フランちゃんは引きこもりたかった? (べあべあ)
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第1話

妖怪に対して一人二人などといった風に、人に使用すべきものを妖怪に使ったりしますが使わないと非常にやりづらいので勘弁してください。


 大きな館があった。

 林の中にぽつんと建っている。

 特徴的なことといえば、窓が見られないことであった。

 夜になると、エントランスの先に広がる庭園の草花が月に照らされ、魔性を感じさせる幻想的な風景になった。

 

 

 

 館のとある一室。

 薄い黄色の髪をした少女が一人。

 少女は床に置かれた本を覗き込むようにして見ている。

 

「フランー? ご飯ですってよー?」

 

 フランと呼ばれた少女のいる部屋に、一人の少女が訪ねてきた。薄い水色混じりの銀髪が特徴的である。どちらも幼い外見である。

 

「ごめん、お腹痛いからいいや」

「そ、そうなの? 大丈夫?」

「うん、ほっとけば治るから。お姉ちゃん食べてきて」

「……わかったわ」

 

 フランには家族が三人いる。父と母と姉の三人である。

 仲は悪くない。が、親密とも言えなかった。疎まれているわけではない、ただフラン自らが少し距離をとっている。

 

 フランは耳を澄ませ、扉の向こうの気配を探る。

 姉が去ったことを確認出来ると、再び本に注意を向けた。

 

(ごめん、今いいところなんだよね)

 

 再び本を覗き込むと、背中から伸びている七色の結晶を持つ翼がゆらりとゆらめいた。

 フランと呼ばれた彼女の名前は、フランドール・スカーレットという。生まれたころはそうではなかったが、ものごころついたころから病弱になった。

 病弱になった彼女はたびたび体の不調を訴えた。

 例えば部屋から出るような時や、部屋から出る時、そして部屋から出るような時などである。

 

 ――仮病である。

 

 といってもまったく部屋から出ないわけではない。例えば、父の書斎に向かう時や、空腹に耐えかねた時など、部屋から出ることは多少あった。

 

 これには彼女の前世の記憶といえるものが関係している。

 彼女は生前、部屋にこもりパソコンに噛り付いて生きていた。だが、ある日我慢の限界がきた家族に家を追い出され、その日の内になぜかフタが無かったマンホールに落っこちて打ち所が悪く死んでしまった。そして気が付くと今の体になっており、自分の姉の姿に見覚えがあった。そして、情報と記憶をたどり一つの答えにたどり着いた。

 

 四九五年引きこもれるのでは? と。

 

 しかしその目論見は、すぐにほころびを見せた。

 

 別に狂ってる気がしないけど? と。

 

 はたから見れば、前世の記憶などといってる段階でだいぶ狂ってるが、口にしても恥をかくだけと思ったのでなにもいわなかった。その代わり採用したのが病弱設定である。

 

 だが誤算があった。

 半ひきこもり状態になったあと、超絶暇になった。

 

 パソコンがない! と

 

 当然である。

 そんなわけで、彼女は消去法で本を読むことにした。

 しかし、文字が分からない。

 文字が読めないのは死活問題だと、時間を忘れての猛勉強に励んだ。それから家族との交流はだんだん少なくなっていった。とはいえ、両親も気にかけている言葉をよくかけたし、また姉はそれ以上であった。

 彼女の姉は交流を図ろうと、半ば強引によく近づいてきた。

 

「――フランは物知りなのねー」

「……別に、そういうわけじゃないけど」

「いいえ、すごいわ! さすが私の妹!」

 

 そういうと、彼女をぎゅっと抱きしめしばらく離さない。

 そんな姉を抱きつく癖があるんだなぁと彼女は思うだけであったが、実情は少しでも妹に構いたかった姉の心理であった。

 

 妹であるフランに抱きつく彼女は、フランが妹というだけでとにかく可愛く思えた。だというのに、一緒に住んでいるというのに、どうしてあまり会えないのだと、そう思うと体が勝手に抱きつきにいった。そんな姉、レミリア・スカーレットの最近のお気に入りは、表情の薄い妹の笑顔を見ることである。構いたおせば最後には笑顔が見れることを経験的に知ったレミリアは、少々そっけない妹の対応にまったくめげずに妹の元に通い詰めた。

 どうしてあまり会えないのと嘆いているレミリアは、実は毎日妹に会っていることに気づいていない。

 

 

 

 あれからしばらく本を読んでいたフランは、そういえば今日はまだ姉が来ていないと思い、じきに部屋の中にまで来襲するであろう姉を想像してキリのいいところまで読み進めてしまおうと、読むスピードを上げた。

 だんだん姉の対応をすることに楽しさを覚え始めていること、それにまだ気づいていないフランドール・スカーレットである。

 

 そして今日もやってきた。

 

「フランー?」

 

 フランが適当に返事をすると、レミリアが部屋に入ってきてすぐ隣に座る。いつもの流れである。

 

「今日はね――」

 

 そしてその日あったことをレミリアは嬉しそうに話すのである。

 はじめは小さな女の子の話すことにうまく反応が出来ずに困っていたフランは、必死に話すレミリアを悲しませまいと最後に笑顔を作るだけだったのだが、最近では話の内容なんて関係なくなった。

 

「それでねっ――」

 

 話が進み昂ったのか、レミリアは体全体をせわしなく使って表現しようとする。動きに合わせて、薄い水色がかった髪を揺らし、妹と同じ赤い瞳を輝かせる。

 話を聞くフランは、ただレミリアが頑張って話している姿を見ているだけで、作らずとも自然と笑顔が出るようになった。

 

「――レミリア、フラン? そろそろ日が昇る時間よ?」

 

 母親の声。

 延々と続きそうなレミリアの話も終わる時がきた。

 

「わかりましたわ、お母さま」

 

 そういうとレミリアは立ち上がり、フランに一度抱きついたあとに、部屋を立ち去った。

 フランと同じ薄い黄色の髪を腰まで伸ばした女性は、優し気にフランに微笑んだ。

 

「夜明けまでずっと話していたのね。お姉ちゃんは好き?」

「……うん」

「それはよかったわ。お体の事もあるけど、なにかあったらすぐにいってね? 私じゃなくてもレミリア、それにお父様だっているのよ?」

「……うん」

「それじゃあ、お休み」

「うん、お休み」

 

 母親が去っていくと、フランはほっと安堵のため息をついた。

 苦手、そういうと少し違う。困っている、戸惑っている、そういった言葉の方が合う。

 前世の記憶を持つフランドールにとっても彼女は間違いなく母親だったのだが、フランドールに内在する精神は見た目のままの小さな女の子ではない。つまり、見た目相応でいるには演技が必要になるわけだが、羞恥心が邪魔をして出来なかった。だからといって自然体だと、かなり不自然である。

 そういったわけで、言葉数が少ない。

 

 彼女の一日の主な出来事は、読書と寝ることと姉との会話くらいなものであった。

 寿命の長い生き物の多くは、時間というものに対してのんびりしているもので、フランはこの生活を十年続けることが出来た。

 十年、これはそういった長命な生物にとっては、たったという形容がつけれる程度の年月であるが、人としての心をまだ持っているフランにとってはそこそこに長く感じられるものだった。

 そんな十年間、フランは本を読み続け、魔法にも手を出して数年が経っていた。

 すぐに魔法を使わなかったのは、記憶に自身の能力の事があったからだ。充分に魔法の知識をつけてからと思ったからである。

 

 しかし、家の蔵書は10年もあればある程度は読み切ってしまった。

 引きこもって本ばかり読んでいればそうなるのだが、それよりも屋敷に本がそこまで多くないのもあった。

 諦めきれずに、どこかに本が隠されてないか館の中を練り歩いたりもしたが、その都度レミリアに絡まれるので、ほどなくして諦めた。

 

 それはさておき、いざ魔法に手を出してみるとこれが思いのほか面白かった。それだけでなく、実践を経ることによって、一度読んだ本の内容が深く理解出来るようになり楽しくてしょうがなかった。屋敷の本は量より質であったらしく、フランはひたすら読み込んだ。同じ本なのに魔法の理解度が深まった後に読み直すと、まったく違うものに見えて面白かった。なにより自分の成長を強く感じれて嬉しかった。

 さらにまだある。

 当然といえば当然だが、魔法の才能がピカイチだった。

 特に自身でもその才能を感じたものは、目の良さである。例えば、指先から火を出そうとして失敗した場合、その良すぎる目がすぐさまその原因を特定し、改善点を発見出来た。トライ&エラーの回数がとにかく少なかった。

 やればやるほど上達する魔法に、当然のごとくフランはのめり込んだ。

 

 しかし、いかに時の流れに頓着しないといっても時が流れる速さは変わらない。

 力のある吸血鬼が定住していれば、その存在を危ぶんだ人間はやってくるのである。



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第2話

 月がその姿を丸く見せている夜、スカーレット家は揃って食事を行っていた。

 空腹に堪えたフランも出てきている。

 場所は館の庭園。月明りがひどく綺麗であった。

 白い長方形のテーブルに吸血鬼が四人。その周りには執事服や給仕服の異形の者。

 

 スカーレット家の館に住まう者はその家族だけではなく、人間からの迫害などで庇護を求めてやってきた妖怪など、館には異形の者たちが多くいた。その者たちはスカーレット家の従者として仕えている。

 

 フランとレミリアの父であるスカーレット伯爵は、グラスを月に掲げる。深紅の液体がゆらりと揺れ、その表面には歪んだ月が映る。中の液体をあおると、機嫌良さげに微笑む。

 その横にはレミリア、対面にはフランと母親。

 従者も交え、食事と共に月光浴を楽しんだ。

 

 フランは食事を終えると、自室に戻り、また魔本を読み始めた。空腹で中断したものの、中々に良いところで止めていたので早く続きが読みたかった。

 結局それは、夜が明け太陽が空に昇り、天頂へ至るまで続けた。

 そんな時間にまでなると、フランは強い眠気に負け、ぐったりと寝た。

 

 そんな仲の良い家族が住む館は、人間からすれば完全に悪魔、妖怪が跳梁跋扈する魔の巣窟である。

 というようなわけで、この館にはよく人が訪れた。

 人が多少武装したところで、館の者たちすると観光客がやってきたようなものであるが、時折り、悪魔祓いの修練を積んだ人間も混じってくるためあまり気が抜けないでいた。

 日中は眠い上にあまり力が出ないスカーレットファミリーは、いつも従者たちに始末に任せていた。

 

 

 だが、そうもいかない事態になった。

 昼過ぎ、やけに気合が入った人間の集団が館にやってきていた。

 当然観光客ではない。

 三十を超える人間の集団、その全員が白いローブに身を包み、重々しい雰囲気を醸し出している。

 その集団は館に近づくと、大した会話もなく、手話のような合図のみで行動を開始した。

 

 三つに分かれ、その大部分は正面から玄関にへと向かう。

 無人となった門を抜け、敷地内へと入る。

 

 視界のひらけた庭園。館の者が発見し、その数の多さから仲間を呼ぼうとするが、白い発光、叶わず倒れた。もう二度と動くことはない。

 次々と発光が起こり、その都度異形の者が倒れていき、すぐに庭園には人間以外いなくなった。

 そして、館の中へ――。

 

 

 フランはふいに意識を取り戻した。

 薄目でぼんやりと天井を見ている。頭を襲う寝不足の痛みもあり、寝てすぐに起きたことが分かった。

 

「うぇ……」

 

 なんで起きたんだと自分の体に文句をいうも、どうしようもないので再び寝ることにした。夢の世界へ旅立とうとしたフランの耳に、物音が聞こえてきた。

 

(またお客さんかな?)

 

 魔本に熱中して昼まで起きてることがあるフランは、何度か経験したことであった。最初の内は不安に思っていたが、なんどもなんどもあったので、今では小鳥のさえずり以下のものになっていた。

 だが、この日は――。

 

(なんかいつもよりうるさいなぁ。お姉ちゃんが起きないといいけど)

 

 ゆっくり寝ているであろう姉を想った。

 寝不足気味の姉がそれでも襲来して文句を言いながらうだうだと喋り、しばらく経ってからようやく母親が来る。このよくあるパターンを考えるとさっさと寝なければと思った。

 

(今日の話のネタはなんだろう)

 

 何度目かの寝返りをうつ。

 

(起きたらお父様の書斎に忍び込んで本取ってこよ)

 

 もう一度寝返りをうつ。

 だんだん寝る気が薄れてきている。

 

(……なんかまだ騒がしいなぁ)

 

 しかし自分が打って出ようとは思わない。

 いくら吸血鬼といえども、自身の幼さはよく分かっていた。魔法もまだ初めてそこまで年月が経ってない。それが分かっているフランは、襲撃者の前に姿を晒したことがなかった。

 

(少し静かになったかな?)

 

 耳を澄ませる。

 

(何もないといいけど)

 

 不思議と、いつもは感じない胸騒ぎを感じている。

 

(大丈夫、だよね? いざとなったらお父様がいるし……)

 

 自身を安心させようと、そう考えていた時だった。

 

 ――断末魔。

 

 耳を突き抜けた。

 それは聞いたことのある声で、でも聞いたことがないような音で。

 心臓が冷たく、同時に重くなった。

 

(まさ、か)

 

 体が硬直する。横になったまま目を見開き、脳が導き出した答えを必死に否定する。

 重い息を重く吐き、重い体を動かそうとする。

 ゆっくりと起き上がり、ゆっくりと足を動かし、ゆっくり扉を開け、館の中央ホールへとゆっくりと向かう。

 行きたくない、けど行かなければいけない。そんな思いで、体を動かす。

 

 やがて行き着いた見慣れたはず館の光景は、真っ赤だった。

 

 エントランスホール。

 倒れ伏す従者たち、血にまみれた父、その腕には動きが見えない母。

 赤い絨毯の上に赤い塗料が広がり、床に伏す白いローブもまとめて赤く染めていた。

 その隅で震える小さな女の子が恐怖に染めた赤い瞳で、この場に現れたフランドールを映した。

 

「フランッ」

 

 悲鳴にも似たか細い声は、その場の全員に届いた。

 数を大きく減らした白いローブの集団も、妻の亡骸を抱える父もフランを見た。

 

「っぁ――」

 

 フランはドクンと自身の心臓が跳ねるのを感じた。

 優れた眼と脳がこの場の状況を正しく把握させ、その情報を頭で必死に否定し、その否定を目に映る映像が否定し、それもまた否定しようと頭を動かし――。認めない限り果て無く行われるトライ&エラーが、フランの中で高速で行われる。

 定まらないは心は先行きの見えない恐怖で満ち、それがフランの自棄混じりの行動に結びつかせた。

 

「あああっ――――」

 

 自室でこっそりと練習していたのとは違う、ひどく荒っぽい魔力が練られ、行使される。

 魔弾となったそれが白いローブの集団へと殺到する。

 

「――結界を急げっ!」

 

 人間程度ならば十分に殺傷能力を持ったそれに、白いローブの者たちは対応するために動き出す。

 

 

 それは彼女の父、スカーレット伯爵にとっては十分な隙となった。

 腕に抱えた妻を離すやいなや、集団へと突貫し暴力的な力でその周囲の人間を全てを薙ぎ払い、殺傷せしめた。

 離れた位置にいた白いローブの幾人かが術を行使するが、もう意味をなさなかった。伯爵は自身を襲う白光など構わず、そのまま突っ込み、術の行使者の胸を爪で貫いた。

 貫いた死体を投げ捨てると、再び疾走を開始する。

 他はない。ただ敵を殺傷するためだけに体を動かした。

 しかし、それも終わる。

 

「……悪鬼めっ」

 

 一番奥にいた男が強く光る十字架を握りしめ、伯爵に突き付けていた。

 十字架そのものには影響はなかったが、それに込められた力がスカーレット伯爵を動かさせない。普段ならばともかく、いくつもの攻撃を受けて消耗している体では抗えなかった。

 

「っまだ――」

 

 まだ失っていないものがある。伯爵は隅で怯えながら見ているレミリアと、目を見開いて硬直したままのフランドールを見た。

 

 伯爵は無理やり、体を動かそうとする。

 理屈もなにもない、ただ動かせない体を無理やり力で動かす。

 ギチギチとおよそ肉体が立てる音ではない音を立て、徐々に体を動かす。

 

 敵に、その様子を黙ってみている理由はなかった。ローブの男は手に持つ十字架へ籠める力をさらに増大させる。

 動きが止まる。

 ローブの男はふところから杭を取り出し、伯爵の胸に突き立てる。

 伯爵は、歯を噛みしめ声を上げずに地に伏した。

 

 ローブの男は特に感慨も見せず、ただ任務を遂行するように残った仕事を片付けようとする。

 まずは近い方からと、フランドールへと歩み寄る。

 

 迫り来る男。呆然と見ているだけのフラン。

 しかしその内では、変化が起こっていた。

 

 ――覚醒。

 

 最期の父親と目が合った時に、この後に起こるであろう未来がよぎったからかもしれない。

 冷え切った思考に本能が熱を与え混じり合い、その両面を持った頭が思考を加速させていく。

 フランの頭の中には、本で読んだ人の図形やどこかで見た記憶がある人体模型などが浮かんでいた。本能で、近寄ってくる男をそのまま人間として理解した。

 筋肉の動き、血流、骨格、なにもかもが手に取るように分かった。

 そして実際にそれを手に取れた。

 それをぎゅっと握り潰す。

 

 ――瞬間。歩み寄ってきていたローブの男ははじけ飛んだ。血や細かい肉片が半円状に飛び散り、フランの身を赤く染める。

 

 ぽつりと言う。

 

「――大丈夫?」

 

 姉の方を見ると、目を見開いて固まっていた。その瞳には恐怖と困惑が混ざっていた。

 フランは、座り込んでいるレミリアに近づき、にっこりと笑って手を差し出した。

 その笑みは母親の笑みを真似したものであった。必死で姉を安心させようと。

 

「っふらん――」

 

 レミリアはフランに抱きつき、堰が切れたように泣き始めた。

 この日は、二人一緒に寝ることになった。



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第3話

 あれからすこし経った。

 これまでずっと一緒に寝ていたフランとレミリアだったが……。

 

「わたし、がんばるわっ」

「……お姉ちゃん?」

 

 レミリアがなんか張り切っていた。

 フランの寝ぼけ眼には、握り拳を作り気合が入っているレミリアの姿が映っていたがなんのこっちゃ分からなかった。

 

「いいえ、今日からはお姉さまとお呼びなさい」

「……お姉さま?」

「そうよ、今日から私はお姉さまよ!」

 

 フランはなにか突っ込んではいけない気がした。

 

(面倒なことになる気がする)

 

 しかし聞く必要もなく、レミリアの方から語りだした。

 

「……私ね、あの時何もできなかった」

 

 フランは表情変える姉を黙って見ている。

 

「でもね、今度はね、私、フランを守って見せるわ」

「お姉さま?」

「だから安心して? 私、頑張るから」

 

 フランは口をぽかんと開けたまま見ている。

 

(よく分かんないけど……、いいのかな? ……多分)

 

 元気を取り戻したように見える姉に、応援の意思を伝えるため笑みを浮かべた。

 

 その宣言の後、いくつか変わった事があった。

 まず、別々に寝るようになった。淑女たるもの一人でうんたらかんたらと、寂しげな瞳を隠しながら気丈に理由を説明していた。バレバレだった。

 

 他にもあるが、共通していることは個別に行動することが多くなったことである。

 もちろんレミリアはフランを避けているわけではない。ただ妹に心配かけたくないとの思いからのことであった。

 

 それはフランにも都合が良かった。

 魔法の修練に集中出来たからである。始めはただの盗難対策として父の書斎から価値の高い本を地下の一室に運び出しただけだったが、そのうちその地下室が自室と化す程にそこで魔術にのめり込んだ。

 その目的は、自身の身を守るためであることは間違いないが、それ以上に姉を守れる力を欲したからである。結局のところ姉妹で同じことを考えていた。

 

 レミリアもレミリアで、フランが地下室にこもっていることに対して喜んでいた。襲撃者は全て自分で倒すつもりだったので、地下にいてくれると助かるのである。

 そんなレミリアに対して、フランはこっそりと結界を張っていた。侵入者を感知すると反応が術者にいくようになっている。

 フランがこっそり見守っていることを、まだレミリアは知らない。

 

 

 

 年月は流れに流れ、レミリアは戦いに戦った。

 その間、色々な襲撃者がやってきた。

 中でも野盗が多かった。何も知らないとはいえ、夜に吸血鬼の館に訪れるという自殺行為としかいえなかったが、レミリアが戦闘経験を積むのに最適だった。

 複数人でこられた時などに逃したことはあったが、戦闘そのものは一度も負けなかった。

 多くの戦闘を経て、レミリアの能力はおそろしく高くなっていた。その才能を見るならば、親をはるかに超えていた。

 

 そのスカーレット伯爵の噂を聞かなくなり記憶が風化していっていた人間たちだったが、館から逃げてきた者から伝わった情報で、まだ吸血鬼がいることを知った。前と違うことは、それが幼い少女であるということ。

 

「フラン、喉渇いたでしょう?」

 

 地下にこもるフランの元に、死体を抱えたレミリアがやってきた。

 

「どうしたのそれ?」

「……なんか落ちてたのよ」

 

(誤魔化す必要がどこにあるんだろう)

 

「ふーん、人間って定期的に落ちてるもんなんだね」

「そうよ、落ちてるものなのよ、うん」

 

 顔を逸らすレミリア。

 

「お姉さま、服真っ赤だよ」

「え? ああ、これは……、ちょっと吸う時によごしちゃって」

「立派な淑女だもんね、しょうがないね」

「……小食のほうが優雅じゃない?」

「お姉さまは何しても優雅だよ」

「え? 本当?」

「うん、ほんとほんと」

 

 いかにも嬉しそうなレミリアを、少し冷めた眼でフランは見た。

 

(いつか悪いのにひっかかるんじゃないかな)

 

「あ、それ部屋にいれないでね。床が汚れちゃうから」

「あ、うん。そうね」

 

 もうフランドールとして生きてきた時の方が人間であったときよりも長くなっているため、人であったときにあった倫理観のようなものかなり薄れている。

 

「私も外に出ようかなぁ。そろそろ家の本じゃ物足りなくなってきたんだよね」

 

 どちらかというと肉体派の多かったスカーレット家には、魔術に関しての本があまり多くなかった。

 しかし、それはレミリアにとって危惧していたセリフであった。

 

「――だ、駄目よ! お外は危険だわ!」

「え? でもそれ外から捕ってきたんじゃないの?」

「え、いやこれは……、ほら落ちてたのよ。さっき言ったじゃない」

 

 フランは心の中で舌打ちした。

 

「でも本がないと退屈なんだけど」

「ご本なら私がとってくるから、お部屋で待っておきましょう? ね?」

 

(あ、これ折れないやつだ)

 

フランは理解した。

面倒であることを。

 

「……わかった」

「よかった! ちゃんとすごいの持ってくるから、ね?」

「もうわかったから、休んでていいよ」

「あ、うん。それじゃこれ、その辺に置いておくから」

 

 死体をぽいちょするレミリア。

 

「うん、お休み」

 

 レミリアは名残惜し気に去っていった。

 

「はぁ……」

 

フランはため息をついた。

 

(どーせ変なの持ってきちゃうんだろうなぁ)

 

 フランはレミリアの持ってくるであろう本に期待していない。そう思うと、思わず残り僅かになった未読本を惜しむように見た。

 

(館にはいっぱい本があった記憶があるんだけど、これってなんだっけ)

 

 フランドールとして生きてきた年月が、徐々に前世の記憶をただの知識と変えていっていた。ひたすら知識を得ようと魔本を読み漁ったのも、それを加速させる要因になっている。

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ったのち、レミリアは約束通りにフランに本を持ってきた。

 

「フランー? ご本、持ってきたわよー」

 

 機嫌が良さそうな声が、外から部屋に伝わる。

 

「入るわよー」

 

 レミリアが部屋に入ると、うつ伏せに倒れているフランが目に入った。

 

「ふ、フラン!?」

 

 慌てて駆け寄るレミリア。

 

「あ、なんだ、お姉さまか」

 

 首だけを動かして姉を見るフラン。

 なんかぞんざいに扱われた気がしたレミリアだったが、気にせずに容態を聞くことにした。

 

「どうしたのっ? お腹痛い? 病気? 大丈夫? お腹すいた?」

 

 まくしたてるレミリアは、いまだ横になっているフランを揺する。

 

「――すごい、暇だったの」

「え?」

 

 ぐでーっと伸びていたフランがうにょうにょ起き上がる。

 そして、まくしたて返す。

 

「あとちょっとだと思うとつい読み進めちゃうじゃん? そしたら案外早く読み終わっちゃうじゃん?

 そしたら読むものなくなっちゃうじゃん? とりあず書かれてあること実践するけど、それもすぐに終わっちゃうじゃん?」

「う、うん?」

「そしたら暇になっちゃうじゃん? でもお姉さまなかなか本持ってきてくれないじゃん?

 もう自分で外に取りに行こうかと思ったけど、お姉さま嫌がるじゃん?」

「……ふ、ふらん?」

「そしたらもう伸びてるしかないじゃん?」

「ご、ごめんなさい」

「別にいいよ。で、持ってきた本見せて」

 

 レミリアは、おずおずと数冊の本をフランに差し出した。

 

 『おいしいショートケーキの作り方』などなど。

 

 全てレシピ本だった。女子力高い。

 

「せいやっ」 

 

 フランは本を地面に叩きつけた。

 

「っひ! ふ、フラン?」

「……もう、自分で取りに行く」

「あ、ちょっとまって。それ結構頑張ったの」

 

 レミリアは部屋から出ていこうとするフランの腰に抱きついた。

 

「ちょっ、まってまって――」

 

 ずるずる引きずられるレミリア。

 

「ちょっと――」

 

 鬱陶しくなったフランは振り返ると、涙目で懇願するレミリアの顔が目に映った。

 

(そういえば、お姉さまの泣き顔を見るのって)

 

 フランの足が止まる。

 

(あの日、以来……。いや、あの日だけ)

 

 フランの中に後悔の念が湧いてきた。

 体を反転させ、レミリアを持ち上げ、抱きしめた。

 

「ごめん、お姉さま」

「ふ、ふらん?」

「私、お姉さまの気持ち考えてなかった」

 

 プレゼントを目の前で床にぶん投げられれば、誰だって少なからず傷つくものである。

 

(でも外には出ようかな)

 

 暇には耐えきれない。

 

「お姉さま、今日は久しぶりに一緒に寝ない?」

「え? でもそれは淑女として……」

 

 先ほどの行動を客観視できるような思考をレミリアは持っていない。

 

「そっかー、偶にはお姉さまと寝たかったなぁ」

「そ、そこまでいうのなら仕方がないわね。お姉ちゃんだもんね、妹のわがままは聞いてあげなくちゃ」

「あれ? お姉さまじゃなかったの?」

「……あ」

 

 しばらく姉に優しくしようと思ったフランだった。ちょっとだけ。



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第4話

 ついに耐えきれなくなったフラン。

 

(お姉さまが外出したときを見計らって……)

 

 外に出ると決めたフランは、準備を始めた。

 身を守る為の魔法はもちろんだが、姿の誤魔化し方が主になった。赤色の瞳と、奇怪な翼、人外だと疑われるには十分な証拠になる。

 

 ということで、ローブを羽織ることにした。

 翼は中になんか上手く隠して、瞳の色は魔法でなんとかした。

 

 準備が終わると姉の外出を待てなくなったフランは、姉が寝てる合間に行くことにした。

 

 フランは館を出ると、屋根の高さまで飛び上がる。

 あまり使っていない翼の感触を確かめながらの飛行。ここまで堂々と空を飛んだのは初のことで、なんだか気分が良くなった。

 空は曇っていて、ローブを羽織ったフランに日差しの影響は非常に少なかった。鈍色の空をいくフランは、自然と鼻歌まで歌っていた。

 手に持った地図をちょくちょく見ながら、目的の街までの大体の目安をつける。街の上で飛ぶわけにはいかないので、街の姿が見えればそれなりのところで降りる必要があった。

 しばらく飛行すると、街が見えてきたので地上に降り立ち、徒歩で進む。

 

 

 薄緑の草原をしばらく歩くと、街が近くに見えてきた。

 街は中規模程の大きさで、その周りを城壁で囲まれていた。

 城門には警備の兵が2人。

 

(怪しまれるかな……?)

 

 なにもかも隠している自分を思い、フランはフードを取った。

 薄黄色の髪に、魔法で変化させた黄色の目をした少女が現れた。

 

(これで大丈夫だと思うんだけど)

 

 ドキドキしながら門にまで進んだ。

 平然を装いながら門を抜けようとすると、声をかけられた。

 

「――おや、お嬢ちゃん。1人?」

「え、うん」

 

(な、なに……?)

 

「そっか、ちゃんと気をつけるんだよ? いいね?」

「あ、はーい」

 

 えらく可愛い少女が1人でいたから声をかけただけであった。

 おつかいかなにかだろうかと首をかしげた門番だったが、フランのは心臓が喉元まで飛び出たような気になった。驚きを表に出さないようにして、なんとか見た目相応っぽく装ったフランであった。

 

 街中は岩っぽく全体的にねずみ色だった。

 まず、フランは本屋を探した。

 が、この街はそこそこに広く、土地勘ゼロのフランは早くも迷うことになる。

 

(ここ、どこ……)

 

 とにかく歩き続ければ見つかると思っていたフランは、もうここまでどう進んできたかもわからなくなり、最悪このまま飛んで帰ることも視野に入れ始めた。

 

(人に聞いたほうがいいかもしれない)

 

 念のため人との接触は避けていたが、諦めた。これ以上さまようことの方が嫌になった。

 周りを見渡すと、いつの間にか裏路地にまで入り込んでいたらしく、人通りがなかった。曇り空の影響もあって、辺りは暗く、ひんやりとしていた。そしてどことなく砂っぽく、臭いが酸っぱい。

 

(ありゃ、どっちいけばいいのかな?)

 

 耳を澄ませ音を探ると、このまま真っ直ぐ進めば人が多い所へ行けそうなことがわかった。

 その様子を外から見ると、迷って立ち尽くす少女にしか見えない。

 そんな可哀想な少女に、良いころ合いだと近づいてくる者がいた。少し前からつけられていた。

 

「よぉ、嬢ちゃん。迷子かい?」

 

 フランが声の主の方を見ると、貧相な身なりをした男が見えた。

 

(臭い)

 

 身綺麗とはお世辞にもいえないその姿、フランはどういった人間かすぐに理解した。

 

「そうなの。おじさん、道教えてくれない?」

 

 そう男に尋ねるフランの目は嬉しげだった。

 実際に嬉しかった。

 

「――いいぜ」

 

 男は自身の後ろに親指を指し言う。

 

「ほら、こっちだ」

 

 フランは無邪気に微笑み、

 

「ありがとう!」

 

 と無邪気に言った。

 

 そして、フランが後ろへ歩みだし男の横にまできたとき、男はフランの肩を掴んだ。

 笑顔のまま首を傾げるフランに、男は卑屈な笑みで言い放った。

 

「馬鹿なやつだ。見た目からもしやと思っていたが、どっかの貴族の箱入り娘かなんかか?」

「まぁ、合ってるんじゃない?」

 

 フランは無邪気な笑みのままである。

 

「……まだよく分かってないようだな」

 

 男はそう言い終わると、力を入れ、逃げられないように自身の元へと手繰り寄せようとした。

 が、動かない。

 理解出来ない状況に男が身を硬直させた時、男の体は地に沈んだ。

 フランが、肩にかかっていた手をもげない程度に加減して下に向かって引いたのである。

 

「それで、道を教えてほしいんだけど。あ、ついでに本屋さんの場所も知りたいんだけど、教えてくれない?」

 

 笑みを崩さないフランに、男は恐怖を覚えた。

 

「お、おまえは――」

 

 言葉にならなかった。

 笑みが怖くてたまらなくなった。

 掴まれている手を切り離したいとすら思えた。

 

「ねぇ、教えてくれないの?」

 

 そう言うフランの口に牙が見えた時、男は自身の実情をはっきりと理解した。

 

「ば、化け物――」

 

 フランは口をはっきり開き、牙を見せつける。

 

「で、どうなの? 別にどっちでもいいよ?」

 

 生か死か。

 笑みのままのフランだったが、男には急かしているようにしか感じられない。

 早くこの恐怖から抜け出そうと、とりあえず大通りの場所を震える手で指した。

「ありがとねっ」

 

 掴まれた手が離されると、男は安堵のため息をした。

 

「っが――」

 

 男はもう息を吸うことはなくなった。空気の通る首筋には血で満たされた。

 

「まっず! なにこれっ」

 

 べーっと舌を出しながら、フランはこの場を立ち去った。

 

(お姉さまってちゃんと選んで捕ってきてたんだ)

 

 そんなことを思いながら。

 

 

 

 大通りにまで戻ってきたフランは、先ほどの男からの情報を頼りに、目的の本屋までやってきた。

 そして絶望した。

 

(なにこれ、しょぼい。なんていうか、すごいしょぼい)

 

 フランは失念していた。本屋なんて無かった。びっくりである。それでも諦めれずに、人に聞いてみると教会に置いてあるとのことだったので、教会へ向かった。

 

「おじゃましまーす」

 

 目鼻立ちが整いすぎたことからか、怪しまれずに本のある所までたどり着けた。

 しかしそこには、フランの求めるようなものはまったくといっていいほどになかった。

 

(聖書なんて読むかい! ご丁寧に鎖まで使ってるけど、こんなんほしいやつがどこにいるんだろう、……いやいない!)

 

 唾でも吐いてやろうかと思ったがとどまり、その場を去る。

 

(うぅっ、お姉さま、ごめんなさい)

 

 フランは心の中で涙した。

 

(まだレシピ本のほうがよかったっ。……ってわけでもないか)

 

 フランはさっさと街を出て館へ帰った。

 自室へ戻ると、そこにはレミリアがいた。

 

「フランっ! どこいってたの!」

 

 そういうレミリアはなんか涙目である。

 妙な気まずさにフランは目を逸らして、

 

「……トイレ」

 

 とだけ言った。

 この日、姉がひっつきすぎて大変な目にあったフランだった。

 

(……次はバレないようにしなきゃ)

 

 柔らかな重しにより体勢が変えれず、寝辛い思いをしたフランは寝床でそう思った。




この時代の本の扱いはよく分からないので消そうか悩みました。
調べてもいまいちピンとこなかったのです。

ありがとうございました。
優しい知識人の方々のご協力により、ちょこちょこーっと変えました。

綺麗ごとではなく、事実として皆さんとでこの作品は出来上がっていくのだと思いました。っわ、すごいいい人っぽい。


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第5話

 どうすればバレずにいけるか。あれこれ考えるも、

 

(でも外出てもすることないよなぁ)

 

 そんな結論にたどりついた。

 

「んー、つまんないー」

 

 どうしようもなかった。

 本から知識を得ることはひとまず諦め、魔法を自身で発展していくことにしたが、進捗は芳しくなかった。フランが得意としていたことは解析と再現であり、お手本が無いと効率が著しく低下したのである。

 新たに自分から何かをというのは経験がなく、手探りになった。

 とはいえそれなりのレベルにはなっているのだが、比較対象もないのでよく分からない。

 

 あれこれとやろうとするも手探り状態で先に何も見えず、苦しくなって一時中断する、それを何度も何度も繰り返しているうちに、フランは少し嫌になってきた。

 今までとても順調だったものが一転して急に進みが鈍くなれば、無理もないことだった。

 

 

 

 そんな日々を過ごしていたフランだったが、昼頃、ふいに起きた。

 異変を感じた。

 フランが、不意に目が覚め起き上がると、妙な感じを覚えた。感じたことのないそれは、フランの頭を悩ませた。

 

(なんだろ、これ)

 

 思考が悪い方向へと傾いていき、やがて答えにたどり着いた。

 

(結界が、破られた?)

 

 その結論に至ると、部屋を飛び出した。

 猛スピードでエントラスホールまで向かう。わずかな時間。フランは最悪の予想が頭から離れなかった。いつか見たあの光景。間に合わない惨劇。動けなかった自分。

 

 たどり着いたフランの目には血濡れた姉の姿が映った。

 目が合う。

 

「あら、フラン。お目覚めかしら?」

 

 優雅に微笑むレミリアの姿。ペロリと口元の血を舐めた。

 周りに散らばる人間の中でたたずむ姿は、一輪の花の上に立っているようで美しかった。

 

「……うん。お姉さまの顔が見たくて」

「あら、そうなの?」

 

 フランは意識して辺りを見回す。

 

「まぁね。じゃあお姉さまも一休みしよっか」

 

 フランはそう言うと、目をぱちくりさせるレミリアに近づき、額に手をかざす。

 わずかな発光ののち、レミリアは意識を無くしフランに寄りかかるように静かに倒れた。

 

「お疲れさま」

 

 フランの目にははっきりと負傷し傷ついた姉の姿が映っていた。そして、もう一つ。

 

「――死んだふりだなんて、せこい真似するよね」

 

 フランは、散らばる死体の中に一つだけ違うものを見つけていた。

 その者はその言葉に動きを見せたが、すぐにはじけ飛んだ。

 

「さて――」

 

 レミリアを抱えたフランは、姉の部屋を目指す。

 血で濡れた姉の服を脱がしベッドに寝かせ、自身もベッドに腰を掛ける。

 

(そういえば久しぶりに来た気がする)

 

 部屋を眺めていると埃が目についた。

 

「……掃除」

 

 呟くと、おもむろに立ち上がり、部屋を出た。

 ほどなくして、見つけてきたホウキとちりとりで掃除を始める。

 フランは別に掃除が好きというわけではない。自室を最低限掃く程度である。最低限とは人によって違うもので、フランにとっての最低限は床に寝転がって本を読める程度だった。困りさえしなけりゃ多少汚れててもいいじゃんくらいに思っている。

 そのくせ人の部屋を掃除しようとするのは、よく分からない。

 得意でない掃除に作業は難航したが、だるさを感じる度にレミリアの寝顔を見ると止めることが出来なくなった。それどころか次第に鼻歌まで出てきていた。

 

 綺麗になってきた部屋を見ながら、ふと思った。

 

(やっぱ二人っきりってのはまずいかなぁ)

 

 襲撃者を任せきりというのはやはり心に痛かった。とはいえ、一緒に戦うのは肝心の姉が良い顔をしないだろうと、フランは他の手を考えるしかなかった。

 

(そういえば門番とかいなかったっけ?)

 

 年月が経って薄れてきた記憶を巡らせる。

 

(ちゅうご……、いやなんか違った気がする。なんだっけ)

 

 手の動きは止めずに考えている。

 

「むぅー」

 

 口をとがらせて不満を表に出している。

 

「……まぁいっか」

 

 考える時は熱中して考えるところがあるが、詰まるとすぐに諦めて思考を辞めることもある。飽きやすい性格だった。

 そうこうしている間に掃除も終わったので、部屋を出て自室に戻る。

 

 フランは横になった。寝ようとしたがその気にならなかった。目を閉じたまま腕を伸ばして触れた本を取り、中を開く。

 何度か読んだことあるもので、内容は頭に入っている。が、なんだか書かれてあることがよく分からない。文字が浮いてるような感覚がして、集中出来てないことにようやく気付いた。

 

「はぁ」

 

 本を放り投げる。

 暇に屈したフランは、いつの間にか寝ていた。そんなものである。

 フランは目を覚ますと、心地いい夜の匂いを感じた。

 どことなく気分が良くなり、外の空気でも吸おうと外に出た。

 

 そんなフランの目に、門の向こうから近づいてくる人影のようなものが映った。

 夜目が効く吸血鬼の目を活かしてじっくりと見つめる。しかし、分かることは少なかった。チャイナドレスを着た長髪の女性ということだけ。

 

(人間? でもなんか違う気もする……)

 

 やがて門前までやってきたその女性は、じーっと見ているフランに向かって口を開いた。

 

「ここはスカーレット伯爵の館で合っていますか?」

 

 フランは返答しない。

 その様子に門前の女性は首を傾げた。月明りに照らされた赤い髪がゆらりと揺れる。

 

(あれ、なんだっけ。なんか覚えがある気がする。しかもすごい最近だっような気がするし、かなり昔だったような気もする)

 

「えっと、言葉が違うのでしょうか?」

 

 眉を寄せて考える風なフランに対して、赤髪の女性は困ったなぁと後頭部に手をやった。

 

「ああ、えっとなんていうか、あれだ。名前は?」

「名前、ですか?」

「うん、そう」

 

 ぎこちない会話。

 

「私は紅美鈴。――もう一度聞きますが、ここはスカーレット伯爵の館でよろしいですか?」

 

 フランの中の疑問が解消された。

 

「うん、多分合ってるよ」

「多分、とは?」

「まぁ色々あるの」

「はぁ。出来れば案内を頼みたいのですが」

「なんで? もう着いてるじゃん」

「会いたい方がいるので。ところであなたの名前もお聞きしておきましょうか」

「私? 私はフランドール・スカーレット」

「――なるほど。では、本当にこの館でいいようだ。あなたのお父上に用がある」

 

 闘気を感じたフランは、少し警戒色を強める。

 

「――何の用?」

「腕試し!」

 

 紅美鈴と名乗った女性は、両拳をがつんと合わせた。

 

(さて、どうしようか。すごいチャンスだとは思うんだけど)

 

「残念だけど、ここには私とお姉さまの二人で暮らしてるんだ。あなたの目的の人はずっと昔に死んじゃったよ」

 

 美鈴の顔が曇った。

 

「あぁ、でも今人間の間でウワサになっているとしたら、きっとお姉さまのことだと思うよ」

 

 美鈴の顔に明るさが戻った。

 

「ならば、あなたのお姉さんに会わせてもらいたい」

「今、お姉さまお休みしてるんだよね」

 

 美鈴の顔がまた曇った。



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第6話 vs ちゅうごく

 目の前の少女が相手になるとは美鈴には思えなかった。

 フランから感じる力は小さく、人間ではないだけの存在としか思えなかった。たとえスカーレットの名を聞いたあとであっても。

 美鈴は闘気を抑えるしかなかった。攻め込みにきてるわけではない、腕試しに来ている。気持ちよく、後腐れなく、これが美鈴のモットー。

 

「では、いつ来たらあなたの姉と戦えますか?」

「うーん、そうだなー」

 

(見た感じ微妙だよなぁ。夜ならお姉さまが勝つだろうけど、昼間は……なんともいえないなぁ)

 

「吸血鬼の館って分かってるんだよね?」

「それが何か?」

「普通、昼間こない?」

「腕試し、そう言ったはず」

「そっか、わかった」

 

 美鈴は首を傾げる。

 

「私がやろっか」

「あなたが? 失礼だが、あまり荒事には慣れてない様子に見える」

「間違ってはないけど、一応吸血鬼だしね。夜だし、退屈はさせないと思うよ?」

「では、あなたに勝ったらあなたの姉と戦わせてもらうということでも?」

 

 そんならとりあえず約束でも取り付けておこうという感じである。それと、せっかく来たことだし運動くらいしておこうかといった感じ。

 

「うん、いいよ」

 

 フランは無邪気に笑った。

 やりづらいなと美鈴が思ったその時、考えをすぐさま改めた。

 

「そっちからいいよ。あ、空に行ったりしないから安心していいよ」

 

 舐められたと思った美鈴だったが、目の前の少女から一気に放たれた魔力に、それだけのものを感じた。

 だが、負けるつもりなどさらさらなかった。強敵と戦うこと、それが目的でここまで来たのだ。

 

 美鈴は息を整えると、地を蹴った。すぐさまフランへ肉薄し、体に染みついた右ストレートを放つ。

 しかしその右拳は、狙いに届くまでに片手で受け止められた。

 美鈴は目を見開いた。

 そのまま美鈴の視界はぐるりと回転し、身の浮遊感から上空へと投げられたことに気づかされる。

 ロクに身動きがとれない上空で美鈴は、聞いた。

 

「いったじゃん、吸血鬼だって。夜は調子が良いの」

 

 美鈴は吸血鬼という種族を舐めていたことを実感させられた。

 

「お姉さまはもっと強いよ」

 

 美鈴が下を見ると、相変わらず笑顔のフランが。

 

「私はこっちだもん」

 

 そういうとフランは人差し指を立てた。

 色とりどりの魔力弾が湧き出るようにしてフランの周りを囲む。

 フランはにこにこと笑ったまま、その魔力弾を美鈴に向かわせた。

 

「これは――」

 

 美鈴の気が高まる。身体が踊るように興奮するのが分かった。

 向かい来る魔弾を一つ、二つ、三つと空中で弾いていく。

 やがて美鈴の視界に、地面が近づく。

 美鈴は身を固め、落下に備える。

 

 その様子をフランは見ている。

 

(どうしようか)

 

 フランは攻撃を止めていた。

 

(ただ勝つだけだと、そのままサヨナラとかなっちゃうかもしれない)

 

 鈍い音。

 砂煙。

 影。

 

「――勝った時の条件はきいたけど、負けた時はどうするの?」

 

 風が吹き、砂ぼこりが消える。

 中から現れた美鈴は、フランの疑問になんてことはない表情で答える。

 

「命を――」

 

 突進。

 美鈴は始めからそのつもりであった。

 だがこの状況でもそれが言えることに、フランは感心した。

 

(うん、やっぱり)

 

 顔面に向かって迫る拳を、体と首を少しだけひねり回避するフラン。

 距離が近い。

 

(問題はどうやって)

 

 体当たり。

 フランはぎょっとした。

 拳か脚か、四肢のみを注目していたフランには予想外の攻撃だった。

 後方へと飛ばされる。

 重い衝撃が伝わってきたが、ダメージはそれほどない。

 だが、美鈴はすでに吹き飛ぶフランを追いかけるように前進しており、その移動中に攻撃動作に入っていた。

 気の籠った一撃。

 フランは迷った。

 

(受けてみようか)

 

 選択。

 防御動作すら取ることをやめた。勝敗はどうでもよかった。別に目的が出来たのだから。

 しかし、フランの目は捕らえてしまった。

 美鈴の全身から湯気のように立ち上る、高まった気の塊ともいうべきものが。

 収縮し、拳へと。

 

(あ、これやばいやつ)

 

 とっさに防御姿勢をとるが、完全ではなかった。

 狙いも腹部だったようで、体をひねるだけではよけれなかった。

 下から拳が突き上げられ、庇った左腕をへし折り、そのまま衝撃が腹部を突き抜けた。

 

「っは、ぐっ――」

 

 くの字で宙に打ち上げられたフラン。思考が加速し、この後の未来を予測した。

 

(もう一度ある――)

 

 フランは自身の肉体を改めて確かめ、足の感覚を探し出す。幸い高くは飛んでいない。

 着地。

 地を蹴り、後方へ。

 

(やられるっ)

 

 こちらへ寄ってきている美鈴の姿が見えた。

 

(っまずい)

 

 スイッチが入った。

 フランは折れた腕ごと腕を振り回し、自身を中心に旋風のような魔力の渦を起こし、美鈴を阻む。

 足を止めた美鈴を見ることさえなく、フランはただ距離を取るため、翼をはためかせ上空へと飛んだ。

 

 両腕を広げ、魔力を練り上げ、魔力弾を生成する。すぐに百を三つほど数える程の量にまでなった。腕の痛みなどもうすでに感じていない。

 色とりどりの魔弾と共に、羽に下がる七色の結晶がギラギラと輝く。フランは広げた腕を振り下ろし、美鈴に目がけて一斉に射出した。

 その魔力弾は、先ほどとは威力、速度ともにレベルが違った。

 

 自らに真っ直ぐ向かってくる魔弾に美鈴は右へ地を蹴る。魔弾はそれに合わせてぎゅるりとカーブし、美鈴を追いかける。

 二度、三度方向を変えても追ってくる魔弾に、美鈴は回避を諦め、どっしりと構えた。

 一つ一つが必殺のものだと思い、美鈴は襲い来る魔力弾に迎え打とうした。

 一つ目の魔力弾に触れた時、美鈴は自身の見通しの甘さを感じた。

 弾けない。

 ――ならば相殺。

 そう思った。

 

 突いて、突き。さらに突き、そして突く。

 それを幾度も繰り返し、襲い来る魔力弾を片っ端から全て相殺する。

 

 ――やりきった。美鈴は顔を上げた。

 

 上空のフランの周りには、今必死に消し切ったものと同量の魔力弾が浮いていた。

 美鈴はそれに敗北を悟った。

 

「……覚悟はとうに決めている」

 

 最後まで気を振り絞って戦う。死ぬのなら、その前に全力で生きたい。

 そう思い、静かに構えた。

 

 上空の魔力弾は色とりどりに輝いている。

 ゆらりゆらりと動きを見せ、次第に光を失い、そして消えていった。

 

「え?」

 

 疑問の中の美鈴に、戦意が感じられなくなったフランが言葉を放った。

 

「ごめん、私の負けだね」

 

 訳が分からない美鈴。

 

「空飛ばないっていったのに、飛んじゃった」

「いや――」

「でも悪いんだけど、今はお姉さまには会わせられない」

 

 人の話を聞かないフラン。得意技である。

 

「どうしてもというなら、まだ相手になるよ」

 

 自分の思考だけを積んでいく。

 

(舐めるとまずいことは、よくわかったし)

 

 美鈴は、よくは分からないが自分の敗北であることは間違いないと思った。

 

「……私の力不足には違いありません」

 

 苦渋の顔で言う美鈴。

 

「私の負けです。どうぞ好きになさってください」

 

 美鈴は力を抜き立ち尽くした。

 フランは思った。

 

(ん? まてよ、これってチャンス?)

 

「じゃあ、その命貰うね?」

「構いません」

「じゃあ、明日からよろしくね」

「は?」

「昼間だけでもいいから、お願いね」

「いや――」

「お客さんもちょこちょこくるからそんなに暇にはならないと思うよ」

「ちょっと」

「あれ、嫌? 希望するなら、お姉さまとも戦えるように話してみるし、もし駄目なら私がやるから。ね? 駄目?」

 

 美鈴は諦めた。きっと話が通じない相手なんだろうと。

 

「……分かりました。よく分からないですがよろしくお願いします」

「あ、よかった! じゃあ、よろしくね美鈴!」

「……はい」

 

 にこにこと笑うフランを見ていると、美鈴は思わずため息が出た。

 

「そんじゃ、中に案内するね。かなり散らかってるから、気をつけてね」

「はぁ」

 

 先導するフランについていく美鈴は曖昧な返事しか出せなかった。

 

「いやー、門番が欲しいなーって思ってたらちょうど来てくれて助かったー」

「門番ですか?」

「うん、そうだよ? あれ言わなかったっけ」

「……どうでしたっけね」

 

 そういえばと、フランは疑問を口にした。

 

「なんか口調変わってるみたいだけど、楽にしていいよ」

「いえ、別にかしこまってるつもりはありませんよ。これも標準ですので」

「ふーん」

 

 扉が開かれ、館の中が見れると、

 

「っうわぁ……」

 

 と、美鈴は妙な声を出した。

 まず目に入るのはエントランスホール。つまり一番汚れているところだった。髑髏に、ボロ布、辺りにはいつ付着したのかも分からない血。悪魔の館といえばそれらしいものであった。

 

「……これは、なかなかですね」

「でしょ?」

 

 フランはすぐにその意味を察した。頭は悪くないのである。他人に合わせるという習慣がないだけで。

 

「でも片付けるのめんどくさいんだよね、あいつらちょくちょく来るし。だから、まぁ自室だけでも片付けれてればいいかなみたいな」

「はぁ」

「あ、部屋はどこがいい? どこでもいいよ。ほぼ使ってない部屋ばっかだし」

 

 美鈴はすぐには決めれなかった。

 

「えーっと、フランドール様でよろしいですか?」

「フランでいいよ」

「では、フラン様。使われてる部屋の階層だけ教えて貰えませんか」

「んー、お姉さまは上で、私は下かな?」

 

 あまりにも簡単すぎる答えであった。

 

「では、私はその真ん中にします」

 

 あとは自由に選んでいいと言い残してフランは去っていった。

 美鈴は部屋を決めると、疲れた体を投げ出すようにベッドに倒れ込む。すると、大量の埃が舞い上がったので、すぐさま起き上がり野宿することに決めた。



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第7話

 美鈴が館で門番をするようになってけっこう経った。

 

(器用だなぁ)

 

 門柱に寄りかかって寝ている美鈴。それをフランは目の前で見上げている。

 

(でも、この近さで気づかないって……。まぁいいけど)

 

「おーい」

 

 美鈴の顔の前で、フランは手を左右に振ってみる。合わせて地面の影が揺れる。

 起きない。

 

「めぇーりーん」

 

 呼ぶと、目が開かれた。

 

「はい、なんでしょう?」

 

 それはもう何事もなかったように。

 

「いやぁ、疲れてるのかなーって思って」

 

 フランははぐらかせて言う。

 

「いえ、精神統一です。気を集中させていたのです」

「ふーん」

 

(寝息聞こえてたけど)

 

「それでなにかご用でしょうか?」

「うん、ちょっと外出てくるから留守番よろしくねって」

「あぁ、かしこまりました。お気をつけて」

「うん。今度はうまい言い訳聞かせてね」

 

 飛び去ったフランを、美鈴は「あはは」と苦笑いで見送った。

 

 フランはたまに外に出ていた。本当にたまに。

 暇つぶし、気分転換、そんなところである。

 日が出てるうちは街へ、沈むとその辺を適当に飛び回わったり。

 街へ行くときは、おそらく無駄だと思いながらも本を探して街を巡ったりする。成果はない。

 ただの気分転換なのでそれはそれでよかった。

 人間も別に嫌いではない。好きでもないが。

 

 

 今日の気分転換先は街である。

 

「んー」

 

(せっかくきたし、なんかないかなー)

 

 深くローブを羽織ったフランは、ポケットのコインをチャリチャリ鳴らして街を歩いている。

 パンの焼ける匂い。呼び子の声。馬車の車輪の音に馬のひづめの音。

 

(この前来た時より賑やかになったなぁ)

 

 フランが前にこの街に来たのは百年単位で前だが、その辺の感覚が麻痺している。

 

(なんかどことなく街が白くなった気がするし)

 

 昔の記憶をたどるフラン。

 変化を見るのは楽しいもので、そのまま観光を始めた。

 あてなくその辺をひたすらぶらつく。

 

「っと、いけない」

 

 気がつくと日が傾いており、このまま観光を続けると門が閉まってしまうことになる。

 

「えーっと……」

 

 なにか適当に買って帰ろうとあれこれと考える。

 

(前は紅茶葉、その前はぬいぐるみ、その前は……)

 

 全部姉のレミリアに向けてのプレゼントだった。

 結局、日が暮れるまでさんざんぶらついた後、ケーキを買って帰った。

 街を出た辺りで、ローブを羽織った小さい少女を襲う浮浪者もいたが、すぐに大地の栄養になった。ケーキより魅力を感じないらしい。

 少し歩いて街から距離を取ると、ローブを取って腕に抱え、羽を広げ、空の旅に出た。

 

 

 館まで着くと、門前で美鈴がまだ立っていたのでフランはそこに降りた。

 

「ただいまー」

「フラン様、お帰りなさいませ」

「もう楽に喋っていいのに」

 

 美鈴は困ったように笑う。

 

「もしかして今までずっと立ってたの?」

「はい、お戻りするまでこうしているつもりでした」

「夜はお姉さまも起きてるからいいのに」

 

 苦笑いで頭をかく美鈴。

 

「まぁ、いいや。ケーキ買ってきたから皆で食べよ?」

「おぉ、これは。喜ぶでしょうねぇ」

 

 レミリアの事である。

 

「甘いもの好きだからね」

「ええ」

 

 一緒に行く二人の頭の中に、喜ぶレミリアの映像が流れた。

 館に入ると、フランはレミリアへ知らせに、美鈴は準備にいった。

 館はそれなりに見れるようにはなってきている。あくまで前よりかではあるが。

 館のあまりの惨状に見かねた美鈴が少しずつ掃除を始め、罪悪感にかられたフランがそれを手伝い、好奇心を発揮したレミリアが水浸しにするといった風。

 

「……フラン? どうしたの?」

 

 フランがレミリアの部屋に入った時、レミリアは寝起きだった。

 目元を指でごしごししながら、くわぁとあくびをしている。

 

「ケーキ買ってきたよ」

 

 レミリアは目をぱちくりとさせた。が、すぐに、フランが見せたものが洋菓子店の包装であることに気づき、理解した。

 

「街に出てたの?」

「うん」

 

(またか)

 

 これから先を思ったフランがそう思うのも無理はなかった。

 

「大丈夫だった? なんかよく分からない悪いのに騙されてない?」

「だから大丈夫だって」

 

(お姉さまじゃあるまいし)

 

「本当? お外は色々危ないから……」

「多分、危ないのは私たちの方だと思うよ」

 

 フランが外出するのは年に数回といった程度で、それ以外は籠って魔法の研究をしている。といっても最近は少し手詰まり気味で、それに耐えきれなくなると、外に出て気分転換をするといった感じである。

 

 コンコン。

 

「お茶の用意が出来ましたよー」

「はーい」

 

 フランが返事をすると、美鈴が質のいい木製のサービスワゴンに、ティーポットとティーカップを乗せて部屋に入ってきた。

 部屋にある白い丸テーブルにケーキを置くと、美鈴が三人分に分け、カップに紅茶を注ぐ。紅茶の香しい匂いが部屋に広がり、レミリアは気分良さそうに空気を吸った。

 

「美味しそうね」

「そりゃ、私が買ってきたんだからね」

「そうだったわね」

 

 くすくすとレミリアが笑い、それを見たフランも笑い、その二人の仲睦まじい様子に美鈴も笑った。

 

「もうあなたも長いんじゃないかしら?」

 

 レミリアは美鈴に気を向けた。

 

「そうですね、なかなか楽しくやっています」

「それはよかったわね。なかなか腕も上達してきたみたいで」

「ええ、非常に実りの多い日々ですよ」

 

 美鈴とレミリアはよく模擬戦闘を行っていた。目的は単純明快、実力の向上である。勝ち負けにこだわりすぎない、ただただ純粋に力をつけるためのもの。これによって互いの実力はいちじるしく向上した。そしていずれはフランとも再戦したいと考えていた。

 だが、美鈴は初めのあれ以来フランと戦ったことがなかった。

 要因はいくつかあったが、一番はレミリアの言葉だった。

 

「私よりフランの方が強いわ」

 

 その言葉は美鈴に抵抗なくすんなりと入り込んできた。決してレミリアを侮ってるわけでもない。ただ初めフランと戦った時に感じた、底の見え無さが脳裏に張り付いている。フランが普段まったく戦ったりしないところも不気味だった。

 実際は出不精気味のめんどくさがり屋ってだけなのだが。

 

 それは置いといて。フランは元気にケーキをパクついていた。

 

「あれ? 二人とも食べないの?」

「あ、いただきます」

「そうね、いただきましょう」

 

 食べながらの雑談中、レミリアがフランの興味を引くことを喋った。

 

「あ、そうだフラン」

「ん? なに?」

「今度、あなたにプレゼントがあるの」

「プレゼント?」

「ええ。きっと、喜ぶわ」

 

 なんだろうと考えるフランだったが、いまいちわからなかった。

 

(期待はしない)

 

 レミリアの思惑は置いておいて、その言葉通りにフランは喜ぶことになる。




時の流れが加速していきます。ゆっくりじゃなくてごめんなさい。


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第8話

誤字修正とても助かります。
ありがとうございます。


 事は、えらく上機嫌でフランの部屋に入ってきたレミリアから始まった。

 

「ふ~らんっ♪」

 

 レミリアは横たわるフランを揺すった。返事が無い。

 

「ふ~らんっ♪」

 

 さらに揺する。

 

「ふ~らんちゃんっ♪」

 

 さらにさらに揺する、というところでレミリアの手ががしりと掴まれた。

 

「ふ、ふらん? いたいっ、いたいんだけど」

 

 顔を起こすと、眠たげな顔でレミリアを見るフラン。片目しか開いておらず、開いているその目も半分ほどにしか開かれていない。

 

「……なに?」

 

 握る手からは、ぎしぎしと音が出ている。

 

「あの、ちょっと、手がいたい。お願い、離して」

 

 レミリアが懇願すると、フランは手を離した。腕に小さな手形がついた。

 

「で、なに?」

 

 控えめにいってフランは不機嫌だった。三日ほど寝ていない。

 フランは熱中すると、そのままその熱中したものに時間を忘れて没頭する癖があった。それでやっとこさ寝付いたばかりのころ、超がつくほどの上機嫌で起こしにこられたわけである。

 

「あ、うん。それでね――」

 

 しかし、この程度ではまったくへこたれないレミリア。すぐにテンションが戻った。

 

「はい、これっ」

 

 レミリアはフランに一冊の本を差し出した。

 

「……なにこれ?」

「前にいってたでしょ? プレゼントがあるって」

「ああ、いってたね。結構前の話だから忘れてた」

「いいからいいから、見てみて」

 

ナチュラルに毒を吐いたが、レミリアにはまるで気づいた様子が見られなかった。 フランはため息をつきながら、寝ぼけ眼で本の表紙を見た。

 そして徐々に目が大きく開かれた。

 

「『魔法入門』?」

「ええそうよ!」

 

 どうよ! といわんばかりに胸をはるレミリア。むふふと声が漏れている。

 

「どーしたのこれ? どっかに落ちてたの?」

「違うわよ! 借りてきたのよ!」

「へー、誰に?」

「最近知り合ったっていっても数年前ではあるんだけど、まぁ友達にお願いしたの」

「へー、お姉さま友達出来たんだ」

「うん、そうなのよ。ちょっとそっけないけどね」

「ふーん」

「あれ? ふらんちゃん? もしかしてあまり嬉しくない?」

「え? とってもうれしいよ、うん」

「本当!? 無理に粘ったかいがあったわ!」

「……そうなんだ」

 

(誰かは知らないけど可哀想に)

 

 フランは手の魔本を、あおぐようにひらひらとさせる。

 

(初心者向けすぎてどうにもなんないなぁ)

 

 それでも、久しぶりに未読の魔本を見たので少しテンションが上がっている。

 

「いやね、なんか実力がないものが手を出すと怪我じゃすまないとかなんとかうるさかったのよ」

 

 自分の実力以上の魔本を見ればそうなる。

 

「でもね、わたしのふらんちゃんはさいきょーじゃない?」

「ねぇねぇ、お姉さま」

「なぁに?」

「いつまでそのテンションでいるの?」

「…………」

 

 少しの間。

 我に返ったレミリアが黙った。

 

「……まぁそれはいいんだけど。でも魔本持ってる友達なんているんだね。できればもっと上等なものがいいんだけど」

「……もしかして、それあんまりよくないの?」

「……お姉さまにはちょうどいいかもね」

 

 さすがのフランもハッキリとは言えなかった。

 

「お姉さまって、身体能力任せで戦ってるし」

「べ、別にそんなことないわ。この本の内容もちゃんと覚えたし……」

「そうなの?」

 

 いかにも意外といった風にレミリアを見るフラン。

 

「ええ、さっきいった友達に少し習ったのよ」

「なるほどね」

 

 フランは何度かうなずいた後、にっこりと笑って言った。

 

「お姉さまは、私の魔法がお姉さま以下のレベルだと思ってたんだね。よく分かった」

「え、そんなことないわよ! いや、なんか危険性がなんとかでこれしか借りてこれなかったのよ」

「へー、ふーん」

 

 フランはのそのそと起き上がり、周辺にタワー状に積まれてある本の群れから一冊引き抜いた。

 

「はい、これ」

 

 それをレミリアに渡す。

 

「これをお姉さまのお友達に渡してくれる?」

 

 なにこれ? と、レミリアが本を開こうとすると、

 

「――あ、開けちゃだめだよ。お姉さまなら大丈夫だとは思うけど、無用な怪我はしないにこしたことないし」

 

 といってフランは止めた。

 

「え? これ危ないものなの?」

「どうかな?」

 

 首を傾げるレミリア。

 

「その本をお友達に『本、ありがとうございます。たいへん読みやすかったです。お返しに比較的簡単なものですけど、こちらをお貸しします』って、伝えて渡しておいてね」

「え、ええ、分かったわ」

 

 いまいち要領がつかめないレミリア。

 

「あ、そうそう」

 

 そういえば礼を言ってないとフランは思った。

 

(言っとくか)

 

「あ、ありがとね。お姉さま」

 

 フランは今日初めて邪気の無い笑みを見せた。

 

「フランっ……」

 

 レミリアは感極まった。

 

「任せて! この本、絶対パチェに届けて見せるから!」

 

 レミリアは勢いよく部屋から出ていった。

 

(パチェ? お友達の名前かな? なーんか聞き覚えある気がするけど、なんだっけ?)

 

 開けっ放しのドアを見つめながらそんなことを考えた。

 答えが出ないまま立ち上がると、ドアを閉め、二度寝することにした。

 

 

 

 

 

 数日後、レミリアは再び部屋にやってきた。

 

「ちょっと私の友達に会ってくれない?」

 

 一番にそう言うレミリア。

 

「いいけど。誰?」

「この間いってた私の友達」

「ああ、お姉さまにも友達が出来たんだね」

「もうそれはいいから。――どう? 会ってくれない?」

「いいって言ったじゃん」

「そうだったかしら?」

 

 とういうことで、姉妹は館を出ることになった。

 真夜中である。

 寝ている美鈴を置いて、飛び立つ。

 空には砂金のような星々に、明るい橙色の月が浮かんでいた。

 

「会ってみたいってせがまれちゃって。さすがは私のフランちゃんね」

「――で、どんなの? 人間? 悪魔?」

「魔法使いよ」

「ど真ん中って感じね」

「性格は無愛想で、遊びにいっても本ばかり読んでるやつだけど、良い奴よ」

「それ本当に友達なの?」

「……当然よ」

 

 飛行中の二人に、遠目に街が見えてきた。

 

「あの街よ」

「へー、あそこいったことあるけど、何もなかった気がする。よく魔法使いとか見つけれたね」

「気分よくうろついてたら会ったのよ。ちょうど吸血鬼の爪が欲しかったとかなんとかで」

「あげたの?」

「えぇ、面白そうだったから」

 

 街は様変わりしていた。フランは時代の流れを実感した。寿命が長いとなあなあになるらしい。

 まずとにかく広い。ガス灯が道の端に並び、その他様々な物が精巧になっていた。

 入り組んだ路地の中のまた入り組んだ所でレミリアは止まった。

 

「ここよ」

 

 ノックせずに扉を開けた。

 

「パチェ~、来たわよ~」

 

 中は本ばかりだった。壁が本で天井も本で家具もなにもかも本だった。

 本で出来た壁の向こうから、そのお友達は姿を現した。全身紫である。

 

「ノックはちゃんとしてちょうだいって、いつも言ってるでしょ。どこぞのゴミかと思って排除しそうになるじゃない」

 

 と、不機嫌そうに眉を寄せ、レミリアに言う。

 薄い紫色の寝間着のような服に、腰まで伸ばした深い紫色の髪。前にかかる分には黄色や水色のリボンをしてまとめていた。本を読むときに邪魔になるからであろう。

 

「それがあなたの妹ね」

 

 と、フランを見て言った。

 

「フランドール・スカーレットよ。えっと、……パチェさん?」

「パチュリーよ。別に敬称はいらないわ」

 

 パリュリーは一冊の本を持っていた。

 

「これ、あなたのもので間違いないのよね?」

 

 フランがレミリアに持たせた本である。

 

「うん、そうだよ」

 

(あー、なんか少し思い出してきた。パチュリー・ノー……なんとか、たしかうちの館に居候? ニート?)

 

 フランはじーっとパチュリーを見ていた。

 

「先に謝るわね。といってもあれは仕方がない処置だと思うのだけども、まぁそれはいいわ」

 

 なんのことか分からずに、フランは首を傾げる。

 

「あの入門書よ。この本が楽に読めるってことは、私が貸した本は絵本代わりにもならなかったでしょうね」

 

 分かりやすいように、パチュリーは手の本を持ち上げた。フランがレミリアに御使いさせた本である。

 

「ああ、それは別にいいんだけど。久しぶりに魔本見て嬉しかったし。たまーに探そうと思うんだけど、どこにあるか見当もつかないんだよね」

「そのへんにあるわけないじゃない。あったら大問題よ」

 

 言われてみればと、フランは頭をかいた。

 

「で、友達の私はいつまで放って置かれるのかしら?」

 

 腕を組んだレミリアが口をはさむが、パチュリーはそれに対し表情変えずに言った。

 

「あなたが話に加わったら話が逸れてしまうわ」

 

 

 

 

 

 ふくれたレミリアを放って、二人は魔法談話に励んだ。あぶれた一人は、つまらなそうに椅子に座ってぷらぷらと足を動かしている。

 それは置いておいて。フランとパチュリーは中々出来ないレベルの話が出来るので、話がはずみにはずんだ。両者ともあまり話すタイプではなかったが、そんなことは無かったかのように話し込んだ。途中、何かが喚いて部屋を出ていった気もしたが意識外のことであった。

 しかし、実りの多い楽しい歓談も終わりは告げた。

 

「ねぇ~フラン~、そろそろ帰らない~?」

 

 外に出てもやることが無かったレミリアが戻ってきて、フランにまとわりついていた。それはもうとっても帰りたがっている。

 

「パチェ~、もういいじゃない。いっぱい話したでしょ? ね?」

「もう、レミィうるさい。今、いいとこなんだから」

「え~、そんなに話したいならうちにくればいいじゃない」

 

 何気なくいったレミリアの言葉にフランも乗る。

 

「あ、それいいじゃん。うちにきなよ」

「えぇ?」

 

 さすがに困惑するパチュリー。もうひと押しするフラン。

 

「ここもだいぶ手狭みたいだし、いっそうちに住んじゃえばいいと思うよ。部屋いっぱい余ってるし、うちにある本も読めるし。私もパチュリーの本読みたいし」

 

 パチュリーにとって魅力的な提案だった。本的な意味で。

 

「……住むかどうかは置いておいて、一度いってみるのも悪くないわね」

「やった。じゃあ、いこいこ!」

「えぇ」

 

 やっと話が終わったとレミリアが安堵した時、ふと気づいた。

 

「……あれ? 私も何度か誘った事あるけど、全部断られてなかったっけ?」

「気のせいよ。ほら、私体弱いの忘れた?」

 

 パチュリーはわざとらしく咳をした。

 とはいってもその理由は嘘ではなく、本当に体が弱く喘息を患っていた。今日のところは調子がよかっただけである。きっと。

 じっと見つめるレミリアの視線から逃げるようにパチュリーは外出の準備を始めた。




時代下りすぎたでしょうか。。


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第9話

 夜の空をしばらく飛んでいると、次第に館が見えてきた。

 

「ふーん、あれがレミィの屋敷ね」

「私の屋敷でもあるけどね」

 

 主張するフラン。

 

「お姉さまがうちですることなんて、寝ることくらいだからね」

「ちょっとフランっ」

「あら? レミィ、たしか前に……」

 

 パチュリーにジト目で追及され、レミリアは目を逸らした。

 

「美鈴と私だけで掃除してるからね。あ、あんまり綺麗じゃないけど大丈夫かな? さっき体が弱いって……」

「程度によるわ」

 

 広い館を二人で掃除というのも限界がある。

 

「わ、私も時々は……」

 

 ごにょうにょうにょ。レミリアの言葉は夜空の風に消えた。

 

「そのめいりんっていうのと三人で暮らしている、でよかったのよね?」

 

 館にだいぶ近づいてきた。

 

「うん、そうだよ。あ、ほら――」

 

 フランが指さした先には、門前でこちらを見上げている美鈴の姿があった。手を振っている。

 三人はそこに降り立った。

 

「お帰りなさいませ。お客人も一緒のようですね」

「うん、そうだよ。えっと――」

「パチュリーよ」

 

 自己紹介は自分ですると、パチュリーは声をはさんだ。

 そこにレミリアが当主風を吹かす。

 

「美鈴、人数分の紅茶をお願い出来る?」

「はーい、かしこまりましたぁ」

 

 優雅さをアピールしようとしたレミリアだったが、軽さを隠さない美鈴により露と消えた。

 そこに、

 

「ただいまー」

 

 と、フランが遅れて言う。その顔には得意気な笑み。

 わざわざ待ってたんでしょう? と言外に言っている。

 当事者の美鈴には理解出来た。美鈴はそれに苦笑で返し、館へ引っ込んだ。

 

「あら、フランったら律儀ね」

「親しき仲にも、……なんだっけ? だよ?」

「あぁ、気にしないでね、パチェ。この子、時々変だから」

 

 フランの笑みが固まった。完全に固まった。

 

「ふふ……」

 

 ただならぬ悪寒を感じたレミリアは急かした。

 

「さっ、いきましょっ」

 

 すたこらと早足で扉に向かうレミリアの後ろから、残りの二名がゆるゆるとついていく。

 館に入ると、咳の音が響いた。

 

「……ホコリっぽいわね」

「あー、それは気にしてなかった」

 

 丈夫な者には分からない。

 そしてその第一等が口を出す。

 

「駄目じゃない、ちゃんとお掃除しとかないと」

「……ほーん、はーん?」

 

 フランは、巧みにイントネーションを操った。

 

「な、なに?」

 

 たじろぐレミリア。

 

「別に、なにも?」

 

 なんとなく雲行きが怪しいことを感じた当主様。

 

「いやほら、私は当主としてやることあるから」

 

 食べて、寝て、外に遊びに行く。

 

「侵入者と戦ったり、ね?」

 

 レミリアは前に進み出て、手を広げ回り始めた。

 

「いくつもの激戦をここで繰り広げたのよ?」

 

 フランはにこにこしている。

 

「そうだね、そんなこともあったね。昔、すっごい汚れてたもんね。そこら中にこびりついた血を落としたのは私と美鈴だからね。おかげで変な魔法いっぱい研究しちゃった。

 それに美鈴が門で撃退するから、もうここが汚れることも無くなったし。あ、それからお姉さまってなにかしてたっけ? えーと、思い出せないなぁ……なんだっけ?」

 

 レミリアは下を向いてぷるぷる震え出した。

 すかさずフォローに入るフラン。にこにこしている。

 

「いや、お姉さま大丈夫だよ。お姉さまのおかげで色々助かってるよ」

 

 レミリアは顔を少し上げて言う。

 

「……たとえば?」

 

 フランの笑みが急速に失われ、真顔になった。

 さっとパチュリーを見た。

 パチュリーは目を見開き、固まった。

 私に聞かれても分かるわけないじゃないという言葉を必死に飲み込んだ。

 

「……レミィはスカーレット・デビルなんていわれて恐れられてるのだから、それは……カリスマ性的なものがあるとも考えられるわ」

「……ほんと?」

「そうだよ、お姉さま。そうそういわれることじゃないよ。……私だったら服汚さないし」

 

 ぼそっと最後に呟きが混じった。

 パチュリーはギロッとフランを睨んだ。

 しかし、最後の一言はレミリアには聞こえていなかったらしく、目に見えて調子を取り戻した。

 嫌な事だけは聞こえるという者もいるが、中には良い事はよく聞こえるという者も稀有ながらいる。らしい。

 

「で、部屋はどうするの? お姉さまの部屋?」

「それもいいかもしれないけど、本のあるところがいいわ。あなたの部屋なんてどうかしら?」

 

 そのパチュリーの要望は、

 

「私の部屋じゃなくて、フランの部屋がいいんだ……」

 

 レミリアの心へ打撃を与えた。先ほどのことで少し脆くなっており、戻ったはずの調子が崖から身投げ寸前となっている。

 パチュリーは友達の新たな部分を見すぎて、似た容姿の別の何かとさえ思えてきていた。

 

「――と、思ったのだけど、やっぱりここはレミィの部屋にしようかしら」

「うん、それがいいよ。お姉さまの部屋がなんか一番いいと思うよ」

 

 なんとかなった。

 そこに、カタカタと物が揺れる音がした。

 

「あれ? お三方、いつまでここにおられるので?」

 

 まだエントランスから動いていないフラン達の元に、美鈴が紅茶や茶菓子を乗せたワゴンを押してきたのである。

 

「あ、いや今から移動するよ。お姉さまの部屋ね。そう、なんといってもお姉さまの部屋ね」「はぁ」

 

 目をぱちくりとさせながらも突っ込まずに、相づちだけをうった美鈴。そのままワゴンを軽々と持ち上げ、階段を上がり、レミリアの部屋に向かった。苦労性だが回避能力を身に着けている。

 

 

 

 

 

 部屋に入ったパチェは呟いた。

 

「何もないわね」

 

 レミリアが激しく反応した。

 

「そ、そんなことないわよ! あ、ほら、これ面白いわよ!」

 

 そういうとベットの枕の横から一冊、本を取り出した。

 

「なにこれ?」

「中々に面白いわよ。つい読みふけっちゃうくらい」

 

 レミリアの肩ががしりと掴まれた。

 

「そうだね、つい妹の部屋から勝手に持ち出しちゃうくらいに面白いね」

 

 レミリアの肩がみしりと音を立てた。

 視線泳ぐレミリアの目に、美鈴が映った。

 

「――お茶が入ったみたいね。さぁ、飲みましょう? ねぇ美鈴?」

 

 苦笑いの美鈴。巻き込まれないようにしている。

 フランはため息をつくと、紅茶の用意された白い丸テーブルの席に座った。他の二名も続いて座る。

 

「では、そろそろ私はお休みしようかと思いますがよろしいですか?」

 

 美鈴が眠そうな様子で、フランに訪ねた。逃げたいらしい。

 

「うん、ありがとねー」

 

 フランが手を振り答えると、美鈴が立ち去り、三者ゆっくりと紅茶を口に含んだ。

 

「なかなかじゃない」

 

 そういったパチュリーに、なぜかレミリアが自慢げに笑ったころ、フランは話を再開した。

 

「で、いつ私の部屋に入って勝手に持ってったの?」

「もうそれはいいじゃない。ねぇ、パチェ?」

 

 優雅に逃げ腰であった。

 しかし追われる。

 

「パチュリーだったら、自室の本を勝手に持ち出されたらどうする? 怒る?」

 

 ねずみ落としならぬ吸血鬼落とし。

 パチュリーは目を伏せ、もう一口紅茶をすすると、ゆっくりとカップを置く。

 そして――。

 

「――殺すわ。少なくとも灰にする。悲鳴も上げさずにこの世から消し去って、私の記憶からもすぐさま消去してやるわ」

 

 無表情でいいきった。未来のことなんて分からない。

 

「そ、それは厳しくないかしら? ほら、悪意があったわけじゃないかもしれないじゃない?」

「いいえ、関係ないわ。後悔はあの世で十分にすればいいもの」

「だってよ、お姉さま。さて、優しく寛大な私はどうしようかしら?」

 

 芝居がかった感じに言うフラン。

 

「……ごめんなさい、フラン」

「いいのよ、お姉さま。私の部屋に勝手に入らなければ。大好きなお姉さまですもの、もうこれで十分ですわ」

「ふらんっ」

 

 『大好きなお姉さま』が脳内に反響するレミリア。そのままざっと立ち上がり、フランに抱きついた。フランの悪い笑みには気づかない。

 

「……あなた達の関係がよく分かった気がするわ」

 

 ため息をつくパチュリー。

 しかし、後に先ほどの発言をフランに大いにからかわれることをパチュリーはまだ知らない。むっきゅん。

 

 話題の転換に苦心したレミリアにより多少の会話が行われたが、超絶不慣れなことにより疲労したレミリアが早々にダウンしてベッドに愛を囁いたため、パチュリーとフランは部屋を出た。目指すのはフランの自室である。

 

「私の部屋は地下室だよ」

「地下?」

「うん、静かだから。本読んでる時に邪魔されて、その原因を吹っ飛ばしたくなったこととかない?」

「……なるほど、地下室もいいわね。今度考えておくわ」

 

 部屋に着くと、パチュリーは目を輝かせた。なんだか似合わない。

 

「……すごいわね。これ、読んでもいいのかしら?」

 

 もう本を手に取っていた。そうそう行わない素早い動きである。

 

「うん、いいよー。もちろん、今度パチュリーのも見せてくれるんだよね?」

「ええ、構わないわ。対価としては充分だもの」

 

 すでページをめくり始めている。

 

「……レミィに渡した入門書は冗談としても失礼なものだったようね。謝るわ、ごめんなさい」

「いいっていいって。逆の立場なら私も同じことしただろうしね」

 

 パチュリーは本をから視線を外し、部屋をざっと見回した。

 

「五十年、いや六十年か、もしくはそれ以上……」

 

 全て読み終えるまでの簡単な目算である。

 

「うーん、もっといい本ほしいんだけどねー。どこいけばあるのか全然わかんないんだよね」

「貴方が求めるレベルならそうあるものではないでしょうね」

「うーん」

 

 やっぱりかーと、フランは口をとがらせた。

 

「私の蔵書に数冊、貴方の目に適いそうなものがあったはずだけど……」

 

 フランは目を輝かせたが、パチュリーは目を曇らせた。ここから離れたくないのである。

 

「あ、……いやでも」

 

 思いついたように声を上げるが、取り消すパチュリー。

 フランは首を傾げる。

 

「どったの?」

「一冊だけ、今ここで貴方に提供出来そうなものがあるのだけれども、それは……なんというか途中というかなんというか……」

 

 フランの首がさらに傾く。

 

「簡単に説明すると、書きかけの私の本なんだけど。それなら今ここに呼び出すことか出来る。……どうかしら?」

「見たい!」

 

 即答。

 

「失望はしないとは思うけど……、まぁ、いいわとりあえず見て」

 

 パチュリーは目を閉じて胸の前に両手をかざし、なにかしら呟いた。

 紫色の発光の後、パチュリーの手の中に一冊の本が現れた。

 

「……これよ」

 

 フランは受け取ると、本をかざしてじっくりと見た。

 今行われた魔法に興味深々である。

 

「これ、本に仕組んでるの?」

 

 と、フラン。

 

「ええ、そうよ。分かるの?」

「なんとなくね」

 

 そういえばと、パチュリーは切りだした。

 

「レミィは本当に放っておいてよかったの?」

「うん。パチュリーを家に呼べて嬉しそうだったし、問題ないと思うよ」

「それならいいのだけど。少し、心配したわ」

「心配?」

「仲が悪いのかしらって」

「あはは。そんなことないと思うよ。お姉さまが私を嫌わない限りね」

「そう」

 

 少し改まった表情でフランはパチュリーに問うた。

 

「――パチュリーはさ、生きる意味ってある?」

「……考えたことないわ。あえて挙げるのならこれかしらね」

 

 パチュリーは本を持ち上げた。

 

「なるほど、パチュリーはそれかぁ」

 

 言い終わると、フランは目を伏せた。

 

「……私はね、よく分かんないの。でも、私にはお姉さまがいた。ただそれだけ。好き嫌いとかじゃなくて、ただそれだけ」

「そう」

 

 しばらく、ページをめくる心地良い音が部屋に響いた。



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第10話

 それから数年の後、パチュリーはスカーレット家に移住することになった。

 引っ越しの準備をしているパチュリーに、レミリアは暇そうに見守りながら話しかけている。椅子から動く気配は無い、手伝う気はないらしい。

 

「ねえパチェ、ほんとに地下室でいいの?」

 

 不満気に聞くレミリア。なにを今更とパチュリーは面倒そうに答える。

 

「地下の方が色々と都合がいいのよ」

 

 これも何度も言ったことであった。

 

「むー、でもぉ」

「でも、なに?」

 

 パチュリーは手を止めずにレミリアの相手をしている。

 もちろん力仕事ではなく、魔法でちょちょいちょいとしている。

 

「フランもそうだけど、地下室にこもって中々出てこなくなるんじゃないかって」

「それは否定しないけど」

「否定しないのね……」

 

 レミリアはうなだれる。

 

「必要なものが揃ってる所にいるのに、わざわざ外に出る意味なんてどこにあるっていうの?」

 

 答えは簡単。

 

「私がつまらない」

「知らないわよ」

「そう言わないでさ、今からでもいいから地下はやめない?」

「しつこい」

 

 似たような問答はいくつかしていたのだが、なんだかんだで付き合っているパチュリーである。

 

「そもそも場所が地下じゃなくても同じことよ。用が無ければ外にはでないわ」

「じゃあ地下じゃなくていいじゃん」

「そうね。でも地下でもいいわよね。それなら地下を選ぶわ」

「むー」

 

 一向に上手くいかない説得に、レミリアは折れかけた。すると愚痴のような不満が口から出てきた。

 

「……だって、フランなんか、自分から会いに来ることなんてほとんどないし。呼ぶか、部屋に行くかしないと会うことなんてないし。せっかく同じとこに住んでるのに……」

 

 作業がだいぶ進んできて、レミリアに気を割く余裕が出てきたパチュリーは、どうしたら適当に誤魔化せるかを考え始めた。

 

「呼べば来るんでしょ? 嫌われてるわけじゃないからいいじゃない」

「そうじゃないのよ。私からじゃなくて、向こうから来てほしいのよ。私からばっかりだと、まるで私がシスコンみたいじゃない。それは吸血鬼てきな秩序がアレでしょう? だから私は出来るだけフランに会いに行くのを控えてるのよ」

 

 レミリアに気を割いたがために、パチュリーは頭痛を感じることになった。片手で頭を押さえる。

 

「……交友関係を広げることね。それ以外にないわ」

 

 話し相手を増やせと言っている。

 

「え、なんで? 私たち友達でしょ?」

「ええ、そうね。でも何人いたっていいでしょう?」

「でもパチェ以外の友達なんていないわ。こんな逸材そうそういないもの」

 

 逸材ってなんだとは口にしない。

 

「あなたの館には妹以外にも、門番がいるじゃない」

 

 とはいうものの、パチュリーの機嫌は良くなった。唯一の友と呼ばれて少し嬉しくなったのだ。しかし、顔には絶対に出さない。プライドである。

 

「美鈴はダメよ。あれは友達じゃなくて、門番だもの」

「……仲悪いの?」

「いいえ、関係良好よ」

「よく分からないわね」

「本ばかり読んで引きこもってるからよ。火の熱さは書物でいくら読んだって分からないでしょう?」

「いくらでも反論はあるのだけれども、……まぁいいわ。――終わったわ」

「もうっ、待ちくたびれるところだったわよ」

 

 レミリアは勢いよく立って、ぐぐっと背伸びをする。完全に待ちくたびれていた。

 背伸びを終えると、解放された気分で扉を開け、振り返る。

 

「それじゃ、いきましょ!」

「ええ」

 

 二人は館に向かった。

 館に着くと、パチュリーは目星をつけていた部屋の床に大きな魔法陣書き始める。そして何事か呟くと魔法陣が光り、先ほど二人がいた家の家具などが現れた。

 

「おおー」

 

 と、途中から見学しに来ていたフランが感嘆の声を漏らした。

 

「へぇー、よく分からないけどあれがこうなるのね」

 

 よく分からないながらも、作業を見ていたレミリアがそう言った。

 

「これからが大変よ。整理が面倒」

 

 大部屋の中に、家具で仕切られて出来た小部屋が存在しているような状態になっている。これを部屋に合わせて配置し直すわけである。

 

「時間はかかるでしょうけど、……まぁゆっくりやるわ」

「なるほどなるほど」

 

 フランは勝手に改造計画について語り出す。

 

「この部屋に入りきれないくらい大きなのとかいいよね」

 

 派手好きなレミリアが反応する。

 

「じゃあもう広げちゃって、もの凄いものにしましょう」

 

 想像力豊かにレミリアは予想図を思い浮かべる。半分テーマパーク化してるなんてことは、パチュリーは知らないことである。

 そして当然やり方なんて考えていない。手伝う気は多少はある。興味が続く限り。

 

「……空間魔術はあまり詳しくないのだけど」

「パチュリーでも詳しくないことあるんだね」

「書かれた本がほとんどないのよ。秘匿にしたくなるのも、よく分かるのだけど」

「まぁ、今のところこの部屋で間に合うからいいんじゃない?」

 

 フランはパチュリーに笑いかけたが、パチュリーの表情は冴えない。

 

「私の本はこれだけじゃないわ」

「え?」

 

 レミリアは、なにかおぞましいものを見るような目でパチュリーを見た。

 

「同じような家をいくつか持ってるのよ。ここにあるのはその一部でしかないわ」

 

 視線に気づいたパチュリーはレミリアを睨む。レミリアは視線を逸らす。最近逸らしてばかりである。

 

「……そんなに本ばっかり読んでたら、カビが生えちゃうわよ」

「あら、お姉さま」

 

 レミリアの呟きにフランが反応する。

 

「それは私にもいってらっしゃるのかしら?」

 

 フランは含みのある笑みを浮かべている。

 レミリアの視線はさまよった。行き場所がない。

 

「…………」

「どうかしましたの? お姉さま?」

 

 他人行儀なフランに、レミリアは降伏した。

 

「……謝るわ」

 

 

 

 

 数分後。復活したレミリアは突飛なことを言い出した。

 

「パチェもきたことだし、館を真っ赤にしない?」

 

 無言。

 

「どうかしら? 素敵だと思わない?」

 

 無言。

 

「せっかくだからこの館も名前をつけましょうよ。――そうね、紅魔・ザ・レッドデビル城なんてどうかしら?」

 

 パチュリーの口が開かれた。

 

「なに? 私? 私のせいなの? 私が移住したせいでこの館はそんな悲惨な命名されてしまうの?」

 

 フランも口を開く。

 

「多数決で決めようよ。確かにお姉さまは当主だけど、でもまさかお姉さまだけで決めちゃうなんてことはないよね? お姉さまは当主だもんね?」

「え、えぇ、もちろんよ」

 

 すぐさまパチュリーが口を出した。

 

「私は反対」

 

 と、パチュリーは反対を表明するが、それはレミリアの想定の内であった。

 

「そう、まぁしょうがないわね。でもフランと私で二票でしょ?」

 

 カウントされ指が二本折られる。

 

「あとは美鈴だけど、美鈴はきっと賛成するでしょうから」

 

 もう一本折られる。

 

「パチェには悪いけど多数決で――いっ」

 

 内側に折られた指が、外部からの力によってぎゅいっと外側に反らされた。

 いい笑顔でレミリアの指を握るフラン。

 

「いだだだだ」

 

 さらに外側へ向かう指。

 

「ちょ、ちょちょ」

 

 指が曲げられる方向に身体を傾けている。

 

「ネーミングはまた今度にしよっか。――ね?」

「え、いや、でもっ」

 

 もうひと押しとばかりに、指がさらに反らされる。

 

「あだだだだ! ――分かった、分かったわっ」

 

 離された。

 レミリアはふーふーと、痛む指に息を吹きかけている。

 

「これ以上はパチュリーの邪魔になっちゃうからもう出ましょ? ね?」

 

 レミリアは痛みに負けた。

 

「むぅー……」

 

 とぼとぼと部屋から出ていくレミリアはぼそっと呟いた。悲劇。それは、パチュリーの耳に届いてしまった。

 

「でも、久しぶりにフランと手を繋いだ気がする」

 

 どことなく嬉しそうだったその声色に、友達選びを間違ったかもしれないと思うパチュリーだった。同じく聞こえていたフランも、さすがに少し引いていた。



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第11話

 レミリアは音を上げた。

 

「ねぇー、ぱちぇー? もうこんなもんでよくない?」

 

 場所はパチュリーの部屋。まだ整理されていない本が散乱している。数が多すぎるのである。

 

「――駄目よ。レミィは色々と力技すぎるのよ。無駄な力を使いすぎ」

「だってぇー」

 

 ごねるレミリア。頬をふくらませてぶーぶー言っている。

 

「こんな地味なこと私には合わないのよ、そう、きっとそう」

「何言ってるの。だいたい魔法を教えてほしいって言い出したのはレミィでしょ」

「……気が変わったのよ」

 

 そっぽを向くレミリア。そしてさっと立ち上がり、

 

「ちょっと外に出てくるわ」

 

 背を向けパチュリーから逃亡を図った。あまりのスムーズさにパチュリーはなにも言えなかった。

 部屋に残された形になったパチュリーはため息ついたあと、何事もなかったように手元の本を読み始めた。そのまま読みふけった。

 

 

 

 住民も増えた屋敷は近頃大変平和である。

 人間の対処という観点からすると、完全に戦力過剰である。襲撃者ももうしばらく来ていない。時代の移りなのかもしれない。

 そんなわけで各々好きに生きている。

 フランはパチュリーの本を読んだり、パチュリーと魔法談義をしたりといった感じで、パチュリーもそんな感じである。レミリアはそこに割り込んでみたり、外出したりといった日々を過ごしている。外から帰ったレミリアは最近は風情がうんぬんとよく愚痴っている。つまり、暇。つまらないらしい。

 しかし門番の美鈴はそれ以上に暇だった。日中ほとんど寝ている。夜も寝ている。でも割といつも起きている。よく分からない。

 

 そんな美鈴は急に忙しくなった。

 ある日のパチュリーの部屋、全員勢ぞろいでティータイム中のことである。洋菓子と紅茶、いつものセットである。

 それは置いておいて、事の発端は当然のごとくレミリアの発言だった。

 

「やっぱり、館を真っ赤に染めましょうよ」

「お姉さま、またそれ?」

「いいじゃない。綺麗になるわ」

「まぁ、悪くはないと思うけど……」

 

 フランのその言葉にパチュリーが慌てた。

 

「――ばか、ふらんっ」

「あ」

 

 フランも気づいた。

 

「でしょ? そうでしょ? やっぱりそう思うわよね? よし、決めたわ。そうしましょう」

「……レミィ、決めるのはいいけどどうやるつもりなの?」

「え? そこはあれよ、パチェが魔法でぱーっとやればいいじゃない」

「冗談いわないで。そんなこと出来るわけないじゃない」

「え? 出来ないの? じゃあ、フラン――」

「無理」

 

 にべもない。

 

「じゃあ、美鈴に……」

「うん、それがいいよ。美鈴に頼んでくればいいとおもうよ」

 

 フランは美鈴に丸投げした。出来るわけがないと思っている。が、フランの予想通りにはならなかった。

 すぐに美鈴にまで突撃して、そのまますぐに帰ってきたレミリアがこう言ったのだ。

 

「やったわ! 美鈴にうなずかせたわ!」

「えー……」

 

 フランが思っているよりも、美鈴はお人よしであり暇であったのだ。

 それから年月をかけて、館は少しずつ手作業で赤く染まっていった。見かねたフランやパチュリーが多少手伝ったり、レミリアが激励したりして、館の大半が赤に染まった。

 

「決めたわ! この館は今日から紅魔館よ!」

 

 四人が揃う食堂でレミリアは高らかに宣言した。

 

「うーん、まぁいいんじゃない?」

 

 ねぇ? とフランはパチュリーの顔を見た。反対すればどうなるか。次の案など聞くだけで恐ろしい。

 

「そうね。私もそれでいいと思うわ」

 

 パチュリーはちらりと美鈴を見る。

 

「あ、結局それにしたんですね」

 

 フランとパチュリーは互いに目を合わせて、うなづき合った。

 やっぱりいくつか案があったのだ。変な名前じゃなくてよかった。

 そんな思いである。

 

「それにしても美鈴は大変だったね。お姉さまの思いつきであちこち駆け回ったみたいだし」

「いえいえ、最近暇だったので」

 

 なんでもないように美鈴は言う。

 

「ついでに武者修行まがいのこともしましたし、そう悪いものではなかったですよ。知ってますか? 最近の人間は剣や槍、鎧など使わないんですよ?」

「へー、そうなんだー」

 

(さすがに知ってるけど)

 

 自分の言葉で昔を思い返した美鈴は、ここにやってきたばかりの時などが頭に浮かんできた。

 

「居心地がいいので、ここにいるのも長くなりましたねぇ」

「そういえば、けっこう前のことだったわね」

 

 同じく過去を振り返ったレミリアに、疑問が生まれた。

 

「そういえば美鈴ってなんで屋敷に居ついたんだっけ? 掃除婦?」

「――え?」

 

 美鈴はフォークの先のケーキを落とした。

 

「いや、違ったわね」

「そうですよ、何言ってるんですか」

「庭師? なんか勝手に花壇作ってたし。いやそれは別にいいんだけど」

「いやいや、嘘ですよね?」

 

 焦る美鈴。

 フランがフォローに入る。

 

「もう、お姉さまったら」

 

 美鈴は安堵の笑みを浮かべて、フランの方を向いた。

 

「美鈴はね……、えっとね、アレだよ」

 

 あれ? っと首を傾げるフラン。

 

「……お姉さまのせいで、ちょっとド忘れしちゃったかも」

 

 とりあえず姉のせいにするフラン。美鈴と目が合わせられない。

 

「……今日からフランちゃん呼びしますよ」

 

 美鈴は、ときどきレミリアがフランのことを、フランちゃんと呼んだ時のフランの顔を思い出してそう言った。

 

「え、別にいいけど?」

「え? いいんですか?」

「うん、美鈴ならいいよ。お姉さまは駄目だけど」

 

 当然突っ込むレミリア。

 

「ちょっと! なんで私だけ!?」

「えー、だって、……ねぇ?」

 

 悪だくみ仲間を見るような目線で美鈴に視線を送るフラン。

 

「あははは、はは」

 

 かわいた笑い声で誤魔化そうとする美鈴。すぐにフランの仕返しであることに気づいた。

 

「私がフランちゃんなら、お姉さまの呼び方も変えないといけないと思うんだけど、そこはどうなの?」

 

 美鈴は、まだレミリアへの報復が済んでなかったことを思い出した。

 

「では、今日からおぜうさまとお呼びしますね」

「なによそれ。わけが分からない。却下よ、却下」

「駄目よ、お姉さま。もうお姉さまが決められることじゃないのよ」

「だからなんでよ」

 

 満足したフランはパチュリーに目配せをした。

 話題を変えたいという意を伝えている。

 

「……紅茶が美味しいわね」

 

 と、紅茶をすするパチュリー。やる気が感じられない。

 

「これ茶葉変えたの?」

 

 強引に続けようとするフラン。

 

「いえ、いつものやつです」

 

 毛ほども察しない美鈴。

 

「……もう駄目駄目ね」

 

 ため息をつくパチュリー。

 美鈴はよく分からないけど自分が批判された事だけは分かったので、ちょっとした反抗に出た。

 

「えー、大体パチュリーだって似たようなものだと……。ただの居候てきな?」

 

 美鈴は喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売ってしまった。

 

「聞き捨てならないわね。なに? 私がただの居候ですって?」

「え? そうじゃないの?」

「レミィは黙ってて!」

「はい」

 

 バンっとテーブルを叩き立ち上がるパチュリーにレミリアはびびった。

 

「私がっ、どれだけのっ、そこの蝙蝠の無茶ぶりをっ、叶えてきたかっ」

 

 びしっとレミリアに指を指すパチュリー。なんかもうすでに息切れしている。

 

「…………」

 

 あーんなことあった、こーんなこともあった。色々思い返す美鈴。レミリア被害者その2である。元はその1だったが、その1は現在パチュリーになっている。ヘタに色々手広く出来るせいでその1になったパチュリー。なお、フランはやりたくないことから巧妙に逃げているので被害者にはなっていない。

 

「はいはーい! パッチェパチェ~」

 

 フランがなにか言い出した。

 

「……なに? その頭悪そうな呼び名は? もしかしなくても私?」

「だって美鈴がさっさと決めないから、パチュリーだけ呼び名そのままじゃん」

「だからってそんなの嫌よ。――ねえ? 分かってるわよね?」

 

 ギロッと美鈴を睨む。そんな呼び名にするとどうなるかという脅しである。

 

「分かってますよ、ぱっちぇぱ」

 

 パチュリーは美鈴に手を向けた。なんか光っている。

 

「何か言った? もう一度言って貰えない?」

「なんでもございません。パチュリー様」

 

 ヒエラルキーが定まった。

 話の区切りと見たレミリアが口をはさむ。

 

「ところで私、いいこと考えたんだけど」

「駄目」

「却下」

 

 その思いつきは、フラン、パチュリーの順で即座に葬られた。

 

「ちょっと! 聞きなさいよ!」

「やだ」

「面倒」

 

 取りつく島もない。

 美鈴は関わらないように、残りわずかの紅茶をくるくると回している。

 

「いいわ! 勝手に言うから!」

 

 どうせそうなると思った。

 拒否し続けていた二人が思ったことだが、口には出さない。

 

「幻想郷ってのがあるらしいのよ! ――知ってた?」

「うん」

「知ってたわ」

 

 説明する気満々だったレミリアは肩透かしをくらった。

 

「……知ってたの?」

「うん」

「ええ」

 

 不満気なレミリア。

 

「なんで早く知らせてくれないのよ。とっても面白そうじゃない」

「そういうと思ったから」

「連れてけって言われたくなかったから」

 

 気を取り直して。

 

「ということで行くわよ!!」

 

 そうなった。

 

 頼まれたらなんか断れないので、最初から頼まれないようにするというのが、フラパチェの最近のトレンドであった。代わりに散々にからかってやるのである。レミリアの押しはこの館においてさいきょーだったのだ。



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第12話

「困ったわね」

 

 徐々に改装が進んでいるパチュリーの部屋。その中央でパチュリーとフランは悩んでいた。

 

「私たちが行くだけなら簡単なのだけど……」

 

 館ごと行くとなると少し勝手が違った。

 

「パチュリーが前に本を転移させた時の魔法は使えないの?」

「出来ないことはないと思うのだけど、転移する場所に私がいないといけない」

 

 互いに眉を寄せる。

 良い案が思い浮かばない。

 

「そもそも私が幻想郷に先行して屋敷を転移させようとしても上手くいかないと思うわ」

「なんで?」

「あの本は私の魔力をよく染み込ませておいたのよ。私との繋がりが強いからこそ出来たことなの。でもこの屋敷はレミィの魔力がよく染みついている。だからレミィにやってもらうしか……」

「あー、お姉さまかぁ。無理そうだねー」

 

 力技はかなり使えるが、そういった魔法らしい魔法は相変わらずである。何より本人が好まない。魔法より早く動いて攻撃した方がよくない? とかいう考えが根底にある。

 

「術式だけ組んで、それをなにかに移してそれをお姉さまに持たせるとか?」

「レミィに一人で任せてしまうのは危険よ。きっと予測外のことが起きるわ」

 

 どうなるだろうか、考えた。

 

「なんかお姉さまが爆発して終わる運命が見えた気がする」

「ええ、私もよ。本来はレミィの専売特許なのだけど」

「いやあれ結構適当だと思うけど」

 

 なんかそんな気がするとか急に言いだしたり、占い師まがいのことをやってみたり、フランはその都度姉を微笑ましく見ていた。

 しかし、よく考えてみると、

 

(当たってた気がしないでもないような、……ような? )

 

 そんな気もしないでもなかった。

 実際、フランが思ってるよりもレミリアのそれは頼れるものだったわけだが、

 

(いやいや、お姉さまに限ってそんな超能力まがいのことが出来るわけ……)

 

 まるで信じていなかった。別に馬鹿にしているわけではない。ただ純粋に信じていないだけなのだ。

 そんなレミリアが部屋にやってきた。

 

「ねー、まーだー?」

 

 催促。

 なんのことか即座に理解した二人は静かにキレた。

 

「レミィ、一人で先に行ってきてていいわよ」

「え? なんで? 皆で行きましょうよ?」

 

 なにいってるの? と言わんばかりのレミリア。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと後で追いかけるから。十年くらいかかるかもしれないけど」

「いや、すぐきてよ。ていうか、普通に皆で行きましょうよ」

 

 頭使いすぎて頭おかしくなっちゃったのかしらと、レミリアが思ったその時――。

 パチュリーは閃いた!

 

「分かったわ! 館ごと転移する方法!」

 

 テンション高いレアパチュリーに、姉妹はその方を見た。

 

「レミィに幻想郷に行ってもらえばいいのよ!」

 

 姉妹はパチュリーを可哀想なものを見る目で見た。

 

「……こほん。間違えたわ」

「あ、よかった。パチェの頭がおかしくなったのかと思ったわ」

「あなたに言われると屈辱ね」

「なんでよ!?」

 

 ぷんすか怒り出すレミリアを見ている内に、パチュリーは落ち着きを取り戻した。

 

「レミィの魔力が染みついたこの館を移動させるには、レミィに行ってもらうしかないのだけど、別にレミィ本体である必要はないのよ」

「どうゆうこと?」

「疑似的なレミィ、つまり眷属よ」

 

 フランが合点がいったように、あぁとうなづいた。

 

「でも私、そんなのした事無いわよ」

「でしょうね」

 

 おそらくやろうと思えば出来る。ただ考えたことがない。え? 直接殴ればいいじゃん? とかいう脳筋である。

 パチュリーはレミリアの手を見た。正確にはその先。

 

「爪をちょうだい」

「……私の爪?」

「それを使って呼び出すわ」

「爪でいいの? 牙とかのほうがいいんじゃない?」

 

 牙を見せるレミリア。人差し指でちょんちょんと触れている。

 

「爪くらいのほうがいいのよ」

「でも、もししょぼいのが出てきたら私の沽券に関わるかもしれないじゃない?」

 

 紛れもない本心だった。

 

「爪くらいのほうがいいのよ。レミィもかなりの、……そこそこの悪魔なのだから、変に格の高いのが出てきても困るのよ」

「ねぇ、なんで言い直したの?」

 

 話を進めるパチュリー。

 

「準備に少しかかるから、出来たら後で呼ぶわ」

 

 

 

 

 

 

 準備が出来ると、パチュリーは皆をとある空き部屋に呼んだ。

 部屋の中心には白い線で引かれた魔法陣あった。

 

「で、私は爪を渡せばいいのね」

「ええ。後の二人はなにかあった時の為に待機よ」

 

 フランと美鈴は気の抜けた返事をした。

 パチュリーが爪を受け取る。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 受け取った爪を魔法陣の中心へと放り投げ、目を閉じ本を抱えてなじゃらほいと唱える。

 すると、ぼわんと煙と共に、人型の影が現れた。

 

「――お呼び頂きありがとうございます」

 

 そのシルエットはうやうやしく頭を下げる。

 やがて煙が晴れると、その姿が見えてきた。

 赤く長い髪に、大小二対の蝙蝠の羽が頭と背中に生えていた。

 顔を上げると、その姿がはっきりと分かってきた。

 それは口を開いた。

 

「貴方がマスターでよろしいので?」

「そうよ」

 

 短く答えるパチュリー。その横に「っえ?」と、パチュリーの方を見る爪の欠けた悪魔がいた。

 

「では契約を――」

 

 周囲を確認しようと視線を移動させた悪魔は、ぎょっと目を見開いた。なんか面子がおかしい。

 その中でもひときわ存在感を放つ悪魔が口を開く。

 

「契約も何も、私たちの命令を聞くのがあなたの仕事よ」

 

 それは至極当然のように。

 契約を無視したその発言、だが呼び出された悪魔に反抗の意思は浮かび上がらなかった。

 力の差があまりにもありすぎた。悪魔も自身の能力に多少の自信はあったが、目の前の悪魔はレベルが違う。大きな蝙蝠の羽に、優雅に微笑む口から見える牙。有無を言わさずひれ伏すしかないようなカリスマ性、従う他に無かった。

 

「……ご命令を」

 

 呼び出した悪魔の様子を確認したパチュリーが口を開く。

 

「ちょっとレミィ。私が呼び出したんだから邪魔しないで」

「えぇ? でも私の爪じゃない」

「ただ媒介にしただけよ。無くても呼び出すことくらいは出来たわ」

「なによそれ」

 

 ぶーっと頬をふくらませるレミリア。

 

「話を元に戻すわ。えっと、あなた……、なんて呼ぼうかしら」

「小悪魔じゃない? そんなもんでしょ」

 

 ふてくされたように口をはさむレミリア。

 レミリアからしたらそんな感じの存在である。他の比較対象をロクに知らないから仕方がない。

 目の前の悪魔は否定したかったが、確かに目の前の存在と自分とではそのくらいの力の差があると、何も言えずにいた。

 

「そんじゃ、よろしくねー」

 

 紅魔館の良心フランは、小悪魔に手を差し出した。

 

「あ、はい――」

 

 手が繋がれた瞬間、小悪魔は硬直した。目だけ動かし、フランの目を見る。深い赤色が見えた。良心じゃなかった。

 小悪魔は反射的に頭を下げた。ギャラリーその2くらいなものだと思っていたが、触れた瞬間色々と分かってしまった。

 

 状況を察したパチュリーが口を出す。

 

「一応言っておくけど、召喚したのは私。つまりあなたの主人は私だから」

「――かしこまりました」

「理由は分からないでもないけど、ある程度は楽にしていいわ。扱いづらいのも困るから」

「はぁ」

 

 色々とついていけずに曖昧な返事になった。

 

「そう、そんな感じでいいわ」

 

 紅魔館に新たな住民が加わった。




次は少し長いです。


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第13話 vs 藍

 小悪魔が加わり数カ月経ったくらい、幻想郷へ行くための準備が終わった。

 

「いよいよね!」

 

 と、腰に手を当てたレミリアが意気揚々と言った。

 

「成功するかは確実じゃないわ。まぁ、失敗したら小悪魔が帰ってこれずに終わるだけだけども」

「ちょっとお願いしますよ、パチュリー様~」

 

 小悪魔は半泣きになっている。

 紅魔館の住民勢ぞろいで、館のエントランスホールに揃っていた。

 小悪魔の様子を、可哀想だなぁと苦笑いで美鈴が眺めている。助けは出さない。誰かの思いつきで急に自分が行くことになるかもしれない。

 とはいえ小悪魔と美鈴は割と仲が良かった。苦労性仲間ではない、そう、赤毛仲間である。たぶん。

 

「じゃあいくわよ」

 

 小悪魔が控えめに頷くと、パチュリーは魔法陣を展開した。小悪魔の足元を中心に魔法陣が広がり、やがて小悪魔の姿が見えなくなるくらいにまで光り輝いた。そのままその輝きが部屋全体にまで満ちた時、小悪魔はその場から消えていた。

 パチュリーは輝きがおさまった魔法陣をじっと見ていたが、顔を上げて皆に注意をうながした。

 

「皆もいい? すぐに敵が攻めてくるかもしれないから心構えはしておいて」

 

 行くことが出来るのなら向こうからも、というやつである。魔法陣からこちらと位置を特定出来る可能性は十分に考えれらた。

 とはいえ、当然気づかれにくいように細工はしている。だが何があるか、正確には分からない。

 

「――大丈夫よ。攻め込むのは私たちだもの」

 

 レミリアのいつもの勘? である。

 

「警戒だけはしておきますね」

 

 と美鈴。

 

「日本って湿気が多いんでしょ?」

 

 とフラン。

 なんのこっちゃと皆が思っているとき、灰色になった魔法陣が三度点滅した。

 

「――合図が来たわよ。改めて聞くわ、準備はいい?」

 

 皆うなづいた。

 屋敷の敷地全てを覆う魔法陣が展開され、閃光のように輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な浮遊感のようなものがおさまると、皆は転移が終了したことが分かった。

 

「着いた、のよね?」

「ええ、そのはずだわ」

 

 非常に静かであるが、なんとなく空気が変わった感じがした。

 

「じゃあ、とりあえず見なきゃね」

 

 というとフランは外へ出ようとした。

 

「あ、ちょフランっ」

 

 レミリアも付いていく。

 遅れて残りの二名も。

 

 扉を開けると、まず霧。そして、庭園の先に大きな湖が目に入った。夜空に浮かぶ月が湖面にギラギラと映っている。

 

「皆さま~、ご無事ですか~?」

 

 小悪魔がパタパタと羽で飛んで寄ってきた。

 

「見てのとおりよ」

「それはよかったです~。合図を送ってもなにも起きなかったので心配しましたよ~」

「……どれくらい?」

「三日くらいですかね?」

「……時がずれている? 合図後すぐに転移したはずなのに……」

 

 パチュリーの幻想郷に対する関心が、術式の確認に負けた。なにやらぶつくさ呟いている。

 それを置いて、まったく気にしてない様子のフランがふよふよ飛び回る。

 

「なんか妙な所に出てきたねー」

「そうかしら? なかなか良い眺めじゃない?」

 

 レミリアが横にきた。

 

「さっそく探検といく?」

「駄目よ。何があるか分からないわ。それに――」

 

 急に顔を引き締めたレミリアに、フランは首を傾げる。

 

「悪いけどあなたはしばらく館にいてちょうだい」

 

(え? 普通に嫌だ)

 

「なんで?」

 

 レミリアから帰ってきた答えは

 

「……何でもよ。お願い、言うことを聞いてくれないかしら」

「お姉さま?」

「いいえ、違うわ。ニューお姉様の沽券がかかっているのよ」

 

 わけが分からず、フランはパチュリーに聞こうと下を見たが、パチュリーはいまだにぶつぶつと何かを呟きながら地面を睨んでいた。

 

(んー、どーゆーこと?)

 

 ちらっとレミリアを見る。

 表情が硬い。何かを決したような。

 おぼろげながらなんとなく分かってきた。

 

(まぁいいか。お姉さま、いやニューお姉様の顔を立ててあげよう)

 

「分かった。部屋で寝てるね」

 

 レミリアの締まっていた表情が緩む。

 

「ありがとう。フランはなにも心配しなくていいからね」

「うん。頑張ってね」

 

(お姉さまって語るに落ちるタイプだよね)

 

 ということでフランは一度館に戻ることにした。

 部屋に着いたころ、空気が震えた。

 

(これはお姉さまの……)

 

 地上ではレミリアの魔力が広がっていた。中級妖怪くらいにとっては圧倒的と感じる程の力。

 その魔力でもって周囲の妖怪を屈服させ従えさせた。 それらを連れてレミリアは幻想郷を進んだ。目的地はなく、ただうろうろと。そうしている内に、次第に数を増していき、その辺りの妖怪を丸ごと吸収し大きな集団になった。

 幻想郷の危機を感じて出てくるような輩をおびき出すのが目的である。幻想郷全てを相手取るのは骨があるうえに、それでは意味がない。幻想郷でトップに立つことが目的である。

 

 

 

 

 

 

 館に残ったフランは、しばらく自室でごろごろしたあと、耐えきれなくなってパチュリーの部屋にまでやってきた。もう部屋というよりは図書室といった風になっているが。

 部屋に入ると、パチュリーがちらりとフランの姿を確認した。

 

「あら、フラン。やっぱり心配?」

「ちょっとね。っていうかお姉さまと結託してたでしょ」

「やっぱり分かるのね」

「なんとなく……、というと嘘になるか。お姉さまが一人で考えたにしてはえらく手際が良かったから」

「そう、今回の事は私とレミィで考えたことよ。――つまりほぼ私一人で考えたわ」

 

 二人はくすくすと笑う。

 笑い声以外に音はなく、辺りはやけに静かである。感覚が勝手に鋭くなっているためか、フランにはその静寂がやけに際立っているように感じた。

 

「適材適所でしょ? お姉さまはやっぱり当主だね。私なら全部一人でやりそうだもん」

「あらレミィにも優れた所があったのね」

 

 しらじらしくいうパチュリー。

 

「適材適所。だからあなたはお留守番」

「適材適所なら私も出たほうが良いと思うんだけど、それはお姉さまの考えででしょ?」

「それもあるけど、私もあなたのお留守番には賛成」

「なんで?」

「リーサルウェポンってやつよ」

「なにそれかっこいい」

 

 優し気な笑みをフランに向けるパチュリー。

 

「レミィはあなたに事が終わるまでお留守番していろとは言っていないわ」

「うん」

「レミィは頭をあまり使わないだけで、決して馬鹿じゃないわ。当然、もしもの時も考えている。……と、思うわ」

「……うん」

 

 パチュリーは目を伏せる。

 

「だから、行くといいわ」

「いいの?」

「今、美鈴に付けていた小悪魔から連絡が入ったわ。かなりの強敵だそうよ」

「……分かった」

 

 出撃しているのは美鈴とレミリア。美鈴は従えた妖怪を率いて適当に暴れていた。どんちゃん騒ぎで迷惑かけまくってるような感じである。やりすぎないように注意はしている。勝って終わりではなく、その後もあるからである。恨みをかいすぎると後が住みづらい。

 

 レミリアはそこから離れた場所に単身でいる。充分に力をみなぎらせ、敵を待っている。羽を大いに広げ、不敵な笑みを浮かべ、幻想郷そのものを見下ろすかのように空から辺りを眺めている。一番の強敵が自分の方に来るように。

 それとは別に、なんだかとてもボスっぽい自分にかなりテンションが上がっている。

 

 

 

「小悪魔の方向はあっちよ」

 

 パチュリーは指を指す。

 

「一応言っておくわ。――気をつけて」

「勿論! 私がいなくなったらお姉さまの相手するのが減っちゃうからね」

 

 と、パチュリーが過労死しそうな冗談を交える。

 

「お茶をいれておくから、絶対に無事に帰りなさい」

「それはレアだね」

 

 とってもレア。

 

「だから絶対よ」

「分かった」

 

 フランは懐から一枚の紙を取り出した。

 

「これ――」

 

 紙には魔法陣が書かれてあった。

 パチュリーにはどこか見覚えがあった。

 

「これ、パチュリーの転移魔法陣を簡略化したもの。一度しか使えないけどね」

「こんな時にあれだけど、あなたには少し嫉妬しちゃうわね」

 

 笑うフラン。

 

「もしもの時はそれで逃げ帰ってくるから。――それじゃ」

 

 フランは館から飛び去った。

 

 

 

 

 

 焦りはないが、急いでいた。

 風切り音の中をただ突き進む。

 

(パチュリーが強敵と判断する程の敵か――)

 

 別にパチュリーが判断したわけではない。

 

(――近い)

 

 肌から感じる妖力が濃くなってきたのを感じた。

 やがて見えてきた。

 草原の上。宙に浮く狐の妖怪、その下には見知った姿。

 

(美鈴っ)

 

 その後ろにはかなり押され気味の従えさせた妖怪たち。

 入り乱れており、フランには敵味方が分からない。しかし、フランにとって味方は美鈴のみであった。

 

「美鈴ッーーー!」

 

 叫ぶ。

 同時に猛スピードで突っ込む。

 

「――新手か」

 

 その様子を狐の妖怪は冷静に見ていた。

 反対にフランは冷静ではなかった。近づくにつれ美鈴の姿がボロけていることに気づいたからだ。苦戦している、気が高ぶるには充分な情報であった。

 狐の妖怪は、フランに人魂のような炎をいくつか飛ばしてきた。

 

「この程度っ――」

 

 腕を振り払うフラン。その先から、魔力がなにも形成されないまま飛び出していく。

 ただの魔力。だが、それは方向性を持ち非常に濃く、荒々しかった。

 

 ――魔力波。

 

 避けるには範囲が大きい。なにより、力を誇示しようとした狐の妖怪は避けずに、前方に結界を張った。だが魔力の波の勢いは強く、結界ごと狐の妖怪を押し流した。

 

「美鈴っ」

 

 その間に美鈴の傍に降り立つフラン。

 

「大丈夫っ?」

 

 焦ったように聞くフランに、美鈴は暢気に答える。

 

「ええ、この通りです。といってもあちこちボロけてますが」

 

 無事をアピールするように、ひらひらと腕を振る美鈴だったが、すぐに少し顔を曇らせた。

 

「本当は私だけでなんとかしたかったのですが。……申し訳ありません」

「気にしない! むしろ私としては出番があって良かったくらい。もしかしたらお姉さまの方はもう終わってるかもしれないしね?」

 

 美鈴にいつもの笑みが戻る。

 

「――そうですね」

「パチュリーもお茶入れて待ってるらしいからね。頑張らないと」

「それはレアですね」

「でしょ?」

 

 地上で雑談を交わす二人に、元の位置まで戻ってきた狐の妖怪が、上空から言葉を発した。

 

「どうやら新手の方はやるようだな」

「んー、どうだろ?」

 

 とぼけるフラン。

 

「……名乗っておこう。――私の名は八雲藍。八雲紫様に仕える式だ。つまり、たとえ私が倒れても紫様がいる限り、お前たちに勝機はない」

 

 言い終わると藍は妖気をみなぎらせた。

 フランはそれをただ見ていた。何かが引っかかっている。

 

(あれ? なんだっけ? 聞き覚えあるうえに、見覚えもある気がする。……これはアレか)

 

 フランは理解した。

 

「私はフランドール・スカーレット。とっても可愛らしいお姉さまの妹よ。特別にフランちゃんでいいよ?」

 

 挑発気味な笑みを浮かべるフラン。抑えていた魔力を出していく。

 

(今までにこの感じした時は仲良くなれたから、あまり恨まれたくないなぁ)

 

 増していく魔力に、藍は警戒レベルを上げた。

 

「……どうやらお前を倒すのが一番なようだな」

「い~や、そうでもないかもよ?」

 

 含み笑い。

 

「もう一方のことか? もしそうだとしたら、そちらは紫様が向かっていらっしゃる。残念だが、勝敗は見えている」

「もう一度言うけど、そうじゃないかもよ?」

「まぁ、いい。――すぐに分かることだ」

 

 言い終わるやいなや、先ほど見せた火の玉をさっきの三倍の量を繰り出してきた。

 

「――それ、さっき見たよ」

 

 フランはにやりと笑うと、自身に迫る火の玉を手で払った。

 すると、その周りもまとめてかき消えた。

 藍は原因が分からず、眉を寄せる。確かめるためにも、もう一度同じものを同量出した。

 

「芸がないなぁ」

 

 同じように腕を振るおうとするフラン。

 が、遅れて三本の青白く細長い光線が放たれていた。

 

「わっ――」

 

 吸血鬼の動体視力で察したフランは身をよじる。

 

「ふむ、こっちは消せないようだな」

 

 調べられていると判断したフランは思考を変えた。

 

(お姉さまのこともあるし、早く終わらせようか)

 

 フランは、藍に向けて急接近を試みた。

 それに対し藍は、先ほど見せた三本のレーザーを放つ。

 

(それも――)

 

 弾速が早く、初見では見切れなかったが、もう二度目である。フランにとっては二度も見れば十分だった。

 虫を払うかのような簡単な動きで、フランはその三本ともかき消した。正確にはレーザーと成している構成を破壊し、ただの妖力として空気中に霧散させている。

 

 藍はその光景に固まった。藍の高性能の頭脳が、フランの起こした現象をただそういう事が出来ると片付けることが出来ず、その原因を特定解析しようと動いてしまった。

 

 その隙をフランは逃さない。

 一気に詰め寄り、両腕を振り上げる。そして空気中に溶けた妖力と自身の魔力を編み込み、急速に炎の大剣を生み出した。

 フランは、勢いよく腕を振り下ろす。

 強大な炎剣は空気を焦がしながら藍へと迫る。

 超速で迫る炎剣に藍は回避行動を諦め、結界を張った。死を振り下おろされているかのような圧迫感。藍は張った結界を強化した。

 

 ――閃光。

 

 炎剣と結界がぶつかった瞬間、辺りは一瞬真昼のごとく明るくなり、その衝撃が地上の草々をひれ伏せさせた。

 

「っぐぅ――」

 

 藍は堪えていた。

 その表情は険しく、九つの尾は目一杯に広げられている。

 対照にフランは動じていなかった。

 押しきれないと判断するや、炎剣を消し去り、もう一度腕を振り上げる。すると、すぐにまた炎剣が生成された。

 

「なっ――」

 

 藍の驚きをよそに、フランは腕を振り下ろす。

 藍は結界を張り直し、衝撃に備えるが、今度は少し事情が違った。

 もう一度、辺りに衝撃が広がる。が、フランはすぐにまた腕を振り上げ、振り下ろす。大槌で釘でも打つかのように、何度も何度も振り下ろす。

 状況の不利を覚った藍は抜け出そうと、剣を振り上げる際に起こる隙をついて動こうとした。――が、フランは当然の如くそれを見逃さない。

 炎剣に先ほどよりさらに魔力の込め、さらに早い速度で振り下ろす。

 フランのスピードを計ったつもりだった藍は、嵌められたことに気づいた。急いで結界を張り直すが、もう遅かった。さらに力を増した炎剣が叩きつけられ、急ごしらえの結界では勢いが殺せずに地上へ急降下した。

 

 藍の落下地点は砂ぼこりが荒れ狂った。

 影は二つ。

 藍と、美鈴。

 藍が地上へ叩きつけられるのを認めた美鈴は、その落下地点へ跳んでいた。

 美鈴は、上空で両者が戦闘を始めてからずっと気を練っていた。チャンスがあればと。そしてそれが今この時。練りに練った気が込められた拳の一撃。

 美鈴の咆哮と共に、藍の腹部に拳が突き刺さる。

 拳は、藍の肉体、意識ごと後方へとぶっ飛ばした。

 

 その地点へと降り立ったフランは、藍の様子を確認する。意識を失っていることを確認すると、寄ってきていた美鈴に微笑んだ。

 

「やったね」

「――はい」

 

 フランと美鈴は拳を合わせた。

 

(ちゃんと言ったのにね。そうでもないかもよ? って)

 

 と、倒れる藍を見てフランは思った。

 

「……フラン様はこれから」

「うん、行くよ。――お姉さまのところに」

 

 美鈴は片方の手を丸め、もう片方の手を開き、その両を合わせた。

 

「ここは私にお任せを」

「うん、任せた!」

 

 フランは飛び去った。



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第14話 vs 紫

 月夜の草原。

 寂しげな木々が月光受け、草海にまばらに影を作っていた。涼やかな風がその表面を撫でるが、映る影には影響は見られない。

 色も時も薄れ、生さえも希薄に感じさせる中、それら全てを否定するかのような生と死の奔流がその上空に二つあった。

 

「思った以上の役者がいるとはな」

 

 蝙蝠の羽を大いに広げる悪魔。その姿はまさしく夜の帝王、カリスマの具現である。

 

「ご期待以上でなによりですわ」

 

 余裕の笑みの女性。

 腰まで届く少しウェーブがかった金髪に、紫と白の服が特徴的である。

 

「だがこれも必要なことだ」

「あら、占いでもおやりになりますの?」

「ああ、お前の苦渋の顔が見える」

「向いてはいないようですわね、転職をおすすめしますわ。――ご紹介いたしますわよ?」

 

 悪魔は紅の瞳を忌々し気に細める。微かな苛立ちと共に悪魔は理解した。経験則。人の意を理解した上でとぼけて見せる話し方。幼いころから知ってる者にそっくりだった。

 だから断言した。

 

「お前は嘘が上手いようだ」

「あら、どうして?」

 

 鈴の音のような笑い声。確信に至った。

 

「似たのを知ってるからさ。お前と違ってとっても可愛いがね」

「失礼ねぇ、それだと私が可愛くないみたいじゃない?」

「……問答は終わりだ」

 

 悪魔、レミリア・スカーレットは牙を見せる。気品すら感じさせる獰猛な牙。

 レミリアの両翼が大きく動く。月光に当てられた闇色の翼が羽撃つ度に、光を遮り周囲を闇に変えた。

 

「せっかちねぇ。それも嫌いではないのだけど」

 

 言い終わるのを待たず、レミリアは行動を開始した。

 夜の吸血鬼というのは、力の全てが強大になる。

 音を置き去りに、色を横線に。

 音速を超えた突進。

 流れる景色の中、紅の瞳は捕らえた。

 自身に迫り来る、数多くの妖力弾を。

 レミリアは翼で空気を叩き、斜め上に急転換する。

 

「ふんっ」

 

 ――ただ突っ込むだけでは駄目そうだ。

 レミリアは短く鼻を鳴らし、そのまま大きく距離を取った。

 

「あら? もう終わりですので?」

 

 レミリアは答えない。扇の奥には余裕の笑みが浮かんでいることが想像出来たからだ。口では勝てない、ならば勝負しない。

 そんなレミリアが採った選択肢は、トライ&エラー。

 身体能力任せの突撃。

 レミリアは、一気に距離を詰めた。

 花火のような弾幕が襲い来る。

 その合間を縫って前へと進む。超高速で横移動するその様は、分身してるかのようにも見えた。

 しかし届かない。

 後方へ下がりながら迎撃の弾幕を張る相手に対して、避けるための左右の動きが距離を縮めることの邪魔になっていた。

 それでも繰り返す。投げ槍を何度も放つかのように、何度も繰り返す。

 声。

 

「まだおやりになるの?」

 

 呆れの意が混じった声色だった。

 動きが止まるレミリア。が、すぐさま吐き捨てるように答える。

 

「何のことか分からん」

 

 口元をつり上げると、また突撃を始める。

 その速度は突撃の毎に増していったが、比例して身体の負傷も増えていた。放たれる妖力弾の傍を高速で移動するだけでも、損傷するのだ。その都度、傷は再生しているが、何分、数が多い。

 しかし距離が縮まらない以上、止まる訳にはいかない。レミリアは空を行き、地を駆ける。風を切り裂き、土草を跳ね上げる。

 障害物のように漂う妖力弾を弾き、縫い狙ってくるレーザーを避け、前へ、さらに前へと、飛ぶ。

 魔力を練り、赤色の魔力弾を複数生み出し、相手へと放つ。自身もそれに紛れるようにして飛ぶ。

 しかし、それでも届かない。

 回避のための動きを最小限にしたつもりのレミリアだったが、届かないものは届かなかった。真っ直ぐ進んでいたつもりだったが、実際は上手いことあしらわれ、ぐるぐると周囲を移動していただけになっていた。

 

 ――ならばどうするか。

 レミリアの戦意はまったく落ちていない。

 

「無駄だということがお分かりにならない?」

 

 悠然と微笑んだ後、「見込み違いだったかしら」とぼそりと呟いた。

 レミリアの聴覚はそれを捕らえた。

 

 動きが止まる。

 

 試すものはある程度試した。

 頭にあるのは最期の策。

 それは、

 

「それでもやる事は決まっている」

 

 相手の目を見る。

 

「言わなかったか? これは必要なことだと」

 

 自嘲気味に笑う。

 

「それにあれこれと考えるのは私らしくない。私の役目は体を張ること。つまり――」

 

 羽が大きく空気を擦る。

 一、二、三。――羽が止まる。

 風と共にレミリアの姿が消える。

 まさしく特攻。

 今までで一番速いその前進速度は、敵の笑みを消す程の速さにはなった。だが、迎撃に放たれる弾幕の数までは減りはしない。

 周囲を回って攪乱することも何もなく、放射状に広がる光の雨粒の中心へと直進する。

 避けることもせず、身をよじることすらしない。

 目を焼くような極彩色の豪雨の中。ただ前進のみに力を注ぎ、愚直に直進する。

 左肩にレーザー。

 貫通。

 左半身を焼かれる。

 それでも速度は緩めず、進む。

 その弾頭ミサイルの如き突進は、後退する敵へとついに届き得た。

 

 ――殺った。

 

 口を開け、首筋を噛み砕く。

 閉じた口から歯と歯のみがかみ合った振動が伝わる。

 研ぎ澄まされた時間間隔の中で、レミリアは何かを見ていた。明らかに異質な何かを。

 片翼を焼かれ、バランスをとれなくなった身体が意と関係なく、空中で反転する。

 レミリアは自身の上空に、口元を扇で隠す敵を見た。

 

「非礼をお詫びいたしますわ。貴方の決意にお答えしましょう」

 

 空間が裂けた。その裂け目からたくさんの目がこちらを覗いている。

 

 ――これか。

 

 理由と同時に、裂け目から感じる力が強まるのが分かった。

 

「……ここまでか」

 

 その時、レミリアの目の前が赤色に染まった。

 津波のような赤色の魔力が、目の前の空間を流れていったのである。

 

「――お姉さま!」

 

 フランがいた。

 

 

 

 

 

 

 そのわずかばかり前。

 上空を駆けるフランが遠目から目にしたのは、宙に浮いているだけに見える傷ついた姉の姿と、その姉をいまにも攻撃しそうな人型の妖怪だった。

 フランはその光景の情報を理解すると同時に、魔力を練り、勢いよく流した。

 構成もなにもない無茶なそれは、方向性を持って破裂し津波のようになった。

 結果、レミリアの上空はすべて流された。

 

「――お姉さま!」

 

 フランは姉の元までたどり着くと、姉の体を抱きかかえた。

 近くで見ると、痛々しいまでに傷を受けた姉に言葉が出なかった。

 そんなフランにレミリアは微笑んで見せた。

 

「――結局、心配させたわね」

「……お姉さま」

 

 レミリアの本心ではこのまま逃げてほしかったが、フランがそれを嫌がるであろうことは分かっていたし、なにより自分の直感を信じた。

 だから、

 

「――頑張ってね。応援してるから」

 

 応援した。

 

「……ゆっくり休んでね。私のお姉さまは、お姉さまなんだから」

 

 よく分からない言葉の後、フランは懐から魔法陣の書かれた紙を取り出し、レミリアに乗せた。紙に魔力を込めると、魔法陣は発動し、レミリアの姿は消えた。

 ――声。

 

「随分と仲がよろしいのね?」

 

 こちらを見守っていた妖怪の声である。

 フランが顔を上げると、互いに目が合った。

 

「あなたのお姉さんが頭目でいいのよね?」

「うん、そう」

 

 妖怪はその答えに満足したように口元を緩めるが、すぐに扇で隠した。

 

「お姉さんは見させて貰いました。私はあなたたちを受け入れようと思っています。……どうかしら? もう戦う必要もないと思いませんこと?」

 

 フランの表情は硬いままである。

 

「私……、やっぱいいや。結論から言う」

 

 フランは自分で言葉を中断した。

 そして剣呑な目つきで言う。

 

「――結構、キてる」

 

 枯れ枝のような羽が伸び、それに下がる結晶が妖しく輝く。

 フランは戦闘態勢をとった。

 

「復讐に付き合うのは面倒ですわねぇ」

「そう言わずに付き合ってよ、八雲紫さん?」

 

 フランは嗜虐的に口元を歪めた。

 

「……どこで知ったのかしら?」

 

 返答代わりに、フランは魔力弾を放った。

 それは藍が使用したものと酷似していた。

 八雲紫の目が鋭くなった。

 フランはにやりと笑う。

 

「ああ違った、紫様、――だっけ?」

 

 紫の声色が冷たくなる。

 

「無事なのかしら?」

 

 紫は自分の式に応答するように念を送るが、返事が返ってこない。

 

「さあ、どうだろうね?」

「……戦う理由が出来ましたわね」

 

 フランは戦意の高揚と共に、抑えていた魔力全てを開放した。



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第15話 vs ゆかりん

 まず、フランは藍の使っていた火の玉に似せた魔力弾を放った。当然、挑発である。

 紫はそれをレーザーで迎撃し、撃ち消す。

 

(それさっき見たな)

 

 藍のものと同じだと、フランは見て理解した。

 

(なら――)

 

 まったく同じ構成を組み、レーザーを放つ。違いは妖力か魔力かのみ。挑発である。

 軽々と避ける紫だが、発した言葉には怒気が含まれていた。

 

「挑発も過ぎると身のためにならないわ」

 

 フランは余裕を感じさせる笑みを作り、答える。

 

「なんのこと?」

 

 挑発である。

 紫が扇を横に振るうと、百を超える妖力弾がその後ろから現れた。明るい闇のような光弾が、大きな雨粒のように夜空に停滞している。

 紫が扇を縦に下ろすと、妖力弾が嵐のようにフランに殺到した。

 荒れ狂う妖力の大雨粒を、フランは右に左に上に下に斜めにと、避けて避けて避けまくる。

 その全てを避け続けるフランの回避能力は凄まじいものだった。

 だが。

 

「お気づきかしら?」

 

 フランは周囲を見渡す。紫色の妖力弾に周囲を囲まれていた。虫が集っているかのように、ぐるぐると周囲を蠢いている。まるで球状の檻であった。

 それでもフランは挑発を止めない。

 

「どうかした?」

 

 平然と答えるフラン。

 紫は開いていた扇を静かに閉じた。合わせて、フランを囲う妖力弾が中心に向かって集束する。

 フランは両腕を開き、身をコマのように回転させる。

 すると、フランに殺到していた妖力弾が全てかき消えた。

 さすがに驚きを見せる紫。

 

「……どういう手品かしら?」

「タネあかしをする手品師はいないんじゃない?」

 

 フランはさらに挑発を重ねる。

 周囲に漂う霧散した妖力で紫の妖力弾を真似して作り、そのまま放った。

 紫は、空間に隙間を生じさせてそれを防ぐ。フランの放った物真似妖力弾は隙間の中に消えていった。

 紫は、いくつか仮説を立てた。

 

「……吸収して出す、そのような能力でもあるのかしら?」

「あぁ、そうゆう風に考えるんだ」

 

 まさか見ただけで構成を把握し、なおかつそれを再現しているとは思えない。どちらか一つだけでもおかしい。

 

「教えてはくれませんのね」

 

 フランは無言でにやりと口角を上げた。

 気になるなら吐かせてみろとばかりである。

 

 紫はフランの力を見極めようと、様々な妖力弾を生成する。

 

 フランはそれらをただ避ける。速度自体はレミリアに劣るが、避けるだけならば同じ高位の吸血鬼であるフランには充分に可能なことであった。

 フランの真価は眼である。注視するだけでそのものの構成を把握出来てしまう眼に、長年の魔法研究という名の暇つぶしにより向上した魔力操作で、一度見ただけでほとんどのものが再現出来た。

 つまりフランは数多くの妖力弾を避けながら、その構成を見ている。頭脳が理解したものを元に、魔力を練り、同じように構成する。

 そうしてフランはその全てを真似して紫に放った。

 紫は空間に大きな隙間を生じさせ、それらから身を守る。

 

 順調に思えるフランだったが、当人は焦っていた。

 

(あの変なのが分からない)

 

 見ることはできたが、どうにも理解できない。術式もなにもない、ぐちゃぐちゃの何かを見ているかのような感覚。

 

 そんなフランをよそに、紫は苛立っていた。挑発を受け続け、実際に何のダメージも与えられていない現状。紫の考えを変えるには充分だった。

 

「――痛い目をみないと分からないようね」

 

 力を見定めるのをやめ、ひとまず叩き潰すことに変えた。

 

「これならどうかしら?」

 

 紫は空間に多量のスキマを生じさせ、そこから暗い紫色の光がフランに向かって矢ように飛び出した。

 

(もう、ほんと分かりずらいっ)

 

 そんなことを思いながら、フランは斜め上へ高速で移動し躱そうとする。

 が、頭上から何かに叩きつけられた。

 

「ぁぐっ――」

 

 下方へ叩き落されるフラン。

 何が当たったのかと、落ちながら視線を上にやると、上空に隙間があり、そこから妙な形の複数の鉄のパイプが突きだしていた。

 

(――道路標識?)

 

 戦闘により研ぎ澄まされた思考能力が、記憶の中からすぐに正解を見つけ出す。ここにきてフランは、ようやく自分の敵の八雲紫について該当するものを見つけ出した。

 

(スキマ妖怪。なんか胡散臭くて、……なんだっけ?)

 

 地上へ落ちていく中、フランは色々と思い返していたが、その下にスキマが見え、思考を止めた。

 下のスキマから複数の道路標識が飛び出してくる。

 フランは物理結界を張る。

 衝突し、ぎゃりぎゃりといびつな音が辺りに響く。

 結界をさらに強化しようとフランが魔力を込めようとしたとき、フランの前方からスキマが生じ、岩が弾丸のように飛び出す。

 下を向いていて気づくのが遅れたせいで、思考に肉体がついてこなかった。フランはまともにそれを受け、吹き飛ばされた。

 

「――がっ」

 

 攻撃は止まらない。

 

 後ろへ吹き飛ばされるフランのその後方に待ち構えるようにしてスキマが生まれ、卒塔婆がフランに合わせて飛び出してくる。

 

 ――串刺し。脳裏に、過る。

 

(まずいっ)

 

 後ろの様子を知ったフランは身を反転させ、渾身の力で腕を振るい卒塔婆に横から叩きつける。卒塔婆は砕けたが、反転したフランの後ろからレーザーが迫っていた。

 一度見た攻撃。チラ見したフランは、片腕だけ向けてそのレーザーの構成を狂わせ壊す。

 その動作のために動きが止まったフランの周囲に、スキマが囲む。

 深淵から覗かれるような感覚。フランはぞくりと身体の奥が震えるのを感じた。

 

(……うぇ)

 

 もう何度も見た。それでも完全に理解までは出来なかったが、あやふやには掴めていた。

 スキマを見る。右手を開き、核であろう部分を移動させる。

 そして、右手を閉じる。

 フランを囲っていたスキマが一つ壊れた。

 

(――やった)

 

 確認すると、フランは目玉をぐるりと左から右へと移動させスキマを見回した。

 そして握る。

 

 ――破壊。

 

 フランの周りのスキマは一気に壊れた。

 

「っ――」

 

 驚愕を隠せない紫。

 構わずフランは超速で魔力を練り上げ、緋色の魔力弾を生成し、紫へ放つ。

 ナイフのような鋭利な魔弾は空間を貫き、紫へと向かう。

 紫は前面に大きなスキマを作り、それを防ごうとする。――が、壊される。

 発光。

 眩い光により、状況が分からなくなったが、すぐに光はおさまった。

 魔弾は消え、紫は無事だった。結界を張っていた。

 しかし、紫は自身の危機を悟った。正体不明の技。これは自分に届きうると。

 スキマが壊されるのだから、当然結界も壊せるのだろうという考え。

 

 フランは両手を目一杯に広げ、魔力を一気に練り上げる。放ったばかりの同じ鋭利な魔弾を百程作り、その切っ先を紫へと向ける。

 さらに高まっていく魔力。

 紫はこのままではまずいと覚り、フランに会話を試みることにした。

 

「……そろそろ満足したころではなくて?」

 

 下手に出るわけにはいけないが、なんとかなだめたい。元はといえばやったやられたである。

 

「そっちこそいいの?」

 

 藍のことである。

 

「無事なのでしょう? 返答がないだけで、繋がりは途切れていないようですので」

「そんなこと分かるんだね。でも、正解。気を失ってるだけのはずだよ」

「それはそれは。それで、私には戦う理由もないわけですが、……ここは引き分けということでどうでしょう?」

 

 フランの周囲の魔弾がぎりぎりと震える。

 

(戦う理由か……)

 

 フランは体の力を抜いた。

 魔弾が砂粒のように崩れていった。

 

「――いいよ」

「あら? よろしいのですのね?」

 

 意外そうな紫。

 

「疲れたし、そろそろお姉さまの様子が見たいし」

 

 久しぶりに体を動かしたフランはそれなりに疲れていた。

 

「少々手酷くいたしましたが、歓待の一つとでも受け取ってもらえば嬉しいのですけど」

「まぁ、明後日くらいには元気になってるんじゃないかな。やられたらやり返すみたいな感じだよね。……あれ?」

 

 何かに気づいたフラン。

 

「やり返したっけ……?」

 

 一撃も入れてない。

 

「いえいえ、とても素晴らしい攻撃でしたわ」

 

 もう続けたくない紫は平気で誤魔化した。しかし嘘ともいえない。

 なんだか気が済んだフランは追及しないことにした。

 

「んー、まぁいっか。――それじゃ、またね」

 

 フランは館に向かって飛んでいった。

 残った紫は静かに見送る。

 姿が見えなくなった後、ぽつり。

 

「――出てきなさい」

 

 紫の前にスキマが生まれた。中から、しょげた感じの藍が出てきた。

 

「申し訳ありません。不覚をとってしまい……」

 

 心底申し訳なさそうに頭を下げる藍。帽子が取れ、耳がしょんぼりと傾いているのが分かる。

 

「責めないから安心なさい。あれは、仕方がないわ」

「紫さま……」

「受け入れるとは言ったのだけど、少し様子見が必要ね」

 

 紫は、フランの去っていった方を見る。

 

「明日、貴方には使いに行ってもらうわ。これで今回の件は不問としましょう」

 

 藍はさらに深く頭を下げた。

 




禍根を残すとこの後にゆかりんと仲良くなりづらいかと思いましたので。
もう少し自然に引き分けにもっていきたかったところ。


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第16話

 館に戻ったフランは、真っ先に姉の元へと向かった。

 フランがパチュリーの部屋に入ると、ソファに寝かされているレミリアの姿が見えた。その下に魔法陣が光っている。

 遠目から見た感じでは、外傷のほとんどは目立たなくなっていた。その回復の早さからパチュリーがなにかしてくれたのだと分かった。

 

「おかえり、フラン」

 

 忙しなく部屋に入ってきたフランに、パチュリーはいつも通りの薄い表情で声をかけた。

 

「うん、ただいま。……大丈夫そうだね」

 

 フランは一息ついた。

 

「ええ、さすがは吸血鬼ってとこかしら。でも少し慌てたわ。レミィがここまでやられるなんてね」

「うん、かなり強かったよ」

「……無事のようね」

 

 上から下までフランを見るパチュリー。

 それに対してフランは、

 

「このとーり」

 

 くるりと回転し、無事をアピールした。擦り傷等、多少の汚れはあるものの、大きな怪我は見えない。

 

「それならいいわ。あ、そうだわ、まだ少し動けるなら、門の前で気張ってるのをどうにかしてくれると嬉しいのだけど」

「え? 美鈴?」

「そう。こんな時こそ頑張らなきゃって、もう暑苦しくてかなわない」

 

 鬱陶しそうに言うパチュリーだったが、気をかけているのが透けて見えていた。フランは一人でにやにやした。

 

「……なに?」

「いんや、何も?」

 

(……それにしても、それなりに焦ってたのかなぁ)

 

 館へ戻ってくる時に発見出来なかった事実に、自分が思ってたよりも焦ってたことを知ったフランだった。

 その後フランは門まで行くと、狐の妖怪がうんぬんと言う美鈴を強制的に休ませ、レミリアを回収して姉の自室に運んだ。そしてそのまま一緒に並んでベッドに横になった。

 

(……いつ以来だっけ?)

 

 フランは目を閉じて、そんなことを思う。

 横から聞こえる静かな息遣いが心地よかった。

 

 

 

 

 

 数日後、紅魔館に藍がやって来て不可侵協定のようなものを結んだ。

 要約すると、『しばらく大人しくしてれば後で自由にしていいよ』といったものである。

 暴れまわったことを考えると破格の条件であった。

 

 というようなわけで、紅魔館はしばらく平和になった。

 問題があるとすれば、当主であるレミリアが暇に飽きていることだけである。が、それもしばらくしたらなんとかなかった。地下の自室にこもりまくっているフランは知らないが、いつのまにか紅魔館はとってもにぎやかになっていた。

 

 そんなこもりきっているフランは、紫のスキマをどうにか再現できないかと試行錯誤していた。常識外のあの能力、それはフランの好奇心を大いに駆り立てた。

 しかし進捗は芳しくなかった。ある程度のものならばすぐに再現出来るフランの魔法操作力でも、スキマだけはどうにも上手くいかなかった。目で見て覚えた構成を再現しようとしても、スキマが生じないのである。覚えているのと理解しているのとの違いだった。ぐにゃぐにゃとした何かを記憶しているだけだった。これではさすがのフランもどうしようもなかった。

 だが諦めきれなく、アレンジを加えに加えてなんとか似ただけのものでも、と意地になっていた。

 そんな日々がずっと続いていたが、とりあえず一段落したので気分転換に姉の顔でも見ようとフランは部屋を出ることにした。

 すると驚いた。

 

「……なんかいっぱいいるんだけど」

 

 そこらじゅうにうじゃうじゃと妖精がいた。わちゃわちゃと掃除をしている風である。

 慣れない光景に、辺りを見渡しながら歩くと、もう一つ違和感を覚えた。

 

「こんなんだっけ?」

 

 なんか屋敷広い。

 代り映えのしない景色に、歩くのが面倒になり、飛んで移動することにした。

 

(……全体的に綺麗になってる)

 

 知らない光景に、フランは別の場所に転移した気分になった。

 ふと、ここに姉はいるのかと不安になった。

 そんな不安の中、少し急きながらレミリアの自室までたどり着いた。

 

「あら、フランじゃない」

 

 レミリアは普通にいた。

 立ったままのフラン。平然としているレミリア。優雅なティータイムといった感じである。

 

「ああ、そうだ。せっかくだから紹介するわ」

「なにを?」

 

 思い当ったのは。

 

(屋敷の妖精のこと?)

 

「少し前に拾ったんだけど、これがなかなか優秀でねぇ」

 

(……妖精が?)

 

 レミリアは手を鳴らし、呼んだ。

 

「咲夜ー」

 

 すると、レミリアの前にメイド服の女性がいきなり現れた。

 瞬間、フランは固まった。

 

(……あれ? この感じあれだ。知ってる感じのやつだ)

 

「十六夜咲夜よ、私が名付けたのよ。パチェに少し手伝ってもらったけど」

 

 自慢げなレミリア。

 さらに固まるフラン。

 

(お姉さまにしてはまともな名前をっ!?)

 

 まもなく脳内のショックから回復したフランは、咲夜と呼ばれたメイドをじーっと観察し始める。

 肩口までの銀髪に、前髪には左右1本づつ編み込んだものを垂らしている。顔は怜悧な感じでクールな印象を与え、メイド服がなんかやけに似合っている。

 

「ご紹介いただきました。十六夜咲夜と申します。以後、お見知りおきを」

 

(……思い出してきた。たしかお姉さまとかなり親密だったはず。そして――)

 

「――フラン?」

 

 いまだに一言も発さずに固まっているフランに、レミリアが声をかけた。

 気づいて口だけ動かす。

 

「あ、ごめん。凄いなぁって思って」

 

 首を傾げ、「なにが?」といった感じのレミリア。

 

「時を止めるって、まったく見えなかった」

 

(さすがに見えないものは見えないよなぁ)

 

 真似もなにもない。見ることすらできないものの構成を理解することなんて、出来ようはずが無い。

 

(でも全く見えないなんてことあるのかな? 時を止めるって言われても私が何かに干渉されたような気はしないし)

 

 硬直したままのフランだったが、目の前の二名も硬直していた。

 いち早く立ち直ったレミリアの言動は、彼女からすれば当然のことであった。

 

「さすがフラン!! まさか咲夜のあれが分かるなんて、さすが私の妹だわ!」

 

 「ねえ? そう思わない?」といった表情で咲夜を見るレミリア。嬉しそうな感じが隠しきれていない。

 咲夜は視線に気づき、そこでようやく硬直が解けた。

 

「――正直、驚かされました。……差支えなければどのようにして見破ったのかを、お教えくださいませんか?」

 

 と、目を伏せながら言う咲夜。

 フランは困惑した。

 

「どうやってっていうかなんていうか……」

 

(知ってました、とは言えないしなぁ)

 

「というか、もっと楽にしていいよ」

 

 話をそらしにかかるフラン。

 

「はぁ」

 

 相づちのみをうつ咲夜。

 

「ここの住人の主な仕事は、お姉さまの我が儘を聞くことだからね。皆、仲間だよ」

 

 さも当然のようにいうフラン。腕を組み、したり顔でうんうんと首を上下に動かしている。

 

「……え? それってどういうこと?」

 

 当然反応するレミリアと、それを不思議そうに見ている咲夜。まだ見ていない当主の一面を垣間見てしまったのかも知れない。

 

「――じゃあ私戻るねー」

 

 フランは人差し指を伸ばし、目の前を縦になぞった。

 すると、なぞった部分に赤い線が走り、空間が縦に裂けた。

 

「またね~」

 

 そういうと、空間の裂け目に入っていった。

 その様子を見ていた二名は再び固まった。

 

「……あれが私の妹のフランドールよ。ちょっと、……いや、かなり変わってるけどよろしくしてね」

「……はい」

 

 数分後、咲夜に用意させたお茶を飲んだレミリアは盛大に吹きだしていた。謎茶。

 

 

 

 

 

 部屋に赤い裂け目が出来る。

 

「ふぅ、ちゃんと成功したみいたい」

 

 フランは自室に帰ってきた。

 

「でもまだ、仕掛けが必要。ここをなんとかしなきゃ劣化版もいいところだし」

 

 紫のスキマをなんとか再現しようと試行錯誤した結果、パチュリーの前に使っていた転移術式を応用し、あらかじめ座標を定めておいた場所には移動できるようになっていた。だがそれだと、前と移動方法が違うだけで結果は同じものだったので、フランはまったく納得いっていなかった。

 それからまたこもる日々が再開したが、ある時、フランに来客がやってきた。

 

 

 それはいきなり現れた。

 

「はぁ~い。元気~?」

 

 胡散臭さが挨拶したようなものだった。

 フランは声の方向に視線を向けた。

 部屋の隅から、なんか胡散臭いのが上半身だけ生えていた。

 

「えっと、八雲紫だったよね」

 

 ある程度最近の記憶なので、すぐに出てきた。

 

「覚えていて下さっていたのね。嬉しいですわ」

 

 扇で口元を隠す紫。クスクスと笑っている。

 

「あまりの胡散臭さに、すぐに思い出した」

「……そう」

 

 実は少し気にしている紫。

 

「よく……、たまに言われるのですが、思い当ることがないですのよねぇ」

「分からない時はとりあえず反対を選ぶといいんだよ。キャピキャピしてみたらどうかな」

「きゃぴきゃぴ……」

「名前をゆかりんに改名してみるとかどう? 相手の警戒心が薄れそうだよ」

 

 さすがに採用は出来なかった。

 

「私にも面子がありますので、それは……」

「そう? じゃあ、プライベートの時とかそうしたら?」

「……考えておきますわ」

 

 急に帰って寝たくなった紫はささっと用事を済ませることにした。

 

「あなたに会いに来たのは雑談が目的ではありません」

「そうなの?」

「あなた方と交わした契約についてのお話しです」

「あ、うん」

「この度、あなたのお姉さんには異変に値するものを起こしてもらいます。その代わり、それが無事に済めば敷地外から出ることを許可します。――ということなのですが、ここまではよろしくて?」

「はぁ」

 

 割と興味がないフラン。

 紫にも伝わった。

 

「……その際に、あなたのお姉さまには負けてもらいます。ですが、ルールを定めての戦闘になりますので大怪我を負うことはないはずです」

「ああ、そういうこと」

 

 フランは紫の心配事が分かった。

 

「お姉さまが負けてるところを見て、暴れるなってことね」

「間違ってはいません」

「別にいいよ。――でも、いずれ私も参加していいんだよね?」

「勿論ですわ。歓迎いたします」

 

 紫はちょっとほっとした。

 

「では私の用はこれで終わりですので」

「またねー」

 

 フランは早く研究の続きがしたい。

 紫を見送ったあと、フランは気づいた。

 

「あ、本人に聞けばよかった」

 

 あーあ、と一人ごちた。

 

(それよりも、やる事ができたからいっか)

 

 スペルカードのことである。

 とはいえ、実はそんなに乗り気ではなかった。

 フランは、スペルカードルールというものが自分にとって非常に有利だと思っている。

 見ただけで構成さえも見抜けてしまう目を持ち、吸血鬼の身体能力に加え、長年引きこもって研鑽を積んできた魔術。普通にやれば敵はいないと思っている。

 しかし、参加はするつもりである。

 

(せっかくだしね)

 

 ということで、お手本を見にいこうとパチュリーに会いに行くことにした。

 そして、たまげた。

 

「――なにここっ?」

 

 パチュリーの部屋もとい、図書室もとい、大図書館である。めっちゃ広かった。

 

「あら、フラン。どう? 中々でしょ?」

 

 中央に椅子に腰をかけて本を読んでいたパチュリーが、フランに反応した。

 まんざらでもないような顔をしているが、隠せていない。得意気である。

 

「へー凄いねー」

 

 フランは素直に褒めることにした。

 

(良い本あるといいな)

 

 自分の欲のために。

 

「他の部屋に分けて置いていた本も合わせて、全てここにあるわ」

「ひえー」

 

 山から景色でも眺めているように、大図書館を見るフラン。

 

「そしてここの管理は全て小悪魔がやっているわ」

「……ぐぇー」

 

 なんか声が聞こえてきた。

 

(妖精かな?)

 

 フランは気にしないことにした。

 

「それよりこの後で皆で勉強会開くのだけど」

「勉強会?」

 

 今更なにを? といった感じの表情のフラン。

 

「ここでの公用語は日本語よ。意思疎通のために習得する必要があるわ」

 

(そゆことね。……あ)

 

「……あー、私多分喋れる」

「え?」

「多分だけど」

 

 パチュリーは試すことにした。

 

「『コンニチハー』」

「『こんにちは』。うん、喋れるね」

「……どうしてそんなに上手いのかしら? 発音まで自然な感じだったわ」

「むしろパチュリーのその発音はどっから仕入れたの」

「その辺にうろついてる妖精をひっ捕らえたのよ」

「ああ」

 

 そして。

 

「参加決定ね。講師として頑張ってちょうだい」

「え、私教えるのすっごい下手なんだけど」

「知ってるわ。『これはこうゆうものだから、つまりこういうことね』とかいう理解を妨げるふざけた説明を良く聞いたもの」

「えぇー」

 

 見て理解出来るフランは、その段階を上手く言語化できない。

 

「とにかくよろしく。話せるから話せるとか駄目だから」

「ぶー」

 

 すでにある程度は喋れるパチュリーに、やたらと覚えが良い咲夜、講師的にやる気だけはあるレミリア。そんな中、フランはなんとか講師役をやりきった。なんか初めから話せた美鈴は門の前でたたずんでいた。その間に妖精と仲良くなったとかなんとか。

 



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第17話 vs いろいろ 1

短いです


 しばらくして。

 幻想郷の空に赤い霧が発生した。

 霧は濃さを増しながらどんどん広がり、やがて空を覆い尽くした。

 日差しが届かなくなり、薄暗い上に、肌寒くなった。

 

 霧の発生から少し経った頃。

 紅魔館は賑やかになっていた。

 

(なんか騒がしい)

 

 地下の自室にいるフランは屋敷の異変を感じた。

 そしてすぐに分かった。

 

(今、やってるのかぁ。……こっそり行っても許されたりしないかな? ……うん、なんか普通に許されそう。やめとこ)

 

 見に行きたい気持ちを抑えて、部屋に籠る。

 やってみなければ分からないことだが、ぶっちゃけ勝つ自信しかない。

 手加減に失敗して万一勝ってしまった場合、面倒なことになる。

 

「うー」

 

 ごろごろする以外にすることが出来ずに、ひたすらごろごろ転がり続けた。本を読んで気晴らしも出来なかった。気が散って仕方がない。

 大きな音。

 

(うー)

 

 ごろごろ。

 

(あー)

 

 また大きな音。

 

(気になるぅー)

 

 ごろごろ。

 

(ぐぬぅー)

 

 音が止む。

 非常に長く感じる時をすごし、なんとか事が終わるまで耐えきった。

 ようやっと一息つけたフランだったが、我慢し続けたせいでフラストレーションが溜まっていた。

 

(もう関係ないし、外に出てもいいでしょ)

 

 フランはこっそりと外に出た。

 空には赤い霧がまだ残っていた。

 館の前の湖の上空を行く。

 

 夜空のお散歩。

 

(霧が濃くて、よく分かんないなぁ)

 

 上も下も霧だった。上は赤、下は白。

 

「今度は負けないわ!」

 

(――ん? なんか聞こえた?)

 

 周囲を見渡すが霧が濃くよく分からない。

 

「ちょっと聞いてんの!?」

 

 ほぼ真下に小さな氷の妖精が見えた。

 

「あたいを無視するなんて良い度胸ね! ボッコボコにしてやるんだから!」

 

(えええ)

 

 あまり強そうには見えない。

 

(妖精だし)

 

「……なにするの?」

「決まってんじゃん! これよ!」

 

 氷の妖精はスペルカードを提示した。弾幕ごっこ。

 その光景を見たフランの頭に何かがよぎった。

 

(なんか知ってる気がする。つまり、……強い?)

 

 この感じがした時は皆強かったことを思い出す。

 

「いいけど、名前教えてくれない?」

「チルノよ! あんたの名前は別にいいわ! あたいさいきょーだし!」

 

 フランは警戒レベルを上げた。

 

「チルノ……」

 

(やっぱり知ってた。最強とか言ってるしすごい強いのかも)

 

「行くわよ!」

 

 考えているフランに構わず始めるチルノ。

 下から上へとフランとの距離を縮め、氷結弾を放つ。大きな石つぶてのようなものだった。

 フランはそれを悠々と躱す。

 

(小手調べってわけね。――じゃあこっちも!)

 

 フランは魔力弾を適当に十程生成し、チルノへ放った。

 チルノはそれを慌てて避ける。

 

「あわわわ」

 

(……あれ?)

 

 演技には見えない避け方に疑念が湧いたフラン。

 

「…………」

 

 十五個ほどの誘導型の魔力弾を作り、放つ。

 ぎゅるんっ。

 

「あばばば」

 

 当たった。

 チルノは目をバツにして、湖に落ちていった。

 ぽちゃん。

 

「……なんだったんだろう」

 

 無かったことにして、フランは進むことにした。

 

 

 

 

 湖を超えると、森が広がっていた。

 当てもなくふよふよと飛んでいると、向こうからこれまたふよふよと飛んでいる何かが、フランの目に映った。

 

「あなたは食べてもいい人間?」

 

 フランは返答に困った。

 とりあえず頭が弱そうに思えた。

 

「人間に見える?」

「んー、見えない」

 

(また変なのだった)

 

「じゃあね」

 

 フランが去ろうとすると、呼び止められた。

 

「あ、今変なやつって思った?」

「……別に」

「さっきも似たようなこと言ってた人間に会ったわ。――でも今度はどうかな」

 

 スペルカードを持って両腕を天に広げY字バランスしていた。

 

「……やるの?」

 

(相手になる気がしないんだけどなぁ)

 

「これ見えないの? もしかして鳥目? あ、これもさっき言った気がする」

 

(面倒臭いからさっさと終わらせちゃお。どう見ても弱そうだし。……でもなんか見たことあるような? そう、確か……)

 

「名前、ルーミヤだったりしない?」

「ルーミアなんだけど。人違いね」

 

(……強いのかな)

 

「人間じゃないけど」

 

 突然、フランの視界が真っ暗になった。

 吸血鬼の視力を考えればあり得ないことである。

 

(闇? そういえば闇を操るとかなんとかだった気がする)

 

 ひょっとして無茶苦茶やばいかもしれないと、フランは焦り、百を超える魔力弾を生成しトルネードの如く周囲にまき散らした。

 暗闇はすぐに晴れた

 光が戻った視界には、ぷすぷすと煙を上げて地上へ落ちていくルーミアが映った。

 

「…………」

 

(もう帰ろ)

 

 フランは精神的に疲れた。

 

(スペルカードルール、やっぱあんまり合ってないのかなぁ)

 

 フランはしょんぼりしながら屋敷に帰った。



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第18話 vs 魔理沙

 部屋に戻ったフランは、特にやる事も思いつかなかったのでとりあえずスキマの再現に取り掛かることにした。

 が、すぐに行き詰った。

 

(んー、やっぱ上手くいかない)

 

 気分転換に部屋を出ることにした。

 地下の廊下を歩くフラン。しかし道が分からない。まさか自分の家で迷子になるとは思わなかったであろう。

 

「ていうか広げすぎ」

 

(どうせお姉さまが、広ければ広いほどいいみたいなことを言ったんだろなぁ。――さて、そのお姉さまはっと)

 

 居場所、現在地を把握しようと、結界を展開する。

 フランの頭に屋敷の構造が入ってきた。

 が、

 

「あれ、いない……?」

 

 それっぽい反応がなかった。

 

(そういえば、自由に出歩けるようになったんだっけ?)

 

 館の敷地外のことである。

 

「……どうしよ」

 

 やる事がなくなった。とはいえ、元からなかったようなものである。

 

(でも、せっかく部屋を出たし)

 

 とりあえずパチュリーのところへ向かうことにした。

 

「おはよー」

 

 適当に挨拶しながらフランは大図書館へ入る。中は薄暗い。

 その中心にわずかな魔力光の元で読書をしているパチュリーがいた。

 パチュリーは本から視線を外し、フランを見た。

 

「なにかお探しかしら?」

 

 本でも借りに来たのだろうとパチュリーは予想したが、実際は何の用もない。

 

「いや、顔を見に来ただけ。そいやお姉さまがいないようだけど、どっかに出かけてるの?」

「博麗の神社のところよ。最近熱が入ってるわ」

「……ふーん」

「ところで、進捗はどう?」

「正直手詰まり。良いとこまではいった気がしたんだけど、なーんか上手くいかないんだよね。だからしばらくはゆっくりするつもり」

 

 パチュリーは人差し指に光を灯すと、そのまま内側に曲げた。

 すると、どこからかぱたぱたと小悪魔がやってきた。

 

「お呼びですか~」

「白紙の本を持ってきて」

「は~い」

 

 小悪魔はぱたぱたと飛び回る。やがて、見つかったのか一冊の本を持ってきた。

 パチュリーはそれを受け取ると、そのままフランに渡した。

 

「はい」

 

 と、一言。

 

(えー)

 

 似たようなやり取りは過去にも何度かあった。

 フランはこれの意味をちゃんと知っている。

 

「……読むのは好きだけど、書くのはあまり好きじゃないんだよねー」

「そう、よろしく」

 

 にべもない。

 

「それに今回のやつは結構難しいと思うよ。パチュリーでもきついと思う。そもそも不完全だし」

「じゃあ、早くお願い」

 

 逆効果だった。

 

「むぅー」

 

 そんな図書館に人間がやってきた。

 

「おーっす! 頂きに、――っと間違えた。借りに来たぜ!」

 

 黒と白の魔法使いだった。えらく豪快である。

 ウェーブのかかった金髪に、大きな黒い帽子。いかにも魔法使いというような恰好で、活発そうな感じだ。

 

「って、なんだ? なんか見たことないのがいるな」

「相変わらず騒がしいわね。というかあんたには関係ないわ」

「ああ? 隠すのはよくないな。オープンにいこうぜオープンに」

 

 眉を寄せるパチュリー。割とよくある。

 

「ってことで、これ借りてくぜ」

 

 その辺の本を適当にひっつかんでさっさと去ろうとする黒白の魔法使い。

 パチュリーがその本を見とがめた。

 

「――駄目よ」

「あ?」

「それは、まだあなたには早いわ」

 

 手に持った本をしげしげと見る黒白の魔法使い。

 

「そんなに強い力は感じないぜ?」

「そう装ってるのよ。本人の性格が色濃くでてる」

 

 黙って見ていたフランが口をはさむ。

 

「え、なにそれどういう意味」

 

 フランが前に書いた、いや、書かされた本だった。

 

「そのままよ。あなたは色々隠す癖があるわ」

「そうかな?」

 

 思い当る節があるようなないような。

 ぐらぐら首が揺れる。

 

「なんか話が見えないんだが。どういうことだ?」

「気にしなくていいわ。とにかくそれは持ってっちゃ駄目」

 

 なんだか面白くない魔理沙は反抗の意を見せる。

 

「そこまで言われちゃ引けねえな。是が非でも解読してやるぜ」

「はぁ……」

 

 その光景をフランは意外気に見ていた。

 

(屋敷の住民以外に気をかけるなんて珍しい。――っていうか、これ知ってる感じのアレだ)

 

 フランは二人のやり取りに介入する気になった。

 スペルカードを取り出し、前に出す。

 

「ねぇ、こうしない? 私が勝ったら、それは置いていく。どう?」

「あ? 交換条件になってないぜ? 私が勝ったらどうなるんだ?」

「――魔理沙の命が助かるとか?」

 

 邪気のない笑みで言うフラン。どういう効果を持つか、分かっててやっている。

 疑問持った魔理沙は胡乱げな目をしながら、

 

「……名前言ったか?」

 

 と、探りを入れた。

 しかし、フランはにこにことしたままで。

 

「勝ったら教えてあげる」

「それじゃあ足りねえな」

「じゃあコインいっこ付けてあげる」

「一個じゃ人命も買えねえぜ」

 

 フランの笑みに邪気が混じった。

 

「あなたが、コンテニュ」

「――待って」

 

 途切れた。声の主はパチュリー。

 

「まさか、ここでやる気?」

 

 と、不機嫌そうに。

 

「……防護魔法かかってるからいいじゃん」

 

 気持ちよくかっこつけるところで邪魔され、フランはふてくされながら答えた。

 パチュリーはため息した。色々と面倒になり諦めた。

 

「……ちゃんと加減しなさいよ」

「へいへい」

 

 フランは適当に返事すると、飛び上がった。

 

「――そんじゃ気を取り直して!」

 

 三十程の魔力弾を生成する。

 巻き込まれまいと、パチュリーは自分の周りに結界を張って、本を読み始めた。

 

「まずは小手調べだけど、このまま終わらないでね」

 

 しょんぼりした過去を振り返り言うフラン。

 魔力弾が魔理沙へ向かって放たれる。

 

「っへ! 楽勝!」

 

 魔理沙はホウキに跨るとすぐさま飛び上がり、そのまま襲い来る魔力弾を苦も無く避ける。

 だが後方へ置き去りになった魔力弾がUターンして、魔理沙に向かってきた。

 

「おおっと、そういう感じか。――だが甘い!」

 

 魔理沙は器用にくるくると回り避けていく。避けきると反転し、両手を重ね、魔力を練り上げる。

 

「今度はこっちの番だぜ!」

 

 言い終わるやいなや、両手を相手に向かって開く。

 すると、星型の魔力弾がフランに向かって放射状に広がっていった。

 

「っわ! 綺麗だね!」

「そりゃ、どーも!」

 

 薄暗い図書館の中での星型弾幕は綺麗だった。

 なんかテンションの上がったフランは、つい加減を緩めた。

 笑みに邪気が増していく。

 愉悦に歪めた目で、自身へと向かい来る星々の構成を見抜くと、その構成に干渉しようと腕を振るった。干渉され、その形を保てなくなった星型の魔力弾は星屑のように空気中に散った。周囲に散った星屑の残滓を集め、同じような星型に形成し直し放った。

 魔理沙は、狐に化かされたかのような気分になりながらも、それらを避けた。

 

「……どういうカラクリだ?」

 

 いつの間にか本から目を離していたパチュリーが口を出す。

 

「フランを常識で考えないほうがいい。馬鹿らしくなるから」

 

(――おい)

 

 フランは聞かなかったことにした。

 が、ちょっとむっとした。

 今度は自身の魔力を使って、同型の星型の弾幕を作る。その星々は見た目こそ同じものの、込められた魔力は一定ではなく、バラバラだった。

 フランが両腕をばっと大きく広げると、星々は散り散りになりながら飛んでいった。

 

「ん? どこ狙ってんだ?」

 

 避ける必要すらない軌道に、魔理沙はそのまま疑問を口にした。

 返ってきた答えは、

 

「だって星って綺麗じゃん?」

 

 要領の得ないものだった。

 

 放たれた星々は、図書館の各地に点在する魔力光による照明に当たった。

 それを見ているパチュリーは呆れた。パチュリーには、無駄に無駄を重ねているようなものにしか思えない。しかし、非常に高度なことだった。

 

 フランの行ったことは、魔理沙の放った星型魔力弾と同じ構成の魔力弾を生成し、周囲の照明の魔力光に向けて放ったわけであるが、それだけではなかった。照明である魔力光の魔力は均一では無くバラバラだった。つまり、そのバラバラの魔力に合わせて同等に配分された星型の魔力弾を寸分の狂いもなく、その一つ一つに当てて見せたのである。

 

 結果、図書館内はほぼ真っ暗になった。

 人間である魔理沙にとっては闇の中といえた。

 フランは翼の七色の結晶を輝かせ、飛び回る。闇の中に輝く虹が生まれた。そしてその虹の先から、星が生まれ出る。

 闇の中で光彩を放つ星々に、魔理沙は目を奪われた。

 魔理沙は、フランの「だって星って綺麗じゃん?」の発言の意味を理解した。

 空間を彩るだけの、威力、速度共に低レベルな弾幕。

 弾幕である星々の一つ一つが七色を持ち、進みながらその色を次々と変えていっていた。

 

「――にゃろう」

 

 舐められてると感じた魔理沙は、懐からスペルカードを取り出した。

 宣言。

 

『魔符 スターダストレヴァリエ』

 

 魔理沙はフランの放った星よりも大きな星をいくつか生み出した。小石と岩石程に大さに違いがあり、繊細で脆弱な星々は抵抗も出来ず大星に飲み込まれた。

 

 迫り来る大星に対し、フランは避けずに星型弾幕を出し続ける。どんどん出力を上げていき、フランの弾幕は、数、威力共に増していく。

 その連射的に放たれる無数の星々は、魔理沙の放った大きな星にぶつかり続け、その進行を抑え、やがて拮抗した。

 大図書館に光が荒れ狂い、視界を奪う。

 流星群の如きフランの星屑弾幕は、徐々に魔理沙の星を削っていき、やがて互いにはじけた。

 光がおさまると、一瞬の静寂が訪れ、またすぐに過ぎた。

 スペルが通常弾幕に負けた事実、魔理沙の取った選択、それは――。

 ――さらなる火力。

 

「一発、デカいのをくれてやるぜ」

 

 魔理沙は、ミニ八卦炉を取り出した。魔理沙の宝物である。

 小さいが異常な程の火力を持ち、山一つを焼き払うことさえ可能なシロモノである。ちなみに開運、魔除けの効果もある。あと、風も出る

 その八卦炉に、練り上げた魔力を注ぐ。

 魔力が満ち、辺りに光が溢れ出した。

 

「舐めてっと痛い目みるぜ!」

 

 宣言。

 

『恋符 マスタースパーク』

 

 八卦炉から放たれた光が、即座に周囲の空間を丸ごと埋め尽くた。

 その超大光線の周囲を星型の魔力弾が、敵を索敵するかのように漂う。

 

 フランはその光の中に呑まれた。

 強い熱を持った光の中をぐるぐると回転しながら、大図書館の中を飛ばされている。

 

(おおう、おおう、おおう)

 

 ダメージはさほど無い。薄いが強固な結界を張っている。

 アトラクション感覚で飛ばされる感覚を楽しんでいた。

 フランなりに、弾幕ごっこの際の楽しみ方を模索した結果だった。

 やがて光がおさまり、元の位置まですいすいと戻ってきたフランは、にっこりと笑って降参の宣言をした。

 

「――私の負けだね」

 

 図書館にはパチュリーが付け直した魔力光で光が戻っている。

 

「なーんか、勝った気がしないんだが」

「気にしない気にしない」

「まあ、なんだ。これは持ってくぜ」

 

 魔理沙は懐から本を取り出した。

 

「あ、それ忘れてた」

 

(どーしよ)

 

「どうしてもそれじゃなきゃ駄目? パチュリーに頼めば最適なのを選んでくれると思うよ?」

 

 ここまで止められると、さすがの魔理沙も気が引けてきた。

 

「……そんなにやばいのか? コレ」

「いや、そこまでではないんだけど」

「まだ早いってことか? だが、多少の無理は必要なんだ。そうでもないとあいつに置いてかれちまう」

 

 いい笑顔でそう言い切る魔理沙に、フランは止める気が無くなった。

 なので暗い顔して、

 

「……充分に気をつけてね」

 

 と、脅しをかけた。

 魔理沙は少し顔を引きつらせ、それ見てフランは満足した。

 

「あ、そうだ。ぱっちぇぱちぇ」

 

 パチュリーはまたもや眉を寄せた。

 

「その頭の悪そうな感じで呼ばないでって前にも言わなかった?」

「いいからいいから。んでね――」

 

 基本的にフランは人の話を聞かない。天真爛漫というよりは勝手気侭である。

 そのまま自分の用を話していく。

 

「――てなわけで、博麗神社とこの館に雨を降らしてほしいんだよね。パチュリーなら出来るでしょ? 私じゃそういうこと出来ないから」

 

 「私じゃ出来ない」、その言葉がパチュリーの自尊心を刺激した。

 

「……仕方ないわね」

「ありがとー」

 

(計画どーり)

 

 魔理沙は置いてけぼり感の中にいた。性格上、当然口をはさむ。

 

「お前らはなんの話をしてるんだ?」

「お姉さまがお熱な、れーむとかいうのとも遊んでみたいって話」

「お姉さまって、もしかしてお前あのレミリアの妹ってことか?」

「そーだよ」

 

 まじまじとフランを見る魔理沙。フランは腰に手を当ててポーズを取った。

 

「じゃあ、私、例の部屋にいるかられーむが来たら案内してあげてね」

「分かったわ」

「ここでやればいいじゃないか。なんでわざわざ場所を変えるんだ?」

「パチュリーの本に傷つけちゃうかもしれないじゃん。強めの保護魔法はかけてるけど、もしかしたらもあるし」

 

 もしかしたらとは、きゅっとしてどーかんのことである。保護魔法も何もなくなる。

 言い終わるとフランは自室へ戻っていった。

 

「興味があるな。霊夢とどうやるのか」

「やめておいた方がいいわよ」

「なんでだよ」

「魔法に魅入られた者にとって、フランは毒物になるわ」

「どういうことだ?」

「見れば分かるわ」

「やめとけって言わなかったか?」

「……そうだったわね」

「それに、そう聞いちゃあ引けねえだろ?」

「そう、それが魔法使い。毒を見れば近寄らずにはいられない」

「毒は甘露ってか?」

「――案内するわ」

 

 魔理沙はうなずいた。

 

「後でね」

 

 魔理沙は崩れた。



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第19話 vs 霊夢

 静かになった図書館に、扉の開閉音が響いた。

 

「あんたでしょ、犯人は」

 

 ぶっきらぼうな紅白巫女が現れた。

 予想通りの様子に、パチュリーは薄い表情で迎えの挨拶をする。

 

「あら、いらっしゃい。早かったのね」

「何のつもり? 神社とここだけ雨を降らせるなんて」

「色々あるのよ」

「あっそ。いいからさっさと雨を止めなさい」

「それは無理ね」

「はぁ?」

「色々あると言ったでしょう? 命令、いや頼みだから、勝手に止めることは出来ないの」

「あんたんとこの主人なら、うちでふくれてるわ。嘘つくのならもっとましなものをつきなさい」

「レミィとは友達よ。主従関係ではないわ」

「じゃあ誰よ」

「それが今回、貴方を呼んだ者よ」

「よく分からないけど、そいつに会えばいいのね。ほら、さっさと案内しなさい」

 

 せかせかしてる霊夢に、魔理沙は呆れたように声をかけた。

 

「お前は相変わらずせっかちだなぁ」

 

 限定的に、というのが隠れてる。普段は暢気に暢気を足したような暢気な暢気者である。

 霊夢は、魔理沙を鬱陶しそうに見た。

 

「なんであんたはここにいるのよ」

「それは私が魔法使いだからだ」

 

 要領の得ない答えに、魔法使いとかいうのは大体こういう者なのかしらと、霊夢は魔法使いズを見て思った。

 

「で、大人しく案内するの? それとも退治されてから案内するの?」

 

 おーこわ、とつぶやいた魔理沙を無視して、霊夢はパチュリーを睨む。

 パチュリーはゆっくりと立ち上がると、廊下に出た。そして空気を撫でるように軽く手を振った。

 すると、廊下に光の道が出来た。

 説明する前に、霊夢は理解した。

 

「これを辿ればいいわけね」

 

 霊夢はさっさと行った。

 パチュリーは振り返り魔理沙を見る。

 

「私たちも行きましょうか」

「おう」

「念のため聞いておくけど、本当にいいのね?」

「くどいぜ」

「そう」

 

 二人も向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 先行していた霊夢は足を止めた。光の道標が途切れていたためである。横には大きな二枚扉があった。

 

「ここね」

 

 扉を開け中に入ると、大きな部屋の中に一人の少女がいた。

 少女は無邪気な笑顔を浮かべ、元気に挨拶をした。

 

「やぁ、こんにちわ!」

 

 私を呼んだやつはどんなやつか、霊夢は少女を観察するようにして見た。その時、ぞわりと体がざわめきのを感じた。

 

 勘。

 

 ――こいつ、やばい。

 そう思った霊夢だったが、努めて平静でいようとした。気負わず伸び伸びと、そうあることが一番自分の力を発揮できると霊夢は思っていた。

 だから出来るだけ普通に話す。

 

「あんたが私を呼んでたってヤツ?」

「そーだよ」

 

 ただ普通に肯定しただけ。――だが霊夢は少女に対する警戒心が上がっていくのを自分自身で感じた。

 

「……じゃああんたをぶっ倒せばいいのね」

「間違ってはないかな? 今雨降ってるのは神社だけのはずだし」

「さっさとやめなさい」

「嫌だよ。そしたらお姉さまが戻ってきちゃうじゃん」

「お姉さま?」

 

 霊夢はフランをまじまじと見た。

 家の中のお邪魔虫と、確かに似ていた。が、何かが違うように感じた。

 霊夢にとって、神社に来ておいて賽銭を入れないやつは全員ただのお邪魔虫だったが、目の前の少女は何かが違う気がした。言えば賽銭入れそうな感じがした。いや、そのようなことではなく、もっと違うところの……。

 

 霊夢は目の前の少女の正体を探ることにした。

 

「お姉様ってアイツのこと? レプリカとかいう」

「レミリアよ! レミリアお姉さま!」

「あ、そんなんだっけ」

 

 霊夢は少し心が落ち着くのを感じた。

 

「大体、お姉さまと仲が良いんじゃないの? よく神社に行ってるって聞いたけど」

 

 姉のことを気遣ってる感じから、霊夢は目の前の少女をそこまで悪いやつでもないかもしれないと思い始めた。

 

「そうよそれ、あんたのお姉さま、神社に入り浸ってるのよ」

「ふーん、なのに名前覚えてないんだ」

 

 少女が不満気な様子を示すと、部屋の照明が点滅した。魔力の増減を感じた。

 

「遊んでくれたら、雨、止めてあげる」

「何して遊ぶ?」

「弾幕ごっこ」

「ああ、パターン作りごっこね。それは私の得意分野だわ」

 

 両者はゆっくりと戦闘態勢に移行していった。

 

 

 

 それらの会話をパチュリーと魔理沙は部屋の隅で壁によりかかりながら見ていた。認識阻害の魔法をかけているため、常人には見えない。

 魔理沙はパチュリーに聞いた。

 

「なぁ、本当にアイツそんなに強いのか? 霊夢は強いぜ?」

「そんなの見てれば分かるわ」

「なんだよ」

 

 鬱陶しそうに魔理沙を見るパチュリー。

 

「そもそも、フランが戦っているところなんて見たことないもの」

「おいおい」

 

 こいつは一体何を言ってるんだと抗議しようとした魔理沙だったが、

 

「ほら、始まるわよ」

 

 パチュリーはそれを無視した。

 

 

 

 

「それじゃ私から――」

 

 少女、フランが両腕を広げ、ふわりと浮き上がる。

 その後方に小さめの魔力弾が次々と現れる。

 上昇を止めたフランが腕を振り下ろすと共に、百を超えた魔力弾が霊夢に向かっていった。速度、威力共に低い。

 

「舐めてんの?」

 

 霊夢は地に足をつけたまま、避けもしない。

 手に持つ、先に紙のついた棒(御幣)を振るうと、オレンジ色をした四角の結界が現れフランの弾幕に向かっていき、その全てをかき消した。

 

「こんなの小手調べにもならないわよ」

 

 フランが霊夢に放った弾幕は、妖精が出すレベルのものを数多く出しただけのものであった。

 つまり、

 

「そう? ちょうどいいかなって思ったんだけど」

 

 挑発である。

 笑うフランに、霊夢は顔を険しくした。例えどんなやつであろうと調子にのってる妖怪は退治する、これが霊夢の基本方針である。

 

「一度、痛い目を見せる必要があるようね」

 

 霊夢は懐から札を数枚だし、フランへ放った。札は霊夢の籠めた霊力により、紫色のオーラを(まと)いながらフランへ向かっていく。同時に、飛び上がり、距離を詰める。

 

(中々のスピードだけど)

 

 フランはリラックス体で眺めている。

 やがて霊夢の放った札が自身へ近づくと、手を軽く払った。

 霊力は四散し、ただの紙と化した札はひらひらと空を舞った。

 

(力任せ。構成が単純すぎてすぐに見抜けちゃうくらい)

 

「次は何を見せてくれるの?」

 

 にこにこしながら言うフラン。

 霊夢はイラつきながらも、青く光る陰陽玉を自身の周囲に展開し、フランへと迫る。

 そして放つ。

 

「あんま舐めてるとっ」

 

 霊夢の放った攻撃がフランに当たると、衝突の際に光があふれた。霊夢はその光の中に飛び込み、蹴りを放つ。ライダーキック。

 

「――怪我しても知らないわよ!」

 

 ――硬い。

 その手応えに霊夢は、後方へ蹴り飛ばされたフランの様子を確認する。

 飛ばされただけのようで、ダメージなんてまったく見られなかった。ほぼ予想通り。イラついた。

 両者は睨み合った。といっても、フランの目は楽しげであった。

 その楽しげな目で、フランは霊夢のイラついた様子をしっかりと見ていた。

 ということでフランは火を注ぐことにした。

 

「小手調べはいらないよ? あ、私は加減するけど。怪我させちゃうしね?」

 

 にっこにこ。

 霊夢のこめかみに青筋が走った。

 

「……あぁそう、じゃあ怪我して泣いてなさい」

 

 と、霊夢は怒りに震える声を抑えながら言い切った。

 が、

 

「期待してるー」

 

 と、間延びした声で答えられ、今度は怒りに震える身体を抑えることになった。

 あまつさえなんか扇いでいる。

 よく見ると、いやよく見なくても分かった。あれは札、つまりさっき自分が使った札である。霊夢はもう我慢を止めることにした。限界。

 そんな霊夢とは対照的に暢気なフランは、さらに言葉を重ねた。

 

「見てから加減の度合いを決めるから。なんかお客さんもいるしね」

 

 フランは視線だけ斜め上にやる。

 

「そんなの私だって気づいてるわ。気にしなくていいから全力出しなさい」

 

 霊夢は視線を部屋の隅にやる。

 霊夢の目にはそこには何も映っていないが、感じるものがあった。

 

 

 

 その隅で、会話が始まる。

 

「……あれって私たちのことか?」

「おそらくね」

「ってことは見えてんのか?」

「それは分からないわ。見えてるとは言ってないもの」

「ここにいて大丈夫なのかよ」

「出ていけとは言われてない。それにまだ収穫がない」

「なんだそりゃ」

 

 

 

 隅での会話はよそに、霊夢の言葉にフランが答えた。

 

「気にしないってわけもいかないんだよね。秘密は多い方が良いと思わない?」

「隠し事は嫌いよ。ひっ叩いて吐かせたくなる」

「出来るといいね~」

「――そうね」

 

 少し時間が経つことによって、霊夢の頭が冷えてきた。

 そんな霊夢が採った選択、それは、

 

『夢符 封魔陣』

 

 スペルカードの宣言。つまりぶっ飛ばす。

 大量の札を使い、大部屋の周囲に張り巡らせる。

 札は赤いオーラを纏い、自身もフランも囲い、球体状になった。

 フランは相変わらず動じた様子もなく、きょろきょろと辺りを見回している。

 

「で、どーなるの?」

 

 その言葉を無視して、霊夢は展開した札をフランに集束させる。

 札は蛇のようにフランへ飛び掛かり、鎖の如くフランを縛ろうとする。

 が、フランは動かなかった。

 結果、フランは簀巻きのようにして縛られた。

 

「舐めすぎよ。なにも抵抗しないなんて」

 

 霊夢が憎らし気に言う。勝利を思うも、勝った気がしない。

 封魔陣、それは魔力、妖力を封じる効果を持たせた札を展開させ相手を縛り、身動きさせなくするものだった。つまり、決まってしまえば勝ちだといえた。

 

「もがもがもが(もがもがもが)」

 

 口にまで札が回っており、うまく話せないフラン。その実、言いたい内容通りに話せていたことは、本人以外には分からないことである。

 しかし、はたから見ると喋れずに困ってるようで、霊夢は少し気分を良くした。

 

「もがもがもが(指くらいは動くね)」

 

 フランにとってはそれで充分だった。その内容は「もがもがもが」としか聞こえなかった霊夢だったが、勘で何かくると感じた。

 そのため身構えていた霊夢であったが、それでも次に起こった光景に目を見開いた。

 

 全身を縛られ身動きが出来なくなったはずの少女。魔法も使えずにただ縛られているしかないはずの少女。

 しかし霊夢の目に映ったのは、少女を縛っていた赤く光る札がまるで抵抗するかのように痛々しく輝きを増していったと思うと、やがて事切れたように光を失い、力なく空を舞う光景だった。

 

 何をしたのか、霊夢は問おうとした。

 が、それすら出来なかった。

 ――驚愕。

 

 力を失い地へと落ちるだけのはずだった札、それは深紅の輝き得て、再び空中へと舞い戻り始めた。

 

「こんな感じ?」

 

 霊夢は聞こえてきた音の認識も忘れ、目の前の光景にただ驚くことしか出来ないでいた。

 先ほど自身がおこなった通りに、札を展開させ始めたフランにではない。

 その札から感じる力が、妖力、魔力ではなく、霊力であったからだ。

 

「……なによ、それ」

 

 とはいえ、カラクリは単純で、四散させた周りの霊力を操作したにすぎない。

 フランはそれに加えて、先ほどの霊夢の発言も利用した。

 

「まさか何も抵抗しないわけないよね?」

 

 にやりと邪気をにじませた笑みを浮かべる。

 霊夢は怒りで吹っ切れた。

 

「あったりまえでしょ!」

 

 立ち直った霊夢は、自身を縛ろうと迫り来る札に対して、強固な結界を張り、防いだ。

 結局のところ、周囲に散った霊力を操作しただけにすぎない疑似封魔陣は、結界を突破出来なかった。

 

「っふん、偽物なんてこんなものよ」

 

 舞い落ちる札の中、霊夢はフランに挑発を返そうとしたが、すぐさま心を変え、身構えた。目に映ったのは、フランがカードを掲げている光景。

 

 フランはスペルカードを宣言した。

 

『禁忌 クランベリートラップ』

 

 四つの魔法陣が展開された。



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第20話 vs 巫女さん

 魔法陣は霊夢の四隅にまで行くと、一旦止まった。そしてすぐに動き出し、四角をなぞるようにして行き交った。

 

 霊夢はそれをじっと見ている。身体に硬さはなくリラックス体に見えたが、表情は真剣そのものだった。

 

 そんな霊夢の側面の魔法陣から、小粒の果実のような赤色の魔力弾が生まれ出た。

 水泳プールの水面をぷかぷか浮かぶかのように魔力弾は低速で漂う。

 霊夢からすると、左右の両面から小粒の魔力弾が迫ってきていたわけだったが、当の霊夢は大して動くそぶりを見せなかった。

 

 ――舐めてる。

 

 霊夢はそう思った。小粒の魔力弾は霊夢に気にすることなく、ただ右から左、左から右と、流れているだけだった。避ける必要すらなかった。

 付き合う必要はないと判断した霊夢が攻勢に出ようとした時、その意思が表面に出た。

 フランはそれを見逃さない。

 フランが指を軽く振るうと、上下の魔法陣からも魔力弾が生まれ出た。それらも同様にぷかぷかと低速で漂うが、上下左右からとなるとさすがに量が多すぎて避ける必要が出てきた。

 とはいえ、霊夢であれば避けながらでも攻撃出来るレベルだった。実際に霊夢はそれらを避けながらも、札を掴み狙いを定めタイミングを計っていた。

 

 フランはそれも見逃さなかった。フランの目には、霊夢が札に霊力が込める様子がはっきりと映っていた。

 

 フランは、手の上に少し大きめの丸い魔力弾を作り、四角の中心に向けて投げ込んだ。

 その魔力弾は中心へと到達すると、渦巻くように破裂した。

 水面をおだやかに漂っていた小さな果実は、突如起きた大きな衝動によりその動きを変えさせられた。

 不規則も不規則。無数の魔力弾がバラバラに、目茶苦茶に動いた。

 しかし、霊夢には当たらない。

 どういうわけか、ぐちゃぐちゃの迷路の中を正解でも知っているようにするすると進んでいく。

 

(んー、これも駄目かぁ。そんなら――)

 

 フランはさらに手を加えることにした。

 制御下に無く勝手に動く魔力弾ではあったが、フランの目は魔力弾がどう動いているのかを知ることが出来た。その情報を元に未来の魔力弾の動きを予想した。つまり、霊夢の近くにある魔力弾に干渉し、魔力弾を操作した。フランは目から得た情報で、数秒先には逃げ場が無くなるであろう方へと誘導するように、魔力弾を動かしていった。

 しかし霊夢は誘導された方向へ行かずに、自分で見つけた別の避け道へと身を動かしていった。

 

 さすがのフランも驚いた。

 そして思い至った。

 

(これじゃ駄目だ)

 

 そう結論を出したフランは、魔力弾ごと魔法陣を壊した。

 

 一時、互いに動きが止まる。

 フランは疑問を口にした。

 

「凄いね、どうやって避けてたの?」

 

 素直な気持ちから出た褒めた言葉であったが、霊夢は一つも嬉しそうな顔をせずに、

 

「そんなの勘よ」

 

 と、返した。参考にならない。

 当り前のように言う霊夢に、フランは少しむっとした。

 

(天才ってこういうこと?)

 

「ふーん」

 

 機嫌を悪くした様子を見せたフランに、霊夢は少し気を良くした。

 霊夢は笑みを滲ませ、得意気に口を開いた。

 

「残念だけどっ――」

 

 続きは言えなかった。

 フランのスペルカードの宣言。

 

『禁弾 スターボウブレイク』

 

 霊夢の前方横一列から、七色の魔力弾がいきなり出てきた。クランベリートラップを壊した際に周囲に散った魔力をそのまま流用して作られている。

 

「っちょ」

 

 そんな事を知るはずもない霊夢は、いきなり目の前に現れた魔力弾に慌てて回避体制に入った。

 が、その魔力弾は霊夢から斜め上空へと離れていった。

 いぶかしむ霊夢を放って、七色の魔力弾は新たに次々と生成されていく。同じように前方横一列から現れ斜め上空へと上がっていく。

 その魔力弾の列がフランの後方にまで至ると、(きら)めく七色の雨となって霊夢側へと降り注いだ。

 あちらこちらにある隙間、しかしその隙間を後ろから来る魔力弾が塞いだり塞がなかったり回避予測が非常に立てづらかった。魔力弾の一つは低速であったり、高速であったりと判断が難しかった。七色に輝くのも目に付き、同色で似たような速度の魔力弾が多いことから色で目安をつけるも、裏切るようにその一定さをくつがえされた。

 しかめっつらの霊夢は避けながら思った。

 

 ――こいつ性格悪い。

 

 されはさておき、あれこれ考えながら避けていた霊夢だったが、不慣れな事をやるものではなかった。

 被弾。

 

「んにゃろっ」

 

 ダメージは無かったが、被弾なしに完璧に勝ちたかった霊夢は大いに(いきどお)った。しかし、弾幕は相変わらず降り注いでおり、切り替えて動くしかなかった。

 とはいえとにかく避けづらい。

 意地悪ななぞなぞを解かせ続けられているような感覚に、霊夢は嫌になった。

 

 自己防衛。霊夢は自然と考えることを止めた。

 

 そもそも前のスペルカードの時はロクに考えていなかった。つまるところ、考えると駄目だった。

 考えることを止めた霊夢は、急に動きがよくなった。

 すいすいと前へと進みながら避けていき、やがてフランから少し離れた横にまで来ると動きを止めた。

 が、そこは有効範囲の内だった。

 

(何してんの?)

 

 それを横目に見ながら魔法を行使しているフランは、当然そう思った。

 そんなフランをよそに、霊夢はそこからまったく動かなかった。

 攻撃するわけでもなく、ただそこで止まっている霊夢にフランは耐えきれなくなった。

 

「どうかしたの?」

 

 返事はなかった。というより反応が無く、フランを見ているようで見ていなかった。

 わけ分からなくなったフランは気にしないことにした。どうせいつか当たるだろうしと、そう思った。

 が、一向に当たらない。

 その付近まで魔力弾は行ってるし、当たるようにも見えるが、結果は当たっていない。

 フランは術式の細部を点検するようにして見た。

 不備は見られなかったが、実在している横の不可思議な答えが教えてくれた。

 あの一点だけ、どうしても当たらないということを。

 

(うっそ)

 

 無駄だと知り術式を解いたフランは、まじまじと霊夢を見やった。

 その霊夢は霊力を練っていた。大技確実な程に。

 

 霊夢はスペルカードを宣言した。

 

『霊符 夢想封印』

 

 霊夢の周囲に大きな光弾がいくつか生まれた。色とりどりのその光弾は、飛び出すようにしてフランへと殺到した。

 対するフランは目を見開いて固まっていた。

 理解出来ないものに遭遇した時に起こる衝撃が、フランを襲っていた。

 

(――なに、これ?)

 

 フランは自身の目から受け取った情報が信じられなかった。霊夢の放った霊力弾の構成、それは――、

 

(どうなってんのこれ?)

 

 到底理解、いや納得出来るものではなかった。

 紫のスキマとは違う、自分がどうしても再現出来ないと思えるもの。蟻の行列でも辿るように理解しようとして初めてなんとかそれが実現することが分かるような気がするだけだった。

 

 しかし、それははっきりと現実に在った。実在していた。

 不可解なそれらは今もなお解けない難題に頭を考えるフランへと迫っている。

 

(っと、まずい考えすぎた)

 

「って――」

 

 もう目の前である。

 

(――避けるか)

 

 間に合わない。

 

(――防ぐか)

 

 感じる力から不可能を察した。

 

(――壊すか)

 

 極彩色の光弾が目に映る。

 壊す所くらいは分かる。右手を開く。

 

(――いや)

 

 なにもせずに右手を閉じ、

 

(もったいない)

 

 相手を称えるような微笑を持って受け入れた。

 光に飲まれるフランに、次々と光弾が飛び掛かっていく。

 霊夢の放った夢想封印は、フランに飛ぶことすら許さない。

 下方へと落ちていく光に向かって、後からオーバキル気味にさらなる光が集っていく。

 

「おいおい、やりすぎじゃねーのか?」

 

 魔理沙が思わず呟いた。かなり気の毒そうである。

 

「このくらい当然よ。生意気な口をききすぎたのが悪い。――というか、さっさと姿を現しなさい。声だけ聞こえて気持ち悪いのよ」

 

 仏頂面の霊夢は部屋の隅を睨んだ。

 パチュリーは魔法を解いた。

 

「……構成に問題が?」

 

 なにやらぶつぶつ言っている。霊夢に気づかれていたことが気になるらしい。

 二人の元に霊夢が降り立つと、そのまま軽く文句を言った。

 そして、

 

「意識くらいはあるんでしょ?」

 

 フランの落下地点へと首を向け、そう言った。

 通常気絶くらいは不可避なものだが、霊夢はこいつはどうせ意識くらいはあると決めつけた。

 

「ほら、返事くらいしたら?」

「へんじがない ただのしかばねのようだ」

「なに? もう一度食らいたいの?」

「へいへい」

 

 うつむきで倒れていたフランは、ごろりと寝返りをうって仰向けになった。

 

「いやー、やられちゃったね」

 

 なんてことないフランの様子に、霊夢はまた腹が立ってきて、きつめに言い放った。

 

「そのまましばらく横になってなさい」

 

 霊夢の夢想封印は、文字通り相手を封じる効果がある。

 封魔陣も同様の効果があるが、少し性質が違っていた。

 封魔陣は札に込められた霊力により、相手を拘束すると同時に妖力や魔力を抑えつける。対する夢想封印に込められた力は、抑えつけて身動きをさせなくするのではなく、相手の力そのものを出せなくする性質があった。

 というわけで、今現在フランは魔力すら出せない状態にいた。

 

「これに懲りたら、二度と舐めた口をきかないことね」

「えー」

 

 倒れたままのフランが不満を言う。

 

「『えー』じゃない。今度レミリアに会った時にうるさく言っとくからね」

 

 その様子を思い浮かべてフランは楽し気に笑った。

 見てみたい、そう思った。

 右手を握って床につき、それを支えにして起き上がった。

 

「じゃあその時は私もいくね」

「あんたは家から出なくていいわ。面倒よ」

 

 フランは口をとがらせてぶーぶー文句を言う。

 

「――って、あんた動けるわけ?」

「まーねー」

 

 くるんりんぱ。

 霊夢は額を押さえた。

 

「とはいっても、さすがに魔力とかは使えないみたいだし、普通の人間レベルって感じかな?」

「……とんだ化け物ね。悪さしたらタダじゃおかないから」

「清く正しい悪魔でございます」

「あんたと話してると頭が痛くなってくるわ。姉の方とは違った意味でね」

「そんじゃ今度遊びに行くね」

「来なくてよろしい。あいつだけでも充分大変なのよ」

 

 そのあいつさんは神社で退屈している。

 帰ったら、待ちくたびれて文句を言うであろうレミリアが容易に想像出来て、霊夢は重く感じる肩を落とした。

 

「……帰るわ。なんかすっごい疲れたし」

「あ、そうなの? ばいばーい」

「…………」

 

 最後にじっとフランを見やって、霊夢は去っていった。

 そして、

 

「ほんじゃ」

 

 フランも部屋を出てった。

 

 残った部屋で、パチュリーは魔理沙に声をかけた。

 

「どう? 私が言ってることが理解出来たんじゃないかしら?」

「…………」

 

 魔理沙は図書館から持ち出したままだった本をパチュリーに差し出した。

 パチュリーはそれを受け取った。

 

「あなたにぴったりの本があるわ。その気があるのなら持ってくといいわ」

 

 魔理沙は本を借りに来るだけでなく、パチュリーと話に来るようにもなった。内容は魔法についてばかりではあるが。時々フランも交えて魔法談義に花を咲かせた。



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第21話

日常回は早い


 …………。

 

「じー」

 

 ……。

 

「じー」

 

 見つめ合う二人。

 

「いやまあ、隠れて観察してただけです」

「私なんかネタになるの?」

「それはもう」

 

 言葉の主は半身だけだった姿の全体を現した。

 黒髪ショートに黒い烏の羽、手にはメモ帖とペン。

 

「普段中々姿を現さないというレミリアさんの妹さん。これは話すだけでもネタになりそうです!」

「ふーん。じゃあ何か話せばいいの?」

「ええ! 内容は何でも構いませんよ」

 

 フランはあごに手を当てた。

 

「とりあえず好きな食べ物の話でもする?」

「好きな食べ物ですか? ちょっとありきたりですね」

「じゃ、やめとく?」

「あ、いえいえ。どうぞお話しになってください」

「えっとねー、好きな食べ物は焼き鳥!」

「ふむふむ」

「それもちょっとこだわりがあってね、生きてるうちに捕らえて羽をむしり取るの」

「…………」

「苦痛の悲鳴がたまらないスパイスになって、味が良くなるんだよね」

 

 フランは無邪気な笑みを浮かべた。

 

「あれ? なんか顔色が悪いけどどうかした?」

 

 にっこにこ。

 

「あ、いえ……。その、えっと……あはは」

 

 身の危険を感じたらしい。

 

「冗談だよ。ちょっとからかっただけ」

「ほ、本当ですか?」

「ほんとほんと。そんなに本気にされると少し傷ついちゃうくらい」

「いやでも縁起にも……」

「縁起?」

「え? ああ、この幻想郷の名の知れた者を記した書物のことです」

「なにそれ面白そう。私の事も書かれてるってことなんだよね?」

「……えぇ。常時発狂中の鬼畜残虐非道の極悪者、目が会ったら即刻あの世行き」

「――おい、なんじゃそりゃ」

 

 口調が激変したフラン。

 

「え、いや、そのように……」

「ちょっと書いた奴連れてきてよ」

「いやあのあまり外にでない方なので……」

「ふーん、そうなの。じゃあ会いに行こう。案内よろしくね」

 

 フランは逃がさないようにと、ぎゅっと肩を握った。強く。

 

「えっと、名前は? なんて呼べばいいの?」

「あぁ、はい。私は射命丸文といいます。呼び方はご自由にどうぞ。それと、文々。新聞というものを発行しております、ぜひご購読ください」

 

 どんな時でも忘れない記者魂。

 

「あぁ、それ知ってるよ」

「あ、本当ですか。それはよかったです。私の新聞も中々に知られてきたようで」

「うん、お姉さまが紅茶こぼした時とかに中々使えるって」

「あ、はい」

 

 二人は人里へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「へー、人里ってこんなんなんだー」

 

 フランはきょろきょろ辺りを見回している。

 木造建ての家屋に、大量の人。ちょこちょこと人外も見えた。

 

「人里は初めてなんですね」

「まぁね」

 

 異形の者が普通に人間の中に混じり生活をしており、人間は怖がるどころか客引きまでしてる様子だった。

 ここにきてフランは初めて今までとは違う場所に来たのだと実感した。他国というよりは、世界が変わったような感じがした。

 

「そんでどこ?」

「まぁそう急かさずに、ゆっくり行きましょう。人里はそれなりに面白いですよ」

 

 と、てくてく歩てく二人。

 

「例えば?」

「まずはこの光景ですね。スペルカードルールが制定されてからというものの、人里で妖怪を見ることが増えました」

「ぶっちゃけ危なくないの?」

「まぁ、あれです。たいした事ない妖怪ばっかりですので」

 

 あちこち見回してるフランは、目に映った妖怪がなんか気になった。

 

「なるほどねー。じゃあ人里でお花買ってる妖怪なんてどんなレベルなの?」

「お花ですか? もうそれは雑魚中の雑魚じゃないですかねー」

「でもなんか妙な感じがするよ?」

「はい?」

 

 フランが指を指した。

 その指の先には花のような笑顔が大変可愛らしい妖怪がいた。緑色の髪にチェック生地の服をきている。髪の先がすこしウェーブがかっていて、それもまた可愛らしかった。

 小柄にも見えるが、別段低いわけでもない。

 

「ぶぇっ――」

 

 文は口から透明な液体を吐き出した。

 フランの指の先には相変わらず笑顔のままの妖怪がいた。片手に小さな紙袋を持っている。買ったばかりのお花の種であろう。

 

「ふ、フランさん、ちょっと私、急用が――」

 

 文は反転し、飛び去ろうとした。

 が。

 

「あら、こんにちは。休養? いいわね、私も一緒したいわ」

 

 文の肩に手が柔らかに乗っていた。ソフトタッチ。

 

「こ、これは幽香さん。どうもお久しぶりで――」

 

 口を動かしながら首をギチギチと滑りの悪い歯車のように動かした。

 文の目には笑顔のお花の妖怪が映った。

 文にとっては、山よりも大きく感じた。

 

「なに、二人とも知り合いなの?」

 

 空気を読まないフラン。

 こてんと首を傾げている。わざと。

 

「そうなんですよ、だからちょっと、あのいやほんとちょっと――」

 

 黒い羽根を含んだ小さな竜巻が起きた。

 おさまると、文がその場から消えていた。

 お花の妖怪も消えていた。

 

 フランは呟いた。

 

「道、分からないんだけど」

 

 

 

 

 

 フランはそのまましばらく里をさまよった。

 初めは見てるだけで楽しかった人里の光景も、そろそろ新鮮感が薄れてきた。

 

「もう帰ろっかな」

 

 頭の後ろで手を組み、足をぶらぶらとさせながら歩いている。

 

「あんた何してんの?」

 

 フランが声の方に向くと、紅白巫女がいた。

 

「れーむじゃん。何してんの?」

「いやそれはこっちの台詞よ。凶悪妖怪が里に現れたってことで駆けつけてきたのよ」

「えなにそれ怖い。……って、そういうことか」

 

 フランは何度か頷いた。

 

「そうよ、まったく余計な手間をかけさせないでよね」

「大丈夫だよ。少し前にどっかにいったみたいだし」

「はぁ?」

 

 怪訝な顔をする霊夢。

 

「何か勘違いしてない? 凶悪妖怪ってあんたのことなんだけど」

「え? 私なの? 私あれだよ、凶悪妖怪じゃないよ」

「知らせが来たのは事実よ」

「悪魔だよ?」

「そういうことじゃないっての」

 

 霊夢はため息をつくと、改めて聞いた。

 

「で、あんたは何しに里に来てるのよ」

「え? ……なんだっけ?」

「私が知るわけないでしょ。何も無いならさっさと家に帰りなさい」

「えー? でもせっかく来たんだし、なんか楽しみたいんだけど」

「冗談じゃないわ。あんた人間の間でなんて言われてるのか知ってんの?」

「……あ。そうだそれだよそれ」

 

 目的を思い出して表情が明るくなったフランだったが、霊夢は頭が痛くなってきていた。

 

「その縁起? ってのを見に来たんだった」

「なんでまたそんなもの」

「なんか無茶苦茶に書かれてあるらしいから、ちょっとね」

「……そういうこと。まぁ、確かにあれはどうかとは思うけど」

「でしょ? ――ってことで道案内よろしく!」

「嫌よ」

 

 フランは震えながらうずくまった。文から聞いた内容を思い出し、利用した。

 

「うぅぅ……、なんか発狂しそう。よく分かんないけどなんか発狂して暴れそう。うぅぅ……」

「……さっさと済ませるわよ」

 

 

 

 

 とある家屋の前まで来た。結構大き目である。

 

「邪魔するわよ」

 

 その一言でずかずかと中に入っていく霊夢。フランは黙ってついていく。

 中は涼やかな炭の匂いがした。

 

「これは何の用でしょうか?」

 

 畳の上に座る少女が声をかけてきた。簡素な小さくて低い長机の前で正座をしている。机の上には紙に硯、横には書見台があった。

 目が合った。

 

「……何の用でしょうか?」

 

 畳の少女は聞き直した。

 警戒心を露わにする少女に、フランはここまで来た経緯とその理由を説明した。

 

「――んで、ちょっと聞きたいんだけど、私の情報って誰から仕入れたの? 直接じゃないでしょ? 初対面だし」

「えっと、おたくのメイドさんからですが」

 

 そこまで言うと、少女は察した。

 

「要求は内容の改変でよろしいのですか?」

「なるほど、咲夜か。ってことはお姉さまだね」

「あんたんとこのあの阿保はよほど暇なのね」

「それは否定しない」

 

(さて、どうしてくれようか)

 

 フランの顔がにまにましてきた。

 

「ていうか、私がここで改変してって言ったら、そのまま反映してくれるわけ? それだと好き放題じゃない?」

「いえ、ちゃんと校閲される方はいますよ?」

「へぇ、どんなやつ?」

「スキマの妖怪と言えばお分かりになるでしょうか」

「ああ、紫か。ふーん、なるほどねぇ」

 

 霊夢は誰の事か分からない。

 

「分かった。じゃあ、紙と書く物貸して? ついでに伝言も添えておくから」

「構いませんよ。どうも接している感じですと、記載と違うようですし」

「とーぜん。あ、実際にはなんて書いてるか見たいから、見せて」

 

 フランは受け取った。

 目が素早く動いていく。

 ひどい書かれようだった。

 ぺらりと、前の頁へ。

 高貴で優雅な大人びたカリスマ吸気鬼が記載されていた。

 

「うん、よく分かった。他のところも違うところがあるみたいだから、そこも訂正するように紙に書いておくね」

「はぁ」

 

 フランが机に近寄ると、少女は立ち退いた。妙な威圧感があった。

 そのまま座布団に座って筆をとり、ぶつくさ言いながら書いていく。何故か達筆だった。

 

「……行動も言動も幼く、考え方も子供っぽくて、性格も幼いっと」

 

 書き終わると、ひと仕事した後のようにスカっとした感じで立ち上がった。

 

「これで大丈夫。もう完璧って感じ」

 

 少女は書かれた文面を見た。

 

「……貴方の分はいいので? お姉さんの分しか書いていないようですが」

「あ、あぁ、忘れてた。……ってのは嘘だけど、なんていうか自分の分って書きにくくて。

紫に言っといて、このままだとこの通りに行動しちゃうかも? って。多分、それでなんとかなると思うから」

「はぁ。では、そのように」

 

 完全に飽きた霊夢がここが帰り所だと、口をはさんだ。

 

「もういいでしょ? さっさと帰ってゆっくりしたいんだけど」

「うん、ありがとね。あ、今度遊びに行くから」

「いや来なくていいから。あんたの姉で手一杯よ」

「あははは」

 

 二人は別れ、帰路についた。



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第22話

 吸血鬼の朝は早い。

 夜行性などというのはまやかしである。

 何故ならばこの吸血鬼は昼夜問わずに活動しているからである。

 しかし、その生態は非常に獰猛なものである。朝目覚めると、紅茶というおどろおどろしい真っ赤な液体を飲んで、アンニュイな気分に浸るという。

 

 何がアンニュイか、ただ眠そうなだけである。大体最近例の巫女にかまけ過ぎだと思う。咲夜もすまし顔で横に控えているが、その実、その横の生物がどのようなものか正しく分かっていないだけに違いないのだ。なんと可哀想なことか。

 

 それは置いといて、他の紅魔館の住人にも目を向けていこうと思う。

 えーと、まずは紅魔館内に在る大図書館から説明することにする。

 なんかいっぱい本があって大きい。あとカビくさい。んで、中にはいつも紫色のもやしみたいなのがいる。結構がめつい。まぁ、そんな感じ。

 

 書くことが無くなったので次にいこうと思う。

 門番の美鈴である。いつも門柱で寝てる。最初のころから割と寝てたけど、最近はいっつも寝てる。時々ゆっくり踊ってて笑える。そんな感じ。

 

 …………。

 

 

 

 涼し気な丘に二人。

 

「ねー、あやー?」

「なんですか?」

「もう書くことなくなっちゃった」

「もうですか? これじゃ記事にならないですよ」

「むぅー。じゃあもう少し頑張る」

 

 

 

 巫女の朝は遅い。らしい。

 ロクに修行もせず賽銭箱の横でゆったりお茶を飲んでばかりいる。らしい。

 そんな感じ。

 

 魔理沙。黒と白。

 そんな感じ。

 

 

 

「面倒になってませんか?」

 

 文はあまりの出来に突っ込んだ。

 

「あ、分かる?」

「あなたが書いてみたいって言ったんですよ?」

 

 なんてない表情で返事をするフランに文は眉を寄せたが、次の一言ですぐに立ち直った。

 

「だって難しいんだもん」

「そうでしょう、そうでしょう。記事一つ作成するのは大変な努力なのです」

「じゃあ、お手本見せて」

「お手本ですか? 今あるのはこちらだけになりますが……」

 

 文はごそごそとふところから大きな紙を取り出した。見出しは『幻想郷を覆う謎の紅い霧』、他には『地上に架かる紅い虹と天使の翼』などが書かれてあった。

 

「どれどれ」

 

 フランは新聞を受け取ると、さっさか流し見ていく。

 そして思った事を口にした。

 

「私のとそんなに変わらなくない?」

「――どこがですか!?」

 

 その一言は文のプライドを大いに刺激した。

 

「つまんないとことか」

 

 自分でも自覚していたフラン。

 しかし文は違う。

 

「私の記事は面白いですよ!」

 

 『は』を強調する文。両手を地面に叩きつけている。

 

「お姉さまが爆発したとかなんか付け加えておけば、そこそこマシになるんじゃない?」

「新聞は事実を記載しているものです。偽りの事実を書くわけにはいけません」

「ふーん」

 

 ぺらぺらと新聞で扇ぐフラン。

 そしてまたもや思った事を口にした。

 

「――で、人気なの?」

「そ、それなり、ですかね?」

「ほんとにぃ?」

 

 フランの追及の視線から、文は顔を逸らした。

 

「ちょっと、少しだけ押され気味ではありますが、一時的なものですから、そろそろ私の新聞も浸透するころですので、それからが正当な評価に」

「――で?」

「え? いや、ですから今現在は極僅か若干普及があれなだけで」

「で?」

「そもそも人と妖怪とでは感覚の差もございまして」

「で?」

 

 …………。

 

「……どうしたらより多くの人に読んでもらえるのでしょうか」

「よろしい」

 

 会議が始まった。

 

「とりあえずインパクトは大事だよね」

「はい、それは気をつけてますよ。異変とあれば真っ先に駆けつけていますし」

「良いネタを扱ってるのに人気がないってことは、料理の仕方が悪いってことだよね?」

「ま、まぁ、そういうことになることもあるかもしれませんね」

「え? 何て?」

「おっしゃる通りです」

「よろしい」

 

 続く。

 

「じゃあどう料理するかだけど、ここはやっぱインパクト重視でいくべきだと思うんだよね」

「はい」

「例えば、お姉さまがなんか爆発した事件があったとしてそれをネタにした時、一体どう書くか」

「事件の詳細を調べてそれを書いて、関係者の話を載せる感じですかね?」

「それいつものパターンでしょ?」

「そうですけど、他に何かあるんですか?」

「文は言ったよね、新聞には事実が記載されてあるって」

「確かにそのような事は言いましたが」

「つまり事実さえ載せてればいいんだよ。簡単じゃん」

 

 ピンとこない文。

 

「え? 分かんない?」

「はい」

「例えばお姉さまがなんか爆発したとするでしょ? じゃあ、その事だけは押さえておけば他は何書いてもいいんだよ。紅魔館ではよくあることかも知れないので気にしないことにする、とか――」

「それでは主観だらけになりますよ?」

「今も充分そうじゃん」

「え? どこがですか?」

「わお」

 

 フランは新聞の文面を逐一指して説明していった。

 

「コップに半分の水が入ってるとして、それが半分『も』入ってるとするか、半分『しか』入ってないとするかはその人の勝手、つまり主観でしょ? 文のナチュラルに人をけなしてる感じの文とか思いっきりそうだよ」

「私は清く正しく書いてるのですが」

「そーなの?」

「そーなんです!」

 

 新聞に対する自分の心情を誤解されている気がした文は、強く言い切った。

 が、気にしていないフラン。

 

「じゃあ実地と行こう」

「今からですか?」

「とりあえずネタが転がってそうな神社に行こう。なければ作っちゃお」

 

 二人は神社に向かった。

 

 

 

 

 着いた。

 ものすっっっごく嫌な顔した霊夢が二人を出迎えた。

 

「訳の分からないコンビで何の用なの?」

「いえ、ちょっと取材に……」

 

 頭をかきながら遠慮がちに言う文。

 

「あんたはそうでしょうね。で、問題はそこの横のやつよ。あんたは何な訳?」

「いや、ちょっと取材に」

「なんでやねん」

 

 霊夢は即座に突っ込んだ。

 

「で、取材なんだけど」

「いや私の話を聞きなさいよ」

「あ、どうぞどうぞ、話して話して」

 

 筆記具を構え、フランは霊夢に詰め寄った。

 

「いや、そっちじゃないわよ」

「じゃあどっち?」

「どっちもあっちもないわよ。もうめんどくさいから、二人ともさっさと帰んなさい」

 

 筆記具を動かしながらフランは呟いた。

 

「取材に応じない霊夢氏は乱暴な言動で取材を拒否。これでは参拝客も訪れないわけである」

「おいこら」

 

 霊夢は、フランの持っていた筆記具を、

 

「ちょっと貸しなさい!」

 

 ひったくった。

 

「あぁっ」

 

 強奪した紙には何も書かれていなかった。

 一部始終をしっかり見ていた文がペンを動かし始めた。

 

「博麗神社の巫女は記者を威喝し、物品を強奪した模様」

「こら! あんたもかっ!」

 

 急激に上がる巫女オーラ。

 

「っげ! 逃げますよ、フランさん!」

「あいさー!」

 

 二人は即座にその場から飛び去っていった。

 一緒に風を切りながら、言葉を交わす。

 

「今日はありがとねー! 楽しかった!」

「構いませんよ! いいネタも入ったことですしね! ――それでは!」

 

 二人は分かれ、帰路についた。

 

 そのしばらく後、何も知らずに神社に遊びにやってきたレミリアが、不機嫌な霊夢のご機嫌取りをした。上手くいかなかった。

 数日後、この日のフランの言動行動が、自重を緩めた文によって記事にされ公開された。

 うきうき気分で記事を見たフランは妙な敗北感を味わった。そして黒い羽根の団扇がほしくなった。



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第23話 vs いろいろ 2

 ある日のパチュリー。

 

「ちょっといいかしら」

 

 フランの自室にやってきた。本を二冊持っている。

 

「ん、なぁに?」

 

 パチュリーは、ベッドの上でごろごろしていたフランに一冊の本を手渡した。

 フランは上半身だけひょいっと起き上がると、中身を開いた。

 ――真っ白。

 

(なんじゃこりゃ)

 

 フランはこてんと首を傾げた。

 しかし、よーく見ると。

 

(なんか術式が施されてる)

 

 パチュリーがぼそぼそと説明を始める。

 

「それは日記よ」

「日記?」

「そう、日記」

 

 意味が分からない。

 

(まさか日記をつけろってわけじゃないよね?)

 

 いやしかしこの変な魔女ならば言い出しかねないと、フランは次なる説明を待った。

 

「その日記に書いた文字はこっちの本にも記載されるわ」

 

 パチュリーは、フランに渡していなかったもう一冊本を見せた。

 

「つまり交換しなくてもいい交換日記みたいなものなのだけど」

「うん」

「……どうかしら?」

 

 フランは上に掲げてみたりして、本を見回す。

 

(ふむ)

 

 試しにと、本を開き、指に魔力をともして適当に文字を書き込んでみる。

 

『おはよー』

 

 パチュリーが自身の持つ本を開けて見せると、そこには、

 

『おはよー』

 

 と書かれてあった。

 

「なるほど。面白いね」

 

 別におべっかではない。

 

「これ文字が転移してるんじゃなくて、書き写してるんだね」

「そこに書かれた文字は情報として処理されて、もう一方へと情報のみが伝わり新たに文字として浮かびあがらせるのよ」

「なんか懐かしい? いやちょっと違うか」

 

 なんだか昔似たようなものを知ってた気がしたが、出てこなかった。

 そのフランの妙な様子を、パチュリーはいぶかしんだ。

 

「……もしかして?」

「いや、違うけど」

 

 もしかして既に作っていたのでは? という疑問はすぐに解消された。

 気にせず適当にぐにゃぐにゃと落書きを始めるフラン。

 しかし、パチュリーの方の本にはなにも写らない。

 

「文字情報しか抜き取れないのよ」

「あぁ、そっか。そういうことか」

「外の世界にあるふぁっくすとかいうものについて書かれた文献があったから、試しに効果を真似して作ってみたのだけど」

「で、ここが欠点ってことね」

 

 フランは日記帳をひらひらとさせた。

 

「でもいいね、これ」

 

 ザ・引きこもりグッズ。

 直接会わなくても簡単に会話できる優れもの。

 

「よかったら使って」

「うん、そうする」

 

 用を終えたパチュリーが去ると、さっそくフランは本の解析を始めた。もはや癖である。

 

 

 

 

 それが一段落すると、部屋から出た。

 とりあえず姉の顔でも見ようかと、フランは感応型の結界を広げた。

 

(部屋かな?)

 

 自分の家であるはずなのに地理がまったく分からない館。そんな館をぶーくさ言いながら進んでいく。

 

(また妖精が増えた気がする)

 

 目が合った。

 

「ひぇっ、残虐悪魔だー」

「うぎゃー」

「ぎえぴー」

 

 通りすがっただけで、妖精が次々に逃げていく。

 フランは理由を逃げる際の言葉から察した。

 

(……どうしてくれようか)

 

 今会いに行っている姉への復讐を誓うフランであった。

 そうこうしてると、目的の部屋に着いた。

 

 コンコン。

 

「入るよー」

 

 ガチャ。

 

「あっつ」

 

 部屋は暑かった。

 扉を開けただけで暖風が襲ってきた。

 

「ちょっと早く閉めて、早く閉めて」

 

 急かす声。

 声の主はフランに気づいた。

 

「あら、フラン、久しぶりね、早く閉めて」

 

 中に入り、扉を閉めるフラン。

 

「どうしたの? その恰好。新たな何かに挑戦中?」

 

 レミリア・モコモコ・スカーレットがそこにいた。暖炉の前で火にあたりながら、もうとってもモコモコしている。何枚重ねで服を着ているのか、謎である。

 

「風邪ひいちゃったのよ」

 

 ずびび。

 

「あれ? お姉さまって何だっけ? 吸血鬼っぽい何だっけ?」

「いや普通に吸血鬼だけど。風邪引いてるのはアレよ、寒いからよ」

「なに言ってんの、この蝙蝠」

 

 確認済みモコモコ物体の横で待機していた咲夜がフォローしようと口を開いた。マスクをしているため、その口は見えはしない。あと、マスクが妙に似合っていた。

 

「最近ずっと寒いですからね。長引く冬のせいでしょう」

 

 まだレミリアに慣れ切っていない咲夜は墓穴を掘った。レミリアのフォローなんてことをすると、基本厄介事に巻き込まれるのである。

 

「そうよ、この長い冬が悪いのよ。あ、ちょっと咲夜、何とかしてきて」

「……え? 今、なんと?」

「だから、このくそ寒いのを何とかしてきて」

 

 咲夜が遠い目をしている中、レミリアは春がどうたらとなんか言っていた。

 

「……承りました」

 

 どうしようもないと、咲夜は悲壮な想いで命を受けた。

 そこに、助け舟? が。

 

「んじゃ、私も行こっかな」

「え!?」

 

 モコモコが一瞬浮き上がった。

 

「だ、駄目よ! 外は寒いのよ!」

「でも、お姉さまが心配で心配で早くどうかしなくちゃって……」

 

 目元、口元を手で覆うフラン。

 

「フラン……」

 

 レミリアは簡単にほだされた。

 

「分かったわ、気をつけてね……」

 

 フランの手の奥の目と口がにやりと歪んだ。

 

「……まぁ、咲夜がいれば安心よね?」

「――お任せください」

 

 ということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 雪、雪、雪。

 なんと世界は白かった。

 

「さっぶ!」

「大丈夫ですか?」

 

 気遣う咲夜。赤マフラーが似合っている。

 

「咲夜は寒くないの?」

「メイドですので」

「なにそれ」

 

 などと変な会話をしながら二人は寒空を行く。

 

(咲夜って結構アレなのかな? まぁそれはそれとして、これはさすがに荒れすぎじゃない?)

 

 もうとにかく思いっきり吹雪いていた。白の世界に白い粒が踊り狂っている。

 

「これどう考えてもおかしいよね。日本じゃない」

「……何か元凶が近くにいるのかも知れません」

 

 進んでいると、なんか冬っぽい感じの妖精がいっぱい出てきた。

 

「んー、あれかな?」

「どうでしょうか。とりあえず倒してきます」

 

 咲夜が妖精の群れをさくっと倒す。

 が、どんどん出てくる。

 が、それもさくさくっと倒していく。

 

「ああもう、こんな雑魚いくら倒しても何にもなりゃしない!」

 

(さ、咲夜?)

 

 なんか雰囲気が変わってきた咲夜にフランはちょっとびびった。

 

「さっさと黒幕の登場願いたいものだわ」

 

 咲夜さん押せ押せモードである。

 戦闘時の咲夜を初めて見たフランは内心引いていた。

 

(咲夜の変な一面を見ちゃった、いや見てしまった気がする)

 

 そこに、

 

「くろまく~」

 

 なんか出てきた。

 防寒具とは思えないような軽い服装であるが、それなりに暖かそうである。服の色は寒色であるが。

 

「あなたが黒幕ね。では、早速」

「ちょい、待って! 私は黒幕だけど、普通よ」

「こんな所に黒幕も普通もないわ。そもそも、あんたは何が普通じゃないか分かってるの?」

「例年より、雪の結晶が大きいわ。大体、三倍位」

「ああそうね」

「あとは、頭のおかしなメイドが空を飛んでることくらいかな」

「そうね。やっぱり、あんたが黒幕ね」

 

 完全にいない者となっていたフランは、傍観を決め込んでいた。実は弾幕ごっこ初観戦にわくわくしている。

 が、これもさくっとすぐに終わった。

 

「黒幕、弱いなぁ。次の黒幕でも探さないとね」

 

 レミリアに鍛えられた咲夜はかなり強かった。

 

「あ、フラン様、次に行きましょうか」

「そっすね」

 

 明らかに今思い出された気がしたフランは、思わず変な受け答えをした。

 ということで、去った。

 

 

 しかし、どこまでいっても雪に雪に雪だった。

 

「雪すごいねー」

「はい、現在地が分からなくなるくらい」

「え? もしかして迷ってる感じ?」

「いえ、何となくくらいには」

 

 そのうち、人間のような何かが棲みそうな所に出た。

 

「なんか変な家みたいなとこにきたね。なんかこれ完全に迷ってない?」

「いえ、おそらく合ってるはずですが……」

 

 なんか人型の猫っぽいのが出てきた。

 

「ここに迷い込んだら最後!」

 

 フランは素直に聞いた。

 

「最後なの?」

「ここに迷い込んだら最後、二度と戻れないわ!」

「え? なに? やっぱ迷ってるの?」

 

 フランは咲夜を見た。

 咲夜は気まずそうに目を逸らした。

 空気を読まない猫っぽいのは会話を続ける。

 

「そりゃここは迷い家だもん」

 

 咲夜は、わざとらしく音を鳴らしながらナイフを構えた。

 

「あんな化け猫の言うことを信じてはいけません。とりあえず私が倒しておきます」

 

 咲夜は相手を見据え、フランと目が合わないようにして言い切った。はたから見ればすごく真剣な感じである。

 が、フランは見逃さない。

 人が誤魔化した事は嬉々として突っ込みにいくのが楽しみである。

 

「さっきのくろまく? は咲夜がやったし、次は私がやるよ」

「ですが」

「その代わり次お願いね!」

 

 そう断定気味に言われると、咲夜はうなずくしかなかった。

 

「はい、ターッチ!」

 

 へいへい、と両手を出すフラン。

 咲夜は控えめにその手に自身の両手を合わせた。

 

「はい、決定!!」

「はい決定って、なに好き勝手言ってるのよ。二度と戻れないって言わなかった?」

 

 フランは不満気な化け猫を見やった。

 

(なーんか余裕で勝てそうなんだけど、どうしたらいいのかな)

 

 ちらりと咲夜を見た。自分がやりたいオーラが抑えきれてなかった。

 

(はぁ……)

 

 フランは投げやりに言った。

 

「なんでもいいから、さっさと何かしてきていいよ。すぐに終わるから」

「っな!」

 

 化け猫は怒り、その勢いのまま妖力弾をフランへと放った。

 フランは虫を払うようにしてそれを弾いた。

 

(どうせなら、なにか戦果がほしいけどなぁ)

 

 フランは腕を組み考え始めた。

 その間、妖力弾がフランに殺到しているが、その全てが結界に弾かれている。

 

(――そうだ!)

 

 フランは思いつくと、急に真面目な顔をして、胸の前に一つの魔力弾を生成し始めた。

 その間にも弾幕がやってきているが、相変わらず結界に全部弾かれていた。もはやフランの意識外のことになっていた。

 

(よし!)

 

 魔力弾の生成を終え、フランは真面目な顔から、にやり意地の悪い顔になった。フランの胸の前には黒々とした大き目の魔力弾が生成されていた。

 

 そして、放り投げた。

 

 高い誘導性能が、逃げる化け猫に向かってぎゅるんぎゅるん曲がりながら追っていく。その光景を楽しむか迷ったフランだったが、早く結果が見たかったので適当に追加の魔力弾を放って、妨害し始めた。

 それからすぐに化け猫は黒い魔力弾に当たった。

 

「に゛ゃっ!」

 

 変な悲鳴をあげた化け猫の周囲に、薄い黒の結界が張られた。

 

「おめでとう、結界をプレゼント! 力を込める程、強度が増すよ。やったね!」

 

 フランは愉快気に言った。

 化け猫はその言葉で完全に舐められていることを真に自覚した。

 ぎゅっと握り拳を作り、威を発した。

 

「このままじゃ終われない!」

 

 スペルカードの宣言。

 

『仙符 鳳凰卵』

 

 …………。

 

 ……。

 

 なにも起きなかった。

 

「あれ?」

 

 間。

 

「あれ? 言わなかったっけ? 力を込める程強度が増すって」

 

(霊夢のアレを食らって参考にしてみたんだけど、ちゃんと発動してるみたい。よかった、よかった)

 

「ああ、ごめん。言い忘れてたけど、それ勝手に力を吸うから気をつけてね」

「えぇ!?」

 

 そうしてる間にふらついてきた猫。

 

「つまり別に何もしなくても勝手に吸われてくから、早くなんとかした方がいいよ」

「ちょっ」

 

 慌てて次のスペルカードの宣言をした。

 

『翔符 飛翔韋駄天』

 

 すると、倒れた。

 

「あれ? 使った分だけ大きく吸い取るって言わなかったっけ?」

 

 返事はない。

 まぁいいやと、フランは咲夜に話しかけた。

 

「じゃ、次いこっか」

「……はい」

 

 戦闘時のフランを初めて見た咲夜は内心引いていた。互いに互いで引いている。

 咲夜は質問した。

 

「あれは当たるとどうしようもないのでしょうか?」

「え? その人の特徴を上手く活かせばどうにかなるんじゃないかな? てか、ぶっちゃけ力技でも、結界が吸い取る量と速さを上回る攻撃すれば壊れるしね」

「はぁ」

 

 それってどのくらいだろうか? そう思ったが咲夜は口にはしなかった。

 

 

 

 そうこうしてるうちに、魔法の森の上まで来た。途中から森の上をぐるぐると回ってるだけな気がしないでもなかった。

 

「なんか、無駄に時間を過ごしてるような気がする……」

 

 と、ぼやく咲夜。

 一応役目を負っている咲夜と、遊びに来ただけのフランとの違い。ぶっちゃけフランは好きな時に帰っていい。

 そんなフランは、咲夜の少し後ろからついてきている。

 

(ん? なんかいる)

 

 雪で視界の悪い中、フランの目が何かを見つけた。

 それとは関係なしに、咲夜が呟いた。

 

「うちのお嬢様は大丈夫かしら?」

「他人の心配する位なら自分の心配したら?」

 

 なんか出てきた。

 

「ああ、心配だわ。自分」

「で、何が心配なの? 自分」

「服の替えを3着しか持ってこなかったの。自分」

「持ってきてたんだ」

 

 なんか変な感じの魔法使いである。手に魔本を持っている。

 金髪で肌の色は薄く、人形みたいな姿をしている。肩の上に浮かんでいる可愛らしい人形が、表情の薄い本人とでギャップを感じさせる。

 それはそれとして咲夜は平然と会話を続ける。

 

「あと、ナイフの替えも」

「持ってきてるの?」

 

 人形っぽく首を傾げる魔法使い。

 

「あなたは悩みが少なそうでいいわね」

「失礼な! 少ないんじゃなくて、悩みなんて無いわ!」

 

 急に激する魔法使い。

 少し離れて見ているフランはちょっとついていけない。

 

「って、言い切られてもなぁ。で、そこの悩みの無いの」

「はい?」

「この辺で春を奪った奴か、冬をばら撒いた奴を知らないかしら?」

「大体、心当たりはあるけど」

「どこに居るの?」

「そんな瑣末な事は、どうでも良かったのであった」

「どうでも良くない」

 

 もはやアホの会話である。

 実際はちょっと、そう、ほんのちょっとだけ天然である二人が会話しているだけなのだ。きっと。

 それはさておき、疎外感すら感じてきたフラン。

 そのままフランの存在が忘れられたこの場で弾幕ごっこが始まった。

 

「――先に行っとこ」

 

 その呟きは雪に混じり地表で溶けた。



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第24話 vs 藍しゃま

 とはいうものの、初めから目的もないフランに目的地があろうはずもない。とりあえずノリでそれっぽい所へと目指すことにした。

 

「方向なんて分かんないけど、多分こっちでしょ」

 

 どこぞの紅白巫女の如く、適当に勘で雪の中を進むフランだったが、別に勘が鋭いわけでもない。

 しかし不思議と上手いこと進めていた。

 その証に、頭が春っぽい巫女がなにやらぶつぶつ言いながら飛んでいるのが見えてきた。

 聴力の良い耳はその呟きをとらえた。

 

「それにしても……雲の上まで桜が舞ってるのは何故?」

 

 確かに辺りには桜が舞っていた。その発言で気づいたフランだが、それなりにどうでもよかった。

 

「…………」

 

 黙ったままこっそり付いて行く。

 

「いつもだったらここで、誰かが答えてくれるんですけど」

「…………」

 

 フランは思った。

 

(他人のひとり言聞くのって面白いなぁ)

 

 しかし充分に楽しんだし、変化がほしくなった。

 口を開け、空気を大きく吸い込む。

 

「ピンポンパンポーン!」

 

 札が飛んできた。

 

「ちょっと! なんであんたがここにいんの!」

 

 なにやら凄い形相で飛んできた。

 フランはそれが面白くて堪らない。

 

「え~、なんでだろねぇ?」

 

 霊夢は口元をひくつかせた。必死に抑えようとしている様が、なお面白かった。

 

「……いいからどっか行きなさい。さもないと退治するわよ」

 

 にまにまと、次はどうやってからかってやろうかと考えるフランだったが、急に笑みを消し霊夢の言葉に従った。

 

「うん、そうする。じゃあね~」

 

 と、さっさと飛び去って行った。

 呆気にとられ言葉が出ない霊夢だったが、まぁいいかと前を向くと楽器を持った三人組が見えて、即座に理解した。

 

「……あいつ、擦り付けたのね」

 

 八つ当たり気味で霊夢にボコされた幽霊がいたそうだが、フランの知るところではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そのフランは、少し外れた所で狐の妖怪と対面していた。下に見えるのは雪なのか雲なのかもはや分からない。

 

「何か用?」

 

 とりあえず尋ねるフラン。

 狐の妖怪は道教のような袖の長い服を着ており、両袖をつけてそこに両手を入れている。

 狐は澄ました顔で言う。

 

「見かけたからな」

 

 九本の尻尾がゆらりゆらり揺れている。とっても柔らかそうである。フランの目が細められた。この天気ではとても魅力的に移るのも仕方がない。

 

「あ、それで?」

「証明しよう」

「何を?」

「私が紫様の式、つまり最強の式であると!」

 

 袖から両手を出し、ばばっと広げ高らかに宣言してきた。

 その変わりようにフランは心底だるそうに言った。

 

「えぇー」

 

(うっわ、ちょーめんどくさー)

 

 なんだか避けれそうにもない事を理解しながらも、一応聞いた。

 

「……私がそれに付き合う理由ってある?」

「お前が勝てば一つ、何でも言うことを聞こう」

「それってあれだよ? 言うもんじゃないよ? 出来ないことは出来ないからね。例え可能なことでも」

「……どうすれば私と戦ってくれる?」

 

(なんでこんなにやる気満々なの。なんかもう適当な事言っとくか)

 

「じゃあ、その尻尾ちょうだい」

「そうか。分かった」

 

 即答だった。フランは嫌になった。

 構わず、藍はスペルカードを提示した。

 

(あ、そっかそっちか)

 

 フランは気が軽くなった。適当に当たって降参すればいいだけの話である。

 

(でも、何度も挑まれるのも嫌だなぁ)

 

 一度ある程度力を見せている以上は、明らかに手を抜くとバレる。本気でやるまで何度も繰り返されることは想像に難くなかった。

 

「……どうした?」

 

 と、動きを見せないフランに藍が声をかけた。

 

「あ、いや、なんでもない」

「――いくぞ」

「へいへい」

 

(さて、どう立ち回ろうか)

 

 

 

 藍は一気に後退し距離を取り、宣言した。

 

『式神 仙狐思念』

 

 小手調べなどなかった。

 藍から万華鏡に映った花のような弾幕が放たれた。

 フランはその術式に思考の累積を感じた。藍の思念が形をもって現れたような、そんな感覚。

 

(っわ、綺麗)

 

 万華鏡から飛び出してきた花の花弁がひとつ散り、またひとつ散り、さらに散り、それが同時多発的に多方で行われた。その散った花びらひとつひとつがまた別の花を形成し、そしてまた散っていき、花の輪廻でも見せられているかのような弾幕になっていた。それは白まだらな夜空に痛いほど綺麗に映えた。

 

(――これがスペルカード。いや、これこそが――)

 

 この弾幕は一体何なのか。いや、分からない。

 分かるのは、この美しい弾幕が自分に向かってくるということ、それのみ。

 フランは心が湧きたった。

 

(この美しさは間違いなく私に向けられたものであり、これに返答するのもまた私だ)

 

 フランは、どうしようもないほどにこの描かれた弾幕に手をつけたくなった。

 

(しかしどうするか)

 

 フランはひとまず、花びらの周囲をぐるりと飛び回った。

 やがて思いついた。

 

(足りないものがある)

 

 フランは、ぐるぐると動き回りながら緑色の魔弾を発し始めた。

 追加して、フランは自身の身を緑色のオーラで包み込む。フランの通った軌跡は緑色の筋となり、緑の魔弾と合わさった。つまり、万華鏡の花に葉と茎が加えられた。

 

(なかなかじゃない?)

 

 満足したフランは、「どうだ!」と藍に視線を向けたが、当の藍はスペルカードを構えていた。フランは心の中で唾を吐いた。

 

 スペルカードの宣言。

 

『狐狸妖怪レーザー』

 

 強く発光する白く丸い妖力弾、それが真っ直ぐ縦に連なった。その整列が終わると、左右にレーザーを発し始めた。

 

(……これはなんだろう)

 

 フランは避けながら、観察をしている。術式ではなく、全体から絵を見るような感覚で見ている。

 

(これだけじゃ分からない)

 

 フランの要求に応えたわけではないが、新たに妖力弾の列が増えた。

 妖力弾はレーザーだけでなく、青や赤の丸い弾も発射した。

 

(丸いのは水泡で、レーザーはなんだろう? ……いや、違う)

 

 フランが行っていることは得意の理解ではなかった。それは想像に変わっていた。

 

(そもそも狐狸妖怪レーザーってのがヒントが無さすぎる。もうちょっと分かりやすいのか面白いのにしてくれたら……)

 

 勝手に連想ゲームを始め、勝手に悪態をつくフランだったが、被弾する気配は全くない。

 そんなフランに、藍は新たにスペルカードを宣言する。

 

『プリンセス天狐―Illusion―』

 

(な、なんですとっ!)

 

 フランはそのネーミングに驚いた。

 

(やばい、テンション上がってきた)

 

 本当はずっと前に上がっていたのだが、本人が今気づいただけである。

 

 そんなフランをよそに、藍は妖力弾を放つ。

 藍はまず自身を中心として、明るく丸い妖力弾を、三百六十度、円状に多く放った。

 

(これはなにを意味するんだろう?)

 

 じーっと丸い弾を見ている。術式から見るに、ただの明るい弾なのだが、何かあるのではと興味深々に見ている。

 しかし、なにも起きない。ただ組まれた術式通りに、周囲に広がるだけ。

 

(どゆこと?)

 

 弾幕から藍の方へと視線を移した時、フランは驚いた。

 

「――いない?」

 

 その時、肌が力を感じた。

 感じた方向に視線をやると、妖力弾が迫ってきていた。

 

「――あ」

 

 左側に藍がいた。

 まさしく瞬間移動のマジック。

 客の視線を一点に釘つけ、肝心の自身を隠す。

 

(なるほど確かにイリュージョンだ)

 

 フランは答えが分かると嬉しくなった。

 引っかけられた形ではあるが、そんなことは関係なかった。

 だが、フランにはある疑問が残った。

 

(……プリンセス分は?)

 

 藍は同じような行動を繰り返す。発する弾幕の厚みだけは増していくが。

 

(分からない)

 

 フランは困った。

 

(プリンセス分が分からない)

 

 知りたくて仕方が無くなった。

 

「ねぇ、プリンセスってなんの意味?」

 

 一瞬の間。

 

「は?」

 

 藍の表情は何言ってんだこいつと言わんばかりであった。

 

「いやプリンセスの意味が分からなくて」

「……何が言いたい?」

「だからプリンセスの意味が」

「行くぞ」

 

 藍は会話を諦めた。頭がおかしいやつの戯言として処理された。

 

 スペルカード宣言。

 

『狐狗狸さんの契約』

 

 突如、フランはオレンジ色の光の輪の中に囲われた。周りにはいくつかの線が長く伸びている。

 

(なにこれ? ていうかまだプリンセスの答えが見つかってないんだけど)

 

 輪がずずずっとゆっくり動いていく。輪の中にいるフランは合わせて動くしかない。そのうち小型の白い弾も多数やってきた。雪と混じり、それなりに見づらい。

 

(なにこれ? 遠目から見れば、私を囲ってるこれは太陽のように見えるはず)

 

 それだと小粒の弾の説明がつかない。

 

(雨? 太陽がこんなにも主張してるのに? ……違うなぁ)

 

 フランは駄目元でヒントを貰いにいく。

 

「この小さなやつってなにー?」

「…………」

 

 返事は返ってこなかった。

 狭い空間の中で襲い来る妖力弾にかすりもしないどころか、話しかけてくるフランに藍は少し苛立っている。

 なお、その事についてフランは微塵も気づいていない。

 

(スペルカード名は狐狗狸さんの契約だっけ? こっくりさん、なんか覚えがある。……なんだっけ)

 

 この間も、輪は移動し、中心にいるフランも合わせて動いている。相変わらず外から来る弾に当たる気配はない。

 

「――ああ、そうか!」

 

 知識が見つかって、テンションが上がる。

 

(こっくりさんってあれだ! 皆で硬貨の上に指置いて、なんか文字の上で占うやつだ)

 

 眺めている藍からすると、急にテンションが上がった頭のおかしいやつにしか見えない。

 

(ということは、つまり? 私を囲っているこれは太陽じゃなくて、硬貨であり、そこから伸びている線は太陽光じゃなくて指か)

 

 フランは一人で楽しんでいる。

 

(ってことは、この小粒は……。硬貨と指、足りないのは文字? いや、でも文字が動くのは違う。動くといえば、……思い?

 ――あ、それだ。指の向こうの人間の思念が硬貨に向かってきているというのが自然。つまり、私がここから出来ることは……)

 

 フランは周りの小粒の弾と同じ型の魔弾を生成し、それらとぶつける。

 

(私のこれは動物の思念。つまり、こっくりさん!)

 

 どうだ! と藍に胸を張るフラン。

 藍からすると狂人にしか思えなかった。

 

(あれ? なんか反応が無い。なんでだろ? 正解じゃなかったってこと? でも、完璧じゃん)

 

 ふと頭に考えがよぎった。

 

「契約ってこと? 契約ってなんの意味だっけ?」

「…………」

 

 藍はもう怖かった。なんかぶつくさ言いながら弾は全部避けているし、はっきりと言葉を口すると思えば訳が分からないこと言うし、なんかいけないのに関わってしまった気分だった。自分から関わったのだけど。

 後悔と共に、藍は選択した。

 

 スペルカードの宣言。

 

『飯綱権現降臨』

 

 その弾幕はただ相手を排除するだけで、想像など許すものではなかった。

 色、形、術式、その全てがバラバラな幾種の妖力弾が超大な圧力でもってフランに襲いかかる。

 

(これは……)

 

 暴風雨のような弾幕。雨に風、石や岩に樹木、なにもかもが巻き込まれその全てが自分へと飛んでくるような弾幕。まさしく藍の今の心を表していた。

 ――拒絶。

 

 しかし、

 

(つまり神的なものってこと? 降臨っていってるし、そんな感じなんだろう。飯綱権現がなにか分からないけど、多分そういうことなんだろう。

 ああもう、パチュリーに聞けば分かるだろうに、もったいないなぁ)

 

 想像を止めないフランだった。

 

(あのちっさい針みたいなやつは雨で、あの大きな丸いのは岩かな? んで、あれは風で、あれは……。――ん?)

 

 フランは気づいた。

 

(私何してたんだっけ?)

 

 弾幕ごっこ。

 

(そもそもなんでこんなことしてるんだっけ? いやそうじゃなくて、えっと、つまり、なんだっけ?)

 

 …………。

 

(ん? ん? んん?)

 

 我に返り始めた。

 

(なんか勝手に理由つけて考えたけど、それって勝手に考えてただけで、そもそもこれは弾幕ごっこで……、えーっとそのつまりあれだ)

 

「デストローーーーーーーーイ!」

 

 全部吹っ飛ばした。

 もうなにもかも。弾幕も思考もなにもかも。

 ハイテンションによる勢いだけの行動。

 

 フランはふぅーっと息を吐いた。満足げな顔である。

 

「……もういいや、なんか疲れちゃった」

「……そうか」

 

 釈然としない藍だったが、もう関わりたくないからどうでもよかった。続けてたとしても、それまでの技全てを避けられ、挙句に全部吹き飛ばされていた事を考えると気が進まなかった。さっさとこの場を立ち去りたくなっていた藍はもう長引かせたくなかった。

 

「はぁ……」

 

 藍は自分の使命を思い出し、ゆっくりため息を吐いた。

 仕事があるのだ。

 そう、仕事が。

 気をとりなおした藍が、行動を開始しようとした時だった。

 

「ら~ん~?」

 

 可愛らしい少女の声が聞こえてきた。とっても聞き覚えのある声に、藍はビクッと跳ねた。

 

「一体、なにをしてるのかしらねぇ?」

 

 恐怖に染まる藍。

 

「あ、ゆかりんじゃん、どうかしたの?」

「ゆかりん……」

 

 紫はなんとも言えない顔をしたのち、「こほん」とわざとらしく咳をして言った。

 

「仕事を放って遊んでる部下の様子を見に来たのです」

 

 大いに狼狽える藍。

 

「ゆ、紫様……、これには深い訳が……」

「――藍?」

 

 ただ呼んだだけ。だが、藍は明らかに委縮した。

 

「はい……」

 

 藍の帽子の耳の部分がしょんぼりたれ下がった。

 

「で、仕事はもう終わったの? ゆかりん」

「……ええ。手を出す必要が無くて助かりましたわ。もしもの時は藍にもやってもらうつもりでしたが、……まぁそれはいいでしょう」

「ひぇ……」

 

 藍はぷるぷる震えている。

 その藍を、紫は持っていた傘でぶっ叩いた。

 

「っぎゃう」

 

 フランはぼーっと見ている。

 

「動物虐待?」

「藍は動物ではありませんわ。式神です。そしてこれは虐待ではなくしつけです」

「ふーん、まぁどうでもいいけど。で、どうするの?」

「どうする、とは?」

 

 割と丁度いいタイミングでやってきた紫は、事の一部始終を知らない。

 

「いやぁ、勝ったら何でも言う事聞くよみたいな事言ってたから」

「……そんな取り決めをしてたの? 藍?」

「いや、その、つまりそのっ」

 

 べしべし叩かれる藍。

 

「で、どうするの?」

「……ここは私が肩代わりするということじゃ、駄目かしら?」

「え、別にいいけど?」

「それは良かったですわ」

 

 藍が負けたと思っている紫。

 

「とりあえず要求を教えてくださっても?」

「え?」

 

(あー、そういうことね)

 

 気づいたフラン。内で悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、今度館まで来て。渡したい物があるから」

「あのっ、ゆかりさまっ」

「おだまり」

 

 また叩かれる藍。

 

「それでよろしいのですね?」

 

 念を押す紫。

 

「あと、その物を運んでほしいって感じかな?」

「分かりました。そのようにいたしましょう」

「――じゃ、私もう行くから。じゃあね、ゆかりん」

「ええ」

 

 フランはこの場から飛び去って行った。

 落ち着いた後、藍はおずおずと話を切り出した。

 

「あの、ゆかりさま……」

「……なぁに?」

 

 ため息混じりの紫。

 

「別に負けたわけではなかったのですが……」

「……え?」

 

 やがて訪れる春、しかしまだ寒い空。藍の悲鳴がこだました。



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第25話

 幻想郷に春がようやっとやってきた。訪れた春は桜と共に周囲に広がった。

 人里でも人間たちが活動的になり、里はにぎやかになっていた。

 

 そんな人里をフランは歩いている。

 

「いぬー」

 

 適当に口ずさむ。

 

「ねこー」

 

 けっこう注目をあびてるフラン。当人はまったく気にしていない。

 

「たぬきー」

 

 というより、気づいていなかった。

 

「きつねー」

 

 声をかけられ、止まった。

 

「お前は里中でなにしてるんだ」

「こんこんこーん?」

 

 振り返ると、金色の狐。春のように暖かそうな九本の尻尾が揺れている。

 

「言葉を使え」

「こんこん」

「よし、喧嘩なら買うぞ」

 

 よくは分からないが、狐の妖怪は沸点が低いご様子。

 

「またゆかりんに怒られるよ?」

「バレなければ問題はない。それに今度は勝つから無問題だ」

「ふーん。――あ、ところでお腹すかない?」

 

 春の陽気の中、藍の高性能な脳が急速に動き始めた。

 フランと接するのもこれで三度目、藍は経験で知っていた。この悪魔にペースを握られるのはまずいと。感情に任せて行動すると、必ず後悔する。そう、この頭のおかしい悪魔に力だけでなく、舌戦でも勝つためには自分も普通ではいられない。この会話の続きで、「そんなことはどうでもいい」と返せば最終的には言い負ける気がする。じゃあ逆を取って「ああそうしよう」と乗ればどうか。いや、それは相手に乗ったことになり、相手に先手を取られてしまうことになる。そう、それだ。――先手だ、先手を打つことが肝要なのだ。

 

 藍は答えを出した。

 

「そこにいいうどん屋がある。そこにしよう」

 

 ということになった。

 

 

 

 

 うどん屋に入った。

 

「へい、らっしゃい!」

 

 元気のいいおっさんの声が二人を迎えた。

 おっさんは藍を見ると、なにか訳知り顔で言った。

 

「ぉっと、いつもので?」

「……ああ」

 

 藍は苦い顔でそう答えた。知られたくないらしい。

 当然フランは突っ込みにいく。

 

「いつものって?」

「お前は気にしなくてもいい」

 

 案の定突っ込んできやがった、と藍が流そうとしたが、横から店主が口を開いた。

 

「ああ、きつねうど」

「――お前は何にする?」

 

 (さえぎ)った。わざわざフランの前に立ち、視界まで塞いでいる。

 しかし、こんな状況を見逃せる程、フランは良心的ではなかった。とりあえず昔に一度使った手で攻めることにした。

 

「フランちゃん」

 

 お前呼ばわりを訂正しようとさせた。ちゃんと藍に伝わった。

 

「……何にする?」

「フランちゃん」

「…………」

 

 握り拳を作り、ぐっと堪えた後、意を決したように藍は目を見開いた。そして、ひどく重苦しく口を開いた。

 

「……フランちゃん、は何にす」

「――きつねうどんで」

 

 藍は深く、深く笑みを作った。

 裏で念仏のように『落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け』と繰り返している。「あいよ!」と元気のいい店主のおっさんの声が恨めしかった。

 

「おっと、お二人さん、運が良かったな! ちょうど、揚げが二つしか残ってなかったんだ」

「へぇー、人気なの?」

 

 と、席に座り、向かいの席に座った藍に聞いたフラン。

 得した気分になって、少し機嫌を良くした藍は素直に答えた。

 

「ああ、ここのお揚げはとても美味しい。よく売り切れる程だ」

「ふーん、じゃあ良かったね」

「ああ」

 

 すぐにうどんが来た。

 

「へい! お待ち!」

 

 少し残っていた寒気からか、器からゆらゆらと湯気が上がっていた。うす茶のつゆに白いうどんがそよぎ、その中央にお揚げが自身の存在をこれでもかと主張していた。周囲を泳ぐネギが、嗅覚を刺激し、食欲をわきたてさせた。

 

 藍は顔全体で湯気を受けながら、器の中を覗き込むようにして見た。嬉しそうなキツネ目を浮かべ、立ち上る湯気をすするかのように鼻で吸った。香りを堪能すると、箸を取りうどんを口へと運び出した。

 幸せの絶頂にいるかのような藍に、なにか使命感を感じたフランは水を差した。

 

「そういえばなんで人里にいたの?」

 

 ずずず。

 

「私か?」

 

 ずずず。

 

「それはだな」

 

 ずずず。

 

「紫様が空けられた結界の穴を……」

 

 ずず、ず。

 藍の動きが停止した。

 青ネギとタメをはるくらいの青い表情になった。

 

「……っすぐに戻る」

 

 藍は飛び出すようにして、店を出た。

 器の中にはお揚げが綺麗に残っていた。好物は最後に食べるらしい。

 

 ずずず。

 

(残ってた方がいいのかな?)

 

 素でそんなことを考えながらうどんをすするフラン。そんなフランに、聞き覚えがある音が飛び込んできた。その音は声であり、また非常に嫌そうな声であった。

 

「うわっ、あんたこんなところで何してんの!?」

 

 その主は、厄介な者を発見してしまったかのような目でフランを見た。

 

「え? うどん食べてる」

「そんなの見れば分かるわよ。そんな事を聞いてるんじゃないの」

 

 声の主は、脇を出した巫女服を着た巫女さんだった。霊夢である。

 

「あんたが何でこんなところで、そんなもん食べてるのかって聞いてるのよ」

「おいしいよ?」

「あ?」

 

 即座に表情が怖くなった霊夢。角の幻影が見えた気がした。

 そんな霊夢には同行者がいた。その同行者は霊夢をなだめようと、霊夢の肩に手を乗せて諭すように言った。

 

「すぐに感情に支配されるようじゃ、まだまだ修行不足よ」

「うっさいわね。大体あんたのせいで私は余計な仕事してんのよ」

 

 しかし効果は無かった。

 フランはひらめいた。

 

「うどん食べる?」

「だからあんたはなんでそんなもん食べてんのよ」

「誘われたから」

「あっそ、あんたに友達なんかいるのね」

「失敬な!」

 

 コミカルに突っ込むフラン。楽し気である。

 その様子に影響された同行者。

 

「ねぇ、霊夢? 私もお腹すいちゃったわ」

「はぁ? 知らないわよ。私はさっさと帰りたいの」

「ここの勘定、私が出すわよ?」

「――おやじ! うどん一杯ね!」

 

 気づいたら横の席にいた霊夢にフランは目を見張った。

 

「で、ゆかりんはどうするの?」

 

 フランは何気ないように聞いた。裏でにやにやしている。

 

「そうねぇ、どれにしようかしら」

「それ、食べたら?」

 

 フランは自分の席の向かいにある食べかけのうどんを指した。

 

「えぇ? それ食べかけでしょう?」

 

 怪訝な顔する紫にフランは笑みを濃くして言った。

 

「うん、藍のだよ」

「藍の?」

「そう、藍の」

 

 二人は悪い顔をした。

 紫はにこやかに、フランの対面の席にすわってうどんを食べ始めた。一口目はお揚げだった。

 

「おやじ! もう一杯!!」

 

 霊夢が二杯目を所望した頃だった。

 

「そろそろ私は姿を隠すわね」

 

 何かを察した紫はスキマに入ってった。

 それからすぐ、

 

「――すまない! 遅くなった。よく分からないがなんでもなかった」

 

 藍が帰ってきた。

 

「そうなの?」

「ああ、とにかく急いで帰ってきた。お揚げが冷めてしまうからな、……って」

 

 藍は何かに気づいた。

 

「ん? どうかしたの?」

 

 何事もなかったようにそう聞くフラン。

 返事をせずに、固まっている藍。

 

「ああ、霊夢のこと? それならさっきね――」

「そ、そんなことじゃない。お揚げ、……私の、お揚げは?」

「ああ、それなら伸びちゃうといけないからって、霊夢と一緒に来てた人が代わりに食べていったよ」

 

 震える藍。

 

「なん、だと――、そんな馬鹿な……」

 

 藍はぶつぶつ何か言い始めた。

 

「気分屋で勝手気儘な紫様に常日頃こき使われる日々の中での、私の小さな幸せが……」

 

 震える手を握りしめ、拳を作る藍。

 

「――許せん! どこの誰だかは知らんが、許せん! 見つけたらとっちめて、後悔させてやる!」

「本当に?」

「ああ、こんな卑劣なことをするような奴は、世の為にならんようなロクでもないやつに決まっている。そんな奴、私が直々に懲らしめてやる。いや、懲らしめなければならない!」

 

 力強く演説する藍。尻尾が上に向かってにょきっと伸びてる。

 

「で、どいつだ? どいつが私の大切なお揚げを食ったんだ?」

「今、後ろにいるの」

 

 フランは藍の向こうを指さした。

 

「よくも、私の――」

 

 藍は威勢よく振り返った。

 そして固まった。

 

「続きは?」

 

 にっこり微笑む紫。はたから眺めているフランから見ると、とっても楽し気に見えた。

 

「え、いや、あのその……。……ゆ、紫様が、私の愛するお揚げを食べやがっ、――お食べになられたの、ですか?」

「ごめんなさいねぇ、世の為にならないロクなやつだから、つい食べちゃったの」

 

 藍は微笑んだ。その笑みには後光が差しており、悟ったように涼やかだった。

 次に会った時は優しくしようと思ったフランであった。もぐもぐ。 霊夢の元気な声。

 

「おやじ! おかわり!!」



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第26話

 フランの目はそれを捉えた。

 

「なんじゃこりゃ」

 

 限りなくただの妖気、でもなんか少し違う、そんな感じ。

 

(まぁ、どうでもいっか)

 

 寝た。

 起きた。

 まだあった。

 

(でもどうでもいいや)

 

 寝た。

 起きた。

 まだあった。

 

(どうでも……)

 

 寝た。

 起きた。

 まだあった。

 

(ほぉん)

 

 フランはのそのそと起き上がると、図書館へと向かった。

 相変わらず薄暗い大きな図書館には、珍しく活気があった。あくまで平時の図書館に比べてであるから、活気があるといっても結構静かである。ここでは話し声がするだけで活気があるといえた。

 話し声の主は、パチュリー、アリス、魔理沙の三人だった。

 

「なんか面白い構図だね。まるでパチュリーにお友達がいっぱい出来たみたい」

「吹き飛ばすわよ」

 

 その他に、大図書館にはどっかでコキ使われている小悪魔もいる。

 

「で、みんななにしてんの?」

 

 フランは相談事をしてるように固まっている三人に近づいた。

 

「調べているのよ」

「調べる?」

 

 首を傾げたフランに、先の復讐か得意気に口を開いたパチュリー。

 

「あら、わからない? この漂う――」

「妖気のことね」

「……そうよ」

 

 パチュリーの得意気な表情が失せた。唾でも吐きそうである。最近徐々に表情が豊かになってきているパチュリーだったが、増えたレパトリーは負の面でばかりだった。

 

「ふーん。それでみんな妖気について調べてるわけ」

 

 三人が囲う机の上には妖気に関する本が積み上げられていた。

 フランのあまり興味なさげな様子に、進捗芳しくない面々は影響を受けたのかどことなく気落ちした。

 

「つっても、何も分かってないんだけどな」

 

 ぐぐっと背伸びをする魔理沙。直接調べに行きたくなっている。

 少なからず同意する部分があるのか、アリスとパチュリーも意識を本から完全に離した。

 そんな面々にフランは淡泊に答えた。

 

「そりゃそうじゃない?」

「どういうこと?」

 

 と、アリスが聞いた。

 

「だってみんなこの妖気について知りたいんでしょ? だったら本とにらめっこしてどうすんの。それじゃ本の事しか分からないじゃん」

「どういうことだ?」

「――駄目よ魔理沙。フランに付き合っても何も分からないわ」

「ちょっと、それどういうこと?」

「そのまんまよ」

 

 フランとパチュリーが睨み合った。

 逸れかけた話の流れをアリスが引き戻す。

 

「つまりあなたにはもう分かってるってこと?」

「いや、分かってるけど何も分かってない」

「……意味が分からない」

「ほら、言ったじゃない」

 

 パチュリーの言葉に、フランは頬をふくらませた。そして、パチュリーの方を見ずに、アリス、魔理沙の方へと視線をやる。アリスの後ろにぷかぷか浮いてる二体の人形が浮かんでいるのが見えた。二体とも、パラパラと腕を振ってなにか踊っているように見えた。

 

「だってこれ妖気じゃん。妖気についていくら調べても妖気の説明は変わらないじゃん」

「で?」

「『で?』って……、だからそのあれだよ、これは妖気なんだよ」

「そんなことは分かってるんだが」

「いやだから妖気なんだよ。分かってるんだったら、なんで本なんて見て調べてるのさ」

「……なるほどな、よく分かった。すまんパチュリー、お前の言うことは正しかったようだ」

 

 フランは諦めた。

 

「もういいもん、お姉さまなら分かってくれるだろうし。多分」

「レミィなら外よ。幻想郷小旅行だとかなんとからしいわ。置いて行かれた咲夜がしょげてたわ」

「あ、そうなの。じゃあ放って置けばそのうちなんとかなるか」

 

 くるくる回る人形。

 

「――ところでアリスの人形って生きているの?」

「いいえ、まだ」

「じゃあ勝手に動くことはあるの?」

「ないわ。直接操作しない限りは、設定した以上の動きは出来ない。それがどうかしたの?」

「いや、それ――」

 

 フランがアリスの後ろの人形に指を指した時、人形は急に動きを止めてただ浮かんでいるだけになった。

 ちらっと後ろを見たアリスには、ただ浮いているだけの人形が映った。すぐに振り返って疑問を口にした。

 

「この子たちがどうかした?」

 

 アリスの首が元通りの向きに直ると、人形はまたパラパラ踊り始めた。

 

「……いや、可愛いなぁって」

「あら、そう」

 

 機嫌を良くしたアリス。表情は変わってないが、声色に喜色が混じっていた。後ろでは、合わせるかのように二体の人形が、ハイテンションな感じで踊り始めた。

 

「そんじゃ、私部屋に戻るねー」

 

 「ばいばーい」と、フランは去っていった。

 

「結局、……どういうことなんだ?」

「レミィが解決しに行ったとも考えられるけど……」

 

 じゃあもういいかと思ったパチュリーだったが、急に気が変わったか飽きたかでそのまま戻ってくるかもしれない勝手気儘な吸血鬼を考えると、やはりこのまま続けなければと思い直した。

 

「はぁ……」

 

 図書館はもやもやとした雰囲気に包まれた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 部屋に戻ったフランは、特にやる事もなかったのでぼーっとしていた。

 

(思わせぶりな事でも言いながら、一緒に調べる振りでもしてればよかったかなぁ)

 

 そんな感じでベットに寝転んでいたところ、天井の一部がぐにゃりと歪んだのが見えた。

 

(これは――)

 

 空間が裂け、スキマが現れた。

 

「はろ~♪」

 

 そこから上機嫌な紫が出てきた。

 

「はろはろー」

 

 棒読みで返す。にょろっと起き上がった。

 

「ねぇ、お姉さん知らない?」

「お姉さま? お姉様ならなんか外出中らしいよ」

「あら、そうでしたの。それはそれは」

 

 紫は扇で口元を隠した。見えずとも笑ってるのが分かった。

 

「ところで貴方は参加しないの?」

「フランちゃん」

「……フランちゃんは参加しないの?」

「うん、酔っ払いに絡まれてもいいことないし」

「そういえば貴方、宴会で見かけたことないものねぇ」

「フランちゃん」

「……フランちゃん」

 

 間。

 

「で、ゆかりんは宴会に参加してないの?」

「少しだけ。……まぁ、今回はちょっと色々やる事があるのよ」

「色々?」

「そう、色々。面倒なのに心当たりがあるのよねぇ。――ということで、私はそろそろ行こうかしら。貴方が何もする気ないならそれはそれで結構だから」

「フランちゃん」

「…………」

 

 紫は無言のままスキマの中へ入ろうとした。

 が、呼び止めた。

 

「あ、待った。――これ、よろしく」

 

 フランは一冊の本を差し出した。

 

「なにかしらこれ?」

「前に言ってたやつ。なんか面白そうなとこに置いてきて」

 

 そのまま中身について説明をするフラン。パチュリーから貰ったやつの複製品である。

 

「――分かりました。では、そのように」

 

 今度こそ、紫は去っていった。

 

「さて、どうしようかなぁー」

 

 フランはごろりと寝転がった。

 寝た。

 すぐ起きた。

 

(ひまい)

 

 フランはなんか適当に遊興を求めて館を出た。

 

 外は真夜中だった。

 空から見下ろし目を凝らすと、立ち上る妖気で地上に雲海が出来たかのように見えた。

 もやもやとした妖気、そこから頭だけを出した木々。小さな葉が茂って、それもまた一つの雲のようだった。

 そして上には星空。

 宙で仰向けになって、空を見る。

 月明りで薄墨のようになった空に、きらきらと光る砂粒が撒かれていた。

 ぷかぷかと宙を漂い行く。

 

 しばらくぷかぷかしてると、空気が変わった気がした。

 くるりと身を反転するとそこには、

 

「わぁ」

 

 地上に首をもたげた太陽が広がっていた。

 そこには霧のような妖気が無かった。

 見ていると、ふと人影のようなものを見つけた。

 光を発さない茂る太陽の下で、腰を下ろし空を見ていた。

 

 目が合った気がしたフラン。

 特に思うこともなく、なんとなく近寄る。

 

「――こんばんは」

 

 涼やかでどこか柔らかい音。

 言葉と認識すると、同じように返す。

 

「こんばんは」

 

 地上に降り立ったフランは、すぐ傍にまで近づいた。

 鮮やかな葉のような緑の髪と、温和な笑みが見えた。

 見覚えがあった。

 

「えーっと、幽香さん? だっけ」

「あら、会ったことあったかしら?」

 

 こてんと首を傾げる姿は、風にそよいで揺れる花のようだった。

 

「前に人里の花屋でなにか買ってるのを見かけた」

「んー」

 

 唇に手を当て、じーっとフランの姿を覗きこむように観察しだした。

 しばらくじろじろと見た後、「ああ」と言って手をぽんと叩いた。

 

「あぁ、あの時の子ね。ありがとう、あなたのおかげで良いものが手に入ったの」

「私のおかげ?」

「そう」

 

 そう言って懐から団扇を取り出した。

 

「いいでしょう? 結構、涼しいのよ」

 

 扇ぐと、質の良さそうな黒い羽が揺れた。

 

「心優しいカラスさんがむしらせてくれたのよ。いいでしょ?」

「あ、うん。いいかもね」

 

 遠い目をしたフラン。夜空に、知った烏の笑顔が浮かんだ。

 

「あら本当? だったら、あなたの分も貰ってきてきてもいいわよ?」

「いや、いらない。涼しさを通り越して寒くなりそうだから」

 

(扇ぐたびに悲鳴が聞こえそうだもん)

 

 前に同じものを欲してたことはもう覚えていない。だいぶ涼しくもなっているし。

 

「あら、そう? これいいのに」

 

 ふぁさふぁさ。

 

「まぁ、それは置いておいて、ここで何してたの?」

「星を見てたのよ」

「そ、綺麗だもんね」

「ええ、とっても……。昼間はあんなに元気なこの子たちも、夜は静かに寝てる」

 

 優し気に辺りの花を見渡す幽香。

 

「向日葵の花言葉って知ってる?」

「うんにゃ」

「答えは『愛慕』。可愛いらしいでしょう?」

「そうなの?」

「そうなの」

 

 続ける。

 

「そんなこの子たちに囲まれて空を見上げると、とっても心地いいの」

「ふーん?」

「花は嫌い?」

「別に、好きでも嫌いでもないけど」

 

 ちょっと考えた風の幽香。

 

「そうねぇ」

 

 そう言うと、手の平に土をすくい、「ふっ」と息を柔らかく吹きかけた。

 花が咲いた。

 

「素敵だと思わない?」

「何が?」

「みんな同じように咲いて同じように枯れて、そしてまた同じように咲く。でも実は同じものなんて一つもない。――ほら、素敵じゃない?」

「んー」

 

(わっかんないなー)

 

「じゃあ、分かりやすく生命に置き換えてみたらどう? 生まれた時なんて大体似たようなものじゃない? 死ぬときもそう、土に返ればなんだったかなんて分からない。そしてどっかでまた、新たな生命が別に生まれる。これって同じじゃない?」

「うーん」

 

 ピンとこない。

 

(ん? えーっとそれってつまり)

 

「幽香は生命を操れるってこと?」

「どうして?」

「花を咲かせたじゃん。それが生命の誕生と同じだとすればそうならない?」

「ふふふ。面白いこというのね」

 

 首を傾げるフラン。

 

「花が咲くのも枯れるのも自然の出来事よ。それは命だって同じ」

「でも、花を咲かせてたじゃん?」

「それは私も自然の一部だからよ。花も自然だし、私も自然。あなただって自然なのよ」

「私は花なんて咲かせられないけど」

「それはあなたが出来ないだけ。大地に根を張った樹木が空を飛ばないように、あなたも花を咲かせないだけ」

 

 フランは嫌になって、直接答えを聞こうとした。

 

「……つまりどういうこと?」

「別にどういうことでもないわ。ただ私は花を咲かせることが出来る妖怪っていうことだけ」

「うーん」

 

 眉を寄せるフランに幽香は優し気に言う。

 

「中に入る? お茶もあるわよ?」

「……そうする」

「ふふ、良かった。みんなこう言うと途端にどっかに行っちゃうのよねぇ」

「へー」

 

(たぶん、頭がおかしいからだと思う)

 

 実際は絶対的な力の差のせいであるが、フランには分からなかった。

 フランが案内されたのは、こぢんまりとした小屋のような家だった。入ってみると、中は小奇麗で、植物の種や鉢植えなどが見受けられた。

 

「誰かとお茶を飲むなんて久しぶり」

 

 るんるんと立って作業をしている幽香を、フランは椅子に座ってぼやっと見ている。全体的に自然感溢れる家である。

 

「そうなの?」

「お酒なら神社の宴会に行けばみんなと飲めるけど、お茶となるとなかなかいないの」

「そうなんだ。そういえば幽香は神社の宴会には行かないの?」

「行ったわよ。最初の一日目だけ」

「つまんなかったの?」

「いいえ、楽しかったわよ? でもすぐに飽きちゃっただけ」

 

 準備ができ、フランの対面に幽香は座った。

 カップにお茶が注がれると、香ばしい匂いが湯気と一緒に舞い上がった。

 

「なんのお茶?」

 

 濃い茶色をしている。

 

「たんぽぽ茶。畑ので作ったの」

「ふーん」

 

 すすった。

 ずずず。

 

(うーん)

 

 口に合わなかった。

 

「で、さっきの話だけど」

「さっきの話?」

「いや、さっき外で話してたことだよ」

「それがどうかしたの?」

「……詳しく話してくれるから家に案内したんじゃないの?」

「私はお茶でもどう? って聞いただけよ?」

「いや、うん……、たしかに、たしかにそうだけど……」

 

 こてんと首を傾げる幽香。

 

「じゃあ、話してくれないってこと?」

「いえ、話そうと思ってたけど?」

「……じゃあよろしく」

 

(変わってるなぁ)

 

「で、何を話せばいいのかしら?」

「だから自然がうんたらって話」

 

(わざとなのか天然なのかどっちなんだろ)

 

 フランの場合は大抵わざとである。

 

「あぁ、それね。それは、……そうねぇ、話しても無駄かもしれないわ」

「え?」

「実際に体験してみるのが一番だと思うの」

「どゆこと?」

「あら、分からない?」

「ごめんねっ」

 

 ちょっといらついてきたフラン。

 

「実際に自然と触れ合うのよ」

「うん、それで?」

「それだけよ?」

 

(……平常心、平常心)

 

 フランは軽く深呼吸をしてから、口を開いた。

 

「例えばなにするとか教えてほしいなーっとか思うんだけど」

「んー、……そうねぇ。お花を見たり、日向ぼっこしたりとかかしら?」

「それでどうなるの?」

「自然と触れ合ってることになるわ」

「……うんそうだね」

「知識だけじゃ分からないことなんて山ほどあるわ」

「そうかな?」

「そうよ」

 

 不満気なフラン。

 

「少なくとも今、私の知ってることをあなたは知らない。でもこれを伝えるには言葉だけじゃ足りないみたい。なら、実際に体験するしかないと思わない?」

 

 理解は出来たが納得まではいかなかった。

 

「そうだ、今日はうちに泊まらない? それで明日、一緒に近くを見て回りましょう。そしたらきっと分かるわ」

 

(……このまま引き下がれない)

 

「じゃあ、そうする」

 

 そういうことになった。

 明日は早いとのことで、お開きになった。

 案内された部屋の寝床で、フランは声を上げた。

 

「っあ」

 

(家になんも言ってないや)

 

 少し考えたあと、フランは魔術を行使して一冊の本を取り出した。パチュリーに貰ったやつである。

 指に魔力を集め、

 

『へいへーい』

 

 と書いて閉じた。

 少しばかりすると、本が発光した。

 

「お?」

 

 開いてみると、返信があった。

 

『なに?』

 

 返す。

 

『ちょっとお泊りしてくるからお姉さまによろしく』

『嫌』

『いいじゃん』

『嫌』

『そこをなんとか』

『面倒』

『なんで?』

『分かってるでしょう? ところで今どこにいるの?』

『言ったらお姉さまを派遣するでしょ』

 

 読み勝った。

 

『……報酬は?』

『ないよ!』

 

 ここで途絶えた。

 明日に備えてフランは寝ることにした。



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第27話

 朝一で起こされた。

 意識が完全に覚醒する前に外に連れ出されたフランは、朝日が元気に輝いている空の下を、幽香と二人で歩いていた。

 

「…………」

 

 声も出ない。

 

(上も、下も、太陽……)

 

 地上の太陽が目に痛かった。初めは恨めしくそれらを見ていたが、その内それすらも辛くなって、いつのまにか視界は土色ばかりになっていた。地面に映る自分の影に隠れたい気持ちにすらなっていた。

 影はふらふらと揺れている。つまりフランはふらふら歩いていた。その動きに合わせて日傘が揺れており、それを持つ手はだいぶ怪しかった。

 

「朝は苦手?」

「……いや、なんていうか太陽が苦手」

「こんなにも気持ちが良いのに?」

 

 心底不思議そうに言う幽香に、フランは力なく答えた。

 

「あい、あむ、ヴぁんぱいあ」

「あら、可愛らしいのね」

 

(わっけ分からん)

 

 顔をしかめて、頭にかぶった麦わら帽子を下に下げた。帽子の中から垂れ下がったタオルが、フランの左腕に合わせてぶらぶらと揺れている。ザ・農夫スタイル。

 とにかくこの状況をなんとかしたいと、フランは幽香にこの先の事を尋ねた。

 

「で、何するの?」

「どうしようかしら」

 

(おい)

 

「決めてないの?」

「決める必要が無いもの。なりゆきに任せるのよ」

「そっすか」

 

 少しだけ顔を上げ、半目で地上の太陽を見渡す。

 フランの目はその細部を見ることが出来たが、そんなのそのへんの小石を落ちて観察しても同じことであり、その細微な違いなどどうでもよかった。

 しかしそれこそ幽香には分からない。

 その証拠か、幽香はとてもいい笑顔で言った。

 

「ね? 綺麗でしょう?」

「そだね」

 

 別に花の綺麗さが分からないわけではないが、じっくり鑑賞するような趣味はない。

 フランは、前を歩く幽香と自分との感覚的違いを感じた。

 

「ほら、あの子は周りの子と違って少し色が薄い。でもちょっと色にクセがあって――」

「はぁ」

 

 と、相づちを打っているフランには、そもそもどの向日葵を指して言っているのかが分からない。色もクソもない。

 

(ていうか……)

 

「暑い……」

 

 吸血鬼のフランにとっては日光が厳しかった。

 

「どのくらい暑い?」

 

 と、幽香がフランの呟きに対して聞いてきた。

 

「え?」

「どんな感じで暑い?」

「えぇ?」

「字で書くとどんな字?」

「ごめん、どういうこと?」

「いいからいいから」

 

 言うまで続きそうだと思ったフランは、大人しく従うことにした。 

 

「……んじゃあ、とってもあつい。肌が焼けそうなくらい。字で書くと、暑い寒いの時に使う暑いに、熱の熱いを合わせた感じ」

「暑いに関してはそんなに語れるのに、花はそうもいかないのね?」

「ん?」

「花は『花』としてひっくるめているから、言葉が多く使えないのよ」

「どゆこと?」

「あなたは花を『花』としか見ていないということ」

「だって花じゃん。……そうじゃなくて、花にも色んな種類があるのにってこと?」

「ちょっと違うわ。その種類も、『花』の形状を見て勝手に名前をつけただけのものでしかないもの。例えばあなたのよく知ってる何か、もしくは大切な何か、なんでもでもいいわ、思い浮かべてみて?」

「……んー、お姉さま?」

 

(なんか負けた気がするけど)

 

「そのお姉さんはどんな姿をしてるの?」

「ええっと、羽があって……、髪が銀色っぽくて……」

「ね? 色々出てくるでしょう? それは私にとっての『花』と同じことなのよ。必要だから、細部の特徴を覚えてるだけ。そこに区別をつけないと、二本足で歩いてる何かと地に根を張ってる何か、になるでしょう?」

 

 想像の中の、姉がゆらゆら揺れる。

 

「あなたも自然の内って言ったのはそういうことよ。区別しなきゃ、全部自然の一部の何かにしか過ぎない。人里に行って、視界に入った人間を全て記憶してる? していないでしょう?

 どんな顔をしていたか、どんな服を着ていたか、全てあやふやでしょう? それはあなたが、その辺にいる視界に入っただけの人間に特別なものを感じていないからそうなだけ。あなたが花を見た時と一緒でね」

「つまり幽香には花が特別に見えてて、人間とかはそうでもないってこと?」

「少し違うわね。特別面白いのはちゃんと見分けつくもの。赤白の巫女とかね」

 

(それ本当に見分けついてるのかな)

 

「だから自然の中のものに区別をつけないと、みんな自然なのよ。――どうかしら?」

「まぁ、なんとなくは分かったけど、それでどうなるの?」

「別にどうにもならないわ。ただそれだけだもの」

「……じゃあ考えるだけ無駄ってこと?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「また分かんなくなってきた」

「え? だってそうじゃない? 自然であるあなたが考えたことでしょ? それにどう区別つけて判断をするかも、自然、つまり自由でしょう? 結局どうであろうと、あなたが勝手にそう思っただけなのだからどっちかなんて分からないじゃない」

 

(すごい釈然としない)

 

 そのうち丘の上に出た。

 

「今日はここでお弁当を食べましょうか」

 

 幽香は手作り感のする手提げのバックから、弁当箱を取り出した。

 

「はい、これあなたの分」

「あ、ありがとう」

 

 開けると、手作り感のある可愛らしいものだった。野菜&野菜。

 食べていると、さっきの話を聞いたからか、自分は一体何を食べているのかよく分からなくなったフランだった。

 その後、しばらく辺りをぶらついたのち、幽香の家に帰った。

 夕食を終えると、明日に備えて寝床についた。

 とはいっても、さして眠くはない。

 さてなにかやる事はないかと、ぐるり部屋を見渡すと、パチュリーとの交換日記が光をおびていていることに気づいた。

 それを手に取ろうとした時、

 

「はぁーい」

 

 紫が現れた。スキマから、上半身だけにょきりと生やしている。

 

「はぁい」

 

 とりあえず返事をしたフラン。

 

(何の用だろ? 疲れてるのに)

 

「頼まれた件、ちゃんと済ませてきたから報告にきたわよ」

「……?」

 

 言ってることがよく分かりませんといった様子のフランに、紫は眉をひそめた。

 

「……もしかして忘れちゃったの? ほら、本を置いてくるって話よ?」

 

 合点がいった。

 

「ああ、思い出した。それのことね」

「まぁ、ひどいですこと」

 

 しくしくと泣いたように、紫は扇で目元を覆った。

 疑う前にわざとだと分かった。

 しかし紫の演技は続く。

 

「せっかく遠いところまで行ってきたのに忘れちゃうなんて……」

 

 頭の謎の帽子についたリボン結びの紐が、しょげた様に垂れ下がっていた。

 しかし圧倒的な嘘臭さで疑うことすら出来なかった。例え涙を見たとしても怪しむかもしれない。

 

「……それにあなたを探すのも苦労したのよ?」

「ゆかりんならどこでも一瞬じゃないの?」

「そうでもあるけど、そうでもないのよ?」

 

 と言うと、目の前に小さなスキマを作ってみせた。

 

「そうなの? なんか必要なことがあるってこと?」

「そうなのよぉ、愛と勇気と……あと何だったかしら?」

「ふざけてる? 今、解けないなぞなぞに挑戦してる感じで嫌になりそうなんだよね」

「あら、それは面白そうですわね。是非とも参加したいところなのだけど、面倒なのと顔合わせすることになりそうだから――」

 

 ガチャ。

 

「あ、ゆうかりん、……じゃなかった幽香どうしたの?」

「なんか胡散臭い気配がしてたから、……ね?」

 

 「ね?」と首を傾げる姿は大変可愛らしいものだった。もう部屋にはフランと幽香しかいない。

 

「ゆかりんと仲が悪いの?」

「ゆかりん? ああ、あのスキマのことね。別にどちらでもないわよ?」

 

 そう言って「うふふ」と笑っている様も、大変可愛らしいものだった。

 

「そうね、明日は人里にでも行こうかしら。ええ、そうしましょう」

 

 と、明らかに思い付きと思えることを言うと、幽香は去っていった。

 フランは寝ようかと横になると、光っている日記が目に入った。

 

「そいや、そうだった」

 

 と、上半身を起こした時、もう一冊のことを思い出した。

 

(渡してきたってことは、つまり――)

 

 フランは軽く魔力を練り、魔法を使った。すると、ぽんっと本が一冊現れた。その本も光をおびている。

 

「さっそく、って感じ?」

 

 本を開くと、『はじめまして』と書かれてあった。

 フランはとりあえず返事をすることにした。

 

『はじめまして』

 

 返事はすぐに返ってきた。

 

『届いているようですね。凄いです』

 

 書くスピードに合わせてか、一文字、一文字、文字が現れた。

 フランはその出来に満足しつつも、とりあえず返事をした。

 

『凄いでしょ?』

『はい』

『まず自己紹介からにする?』

『そうですね。ですが、申し訳ありませんが、明かせないことも多く』

 

「ふむ?」

 

『いえ、あの方が私に渡してきたということはそういう問題がないとも考えられますね』

『よく分かんないけど、どうぞ?』

『私の事は、そうですね……』

 

 しばらくの間。

 

(悩んでるのかな?)

 

 そう思ったフランは、早く続きのやり取りがしたいのでフォローを入れることにした。

 

『別に愛称とかだけでもいいんじゃないかな? 普段呼ばれてる名とかでも』

『そうですね。とはいっても、私は普段名前を呼ばれることは少ないのですが』

『引きこもりなの? 私も似たようものかもしれないけど。あ、でも、最近はそうでもないかな』

『そうなのですか。もしかしたら、ある程度似た境遇なのかもしれませんね。それで名前ですが、呼ばれるとしたらさとり様と呼ばれています。とはいえこれは少々特別なので、別のものを用意したほうがいいかと思いま』

 

 割り込んだ。

 

『よろしくさとり様。私はフランちゃんでいいよ』

 

 間。

 

『よろしくお願いします、フランちゃん』

『いきなりだけど、もしかしてさとり様って名前の通りのあの?』

『……もしかしたらそうかもしれません』

『じゃあ当たってる前提でいくけど、今の私の心も読めるの?』

『読めません』

『なんだつまんない』

『つまんない、ですか? 読まれた方がそのように感じるのではないでしょうか?』

『自分の心の声とか聞いてみたいじゃん』

『考えるていることなど、その者の表層意識しか分かりませんのであまり関係ないかと』

『そっか。じゃあ、自分の心を読もうとしたら、二重になる感じなの?』

『それは秘密です』

『えー』

 

 それからは当り障りのない話などをしてお開きになった。

 

「寝ようかなぁ」

 

 ふとフランは思い出した。

 

「っと、パチュリーの方もあったんだった」

 

 フランはパチュリーからのほうを開いた。

 

『元気にしてる?

 返事が無いようだから、報告だけしておくわね。あなたの外泊の件、とりあえず伝えたわ。レミィは「分かった」と一言だけだったわ。良かったわね』

『りょーかい』

 

 と、簡単に返事をするとフランは本を閉じた。

 ごろりと寝転がる。

 

「…………」

 

 夜の静寂。外の虫の音も意識から遠ざかる。

 

(……なんだろ)

 

 もっとあれこれと騒がれると思っていたフラン。だが、えらくすんなりといったので、なんとも言いようのない気持ちになっていた。

 

(まさか寂しがっている?)

 

「いや、まさかね」

 

 おぼろげに感じながらも否定して眠りについた。



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第28話

 朝になった。

 予定通りにフランと幽香は人里へ向かった。

 人里には人里らしく人間がいっぱいいた。つまり、人ではないのもちらほらといた。皆薄着である。まだそれなりに暑い。

 日傘を指したフランは、その中できょろきょろと周りを見回していた。

 目につくものがあった。

 

(なんだろあれ)

 

 視線の先には、荷車に大量の食糧を載せ、その上さらに購入した食料を載せる少女がいた。大小二本の刀を差している。

 フランは歩みを止めて、横にいた通りすがりの人間に聞いてみた。

 

「ねぇ、あれ何?」

 

 指を指すフラン。

 

「ん? あぁ、あれか。あれはなんとか楼の従者とかなんとか」

「ふーん」

 

 ほとんど分からなかった。

 

「ありがとね」

 

 そう言うと、少し先でこちらを見て待ってる幽香のところへ足早に向かった。

 そのまましばらくうろつく二人だったが、当てのない様子にフランは我慢出来なくなった。

 

「これどこに向かってるの?」

「どこにも?」

「あ、うん」

 

 なんとなくそんな気がしていたフランだったが、やっぱり思うところはあった。それを上手く言葉に出来ないだけで。

 そんなフランに、幽香が不思議そうに首を傾げた。

 

「人里が目的地って言わなかったかしら?」

「そっすね」

 

(そりゃそーだけどね)

 

 色々と諦め気分でそのまま幽香と人里を歩いた。この頃には、幽香が人里に馴染んでいることに違和感が無くなっていた。

 

「それじゃお昼にしましょうか」

 

 と、唐突に幽香がそう言った。うんうんと一人でうなずいている。フランにはなにが『それじゃ』なのかまったく分からない。

 

「さて、どこにしようかしら」

 

 幽香の世界に割って入らんと、フランは口を出す。

 

「良いうどん屋さんがあるよ」

 

 人里に来たのはこれで三度目。ぶっちゃけそこしか知らなかった。

 

「おうどん? そうね、それもいいわね」

 

 乗り気になる幽香。

 

「じゃあ案内頼むわね」

「うん」

 

 そうなった。

 ということで、元気の良いおやじの店でうどんを食べると、またぶらぶらとうろつき始めた。二人は完全に人里に溶け込んでいた。人外の者は続々と姿を消していた。不思議である。

 そのうち日が暮れ始めた。

 オレンジ色の光が斜めから人里を照らしおり、家屋から影がにょきりと伸びていた。

 

「そろそろ帰りましょうか」

「うん」

 

 二人は帰路についた。

 夕焼けに染まった野原の中を徒歩で行く。

 その道中。

 

「どうだった?」

「どうだったって? 今日の事?」

「ええ」

 

(んー、何かしたっけ?)

 

「どうもなかった? かな?」

 

 幽香は足を止めた。合わせてフランも足を止める。

 

「そうなの? 何も覚えてない?」

 

 夕焼けを受けながら、いつもの笑みを浮かべフランの方を見ている幽香。

 

「私は覚えてるわ。あのうどん屋さんの横に咲いていた花も、途中で寄ったお花屋さんのお花の一つ一つを」

「花ばっかじゃん」

「だって可愛らしいんだもの」

 

 幽香は首を横に向けた。辺りはオレンジ色の草木がずっと広がっている。

 

「ほら、この辺りにもたくさん咲いているわよ? 意識すればちゃんと見えるはず」

 

 フランはちょっと思いついた。

 

「あー、うちにも変なのが一つ咲いてるよ。夜に咲くらしいけど」

「あら、素敵ね」

「トゲどころかナイフだらけだよ」

「可愛らしいわね」

「そればっかだね」

「他に言葉がないの。勝手に作っても伝わらないでしょう?」

「まぁ、そりゃそうだけど」

 

 言い終わると、歩みを再開した。

 しばらく歩いていると、だんだん暗くなってきた。

 日傘をたたみ、杖代わりにして歩く。

 

「それより、今日の事だけど本当に何も覚えてないの?」

「なんで?」

「可愛いから?」

 

(その基準がわからん)

 

 嬉しくなかった。

 幽香は構わず続ける。

 

「例えばすれ違った人間の顔とか? ほら、初めの方に話しかけてた人間」

 

(んー?)

 

 思い返すフラン。

 

「……よく覚えてない。なんとなくぼんやりと雰囲気だけみたいな?」

「でしょ? 興味が無いから、区別する必要がなかったのよ」

「前に言ってたやつ?」

「そう。花も人も違わない。けど、私にとっては花のほうが興味がある。だから覚えてる。ただそれだけ」

「実際に体験させてみようってことだったの?」

「ええ、そうよ」

「ねぇ、聞いていい?」

「どうぞ」

「――なんで?」

 

 純粋な疑問だった。

 幽香は、人差し指を下唇に当て少し考えたのち、答えを言った。

 

「なんとなくよ」

 

(んーむ)

 

 ほしい答えではなかった。そのなんとなくの根っこが知りたかった。

 

「どゆこと?」

「私が勝手にそう思っただけ。でも、それを上手くは説明は出来ない」

「なんで?」

「感情を言葉にそのまま置き換えられるなんて出来ないもの。私が花を愛でる時の感情をあなたに言葉じゃ伝えられないようにね?」

 

 顔をしかめるフラン。

 

「言葉で理解できないんだから、考えちゃだめよ。感じるのよ。そう、花を愛でる時のように」

「それは伝えられないって言わなかった?」

「言葉じゃ伝えられないっていったのよ」

「うぅむ」

 

 沈んだ夕日に付き添うようにフランのテンションも沈んでいった。吸血鬼なのに。

 

 

 

 家に戻った。

 夕食をすませたフランは、寝台で横になりながら例の本に向かっている。

 

『親愛なるパチュリーへ。頭のおかしな人の言うことを理解しようとした時の良い方法などがあれば教えてください』

 

 ちょっとだけ鬱憤を込めてそう書いた。

 すぐに返事がきた。

 

『ついに吸血鬼でも鏡に映れるようにする魔法を開発したのでしょうか? 是非とも詳細をお願いします』

『パチュリーへ。そんな魔法開発してません』

『分身とか出来るようになったってことなのでしょうか?』

『居候のパチュリーへ。今度、蔵書のいくつか燃やす』

『親愛なるフランへ。話は変わりますが、いつ頃帰ってくるのでしょうか? 最近例のアレによく聞かれます。あと、鏡でも分身でもないのなら他にどういう方法で自分の姿を確認したのかがとても気になるので、とりあえずここにでもいいからさっさと書いて』

 

「えいっ」

 

 フランは日記を放り投げた。

 

「……気をとりなおして」

 

 もう一冊の方を開いた。

 

『さとり様へ。友人が冷たいです。良いアイディアはないでしょうか』

『フランちゃんへ。申し訳ありませんが、私にはその類いについて助言することは不可能です。私には友達がいません』

『ごめんなさい』

『いえ、気にしないでください』

『頭のおかしい人についての助言を頭のおかしいのに聞いたのが間違いだったのだと今気づきました。どうか気にしないでください』

『だいたい皆さんどこかおかしな部分を持っていた気がしますよ。気になさらない方がいいかと』

 

(いや、それだと私もおかしなやつになっちゃうじゃん)

 

 フランはなんとなく過去を振り返った。

 

(他人からそんなこと言われた記憶なんて……)

 

「いやいや」

 

 そんな記憶は無かった、としたかった。

 

「……いやいやいやいや」

 

『よく言われるかもしれないかもしれませんが、私は至極普通の真っ当だと思ってます。私と接した人がたまたま変なのばっかだったんじゃないかなっていう可能性も』

 

 と、フランは勢いでそこまで書いたが、止まった。

 その間の後、何かを察したのかさとり様からの書き込みがあった。

 

『私のことを知ってこのように文通のようなことをしてる時点で、フランちゃんは少し変わられた方だと思いますよ。私友達いませんし』

 

「……さとり様って変わってるなぁ」

 

 フランの呟きは、外からの虫の鳴き声に消えた。

 なんだか疲れた気がしてごろりと横になったが、寝るつもりはまだなかった。

 

「お風呂が沸いたわよー」

 

 そんなフランの耳になんか聞こえてきた。

 

(お風呂?)

 

 フランが部屋を出て、家を見渡すも気配がなかった。耳を澄ますと、パチパチと木が焼ける音がした。

 

(外?)

 

 外に出ると、幽香がいた。

 

「綺麗な星空でしょう? だからと思って」

「はぁ」

 

 生返事しながらであったが、見上げた夜空はたしかに綺麗だった。

 

「それじゃお先にどうぞ。私は後からでいいから」

「え?」

「タオルとってくるわね」

 

 返答を待たず、幽香は家の中に入って行ってしまった。相変わらずである。フランは、幽香の頭に草木で編んだ王冠が乗っているところを想像した。

 

「…………」

 

 閉められた扉を呆然と眺めた。

 フランは諦めのため息をすると、視線を移した。

 星空の下、畑の元、少し大きめの樽のお風呂がぽつんとあった。

 

「どうしろと」

 

(いや分かってるけど)

 

 またため息。

 目線の先には、ただの樽の風呂。焚き木の焼ける音がなんとも心地よかった。

 初期位置で突っ立ったままのフランだったが、なんだか幽香が戻ってくる前に入っておかないといけない気がして、心を決めた。

 

(……入るか)

 

 ごそごそと服を脱ぎ、そのへんに散らかした。

 ちらりとそれらを見たのち、ひたひたと前へ踏み出した。サイドにアップされていたものも下ろされ、歩くたびに髪が揺れ、肩口をさらりと触れた。

 裸足で感じる大地の土は少しひんやりとしていた。歩くと、風が全身にまとわり、撫でるようにして去っていった。

 樽風呂の前までくると、横の横に用意されていた台に左足を乗せ、ひょいっと上がった。樽の表面には月を映した湯がきらきらと揺れていた。

 中に入ろうと、樽のふちに手をかけた時、気づいた。

 

(土……)

 

 フランは、足首をすり合わせて土を落そうとしたが、不十分に感じてお湯で流そうと思った。そばにあった桶を確認すると、右手を伸ばして取り、樽の湯を少しすくった。そして軽く前かがみになると、交互に片足を上げて湯で土を流した。

 ふと思い立った。

 

(身体にかけるのがマナーだっけ?)

 

 急に頭の中に出てきたものだったが無視出来なくなった。

 フランは、桶をもう一度湯船の中に入れると、桶の中程にまですくい入れた。

 桶を持った腕のひじを曲げ、肩の上から流す。

 湯は、フランの全身に合わせて曲線を描きながら滑っていく。

 なんとなくもう一度それを繰り返すと、フランは満足がいったのか桶を台の上に戻した。

 かつん、と音がした。

 

「ふぅ」

 

 息を吐くと、樽のふちに両腕をついて、左足を湯船の上にまで伸ばした。

 体を傾かせると、伸ばした左足が湯につかった。そのまま全身を湯船に入れよとさらに体を傾けたが、そこでフランは動きを止めた。

 下を見ると、樽の深さで樽のふちに右足の付け根がひかかることが分かった。

 

「む」

 

 このままさらに体を傾けて、横に沈み込むようにして半身を湯船の中に入れることも考えたが、止めた。顔をつけるのはなんか嫌だった。

 身体を反対に傾け、左足を湯船から出すと、正面を向き、ふちを掴む両腕に力を入れ、体を浮かせた。そして両脚揃えて軽く勢いをつけ、するりと湯の中へ飛び入った。

 フランの全身は、ようやく温かみに包まれた。

 湯船から、湯があふれ出ていく。

 

「ふぃ~」

 

 ようやく終わった一作業か、フランは肺から息を漏らした。

 手を組み、ぐぐっと天へと腕を伸ばす。力を抜くと自然とリラックス出来た。上を見ると星空が映った。

 先ほどと変わった様子は見られなかったが、なんとなくいつもより良く見えた。

 心地よさげに目を閉じると、虫の鳴き声や、風を受け揺れる草木の音が聞こえてきた。

 身を沈め、肩までつかろうとすると、ふいに身体が浮いた。

 

(ぉぉう)

 

 浮遊感。

 湯船から湯が溢れていく。

 振り返る必要もなかった。

 

「良い湯ね」

 

 聞き覚えのある声だった。

 後ろに首を倒すと、幽香の顔が映った。

 背中から感じるものは、湯の温かみなのか、それとも幽香の温かみなのか、フランは分からなかった。

 

「一度誰かとこうして一緒にお風呂入って見たかったの」

 

 言わずに実行するのが幽香である。

 ぱちゃりと音がした。フランの胸の前に幽香の両手がやってきた。

 フランはその手に触れると言った。

 

「――良い湯だね」

 

 同意を示すように、二つの手が交わった。

 フランが頭を倒すと、幽香の首元に当たった。視界には夜空。さっき見たばっかりだが、フランは先ほどよりずっと良く思えた。

 この後少し語らうと、ゆったりと寝床についた。

 そんな日々を過ごしていった。

 さとり様と文通したり、パチュリーに定期報告したり、幽香に頭を悩ませたりといったそんな日々。



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第29話

更新遅くなりすぎましてまことにまことにまことに申し訳ありません


 秋の訪れ。

 頭上の月が差別なくその全てを照らしていた。薄茶のススキがからりと揺れると、その揺れは伝搬したように広がっていった。風とは空気の動き、つまり流れである。

 その他にも別に空気を動かすものがあった。

 秋の虫の音。

 それは揺れ、波として空気中を流れていった。

 今宵は満月。

 満ちた月から注がれる月光にもまた、流れ、力があった。

 それは魔性を持ち、地上の魔性の者に影響を与えた。

 満月とはそういうものであった。

 しかし、満月、そういえども月自体の形が変わったわけではない。ただ見える方によって、満ちた欠けたと勝手に言っているにすぎない。

 

 

 そんな月の元、大分住み慣れてきた小屋でフランは寝そべっていた。

 

(今日の虫の鳴き声は騒がしいなぁ)

 

 寝台でぼんやり、そんなことを思っていた。

 微細ともいえるその違い。人間ではとても感じることなど出来ないようなものであったが、吸血鬼であるフランにははっきりと分かった。それも満月である。月に影響を濃く受ける身としては当然であった。感覚か鋭敏になっている。

 

(外に出てみようか)

 

 ゆらり、体を起こす。

 何気ない動作であったが、フランは自身のさわぐ心をおぼろげに感じていた。虫の音に影響されたのか、それは分からない。

 外に出た。

 空気は澄んでいた。

 夜の向日葵畑。月光を受けた向日葵はひどく簡素に見えた。

 意味は無かった。

 なんとなく、上を見た。

 体が、首が、勝手にそうしたにすぎない。

 満月。

 

「っ――」

 

 目が大きく開かれた。

 少しの時間のようで、長い時間のよう。長い時間のようで、少しの時間のよう。時間の感覚を忘れ、立ち尽くすようにして見ていた。

 

 ぐらり。

 

 膝が揺れ、体のバランスを崩しかけた。

 

「――っと」

 

 その違和感。自身に起きた異変に、再び空を見た。

 夜空に浮かぶ、月。色濃く、色濃く。

 

(これ――)

 

 瞳孔が開いた。

 いつも見てるものとは違う、そう思った。満ちているのに少し欠けていて、月だというのに時を経ない。

 ぐらり。視界が揺れる。

 大地が見えた。

 ぐわり、歪んで見えた。世界は徐々に左に回っていて、頭の中からは、よく分からない妙な鈍い音が響いていた。

 フランは顔をしかめ目を閉じると、頭を左右に数度振った。

 そしてゆっくりと、目を開けた。

 元に戻った視界にほっとしつつも、もう上を見る気はしなかった。

 声。

 

「今夜の月はまた可愛らしいわね」

 

 横に、幽香。

 いつの間にと思いながらも、とりあえず返す。

 

「そればっかりだね」

「ええ、そうね。時々、もどかしく感じる時もあるわ」

「へぇ、ちょっと意外」

 

 本心だった。

 煙に巻いて楽しんでいるのだとフランは思っていた。

 

「意外かしら? まぁ、それもいいわね」

 

 微笑む幽香の手には、とっくりがあった。杯もいっしょである。

 杯を持つ手をフランに出した。

 

「飲む?」

「――いい」

 

 フランはあまり酒を飲まない。思考が鈍るのを嫌っている。あと弱い。

 

「いいものよ? 月見酒」

 

 幽香は、もう一度フランに杯を出した。いつもの微笑。

 なんだか気が引けたフランは、差し出された杯を受け取った。

 

「こうやってね」

 

 左手に持った杯に、右手に持ったとっくりを傾け酒を注ぐ幽香。

 

「月を映すの」

 

 杯の表面には月が映っていた。

 

「そして――」

 

 ひょいっと喉に。

 

「どう?」

 

 とっくりをフランへと向けた。

 

「…………」

 

 フランは黙って杯を出した。

 とくとくと酒が杯に注がれる。

 注ぎ終わると、幽香にならってその表面に月を映す。

 そしてためらいを感じながらも、吹っ切るように喉に放り込んだ。

 熱。

 じわりとくるそれに、息を吐いた。

 ぐらり、視界が揺れる。

 

「……悪いものを飲んだ気がする」

 

 月か酒か、酔いかなにか、分からなかった。

 顔を上げると、夜空。そして、目は自然と月へ。

 視界が揺れた。

 思わず下を向き、頭を押さえるフラン。

 そこに、幽香がぽつり。

 

「行く?」

 

 月に、ではない。

 

「分かるの?」

「ええ」

 

 と、いつもの微笑。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 ふわりと浮かび上がった。

 合わせてフランも浮かび上がる。

 くらり。

 慣れた浮遊感に感覚を揺さぶられた。

 

「こっちよ」

「うん」

 

 二人は畑を去った。

 

(動くとくるな)

 

 いくらか風景が変わり、すでに慣れていたはずの飛行にも慣れ始めたころ。

 竹林が見えてきた。

 中から染み溢れるように、竹の匂いが香ってきていた。

 

「ここなの?」

「ええ。みたいよ」

 

 中に入ると、さらに濃く竹の匂いがした。

 鼻腔に竹の香りが充満すると、頭の中に食べ物が浮かんだ。

 

「なんか竹の子とか食べたくなってきた」

「持って帰る?」

「季節だっけ?」

「ここはあまり関係ないわ」

「へぇ」

 

 竹の子探しのため、足をつけ、歩くことにした。

 地を踏むと、竹の葉がかさりと鳴った。かさかさと鳴る音の中を進んでいく。

 空気はとても澄んでいてそれなりに気分良く歩いて行ったが、お目当ての竹の子は見当たらなかった。

 

「もう幽香が生やしちゃった方が早いんじゃない?」

「見つけた方が美味しいわ」

「なんとなく?」

「そう、なんとなく」

 

 微笑んでる幽香。

 しばらく一緒に過ごしたせいか、なんとなく次の言葉が分かるようになってきたフラン。その意味までは分からない。

 それから竹の子探しを再開してまもなく、フランの目に何かが映った。

 

(兎? 妖怪?)

 

 それまでにも兎はちらほら見えていたが、それまでの兎とは明らかに違っていた。

 フランが足を止め一点を見ているため、幽香もその方を見た。

 幽香にも見えた。

 

「あら、兎ちゃんかしら?」

 

 かさり。

 葉の音。

 

「お鍋もいいわね」

 

 どこか嬉しそうな声。

 がさり。後退ったような音。

 

「出てこないといじめちゃうかも?」

 

 かさり。

 小さい葉の音。

 えらく億劫そうに現れた。

 人型の兎。ピンクのワンピース。

 そして口を開いた。

 

「うさうさ」

 

 と。

 

「あら、美味しそうね」

 

 その言葉に、出てきた兎は大きく口を引きつらせた。色々察したらしい。

 

「うさ……、――これは逃げた方がいい感じ?」

 

 言い終わるやいなや、逃げ去った。まさしく脱兎の如く。

 それとほぼ同時に、横の気配が消えたのを感じたフラン。

 ぼやいた。

 

「……なんか前にも似たようなことがあったような気がする」

 

 ため息をつくと、歩みを再開した。

 目的地はない。あるわけがない。しいていうならば、行き着いたところがそうである。

 かさかさと葉を踏む足音を立てながら竹林の中を歩く。

 静かな夜であったが、せわしないものを、やはり感じた。

 それが何なのか、考えてみるも見つかる気もせず、ほどなくやめた。

 フランは思った。

 

(最近、こうやって考えるのを止めることが増えたな……)

 

 人が考えをやめる時というのは、その必要を感じなくなった時や答えが見つからずに諦めた時、そんな時であろう。もしくは両方。

 そもそも考えというものは自ら起こすだけではなく、外から飛び込んでくるようにしてやってくるものでもある。それは心の中だけでなく、現実の出来事でも同じであった。

 耳。やかましく飛び込んできた。

 

「もう、また!? いい加減にしてよね!」

 

 フランは気怠そうに音の方へ視線を向けた。

 

「これ以上は通さないわよ! 巫女や吸血鬼、……これ以上通したら師匠に何と言われるか!」

 

 うさぎ。耳が長く、なんか焦っている。

 服装は紺色の制服のセットを着用していた。

 

「聞いてる? 分かったのなら、さっさとここを立ち去りなさい! さもないと――」

 

 紅い眼を持つ顔を歪め、腕を伸ばし人差し指をフランに突きつけた。

 同じ色を持つフランは、心底鬱陶しそうにねめつけた。

 

「――うっさいなぁ」

 

 なんだか最近心がすっきり晴れることが少なく、思い悩むようなことが多かったフラン。必然ともいえた。人の話を聞かずに自分の事ばかりまくし立てるという行為に機嫌が悪くなるのも無理はなかった。普段は理性という強固な檻で、自身の荒れた感情の素をあまり出すことがなかったが、これまでの状況が悪かった。

 自分を置いてけぼりに話し、かつ見ず知らずの者であり、なによりうるさかった。

 

「ゆっくり、分かるように話さないなら」

 

 開いた右手を突きだすと、ゆっくり握った。

 それがどういうことか、目の前のうさぎには分からないことであったが、伝わったことはあった。

 ――敵対の意思。

 長耳のうさぎは一気に戦闘態勢に入った。

 人差し指を突きだし、言った。

 

「よく見なさい」

 

 そしてその指を相手の目の方向に持っていき、

 

「もう、――月の兎の罠から逃れられない」

 

 そう言った。

 紅い瞳が怪しく光り、フランの目を強く刺激した。

 

「ふふふ。上も下も、前も後ろも分からない。正気を失い狂気に染まったお前は何も分からずそのまま、私の力で跡形もなく消え去るのよ」

 

 フランは、その瞳に月を見た。

 その月光は目から脳へと届き、中を光が乱反射するように刺し回った。

 視界が歪み、脳はきしみ、痛みをうったえた。

 体は冷え、人形のよう。

 だが、心は沸き立つ熱湯のように――。

 

「――何をした?」

 

 その瞳は赤く濁り、向かう先は長耳のうさぎを正確に捉えていた。

 長耳のうさぎは目を見開いた。

 

「――私の術が効いていない?」

 

 見開かれ、瞳の紅い満月がいっそうよく見えた。

 それは、痛いほどに。

 

(術? やはり何かされてる。発動条件は、……いや)

 

 分からないことはいっぱいあった。だが、先と同じように考えるのをやめた。理由は少し違う。簡単な答えが目の前にあったからだ。

 

「選べ。その術というのを解くか、それとも――」

 

 また先のように右手を出したフランだったが、それは明らかに先ほどとは違った。何かというと、何もかもがということになるが、はっきり現実として現れたことは、長耳のうさぎの顔が恐怖で引きつったことであった。

 身体がのけぞり、足が勝手に後ろへと動いた。その自身の後退る行為にすら恐怖を抱いた。

 溢れ叫び出すような魔力が、死の臭気を醸し出す牙のような魔力が、たまらなかった。心を噛み砕かれた。

 行き過ぎた恐怖が臆病な心に火をつけた。

 それは逃げ出すことではなく、喚くような恐怖の吐露。

 

「ぁ――――」

 

 ロクに声にならない音だけを発した。

 力の、暴走。

 周囲に、狂気の煌めきを閃光弾の如く炸裂させた。

 その光の中、うさぎは堰を切ったように逃げ出した。

 フランは、その光をまともに受けていた。ただでさえその眼は他にはないものを持ったものであり、その時凝視し睨みつけていたフランは逃げ出したうさぎを追うことなんて到底出来なかった。というより、その事に気づくことすら出来なかった。

 光を浴びた視界は黒く、ただ黒く染まっていた。何も見えていなかったが、何もかもが見えていた。

 黒と粒と黒と粒と黒と粒。

 黒、黒黒、黒黒黒――。

 何を見ているのか分からなかった。そもそも何か見えているすら分からなかった。身体的経験、感触によって瞼を開いていることだけが分かっているだけだった。だが、もはやそれすらも怪しかった。

 口から液体が垂れ、地面へと落ちる。

 荒れ狂う海中の如き混濁の中、意識はあった。






うどんちゃんはps4にまで逃げました
深秘録どうしようかなぁ
pc版持ってるんだけどなぁ


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第30話 vs もこたん

いつもより長いです


(何、――)

 

 分かるのは分からないということ。

 フランは意識をつかみ取った。

 

(何、された? 物が見えない?)

 

 首が、目が、左右に動く。

 黒、黒、黒。

 

(竹? 見えてる? 何だこれ?)

 

 手を上げ、手前に持ってくる。

 

(手だ。間違いない)

 

 風。

 竹の揺れる音。自身へと風がぶつかる音。風を受けた髪が頬や首筋に触れる感触。風の流れ。全て分かった。

 

(一体、どういう――)

 

 何も見えていないのに何もかもが見えていた。

 そして、

 

「お、お前も来てたのか?」

 

 その音の主も。

 平静を装い、言う。

 

「うん。魔理沙と、アリスも?」

 

 フランの顔の先にはその二人がいた。地面からは離れている。

 

「ま、私の場合はこいつに連れ出されたわけだがな」

 

 首をくいっと動かし、アリスの方を指す魔理沙。

 アリスは眉を寄せた。

 

「……他に人手があったらあんたになんて頼まなかったわ」

「と、この調子なわけだ。まったく失礼にもほどがあるよな」

 

 おちゃらけながら同意を求めようとフランの目を見た魔理沙。

 気づいた。

 

「……ん? なんかいるのか?」

 

 こちらを向いているようで、向いていない妙な視線。

 魔理沙はさっと振り返ってみた。

 が、何もいないようだった。

 そんな魔理沙へ、フランは正確に伝えようとした。

 

「いるといえばいるし、いないといえばいない。何を対象にして言ったのかによるかな?」

「あ? 何言ってんだ?」

 

 アテにならんと、魔理沙はもう一度後ろを振り返った。

 

「……何もいないようだが?」

「そりゃいないだろうね」

 

 魔理沙も眉を寄せる。

 

「何だ? 言葉遊びか? 面倒なことするな」

「あんたが言う?」

 

 と、アリスの突っ込み。

 

「私のはあれだ」

 

 弁解しようとする魔理沙に、アリスは付き合うのは面倒だとさえぎった。

 

「――いいから、先を急ぐわよ」

「ん、まぁそうだな。変なやつもいたしな」

 

 フランは気になった。

 

「変なやつ?」

 

 興味をしめしたフランに、魔理沙は楽し気に説明しだした。

 

「おう、なんか知らんがえらく怯えてたぜ。もしかしたらオバケにでもあったのかもな」

 

 ケラケラ笑う魔理沙。

 

「それって耳が長いうさぎだった?」

「なんだ知ってるのか」

「うん、ちょっとね。でも、それ、――見たかったなぁ」

 

 フランは口を歪ませた。

 アリスは魔理沙を小突いた。

 

「……魔理沙」

「何だよ。急げってか?」

「そうよ、ちょっとおかしいわ」

「何がだよ」

「分からないの?」

 

 アリスは目でフランを指した。

 

「なんか様子が変よ」

「あいつはいつもどっか変だろ」

「そうじゃない。もっとこう、何かが――」

 

 フランは、三日月のように口を割った。

 

「――ところで、そのうさぎ。どっちに逃げていったか教えてくれない? あ、指差されても多分分からないから別の手段で教えてね」

「聞いていいかしら?」

 

 フランは言葉を発さずに、首だけ傾げた。

 

「見つけてどうする気?」

「…………」

 

 首を傾けたまま、笑みを深めたフラン。

 答えは必要なかった。

 確認のために聞いたアリス。確信となった。

 

「……魔理沙、行くわよ」

「――おう」

 

 二人は素早く立ち去った。

 

「あらら。遠ざかっちゃった」

 

 残念そうな声色。嬉しそうな顔色。

 

(つれないなぁ)

 

 フランは再び足を進めた。

 

(大体、あいつ何だっけ。何となく覚えはあるんだけど)

 

 記憶を辿っていく。

 

(何か狂うとか言ってたな。長い兎の耳、あの服、能力、……ああ、あれだ。狂気を操るとかいう、あれだ)

 

「……ん?」

 

(ってことは私は今狂ってるのか? いやいや超正常だし、狂ってるのは視界だけだし。あ、狂ってるじゃん。でも、大体こういうのは元の元凶をどうにかすればいいわけだから、戻すように言えばいいよね。だめでも殺せばなんとかなるでしょ)

 

 思考が進むにつれ、足もよく進んだ。

 

 

 

 

 

 小屋。

 

「お、客か?」

 

 人間。

 

「ってわけでもなさそうだ。何をしに来たのかは知らんが、どうせロクでもない理由だろ」

 

 その人間はフランから感じるオーラから判断した。

 

「――さっさとここから去れ」

「うん? 何? 人が気持ちよく考え事してたのに邪魔するなんて死にたいわけ?」

「お前が人だって? 面白い冗談だね。あと、私は死なん」

 

 最後の言葉が引っかかった。

 

「死なないって、まさか不死身でもあるまいし」

 

 そのフランの声は嘲るようであった。

 

「残念だが、そういうこった。この身は不老不死。つまり私を殺そうとするほど無意味なことはない。というわけだ、ほれ、さっさと去ね」

「ふーん。不老不死ねぇ。いいねぇ。とってもいいねぇ」

 

 口元を歪めるフラン。

 フランは値踏みするように目の前の人間を見た。確かに妙な何かを感じた。

 観察されているような視線に、目の前の人間は気分を悪くした。

 

「いいだって? 不老不死とは永久の孤独。冥界の鮮やかさも知らなければ極楽の彩りも知らぬ。生も死もなく、ただ同等に暗い。この永遠の苦輪に」

「――長い」

 

 フランは、手を握った。

 自身の先の物体が、その形を大きく変えたことをフランは知った。

 景気の良い音の後、頬に生ぬるいものが触れた。

 ぴちゃ、と音がした。温かった。

 指を温もりの元にやると、鼻の下にまでもっていった。

 鉄っぽい、良い香りがした。

 舌を伸ばし、ぺろりと舐めた。

 

「丁度いいって意味だったんだけど」

 

 フランは気分が良くなった。

 愉悦に目が笑う。

 後ろから、声がかかった。

 

「――ったく、いきなりなんてことすんだ。私じゃなかったら死んでたぞ」

 

 振り返る。

 

「そんなにすぐに元通りになるもんなんだ。でもなんでそこ?」

「あぁ?」

「いや、ほら、さっきまでそこにいたじゃん」

 

 と、元の場所を指で指す。

 

「私がそこにいないからだよ」

「私って、あなたってこと? あなたはそこで死んだんじゃないの?」

「死んでないからこうしてるんだろ。というか不老不死だから、そもそも死なない」

 

 指が前後する。

 

「あそこにいたあなたは今そこにいる」

 

 少し濡れている指先が、くるくる宙をさ迷う。

 

「それはつまり、あなたがそこに移動したということ。肉体ではない何かが」

 

 人間は面倒そうに答えた。

 

「私は私を起点にして肉体の再生が出来る、別にそれだけだ」

「いや、それは分かったんだけど、そのあれだよ、そのあなたの言う私というものがなんなのかって話」

「はぁ?」

「例えば幽霊がいて、その霊体があなたのように消滅したらそれでおしまい? もしそれで、その霊体があなたと同じように復活できたとしたら、あなたの言う私というのは一体どこにあるの?」

「なんだか面倒な事を考えるやつだな」

「私って頭おかしいらしいからね」

「なんだそれ。誰かに言われたのか?」

「うん、よく言われる。ほぼ皆」

「じゃあおかしいんだろうよ」

「実を言うと、自覚は少しある。今は」

「普段ないのかよ」

「まあね」

 

 不敵に笑い、両手を広げるフラン。

 

「それで、少しは自覚ある私だけど、これから何すると思う?」

「私が知るわけないだろ」

「実は私も知らない」

「はぁ?」

 

 フランは再び手を握った。

 

「嘘だよ」

 

 フランはふと気づいた。

 何も見えていないと思っていたが、なんだかいつもよりあれこれ把握できてる気がすることに。

 

「……もしかして見えすぎてるだけ?」

 

 そんなフランは見た。

 なんだかよく分からない何かを。

 そう言えば何度か見た記憶はあるが、何故か初めて見たように感じた。

 そしてそれを中心にして力が集まり、色々な物を形成していく様を。

 出来上がったそれの第一声。

 

「はぁ……」

 

 ため息だった。

 

「二度目だ。痛みを感じる前に死ぬから特に痛い思いもしないが、幾分気分は悪い。死なないとはいえ、二度殺したんだ。お前、――覚悟は出来てるよな?」

「さぁ?」

「そうかよ!」

 

 言い終わるやいなや、地を蹴り、フランへと迫った。

 空気が揺れていた。揺らされていた。

 弾丸の如き突撃。弾丸は燃えていた。

 フランへと肉薄した弾丸は、形状を変えた。身体を開き、脚を伸ばし、身体をひねった。

 回し蹴り。

 全身が燃えさかる脚の旋回運動に、空気が響き、轟音を立てた。

 フランは、蹴りの迫る方向の逆方向へと身体を動かし、およそ相手の脚が着弾するであろう地点に片腕を盾のようにして立てた。

 その二つがぶつかると、拮抗する間もなくフランの身はぶっ飛んだ。

 ぶっ飛ばされているフランは、羽を使い勢いを殺し、身をかがめて四足獣のようにして着地した。左腕から痛みの信号が送られ、腕が折れていることに意識がいった。

 二足で立つと、折れてる箇所を片方の手でぎゅっと強く掴むと、魔力を練った。

 数秒の後、腕は治り、手をぐーぱーと動かして効果を確認した。

 

「わりといけるね」

 

 さっきの肉体再生を見ていた時の様子を少し真似して、再生力の高い吸血鬼の肉体にうまく組み込んでいた。

 

「おいおい。化け物かよ」

 

 追ってきていたはずの相手は、足を止めて驚いていた。

 

「いや、ここ化け物ばっかじゃん」

 

 幻想郷のことである。

 フランは言う。

 

「戦う度に成長するらしいよ。どこの言葉かよく覚えてないけど。まぁ、たぶん当たってるし間違ってる。よく分からないけど」

「いや、よく分からないのはお前だろ」

「ほんとね。私も私の事がよく分からないんだよね。でも、あなたの壊し方は分かったかもしれない」

「すぐに復活するぞ?」

「その復活を邪魔するってことだよ。ああやって腕が直せたってことは、多分そう。あなた、もうコンテニュー出来ないかもね」

 

 にやりと笑い、フランは魔力を練った。練り終わると、足元から赤い鎖のようなものが生えてきた。その数、四本。先が尖ったそれらは、一目散に相手に向かって飛びかかっていった。

 

「そういえば、あなたの名前、聞いてなかったね。多分知ってるんだろうけど、一応教えて」

「あぁ!?」

 

 聞こえていた。

 が、それどころじゃなかった。

 空へ逃げ、左に右に斜めにと、襲いくる鎖を回避している。

 不老不死。それは肉体が壊れないことではなく、壊れてもすぐに元通りになることであった。つまり、再生を妨害されるようなことがあればどうなるか、考えるまでもなかった。そんなことが可能なのかという問いも、放たれた赤い鎖から感じるオーラで怪しいものにさせられた。

 

「おい! これってやべぇのか!?」

「先に刺さると壊れるだけだよ。その後はそれからのお楽しみ」

 

 身をよじり、襲い来る鎖の先端を回避し、

 

「ざけんなっ」

 

 その中ごろに思いっきり脚を振り落とした。

 鎖は痛みにもがいた蛇のように、周りの鎖を巻きごみながら、その身をくねらせ自身を地面へと叩きつけた。その際に先端が地面にへと突き刺さり、その周囲半径数メートルを綺麗に分解した。

 

「うぉっ」

 

 それを見て引いた。

 そして同時に、決心をうながした。

 

「もう知らねえからな!」

 

 突如、まばゆい光が周囲に満ちた。

 火柱。

 その中心には雄たけびをあげながら、自身ごと燃やし尽くそうとする人間。

 空中で身を回転させ、頭を地面へと向け脚を空へと向けた。

 そして空を蹴り、地面に急降下し始めた。

 さらにもう一度空を蹴ると、滑らせるように体の前後入れ替えた。

 火柱には翼が生まれ、一羽の鳥となった。全体から甲高い叫声を発しながらフランに目がけて空を燃やした。

 まさしく不死鳥。

 翼がから飛び散る火の粉は炎の羽毛のよう。伸ばした脚はくちばしとなり、敵を屠る矛になった。炎を照らされた敵の影は、怯える獲物のようにか細く震えていた。

 その影に照準を合わせ、くちばしが全てを貫かんと突貫する。

 が、その影の主に怯えはなかった。

 強大な壁が生まれた。

 フランの作った結界である。

 結界は幾重にも連なっていた。

 その壁にぶつかった不死鳥の突撃はその一つ一つを貫いていったが、その都度、速度を落としていった。

 だが、それでも充分すぎる程の破壊力を持ったままフランへと迫っていた。

 その先にいるフランは、絶体絶命ではないかと思えるこの期に及んでもさてどうしようかと考えていた。

 ここにきて即決出来ないのは、もはや悪癖といえた。

 

(この感じ的にこれくらうとたぶん全身が消し飛ぶ)

 

 やはり、回避。

 

(嫌だなぁ)

 

 フランまだ考える。

 

(そもそも私はなんで避けるのを嫌うんだろう。よくよく考えてみれば前からそうだ)

 

 しかし、結論は出た。

 

(といっても、これをくらうとさすがにやばい)

 

 フランは羽根を広げ、横へ飛んだ。

 その際に、魔力弾を放った。

 その魔力弾は、あっけなく不死鳥に飲まれたかのように消えていたが、その飲まれた周囲から炎が空気に溶けていった。翼も、尾も、もがれた。

 

「なっ」

 

 驚愕に声が出た。が、勢いは残っていた。

 地上へと降り立つと、出来るだけ勢いを維持するように地を蹴り飛ばし、フランへと突っ込んだ。

 飛び蹴り。

 が、当然のように新たな結界に阻まれた。

 

「にゃろっ」

 

 火の源、それはその身その自身。

 つまり、蹴りを防がれたまま燃え上がった。

 後方でブースターのように炎を炸裂させ、推進力を無理矢理に作った。

 それは結界を破り、

 

「――ぁぐっ」

 

 フランの腹部へと届くまでに至った。出口を求めた衝撃が、喉を通って細い声を上げさせた。

 蹴りは構わずフランの腹部を突き破り、周囲を焼き焦がした。

 烈しい痛みにも関わらず、フランの口元は歪んでいた。

 腕を伸ばし、敵の右腕を掴み、手前に引いた。その際に、腹部に突き刺さる脚がさらに深く刺さったが、関係無かった。口を大きく開き、牙が敵の喉元を見据えた。

 吸血鬼にとって喉元に噛み付くことほど気分の良い攻撃は他に無かった。

 真っ白の牙が、火の光を受け、燦然と煌めいた。

 

「いっ――」

 

 相手は本能的な恐怖を感じた。

 首を後ろに引きながら、全身をねじり片方の脚で恐怖の源を払った。

 フランの側頭部に激しい衝撃が襲った。フランは、回転を伴いながらひしゃげた鉄片のようにすっ飛んだ。

 竹藪の竹など大したクッションにはならなかった。

 フランの肉体が何十本もの竹をへし折った。やがて地面につくと、その地面を水切り石の如く跳ね回り、折った竹の本数が百に届こうかというところで、ようやく止まった。

 フランは仰向けになって倒れていたが、フラン自身は自分がどのような状態にあるか、よく分からなかった。

 ただ、何かしらの強い衝撃を受けたことは覚えていた。

 

「っ――」

 

 声は出ない。

 全身の感触がいまいち分からない。

 冷たくもあり、熱くもあった。痛みを訴えていることはなんとなく分かった。

 右手に何か感じた。

 何かを持っている。

 柔らかくも硬い。

 意図はなく、上に掲げてみた。

 ぽたり、ぽたり、と赤色が垂れてきた。

 ひどく美味しいそうに思え、口を開け、そこまで持ってくる。

 赤色は口にやってきた。

 

「っぁ――」

 

 じわり、染み込むようだった。

 とにかく、美味しかった。

 ふと、気づいた。

 天には橙色の丸、月があって、黒は夜空で、緑は竹で、その集まりの竹藪が自分の周りに見下ろすようにあって、赤色は血で液体で、それは手から出ていることに。

 その手は、手に持たれていた。

 自分の肉体から伸びる手が、その手を掴んでいた。

 ようやく状況をはっきりと理解した。

 蹴り飛ばされたこと。その際に掴んでいた手を今でも持っていること。それがとても美味しそうなこと。

 右肘を曲げ、口に近づけた。

 肘より先が無い手の切断箇所に牙を立てた。

 首を軽く横に振り、肉をかみちぎった。

 噛むと、粘着質な音がした。

 やはり、とても美味しかった。

 なんだか気分が良くなって、ひょいっと起き上がった。

 久しぶりに見た気がする世界をじっと見ていると、世界が斜めになっていることに気づいた。

 

(ああ、そういうこと――)

 

 フランは頭の横に手をやり、ぐいっと押した。

 妙な音を立てながら、まっすぐになった首に手を当て、再生をうながす。

 下を見ると、緑色の棒が伸びていた。

 元をたどると、赤黒い円が見えた。その横に緑色が伸びていた。

 抜き捨てると、血の付いた割れた竹が飛んでいくのが見えた。

 腹部に魔力を集中させ、再生をうながした。

 そうしてると、

 

「おいおい、無事なのかよ」

 

 片腕の肘から先が無い人間がやってきた。

 

「で、名前はいつ教えてくれるの?」

「お前、頭おかしいんじゃねえのか?」

「よく言われる。んで、名前は?」

「……言う気にならん」

「なんで?」

 

 フランは首を傾げた。

 

「お前の手に持ってるものは何だ? 自分の腕を引きちぎったやつに名前聞かれて律儀に答えるやつがいると思うのか?」

「え、何言ってんの。引きちぎったんじゃなくて、持ってたらなんかついてきたんだけど」

「人の腕をおまけのように扱うな」

「えー」

 

 フランは、むしゃむしゃと美味しそうにかじって見せた。

 ため息が聞こえた。

 

「……妹紅だ。もういいだろ、それやめろ。なんだか気分が悪い」

 

 じーっと妹紅を見るフラン。

 

「しょうがないなぁ。色々戻った礼もあるしね」

「はぁ?」

 

 フランは腕を投げ捨てた。

 妹紅は腕を再生した。フランが投げた腕は灰のようになって空気に散った。

 

「初めからそうすれば良かったんじゃないの?」

「気分的な問題だ」

「変なの」

「お前に言われたくない」

 

 むっとしたフラン。

 

「……まだやる?」

「やらん」

 

 冗談じゃないとばかりの妹紅。

 

「大体なんでお前は私にからんできたのか、それすら分からん」

「そこにいたから」

 

 即答だった。

 

「ぶっ飛ばすぞ」

「お、やる?」

 

 フランは開いた右手を前に出した。

 

「っという冗談だ」

「っち」

 

 とはいえフランも本気ではない。

 

「実際は長い耳のうさちゃんを追ってたんだよね」

「あぁ、あいつね」

「知ってるの?」

「まぁな」

「まぁ、もうどうでもいいんだけど」

「……いいのかよ」

 

 妹紅は腰に手を当て、心底疲れたようにため息をついた。

 

「あいつのせいでお前気が立ってたんじゃないのか? 大体理由は見当が付くし」

「あ、そうなの? 教えてくんない? 割とそれ知りたい。なんか急に世界が変なくなった気がして、見えてるものがよく分かんなくなったていうかなんというか」

「そこに私と会ったわけか」

「そうそう。あと、なんとうかこう、何でもいいから発散したい気分だったんだよね。そのおかげか良いことがあった」

「良いこと?」

「うん」

 

 フランは目を閉じた。

 なんと言おうか迷った。

 どのように言葉にしていいか迷った。

 適当に言うことにした。

 

「私って吸血鬼だったんだよね。知ってた?」

「いや、知らん。変な羽根してるし」

「あ、これ? 飾りだよ。クリスマスにこれ光らせると評判が良いんだよね。あ、クリスマスって知ってる?」

「知らん」

「うっわ、遅れてる。つっても、嘘なんだけど」

「おい」

「色々冗談なんだけど。あ、理性が飛ぶと、攻撃的になるっぽいよ」

「そうかい」

「そのほかは、聞いてみないと分からない。多分聞いても分からないだろうけど」

 

 フランは後ろに意識を向けた。

 

「ね、幽香」

「あら、気づいてたの?」

「自然が教えてくれた」

「本当?」

「うん、もちろん嘘。気配を感じただけ」

「満足したの?」

「ある程度はね」

「じゃ、帰る?」

「うん」

 

 フランは妹紅に別れを告げた。

 

「そんじゃ帰るね。また今度来るから。何か好きな物とかある? 詫びみたいな感じで持ってくるよ?」

「何もいらないし、わざわざ来なくていい。欲しい物はなんか手に入ったし」

「そうなの?」

「死を感じた時、ぶっちゃけると最高に燃えた。身体だけじゃなくてな」

「そういう性癖なの?」

「ちげえよ」

「変なの」

「お前に言われたくない」

「へいへい」

 

 二人は飛び去った。

 帰り道。

 空にはまだ月が変わらずにあった。

 

「あれ、動いてないね」

 

 フランは空に浮かぶ月を見てそう言った。

 月から受ける影響を感じながらも、特に意に介していなかった。

 

(吸血鬼である私があの月を見ればそうなる)

 

 そう思っただけである。

 

「動かす?」

 

 月に大した興味が無くなったフランは、幽香のその言葉にもさらっと流すようにして答えた。

 

「別にいいよ。面倒くさい」

 

 出来るか出来ないか、そんなことに迷うこともなかった。そのように言うのなら出来るんだろうって思っただけである。そして自分もまた出来るであろうことも。

 

「ところでさ、ただ帰るのもつまんなくない?」

「そう?」

「そういう気分なんだよね。満足したといえばそうなんだけど、だからこそもうちょっと体を動かしたい」

 

 フランはちょっとだけ速度を上げて、すいーっと幽香の前にまで移動した。

 幽香は首を傾げた。

 

「何するの?」

 

 フランはにやっと笑って答えた。

 

「弾幕ごっこ」

 

 フランは距離をとった。

 

「でも私、あれ用意していないわ」

「スペルカードのこと? 別にいいよ。ごっこ遊びのごっこでも。とにかく幽香とやってみたいの」

 

 続ける。

 

「私、さっきこれの良さに気づいたんだ」

「さっき?」

「うん」

 

 フランは目を閉じた。

 開くと、続けた。

 

「幽香が前に言ったこと。今なら、少し分かった気がする。言葉じゃなくて、体感をともなって初めて分かることもあるって。全てが見えて全てを分かったつもりになっても、結局のところ、分かったと思ったことしか私の中で分かったことになってなかったんだって」

 

 フランは両腕を広げ、ポーズを取った。

 

「言葉が区別によって生まれたものなら、私が私と言うとき私は世界から私を見つけて切り出したことになる」

 

 色とりどりの魔力弾が生まれていく。

 

「正しさを求めることなんて必要なかった。私が理解しようがしまいが、事実を事実としてあるんだから」

 

 七色の魔弾が夜の空を彩る。

 

「私が世界の中にあるということは、私もまた一つの事実であるということ。私は一つの事実として、世界として、自然として、それらと触れ合う。だから、私は私であることを全力で楽しんでみようと思う。ってことで、ちょっと付き合ってね?」

 

 幽香は、微笑んだ。

 花を愛でている時のような顔で。

 

「そうね、私もやる気になってきたわ」

 

 フランは実に楽しそうに、かつ好戦的な笑みを浮かべた。

 そして少し気取って言った。

 

「じゃあ、帰るまで楽しみませんこと?」

 

 まるでダンスにでも誘うように。

 幽香は手を取るかわりに、妖力弾を生成した。

 

「楽しい夜になりそうね」

 

 時間を忘れて弾幕ごっこのごっこに興じていた二人だったが、途中、月が急速に沈んでいったので急きょ取りやめることになった。残りの帰路、フランは朝日を避けるために幽香の日傘に入って帰ることになった。幽香の温もりのようなものが、前に感じた時よりずっと近く感じた気がしたフランだった。




カットシーン

 ――――

「お前、友達いないだろ」
「いるし、超いるし。――ていうかそっちこそどうなの?」

 間。


 ――――


あと1か2話で終わります。
おうちに帰らなきゃね


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第31話

 空は曇り。そう、曇り空である。

 

 豪勢な館のとあるバルコニー。

 そこで、えらくご機嫌な吸血鬼が口元でカップを傾けていた。

 

「――今日だわ」

 

 落ち着いた声色。でも、どこか嬉しそうな色。

 隣にはべる従者が口を開いた。

 

「はぁ、本当になのでしょうか? 私にはよく分かりません」

「そらそうよ。でも、私には分かるわ。だってこの素晴らしい空。最高じゃない?」

 

 と、得意気な笑みで吸血鬼は従者の方を見た。

 が。

 

「どんよりしてますね」

 

 吸血鬼は口を尖らせた。

 

「……空気が読めるとかいうのから聞いてきたのはあなたでしょう?」

「お嬢さまがそう言われたので聞いてきたまでです」

 

 吸血鬼は視線を戻すと、こほんと咳払いをして、空気の立て直しにかかった。

 少しだけ間を置いたあと、吸血鬼は手を口元に伸ばし、流し目で従者を見やりながら、出来るだけ優雅そうにして言った。

 

「あら、咲夜。私の言うことが信じれないというの?」

「いえ、お嬢さまではなく、あの方が……」

 

 傍に控える従者、咲夜は言葉が尻すぼみになっていった。頭の中には、天を指さし、妙なポーズを決めている竜宮の使いとかいう変な女性が浮かんでいる。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついたのは、お嬢さま、レミリア・スカーレットであった。

 

「いい、咲夜? 世の中には運命があるわ。私はその運命を知ることが出来る。つまり、運命を操作することも出来るのよ」

「はぁ。私にはそれがよく……」

「じゃあもうちょっと教えてあげる。特別よ?」

「はぁ」

「運命というのは、必然と偶然に分けることが出来るわ。でもね、その二つはどちらも同じもの。偶然は必然で、必然は偶然。私はそれを知ることが出来る」

 

 なんだか分かってない様子の咲夜に、レミリアはなんか気分が良くなってきた。

 

「つまり、偶然が重なることによって必然になるのよ。でもそうやって起きた必然も偶然のうちに入るのよ。

 例えば、私が苺のショートケーキが食べたいと呟いたのをあなたが偶然聞けばあなたは用意するでしょう? 偶然が必然に変わった瞬間よ。でも、私が苺のショートケーキを食べたくなったのは、あなたがこっそり食べた苺のシュークリームのクリームが口の横に付いていたのを偶然見ていたのだとしたら?」

 

 急いで、咲夜は口元に手をやった。

 

「偶然が必然を生む。必然は偶然の結果であり、同時に必然を生む偶然なのよ。そしてその偶然を掴み、束ねて、必然を手繰り寄せるのが私よ。だから分かる。今日起こる必然が。

 ――そう、今日、フランが帰ってくる。だから準備はよろしく頼むわよ」

「はぁ。……それで、どのような準備を?」

「そんなの普通通りに決まってるじゃない」

 

 何を言ってるのかしらと、レミリアはため息をついた。

 

「いい? 変に歓待すれば私がフランの帰りを待ちに待ち望んだみたいになるでしょ? それじゃ駄目なのよ。私の悲願を達成するためにはね」

「悲願、ですか?」

「そうよ。何百年経った今でも、いまだに達成したことがない難しいことなのよ」

「……お聞きしても?」

 

 仕方ないわね、とふふんと鼻を鳴らすレミリア。

 

「私からじゃない、フランの方から抱きついてくる。――これよ」

「はぁ」

 

 人里にあった求人情報が頭によぎった侍女長。

 

「とにかく、いい? 普通通りにするのよ普通通りに。あたかも『あ、帰ってきたの?』みたいにするのよ。そして私の部屋に通しなさい。そうすればきっとフランも……」

 

 ふふふ、と笑う高貴な吸血鬼がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の畑。

 帰るには良い具合の曇り空だった。吸血鬼的な昼夜逆転状態なフランは昼間に活動することが多くなっている。

 

 フランは振り返った。

 

「それじゃ、行くね」

 

 たくさんの草花が映った。とてもきれいだった。

 

「えぇ。またいらっしゃい」

「うん、その内絶対に」

 

 幽香は微笑んで、手を振った。

 フランも手を振って返した。

 フランは飛び去った。横に束ねた髪には向日葵の髪留めがあった。幽香のお手製である。

 

(思った以上に長居しちゃったな)

 

 少しの寂しさを感じた。

 同時にこれから向かう所を想った。

 その二つがないまぜになり、胸の内に妙なものが響いた。

 目頭が温かくなった。

 口元は緩んでいた。

 

(――何て言おう)

 

 決まらない言葉、考えに対し、進む速度はどんどん上がっていった。

 気持ちがよそよそしくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館。

 

「そ、そろそろじゃないかしら?」

 

 自室にいるレミリアは、そわそわしていた。

 何度か咲夜に確認させにいかせてるが、まだ姿が見えたとの報告は無かった。

 

「そう焦らずとも、ここで待っていればそれでよかったのではありませんでしたか?」

 

 従者の指摘に、レミリアは少しむくれて言った。

 

「気になるものは仕方ないじゃない」

「はぁ」

「そうよ、咲夜。もう一度見に行ってちょうだい」

「……かしこまりました」

 

 五度目になろうかというとこだった。

 部屋に戻ってきた咲夜は報告した。

 

「姿が見えました」

「――本当っ!?」

「はい。門にて美鈴と何か話している模様です」

「そう、分かったわ。咲夜! エントランスホールで待機よ!」

 

 頭を下げ、咲夜はその場から去った。

 

 一分。

 

 二分。

 

 三分。

 

 五分。

 

 十分。

 

「ちょっと遅くない!?」

 

 レミリアはいきり立った。

 鈴を鳴らした。

 咲夜がやってきた。

 

「御用でしょうか」

「御用でしょうか、じゃないわよ。一体私のフランはどうしたのよ。まさか自分の部屋に帰ったんじゃないわよね? それともパチェのとこ? いやまさか、私より先になんて……」

「ずっと美鈴と立ち話してるようです」

 

 レミリアはテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。

 

「なんで今日に限って門番みたいなことしてるのよ!?」

「急かせましょうか?」

「い・い・え。そんなことしたら、私が待ち望んでるみたいに思われるでしょう? 駄目よ、そんなの」

「はぁ」

 

 椅子に座りなおすと、一息吐いて気を整えた。

 

「いいから、持ち場に戻るのよ」

「はぁ」

 

 咲夜は去った。

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 

 

 

 立ち話が終わると、フランは館の中に向かった。話すことはまだあったが、気をきかせた美鈴が中へ誘導した。

 中に入ると、

 

「お帰りなさいませ」

 

 咲夜がいた。

 

「うん、ただいま。あ、お姉さまいる?」

 

 ちょっと驚いたフランだったが、これが咲夜の通常であることを思い出した。帰ってきた感が増した気がした。

 

「はい。自室にて、……ゆっくりされています」

「そうなの? 後の方がいいかな?」

 

 咲夜は大きく反応した。表に出ないように頑張って堪えた。鍛え培った瀟洒力である。

 

「――いえ、是非ともお会いになられて下さい」

「? じゃ、そうする」

「はい」

 

 なんだかよく分からないけどまぁいいやと、記憶にある姉の部屋に向かうことにしたフラン。

 道中。

 フランは足を止めた。

 

「ふぅ……」

 

(なんか緊張してきた)

 

 姉の部屋が近づいてくると、心臓が高鳴るのがフラン自身にも分かった。

 目を閉じ、一度深呼吸をすると、足を進めた。

 そして、部屋の前にまで着いた。

 ドアノブに手をかけ、一度止まる。

 落ち付けたはずの気持ちが騒ぐのが分かった。

 払うように、勢いをつけ、

 

(えいっ)

 

 開けた。

 瞬間、衝撃と共にフランの視界は覆われた。

 

「ふぁぶっ――」

 

 くぐもった声がでた。

 懐かしい香りがした。

 そして温かかった。

 両腕を伸ばし、包み込むように抱きしめ返した。

 

 これこそ必然であった。

 

 フランは自分の芯のような所に温もりを感じた。

 はっきりと感じれるものであった。

 心の中で「ただいま」と唱えた。

 ちゃんと伝わった気がした。




あと1話!



――――

後日

求人情報誌を見てる咲夜さんを偶然見てしまったレミリア氏
さりげなく不満があるのかを聞こうとするも、「ありません」と答えられる模様

というネタ


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第32話

 空は暗かった。

 夜だった。

 月も星も雲も、きれいだった。

 夜空は、とてもきれいだった。

 

「ねぇ、ゆかりん。私、好きだよ」

 

 フランの言葉。

 紫は首を傾げた。

 フランは言葉を付け足した。

 

「ここ、幻想郷のこと」

 

 紫は嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう」

 

 短い返事。

 

「だからね、ゆかりん。とっても綺麗」

 

 紫は可愛らしく首を傾げた。

 

「私のこと?」

 

 フランも同じ方向に首を傾けた。

 

「ん?」

 

 合点がいった。

 

「あぁ、幻想郷のことだよ。あ、ゆかりんも綺麗だよ」

「それはどうも」

 

 にっこり笑顔の紫。

 フランはなんかフォローする気になった。

 

「わぁ、ゆかりちゃんちょーきれー」

「ちょー嬉しいですわ」

 

 笑顔が深まった。

 フランは後ろめたい気持ちになった。

 

「なんかごめんね。呼び出して」

「えぇ、別に構いませんことよ。私とフランちゃんの仲でしょう?」

 

 芝居がかった声色。

 フランは、顔に笑みを張り付けて返した。

 

「わぁ、ちょー嬉しい」

「ちょー、どういたしまして。――で、ただお話しするために呼んだのではないのでしょう?」

「うん、そうだよ。弾幕ごっこでもどうかなって」

 

 どういう意図なんだろうか、ゆかりちゃんはちょっと考えた。

 が、特に思い当ることが無かったので、聞くことにした。

 

「理由を聞いても?」

「ちょーいいよ。そのつもりだったしね」

 

 と言うと、フランは固まった。手をあごに当てて、考えている。

 次に言う内容をまとめようとしていた。

 

「んー」

 

 が、いまいちまとまらなかったので、そのまま垂れ流すことにした。

 

「……なんていうかさ、ゆかりちゃんさ、ぶっちゃけ私の事、警戒してるでしょ?」

「あら、それはどうかしら?」

「いや、別に隠さなくてもいいんだけど。でもここで私がどれだけ言葉をたくさん使ってもきっと信じてもらえないから、てっとりばやく弾幕ごっこでもどうかなって。その為のものでしょ、これ?」

 

 スペルカードを出すフラン。

 

「あら、どうしてそう思ったの?」

「心を読むことなんて出来ないけど、心を感じることくらいは出来るから」

「ふぅん?」

「怒ってることを表すには、ぶっちゃけ殴っちゃうのが早いよね。ま、そんな感じ。行動で表しちゃうのが分かりやすいよね。だから、これ。弾幕ごっこ。美しさを競うだなんて、要は弾幕で何かを表現しようとさせたいんでしょ? それをぶつけ合うことで、理解が生まれて相手を知ることが出来る。そんなとこでしょ?」

「霊夢が言い出したものだから、私にはよく……」

「どうせなんか上手くやっただけでしょ」

 

 じーっと紫を見るフラン。

 紫はゆるやかに視線をそらした。

 

「ほら、ゆかりん嘘つくの上手そうだし」

 

 紫は目元に手を当てて、傷ついたようにして言った。

 

「ひどいわぁ」

 

 しくしく泣きまねをした。

 

「だってゆかりんに都合よく出来すぎてるんだよね。まぁ別に確証を得る必要はないんだけども」

 

 フランは大きく呼吸をした。

 

「私の目的はそんなんじゃないし」

「へぇ?」

 

 紫は泣きまね状態の手から、ちょろっと上から覗くようにして目を出した。

 目が合った。

 

「そんじゃ、本題に入ろうか」

 

 フランはゆっくり目を閉じて、ゆっくり魔力を練った。

 ゆっくり目を開く。

 スペルカードの宣言。

 

『禁忌 恋の迷路』

 

 腕をゆっくり、渦巻きを描くようにして回した。合わせて魔力弾が次々に出てくる。

 

「恋って何だと思う?」

 

 フランは問いかけた。

 

「恋だなんて、フランちゃんは随分可愛らしいこと言うのね」

「ちょー可愛いでしょ」

「えぇ、とっても」

 

 紫は余裕をたもちながら、やってくる魔力弾を避けていく。

 

「私はね、思いだと思うんだ。んで、思いが迷路に迷ったように、ぐるぐる、ぐるぐるして、で、たどり着くんだ」

「どこに?」

 

 避け切った紫。

 次のスペルカードの宣言。

 

『秘弾 そして誰もいなくなるか?』

 

 フランは右手を開いて、閉じた。

 フランの姿は消え、周辺から魔力弾が現れた。

 ――――。

 

「何もなかったことに」

 

 紫は弾幕を避けていく。

 元の場所に光が集まっていった。

 フランの姿が現れた。

 

「でも、私がいなくなるなんてことはない。世界そのものがなくなりでもしない限りね。だから何もないなんてことはないんだけど、私があると思っていたものはなかったりする。――で、ゆかりんは避けてばっかなの?」

「そうねぇ、じゃあ私も何かしてみようかしら」

 

『結界 夢と現の呪』

 

 二つ、光弾を放った。点滅するように、大きくなり光が増した。その後、消え、妖力弾が現れフランへと向かっていった。

 

「夢と現、そこには境があると思う?」

「あると思えばあるし、ないと思えばない。境を作るのは受け取り側だから」

「あら、それは大変。私の術がバレちゃいそう」

「ぶっちゃけ答え合わせにきてたりする。いや正確に言うと、言いたいかから来た」

「ふぅん?」

 

 通常回避困難な弾幕も、フランには当たらない。

 

「では、これはどうかしら?」

 

 スペルカードの宣言。

 

『境符 色と空の境界』

 

 眩い光。光が針のように全方位に伸びた。

 

「ヒントは充分かしら?」

「うん、充分」

 

 針のように伸びた光の間にいるフラン。紫が新たに放った円形の妖力弾を見ている。表情に焦りはない。

 

「境界、それは引くもの。つまりそれは引く前のものがあるということ。境界がないと、全てがどろどろの泥のような何かみたいなものになっちゃう。でも、違う。私はきちんと物事に境を引いて、形あるなにかのように認識することが出来る

 でもゆかりんはそこを操る。物事の境界を操って、認識出来ていたものを認識出来なくしたり、また別に新たに境を作ってみたりする。そうやって世界に干渉してスキマを作ってる。そりゃ真似出来ないはず。私には出来ないことだから。どう? 大筋合ってるんじゃない?」

 

 紫は少し考えた。

 

「……ええ、そうね。それで、何が言いたいのかしら?」

 

 紫は見せびらかすように、大きなスキマを作り出した。その絶対的ともいえる力。例え知られていようと構わない程の。

 

「私は楽しそうにしてるお姉さまがいればそれで良いってことかな? 私がやりたい事なんてものはない。特別欲しいものがあるわけでもなければ、世界を変えようだなんて思わない。ただ私の心が幸福を感じる、それだけで良い。そう、それで充分。その為の方法なんていくらでもあるし、一番の方法も知ってる。初めから変わらなかった。だからね、私は今が幸せだと思う」

 

 スペルカードの宣言。

 

『QED 495年の波紋』

 

「ってことで、もっとゆかりんと仲良くなろうかなって。初めて会った時、ちょっと聞かれたことでも答えようかと思ってね、でもその前に私の考えを聞いて欲しかった」

「それで?」

「私は、世界の中にあるということ。境界を引こうと引かまいと、認識出来なくなるだけで私はちゃんと世界のなかにあるということ。世界の中にある私は、世界を見ることが出来る。私が手を開き、閉じるということは、世界に触れるということ。私の目はあらゆるものを見ることが出来る。見ることが出来るというのは、私の中で見たものを認識出来るということ。それは世界の中から切り出し固定するということ。

 私は世界の中で私の求めるものを見る。私の手の中には世界がある。私の求める世界の破片を世界から見つけ、触れる。つまり、私はありとあらゆるものを破壊出来るということ。あと、ちょー可愛いかもしれないお姉ちゃんもいる」

 

 紫はじっとフランを見ていた。

 

「だから初めに言ったんだ。私はここ、つまり幻想郷が好きで、とっても綺麗に思うって。そんで、ゆかりんと仲良くしたいって。例え境界を歪められても、私の目はちゃんと世界を映してくれる。受け取る私さえ見失うことがなければね。

 そんな感じで、互いに世界を壊すことが出来る程度の力あるけど、互いに壊したくないものはあるはず。てなわけで、言葉はもう使い切ったから、あとは行動で示そうかな」

 

 紫は口を開いた。

 その口元は緩んでいた。

 

「よく、分かりました。では、せっかくですし少し楽しみましょうか。ああ、それと今度、藍でも連れてうどんでも食べに行きませんこと?」

「いいね、それ」

 

 スペルカードの宣言。

 

『深弾幕結界 -夢幻泡影-』

 

 ――――。

 

『霊符 夢想封印』

 

「このっ、馬鹿ちんが!」

 

 なんか飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼。

 博麗神社にて。

 陽があたたかに差し、境内に優しげな影をつくっていた。

 もろに陽が当たっている様子の縁側には、陽の光には似つかわしくない異形の者が正座しており、その前にはぐちぐちと何か言っている巫女がいた。

 

「ちょっとぉ、れいむぅ。私、いつもは寝てる時間よぉ?」

「うっさいわね! あんた達のせいでしょ!?」

「あーあ、ゆかりん言われてるよ?」

「あんたもじゃ!」

 

 紫とフランの頭に御幣が振り下ろされた。

 

「もう痛いわねぇ。そんなんだから暴力巫女だなんて里でウワサされるのよ」

「ウワサってか、ただの事実になってるよね」

 

 そう言う二人は「ねー」と顔を見合わせた。

 霊夢のこめかみがひくついた。

 

「……あんた達が真夜中に暴れてるから、私が急きょ出動するはめになったのよ」

「別にいーじゃん、あのあとちゃんと寝たんだし。まさか神社にお泊りすることになるとは思わなかったけど」

「見張っとかないと、あんたら逃げるでしょ」

 

 お泊り会にはもれなくどこぞの吸血鬼(姉)がついてきた。あと、同じ枕じゃないと寝れないとかいうスキマ妖怪のために、どこぞの狐が枕を持ってきていたりもした。尻尾ではない。

 

「はぁ……」

 

 次はなんと言おうかと、霊夢は顔を天へと向けた。

 青い綺麗な空に、柔らかな雲が浮いてた。

 少し眺めると、覚悟を決めた。

 ちょっと勇気がいることだった。

 

「――で、あんたはなんでいるわけよ?」

 

 フランも続いた。

 

「あ、それ私も気になる」

 

 答えが返ってきた。

 

「こうして誰かと一緒に説教とかされてみたかったの」

 

 ピクニック感溢れる嬉しそうな声。

 時間の流れが止まった。

 一番慣れたフランがいち早く立ち直った。

 

「さすがにどうかと思うよ、幽香」

「そうかしら?」

 

 紫、フラン、幽香、の順で、フランが緩衝材のように座っている。みな正座である。

 紫は流し目で幽香の方を見た。少しトゲがあった。

 

「地べたをはいずるお花ちゃんにはお似合いの恰好だと思いますわ」

 

 嘲るような口元を扇で隠す紫。

 幽香はいつもの笑みのままだった。

 でも口からは毒が出た。

 

「あれこれいじりすぎて身の程を忘れてしまったのかしら? 可哀想ねぇ」

 

 紫の笑みが濃くなった。

 

「枯れかけてうな垂れたお花ちゃんにも地面以外が見えたのねぇ。不思議ですわぁ」

 

 幽香はいつもの笑みのまま変わらなかった。ただ、日傘を持つ手付近から妙なきしみ音がしていた。その日傘の庇護下にいるフランもまた笑顔のままである。その視線は、自身を挟む両者にも、前にいる霊夢にもなく、別のところにあった。

 その視線の先から音がした。

 カシャッ。

 同時に、発光。

 

 その音の方向へ、残りの三人が視線を移した時、黒の翼が空を舞った。

 

「うひゃひゃひゃ。超レアもの頂きましたァ! ――それでは!」

 

 幻想郷最速。その名は伊達ではなかった。

 この場を去ろうとした射命丸文の体は超速で飛び去った。

 が、その行く先に大きな空間の裂け目が生まれた。

 

「わぉ! ですが、甘いですよ!」

 

 一瞬止まった文だったが、そらもう早い逃げ足を活かし、素早く方向転換を行った。

 しかし、スキマが出来るより先に、地上から草花が包囲するように伸びてきていた。

 とはいえ成長速度には限界があった。文は足に絡みつこうとしてきた草花に対し、余裕を持って対応した。手に団扇を持ち、それを扇いで風を起こした。起きた風は鋭く、刃となった。

 そしてすぐに空気に散った。

 

「へ?」

 

 文の足に草花が絡みついた。

 

「あ、ちょっ」

 

 もう一度、風を起こし、刃を作った。

 そしてすぐに消えた。

 何にをされたのかと、視線を原因の方向へ向けると、疑問より先に、よく分かる危機が見えた。

 青いオーラを纏う陰陽玉。

 

「」

 

 縁側に正座する者が一体増えた。

 

 おおむね神社は平和であった。

 境内には、独楽回しに興じるべろんべろんの鬼と、なんか妙に熱中している吸血鬼がいた。熱中する主人の動きに合わせて日傘を動かす妖精は忙しそうだった。屋根の下では、台所で一人の瀟洒なメイドさんが慣れた手つきで人数分の昼食の用意をしていた。

 

 幻想郷はおおむね平和であった。




お疲れさまでした。

ここまで読んで頂いたこと、感謝の念しかございません。

ということなので、渾身の一発ネタ

おつか鈴仙!

はい。
きれいに締まりました。ありがとうございました。

 ――――

一応番外編を一つ考えております。
仮題『お稲荷大異変 ~藍しゃまの野望~』
幻想郷中の食べ物が稲荷になってしまうというそらもう大変な異変です
たぶん書きます。


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番外編 その1 「お稲荷ちょーた異変の巻」

視点がころっころころころりんと変わります。お気をつけください。
戦闘は一瞬で終わります期待しないでください。ほとんど無です。



 夕陽が温かに幻想郷を照らしていた。

 夕焼けを受けた木々が影を地に映し、それは人里の家屋も人も同じように影を映していた。

 沈む夕日にカラスの鳴き声。太陽だって眠るのかもしれない。

 温もりが背中を押し、家路をうながす。『今日』の終わりにほっと一息。この後の晩酌の様子など想像してみたり。

 また、今日の終わりによりやってくるだろう『明日』を想い、憂鬱になる者いる。

 例えば、しょぼくれた耳をさすりながら夕陽を見つめる九つの尻尾を持つ狐の妖怪とか。

 狐は、とある屋台の簡素な木の椅子に座っている。

 柔らかな明かりのぼんぼりに『八目鰻』と書かれてあった。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつき、狐の妖怪は手に持ったおちょこを木のカウンターに置いた。

 こつり、音が鳴った。

 

「お疲れでぇ♪」

 

 カウンターの向こうにいる夜雀の店主は、妙な歌を歌いながら小さな体を前へと身を乗り出し、空になった狐の妖怪のおちょこに酒を注いだ。

 白色の陶器で出来たおちょこに注がれた酒が、夕焼けをわずかに映した。

 そろそろ夜の訪れである。

 店主はつまみを作り出した。

 つまみといったが、メニューは一つしかない。

 その唯一のメニューである八目鰻が、炭火の上で香ばしい匂いを醸し出していた。

 じゅぅと身から脂が出ると、赤く灯る炭の上に落ち、また別の音が鳴った。

 

「夜の夢ぇ、夜の歌ぁ♪」

 

 頃合いを見計らいタレを付けひっくり返す店主の歌も合わせ、屋台は静かではあるが活気があった。

 

「夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ♪」

 

 焼き上がった鰻を皿に乗せ、狐の妖怪へ出した。

 狐の妖怪はしばし見つめたのち、鼻をひくつかせながら香りを吸った。充分に堪能してからようやく箸を器用に使って食べ始めた。

 一口、二口、口に運ぶと、おちょこを口へと持ってく。

 熱い液体が喉を通ると、脱力した息が出た。

 なんともいえぬ幸福であった。

 夜もふけ、その暗さを増すごとに、お酒のペースも増していく。

 

「いい匂いー」

 

 夜も深まりすぎたのか、闇がやってきた。

 少しがっかりした様子の夜雀。

 

「なんだルーミアかぁ、お代が払えないやつはお呼びでないわ」

「いーじゃん、ちょっとくらい。連れもいるのに」

 

 夜雀は視線を闇の妖怪の後ろへやった。

 

「カエルはないわけ? 串焼きとかっ」

 

 氷の妖精がいた。

 

「妖精はもっとお呼びでないわ。出せるものなんてないだろうしさ」

「いいじゃん、ケチ!」

「ケチはあんたよ。お代はあくまで代わり。お代が出せないということは、そもそも代わりになる前のものを持ってるか怪しいのよ」

「とりあたまのくせに小難しいこと言ってんじゃないわよ!」

「妖精よりマシよ!」

「なによこの馬鹿!」

「馬鹿はあんたよ! この馬鹿!」

 

 二人は、うぎぎぎと睨み合った。

 酔いとは人を寛容にするものでもあった。狐だが。その狐は機嫌良さげに言った。

 

「私が代わりに出そう。その代わりと言ってはなんだが、私の話に付き合ってくれないか?」

 

 氷の妖精は喜色を浮かべ、屋台の席に駆け寄った。闇の妖怪の方はすでに狐の横で鰻をつまんでいた。

 ということで、屋台は四人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日、少し前。

 博麗神社で第二次お泊り会が開かれていた。

 参加メンバーは魔理沙、レミリアに咲夜にフラン、そして紫であった。当然神社に住む霊夢と、居候の萃香も一緒である。皆居間にいるが、萃香は縁側で一人酔っぱらっていた。興味がないらしい。

 ちなみに企画したのは紫である。しかも今夜。

 そんな急な催し物だったが、誘った者はみな集まった。

 夜に活動している者も多く、眠そうな者は霊夢とレミリアだけだった。くわぁっと眠そうにあくびをするレミリアを、フランが横目で見ていた。なんとも言い難い目だった。

 紫が立ち上がった。

 

「――ということで、卓上遊戯持ってきたわよ」

「何がということで、よ」

 

 スキマに手を入れ、当たり前のようにちゃぶ台に広げた紫に、霊夢が突っ込んだ。

 

「何それ、面白そう。勝負事?」

 

 レミリアの興味がいった。

 

「ええ、そうですわ。でも少し違います」

「どゆこと?」

 

 フランはそれを知っていた。

 

「対戦もあれば協力も出来るよ」

「あら、フランちゃん、人生ゲームを知ってるの?」

「まぁね。やったことはないけど」

「ふぅん」

 

 やる気の増したレミリアにより、霊夢も強制参加でやることになった。勝負事ということで、魔理沙も参戦することになった。

 

「それじゃ、すこし組み分けしましょうか」

 

 紫はじーっと部屋にいる者を見渡した。

 その結果、霊夢と紫、レミリアと咲夜、魔理沙とフランで分かれることになった。

 

「ま、やるからには勝つわ」

 

 と、霊夢。

 

「これはなんとしても勝たなきゃいけないわね!」

 

 と、レミリア。

 

「勝つのは私だがな」

 

 と、魔理沙。

 

 皆がやる気になったところで、紫がルール説明を始めた。

 説明が終わると、和気あいあいとした雰囲気でゲームは始まった。

 順番はどうするかといったところで、もう我慢は出来ないと、吸血鬼は宣言した。

 

「まずは私からよ!」

 

 鼻息を鳴らすと、見せつけるように右腕を掲げた。

 

紅い悪魔の運命回し(スカーレットディスティニーサイクロン)を見せてあげるわ!」

 

 運命(ルーレット)に手がかけられた。親指と人差し指がひねられると、運命はくるくると回り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 某屋台。

 狐の妖怪が立ち上がった。

 だんっ、と木のカウンターから音が鳴った。

 

「――私はやるぞっ!」

 

 周りの妖怪とかが「おぉー」と拍手を送った。

 

「じゃー、やるかー」

「というか、もうやるしかないって感じよね!」

「一夜の夢ぇ、狐の歌ぁ♪」

 

 ――事件の始まりだった。

 

 幻想郷に狐の妖術が蔓延した。

 幻想郷にある全ての食べ物を稲荷と認識してしまうという、そらもうとってもちょー大変な異変の始まりである。

 

 屋台を見つめてる猫がいたことは、実は誰も知らなかった。

 

「藍さま……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某神社。

 嬉しそうな声。

 

「お、やったぜ! ほら、金出せよ」

 

 魔理沙は霊夢に手の平を見せた。

 

「はぁ? またぁ? あんたこれで何回目よ」

 

 露骨に不機嫌そうな霊夢。

 

「さぁてなぁ? 忘れちまったぜ」

「なんかしてるんじゃないでしょうね?」

 

 ちょー不機嫌そうな霊夢(しゃっきん)

 

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよな。私はちゃんとこの手でやってるぜ」

 

 心外だといった様子の魔理沙(イカサマ師)

 

「いいからさっさと次、回しなさいよ」

 

 と、トップのレミリア(すごい幸運)

 

「むむむ……」

 

 うなる霊夢。負けたくない。

 

「ちょっと紫、見てるだけじゃなくてなんか手伝いなさいよ」

「えぇ?」

 

 ひらめいた。

 

「そうよ! ちょっと皆交代しない?。はい、決まり!」

 

 ということで、交代になった。

 紫が保母さんのような笑みで運命(ルーレット)に手をかけた。

 

「じゃあ、回すわね」

 

 運命が回った。

 借金が増えた。

 

「ちょっと! 紫!? 何してんの!?」

 

 霊夢が紫に詰め寄っている間に、レミリアと交代した咲夜が回した。

 霊夢の借金が増えた。

 

「時間っ――」

「止めてませんわ」

 

 咲夜は、霊夢の疑惑を食い気味に否定した。

 

「じゃあ、次っ――」

 

 霊夢が視線を移すと、なにやらごにょごにょ相談してるような感じの魔理沙とフランが見えた。

 

「何してんの、さっさと……」

 

 このとき、霊夢の勘が働いた。

 

「もしかして今、イカサマの」

「――そんなわけないだろ、何言ってんだ」

 

 と魔理沙は否定したが、

 

「いや絶対おかしいわ。そうに決まってるわ」

 

 霊夢は確信を持った。

 

「……やり方を少し変えるわよ。たしかサイコロがどっかにあったから、それで……」

「サイコロか、――別にいいぜ」

 

 そっちの方が、という言葉を飲み込んだ魔理沙。

 霊夢はサイコロなら今のところ役立たずのスキマ妖怪が使えると、内心にやついていた。

 もう一組も賛成だった。

 

「私の紅い悪魔の運命転がし(スカーレットディスティニーサイクロン)を見たいだなんて、その度胸だけは褒めてあげるわ!」

 

 咲夜以外、誰も聞いていなかった。

 少しして霊夢は戻ってきた。

 手に何かが乗った皿を持っている。

 

「なんだ? なんか別のもん持ってきてないか?」

「ちゃんと持ってきてるわよ。それとは別に、ちょっと小腹が空いたからつまめるものないかなって見たら、ちょっとそろそろ危ないやつがあったところにこれがあったから持ってきたのよ」

「なんだよ、ちょっと危ないやつって」

「臭いが酸っぱくなってきて、そろそろ危ないかもしれないって感じのやつよ。ちょっと臭いが強い気もするけど、稲荷って酸っぱい臭いするから問題ないわ」

「お前変なもん食ってるのな」

「あんたも同じようなもんでしょ。よく分からないきのことか」

「よく分からないきのこと、そろそろ危ないやつを一緒にするなよ」

「一緒じゃないの」

「全然違うだろ」

 

 不満を解消するように、霊夢はもっちゃもっちゃと皿の上のやつを食べ始めた。

 

「……なんか味が」

「いいから次やろうぜ」

「あ、うん」

 

 ゲームが再開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某草原。

 

「藍さま……」

 

 岩の上に化け猫が座っていた。足と足の間に両手をついて、肩を落としがっくりしている。少し涙目。

 風がなぐと、草を揺らし、髪を揺らし、頬を撫でた。

 化け猫、橙は、今まで藍と過ごしてきた日々を思い返していた。

 修行したり、一緒にご飯を食べたり、遊んだり、色々な思い出があった。

 

「うぅ……」

 

 悲しくなった。

 もうこのような日々は訪れないのかもしれないと、そう思うと。

 先ほどの藍が脳裏に浮かんだ。

 邪悪な笑みを浮かべながら高笑いをする姿を。

 

「っ――」

 

 振り払うように目をきつく閉じ、頭を振るう。

 涙が少し溢れた。

 惜しかった。

 惜しくて仕方がなかった。

 顔を上げると、丸い月が見えた。

 藍の笑顔が重なって見えた。

 その時、橙の心に溢れるものがあった。熱かった。

 

「藍さま……」

 

 橙は立ち上がった。

 手をぎゅっと握った。

 決意の表れだった。

 

「……私なんかじゃ駄目かもしれない。でも、それでも、やるんだ。やらずにあきらめたくない。いつもの、優しくて、かっこよくて、あったかい藍さまに戻ってもらうんだ。私、頑張る!」

 

 目をぎゅっと閉じた。

 今度は涙はこぼれなかった。

 代わりに、熱意が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某神社。

 霊夢の怒りの叫びが響いた。

 

「っあぁ、もう! ゆかり、つかえなっ」

 

 紫が転がしたサイコロは、ちゃぶ台の上を転がる寸前に地に沈み、少し上から出てきた。

 とりあえず借金が増えた。

 

「どうしてそうなるわけ? もうちょっとこう、あるでしょ!」

 

 霊夢は紫に詰め寄った。

 まぁまぁと、なだめようとする紫。

 

「いや、そりゃそうなるだろ」

 

 魔理沙の突っ込みに反応はなかった。

 反応がなかったので、もう一言付け加えた。

 

「というか、イカサマは無しだろ。正々堂々という言葉をしらんのかね?」

「うっさいわね! あんたに言われたくないわ!」

「おいおい、言いがかりはよせよ。何の証拠があってそんなことを言うんだ?」

 

 証拠はない。だが、確信だけはあった。

 霊夢の鬱憤が積もっていく。

 その様子を見て、さらにご機嫌になったレミリアが得意気に言った。

 

「そうよ、霊夢。いくら上手くいかないからって、そうやって当たるのはよくないわ」

「あんたもうるさい!」

「あら、そんなこと言っていいと思っているの? 私には華麗なる技が全部で百八個あるのよ?」

 

 ただかっこつけてるだけで効果はない技がそれだけある。ちゃんと技名百八個分用意されている。

 断トツのトップのレミリア。もうとっても運が良かった。

 当然レミリアは最高に機嫌が良い。

 借金街道全力邁進中の霊夢はそんなレミリアが当然恨めしかった。

 

「……あんたはもう、存在がイカサマのようなものじゃない」

「ひどっ」

 

 あまりの言われようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所。

 

「いなりってさいきょーね!」

「負けないもん!」

 

 ジュシャシャシャ!

 氷の妖精は地に落ちていった。

 

「あたいはさいきょーだけど、いなりはさいきょーじゃなかった!」

 

 次。

 

「ぶっちゃけノリだけど、まぁいいかー」

「やるぞぉ!」

 

 じゅしゃしゃしゃ!

 

「やーらーれーたー」

 

 闇の妖怪は地に落ちていった。

 

 次。

 

「新メニューの前に運動もいいかもね!」

「うぉー!」

 

 じゅしゃしゃしゃ!

 

「微妙だったかしらー」

 

 夜雀の妖怪は地に落ちていった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 化け猫は肩で息をしていた。

 しかし、目は生きていた。

 

「これでやっと藍さまのところに……」

 

 先へ進むと藍がいた。

 

「橙……」

「藍さま……」

「お前が何をしにやってきたか、それは聞くまい。しかし、その姿、そして目から伝わるものがある。――日頃の修行の成果を見せてもらおうっ!」

 

 ぴちゅーん。

 疲労が重なっていた橙は、あっけなく被弾した。

 地に落ちた。

 

「まだまだっ」

 

 立ち上がろうと腕を動かそうとするも、

 

「うぅ、身体が重い……」

 

 力をどれだけいれても、上手く動かなかった。

 限界だった。

 目を閉じた。

 先ほどのことを思い出した。

 決意。

 心が奮い立った。

 

「……諦めたくない。駄目かもしれなくても、それでもやれるだけやるって決めたんだ。私はまだやれる、だからまだっ――」

 

 全身を震わせながら、よたよたと立ち上がった。

 

「橙……」

 

 充分だった。

 藍は元に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 某所。

 

「くわぁ……」

 

 眠そうなあくび。

 吸血鬼は満足していた。

 

「もう終わりでもいいんじゃない? どう考えたって私の勝ちよ?」

 

 断トツも断トツ、すーぱートップである。

 霊夢も乗った。

 

「そうね、たかが遊びだしね。こんなんじゃね。そうね、そろそろ寝ようかしら」

 

 悔しかったが、これ以上続けても借金が増える未来しか見えなかった。

 

「……ということで、布団の用意を誰かしてくれるとありがたいなーとか思うんだけど」

 

 わざとらしく虚空を見つめる霊夢。

 精神的に疲れ切ってて動きたくなかった。

 

「普通もてなす側がやるもんじゃないか?」

 

 という魔理沙の突っ込みもどうでもよく、さっさと寝たかった。

 部屋に、もう一度レミリアのあくびの音がした。

 

「――ご用意できました」

 

 眠そうな主人に、咲夜はすかさず時を止めて布団を敷いてきた。

 レミリアは満足げに言った。

 

「さすがね」

 

 就寝タイムということになった。

 フランと紫の姿が見えないことに気づいた者はいても、特になにも思うことは無かった。眠かった。

 

「――で、どうするの?」

 

 夜空を行く二人。

 七色の翼を持つ吸血鬼が並走する妖怪に聞いた。

 

「考え中ですわ」

 

 短い答えだったが、口元が緩んでいた。邪悪に。

 

「流れに任せるのが一番面白くなりそうですけど、何も考えないのもそれはそれで面白くありません。さて、どうしたものでしょう」

 

 そうこうしている間に、見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない、橙。どうやら心配をかけたようだ」

「藍さま……」

 

 藍は手を伸ばし、橙の頬に優しく触れた。

 

「っらんさまぁ」

 

 橙は藍に抱きついた。

 嬉しかった。

 いつもの藍に戻ってくれたことが、認めてくれたことが。

 目から溢れるものすら嬉しかった。

 

「……すまない、橙」

 

 頬ずりするように、藍に……。

 

「すまない、橙。すまない。すまない。すまない。すまない。すまままままま」

 

 あれ? 何かがおかしい。

 そう思った橙は顔を上げた。

 橙にとって、見たことない表情を藍はしていた。

 橙にとって元に戻った藍さまは、すぐさまどっかに行ってしまった。

 

「あら、藍。仲が良さそうでよろしいことですね?」

「ねー?」

 

 目まで綺麗に笑ってる主人の姿が藍には見えていた。後から続く悪魔なんかも嫌な予感しかしなかった。

 

「こ、これは紫様。い、いかなる御用で……」

 

 紫は笑みを深くした。

 そして可愛らしく言った。

 

「エクストラステージよ」

 

 きゃぴっ。

 

「でも私だけだととってもつよーい藍しゃまと勝負にならないかもしれないから助っ人呼んできたの」

「うぇーい」

 

 うぇーい。

 

 藍は、自身の悲惨な未来が見えた。

 しかし、藍には仲間がいた。

 

「どうやらあたい達の出番のようね!!」

 

 振り返ると、例の三人がいた。

 このような状況で増援ほど希望が見いだせる要因はなかった。

 藍は「五対二だ。なんとかなるかもしれない」などと思いながら、首を元に戻した。

 

「ふふっ」

 

 自然と笑みがこぼれた。

 緩んだまま、呟いた。

 

「終わった……」

 

 もう笑うしかなかった。

 藍の眼前には全体の能力ギリギリに手加減された、ある意味無慈悲な弾幕が生み出されていた。

 後ずさろうと足が下がると、捕まっている橙も動いた。

 その重りに藍は気づいた。

 視線を向けると、涙目ながらも強い目でこちらを見つめる橙が映った。

 

「橙……」

 

 藍は前を向いた。

 やるしかないと。

 例の三人が先に前へ行った。

 

「あたい達のスーパーコンビプレイを見せてあげる!」

 

 チルノ(せっかち)(チームプレイ×)ルーミア(きぶんや)(チームプレイ×)ミスティア(とりあたま)(チームプレイ×)

 

 一瞬で二対二になった。

 圧倒的な力の差がそこにあった。数の利などなかった。というか足を引っ張り合ってた。

 悪魔がいい笑顔で言った。

 

「きゃーらんしゃまかっこいいー」

 

 言外に、「おらお前もさっさとこいよ」と言っていた。

 横の胡散臭いのも乗った。

 

「なさけない姿を橙に見せるわけにはいかないわよねぇ?」

 

 もうそのままだった。隠されもしてなかった。

 

「藍しゃま……」

 

 さすがに不安そうな橙。

 藍は覚悟を決めた。諦めたともいう。

 吠えた。

 狐の咆哮。

 

「っちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」

 

 ぴちぇーん。

 

 藍は天国だか地獄だか分からないものを見たそうな。

 あと、神社で同じようなものを見てる巫女さん(腹痛)もいたそうな。



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番外編 その2 フランちゃん、○○を買う。

幻想郷で常識に囚われるとは何事であるか


 歯切れの良い。

 そんな声と、それを支える音楽が空気を揺らしていた。

 場所は紅魔館地下。

 泣く子も黙るかもしれないフランドール・スカーレットの自室である。

 音は、黒い箱から出ていた。

 部屋の主たるフランは、そこから出る指令通りに体を動かしていた。

 リズミカルである。

 黒い箱にあるガラス窓ような所から光が点灯しており、それが模様を描き、人間や空間を形作っていた。白い空間で妙な服を着た人間が「いっちにいっちに」などと声を出しながら体を動かしていた。

 なんでもこれは『テレビジョン』とかいう物で、遠くの景色の霊を映しだすことが出来る。人間の姿が映っていた物は例が宿りやすく、霊気入れとして役に立っているとのことだ。(求聞史記より)

 これは『一体型』とかいうやつで、画面の下についた穴にある暖簾(のれん)のようなフタを開けると、中に黒い長方形の箱があるのが見えた。『VHS』とかいうものらしい。日本語で『今日からあなたもスリムに。簡単エクササイズ集』と書かれてある。画面にも『パート6 二人で行うエクササイズ』と、読めるように光が点灯していた。

 何故これがフランの自室にあるか、それは少し前の日の事。

 

 

 

 例の如くフランは暇だったので、なんとなく某神社に遊びに行った。

 お日柄は悪く、日傘を持っての飛行になった。日焼けしそうだった。

 やがて神社の姿が見えると、すごい気だるげに掃除をしているというかホウキを左右に動かしているだけにも見える巫女が見えてきた。

 傍に降りると、おみくじの小吉を引いたときのような微妙な表情で

 

「……あんたか」

 

 と、言われた。

 なんかいつもと感じが違うと思ったフランは、普通に聞くことにした。

 

「どったの」

 

 疑問の返事はなく、「んー」といういかにも考えてます的な声だけが巫女さんから発せられていた。

 突如、

 

「――っは」

 

 巫女さんは何か思いついたような顔すると、急に歓迎の意思を示した。

 

「いやなんでもないのよ。それにしてもよく来たわね。お茶出すから、ゆっくりしていくといいわ」

 

 通常あり得ない霊夢の歓待だった。

 

(あ、これ絶対なにかある)

 

 フランは気が引けながらも中へ入った。

 案内された先には、普通の魔法使いと白と緑の巫女服を着た少女がちゃぶ台を挟んで座っていた。

 なんか疲れた様子の魔理沙に対して、テンションが高い様子の白緑の巫女。

 目が合うと、ぱちりと、まばたき。

 目ざとい魔理沙が立ち上がりフランに近づくと、肩に手をやり「後は任せたぜ」といって部屋を去っていった。

 

「――え?」

 

 振り返ると、赤白の巫女も消えていた。扉の閉じられた音が響いた。

 視線を戻し、一気に怪しさ満点になった緑の巫女を見ると、なんか目が輝いているのが分かった。

 

「えっと、初めまして?」

 

 なんか目が合わせれなかったので、視線だけをその周辺に向けた。

 勢いよく立ち上がる音がした。

 畳、机ともに大きな音を立てた。

 フランは思わず身を引いた。

 

「初めまして!!」

 

 大きな挨拶ともに、手を掴まれた。

 いや、ぎっしり握られた。

 顔が近い。

 

「私、東風谷早苗といいます!! よろしくお願いします! 私はこの通り、巫女をしています。といっても、ここじゃなくてですね、山の方にある神社っていうか、あ、山っていうのは妖怪の山で、あっ巫女っていっても私も実は神さまだったりしなくはないんですけど、っとそうじゃないですよね、あなたの名前を教えてもらってもいいでしょうか? 羽とかありますし、人間じゃないんですよね? あ、もしかして妖精さんとか? どうですあたってたりしますか? あとうちにも来たりしませんか? もちろん歓迎いたしますよ? そうそう、最近――」

 

 フランは理解した。

 出ていった二人が間違いなく裏切ったことを。

 いや、裏切ったというか初めから敵だったのだと。

 自分は生贄のようなものだったと。供物なのだと。

 

「ねぇ――」

 

 フランは笑みを浮かべた。有無を言わせないような威圧感もそえて。

 

「はい、なんでしょう?」

 

 にっこにこの緑の巫女、早苗に伝わった様子はなかった。

 フランは笑みを濃くした。

 

(どうしよ)

 

 フランは何も言わずに部屋を出た。

 当然のように、付いてくる気配を背で感じながら、例の敵二名を探した。

 敵は縁側にいた。

 

「やぁ――」

 

 手を上げて挨拶をした。

 

「元気そうだね(ぶっとばすぞ)」

 

 敵二名は何事もなかったように、挨拶を返した。

 

「いや最近体調が悪いのよねぇ……」

 

 霊夢は魔理沙を見た。

 

「逃げるなよ」

「逃げれないから言ってんのよ。ここどこだと思ってんの」

「有名な妖怪神社だろ」

「ああん?」

「お、やるか?」

 

 ふところからスペルカードを取り出す魔理沙。

 これ幸いと霊夢もそれに応えようとした。

 

「せい!」

 

 フランは右手をぎゅっとした。

 

 ――爆発音。

 神社の境内に小さなクレーターが出来た。

 

「そういえば負けたままだったし、私も参加しようかな?」

 

 霊夢は即座に倍増するであろうクレーターを直すまでの労力を考えた。

 

「――やっぱのんびりが一番よね? ね、魔理沙?」

「おう、そうだな……」

 

 魔理沙は気づいた。ここ自分の家じゃない。

 

「――ということで、私はここで帰るとするかな」

「え?」

「そんじゃ、またな」

 

 魔理沙はホウキにまたがり、飛び去ろうとした。

 

「いやいやいやいやいや――」

 

 霊夢が魔理沙の服を掴んだ。

 

「なんだよ、はなっ」

 

 魔理沙は固まった。

 霊夢の必死の表情を見てしまった。

 しかし魔理沙は意思を曲げなかった。

 

「いや、私は、このあと、香霖の所に……」

 

 悪手だった。

 

「こーりん?」

 

 と、フランの声。

 

「ああ、霖之助さんのところですね! 私も行こうかな――」

 

 と、早苗の声。

 今の今まで悲壮な表情をしていた霊夢の顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

「じゃ、魔理沙。三人でいってらっしゃい」

 

 ナチュラルにフランも混ぜられていた。

 身軽に逃げるつもりが、マスパ級を二つ背負わされになって魔理沙は焦りに焦った。

 

「あ、いや、その――」

 

 霊夢は完全に勝ち誇っていた。

 

「強く生きるのよ」

 

 魔理沙は転んでもただでは起きない。いや、転ぶくらいなら平気で誰かの背中を使う人間だった。

 

「そういえばなんかお腹痛いかもしれんわ。さっき飲んだ味の薄いお茶みたいなやつのせいかもしれん。場所は早苗が知ってるから、二人でいけるよな?」

 

 お腹をさすりだす魔理沙。そして混ぜられたままのフラン。

 

「――ってことで、二人で行ってきてくれ。あ、勝手に店の物取っちゃ駄目だぜ?」

 

 悪いなこーりん。そんな思いで最後に言葉を一つ付け足した。だが、おそらく誰にも伝わることのない言葉であろう。

 

「そうですか、それは残念です。仕方ないですね、では二人で行きましょうか!」

 

 早苗はフランの手をぎゅっ! と握った。

 

「あ、そういえばお名前は?」

「……アリス・マーガレット、みたいな感じ」

 

 変な抵抗したフラン。ちょっと性格が悪かった。

 

「あ、そうなんですか? アリスさんの親戚かなにかで?」

「うん、そんな感じ」

「へぇ~。それじゃ、行きましょうか!」

 

 しかしまったく影響がなかった。

 早苗さん。ちょっとテンションが高くてお喋りなだけで、悪い子ではない。悪い子ではない。

 

 人里から魔法の森方面に向かうと見えてくる奇妙な建物が香林堂だ。店の入り口にはたぬきの大きな置物がお出迎えしている。ちなみにたぬきの置物には「他(タ)の者より抜き(ヌキ)に出る」という意味合いがあって、商売繁盛に縁起が良いとされているらしい。

 縁起というものは幻想郷においても人々中に根付いている考え方である。例えば、見れば幸運が持たされるというウサギがいる。迷いの竹林に生息しているらしい因幡てゐとかいう妖怪兎である。実際に発見したという人間にどんな幸運が訪れたかを問うと、もう見ただけで幸運じゃないかと言うので、実際のところどうかは正直眉唾ものである。

 という話はここまでしておいて、早苗+αは香霖堂に入った。

 

「ごめんくださいーい」

 

 扉を開けると、扉の上部に付いた鈴のようなものがからんころんと鳴った。

 来客の知らせの効果があるが、その音が響き渡った店内からは何の音もしなかった。

 

「霖之助さーん?」

 

 早苗の声。

 フランはきょろきょろ見渡したのち、ずかずかと店内へ入っていった。

 店内はかろうじて並べてあるといえる程度の物置のような状態だった。タヌキの置物が泣きたくなるような商売っ気のなさである。

 見渡している内に、簡素な台の上にあった物に目が留まった。

 

(これ、防犯ブザーじゃん)

 

 手に取ると、下の紐を引っ張った。

 何も起きなかった。

 

(ん? あぁ、そうか)

 

 紐を元に戻すと、今度は電気に変換させた魔力を込め、紐を引っ張った。実はけっこう凄いことだったりする。

 それはさておき、店内に、びりびりと、もの凄い電子音が鳴り響いた。

 

(うるさっ)

 

 あまりにもうるさかったので、すぐに戻した。

 

「あ、それ防犯ブザーじゃないですか! うわぁ~懐かしぃ~」

 

 寄ってきた早苗は、フランの手からナチュラルにブザーを取ると、懐かし気に目の前にかざした。

 眺めていると、背の高い男が近寄ってきた。

 

「おや? それは……」

 

 早苗さんは見せびらかすように、男の目の前に防犯ブザーをつきだした。

 

「ふっふっふ~ん。これはですねぇ、防犯ブザーですよ! 前に使い方が分からないっていってたから私が使い方教えてあげたやつですよ!」

「あぁ、あの時のか。結局何も起こらなかったやつだね」

「ところがどっこい! とぉりゃぁ!」

 

 早苗はカッコつけながら勢いよく紐を引っ張った。

 そして音に備えて顔をそむけたが、

 

「……あれ?」

 

 何も起こらなかった。

 おそるおそる顔の前に近づけたのち、指先でちょんちょんとつついた。

 ぶらんぶらんと揺れるだけだった。

 

「どうして……?」

 

 早苗はフランの方を見た。

 フランは顔をそらした。気持ちは先ほどブザー音に備えた早苗と似ている。やってくるであろう音に備えている。

 

「……さっき、これ、鳴ってましたよね?」

「そーだっけ?」

「そうですよ」

「んー?」

 

 首を右に左に傾げて見せた。一番被害の無い方法を模索している。

 

「たまたま、じゃないかな?」

 

 話をそらそうとした。

 

「そうそう、これ面白いよね」

 

 そう言ってフランは、近くにあったものを適当に手を取った。

 

 

 

 

 

「それはそうと、ここにあるのって売り物なの?」

「まぁ、一応ね」

「一応?」

「一応」

 

 フランはじーっと霖之助を見た。

 そして思い出した。

 

(あぁ、そういえば……)

 

 その時、ふと目に入った物があった。その名を『パーソナルコンピュター』

 即座に手に入れるための算段を始めた。

 下手な事を言えば非売品化してしまう。

 ということで、とりあえず確実な方法を模索することにした。

 

「あれも売り物なの?」

 

 フランが指さした先には黒色のブラウン管のテレビがあった。

 

「ああ、『テレビジョン』だね。それは売り物だね。予備もあるし」

「じゃあ一個売って」

「いいのかい? それは――」

 

 霖之助はテレビジョンの説明をした。

 フランは何も口をはさまずにただ黙って聞いていた。にこにこと笑顔を顔に張り付けているが、内心では早苗が余計なことを言いにこないか警戒している。その早苗は『たまごっち』なるものに執心中だった。当然電源は入らない。

 中々終わりそうにない説明に早苗と同じようなものを感じ始め、フランは話を中断させようと口を開いた。

 

「――で、いくら?」

「んーそうだねぇ……」

 

 …………。

 

 

 

 交渉は上手くいった。

 

「それじゃこれはもう私のものだね?」

 

 フランは念を押した。

 そしてにやりと笑い、

 

「ごめん、それちょっと貸して」

 

 と、早苗に手を伸ばした。

 早苗は防犯ブザーのことだと気づき、しれっとポケットに確保していたブザーを取り出し、フランに渡した。一応、ちゃんと後でお金を払うつもりだった。

 フランは受け取ると、

 

「えいっ」

 

 ブザーを鳴らした。

 すぐに紐を元に戻し、音を止めると早苗に返した。

 驚いた様子の二人を見て気をよくした。

 

「実はこれ、ただのテレビジョンじゃないんだよね」

「え?」

 

 フランはテレビに上手いこと電流を流し、電源ボタンを押した。

 画面には霖之助と早苗が映っていた。それも斜め上から見下ろしたような構図で。

 

「――ほんじゃね」

 

 画面から推測した視点の方向を見る二人。

 何もない、と天井の隅を見て思った二人が振り返った時にはフランとテレビジョンは無かった。

 

 

 

 

 そんなわけで持ち帰ったテレビジョンに入っていたストレッチのビデオを再生しているフランである。ストレッチを終えると、一緒に体を動かしていた終始笑顔だった者に手を振った。その者は手を振り返し、笑顔のまま部屋を出ていった。

 フランはぐぐっと背伸びをして、体の軽さを確かめると、一冊の本を開いた。

 そして書き込んだ。

 

『さとり様へ。引きこもりで鈍った体をほぐすことが出来るいいものが手に入りました。今度持って行きます。ぜひ、お試しください。多分、良いことがあると思います』

 

 

 

 その書き込みを見たピンク髪の妖怪は呟いた。

 

「え、……持って行く?」




ということで続きを書くとおもうので、完結済みを一時外しておきます。


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番外編 地2 困った時は物理で?

「地底に行きたい」

 

 と、フランが言い出すまでに時間はそうかからなかった。

 とはいえ行く手段を知らないフランは、とりあえずパチュリーのところまで行って聞きに行くことにした。パチュリーは二つ返事で協力を申し出た。知識欲が刺激された結果である。ということでその算段を企てていた魔女二名だったが、横やりが入った。正確には拳骨が降ってきた。

 

「あでっ」

 

 突如襲った後頭部の痛みにフランは頭を抱えた。

 視線を後ろにやると、スキマと腕が見えた。

 犯人は考えるまでもなかった。

 

「悪いけど、地底は駄目ですわ」

 

 今度は前から姿を現した紫がそう言った。

 フランは頭を抱えながら、それはそれは痛そうに顔をしかめていた。本当は対して痛くない。つまるところの抗議である。それからちょっとの間、「あー」だの「うー」だの言っていたが、反応がないのでちらっと顔を確認してみると、とても効果があったようには思えないものが目に映った。

 フランは顔を上げた。ふてくされた表情で再アピール中である。

 

「……なんで? 別にいいじゃん」

 

 その疑問に対する答えは横から発せられた。

 

「協定、ね」

 

 博識な魔女はちゃんと知っていた。

 

「協定?」

「そういうのがあるのよ」

 

 フランは首を傾げた。あったっけ? といった感じである。もうほんと完全に忘れていた。

 

「そう、地上の妖怪は地下へは行けない決まりになっているのです」

 

 事務的に書類を読み上げるように言う紫。

 

「ほんじゃどうしたらいいの?」

「諦めて下さいな」

「えー?」

「えー? じゃ、ありません。大体なんで地底なんかに行きたいのよ。用なんてないでしょうに」

「さとり様に会おうかと思って」

「あぁ……」

 

 紫は合点がいった。自分の撒いた種だった。

 しかし、決まりは決まりである。曲げるわけにはいかない。

 

「それでも駄目ですわ。混乱が起きてしまうかもしれない。そういう約束を結んでいるからこそ、地上は地上で平和を保っていられるのよ」

 

 不服そうなフラン。

 

「ゆかりんは知らない? 約束、決まり、これら全て破るために存在するんだよ」

「決まりがあるということは守るためにあるのです。そこに境界がある。つまり、破ってもいいものなら、そもそもそこに決まりは存在しないのです」

「ぶーぶー」

「分かりやすくぶすくれても駄目よ」

 

 フランはちらっとパチュリーを見た。援護を求めている。

 パチュリーは読んでいた本を閉じた。交渉するのが面倒だったので、フランに丸投げしていたのである。だが、どうにも不利っぽいことを感じて本から視線を外したところでちょうどフランからのSOS信号に気づいた。

 

「……間欠泉」

 

 パチュリーは、ぼそっとそう呟いた。

 

「溢れ出る霊や妖怪――」

 

 パチュリーの王手。

 

「これは向こうからその約束とやらを破った証拠ではないかしら? それならその調査ということでこちらから人を送っても問題ないはず」

 

 さすがは動かない図書館だった。一応情報は仕入れていた。肝心な時には使えずに当主や侍女長から陰口を叩かれる時があるが。

 しかし、頭脳明晰なゆかりちゃんはちゃんと考えてあった。

 

「残念ですが、その為の人員はこちらで用意しておりますので」

 

 嘘だった。

 交渉中だった。

 その対象である霊夢は悩んでいた。温泉水と共に吹き出す妖怪は鬱陶しいが、このまま温泉を楽しむのも悪くない。そもそも出てくる妖怪弱すぎて問題ないし、と。

 そんな感じでやる気のない霊夢により、紫が予備の人員を考えていることは事実だった。しかし、妖怪では困る。できれば人間……。

 その時、派手な音が鳴った。

 

「おーっす! いつもの如く、借りに来たぜ!」

 

 ねずみがやってきた。

 ねずみは妙な三人を見た。

 正確には見られているのを見た。

 なんか分からんがやばい。そう思ったねずみは逃亡を選択した。

 身をひるがしたねずみ、もとい魔理沙だったが、いくらなんでも相手が悪かった。

 本を借りに来た魔理沙は狩られに来たようなものだった。

 無駄な抵抗のすえ、すみやかに捕獲された。

 

「一体何だってんだ。これが客に対する仕打ちかね?」

 

 す巻きになって床に転がっている魔理沙は、偉そうに権利を主張した。

 

「んじゃ、これ使って地底探索させるから、さとり様と会わせて?」

「前後が繋がっていませんわ」

「いーじゃん」

「駄目よ」

 

 紫は気になった。

 

「そもそも会ってどうするの? あまり好かれる相手でもないですのに」

「すとれっち」

「は?」

「すとれっち」

 

 紫は頭を抱えた。なんか色々面倒になってきた。この後、霊夢を説得もとい無理矢理行かせる(くだり)が残っているのである。そのサポートもある。

 

「とにかく駄目です。どうしてもと言うのなら、何かそれだけの理由を持ってきてください」

 

 紫は頭を抱えながらスキマの中に入っていった。

 

「ちぇー」

 

 フランはぼやいた。

 だが、諦めたわけでもなかった。

 

「で、私はいつまでこのままなんだ?」

 

 魔理沙まだす巻き状態にあったが、パチュリーはすでに読書を再開していて、フランはどこかへ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 真昼の陽気の中、花に囲まれた簡素な家で二人、お茶している者がいた。

 

「で、どうしたらいいと思う?」

 

 事のあらましを語ったあと、そう聞いた。

 聞かされた相手はまったく意味が分からないといった様子で首を傾げた。

 

「普通に行けばいいじゃない」

「いや、だからゆかりんがさ――」

 

 言葉を重ねるも、相手はますます分からないといった様子になった。

 

「行き方が分からないってこと? 簡単じゃない。地面を殴ればいいのよ」

「いやそんなの出来るの幽香くらいだから」

「あら、そう? じゃあ、下に向かって適当に衝撃波でも放つ? それならフランちゃんにも出来るんじゃない?」

「いやなんていうかそうじゃなくて、ゆかりんが決まり事がどうとかって言うのが――」

「決まり事?」

 

 内容ではなく、その存在の意義が分からないといった感じである。

 

「あ、分かったわ。そのぐだぐだ言うのが邪魔に思うなら――」

「違う違う。消すとかそういうんじゃなくて、納得させたいの」

「どうして?」

「どうしてってそりゃ……」

 

 言葉に詰まった。

 自由人幽香様に何を言っても無駄な気がしたからだ。

 幽香様は口を開いた。

 

「じゃあ――」

 

 フランはもう嫌な予感しかしなかった。

 

「神社に行きましょうか」

「え?」

 

 意味が分からなかった。

 

「あいつの弱点を使えばいいのよ」

 

 フランは全身から震撼した。このお花の妖怪が弱点という概念を持っていたことに。

 赤く光ってる部分が弱点だよって言われたら「分かったわ」と言いながら、適当に殴りやすそうなところを殴って一撃で決めそうな四季のフラワーマスターさんがそのようなことを言うとは、フランはとてもすっごいいっぱい驚いた。

 そんな過剰な驚きは置いておいて、とりあえず神社に行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 某妖怪神社。

 本殿の右奥の方から、もくもくと湯気が立っていた。間欠泉により湧き出た温泉である。

 階段を上り、鳥居をくぐってきた参拝客が見える賽銭箱の横の位置でいつものようにお茶をすすっていた巫女が二人を出迎えた。

 

「あら、変なのが二人。ま、いらっしゃい」

 

 普通の霊夢ではありえないことだった。頭を打ってどっかおかしくなったとしても皮肉の一つくらいは言いそうな霊夢が素直に歓迎の意思を示したのである。霊夢的には『変なのが二人』は皮肉の内に入らない。

 

「機嫌よさそうね」

 

 幽香の問いかけに霊夢は頬をほころばせた。

 

「まぁね。で、あんたらもアレが目当てなんでしょ?」

 

 霊夢は親指を立てた拳を後ろへやった。建物の斜め奥を指している。

 

「今は紫と萃香が入ってるけど、気にしなくていいわ。いないようなもんだから。あと撮影とか言ってるバ鴉もいるけどそれも気にしなくていいから」

 

 言い終わると、おもむろに横に置いてあった小さな木箱を持って、二人に見せた。

 

「じゃ、はい。入浴料はここよ」

「あ、そゆこと」

 

 フランは霊夢の機嫌が良いわけを知った。

 

「時々妖怪とか出てくるけど、その時は言ってくれれば退治するから――、ってあんた達には関係なかったわね」

 

 そんじょそこらの妖怪が出てきたところで問題がないどころか、出てきた妖怪の身が危ない。

 

「いや温泉に入りに来たんじゃないんだけど」

「え?」

「地底に行く話なんだよね」

「えぇ?」

 

 あきらかにテンションが落ちた霊夢。

 

「……なんだ客じゃないの」

 

 肩落とし、心底残念そうにため息をした。

 

「で、地底に行きたいんだけど、ゆかりんに止められたからどうしようかなって」

「――ん? あんたら地底に行きたいの?」

「いや、行きたいの私だけ」

「あ、そう。行って来ればいいじゃない。私行かなくて済むし」

 

 ただの邪魔者ではなさそうであると、霊夢は少しテンションが戻った。

 しかし、変なのの横に付随している変なのが気になった。

 半目で睨みながら聞いた。

 

「じゃああんたは何しにきたわけ?」

「んー。そうねぇ……」

 

 幽香は考えるそぶりをした。今理由を考えていますといった様子があきらかだった。

 フランはどこか達観したような目でそれを見ていた。

 

「どうしようかしら」

 

 霊夢のこめかみに青筋が現れてきた。

 そこに救世主? がやってきた。

 

「はぁ~。良い湯だった。れいむ~? 行く決心は出来た~?」

 

 湯上りでご機嫌な紫がやってきたのである。肌が上気して、頬がほんのり桃色になっている。みずみずしく滑らかな肌からは、ゆらゆらと白く柔らかに湯気が立っていた。浴衣姿の紫はぱたぱたと扇で風を送り、体の熱を逃がそうとしていた。

 そんな中、

 

「あら」

「げ」

 

 お花ちゃんと目が合った。

 湯浴みでのぬくもりが全て吹き飛んだ。

 

「……こんなところで日向ぼっこかしら?」

「フランちゃんに地底に行くにはどうしたらいい? って相談されたから、じめじめとしたところに行く前に、お日様をいっぱい浴びたらいいんじゃないかしらって思ったのよ」

「天気が良すぎて能天気なやつが見られるなんて。『天気がいい』というのは良いことばかりじゃないのかしら?」

 

 紫はフランをねめつけた。

 フランはふいっと首を逸らした。

 幽香は構わず話を続ける。

 

「あの間欠泉、地底に繋がってるのなら答えは簡単よね」

 

 あそこを掘れ(殴る)ばいいよね? ということである。

 間違いなく神社がぶっ壊れる案件だった。

 紫は色々と悟った。

 

「……フランちゃん? 絶っっっっっ対に暴れたりしないなら行ってもいいかなー? って思うんだけどどうかしら?」

「え、ほんと?」

「えぇ。ひ・と・り、でね」

「えー、魔理沙に付いて行こうかなって思ってたのに」

「あ、それなら構わないわ」

「よっしゃ」

 

 目的が達成された。

 

「良かったわね。それじゃ私は温泉でも楽しもうかしら」

 

 幽香はフランに笑いかけた。元々幽香に地底に行く気はない。

 

「うん、ありがとね」

 

(わりとノリで相談してみたけどまさか上手くいくとは思わなかった)

 

 フランは感謝の裏にそんなことを思った。

 

「じゃ、早速準備してるパチュリーの手伝いしに行くから」

 

 フランは妖怪神社を去った。

 少しあと、河童のところにカメラの修理に訪れた鴉がいたそうな。



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番外編 地3 出たなぁ体操服ぅ

「ということでー、地底へ向けてれっつらごー」

 

 地底へと繋がっているらしい洞窟の前。フランは手を上げて、そう宣言した。掲げた腕を左右に小さく振っている。

 隣にいる魔理沙は、ちらりとフランの方を見ると前に視線を戻した。

 

「あれ? やる気ないの?」

 

 無理矢理連れてこられた魔理沙にやる気があるはずもない。同行者のフランは姿を隠すようにローブを羽織っていて、その姿は盗賊にも見えた。『他人の持ち物を勝手に持っていくなんてふざけた奴だ』と、某新聞記者に豪語したこともある魔理沙にとっては気分の良い恰好ではない。

 

「こいつと一緒か……。まったく、やれやれだな」

 

 魔理沙は両手を広げてポーズまで作った。これみよがしに不満を吐き出している。

 実は結構沸点が低いフランは、会話を楽しんでいる様子で返した。

 

「え? 別にお姉さまの気が済むまで雑用コースでも良かったけど?」

「ま、それよりかは幾分マシだがな。もしかしたら何か役に立つことがあることもないこもないかもしれないしな」

「――そんじゃ、文句ばかり言ってないでさっさと行こ」

「へいへい」

 

 二人は洞窟の中へと入っていった。

 洞窟の中は当然暗かったが、二人は魔法使いである。明かりを点けることなど造作ではない。点けたところで見えるのは冷たい岩肌と、暗闇と言う名の行き先くらいだったが。

 洞窟内は、地底へと繋がっている為か風の音が響いていた。空を飛んでいる二人は風の音を強く感じた。

 

「洞窟の中なのに風が凄いぜ」

 

 魔理沙がそうぼやくと、別の音がした。肩の付近に浮いている玉が点滅している。

 

『……それは地中に大きな空間が存在する証拠』

 

「……耳鳴りが聞こえるな」

 

『……聞こえるかしら? 私の声』

 

「何だ? 何処から聞こえてくるんだ?」

 

『貴方の周りにいるソレから……』

 

 玉の正体は陰陽玉である。魔理沙はそれをちらりと見ると、無視をした。というより、さっきから気づいていたけど気づいていないふりをしていた。声は明らかにパチュリーのものである。

 

「おや、人間とは珍しい」

 

 魔理沙たちの前から、少女が逆さのまま垂れ下がりながら出てきた。ゆったりとした赤茶の服に、ポニーテールのような金色の髪をしていた。

 つまらなさそうな地底探索にも意味が見い出せそうだと、魔理沙は笑みを浮かべた。

 

「やっぱり地底のお祭りが目当てなの? そんな顔しているし」

 

 陰陽玉からはぴかぴか光った。

 

『気を付けて。地底の妖怪は私達とは異なるから』

 

「何だ? 見た目は同じだけど……」

 

 魔理沙はフランの方を見たが、そのフランは視線を逸らした。心の内は、『いいからさっさとやれ』である。

 目の前の相手は、そんなフランの心の内を代弁してくれた。

 

「行くんだったら行く、帰るんだったら帰る。はっきりしてくれないと私も手出しし難いよ」

 

『地底の妖怪は、体に悪い』

 

「食べないぜ。こんな奴」

 

 そもそも体に良い妖怪の存在が怪しいところである。

 

「食べなくても体に悪い。どれ、久しぶりに人間を病で苦しめるとしようかな」

 

 馬鹿にされた感触を受けて、それを挑発と受け取った相手が戦闘態勢に入った。クモの糸のように弾幕を張り巡らせ、相手を待ち構える。

 フランは魔理沙にエールを送った。自分が出るつもりは毛ほどもない。

 

「――んじゃ魔理沙、頑張って」

「私がかよ。お前がちゃちゃっとやってもいいだろ」

「あれだよ、あれ。修行とかそういうの」

「そういうのってなんだよ。……まぁ、いいか」

 

 修行というキーワードは、魔理沙にとってそれなりに効果があった。実際、知らない相手とやるのは中々に効果が高い。

 ということで腹を決めた魔理沙は、弾幕を放った。先手必勝である。

 それに応えるようにして、張り巡らされたクモの糸が魔理沙に向かってきたが、魔理沙はそれらを素早くくぐり抜け、相手に向かって弾幕を放ち続けた。

 終わりまでそう時間はかからなかった。

 

「……むぅ、中々やるじゃないか」

 

 相手は降参の意を示した。なんかぷすぷすと紫色の煙がでている。

 

「ほんとだ、体に悪そうだな」

 

『地底には忌み嫌われた妖怪ばかり。心してかかりなさい』

 

「それで自分で行かないで私に行かせたのか? ずるい奴だな」

 

 元々は勝手に図書館の本を盗みに、もとい借りに来たのが原因である。

 しかし、図星でもあるためパチュリーからの返事はなかった。

 もうしばらく進むと、洞窟の終わりが見えてきた。

 

「地底の妖怪は体に悪いって、地底そのものが体に悪そうだが」

 

『さっきの妖怪の事を調べたわ。さっきのは土蜘蛛。人間を病に冒す困った妖怪』

 

「病気たぁ勘弁だな。で、妖怪の弱点とかも判るのか?」

 

 知識欲が満たされると気分が良くなるのは魔法使い共通の性である。さらに知りたくなるのもまた。

 話していると洞窟の終わりにたどり着いた。

 洞窟を抜けた先には、赤い橋があった。そこに何者かが立っていた。

 

「もしかして人間? 人間が地底の調査に来たって言うの? 何か後ろにもよく分からないのもいるけど」

 

 ペルシア人のような古典的な服装、髪の色は金色だった。緑色の目が魔理沙たちを睨んでいた。

 

「ああそうだ。きっとそうに違いない」

 

 とりあえず軽口で返す魔理沙。しかし表情はそれなりに真剣で、相手を窺っている。

 

「悪い事は言わないわ。ここで大人しく帰った方が良い」

「帰る気はさらさらないな。で、こいつの特徴はなんだ? 能力とか弱点とか」

 

 やる気になっている魔理沙はパチュリーに情報を求めた。

 

『そんなにすぐには判らないわよ』

 

 データベース『パチュリー』の情報は膨大であるが、必要な時に必要な情報が出てくることはあまりない。

 当然今回も間に合わなかった。

 

「折角忠告したのに……本当に人間は愚かね」

 

『けしかけたのは貴方だから、自分で何とかしなさいよ』

 

「しょうがないな。じゃ、倒している間に倒し方を調べてくれ」

 

 フランの事を忘れている魔理沙であるが、もうすでにこの場にフランはいなかった。洞窟からの一本道を抜け、それまでの障害は魔理沙に擦り付けたので、もう用済みとばかりにこの場から抜け出していたのである。

 

「さて、まず地霊殿を探さなきゃ」

 

 広い地底でやみくもに探すのは悪手である。フランはその辺の住民に聞くことにした。

 橋の先は町が広がっていて、結構賑わいっていた。

 その賑わいの中へ入っていくフラン。

 地底の妖怪といっても外見は地上の妖怪とさほど変わらなかった。無論、その姿はバラバラで画一的ではないが、そんなのはどの種族でも同じことである。

 フランはしばらく進むと、それなりに人っぽい感じの妖怪に目を付けた。

 その妖怪の裏に回ると、

 

「もし、そこのお方」

 

 と言って、袖を少し引いた。

 

「ん?」

 

 目が合った。

 

「地霊殿へ行きたいのですが、どのように行ったらいいか教えてくれませんか?」

 

 口元を隠し、フランはそう言った。よく分からない何かになりきっている。結構下手い。

 

「地霊殿なら……」

 

 その妖怪が腕を伸ばしその方向を指そうとすると、

 

「――待ちな」

 

 邪魔が入った。

 

「あ、姐さん!」

「悪いけど、ここは私に任せといてくれないかい?」

「どうぞどうぞ」

 

 フランが声をかけた妖怪は去っていった。嫌な予感しかしなかった。

 

「さて見かけない姿、……つっても隠してるようだけど、どっちみちここの住民じゃないんだろう?」

 

 赤く大きな角に金色の長い髪、両手両足には鎖。その容貌はどっからどう見ても鬼だった。当然、フランには覚えがあった。

 

「出たなぁ体操服ぅ」

 

 尖らせた口を歪めたそう言った。また何かになりきってる。今回はそれなりに似合ってる。性格がマッチしたのであろう。

 それはさておき、フランにはこの後がすんなりいかないであろうことが分かった。

 

「――んで、地霊殿はどっち?」

 

 駄目元で聞いた。上手くいけばでかい。方角さえ知れれば、最悪その方向に逃げればいい話である。

 

「言うと思うかい? 顔もロクに見せないやつに」

「ケチ」

 

 フランが小さく文句を言うと、それが聞こえたのか鬼は不敵な笑みを浮かべた。そして拳を作り、フランに突き付けた。もう片手には大きな盃を持っている。

 

「地底の流儀ってやつを教えてやるよ。私は星熊勇儀、見ての通り鬼だ。それでお前は何だ?」

「私は正義の魔法使いマジカルフランちゃん」

 

 鬼は嘘を嫌う。そんなことは重々承知しているフランであるが、そんな相手だからこそ嘘をつかずにはいられない。くしゃみの数より嘘を吐いているかもしれないフランである。嘘をついたら怒りそうな相手に嘘をつかないなんて無理も無理である。

 

「そうかい、そのつもりなら私もやりやすい。さて、やろうか」

「げぇ、やっぱこうなった」

「来ないならこっちからいこうか?」

「いやいや、待った待った。あれなの、私、暴れたりしないでねって言われてるの」

「そうかい、それは災難だったねぇ。謝る文言を考える暇もないなんてね!」

 

 急激に強まった気に、フランは一気に距離を取った。空まで逃げ、さらに離れようとした。

 地面が揺れる。

 重く響き渡る音の後、空まで飛んで逃げたフランの目の前に勇儀が現れた。

 

「っな」

 

 目の端で地面のクレーターを見つけた。踏み込みでここまで来たことを知った。

 

「そりゃぁ!」

 

 唸り上げながらフランに鬼の右腕が襲ってきた。

 防御という行為が無駄であることを容易く感じ取らされる程の圧力。フランは羽織っている灰色のローブを掴むと、叩きつけるように腕を下ろした。

 闘牛士の要領で上手いこといなし、鬼の右腕はローブにのまれた。

 

「へぇ、やるじゃないか」

 

 姿があらわになったフランを楽しそうに睨みながら言う勇儀。

 ただ殴るだけで山を砕くかのような破壊力が生じる鬼の力。フランは冷静に鬼ってせこい種族だなぁとか考えていた。自分は棚に上げているのは癖である。

 

「いいねぇ、強そうなやつを見ると嬉しくなる。うまい酒に出会えた時の同じくらいにね!」

 

 勇儀は身体をひねり、拳に力を込めた。空を踏みつけ、素早く駆け寄る。

 さなか、フランは思い出した。

 勇儀の持つ盃の意味を。その効果ではなく、勇儀が持たせている意味を。

 フランの勝利目標が決定した。

 フランは迫り来る拳に対して、後ろへ飛び距離を取った。

 勇儀はもう一度空を踏みつけ、駆け寄る。勇儀が空を踏みつける度に、耳慣れない重い音が響き渡る。

 フランは魔力を練り上げ、煙幕代わりに赤い霧を作った。

 一気に視界が悪くなった。

 勇儀はフランの姿を見失い、くり出した拳は空振った。

 勇儀はもう一度右腕を振りかぶった。今度は大きい。

 

「小手先の技じゃ私は止められないよ!」

 

 拳が振るわれると、風圧で赤い霧が吹き飛ばされた。

 

「わーお、さすが。――じゃあ私も本気だそうかな?」

 

 霧が晴れて姿が現れたフランは笑顔でそう言った。純粋な笑みである。間違いなく純粋である。

 フランは手を開き、前へ突き出した。

 

「そうこなくっちゃね! そんじゃ、いくよ!」

 

 勇儀が空を踏みつけフランに駆け寄り、拳を放った。

 ごう、と音を立てながら迫る拳に合わせて、フランは開いた右手を出した。

 力を誇る鬼の中でも怪力と称される勇儀に対して、肉体を使って受け止めようなど無謀でしかない試みであったが、それでもフランは実行した。

 

「死んでも――」

 

 知らない、その意思がこもった拳がフランに近づく。

 両者の手が接触した。

 拮抗することもなく勇儀の拳はフランの腕を潰し、そのまま肉体まで届いた。フランの肉体は鬼の圧力に抗うこともなく破裂するように散った。

 

「……惜しいことをしたか?」

 

 赤く濡れた右腕を見て、勇儀はそう呟いた。

 その時、勇儀の背後には、先ほど拳圧によって吹き飛ばされた赤い霧が確かな流動性を持って迫っていた。

 ピチャリ。

 音がした。

 勇儀は目の端でその出どころを捉えた。

 盃。

 盃の酒が指で弾かれていた。

 

「っな――」

 

 首を曲げると、そこには無傷のフランがにんまり浮かんでいた。

 

「あららーお酒こぼれちゃったねー」

 

 と、にまにましながら言い放った。

 勇儀は冷静に状況を整理しようと試みた。

 

「……私が殴ったのは?」

「分身」

「じゃあ、あの赤い霧が?」

「そう、それ私」

 

 勇儀は大きくため息をした。

 

「私の負けだ。まさか萃香みたいなことが出来るようなやつがいたなんてなぁ……」

「一度見たことあったからね。ちょっと真似してみた。元から似たようなこと出来たし」

 

 吸血鬼は元から無数の蝙蝠になれる。それに追加して、一度見た萃香の霧に、これまでのあれこれを上手いこと使って萃香の真似をしたのである。

 

「いやこれは本当に惜しいことをしてたみたいだ。……負けを認めたあとに言うのはどうかと思うが、もう一度やらないか? 是非、あんたと本気の力比べをしたい」

「……あー、そうだ」

 

 フランは急に思い出した。仲間がいることを。そう、とっても大切な仲間である。

 

「私の他にもう一人来てるんだけど、私と同じ魔法使いで、実は前に負けたこともある」

「――それは本当かい?」

「うん、ほんとほんと」

 

 嘘はついていない。

 

「でも普通に人間だから気をつけてね。スペルカードルールって知ってる? あれでやってね」

「……なるほど。まぁ、いいか。楽しませて貰ったしね。それと地霊殿はあっちだ」

 

 勇儀はある方向を指した。

 

「わ、ありがと。そんじゃ、よろしくねー」

「ああ」

 

 フランは飛び去った。




地霊殿編終わらなかった……
戦闘するつもりなかったのに

次話でわちゃわちゃして終わるはずです


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番外編 地4 激しくごろごろ

「ふ、フラン……? 何をする気? ――やめて、っやめるのよ!」

 

 尻餅をつき、怯える吸血鬼。

 

「お願い! こっち来ないで!」

 

 手をつき出し、拒絶を示す。

 

「――そんな顔に投げつけるためだけに生まれたようなパイを持って、どうする気!?」

 

 こぼれ落ちた涙が、質の良い赤の絨毯を濡らした。

 

「違うの! 昨日、貴方のケーキを食べたのは私じゃないの! いや本当は私なんだけど! ぁばふぅ!」

 

 

 

 …………。

 

 ……。

 

 。

 

 

 

「っは!」

 

 意識の覚醒。

 

「……なんだかとっても愉快な夢を見てた気がする」

 

 思い出そうとするも、いまいち思い出せない。愉快な感覚だけは覚えている。

 

「――というか、ここどこ?」

 

 腰を起こし、周りを見渡すも、普通の洋室であることくらいしか分からなかった。

 足にかかっていた掛布団をのけると、ベッドから降りた。

 寝かされていたことは分かったが、何故なのかが分からなかった。

 足が床につくと、ふにゃりと妙な感覚が伝わった。

 

(……スリッパ?)

 

 フランは律儀にスリッパに足を入れると、出口に向けてパタパタ歩き出した。

 

(どう見ても普通の部屋だし、危険な感じはしないなぁ)

 

 自分がどこにいるのか分からないという状況に、フランは気づいた。

 

(しまった。ワタシハダレ? くらい言っとくべきだった)

 

 ノリを重要視するフランにとっては、せっかくのチャンスを逃し、痛手であった。

 とはいえへこたれない。転べば転んだことを百倍くらいに活かそうとするのがフランである。

 

(部屋を出てから仕切り直せばいい。今はなんていうか寝起きでぼけてて状況把握まで意識がいってない的な感じということにすれば、……まだチャンスはある!)

 

 急にたかぶってきたフラン。

 扉の取っ手に手をかけると、勢いよく手前に引いた。

 そして、大きな声を出した。

 

「ここはぁ! どこっ――」

「っわぁ」

「ありゃ?」

 

 目の前に、床で激しくごろごろしている少女がいた。すぐ横におぼんと湯呑みが落ちている。熱そう。

 髪の色は薄紫というかピンクというかよく分からない。

 その姿にフランはピンときた。

 手を差し伸べ、いたわりの言葉を口にした。

 

「……大丈夫?」

 

(ぶっふぇっふぇ! ちょーおもしろ!!)

 

「怪我とかない?」

 

(なんというアクロバティックな芸。宴会芸練習中してたのかもしれないし、笑わないようにしなきゃ)

 

 ごろごろしていた少女は、フランの手には触れずに、床に手をついて立ち上がった。

 顔が見えた。

 

(っわ)

 

 すっごい睨まれた。

 

(ま、とりあえず黙っとこ。心を読まれるようなことがなければバレないんだし。まさかさとり様みたいなこと出来るやつとかね。いないからね。そうだ心の内で盛大に笑っとこうかな。まぁ、さとり様でもない限り分からないからね。ぷーくすくすぷー)

 

 さらに睨まれた。

 

「……あなたが誰であるか、聞く必要はないようですね。私が私であることを知っておきながら、わざとそのような心を読ませようとするとは。あなたは間違いなくフランちゃん、そうですね」

「違う違う」

 

(名前の前に『愛する』がないから、やり直し)

 

「……愛するフランちゃんですか?」

「なぜ分かった」

「……いえ、別に」

 

 顔をそらされた。

 ぶすくれた感じなのが分かった。

 体を傾け、覗き込む。

 

「どったの? 体調悪い?」

「はぁ……」

 

 おっきなため息が聞こえた。

 

「もういいです。何となく想像してたことでもありますし」

「苦労性なんだね」

「ええ、本当にそうなんです。なんでなんでしょう」

「知るわけないじゃん」

「……ちょっとトラウマとかありませんか? ちょっとだけでいいんで、想像してみません?」

「ごめんて。冗談だって。からかわないと死んじゃうの。許して」

「本心から言ってるのが逆にびっくりです」

「照れるなぁ」

「……なんでですか」

 

 いまだ廊下にいることに気づいた。

 フランは部屋に戻った。

 

「ま、入りなよ。座って話そ」

「……そうですね」

 

 部屋の主のような口ぶりのフランだった。

 丸テーブルを挟んで座り、対面した二人。

 

「――で、ここってどこなの?」

 

(まぁ、地霊殿だろうけど)

 

「その通りです。ここは『私の』地霊殿の中の一室です」

「そんで、なんで私ここにいたの?」

「それについてはこちらからも聞きたいことがあります」

「うん?」

「まず初めにあなたの質問からお答えします。フランちゃんはこの地霊殿の近くで倒れていました」

「え!? 私、倒れてたの!?」

「はい」

 

(えぇ? 今更そんなヘマするかなぁ……。どんなガチンコファイトすりゃそんなことに)

 

「それでなんですが、倒れていたフランちゃんのすぐ横に、もう一人倒れていたのです」

「もう一人?」

「えぇ、こいしという私の妹なんですが、覚えはありますか?」

「……こいし、さとり様の妹……」

 

 と、フランが記憶を探り始めた時、すぐにお目当ての記憶がよみがえった。

 

(そいや、やったなぁ。しかも思いっきりガチンコファイトしてた)

 

「その件について、詳しくお願い出来ますか? 思い浮かべていただければ、それだけで大体分かるので」

「えぇっと、ねー」

 

 記憶を詳しくさかのぼった。

 

「まずね、勇儀と遊んでね、そんでその後ね、ここの場所教えて貰ってね、んでね、進んでたら途中でこいしと会ったの。んで、こいしとは勝負がついてなかったから、その続きをその場でやった的な感じ」

「弾幕ですか?」

「いや体操かな?」

「え?」

「ん?」

 

 サードアイ含め三つの目ですっごい見られた。

 

「いやなんか、『見つけたー!』とかいきなり言われたらさとり様の妹がそこにいたの。だから体操始めたの」

 

 嘘はついていなかった。

 心を読みながら知りたいことが分からないという未知の体験に、さとりは頭が痛く、いや、頭痛が痛くなってきた。

 

「なぜ体操が始めてしまったのかを教えてはもらえませんか?」

 

 頭を押さえながらそう聞くさとり。

 

「そりゃ、ライバルだから」

 

 さとりは、今このときほど、自身の能力がもっと高性能であったらいいのにと願ったことはなかった。

 

「その、……ライバルというのはつまりどういうことですか?」

「好敵手と書いてライバル」

「そうじゃなく!」

 

 大声を出したのも久しぶりだったさとり。

 感極まってうるんできた瞳に、さすがのフランもそろそろ止めとくかという気持ちになった。

 

「うち(紅魔館)に来たときに一緒に体操してたから、それの続きをしたんだよ。倍速モードでどっちが最後までついてこれるか勝負」

「……なんですかその勝負」

「さとり様とやろうと思ってたやつ」

「二人とも倒れるようなことやろうと思ってたんですか!?」

「いやいや違う違う。中々勝敗がつかないから、八倍速くらいにしたら、多分私が倒れた感じ」

「いまいち話が理解できないのですが」

「心読めばいいじゃん」

「心のまま喋ってる相手の心を読んだところで結果が変わらないのです」

 

(案外上手くいくもんだなぁ)

 

 ミス。

 

「え?」

「あ、やべ」

 

 つい気が緩んで意図的ではなく心を読ませてしまった。

 

「まぁ、なんていうか、あれだよ。嘘をついて人をからかうのはそう難しくないから、真実のみで上手いことからかってやろうと思ってね。あとは本当の意味で私の意図した状態になりきればいいわけ」

「……恐ろしいです」

「ここに来るって決めた時に対処法決めたから、さとり様の桃色ヘアー見た瞬間実行したまで。さすがに会ってから考えてたらバレちゃうからね。ぶっちゃけからかいに来たみたいなもんだし!」

 

 フランの言葉に嘘が混じっていないことに、さとりはなんだか悲しくなった。

 

「……それでこいしは妙な体操をして倒れていたわけ、だと?」

「多分ね。記憶が途切れてるから、実際のところは分かんないけどね。あーでも、私の負けってことかなぁ」

 

 口をとがらせるフランは、顔の前に人差し指を立てた。

 何をするのだろうと、さとりがフランの指先を見た時、親指大の少女がそこに浮かび上がった。ミニマムレミリアである。

 そのミニマムレミリア略して、ミニリアはくるくると天に指を指しながら回り始めた。

 

「……それはなんですか?」

「おねーさま」

「本物、ではないのですよね?」

「うん。ちっちゃな魔力の球作って再現してるだけ」

 

 テレビジョンからヒントを得て、作成した魔法である。これを使ってテレビジョンがないところでも映像を浮かび上がらせることが可能になった。パチュリーに見せた際には大いに呆れられたあげく、白紙の本を持って追っかけられた。呼吸で死にそうだった。

 こいしとの勝負の際にもこの魔法を使い、トレーニングルームから体操のお姉さんまで再現していた。自身も倍速で体を動かしながら雨粒より小さくした魔力球の一つ一つに色を付け、操っていた。

 こんな感じで着実にフランの周りからの評価は固まっていく。絶対意味なさそうな上にくそがつくほどに面倒なことをやろうとする頭のおかしいやつ。フランが一度前にそれを聞いた時、憤慨して、言った相手にめっちゃ絡みにいったこともあった。めっちゃめんどくさかったらしい。

 

「――そして羽ばたく!」

 

 ミニリアの悪魔の羽が天使の羽に変わり、天へと飛んでいった。

 そしてすぐにべちゃっと落ちた。

 ミニリアはしばらく床でごろごろ転がったのち、消えた。

 

「……お姉さんを大切にしてあげてください」

「勝手にケーキ食べた仕返し。よく覚えてないけどそういうことにしといて」

「はぁ」

 

 会ったこともない少女に親近感を覚え始めたさとりだった。

 

「――まぁいいや。とりあえず帰ろ」

「え? 帰っちゃうんですか?」

「うん。何日経ったかは分からないけど、そろそろ眉間にしわを寄せたゆかりんが飛んできてもおかしくないしね」

「……そうですか」

「そんじゃ、今度は地上で――」

「え? いや、私は」

 

 さとりの言葉は途中で途切れた。

 対象のフランがその場から消えたためである。

 

 

 

 

 

 フランはよく分からない空間にいた。真っ暗のようでそうでなく、周りには目がぎょろぎょろうごめていた。

 

「――お帰りなさい」

 

 気味の悪い空間の中、その気味の悪さを消し飛ばすほどに胡散臭い妖怪がそこにいた。

 

「――ただいま、ってここ私の家じゃないし」

「えぇ、そうね。でもそんなことより、私、言いたいことがあるのだけど、分かるかしら?」

「覚り妖怪になったおぼえはない!」

「そんなこと分かってるわ」

 

 胡散臭い妖怪、八雲紫は冷たい視線をフランに送った。

 

「あなたの行動は途中から見ていました」

「うん」

「なら、私の言いたいことが分かるはずよね?」

「分かんない」

「ああそう、しらばっくれるのね。なら直接言いましょうか」

「どうぞ」

 

 紫は咳払いをした。

 

「――私の眉間にはしわは出来ません」

 

 フランは驚いて口をぽっかりと開けた、ふりをした。

 そして、

 

「そっかぁ、ぴっちぴっちだもんねー」

 

 と言った。

 紫は笑みを浮かべた。目まできちんと笑っているが、雰囲気が怖い。

 

「時々、えぇ、時々ですが、フランちゃんと真剣に戦いたくなる時がありますわ」

 

 口元がひくついている。

 

「じゃあ、体操する?」

「それは結構ですわ」

「え、やるってこと?」

「やらないということです」

「じゃあ早食い競争とかにする?」

「それもしません」

「ワガママ! ゆかりんワガママ!」

 

 紫は黙った。

 有効な言葉が思いつかなかった。

 本来の目的を優先することにした。

 

「――といことで、紅魔館にお返ししますわ」

「ということでって?」

「それではさようなら」

「っちぇ。じゃあね、ワガママゆかりん」

 

 奈落の底にでも繋げてやろうかと思った紫だったが、思いとどまった。もし実行してしまえば、間違いなく面倒なことになる。おそらく絶妙な面倒事を起こすだろう。紫はふんばった。

 こうして紫の不断の努力により、フランは無事に紅魔館に帰ることが出来た。

 生還し、紅魔館の一室に現れたフランは右腕を振るうようにして払った。

 

「っふん。――この右腕を使う機会はまた訪れなかったか」

 

 払った右腕には、闇色の炎みたいなのがまとわりついていた。

 

「ふ、フラン……?」

「えっ!?」

 

 声に反応し、後を見ると、そこには姉のレミリアがいた。

 目を大きく開き、こちらを見ている。

 

(よ、よりによって……)

 

「……あなた、ついに、そう……」

 

 レミリアはゆっくりと近づき、フランの肩を強く掴んだ。

 

「まともなセンスを身に着けたのね!! 実は言わずに我慢してたんだけど、禁忌とかなんか言ってて恥ずかしかったの! これであなたも――あうっ!」

 

 フランはレミリアを軽くひっぱたいた。

 

「うっさい、不夜城ナイトメア!」

「違うわ、間違っているわ!」

「うっさい!」

「あうっ」

 

 ひっ叩いた。

 前にレミリアに無理矢理押し付けられたマンガのセリフを使ってカッコつけたらそこに姉がいて、フランは恥ずかしかった。頬が赤い。

 レミリアストレッチだとかレミリアストーカーだとかを命名してしまうネーミングセンスなんてものを身につけてしまったら、もう大手を振って幻想郷を出歩けないと、フランは本気で思っている。

 フランは、「ただいま」を言うこともなく、部屋に逃げ去った。

 とにかく地底の冒険はこれで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 以下、小ネタ集。 軽い気持ちでお願いします。

 

 

 

 その1

 

「ふらんっ! あなたに妹が出来たわよ!」

「えっ」

「ほら、この子よ」

 

 レミリアが示した先には、白と黒の……。

 

「魔理沙じゃん」

「――違うわ。霧雨魔理沙・スカーレットよ」

「もう無茶苦茶だよ」

 

 霧雨魔理沙・スカーレットは帽子を深くかぶり、うつむいていた。

 

「何があったかはよく分からないけど、なんか可哀想だよ」

「何を言ってるの? パチェの怪しい実験に使われるところだった捕らわれネズミを、私が慈悲深く助けてあげたのよ。身体に魔法がかかってるから、パチェに無断で紅魔館から出ていくとなんかアレするらしいわよ」

「え、アレされんの。こわっ」

 

 ぼそり、「アレって何なんだよ……」と新しい妹がつぶやいた。

 

「――ということだから、よろしくしてやってね」

「やだ」

「なんでよ」

「私、お姉さまがいい」

「――ふらんちゃんっ!!」

「ってことで、新しいお姉さまみつくろってくるね」

「え」

「まがとろまがとろ」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 その2

 

 フランはうなっていた。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 紅魔館地下のとある広い部屋。

 レミリアが見守る中、フランは合わせた両手を少し開き、円を作っていた。

 両手の間から赤黒い血のようなオーラが生まれると、フランは両手を腰元にやってさらにうなった。

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ――閃光。

 

「必殺! スカーレット波ぁーーー!」

 

 フランのつき出した両手から緋色の暗黒光線が発射された。

 レミリアの口から言葉が漏れる。

 

「かっ、かっこいい……」

 

 レミリアの目が輝いた。

 そんなレミリアの元に、発射し終えたフランは一仕事終えた風に額を拭いながら近寄った。

 

「どうだった?」

 

 ドヤ顔のフラン。

 そんなフランにレミリアはビシッと手を上げた。

 

「私もそれ使いたい!」

「え、でもこれスカーレット家に代々受け継がれし的な秘奥義みたいな技だから。スカーレット家の者じゃないと、ちょっと……」

「はい! 私、スカーレット!」

「身体の負担も大きいから、ある程度歳取ってないと危ないし」

「はい! 私、あなたのお姉さん!」

「でもこれ、嘘だし。なんか適当にそれっぽいのに適当に名前付けただけだし……」

「ひどい!」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 その3

 

「見てフラン! 新しくペットを飼うことにしたわ!」

 

 レミリアはじゃじゃーん! といった感じでフランにそれを見せた。

 チュパカブラ。

 

「うっわ、かわいくなっ!」

 

 

 

 その4

 

 

 

「フラン! 今度はホフゴブリンよ!」

「お、結構可愛いじゃん」

「え」

 

 レミリアのホフゴブリンへの当たりがちょっと冷たくなった。

 

 

 

 その5

 

 

 

「……お姉さま、私、外に出たい」

「――駄目よ」

「どうしてっ!」

「今日は日差しが強いらしいわよ。日焼けしちゃう」

「そっかぁ」

 

 

 

 その6

 

 

 

「……お姉様、私、外に出たい」

「――駄目よ」

「どうしてっ!」

「まだ私の準備が終わってないもの!」

「早くして!」

 

 

 

 その7

 

 

 

「ふらんちゃん、ふらんちゃん」

「どったの、おねーさま」

「あなたにお客さんが来てるわよ」

「誰?」

「緑色の髪のやつよ」

「緑色?」

 

(幽香かな?)

 

「まぁ、分かった。んで、どこにいるの?」

「扉の向こうで待たせてあるわ」

「あいよ」

 

 フランが扉に手をかけた瞬間。

 バンッ!

 

「おはようございます!!」

 

 勢いよく開いた扉から、緑色の巫女が現れた!

 

「遊びに来ましたよ! フランちゃんさん!」

「げぇっ」

 

 フランは扉を閉めた。

 そして振り向き、

 

「ちょっと、お姉さまさん。私、出かけてくる」

 

 そのまま紫のスキマもどきを作り、逃げ込んだ。

 

 

 

 その8

 

 

 

「ふらんちゃん、ふらんちゃん」

「何?」

「挨拶しましょ、挨拶」

「何でまた」

「知ってる? 欧米では挨拶ではキッスをするのよ!」

「何で欧米かぶれの日本人みたいなこと言ってるの?」

「いいから、いいから!」

「やだ」

「なんで!」

「おねーさま、さっき納豆食べてたもん」

 

 

 

 おしまい。



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