。よくある話だ。

 世界中で人口がどんどん減少して行く中、少子化の一途を辿るこの国。元々周りに人が少なく、また俺自身の人柄もあったのだろう。誰かに話しかける勇気が出なかった。

 しかし、それを苦に思ったことはなかった。

 高校生の頃までは本を読めば身近に登場人物を感じられたし、テレビやラジオをつければ人の声が聞けた。

 やがて大学生になった頃、酒とタバコを覚えた。

 酒を飲んで、タバコを吸って、テレビを見て、寝る。

 この頃になると人類はもう敗北に近く、大学生に通えるほど裕福な人間はほとんどいなかった。だだっ広い大学生の教室で、俺は一人で授業を受けていた。

 孤独は感じなかった。

 酒を飲んで、タバコを吸って、テレビを見ていれば、平気だった。

 

 

 やがて俺は、一人の女性に出会った。

 二つ上の先輩で、俺と良く似た境遇にあった。

 ただ俺とはまったく違った思想の持ち主だった。両親が死んで殻に閉じこもった俺とは違って、彼女はそれを糧に今を生きていた。

 彼女は言った。いつか母の様に、いや母以上に強い艦娘になって、この戦争を終わらせると。

 良い事だ。そう思う。

 前向きだし、キチンとした目標を持つ事はプラスになる。応援してあげるべきだ。

 しかし、何故だろうか。ひたすら前に向かって進む彼女を見ていると、無性に腹が立った。イライラとした。焦燥した。不安になった。

 全て上手くいっているのに、重大な何かが破綻している、そんな気にさせられた。

 酒を飲んで、タバコを吸って、テレビを見ても、それは消えなかった。

 

 

 大学生を卒業した頃、俺は提督となった。

 血筋なのかは分からないが、俺にはその資格があった。資格があるのなら、やるべきだ。

 白い軍服を着て、地下シェルターを出た。

 初めて太陽を見た。なるほど、綺麗だ。美しい。心が惹かれる。ただ、彼女を見ている時と同じくらい、苛立ちを覚えた。

 初期艦を選んでくれ、そう言われた。

 候補は五人──五隻というべきか──電、五月雨、漣、吹雪、そして“彼女”。

 俺が迷っていると、“彼女”が俺に言った。

 ──アンタは一生選ぶ事ができない。アンタは人を知らないから、だから、私が選んであげる。アンタは今から私の提督。良いわね?

 その日から俺と“彼女”、一人と一隻の日々が始まった。

 それは決して楽なものではなかった。戦って戦って、仲間を増やして、仲間が死んで、敵を殺して。

 色々なことがあった。残念ながら、俺の持つ語彙では言い表す事のできない、色々な出来事が。

 身近で味方が産まれ、味方が死に、敵が産まれ、敵が死んで行く中、俺もまた産まれて──死んだ。

 

 

 そんな折、俺は昔大学で知り合ったあの女性に出会った。

 彼女は艦娘になっていた。重巡洋艦「足柄」それが彼女を表す記号だった。

 酒もタバコもテレビも辞めた──辞めたというより、多忙のあまり辞めざるを得なかった──のに、何故だか前より彼女を見ても苛立たなくっていた。

 意外な再会を喜ぶ暇もなく、それからも戦いの日々が続いた。

 そして到頭、その日がやって来た。

 敗北の日だ。

 人類はまだ負けてはいなかったが、俺は敗北した。

 当時鎮守府の中で一番強かった戦艦「榛名」が轟沈した。随伴していた足柄も手足が吹き飛び、助かる見込みはなかった。

 俺は生きたかった。死なせたくもなかった。

 故に、祈った。

 神でもなければ、ましてや大本営にでもない。

 俺の秘書艦であり、初期艦であり、最も信頼していた“彼女”に。

 “彼女”が俺を選んだ時と同じ口調で、彼女は答えた。

 ──私に任せておきなさい。アンタは何も心配しなくていいの。

 それが見栄である事は、流石の俺にも分かった。しかし俺は、彼女に縋らずにはいられなかった。

 結果として、奇跡は起きた。

 轟沈した榛名は復活し、足柄は完治した。“彼女”は無数の深海棲艦を滅ぼし、俺の元へと還ってきた。

 その時になってようやく、俺は理解した。どうして俺が提督なり得たのか。どうして“彼女”が俺を選んだのか。何故深海棲艦は産まれたのか。

 そして、俺は誓った。

 どんな事が有ろうとも、俺は彼女達と共に生きると。







ちなみにエピローグは「最果てからのエピローグ」です。
2500字くらい書きました。
内容的には、生物が全ていなくなった地球を、たった一人残された“彼女”が渡り歩きながら、戦争の終わりから提督が死ぬまでを振り返る話です(提督は普通に寿命で死にました)。


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