『無音』 (閏 冬月)
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第1章 友の存在
第1小節 この想い旋律に乗せて


初めましての方は、初めまして。
以前に、『無音』を見て下さっていた方は、お久しぶりです。


「何も思いつかない……」

 

私、空音 いろはは机とにらめっこをしていた。

音を一から創るというのは、数々の音を聞いたことがないと出来ないことだろう。生憎私は、私の持つ音を消す程度の能力によって、声しか聞いたことがない。声だけ聞こえるのかがよく分からない。

こんな使えない能力、なんで神様は私に与えたのだろう。

家の周りに人の気配を感じ取ることが出来た。気配を感じ取ることは音の聞こえない私にとって、とても大事なことだった。

誰なのだろう。私の家を知っている人はごく一部だ。

 

「おっす、近くに来たからちょっと寄ってみたけど…前より綺麗になってるな」

「あ、魔理沙か、入る?」

「おう!上がらせてもらうんだぜ」

 

私の家の周りにいた人の気配は、私が親友であると思っている霧雨魔理沙だった。私の家には比較的よく来る。

近くに来たという名目で、私の家に寄っては何かを盗んでいく。

魔理沙はさっきまで私がにらめっこをしていた机を見ると、やれやれといった感じで言った

 

「まだ音を創ろうとしてんのか?よくやるなぁ」

 

デリカシーのない部分は確実に傷である。魔理沙自身に自覚はないとは思う。

そんな部分に私は溜息をつくことしか出来ない。

 

「そういえばさっき近くに来たって言ってたけど、この辺りに何か用事でもあったの?」

「ああ、それなんだが……」

 

そう言って魔理沙は顔を俯かせた。

普通の人間がここに来る事は少なすぎる。

博麗神社の裏山に住んでいるため、来るとしても、遭難した外来人、遊び半分で来る妖精、後は巡回と家賃というか土地代を請求しに来る博麗の巫女、博麗 霊夢ぐらいだ。

そして、魔理沙のような普段ならばこんな変な場所に来ない人がここに来る理由はたった一つしかない。

 

「お前の家に遊びに行こうとしたらよ……。迷った……」

 

ここは私の能力のせいで音が全く無い。更には特殊な磁場があるらしく方位磁石や魔法や能力の場所の把握術は意味をなさない。つまりは能力の阻害されるのだ。私の能力が阻害されない理由はよく分かってはいない。

 

「仕方無いよ、ここは樹海なんだし。それに私の能力だってあるしね」

「本当にお前の家って目立つよなぁ」

 

ここの山は遭難した人の噂が絶えない。樹海の中での私の家はかなり目立つものになる。

魔理沙曰く、目印としては本当に良いものらしい。

博麗神社から私の家の方角を見ても、木々が生い茂っているため、家は隠れてしまっている。

 

「もう夜だし、泊まってく?」

「魔導書はあるか?」

「あるよ」

 

音を創る以外特にすることはないため、本を読むことは私の唯一の楽しみだったりする。山には外来本がよく落ちていることで、外の世界について知ることが出来る。

そんな私が何故、魔導書を持っているかというと、魔理沙から音に関する魔法についての魔導書を借りているからだ。

 

「じゃあ泊まってく」

 

その時の魔理沙の笑顔は盗みを働くことを前提に、泊まるような笑顔だった。まあ、あの魔導書もそろそろ返さないといけないと考えていたところだから、都合が良いと言われれば都合が良い。

 

「ふぁあ〜……。もう眠いし、私はもう寝させてもらうぜ」

「晩ご飯は食べなくて大丈夫なの?」

「いろはの飯は確かに美味いが、量が少ないからな。食べても食べないのと一緒だ」

 

酷い言われようである。

確かに私は少食だ。一度だけ、霊夢に作ってもらった朝食だけで、1日は食べずに過ごすことは出来た。朝食はお茶碗のご飯、4分の1だけで充分なのだ。

 

「酷いなぁ。んじゃあ、お休みなさい」

「お休み」

 

そう言って、ベッドのある二階へと魔理沙は階段を登っていった。

ある程度、魔理沙の気配が遠のいたところで、もう一度、机に向きなおる。

私が聞こえる音が出来るまで、何度でも試行錯誤を繰り返そう。

そう決意を決めても、思いつかないというか何もないという状態のため、何も出来なかった。

 

「誰かがヒントをくれたら多分いいんだろうけど……」

 

私の狭い交友関係からしても、音に関しての知識が深そうな知人は一切いなかった。

 

もう寝よう。

そう決めた私は二階の自室に向かった。

あ、そういえば、唯一のベッドって魔理沙に使われているような。仕方あるまい。今日はソファで寝ることにしよう。

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

朝、起きると家の棚が荒らされているように見えた。

大慌てで二階へと向かう。

ベッドの上には掛け布団の中に蹲る何かがあった。

 

「ねえ魔理沙、昨日誰か入って来・・・魔理沙?」

 

ゆすり起こそうとしたが、触れた感覚は人間の物ではなかった。ゆっくりと沈んだのだ。

掛け布団を剥がすと、そこにはどこから持って来たか分からない、バスタオルが丸め込まれてあった。つまり、ベッドの上には誰もいなかった。家の内にも姿は無い。魔理沙は帰ったと判断しても良いだろう。

そして、ここに来る荒らしそうな人は霊夢ぐらい。霊夢が来たら大体、大騒ぎするから爆睡中の私でも起きる。そこから導き出される答えはただ一つ。

 

「……まさか魔理沙が荒らした!?」

「朝からうるさいわね……もうちょっと静かにしてくれる?」

「れ、霊夢……」

 

来たのは霧雨 魔理沙ではなく、博麗 霊夢。親友である。それに、魔理沙よりも付き合いはずっと長い。

 

「もしかしてあんたまた音創ろうとしてんの?良くやるわね」

 

何の躊躇いもなく、人に傷をつけていくのはとても似ている。本人たちは一切の自覚がないのが、タチの悪さを引き上げている。

 

「魔理沙はうちの神社に寄ってから帰ったわよ。あと音を創ろうとするならアンタらしさを最大限に活かした音を創れば」

「私らしい音……か」

 

私らしさを最大限に活かしたと言われれば、一つにしか絞ることが出来た。

1番のヒントが、与えられたのだ。

 

「じゃあね、私は魔理沙からこの言葉を言ってあげてって言われただけだから」

 

そう言って、霊夢は私の家を立ち去ろうとする。

 

「ホントは優しいくせに「殴られたいの?」すみません調子に乗りました」

 

霊夢からとんでもない量の殺気が放たれたので、私はすぐさま謝った。立場を瞬時に切り替えることが出来ないと、霊夢とは付き合いきれない。

 

「でも…ありがとうね、霊夢」

 

私がそういうと、霊夢は後ろ手にひらひらと手を振って私の家から出て行った。

 

一度だけ、やったことがある。幻想郷中の音という音を全て消し去ってしまったことが。その時は霊夢にこっぴどく怒られたが、今回は許しが与えられた。

 

無機質な無音じゃなければ、無音にだって感情は無限に近いほどある。それら全てをコントロールすることが出来るのが、私の能力。音を消す能力ではなく、無音を操る能力。

やってみよう、私にしか出来ない音を、この私の想いをみんなに届ける。一時的に幻想郷中の音を消す。その『一時的』は、私の今までを詰め込んだ曲が終わるまで……。

5分12秒。これが私の限界だ。

 

 

届け、この想い旋律に乗せて

 

 

 

『無音』

 

 

 

 

それは、彼女にしか聞こえない音。

それは、彼女以外にしか聞こえない感情。

 

それ以来、空音いろはは外へ出た。

何故、彼女の能力が消えたのかは分からない。それは誰も一緒だろう。

その音は、一応、異変として位置付けられた。

しかし、博麗の巫女がしばかなかった異変で、珍しい異変だった。

その異変は、こう呼ばれた。

 

『無音』

と……。



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第2小節 とある夢

やっとの更新です。
本当にお待たせいたしました。
『無音』の2話をご覧ください。


私は気がついたら、周りが白い不思議な場所にいた。

先ほどまで、私は確か台所に立っていたはずだ。

不思議な場所とは言っているが、何故か既視感があった。

 

「どこなんだろう。ここ」

 

私は何となくそんなことを呟いてみた。

意味があるかどうか聞かれたら、確実に意味はないと答える。ただ、ここに私だけなのかを確認するための作業だとも言えた。

 

『解ってるくせに』

 

どこからか声が聞こえた。その声は酷く聞き憶えがあった。それもそうだ。生まれたときからずっと聞き続けてきた声、私自身の声だ。

白い空間に更に白く眩い光を放つ物体が収束し、人の形を象ってゆく。

 

「解らないよ。ここってどこなの?」

『解らないのならそれでいい。解ったらここに来れないし』

 

何なのそれ?

そう思う私もいたが、この答えに対してなるほど、と納得している私もいる。

ここはそういった空間。そう推測するとここはどこなのか、なんとなくだが、当たりをつけることは出来た。

 

『何個、いや1個だけでいいか。聞きたいことが1つだけある』

「その前に私が聞きたいんだけど。君は誰なの?」

『その答えを知る必要は今はない。どうせ、ここから出るときにいやというほどに気付くんだし』

「そう、なんだ。それはそれでいいや」

 

考えることに対しての疲労が溜まってきた。

私がこの場所に対して、推測したのは夢。ここは夢なのではないか。そして、私は誰かと対話しているということ。対話している相手は誰か。それは何も推測が立たない。

 

『一つだけ聞きたいんだ。君は、自分の役目を理解しているの?』

「役割?そんなの分からないよ。けれども、霊夢や魔理沙、他のみんなと一緒にいることが出来る。それだけで、私は楽しいと思っている。結構簡単に言うと、私の役目なんて今は分からない。だから、みんなと一緒にいるために生きてるんだ」

 

これは、私にとっての心の底からの回答だった。

霊夢とか魔理沙とかみんなと一緒にいるのが楽しいと感じている。

私がそういうと、光は不満げな表情を見せた。

 

『ふーん?まぁ、近々君の役目を嫌という程思い知らされるときが来るよ。君はそれでも、笑ってみんなと楽しく生きていられるかな?』

 

その声はとても不満そうだった。なぜ、知らないのか。そうでも言いたいのだろう。

 

「……その時はその時だよ。けれど、生きていられると思う。私が諦めない限りはね」

 

我ながら恥ずかしい言葉だ。

 

『あ、そうそう、最後に一つだけ聞きたいけど、あの音はまだ残ってるのかな?』

「当然、残ってるに決まってるよ。あれは私だけじゃなくて、幻想郷にとって大切な音だから」

 

 

 

『それじゃあ、その時が来たらまた会うことになるんだろうね。それまで、暫しのお別れかな』

「けど、私はもう会いたくないね。君とは」

 

 

 

 

 

 

「「じゃあね。空音いろは」」

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ましたら、いつもの自分の家の中にいた。

ベッドの上ではなく、キッチンに立っていた。

 

「さっきのは……夢?」

 

立ったまま眠っていたとは私のことであるが、器用なものだと、笑いがこみ上げてきた。

しかし、さっきのは何だったのだろう。

思い出そうとしても、白く靄がかかったようにぼやけていく。

突然、胸の奥から吐き気がした。

キッチンで吐く訳にもいかず、急いで外に出て、吐くとある程度はスッキリした。口の中にはなんとも言えない苦味は残ってはいるが。

 

木々の葉の隙間から漏れ出る、月の光は暗くはなっているものの、新月になれば漆黒の闇となる、裏山を照らしていた。

そして、夢の中で言われた言葉の中で朧気だが、まだ覚えているものを否定するように自分の存在を確かめる。

 

 

私はここにいる。私は今を生きている。私は私なんだ。

たったそれだけでいいんだ。みんなと笑って生きていられるなら、それだけでいいんだ。

 

 

 

折角なのだから、この心情が音に表わそうと思い、私は家の中に入った。

 

 

私は今の生き方を選んだ。今まで通りの生き方、今までと何も変わらない生き方を選んだ。

その後に、嫌というほど理解させられることになる、私の役目を解らないままに。

 

 

 

 




フラグは立てときました。
後々の展開に期待しておいてください。

また、会えたら嬉しいです。


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第3小節 あなたは今、幸せですか? 前編

「ふうぅ……」

 

私は今、暇という原点にして頂点の至高とも言えるであろう時間を過ごしていた。

外は夏真っ盛り。多分、山を下りれば暴力的な日差しが私をこんがりと焦がすだろう。

しかし、私が住んでいるのは緑が生い茂る山。

刺々しい夏の日差しは木々の葉が受け取り、柔らかな暑さに変える。そして、風鈴の音と木の葉と葉が擦れる音が私に涼しさを与えてくれる。

こんなにも夏で快適に過ごせる場所は幻想郷で、ここ以外にあるだろうか。

いや、ないだろう。いや、あった。

紅魔館。あそこは年中快適だ。

一度、咲夜さんになぜ快適なのかを聞いてみたが、エアコンという機械を使っているかららしい。

簡単に言えば、風で部屋の中の温度を操る機械だ。風というのは涼しくするだけだが、暖かくするのはどういった仕組みなのだろう。河童の人に聞いてみたいが、あの人たちは技術を絶対に漏らさないだろうし……。

 

 

しかしだ。

この家の中はエアコンとやらの機械を使わずに涼むことが出来ているのだ。

此処こそが幻想郷の最大の避暑地なのではないだろうか。

 

「まさに天国……。此処に住ませてくれた霊夢ではない、前の博麗の巫女様と偉大なる我がご先祖様に多大なる感謝を忘れません」

 

私は珍しくご先祖様に感謝した。基本的には私は過去を振り返らない主義だ。過去のこと考えるより今のことを考えよう。

それにしても霊夢も魔理沙も全く来ない。平和だ。いつもならば今の時間から、霊夢か魔理沙は遊びに来て騒いでいる。そのまま昼寝でもしようかと考えている時だった。

 

ドンドンと、他人の家の耐久のことなど、全く考えない暴力にも似た力強いノックが家全体を響かせた。

誰なのだろうか。いや、そんなことはとうに分かりきっている。

霊夢しかいない。

そのとき、自らフラグを建築していたことに気付き、自分を悔いた。過去は振り返らない主義ではあるが、流石に後悔ぐらいはする。

 

「ハイハイ。すぐ開けるからもう少し待ってて」

 

イライラしながら、鍵を開けた瞬間、

 

ガチャ

バッ

ドスッ

「グエッ!?」

 

効果音の説明。

ガチャ 鍵を開けた音

バッ 霊夢が勢いよくドアを開ける風切音

ドスッ ドアノブが私のみぞおちにきれいに入った音

 

とりあえず言えること、かなり痛い。

 

「あ、いろは。そこにいたんだ」

「ゲホッ…その前に言わ、ないといけないことがあるでしょ」

「めんごめんご」

 

その霊夢のノリが軽そうな態度に怒りがふつふつと湧き上がってきた。

その怒りをなるべく表情に表さず、霊夢のことをまっすぐ睨みつけながら何の用件かを尋ねた。

 

「あんたの家に涼みに来たのよ」

「ああ〜」

 

理解した。そして理解した私は少しだけ機嫌がよくなった。

態度をコロコロと変えるのは、霊夢や魔理沙などの破天荒な人と付き合う上でとても必要なことだ。

とりあえず、そんなことはどうでもよくて。

やはり、霊夢も此処のことを涼しいと思っているようだ。

私の同士、1人目だ。

 

「このお茶開けるわよ〜」

「えっ。いや、だめ……。って言う前にもう開けてる!?」

 

 

 

__________

 

 

 

 

完全に霊夢はまるで自分の家のように振る舞っている。

勝手に1番良いお茶を開けたし、現在進行形で人の家の冷蔵庫(ほぼ機能していない)を漁っているし。あのお茶かなり大切にしてたのに……。

 

「ん?何?この本?」

 

霊夢は冷蔵庫の中身を漁るのをやめて、本棚の中身をひっくり返していた。

そして、霊夢はある一冊の本に目がついたらしい。他の本には背表紙がついているのに、1冊だけ紐で纏められているだけの本。

その本というのは、私が1番大切にしていて、中でも誰にも見られたくない本だった。

その本の名前は、空音の音。

私の一族がずっと大切に紡いできた特別な音楽たちだ。

見せたくない大きな理由としては、その音楽たちを聴くと、半端な心構えでは精神持たない。

 

私は霊夢を止めようとするも、霊夢は適当に開いたページの五線譜の上に指を滑らせていた。

 

「やめてよ……」

「なんで?」

 

霊夢の腕を掴んだ。もう、やめてほしいから。

腕を掴まれたことに驚いた霊夢はこちらを見つめた。霊夢の私を見つめる目は完全に生気を失っていた。

 

「私は博麗の巫女だよ」

「違うの…。霊夢、あなたが壊れたら、私は誰を頼ればいいの?」

 

外で何かが割れる音が聞こえた。

そのとき、幻想郷の何もかもが

 

 

 

 

 

 

 

 

消滅した。

 

 




次回、『無音』最終回となります。
コラボはちゃんと行いますよ。

それでは。


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最終小節 あなたは今、幸せですか? 後編

全て消滅した幻想郷の中に、一つだけ存在するものがあった。

それは、空音の音だった。

そして、それに近付く気配が一つ。

その気配が空音の音に触れた瞬間、存在を現した。

それ、彼女は空音いろはだった。

 

「本当だったんだ……」

 

彼女自身も大きく驚いているようだ。

空音の音というのは、先代の博麗の巫女ととある駄神が共同で特別な結界を張ったものだ。

その結界のおかげで、幻想郷が消滅しても空音の音なんとか存在していた理由である。そして、空音の一族はそれを代々、受け継ぐ義務がある。

 

現在、八雲紫はどこにいるのかはわからない。

どうすれば、幻想郷を再建することができるかなんてものは誰も知らない。

 

 

 

 

けれど、なんだかお母さんから聞いたことがある。

空音の一族は、ちょっとしたことをしないといけない。

そのときはいつ来るかは知らない。けど、必ずやってくる。

 

確か、お母さんはこう言った。

 

もし、そのときが来たら、まず空音の音に書かれてある五線譜を全て、ビリビリに破く。

そして、どんな方法でもいいから、空音の音にある音を全ての音を奏でて。

と。

 

私はその言葉のまま、空音の音を勢いよく破いた。

すると、頭の中で一気に音楽が流れ始めた。

正直なところ、頭がパンクしそうだ。それに、この中から、1つの曲を見つけることがとても難しそうだ。

しかし、この幻想郷は私にしか救うことが出来ない。

それならば、やらないわけにはいかない。

どれだけ難しかろうが、みんなを救う手段があるのならば、私は命でもなんでも、私の全てを賭ける。

 

まず、この状態でも、音を出すことができるか確認。

声と口笛なら大丈夫そうだ。

そして、持ち前の絶対音感で一連の曲を見つけ出す。

そこからは私しか出来ないことだ。

 

一番最初に見つけた音を口笛で奏で始める。

そうすると、なんとなくだが幻想郷の輪郭が見えてきた。

私のご先祖様は、幻想郷が消滅した時に再建することが出来る音を創っていたのか。そう考えると、ご先祖様には頭が上がらない。

奏で始めてから、少しの時間が経った頃、ある言葉が頭の中に浮かんだ。

あの時の白昼夢とでも言うべき、夢の中で言われた言葉。

 

『近々、君の役目を嫌という程、思い知らされる時が来るよ』

 

これが私の役目なんだろうか。

私は今になって、あの夢の内容を全て思い出した。

 

(ほんっと、嫌だって思うほど、思い知らされてるよ……!)

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

全部の空音の音を奏で終わった。

我ながらよく頑張ったと褒めてやりたい。

 

私は極度の疲労で倒れていた。

博麗神社の境内のど真ん中でだ。

これは霊夢に怒られるだろう。

もし、この状態で能力を使えと言われて、使ったとしたら多分私は死ぬ。そんなことは絶対にしたくないけれど。

 

視界の端に紅白の姿が見えた。

見間違えようがない。霊夢だ。

なんて言われようとも、怒られようとも、甘んじて受け入れること心の中で決心した。

 

「大丈夫ですか!?」

 

え……?

 

「なんで霊夢…そんな他人行儀な態度にとるの?」

「いや、初対面の人には行儀よくしないと」

 

もしかしなくとも、私の存在が無くなっているのだろうか?

そこでやっと気づいた。

私の音をまだ奏でていないんだ。私は、まだ存在していないのだ。

 

私の音というのは、私のこれまでを詰めて、私の心、記憶、感情を込めた『無い』音。

ねえ、みんな、聞いてくれる?

ねえ、幻想郷、あなたも聞いてくれる?

 

私はそっと左胸に右腕を当てた。

これってスペルカードと言っていいのかよく分からない。私は、弾幕勝負なんて物騒なこと、やったことがないから。それでも、私はこれをスペルカードとして扱おう。

たった1つの私だけのスペルカード。

 

それでは聴いて下さい。

 

「スペルカード 音符 『無音』」

 

空音 いろは唯一のスペルカードが生み出したのは、弾幕ではなく、正真正銘の空音 いろは、最期の演奏だった。

5分23秒。

その中には、空音いろはの人生が詰まっていた。

音が聴こえず、絶望にも似た日々、霊夢や魔理沙との楽しい日々、『無音』奏でた時の感情、その他にもたくさんの彼女が紡いできた物語が短い時間で奏でられていた。

 

そして、最後の彼女の小さな問い。

 

あなたは今、幸せですか?

 

 

 

 

「ごめん!忘れてた!」

「…………」

 

頬に涙が零れてきた。

 

大丈夫。私は貴女、霊夢や魔理沙、みんなと出逢えて本当に良かった。

最期にみんなに思い出してもらっただけで充分。

 

私は少しだけ、微笑んだ。

 

「やめてよ!いろは!逝かないで!」

「ごめん……。約束、破っちゃった」

 

約束、それは霊夢の前で、死なないこと。

 

「いろは!」

 

 

 

 

じゃあね。みんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一週間後、人里近くの命蓮寺にて空音いろはの葬式が行われた。

そこには、多くの人や妖怪たちが参列したという。

 

 

 

___________

 

 

 

 

その時、処刑人は呟いた。

 

「その魂、ここで朽ちるには早すぎる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、輪廻の輪は狂いだす。くるくると、狂狂と。

 

 




どうも、閏 冬月です。

番外編として、エゾ末様の
東方姉弟録 〜もし霊夢に弟がいたら〜
とのコラボになります。


次回もよろしくお願いします。
以上、閏 冬月からでした!


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番外編
番外編 in初詣


明けましておめでとうございます!
新年初っ端から小説投稿です!



「happynewyear! いろは!」

 

 

 

 

 

「魔理沙、寒いから扉閉めて」

「お前なんで、布団にくるまってんの?」

 

ここは夏は涼しいが、その反動みたいに冬が寒い。

雪も積もり、更に寒さが増す。

私は寒さには弱いので、布団にくるまっていた。

山になんて住むんじゃなかった。

 

「いろは、寒くても動かないと体に悪いぞ。運動ついでに初詣に行こうぜ!」

「どこ?博麗神社?」

「いいや、守矢神社の方だ」

 

なぜだろう。博麗神社の方が圧倒的に近いことは魔理沙も分かっているはずだ。

それなのに、なぜ守矢神社に行くのだろうか。

私の疑問を見透かしたように、魔理沙は口を開いた。

 

「だってさ。霊夢も知らねえ神様だぜ?ご利益なんてもっと分かんねえだろ」

「確かにね。霊夢が自分の神社の神様のことを知らないのは霊夢自身の修行不足だと思うのは私だけかな」

「いいや。私もそう思うぜ。あいつは修行が大っ嫌いなんだからよ。私やいろはのように自分を高めるには、鍛えないといけないのによ」

 

そして、魔理沙はテーブルの上に置いてあったクッキーを食べ始めた。

やはり霊夢と魔理沙は傍若無人なところが似ている。

良く言えば、何も気にせずに、大胆な行動をすることができる。

悪く言えば、人の迷惑を全く考えずに行動する。

 

2人とも人間性の修行をしてみてはどうだろうか。

そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

~少女移動中~

 

 

 

 

 

 

「ひは、ひはかんら(舌、舌噛んだ)」

「ん?いろは、なんて言ってんだ?」

 

魔理沙の箒に一緒に乗って来たけれど、魔理沙は普通にスペルカードのブレイジングスターでスピードを上げた。スピードは上げないでってかなりの回数、言ったのだが。

そして、私は舌を噛んだ。これはどう考えても魔理沙が悪いと言えるだろう。

魔理沙の頭を強めに叩いたあと、周りをキョロキョロと見渡した。

 

「意外と人が多いね」

「まあな。博麗神社よりかは妖怪神社らしくはないからな」

「妖怪の山の山頂にあるのに妖怪神社じゃないんだ」

「索道があるからだろ」

 

 

そんなことをしゃべりながらだけれど、やはりこの時期の山は寒い。

屋台でおでんがあったのでとりあえず買った。

 

一口食べたら、体の中におでんの暖かさが染み渡ってきた。

それに美味しい。出汁は昆布か。かなり優しい味だ。

 

「おい、あそこに酒があるぜ。いろは、一緒に飲もう!」

「いや、ちょっと待って。私お酒弱いんだって」

 

そのお酒の店の主人が意外な人物だった。

 

「いらっしゃーい!」

 

店に入ると、聞き覚えのある声が聞こえた。

そして、次に見えたのは紅白の巫女服。

何を隠そう、守矢神社とはライバル関係にある博麗神社の巫女、博麗 霊夢だ。

 

「れ、霊夢!?なんでここにいるの!?」

「霊夢!博麗神社にとうとう見切りをつけたのか?!」

 

魔理沙、それは流石に多分ないと思う。

 

「いろはに魔理沙、いらっしゃい。今ならさっきの言葉は聞き逃してあげるからさっさと出て行きなさい」

 

殺気が、殺気が霊夢の纏う空気から放たれている。非力な私にとってはそれだけで、命の危機を感じる。

そして、霊夢によって店から追い出された。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

初詣ということで、守矢神社の本殿にお参りすることになった。

本殿には、当然だけど早苗さんや神奈子様、諏訪子様の三柱がいた。

早苗さんは色々と布教してるみたいだけれど。

 

「いろは、お前、金持ってるか?」

「え?うん。お釣りぐらいだけど」

 

ここで私は察した。

魔理沙は屋台で色々と買っていた。

しかし、持っているお金がない。

つまりはツケで買ったのではないか?

 

「御賽銭だけでいいんだ。くれないか?」

「御賽銭だけならね。後日でも良いから、屋台の人たちにお金払うこと」

「うぐっ……。分かったよ……」

 

魔理沙の諦めるような声を聞いてから、私はポシェットから寛永通宝を一枚だけ取り出して魔理沙に渡した。

 

そして、お参りだ。

御賽銭を投げ込んで、二礼二拍手。

そして願って、

 

 

 

 

一礼

 

 

 

 

「いろは、お前何願ったんだ?」

「魔理沙は?」

「私はなぁ。もっと強い魔法を使えるようになる!ってことだな」

 

なるほど、魔理沙らしいお願いだ。

してくださいじゃなくて、断言しているところとかも。

 

「いろはは?」

「確かこれって言っちゃったら叶わないんじゃなかった?」

「あ……」

 

魔理沙はそういえばそうだったみたいな顔したあと、あからさまに落胆した。

 

私が願ったのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなとまだまだ一緒にいたいので、この縁が切れないようにしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんの今年の目標はなんですか?
僕は抱負としては

後先考えずに突っ走る

です。

それでは、皆さん!
今年もよろしくお願いします!


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姉と弟の二重奏

『無音』ではお久しぶりです。
今回は、エゾ末様作

『東方姉弟録 〜もし霊夢が姉だったら〜』

とのコラボ回となっております。
そして幾つか注意点です。
1、いつも通りの駄文になっています。
2、いつにも増して、キャラ崩壊になっています。特にコラボするお相手のオリキャラです。

以上のことを踏まえた上で、ご覧ください。
大変長らくお待たせしました。
『無音』、姉と弟の二重奏 どうぞごゆるりとご覧ください。








「どうしてこうなったんだろう」

 

どうなっているのか、それが気になる人は多いと思うが、まずはおよそ4時間前に遡って欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

『無音』から一ヶ月、人里の人と交友関係を広げてきたところだ。

私は人里に出るのではなく、博麗神社の裏山にある自宅にて、暇という名の神が創り出した有意義な時間を過ごしていた。

そんな時、静寂を破る激しいノックの音が家を響かせた。

そんなことをするのは、霊夢か魔理沙しかいない。

 

「はーい、誰って、霊夢?今月分の家賃はちゃんと払ったよね?」

「違うわよ!あんたにね、私の弟を紹介しようと思っているのよ」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

そして、現在に至る。

 

 

「こっちが私の弟のトオル、んでこっちが私の友達の空音いろは」

「初めまして、博麗トオルです。よろしく」

 

姉と全く似ず礼儀正しい、しっかりとした弟だ。

本当に姉弟なのだろうか。

 

「初めまして、空音いろはです。えぇっと、『無音』を起こした張本人です」

 

こんな真面目そうな人に、更には博麗の巫女の弟に未解決だと言われる異変の張本人だと伝えるとどうなるか。

 

「霊夢、あの異変の妖怪退治してないの?」

「あれはいろは、人間が起こした物よ」

 

そう言われたトオルさんはバッと戦闘態勢をとった。

そう、これこそが本当の博麗神社に勤める者の姿勢だと思う。

霊夢には失礼だが、数言で判別ができてしまうほどにいい加減だ。

 

「トオル、やめなさい。そんなに疑うのならいろはの家に行って確かめて来ればいいじゃない」

 

トオルさんはグッとこらえているが、最後には渋々承諾していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トオルさんは宙に浮いて、私の家に向かっていた。私は宙に浮くことが出来ないので当然徒歩だ。

 

「あ、トオルさん!その辺りから宙に浮くのをやめてください!」

 

聞こえたのか解らないが、遠くから何かが聞こえた。

3分後にはトオルさんは私の隣に着地した。

 

「あれ?何だか感覚が…」

「この辺りは特殊な力で能力が制限とか阻害されるんです」

 

私の能力は何故か例外となっている。

 

そんなことを話しながら歩いていると、私の家の壁が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「住んでるところ以外は本当に人間なんだなぁ」

「まぁ…そうなんですけど」

 

住んでいる所が人間ではないというのは、認めざるを得ない事実。

この辺りは、本来ならば妖怪が住んでいてもおかしくはない。しかし、特殊な力のせいで迷った妖怪もここは通らない。更には、私の能力のせいで誰も寄りつかない。

能力が非力で、弾幕の使えない私にとってはとても都合のいい場所だ。

 

伝説によると、魔界の門に通ずる洞窟が近くにあるらしい。

 

「人里になんで住まないの?」

「能力で他の人に迷惑をかけたくなかったし」

「異変を起こした人が言う台詞かな…」

 

ごもっともな意見です。

 

「でもさ、今じゃあの異変は良い印象があるし、音も綺麗だったし、別に大丈夫だったと思うよ」

 

まさか、褒められるとは思わなかった。

少しだけ嬉しい。

 

トオルは辺りを見渡し、本棚に目をつけた。

 

「この本とか円盤って何?」

「ああ、円盤は私が創った曲を聞けるよ。それだけじゃ流れないから専用の器具を使わないといけないけど」

「なんだろう、この本。鈴奈庵でも見たことない…」

 

トオルは目を輝かせながら本棚を物色していた。

私の話なんか眼中になさそうだ。

それにしても、本になると食いつきが違う。霊夢から聞いていた通りの人だ。

 

ドンドン!

 

この建物への影響を全く考えずにノックをする人ははあまりいない。

 

「「霊夢か」」

 

息ぴったり。

 

「はいはい、今開けるからもうちょっと待ってて」

 

ガチャ

ゴンッ

 

霊夢が勢いよく、ドアを開けたせいで、ドアノブが勢いよく鳩尾に入った。

痛い。

あと、左足の小指もドアに当たって痛い。

 

「あ、いろはごめん」

 

軽く謝る霊夢に対して、多少の怒りを感じつつもどうしたのかと尋ねる。

 

「そろそろトオルに晩ご飯を作らせないといけないからさ」

「え?今日は霊夢がやるって言ってなかった?」

 

突如始まった姉弟喧嘩を尻目に、霊夢が来てから開けっ放しとなっているドアの向こうを見てみた。

そこでは、夕暮れもとっくに過ぎ、黒くなっていく山の陰が見えた。

山の中で夜になってしまっては、遭難する恐れがある。

更には、今宵は新月。月明かりが無いだけでも山は凶暴性を一気に増す。

 

「今日はうちに泊まって行ったら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「美味しい!」」

 

2人は口を揃えて言った。

どういう状態かと言うと、霊夢とトオルは私の家に泊まることになった。

私としては、霊夢かトオルのご飯を食べてみたかったが、高望みをしてはいけないので、私が晩ご飯を作ることにした。

今日の夕食は紅魔館の咲夜さんから教えてもらったクリームシチューに初めて挑戦してみた。

咲夜さんの味とまではいかないものの、初めてにしては上出来の味だ。

そして、博麗姉弟にも舌鼓を打ってもらっている。

 

1時間後

 

「ふう、お腹いっぱいだわー」

 

霊夢とトオルだけで寸胴二杯分のシチューを食べきった。

そよ大半はトオルだ。成長期って怖い。

 

「何か手伝うよ」

 

本当に霊夢の弟なのかなぁ?

血が繋がっているようには思えない。特に性格。

 

「スー、スー……」

 

霊夢はもう、夢の世界へと旅立ったようだ。

子供だなぁ。そんなことは本人の前では言えない。

何故か。

殺されるから。

 

「トオルも寝たら?そこまで忙しくもないし」

「分かった。今日はありがとうね、いろは。おやすみ」

「うん、おやすみ」

 

 



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第2章 その音は受け継がれる
第1小節 その音は生まれ変わる


どうも、お久しぶりです。

今回から『無音』2章
その音は受け継がれる

やっていきますよ!


人里の中央近く。

そこに、新しき命が生まれようとしている。

 

「生まれた!」

 

そうして、父親は生まれた赤児を抱き上げた。

 

「見ろ。これが俺たちの子供だ」

「ハァ…ハァ…。 可愛いわね」

 

この命、魂の色が見える者なら一目で分かるだろう。

 

「女の子だ。名前は前に決めていたものでいいよな」

「ええ」

「この子の名前は、陽友 彩葉だ」

 

彼女は、とある処刑人によって魂の審判を見逃され、この幻想郷に転生した。

 

この魂の前世の名は、『空音 いろは』だ。

 

 

 

___________________

 

 

 

 

「お母さん、遊びに行ってくるね!」

「彩葉、1つだけ約束して」

「何?」

「神社には行かないこと、約束出来る?」

「なんで?」

「あそこは妖怪の住まう神社だからよ」

 

違う。違うよ。お母さん。

あそこは私にとっても、他の人たちにとっても大切な場所なんだよ。

 

 

 

___________________

 

 

 

 

「あっついー!!」

 

私は博麗神社への道を進んでいる。

神社は山の中にあるため、傾斜がきっつい。

真夏の太陽が私を焦がそうとしていた。

山というのに、1つも休憩ポイントがないのは厳しい。

今度、霊夢さんに言ってみよっかな〜。

 

「は〜。もっと近くにあったら参拝客も増えると思うんだけどなぁ」

 

7割がた私情を挟んでいます。

 

「やっほー」

 

声がした。

周りには誰もいない。

山から?いいや、違う。

空からだ。

 

上を見上げると、目と鼻の先に人がいた。

そして当然、私は後ろに倒れた。

 

「ちょっ、桜花。どいて、動けない」

「アッハハ!」

 

私の上に降りてきたのは、博麗桜花。

次の博麗の巫女だ。

数少ない私の友達だ。というよりかは同年代の数少ない友達といった方が正しいような気がする。

 

「桜花、ほんとにどいて、重い」

「いーやーだー」

 

子どもっぽすぎるのが欠点だけど。

 

「だって彩葉遅いんだもん。だから待ちきれなくて迎えに来ちゃった」

「うっ」

 

遅い。まさに図星だ。

だけど、だってじゃないでしょだってじゃ。

どくのか嫌な理由が遅いからは、理由として間違っているだろう。

 

「分かった。遅かった私が悪かったから、ほら。どいて?」

 

なんで私が謝っているのだろう。

謝るのは私の頭上に着陸した桜花のはずだ。

 

「うん!いいよー!」

 

桜花は私のお腹の上から退き、ぱんぱんと砂を払っている。

私もそうする。

 

「さ!行こ!」

 

桜花は何かから逃げるように、私の手を引っ張ってくる。

 

「痛い痛い!」

 

桜花の細腕になぜこんなに力があるのだろう。

そんなことを考えていると、ヌゥッと空間から手が出てきた。

 

「桜花〜?どこに行くというのかしら?」

 

その声の主は、八雲 紫という名の妖怪だ。

妖怪のくせに博麗の巫女に色んなことを教えている。

 

「さ。修行の時間よ」

「嫌!紫の修行嫌い!ついでに紫も嫌い!」

 

そう、桜花は紫に言い放った。

 

「行こ、彩葉」

 

そのあとの紫の様子は、まるで孫に嫌われ絶望の淵に追いやられたおばあちゃんのような雰囲気を醸し出していた。

そして、私は誰にも聞こえない程度で紫おばあちゃん…。と呟いてから、桜花の後を追った。

 

 



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第2小節 過去の人

今回は、ちょっとした、けれども、彩葉にとっては大きな展開です。


in 博麗神社

 

祀られている神様が全く分からないため、ご利益も全く分からない神社。

これは神社としての役割があるのだろうか。

私には分からない。

 

「お母さーん!彩葉が遊びに来たよー!」

 

しかし、返答はない。

 

「霊夢さん、いないんじゃないの?」

「いや、いる」

 

桜花は、確信を持った顔でそう言った。

大きく息を吸ってー。

 

叫ぶ。

 

 

「オーーイ!万年金なし貧乏巫女ーーーーー!!!」

 

奥の方から、ガタッと音が鳴り、そこからここへと土を駆ける音が聞こえてくる。

そして現れたのは、桜花の母親の博麗 霊夢さんだ。

いつもは優しそうな雰囲気を纏っている人だけど、今は違う。

あの目は、桜花をどうシバこうか考えている目だ。

私のことなんて全く写っていない。

 

「桜花ぁ?その言葉を私に言うなって何回言ったぁ?」

「あーあー。お祓い棒に陰陽玉まで持ち出してさ。私をシバこうとしてるの?」

 

これは……。

壮絶な親子喧嘩が始まる。

私のことは考えておらず、巻き添えを喰らうパターン。

一度だけあった。それが。

 

「霊夢に桜花、今はお客さんがいるんでしょ?」

 

その声を発した人物は、いつも、そしていつまでも空っぽであり続けるお賽銭箱の後ろに立っていた茨歌仙さんだ。

どうやら、壮絶な親子喧嘩が始まる前に止めてくれたらしい。

 

 

「あ、彩葉ちゃんいたのね。いらっしゃい」

「お…おじゃまします」

 

正直に言うと、さっきの霊夢さんの姿を見ると恐怖を覚える。

そんなこと絶対に言えないけど。

 

「さてと、霊夢に桜花、貴女たちの力は他の人に比べて大きいってこと知ってるわよね」

「「そんなこと当然でしょ!」」

「なら、その力を親子喧嘩で使うなってこと、何回言ったかしら?」

 

ああ。始まった。

歌仙さんのお説教。

 

「「よ…4回くらい」」

「物覚えの悪い猿でも私の手にかかれば2回もすれば、してはいけないこととそうでないことくらいは覚えるわよ!」

「「私は猿じゃないもん(でしょ)!」」

「猿以下って言ってんのよ!」

 

 

そして、今日も神社に説教が響く。

 

 

 

___________________

 

 

 

「ごめん、彩葉。見っともないところ見せちゃって」

 

現在、私たちは縁側でお茶を飲んでいた。

霊夢さんが淹れてくれたお茶なだけあってか、ものすごく美味しい。

 

「あはは、見っともないのはいつものことだと思うよ」

「え!?彩葉いつもそんなこと考えてたの!?」

 

お金と食べ物に関しては、本当に見っともない。

人里を歩いていると壺とかの中を覗いたりする。

そして私が何してんの?と聞くと、お金落ちてないかな〜って思って。という返答が返ってくる。

さすがに霊夢さんの遺伝とかではないよね。

 

「桜花、こんなにも暑い日に私を呼んだんだから何か用事でもあるんでしょ?」

「うん。神社の奥って裏山になってるからさ。探索しよ!って思って」

 

無計画だ。これだから桜花の友達は疲れるのだ。

そんな私の思いを察したのか、慌てて桜花は弁明した。

 

「いやいや、裏山に家があるらしいんだ。そこに行こうよ!」

「家?」

「そう、家」

 

少しだけ興味がそそられた。

あんな緑の生い茂る森の中に家を建てるなど、とてつもない変人だろう。

 

「そんで、その家の持ち主はもう死んだんだけど、名前が彩葉一緒なんだよ」

「どんな名前?」

「えーと、確か……『空音 いろは』」

 

 



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第3小節 奏でる、あの音

博麗神社の裏山にあるという家に向かって、私こと陽友 彩葉とその友達の博麗 桜花は登山をしていた。

裏山の中は、残暑が厳しい秋でも木漏れ日により暑さが大分軽減されていた。

ここに住んでいた『空音 いろは』という人はとてつもなく頭が良かったのだろう。

さっき変人とか思ってましたごめんなさい。

 

「ねえ桜花ー。いつまで歩いてるの?そろそろ足が止まるんだけど」

「うーん。お母さんが言うにはもうそろそろのはずなんだけどな〜」

 

さっきから、同じところをぐるぐると回っているような気がして、不安だ。

霊夢さんに案内を頼んだ方が良かったと思う。

 

「あ!あったあった!」

 

そこにはちゃんと家があった。

自分が考えていたのは、小さい掘っ建て小屋を想像していた。

普通の家だ。

 

 

 

なんだか、懐かしい…ような…。

 

「彩葉ー?どうしたの?」

「…。あっ!ごめんごめん。ボーッとしてた」

 

懐かしいというのは多分勘違いだろう。

こんなところに来たことも見たこともない。

 

この時、彼女は自分の前世の記憶がうっすら呼び起こされたのには、当然気付くわけもなく、ただの勘違いだろうと処理した。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「へぇ、こんな裏山とかいう変なところに住んでるんだし、住んでる人は変人だと思ってたんだけど、普通の人なのかなぁ?」

 

桜花は手を頭の後ろに回して、そんなことをぼやいている。

初めは私もそう思った。

家の中を見ている限り常識人なのだろう。

 

「ねえ桜花。この家に住んでる人って……」

「もういないよ」

「この幻想郷に?」

「ううん。この世に」

 

亡く…なったのか。

そう私が認識すると、桜花は私の顔を覗いて来た。

 

「どうしたの?彩葉。さっきからボーッとしてたり、顔色が悪かったり」

 

 

 

桜花に心配されるほど、私は顔色を悪くしていたのか。

全く意識なんてしていなかった。

いや、顔色なんて意識して操作できない。

 

「ううん。なんでもない」

 

桜花の心配を拭うため、精一杯の作り笑顔を桜花に見せた。

 

 

ガチャ

 

 

扉が開いた音が聞こえた。

この家に誰かが入ってきたのか。

 

「彩葉。そこの角にいて」

 

桜花がそう言ったので、私は素直にその指示に従った。

桜花は臨戦態勢を整えていた。

 

トントントンと足音が近づいてくる。

 

トントントントントントン

 

「いやぁ、やっぱここって迷うな〜」

 

この声は聞き覚えがある。

この明朗快活な声の持ち主は、

 

「「魔理沙(さん)!?」」

「おおっ!?桜花に彩葉、なぜここに?」

「魔理沙こそなんでここに?」

 

 

 

〜少女達説明中〜

 

 

 

魔理沙さんはこの家の前の持ち主、『空音 いろは』さんが死んでから、ずっとこの家の管理をしているらしい。

管理をしている理由の一つは、むしゃくしゃしたときにここに来ると、彼女の音が聴けて落ち着く。だそうだ。

 

「ふーん、魔理沙ってそういうところあるんだ〜」

「まぁな、あの頃の私たちにとっては珍しい普通の人間の友達だったからな」

「普通の人間……」

 

霊夢さんや魔理沙さんからその人の話を聞いている限り、普通の人ではない気がする。

『無音』

という名の異変を起こしたらしいし。

そして、桜花の目には嫉妬の色が見えている。

 

「なあ、彩葉。お前だったらあいつの音、奏でられんじゃねえか?」

「え?いやいやその人の音ってその人だけの音なんだから弾けないよ」

「大丈夫だ。お前はどことなくあいつと似てるからよ」

 

そんな魔理沙さんの無茶ぶりに困惑していると、右から肩を叩かれた。

桜花だ。

 

「彩葉ー。座ってていい?足疲れた」

「あ、うんいいよ」

 

 

「あいつの音って『無い音』なんだからよ。ま、その『無音』があいつらしいというかあいつなんだよなぁ」

 

魔理沙さんは私に奏でさせようとしている。

諦めてくれないかなぁ。

 

「やればいいんですか?」

「おう!」

 

私は、家の中にあったピアノの前に立った。

空音 いろはさんの音。

無い…音。

 

お願いです。空音 いろはさん。今だけでいいんで貴女の音を貸して下さい。

 

そのとき、何かが私の中で思い起こされた。

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

無音にも感情がある。やろうと思えばこの幻想郷から音を一時的に消せる。

やってみよう、私にしか出来ない音を、この私の想いをみんなに届ける。

一時的に音を消す。その『一時的』は、私の曲が終わるまで・・・。

 

届け、この想い旋律に乗せて。

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

届け、この想い旋律に乗せて。

 

とりあえず、頭の中に浮かんだメロディを奏でてみた。

いや、奏でてはいない。

だって、音は無いんだから。

 

 

パチパチと拍手をされている。

拍手しているのは当然、魔理沙さんと桜花だ。

 

「お前、本当にすげえな。やっぱいろはの生まれ変わりなんじゃないのか?」

「違います」

「彩葉、音楽はよく分かんないけど凄かった」

 

魔理沙さんの言葉に否定をいれ、桜花の言葉に少し照れくさくなった。

 

 

 

バタン!!

 

 

 

「おっす!霊夢じゃないか!どうしたんだ?」

「ハァ…ハァ…。いろは…じゃないのね」

 

霊夢さんは息を切らしながら入ってきた。

どうやら、私が発した音(奏でたじゃないし、どう言えばいいんだろう)を聴いて、全力で来たらしい。

 

「そういや、お前だけだもんな。あいつの最期を見たのって」

 

全員の空気がどんよりとしてきた。

そこに、桜花の声がその空気を破った。

 

「ねえ、帰らない?」

「そうね。桜花に彩葉ちゃん、帰るわよ」

「じゃあな」

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

「ねえ彩葉ちゃん」

「はい?」

「今度、私にも聞かせて。あの音。あと、あなた自身の音を」

 

 

 

「……はい」

 

そのときの霊夢さんは、泣いていないけれど、泣いているような哀しい顔をしていた。



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第4小節 人里での一幕

「なあ、お前はどこにいるんだよ」

 

そう言うのは、寺子屋で一緒の永井 次冠だ。

今は、秋の美しい夕陽が橙に染まった妖怪の山の方向に沈んでいく頃。つまりは、寺子屋からの帰り道である。

私、陽友 彩葉と永井 次冠はお隣さんということで、一緒に帰っていた。

 

「え?どういう意味?ここにいるでしょ?」

 

次冠の疑問はふわふわしていて、意味がよく分からない。

何かの比喩なのだろうか。

いや、次冠の頭が悪さから考えてそんなことはできないだろう。

それなら、更に意味がよく分からない。

 

「最近のお前さ、かんっぜんに心ここにあらずって感じだからよ。なんのこと考えてんのかなって思ったんだよ」

 

そんなことはないと思うけど。

 

そう反論しかけたが、思い当たる節はある。

例えば、いつの間にか授業が終わってたり、他の子から髪の毛にいたずらされても気付かなかったり。

 

「あ、もしかして私のこと心配してくれてるの?」

「バッ!?そんなわけ………」

 

私がそう言うと、次冠は顔を茹でダコのように紅くして、顔を隠した。

 

「そんなわけ…あるよ」

 

いや、そこは、

 

そんなわけあるかよ。

 

って感じのことを言って、つんでれを試すところだろう。

つんでれというのは、外の世界の本で学んだ。

 

 

外の世界のことを知るなら、外の世界と幻想郷を行き来出来る八雲 紫さんより、外の世界の本を数多く取り扱っています貸本屋 鈴奈庵へ(宣伝費はちゃんともらいますよ?)。

 

 

「で、お前はどんなことを考えてんだ!」

 

次冠がキレてきた。

普通に答えよう。

 

「うーんと。友達となるべく一緒にいたい、とかお小遣いもうちょっと増えないかなー?って事ぐらいだよ」

「聞いたことがあるんだけどよ。お前、あの妖怪神社に入り浸ってんのか?」

「質問多いね。次冠らしくない」

「さっさと答えろ」

 

うーん。

ここは真面目に答えていいのか悪いのか。

悩みどころではある。

 

そんなことを考えながら歩いていると、向かいから歩いてきた人とぶつかった。

 

「あ、すみません」

「……。君が『いろは』?」

 

ぶつかった人は、背が高く、黒い法衣みたいなのを身に纏っていた。

顔は口が見える程度。

 

 

「はい。幻想郷最弱にして、随一の平和主義者、陽友 彩葉ですけど。どこかで会ったこと、ありましたっけ」

「失望だ」

 

その人は、それだけを私に言い放ち、通ってきた道を引き返していった。

 

「なんだあいつ?」

「私が聞きたいよ」

 

次冠は恐怖を感じたらしく、道の端っこの方に寄っていた。

チキンめ。

男らしくないぞ!

男なら女の子守れ!

 

次冠は私の心の中でブーイングを発していることに気づかずにいる。

 

「あと、お前の自己紹介、マジで意味不明だったけど」

「事実」

「了解」

 

そして、次冠は私への質問の内容を忘れて帰った。

それに対して私は、次冠の背中を見ながら、小さくガッツポーズをとった。

 

 



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第5小節 降り頻る雨が意味するもの 前編

博麗神社で私はぐったりとしていた。

理由は簡単。桜花の遊びに付き合っていたら、すぐに私が音を上げた。

だって、普通に考えてみたら、一般人と特殊な訓練を積んでる人が組手をしたらどうなる?

一般人は即ゲームオーバーだよ。

加えて、私は幻想郷きっての平和主義者、幻想郷最弱を名乗る人。この呼称は、自他共に認めることだ。

まあ、その幻想郷最弱の私と幻想郷最強に近い博麗の巫女(見習い)が戦ったら?

やった結果、始まって1秒もせずに、私の視界に地面が映されていた。

それを何回か繰り返して、今に至る。

 

本当に、疲れた。

 

「ねえ、彩葉」

「どうしたの?桜花」

「彩葉の家に行ってみたい」「拒否」

 

改行入らずの拒否。

いくら何でも早すぎた。桜花の場合、泣く可能性がある。

そして、そうなった場合、全力で殴られる可能性も出てくる。それは痛いので、何としても阻止しなければ。

 

「えー、1回ぐらい良いじゃんかー」

 

あ、泣かなかった。それが一番の好都合なんだけれども。

一応言うと、博麗神社に来ているのは両親には内緒なのだ。両親はここのことを妖怪神社と呼んだり、来てはいけない場所No. 1にあげるぐらいに、悪印象だ。一度だけ、霊夢さんに聞いたところ、幻想郷で1番安全なのが人里で、その次ぐらいには、博麗神社は安全なのだそうだ。

横道に逸れてしまったけれど、要するにここに来てはいけないと、お母さんやお父さんから言われているけれど内緒で来ている。そして、現在、反抗期真っ只中ということだ。

 

「私の部屋、汚れてるしさ」

「私のところほどではないでしょ?」

 

ぐうの音も出ないほどの返答。

桜花は大の片付け嫌い。というよりかは子供。

そのせいもあってか、よく物を失くす。そして、霊夢さんに怒られる。

いつまで経っても治らない癖な気がする。

今はそんなことは関係ないわけで、現実逃避終了。

 

私は桜花に引きずられながら、神社の階段を降りていた。

おかげで踵が痛いし、服ごと引っ張られてるから首が絞まっている。

苦しい。

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

「はぁ…。なんで桜花がここにいるんだろ」

 

現在自宅、自室。

 

桜花は興味深そうに、周りを見ている。

 

「ねえ、何か面白いものだったり爆発しそうなものってないの?」

「そんなもの私の平和な部屋にあってたまるか」

 

基本的には私は物を持たない主義だ。

私の部屋にあるのは、本棚、机、作業台、燭台のみだ。

そろそろ、燭台の数を増やして欲しい。

2つだけはさすがに無理がある。

 

ガラララッ

 

戸の開く音が聞こえた。

多分、お母さんが帰ってきたのだろう。

 

「桜花、誰にも見つからないような場所に隠れておいて」

「なんで?」

「桜花のこと、お母さんに内緒にしてるんだ」

 

怒られるから。

 

「分かった」

 

桜花は分かったと言っておきながら、十中八九、分かっていない。

桜花が屈託のない笑顔で返答をすることはそういうことだからだ。

 

「彩葉ー。ちょっと来なさい」

「はーい!」

 

外を見ると、雨がパラパラと降ってきた。

 

「桜花が帰る頃には止んでるかな」

 



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第6小節 降り頻る雨が意味するもの 後編

パチィイン

 

と、頰を叩いた甲高い音が家の中に響いた。

多分、家の外は雨の音がかき消している。

 

「彩葉!あなた、博麗神社に行ってたのね!」

 

…見られていた?

有り得ない。毎回、行くときはお母さんは家の中で用事をしている。

なら、どこから来たのか。

もしかしたら、他の私を知っている子が私が博麗神社に向かっているところを見て、お母さんに言ったのかもしれない。

しかし、そんなことはどうでもいい。

今、このときは桜花をどう博麗神社に帰すかを考えないと。桜花は隠れていると思うけれど、私の部屋をお母さんが探索してしまったら、桜花は見つかる。

早く、なんとかしないと。

 

「早く何か言いなさい。私はあなたに聞いているの」

 

お母さんは、怒りながらも極めて落ち着かせた声で私に語りかける。

しかし、私は答えない。

どんなことを聞かれても、私は答えないでおく。

何故か。それは解らない。

 

「彩葉、早く答えて」

 

私は答えない。

 

「ねえ、彩葉」

 

私は、答えない。

桜花が外に出るまで、私は答えない。

精一杯の時間稼ぎだ。

 

「ねえ、知ってる?あそこの巫女は妖怪化した元・人間なんだって」

「違う!あそこは私たちにとって、とっても大切な場所なんだ!」

 

……引っかかった。

カマをかけられたのは、気付いていた。

けれど、反論するしかなかった。

もしここで、黙ってしまうとそれは肯定をしてしまうと、同じことなんだ。

沈黙は是なり。

 

「そう、あそこに行っているのね」

 

お母さんは憐れむような目で私を見る。

 

何か、嫌な予感がする。

 

「だから何?」

「もう、神社に行かないのなら家にいていいわ。けれども、また神社に行くというなら、出て行きなさい」

 

 

 

 

 

 

私は、少ししかない感謝を示すために、お母さんにお辞儀をした。

 

そして、部屋の中へと上がった。

そこでするのは、ある程度の準備。

 

服や私が鈴奈庵で借りている本等を自分の鞄に入れる。

母のいない居間を抜け、玄関に足を運んだ。

戸を開けると、雨はざあざあと降っていた。

 

「傘は…いらないか」

 

私は慧音先生の寺子屋へと、走って行った。

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

「彩葉か、どうした?」

「明日から来ません。今まで、ありがとうございました」

 

そして、私は何処かに向かうように歩いて行った。

後ろから慧音先生の声が聞こえたような気がしたけれど、無視した。

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

私は博麗神社への道を歩いていた。

正直、どこにも行くべきところがない。

だったら、神社の裏山のあの家にいけばいいんじゃないか、そう考えたのだ。

 

「彩葉!」

 

桜花が私を呼んだ。

桜花も傘を差さずに来たのか、随分と濡れていた。

 

「彩葉、どうしたの?」

「桜花こそ。風邪ひいたら霊夢さんに怒られるんでしょ?」

「そんなことよりもだよ!彩葉は私たちを庇って家を追い出されたんだよ!友達として怒ってるの!」

 

庇った。

それならもっと、私は頭が良かった。もっと友達を作れた。

 

私は、人里の中でも異端だった。

 

「庇ってなんかないよ。私の思ったことを言っただけ」

「尚更じゃん!彩葉はいろいろと背負い過ぎてるんだよ!1人でなんとかしようとしないで!無理なら私も背負うから!」

 

そのとき、不意に涙腺が緩んだ。

困ったことに、私の瞳から溢れる雨は止まりそうにない。

私は、桜花の肩の上で周りの雨が降る中、涙を流した。



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第7小節 次に進むために

あの後、すぐには雨は止まず、私と桜花は走って博麗神社に向かった。

そこには、洗濯物を取り込んでいる霊夢さんがいた。

 

「お母さん!」

「桜花?それと…彩葉ちゃん!?彩葉ちゃんは早く中に入って。それと桜花、洗濯物取り込むの手伝って」

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

「で、なんで彩葉ちゃんがここに来てるの?」

 

…言いにくい。

自分から話すのは中々に傷つくものがある。

しかし、話さないと霊夢さんに伝わらない。

 

「彩葉、言いにくいんなら話さなくていいよ。私が話しておくから」

 

桜花が気をつかって、そう言ってくれたが私が話さないといけない。

あの出来事は多分、一生忘れない出来事になりそうだ。

 

「大丈夫」

「そう?」

「彩葉ちゃん、話しにくいんだったら話さなくてもいいのよ」

「いえ、ここで話さなければいけないんです。それに、私にはもう帰るべき場所なんて無いんですし」

 

 

 

 

〜少女説明中〜

 

 

 

 

「で、家を追い出されたのね」

「はい」

 

霊夢さんの確認に対して頷いた。

全ては家のルールを破って、博麗神社に来ていた私がいけないのだ。

桜花はお母さんに酷く憤慨しているが、違う。

 

「それは彩葉ちゃんが悪いわね。家のルールを破ってるんだから」

「お母さん!彩葉は悪くないよ!向こう側が私たちのことを悪く言ったからそれを庇っただけだよ!」

 

桜花は私を庇うけれど、違う。

桜花が反論しているのはまた違う観点だ。

霊夢さんは桜花の言葉を噛みしめるように何度か頷いた。

そして、言った言葉は私に向けてだった。

 

「確かにそれはありがとうと言っておくわ。けれども彩葉ちゃん。1つだけ聞きたいの」

 

私は少しだけ息を呑んだ。

 

「あなたはどうしたい?」

 

どうしたい…とは?

私の頭に浮かんだ問いに答えるように、霊夢さんが付け加えた。

 

「あなたは、家に帰りたいのか、もう家出っていう感じになるのか」

 

理解した。

それは、もう答えは決まっている。

 

「家には、もう帰りたくないです。これからは、陽友家ではなくて、陽友彩葉として生きていきたいです」

「判ったわ。取り敢えず今日はもう夜になりそうだし泊まっていきなさい」

「…………はい」

 

霊夢さんはフッと微笑んで、台所へと向かった。

その微笑んだ顔はとても美しかった。

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

言っちゃった感が私の心の中で渦巻いている。

これまで、あまりお母さんやお父さんに反抗したことは無かった。やり過ぎた反抗期と言ったところだ。

今は夜だけれども、なんだか眠れなかった。

少しだけ境内を歩こうとしたが、隣で寝ている桜花に服の裾を掴まれ外に出ることができなかった。

 

「はぁ。桜花、ゆっくりと休んでね。私のことを友達って言ってくれて、ありがと」

 

私は桜花が掴んでいる服の裾から、優しく桜花の指を1つずつ解いていった。

 

 

夜風は冬の気配を感じさせるほど冷たく、私の頭を冷やしてくれる。

眠気が来たので、桜花の寝ている部屋に戻ろうとすると、話し声が聞こえてきた。声の質は霊夢さんと誰かだ。

 

声のする方へと足音を忍ばせて、近づくと会話の一部が断片として聞こえてきた。

 

「……ろ!格安で………!」

「神社…家計に………してよ…」

「大丈夫……」

「お願いね」

 

霊夢さんが別れの言葉を言うと、霊夢さん以外の声は聞こえなくなった。

ある程度、気配が遠ざかったところで、霊夢さんに近づいた。

 

「霊夢さん、どうしたんですか?」

「ああ、彩葉ちゃん。なんでもないわよ」

 

私は一抹の不安を抱えながら、寝床についた。

 

 



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第8小節 スパルタと押し売り宗教家

「彩葉ー!こっちだ、早く来いよ!」

 

魔理沙さんは、勢いよく山を登って行く。

しかし、私は普通の人間なのだ。疲れた。

なぜ、私が魔理沙さんと登山をしているかというと、体力づくりだそうだ。

私は家出をして、実家に帰るわけにもいかず博麗神社に頼ったけれど、霊夢さんは空音 いろはさんの家をあげると言ってくれた。

そして、そのことをいろはさんの家の管理者である、魔理沙さんも快く許してくれた。

 

「あの家に住むためには、体力がいるな」

 

魔理沙さんのその言葉から、妖怪の山登りは始まったのだ。

確かに、人里と比べるとあの家は相当な高さに位置している。体力とは縁がなかったさすがの私でも、体力づくりはしないといけないと思った。

 

襲ってくるそこらの妖怪は魔理沙さんの魔法によって退けられてるので、私は必死に魔理沙さんについていくことが最優先なのだ。

 

「やっぱり、彩葉、お前は魔法とか興味ないのか?」

「丁重にお断りします」

 

幻想郷最弱を名乗っている者として、何かの自己防衛手段を持ってはいけない。

という、考えもそろそろ捨てるべきかな。

 

「それでも…やっぱり興味はあります」

 

自己防衛手段として。

 

「それなら、後で私の家に来い!」

 

やめてください。死んでしまいます。

魔法の森には、キノコの胞子が充満している。

その胞子で魔法使いとしての資質を高めるそうだが、多分私には出来そうにない。

 

「それこそ、丁重にお断りします」

「えー。お前が魔法使いになったら面白そうだったのになぁ」

 

魔理沙さんは露骨に不機嫌な声を出した。

私は魔法使いにはなれない。一度、紅魔館に住んでいるパチュリー・ノーレッジさんに(魔理沙さんが半強制的に)魔力を見てもらったが、ミジンコほどの魔力も無かったらしい。

 

「お!守矢神社が見えて来たぞ!」

 

やっと?と思いながら見上げると、太陽が沈みながら明るく、守矢神社を照らしていた。

博麗神社と比べてとても大きい守矢神社の社がとても神々しく見えた。

境内へと続く階段を登っていると、後ろから強い風が私を押し上げるように吹いた。

登るのが、一気に楽になる。

 

「おい!早苗!何してんだ!」

「魔理沙さんはスパルタすぎなんですよ」

 

そう言ったのは、守矢神社の巫女であり、現人神である東風谷 早苗さんだった。

早苗さんは奇跡を起こす能力を持っていて、それで風を起こしたのだろうか?いいや、違う。

早苗さんの起こす風はあんなにムラはない。

ここは妖怪の山。風を起こすことのできる妖怪といえば、

 

「それに、さっきのは私ではありません」

「なら誰なんだよ」

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!幻想郷の伝統ブン屋こと、清く正しい射命丸です!」

 

天狗がいる。

ムラのある風は烏天狗しか起こせないと思う。

草むらから出てきた文さんは、びっくりした魔理沙さんに回し蹴りを喰らっていた。

 

「グエッ。何するんですか!」

「あ、文か。すまんすまん」

「その一言で済んだら世の中に警察はいらないのですよ」

「それを言うのなら、博麗の巫女。じゃないのか?」

「幻想郷では、確かにそれが1番、的を射ていますね」

 

2人は仲良さそうに笑っていた。

この場面を桜花が見ていたら、嫉妬してそうだなぁ。

そんなことを考えつつ、下山を始めようとすると、辺りは完全に真っ暗になっていた。

 

「今、帰るのはやめておきましょう。今日は私から言っておくので、泊まっていってください」

 

人を救う者として、100点満点の答えが早苗さんの口から出た。

是非とも、桜花や霊夢さんは見習ってほしい。

これこそが真の人を救う者だ。

 

「あ、その代わりに守矢神社のことを信仰してくださいね」

 

前言撤回、全然人を救う者じゃなかった。

恩を売って、自分の宗教に入れようとする犯罪者に近い何かだった。



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第9小節 宴会には鬼がつきもの

早苗さんの押し売りにも似た宗教勧誘を断り、そして魔理沙さんの箒に乗せてもらうことで、私は博麗神社に辿り着いた。

神社の鳥居を潜ると、空っぽのお賽銭箱の上に座っている小さな影が見えた。

桜花?と思ったけれど、桜花にはあんなに大きな角を持っていない。

ならば、誰なんだろう。

 

「おーい、霊夢ー!帰ってきたぞ!」

 

そう叫んだ小さな影は私の方へと近づいて来た。

妖怪だということはすぐにわかるのだが、なんの妖怪か解らない。というか、私よりも小さい?10歳児に負ける身長って…。

 

「お前が陽友 彩葉か?」

「あ、はい。幻想郷最弱にして幻想郷きっての平和主「長い」え……」

 

初めてそんなこと言われた。

とりあえず、簡略化しよう。

 

「はい。私が陽友 彩葉です」

 

結構、簡略化出来た。

これからはこの名乗り方でやろう。

そう、心に決めた私だった。

 

「今日は彩葉、お前の引越し祝いの宴会だ!」

「え、宴会……」

「ん?なんだか嫌そうだなぁ。宴会ほどこの世で素晴らしいものは無いと思うんだがなあ」

 

偏見しかない価値観を晒していく妖怪。

そして、この妖怪は腰に常備していたのか瓢箪からお酒を飲み始めた。

もし、この妖怪の言う通り、宴会だと言うのなら今からお酒を飲んで大丈夫なのだろうか。

 

「あの、あなたの名前は何ですか?」

「んぐっ?プハッ。他人に名前を聞いておいて私が言わないのは、鬼として恥ずべき行為だったね。私は伊吹 萃香。よろしくな!」

 

鬼と言ったこの少女にも似た妖怪に対して、私は早くも畏れを抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、酒があんまり減ってないな。どうした?彩葉」

「いや…。私ってまだ10歳ですよ?未成年がお酒を飲んで良いんですか?」

「大丈夫だ!ほら、桜花だって飲んでるだろ?」

 

確かに、魔理沙さんの言う通り、萃香とかいう妖怪に勧められて、鬼殺しと呼ばれるアルコール度数が物凄く高いお酒を大きめの盃で呷っていた。

明日の桜花は静かになるだろうな。二日酔いで。

 

「多分明日は楽になるんだろうね」

「ん?どういう意味だ?」

「そのままの意味です」

 

あの鬼は宴会とは言っていたが、ここにいるのは私と桜花と魔理沙さんと霊夢さんと萃香っていう鬼だけだ。

宴会と呼ぶには、あまりにも人数が少ないような気がする。

そして、私はお酒に弱いことが分かった。

霊夢さん曰く、アルコール度数の低いお酒。

それでも匂いだけで酔いそうになっていた。

 

「彩葉ぁ。膝貸して」

 

ベロンベロンに酔った桜花が私に近づいてきた。

2m弱でもお酒臭い。

 

「桜花、私の半径3m以内に近寄らないでね」

「えー」

 

魔理沙さんは似たような経験があるのか、私から目を逸らしていた。




最近魔理沙ばっかり書いているような気がします…。


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第10小節 あの音は今、舞い戻る

「うぅ、頭痛い」

 

昨日の宴会でお酒を飲みすぎたので、ここまでになった。

本当に情けない。

 

「今日は彩葉のところに行こうと思ってるのに……」

 

この状態では上手く霊力を操れず、空を飛ぶことができるのはできるけれど、かなり不安定な飛行になってしまう。

昨日の内に、そのことを見越していた彩葉が目に見えないところで喜んでいるということはこの桜花、知らないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

私は今、少しご機嫌だった。

窓から見える博麗神社の裏山の風景はとても美しく、それを一人占めしているような感覚がある。

更には、いつもならこういう静かな時をぶち壊しに来る桜花も今日は二日酔いで、来ることはないだろう。

来るとしたら、魔理沙さんや霊夢さんといった大人の人だけだ。

まさに、静寂を愛し、静寂に愛された人って感じだ。

 

「あ、そういえば魔理沙さんが前にここに元々住んでいた人の音楽があるって言ってたから、それ聞こ」

 

ここに元々住んでいた『空音 いろは』さんは結構な綺麗好きで、一つ一つのことに対して整理整頓をしていたらしい。

なので、比較的簡単に見つけることが出来た。

本棚の中にあるので、レコード以外にも外の世界のものと思われる小説や魔道書もあった。しかし、その中でも一際目を引くものがあった。

表紙などは無く、糸で繋がれただけの本。見た感じ曲集だ。それの一枚目の上には、空音の音と書かれてあった。

 

「なんだろ。これ」

 

謎の既視感を感じながら、なんとなく開けた。

そこには、曲と呼べるかどうかわからない音符の数があった。何を奏でるのか、そんなことが分からなかった。

 

五線譜の上に、右手の人差し指指を乗せて、音符をなぞってみた。

すると、頭の中にメロディーが流れ込んできた。

 

「何?……これ?」

 

焦る。

私の中にある何かが共鳴しているような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

「おーっす!彩葉!引越して初日だが、どうだー?」

 

 

 

「魔理…沙?」

 

私の目の前に現れたのは、あの頃より少しだけ大人になった魔理沙の姿だった。

 

「おう。今起きたばっかなのか?そうだとしたら、彩葉らしくないなぁ」

 

今は、いつなの?そう考えると、何時までも答えが出ないような気がした。

手を見ると、前より、だいぶ小さくなった。身長も。

魔理沙を見上げることなんてなかったから。

 

「魔理沙、魔理沙なんだよね」

「なんだよ。そんなに確認してよ。それにお前、いつもならさん付けで呼ぶくせに今日はどうし おわっ!」

 

魔理沙に抱きついた。

魔理沙は困ったような表情を見せたが、子供を相手するような感じで、対処しようとしたがそんなこと、私が許す訳がない。

 

「魔理沙、私のこと覚えてる?」

「覚えてるに決まってるだろ?昨日も会ってんだぜ?」

違う。

「この子じゃなくて、私のこと」

「なあ彩葉。お前、何言ってんだ?さっきから意味が分からないんだが」

 

魔理沙は立ち上がった。

それに合わせて、私も立ち上がる。

 

「初詣に一緒に行ったりしたのに…」

「ん?何言ってんだ?私はお前と一緒に初詣に行ったりとかしたことないぞ?」

「今があのときから何年経ってるのか分からないからあれだけどだいたい15年前とかその辺りかな?」

 

そう、私が言ったとき、魔理沙は大きく驚いた表情を浮かべた。

私だって驚いている。また、私が生きているのだから。

 

「お前、『いろは』なのか?」

「当たり。久しぶりだね。魔理沙」



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第11小節 あの音はただ、願った

魔理沙は大きく驚いた顔をした。

それもそうだろう。死んだと思っていた人間が別の人から人格を借りて現れるなど、妖怪でしか出来ないような芸当だ。

 

「お前……本当にいろはなのか?」

「そうだよ。あのときから何年経ってるんだろうね。魔理沙は少し大人になってるし、何だか抜かされた感覚」

「そんなことないだろ!」

 

肉体年齢は歳をとっても、精神年齢はそのままのようだ。少し、安心した。

あたりをぐるりと見渡してみると、最期に見た部屋と全く変わっていなかった。ここは時間の流れが止まっているのではないか。そう思うほどに、何も変わっていなかった。

 

「ここって、変わらないんだね」

「ああ、それは私が丁寧に丁寧に掃除だったり整理していたからだぜ」

「せい……り?」

 

魔理沙の整理という言葉は信用してはいけない。何故か?その答えはとても簡単。

私にとっては前世といっても良いだろう。

私の前世で、「いろは!片付けを手伝ってやる!」って言って魔理沙が来たけれど、片付けが終わった頃には本が何冊か盗まれていくのだ。

その為、魔理沙の整理整頓を信用してはいけないのだ。

 

「何も盗んじゃいないぜ!ただ、魔道書を何冊か……」

「死ぬまで借りるだけだって?知ってる?それを世では窃盗っていうの。ま、私が死んでたし、この体の子が生まれてざっと9〜10年ぐらいでしょ?魔道書は盗んでも良いよ」

「さっすがいろはだな!そんじゃそこらの奴らとは違うぜ!」

 

私は少し、霊夢のことが気になった。

私の最期を見たのは霊夢だけ。霊夢は立ち直っているのか。今、どんな人になっているのか。何をしているのか。

気になることは山ほどある。

その私の考えを読んだのか、魔理沙はグッと親指を立てて、外へと飛び出した。

なんだかんだ言って、霊夢と魔理沙は私にとっては親友なのだ。

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

その頃の魔理沙は霊夢を呼びに行っていた。

 

「おーい、霊夢ー。ちょっとこっち来てくれー!」

「何よ。魔理沙、私は私で桜花の二日酔いの世話しないといけないのに」

 

桜花は現在、厠の方で「ウヴォェアァ……」と女の子とは思えない声をあげて、リバースしていた。

魔理沙は顔を顰めたが、霊夢はいつものことと言わんばかりにため息を吐いた。

 

「いろはが呼んでるぜ」

「彩葉ちゃんが?それなら行くわ」

「霊夢、お前多分驚くぜ」

「どういうこと?」

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

コンコンコン

 

静かなノック。あの、傍若無人で人のデリカシーなんて微塵も気にしなかった魔理沙または霊夢がこんなに静かなノックをするようになった。

少しは成長していることを感じた。人間性も成長していれば良いのに。

 

「入るぜ」

 

「どうしたの?彩葉ちゃん」

「……!」

 

霊夢の姿は20年間ぐらいの時間が経っていた。

あの頃とは違って、大人の綺麗さを手に入れていて私でも綺麗だ。と思う。

あの頃と変わっていないのは、真っ直ぐな芯を持った瞳。どれだけ時間が経っても、霊夢は一切光を見失わないのだろう。

 

「霊夢?」

「そうよ。どうしたのかしら?」

「久しぶり!」

「久…しぶりって?」

 

霊夢も魔理沙と一緒で、若干困惑したような顔を見せた。

魔理沙は笑っている。引っ叩いてやろうかな?

 

「あー、やっぱ面白いなぁ。霊夢、紹介してやるよ」

「大丈夫、私で言うから」

 

霊夢は更に困惑する。

 

「久しぶり、霊夢。あの時以来だね。空音 いろはって覚えてるかな?」

「いろは?……本当にいろはなの?」

 

急に霊夢は抱きついてきた。

私は10歳児前後なので、当然屈んでもらって。

私もギュッて抱きしめ返した。

私の肩に冷たい感覚がある。

 

「いろは、ごめん…あの時……!」

「……大丈夫、あの時は私が望んでたから」

 

私が望んで、あの時に存在を刻んでおかないと多分私はいなかったから。



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第12小節 今と過去は噛み合わない

「いろは、ごめん取り乱して」

「大丈夫。っていうか2人とも飲み込みっていうか私が空音 いろはっていうことを疑わなさすぎじゃない?もしかしたら、こっちの体の子が嘘吐いてるだけかもしれないのに」

 

魔理沙と霊夢はやれやれだ。と言うように頭を横に振って、ため息を吐いた。

変わらない。いつまで経っても変わらない。

だから、ふたりは私の親友でいられるのだ。

 

「まず、そんなことを言ってる時点でお前は彩葉じゃなくていろはだ。音だけだったら変わんないけどな」

「それにあんたの魂、いろはの物と完全に合致しているわよ。そんなこと、本来ならありえないはずなんだけどね」

 

魂の形……。そんなものが見えるのは神職に就いている霊夢ならではだろう。

 

コンコンコンコンコン

 

ノックにしては叩く回数が多い。

昔の霊夢や魔理沙より俄然マシだが。ただ、私の記憶にはここに来ることが出来る人は霊夢と魔理沙以外知らない。ならば、このノックをしているのは誰なのだろう。

現在の私はこの身体を持っている『彩葉』という子から、人格を借りているという感じなので、『彩葉』の記憶は持っていない。

もしかすると、『彩葉』の友達かもしれない。

 

「あ、そういえば桜花を置きっ放しにしてたっけ」

「桜花って?」

「紫が拾ってきた私の娘みたいなものね。私の次の博麗の巫女よ」

 

娘みたいなものって、なんててきとうな。とは思ったが、それが霊夢なので無理矢理納得しておく。

あと、置きっ放しって酷いような。

そんな私の考えを一切知らず、魔理沙はドアを開けた。

家の中からミシッ…と聞こえたような気がする。

どんな勢いで開けたのだろうか。

あとで小一時間、いや一日中説教だ。

 

「おっ、桜花か。どうした?」

「お母さんってここにいる?」

「おう、いるぜ」

 

霊夢の予想通り、霊夢の娘である博麗 桜花が来たようだ。

私としては会いたくない。私が『彩葉』を演じきれる自信がない。

 

「お母さん、晩ごは……!?」

「どうしたの?桜花」

 

桜花という少女は(私も少女なのだが)私を見て固まった。今のうちに桜花について観察しておこう。

霊夢には若干似ている。霊夢より貧乏性な感じがする。例えば、RPGの主人公よろしく、町の壺のなかを漁ったりとか。

 

「お母さん……彩葉じゃないでしょ。この人」

「だから?」

「妖怪なんでしょ。私の友達の身体から出て行け!」

 

そう言って、桜花は御札を投げてきた。

私は霊力とか魔力とかは全く分からない。ただ、嫌な予感というか、当たったら確実に死ぬ。そんな感じがする。

私は避けることも考えず、まっすぐに私に向かって飛んで来る光る御札を目の前に捉えながら、目を閉じた。

すぐに、爆発音のような音が聞こえた。

目を開けた。

 

御札か私に届くことなく、私の周りには護符らしきものがフヨフヨと浮かんでいる。

 

「なにやってんの。お母さん」

「いくらあんたでも、いろはに手を出すのは絶対に許さない。逝かれるのはもう嫌なのよ」

 

カチャと魔理沙がミニ八卦炉を構えた。

 

「私も許さないぜ。彩葉といろはは同一人物だ」

「何?2人とも、私の敵なの?彩葉はもういないの?」

 

いや、違う。

彩葉は私の中で一生懸命に3人を止めようとしている。

 

「ねぇ、暴れるんだったら出てって」

 

そう言って、3人を無理矢理外に出した。

私はこのやり方で良かったのかと私の中にいる、もう1人の彩葉に問いかけた。



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第13小節 今の音と過去の音が出会う時

私は一体誰なのだろう。

昨日のことは全て知っている。霊夢さんや魔理沙さんに対してタメ語と呼ばれる言葉で接していたこと。

桜花が私を殺そうとしたこと。

そして、空音 いろはさんが私の身体を司っていたこと。

意味が分からないかもしれない。だが、真実なのだ。

空音 いろはさんは霊夢さんと魔理沙さんの親友だったらしい。加えて、桜花の性質も一目で見抜いていた。昔の二人は酷かったらしいので、流石と言うべきなのだろうか。

 

「私は一体誰なんだろうね」

 

ここに住んでいるのは、私一人だけだ。

今日は一歩も家から出ない予定。時々、お母さんやお父さんに会おうかなって思うけれど、私は陽友家から家出した身、そうひょいひょいと会ってはいけない。そう、魔理沙さんから言われた。

魔理沙さんも家出したことがあるらしく、というか絶賛家出中らしく、そういう意味では先輩だ。

 

 

 

「さてさて、現実逃避はそろそろやめにしようかな?」

 

私はゆっくり、ゆっくりと目を閉じた。

私の中にいるもう一人を起こすように、話しかけるように。

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、実際に会って話すのは初めてだね」

「そうですね」

 

話しかけてきたのは、私の分身と思うほどに顔や体の作りが一緒なもう一人だった。

似ていないと言えるのは、身長や年齢だろう。

あと、体型も……。

私がいろはさんの体型を見て、落ち込んでいると、いろはさんはこう声をかけてきた。

 

「あー、もしかして思った以上に私の胸なかった?」

「いや……その逆です……」

「大丈夫大丈夫!私と同じだと思うからきっと後から膨らんでくるよ!」

「本当に?」

「本当に」

 

目を逸らしながら言ういろはさん。

信用が無い。

 

「やっぱり確証ないんだ…」

「いやだから泣きそうにならないで!」

「うぅ……」

 

現実とは非情なものなり。

いやここは夢というか私といろはさんの精神の中だから現実とは言えないけれど。

 

「ちょっと質問なんだけども、君、彩葉が生きてる時って、あの頃からどのくらい経ってるの?」

「あの頃……というのは?」

「ああ、ごめんね。私の記憶をそっちに送れるかな?」

 

そう言って、いろはさんはムムムと唸り始めた。

数秒すると、いろはさんの記憶と思われる風景が頭の中に流れ込んできた。

そこに見えるのは、泣いた顔の霊夢さん。今と比べると格段に若い。今からだいたい20年ほど前の風景なのだろうか。

霊夢さんが何か言っているけれど、ただの映像として見えている私は何も聞こえない。

そして、いろはさんの記憶は途絶え、昨日の視点へと変わった。

 

「というところだけど、パッと見であれ何年前のこと?」

「パッと見だけだと、だいたい20年前あたりかと」

「ありがとう。そっかぁ、あの頃から20年ぐらい経ってたんだあ。それは霊夢も魔理沙も変わるよね。性格的な面で」

 

どういう意味なのだろう。

聞きたかったが、いろはさんは多分、私が抱いているイメージが崩れる可能性しかないから、という理由で教えてくれなかった。

この人たちだけの時間があったのだろう。私や桜花が知るべきではない時間があるのだろう。

そういう点には触れないでおこう。

 

「君の方から何か質問とかある?」

「では一つだけ」

 

ずっと、私が気になっていたこと。

今を生きている子供たちは知らないこと。

私が今、この人に1番近い。なら、ここで聞いておくべきことだ。

 

「いろはさん、あなたの音を聞かせてください」

 

いろはさんは驚いた顔をしたけれど、すぐにフッと微笑んだ。

 

「ごめんね。それだけはここでは出来ない。やろうとしたら出来るんだろうけど、君の身体に負担はかけたくないしね」

「大丈夫です。ここは私の夢の中、私が苦痛と感じれば負担はかかりますけど、あなたの音はそんなものではないですよね?」

「ふふ。結構言うね?じゃあ若干短めだけれど、どうぞ聴いてくださいね?」

 

『無音』

 

いろはさんがタイトルを言った瞬間、周りの音が消えた。

音なんて元からなかったのに、消えた。

そして、その消えた音から漏れ出てくるのはいろはさんのこれまでの記憶と感情。

私は今までにも無音を聞いてきた。ただ、これほどまでに優しく温かい感情を持った『無音』は聴いたことがない。

これが、いろはさんの音。

私の音と比べ物にならないぐらい、綺麗で温かみのある音。

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだった?」

「とても良かったです。あなたの音を出せるようになりたいと思ってます」

 

2分43秒。

これはいろはさん本来の音ではない。いろはさん本来の音はもっと長い。

 

私が思ったことは、いろはさんの音をまた奏でたい。その願望ただ一つだけだった。

そして、いろはさんを越えたい。



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第14小節 人里からの訪問者

あの時の彩葉は違う。

 

そう考えるのは、縁側に腰掛けている博麗 桜花だった。

桜花は予想ではなく、確信している。あの時の彩葉は誰だったのか。母である霊夢に聞きたいのは山々なのだが、先日、彩葉宅で親子(+α)喧嘩になりそうになったため、気軽に聞くことが出来ないのだ。

 

「彩葉の家に行ってもいいんだけど……」

 

その手段はあまり上等とは言えないことはこの桜花、なんとなくで気付いていた。

もし、その乗っ取られていた記憶がなかったら、説明することになる。面倒くさがりの桜花はそんなことをしようとは思わない。そのため、上等な手段ではないと察しているのだ。

 

なんとなくで、裏山の彩葉宅がありそうな部分に目を向けるも、錦を織り成している木々たちが、目一杯に枝を広げて彩葉宅を隠していた。

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

あいつがいなくなってから、およそ一週間。

昔、起きていた神隠しの再発だとか、妖怪に食われたとか、色々な噂が人里に飛び回っている。

あいつの親にどうしたのかと聞いてみたら、知っていそうな雰囲気を醸し出していた。ただ、どうしたのかという答えは返ってこなかった。

寺子屋の慧音先生は、一週間前の夜に別れの言葉を受け取ったらしい。

最近の悩みはあいつの安否だった。

幼馴染ということで、今のところ、あいつとは一番長くいたという自信はある。だからこそ分かる。

あいつは生きている。彩葉のやつの生命力の強さは俺がよく分かっている。

 

「一旦、神社向かって見るか」

 

一番あいつが行きそうな場所を推測し、走り出した。

その時、なんとなくで見上げた空は、恨めしいほどに晴れていた。

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か、来る?」

 

桜花がそう感じたのは、野生的勘だったかもしれない。

桜花には白狼天狗のような千里眼や烏天狗のような風を操る能力は所持していない。____やろうと思えば出来る、別の話になるので、それはまた別の機会にて。

神社に現れたのは小さな少年だった。身長は桜花より少しだけ小さく、道中、妖怪にでも襲われたのだろうか、ところどころに爪痕が残っている。

 

「………」

 

本来ならば、少年の目は死んでいたり、疲れきった目をしているはずだ。しかし、少年の目ははっきりと桜花のことを睨んでいた。

そんなこともつゆ知らず、桜花はどこから出したのか分からない、小さな賽銭箱を手に持ち、トタタタと少年に駆け寄って行く。

少年は桜花のその行動に驚いた様子を見せたが、依然睨みつけたままだ。

 

「なんでここに来たの?うちにお参りに来た?」

「ふざけんな!!どうせここに彩葉がいるんだろ!」

 

少年は怒鳴った。

その怒声は境内中に響き渡り、少しだけ木々がざわめいた。

桜花は間近で聞いたため、耳鳴りがしていた。

少年は右手で拳を作り、振りかぶった。

その予備動作はあまりにも分かりやすく、反応が遅れても、余裕で防ぐことが出来る。桜花は拳の向きや目線などから拳が降って来るであろう部分にミニ賽銭箱を挟ませた。

拳はミニ賽銭箱の奉納の奉の文字のあたりに当たった。

 

「桜花ー?どうしたの?怒声が聞こえて来たんだけど」

 

霊夢が先ほどの怒声を聞き取り、桜花と少年がいる場所を見た。

そこには、少年が繰り出した拳をミニ賽銭箱を盾として受け止めている娘の姿があった。

ザッザッザッと走り迫る音が聞こえてきた。

 

「あんた何やってんの!」

 

霊夢は蹴り飛ばした。

 

誰を?ほとんどの人は少年を。と答えるだろうが、今回は違った。というか、今回も違った。

そう、娘の桜花を蹴り飛ばしたのだ。

 

「桜花!賽銭箱は大切にしなさいって何回言えば分かるの!」

「だからと言って蹴飛ばすことはないでしょ!」

 

このときばかりは、桜花が正論だ。

 

「んで?こっちの男の子は?」

「なんか、彩葉のこと知ってるみたい」

「彩葉ちゃんの人里での友達なのかしら」

 

「妖怪神社めが。お前らは妖怪と一緒なんだろ」

 

桜花はその言葉の意味を知っている。

人間が妖怪化することは幻想郷では重罪であり、普段ならば退治されるだけだが、最悪の場合、処刑人によって処刑されることもある。

似たような言葉を、桜花は聞いたことがあるから、意味を知っている。

 

「あんた、彩葉のこと知ってるんでしょ?」

「……それがどうした」

「お母さん、どうする?彩葉の家に連れてく?」

「その辺りは桜花に任せるわ。今から妖怪退治に行かないといけないし」

 

「じゃあ、着いてきて」

 

少年は桜花のことを怪しみながら、着いていった。

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は知っての通り、博麗の巫女、んでもって彩葉の親友の博麗 桜花。あんたの名前は?」

「永井 次冠」

「やけに時間かかってそうな名前ね」

 

桜花と次冠が山を登っている最中の会話はこれだけだった。





永井 次冠は過去に一度だけ出てきたキャラです。
皆様が覚えていらっしゃるかどうかは別の話ですが。


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第15小節 陽友ではなく、陽友 彩葉として

時は少々遡り、今の音と過去の音が夢というとても都合の良い場所で相見えた時、過去の音が発したとある言葉が今の音には気になった。

 

その話もまた、別の機会にて。

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

あの言葉の意味はなんだったのだろう。

空音 いろはさんは私があの人の魂を持っていることを理解しているからこその言葉。諭すのでもなく、注意するのでもなく、ただの覚え書きのような言葉だった。

いろはさんは今は忘れていても良いと言っていたため、本当に今は忘れていても大丈夫だろう。

 

そんなことを考えていると、コンコンと礼儀正しいのだが、回数を間違えているノックが弱く響いた。

なぜこんなにも弱々しいのか。私の知る限りでは桜花が全力疾走でここまで来た。こんなことぐらいしか思いつかない。その桜花は礼儀の「れ」の字も知らないような子だ。そんな子どもが回数を間違えていても、ノックをするような真似はしない。

誰なのだろうか。

 

扉を開けると、桜花の姿と最近では見たことがないが、人里にいた時によく見た少年の姿が見えた。

 

「次冠!?」

 

思わず、声が出た。

次冠の姿は妖怪にでも襲われたのかのように、ところどころ着ているものが破けていたり、切り傷があった。

 

「次冠、何しに来たの?というか、傷の手当てするから一旦家に入って」

 

「…………ねえだろ」

 

声が小さくて、よく聞こえなかった。もう一度、言ってほしいと言う前に、次冠は叫んだ。

 

「お前の家はここじゃねえだろ!」

 

何を言っているのか訳がわからない。あの母親は私のことを次冠や他の人には伝えていないらしい。家出したとか家を追い出したとかそんなこと言ってくれるだけで、次冠がここに来ることもなかったのに。

 

「今の私の家はここ。あの人たちはもう、家族じゃない」

「は?お前何言ってんだよ」

「私はもう、陽友家の1人じゃないんだ」

 

桜花は真剣な表情で私を見ている。少しだけ恥ずかしいとは感じる。親友が見てる中、厨二的発言をするのだから。

私は一旦、拍を置いて、息を吸った。

 

「私は陽友 彩葉。それだけであって、それ以上でもそれ以下でもない」

 

そう言った私はやりきったとか考えていた。

幼馴染である次冠に対して、自分の考えを正直に言った。どう捉えるかは、次冠次第だ。

 

「……なんだよ。それ」

 

「分かんなかったら、それでいいよ」

「誰もそんなこと言ってないだろ。お前のこと、カッコいいって思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

途中で来た魔理沙さんによって、次冠は帰っていった。

やっぱり、次冠は馬鹿だなぁと思うことは多々あったが、次冠は次冠で私のことを心配してくれてのことだということは忘れないでおこう。

 

「ねぇ、彩葉。少し聞きたいことがあるんだけど」

「何?桜花」

「前の彩葉は誰だったの?」

 

返答に困る質問だが、昔に交わした約束、「絶対に嘘はつかず、隠し事をしないこと」を守るとしよう。

 

「あの時は、私じゃなくて、いろはさんだったの」

「……訳分かんないけど、彩葉のことだし、信じるよ」

 

そう言って、桜花は笑顔の花を咲かせた。



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休符 博麗神社の夏祭

神社の方から、祭囃子の音が聞こえてくる。

大切な大切な夜の読書の時間を潰されたのは、とても腹立たしいことだ。しかし、博麗神社が祭を行うということは滅多にないことだ。

どれだけ人がいるか、見てみよう。

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

「結構人がいる……」

 

人外もちらほら見受けられるが。

本殿の方では、お賽銭をたかる……もとい集めている霊夢さんの姿が見えた。ただ、桜花の姿は見つけることができない。

少しだけ山の方に戻ると、何処からかバキッという音が聞こえる。音の方には、遠目で分かりにくいが、何かを叫んでいる桜花がいた。もう少し近づいて、話を聞いてみよう。

 

「あ……なにしてん…」

 

一歩だけ、近づいてみよう。

 

「うちの金づるに手ぇ出したら次は撃退じゃすませないからね!」

 

撤退。

 

「あ!彩葉!」

 

捕捉されました。

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん、金づ…参拝客の人からちゃんとお賽銭もらってた?」

 

金づると聞いた。桜花にとっては参拝客=金づるらしい。これだから、博麗神社のお賽銭は入らないし、参拝客も減っているのではないだろうか。

そんな思考は当然桜花には届かないので、独り言で言っていない限り伝わらない。

 

「ま、こんなこと口が裂けても言えない」

「何考えてたの?」

「何もない」

 

完全に独り言が出てしまった。

桜花は不思議そうにこちらを見つめるが、無理やり笑顔を作って見つめ返す。

現在、2人で山道を降っている状態だ。

 

「そういえば、なんで今回、お祭とか開こうと思ったの?」

「えっと確か、夏だから夏祭を開いた」

「うん。だから?」

「建前ではそれだけど、本音では、夏祭に行くことができなかった人が気分だけでもっていう理由で書「それ以上はいけない」

 

なぜだろう。本能的に桜花の言葉を遮らなくてはいけないような気がした。こう……物語のタブー的な部分に触れてしまいそうだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社に到着するや否や、霊夢さんが桜花に自由時間を与えた。というわけで、2人で屋台を回ることになった。

一緒だというだけで不安になってくるのは、桜花と2人で行動することが多い私ならではだろう。実際、私の財布からどんどんと小銭が消えていっているのだ。

 

「はほはひ、おいひいへ」

「うん、何言ってるか分かんないから飲み込んでから言おう?」

 

なんとなくは伝わった。

たこ焼き美味しいね。と言いたかった。と思う。

桜花は口の周りに青のりをつけながら食べているので、お手拭きで桜花の口の周りを拭く。

 

「ご苦労」

 

疲れる。

そう思ってしまうのは仕方ない。

少し離れたところに、よく見る姿が見えた。普段ならば魔女らしい帽子を被っているのだが、今日は違うようだ。そして、隣にはあまり見ない男の人がいた。

 

「魔理沙さーん?」

「お?その声は彩葉か?」

 

私が魔理沙さんを呼ぶと、魔理沙さんは空を飛んでこちらに向かってきた。

あの男の人は誰なのだろう。彼氏さんとかかな?

 

「よっす!桜花も一緒にいるのか!」

「桜花、久しぶりだね」

「あ、霖之助さん、こんばんはー。相変わらずもやしですねー」

「桜花、どこでそんな言葉を学んだんだい?」

 

この男の人は霖之助さんというのか。ふむ、なるほどよくわからん。

3人が楽しそうに話していると、私は蚊帳の外のような気がして、そそくさと帰りたくなった。そんな私を見て、霖之助さんは私のことを聞いてきた。

 

「この子は?」

「香霖は初めてか。こっちは陽友 彩葉、私の管理している家に今、住んでいる奴だ。こっちのもやしが森近 霖之助。魔法の森の近くで古道具屋やってる奴だ」

「はじめまして、霖之助さん。幻想郷最弱にして幻想郷きっての平和主義者、陽友 彩葉と申します」

「長いね。初めまして、森近 霖之助だ。何かあれば香霖堂に立ち寄ると良い」

 

法外な値段でぼったくられそう。あ、幻想郷には法律なんてものは一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、魔理沙さんと霖之助さんは2人で、博麗神社夏祭を回ると言っていたので、なるべく早めに離れた。あの時の魔理沙さん、妙に楽しそうだった。多分、霖之助さんのことが好きなのではないか?

こんなおばさんみたいな発想をしてしまうのは、私も歳をとってきたということだろう。老化はやいなー。

 

「あ、お賽銭しとく?」

「まあ、いいか。博麗神社の神様って何?」

「龍神様だったと思う」

 

アバウト過ぎなのでは。

 

 

 

少し本殿までは遠いが、5円玉を財布から取り出し、放り投げた。お賽銭箱に入ったかどうかは知らない。

とりあえず願うべきだ。

 

 

二礼、二拍手、

 

願って

 

一礼

 

 

あまり願うことは無いけれど、願望ならあるんだ。

 

 

 

みんなとまだまだ一緒に居たいので、この縁が切れないよう、お願いします。



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第16小節 時繰異変 1拍

どうも、お久しぶりでございます。
今回から2〜4話に分けて、異変回となります。
それでは、ごゆるりとお過ごし下さい。


「あ、やっと起きた〜」

 

「うん、おはよう」

 

「長いこと眠っていたね。まあ、今は起きたから大丈夫」

 

「そ!私が君を起こしたのは、あの計画、もう出来るよ」

「君を否定した幻想郷をぶっ壊そうか」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

博麗神社裏山、彩葉宅

 

私、陽友彩葉は自分の部屋で寝ようとしていた。

しかし、眠気が全くない。こういう日はいつも何をしていたんだったろう。

多分、日記をつけていたと思う。

そのことを思い出したら、机の下にある日記帳を取り出した。

そして、日記帳を開けると、違和感を感じた。

今日って、いつだっけ。何月何日だっけ。

日記の最後の日を見ても、日にちは書いていなかった。

日記の内容を読むと、そこには過去の私の悲痛な叫びが書かれていた。

 

『今日は何度も繰り返されてる。お願い、桜花や霊夢さんに伝えて……。』

 

どういうことなのだろう。私はいつから、今日が繰り返されてることに気づいたんだ?それに繰り返されてるなら、私は気づかないはず。

そう考えた私は、その叫びに答えないで、日記帳を閉じた。

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

「ん?」

 

私の友達である博麗 桜花が後ろに振り向いた。

 

「どうしたの?桜花?」

「いや、…誰かに見られてるような気がして」

「紫さんかもね」

 

私は過半数本気でそう言った。

桜花は妖怪に好かれる体質があるらしく、よく妖怪に付きまとわれている。そんな桜花が警戒するとしたら、八雲 紫以外にいない。

 

「紫…なのかな?紫だったらいいんだけど」

 

私は首を傾けた。

よく意味が分からなかったからだ。

 

「桜花〜。ちょっと来てほしいんだけど」

 

霊夢さんは現在、お勝手で私の分までの昼食に用意してくれている。

最近は霊夢さんに借りを作ってばかりだ。

いつかこの借りは絶対に返さないと。

 

「はーい」

 

桜花は霊夢さんのいるお勝手へと向かって行った。

 

 

 

「いやぁ、意外と簡単に引っかかってくれたね」

 

目の前に、見たことのない妖怪が現れた。

私は当然、妖怪に対抗する力はない。

だから、慌てて社務所の扉に隠れた。

 

「大丈夫大丈夫。なーんにもしようと思ってないって。だから、怯えなくても大丈夫。幻想郷のルール上、神社の境内では妖怪は人間を襲っちゃいけないし」

 

そんなことがあったのか。

初めて知った。

それなら、もっと参拝客が増えてもいいだろうに。

 

そうじゃなくて!

 

目の前の妖怪は何をするかは分からない。

兎に角、ここは桜花か霊夢さんが来るまで待っておくことが得策だろう。

 

「今さ。博麗の巫女が来るまで待っておこう。的なこと、考えてなかった?」

「!?」

「あっはは!大当たり!私、エスパーにでもなったのかな!」

 

考えが読まれた。

いや、妖怪がここでは人間を襲えない以上、ここを離れることはできない。

 

「ざんねーん。ここには来れないように細工してるから、もう、ここは境内じゃない」

 

妖怪はさっきまでの陽気な声から一転、冷たいナイフのような突き刺す声に変わった。

そして、一歩ずつ私に近づいて来る。

 

「あのさ。私たちって異変、起こしてるんだよね。だからその異変に気付いてる君は邪魔なんだよ。気付くことができるだけでも凄いよ。そこまで、綿密に計画を練った異変だから。君さ。仲間にならない?」

 

気付く?どういうことなのだろう。

私は頭が悪い。頭が悪いなりに考えて、出した答えを発した。

 

「嫌だよ……。異変ってことは悪いことしているんでしょ?諦めなよ、そんなこと……」

 

「ハァ。君、頭悪いんだね。私たちは悪いことはしてない。悪いのはこの幻想郷なんだよ。ねえ、君は本当に気付いていないの?」

 

「君が元々何をしていたのかは知っているはずだよね?君自身じゃなくて、君の根っこの方にある魂のことぐらいはさ」

 

「……いろはさんのこと?」

 

「そうそう、大正解大正解!けど、その魂胆が眠ってる状態じゃあ話にならないしなぁ」

 

手首を回しながら近づいてくる。一歩一歩、確実に。

逃げようとしても、足がガクガクと震えて一切動かない。

それに動いたとしても、逃げきれる訳がない。ここは境内ではない。博麗神社の領域ではない。

つまりは、この妖怪の領域と同意義だ。

自分の領域で、自分に都合が悪いように設定するような馬鹿は妖精や桜花でもしない。

 

「まあ、魂胆と話す手段は後で考えるとして。

とりあえず、眠って?」

 

お腹の真ん中辺りからドスッと重い衝撃が伝わった。

 

おう、か…!

 

そして、私の視界はどんどんと暗くなっていった。



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第17小節 時繰異変 2拍

「彩葉ー。あの声、お母さんのものじゃなかったってお母さんが言ってたー。不思議なことがあるもんだなー。彩葉ー?」

 

そう言いながら、彩葉と元居た場所に戻ろうとすると、声が聞こえて来なかった。

いつも、私の言葉に対して返事を大体返してくれるあの彩葉がだ。

寝ているのだろうか?

そう思いながら、元居た場所を覗いた。

 

「彩葉ー?いるー?」

 

覗きこんだ先には彩葉の影も形もなかった。

そして、やんわりと残る妖怪の残り香。

普段の吸血鬼や天狗、その他諸々の普段から神社に来るような妖怪の匂いとは違う、悪意を持った妖怪の鼻を劈くような匂い。

 

ただ、この匂い合致する妖怪は私は知らない。

新種の妖怪?

否。

新しい妖怪は生まれにくいと霖之助さんから聞いたことがある。

私の頭の中に浮かぶ可能性は2つ。

1つ目は封印していた妖怪が封印が解かれたことにより、また暴れ始めた。

2つ目、紫や幽香さんのような古代から生きているかなり力の持った古い妖怪が紫さんの創った幻想郷への復讐。

前者であってほしい。そう思ってしまう。

前者の場合、封印を解いた時にかなりの疲労感に苦しめられる。その状態ならば退治はかなり簡単なのだ。

 

ただ、こういう時の私の願望は100%の確率で外れる。

 

「ほんっと……。人里の人間だとしても助けないといけないけどさ」

 

私の

 

「私の大切な友達の彩葉狙うとか、どうなっても良いってことで良いのかなぁっ!」

 

私は普段能力使わないようにしているけれど、今回は、別に良いよね。お母さん。

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

(ここ……は……?)

 

私は目を覚ました。

周りは洞窟と思われるような風景が広がっていた。この変な感覚からするに、私の家の近く。

そして。妖怪に連れ去られたのだろう。そう認識すると、すぐに冷静に慣れた。あの子は確かに非力だ。

私も非力だが。

腕を動かそうとするも、背後で動かそうにも動かせない。

縛られているのだろう。何やら硬質なもので。

 

「やっと起きたー?というか、どっちなんだろうねー?」

 

明るい声だが、一切奥まで、明るいと言えない声だ。

まるでこちらの存在に対して、深い憎悪を纏いながら刃物を突きつけるような、冷たい声。

 

「どっち……というのは?私じゃない方ってことかな?」

「おっ!これは空音 いろはの方かなっ?!」

 

目当ては私だったらしい。

ただ、何が目的なのかがこの子の記憶を少しだけ見ても全く分からない。私に何を求めようとしているのか。

仲間になれ、とでもいうのだろうか。

 

「そうだよ。『無音』の異変の企画・実行者だ」

「すごいよね〜、あの異変。巫女に唯一解決されていない異変だもんねー!」

「その解釈は少し違うかな。あれは公にされていない異変」

 

彼女の声色は冷たい声ではなくなった。彼女の狙いは陽友 彩葉ではなく、空音 いろはだったらしい。

理由は私を仲間に引き入れるため。

この子の記憶の中から引っ張り出してきた。

 

「で、あなたは?」

「そうだね。私は濃い霧と書いて濃霧 咲」

 

こいきり さき……。

濃霧 咲、か。

あの頃から10年以上経っているんだ。

幻想郷に他の文化が入ってくるのも頷ける。

 

「で、ここからが本題」

 

彼女、咲の声は明るい声から冷たい声へと戻った。

ここからは一回でもミスを犯せば即殺すとでも言いたいのだろう。

 

「まず私の方から質問」

「? あなたの方から?ターン制にでもしてくれるの?」

「そうそう。じゃないとフェアーじゃないでしょ?」

 

そう言って咲はなんの企みも無さそうな笑顔を見せた。

ただ、目は薄めているだけで、何かこちらの奥底を見抜こうとしているようだった。

 

「私の質問。空音 いろは、あなたが気付いているのは知ってる。どうやって私たちの異変に気付いた?」

 

ふむ。お相手からしたら私が咲の異変に気付いていることが邪魔で仕方ないらしい。

けれど、私の頭の中で引っかかるのは私たち。

咲だけではなく、他の妖怪も関わっている。

 

「確認。煽っていい?」

「煽っていいか確認する存在を初めて見た。そんなの、答えはNOしかあり得ない」

 

流石に私の確認に驚いたのか、咲は目を大きく見開かせた。どんなに強い妖怪だって、驚くことはあるのだ。

さて、ここからは真面目に答えていくとしようか。

 

「質問の答えはとても簡単。私が別の世界線の人間だから」

「え?どういうこと?」

「私は本来、この時代に在るべきではない魂。私はあくまで人間」

 

咲は不思議そうに首を傾げるが、私は構わず話を続ける。

手を使って演説したいが、現在、私がもたれかかっている岩壁に引っ付いて外れないようなまでに、強固に縛られている。

いや、もしかしたら引っ付いているのかもしれない。

咲はそのことが出来るほどの強さを持つ妖怪……妖怪とはまた違うのだろう。

先ほどの名前から私が予想した種族が合っていればの話だが。

 

「とりあえず、私は一回死んだ魂。本来であれば私はいないはず。この身体はこの子の魂の入れ物なんだから」

 

私は一息つくと、すぐに私からの質問をした。

内容はシンプル。

私に何を求めているのか。それを知らない限り、私はここから脱出しようとも、時間を稼ごうとも思わない。

この子が繰り返されている時間を知っているかは分からない。私の日記がこの子に届いていることを願うばかりだ。

 

「君に求めるのは……まあ、仲間になってほしいってこと。私と力の弱った彼女じゃこの復讐劇は完成出来そうにないからさ」

 

力の弱った彼女と咲。

2人でこの繰り返されている時間を創り出している。

力の弱った彼女というのは、力の弱った今でもかなりの力を持っている。

その考えに至った私は時間稼ぎに努めることにした。

 

「ま、今の時間を繰り返しているのは彼女が力を取り戻すための時間稼ぎって言ったところ」

「で、私が仲間になったところで何が変わるの?」

「ターン制だよ。次は私の質問」

 

私が1番聞きたいことを逸らされて、私は少し不満になる。

それほどまでには私は冷静になっていなかった。

私はとりあえず咲の質問を答えるために、口を開かないようにした。

 

「私からの質問。どの時点で気付いた?」

「答えはとても簡単。時間が繰り返されてから4〜5日後あたり。上手いこと霊夢や魔理沙や紫さんの記憶は消してたみたいだったけど、存在すべきではないものが入り混んでたのは予想外みたいだったね」

「まあ、その記憶を持ってる君がこちらの仲間になればなんの問題はないということ」

「それが、あなたの私を狙う理由?」

 

その時、後ろからダダダダダッ物凄い勢いで走ってくる音が聞こえてきた。

これだけの音だと流石に咲でも気付くだろう。

その証拠に咲は顔を青ざめさせている。

 

「残念だったね。時間切れ」

 

そう言って私が不敵に笑った瞬間、博麗 桜花は洞窟の中に姿を現した。




さて、濃霧の種族が分かった人いますかね?
ヒントはかなり書いているつもりです。


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第18小節 時繰異変 3拍

さて、ここからは私、空音 いろはではなく、この子の役目だ。

後は頼んだよ。

陽友 彩葉。

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

「彩葉、大丈夫?」

 

桜花は私に対して、そう聞いてきた。

特に怪我もないため、大丈夫だと答えた。

1つだけ無事ではないと言える部分は両手であろう。

洞窟の壁に拘束されている。

私は妖怪のような怪力は持っていないため、岩壁を破壊して拘束を解くということは出来ない。

 

「博麗の巫女……か。まだまだ未熟そうだねぇ」

 

彼女、濃霧 咲は不満げにそう言った。

理由は言うまでもない。

桜花は何も言わず、濃霧 咲と対峙した。

 

「あんたの名前は」

「濃霧 咲。君は?」

「博麗 桜花」

「綺麗な名前だねー。憎い名前も継いでさ!」

 

咲は手を地につけ、周りにある岩や石を浮かせた。

 

「ごめんだけど、弾幕ごっこだっけ?私はそういうの分からなくてさ、自分の戦い方でやらせて頂くよ!」

 

その浮かせた岩や石をこちらに飛ばしてきた。

私程度であればこの弾幕と言えるような礫で充分だろう。

ただ、咲の相手は桜花だ。

この程度、母である霊夢さんの弾幕に比べて空けて見える。

桜花は前に突っ込み、岩1つ1つを砕いていた。

 

「そう。偶然にもね。私も弾幕ごっこは、苦手でさ。肉弾戦の方が得意なんだよ、ね!」

 

ただ、1つだけ砕けない岩があった。

咲自身の能力であろう。

 

「流石の怪力だけどさ。私自身が創り出した岩は砕けないよね。鬼と同じぐらいの力がないと」

 

やはり。

いろはさんの推測は当たっていた。

いろはさんの推測は、ノーム。

欧米の土精である。大地と密接な関係を持っている精霊だ。妖精に近いが、かなり力が強い。

その力を持つ自身から岩石を創り出せば、それはそれはたいそう硬いものが出来るだろう。

 

ただし、桜花であれば。

 

「鬼と同じぐらいの力が必要?」

 

鬼と同じくらいの力が必要なのであれば。

 

「鬼と同じくらいの力で砕けばいいだけの話でしょ?」

 

桜花の能力、それは妖怪の力を扱う能力。

例えば、先ほどのように鬼と同程度の怪力を発揮したり、天狗のように高速で空を飛ぶことが出来る。

あくまで、妖怪と同じ力を使うだけであって、その他の妖怪個々の能力、風を操ったり密と疎を操ったりすることは出来ない。

 

そして、岩を砕いた。

 

 

「なんで……いつもいつもこうなんだ……。彼女の力を借りてこの幻想郷に私の存在を示してやろうと思っていただけなのに……」

 

ノーム。

本来であれば、この幻想郷の中に存在するはずのない欧州の精霊。

存在するはずのない存在ならば、幻想郷は身体の中に入った異物を排除しようと考える。それが彼女には、存在を否定されたように感じたのだろう。

 

「本当、異変を起こす妖怪って自分のことばっかり。周りの環境を考えないからそういう風に思えるんだろうね」

 

桜花は吐き捨てるようにそう言った。

ならば、私の中にいる、空音 いろははどうなのだろう。

唯一、解決されていない異変、『無音』は自己のことしか考えていなかったのだろうか。

そうだとするならば、空音 いろはという人物はどのような人、なのだろうか。

 

「そういやあんた、彼女って言ってたね。そいつの居場所、教えなさい」

「誰が……教えるもんか。彼女の封印をやったの思いで解いたってのに」

 

その時、思考を強制的に停められた。

あまりにも大きすぎる恐怖がこの空間の中に現れたのだ。

 

「紫……と誰……?」

 

そこにはこの幻想郷の賢者、八雲 紫と得体の知れない何かがいた。

私の中の記憶では、見覚えがあった。どこで会ったかは覚えていない。ただ、一度だけ、私ではなくいろはさんが会った。

 

「桜花、ありがとうね。そこにいる子、彩葉だっけ?お疲れ様。後は禊に任せればいいから」

 

私は数瞬、呆気にとられた。手柄を横取りされたような気がするからだ。

私や桜花がやってきたことはなんだったのか。

そう思わずにはいられなかった。

 

「ねぇ紫、それってどういう意味?私はここまで彩葉とやったのに、見ず知らずのそいつに手柄渡せって?ふざけてる」

「正直に答えるわね。これは明るみに出してはいけない異変。過去の遺物の封印が解かれたというのは、博麗の巫女にとっては大きな失態となる。だから影で葬るのが一番なのよ」

「なら、その禊ってのはなんなの?」

「処刑人」

 

私と桜花はその言葉に、絶句した。

この幻想郷において、そのような役職が与えられるのは有り得ない。なのに、その役目があるということは。

 

「処刑人って、何するのよ…」

「裏での博麗の巫女的存在ね。ただ、こっちはかなりしんどいものになるけれど」

 

 

「意識の断絶」

 

 

得体の知れない何か、処刑人の禊がそう呟いた瞬間、私の意識は途絶えた。



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第19小節 時繰異変 後始末

「禊、早く始めなさい」

 

なんなのだ。この人間は。

この人間は、どうやっても意識を絶つことは出来ない。

理由は、この人間は、断絶に慣れている。

 

「禊!」

「……ああ」

 

心の迷いを断ち、カツカツと足音を鳴らしながら死刑囚の下へと向かった。

どこまでも愚かなものだ。

執行されるものは全て、生死を持つことを余儀なくされる。

それが神であろうとも、不死であろうとも。

 

 

 

「刑罰、執行」

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐぅ……」

 

私は頭を抑えた。

何故かは分からないが、頭が痛いのだ。

先ほどまで、何をしていたのかも思い出せない。

じんわりと残っている記憶は、桜花と一緒にいた。

そのことだけである。

 

後日、桜花に何をしていたかを聞いてみるも、桜花も覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はなんの前触れもなく、宴会が開かれるそうだ。

私は八雲 紫に対して聞きたいことがある。

今日の宴会にあの妖怪が参加するかはわからないけれど、チャンスなのだ。

 

「彩葉ー!迎えに来たよー!」

「え?!もうそんな時間?!」

 

私は足早に桜花の下へと向かった。

山を降りると、皆が騒いでいた。

乾杯の音頭はもう取っていたようだ。

私は少し、周りを見回すと話したいことがある妖怪をすぐに発見することが出来た。

八雲 紫は人の良さそうな笑顔でひらひらと手を振った。

 

「彩葉!一緒に飲もう!」

「ごめん桜花。ちょっと紫さんと話したいことがあるんだ」

「紫と?」

 

桜花は不思議そうな表情を浮かべた。

そこまで、この子と紫さんはあまり接点がないはずだ。

桜花は分かったと言うと、霊夢や魔理沙のいる席に向かった。

それを確認してから、八雲 紫へと近づく。

 

「あら、どうしたのかしら?」

「貴女に質問があるの。ここで話していたら、貴女にとって不都合なことだと思う。だから、2人っきりでお願い」

 

紫さんは笑顔から真面目な顔へと、表情を変えた。

私の横には大きなスキマが現れた。

 

「この中なら、2人っきりになれるわよ。

 

そう言って、紫さんはスキマに私を飲み込ませた。

無数の目が私を見つめている。

狂気じみた風景だ。

 

「で、貴女が私に聞きたいことは?彩葉」

「決まってる。あの、処刑人のこと」

 

紫さんは大きく目を開かせた。

それもそうだろう。

本来であれば、あの時の記憶はなく、覚えていることなどないはずだ。

私が覚えている。その理由は、元々、私はあの処刑人と会ったことがあるのだ。

会ったことがあると言っても、私が魂のみの状態。

つまりは、私の前世の死んだ後に、会ったことがある。その時に、転生させたのはあの処刑人ということなのだ。

 

「貴女、誰?」

「それは、身体の名前?それか精神?」

 

紫さんは大きく悩んだような素振りを見せ、精神と言った。

ならば、答えは一つ。

 

「空音 いろは。20年前に、死んだ過去の人」

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。だからあの時、禊は困惑したような行動をとったのか。

あの時、この陽友 彩葉ではなく、空音 いろはの魂を知っているから。

幻想郷の元々の輪廻から外れた者を正すのも、処刑人の役目である。

空音 いろはは輪廻から外れた。

 

20年前。

1人の人間が死んだ。

その時、何が起きていたか、私はすぐに理解した。

 

「あの時の、解決者ね。禊を知っているなら、隠すことがもう出来ないわね。禊は、処刑人。元・人間のね」

「元?人間が妖怪になるのはこの幻想郷のルールにおいては禁止では?」

 

中々に知っている。

幻想郷のただの住民では、知ることのない知識。

それが幻想郷のルール。

このいろはは、ただの住民ではない。

そのことを認識させられた。

 

「禊は妖怪でもないわ。彼の能力は全てを断絶する能力。彼自身、この世からのしがらみを絶ったのよ」

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば、その断絶する能力で私があの世へと行くための何かを絶ったというわけだ。あの世のしがらみとか。

 

「聞きたいのはこれだけかしら?」

「……ええ。戻して」

 

急に視界が明るくなったと思えば、博麗神社の裏側だった。

そして、八雲 紫はいない。

 

今回の異変は、明るみに出されることはない。

幻想郷にとっても、八雲 紫にとっても、博麗の巫女にとっても、決して良くないことだから。

だから、処刑人は存在する。

幻想郷の闇は処刑人は全てを背負っている。

このことを記憶しているのは、八雲 紫と処刑人、そして私の3人だけだ。

この出来事は陽友 彩葉には伏せておこう。

彼女に伝えれば、幻想郷中に知れ渡るだろう。

 

「彩葉ー!ここにいた!」

 

さて、次世代の者に託すのは、そろそろなのかもしれない。

その中でも、私は生きていられるのだろうか。

その辺りはこの子に任せるしかない。

一つだけ、約束してほしい。

私の魂を持つ者として、友達は大切にしてね。

 

「彩葉!早く行こ!」

「うん!」



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第20小節 酒に酔わぬ、酒で酔う

宴会が始まって、2〜3時間程が経とうとしていた。

ここには妖怪や妖精の人外が大多数である。かなりの酒豪揃いなのだ。

そのため、宴会はまだまだ続きそうである。

 

「お酒が飲めなくてよかったと感謝するところだよ……」

 

お酒を飲むことが出来れば、その辺りに転がっている酒瓶のように、私も転がっていただろう。

酔うという言葉には、お酒を飲んで酔うという意味もあるが、ある特定のものを好きになるという意味もある。

私はお酒には酔いたくない。そう考える。

この宴会の席の中には、お酒で酔っている人たちもいれば、お酒に酔っている人もいる。

お酒に酔っている人でも、お酒だけに固執することはなく日常を楽しんでいる者が殆どだ。

 

「もうつまみはないのかー?!」

 

あそこで数々の妖精や天狗を酔い潰している鬼は例外として。

いやまあ、あの人もあの人でちゃんとした楽しみ方は知っているはずだ。

 

「彩葉〜」

 

お酒が飲めないため、正座でお茶を飲んでいるところに桜花が転がり込んできた。

声がいつもとは違い、匂いもお酒くさい。

桜花、酔っている。

 

「彩葉ぁ〜、撫でて〜」

「はいはい」

 

私は桜花の甘えた言葉に従い、頭を撫でた。

綺麗な黒髪は、さらさらとしていて撫でている私も気持ち良い。

私の少し跳ねた茶髪はここまでさらさらとはしていないだろう。

そういったところは羨ましい。

私だって乙女なのだ。そういう自分の外見なんかは気にする。

 

「すぴー……、すぅーすぅー……」

「……? 桜花?おーい、桜花ー?」

 

返事がない、ただの屍のようだ。

というおふざけは置いておいて、桜花は私の膝の上で寝た。寝顔は可愛いため、こうやってずっと寝かしておきたいというのも本音ではあるが、博麗神社が会場となっているため、後片付けは霊夢さんと桜花+私。

寝ていたら霊夢さんからのお叱りを受けることはほぼ確定だろう。

 

「まあ、今はいっか……」

 

私は、寝息をたてながら気持ちよさそうに寝ている桜花の頭を撫でた。

 

「ねえねえ!何してるの!」

「わわっ!?フランさん?!」

 

495年間、地下に閉じ込められ、20年前にやっと日の目を浴びたら死んじゃうからなんと言えば良いのか。

まあ、とりあえず、フランさんが背後から私に抱きついてきた。

吸血鬼ということもあり、私は少しだけ身構えてしまう。

そんな私を知らず、フランさんは桜花のことを見た。

撫でられて気持ち良さそうな桜花。フランさんに見られていることを知らない。

 

「へぇ〜、羨ましいなぁ〜」

 

このお方、なんと仰られましたでしょうか?

 

「ねえ、私も撫でて!」

 

フランさんは顔を赤らめることなく、なんの躊躇いもなく私の足の上に寝転がった。

早く早くと催促するように、羽をパタパタさせる様子はとても可愛らしい。

 

「フランさん、帽子を外して下さい。じゃないと撫でれませんよ?」

「わかった!」

 

そう言って、フランさんはいつも被っている帽子を外した。

私はフランさんに攻撃されないように、ゆっくりと優しく撫でた。

フランさんの髪はふわふわとしていて、この髪の中に顔を埋めたくなる。そんなことをすれば、私の血が吸われ干からびることは確定事項となるため絶対にしないが。

 

「すぅー……すぅー……」

「えっ? フランさんまで?!」

 

2人も膝の上で寝られた私はどうすることも出来ず、寝られるがままになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴会が終わる頃には、私も眠りについていた。

次の日、フランさんと桜花に抱きつかれながら寝ていた。

 

フランさんは紅魔館の方々に引き取られ、桜花は霊夢さんに怒られていた。

その後、宴会の後片付けに私が巻き込まれたことは言うまでもない。





今年も今年で、初詣編を書きたいと考えています。


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休符 昔も今も思いは変わらず

「うぅ……寒い……」

 

何というか、とにかく寒い。

私、陽友 彩葉は現自宅でこたつに入っていた。

こたつと言っても、テーブルに掛け布団を挟んだものになる。河童の電力はこんな山奥まで届かないのだ。

河童の人に言って、電力を届けることが出来るようにしようかな……。

 

「彩葉ー!!あけおめー!」

「………寒いからドア閉めて」

 

バタンと桜花がドアを閉める音。

ズズズと私が温かいお茶を啜る音。

 

「何やってんの?」

「寒いからくるまってんの」

 

そう言いながら、桜花もこたつに入りに来た。

何のためにこの子は来たのだろう。新年になっているというのに。

霊夢さんは今頃大忙しなんだろうなぁ。

 

そんなことを考えながら、私はテーブルの上にある蜜柑の皮を剥き始める。

少し傷のあるほうが甘いとかなんとか。

 

「あっ!そうだ!」

 

桜花は急に声を張り上げた。

私としてはいつまであれば、びっくりするようなものであるのだが、今は驚きもしないし、感じもしない。

剥き終わった蜜柑の実を1つ取り、食べようとした瞬間、腕を引っ張られた。

 

「彩葉を誘えってお母さんに言われてるんだった!」

「なんのために?」

「金づるとして扱うために」

 

ついに断言してしまったよこの娘。

 

桜花の力には抗うことも出来ず、ズルズルと家の外へと引き摺られて行くのであった。

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

 

「お賽銭、入れるよね!」

「まだ早いまだ早い」

 

桜花はルンルン気分でそんなことを言ってくる。

金づるを確保出来たのだ。それは大層喜ばしいのだろう。

ただ、私もそうやすやすと大金をお賽銭という名の博麗一族の生命線に打ち込むわけにはいかない。

桜花に引き摺られる前に屋台で出来るだけ浪費してやろうではないか。

小さいが、今の非力な私に出来る桜花への必死の抵抗である。

 

「ねえねえ!綿菓子あるよ!彩葉、一緒に食べよ!」

 

………浪費させられる羽目になりそうだ。

小さなガマ口財布をぎゅっと握りしめて、桜花に引き摺られた。

なんというか今回、引き摺られている場面、多くない?

 

「嬢ちゃんたち、一つでいいかい?」

「うん!」

「じゃあ200円だ」

「彩葉、払って」

 

桜花に言われるがまま、財布から200円を取り出し、店主に渡す。

 

「毎度あり!」

 

そう言う店主の視線がなんだかむず痒いものだったのでそそくさと離れることにした。

それにしても、初詣というだけあっていつもであれば閑散としている博麗神社も今は人でごった返している。

しかし、どうしても通らない場所がある。それは倉庫辺り。

その辺りはとても涼しく、人があまり寄らない。

静かに食べるのであれば、そこ以上にいい場所はない。

 

「桜花、聞きたかったんだけど、なんで一つにしたの?」

「ん? 別にいいじゃん。それか私と一緒に一つのものを食べるの嫌いなの?」

 

遥か頭上から生暖かい視線がある。

ここには一輪の百合の花は咲かないのでご期待の方はお帰り下さい。

 

「彩葉ー、全部食べちゃうよー」

「いやちょっと待って早くない?」

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

 

本殿へと到着。桜花は霊夢さんに仕事があると呼ばれたため、ここにはいない。

5円玉を取り出し、お賽銭箱へと放り投げようとした時、手を止められた。

右腕が人にぶつかったのだ。

 

「あっ、すみません!」

「いや、気にすることはないぜって彩葉か。お前も初詣か?」

 

そのぶつけてしまった人はまさかの魔理沙さんであった。

和装を着ていたので、私としては驚きだ。

 

「もう少し近づいてから投げたほうがいいぜ。私も過去に何回か外したことがあるからな」

 

なんだか、意外な言葉だった。

魔理沙さんは初詣とかは行かずに、魔法の研究とかに集中しているようなイメージがあったからだ。

 

「こうして並んでいるとさ、あいつといた時思い出すんだよな」

 

あいつ。

それは私の中にいる空音 いろは。

私と接する魔理沙さんは、どこか遠くを懐かしそうに見つめながら話す。

 

「そういや、あいつ、守矢でなんて願ったんだろうな」

「そんなの……私に分かるわけないじゃないですか」

「ハハッ!そうだな」

 

ある程度近づいたところで、5円玉を賽銭箱に向かって放り投げた。

 

二礼二拍手

 

 

そして、神様へ感謝を述べて、願って、

 

 

 

一礼

 

 

「彩葉、なんて願ったんだ?」

「叶わなくなるのに、言うわけないじゃないですか」

「あいつと同じこと言ってるな!」

 

その言葉はとても、嬉しかった。

私の目標は彼女なのだ。

 

私の願いは、あの人と同じ、

 

 

 

 

 

みんなとまだまだ一緒にいたいので、この縁が切れないようにして下さい。






あけましておめでとうございます。今年も今年でやって行きますので、お付き合い頂けると嬉しいです。
最近、書いていなさすぎたので、違和感を感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、段々とでも勘を取り戻していきます。


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第21小節 借音とはいえ

皆様、ここまでお付き合い下さり有難うございます。作者として嬉しい限りでございます。
最終回的な台詞ではありますが、もう少し続きます。
そのもう少しの間だけ、この『無音』という1つの物語、楽曲に付き合って頂けると幸いです。

それでは、最終楽章の幕が上がります。
皆様、どうか聞き逃しの無いようお願い致します。






「桜花、本当に何も覚えてないのよね?」

 

母は何度も繰り返し訊ねる。

それに対して私も何度も繰り返し答える。何も覚えていないと。

覚えている、いないの議論になっているのは約1週間前の日のことなのだ。母曰く、その日の何かがすっぽりと失くなったような感覚がしているらしい。それは私も同感である。あの日、何をしていたのか全く覚えていない。

 

「まあ、彩葉も何も覚えてないみたいだし、聞いても無駄かな……」

「あ、お母さん。例の封印具が外れてきてる」

「……、後で締め直さないとね」

 

私の能力は、妖怪の力の一部を扱う程度の能力。例えば鬼の力であるならば怪力、吸血鬼の力であれば外傷の治りの速さ。そういった妖怪にとってほんの一部の側面を私は使うことが出来る。

 

「身体の方に何か異変はある?」

「んー、少し両腕が痺れてるような感じがする」

「了解。明日にまた封印し直しやるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社から距離はあまり離れず、裏山の中、陽友 彩葉宅。

 

「やったーーっ!!」

 

こちらでは夜にも関わらず、大きな叫びが外に漏れることはなかった。

当然のように彩葉宅内では大きく木霊する。

 

「魔理沙さん! やっと出来ました!」

「お、おう。良かったな」

 

魔理沙さんはビクリと両肩を上下に揺らし、私の声に反応した。どうやら眠っていたようだ。

私はここ4日間ほど、能力の発現を魔理沙さんに付き合ってもらっていた。

魔理沙さんは努力、霊夢さんや桜花は自然に発現するという全く違う方向の能力の発現のしかただ。先天的か後天的か。私の発現の仕方は恐らく後者。

私は至って普通の人里出身の人だ。それは魔理沙さんも一緒。私には出来ないかもしれないが、努力をしてみる価値は充分にある。

魔理沙さんは何かを掴む感覚を覚えれば、その後はとても簡単だと言ったが、始めて2日はその何かすらが私には解らなかった。魔理沙さん曰く、何か好きなことや追いかけようと思う目標を思い浮かべると分かりやすいらしい。ただ、1週間やそこらで能力がポンっと出ればそれは努力ではなく先天的なものらしい。

追いかける目標。それは私にとってはたった1つだけしかない。

3日目になれば何かを掴むことが出来た。その何か、それは私にとっていろはさんの姿だった。

そして、今日4日目、__と言うより0時を過ぎているため5日目と言うべきか__能力が発現したのだ。能力の内容は『音を消す能力』。

 

「魔理沙さん! やりましたよ!」

「喜ぶのも良いんだが……、それはお前の努力で手に入れたものではないって自覚はあるか?」

「まあ……」

 

この能力は正確には私のものでは無い。私の中に刻み込まれたいろはさんの魂が元々持っていた音。

つまりはいろはさんが私に貸し与えているようなものなのだ。

 

「先天的なものとは自覚しています」

 

魔理沙さんはそれなら別に良い! 笑顔でそう言った。

その直後、少しだけ考えたような表情を見せる。

 

「その能力って音を消すだけだとは思えないんだよなぁ。なんというか、本質がそこではないような気がするんだが……」

 

そんなことをたった今自覚したてほやほやの私に言われてもどう返事をすればいいか分からない。

そういう話はこの能力の持ち主である、いろはさんにするべきであろう。

 

そして1時間ほど経った。魔理沙さんは相も変わらずうんうんと唸っている。そろそろ強烈な眠気が私を襲う。今日は床寝でもいいかなとか思いながら意識を手放そうとすると、不意に左肩を叩かれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔理沙、分かったんだけど、聞く?」

「彩葉……、ではなく、いろはのほうか。ほんと驚くから変わる時は声かけろよな」

 

それは無理な相談だ。私が彩葉の内側にいる時は彩葉の方には一切関与は出来ない。逆もまた然り。

 

「で、何が分かったんだ?」

「私の能力の本質っていうの」

 

魔理沙は私に詰め寄る。

そしてぐぬぬぬぬ、と言わんばかりに歯をくいしばる。性格が悪いとは思われてしまうが、魔理沙や霊夢のこのような表情を見るのが好きなのだ。

普段は散々私を振り回してくる2人。その2人を手のひらの上で転がしてるような気がして、ちょっと愉快なのだ。

 

「頼む。教えてくれ」

「分かった。とりあえず一つの前提として、私が聞いたことがあるだけだから不確定っていうことで」

 

そう言うと魔理沙はコクンと頷いた。

 

「音というのは耳を通して、脳は伝えるもの。その音は鼓膜という耳の部分を震わせることで私たちは音を認識する。ここで魔理沙に質問。魔理沙は暖簾はどうやって揺らす? 手は触れないでね?」

「ん? そんなの魔法で揺らすだろ?」

「うん、才能の無駄遣いだね。それに質問した私が馬鹿だった。普通の人なら風を起こして揺らすんだよね。それと同じだと考えると、音というのは空気を伝わる何か。そして聞いたことのある内容だと、その正体は波」

 

「つまり……!」

 

魔理沙はここまで来てようやく分かったようだ。

私も多分、この話を聞いたことがなかったら何も分からなかっただろう。

 

「そう、私の能力というのは、『波を鎮める』能力ってこと」



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第22小節 波を鎮める程度の能力

「波を鎮める能力か……。割と応用に聞きそうな能力だな」

「音以外に試したことがないからなぁ……」

 

魔理沙は、それじゃあ試してみるか、と言って手ごろなナイフを取り出した。嫌な予感がする。

私の心臓は警鐘を鳴らすが如く、鼓動を打つ。息が荒くなる。

 

魔理沙はテーブルの上に左手を置き、ナイフを持った右手を大きく天に掲げ、振り下ろす。

 

「イダダダダ!!」

「何やってんの馬鹿っ!」

 

慌ててナイフを魔理沙の手のひらから抜こうとするも、何かに固定されたかのように一切動かない。

怖い、怖い。友達を失うことが怖い。奥底の恐怖は到底忘れそうにもない。

私の記憶を一切思い出すことのなかった、あの時の霊夢のように。

 

「痛いのは慣れっこだ。今なら試せると思って私はこの行為をやってるんだぜ?」

「ああーっ! 何回でも言うよ! この馬鹿っ!」

 

痛みというのを波に置き換えよう。

激しく上下に動くところが痛いと思うところ、けれども左手のみの波を抑えていいのか? 過去に永遠亭に行ったことがある。その時に手術と言われる施工を受けた。それの中では一切感覚がなかった。麻酔、と呼ばれるものを使っていたらしい。

それをイメージして、波を鎮める。

 

「…………、どう? 魔理沙」

「痛いとは全然思わないな。なんなら左腕の感覚全部無いぞ?」

 

実験、にしては上出来の部類に入るだろう。

私もここまで上手くことが運ぶとは思ってもいなかった。ひとえに過去の経験が生きたということだろう。

それにしても、魔理沙に対して一言だけ言っておきたい。

 

「魔理沙、ナイフと左手、あとテーブルになにかしらの力で固定してたでしょ」

「あ、やっぱりバレてた?」

 

バレバレも何も、魔理沙が左手にナイフを突き刺した時にはテーブルにはナイフの刃は届いていなかった。それなのに、私の力でナイフを引き抜けないどころか、ナイフと共に左手が上がる気配が一切なかった。

いくら非力な10歳ほどの身体とはいえ、流石に魔理沙の左手ぐらいは持ち上げることは出来る。それこそ、魔理沙が私の腕を右腕で抑えるか、なにかしらの力を入れない限り。

 

「お前、こうでもしなきゃ能力使わずにどうやって助けるが考えるだろ」

「当然でしょ。私の性格をよく理解してるんでしょ?」

 

まあな、と魔理沙は少し懐かしげに笑った。その顔は私の記憶にはない、恐らく私がいなかった時に得た笑顔なのだろう。少し、寂しくも感じる。

 

「さて、と、痛みがない内に引き抜いとくか!」

 

そう言って、魔理沙は左手からナイフを引き抜く。

そして後悔。そのあとを見るのではなかった。

魔理沙は私に見せつけるかのように、左手をこちらに向ける。ぐちゅぐちゅと赤く光る隙間から白いものが見える。さらには、そこを塞ぐようにせっせと働く繊維たち見える。

正直に言おう。かなりグロテスク。吐きそうになる。

 

「あ、キツかったら目ぇ隠しとけよ? いろはにとっちゃあかなりグロテスクだからな」

「その言葉、もう10秒前ぐらいに欲しかったかな?」

 

これだから魔理沙の友達というのは疲れるのだ。






来月、『無音』をメインで書くため、投稿間隔が短くなると思います。


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第23小節 動き出すには遅すぎた歯車たち

「うぅ、あっ…、ぐぅ……」

 

夜も更け、あたりが暗くなっている中、私は布団の中で呻き声を殺す。

私の能力は妖怪の力の側面、一部分だけを扱う程度の能力。その能力を紫は霖之助さんとはまた違った、人間と妖怪の架け橋だと言った。

しかし、私はそうは思わない。私の中に、妖怪がいるような気がするのだ。そして、能力を使う度に私の中のそれは私の中を喰らっている。もし、このまま喰われ続け、自分というものを失えばどうなるのか。想像するには難くない。

恐怖はとうの昔に打ち勝ったはずなのに悪寒が走る。妖怪となるのは特段恐ろしいものではない。霊夢や紫、魔理沙に退治されるだけだから。

けれども、親友の彩葉を貪り喰らうことがなによりも怖い。

 

「うぐぅっ……」

 

誰か早く、助けてよ。

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、これで大丈夫なの?」

 

スキマの内部で博麗 霊夢は八雲 紫に問うた。

 

「なんのことかしら?」

「桜花の能力のこと、桜花自身でかなり制御出来るようにはなっているのはなっているけれど、妖怪に喰われる感覚は変わらないようなのよ」

「まあ、それはいいことね。どんなに優れた素質を持っていたとしても、己の内にある妖怪には手が出せない。それが判っただけでも私にとってはとても有意義なことよ?」

 

その言葉の意味を霊夢はよく知っている。それを同意した上で霊夢は八雲 紫と一緒にこの空間を形成したのだ。

しかし、霊夢は爆ぜる。

 

「あんたのせいで桜花は苦しんでんのよ! どれだけ苦しんでんのか分からないし、妖怪が内側にいる恐怖なんてものは計り知れない! あんたが自分の」

 

そこで霊夢の言葉は止まる。

自分の首元には切れ味が良さそうな刀がこちらに向けられている。この刀は処刑人のものではない。それだけはなんとなく分かる。

 

「霊夢、貴女は勘違いしているようだけれど私も貴女の共犯、知らなくて? この空間、じゃないわね。ここにある幻想郷の素を創り上げたのは霊夢よ。私は理想と現実の境界を少し弄っただけ。つまり、貴女がこの異変の主犯なのよ」

 

分かっている、と言いたい。分かっているなら、私のこの怒りは不適当なものだ。

歯を軋ませる他ない。

 

「そこの歪みで生まれた副産物が博麗 桜花。それが結界の楔となったおかげでこの幻想郷は安定して、完璧な結界となった。けれども」

「けれども?」

「1つ、招かれざる客がいるのよ。あの害虫を処理するのはこちら側でやるから、貴女は楔を守りなさい」

 

そう言って、八雲 紫はスキマの中から姿を消した。

害虫、それはなんとなく分かる。

 

「いろは……」

 

霊夢は結界を作るきっかけとなった親友の名を、完璧な結界の中に紛れ込んだ害虫となった親友の名を、ポツリ地に落とした。

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

「漸く、自覚したか」

 

顔をすっぽりと覆い隠すような外套を着た男は寝ている彩葉の横に座り込み、起こさないように小さく呟く。

 

「まったく、処刑人もいちいち偽装とかかけんなよ、見つけたのに間違えたと思ったじゃねぇかよ。自分から依頼しといてよ」

 

彼は幻想郷の外から来た、また違った幻想郷の住人である。彼自身の能力は見たことのある能力を模倣する能力。幻想郷の外から、ここへと来ることが出来たのは、八雲 紫の境界を操る能力があったからだ。

 

「紫さん、性格変わりすぎじゃないか? こっちの幻想郷じゃ理知的で穏やかだったと思うんだが。まあ、今はあっち側と違うし、依頼の方優先だがよ」

 

朝が来るまで待っておこうと決め、隣に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

「小さく小さく動き出した歯車、遅すぎるスタートだったが始まってもらえるのであれば何も文句はない。今回の異変は、博麗の巫女が主犯だから、俺も手出ししようがない」



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第24小節 くゆらせ登る紫煙

「…………」

 

小鳥のさえずる声が聞こえる朝。とても気持ちいい目覚めだ。

しかし、昨日は確か魔理沙さんといた。そして、能力を発現したというか借りることに成功した。そのあと、いろはさんと意識を交代して魔理沙さんと何か話してたあと……。何をしていたんだったか…。

ああ、沈んだんだ。

いろはさんも限界で、魔理沙さんが帰った直後、糸の切れた操り人形が如く、意識が崩れたのだ。

確かその時は床で寝ていたような気がする。

 

ならば、なぜ私は布団で寝ている?

最近は夜になると急に冷え込む。そのため、布団は私の生命エネルギーを吸い取るように私を掴んで放さない。胸を張って誇らしげに高々と宣言しよう。

とても外に出たくない。

しかし、なぜ布団で寝ていたのだろうか? そしてなぜ、鼻腔をくすぐる朝食の匂いが漂っている?

 

疑問を打ち出せばまたすぐに疑問が重なる。その答えは一向に出てこない。

それは階段の下に行けば、手に入れることができるのは知っている。しかし、出たくないのだ。

 

出るか出まいかの葛藤を繰り広げていると、ギシギシと木製の階段を上る音が聞こえてくる。

ここに来る人なんてごく一部だ。霊夢さんや魔理沙さんに違いない。きっとそうに決まっている。

 

「お、起きたか」

 

それは、変質者だった。

 

「変質者じゃねえよ?!」

 

全身の関節という関節をフルに活かし、尚且つ自分の込めることが出来る力で枕を変質者へと投げた。

 

「落ち着け、朝飯作ってやったんだから少しぐらいは感謝しろ」

 

変質者は余裕を持って左手で掴んだ枕を、こちらへと軽く投げてから、階段を降りていった。

 

「……何者なんだろ、あの人」

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食いながらでいいから聞いとけ」

 

私は首をゆっくりと上下させる。まだ疑わしいのだ。

ちなみに、朝食は山菜のサンドイッチである。美味である。

 

「俺は蒼月 空。一回会ったことがあるが、覚えてるか?」

 

残念というか喜ばしいことにこの変質者と会った記憶はない。頭を左右へと動かす。

 

「マント着て、お前に失望だって言った」

 

それは覚えている。

 

「それが俺」

 

なるほど、変質者らしい服装だ。

 

「お前さっきから変質者変質者うるせえから言っておく。俺は変質者じゃねえ」

「考えていることが読まれてる?」

「まあな。俺の能力は能力の模倣。考えを読んでるのは覚り妖怪の能力の模倣だ」

 

この男が変質者ではないことと、妖怪であることはなんとなく把握した。

しかし、なぜここへこの男が来たのか。

 

「それは、依頼されたから」

「誰にですか?」

「それは……、お前には言えねえな」

「変わったらいいんですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎょっとしたのか、男、蒼月 空は身を引かせる。

変わったことがすぐに分かったのか、体勢はすぐに戻る。

魔理沙でも初めてのときは数分かかったというのに、割と冷静らしい。

 

「で、誰に頼まれたんですか?」

「処刑人、夕顔 禊だ」

 

それはなんとなくは分かっていた。

彩葉には見せたくない、話したくないけれども私には話さないといけない人物と言えば1人しかいない。

 

「それで、どんな依頼をされたのですか?」

「空音 いろはの補佐をしろ、って言われただけだ」

 

補佐? 何故私に助力する立場でいけないのか。何かを成し遂げるのであれば私より力の強いこの人に頼めばいいだけの話。それであるのに、何故私なのだろうか。

その前に1つ、私が何をする?

 

「俺たちが存在しているこの幻想郷は博麗 霊夢や八雲 紫が作り出した紛い物の幻想郷。空音 いろは、お前にはこの幻想郷を壊してほしい」



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第25小節 ERROR

処刑人がいつもいる場所、八雲 紫から隠れるために作った、閻魔の目にも入らないほどの世界の隅っこ。魂の漂流場所。

かなり前にここに来たある魂を1つ思い出す。

続く未来が隠れた場所へと飛ばした魂のことを。

その隠れた未来というのは今のことだ。

完璧に近いと思われる今回の博麗の巫女と妖怪の賢者が手を組んで起こした異変。それを砕くには外側からではなく、内側からでなければいけない。しかし、内側から砕く場合には内側で生まれた魂では砕くことは出来ない。外側の魂が必要となる。

そのために、過去から内側へと、一つのバグを混入させた。しかし、それだけでは足りない。1つ潰れてしまえば、もう終わりだ。念のための保険だ。

処刑人はもう1つのバグを幻想郷へと送り込んだ。

その内容は、今となっては跡形もなくなった幻想郷から送り込まれた者。

この2つのバグを大きく作用することを願いながら、ここに閉じこもる。

 

「禊、出て来なさい」

 

どこにいるかは分からない、しかし、どこかに隠れていることだけは分かっているような口調で八雲 紫は処刑人に語りかける。

こうとなっては、処刑人は彼女には逆らうことが出来ない。処刑人は彼女の前へと現れる。

 

「禊、一つ聞きたいことがあるのよ。空音 いろはという過去の存在を知っているかしら?」

 

嘘はつかない主義だ。首を縦に振る。

 

「なら話は早いわね。あれを混入させたのはあなた?」

 

?!

処刑人に焦燥が奔る。いつ判明したのか、時操異変と呼ばれるようになったあの異変の時なのか。いや、あのときはただの陽友 彩葉というなんの変哲もない、博麗 桜花の友人であった。その時点では彼女には分からないはず。

なら答えは1つ。陽友 彩葉ではなく、空音 いろはとして八雲 紫と個人的に接触したということ。

分からないように、奥の歯を軋ませるが、もう後の祭り。

ここは毅然と振る舞うのが正解である。

焦燥を“絶”ち、首を横へと振る。

 

「そう、それならそれでいいわ。閻魔の方の記憶消去のミスかもしれないわ。ならば、夕顔 禊、貴方に命令するわ」

 

 

 

 

「あの害虫を、処刑しなさい」

 

焦りなんてものはない。ただ、頭を垂れるだけ。幾千、幾万と処刑をしてきた。その骸の中に一つ加わるだけだ。

 

「エラーを起こさないよう、頼むわよ」

 

処刑人はあくまで幻想郷のシステム。形では八雲 紫の部下という状態である。しかし、彼の目において不要と感じたり、紛い物と判断したものは幻想郷の判断と同じだ。ただ、粛々と刑を執行するのみ。

 

「禊」

 

自らの名をつけた抜刀は、八雲 紫の傘を斬っていた。

 

「なんの、真似かしら?」

「……、お前が今やっている行為は今の幻想郷を壊す原因にしかならない。よって、処刑する」

「私のことを、処刑出来るとでも思っているの?」

「出来る。お前が存在を持っている限り。存在と無の境界を弄るのであればそれでもいい。お前は消えるだけだ。紛い物の結界が生み出した、紛い物の八雲 紫」



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第26小節 その音は友を裏切るために壊音を奏でる

「幻想郷を……、壊す?」

 

待って、理解が全く追いつかない。

今の幻想郷が紛い物? 霊夢が創った? 壊すってどうやって? そもそも幻想郷って壊せるものなの?

様々な疑問が頭の中に湧き出す。今にも脳が悲鳴を上げて、沸騰しそうだ。

 

「ああ、紛い物の幻想郷を壊す。どうやって壊すか、それがお前の気掛かりか?」

壊れそうな頭の波を無理やり鎮め、私は静かに頷く。

 

「こんだけ大規模、尚且つ効果も大規模ときた。そんな結界であれば楔と言えるものが一つか二つぐらいは現れる」

 

八雲 紫と初代博麗の巫女なら、話は別だっただろうがよ、と蒼月 空は肩を竦める。

 

「それはまあ、置いといてだ。その楔とやらはこちら側で既に発見済みだ」

 

私は最悪の展開の予想をしつつ、その楔の候補を立てる。ただ、そんな候補立てするまでも無い。

予想の最悪は、必ず当たる。

 

「博麗 桜花、ですよね?」

「ご名答。お前だけに話すことの出来る理由の一つは、処刑人のこと、そしてもう一個あった。それがこの、博麗 桜花のことだ。十中八九、お前の中にいるもう1人に言ったら、抵抗するか卒倒するだろ?」

 

その読みは半分正解だ。残りの半分は、私がそれを許すかということ。

楔があるから、幻想郷を壊すことが出来るということはその楔を壊すということ。つまり、桜花のことを殺すということ。

 

「その依頼でしたっけ? それは断ります」

 

私はどうしても、親友は裏切りたくない。私の最期を不本意ながらも看取ってくれた霊夢ならなおさら。

例え、これが史上最大、これまでもこれからも類を見ない博麗の巫女が起こした大異変だったしても、私は幻想郷最弱、幻想郷きっての平和主義者である。

 

「お前、幻想郷がどうなってもいいのか?」

 

ああ、勿論。親友のためなら。

幻想郷だって意思を持つ。それが受け入れているなら、私たちが出る幕もない。

いや、少し待てよ。これは、幻想郷は受け入れているのか? 受け入れているのならば、何故私や蒼月 空が存在することが出来る?

 

「一つだけ質問」

「答えられる範囲ならいくらでも」

「処刑人という役割について」

「……普段ならば、閻魔の目を盗んで行動し、罪人の処刑、魂の行き場を無くし消滅させる。今現在のあいつの役割は本来の幻想郷の代弁者。あいつが悪と見なせば、八雲 紫だって処刑の対象になる」

 

ここまでの話を聞いて、ようやく私の役割が分かった。

幻想郷はあくまでこの状態を受け入れていない。だから、代弁者、夕顔 禊は完璧な幻想郷に穴を穿った。それが私と蒼月 空。

 

「こちらから情報提供だ。この結界を創った原因の一つはお前だ。さらに、俺はこの世界とは別の世界線から来た妖怪だ。ここが壊れたとしても戻るようになる契約だ。しかし、お前は元々こちらの人間。ここが壊れたら、魂の××が待っている」

「なーんだ、その程度か」

 

確かに、私が原因となったのは、この依頼を引き受ける要因の一つとなる。

そう考えながらも、私の心境は不自然なほど落ち着いている。心音も問題なし。なんなら、一切鼓動していないかのごとく静かである。綺麗な和音を、身体は奏でていた。

 

「私は友のために動く。幻想郷が認めないということは悪になるなら、友は悪となる。友だちには悪になってほしくないしね」

 

友を裏切らないために友を裏切る。

矛盾した行動動機だろうか。少なくとも、私はそうは思わない。

私は死にたくないし、戦いたくない。けれども、幻想郷を救いたい。綺麗事を抜かすな、そういう声もあるかもしれない。けれども、1つだけその方法はある。

壊音を奏でること。これを遂行するにはある1つの条件がある。



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第27小節 無謀という名の謀り

壊音を奏でるための条件を満たすためには、あることをしなければならない。しかし、私はそれを嫌う。

 

「蒼月 空、あなたは私の作戦を聞いてどう思うか、感想をもらってもいいですか?」

「まあ、勝算があるというのなら判断してやる。言ってみろ」

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……。お前はそれでいいのかよ……?」

 

私は静かに首を下ろす。

これ以外に私が活躍というか、関わってこの異変を解決する方法がない。皆無だ。

一つの懸念としては、この方法では彩葉の方にもかなりの負担がかかるということ。私の方には何の問題もない。ただ、この苦痛を彼女に味あわせてしまって大丈夫なのだろうか。それだけが心配なのだ。

そろそろ起きるであろう彼女に小さく、小さく語りかける。

 

(ねえ、彩葉。あなたはとても大切な親友のためなら、××ようなことがあったとしても、耐えられる?)

 

彼女は微笑んだような表情を浮かべ、こちらに語り返す。

 

(無論、それが桜花のためになるなら、それが私が愛する幻想郷のためになるなら、私はいくらだってやるよ)

 

そう、だよね。こんなことを聞いた私が馬鹿だった。私は何度も陽友 彩葉に願った。私の魂を持っているのであれば、友達を大切にしてほしいと。

結果、その願いは叶った。

とても、願ってもいないタイミングで。

 

「私も彩葉も同意してる。だから、大丈夫」

「全部、話したのか?」

「処刑人に関しては伏せてね」

 

確かに、彩葉は桜花のことを知ると悲しそうな顔をした。

しかし、桜花にとって救済になることを知ると、どんなことよりも救うと心に決めたようだった。それであるならば、どうして私が彼女を止めることが出来るのだろうか。

さすが、私の意思を受け継いでいるだけはある。

 

「実行するときは言えよ。居候させてもらうしよ」

「は? 何言ってるの?」

「毎日毎日、どっかからここまで来るのってかなりキツいんだぞ? 知らんだろ?」

 

いやいや、その話は想定外すぎる。

まず、彩葉の方に話を通さないといけないというのに。

 

「何言ってるのこの変質者」

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

「何言ってるのこの変質者」

「変質者じゃねぇって……、陽友 彩葉の方か……。急に変わんなよ。ビビるっての」

 

そんなもの、こちらにとってはどうでもよい。私といろはさんが入れ替わるタイミングはどちらとも同意した瞬間だ。事前に言うことなど不可能である。

 

「なら、一つだけ条件ね。桜花の能力はこの中で私が1番よく知ってる。だから、今から書く手紙を人里の永井 次冠に渡してほしいの」

「そんだけでいいのか?」

「うん。もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

父母の姿はない。母は確か今日の夜は女性限定居酒屋の仕事、父は守衛としての仕事がある。

ここまで静かで暗いと恐怖心が煽られるものもある。

ろうそくを灯そうとしても、少しは節約しないといけないため、少しためらう。

少し古びた木製の階段を軋ませながら、2階へと向かう。俺の部屋だ。

俺の部屋にある小さな机の上に、「永井 次冠」と書かれた封筒がある。裏面を見てみると、「陽友 彩葉」と書かれていた。

 

「あいつから?」

 

封を切り、中身を読む。

 

『明後日の午後3時ごろにかふぇ、道草に来て。話したいことがあるから』

 

彩葉が話したいと言う内容がよく分からないまま、俺は当日を迎える。



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第28小節 永い時間とのお別れを

「永遠の時間って、退屈だと思わない? 次冠」

「そんな哲学的な話をするために俺を呼んだんじゃないだろ、彩葉」

 

私は日が少し傾いてきた頃に、人里の隅にある喫茶店、道草というところで幼馴染の永井 次冠と話していた。

私はなんとなく、この結界についてのことをいろはさんから聞いていた。ずっと、平和が続く幻想郷。それが霊夢さんの願い、祈り。それにはある1つの問題点があった。

ずっと平和が続く幻想郷、というのはずっと、つまり永遠に平和であるということ。なら、霊夢さんはどうやってその永遠を見るのだろうか。

もし、結界内の時間を止めるピンみたいなのがいれば、それも一応破壊しておきたい。

 

「いやいや、結構重要な話なんだよ?」

「そうには聞こえねーんだよ。まあ、俺からしたら、永遠ってのは別にいいんじゃないか? ずっと好きな人と一緒にいたい、この時間が永遠に続いてほしい、そう願った奴にはとっても嬉しい言葉なんじゃないか」

 

確かに、次冠はそういう人間なのかもしれない。

そういう精神を持つ人間だからこそ、ピン留めには相応しかったのかもしれない。

幼馴染だけれども、私は本来の幻想郷の姿というものを見ておきたい。例えそれが不可能なことであっても、いろはさんが愛し、守った幻想郷の姿を見てみたい。

 

「やっぱり、そうなんだよね。次冠ってさ」

「? お前、さっきから何言ってんだ?」

 

もう、ここからはこちらのターンだ。

次冠に手綱を握られてしまった時点でこちらの負けだ。

 

「次冠、先に言うね。さよなら」

「は?! お前何言ってんだよ! 今から死ぬような言い方しやがってよ!」

「死ぬ、か。多分次冠とか他の人にとっては死ぬことはないんだと思うよ。私みたいな変な存在じゃない限りは」

「お前はお前だろうが! 変な存在じゃないだろうが!」

 

テーブルの上に置かれていたミルクティーとコーヒーが大きな波を立てる。その振動は外には漏らさない。

こういう時に使うことが出来る、いろはさんの能力、「波を鎮める程度の能力」。

本来ならば、こんな使い方ではないのだろうが。

 

「お前がどんな状態に陥ってるのか知らねえがよ、俺はお前のことを思ってんだよ! だから、話せよ」

 

ああ、やっぱり、ピン留めであったとしても、私が長い時間を共に過ごした幼馴染、永井 次冠だったのだ。

だから、壊したくない。あくまで今回、いや、これからずっと先まで彼と会うことはない。

 

「ごめんね、次冠。何があるのかは次冠には話せない。それに、これは誰にも話すことができないことなんだよ」

「なら、俺だけに話せ」

「それも無理。信頼していないっていうわけじゃなくて、もう、引き返せないし立ち止まることもできない。だったら、私は進む道を選んで行く。もう、他の運命に繋がる道は閉ざされたんだ」

「どういう、こと、なんだよ……」

 

次冠は涙を流し始めた。

彼と一緒にいた時間はあまりにも長い。私にだって、次冠とお別れしたくない。だから、せめてこういう風にお話をしている。

 

「次冠、ごめんね」

「謝るなら……、説明してくれよ……。なら、まだ諦めがつくっていうのによ……」

「次冠」

「なんだよ」

 

呼び声に反応し、次冠は顔を上げる。

どんなに頑張って踏ん張っていたとしても、子供の精神。今すぐにでも、崩れそうな表情をしていた。

 

「なんだって言って…?!」

 

私は次冠の唇に唇を重ねた。

喫茶店内には、暇すぎてお会計を支払うところで寝ている人しかいない。

静寂が流れる。静かに、閑かに。

 

「それじゃあ、ばいばい、さようなら。次冠。会うことはもう、ないよ」



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第29小節 私が何者か、それぐらいは知っている

私はずっと、人だと思っていた。妖怪のほんの一側面の力を扱うことが出来る程度の、普通の人間。

最近はそんなことを思わない。つい最近、彩葉と出会ってから私は私ではないことにようやく気がついた。彼女が私に教えてくれたのではない。私がその事実に目を背け続けていた。

私はお母さんの子どもでもないし、紫が外の世界から拾ってきた捨て子なんかでもない。

ある結界を作り上げた時に発生した概念。

 

そんなことに、私は気付いたときには私は半妖怪として成っていた。

こんなことが、紫が望んだ妖怪と人間の架け橋だったのだろうか。博麗の巫女として、博麗の巫女に退治されることが紫にとって、理想だったのだろうか。いや、そんなことはない。決してない。私は断言出来る。何年も紫と過ごしていない。

何が紫にとって理想だったのか。私に向けた表情を一つ一つを思い出す。

私に修行をさせるとき、お母さんや私を叱るとき、藍と接するとき、何一つ、紫はあの鉄のような笑顔を崩したことはない。時々、無表情というか固まったり真顔になったりするときはあっても、太陽を見ているかのように笑っていた。

そんな紫が陰りを見せたことは、

 

「……?」

 

1つだけ、そう、たった1つだけ。

私が一度だけ、紫に私にとっては先々代の、お母さんにとっては先代の話を聞こうとした時、彼女は陰を見せた。その時言った言葉は。

 

「彼女は、本当に美しい人だったわ、だったっけ……」

 

紫はもしかして、お母さんを死なせたくないの?

そんなことを予想していたとしても、ただの暇潰しにしかならない。時間は有限なのだ。

私が今、何をするべきなのか。私が生まれた原因が人として許されない行動だとしても、今の私は博麗の巫女。この幻想郷に守るために働く。私はこの幻想郷を守るために生まれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霖之助さん、いる?」

「おや、霊夢じゃないか。どうしたんだい? 桜花を連れていないところを見るに、私的な用事かね?」

 

博麗 霊夢は香霖堂にいた。

理由は一つ。香霖堂の店主、森近 霖之助の種族について詳しく知るため。ひいては博麗 桜花を守るため。

 

「単刀直入に質問するわ。霖之助さんは半人半妖であっているのよね?」

「その辺りは周知の事実だ。単刀直入ではないじゃないか。君はもう少し」

「そんな説教を聞くためにここに来たんじゃないの。ただ単なる確認よ。ここからが本来の質問。霖之助さん、あなたはその半妖を暴走させたことっていうのはあるのかしら?」

 

雨が降り、どんよりとした空気が漂う。香霖堂にもその空気は伝わっているのだろうか、緊張の糸が張り詰めたように静寂が流れていた。

 

「なんとも懐かしい話になるね。確か霧雨の親父さんに修行に行くよりも遥か昔の話だ。それでも、大丈夫かい?」

「うん、私の認識では人と妖怪は交わることはない、交わってはいけないもの。なのに霖之助さんは半人半妖。どういうことなのかも教えてほしいの」

「そのことは僕にも分からない。予測だけでもいいのなら、僕はおそらく、誰かに配合された存在なんだ。それが誰かまでは予測出来ないけれどね」



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第30小節 親愛なる

ずぶり、と処刑人の刀は八雲 紫の左胸を確かに貫いた。

認識の境界は弄られていない。いや、そもそも処刑人の存在には境界がない。そこに見える風景、そこにある空間と同じなのだ。もし、彼女が本物であるならば、彼のことをよく知っているはず。しかし、必死に境界を探っていた彼女は。

 

「時繰異変時、すり替わった」

「すり……?」

 

彼女は一生懸命頑張って、不思議な表情を浮かべた。どうやっても、処刑人から逃れることは出来ないと悟りながらも、今出来る精一杯の抵抗だ。

 

「あのときのよく分からない二体の妖怪の処刑、あれは異変を起こした者たちとして、処刑をした。しかし、そのときにお前は八雲 紫にすり替わった。判断材料は2つ。1つ目は八雲 藍を呼び出さなくなったこと。2つ目が1番の判断材料だが、八雲 紫は破滅を望まない。しかし、お前はそれを求めた」

 

彼女は目を伏せ、諦めたように溜息をつく。そして、処刑人を見つめて問う。

 

「そこまで分かっていたんなら、さっさと私を処刑した方がよかったのでは?」

 

表情の見えない、顔のない処刑人はゆっくりと横へと振る。それはお前の思い込みだと。それは、この幻想郷を破壊しようとしたお前の思い込みだと。

 

「八雲 紫はこの幻想郷を救おうとする。博麗を逃さないため、願いを叶える。だから、八雲 紫を処刑せずに意識を絶った。お前はこの語られてはいけない異変に必要な駒。お前に役割を課す」

 

そう言って、処刑人は八雲 紫もどきの胸から刀を引き抜いた。処刑人が施した断絶は、生と死の断絶。

 

「なにかの妖怪の精神体。お前は博麗 霊夢を足止めし、時間稼ぎをしろ」

「了承する、けれども1つ質問。貴方は何故私を使うのかしら? 私ではなくても他の実力が拮抗している、花の妖怪や竹林の月人を使えば、その件は楽になるのでは?」

「まだ、思い込みが残っているのか。いや、これは仕方のないことか。この幻想郷は博麗の巫女と妖怪の賢者が創り上げた結界。その中にいる妖怪は意識が統一され、ここは以前から全く変わらない幻想郷として認識されている。計画を言ったところで無駄だ。ごく稀ではあるが、お前のようなイレギュラーが意図的に生み出される」

 

幻想郷を支配するか、壊そうとするような存在を退治することによって、この幻想郷は永遠に続いていくことを悟られないようにするため、と言葉を続ける。

八雲 紫もどきはもう1つ、疑問を口にした。

 

「何故、私を処刑しないのかしら?」

 

これに対しても、首をゆっくりと振り、嘆息する。

 

「目的が合致している」

 

これ以上分かりやすい説明があるかと言いたげに、処刑人は背を向ける。

 

「ありがとう。それじゃあ、死んでくるとするわ」

「手向けとして、生と死を断絶している。せいぜい、永遠に死に続けろ」

 

その言葉を放つと、八雲 紫もどきはスキマの空間へと消えていった。



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第31小節 彩りの葉は散り際を奏でる

旧空音 いろは宅、現陽友 彩葉宅にて、静かに二人が作戦を実行段階へと移そうとしていた。

 

「蒼月さん、今回のいろはさんの考えた作戦においての大きな障害って何だと思います?」

 

陽友 彩葉は、緊張の糸は張られてあるのかと心配してしまうほどに、いつも通りの声色で尋ねる。

 

「そんなもの、紫さんと博麗 霊夢以外何があるって言うんだ?」

 

裏で何が行われているか知らない蒼月 空はある程度の緊張感を持っていた。その返答に対して、彩葉はそっかと、短く返すだけだった。

 

「博麗神社の正面から行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼月さん、多分これ、霊夢さんいないよね?」

 

博麗神社へと向かう階段の途中、いつも感じる安心するような気配はない。

それを聞いて、蒼月さんは遠くを見つめるように目線を上へと上げた。白狼天狗の1人の能力に千里眼の能力の持ち主がいたらしい。それの能力の模倣だ。

蒼月さんの能力は能力の模倣。オリジナルには精度で負けるものの、それを同時に何個も模倣することが出来るため、能力だけの勝負になれば負けるということは有り得ないらしい。

 

「マジで、いねえのか」

 

それであるならば好都合なことこの上ない。私たちにとって、大きな障害の1つがこの場にいないというのは、作戦の遂行に大きく影響する。

 

「そろそろ、頂点」

 

数日とはかなり短い時間ではあったが、なんとなくでもこの蒼月さんの人間性というか妖怪性というのは分かっている。今現在やらねばならないことを最大限重視し、それに対して真摯に取り組む。今回の件で最も信用出来る妖怪なのだろう。

 

憎いほどに青く澄んだ空に、舞い上がる紅葉。彼女には悪いけれど、これは私たちが今やらなければならないこと。どんなに頑張って避けたって、これが私に与えられた使命。いろはさんに与えられた、1つの使命。

 

「あ、彩葉! と……、誰?」

「蒼月 空。妖怪だ」

 

その言葉を言い終わるよりも早く、桜花は蒼月さんへと飛びかかっていた。

 

「彩葉は、私が守るんだっ!」

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上だ。僕的には桜花の能力の暴走を止めるための話にはならないと思うんだが、霊夢、君にとってはどうなんだい?」

「ええ、とっても為にならない話だったわ」

 

嫌味を言う程度には余裕がある。

霖之助の話は桜花のためになるかと聞かれれば、おそらくそんなことはない。しかし、ある程度の知識を持っていれば、それが何らかの形で役に立つこともあるかもしれない。

 

「ありがとうね、霖之助さん。また来るときは桜花も連れて来るから」

 

「次なんて、ないわよ」

 

その言葉は霊夢にとっては嫌というほど聞き慣れた声であった。

カランカランという香霖堂に客が来たことを知らせる鈴が鳴った次の瞬間には博麗 霊夢はスキマに呑み込まれていた。

 

「どうしたのよ、紫。構ってほしいの?」

「そんなこと、あるわけないじゃない」

 

漸く姿を見せた八雲 紫は、殺気に満ち溢れていた。

 

「殺す気で来ないと、死ぬわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

10分、たった10分だというのに、桜花は息も絶え絶えになっていた。それに対して、蒼月 空はまだまだ余裕がありそうに見える。

 

「能力使わずに、肉弾戦で勝てるとでも思ってんのか?」

「うるさい! お前なんかに彩葉を殺させるもんか! 私が彩葉を守るんだ!」

 

いつも左腕につけている腕輪のようなものはない。その腕輪は、桜花の能力を強制的に押さえつける封印。それがない現状、桜花の能力の妖怪の力の一側面を扱う能力は使おうとすれば、自らを妖怪化させてしまうようなものとなる。

 

「陽友 彩葉から能力の内容を聞いたが、お前の能力は、俺の能力の完全劣化だ」

「そんなもの、やってみないと分からないっ!」

 

博麗神社の中心に、禍々しい気配が渦巻く。確かに作戦通りには進んでいる。進んでいるのだけれども。

 

桜花は激痛に耐えているのか、歯を食いしばって叫びたいのを抑えている。

 

蒼月 空が合図を出す前に、私は桜花のところへと走り出していた。

 

「あんたにこの力、受け止めれる?」

 

ただ力任せに振り抜いた右ストレート。それが蒼月 空へと届く直前、何かを貫き、拳の勢いを殺した。

その勢いを殺した存在を確かめるために、ゆっくりと見上げると、その存在は。

 

「彩葉…………」

 



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第32小節 桜には彩を添えて

「彩葉……、何、やってるの? ねえっ!答えてよ!」

 

桜花は私の腹部から右腕を引き抜こうとしない。ここで引き抜いてしまえば、妖怪になってしまう。そんなこと、私がさせない。桜花が私を守ると決めたように、私も決めてあることが1つだけある。

桜花は私が守るんだ。

 

「おう……か……」

 

全身から力が抜けていく。

彼女の頭へと手を伸ばしたいというのに、腕が上がらない。それどころか、気を抜いてしまえば糸の切れた人形のようになりそうだ。

 

「そのままでは困る。見てられねえよ」

 

蒼月 空がそういうと、不自然に両の腕が持ち上がる。

目を凝らせば、何かよく分からないもので出来ている糸が身体中に巻きついていた。

 

「お前! 彩葉に何をした!」

「大丈夫、大丈夫だよ。桜花」

 

波が鎮まる。痛みの波は鎮まり、先ほどまで感じていた激痛は霧散していた。痛みはないけれども出血は止まらない。いつ、失血死するかは分からない。ならば、仕事は早いにこしたことはない。

 

「届けろよ、そんでもって響かせてくれ。お前()の、最期の感情を」

 

言われなくても、分かっている。恐怖なんてものはすでに消え去った。今であるならば、あの音を奏でることができる。私はそう、確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

「1度の死を知った魂は記憶をもう一度失い、転生する他ない。それを知っていたとしても、お前はその道を何度も辿るのだろう。空音 いろは」

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜花に血が付くことを嫌っていたが、彼女に触れることが出来るのもこれが最期だと思うと、そんなことは気にしてもいられない。

ゆっくりと、桜花の背中に手を回して、肩に顔を乗せる。

 

「桜花、大丈夫だよ。落ち着いてね。私もそろそろ疲れたんだ。だから、一緒に休も?」

 

ずっと、君と友だちとして一緒に過ごしてきて、大変なこともあったけど、君と友だちになったことを後悔したことはないんだ。

最高の友だちだったよ。さよなら、桜花。

 

彩葉としての仕事はこれまで。

 

ここからは、いろはとしての仕事。

 

これまでの思い、これからの願い、今の感情、彩葉といろはの全てを詰め込んで。

 

この想い、旋律に乗せて。

 

「『無音』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

この音を初めて聞く者も、20年前に一度か二度ほど聞いたことのある者も、彩の着いた無音に聞き惚れていた。

どんな声を発しようとも、一切の雑音を許さない無音。

10分44秒の演奏。それは二人分の想いを込めたメロディー。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演奏を終えた“いろは”は息を引き取っていた。

本来の幻想郷の色を見ることなく。

 

「ねえ妖怪。彩葉が死んだのって私のせい?」

 

妖怪は首を静かに横に振る。

 

「お前がいなければそいつは生まれていない。お前と運命を共にしてんだよ」

 

そっか、と呟き、右の手を彩葉から引き抜く。さっき、彩葉がしてくれたことと同じように背中に手を回す。

命がけで彩葉は私を守ってくれた。

 

「彩葉、ほんとごめん。それと、守ってくれて、ありがと」

 

私の中にいた妖怪はいつの間にか鎮まっていた。

感謝したところで、彩葉が生き返るわけではない。すぅっと消えていく彩葉の体温を逃さないように強く抱きしめる。それでも、体温は消えていく。

逃げないで、もっと、彩葉と一緒にいさせて。こんな私と友だちになってくれた、唯一なんだ。

 

無情にも彩葉の体温は失われ、私に抱きしめられたまま、彩葉は死んだ。

 

「泣きたいなら泣けよ。博麗の巫女である前に、お前は一人の人間なんだからよ」

 

その言葉がトリガーとなったのか、私の中に湧き上がっていたありとあらゆる感情が崩壊した。

 

「あ、あぁあああ__________!!」



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第33小節 ただ夕顔が一輪

「こっぴどくやられたようだな」

「ええ、あなたの采配のおかげでね」

 

暗いスキマの中、八雲 紫もどきと処刑人は遭っていた。

処刑人は感情や表情がないまま告げる。

 

「生と死を失った幽人は、もうこの世には必要ない。これを以って、お前を処刑する」

 

八雲 紫だったものは不敵に笑う。

あなたのおかげで私は死ねないというのに、どうやって処刑するつもり? その言葉は言わずとも、表情で語られている。

 

「存在ごと、ここから消し去る」

「え? ちょっと待っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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桜花は、枯れ果てた植物のように倒れ込んでいた。

 

「まだ、仕事は終わらねえんだよな。処刑人」

 

空を仰いでみるも、その答えは返ってこない。その答えの代わりと言ってはなんだが、紅白が空中からこちらへと急接近する。

俺のみぞおち辺りに蹴りを入れ、博麗 桜花から引き離した。

 

「あんた、桜花といろはに何をした?」

 

博麗 霊夢は怒りの感情を剥き出しにしていた。人間だというのに、そこらの妖怪とは迫力は段違いだ。

 

ああ、余計な仕事が増える。おそらく、博麗 霊夢はあの音を聴いておらず、この状況を見て俺が空音 いろはと博麗 桜花を殺したとでも思っているのだろう。

もう一度、あの音を奏でればいいだけの話。確かに、俺の能力は能力の模倣。能力自体を真似することは出来るが、あの、いろは2人が人生を賭けて奏でた音を奏でることは出来ない。

さて、どう説明したものか。

 

そんなことを考えていると、博麗 桜花はふらりと立ち上がり、博麗 霊夢の横についた。

 

「桜花、どうしたの?」

「お母さん、私、死なないといけないみたいなの。彩葉が死んだんだったら、私も死ななきゃ」

 

彼女の目は憔悴しきっていた。人間としては、完膚なきまでに壊されていた。

空音 いろはが博麗 桜花に向けて奏でた、もう1つの音。それが、今回の鍵となる壊音。

壊音とは、空音の音にあった1つ。博麗 霊夢でさえ、精神を崩壊させた。20年前のきっかけの音。

 

「桜花、何言って…るの…?」

「私は死ななきゃいけない、だって」

「罰を受けなきゃいけない、とかほざくんじゃねえだろうな?」

 

俺は思わず口を挟んだ。どうしても、許せない。あのとき、自分の世界が閉じていくのを見ていたのと同じような気がする。あのときほどに俺が俺を許せなかったというときはない。

この壊れた状態が空音 いろはの狙いだったとしても、俺はそれを妨げよう。

 

「罰なら処刑人でも勝手に頼め、敵とみなした奴が目の前にいるんなら戦え! 人間をやめようとした奴が人間として壊れてんじゃね」

「口が多い。本来の目的を見失っている」

 

脇腹に刺された平突きの刀の周囲から、真紅が広がっていく。不思議なことに、痛覚は一切ない。

突き刺した人物を考えると、それは当然なのかもしれない。

 

「これだから、お前に頭を下げることを躊躇う。蒼月 空」

 

なんの感覚もなく、宙を舞った。死の感覚も、当然ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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目の前で起こった惨劇に、博麗 霊夢は息を呑むしかなかった。

 

「お初にお目にかかる、博麗の巫女。幻想郷の処刑人、夕顔 禊。偽りの幻想郷の楔を処刑しに来た」

 

処刑人は刀を納め、博麗 霊夢、桜花へ向けて言った。



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第34小説 終序曲

処刑人は静かに告げる。

 

「刑罰、執行」

 

幻想郷に於ける死の化身。彼に畏怖を覚えないわけがない。それでも、博麗 霊夢は足を踏み出し、処刑人と博麗 桜花の間に割り入った。

 

「あんたに、桜花を殺させるわけないじゃない」

「この結界は幻想郷には不要。ついでに、そこの蒼月 空も」

「あんたには必要なくても! 私には必要なのよ! この世界、みんなが死なない、平和な世界が!」

 

表情のない処刑人は首を傾ける。死者がすぐそこに、1人出ているではないかと。しかし、言葉なくして博麗 霊夢には通じない。

 

「私が必要としているなら壊さなくてもいいでしょ!」

「目先の欲ばかり。個人ではなく、話しているのは全体。博麗の巫女、お前にとっての話ではない、幻想郷にとっての話だ」

 

このままでは埒があかないと感じたのか、処刑人は刀をすっと取り出す。しかし、博麗 霊夢はそれに物怖じしない。

 

「処刑するっていうんなら、私からしなさいよ」

 

やれやれといった感じで処刑人は首を振る。何も考えていない、要求は全て子どものようなものだ。相手にしている暇はない。

 

「お前が期待していることは一つも叶えられない。外の、本来の幻想郷は進みが止まっている。ここではお前は過去かもしれないが、外は今の者。処刑してしまえば、幻想郷の秩序は崩れる」

 

だから、と言いながら刀を振り回す。それはまるで、糸を切っているかのようだった。

 

「意識の断絶」

 

博麗 霊夢は、糸の切れた人形のように、ストンと地に伏せた。

博麗の巫女が表の面での秩序とするならば、処刑人は裏の面での秩序。汚れは処刑人が全て背負う。抗おうとしても、幻想郷は処刑人を味方する。

 

「ねえ、私を殺すの?」

「……ああ」

「なら、さ。彩葉も一緒に殺してほしいんだけど」

 

処刑人は刹那、考えたが返事はしない。

それが処刑人にとっての返答だった。

 

「その罪、背負ってやる。だから、楽になれ」

 

桜花はただ満足げに頷いて、目を閉じた。

 

「彩葉、すぐそっちに行くね。一緒に休もうね」

 

「禊」

 

その言葉とともに、処刑人は博麗 桜花と陽友 彩葉をこの世から消し去った。

博麗 桜花を処刑すれば、おそらく全てが終わる。

 

「あらら、桜花、死んじゃったのね」

 

中空に浮かび上がったのは、八雲 紫。紛い物ではなく、正真正銘、本物の八雲 紫である。

 

「紫、何をしに来た」

「あら、心外ね。私は私で仕事を果たしに来たのよ。貴方が何か計画していたのは知っていたのよ。けれども、私は手出しをしなかった」

 

八雲 紫は桜花を撫でながら、呟く。

 

「霊夢が言い出したときは驚いたわ。けど、異変を起こす覚悟でやるって言うなら、私も本気でやってあげることしかなかったの。こんなの、ただの言い訳になるわね。けど、この異変は絶対に誰かが解決すると思っていたわ。多分、この異変を見兼ねたこの子によって、とか考えていた。けれども、現実は貴方が全て仕組み、解決まで持っていったのね、禊」

「……。結果、空音 いろはが死ななければこの異変は起こっていなかった。空音 いろはにこの異変の尻拭い、贖罪をさせた。処刑人として、職務を果たしただけ」

 

そう、と八雲 紫は博麗 桜花と陽友 彩葉の頭を抱えた。

 

「彩葉っていうのね、貴女。桜花と霊夢を止めてくれて、ありがとう」

 

2人の頭を離すと、八雲 紫は大きく伸びをして、仕事を果たすことに決めた。左手で日傘を開き、右手の指で空中を弄る。

 

「さて、もうこの幻想郷は終わり。次回なんてものは、作らせないから」

 

その言葉を聞くと、処刑人は姿を消した。

幻想郷の裏の面へと、姿を眩ませた。






あと1小節、皆様、終わるまで響き続ける『無音』に、もう少しの間だけお付き合いくださいませ。


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最終小節 終奏曲 〜過去と今、そして繋がる未来

博麗 霊夢は目が醒めると、元の博麗神社にいた。縁側で寝転んでいるだけの、至って普通の博麗の巫女。

たった一つを除けば、先ほどまで、昼寝をしていたようにしか見えないだろう。

 

「桜花……、いろは……」

 

博麗 霊夢は、泣いていた。

あの結界内の記憶は、博麗 霊夢と八雲 紫、処刑人しか持っていない。いつまでも続くかと思われた、誰も死なず、平和が永遠に続くあの結界。彼女にとっては、心残りでしかない。

 

「おーい、霊夢ー! 遊びにきたぜ!」

 

陽気な声で、霧雨 魔理沙は普段通りに博麗神社へと来た。

魔理沙には当然、あの結界内の記憶はない。

 

「魔理沙……」

「ん、霊夢? 泣いてんのか?」

 

魔理沙は茶化すように笑うけれども、霊夢にとっては茶化してほしくないような内容である。霊夢は思わずキレそうになるが、グッとこらえる。魔理沙は知らない。それならば、あのことをなにも知らない者を怒るわけにはいかない。

 

「魔理沙、今から話すこと、信じて、誰にも話さないでくれる?」

「どういった内容なんだ?」

「私が、語られてはいけないような異変を起こしたって話」

 

んー、と悩む魔理沙だが、すぐに答えは出たようだ。

 

「いいぜ。私と霊夢の中でだけの、秘密の話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「そんなことが、あったのか。多分の範囲でしかないが、私もいろはと同じように、そうしたろうなぁ」

「そうだと思う。全て、私が責任を持ってやらなければならなかったこと。けれど、それを全部いろはに後始末までしてもらったの」

「そういや、そっちにはいろはがいたんだよな。こっちには来てねえのか?」

 

そう言いながら、魔理沙はキョロキョロといろはを探すが、見つからない。当然である。だって、

 

「いろは、こっちの幻想郷でも死んでるのに……」

「まあ、そうだよなぁ。あいつが亡くなってもう1ヶ月だろ? 私はさ、まだ信じられないんだよ。だから、その話を聞いたとき、お前が羨ましいと思ったよ、霊夢」

「……、まあ、思い出したくないんだけどね。いろはのことも、桜花のことも」

 

このまま、私を縛りつけるならいっそ、忘れたい。そう言いかけると、魔理沙は私の胸ぐらを掴んだ。

そして、怒る。

 

「お前がいろはも彩葉も桜花も忘れたら誰が3人を覚えているんだよ! 確かに桜花と彩葉は存在すべきではなかったかもしれない、けどいろはまで忘れたら、いろはの存在を否定するんだぞ!」

「あんたには分かんないでしょ! 大切な友達が2回も私の目の前で死んだっていうときの私の感情なんか!」

 

そして、いつも通りの決闘方法、弾幕ごっこが始まった。

怒りをぶつけても、私たちはこの方法でしか決着をつけることが出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ま、負けた……」

「いつも通りの結果でしょ?」

 

それもそうだったなと、魔理沙は笑う。

その屈託のない笑顔はあの結界の中での魔理沙も一緒だったと思う。そこまで詳しくは覚えきれてはいないけれども。

 

「なあ、命蓮寺にあるいろはの墓に結界内では行ったのか?」

「そういや行ってないわね。多分、いろはがきっかけになったっていうのと、いろはへの罪悪感があったからかしら。もしくはいろはの死を認めたくなかったとか」

「それなら、一緒に行こうぜ。そこでお前の過ごした結界内での20年をいろはに聞かせてやれよ」

「それもそうね。神仏習合で少し嫌な気もあるけど」

 

よっこらせっと2人で言いながら、いろはの墓へと向かう。

いろはの墓だけは、命蓮寺ではない。そこの土地の名前は博麗神社。私が責任を持って、管理するために白蓮に頼んだのだ。

1ヶ月も放置していてごめんね、いろは。これから毎日、欠かさず行くから。彩葉ちゃんのことも、桜花のことも、あのときの全部いろはに伝えるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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無音奏者と呼ばれた、空音 いろはの墓の周囲はやけに静かである。

しかし、皆が退屈するような静けさではない。聞き惚れるような、それはどこまでも、ずっとずっと続く、1つの音色のような無音。

あなたには、この想いが届くだろうか。

 

いいや、届かせるんだ。ずっとずっと、先まで。

だから、彼女は奏で続ける。

私は幸せだったと。あなたに出会えて、私は幸せだったと。

 

 

さあ、今日も休むことなく、未来永劫、奏で続けよう。

 

 

 

 

 

 

この想い、旋律に乗せて。

 

 

 

 

 

 




ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。

後語りをここでするのは野暮でしょう。
この物語が、1つの幻想郷であるように、私はそう願います。





参考文献

空音 いろは及び陽友 彩葉のものと思われる手記


制作協力

博麗神社 博麗の巫女
博麗 侑芽

香霖堂 店主
森近霖之助

八雲 紫

閏の名を冠する者



第十代目稗田家当主
稗田 伊礼


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