問題児たちとウロボロスが異世界から来るそうですよ? (問題児愛)
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YES!ウサギが呼びました!
α


〝終末に向かう歯車に終止符を〟のリメイク版になります。何度も書き直してすみません。

内容は箱庭を知らない、異世界から来たウロボロスとなります。なので〝ウロボロス〟連盟とは全くの無関係です。

〝ウロボロス〟連盟はただでさえ不明点が多すぎるため、無理と悟って設定の改変はやめました。殿下編で行き詰まったのもありますが。


 其処は散りばめられた無数の星々が輝く漆黒の空間―――宇宙だった。

 そんな真空で生身の人間が存在出来ようの無い宇宙空間に、ポツン、と一人の少女が膝を抱えた状態で浮遊し漂っていた。

 その少女の髪は、星々の輝きが照らし出して虹色に煌めき、揺らめいていた。

 服装は無酸素の空間だというのに白い薄布――ワンピースを身に纏っているだけである。

 だが、少女は息苦しそうには見えず、瞼を閉じて平然と宇宙空間に存在していた。

 そんな少女の下に、不意に光り輝く一枚の封書が舞い降りてきた。それが舞い降りてきたのと同時に少女は閉じていた瞼を開ける。まるで封書が来るのを予期していたかのように。

 少女は瞼を開けて現れた炎のような青白い瞳で、光り輝く封書を見つめる。

 

「……ほう。我に手紙か……」

 

 少女はそう呟いて、目の前にある光り輝く一枚の封書を手に取る。

 

『ウロボロス殿へ』

 

 ある人々によって与えられた少女の名―――ウロボロスが達筆で書かれていた。

 少女は青白い瞳を細めて、面白そうに封書を眺めた。

 

「どうやって我の居場所を引き当てたかは知らぬが……折角の手紙だ。読まぬわけにはいかないな」

 

「くく」と愉しそうに笑って少女は封を切って手紙の内容に目を通す。

 

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 我らの〝箱庭〟に来られたし』

 

 

 それを読んだ瞬間、少女の小柄な全身は眩い光に包まれて、この宇宙(せかい)から消えた。

 

 

α

 

 

「わっ」

 

「きゃ!」

 

「ぬ……?」

 

 四人の視界は間を置かずに開け、彼らは上空4000mほどの位置で投げ出される。

 落下しながら虹髪の少女は、眼下の見覚えのない風景を見て笑みを浮かべた。

 視線の先に広がる地平線は、世界の果てを彷彿とさせる断崖絶壁。

 眼下に見えるのは、縮尺を見間違うほど巨大な天幕に覆われた未知の都市。

 彼らの前に広がる世界は―――完全無欠に異世界だった。

 

 

α

 

 

 少女は未知な光景に気を取られていたため、気づいたときには着水していた。

 しかしずぶ濡れになっても、少女は特に気にした様子はなく岸に上がる。

 一方で先に岸に上がっていた黒髪リボンの少女と、金髪ヘッドホンの少年が罵詈雑言を吐き捨てていた。

 

「し、信じられないわ!まさか問答無用で引き摺り込んだ挙げ句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

 

「………いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

 

「俺は問題ない」

 

「そう。身勝手ね」

 

 互いに「フン」と鼻を鳴らして服をの端を絞る、金髪ヘッドホンの少年と黒髪リボンの少女。

 最後に岸に上がった茶髪ヘアピンの少女は、服の端を絞りながら、

 

「此処………何処だろう?」

 

「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、何処ぞの大亀の背中じゃねえか?」

 

 茶髪ヘアピンの少女の呟きに答える金髪ヘッドホンの少年。

 適当に服を絞り終えた金髪ヘッドホンの少年が三人に問う。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずは〝オマエ〟って呼び方を訂正して。―――私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱き抱えている貴女は?」

 

「………春日部耀。以下同文」

 

「そう。よろしく春日部さん。次に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子揃った駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取り扱い説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

 金髪ヘッドホンの少年―――逆廻十六夜はケラケラと笑って返す。

 それを黒髪リボンの少女―――久遠飛鳥は傲慢そうに顔を背ける。

 そんな二人に、茶髪ヘアピンの少女―――春日部耀は我関せず無関心を装う。

 だが、三人は急に表情を引き締め、先程から一人だけ圧倒的な存在感を放っている―――虹髪青眼の少女に視線を向ける。

 そして、代表して十六夜が前に出て、不敵な笑みを浮かべながら訊いた。

 

「最後に、其処のオマエは?」

 

「………ん?我か?我は―――ウロボロスだ」

 

「何?」

 

「それと最初に断っておくが、我は人間ではない。龍………若しくは蛇だ、汝らよ」

 

「「「………龍?」」」

 

 虹髪青眼の少女―――ウロボロスが淡々と告げる。〝龍〟と聞いて十六夜達は瞳を輝かせる。

 その反応にウロボロスの少女は小首を傾げて三人を見つめ返す。

 

「なんだ汝ら?我の顔に何かついてるのか?」

 

「別に、何でもないぜ。ただ―――」

 

「ただ、何だ?」

 

 ウロボロスの少女は青白い瞳を細めて十六夜を見る。彼の雰囲気が変化したことに気づいたようだ。

 そして十六夜は、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、

 

「アンタが()()()〝ウロボロス〟かどうか………その身で確かめさせてもらおうじゃねえか!」

 

 十六夜はそう言って、爆撃音のような踏み込みで地を蹴り、ウロボロスの少女に第三宇宙速度で飛び込んだ。

 予想外の速さにウロボロスの少女は「ほう」っと驚嘆の声を洩らす。

 

「人間の汝にしては(はや)いな。だが―――」

 

 第三宇宙速度で打ち出された十六夜の拳を、ウロボロスの少女は片手で受け止めてみせた。

 

「なっ………!」

 

「所詮は汝も人間(ヒト)だ。龍たる我には勝てぬよ」

 

 片手で受け止められて、驚愕する十六夜を、ウロボロスの少女は余裕の笑みで見つめた。

 十六夜は「チッ」と舌打ちして跳び退き、追撃のチャンスを窺う。

 しかし彼は、ウロボロスの少女に隙が見当たらないことを悟ったのか臨戦態勢を解いた。

 それを不思議に思ったウロボロスの少女は、小首を傾げて訊く。

 

「どうした、少年。我に喧嘩を吹っ掛けておいて逃げるのか?」

 

「いや、別に逃げるわけじゃねえよ。()()()オマエが本物の〝ウロボロス〟かどうか知りたかっただけだしな。俺なら、俺並み以上の相手はいつでも歓迎するぜ、()()()

 

「ヤハハ」と笑って返す十六夜。しかし彼の瞳は、ウロボロスの少女を真剣な眼差しで見つめていた。

「そうか」と少し残念そうな表情を見せたウロボロスの少女だったが、

 

「………ん?龍ロリ、とは我のことか、少年?」

 

「ヤハハ、オマエ以外に〝龍〟の存在は近くにはいないんだが?それに、龍にしてはちっこいからな。龍ロリで十分だろ」

 

「そうか。まあ、呼び方は気にしないから好きに呼ぶといい。空星(うろぼし)でもローズでも何でも、な」

 

 そう言って、背後からひっそりと忍び寄ろうとしていた耀や飛鳥に振り返る。

「バレてたんだ」と苦笑しながら耀と飛鳥が観念したようにウロボロスの少女の前に堂々とした態度に直す。

 

「じゃあ、私は貴女のことをローズさんと呼ばせてもらうわ。ウロボロスはちょっと女の子っぽくないもの」

 

「ぬ?」

 

「それは私も思った。だから私もローズって呼ばせてもらう」

 

「………ふむ、よかろう。別に正体を隠すつもりは更々ないが、我の考えた即席の偽名ローズと呼ぶといい、娘ら」

 

 自分の考えた偽名を早速使ってくれたことが嬉しかったのか、飛鳥と耀に笑顔で返すウロボロスの少女―――改めローズ。

 だが、ローズに〝娘〟と呼ばれることが不快なようで、飛鳥と耀が睨んできた。

 

「〝娘〟ではないわ。飛鳥と呼んで」

 

「私も、耀でいい」

 

「そうか。それは失礼したな、むす―――飛鳥に耀」

 

 危うくまた〝娘〟と言い掛けて、飛鳥と耀に睨まれたことにより何とか名前で呼び直せたローズ。

 そんなローズ達の会話を物陰から聞いていた青髪ウサ耳の少女は、

 

「(うわぁ………なんか問題児ばっかりみたいですねえ………)」

 

 召喚しておいてこんなことを思うのはアレだが………彼らが協力する姿は想像できない。それに、

 

「(何だか一人だけ圧倒的に恐ろしい力を持った子がいますね………お呼びしたのは三人で人間だけでしたのに………り、龍だなんて)」

 

 青髪ウサ耳の少女は頬に冷や汗が伝っているのを感じた。ウロボロスという龍がどんな存在かは彼女は知らないが、〝神格〟を持っていることだけは確かだった。

 

「(と、とはいえあれほどの大物を獲得できるのでしたら、この際は細かいことは気にしないのです)」

 

 そう思いながらローズ達の様子を暫く観察することにした、青髪ウサ耳の少女だった。




お気づきかもしれませんが、オリ主の容姿はストライク・ザ・ブラッドのアヴローラです。髪色は金髪じゃなくて最初から虹色にしてますが。

文字数は3000から5000字の間を目安に書いていこうかなと思います。


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β

「で、呼び出されたはいいけど何で誰もいねえんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」

 

「………この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 

「(全くです)」

 

 耀の言葉に便乗してこっそりツッコミを入れる青髪ウサ耳の少女。

 一方で、ローズは十六夜・飛鳥・耀を見回して、

 

「………ふむ。取り敢えず汝らの服を乾かしてやらねばな。風邪を引いては元も子もない」

 

「へえ?龍ロリは服を乾かす術を持ってるのか?」

 

 ローズの呟きに十六夜が瞳を細めて問う。ローズは「うむ」と頷き、まず十六夜の腕に触れて、

 

「―――【フォティア】」

 

 そう呟いた瞬間、十六夜の全身が火に包まれた。

 それを見ていた飛鳥が悲鳴を上げる。

 

「きゃあ!ちょ、ちょっとローズさん!貴女一体何をしてるの!?」

 

「何って、少年の濡れた全身を乾かしてやってるんだが?」

 

「そうだけど、アレじゃ十六夜君が死んでしまうでしょう!?」

 

 飛鳥が鬼気迫る表情でローズに言い寄る。が、ローズの表情に焦りはない。

「そろそろか」と呟いて、ローズは十六夜の腕を離す。

 すると十六夜の全身を包んでいた火が消滅し、彼は火傷の痕が一つもない無傷な状態で立っていた。

 

「ハハ、いきなりだったから少しビビっちまったが………マジで髪や服が乾いてやがる」

 

「………え?十六夜君、熱くなかったの?」

 

「いんや全然。俺の推測では、龍ロリが燃やしたのは服や体じゃなくて、服や髪に付着した水分だけだろ?」

 

 十六夜は心配そうに声をかけてきた飛鳥に無事を伝え、ローズのさっきやったことを推測した。

 それにローズは「ほう」と感心そうに十六夜を細めた瞳で見つめて答えた。

 

「如何にも。我が【フォティア】―――火で燃やしたのは少年の全身に付着した水分だけだ。それらを火で熱して蒸発させたというわけだ」

 

「―――だとよ。どうする?お嬢様と春日部も乾かしてもらったらどうだ?」

 

 提案する十六夜。飛鳥と耀は顔を見合わせて頷き、

 

「熱くないのなら、私達もお願いできるかしらローズさん?」

 

 飛鳥が代表して頼むと「無論だ」とローズは答えて、飛鳥と耀の腕に触れて先程と同じ方法で乾かしてあげた。

 

 

β

 

 

 ローズに乾かしてもらった三人。その中の一人―――十六夜が「さて」と呟き、

 

「服も乾いたことだし、そろそろ其処に隠れている奴にでも話を聞くか?」

 

「(―――!?)」

 

 彼の言葉に、物陰に隠れていた青髪ウサ耳の少女はドキッとして跳び跳ねた。

 そんな彼女にローズ達の視線が集まる。

 

「何だ、貴方も気付いていたの?」

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?そっちの二人も気付いていたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でも分かる」

 

「アレは隠れているとは言えぬよ」

 

「………へえ?面白いなお前ら」

 

 軽薄そうに笑う十六夜。目は笑っていないが。

 ローズに乾かしてもらったとはいえ、理不尽な招集を受けた十六夜・飛鳥・耀の三人は、殺気の籠った冷ややかな視線を青髪ウサ耳の少女に向ける。

 その視線を受けて青髪ウサ耳の少女はやや怯む。

 

「や、やだなあ御三人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んでしまいますよ?ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵で御座います。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いて頂けたら嬉しいで御座いますヨ?」

 

「断る」

 

「却下」

 

「御断りします」

 

「あっは、取り付くシマもないですね♪」

 

 バンザーイ、と降参のポーズを取る青髪ウサ耳の少女―――黒ウサギ。

 しかし黒ウサギはめげずに、自分に殺気ではなく物珍しそうな視線を向けてくるローズにも訊いた。

 

「えと、そちらの御子様は黒ウサギの御話を聞いて頂けますか?」

 

「………ん?我か?………御子様ではないが、話くらいは聞いてやろう」

 

「ありがとうございます!」

 

 黒ウサギはまともな方が一人いたことに喜びを感じた。その少女は〝神格〟持ちで圧倒的な存在感を放ってはいるが。

 とはいえ、話を聞いてもらうのはローズだけとはいかない。他の三人は問題児だが、彼らを喚び出した黒ウサギには責任がある。けれどどうやってあの三人に接するべきかと悩んでいると、

 

「えい」

 

「フギャ!」

 

 いつの間にか耀が不思議そうに黒ウサギの隣に立ち、彼女の青いウサ耳を根っこから鷲掴みにして力一杯引っ張った。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」

 

「好奇心の為せる業」

 

「自由にも程があります!」

 

「へえ?このウサ耳って本物なのか?」

 

 そう言って、今度は十六夜が右から掴んで引っ張る。

 

「………じゃあ私も」

 

「ちょ、ちょっと待―――!」

 

 今度は飛鳥が左から。左右に力一杯引っ張られた黒ウサギは、言葉にならない悲鳴を上げ、その絶叫は近隣に木霊した。

 

「そ、其処の御子様!助けてください!」

 

「………ふむ。ここは傍観()ている方が面白そうだな。済まぬが汝、自力で抜け出してみせよ」

 

「くく」と笑いながら傍観に徹するローズ。黒ウサギは恨めしそうな瞳で彼女を睨みつけ、

 

「(前言撤回!あの御子様も、やっぱり問題児なのですよ―――!)」

 

 心の中でそう絶叫したのだった。

 

 

β

 

 

「―――あ、有り得ない。有り得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。其処の御子様は助けてくれませんでしたし、学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

 

「いいからさっさと進めろ」

 

 半ば本気の涙を瞳に浮かばせながらも、黒ウサギは話を聞いてもらえる状況を作ることに成功した。

 ローズ達は黒ウサギの前の岸辺に座り込み、『聞くだけ聞こう』という程度には耳を傾けている。

 黒ウサギは気を取り直して咳払いをし、両手を広げて説明を開始した。

 

 

〝ギフトゲーム〟。それは特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた〝恩恵〟を用いて競い合うためのゲーム。

〝箱庭〟の世界とは、強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活出来るために造られた舞台(ステージ)

 そしてこの〝箱庭〟で生活するにあたって、数多とある〝コミュニティ〟に属さなければならない。

〝ギフトゲーム〟の勝者は、ゲームの〝主催者(ホスト)〟が提示した賞品を手に入れることが出来る単純(シンプル)な構造。

 その〝主催者〟は様々で、暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもある。

 前者は、自由参加が多いが〝主催者〟が修羅神仏なだけあって凶悪且つ難解なものが多く、命の危険もある。が、見返りは大きく〝主催者〟次第だが、新たな〝恩恵(ギフト)〟を手にすることも出来る。

 後者は、参加のためにチップを用意する必要があり、参加者が敗退すればそれらは全て〝主催者〟のコミュニティに寄贈される仕組み(システム)

 チップは様々で、金品・土地・利権・名誉・人間………そしてギフトを賭け合うことも可能。但し、ギフトを賭けた戦いに負ければ自身の才能も失う。

 ゲームの始め方は、コミュニティ同士のゲームを除けば、其々の期日内に登録すれば可。商店街でも商品が小規模のゲームを開催している。

 この〝箱庭〟の世界でも強盗や窃盗は禁止、金品による物々交換も存在する。ギフトを用いた犯罪などはNG。そんな不逞な輩は悉く処罰される。

 だが、〝ギフトゲーム〟の本質は真逆で、一方の勝者だけが全てを手にする仕組み(システム)。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればタダで手にすることも可能。

 但し、〝主催者〟は全て自己責任でゲームを開催しており、奪われたくなければゲームに参加しなければいいだけのこと。

 

 

 黒ウサギは一通りの説明を終えたようで、一枚の封書を取り出した。

 

「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界に於ける全ての質問に答える義務が御座います。が、それら全てを語るには少々御時間が掛かるでしょう。新たな同士候補である皆さんを何時までも野外に出しておくのは忍びない。ここから先は我らのコミュニティで御話させて頂きたいのですが………宜しいです?」

 

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

 

 静聴していた十六夜が威圧的な声を上げて立つ。質問してないのはローズも同じだが、直感的に質問内容が彼と同じだと判断して黙って聞くことにした。

 軽薄な笑みが消えた十六夜に気付いて、黒ウサギは構えるように聞き返した。

 

「………どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」

 

「そんなのはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。ここでオマエに向かってルールを問い質したところで何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのは………たった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 

 そう言って、十六夜は視線を黒ウサギから外し、飛鳥・耀・ローズの順に見回し、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。

 そして彼は何もかもを見下すような視線で一言、

 

 

「この世界は………面白いか?」

 

 

「―――――」

 

 その問いの返事を、ローズ達は無言で待つ。

 それに黒ウサギは笑顔で答えたのだった。

 

「―――YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者達だけが参加出来る神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証致します♪」




【フォティア】―――ギリシャ語で意味は〝火〟。

【フォティア】―――無から火を生み出し、対象を焼き尽くす能力。
今回は〝水分〟を対象に設定して、それだけを焼き尽くした。


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γ

「ジン坊っちゃーン!新しい方を連れて来ましたよー!」

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が?」

 

「はいな、此方の御四人様が―――」

 

 クルリ、と笑顔で振り返る黒ウサギ。

 カチン、と笑顔のまま固まる黒ウサギ。

 

「………え、あれ?後二人いませんでしたっけ?ちょっと目付きが悪くて、かなり口が悪くて、全身から〝俺問題児!〟ってオーラを放っている殿方と、圧倒的な存在感を放っていて、けれど見た目は可愛らしい方で、黒ウサギの期待を見事に裏切って下さった御子様が」

 

「ああ、十六夜君とローズさんのこと?彼らなら〝ちょっと世界の果てを見てくるぜ!〟、〝ほう。面白そうだから我も付いて行くぞ〟と言って駆け出して行ったわ」

 

「あっちの方に」と飛鳥は断崖絶壁を指差して言う。

 街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ハッと我に返るとウサ耳を逆立てて問い質す。

 

「な、何で止めてくれなかったんですか!」

 

「〝止めてくれるなよ〟と言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

「〝兎などに言う必要はない〟と言われたから」

 

「嘘です、絶対嘘です!実は面倒臭かっただけでしょう御二人さん!」

 

「「うん」」

 

 ガクリ、と前のめりに倒れる黒ウサギ。

 そんな彼女とは対照的に、ジンは蒼白になって叫んだ。

 

「た、大変です!〝世界の果て〟にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て〟付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

 

「あら、それは残念。もう彼らはゲームオーバー?」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー?………斬新?」

 

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

 ジンは必死に訴えるが、飛鳥と耀は肩を竦めるだけ。

 黒ウサギは溜め息を吐きつつ立ち上がった。

 

「はあ………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御二人様の御案内を御願いしても宜しいでしょうか?」

 

「分かった。黒ウサギはどうする?」

 

「問題児二人を捕まえに参ります。事の序でに―――〝箱庭の貴族〟と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 

 悲しみから立ち直った黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、青髪を桃色に染めていく。外門目掛けて空中高く跳び上がった黒ウサギは外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に水平に張り付くと、

 

「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能御座いませ!」

 

 黒ウサギは、桃髪を戦慄かせ踏み締めた門柱に亀裂を入れる。全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び去り、あっという間に飛鳥達の視界から消え去っていった。

 その様を眺めていた飛鳥が呟く。

 

「………箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが………」

 

「そう」と飛鳥は空返事をする。

 飛鳥は心配そうにしているジンに向き直り、

 

「黒ウサギも堪能下さいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がして下さるのかしら?」

 

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですが宜しく御願いします。二人の名前は?」

 

「久遠飛鳥よ。其処で猫を抱えているのが」

 

「春日部耀」

 

 ジンが礼儀正しく自己紹介する。飛鳥と耀はそれに倣って一礼した。

 

「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

 飛鳥はジンの手を取ると、胸を笑顔で箱庭の外門を潜るのだった。

 

 

γ

 

 

「ヤハハ。流石は〝ウロボロス〟―――無限を意味する龍だな。俺の速度に付いてこれるとは驚きだ」

 

「そういう汝も人の身にしてはデタラメな走力を持っているな。まだ本気ではないのであろう?」

 

「まあな。何なら今から本気出してやろうか?」

 

 ニヤリと笑って森林地帯を共に並走するローズに訊く十六夜。

「それは面白そうだな」とローズも呟いたが、

 

「………残念だがそろそろ森を抜けるようだな。汝の全力疾走はまた今度見させてもらうとする」

 

「チッ、そうみてえだな」

 

 十六夜は舌打ちして恨めしそうに前方を睨んだ。

 そして二人の眼前が開け、森を抜けて大河の岸辺に出た。

 

「………へえ?こいつは中々の眺めだな」

 

「ふむ、そうだな。絶景とはまさにこのような風景のことを云うものか………」

 

 十六夜の呟きにローズも便乗して眺める。

 だが、それを邪魔するかのように大河から巨躯な白蛇が姿を現した。

 

『………人間共よ。此処は我のテリトリーだ。早急に立ち去れ』

 

「あん?」

 

「ぬ?」

 

 巨躯な白蛇の言葉に二人は反応してソレを見つめた。

 

「………誰だ、オマエ?」

 

『我はこの辺りを支配する主だ。して、人間共。此処へ足を踏み入れたからには―――我が試練を受けよ』

 

 大きく裂けた口でニヤリと笑い、ローズ達を見下ろす巨躯な白蛇。

 十六夜は不快そうに眉を寄せ、ローズは「ふむ」と頷き、

 

「―――だそうだ。あの蛇は汝を所望のようだぞ」

 

「みてえだな。つかあのヘビ、龍ロリを人間と思い込んでるみたいだぜ?」

 

「そのようだな。やれやれ、龍たる我を人と見紛うとは………愚かな蛇よ」

 

『おい貴様ら!我を無視して呑気に話をするな!』

 

 無視されたことに怒る巨躯な白蛇。

 十六夜は「はあ」と深い溜め息を吐いて、

 

「分かったよ。オマエがそこまで俺と遊びたいってんなら―――俺を楽しませてみな!」

 

『何!?人間風情が、図に乗るなッ!』

 

 十六夜の不遜な態度に激昂した巨躯な白蛇は、大河の水を巻き上げて二つの竜巻く水柱を作る。

 それを十六夜に向けて放つ。が、彼は俊足を持って難なく躱し、

 

「オラァ!」

 

『ガッ………!?』

 

 爆撃音のような踏み込みで跳躍し、巨躯な白蛇の頭上に躍り出ると、その頭に踵落としを打ち付けた。

 巨躯な白蛇は苦悶の声を洩らし、ぐらりと体勢を崩して大河に倒れ落ちる。

 その衝撃で、巨大な水柱が発生し十六夜とローズに豪雨となって容赦なく降り注いだ。

 

「「……………」」

 

 再びずぶ濡れになった二人は、無言で水面に浮かぶ巨躯な白蛇を睨み付けた。

 丁度其処へ、黒ウサギが森を抜けてローズ達を捜しに現れた。

 

「この辺りのはず………」

 

「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」

 

「桃色だな。一体汝の身に何があったんだ?」

 

 黒ウサギを発見した二人はそれぞれ思ったことを口にする。

 それに気付いた黒ウサギは怒髪天を衝くような怒りを込めて勢いよく振り返る。

 

「もう、一体何処まで来ているんですか!?」

 

「〝世界の果て〟まで来ているんですよ、っと。まあそんなに怒るなよ」

 

「成る程な。怒りの余り髪色が変化したのか。ふむ、理解した」

 

「誰のせいだと思ってるのですか!」

 

 呑気な二人に激怒する黒ウサギ。

 そんな彼女を見つめて十六夜は興味深そうに笑う。

 

「しかし良い脚だな。遊んでいたとはいえこんな短時間で俺達に追い付けるとは思わなかった」

 

「むっ、当然です。黒ウサギは〝箱庭の貴族〟と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが」

 

「アレ?」と首を傾げる黒ウサギ。

 

「(黒ウサギが………半刻以上もの時間、追い付けなかった………?)」

 

 箱庭のウサギ達は疾風より速く駆け、生半可な修羅神仏では手が出せない程の力を持つ。

 その黒ウサギに気付かれることもなく姿を消したことや、追い付けなかったこと、思い返せば人間とは思えない身体能力だ。

 自身を龍と名乗るローズは兎も角、十六夜は黒ウサギの目からはただの人間にしか見えないはずなのに。

 

「ま、まあ、それは兎も角!御二人様が無事で良かったデス。先程の水柱を見て、もしや水神のゲームに挑んだのではないかと肝を冷やしましたよ」

 

「水神?―――ああ、アレのことか?」

 

「え?」と黒ウサギは硬直。十六夜が指差したのは川面に薄っすらと浮かぶ白くて長い―――

 

『まだ………まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!』

 

 身の丈三十尺強はある巨躯な白蛇。それが鎌首を起こして怒号を上げた。

 

「蛇神………!って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」

 

「なんか偉そうに『試練を受けよ』とかなんとか、上から目線で素敵なこと言ってくれたからよ。俺を試せるかどうか試させてもらったのさ。結果はまあ、残念な奴だったが」

 

『貴様………付け上がるな人間!我がこの程度の事で倒れるか!!』

 

 蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。

 

「十六夜さん、下がって!」

 

「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。手を出せばお前から潰すぞ」

 

 黒ウサギが庇おうとすると、十六夜が鋭い視線と本気の殺気が籠った声で制する。

 だが、そんな十六夜の前にゆっくりとローズが歩み出る。

 

「おい龍ロリ。そのヘビは俺の獲物だぞ。アンタが横取りするってんなら」

 

「済まぬが少年。我もこの蛇神とやらに興味を持ってな。それに―――」

 

 ローズは、スッと青白い炎のような瞳を細めると獰猛な笑みを浮かべて、

 

「たかが蛇神如きに龍たる我は見下されたのだ。流石の我も何もせずにはいられんよ」

 

「「『!?』」」

 

 ローズの幼い少女とは思えぬ凄みに、十六夜達は息を呑んだ。

 そして〝龍〟と聞いて蛇神は巨躯な全身を震え上がらせた。

 

『な、龍だと!?小娘の貴様がか………!?』

 

「左様。言っておくが今更頭を下げようが我は汝を許してはやらぬ―――覚悟せよ」

 

 そう言ったローズの姿は霞の如く掻き消え、次の瞬間には蛇神の頭を指で、ちょん、と軽く突いていた。

 

『―――グ、ガァ………!?』

 

 たったそれだけなのに蛇神の頭は激震し、苦悶の声を洩らすと力尽きたかのように大河に崩れ落ちた。

 それと同時にまた巨大な水柱が発生しローズ達の頭上に豪雨となって降り注いだ。

 

「「「……………」」」

 

 ローズ達は無言で水面に浮かぶ蛇神を睨み付けた。

 だがハッと我に返った十六夜が岸辺に着地したローズに歩み寄り、

 

「ハハ、凄えなオイ。あのヘビ相手に拳は不要ってか?」

 

「ふふ。まあそんなところだ。アレを殴ったら殺してしまうかもしれぬしな」

 

「へえ………?」

 

 ローズの言葉を聞いた十六夜は瞳を怪しく光らせる。

 それに気付いたローズは面白そうに彼を見つめ、

 

「何だ、少年?我と一戦交えてみるか?」

 

「え!?」

 

「お、いいなそれ。お前に俺の獲物を奪われて苛ついてたところだったしな。よし乗った!」

 

 ローズの提案に嬉々として乗る十六夜。

 黒ウサギが慌てて止めようと声を上げたが、

 

「ちょっと待っ―――」

 

 時既に遅し。獰猛な笑みを浮かべた十六夜が嬉々として飛び出し―――第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度でローズに飛び込んだ。

 あの時とは比べ物にならない程の走力を見せた彼を、ローズは「ほう」と感嘆の声を洩らし、

 

「面白い………フッ!」

 

 軽く握った拳で迎え撃つ。十六夜の速度と同じ速さでローズも拳を振るい―――ゴッ!と両者の拳がぶつかり合う。

 数瞬だけ鬩ぎ合い、次の瞬間にはローズの拳が勝り十六夜の腕は弾かれ、彼は後ろに数メートル吹き飛んだ。

 

「………っ!野郎ッ!」

 

 十六夜は「チッ」と舌打ちして追撃の拳を振るうために再びローズに肉薄する。

 しかし今度は十六夜の拳を迎え撃たず、片手で受け止めてローズは嬉しそうに笑った。

 

「ふふ。やはり汝の拳は良いな。地平線の彼方まで吹き飛ばすつもりだったが、殆んど相殺してみせるとは恐れ入った」

 

「そりゃどうも。出来ればアンタの余裕面を今すぐにでも歪ませてやりたいが―――アレを撃つのは此処じゃ不味いな」

 

 十六夜は苦笑いを浮かべて返す。

「アレとは何だ?」と不思議そうな表情で小首を傾げて訊くローズ。

 しかし十六夜は答えずに「取って置きのだ」とだけ言って拳を引っ込めた。

 これで一先ずお楽しみはお預けにすると、互いに笑みを交わし合い―――

 

「何をやってるんですかこの御馬鹿様方あああああああ!!!」

 

 スパパァーン!と黒ウサギが何処からともなく取り出したハリセンを、ローズ達の頭に奔らせたのだった。



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δ

 黒ウサギのハリセンによる制裁を喰らった十六夜とローズ。

 その後は黒ウサギを含めて再びずぶ濡れになってしまった十六夜を【フォティア】で乾かした。

 そして―――

 

「と、ところでローズさん。その蛇神様はどうされます?というか生きてます?」

 

「生きておるよ。頭を揺らして気絶させただけだからな」

 

「ならギフトだけでも戴いておきましょう。ゲームの内容はどうあれ、ローズさんは勝者です。蛇神様も文句はないでしょうから」

 

「待て。何故我のみだ?蛇神(あやつ)を最初に叩きのめしたのは其処の少年だぞ。故に戦果は我と少年のモノだ」

 

 黒ウサギの言葉を指摘し訂正を求めるローズ。

「あ」と黒ウサギは思い出したように頬を掻き、

 

「申し訳御座いません!最初に叩きのめしたのは十六夜さん―――って、え!?」

 

「あん?どうした黒ウサギ?」

 

 驚いている黒ウサギを怪訝な顔で見る十六夜。その黒ウサギはローズの言葉を聞いて、信じられないとでも言いたそうな顔で十六夜を見つめ返す。

 

「(そ、そういえば黒ウサギが最初に蛇神様を見つけた時には……もう既にのびていたような―――!?)」

 

 まさか、と黒ウサギがまじまじと十六夜を見つめていると、ローズは「はあ」と深い溜め息を吐き、

 

「……少年」

 

「なんだ、龍ロ―――!?」

 

 十六夜は瞬時に身の危険を察知してその場から跳び退く。それと同時に彼に殺気を向けていたローズは右手を掲げ、

 

「―――【ネロ】」

 

 そう告げた瞬間、彼女の周囲に膨大な水が生まれ、それらが融合して直径数十メートルはあろうかという程の巨大な水球を頭上に創り出した。

 

「兎がどうやら汝の力を見たいらしい。故に我が【ネロ】で創りし水球を凌いでみせよ!」

 

「………ハッ、そういうことならやってやるよ!」

 

 嬉々として拳を構える十六夜。黒ウサギは「これから一体何が始まるのですか?」という風に二人を眺めている。

 ローズはニヤリと笑い、掲げていた右腕を振り下ろす。それに従って巨大な水球が十六夜目掛けて降下する―――!

 

「―――ハッ、しゃらくせえ!!」

 

 十六夜はその巨大な水球に拳を振るい、消し飛ばす。

 

「嘘!?龍が生み出した水球をあっさり………!?」

 

「ふむ、やるではないか少年。先のは其処の蛇神が出せるであろう全力の倍はあったのだがな」

 

「へ?蛇神様の全力の倍………!?」

 

 ローズの呟きを聞いた黒ウサギは驚愕する。

 ローズは実際に蛇神の本気を目の当たりにしてはいないが、蛇神から力を感じ取ってそれを分析し、その力の倍の水球を生み出していたのだ。

 そしてそれを打ち破った十六夜は、蛇神以上の相手にも拳一つで叩きのめせることの証明となる。

 それを理解したからこそ、黒ウサギは驚きを隠せないのだった。

 一方の十六夜は「へえ」と物足りなさそうに笑い、

 

「今のがあのヘビの全力の倍か。ハハ、軽いな。まだまだ俺はいけるぜ、龍ロリ」

 

「ふふ、そう急くな少年。楽しみというのは、後に取っておいた方が面白味が増すと思うぞ?」

 

「それには同感だ。それに今はまず―――黒ウサギに聞きたいことがあるしな」

 

 急に話を振られて「え?」となる黒ウサギ。そんな彼女に十六夜は訊いた。

 

「なあ黒ウサギ。オマエ、何か決定的な事をずっと隠しているよな?」

 

「………何の事です?箱庭の話ならお答えすると約束しましたし、ゲームの事も」

 

「違うな。俺が聞いてるのはオマエ達の事―――いや、核心的な聞き方するぜ。黒ウサギ達はどうして俺達を呼び出す必要があったんだ?」

 

 黒ウサギは内心ドキリとした。表情には出さなかったものの動揺は激しい。

 

「それは………言った通りです。十六夜さん達にオモシロオカシク過ごしてもらおうと」

 

「ああ、そうだな。俺も初めは純粋な好意か、若しくは与り知らない誰かの遊び心で呼び出されたんだと思っていた。俺は大絶賛〝暇〟の大安売りしていたわけだし、龍ロリ達も異論が上がらなかったってことは、箱庭に来るだけの理由が有ったんだろうよ。だからオマエの事情なんて特に気に掛からなかったんだが―――なんだかな。俺には、黒ウサギが必死に見える」

 

「―――!?」

 

 黒ウサギは遂に動揺を表情に出してしまった。瞳は揺らぎ、虚を衝かれたように見つめ返す。

 

「これは俺の勘だが。黒ウサギのコミュニティは弱小のチームか、若しくは訳あって衰退しているチームか何かじゃねえのか?だから俺達は組織を強化するために呼び出された。そう考えればさっきの行動や、俺がコミュニティに入るのを拒否した時に本気で怒ったことも合点がいく―――どうよ?百点満点だろ?」

 

「っ………!」

 

「んで、この事実を隠していたってことはだ。俺達にはまだ他のコミュニティを選ぶ権利があると判断出来るんだが、その辺どうよ?」

 

「……………」

 

「沈黙は是也、だぜ黒ウサギ。この状況で黙り込んでも状況は悪化するだけだぞ。それとも龍ロリ連れて他のコミュニティに行ってもいいのか?」

 

 十六夜の言葉に、静聴していたローズが眉を寄せて、

 

「待て少年。何故我もなんだ?」

 

「そりゃ俺達が召喚された中で一番面白そうな奴だし、手離すのは勿体無えからな」

 

「ふむ、そうか」

 

 納得するローズ。まあローズ自身も十六夜という人間に興味を持っているから連れて行ってもらえるのは寧ろ歓迎なのだが。

 

「や、だ、駄目です!いえ、待ってください!」

 

「だから待ってるだろ。ホラ、いいから包み隠さず話せ。………龍ロリも聞いておくか?」

 

「そうだな。聞くだけ聞いておこう。加入の否応はそれから考えるとするか」

 

 十六夜は川辺に有った手頃な岩に、ローズはその場にしゃがみ込んで聞く姿勢を取る。

 しかし黒ウサギにとって今の状態を話すのは余りにもリスクが大きかった。

 

「(せめて気付かれたのがコミュニティの加入承諾を取ってからなら良かったのに………!)」

 

「ま、話さないなら話さないでいいぜ?俺は龍ロリ連れてさっさと他のコミュニティに行くだけだ」

 

「………話せば、協力して頂けますか?」

 

「ああ。面白ければな」

 

「我は先程言伝てした通りだ」

 

 ケラケラ笑う十六夜。しかしその目は笑っていない。ローズの瞳もいつになく真剣だった。

 

「………分かりました。それではこの黒ウサギも御腹を括って、精々オモシロオカシク、我々のコミュニティの惨状を語らせて頂こうじゃないですか」

 

 コホン、と咳払い。内心では殆んど自棄っぱちで語り始めた。

 

 

 黒ウサギ達のコミュニティには名乗るべき〝名〟が無く、名前の無いその他大勢、〝ノーネーム〟という蔑称で称される。

 次に、コミュニティの誇りである〝旗印〟も無い。旗印というのはコミュニティのテリトリーを示す大事な役目も担っている。

 トドメに、中核を成す仲間達が一人も残っておらず、ゲームに参加出来るだけのギフトを持っているのは百二十二人中、黒ウサギとジンのみで後は十歳以下の子供ばかりというまさに崖っぷちの状態だった。

 そして子供達の親も全て奪われたのは、箱庭を襲う最大の天災―――〝魔王〟という存在。

 その〝魔王〟は倒せば条件次第で隷属させることも可能。

 魔王は〝主催者権限(ホストマスター)〟という箱庭に於ける特権階級を持つ修羅神仏で、彼らにギフトゲームを挑まれたが最後、誰も断ることは出来ない。黒ウサギ達は〝主催者権限〟を持つ魔王のゲームに強制参加させられ、コミュニティはコミュニティとして活動していく為に必要な全てを奪われてしまった。

 黒ウサギ達はコミュニティの改名を行わないのは、それがコミュニティの完全解散を意味することを知っているからだ。故にそれでは駄目だ、仲間達が帰ってくる場所を守りたい、という気持ちが改名を拒否している理由なのだ。

 

 

δ

 

 

「茨の道ではあります。けど私達は仲間が帰る場所を守りつつ、コミュニティを再建し………何時の日か、コミュニティの名と旗印を取り戻して掲げたいのです。そのためには十六夜さんやローズさん達のような強大な力を持つプレイヤーを頼る外ありません!どうかその強大な力、我々のコミュニティに貸して頂けないでしょうか………!?」

 

「………ふぅん。魔王から誇りと仲間をねえ」

 

「……………」

 

 深く頭を下げて懇願する黒ウサギ。しかし必死の告白に十六夜は気の無い声で、ローズは無言で瞼を閉じる。それを見て黒ウサギは肩を落として泣きそうな顔になっていた。

 

「(ここで断られたら………私達のコミュニティはもう………!)」

 

 黒ウサギは唇を強く噛む。

 肝心の十六夜は組んだ足を気怠そうに組み直し、たっぷり三分間黙り込んだ後、

 

「いいな、それ」

 

「―――――………は?」

 

「HA?じゃねえよ。協力するって言ったんだ。もっと喜べ黒ウサギ」

 

「え………あ、あれれ?今の流れってそんな流れで御座いました?」

 

「そんな流れだったぜ。それとも俺が要らねえのか?失礼なこと言うと本気で龍ロリ連れて余所行くぞ」

 

「だ、駄目です駄目です、絶対に駄目です!十六夜さんは私達に必要です!―――って然り気無くローズさんまで連れて行こうとしないで下さい!」

 

「素直で宜しい。―――で、龍ロリはどうするんだ?俺は黒ウサギのコミュニティに入ろうと思うんだが」

 

 十六夜がケラケラと笑いながらローズに訊く。

 ローズは閉じていた瞼を開けて、真剣な瞳で訊いた。

 

「………一つ、確認したいことがある。我を召喚したのは―――汝ではないな?」

 

「………!?」

 

 ローズの問いに黒ウサギの息が一瞬止まった。それを聞いた十六夜は「何?」と怪訝な顔で黒ウサギを見つめ、

 

「おい黒ウサギ。それは本当か?」

 

「………う、は……はい。ローズさんは我々が召喚した方ではありません。偶然、重なっただけでした」

 

 黒ウサギは一瞬誤魔化そうと思ったが、そうすることで折角手に入れた協力者を失うかもしれないと思い正直に話した。

 これでローズを失うリスクが高まってしまったが仕方が無いことだった。何故なら、本当に彼女は全くの招かれざる客(イレギュラー)なのだから。

 それを聞いて「ほう」と興味深そうにローズは笑い、

 

「とはいえ、我にも少年らと同じく招待状を貰って来たのだがな。………つまり、我を召喚した人物は兎ではないが―――兎に召喚のギフトを与えたであろう人物と同一人物なのかもしれぬな」

 

「え!?」

 

 ローズの推測を聞いて驚く黒ウサギ。それに十六夜は「へえ」と興味深そうに笑い、

 

「何はともあれ、こんな面白そうな(ヤツ)を召喚してくれたそいつには感謝したいぜ」

 

「ふむ、同感だ。我も中々面白そうな場所に来れたし、我を召喚してくれた人物には感謝したいものだな」

 

「くく」と笑って、ローズは黒ウサギに向き直る。

 

「………まあ、あれだ。出逢ったのも何かの縁。我も汝らのコミュニティに入ろう。正直、気になる奴等もいるからな」

 

 ローズはニヤリと笑い、青白い炎のような瞳が獰猛に煌めく。

 黒ウサギはパアッと表情を明るくして元気良く返した。

 

「あ、ありがとうございます!これから宜しく御願い致しますね、十六夜さん!ローズさん!」

 

「ああ、宜しくな兎の娘」

 

「おう」

 

 ローズと十六夜は苦笑しながらも頷いて返した。

 その後、蛇神が『龍と知らずに見下して済まなかった』と猛省し、その詫びとして大きな水樹の苗を受け取った。

 この苗を得たことで一番喜んでいたのは黒ウサギだったそうだ。




【ネロ】―――ギリシャ語で〝水〟を意味する。決して666の皇帝ネロではない。

【ネロ】―――無から水を発生させて、対象を押し流す。今回は水球に形作り、対象を呑み込み溺死させるモノ。


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ε

5000文字超えてしまった………


「な、なんであの短時間に〝フォレス・ガロ〟のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか!?」

「しかもゲームの日取りは明日!?」

「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」

「準備している時間もお金もありません!」

「一体どういう心算(つもり)が有ってのことです!」

「聞いているのですか三人共!!」

 

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」

 

 

「黙らっしゃい!!!」

 

 飛鳥・耀・ジンの三人の口裏を合わせたかのような言い訳を聞いて激怒する黒ウサギ。

 それをニヤニヤと笑って見ていた十六夜が止めに入る。

 

「別に良いじゃねえか。見境無く選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

 

「い、十六夜さんは面白ければ良いと思っているかもしれませんけど、このゲームで得られるモノは自己満足だけなんですよ?この〝契約書類(ギアスロール)〟を見て下さい」

 

 黒ウサギが〝契約書類〟を見せると、それをローズが眺めて、

 

「〝参加者(プレイヤー)が勝利した場合、主催者(ホスト)は参加者の言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する〟―――ふむ、確かに自己満足だな。時間を掛ければ立証可能なものを、チップに〝罪を黙認する〟などというものにし、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させているわけだからな」

 

「でも時間さえ掛ければ、彼らの罪は必ず暴かれます。だって肝心の子供達は………その、」

 

「そう。人質は既にこの世に居ないわ。その点を責め立てれば必ず証拠は出るでしょう。だけどそれには少々時間が掛かるのも事実。あの外道を裁くのにそんな時間を掛けたくないの」

 

 言い淀む黒ウサギに、頷いて飛鳥が言う。飛鳥は真剣な顔になり黒ウサギを見つめ、

 

「それにね、黒ウサギ。私は道徳云々よりも、あの外道が私の活動範囲内で野放しにされることも許せないの。ここで逃がせば、何時かまた狙ってくるに決まってるもの」

 

「ま、まあ………逃がせば厄介かもしれませんけど」

 

「僕もガルドを逃がしたくないと思っている。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない」

 

 飛鳥の言葉に、ジンも同調する姿勢を見せる。黒ウサギは諦めたように頷いた。

 

「はぁ~……。仕方が無い人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。〝フォレス・ガロ〟程度ならローズさんと十六夜さんが居れば楽勝でしょう」

 

「ぬ?」

 

 黒ウサギの言葉に、ローズが眉を顰める。十六夜と飛鳥も怪訝な顔をして、

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?勿論龍ロリも参加させねえし」

 

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ。勿論ローズさんもね」

 

「フン」と鼻を鳴らす十六夜と飛鳥。黒ウサギは慌てて二人に食って掛かる。

 

「だ、駄目ですよ!御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと―――って何然り気無くローズさんも参加させないって言っちゃってんですかこの人達は!?」

 

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 

 十六夜が真剣な顔で黒ウサギを右手で制し、

 

「いいか?この喧嘩は、コイツらが売った。そしてヤツらが買った。なのに俺や龍ロリが手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

 

「あら、分かっているじゃない」

 

「………ローズさんは参加して下さいますよね?」

 

 この二人に何を言っても無駄だ、と悟った黒ウサギは、ローズに訊いた。が、ローズは小首を振り、

 

「飛鳥が我の助力を不要と言っている。済まぬが我は飛鳥の言う通りにするよ」

 

「………ああもう、好きにして下さい」

 

 そうくると思ってましたよ!と心の中で叫んだ黒ウサギは「はあ」と深い溜め息を吐きつつ、肩を落とすのだった。

 

 

ε

 

 

「それでは皆さん!ギフトゲームが明日ということなので〝サウザンドアイズ〟へギフト鑑定に行きましょう。この水樹の事もありますし」

 

「〝サウザンドアイズ〟?コミュニティの名前か?」

 

「YES。〝サウザンドアイズ〟は特殊な〝瞳〟のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

 

「ギフト鑑定というのは?」

 

「勿論、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定する事デス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 同意を求める黒ウサギ。ローズ以外の三人は複雑な表情で返す。ローズはそのギフト鑑定に興味があるのか「ほう」と笑みを浮かべている。

 拒否の声は無く、コミュニティに戻っていったジンを除いた五人と一匹は〝サウザンドアイズ〟に向かった。

 

 

 日が暮れて月と街灯ランプに照らされている並木道を、飛鳥は不思議そうに眺めて、

 

「桜の木………では無いわよね?花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

 

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていても可笑しくないだろ」

 

「………?今は秋だったと思うけど」

 

「ん?」と噛み合わない飛鳥・十六夜・耀の三人は顔を見合わせて首を傾げる。それに黒ウサギが笑って説明した。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元居た時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

 

「へぇ?パラレルワールドって奴か?」

 

「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども………今からコレを始めますと一日二日では説明し切れないので、またの機会ということに」

 

 曖昧に濁して黒ウサギは振り返る。商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。

 それを眺めていた飛鳥がふと、思い出したようにローズに振り返り、

 

「あ、そういえばローズさん。貴女の元居た世界の季節は何だったのかしら?」

 

「我の世界の季節か?済まぬが知らんな」

 

「………え?知らないってどういうこと?」

 

 小首を傾げて訊き返す耀。ローズは「ああ」と頷いて、

 

「我は宇宙を漂っていたからな。地球(ほし)の季節など知らぬよ」

 

「「「「―――……は?」」」」

 

 ローズのぶっ飛んだ発言に素っ頓狂な声を上げる四人。まあそうなるのは無理もない。ローズが人間ではないにしろ、宇宙で過ごす龍って何ぞや?という風に思ったのだろう。

「そんなことより」と話を切ってローズが店先を指差し、

 

「今にも店が閉まりそうだが………急がなくてよいのか?」

 

「え?―――あっ!?」

 

 黒ウサギはローズが指差す方向に目を向け、蒼白した。日が暮れて看板を下げる割烹着の女性店員を見たからだ。

 黒ウサギは慌てて駆け込みストップを、

 

「待っ」

 

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

 ストップを掛ける事も出来なかった。黒ウサギは悔しそうに店員を睨み付ける。

 

「何て商売っ気の無い店なのかしら」

 

「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

 

「文句があるならどうぞ他所へ。貴方方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

 

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐め過ぎで御座いますよ!?」

 

「キャーキャー」と喚く黒ウサギ。店員は冷めたような眼と侮蔑を込めた声で対応する。

 

「成る程、〝箱庭の貴族〟であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですよ。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前を宜しいでしょうか?」

 

「………う」

 

 一転して言葉に詰まる黒ウサギ。しかし十六夜は何の躊躇いもなく名乗る。

 

「俺達は〝ノーネーム〟ってコミュニティなんだが」

 

「ほほう。では何処の〝ノーネーム〟様でしょう。良かったら旗印を確認させて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「ぐ」と黙り込む。だがローズが前に歩み出て、

 

「ふん。汝は阿呆か?〝ノーネーム〟に旗印があるわけなかろう?」

 

「え?ちょっ、ローズさん!?」

 

「阿呆とは失礼ですね。勿論知ってましたよ、貴方方に旗印が無いことは。御協力感謝します」

 

 一礼してローズ達に背を向けた店員―――その刹那、

 

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ!久し振りだ黒ウサギイィィィィ!」

 

 店内から爆走してくる着物風の服を着た真っ白い髪の少女が黒ウサギにフライングボディーアタックをかました。

 

「きゃあーーーーー…………!」

 

 真っ白い髪の少女と共にクルクルクルクルクと空中四回転半捻りして街道の向こうに在る浅い水路まで吹き飛んだ。

 ボチャン。そして遠くなる悲鳴。

 ローズ達は眼を丸くし、店員は痛そうな頭を抱えていた。

 

「………おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺も別バージョンで是非」

 

「ありません」

 

「何なら有料でも」

 

「やりません」

 

 真剣な表情の十六夜に、真剣な表情でキッパリ言い切る女性店員。

 フライングボディーアタックで黒ウサギを強襲した白い髪の幼い少女は、黒ウサギの胸に顔を埋めて擦り付けていた。

 

「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

 

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うのう!ほれ、此処が良いか此処が良いか!」

 

 スリスリスリスリ。

 

「し、白夜叉様!ちょ、ちょっと離れて下さい!」

 

 白夜叉と呼ばれた少女を無理矢理引き剥がし、頭を掴んで店に向かって投げ付ける。

 クルクルと縦回転した少女を、十六夜が足で、

 

「龍ロリ、パス!」

 

「ゴバァ!」

 

 ローズに向かって蹴り飛ばした。ローズはニヤリと笑い、

 

「―――フッ!」

 

「………!?」

 

 軽く握った拳を白夜叉目掛けて振り抜いた。

 白夜叉は身の危険を察して空中だというのに体勢を立て直し、

 

「―――せい!」

 

 ローズの拳を、空中回し蹴りで迎え撃つ。

 ゴッ!と鈍い音がし其処から凄まじい衝撃波が発生した。

 しかし咄嗟に白夜叉が結界を張ったのか、周りの建物に被害は出なかった。

 白夜叉はバック宙して着地しローズを睨み付けた。

 

「小娘………私を殴り飛ばそうとしたな?」

 

「ふふ。汝から強大な力を感じたのでな。少し試させてもらっただけだ」

 

「何?」

 

 ローズの言葉に怪訝な顔をする白夜叉。暫く睨み合う二人だったが、白夜叉が、そういえばもう一人自分を蹴っ飛ばした失礼な奴が居たな、と思い出し、

 

「おんしも、飛んできた初対面の美少女を足で蹴るとは何様だ!」

 

「十六夜様だぜ。以後宜しく和装ロリ」

 

「ヤハハ」と笑いながら自己紹介する十六夜。

 一連の流れの中で呆気に取られていた飛鳥は、思い出したように白夜叉に話し掛ける。

 

「貴女はこの店の人?」

 

「おお、そうだとも。この〝サウザンドアイズ〟の幹部様で白夜叉様だよ御令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育が良い胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

 

「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」

 

 変態発言した白夜叉に女性店員が冷静な声で釘を刺す。

 一方の黒ウサギは濡れた服やミニスカートを絞りながら水路から上がり、

 

「うう………まさかまた濡れる事になるなんて」

 

「因果応報―――え?また?」

 

『なんやウサ耳の姉ちゃん。いつの間にか濡れてたんか』

 

「はいな………あの時はローズさんに乾かしてもらいましたが―――あ、そうだ!ローズさん!」

 

 良い案が思い付いたのか、黒ウサギはローズに駆け寄り、

 

「何だ?」

 

「すみません。黒ウサギはまた濡れてしまったので、ローズさんの力で乾かして頂けませんか?」

 

 その話を聞いていた白夜叉が瞳を怪しく光らせて、

 

「何!?黒ウサギが濡れ濡れだと!?」

 

「黙らっしゃい御馬鹿様!!」

 

 それを黒ウサギが速攻で断じる。その様子をローズは「くく」と笑いながら黒ウサギに触れて、

 

「―――【フォティア】」

 

 黒ウサギの全身を焼く。否、彼女に付いている水分のみだが。

 それを女性店員と白夜叉がぎょっとした顔でローズを見て、

 

「何をしてるんですか貴女は!?コミュニティの同士を焼き殺すつもりですか!?」

 

「こんがり焼けたリアル黒ウサギを作る気なのかおんしは!?」

 

「大丈夫です、乾かしてもらってるだけなのですよ!―――あと白夜叉様はもう本当に黙らっしゃい!!!」

 

 慌てる女性店員を宥め、巫山戯た事を抜かす白夜叉に怒る黒ウサギ。

 ローズは、やれやれといった調子で黒ウサギから手を離し火を消滅させた。

 

「ふむ、これで良し。終わったぞ兎の娘」

 

「あ、はい。ありがとう御座いますローズさん♪」

 

 お礼を言う黒ウサギ。「どういたしまして」と返すローズ。

 白夜叉もローズに乾かしてもらおうかと思ったが、さっきの件があったためやめにした。

 気を取り直して、ローズ達を見回してニヤリと笑った。

 

「ふふん。御前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は………遂に黒ウサギが私のペットに」

 

「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!それとローズさんは人間ではなく龍です!」

 

「何?龍とな………!?」

 

 白夜叉は驚いてローズを見つめる。

 虹色の髪に青白い炎のような瞳を持つ幼い少女。角が無いためただの人間と錯覚してしまっていたのだ。

 だが白夜叉は、ローズが〝神格〟持ちだということを悟り、

 

「(あの小娘は神格持ち………なら龍神か。くく、とんでもない協力者を手に入れたようだの黒ウサギ)」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた白夜叉は、ローズ達を店に招く。

 

「まあ良い。話があるなら店内で聞こう」

 

「宜しいのですか?彼らは旗も持たない〝ノーネーム〟のはず。規定では」

 

「〝ノーネーム〟だと分かっていながら名を訊ねる、性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

「む」と拗ねるような顔をする女性店員。そんな彼女に睨まれながら五人と一匹は暖簾を潜った。



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ζ

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁が有ってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「はいはい、御世話になっております本当に」

 

 白夜叉の言葉を投げやりに受け流す黒ウサギ。耀が小首を傾げて問う。

 

「その外門、って何?」

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若い程都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

 

「うむ。そして四桁の外門ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境だの」

 

 黒ウサギの説明に補足する白夜叉。

 一方のローズを除いた三人は、黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図を見るや否や口を揃えて、

 

「………超巨大タマネギ」

 

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

 

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

 

「うん」と頷き合う三人。身も蓋も無い感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。

 ローズは「ふむ」と顎に手を当てて、

 

「タマネギとは切ると目が沁みるアレか?ならバームクーヘンに一票だな」

 

「そういう理由で選ぶのか」と選択する基準が可笑しいローズに苦笑する一同。

 白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷き、

 

「ふふ、上手いこと例える。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側に当たり、外門のすぐ外は〝世界の果て〟と向かい合う場所になる。彼処にはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持った者達が棲んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな」

 

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。

 

「して、一体誰が、どの様なゲームで買ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?それとも其処の龍の小娘が叩きのめしたのか?」

 

「YES!蛇神様はローズさんが叩きのめしました」

 

「いや、叩いてはないんだが。それとその前に其処の少年が踵落としで一度彼奴を沈めたがな」

 

 自慢気に言う黒ウサギに、ローズが訂正と補足をした。それを聞いた白夜叉は「なんと!?」と声を上げて驚き、

 

「其処の龍の小娘なら兎も角、その童が一度沈めたとな!?ではその童も神格持ちの神童か?」

 

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格ならローズさんのように神気を放っているので一目見れば分かるはずですし」

 

「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、龍と蛇のように互いの種族に余程崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではドングリの背比べだぞ」

 

 白夜叉が頭を悩ませていると、飛鳥が首を傾げて訊いた。

 

「その〝神格〟というのは何なのかしら?」

 

「はい。神格とは生来の神様そのものではなく、種の最高のランクに体を変幻させるギフトを指します。

 蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。

 人に神格を与えれば現人神や神童に。

 鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化します」

 

「そして龍に神格を与えれば龍神に。

 それと神格を持つことで他のギフトも強化される―――といったところかの」

 

 ちらっとローズを見なから説明を補足する白夜叉。「そう」と飛鳥は返してローズを興味深そうに見つめる。

 黒ウサギは「そういえば」と思い出したように白夜叉に訊いた。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

 小さな胸を張り、呵々と豪快に笑う白夜叉。それに十六夜は「へえ?」と物騒に瞳を光らせ問い質す。

 

「じゃあオマエはあのヘビより強いのか?」

 

「ふふん、当然だ。私は東側の〝階層支配者(フロアマスター)〟だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)なのだからの」

 

 それを聞いた十六夜・飛鳥・耀・ローズの四人は一斉に瞳を輝かせた。

 

「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

「そりゃ景気の良い話だ。探す手間が省けた」

 

「そうだな。それに最強を名乗ったのだ。汝はさぞ強者なのだろう?」

 

 四人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。それに気づいたように白夜叉は高らかと笑い声を上げ、

 

「抜け目無い童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

 

「え?ちょ、ちょっと御四人様!?」

 

 慌てる黒ウサギを白夜叉は右手で制し、

 

「良いよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

 

「ほう。それは良いことを聞いたな」

 

「ええ。ノリが良いわね。そういうの好きよ」

 

「ふふ、そうか。―――しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

 

「なんだ?」

 

 白夜叉は着物の裾から〝サウザンドアイズ〟の旗印―――向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言、

 

 

「おんしらが望むのは〝挑戦〟か―――若しくは、〝決闘〟か?」

 

 

ζ

 

 

 刹那、四人の視界に爆発的な変化が起きた。

 彼らの脳裏を掠めたのは、黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。

 四人が投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔―――そして、水平に太陽が廻る世界だった。

 

「「「……なっ………!?」」」

 

「ほう………」

 

 余りの異常さに、ローズ以外の三人は同時に息を呑み、ローズだけは愉しそうに青白い炎のような瞳を細めた。

 遠く薄明の空に在る星は只一つ。緩やかに世界を水平に廻る、白い太陽のみ。

 まるで星を一つ、世界を一つ創り出したかのような奇跡の顕現。

 唖然と立ち竦む十六夜達三人と、愉快そうに景色を眺めていたローズに、今一度、白夜叉は問い掛ける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か?それとも対等な〝決闘〟か?」

 

 白夜叉の、少女の笑みとは思えぬ凄味に、再度息を呑む十六夜達三人。それとは対照的にローズは「ほう」と獰猛な笑みを浮かべる。

〝星霊〟とは、惑星級以上の星に存在する主精霊を指し、妖精や鬼・悪魔などの概念の最上級種であり、同時にギフトを〝与える側〟の存在でもある。

 十六夜は背中に心地良い冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現してるってことか」

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

 白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

 白夜と夜叉と聞いて、ローズは「ふむ」と顎に手を当てて、

 

「(白夜は確かある特定の経緯に位置する場所で見られる―――太陽が沈まぬ現象のことか。

 そして夜叉………水と大地の神霊を指し示すと同時に、悪神としての側面を持つ鬼神のことだな)」

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………!?」

 

「如何にも。して、おんしらの返答は?〝挑戦〟であるならば、手慰み程度に遊んでやる。――だがしかし〝決闘〟を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

 

「「「……………っ」」」

 

「……………」

 

 飛鳥と耀、そしてローズにすら嬉々として挑もうとした十六夜でさえ即答出来ずに返事を躊躇った。

 一方のローズは無言で白夜叉を見据えている。返事を躊躇っている、というわけでは無さそうだが、彼女は凶悪な笑みを浮かべたまま白夜叉を見ているだけだった。

 暫しの静寂の後―――十六夜が諦めたように笑ってゆっくりと挙手し、

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

 

「ああ。これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。アンタには資格が有る。―――いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

 苦笑と共に吐き捨てるような物言いをする十六夜。そんな彼を白夜叉は堪え切れず高らかと笑い飛ばした。『試されてやる』とは随分可愛らしい意地の張り方が有ったものだと、白夜叉は腹を抱えて哄笑を上げた。

 一頻り笑った白夜叉は笑いを噛み殺し他の三人にも問う。

 

「く、くく………して、他の童達も同じか?」

 

「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

 

「右に同じ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で返事する飛鳥と耀。満足そうに声を上げる白夜叉。が、

 

「愚問だな。我は汝との〝決闘〟を申し込むぞ、星霊の娘」

 

「何?」

 

「え!?」

 

「「「は?」」」

 

 ローズの決闘選択に空気が一気に冷え込んだ。ホッと胸を撫で下ろしかけた黒ウサギはぎょっとした顔でローズを睨み、

 

「ちょ、ローズさん!?白夜叉様に決闘を挑むなんて本気で言ってるんですか!?」

 

「無論だ」

 

「無論だ、じゃありません!確かにローズさんは神格を持つ龍神ですが、白夜叉様は星霊なんですよ!?幾ら白夜叉様が元・魔王だったとしても勝ち目があるとは思えません!!」

 

 必死に説得しようとする黒ウサギを、ローズは鬱陶しそうに手を振って、

 

「だからどうした?我にとって太陽は、毎日のように間近で眺め見飽きてしまったモノに過ぎぬ。ソレが人の形を持った星霊なる存在として我の眼前に在るのだぞ?これ程の幸福(たのしみ)を前に見逃せというのか兎の娘」

 

「だからどうした、じゃありま―――え?太陽を間近で眺めてた!?」

 

 ローズの言葉に絶句する黒ウサギ。宇宙に棲まう龍というだけで異常だというのに、太陽を間近で見ていたなどとそんな御馬鹿な龍が居るわけ―――

 

「ほう?この私を物扱いか。トカゲ風情が随分と面白いことを抜かしてくれるのう」

 

 白夜叉は金の瞳を細めてニヤリと笑う。その全身から凄まじい―――星の殺気を放ってローズを見据える。

 ローズも挑発的な笑みを浮かべながら瞳に青白い炎のような輝きをみせる。

 すっかりやる気になってる星霊と龍神を交互に見比べ、黒ウサギは御手上げ状態だった。

 白夜叉は「くく」と笑い、フッと真剣な表情になって、

 

「おんしの申し込み、承諾はしてやろう。だが、私を舐めない方が良いぞ?おんしの身のためにも………な?」

 

「ふむ、そうだな。汝の忠告痛み入る。―――だが、」

 

 今度はローズが邪悪な笑みを浮かべて、

 

「汝こそ、我をただの龍と思うなよ?」

 

「………!?」

 

 その全身から悍ましい程の殺気を放ち、白夜叉を鋭い視線で貫く。

 白夜叉は頬に汗を感じ取りながら、ローズの認識を改めた。

 

「ふふ、良いだろう。私もおんしをただの龍と見ず、全力を持って相手してやる」

 

「くく、それが聞けて安心したぞ」

 

「そうか。しかしおんしと死闘を繰り広げるのは後だ。先に童達の試練をやらせてもらうが………異論はないな?」

 

「我は構わぬよ」

 

 ローズは頷き、それを確認した白夜叉は先に十六夜・飛鳥・耀の三人の試練を始めた。

 

 

『ギフトゲーム名〝鷲獅子の手綱〟

 

 ・プレイヤー一覧

 逆廻 十六夜

 久遠 飛鳥

 春日部 耀

 

 ・クリア条件

 グリフォンの背に跨がり、湖畔を舞う。

 ・クリア方法

 〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる。

 ・敗北条件

 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 〝サウザンドアイズ〟印』

 

 

 これに耀が挑み無事クリアした。




次回はローズVS白夜叉戦


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η

太陽について調べてたら遅くなりましたすみません。


『ギフトゲーム名〝星霊と龍神の決闘〟

 

 ・プレイヤー一覧

 空星(うろぼし) ローズ

 

 ・勝利条件

 一、ホストマスターを打倒。

 二、ホストマスターの降参。

 

 ・敗北条件

 一、プレイヤー側の死亡又は降参。

 二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 〝サウザンドアイズ〟印』

 

 

契約書類(ギアスロール)〟に目を通し終えたローズは、「ほう」と獰猛な笑みを浮かべて、

 

「汝を打倒若しくは降参させればクリアか。くく、面白くなりそうだな」

 

「ふふ、喜んでもらえて何よりだが―――準備は良いな?」

 

 ローズに対峙した白夜叉が訊く。

 

「ああ。我は何時でも構わぬよ」

 

 その問いに答えて頷くローズ。そして両者は身を低くし―――姿を消した。

 

「「「え?消えた!?」」」

 

 白夜叉が張った結界で守られている四人のうち、飛鳥・耀・黒ウサギの三人が驚愕する。

 彼女達には見えなかったが、決闘開始と共にローズと白夜叉は第三宇宙速度を優に超えた馬鹿馬鹿しい速度で同時に飛び出し激突していた。

 その後も両者は神速と喩えるに相応しい速度で飛び回りながら幾千万もの衝突を繰り返している。

 その衝突は、例えるならば白銀と虹炎の二つの流星同士がぶつかり合っているような感覚だ。

 大気には目視可能な波紋が無数に発生し、その度に轟音と衝撃の余波を撒き散らし、雪原の大地を浅く抉っていく。結界が無ければ飛鳥達も今頃巻き添えを喰らっていたことだろう。

 十六夜は常人外の動体視力をもって二人の殴り合いを眺め、アレが星霊と龍神の戦いか、と戦慄しながらもあの中に交ざりたい気持ちで一杯になっていた。

 

 だがその戦いは不意に両者が飛び退くことで終わりを告げた。ローズと白夜叉はこれ以上拳で語り合っても均衡は崩れないと悟ったのだ。

 白夜叉は扇を取り出して開き力一杯振るう。すると巨大な竜巻が発生してローズに襲い掛かった。

 しかしローズは躱すことさえせず、腕を横一閃。たったそれだけで巨大な竜巻が掻き消えた。

 白夜叉は扇を閉じて懐に仕舞い、双掌から巨大な火柱を生み出しローズに放つ。

 迫り来る炎熱を真正面から捉えたローズは、そこへ飛び込み回し蹴りで蹴り砕く。

 先の白夜叉が放った炎熱で凍っていた湖畔は溶けて湖に戻っていた。

 それを確認した白夜叉は右腕を振り上げる。すると湖の水が凄まじい勢いで巻き上げられて何千何万トンもの水を吸い上げる。

 それは瞬く間に巨躯な龍の姿をした水流となり、それを確認するや否やで白夜叉が振り上げていた右腕を振り下ろす。

 それが合図だったようで、巨躯な龍の姿をした水流はローズ目掛けて襲い掛かった。

 ローズはソレを眺めて不敵に笑い―――真正面から受け止めてみせた。しかし、ローズの行動はそれで終わりではなかった。

 

「再び凍てつき眠るがいい―――【パゴス】」

 

 ローズがそう告げた瞬間、巨躯な龍の姿をした水流は、ローズの触れていた頭から凍りつき、あっという間に氷像と化した。

 それを確認したローズは氷の龍と化した氷像を殴り付けて跡形も無く粉砕した。

 白夜叉は舌打ちして、夜叉の神格が通じないことを悟り、次の一手に出た。

 

 

η

 

 

 白夜叉の張った結界内で観戦していた飛鳥達は唖然としていた。

 

「す、凄いわねローズさん!白夜叉と互角に戦っているわ!」

 

「うん。相手は最強の〝主催者(ホスト)〟なのに、全く引けを取ってない」

 

「そ、そうですね………というより白夜叉様の攻撃を殆んど生身で凌いでるのですよ………」

 

 飛鳥と耀は驚嘆の声を洩らし、黒ウサギも顔を引き攣らせながら呟く。

 十六夜だけは羨望の眼差しでローズと白夜叉を見比べて、

 

「………俺もあの中に交ざりてえな」

 

「「え?それ本気?」」

 

「超本気」

 

 飛鳥と耀の問いを「ヤハハ」と笑って返す十六夜。

 そんな十六夜を呆れたような表情で見る黒ウサギ。だがこの男なら本当に交ざりに行きかねない。決闘(ギフトゲーム)じゃなければとっくに交ざりに行っていたことだろう。

 だがふと、白夜叉の雰囲気が一変したのを逸早く気付いた黒ウサギは冷や汗を流す。

 

「(白夜叉様、まさか………本気でローズさんを殺しにかかるおつもりじゃないですよね………!?)」

 

 しかし黒ウサギの懸念を嘲笑うかのように、本当の死闘が始まろうとしていた。

 

 

η

 

 

 白夜叉は深呼吸し、真剣な眼差しでローズを見つめて告げた。

 

「さて、私もそろそろ夜叉の神霊ではなく―――太陽の星霊として相手しようかの!」

 

「ぬ?」

 

 ローズが身構えた途端、極小だが数百数千もの光球が白夜叉の周りを埋め尽くしていた。

 それらの温度は約六千度………太陽の表面の温度に匹敵する高温だった。金属を易々と溶かし消滅させられるだけの炎熱に、掠りでもすれば致命的だ。

 白夜叉はそんなことはお構い無しに、数百数千もの太陽の光球をローズに向けて放った。

 ローズはそれらを殴って破壊しようかと思ったが、数がかなりあったため断念する。そして、

 

「汝が太陽の光を行使するならば、我は対極の力を解放するまでだ―――【スコタビ】」

 

 ローズがそう呟き右手を前に突き出す。すると彼女の右手から濃密な闇が生まれ、白夜叉の太陽の光球の全てを余すことなく呑み込んだ。

 白夜叉は唖然とし、同時にローズの生み出した闇の濃密さに息を呑む。

 だが首を振り、闇などに恐れるものかと、白夜叉は新たに太陽の恩恵を行使した。

 それは天を衝くかのような程高い、数千もの極細いガスの柱だった。温度は約一万度と約六千度の太陽の光球の温度を凌駕する超高温なガスの柱だ。

 しかしローズの表情に変化は見られない。襲い来る数千ものガスの柱に対し、彼女は両手を広げた。

 それに応じるように闇は膨張し、天地を呑み込みそうな程広がりガスの柱と衝突。暫し鬩ぎ合うも健闘虚しくスピキュールは全て闇に呑み込まれていった。

 ローズは「はあ」と溜め息を吐き、落胆したように白夜叉を見つめて言う。

 

「その程度で我が闇を晴らせると思ったか?我が闇を晴らしたくば―――もっと汝の輝き(ひかり)を見せよ!」

 

 ローズはそう言って容赦なく濃密な闇を白夜叉に向けて放った。

 自分を呑み込まんと迫り来る闇を、白夜叉は鋭い眼光で一瞥し、

 

「この星霊(わたし)を―――舐めるでないわッ!!」

 

 激昂し、白夜叉は全身から目が眩む程の光を放ち、ローズの闇を掻き消した。

 想像以上の輝きにローズは嬉しそうな笑みを浮かべる。やはり太陽はこうでなくては、闇などに決して屈しては駄目なのだと。

 そんなローズを見て、闇が晴れた今が勝機だと、白夜叉はまた新たに太陽の恩恵を解放した。

 

「焼き尽くせ―――紅炎(プロミネンス)!」

 

 白夜叉の突き出した双掌から巨大なガスの赤い炎が発生した。その温度は約一万度とスピキュールと同等な超高温なガスの赤い炎だった。

 辺り一帯を埋め尽くさんとする太陽の紅炎を前に、ローズは青白い炎のような瞳を獰猛に光らせて突撃した。

 そしてローズはそのまま太陽の紅炎を殴り付けて跡形も無く消し飛ばしてみせる。

 白夜叉は、太陽の紅炎も通用しないのかと苦々しい表情をした。

 一方のローズは愉しそうに笑っていた。生まれて初めての決闘は、これ程にも楽しいものなのかと。

 だがそれもそろそろ終わらせないと不味い。白夜叉が本気で自分を殺せる力を振るって来る前に。

 ローズは苦々しい表情をしている白夜叉へ特攻を仕掛けた。その速さは第三宇宙速度を遥に凌駕する速度で白夜叉へ肉薄する。

 白夜叉は咄嗟に両腕をクロスして防御し―――ボギン。

 

「ぐっ………!?」

 

 片腕がへし折れた音がして白夜叉の表情が驚愕に染まる。

 

「(この小娘!まだこれ程の力を隠し持っておったか………!)」

 

 白夜叉は折れた左腕を庇いながらローズから離れる。先の殴り合いとは比べ物にならない一撃に冷や汗を流しながら。

 だがそれをローズが許さなかった。離れようとした白夜叉に一瞬で追い付くと、強烈な蹴りを叩き込もうとした。

 白夜叉はその蹴りを、その場から掻き消えることによって回避する。

 ローズの蹴りは標的が突如消えたことにより空振り虚空を切り裂く。

 

「ぬ………?」

 

 標的を見失ったローズは目を凝らして周囲を見回す。前方左右後方下を見てもいない。

 ならば上かとローズが見上げた刹那、超高速で迫ってきた光線に胸元を撃ち抜かれた。

 白夜叉が空間跳躍でローズの上空に移動し、一万度を優に超えた光線を音も無く放ち、ローズの胸を撃ち抜いたのだ。

 人間ならば即死の一撃。龍神といえどこれは致命的なダメージを負ったに違いない。だが、

 

「―――惜しかったな星霊の娘。我を討つのならば………我が全身を焼き尽くし塵一つ残さず消滅させることだな」

 

「何!?」

 

 白夜叉は驚愕する。本気で命を奪うつもりで放った光線。その光線は確実にローズの胸を撃ち抜き仕留めたはずだった。

 だが殺すには至らなかった。ローズの胸元に開いた風穴は、一瞬で塞がり元の状態に戻ったからだ。

 そのデタラメな回復速度を目の当たりにして、白夜叉は戦慄しローズの正体を看破した。

 

「おんしまさか―――ウロボロスか!?」

 

「ほう、正解だ」

 

 ローズは満足げに笑って首肯した。

〝ウロボロス〟―――古代ギリシャ語で(ドラコーン・)ウーロボロスを語源とする、〝尾を飲み込む(蛇)〟、ギリシャ語でウロヴォロス・オフィスを語源とする、〝尾を飲み込む蛇〟で己の尾を喰らう蛇若しくは龍を図案化した古代の象徴の一つだ。

 蛇は脱皮して大きく成長する様や長期の飢餓状態にも耐える強い生命力を持つなどから、〝死と再生〟や〝不老不死〟などの象徴とされる。その蛇が自らの尾を喰らうことで、始まりも終わりも無い完全なものとしての象徴的な意味が備わった。

 ウロボロスは多くの文化・宗教に於いて用いられてきており、〝循環と回帰〟、〝死と再生〟、〝全知全能〟etcなどと意味するものは広い。

 

「(不味いな。ウロボロスが相手ならば………今の私では勝てんかもしれないのう)」

 

 白夜叉は苦々しい表情でローズを見下ろす。額には冷や汗が伝う。

 ローズは「お喋りはそこまでだ」と言い凶悪な笑みを浮かべて、白夜叉へと突貫した。

 白夜叉は再び空間跳躍で回避しようかと考えたが………やめた。逃げるのは簡単だが、『星霊たる自分が逃げるとは何事か!』と内心で大一喝。

 そして白夜叉は折れていない右の拳に今出せる最高の一撃を籠めて振り下ろす。

 それを見てローズは凶悪な笑みを嬉々とした笑みに変えて左の拳を振り上げる。

 ゴッ!と轟音を響かせて互いの拳をぶつけ合った。今までの比じゃない衝撃の余波が撒き散らされて辺り一帯の山河や大地を深々と抉り、森林を悉く吹き飛ばす。十六夜達を守っていた結界にも大きな亀裂を走らせて壊しかねない。

 暫し鬩ぎ合い、押し合う両者の拳。だが弱体化している今の白夜叉では、更に力が増していくローズの一撃に耐え切れなかった。

 白夜叉の拳は弾き飛ばされて、ローズの拳が腹部に突き刺さる。グチュッと嫌な音がして白夜叉の五臓六腑の殆んどが潰れ大破した。

 喀血し空中高くかち上げられる白夜叉。霞む視界にローズが映り込む。止めを刺しに来たのだろう。

 だが白夜叉の予想とは違ってローズは止めを刺さずに、追い越して白夜叉を抱き止めた。

 そしてローズは心配そうな表情で白夜叉の顔を覗き込み、

 

「生きてるか?白夜叉」

 

「………ふん。この程度のことで、星霊(わたし)は死なんよ」

 

 そうは言うものの、ローズが振るった拳は星をも砕きかねない一撃だったに違いない。白夜叉がズタボロなのがその証拠だ。

「そうか」と返してローズは真剣な表情で訊いた。

 

「どうする?汝がまだ続けるというのならば―――今度は一切手加減せずに殺してやるが」

 

「………それも面白そうじゃが、それでは流石に眼下の童達を巻き添えにしてしまうわい」

 

「ふむ?では」

 

「ああ。私の負け………降参だ」

 

 白夜叉は苦笑と共に負けを認めた。ローズはそれに満足そうな笑みを浮かべたのだった。




【パゴス】―――ギリシャ語で〝氷〟を意味する。

【パゴス】―――触れたものを凍らせる能力。絶対零度。


【スコタビ】―――ギリシャ語で〝闇〟を意味する。

【スコタビ】―――全てを呑み込む能力。弱ければ光さえ呑み込む。


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θ

 決闘を終え、白夜叉の傷が癒えたところで早速黒ウサギは本題に入った。

 

「あの、白夜叉様。今日は鑑定をお願いしに来たのですけど」

 

「………よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 

 気まずそうな顔で返す白夜叉。困ったように白髪を掻き上げ、着物の裾を引き摺りながら四人の顔を両手で包んで見つめる。

 

「どれどれ………ふむふむ………うむ、三人は共に素養が高いのは分かる。ローズは素養とは無縁のようだがの。しかしこれでは何とも言えんな。おんしらは自分のギフトの力をどの程度に把握している?」

 

「企業秘密」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「把握済みだな」

 

「うおおおおい?いやまあ、私と決闘したローズは置いといて、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

 

「別に鑑定なんて要らねえよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない」

 

 ハッキリと拒絶するような声音の十六夜と、同意するように頷く飛鳥と耀。

 但しローズ一人だけは十六夜達に同意せず白夜叉を興味深そうに見つめて待っている。

 困ったように頭を掻く白夜叉は、突如妙案が浮かんだのかニヤリと笑った。

 

「ふむ。何にせよ〝主催者(ホスト)〟として、星霊の端くれとして、試練をクリアした童達と決闘の勝者たるローズには〝恩恵(ギフト)〟を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

 白夜叉がパンパンと柏手を打つ。すると四人の眼前に光り輝く四枚のカードが現れた。

 

 

 コバルトブルー

 逆廻 十六夜

 ギフトネーム

正体不明(コード・アンノウン)

 

 ワインレッド

 久遠 飛鳥

 ギフトネーム

〝威光〟

 

 パールエメラルド

 春日部 耀

 ギフトネーム

生命の目録(ゲノム・ツリー)

〝ノーフォーマー〟

 

 ダークネスブラック

 空星 ローズ(真名:ウロボロス)

 ギフトネーム

〝無限の魔王〟

〝原初的混沌〟

〝光と闇〟

〝陰と陽〟

〝善と悪〟

〝男と女〟

〝太陽と月〟

〝精神と自然〟

〝破壊と創造〟

〝理想と現実〟

〝死と再生〟

〝相反物の統一〟

〝世界の霊〟

〝人間精神の元型〟

〝宇宙の根源〟

〝不老不死〟

〝全知全能〟

〝悪循環〟

〝永劫回帰〟

〝無間地獄〟

〝永遠〟

〝不滅〟

〝不変〟

〝円運動〟

〝魔術の王〟

〝世界蛇〟

〝物質界の限界〟

〝円環の宇宙観〟

〝主催者権限〟

〝神格〟

 etc………

 

 

 それぞれの名とギフトが記されたカードを受け取る。

 黒ウサギは驚いたような、興奮したような顔で四人のカードを覗き込んだ。

 

「ギフトカード」

 

「お中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

「恩恵札?」

 

「ち、違います!ローズさん何かそれはちょっと違う気が―――というかなんで皆さんそんなに息が合ってるのです!?このギフトカードは顕現しているギフトを収納出来る超高価なカードですよ!耀さんの〝生命の目録〟だって収納可能で、それも好きな時に顕現出来るのですよ!」

 

「つまり素敵アイテムってことでオッケーか?」

 

「だからなんで適当に聞き流すんですか!あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!」

 

 黒ウサギに叱られながら四人はそれぞれのカードを物珍しそうに見つめる。

 

「我らの双女神の紋のように、本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは〝ノーネーム〟だからの。少々味気無い絵になっているが、文句は黒ウサギに言ってくれ」

 

「ふぅん………もしかして水樹って奴も収納出来るのか?」

 

 何気無く水樹にカードを向ける。すると水樹は光の粒子となってカードの中に呑み込まれた。

 

「おお?これ面白いな。もしかしてこのまま水を出せるのか?」

 

「出せるとも。試すか?」

 

「だ、駄目です!水の無駄遣い反対!その水はコミュニティの為に使って下さい!」

 

「チッ」とつまらなそうに舌打ちする十六夜。黒ウサギはまだ安心出来ないような顔でハラハラと十六夜を監視している。

 ローズはその様子を「くく」と笑いながら見つめる。白夜叉も高らかと笑いながら見つめた。

 

「そのギフトカードは、正式名称を〝ラプラスの紙片〟、即ち全知の一端だ。其処に刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった〝恩恵〟の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

 

「へえ?じゃあ俺のはレアケースな訳だ?」

 

「ん?」と白夜叉が十六夜のギフトカードを覗き込み、

 

「………いや、そんな馬鹿な」

 

 パシッと白夜叉はすぐさま顔色を変えてギフトカードを取り上げる。

 

「〝正体不明〟だと………?いいやありえん、全知である〝ラプラスの紙片〟がエラーを起こすはずなど」

 

「何にせよ、鑑定は出来なかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 

 パシッとギフトカードを白夜叉から取り上げる十六夜。だが白夜叉は納得出来ないように怪訝な瞳で十六夜を睨む。

 十六夜は白夜叉の視線に気になったが、それよりもとローズを見つめて、

 

「龍ロリのギフトネームが気になるな。白夜叉に圧勝した力の正体がよ」

 

「ふむ?我がギフトが気になるか少年?」

 

「ああ、超気になる」

 

 十六夜が瞳を輝かせて言う。ローズは「ふっ」と笑って、

 

「良いだろう。別に大したギフトは書かれてないがな」

 

 ローズはそう言って十六夜にギフトカードを渡す。すると気になっていたようで飛鳥・耀・黒ウサギ・白夜叉の四人が十六夜の持つローズのギフトカードを覗き込んだ。

 

「「「「―――――うわお」」」」

 

「ど・こ・が、大したギフトは書かれて無いですか!?多すぎなのですよ御馬鹿様!!!」

 

 驚きの声を上げる十六夜達四人。黒ウサギも驚きの余りローズに激怒した。

 十六夜は「ヤハハ」と笑ってローズを見つめ、

 

「何だよ、龍ロリも魔王様なんじゃねえか!ひょっとするとアンタを叩き潰せば隷属出来たりすんのか?」

 

「そうなるかもな。しかし何故我は魔王扱いされねばならぬのだ。我はただ元居た世界の宇宙を漂っていただけなのだが」

 

 不貞腐れたように唇を尖らせて言うローズ。白夜叉は「ほう」とローズを見つめて考察する。

 

「(確かに変だの。箱庭に来たのが初めてなはずのこやつが〝主催者権限〟持ちの魔王………か。いやそれよりもこやつが〝主催者権限〟を持っておるのは何故だ?)」

 

 白夜叉は「うーむ」と頭を悩ませる。

 何れにしろローズが〝主催者権限〟持ちの魔王ということは、それを悪用した場合は〝階層支配者(フロアマスター)〟として白夜叉が彼女を討たねばならない。だが、

 

「(今の私ではこやつには勝てんしのう………暫く様子見させてもらおうかの)」

 

〝原初的混沌〟とか〝宇宙の根源〟とか物騒なギフトが見えたが、白夜叉は取り敢えず………何も見なかったことにした。

 

 

θ

 

 

「今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

 

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦する時は対等の条件で挑むのだもの」

 

「ああ。吐いた唾を飲み込むなんて、格好付かねえからな。次は渾身の大舞台で挑むぜ」

 

「我と白夜叉の決闘を観戦しておきながら、戦意を削がれていないとは………中々面白い人間だな汝ら」

 

「ふふ、そうだの。うむ、よかろう。楽しみにしておけ。………ところで」

 

 白夜叉はスッと真剣な表情でローズ達を見る。

 

「今更だが、一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういう状況にあるか、よく理解しているか?」

 

「ああ、名前とか旗の話か?それなら聞いたぜ」

 

「ならそれを取り戻す為に、〝魔王〟と戦わねばならんことも?」

 

「聞いてるわよ」

 

「………では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

 

 黒ウサギはドキリとした顔で視線を逸らす。そして同時に、もしコミュニティの現状を話さない不義理な真似をしていれば、自分はかけがえのない友人を失っていたかもしれないと思った。

 一方で飛鳥が白夜叉の問いにニヤリと笑い、

 

「そうよ。打倒魔王なんてカッコいいじゃない」

 

「〝カッコいい〟で済む話ではないのだがの………全く、若さ故のものなのか。無謀というか、勇敢というか。まあ、魔王がどういうものかはコミュニティに帰れば分かるだろ。それでも魔王と戦う事を望むというなら止めんが………其処の娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ」

 

 白夜叉は飛鳥と耀に視線を向けて予言するように断言する。二人は一瞬だけ言い返そうと言葉を探したが、白夜叉の助言は物を言わさぬ威圧感があった。

 

「魔王の前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けろ。小僧とローズは兎も角、おんしら二人の力では魔王のゲームを生き残れん。嵐に巻き込まれた虫が無様に弄ばれて死ぬ様は、何時見ても悲しいものだ」

 

「………ご忠告ありがと。肝に銘じておくわ。次は貴女の本気のゲームに挑みに行くから、覚悟しておきなさい」

 

「ふふ、望むところだ。私は三三四五外門に本拠を構えておる。何時でも遊びに来い。………但し、黒ウサギをチップに賭けてもらうがの」

 

「嫌です!」

 

 黒ウサギは即答で返す。白夜叉は拗ねたように唇を尖らせた。

 

「つれない事を言うなよぅ。私のコミュニティに所属すれば生涯を遊んで暮らせると保証するぞ?三食首輪付きの個室も用意するし」

 

「三食首輪付きってソレもう明らかにペット扱いですから!」

 

 怒る黒ウサギ。笑う白夜叉。だがふと白夜叉が真剣な表情でローズに向き直り、

 

「ふふ、ローズよ。私は何れおんしを倒し隷属させてやるからな。覚悟しておけ」

 

「ほう、それは面白い。我も楽しみにしておくぞ」

 

 ローズは不敵に笑って返す。それに十六夜が「ムッ」と白夜叉を睨み、

 

「おい白夜叉。龍ロリを倒して隷属させるのは俺だ。横取りはさせねえからな?」

 

「ぬ?」

 

「ほう?ならばどちらが先にローズを倒せるか、競おうではないか小僧」

 

「ハッ、望むところだ!」

 

「望まないで下さい御馬鹿様!!コミュニティの同士を倒して隷属させようなどこの黒ウサギが断固させません!!」

 

 スパァーン!と怒った黒ウサギはハリセン一閃。十六夜は黒ウサギに叩かされながらも「ヤハハ」と笑うのだった。

 

 

θ

 

 

 白夜叉とのゲームを終え、五人は〝ノーネーム〟の居住区画の門前に着いた。

 

「この中が我々のコミュニティで御座います。しかし本拠の館は入口から更に歩かねばならないので御容赦下さい。この近辺はまだ戦いの名残が在りますので………」

 

「戦いの名残?噂の魔王って素敵ネーミングな奴との戦いか?」

 

「は、はい」

 

「丁度いいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら」

 

 先程、白夜叉に虫のように見下されて機嫌が悪い飛鳥が言う。

 黒ウサギは躊躇いつつ門を開ける。すると門の向こうから乾ききった風が吹き抜けた。

 砂塵から顔を庇うようにする十六夜達三人と、気にせず門の中を見つめるローズ。彼らの視界には一面の廃墟が広がっていた。

 

「っ、これは………!?」

 

「………ほう」

 

 街並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑み、十六夜とローズは瞳を細める。

 十六夜は木造の廃墟に歩み寄って囲いの残骸を手に取る。少し握ると、木材は乾いた音を立てて崩れていった。

 

「………おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは―――今から何百年前の話だ?」

 

「僅か三年前で御座います」

 

「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが三年前だと?」

 

 そう、十六夜の言うように〝ノーネーム〟のコミュニティは―――まるで何百年という時間経過で滅んだように崩れ去っていたのだ。

 美しく整備されていたはずの白地の街路は砂に埋もれ、木造の建築物は軒並み腐って倒れ落ちている。要所で使われていた鉄筋や針金は錆に蝕まれて折れ曲がり、街路樹は石碑のように薄白く枯れて放置されていた。とてもではないが三年前まで人が住み賑わっていたとは思えない有り様に、十六夜達三人は息を飲んで散策する。

 

「………断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方は有り得ない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間を掛けて自然崩壊したようにしか思えない」

 

 十六夜は有り得ないと結論付けながらも、目の前の廃墟に心地良い冷や汗を流している。飛鳥と耀も廃屋を見て複雑そうな感想を述べた。

 

「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない」

 

「………生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣が寄って来ないなんて」

 

 黒ウサギは廃墟から目を逸らし、朽ちた街路を進む。

 

「………魔王とのゲームはそれ程の未知の戦いだったので御座います。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達も皆心を折られ………コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 

 黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進む。飛鳥と耀も複雑な表情で続く。

 しかし十六夜は瞳を爛々と輝かせ、不敵に笑って呟く。

 

「魔王―――か。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねえか………!」

 

 そんな十六夜を呆れたようにローズが見つめ、

 

「やれやれ、この光景を目にしてそんなことを言えるとは………やはり汝は面白い人間だな」

 

「ヤハハ。そういう龍ロリは顔色一つも変えねえんだな。それはアンタの力なら、同じことが出来るとかいう口か?」

 

「そうだな。可能といえば可能だが………我が力を振るえば寧ろ何一つと残らんだろうな」

 

 ローズの言葉を聞いて十六夜は「へえ?」と瞳を物騒に光らせる。

 

「そういえばウロボロスには二つの解釈があったな。

 一つは、己の尾を喰らっても食べきることが出来ない〝無限〟の意味。

 もう一つは、己の尾を喰らい続け最後には自らを食べきって消えて無くなる〝無〟の意味が」

 

「ほう、よく知っているな少年。如何にも。我は〝無限〟であり〝無〟でもある。正確には〝無〟に還ることが出来るということだがな」

 

 博識な十六夜を興味深そうに見つめるローズ。十六夜はふと思い出したように呟き、

 

「………龍ロリならこの風化しきった街を元に戻せるんじゃないか?」

 

「そうだな。だが我は何もせぬよ」

 

「それはどうしてだ?」

 

「ふふ、確かに我はあの兎の娘のコミュニティの手伝いをしてやるとは言ったが………一応我はあの兎の娘に喚び出されたわけでもない部外者だからな。その我が、これから汝らで成し遂げんとする功績を独り占めするわけにはいかぬよ」

 

 ローズの言葉に十六夜は「あっそ」と返すも、彼の口元には笑みが浮かんでいたのだった。




ギフトネームは取り敢えずWikiなどで調べて分かった象徴を詰め込んだものです。他にもあるでしょうから後はetcで。


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ι

「あ、皆さん!水路と貯水池の準備は調っています!」

 

「御苦労様ですジン坊っちゃん♪皆も掃除を手伝っていましたか?」

 

 ワイワイと騒ぐ子供達が黒ウサギの下に群がってきた。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

 

「眠たいけどお掃除手伝ったよー」

 

「ねえねえ、新しい人達って誰!?」

 

「強いの!?カッコいい!?」

 

「YES!とても強くて可愛い人達ですよ!皆に紹介するから一列に並んで下さいね」

 

 黒ウサギが指を鳴らす。すると子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。

 

「(マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)」

 

「(じ、実際に目の当たりにすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)」

 

「(………私、子供嫌いなのに大丈夫かなあ)」

 

「(ふむ。この者達が年端もいかぬ人の子らか。頼り無さそうだが………果たしてどうかな?)」

 

 ローズ達四人はそれぞれの感想を心の中で呟く。

「コホン」と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは四人を紹介する。

 

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、空星ローズさんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力の有るギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加出来ない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」

 

「あら、別にそんなのは必要無いわよ?もっとフランクにしてくれても」

 

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 

 飛鳥の申し出を、黒ウサギは厳しい声音で断じる。

 

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らの齎す恩恵で初めて生活が成り立つので御座います。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事が出来ない掟。子供のうちから甘やかせばこの子達の将来の為になりません」

 

「………そう」

 

 黒ウサギは有無を言わさない気迫で飛鳥を黙らせる。これを聞いて同時に飛鳥は、自分に課せられた責任は、私が思っていたものより遥かに重いのかもしれないと思ってしまった。

 

「此処に居るのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子も居りますから、何か用事を言い付ける時はこの子達を使って下さいな。みんなも、それでいいですね?」

 

 

「「「「「宜しくお願いします!」」」」」

 

 

 キーンと耳鳴りがする程の大声で二十人前後の子供達が叫ぶ。

 

「ハハ、元気がいいじゃねえか」

 

「ふむ、そうだな。思っていたよりも元気が良くて安心したぞ」

 

「いえ、元気が良すぎるでしょう?」

 

「(………本当にやっていけるかな、私)」

 

「ヤハハ」と笑う十六夜と「くく」と喉を鳴らして笑うローズ。飛鳥と耀は何とも言えない複雑な表情をしていた。

 

「さて、自己紹介も終わりましたし!それでは水樹を植えましょう!黒ウサギが台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」

 

「あいよ」

 

 長年水が通っていない水路だが骨格だけは立派に残っている。しかし所々がひび割れして砂も要所に溜まっていた。

 耀は石垣に立ちながら物珍しそうに辺りを見回す。

 

「大きい貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」

 

『そやな。門を通ってからあっちこっちに水路が在ったけど、もしあれに全部水が通ったら壮観やろなあ。けど使ってたのは随分前の事なんちゃうんか?どうなんやウサ耳の姉ちゃん』

 

 黒ウサギは苗を抱えたままクルリと振り返る。

 

「はいな、最後に使ったのは三年前ですよ三毛猫さん。元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置して在ったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」

 

 黒ウサギの話を聞いて十六夜がキラリと瞳を輝かせた。

 

「龍の瞳?何それカッコいい超欲しい。何処に行けば手に入る?」

 

「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」

 

 黒ウサギが適当にはぐらかすと、十六夜はふと良い案が思い付いたのかローズに向き直り、

 

「ならアンタの瞳を貰うしかねえな、龍ロリ?」

 

「え?」

 

「ほう。龍たる我の瞳を所望するか少年?………ふふ、良いだろう。だが、タダではやらぬよ。折角〝主催者権限(ホストマスター)〟があるからな、何れ我が瞳を景品にして汝にギフトゲームでも開いてやろう」

 

「ハハ、マジかよ!そいつは是非楽しみにしてるぜ龍ロリ」

 

 ローズの提案に嬉々として返す十六夜。一方でジンがぎょっとした顔でローズをマジマジと見つめ、

 

「え?ローズさんは龍だったんですか!?」

 

「ん?そうだが?」

 

 ジンの驚きに平然と返すローズ。そんなジンを呆れたように十六夜は見下ろし、

 

「おいおい御チビ。俺がそいつの事を龍ロリっつってんだから、正体が龍だってことくらい察しろよ」

 

「う………すみません」

 

 そう言えばそうだったとジンは頭を掻いて謝る。そんな二人を余所にローズの周りにはいつの間にか子供達が群がってきていた。

 

「ローズのねーちゃん龍なの!?」

 

「凄いなあドラゴンとかカッコいいなー!」

 

「髪の色も虹色に輝いていて綺麗!」

 

「ねえねえ、どんな髪してるの!?触らせて!」

 

「ん?我は別に構わぬよ」

 

 ワイワイと子供達が瞳を輝かせてローズの虹髪を触ったり梳いたり引っ張ったりする。

 子供達と戯れているローズを眺めていた黒ウサギ達四人は、こうして見ると白夜叉に圧勝した最強の龍神には見えないなと思った。

 ジンも苦笑いを浮かべながら眺め、「あっ」と思い出して話を戻した。

 

「水路も時々は整備していたのですけど、あくまで最低限です。それにこの水樹じゃまだこの貯水池と水路を全て埋めるのは不可能でしょう。ですから居住区の水路は遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけを開きます。此方は皆で川の水を汲んできた時に時々使っていたので問題ありません」

 

「あら、数キロも向こうの川から水を運ぶ方法が有るの?」

 

 苗を植えるのに忙しい黒ウサギに代わってジンとローズに群がっていた子供達が答えた。

 

「はい。皆と一緒にバケツを両手に持って運びました」

 

「半分くらいはコケて無くなっちゃうんだけどねー」

 

「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んで良いなら、貯水池を一杯にしてくれるのになあ」

 

「………そう。大変なのね」

 

 飛鳥はちょっぴりガッカリしたような顔をした。

 黒ウサギは貯水池の中心にある柱の台座までピョン、と大きく跳躍すると、

 

「それでは苗の紐を解いて根を張ります!十六夜さんは屋敷への水門を開けて下さい!」

 

「あいよ」

 

 十六夜は貯水池に下りて水門を開ける。黒ウサギが苗の紐を解くと、根を包んでいた布から大波のような水が溢れ返り、激流となって貯水池を埋めていった。

 水門の鍵を開けていた十六夜は驚いて叫ぶ。

 

「ちょ、少しは待てやゴラァ!!流石に今日はこれ以上濡れたくねえぞオイ!」

 

 ローズに二度も乾かしてもらってはいるが、もう水に濡れるのは懲り懲りだと十六夜は慌てて石垣まで跳躍する。

 封を解かれた水樹の根は台座の柱を瞬く間に絡め、更に水を放出し続ける。

 

「うわお!この子は想像以上に元気です♪」

 

 水門を勢いよく潜った激流は、一直線に屋敷への水路を通って満たしていく。水樹から溢れた水は想像以上の量となって貯水池を埋めていった。

 昔のように並々と満ちていく水源を見てジンも感動的になるのだった。

 

 

ι

 

 

 屋敷に着くと、月明かりのシルエットで浮き彫りになる本拠はまるでホテルのような巨大さであった。耀は本拠となる屋敷を見上げて感嘆したように呟く。

 

「遠目から見てもかなり大きいけど………近付くと一層大きいね。何処に泊まれば良い?」

 

「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加出来る者には序列を与え、上位から最上階に住む事になっております………けど、今は好きなところを使って頂いて結構で御座いますよ。移動も不便でしょうし」

 

「そう。其処に在る別館は使って良いの?」

 

 飛鳥は屋敷の脇に建つ建物を指して黒ウサギに訊いた。

 

「ああ、あれは子供達の館ですよ。本来は別の用途が有るのですが、警備の問題で皆此処に住んでます。飛鳥さんが百二十人の子供と一緒の館で良ければ」

 

「遠慮するわ」

 

 飛鳥は即答した。そして十六夜達三人は箱庭やコミュニティの質問などはさておき、『今は兎も角風呂に入りたい』という強い要望の下、黒ウサギは湯殿の準備を進める。

 ローズに乾かしてもらっているとはいえ、今日は色々有ったから風呂に入ってゆっくりしたいのだろう。ローズも知識では知っているものの、初めての風呂に内心ではワクワクしていた。

 その湯殿だが、暫く使われていなかった大浴場を見た黒ウサギは真っ青になり、

 

「一刻程御待ち下さい!すぐに綺麗に致しますから!」と叫んで掃除に取り掛かった。

 ローズ達四人はそれぞれに宛がわれた部屋を一通り物色し、来客用の貴賓室で集まっていた。

 

『お嬢………ワシも風呂に入らなアカンか?』

 

「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」

 

「………ふぅん?聞いてはいたけど、オマエは本当に猫の言葉が分かるんだな」

 

「うん」

 

『オイワレ、お嬢をオマエ呼ばわりとはどういう事や!調子乗るとオマエの寝床も毛玉だらけにするぞコラ!』

 

「駄目だよ、そんなこと言うの」

 

 耀が三毛猫にそう言うと、ローズは「ほう」と感心したように三毛猫を見つめ、

 

「其処の少年に喧嘩を売るのはやめておけミケ。もれなく首根っこ掴まれて〝世界の果て〟まで投げ飛ばされるぞ?」

 

『んなぁ!?そ、そない恐ろしい事を言わんでくれや龍の姉ちゃん!』

 

「くく、ならば喧嘩を売る相手は慎重に選ぶんだな。まあ、ミケは主想いの良き相棒ではあるが」

 

『り、了解や。肝に銘じとくわ。忠告ありがとな、龍の姉ちゃん』

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 ローズはニコリと笑って三毛猫の頭を撫でた。その光景を見ていた三人のうちまず耀がローズに問い質す。

 

「え?ローズも三毛猫の言葉が分かるの?―――というより三毛猫の事を〝ミケ〟ってアダ名っぽく呼んでるけど………二人はどういう関係?」

 

「無論だ。ミケとの関係とな?別に大した仲ではないぞ。タダの友だよ。なあ、ミケ?」

 

『そやそや。ワシと龍の姉ちゃんはタダの友達みたいなもんやでお嬢』

 

「そうなんだ………友達なんだ」

 

 耀はじーっと三毛猫を羨望の眼差しで見つめた後、ローズに向き直り一言、

 

「ローズ、私とも友達になって下さい」

 

「ぬ?」

 

 ローズは耀の言葉を聞いて「成る程な」と納得してニヤリと笑い、

 

「我は構わぬよ。改めて宜しくな、耀」

 

「うん、宜しくローズ」

 

 二人は笑みを交わし握手する。それを見ていた飛鳥も、照れ臭そうに髪の毛先を弄りながら、

 

「ローズさん。そ、それなら私とも友達になってくれないかしら?」

 

「ん?」

 

「ほ、ほら。ローズさんって元居た世界では宇宙で暮らしてたのでしょう?だから今まで友達いなかった貴女が可哀想だから………ね?」

 

「ふむ?」

 

 飛鳥の言い分を理解したローズは「くく」と笑って頷いた。

 

「ああ。それは嬉しい提案だな。照れ隠しで言ってくれたようだが、飛鳥は酷い事を言うな。我に友がいなかっただと?」

 

「べ、別に照れ隠しで言ったつもりはないわ!―――え?ローズさん友達居たの?」

 

 飛鳥の問いに「うむ」と頷き両手を広げてローズが告げた。

 

「元居た世界(うちゅう)の全てが我の友達(とも)だッ!」

 

 ズドオオオオオン!という効果音が聞こえそうな程の勢いで告げるローズ。

 それを聞いた飛鳥達は眼を丸くして、

 

「「「『は?』」」」

 

「………済まぬ。今のは聞かなかったことにしてくれ。言い出した我自身が恥ずかしくなってきたのでな」

 

「「「『え?嫌だ』」」」

 

「……………ふむ。まあ、あれだ。飛鳥も、改めて宜しくな」

 

「「「『(あ、誤魔化した)』」」」

 

 ニヤニヤと笑う飛鳥達三人と一匹。まあローズの恥ずかしそうに頬を赤く染めている顔を見れただけ収穫は大きかった。龍神といえどこんな顔をするのだなと。

 飛鳥も仕返しとばかりにニヤリと笑い、

 

「ええ、宜しくねローズさん。それとそうムキにならなくても良いわよ?宇宙暮らしなら友達いなかったのは仕方が無いことだもの」

 

「む………別にムキになってはないぞ!我は至って冷静だからな!」

 

「ヤハハ、唇を尖らせながらじゃ説得力ないぜ龍ロリ?」

 

「………ぬ」

 

 十六夜に指摘されて反論出来ず頬を赤く染めながら拗ねるローズ。それをニヤニヤと見つめる十六夜達。

 十六夜はふと白夜叉も黒ウサギに拒絶されて拗ねていたことを思い出して、龍神も星霊も中身は子供なんだなと笑いを噛み殺した。

 だが急にローズが「ふん」と鼻を鳴らすと十六夜を見上げて、

 

「そういう少年はどうなんだ?我らと友にならぬのか?」

 

「あん?………そうだなあ。オマエらがどうしても俺と友達になりたいってんなら考えてやらなくても―――」

 

「あら?それじゃあ十六夜君なんかとは友達になってあげないわ」

 

「うん。私も十六夜なんかと友達になってあげない」

 

「ふむ?飛鳥と耀がそういうのならば我も少年なんかとは友にはなってやらぬよ」

 

「あん?んだとゴラァ!!」

 

 飛鳥達の態度に額に青筋を浮かべながら激怒する十六夜。俺なんかとはどういう意味だと。

 その様子にしたり顔の飛鳥達はニヤリと笑って、

 

「というのは嘘よ」

 

「あ?」

 

「うん。冗談だから元気出して十六夜」

 

「は?」

 

「ふふ。見え透いた罠に嵌まるとは………少年も愚かだな」

 

「………チッ」

 

 十六夜は罰が悪そうな顔をして舌打ちする。すると其処へ黒ウサギがやって来て、

 

「ゆ、湯殿の用意が出来ました!女性様方からどうぞ!」

 

「ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜君」

 

「………ああ。俺は二番風呂が好きな男だから特に問題はねえよ」

 

 先の事もあり不機嫌そうな顔で返す十六夜。そんな十六夜の下にローズが歩み寄り、

 

「ふむ。ではな、少年。外の奴らは汝に任せたぞ」

 

「………へえ?やっぱりアンタは気付いてたのか龍ロリ」

 

「無論だ。一応別館と此処には結界を張っておいたが………万が一の際は頼んだぞ少年」

 

「あいよ」

 

 十六夜がそう返すとローズは人生初のお風呂を堪能しに大浴場へと向かうのだった。



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 飛鳥達三人は大浴場で体を洗い流し、湯に浸かってようやく人心地着いたように寛いでいた。ローズも人生初のお風呂の割には戸惑うことなく全身を洗って流し、湯に浸かった。

 黒ウサギは上を向き、長い一日を振り返るように両腕を上げて背伸びしていた。

 

「本当に長い一日でした。まさか新しい同士を喚ぶのがこんなに大変とは、想像もしておりませんでしたから」

 

「それは私達に対する当て付けかしら?」

 

「め、滅相も御座いません!」

 

 パシャパシャと湯に波を立て、慌てて否定する黒ウサギ。耀は隣でふやけた様にウットリした顔で湯に浸かり、

 

「ローズは初めてのお風呂、どう?」

 

「ん?そうだな………知識で知っているだけでは味わうことの出来なかった感覚に、我は今感動しているといったところだ」

 

 瞳を細めて嬉しそうな笑みを浮かべるローズ。それを聞いて嬉しそうに微笑む三人。

「それにしても」と耀がまたふやけそうな顔に戻り、

 

「このお湯………森林の中の匂いがして、凄く落ち着く。三毛猫も入ればいいのに」

 

「そうですねー。水樹から溢れた水をそのまま使っていますから三毛猫さんも気に入ると思います。浄水ですからこのまま飲んでも問題有りませんし」

 

「うん。………そういえば、黒ウサギも三毛猫の言葉が分かるの?」

 

「YES♪〝審判権限(ジャッジマスター)〟の特性上、余程特異な種で無い限り黒ウサギはコミュニケーション可能なのですよ」

 

「そっか」と耀はちょっぴり嬉しそうに返事する。コミュニティ内で三毛猫と会話出来るのが私だけではなく、ローズに黒ウサギと二人も居ることが嬉しいのだろう。

 飛鳥は長く艶のある髪を纏め直し、夢心地で呟く。

 

「ちょっとした温泉気分ね。好きよ、こういうお風呂」

 

 右腕を上に伸ばし、左手でそれを擦るとそれだけで素肌が綺麗になる錯覚があった。

 

「水を生む樹………これも〝ギフト〟と呼ばれるものなの?」

 

「はいな。〝ギフト〟は様々な形に変幻させる事が出来、生命に宿らせることでその力を発揮します。この水樹は〝霊格の高い霊樹〟と〝水神の恩恵〟を受けて生まれたギフトで御座います。若しも恩恵を生き物に宿らせれば、水を操る事の出来るギフトとして顕現したはずデス」

 

「水を操る?水を生むのではなく?」

 

「それも出来なく無いですが、霊樹みたく浄水にするのは難しいです。それに水樹は無から水を生むのではなく、大気中の水分を葉から吸収して増量させているのが正しい解です。完全な無から有限物質を生むとなると、それこそ白夜叉様や龍であるローズさんぐらい自力がないと」

 

「そう」と空返事する飛鳥。だが〝ローズ〟と聞いてハッとしたように飛鳥はその彼女に向き直り、

 

「ローズさんは無から水を生み出せるの?」

 

「ん?無論だ―――【ネロ】」

 

 ローズはニヤリと笑って右手を湯から出してそう呟く。すると彼女の手から少量の水が生まれ、それで小さな水球を作って飛鳥に見せた。

 飛鳥は目を見開いて興奮したように声を上げた。

 

「す、凄いわ!もしかして火とかも生み出せるのかしら?」

 

「うむ―――【フォティア】」

 

 ローズは頷き今度は左手も湯から出してそう呟き、小さな火を生み出すと、それを今度は火の輪に作って飛鳥に見せた。

 それを見た飛鳥はまた興奮したように声を上げる。

 

「す、凄いわね本当に!………ってあら?〝フォティア〟って私達の服や髪を乾かしてくれた時にも聞いた気がするわ」

 

「ああ。それはあの時も我は無から火を生み出していたからな」

 

 そう言ってローズは両手にある水球と火の輪を霧散させて再び手を湯の中に沈めた。

「そう」と無から火や水を生み出せるローズを羨望の眼差しで見つめる飛鳥。

 そんな光景を眺めていた黒ウサギと耀は「ふふ」と楽しそうに笑って、

 

「ローズさんには驚かされてばかりです。蛇神様を指一つで打倒したり、更には東側最強の〝階層支配者(フロアマスター)〟である白夜叉様と決闘して圧勝してしまうなんて」

 

「そうかな?」

 

「うん、ローズは本当に凄いよ。ギフトも沢山持ってるし、三毛猫とも会話出来るからね」

 

 ローズの事を高評価する黒ウサギと耀。だが耀はローズの顔をじーっと見つめて小首を傾げ、

 

「だけどローズは、私からしたら龍に見えないかな。どっちかっていうと………お人形?」

 

「ぬ?」

 

「そうね。ローズさんの容姿からして龍と呼べる要素が一つもないわ」

 

「………む」

 

「そうですね。何といってもローズさんの頭には龍種の純血と呼べるような角が御座いません」

 

「……………それを言われてしまうと反論出来ぬな」

 

 唇を尖らせながら拗ねるローズ。まあ耀達がそういうのは無理もないことだろう。

 妖精めいた儚げな容姿の年若い少女で、手脚は幼い子供のように細く肉付きも薄い。

 髪の色は虹色に煌めいており、瞳は焔のような青白い輝きを放っている。

 龍が持つ凶刃な爪やら硬い鱗、立派な角などが一切無く、とても頼り無さそうな幼い少女にしか見えないのだから。

 だがこんな少女の実力は、白夜叉との決闘を観戦した三人は知っているため、彼女を容姿のみで判断すれば痛い目を見ることぐらいは承知済みだった。

 耀はふとローズの虹髪を見つめ、

 

「それはそうとローズの髪色………どういう仕組みで虹色に見えるんだろう?」

 

「ん?どうと言われてもな。生まれつきだとしか言い様がないのだが」

 

 湯に浮かぶ虹髪の毛先を弄りながら耀は不思議そうな表情を浮かべる。そんな耀に苦笑して返すローズ。

 一方で飛鳥はローズの肌を見つめ、

 

「そう。虹髪も良いけどローズさんの肌………透き通るような白い肌で羨ましいわね」

 

「ふむ?そういう飛鳥も白く清らかな肌をしているじゃないか。スタイルも中々だしもっと自信を持っても良いぞ?」

 

「そ、そうかしら?ありがとうローズさん」

 

 そう言って飛鳥は然り気無くローズの頭を撫でる。子供扱いされたと思い一瞬だけ不機嫌そうな表情を見せるが、撫でられる感覚は不思議と嫌じゃなかったのか飛鳥の手を払おうとはしなかった。

 そんな光景をニコニコと眺めていた黒ウサギは、ハッと自分だけ仲間外れにされていることに気付き、

 

「黒ウサギも仲間に入れてくださいな!」

 

「「え?」」

 

「ぬ?」

 

 黒ウサギが勢いよくローズの下へ飛び込み―――ゴッ!とローズと額をごっつんこし、

 

「フギャア!?」

 

「「………あっ」」

 

「………?」

 

 何故かローズにダメージは無く黒ウサギだけが甚大な被害を(額に)受けて、ブクブクと湯船の底に沈んでいく。

 その光景を暫し呆然と眺めていた飛鳥と耀が、次の瞬間にはハッと我に返り、

 

「ちょ、ちょっと黒ウサギ!?しっかりなさい!」

 

「………えい」

 

 あわてふためく飛鳥の代わりに耀が黒ウサギのウサ耳を鷲掴み、勢いよく引っ張り上げた。

 

「……………きゅぅ」

 

「「………あっ、」」

 

「ふむ、見事に気を失ってるな」

 

 時既に遅く、黒ウサギは目を回して気絶しており、飛鳥達はそんな黒ウサギを湯船から救出したのだった。

 

 

κ

 

 

 その後、気を失っていた黒ウサギが復活しお風呂から上がったローズ達四人は、パジャマ代わりに用意されたネグリジェを着たまま、明日からの着替えの為に黒ウサギの部屋まで来ていた。

 特に飛鳥の場合、正装でこの箱庭に来てしまった為、普段着が一着も無い。耀とローズは依然として変わらないシンプルな服を好んでいたから問題は無かったが、飛鳥はどうにも納得出来ないらしい。

 

「折角こんな素敵な世界に来たのだもの。相応の衣装を普段着に使っても問題は無いでしょう?」

 

「それは勿論で御座います。しかし、黒ウサギの衣装棚に飛鳥さんの気に入るようなものがあるかどうか………」

 

 ゴソゴソ。衣装棚を漁る黒ウサギ。

 ふっと飛鳥の視線が泳ぐと、奥に在るクローゼットが目に留まった。それに気付いた黒ウサギは、妙案を思い付いたとばかりにウサ耳を跳ねさせる。

 

「そういえばあのクローゼットには、審判時に着用を求められた衣装が………!」

 

 クローゼットを開く黒ウサギ。其処には様々なコスチュームが飾られていた。

 

「飛鳥さんの好みはワンピースですか?ツーピースですか?」

 

「どちらかといえば、ワンピースの方かしら」

 

「そうですよねー♪黒ウサギもワンピースの方が好きです。スカートはどうです?」

 

「特に拘りは無いけど………黒ウサギのスカートの丈は、少し恥ずかしいわ」

 

「うう、そうですよね。黒ウサギもロングスカートの方が好みで御座います………」

 

 ゴソゴソ。一体何着のコスチュームが有るというのか。黒ウサギは取り出しては投げ捨て、それらを物色していく。

 クローゼットを漁る黒ウサギが突然声を上げた。

 

「あ、コレなんて如何でしょう!?」

 

 バサァ、と広がる真紅の衣装。ワンピースのロングスカート―――というよりは完全にドレススカートそのものだ。耀は余りの派手さに三度瞳を瞬かせた。

 

「………これを普段着に?」

 

「あら、素敵じゃない?私はこういう衣装も好きよ」

 

「ほう。飛鳥はこういう服も好みなのか」

 

 感心したように言うローズ。飛鳥は「ええ」と返して早速ネグリジェを脱いでその場で服を着替える。黒ウサギは手伝いながらこの衣装について説明した。

 

「この衣装は審判用に白夜叉様から戴いた物で御座います。ウサギ達は御依頼が有れば審判と共に進行役としてゲームを盛り上げる仕事も御座いますから」

 

「そうなの?」

 

「YES。ですのでこの衣装には、身を守る為の加護が付属されております。明日のギフトゲームの際に着ていくのも宜しいかもしれません」

 

「そう」と返して飛鳥はドレスを着たまま一歩二歩とステップを踏む。足元まで伸びる美麗なレースの布地は飛鳥のステップに合わせて踊るように舞い、着る事で逆に身軽さを感じるような錯覚があった。

 これに飛鳥は感嘆の声を上げる。

 

「………驚いたわ。こんなに凄く動き易いスカートは初めて―――」

 

「ふふ、当然で御座います!何といってもこの衣装は、」

 

「―――だけど、胸が余るわ」

 

「へ?」と言葉を無くし、飛鳥の胸からボディラインを凝視する黒ウサギ。

 飛鳥も十五歳の少女にしては発育が良いのだが、黒ウサギの発育に比べればまだ幼い。

 一見して少女のような黒ウサギだが、豊満な胸と臍から臀部に掛けての女性らしい肉付きは理想的なボディラインを描いている。

 辛うじて胴回りは同じサイズのようだが、ドレスの胸の部分は完全に余っていた。黒ウサギは慌ててフォローを入れる。

 

「あやや、こ、これは………!え、えーとですね!こ、今晩のうちに服のサイズを飛鳥さんに合わせておきますので!明日のゲームには間に合うかと………!」

 

「………そうね。お願いするわ」

 

 複雑な表情で承諾する飛鳥。しかしローズはニヤリと笑い、

 

「兎の娘、その必要はないぞ」

 

「え?」と黒ウサギがローズに視線を向けたのと同時に、ローズが指を鳴らす。

 すると飛鳥の着ていた服の、胸の余りの部分が一瞬で消失し彼女の体にフィットしたものへと変化した。

 

「え?嘘、いつの間にか私のサイズに合った服に変わってるわ!」

 

「え?………あ、本当だね」

 

 飛鳥の驚きの声に、耀も彼女へと歩み寄り確認し、そう言う。黒ウサギはウサ耳をパタつかせながら興奮気味に訊いた。

 

「ローズさん!もしかしてさっきのは魔術の一種で御座いますか!?」

 

「ああ。ちょっとした手品のようなものだ。単純に服のサイズを飛鳥に合うように変更する程度のな」

 

 淡々と答えるローズ。そんなローズを飛鳥と耀が瞳を輝かせながら、

 

「あら、じゃあローズさんは魔法使いなのね」

 

「確か〝魔術の王〟ってギフトだったから、ローズは魔術師じゃないかな?どちらにしても凄い」

 

「そうかな?」

 

 ローズは少し照れたように頬を掻く。飛鳥と耀に、友達に褒められたのが素直に嬉しかったのだろう。

 そんな様子を黒ウサギは嬉しそうに微笑みながら眺めたのだった。




ようやく原作一日目が終わった!長かった。

そして中々5,000文字以内に収められない………今回は収まったけど。

次回はガルド戦………ではなく待っている間に十六夜VSローズの小ゲームを予定。


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λ

すみません。思ったより前置き(?)が長くなってしまったので、十六夜VSローズ戦は延期します。


 ―――箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り・噴水広場前。

 飛鳥・耀・ジン、そして黒ウサギ・十六夜・ローズ・三毛猫の六人と一匹は〝フォレス・ガロ〟のコミュニティの居住区を訪れる道中、〝六本傷〟の旗が掲げられた昨日のカフェテラスで声を掛けられた。

 

「あー!昨日のお客さん!もしや今から決闘ですか!?」

 

『お、鉤尻尾のねーちゃんか!そやそや今からお嬢達の討ち入りやで!』

 

 ウェイトレスの猫娘が近寄ってきて飛鳥達に一礼する。

 

「ボスからもエールを頼まれました!ウチのコミュニティも連中の悪行にはアッタマきてたところです!この二一〇五三八〇外門の自由区画・居住区画・舞台区画の全てでアイツらやりたい放題でしたもの!二度と不義理な真似が出来ないようにしてやって下さい!」

 

 ブンブンと両手を振り回しながら応援する猫娘。飛鳥は苦笑しながらも強く頷き、

 

「ええ、そのつもりよ」

 

「おお!心強い御返事だ!」

 

 満面の笑みで返す猫娘だが、急に声を潜めて、

 

「実は皆さんに御話が有ります。〝フォレス・ガロ〟の連中、領地の舞台区画ではなく、居住区画でゲームを行うらしいんですよ」

 

「居住区画で、ですか?」

 

 黒ウサギが怪訝な顔で言うと、飛鳥は小首を傾げて、

 

「黒ウサギ。舞台区画とは何かしら?」

 

「ギフトゲームを行う為の専用区画で御座いますよ。

 他にも商業や娯楽施設を置く自由区画。

 寝食や菜園・飼育などをする居住区画など、一つの外門にも莫大な数の区画が御座います」

 

「そう」と飛鳥が返し、猫娘が少し声を上げて続けた。

 

「しかも!傘下に置いているコミュニティや同士を全員ほっぽり出してですよ!」

 

「………それは確かに可笑しな話ね」

 

 飛鳥達は顔を見合わせ首を捻る。

 

「でしょでしょ!?何のゲームかは知りませんが、兎に角気を付けて下さいね!」

 

 猫娘の熱烈なエールを受け、一同は〝フォレス・ガロ〟の居住区画を目指す。が、

 

「あ、皆さん!見えてきました………けど、」

 

 黒ウサギは一瞬目を疑う。それはローズ達も同様。何故なら居住区が森のように豹変していたからだ。蔦の絡む門を擦り、鬱葱と生い茂る木々を見上げて耀が呟く。

 

「………ジャングル?」

 

「虎の住むコミュニティだしな。可笑しくはないだろ」

 

「いや、可笑しいです。〝フォレス・ガロ〟のコミュニティの本拠は普通の居住区だったはず………それにこの木々はまさか」

 

 ジンはそっと木々に手を伸ばすと、その樹枝はまるで生き物のように脈を打ち、肌を通して胎動の様なものを感じさせた。

 

「やっぱり―――〝鬼化〟してる?いや、まさか」

 

「〝鬼化〟?………ふむ、成る程な」

 

 ジンの呟きを聞いて、この現象を引き起こした者が何種族かを見破り笑みを浮かべるローズ。

 それに「え?」とジンが驚いてローズへ視線を向けると、

 

「ジン君。此処に〝契約書類(ギアスロール)〟が貼って在るわよ」

 

 飛鳥が門柱に貼られた羊皮紙を指差して声を上げる。

 

 

『ギフトゲーム名〝ハンティング〟

 

 ・プレイヤー一覧

 久遠 飛鳥

 春日部 耀

 ジン=ラッセル

 

 ・クリア条件

 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

 ・クリア方法

 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は〝契約(ギアス)〟によってガルド=ガスパーを傷付ける事は不可能。

 ・敗北条件

 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 ・指定武具

 ゲームテリトリーにて配置。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。

 〝フォレス・ガロ〟印』

 

 

「ガルドの身をクリア条件に………指定武具で打倒!?」

 

「こ、これは不味いです!」

 

 ジンと黒ウサギが悲鳴のような声を上げ、それを飛鳥は心配そうに問う。

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

 

「いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこのルールです。このルールでは飛鳥さんのギフトで彼を操る事も、耀さんのギフトで傷付ける事も出来ない事になります………!」

 

「いや待て兎の娘。もう一度よく〝契約書類〟を見ろ。書いてあるのは『傷付け不可』―――飛鳥のギフトは精神支配で傷付けるギフトではないぞ?」

 

「あっ」と黒ウサギは理解し思わず納得し掛ける。

「それじゃあ」と飛鳥は口を開こうとして、それをローズに右手で制された。

 

「いや待てよ。飛鳥のギフトは精神支配………そうか。飛鳥のギフトも()()()()()捉えれば対象を傷付けるギフトに成り得るな」

 

「………それ、どういうこと?」

 

 耀が小首を傾げて問うと、代わりに十六夜が答える。

 

「龍ロリが言いたいことは、お嬢様のギフトは精神支配―――つまり()()()()()()傷付けているってことだ。〝契約書類〟に書いてあるのは『傷付け不可』のみで何も()()()()傷付けられない()()()()()()ってことだろ?」

 

「ああ、流石だな少年。解りやすい解説を態々済まぬな」

 

 十六夜の解りやすい解説を聞いてローズは感心し、同時に黒ウサギに向き直り謝罪した。

 

「済まなかった兎の娘。我は全知としてあるまじき誤認を犯してしまった。汝は正しい事を口にしていただけなのにな………本当に済まない」

 

「い、いえ。黒ウサギもローズさんの言い分に思わず納得しかけてしまいましたし、それにローズさんはまだ箱庭に来たばかりですので誤認なさるのは仕方が無いことですよ」

 

 黒ウサギは慌てて首を振ってフォローする。兎の娘は優しい奴だな、とローズは彼女に対して好感を持った。

 そんな様子を見ていた飛鳥は黒ウサギに確認を取る。

 

「それで、結局のところ私のギフトも通用しないという認識で良いのかしら?」

 

「はい………これは〝恩恵(ギフト)〟ではなく〝契約(ギアス)〟によってその身を守っているのです。これでは神格持ちのローズさんでも手が出せません!彼は自分の命をクリア条件に組み込む事で、御二人の力を克服したのです!」

 

「すいません、僕の落ち度でした。初めに〝契約書類〟を作った時にルールもその場で決めておけば良かったのに………!」

 

「ふむ。白紙のゲームを承諾するというのは自殺行為に等しい………か」

 

 顎に手を当てながらそう呟くローズ。一方で十六夜は感心したように頷き、

 

「敵は命懸けで五分に持ち込んだってことか。観客にしてみれば面白くて良いけどな」

 

「汝はそればかりだな………少しはこれから敵陣に乗り込む飛鳥達の心配もしてやれ少年」

 

「本当、気軽に言ってくれちゃって………条件はかなり厳しいわよ。指定武具が何かも書かれていないし、このまま戦えば厳しいかもしれないわ」

 

 厳しい表情で〝契約書類〟を覗き込む飛鳥。彼女が挑んだゲームに責任を感じているのだろうか。それに気付いた黒ウサギ・耀は飛鳥の手をギュッと、ローズも飛鳥の手を握り潰さぬよう優しく握って励ます。

 

「だ、大丈夫ですよ!〝契約書類〟には『指定』武具としっかり書いて有ります!つまり最低でも何らかのヒントがなければなりません。もしヒントが提示されなければ、ルール違反で〝フォレス・ガロ〟の敗北は決定!この黒ウサギが居る限り、反則はさせませんとも!」

 

「大丈夫。黒ウサギもこう言ってるし、私も頑張る」

 

「そうだぞ飛鳥。汝らならきっとこのゲームを成し遂げられる。我はそう信じているからな」

 

「………ええ、そうね。寧ろあの外道のプライドを粉砕する為には、コレぐらいのハンデが必要かもしれないわ」

 

 愛嬌たっぷりに励ます黒ウサギ。やる気を見せる耀。心から仲間の勝利を信じてくれているローズ。飛鳥も三人の檄で奮起する。

 しかしローズはフッと真剣な表情になり、飛鳥と耀を見回して告げた。

 

「………だが無理はするな。怪我をするなとは言わぬが、無理だけは絶対にするんじゃないぞ汝ら?」

 

「うん」

「ええ」

 

「………因みに我との約束を破ったら―――怪我しても治してやらぬからな?」

 

「「わかっ―――え?」」

 

「え?」

 

 ローズのその言葉にぎょっとする飛鳥達三人。そんな飛鳥達にニヤリと笑って、

 

「くく、我は本気だからな?ジンの坊やにもそう伝えておけ。良いな?」

 

「「……………、」」

 

 複雑そうな表情を浮かべて黙り込む飛鳥と耀。ローズの治癒魔術が有るから少しは無理しても平気だと思っていた胸中を、彼女に見破られてしまったからだろう。

 やがてしょんぼりした感じで頷き、二人はジンにも伝えると―――三人は門を開けて突入した。

 

 

λ

 

 

 飛鳥達がギフトゲームを開始した直後、黒ウサギは怒りの表情でローズを睨み付け、

 

「さっきのはどういうことですかローズさん!無理した場合は傷を治さないっていうのは!?」

 

「ああ、その事か。勿論嘘に決まっているぞ?」

 

「へ?」

 

 あっさりと嘘だと言われてキョトンとする黒ウサギ。ローズは「ふふ」と笑って、

 

「我が大切な友らを治さぬわけがなかろう?だがああでも言わぬ限りあやつらは無理しかねないと思ったからな。故に嘘を吐いたと言うわけよ」

 

「は、はあ………」

 

 黒ウサギはぐったりとその場でへたり込む。全くこの子は心臓に悪いことを言ってくれるという感じに脱力し、そして同時に安堵もした。

 そんな黒ウサギをローズは悪いことをしたな、という風に見つめていると、

 

「なあ龍ロリ。俺達はこうして暇を持て余しちまったわけだが―――」

 

 不意に十六夜がそう呟きローズは「ん?」と振り返る。するとローズの青白い焔の様な双眸に映ったのは―――獰猛な笑みを浮かべていた十六夜だった。

 

「例のアンタが提案してくれた瞳の件―――今すぐ此処で開催してくれねえか?」

 

「え?」

 

「ほう………成る程な。〝ただ待っているだけでは退屈だ、ならいっそのこと俺達もギフトゲームをしようぜ!〟―――と言いたいのだな少年?」

 

「ヤハハ、何だよ。話が早くて助かる。その通りだ―――開催()ってくれるな?」

 

 嬉々として訊き返す十六夜。ローズの返答は、

 

「無論だ。我も丁度そうしようかと思っていたところだ。良いぞ、汝の提案を飲んで開催しようじゃないか」

 

「なあ!?」

 

「ハハ、そうこなくっちゃな!」

 

 心から満足そうに笑う十六夜。そんな十六夜にローズは驚いている黒ウサギを無視して凶悪な笑みを浮かべて応じ、虚空から自分の混沌色(ダークネスブラック)のギフトカードを出現させて手に取り、

 

「では我が試練を心して受け取るが良いぞ少年」

 

 ギフトカードを掲げてそう言うローズ。すると十六夜の手元には魔王の特権階級〝主催者権限(ホストマスター)〟により顕現した―――黒く輝く〝契約書類〟が舞い降りた。

 

 

『ギフトゲーム名〝龍の瞳に敵いし者〟

 

 ・プレイヤー一覧

 逆廻 十六夜

 

 ・勝利条件

 ホストマスターに一撃与える。

 

 ・敗北条件

 降参か、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・勝利報酬

 〝主催者〟の無限龍がプレイヤーに〝ウロボロスの瞳〟を贈呈する。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、逆廻十六夜にギフトゲームを開催します。

 〝ノーネーム〟無限の魔王 印』

 

 

 十六夜は黒く輝く〝契約書類〟に目を通し終えると、不敵な笑みを浮かべてローズを見つめた。

 

「龍ロリに一撃与える、か。いいなオイ、面白そうじゃねえか!つか何だよ〝ウロボロスの瞳〟って!格好いいな超欲しくなってきたぞ―――!」

 

「それは良かった。ではまずギフトゲームを始める前に―――」

 

「こんの御馬鹿様ッ!!!」

 

 スパァーン!とローズの頭に黒ウサギのハリセン一閃。かなり御立腹な黒ウサギ。

 ローズは話を遮られて若干不機嫌そうな表情で黒ウサギを見つめ、

 

「何だ兎の娘?これから我と少年のギフトゲームを始めるのだが、邪魔をしないでくれぬか?」

 

「くれぬか、じゃ有りません!何をいきなり魔王の特権階級を振り翳してくれちゃってるんですか貴女は!?」

 

「ぬ?別に良いではないか。我は悪さしようとして〝主催者権限〟を使用した訳では無いのだぞ?」

 

「そ、それはそうかもしれませんが、他人様の居住区画で好き勝手暴れて良い理由にはなりません!」

 

「ふむ?確かにそうだが汝が心配する必要は欠片も無いぞ?何故なら―――」

 

 トン、と地面を軽く足で叩くローズ。すると次の瞬間、ローズの足下には漆黒の円環状に組み込まれた細緻な魔法陣が浮かび上がり、直径数百メートルに亘る巨大な結界が出現した。

 ローズの背後数メートルを基準、零とし十六夜の背後数百メートルに亘る巨大な結界である。勿論黒ウサギは結界外にほっぽり出されている。

「なっ」と驚愕する黒ウサギにクスリと笑ってローズが告げる。

 

「こうして結界を張った上でゲームを始めるのだからな」

 

 ローズはそう言って黒ウサギに背を向ける。一方の十六夜は興味深そうに辺りを見回して、

 

「………へえ?透明な結界か」

 

「ああ。兎の娘にも見えるようにな。審判をしてもらおうかと思ってな」

 

「へ?そんなの聞いてないのですよ!?というより黒ウサギには飛鳥さん達のギフトゲームの審判をするという大事な役目が」

 

「………そういえばそうだったな。なら今のは無しだ。故に汝には―――聞こえぬようにしよう」

 

「え?」と黒ウサギが疑問の声を洩らすと同時に、ローズは指を鳴らす。その刹那、結界全体に防音効果が生まれ結界外の音の一切を遮断する。

 黒ウサギが口を開けて何かを叫んでいるようだが、結界内に居るローズと十六夜には一切聞こえない。

 つまりこれで―――邪魔する者は誰一人として居なくなった。

 ローズは邪悪な笑みを浮かべるとニコリと笑い、

 

「じゃあ始めるとしようか少年。覚悟は良いな?」

 

「ああ。俺なら何時でもいいぜ」

 

 獰猛な笑みを浮かべて応じる十六夜。

「では」とローズが手を上げて、

 

「―――始め」

 

 今此処に、もう一つのギフトゲームの開戦の火蓋が切って落とされたのだった。




今度こそ、次回は十六夜VSローズ戦です。


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μ

『ギフトゲーム名〝龍の瞳に敵いし者〟

 

 ・プレイヤー一覧

 逆廻 十六夜

 

 ・勝利条件

 ホストマスターに一撃与える。

 

 ・敗北条件

 降参か、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・勝利報酬

 〝主催者〟の無限龍がプレイヤーに〝ウロボロスの瞳〟を贈呈する。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、逆廻十六夜にギフトゲームを開催します。

 〝ノーネーム〟無限の魔王 印』

 

 

 開始直後、先に動いたのは十六夜だった。

 爆撃音のような踏み込みと共に僅か数メートルの距離を一瞬で詰めると、ローズに第三宇宙速度で殴り掛かった。

 しかしそれをローズは苦もなく右手で軽く弾いて凌いでみせる。反撃はしてこない。

 ローズの舐めた態度に青筋を浮かべた十六夜は、容赦なく拳を乱打した。その一打一打は全て第三宇宙速度に匹敵する。

 けれどローズに焦りは無く、余裕な笑みを浮かべたまま全て弾いて凌いでいく。

 十六夜は数千数万と拳を乱打し続けたが、一向にローズに一打を与える事が出来ず次第に焦りを感じ始めてきた。

 そして「チッ」と舌打ちした十六夜は拳を引っ込めてローズの脇腹を蹴り抜こうと回し蹴りをする。

 だがその一蹴りをローズは跳躍することで回避し、眼下の十六夜をスッと細めて青白い焔のような瞳で見つめ、

 

「【フォティア】―――形状(スシマ)火の柱(ピロナ・ティス・フォティアス)

 

「………!?」

 

 無から火を生み出すと長さ二メートルの火柱に形作り、十六夜目掛けて放つ。

 不意打ちに十六夜は一瞬驚くが、すぐに冷静になると拳を握り締め、

 

「―――ハッ、しゃらくせえ!!」

 

 ローズの火柱を真正面から殴り付け消し飛ばした。

 それにローズは笑みを浮かべて、

 

「流石だな少年。ならば―――〝二の柱(デフテロス・ピロナス)〟」

 

 今度は両手に火柱を作り計二本の火柱を十六夜目掛けて放った。

 十六夜はそれを―――右腕を横一閃に振るうことで掻き消す。

 

「おいおい、こんなものじゃ俺は傷付かないぜ?」

 

「ふむ………そのようだな」

 

 十六夜の軽薄な笑みで言った言葉にローズは頷き、

 

「【フォティア】―――形状(スシマ)火の槍(ドリィ・ティス・フォティアス)

 

 新たに無から火を生み出して長さ三メートルの火槍に形作り、十六夜目掛けて放つ。

 大気を切り裂き、焼きながら迫る火槍を十六夜は、先程よりも力を籠めて殴り付けた。

 ローズの火槍は呆気なく砕け散り、火の粉を周囲に撒き散らす。

 

「ハハ、柱状だけじゃなくて槍状にも出来んのか」

 

「ああ。他にもまだまだ有るぞ?」

 

 十六夜の食い付きにニヤリと笑うローズは右手を前に出して、

 

「【フォティア】―――形状(スシマ)火の球(バレス・フォティアス・スト)

 

 また新たに無から火を生み出し、今度は直径十センチの火球を形作る。

 それを十六夜が見て興味深そうに笑い、

 

「へえ………今度は火球か」

 

「ふふ、それだけではないぞ?―――〝増殖(アナプティクシー)〟」

 

 ローズがそう告げた瞬間、火球の数が一から二、二から四、四から八、八から十六………と増えていき、気付いた時には十六夜の全方位を計百二十八個の火球が浮遊していた。

 それを確認した十六夜の頬に汗が伝う。

 

「増殖も出来るのか。………ってヤベッ!?」

 

「残念だが―――もう遅い」

 

 十六夜はローズが指を鳴らそうとした瞬間に跳び退こうとするが、一手遅かった。

 ローズは十六夜が跳び退くより速く指を鳴らす。するとそれが合図だったようで、計百二十八個の火球は一斉に爆発し、十六夜を巻き込んだ。

 立ち上る爆炎を眺めてローズは「やり過ぎたか?」と心配そうに呟いて、

 

「―――隙アリだ、龍ロリ!」

 

「―――ぬっ!?」

 

 爆撃音と共に爆炎を吹き飛ばしローズの眼前に飛び込んできた()()()十六夜が、第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度で殴り掛かった。

 それにローズは「ちぃ!」と初めて舌打ちし第三宇宙速度を超える―――()()()()()()で十六夜の拳を弾き、一回転して彼の背中を踵で蹴り抜いた。

 

「ガッ………!?」

 

 地面に叩き付けられた十六夜は、巨大なクレーターを作り苦悶の声を洩らす。

 ローズはゆっくりと十六夜の下へ降り立ち、

 

「してやられたぞ。よもや我に第四宇宙速度で動かざるを得なくさせるとは………天晴れだ少年」

 

「―――は?第四宇宙速度だと!?」

 

 十六夜は驚愕した。それもそのはず、第四宇宙速度は十六夜が出せる最高速度を以てしても、辿り着く事が出来ない程馬鹿馬鹿しい速さなのだから。

〝第三宇宙速度〟―――それは地球軌道に於ける太陽系脱出速度………秒速約三十キロ。

 対して〝第四宇宙速度〟は―――太陽系の位置に於ける銀河系脱出速度………秒速約三百キロ。

 第三と第四の宇宙速度ではおよそ()()()速度が違うのだ。

 十六夜は己とローズの走力の差を知って、けれども心地良い冷や汗を流す。

 

「………ハハ、マジか。なら龍ロリ。アンタの本気は―――()()()()()?」

 

「……………さあな」

 

 素っ気無く返すローズ。もしローズの本気が光速―――()()()()()()を凌駕するのなら、これは本気で十六夜に勝ち目は無いだろう。

 それもそのはず、〝第六宇宙速度〟は―――()()()()()脱出速度………秒速約三十万キロ。即ち―――第三宇宙速度のおよそ()()()を意味している。こうなれば最早速度で勝てる云々の次元ではないのだ。

 それを考えただけで十六夜の全身から嫌な汗が噴き出して止まらない。

 だが十六夜の心情を察したローズは首を振り、

 

「流石にそんな馬鹿馬鹿しい速さは出さぬよ。そんなことをしたら―――辺り一帯は消し飛ぶからな」

 

「………っ!!」

 

〝出せない〟ではなく、〝出さない〟と告げたローズに、十六夜は予想はしていたが絶句した。ローズは無限を司る龍神―――〝ウロボロス〟だ。限りの無い走力ならば、光速以上で動けても何の不思議もないのだから。

 ローズは地面にうつ伏せになってプルプルと震えている十六夜を見下ろし、

 

「どうした少年?汝はその程度の男ではないだろう?そんなに震えて―――怖じ気付いたか?」

 

 ローズのその言葉を聞いて十六夜は―――ブチッと血管がはち切れたような音がすると共に勢いよく立ち上がり、

 

「………ハッ、この震えは()()()()()。不巫戯たこと抜かしてんじゃねえぞ、()()()()()()()()()()―――ッ!!!」

 

 凄まじい怒りと殺気を放ち、鋭い眼光でローズを射貫く十六夜。

 そんな十六夜を満足そうに見つめてローズは笑い、

 

「くく、その意気や良し。ならば汝の最高の奥義を振り翳し―――我を楽しませてみせよ!」

 

 凶悪な笑みを浮かべて両手を広げて告げた。

 十六夜は「呵ッ!」と笑って、

 

「なら遠慮はしねえ。覚悟しな―――ローズッ!!」

 

「………!」

 

 十六夜に〝龍ロリ〟ではなく〝ローズ〟と名前で呼ばれたことに嬉しそうに笑うローズ。

 十六夜はそんなローズの胸中に気付くも、今はそんなことを気にしている暇はない、と自分に言い聞かせる。そして、

 

「―――これが俺の………全力だ!!」

 

 右腕を掲げる。その右手から極光が宿りローズの張っていた透明な結界内を極光が満たしていき―――結界を崩壊させた。

 結界崩壊後、黒ウサギは結界があった場所に足を踏み入れて十六夜の下へ駆け寄る。

 

「十六夜さん!先程の光は一体何だったのですか!?」

 

「あん?」

 

 黒ウサギの声に反応して十六夜が振り返る。その十六夜の胸元には―――気を失っているローズがお姫様抱っこされていた。

 それに黒ウサギはキョトンとした表情で十六夜を見つめ、

 

「えーと………これはどういう状況で御座いますか?」

 

「ああ。簡単に言うと―――俺が光の柱(とっておき)を解放して、それをローズが受け止めようとしたが受け止め切れず串刺し。そのまま光に呑まれて消えたかと思ったら()()()再生して眠り姫状態―――んで今に至るわけだ」

 

「………はい?」

 

 黒ウサギは十六夜が何を言ってるのか分からず瞳を二度三度と瞬かせる。十六夜が取って置きでローズを一度消し飛ばして且つ彼女は無から復活した?と。

 十六夜はまあそういう反応をするだろうとは思ってたけどな、と内心で思っていると、

 

「………う………ん、」

 

「お?やっと起きたか」

 

 ローズが小さな声を洩らしゆっくりと閉じていた瞼を開けた。

 十六夜はそんなローズの顔を覗き込んでニヤニヤと笑い、

 

薔薇(ローズ)ならぬ茨姫かよアンタは」

 

「………ん、ふむ。我は茨姫などではないが………そうか。我は一度―――()()()のだな?」

 

 ローズの問いに十六夜は頷いて答える。

 

「ああ。それはもう見事に消滅してたぜ?だがまあ流石は〝無〟の存在でも在るウロボロスだな。彼処から復活するとかオマエはどんだけデタラメな龍神様だよ」

 

「ふふ、デタラメ加減では汝には言われたくないな。それはそうと少年。汝という若輩者にお姫様抱っこされるのはその………如何に龍たる我でも恥ずかしいのだが」

 

「へえ?そいつは良いことを聞いた。つか恥ずかしいも何もお姫様抱っこされたのこれが初めてだろ?何事も経験は積んでおくべきだぜローズ」

 

「ふ、む。確かにそうかもしれぬな少年―――いや、十六夜。ならば此処は知識通りに汝の首に手を掛けさせてもらおうかな」

 

 頬を微かに赤らめて照れ臭そうに笑いながら十六夜の首に手を掛けるローズ。

 そんなローズを見下ろして意外に可愛いところも有るんだな、と素直に感心する十六夜。先の偉そうな態度とはまるで違っていたのだからだ。

 一方で黒ウサギは十六夜にお姫様抱っこされてるローズを羨望な眼差しで見つめていると、

 

「ほう。我がそんなに羨ましいか、兎の娘よ?何なら変わってやっても良いぞ?」

 

「へ?く、黒ウサギは別に―――ひゃあ!?」

 

 ローズに図星を突かれて黒ウサギがちょっぴり照れ臭そうに否定しようとした瞬間、ローズの居る位置と黒ウサギの居る位置が何の脈絡もなく入れ換わった。

 悲鳴を上げる黒ウサギ。それもそのはずローズはさっきまで十六夜にお姫様抱っこされていたのだ。入れ換わったということは―――現在は黒ウサギが十六夜にお姫様抱っこされた状態になっているのだ。

 十六夜はこの状況にニヤリと笑い、

 

「(おお、こいつは役得だな)」

 

 などと内心で呟きながら、この素晴らしい魔術(サプライズ)をしてくれたローズに感謝する十六夜。

 ローズはどうだと言わんばかりのしたり顔でほくそ笑んでいた。

 黒ウサギは赤面しながらも十六夜の顔を見上げておずおずと訊いた。

 

「あ、あの………十六夜さん。黒ウサギはその………重くは無いですか?」

 

「あん?何言ってんだ黒ウサギ。俺がお前を抱き上げて重いとでも言うと思うか?」

 

「………そ、そうで御座いますね。黒ウサギの考えすぎでした」

 

 ウサ耳までも紅潮させながら返す黒ウサギ。恥ずかしそうに視線を十六夜から逸らしながら。

 そんな黒ウサギを見下ろしていた十六夜はふと悪戯心が芽生えて、

 

「あ、悪い。やっぱ重いわ。痛ててて腕の骨が折れそうだぜこいつは………!」

 

「ええ!?そ、それは大変で御座いますね!?今すぐ黒ウサギは退きますから―――!」

 

「っておい黒ウサギ!そんなに暴れられると体勢が崩れ―――うおっ!?」

 

「へ?何ですか十六夜さ―――きゃあ!?」

 

 ドサドサッ!と二人は縺れ合うようにその場に倒れ込んだ。そして黒ウサギが十六夜を組み敷いた状態で腹部に乗っかり、両手は十六夜の頭を挟むような形で地面を突き―――二人の顔の距離は僅か数十センチしか無かった。

 これには黒ウサギの髪までもが桃色に染まってボンッ!と頭から煙を噴出させる。

 

「(これは………またしても役得だな)」

 

 一方の十六夜はそんなことを内心で呟きながらしたり顔でほくそ笑む。

 黒ウサギは慌てて十六夜の上から跳び退くと、ローズに視線を向けて訊いた。

 

「そ、それはそうとローズさん!十六夜さんが試練をクリアなさったのでしたら〝恩恵(ギフト)〟の授与を行いませんと………!」

 

「くく、そうだったな。十六夜は我が試練を無事クリアしたのだから―――我が瞳をくれてやらねばな」

 

 喉を鳴らしながら笑うローズは、そう言って自らの左目をくり貫こうと手を持っていき、

 

「ってちょっと待って下さいませローズさん!?まさか今から目玉をくり貫くおつもりじゃ」

 

「無いぞ。今のは冗談だ。昨日のうちに既に我が瞳は一個抉り取っておいてある。十六夜ならば必ずや我の試練を成し遂げてくれると踏んでいたからな」

 

「………そ、そうでございますか」

 

 それを聞いて安堵するが、表現がグロテスクで御座いますけどね!とも内心で叫ぶ黒ウサギ。

 ローズは起き上がった十六夜の下へ歩み寄り、

 

「では十六夜よ。汝のギフトカードを此処に。恩恵の授与を執り行おうじゃないか」

 

「あいよ」

 

 十六夜は己のギフトカードをローズに手渡し、ローズがそれを受け取ると―――十六夜のギフトカードが一瞬だけ光り輝いた。

 そしてローズからギフトカードを返してもらった十六夜は、早速それを覗き込む。

 そこには〝正体不明(コード・アンノウン)〟の隣には―――〝ウロボロスの瞳〟が刻まれていたのだった。



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ν

 十六夜に勝利報酬を与え終えたローズ。そのすぐ後にゲーム終了を告げるように、木々は一斉に霧散した。

 樹によって支えられていた廃屋が倒壊していく音を聞いて三人は一目散に走り出す。

 

「おい、そんな急ぐ必要ねえだろ?」

 

「大有りです!黒ウサギの聞き間違いでなければ、耀さんはかなりの重傷のはず……!」

 

「黒ウサギ!早く此方に!耀さんが危険だ!」

 

 風より速く走る三人は瞬く間にジン達の元に駆け付けた。廃屋に隠れていたジンは三人を呼び止める為に叫ぶ。黒ウサギは耀の容体を見て思わず息を呑んだ。

 

「すぐ治癒しないと耀さんの命が危険です……ローズさん、お願い出来ますか?」

 

「無論だ。すぐに耀の傷を癒そう」

 

 ローズはそう言って耀の負傷した右腕に右手を翳し、

 

時間の鎖(クロノス・ティス・アリシダス)―――形式(モルフィ)復元(アポカタスタシ)

 

 その手に円環状の漆黒の魔法陣が展開されると、そこから螺旋状の黄金の鎖が出現し、耀の右腕に巻き付く。すると耀の傷はみるみるうちに塞がり、更に血色も良くなっていった。

 完治した耀を見てローズは黄金の鎖を消して黒ウサギに振り向く。

 

「ふむ、これで良し。これで耀の傷は完治した。もう大丈夫だぞ」

 

「あ、ありがとうございますローズさん!」

 

 黒ウサギはローズに御礼を言って耀の容体を再確認し、スヤスヤと寝息を立てている彼女を見て安堵した。

 それを見ていた十六夜が「ヤハハ」と笑ってローズを見つめ、

 

「さっきの鎖は何だ?つか〝クロノス〟って聞こえた気がしたが………気のせいか?」

 

「気のせいではないぞ十六夜。時間神(クロノス)は〝時〟を神格化させたある者が創作した神だからな。汝は間違えぬと思うが、発音が似ているから混同されがちなギリシャ神話に登場する農耕神(クロノス)とは全くの別の神だよ」

 

「ああ。一説によると時間神(クロノス)混沌神(カオス)から生じた原初神とかいう話も在るらしいな」

 

「ほう。よく知っているな。そして我の時間の鎖(クロノス・ティス・アリシダス)は、これが巻き付いた()()()()()()()()ことが出来る代物だ。早めたり遅めたり止めたり巻き戻したり………と、時に関しては万能な鎖だ」

 

 ローズが淡々と説明すると、十六夜は「へえ?」と瞳を怪しく光らせて、

 

「つまり対象の時間経過を一気に早めちまえば、寿命がある人間様は一瞬で化石になるってことか」

 

「そういうことになるな。まあ、我はそんな方法より混沌で呑み込んで痛みを感じさせることもなく屠る方が好みだが」

 

「………そうかい」

 

 然り気無く恐ろしいことを言うローズに、十六夜は冷や汗を流した。

 その後は、飛鳥が来て耀の傷が完治していたことに驚き、治癒したのがローズだと黒ウサギから教えてもらうと更に驚愕し、

 

「ローズさんが春日部さんの傷を治してくれたの!?だって無理したら治さないって言ってたのに」

 

「ああ、あれは嘘だ。ああでも言わぬ限り汝らは無理をすると思っていたのでな」

 

「そ、そう………春日部さんの傷を治してくれてありがとう、ローズさん」

 

 脱力したようにガクリと肩を落とす飛鳥。けれども御礼は忘れずに言うとローズは「うむ」と返してニヤリと笑った。

 その後は十六夜とジンを筆頭に、〝フォレス・ガロ〟に奪われた誇り―――〝名〟と〝旗印〟の返還を行い、最後に〝ノーネーム〟は〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティであることを伝えると、激励の言葉を贈られ一先ず作戦は成功を収めたのだった。

 

 

ν

 

 

 本拠に戻った一同は、眠っている耀を飛鳥とジンが運び、目が覚めるまで見守ることにした。

 一方の十六夜・ローズ・黒ウサギの三人は、本拠の三階に在る談話室で、仲間が景品に出されるゲームのことを話していたのだが、

 

「ゲームが延期?」

 

「はい………申請に行った先で知りました。このまま中止の線も有るそうです」

 

 黒ウサギはウサ耳を萎れさせ、口惜しそうに顔を歪めて落ち込む。

 十六夜は肩透かしを食らったようにソファーに寝そべった。

 

「なんてつまらない事をしてくれるんだ。白夜叉に言ってどうにかなら無いのか?」

 

「どうにもなら無いでしょう。どうやら巨額の買い手が付いてしまったそうですから」

 

 それを聞いて十六夜の表情が目に見えて不快そうに変わった。するとローズが妙案を思い付いたように人差し指を立てて、

 

「ならば今こそ白夜叉に兎の娘を贈呈せねばな。さすれば彼女も嬉々として我らの要求に応じてくれよう」

 

「へ?」

 

「おお、それはナイスアイデアだローズ!」

 

「何がナイスアイデアですか嫌に決まってるのですよこの御馬鹿様方ッ!!!」

 

 スパパァーン!と黒ウサギのハリセンが十六夜とローズの頭に奔る。

「くく」と笑うローズと、ケラケラ笑う十六夜。だが十六夜は本題に戻って「チッ」と盛大に舌打ちし、

 

「所詮は売買組織ってことかよ。エンターテイナーとしちゃ五流も良いところだ。〝サウザンドアイズ〟は巨大なコミュニティじゃなかったのか?プライドはねえのかよ」

 

「仕方が無いですよ。〝サウザンドアイズ〟は群体コミュニティです。白夜叉様のように直轄の幹部が半分、傘下のコミュニティの幹部が半分です。今回の主催は〝サウザンドアイズ〟の傘下コミュニティの幹部、〝ペルセウス〟。双女神の看板に傷が付く事も気にならない程のお金やギフトを得れば、ゲームの撤回ぐらいやるでしょう」

 

 諦めたように言う黒ウサギ。それに「ふむ」と顎に手を当てて考え込んだローズは頷き、

 

「ならばその〝ペルセウス〟とやらのコミュニティに殴り込みに行くか。ギリシャ神話の英雄たるペルセウスの名を汚す腑抜け共の根性を叩き直しに行こうではないか十六夜」

 

「え?」

 

「よし、乗った!根性叩き直しに行くんだし、少しくらい派手に暴れても良いよな?」

 

「うむ、我が許す。存分に」

 

「暴れさせるかこの御馬鹿様方あああああああッ!!!」

 

 ズパパァーン!と黒ウサギの割と本気なハリセンが二人の頭を叩きのめす。

 それを受けて十六夜は何事も無かったかのように話を戻し、

 

「まあ、次回を期待するか。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ?」

 

「そうですね………一言でいえば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の光でキラキラするのです」

 

「へえ?よく分からんが見応えは有りそうだな」

 

「それはもう!加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くに居るのならせめて一度お話ししたかったのですけど………」

 

「ふむ。ならば話せば良いぞ兎の娘。さっきから我らを窓の外から窺っているあの―――金髪の小娘にな」

 

 ローズの意味深な発言に「え?」と窓の外へ視線を向ける黒ウサギと十六夜。

 それと同時にローズが指を鳴らすと、勝手に窓の錠が外れ開いた。

 それに窓の外で浮いていた金髪の少女はきょとんとしながら、どういう仕組みだ?と小首を傾げる。

 一方の黒ウサギはその人物を目にして瞳を見開かせた。

 

「レ、レティシア様!?」

 

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分。〝箱庭の貴族〟ともあろうものが、モノに敬意を払っていては笑われるぞ」

 

 レティシアと呼ばれた金髪の少女は苦笑しながら談話室に入る。

 美麗な金の髪を特注のリボンで結び、紅いレザージャケットに拘束具を彷彿させるロングスカートを着た少女だ。

 

「こんな場所からの入室で済まない。ジンには見付からずに黒ウサギと会いたかったんだ」

 

「そ、そうでしたか。あ、すぐにお茶を淹れるので少々お待ち下さい!」

 

 黒ウサギは小躍りするようなステップで茶室に向かう。レティシアに会えたことが余程嬉しかったのだろう。

 レティシアはスッとローズに視線を向けて、

 

「君が白夜叉と決闘して圧勝したローズか。本当に髪は虹色なのだな。………しかし上手く気配を消していたはずだったんだが。こうも簡単に見付けられてしまうとは」

 

「ふふ、我を欺きたければ何か強力な隠者系の恩恵(ギフト)を使うんだな、幼き娘」

 

「ああ。今度からはそうさせてもらうよ。………といってもそんなギフトは生憎持ち合わせてないが。―――いや待て、幼いとは似たような容姿の君には言われたくないのだがな」

 

 ローズの提案に苦笑するレティシア。だがふと十六夜の奇妙な視線に気付いてレティシアは小首を傾げる。

 

「どうした?私の顔に何か付いているか?」

 

「別に。前評判通りの美人………いや、美少女だと思って。目の保養に観賞してた」

 

 十六夜の真剣な回答にレティシアは心底楽しそうな哄笑で返す。

 口元を押さえながら笑いを噛み殺し、なるべく上品に装って席に着いた。

 

「ふふ、成る程。君が十六夜か。白夜叉の話通り歯に衣着せぬ男だな。しかし観賞するなら黒ウサギも負けてないと思うのだが。あれは私と違う方向性の可愛さが有るぞ」

 

「あれは愛玩動物なんだから、観賞するより弄ってナンボだろ」

 

「「ふむ。否定はしない」」

 

「否定して下さい!―――というよりローズさんがレティシア様と初対面なはずなのに息ピッタリなのですよ!?」

 

「これぞ龍の為せる業だ」

 

「そんなわけあるかっ!」

 

「くく」と笑って答えるローズに、思わず語調を崩してツッコミを入れる黒ウサギ。

 そんな二人をレティシアが笑いを噛み殺しながら眺めて、

 

「ローズも虹色の髪や妖精めいた美貌に透き通った白い肌、青白い焔のような瞳と見応え有りそうだが………その辺はどうなんだ十六夜?」

 

「ああ。確かにローズも見応えはある。黒ウサギが愛玩動物なら、ローズは愛玩人形かな。だが生憎ローズは俺の倒すべき目標だからな。観賞するより決闘がしたいくらいだ」

 

「そ、そうか」

 

 十六夜の返答に顔を引き攣らせるレティシア。あの白夜叉を追い詰めたローズと戦いたいとは、凄い闘争心だな、とレティシアは思った。

 黒ウサギは「それはそうと」と話を戻し、

 

「レティシア様はどのような用件で要らしたのですか?」

 

「ん?ああ、用件というほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか、それを見に来たんだ。ジンに会いたくないというのは合わせる顔がないからだよ。お前達の仲間を傷付ける結果になってしまったからな」

 

「ふむ。やはりあの木々の鬼化は汝の仕業で有ったか―――吸血鬼の娘よ?」

 

 ローズの指摘に黒ウサギはハッと思い出す。予想はしていたが、鬼化していた木々はやはりレティシアのものだった。

 鬼種の中でも個体が少ない一つとされる吸血鬼の純血。

 箱庭創始者の眷属であるウサギが〝箱庭の貴族〟と呼ばれるように。

 箱庭の世界でのみ太陽を浴びられる彼らは〝箱庭の騎士〟と称される。

 彼らの齎す恩恵はあらゆる儀式過程を省き、互いの体液を交換し合う事で鬼種化を成立させる事が出来る。この恩恵を受けた者は吸血鬼として食人の気を持つ事になるが、〝純血〟以外の吸血鬼に血を吸われても鬼種化する事は無い。

 よって血に飢えた者は独自にギフトゲームを開催し、参加者からチップとして吸血を行う。箱庭で人と吸血鬼が共存出来るのは互いにこのルールを尊重しているからだ。

 太陽の光を浴び、平穏と誇りを胸に生活出来る箱庭を守る姿から、吸血鬼の純血は〝箱庭の騎士〟と呼び称される存在となったのだ。

 

「吸血鬼?成る程、だから美人設定なのか」

 

「は?」

 

「え?」

 

「………ほう?」

 

「いや、いい。続けてくれ」

 

 十六夜はヒラヒラと手を振って続きを促す。

 

 

「実は黒ウサギ達が〝ノーネーム〟としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、何と愚かな真似を………と憤っていた。それがどれだけ茨の道か、お前が解っていないとは思えなかったからな」

 

「……………」

 

「コミュニティを解散するよう説得する為、漸くお前達と接触するチャンスを得た時………看過出来ぬ話を耳にした。神格持ちのギフト保持者と神格級のギフト保持者が、黒ウサギ達の同士としてコミュニティに参加したとな」

 

 黒ウサギの視線が反射的にローズと十六夜に移る。恐らく白夜叉にでも聞いたのだろう。

 

「そこで私は一つ試してみたくなった。その新人達がコミュニティを救えるだけの力を秘めているのかどうかを」

 

「結果は?」

 

 黒ウサギが真剣な双眸で問うと、レティシアは苦笑しながら首を振った。

 

「生憎、ガルドでは当て馬にもならなかったよ。ゲームに参加した彼女達はまだまだ青い果実で判断に困る。ローズの実力は白夜叉から聞いたから分かるが、君の実力はまだなんだよ」

 

 レティシアはそう言って十六夜に視線を向ける。それに気付いた十六夜はニヤリと笑い、

 

「へえ?つまりアンタは俺の実力が見たいと言いたいんだな?」

 

「そういうことになるな。………だがそれを知る機会は失われて―――」

 

「方法なら有るぜ」

 

「何?」

 

 レティシアが眉を寄せると、十六夜はスッと立ち上がり告げた。

 

「実に簡単な話だ。アンタは俺の実力が魔王を相手に戦えるか知りたいんだろ?―――ならその身で、その力で試せばいい。どうだい、元・魔王様?」



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ξ

 レティシアは十六夜のその言葉を聞いて一瞬唖然としたが、すぐに哄笑に変わった。弾けるような笑い声を上げたレティシアは、涙目になりながら立ち上がる。

 

「ふふ………成る程。それは思いつかなんだ。実に分かりやすい。下手な策を弄さず、初めからそうしていればよかったなあ」

 

「ちょ、ちょっと御二人様?」

 

「ゲームのルールはどうする?」

 

「どうせ力試しだ。手間暇掛ける必要も無い。双方が共に一撃ずつ撃ち合い、そして受け合う」

 

「地に足を着けて立っていたものの勝ち。いいね、シンプルイズベストって奴?」

 

 笑みを交わし二人は窓から中庭へ同時に飛び出した。

 開け放たれていた窓は二人を遮る事無く通す。窓から十間程離れた中庭で向かい合う二人は、天と地に位置していた。

 

「へえ?箱庭の吸血鬼は翼が生えてるのか?」

 

「ああ。翼で飛んでいる訳では無いがな。………制空権を支配されるのは不満か?」

 

「いいや。ルールにはそんなの無かったしな」

 

 飄々と肩を竦める十六夜。それに「ほう」とレティシアは感心する。

 

「(成る程。気構えは十分。後は実力が伴うか否か………!)」

 

 満月を背負うレティシアは微笑と共に黒い翼を広げ、己のギフトカードを取り出した。

 金と紅と黒のコントラストで彩られたギフトカードを見た黒ウサギは蒼白になって叫ぶ。

 

「レ、レティシア様!?そのギフトカードは」

 

「下がれ黒ウサギ。力試しとはいえ、コレが決闘である事に変わり無い」

 

 ギフトカードが輝き、封印されていたギフトが顕現する。

 光の粒子が収束して外殻を作り、突然爆ぜたように長柄の武具が現れる。

 

「互いにランスを一打投擲する。受け手は止められねば敗北。悪いが先手は譲ってもらうぞ」

 

「好きにしな」

 

 投擲用に作られたランスを掲げ、

 

「ふっ―――!」

 

 レティシアは呼吸を整え、翼を大きく広げる。全身を撓らせた反動で打ち出すと、その衝撃で空気中に視認出来る程巨大な波紋が広がった。

 

「ハァア!!!」

 

 怒号と共に放たれた槍は瞬く間に摩擦で熱を帯び、一直線に十六夜に落下していく。

 流星の如く大気を揺らして舞い落ちる槍の先端を前に、十六夜は牙を剥いて笑い、

 

「カッ―――しゃらくせえ!」

 

 

 殴り付けた。

 

 

「「―――は………!??」」

 

「ふむ。やはり受け止めずに殴って返すか」

 

 素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。ただ一人冷静に呟き十六夜を見るローズ。

 鋭利に研ぎ澄まされ、大気の壁を易々突破する速度で振り落とされた槍は、鋭い尖端も巧緻に細工された柄も、たった一撃で拉げて只の鉄塊と化し、宛ら散弾銃のように無数の凶器となってレティシアに向けられたのだ。

 

「(ま、不味い………!)」

 

 何と馬鹿馬鹿しい破壊力。これは受けられないから避けなければ。

 しかし思考に体が追い付かない。否、追い付いても意味が無い。

 鬼種の純血である彼女なら、たかが銃弾如きなら振り払う事も出来ただろう。しかし第三宇宙速度に匹敵する馬鹿馬鹿しい速度で迫る凶弾を退ける事など、今の彼女には不可能だった。

 

「―――少しは加減したらどうだ十六夜よ」

 

「………は?」

 

 レティシアの眼前に突如音も無く現れたローズが眼下の十六夜に呆れたような声音で言う。

 そして第三宇宙速度で迫る凶弾を苦もなく全て叩き落とし、レティシアを抱き抱えて虚空へと消え―――次の瞬間には十六夜の眼前に現れていた。

 

「うおっ!?いきなり目の前に現れるなよローズ!」

 

「知るか。汝が吸血鬼の純血相手に加減せぬのが悪い。それより吸血鬼の娘、怪我は無いか?」

 

「あ、ああ………君が助けてくれたから私は平気だ」

 

 ローズに心配されてレティシアは苦笑で返す。彼と私とでは随分と温度差が違うな、と。

 ローズがレティシアを降ろすと、窓から飛び出してきた黒ウサギが駆け寄ってきて、

 

「ローズさん!先程のは一体何なのですか!?まるで空間跳躍したように黒ウサギには見えたのですが」

 

「ん?ああ。あれも魔術だぞ兎の娘。空間制御の魔術で()()()()()()()()()()()()()()だけに過ぎぬよ」

 

「………そ、そうでしたか」

 

 どちらにしろ凄い魔術ですけどね!と内心で叫ぶ黒ウサギ。

 レティシアも驚きローズをまじまじと見つめる。十六夜は「へえ?」と瞳をキラリと光らせて、

 

「時間が掛からないってことはつまり―――光速以上で移動可能ってことか」

 

「そうなるな。但し、一瞬で移動出来るというだけで、肉体には同じ距離を徒歩で移動したのと同じだけの負担が掛かる。………まあ、我には関係の無い話だが」

 

「ヤハハ、ローズは〝無限〟の存在だからな。疲労とか有って無いようなものだろ」

 

「如何にも。………だからといって我を便利な交通手段に用いろうなどと思うなよ十六夜?それは我との決闘に勝利し、隷属出来たらにしろ」

 

「あいよ。早速お嬢様達にも〝便利な交通手段を見付けたぜ!〟と言いふらしに行くか」

 

(ひと)の話を聞け戯け」

 

 ケラケラと笑う十六夜。ローズはやれやれだな、と溜め息を吐いた。

 一方の黒ウサギは、レティシアがローズ達の話に耳を傾けている隙に、彼女のギフトカードを掠め取る。

 

「な、何をする黒ウサギ!」

 

 それに気付いたレティシアは黒ウサギを睨み付けるが、黒ウサギは無視してレティシアのギフトカードを見つめ震える声で向き直る。

 

「ギフトネーム・〝純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)〟………やっぱり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残っていない」

 

「っ………!」

 

 さっと目を背けるレティシア。それを聞いて十六夜は白けたような呆れた表情で肩を竦ませた。

 

「何だよ。もしかして元・魔王様のギフトって、吸血鬼のギフトしか残ってねえの?」

 

「………はい。武具は多少残して在りますが、自身に宿る恩恵(ギフト)は………」

 

「チッ」と隠す素振りも無く十六夜は盛大に舌打ちした。

 

「ハッ。道理で歯応えが無いわけだ。他人に所有されたらギフトまで奪われるのかよ」

 

「いいえ………魔王がコミュニティから奪ったのは人材であってギフトでは有りません。武具などの顕現しているギフトと違い、〝恩恵〟とは様々な神仏や精霊から受けた奇跡、云わば魂の一部。隷属させた相手から合意無しにギフトを奪う事は出来ません」

 

「ふむ。つまり吸血鬼の娘は―――自ら魔王にギフトを差し出したということか?」

 

「………っ、」

 

 ローズの指摘に苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らすレティシア。黒ウサギも苦い顔で問う。

 

「レティシア様は鬼種の純血と神格の両方を備えていた為〝魔王〟と自称する程の力を持てたはず。今の貴女は嘗ての十分の一にも満ちません。どうしてこんなことに………!」

 

「………それは」

 

 言葉を口にしようとして飲み込む仕草を幾度か繰り返すレティシアだったが、打ち明けるには至らず、口を閉ざしたまま俯いてしまった。

 十六夜は頭を掻きながら鬱陶しそうに提案する。

 

「まあ、あれだ。話があるなら取り敢えず屋敷に戻ろうぜ」

 

「………そう、ですね」

 

 黒ウサギとレティシアは沈鬱そうに頷き、中庭から屋敷に戻ろうとした。が、それをローズが右手で制し、

 

「その前に―――()()()()()駆逐せねばな」

 

「「「は?」」」

 

 ローズの意味深な発言に疑問の声を洩らす黒ウサギ達三人。だがその刹那、遠方から褐色の光が四人に射し込んだ。

 

「あの光………ゴーゴンの威光!?不味い、見付かった!」

 

 焦燥の混じった声と共に、レティシアは光から庇うように三人の前に立ち塞がる。

 光の正体を知る黒ウサギは悲痛の叫びを上げて遠方を睨んだ。

 

「ゴーゴンの首を掲げた旗印………!?だ、駄目です!避けて下さいレティシア様!」

 

「兎の娘の言う通りだぞ、吸血鬼の娘。石化は不死たる吸血鬼にとって天敵だが」

 

 ローズはレティシアの手首を掴んで引き寄せ、代わりにローズが前に出てつまらなそうな瞳で褐色の光を見据え、

 

「下らぬ。劣化品(レプリカ)では我を石には出来ぬぞ?」

 

 そう言って左腕を横一閃して、褐色の光を掻き消した。

 

「「―――……は!?」」

 

「「「「「ば、馬鹿なッ!!?」」」」」

 

「………へえ?」

 

 その光景に素っ頓狂な声を上げる黒ウサギとレティシア。ゴーゴンの威光を放った者達とおぼしき人影が有り得ない、という風な声を上げる。十六夜だけは面白そうなものが見れたとばかりに、嬉々とした笑みでローズの背を見つめる。

 ローズは見上げて、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男達を一人一人指差して数えていき、

 

「………ふむ。人数はおよそ百人か。汝らの掲げた旗印を見ると、ゴーゴンの首は―――ペルセウス座に位置する恒星のことだ。つまり汝らは〝ペルセウス〟のコミュニティの者だな?」

 

「なっ!?」

 

「そして汝らの目的は逃亡した吸血鬼―――即ちこの娘か。不法侵入してまで奪還しに来たところを見ると、余程重要な取引と見受けられるな」

 

「そ、そうだ!我々は〝ペルセウス〟の者で、その吸血鬼は大事な取引材料だ!だからさっさと返してもらおうか小娘ッ!」

 

 ローズに次々と看破されて冷や汗を流す〝ペルセウス〟の騎士達。だが彼女が自分達の目的を把握済みなら話が早いと、すかさずレティシアを要求した。

 ローズは「ふむ」と顎に手を当てて考え込むと、数秒後黒ウサギに向き直り、

 

「どうする、兎の娘?〝ペルセウス〟の()()達は吸血鬼の娘を所望しているが」

 

「ぼ、坊や………?だ、駄目です!レティシア様は彼らには渡しません!断固拒否しますッ!!」

 

「く、黒ウサギ!?」

 

 黒ウサギの返答を聞いてぎょっとするレティシア。ローズは「うむ」と頷くと視線を上空にいる騎士達に戻す。

 

「残念だが、我らの〝愛玩動物黒ウサギ☆〟が吸血鬼の娘を渡さぬそうだ。故に汝らには悪いが帰ってくれ」

 

「何ですかその不巫戯た名称は!?普通に黒ウサギでいいのですよ!」

 

 悪ふざけするローズに怒る黒ウサギ。十六夜はそれを聞いて真剣な表情で考え込み、

 

「〝愛玩動物黒ウサギ☆〟………か。いいな、それ」

 

「十六夜さんも真剣な表情で考え込んどいてそれですか!?いい加減にするのですよこの御馬鹿様方ッ!!!」

 

 スパパァーン!と黒ウサギのハリセンがローズと十六夜の頭に奔る。それをレティシアが何やってんだか、といった感じで三人を呆れた表情で眺めていると、

 

「ふ、不巫戯るなッ!そんな要求、我々〝ペルセウス〟が承諾すると思ったか!?」

 

 騎士の一人がそう言ってローズ達を睨み付ける。伝染するように他の騎士達も口々に罵詈雑言を吐き捨てる。

 

「そもそも、何故我らが〝名無し〟風情の言うことを聞かなければならんのだ!」

 

「そうだ!貴様らこそ大人しく我らの要求に応じろ、〝名無し〟のクズが」

 

「な、何ですって………!?」

 

 彼らの態度にキレた黒ウサギは懐からギフトカードを取り出そうとして、ローズに制された。

 

「ほう?つまり交渉決裂というわけか。………ならば致し方無い」

 

 ローズはスッと瞳を細めて凶悪な笑みで騎士達を見上げ、

 

「汝らが力ずくで奪いに来い。我が相手になろう」

 

「「は?」」

 

「フン。戦うというのか?」

 

「愚かな。自軍の旗も守れなかった〝名無し〟など我等の敵では無いぞ」

 

「恥知らず共め。我らが御旗の下に成敗してくれるわ!」

 

 口々に罵り猛る騎士達。彼らはゴーゴンの旗印を大きく掲げると、陣形を取るように広がる。

 それをローズは「くく」と笑って、

 

「無理だな。汝らでは―――」

 

「何!?―――ガッ!?」

 

 怒号を上げた騎士を始め、次々と地上に落下していく〝ペルセウス〟の騎士達。酷いものはローズの攻撃を受けて気絶してしまっている。

 辛うじて意識が有るもの達が何とか起き上がってローズを睨み付け、

 

「き、貴様………我らに何をした!」

 

「何をと言われてもな。我はただ―――空間制御の魔術で汝らの()()()()()()()()()()()に過ぎぬよ」

 

「は!?空間制御の魔術だと!?」

 

「ば、馬鹿な!そんな高度な魔術を使える奴が〝名無し〟に居るなんてルイオス様から聞いてないぞ!?」

 

 空間制御の魔術と聞いて驚愕する騎士達。そんな彼らをしたり顔でほくそ笑みながら見下ろし、

 

「ふむ。加減はするものではないな。済まぬが起きている奴らを気絶(つぶ)しておいてくれ、十六夜」

 

「あいよ」

 

 十六夜は「ヤハハ」と笑って地を駆け、辛うじて意識を保っていた騎士達に順番に止めを刺していく。

 数秒後には騎士達(かれら)は一人残らず倒されており、静寂が訪れた。

 ローズは「うむ」と頷いて騎士達を紐で縛っている十六夜を見つめ、

 

「残飯処理させてるみたいで済まぬな十六夜」

 

「いや、多少は暴れられたし俺は構わねえよ」

 

「そうか。なら良かった」

 

 十六夜の言葉を聞いて安堵するローズ。黒ウサギ達に振り返り、

 

「………ん?どうした汝ら?」

 

「ど、どうしたもこうしたも有りません!彼らを気絶させてどうなさるおつもりですか!」

 

「別にどうもしないぞ。奴らは目障りだったから強制退場させただけに過ぎぬよ。―――というよりもこうでもしない限りその吸血鬼の娘は守れんだろう?」

 

「う、それは………そうですが」

 

 レティシアを渡さないと決定したのは黒ウサギだった為、言葉に詰まる。

 そのレティシアは「はあ」と深い溜め息を吐き、

 

「私を守ってくれた事には感謝するが………これからどうするんだ?」

 

「ああ。それは―――」

 

「白夜叉に詳しい事情を聞きに〝サウザンドアイズ〟に行く―――だろ?」

 

 十六夜がそう言うとローズは頷き、

 

「というわけだ。兎の娘は飛鳥達を呼びに行ってくれ。すぐに向かうのでな」

 

「は、はいな!」

 

 黒ウサギは頷き本拠へと駆けて行く。その後、耀も起きていたので、十六夜・黒ウサギ・ローズ・レティシアに加え、飛鳥・耀・ジンの計七人は〝サウザンドアイズ〟へ向かうのだった。



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ο

「うわお、ウサギじゃん!うわー実物初めて見た!噂には聞いていたけど、本当に東側にウサギが居るなんて思わなかった!つーかミニスカにガーターソックスって随分エロいな!ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三食首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 

 そう言って亜麻色の髪の男―――ルイオスは地の性格を隠す素振りも無く、黒ウサギの全身を舐め回すように視姦してはしゃぐ。

 黒ウサギは嫌悪感でさっと脚を両手で隠すと、飛鳥も壁になるよう前に出た。

 

「これはまた………分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私達の物よ」

 

「そうですそうです!黒ウサギの脚は、って違いますよ飛鳥さん!!」

 

 飛鳥の突然の所有宣言に慌ててツッコミを入れる黒ウサギ。

 そんな二人を見ながら、十六夜は呆れながらも溜め息を吐く。

 

「そうだぜお嬢様。この美脚は既に俺の物だ」

 

「そうですそうですこの脚はもう黙らっしゃいッ!!!」

 

「違うぞ十六夜、飛鳥。兎の娘は我らの〝愛玩動物黒ウサギ☆〟であろう?」

 

「「「そうだった!」」」

 

「またそれですか!?もう本当に黙らっしゃいッ!!!」

 

「良かろう、ならば〝愛玩動物黒ウサギ☆〟を言い値で」

 

「売り物じゃあ・り・ま・せ・ん!あーもう、真面目なお話をしに来たのですからいい加減にして下さい!黒ウサギも本気で怒りますよ!!」

 

「馬鹿だな。怒らせてんだよ」

 

「何を今更。汝を怒らせる為に不巫戯ているに決まっておる」

 

 スパパァーン!と黒ウサギのハリセンが十六夜とローズの頭に奔る。

 肝心のルイオスは完全に置いてけぼりを食らっていた。

 六人のやり取りが終わるまで唖然と見つめ、唐突に笑い出した。

 

「あっはははははははは!え、何?〝ノーネーム〟っていう芸人コミュニティなの君ら。もしそうなら纏めて〝ペルセウス〟に来いってマジで。道楽には好きなだけ金を掛けるのが性分だからね。生涯面倒見るよ?勿論、その美脚は僕のベッドで毎夜毎晩好きなだけ開かせてもらうけど」

 

「御断りで御座います。黒ウサギは礼節も知らぬ殿方に肌を見せるつもりは有りません」

 

 黒ウサギは嫌悪感を吐き捨てるように言うと、十六夜がニヤリと笑って彼女をからかった。

 

「へえ?俺はてっきり見せる為に着てるのかと思ったが?」

 

「ち、違いますよ!これは白夜叉様が開催するゲームの審判をさせてもらう時、この格好を常備すれば賃金を三割増しすると言われて嫌々………」

 

「ふぅん?嫌々そんな服を着せられてたのかよ。………おい白夜叉」

 

「何だ小僧」

 

 キッと白夜叉を睨む十六夜。両者は凄んで睨み合うと、同時に右手を掲げ、

 

「超グッジョブ」

 

「うむ」

 

 ビシッ!と親指を立てて意思疎通する二人。一向に話が進まず、ガクリと項垂れる黒ウサギ。

 するとローズがスッと瞳を細めて白夜叉を見つめ、

 

「白夜叉よ、脅迫して兎の娘を辱しめるとは最低な奴だな」

 

「何だ小娘。私に文句でも有るのか?」

 

 ローズの言葉に眉を寄せ睨み返す白夜叉。黒ウサギは自分の苦労を理解(わか)ってくれるローズに嬉しく思ったが、

 

「いや、寧ろもっとやって良いぞ。その方が弄り甲斐が有るからな」

 

「ふふ、そうか。ならば期待しておけ」

 

「うむ」と同時に頷いて笑みを交わす二人。見事に裏切られこいつらはもう駄目だ、と黒ウサギはガクリと再度項垂れた。

 

 

ο

 

 

 念の為ジンとレティシアを別室に待機させていた五人は座敷に招かれて、〝サウザンドアイズ〟の幹部二人と向かい合う形で座る。長机の対岸に座るルイオスは舐め回すような視線で黒ウサギを見続けていた。

 黒ウサギは悪寒を感じるも、ルイオスを無視して白夜叉に事情を説明する。

 

「―――〝ペルセウス〟が私達に対する無礼を振るったのは以上の内容です。御理解頂けたでしょうか?」

 

「う、うむ。〝ペルセウス〟の所有物・ヴァンパイアが身勝手に〝ノーネーム〟の敷地に踏み込んで荒らした事。それらを捕獲する際に於ける数々の暴挙と暴言。確かに受け取った。謝罪を望むのであれば後日」

 

「結構です。あれだけの暴挙と無礼の数々、我々の怒りはそれだけでは済みません。〝ペルセウス〟に受けた屈辱は両コミュニティの決闘を以て決着を付けるべきかと」

 

 レティシアが敷地内で暴れ回ったというのは勿論捏造だし、彼女にも了承は得ている。本当はレティシアを悪く言うのは黒ウサギとして心苦しかったが、彼女を取り戻す為には形振り構っていられ無かったのだ。

 

「〝サウザンドアイズ〟にはその仲介をお願いしたくて参りました。もし〝ペルセウス〟が拒むようであれば〝主催者権限(ホストマスター)〟の名の下に」

 

「嫌だ」

 

 唐突にルイオスはそう言った。

 

「………はい?」

 

「嫌だ。決闘なんて冗談じゃない。それにあの吸血鬼が暴れ回ったって証拠が有るの?」

 

「それなら彼女の()()()()()()()()()()

 

「駄目だね。アイツは一度逃げ出したんだ。出荷するまで石化は解けない。それに口裏を合わせないとも限らないじゃないか。そうだろ?元御仲間さん?」

 

 嫌味ったらしく笑うルイオス。筋は通っているが、これで彼はレティシアが自分の本拠に居ると勘違いしていることが分かった。現在レティシアが此方側に居ることを彼は知らないのだ。

 

「そもそも、あの吸血鬼が逃げ出した原因はお前達だろ?実は盗んだんじゃないの?」

 

「な、何を言い出すのですかッ!そんな証拠が一体何処に」

 

「事実、あの吸血鬼はあんたのところに居たじゃないか」

 

「確かにそうで御座いますね。では―――直接御本人に確認を取りましょうか」

 

 黒ウサギの意味深な言葉にルイオスは「何?」と眉を寄せる。そして黒ウサギが合図を送ると、戸が開きジンとレティシアが中に入ってきた。

 それを見たルイオスは「は?」と一瞬固まり、

 

「なんでその吸血鬼が今此処に居るんだよ!?」

 

「それは貴方の差し向けた部下達は、十六夜さんとローズさんが追い払ったからに決まってるのです」

 

「なっ………!?」

 

 ルイオスは絶句した。〝名無し〟のコミュニティに自分のコミュニティの部下達百人超を追い払えるだけの力を持った者は居ないと踏んでいたからだ。

「チッ」とルイオスは盛大に舌打ちして、

 

「無能共が、〝名無し〟に追い返されるとか使えない奴らめ」

 

「お分かり頂けましたか?此方には証人者が御座います。どちらが不利かは一目―――」

 

「ハッ、()()()()?」

 

「え?」と固まる黒ウサギ。ルイオスは逆に勝ち誇ったように笑って、

 

「そんなに決闘がしたければその吸血鬼から話を聞くんじゃなくてちゃんと調査すればいいよ。………尤も、ちゃんと調査されて一番困るのは全く別の人だろうけど」

 

「そ、それは………!」

 

 黒ウサギは視線を白夜叉に移す。彼女の名前を出されては黒ウサギとしては手が出せない。

 

「じゃ、その吸血鬼を僕に返しなよ。さっさと帰って外に売り払いたいからさ」

 

「―――え?外って、箱庭の外にですか!?」

 

「は?お前何言ってんの?外って言ったら箱庭の外以外ないじゃん?」

 

 軽口で言うルイオスに黒ウサギは激怒した。

 

「そんなのは黒ウサギも知っています!問題は〝箱庭の騎士〟を箱庭の外に売るという行為です!〝箱庭の騎士〟であるレティシア様は箱庭の中でしか太陽の光を受けられないのですよ!?」

 

「そうだね。でも仕方無いじゃん。取引相手は箱庭の外にいる奴だし?それに愛想無い女って嫌いなんだよね、僕。特にソイツは体も殆んどガキだしねえ―――だけどほら、それも見た目は可愛いから。その手の愛好家には堪らないだろ?気の強い女を裸体のまま鎖で繋いで組み伏せ啼かす、ってのが好きな奴も居るし?太陽の光っていう天然の牢獄の下、永遠に玩具にされる美女ってのもエロくない?」

 

 ルイオスは全く悪びれた様子も無く、更に挑発半分で商談相手の人物像を口にする。

 案の定、黒ウサギはウサ耳を逆立てて叫んだ。

 

「あ、貴方という人は………!」

 

「しっかし可哀想な奴だよねーソイツも。箱庭から売り払われるだけじゃなく、恥知らずな仲間の所為(せい)でギフトまでも魔王に譲り渡す事になっちゃったんだもの」

 

「………何ですって?」

 

「え?それは………本当ですか、レティシア様?」

 

 黒ウサギは恐る恐るレティシアに訊くと、彼女は無言で目を逸らした。それを黒ウサギは是と取り動揺した。

 そしてルイオスは黒ウサギのその動揺を見逃さなかった。

 

「報われ無い奴だよ。〝恩恵(ギフト)〟はこの世界で生きて行くのに必要不可欠な生命線。魂の一部だ。それを馬鹿で無能な仲間の無茶を止める為に捨てて、漸く手に入れた自由も仮初めのもの。他人の所有物っていう極め付けの屈辱に堪えてまで駆け付けたってのに、その仲間はあっさり自分を見捨てやがる!その女は一体どんな気分になるだろうね?」

 

「………え、な」

 

 黒ウサギは絶句しレティシアを見る。やはり彼女は目を逸らして悔しそうな表情のまま何も言わない。

 蒼白になった黒ウサギにスッと右手を差し出し、ルイオスはにこやかに笑って、

 

「ねえ、黒ウサギさん。このまま其処の彼女を見捨てて帰ったら、コミュニティの同士として義が立たないんじゃないか?」

 

「………?どういうことです?」

 

「取引をしよう。その吸血鬼を〝ノーネーム〟に戻してやる。代わりに、僕は君が欲しい。君は生涯、僕に隷属するんだ」

 

「なっ、」

 

「一種の一目惚れって奴?それに〝箱庭の貴族〟という箔も惜しいし」

 

 再度絶句する黒ウサギ。飛鳥とレティシアもこれには堪らず怒鳴り声を上げた。

 

「外道とは思っていたけど、此処までとは思わなかったわ!もう行きましょう黒ウサギ!こんな奴の話を聞く義理は無いわ!」

 

「ああ。黒ウサギが私なんかの為に犠牲になるのは間違っている!私のことはいいから早急に帰ってくれ!」

 

「ま、待って下さい飛鳥さん!レティシア様!」

 

 黒ウサギの手を握って出ようとする飛鳥と、それを催促するように言うレティシア。だが黒ウサギは困惑していて動かない。

 それに気付いたルイオスは厭らしい笑みで捲し立てた。

 

「ほらほら、君は〝月の兎〟だろ?仲間の為、煉獄の炎に焼かれるのが本望だろ?君達にとって自己犠牲って奴は本能だもんなあ?」

 

「………っ」

 

「ねえ、どうしたの?ウサギは義理とか人情とかそういうのが好きなんだろ?安っぽい命を安っぽい自己犠牲ヨロシクで帝釈天に売り込んだんだろ!?箱庭に招かれた理由が献身なら、種の本能に従って安い喧嘩を安く買っちまうのが筋だよな!?ホラどうなんだよ黒ウサギ―――」

 

()()

 

 なさい、とは飛鳥の言葉は続かなかった。それはローズが長机を真っ二つに叩き割ったからだ。

 一同は沈黙しローズへと視線を向けると、彼女はゆらりと立ち上がってルイオスを見下ろし、

 

「言いたいことはそれだけか、()()?」

 

「―――――ッ!!?」

 

 ルイオスの表情は蒼白に変わった。ローズの本気の殺気をその身に受けたからである。

 風が吹いているわけでもないのに、ローズの虹髪は戦慄いて舞い上がり―――虚空から混沌色(ダークネスブラック)のギフトカードを出現させて、それを彼女は手に取り、

 

「我からの死刑宣告(おさそい)だ。受け取れ〝ペルセウス〟の小僧」

 

 憤怒の瞳でルイオスを射貫き、黒く輝く〝契約書類(ギアスロール)〟を彼へと放る。

 ルイオスが無意識にそれを受け取ろうとして、白夜叉がハッとなって叫んだ。

 

「よせ、ルイオス!それは魔王の〝契約書類〟だ!受け取ったら最期―――断ることは出来なくなるぞ!?」

 

「なっ―――!?」

 

 ルイオスは慌てて手を引っ込める。しかしローズは「ふん」と鼻で笑い、

 

「無駄だ小僧。受け取らずとも我には()()を我がギフトゲームに強制参加させることも出来るぞ?」

 

「くそっ………!」

 

 ルイオスは魔王の特権を思い出して更に蒼白させる。白夜叉が間に入ってローズに忠告した。

 

「良いのかローズ!?おんしがこのままこやつに魔王としてギフトゲームを開催すれば―――箱庭の上層が黙っておらんぞ!?」

 

「そんなの()()()。我は箱庭の神々より友らを取る。故に我は退かぬよ白夜叉」

 

「………本当に退かんのだなローズ。この箱庭には無限(おんし)をも屠れる奴らもおるのだぞ!?そんな輩に狙われたら最期―――箱庭に居られなくなるかもしれん!!それでも良いのか!?」

 

「そうかもしれぬな。だが我は退かぬ。友らの為ならばこの身が朽ち果てようが関係無い。来るならば億千万でも神とやらを連れてくるが良い。我はその()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 右手を前に出してグッと力強く握り締め宣言するローズ。それを聞いて白夜叉は瞼を閉じて暫し考え込み、瞼を開けてルイオスに決断を迫った。

 

「ルイオスよ。おんしにはまだチャンスが有る。大人しく〝ノーネーム〟との決闘を許可するか、若しくは―――()()()()強大な魔王と死闘を繰り広げるか。どっちにする?」

 

「……………ッ!?」

 

 ローズの実力が白夜叉以上と知って絶句するルイオス。四桁以上の魔王を相手に、切り札を使用しても勝てるかどうか自信が無いのだ。

 ルイオスはローズと〝ノーネーム〟を天秤に掛け、すぐさま決断した。

 

「分かった。その二択なら〝ノーネーム〟との決闘を選ぶよ。但し条件がある」

 

 ルイオスは決闘に当たって条件を二つ提示した。

 

「一つは、決闘ルールを僕ら〝ペルセウス〟で勝手に決めさせてもらう。

 もう一つは―――その魔王の小娘の()()()()()()()。それでも構わないなら明日にでもお前らを全力で叩き潰してやるけど?」

 

「………っ!」

 

 黒ウサギはやられた、という風に顔を歪める。ローズの参加不可は〝ノーネーム〟の大戦力が一人欠けてしまうことを意味していたからだ。

 しかし十六夜は不敵に笑って、

 

「ああ、それで構わないぜ色男。ローズが居なくともお前の相手は俺一人で十分だからな」

 

「あ?」

 

「へ?」

 

 十六夜の言葉に不快そうに眉を寄せるルイオス。思わず瞳を瞬かせる黒ウサギ。

 ルイオスは馬鹿な奴だな、と十六夜を笑って、

 

「オッケーオッケー、これで取引成立だね。その吸血鬼は一先ずお前ら〝名無し〟に預けとくよ。持って帰ったらソイツに八つ当たりしちゃうかもしれないしね」

 

 そう言ってルイオスは立ち上がり踵を返す。最後にルイオスは十六夜達に振り返ると、怒りの表情で睨み付け、

 

「二度とその軽口が叩け無くなるぐらいに、お前ら〝名無し〟を徹底的に叩き潰してやる。精々首を洗って待ってることだね」

 

 それだけを言い残すと、ルイオスはさっさとこの座敷から去っていった。

 ローズは殺気を消すと白夜叉を睨み付け、

 

「白夜叉、何の真似だ?我はとうに箱庭の魔王として君臨する覚悟は出来ていたのだぞ?」

 

「そうだの。だがそれでは私がおんしを倒して隷属出来んではないか!」

 

「………は?」

 

「ふふ、安心しろローズ。この私が居る限り、おんしを箱庭の魔王にはせん。もし振るいたいのであれば、私に隷属してからにするんだな!」

 

「そ、そうか」

 

 それは頼もしい限りだな、とローズは苦笑を零す。白夜叉は「呵々!」と哄笑を上げた。

 一方の十六夜は現在、黒ウサギ達に責め立てられていた。

 

「十六夜さん!どうしてあの条件を飲んでしまったのですか!?あれでは我々の勝率は限り無く低いのですよ!?」

 

「そうだぞ十六夜!〝ペルセウス〟は箱庭五桁の外門に構えるコミュニティだ。簡単に勝てる相手ではないんだぞ!?」

 

「十六夜君、勝機が有ってあれに応じたの!?」

 

「私は正直勝てるか不安かな………十六夜、どう責任取るつもり?」

 

「どうなんですか答えてください十六夜さん!」

 

 黒ウサギ・レティシア・飛鳥・耀・ジンに責め立てられて十六夜は、

 

「少しは落ち着けお前ら」

 

「「「「「これで落ち着いてられるかッ!!」」」」」

 

 黒ウサギ達に睨まれて肩を竦める十六夜。確かにローズ抜きでの決闘は辛いかもしれない。だがこれを越えられずして何が打倒魔王だ、と彼は思ってルイオスの条件を飲んで決闘を望んだのだ。

 まあ、正直俺一人で片が付くんだけどな、というのが十六夜の本音であるが。

 とはいえ、この沸騰したお嬢様達をどうやって丸く収めるか、と考えるだけで骨が折れそうだ、と苦笑いを浮かべる十六夜だった。

 

 

ο

 

 

「―――くそ!〝名無し〟の分際で僕の邪魔をしやがって………!」

 

 帰り道、ルイオスは苛立たしげにそう呟いていた。

〝ノーネーム〟に僕の部下達が負けるのは予想外だった。数も百は送ったはずなのにだ。

 それに〝名無し〟に魔王が所属していたのはもっと予想外の出来事だった。しかも白夜叉より強いと来た。最悪なことこの上無い。

 だが、

 

「あの魔王の小娘を除外出来たし、脅威は取り除けた。後は取るに足らない〝名無し〟の無能だけ―――ハハ、これはもう勝ったも同然だな!」

 

 そう、ローズを参加不可に出来たのだ。後は十六夜達で彼らならルイオスの敵ではない、そう認識している。

 これで僕の敗北は有り得ない、そう思い自分の勝利を疑っていなかった。

 

「僕ら〝ペルセウス〟が勝利した暁には、あのウサギは僕の物だ!………白夜叉以上の実力を持つっていうあの子も欲しかったけど、アイツの体も殆んどガキだし、まあいっか」

 

 白夜叉以上の実力を持つ魔王の小娘を手に入れれば、〝サウザンドアイズ〟から脱退しても問題は無かったが、参加不可にしてしまった為、手に入れることは出来なくなってしまった。

 けど好みじゃないし、と切り捨てていると―――

 

「それは勿体無いよ」

 

「あ?」

 

 不意に黒いフードを深く被った小柄な何者かがルイオスの眼前に姿を現す。

 ルイオスは眉を顰めてその者を一瞥し、

 

「誰だよお前?」

 

「あ、別に怪しいものじゃないよ。どちかというとあたしは貴方に―――素敵な贈り物を渡しに来ただけだから」

 

 両手を振って怪しいものじゃないアピールする黒いフードの女。声からして少女だろう。

 ルイオスは「ふぅん」とフードの少女を見下ろして、

 

「僕に素敵な贈り物?それは何だい?」

 

「うん。じゃあまず貴方の持ってる鎌をギフトカードから取り出してあたしに渡してくれないかな?その鎌のギフトに新たな恩恵を付与させるから」

 

「新たな恩恵を付与?へえ、因みにそのギフトは何て効果を齎してくれるの?」

 

 ルイオスが訊くと、フードの少女はニコリと口元を歪ませて、

 

「―――()()()()恩恵、つまり〝()()()〟のギフトだよ」

 

「―――うわお!〝龍殺し〟のギフトかあ………因みにそれは〝名無し〟の誰に有効な手札なんだい?」

 

「うん、それはね、貴方が先程口にしていた魔王の子に有効だよ。その子は〝ウロボロス〟っていう無限を司る龍神なんだけど、龍である以上あたしの〝龍殺し〟のギフトが通用しないわけないから。あ、でも殺すことは出来ないかもしれないなあ………その子は〝無限〟なわけだし。でも致命傷は確実に負わせることが出来るから弱っている隙に首を落とすか心臓を抉れば殺せるかも」

 

 早口で次々と言葉を紡ぐフードの少女に、ルイオスはやや困惑する。

 

「つまり、君のギフトを貰えばあの魔王に勝てるかもしれないってこと?」

 

「そういうこと。あたしはとある神様が先祖の末裔でね、強力な〝龍殺し〟の恩恵を武具に与えられるギフトを持ってるの。それこそ()()()()()()()()()()()()程の強力な………ね」

 

「へえ?それは凄いね。是非あの魔王を打倒出来るかもしれない、君のギフトを僕にくれないかな?」

 

「勿論だよ」

 

 ルイオスはギフトカードから〝星霊殺し〟の恩恵を新たに付与された鎌・ハルパーを取り出して、フードの少女に手渡す。

 フードの少女はハルパーを受け取ると―――一瞬だけ鎌が光り輝いた。それはたった今、ルイオスの鎌に〝龍殺し〟の恩恵が付与されたところだった。

 恩恵の付与を終えるとフードの少女は鎌をルイオスに返した。それを受け取った瞬間、何か禍々しい力を感じた気がした。

 

「ありがとう。これであの魔王に一泡吹かせてみせるよ」

 

「そっか。それは良かった。………じゃああたしはもう行くね。勇気君待たせちゃうと悪いから」

 

「そうなんだ。………あ、最後に良ければ君の名前を教えてくれないかな?」

 

 ルイオスが訊くと、フードの少女はニコリと口元を歪ませて、

 

「あたしは未来。訳有って苗字は名乗れないの、ごめんね。それじゃあ―――(ドラゴン)退治頑張って!」

 

 元気よく手を振って駆けていくフードの少女。そんな彼女の背を見送ったルイオスはニヒャと笑って呟くのだった。

 

「ハハ、やったぜ!僕にも遂に運が回ってきたのかな?何はともあれ〝龍殺し〟の恩恵か………あっはははは!僕を脅した罪は―――死んで償ってもらうよ、魔王の小娘!」




ルイルイの鎌がチート化した………これで神霊・星霊・龍の三大最強種を屠れる(震え)十六夜に持たせたら無双出来るんじゃ………(冷や汗)

オリキャラ登場。未来の容姿と口調はストブラのあの子です。さすれば勇気の容姿が浮き彫りになるかも。


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π

 翌日、ローズ達は決闘を行う為に〝ペルセウス〟のコミュニティに来ていた。

 

 

『ギフトゲーム名〝FAIRYTALE in PERSEUS〟

 

 ・プレイヤー一覧

 逆廻 十六夜

 久遠 飛鳥

 春日部 耀

 空星 ローズ

 ・〝ノーネーム〟ゲームマスター

 ジン=ラッセル

 ・〝ペルセウス〟ゲームマスター

 ルイオス=ペルセウス

 

 ・クリア条件

 ホスト側のゲームマスターを打倒。

 ・敗北条件

 プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

 プレイヤー側のゲームマスターの失格。

 プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・舞台詳細・ルール

  *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない。

  *姿を見られたプレイヤー達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行する事は出来る。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。

 〝ペルセウス〟印』

 

 

契約書類(ギアスロール)〟に承諾した直後、六人の視界は間を置かずに光へと呑まれた。

 次元の歪みは六人を門前へと追いやり、ギフトゲームの入り口へと誘う。

 門前に立ったローズ達が不意に振り返る。白亜の宮殿の周辺は箱庭から切り離され、未知の空域を浮かぶ宮殿に変貌していた。

 

「姿を見られれば失格、か。つまりペルセウスを暗殺しろってことか?」

 

 白亜の宮殿を見上げ、胸を躍らせるような声音で十六夜が呟く。それにジンが応える。

 

「それならルイオスも伝説に倣って睡眠中だという事になりますよ。流石にそこまで甘くは無いと思いますが」

 

「YES。そのルイオスは最奥で待ち構えているはずデス。それにまずは宮殿の攻略が先で御座います。伝説のペルセウスと違い、黒ウサギ達はハデスのギフトを持っておりません。不可視のギフトを持たない黒ウサギ達には綿密な作戦が必要です」

 

 黒ウサギが人差し指を立てて説明すると、ローズは首を振り、

 

「その必要はないぞ兎の娘。我の空間制御の魔術で、開始早々に〝ペルセウス〟の小僧の下へ()()するからな」

 

「へ?」

 

 きょとんとする黒ウサギの代わりに、十六夜が「ヤハハ」と笑って頷く。

 

「そういやローズの参加も可能になってたな。一瞬で最奥に行けるならその方がありがたいぜ」

 

「うむ。昨日あんなことがあったというのに、我に参加資格があるのは不明だが、これで全員あの小僧を叩きのめせるというわけだ」

 

「くく」と喉を鳴らして満足げに笑うローズ。それを聞いて黒ウサギは安堵する。

 一方の飛鳥と耀は瞳をキラキラと輝かせてローズを見つめ、

 

「あら、ローズさんったらそんな素敵なギフトを隠し持っていたのね!とても心強いわ」

 

「うん。それに私も飛鳥もあのルイオスって人、許せなかったから助かった」

 

「ふふ、それは良かった。………だが我が空間転移を行うのはこういう時の為であって、日常生活の交通手段には」

 

「「勿論、使わせてもらいます」」

 

「そう返してくると読んでおったぞ戯け共ッ!!」

 

「「それほどでも」」

 

「いや、褒めてないからなっ!」

 

 照れたように頬を掻く飛鳥と耀に盛大に突っ込むローズ。それにケラケラ笑う十六夜。

 そんな四人を見ていた黒ウサギとジンはまるで緊張感がないな、と呆れていた。

 ふとローズは思い出したように十六夜に視線を向け、

 

「時に十六夜。汝は―――〝アルゴル〟を知っているか?」

 

「「「あるごる?」」」

 

 ローズの質問の意味が分からず飛鳥・耀・ジンの三人は顔を見合わせ小首を傾げる。

 十六夜は当然、という風に笑って、

 

「〝アルゴル〟とはアラビア語でラス・アル・グルを語源とする〝悪魔の頭〟という意味を持つ星のことで、同時にペルセウス座で〝ゴーゴンの首〟に位置する恒星だろ?後者はローズがあの時に言ってた奴だしな」

 

「ああ、流石だな。そしてその〝アルゴルの悪魔〟は白夜叉と同じ星霊の悪魔であり、あの小僧の切り札であることも把握済みだな?」

 

「当然。奴が首にぶら下げてたギフトのことだろ?しかし星霊を隷属させているとか驚いたぜ。これで退()()()()()()()()()()

 

「ふふ、そうか。それは良かったな」

 

 まあ尤も、かなり弱体化しているようだがな、と内心で付け加えるローズ。この事実を教えてしまったらきっと彼をガッカリさせてしまうだろうと思って敢えて伏せたのだ。

 二人の話を聞いていた黒ウサギは瞳を瞬かせて全知であるローズは兎も角、と十六夜を見つめ、

 

「もしかして十六夜さんってば、意外に知能派で御座います?」

 

「まあな。次いでにその知能派な十六夜様が目の前の門の素敵な開け方を伝授してやるぞ?」

 

「…………………………………参考までに、方法を御聞きしても?」

 

 やや冷ややかな目で黒ウサギが十六夜を見つめる。

 十六夜はそれに応えるかのように「ヤハハ」と笑って門の前に立ち、

 

「そんなもん――――こうやって開けるに決まってんだろッ!」

 

 ズドガァアンッ!と轟音と共に、十六夜は白亜の宮殿の門を蹴り破るのだった。

 

 

π

 

 

 門の中に突入したのと同時に、ローズは空間制御の魔術で一同を白亜の宮殿の最上階に転移させる。序でに審判役の黒ウサギも。

 開始早々に眼前に現れたローズ達を見たルイオスは一瞬唖然とし、

 

「は、はあ!?お前らどうやって此処まで誰にも見付からずに来たんだよ!―――つか早すぎるだろ!?」

 

「当たり前だ。我が十六夜らを空間転移させたからな。門に突入した瞬間に此処へ転移して来たわけよ」

 

「なっ………!?」

 

 ローズの言葉にルイオスは絶句した。部下達から話は伺っていたが、空間制御の魔術は―――デタラメだった。

 ルイオスは「チッ」と盛大に舌打ちした後、「まあ、いいか」と呟いて両手を広げた。

 

「何はともあれ、ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう。………あれ、この台詞を言うのって初めてかも」

 

 ルイオスはそう言って膝までを覆うロングブーツから生えている光り輝く対の翼を羽ばたかせて上空へ舞う。

 そして彼は〝ゴーゴンの首〟の紋が入ったギフトカードを取り出し、光と共に燃え盛る炎の弓を取り出した。

 そのギフトを見て黒ウサギの顔色が変わった。

 

「………炎の弓?ペルセウスの武器で戦うつもりは無い、という事でしょうか?」

 

()()()()()()()?けど、空が飛べるのに何で同じ土俵で戦わなきゃいけないのさ」

 

 ルイオスは小馬鹿にするように言うと、首に掛かったチョーカーを外し、付属している装飾を掲げた。

 

「まずはコイツで、魔王の小娘以外を押さえさせてもらうよ」

 

「っ………!!」

 

 黒ウサギはルイオスが解放しようとしているギフトを見て焦り始める。

 ルイオスは獰猛な表情で叫ぶ。

 

 

「目覚めろ―――〝アルゴールの魔王〟!!」

 

 

 ルイオスの掲げたギフトから褐色の光を放ち、六人の視界を染めた。

 白亜の宮殿に共鳴するかのような甲高い女の声が響き渡った。

 

「ra………Ra、GEEEEEEYAAAAAAaaaaaaaa!!!」

 

 それは最早、人の言語野で理解出来る叫びではなかった。

 冒頭こそ謳うような声で有ったが、それさえも中枢を狂わせる程の不協和音だ。

 現れた女は体中に拘束具と捕縛用のベルトを巻いており、女性とは思えない乱れた灰色の髪を逆立たせて叫び続ける。女は両腕を拘束するベルトを引き千切り、半身を反らせて更なる絶叫を上げ―――

 

()()

 

「Gya………!?」

 

 ―――る前にローズが彼女の頭部を殴り付けて最上階の床に叩き付け黙らせた。

 唖然とし沈黙する一同。床に顔面からめり込んだアルゴールだけが呻き声を洩らす。

 黒ウサギはハッと我に返り、ローズを見つめ、

 

「い、いきなり何やっちゃってんですかローズさん!?」

 

「ん?耳障りだったからな。叩き潰しただけだぞ兎の娘」

 

「いえ、それは見れば分かります!黒ウサギが言いたいのは―――」

 

 黒ウサギが文句を言おうとしたその瞬間、アルゴールが起き上がり仲間とお話し中の、無防備に背を向けていたローズにベルトを放り捕縛した。

 

「………ぬ?」

 

「Ra、GYAAAAAAaaaaaaaa!!!」

 

 ローズの全身にベルトを巻き付けて捕縛したアルゴールは、そのまま引っ張り上げて床に叩き付けようと試みる。が、肝心のローズは微動だにしなかった。

 

「RaAAAAAA、GYAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 顔を真っ赤にしながら全身全霊の力を以て引っ張るアルゴール。しかしそれでもローズを一ミリたりとも動かす事は敵わなかった。

 ローズは「はあ」と溜め息を吐いて十六夜に視線を向け、

 

「この星霊は鬱陶しいから、後は任せたぞ十六夜」

 

「ヤハハ、了解」

 

 十六夜は漸く俺の出番か、という風に嬉々として笑って頷き、床を踏み抜き一瞬でアルゴールに肉薄すると、

 

「悪いがアンタの相手は俺だぜ、星霊様ッ!!」

 

「Gya………!?」

 

 ローズに夢中だったアルゴールの顔面を、第三宇宙速度で打ち出された拳が強襲した。

 アルゴールはその一撃をまともに食らって吹き飛び、格技場のような最上階に在った観客席に叩き付けられた。

 それを目撃したルイオスは堪らず叫んだ。

 

「な、アルゴール!?」

 

 ベルトの拘束から解放されたローズは、飛鳥と耀に視線を向けて訊いた。

 

「汝らはどうする?星霊の相手は十六夜に任せているが、汝らもあの小僧に挑んでみるか?」

 

「………そうね。挑んでみたいけど、負けたらレティシアって子は取り戻せないんでしょ?なら、私はやめておくわ。春日部さんは?」

 

「飛鳥がやめるなら私もやめておく。それに私の飛行速度だと厳しいかな………」

 

 飛鳥と耀はルイオスへの挑戦を降りた。本当は挑んでみたかったが、レティシア奪還が掛かっている為、確実に彼を倒せるローズに一任した方が良いと判断したのだ。

 ローズは「ふむ」と頷いて、

 

「そうか。飛鳥と耀がそう決断したのならば我も無理強いはせぬよ。さて、汝らの安全を保証しておかねばな」

 

 そう言ってローズは指を鳴らす。すると飛鳥・耀・ジン・黒ウサギの四人の足下に円環状の漆黒の魔法陣が展開され、それぞれを透明な球体が囲んだ。

 この透明な結界は物質界に存在するものでは決して破壊出来ない代物だ。これで飛鳥達の安全は保証された。

 それを確認したローズは、上空に待機しているルイオスを見上げ、

 

「待たせたな〝ペルセウス〟の小僧。我らも戦いを始めようか」

 

「ハッ、僕はある子から強力なギフトを貰ってるからね。舐めたら痛い目見るぜ?」

 

「ほう、それは楽しみだ。是非我に汝の最高のギフトを見せてみよ」

 

「そうだね。それよりもまずは、炎の弓(コイツ)が通用するか試させてもらうよ!」

 

 そう言ってルイオスは炎の弓をローズに狙いを定めて引く。蛇のように蛇行する軌跡の炎の矢をローズはつまらなそうに眺めて、

 

「下らんな」

 

 軽く腕を振るうだけで跡形も無く消し飛ばした。

 それを見たルイオスは「チッ」と舌打ちして炎の弓をギフトカードに仕舞い―――代わりに鎌のギフト・ハルパーを取り出した。

 

「なら、早速バージョンアップしたこの鎌で試し斬りさせてもおうかな!」

 

 ルイオスはヘルメスの靴で空を駆け、鎌を構えてローズに突撃する。

 ローズはギリギリまでルイオスを引き付けて、彼が振り翳した鎌を見上げると、

 

「………ッ!?」

 

 何か禍々しい力を感じ取り慌てて回避した。鎌で頬を薄く斬られたローズは額に汗を滲ませてルイオスを睨み、

 

「………可笑しいな、ハルパーに〝龍殺し〟の恩恵(ギフト)は無かったはずだが。そういえばある子に貰ったと言っていたな小僧。よもや〝龍殺し〟が汝の真の切り札か?」

 

「そうだよ。〝龍殺し〟のギフトを手に入れたからお前にも参加資格を与えたんだよね。そうじゃなきゃお前を参加させるわけ無いじゃん」

 

 ヘラッと笑ってルイオスが答える。ローズはスッと瞳を細めてルイオスを見据え、

 

「そうだな。確かに無限を司っていようが我も龍だ。〝龍殺し〟のギフトは通用する。その鎌で我の心の臓を抉れば致命傷になるのは確定だろう」

 

「へえ。それが聞けて安心したよ。これで心置き無く―――」

 

「だが汝では無理だな。我に致命傷を負わせるどころか、当てることすらもう出来ぬよ」

 

「何!?」

 

 ローズの言葉に怒りを露にするルイオス。ローズは「くく」と笑って、

 

「先は油断したが、宣言しよう。これから汝が振るう鎌は―――()()()()()我に当てること敵わぬと」

 

 ローズの宣言を聞いてルイオスは遂にぶちギレた。

 

「上等だ小娘ッ!!宣言通りにいかないことを僕が証明してやるッ!!!」

 

「ふふ、ならば来るが良い〝ペルセウス〟の小僧。汝の全力を我に見せよ!」

 

 激昂して〝龍殺し〟のギフトが付与された鎌を構え空を駆けるルイオス。それを迎え撃つローズ。

 気付けば鎌で斬ったはずの彼女の頬の傷は消えていた。ルイオスは浅いとダメージにすらならないのか、と悔しそうに顔を歪める。

 ルイオスはローズの左肩から右腰までを袈裟斬りにしようと鎌を振るった。

 しかしローズは苦もなくその斬撃を躱して、ルイオスに()()()()()()

 

「ガッ………!?」

 

 ただの凸ピンだというのに、その一撃はルイオスの意識を一瞬遠のかせる程のものだった。

 後方に吹き飛ぶルイオスに、追撃の凸ピンをしようと肉薄するローズ。

 ルイオスはキッとローズを睨み付け、彼女の首を斬り落とさんと鎌を振るうが、これも容易く躱され、

 

「痛ッ!?」

 

 ローズの二発目の凸ピンを食らってルイオスは涙目になる。赤くなった額を鎌を持っていない手で押さえながら。

 

「おまっ、凸ピンとか不巫戯るなッ!!真面目に戦う気あんのか!?」

 

「ん?そうは言ってもな。凸ピンだろうとちょっと力を加えれば、汝の頭は消し飛ぶぞ?」

 

「―――――ッ!!?」

 

 ルイオスは絶句した。凸ピン一つで簡単に頭を消し飛ばせる?そんな馬鹿な話があってたまるか、と思ったのだ。

 放心しているルイオス。その隙にローズが彼の眼前に飛び込み、

 

「ぐあっ………!?」

 

 またしてもルイオスに凸ピンをかました。これで三回目である。

 ルイオスはローズを追っ払おうと鎌を滅茶苦茶に振り回す。破れかぶれの攻撃もローズには掠りもしない。

「くそっ」と毒づいたルイオスはふと眼下を見てぎょっと目を剥いた。

 それは―――

 

「GYAAAAAAaaaaaaaa!!?」

 

「ハハ、どうした星霊様?今のは本物の悲鳴に聞こえた―――ぜ!」

 

 アルゴールの顔面に十六夜の拳が突き刺さり、吹き飛ばされていた。

 ルイオスはその光景を目にして瞳を見開かせたのだ。

 

「アルゴール!?くそっ、アイツは本当に人間か!?」

 

「うむ。残念ながら彼は人間だぞ。そして彼は我を一度殺せる程の切り札も持っている規格外な少年よ」

 

「なっ、」

 

 再度絶句するルイオス。自分が〝龍殺し〟のギフトを得て全力で殺しに掛かっても倒せない彼女を、あの人間は一度殺したことがあるだと、と有り得ない、といった表情を見せる。

 その様子を見てこれは勝負有ったな、とローズは確信する。

 だがそれを覆すかのようにルイオスは凶悪な笑顔でアルゴールに告げた。

 

「もういい。終わらせろ、アルゴール」

 

「RaAAaaa!!LaAAAA!!」

 

 ルイオスの命令に応えたアルゴールは不協和音と共に本命のギフト―――石化のギフトを十六夜に向けて放った。

 十六夜はそれを真正面から捉え、

 

 

「―――――………カッ。ゲームマスターが、今更狡い事してんじゃねえ!!!」

 

 

 褐色の光を踏み潰した。そう、踏み潰したのだ。アルゴール(星霊)の放った石化のギフトを人間の十六夜が。そして踏み潰された褐色の光は跡形も無く吹き飛んだ。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

「ほう。これは凄いな」

 

 叫ぶルイオス。感心するローズ。

 ローズの結界に守られていた黒ウサギ達も叫び声を上げていた。

 

「せ、〝星霊〟のギフトを無効化―――いえ、破壊した!?」

 

「有り得ません!あれだけの身体能力を持ちながら、ギフトを破壊するなんて!?」

 

「………十六夜君はローズさん並みにデタラメね」

 

「うん。十六夜のギフトは異常過ぎ」

 

「うん」と黒ウサギ達四人は同時に頷く。

 十六夜は放心したアルゴールの懐に潜り込むと、彼女の鳩尾をアッパーの要領で拳で殴って打ち上げる。

 

「Gi………ッ!?」

 

 空中高く吹き飛んだアルゴールに、十六夜は跳躍して一瞬で追い付くと、そのまま彼女の頭部を蹴り抜き床に叩き付けた。

 

「Ga………Gya……………ッ!」

 

 苦悶の声を洩らしたアルゴールはこの人間には勝てない事を悟り、やがて沈黙するように床にうつ伏せに倒れたまま動かなくなった。

 それを見たルイオスも放心し、そんな彼をローズがニヤリと見つめ、

 

「どうする小僧?自慢の星霊は沈黙してしまったようだが………まだやるか?」

 

「………いや、やめだ。アルゴールを倒されては僕に勝ち目は無い。鎌も当たらないし悔しいけど―――降参だ」

 

 ルイオスは悔しそうな表情で首を振った。これで勝敗は決した。

〝ペルセウス〟のゲームマスター・ルイオス=ペルセウスの降参により、このギフトゲームは〝ノーネーム〟の勝利となったのだった。



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ρ

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

 

 

「「え?」」

 

「は?」

 

「ぬ?」

 

 レティシア奪還後、本拠に戻った一同のうち、問題児三人が口を揃えてそう言った。

 それに黒ウサギ・ジン・レティシア・ローズはきょとんとした。

 十六夜は「ヤハハ」と笑って、

 

「何だその間抜け面は。俺とローズで奪還したわけだし、それぐらいの権利はあるだろ?本当は俺とローズだけで所有権半分ずつにするつもりだったが、それだとお嬢様と春日部が()()()だしな。()()()()()()()()()()()四人で分割して、俺とローズが3ずつで、お嬢様と春日部が2ずつにしたわけだ」

 

「ええ。その件に関しては珍しいと思っているけれども、とても感謝してるわ十六夜君」

 

「うん。私も珍しく良いことをしてくれた十六夜に感謝してるよ」

 

「珍しいは余計だ」

 

 飛鳥と耀は深々と十六夜に頭を下げて感謝の意を示す。一言余計だ、と十六夜はムッとしたが、感謝されたから悪い気はしなかった。

 しかしローズは首を振り、

 

「いや、我はメイドは要らぬよ。汝らで我の吸血鬼の娘の所有権も分配すれば良い」

 

「あら、そう?ローズさんが良いならお言葉に甘えさせてもらうわね」

 

「えーと。ローズが要らないってことは………分配は十六夜が4で、私と飛鳥が3でいいのかな?」

 

「ああ、そうなるな」

 

 ローズが断り、飛鳥達はそれに頷いて配分を考え直す。

 唖然としていた黒ウサギはハッと我に返り、

 

「な、何を言っちゃってんで御座いますかこの人達!?」

 

 慌てて十六夜達に怒鳴る。ジンはまだ唖然としたままだ。

 だが十六夜達の提案を聞いていたレティシアは「ふむ」と考え込み、

 

「………そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。コミュニティに帰れた事に、この上無く感動している。だが親しき仲にも礼儀有り、コミュニティの同士にもそれを忘れてはならない。君達が家政婦をしろと言うのなら、喜んでやろうじゃないか」

 

「レ、レティシア様!?」

 

 黒ウサギはぎょっとしてレティシアを見つめる。そんな彼女を余所に、飛鳥が嬉々としてメイド服を用意し始めた。

 

「私、ずっと金髪の使用人に憧れていたのよ。私の家の使用人ったら皆華も無い可愛げも無い人達ばかりだったんだもの。これから宜しく、レティシア」

 

「宜しく………いや、主従なのだから『宜しくお願いします』の方が良いかな?」

 

「使い勝手が良いのを使えばいいよ」

 

「そ、そうか。………いや、そうですか?んん、そうで御座いますか?」

 

「黒ウサギの真似はやめとけ」

 

「ヤハハ」と笑う十六夜。その様子を見ていた黒ウサギが力無く肩を落とす。

 ローズは「くく」と喉を鳴らして眺めていると、

 

「―――ああ、そうだ。ローズにもコイツを渡さなきゃな」

 

「………ぬ?」

 

 不意に十六夜に呼び掛けられて振り向くと彼の手には―――メイド服が握られており、それをローズに渡してきた。

 ローズは瞳を丸くしてメイド服を凝視し、

 

「十六夜?何故我にメイド服を渡しているんだ?」

 

「ん?そりゃあ、ね。ローズは俺達の方針って何だったか覚えてるか?」

 

「ふむ?無論だ。〝ノーネーム〟の方針は〝打倒魔王〟―――あ、」

 

 ローズは思い出して頬に汗が伝う。十六夜はニヤリと笑って、

 

「ああ、理解したようだなローズ。〝ペルセウス〟と決闘出来るようになったのはアンタのお陰だが―――その方法が魔王として振るった〝主催者権限(ホストマスター)〟による()()だ。これはもう俺達の方針を汚してる行為としか言えねえよな?」

 

「………そ、そうだな」

 

「だろ?これはもう罰ゲームとして、メイド服(こいつ)を着る外ねえよなあ?」

 

 ニコォリと邪悪に笑う十六夜。苦笑いを浮かべるローズ。

 やがて「はあ」と深い溜め息を吐いたローズは、十六夜の手からメイド服を掠め取った。

 

「確かに我の行いは最低だったな。〝ノーネーム〟の方針に泥を塗った故、罰を受けるべきだと我も思っている。………しかし何故メイド服なんだ?もっと別の罰ゲームとか無かったのか?」

 

「それは虹色の髪を持つ、とても稀少なメイドさんというのを是非見てみたいからよ、ローズさん」

 

 ローズの問いに答えたのは飛鳥だった。そう、ローズのメイド化を提案したのは飛鳥だったのだ。十六夜と耀もローズのメイド姿に興味があり、異論が出なかった為こうなったのである。

 ローズは「ふむ」と飛鳥達を見つめて、

 

「成る程な。我のような髪色は早々いない稀少な虹色。故に我のメイド姿が見たいと言うんだな汝ら?」

 

「うん。あ、でもメイド服を着るだけでいいかな。ローズはメイドとして働く必要は無い」

 

「いや、それは駄目だな春日部。それじゃ罰ゲームになってない。ここは是が非でも俺達の言うことを何でも聞いてもらわねえと気が済まないぜ」

 

 十六夜はニヤニヤと笑いながらローズを見つめる。それは名案、と飛鳥と耀も顔を見合わせてニヤリと笑った。

 ローズは再度「はあ」と溜め息を吐き、

 

「仕方が無い友らだな。ふん、良いだろう。別段メイド服を着たくないとは思っておらぬし、寧ろ着てみたいと思っていたところだ」

 

 そう言ってローズは徐に―――純白のワンピースを脱ぎ出した。

 

「「「「え?」」」」

 

「お?」

 

「なっ………!?」

 

 その行為に一瞬固まる飛鳥・耀・黒ウサギ・レティシアの四人。目を見開いて凝視する十六夜。ぎょっとするジン。

 そうしている間にもローズは服を脱ぎ終え、下着姿―――ではなく素っ裸になっていた。

 

「「「「「なあっ!!?」」」」」

 

「ほほう?」

 

 顔を真っ赤にして絶叫する黒ウサギ達。十六夜だけは瞳を光らせてローズの全身を見回す。

 ローズは「ん?」と小首を傾げて、

 

「どうかしたか、汝ら?」

 

「ど、どうかしたか、じゃないわ!何で服の下に何も身に付けて無いのよ!?」

 

「ぬ?それはワンピース以外不要だからに決まっているぞ飛鳥よ」

 

「いえ必要です!必要無いわけ無いのです!普通は服の下も身に付けるものです!」

 

「ほう。つまり人の子らや兎の娘、吸血鬼の娘も服の下は身に付けているというんだな?」

 

「あ、当たり前だ!寧ろワンピース以外身に付けていない君が可笑しいぞローズッ!」

 

「ふむ………そういうものか?」

 

「「「「そういうもの(よ・です・だ)!!」」」」

 

 黒ウサギ達女性陣に叱られてローズは納得いかないような顔をした。

 十六夜は「チッ」と舌打ちして、

 

「クソが、虹色の髪が邪魔で全身拝めねえじゃねえか!」

 

「ちょ、何を言っちゃってんですか十六夜さん!?」

 

 十六夜の唐突な変態発言にぎょっとした黒ウサギが慌ててツッコミを入れる。

 そう、ローズは素っ裸なのだが、辛うじて微かな胸の膨らみと下腹部は上手い具合に虹色の長い髪が隠していたのだ。

 ローズは「ほう」と十六夜を細めた青い瞳で見つめ、

 

「何だ十六夜?我の全身を余すところ無く見たいのか?」

 

「え?」

 

「ああ、見たい」

 

「な、何を言って」

 

「良いぞ。我が肢体を見尽くすが良い」

 

 そう言ってローズはその場でクルリと回った。それに伴い虹髪も一斉に舞い上がり、隠れていた大事な部分が晒け出てしまった。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

「ごちそうさま」

 

「―――――ブハッ!!?」

 

 これには黒ウサギ達女性陣の全身が紅潮して口をパクつかせる。十六夜は両手を合わせて感謝の意を示す。そしてジンは―――盛大に鼻血を撒き散らして床に仰向けの状態で倒れてしまった。

 

「え?ジ、ジン君!?」

 

「す、すみません、飛鳥さん………僕はもう、限界………です………」

 

「ジン君―――ッ!!」

 

 ガクリと鼻から大量に流血させたジンは力尽きたように気を失った。

 飛鳥はどうしよう、と狼狽し、耀もジンの額をペシペシ叩くも起きる気配はない。

 それをローズは不思議そうな表情で見つめて小首を傾げ、

 

「ふむ?ジンの坊やはまだまだ青いな。我の肢体を見て興奮するとは」

 

「ジン坊っちゃんはまだ子供で歳も十一です!当然なのですよこの御馬鹿様ッ!!!」

 

「いいからお前は服を着ろッ!!!」

 

 ズパァーンッ!ズビシッ!と黒ウサギのハリセンとレティシアの手刀がローズの頭を叩きのめす。

 ローズはムッとした顔で二人を睨んだが、仕方が無いな、と溜め息混じりに十六夜から掠め取ったメイド服を着るのだった。

 因みにメイド服以外に上下の下着も付いていた。どうやら白夜叉はローズが服の下に何も身に付けていないことを見抜いていたのだ。

 恐らく決闘の際に白夜叉の鋭い眼光が捉えていたのだろう。それを指摘せずに黙っていたのだ。流石は変態且つ残念な駄神だった。

 

 

ρ

 

 

 その騒動の真夜中。ローズはレティシアを屋敷の屋根上に呼び出した。

 レティシアは一体私に何の用があるのだ?と思いながらもローズの下へ来ていた。

 因みにレティシアの恰好は、純白と青を基調としたメイド服。

 ローズの恰好も、漆黒を基調としたメイド服で今度は白夜叉が用意したであろう漆黒の上下の下着も身に付けている。

 そんなメイド二人は、否、ローズが一方的にレティシアの頭の天辺から足先まで見つめ、

 

「単刀直入に言うが―――汝は弱いな」

 

「本当に容赦無しだな………勿論自覚はしているが」

 

 苦笑を零すレティシア。神格を失っているのだから、自分が弱体化しているのは痛い程分かっていた。

 ローズはなら良い、という風にニヤリと笑って、

 

「正直魔王戦は、今の汝では厳しい戦いになるだろうよ」

 

「そ、そうだな。嘗ての私なら前線で戦うことは出来たが、今は主殿達や君の足手纏いになってしまうかもしれない」

 

「そうだ。そんな汝に提案だが………吸血鬼の娘、いやレティシアよ。我の―――眷属になってみないか?」

 

「………は?」

 

 レティシアは一瞬ローズが何を言っているのか理解出来なかった。

 私が龍の純血の眷属に?とレティシアは紅い瞳を瞬かせる。

 

「………私が君の眷属に?」

 

「ああ。今の汝は弱い。それに我が汝を眷属にしたい理由は他に有る」

 

「他に?それはどんな理由だ?」

 

 レティシアが問うとローズはスッと瞳を細めて告げた。

 

「だって汝は、いや、汝ら吸血鬼は―――龍の純血が生み出した存在だろう?」

 

「………ッ!?」

 

「そう驚く事はない。我は全知全能だからな、それくらいは見抜けるぞ?それに汝からは龍の力を感じる故な、隠したところでバレバレだ娘」

 

 ローズの言葉にレティシアは観念したように苦笑いを浮かべた。

 

「そうか。君にはとっくにバレていたのか。………ああ、そうだ。君の言う通り私は龍の純血によって造られた吸血鬼だよ」

 

「ふふ。して汝の返答は?我の眷属になるか否か。強制はせぬ、ゆっくり考えると良い」

 

「……………」

 

 ローズの問いにレティシアは暫し考え込む。確かに彼女の眷属になれば強力な恩恵や加護が得られるかもしれない。寧ろ願ったり叶ったりだ。

 だがそれで本当に良いのか?神格を手離したのは自分であり、奪われたわけじゃない。仲間の為とはいえ自ら望んで弱体化してしまった自分が、彼女の眷属になり力を得る資格はあるのだろうか?と。

 レティシアが悩んでいると、ローズがフッと笑って、

 

「何だ、そんなことで悩んでいるのか吸血鬼の娘。仲間の為に、ならばそれは立派な行為だ。ただ自分が助かりたくて神格を(なげう)ったわけではないんだろう?」

 

「………!?あ、ああ。そうだが、でも………私に君の眷属になる資格は―――」

 

「有るぞ」

 

「え?」

 

 驚くレティシアにローズはニコリと微笑み、

 

「汝は友らを想って行動し神格を失ったんだろう?ならばそれで良いじゃないか。我も友らを守る為ならば、命など惜しくは無い。それは人の子らや兎の娘、そして―――吸血鬼の娘、汝も例外ではないぞ?」

 

「………!!そ、そうか」

 

「故に汝は弱き龍の子(むすめ)らしく、龍の神(われ)に守られていれば良い。それとも我では汝の主になるのは力不足か?」

 

「そ、そんなことは無い!寧ろ私が君の眷属になるのは勿体無さ過ぎるくらいだからな」

 

 慌てて手を振りながら言うレティシア。それにローズは「くく」と喉を鳴らして笑い、

 

「なら、我の眷属になってくれるな吸血鬼の娘よ?」

 

「………分かったよ。私の負けだ、君の眷属になろう。だが―――娘はやめてくれ。レティシアと呼んで欲しい」

 

「ふむ?我に意見するか。………くく、良いだろう。折角の記念すべき初眷属だしな。名で呼んでやるとしようか、レティシア」

 

「ああ。ありがとう、えーと………我が主?」

 

 小首を傾げて呼び方の確認を取るレティシア。ローズは悪戯っぽく笑って首を振り、

 

「そこは〝御主人様〟だろう?メイドの恰好である汝の呼び方はな」

 

「は?」

 

「それともレティシアは龍の子だからな………龍の神たる我を〝御母様〟と呼んでも良いぞ?〝マザー〟でも〝母上〟でも〝母君〟でも〝母様〟でも」

 

「………いや、主にさせてもらうよ」

 

「ふん、つまぬ奴だ。………まあ良いか」

 

 レティシアが乗ってくれなかったからちょっぴり残念そうな顔をする。

 まあそんなことよりも、やらなければならないことがある為、ローズはレティシアに呼び掛ける。

 

「さて、レティシアよ近う寄れ」

 

「ん?何だ、我が主?」

 

「口を開けろ」

 

「は?………ああ、分かった」

 

 ローズに言われた通り口を開けるレティシア。するとローズは右手の人差し指を彼女の口元へ持っていき、

 

「我が指を咥えろ」

 

「………は?」

 

「ん、説明不足だったな。我が指を咥え―――血を啜れレティシア」

 

「え?いや、それは必要なことなのか?」

 

「凄く必要だ。我が血を啜れば無限とはいかぬが、並みの純血の吸血鬼を遥かに凌駕する不死性と力を得られる」

 

「!?」

 

 ローズの言葉を聞いて瞳を見開かせるレティシア。不死性が増すということは、より死なずの肉体を得られることを意味していた。力も神格持ちの頃の自分にかなり近付くことが出来るかもしれない。

 だが、

 

「指からじゃなくて―――主の首筋から吸っちゃ駄目なのか?」

 

「………ほう?指より首筋が良いか。くく、強欲なる娘だなレティシア」

 

 そう言いながらもローズは漆黒のリボンを解いて左の首筋をレティシアの前に晒す。

 ローズの透き通るような白い首筋を前にしたレティシアはゴクリと生唾を飲み込み、彼女の背後へと回る。

 

「………本当に良いのか我が主?」

 

「問題ないぞ。我は〝不変〟故な、汝に吸血されたところで吸血鬼化せぬよ。我は永劫、龍として生きるが性なんでな」

 

「そ、そうか………では行くぞ我が主」

 

「うむ」

 

 レティシアはローズの白い首筋に牙を突き立てる。無限という割にはすんなりとレティシアの牙は彼女の体内に侵入し、鮮血を吸い上げる。

 これではまるでレティシアがローズを眷属化しようとしている絵面なのだが、ローズを眷属化させることは出来ない。何者にも為らない〝不変〟のギフトが有る限り彼女が龍以外の何かになることは絶対に無いのだから。

 暫くして、久し振りの吸血で喉を潤したレティシアはそっとローズの体内から牙を抜き取り、口周りに付いた血を舌で舐め取った。

 

「久し振りの生き血、堪能させてもらったよ主」

 

「ふむ?趣旨が違うが………まあ満足したなら良い。して、何か変化は見られたか?」

 

 肌蹴た服を直して訊くローズ。レティシアは小首を左右に捻り、

 

「ん?そうだな………別段体に変化は見られないが」

 

「そうか。なら試しに我を殴ってみろ」

 

 ローズにそう言われてレティシアは逡巡したが、相手は無限を司る龍神だ、と首を振って、

 

「ハァア!!」

 

 怒号一閃、拳をローズの腹部に叩き込む。その拳の速さは―――第三宇宙速度に匹敵していた。

 ローズはその一撃を受けてもやはり平然としていたが、レティシアを呆れたように見つめ、

 

「レティシアよ。我の血を吸いすぎだな。今の一撃は十六夜の足並みはあるぞ」

 

「は?」

 

「まあ良いか。我の龍の血を濃く受け継いでしまったからには〝龍殺し〟の恩恵に注意を払うことを忘れるな?」

 

「あ、ああ………気を付ける」

 

 それはつまり、レティシアがかなり龍の肉体に近付いてしまったことを意味していた。調子に乗って吸いすぎたことを後悔するレティシア。

 やれやれだな、とローズはレティシアの頭にポンと手を乗せ撫でやる。

 

「まあ〝龍殺し〟のギフトについては我が何とかするから安心しろ。それと主たる我から魔術の一端を貸し与えてやろう。龍らしいのがいいからな………〝火〟〝水〟〝風〟〝雷〟の四つのうちどれを選ぶ?」

 

「済まない、助かるよ我が主。………そうだな、私は―――〝雷〟がいいかな」

 

「ほう。〝雷〟………【ヴロンティ】か。ふふ、良いだろう。では早速貸し与えてやる。ギフトカードを我に寄越せレティシア」

 

「分かった」

 

 レティシアは頷いて自分のギフトカードを懐から取り出してローズに手渡しする。

 ローズはそれを受け取ると―――一瞬眩い光を放ち、すぐに収束した。そしてそれを確認するとローズはギフトカードをレティシアに返す。

 レティシアはありがたく新たなギフトが付与されたギフトカードを受け取り、確認した。

 其処には、〝純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)〟を始めとした、元々在ったギフトの中に新たなギフトの名前が三つ程刻まれていたのだった。

 

 紅と金と漆黒

 レティシア=ドラクレア

 ギフトネーム(追加ギフトのみ)

〝無限の加護〟

〝ウロボロスの眷属〟

〝雷の魔術師〟




一巻完結。そしてレティシアが強くなった。

レティシアのNEWギフト

〝無限の加護〟―――ローズの加護により、吸血鬼の弱点の一切を無効化。太陽の光も例外なく無効化。ただし〝龍殺し〟の恩恵だけは無効化出来ない。

〝ウロボロスの眷属〟―――ローズの眷属である証。身体能力は十六夜の足並みまで強化されており、最速は第三宇宙速度に達する。力は地殻変動級。まさに鬼神クラス。

〝雷の魔術師〟―――ローズから貸し与えられている雷の魔術を自在に操れるギフト。技名等は本編にて。


十六夜のNEWギフト

〝ウロボロスの瞳〟―――十六夜が望む力を一つだけ顕現させられるギフト。勿論何でも一つ顕現できるわけではないが、強力なのは間違いない。しかし十六夜はまだ使う気は更々無いようだ。


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番外編στ

 翌日、自室で目を覚ましたローズは上体を起こすと目に飛び込んできたのは、

 

「………我の私室で何をしている汝ら?」

 

「あ、起きた」

 

「起きたわね」

 

「ああ、起きたな」

 

 ローズが起きるのを今か今かと待ち詫びていた耀・飛鳥・十六夜の問題児三人が居た。

 ローズはまあ良い、という具合にベッドから降りて立ち上がる。そしてそのままクローゼットへ向かい開けて漆黒のメイド服を取り出しベッドに放る。

 次に箪笥を開けてこれまた漆黒のニーハイソックスと上下の下着を取り出してまたベッドに放る。後棚の上に置いて在った漆黒のベッドドレスも手に取り同じ場所へと放る。

 そしてローズがベッドの近くまで戻り放った服達のチェックを済ませると、徐にネグリジェを脱ぎ―――

 

「はい、ストップ!」

 

 ―――捨てられなかった。慌てて飛鳥が止めたのである。

 

「ぬ?何故我の着替えの邪魔をするんだ飛鳥?」

 

「何故、じゃないわ!周りを良く見なさい!ローズさんの部屋に十六夜君が居るのよ!?追い払わないで着替えを行っては駄目よ!」

 

 飛鳥が顔を赤くしながら十六夜を指差して叫ぶ。ローズは「ふむ?」と十六夜は一瞥し、

 

「別に十六夜が居ようが居まいが我は気にせぬよ。昨日の時点で我が肢体は彼に全て晒け済みだからな」

 

「そ、そういう問題ではないわ!ローズさんはもっと恥ずかしがるべきよ!」

 

「ふむ………そういうものか?」

 

「そういうものよ!ほら、春日部さんも何か言ってあげて!」

 

 飛鳥が耀に振ると、耀はコクリと頷き、

 

「………取り敢えず、十六夜は早く此処から出て行って。ローズが着替えられないから」

 

「あいよ。お邪魔虫は退散しますよ、っと」

 

 十六夜はケラケラと笑いながら部屋を出て行く前に振り返り、

 

「しかし中身も黒とかナイスチョイスだな、白夜叉。流石は―――」

 

「十六夜君、いいから出て行きなさい―――ッ!!」

 

 十六夜の顔面にローズの枕を投げて叩き付け黙らせる飛鳥。十六夜は「ヤハハ」と笑って部屋を退出した。

 飛鳥は「はあ」と溜め息を吐いて、耀に視線を向けると手を合わせて、

 

「十六夜君が覗かないか見張っててくれないかしら、春日部さん?」

 

「分かった。ドアノブをしっかり掴んで開かないようにする」

 

「ありがとう、春日部さん。それはそうと―――」

 

 キッとローズを睨み付けて飛鳥が吼えた。

 

「ローズさんは無防備過ぎるわ!いい?普通は男の人が居るところで着替えは始めないものなの!だから今度からは気を付けて!」

 

「む、だが」

 

「い・い・か・し・ら?」

 

「…………………………ああ、分かった。今度から気を付ける」

 

 飛鳥の反論を許さない物言いに、ローズは渋々頷くのだった。

 

 

σ

 

 

 着替えを終えたローズは飛鳥・耀・十六夜と共に食堂へ足を運び、其処で朝食を摂る。

 その後は大広間に子供達を除いた一同―――即ち、十六夜・飛鳥・耀・ローズ・レティシア・黒ウサギ・ジンの七人と一匹が集まった。

〝ノーネーム〟のギフトプレイヤー一同が集まったのを確認した十六夜は頷き、

 

「これより第一回魔王戦に向けてローズにバリバリ強化してもらおうぜ!―――の会を始めます」

 

「「始めます」」

 

「「「は?」」」

 

「ふむ?」

 

 十六夜に賛同するように首肯し拍手を贈る飛鳥と耀。いきなり過ぎて固まる黒ウサギ・ジン・レティシア。一人顎に手を当てて考えるローズ。

 十六夜は気にせず続けた。

 

「俺達〝ノーネーム〟は圧倒的人員不足な上に、このままだと白夜叉の言う通り魔王に勝てない。其処で我らの最強メイドこと、龍神様にギフトゲームを開催してもらってそれに俺達が挑んでドンドン強くなっていこうぜ!ってのが今回から始まった企画だ。異論の有る奴は挙手」

 

 しかし誰も手を挙げない。いや、もしかしたら挙げられないという方が正しいのかもしれない。もし此処で手を挙げてしまったら、十六夜率いる問題児集団の餌食になるのだと野性の勘が警告しているのだ。

 誰も手を挙げていないことを確認すると、十六夜はニヤリと笑ってローズを指差し、

 

「―――というわけで今日から宜しく頼むぜ、ローズ」

 

「いや待て十六夜。宜しくはいいが………何処でギフトゲームを行うんだ?」

 

 ローズの指摘に十六夜はそうだな、と少し考え込み、ふと妙案を思い付いたのかポンと手を叩き、

 

「そうだ、白夜叉のゲーム盤を借りよう」

 

「………成る程な。それは良い案だ。早速行こうじゃないか汝ら」

 

 十六夜の案に賛成したローズは、早速行動に移そうとしたが―――言い出しっぺの十六夜どころか飛鳥と耀も動こうとしない。

 それを不思議に思ったローズは小首を傾げて訊いた。

 

「どうした汝ら?早く白夜叉の下へ行かぬのか?」

 

「ああ、行くさ。勿論―――」

 

「「「空間転移で」」」

 

「………はあ。我をメイドにした理由はやはり―――とことん我を使い潰す気なんだな汝ら」

 

「「「それほどでも」」」

 

「いや、だから褒めてないからなっ!」

 

 照れる十六夜達を突っ込んだローズは「はあ」と再度溜め息を吐くと、他の黒ウサギ・ジン・レティシアを見回す。

 その後にローズは指を鳴らして、景色はガラリと変わり―――一瞬で白夜叉の私室に転移した。〝サウザンドアイズ〟支店に直接転移したのだ。

 十六夜達はローズの相変わらずデタラメ過ぎる空間制御の魔術に驚嘆の声を洩らす。

 そして同じ様に驚いた白夜叉がローズ達を見回して、

 

「おんしら、不法侵入は犯罪じゃぞ?この落とし前をどう付けるつもりだ!」

 

「「「黒ウサギなら彼処に」」」

 

「へ?ちょ、御三人様!?黒ウサギを生け贄に捧げるのは酷」

 

「いぃぃやっほぉぉぉぉぉ黒ウサギイィィィィ!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 五回転半捻りして襖を突き破りながら吹き飛ぶ白夜叉と黒ウサギ。勿論白夜叉が黒ウサギにフライングボディーアタックをかましてだが。

 そして見事な位置に池が在り―――バシャン!と着水したのだった。

 

 

τ

 

 

 ずぶ濡れになった黒ウサギと白夜叉を火の魔術で乾かしたローズ。

 その後、十六夜が趣旨を白夜叉に伝えると、

 

「くく、それは面白い方法だの!ローズちゃんという鍛えてもらうにはピッタリのメイド―――ではなく魔王がおったとは、すっかり盲点だったわい」

 

「うんうん」と頷く白夜叉。ローズは眉を寄せて白夜叉を睨み、

 

「それはそうと、何故我をちゃん付けしたんだ白夜叉?我と汝の仲は其処まで親しかったか?」

 

「ん?ふふ、それはのう―――おんしが私の作ったメイド服を着ているからじゃ!」

 

「………ほう?つまり、我の着ている―――〝このメイド服は私が作った物!即ちおんしは私のペット同然なのだよッ!!〟―――と言いたいわけだな?」

 

「うむ、その通りだッ!!」

 

 ビシッ!と親指を立てて決める白夜叉。ローズは深い溜め息を吐いて、この星霊は頭の構造がどうかしてるな、と思った。

 一方のレティシアは白夜叉を睨み付け、

 

「余り私の主を苛めないでくれ白夜叉。只でさえ主殿達にも早速こき使われているのだからな」

 

「ほう。それは済まんかったのレティシア。ところでおんし―――ローズちゃんの眷属になったようだの?」

 

「―――ッ!?」

 

 白夜叉に看破されてドキリとするレティシア。レティシアは不意に視線を感じて振り返る。其処には、

 

「………へえ?吸血鬼ロリがローズの眷属に、ねえ?」

 

「そう………ローズさんがレティシアをメイドとしては要らないと言った理由はそうだったのね」

 

「私達にコソコソ隠れて一人だけローズに力をもらってたんだ、ふうん?」

 

「あ、いや、その………だな、主殿達。これには深いわけが―――」

 

 レティシアは弁明するも十六夜達の耳に届いた様子は見受けられない。ローズはスッとレティシアを庇うように前に出た。

 

「責めるなら我にしろ汝ら。レティシアを眷属に誘ったのは我なのだからな」

 

「!!………我が主?」

 

「ん?何だレティシア?汝は我の眷属。庇うのは当たり前だろう?」

 

「そ、そうか」

 

 少し照れ臭そうに頬を掻くレティシア。その様子をにこやかに眺めるローズ。

 そんな二人をニヤニヤと問題児三人は眺めていると、一向に話が先に進まないのでジンが話を戻す。

 

「それでその、白夜叉様。ローズさんとギフトゲームを行う為にゲーム盤を御借りしても宜しいでしょうか?」

 

「うむ、構わんよ。ちゃんと前払いは黒ウサギが体で払ってくれておるし、私的には全然OKだの!」

 

「そ、そんないかがわしいことをしたみたいな言い方をしないで下さいませ!変な誤解を招―――」

 

「「「つまり黒ウサギはエ」」」

 

「言わせるかこの御馬鹿様方ッ!!!」

 

 ズドパパァーンッ!と今までより一番強力な黒ウサギのハリセンが問題児三人の頭を叩きのめしたのだった。



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番外編υφ

 場所は白夜叉のゲーム盤―――水平に廻る白夜と雪原の大地の世界へローズ達七人と一匹は来ていた。

 そしてローズの〝主催者権限(ホストマスター)〟により顕現した黒く輝く〝契約書類(ギアスロール)〟が十六夜達の下へ舞い降りる。

 

 

『ギフトゲーム名〝龍を捕らえし者達〟

 

 ・プレイヤー一覧

 逆廻 十六夜

 久遠 飛鳥

 春日部 耀

 ジン=ラッセル

 黒ウサギ

 レティシア=ドラクレア

 

 ・勝利条件

 ホストマスターの捕獲。

 

 ・敗北条件

 降参か、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 〝ノーネーム〟無限の魔王 印』

 

 

 十六夜達は〝契約書類〟に目を通し終えると、まず十六夜が不敵な笑みを浮かべて、

 

「ローズの捕獲、か。一撃当てるより難易度高そうなゲームだな」

 

「はいな。〝当てる〟のではなく〝捕らえる〟わけですからかなりの難易度で御座います」

 

 十六夜の呟きに答える黒ウサギ。飛鳥も厳しい表情で〝契約書類〟を見つめていた。

 

「ローズさんに一撃当てるだけでも困難そうだというのに、捕まえろ………ねえ。私達に出来るのかしら」

 

「そうだね。でもこれくらい出来無いと魔王戦は勝ち抜けないのかな?」

 

 小首を傾げて耀が応える。レティシアは強化された身体能力で何処までローズに通用するか楽しみだった。

 

「主の眷属になってからお披露目は初だな。今の私で何処まで出来るか………」

 

「僕では正直何も出来無い気がしますが………頑張ります!」

 

 ジンも気合いを入れてローズを見る。十六夜達六人とローズの間合いは数メートル。ローズはニヤリと笑って宣言した。

 

「安心しろ。初日だし手は抜いてやる。そうだな………我が出す最高速度は第三宇宙速度で留めておこう。これなら十六夜とレティシアならばいけるぞ?」

 

「へえ?そりゃ太っ腹なことだな。つか吸血鬼ロリは俺の速度に付いて来れるようになったのか!それは心強いぜ」

 

「ふふ、ローズ()のお陰で私は十六夜(主殿)の足並みぐらいまでは強化されているからな。期待に添えられるよう頑張るよ」

 

 レティシアがそう言うと、十六夜はマジか!と笑みを浮かべた。

 ローズは二人から視線を外して飛鳥達を見つめ訊いた。

 

「初日だからな。他に制限して欲しいのはあるか汝ら?」

 

「そうね。ギフトの使用を禁止にして欲しいわ」

 

「………ほう」

 

「うん。第三宇宙速度がどれくらいかは分からないけど、ギフト使用可だったら私達が無理」

 

 飛鳥の提案に賛成する耀。ローズは確かにそうだな、と頷き、

 

「良いだろう。〝契約書類〟にホストマスター(われ)の禁止事項として、〝第三宇宙速度以上で動くのを禁ず〟〝ギフトの使用を禁ず〟の二つを追加した。これで良いな?」

 

「「うん」」

 

「おう」

 

「ああ」

 

「YES!」

 

「はい!」

 

 飛鳥達が首肯し、ローズも頷き手を叩いた。

 

「うむ。では―――始め」

 

 

υ

 

 

 最初に動いたのは十六夜だった。大地を踏み砕く勢いで飛び出してローズに肉薄する。

 第三宇宙速度でローズを捕らえに掛かるが、同速度で手を弾かれる。

 その攻防を繰り返している隙に、レティシアがローズの背後に回って捕らえに掛かる。

 その気配を察知したローズは、真横に跳び回避する。流石に速度制限が掛かった状態では、二人を同時に相手するのは分が悪いと思ったのだ。

 勿論十六夜とレティシアは、ローズが真横に跳んだすぐ後に十六夜は地を駆け、レティシアは空を翔び追う。

 二人は第三宇宙速度を維持したまま地を駆け抜けるローズを同速度で追うという、飛鳥達が割り込む隙が無い追いかけっこが始まった。

 光の速さと見紛うかのような三人の速度に、付いていけない飛鳥が呆れたように呟く。

 

「三人共凄いわね………どうやって私達はローズさんを捕らえればいいのかしらね」

 

「奇襲を掛けるくらい………かな?」

 

「そうで御座いますね。取り敢えず、ローズさんが此方に突っ込んで来た時に捕らえに掛かりましょう」

 

「そう言ってる間に来ましたよ皆さん!」

 

「「「!!」」」

 

 ハッと視線を前に戻すと、一直線に切り換えたローズが飛鳥達に突っ込んで来ようとしていた。

 ローズがわざわざ飛鳥達の方へ来たのは、このゲームは十六夜とレティシアだけの為のものではないからだ。

 チャンスが巡ってきた飛鳥達は、まず飛鳥がローズの足止めをしようと一喝した。

 

()()()()()()!」

 

 飛鳥の恩恵(ギフト)〝威光〟で、ローズの足を止める………はずだった。

 

「嘘!?全く効いてない!?」

 

 そう、飛鳥のギフトはローズの足止めを一秒足りとも発揮することなく彼女に砕かれたのだ。

 それもそのはず、飛鳥とローズの格の違いは次元を超える程の差が生じているのだから。

 飛鳥が悔しそうな表情でローズの方を眺め、その彼女は飛鳥の横を駆け抜けようとした。

 

「………そこっ!」

 

 それを飛鳥の背後で待ち構えていた耀が、グリフォンのギフトで旋風を巻き起こして飛び出し、ローズの眼前に躍り出た。

 そして不意を突いてローズを捕らえに掛かる耀。が、ローズは難なくそれを回避した。

 

「もらいました!」

 

「ぬっ!?」

 

 ローズが躱したすぐ其処に超音速で飛び込んだ黒ウサギが迫っていた。

 不意を重ねた不意打ちに、流石のローズも驚いたが、すぐに真横に跳んで躱わす。黒ウサギの手がローズの服を掠めたところで終わる。

 しかし真横に跳んだ其処には第三宇宙速度で低空飛行していたレティシアが居た。

 

「ふふ。我が主から私のところに飛び込んできてくれるとは嬉しいぞ」

 

「………!ちぃ!」

 

 回避出来ないと悟ったローズは舌打ちし、レティシアに殴り掛かった。

 

「―――くっ!?」

 

 レティシアは反射的にローズの拳を防御するが、衝撃は殺せずに後ろに吹き飛ばされてしまう。

 ローズは逃げるのみで今回のゲームを行うつもりだったのだが、流石に空中では避けられなかった為、暴挙に出てしまった。

 着地と共に振り返ると、ローズの眼前には第三宇宙速度を遥かに凌駕した速度で跳躍した十六夜が居た。

 

「もらった!」

 

「!?」

 

 タイミングはバッチリで速度もローズより速い。勝った―――と十六夜は手を伸ばしながら思ったのだが、

 

「惜しいな」

 

 いつの間にかローズの手が十六夜の伸ばした手に接近しており、そのまま弾かれてしまった。

 

「なっ………!?」

 

 完璧だったタイミングで、しかもローズより速い速度で肉薄したはずなのに、捕らえようとした手は弾かれた。

 十六夜は一瞬だけ考えるとすぐに結論が出た。

 

「(まさか、俺の手の内を読まれていた!?)」

 

 そう、速度が速ければ普通はそれより遅いものが足掻こうが無理だ。

 だが速度が速かろうが、動きを読まれていたのなら、あとはタイミングを合わせただけでどうとでもなる。

 十六夜の速度は確かにローズを上回っていた。が、動きが単調過ぎてローズに読まれてしまっていたのだ。

 彼処はただ手を伸ばして捕らえようとするのではなく、フェイクで一度相手を欺くべきだった。

 そして十六夜の意識がローズから離れた一瞬の隙を突き、彼の視界から離脱するローズ。

 ローズが駆けた先にはジンが居た。このまま突っ込めば彼を余波のみで消し飛ばしかねない。

 ならばと左右を確認する。しかし其処には右は黒ウサギ、左は耀と飛鳥が押さえていた。では上は、と視線を向けるが、其処も吹き飛ばしたはずのレティシアが押さえていた。後ろには勿論十六夜が迫っている。

 耀達の方は一見簡単に見えるが、すぐ傍には雪原の森林が有る。飛鳥が木々を操れば、それをローズが拳で砕いてる時に隙が出来てしまう。

 ギフトの使用は禁じられている。空間制御の魔術ならば簡単に抜け出せるのだが、流石にこれはギフト無しでは切り抜けられない。

 

「(………ふむ。ハンデが大きすぎたか)」

 

 ローズは苦笑を零し、そのままジンに突っ込んだ。

 

「「「え!?」」」

 

「「………は!?」」

 

「ええ―――!?」

 

 ローズの行動にぎょっとする一同。最も驚いているのはジンだった。

 ローズは気にせずジンを優しく抱き止めて駆ける足を止める。

 その隙に十六夜が一瞬で追い付きローズの腕を掴んで勝敗は決した。

 ローズの捕獲に成功した十六夜達プレイヤー側の勝利に終わったのだった。

 

 

φ

 

 

 ゲームを終えてローズは頭を掻いて一言、

 

「ふむ………まさか飛び込んだ先にジンの坊やが居るとはな。してやられた」

 

「え?いえ、僕は別に」

 

「ああ。彼処に御チビが居なかったらまた振り出しに戻ってたぜ」

 

「ええ、助かったわジン君」

 

「ナイスプレイだったよ、ジン」

 

 ローズだけでなく十六夜・飛鳥・耀からも称賛が贈られて、ジンは照れ臭そうに頬を掻く。

 その光景を微笑ましそうに眺める白夜叉と黒ウサギ。しかしレティシアだけは不満そうにローズを睨み付け、

 

「それはそうと我が主。何故私だけ殴られなきゃならなかったのだ!」

 

「いや、あれはそうしなければ捕まってたからな。空中では汝を躱せなかったんだ。〝空を飛ぶ〟行為もハンデとして禁止していたんでな」

 

「そ、そうか」

 

 それを聞いてホッと胸を撫で下ろすレティシア。自分だけ雑に扱われたのかと思ったのだろう。

 レティシアの心情を読み取ったローズはやれやれだな、と苦笑を零した。

 これで今日のギフトゲームはお終い―――かと思い気や十六夜が拳を叩いて呟く。

 

「何か物足りねえな。捕獲ゲームもそこそこ楽しめたが………ねえ?」

 

「ほう。物足りないか。………ふむ、では―――」

 

「ふふ。ならば小僧。私の試練を受けるか?」

 

「ぬ?」

 

「あん?」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 唐突に割り込んできた白夜叉がニヤリと笑って言う。それに驚く一同だったが、十六夜が嬉々とした笑みで白夜叉に向き直り、

 

「へえ?白夜叉が相手してくれるのか?そりゃいい」

 

「うむ。折角私のゲーム盤に来ておるのだからな。私も少しは楽しませろ」

 

「呵々!」と笑って白夜叉が細めた金の瞳で十六夜を見つめる。

 それに十六夜は不敵に笑って一歩前に歩み出て、

 

「いいぜ。早速殺ろうか白夜叉!」

 

「ふふ、良かろう。ならば私の試練といこうか!」

 

 そう言って白夜叉は柏手を打ち、十六夜の手元に輝く羊皮紙―――〝契約書類〟が舞い降りた。



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番外編χψ

『ギフトゲーム名〝白夜を穿て〟

 

 ・プレイヤー一覧

 逆廻 十六夜

 

 ・勝利条件

 ホストマスターに一撃与える。

 

 ・敗北条件

 降参か、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 〝サウザンドアイズ〟印』

 

 

契約書類(ギアスロール)〟を見終えた十六夜は白夜叉を見つめて嬉々とした笑みを浮かべた。

 

「白夜叉に一撃与える、か。いいぜいいぜいいなオイ!やっぱゲームはそうじゃないとな!」

 

「ふふ、喜んでもらえて何よりだの。さて―――では始めるとしようか」

 

 白夜叉の合図と共に、十六夜は大地を踏み砕く勢いで飛び出して彼女に肉薄した。

 そのまま第三宇宙速度で白夜叉に殴り掛かる。

 

「ほう。確かに速いが―――単調だの」

 

 白夜叉は感心するも簡単に十六夜の拳を弾く。そしてカウンターの一撃を彼の腹部に叩き込む。

 だが十六夜はニヤリと笑って白夜叉の腕を掴み、

 

「ハッ、効かねえな!」

 

「む。ちと手加減し過ぎたようだの」

 

 そう言って白夜叉は地殻変動級の蹴りを十六夜の脇腹目掛けて振り抜く。

 力の変動に気付いた十六夜は腕で防御するも吹き飛ばされた。

 数メートル飛ばされた十六夜は「チッ」と舌打ちし、

 

「何だよ。まだ出せるじゃねえか」

 

「ふん、当たり前だ。まだまだこんなものではないぞ小僧」

 

 白夜叉は扇を取り出して縦一閃。一刃の風の斬撃となって十六夜を襲う。

 しかし十六夜は腕を横一閃で掻き消した。

 

「ふむ、やるのう。これはどうかな?」

 

 白夜叉は扇を広げて振り上げる。すると十六夜へと鎌鼬の如く無数の風の刃が殺到した。

 十六夜は「ヤハハ」と笑いながら俊足を持って風の刃を潜り抜け、大地を踏み抜き白夜叉へ跳躍。第三宇宙速度を凌駕した速度で拳を振り抜く。

 

「なんの!」

 

 白夜叉は十六夜の拳を扇で受け止め、左手に溜めた衝撃波を彼の腹部に叩き込む。

 

「ぐっ………!?」

 

 凄まじい衝撃波の直撃を受けた十六夜は後ろに吹き飛び、地面に叩き付けられた。

 十六夜が起き上がると同時に、白夜叉は扇を仕舞って双掌から火柱を生み出し彼へと振り下ろす。

 

「カッ―――しゃらくせえ!!」

 

 迫る火柱に拳を叩き付けて跡形も無く粉砕する十六夜。

 白夜叉は「ほう」と驚嘆の声を洩らし、

 

「ふふ、おんしも夜叉の神格は通用せんか。ならば―――」

 

 白夜叉は右手を十六夜に向けて突き出し、熱閃を放った。それに十六夜は拳で迎え撃とうかと考えたが、その炎は明らかに先程の火柱とは格が違っていた為、躱すことにした。

 

「………へえ。今のが太陽光線みたいなものか?」

 

「ふふ、まあそんなところだ。さて小僧………第二ラウンドと行こうか」

 

 白夜叉は指を鳴らす。すると自身の周りに極小だが無数の太陽の光球が発生していた。

 十六夜はそれを見上げて「呵ッ!」と笑い、真正面から挑むのだった。

 

 

χ

 

 

 白熱する白夜叉と十六夜の戦いを見て、飛鳥・耀・黒ウサギ・ジン・レティシアの五人は唖然としていた。

 

「やっぱり十六夜君は異常だわ。彼は本当に人間なの?」

 

「うん。種族偽ってる?」

 

「いや、彼は紛れもなく人間だぞ飛鳥、耀」

 

 二人の疑問の声に、苦笑いで答えるローズ。黒ウサギ・ジン・レティシアも苦笑した。

 二人の戦いを見て、ふと飛鳥がローズに向き直り、

 

「楽しそうな十六夜君を見ていると、私もローズさんの試練を受けたいわ」

 

「ほう。個々で我が試練に望みたいと?」

 

「ええ。それに十六夜君やレティシアだけ狡いもの。私だってギフトが得られるゲームをしたいわ」

 

 飛鳥がそう言うと、横から耀も割り込んできて、

 

「私も、ローズの試練を沢山受けて幻獣の友達増やしたい」

 

「ふむ?幻獣(とも)を増やしたいか」

 

「うん」

 

 耀が首肯すると、ローズは飛鳥と耀を見回して頷き、

 

「ふふ、良いだろう。して、汝らはマスターしたい属性は有るか?」

 

「「属性?」」

 

「ああ。〝火〟〝水〟〝風〟〝地〟〝雷〟〝氷〟〝光〟〝闇〟など他にも有るが………どれにする?」

 

 ローズが問うと、二人は考え込み、まず飛鳥が手を挙げて、

 

「私は〝水〟がいいわ。ローズさんがお風呂の時に見せてくれた〝水球〟とか作ってみたいもの」

 

「ほう、〝水〟―――【ネロ】か。飛鳥が水を操る、中々様になっているじゃないか」

 

「そうかしら?そう言われると少し照れ臭いのだけれど………ふふ、ありがとうローズさん」

 

 ローズに褒められて照れる飛鳥。一方の耀は、決定したのか挙手して、

 

「私は〝闇〟がいい。以前、白夜叉と戦った時にローズが見せたあの黒々としたのを自在に操りたいかな」

 

「ふむ、〝闇〟―――【スコタビ】か。予想外なチョイスだが………本当に良いんだな?」

 

「うん。大丈夫、問題ない」

 

 ローズが確認すると、耀は変更無しの意思を見せる。それにローズは分かった、と頷き、

 

「最終確認するが、飛鳥は〝水〟で耀が〝闇〟で良いな?」

 

「「うん」」

 

 飛鳥と耀は異論は無い、と首肯する。それを確認したローズは頷いて、虚空から混沌色(ダークネスブラック)のギフトカードを顕現させ手に取る。

 そしてギフトカードを掲げると、飛鳥と耀の手元にそれぞれ別の試練が記された―――黒く輝く〝契約書類〟が二枚舞い降りた。

 

 

《飛鳥の〝契約書類〟文面》

 

 

『ギフトゲーム名〝海を支配する者〟

 

 ・プレイヤー一覧

 久遠 飛鳥

 

 ・勝利条件

 ホストマスターが異界より召喚した龍を支配する。

 

 ・敗北条件

 降参か、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・ルール

 このゲームはプレイヤー側が敗北条件を満たさない限り、無期限開催とする。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 〝ノーネーム〟無限の魔王 印』

 

 

《耀の〝契約書類〟文面》

 

 

『ギフトゲーム名〝暗闇を掴みし者〟

 

 ・プレイヤー一覧

 春日部 耀

 

 ・勝利条件

 ホストマスターが異界より召喚した龍に認められる。

 

 ・敗北条件

 降参か、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・ルール

 このゲームはプレイヤー側が敗北条件を満たさない限り、無期限開催とする。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 〝ノーネーム〟無限の魔王 印』

 

 

 それぞれの〝契約書類〟を見終えた飛鳥と耀は瞳をキラキラと輝かせると口を揃えて、

 

「「龍?」」

 

「うむ。ギフトが欲しいなら、今から喚び出す龍神達のゲームをクリアするんだな」

 

 そう言ってローズは再度ギフトカードを掲げると、飛鳥と耀の眼前に少女が二人現れた。

 

「「え?」」

 

 龍と聞いて心が躍っていた飛鳥と耀。しかし登場したのは少女達だった為きょとんとしてしまった。

 飛鳥の前に居るのは、青髪と蒼色の瞳に水玉模様のワンピースを着た少女。

 耀の前に居るのは、金髪と金色の瞳に闇を彷彿させるようなロリータを着た少女だった。

 

「………え?ここ、は?」

 

「ふむん?あぺの知らぬ場所のようじゃのう」

 

 青髪の少女と金髪の少女が物珍しそうに辺りを見回す。

 だがローズが視界に映ると、驚いた表情で青髪の少女は声を上げた。

 

「あれ?ウ、ウロボロス………さん!?」

 

「ふむん?主様が居るということは―――此処は宇宙じゃな」

 

「いや、違うからな?此処は箱庭という場所且つ白夜叉のゲーム盤だよ」

 

 勘違いする金髪の少女に説明するローズ。しかしそれだけでは理解出来るはずもなく二人は小首を傾げて、

 

「箱庭、って何ですか………?」

 

「げーむばん?とは何なのじゃ主様。あぺには理解出来ぬのじゃが」

 

「………そうだな。後で詳しく話してやる。だが今は―――な?」

 

 ローズが飛鳥と耀を指差して促す。二人は飛鳥達に向き直り、

 

「えっと………誰、ですか?」

 

「………ふむん?なんじゃ、うぬらは」

 

「それは此方の台詞よ。貴女達は………龍であってるのかしら?」

 

 飛鳥の問いに二人は顔を見合わせて頷き、

 

「私は、メソポタミア神話出身の………原初の海女神―――海神龍ティアマト、です」

 

「あぺはエジプト神話出身の悪の化身―――暗黒龍アペプじゃ」

 

 自己紹介した青髪の少女―――改めティアマトと、金髪の少女―――改めアペプ。

 やっぱり龍なんだ、と飛鳥と耀は驚嘆し、互いに顔を見合わせた後、龍二人に向き直り、

 

「私は久遠飛鳥よ。貴女が私を試してくださる龍なのね?」

 

「え?あ、はい………よろしく、お願いします」

 

「私は春日部耀。貴女が私と友達になってくれる龍?」

 

「ふむん?うぬはあぺと友達になりたいのじゃな?ならばうぬの力をあぺに示すがよい」

 

 飛鳥とティアマト、耀とアペプが対峙し、それぞれのギフトゲームが開始された。

 

 

ψ

 

 

 飛鳥達のギフトゲームも始まり、現在三つのゲームが進行された状態だ。

 観戦していた黒ウサギが驚愕の声でローズに詰め寄り、

 

「ロ、ローズさん!?飛鳥さんと耀さんの試練に用意したあのお二方は龍なのですか!?」

 

「うむ。ティアマトとアペプは我が世界と繋がった異世界の龍達でな。我が監視下においていた世界だ」

 

「か、監視下ですか!?」

 

 ローズの言葉に驚くジン。レティシアは瞳を丸くしてローズに訊いた。

 

「メソポタミア神話の世界とエジプト神話の世界を監視下においていたということは………我が主が宇宙を漂っていたというのはそういう意味だったのか?」

 

「ああ、そうだ。ちなみに彼女らも我と同じで〝混沌〟を司る龍だな」

 

「「「は?」」」

 

 一瞬固まる黒ウサギ・ジン・レティシアの三人。だがハッと我に返った黒ウサギが愕然とし、

 

「え?じ、じゃあ今、飛鳥さん達はとんでもない龍達とギフトゲームをしているという事で御座いますか!?」

 

「そうなるな。だが案ずるな。あのゲームは決闘というわけではないからな。飛鳥達が我の友らを手に入れるに相応しいかどうかを―――」

 

「………へ?友ら?ローズさんって、この箱庭に来る前は友達居なかったんじゃ」

 

「ん?―――あ、」

 

 ローズは失言に気付いて額に汗が伝った。流石に他の世界と係りがあるのと、且つ異世界に友達がいるというのは口走るべきではなかった。まあ、箱庭とは今まで無縁だったのは本当だが。

 黒ウサギは怪しい笑みを浮かべてローズを見つめ、

 

「フフフフ、嘘はいけませんよローズさん?居るなら居ると黒ウサギ達にも教えて下されば良かったのに」

 

「………ああ、済まぬな。というより嘘を吐くなとは汝には言われたくないんだが?」

 

「う、返す言葉も御座いません………」

 

 一転して弱気になる黒ウサギ。まあコミュニティの状況を隠し通そうとしていた罪があったからそうなるのは仕方が無いことだった。

 それにジンとレティシアは苦笑して、ふとレティシアがローズに歩み寄り、

 

「我が主。私の騎士としての腕も、磨いてくれると嬉しいのだが」

 

「ふむ。そうだな。レティシアは我の眷属。良いだろう、我が直々に汝を鍛えてやろうじゃないか」

 

「そうか!ありがとう我が主」

 

「ふふ、礼は要らぬよ。さて、ゲーム形式にする必要は無いからな。どっからでも掛かって来いレティシア」

 

「分かったぞ、我が主―――では行くぞッ!」

 

 そう言ってレティシアはギフトカードから長柄の槍を取り出して構え、ローズに突貫したのだった。

 その様子を黒ウサギとジンは眺めて、

 

「………どうせなら黒ウサギ達も強化してもらえば良かったのです」

 

「そ、そうだね黒ウサギ」

 

 黒ウサギとジンはガクリと肩を落とした。

 こうして〝ノーネーム〟強化プロジェクトは指導したのだった。




はい、次回から二巻です。

海神龍ティアマトの容姿と口調はデート・ア・ライブの四糸乃です。なお、よしのんはなしです。

暗黒龍アペプの容姿と口調はデート・ア・ライブの星宮六喰です。


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あら、魔王襲来のお知らせ?
αα


 ―――〝ノーネーム〟本拠。地下三階の書庫。

 其処には書籍漁りで疲れた十六夜とジンが眠りこけていた。十六夜は首をもたげて呟く。

 

「………ん……御チビ、起きてるか?」

 

「………くー………」

 

「寝てるか………まあ、俺のペースに合わせて本を読んでいたんだから当然だな………」

 

 十六夜は「ふぁ」と欠伸をすると、ふと虹色の何かが彼の視界を掠めた。

 

「あん?」

 

 首を回して右隣を見ると―――床の上で丸まって寝息を立てていた虹髪の漆黒メイドの幼い少女・ローズが居た。

 十六夜は目を丸くして眠っているローズを見つめ、

 

「………何でこいつが此処にいんだ?」

 

 十六夜は眠い頭を起こして推測する。恐らく自分達を捜しに来たはいいが気持ち良さそうに寝ていた為、起こす気にはなれず最終的に彼女も釣られて寝てしまった………といったところだろう。

 十六夜は苦笑しながらも、ローズの頬を指で突っついたり、つねったり、引っ張ったりするが彼女が起きる気配はない。

 次に凸ピンをかましたり、脳天に強烈な手刀を叩き込んだり、スカートの裾を捲って「今日も黒か」と真剣な顔でチェックしたりするがやはり微塵も起きる気配はない。

 マジか、と苦笑いを浮かべながらローズを持ち上げてみる。

 

「………ホント軽いな。本当に無限司ってるのかこいつ。―――つか寝てる時、無防備すぎるだろオイ」

 

 まあ体重が軽いのと無限の恩恵(ギフト)は関係ないだろうけどな、と十六夜は思う。

 だがふとジンとローズを交互に見て、十六夜は面白そうな悪戯を見出だしニヤリと笑った。

 早速行動に移した十六夜はまず、持ち上げていたローズを柱に凭れかけさせ正座させる。

 続いてジンを起こさないようにそっと持ち上げて、彼の頭をローズのメイド服越しの太腿に乗せて寝かせ、顔を彼女のエプロン側に向けさせた。

 これでローズがジンを膝枕させた状態で共に眠っている構図になった。それを見て十六夜はほくそ笑む。

 丁度其処へ、飛鳥達が慌ただしく階段を下りてきた。

 

「十六夜君!何処に居るの!?」

 

「ん?ああ、お嬢様か。ちょっとこっち来な」

 

 十六夜は飛鳥・耀・割烹着姿の狐娘―――リリを手招く。それに飛鳥達は小首を傾げて、

 

「十六夜君?どうかし―――あら?」

 

「………これは、何か良い絵」

 

「ジ、ジン君がローズ様に膝枕されて気持ち良さそうに眠ってます!」

 

 飛鳥・耀・リリがニヤニヤと、ニコニコと仲良さそうに寝ているローズとジンを眺めた。

 すると、騒がしかったのかジンが目を覚ましてゆっくりと目を開けた。

 

「………え?」

 

 そしてジンの視界に広がる漆黒のエプロンと、頭の下から伝わる柔らかい感触。ちょっと身動ぎした瞬間、彼の視界を虹色の髪が掠める。

 ジンはハッとして視線を上に向けると―――人形を彷彿させるようなローズの寝顔が映った。

 

「―――うわあ!?」

 

 ジンは驚きの余り飛び起きる。が、床に散乱していた本を踏んでしまったようでバランスを崩し、

 

「わわっ!?」

 

 柱に背を凭れかからせていたローズを押し倒し、そのまま縺れ合うように二人は床に倒れた。

 

「いたたた………」

 

 ジンはゆっくりと起き上がると、いつの間にか目を覚ましていたローズの青白い焔のような瞳と彼の目が合い、

 

「―――ふむ?これは一体何の真似だ、ジンの坊やよ?」

 

「え?―――あ、」

 

 ローズの問いにジンは血の気が引いた。それもそのはずジンはローズの腹部に跨がった状態で乗っかり、彼の両手は―――彼女の微かな胸の膨らみをエプロン越しに捉えていた。

 

「~~~~~っ!!!」

 

 ジンは全身を真っ赤にすると、慌ててローズの上から跳び退く。そして彼は何度も何度も頭を下げて謝った。

 

「ご、ごごごごごめんなさいローズさん!!僕はその、そんなつもりはなかったんです………!!」

 

「………ん、まあ不慮の事故のようなものだろう?なら我はもう気にしてないから謝罪は良いぞ」

 

 ローズは平然とした態度でジンを許した。しかし彼女の頬が微かに赤く染まっている。裸を見られても全く気にしない彼女だが、異性に触れられるのはまだ慣れていないのだろう。

 その光景を見ていた飛鳥達はニヤニヤと笑ってジンに一言、

 

「あら、ジン君ったら大胆ね」

 

「うん。ローズを押し倒すなんて、ジンは出来る子」

 

「ジン君、不潔です!」

 

「ヤッハハハ!御チビ様、超グッジョブ!」

 

「なっ!?だ、だから僕は違うんですってば―――!!」

 

 憐れな少年、ジン=ラッセルの絶叫が本拠に木霊したのだった。

 

 

αα

 

 

 騒動が一段落着いて、十六夜は飛鳥に問う。

 

「んで、お嬢様達は俺達を捜していたみたいだが………用件は何だ?」

 

「ええ。いいからコレを読みなさい。十六夜君なら絶対に喜ぶわ」

 

「うん?」

 

 飛鳥から開封された招待状を受け取り、十六夜はそれに目を通す。

 

「双女神の封蝋………白夜叉からか?あー何々?北と東の〝階層支配者(フロアマスター)〟による共同祭典―――〝火龍誕生祭〟の招待状?」

 

「そう。よく分からないけど、きっと凄いお祭りだわ。十六夜君もワクワクするでしょう?」

 

 何故か自慢げな飛鳥。十六夜はそうだな、と頷き、

 

「『北側の鬼種や精霊達が作り出した美術工芸品の展覧会及び批評会に加え、様々な〝主催者〟がギフトゲームを開催。メインは〝階層支配者〟が主催する大祭を予定しております』………か。クソが、少し面白そうじゃねえか行ってみようかなオイ♪」

 

「ノリノリね」

 

 十六夜はすぐさま制服を着込み、ローズに向き直り、

 

「そうと決まればローズ!早速で悪いんだが、空間転移で北側まで俺達を連れてけコラ!」

 

「連れてけコラ!」

 

 十六夜の真似をする耀。ローズは「ふむ」と考え込み、

 

「我は別に構わぬが、一つ、ジンの坊やに訊きたい」

 

「え?何ですかローズさん?」

 

 ジンは小首を傾げて訊き返すと、ローズは「うむ」と頷いて、

 

「火龍というのはもしや―――〝サラマンダー〟の事か?」

 

「え?」

 

「四大元素を司る精霊のうち火を司るもので、手に乗るくらいの小さな蜥蜴もしくはドラゴンのような姿をした、燃える火の中や溶岩の中に住んでいる………サラマンデル、サラマンドラとも呼ばれる奴の事か?」

 

「えっと………〝サラマンドラ〟は精霊ではなく龍なので違いますね。それに彼らはそんな小さくありませんし」

 

「ふむ、それもそうか。それに〝火()〟ではなく〝火()〟だったな。………変な事を聞いて済まぬなジンの坊や」

 

「いえ、別に」

 

 ジンはそう言い、ふとローズの呼び方が気に入らないのかムッとした顔で彼女を睨み、

 

「それはそうと、十六夜さん達は名前で呼んでいますのに、どうして僕だけジンの()()何ですか?」

 

「ほう。年端もいかぬ少年が我の呼び方にケチを付けるか人の子よ?」

 

 ローズにスッと細めた瞳で睨まれて思わず怯むジン。するとそれに十六夜がニヤリと笑って割り込んだ。

 

「おいおいローズ。アンタこそ分かってねえな」

 

「ぬ?何がだ十六夜?」

 

「確かに総合ではアンタが御チビ様より次元が違う程格上だ。それは認める。だがな、立場はどうだ?〝ノーネーム〟最強の龍神様であるアンタの立場は()()()だ。使用人()()が〝ノーネーム〟のリーダーである御チビ様に逆らっちゃ駄目だろ?」

 

「え?ちょ、ちょっと十六夜さん!?」

 

 驚いて十六夜を止めに掛かるジン。しかしそれよりも早くローズは「ふむ」と頷き、

 

「………それもそうだな。いや、済まなかったよ。して我は汝をどう呼べば良い?ジン様か?ジン殿と呼べば良いか?」

 

「え!?あ、いえ………呼び捨てで構いません!」

 

「ふむ?そうか………ならば次からはジンと呼ばせてもらうとするよ」

 

「は、はい!」

 

 坊や、が消えてジンの表情が明るくなった。それを見た十六夜はボソリと呟き、

 

「よし、取り敢えず第一関門はクリアだな」

 

「………?何の話ですか十六夜さん?」

 

「ヤハハ、こっちの話だ。御チビは気にするな」

 

「は、はあ」

 

 十六夜の意味深な言葉にジンは小首を傾げる。ローズも全知でありながら()()()()には疎いのか、不思議そうな表情で小首を傾げている。

 ローズはまあ良いか、と十六夜への疑問を振り払い、視線を飛鳥と耀へ向け、

 

「そういえば飛鳥、耀。彼女達との試練はどうなっている?順調か?」

 

「いえ、全く順調ではないわ。一月も経過してるのに、ティアマトさんをまるで支配出来ないわ」

 

「私も、アペプが中々友達になってくれない。何が足りないのかな………」

 

 ガクリと肩を落としながら答える飛鳥と耀。ローズはそうか、と頷き、

 

「いや、ティアもアペも並みの龍達を遥かに凌駕する最強の存在だからな。寧ろ一月で使役出来てたらそっちの方が驚きよ。故に汝らが凹む事はない。何れは従わせて、友達(とも)にするつもりだろう?」

 

「………!ええ、勿論そのつもりよ。諦めてなんかやらないもの」

 

「うん。絶対に認めさせて友達になってみせる!」

 

「ふふ、その意気だ」

 

 落ち込みから一転、ローズの言葉に俄然やる気を出す飛鳥と耀。ローズはそんな二人を満足げに笑って見つめた。

 そして話を戻してローズは十六夜達を見回し、

 

「さて、北側へ転移するのはいいが………その前に招待状の送り主である白夜叉の話を聞かぬか?何か訳有りのような気がするしな」

 

「そうだな。ならまずは〝サウザンドアイズ〟へ殴り込みに」

 

「いや、殴り込みには行かないからな?話を聞きに行くだけだぞ十六夜」

 

「分かってるよ」

 

「ヤハハ」と笑う十六夜をやれやれだな、という風に肩を竦ませるローズ。

 だが今まで静聴していたリリが慌ててローズ達を引き止めた。

 

「ま、ままま、待って下さい!北側に行くとしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してからじゃないと………!」

 

「ぬ?何故その必要がある?我の空間転移なら無料で北側まで行けるんだが?」

 

 ローズがそう言うと、ジンはハッとして彼女に訊いた。

 

「ロ、ローズさん!此処から北側の境界壁までの距離が何れだけあるか分かってますか!?」

 

「ん?無論だ。全知のギフトで調べてみたが、ざっと九十八万キロといったところだろう?まあ我にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「はい?」」

 

 一瞬固まるジンとリリ。ローズはニヤリと笑って人差し指を立てた。

 

「我は無限故、生憎と疲れを知らぬ。此処から()()()()()()()()一瞬で転移可能だからな」

 

「「なっ………!?」」

 

 絶句するジンとリリ。十六夜は冷や汗を感じ取りながらもローズを睨んで笑い、

 

「つまり距離関係なく何処でも行けるって事か。ハハ、全く―――」

 

「「「便利な交通手段」」」

 

「汝らよ。我を何だと」

 

「「「え?何か言った、メイドさん?」」」

 

「………いや、何でもない」

 

 ローズは問題児三人に逆らえず、力なく肩を落とした。そんな不憫な彼女をジンとリリは憐れみの視線を向けるも、彼女のギフトの凄さを改めて実感した。

 

「す、凄いのですローズ様!」

 

「うん。これなら大祭の事を皆さんに秘密にはしなくてもよか―――」

 

「「「秘密?」」」

 

 重なる問題児三人の疑問符と、「ほう?」とローズがそれは良いことを聞いた、という風に邪悪な笑みを浮かべた。

 

「………そっか。こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

 

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張ってるのに、とっても残念だわ。ぐすん」

 

「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」

 

「兎の娘だけでなく、我が眷属まで我を欺くとは。この恨み晴らさでおくべきか。ぐすん」

 

 泣き真似をするその裏側で、ニコォリと物騒に笑う問題児三人+龍神メイド。

 全知とは、直訳で全てを〝知っている〟と解釈されがちだが、真の意味は全てを〝理解出来る知恵〟が正しい。即ち、全知全能であるローズも、調()()()()()()()()ということになるのだ。

 ジンとリリは隠す気の無い悪意を前にして、ダラダラと冷や汗を流す。

 十六夜がローズに目配せすると、彼女は頷いて飛鳥が早急に書いた黒ウサギ達宛の手紙を空間制御の魔術で、農園跡地にいるであろうレティシアの手元へ転移させる。

 そしてローズは指を鳴らして、十六夜・飛鳥・耀・ジン・リリの五人を纏めて〝サウザンドアイズ〟支店へと転移させるのだった。



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αβ

 直接白夜叉の私室へ空間転移したローズ達は、白々しく白夜叉に、

 

「「「「お邪魔します」」」」

 

「………!?おんしらいい加減にせい!これでもう三十回目くらいは不法侵入しておるぞ!」

 

 白夜叉はいきなり現れたローズ達に怒鳴る。それに十六夜・飛鳥・耀はニヤリと笑って答える。

 

「「「その度に黒ウサギが生け贄になるからいい(だろ・でしょう・よね)?」」」

 

「ふん、全く―――仕方が無い奴らだの♪」

 

 白夜叉はノリノリで返してローズ達を許した。扱い易いことこの上ない星霊である。

 その様子を「くく」と喉を鳴らして笑うローズと苦笑するジン。リリだけは今この場に居ない黒ウサギを憐れみ合掌した。

 白夜叉は「オホン!」と咳払いをし、ローズに視線を向けて、

 

「………ローズちゃんが此処に来たということは―――遂に私の専属メイドに」

 

「いや、ならないからな?今日はこの招待状について話を聞きに来たわけだが」

 

 ローズがまたそれか、とゲーム盤を借りに此処へ訪れる度に言われてきた白夜叉の台詞にうんざりする。

 白夜叉はローズから手紙を受け取ろうとして、キラリと瞳を光らせ―――彼女の手首を掴もうとした。

 しかしローズは白夜叉の手を弾く。が、白夜叉はすぐさま追撃し、それをまたローズが弾く。

 その攻防が数秒間に幾千万と続き、やがて白夜叉は「チッ」と舌打ちして、今度はちゃんと手紙の方を掴んだ。

 

「うーむ………不意打ちしても無理か。全く、ローズちゃんには隙が無いの」

 

「ふふ。我の隙を突きたくば、空間跳躍でもするんだな。まあ尤も、その場合は我も空間転移で応じるが」

 

 白夜叉の呟きに得意げな表情で答えるローズ。すると十六夜が割り込み、

 

「何言ってんだよ白夜叉。ローズは寝てる時、隙だらけだったぜ?」

 

「ぬ?」

 

「なんと!?それは真か小僧!」

 

 十六夜の言葉に眉を微かに動かすローズと、驚く白夜叉。それに十六夜は頷き、

 

「ああ。寝てる時のローズに色々ちょっかいしてみたが、ちっとも起きやしなかったよ。勿論、スカートも捲った」

 

「ほう」

 

「「なっ!?」」

 

 キラリと瞳を怪しく光らせる白夜叉。ジンとリリは驚き赤面した。

 一方の飛鳥と耀は、十六夜を冷めた目で見つめ、

 

「寝てる時のローズさんにそんなことをしていたのね十六夜君」

 

「………ちょっと引くな」

 

「ヤハハ、俺の目の前で無防備な寝顔を晒していたローズが悪い」

 

「「あ、それは言えてる」」

 

「ちょ、飛鳥さん、耀さん!?」

 

 掌を返したように十六夜の言葉に一理ある、と頷く飛鳥と耀。その裏切りを怒るジン。

 一方のローズ本人は全く気にしていなかったが、白夜叉の発言により改めることになった。

 

「―――くく、そうか。寝てる時は隙だらけか。………うむ、今度寝込みを襲ってみようかの♪」

 

「……………」

 

 そう、その白夜叉の言葉を聞いて、ローズは寝る前に強力な結界でも張っておくか、と思ったのだった。

 

 

αβ

 

 

 暫くして、脱線していた話を元に戻すと、白夜叉は「うむ」と頷いて、

 

「本題の前にまず、一つ問いたい。〝フォレス・ガロ〟の一件以降、おんしらが魔王に関するトラブルを引き受けるとの噂があるそうだが………真か?」

 

「ああ、その話?それなら本当よ」

 

 飛鳥が正座したまま首肯し、それを確認した白夜叉は小さく頷き、ジンに視線を向け、

 

「ジンよ。それはコミュニティのトップとしての方針か?」

 

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるには、これが一番良い方法だと思いました」

 

 ジンの返答に、「そうか」と白夜叉は鋭い視線で返し、

 

「リスクは承知の上なのだな?そのような噂は、同時に魔王を引き付けることにもなるぞ」

 

「覚悟の上です。それに仇の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層に行けません。決闘に出向く事が出来無いなら、誘き出して迎え撃つしか有りません」

 

「無関係な魔王と敵対するやもしれん。それでもか?」

 

 更に切り込む白夜叉に、十六夜が不敵な笑みで答える。

 

「それこそ望むところだ。倒した魔王を隷属させ、より強力な魔王に挑む〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティ―――どうだ?修羅神仏の集う箱庭の世界でも、こんなにカッコいいコミュニティは他に無いだろ?」

 

「………ふむ」

 

 茶化して笑う十六夜だが、その瞳は笑っていない。白夜叉は二人の言い分を噛み砕くように瞳を閉じる。

 暫し瞑想した後、呆れた笑みを浮かべた。

 

「其処まで考えてのことならば良い。これ以上の世話を老婆心というものだろう。それに―――」

 

 白夜叉は視線をローズに映し、ニヤリと笑って告げた。

 

「いざという時はローズちゃんが何とかしてくれるだろうしのう?」

 

「「「うん」」」

 

「はい!………え?」

 

「………ローズ様」

 

 頷く問題児三人と、頷きかける、否、頷いてしまったジン。リリは不憫なローズを憐れむが、肝心の彼女は全く気にしていなかった。寧ろ信頼されている事が嬉しいとさえ思っているのだ。

 白夜叉は「呵々!」と哄笑を上げて、

 

「しかし考えたのう、おんしら。魔王行為に片足を突っ込みかけたローズちゃんを、コミュニティの方針に泥を塗った罰としてメイドにしてしまうとはな」

 

「ああ。そのお陰でローズを好きに出来るからな」

 

「ええ。してやったりな気分よ」

 

「うん。こき使いたい放題」

 

 問題児三人は白夜叉と悪い笑みを交わす。最早溜め息しか出ないジンとローズ。やっぱり彼女は不憫な子だ、とリリが可哀想な子を見るような目でローズを見つめていた。

 

 

αβ

 

 

 また脱線してしまった話を、白夜叉は「オホン!」と二度目の咳払いをし戻す。

 

「さて。実はその〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたい事がある。此度の共同祭典についてだ。宜しいかな、ジン殿?」

 

「は、はい!謹んで承ります!」

 

 子供を愛でるような物言いではなく、組織の長として言い改める白夜叉。それにジンはパッと表情を明るくして応えた。

 

「ふむ。では何処から話そうかの………」

 

 白夜叉は何処から話したものか、と中庭に目を向け、遠い目をした後―――ふと思い出したように話し始めた。

 

「ああ、そうだ。北のフロアマスターの一角が世代交代をしたのを知っておるかの?」

 

「え?」とジンとリリが疑問の声を洩らし、白夜叉は頷いて続けた。

 

「急病で引退だとか。まあ亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかったと見える。此度の大祭は新たなフロアマスターである、火龍の誕生祭でな」

 

「「「龍?」」」

 

 キラリと光る期待の眼差しを十六夜・飛鳥・耀が見せる。ローズもまた、「ほう」と笑みを浮かべた。この箱庭に棲まう、自分と同じ最強種―――龍の純血に出逢っていなかったので期待しているのだ。

 白夜叉は苦笑しつつ更に説明を続ける。

 

「五桁・五四五四五外門に本拠を構える、〝サラマンドラ〟のコミュニティ―――それが北のマスターの一角だ。ところでおんしら、フロアマスターについてはどの程度知っておる?」

 

「私は全く知らないわ」

 

「私も全く知らない」

 

「我も全く知らぬな」

 

「おいおい、嘘を吐くなよローズ。アンタならとっくに理解してんだろ?」

 

「ふむ、バレたか」

 

 頬を掻いて返すローズ。それを十六夜は呆れたように見つめ、

 

「バレバレだって。―――あ、因みに俺も全く知らねえや」

 

「いや、流石に汝は知っているだろう!?」

 

「ヤハハ、冗談だ。俺はそこそこ知ってるぜ。要するに、下層の秩序と成長を見守る連中だろ?」

 

「………そうだな。〝階層支配者(フロアマスター)〟とは箱庭の秩序の守護者であり、下位のコミュニティの成長を促す為に設けられた制度のことだ。

 主務は箱庭内の土地の分割や譲渡、コミュニティが上位の階層に移転出来るかどうかを試す試練(ゲーム)を行うなど、数多くの役割がある。

 そして秩序を乱す天災・魔王が現れた際には、率先して戦う義務があり、それと引き換えに、膨大な権力と最上級特権・〝主催者権限(ホストマスター)〟を与えられている………だな」

 

「………おう。代わりに説明ありがとよローズ」

 

 代わりに説明してくれたローズに、やっぱ知ってんじゃねえか、と苦笑する十六夜。

 

「しかし、北は複数のマスター達が存在しています。精霊に鬼種、それに悪魔と呼ばれる力ある種が混在した土地なので、それだけ治安も良くないですから………」

 

 ジンはそれだけ説明すると、悲しげに目を伏せた。

 

「けど、そうですか。〝サラマンドラ〟とは親交が在ったのですけど………まさか頭首が替わっていたとは知りませんでした。それで、今は何方が頭首を?やっぱり長女のサラ様か、次男のマンドラ様が」

 

「いや。頭首は末の娘―――おんしと同い年のサンドラが火龍を襲名した」

 

「は?」とジンが、「え?」とリリが小首を傾げて一拍、二度程目を瞬き、

 

「サ、サンドラちゃんが!?」

 

「え、ちょ、ちょっと待って下さい!彼女はまだ十一歳ですよ!?」

 

「あら、ジン君だって十一歳で私達のリーダーじゃない」

 

「そ、そうですけど………!いえ、だけど、」

 

「何だ?まさか御チビの恋人か?」

 

「ち、違っ、違います!失礼な事を言うのは止めて下さい!!それに僕は―――!」

 

 茶化してきた十六夜と飛鳥に怒鳴り返すジン。しかし彼は余計な事を口走りそうになると、ローズがそれに反応して小首を傾げ訊いてくる。

 

「ん?それに、何だ?ジンよ?」

 

「………な、何でも有りません!」

 

 ジンは顔を赤くしながら慌てて誤魔化す。そのジンの態度にローズは不思議に思いまた小首を傾げた。

 ジンの反応を見て十六夜と飛鳥はほくそ笑む。それに耀も察してニヤリと笑ったが、取り敢えず今は置いといて、と続きを促した。

 

「それで?私達に何をして欲しいの?」

 

「そう急かすな。実は今回の誕生祭だが、北の次代マスターであるサンドラのお披露目も兼ねておる。しかしその幼さ故、東のマスターである私に共同の主催者(ホスト)を依頼してきたのだ」

 

「あら、それは可笑しな話ね。北は他にもマスター達が居るのでしょう?ならそのコミュニティにお願いして共同主催すればいい話じゃない?」

 

「………うむ。まあ、そうなのだがの」

 

 急に歯切れが悪くなり、白夜叉は頭を掻いて言い難そうにしていると、十六夜が助け船を出した。

 

「幼い権力者を良く思わない組織が在る。―――とか、在り来たりにそんなところだろ?」

 

「んー………ま、そんなところだ」

 

 途端に飛鳥の顔が不愉快そうに歪み、彼女の目に見えるほど強い怒りと、落胆の色が浮かんだ。

 

「………そう。神仏の集う箱庭の長達でも、思考回路は人間並みなのね」

 

「うう、手厳しい。だが全く以てその通りだ。実は東のマスターである私に共同祭典の話を持ち掛けてきたのも、様々な事情が有ってのことなのだ」

 

「ふむ?本当に()()()()()()()()()()()ならいいけどな」

 

「え?」と唐突に意味深な発言をしたローズに視線を向ける一同。白夜叉がその意味を問い質そうと口を開きかけたが、耀がハッと気が付いたような仕草で制した。

 

「ちょっと待って。その話、まだ長くなる?」

 

「ん?んん、そうだな。短くとも後一時間程度は掛かるかの?」

 

「それ不味いかも。………黒ウサギ達に()()()()()()

 

 ハッと十六夜・飛鳥・ローズの三人も気が付く。一方のジン・リリの二人は「え?」と疑問の声を洩らす。

 

「待って下さい耀さん!黒ウサギ達に追い付かれるとは一体どういう意味ですか?手紙には何を」

 

「………それをジンが知る必要はない」

 

「ふふ、そうだな。ジンが知る必要はないぞ?」

 

「ええ。祭りの事を私達に隠していた黒ウサギ達に()()()()()()()………ね?」

 

「ああ。そんなわけで俺達はもう行く。邪魔したな白夜叉」

 

「む?そうか。北側へ向かうのだな?」

 

 白夜叉の問いに、「うん」と問題児三人+龍神メイドは頷き、

 

「「「じゃあ北側までよろしく、メイドさん」」」

 

「ああ。その言い方は気に食わないが………連れて行こう」

 

 苦笑と共にローズは指を鳴らして、十六夜・飛鳥・耀の三人と共にこの場から掻き消えた。恐らくもう北側へ着いている頃だろう。

 何故か置き去りにされてしまった、手紙の内容を知らないジンとリリ。そんな彼らに白夜叉が声を掛けようとしたその時。

 

「―――白夜叉様!あの問題児様方はまだ此方にいらっしゃいますか!?」

 

「我が主のことだからまず、此処に訪ねて来ていると思うのだが………!」

 

「ん?おお、黒ウサギにレティシアか!そんなに慌ててどうしたんだいやっほぉぉぉぉ!!」

 

「へ?きゃあ―――!?」

 

 白夜叉の私室に慌ただしく入ってきた黒ウサギとレティシア―――と金髪メイドに抱き抱えられた三毛猫。

 しかしその瞬間に黒ウサギは白夜叉のフライングボディーアタックの餌食となり、共に空中五回転半ひねりして吹き飛び………ボチャン!と着水。黒ウサギの怒りはこうして一時的に鎮められた。

 その光景を唖然と見つめるジンとリリ。レティシアはまた主達は不法侵入したな、と呆れたように頭を抱えたのだった。



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αγ

 ―――東と北の境界壁。四〇〇〇〇〇〇外門・三九九九九九九外門、サウザンドアイズ旧支店。

 四人が転移した瞬間、熱い風が頬を撫でた。高台からは街の一帯が展望出来る。

 飛鳥は大きく息を呑み、胸を躍らせるように感嘆の声を上げた。

 

「赤壁と炎と………ガラスの街………!?」

 

「ふむ?天を衝きそうな程巨大な赤壁………あれが境界壁か?」

 

 ローズも物珍しそうに赤壁を見上げて呟く。

 そこから掘り出される鉱石で彫像されたモニュメントに、境界壁を削り出すように建築したゴシック調の尖塔群のアーチと、外壁に聳える二つの外門が一体となった巨大な凱旋門。

 遠目からでも分かる程に色彩鮮やかなカットガラスで飾られた歩廊に瞳を輝かせる飛鳥。

 

「昼間のはずなのに、夕暮れ時みたいな感覚………」

 

「ああ。そう見えるのは街の装飾も関係すると思うが、境界壁の影に重なる場所を朱色の暖かな光で照らす巨大なペンダントランプが数多に点在してるからだろうな」

 

 耀の呟きに十六夜が境界壁を見て応える。

 ふと街に目を向けた十六夜は、二足歩行で街中を闊歩しているキャンドルスタンドを見つけて喜びの声を上げた。

 

「へえ……!九十八万キロも離れているだけあって、東とは随分と文化様式が違うんだな。歩くキャンドルスタンドなんて奇抜な物、実際に見る日が来るとは思わなかったぜ」

 

「そうだな。調べてみたが違うのは文化だけではないようだぞ十六夜。其処の外門から外に出た世界は真っ白な雪原で、それを箱庭の都市の大結界と灯火で、常秋の様相を保っているそうだ」

 

 早速ギフトで調べたローズが答えた。十六夜は街に目を向けたまま頷く。

 

「ふぅん。厳しい環境が在ってこその発展か。ハハッ、聞くからに東側より面白そうだ」

 

「………それを白夜叉が聞いたら拗ねると思うぞ?〝東側だって良いものは沢山在るっ!おんしらの住む外門が特別寂れておるだけだわいっ!〟―――という風にな」

 

「ヤハハ、そうに違いねえな!」

 

「ヤハハ」と笑って頷く十六夜。

 一方の飛鳥は、胸の高まりが静まらないようで、美麗な街並みを指差して熱っぽく訴える。

 

「今すぐ降りましょう!あのガラスの歩廊に行ってみたいわ!いいでしょうローズさん?」

 

「いや、何故其処で我の許可が必要なんだ?我は汝らのメイドだからな。後は好きにしろ」

 

「ええ、そうね。じゃあ早速―――」

 

「「「此処から街中まで転移よろしく、メイドさん」」」

 

 そういうことか、とローズは溜め息を吐いて頭を抱えた。高台から降りる行為だけでも、空間転移を利用するつもりらしい。問題児三人は『使えるメイドはとことん使う』という風にローズをこき使う気満々なのだ。

 しかしメイドであるローズに拒否権はない。やれやれだな、とローズは指を鳴らして問題児三人を街中へ転移させようとしたその時、

 

 

「「其処まで(です・だ)ッ!!」」

 

 

「「「―――ッ!?」」」

 

「ぬ?」

 

 聞き覚えのある二つの声に、問題児三人はドキリとして恐る恐る振り返る。ローズも転移するのをやめて振り返る。

 其処に居たのは、片や桃色の髪を戦慄かせ、片や黄金の御髪を戦慄かせ、怒りのオーラを振り撒く黒ウサギと吸血鬼メイドのレティシアの姿だった。

 早すぎる登場に驚愕の表情を見せる問題児三人だったが、ふと十六夜が黒ウサギを見て、

 

「―――あん?何でずぶ濡れなんだ黒ウサギ?」

 

「………っ!こ、これは………十六夜さん達を捜しに白夜叉様の下へ訪れたら、いきなり白夜叉様に襲われて池に落下したからです―――!!」

 

 黒ウサギが胸元を隠して恥じらいながら答えると、彼女の後方から歩いてきた白夜叉が「呵々!」と哄笑を上げ、

 

「如何にも。犯人は―――この私だッ!!」

 

「黙らっしゃいこの御馬鹿様ッ!!」

 

 スパァーン!と黒ウサギのハリセンが白夜叉の頭に一閃された。

 十六夜はどうして此処に白夜叉が来ているのか不思議に思ったが、それよりもと白夜叉に視線を向けて右手を掲げ、

 

「白夜叉、超グッジョブ!」

 

「うむ」

 

 ビシッ!と親指を立てる十六夜。白夜叉も「うむ」と頷いて親指を立てて返した。

 それを見てガクリと項垂れる黒ウサギ。そんな彼女の下へジンとリリが駆け寄って励ます。

 一方のレティシアは怒りの表情のままローズを睨み付け、

 

「我が主ッ!眷属である私をほったらかしにして、主殿達と北側へお楽しみとは一体どういう了見だッ!!」

 

「ぬ?」

 

「へ?怒るところ其処なのですかレティシア様!?」

 

 レティシアの激怒した理由に驚く黒ウサギ。ジンとリリも「え?」ときょとんとしている。

 ローズは「ふむ」と少し考え込み、

 

「………ふふ。そう言って我を油断させて捕らえる算段だな?悪いがその手には乗らぬぞレティシアよ」

 

「は?」

 

「ん?我の勘違いか?」

 

「………むっ、我が主はそんな酷いことを言うのか?悲しいな………」

 

 レティシアは悲しそうに紅い瞳を揺らしてローズを見つめる。それにローズは「ふむ」と小首を傾げて、レティシアの眼前に空間転移する。

 間近に迫ったローズだが、レティシアは動こうとしない。まさか本当に純粋に怒っているだけか?とローズはそう思い、

 

「ふふ、それは済まなかったな。眷属の気持ちも理解出来ぬとは我もまだまだ―――」

 

 レティシアの頭を撫でようと手を伸ばした―――瞬間。レティシアはほくそ笑み、

 

「もらったぞ!」

 

「ぬっ!?」

 

 ローズの手首を、レティシアが第三宇宙速度で伸ばした手で掴み掛かった。

 不意打ちのタイミングは完璧。速度もこれならいける。捕らえた―――とレティシアはローズの捕獲を確信した。だが、

 

「甘いな」

 

「!?」

 

 レティシアの手はローズを捕らえることなく虚空を掴んだ。空間転移で避けられたのだ。

 上空へ転移したローズは、レティシアを見下ろして「くく」と笑った。

 

「中々良い線ではあったが、我を捕らえるならばもう少し油断させねばな?」

 

「くっ………!いけると思ったのだがな」

 

 悔しそうにローズを見上げるレティシア。そのやり取りを見ていた十六夜がハッと思い出したように叫ぶ。

 

「ローズ!今のうちに俺達を何処かに転移しろ!」

 

「ふむ?それもそうだな」

 

「………っ!?」

 

 黒ウサギがしまった、という風に舌打ちして立ち上がる。が、もう遅い。

 ローズは頷き、十六夜達三人を転移しようと指を鳴ら―――

 

「駄目です!それは僕が認めません………!」

 

「ぬ?」

 

 ―――せなかった。ジンが慌てて待ったを掛けたからだ。

 ローズがジンの言うことに従ったのは、十六夜が『御チビ様はリーダーだから逆らうな』という言葉を思い出したからだろう。

 そしてコミュニティのリーダーということは、十六夜達よりもジンの命令を従うべきだとローズは判断したのだ。

 ローズは「ふむ」とジンを見据えて、

 

「それは我への命令か?ジンよ」

 

「はい、命令です。ローズさんは大人しく僕のところへ来て捕まってください」

 

「………ん、命令とあらば従わぬわけにはいかないな」

 

 ジンの命令に従ったローズは、彼の目の前に転移して大人しくした。ジンはそんな彼女に申し訳なく思ったが、黒ウサギ達の為だと首を振ってローズの手首を取って捕獲した。

 その様子を見た黒ウサギとレティシアは安堵した。ローズがメイドで良かったと。

 もし彼女がメイドじゃなかったら、十六夜達を何処かに転移させ、逃がしてしまうだろうから捕まえるのが困難になっていただろう。

 一方の十六夜達は「チッ」と舌打ちしていた。だが同時に笑みも浮かんだ。このままあの二人がデートコースに向かってくれれば儲けものだと。

 黒ウサギは怪しい笑みで十六夜達三人に向き直り、

 

「残念で御座いましたね問題児様方?これでローズさんの助けはなくなりました。皆様モ大人シク黒ウサギニ捕マッテクレマスネ?」

 

「「「だが断るッ!!」」」

 

 十六夜は飛鳥を抱き抱えて展望台から飛び降りる。耀もグリフォンのギフトで旋風を巻き起こして上空に逃げようとするが、

 

「逃がさないのです!!」

 

 一瞬で間を詰めてきた黒ウサギにブーツを掴まれあえなく御用となった。

 耀を引き寄せ、胸の中で強く抱き締め、黒ウサギは耀の耳元で囁く。

 

「後デタップリ御説教タイムナノデスヨ。フフフ、御覚悟シテクダサイネ♪」

 

「りょ、了解」

 

 反論を許さない黒ウサギの片言の声に、耀は怯えながら頷く。

 黒ウサギは白夜叉に向かって耀を投げ付ける。三回転半して吹っ飛んだ耀と白夜叉は悲鳴を上げた。

 

「きゃ!」

 

「グボハァ!お、おいコラ黒ウサギ!最近のおんしは些か礼儀を欠いておらんか!?コレでも私は東側のフロアマスター―――!」

 

「耀さんの事をお願い致します!黒ウサギは他の問題児様を捕まえに参りますので!」

 

 聞くウサ耳を持たずに叫ぶ黒ウサギ。白夜叉は勢いに負けて頷く。

 

「ぬっ………そ、そうか。良く分からんが頑張れ黒ウサギ」

 

「はい!行きますよレティシア様!」

 

「ああ。ジンとリリも我が主が逃げないようにしっかり見張っておいてくれ」

 

「「はい!」」

 

 展望台から飛び降りる黒ウサギと、黒い翼を広げて空を舞うレティシア。

 二人の背を見送ったジンは、視線をローズに戻すと、何故か彼女の頬が赤らんでいた。

 

「………どうしたんですかローズさん?顔が赤いようですけど」

 

「それはジンが我の手首をずっと掴んでいるからだろう!?いい加減に離せ!」

 

 やや怒り気味に言うローズ。ジンは「あっ」と声を洩らして顔を真っ赤にすると、ローズを離そうとした。が、リリにそれを制された。

 

「ダメだよジン君!レティシア様からローズ様をお願いされたばかりでしょ!?その手は絶対に離しちゃダメ!」

 

「いや、でも………」

 

「でも、じゃないの!ローズ様が使用人の恰好をしてるからって油断したら逃げられちゃうよ!?ダメったらダメ!!」

 

「う………分かったよ」

 

 リリに説得されてジンは渋々従った。ローズはムッとした顔でリリを睨んだ。

 

「狐の娘よ。我はメイド故、命令には忠実だぞ?ジンの言われた通り大人しくもしてるんだが」

 

「そうですね。ですがすみませんローズ様!口約束よりもこの方が確実なのです!」

 

 リリにそう言われて「ぬっ」と押し黙るローズ。ジンに未だに手首を握られている為、頬は赤いままだ。

 赤面する二人をニヤニヤと見つめていた耀が、ふと良い案を思い付いたのか笑みを深めて提案した。

 

「ジン、ローズ。そのまま手を繋いで街を回ってきたら?」

 

「「は?」」

 

 その提案に固まるローズとジン。手を繋いで街を回る?何だその恥ずかしすぎるイベントは!とジンが思い、

 

「よ、よよよよ耀さん!?それってつまり―――ローズさんとデートしろって事ですか!?」

 

「YES♪デートなのですよ!」

 

 耀が黒ウサギの真似をして首肯する。ジンが焦る中、ローズは小首を傾げて、

 

「何故我がジンとデートをせねばならぬ。別に恋人でも何でもないだろう?」

 

「………っ!」

 

 ローズの言葉にジンの表情が悲しそうに歪む。彼女が興味あるのは自分を倒せるだけのギフトを持つ十六夜であり、ジンなど欠片も興味がなかった。分かってはいたが、突き付けられた現実にジンは悲しくなってしまったのだ。

 それを察したリリはジンを可哀想に思うも、同時に安堵していた。ローズがジンに興味がないということを知って。

 同じく察した耀が深い溜め息を吐くと、呆れたような顔でローズを睨み、

 

「………鈍感」

 

「ぬ?鈍感とは何の事だ?我にはさっぱり―――」

 

「もういい。ローズ、今からジンとデートしてきて」

 

「え?」と耀の言葉にジンとリリが顔を上げる。ローズは「ふむ」と耀を見据えて、

 

「それは我への命令か?耀よ」

 

「うん。これはとても重要な命令。拒否は駄目絶対」

 

「そうか。ならば応じる外ないな」

 

 ローズは頷き、ジンを抱き抱えた。

 

「え!?ちょ、ローズさん!?」

 

「済まぬなジンよ。少し付き合ってもらうぞ」

 

 ローズはニヤリと笑い、ジンを胸にしっかり抱き締め、展望台から飛び去っていった。

 その様子を唖然と見つめたリリ。耀はほくそ笑みながらも、ジンの健闘を祈る。

 白夜叉はローズ達の背を見送り、ボソリと呟くのだった。

 

「あのジンがローズちゃんを………くく、面白くなってきたのう」



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αδ

 ―――東北の境界壁・自由区画・商業区。赤窓の歩廊。

 十六夜と飛鳥は赤いガラスの歩廊に入り、人混みに紛れて黒ウサギ達から身を隠した。

 二人が隠れたのは、店と店の間にある横道。赤い煉瓦の壁際から顔を覗かせ、周囲と上空を窺う。

 

「………いないか?」

 

「ええ、多分。だけどこんなに早く追い付かれるなんて………」

 

「白夜叉が協力したせいだろうな。方法は恐らくローズと似た、空間を操る類いだろ。それにあの手紙は、黒ウサギ達を焚き付ける餌としては、冗談でも効果抜群だったってこともあるな」

 

 安全を確認した飛鳥は大通りに出て、スカートを靡かせるようにステップを踏み振り返る。

 

「へえ?見るからに野蛮で凶暴そうだと思われていたはずだけどな?」

 

「あら?細かい事を気にしていては、素敵な紳士にはなれなくてよ?」

 

 クスクスと互いをからかい合って笑う二人。

 十六夜は肩を竦ませて飛鳥の隣に立つ。

 

「それでは僭越ながら、エスコートの真似事でもさせてもらいますお嬢様」

 

「ええ。それじゃあ行きましょう」

 

 飛鳥はにこやかに笑って十六夜の手を取り歩き出す。

 だがふと飛鳥は、何気無く十六夜の手を取ったは良いものの、よく考えてみたらデートみたいだなあ………と思い急に恥ずかしくなってきた。

 それに気付いたのか、十六夜がニヤニヤと笑いながら訊いた。

 

「どうしたお嬢様?顔が赤いみたいだが」

 

「―――!?き、気のせいでしてよ十六夜君!」

 

「そうか?口調も何か可笑しいぜ?」

 

「―――き、気のせいと言っているでしょうッ!?」

 

 思わず声を上げてしまった飛鳥。ハッと口を手で塞いで十六夜を見るが、彼は特に気にした様子もなく軽薄な笑みを浮かべたままだった。

 ホッと息を吐いて、飛鳥は誤魔化すように話題を振る。

 

「………そ、そういえばジン君とローズさんはどうなってるかしら?あのままデートとかしたりしてないかしらね?」

 

「そうだな。そうだと俺としては面白えが………御チビの頑張り次第だな」

 

「ええ、そうね。そしたら弄り甲斐があるのだけれど」

 

「ああ。今のお嬢様みたいにタップリ弄れそうだな?」

 

「………っ!?」

 

 十六夜の言葉に飛鳥の顔が紅潮する。彼にはバレていたのだ。飛鳥の心情が。

 そもそも十六夜は賢い上に鋭いからバレないはずがないのである。

 しかしそれを飛鳥のプライドが認めなかった。彼女は十六夜から顔を背けて、

 

「………な、何のことか私にはさっぱり分からないわ。それよりも早く行きましょうっ!」

 

 ツカツカと歩き出す。十六夜はそんな彼女の背を面白そうに見つめ、

 

「あいよ」

 

 軽く返事して先を行く飛鳥の背を追うのだった。

 

 

αδ

 

 

 ―――一方、捕まってしまった耀は〝サウザンドアイズ〟の支店でお茶を啜っていた。

 その隣では何故か不機嫌そうに顔を剥れさせるリリと、同じく三毛猫が彼女の膝上で拗ねていた。

 本拠に置いてけぼりにされた三毛猫が拗ねるのは分かるが、リリが不機嫌なのは理解しかねた。

 そういえばジンがローズとデートに向かった後からずっとリリは不機嫌な気がする。もしかして彼女はジンの事が好きなのか?と耀は思い、これは面白いとニヤけた。

 それはさておき、耀は事の経緯を白夜叉に話すと、彼女は「呵々!」と哄笑を上げた。

 

「ふふ。なるほどのう。おんし達らしい悪戯だ。しかし〝脱退〟とは穏やかではない。ちょいと悪質だとは思わなんだのか?」

 

「それは………うん。少しだけ私も思った。だ、だけど、黒ウサギだって悪い。祭りの事を黙ってたんだから、これは相応の罰」

 

 当然の報い、と耀が「ふん」と鼻を鳴らす。するとそれにリリが怒る。

 

「ば、罰にしてはこの悪戯は酷すぎます!黒ウサギのお姉ちゃんが怒るのは当然です!ちゃんと仲直りしてください!」

 

「う………」

 

 リリが真剣な顔で耀を説得する。流石の耀も、子供相手にNOは言えず、小首を縦に振った。

 その様子を「くく」と喉を鳴らして眺める白夜叉。

 だがふと白夜叉は思い出したように手を叩いた。

 

「おお、そうだ。実はおんしに出場して欲しいゲームがあるのだが………どうかの?」

 

「………私に?」

 

 唐突に話を振られて小首を傾げる耀。

 そんな彼女に白夜叉は、懐から一枚のチラシを取り出して見せた。

 

 

『ギフトゲーム名〝造物主達の決闘〟

 

 ・参加資格、及び概要

  ・参加者は創作系のギフトを所持。

  ・サポートとして、一名までの同伴を許可。

  ・決闘内容はその都度変化。

  ・ギフト保持者は創作系のギフト以外の使用を一部禁ず。

 

 ・授与される恩恵に関して

  ・〝階層支配者〟の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言出来る。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームを開催します。

 〝サウザンドアイズ〟印

   〝サラマンドラ〟印』

 

 

「………?創作系のギフト?」

 

「うむ。人造・霊造・神造・星造を問わず、制作者が存在するギフトのことだ。北では、過酷な環境に耐え忍ぶ為に恒久的に使える創作系のギフトが重宝されておってな。その技術や美術を競い合う為のゲームがしばしば行われるのだ。そこでおんしが父から譲り受けたギフト―――〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟は技術・美術共に優れておる。人造とは思えんほどな。展示会に出しても良かったのだが、そちらは出場期限が切れておるしの。その木彫りに宿る〝恩恵〟ならば、力試しのゲームも勝ち抜けると思うのだが………」

 

「そうかな?」

 

「うむ。本件とは別に、祭りを盛り上げる為に一役買って欲しいのだ。勝者の恩恵も強力なものを用意する予定だが………どうかの?」

 

「うーん」と余り気乗りしないように小首を左右に折る耀。だが、リリを見た瞬間―――ふと思い立ったように質問する。

 

「ね、白夜叉」

 

「何かな?」

 

「その恩恵で………黒ウサギと仲直り出来るかな?」

 

 耀の言葉に、リリは狐耳をピンッ!と立てて彼女を見る。耀の目的を知ってリリの表情はパッと明るくなった。

 白夜叉も「ほう」と感心したように頷く。

 

「出来るとも。おんしにそのつもりがあるのならの」

 

「そっか。それなら、出場してみる」

 

 コクリと頷く耀。それにリリは嬉しそうに笑って耀に話し掛けた。

 

「耀様!黒ウサギのお姉ちゃんと仲直りしてくれるのですね!」

 

「うん。リリの言う通り、ちょっとやり過ぎかなと思った。だからこのゲームで優勝して黒ウサギと仲直りする。応援してくれるリリ?」

 

「勿論です!頑張ってください耀様♪」

 

「うん、頑張る。リリも………ね?」

 

「………はい?」

 

 きょとんとするリリ。彼女は耀の言葉の意味を理解出来ていないらしい。

 だがそれは都合が良い、と耀はニヤリと笑うのだった。

 

 

αδ

 

 

 ―――その頃、ローズとジンは………飛行デートの真っ最中だった。

 北側の上空を飛び回り、街並みを上から眺める。ジンがローズに後ろから抱き抱えられるような形で。

 最初の方はローズの胸元に顔を押し当てられた状態だったが、顔を真っ赤にしたジンが苦しいと苦情を言った為、抱え方を変更しているのだ。本当は凄く恥ずかしかったからなのだが、これはジンと神のみぞ知ることである。

 ローズの胸が、黒ウサギや飛鳥並みに豊満だったら、ジンは窒息死していたかもしれない。その点では良かったと、失礼ながらも彼は思った。

 また、ローズがジンをお姫様抱っこしようとしたところ、彼は顔を真っ赤にして『恥ずかしいからやめてください!』と怒り却下された。

 ローズは上空を飛びながらジンに訊いた。

 

「ふふ。空からの眺めはどうだ、ジンよ?中々良いものだろう?」

 

「は、はい。これが空を飛べる者達が見ている光景何ですね。とても良い眺めです!」

 

「そうか。………ふむ、そろそろ降りるとしよう。あらかた上から見て回れたからな。次は歩行デートといこうかジン?」

 

「歩行デートとは言わないですが………はい、そうしましょう」

 

「うむ」

 

 ローズは適当な場所でジンを抱えたまま降り立つ。その場所は数多の出店が建ち並ぶ商業区。料理店が多いエリアだ。

 焼く音、揚げる音、元気な店員の声、食べ歩きする者、食べ物を片手に友人と会話を楽しむ者など様々な人達で賑わうこの場所を、ジンとローズは手を繋いで歩き回る。

 ジンはローズと手を繋いでいるせいか顔が赤い。他の人達に見られているせいでもあるのだろう。

 何故なら、ジンは兎も角、ローズの恰好はメイドであり、且つ目立ち過ぎる虹色の髪に人形のような美しい貌を持っているから仕方がない。

 それに加え、彼女から発せられる圧倒的な存在感が、道行く人達を振り向かせていた。ジン達〝ノーネーム〟はもう一月ほど彼女と一緒に過ごしている為、慣れてしまっているが、初めての者にとっては無視出来ない存在なのだ。

 改めてジンは、彼女と自分ではやっぱり釣り合わない気がして深い溜め息を吐いた。

 その溜め息を聞いてローズは不意に立ち止まり、ジンに向き直り言う。

 

「どうしたジン?溜め息など吐いて。幸せが逃げるぞ?」

 

「え?あ、いえ………僕は今、とても幸せなので大丈夫です」

 

「ぬ?」

 

「―――ッ!?な、何でもないです………っ!」

 

 ジンは慌ててローズから顔を逸らす。僕は何てことを口走ってしまったんだ、と後悔と恥ずかしさで彼女の顔をまともに見れない。

 そんなジンを不思議に思い小首を傾げて見つめるローズ。

 

「(………まさかこの少年、我とデートすることが幸せとか言うつもりか?)」

 

 もしそうなら変わった坊やだ、と口元を三日月形に作り笑うローズ。

 見た目こそ幼い少女だが、ジンとは比べ物にならない程長生きしている、人間でいえば老婆なのだ。そんな自分とデートなどして何が幸せか、と彼女は思ったのだろう。

 だが、ローズは自分なんかとのデートで楽しんでくれるなら、それはそれで良いか、と思いジンの手を引き再び歩き出す。

 ジンはふと、自分の手と繋がれたローズの手を眺めて疑問を口にした。

 

「………そ、そういえばローズさん。僕と手を繋いでいるのに恥ずかしくないんですね」

 

「ん?ああ、そうだな。我からの接触は別に恥ずかしくもなんともないよ」

 

「そ、そうですか」

 

 ローズが淡々と返すと、ジンは少しだけ考え込み―――思い切って彼女の左腕に抱き付いた。

 これにはローズも驚いたようで思わず立ち止まり、

 

「ジ、ジン!?いきなり何をするんだ!」

 

「す、すみません!ですが………これでローズさんも今、ドキドキしてますね?」

 

「―――っ!?」

 

 図星を突かれたのか、ローズの顔がみるみるうちに赤く染まっていった。そんな彼女に、ジンも恥ずかしがりながらもしたり顔を見せている。

 この少年、中々やるな、と感心するも異性に左腕に抱き付かれている為、顔は赤いままだった。

 ローズは恥ずかしいのを誤魔化すように「こほん」と小さく咳払いをし、

 

「馬鹿をやってないで早く行くぞ、ジン」

 

「は、はい」

 

 ローズの言葉に頷くジン。自分の左腕に抱き付いて離れないジンを、やれやれだな、と小さく溜め息を吐き、二人はデートを再開するのだった。




恋愛状況は、

ローズのことが好きなのはジン。しかしローズは恋愛に興味がない上、ジンに興味すらない。

リリはジンのことが好き………なのかもしれない。だがローズに取られないか心配している。

十六夜のことが好きなのは黒ウサギ。しかし十六夜は黒ウサギを弄り甲斐のある奴程度にしか思っていない。

飛鳥は十六夜とのデートもどき開始で彼を意識し始めている。が、今のところはちょっと気になる程度。

耀は十六夜にもジンにも興味はない。が、大切な友人と思っている。


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αε

 それから数分後。ジンは何も食べずに北側へ来ていた為、お腹が空いていた。それにより二人は出店で何か食べることにした。

 ローズは「ふむ」とどの店にするか選び、チョコバナナを一本だけ購入した。

 ジンは「は?」と目を瞬かせて、ローズに訊いた。

 

「………どうして一本だけなんですか?」

 

「ん?それは二人で食べるからに決まっているだろう?」

 

「え………!?」

 

 ジンはぎょっとした顔でローズを見る。しかし彼女はジンの事など無視して、近くに在ったベンチに座り、隣をペシペシ叩いた。

 

「ほら。ジンも座れ」

 

「は、はい」

 

 ローズに促されて隣に座るジン。物凄く嫌な予感しかしないが、これはデートなのだから、と自分に言い聞かせる。

 そんなジンの肩をチョンチョンと軽く叩いてローズが言う。

 

「ふふ、ジンよ………あーんだ」

 

「ッ!?」

 

 ジンが振り向くと、ローズがチョコバナナを食べさせようとしてきた。

 予想は付いていたが、まさかこの人通りの多い場所で『はい、あーん♪』をしてくるとは思いもしなかった。

 ジンは暫しローズとチョコバナナを交互に見比べて―――やがて意を決したようにチョコバナナの端に齧り付く。

 

「………美味しいです」

 

「ふふ、それは良かった」

 

 恥ずかしがりながらも素直な感想を口にするジン。それを見て満足そうな顔をしたローズ。

 ローズは「では我も」と、ジンが口付けた部分を口に運んで齧り、モグモグと美味しそうに咀嚼する。

 それにジンは顔から火が出そうな程真っ赤になって狼狽した。

 

「な、なななな―――っ!?」

 

「………ん?どうしたジン?」

 

 ローズは、狼狽するジンを「ほう」と面白そうに見つめた。

 

「何だ、間接キスされたくらいで大袈裟ではないかジンよ?………くく、可愛い坊やだ」

 

「か、可愛い………ッ!?」

 

 ローズに『可愛い』と言われて、ジンは恥ずかしさと嬉しさの余り目を回しながら気絶してしまった。

 ベンチの背に凭れながら器用に気を失ってしまったジンを、ローズはそっと自分の方へ倒して、彼の頭を膝上に乗せる。

 ローズはジンの頭を優しく撫でながら、仕返し成功とほくそ笑んだ。

 

「………しかし、ジンもからかえば中々面白い坊やだな。間接キスだけでああまでなるとは」

 

 口をパクパクさせながら狼狽するジンの顔を思い出して、「くく」と喉を鳴らしながら笑うローズ。

 ローズは今まで、ジンに興味はなかったが、今回で〝からかい甲斐のある少年〟にランクアップした。

 次はどんな風にからかってやろうか、といつの間にかローズの膝上で気持ち良さそうな寝息を立てていたジンを見つめながら、ニヤリと笑うのだった。

 

 

αε

 

 

「―――凄く綺麗な場所。私の故郷にはこんな場所は無かったわ」

 

 ローズとジンがデート中、飛鳥と十六夜もデートもどきを楽しんでいた。

 飛鳥は煉瓦とカットガラスで彩られた赤窓の歩廊の中心にある、龍のモニュメントの前で休憩していた。

 対照的に十六夜は、大きな翠色のガラスで作られた龍のモニュメントの周囲をグルグルと回って眺めている。感心したように見上げた十六夜は、静かに呟いた。

 

「へえ………こんなに大きなテクタイト結晶、初めて見た」

 

「テクタイト結晶?ガラスではなく?」

 

「いや、テクタイトは天然ガラスの一種さ。隕石の衝突で生まれたエネルギーと熱量によって合成した希少鉱石。有名なのはドイツのネルトリンガー・リースに降った隕石とかだな」

 

「ドイツの………隕石?でも箱庭の世界に隕石なんて降るのかしら?」

 

「ああ、俺も疑問に思ってた。色からしてモルダバイトの類似品だと思うんだが………ん?」

 

 十六夜は足を止め、翠色のモニュメントに掲示された看板に目を落とす。

 

 

『出展コミュニティ〝サラマンドラ〟

 タイトル:霊造のテクタイト大結晶によって彫像された、初代頭首〝星海龍王〟様

 製作者・サラ』

 

 

 十六夜はやや沈黙した後、目を疑うようにモニュメントを見上げた。

 

「霊造ってことは………オイオイ、人為的に造り出したテクタイト結晶ってことか?」

 

「天然物ではなく?」

 

「ああ。製作者は人間じゃないみたいだが………ふぅん。この製作者のサラって奴、面白そうだな。確か御チビが知っている奴だし、機会が有ったら会ってみるか」

 

 ニヤリと物騒に笑いながら龍のモニュメントを見上げる十六夜。

 彼の横顔を不思議そうに見つめていた飛鳥は、ポツリと声が洩れる。

 

「前々から思っていたけれど………十六夜君は、どうしてそんなに博学なの?もしかして、こっそりローズさんから色々教わってるんじゃ」

 

「失礼なことを言うなお嬢様。まあ、確かにローズに頼めば知りたいことを何でもギフトで調べて教えてくれそうだが………俺の方は博学というよりは雑学程度だ」

 

「そう。………あら?あれって十六夜君が北側に来て早々見付けた歩くキャンドルスタンドじゃないかしら?」

 

「ん?おっ、本当だ!」

 

 飛鳥が二足歩行で歩くキャンドルスタンドを指差して言うと、十六夜は嬉々として駆けた。飛鳥を置き去りにして。

 飛鳥は、そういえばこれはデートではなく散策だったわね、とちょぴり残念そうに肩を竦ませ、十六夜の後を追う。

 歩くキャンドルスタンドも美術展の作品らしく、首(?)から〝ウィル・オ・ウィスプ〟という看板を下げていた。

 

「二足歩行のキャンドルスタンドに浮かぶランタン………ならカボチャのお化けはいないのかしら?ハロなんとかっていうお祭りに出てくる妖怪なのだけど、十六夜君は知ってる?」

 

「んあ?」

 

 突然の飛鳥の言葉に、十六夜は足を止めて目を丸くする。

 

「おいおい、箱入りが過ぎるぜお嬢様。カボチャの怪物って、ジャック・オー・ランタンの事だろ?今時ハロウィンぐらい知っておけよ―――と、そうか。お嬢様は戦後間もない時代から来たんだっけ?」

 

 半身だけ振り返って質問する十六夜。

 ―――日本でハロウィンが広く認知され始めたのは一九九〇年代。最古まで遡っても一九八〇年代の事である。

 

「そう………十六夜君の時代には、もうハロウィンは珍しいものではないのね」

 

「まあな。お嬢様はハロウィンみたいなお祭りが好きなのか?」

 

「好きという程のものじゃないわ。ただ幼い頃に小耳に挟んだ時は………とても素敵な催し物だと思ったの」

 

 飛鳥は空を仰ぎ、遠い場所を見るように瞳を細める。自嘲の笑みを浮かべて。

 

「私が居た場所は、本当につまらない場所だったわ。財閥の令嬢なんて言えば聞こえはいいかもしれないけれど………肝心の両親はもう居ないし、人心を操る力なんて持って生まれたせいで、隔離のような形で寮制の学校に閉じ込められていたもの」

 

「………へえ?それはお嬢様らしくねえな。さっさと抜け出せばよかったじゃねえか」

 

「そう、それよ。あの手紙が来なかったら、帰省に乗じて出て行くつもりだったの。行き先は………そうね。終戦のお祝いに、さっき話していたハロウィンでも経験しに行っていたわ」

 

 歩廊の真ん中でおどけて笑う飛鳥。十六夜はその瞳に、哀愁のようなものを感じていた。

 

「〝Trick or Treat!!(お菓子くれなきゃ 悪戯するぞ!)〟―――このフレーズ、とても可愛らしくて素敵じゃない?私も仮装をして、大人達に苦笑いされながらお菓子を貰いたかったわ」

 

「大きなカボチャを被りながら?」

 

「そうそう!ああだけど、そうね。今の私なら魔女でも良いわ。似合うと思わない?」

 

「そうだな」と相槌を打つ十六夜。飛鳥はクルリとスカートを大きく靡かせ、一回転する。

 

「私………箱庭に来て本当に良かったわ。こんなに素敵な場所に来る事が出来たんだもの。噂のハロウィンを経験する事は出来なかったけど………実家で飼い殺しにされる人生なんかよりも、よっぽど明日に期待を持てるもの」

 

「………そうかい。そりゃ何よりだな」

 

 クルリクルリと歩廊の真ん中で廻る彼女を、十六夜は静かに見つめていた。

 クルリクルリ―――ステップを踏んで、ターンターン。飛鳥は飛び込むように十六夜の顔を覗き込んだ。その表情に陰は無く、何時もの小憎たらしい―――否、彼との距離が近過ぎたせいか頬を赤らめていた。

 飛鳥は、十六夜から視線を逸らして言う。

 

「………そ、それじゃ行きましょうか。一か所にずっと居たら黒ウサギ達に見付かるわ………っ!」

 

「ヤハハ、そうだな。それはそうなんだが………なあ、お嬢様」

 

「何?」

 

「ハロウィンが、元々は収穫祭だってことは知ってるか?」

 

「え?」と突然の質問に飛鳥はきょとんとして十六夜を見る。彼は知らぬ顔で質問を続ける。

 

「序でに言うとだ。〝ノーネーム〟の裏手には莫大な農園跡地があってだな。あの土地を復活させれば、コミュニティも大助かりだと思うんだが………如何なものだろう?」

 

「え、ええ。そうね。それは知ってるわ」

 

 知っている、が十六夜の質問の意図が分からない飛鳥は、小首を傾げて困った表情を向ける。

 ニヤリと笑った十六夜は、飛鳥の顔に顔を近付け、

 

「農園を復活させて―――何時か俺達で、俺達のハロウィンをしよう―――という提案なんだが、お嬢様はどう思う?」

 

「………それは私の為に言ってくれているの十六夜君?後、か、顔が近いのだけれどっ」

 

「ん?そうだが?それと、後者のはわざとな」

 

「―――ッ!?そ、そう。とても嬉しい提案をありがとうね十六夜君………っ!」

 

 顔を赤くしながら飛鳥は十六夜の顔を押し返す。「ヤハハ」と笑いながら彼女から離れる十六夜。

 飛鳥は気を取り直して「こほん」と咳払いし、

 

「つ、つまり十六夜君が言いたいのは―――私達のコミュニティで………ハロウィンのギフトゲームを主催する、ということ?」

 

「ああ。箱庭で過ごす以上、やっぱり〝主催者(ホスト)〟は経験しないとな」

 

 十六夜の言葉に、パァッと瞳を輝かせた飛鳥は、両手を合わせて感嘆の声を上げる。

 

「ええ、素晴らしい提案だわ!それならコミュニティも助かるし、とても楽しそうだもの!」

 

「ハハ、流石に話が分かるなお嬢様!じゃあ俺達が最初に〝主催者〟をするギフトゲームはハロウィンで予約しておこうぜ。後、どんなアレンジをするかも考えておかないとな」

 

 コクコクと勢いよく頷く飛鳥。その瞳は熱っぽい。頬を緩ませ、はにかんで笑う彼女は、未来の主催を思い描いて夢心地に呟く。

 

「私達が主催するハロウィンか………ふふ。じゃあ収穫祭を行う為にも、まずは農地を復活させないといけないわね」

 

「YES。その為には御二人の力が無ければ実現出来ないのですよ」

 

「ええ、そうね―――え?」

 

 飛鳥はゆっくりと背後に目をやる。するとそこには―――どす黒いオーラを立ち上らせて怪しく笑うダークウサギ………ではなく黒ウサギが居た。

 余りにも自然に黒ウサギが会話に割り込んできた為、一瞬頷きかけた飛鳥。

 その黒ウサギはニコォリと邪悪に笑って、

 

「〝ノーネーム〟でハロウィンをやりたいのでしたら、我々のコミュニティから〝脱退〟するのは可笑しいで御座いますね?ですので御二人様―――オトナシク黒ウサギニ捕マッテクレマスヨネ?」

 

「「だが断るッ!!」」

 

 二人は即答し、十六夜が歩廊にクレーターを作る程の踏み込みで駆け出す。飛鳥は彼とは反対方向に逃げるが、そこにはレティシアが待ち構えていた。

 

「ふふ。逃がさないぞ飛鳥」

 

「え?レティシア!?くっ………!」

 

 飛鳥は、メイドの癖に生意気よ!と内心で叫びながらギフトカードを取り出し―――その隙に一瞬で間合いを詰めてきたレティシアに御用となった。

 レティシアに捕まってしまった飛鳥は、最後に一声、十六夜に向かって叫んだ。

 

「十六夜君!貴方が最後の一人よ!簡単に捕まったら許さないわ!」

 

「了解、任せとけお嬢様!」

 

「逃がさないのですッ!!今日という今日は堪忍袋が爆発しました!捕まえたら黒ウサギの素敵なお説教を長々と聞かせて差し上げるのですよーッ!!」

 

「ヤッハハハハハ!」

 

 黒ウサギの言葉に、十六夜は心底楽しそうに笑って歩廊を駆ける。追いかけっこもいよいよ終盤に差し掛かったのだった。



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αζ

「アレを見ろ!ウサギだ!〝月の兎〟が誰かと戦っているぞ!」

 

「〝箱庭の貴族〟がこんな最下層に!?」

 

「まさかサンドラ様の就任式の為にわざわざ上層から祝いに来たのか!?」

 

 騒ぎを聞き付けたギャラリー達が、黒ウサギを見上げて叫ぶ。

 しかし十六夜と黒ウサギは観衆を無視して、激しく睨み合っていた。

 

「………ルールを確認するぜ。黒ウサギは俺を捕まえれば勝ち。俺は今日一日逃げ切れば勝ち。そうだな?」

 

「YES。黒ウサギは十六夜さんを捕まえてお説教します。十六夜さんが逃げ切れば―――」

 

「そう、それだ。実は手紙に書いたのは冗談半分の内容だったんだが」

 

「ほほう?ほほほ~う?コミュニティの脱退を賭けた勝負を冗談で持ち掛けたと?それはそれは、随分と笑えない話で御座いますねえ」

 

 キッと黒ウサギが十六夜を睨む。

 コミュニティの脱退を賭けた勝負。それは飛鳥が書いたものを、ローズがレティシアへ転移させた手紙の内容である。

 

 

『黒ウサギへ。

  北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。

  貴女も後から必ず来ること。あ、あとレティシアも必ずね。貴女の主が待ってるわ。

  私達に祭りの事を意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合四人共コミュニティを脱退します。死ぬ気で捜してね。応援しているわ。

 P/S 現場に居合わせたジン君とリリは拉致していきます』

 

 

 黒ウサギの怒りはこれが理由であり、しかも冗談と知って更に怒り度が増している。

 そんな彼女を見て、十六夜は肩を竦ませて笑う。

 

「まあ、そうだな。確かに冗談にしては質が悪い。悪戯ってのは、後で笑って誤魔化せるぐらいじゃないと可愛げも無い。其処は認める」

 

「………大人しく降参すると?」

 

「馬鹿言え。此処まで盛り上げといて何もしないなんて、ギャラリーが許さねえよ」

 

 十六夜は、クイッと親指で眼下を指す。其処でようやく二人は観衆に目を向けた。少人数だったのがいつの間にかかなりの人数になっている。

 

「其処で提案なんだが。俺と黒ウサギだけで、短時間の別ゲームをしないか?」

 

「………!それは良い提案で御座いますね!」

 

「だろ?―――つかやる気満々だなオイ」

 

「当然で御座います!飛鳥さんだけお楽しみなのは許せないのですから!」

 

「は?」

 

「―――はっ!?」

 

 黒ウサギは慌てて口を塞ぐ。余計な言葉を口にしてしまった、と頬を紅潮させている。

 そんな彼女を十六夜が「へえ?」とニヤニヤ顔で見つめる。

 

「何だ?もしかして俺がお嬢様とデートっぽいことをしてたから妬いてんのか黒ウサギ?」

 

「べ、別に妬いてなんかいません!………ただ、その………狡い、とは思いましたが」

 

「つまり、妬いてんじゃねえか」

 

「で、ですから黒ウサギは!妬いてなんかいませんもんっ!!」

 

 十六夜がからかうと、妬いてない、と意地になる黒ウサギ。

 そんな彼女を、十六夜は必死に笑いを噛み殺して話を戻す。

 

「まあいいや。んで、チップについてなんだが―――」

 

「そ、それなら互いに命令権(くびわ)を賭けて行いましょう!」

 

「は?」

 

「十六夜さんのことですから、謝罪代わりに黒ウサギのチップは無しでいいとか言いかねません。しかしそれでは黒ウサギが()()()()()()()()!やはり勝負は対等でなくては駄目なのです!」

 

 面白くない、とまるで十六夜みたいな事を言う黒ウサギ。いや、もしかしたら、まるでではなく―――故意で真似しているのかもしれない。

 十六夜は、黒ウサギの癖に生意気だな、と内心では思いながらも、同時に、これは面白い、と笑みが零れた。

 

「………ハッ、お前がそれで良いなら俺も構わねえが―――後悔すんなよ?」

 

「はいな。十六夜さんこそ、黒ウサギに負けても恨みっこ無しで御座いますよ?」

 

 十六夜の挑発を、挑発で返す黒ウサギ。互いの自由を賭けたギフトゲームはこうして始まった。

 

 

『ギフトゲーム名〝月の兎と十六夜の月〟

 ・ルール説明

  ・ゲーム開始のコールはコイントス。

  ・参加者がもう一人の参加者を、〝手の平で〟捕まえたら決着。

  ・敗者は勝者の命令を一度だけ強制される。

 宣誓 上記のルールに則り、〝黒ウサギ〟〝十六夜〟の両名はギフトゲームを行います。』

 

 

αζ

 

 

 一方、飛鳥とレティシアはクレープを買い、食べ歩きしていた。

 飛鳥がクレープを珍しそうに見つめていると、レティシアは小さな口でかぶり付きながら、そんな彼女を不思議そうに見上げて訊いた。

 

「飛鳥はこういった食べ物を知らないのか?」

 

「え、ええ。温かい皮で包んで、中身は冷たい洋菓子。とても美味しそうなんだけど………そのまま齧り付くというのは少し品が無いわ。どう頑張っても口回りが汚れるもの」

 

「そうか?私はこの温かくて柔らかい皮を噛み破いた時に溢れる赤くて甘いドロリとしたソースが、口の中で滑りながら広がる感触が好きなのだが」

 

「吸血鬼に言われるとゾッとするわね」

 

 思わず苦笑いする飛鳥。だがふと、あることを思い出してレティシアに訊いてみた。

 

「吸血鬼と言って思い出したのだけど………レティシアはローズさんの血を戴いて強くなったのよね?」

 

「ん?ああ、そうだな。それがどうしたんだ?」

 

「そう。………それでなんだけどレティシア。私がこんなことを聞くのは可笑しいかもしれないのだけど………ローズさんの血は美味しかったかしら?」

 

「………は?」

 

 飛鳥のまさかの問いに、レティシアは思わず素っ頓狂な声を上げた。彼女がそんな質問をしてくるとは思いもしなかったのだろう。

 レティシアはフッと笑って頷き、

 

「そうだな。我が主の血はとても美味かったぞ?主の白い柔肌に牙を突き立て鮮血を啜る………ふふ、今でも鮮明に思い出せるな。その瞬間と、主の甘く愛おしい血の味が」

 

「………そ、そう」

 

 恍惚とした表情で答えるレティシア。飛鳥は、改めて彼女は吸血鬼なんだなあ………と思った。

 だがふと、ある懸念が浮上し、飛鳥は訊いた。

 

「………ねえ、レティシア。まさかとは思うけど、ローズさんを狙ってたりは」

 

「ん?………いや、流石に私はそういう趣味はないよ。確かに主のことは好きだが、私はあくまで眷属として主を慕っているだけだ」

 

「そう。それなら良かったわ」

 

 なら、ジン君の障害にはならないわね、と一人安堵の息を洩らす。

 そんな飛鳥を、レティシアは怪訝な表情で見つめて、

 

「………もしかして飛鳥も我が主の血を狙ってるのか?」

 

「は?そ、そんなわけ無いでしょう!?私は吸血鬼じゃないもの。誰かの血を飲みたいなんて思いもしないわ」

 

「そ、そうか。なら良いんだ」

 

 今度はレティシアが安堵の息を吐く。そして、我が主の血は私だけのものだからな、と内心で呟いた。

 それはさておき、とレティシアが飛鳥を見上げて、

 

「お話をするのは構わないが、飛鳥は何時になったらそのクレープを食べるんだ?」

 

「………あ、そうね。チャレンジしてみるわ」

 

 話題が逸れて、まだ一口も食べていないクレープを、レティシアの指摘で気付いた飛鳥は、齧り付いた。

 

「………美味しいわ」

 

「それは良かった。コレぐらいの食べ物で二の足を踏まれたのでは、南側には絶対に行けないからなあ」

 

「そ、そう。そんなに南側の食事は凄いの?」

 

「凄いなんてものじゃないぞ。向こうの料理は兎に角ワイルドなんだ。以前に〝六本傷〟の旗を掲げているコミュニティの店に入ったのだが、アレは凄かった。斬る!焼く!齧る!の三工程を食事だと説明された時は、流石の私も頭を抱えたよ」

 

 フッと遠い目をして、思い出したのか小さく身震いするレティシア。

 そんな彼女の姿に苦笑しながら、飛鳥はクレープを食べようとした。が、その時、視界の隅に小さな影が映った。鮮やかな切子細工のグラスを売る出店の棚の下に、尖った帽子の―――

 

「レティシア。あれは………何?」

 

「ん?」とレティシアは、飛鳥の指差す方向に首を傾け、目を丸くして驚いた。

 指の先には―――手の平サイズしかない身長の、尖り帽子を被った小人の女の子が、切子細工のグラスをキラキラとした瞳で眺めていたのだ。

 

「あれは、精霊か?あのサイズが一人でいるのは珍しいな。〝はぐれ〟かな?」

 

「〝はぐれ〟?」

 

「ああ。あの類いの小精霊は群体精霊だからな。単体で行動している事は滅多にないんだ」

 

「そう」と相槌を打った飛鳥は、物珍しそうに尖り帽子の精霊に近付く。

 背後から飛鳥の影が掛かったのか、尖り帽子の精霊は驚いて振り返り、二人の視線は自然に交差した。

 

「「………………………、」」

 

 途端、「ひゃっ!」と愛らしい声を立てて逃げる尖り帽子の精霊。

 飛鳥は、レティシアにクレープを預け、その小さな背中を追う。

 

「わっ、あ、飛鳥!」

 

「残りはあげるわ!ちょっと追い掛けてくる!」

 

 嬉々として尖り帽子の精霊を猛追する飛鳥。そんな彼女の背を、レティシアは困ったように笑いながらクレープを齧り、見送ったのだった。

 

 

αζ

 

 

「………う、ん………」

 

 ジンは、辺りが騒がしくなってきたせいか、目を開けた。あれから数十分は気絶してしまっていたらしい。

 起き上がろうとして、ジンは頭を横にすると―――見覚えのある漆黒エプロンが視界に映った。

「え?」とジンは、以前にも同じことがあったような………と、デジャヴを感じ始めた。

 頭の下に柔らかな感触。視界の隅に映る虹色の髪。そして間近に映る漆黒エプロン。

 ジンはすぐさま、僕はまたローズさんに膝枕されてるんだ、と思った。もしかして、と彼はゆっくり視線をローズの顔に持っていき―――

 

「(や、やっぱり眠ってる!?)」

 

 そう、彼女は地下書庫の時のように、ジンに膝枕したまま無防備にも寝顔を晒していたのだ。

 ジンはゴクリ、と生唾を飲む。これは千載一遇のチャンスなのでは、と緊張が走った。

 あの時とは状況が違う。問題児達及びリリもいない。更にはどういうわけか、賑わっていた人達の姿も無かった。

 この場には、ジンとローズの二人のみ。準備は整っており、後は彼の勇気次第で〝スる〟か〝シない〟かが決まる。

 ジンは、バクバクと鳴り続ける自分の心臓の音が、ローズに聴こえてしまわないかと冷や汗を掻きながらも、慎重に起き上がり、彼女の肩に手を置いた。

 そして、ジンはゆっくりとローズの顔に顔を近付けて、彼女の唇に口付けを―――

 

「くく、随分と積極的ではないかジンよ?」

 

「―――ッ!!?」

 

 ―――することが出来なかった。ジンは心臓が飛び出しそうになる。何故なら、ローズは起きていたからだ。

 ジンは慌ててローズから離れようとしたが、それを彼女に手首を掴まれて阻止された。

 

「何故逃げようとするジン?此処まで迫ってきたのは汝だろう?」

 

 そう言って、ローズはジンの顎を持ち上げニヤリと笑う。彼は、今にでも飛び出してきそうな心臓を必死に抑え、

 

「そ、そうですけど!………あ、あれは!………そ、その………ローズさんが眠ってると思ったから―――!!」

 

「ほう?眠ってるからとな?………ふふ、だが状況がどうあれ、ジンは我のファーストキスを奪うつもりだったのだろう?」

 

「………は?初めてッ!!?」

 

 ジンは思わず絶叫してしまった。ローズは、そんな彼の口を塞いで、

 

「戯け!そのような言葉を大声で叫ぶな!流石の我も恥ずかしいだろう!?」

 

むぐ()むぐぐぐ(すみません)………」

 

 ローズに口を塞がれたままの状態で謝るジン。彼女は、やれやれだな、と溜め息を吐いた。が、フッと笑ってジンを見つめ、

 

「………だがジンにしては中々だったぞ?故に、我から褒美をくれてやる」

 

「え?ほ、褒美って」

 

 何ですか、とは続かなかった。何故なら、ローズが、ジンの額に口付けしたからだ。

 ジンの顔は真っ赤に染め上がり、今日一番の狼狽を見せる。

 

「な、ななな、ななななななな―――――ッ!?!?」

 

「くく、どうしたジン?額にキスされた程度でそうなってしまっては―――()()()は当分お預けだぞ?」

 

「~~~~~~~~~~ッ!!!?」

 

 コッチは、とローズは自分の唇に指を当てて、ジンを挑発する。彼は、口と口のキスを妄想してしまったのか、頭の天辺から白い煙を発生させ、

 

「………………………きゅぅ」

 

 また気絶してしまった。そんなジンを「くく」と喉を鳴らしながら、また彼に膝枕して頭を優しく撫でてあげるのだった。



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αη

『ギフトゲーム名〝月の兎と十六夜の月〟

 ・ルール説明

  ・ゲーム開始のコールはコイントス。

  ・参加者がもう一人の参加者を、〝手の平で〟捕まえたら決着。

  ・敗者は勝者の命令を一度だけ強制される。

 宣誓 上記のルールを則り、〝黒ウサギ〟〝十六夜〟の両名はギフトゲームを行います。』

 

 

 宣誓を交わすと、両者に羊皮紙が一枚ずつ手元に舞い落ちる。

 これはコミュニティ間の決闘ではなく、個人の間で取引される〝契約書類(ギアスロール)〟で、決着時に勝者の紙は命令権へと変化し、敗者の紙は燃える仕組みになっているそうだ。

 黒ウサギが十六夜にコイントスを譲り、十六夜はポケットから一枚のコインを手に取り、ピンと指で弾く。

 滑らかな弧を描いて落下していくコインを二人は見つめ―――……キン!という金属音が響いた瞬間、二人は動いた。

 黒ウサギは全力で後方に跳躍。それを見透かしていたかのように、十六夜が前に跳躍した。

 

「やはり黒ウサギの初手は見抜かれていましたか。流石は十六夜さんです!」

 

「当然。お前の考えはお見通しだぜ黒ウサギ!」

 

 黒ウサギは楽しそうに呟きながら、十六夜から距離を取ろうと後ろ向きのまま屋根を次々と飛び回る。

 十六夜は「ヤハハ」と笑いながら、黒ウサギとの距離を詰めようと屋根を駆けては跳躍して追い掛ける。

 本来なら、十六夜が()()()跳躍すれば一瞬で決着がついてしまうゲーム。しかしそれではつまらないし、何より足場が地面ではなく屋根上。踏み込みに失敗すれば屋根を壊して落下してしまうし、その隙を突かれれば一貫の終わりだ。

 リスク承知で一発目で勝負を決めるよりは、チャンスを窺って確実に勝利を掴む方が断然良い。

 それにこのゲームを楽しんでくれている黒ウサギの為にも、敢えて彼女に速度を合わせて暫しの間遊んでやろう、というのが十六夜の考えだった。

 一方の黒ウサギも、十六夜が本気を出していないことに気付いていた。尤も、彼女もまた全力ではないのだが。

 とはいえ黒ウサギの全力は、十六夜の全力―――第三宇宙速度超には程遠い。それでも〝ノーネーム〟の中でレティシアの次に速い走力を持ち、加えて高性能ウサ耳を持っている。

 箱庭の中枢と繋がっている〝月の兎〟のウサ耳は、審判時ならばゲームの全範囲、プレイヤー時なら一キロの範囲まで情報が収集可能な反則並みのウサ耳が。

 常に相手の位置や言動を把握出来る為、十六夜の視界から消えることが出来れば、あとは黒ウサギの不意打ちでゲームセット。

 しかしそんな黒ウサギは、十六夜を見ながら捕まらないように逃げている。そうする必要がないというのにだ。

 では何故、黒ウサギは十六夜を見ながら逃げ回っているのか。それは、少しでも多く、ゲームを楽しむ十六夜の顔を見ていたいからだった。

 そんなことを思っていると、急に恥ずかしくなって頬を赤らめる黒ウサギ。

 それに気付いた十六夜はニヤリと笑って、黒ウサギをからかった。

 

「どうした黒ウサギ?顔が赤いぜ。もうバテちまったか?」

 

「い、いえ!黒ウサギは全然元気で御座いますよ………っ!」

 

 黒ウサギは手を振って、大丈夫なのです!とアピールする。すると十六夜は「そうかい」と返して、急に速度を上げて黒ウサギに掴み掛かった。

 

「………っ!」

 

 肉薄し、掴み掛かってきた十六夜の手を黒ウサギが手で払う。が、また彼の手が捕らえようと伸びてきた。黒ウサギはまたそれを手で払う。

 次から次へと十六夜の手が襲い掛かり、黒ウサギはそれらを手で払うというような感じで防戦一方になっていた。

 このままじゃ不味い、と思って後方に跳躍―――が、焦って跳びすぎた。

 上空高く跳び上がった黒ウサギを確認した十六夜は、落下地点を瞬時に計算して、其処へ屋根に亀裂を入れさせる踏み込みで飛び込んだ。

 黒ウサギは後ろを確認する。其処には既に彼女の落下地点に先回りしていた十六夜が待ち構えていた。

 空を飛べるわけでもない黒ウサギは、捕まる―――と思った。

 このまま十六夜に捕まって、彼に一度だけされるがままでもいいかな………と黒ウサギは思う。だが潔く負けを認めたくない自分もいる。

 正直、このゲームは黒ウサギにとっては、勝っても負けても()()()()()。どちらも十六夜と一緒に居られるのだから。

 けどどうせなら十六夜さんを一度だけ好きに出来る方が断然良いのです!と、貪欲な黒ウサギは『勝利』の二文字を目指して、

 

「勝利を確信するのは―――まだ早いのですよ十六夜さん!」

 

「は?」

 

 黒ウサギはそう言って、空中で身体を捻り回し蹴りを十六夜のこめかみ目掛けて振るった。

 流石の十六夜も黒ウサギの行動が予想外だったのか、受け止めることを忘れて上体を反らして躱した。

 その一瞬の隙を突いて、黒ウサギは屋根に着地してすぐに跳躍し、時計塔の尖塔に跳び乗った。

 それに十六夜は「チッ」と舌打ちする。が、次の瞬間、十六夜は黒ウサギを見上げて不満そうに叫んだ。

 

「オイコラ黒ウサギ!スカートの中が見えそうで見えねえぞ!どういうことだ!?」

 

「あやや、怒るところは其処なのですか?」

 

 てっきり取り逃がして自己嫌悪に陥ったのかと思い気や、まさかのそっちだった。まあ寧ろ十六夜さんらしい、と黒ウサギは思ったが。

 黒ウサギは知らないが、十六夜が彼女の蹴りを受け止めずに敢えて躱したのは、彼女のスカートの中を覗こうとしたのが目的だったりする。

 そんなことを知らずに黒ウサギはスカートの裾を押さえながら、眼下の十六夜に笑い掛ける。

 

「フフン♪この衣装は白夜叉様の好意で、絶対に見えそうで見えないという鉄壁ミニスカートなギフトを与えられているので御座いますよ♪」

 

「はぁ?あの野郎、チラリストかよ。クソが。こうなったらスカートに頭を突っ込むしか」

 

「黙らっしゃいこのお馬鹿様!!!」

 

 お馬鹿なことを言いながら此方に突っ込んできた十六夜。黒ウサギは速攻で断じながら跳躍し別の屋根に跳び移る。

 十六夜は時計塔を勢い良く登って尖塔を掴み、後ろを確認した。

 すると、十六夜の瞳に映ったのは―――悪戯っぽい笑みでペロ、と舌を出した黒ウサギが右手を掲げた姿だった。

 

「尤も、そんなお馬鹿なことを言えるのは其処までです」

 

「何?」

 

「黒ウサギの逆転勝利なのですよ、十六夜さん」

 

 突然の勝利宣言。黒ウサギは身体を小さく縮こませると、全身の力で超跳躍を見せた。

 眼下の歩廊目掛けて飛び降りた黒ウサギ。それに十六夜はしまった、と自分の失態に気付いて舌打ちする。

 このまま追って跳べば間違いなく捕まる―――と。

 黒ウサギに向かって跳躍すれば確実に捕まる。かといって地道に追っても身を隠されてアウト。あの時、同時に跳躍しなければならなかったのだ。

 

「それじゃ、サヨウナラなのですよ~♪」

 

 遠くでにこやかに手を振る黒ウサギ。彼女はもう勝ったも同然だと油断していた。

 十六夜はふと時計塔を見て、良いことを思い付いた、とニヤリと笑う。

 

「………中々やるじゃねえか、黒ウサギ。シンプルだが、お前のゲームメイクは面白いぞ」

 

 確かに面白い。だが、勝敗は別だ、と嘲笑う。

 

「悪いが、此処からは俺のゲームメイクだ。大胆素敵に吠え面掻きやがれ黒ウサギ……!!」

 

 十六夜は身を翻し、力を溜め込む。針金のようなしなやかさで全身を撓らせ、足場の時計塔を―――全力で蹴り飛ばした。

 

「………は?え、ちょ、ちょっと待ちなさいお馬鹿様あああああああ!?」

 

 これには余裕を見せていた黒ウサギも絶叫ものである。

 巨大な時計塔の頭角は無残にも瓦礫と化し、第三宇宙速度で迫る散弾の雨となって歩廊を襲う。黒ウサギの着地点はギャラリーから遠く離れていた為に人的被害は無いだろうが、赤窓の歩廊は宛ら爆撃を受けたように残骸が舞い散る。

 

「「「あ、あの人間滅茶苦茶だあああああああ!?」」」

 

 ギャラリーからも絶叫が起こる。まあ最下層で此処までド派手に破壊行為を行う者は、魔王の配下ぐらいだからだ。

 堪らず足を止めて残骸を避ける黒ウサギ。その瓦礫の陰から「ヤハハ」という十六夜の笑い声が響く。

 

「っ、十六夜さん………!」

 

「射程距離だぜ、黒ウサギ」

 

 舞い落ちる残骸を蹴り飛ばし、その陰から十六夜の右手が伸びる。それを間一髪手の甲で弾く。同様に伸びる黒ウサギの右手。十六夜も手首で弧を描いて流し、また掴み掛かる。

 瓦礫が落ちるまでの刹那の時間、千手の攻防を繰り返す二人。互いが互いの攻守に全霊を尽くす中、時計塔の残骸によって倒壊した建物が二人の頭上から襲う。

 それが勝負の分かれ目だった。二人は同時に拳を振り上げて倒壊した建物を吹き飛ばす。

 その一撃に割いた時間で、守の一手が遅れる。掴み掛かった二人の手は―――

 

「「あっ、」」

 

 パシッ。と、全く同時にお互いの腕を掴み取った。

 二人の〝契約書類〟が発光し、勝敗を定める。

 

『『勝敗結果:引き分け。〝契約書類〟は以降、命令権として使用可能です』』

 

「………は?」

 

 黒ウサギの腕を掴んだまま、訝しげに声を上げる十六夜。黒ウサギは苦々しく笑って説明。

 

「あー………コレは、アレです。引き分けなので、互いに命令権を一つ得たみたいです」

 

「そんな事はどうでもいい。腹の底からどうでもいい。俺が気に入らないのは〝引き分け〟の結果だけだ。どう見ても俺の方が速かっただろ」

 

「やや、そんなことは無いのですよ?箱庭の判定は絶対なのです」

 

「はぁ?何だそれ何処の神様が決めた判定だよ不巫戯んな今すぐ速攻で誤審を問い質してやるから俺の前に連れてきやがれ糞ウサギ―――!」

 

「そこまでだ貴様ら!!」

 

 厳しい声音が歩廊に響く。二人の周りには炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団が集まっていた。北側の〝階層支配者〟―――〝サラマンドラ〟のコミュニティが、騒ぎを聞き付けて来たのだ。黒ウサギは痛烈に痛そうな頭を抱え、両手を上げて降参した。

 丁度其処へ、

 

「先程物凄い音が聞こえたのだが………汝ら無事か?」

 

 突如黒ウサギと十六夜の目の前の虚空から、虹髪と青白い焔のような瞳が特徴的な漆黒メイドの幼い少女―――ローズが気絶しているジンをお姫様抱っこした状態で現れた。

 

「きゃあ!?ちょ、ちょっとローズさん!唐突に現れないでください!―――ってジン坊っちゃん!?何故気絶しているのですか!?」

 

「ん?ジンか?我がこの坊やに褒美にキスをしてやったらこの通りでな。やれやれ、まだまだ青い少年よ」

 

「キ、キキキキスッ!?」

 

「へえ?」

 

 キスと聞いて全身を真っ赤にして狼狽する黒ウサギ。十六夜はキラリと瞳を怪しく光らせて訊いた。

 

「キスしたのか。んで、御チビの唇にか?」

 

「えっ!?」

 

「いや、額にだ。我のファーストキスは、この坊やには贅沢だからな。我が認めた相手以外に、我の初めてを捧げてやるつもりはない」

 

 そう言って「くく」と喉を鳴らして笑うローズ。

 黒ウサギは〝額〟と聞いてホッと胸を撫で下ろす。しかしジンは十一歳の子供だ。ローズの行為は褒められたものじゃない、と黒ウサギは彼女を睨んだ。

 そんな保護者的な意味でジンを心配する黒ウサギに、ローズは苦笑した。

 

「そう睨むな兎の娘。我はこの坊やの唇を強引に奪うつもりはないぞ。………とはいえこの少年は、我が寝た振りをしていた時に、我の唇を奪いにきたがな」

 

「へ?ジン坊っちゃんが!?」

 

「ハハ、マジかよ。中々やるじゃねえか御チビ様」

 

 唖然とする黒ウサギ。ジンを称賛する十六夜。「ふふ」とローズもジンを見て笑う。

 そんな彼らに、軍服姿の男が激怒した。

 

「貴様ら!我々を無視するとは良い度胸だな!?」

 

「ぬ?」

 

「あん?」

 

「………あっ、」

 

 男の怒鳴り声に、振り返る三人。黒ウサギは忘れてた、という表情で頭を抱える。

 ローズは壊れた時計塔と変わり果てた赤窓の歩廊を見回して、

 

「ふむ。大体の予想はついた。要するに汝が憤っているのは、其処の二人がギフトゲームを始めては暴れ回り色々壊した挙げ句、無視はするし反省の色も無い―――といったところか?」

 

「そうだ!………無視の主な原因は貴様だがな!よってこの場にいる四名は、我々〝サラマンドラ〟が連行するッ!!」

 

 男の言葉に、ローズが何故我とジンもなんだ?と思ったが、十六夜と黒ウサギはコミュニティの同士であり友だから見捨てるわけにはいかない。故に此処は従うことにした。

 

「連行は構わないが、まずは壊れたところを直さねばな」

 

「は?」

 

 何を言ってるんだこの小娘は、と軍服の男が内心で呟いた瞬間、ローズは指を鳴らした。

 その刹那、まるで時間が巻き戻るかのように壊れた時計塔や倒壊した建物、変わり果てた赤窓の歩廊が元通りに修復されていった。

 その光景に唖然とする〝サラマンドラ〟一同。一方の十六夜と黒ウサギはもう驚かない。それはローズのデタラメ加減を沢山見てきたからだ。

 ローズはコレで良し、と頷いて、

 

「待たせたな〝サラマンドラ〟の者。()く連れていくが良い」

 

「………あ、ああ」

 

 軍服の男は顔を引き攣らせながらも頷き、ローズ(と彼女にお姫様抱っこされたジン)・十六夜・黒ウサギを連行するのだった。



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αθ

 ―――境界壁・舞台区画。〝火龍誕生祭〟運営本陣営。

 ローズ達は〝サラマンドラ〟のコミュニティに連行され、〝火龍誕生祭〟の運営を行う為の本部まで来ていた。

 巨大で真っ赤な境界壁を削り出すように造られた宮殿はゲーム会場と直結しており、その奥にある石畳を通って本部に渡る。

 ゲーム会場は輪郭を円状に造られており、それを取り囲む形で客席が設けられている。現在は白夜叉の持っていたチラシのギフトゲームが開催されており、その舞台上では最後の決勝枠が争われていた。

 

『お嬢おおおおお!!其処や!今や!後ろに回って蹴飛ばしたれええええ!!』

 

「耀様ああああ!頑張ってえええええ!!」

 

 リリに抱き抱えられた三毛猫が叫び、彼女もまた耀にエールを送る。

 舞台で戦っているのは〝ノーネーム〟の耀と、〝ロックイーター〟のコミュニティに属する自動人形(オートマター)、石垣の巨人だった。

 

「これで、終わり………!」

 

 鷲獅子(グリフォン)から受け取ったギフトで旋風を操り、石垣の巨人の背後に飛翔する耀。そして巨人の後頭部を蹴り崩す。

 更に耀は、瞬時に自分の体重を〝象〟へと変幻させ、落下の力と共に巨人を押し倒す。石垣の巨人が倒れると同時に、割れるような観衆の声が起こった。

 

『お嬢おおおおおおお!うおおおおおお!お嬢おおおおおおおお!』

 

「わあ!耀様が圧勝しました!凄いのです!!」

 

 三毛猫は耀の雄姿に雄叫びを上げ、リリも興奮したのか狐の二尾をパタつかせ、彼女の勝利を心から喜んだ。

 リリ達に気付いた耀は、目配せと片手を向け微笑を見せる。

 宮殿の上から見ていた白夜叉が柏手を打つと、観衆の声がピタリと止む。

 白夜叉はバルコニーから朗らかに笑い掛け、耀と一般参加者に声を掛けた。

 

「最後の勝者は〝ノーネーム〟出身の春日部耀に決定した。これにて最後の決勝枠が用意されたかの。決勝のゲームは明日以降の日取りとなっておる。明日以降のゲームルールは………ふむ。ルールはもう一人の〝主催者(ホスト)〟にして、今回の祭典の主賓から説明願おう」

 

 白夜叉は振り返り、宮殿のバルコニーの中心を譲る。舞台会場が一望出来るそのテラスに現れたのは、深紅の髪を頭上で結い、色彩鮮やかな衣装を幾重にも纏った幼い少女。

 龍の純血種―――星海龍王の龍角を継承した、新たな〝階層支配者〟。

 炎の龍紋を掲げる〝サラマンドラ〟の幼き頭首・サンドラが玉座から立ち上がる。

 華美装飾を身に纏い、緊張した面持ちの彼女に、白夜叉は促すように優しく笑い掛ける。

 

「ふふ。華の御披露目だからの。緊張するのは分かるが、皆の前では笑顔を見せねばならぬぞ。我々フロアマスターは下層のコミュニティの心の拠り所なのだからな。私の送った衣装も、そのような硬い表情では色褪せてしまうというもの。此処は凜然とした態度での」

 

「は、はい」

 

 サンドラは大きく深呼吸し、鈴の音のような凜とした声音で挨拶した。

 

「ご紹介に与りました、北のマスター・サンドラ=ドルトレイクです。東と北の共同祭典・火龍誕生祭の日程も、今日で中日を迎える事が出来ました。然したる事故も無く、進行に協力くださった東のコミュニティと北のコミュニティの皆様にはこの場を借りてお礼の言葉を申し上げます。以降のゲームにつきましてはお手持ちの招待状をご覧ください」

 

 

『ギフトゲーム名〝造物主達の決闘〟

 

 ・決勝参加コミュニティ

  ・ゲームマスター・〝サラマンドラ〟

  ・プレイヤー・〝ウィル・オ・ウィスプ〟

  ・プレイヤー・〝ラッテンフェンガー〟

  ・プレイヤー・〝ノーネーム〟

 ・決勝ゲームルール

  ・お互いのコミュニティが創造したギフトを比べ合う。

  ・ギフトを十全に扱う為、一人まで補佐が許される。

  ・ゲームのクリアは登録されたギフト保持者の手で行う事。

  ・総当たり戦を行い勝ち星が多いコミュニティが優勝。

  ・優勝者はゲームマスターと対峙。

 ・授与される恩恵に関して

  ・〝階層支配者〟の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言出来る。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームに参加します。

 〝サウザンドアイズ〟印

   〝サラマンドラ〟印』

 

 

 これにて本日の大祭はお開きとなった。

 耀はリリと三毛猫と合流すると、ビシッ!と出店を指差し、

 

「そうだ、出店巡りしよう」

 

「え?もうすぐ夕ご飯の時間ですよ!?食べ歩きするんですか!?」

 

『せやな。ワシもお嬢の応援に気合い入りすぎて腹減ってもうたわ!』

 

「大丈夫。軽く食べるだけだから。三毛猫もお腹空いたって言ってるし、リリも行こ」

 

 リリの小さな手を取った耀は、三毛猫を肩に乗せて出店巡りへ切り込む。

 

「鯛焼き十個」

 

「え?」

 

「タコ焼き五パック」

 

「えっ!?」

 

「フランクフルト二十本」

 

「ええ―――ッ!!?」

 

 出店を転々としながら次々と大量に買い漁る耀。リリは何処が軽くなのですか!?とでも言いたげな表情で耀を見る。

 三毛猫は三毛猫で、耀に買ってもらったネコマンマを堪能してる。

 そんなリリも鯛焼きを一つ戴いて小さな口で食べているが。

 そして耀にとっては、これが〝軽く〟だった。彼女が本気を出せば、出店の一つや二つ、簡単に食い潰せるそうだ。

 そんな彼女の勢いは止まることを知らず、

 

「焼きそば紅生姜大盛り三パック」

 

「へ?」

 

「クレープ全種類」

 

「ちょ、」

 

「焼き鳥お任せ三十本」

 

「い、いい加減にしてください耀様!それじゃあ夕ご飯が入らなくなりますよ!?」

 

 リリが流石に止めなければ不味いと思い、忠告したが、

 

「大丈夫、問題ない」

 

 耀はグッ!と親指を立てて返す。その彼女の腕には無数の袋達が下がっている。

 リリはもう好きにしてください、と肩を落として脱力したのだった。

 

 

αθ

 

 

「随分と派手にやったようじゃの、おんしら」

 

「ああ。ご要望通り祭りを盛り上げてやったぜ」

 

「胸を張って言わないで下さいこのお馬鹿様!!!」

 

 スパァーン!と黒ウサギのハリセンが十六夜の頭に奔る。その後ろでジンを抱えたままローズが「くく」と喉を鳴らして笑う。

 四人は連行された後、運営本陣営の謁見の間まで連れてこられたのだ。

 白夜叉は必死に笑いを噛み殺しつつ、なるべく真面目な姿勢を見せる。

 サンドラの側近らしき軍服姿の男が鋭い目付きで前に出て、十六夜達を高圧的に見下す。

 

「ふん!〝ノーネーム〟の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな!相応の厳罰は覚悟しているか!?」

 

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろ?」

 

 白夜叉がマンドラと呼ばれた男を窘める。

 サンドラは謁見の間の上座にある豪奢な玉座から立ち上がると、黒ウサギと十六夜に声を掛けた。

 

「〝箱庭の貴族〟とその盟友の方。此度は〝火龍誕生祭〟に足を運んで頂きありがとうございます。負傷者は奇跡的に無く、貴方達が破壊した建造物の一件も、貴方達の同士が修繕してくださったようなので、この件に関して私からは不問とさせて頂きます」

 

「チッ」と舌打ちするマンドラ。ホッと胸を撫で下ろす黒ウサギ。軽く肩を竦める十六夜。

 白夜叉はローズを見て「うむ」と頷き、

 

「本当は私が修繕しても良かったのだが、その前にローズちゃんが直してくれたようだの?」

 

「ああ。後始末は十六夜らのメイドである我の仕事だからな。当然のことをしたまでよ」

 

 ローズはそう言って笑みで返す。白夜叉はそうか、と頷き、

 

「………ふむ。良い機会だから、昼の続きを話しておこうかの」

 

 白夜叉が連れの者達に目配せをする。サンドラも同士を下がらせ、側近のマンドラだけが残る。この場に残ったのは彼らを除いて十六夜・黒ウサギ・ローズ(と抱き抱えられているジン)の四人だけだ。

 サンドラはまず、玉座を飛び出してローズへと駆け寄った。

 

「すみません。ジンと話がしたいので起こしてもらえませんか?」

 

「ん?ああ、構わぬよ」

 

 ローズはサンドラの要求を飲むと、未だに眠っていたジンの額に―――ビシッ!

 

「~~~~~ッ!!?」

 

 彼には痛すぎる凸ピンをお見舞いした。言葉にならない絶叫を上げて飛び起きるジン。

 サンドラが唖然とするなか、ローズは「くく」と笑い、

 

「ほらジン。火龍の娘が汝と話したいそうだ。何時までも我にしがみついてないで降りろ」

 

「し、しがみついてなんかいません!ローズさんが勝手に僕を抱き抱えているだけでしょう!?―――っては!?サンドラ………!」

 

 ジンは痛む額を涙目で片手で押さえながらローズに文句を言い、サンドラが視界に入った途端、ローズの腕から抜け出してサンドラの前に降り立った。

 サンドラは硬い表情と口調を崩し、少女っぽく愛らしい笑顔をジンに向けた。

 

「ジン、久しぶり!コミュニティが襲われたと聞いて随分と心配していた!それと額、大丈夫?凄く痛そうな音がしたけど」

 

「ありがとう。サンドラも元気そうで良かった。………あ、うん。物凄く痛いけど何とか。心配してくれてありがとう」

 

 同じく笑顔で接するジン。サンドラに心配されて照れ臭そうに頬を掻く。

 サンドラは鈴の音のような声ではにかんで笑う。

 

「それは良かった。ふふ、当然。魔王に襲われたと聞いて、本当はすぐに会いに行きたかったんだ。けどお父様の急病や継承式のことでずっと会いに行けなくて」

 

「それは仕方ないよ。だけどあのサンドラがフロアマスターになっていたなんて―――」

 

「そのように気安く呼ぶな、名無しの小僧!!!」

 

 ジンとサンドラが親しく話していると、マンドラは獰猛な牙を剥き出しにし、帯刀していた剣をジンに向かって抜く。

 ジンの首筋に触れる直前、その刃をローズが人差し指で受け止めた。

 

「マンドラとやら。汝は今、ジンを殺す気で剣を振るったな?」

 

「当たり前だ!サンドラはもう北のマスターになったのだぞ!誕生祭も兼ねたこの共同祭典に〝名無し〟風情を招き入れ、恩情を掛けた挙げ句、馴れ馴れしく接されたのでは〝サラマンドラ〟の威厳に関わるわ!この〝名無し〟のクズが!」

 

「ほう?そんな理由でジンの命を奪っても良いと?―――不巫戯るなよ小僧ッ!!」

 

 マンドラに激怒したローズは、凄まじい殺気を噴出させながら彼を睨み付けた。

 

「命より重い威厳などあるものか!そんなモノが存在()るというのなら、我が塵一つ残さず消し飛ばしてくれるッ!!」

 

「ぐっ………!?」

 

 少女のものとは思えない殺気を浴びて、マンドラは息を呑む。身動ぎ一つ出来ないこの状況に嫌な汗が噴き出す。

 重苦しい空気の中で誰もが沈黙していると、不意に白夜叉が声を上げた。

 

「やめんか戯け!マンドラの言動は確かに悪い。だが小娘、おんしが怒りのまま力を振るえば祭りどころではなくなる。頼むから此処は抑えてくれ」

 

「………ふん。本当は我が友を手に掛けようとしたこの小僧に絶望を味わわせてやりたいが、白夜叉の顔に免じて目を瞑ってやる」

 

 ローズはマンドラを鋭く睨んだあと、殺気を消してジンの隣に立つ。

 ホッと息を吐く一同。彼女が暴れれば本当に祭りどころではなくなるだろう。

 一方のジンは、ローズが守ってくれたことと怒ってくれたことが嬉しくて、思わずニヤける。

 それに気付いたローズはニヤリと笑ってジンを見つめ、

 

「ん?どうしたジン?何か良いことでもあったか?」

 

「え?あ、いえ!別に、何でもありません………っ!」

 

 ローズに言われて慌てて手を振って誤魔化すジン。恥ずかしそうに顔を赤らめるジンを、ニヤニヤと笑って見つめるローズ。

 そんなジンとローズを見ていたサンドラの表情は、ムッと眉を顰めたものだった。面白くない、という風に。

 それに気付いたマンドラは「チッ」と舌打ちしてローズを睨んだ。

 

「………ふん。聞いていた通りの小娘だな。同士を貶すと容赦しない魔王が〝ノーネーム〟にいると。まさか本当だったとは」

 

「ぬ?」

 

「「「え?」」」

 

「は?」

 

「何?」

 

 マンドラの言葉に一同が彼に視線を向ける。〝ノーネーム〟一同及び白夜叉は、何故彼がその事を知っているのだろう、という風に。しかしマンドラは気にすることなく続けた。

 

「貴様が魔王ならば、此度の噂の魔王も、貴様ではないのか?」

 

「「「「噂の魔王?」」」」

 

 何のことかさっぱりな〝ノーネーム〟一同は首を傾げる。

「うむ」と白夜叉は頷いて一枚の封書を取り出して内容を口にした。

 

「この封書に、こう記されておる―――『火龍誕生祭にて、〝魔王襲来〟の兆しあり』―――とな」



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αι

 ―――境界壁・舞台区画・暁の麓。美術展、出展会場。

 その頃、飛鳥は尖り帽子の精霊と壮絶な追いかけっこを制していた。

 赤窓の歩廊を抜けて境界壁の真下にまで走って来ていた。巨大なペンダントランプが吊るされた麓は、日陰にも関わらず朱色の灯火で照らされている。

 走り疲れた尖り帽子の精霊を肩に乗せ、飛鳥は境界壁の麓の街道を散策。

 

「別に取って食おう、というわけじゃないの。ただ旅の道連れが欲しかっただけよ」

 

「……………、」

 

 尖り帽子の精霊は飛鳥の肩の上で大の字で寝そべり、「ひゃ~」と疲れ切った声を上げている。

 飛鳥は麓の売店で買ったクッキーを割って、尖り帽子の精霊に分け与えた。餌付け作戦である。

 

「はいコレ。友達の証よ」

 

「――――!?」

 

 ガバ!!と甘い匂いに釣られて起き上がる尖り帽子の精霊。

 食欲を刺激されたらしく、自分の背丈程のクッキーをシャリシャリと齧った尖り帽子の精霊は「キャッキャッ♪」と愛らしい声を上げて飛鳥の頭の上まで登る。

 飛鳥は、餌付け作戦は成功したようね、とこっそり思いながら、頭の上で跳び跳ねる尖り帽子の精霊を両手で優しく包み込むように取り、自分の顔の前に下ろし、

 

「それじゃ、仲良くなったところで自己紹介しましょうか。私は久遠飛鳥よ。言える?」

 

「………あすかー?」

 

「ちょっと伸ばしすぎね。締まりが無くてだらしがないわ。もう少し最後をメリハリ付けて」

 

「………あすかっ?」

 

「もう少しよ、頑張って。最後を綺麗に区切って発音するの」

 

 幼い口調の尖り帽子の精霊は二度三度と頭を横に振り、小首を傾げて名前を呼んだ。

 

「………あすか?」

 

「そう。その発音で元気良く、疑問形抜きで」

 

「………あすか!」

 

「ふふ、良く出来ました。それじゃあ貴女の名前を教えてもらえるかしら?」

 

 尖り帽子の精霊は飛鳥の両手の上で立ち上がり、元気良く答えた。

 

「らってんふぇんがー!」

 

「………?ラッテン………?」

 

 やや驚いた顔をする飛鳥。

 

「それ、貴女の名前?」

 

「んー、こみゅ!」

 

「コミュ………コミュニティの名前?じゃあ貴女の名前は?」

 

「?」

 

 意味が分からない、という感じで小首を傾げる尖り帽子の精霊。

 ふと飛鳥はレティシアの言葉を思い出す。彼女は尖り帽子の精霊を〝群体精霊〟と呼んだ。

 ならば彼女はそういう種の精霊なのだろうか?

 

「(もしかして、個別の名前を持っていないのかしら………?)」

 

 だとしたら彼女の言う通り、ラッテンフェンガーと呼ぶのが正しいのかもしれない。

 だが飛鳥は、尖り帽子の精霊は愛らしい容姿だというのに、その名前は似つかわしくないわ、と思った。

 考え込むように頬に指を当て、そうだわ、と良い案が浮かんだのか尖り帽子の精霊に提案する。

 

「折角だから、私が名前を付けましょうか?」

 

「?んーん、らってんふぇんがー」

 

「ええ。だからそのラッテンフェンガーという名前以外に、」

 

「んーん、まきえ」

 

 尖り帽子の精霊は、飛鳥の両手の上で首を振って否定する。

 

「らってんふぇんがー、まきえ」

 

「………マキエ?それが貴女の名前?」

 

「んーん。らってんふぇんがー!」

 

 要領が掴めないまま、飛鳥は溜め息を吐く。コミュニケーションが取れないのは仕方がない。

 名前の事は一度諦めて、尖り帽子の精霊を肩に乗せると、彼女と共に展覧会を見て回ることにした飛鳥だった。

 

 

αι

 

 

 ―――境界壁・舞台区画。〝火龍誕生祭〟運営本陣営、謁見の間。

『火龍誕生祭にて、〝魔王襲来〟の兆しあり』―――と白夜叉が手紙を読み上げると、黒ウサギとジンが絶句した。

 ローズは「ほう」と呟いて瞳を細める。すると十六夜が鋭い瞳のまま無表情に白夜叉へ問い返した。

 

「正直意外だったぜ。てっきりマスターの跡目争いとか、そんな話題だと思ったんだがな?」

 

「何ッ!?」

 

 牙を剥くマンドラを慌てて窘めるサンドラ。白夜叉は二人を無視して話を進める。

 

「謝りはせんぞ。内容を聞かずに引き受けたのはおんしらだからな」

 

「違いねえ。………それで、俺達に何をさせたいんだ?魔王の首を取れっていうなら喜んでやるぜ?」

 

 十六夜は不敵な笑みを浮かべながら、ローズに視線を向ける。ローズは一瞬、は?となり、

 

「………十六夜よ。其処で何故我を見る?確かに我は箱庭(ここ)では魔王扱いされているが、火龍誕生祭を潰そうという気は微塵も思ってないぞ?」

 

「ヤハハ、冗談だよ。そう怒るなって」

 

「………ふん。どうだか」

 

 ローズは念の為、十六夜を警戒する。冗談だという割には彼の瞳が本気だったからだ。

 そんな二人を白夜叉は笑いを堪えながら見ていた。小僧は相変わらずだの、と。

 

「この封書に書かれている〝魔王〟はローズちゃんではないから安心せい」

 

「まあ、当然だな。して、その封書は何だ?汝の所属する〝サウザンドアイズ〟には未来予知でも出来る人材がいるのか?」

 

 ローズが訊くと、白夜叉は「うむ」と頷いて答えた。

 

「そうだ。この封書は〝サウザンドアイズ〟の幹部の一人が未来を予知した代物での」

 

「ほう?それで、未来予知した者の名は?」

 

「………〝ラプラスの悪魔〟だの」

 

〝ラプラスの悪魔〟と聞いて、黒ウサギは驚きの声を上げた。

 

「あの、予言で全てを見通すという!?」

 

「ある瞬間に於ける全ての物質の力学的状態と力を知ることが出来、且つもしもそれらのデータを解析出来るだけの能力の知性―――即ち因果的に決定された未来を完全に見通す事が出来る者の存在を仮定した空論上の概念的存在、〝ラプラスの悪魔(Laplacesher Damon)〟か。ふふ、流石は修羅神仏が跋扈する箱庭。〝ラプラスの悪魔〟が実在するとはな」

 

「「「え?」」」

 

 ブツブツと一人呟くローズを、キョトンとした顔で見つめる黒ウサギ・ジン・サンドラ。

 十六夜は、相変わらず詳しく解説してくれるな、と内心で呟き「ヤハハ」と笑う。

 白夜叉は「うむ」と苦笑いを浮かべながら続けた。

 

「其奴から誕生祭のプレゼントとして贈られたのが、この〝魔王襲来〟という予言だったわけだ」

 

「ふむ。それで?」

 

「うむ。其奴は〝魔王襲来〟のことだけでなく、〝誰が投げた〟も〝どうやって投げた〟も〝何故投げた〟も解っていての。ならば必然的に〝何処に落ちてくるのか〟を推理することが出来るだろ?これはそういう類いの予言書なのだ」

 

「………まあ〝ラプラスの悪魔〟なら其処まで知ることは可能だろうな」

 

 納得し頷くローズ。一方、十六夜は呆れたような顔をしており、黒ウサギ達もその事実に言葉を失っている。マンドラに至っては顎が外れる程愕然としていた。

 マンドラは顔を真っ赤にし、怒鳴り声を上げた。

 

「ふ、不巫戯るな!!それだけ分かっていながら魔王の襲来しか教えぬだと!?我々を愚弄する気かッ!!」

 

「に、兄様………!これには事情があるのです………!」

 

 憤るマンドラを必死に窘めるサンドラ。

 白夜叉は扇で口元を隠し、無視して明後日の方向を向く。

 十六夜は頭の中で情報を整理し、確認するように白夜叉へ問う。

 

「成る程。事件の発端に一石投じた主犯は既に分かっている。………けど、その人物の名前を出す事は出来ないんだな?」

 

「うむ………」

 

 歯切れの悪い返事をする白夜叉。

 十六夜はニュアンスを変えてもう一度強く問い直す。

 

「今回の一件で、魔王が火龍誕生祭に現れる為、策を弄した人物が他にいる―――その人物は口に出す事が出来ない立場の相手ってことなのか?」

 

 ハッとジンが気付いてサンドラを見る。

 

「まさか………他のフロアマスターが、魔王と結託して〝火龍誕生祭〟を襲撃すると!?」

 

「秩序の守護者である〝階層支配者〟が、その秩序を乱す………か」

 

 ジンの言葉に、ローズも続けて言う。

 白夜叉は哀しげに深く嘆息した後、首を左右に振った。

 

「まだ分からん。………しかし、サンドラの誕生祭に北のマスター達が非協力的だった事は認めねばなるまいよ。何せ共同主催の候補が、東のマスターである私に御鉢が回ってきた程だ。北のマスターが非協力だった理由が、〝魔王襲来〟に深く関与しているのであれば………これは大事件だ」

 

 唸る白夜叉と、絶句する黒ウサギとジン。

 ローズが「ふむ」と考え込んでいると、十六夜が得心がいかないように首を傾げる。

 

「それ、そんなに珍しいことなのか?」

 

「ぬ?」

 

「へ!?」

 

「お、可笑しなことも何も、最悪ですよ!フロアマスターは魔王から下位のコミュニティを守る、秩序の守護者!魔王という天災に対抗出来る、数少ない防波堤なんですよ!?」

 

「けど所詮は脳味噌のある何某だ。秩序を預かる者が謀をしないなんてのは、幻想だろ?」

 

「ふむ。十六夜の時代は秩序や政を預かる者が道を踏み外すことは、然して珍しくなかったんだな?」

 

 ローズの問いに、「ああ」と首肯する十六夜。それを知った白夜叉は、静かに瞳を閉じて首を振る。

 

「成る程、一理ある。しかしなればこそ、我々は秩序の守護者として正しくその何某を裁かねばならん」

 

「けど目下の敵は、予言の魔王。ジン達には魔王のゲーム攻略に協力して欲しいんだ」

 

 サンドラの言葉に、合点がいったという顔で一同は頷く。

 ジンは事の重大さを受け止めるように重々しく承諾した。

 

「分かりました。〝魔王襲来〟に備え、〝ノーネーム〟は両コミュニティに協力します」

 

「うむ、済まんな。協力する側のおんしらにすれば、敵の詳細が分からぬまま戦うことは不本意であろう。………だが分かって欲しい。今回の一件は、魔王を退ければ良いというだけのものではない。これは箱庭の秩序を守る為に必要な、一時の秘匿。主犯には何れ相応の制裁を加えると、我らの双女神の紋に誓おう」

 

「〝サラマンドラ〟も同じく。―――ジン、頑張って。期待してる」

 

「わ、分かったよ」

 

 ジンは緊張しながら頷く。白夜叉は硬い表情を一変させ、哄笑を上げた。

 

「そう緊張せんでも良い良い。魔王はこの最強のフロアマスター、白夜叉様が相手をする故な!おんしらはサンドラと露払いをしてくれればそれで良い。大船に乗った気でおれ!」

 

 双女神の紋が入った扇を広げ、呵々大笑する白夜叉。

 しかしジンが快諾する一方で、スッと瞳を細めて不満そうな双眸を浮かべる十六夜。

 それが気になった白夜叉は、口元を扇で隠しながら苦笑を向けた。

 

「やはり露払いは気に食わんか、小僧」

 

「いいや?今回は露払いで良いが―――別に、何処かの誰かが偶然に魔王を倒しても、問題は無いよな?」

 

 挑戦的な笑みを浮かべる十六夜に、呆れた笑いで返す白夜叉。

 

「良かろう。隙あらば魔王の首を狙え。私が許す」

 

 こうして交渉は成立―――と思い気やローズが白夜叉の下へ歩み寄り、

 

「白夜叉よ。実は汝に残念な話がある」

 

「ん?残念な話とな?それは一体何だ?」

 

 白夜叉が訊き返すと、ローズはスッと瞳を細めて真剣な表情で告げる。

 

「白夜叉、汝は―――魔王襲来時、()()()()()()()()()

 

「………何じゃと?」

 

 白夜叉は一瞬固まり、ローズを怪訝な顔で見る。黒ウサギ達も「え?」と驚いて固まる。

 そんななか、十六夜は真剣な表情で訊いた。

 

「………それは本当なんだな?」

 

「ああ。残念だが本当の事だ。()()襲来してくる魔王の()()()()によって、白夜叉は()()されるからな」

 

 首肯して答えるローズ。それを聞いた十六夜・黒ウサギ・ジン・白夜叉の四人の表情が険しくなる。

 一方、サンドラとマンドラは唖然としてローズを見つめ、

 

「ちょ、ちょっと待ってください!どうして貴女はそんなことが分かるんですか!?」

 

「え、えっとだね、サンドラ。ローズさんは実は―――〝ウロボロス〟っていう全知全能の龍神様なんだ」

 

「え?〝ウロボロス〟?―――って龍神!?しかも全知全能!?」

 

「何!?」

 

 ジンの言葉にギョッとした顔でローズを見つめるサンドラとマンドラ。

 ただ者ではない感じはしていたが、まさか全知全能の龍神とは思わなかったのだろう。

 そんな二人を白夜叉は「うむ」と頷いて、

 

「まあ、見た目がこんな幼子だからの。角もない故、龍神に見えんのも無理ないのう」

 

「それを言うなら汝もだろう白夜叉?永遠の不落(びゃくや)の太陽を司る星霊が幼子の姿をしているとか本当に質が悪いな」

 

「何を言うか。永遠(むげん)そのものを司る龍神のおんしの方がよっぽど質が悪いわいっ!」

 

 睨み合う見た目だけが幼い星霊と龍神(しょうじょたち)。それに十六夜が「ヤハハ」と笑って、

 

「どちらも質の悪さに関しては大差ないと思うけどな」

 

「「「「うん」」」」

 

 十六夜に同意する黒ウサギ・ジン・サンドラ・マンドラの四人。

「うぐっ」と図星を突かれたローズと白夜叉は頬を赤らめる。

 白夜叉は「オホン!」と咳払いをすると、気を取り直してローズの肩に手を乗せ告げた。

 

「ローズちゃん曰く、私は明日の魔王戦は何も出来ないらしいの。―――だが心配せんでも良い!代わりに私より強いローズちゃんが魔王を倒してくれるからの!」

 

「それはとても心強いです!明日の魔王戦よろしくお願いします、龍神様!」

 

「様付けは良いぞ火龍の娘。我のことは気軽に」

 

「「ローズ(ちゃん)」」

 

「と呼べば良い―――って汝は黙っていろこの駄神っ!」

 

 横槍を入れてからかう白夜叉に怒るローズ。

 十六夜は白夜叉にこっそり親指を立てて「超グッジョブ」と称賛した。白夜叉も「うむ」と親指を立てて返す。

 そんな様子をサンドラは苦笑しながら眺めて、

 

「分かりました。では慎んでローズさんと呼ばせて頂きます。私のこともサンドラとお呼びください」

 

「うむ。それと敬語も不要だぞサンドラよ。堅苦しいのは好まぬ故な」

 

「わ、分かった」

 

 緊張した声で返すサンドラ。龍神であるからには自分より遥か年上の大先輩。総合力も遥か格上の彼女にタメ口は気が引けたのだろう。

 一方のマンドラはその光景に「チッ」と舌打ちする。確かに龍神であるローズの方が自分よりも遥か格上だが、彼女は〝ノーネーム〟出身の為気安く名前で呼んで欲しくないのだ。

 そんななか、十六夜はローズを鋭い視線で睨み、

 

「おいローズ。分かってるとは思うが―――」

 

「ああ。安心しろ十六夜。魔王を独り占めする気は更々ないからな。何時でも狙いに来ると良いぞ」

 

「おう。序でにアンタの首も狙おうかな♪」

 

「………はぁ、もう良い。好きにしろ」

 

 やはりそうきたか、とローズは深い溜め息を吐き、諦めたように頷くのだった。



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ακ

 ―――境界壁・舞台区画・暁の麓。美術展、出展会場。

 巨大なペンダントランプがシンボルの街だけあって、出展物には趣向を凝らしたキャンドルグラスやランタンに、大小様々なステンドグラスなどが飾られている。

 飛鳥は境界壁の中にある展示会場の岩棚や天井を見回し、感心したように呟いた。

 

「凄い数………こんなに多くのコミュニティが出展しているのね」

 

 出展物の前にはそれぞれのコミュニティが持つ名前・旗印がぶら下がっている。中でも飛鳥の目を引いたのは、キャンドルホルダーに旗印が刻まれている銀の燭台だった。

 

「ふふ。細工も綺麗な銀の燭台ね」

 

「きれー!」

 

 肩に下りたとんがり帽子の精霊は、飛鳥と一緒に愛らしい声を上げた。

 飛鳥は手に取って製作者を確かめる。

 

「製作・〝ウィル・オ・ウィスプ〟?あの歩くキャンドルを作ったコミュニティじゃない」

 

 巧緻な細工で施された紋様は、旗印をモチーフにしたものなのだろう。

 燃え上がる炎の印を刻んだ燭台には、炎そのものにも特別な力があるのだろうか。

 まるで篝火のように飛鳥達を温かく引き寄せるような気持ちにさせた。

 

「(コミュニティの旗印が有るのと無いのでは、作品の表現も違うものなのね………)」

 

 やや憂鬱そうな瞳で溜め息を吐く飛鳥。

 

「(将来的に立派な〝主催者(ホスト)〟を目指すなら、やっぱり旗印が無いと締まりが無いわ。―――是が非でも魔王から取り戻さないと)」

 

 小さく握り拳を作って気合いを入れ直す飛鳥。

 飛鳥達は数多の展示品を見て回る。展示会場は境界壁を洞穴のように掘り進めた回廊にあった為、奥は薄暗く外の光は届かない。しかしそれも、展示品の輝きを浮き彫りにする為の演出なのだろう。暖かい灯火を持つキャンドルスタンドやランタン、それらによって照らされた目を見張るほど美しいステンドグラスの数々は、外で見る物よりもずっと美麗に映えて見えた。

 

 

 その後、展示会場を進んだ飛鳥達は会場の中心に当たる大きな空洞に出る。

 急に開けた場所に出た飛鳥だが、雑踏や周囲を見回すことなく、大空洞の中心に飾られていたものに目を丸くして驚いた。

 

「あれは………!」

 

 人混みも、周囲の喧騒も、目の前に飾られた巨大な展示品の衝撃に掻き消された。他と比べ物にならないインパクトがあったのだ。

 

「紅い………紅い鋼の巨人?」

 

「おっき!」

 

 そう。大空洞の中心に飾られていた、紅い鋼で作られた巨人。その全身が兎に角ド派手で馬鹿デカイのだ。飛鳥達はその巨躯を唖然と見上げた。

 紅と金の華美な装飾に加え、目測でも身の丈三十尺はあろう体躯。太陽の光をモチーフにしたと思われる抽象画を装甲に描いたその姿は圧巻である。

 加えて人間の倍はあろうかという巨大な拳と足。

 寸胴な頭と体は、このか細い出入り口で一体どうやって搬入したのか疑問に思える。

 

「(いえ。ローズさんの空間転移ならば不可能ではなさそうね)」

 

 空間転移―――距離ではなく、移動に掛かる時間をゼロにする魔術。これならば出入り口が細かろうと問題ないはずだ。そう、気づいた時にはもう目的地に置かれているだろうから。

 流石に、実は()()()()で、狭いところを通る時は()()()()、広い場所に出たら()()()、などという発想は飛鳥には無かったが。

 

「す、凄いわね。一体何処のコミュニティが………?」

 

「あすか!らってんふぇんがー!」

 

 尖り帽子の精霊は瞳を輝かせ、飛鳥の肩から飛び降りる。

『製作・〝ラッテンフェンガー〟 作名・ディーン』

 飛鳥は今度こそ驚いたように声を上げる。

 

「まさか、貴女のコミュニティが作ったの?」

 

「えっへん!」と胸を張る尖り帽子の精霊。正解のようだ。

 飛鳥はもう一度『ディーン』と名付けられた鉄人形を見上げる。〝群体精霊〟という名の小さな小さな精霊達がコレを造り上げたのなら、それは凄まじい労力に違いない。

 

「そう………凄いのね、〝ラッテンフェンガー〟のコミュニティは」

 

 飛鳥に『凄い』と言われたのが余程嬉しかったのだろう。「にはは」とはにかんで笑う尖り帽子の精霊。

 

「軽く見た感じだと、この紅い巨人だけじゃなく、大空洞に集められた展示品がメインの扱いみたいね。貴女達のコミュニティがギフトゲームの勝者になるかもしれないわ」

 

 はしゃぎながら「らってんふぇんがー!」と叫び続ける尖り帽子の精霊。

 呆れながら優しく両手で拾い上げた飛鳥は精霊を肩に乗せ、他の展示品を見て回ろうと足を運ぶ。

 

 

ακ

 

 

 ローズ達が事情を聞いている間に、レティシアは飛鳥の事を捜し回っていた。

 

「(飛鳥………何処に行った………?)」

 

 夕暮れが過ぎ、夜の帳が下りる時間。

 巨大なペンダントランプや数多の灯りに照らされた街の景観は、昼の装いとはまた別の煌びやかさを放って賑わいを見せている。しかし、夜の時間帯はいやが上にも魔性を高めてしまう。どんなに煌びやかな輝きで照らそうともだ。

 尖塔群を空から見下ろすレティシアの表情には、焦燥の色が見え隠れし始めていた。

 

「(くそ、私の失態だ!幾ら飛鳥でも北寄りの土地でこの時間帯に一人は危険過ぎる!)」

 

 それにもしも飛鳥に何かあったら、友を大切に思うローズ(あるじ)に顔向け出来なくなる。

『我が友も守れぬ汝など、我の眷属ではない!』と激怒して私はお払い箱。つまり、〝恩恵(ギフト)〟は残っているものの、眷属関係は完全に断たれてしまうということだ。

『貴様が(のろ)いせいで傷付いた飛鳥の痛みはこの程度ではないぞ!』と私は見捨てられて、もう相手にすらしてもらえないかもれない。

 最悪、私がどんな目に遭っても、彼女は何もしてくれないかもしれない。

 レティシアは顔色を真っ青にして身震いした。ネガティブ思考が半端無いが、恐らくローズは其処まで鬼ではないだろう。

 だがこう思うのは、レティシアがローズの眷属であり続けたいという強い想いがあるからだ。

 弱い私に無償で強大な〝恩恵〟を与えてくれたこと。特訓時、十六夜達よりも優先でやらせてくれたこと。

 前者は〝眷属〟というのが欲しかったから。後者は眷属だから優遇した。彼女はそういう風にしか思ってないだろう。

 だがそれでも、レティシアにとっては嬉しいし、感謝してもし切れない。だからせめて、私は主の眷属としてあり続けよう。そう決めたのだ。

 北側の悪鬼羅刹には、夜に活動が活性化する者が数多く存在している。

 境界壁付近の鬼種や悪魔に食人の気があるものは少ないものの、拉致して売り捌かれることは少なからずある。身分を証明出来ない〝ノーネーム〟は一層警戒が必要なのだ。翼を広げて大市場を飛び回り、飛鳥が散策しそうな場所を探る。

 

「(飛鳥が向かいそうな場所………そうだ、何か面白そうな展示物が公開されている場所は!?)」

 

 その閃きを頼りに、レティシアは展示物が多く飾られている境界壁の麓まで足を延ばした。

 

 

ακ

 

 

 ―――異変はその直後に起きた。

 

「………きゃ……!?」

 

 ヒュゥ、と大空洞に一陣の風が吹く。

 その風は数多の灯火を一吹きで消し去ってしまう。飛鳥は堪らず小さな悲鳴を上げた。

 他の客人達も同様に声を上げ、混乱が波紋のように浸透していく。

 

「どうした!?急に灯りが消えたぞ!」

 

「気を付けろ、悪鬼の類いかもしれない!」

 

「身近にある灯りを点けるんだ!」

 

 灯火が消えた大空洞は闇に閉ざされ、内部の人間の叫び声だけが不気味に反響した。

 飛鳥は咄嗟に傍に在った燭台を握り、備えられていたマッチで火を点ける。

 大空洞の最奥に不気味な光が宿ったのは、その瞬間だった。

 

『ミツケタ………ヨウヤクミツケタ………!』

 

 怨嗟と妄執を交えた怪異的な声が大空洞で反響する。飛鳥は危機を感じ取りながらも、声の位置から犯人の居場所を特定しようと必死に周囲を見渡す。

 しかし声が反響して居場所は分からない。仕方無く、飛鳥は力を籠めて叫んだ。

 

「この卑怯者!姿()()()()()()()()()()()()!」

 

 飛鳥の〝威光(ギフト)〟で犯人を引き摺り込む作戦だが、反応は無い。

 代わりに五感を刺激する笛の音色と、怪異的な声が響き渡った。

 

 

『―――嗚呼、見ツケタ………!〝ラッテンフェンガー〟ノ名ヲ騙ル不埒者ッ!!』

 

 

 その大一喝は大空洞を震撼させ、一瞬の静寂を呼ぶ。誰もが顔を見合わせる中―――ザワザワと洞穴の細部から何千何万匹という紅い瞳の、大量の群れが襲い掛かってきた。

 

「ね、ねず………ネズミだ!?一面全てが、ネズミの群れだ!!」

 

 そう、大空洞の一面を埋め尽くす蠢く影。その見渡す限り全てがネズミだ。

 地面を覆い尽くして波打つネズミの大行進。これには流石の飛鳥も背筋に悪寒が走った。

 

「で………出てきなさいとは言ったけど、幾らなんでも出過ぎでしょう!?」

 

「ひゃー」と悲鳴を上げる尖り帽子の精霊。

 飛鳥達は何万匹というネズミの波に背を向け、一目散に逃げ出した。他の衆人も同様で、細い洞穴を所狭しと走る彼らは大パニックだった。

 このままでは大惨事になる。そう悟った飛鳥は踵を返して、ネズミの波に立ち向かう。

 

「も、もういいわ!()()()()()()()()()()()!」

 

 飛鳥の大一喝。しかし飛鳥の〝威光〟が通じないのか、ネズミ達は止まらず突進。そして飛鳥目掛けて跳び掛かってきた。

 飛鳥は咄嗟にワインレッドのギフトカードを取り出し、ガルド戦で得た〝白銀の十字剣〟を取り出し、

 

「こ、このっ………!」

 

 剣を正眼に構え、薙ぎ払う。しかし破邪を秘めたこの武具(ギフト)も、ネズミ相手では無意味。数匹斬り裂いただけにとどまった。ネズミは天井を伝って既に前方にも回り込んでいる。

 飛鳥は構わず進もうとするが、何万匹も集った小動物は大型獣より遥かに厄介。一晩で森を喰い尽くす魔性の群れに相違無い。

 続いて天井から跳び掛かるネズミは、飛鳥の肩の上で震えている尖り帽子の精霊を襲う。

 

「ひゃ、」

 

「危ない!」

 

 堪らず後ろへ跳び下がる飛鳥。〝威光〟が効かないのでは後退するしかない。だが出口は大混乱で出るに出られない状態。我先に逃げる衆人が悲鳴を上げて犇めき合う。

 

「どけえええッ!」

「きゃあ!」

「ど、どどうなってるっていうんだ!?」

「お、俺が先だ!邪魔すんじゃねえ!」

「押すな押すなどけ!」

「駄目だ、もうすぐ其処まで来てる!逃げられな」

 

()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

「「「「分かりましたッッ!!!」」」」

 

 飛鳥の怒りと焦りから出た大一喝。混乱は一瞬にして鎮まり、一斉に飛鳥へ敬礼。

 一転して一糸乱れぬ動きで洞穴を爆走する衆人。実にシュールな絵である。

 飛鳥は最後尾でネズミの大行進から逃れつつ、敵の実体を訝しんだ。

 

「(支配するギフト(いこう)が無くなった訳じゃない………!どういうことなの………!?)」

 

 ネズミ達は一心不乱に飛鳥を追い詰める。間も無く飛鳥の背中に襲い掛かる位置までやって来た。

 闇雲に手と剣を振り回す飛鳥。しかしネズミは恐れることなく、飛鳥の頭上から降り掛かる。

 ネズミ達の奇妙な襲い方に、飛鳥はハッと気が付く。

 

「(まさか………この子が狙われている………!?)」

 

 肩にしがみつく、尖り帽子の精霊に視線を落とす。精霊は飛鳥にしがみついたまま泣きそうな顔で怯えていた。

 

「…………っ」

 

 狙いがこの子ならば、肩から振り落とすだけで飛鳥は難を逃れることが出来るだろう。しかし、それは飛鳥の誇りが許さなかった。

 飛鳥は脆弱な意思を振り払い、服の胸元を大胆に開いて精霊を中に押し込む。

 

「むぎゅ!?」

 

「服の中に入っていなさい。落ちては駄目よ!」

 

 飛鳥は意を決し、ネズミで埋まった地面を全力で走り出す。

 兎に角出口に向かうのが最優先。真紅のドレススカートはネズミから飛鳥を守るが、露出部分はそうもいかない。

 ネズミ達の小さな歯で噛まれた飛鳥の手足は所々出血し始めている。

 

「(出口までもうそんなに距離は無いはず………!)」

 

 必死に走る飛鳥に、追い縋るネズミ達。

 しかし次の刹那、影が這い寄り、無尽の刃が迸る。

 

「―――鼠風情が、我が同胞に牙を突き立てるとは何事だ!?分際を痴れこの畜生共ッ!!」

 

 奔った影は、宛ら刃を持つ竜巻。細い洞穴をミキサーのように駆け巡り、鋭利な刃を思わせる先端は、ネズミ達の悉くを肉の塵と化して呑み込んでいく。

 瞬きの間もないこの一撃は、展示物の一切を破壊することなく敵を粉微塵にしたのだ。

 飛鳥は風で舞い上がる髪を押さえて驚嘆の声を洩らす。

 

「か、影が………あの数を一瞬で………!?」

 

 振り向いた飛鳥は、そこで二度驚く。

 声でレティシアが駆け付けてくれたのだと思ったが、その姿の変わりように絶句した。

 彼女の姿は普段の幼い容姿のメイドではなくなっていたのだ。

 愛らしい少女の顔は、妖艶な香りを纏う女性へと激変し、美麗な金髪は愛用のリボンを解いて煌々とした輝きを放つ。

 メイド服は深紅のレーザージャケットに変わり、拘束具を彷彿させる奇形のスカートを穿いている。普段の温厚なレティシア(メイド)と思えない劇的な変化を遂げていた。

 レティシアは美麗な顔を怒りで歪ませ、吸血鬼の証である牙を獰猛に剥いて叫ぶ。

 

「術者は何処にいるッ!?姿を見せろッ!!このような従来の場で強襲した以上、相応の覚悟あってのものだろう!?ならば我らが御旗の威光、私の牙と爪で刻んでやる!コミュニティの名を晒し、姿を見せて口上を述べよ!!!」

 

 激昂したレティシアの一喝が響くが、返事も気配もない。ネズミも影が奔ると同時に退散したのだ。

 洞穴内を、閑散とした静寂が満たす。どうやら術者は逃げたらしい。

 一方の飛鳥は息を呑み、言葉を失いながらも、激変した彼女の背に話し掛ける。

 

「貴女………レティシアなの?」

 

「ああ。それより飛鳥。何があったんだ?多少数がいたとはいえ、鼠如きに後れを取るとはらしくないぞ」

 

 普段の口調で振り返るレティシア。飛鳥は改めて彼女の強さを知り、驚嘆の声を上げた。

 

「さ、流石はローズさんの眷属兼ね私達のメイドね。あの数のネズミを一瞬で蹴散らしてしまうなんて凄いわ!」

 

「ふふ、褒めても何も出ないぞ飛鳥。畜生を散らすくらいなら、我が主の眷属になる前の私でも問題ないからな」

 

 そう言いつつも、飛鳥に褒められて嬉しそうな表情を見せるレティシア。

 一方、飛鳥はふっと暗い表情で呟く。

 

「けど、私は………」

 

「あすかっ!」

 

 キュポンッ!と飛鳥の胸元から尖り帽子の精霊が飛び出る。

 半泣きになりながらも、飛鳥の首筋に抱き付いて歓喜の声を上げている。

 

「あすかっ!あすかぁっ………!!」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 泣きそうな、でも嬉しそうな声を上げて抱き付く精霊。レティシアはその様子に呆れながら見ていた。

 

「やれやれ。すっかり懐かれたな。日も暮れて危ないし、今日のところは連れて帰ろう」

 

「そ、そうね」

 

 飛鳥は躊躇いながらも頷く。飛鳥達は朱色のランプを照らす街を進み、〝サウザンドアイズ〟の店舗に戻るのだった。



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αλ

 ―――境界壁の展望台・サウザンドアイズ旧支店。

 

「お風呂へ駆け足ッ!!今すぐです!」

 

 店先で飛鳥を迎えた割烹着姿の女性店員は、見るや否や八重歯を剥いて大一喝。

 

「そのような薄汚れた格好で〝サウザンドアイズ〟の暖簾を潜ろうなどとは言語道断!衣類を此方へ!洗濯します!解れは修繕してあげますから感謝なさい!―――は、何です?生傷?そんなものはお風呂に入れば治りますッ!!さっさと身を清めてください!お店が汚れてしまうでしょうが!」

 

 ―――……と、半ば無理矢理服を剥ぎ取られ、湯殿に連れて行かれた飛鳥。

 清めの手拭いを一枚だけ渡され、露天風呂のように空が見える湯殿で唖然とした。

 

「………まあ、汚れていたのは確かだものね」

 

 泥とネズミの返り血。ほんと、不清潔極まりない。

 だがこの扱いに、曲がりなりにも乙女の飛鳥は少しだけ傷付いた。

 飛鳥は嘆息を洩らしながらも掛け湯を繰り返し、身を清める。すると生傷がみるみる治癒し始めた。その劇的な効用に感心しながら湯船に浸かる。

 

「凄いわね。水樹の浄水とは比較にならないわ」

 

 流石は〝サウザンドアイズ〟ね、と感心しながら、湯船に肩まで浸かりゆっくりと身体を休ませる。

 今日は久し振りに、心の底から楽しい一日だった。

 誰彼構わず自由に走り回り、未踏の地の文化を噛み締める。

 そんな、ずっと私が夢見ていた日々を、今日は今まで以上に実感出来た。

 無口で可愛い春日部さん(ゆうじん)

 弄り甲斐のある騒がしい黒ウサギ(ゆうじん)

 皮肉を言い合える十六夜君(あくゆう)

 担ぎ上げたリーダーはまだ幼く未熟だが、誠実で真っ正直なジン君(しょうねん)

 仲間を、友を大事に思う最強の龍神のローズさん(メイド)

 龍神メイドの眷属兼ね私達のレティシア(メイド)

 箱庭の世界は、故郷で問題児(トラブルメーカー)として隔離されていた飛鳥にとって出来すぎな理想郷である。

 

「(………だけど、それもギフトがあるからこその関係よ)」

 

 少し寂しげに、飛鳥は夜空を見上げる。そして先程の襲撃を思い出す。

 

「(さっきのネズミ………どうして私のギフト(いこう)が通用しなかったのかしら………?)」

 

 私の〝威光〟が通じなかった存在。

 一つ目は、我らの龍神メイド―――ローズ。

 二つ目は、原初の海神龍―――ティアマト。

 三つ目は、〝ノーネーム〟の工房に眠る宝剣・聖槍・魔弓といった武具(ギフト)

 即ち、飛鳥よりも格上の超常存在が相手では、飛鳥の持つギフトは通用しないのだ。

 

「(〝霊格〟というものはまだ理解し切れていないけど、ネズミに劣る事は無いはずよ)」

 

 飛鳥は夜空を見上げ、黒ウサギの話を思い出す。

 

 

 ―――〝霊格〟とは、世界に与えられた〝恩恵(ギフト)〟生命の階位である。

 箱庭に来た当初、黒ウサギはこう推測した。

 

「霊格を得るには大きく分けて二通りあります。

 一つ、〝世界に与えた影響・功績・代償・対価によって得る〟

 二つ、〝誕生に奇跡を伴う遍歴がある〟

 など他にもありますが、多くの場合はこの二つで御座いますね。前者が誕生に絡むのは主に悪魔などの超常存在が有名です。後付けであれば、幾星霜を生きた生命は仙道に、生け贄や人柱などで得た者は悪鬼羅刹としての霊格を。けどまあ、人間は殆んどが後者で御座いますね」

 

「では私は、誕生に何かしらの奇跡が………?」

 

「YES!例えば先日戦った〝ペルセウス〟ですが、彼はギリシャ神話の主神の息子。本来は違う生命体である人間と神霊の間に子を宿すのは不可能なことなのですが、その不条理を捻じ曲げて生まれてくる者達は本来の生命体よりも高位の存在―――高位生命(ハイブリッド)として、後の五代までを神族と称されます。……まあ、ペルセウスの場合はゴーゴン退治の功績もありますが。

 飛鳥さんの高い霊格は誕生に際して、何か特殊な事情があったのか、若しくは先祖の方で修羅神仏に属する超常存在がいたのだと思われます」

 

「そ、そう………特殊な事情が、私の出自に………」

 

「あやや、そんなに難しく考える必要は御座いませんよ?基本の法則として〝伝承がある〟ということは〝功績がある〟、という程度の認識で問題はありません」

 

 炎に飛び込んだ〝月の兎〟の献身のように、と黒ウサギは締め括った。

 余談だが、神仏が眷属や武具に与える各位を〝神格〟と呼ぶらしい。種族の最高位にまで力を高めるらしいが、詳しくは聞いていない。

 そもそもワータイガーのガルドでさえ跪かせたこの〝威光〟は、原石のままでも高い霊格を備えていると黒ウサギは太鼓判を押してくれた。

 

「(なら………他に考えられる理由は一つ)」

 

 飛鳥は受け入れ難い事実に歯噛みする。〝威光〟がネズミに通用しなかった原因は―――飛鳥よりも強力な支配を既に受けていた、と考えられる。

 

「(…………っ)」

 

 ドボン!と深く湯に沈む。

 飛鳥の〝恩恵〟は四人の中で一番有用性が低い。彼女の選んだ原石の方向性―――〝ギフトを支配するギフト〟というスタンスは、別途に強力なギフトが無ければ十全に力を発揮することが出来ない。

 かといって、〝ノーネーム〟の工房に眠る高位ギフト達はまだまだ扱えない。聞けば、あの中には神格が付与されたものもあるらしい。

 いやそもそも、人並みにしか武芸を嗜んだことが無い飛鳥では、武具は意味がない。

 力を引き出せたとしても、十六夜や耀のような大立ち回りを見せることは不可能だし、ローズのように全知全能というわけでもない。

 

「(………選択、誤ったかしら)」

 

 ブクブクと、膝を抱えて息を吐く飛鳥。

 今ならまだ修正が利く。人心を操る方向性に強く育ったこの力を伸ばせば、様々な種を支配下に置く魔性のギフトとして開花していくだろう。

 そうすれば、彼女の心身を操る魔女として大成する可能性が残されている。

 

「………だけどそんなの、私は望んでないわ」

 

 儚い声は、湯殿の湯気と共に浮かんで消えた。

 飛鳥はプライド以上に正義感の強い少女。心を歪めてまで相手から得る〝(YES)〟に、如何ほどの価値があるというのか。

 

「(あの幼い精霊がいる限り、また襲ってくるはず。その時に決着をつけてみせるわ………!)」

 

 頭上で纏めていた髪を解き、湯船から上がる。脱衣場が騒がしくなったのはその時だった。

 

「飛鳥さん!お怪我の程は大丈夫で御座いますか!?」

 

 服を脱ぎ、身体を手拭いで隠し、ウサ耳を逆立てながら勢い良く飛び込む黒ウサギ。が、

 

「待て待て待て黒ウサギ!!家主より先に入浴とはどういう了見だいやっほおおおおお!」

 

「きゃああああああ!!」

 

 バシャン、ズゴン!!

 同じく素っ裸な白夜叉に背後から強襲され、二人はくっついたままトリプルアクセルで湯船にダイブ。特に黒ウサギは頭から飛び込んでいた。

 致命的な音を聞いた飛鳥は、慌てて黒ウサギに駆け寄る。

 

「ちょ、ちょっと黒ウサギ!大丈夫!?湯船の底に頭が突き刺さってるわよ貴女!」

 

()だび()ぼぶ(丈夫)()()()()()()あぶば(飛鳥)()()()()きぶはだい()ぼう()()()()()!?」

 

 湯船の底に頭を突っ込み、泡を吐きながらも、飛鳥を心配する黒ウサギ。

 そんな彼女のウサ耳を、

 

「てい!」

 

「フギャア!!」

 

 白夜叉ははしゃぎながら掴んで勢い良く湯船から引き抜いた。

 黒ウサギは半泣きになりながらも、飛鳥の肩を掴んでボディチェックをし始める。

 

「き、傷は大丈夫で御座いますか?細菌は問題ないですか?乙女の肌に痕が残るようなものは御座いませんか?痩せ我慢していませんか?本当に大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫よ。湯船に浸かったらすぐ治ったわ」

 

 無遠慮な程に身体をまさぐられるが、疚しい気持ちがあるわけではないので突き放せない。

 飛鳥が困ったようにしていると、白夜叉がマジマジと飛鳥の素肌を上下に見つめる。

 

「………ふむ。飛鳥は十五歳とは思えん肉付きだの」

 

「は?」

 

「飛鳥の身体は鎖骨から乳房まで豊かな発育をしているのに乳房から臍のボディラインには一切の崩れが無く然れど触れば柔らかな女人の肉であることは間違いなくしも臀部から腿への素晴らしい脾肉を揉み解せば指と指の間に瑞々しい少女の柔肌が食い込むのは確定的に」

 

 スパァーンッ!!

 木製の桶が二つ、白夜叉の顔面に直撃。

 冒頭から最後まで一秒と掛からない変態(セクハラ)発言だった。

 飛鳥は真っ赤に頬を染めながらも、まるで生ゴミを見るような冷えた瞳で白夜叉を見下す。

 

「………え、何?白夜叉ってこんな人だったの?」

 

「ええ、まあ。凄い人ではあるのですが。それ以上に残念な御方なので御座います」

 

「そう」と冷たく相槌。

 そのまま湯殿から出ようとした飛鳥だが、脱衣場にはまだ人の気配がある。次に入ってきたのは、耀、リリ、レティシア、ローズ、尖り帽子の精霊の五名だった。

 

「あすか!」

 

 スタタタタ、と走り寄った尖り帽子の精霊はそのまま飛鳥の身体をよじ登る。

 こそばゆいのを我慢しながら、飛鳥はローズ達に振り返る。

 

「どうしたの?皆して入浴?」

 

「うん」

 

「はい♪」

 

「ああ」

 

「うむ」

 

 飛鳥の問いに頷くローズ達。だが、

 

「………どうしてレティシアは()()なのかしら?」

 

「あ、いや………つい先程、我が主の強烈なデコピンをもらってな。凄く痛いんだ」

 

「え?」と飛鳥はローズを見る。ローズは「くく」と喉を鳴らしながら笑い、

 

「そうだ。我が眷属は飛鳥を無傷で守れなかった故な。少しお仕置きしてやったわけだ」

 

「……………」

 

「ん?なんだレティシアよ?もう一発デコピンする(いっとく)か?」

 

「い、いや、遠慮しとくよ………っ!」

 

 サッと額を手で覆い隠して守るレティシア。ローズはそんな彼女をニヤニヤと見つめた。

 その様子に、これは遊ばれているな、と飛鳥と耀は察してニヤリと笑う。苦笑する黒ウサギとリリ。

 ちなみにローズは、最初は『良くぞ飛鳥を守ってくれた。汝は良き眷属だ』とレティシアの頭を優しく撫で。

『だが無傷じゃないのは駄目だな。よってお仕置きと行こうか♪』とレティシアの額に強烈なデコピンをした。

 〝頭を優しく撫でる(あめ)〟と〝デコピン(むち)〟とはまさにこの事だった。

 レティシアは、次こそは油断などするものか!とローズのお仕置き回避に燃えている。

 

「それはそうと………何でローズさんが此処に?ジン君と入らないの?」

 

「ぬ?」

 

「は?」

 

「「え!?」」

 

 飛鳥の言葉に間の抜けた声を出すレティシアと、ぎょっとする黒ウサギとリリ。一方の耀はニヤリと笑って便乗し、

 

「本当だ。デート後は混浴という決まりがあるのに、ローズはイケない子」

 

「そんな決まりはないのですよ!?何を言ってんですかこの人は!?」

 

「ジン君と混浴………はわわ………っ!」

 

 顔を真っ赤にしてすかさずツッコミを入れる黒ウサギ。ジンとの混浴を想像(もうそう)して激しく狼狽するリリ。狐耳まで真っ赤にしながら。

 そんな二人の反応を面白そうに眺めたローズは、いやな、と呟き、

 

「その混浴の件なら、十六夜にも進められたぞ。〝ローズ、お前は御チビ様と一緒に風呂に入んな〟―――と言われてな。無論、我はジンと混浴しても問題はなかったが、ジンは〝じ、冗談でしょう!?ぼ、僕はぜ、ぜぜぜ絶ッ対に!ローズさんとは一緒に入りませんからね!?〟―――と拒否されてしまった。やれやれ。一度は我の裸を見ているというのに何が恥ずかしいのか」

 

「恥・ず・か・し・いに決まってるのですよ!?お互いに裸を見せ合うんですからね!!それにあの時は一瞬且つ事故だったじゃないですかッ!!」

 

「………ふむ。そういうものか?」

 

「そういうものです!」

 

 ローズの天然(?)ボケに全力ツッコミを決める黒ウサギ。勿論、全身を真っ赤にして。

 飛鳥と耀は、流石は十六夜、分かってる、と称賛した。

 何を言ってるんだ主殿達は、とレティシアは呆れる。が、

 

「ジン君と、裸を見せ合う!?―――はにゃああああ………」

 

 バタリ、と興奮し過ぎてその場に倒れ込むリリ。全身を真っ赤にして。

 

「え?リリ!?しっかりして!」

 

「………はにゃー」

 

「は、はにゃー………?」

 

 耀が慌ててリリを抱き起こすも、聞こえてきたのは謎の言語のみ。

 これに耀は焦りながらも、やっぱりリリもジンのことが好きなんだね、と確信しニヤリと笑う。

 耀のその笑みに気づいた飛鳥も、そういうことね、と耀の思っていることを察してニヤリと笑う。

 そして飛鳥と耀は、これは面白くなりそうだ、と思い笑いを噛み殺した。

 ………リリが目覚めたのは、湯殿から出た後の話である。

 

 

αλ

 

 

 湯殿から出た飛鳥達は備えの薄い布を着て十六夜とジンと合流したのだが、

 

「………おお?コレは中々良い眺めだ。そうは思わないか御チビ様?」

 

「はい?」

 

「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでも分かる二の腕から乳房に掛けての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシア、ローズ、リリの髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導するのは確定的にあ」

 

 スパァーン!!

 本日二度目の速効ツッコミ。

 勿論、耳まで紅潮した飛鳥と、ウサ耳まで紅潮させた黒ウサギである。

 

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

 

「白夜叉様も十六夜さんも皆お馬鹿様ですッ!!」

 

「ま、まあ二人とも落ち着いて」

 

 慌てて宥めるレティシア。無関心な耀。狐耳まで紅潮させるリリ。「くく」と喉を鳴らして笑うローズ。ケラケラと腹を抱えて笑う白夜叉。

 ジンが痛そうな頭を両手で抱えていると、彼の肩に女性店員が同情的な手を置いた。

 

「………君も大変ですね」

 

「………はい」

 

 一方は組織主力に問題児しかいない。

 一方は組織のトップが最大の問題児。

 そんな虚しい哀愁を分かち合う二人。

 その裏側で、同好の士を得たように握手する十六夜と白夜叉。

 その後、十六夜はジンに歩み寄って耳打ちし、

 

「―――で、御チビ様?感想はねえのか?」

 

「は?」

 

「ローズの風呂上がりを見てどう思う?」

 

 十六夜の質問に、ジンはローズの頭の天辺から足の先まで見つめて、

 

「そ、そうですね。元が芸術絵画のようにとても綺麗な印象でしたが、虹色の髪が濡れてより美しく仕上がったような気がします。そ、それに………」

 

「うん?それに?」

 

「………と、とてもい、良い匂いがします………っ、」

 

 顔を真っ赤にして言うジン。十六夜は「ほう」と、それは良いことを聞いた、とニヤリと笑い、

 

「だそうだぜローズ。御チビ様はお前をべた褒めしてた」

 

「え?ちょ、十六夜さん!?」

 

「ほう?ジンが我をか?」

 

 ローズはジンに歩み寄ると、彼の頭に手を置き、

 

「ありがとうなジン。我はとても嬉しいぞ」

 

 そう言いながらローズは微笑み、ジンの頭を優しく撫でる。ジンは恥ずかしい反面、嬉しそうに口元を緩ませていた。

 その様子をニヤニヤと眺める十六夜達。リリだけは、私だって負けない!と小さな拳を握り締めたのだった。



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αμ

………お久し振りです。

匿名で別作品の執筆に夢中で此方を疎かにしてしまいました、すみませんでした。

あ、あと二日遅れですが、明けましておめでとうございます!


 その後、女性店員だけは来賓室を離れて、十六夜・飛鳥・耀・黒ウサギ・レティシア・ローズ・ジン・リリ・白夜叉・尖り帽子の精霊がこの場に残った。

 白夜叉は来賓室の席の中心に陣取り、両肘をテーブルに乗せこの上なく真剣な声音で、

 

「それでは皆のものよ。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

 

「始めません」

 

「始めます」

 

「始めませんっ!」

 

 白夜叉の提案に悪乗りする十六夜。速攻で断じる黒ウサギ。そんな三人を「くく」と喉を鳴らしながら見て笑うローズ。

 飛鳥はやり取りに呆れつつも、例の真紅のドレススカートについて思い出し、白夜叉に訊いた。

 

「そういえば、黒ウサギの衣装は白夜叉がコーディネートしているのよね?じゃあ私が着ているあの紅いドレスも?」

 

「おお、やはり私が贈った衣装だったか!あの衣装は黒ウサギからも評判が良かったのだが、如何せん黒ウサギには似合わんでな。何より折角の美脚が」

 

「白夜叉様の異常趣向で却下されたのです。黒ウサギはあのドレスはとても可愛いと思っていたのですが………衣装棚の肥やしにするのも勿体ないと思った次第で。飛鳥さんは赤色がとても似合うので良かったのですよ」

 

「ふふ、ありがとう。黒ウサギの普段着ている服もとても似合っているわ」

 

 飛鳥がお礼を言うと、黒ウサギはむぅっと複雑な表情を浮かべる。

 そんな彼女を十六夜はニヤニヤと見つめ、

 

「ああ。黒ウサギの普段着ているあの服は、中々可愛くてお前に似合ってると俺も思うぜ」

 

「い、十六夜さん………!」

 

「―――あとエロさもあって一段といい」

 

「さ、最後の一言は余計なのですよ!?」

 

 一瞬ときめいた黒ウサギの乙女心を返してください!と内心で叫ぶ黒ウサギ。そんな彼女をしたり顔で見つめる十六夜。

 一方で、飛鳥が黒ウサギを嫉妬の眼差しで睨んでいた。どうしてかは分からないが、無性に腹立たしい。

 そんな飛鳥を、耀が何かに気づいたようにニヤニヤと笑って見ていた。もしかして飛鳥も十六夜のことが好きなのかな?と。

 耀のニヤニヤ顔を見て、ローズとレティシアも察したようにニヤリと笑う。飛鳥が十六夜を好きになっているとは意外だな、と思いながら。

 白夜叉は、三角関係が出来そうだのう、とニヤニヤと笑いながらも本題を語り始める。

 

「ま、衣装は横においてだな。実は明日から始まる決勝の審判を黒ウサギに依頼したいのだ」

 

「あやや、それはまた唐突で御座いますね。何か理由でも?」

 

「うむ。おんしらが起こした騒ぎで〝月の兎〟が来ていると公になってしまっての。明日からのギフトゲームで見られるのではないかと期待が高まっているらしい。〝箱庭の貴族〟が来臨したとの噂が広がってしまえば、出さぬわけにはいくまい。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させて欲しい。別途の金銭も用意しよう」

 

 成る程、と納得する一同。

 

「分かりました。明日のゲーム審判・進行はこの黒ウサギが承ります」

 

「うむ、感謝するぞ。………それで審判衣装だが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを」

 

「着ません」

 

「着ます」

 

「断固着ませんッ!!あーもう、いい加減にしてください十六夜さん!」

 

「ヤハハ、だが断る!」

 

「うむ。当然だの!」

 

 茶々を入れる十六夜に、ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギだったが、効果がないみたい。

 十六夜はそれを断り、白夜叉も便乗する。それに黒ウサギは、駄目だこいつら、とガクリと項垂れた。

 三人の会話を聞いていたローズが「ふむ」と考え込み、

 

「……肩紐なしの両肩露出に加え、レース仕様の透け透けドレス服か。確かにそのような破廉恥極まりないものは、審判者が着る物ではないな」

 

「「なっ……!?」」

 

「そ、その話はもういいのですよローズさん!?」

 

 ローズの言葉を聞いたジンとリリが顔を真っ赤にする。ぎょっとした表情でローズを見る黒ウサギ。

 それに飛鳥と耀が生ゴミを見るかのような目付きで白夜叉を見て、

 

「最低ね、死になさい」

 

「うん、死ねばいいよ」

 

「ふん!小娘共には私の素晴らしきセンスを理解出来んわいっ!―――っておんしら!死ねは酷すぎんかの!?」

 

 容赦ない飛鳥と耀に酷く傷付いた白夜叉。

 一方の黒ウサギは、味方してくれた飛鳥達に嬉しく思った。が、飛鳥と耀はニヤリと笑い、

 

「そんな服より、〝ウサ耳引き抜きの刑〟の方が黒ウサギは喜ぶわよ」

 

「………へ?」

 

「うん。〝フギャア♪〟って最初の頃はとても喜んでた」

 

「誰がいつ喜びました!?って素敵耳引っ張られて〝フギャア♪〟とか黒ウサギは馬鹿でございますか!?黒ウサギはドMになった覚えは断じてございません!!」

 

 勝手なことを言わないでください!と飛鳥達に怒る黒ウサギ。

 それに十六夜は「よし」と手を叩き、

 

「それが本当か確かめてみようぜ!」

 

「え?ちょっ、十六夜さん!?」

 

 十六夜のとんでもない発言に、ぎょっとする黒ウサギ。更にローズが頷いて、

 

「そうだな。なら、我がその役を承ろう」

 

「!?ちょ、ちょいとお待ちを!!」

 

「ん?」

 

「ん?じゃないのですよお馬鹿様!ローズさんにやられたら、本気で黒ウサギの素敵耳が引っこ抜けます!!」

 

「そうだな。なら尚更―――()るに限る!」

 

「何でそうなるんですか!?」

 

 絶叫を上げると、ウサ耳を庇いながら立ち上がる黒ウサギ。

 ローズは「くく」と笑いながら立ち上がり、黒ウサギをロックオンする。

 蛇に睨まれた蛙ならぬ、龍神に狙われた月の兎だ。

 黒ウサギは、ローズから最早逃げられるはずもない状況に冷や汗を滝のように流し、

 

「「そこまで(です・だ)!」」

 

 ジンとレティシアの一喝でローズがピタリと動きを止めた。

 

「………ぬ?」

 

「黒ウサギが可哀想です!やめてあげてくださいローズさん」

 

「そうだぞ我が主。主殿達なら兎も角、龍神の力では本当に黒ウサギのウサ耳が千切れるからな」

 

 ローズに言い聞かせるジン(リーダー)レティシア(けんぞく)

 そんな二人にパッと表情を明るくする黒ウサギ。だが、

 

「ん?ちょっと待ってくださいレティシア様!十六夜さん達なら兎も角、というのは一体?」

 

「ん?そのままの意味だが?」

 

「レ、レティシア様!?」

 

 ガーン、と酷く落ち込む黒ウサギ。まさかレティシア様まで問題児様方の仲間入りだなんて、と悲しく思った。

 ジンとリリは、そんな黒ウサギを憐れむような視線で見つめる。

 ローズは「ふむ」と少し考え込み、

 

「そうだな。ジンとレティシアが言うなら、我は従うとしよう」

 

 ローズは大人しく引き下がって座り直す。それを確認した黒ウサギとジンはホッと安堵した。

 一方、問題児達は面白くなさそうに表情を歪めていたが、ローズはジンを優先するから仕方ない、と肩を竦ませた。

 黒ウサギ弄りはこの辺で終わりにして、耀はふと思い出したように白夜叉に訊いた。

 

「そう言えば白夜叉。私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」

 

「ん?済まんがそれは教えられん。〝主催者〟がそれを語るのはフェアではなかろ?教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 

 そう返した白夜叉は、パチンと指を鳴らす。

 すると昼間のゲーム会場で現れた羊皮紙が現れ、同じ文章が浮かび上がる。

 其処に書かれているコミュニティの名前を見て、飛鳥は驚いたように目を丸くした。

 

「〝ウィル・オ・ウィスプ〟に―――〝ラッテンフェンガー〟ですって?」

 

「うむ。この二つは珍しい事に六桁の外門、一つ上の階層からの参加でな。格上と思ってよい。詳しくは話せんが、余程の覚悟はしておいた方がいいぞ」

 

 白夜叉の真剣な忠告に、コクリと耀は頷き、

 

「大丈夫。いざという時はローズに助けてもらうから」

 

「は?」

 

「ぬ?」

 

 耀の発言に間の抜けた声を洩らす白夜叉。ローズも思わず耀を見る。

 

「我が汝の助っ人として出場するのか?」

 

「うん。あ、でもなるべく自分の力で頑張りたいから、ローズには私だけじゃどうしても無理そうな時に助力をお願い」

 

「………ふむ、分かった。我は耀達のメイドだからな。快く引き受けよう」

 

「うん。ありがとう、ローズ」

 

 礼を告げた耀に、うむと頷くローズ。これで明日の決勝は耀とサポーターとしてローズが出ることになった。

 白夜叉は、まあ、ローズちゃんに頼りっきりではないのなら良しとするかの、と目を瞑った。

 何せローズが耀に代わってゲームクリアして良いルールではないので、どのみち最後は耀の手でクリアしなければならないのだ。

 一方の十六夜は、〝契約書類(ギアスロール)〟を睨みながら物騒に笑う。

 

「へえ………〝ラッテンフェンガー〟?成る程、〝ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)〟のコミュニティか。なら明日の敵は差し詰め、ハーメルンの笛吹き道化だったりするのか?」

 

「え?」と飛鳥が声を上げるが、黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声に掻き消された。

 

「ハ、〝ハーメルンの笛吹き〟ですか!?」

 

「待て、どういうことだ小僧。詳しく話を聞かせろ」

 

 二人の驚愕の声に、十六夜は思わず目を瞬かせた。

 白夜叉は幾分声のトーンを下げ、質問を具体化する。

 

「ああ、済まんの。最近召喚されたおんしは知らんのだな。―――〝ハーメルンの笛吹き〟とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

 

「何?」

 

「魔王のコミュニティ名は〝幻想魔道書群(グリムグリモワール)〟。全二百篇以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、驚異の召喚士が統べたコミュニティだ」

 

「しかも一篇から召喚される悪魔は複数。特に目を見張るべきは、その魔書の一つ一つに異なった背景の世界が内包されていることです。魔書の全てがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、絶大な魔王でございました」

 

「―――へえ?」

 

 十六夜の瞳に鋭い光が宿る。黒ウサギは説明を続ける。

 

「けどその魔王はとあるコミュニティとのギフトゲームで敗北し、この世をさったはずなのです。………しかし十六夜さんは〝ラッテンフェンガー〟が〝ハーメルンの笛吹き〟だと言いました。童話の類いは黒ウサギも詳しくありませんし、ご教授して欲しいのです」

 

 黒ウサギは緊張した顔で言う。ローズの予言では、魔王襲来は明日のため緊張せずにはいられないのだろう。

 十六夜は暫し考えたあと、悪戯を思いついたように立ち上がると、ジンの背後へと移動して座り込むと、彼の頭をガシッと掴んだ。

 

「成る程、状況は把握した。そういうことなら、此処は我らが御チビ様にご説明願おうか」

 

「え?あ、はい」

 

 一同の視線がジンに集まる。ジンも承諾したものの、突然話題を振られたせいか顔を強張らせる。

 そんな彼をローズが「ほう」と意外そうに見つめ、

 

「十六夜ではなくジンが説明するのか。これは実に興味深い。早速教えてもらうぞジンよ」

 

「!!は、はい!」

 

 ローズの興味が自分に向いてくれたことを嬉しく思ったジンは、元気良く返事した。

 十六夜はニヤリと笑って、ジンに耳打ちした。

 

「………早速見せ場が来たな。ローズに成果を見せてやれ」

 

「勿論です。―――って何でローズさん限定なんですか!?」

 

「ヤハハ、別に深い意味はないぜ?いいから早くしな」

 

「む………分かりました」

 

 十六夜のわざとらしい態度にジンは訝るが、言及はやめた。十六夜が元の席に戻るのを確認したジンは語り始めた。

 

「〝ラッテンフェンガー〟とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男とは、グリム童話の魔書にある〝ハーメルンの笛吹き〟を指す隠語です。大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的考察が内包されているものが複数存在します。〝ハーメルンの笛吹き〟もその一つ。ハーメルンとは、舞台になった都市の名前のことです」

 

 グリム童話の〝ハーメルンの笛吹き〟の原型となった碑文にはこうある。

 

 

 ―――一二八四年 ヨハネとパウロの日 六月二六日

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三〇人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した―――

 

 

 この碑文はハーメルンの街で起きた実在する事件を示すものであり、一枚のステンドグラスと共に飾られている。

 後にグリム童話の一篇として〝ハーメルンの笛吹き〟の名で綴られる物語の原型である。

 

「ふむ。ではその隠語が何故にネズミ捕りの男なのだ?」

 

「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師だったとされるからです」

 

 白夜叉の質問に滔々と答えるジン。そんな彼の説明を聞いていた飛鳥が静かに息を呑む。

 

「(ネズミを操る道化師………ですって………?)」

 

 飛鳥の脳裏に、ネズミに襲われた時の光景が掠めた。そう言えばその際、不協和音のような笛の音を聞いたことを思い出した。

 

「ふーむ。〝ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)〟と〝ハーメルンの笛吹き〟か………となると、滅んだ魔王の残党が火龍誕生祭に忍んでおる可能性が高くなってきたのう」

 

「YES。参加者が〝主催者権限(ホストマスター)〟を持ち込むことが出来ない以上、その路線はとても有力になってきます」

 

「うん?なんだそれ、初耳だぞ」

 

「おお、そうだったな。魔王が現れると聞いて最低限の対策を立てておいたのだ。私の〝主催者権限〟を用いて祭典の参加ルールに条件を加えることでな。詳しくはコレを見よ」

 

 ピッと白夜叉が指を振ると、光り輝く羊皮紙が現れ、誕生祭の諸事項を記す。

 

 

『§ 火龍誕生祭 §

 

 ・参加に際する諸事項欄

 一、一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニティ間のギフトゲームの開催を禁ず。

 二、〝主催者権限〟を所持する参加者は、祭典のホストに許可なく入る事を禁ず。

 三、祭典区画内で参加者の〝主催者権限〟の使用を禁ず。

 四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以外の侵入を禁ず。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 〝サウザンドアイズ〟

   〝サラマンドラ〟』

 

 十六夜の手元に現れた羊皮紙に目を通し、小さく頷く。

 

「〝参加者以外はゲーム内に入れない〟、〝参加者は主催者権限を使用出来ない〟か。確かにこのルールなら魔王が襲ってきても〝主催者権限〟を使うのは不可能だな」

 

「うむ。まあ、押さえるところは押さえたつもりなんだがの」

 

 白夜叉はそう言ってローズを見つめた。

 

「ローズちゃん曰く、私は明日襲来してくる魔王の特殊な力によって封印されてしまうようでの」

 

「何?それは本当か、我が主?」

 

 レティシアが真剣な表情で訊くと、ローズは「ああ」と頷いた。

 

「残念だが白夜叉の要したルールは魔王共には無意味だ。奴らはルールに抵触せず〝主催者権限〟で汝を封印する。今のままでは運命は覆らぬよ」

 

「何だと!?私の用意したルールでは奴らを縛ることが出来んのか!?」

 

 くっと悔しげな表情を見せる白夜叉。それを聞いた黒ウサギ達の表情も曇るなか、十六夜だけはスッと瞳を細めて笑い、

 

「へえ?成る程な。ローズが白夜叉の敷いたルールでは魔王を縛れないと言った。それはつまり―――奴らは()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか?」

 

「え?」と一同の視線が十六夜に集まる。ローズは「ほう」と感心したように笑い、

 

「流石は十六夜、鋭いな。そうだ。奴らは参加者()()()()。別の方法で既に忍び込んでいる」

 

「な、参加者ではないのでございますか!?」

 

 驚愕する黒ウサギに、ローズは「そうだ」と頷いた。

 参加者として忍び込んだわけではない。ならば魔王達の侵入方法は一体………と黒ウサギが考え込んでいると、十六夜はある推測を思いついていた。

 

「(………参加者以外で祭典区画内に潜り込む方法か。考えられるとしたら美術工芸の出展物が怪しいな。〝ハーメルンの笛吹き〟が明日の敵なら、伝承通りに碑文と一緒に飾られている()()()()()()()―――こいつが〝ハーメルンの笛吹き〟の魔道書(グリモア)なら白夜叉のルールにも抵触しないはずだ)」

 

 そう。参加者として来たのならば、白夜叉のルールに縛られて魔王は〝主催者権限〟を行使出来ない。

 だが出展物として紛れ込むことが出来るなら、白夜叉のルールには抵触せず魔王は〝主催者権限〟を行使出来る。

 

「(―――待てよ。ということは魔王を招き入れた黒幕の正体は………〝      〟になるぞ)」

 

 黒幕の正体に気づいた十六夜の表情は、みるみるうちに不愉快そうになる。

 そんな十六夜を黒ウサギが不思議そうに見つめ、

 

「どうかしたんですか、十六夜さん?」

 

「んあ?………あー、別に。何でもない」

 

 いつもの軽薄な笑みで誤魔化す十六夜。まだ彼の推測でしかないため、それを伝えて黒ウサギ達に余計な不安を抱かせるわけにはいかない。故に此処は黙っておく方がいいのだ。

 一方の白夜叉は「うーむ」と唸り、暫し考え込むと、ローズを真剣な表情で見つめ、訊いた。

 

「ローズちゃん。ちなみにおんしには明日襲来してくる魔王の正体―――分かっておるな?」

 

「無論だ。未来予知が出来て魔王の正体は分からぬなど、そんな矛盾は生じぬよ」

 

 それもそうだな、と一同は頷く。全知全能たる彼女に、そのような矛盾が生じていいはずがない。

 もし矛盾が生じてしまったのなら、彼女は全能ではないことになってしまうのだから。

 

「―――だが、魔王の正体は教えられぬな」

 

「え?」

 

「え?ではない。魔王の正体を知った状態で、魔王のゲームに挑むよりも、知らぬ方が面白いだろう?」

 

「なっ!?」

 

 ローズの言葉に驚愕の声を上げる黒ウサギ達。十六夜だけは「へえ」と不敵に笑う。

 

「確かにその方が面白い。………が、代わりにあんたが俺達の身の安全を保証してくれたりするのか?」

 

「む?」

 

「それもそうね。私達に魔王の正体を秘密にするのなら、それ相応の働きをしてくれないと、ねえ?」

 

「………………」

 

「うん。私達のメイドなら、身体を張って護ってくれなきゃ割に合わない」

 

 十六夜の意見に便乗して飛鳥と耀も口々に言う。ローズは「ふむ」と少し考えて、

 

「そうだな。我は汝らのメイドだからな。汝らの命の保証は約束しよう。だが我の身体は一つしかないからな。流石に無傷で護り切るのは厳」

 

「ん?ローズちゃん、全能の癖に分s」

 

「白夜叉は少し黙っていろ!」

 

「ゴバァ!?」

 

 ローズは不可視の攻撃で白夜叉を黙らせる。流石の彼女でも不意打ちの不可視の攻撃は避けられなかったのだろう。

 額を押さえて悶絶する白夜叉を放っておき、ローズが続ける。

 

「んん!まあ、あれだ。………汝らの命は我が保証する。故に魔王戦、存分に暴れると良い」

 

「「「はーい」」」

 

 ローズの言葉に元気良く返事する十六夜、飛鳥、耀。やる気満々の問題児達に苦笑する黒ウサギ達。

 だが、ふと不安になったジンは、ローズに向き直り、

 

「あの………ローズさん」

 

「ん?何だ、ジンよ」

 

「え、えっと………僕の説明した情報は、魔王戦に役立ちますか………?」

 

 おずおずと訊いてきたジンに、ローズはフッと笑って彼の頭に手を置き告げる。

 

「汝の情報は、魔王戦においてとても役に立つ。良くやったなジン」

 

「!!あ、はい!ありがとうございます!」

 

 ローズに褒められた上に、優しく頭を撫でられて、ジンはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 そんな二人の様子を、いちゃついていると解釈し、ニヤニヤする問題児達と白夜叉。

 姉と弟の戯れのように感じてほっこりする黒ウサギ。

 ローズ(わがあるじ)によしよしされているジンに嫉妬するレティシア。

 ジンの満面の笑みが見れて嬉しく思うリリ。それと同時に、彼のその笑顔が向けられているローズへの嫉妬心が芽生えていた。

 だがそんななか、飛鳥はふと自分の膝上で眠っている、尖り帽子の精霊に目を向けて、思い出したように内心で呟く。

 

「(〝ラッテンフェンガー〟が魔王の配下………?なら、この子は―――?)」

 

 この精霊は確かに自分のコミュニティの名前は〝ラッテンフェンガー〟だと言っていた。

 けれど〝ラッテンフェンガー〟は、ジンの説明を聞けば〝ネズミ捕り道化〟を意味する魔王の配下らしい。

 しかし飛鳥には彼女がそんな邪悪な者には思えなかった。その事を皆に伝えようかと思ったが、結局伝えられずその場は解散となる。

 飛鳥は不安を抱えたまま、宛がわれた自室に向かおうとしたところ、

 

「飛鳥よ、少しだけ良いか?」

 

 不意にローズが呼び止めた。「え?」と振り返る飛鳥。

 ローズの視線が尖り帽子の精霊に向けられていることに気づいた飛鳥は、思わず隠して彼女を警戒した。

 だがローズはふっと笑みを浮かべて告げた。

 

「安心しろ、飛鳥。その精霊の娘は()()だ」

 

「………え?」

 

「だがその娘は、明日襲来してくる魔王共に狙われている」

 

「!?魔王に、狙われているですって………!?」

 

 瞳を見開いて驚愕する飛鳥。それにローズは「ああ」と頷くと、スッと瞳を細めて、

 

「故に、汝が―――その娘を護ってやってくれ。………()()()()()()()、な」

 

「………?彼ら?」

 

 飛鳥には一瞬、ローズの言葉の意味を理解出来なかった。が、〝彼ら〟というのは尖り帽子の精霊が本来一緒にいるべきはずの者達―――群体精霊の事ではないかと考えついた。

 だから飛鳥は力強く頷いて答えた。

 

「ええ。この子は私が護ってみせるわ!魔王なんかに渡してなんかやらないもの!」

 

「フフ、そうか。では任せたぞ、飛鳥よ」

 

「ええ。任されたわ」

 

 飛鳥の元気の良い返事に満足したローズは、踵を返して自室へと向かっていった。

 そんな彼女の背を見送った飛鳥の不安は、尖り帽子の精霊がシロだと分かって払拭された。

 そして飛鳥は、その事を教えてくれたローズに感謝しながら、自室に向かい明日に備えるのだった。



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αν

 ―――境界壁・舞台区画。〝火龍誕生祭〟運営本陣営。

 割れるような歓声のなか、〝ノーネーム〟一同は運営側の特別席に腰掛けていた。舞台を上から見ることの出来る本陣営のバルコニーに用意されたこの席は、一般席が空いてない彼らのために、サンドラが取り計らってくれたものだ。

 十六夜は嬉々とした面持ちで決勝の開幕を待ちわびていた。

 

「ところで白夜叉。黒ウサギが審判をする許可は下りたのか?」

 

「うむ。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させてもらったぞ」

 

「そうか。けど〝箱庭の貴族〟の審判が無くてもギフトゲームを進行する事は出来るだろ?なら審判をする事に何の意味がある?」

 

 十六夜が首を傾げて訊くと、中央に座るサンドラが前に出て念を押す。

 

「ジャッジマスターである〝箱庭の貴族〟が審判をしたゲームは、〝箔〟付きのゲーム。ルール不可侵の正当性は、箱庭の名誉ある戦いに昇華され、記録される。箱庭の中枢に記録される事は両コミュニティが誇りの下に戦ったという太鼓判。これは、とても大事」

 

「へえ?じゃあサンドラ………いや、サンドラ様の誕生祭は見事に箔付きのゲームに認定されたってことだ」

 

 マンドラが、サンドラを呼び捨てにするな!と鋭い視線で訴えてきたため、十六夜は肩を竦めて改める。

 一方、飛鳥は落ち着きがなくそわそわしながら大会の進行を見守っている。

 

「どうした、お嬢様。落ち着きないぞ」

 

「………昨夜の話を聞いて心配しない方が可笑しいわ。相手は格上なのでしょう?」

 

「うむ」と返した白夜叉は、手を翳す。すると空中に光る文字で対戦相手の名が刻まれる。

 

「〝ウィル・オ・ウィスプ〟と〝ラッテンフェンガー〟―――両コミュニティは本拠を六桁の外門に構えるコミュニティ。通常は下位の外門のゲームには参加しないものだが、フロアマスターから得るギフトを欲して降りてきたのだろう。魔王の一件を抜きにしても、一筋縄ではいかんだろな」

 

「そう。………白夜叉から見て、春日部さんに優勝の目は?」

 

「ない。が、それはあくまであやつのみで挑んだらの話だの。ローズちゃんがおるから寧ろ優勝以外ありえんと思うがのう」

 

 うんうん、と頷く白夜叉。それを聞いて「それもそうね」と同意する飛鳥。

 だがそれでも飛鳥は、内心では耀のことが心配だった。

 何故なら、ローズの助力を得ているとはいえ、耀は、勝てない、と思うまで彼女に頼らないつもりだからだ。

 耀がそう思うまでローズは手を出せない。否、手を出してはならない。それはつまり、耀が大怪我を負ってしまうかもしれないということだった。

 魔王の件は、ローズの未来予知によると、耀達の戦いが終わった後に襲来してくるそうなので決勝の途中で襲われる心配はない。

 だが、決勝で怪我した耀が魔王に襲われる、という可能性も無きにしも非ずなのだ。その時にローズが傍にいなかったら………そう考えただけでゾッとする。

 そんな不吉な予想をして飛鳥は全身を震わせていると、十六夜がそれに気づいてニヤリと笑った。

 

「春日部が心配なのは分かる。だがあいつには龍神様がついてるんだ。万が一の事があったとしても大丈夫だろ」

 

「そうだけど………」

 

「それに忘れたのか?ローズは俺達に約束してくれたじゃねえか。〝我が汝らの命を保証する〟―――ってさ」

 

「―――!」

 

 飛鳥はハッと気がついて顔を上げる。そうよ、ローズさんは約束してくれたじゃない。自分達の命を保証してくれるということを。

 それを約束してくれたのは誰?龍神メイドであるローズさんよ。彼女なら本当に私達を護ってくれるはず。全能の彼女ならばきっと―――

 

「そうよね。私達にはローズさんがいるんだもの。春日部さんなら平気よね」

 

「ああ。もし春日部を護れなかったらそん時は―――」

 

「ええ。ローズさんなんか丸焼きにして()るわ!」

 

「お?龍神メイドの丸焼きか。一度は龍を喰ってみたいと思ってたんだよな。そりゃいい案だぜお嬢様」

 

「超グッジョブ!」と十六夜が親指を立てて言うと、「ええ」と飛鳥も親指を立てて返す。それを聞いていた白夜叉がニヤリと笑って、

 

「良かろう。ではローズちゃんを焼くのはこの私に任せろ!あの子は私が封印されるというのに何の策も用意してくれなかったのだ!これはもう、腹いせにローズちゃんの全身を隅から隅まで焼き尽くさなければ気が晴れんわいっ!!」

 

 轟々と瞳に宿った怒りの炎を燃やす白夜叉。この恨み晴らさで置くべきか!というように。

 そんな白夜叉を面白そうに眺めた十六夜と飛鳥は、ニヤァと邪悪に笑い、

 

「「いい(ぜ・わ)。(俺・私)が許す!」」

 

「フホホホ!言質は取った!私との約束、忘れるでないぞおんしら」

 

「「はーい」」

 

 ニコォリと邪悪な笑みを浮かべる十六夜・飛鳥・白夜叉。

 そんな恐ろしい計画を聞いてしまったサンドラは身震いし、マンドラが、大丈夫だ、とサンドラ(いもうと)の頭を優しく撫でてやる。

 

 

 そんな彼らを余所に、決勝の準備は進んでいく。

 日が昇り切り、開催の宣言のために黒ウサギが舞台中央に立つ。黒ウサギは胸一杯に息を吸うと、円状に分かれた観客席に向かって満面の笑みを向ける。

 

『長らくお待たせいたしました!火龍誕生祭のメインギフトゲーム・〝造物主達の決闘〟の決勝を始めたいと思います!進行及び審判は〝サウザンドアイズ〟の専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます♪』

 

 満面の笑みを振り撒く黒ウサギ。すると、歓声以上の奇声が舞台を揺らした。

 

「うおおおおおおおおおお月の兎が本当に来たあああああああぁぁぁぁああああああ!!」

 

「黒ウサギいいいいいいい!お前に会うため此処まで来たぞおおおおおおおおおお!!」

 

「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおお!!」

 

 割れんばかりの熱い情熱を迸らせる観客。

 黒ウサギは笑顔を見せながらもへにょり、とウサ耳を垂れさせて怯んだ。

 

「…………………………………………。随分と人気者なのね」

 

 熱狂的な歓声奇声を向けるなかで一際輝く『L・O・V・E 黒ウサギ♡』の文字。

 飛鳥は生ゴミの山を見るような冷めきった目で一部の観客席を見下ろす。

 

「(これも日本の外の異文化というものなのかしら………頭を柔軟にして受け入れないと……)」

 

 それに黒ウサギが可愛いのは事実だし、文句のつけようもないのだけれどね、と飛鳥は思う。

 十六夜はその有象無象の観客席の声を聞き、ハッと重要なことを思い出す。

 

「そういえば白夜叉。黒ウサギのミニスカートを絶対に見えそうで見えないスカートにしたのはどういう了見だオイ。チラリズムなんて趣味が古すぎるだろ。昨夜に語り合ったお前の芸術に対する探究心は、その程度のものなのか?」

 

「そんなことを語っていたの?」

 

「お馬鹿じゃないの?」と飛鳥は言ったが、もう二人に届かない。

 一方の白夜叉は、双眼鏡に食らいついていた視線を外して不快そうに一瞥する。その表情には、同好の士(いざよい)に対する明確な落胆の色が見え隠れしていた。

 

「フン。おんしも所詮その程度の漢であったか。そんな事では彼処に群がる有象無象と何ら変わらん。おんしは真に芸術を解する漢だと思っていたのだがの」

 

「………へえ?言ってくれるじゃねえか。つまりお前には、スカートの中身を見えなくすることに芸術的理由があるというんだな?」

 

「無論」と白夜叉は首肯。まるで決闘を受けるかのような気迫で白夜叉は凄む。

 

「考えてみよ。おんしら人類の最も大きな動力源はなんだ?エロか?成る程、それもある。だが時にそれを上回るのが想像力!未知への期待!知らぬことから知ることの渇望!!小僧よ、貴様程の漢ならばさぞかし数々の芸術品を見てきたことだろう!!その中にも、未知という名の神秘があったはず!!例えばそう!!モナリザの美女の謎に宿る神秘性ッ!!ミロのヴィーナスの腕に宿る神秘性ッ!!星々の海の果てに垣間見るその神秘性ッ!!そして乙女のスカートに宿る神秘性ッ!!それらの神秘に宿る圧倒的な探究心は、同時に至る事の出来ない苦渋!その苦渋はやがて己の裡に於いてより昇華されるッ!!何物にも勝る芸術とは即ち―――己が宇宙の中にあるッ!!」

 

 ズドオオオオオオオオオオン!!という効果音が似合いそうな雰囲気で十六夜は硬直した。

 

「なッ………己が宇宙の中に、だと………!?」

 

 自分の知らない新境地に衝撃を受ける十六夜。

 一方で、白夜叉の話を聞いていたサンドラ一同は、別の意味で衝撃を受けていた。

 

「し、白夜叉様………?何か悪いものでも食べたのですか………!?」

 

「見るな、サンドラ。馬鹿がうつる」

 

 マンドラは不安そうなサンドラの顔をそっと隠し、何も知らぬ存ぜぬの姿勢を貫く。しかしその視線は冷えきっていた。

 だが白夜叉は一向に構わない。冷たい視線など、白夜叉にとって針ほどの痛みもない。そして白夜叉は握り拳を作って、己の説法をこう締めた。

 

「そうだッ!!真の芸術は内的宇宙に存在するッ!!乙女のスカートの中身も同じなのだ!!見えてしまえばただただ下品な下着達も―――見えなければ芸術だッ!!」

 

 ズドオオオオオオオオオオン!!という効果音が似合う顔で白夜叉は言い切った。

 其処には恥も外聞もない。ただただ、ロマンの求道者が胸を張って十六夜を睨んでいる。その双眸には一点の曇りもない。

 そして右手には、好敵手(ライバル)と認めた十六夜に差し出す双眼鏡がある。

 

「この双眼鏡で、今こそ世界の真実を確かめるが良い。若き勇者よ。私はお前が真のロマンに到達出来る者だと信じておるぞ」

 

「………ハッ。元・魔王様に其処まで煽られて、乗らないわけにはいかねえな………!」

 

 ガッ!と双眼鏡を受け取り、二人は黒ウサギのスカートの裾を目で追う。訪れるかもしれない、奇跡の一瞬を逃す事のないように。

 

 

 飛鳥はそんな二人を空気と思うことにした。コレも箱庭という日本の外の異なる文化体系。時に理解出来ないものを生温い目で見る事も必要なのだと、心の底から割り切るのだった。

 

 

αν

 

 

 耀は観客席からは見えない舞台袖で、三毛猫と戯れていた。その傍に彼女のサポーターとして漆黒メイドのローズが控えている。

 セコンドについたジンとリリ、レティシアは、次の対戦相手の情報を確認していた。

 

「―――〝ウィル・オ・ウィスプ〟に関して、僕が知っている事は以上です。参考になればいいのですが………」

 

「大丈夫。ケースバイケースで臨機応変に対応するから。それにいざという時はローズに頼る」

 

「うむ。任せておけ」

 

 耀の言葉に頷くローズ。セコンドサイドのジン達も「うん」と頷いた。

 会場では黒ウサギの手でゲームが進行し、とうとう試合開始が近くなる。

 ジンの右隣にいるレティシアは、ローズを見て言う。

 

「耀のことは任せたぞ、我が主」

 

「ああ、無論だ」

 

「耀様、ローズ様、頑張って下さい!」

 

「うん、頑張る」

 

 リリの応援に笑みで返す耀とローズ。

 舞台の真中では黒ウサギがクルリと回り、入場口から迎え入れるように両手を広げた。

 

『それでは入場していただきましょう!第一ゲームのプレイヤー・〝ノーネーム〟の春日部耀と、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャ=イグニファトゥスです!』

 

 三毛猫をリリに預け、通路から舞台に続く道に出る耀。それにローズも続く。

 その瞬間、耀の眼前を高速で駆ける火の玉が横切―――

 

「YAッFUFUFUUUUUuuuuuu!!」

 

「………フン」

 

 ―――れなかった。ズビシッ!という効果音と共にローズが火の玉をデコピンで吹き飛ばしたのだ。

 

「YAho!?」

 

「きゃあああああ!?」

 

 耀達を強襲しようとした人影が、火の玉と一緒に宙を舞い―――ドスンッ!と舞台の上に尻を強打した。

 耀とローズは舞台に上がり、尻を強打して涙目になるツインテールと白黒ゴシックロリータの派手なフリルのスカートを着た少女・アーシャを見た。

 

「………大丈夫?」

 

「ああん!?大丈夫なわけあるか!そのメイドのせいで尻が痛いったらありゃあしないっての!」

 

「ふん、強襲してきた汝らが悪いな。吹き飛ばされても文句は言えまい」

 

「んだとコラ!〝ノーネーム〟のメイドの分際で生意気だっつの!身の程を弁えろよな!」

 

 憤慨するアーシャを冷たく見下ろすローズ。

 一方、観客席ではざわめき立っていた。

 

「誰だ、あのメイドっ娘は?」

 

「〝ノーネーム〟の切り札なのか?」

 

「髪の色が虹色とか珍しいぞ」

 

「ん?だけどあのメイド、昨日どっかで見かけたような………?」

 

 そんな言葉が飛び交うなか、耀はアーシャの頭上に浮かぶ火の玉―――正確にはその中心に見えるシルエットに釘付けだった。

 

「その火の玉………もしかして、」

 

「はぁ?何言ってんのオマエ。アーシャ様の作品を火の玉なんかと一緒にすんなし。コイツは我らが〝ウィル・オ・ウィスプ〟の名物幽鬼!ジャック・オー・ランタンさ!」

 

「YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 アーシャは立ち上がってスカートの裾についた土や埃を払い整えると、頭上の火の玉へ合図を送る。すると火の玉は取り巻く炎陣を振りほどいて姿を顕現させる。その姿に耀だけではなく、観客席の全てが暫し唖然となった。

 轟々と燃え盛るランプと、実体の無い浅黒い布の服。人の頭の十倍はあろうかという巨大なカボチャ頭。

 その姿はまさしく、飛鳥が幼い日より夢見ていた、カボチャのお化けそのものだった。

 

「ジャック!ほらジャックよ十六夜君!本物のジャック・オー・ランタンだわ!」

 

「はいはい分かってるから、落ち着けお嬢様」

 

 熱狂的な声を上げて十六夜の肩を揺らす飛鳥。そんな彼女に苦笑を零す十六夜。

 一方で舞台上でアーシャが耀達を睨み付けながら言う。

 

「そのメイドもそうだけど、〝ノーネーム〟の癖に私達〝ウィル・オ・ウィスプ〟より先に紹介されるとか生意気だっつの。ま、私の晴れ舞台の相手をさせてもらうだけで泣いて感謝しろよ、この名無し」

 

「YAHO、YAHO、YAFUFUUUuuuuuuuu~~~♪」

 

 小馬鹿にしたような態度を示すアーシャとジャック。しかしそんなもの、耀とローズにとっては挑発にすらならない。

 二人は円状の舞台をぐるりと見回し、最後にバルコニーにいる飛鳥達に手を振った。

 飛鳥もそれに気がついて二人に向かって笑顔と手を振り返す。

 アーシャは耀達のその仕草が気に入らなかったのか、舌打ちして皮肉気に言う。

 

「大した自信だねーオイ。私とジャックを無視して客とホストに尻尾と愛想振るってか?何?私達に対する挑発ですかそれ?」

 

「「(うん・愚問だな)」」

 

 カチン!と来たように唇を尖らせるアーシャ。どうやら効果は抜群らしい。

 普段大人しい耀だが、彼女は結構負けず嫌いだったりする。ローズの場合は耀に便乗しているだけだろうが。

 黒ウサギはそんなやり取りを苦笑しながら眺めると、宮殿のバルコニーに手を向けて厳かに宣言する。

 

『―――それでは第一ゲームの開幕前に、白夜叉様から舞台に関してご説明があります。ギャラリーの皆様はどうかご静聴の程を』

 

 刹那、会場からあらゆる喧騒が消えた。〝主催者〟の言葉を聞くために静寂が満ちていく。

 バルコニーの前に出た白夜叉は静まり返った会場を見回し、緩やかに頷いた。

 

「うむ。協力感謝するぞ。私は何分、見ての通りのお子様体型なのでな。大きな声を出すのは苦手なのだ。―――さて。それではゲームの舞台についてだが………まずは手元の招待状を見て欲しい。其処にナンバーが書いておらんかの?」

 

 観客は一斉に招待状を取り出した。手元に無い者は慌てて鞄の中を捜し、置いてきた者はひたすらそれを悔いていた。一喜一憂する観客達の様を温かく見つめる白夜叉は、説明を続けた。

 

「では其処に書かれているナンバーが、我々ホストの出身外門―――〝サウザンドアイズ〟の三三四五番となっている者はおるかの?おるのであれば招待状を掲げ、コミュニティの名を叫んでおくれ」

 

 ざわざわとどよめく観客席。するとバルコニーから真正面の観客席で、樹霊(コダマ)の少年が招待状を掲げていた。

 

「こ、此処にあります!〝アンダーウッド〟のコミュニティが、三三四五番の招待状を持っています!」

 

「おおお!」っと歓声が上がる。白夜叉はニコリと笑いかけ、バルコニーから霞のように姿を消し、次の瞬間には少年の前に立っていた。

 

「ふふ。おめでとう、〝アンダーウッド〟の樹霊(コダマ)の童よ。後に記念品でも届けさせてもらおうかの。宜しければおんしの旗印を拝見しても構わんかな?」

 

 コクコクと勢い良く頷く少年。彼の差し出した木造の腕輪には、コミュニティの象徴(シンボル)と思われる、巨大な大樹の根に囲まれた街が描かれていた。暫し旗印を見つめた白夜叉は微笑んで少年に腕輪を返し、次の瞬間にはバルコニーに戻っていた。

 

「今しがた、決勝の舞台が決定した。それでは皆のもの。お手を拝借」

 

 白夜叉が両手を前に出す。それに倣って全観客も両手を前に出す。

 パン!と会場一致で柏手一つ。その所作一つで―――全ての世界が一変した。



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αξ

 変化は劇的だった。

 耀の足元は虚無に呑み込まれ、闇の向こうには流線型の世界が頭に廻っていた。その世界の一つに、耀が鷲獅子(グリフォン)と戦った舞台があったことに気がつく。

 

「(これは………白夜叉の………?)」

 

 なら不安に思う事は何もない。坩堝の底に沈んでいく感覚に身を任せ、濾過されるのを静かに待つ。

 激しいプリズムを迸らせながら、自分一人だけが星の果てに投げ出された。

 バフン!と少し意外な着地音がする。見れば下地は樹木の上だ。否、しかし唯の樹木などではなく―――

 

「この樹………ううん、地面だけじゃない。此処、樹の根に囲まれた場所?」

 

 そう。上下左右、その全てが巨大な樹の根に囲まれている大空洞だったのだ。

 樹の幹が根だとすぐに理解出来たのは、耀の持つ恩恵―――〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟によって強化された嗅覚が土の匂いを嗅ぎとったからだ。

 耀の独り言を聞いていたアーシャが、小馬鹿にしたように彼女を笑う。

 

「あらあらそりゃどうも教えてくれてありがとよ。そっか、ここは根の中なのねー」

 

「……………」

 

 フイっと無関心そうにアーシャから顔を背ける耀。今度は決して挑発行為に及んだわけではなかったが、アーシャを苛立たせるには十分だったようだ。

 そんな二人をローズは「くく」と喉を鳴らしながら見つめる。

 アーシャは横に立つジャックと共に臨戦態勢に入る。が、耀はそれを小声で制す。

 

「まだゲームは始まってない」

 

「はあ?何言って」

 

「勝利条件も敗北条件も提示されていない。これじゃゲームとして成立しない」

 

 それにムッとするアーシャ。だが耀の言い分に正当性を感じたのか、ツインテールを振り回し、呆れたように根の大空洞を見回してぼやく。

 

「しっかし、流石は星霊様ねー。私ら木っ端悪魔とは比べ物にならねえわ。こんなヘンテコなゲーム盤まで持ってるんだもん」

 

「それは………多分、違う」

 

「ああん?」

 

「ああ、違うな。白夜叉がわざわざ決勝の舞台を決めたというのに、自分のゲーム盤を使うのは変であろう?案外此処は―――〝アンダーウッド〟とやらの中かもしれぬよ」

 

 耀の代わりに応えるローズ。とはいえ全知のギフトを使って調べたわけではないので、あくまでもローズの憶測に過ぎないが。

 それを聞いて耀はハッと思い出す。招待状のやり取りで、確かに〝アンダーウッド〟のコミュニティが選ばれていたことを。

 

「(じゃあ私が感じている温度の低さ………〝アンダーウッド〟とかいう場所が寒くて其処に跳ばされたってこと?)」

 

 そんなことを思っていると、突如、耀とアーシャの間の空間に亀裂が入る。亀裂の中から出てきたのは、輝く羊皮紙を持った黒ウサギだった。

 ホストマスターによって作成された〝契約書類(ギアスロール)〟を振り翳した黒ウサギは、書面の内容を淡々と読み上げる。

 

 

『ギフトゲーム名〝アンダーウッドの迷路〟

 ・勝利条件

 一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外に出る。

 二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。

 三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)

 

 ・敗北条件

 一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。

 二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。』

 

 

「―――〝審判権限(ジャッジマスター)〟の名に於いて。以上が両者不可侵で有ることを、御旗の下に契ります。御二人とも、どうか誇りある戦いを。此処に、ゲームの開始を宣言します」

 

 黒ウサギの宣誓が終わり、ゲームは開始された。

 耀とアーシャは距離を取りつつ初手を探る。ローズとジャックはその様子を見守る。

 暫しの空白のあと。先に動いたのは、小馬鹿にした笑みを浮かべるアーシャだった。

 

「睨み合っても進まねえし。先手は譲るぜ」

 

「……………?」

 

「オマエら〝ノーネーム〟へのハンデってやつだよ。ありがたく受け取っておきな」

 

 ツインテールを揺らしながら余裕の笑みを浮かべるアーシャ。

 耀は無表情で暫し考えたあと、一度だけ口を開いた。

 

「貴女は………〝ウィル・オ・ウィスプ〟のリーダー?」

 

「え?あ、そう見える?なら嬉しいんだけどなあ♪けど残念なことにアーシャ様は、」

 

「そう。分かった」

 

 リーダーと間違われた事が嬉しかったようで、愛らしい満面の笑みで答えるアーシャ。だが耀は聞いていない。耀は会話をほっぽり出し、背後の通路に疾走していったのだ。

 

「え………ちょ、ちょっと……………!?」

 

 自分から投げ掛けたにも関わらず話の途中で逃げ出した耀。そんな彼女にアーシャは暫し唖然とする。ローズだけは「くく」と喉を鳴らしながら笑い、耀の背を見つめた。

 ハッと我に返ったアーシャは全身を戦慄かせ、怒りのままに叫び声を上げた。

 

「オ………オゥェゥウウケェェェェイ!とことん馬鹿にしてくれるってわけかよ!そっちがその気なら加減なんざしねえ!行くぞジャック!樹の根の迷路で人間狩りだ!」

 

「YAHOHOHOhoho~!!」

 

 怒髪天を衝くが如くツインテールを逆立たせて猛追するアーシャ。()()()()並走するローズ。

 耀は背中を向けて通路と思わしき根の隙間を次々と登る。アーシャはその背中に向かって叫んだ。

 

「地の利は私達にある!焼き払えジャック!」

 

「YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 左手を翳すアーシャ。ジャックの右手に提げられたランタンとカボチャ頭から溢れた悪魔の業火は、瞬く間に樹の根を焼き払って耀を襲う。

 しかし耀は最小限の風を起こし、炎を誘導して避けた。

 

「(避けた?違う!今の風………コレがコイツのギフトか………!?)」

 

 アーシャはジャックの業火の軌道が逸れたことに舌打ちし、

 

「―――ふむ。鷲獅子(グリフォン)から授かった風のギフトで軌道をずらしたか。やるな、耀」

 

「「(は・YAho)?」」

 

 間の抜けた声を洩らすアーシャとジャック。そして声の主に振り向き、アーシャはぎょっと瞳を見開いた。

 

「なっ、なんでオマエが私達と並走してんのさ!?」

 

「ん?ああ、それはな。()()手を出してはならぬからだ。それにこの位置だと、汝らの戦いを傍観しやすいというのもある」

 

「………あっそ。私達の邪魔をしないんならいいけど―――サポーター呼んどいて使わないとか、何処まで私達を馬鹿にすりゃ気が済むんだよ、くそったれ!!」

 

 ローズ(サポーター)を呼んでいながら使わない耀に、ますます苛立つアーシャ。

 対して、耀は既にジャックの秘密に気がつき始めていた。

 

「(あの炎………ジンの話していた〝ウィル・オ・ウィスプ〟のお話通りだ)」

 

 耀は試合前に教えられていた知識を思い出す。

 

 

 ―――Will(ウィル) o'() wisp(ウィスプ)Jack(ジャック) o'(オー) lantern(ランタン)の伝承。

 前者の伝承は、無人の場所で突如、青白い炎が生まれる現象。鬼火と云われるもの。

 後者の伝承は、彷徨う死者の魂が形骸化された逸話。所謂幽鬼と云われるもの。

 しかしこの二つの伝承には、それぞれに共通した逸話が残っている。

 その一つが、『二度の生を受けた大罪人の魂に、名もなき悪魔が篝火を与えた』という点。

 伝承では、生前のジャックは二度の生を大罪人として過ごし、永遠に生と死の境界を彷徨うこととなる。それを哀れに思った悪魔が与えた炎こそ、ジャックのランタンから放つ業火。

 ―――〝伝承がある〟という事は〝功績がある〟。その法則に則るなら〝ウィル・オ・ウィスプ〟のコミュニティのリーダーは、『生と死の境界に現れた悪魔』のはずだ。

 

「(だけど………彼女はリーダーじゃない。なら違う悪魔か種族のはず)」

 

 もし仮にアーシャの正体が、生と死の境界を行き来出来る程の力を持つ悪魔だったのであれば、耀に勝ち目はなかっただろう。さっきの質問はそれを確かめるためだったのだ。

 

「あーくそ!ちょろちょろと避けやがって!三発同時に撃ち込むぞジャック!」

 

「YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 アーシャが左手を翳し、次に右手のランタンで業火を放つ。先程より勢いを増した三本の炎。対する耀は、鷲獅子(グリフォン)のギフトすら使わずにそれら全てをすり抜けた。

 

「……な………!?」

 

 絶句するアーシャ。今度こそ耀は業火の正体を確信する。

 

「(やっぱり。あの炎は、ジャックが出してるんじゃない。あの子の手で、可燃性のガスや燐を撒き散らしてるんだ)」

 

 そう。〝ウィル・オ・ウィスプ〟の伝承の正体とは―――大地から溢れ出た、メタンガスなどの、可燃性のガスや物質の類いである。

 湖畔のような水辺でも炎が発生するのはそのためなのだ。

 本来は無味無臭の天然ガスだが、嗅覚が人間の数万倍の感覚を持つ耀はその違和感を感じ取っていた。鷲獅子(グリフォン)のギフトで軌道を曲げる事が出来たのは、僅かな風を起こすことで噴出したガスや燐を発火前に霧散させていたからだ。

 どうやら気づいたようだな、とローズは感心したように耀の背を見つめる。そしてアーシャも、種を見破られた事を察して歯噛みする。

 

「くそ、やべえぞジャック………!このままじゃ逃げられる!」

 

「Yaho………!」

 

 走力では俄然、耀が勝っていた。豹と見間違う健脚はみるみるうちに距離を空けて遠ざかる。しかも耀の五感は外からの気流で正しい道を把握している。最早彼女にとっては迷路ですらない。

 アーシャは離れていく耀の背中を見つめ―――諦めたように溜め息を吐いた。

 

「………くそったれ。悔しいが後はアンタに任せるよ。本気でやっちゃって、ジャックさん」

 

「わかりました」

 

「え?」と耀が振り返る。遥か後方にいたジャックの姿はなく、耀のすぐ前方に霞の如く姿を現したのだ。巨大なカボチャの影を前にした耀は、驚愕して思わず足を止める。

 

「嘘」

 

「嘘じゃありません。失礼、お嬢さん」

 

 ジャックの真っ白い手が、強烈な音と共に耀を薙ぎ払う。

 耀が樹の根の壁に叩きつけられそうになった瞬間―――彼女の背後にローズが姿を現し耀をふわりと優しく受け止めた。

 

「―――大事はないか、耀?」

 

「う、うん。ありがとうローズ。………けど痛かった」

 

「「え………!?」」

 

 ぎょっとした表情でローズ達を見るアーシャ。ジャックの様子も同様だった。

 さっきまでアーシャの隣で傍観を決め込んでいたはずのローズ(メイド)。その彼女が次の瞬間には、ジャックのように一瞬で遥か前方に移動して耀を受け止めたのだ。

 

「(あのメイド、()()()()()ジャックさん並みに速く動けるのか!?)」

 

 アーシャがそんなことを思っているなか、ローズは、耀をそっと樹の根の床に降ろした。

 それを確認したジャックは、すぐさまアーシャに言った。

 

「今のうちに早く行きなさいアーシャ。このお嬢さん方は私が足止めします」

 

「でもあのメイド、なんかヤバそうだぜジャックさん!」

 

「ええ。ですから貴女は先へ。茶髪のお嬢さんが助力を求める前に早く!」

 

「くっ!済まないジャックさん。後は頼みます!」

 

 申し訳なさそうに頭を下げたアーシャは、ローズを一瞬だけチラッと見たのち、全速力で駆けていった。慌ててその背に追い縋る耀。

 

「ま、待っ」

 

「待ちません。貴女は此処でゲームオーバーです」

 

 ジャックが言い、ランタンから篝火を零す。その僅かな火は樹の根を瞬く間に呑み込み、轟々と燃え盛る炎の壁となった。

 先程までとは比にならない圧倒的な熱量と密度に、耀は息を呑んでジャックを見る。

 対照的に余裕な表情を見せるローズが耀を庇うように前に出て一言。

 

「潮時だ、耀。我に助力を求めよ」

 

「………っ!ま、まだやれる。だから」

 

「ほう?汝、本物のジャック・オー・ランタンを倒せると?」

 

「う、うん。多分………大丈夫!」

 

「………我と同じで、不死だとしてもか?」

 

「うん―――え、不死!?」

 

 ぎょっと瞳を見開いてローズを見つめる耀。しかしローズの言葉を聞いて驚いたのは耀だけでなく、ジャックも同様だった。

 

「なんと!?貴女も不死でしたか!ということは貴女は、人間ではないですね!?」

 

「ん?ああ、そうだが?」

 

 平然と返したローズは、ジャックから耀に視線を戻し、再度訊いた。

 

「それで、どうする耀よ?不死と知っても、あのカボチャの坊やと戦うつもりか?」

 

「……………っ、」

 

 ローズの問いに返事を躊躇う耀。なるべく自分の力でゲームクリアを目指したい。が、本物のジャック・オー・ランタンにして不死と聞いては、自分の力で切り抜けられる気がしなかった。

 暫しの沈黙のあと、耀は悔しげな表情を一瞬だけ見せて、すぐにいつもの表情で頷いた。

 

「ごめん、ローズ。後のことは、任せた」

 

「うむ、任された」

 

 耀が助力を求め、ローズはそれに応えた。ローズの表情は嬉々としている。

 一方、ジャックはそんな二人を通しはしまいと両手を広げて立ち塞がった。

 

「行かせませんよ、お嬢さん方。どうしても此処を通りたいというのならば―――この私を倒してからにしなさい!」

 

「ほう、そうか。我らの行く手を阻むというならば―――覚悟せよ、カボチャの坊や」

 

「………ッ!?」

 

 ジャックは思わず息を呑んだ。目の前のメイドの娘が放った馬鹿馬鹿しい程の霊格(そんざい)の大きさに。

 そして次の瞬間には、ローズの小さな拳がジャックの眼前に迫っていた。

 

「―――!!」

 

 ジャックはすぐさま其処から横へ大きく動いて、ローズの拳を躱す。標的を失ったローズの一撃は空を切り―――拳圧が炎の壁を跡形もなく吹き飛ばした。

 

「なっ………!?」

 

「ふふ、壁は取り除いた。往け、耀」

 

「うん」

 

 ローズの言葉に頷いて駆ける耀。ジャックはローズの狙いに気がつき、すぐに行動に移した。が、

 

「―――汝の相手は我だぞ、カボチャの坊や」

 

「………!」

 

 小柄なメイドの少女が、ローズがジャックの行く手を阻んだ。先程とは立場が逆になっていた。

 ジャックは警戒する。目の前の敵は幼いが、そんな彼女の全身から滲み出るのは不相応な霊格(そんざい)の大きさだ。ジャックの直感が危険を知らせているが故に慎重に動かざるを得ないのだ。

 

「ヤホホ、してやられました。貴女の目的は私を倒すことではなく、最初から炎の壁を壊すことだったのですね」

 

「ああ。汝とゆっくり拳で語り合いたいからな。故に倒すのではなく、耀の行く手を阻む障害(かべ)を取り除かせてもらったというわけだ」

 

 それに我が汝を壊すのはルール違反だからな、とローズは付け加えた。

 造物主達の決闘のルールには、〝ゲームのクリアは登録されたギフト保持者の手で行う事〟がある―――そう。ジャックは製作者が違えど創造されたギフトに変わりない。勝利条件の〝対戦プレイヤーのギフトを破壊〟を、サポーターであるローズが行うのは禁句である。ルールを破ればその時点で〝ノーネーム〟の敗北が決定してしまうだろう。

 不死でさえ簡単に壊せるローズにとってはもどかしいルールだが、破壊衝動は抑えて耀に勝利を掴んでもらう他ない。

 そんなローズの気持ちを察したジャックは、彼女が登録者じゃなくて良かった、と安堵した。

 ローズは「さて」とジャックを青白い焔のような瞳で見つめ、言う。

 

「無駄話はこの辺で終わりにしようか、カボチャの坊やよ」

 

「ヤホホ、そうですね。どのみち貴女を倒さなければ、茶髪のお嬢さんを追うことも、足止めすることも出来ませんからね」

 

 ジャックは覚悟を決めて虹髪青眼のメイド少女を、カボチャ頭の奥に宿す炎の瞳で鋭く見つめ、告げる。

 

「生と死の境界に顕現せし大悪魔―――ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の大傑作にして、聖人ペテロに烙印を押されし不死の怪物であるこのジャック・オー・ランタンがお相手しましょう!覚悟はよろしいですね?」

 

「ふふ、それは此方の台詞だ。カボチャの坊やよ。我は純血の龍種と神霊の高位生命体(ハイブリッド)―――〝無限の魔王〟ウロボロス。勇敢なる木っ端悪魔よ。不死にして不滅の肉体を持つ我を、見事討ち滅ぼしてみるが良い!」

 

「………………………………………………は?」

 

 ローズの自己紹介と宣戦布告に、ジャックは素っ頓狂な声を洩らしたのだった。




長くなるので一旦此処で切らせてもらいました。

次回はようやくペスト達が出れるかも。


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αο

ラストエンブリオ新巻を見て、三ヶ月ぶりの更新です。

お待たせしてすみません。

………放置は駄目ですね。どんな内容だったか忘れちゃって執筆が中々進みませんでした(´・ω・`)


〝無限の魔王〟ウロボロス。そう名乗った漆黒のメイド少女に、ジャックは驚愕の声を上げた。

 

「〝無限の魔王〟!?一月ほど前に箱庭に召喚されたという噂の龍神が、お嬢さん、貴女だと!?」

 

「如何にも。………ふむ?我を知るか、カボチャの坊や」

 

「勿論です。いやしかし、上層部のコミュニティではなく、最下層の〝ノーネーム〟に………しかも家政婦をしていらっしゃるとは思いもしませんでした」

 

「ふふ。メイドをやっているのは、〝ノーネーム〟の方針に泥を塗ったからだがな。まあ、こういうのも悪くはないが」

 

 くく、と喉を鳴らして笑うローズ。そうでしたか、とジャックは苦笑を零す。

 それはさておき、とローズはジャックを見据えて、

 

「どうする、カボチャの坊や。我の正体を知った今、我に挑む覚悟はあるか?」

 

「………そうですね。降参、と言いたいところですが、せっかく貴女に挑める機会がありますので―――やらせてもらいますよ!」

 

 腕を広げて宣言するジャック。その応えに、ローズは、ニヤリと笑い、

 

「その心意気や良し。先手は汝に譲ろう。汝の力、我を滅ぼし得るか否か―――見せてみよ!」

 

 ローズはそう言って、構えもせずに無防備な姿でジャックの攻撃を待つ。

 そんな彼女に、本来なら小娘に舐められていると憤るべきなのだが、相手は龍神。力の差は歴然であるため、これは試練だと思う方がいいかもしれない。

 分かりました、とジャックは頷き、頭上に七つの業火(ゲヘナ)が宿るランタンを出現させた。

 

「(相手は〝無限の魔王〟。故に、最初から全力でいかせてもらいましょうか!)」

 

 蓋を開くと同時に、荒ぶる炎が零れ落ちて膨れ上がった。その炎を見て、ローズは、ほう?と感心そうに薄く笑みを浮かべて、

 

「地獄の業火を召喚するか。やはり汝は、ただの木っ端悪魔ではないな」

 

 ローズがそう呟くや否や、地獄の窯が開いたように灼熱の嵐が吹いた。

 地獄の淵より汲み上げた業火は、樹の根を焼き尽くし、大気を灼熱に変え、ローズを呑み込む。

 が、その彼女の背後から数メートル離れた虚空に漆黒の空間が広がり、彼女の背後の樹の根を焼き尽くそうとしたジャックの業火を遮り呑み込んでいった。

 

「な!?」

 

 地獄の業火をも呑み込む漆黒の空間(ソレ)を見て、ジャックは愕然とする。が、同時に被害が最小限に押さえられたことに安堵した。

 それからすぐに、業火の中からゆっくりとジャックの方へ歩み出てきた無傷のローズが、フッと笑い、

 

「汝の力、中々であったぞ。だが、生も死もない完全たる我に地獄(ゲヘナ)は通じぬよ」

 

「ええ。予想はしていましたが、服すら一片も燃えないとは………ヤホホ、これは参りますね」

 

 カボチャ頭に手を置いて苦笑するジャック。ローズは、さて、とジャックを見つめ、

 

「カボチャの坊やに面白いものを見せてもらったからな。次は、我が面白いものを見せてやろう」

 

 そう言った刹那、ローズの周囲に無数の発光体が出現した。

 

「(………なんですか、あの発光体は?赤、黄の暖色系の光だけでなく、白、青………それに灰、黒と様々ですね。大きさは、十センチくらいですか)」

 

 ジャックは発光体の正体を探るように凝視する。その発光体はよく見ると―――バチバチ、と放電していた。

 

「………!?コレはまさか―――プラズマですか!?」

 

「ほう?よくぞ見破った―――と言いたいところだが、プラズマはコレの有力な正体説だ。コレは〝()()〟というものだ」

 

「〝球電〟!?知名度の低い稀な現象といわれている!?」

 

「ああ。そして、この〝球電〟もまた、〝ウィル・オ・ウィスプ〟の伝承の()()()()()()()()

 

 そう。〝ウィル・オ・ウィスプ〟の伝承の正体は、大地から溢れ出たメタンガスなどの、可燃性のガスや物質の類い()()()()()()

〝球電〟という稲妻の一種()()()そうなのだ。

 

「………はい。私もその説を聞いたことがあります。〝球電〟が我々〝ウィル・オ・ウィスプ〟の正体説とされる由縁は―――〝球電(ソレ)〟が火の玉のように見えるからですね?」

 

「如何にも。〝球電(コレ)〟は日本でも古来より鬼火、狐火、火の玉などと呼ばれている発光現象だ。西洋では幽霊火、ルミナス・サーペントなどと呼ばれているがな」

 

 因みに、〝球電〟を、雷が地面に落ちることで土壌のシリコンにエネルギーが蓄えられて、更に大気中に放出されたシリコンが蓄えたエネルギーを放出しながら酸化することで起こる熱や光を伴う発光現象ではないかと推測しているそうだ。

 ローズは自らの周囲に浮遊している〝球電〟の一つを手の平の上に乗せて弄び始めた。

 それを見ていたジャックは、ぎょっとしたような反応を見せ、

 

「お、お嬢さん!?〝球電〟を素手で触っていて平気なんですか!?」

 

「ん?別に何も問題ないが?」

 

 ローズは不思議そうな表情でジャックを見つめる。〝球電〟でジャグリングしながら。

 本来、〝球電〟に触れれば感電死ものなのだが、彼女は人間ではなくて龍神だから平気なのだろう。

 とはいえ、そんな危険なものを手に乗せたり、ジャグリングしたりは普通ならしないことだが。

 ジャックが呆然とローズの行為を眺めていると、ローズは〝球電〟を手離して、スッと瞳を細めてジャックを見つめ、

 

「お喋りは終わりだ。見るだけではつまらんだろうしな。〝球電(コイツ)〟の威力を味わうと良い」

 

「………!」

 

 ジャックが身構えるのとほぼ同時に、ローズが呟いた。

 

「奔れ―――〝球電(ケラヴノ・バラ)〟」

 

 ローズの言葉と共に、彼女の周囲に浮遊していた〝球電〟達が一斉にジャックに襲いかかった。

 

「く………!」

 

 ジャックは〝球電〟から距離を取ろうと後方に高速移動するが、〝球電〟達は逃がすまいと追いかけてきた。

〝球電〟は移動中の金属体を追いかける習性がある。ジャックはその事を思い出し、自らが手に持つランタンに目を向けた。

 ランタンを形成する台、傘、取っ手の部分は金属製。〝球電〟はコレに反応して、ジャックを追尾しているのだ。

 

「………っ!」

 

 ジャックは逃げ回るのをやめて、ランタンから篝火を零して樹の根を燃やし炎の壁を作る。これで〝球電〟の進行を妨げようとした。が、

 

「その行動は愚かだ、カボチャの坊や」

 

 ジャックの行為を憐れむような声を発したローズは、パチンと指を鳴らす。その瞬間―――ドガァン!と〝球電〟達が炎の壁の前で一斉に爆発した。

 

「―――ガッ!?」

 

〝球電〟達の爆発は、炎の壁ごとジャックを吹き飛ばし、ジャックは樹の根に叩きつけられてしまった。

〝球電〟の爆発によって樹の根に焦げ跡を残し、硫黄臭が辺りに漂う。

 起き上がったジャックの下へ、無数の〝球電〟を引き連れながらローズが歩み寄ってきた。

 

「一つの〝球電〟が爆発した際に放出されるエネルギーは、十キロ分のダイナマイトに相当する。油断は大敵だぞ、カボチャの坊や」

 

「………ヤホホ。不死でなければ死んでましたね」

 

 ジャックは冷や汗を掻く。〝球電〟一個が爆発しただけでダイナマイト十キロ分のエネルギー放出とか洒落にならない。

 ローズは、〝球電〟を自在に操りながらジャックを見つめた。

 

「ふふ。まだ遊び足りないなら、我が遊んでやるが………どうする?」

 

「いえ。〝球電〟の威力は身を持って体験しましたので、これ以上痛い思いは勘弁願います」

 

「む、そうか。まあ、汝が耀を追わずに大人しくするというなら構わぬが―――」

 

 ローズが最後まで言い終わる前に、ゲームの決着がついたようで、会場の舞台はガラス細工のように砕け散り、円状の舞台に戻ってきていた。

 呆然とする観客達。その中で一人、黒ウサギは何事もなかったように終了を宣言する。

 

『勝者、春日部耀!!』

 

 ハッと観客席から声が上がる。次に割れんばかりの歓声が会場を包んだ。

 おお、と声が上がる舞台の中心でローズはフッと笑い、

 

「ふむ。勝ったか、耀」

 

「ヤホホ、負けてしまいましたか………アーシャ」

 

 残念そうな声音で呟くジャック。そんな彼の下へアーシャが駆け寄ってきた。

 

「わ、悪いジャックさん。あと少しのところで抜かれちまった」

 

「そうでしたか。それは惜しかったですね、アーシャ」

 

「うー………」

 

 悔しそうに表情を歪めるアーシャを、良く健闘しました、とジャックが慰める。

 一方、ローズの下へ駆け寄ってきた耀が勝利のブイサインを決めて、

 

「勝ったよ、ローズ」

 

「ああ。よくぞ逆転したな。偉いぞ。流石は我が主だ」

 

 よしよし、と耀の頭を優しく撫でるローズ。嬉しそうな笑みを浮かべる耀。この光景を、ジンが羨ましそうに舞台袖で眺めているに違いない。

 そんな耀に、アーシャは悔しそうな視線を向けて、

 

「おい、オマエ!名前はなんて言うの?出身外門は?」

 

「………。最初の紹介にあった通りだけど」

 

 突き放すように言う耀。しかし、アーシャはそれでも食らいついた。

 

「あーそうかい。だったら私の名前だけでも覚えとけ、この〝名無し〟め!私は六七八九〇〇外門出身アーシャ=イグニファトゥス!次に会うようなことがあったら、今度こそ私が勝つからな!覚えとけよ!」

 

「そう。けど―――次も私が勝つから」

 

「ハッ!言ってろ〝名無し〟!次勝つのは絶対に私達だっての!」

 

 じゃあな、とツインテールを揺らして去っていくアーシャ。

 ヤホホホ!とジャックが笑ってカボチャ頭を下げて、

 

「すみません。うちのアーシャは負けず嫌いなもので。今度機会がありましたら、相手してやってください」

 

「わかった。楽しみにしてる」

 

「ありがとうございます、春日部嬢。龍神のお嬢さんも、また手合わせ願いますよ!」

 

「ほう、それは楽しみだ。その時は汝を壊し、我が新たに創り眷属にしてやろうか?カボチャの坊や」

 

「ヤホホ、それはご勘弁を!それでは!」

 

 会釈すると、逃げるようにアーシャの下へ行くジャック。そんな彼の背を、残念そうにローズが見送って、

 

「やれやれ、フラれてしまったな」

 

「………ローズ?」

 

「ん?」

 

「ジャックを眷属にしたいの?」

 

 耀の問いかけに、ああ、とローズは頷いた。

 

「地獄の業火だけでなく、〝球電〟を操るカボチャの坊やも魅力的だと思ってな。故に勧誘してみたんだが、見事に玉砕だ」

 

「………ローズが新たに眷属つくったら、レティシアが可哀想」

 

「む?何故だ?何故、レティシアが可哀想となる?」

 

「………ローズ、鈍感」

 

「ぬ?」

 

 何故そんなことを言うのか、という風に耀を見るローズ。

 耀は、鈍感すぎるローズに溜め息を吐く。唯一無二のローズの眷属でいたいレティシアの気持ちを、彼女が理解する日は来るのだろうか。正直不安だ。

 耀とローズがジン達が待つ舞台袖へ戻ると、

 

「耀様!ローズ様!お疲れ様でした!勝利おめでとうございます!」

 

「うん。ありがとうリリ」

 

 耀はリリの頭を優しく撫でる。えへへ、と気持ち良さそうに瞳を細めて笑うリリ。

 次にレティシアが笑みを浮かべて、耀とローズに労いの言葉をかけた。

 

「お疲れ様だ、主殿に我が主。いい戦いぶりだったぞ」

 

「うん。ありがとうレティシア」

 

「我の場合は、カボチャの坊やと軽く遊んだ程度だがな」

 

 たしかにそうだな、と苦笑いを浮かべるレティシア。寧ろローズに本気出されたら、相手は堪ったもんじゃないだろう。

 最後にジンが苦笑しながら、うん、と頷き、

 

「お疲れ様でした、耀さん、ローズさん。僕の情報は役に立ちましたか?」

 

「うん」

 

「ああ。ジンの情報は対策を練りやすくてとても良かったぞ」

 

「そ、そうですか!それはよかったです………!」

 

 ローズは、ふふ、と笑ってジンの頭を優しく撫でる。ジンは照れ臭そうにしながらも嬉しそうな笑みを浮かべた。

 一方、レティシアは、自分だけ〝なでなで〟してくれる人がいなくてムッと不服そうに表情を歪めていた。主に、ローズ(あるじ)に〝なでなで〟されているジンを嫉妬の眼差しで見つめている。

 そんな彼女を見たローズはニヤリと笑い、

 

「何だ、レティシア?汝も我に頭を撫でて欲しいのか?」

 

「―――!い、いや!別にそういうわけではないんだが………!」

 

 慌てて両手を振って否定するレティシア。しかし、ローズは問答無用とばかりにレティシアの手首を掴んで引き寄せた。

 

「遠慮することはない。レティシア、汝は我の唯一の眷属だからな。もっと甘えて良いのだぞ?」

 

 くく、と笑ってレティシアの頭を優しく撫で始めるローズ。レティシアは〝唯一の眷属〟と言われて嬉しくなり、抵抗をやめてローズに身体を預けた。

 そんな光景を見て、百合と思うかもしれないが、関係はあくまで〝(あるじ)従者(けんぞく)〟。ローズとレティシアの関係は〝同性好き(そっち)〟ではなく〝主従関係(こっち)〟である。

 それをジン達は理解しているからこそ、彼女達の戯れ合いを変な目で見ることはないのだ。

 ローズに〝なでなで〟されているレティシアは、そういえば、と思い出したように口を開き、

 

「我が主。私にも〝球電〟を扱えたりするのか?」

 

「ん?無論だ。レティシアに貸し与えた〝雷の魔術師〟というのは、〝雷〟を自在に操れるギフトの総称だからな。稲妻の一種たる〝球電〟も例外なく使用可だ」

 

 そうか、と安堵するレティシア。ローズ(あるじ)だけが出来る能力ではなく、自分にも可能だと分かって笑みを浮かべる。

 そんな二人のやり取りをジンが眺めていると、黒い何かが彼の眼前に落ちてきた。

 

「………え?―――ッ!これって、まさか!?」

 

 それは、ジンが見覚えのある―――黒く輝く〝契約書類(ギアスロール)〟だった。

 

 

αο

 

 

 少し遡り、ゲームが終了して〝ノーネーム〟の勝利が確定すると、飛鳥は思わずガッツポーズを決めていた。

 

「やったわ!春日部さんが勝ったわよ十六夜君!」

 

「ああ、そうだな。分かったから少し落ち着けお嬢様」

 

 耀の勝利に興奮気味の飛鳥と、そんな彼女に苦笑を零す十六夜。

 中央に控えていたサンドラと白夜叉がゲームを振り返る。

 

「足止めをされてかなりの差が生じたにも関わらず、あそこから逆転したのは凄かった」

 

「うむ。あの娘はローズちゃんの助力なしでもいい線までいってたの。それにしても、ローズちゃんはジャックが不死だからって〝球電〟を使うとは………中々鬼畜だの」

 

 不死(しなない)といえど、ダメージを受けないというわけではない。それに〝ウィル・オ・ウィスプ〟のもう一つの正体だとローズは〝球電〟を使用してみせていたが、恐らくジャックを麻痺させる目的で使ったと見るべきだろう。

 ジャックはローズの真の目的に気づいて〝球電〟の直撃は避けていたが、爆発によるダメージの計算は頭に入っていなかったらしかった。結果、ローズに足止めを食らいアーシャの助力に向かえなかった。

 ………いや。そもそもローズを掻い潜って救援に向かうなど出来るはずがない。彼女がわざと見逃す行為に及ばない限り、ジャックはアーシャの応援に向かえるなど不可能なのだ。

 ローズが直接耀をゴールの手前まで連れて行ったり、アーシャの妨害をしないだけ〝ウィル・オ・ウィスプ〟にも勝機の目はあったのだろう。尤も、そんな方法で勝利しても耀は満足しないだろうし、何よりローズ本人もそんな真似は〝つまらない〟と切り捨てるだろうが。

 白夜叉は、ローズに挑んだジャックに合掌する。

 一方、十六夜は何かに気づいたように空を見上げて、

 

「………白夜叉。ローズの予言通り―――魔王様のおでましみたいだぜ」

 

「何?」

 

 十六夜の言葉に白夜叉も上空に目を向けて、そのようだの、と溜め息を吐く。ローズの予言通りだと、もうじき自分は封印されて何も出来なくなるから溜め息しか出ないのだろう。

 遥か上空から、雨のようにばら撒かれる黒い封書。飛鳥は眼前に落ちてきたそれを手に取り、すかさず笛を吹く道化師の印が入った封蝋を開封する。

 その中に入っていた〝契約書類(ギアスロール)〟にはこう書かれていた。

 

 

『ギフトゲーム名〝The PIED PIPER of HAMELIN〟

 

・プレイヤー一覧

 ・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

 ・太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

・ホストマスター側 勝利条件

 ・全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側 勝利条件

 一、ゲームマスターを打倒。

 二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

〝グリムグリモワール・ハーメルン〟印』

 

 

 数多の黒い封書が舞い落ちるなか、静まり返る舞台会場。

 そんな会場の観客席の中で一人、膨張した空気が弾けるように叫び声を上げた。

 

「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ―――――!!!」




これからは週一更新を目安に頑張っていきたいと思います。

〝球電〟の情報は、wiki以外も参考にしてますので悪しからず。

………他のSSもいい加減に手をつけないとなあ(^_^;)


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απ

一週間後のはずが二週間後に………お待たせしてすみません(´・ω・`)

長期間書いてないと執筆速度が衰えてしまいますね………他のSSに至っては一文字も書けない………参ったorz

それはさておき―――どうしてこうなった。という内容になっております、後悔はしていないが!(`・ω・´)


 ―――境界壁・上空2000メートル地点。

 遥か上空、境界壁の突起に四つの人影があった。

 

 一人目。白髪で露出が多く、布の少ない白装束を纏う女。女の手には、彼女の二の腕程の長さのフルートがある。

 二人目。黒髪短髪で黒い軍服を着た長身の男。男の手には、彼の身長と同等の長さの巨大な笛を携えている。

 三人目………否、三体目と表記するべきだろう。陶器の様な材質で造られた滑らかなフォルムと、全身に空いた風穴。全長五十尺はあろうという巨兵がいる。

 四人目。赤紫色の髪で白黒の斑模様のワンピースを着た少女。二本の黒い角が生えている少女である。

 

 そのなかの一人、白髪の女はフルートを弄びながら舞台会場を見下ろし呟いた。

 

「プレイヤー側で相手になるのは………〝サラマンドラ〟のお嬢ちゃんを含めて五人ってところかしらね、ヴェーザー?」

 

「いや、四人だな。あのカボチャは参加資格がねえ。特にヤバいのは吸血鬼と火龍のフロアマスター。そして―――」

 

「ダントツで最強なのが〝無限の魔王〟ね」

 

 ヴェーザーと呼ばれた黒髪の男に続いて、赤紫髪の少女が無機質の声で呟く。

〝無限の魔王〟と聞いて、白髪の女とヴェーザーの表情が強張る。

 そんな二人に赤紫髪の少女がクスリと笑い、

 

「大丈夫よ二人とも。私には未来から貰った〝龍殺し〟の武器があるわ。貴方達の武器(ふえ)にも〝龍殺し〟が付与されているもの。あの龍神を倒せる機会はきっと訪れるわ」

 

「でもよマスター。仏門へ下って力を抑えてるとはいえ、あの白夜王を凌ぐ怪物が相手だ。幾ら〝龍殺し〟が通用するからといって倒せるとは限らねえと思うが」

 

 ヴェーザーが不安を口にする。赤紫髪の少女は、そうね、と返し、

 

「たしかにあの龍神に勝てるとは微塵も思ってないわ。けど―――〝龍殺し〟が致命的な弱点の〝サラマンドラ〟を庇いながら戦う羽目になるのよ?隙くらいは突けるんじゃないかしら」

 

「「―――!!」」

 

 ハッと顔を上げる白髪の女とヴェーザー。盲点だった。〝龍殺し〟が致命的な弱点の相手は、あの龍神だけではないではないか。

 赤紫髪の少女は薄い笑みを浮かべながら二人を見回し、

 

「さ、ギフトゲームを始めましょう。貴方達は手筈通り御願い。〝無限の魔王〟の相手は私がするわ」

 

「おう、邪魔する奴は?」

 

「殺していいよ」

 

「イエス、マイマスター♪」

 

 

απ

 

 

 場所は変わり、本陣営のバルコニー。

 突如発生した黒い風が白夜叉の全身を包み込み、彼女の周囲を球体に包み込んだ。

 

「―――くっ!?」

 

「白夜叉様!?」

 

 サンドラは白夜叉に手を伸ばすが、バルコニーに吹き荒れる黒い風に阻まれた。

 黒い風は勢いを増し、白夜叉を除く全ての人間を一斉にバルコニーから押し出した。

 

「きゃ………!」

 

「お嬢様、掴まれ!」

 

 空中に投げ出された十六夜はすかさず飛鳥を抱きかかえて着地し、遥か上空の人影を睨む。

 

「ちっ。〝サラマンドラ〟の連中は観客席に飛ばされたか」

 

「い、十六夜君!」

 

「ん?」

 

 唐突に叫んだ飛鳥に、十六夜は目を向ける。彼の目に映ったのは、飛鳥が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているところだった。

 その飛鳥がキッと十六夜を睨み、

 

「ん?ではないわ!早く下ろしてくれるかしらっ!」

 

「ああ―――だが断る!」

 

「え!?」

 

「お嬢様がどうしても下ろして欲しいっていうなら、考えなくもないが?」

 

「なっ!?」

 

 ニヤリと笑いながら告げる十六夜。飛鳥は、十六夜にからかわれていることを悟り、ムッと睨み返す。顔を真っ赤にさせたままだが。

 十六夜はヤハハと笑いながら飛鳥を下ろそうとしたが、急に飛鳥が服を引っ張ってきたのでやめる。

 そして、背後に人の気配を感じ取って、飛鳥を抱きかかえたまま振り返ると―――黒ウサギが立っていた。嫉妬の眼差しを飛鳥に向けて。

 飛鳥のしたり顔を見て、成る程、と十六夜は彼女の行為の意味を理解する。

 飛鳥が羞恥よりも、黒ウサギを挑発する方を優先したのだと。

 十六夜は、飛鳥が自分の服から手を離すのを確認して、彼女を下ろす。

 それから舞台袖から出てきたジン達を確認したのち、黒ウサギに視線を向けた。

 

「魔王が現れた。しかもローズの予言通り、ギフトゲーム終了後にな」

 

「はい」

 

 黒ウサギが嫉妬の感情を消し、真剣な表情で頷く。ローズ以外の〝ノーネーム〟メンバーに緊張が走る。

 舞台周囲の観客席は大混乱に陥っており、我先に魔王から逃げようとする様は、まさに蜘蛛の子を散らすが如くである。

 阿鼻叫喚が渦巻く会場の中心で、軽薄な笑みを浮かべる十六夜だが、その瞳は真剣だ。

 

「白夜叉の〝主催者権限(ホストマスター)〟が破られた様子は無いんだな?」

 

「はい。黒ウサギがジャッジマスターを務めている以上、誤魔化しは利きません」

 

「なら連中は、ルールに則った上でゲーム盤に現れているわけだ。………ハハ、流石は本物の魔王様。期待を裏切らねえぜ」

 

 ローズの昨夜言っていた〝魔王は参加者ではない〟というのは、どうやら本当らしい。

 耀は十六夜を見て訊いた。

 

「どうするの?ここで迎え撃つ?」

 

「ああ。けど全員で迎え撃つのは具合が悪い。それに〝サラマンドラ〟の連中も気になる。アイツらは観客席の方に飛んでいったからな」

 

「では黒ウサギがリリを連れてサンドラ様を捜しに行きます。その間は十六夜さんとレティシア様とローズさんの三人で魔王に備えてください。ジン坊っちゃん達は白夜叉様をお願いします」

 

「分かったよ」

 

 レティシアとジンとリリが頷く。対照的に飛鳥の顔が不満の色に染まる。

 

「ふん………面白い場面を外されたわ」

 

「そう言うなよお嬢様。〝契約書類(ギアスロール)〟には白夜叉がゲームマスターだと記述されてる。それがゲームにどんな影響を及ぼすのか確かめねえと―――」

 

「お待ちください」

 

 一同が声の方に振り向くとそこには、同じく舞台会場に上がっていた、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャとジャックだった。

 

「おおよその話は分かりました。魔王を迎え撃つというなら我々〝ウィル・オ・ウィスプ〟も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

 

「う、うん。頑張る」

 

 緊張しながらも承諾するアーシャ。黒ウサギは、分かりました、と頷き、

 

「では御二人は黒ウサギ達と一緒にサンドラ様を捜し、指示を仰ぎましょう」

 

 一同は視線を交わして頷き合い、各々の役目に向かって走り出す。が、

 

「待て、ジンよ」

 

「え?何ですか、ローズさん?」

 

 黒ウサギ達がサンドラ捜索に向かうなか、飛鳥や耀と同じ役割を任されていたジンがローズに呼び止められた。

 ジンは振り向くと、ローズが指輪を手渡してきた。

 

「………?ローズさん?コレは?」

 

 ジンは不思議そうに、ローズから渡された指輪を眺める。

 その指輪は、彼女の象徴図(シンボルマーク)―――〝己の尾を喰らう蛇〟が刻まれており、黄金の指輪にはダイアモンドが嵌め込まれていた。

 それを見た十六夜はニヤリと笑い、

 

「お?なんだ御チビ様。婚約指輪か?」

 

「はい!?」

 

「うむ。婚約指輪(エンゲージメント・リング)だ」

 

「「「………ほう」」」

 

「―――というのは冗談だ。そも、婚約指輪は、婚約する際に男性から女性に贈られる指輪だからな。雌龍の我が男のジンに贈ったところで婚約指輪にはならぬよ」

 

 肩を竦めながら言うローズ。あらそれは残念、と問題児三人が呟く。苦笑を零すレティシア。

 ジンもまた残念そうな表情をしていた。それを見たローズはニヤリと笑い、

 

「何だジン?我と結ばれたいのか?」

 

「ブッ!?な、ななな何を言うんですかローズさん!?」

 

「ん?違うのか?」

 

「え?あ、いや、それは………その………!」

 

 顔を真っ赤にしながら言い淀むジン。ローズは、くく、と笑いながらジンの額に指で触れて言った。

 

「まあ、どのみち今の汝ではそれは無理だがな」

 

「―――――ぇ?」

 

「ジンよ。汝は我が全てを捧げるに価せぬ存在だ。故に我は汝のモノになってやる気は更々ない」

 

「……………っ!」

 

 ローズに拒絶されて絶句するジン。分かっていたことではあるが、ローズ本人の口から言われたことがショックだった。

 ジンの泣きそうな表情を見たローズは、この少年は本気で我をモノにするつもりだったのか、と思い―――『これは面白い』と密かに笑った。

 そしてローズは、スッと瞳を細めてジンに言った。

 

「泣くのはまだ早いぞジン。これから我が言う()()を達成できたら、汝のモノになってやらんでもないぞ?」

 

「な、泣いてなんかいませ―――え?それは本当ですか!?」

 

 ローズの言葉に泣きそうな表情から一転して、パアッと明るい表情に変わるジン。

 何て分かりやすい子か、と苦笑を零す十六夜達。ローズも、くく、と笑い条件を口にした。

 

「ああ。それでその条件だがジンよ、汝が―――()()()()()()()()()()

 

「「「「……………は?」」」」

 

「……………」

 

 ローズの無理難題に素っ頓狂な声を上げるジン達。十六夜だけは無言でローズを見つめている。

 ローズは、ん?と小首を傾げて、

 

「どうした、汝ら?」

 

「どうした?じゃないですよローズさん!?十六夜さんを越えるなんて、僕には不可能です―――!」

 

「そ、そうよ!ジン君の言う通り無理だわ!」

 

「ローズ、それ鬼畜。ジンには絶対無理」

 

「ああ。我が主、その条件はジンには無理があるぞ」

 

 飛鳥、耀、レティシアにも『無理』と言われて凹むジン。

 ローズはやれやれと説明しようとしたその時―――無言だった十六夜が割り込んできた。

 

「待ちなお前ら。ローズが御チビ様に振った条件が〝俺を越えろ〟とか何とか面白そうな内容だが―――何も〝()()ってわけじゃねえだろ」

 

「え?それってどういうことですか十六夜さん?」

 

 十六夜の言葉にジン達が首を傾げる。レティシアだけはハッと気がつき、そういうことかと納得する。

 一方、ローズは、ほう?と感心して十六夜の回答を待つ。

 十六夜はニヤリと笑い、自分の頭を親指で指して答えた。

 

「ローズが言う〝俺を越えろ〟ってのは〝力〟じゃなくて―――〝()()()、だろ?」

 

「………!」

 

 十六夜の返答にようやく気がついたジン、飛鳥、耀は、ハッとローズを見る。

 ローズは、くく、と笑いながら頷き、

 

「ああ。流石は十六夜だな。説明の手間が省けて助かる」

 

「そりゃどうも」

 

「ふふ。ジンよ、〝力〟では敵わずとも〝知恵〟ならば、十六夜を越えられるやもしれぬぞ?」

 

「………〝知恵〟で十六夜さんを越える?僕が………?」

 

 ジンの表情に不安の色が浮かぶ。〝力〟ではないにしろ、〝知恵〟で自分なんかが十六夜に勝てるのだろうか。

 ローズはムッとしてジンを睨み、

 

「何だジン、我が欲しいんじゃなかったのか?」

 

「………!そ、それはもう欲しいに決まってます―――あっ」

 

 わざと剥れてみせたローズの罠にまんまと引っ掛かったジンが本音を洩らしてしまった。

 みるみるうちに顔を真っ赤にするジンを、十六夜達にニヤニヤ顔で見られるなか、ローズは、よしよし、と頷いた。

 

「では、〝我の一日独り占め券〟をかけて、十六夜とジンで勝負してもらおうではないか。一回戦目は―――〝現在行われている魔王のギフトゲームを相手よりも早く解き明かせ!〟でよかろう」

 

「ロ、ローズさんを、一日独り占め!?」

 

「へえ?つまり、俺と御チビ様で〝ハーメルンの笛吹き〟の謎解きに挑戦し、先に答えに辿り着けたものの勝ち、か。御チビ様に勝てば魔王のゲームが終わっても、別のお楽しみが待ってるわけだ?」

 

 興奮気味の声音を上げるジンと、物騒な笑みを浮かべる十六夜。ジンはデート的なことを想像(もうそう)し、十六夜は頭の中でギフトゲーム三昧の計画を立てる。

 互いにローズの〝独り占め券〟の奪い合いをする、男と男の熱い頭脳戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

 ジンと十六夜は互いに睨み合い、

 

「ローズさんは渡しません!僕が先に謎を解いてみせます!!」

 

「ヤハハ、そりゃ楽しみだな。俺より早く答えに辿り着けるかどうか、見せてもらうぜ御チビ様」

 

 ジンと十六夜は真剣な瞳で言い合う。目的は違えど、この勝負は互いに負けられないゲーム。

 そして、ローズは、くく、と笑い、

 

「さあ、開戦だ。ジン、十六夜。汝らの〝知恵〟を見せてもらうぞ」

 

「おう」

 

「はい!」

 

 二人の頭脳戦(たたかい)が幕を開けた。

 飛鳥と耀はジンの下に歩み寄り、エールを送る。

 

「絶対に勝利をもぎ取りなさい、ジン君」

 

「ジン、頑張って」

 

「ありがとうございます飛鳥さん、耀さん!絶対に勝ってローズさんを手に入れてみせます!」

 

「「〝一日独り占め券〟を、ね」」

 

「―――ハッ!?~~~~~ッッッ!!!」

 

 勝手に自爆して赤面するジン。それを見て、ニヤニヤと笑う飛鳥と耀。

 一方、レティシアは十六夜へと歩み寄り、

 

「主殿。この勝負、是非勝ってくれ」

 

「あん?お前は御チビを応援しないのか?」

 

「ああ。これ以上、ジンと我が主の仲が深くなってしまうのは眷属として、私が寂しくなるからな」

 

「………あいよ。ま、俺は負ける気なんざ更々ねえから安心しな」

 

「そうか。頼んだぞ主殿」

 

 レティシアの言葉にヤハハと笑って頷く十六夜。それにしても、レティシアが寂しがり屋なのは意外だなと思う十六夜。

 これはレティシア弄りの良いネタになるな、と一人密かに笑みを浮かべた。

 ジンは、あっと思い出したようにローズの下へ駆け寄り、

 

「ローズさん!」

 

「ん?なんだジン?」

 

「この指輪は何ですか?」

 

 そう言ってジンはローズから受け取っていた黄金の指輪を見せる。

 ローズは、そういえば説明がまだだったな、と呟き、

 

「その指輪には、我の能力の一つを与えている。〝物質結界〟というものだ」

 

「〝物質結界〟ですか?」

 

「ああ。言うなればそれは、物質界そのものの強度を結界にしたモノでな、〝物質結界(コレ)〟は物質界に存在するものでは決して壊せぬ代物だ」

 

「………!もしかしてその結界の正体は、キ○スト教や一部のグノーシス主義で、ウロボロスは物質世界の限界を象徴するものとされている―――これですか!?」

 

 ジンの言葉に、ローズは目を丸くして驚く。

 

「………ほう。よく知っているなジン」

 

「はい。大好きなローズさんのことを調べ尽くしましたから!―――あっ」

 

 またやってしまった、と慌てて口を塞いで赤面するジン。ローズは、ふふ、と笑いながらジンを見つめ、

 

「大好き、か。嬉しいことを言ってくれるなジン。だが、分かっているとは思うが、我は汝の遥か歳上だぞ?ロリババアとやらだぞ?それでも、我を選ぶか坊や?」

 

「はい。なんと言われようとも僕の気持ちは変わりません。それにローズさんは、お婆さんなんかじゃありません!可愛い女の子ですッ!僕の大好きな、可愛い女の子ですッ!!」

 

 ジンは嘘偽りのない言葉を紡ぎ、ローズへの想いを口にする。

 ローズは、ジンに〝可愛い〟を連呼されてほんのり頬を赤らめた。如何に恋愛に興味がなくても〝可愛い〟と言われたら嬉しいし頬を赤らめたりもする。

 それと同時にローズは困惑していた。何故我なのかと、何故年相応の相手を選ばぬのかと。

 年相応の相手なら、リリやサンドラあたりがいるではないか。そっちの方がジンはお似合いではないか。

 それなのに、ジンは我を選ぶ。こんな年寄りと結ばれたところで良いことなどないというのに。

 だが、ふとこんなことを思い始めた。もしも我のお気に入りが十六夜からジンに変わるようなことがあるのならば、我に恋するジンに恋をするのだろうか?

 答えは、調べればすぐに出るだろう。が、我は敢えて知らないでおこう。その答えが変化して別の答えを導き出すかもしれないから。

 ローズはフッと笑うと、ジンを細めた瞳で見つめ、告げた。

 

「ふふ、良いだろう。其処まで我を選ぶというのなら、止めはせぬ。故にジンよ。汝が十六夜を越えて、我の心の臓(ハート)を射止めてみせよ。我を―――()()()()()()()()

 

「―――!はい!絶対にローズさんをデレさせてみせますッ!!」

 

「ああ。その日を楽しみにしているぞ、ジン」

 

 ジンとローズは互いに見つめ合う。絶対にローズさんと結ばれてみせる、とジンは硬く決意する。ジンが我に恋心を抱かせられるか楽しみだ、と笑みを浮かべるローズ。

 そんな二人を問題児達はニヤニヤと笑いながら眺める。レティシアだけは、我が主を盗らないで欲しいんだが、と複雑な表情を浮かべていた。

 するとその時、上空から無機質な声音が聞こえてきた。

 

「―――熱いラブコメ中のところ悪いのだけれど、貴方達は魔王のギフトゲームが始まっているということを忘れてない?」

 

「ぬ?」

 

「ん?」

 

「「「え?」」」

 

「はっ!?」

 

 ローズ達は声のする方に目を向ける。其処には、若干不機嫌そうな表情をしていた赤紫髪の少女がいた。その右隣には黒髪の男、ヴェーザーが。左隣には白髪の女が。背後には陶器の巨兵が控えている。

 ローズは、くく、と笑い、

 

「ああ、無論―――忘れてたぞ?」

 

「そう………って、え?」

 

「おい、違うだろローズ。其処はだな―――うん、俺もすっかり忘れてたわ」

 

「なっ!?」

 

 ケラケラと笑いながら魔王一行を挑発する十六夜。飛鳥と耀が苦笑し、ジンとレティシアは溜め息を吐く。

 赤紫髪の少女は、ハァと深い溜め息を吐いたのち、薄っすらと怒りの表情を浮かべ、

 

「………ヴェーザー、ラッテン、シュトロム。()っちゃっていいよ」

 

「おう」

 

「了解♪」

 

「BRUUUUUUUUUUM!!」

 

 赤紫髪の少女の命令を受けてヴェーザーと、ラッテンと呼ばれた白髪の女、シュトロムと呼ばれた陶器の巨兵がローズ達に襲いかか―――パチン。

 

「「!?」」

 

 ―――れなかった。不意にヴェーザー達の動きが封じられてしまったからだ。

 ローズが指を鳴らして、空間制御の魔術を行使し空間そのものを歪ませ彼らの身動きを封じたのだ。

 ローズはやれやれと溜め息を吐き、

 

「そう急くな。ちゃんと汝らと戯れてやる」

 

「「「………ッ!?」」」

 

「―――十六夜達がな」

 

「「「………は?」」」

 

「は?」

 

「へ!?」

 

 ローズの言葉に素っ頓狂な声を上げるヴェーザー、ラッテン、赤紫髪の少女、レティシア、ジン。

 ポカンと口を開く飛鳥と耀。十六夜だけはヤハハと笑う。

 ローズは十六夜に振り向き、

 

「さて、十六夜。魔王と殺り合う前に―――ヴェーザーとやらでウォーミングアップしてくると良い」

 

「あいよ。その代わり、魔王様を独り占めすんなよローズ」

 

「ふふ、無論だ。では………行ってこい」

 

 パチン、と指を鳴らして十六夜とヴェーザーをこの場から消した。

 急に消失したヴェーザーに、ラッテンと赤紫髪の少女がギョッと瞳を見開く。

 一方、そんな光景が当たり前になっているジン達は特に驚きもしない。

 次にローズは、ジン、飛鳥、耀の三人に目配せして、

 

「ジン、飛鳥、耀。汝らを白夜叉の下へ跳ばすとしよう」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 飛鳥が返事をすると、指を鳴らして飛鳥達三人を白夜叉のいるバルコニーへ跳ばす。

 そして、この場に残ったローズと眷属のレティシアは、ラッテン、シュトロム、赤紫髪の少女と対峙する。

 

「待たせたな魔王の娘とその配下共よ。此方の準備は整った。存分に殺り合おうではないか」

 

「………そうね。だけど一ついい?」

 

「ん?」

 

「ヴェーザーを何処へやったの?」

 

 赤紫髪の少女が問うと、ローズは境界壁を指差して、

 

「汝の配下の一人なら、境界壁(アレ)の天辺に跳ばしたぞ。今頃は我の十六夜(おきにいり)と殺り合っているだろうよ」

 

「そう。教えてくれてありがと」

 

 クスリと笑って赤紫髪の少女は名乗った。

 

「私は〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟よ。手合わせ願うわ―――〝無限の魔王〟」

 

「ふふ、良いだろう。遊んでやる。何処からでも掛かって来るがよいぞ魔王の娘」

 

 今ここに、眷属の吸血姫を傍らに置く〝無限の魔王〟と、一人と一体の配下を傍らに置く〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟の闘いの狼煙が上がった。




次回はバトルメイン。

十六夜VSヴェーザー(十六夜に〝龍殺し〟は効かないからヴェーザーは原作通りの強さと変わらない)

レティシアVSラッテン&シュトロム(レティシアに〝龍殺し〟が効くからラッテンの強さは変わらないが、笛は原作以上に強化されてるためかなりの難敵)

ローズ(のちにサンドラ)VSペスト(〝龍殺し〟の武器持ちのためペストは原作以上に強化された難敵。ローズはともかくサンドラには厳しすぎる敵)

飛鳥達は原作とは違い最初はラッテンとは衝突しない。


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αρ

約半年ぶりの投稿です。
遅くなってすみませんでした。
次々と新作を書いてしまう残念な作者で本当にごめんなさい。

ペストのキャラが崩壊してますが、気にせずお楽しみ下さいな。


 ―――境界壁の天辺。

 其処には、二人の影があった。

 金髪と首にヘッドホンをかけた、学ラン姿の少年―――逆廻十六夜。

 短髪黒髪と巨大な笛を肩に担いだ、軍服姿の男―――ヴェーザー。

 二人は、ローズの空間転移により、この境界壁の天辺まで跳ばされている。

 互いに睨み合うなか、最初にヴェーザーが口を開いた。

 

「………チッ。俺だけさっきの場所に逆戻りかよ。しかも、相手は人間の坊主とはな」

 

 ハァ、とヴェーザーは溜め息を吐き、十六夜を落胆したような表情で見る。

 そんな彼に十六夜は、不敵な笑みを浮かべて返した。

 

「お前こそ、ただのガキだと侮ってたら痛い目見るぜ?ハーメルンの付近を流れる大河―――ヴェーザー河の化身様?」

 

「なっ!?」

 

 ヴェーザーの表情が落胆から驚愕に変わる。彼のその表情を見て確信したように、十六夜は面白そうに嘲笑う。

 

「ふうん。〝ラッテン(ネズミ)〟に〝ヴェーザー河〟に〝シュトロム()〟。そして〝契約書類〟に書かれた『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』の一文。………おいおい、早くもゲームクリアが見えてきたじゃねえか。つまりお前達は〝ハーメルンの笛吹き〟の伝承を基づく仮定から生まれた悪魔。百三十人の子供達を生け贄に、殺し方を霊格化したものってことか」

 

 

 ―――一二八四年 ヨハネとパウロの日 六月二六日

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三〇人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した―――

 

 

 悪魔という種は、その霊格(そんざい)を〝世界に与えた影響・功績・代償・対価〟などによって得る。

 故に、グリム童話に於ける〝ハーメルンの笛吹き〟が悪魔の霊格を得て顕現した理由とは、〝百三十人の子供達〟の代償(いけにえ)で生まれたのだと、十六夜は推測したのだ。

 

「ハーメルンの伝承には数多の考察がある。人攫いのような人為的なものから神隠し、黒魔術の儀式などetc。その中に〝ヴェーザー河〟が含まれるのは―――自然災害などの天災。河の氾濫による溺死だとか、土砂崩れによる死亡説とかがある。地盤の崩落ってのもあったっけか。なら、アンタの力はこういった地災を形骸化した霊格なんじゃねえか?〝シュトロム()〟なんかはまさにそれらの地災の引き金(トリガー)となる天災そのものだと捉えられるな」

 

 嵐という名の暴風雨が、ヴェーザー河の氾濫を引き起こす原因と捉えられる。土砂崩れや地盤の崩落なども、嵐が原因で発生する地災だ。

 なら、〝シュトロム()〟が〝ヴェーザー河〟に地災を引き起こさせた天災であり、〝(原因X)〟が〝ヴェーザー河(原因Y)〟に影響を及ぼし、〝一三〇人の子供達の死(結果α)〟を引き起こしていると考えられるのだ。

 

「そしてクリア条件である『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』は、ハーメルンの事件の真実を暴け、という意味に解釈できる。………どうだ?満点とは言わずとも、八十点は堅いだろ?」

 

 ヤハハと得意気に笑う十六夜。

 黙って聞いていたヴェーザーは十六夜を値踏みするように一瞥し、呆れたように頭を掻いて苦笑した。

 

「チッ。只の糞ガキかと思ったら………随分と頭が回るじゃねえか」

 

「そうかな?」

 

「ああ。………とはいえ、頭が切れるだけの坊主じゃ、木っ端悪魔の俺と渡り合えねえよ」

 

「そいつはどうかな。お前こそ、俺のウォーミングアップに付き合えるかどうか不安だなー」

 

「何!?」

 

 十六夜のあからさまな挑発に、ヴェーザーの額に青筋が浮かぶ。挑発と分かっていても、人間の小僧に舐められて黙ってはいられないのだろう。

 だが、ふとヴェーザーは思い出す。〝無限の魔王〟が俺達を此処へ転移させる前に坊主に向けて言っていた言葉を。

 魔王と戦う前に、俺でウォーミングアップしてこい、だとかなんとか。

 まさか、この坊主………あの〝無限の魔王〟が認めるほどの実力を持っているのか?

 もしそれが本当なら、この坊主に舐めてかかったら返り討ちにされるかもしれない。

 ヴェーザーは、ふう、と息を吐くと気合いを入れ直して、巨大な笛を構えた。

 

「………そういや坊主は、あの〝無限の魔王〟が俺の相手に指名したんだったな。それもウォーミングアップとして」

 

「ああ。そうだが?」

 

「いやなに。〝無限の魔王〟お墨付きってんなら―――それに見合うかどうか、見せてもらうぜ」

 

 そう言ってヴェーザーは走り出し、巨大な笛を棍のように操って十六夜に振り下ろす。

 それを十六夜は、

 

「カッ、しゃらくせえ!」

 

 殴りつけた。

〝ペルセウス〟戦で星霊アルゴールを圧倒した十六夜の拳は、ヴェーザーの一撃を撥ね飛ばす。

 

「うおっ!?」

 

 巨大な笛が打ち上げられて、ヴェーザーの懐ががら空きになる。

 十六夜はその隙を見逃さず、ヴェーザーのがら空きの腹目掛けて拳を振り抜く。

 ヴェーザーは、チッと舌打ちして後方に跳んで回避する。

 そこを十六夜が追撃し、ヴェーザーは巨大な笛で受け止める。が、受け止め切れずに大きく後退した。

 

「チッ、やるじゃねえか坊主!〝無限の魔王〟お墨付きってなだけはある」

 

「そりゃどうも。お前こそ、木っ端悪魔にしては俺の拳を受けて立っていられるなんてな。これなら少しは楽しめそうだ」

 

「カッ、少しなんて言ってられるのは今のうちだ坊主!」

 

「ハッ、なら全力で俺を楽しませてみな木っ端悪魔!」

 

 嬉々として笑う十六夜と、やれやれと肩を竦めるヴェーザー。

 ヴェーザーは巨大な笛を、十六夜は拳を構えると、同時に駆け出し激突した。

 

 

αρ

 

 

 一方、虹髪漆黒メイド龍神・ローズと眷属の金髪メイド吸血鬼・レティシアは、赤紫髪白黒斑少女・〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟と白髪露出狂女・ラッテンの二対二で対峙していた。

 正確に言えば、ローズが斑少女と、レティシアがラッテンと向かい合っていた。

 遥か上空にて戦闘を始めていたローズは、溜め息混じりに呟く。

 

「………汝の力はその程度か?〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟よ」

 

「心配しなくていいわ。さっきのはちょっとした挨拶みたいなものよ」

 

 斑少女はそう言うと、黒い風を吹かせる。

 また同じ手か、とローズが呆れたような顔で斑少女。

 戦闘開始と同時に斑少女の力を測るべく先手を譲ったローズ。

 そして初手で見せた斑少女の力が、まさに今彼女が生み出した黒い風だった。

 勿論その風はローズにダメージを与えるほどのものではなく、温すぎる攻撃で正直落胆した。

 それを斑少女がまた行おうとしているので、ローズは無駄なことだと呆れているのだ。

 だがローズは気づく。あの黒い風はさっきの生温いものとは全く別物だと。

 ローズは「ほう」と面白そうに笑い、斑少女の力の正体を告げた。

 

「成る程、死を与える風か。汝の力は病原菌程度ではないということだな」

 

「見ただけで分かるなんて、流石は龍神ね。ええ、この風は先程のとは違って、触れただけでその命に死を運ぶ風よ………!」

 

「ふふ、そうか」

 

 斑少女の言葉に、ローズは笑うと―――そのまま死の風に向かって一直線に突っ込んだ。

 

「―――………は?」

 

 ローズの行為に、斑少女は素っ頓狂な声を上げた。

 そうなるのは無理もない。だって触れただけで死ぬ風目掛けて突っ込んで来たのだから。

 

「貴女、馬鹿じゃないの!?死の風に突っ込むとか自殺志願者なの!?」

 

 斑少女の叫びを無視してローズは死の風に飛び込み―――平然とその中を突っ切って斑少女の眼前に躍り出た。

 

「………え?」

 

「何を驚いている?まさか、死の概念程度で永劫なる我を屠れると思ったか?」

 

「―――ッ、」

 

 斑少女が慌てて離脱しようとしたが、ローズはそれを許さず斑少女の手首を掴み引き寄せる。

 そして斑少女の額に手を近づけると、ビシッと指で強かに打った。凸ピンである。

 

「いったぁっ!?」

 

「始まりも終わりもない完全たる我に、死という名の〝終わり〟が通用するなど思わないことだな」

 

 ローズはそう言いながら、追撃の凸ピンを斑少女に叩き込む。

 

「いったあぁぁぁぁ!?ちょっ、貴女巫山戯るのもいい加減にしなさいよ!」

 

 凸ピンを二発も食らった斑少女が涙目で叫ぶと、袖に隠し持っていた拳銃を出してローズの眉間に銃口を向けた。

 ローズはそんなものを向けてどうすると呆れた眼差しで銃口を見るが、そこから撃ち出された禍々しい力を纏った弾丸を見るや否やで目を開き慌てて首を横に倒した。

 斑少女が撃った弾丸は標的であるローズのこめかみを掠めて空の彼方へと飛んでいった。

 

「く………外した!?」

 

「……………」

 

 悔しげに言う斑少女を、ローズは無言で見つめると、掴んでいた斑少女の手首を離して一旦距離を取った。

 自由を取り戻した斑少女は拳銃を構えながら、ローズを見る。

 額は撃ち抜けなかったが、こめかみを掠めていたらしく、ローズの側頭部から血が垂れていた。

 それを見た斑少女は、この拳銃(ぶき)が通じることを知り笑みを浮かべる。

 

「貴女に〝龍殺し〟が通用するのは本当みたいね」

 

「やはりそうか。咄嗟に躱して正解だった。それにしても―――銃型の〝龍殺し〟とは面白い。〝龍殺し〟はだいたい剣や槍のものが多いからな」

 

「私には飛び道具の方がお似合いだってある子に言われたからよ。まあ、(コッチ)の方が隠し持てるから不意討ちに最適でいいけど」

 

「ある子?ふむ、成る程な。〝ペルセウス〟の小僧の時と同じで、汝にも我対策に〝龍殺し〟が与えられているというわけか」

 

 斑少女が〝龍殺し〟を手にしているわけを知り納得するローズ。

 だが、斑少女の武器はローズの脅威になり得なかった。何故なら―――

 

「銃型の〝龍殺し〟は面白くはあるが、飛び道具を選んだのは失敗だったな魔王の娘よ」

 

「どういう意味よ?」

 

「なに、音速程度では遅すぎて避けるのが容易いということだ。せっかくの遠距離攻撃も、(それ)では我には当てられないぞ?」

 

「………っ、そんなの、やってみなきゃ分からないわ!」

 

 斑少女が吼えると、銃口をローズに向けて撃ち放つ。

 ローズは、ゆっくり自分の胸元に向かって進んでくる弾丸を眺め、着弾寸前のところで右手で掴みそのまま握り潰して粉々にした。

 

「なっ………!」

 

「ふむ、狙いは正確のようだ。これで速度が光速ならば、我でも躱すのは容易ではなかったな」

 

「………ッ、なら零距離から撃つまでよ!」

 

 斑少女が動こうとした瞬間、ローズの姿が掻き消え、斑少女の眼前に現れた。

 

「ほう。ならば当ててみるがよい。特別にこの距離で汝の銃撃を躱してやるぞ?」

 

「は?」

 

 斑少女とローズの距離は、僅か一メートル。腕を目一杯伸ばして撃てばほぼ零距離の位置だった。

 流石に我慢の限界を迎えたらしく、斑少女がローズに銃口を向け激昂した。

 

「………ッ!どこまでも私を馬鹿にしやがってッ!!舐めるなあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 斑少女は怒りに任せて引き金を引く。引く。引く。引く。引く。

 しかしローズには一発も掠りもしなかった。ほぼ零距離だというのに、全て弾丸を手の中に収めては握り潰しているのだ。

 躱してないじゃない!と内心で叫びながらも、弾を充填しようとスカートに手を持っていく斑少女。

 その隙にローズが斑少女に―――三度目の凸ピンを炸裂させた。

 

「いだぁっ!?」

 

「ほれ、余所見は如何な魔王の娘。我が手加減してなかったら今頃汝は死んでいたぞ?」

 

「うっさいわね!弾無しで銃が撃てるわけないでしょうがっ!!」

 

 斑少女はそう言って、もう片方の袖から銃をもう一挺出してローズに不意討ちならぬ不意撃ちした。

 

「………ッ!?」

 

 斑少女の不意撃ちを食らって、ローズは頭を後ろに倒した。

 

「やった………!?」

 

 一矢報いたと喜びかけた斑少女。が、倒していた頭を戻したローズを見て驚愕する。

 ローズが歯で弾丸を挟み込んで受け止めていたのを見て。

 ローズはそのまま、バリボリグシャゴシャゴリュゴキュゴックンと弾丸を喰らって飲み込んだ。―――〝龍殺し〟が付与されている弾丸を。

 

「は、はあ!?貴女、〝龍殺し〟の恩恵が付与されている弾丸を食べて平気なの!?」

 

「ん?別に問題ないが?」

 

「何でよ!?」

 

「ん………元々、我を殺せる〝龍殺し〟が存在しないからな。撃たれればダメージを負うが、喰らう分は何の問題もない」

 

「どういう仕組みしてるの貴女の身体は!?〝龍殺し〟を体内で浄化出来るっていうの!?」

 

 なんてデタラメなのよ!?と斑少女が絶叫していると、

 

「ローズさん!援護に来た………よ」

 

 轟々と燃え盛る炎の龍紋を掲げた、北側の〝階層支配者(フロアマスター)〟―――紅髪幼少女・サンドラが龍を模した炎を身に纏って現れた。

 だが、サンドラの助けはいらないような気がする。だって魔王の方が半泣き状態でローズがピンピンしていたのだから。

 ローズが、ん?と振り返ってサンドラの姿を確認すると、一瞬でサンドラの眼前に移動した。

 

「待っていたぞサンドラ。あと少し遅かったら我は今頃………」

 

「え?」

 

「嘘吐かないで!やられてたのは私の方!こっちが援護してほしいくらいよっ!」

 

 然も自分がピンチだったようにサンドラに言うローズに、すかさずツッコミを入れる斑少女。

 サンドラは困惑したが、ローズの方が嘘を吐いていることを見抜き、苦笑する。

 ローズは、クックッと喉を鳴らしながら笑って斑少女を見たのち、サンドラに向き直り告げた。

 

「さて、サンドラよ。あの魔王は汝より格上の相手だが………挑んでみるか?」

 

「え?か、格上?」

 

「ああ。その上、我対策に〝龍殺し〟の恩恵が宿っている武器持ちだ。油断ならぬ相手だ」

 

「り、〝龍殺し〟!?」

 

 息を呑み冷や汗を掻くサンドラ。

 サンドラも火龍―――即ちドラゴンだ。〝龍殺し〟はローズだけでなく、サンドラにも猛毒ということだ。

 ローズと違ってサンドラは身体を掠めただけでも致命的だろう。

 だが、魔王に好き勝手やらせるわけにはいかないし、〝階層支配者(フロアマスター)〟たる者が龍神といえども参加者の彼女に任せっきりというのもどうか。

 サンドラは覚悟を決めて、ローズに言った。

 

「私に魔王の相手をやらせてほしい。ローズさんばかりに任せていては〝階層支配者(フロアマスター)〟の名が廃るから」

 

 それを聞いてローズは感心したように笑い、頷いた。

 

「いいだろう。サンドラ、汝に魔王の相手を譲ろう。〝龍殺し〟は我が何とかするから、存分にやるといい」

 

「………!ありがとう。恩に切る」

 

 サンドラはローズに礼を告げると、斑少女に視線を向けた。

 その視線に気づいた斑少女は、サンドラを見返して笑う。

 

「あら、交代で貴女が私の相手をするのね」

 

「はい。私は秩序の守護者。ローズさんばかりに任せるわけにはいかないから」

 

「そう。素敵な心掛けね、フロアマスター。私は〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟よ。貴女は?」

 

「………二十四代目〝火龍〟、サンドラ」

 

「自己紹介ありがと。目的は言わずとも分かるでしょう?太陽の主権者である白夜叉の身柄と、星海龍王の遺骨。つまり、貴女が付けてる龍角が欲しいの」

 

 だから頂戴?とでも言いたげな軽い口調で、サンドラの龍角を指差す。

 

「………成る程。魔王と名乗るだけあって、流石にふてぶてしい。だけどこのような無体、秩序の守護者は決して見過ごさない。我らの御旗の下、必ず誅してみせる」

 

「そう。出来るものならやってみなさい。〝無限の魔王〟が相手じゃないなら、怖くないわ」

 

 余裕な笑みで言う斑少女。

 それにローズがニヤニヤと笑い、

 

「なんだ?我ともっと戯れたかったか?」

 

「そんなわけないでしょ!?凸ピンばっかしてくる貴女とはもうお断りよッ!!」

 

「ふむ、そうか。………もっと戯れたいか」

 

「お・こ・と・わ・り・よッ!!」

 

 歯を剥き出しにして激怒する斑少女。

 クックッと愉しそうに笑うローズ。

 相手は敵で魔王だよね、とサンドラはローズの自由さに半ば呆れながらも、斑少女に戦いを挑むのだった。




ペストの武器は二挺拳銃。
理由は、銃の方が似合いそうだから。
剣を振り回すイメージが湧かなかった。

次回は
レティシアVSラッテン
飛鳥達サイド


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ασ

一月以上間を開けてすみません。
デアラの方を一巻完結させたくて問題児の方の執筆を止めていました。
しばらくは問題児の方を執筆するつもりです。


 時を遡り、〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟と〝無限の魔王(ウロボロス)〟が戦闘を開始した時の舞台会場。

 そこには、金髪吸血姫メイド兼ね龍神(ローズ)の眷属のレティシアと、白髪露出狂女ラッテンと陶器の巨兵シュトロムが対峙していた。

 シュトロムを背後に控えさせているラッテンが、口元に笑みを作って言った。

 

「ふふ。マイマスターも〝無限の魔王〟と戦闘を始めたみたいだし、私達も始めましょう?純血の吸血鬼さん」

 

「………そうだな。私も、我が主に借りている力を早く試したいと思っていたところだ。悪いが先手は譲ってもらうぞ」

 

 そう言って、レティシアは懐から紅と金と漆黒のコントラストのギフトカードを取り出す。

 

「我が主?………ふうん?よく分からないけれど、それじゃあ見せてもらおうかしらね」

 

 ラッテンは地面を蹴ると、シュトロムの頭部に着地して、様子見を始めた。シュトロムも今のところ動きを見せない。

 それにレティシアは、それでは遠慮なく、という風にギフトカードを掲げて、

 

 

「【ヴロンティ】―――形状(スシマ)雷の槍(ドリィ・ティス・ヴロンティス)

 

 

 レティシアがそう告げると共に、ギフトカードが眩く輝き、そこから凄まじい雷光が迸った。

 そしてその雷光は、レティシアの右手に集まっていき、やがて槍の形を形成した。

 

「………これが、我が主の能力の一つか」

 

 バチバチッ、と放電する雷の槍を眺めてボソリと呟くレティシア。我が主―――ローズに貸し与えられた〝雷の魔術師〟の力の一端である。

 シュトロムの頭部に立って見ていたラッテンが、興奮気味に声を上げた。

 

「あら、何その力!?吸血鬼の力………ではないわね。さっき『我が主』とか言ってたから、その人の力ねきっと!ああ、いいわぁ!ますます欲しくなってきたわ!」

 

 ラッテンがフルートを指揮棒のように掲げると、

 

「BRUUUUUUUUUM!!」

 

 今まで動きを見せなかったシュトロムが奇声を上げ始めた。それから全身の風穴から空気を吸い込み、四方八方に大気の渦を造り上げていく。

 地上に起きた乱気流の渦が、周囲の瓦礫を吸収していき、それらを圧縮、臼砲のように一斉に放出した。

 迫りくる数多の瓦礫を見上げ、レティシアは―――

 

「フッ………!」

 

 ギフトカードを仕舞い、左拳一つで次々と粉砕していった。

 

「「(は・BRUM)?」」

 

 その光景に素っ頓狂な声を洩らすラッテンとシュトロム。

 レティシアはその隙に雷の槍を構えると、

 

「ハアァ―――ッ!」

 

 気合い一閃、ラッテン―――の乗っているシュトロムめがけて投擲した。

 大気を焼き尽くすほど加速した雷の槍は、易々とシュトロムの頭を撃ち貫き破壊する。

 

「う、嘘ッ!?」

 

「BRUUUUUUUUUM!!」

 

 驚愕の声を上げ、慌ててシュトロムの頭部から跳び降りるラッテン。

 雷の槍に撃ち抜かれたシュトロムは、断末魔のような雄叫びを上げながら崩れ落ち、土へと還っていった。

 レティシアは、「ふむ」と顎に手を当てて考える素振りを見せた後、

 

「陶器の巨兵には、ちょっと強力過ぎたな」

 

「………っ!」

 

 地面に降り立ったラッテンが、レティシアの力を目の当たりにして息を呑む。あのデタラメな投擲速度は、明らかに吸血鬼の域を越えている。『我が主』というのはまさか―――あの〝無限の魔王〟!?

 冷や汗を流すラッテンを見て、レティシアはニヤリと笑った。

 

「どうした?私はまだここから一歩も動いてないのだが………魔王の配下の力はこの程度なのか?」

 

「―――ッ!安心して、吸血鬼さん。私の力は、まだまだこれからよ!」

 

 ラッテンはそう言うと、フルートを唇に当て、不協和音を奏で始めた。

 その音を聞いたレティシアは―――

 

「―――ッ!?」

 

 ―――急に眩暈を起こしたように視界がぼやけてふらついてしまう。

 そんなレティシアを見たラッテンは、「あら?」と不思議そうに首を傾げた。

 

「てっきり、私の笛の音色も効かないと思っていたけれど………これは嬉しい誤算だわ」

 

「………ッ、舐め、るなッ!」

 

 怒号を上げ、何とか倒れずに踏み止まるレティシア。更に右手に雷の槍を出現させてラッテンめがけて振る―――『―――♪―――――♪』

 

「………ぐっ、」

 

 ―――えなかった。ラッテンが再び魔笛を奏でて、レティシアの意識を刈り取りにきたことによって。

 呻き声と共に片膝を突くレティシア。雷の槍が形を維持できずに霧散する。

 その様を、ラッテンは上機嫌で見下ろした。

 

「うふふ、いい眺めねえ。もう一度奏でれば、私のものになってくれるかしら?」

 

「だ、誰が貴様のものになるかっ!私の主は、ローズだけだ!」

 

 ラッテンを睨め上げて宣言するレティシア。その勢いで立ち上がろうとしたが、足に力が入らず立てない。

 ラッテンは「へえ?」と興味深かそうな顔を作り、

 

「ローズって誰のこと?もしかして〝無限の魔王〟の名前だったり?」

 

「ああ、そうだが?」

 

 即答するレティシア。〝無限の魔王〟が彼女の主。それはつまり、龍の眷属を意味していた。

 そこでラッテンは気づく。どうして純血の吸血鬼に魔笛の音色が通用したのかに。

 

「ふうん?じゃあ吸血鬼さんは私の音色が効いたんじゃなくて―――あの子に貰った〝龍殺し〟の恩恵が効いたってことね」

 

「―――!?〝龍殺し〟だと!?」

 

 ラッテンの口から飛び出してきた『龍殺し』に、表情を驚愕に染めるレティシア。

 とある龍の純血種によって造られた身体に加え、龍神(ローズ)の血を大量に啜ったことにより、吸血鬼より龍に近い存在となっている。

 そんな彼女に、〝龍殺し〟の恩恵は最悪の相性だった。

 

「………ッ!?」

 

 不意に後から何かが近づいてくる気配がした。レティシアは後ろを見て、驚愕する。

 それは数匹の火蜥蜴、〝サラマンドラ〟の同士であったが、明らかに様子が可笑しい。何せ、彼らが睨んでいる相手は魔王の配下(ラッテン)ではなく、レティシアの方だったのだ。

 ラッテンは「あら?」とやや驚いたような面持ちで首を捻る。

 

「近くに〝サラマンドラ〟の連中が来ていたのね。丁度いいわ、蜥蜴共、私の目の前にいる吸血鬼さんを捕らえなさい!」

 

『GYAAAAAA!!』

 

 ラッテンの命令に従うように、火蜥蜴達が雄叫びを上げながらレティシアに飛び掛かってきた。

 レティシアは「くっ」と苦々しい表情を作ると、右手を天に向けて、

 

「【ヴロンティ】―――放電(イレクトリキ・エッケノシ)!」

 

 そう叫んだ刹那、レティシアの右手から凄まじい雷光が迸り、周囲に放電を開始した。

 

「ちょ!?危ないじゃないの!」

 

 ラッテンは堪らず跳び退いて、レティシアから離れる。

 それをレティシアは安堵の息を吐こうとした。が、すぐに息を呑むことになる。

 何故なら、火蜥蜴達が、レティシアの放電を無視して遠慮無用に突っ込んできたからだ。自分達の命より支配者(ラッテン)の命令が優先ということか。

 

「………っ、なら―――形式(モルフィ)麻痺(パラリシ)!」

 

 レティシアは、ただ近寄ってくるものを焼き殺す雷ではなく、麻痺させる程度に変質させる。

 すると、火蜥蜴達は放電に触れた瞬間、身体が痺れたように動かなくなり、その場に倒れ落ちていった。

 その光景に、ラッテンは感心したように笑い、レティシアに拍手を送った。

 

「同士を傷つけずに無力化するなんてやるじゃない♪でもぉ―――」

 

 ニヤァと邪悪な笑みを浮かべて一言。

 

「私を麻痺させなかったのは失敗ね」

 

「………っ、しまっ―――」

 

 レティシアがラッテンを止めようと立ち上がるが、もう遅い。

 ラッテンは魔笛に唇を当て、奏でた。

 

「う………っ!」

 

 三度目の魔笛の旋律を聴き、レティシアは遂に耐えきれなくなり、その場に倒れてしまった。

 対照的に、ラッテンの傀儡となっていた火蜥蜴達が一斉に起き上がり雄叫びを上げた。

 

『GYAAAAAA!!』

 

 そして火蜥蜴達はレティシアに飛び掛かると、両腕を拘束し強引に立たせた。

 ラッテンは、恍惚な笑みを浮かべてレティシアの下へ歩み寄る。

 

「うふふ、はぁい確保♪」

 

「………っ」

 

 レティシアの顎を持ち上げて満足気に笑うラッテン。

 レティシアは、〝龍殺し〟が付与された音色を三回も聴いてしまったが為に、最早抵抗する力も残っていなかった。

 ラッテンは、ニヤァと邪悪な笑みを浮かべて上空を見上げた。

 

「ふふ、聞いてるかしら〝無限の魔王〟。今からこの吸血鬼さんを私が貰うわぁ。そこで指を咥えて見てなさい」

 

 そう言って、レティシアを完全にものにする為に、魔笛を唇に当てて、奏でる。

 それを耳にしながら、レティシアの意識が薄れていく。そんな中、内心で謝罪の言葉を述べていた。

 

「(………済まない、みんな―――我が主………)」

 

 その言葉を最後に、レティシアの意識は完全に途絶えた。

 

 

ασ

 

 

 時はまた遡り、ローズに空間転移でバルコニーに跳ばされた時。

 黒い球体に囚われた白夜叉の真ん前に跳ばされた飛鳥・耀・ジンの三人は、襲い来る黒い風から、ジンの指に通してあるローズに渡された黄金の指輪から発した透明な結界―――〝物質結界〟に守られながら対話していた。

 飛鳥がまず、白夜叉に訊いた。

 

「白夜叉、中の状況はどうなってるの!?」

 

「分からん。だが行動を制限されておるのは確かだ。連中の〝契約書類(ギアスロール)〟には何か書いておらんか!?」

 

 ハッとジンが拾った黒い〝契約書類〟を取り出す。

 すると書面の文字が曲線と直線に分解され、新たな文面へと変化したのだ。

 飛鳥はすかさず羊皮紙を手に取って読む。

 

 

『※ゲーム参戦諸事項※

  ・現在、プレイヤー側ゲームマスターの参戦条件がクリアされていません。

   ゲームマスターの参戦を望む場合、参戦条件をクリアして下さい。』

 

 

「ゲームマスターの参戦条件がクリアされてないですって………?」

 

「参戦条件は!?他には何が記述されておる!?」

 

「そ、それ以上の事は何も記述されていないわ!」

 

 白夜叉は大きく舌打ちした。彼女の知る限り、この様な形で星霊を封印出来る方法は一つしかない。白夜叉は続けて言う。

 

「よいかおんしら!今から言う事を一字一句違えずに黒ウサギへ伝えるのだ!間違える事は許さん!おんしらの不手際は、そのまま参加者の死に繋がるものと心得よ!」

 

 普段の白夜叉からは考えられない、緊迫した声。

 飛鳥達は大きく息を呑み、白夜叉の言葉を待つ。

 

「第一に、このゲームはルール作成段階で故意に説明不備を行っている可能性がある!これは一部の魔王が使う一手だ!最悪の場合、このゲームはクリア方法が存在しない!」

 

「なっ………!?」

 

「第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高い事を伝えるのだ!」

 

「わ、分かったわ!」

 

「第三に、私を封印した方法は恐らく―――」

 

「ちょっと待ってください白夜叉様!」

 

 そこで急にジンが待ったをかける。

「え?」と驚く飛鳥と耀に、「は?」と間の抜けた声を洩らす白夜叉。

 

「な、何だジンよ!今は早急に黒ウサギに伝えねばならん緊急事態なのだぞ!」

 

「すみません!ですが白夜叉様、どうか―――封印方法は言わないでいただけますか?」

 

「何だと?それは一体どういう意味だ!?」

 

「僕と十六夜さんで勝負しているんです!このゲームの謎を先に解いたものが勝ちというルールで!ですから、僕は自力で白夜叉様の封印方法も解きたいんです!」

 

「魔王の舞台で何悠長な事を言っておるのだジン!?して、その言い出しっぺは誰だ!?」

 

 白夜叉の呆れたような顔で言った問いに、飛鳥と耀も「あっ」と思い出したようにジンと声を揃えて、

 

「ローズさんよ」

 

「ローズだよ」

 

「ローズさんです」

 

「あんの駄龍ッ!!こんな緊急時に何巫山戯とるんだああああああああああ―――――ッ!!!」

 

 白夜叉の怒号が辺りに響き渡った。

 

「………ちなみにジンよ、景品は?」

 

「ローズさん一日独り占め券です!」

 

「いい笑顔で答えるな戯けッ!取り敢えずおんしの用件は分かった。それなら封印方法は胸の内に止めておこう」

 

「白夜叉様!」

 

「だが―――封印が解け次第、ローズちゃんはこの私が本気で火炙りの刑に処すッ!異論など認めんッ!!よいな!?」

 

「わ、分かりました」

 

 クワッと瞳を見開いて宣言する白夜叉。どうせ太陽の炎で焼いても死なんし遠慮はいらんだろ、という目である。

 そんな白夜叉に、ジン達は苦笑しつつ、内心でローズに合掌した。

 白夜叉は盛大に溜め息を吐きつつも、ジン達に向けて告げた。

 

「兎に角!さっき私が話した事を、しっかりと黒ウサギに伝えるのだぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

「ローズちゃんにも!『逃げるなよ』と伝えておけ!」

 

「「「はーい」」」

 

『逃げるなよ』というのは、恐らくゲームからではなく、白夜叉からだろう。白夜叉は本当にローズを焼く気のようだ。

 ジン達はもう一度ローズに合掌した後、黒ウサギを探しにバルコニーを後にした。




ラッテンの魔笛ですが、〝龍殺し〟が付与されたことによって龍種の精神を殺し、操るのに特化した感じです。
まあ、それでもローズだけは操れませんが。


次回の展開は、

レティシアがラッテンの手に堕ちて、主たるローズと戦う。

サンドラもラッテンの魔笛に………

そして一時中断の雷鳴が響き渡った。


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ατ

 上空にて、サンドラはローズに守られながら〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟と交戦していた。

 だが、サンドラの火龍の炎は、黒い風に阻まれ、斑少女に傷一つすらつけることが出来ていない。

 一方の斑少女も、〝龍殺し〟が付与された銃弾を放ってもサンドラに一発も当たっていなかった。

 サンドラの傍に控えているローズの力だろうか、サンドラの身体を穿つはずの弾丸は、突如虚空で消失している。

 どういう仕組みかは知らないが、〝龍殺し〟が付与された攻撃はローズに全て妨害されるようだ。

 

「………はぁ、はぁ」

 

「ふむ、大分息が上がっているようだが………交代するか?」

 

「だ、大丈夫。私は、まだやれる」

 

 ローズの提案を断って、双掌に火龍の炎を生み出し、斑少女に向けて放つサンドラ。

 斑少女はその炎を黒い風で受け止め、お返しとばかりに黒い風を竜巻のようにしてサンドラに放つ。

 サンドラは炎を放って迎撃しつつも、その場から離脱する。

 軌道上から標的(サンドラ)が消え、その傍にいたローズを黒い竜巻が襲ったが、

 

「邪魔だ」

 

 ローズは羽虫を払うように手を振って掻き消した。

 それからすぐにサンドラの横に空間転移して、斑少女がサンドラに撃ってきた弾丸を、掴み握り潰す。

 相変わらずのデタラメ加減に、サンドラは驚きを通り越して呆れていた。

 だって自分では防ぐのでいっぱいいっぱいだというのに、彼女は軽く手を振っただけで掻き消してしまう。

 自分は掠ってもヤバイ弾丸を、彼女は平然と素手で掴んでは簡単に握り潰してしまう。

 空間を自在に操る力も持っていて、彼女は龍神なのにまるで星霊のようだ。

 斑少女もまた、〝無限の魔王〟のデタラメ加減に参っていた。

 黒い風どころか死の風も通じないし、たかが凸ピンなはずなのに、物凄く痛い。

 更に未来から貰った〝龍殺し〟さえ、彼女の前では鉄屑同然とくる。

 一体、どうすれば彼女に一矢報いる事が出来るというのだろうか。

 それに比べて―――

 

「………サンドラ、貴女はつまらないわね。私はいつまで貴女の面白味の欠片もない攻撃を受け続けなければならないのかしら?」

 

「………っ!」

 

 落胆したように斑少女が言ってくる。サンドラはギュッと唇を噛む。

 悔しいが彼女の言う通りだ。〝階層支配者(フロアマスター)〟として貴女を倒す宣言しておいてこの様なのだから、言い返すことも出来ない。

 すると、ローズがニヤリと笑って斑少女を見つめ、

 

「何だ?我の凸ピンが恋しくなったか?」

 

「は、はあ!?何でそうなるのよっ!そんなわけないでしょう!?」

 

「くくく、そう照れずともよい。凸ピンの一発や千発、すぐにでもしてやるぞ?」

 

「照れてなんかないわよ!―――って、何で一発の次は千発になるの!?可笑しいでしょうがあああああああ―――――ッ!!!」

 

 ズガガガガガガ、ズガガガガガガと二挺拳銃から計十二発の弾丸をローズめがけてぶっ放す斑少女。

 ローズは、狙いが自分だけと判断するや否や、空間転移で斑少女の眼前に一瞬で移動した。

 

「何だ、やはり照れているではないか。ほれ、汝の大好きな凸ピンをくれてやるぞ」

 

「え、ちょ、やめ―――ッ!」

 

 スローモーションで近づいてくるローズの指に、怯えたような声を発する斑少女。

 そして、斑少女の額にローズが指を持っていき―――

 

「ぬ?」

 

 ―――突如、第三宇宙速度で飛来してきた槍が、ローズの視界を掠めた。

 それをローズは人差し指のみで受け止め、投擲者を睨み、目を丸くする。

 投擲者が―――レティシアだったことに。

 

「………ほう?レティシアよ、主たる我に槍を放つとは、一体どういう了見だ?」

 

「……………」

 

 ローズの問いに、レティシアは答えない。黙ったまま、雷の槍を出現させてローズに向けてくる。

 そんなレティシアを不思議そうに見返すローズ。

 すると不意に、ローズにとって不快極まる『音』が耳に響き、眉を顰めた。

 

「ふん。耳障りな音色だな」

 

 ローズはそう呟き、音のする方を見る。そこには、白装束を纏った女・ラッテンが魔笛に唇を当て、奏でていた。

 犯人はあの笛娘か、とローズは内心で呟いて、ラッテンの演奏を止めるために、彼女に向けて腕を振る―――

 

「ん?」

 

 ―――おうとしてやめた。視界の端に、燃え盛る炎が迫っているのを捉えたからだ。

 それを軽く手を振って掻き消し、炎を放った者へ視線を向ける。

 火龍―――サンドラに。

 

 

ατ

 

 

「ローズさん!?」

 

 唐突な乱入者の攻撃を受けたローズに向けて、声を上げるサンドラ。

 サンドラは、すぐさまローズを攻撃した者に炎を向けようとし―――固まった。

 

「………え?あの方は確か………〝箱庭の騎士〟!?ローズさんと同じコミュニティの………!?」

 

 ギョッと目を剥くサンドラ。だって何故彼女がローズを攻撃したのか、理解出来ないからだ。

 仲間のはずなのに。同士のはずなのに。どうして、刃を向けているというのか。

 サンドラがそんなことを考えていると、不意に、不快な音色が耳に響いてきた。

 

「………え?―――ッ!?」

 

 サンドラはその音色を聴いた途端、目の前が霞んで、手足に力が入らなくなっていくような感覚に襲われた。

 

「―――っ!」

 

 この音は不味い。そう感じたサンドラは、慌てて両耳を塞ごうとするが、腕に力が入らず、動かすことさえ出来なくなっていた。

 耳を塞げず、どうすることも出来なくなってしまったサンドラは、その不快な音色を聴いていると、意識が朦朧としてきた。

 

「―――ッ、だ、駄目………っ!」

 

 口で拒否をするも、身体は動かなくなり、意識は途切れる寸前にまで追い込まれていく。

 そして遂に、サンドラの意識は完全に途絶え、滞空出来ず真っ逆さまに地上へ急降下していった。

 

 

ατ

 

 

 サンドラは、無感情な瞳でローズを見上げて、双掌に炎を生み出す。

 レティシアは、無感情な瞳でローズを見上げて、雷の槍を構える。

 ローズが、自分の左下と右下にいる二人を、「ふむ」と顎に手を当てながら交互に見ていた。

 一方、斑少女が驚いていると、ラッテンが傍まで来て、

 

「マイマスター!助けに来ましたよ!」

 

「ラッテン!?貴女、どうして来たのよ!白夜叉の様子を見に行きなさい!こんなところにいたら〝無限の魔王〟に殺されるわよ!?」

 

「嫌ですよ!マスターだって、苦戦してるじゃないですか!一対一より、頭数多い方がやり易くなりますよ!」

 

「うぐっ………!」

 

 図星を突かれて言葉を詰まらせる斑少女。苦戦どころか一方的にやられているけど。

 だがまあ、ラッテンの魔笛で敵を操り、操った敵に〝無限の魔王〟を襲わせれば、向こうは戦い辛くなって隙も出来るかもしれないが。

 斑少女は「はあ」と溜め息を吐いて、頷いた。

 

「分かったわ。私一人じゃどうにもならない相手だし、手伝ってくれる?」

 

「―――!イエス、マイマスター!」

 

 頼ってもらえて嬉しそうに返事をするラッテン。

 やれやれと肩を竦ませた斑少女は、ローズの方に目を向けた。

 ローズは、レティシアの投擲した雷の槍を右手で掴んで握り潰して霧散させ、サンドラの放った炎を左手で受け止め、そのままラッテン達の方へ撥ね飛ばした。

 

「ちょっ!?」

 

「ラッテン、下がりなさい」

 

 斑少女は双掌を前に突き出し、そこから黒い風を生み出して炎を受け止め、霧散させた。

 

「マイマスター………!助かりました!」

 

「ふん。この程度ならどうとでもないわ。それより―――」

 

 斑少女は、レティシアとサンドラを見て訊いた。

 

「ラッテン、貴女の笛では純血のヴァンパイアと火龍は操れないはずだけれど………どういうこと?」

 

「あ、はい。未来ちゃんがくれた〝龍殺し〟のお陰ですねえ。どうやら今の私の笛は龍種に効果覿面らしいんですよー!」

 

「そう………それなら〝無限の魔王〟は無理でも―――〝サラマンドラ〟なら全員操るのも容易そうね」

 

「………!もしかしてマスター?〝サラマンドラ〟全員を使って〝無限の魔王〟を押さえる感じですか!?」

 

 驚愕の声を上げるラッテン。

 斑少女は「ええ」と首肯して続けた。

 

「どうせなら派手にいきましょう?貴女の操っている純血のヴァンパイアとサンドラだけじゃ、〝無限の魔王〟を押さえるのは無理そうみたいだしね」

 

 そう言って、斑少女はローズの方に視線を向ける。ラッテンも釣られてそちらに視線を向けた。

 ローズは、余裕な笑みを浮かべたまま、レティシアの雷撃とサンドラの炎撃を受け止め、粉砕していた。

 ………というか、味方に攻撃されているのに、嬉々としてこの状況を楽しんでいた。彼女の頭は可笑しいのだろうか。

 その光景に、斑少女とラッテンは頬を引き攣らせつつも、作戦に打って出た。

 

「それじゃあラッテン。貴女の笛で〝サラマンドラ〟を操りなさい。〝無限の魔王〟なら私が引き付けておくから」

 

「了解しましたー!」

 

 斑少女は、ローズに向かって飛んでゆき、ラッテンは、その場で魔笛に唇を当て、旋律を奏で始めた。

 

 

ατ

 

 

「………ふむ。笛娘にはしてやられたな。よもや我が眷属と火龍の娘サンドラを傀儡するほどの力を持っていたとは」

 

 ラッテンを睨みながら、現状を整理するローズ。

 レティシアとサンドラが敵の手に堕ちた。だが本来の笛娘(ラッテンフェンガー)にそんな力はないはず。

 ならば、考えられる理由は一つ―――

 

「………〝龍殺し〟か」

 

 そう。〝ペルセウス〟のルイオスや斑少女が手にしていた力。

 ある子から貰ったという、〝龍殺し〟の恩恵だ。その力がラッテンも手にしているのなら、傀儡されるのも頷ける。

 ………まあ、〝龍殺し〟を付与された音色程度に、我は屈しぬがな。

 

「―――ん?」

 

 ローズは、右下からレティシアが雷の槍を投擲してきたことに気づく。

 第三宇宙速度で飛来してきたそれを掴み、握り潰して霧散させる。

 次いで、ローズの左下からサンドラが双掌に炎を生み出し撃ち放ってきた。

 宇宙速度にも満たないゆっくりとした一撃を、左手で受け止め、何やら話をしている斑少女達の方へ向けて撥ね飛ばしてみた。

 すると、ラッテンが驚き、斑少女が黒い風で炎を受け止めた。

 

「………ふむ、やはりサンドラの炎では駄目か」

 

 ならば、とローズは右手に【(スコタディ)】を生み出し、それを『(バラ)』に形作―――

 

 

「【ヴロンティ】―――形状(スシマ)雷の砲(オプロ・ティス・ヴロンティス)

 

 

「ぬ?」

 

 ―――ろうとしてやめた。

 何故なら、レティシアが槍から砲に形状を変え、ローズめがけて第三宇宙速度でぶっ放してきたからだ。

 サンドラも、炎の柱を作り、撃ち放ってきた。

 

「効かんな」

 

 ローズは【(スコタディ)】を消して、先に迫ってきたレティシアの雷の砲を右手で受け止め、後から迫ってきたサンドラの炎の柱を左手で受け止める。

 そして同時に雷と炎を握り潰して粉砕した。

 ローズは、予想外の事態に表情は嬉々としていたが、内心では落胆していた。

 レティシアやサンドラと戯れるのは悪くない。が、もっと楽しめる相手はいないのか。

 十六夜みたく、我を屠れる力を持つような、そんな面白い敵は―――

 

「………む?」

 

 ふっとローズは、黒い竜巻が迫ってきているのに気づく。

 それを手刀一閃で縦に真っ二つに切り裂き、かなり近づいてきた斑少女の姿を認める。

 更に接近してくる斑少女に、ローズは笑みを浮かべた。

 

「漸く、笛娘との話し合いが終わったようだな」

 

「ええ、終わったわ。〝無限の魔王〟、貴女を―――倒すための作戦会議をね!」

 

 斑少女がそう告げた瞬間、ローズの耳に、あの不快極まる音色が響いた。

 ローズは眉を顰めて、ラッテンを見ると、やはり彼女が不快な旋律を奏でていた。

 ローズは、またあの笛娘か、と内心で呟き、ラッテンめがけて衝撃波を撃ち放とうとしたが、異変に気づいてやめる。

 

「………ほう?」

 

 そして、これは面白い、と笑みを浮かべる。

〝サラマンドラ〟の同士と思しき、翼を背に広げた男達がローズを取り囲み始めたのだ。その中にはサンドラの兄・マンドラもいた。

 更には、ゾロゾロと屋根上に登っては火蜥蜴達が上空を見上げて、口の中を灼熱で満たし、今にも火球を吐き出そうと待ち構えていた。

 彼らは、他の参加者などガン無視して、ただローズのみを狙っている。

 ローズは、成る程と頷き、

 

「〝サラマンドラ〟全員を操り、我を押さえるのか。中々に面白い作戦だ」

 

「ふふ、そうでしょう?でも、笑っていられるのは今のうちよ!―――ラッテン!」

 

 斑少女が振り返って叫ぶと、ラッテンが「はぁい」と返事をして、魔笛を高々と振り上げた。

 

 

「さあ、お前達!やってしまいなさい!」

 

 

『おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ―――――ッ!!』

 

 

『GYAAAAAAAAAA―――――ッ!!』

 

 

〝サラマンドラ〟総員が雄叫びを上げる。

 サンドラとレティシア、斑少女も炎を、雷を、黒い風を生み出す。

 そして、ローズに総攻撃を仕掛けようとしたその時―――激しい雷鳴が鳴り響いた。

 

「そこまでです!」

 

「ぬ?」

 

「え?」

 

「―――!今の雷鳴………まさか!」

 

 ハッと雷鳴が聞こえる方に目を向けるローズ達。

 そこには、軍神・帝釈天より授かったギフト―――〝疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)〟を掲げた黒ウサギがいた。

 黒ウサギは輝く三叉の金剛杵を掲げ、高らかに宣言する。

 

 

「〝審判権限(ジャッジマスター)〟の発動が受理されました!これよりギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します―――」

 

 

 繰り返し宣言する黒ウサギの声を聞き、ローズは「はあ」と溜め息を吐き、

 

「余計な真似をしおって。そんなものを行えば敵の思う壺だぞ、駄兎」

 

 そんなことを呟いて、頭を振った。

 一方、斑少女は、チッと舌打ちして、

 

「後少しだったのに!………ラッテン、撤収するわよ。ヴェーザーを迎えに行くわ」

 

「はぁい、マイマスター」

 

 ラッテンはパチンと指を鳴らすと、それが合図だったようで、〝サラマンドラ〟達が正気を取り戻していった。

 

「―――ハッ!?私は一体何を………?」

 

「どうしてこんなところにいるんだ?」

 

「何がどうなって………!?」

 

 ザワザワと騒ぎ立てる〝サラマンドラ〟達に、ローズが言った。

 

「汝らは敵に操られていたぞ。此処に集められているのは、我に一斉攻撃させる為だ」

 

『!?』

 

 ローズの言葉に、〝サラマンドラ〟達が驚愕し、一斉にローズを見る。

 マンドラが「ありえん」と吐き捨て、激怒した。

 

「我々が敵に操られていただと!?出任せを言うなッ!」

 

「嘘ではありません兄様!私もまた、敵に操られていた一人です!」

 

 サンドラがローズの側に来て言う。

 

「サ、サンドラ………!?」

 

「皆さんも聴いたはずです!とても不快な音を!」

 

『………!』

 

「それが我々の意識を乗っ取り、操っていたものの正体です!」

 

 サンドラがそう言うと、〝サラマンドラ〟達が、「確かに聴いたな」「あの後、急に目の前が真っ暗になったような………」「全身が動かなくなった」とか口々に呟く。

 マンドラは、「ぐぬぬ」と何かまだ納得いってない様子だったが、彼もその音色を聴いた後の記憶が吹っ飛んでいたから反論せずに口を噤んだ。

 ローズは、「ふうん?」と小首を捻り、サンドラを見た。

 

「あの時の記憶、汝にはあったのか?サンドラよ」

 

「は、はい………薄っすらとだけど覚えてる。ごめんなさい、ローズさん!」

 

「謝らずともよい。自らの意思でやったわけではないんだからな」

 

「だ、だけど」

 

「よい。寧ろ容赦なく我に炎を撃ってくる汝は、中々よかったぞ。今では我に挑む気はないのだろう?」

 

「そ、そんな畏れ多いこと!私には出来ないよ………っ」

 

 あわわ、と言いそうな風に返し、手を振るサンドラ。

「くくく」と喉を鳴らしながら笑い、サンドラを見つめるローズ。

 すると突如、ローズの背中に何かがぶつかってきた。

 

「ん?」

 

 ローズが振り返って確認すると、レティシアが漆黒のメイド服を握り締めていた。

 

「………済まない、我が主。操られていたとはいえ、主に刃を向けるなんて………私は主の眷属失格だな」

 

 レティシアはそう言って、ローズの服をギュウッと強く握り締める。

 サンドラは、え?〝箱庭の騎士〟が、龍神様の眷属!?と内心で驚いたが、今はその事を訊くのはやめて、その場から離れた。

 ローズは、ポンとレティシアの頭に手を置いた。

 

「それを言うなら、我の方こそレティシアの主失格だ。眷属たる汝を護れず、敵の手に堕としてしまったんだからな」

 

「そ、そんなことは!」

 

「ない、と言えるか?〝龍殺し〟の恩恵を甘く見ていた我の失態だ。レティシアよ、汝は悪くない。故に己を責めるな」

 

「………っ」

 

 ローズの言葉に、レティシアは返す言葉が見つからず口を閉じる。

 暫くして、レティシアは小さな声で言った。

 

「………じゃあ、我が主は、私を許してくれるのか?」

 

「無論だ」

 

「こんな私が、我が主の眷属でいていいのか?」

 

「ああ。レティシアの方こそ、こんな我が、主でよいなら、今後ともよろしく頼むぞ」

 

「………!そんなこと言わないでくれ!今でも私なんかが我が主の眷属でいいのかと思っているというのに………っ!―――ああ、こんな私でいいなら、喜んで、我が主」

 

 笑顔で答えるレティシア。

 ローズは、そんなレティシアの頭を撫でた後、

 

「では往くか、レティシア」

 

「ああ、我が主」

 

 黒ウサギ達と合流しに行くのだった。




バトル終了。
次回は審議決議ですね。

後三話ほど書いたら吸血鬼の方も進めようかと思います。

後、どうでもいい訂正になりますが、闇のギリシャ語は〝スコタビ〟ではなく〝スコタディ〟でした。bとdの読み間違えですね、はい(^_^;)


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αυ

予告詐欺すみません。
思いの外長引いてしまい、5000文字を突破してしまいました。
審議決議は、次回にお預けです(´・ω・`)


 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 宮殿内に集められた〝ノーネーム〟一同と、その他の参加者達。

 魔王が襲来してきたというのに、誰一人と負傷した者はいなかった。

 敵に操られてしまったものはいたが。主に、〝龍殺し〟の影響を受けた〝サラマンドラ〟達が。

 敵と衝突したのは〝ノーネーム〟と〝サラマンドラ〟のみで、そのうち魔王とその配下の一人が〝無限の魔王〟の相手を優先したことが負傷者0人という記録を叩き出したのである。

 黒ウサギ・リリ・飛鳥(と尖り帽子の小さな精霊)・耀・ジンの四人は、十六夜にローズ、レティシアと合流を果たした。

 まず先に口を開いたのは、黒ウサギだった。

 

「十六夜さん、ローズさん、レティシア様!ご無事でしたか!?」

 

「こっちは問題ない。他のメンツも………全然元気そうだな」と十六夜が言うと、

 

「ええ」と飛鳥が、

 

「うん」と耀が、

 

「「はい!」」とジンとリリが返答する。

 

「無論だ。斑娘と笛娘は我とレティシアで、笛男は十六夜が押さえたからな」

 

「いや、我が主?私はネズミ使いに操られて、主に迷惑をかけてしまった身なんだが………」

 

 ローズの言葉に、レティシアが困った調子で訂正する。

 それを聞いた黒ウサギ達が、「え!?」と驚きの声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいレティシア様!操られたって………本当でございますか!?」

 

「あ、ああ。敵は〝龍殺し〟の恩恵を持っていてな。してやられたんだ」

 

 済まなそうに目を伏せるレティシア。

 そんなレティシアに掛ける言葉が見つからず、口を閉じる黒ウサギ・飛鳥・耀・ジン・リリの五人。

 一方、十六夜だけは「へえ?」と面白そうに笑い、

 

「つまり敵はローズの首を獲る気満々、ってことか」

 

「ふむ。我の首を獲ろうとしているものは、〝ペルセウス〟の小僧に、〝グリムグリモワール・ハーメルン〟の魔王とその配下………そして十六夜か。全く―――人気者は辛いな!」

 

「何で命を狙われてるのに楽しそうなんですかローズさんはッ!?………って、十六夜さんのは冗談ですよね!?」

 

「ん?そりゃ勿論―――本気だが?」

 

「なッ!?」

 

 愕然とするジン。ローズも諦めたような表情で苦笑した。

 すると飛鳥が挙手をして、

 

「白夜叉が抜けてるわよローズさん」

 

「ぬ?」

 

「うん。白夜叉が、封印が解けたらローズを火炙りにする、って言ってた」

 

「………ほう?東側最強のフロアマスター様にも狙われているのかー。これはこれは末恐ろしいことだー」

 

「恐ろしいと言う割には棒読みなのですよローズ様!?」

 

 言葉とは裏腹な口調で言うローズに、驚愕の声でツッコミを入れるリリ。

「くくく」と笑うローズと、ケラケラ笑う十六夜。

 飛鳥と耀、黒ウサギ、レティシアは、何時もの調子なローズに苦笑を零す。

 それはそうと、と十六夜が思い出したように黒ウサギを見て、

 

「審議決議ってのは何の事だ、黒ウサギ?」

 

「え?あ、はい。〝主催者権限(ホストマスター)〟によって作られたルールに、不備がないかどうかを確認する為に与えられたジャッジマスターが持つ権限の一つでございます」

 

「ルールに不備とな?」とローズが訊く。

 

「YES。ジン坊っちゃんの伝言によると『今回のゲームは勝利条件が確立されていない可能性がある』との事でした。真偽は兎も角、ゲームマスターに指定された白夜叉様に異議申し立てがある以上、〝主催者(ホスト)〟と〝参加者(プレイヤー)〟でルールに不備がないかを考察せねばなりません。それに一度始まったギフトゲームを強制中断出来るわけですから。奇襲を仕掛けてくる事が常の魔王に対抗する為の権限、という側面もあります」

 

「ほお………?要するにタイムアウトみたいなものか。無条件でゲームの仕切り直しが出来るなら、かなり強力な権限じゃねえか」

 

 思わず感心の声を上げる十六夜。

 だがローズは「ふむ」と顎に手を当てて、

 

「強力過ぎる反面、何らかのリスクもありそうだが………その辺はどうだ、兎の娘よ」

 

「は、はい。ローズさんの言う通り、リスクが生じます。審議決議を行ってルールを正す以上、これは〝主催者(ホスト)〟と〝参加者(プレイヤー)〟による対等のギフトゲーム。………えっと、単刀直入に説明しますと〝このギフトゲームによる遺恨を一切持たない〟、という相互不可侵の契約が交わされるのですヨ」

 

 黒ウサギの説明に、ローズはやはりなと溜め息を吐き、十六夜は片眉を歪ませる。

 

「………つまりゲームで負ければ最後、他の〝サウザンドアイズ〟や〝サラマンドラ〟は報復行為を理由にギフトゲームを挑むことが出来ない、ってことか」

 

「YES。ですので、負ければ救援は来ないものと思ってください」

 

「ハッ、最初から負けを見据えて勝てるかよ」

 

「十六夜の言う通りだな。そも、我がいる時点で『敗北』の二文字はありはせぬよ」

 

 十六夜が失笑し、ローズも肩を竦ませる。

 確かにそうだ。負ける前提で挑めば、勝てるものも勝てなくなる。

 そしてローズの言葉は、一見巫山戯ているように思えるが、そうではない。

主催者(ホスト)〟の勝利条件が、参加者(プレイヤー)を屈服及び殺害。即ちこれはローズも含まれている。

 現在進行形で封印されている白夜叉でさえ殺すどころか屈服させることも出来ない龍神を、一体どうして〝主催者(ホスト)〟に出来るというのか。

 ローズの参加を不可にでもしない限り、〝主催者(ホスト)〟の勝率は0%に等しいのだ。

 いや、もう〝主催者(ホスト)〟は、ローズの参加を認めている時点で()()()()()と言っても過言ではないだろう。

 だからローズの言葉を誰も否定出来ない。現に、死の概念すら通用しないことは、他でもない〝主催者(ホスト)〟が知ってしまっているのだから。

 黒ウサギ達が苦笑いを浮かべていると、大広間の扉が開いた。

 大広間に入ってきたのはサンドラとマンドラの二人。サンドラは緊張した面持ちのまま、参加者に告げる。

 

「今より魔王との審議決議に向かいます。同行者は四名です。―――まずは〝箱庭の貴族〟である、黒ウサギ。〝サラマンドラ〟からはマンドラ。その他に〝ハーメルンの笛吹き〟に詳しい者がいるのならば、交渉に協力して欲しい。誰か立候補する者はいませんか?」

 

 そう言いながら、ローズをジーッと見つめてくるサンドラ。全知全能たる龍神のローズには来て欲しいようだ。

 しかしローズは名乗りを上げずに、サンドラから視線を外して十六夜とジンを見た。

 参加者の中にどよめきが広がる中、十六夜は、ローズの視線に気づくと、ニヤリと笑ってジンの首根っこを掴まえた。

 

「〝ハーメルンの笛吹き〟についてなら、このジン=ラッセルが誰より知っているぞ!」

 

「………は?え、ちょ、ちょっと十六夜さん!?」

 

 突然声を上げた十六夜に驚くジン。声には出さなかったが、リリも驚いていた。

 ローズが「ほう」と瞳を細めてジンを見る。十六夜は悪戯半分本気半分で捲し立てる。

 

「めっちゃ知ってるぞ!兎に角詳しいぞ!役に立つぞ!この件で〝サラマンドラ〟に貢献出来るのは、〝ノーネーム〟のリーダー・ジン=ラッセルを措いて他にいないぞ!」

 

「ジンが?」

 

 キョトン、とした顔を向けるサンドラ。一瞬だけ顔に子供っぽさが出たサンドラだが、次の瞬間には頭を振ってキリッ!と表情を戻す。

 

「他に申し出がなければ〝ノーネーム〟のジン=ラッセルにお願いしますが、よろしいですか?」

 

 サンドラの決定に、再びどよめきが広がる。

 

「〝ノーネーム〟が………?」

 

「何処のコミュニティだよ」

 

「信用出来るのかしら」

 

「決勝に残っていたコミュニティか?」

 

「ありえねえ」

 

「おい、他に立候補者は―――」

 

 他の同行者を求める声が上がるも、現れる気配はない。

 しかし自分達の命運を決めるゲームの交渉テーブルに、〝ノーネーム〟が着くことが不安なのだろう。

 ジンもその空気を察して手を挙げなかったのだが、十六夜は剣呑な表情で囁く。

 

「馬鹿かオマエ。毎夜毎晩書庫で勉強してたのは何の為だ。此処で生かさなくてどうする」

 

「そ、それは」

 

 ジンの瞳が揺らぐ。彼は何も、十六夜の案内をする為だけに書庫に下りていたわけではなかった。

 才能が乏しいからこそ、今後のコミュニティの為に必死で勉学に勤しんでいたのである。今回は偶然にも、その知識が役立つゲームなのだ。

 ………真の理由は、全知のローズに少しでも近づきたい、という思いからなのだが。

 

「周りに気を使うのはまあ、いいことだ。誰にも迷惑をかけねえってのが御チビの処世術なら文句は言わねえよ。―――だけど、お前は俺達の旗頭なんだ。お前が我を見せつけねえと罷り通らねえことが、今後も必ず来る。違うか?」

 

「………っ……」

 

 十六夜の言葉を奥歯で噛み締め、ジンは顔を上げた。途端に周囲の視線が集まる。

 不安と不満。混濁した負の視線の中で、黒ウサギとサンドラ、リリは期待の視線を向けていた。

 一方、飛鳥と耀は何故かニヤニヤと笑ってジンを見ていた。ローズは瞳を細めたままジンを見つめている。

 

「もう寄生虫だの何だの言われたくないんだろ?変わりたいって言ったじゃねえか。ならちょっとカッコいいところを周りに見せつけて、名を挙げてやろうぜ、リーダー」

 

「は、はい………!」

 

「それとローズにもお前の知恵を見せつけてやれ。認めてもらいたいんなら、此処で退いてる場合じゃないぜ」

 

「―――!そ、そうですね!此処で退いたら、ローズさんは手に入りませんよねッ!!」

 

 ジンはグッと拳を握り締めて言う。

 するとローズが「ほう?」と面白そうにニヤリと笑い、

 

「では、ジンの知恵を早速見せてもらおうか。期待しているぞ?」

 

「………!は、はい!」

 

 ローズに期待していると言われて、ジンは俄然やる気になる。

 相変わらず分かりやすい少年よな、とローズが内心で呟き密かに笑う。

 そんなローズの服を摘まんで、レティシアが口を開いた。

 

「我が主がジンに付いていくなら、私も付き添う」

 

「え?」

 

「私は主の眷属だからな。傍にいないのは変だろう?」

 

 レティシアはそう言って、ジンを睨みつける。我が主は渡さない!というような視線を込めて。

 ジンが冷や汗を掻く中、十六夜・飛鳥・耀の三人がニヤニヤと笑ってレティシアとジンのやり取りを眺めていた。

 ローズは「ふむ」と呟くと、レティシアを見て、

 

「我は構わんが、我に十六夜、ジン、レティシアの四名を追加しては、規定の同行者四名を越えてしまうが………」

 

「大丈夫。寧ろローズさんと〝箱庭の騎士〟の同行は嬉しい限りですから」

 

 サンドラの言葉に、「そうか」とローズは短く返し、頷いた。

 一方、他の参加者からまたどよめきが広がる。

 

「〝ノーネーム〟からの立候補者が四人もだと」

 

「というより今〝箱庭の騎士〟って言わなかった!?」

 

「あっちの虹色の子は確か………純血の龍種と神霊の高位生命(ハイブリッド)とか名乗ってたような………!?」

 

「何でそんな大物が、何処のコミュニティとも知れないところに所属してるんだ!?」

 

 そんな話を聞きながら、黒ウサギも〝ノーネーム〟なのですよ!と黒ウサギが内心で叫んでいた。

 確かに可笑しい話だ。〝箱庭の貴族〟に〝箱庭の騎士〟。そして龍神までもが何処のとも知れない〝ノーネーム〟に所属しているのだ。しかも龍神と吸血姫はメイドとして。

 他の参加者達にとっては理解し難い状況であった。

 そんな彼らの反応に、飛鳥・耀・リリの三人が、どうよ、と言わんばかりに鼻を高くしていた。

 十六夜も「決まりだな」と呟くと、ここぞとばかりにジンを肩に担ぎ上げ、周囲に見せつけた。

 

「よっし、じゃあ行くぞ御チビ様!この一件で名が売れたら、本格的にチラシでも刷るか。〝魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡ください〟ってな」

 

 ブッとジンは吹き出して叫んだ。

 

「ぜ、絶対嫌だって言ったじゃないですか!というか名前は入れなきゃ駄目なんですか!?」

 

「当たり前だ。旗頭だって言ってるだろうが。………まあ、御チビ様がどうしても嫌ってなら〝魔王にお困りの方、ジン○ラッセルまでご連絡ください〟とかでも、」

 

「お か し い で し ょ う!?一番伏せなくていい所を伏せてるじゃないですか!!!」

 

 あーだこーだと抗議するジンと、からかう十六夜。

 それにローズが悪戯半分で、

 

「ふむ、ではこうしよう。〝魔王にお困りの方、龍神様(われ)お墨付きのジン=ラッセルまでご連絡ください〟でどうだ」

 

「―――え!?ローズさんお墨付きですか!?是非それでお願いしますッ!!」

 

『切り替え早ッ!?』

 

 ジンがあっさりと手のひらを返したことに、他の参加者達が絶叫する。

 ローズ付きならチラシを刷ってもいいようだ。

 相変わらずのローズ好きなジンに、十六夜・飛鳥・耀がニヤニヤと笑う。

 本当に扱い易いな、とローズがクックッと笑う。

 黒ウサギは苦笑。

 サンドラ・リリ・レティシアの三人は複雑―――いや、嫉妬していた。サンドラとリリはローズに。レティシアはジンに。

 そんな感じで話は進み、サンドラに同行するマンドラ・黒ウサギ・十六夜・ジン・ローズ・レティシアの六人は、審議決議が行われる貴賓室へと向かった。

 そんな彼らを見送った飛鳥・耀・リリの三人は、これからの事を話し合おうとした。だが、

 

「―――え?」

 

 飛鳥は、ふとあの子がいないことに気づく。

 

「………?どうしたの飛鳥?」

 

 耀が不思議そうに小首を傾げて訊いてくる。リリも心配そうに見てくる。

 

「あの子がいないのよ!尖った帽子を被っている小さな精霊さんが!」

 

「「!?」」

 

 切羽詰まった調子で言ってくる飛鳥に、耀とリリは驚愕の表情を見せる。

 

「本当にいませんでしたか!?服の中とかは!?」

 

「確認したけどいなかったわ!さっきまではいたはずなのに………ど、どうしよう………っ!」

 

 焦る飛鳥の手を、耀は自分の手を重ねて言う。

 

「飛鳥、落ち着いて。取り敢えず宮殿内から見て行こう?私も手伝うから」

 

「わ、私も手伝います!」

 

 リリも挙手をして協力する旨を伝える。

 そんな頼もしい友達に、飛鳥は表情を明るくした。

 

「ありがとう、春日部さん!リリ!お願いしてもいいかしら?」

 

「うん」

 

「はい!」

 

 即答する二人。飛鳥は、本当にいい友達を持ったと笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ、手分けして探しましょう!私は向こうを見るから、春日部さんとリリはあっちをお願いするわ!」

 

「「了解(しました)!」」

 

 三人は一斉に行動を起こす。尖り帽子の小さな精霊を捜しに。

 そんな中、貴賓室では間もなく、審議決議が行われようとしていた。




そう言えば、審議決議で不正がなかった場合は、主催者側に有利な条件でゲームを再開………とあるけど、どの程度までルール改変出来るのだろうか?

私の考えている次回の審議決議、いやこれは無理だろ、とかにならないといいのですが(^_^;)


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αφ

今回は10000超えてしまった………


 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、貴賓室。

 

「ギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟の審議決議、及び交渉を始めます」

 

 厳かな声で、交渉テーブルの真ん中に陣取る黒ウサギが告げる。

 参加者側は、右からサンドラ・十六夜・ジンの順に座り、マンドラとローズ、レティシアは席には着かず立っていた。

 マンドラは、サンドラと十六夜の間の後ろ(ローズの右隣)に。ローズは、十六夜とジンの間の後ろ(マンドラとレティシアの間)に。レティシアは、ジンの左斜め後ろ(ローズの左隣)に並んでいる。

 一方、主催者側は〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟のみが座り、その両隣にヴェーザー(右隣)とラッテン(左隣)が立っていた。

 

「(ふぅん?両隣の二人が〝ラッテン(ネズミ)〟に〝ヴェーザー河〟。あと、レティシアが倒した巨人が〝シュトロム()〟だっけ?なら残りの一人は………いや、後でいいか)」

 

 十六夜はそこで思考を止めた。

 招かれた部屋は豪奢な飾り付けが施された貴賓室。本来招かれるはずだった来客はゲームの外にいたのか、不在となっているらしい。

 対等のゲームを定める為の交渉を謁見の間で行う訳にもいかず、この貴賓室で行うことになった。

 

「まず〝主催者(ホスト)〟側に問います。此度のゲームですが、」

 

「不備は無いわ」

 

 斑少女は、黒ウサギの言葉を遮るように吐き捨てる。

 

「今回のゲームに不備・不正は一切ないわ。白夜叉の封印も、ゲームのクリア条件も全て調えた上でのゲーム。審議を問われる謂れはないわ」

 

 静かな瞳とは裏腹に、ハッキリとした口調で話す斑少女。

 

「………受理してもよろしいので?黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘を吐いてもすぐ分かってしまいますヨ?」

 

「ええ。そしてそれを踏まえた上で提言しておくけれど。私達は今、無実の疑いでゲームを中断させられているわ。つまり貴女達は、神聖なゲームにつまらない横槍を入れているということになる。―――言ってること、分かるわよね?」

 

 涼やかな瞳で、サンドラを見つめる斑少女。

 対照的に、サンドラは歯噛みした。

 

「不正がなかった場合………主催者側に有利な条件でゲームを再開させろ、と?」

 

「そうよ。新たなルールを加えるかどうかの交渉はその後にしましょう」

 

 斑少女はそう言って、意味深な笑みを浮かべ、ローズを見つめた。

 ローズは「ん?」と小首を傾げる。

 

「何故我を見る、斑娘よ?もしや―――」

 

「違うわよ!?」

 

「む。まだ何も言ってないんだが」

 

「何が言いたいのか予想出来るもの!貴女は口を開かなくていいわ………っ!」

 

 落ち着いた口調が一転して、荒々しく叫ぶ斑少女。どういうわけか彼女は、ローズが苦手らしい。

 事情を知らない者は首を捻り、唯一、知っているサンドラは苦笑した。―――が、すぐに表情を戻し、斑少女の提案を受け入れる。

 

「不正がなかった場合の件、分かりました。黒ウサギ」

 

「え?あ、はい」

 

 斑少女とローズのやり取りに呆気に取られていた黒ウサギは、頷くと、天を仰ぎ、ウサ耳をピクピクと動かす。

 十六夜は、斑少女にローズが何をしたのか気になったが、それよりも、と右斜め後ろにいるマンドラに小声で問う。

 

「なあ。どの程度ならゲームの不正に該当するんだ?」

 

「………そんな事も知らずに同行したのか、貴様」

 

「チッ」と舌打ちするマンドラ。

 

「貴様も知っているだろうが、ギフトゲームは参加者側の能力不足・知識不足を不備としない。不死を殺せと命ぜられようが、殺せぬ方が悪い。飛べと命ぜられても、飛べぬ方が悪い。今回ならば、クリアに〝ハーメルンの笛吹き〟の伝承の知識が必要でも、知らぬ方が悪いとなる」

 

「へえ?そりゃ理不尽だ」

 

「今回のゲームに不備があるとすれば、まず白夜叉の封印。参加を明記しておきながら、参戦は出来ぬという。これは看過出来ん。其処には明文化された原因が必要のはず」

 

「しかし記されていたのは『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』の一文のみ、か」

 

 そこで二人の会話が途切れる。

 黒ウサギは暫し瞑想した後―――気まずそうに顔を伏せた。

 

「………箱庭からの回答が届きました。此度のゲームに、不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な方法で造られたものです」

 

 ギリ、と奥歯を噛む音がした。これで参加者側が不利となる。

 

「当然ね。じゃ、早速ルールの改変を要求するわ」

 

 斑少女はそう言って、ローズを見つめた。

 黒ウサギ達は嫌な予感を覚える。ローズを見たということは、それはつまり―――

 

「私達が有利な条件を獲得するには、〝無限の魔王〟、貴女をどうにかしなければならないわ」

 

『!?』

 

「本当は、貴女をゲームから除外すれば済む話だけれど、それだと貴女は手に入らない」

 

 斑少女の言葉を聞いて、ローズは「ふむ」と呟いて瞳を細めた。

 

「つまり―――我の行動に()()()()()()、ということだな?」

 

「そうよ。ふふ、話が早くて助かるわ」

 

『―――ッ!!?』

 

 ローズの行動に制限を設ける。それは参加者側に敗北の道を作りかねない要求だった。

 ローズが自由に動けるから、参加者側に『敗北』の二文字は存在しなかったのだから。

 ローズ以外の参加者側が息を呑んで、斑少女の言葉を待つ。

 斑少女は、笑みを浮かべてルールを提示した。

 

「まず一つ目。〝無限の魔王〟の屈服・殺害は、現状では不可能だということが、貴女との戦闘を経て理解したわ。だから〝無限の魔王〟の屈服・殺害を―――私達の勝利条件から()()()()

 

『なっ………!?』

 

「ほう?つまり、()()()()参加者を屈服、若しくは殺害出来れば、汝らの勝利条件は満たされると?」

 

「ええ。こうでもしない限り、私達に勝ちの目はないと思ったからよ」

 

 諦めたような調子で言う斑少女。悔しいが、本当に勝てないのだから仕方がない、と割り切るしかないのだ。

 そんな斑少女を見つめてローズは、「ほう」と感心したような声を発した。

 

「諦めがいいのは良いことだ。それで、次は何だ?このルール改変は、あくまでも汝らの勝利を可能にしたものであるだけだろう?そも、汝らは我を縛ると言っているが、まだ我は一つも縛られておらぬしな」

 

「ええ。これじゃあまだイーブンにも至ってないもの。まだまだあるわ」

 

『………っ!』

 

 参加者側が不安を募らせる中、斑少女はルール改変を続けた。

 

「二つ目。〝無限の魔王〟、貴女に、恩恵の使用を禁じるわ」

 

『―――ッ!!?』

 

「………ほう?それで?」

 

 驚愕する黒ウサギ達とは対照的に、落ち着いた調子で次を急かすローズ。

 これには斑少女だけでなく、ヴェーザーとラッテンも驚いた。

 

「………おいおい、〝無限の魔王〟さんよ。恩恵の使用を禁止って言われてんのに、なんで顔色一つ変えねえんだ?」

 

「そ、そうよ!貴女、恩恵を使用出来るのと出来ないのとでは―――」

 

「汝らよ。恩恵を禁止された程度で何故我が動揺する?まさか、その程度で最強種たる我に勝てるなどと、驕ってはおるまいな木っ端悪魔共よ?」

 

 ラッテンの言葉を遮って、不思議そうな声で返すローズ。

 ヴェーザーとラッテンは、「ぐ」と黙り込む。確かに恩恵なしでも彼女のデタラメ加減は変わりはしない。

 部下が代わりに驚いたからか、その間に冷静に戻れた斑少女は、「そう」と呟き、

 

「恩恵使用禁止で揺さぶれるかと思ったけれど、中々手強いわね貴女」

 

「それはどうも。して、次は何だ?」

 

「そう急かさなくてもいいわ。三つ目は………そうね、〝無限の魔王〟、貴女に、ゲームマスターの()()()禁じるわ」

 

『……………っ!!?』

 

 黒ウサギ達は驚愕に瞳を一杯に見開いた。ローズの手で魔王を討てない。それは最後の砦を崩されたようなものだった。

 しかしローズは、特に驚いたりもしない。それどころかニヤリと笑って、

 

「斑娘の打倒禁止か。では―――凸ピンなら構わないんだな?」

 

「なっ!?また私を弄ぶつもり!?なら、凸ピンも、禁止にするまでよ………っ!」

 

「む。我の楽し―――コホン、戦法の一つを封じるとは、酷いではないか斑娘」

 

「今楽しみって言いかけなかった!?―――って、凸ピンの何処が戦法の一つなのよ!?」

 

「ん?きっと気のせいだ。ぬ、何を言う。凸ピンも立派な戦い方の一つだぞ。凸ピンをした時の汝の反応が面白いからとは、決して思っておらぬよ?」

 

「やっぱり面白がってたんじゃないのよおおおおおおおおおお―――――ッ!!!」

 

 うがーっ!とローズに威嚇しながら吼える斑少女。

 そんな斑少女の反応を、ニヤニヤしながら見つめるローズ。

 相手は敵で、魔王で、且つ審議決議の真っ最中ですよね!?と内心で叫び、唖然とする黒ウサギ・サンドラ・ジンの三人。

 マンドラは、呆れてものも言えないようだ。

 十六夜は、相変わらずの自由人………自由龍だな、と笑いを噛み殺す。

 我が主はこの場でも平常運転なのだな、と苦笑を零すレティシア。

 マ、マスター!?と普段見せない斑少女の態度に驚愕するヴェーザーとラッテン。それとは別に、こういう風に取り乱すマスターもいい、と思っていたりした。

 斑少女は、苛々を何とか捩じ伏せると、いつもの調子に戻って、

 

「………話が逸れたわね、ごめんなさい。ルール改変は以上よ。次にゲーム再開の日取りなのだけれど」

 

 凸ピン禁止も入れるんだ、と内心で苦笑する黒ウサギ達。

 

「―――え?日取り?日を跨ぐと?」

 

 サンドラは意外な声を上げた。ローズ以外の周りの人間も同じだ。

 ローズの行動に制限を設けたから、今すぐにでも再開するものだと思ったのだろう。

 ローズは、嫌な予感を覚えた。我に、恩恵を使用することを禁止させたのが、()()()()()意味しているのだとしたら―――

 

「ジャッジマスターに問うわ。再開の日取りは最長でいつ頃になるの?」

 

「さ、最長ですか?ええと、今回の場合だと………一ヵ月でしょうか」

 

「じゃ、それで手を―――」

 

「待ちな!」

 

「待ってください!」

 

 十六夜とジンの二人が同時に声を上げる。その声はこの上なく緊迫していた。

 

「………何?時間を与えてもらうのが不満?」

 

「いや、ありがたいぜ?だけど場合によるね。………俺は後でいい。御チビ、先に言え」

 

「はい。主催者に問います。貴女の両隣にいる男女は〝ラッテン〟と〝ヴェーザー〟だと聞きました。そしてもう一体が〝(シュトロム)〟だと。なら貴女の名は………〝黒死病(ペスト)〟ではないですか?」

 

「ペストだと!?」

 

 黒ウサギ・サンドラ・マンドラの表情が驚愕に歪み、一斉に斑少女を見つめた。

 

「ヒトの体にペスト菌が感染することにより発症する伝染病だな。元々齧歯類に流行した病気だが、蚤がそのものの血を吸い、次いで人が血を吸われた結果、その刺し口から菌が侵入したり、感染者の血痰などに含まれる菌を吸い込んだりすることで感染する。人間、齧歯類以外に、猿、兎、猫などにも感染するとか」

 

「………わ、我が主?」

 

「嘗ては致死性を持っていたことや罹患すると皮膚が黒くなることから黒死病と呼ばれて恐れられ、十四世紀から始まる寒冷期に大流行し、約一億人は死に絶えたそうだな」

 

「なっ、い、一億ッ!?」

 

「病状は、大きく分けて腺ペスト・敗血症・肺ペストがあるが………黒死病は敗血症の別名だからな。局所症状を呈しないままペスト菌が血液によって全身に回り敗血症を起こすと、急激なショック症状、昏睡、皮膚のあちこちに出血斑が出来て、手足の壊死を起こし全身が黒い痣だらけになって死亡する―――といったところか」

 

 説明を終えて、「うむ」と一人頷くローズ。

 ローズの相変わらずの細かい説明に、ポカンと口を開けて固まる黒ウサギ・サンドラ・マンドラ・ジン・レティシアの五人。主催者側も唖然とローズを見ていた。

 十六夜だけは、「ヤハハ」と笑いつつも苦笑いを浮かべていた。

 グリム童話の〝ハーメルンの笛吹き〟に現れる道化が斑模様であったこと。

 そしてローズが説明していた黒死病が大流行した原因である、齧歯類の一つ―――ネズミを操る道化であったこと。

 この二点から、〝一三〇人の子供達は黒死病で亡くなった〟という考察が存在するのだ。

 

「ペスト………そうか、だからギフトネームが〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟!」

 

「ああ、間違いない。そうだろ魔王様?」

 

「………ええ。正解よ」

 

 涼やかな微笑で斑少女―――改めペストは頷いた。

 

「御見事、名前も知らない貴方。よろしければ貴方とコミュニティの名前を聞いても?」

 

「………〝ノーネーム〟、ジン=ラッセルです」

 

 コミュニティの名前を聞いたペストは、少し意外そうに瞳を見開いた。

 

「そっ。覚えておくわ。………だけど確認を取るのが一手遅かったわね。私達はゲーム再開の日取りを左右出来ると言質を取っているわ。勿論、参加者の一部には既に病原菌を潜伏させている。ロックイーターの様な無機生物や悪魔でもない限り発症する、呪いそのものを」

 

「っ……………!!?」

 

「黒死病の潜伏期間は最短で二日。一番遅くて一週間か。………ふん。我は問題ないが、一月も待たされては殆んどが死に絶えるだろうな」

 

 冷静な口調で言うローズ。しかしその瞳には怒りのような感情が刻まれていた。

 余裕を無くし始めたローズを見て、ペストはほくそ笑んだ。

 

「ジャ、ジャッジマスターに提言します!彼らは意図的にゲームの説明を伏せていた疑いがあります!もう一度審議を、」

 

「駄目ですサンドラ様!ゲーム中断前に病原菌を潜伏させていたとしても、その説明責任を主催者(ホスト)側が負う事はありません。また彼らに有利な条件を押し付けれるだけです………!」

 

「ぐっ」と言葉を呑み込むサンドラ。

 すると、ローズが「ちぃ」と盛大に舌打ちしてペストを睨んだ。

 

「前言撤回だ、斑娘―――いや、黒死病の()()。してやられたぞ。我に、恩恵を使用させなくしたのは………我がギフトで黒死病を完治させぬ為か」

 

『―――――ッ!!?』

 

 全身から放たれたローズの凄まじい殺気に、黒ウサギ達だけでなく主催者側も一瞬息を止める。

 その殺気を真正面から受けたペストは、全身から嫌な汗を流しつつも、「ええ」と肯定した。

 

「だって貴女は龍神だもの。それくらいは可能でしょう?」

 

「ああ。我がギフト『()()()』を与えれば可能だ」

 

「へ?ば、万能薬!?」

 

 驚愕の声を上げるサンドラ。

 それにジンが説明した。

 

「ウロボロスは、陰と陽などの相反する二つのものから成っています。その中に、一方では死を齎す毒、バジリスクにして蠍であり、他方では万能薬であり救済者でもあります」

 

「全ての病や怪我を治せる万能薬を与えられるんだし、それは黒死病も例外なく治せるってわけだな」

 

 ジンに続いて十六夜が言う。

 万能薬を与えるギフト。そんな凄いギフトを持っていたとは驚きである。

 だが、そのギフトも、ルール改変により使用不可。黒死病を完治する術を参加者達は失ってしまったのだ。

 一方、ペスト達は、相変わらずのデタラメっぷりに言葉を、声を失っていた。

 ペストは『死』を与える恩恵を持っている。だが、ローズは万能薬という名の『生』と、毒という名の『死』の両方を与えられるという。

 ………格が違い過ぎて可笑しくないのに笑えてくる。

 だがしかし、その化け物の恩恵は、ルール改変で完封した。なら、交渉で優勢に立てるのは、私達の方。

 ペストは、心を落ち着かせて、いつもの涼やかな微笑を浮かべ、その場にいる参加者達に問う。

 

「此処にいる人達が、参加者側の主力と考えていいのかしら?」

 

「……………」

 

「マスター。それで正しいと思うぜ」

 

 黙り込む参加者に代わり、ヴェーザーが答える。

 

「なら提案しやすいわ。―――ねえ皆さん。此処にいるメンバーと白夜叉。それらが〝グリムグリモワール・ハーメルン〟の傘下に降るなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」

 

「なっ、」

 

「私、貴方達の事が気に入ったわ。サンドラは可愛いし。ジンは頭いいし。〝無限の魔王〟は………凸ピンさえしなければ好きよ」

 

「え!?貴女もローズさんを狙ってるんですか!?」

 

 唐突に声を上げるジン。

 そんな彼を見て、〝ノーネーム〟のメンバーは即座に理解した。ジンは………とんでもない勘違いをしているのだと。

 ペストは、「は?」と目を点にした後、

 

「何を言ってるのジン。当然じゃない」

 

「と、当然!?」

 

「ええ、当然よ。〝無限の魔王〟は手に入れなきゃ絶対に損する人材だもの。こんな絶好の機会を逃すわけないわ」

 

「へ?人材?………あっ、」

 

 ジンは漸く気づいた。自分はとんでもない勘違いをしていたのだと。

 顔を真っ赤にして俯くジン。そんな彼をニヤニヤと見つめる十六夜とローズ。

 苦笑する黒ウサギ。「ふん」と鼻を鳴らすレティシア。

 サンドラは、ジンの言葉の意味を理解してムッと剥れる。そんな妹を見て、「チッ」と舌打ちし、ジンを鋭い視線で睨みつけるマンドラ。

 ペストが不思議そうに小首を傾げる中、ヴェーザーとラッテンは、そういうことか、と理解して苦笑いを浮かべた。

 

「私はマスターに大賛成です!私が戦った吸血鬼さんは、とても強くて綺麗で可愛いから欲しいでーす!」

 

「………俺も、〝無限の魔王〟お墨付きの坊主を失うのは勿体ねえと思うから賛成だマスター」

 

 ラッテンはレティシアを、ヴェーザーは十六夜を高評価する。

 

「ふふ、それなら此処でゲームは手打ちにしましょう。ねえ、参加者全員の命と引き換えなら安いものでしょ?」

 

 微笑を浮かべ、愛らしく小首を傾げるペスト。

 しかしその笑顔の裏にあるのは真逆の意。

 従わなければ(ローズを除いて)皆殺しだと、この少女は笑顔で言ってのけたのだ。

 戦慄するような、幼くも美しい笑みに戸惑う一同。

 ローズが瞳を細めてペストを見返している中、十六夜とジンは、冷静に状況を解析していた。

 

「………これは白夜叉様からの情報ですが。貴女達〝グリムグリモワール・ハーメルン〟はもしや、新興のコミュニティなのでしょうか?」

 

「答える義務はないわ」

 

 即答するペスト。しかしそれが逆に不自然さを浮き彫りにする。

 十六夜はすぐさま察して畳み掛ける。

 

「成る程、新興のコミュニティ。優秀な人材に貪欲なのはその為か」

 

「……………」

 

「おいおい、このタイミングの沈黙は是と取るぜ?いいのか魔王様?」

 

 切り口を見つけ、挑発的に笑う十六夜。

 ペストは笑みを消し、眉を歪めて十六夜を睨んだ。

 

「………だから何?私達が譲る理由は無いわ」

 

「いいえあります。だって貴女達は、僕らを無傷で手に入れたいと思っているはずですから。もしも一ヵ月も放置されたら、きっとローズさん以外は死んじゃいます。………だよねサンドラ」

 

「え?あ、うん」

 

 突然話を振られたサンドラは地の返事をする。

 慌てて正そうとするが、ジンはそれを聞かずに続けた。

 

「そう。死んでしまえば手に入らない。だから貴女はこのタイミングで交渉を仕掛けた。実際に三十日が過ぎて、その中で失われる優秀な人材を惜しんだんだ」

 

 断言して言い切る。今回に限ってだが、ジンはこの解答に絶対の自信があった。

 しかしペストは、それでもなお憮然と言い返す。

 

「もう一度言うけど。だから何?私達には再開の日取りを自由にする権利がある。一ヵ月でなくとも………二十日。二十日後に再開すれば、病死前の人材を、」

 

「では発症したものを殺す」

 

 ギョッとローズ以外がマンドラに振り向いた。その瞳は真剣そのものだ。

 

「例外はない。縦令(たとえ)サンドラだろうと〝箱庭の貴族〟だろうと………この私であろうと殺す。フロアマスターである〝サラマンドラ〟の同士に、魔王へ投降する脆弱なものはおらん」

 

 絶句する。縦令ブラフだとしても過激過ぎる宣言だ。

 ローズは、「ほう」と瞳を細めてマンドラを見つめた。

 十六夜は策を閃いたようにマンドラから繋げる。

 

「黒ウサギ。ルールの改変はまだ可能か?」

 

「へ?………あ、YES!」

 

 黒ウサギも何かに気がついたようにピン!とウサ耳を伸ばす。

 

「交渉しようぜ、〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟。俺達はルールに〝自決・同士討ちを禁ずる〟と付け加える。だから再開を三日後にしろ」

 

「却下。二週間よ」

 

 ペストに即決を下される。しかし二週間は長い。

 理想的な期間は、例の謎解きの事も考えて一週間以内。

 ふっと脳裏にローズが浮かぶ。だが、これ以上ローズを縛るのは、万が一の事態を考えれば危険だ。

 只でさえ主催者側に、ローズはゲームマスターの打倒と恩恵の使用を禁止されてしまっているのだから。

 首を振って、他に交渉出来る物は無いかと見渡し、黒ウサギと目が合う。

 

「今のゲームだと、黒ウサギの扱いはどうなってるんだ?」

 

「黒ウサギは大祭の参加者ではありましたが、審判の最中だったので十五日間はゲームに参加者出来ない事になっています。………主催者側の許可があれば別ですが」

 

「よし、それだ魔王様。黒ウサギは参加者じゃないからゲームで手に入れられない。けど黒ウサギを参加者にすれば手に入る。どうだ?」

 

「………十日。これ以上は譲れないわ」

 

「ちょ、ちょっとマスター!?〝箱庭の貴族〟に参戦許可を与えては………!」

 

「だって欲しいもの。ウサギさん」

 

 焦るラッテンに素っ気ない一言で返答する。

 十日。後少し。後少しでギリギリのラインまで持っていける。しかし交渉するモノが他に見当たらない。

 全員が思考を最速で張り巡らせる中、ローズが口を開こうとして、

 

「ゲームに………期限を付けます」

 

 ジンが彼女をこれ以上縛らせまいと、意を決してそう言った。

 

「何ですって?」

 

「再開は一週間後。ゲーム終了は………その二十四時間後。そして、ゲームの終了と共に主催者の勝利とします」

 

 ゴクリ、と黒ウサギ達の息を呑む音が貴賓室に響いた。

 ローズは、ジンの覚悟を決めた表情を見て、閉口した。

 

「………本気?主催者側の総取りを覚悟するというの?」

 

「はい。一週間は死者が現れないギリギリのラインです。今後現れるであろう病状やパニックを想定した場合、精神的にも体力的にもギリギリ耐えられる瀬戸際。そして、それ以上は僕らも耐えられない。だから全コミュニティは、無条件降伏を呑みます」

 

「―――――………」

 

 ペストは口に手を当てて思案する。これは両者にとって得となる話である。

 今後の準備や謎解きの時間が欲しい参加者側。

 優秀な人材達を無傷で手に入れたい主催者側。

 一週間+一日というタイムリミットは、まさに理想的な期限―――では、ある、のだが。

 

「(………気に入らないわ)」

 

 ペストは不快だった。ローズの行動を制限して、参加者側の優勢を切り崩してやったというのに、不利になるような条件を言ってきた。それが気に食わない。

 確かに、私は若輩者。魔王を名乗れはするけれど、同時にルーキー。思うようにゲームメイクが出来ないのはある種仕方がない。

 ふっと、ローズの恩恵使用禁止を、黒死病を治せる万能薬のみ使用可にしようかと思った。そうすれば、一ヵ月でも文句は言うまい。

 ………いや、それは駄目ね。とペストは切り捨てる。万能薬の使用を可にしてしまったら、私達は万全状態の全コミュニティを相手にしなくてはならなくなる。

 そう考えると、このままジンの提案に乗るのも悪くはない。悪くはない、けれど。

 

「ねえジン。もしも一週間生き残れたとして………貴方は、魔王(わたし)に勝てるつもり?」

 

「勝てます」

 

「〝無限の魔王〟は恩恵使用不可に加え、魔王(わたし)を打倒してはいけないルールに変わったのよ?それでも―――」

 

「僕らが絶対に勝ちます」

 

 ジンは脊髄反射のような答えで返す。

 考えて答えた訳ではないので内心肝が冷えているジン。しかしそれでも、自分の同士の勝利だけは疑っていなかった。

 ………貴女に頼らずとも、僕らだけで魔王を倒せるのだと、絶対に証明してみせます。だからローズさんも、僕らを信じてください!

 

「…………………………………そう。良く分かったわ」

 

 ペストは不機嫌な顔を一転させ、にっこりと笑った。そんな、華が咲いたような笑顔で、

 

 

「宣言するわ。貴方は必ず―――私の玩具にすると」

 

 

 瞳に壮絶な怒りを浮かべた。

 激しく黒い風が吹き抜け、ローズ以外の参加者達が顔を庇う最中、主催者―――〝黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)〟とその配下二人は消え、一枚の黒い〝契約書類(ギアスロール)〟だけが残った。

 

 

『ギフトゲーム名〝The PIED PIPER of HAMELIN〟

 

 ・プレイヤー一覧

  ・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ(〝箱庭の貴族〟を含む)。

 

 ・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

  ・太陽の運行者・星霊 白夜叉(現在非参戦の為、中断時の接触禁止)。

 

 ・プレイヤー側・ホスト指定プレイヤー・禁止事項

  ・〝無限の魔王〟・龍神 空星 ローズ

  *恩恵の使用を禁ず。

  *ゲームマスターの打倒を禁ず。

  *凸ピン禁ず。

 

 ・プレイヤー側・禁止事項

  ・自決及び同士討ちによる討ち死に。

  ・休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。

  ・休止期間の自由行動範囲は、大祭本陣営より500m四方に限る。

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

  ・全プレイヤーの屈服・及び殺害(〝無限の魔王〟を除く)。

  ・八日後の時間制限を迎えると無条件勝利。

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

  一、ゲームマスターを打倒。

  二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 ・休止期間

  ・一週間を、相互不可侵の時間として設ける。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

   〝グリムグリモワール・ハーメルン〟印』




はい、というわけでローズが恩恵使用不可、ペスト打倒禁止となりました。後は原作と変わりません。
ローズも同意してるし、問題ナイデスヨネ?

ゲームルール改変前に、舞台区画から出てしまった場合ってどうなるのかな?知らなかったから許される?それともルールはルールだしアウト?

誘拐されなかった飛鳥の場合は、ディーン手に入れて参加出来るか否か………

追記
凸ピン禁ずを忘れていた!


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