光の目短編集:もしもの目 (朝比奈たいら)
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『ナイナハリの本心』

~前書き~
これはフリーゲーム『光の目』の二次創作となります。
光の目本編や元となった史実に関する描写はほとんど無く
キャラクターが勝手な事を勝手に喋ってるだけの短編集となります。
正しいキャラクター像をお求めの方はゲーム本編をご覧下さい。
短編故、戦争、戦闘描写もほぼありません。
山も谷も無いダベりをゆるゆると。

とりあえず載せられてるのが全てで完結済みと思って貰って結構ですが、
書きたい時に書いて追加するかも知れません。

~更新履歴~
2016年2月21日執筆開始。
8月27日完全非公開にてテスト投稿開始。
同日公開開始


1:ナイナハリの本心
2:時斉の憂鬱
3:コーンウォリスの目的

後、信長と帝国勢の誰かしらを一個ずつ書く予定が未定であって決定ではない。





~ファルモサまで進出したオプティマトン東部軍IF~

 

 

 

 

 

「何故私が西方へまで進出せねばならんのだ」

 

魔族国家であるオプティマトン。

その東部軍司令であるサドラザム(大宰相)ナイナハリは、

東方大陸の中でも南東に位置するファルモサの地にあった。

 

ファルモサの中で最も大きな建物……西方からの侵略者であるアルビオン国が建てた総督府で、

アルビオン軍が残していったワインをちまちまと飲みながらナイナハリは窓の外を見やった。

配下の魔族兵、リッチー達が自ら召喚したアンデッドと共に瓦礫の片づけをしている。

アルビオン軍が植民地兵ごとロケット砲を掃射した為、町は東部軍や敵兵の死体で溢れかえっていた。

アンデッドの一匹が血溜りを踏んづけて転ぶ。

べしゃりとした音と共に、倒れたアンデッドの悲鳴が聞こえた。

ゾンビだとかスケルトンだとかの召喚獣も、一応感情らしきものはある。

不死者が今更血を恐れるのはよく分からなかったが、ナイナハリはそういうものだと認識していたし、

それ以上深く知る必要も無いと判断していた。

 

「……何故、私が西方まで行かねばならんのだ」

 

「何故二回言ったし」

 

ごく自然な口調で、飲みに付き合っている相方のリアムスが突っ込みを入れる。

彼女はナイナハリの同僚であり、親友であり、お互いの理解者であった。

と、いうのが以前までの話だとは自覚している。

ナイナハリは東部軍として東方大陸の部族を治める方法を探していたし、

個人的にも人間の生態や風俗に関心があった。

 

関心があるというだけで情が移ったわけではない。

事実、昨日の戦いでは人間の銃兵隊はかなりの損害を被ったし、騎兵隊に至ってはほぼ壊滅状態にあった。

騎兵隊長のウスタージャルーとかいう遊牧民の族長を使い捨て同然に突っ込ませ、

敵の三分の一をそれだけで削る事に成功した。

その代償として騎兵隊の新兵を始めとした大部分が敵の銃撃に倒れたが、

ナイナハリにとってそれは戦力の喪失以上の意味は持たなかった。

感情論で言えば、敵の魔法で吹き飛んだ自分の親衛隊約二名の命の方がよっぽど重かった。

 

されどナイナハリは東部総督として大きな人気を誇っていた。

例え学術的関心であろうと彼女は民の事を知ろうとするし、彼女の統治も平和的なものであった。

平和的、という曖昧な概念は魔族国家にとって普遍的なものである。

何故ならこの世界において、人間の国家が平和的であった試しが無いからである。

大抵の先進国は、ナイナハリ達魔族から言わせれば狂っているとしか言いようのない思想で溢れていたし、

その人間達と対立する魔族が平和的になるのも必然であった。

後進国や地方の部族はある程度穏便に事を済ませていたが、それは文化や思想の停滞でしかない。

だからナイナハリはそれらを統治する為に東へと平和的に進攻を開始した。

 

それが何という事だろう。

元友人であったリアムスが宗教家となり、軍勢を率いていたのはまだ良い。

彼女が遊牧民達の傀儡として動かされていたのも、まぁそうなるだろうとは思う。

だが……だが、それらを打ち倒した自分達が、

何故西方からの侵略者と戦い、逆攻勢をかけねばならないのか。

命を賭けて侵略者を撃退した事で民からの評価が上がっても、

戦場で死ぬのも徴兵された民という人的資源なのだ。

もちろんそこには人族だけでなく魔族も含まれる。

 

「なぁリアムス、私は東方の、南部民族の統治を目的に進軍してきたんだ。

 領土欲の野心とかオプティマトン本国に対する翻意とかも……

 まぁ、金銭的に支援されてる以上、無い。

 そうがどうだ、お前の灰羊教団を潰した時点で目標は達成されたはずなのに、

 アルビオン軍だかETPCだかが植民地欲しさに出てきてからは何もかもが泥沼だ」

 

「まぁそうなればそうなるやろー。

 そもそもあれですよ、タメルラーノと争った時点で泥沼は避けられんでしょ」

 

「不戦条約を無視するのは判っていた。

 ティムールは元から南部を取り返して統一帝国を築くつもりなのは明白だ、それはいい。

 だが何故、我々はタメルラーノからもアルビオンからも挟撃されているんだ」

 

「挟まれてるからだろ常識的に考えて」

 

「せめて我々と協力してアルビオンを退けてから、とか考えなかったのか!

 おかげでベンガル戦は気が気でなかった。

 いつ後ろからタメルラーノが来るかと。

 本隊が後ろを突かれる事が無くてほっとしたところに、このざまだ」

 

ナイナハリは面倒くさそうに書類をリアムスに手渡す。

そこには西部における対タメルラーノ戦線が崩壊し、

部隊が分断されつつあるとの報告が載せられていた。

 

「本隊奇襲じゃなくて、地盤を固めに来たってところね」

 

「あそこのイェニチェリ隊がやられれば、後はここの本隊だけだ。

 それですら今回の戦いで大きな被害が出ている」

 

「でもアルビオンの軍勢はほとんど潰したじゃん?

 このまま押し返せる戦力はまだあるでしょ」

 

「無いんだよ、タメルラーノ方面から瓦解しつつある。

 あーあー、どこかにどっちかの勢力を単独で抑えられる人材が居ればなー。

 あぁどっかに有能な魔法使いがいればなー!」

 

「いや無理っす。ラクシュミーとかグロスターを一人でどうにかしろと」

 

「そもそも何だお前のがらくたは。

 第一にうちの騎兵隊に穴を開け始めたのはお前がやった事だぞ。

 あのイモータルとやらはもっと出せんのか」

 

「あんたが全滅させたじゃないですかやだー!

 そんなにね、ばんばん召喚出来るんだったら私負けてないですよ!」

 

リアムスは机をばしばしと叩きながら返す。

彼女はナイナハリと敵対していた際、古代兵器モノリスを蘇らせて戦線に投入した。

それは強靭な死霊を呼び出す事が出来る兵器であったが、

本体も死霊も極端に足が遅かった為銃弾の的となってことごとく撃ち倒されていったのだった。

最も、その弱点が判明する前に突出した東部軍騎兵隊がいくらか犠牲になっていたが。

 

「はぁ、味方にすると案外頼りないものだ」

 

「他人を単独で突っ込ませる奴の言う事ですか」

 

「感謝している。お前とお前の部下が先んじて数を減らしてくれなければ、今回は負けていた」

 

リアムスはグラスに口をつけたまま、ワインを少しだけ噴き出す。

ナイナハリはこういう事をする、と久しぶりに思い出した。

次いで、いつから自分達はこうなってしまったのだろう、と。

ナイナハリはくつくつと笑っていた。

 

「なぁ、リアムス。私達は親友だよな」

 

「ナイナハリが言うと含みがある様にしかきこえないね」

 

「なぁに、不幸な行き違いはあった。

 それで得るものも色々だと認識している」

 

「例えば?」

 

「勘違いしていたんだ、私は。

 お前の事を頭でっかちなだけだと思っていた。

 やってる事に力が伴っていないとな。

 だからお前には本国に戻ってもらって、学会で細々と暮らさせるつもりだった」

 

「ぶー」

 

「実際に見て気づいたのは、お前は私と似ているという事だ」

 

「顔が?」

 

「違う、役割だ。お前は当初傀儡だったとはいえ、良く民を治めた。

 モノリスに洗脳されたからだとしても、宗教の名の下に軍を動かしていた。

 そういう事が出来る人材をこの地から遠ざけるのは惜しい。

 お前はタメルラーノ地方に関する宗教的民族文化的知識がある」

 

「へっ、いやですよそんなの。

 あんた言ったじゃないですか、私には能力が無いって。

 一度言った事を覆しておだてるのがナイナハリのやり方なんですね、それ」

 

「悪かったよ、本当に」

 

ナイナハリは真面目な顔で頭を下げた。

それはリアムスにとっては優悦に浸れる反応の、まるで正反対であった。

むしろ見下されているのはこっちであるとも感ずる。

頭を下げている相手が自分を見下してないと思えるほど彼女は馬鹿ではない。

馬鹿といえば馬鹿ではあったが、

精神的な馬鹿と社会的な馬鹿は一致しても知力的な馬鹿とは一致しないのだ。

彼女は知力的な意味では馬鹿ではなかった。

 

「……そうやって縛り付けようとする。

 300年前から変わっていないのはナイナハリの方ですよ」

 

「じゃあ、私の隣に居てくれ、と言うのは?」

 

「それがー! そういうのがっ、やめろ!」

 

「本気だよ私は。お前は十字架にはりつけてでも私の隣に置いてやる。

 お前とつるんでいたせいで、公費を使いこんだ後に出ていくなんていう責任は私に回るんだぞ。

 あの後私が味わった苦しみを、倍返しにしてやる、異論は認めない!」

 

「……まぁ、私は神学さえやってられればいいですけどね」

 

リアムスはつまみに甘ったるいドライフルーツを口へ放り込みながら、

ナイナハリが割と本気なのを理解した。

教会によって現在進行形で虐殺されている魔族が、

十字架にはりつけてでもなどという冗談を口にするはずがない。

どのみち灰羊教団が滅びた今、自分が神学者として生きてゆくにはこの方法しかない。

仮に西洋国家へ寝返ったとしても、

上手くやればタメルラーノ地域への知識を活かす事で生き残れるだろう。

しかしそこにナイナハリや自分の部下達の居場所があるとは限らない。

元よりリアムスは君主だとかそういったものになるつもりはなかったのだ。

 

「それで、どうするんです?」

 

「お前は西部戦線に。

 象兵を食い止めるくらいならイモータルでも出来るだろう。

 私はとりあえず外海までアルビオンを追い出す。

 それが終わったら私、タメルラーノを滅ぼすんだ……」

 

「アカン」

 

「さ、この一杯が終わったら仕事に戻るぞ」

 

「ねぇナイナハリ、何で今更私達が一緒に酒飲んでるのかな」

 

「決まっているだろう」

 

ナイナハリは、心からの笑顔を見せた。

その表情はリアムスが長年見ていなかったものであり、今回のサシ飲みで内心求めていたものであった。

 

「友人と飲むのに、理由がいるか」

 

 

 



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『時斉の憂鬱』

~西方藩鎮 仲本国生存IF~

 

 

 

 

 

 

仲帝国の都市、長安にて。

この地を支配する事となった西方藩鎮の節度使、字は時斉。

彼女は街の復興を指揮しながら、それが一向に進まないのに疲れていた。

木材や石材を担いだ民の表情が暗いのを目の当たりにして、

それは分かりきっていた事なのにも関わらず今日何度目かの溜息を吐いた。

 

時斉は皇帝ではない。

つまりは君主ではないと自覚していた。

しかし今回の戦が始まってからというものの、まるで皇帝の様に振る舞わねばならない。

正確に言えば、皇帝をやる事を求められているのであろうと認識し始めていた。

だからこそこうして荒廃した都市を金と人間を使って元に戻そうとしている。

それは皇帝の役割ではないが、民や部下が求める皇帝の理想像を進んでやっていた。

元々節度使であり、彼女は宰相への道にほど近い文官である。

金と人を使う事にかけてはそれなりに有能だったし、自覚もしていた。

 

――いったい何故こんな事になったのだろう。

 

時斉はいつもより質素な服で、帽子を目深に被って街を歩いていた。

巡察で問題――主に死者が出るくらいの騒動――が見つからないのに安堵し、城に戻る。

だいぶ昔に作られた大興城を建て直しているのは良いが、それの新しい名前も決めなくてはならない。

とはいえ長安城ではありきたりだから、別にこのままでも構わないと考えていた。

部下のアシトクは示しだとかケジメの問題があると言っていたが、

そんなものは時斉にとって大した事柄には思えなかった。

新しい城名はアシトクに命名して貰おうと、帰り道すがら勝手に決める。

 

城に戻った時斉は執務室の扉を開ける。

それは家に帰った仕事帰りのおっさんみたいな無造作なもので、彼女の元々の性格でもあった。

最も、部屋の中に居る人物に当たりが付いていた事もあったが。

案の定アシトクが書類仕事を行っており、彼女の指先から肘くらいまでの高さに紙が積み上げられていた。

部屋が書類で埋もれる、などという非現実的な物語の様にはなっていなかったが、

一応前線で戦働きをするアシトクが文官を、

それも宰相だか軍師みたいな役割をしている時点でだいぶ怖い事だと時斉は理解する。

 

「お前には苦労をかけるよ」

 

「開口一番にそういう事を言うのでしたら……」

 

「ああ、手伝う」

 

「違います、自覚をなさって下さい。

 もう西方藩鎮こそは東方における第二の帝国たるべきだと、知っておられるはずです」

 

「私は皇帝にはならんよ。

 言っただろう、それは誰か適任の者に譲る。

 アシトク、お前でも良いんだぞ」

 

「お戯れを」

 

「興味ないか?」

 

「お戯れ、というのは私をおだてないで下さいという意味ではなく、

 冗談でもその様な言葉を発するのを止めて下さいという意味です。

 自分は自覚なさってと言ったのですよ」

 

「……すまんよ。いや、ほんとにすまない」

 

時斉は家に帰っても安らげないなと思う。

ああ、本当に、何故こうなったのだろうと。

机に着きながら、時斉は巡察の結果をアシトクに話した。

民の顔色が優れないという話に、アシトクは自然に頷く。

 

「それはそうです。元々ここは仲の首都で、次いで遊牧民に荒らされた廃墟。

 そして北洋藩鎮の支配下で復興し始めていたところを我々が破壊したのです」

 

「したくてやったんじゃ……」

 

「ない、とは言わせません。

 我々はそうするしか概念的な道も物理的な道も無かったから、ここを攻めたんじゃないですか」

 

「武漢を通ったら旧来の帝国に組する事になるからな。

 少数民族として弾圧されたお前達にしても、それは不本意だろうし」

 

アシトクは目を細めて、抗議の視線を送る。

 

「他人を言い訳に使う」

 

「いや、そんな」

 

「どちらにせよ重慶から長安までは軍勢がまともに通れる様な道が無かったですから、遠回りをしました。

 辺境の遊牧民族を三つばかり潰しましたね。

 これは少数民族を弾圧した事になるのではないですか?」

 

「私は安楽帝の様な事はしていない!」

 

「結構です。それで良いじゃないですか。

 元々仲は政治的文化的に停滞以下の腐敗をしていたのです。

 それを正せると思ったからこそ、我々はこうして軍を率いてここまでやってきた。

 私はその様に認識しております」

 

「自分が正しくて、世直しを出来るとは思っちゃいないさ。

 だが北洋藩鎮に仲を束ねられる力量があるとは思えん。

 慰亭は改革派で有能な人物だが、ジパングやアルビオンがここまでやって来る事を考えると……」

 

「銃を運用しているとしてもですか?」

 

「前にも言ったが、科学と魔術を切り離してはいけないのだよ。

 それを融合させるべきだというのは、アストラルゲートを実際に使って解った。

 異界という概念を科学的に考察せねばならない時代も来ていると思うし、

 そういった文化や技術が発展してしまえば魔法という存在は両立し得ない。

 だから仲の君主は双方に理解があり、なおかつ固定の観念形態を持たないべきだ」

 

「時斉様でしょうそれ」

 

時斉はアシトクと話していて、どうも彼女が自分の事を過大評価しているのではないかとはっきり感じた。

確かにやってやれる自信はある。

だが皇帝をやりたいかと言われればそんな事は無いし、

そもそも戦うだけ戦って他人に何もかもを投げる様な人間が皇帝をやるのは良くない。

 

「私は一介の節度使で、それ以上にはならないよ。

 ともあれ、今は北洋の併合が先だ。

 ジパングの技術も上手く取り込めれば良いのだが」

 

「片や魔術、片や火器技術、そして両者を狙う銃と魔法の融合が二つ。

 そうですね、最低でもジパングくらいの柔軟性を持たないとアルビオンには勝てません」

 

「言っちゃ悪いがあれだぞ。お前の龍部隊な、北洋の火器に負けてる時点でそうだろ」

 

アシトクは時斉が部屋に入ってきてから初めて、顔を歪ませた。

辺境の騎馬民族を倒すだけならアシトクの龍使いは練度で優っていた。

しかし北洋藩鎮と戦う事になってからというものの、

彼らの銃兵とやりあって打ち勝てるのは大抵が魔法兵だ。

龍使い部隊は最前線において最も大きな損害を出していたし、

それに反比例して戦果も挙げられないでいた。

 

「相手の技術は相当なもので、我々西方藩鎮がベルンダとの交易で得た銃を解析して投入していると。

 仲帝国に流れたものが北洋に渡ったのでしょう。

 元々北洋も少数民族との戦いで練度を上げていますし」

 

「いやな、ぶっちゃけた話龍使いは弱いんじゃないかと」

 

「それいじょう、いけない」

 

アシトクの目が死んだ魚の様になってきたので、時斉は苦笑する。

 

「伝統は正しく受け継がれてこそ真価を発揮する。

 近代においては、古い概念を新しい概念によって立て直すのが望ましい。

 錆びついた鉄を先進的工場で鋼に変える様に。

 伝統をただそのまま繰り返していくだけでは衰退してゆくだけだ。

 同じ事をやって衰退するのなら、新しい事を交えて留まり続ける」

 

「耳の痛い話です」

 

「ジェチポスポリタのフサリアは銃を使っていると聞く。

 彼らこそが伝統と進化の融合だろうな」

 

アシトクは腕を組んで悩む。

彼女は銃という物の恐怖は身に染みて理解しているが、自分が使うとなるとまるで扱える気がしない。

今まで見向きもしなかった新しい概念を自分の物にしろと言われても困るのが実際である。

騎乗しながら装填して狙って撃って、という作業は指揮が複雑になり、

龍が持つ本来の機動力を損なう恐れがある。

そもそも銃声で龍が怯えるので使いたくない。

 

イリと共に西洋の龍に関して胸を膨らませた事はあったが、

アシトク自身はフサリアをその目で見た事が無かった。

龍の上で銃を使うとはよほど上手く調教されているのだろうなと感じ、

彼女の頭の中でフサリアという存在は、

金色の身体と銀の翼を持つ巨大な東洋龍に

銃を持った金髪碧眼の男が十名ほど乗っかって城壁を粉砕する絵面が思い描かれていた。

西洋の龍が身体の長い蛇ではなくトカゲの様な形をしている事や、

フサリアというドラゴンナイトが

既に前時代的な役立たず兵科と評されている真実を彼女が知るのはもう少し先の話である。

 

「突厥の、テュルク民族の伝統は……」

 

「悩んでいるところ悪いが、何でもかんでも西洋式に改めれば先進的というわけではあるまい。

 お前が今何を考えているかは知らん。

 やるべき事は、今この戦いでどうやって損耗を押さえつつ勝つかだ」

 

「それはそうです。

 伝統と誇りで飯が食えるのなら、私はそもそもあなたに従っていません。

 自分に野心があるとは思えなくとも、可汗(カガン:皇帝)を名乗るくらいはしたでしょう」

 

「ならお前がやってよ……」

 

「民族の誇りを保つには民族を食わせていく国が必要なのですよ。

 国ありき、でしょう。

 それが解っていなかったから、我が民族は安楽帝の下に併合されたのです。

 私はですね、今まで豚を食べていた立場から、肥えた豚に食べられる立場になったのですよ?

 目の前に豚の腸詰めが迫った時、暗い部屋を明るく照らしてくれたのがあなたでした」

 

「私は仕事をサボりたかっただけだよ」

 

「今の様に、ですね」

 

「あぁ、あぁ、お前アシトクさんさ、私の事嫌いだろ」

 

「とんでもない。

 襲われている時も助かった後も、私は男に産まれていれば良かったと思いましたよ?

 私は自分に足りないものを補ってくれる女性が好きです」

 

時斉がむすっとした顔でアシトクを見やると、彼女は済ました顔で手元の書類へと向き直った。

それが酷く手玉に取られた気がして、

仕返しに時斉は近くの椅子へ腰かけてひたすらアシトクの顔を凝視した。

子供のやる様な地味な仕返しは予想以上に効果があったらしく、

アシトクの顔はみるみる桃色に歪んでいった。

三十分ほどずっとそのままで居ると、いーっ、と歯を噛み締めながらアシトクが低い声で返す。

 

「仕事して下さいよ……!」

 

「してるさ、皇帝のご機嫌と弱みを握っている」

 

「ええっ?」

 

時斉はアシトクの書類を奪い、次の進軍において彼女を最高司令官にするという文書にサインする。

アシトクはそれを受け取り、そんな書類が存在する事に驚いた。

もっと驚いたのは、その文書自体が時斉の筆跡で書かれている事であった。

 

「アシトク、さっきお前は戯れるなと言ったな」

 

「……もう一度言いましょうか?」

 

「そして私はほんとにすまないと言った。

 あれは皇帝の自覚が無くてすまないと言ったのではなく、

 そんな自覚はしたくないという断りの意味で言ったんだ」

 

時斉はおもむろに財布を取り出し、一食分の金が入っている事を確認する。

質素な服と帽子を整え直し、呆然とするアシトクに背を向けた。

 

「今建て直しているこの城な、新しい名前を飯でも食いながら考えるとするよ。

 その代わり、仲統一後の国名はお前が考えてくれ」

 

時斉は扉を開けて部屋を出ていく。

残されたアシトクは窓からの風で舞った紙を空中で掴み取りながら、泣きそうな顔をして呟いた。

 

「私かイリが可汗になるのは、先進的ではない。

 ああ、また胃が痛くなってきた……」

 

その後、対北洋戦線は膠着し、仲帝国は分裂したままジパングの侵攻を許す事になる。

戦乱終結後、西方藩鎮の領土は皇女金壁輝による新生仲帝国に再征服されたが、

金壁輝の早世によってアシトク達の民族は滅亡する事なく自治区として存続する事となる。

自治区官僚には可汗の末裔を名乗る龍使いが二人居たとされるが、

彼女達の同僚に有能な魔術師が居た事は、後の文献にはあまり記されていない。

 

余談ではあるが、科学と魔術が一体化して発展した後も、

仲の国で龍使いが銃を持つ事は無かったと言われている。

 

 

 



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『コーンウォリスの目的』

~ETPC IF~

 

 

 

 

 

 

「なぁおい、走りながらで良いから聞いてほしいのだが」

 

アルビオン国、首都ロンドンの路地裏。

本社に向かう為の近道として通ったその場所で、

ETPCタメルラーノ総督であるコーンウォリスは走っていた。

 

タイム・イズ・マネーという言葉はアルビオンが所有する植民地で生まれた言葉だ。

だがこの格言はETPC内でもさほど使われていない。

この会社にとっても時間は金であるが、そんな事は当たり前の事だったからだ。

時間は金であり、金は金であり、金は全てである。

金で表わせられない存在は神とETPC代表のエリザベスだけだ。

最もコーンウォリスは自分もその中に入ると考えているし、

後の戦いで神が資本主義によって破壊される瞬間を目撃する事になるのだが。

 

金は神よりも強し。

しかしながら今現在の彼女は、金の力で脚を速くする事が出来ないのにイラついていた。

酒場の裏にある、何が入っているかも分からないタルを二、三個薙ぎ倒しつつ

コーンウォリスが隣で拳銃を装填する赤服の男性将校に声をかける。

二人で走りながら、将校は背後に向かって発砲した。

弾丸は二人を追っていた影の一つを赤く染める。

 

「走りながらで良いとおっしゃってもあれっすよそもそも走りながら

 喋る事自体俺は嫌なわけですから走りながらで良いといういかにも譲歩して

 やってると言わんばかりの言葉は俺を気遣うそれのまったく正反対なのが

 実際であってもろこしさんが俺に喧嘩を売ってるので

 なければどう考えても言葉選び間違ってますよ」

 

句読点をつけずに、流れる様な喋り方をする将校。

普通ならば聞き取る事すら困難な抑揚の無い台詞を、コーンウォリスはすぐに理解出来た。

将校と一緒になって拳銃を装填しつつ、ふむと唸る。

 

「なるほど、くたばれ」

 

「なんでっす!?」

 

「私はお前の肺が破裂しようがチーズになろうが知った事ではない。

 踏まえて、走りながら聞いてほしいのだが」

 

「ああ、はい」

 

「どうして私がアサシンに狙われなくてはならないんだ?」

 

心底不思議そうな顔をするコーンウォリス。

彼女と副官の将校は、今現在数名の暗殺者に追われていた。

タメルラーノのごたごたを部下のグロスターと現地人のアクバルに任せて、

一旦本国に帰り諸々の報告と仕事を行うつもりで帰還した。

それは良い。

問題なのは、彼女達が新型の蒸気機関車を降りた瞬間に銃撃されたという事だ。

生まれて初めて列車に乗ってはしゃいでいた市民が何人かそのままハッピーエンドを迎え、

とりあえず人気のないところを通って本社へ向かおうとしたら追いつかれる。

仮にも首都の市街で銃撃戦をするハメになったのだが、

コーンウォリス自身はまるで身に覚えの無い話であった。

 

「そりゃあ、暗殺は暗殺する必要があるから暗殺するんじゃないですかね」

 

「エリザベスお姉様ならともかく、何故私が狙われるんだ。

 ここはタメルラーノじゃないんだぞ」

 

「タメルラーノ人じゃなくても、コーンさんに恨みがある人は居るでしょうよ」

 

「は? 何で私が恨まれなくちゃならんのだ。

 東方人ですら本来なら私を敬うべきなのに、

 アルビオンの人間が私を殺そうとするなどまったく理解に苦しむ。

 あいつらはドーフィネの連中だと思うが」

 

「ああ、さいですか」

 

将校は目を細める。

彼女とて半分は理解していようが、もう半分は本気で疑問なのだろうと感じた。

馬鹿ではないから自分が植民地人の反感を買うのは解っている。

解らないのは、植民地を近代化した事そのものに文句を言われる事なのだろう。

彼女から見れば植民地人は死んで良い人間であり、

それが大前提にあるからこそ植民地近代化論が成り立つ。

ただ、将校は最近思うのだ。

この女は祖国の同胞であるアルビオン人も、

上司のエリザベス以外は死んで良い人間だと考えているのではないかと。

そうでなければ今言った様な台詞は出てこない。

少なくともコーンウォリスはアルビオンという国の中で、

自分が殺される事が世界全体の為にならないのだと感じている様子だった。

 

「将校、ちょっと私の盾になってくれ、報酬はメシ一回奢りだ」

 

「俺の身体がニシン数匹分の存在価値しか無いっていうのなら、俺の肉を食わせますよ」

 

「ニシンのパイと同じくらいの味しかしなさそうだから、そうなるだろ。

 早くしないなら私が脚を撃ち抜いてやろうか」

 

「鬼か! ……いや、ジパング式の鬼ならまだまともですよ。

 デーモンです、デーモンキングの魔王」

 

「良い事を教えてやろう。

 天国にも地獄にも貨幣というものは存在しない。

 よって私は悪魔ではないし、

 仮に死んで天国や地獄に行ったら私はそこで腹に資本主義を宿す。

 お前はその下準備を整えておけ」

 

「死んだらあんたと一緒のところに行けるんですか? 珍しい」

 

「地獄に行ったらお前を踏み台に天上へ昇るし、

 天国に行ったらお前が地獄に貨幣制度を伝えるんだよ。

 業火の中でも溶けない貨幣をだな」

 

このままでは本当に脚を撃たれて置き去りの囮にされそうだったので、

将校はコーンウォリスの首根っこを掴んで物陰に飛び込んだ。

銃弾が弾ける音を聞きながら、右手でサーベルを抜いて左手でコーンウォリスの肩を叩く。

 

「どの道待ち伏せくらいしてるでしょうから、潔くすぱっと斬られたらどうです」

 

「そうだな、潔く斬られたら良いな、私らがあっちを」

 

「斬った、斬って、斬ってすと、まぁいけるでしょう」

 

「よし、私は援護しろ、トドメはお前が決める」

 

「多い方が奢りですよ、タメル料理の」

 

二人は近づいてくる敵に向け、物陰から飛び出す。

抜刀して反撃してくるとは思っていなかったのか、暗殺者の一人が短刀も抜けずに斬り倒された。

装填の合間を狙った為、敵は即座に銃撃が出来ない。

虎狼の様に飛び掛かったコーンウォリスは装填中の一人を斬り、もう一人を返す刀で突き刺し、

装填の終わった三人目の鼻の穴を早撃ちで三つに増やした。

二人はそれから二十秒も経たないうちにもう四人ほど斬り殺すと、

辺りに動く人間は一人も居なくなった。

 

 

 

ETPC本社の中にある食堂。

そこではタメルラーノから連れてこられた奴隷や料理人が働いており、

東の砂漠から遠く離れたロンドンでも同じ料理を食べる事が出来た。

最も同じなのは料理名だけで、材料はアルビオン製である事により味は本場より劣る。

不味い水と野菜で作られたアルビオン・カリーを食べながら、

頬に絆創膏――この時代はバンドエイドではなく、粘着テープであった――を貼った将校が

痛がる素振りを見せる。

コーンウォリスがそれを見て、ふんと不快そうに鼻を鳴らした。

 

「仮病が上手くなったもんだ」

 

「仮病じゃないっすよ。

 ちょっと擦りむいたんで貼ってるだけです。

 これを見た奴がコーンさんの人使いについてどう思うかは知りやせんけどね」

 

「そうか、良かった」

 

「……一応言っておきますけど、

 私が庇った事にしてETPCは忠誠心厚く勇猛な兵が多い! ってなると思ってます?」

 

「惜しいな、私の副官になれば私を庇って怪我が出来ると評判になるだろうと思っている」

 

「あんた自分を女だと認識してたんだ……」

 

「性別や容姿がどうというよりも、私という生命体は価値のある存在だろう?」

 

将校は黙ってカリーを口に運ぶ。

そういう時、この将校は言外に肯定の意を表しているのだと、コーンウォリスは知っていた。

この二人の付き合いは長くは無いものの、短くも無い。

 

コーンウォリスがジパングで内乱を煽る工作活動をしていた際、

彼女はジパング人という中途半端に未開な存在をどう扱うべきか困っていた。

かの民族はそこらの原住民と比べて遥かに高度な文明を持ち、

アルビオンやそれと敵対するドーフィネと比べて遥かに下等な国家であった。

ある意味ではタメルラーノや仲帝国以上に半端者なジパングで彼女がまずやった事は、

火薬兵器という存在を知らないジパング人に銃を渡す事だった。

 

文明と未開の狭間に位置するジパング人に銃を渡したらどうなるか。

少なくとも彼らが銃を理解し、国産化するとはコーンウォリスも思わなかった。

汚らしい農民兵は初めて見る銃を珍しがり、装填された状態で銃口を覗き込んだ。

早々に事故が起こっては銃の提供に支障が出ると判断したグロスターが、

悪態を吐きながら兵を注意していたのを今でも覚えている。

 

だが、銃という概念を理解する者も現れた。

突然発砲音がしたかと思うと、一人のジパング人が銃を的に向けて発砲していた。

撃ち方を説明する前にだ。

コーンウォリスが興味を持って訊ねると、

寺子屋の教師を名乗るその男は実に理論的な話をし始めた。

理論的、というのはあくまでもジパング人の基準からしてであるが。

 

銃の構造と戦術、及び戦略的な価値。

アルビオン国とコーンウォリス達が乗ってきた軍艦についての感想と評価を述べたその人物は、

コーンウォリスの一言でアルビオン行きの船に乗せられる事となる。

 

「お前、うちに来なさい」

 

「ああ、良いっすね」

 

前時代的な東方人にあって、比較的物分かりの良い人物。

後にコーンウォリスの副官となる将校は、二つ返事で了承した。

彼の寺子屋には助っ人教師として秋穂と成美という女性が居たのだが、

将校はアルビオンの船上から二人に向けて「ちょっと世界の反対側に行ってくる」と言い放った。

秋穂と成美は呆然とした顔でそれを見送っていたと彼は記憶している。

 

その後、アルビオンで教育を受け、陸軍のピクトン中将旗下の大隊長となった。

連隊長を経てETPCの将軍となった彼はドーフィネとの戦いでそこそこの戦功を挙げ、

ETPCが東方への侵略を開始してからはコーンウォリス副官として二人で派手に暴れまわった。

途中で負傷する事もあったが、今では銃だけでなく近接戦もある程度行えるほどになっている。

特に、正気のままコーンウォリスと話し合える人材、というのが最も評価される特技であった。

 

「なぁショウ、私はな、お前と話すのが楽しくてしょうがないんだ。

 お前は50%の確率で私の思考を全力で否定する。

 何度お前をくびり殺したくなった事か。

 そう思っていたら、残りの50%の確率で非常に有意義な議論を仕掛けてくるんだ、お前は」

 

「あんたが50%の確率でおかしな事を言うからでしょう。

 というか、ちゃんと将校って呼んでください」

 

「それだよ、お前のその頑固な態度が半分は気に喰わない」

 

「人には誰しも主義くらいありますよ」

 

将校はスプーンを皿に数回打ち付ける。

彼は自分の事を名前ではなく『将校』と呼んでいたし、周りにもそう呼ばせていた。

彼にも本名はあり自分の名前が嫌いな訳でもない。

ただ、彼にとって『将校』と呼ばれる事は何よりも優先すべき事であるらしかった。

部下にも上司にも、「将校」か「一般将校」と呼ばれないとろくに返事もしない。

だからETPC内では「将校のショウ・コウ」という通り名で通っている。

もちろん本名には掠ってもいない。

 

「俺の主義はどうでも良いじゃないですか。

 それより、報告はどうなったんですか。

 暗殺者の身元は割れたんでしょ?」

 

「ああ、ドーフィネの銃を使っていたが、あれはただ戦場跡で拾っただけらしい。

 実行犯はアルビオン王国残党の王権主義者だと。

 クーデターは失敗したというのにまったく、飽きない奴らだ」

 

「俺らは商い奴らですけどね」

 

「ジパング・ジョークはいい。

 理解出来ん、理解出来ん……絶対王政だぞ。

 王政で啓蒙が出来ると思うのが一般大衆のやり方であったから資本主義が産まれたのだ。

 つまりは古き老害のやる事を新世代がやっている。

 これは退化という人類史に対する冒涜に相違ない」

 

「王政から資本主義が出たって言ってます?」

 

「王とは権力であり、権力は金だと思うだろ?」

 

「つまり金持ちこそが打倒される王って事じゃないっすか。

 ならコーンウォリっさんが狙われるのも当然でしょ」

 

「私は無能な王を討つ事を否定してはいない。

 私は私を討つ事こそが間違いだと言っている。

 あなた達が私以上に儲けられますか? られるっ! 病気ですね!」

 

「ろくに流行って無い精神病の治療法よりも、

 国民の幸福度を上げる事こそが根本的な解決になりますよね」

 

「そうだな。金だな」

 

「豊かさと幸福は比例しないらしいっすよ」

 

「幸福が心の豊かさなら、まず身体の幸福を得る事が大前提のはずだ。

 身体が豊かになれば魂も引っ張られる。

 そもそも劣等人種は本人達がどう思おうが幸福ではない。

 我々が知っている本物の豊かさを知らないのだからな。

 私達が本物の幸福とやらを教えてやりますよ」

 

「感情は皮膚の外側には無い……」

 

「嘘でしょう。それを空気や雰囲気と呼ぶのがジパング人じゃないですか。

 偽りの幸福はあります。

 原始人が原始人として暮らしていた時、そこに本物の幸福はありませんでした。

 彼らが貝殻を物々交換し始めた時から、天と地が形成されたのです。

 文明という光明が集落を繋ぎ、制度という名の宗教が神を作り出したのです」

 

誰か止めろ、と将校は思った。

それが可能なのは自分だけだという事実に気づくまで数秒ほどかかったが、

今こうやって熱弁を振るうコーンウォリスに手出しすると痛い目に遭うのは身に染みて解っている。

自分は50%の人間なのだと。

ならば、彼女が不機嫌にならない話の逸らし方を残りの50%から探すべきだ。

将校は少なくなったライスを多めのルーで喉に流し込む。

 

ふと、コーンウォリスが黙って将校を見つめた。

将校からしても彼女はいつも何を考えているのか分からない女である。

だからこういう時は素直にコミュニケーションを取る事にしていた。

 

「何です」

 

「お前は賢いな……」

 

「な……ん、です急に」

 

「人を見下す立場になるとな、分からなくなるんだ。

 後進国にしろ先進国にしろ、一般大衆は私の予想もつかない馬鹿をやってのける。

 同じ知的生命体なのかを疑うほどだ」

 

「そりゃあ、アホと犯罪者はこの世から無くなりませんよ」

 

「アホと犯罪者を兼ね備えている人間の気持ちが分かるか?」

 

「いいえ、俺はコーンウォリス閣下と同じ知的生命体なもんで」

 

「お前と喋っていると落ち着く。

 馬鹿をやるにしても、私の常識から外れた事はしないからな」

 

将校は食後の紅茶を噴き出しそうになる。

ティーカップを置いて、一度深呼吸をしてから返した。

薄々感づいていた疑問を。

 

「あのー、一応聞くんですけどね。

 それは副官として褒められているって事でよろしいんでしょうか」

 

コーンウォリスは珍しく儚げな顔を見せていたが、将校の言葉に一瞬で真顔になる。

 

「殺すぞ」

 

「はい、サー! 了解しております」

 

将校は安心し、納得もする。

コーンウォリスという人物は、言われているほど気が狂った人間ではない。

人を嫌う事もあれば、好きになる事もある。

ただし将校は、自分が男として好かれている事はありえないとここで確信出来た。

彼女が今欲しているのはそういう存在ではない。

第一、彼女の好きなタイプが男だと明言された事も無い。

 

「ちっ……どいつもこいつも……」

 

「えっ、どいつもこいつもって言うほど言い寄られてるんですか? あるわけないじゃないですか」

 

将校がわざとらしく言った直後、テーブルに置いた彼の手にフォークが突き立てられた。

割と深かったので、悲鳴を上げて手を押さえる。

周りの社員達が何事かと振り返ったが、コーンウォリスの姿を見てそのまま360度回頭した。

 

「暗殺者からの攻撃よりひでぇ怪我だぞ……」

 

「予想出来た返しだったが、むかついたので刺した。

 反省はお前がしろ」

 

「はーっ……何でもいいですけどね。

 こういう事してると本当に暗殺されますよ」

 

「言うだけなら金はかからん。

 私は役割を果たすまでは死なないし、死んではいけない」

 

将校は手に赤い物が滲むのを眺めながら、

以前からコーンウォリスに聞きたかった事を聞くチャンスだ、と思う。

再度傷口を刺されない様に隠しつつ、慎重に言葉を選んだ。

 

「ええとですね……コーンさんの役割って何です?」

 

「ETPCだが」

 

「そうじゃなくてですね。

 何というか、人生の目標、っていうのがあるじゃないですか。

 いっつもあなたが何を考えて、何を目標にして生きているのかが気になったんです。

 生きる目的、と言うのかな……」

 

持っていたフォークを皿に戻し、ふむと唸るコーンウォリス。

彼女にとってこの質問は予想外の物であった様子だ。

考える素振りを見せるが、十秒と経たずに憮然とした顔になる。

 

「目的なんて決まっているでしょう。

 ETPCの将軍という先進的尖兵として東方に神勅をもたらし、

 文化的停滞から東方人を解放するのが役割です。

 後、お金と資源」

 

「いえ、そういうのではなくて、本音というかあなた自身の目的です」

 

「私は常に本音で喋っているつもりですよ。

 個人的な目的というのならこういう風に生きている事が目的ですかね」

 

将校は驚く。

聞き間違いでなければ、コーンウォリスは非常に俗っぽい発言をしていたからだ。

 

「目的が人生?」

 

「命が惜しいかと言われれば、まぁそれなりには惜しいですよ。

 それよりも自分のやりたい事の方が優先されるのは当然だ。

 確かにエリザベスお姉様は命よりも大事な人だが、それも私が好意を持ちたいからこその話だろう。

 つまり自分を優先しているだけで、それは自然な事だ。

 まぁ東方人のそれは単なる停滞なので破壊するがな」

 

何となく。

何となくではあるが、将校はETPCの将軍であり問題児筆頭のコーンウォリスではなく、

たった一人の人間であるコーンウォリスの欠片を見つけられた気がした。

それは自分の思っていた以上に嬉しい事で、

腹と胸から湧き上がってくる血の巡りと高揚感に顔がにやけてしまう。

 

当のコーンウォリスは失言をしたと言わんばかりの苦い表情で舌打ちをした。

蹴とばす様に席を立ち、皿を下げて食堂を出る。

絶対人の居ない所で面白い顔をしている! と思った将校はすぐに追いかけた。

 

「コーン!」

 

廊下を走る。

何回か曲がり角を曲がった時、足下に何かを引っ掛けられて将校は派手に転んだ。

床に打ち付けた顔面に手をやろうとして、その手を押さえつけられる。

自分の手が革靴に踏まれているのだ、と知った将校はもう片方の手を降参の形に挙げた。

 

「そうそう、お礼を忘れていた」

 

「……カリーを一皿奢ったら、踏みつけてくるのがコーンウォリス式ですか」

 

「もう一つあるぞ、護衛のお礼だ」

 

――ETPCの幹部は大抵頭がおかしい。

その噂が本当である事は、本社を見学すれば誰にでも分かる。

しかしながら、その頭のおかしい者達も一人の人間だという事は、

ETPCに長く務めた者でないと納得できないと言われている。

 

彼女達は今日も、人間らしく生きていた。

 

 

 

 



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