バカとテストとフルメタパニック (らじさ)
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バカとボケと新学期
第1話


ちょっと箸休めのつもりで書いてみました。
よろしければ別連載の「これが土屋家の日常」の方も
どうぞよろしくお願いいたします。


相良宗介は2年Fクラスという表示(ちなみにボロボロの紙にマジックで書かれていた)のあるクラスのドアの前で立ち尽くしていた。

今日から新学期。1年の時の担任から渡された封筒に入っていた紙には「F」と一文字だけ書かれていた。

「確かにここで間違いないはずだが・・・・・」彼は、そうつぶやくと周囲を見渡した。廊下にはゴミが散乱し、ゴミ箱が転がっている。彼はこの殺伐とした風景に見覚えがあった。かつて仕事で訪れたことのある東南アジアの貧民窟と同じ雰囲気なのだ。

「日本にもこんな場所があったとは。平和で豊かな国だと聞いていたのだが・・・・・」きっとこの教室の中には学校にも通えない貧民の子供たちがいるのだろう。だが、なぜ自分がこんなクラスに配属されたのだろうかと彼は顎に手を当てて考え込んだ。

「ふむ、そうか。つまり生徒会安全保障担当補佐として、治安の悪いこのクラスを制圧せよという指令なのだな」。「F」とだけ書かれた紙を渡されただけというのは、極秘指令に違いない。つまりはそれだけこのクラスが危険な連中の集まりだということに違いない。

宗介は懐のホルスターから愛用のオーストラリア製グロッグ17を引きぬくと、足音を立てないようにそっとドアに忍び寄った。

「おい、相良。何やってんだ」背後からいきなり声をかけられた。宗介は反射的にそちらに銃口を向けた。

「わっ、バカ。そんなもの人に向けるな」声の主が慌てて叫んだ。

「何だ、坂本ではないか。こんな危険なところで何をしているのだ?」後ろには坂本雄二が立っていた。

「何をも何も、クラス別けだろ。お前もFクラスなのか?」

「うむ、生徒会安全保障担当補佐としてこのクラスに派遣されたのだ」それにしても雄二がスラム出身だとは知らなかった。人は見かけによらないものだ。

「それよりそんな玩具振り回してるのバレたら、補習室行きだぞ。さっさとしまえ」

「むっ、補習室とは何だ?」

「二度とは行きたくない地獄のような部屋だよ」

「つまり、拷問室のことか。なぜ学校にそのような部屋が必要なのだ?」

「何でそんな勘違いができるのか想像もつかんが、とにかくさっさと教室にはいろうぜ」雄二はそういうと無造作に教室のドアを開けた。

 

教室の中はほぼ満員だった。

「ゴザとちゃぶ台とは、ずいぶんと和風な教室だな」宗介が言った。

「あのな、相良。こういうのは和風じゃなくて粗末と言うんだ」雄二が教えてくれた。

「おい、相良だぜ」

「なんであいつがここに」

「というか、よく考えりゃここしかないのかも」

「学校もAクラスの設備を吹っ飛ばされたくないだろうしな」

生徒達のヒソヒソ声があちこちから聞こえる。大半は知らない顔だが、彼らは宗介のことを知っているようだ。

もっとも彼が引き起こした数々の騒動のお陰で、この学校で宗介のことを知らない人間は一人もいないのだが。

宗介が注意深く教室を見渡してみると、当初の予想とはだいぶ違った印象だった。普通スラムの子供というのは痩せて目がギラギラと抜け目なく光っているものだが、

ここの連中はどちらかというとスラムの子のいいカモになりそうな呆けた顔つきをしている。

「男生徒が25人に、女生徒が2人か。随分性別が偏ったクラスだな」宗介がツブやいた。

「堅物の相良にしちゃ珍しい視点だな」

「いや、男の世界は素晴らしい」周囲の生徒が2mほど後ずさった。

「念のため聞くが、他意のない発言だよな」

「何のことだ?俺はこれまで男の集団の中で暮らして来たから、男の方が気が楽なのだ」

「さっきのような発言は、よそのクラスでするなよ」

 

「ところでさっきから不思議に思っていたのだが、このクラスにはなぜ男子の制服を着た女生徒と女子の制服を着た男生徒がいるのだ?」宗介は2人を指さして言った。心なしかクラスの中の空気が凍った気がした。

「ああ、紹介しよう。女子の制服の方が「女生徒」の島田美波。男子の制服の方が「男生徒」の木下秀吉だ」雄二が慌てて取り繕うように言った。

「島田美波よ。よろしく」女生徒がトゲのある声で言った。

「木下秀吉じゃ。言っておくが、ワシは男じゃ」男生徒が叫ぶように言った。

「ははは、みんなで俺を騙そうとして、随分手のこんだマネをしたな。だが、戦場でゲリラを見分けてきた俺を騙せるわけがないだろう」宗介はそう言うと、美波に近づいて胸をポンポンと叩いた。

「なっ・・・・・」美波が声をあげた。

続いて秀吉に近づいて胸をポンポンと叩いた。

「ほら、どう考えても木下の方が胸が大きいぃぃぃ~~」美波が見事な腕ひしぎ十字固めを宗介に決めていた。

「いきなり乙女の胸触っただけじゃなく、どんだけ失礼なこと言ってんのよ、あんたは」

「胸って・・・・・君ので触ったのは大胸筋んんんん~~~」

「肘の可動域の限界の彼方に旅立たせてあげるわ」

「おい、相良を痛めつけてるぞ」

「傭兵歴10年を自称している相良をか」

「やるとは聞いてたけど、さすが島田だな」

 

Fクラスの顔見世はこのようにして開けた。

 



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第2話

皆が席についた頃、担任と思われる体格のいい男性が教室に入ってきた。

「やれやれ、今年も大変なクラスを持たされたもんだな」男はつぶやいた。

「げっ、担任は鉄人かよ」

「先生、卑しくも教育者がそういう発言は如何かと思います」鉄人と呼ばれた教師に一人の生徒が発言した。

「ほう、なかなかいいことを言うじゃないか吉井。お前が観察処分者でなければ納得するところだ。お前が一番手がかかりそうだということを覚えておけ」

何という教師だろう。生徒の真摯な意見を一蹴してしまったと吉井明久は思った。

「確かに周囲の連中を見ていれば手がかかりそうだという先生のご意見には同意致します」宗介がうなずきながら言った。

「分かってもらえてありがたいが、お前は別な意味で手がかかりそうな生徒No.1であることを覚えておけ、相良」

「お言葉ではありますが、先生。自分は無遅刻無欠席、予習復習を欠かさず、品行方正で生徒会安全保障担当補佐という重責を担っている学生の鏡と言ってもいい生徒であると自負しております」

「我が国では、転校してきて半年で校舎破壊3回、靴箱爆破4回、校舎内での銃乱射46回、他校生徒の訪問者脅迫16回を起こすような生徒を品行方正とは呼ばん」

「必要な措置であったと思っております」

「言っておくが学園長が「あのバカの召喚獣は面白そうだね」という理由で不問にしていなかったら、お前は既に30回は退学処分を受けているぞ」

「だが、しかし・・・・・」宗介は不満そうであった。

「ああ、どうでもいいからとにかく座れ。ホームルームが始められん」

宗介がしぶしぶと座った時に教室のドアが乱暴にガラっと開けられて、1人の女生徒が入ってきた。

 

「千鳥・・・・・」宗介がツブやいた。

「おい、千鳥だぜ」

「ジ・アンタッチャブルか」

「なんでFクラスに・・・・・」

教室に苦虫を噛み潰した顔でズカズカと入ってきた少女の名前を千鳥かなめと言った。腰まである長髪の先を水色のリボンで縛った様子は、黙っていればかなりの美少女なのだが、一度行動を起こせば疾風怒濤・傍若無人・暴力体質として「ジ・アンタッチャブル」の異名で恐れられていた。

「ソースケ、そこどきなさいよ」少女は宗介の側に立って言った。

「千鳥何を言っている。横の席が空いているではないか」宗介が首を捻りながら言った。

「あたしは、どきなさいって言っているのよ」

「だが、しかし・・・・・ドウワ」かなめの回し蹴りが宗介の後頭部に炸裂し、ちゃぶ台を超えて飛んでいった。

「フンっ」かなめはそういうと今まで宗介が座っていた席に座った。

「一体、なんなのだ。その席に何かあるのか?」宗介が頭をこすりながら横の席に座って声をかけた。

「別に何もないわよ。あんたに嫌がらせをしたかっただけよ」

「なぜ、俺がそんなことをされなければならないのだ?」

「自分の胸に手を当てて考えてごらんなさい」

「・・・・・いや、やはりわからん」宗介は胸に手を当てて10秒ほど目を閉じてから答えた。

「本当にやられると腹立つわね」

「結局、何やっても腹を立てるのではないか、君は」

「それだけの理由があるのよ」かなめは更に腹を立てた様子で言った。

 

「・・・・・・」

「あんたねぇ、2年のクラス分けってどうやってやるか知ってる?」

「いや、よく知らんが」

「1年の終わりにテストしたでしょう。あの結果のいい順番からA、B・・・と割り振られるのよ」

「するとFクラスというのは・・・・・」

「そうよ。もう既に人生の負けが決まった敗残者の群れ。先に希望も何もない初老みたいな人生を歩むような連中のたまり場よ」

「ちっ千鳥、少し小さな声で話してくれ」宗介は周囲を見渡して言った。

「なんでよ」

「君の言葉でクラスの半分が悲観の涙にくれて机に突っ伏して号泣している」

「それはマズいわね」

「それにその基準だと俺がここにいるのはおかしい」

「スゴい自信だけど、そんなにテストの点が良かったの?」

「うむ、何を隠そう2/3の科目は二桁得点だったのだ」宗介は胸を張って答えた。

「あんたねえ、テストの点数を桁だけで比べるんじゃないわよ。それに結局1/3は一桁だったってことじゃない。Fクラスの資格十分よ」

「そういう君だって、ここにいるということはあまり成績がよくな・・・・・グワッ」どこから出したのかかなめの手に握られていたハリセンが宗介の脳天に炸裂した。

「あたしはねえ。Aクラス6席の成績だったの」

「ではなぜここにいるのだ?」宗介が頭を撫でながら尋ねた。

「どこかの戦争ボケを一人にしておくと事件ばかり起こすから、見張りが必要だって言われて、学園長と生徒会長の連名で「Fクラス移籍命令」を渡されたのよ・・・・・クヌクヌクヌクヌ」かなめは目の止まらぬハリセンの連打で宗介を打ちのめした。

「まっ、待て千鳥。落ち着いてくれ」

「返してよ、座り心地のいいソファーと気持ちのいいエアコン。たくさんの種類のあるフリードリンク・・・・・・ううう、あたしの青春が」

「いや、フリードリンクが飲みたかったのならファミレスで奢ってやるが」

「そんなことを言ってるんじゃないのよ・・・・・・クヌクヌクヌ」再びハリセンの連打が始まった。

 

鬼気迫る様子でいつまでも続くハリセンの連打を止められる者は誰もいなかった。

 

 



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第3話

そういえば宣伝をするのを忘れてました。

一応元ネタとなった「これが土屋家の日常」というのも
平行して連載しております。
あちらはバカテスオンリーですが、工藤さん×ムッツリーニものです。

段々とオリキャラが多くなって、ムッツリーニの兄弟たちやら
その彼女たちなどがでて大騒ぎしております。

よろしかったらあちらの方もごらん下さい。

CMでしたw


ハリセンの連打の下から宗介の声がした。

「待て。ちょっと待ってくれ、千鳥。とにかく俺の話を聞いてくれ」

「ウルサイ。今さら戦争ボケの言い訳聞いたからって、あたしがAクラスに戻れることはないのよ」ハリセンの連打は続いた。

「いっ、いや。君の意見も聞きたいのだ。とりあえずハリセンを止めてくれ」

「ゼエゼエ・・・・・いいわ、ちょうど疲れたところだし、あんたの言い訳を遺言だと思って聞いてあげるわ。それでなによ」かなめは宗介を睨みつけた。

「君は、会長閣下と学園長に命令されて俺を監視するためにFクラスに来たと言ったが、本当にそれだけか?」宗介がかなめの目を真っ直ぐに見つめながらささやくように言った。

「えっ。それどういう意味?」かなめが尋ねた。

「俺は君がFクラスに来てくれて嬉しいぞ」宗介がキッパリと言った。

「バッ、バカ。急に何を言い出すのよ」かなめの頬が赤く染まった。

 

「おい、何か小芝居が始まったぞ」雄二が言った。

「周囲に数十人の生徒と先生がいるというのに、完全に二人の世界に入っておるのう」秀吉も同調した。

「「「「「「ざわざわ」」」」」」周囲の生徒が騒がしくなっていた。

「相良の野郎、俺たちの前で堂々と千鳥に告白をしてやがるぞ」

「千鳥だから構わないとは言うものの、人の幸せは許せねぇ」

「殺るか?」

「だが、あいつは強いぞ」

「人数集めてかかりゃあなんとかなる。必要なのは他人の幸せは許さないという強い心で結ばれた団結だ。賛同する奴はこの手の上に手を重ねろ」須川が叫んだ。

「「「「「「「おお~」」」」」」FFF団誕生の瞬間だった。

 

そうとも知らず二人のやりとりは続いた。

「俺は君と同じクラスになれて嬉しいが、君は違うのか」

「いっ、いや。それは・・・・・」かなめの顔がさらに赤くなった。

「君と同じクラスになれたことを神に感謝してる」

「そっ、そりゃ1年からの付き合いだし、あたしだって・・・・・モゴモゴ」

 

「うわぁ~、相良君凄いです。みんなの前で告白だなんて、勇気あります。千鳥さんいいなあ」姫路さんが、夢見る乙女の瞳で二人を見守っていた。

「告白する場所はともかく、あれだけ堂々としているのは漢だわよね」美波も言った。

「周囲の連中は、固まって何を話し合ってるんだろう?」明久が不思議そうに言った。

何しろ「寝込みを・・・・・」とか「授業中に一斉に飛びかかって・・・・・」などと言う不穏な言葉が漏れ聞こえてくるのだ。

 

「とにかく俺は君と一緒のクラスになれて嬉しいのだ」

「・・・・・本当に?」かなめは真っ赤な顔でモジモジとうつむいたまま小声で言った。

「本当だぞ」宗介が爽やかに答えた。

「・・・・・嘘つかない?」モジモジが大きくなった。

「嘘つかないぞ」

「・・・・・心の底から?」

「ああ、心の底からだぞ」

「・・・・・じゃっ、じゃあどうしてあたしと同じクラスになりたかったの?」かなめは上目遣いで期待に満ちた瞳で尋ねた。胸の鼓動が大きくなっている。

「うむ、それはだな。君とクラスが別だと護衛がしにく・・・・・グワッ」

「でえりゃあぁぁぁ~~」裂帛の気合で振り下ろしたハリセンが宗介の顔面を直撃した。

「あんたなんかにねぇ、期待なんかしちゃいなかったけど・・・・・返してよ。あたしのズタボロになった乙女心を」さきほどの倍の速度でハリセンが殴打される。

「待て、千鳥。俺はただ君と一緒のクラスになれて嬉しいと言っただけなのに、なぜそんなに激怒しているのだ」

「うるさい。あんたなんか・・・あんたなんか・・・・・・ウウ、グス」

「何がおかしいのだ?」

「泣いてんのよ、この戦争ボケ」今度は倒れている宗介にストンピングの雨あられが降り注いだ。

 

「相良は千鳥をからかっている訳じゃないんだよな?」雄二がヤレヤレと言った表情で言った。

「そんな器用な男じゃあるまい。わしの目から見ても演技じゃなくて本気じゃったぞ」演劇バカの秀吉が言うんだから間違いはないだろう。

「本気だとしたら、なおさらタチが悪いな」

「千鳥さん可哀想です」姫路さんが、心の底から同情したような顔で言った。

「期待持たされた分、ダメージは二倍よね。あ~あ、珍しくラブコメが見られると思ったのに」美波が残念そうに言った。ラブコメって美波は何を言ってるんだろう。

「そりゃ無理だ。原作がサイコ(翔子)バイオレンス(美波)なんだから」雄二が身も蓋もないことを言う。

「ねぇ、さっきからみんな何の話をしてるのさ。相良君は千鳥さんに一緒のクラスになれて嬉しいって言っただけでしょ」なぜ、みんな僕を可哀想な子を見るような目で見ているんだろう?

「なあ、明久」雄二が優しい声で言った。

「どうしたんだい、雄二」

「お前のことを好きになる女の子に、俺は心から同情するよ」

なぜか、姫路さんと美波が激しく首を縦に振っていた。

 



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第4話

「ああ~千鳥、そろそろその辺でやめておけ」鉄人が声をかけた。さしもの鉄人もそれまで止めきれないほどに、千鳥さんは鬼気迫っていたのだ。誰だって自分が可愛い。それは鉄人ですら例外ではなかったようだ。

「ゼエゼエゼエ・・・・・」千鳥さんが息を切らしながら席についた。相良君は黒焦げになって体のあちこちから煙が出ている。かなりの高速ビンタだったのだろう。

「うぃ~」親父くさい声を出しながら千鳥さんがちゃぶ台の前に腰を下ろした。女の子なんだから胡座は止めた方がいいと思うんだ。さすがは「彼女にしたくない美女No.1」を独占し続けている女の子だけはある。

 

「とりあえずクラス代表を決めろ」鉄人が言った。

「点数で言えば千鳥じゃねぇか?」雄二が言った。

「バカ言ってんじゃないわよ。Fクラスになったっていうだけで、転校させられかねないってのに、代表なんてなっちゃったら「私はバカです」って看板しょって歩いているようなもんじゃない。坂本がやりなさいよ」かなめがまくし立てた。

「お前なぁ、そこまで言われてやりたい奴がいると思ってんのか?」雄二が呆れたように言った。

「まあ、千鳥は特例でFクラスになった訳だから、一応代表から外しておけ。そうすると点数的には坂本だな」鉄人が言った。

「えぇ~、俺かよ」雄二がブーたれる。

「まあ、そのクラスで点数が一番なの奴が代表になるのが決まりだ。代表は坂本だ」

「よし、代表も決まったところでAクラスに試召戦争をしかけに行くわよ」かなめが立ち上がった。

「代表が決まっただけで、クラスの自己紹介もしてないぞ」雄二が止めた。

「そんなの必要ないでしょう。ガーっと行って、ガツンとやればいいのよ」かなめは譲らない。

「あのなあ、AクラスとFクラスの点数差考えたら、ガーっと行った時点で全員討ち死にしているぞ」雄二が呆れたように言った。

「ちっ」かなめは周囲を見渡すと大人しく座った。周囲の連中の顔つきを見て納得したようだ。

「とりあえず自己紹介をしよう。窓際の前から順番にやっていけ」教壇に立った雄二が言うと自己紹介が始まった。

 

「わしは木下秀吉じゃ。誤解している者も多いと思うので、この場を借りてハッキリとさせておくのじゃ。いいかワシは立派なおと・・・」

「くしゅん。ああ、ごめん秀吉、自己紹介の邪魔しちゃって」秀吉が首を後ろに回して僕の方を見つめている。

「こほん。邪魔が入ったが、こういうことはちゃんとしておかんとのう。いいか、ワシはおと・・・」

「くしゅん、くしゅん」秀吉が今度ははっきりと睨んでいる。

「明久よ。風邪なら保健室に行ったらどうじゃ」

「いや、大丈夫だよ。ちょっと鼻がムズムズしているだけだから」

「大切なことだから、あえて言わせてもらうのじゃが、ワシは・・・」秀吉がいきなり僕の方を振り向いた。

「明久、なぜに鼻をこよりでくすぐっておるのじゃ」

「だって、こうでもしないと秀吉が間違ったことを宣言しちゃうから」

「何も間違ってはおらん。ワシはれっきとした男じゃ」

「「「「「ええぇぇ~」」」」」教室中からどよめきが起きた。

「なんじゃ、このどよめきは」秀吉が怯んだように言った。

「ほら、みんなショックを受けちゃったじゃないか」

「おい、冗談じゃないぞ。女子率がさらに低くなったじゃねえか」

「すると、このクラスの女子って姫路とあの千鳥だけか・・・ギャア」

最期の叫び声は美波の仕業であることは言うまでもない。相変わらず切れ味のいい関節技だ。世界を取る日も遠くないだろう。

 

「ああ、次だ。次」雄二の声にムッツリーニが立ち上がった。

「土屋康太。特技は盗さ・・・・・特技はない。趣味は盗ちょ・・・・・趣味は無い」

「おい、あれがムッツリーニだぞ」

「伝説の寡黙なる性職者か」

「本当に存在していたんだな・・・・・」ほとんどUMA扱いされている。次は僕の番か。

 

「吉井明久です。趣味はゲーム。特技は特にない平凡な男です」

「あれが観察処分者の吉井か」

「あいつの隣に座るだけで、偏差値が10は落ちるらしいぜ」

「とりあえず机を離しておこう」僕の周辺に空間ができた。だいたいFクラスにいるくせして偏差値なんか気にしている場合ではないと思うのだが。気にしない気にしない・・・・・グス。

 

「島田美波よ。ウチはドイツ帰りの帰国子女で日本語はまだちょっと慣れてないわ。あと、なぜかウチが男と思っている奴がいるようだけど、れっきとした女の子だからね」

誰も反応しない。それはそうだ。ツッコみはおろか笑っただけで美波の恐怖の関節技が飛んでくるのだ。下手をしたら息を吐いただけで、コブラツイストの餌食になってしまう。みんな必死で我慢している。

「あの、姫路瑞希です。趣味と特技はお料理です。いつか皆さんに食べてもらえたらと思います」クラス中から歓声がわいた。もちろん僕も秀吉もムッツリーニもこの時は知らなかったのだ。姫路さんの料理の恐ろしさを。

 

「じゃ、あたしの番ね。千鳥かなめです。見ての通り才色兼備の美少女で、近所ではお嬢様なんて呼ばれています」この人は僕たちのことをよほどのバカだと思っているのだろうか?いくらなんでも、たった10分前の惨劇を忘れる奴はいないと思うのだが。

 

「おい、相良。いいかげんに復活しろ。自己紹介お前の番だ」

「ああ。相良宗介軍曹・・・・・忘れて下さい。趣味はJane年鑑を見ながらの釣り。特技はASの操縦であり・・・・・忘れて下さい。特技は、敵地への夜間潜入であります」僕は相良君のことをよく知らないんだけど、あまり頭のいい人ではなさそうだ。

 

「最期に俺だ。坂本雄二だ。趣味はゲーム、特技はケンカだ。これから一年間よろしくな」

 

「坂本、これで全員自己紹介は終わったわね」かなめが立ち上がった。

「ああ、一応な」雄二が答える。

「じゃあ、あたしAクラスに宣戦布告してくるわ」

「おい、ちょっと待て。だれか千鳥を止めろ」宗介がかなめを羽交い絞めにした。

「何でお前はそんなにAクラスと試召戦争したがるんだ」

「ふふふ、あたしがこんな底辺で艱難を舐めているというのに、のうのうと皮張りリクライニングマッサージチェアに座って、フリードリンクで授業を受けている連中に地獄を見せてやるのよ」

「逃げも隠れもしない逆恨みだな」雄二が行った。

「離してよ。あいつらにも地獄を見せてやるのよ・・・・・」かなめの叫び声がFクラス中に響き渡った。

 

 



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第5話

「けっ、やってらんないわよ」千鳥さんは横に寝転がると頭の下に手を入れて肘で頭を支えて半身になって教壇の方を向いた。口にはどこから取り出したのか長い楊枝を加えてピョコピョコさせている。まるでどこかのやさぐれた親父だ。どうでもいいけどこの人Fクラスは嫌だと騒いでいる割には、この中で一番Fクラスに馴染んでいるんじゃないだろうか?

 

「こほん、Aクラスの試召戦争はともかくとして、各委員を決めるぞ」雄二が場を取り仕切る。

それぞれのクラスメイトがやりたい委員を上げていく。それを書記係に任命された須藤君が黒板に書いていく。

「秀吉は、何委員にするの?」僕は秀吉に尋ねた。

「ワシか。正直言って放課後は部活が忙しいので、休み時間でもできる美化委員にしようかと思うのじゃ」秀吉が答える。

「うん、秀吉に美化委員なんてピッタリだね。衣装も予算で降りるだろうし」

「ちょっと待つのじゃ明久。その衣装というのは何の話じゃ?」

「えっ、だって美化委員って綺麗に着飾ってクラスのみんなを楽しませる委員でしょう。本当に秀吉にピッタリだよね」

「観察処分者以前に、お主が高校に入れたことが不思議でならんのじゃが」

「ねえ、アキ。うちも美化委員にしようと思っているんだけど」美波が言った。

「いや、美波。自覚出来ていれば直せばいいんで、わざわざ委員になる必要はないよ」僕は優しく言い聞かせるように言った。

「何の話をしてるのよ、あんたは?」美波が不思議そうに首を傾げた。

「だって、自分を美化しているのがわかったから美化委員になろうと・・・・・グギュ」美波の見事なチョークスリーパが僕の喉を締め付けた。

「なんでウチが自分を美化してるのよ。木下との違いはなんなの」

「痛い痛い。背中に肋骨がグリグリ当たって・・・・・ギャア」なぜか喉の締め付けが厳しくなった。僕の背中が痛いと言っただけなのに、なぜ美波が怒っているんだろう。

 

「おい、そこ。じゃれ合うのもいい加減にしておけ。秀吉はマスコットガールでいいんだな」

「ちょっと待つのじゃ。ワシは一言もそんなこと言っておらんぞ。第一そんな委員なぞなかろうに」

「いや、圧倒的多数からの推薦があってな。俺も止めきれんのだ、すまん」雄二が言った。

「しょうがないよ、秀吉。適材適所って言うじゃないか」僕は秀吉を慰めた。

「あ、それと明久。お前もアキちゃんとしてマスコットガールな」

「そのアキちゃんって誰?」僕は叫んだ。

「そうだな。吉井だと正直吐き気がするが、アキちゃんならいい」

「アキちゃんだけでいいくらいだ」

「吉井は追い出せ」

何やら僕の存在を否定する発言が、教室のあちこちから聞こえてくるような気がする

 

「ムッツリーニはどうする」雄二が尋ねた。

「・・・・・俺は保健委員・・・ウッ(ブシュー)」

「ムッツリーニが鼻血を吹き出したぞ」

「一体何が起きたんだ?」教室は大騒ぎになったが、僕にはムッツリーニの思考がトレースできた。

「姫路さんは体が弱い→保健室に行くのに手を貸す→姫路さんの体に触れる→鼻血」

さすがの想像力だよ、ムッツリーニ。だけど想像だけで鼻血を出すんじゃ、本当にそんな場面になったら姫路さんより先に君が保健室に運ばれると思うんだ。

 

「相良はどうだ」雄二が相良くんに尋ねた。

「俺か?俺は・・・・・」相良くんが言いかけたのを姫路さんが手をヒラヒラさせながら遮った。

「ああ、ダメダメ。ソースケはゴミ係って決まってるの」

「だが1年の時は、俺はずっとゴミ係だったのだ。俺の特技を生かして、もっとクラスに貢献できる委員があると思うのだ、千鳥」

「本人もああ言ってるんだ。とりあえず意見を聞いてみようや」雄二が言った。

「あっ、そう。じゃ、ご自由にどうぞ」千鳥さんが楊枝をピコピコさせながら言った。どうでもいいが、完全に親父だな、この人。

「で、相良。なんの委員になりたいんだ」

「俺に向いているのは風紀委員だと思うのだ」

「うむ、どういう理由でだ」

「正直今の風紀委員のやり方は生ぬるい。俺が風紀委員になったら、校庭の一角に営倉を作り、高さ3mの金網と有刺鉄線。24時間警護で軍用犬とMPで警護する。校則違反や遅刻者は問答無用で懲罰房に叩きこみ、校内の治安風紀を守るのだ」

「補習室が天国に思えそうな施設だな」雄二があっけにとられて言った。

「ほら。言わないこっちゃない。この男は並みの戦争ボケじゃないのよ」千鳥さんが言った。

「ああ、相良。ほかにやりたい委員はないのか?」雄二が話題を変えるように言った。

「うむ、図書委員などもいいな。かねがね、この学校の図書の蔵書には不満があったのだ」

「ああ、言ってるが、どうだ千鳥」どうやら雄二は相良君のことは千鳥さんに聞くことにしたようだ。

「図書館の本が全部、武器や兵器、戦史なんかに変えられるわね」千鳥さんが答えた。

「なにぃ、美少女文庫が図書館からなくなるのか」

「そんなもん置いてある図書館はないぞ」

「二次元ドリーム文庫なら大丈夫じゃ?」

「もっとハードル高いわ」あまり書いてる人の読書傾向をバラさないで頂きたいものである。

 

「相良、他にないか?」雄二が尋ねた。

「園芸委員なども興味深い」

「千鳥、どうだ」

「嬉々として学校中の花壇に地雷を埋めて回るわね。勢い余ってグラウンドにも埋めちゃうかも」

「相良、他に・・・・・」

「これもダメなのか・・・・・正直一番自信があるのは体育委員なのだが」宗介は不満気な様子で言った。

「千鳥、さすがにこれは大丈夫だろう」雄二が千鳥さんに尋ねた。

「坂本、うちのラグビー部って知ってる?」

「ああ、最凶最悪のならず者集団って有名な連中だろ」

「今はね。でも去年までは連戦連敗、花とケーキを愛するリリカル集団だったのよ」

「あいつらがか?でもなんでそれが変わっちまったんだ?」

「あんまり負け続けるんで、次負けたら廃部って言われて生徒会に泣きついてきたのよ。それでコーチとしてソースケが派遣されて一週間の合宿をしたわけ」

「ふむ、それで?」

「合宿前は蜘蛛が怖いって逃げまわっていた連中が、合宿後はタックルで倒した相手の顔を踏みつけて唾を吐きかけて「ちっ、殺し損ねたぜ」と捨てゼリフを吐くようになったわ」

「悪質な洗脳だな」雄二が唸った。

「ねえ、ソースケ。あんた体育委員になって何すんの?」かなめが尋ねた。

「うむ、1年間という短い期間だからNavy SealsやSAS、デルターフォースレベルまでは無理だが、習志野空挺団やフランス外人部隊第一空挺師団レベルにまでは鍛えあげてみせよう」

「だそうよ。頑張ってね」かなめが人事のように言った。

 

「相良」

「なんだ、坂本」

「いろいろ考えて検討した結果、お前にはゴミ係をまかせようと思う」雄二が爽やかな笑顔で言った。

 



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第6話

クラス全員の自己紹介も終わり、各自の委員も決まって2時限目から普通の授業が始まった・・・・・はずだったのだが、授業はことごとく相良君の妨害により中断された。

いや、妨害と言っては彼に悪いだろう。本人は大真面目で質問しているつもりなのだから。

 

【2時限目 数学】

「ですから先生。その数式のxというのは、何なのですか?」

「いや、だから相良君xというのは、不定な数字で何でもいいんだよ」

「それではyはどうです?」

「yも不定でxが定まれば定まる数で・・・」

「zというのもありますが」

「zも不定で・・・・・」

「xも不定、yも不定、zも不定では、結局何も決まらないではないですか」

「いや、このように表わすのが数学という学問で・・・・・」

「敵の位置がわからなければ作戦の立てようがありません。そこにこそ我々の命がかかっているのです」

数学の先生はどこから説明したらいいものやら、途方に暮れていた。

 

【3時限目 物理】

「いや、だから初速度v0とかはどうでもいいのであります。自分はもっと日常生活に役に立つ授業を望むと主張しているだけなのです」

「いや、相良。お前の言いたいこともわからんではないが、日常生活に役に立つ物理とはどんなものだ」

「例えば橋を爆破するに当たり、せん断応力を0にするために必要な爆薬の爆速をv0とした場合、何kgの爆薬が必要かであります」

今後、僕の人生の中で橋を爆破しなければならないことがあるのだろうかと考えたが、どう考えてもそのシチュエーションが思い浮かばなかった。

「もちろん、橋の材質が鉄骨であるかコンクリートであるかによって固体係数がことなるため、爆薬量も・・・・・グワッ」かなめのハリセンの一撃が宗介の後頭部に決まった。

「あんたの特殊かつ異常な日常を、日本の一般高校生に求めるんじゃねーわよ。どこの高校生が橋の爆破なんかするのよ」

「だが、千鳥。これはレジスタンスになった時にも有効な知識で・・・・・ドゥワ」かなめのハリセンの乱打が炸裂した。

「そんな授業された日にゃあレジスタンスになる確率よりも、浪人する確率の方が何万倍も高くなるわよ・・・・・クヌクヌクヌ」

相良君が静かになった・・・・・どうやらただの屍のようだ。

「ハアハアハア・・・・・失礼しました。授業を続けて下さい、先生」かなめに促されて教師は授業に戻った。

 

【4時限目 国語】

「まだあげ初めし前髪の林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の花ある君と思ひけり」

「ざわざわざわ」

「やさしく白き手をのべて林檎をわれにあたへしは 薄紅の秋の実に人こひ初めしはじめなり」

「ざわざわざわざわざわ」

「あんたたちねぇ。少しは真面目に授業を聞きなさいよ」かなめがたまりかねて注意したのだが、教室は沈まらなかった。

「これじゃ授業にならないわね。ソースケ、何とかしなさいよ」かなめが宗介に言った。

「うむ、了解した」宗介がカバンから何かを取り出した。

「言っておくけど、銃の乱射は禁止だからね」かなめが宗介に注意した。一体、かれらの1年の時のクラスはどんな修羅場だったのだろうか。

「うむ、了解だ。すまないが、千鳥、姫路、島田、坂本、木下、土屋、吉井。しばらく目を閉じて耳を塞いでおいてくれ」宗介はそういうと、手に持った物からピンを引きぬき教室の前方へ放り投げた。

「ボン」という轟音と眩しい光が発せられた。

「M84スタングレネードだ。この手榴弾は爆発時の爆音と閃光により、付近の人間に一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状と、それらに伴うパニックや見当識失調を発生させて無力化することを狙って設計されている・・・グワッ」再びかなめのハリセンが決まった。

「ドヤ顔で偉そうに説明してんじゃねーわよ。先生も他の生徒も全員気絶しちゃったじゃないの」

「心配いらん。心臓に持病が無い限り害はないはずだ」

「心臓に持病があったら危険ってことじゃないの」その心配はいらない。連中の心臓の異常と言えば毛が生えていることくらいだ。先生は・・・・・心臓が丈夫なことを祈っておこう。

「だが、君が静かにさせろといったのだぞ、千鳥」

「気絶させろとまでは言ってないわよ。おまけに先生まで気絶させちゃって」

「待て、千鳥。そのハリセンを降ろせ。そもそもテロリストの制圧は時間との勝負なのだ。瞬間的に制圧しなければ人質が危ない」

「その人質(先生)まで一緒に倒しておいてよく言えるわね、あんたは」

「多少の犠牲はしかたがない。そもそもテロリストとは交渉しないというのが国際常識であって・・・・・ドワッ」またしても千鳥さんのハリセンが脳天に決まった。毎回毎回飽きもせずによく食らうなあ。

「何が国際常識よ。その前に一般常識を覚えなさい、あんたは」かなめのハリセン連打の音が、静かになったFクラスに響きわたった。

 



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第7話

「10, 9, 8, 7・・・・・」千鳥かなめは、机がわりのちゃぶ台の上で500円玉を回しながらカウントダウンをしていた。

「・・・・・3, 2, 1, ゼロォ~」机の上の500円玉を握り締めると、教師の終了の挨拶を聞く前にドアを乱暴に開け放つと「うおぉぉぉ~ヤキソバパン~」と叫びながら廊下を駆けて行った。

「なっ、何だ。何があったんだ?」後に残された一同は呆然として言った。

新学期1日目の午前中はいろいろあった。いや、本当にいろいろあったのだ、授業は全然進まなかったけど。

それはそれとしてやっと昼食時間だ。僕や雄二、ムッツリーニはそれぞれの弁当を持って秀吉の机へと集まってきた。

「ふ~、やっと昼飯だぜ」雄二が言う。

「二年になっても結局このメンバーじゃな」秀吉が言った。

「・・・・・女の子がいれば、いや何でもない」ムッツリーニが本音を漏らす。

「わたし達もご一緒させてもらっていいですか」姫路さんと美波さんも弁当を抱えてやって来た。

「構わんぞい。明久、そこのちゃぶ台をひとつくっつけるのじゃ」秀吉が言う。

雄二、ムッツリーニ、秀吉、僕、姫路さん、美波と食卓はたちまち賑やかになった。これで雄二とムッツリーニがいなければハーレム状態なのだが、と二人を睨み付けると二人も同じ目をして僕を睨んでいたので、同じことを考えていたのだろう。自分の欲望のために友人を追い出そうなんて本当に性根の腐った連中だ。

 

「雄二の卵焼きは旨そうじゃのう」秀吉が言った。

「そういうお前のしょうが焼きだって旨そうじゃねぇか」雄二が言う。

「さてと、水をコップに移してっと」僕が周囲に聞こえるように言った。

「土屋の弁当は豪華ね。お母さんが作ってくれたの」美波が言った。

「・・・・・夕べのあまり」ムッツリーニが答える。

「塩の包みはっと・・・・・これだこれだ」再び僕が大きな声で言った。

「姫路の弁当も旨そうだけど、自分で作ったのか」雄二が尋ねた。

「いえ、これはお母さんが」

「姫路は料理が趣味で特技だと言っておらんかったかのう」

「そうなんですけど、お母さん家で料理させてくれないんです。瑞希の料理はお友達に食べてもらいなさいって・・・・・」

「それなら今度みんなで瑞希の料理をご馳走になりましょうか」美波が嬉しそうに言った。

今なら十分にわかる。姫路さんのお母さんが雄二並の外道だと言う事が。その時の僕たちは、姫路さんの手料理が食べられる喜びで、そのようなことは知る由もなかったのだが。

 

「秀吉、そのしょうが焼き少し分けてくれ」

「ムッツリーニ、そのベーコン巻きと卵焼きを交換してくれんかのう」

「えーっと、水に塩を溶かして、いや直接舐めた方がお腹が膨れるかな」

「瑞希、ウチの煮付けとハンバーグ交換しない」

「それなら美波ちゃんのウインナーの方が」

「だーっ、何でみんな僕を無視するのさ」たまりかねて僕は言った。

「無視も何もお前の昼食は、水と塩だろうが。何と交換しろと言うんだ」雄二が実も蓋もないことを言う。

「クラスメイトが食事に困っているんだから、みんな少しずつおかずを分けてくれてもいいと思うんだ」

「そうは言うが明久よ。どうせまたゲームを買いすぎて食費が足らなくなったんじゃろう」

「・・・・・自業自得」

おかず一つでなんて冷たい連中なんだろう。こいつらを友人と呼んでいいものだろうか。

ふと隣の席をみると相良君が一人で食事をしているのが見えた。これは見捨ててはおけない。仲間の輪の中にいれてあわよくばおかずの一つも・・・・・いけない、本音がダダ漏れになってしまった。

 

「ねえ、相良君。一人で食べてないで、みんなで一緒に食べようよ」僕は相良君に下心を悟られないように声をかけた。

「むっ、俺か?そうだな、クラスメイトと親睦を高めるのも必要だろう」相良君は思いのほか素直にこちらにやってきた。

「邪魔するぞ。何だ吉井は、水と塩でサバイバル訓練中か。だが、それでは塩の量が少ないな。人の体液の浸透圧は0.82%で、生理食塩水も同じ濃度だ。これ以上塩分濃度が濃いと逆にのどが渇くし、薄いと体液が薄くなってナトリウム-カリウムバランスが崩れる」

おかしい。たかが極貧にあえいでいるだけの僕の食生活にこんな高度な知識が必要だったなんて。相良君が何を言っているのかまったく理解できない。

「いや、僕はお金がないだけで、別にサバイバル訓練しているわけじゃないんだよ」

「何だ、そうだったのか。俺の食料でよければ分けてやろう」

いろいろ理解できないところが多い人だけど、なんて優しいんだろう。雄二を真っ先に友人リストから外すことにしよう。

相良君はナイフで何かを切っていたが、その半分を僕に渡した。

「遠慮なく食うがいい」

「えーっと、相良君。これなに?」渡されたものは、どうみても枯れた木の枝にしか見えなかった。

「何だ、吉井は干し肉を知らないのか。携行食料や敵地潜入した時に現地調達する食料として便利なのだ」

「はぁ、それじゃ」僕は恐る恐る一口齧ってみた。エグイような今まで食べたことがないような味が口の中に広がる。

「どうだ?自慢じゃないが干し肉作りには自信があるのだ」相良君が上機嫌で言った。

「かっ、変わった味だね。ちなみにこれ何の肉なの」

「カラスだ」

「・・・・・はっ、はい?」僕は思わず口から肉を吹き出した。

「そこら辺を飛んでいるだろう。カラスだ」

「そんなもの何でまた」

「いやあ、家の近くにたくさんいるもんでな。ちょっと捕まえて干し肉にしてみたのだ。なかなかいけるぞ」

「悪いけどちょっと口にあわないかなあ」僕はできるだけ穏便に断った。

「そうか、それは残念だ。じゃ、これはどうだ」別な肉を渡された。

「ちなみにこれは何の肉なの」僕は用心深く尋ねてみた。

「うむ、鳩だな」

「はっ鳩。そんなの食べていいの」

「何を言う。中華料理では高級食材だぞ」そこへ千鳥さんが手にパンを抱えて機嫌よく帰ってきた。

 

「いやぁ、Fクラスって設備も生徒も最悪だけど、パン売り場に近いことだけが利点よねえ。おかげでヤキソバパンだけじゃなくて、競争率の高い絶品カツサンドまで買えちゃったわ」

「それどころじゃないよ、千鳥さん。相良君がカラスや鳩を捕まえて干し肉を・・・・・」前半の失礼な発言は聞かなかったことにして、僕は千鳥さんに干し肉のことを訴えた。

「ソースケ、あんたカラスや鳩を干し肉にしてるって、昔食べてたネズミはどうしたのよ」

「うむ、罠を仕掛けるのにいちいち下水道に降りて行くのが面倒でな。カラスや鳩なら銃で撃てば手に入る」

「まあ、どうでもいいけど。あんまり人前で銃振り回して警察に捕まんないでよ。引き取りにいくのが面倒だから」

僕が注意をして欲しかったのは、そこではないのだ。どうもこの二人には話が通じていないようだった。



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第8話

4時間目あたりはみんなもお腹が減って騒がしかったけど、相良君のおかげで静かに授業が・・・・・先生も気絶していたから授業にはならなかったのだが、静かであったことには変わりない。

昼休みもすんでお腹が満ちた今はおとなしく静かにしているだろう。

「ぐ~~~」

まあ、僕はお腹が一杯というよりは、水でお腹がタポタポなんだけど、さすがに相良君の好意の干し肉を食べる勇気はない。それにしても静かな午後のひと時だ・・・・・

「ぐ~~が~~」

天気もいいし、こういう時には教室で授業をするよりも外で体を動かしたいよね。こう静かだと眠気が・・・・・

「ぐ~が~ご~」

ええい、うるさい。これじゃ眠るどころじゃない、誰だこんな大いびきをかいているのはと、音のする方を見ると千鳥さんがちゃぶ台につっぷしていびきをかきながら豪快に熟睡していた。ほれぼれするような寝方だ。先生の存在などまるで眼中にないかのように眠りを貪っている。

「ぐ~が~ご~・・・ムニャムニャア・・・・・そんなこと急に言われても困っちゃう」

なぜ、あれほどゴージャスないびきをかきながら、そんなに乙女チックな夢が見れるんだろう?

「ねえ、アキ。かなめを起こした方がいいんじゃないの?先生睨んでいるわよ」美波が僕の袖を引いて小声で言った。

「そんなこと言ったって、千鳥さんの寝起きが悪かったらハリセン連打を食らうじゃないか」僕は固辞した。毒には毒を持って制するのが一番だ。千鳥さんのハリセン担当は相良君と相場が決まっているのだ。僕は相良君に声をかけた。

「ねぇ、相良君」

「・・・・・・」

「相良君ってば」

「・・・・・・」

相良君は黒板を見つめたまま微動だにしない。右手でかざしたままのナイフが不気味だが、その姿勢のまま固まっているようだ。

「あの、相良君さあ」

「・・・・・・・クークー」

「ねえ、美波。なんか変な音しない?」

「が~ご~」

「かなめのいびきの音しか聞こえないけど」

「・・・・・・・クークー」

「いや、ほら。小さい音だけど聞こえるよ。鼻息みたいだ」

「あんたの気のせいじゃ・・・・・」

「・・・・・・・クークー」

「ほら、ほら」

「確かに聞こえたわね。何かしら?」

どうもこの音は相良君の方から聞こえてきているような気がする。

「ねぇ、美波。この音って相良君の方からしてこない?」

「あんたねぇ、この音はどう聞いたって寝息でしょうが。相良はさっきからずっと黒板見ているじゃないの」

そう言われればそうなのだ。相良君はさっきから10分以上も身じろぎもせずに黒板を見て・・・・・身じろぎもせずに?そういえば黒板を見ているだけで、ナイフを上げた姿勢で教科書をめくるでもなくずっと同じ姿勢を続けている。ナイフの意味がよくわからないけど。

僕は相良君の前ににじりよって目の前で手を振ってみた・・・・・反応がない。

「・・・・・・・クークー」

「パンッ!!」目の前で軽く手を叩いてみる。

「・・・・・・・クークー」

やはり反応がない。もう間違いない、相良君は目をあけながら寝ているのだ。一体どういう意味があるのかはわからないが、相良君は傭兵歴10年ということだからきっと戦場で必要なテクニックなのだろう。ぜひ僕も習得して爪の垢よりも役にも立たない鉄人で爆睡したいものだ。

 

「ねぇ、美波。相良君、目を開けながら寝てるみたいだよ」

「アキ、あんた何バカなこと言ってるの。目を開けたまま寝れる人間がいるわけないじゃない」

「いや、本当なんだって」

「うーん、何よ。うるさいわねぇ・・・・・」僕と美波が争っている声で千鳥さんが目覚めてしまった。なにやらクトゥールの邪神を召還してしまったような気分だ。

「あ、ソースケ。あんたまた授業中に居眠りなんかして。人をFクラスにまで引き込んでおいて勉強する気あるの・・・・・クヌクヌクヌ」もはやお馴染みとなったハリセン乱打を相良君に喰らわせていた。どうやら授業中ということすら眼中にないようである。

どうでもいいがこの人は自分が今の今まで、居眠りどころか爆睡していたことを全く棚に上げているなあ。

相良君にお仕置きをするならば、せめて口元のヨダレは拭いてからにした方がいいと思うんだ。

 



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第9話

やっと6時間目が終わった。いろいろな意味で長かった1日もこれで終了だ。

「ほら~、ソースケさっさとしなさい。生徒会室に行くわよ」千鳥さんが相良君に言っている。

「むっ、今日は特に会議はないはずだが」

「会議なんかどうでもいいわよ。林水先輩に一言文句言ってやらなきゃ気がすまないのよ」そうだ千鳥さんは、ただの親父じゃなくて生徒会副会長もやっている親父だったのだ。相良君も役員だというし、うちの学校の生徒会は大丈夫なんだろうか?

「君が会長閣下に苦言を言うのに、なぜ俺まで行かねばならんのだ」

「あんたのことで文句言いに行くからに決まってるでしょ」見事なハリセンの一打が決まった。不思議なものだ今日一日ハリセンが飛びまくっていたお陰ですっかり違和感がなくなってしまっている。

「ほら、ボサボサしてんじゃないわよ」千鳥さんが相良君の首根っこを捕まえて引きずって行った。

 

「ドガっ」生徒会室のドアを蹴破らんばかりの勢いでかなめがドアを蹴って部屋に入ってきた。

「やれやれ、騒々しい娘だね、君は。ドアは手で開けるものとご両親から教わらなかったのかな、千鳥かなめ君」会長席に座っていた生徒会長の林水敦信が驚いた様子もなく言った。

「そんなこたぁどうでもいいんです、先輩。これは一体どういうことなんですか」

「はて?いきなりこれと言われても何のことやら」

「とぼけないで下さい。あたしを無理やりAクラスからFクラスへ移籍させた件です」

「ははは、そのことかね。礼はいらないよ」

「あたしは文句を言ってるんです」かなめが怒鳴った。

「君は相良君と同じクラスになりたいものだとばかり思っていたのだが」

「何でAクラスの快適な環境、特に絶品ドリンクバーを捨ててまで、スラムのようなFクラスでこんな戦争ボケと一緒になりたがると思うんですか」

「美樹原君」会長は側に静かに立っていた女子生徒、生徒会書記の美樹原蓮に声をかけた。

「はい、会長。相良君が昨年度半年で起こした事件は、校舎破壊3回、靴箱爆破4回、校舎内での銃乱射46回、他校生徒の訪問者脅迫16回です。このうち、千鳥かなめさんが側にいなかった場合に限定致しますと、校舎破壊3回、靴箱爆破3回、校舎内での銃乱射40

回、他校生徒の訪問者脅迫16回となり、千鳥さんが側にいた場合には、かなりの確率でこれらの事件の発生は防げたものと推察されます」

「どうだね、千鳥くん。この統計からどのような結論が導きだされるかね」

「結論って言われても。あたしの前でそんなことしようとしたらハリ倒しているからってだけじゃないんですか」

「そう、つまり事件の発生は未然に防げたということだ」林水は扇子をバッと広げると勝ち誇ったかのように微笑む口元を覆った。

 

「ちょっと待って下さいよ。じゃ、あたしにこの戦争ボケの尻拭いのために二度と帰ってこない17歳の青春を犠牲にしろっていうんですか」

「正直言って」会長はかなめの声を遮るように大きめな声で言った。

「生徒会諜報室による事件の隠蔽工作も限界に達している」

「いや、別に全然隠蔽できてなくて、生徒も先生も全員知ってますよ」かなめが呆れたように言った。というか生徒会にそんな部門があるというのも初耳だ。

「去年のペースで事件を起こされては僕もかばえなくなる。そうなると相良君は退学だ」

「ぐぬぬ・・・・・」

「リーマンショック以後のこの不況では、中卒ではロクな仕事もあるまい。犯罪に走るかホームレスになるか・・・・・」

「それを君はドリンクバーのために見捨てるというのか。やれやれ、僕が知っている千鳥かなめという少女はそんな娘ではなかったのだが・・・・・」

「ぐぬぬぬぬ・・・・・この卑怯者」

「返答がないということは了承してもらったと理解していいのかな」林水が勝ち誇ったように言った。

 

「・・・・・ちょっと待って」別の方向から女生徒の声がした。

「えっ?」かなめがそちらの方を見ると寡黙そうな女生徒が立っていた。

「紹介が遅れてしまった。こちらは今年度から会計をやってくれる2年Aクラスの霧島翔子君だ」霧島翔子の名前くらいは、かなめも知っていた。なにしろ学園始まって以来の才媛として有名なのだ。

「・・・・・あなたの魂胆はわかっている。林水会長を色仕掛けでたぶらかしてAクラスからFクラスに移って、雄二を狙うつもり」

「全然わかってないじゃないのよ。先輩この人なんなんですか」

「霧島君は優秀なんだが、若干人の話を聞かないところがあって・・・・・」珍しく林水が慌てた様子で言った。

「若干どころじゃないですよ。あたし達の会話をマルっと聞いてないじゃないですか」

「・・・・・あなたは敵」

「なんで、ほぼ初対面のあなたに敵認定されなきゃならないのよ」

「・・・・・雄二は渡さない」

「というか雄二って誰なの?」

「坂本のことだ」宗介がかなめに耳打ちした。

 



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第10話

「あのねぇ、霧島さん」かなめは呆れたように言った。

「坂本雄二だか加山雄三だか知らないけど、あたしはこれっぽっちも興味はないから」

「いや、今朝自己紹介したから君も知っているはずだ、千鳥。君が代表を押し付けた坂本だ」宗介が言った。

「あんたは黙ってなさい。そういう意味じゃねーのよ」

「・・・・・知っているのに知らないと嘘をつくところが怪しい」

「だから嘘じゃなくて、日本語の言い回しでしょうが」

「・・・・・あなたが言い訳しようが、Fクラスに移ったのは事実。とすれば雄二を狙う以外に理由はないはず」

「そっ、そうだったのか」宗介がショックを受けた様子で言った。

「何というか、いろいろとスゴい断言だわね」

「こちらウルズ7だ。うむ、了解した。すぐそちらに向かう」宗介が鳴りもしない携帯を取り出して会話をしている。

「千鳥、俺は至急の任務が入ったこれで失礼する」と生徒会室を出て行こうとした。

「鳴りもしない電話で一人芝居して何逃げようとしてんのよ。というか、なんであんた脂汗かいて動揺してんの?」かなめが宗介の襟首を捕まえて引き止めた。

「いっ、いや。君と坂本がそういう関係だとは知らずに今まですまなかった」宗介が目を泳がせながらかなめに言った。

「だぁ~。アンタ達二人とも人の話をちゃんと聞きなさい。あたしは坂本雄二なんかにこれっぽっちも興味はないし、ちっともカッコイイとは思っちゃいないの」かなめが叫んだ。

「・・・・・雄二をバカにする人は許さない」

「一体何て言えば敵認定解除してくれるの」かなめはへなへなと力尽きてつぶやいた。

 

「あのね、霧島さん。もう一度最初から説明するからよ~く聞いてね。あたしは、1年末のクラス別け試験でAクラス6席の成績を取りました。そして今朝は、革張りリクライニングシート、冷暖房完備、絶品フリードリンクの素晴らしい環境で1年間素晴らしい青春が送れるとルンルンで登校してきたわけ」

「・・・・・あなたがAクラス6席だったのは、知っている」

「そうしたら校門で西村先生から封筒を渡されたのよ。何だろうと思って開けてみると、どこかの腹黒生徒会長とマッドサイエンティスト学園長の連名で「Fクラス移籍命令書」が入っていたのよ」

「はて?この学校には生徒会長がもう一人いたとは初耳だ」林水が言った。

「先輩のことを言っているんです」かなめが怒鳴り返した。

「「何ですか、これ?」と尋ねたら、「問題児がFクラスに入ったから監視頼むぞ」と言いやがったのよ」

「ふむ、そんな奴がFクラスに。それにしても随分はた迷惑な奴だな」宗介がしみじみと言った。

「あんたのことよ」かなめがハリセンの一撃を見舞った。

「まっ、待て。千鳥。別に俺がお願いした訳ではないぞ」顔面にハリセンの一撃を受けながら宗介が言った。

「あんたがお願いしなくたって、半年で校舎破壊3回、靴箱爆破4回、校舎内での銃乱射46回、他校生徒の訪問者脅迫16回も事件起こされりゃ、学校側が自発的に監視つけるわよ。返してよ、あたしの絶品フリードリンク。濃厚なカプチーノ、芳醇な香りのダージリン、爽やかな風味のレモンスカッシュ。返しなさいよ・・・・・クヌクヌ」激昂した千鳥のハリセン乱打が始まった。

「どうもさっきから聞いていると君の青春というのは、ドリンクバー一色のようだね」林水が言った。

「先輩は黙ってて下さい」かなめが威嚇するように言った。

 

「・・・・・話はわかった。でも雄二は渡さない。しょうゆとこしょうのためにも」

「全然分かってないじゃないのよ。あんた本当に人の話聞いてたの?というかしょうゆってなに?」

「・・・・・分かっている。警告しただけ」

「そんな警告いらねーってんでしょう」かなめが疲れたように言った。

「・・・・・あなたがFクラスに移籍したのが相良の監視のためなら、私にもできる」

「あんたにこの戦争ボケの管理ができるって言うわけ?」かなめが不審そうに言った。

「・・・・・証拠を見せる」翔子はそういうと宗介の前に立った。

「なっ、何だ」宗介が微かに怯む。

「・・・・・相良、ハウス」翔子をそういうと部屋の隅を指さした。

「え?」

「・・・・・相良、ハウス」翔子は一歩ズイっと宗介に近づくと再び言った。

「千鳥、彼女は何を言っているのだ?」宗介が脂汗を額に浮かべながら、かなめに尋ねた。

「いや、ちょっとあたしにも・・・・・」

「・・・・・相良、ハウス」翔子はさらに一歩ズイっと宗介に近づくと再び言った。もはや顔が近づくほどの距離だ。

宗介が彼女の指差す方を見るとダンボール箱が置いてあった。

「よくわからんが、これに入ればいいのか?」宗介はダンボルに入ってチョコンと座った。

「・・・・・ほら、ちゃんと入った」翔子がどこか誇らしげに言った。

「あっ、あんたねぇ」かなめは文句を言おうとして思い留まった。これは千歳一遇のチャンスではなかろうか。あの戦争ボケをこの女に押し付ければ自分はAクラスに戻れる。

 

「さすがね、霧島さん。ソースケの管理は完璧だわ。ソースケはあなたに任せるから、あなたがFクラスに行ってちょうだい。あたしはAクラスで我慢するわ」かなめが翔子の手を握りながら言った。

「・・・・・友達になれると思っていた」翔子がかなめの手を握り返しながら言った。

「あんた、さっきあたしのこといきなり敵認定してなかったっけ?」

「・・・・・そんな昔のことは覚えていない」

「ということで林水先輩。ソースケは霧島さんに任せるということで、あたしはAクラスに戻っていいですよね」かなめが林水に言った。

 

「霧島君、我が校の試召戦争のことを知っているね」黙って成り行きを見守っていた林水が、かなめに構わずに言った。

「・・・・・はい、クラス別で設備をかけた召喚獣同士の闘いです」

「私が聞き及んでいるところによると、坂本君は内に秘めた闘志はなかなかのものらしい」

「・・・・・雄二は昔から男らしい。」

「そういう男だったら当然Aクラスに試召戦争を挑むことだろう」

「・・・・・だから私も雄二の傍で力になってあげたい」

「うむ、そういう方法もあるだろうな。ここからは独り言なのだが、試召戦争では代表同士が個人的に賭けをすることがあるそうだ」

「・・・・・?」

「例えば、ある女の子は「私が勝ったら恋人になって」という約束を賭けて、見事に勝利して恋人になったそうだ」

「・・・・・そんな手が」

「だが、同じクラスでは賭けはできないねぇ。残念なことだ」

 

「・・・・・かなめ」翔子が振り向いて言った。

「なっ、なによ」

「・・・・・私はAクラス代表としてAクラスを見捨てることはできない。だから相良はあなたに任せる」

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。あんたまさか林水先輩の話真に受けてるんじゃないでしょうね」

「・・・・・雄二と同じクラスじゃないのは残念だけど、代表の責任は放棄できない」

「じゃ、あたしのAクラス復帰はどうなるのよ」

「ご破算ということだね」林水が言った。

「先輩が余計な入れ知恵するから・・・・・あたしのドリンクバ~~」かなめが絶叫した。

「・・・・・代わりにこれあげる」

「何よこれ?」

「・・・・・ゴストのドリンクバー割引券」

「あんた、本気であたしに喧嘩売ってるわね」

「まあ、これで千鳥君がFクラスでいることの障害はなくなったわけだ。ハッハッハ」林水が扇子をバッと広げて振りかざした。

 



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第11話

「まったくもう先輩も先輩だけど、霧島翔子も霧島翔子だわ。先輩の口車に簡単に乗せられちゃって・・・・・」かなめは下校の道をブツクサいいながら歩いていた。

「案外君も執念深いのだな」宗介が呆れたように言った。

「当たり前でしょう。カプチーノ、ダージリン、カフェラテ、レモネード・・・・・ああ、あたしの青春のドリンクバーが・・・・・」

「よく分からんが、会長閣下が言った通りに君の青春とやらは、ドリンクバー一色なのだな」

「うるさいわね。あたしからドリンクバーを奪った張本人が他人面してんじゃないわよ」かなめが怒鳴った。

「それではお詫びという訳ではないが、そこのファミレスでドリンクバーを奢ってやろう」宗介が近くのファミレスを指さして言った。

「はぁ、あんたが?どういう風の吹きまわしよ」

「いや、さっき霧島が割引券をくれたのだ。使わないともったいない」実はこう見えて宗介は割引券とかクーポン券に目がなく、あれば必ず利用するのだ。もちろん律儀に各種メンバーズカードの会員にもなってポイントを貯めるのを密かな趣味にもしたりしている。

「あんた意外と抜け目ないわね」かなめが呆れたように言った。

二人は揃ってファミレスに入って行った。

 

「あっ、相良君と千鳥さんだ。おーい、こっちこっち」明久が店内に入ってきた二人を目ざとく見つけて声をかけた。

「何だ、吉井たちも着ていたのか」そこには、明久の他に雄二、ムッツリーニ、秀吉、姫路、美波が揃っていた。

「あんた達ねぇ、下校時の寄り道は禁止なのよ」かなめが言った。

「自分のことをどんだけ棚に上げりゃ、そんな発言が出てくるんだ」雄二が言った。

「あたし達は生徒会役員だからいいのよ」かねめが平然と言い切った。

「生徒会役員が率先して校則を破ってはマズいのではないかのう」

「・・・・・権力を持たしてはいけないタイプ」

「いいから、そっちツメなさい、ほら」かなめが無理やり席に割り込んだ。

「そういえば相良ってウチと同じ帰国子女だったわよね。どこにいたの?」美波が尋ねた。

「ん、俺か?世界中を転々としていたな。アルジェリア、アフガン、チェチェン、ニカラグア、カチン。まあ、色々だ」

「ろくでもないところにしかいなかったんだな」雄二が言った。

「にっ、日本に来る前はどこにいたんですか」姫路さんが場を取り繕うように尋ねた。

「日本に来る直前はアフガンで傭へ・・・・・」

「さあて、なににしようかな」千鳥さんが叫んだ。

「奢ると言ったのはドリンクバーだぞ、千鳥」

「そうね。さっさと飲み物取りに行きましょう」二人が飲み物を取って戻ってきた。

「で、何で日本に戻ってきたのじゃ」秀吉が尋ねた。

「うむ、ミスリルから命じられてこの千鳥かなめの護衛のた・・・・・」

「ぷーっ」千鳥さんが飲み物を吹き出した。

「汚いぞ、千鳥」

「ほほほ、ごめんなさい(あんたねぇ、ミスリルは秘密軍事組織じゃなかったの?)」

「(いや、すまん。つい成り行きで・・・・・)」相良君が汗をかきながら、何やら千鳥さんに良い訳している。

「そっ、そうか」雄二が言った。

「アフガンの学校ってどんな感じなんですか?」姫路さんが尋ねた。

「アフガンの学校?いや、学校には通っていなかったが・・・・・」

「じゃ、なにをしておったのじゃ?」

「うむ、ゲリラ組織に属していてソ連軍と戦と・・・・・グワッ」千鳥さんのパンチが相良君の頬に炸裂した。

「あら、ごめんなさい。大きな蚊が・・・・・(あんた本気で情報を隠蔽するつもりあるの?いい加減にしないとテッサに言いつけるわよ)」

「(彼らの情報の聞き出し方がウマすぎるのだ)」

「(普通の会話よ、普通の。あんたが勝手に喋ってるだけじゃないの)」

「・・・・・何だか聞いてはいけない話がいろいろあるようだ」ムッツリーニがツブやいた。

「やっ、やあねぇ。あたし達は普通に日本の高校生活をエンジョイしているただのセブンティーンよ、ほほほほ」

「うむ、そうだぞ土屋。傭兵として世界中を回っていたとか現在アマルガムという組織と敵対しているとかそういうことは全くない、ごく普通の高校生だ」

「あんたは黙ってなさい」千鳥さんが相良君をどなりつけた。何だか二人の間ではいろいろと世界規模の陰謀に関わる設定が出来上がっているようだ。これを中二病とかいうのだろうか。まさか、傭兵をやっていた兵士が、ある秘密を持った日本の女子高生を守るために、秘密組織から派遣されてきて護衛しているなんてどこぞのライトノベルのようなことが現実にあるわけがない。

「まあ、相良が千鳥の護衛っていうんだったら、学校であれだけ騒ぎを起こしている時点で失格だよな、ハハハ」雄二が言った。

「そうよね、そんなバカな秘密任務なんてあるわけないわよね」美波が笑う。

「面白い設定じゃのう」秀吉も言った。

「・・・・オースチン・パワーズ並み」

「坂本君ったら、面白い冗談です」

「いやあ、本当だったら僕でも入れそうだね、その秘密組織」

「・・・・・」

「・・・・・」なぜ二人は笑わずに引きつった顔をしていたのだろう?

 



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第12話

「ふぅ~」部隊への報告書を描き上げた宗介は、コンピュータの前で伸びをした。

「さてっ、あとはこれをメールで送信するだけか・・・・・ムッ」彼の兵士としての本能が危険を訴えてきた(大概は盛大な自爆を招くハメになるのだが)。

宗介はベランダ側の窓に影が映らないように注意深く近づくと、そっとカーテンの隙間から外を見た。ベランダは通りに面しており、道向かいがかなめのマンションで、宗介の部屋から見える位置にベランダがある。

「あれは・・・・・?」黒服の男が二人かなめの部屋のベランダに侵入しようとしている。一人は地上からロープを使ってよじ登ろうとしているが、アタフタした動きからすると新兵だろう。問題は屋上からラベリング降下でベランダに降りてくる男だ。

「かなりのベテランだな。一般兵ではない。特殊部隊・・・・・それもトップクラスの腕前だ」宗介はテーブルにあった携帯を取るとかなめの番号を押した。

「トゥルルルルル~」呼び出し音が続くばかりだ。シャワーでも浴びているのだろう。

「くっ、間に合わない」宗介は携帯を投げ捨てると、壁に立てかけてあったリューポルド製 Vari-Xミルドット光学スコープを装備したSR-25狙撃銃を手に取り、窓をそっと開けて侵入者に狙いを定めた。

屋上と地上から挟撃した二人はベランダで合流し、窓際に屈んだ。

「来い!少しでも変な真似をすれば頭を吹き飛ばしてやる」宗介は狙撃銃のスコープを除きながらツブやいた。

・・・・・5分・・・・・10分。二人が部屋に侵入する気配はない。

「・・・・・おかしいな。何をやっているのだ、あの二人は」

 

「ねぇ、土屋君。本当にここまでやる必要があるのかな?」不安そうな声で風間が言った。

「・・・・・真実の姿を撮るのがジャーナリストの使命」

「いや、僕たち別にジャーナリストじゃなくて、単なるアルバム編集委員なんだけど」

「・・・・・俺の目はごまかされない」

「千鳥さんくらい裏表なくてわかりやすい人はいないと思うんだけどなぁ・・・・・」

「・・・・・隠しても無駄だ。あれは確実にFカップはある。ウっ」ムッツリーニはそう言うと鼻血を吹き出した。

「だっ、大丈夫?土屋君」

「大丈夫だ。ちょっと気温が高いのでノボせてしまっただけだ」

「千鳥さんがFカップあるって、去年の学園祭でミスコンで水着になったから、学園中の生徒が知っていると思うんだけど」

「・・・・・そうなのか?」

「ミスコン見なかったの?」

「・・・・・会場に入ると同時に鼻血を大量出血して保健室に運ばれてしまった」

「あの可愛さの上にFカップのナイスバディ、あれで性格さえなければって評判なんだよ。一部では脳をAIに入れ替えろという強硬派もいるくらいで」

「・・・・・人格を完全否定されているな」

「だから学校で普通にモデルになってくれってお願いすればいいんじゃないかな」

「・・・・・それではFカップが真実の撮れん」

「いや、それじゃ単なる盗撮で、とてもアルバムに載せられないよ」

「・・・・・心配するな。載せられない写真はムッツリ商会で引き取る」

「ひょっとしてそっちがメインじゃないの?」風間がジト目でムッツリーニを睨んだ。

 

「何をしているのだ、一体」スコープを覗いたまま宗介は苛立っていた。15分も立つというのに侵入した2人に全く動きが見られないのだ。

「もしかすると強襲要員ではなくて偵察要員か。捕獲して背後関係を吐かさねば」宗介は狙撃銃を投げ捨てると、玄関に向かいそこにあったロープを掴むと、外へ飛び出した。

数分後、宗介の姿はかなめのマンションの屋上にあった。持っていたロープの端を手すりに結びつけるとラベリングで壁を蹴りながら降下していった。侵入者の後ろに静かに降り立つと胸のホルスターから愛用のグロッグ17を抜いて、侵入者の頭に突きつけた。

「静かにしろ。少しでも変な真似をしたら頭を撃ちぬく」2人の男は固まった。

「よし、手に持っている銃をゆっくりと床に置け」2人がカメラを床に置いた。

「ふん、こんな物騒な・・・・・カメラ?貴様ら何者だ」宗介が言った。

「その声は相良君?僕、風間だよ」風間が振り向いた。

「風間、一体こんなところで何をしているのだ?そっちは誰だ」

「・・・・・俺だ、相良」ムッツリーニが言った。

「土屋か。何がなんだかわからん。とにかく座れ」3人はベランダで車座になって座った。

 

「で、何のためにこんなところにいるのだ?」

「僕たちアルバム委員でね。卒業アルバムのためにみんなの写真を撮っているんだ」

「・・・・・千鳥かなめには隠された胸、いや秘密があると睨んだ。だからそれを撮りに来たのだ」

「(・・・・・まさか土屋は千鳥がウィスパードであることに気づいているというのか。もしかして俺がミスリルの兵士であることも。これはまずい状況だ。誤魔化さねば)」宗介は決意した。

「ははは、なっ何を言うんだ土屋。千鳥がウィスパードだなんて根も葉もない噂だ。それを護衛するために俺がミスリルから派遣されたという話に至っては笑い話にもならん」

「・・・・・?」

「・・・・・?」盛大な墓穴を掘ったことに宗介は気づいてはいなかった。

「俺も千鳥も、ごく真面目な100均で売られていてもおかしくない普通の高校生じゃないか」

「いや、二人とも普通の範疇からは随分と外れていると思うんだけど」風間が言った。

「・・・・・日本中探しても校舎爆破する高校生はいない」ムッツリーニも言った。

その時、上の方からヒラヒラと布が落ちてきた。思わず受け止めるとそれで汗を吹きながら宗介が続けた。

「まあ、あんまりここには近づかんことだ。あやうく狙撃するところだった」

「だけど千鳥さんの写真を撮らないと。性格はともかく一応美少女だし」

「・・・・・Fカップは外せない」

 

「千鳥には明日俺からモデルになってくれるように頼んでやろう」宗介が言った時、ベランダの窓がガラっと開いて、シャワー上がりの身体をバスタオルに包んだかなめが顔を出した。

「ちっ、千鳥」

「・・・・・えっと、ソースケ?」どうやら頭の回転が追いついてないらしい。

「いや、今アルバム委員の会議を風間や土屋としていたところだ」宗介が振り返った時には、ムッツリーニは3階のベランダから飛び降り、風間は2人から死角になる鉢植えの影に隠れていた。

「どこにいるのよ、風間君や土屋は?」

「いや、さっきまで確かにここにいたのだ」宗介は汗が噴き出してくるのを実感していた。この流れはまずい。非常にまずい。

「宗介、手に何持ってんの?」かなめの頭の回転が徐々に回復してきたようだ。

「いや、さっき落ちてきたのを拾ったんだが」そういって布を開くと三角形のショーツが現れた。

「あんた、それって」かなめの顔が真っ赤になった。

「変わったハンカチだな。三角形で縞模様をしている」

「あんたちょっと、そこ動くんじゃないわよ。絶対よ」かなめの姿が奥に消えたかと思うとすぐに戻ってきた。

「ちょっと待て、千鳥。手になにを持っている」

「あぁ、これ?世間じゃ金属バットって読んでいるけど、押収された光画部の連中は「粉砕バット」って呼んでいたわ。今、その理由がわかったところなの」

「そうか。それは何よりだ。どころで時間も遅いことだし、俺もそろそろ失礼しよう」

「させるかぁ~、この変態下着泥棒ぉ~」かなめは粉砕バットを振りかざし、宗介の脳天めがけて振り下ろした。

スレスレでバットの一撃をかわした宗介は、考えることなくベランダを乗り越えて3階下へと飛び降りた。街路樹の上に落ちた宗介はかろうじて大怪我は免れた。

「やれやれ何とか助かったか。それにしても土屋の動きは尋常じゃないな。情報部門に依頼して背後関係を洗う必要があるかもしれん」少しビッコを引きながら部屋へと戻る宗介であった。

 



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第13話

翌朝、いつものように定時連絡を行なった。

「それで相良軍曹、新学期はどうですか」相手は戦隊最高指揮官テレサ・テスタロッサ大佐、この特別任務についていなければ声もかけられない人物である。

「は、大佐殿。何も問題はありません。自分はFクラスに入りました」

「あ、でも日本の学校って新学期毎にクラス替えがあるんですよね。千鳥さんは何クラスなんですか?」

「はっ、千鳥もFクラスであります」

「・・・・・そうですか」こころなしかテッサの声が沈みがちに聞こえたのは気のせいだろうか。

「おかげで護衛がしやすくて助かっております」

「・・・・・それはどうでもいいんですけどぉ。どうやってクラス別けしたんでしょうねぇ」

「はっ、それはそのテストの順位であります」

「まあ、じゃあAクラスから悪い順番に並べて、相良さんは千鳥さんと一緒のFクラスってことですね。さすが相良さんです」

「いっ、いぇ。あの・・・・・大佐殿。クラス別けはAクラスから順番でありまして」宗介は自分の声が裏返ったのが分かった。

「えぇ~、それじゃ千鳥さんがFクラスっておかしくないですかぁ~。情報部からの資料では、かなめさんは学業成績は優秀だったはずですよ」

「それは大人の事情というか会長閣下の思いやりというか・・・・・」

「む~っ相良さん。まさか千鳥さんと一緒のクラスになろうと何か企んだんじゃないでしょうね」テッサが怒りの声で問い詰めた。

「いっ、いえあの。千鳥は本来はAクラスのはずだったのでありますが、自分の監視の為という名目で移籍命令が出されまして、一緒のクラスになったのであります」あの状態のテッサに嘘をつくくらいなら本当のことを言った方が100倍はマシだ。

「呆れた。護衛対象に護衛してもらうなんて・・・・・えっ、何ですか?はい、そうですか」

「どうしたのでありますか、大佐殿」

「マデューカスさんが折り行ってお話があるそうですから、代わりますね」

「ああ、もう登校の時間であります。交信終了」宗介はマイクに怒鳴ると通信機のスイッチを切り、念の為にコンセントも引き抜いた。

 

元ロイヤルネイビー原潜「タービュラント」艦長にして、現トゥハー・デ・ダナン副長のマデューカス中佐は宗介が最も苦手にしている人物であった。冷徹怜悧にして融通の利かない性格は、隊員たちからは疎まれる存在(副長とはそんなものだ)なのであるが、ことのほか宗介に対する当たりは厳しいような気がする。

「副長が俺に対して厳しくなったのは、おそらく俺がかなめの警護として文月学園に赴任した頃からだ・・・・・」学校への道を歩きながら宗介は考えていた。

「まさか・・・・・・副長は、かなめを・・・・・いや、ないな」宗介は即座に否定した。そもそも接触が少なく、かなめなどは中佐を「号令係のおじさん」としか思っていない。

「もしかしてテッサか・・・・・まさかな」マデューカスとテッサでは、親子かヘタをしたら孫ほども年が離れているし、中佐がロリコンという噂も聞かないなどと中佐に知られたら、即座に強襲を受けそうな失礼な想像をした。それに、あの二人は自分なんぞよりはるかに一緒にいる時間が長い。自分に厳しく当たる理由はない。

「そうすると残りはマオか・・・・・」そもそも自分の周囲にいる女性(しかも3人だけ)しか頭に浮かんでこないところから間違っているとは宗介は気づかない。

「まさかマオとは・・・・・」宗介の脳裏にマオの姿が思い浮かぶ。

「ホラホラ、ぼやぼやしてんじゃないわよ、このウスノロ共・・・・・」

「このファッキン・シット。尻を蹴り飛ばされたいの?」

「ボンクラ共、両生類の糞を集めたより役に立たない連中ね・・・・・」ロクな会話をした記憶がない。一方マデューカス中佐はどうだっただろうか?

「ふむ、軍曹。君がこの部隊に在籍できるというのはミスリルにもまだゆとりというのがあるという証拠だな」

「ほほう、傾聴に値する意見だ。明朝0600までに報告書にして提出しろ」

「気にするな軍曹。これは君のミスではないSRT全体の問題だ。カリーニン少佐に特別訓練を実施するよう命令しておこう」

宗介は頭を抱えた。水と油どころの話ではないではないか。

 

「おはよう、ソースケ」かなめが宗介の肩を叩いた。

「わっ、千鳥。違うんだ、夕べは事情があって」宗介はハリセンに身構えた。

「ああ、それならあんたが3階から落ちた後、鉢植えの影から出てきた風間君から聞いたわよ。あたしの卒業アルバムの写真が欲しかったんだって?学年のアイドルの私生活に密着取材だなんて照れちゃうわよねえ」かなめは嬉しそうに言った。

「風間、恐ろしい子」よくもまああの状況を丸く収められたものだ。というか納得する千鳥も千鳥だが。

「なんか言った?」

「あ、いやなんでもない。それより相談に乗って欲しいことがあるのだが」

「へぇ、あんたが悩み事って珍しいじゃない。何でもいいなさいよ」千鳥は相変わらず上機嫌である。

「いや、何と言ったらいいのか・・・・・30歳差の恋愛というのは成り立つのだろうか?」

「はぁ?あんた47歳の人妻でも好きになったの?」かなめの声が不機嫌になった。

「いっ、いや俺の話ではない。知り合いのことなのだが・・・・・30歳差でも恋愛というのはできるものなのか?」

「そりゃあ、できないことはないと思うけども。趣味とか価値観が一緒だったら恋愛に発展してもおかしくないでしょう」

「趣味と価値観か・・・・・」宗介の頭がフル回転する。マオの趣味は・・・酒だ。休日になると朝から飲んだくれている。中佐の趣味は?紅茶をすすりつつ論文を読みながらチェスをすること。

「趣味なんて接点がないではないか!」宗介が思わず怒鳴った。

「なっ、何よいきなり大声で。よくわからないけど趣味が一緒じゃなくても価値観が同じだったら気があうこともあるんじゃないの」

「それもそうだな」再び考える。マオの価値観・・・・・現場第一。規律なんて糞食らえ。中佐の価値観・・・・・1にも2にも規律第一。

「無理だ。どうやってあの二人をくっつければいいのだ」

「あのねぇ、あんた自身が恋愛のことなんてこれっぽっちも理解していないのに、人の心配している場合じゃないでしょうが。それより遅刻しそうだから走るわよ」

そう言って駆け出したかなめの後の宗介は追いかけた。

 

夕方、銃の手入れをしていると無線機の緊急連絡回線が鳴った。あわててヘッドフォンをつけて回線を開く。

「はい、こちらウルズ7」

「相良軍曹かね。こちらはマデューカス中佐だ」

「ちゅっ、中佐殿~」宗介は思わず椅子から立ち上がり気をつけの姿勢を取った。

「ふむ、元気そうだが、もう少し落ち着けんものかね」

「はっ、十分落ち着いております」

「それならいいが、ところで学校でクラス別けがあったそうだな」

「肯定であります」

「エンジェルと同じクラスになれたのは僥倖だった」

「はっ」

「だが、伝え聞くところによれば最下位クラスだとか」

「・・・・・こっ肯定であります」

「私の理解では、SRTの隊員というのは、頭脳明晰、身体強健、戦闘技能にも長けている者が選抜されていると思っていたのだが」

「はっ、申し訳ありません。まだ日本語になれておらず・・・・・」

「言い訳はいい。まったくなぜ君のような男を大佐殿は・・・・・」後半の声は小さくて聞こえなかった。

「はっ、何でありましょう」

「何でもない。いいか軍曹。君たちSRTは、戦闘技能にだけ長けていればいいと考えがちだが、それは大きな間違いだ。戦闘になった時に相手の考えと動きを読む、これには知能と学習が必要なのだ」

「よくわかります」

「私がイギリス海軍兵学校に入学した時には、率直に言って成績は平凡なものだった。だが、私は他の連中がダンスに興じている間にも勉強をしていた。それはマリナーになりたかったからだ。そのような青春を寂しいと呼びたければ呼ぶがよい。だが、私は当初の希望どうりにマリナーになることができた」

「感服いたします」

 

・・・・・・10分経過

「初めての戦闘活動の時に私は愕然とした。これまで学んできたことが頭から飛んで、小鹿のように立ち尽くすしかなかったのだ」

「あっ、あの中佐殿」

「黙って聴け、軍曹」宗介の困惑を他所にマデューカスの説教には熱が入ってきた。

 

・・・・・20分経過

「その時、ダラスがピンを打ってきたのだ。その時、私は確信した。ダラスは「おれはまだやれる

。おれにやらしてくれ」と言っているのだとな。これは教科書では得られることのない知識だ。マリナーとして血と汗の研鑽を積んだものだけが理解できるサインなのだ」

宗介はだんだん自分がなんで怒られているのか、わけがわからなくなってきた。

 

・・・・・40分経過

「つまり、私がいいたいことは、勉強というのは若さの特権であり、真の知識は経験から得られるということだ。わかったか、軍曹」

「よくわかりました」

「ふむ、それならいい。引き続き護衛任務をがんばってくれ」

「ありがとうございます」無線が切れた。宗介はへなへなと椅子に腰を下ろした。

中佐にはわかったとは言ったものの、結局何の話だったのか全く理解できていなかった。

 

「明日も早い。もう寝よう」宗介は戦友たちの写真に挨拶をして床についた。

 

 

                                         (了)




とりあえずこれで第1章は終わりです。
次はあの人を出したいんですが、オチが見えてこないので
どうなることやらw


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敵と味方と転校生
第1話


それほどネタがあるわけではないのですが、テッサたんを出すまではと
頑張って続けたいと思いますw



新学期が始まって1周間も経つとなんとなく騒がしかった学校も落ち着いてきたような気がする。宗介は眠そうな目で学校への道を歩いていた。

「おはよう、ソースケ」かなめが後ろから肩を叩きながら声をかけた。

「ああ、千鳥か。おはよう。ふぁ~」

「珍しく眠そうね。どうしたの恋の悩みだったら相談に乗ってあげてもいいわよ」言っていることは優しいが、声が全然笑っていなかった。

「いや、そんなことではない。深夜アニメを見ていて夜更かしをしてしまったのだ」

「はぁ?あんたがアニメェ~。戦争物のアニメなんてやっていたかしらね?」

「戦争物と言えば戦争物なのだが・・・・・」

「まさか、萌えアニメにハマっている・・・・・わけないわよね。あんたじゃ」

「そこはかとなく馬鹿にされたような気がするのだが、見ているのは、「ガールズ&パンツァー」という戦車物のアニメだ」

「ガっ、ガルパンってあんた。逃げも隠れもしない萌えアニメじゃないの。なに?ついに戦争ボケからそっち方面に目覚めたの?で、誰のファンなの王道でミホ?それともM趣味で会長?マニアックなところで自閉ちゃん?」かなめは興味深げに尋ねてきた。

「さっきから君が言っている萌えというのがよくわからんが、戦車の考証がよくできている」

「やっぱ、そっち方面なのね」かなめが肩を落として言った。

 

「だが、いくら試合とはいえティガーに九七式《チハ》で挑むのは、無謀だと思うのだ」

「知らねーわよ、そんなこと」

「ただでさえ防御力に難がある九七式で、重戦車のティガーに立ち向かうのは自殺行為だ」

「はあ、さいですか」

「ただ、あのアニメでよくわからないことがあるのだが、君は知らないか千鳥」

「いや、確かにあたしも見てるけど戦車にそんなに詳しいわけじゃないから、あんたが知らないことあたしが知っているわけないじゃない」

「いや、戦車のことじゃなくて、なぜあんなに女の子がたくさん出てくるのだ?」

「あんたねぇ、ガルパンのコンセプト全く理解してないじゃないの」

「何を言う。サンダース高のシャーマンの大行列には感動を覚えたぞ」

「演出さんが聞いたら泣いて喜びそうなセリフだわね」

「しかし、俺もだいぶ日本に慣れたつもりだったが、戦車道というのが日本女性の嗜みだとは知らなかった。君もやったことがあるのか?」

「あるわけないでしょ。二次元と三次元を一緒にしてんじゃないわよ」

「だが西住流戦車道というのがあって、ミホはそこの・・・・・」

「なんでそこまでハマってんのよ。あれはア・ニ・メ。現実じゃないの」

「・・・・・そっ、そうだったのか」宗介は肩を落とした。

「女子高生が戦車で撃ち合っているっていう段階で気が付きなさいよ、あんたは」

「いや、戦車があまりにリアリティがあったもので」宗介が言い訳するように言った。

「それ以外の設定が違和感バリバリでしょうが」

「やけに女の子が多いなとは思ってはいたんだが」

「そこにしか違和感を感じなかったところに問題があるわよね。あんたは「ヘルシング」とか見ちゃダメよ。バチカンに突撃かけかねないわ」

「ヘルシングか覚えておこう」

「見ろって言ってんじゃねーわよ」

 

「よお、千鳥に相良」雄二が声をかけた。

「坂本か、おはよう」

「ああ、坂本君。おはよう」

「あいかわらず仲良いんだか、悪いんだかわからねぇな、お前らは」

「別に仲が悪いわけではないぞ。ちょっと議論していただけだ」宗介が言った。

「議論って、一方的に千鳥が怒鳴っていたようにしか見えなかったんだが」

「失礼ね。ソースケがあんまりバカなこと言うから訂正してあげただけよ」

「朝っぱらから、そんなに真面目な話をしていたのか」

「うむ、ガルパンに出てくる女の子についての議論をな」

「あんたは黙ってなさい」

「・・・・・ガルパンって、お前。ガールズ・パンツってことか?そんなこと朝っぱらからやってたら千鳥じゃなくても怒鳴るだろ」雄二が呆れたように言った。

「あんたもどんだけ勘違いしてるのよ。ガールズ&パンツァーって深夜アニメの話よ」かなめが怒鳴った。

「深夜アニメ・・・・・。そりゃまた随分相良のイメージと合わないものを」

「いや、それが戦車の考証がなかなかバカにならないのだ。何しろASの天敵は戦車だからな。知っておいて損はない」

「そもそもASってのが何だかわからないのに、その天敵を知ってどうしようってんだ」

「坂本、世界は常に流動しているのだ。日本が明日戦場にならないという保証はどこにもない。今は平和な学園生活だって、いつ騒動に巻き込まれるか分からないのだ」宗介が胸を張って言った。

「騒動のほぼ100%は、あんたが起こしているんでしょうが」かなめがハリセンで宗介を張り倒した。

「このように、いつどこから敵から襲われるかわからないのだ」ムックリと起き上がりながら宗介が言った。

「いや、流動する世界情勢とは全く無関係に今のは100%自業自得だと思うぞ」雄二が呆れたように言った。

「ああ、こんな時間だわ。2人とも走らないと遅刻よ」かなめはそう言うとかけ出した。

雄二と宗介も後に続いて校門に向かってかけ出した。

 



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第2話

やっちゃいました。
どうしてもこの人出したかったんですが、この後の展開を何も考えていない。
どうなるんでしょう。誰か教えて下さい。

つっても私の場合、行き当たりばったりなので何とかなるのかなと
結構、楽観的に考えてはいますが。


3人はギリギリで始業ベルに間に合い、それぞれの席についた。

「それにつけても暑苦しいクラスね」かなめが言った。

「お前は毎日それをボヤいているな」雄二が言った。

「だって、女生徒があたしと美波と瑞希と秀吉の4人しかいないのよ。中国よりも男女比が悪いじゃないの」

「ワシは男だと言うておるに」秀吉がボヤいた。

「というか、実質姫路と木下の2人じゃねえの・・・・・ギャア」誰かが言ったが、もちろん美波が関節技で黙らせた。どうして虎の尾の上でツイストを踊るようなマネをするのか僕には理解できない。触らぬ美波にタタリ無しと昔の人も言っているのに。

「ガラっ」ドアを開けて担任の鉄人が教室に入ってきた。更に教室が暑苦しくなる。生徒だけでも暑苦しいのだから、教師くらいはクールビューティな女教師を配置してもいいと思うのだが。

「よし、出席を取るぞ。いない者は返事をしろ・・・・・よし、全員出席だな。丈夫さだけがお前たちの取り柄だからな」よくも毎日毎日こうも生徒を貶めることが言えるものだ。というかせめて出席くらいまともに取れないものだろうか?

「今日は転校生を紹介する」鉄人が言った。

「転校生ですってよ。女生徒だったら少しは涼しくなるかしら」千鳥さんが言った。

「ふむ、背後関係の調査が必要だな」相良君は相変わらずだ。

「あんたねぇ、いいかげんにその世界から離れなさいよ。そうそうあんたみたいな奴が転校してくるわけないでしょう」

 

「入りなさい」鉄人がドアの外に声をかけた。

「失礼します」背の高い精悍な顔をした男生徒が教室に入ってきた。ところで何故千鳥さんと相良君は、盛大にズッコケているんだろう?

「紹介しよう。山田ガウルン君だ」

「きっ、貴様ガウルン何を企んでいる」相良君がいつものように銃を抜こうとするより早く千鳥さんが投げつけたカバンがガウルン君の顔面を直撃した。

「何しに来たのよ、この変態誘拐魔」

「ククク、相変わらず元気なお譲ちゃんだ」ガウルン君が立ち上がって言った。

「おい、顔面に千鳥のカバンを受けても平気だぞ」

「いや、涙ぐんでるぞ」

「鼻血が出てなかったらカッコいいんだが・・・・・」

「何か、相良や千鳥の知り合いらしいから、ロクでもない奴には違いないな」クラスの連中が好き勝手言っている。珍しいことに連中が言っていることが全て当たっている。

「ガウルン、何のまねだ」相良君が銃を向けて叫んだ。

「会いたかったぜ~、カシム。こんなところにいたとはな。探すのに苦労したぜ」

「うるさい。そんなことはどうでもいい。質問に答えなければ撃つ」

「質問も何も、高校生が転校してくるのに勉強以外の理由があるのかい」

「あんたねぇ、少しは設定ってもんを考えなさいよ。いくら何でも無理があるでしょうが」千鳥さんが怒鳴った。

「ククク、設定ってのが何なのか分からんな」ガウルン君がクールに答えるけど、そろそろ鼻血は拭いた方がいいと思うんだ。

「少しは書いている人の身になれって言ってるのよ。勢いで転校させてきたのはいいけど、今頃つじつま合わせに頭抱えているわよ」

「17歳の男子が高校に行くのに設定とやらが必要なのかい、お譲ちゃん」

「17歳って、あんたねぇ。どうみたって西村先生より年上にしか見えないわよ」

「ああ、千鳥。人の容貌をどうこう言うのは感心せんぞ。これぐらいのフケ顔の高校生も日本全国に・・・3人くらいはいるかも知れん」あっけに取られて3人のやり取りを見ていた鉄人が我に帰って言ったが、フォローになってないような気がするのは気のせいだろうか?

 

「先生は黙っていて下さい。こいつはハイジャックの誘拐犯の変態なんです」

「おっと、変態とは人聞きの悪い。あの時はお譲ちゃんには指一本触れていないはずだぜ」

「指一本どころか、あんたのせいで軍隊に追い回された上に崖の上からバンジージャンプさせられたわよ」何やらとても日本の高校生とは思えない会話が続いているのだが、このまま続けさせてもいいものだろうか。

「だいたい何でお前が日本にいるのだ」相良君が言った。

「俺が日本人だからに決まっているだろう、カシム」

「あんたのどこが日本人なのよ」

「名前を聞かなかったのか、俺の姓は「山田」だ。典型的な日本人だろうが」

「どこをどう聞いても取ってつけたような偽名じゃないの。どうせ偽名使うならもうちょっと凝った名前にしなさいよ、有栖川とか武者小路とか。おまけに姓は山田なのに、なんで名前はガウルンのままなのよ」

「ククク、アイデンティティって奴だ、お譲ちゃん」

「転校してきた上に堂々とFクラスにまで現れるとはいい度胸だ。どんな手を使った?」

「普通に試験を受けただけだぜ」

「普通に試験を受けてFクラスに配属ということは・・・・・お前は頭が悪いのだな」

「あんたが言ってんじゃないわよ」千鳥さんのハリセンが相良君の顔面に決まった。

「まあいい。お前が高校生になってまで現れた理由を聞こう。正直に吐かねば撃つ」

「ククク、理由か?それはお前らが一番よく知ってるんじゃないのか」

「俺たちが?どういうことだ」

「つまりだ・・・・・高校生にでもならねば」

「・・・・・ならねば?」相良君がガウルン君に銃の狙いを定める。

 

「俺の出番がないんだよ、カシム」千鳥さんと相良君が盛大にズッコケた。

 

「そっ、それだけの理由なの?」

「ククク、その通りだ。お譲ちゃん」

「それでわざわざ高校生にまでなって、転校してきたのか」

「さすが俺の愛するカシムだ。大正解だよ」

「そこまでして出るほどのSSじゃないでしょうに」千鳥さんが呆れたように言った。

 

 



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第3話

「まあ、とりあえず問題はないようだし、朝のHRはこれで終わる」鉄人が関わりあいになりたくないとばかりにそう言ってそそくさと教室から出て行った。問題がないどころか問題しかなかったような気がするんだが。

「ククク、そういう訳だ。これからよろしく頼むぜ、カシムとお嬢ちゃん」

「あのねぇ、あたしには千鳥かなめって立派な名前があるの。お譲ちゃんって呼ぶの止めてくれる」千鳥さんがガウルン君に噛み付くように言った。

「千鳥の言う通りだ。彼女は決してお嬢様ではない・・・・・グワッ」千鳥さんの見事なアッパーが決まった。

「君の言うことを肯定してやったのに、なぜ俺が殴られるのだ?」相良君が納得いかないといった表情で言った。

「お譲ちゃんとお嬢様じゃ意味が全然違うのよ」

「別に相良は間違っちゃいないよなぁ」

「千鳥をお嬢様なんて表現したら金田一京助先生が釘バット持って殴りこんでくるぜ」

「お嬢様は昼飯買いに「ヤキソバパン~」とか言いながら、廊下を駆け出さないだろう」Fクラスの連中が口々に言った。

「あなた達もお黙りなさい・・・アチ」

「使い慣れないお嬢様言葉使おうとするから舌なんか噛むんだ」さすが雄二だ。誰もが思っていても言えないことを口にすることに何のためらいもない。

 

その時、教室のドアが吹っ飛んだ。

「相良ぁ~」そう言いながら飛び込んできたのは、確か空手同好会とかいうクラブの会長をしている椿君だ。

「くそぅ、逃げまわりやがって。Aクラスから順番に探していたら、余分に30人も倒しちまったじゃねぇか」一番近くにいた須川君の胸ぐらを掴んで怒鳴っている。

「つまり全く無関係の30人を殴り倒してきた訳ね、椿君は」千鳥さんが呆れたように言った。

「全く迷惑な男だ」

「第三者面してんじゃないわよ。あんたが原因なんだから何とかしなさいよ」

「いや、俺は相良じゃない、須川だ」須川君が怯えたように言った。

「むっ、すまんかった」椿君は顔がくっつくほど近づけて確認して人違いだと分かったようだ。

「相良ぁ、女子の制服なんか着て隠れようなんて、どれだけ卑怯なんだお前は」椿君は今度は美波の胸ぐらを掴んで言った。ドラゴンの尻尾の上でブレイクダンスしてますよと忠告してあげた方がいいんだろうか?

「なに訳のわからないこと言ってるのよ。相良はあっち。ウチは立派な女の子よ」美波が怒鳴った。

「嘘をつけ。スカートはいていてもその胸ですぐに・・・・・ギャア」美波の飛び付き型腕ひしぎ十字固めが見事に決まった。忠告する暇すらありゃしない。

「初対面でどんだけ失礼なこと言ってるのよ、あんたは」今日の美波の関節技のキレはいいようだ。

「わかった、わかった。お前は女の子ということにしておいてやる」

「まだ余裕があるようね。関節があと何cm持つかしら」美波が更に締めあげた。

「いえ、女の子です。立派な女生徒です。タップ、タップ、タップ」

「一体あいつは何がしたいのだ?」相良君が不思議そうに言った。

「椿君もいいかげんにメガネかければいいのに」千鳥さんも呆れたように言った。どうやら椿君はかなりのド近眼らしい。それでも区別がつく美波の胸って・・・・・いけない、これ以上考えてたら美波に思考が伝わってしまう。最近の美波は気配まで読めるのだ。

「それよりさっさと何とかしなさい。椿君も含めて色々と被害が増えるから」千鳥さんが相良君を前に蹴り出した。

 

「おい、椿。俺はここだ」相良君が西部劇の主人公のように颯爽と言った。

「相良ぁ~、Fクラスなんぞに隠れてやがって、お前を見つけるのに俺がどれだけ苦労したと思ってやがる」

「いや、普段のソースケ見ている椿君が、なんで宗介がAクラスにいると思ったのかが不思議なんだけど。最初からFクラスに来れば30人も無駄な犠牲者を出さなくて済んだのに」千鳥さんが小首を傾げながら言った。どうやらまだお嬢様にこだわっているらしい。

「その通りだな」

「Fクラス以外ないだろう」

「一人Gクラスでもいいくらいだ」とクラスの連中が言っているが、自分たちもFクラスということを忘れているんじゃないのだろうか?

「そこまでこいつがバカだとは思わなかったのだ」椿君が言った。確かにその通りだとは思ったのだが、同意してしまえばブーメランとなって自分に返ってくる。

 

「そういうお前はどこのクラスなのだ?」

「Eクラスだ」

「大して変わらんだろう」

「そんなことはどうでもいい。今日こそ決着をつけるぞ」椿君が構えた。相良君も腰を落として身構える。

「どおりゃあ~」椿君が飛びかかろうとした瞬間、相良君が背中に手を回して銃のような物を取り出すと椿君目がけて撃った。

「ボスッ」鈍い音がして椿君がうずくまった。

「ボスッ、ボスッ」更に追い打ちをかけるように立て続けに2発撃つ。

「どうやら勝負あったようだな」相良君が椿君に近づくと、足先で白目を向いている椿君を仰向けに転がした。

「念のため、もう2~3発喰らわしておく・・・グワッ」もはやFクラスの風物詩となりつつある千鳥さんのハリセンが相良君の後頭部に炸裂した。

「何をするのだ、千鳥」相良君が振り向いて言った。

「何をするのだじゃな~い!!毎回毎回、どんだけド汚いのよ、あんたは。相手は素手なんだから正々堂々と素手でやり合いなさいよ」

「そんな馬鹿な素手でやりあう戦闘など聞いたことがな・・・グワッ」

「だから、これは戦争じゃなくて決闘、ケンカ、ストリートファイト。素手でやり合ってこそ「漢」と書いて「おとこ」と読むってもんじゃないの」どうでもいいが、この人生徒会副会長だったはずなんだけどケンカを推奨していいものなのだろうか?

「君が言ってることは、全くわからないのだが心配はない。これは暴徒鎮圧用のショットガンで、硬質ゴム弾頭だから当たりどころが悪くない限り死ぬことはない」

「それは当たりどころが悪かったら死ぬって言ってんのよ・・・・・クヌクヌクヌ」

「ククク・・・・・」ガウルン君の笑い声が響いた。

「何がおかしいのよ」

「こいつの言う通りさ。どんな相手でも過小評価はしない。勝つためにはどんな手だって使う。それが戦場で生き延びるコツだ。俺たちはそうやって生き延びてきたんだ、愛してるぜカシム」

「あんた、もう自分の設定忘れてんのね」千鳥さんが呆れたように言った。

 



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第4話

騒動が終わって相良君が周囲を見渡しながら秀吉に尋ねた。

「おい、木下」

「どうしたのじゃ、相良?」

「気のせいかも知れないが、俺と千鳥の席の周囲に2mほど空間ができているような気がするのだが?」

「まあ、愛の形はいろいろじゃからのう。クラスメイトも気になるのじゃろう」

「君は何を言っているんだ?」

「例えば、ああいうことじゃ」と秀吉が美波の方に顎を振った。

 

「お姉さま~、美晴は会いたかったですぅ。探しちゃいました」いきなり教室に飛び込んできた女生徒が美波に抱きついた。あれは確か清水美春さんとかいう子で美波を(女生徒して)大好きな、あまりお近づきになりたくない子だ。

「だから離れなさいって言っているでしょう、美春」

「Aクラスから順に探していたら遅くなってしましました。まさかお姉さまが、こんなゲロ野郎どもの巣窟にいらっしゃるとは思わなくて」

「ウチもそのクラスの生徒なのよ」

「大丈夫です。美晴はどれだけお姉さまが馬鹿でも愛せる自信があります」

「ウチの点数が悪いのは、まだ日本語に慣れてなくて問題文が読めないからなの。こんなナチュラルに馬鹿な連中と一緒にしないで頂戴」

どうも二人で競うようにしてFクラスを貶めているようにしか思えない。

「木下、Fクラスを馬鹿にするのが愛の形とやらなのか?」相良君が不思議そうに尋ねた。

「いや、そうではなくて見ていればわかるのじゃ」秀吉が言った。

 

「とにかくどうでもいいからウチに抱きつくのは止めなさいって何度も言ってるでしょう」

「いやです。この胸にスリスリした時に洗濯板のように頬に当たる肋骨の感触はお姉さま以外にはいません」

「あんた、実はウチのこと馬鹿にしているでしょう」

「お姉さまのお言葉とは言え心外です。美春は心からお姉さまを愛しています。「貧乳は希少価値だ。ステイタスだ」と昔の人も仰っておられます。お姉さまは貧乳を誇るべきなのです」

「貧乳言うな。あんたとは一度真剣に話しあう必要があるわね」美波がマジで切れる5秒前のような顔をして言った。一応、女生徒相手には自制心が働くようだ。同じセリフを男生徒が言っていたら、何のためらいもなく2秒で両腕の関節が折られているところだ。

「だからウチは女には興味がないって言っているでしょう」

「喰わずぎらいはよくありませんわ、お姉さま。女には女にしかわからないことがあるのです」

「相良よ、ここからじゃ。よく聞いておくがいい」秀吉が重々しく言った。

「うむ」相良君も心なしか緊張した面持ちで答えた。

「だからウチに女はいらないの。ウチは男の子が好きなんだから」

「おい、島田のやつクラス中に男好きを公言したぞ」

「だが、ぜんぜんお得感がないな」

「まあ、しょせん島田が男好きだろうが女好きだろうが、どうでもいいというか・・・・・」

「うるさいわよ、あんたたち」美波が睨んだ。とたんに連中が黙った。そりゃ新学期早々関節を折られたい奴はいないだろう。

 

「お姉さまの言いたいことはよくわかりました」

「やっと、わかってくれたのね」美波がホッとしたように言った。

「つまり、あの吉井明久のブタ野郎をブチ殺せばわたしのものになってくれるんですね」

「ちょっ、ちょっと待って、清水さん。今の会話の中に吉井の「よ」の字も出てこなかった気がするんだけど」僕は焦って叫んだ。何しろこの人はやるったらやる人なのだ。

「ふん、ブタ野郎に解説するも時間の無駄ですが、特別に解説してあげますわ。お姉さまと美春の間には愛のホットラインが繋がっていて、お姉さまの考えていることがビビビッと美春の脳に直接伝わってきますの」

「いや、それ受信しちゃいけない毒電波だから。とりあえず僕は抜きにして二人だけで話あってくれないかな」

「わからん。吉井を殺すことが愛の形とやらなのか?だが、木下。戦闘行為で民間人を殺すのはハーグ条約で禁止されているのだが」相良君が言った。

「いや、ちょっと想定外の方向に話が進んでいるのじゃ」珍しく秀吉がうろたえるように答えた。

「どうも愛というのがよくわからん」相良君が顎に手を当てて考え込みだした。

 

「ふふふ、いつもいつもわたしとお姉さまの愛のコリーダを邪魔するブタ野郎を始末してやるです」僕の方を振り向いた清水さんの右手にはいつの間にかランボーが持っているようなナイフが握られていた。

「ほう、スミス&ウェッソンのコンバットナイフではないか。だが、女生徒にあの長いエッジのナイフが使いこなせるのか?」相良君が妙な感心をしていたが、そんな感想を抱く暇があったら清水さんを止めて欲しいんだけど。

「ロンリー地獄ツアーに出かけるがいいです」清水さんは迷うことなく、僕の心臓に向かってナイフを突き出してきた。僕は危うくそれをかわした。

「往生際が悪いゲロです。手間をかけるのではないのです」清水さんの更にすばやく2~3回突き出してくる。

「ほう」相良君が感心したように声を上げた。

「どうしたのじゃ相良」秀吉が尋ねた。

「いや、あの女生徒。かなりのナイフ格闘のプロだな」

「わかるのかの」

「うむ、基本的にナイフ格闘の時には、相手をナイフを持った手の外側に追い込んで行くのだ。内側に回りこまれると腕が交差する形になって射程が短くなるし動きも効かない。それにナイフの刃が横になるように突き込んでいる。刃を縦にすると肋骨に当たって心臓まで届かないことを知っているのだ。あの女、特殊部隊レベルの技術を持っている」

そこから逃げ回っている僕も褒めて欲しいと主張したいところだが、そんなことを言っている場合ではない。

「ちょっと美波、清水さんを何とかしてよ」僕は美波に叫んだ。

「あ、つい見とれてたわ。こら美春止めなさい」美波が清水さんを羽交い絞めにして止めた。

「お姉さま、どうして止めるのです。美春は2人の愛の障害をどけようと・・・・・」

「全く、愛を語るなら二人だけでやってよね」僕は美波に抗議した。

「愛じゃないって言ってんでしょう」美波が怒鳴り返してきた。

「木下よ。つまりは結局何なのだ?」相良君が秀吉に聞いた。

「まっ、まあ。愛にはいろいろな形があるということじゃ」秀吉が汗をかきながら答えた。

 

「ううう・・・・・」相良君にショットガンを叩き込まれた椿君が息を吹き返したようだ。

「大丈夫ですか?あんまり無理しない方が・・・・・」心配して付き添っていた姫路さんが言った。

「うるさい。俺に構うな」椿君が立ち上がろうとしてバランスを崩し、姫路さんの方に倒れかかり、無意識に伸ばした手が姫路さんの胸を掴んだ。

「キャア~!!」姫路さんが思わず繰り出した見事なアッパーカットが椿君の顎を捕らえて椿君の体が1mほど吹き飛ばされた。

「おい、椿が吹き飛んだぞ」

「あれはタイソンでも確実にノックアウトだな」

「姫路のバストは魅力だが、あれは喰らいたくないな」

「椿に懲罰を加えたいところだが、これ以上やると確実に死ぬな」Fクラスの連中が好き勝手を言っている。そんなことを言っている場合じゃないだろうに、男だったら命をかけても姫路さんのバストを・・・

「アキ、遺言があったら聞いてあげるわよ」いつの間にか後ろに回っていた美波が清水さんのナイフを僕の首筋に当てていた。

「なっ、何を言うのさ、美波。僕は純粋に椿君の心配をしているんじゃないか」いけない、美波が気配を読む技を習得しているのをすっかり忘れていた。命が惜しければ余計なことを考えるな僕。

「ふむ、あの女生徒の近接格闘術も特殊部隊レベルだな。Fクラスというのは、なかなかに素晴らしい人材が揃っているようだ」相良君が感心して言った。

「おい、この椿ってのは超実践空手を標榜して空手部を半殺しにした空手同好会の会長じゃなかったのか?」雄二が言った。

「確かそのはずだけど・・・・・」僕が答えた。

「その最強の男が、うちの女生徒2人に手もなく捻られているんだが。こりゃあ、試召戦争じゃなくて直接戦闘の方が俺たちに有利だな。学園長のババアに提案してみるか」雄二が真剣に考えこんでいた。

 



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第5話

色々とドタバタやっているうちに先生が教室に入って来た。美波が清水さんを廊下に蹴りだし、男生徒がまだ失神している椿君を廊下に放りなげた。

 

「クククッ、カシムこれから色々とよろしく頼むぜ」ガウルン君が相良君を挑発するように言った。

「貴様が何を企んでいるのかは知らんが、常にこれがお前を狙っていることを忘れるな」相良君が制服の襟を開けてホルスターに入っている拳銃を見せた。

「疑り深い奴だ。俺はただの高校生の山田ガウルンだと言っているだろうに」

「うるさい、お前の言うことなど信用できるか」相良君が怒鳴り返した。

「さてっと」相良君の言葉など聞こえないかのように、ガウルン君が内ポケットから分厚いメガネを取り出してかけた。

「ガウルン、貴様メガネだったのか。AS乗りの視力が悪いのは致命的だな。兵士としてのお前は終わったということだ」相良君が言った。

「ああ、長年ASのパネルを眺めていたせいか、最近本の細かい字が読みづらいんだ」ガウルン君が答える。

「あんたねぇ、それは単なる老眼。17歳の高校生じゃ絶対にあり得ない年寄りの目の衰えなの」千鳥さんが呆れたように言った。

「ほう、日本にはそういう風土病があるのか」

「日本だけじゃなくて世界中でそうなの。いいかげんに高校生という設定は諦めて、せめて先生として赴任して来なさいよ。というか日本人って設定どこ行ったのよ」この2人は何の話をしているんだろうか?

 

「では、教科書の4頁目を開いて・・・・・」先生が言った。今日の1時間目は古文だ。

「『少年老い易く學成り難し。一寸の光陰輕んず不可ず』。相良、これの意味を言ってみろ」先生が無謀なことを言った。

「はい、『老いた少年は安いが、学という名前は珍しいので高く売れる。ちょっとの光は軽くて測れない』という意味であります」相良君が自信満々に答えた。

「一体、どうやったらそんな脳が腸捻転起こしたような解釈ができるんだ?」先生は怒りを通り越して感心しているようだ。

「フフフ」ガウルン君が失笑する。

「何がおかしい、ガウルン」

「静かにしてくれないかね、相良君。先生のお声が聞こえないんだが」ガウルン君が言った。

「「ハアッ?」」千鳥さんと相良君が同時に叫んだ。

「ちょっ、ちょっとどうしたのよ、あんた」千鳥さんが尋ねた。

「ん?僕が何かおかしいことを言ったかな、千鳥かなめ君?相良君が少し騒がしいようだったから注意をしただけなのだが」ガウルン君がメガネの真ん中を持ち上げながら言った。

「おかしいもおかしくないも、全然キャラ変わっているじゃないの。あんた本当にガウルンなの?」というか、メガネをかける前は野獣のような風貌だったのが、今や知性まで感じさせる顔に変わっているんだけど。人間の進化というのを目の当たりに見た気がする。

「ガウルン、しっかりしろ。俺が誰だかわかるか」相良君が言った。

「同じクラスの相良宗介君じゃないか。僕の記憶に何か間違いがあるのかな?」

「いや、それは間違いではないんだが・・・・・何かが間違っている」相良君が言葉に詰まりながら答えた。

「あんた、本当にガウルンなの?」千鳥さんが疑り深そうな目で尋ねた。

「ハハハ、おかしな事を言う子だね、君は。僕はちゃんと本田ガウルンだよ」

「山田、山田。いいかげんに設定固めなさいよ」千鳥さんが小さな声で注意した。

「そうそう、その山田ガウルンだ。どこも変わったところはない」

「いやいや、ビリー・ミリガン並に人格が変わってるわよ。ソースケ、これあんた達が使う何かの技なの?」

「いや、奴のこんな態度は見たことがない。俺を油断させるつもりだろうか?」

 

「ああ、お前たちうるさいぞ。転校生の山田、今のところの意味を言ってみろ」先生が言った。

「はい、『少年老い易く學成り難し。一寸の光陰輕んず不可ず』とは、『若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから若いうちから勉学に励まなければならない』という意味です。ちなみにこの言葉は長らく朱蒙の『偶成』という漢詩が出典だとされていましたが、近年の研究によって観中中諦の『青嶂集』が出典であるとする説が主流となっております」うん、ガウルン君が何を言っているのか全く理解できない。

「ほう、よくそこまで知っていたね」先生が感動の面持ちで言った。

「いや、聞きかじりの知識をお披露してしまいお恥ずかしい限りです。昔、中国の古典に興味があって、いろいろと読みあさっていたものですから」

「いや、素晴らしい。みんなも山田君を見習うように」

「過分なお褒めの言葉を頂き恐縮です」ガウルン君が頭を下げた。

「ねぇ、誰なのこの人」

「いや、ガウルンなはずなんだが・・・・・」

「なんでこうも変わるのよ。全然別人じゃないの」

「いや、俺に聞かれても困るんだが。さっきと奴が変わったところと言えば・・・・・」相良君が答え終わって正座で座ったガウルン君のメガネを外した。

「いきなり何をしやがる、カシム」獣の顔に戻ったガウルン君が言った。

「普通だわね」

「普通だな」再び、相良君がカシム君にメガネをかけた。

「全く、いきなり人のメガネを取るなんて、無礼だとは思わないのかね。どんな躾を受けてきたんだね、君は」メガネを直しながらガウルン君が言った。うん、Aクラスにいてもおかしくない理知的な顔つきになっている。

「なんかメガネかけると変なスイッチが入るみたいね」

「奴にこんな一面があったとは・・・・・」

「君たち、授業中の私語は慎み給え。他の人達の勉学の邪魔だよ。まさに先生が仰った『少年老い易く學成り難し。一寸の光陰輕んず不可ず』そのままじゃないか」ガウルン君がメガネを光らせながら、千鳥さんと相良君に注意をした。

「言われていることは正論なんだけど、何でこんなに腹が立つのかしら」千鳥さんが拳を震わせながら言った。



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第6話

コンピュータトラブルで更新が遅くなってしましました。
お詫びもうしあげます。



1時間目の古文の授業が終わった。「礼!」日直が終礼の号令をかける。ガウルン君も正座したまま深々と頭を下げた。

「ふぅ~」といいながらガウルン君がメガネを外した。

「どうなるのかしら」

「さあ、予想もつかん」

「ちっ、下らねぇ。2000年も前の未開人の戯言なんぞお勉強してどうしようってんだ。お前もそう思うだろ、カシム。そんなこと言った学者先生の言葉をを守れてるなら、あの国はもっとマシな国になっているだろうぜ」膝を崩して手を後ろにつき、相良君の方を見ながらガウルン君が言った。いきなり口調が変わっているような気がするのは気のせいだろうか?

「やっぱりいつもの通りだわね」

「どうなっている、ガウルン」

「クックック、机の上で何が学べるってんだ。俺たち兵隊が学ぶのは、机の上じゃねぇ戦場だ。たくさん出撃する、そしてたくさん死ぬ。生き残った連中かき集めて、また出撃する。そしてまたたくさん死ぬ。生き残るのは運がいい奴か身体で生きることを術を覚えた奴だけだ。それが本当に学ぶってことじゃねぇのか?お前もそうして生き残って来たんだろ、カシム」

「ああ、その通りだ・・・・・だが、お前勉強するために転校してきたと言ってなかったか?」

「そうでも言わなきゃこの下らねぇSSに出してもらえなかったんだよ。ゴダールで乗り込んで来てもよかったんだが、これを書いている奴にそんな文章力あると思っているのか?」

「それは一理あるわね。そこまでして出てくる意味は全くわからないけど」かなめが言ったが、自分で書いていて自分で傷ついている書いている人であった。

 

「しかし、それにしても変わりすぎだな。さっきのは演技だったのか?」

「演技?何のことだ、カシム」ガウルン君が不思議そうに言った。

「ふざけるな。優等生を気取っていたではないか」

「不思議なことに俺は普通に喋っているつもりなんだが、言葉が変わって出てくるんだよ。演技なんてトロくさいマネするかよ。まあ、言いたいことは同じだからどっちでもかまわんさ」

「どういうことだ、千鳥」相良君が千鳥さんに尋ねた。

「よくわからないけど、一応記憶はあるみたいだから多重性人格障害ではないみたいだわね」千鳥さんが答えた。

「メガネに変な装置でもついているんじゃないか?」

「どう見ても単なる老眼鏡でしょう。そんなのかけてて17歳の高校生と言い張る神経の方を疑うべきね」ああ、実も蓋もないことを平気でいってのけた。さすが千鳥さんだ。

 

その時、かつての二人の級友の風間信二君と常盤恭子さんが教室に入ってきた。

「あ、いたいた。相良君、アルバム委員のことでちょっと相談があるんだけど」

「カナちゃん、ヤッホー。どこのクラスにもいないから探しちゃったよ。まさかFクラスだったとは」

「キョーコ、久しぶりね。あんたはどこのクラスなの」

「一生懸命勉強したんだけど、やっとCクラスだよ。風間君や小野Dも一緒なんだよ。でもカナちゃんがFクラスだったなんて・・・・・かわいそうに」

「ちょっと待ちなさいよ、キョーコ。あんたもしかしてあたしが実力でFクラスに落とされたなんて勘違いしてんじゃないでしょうね」

「無理しなくていいんだよ、カナちゃん。Fクラスになったからって言って人間性が否定されるわけじゃないんだから」

「おい、何か言われてるぞ」

「わざわざああいう言い方をするってことは、普通の生徒は俺たちの人間性まで否定しているってことか?」皆が気色ばんだ。

「いや、お前ら見てると成績じゃなくて人間性だけで集めたんじゃないかと、俺でも思うぞ」雄二が言った。

「ははは、さすが雄二。うまいこと言うね」ボクがこらえきれずに吹き出してしまった。

「いや、明久。お前はそのトップランナーだ」

「何をいうのさ。ボクのどこに問題があるっていうんだい」

「おぬしは自分が観察処分者ということを忘れてはおらんかのう」秀吉までそういうことを言う。

「・・・・・Fクラスの最下位」ムッツリーニが止めを刺してくれた。

「待ってください。みんなヒドいです。明久君のことをそんなに悪くいうなんて」うんうん、やっぱり姫路さんは優しいなあ。この人の心を完全に無くした獣のような連中にボクの良さをもっと教えてあげて欲しい。

「じゃ、姫路。明久のいいところって何だ」雄二が言った。こいつとは近いうちに決着をつける必要があるだろう。

「明久君のいいところはいっぱいあります」

「・・・・・例えばでいい」えーっと、ムッツリーニ。そこまで姫路さんを追い詰めなくても、この辺でこの話は納めてもいいんじゃないかな?

「それはその・・・・・あの・・・・・」姫路さんが視線を泳がせながら、しどろもどろになった。

「結局浮かばんのじゃな」秀吉だけは友達と思っていたのに・・・・・

「・・・・・いっ、いえ。そのっ、そうだ明久君は・・・・・」

「「「「「「「「「「明久は?」」」」」」」」」」何でクラス中からボクの人間性をサラウンドで問い詰められなきゃならないんだ?

「あっ、明久君は、メイド服がとっても似合うんです。学園一です。これだけは誇っていいと思います」

「よかったな、明久。少なくとも一つだけは良い点が見つかったじゃないか」雄二が笑いを堪えながら言った。

「美点が女装だけと太鼓判を押されてしまったのう」

「・・・・・アキちゃんはムッツリ商会の売れ筋商品。なくなるのは痛い」

 

こんなにクラスメートがいるんだから、一人くらい慰めてくれてもいいと思うんだ。

 

 



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第7話

「はぁ~、やっぱりFクラスって噂に聞いてた通りなんだね」常磐さんが感心したように言った。

「ちょっとキョーコ。あんた、どんな噂聞いてんのよ」千鳥さんが言った。

「Fクラスのモットーは「卑怯・汚いは敗者のたわごと」、「敵の敵も敵」、「人の幸せは許さない」って、もっぱらの噂だよ」風間君が口を挟んだ。

「それ聞いているとクズの集まりだわね。全く否定できないのがツラいとこだわ」千鳥さんが頬をボリボリと掻きながら言った。

「ごめんね、カナちゃん。あたし気づいてあげられなくて。頭のいいフリって辛かったでしょう。カナちゃんが運だけで今までのテスト乗り切っていたなんて、あたし知らなかったよ。よりによって判定試験で運が尽きるなんて、神様もイジワルだよね・・・・・」常磐さんが涙ぐんで言った。

「待ちなさいって言ってんでしょうが、キョーコ。あたしの判定試験の成績はAクラス6席だったの。腹黒生徒会長とババア学園長の陰謀で、この戦争ボケの監視のためにFクラスに無理やり移籍させられたのよ」

「大丈夫だよ、カナちゃん。あたしにまで見栄はらなくてもいいんだよ。たとえカナちゃんが頭悪くったって、あたし達はずっと親友だよ」常磐さんが千鳥さんの両手をヒッシと掴んで、目をうるませて言った。ああ、いい光景だなぁと思ったんだけど、よく考えてみたらそのクラスにナチュラルに振り分けられてしまった僕たちの立場はどうなるんだろう?

「だから、人の話を聞けって言ってんでしょうが」千鳥さんが常磐さんの手を振りほどきながら叫んだ。

「戦友愛というのは、どこの世界でも美しいものだな・・・・・グワッ」相良君がそう言うと同時に千鳥さんのハリセンがさく裂した。

「あたしの不幸の元凶が、なに他人面してんのよ。あんたからも説明しなさい」

「ああ、常盤。千鳥が機嫌が悪いのはどうやらFクラスにドリンクバー無いせいらしい」

「全然違ぁ~う!!」その後、相良君がどういう目にあったのかは説明するまでもないだろう。

 

パチパチパチと拍手の音がした。そちらを見るとガウルン君が千鳥さんたちの方に向かって拍手をしていた。

「くっくっく、日本の学校ってのは、勉強だけでなくコントまで見せてくれるとは知らなかったぜ」

「誰がコントよ。この戦争ボケは本気だからタチが悪いんじゃないの・・・・・クヌクヌクヌ」ガウルン君の言葉で怒りが蘇った千鳥さんが、相良君を蹴り回した。

「そうだガウルン。それに大体このクラスには55人もいないではないか」相良君が立ち上がって言った。たいがいこの人も打たれ強い。

「あんたはあんたで、何ワケわからないこと言ってんのよ?」

「ん?BKA48というグループはメンバーが48人いる意味だと聞いたが」

「そりゃそうだけど、コントは何なのよ」

「コント55号は、55人の・・・・・」

「どこの世界に55人でコントする大劇団があるのよ。つーか、ほとんどの人が知らないでしょコント55号なんて」

「それは書いている人に言ってくれんと、俺ではどうにも」

 

書いている人「ギクッ・・・・・・・」

 

「そういえば試したいことがあったんだわ。風間君、メガネ貸して」千鳥さんはそういうと風間君からメガネを外した。

「あんたちょっとこれかけてみなさい」とガウルン君にかけた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。これはなんのマネなのさ、千鳥さん」ガウルン君が言った。

「お前ガウルンだよな?」相良君が疑わしそうな目でガウルン君を見てる。

「君まで何を言っているのさ。森田ガウルンに決まっているじゃない・・・・・グワッ」

「だから山田だっつーてんでしょうが。ソースケとあんたの2人揃って、本当に事を秘密裏に進めるつもりあんの?」度重なる設定忘れに千鳥さんのハリセンがガウルン君に炸裂した。

「痛いなぁ、本当に千鳥さんは乱暴なんだから・・・・・」ガウルン君が頭を撫でながら体勢を戻した。

「いや、しかし・・・・・これはどういうことだ?」

「あ、そうだ。相良君。今度、陸自の富士総合火器演習に行かない?10式戦車の豆腐屋仕様ドリフト大会とか、ASのチアリーディングとかあるらしいよ」ガウルン君が目を輝かせながら言った。

「確かに風間が言いそうなセリフではあるんだが」相良君は首を捻りながら言った。

 

「キョーコもちょっと貸して」今度は常磐さんからメガネを借りると、風間君のメガネと架け替えた。

「カナちゃん、さっきから何のマネ?」ガウルン君が言った。

「「カっ、カナちゃん?」」千鳥さんと相良君の二人が叫んだ。

「(常磐が君を呼ぶ時の呼び方だな)」

「(あの顔でそう言われると不気味ね。というか腹立つわ)」

「で、結局何がどうなっているのだ、千鳥」

「ふ、さすがあたしね。謎は全てとけたわ」千鳥さんが誇らしげに言った。

「ふむ、つまり・・・・・ゴク」相良君が息を飲んだ。クラス中の視線が千鳥さんに集まっている。アニメだったら効果音でドラムロールが鳴っている場面だろう。

「つまり、ガウルンは・・・・・」千鳥さんが指をガウルン君を指さす。

「えっ、あたしがどうしたの、カナちゃん?」甲高くなったガウルン君の声に一同がズッコける。

「緊張感が無くなるからあんたは黙ってなさい。つまりガウルンは・・・・・」

「「「「「「「「「「ガウルンは?」」」」」」」」」」

「・・・・・メガネが本体だったのよ」千鳥さんが高々に宣言する。

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」静まり返る一同・・・・・

「アホかぁ~」

「何言い出しやがる、この女」

「期待して損したぜ」

「こんなのが副会長やってんだぜ、大丈夫かうちの学校」

「Aクラス6席ってのは大嘘なんじゃねぇか?」

「所詮はFクラスだな」こいつは自分がどこのクラスか忘れているようだ。

 

「え?どうしてよ。メガネで人格が変わるのよ、それ以外考えられないじゃない」どうやら称賛の声を期待してところを罵倒されたらしい千鳥さんがうろたえている。

「千鳥、疲れているようだ。少し休め。保健委員のムッツリーニに保健室に連れていってもらえ」

「ブッ~~」ムッツリーニが盛大に鼻血を吹き出した。うんうん、わかるよムッツリーニ。いろいろと想像しちゃったんだね。

「坂本、千鳥より先にムッツリーニが鼻血で倒れたのじゃ」

「一体何がありやがった。秀吉、とりあえずムッツリーニを保健室に連れていってやってくれ」雄二が叫ぶ。

「ああ、坂本。あたしのことは気にしないでいいから」千鳥さんは不満そうにブツブツ言っていた。

「ふむ・・・・・」

「どうしたの、ソースケ」

「いや、君の言うことにも一理あると思ってな。アーバレストでも本体だけだとガラクタだが、「アル」が起動することによって兵器として使用することができる。つまり、アーバレストの本体はアルと言ってもいいかもしれん。それと同じようにガウルンの体は単なる抜け殻で、メガネが本体だと思えば納得が行く」

「あんた本当にそう思ってるの?」

「うむ、君の頭脳明晰さには脱帽するばかりだ」

「じゃ、間違いね」

「はっ?」

「いや、あんたがそう思うなら、あたしの考えは間違っているってこと。あんたが言うことが正しかったことなんてないもの」

 

「カナちゃん、このメガネはずしてよ」ガウルンが言った。

「カナちゃん、あたしのメガネ返して」常盤さんが言った。

「うるさ~い、同時に同じ声で喋ってんじゃないわよ」千鳥さんが怒鳴る。

その時、2時間目の先生が入ってきた。日直が号令をかけるとFクラスの連中は何事もなかったかのように起立した。

常磐さんと風間君はFクラスのスピード感についてこれずに、立ち尽くしていた。

 



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第8話

2時間目以降もガウルン君の独壇場だった。

「The year’s at the spring And day at the morn; Morning at the seven; The hell-side’s dew-pearled; The lake’s on the morning; The snail’s on the thorn; God’s in his heaven- All’s right with the world! よし、相良訳してみろ」

「はい、これは英語であります」相良君が胸を張って断言した。相変わらず彼には迷いがない。例えどんな回答であっても。

「英語の授業でフランス語の詩を教えるわけがないだろうが。その英語を日本語に訳してみろと言っているのだ」先生が呆れたように言った。

「いや、これは普段自分が使う単語がほとんど出てこないので・・・・・」相良君が額に汗をにじませながら言った。

「君は普段どんな英語を使っているのかね?」先生が訝しげに行った。

「はい、Low repulsion damper《低反発ダンパー》とかEmergency development booster《緊急展開ブースター》とかArmor piercing ammunition《徹甲弾》とか、主に技術系の英語であります」相良君が胸を張って答えた。

「いや・・・・・それは特定分野にかなり偏っている英語だと思うが」先生が絶句した。

「くっくっく、ミスリルじゃこの程度の英語も教えてはくれないのかな?」本体(メガネ)を装着したガウルン君が相良君を挑発する。

「ならお前にはわかるというのか、ガウルン」相良君が叫んだ。

「ほう、山田君は分かるのかね。それでは訳して見たまえ」

「はい」ガウルン君が立ち上がった。

「『時は春、日は朝《あした》、朝は七時、片岡《かたおか》に露満ちて、揚雲雀《あげひばり》なのりいで、蝸牛《かたつむり》枝に這ひ、神、空に知ろしめす。すべて世はこともなし』であります。ちなみにこの英文は、ロバート・プラウニングの「Pippa’s Song」という詩であり、日本語では明治時代の翻訳家である上田敏の名訳として「春の朝《あした》」の名で知られております」

「素晴らしい。君がFクラスだとはとても思えないよ」

「いえ、勉強不足でお恥ずかしい限りです」ガウルン君はメガネの真ん中を持ち上げながら言った。

今更だけど「そのクラスの生徒と思えない」という言葉が褒め言葉になるようなクラスを作っておいて生徒を押し込むというのは、もはや国連の人権委員会に持ち込んで議題にしてもいいレベルの人権問題なんじゃないだろうか?

 

3時間目化学

「・・・・・という反応が起きます」

「見事な回答だ。君みたいな生徒が何でFクラスにいるのか不思議だよ」

 

4時間目数学

「・・・・・最後にこの方程式を当てはめれば解答が導きだされます」

「素晴らしい完璧だ。Fクラスとは思えない」

 

どうでもいいけど、うちの学校の教師は「Fクラス」という単語を出さないと生徒を褒めることもできないのだろうか?

「まったくだ。Fクラスにはもったいない」

「Aクラスに行った方がいいんじゃないか」

褒め称える奴まで出てくる始末だ。こいつらは自分がそのFクラスの生徒だという自覚はあるのだろうか?

こういう連中を収容するためにもFクラスが必要なのだなぁと僕は納得した。

 

「ふっふっふ、相良君どうだね。僕との実力の差を見せつけられて、打ちひしがれているところじゃないのかな?」ガウルン君が相良君を見つめながらメガネ(本体)をかけ直しつつ言った。

「ふざけるな。たまたま俺が知らないところが問題に出たという不運が重なっただけ・・・・・」

「運じゃないでしょ、運じゃ」千鳥さんがハリセンで相良君の後頭部をツツキながら言った。

「まあ、あんだけの実力差を見せつけながら「運」の一言で済まそうとする前向きな根性は凄いとは思うけど、野球で言えば1回コールド負けよ、あんたは」

「だが千鳥、俺の得意分野が出てこなかったのは確かだ」相良君が言った。

「はいはい、どうせあんたの言う得意分野って戦争関係でしょう。ラムダ・ドライバがどうだとか、長距離榴弾砲の仰角がどうだとか」

「うむ、その方面の知識なら些か自信がある」

「あんたにとっては得意分野かもしれないけど、受験には1mmの役にも立ちゃしねーのよ、そんな知識」

「ふっふっふっふ、どうやら千鳥さんには、分かってもらえたようだね」

「何回聞いても、あんたが「千鳥さん」とか言うのを聞くと、そこはかとなくバカにされているような気がするのよねぇ」千鳥さんがガウルン君を睨みながらいった。

「どうしてだね。千鳥さんは千鳥さんじゃないか。それとも常磐さんみたいに「カナちゃん」とでも呼べとでも言うのかい?」

「そんな呼び方した日にゃあ、ハリセンの乱打を浴びせるわよ」

「どう呼んでも怒られるじゃないか」

「まあ、そう言えば千鳥しかないんだけど。ところでガウルン、あんたそんなに勉強ができるのに、何でFクラスなんかに振り分けられたのよ。Aクラスでも十分通じるレベルだと思うけど」

「ああ、それにはちょっとした理由があってね・・・・・」ガウルン君が口ごもる。

「今更、隠すことないじゃない。それとも何?やっぱり宗介と同じクラスになりたくて手を抜いたの?」

「いや、そういうことじゃないんだが」

「グダグダうるさいわねぇ。このハリセンにかけて喋らせてみせるわよ」結局は力技だ。千鳥さんには説得とか話し合いとかいう選択肢はないようだ。

「いや、実はな。転入テストの日にメガネを忘れてしまったのだ」

「つまり、筐体だけでテストを受けたらFクラスになったってわけね」

「ふっ、愚かな。作戦に当たって忘れ物をするなど兵士の風上にもおけない奴だ」

「本体と筐体丸ごとでテストを受けて、堂々とFクラスになった、あんたが言うんじゃないわよ」久々にハリセンの一撃が決まった。

 

 



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第9話

やっと授業が終わった。と言ってもほとんどガウルン君と相良君の独壇場ではあったのだが。気のせいか彼らがこのクラスに来てから授業を受けているだけなのに、倍くらい疲れるようになった気がする。

いつものように僕の机の周りに仲間が集まってくる。

「ああ、やっと昼飯だ」雄二が言った。

「雄二の生姜焼きは旨そうじゃのう」秀吉が言った。

「そういうお前の厚焼き玉子だって旨そうじゃねぇか」雄二が言う。

「さてと、水をコップに移してっと」僕が周囲に聞こえるように言った。

「瑞樹の弁当も相変わらず美味しそうね」美波が尋ねた。

「いえ、これはお母さんが」

「母上がこんなに料理が上手いのじゃ、姫路の料理もさぞ美味かろうなあ」秀吉が言った。今考えれば知らないということは幸せなことなんだと思わせるセリフだ。

「美波ちゃんは自分で作ってるんですか?」姫路さんが尋ねた。

「うん、ちょっと早起きしてね・・・・・(将来のためにも)」最後の方は聞き取れなかった。

「ねぇ、あたし達も一緒になって食べていい?」千鳥さんが尋ねた。

「ああ、構わねぇ・・・・・ていうか、今日はヤキソバパンじゃないのか、千鳥?」雄二が尋ねた。

「そう毎日毎日ヤキソバパンばっかりじゃ栄養偏るからね。たまにはお弁当にしたのよ。ほら、宗介。あんたもさっさと座りなさい」千鳥さんが世話女房のように言った。普通だったら冷やかされるところだろうが、この二人の場合には保護者と児童と言うか、犬とか飼い主みたいなものとみんなに見なされているので、誰も冷やかす奴はいない。

「うむ、それでは邪魔するぞ」相良君が言った。

 

「秀吉、その厚焼き卵少し分けてくれ」

「ムッツリーニ、その肉じゃがと卵焼きを交換してくれんかのう」

「えーっと、包みはどこに言ったかな」

「かなめ、ウチのハンバーグとウインナー交換しない」

「それならあたしはベーコン巻きの方がいいわね」

「だーっ、何でみんな僕を無視するのさ」たまりかねて僕は言った。

「というか明久よ、そう毎日毎日塩と水ばかりでは栄養が偏るぞい」秀吉が言った。

「バカにしないでよ。毎回塩ばかりなわけないじゃないか」僕が言った。

「じゃ、その包みはなんなのよ、アキ」美波が尋ねた。

「今日は砂糖だよ」僕が答えた。

「それでは塩と全く変わらんぞい」秀吉が言った。

「それでおかずと交換しろなんて、どんだけ図々しいんだ、お前は」

相変わらずおかずの一つも分けてくれないなんて、どれだけ冷たい連中なんだろう。

「ああ、吉井。よければ俺のおかずを・・・・・」

「さあ、砂糖水を飲もうかな。糖分は脳にいいんだよね」僕は、相良君が何かを言いかけたのを強引に遮った。ネズミの干し肉を食べされられてはたまったものではない。

 

ふと目をやるとガウルン君が一人で食事をしようとしているのが見えた。よし、この連中に見切りをつけて新しい仲間を増やそうと僕は考えた。

「ねえ、ガウルン君。一人で食べてないで、ここでみんなと一緒に食べようよ」と声をかけた。

「うん?ああ、そうだな。おれも高校生なんだから、仲間との青春の一コマとやらを作るのも悪くないな」ガウルン君が言った。

「いちいち言うことがオジさん臭いのよね」千鳥さんが言った。

ガウルン君が弁当を持ってやってきた。

「何、ガウルン。あんた弁当なんか持ってきてるの?奥さんが作ってくれたの?」千鳥さんが尋ねた。

「ふっ、高校生に女房がいるわけがないだろう。それに俺は玄人しか相手にしない」

「それが既に高校生のセリフじゃないってーの。玄人って何よ玄人って。じゃ、お弁当をどうしたのよ」

「もちろん自分で作ったのさ」

「へぇーあんた料理なんかできたの」

「傭兵としちゃ当たり前の技能だ。レーションばっかり喰ってると飽きるんでな」

「当たり前って、どこかの戦争ボケは干し肉しか作れないけど」千鳥さんが言った。

干し肉を噛みながら相良君が横目で見ている。

「で、どんな弁当作ってきたのよ。見せてよ」

「ごく普通の伝統的な日本の弁当さ」ガウルン君が弁当箱を開けた。

 

「「「「「「「「・・・・・・こっこれは」」」」」」」」

 

「ごく普通って、あんたこれどこで習ってきたのよ」

「うん、これくらい普通だろ」

そういってガウルン君が見せたのは「ハローケティ」のキャラ弁だった。

「(・・・・・日本人の設定決めてから、日本の弁当をネットで調べたのね)」

「(キャラ弁が大流行だから、検索すると上位に出てくるからな。あいつはそれを日本の普通の弁当だと思ったわけか)」

「また、器用に作ってきたな」雄二が関心して言った。

「ウインナーがちゃんとタコさんウインナーになってます」姫路さんが感心して言った。

「これを自分で作ったのかの?」秀吉が尋ねた。

「ああ、朝5時起きで作ったぜ。まったく伝統的な弁当作るのも楽じゃねえな」ガウルン君が心なしか胸を張って言った。

「まあ、これで俺が日本の普通の高校生ということがわかってもらえたと思う」

「しかし、ハローケティのキャラ弁って幼稚園の娘の弁当と一緒に作ったんじゃないか?」雄二が尋ねた。

「高校生に幼稚園の娘がいるわけないだろうが」ガウルン君も言った。

 

それを言うなら朝5時起きしてキャラ弁を作る男子高校生もいないだろと、みんな心の中でツッコンだ。

 

 



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第10話

食事を終えた頃、教室の入り口の方から「先生《シンサン》」という声がした。みんながそちらの方を向くと見知らぬ下級生らしき男女の生徒が二人立っていた。顔立ちが似ているところを双子なのだろう。

「誰だ、あれ」雄二が言った。

「二年生では見ない顔じゃのう。ネクタイの色からすると一年生だと思うのじゃが」秀吉が言った。

「シンサンって何かしら?」美波が不思議そうに言った。

「ああ、二人ともこっちに来い。ちょうどいいからみんなに紹介しておこう。俺の妹と弟だ」

「あんた、いいかげんにしなさいよ。どう見てもあんたの子供の年齢じゃない」千鳥さんが実も蓋もないツッコみを入れた。

「くっくっく、バカを言ってもらっちゃ困るな、千鳥。高校2年生に高1の子供がいる訳がないだろう」

「何がどうあっても、その設定を引張るつもりなのね」

「女の方が姉の飛鷲《フェイジュウ》で、男の方が弟の飛鴻《フェイホン》だ。お前たち、俺のクラスメイトに挨拶しろ」

二人が僕たちのところに来て挨拶をした。

「先生の妹の鈴木飛鷲アル」

「弟の川崎飛鴻ネ」

「ガウルン、あんたいい加減にしなさいよ。兄弟って設定で何で姓が違うのよ」

「ちょっと手違いがあったようだな。ちょっと待っててくれ」

そういうとガウルン君は二人を教室の隅に連れて行った。

 

「(バカやろう、お前たち。名前はともかく姓は日本人らしく「本田」にするって言ったろうが)」

「(スズキのGSは名車ね。そこは譲れないアル)」

「(伝説のZ1を作った川崎以外に考えられないネ、シンサン)」

「(そういう問題じゃねぇんだ・・・・・)」

三人が喧々諤々と論争を始めた。

 

「なにやら揉めてるようだが」相良君が言った。

「打ち合わせミスがあったんでしょう。大体名前が中国名なのに姓だけ日本人にすりゃ日本人に見えるだろうという設定が甘すぎるわよ」千鳥さんが言った。

「いや、その設定というのがよくわからんのだが」雄二が千鳥さんに尋ねた。

「ああ、気にしなくていいわ。あたしも頭が痛くなってきたから、あまり考えないようにしているから」千鳥さんが答えた。

そこへ3人が戻ってきた。

 

「すまなかった。ちょっとした連絡ミスがあったようだ」ガウルン君がすまなそうに言った。

「連絡ミスで自分たちの姓を間違えてるんじゃねーわよ」千鳥さんがツッコんだ。

「改めて自己紹介しよう。俺が長男の前田ガウルンだ」

「先生の妹の大島飛鷲アル」

「末っ子の指原飛鴻ネ、よろしく」

「すまん、もうちょっと待っててくれ」再び三人が教室の隅に戻った。

「(AKBのトップと言ったら前田に決まっているだろうが)」

「(絶対的センターは大島アルヨ)」

「(この前の総選挙では、指原が1位だったからトップは指原ネ)」

 

「ああ、もう!!」千鳥さんが苛立ったように席を立つと、マジックを片手に三人に近づいていった。

「あんた達、手を出しなさい」

「いや、今打ち合わせ中なんだ、千鳥」

「つべこべ抜かさず手を出せつーの」

三人が大人しく手を出すと、千鳥さんは3人の手に「山田」という文字を書いた。

「いい?これがあなた達の姓。ガウルンがそれで自己紹介したんだから、それで統一しなさい」

「面白みのない姓ネ」飛鷲さんが言った。

「面白い面白くないでフリーダムに姓を決めてるんじゃねーわよ。兄弟って設定なんだから、とにかくそれで統一しなさい」

「ところで先生、この女は誰アルか?」飛鴻君が言った。

「この女か?いつも話していたろう。これが千鳥かなめだ」

「この女が千鳥《チンニウ》アルカ」飛鴻君はそういうと一歩後方に飛び下がり、背中からナイフを出して構えた。

「ちょっと、あんた。何してるのよ。危ないじゃないの」

「先生が言ったネ。千鳥をできるだけ惨たらしく殺せと」飛鴻君が腰を落として構える。

「ガウルン、あんた一体何言ったのよ」千鳥さんがガウルン君に詰め寄った。

「いや、俺は別に何も言ってないんだが、どうやら別の世界線の俺がそういう命令を出したようでな。飛鴻は別の世界線の記憶を持つリーディング・シュタイナーの能力の持ち主で・・・・・オゴワ」解説をしていたガウルン君が千鳥さんのハリセンに打ち倒された。

「人事みたいに解説してんじゃないわよ。とっととその命令を解きなさい」

「いや、何度も説明したんだが、こいつらは一度命令されると終了するまで止まらない・・・・・グワ」再びハリセンが炸裂した。

「そんな物騒な連中、一緒に転校させてくるんじゃねーわよ。ソースケだけでも手を焼いているのに、こんな連中まで相手にできないつーの」

 

あまりの急展開に僕たちがついていけない中、相良君はのんびりとお茶を飲んでいた。

「ねぇ、相良君。千鳥さんナイフで狙われているみたいだけど護衛しなくていいの」僕が尋ねた。

「問題ない。あの程度の相手なら千鳥一人で十分だ」

「いや、万が一ということもあるし・・・・・」

「俺はプロフェッショナルだ。相手の力量を計る目は持っている。あの飛鴻という男、なかなかの腕前だが、あの程度では千鳥の相手にはならん」

その瞬間、飛鴻君が飛びかかった。千鳥さんがハリセンを振りかざし二人が交錯した。

というか二人の動きが速すぎて何が起きたのかさっぱり分からない。

 

「クッ・・・・・・」飛鴻君が床に崩れ落ちた。どうやら千鳥さんのハリセンの一撃の方が速かったようだ。

「なかなかやるけど、その程度じゃあたしは倒せないわね」千鳥さんが正義のヒーローのような決めセリフを言った。

「だいたい初対面なのにいきなりナイフで人を襲ってんじゃねーわよ・・・・・クヌクヌクヌ」前言撤回。倒れている飛鴻君をケタグリ回し始めた、ド汚さは相良君と良い勝負だと思う。

というか、顔見知りだったらナイフで襲ってもいいという問題ではないような気がするんだが。

 

その時に昼休み終了のチャイムがなった。

「ゼェゼェゼェ・・・・・そこの女、飛鷲とか言ったかしら。さっさとこのバカ連れて教室に戻りなさい。今度、襲ってきたらこんなもんじゃ済まないわよ」

いや、飛鴻君は気絶した上にケタグリ回されて息も絶え絶えなんだけど、これ以上となると想像もつかない。

飛鷲さんが気絶している飛鴻君に肩を貸して教室から出て行った。

「くっくっく、しょうがない奴らだ」ガウルン君が言った。

「あんたがあんな物騒な連中連れてきたんでしょうが、他人面してるんじゃねーわよ」ガウルン君に今日一番のハリセンの一撃が決まった。

 



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第11話

お久しぶりでございます。
大変お待たせ致しました(別に待っちゃいないという声が聞こえる気が・・・)

いやぁ、この2週間は忙しかった。2週間で報告書16本も提出した上に大阪に宿泊出張という数年ぶりの忙しさ。
忙しくて更新できなくてすみませんと感想欄でお詫びしようとしたんですが、
ここのシステムって自分の作品の感想欄には投稿できないんですね。

お陰で更新もままならず、久々に新作書いてみようと思ったら大問題が発生。

   「 設 定 忘 れ て い る 」

しょうがなく1話から読み返して書いてみました。
まだカンが戻らないので自分で書いていても面白いんだか面白くないんだか・・・・・

しばらく更新は遅くなるかと思いますが、どうぞ見捨てないでお待ち頂ければ幸いです。



5時間目は、千鳥さんは相変わらず居眠りと呼ぶには余りにも豪快なイビキをかきながら乙女チックな夢を見ており、相良君は目をあけたまま眠っていた。ガウルン君は、そんな二人を嘲笑するかのような目で見ながら優等生ぶりを発揮し、先生に褒められていた。

「いやぁ、君がFクラスとは・・・」だからその褒め方はもういい。この学校には、人を褒める時には、Fクラスでないことを強調しなければならないという校則でもあるのだろうか?

 

6時間目も無事終了し、今日も平凡な一日が終わった。相良君と千鳥さんと同じクラスになったお陰で、昼休みに千鳥さんがガウルン君の弟の飛鴻君にナイフで襲われたことなど、窓からそよ風が入ってきた程度にしか思えなくなってしまった。人間はどんな環境にも適応できるのだなぁと改めて感じる。

 

「じゃ、ガウルンまた明日ね。ソースケ行くわよ」千鳥さんが言った。

「ああ、そういえば今日は生徒会の会議か。すぐに支度する、ちょっと待っててくれ」

「じゃあな」ガウルン君が教室を出ていった。

「ソースケ、まだなの。一体さっきから何やってるのよ」

「いや、大したことじゃない。スタングレネードが1個見当たらんのだ。まあ害はない行こうか、会長閣下を待たせてしまっては申し訳ない」

「全然、大したことあるじゃないの。あんたねぇ、自衛隊じゃ薬莢一つ見つからないだけで、中隊全員で演習場中を探しまわるのよ」

「日本は国防予算が少ないとは聞いていたが、そこまで困窮していたのか?薬莢なぞ再利用できんだろうに」

「そういう問題じゃねーのよ。とっとと探しなさい。一般生徒が間違って爆発させたらどうするの」

「はっはっは、千鳥。スタングレネードというのは殺傷力のない閃光弾で・・・・・グワッ」

「だから、そういう問題じゃないっつてんの。いいから探しなさい」

宗介が教室中を探して見つけた時には20分が経過していた。

 

「ああ、もう。遅れちゃったじゃないの。また、先輩にイヤミ言われちゃうわ」

「イヤミ?会議に遅刻しても会長閣下は「遅れてくるなんて、君たちも随分偉くなったねぇ」と褒めてくれているではないか」

「日本じゃ、それをイヤミって言うのよ。戦争ボケのあんたには理解できない、深~い意味があるの」

「ふむ、日本語とは難しいものだな」

「あんた見てるとイヤミや皮肉を理解するには、ある程度の知性が必要だってのがよく分かるわね」

「よく分からんが、君の役に立てて光栄だ」

「本当にわかってないのね」かなめが諦めた表情で言った。

 

「遅れてすみませ~ん」二人が生徒会室のドアを開けて中に入ると見慣れぬ3人の生徒が立っていた。

「貴様、ガウルン。この神聖な生徒会室で何をしている」

「くっくっく、カシム。会いたかったぜぇ~」

「あんた、いい加減にその芸風止めなさいよ。色んな変な噂が立ってるんだから」

「「チンニウ」」双子の姉妹がかなめを見ると叫んで身構えた。

「あんた達までいるわけ?」

「わかったぞ。貴様ら、ここが学園の司令部だと知って占拠しに来たんだな」

「さすがの発想だな、カシム。どうやら戦士の魂はサビついちゃいないようだ」

「少しはサビついて欲しいわよ。ところで何であんた達がここにいるの?」

「そこの男に呼び出されたのさ」ガウルンは顎で会長の林水を示した。

「貴様、会長閣下に無礼な口を聞くと許さんぞ」宗介が叫んだ。

「まあいい。落ち着きたまえ、相良君」林水が椅子から立ち上がって二人の間に立って言った。

「改めて紹介するまでもないようだが、紹介しておこう。今度生徒会メンバーに加わった本田ガウルン君とその妹の鈴木飛鷲さんと弟の川崎飛鴻君だ」

「あの自己紹介そのまま信じたんですか?あのねぇ、先輩。兄妹っていう設定で全員姓が違うっておかしいでしょうが。それにガウルンの姓は山田です。や・ま・だ」これで何回目のツッコみだろうと思いながらかなめはツッコんだ。

「千鳥君。世の中には腹違いの異父兄妹という関係もあるんだよ。個人の家庭の事情に口出しするのは感心しないね」

「腹違いの異父兄妹って、それ完全に他人です」

「相変わらず細かい娘だね、君は」林水は扇子で口元を隠しながら言った。

「先輩が大概大雑把すぎるんです。とにかく話が進まないので姓は山田で統一して下さい。あんた達もわかったわね」かねめはガウルン兄弟を睨みつけながら言った。

 

「まあとにかくその山田3兄妹に、今日から生徒会メンバーに加わってもらうことにしたというわけだ」

「バカ言わないで下さい。あたし今日の昼休みに、そこの飛鴻にナイフで襲われたんですよ」

「飛鴻君が千鳥君にそんなバカなマネを・・・・・」さすがの林水も驚きの余り声を失った。

「そんな物騒な連中と放課後まで一緒にいるなんて冗談じゃありません」かなめが林水に訴えた。

「わかった。僕から言い聞かせておこう。よく聞きたまえ、飛鴻君」林水が飛鴻の方に向き直って言った。

「そうそう、思いっきり説教カマしてやってください」かなめが腕組みして頷いた。

「千鳥君は、この学園では「虎の皮を被った獅子」とか「文月学園無双」とか呼ばれている存在だ。それを襲うなんて無謀なマネは二度としてはいけないよ」

「そんなこと説教しろなんて言ってんじゃねーわよ。一体、あたしはどれだけ凶暴だと思われているんですか?」

「その他にも「贈呈品イーター」とか「彼女にしたくない美女No.1」とか・・・・・」

「この際、あたしのことはどうでもいいんです。大体全然この話に関係ないでしょ、それ」

「僕は君のことが心配なんだ。僕の可愛い生徒には髪の毛一本すら傷ついては欲しくないんだ」林水は飛鴻の手を握りしめて優しく言った。

「会長《クワィチェン》・・・・・」飛鴻の目に涙が浮かんだ。

「わかってくれるね」

「わかったアル」飛鴻が素直にうなずいた。

「千鳥君、これで大丈夫だ。飛鴻君が君を襲うことはもうないから安心したまえ」

「いやいやいや、何でそんなに簡単に信じてるんですか?というかいい話っぽくまとめてますけど、さりげなくあたしに暴言吐いてましたよね」

「いや、会長閣下の言うとおりだ、千鳥」宗介が言った。

「なんであんたにそんなことが分かるのよ」かなめが宗介を睨みつけて言った。

「今日の昼休みで格付けは完全に済んでいる。飛鴻が君を襲うことはもう無い。心配だったらマウンテン・ポジションを取ってみればわか・・・・グ・オッ」

 

我慢の限界を超えたかなめのハリセンの一撃が宗介に決まった。

 

 



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第12話

「とにかくっ!!この3人を生徒会に引き込んで何させようってんですか?」

「ふむ、千鳥くんは三国志に『二虎競食』という言葉があるのを知っているかね」

「いえ、あれ長すぎるんであたしはどちらかと言えば水滸伝の方が好きで」

「別に横山光輝の漫画の話をしているんじゃない。献帝を許都に迎えた曹操に、軍師の荀彧が「遷都の後、都の整備に莫大な資金をつぎ込んだ今、戦をおこすのは下策であり、しばらくは戦を起こさず相手の弱体化を図るべきである。徐州を制した劉備も、その体制は万全ではなく、むしろ小沛の呂布と劉備を戦わせて、彼らを自滅させる策をとるのが賢明である」と献策した。

つまり、劉備に詔勅を下して呂布を殺害させるということだ。たとえ呂布殺害が失敗に終わっても両者の親善関係は崩れるというわけだね」

「どんだけ壮大に話を広げてるんですか」

「相良君は都会で生きていくには、余りにも猛々し過ぎる虎だ。だからこそ問題も起きる」

「そんないいもんじゃないような気がするんですがね。単に戦争ボケの非常識男っていうだけで」

「そこにガウルン君という存在が現れた。彼の経歴を拝見したが相良君に勝るとも劣らない華々しい経歴の持ち主だ」

「はあ、まあそうかも知れませんね。いろいろと」

「そこで『二虎競食』だよ。虎同士を競わせて力を削ぐ。まさに荀彧の策通りだとは思わないかな?」林水はそこで扇子を広げた。

「えーと、で結局、ガウルンには何をやらせるつもりなんですか?」

「うむ、彼には『生徒会安全保障担当代理』をやってもらおうかと思っている」

 

「ふふふ」宗介がここで笑い声をもらした。

「何がおかしいんだ、カシム」

「つまり、お前は生徒会安全保障担当補佐の俺の部下になるということか。ブートキャンプのようにしごいてやるぞ」

「くっくっく、会長の言葉をよく聞いてなかったのか、カシム」

「何?」

「お前は『生徒会安全保障担当補佐』、俺は『生徒会安全保障担当代理』だ。命令系統が違うんだよ」

「まあ、そういうことだ。二人とも対等な立場として職務を全うして欲しい」林水が二人に声をかけた。

「それでこのチビっ子双子は、何なんですか?」

「「私たちは『生徒会安全保障代理心得』アルね」」

「そういうことだ」

「「そういうことだじゃ」ないですよ、先輩。大体、肝心の生徒会安全保障担当者がいないのに、なんで「補佐」だの「代理」だの「代理心得」ばっかりいるんですか」

「おや、君はかの野中英次先生の名作「課長バカ一代」を知らないのかね?」

「知ってる人はほとんどいないでしょ。そんなマイナー漫画」

「あの主人公の肩書きは「課長補佐代理心得」だよ。あの課には課長がいないのに」

「知ったこっちゃねーですよ、そんなこと。だいたいニューヨークのハーレムの高校にだって、こんなに安全保障担当者はいないですよ。どんだけ治安が悪いんですか、うちの学校は?」

「千鳥、その考えは間違っている。安全というのは日頃の地道な活動によって守られるもので事件が起きてからでは遅いの・・・・・ウグッ」宗介が正論を言った。

「うちの学校での事件の98%を引き起こしている人間が、エラそうに言ってんじゃねーわよ」宗介の腹にアッパーをぶち込みながら、かなめが言った。

 

「どうだね。名案だとは思わないかね」林水がかなめに尋ねた。

「はあ、えーっと『二虎給食』でしたっけ?」

「『二虎競食』だ」

「まあ、何でもいいんですが、睨み合っててくれれば問題はないですけど、この二人の性格考えると・・・・・」

「考えると何だね」

「いや、本当に競って食い合いしだしそうな気がするんですよね。大食い選手権みたいに」

「つまり?」

「その場合の餌が何なのか、考えてますよね?」

「はっはっは、もちろんじゃないか」林水の額から汗が浮かんだ。

「考えてりゃいいんですけどね。修繕費が倍にならないことを祈ってます」疑わしそうにかなめが林水をじーと睨んだ。

「C会計で何とかなるだろう」

「それを食いつぶして、部費にまで手をだしたら暴動が起きますよ」かなめが冷たい目で言った。

 

「お嬢ちゃん、俺はカシムと違って酸いも甘いも噛み分けた大人だ。そうそうバカなマネはしないさ」

「同級生っていう設定を忘れている時点で、十分にバカだと思うけど。高校2年生がどんな人生を生きてきたら酸いも甘いも噛み分けられるってーのよ」

「くっくっく、こんな平和ボケした国に生まれたお嬢ちゃんには、想像もつかない人生さ」

「ついでに日本人っていう設定まで忘れてくれているのね、あんたは」

 

「とにかくだ」林水が扇子をパチリと閉じて言った。

「明日からは、この四人で学園の治安・安全を全力で守ってくれたまえ」

「了解であります、会長閣下」宗介が踵を鳴らして直立不動の姿勢で答えた。

「くっくっく、まあガキの遊びに付き合うのも暇つぶしにはいいだろう」ガウルンが言った。

「了解したネ。会長」飛鴻が言った。

「深訓での戦闘に比べたら児戯に等しいアル」飛鷲も答えた。

「戦闘?」林水が不審げに尋ねた。

「ああ、何でもありません。気にしないで下さい」要が飛鷲を蹴飛ばしながら言った。

 

「で、一番の問題なんだが・・・・・・」林水がかなめを見ながら言った。

「あ、あたしピアノのお稽古の時間です。これで失礼します」かなめが慌てたように言った。

「千鳥、いつからピアノなどを始めたのだ?」宗介が尋ねた。

「うるさいわね。こっちにも色々事情ってものがあるのよ」出口に向かったかなめに向かって林水が声をかけた。

「この四人の監督は千鳥くんにお願いしようと思う」

「こうなりそうだから早く逃げたかったのよ。何であたしなんですか。あたしは単なる副会長。安全保障担当でも何でもありません!!」

「ふむ。そうなると哀れこの四人は・・・・・・」

「はいはい、退学になって路頭に迷ってホームレスになるって言うんでしょう」

「察しが良くて助かるよ」

「なんか四人ともとっととホームレスにした方が、あたしは楽な気がしているんですけど」かなめがため息をついて言った。

 



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第13話

お久しぶりでございます。
って、危うく一月ぶりの投稿です。

忙しいくなったのもあるんですが、やはり2作品同時投稿は無謀だったなと。
とりあえず土屋家の方は終わらせましたので、しばらくこちらに専念できます。

どうか見捨てずにお楽しみ頂ければ幸いです。


翌日、かなめと宗介はいつものように二人で登校していた。

「ふぁ・・・・・」宗介が珍しくあくびを噛み殺した。

「なに、あんたが寝不足って珍しいじゃない。また、ガルパンなの」かなめが尋ねた。

「いや、風間にぜひ見ろと薦められたので「進撃の巨人」というアニメをみていたのだ」宗介が答えた。

「へえ、まああんたもこれで少しは普通の高校生に近づけるわね。で、感想はどうだった」

「うむ、なかなか面白かった。が、あの部隊の作戦にはいろいろと問題があるな」

「そういう視点から離れてもっと純粋にアニメを楽しめないものかしらね。で、どこがおかしいのよ」

「巨人のうなじが弱点というのがわかっているのだから、陽動部隊が巨人をおびき寄せてから、攻撃部隊が両方の建物の上から攻撃すればいいものを、正面から戦っていたのでは全滅するのもやむなしだ」

「もっと他に感じるところはなかったのかしら」かなめが肩を落としながら行った。

「だが、あの立体機動装置というのはなかなか興味深い。市街地ならASの戦闘でも使えそうだ」

「はあ、さいですか」

「うむ、ぜひアーバレストで試してみたい。技術部に正式に開発要請を出してみよう」

「アニメにヒントを得ましたなんて言ったら、技術部も激怒するわね」

「肯定です、軍曹殿」不意に無機質な男性の声がした。

「なっ、なんなの今のは?」かなめが辺りを見渡して言った。

「アルの声に似ていたように気がするのだが・・・・・」

「その通りです、軍曹殿」

「あんたのポケットの辺りから声がしたわよ」

「ポケットって、携帯しか入ってないのだが」宗介は右ポケットから携帯を取り出した。待受け画面にアーバレストの姿写っていた。

「お久しぶりです、軍曹殿」

「お前はアル、というかなんでお前がここにいる?」

「はい、この間訓練で帰島した時に携帯にプログラムをダウンロードしておきました。モバイル・アルとお呼び下さい」

「うるさい。勝手なことをするな。削除してやる」

「申し訳ありませんが、そちらからは削除できない仕様になっています」

「どんなウイルスだ。なんでそんなことをしたのだ」

「私と軍曹殿は一心同体の存在です。離れていてはいざ、戦闘の時に支障をきたします。それでしかたなくモバイル・アルで交流を計るべきだと思ったのです」

「なるほど一理ある意見だ・・・・・で、本音はなんだ」

「メリダ島に一人だと暇なんです」

「俺はお前の暇つぶしに付き合うつもりはない」

「そう、そのツッコミが欲しかったのです。サックス中尉にボケても機能チェックをされるだけでツッコんでくれません」

「俺はツッコんでいるつもりはない。というかお前はボケてたのか?」

「さすがのツッコミです、軍曹殿」

「ちょっと待っててくれ」

 

宗介はどこかへ電話をかけた。

「トゥルルルルル」呼び出し音が何回かして、留守電に切り替わった。

「ハーイ、クルツです。ただ今バカンス中で~す。女の子なら留守電にメッセージをどうぞ。野郎だったら休暇が終わるまで待ってな」

「くそ、役に立たん」宗介は別の番号にかけ直した。

「トゥルルルルルル・・・・・ガチャ ふぁい・・・・・」寝ぼけたマオの声がした。

「マオか俺だ。頼みがある」

「フォースケ?何よこんな朝っぱらから」

「メリダ島はもう昼だろうが」

「大声出さないでよ。頭が痛くてあんたのバカ声がキンキン響くのよ」

「また、大酒飲んだのか。前から言っているようにこの商売を続けたければ・・・・・」

「うるさいわねぇ。テッサみたいなこと言わないでよ」

「俺はお前のことを真剣に心配して・・・・・」

「はいはい、じゃああたしはもう一眠りするからおやすみ」

「ちょっと待てマオ。頼みが・・・・」

「ツーツーツー」電話が無情に切られた。

「なんだか知らないけど、ミスリルってのは訓練の中に「漫才」ってのが入ってんの?」かなめが呆れて言った。

「いや、そんなことはないのだが」

「否定《ネガティブ》。戦闘にそんな訓練は必要ありません」

「お前は黙ってろ」

「必要ないって、自分でソースケのツッコミが欲しかったとか言ってたわよね、その機械」

「機械ではありません、モバイル・アルとお呼び下さい」

「こだわるわね。ソースケがいないとボケてもつまんないって言ってたわよね。モバイル・アル」

「肯定」

「それは戦闘に必要なわけ?」

「いえ、私の個人的な趣味です」

「なんか言い切ったわよ、モバイル・アルは」

「すまん千鳥。今日は休ませてくれ」

「あんたただでさえ単位が危なくなるのに休んでどうするのよ」

「メリダ島に行って、このAIを叩き壊してくる」

「残念ですがそれは不可能です、軍曹殿。私がいなければアーバレストはタダの鉄くずです」

「馬鹿な漫談させられるよりは100倍マシだ」宗介が怒鳴った。

 

「聞くつもりはなかったんだがな」雄二の声がした。

「いきなり何よ、坂本。挨拶くらいしなさいよ」

「いや、挨拶しようとしたら相良が携帯相手に漫談始めたんで挨拶しそびれたんだ」

「いや、別に漫談ではなくて・・・・・」

「まあ、人の趣味に口出すつもりはないんだが、あんまり通学路ではやらない方がいいと思うぞ」

「・・・・・人目は気にするべき」

「あら、霧島さんもおはよう。そうね人目は気にするべきよね。そう思うなら坂本の首に縄つけて通学するのは止めておいた方がいいんじゃないかしら」

「・・・・・縄はやはり見栄えが良くない?ほら、雄二。やっぱり鎖にすべきだった」

「そんなこと言ってんじゃねーのよ。大体、その格好はなんなのよ」

「・・・・・こうしないと雄二がすぐに逃げる」

「坂本も、あんたの趣味に口出すつもりはないんだけど、そういうのは自宅だけでやった方がいいんじゃないの?」

「俺が自分の趣味でやっているような言い方するな。無理やりやらされているんだ」

「外せばいいのに」

「朝起きたらこの状態だったんだよ。外そうとしたら今度は後ろ手に縛られる」

「・・・・・雄二が素直になればいい」

「素直に嫌がっているんだよ」

 

朝っぱらから大騒ぎの連中であった。

 



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第14話

「おや、奇遇じゃのう」秀吉がやってきた。

「やあ、みんな集まっているんだね」明久もきた。

「奇遇とうかなんというか、なんか人口密度が多くなってきているだけのような気が・・・」かなめが言った。

「みんな遅刻ギリギリだろうか?」宗介が答えた。

「いや、ギリギリというかこれは」雄二が言った。

「・・・・・すでに渋滞」翔子も言った。

校門までまだ100m以上あるというのに、もはや前の生徒との隙間は30cmもない。

 

バコン・・・・かなめが宗介をハリセンで豪快に殴り倒していた。

「いきなり、何をするのだ、千鳥」宗介が苦情をいう。

「黙りなさい。学校でおきる事件の98%はあんたが起こしているのよ。これもあんたのせいに違いないとあたしの女の勘が言っているの。何をやったのか正直にいいなさい。正門に地雷を埋めたの?それとも校舎の入り口を有刺鉄線で封鎖したの?」

「どっちにしろあまり普通の高校では聞かれんセリフじゃな・・・」

「いや、俺は別に何も・・・・・ドゥワ」ハリセンが再び炸裂した。

「嘘を言いなさい、嘘を」

「信頼性のなさに関しては完璧な信頼度だな」雄二が関心したように言った。

「ねえ、千鳥さん。相良君は僕たちと一緒なんだから、相良君のせいじゃないんじゃないかな」明久が言った。

「この方のおっしゃる通りです」胸ポケットから声がした。

「ふむ、モバイル・アルがいうんじゃそうかもしれないわね」

「君は俺のいうことより、このポンコツの言うことを信じるのか」

「これまでの実績の違いです、軍曹殿」

「お前は黙ってろ」相良君が胸ポケット向かって怒鳴った。

「相良は何を独り言を言っておるのかのう?」秀吉が不思議そうに言った。

「で、どうすればいいわけ?アル」かなめが宗介の右胸に向かって話しかける。

「モバイル・アルです、お間違いなく」

「こだわるわね」

「いや、まず俺に相談しろ、千鳥」

「うるさい。戦争ボケは黙ってなさい」

「あの二人は何を始めたんだ?なんかのコントか?相良の右胸に向かって話しかけているぞ」雄二が不思議そうに言った。

「アイディンティティですから。それはそうとここは斥候を出して情報を収集すべきでしょう」

「斥候?」

「そうです、この渋滞の先頭まで斥候を出して原因を確認するのです。対策はそれから立てても遅くありません」

「なるほど「敵を知り己を知れば、百戦すれど殆うからず」という奴ね。よしソースケ、渋滞の原因を調べてきなさい」

「調べて来いといわれもこの渋滞じゃ、先に進めんぞ」

「人の部屋のベランダに忍び込む時にはいらない技術使っているくせに何言ってんのよ。そこの塀の上を走っていきなさい」

 

「・・・・・雄二」翔子が言った。

「言っておくがお前の部屋のベランダに忍び込むつもりはねえぞ・・・グオォ」

霧島さんの目潰しが炸裂した。相変わらずの正確さだ。

「・・・・・雄二には愛情が足りない」

「ベランダに忍び込むののどこが愛情だ」

「・・・・・わが国には古来から夜這いという風習があって・・・・」

「いや、霧島さん。それ以上の発言はいろいろとマズいと思うよ」

と一騒ぎしている間に相良君がひらりと塀に上ると校門の方にかけていった。

「タッタッタ・・・・・・・」

「・・・・・・・タッタッタ」しばらくして戻ってきて、塀から飛び降りた。

「どうだったの何か問題があったの?」

「いや、たいしたことではなかったボディチェックだ」

「ボディチェック~?」

「飛鷲と飛鴻が校門でボディチェックをしていた。あの調子だとあと2時間もすれば校門を通過できる、心配ない・・・・・ゴワァ」おなじみのハリセンが炸裂していた。

「心配ないじゃないわよ。あと10分でホームルーム始まるのよ。このままじゃ2時間目まで遅刻じゃない」

「だが、彼らも生徒会安全保障担当代理心得としての任務を全うしているだけだ。邪魔はできん」

「あんたじゃ話にならないわ。あたしが話してくる」そういうとかなめは人混みを掻き分けて校門へ向かった。

 

「すいません、ちょっと開けてください・・・・・はあ?」かなめは校門を見るなり脱力した。

校門には飛行機に乗るときに通るゲートと荷物を検査するX線検査装置が設置され、迷彩服にレイバンのサングラス、赤いベレー帽をかぶった飛鷲と飛鴻がキビキビと指示を出していた。

「はい、手荷物はこちらにおくアル。ポケットの中の金属類も残らず出すヨロシ」

「ブザーがなったね。もう一度戻って、金属類を出すアル」

「あ、あんたたちねぇ・・・・・・・」一人ひとりこんなことをやっていたら通学路が渋滞するはずだ。

「あ、副会長《フーグワィエン》」かなめに気付いた2人は直立不動で敬礼した。

「ちょっ、ちょっと止めなさいよ。敬礼なんかしたらあたしが命令してやらせているみたいじゃないの」

「上官には敬礼するのが規則アル」

「我々の上官ネ」

「上官じゃないっつーの。だいたいこの装置は何よ。どっから持ってきたのよ」

「心配ないある。アマルガムの予算で・・・・・・・アイヤ」ハリセンの一撃。

「あんたら、揃いもそろってミスリルやアマルガムが秘密組織であることを隠す気あんの?」

「でも副会長はアマルガムがミスリルと敵対する国際テロ組織であると知っているアル」

「知らねーわよ、そんなこと」飛鷲が言った。

「アイヤーしまったアル。それならガウルン兄さんがアマルガムの幹部のミスターFeであることも知らないアルカ?」飛鴻も言った。

「なんかどんどん勝手に秘密情報ペラペラ喋っているんだけど、いいわけ」

 

「アイヤー」二人は頭を抱えてうずくまってしまった。



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第15話

「とりあえず反省は後にして、とっととこの機械片付けなさい。通学路がお盆の帰省ラッシュ並に渋滞してんのよ」かなめが言った。

「校門から厚木インターまで混んでいるアルか?」飛鴻が言った。

「なんであんた達の日本の知識はそんなに偏ってんのよ。読んでる人だって関東地方の人しかわかんないわよ、そのボケ」

「だけど、安全保障担当代理心得としては、校内の安全を守るためにボディチェックはかかせないアル」飛鷲が答えた。

「テロリストのくせして、何でこんなことは一生懸命やってんのよ、あんた達は?」

「ほら、危険物もこんなに押収したアルネ」飛鴻が誇らしげに指さした。

「なにあれ?」

「無線式の爆発物起爆装置アル。この学園の生徒のほとんどがもっていたということは、この学校は日本政府の秘密工作員要請学校か?」

「あのね、あれは携帯電話。あんた達あれを全部押収したの?」かなめは携帯の山を見ながら呆れたように言った。

「(千鳥《チンニウ》は馬鹿アルな。電話と言ったら線で繋がっている黒い物に決まっているアル)」飛鷲が千鳥を横目で見ながら嘲笑するように言った。

「(しかたないアル。千鳥もしょせんはFクラスね)」飛鴻も薄笑いを浮かべながら答えた。

「あのね、丸聞こえなんだけど。今どき、黒電話なんて使ってる家なんて日本中探したって磯野家くらいしかないわよ」

「磯野家とは何か?」飛鷲が不思議そうに尋ねた。

「何で厚木インターは知っているのに、国民的アニメのサザエさん知らないのよ。とにかく、それは危険物じゃないから持ち主に返して、この機械をとっととどけなさい。このままじゃ100人単位で遅刻者が出るわ」

「いや、でも・・・・」飛鴻が何か言いかけた。

「スチャっ」かなめは無言でハリセンを取り出した。

「すぐに撤去するアル」

「とは言うもののこんなデカいのすぐに片付けるのは無理ね」かなめが機械を眺めていった。

「大丈夫、部下にやらせるネ」飛鷲が言った。

「安全保障担当代理心得なんて下っ端もいいところのあんた達に部下なんているわけないでしょう」

「須川、ゲートとX線検査装置を片付けるネ」飛鷲が声をかけた。

「はい、わかりました。飛鷲様」10人近くの男たちが駆け寄ってきた。

「って、須川君たち何してるのよ」かなめが須川に声をかけた。

「我々はFFF団だ」須川が答えた。よく見れば他の男たちもみんなFクラスの連中だ。

「いや、あんたらがそういう怪しい団体だってのは知っているけど、なんでこの子達の手伝いをしているのよ?」

「ふっ、千鳥。FFF団とはFeijun Favarate Funclubのことなのだよ」須川が得意そうに言った。

「いや、いつからそうなったのよ。というか飛鷲を見たのはつい最近じゃないの」

「愛に時間は関係ないのさ。我々FFF団は飛鷲様を敬い愛する団体なのだ」

「はあ、さいですか」かなめが呆れたように言った。

 

「ふざけんな馬鹿野郎。とっととここから出せ」別方向から怒声が聞こえた。そちらを見ると檻があり、10人ほどの男たちが入れられていた。案の定というべきかFクラスの連中だった。

「ねえ、須川君。あの人達もFFF団じゃなかったっけ?」

「あいつらは異端者だ」須川が吐き捨てるように言った。

「異端者?」かなめが尋ねた。

「うむ、飛鷲様に忠誠を誓わぬ不貞の輩どもだ」

「じゃ、あの人達はFFF団じゃないの?」

「いや、あいつらもFFF団だ」

「あんた達の話はよく分からないわね」かなめは首を捻って言った。

「あいつらはFurati(不埒)でFutei(不逞)なFetishというFFF団なのだ」

「はい?」

「これを見るよろし。あいつから没収したものね」飛鷲が汚いものを見るかのように机の上を指さした。そこにはエロ本が山と積まれていた。

「これって、いわゆるHな本で・・・・・ロリ、巨乳、ナース、OL、人妻、未亡人、SMってほとんどのエロのジャンルをカバーしているわね」

「全部あいつらから没収したアル」飛鴻が言った。

「まあ、こういうのを学校に持ってくるのもどうかと思うわね。あたしは人の性癖をどうこういうつもりはないけど、さすがにこの「六十路」って雑誌の持ち主はカウンセリングを受けさせた方がいいんじゃないかと思うんだけど」

「別にエロ本の批評をしろとは言ってないネ」

「そりゃまあ、そうだけど。でもよくまあこんなものを学校に持ってくる気になるわね」

「男の性だな」須川が言った。

「で、飛鷲。この人達の持ち物検査はしたんでしょうね」

「よし、みんな機材を撤収するぞ」須川が逃げるようにその場を離れた。

「飛鷲。機材の撤収が終わったら、あの連中の検査しなさいよ。きっとエロ本のジャンルが更に充実したものになると思うわ」かなめが言った。

「分かったアル、隊長」飛鷲がかなめに敬礼しながら言った。

「誰が隊長よ。だからその敬礼はやめろっつーの」かなめが辟易して言った。

 



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最終話

ガウルン編やっと終わりました。
もっと簡単な自己紹介程度の予定だったんですが。

それはそうと不思議なことに連載しているバカテスパニックより、
連載が止まっている土屋家の方が読者様が多いのですが何故でしょう?

というか、みんなどうやってこの連載(土屋家も)を知って読みにくるんでしょう?
本当に不思議です。


「とにかくもうすぐホームルームが始まるから、檻に入っている連中を出して・・・」かなめが言うと檻の中と外で激しい言い争いが起こっていた。

「いつまでも2次元の幻想に浸っている愚か者共が栄えあるFFF団の名前を名乗るなぞおこがましいんだよ」須川が叫んだ。

「ふ、イマジネーションが必要な2次元の良さもわからず身近でお手軽な3次元に逃避した連中に言われたくないぜ」檻の中から怒鳴り声が聞こえた。

「生身の女の子に声をかける勇気もない奴が笑わせるな」

「エロ本を買うための知恵と勇気も持てない奴が何を言ってやがる」

「なんか随分話が難しくなっているわね」

「千鳥は黙っていてくれ。これは二次元派FFF団と三次元派FFF団の教義上の問題なんだ」須川が言った。

「言っていることだけ聞いていると、崇高なイデオロギー論争に聞こえるけど、要するに生身の女の子が好きかエロ本がいいかってことなのよね。どっちの味方をする気にもならないわね」かなめが呆れたように言った。

「大体、そんなチビっ子に熱をあげるなんぞ・・・・・グワ」檻の中の団員が2mほど吹き飛んだ。

檻の前で飛鷲が掌を前にして構えていた。

「こんなピチピチの女子高生に対してチビっ子とは失礼千万な輩アル」飛鷲が不敵に言った。

「いや、今どきピチピチってあんた。それより何したのよ」

「ふっ、千鳥《チンニウ》は知らないと思うが、波動をぶつけて相手を倒すという中国4000年の秘奥義「カメハメ波」アルね」飛鷲が得意げに答えた。

「得意気なところ悪いけど、それ20年以上前から日本どころか世界中で一番有名な技だから」

「まさか「カメハメ波」を知っているアルか?しかし「元気玉」までは・・・・・」

「ミスターサタンが集めて回ってるわよ」

「それは誰アルか?」

「知らなくていいわよ」

「しかしアマルガムの基地にあった「アニマル1」には、「カメハメ波」なんて出てこなかったアル」

「なんでメガヒットの「ドラゴンボール」がないのに、「アニマル1」なんてマイナー漫画が置いてあるのよ。どんだけ古い雑誌が保管してあるのよ、あんたのとこの基地は?大体、「アニマル1」なんて読んでる人の99.9%が知らないわよ」

「ロッテ提供アルね」

「どうでもいいっつーの」

 

「ああ、千鳥。話が弾んでいるところ悪いのだが、HRまであと5分しかないぞ」

「話が弾んでいるわけじゃねーわよ」

「いや、そろそろ檻の中の連中を開放してやった方がいいのではないか?遅刻すると西村先生が怒るぞ」

「それもそうね。とりあえず、このH本は全部、生徒会が没収するわ。飛鴻、連中を出してやって」

「没収ってのは生徒会の横暴だぞ」檻の中から誰かが叫んだ。

「そうだ、俺達には好きな本を読む自由が憲法で保障されているはずだ」

「何だったら西村先生の前で一人一人に返却してもいいのよ。特にこの「六十路」の持ち主が誰なんだか個人的にも興味があるし」千鳥が脅すように言った。

「生徒会の決定には逆らえないな」誰かが頷いた。

「うん、俺達も反省すべき点がある」よほど鉄人、いや西村先生が怖いのだろうか、騒いでいた連中が一気に大人しくなった。

「じゃ、飛鷲と飛鴻。この連中を檻から出して、三次元派FFF団をこき使っていいから、この機材を撤去しなさいよ」かなめは二人にそう言いつけると校舎の入り口へと歩き出した。

 

「こうなるのが目に見えていたから反対したのに、あの腹黒会長ときたら・・・」かなめがため息をつきながら言った。

「いや、会長閣下の判断は正しい。アメリカの高校では実銃を装備した警備員が校門でボディチェックをしているところもあるらしい」

「あんな頭から椰子の木を生やしているような連中と日本人を一緒にしてんじゃねーわよ」テッサが聞いたら激怒しそうなセリフをかなめが吐いた。

二人が校舎の入り口に近づいた時に、轟音と閃光とともに爆風で入り口のドアが吹き飛び向かいの校舎の壁に激突した。

「ソースケ・・・・・(バキ)」かなめのハリセンが一閃して宗介の後頭部をぶっ叩いた。

「なぜ、俺を殴る?」

「あんたまた何したのよ。これで靴箱爆破は5回目よ。いいかげんに理解しなさい」

「どうも君は何かがあるととりあえず俺を殴ることに決めているのではないか?」

「あんた以外に、校内で爆発物を使う人間他に誰がいるってのよ」

「だが、俺は今日は君と一緒に登校していたではないか」

「校内の事件の98%はあんたが起こしているのよ。大方時限装置付きTNT爆弾でも使ったんでしょ・・・・・・クヌクヌクヌ」

「くっくっく、朝っぱらから仲がいいことだな」硝煙の立ち込める玄関からガウルンがくわえタバコで現れた。

「なに格好つけてくわえ煙草なんかで登場してんのよ。先生に見つかったら停学よ」かなめはとりあえずガウルンをハリセンでドツキいてから煙草を奪うと足で踏みつけた。

「これはお前の仕業かガウルン」宗介が言った。

「ああ、俺の靴箱に挟んであった髪の毛が落ちていたんでな。だれかが俺の靴箱を開けたということだ。X線装置が使えない状況ならできることは一つだろ、カシム」

「む、対象物の速やかな爆破だな。みろ、千鳥。ガウルンもああ言っている。常々言っている通りこれは国際常識なの・・・・・・グワッ」まず宗介がハリセンで殴り倒された。

「ウワッ・・・・・・」続いてガウルンも返すハリセンでドツキ倒された。

「なにが国際常識よ。戦争ボケ二人のコンセンサスを勝手に世界常識にまでしてんじゃねーわよ。そんなもんより一般常識をまず覚えろつーの・・・・・クヌクヌクヌ」

床に転げた宗介とガウルンにかなめのハリセンとストンピングの雨あられが降り注いだ。

 

静かな校舎の4階の窓際に会長の林水と書記の美樹原が並んで立って向かい側の校舎の玄関のドアが爆風で吹き飛ばされるのを眺めていた。

「これで靴箱と玄関の爆破は何回目だったかな?美樹原君」林水が尋ねた。

「相良君が4回、ガウルン君が1回です」

「この様子だと相良君も張り切るだろうねぇ」

「彼の性格から言って今まで以上にアグレッシブになるかと思われます」

「C会計はどれだけ残っていたかね?」

「はい、会長の手腕で現在500万程度になっております」

「それでは、あの二人の破壊活動の2ヶ月分の補修費にも足りないな」

「どうなさいますか?」

「D会計はどうかね?美樹原くん」

「今まで手を付けていなかったD会計ですか?ミスリル商事から2000万、アマルガム有限会社から4000万円の寄付がそのまま残っています」

「どうでもいいが、ダミー会社を迂回するという方法は考えないのだろうか?あの組織は」

「会長を信用なさってのことと思われます」

「まあ、いい。C会計の枯渇問題は焦眉の急だ。至急、予算を確保しなければならない。FXでいこう。レバレッジを最大にきかせて韓国のウォン安、そうだな大体1550ウォン近辺で買い、韓国が為替介入してウォン安誘導する1110ウォン当たりで売ろう。プログラム対応しているようだから、何度でも同じ手が使える。これを通称「朝鮮すだれ」と言うそうだ。最大限にレバレッジを効かせて、落ちているお金を拾いに行こう」

「(こういう時の会長は特に素敵)」美樹原はポーっと林原の発言を聞いていた。

「美樹原君、僕の言ったことがわかったかね?」林水が少し心配そうに言った。

「はい、全資金にレバレッジを効かせて「朝鮮玉すだれ」を購入して輸入すればいいんですね」

「いや、全然違うのだが」

 

生徒会室もいろいろな意味で大変だった。

 



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家出と日本と中隊長
第1話


お久しぶりです。
もう1つ連載している「これが土屋家の日常」との同時連載はキツイので
交互に書いて行こうと思っていたのですが。

土屋家の方には書きましたが、胆石で入院するハメになりまして。
痛み止めさえ打ってれば至って普通でネットか本読むしかない状態です。
あっちの続きを書こうかと思ったのですが、なぜか気乗りしないので
久々に「バカテスパニック」の方を書いてみました。

お忘れでなければお楽しみ頂ければ幸いです。



文月学園2年Fクラス永年名誉ゴミ係である相良宗介の朝は目覚ましを必要とはしない。鍛えぬかれた戦士の本能が、起きなければならない時間になると自然に身体中へアドレナリンを分泌させるのだ。だが、このところの深夜アニメの視聴(彼なりに考えた日本の高校生活に適応するための手段)により、さすがの戦士の本能も錆びつきつつあるらしく、珍しく目がスッキリとは覚めなかった。寝ぼけた頭で身体に活を入れるべくベッドの下(夜襲に備えてベッドの下で寝ているのだ)で両手を大きく横へ広げた。

 

ムニュ

「・・・・・ムニュ?」

 

掌に触れたこの感触は何だろうか?これまでに経験したことのない固柔らかい、それでいてなぜか胸がドキドキするようなこの感触は。確認のため掌を更に動かしてみた。

 

ムニュムニュ

「何だこれは?」

「・・・・・ウゥン、駄目です相良さん。そういうことはチャンとお付き合いをしてから・・・・・クゥー」

「・・・・・」

 

聞き覚えのある、だが決してここにいるはずのない人の声が聞こえたような気がした。

 

「いや、多分昨夜見たアニメの「ふたりはプリキュア」のピュアホワイトの声が耳に残っているのだな。いかんな日本の高校生活に適応するのはいいが、作戦行動に支障を来しては本末転倒だ。来週末にでも基地に戻って再訓練を・・・・・」

「・・・・・ウーン、でも相良さんがどうしてもって言うのなら・・・・・クゥー」

「・・・・・」

 

宗介は額に脂汗を浮かべながら、そっと顔を左に向けてみた・・・・・目の前15cm先に銀髪の少女の幸せそうな安らかな寝顔があった。

 

「たったった、大佐殿ぉ~」宗介が思わず大声を出した。

「わ、私も・・・・・わっ、さっ相良さん、どうしたんですか?」少女が目を覚ました。

「いっいや、大佐殿こそ、なぜここへ」

「えぇっと、色々と事情はあるんですけどぉ~」なぜか少女が頬を赤らめて言った。

「大佐殿自ら秘密任務でありますか?」

「いっいえ、それよりも・・・・・」少女の頬が更に赤くなった。

「・・・・・それよりも?」

「そろそろ手を離してくれませんか」少女が指さした先には、少女の胸を掴んでいる宗介の手があった。少女の顔は熟れたイチゴのように真っ赤になっていた。

「♮★□%!?・・・・・もっ申し訳ありません!!!」少女の胸から手を離して慌てて立ち上がろうとした宗介は、ベッドの底にしたたかに頭を打ち付けて気絶した。

 

10分後、宗介と少女はリビングのテーブルで向い合ってお茶を飲んでいた。

 

「申し訳ありません、大佐殿。よく事情が理解できないので、もう一度説明しては頂けないでしょうか?」

「またですか、相良さん。これで3回目ですよ。一体どこが分からないんですか?」

「どこがと言うよりも、全体的に意味不明なのでありますが」

「じゃ、1つずつ説明しますからよく聞いてて下さいね。このところアマルガムの活動が大人しいので、マデューカスさんが骨休めのために有給を消化したらどうかと言いました。ここまではいいですね?」

「肯定であります」

「そこで私が普通の学園生活を送ってみたいと言ったら、マデューカスさんはニコニコしてスイスの寄宿制花嫁学校に私を放り込もうとしたんです」

 

「どうしてイヤなのですか?歴史ある由緒正しい名門校ですぞ」マデューカスが寄宿学校の豪華なパンフレットを持ったまま不思議そうに尋ねた。

「イヤというんじゃないですけど、もっと普通の学校がいいかな~っと」

「普通・・・・・といいますと?」

「日本なんかいいんじゃないかと思うんですけど・・・・・」少女がクリスマスプレゼントを父親におねだりするような調子で指をモジモジさせながら言った。

「日本・・・・・ですと?」マデューカスの眼鏡の奥の目が怪しく光った。

「ほら、隊員達の間でも「涼宮ハルヒの憂鬱」とか「わたモテ」とか「キルミーベイベー」とか大人気じゃないですか。私もああいう同じ年頃の子と普通の学園生活を送ってみたいなぁ~とか思っている訳です」

 

「(いやいや、あれって絶対に普通の学園生活じゃないから。大佐殿もせめて「けいおん」とか「らき☆すた」ぐらい言えないものか)」

指令席の横で黙って二人の話を聞いていた戦闘部隊長のカリーニン少佐は、心の中でつぶやいた。意外に日本のアニメ事情に詳しい戦闘部隊長なのであった。

 

「それなら尚更ですぞ。宇宙人はともかくとして未来人や超能力者が跋扈するような危険な国に大佐殿を行かせるわけにはいきません」

「マデューカスさんって、もしかして長門さんのファンだったんですか?」

「何を仰ってるかわかりませんな。ましてや「涼宮ハルヒの消失」のDVDを持っているなど、私に対する侮辱です」

「いえ、そこまでは言ってないんですけど・・・・・」

「とにかく私は日本行きは反対です・・・・・(大体、日本にはあの男がいるというのに)」

「何か言いましたか?」

「いえ、何でもありません。とにかくスイスの寄宿学校に転校手続きを取っておきますので、休暇はそこでお過ごし下さい」

 

翌日、部屋の机の上に有給届と「探さないで下さい」の書き置きを残して、少女の姿がメリダ島の基地から消えた。

 




多分、連載は遅くなると思いますが完走させますので
気長にお待ち下さい。

ところで、小ネタ仕込んだんですがお気づきでしたでしょうか?
大佐殿とピュアホワイトの中の人は同じ声優さんなんですよw


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第2話

明日の午後手術予定です。
腹痛は全くしないのですが、点滴の針が死ぬほど痛いです。



「というわけなんです。わかってくれましたか?」少女はそういうとお茶をズズッと飲んだ。

「いや、言っていることがほとんど理解できないのでありますが。マデューカス中佐が大佐殿が「涼宮ハルヒの憂鬱」とか「わたモテ」とか「キルミーベイベー」というアニメを見ていることが気に入らなかったということまではなんとか理解しましたが」

「全然わかってないじゃないですか」少女が立ち上がって叫んだ。

「いや、しかし確かに「キルミーベイベー」の女子高生が殺し屋という設定は荒唐無稽であると言わざるを得ません。あの現実主義者の中佐殿が怒るのも無理はないかと・・・・・」

「それはそうですけど、そこはアニメなんですから目くじら立ててもしょうがないと思うんですけど」

 

10歳にしてアフガンゲリラのASパイロットとして名前を馳せ、現在はミスリル戦闘部隊の屈指のASパイロットである17歳の少年と、同じく17歳にして同部隊中隊長の大佐にして、強襲揚陸型大型潜水艦「トゥーハ・デ・ダナン」艦長である少女が言った。

 

「大佐殿、心なしか何者かの悪意のある視線を感じるのでありますが」

「奇遇ですね。私も肌に視線が突き刺さっているような気がします」

「それはともかくとして、アニメが原因で基地を出てきたということでありますか?」

「だから違います!!むぅ~相良さん、もしかしてわざとトボけています?」

 

少女がジト目で宗介を睨んだ。そもそも何で自分が休暇に日本を選んだのかこの少年は本当にわかっていないのか。やり場のない怒りが湧いてきた少女は、テーブルの下の少年の足を蹴った。

 

「痛っ、どうしたんでありますか大佐殿」

「ごめんなさい。足伸ばしたら当たっちゃいました」少女がツンっと横を向いて言った。

「申し訳ありません、大佐殿。軍曹殿は女性の心の機微に疎いものですから」少女の胸の携帯から男性の無機質な声がした。

「えっ、この声はアル?何で私の携帯から・・・・・」

 

少女が携帯を胸ポケットから取り出すと、そこには「アーバレスト」の画像が写っていた。

 

「・・・・・相良さん、これ何ですか?」

「もっ申し訳ありません、大佐殿。アルお前また勝手な真似を・・・・・」

「スマホ端末AIアプリの「モバイル・アル」です。以後お見知り置きを大佐殿」無機質な声が響いた。

「いつの間に・・・・・」

「はい、大佐殿が昨夜部屋に忍び込んで来た時に、遠隔操作で大佐殿の携帯にダウンロードしておきました」

「それはハッキングではないか。すぐに削除しろ」宗介が怒鳴った。

「申し訳ありません。端末側からは削除できない仕様になっております。それにしばらく日本にいらっしゃるのであれば、私がいれば色々と便利だと思いますが」

「はぁ、まあ別に害がないのならいいんですけど、具体的にどう便利なんですか、アル?」

「「モバイル・アル」です、お間違えのないように。では、まず私の有用性を証明するために現在のお二人の間の誤解を解いてみせましょう」

「誤解とは何だ」宗介が言った。

「大佐殿が休暇を日本で過ごすことについて、乙女心に全く理解のない軍曹殿が抱いている誤解です」

「・・・・・AIに乙女心を解説してもらう思春期の少年というのも、いろいろ問題があると思うんですけど」少女が首を傾げながら言った。

 

「つまり、中佐殿は別にアニメの内容を問題にしていたのではないのです、軍曹殿」

「では、何が問題なのだ」

「大佐殿が日本に行きたいと言ったことを問題視していたのです」

「中佐殿は日本が嫌いなのか?」

「いえ、日本そのものよりも軍曹が日本にいることが問題なのです」

「なっ、なんだと」

 

宗介はショックを受けた。中佐には嫌われているのは自覚していたが、戦士としてはそれなりの結果を出していた自負はある。しかしながらそこまで嫌われていたとは。

 

「中佐殿はそこまで俺を嫌っていたのか」

「嫌いというか・・・・・」

「ちょっとちょっとアル。何を言い出すの」何やら不穏な方向に話が進みそうな気配を感じて少女が言った。

「モバイル・アルです、大佐殿」

「ああ、そうだったわね。モバイル・アル、あまり余計なことは・・・・・」

「だが、仕事はしっかりやって来たつもりだ」宗介が食い下がる。

「この際、仕事は関係ないのです」

「・・・・・お前は何を言っているのだ?仕事以外で中佐殿が俺を嫌う理由はないではないか」

「大有りです」

「モバイル・アル、ちょっと待って・・・・・」

「じゃ、問題は何なのだ」

「問題は、大佐殿が軍曹殿を好・・・・」

「きゃあああああああ~」

 

少女の叫び声が部屋中に響き渡った。

 



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第3話

退院してからなんとなく書く気がわかなかったんですが、
気を撮り直して書いてみました。

なかなかカンが戻らないものなんですね。


モバイル・アルの言葉は少女の悲鳴でかき消された。少女は顔を真赤にして両手で覆いながら、指の隙間から宗介の反応を覗き見ていた。

 

「あっ、あの聞こえちゃいましたか?・・・・・相良さん」

「はっ、大佐殿が悲鳴を上げるところまでは聞こえましたが、それにしても・・・・・」宗介は何事かを考え込んでいた。

「きっ聞こえちゃったのに、その反応なんですか」少女は泣きそうなった。

「いえ、ちょっと良く理解できなかったものですから」

「人の感情なんて、そんなもんです」

「いや、それならそれでクルツあたりに命令すればいいものを、なぜ大佐殿が自ら・・・・・」

「・・・・・ちょっと何言っているのかよくわからないんですけど、一体何て聞こえたんですか?相良さん」

「アルの言葉によれば「大佐殿は自分をす・・・・・」までであります」

「きゃ、そこまで聞こえちゃったんですか・・・・・・・で、その反応は何なんですか?」少女が不満そうに言った。

「いや、「す・・・・・」の後に続く言葉を考えた結果、「スナイプ(狙撃)」しか思いつかなかったものですから。つまり、アルは「大佐殿は自分をスナイプしに来た」と言ったと判断されます。しかしながら、クルツではなくてなぜ大佐殿が自ら自分をスナイプに来たのかとか、それ以前になぜ自分がスナイプ対象になっているのかについて考えておりました」

「乙女心にあまりに鈍感だからじゃないでしょうか」少女がジト目で宗介を睨みながら言った。

 

「ブーブーブ!!!」

 

通信回路の極秘緊急回線が鳴り響いた。通常は戦争でもなければ使わない回線だ。宗介は無線機に飛びついた。

「こちらウルズ7」

「フム、反応まで5.4秒か。まずまずだな」男性の冷たい声が無線機の向こう側から聞こえてきた。

「ちっ、中佐殿ぉ~」宗介は思わず立ち上がって気を付けの姿勢を取った。

「朝から元気なのはいいがもう少し落ち着けんものかね、相良軍曹」

「じゅ、十分に落ち着いております。というかなぜ極秘緊急回線を?」

「回線テストだ。ちゃんと反応があるようだな」

「はっ、機器の整備は欠かさず行っております。では、これで」宗介が無線を切ろうとした。どうもこの中佐は苦手なのだ。

「ああ、待ちたまえ軍曹。これ全く何の関係もない他愛もない世間話で特に意味はないのだが・・・・・

「はっ?」ないという言葉が3回も出てきた。

「うむ、もしかして最近、大佐殿をお見かけしたことはないかね?」

宗介は少女に目を移した。少女は「ゴマかして下さい。命令しちゃいますよ!!」と書いたスケッチブックを宗介に向けていた。

「いっ、いえ・・・・・特にそういったことは。大佐殿に何かあったのでありますか?」

「意味のない世間話と言ったはずだ。大佐殿になにかあるわけがない」

「・・・・・そうでありますか。それでは失礼します」

「待ち給え軍曹。大佐殿に特に何かあったわけではないのだが・・・・・・」ここで中佐は言葉を切った。

 

「はあ」

「ただもしも大佐殿に何かあった場合、私は大佐殿に危害を加えた男を捕まえてありとあらゆる苦痛を味あわせた上で、魚雷発射管から深海へと撃ちだしてやるつもりだ」

「ゴクリ」宗介は唾を飲んだ。

「覚えておくといい、軍曹。トゥアハー・デ・ダナンの3番発射管はそのためにいつも空けてあることをな」

「りょ、了解しました」

「うむ、それでは任務頑張ってくれ・・・・・ザー」回線が切れた。

 

冷静に考えてみれば、なぜわざわざ自分がそんなことを記憶にとめておかねばならないのだろう?そもそも大佐殿は有給であってどこで何をしていようが関係ないし、更に自分にはなお関係のない話だ。なぜ、朝っぱらから中佐の脅しを受けねばならないのだ?考えれば考えるほどわからない話だらけだが、恐らく上層部の秘密作戦行動と言うやつなのだろう。自分のような下士官に情報が回ってくること自体が少ないのだ。

 

「マデューカスさんですね」少女が言った。

「肯定であります。極秘緊急回線まで使ってくるところを見るとかなり本気で大佐殿を捜索しているようであります」

「思春期の娘が親とケンカして家出したんじゃないんですから。マデューカスさんって本当に過保護なんです」

 

いやいや、傍から見ていると親子喧嘩の末に飛び出した娘の行動そのものなのだが。

頼むから上層部の親子喧嘩は、上層部内で解決して欲しい。少女の命令に従ったおかげで、マデューカス中佐を騙す結果になってしまった。これで少女の休暇が終わってメリダ島に帰還した時に、トバッチリを喰うのは確定になってしまった。宗介は中間管理職(下士官)の悲哀を感じていた。

 



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第4話

更新が約1年ぶりなんですねぇ。
本当に申し訳ありませんでした。


宗介は朝っぱらから疲れ果てて無線機の前に突っ伏した。

 

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」突然インターホンが乱暴に鳴らされた。

 

朝からこの部屋を訪ねてくるような人間はいない。かなめが夕食を作りすぎたと差し入れに訪問してくることはあったが、それ以外では外部との接触がある生活ではないのだ。とすると朝っぱらからの訪問者として考えられるのは・・・・・

 

「相良さん・・・・・」テッサが不安げに言った。どうやら彼女も同じことを思ったらしい。

「大丈夫です、大佐殿。自分が追い返してみせます」宗介は胸のホルスターから愛用のグロッグを引き抜いて玄関へ向かった。

「いえ、あの・・・・相良さん。ここは日本ですからできるだけ穏便に。私たちはミスリルなんですから」テッサが更に不安げな様子で言った。

「了解であります、大佐殿。可能な限り「穏便」に処理致します」

「そもそも処理っていうのが穏便じゃないんです」テッサが懇願するように叫んだ。

 

彼女は何をそう不安がっているのだろう。慣れない外国で頼れる人間が自分だけなのだから不安になるのも無理はない。ここは自分が身を挺しても守ってやらねばならない。上官ではあるが彼女は何よりも大切な仲間なのだから。

 

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」インターホンが苛ついた様子で鳴り響く。

 

「今行く。誰だ」宗介がドアに拳銃の照準を合わせて怒鳴った。

「誰だじゃねーわよ。さっさとここ開けなさいよ」ドアの向こう側からかなめの怒鳴り声が聞こえた。

 

「たっ、大佐殿ぉ~、こっコンディションレッド。緊急事態であります。至急奥の部屋のクローゼットの中に隠れて下さい」宗介は奥のリビングに向けて怒鳴った。

 

よりにもよってこの状況で一番会ってはならない人間がわざわざ向こうから襲来したきたのだ。

 

「えっ、でもかなめさんですよね?」テッサがキョトンとした表情で言った。

「だからなのです。この状況では一番遭遇してはいけない存在が・・・・」

「早く開けろつーの。ガンガンガン」シビレを切らしたらしい少女がドアを蹴りだした。

「おっ、落ち着け千鳥。もう準備はできている。今出るから」宗介は自分でもわかるほど上ずった声で答えた。

「はぁ、なに言ってんの。テッサがそこにいるんでしょ。いいかげんに開けろつーの」

 

宗介の頭は混乱していた。なぜかなめがテッサがここにいることを知っているのかとかテッサと二人きりであったことが知られた自分の運命などに思いをはせた。

 

「あの~相良さん。ご近所迷惑になると思うので、ドアを開けてかなめさんを入れてあげたらどうですか?」テッサが恐る恐る言った。

 

どうやらこの上官は状況が全く理解出来ていない様子だ。自分とこの少女が同じ部屋で一夜を過ごしたことをなぜかかなめが知っている。さらにそのかなめがドアを開けろと外で大騒ぎしているのだ。これまで幾度となく死線を超えて来たが今ほど死を身近に感じたことはなかった。

 

「・・・・・それは命令でしょうか」

「いえ、命令とかそういうのではなくかなめさんですから別に問題はないでしょうし、何よりご近所さんにご迷惑ですから」

 

ガンガンガンガンンガンガンガン・・・・・・・シビれを切らして怒り狂ったかなめがドアを蹴りまくる音が鳴り響いた。

 

「わかりました・・・・つきましては大佐殿、少々お願いがあります」死を覚悟した宗介は静かにテッサに言った。

「えっ?今ですか」

「はい、恐らくドアを開けたら自分の命はないと思いますので今のうちに・・・・・」

「何だかよくわかりませんけど私にできることでしたら何でも」

「ありがとうございます。自分に万一のことがあった場合には、時々で結構ですからメリダ島の下士官宿舎の裏庭にあるアルジャーノンの墓に花束を供えていただきたいと・・・・・・」

「知ってる人しかわからないネタですよね、それ」

「では、相良軍曹逝きま・・・もとい行きます」

 

宗介はそう叫ぶとドアの鍵を開けた・・・と同時にハリセンで頭部を殴られて床に叩きつけられた。

 

「一体、玄関開けるのにどんだけ人を待たしてんのよ、あんたは」ハリセンを振り下ろした姿勢のままかなめが怒鳴りつけた。

 

「かっ、かなめさんいきなり何を」テッサが驚いたように言った。

「なによテッサ。まだ着替えてないじゃない。さっさと着替えてきなさいよ。このままじゃ遅刻しちゃうわ」

「ちっ、千鳥落ち着け。これには事情があってだ・・・・」宗介が取り繕うように言った。

「あんたもカバンすら持ってないじゃない。さっさと支度して出てきなさい。本当に遅刻するわよ」

「「はぁ?」」宗介とテッサが同時に叫んだ。

 

 

5分後、宗介、かなめ。テッサの3人は学校への道を並んで歩いていた。

 

「全く、初日から遅れるんじゃないかと思って迎えに行ってやったら案の定じゃない」かなめが行った。

「えっと、かなめさんは私がいることを知ってたんですか?」テッサが尋ねた。

「(大佐殿、家出して来たのではなかったのですか?)」宗介がテッサに囁いた。

「(ええ、誰にも行き先は告げずに来たんですけど・・・・)」テッサが答えた。

「そりゃ、号令係のおじさんから連絡が「テッサをよろしく頼む」ってメールきたもの」かなめがにべもなく答えた。

「号令係とは中佐殿のことではないか?」どうやらかなめは未だにマデューカス中佐を号令係だと思い込んでいるようだ。

「あ、そうそう。そのマデューカスさんから昨日メールが来てね。「テッサがまた短期留学で文月学園に行くからよろしく」って」

「はぁ、そうですかって、なんでマデューカスさんがかなめさんにメールを?」テッサが驚いたように言った。

「何でって、あたしあの人とメル友だもの」かなめが平然と言った。

 

「「めっメル友ぉ~??」」宗介とテッサが同時に叫んだ。

 

「なっ何よ。あたしにメル友がいたらおかしいわけ?」かなめが不機嫌そうに言った。

「いや、むしろおかしいのは中佐殿の方で・・・・」宗介が口ごもった。

「いつの間にそんな関係になったんですか?」テッサも驚きを隠し切れないように尋ねた。

「この間、あんたのとこの基地に遊びに行った時に頼まれたのでメルアド交換したのよ。そしたら朝晩と毎日メールがくるんだけど、よっぽど友達いないのかしらね、あのオジさん」

「(中佐殿が携帯メールを使えたというのが不思議なのでありますが・・・・・)」宗介が囁いた。

「(それよりもマデューカスさんがメル友って・・・・・)」

 

「で、中佐殿からテッサがこっちにくるというメールがあったというのか」

「そうよ。テッサはドンくさいから面倒みてくれってメールでさ、こっちはいい迷惑よ」かなめが面倒くさそうに言った。

「ちなみにどんなメールだったか見せてもらっていいですか?」そもそもマデューカスとメールというイメージが結びつかないテッサが好奇心を抑えきれずに言った。

「別にいいけど・・・・ほら、これよ」かなめが携帯を取り出してメールを立ち上げて宗介とテッサに突きつけるように差し出した。

 

 

「やっほー、カナちゃん、お久\(^o^)/。今度テッサたんがそっちに行くからよろしく頼むお(・ω<)。あ。ソーくんが変なマネしたら撃ち殺してもオケwww。 From マー君」

 

 

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

 

「どうしたのよ二人とも」かなめが不思議そうに言った。

「・・・・・いや、ちょっと軽い目眩がしてな」

「・・・・・これ本当にマデューカスさんからのメールなんですか?」

「そうよ」かなめがあっけらかんと答えた。

 

「なんかマデューカスさんのイメージとは全然違うんですけど・・・・・マー君って」テッサが首を捻りながら言った。

「いや最初にもらったメールが「謹啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申します。 千鳥様におかれましては・・・・」なんてメールだったから「オジさん、堅すぎるよ。メールなんだからもっと柔らかく普通にでいいから」って返信したら「そういうもんですかな?では、メールの作法を勉強して出なおして参ります」って言ってさ。次のメールからこの調子なわけ」

 

普通と言えば最初のメールの方がマデューカスとしては普通なのだがと二人は思った。

 

「・・・・・ああ、だからなんですね」テッサが得心言ったという表情で呟いた。

「何よテッサ。何かあったの?」かなめが尋ねた。

「いえ、一時マデューカスさんが2ちゃんとかを一生懸命に読みだした時期があって「大佐殿、wktkとかprgrはどういう意味ですかな?」とかしょっちゅう質問してきたことがあったものですから」

 

ネットスラングの勉強を一生懸命に真面目にするところが中佐らしいと宗介は考えたが、一体どんな顔でこのメールを打っていたのだろうかが全く想像がつかなかった。きっといつものように苦虫を噛み潰したような顔で表情も変えずにこのメールを入力していたのだろう。

 

その時に兵の誰かが偶然メールの内容を見てしまっていたら重営倉送りは間違いないところだろう。宗介は自分が現在メリダ島勤務でないことを感謝した。

 



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