So Am I (伊織)
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旧校舎怪談
Prologue


「久しぶり、美桜」

 

そんな声が聞こえ飲んでいた紅茶を机に置き【彼】を見た。

 

「久しぶりね、ーー。元気にしてた?」

 

柔らかく微笑む少女に彼も口元を緩ませる。そしてそんな二人を見た周りは頬を染め指差した。まさに誰もが羨む美男美女だ。

 

「もちろん。皆元気だよ」

「…彼は、どうしてるの?」

 

柔らかく微笑んでいる表情は変わらない。しかしその顔はどこか泣きそうだった。【彼】はそれに困ったように笑う。

 

「相変わらずだよ。だけど君に会いたがってる」

「It's a lie.だってあの人は研究一筋だもの…」

 

困った様に、でも思いを馳せるかの様に視線を紅茶に向けた。

 

「It's not a lie!ナルは美桜が思っている以上に君を大切に思って「だけど私の想いとは違うじゃない」…はぁ」

 

【彼】は困った様にため息を吐いた。あーこの鈍感な目の前の美少女と見目麗しい弟をどうにかしてくれ、と。

 

「…もう、終わったのよ。あまりに不毛な片想いだった。私なんかじゃ彼と釣り合わないもの」

 

目を伏せる美桜の隣に彼は座り、肩を抱きしめる。美桜は肩に顔を乗せた。

 

「…なんで、だろうね…どれだけ離れても、時間が経っても、ナルが忘れられないの…」

 

ポツリ、と流れた涙が、彼の服に落ちた。

ゆっくりとした時間が流れる。クラシックが店内には流れ、目の前の紅茶は湯気が立ちその香りが鼻を掠める。

 

 

「…必ずまた巡り会えるよ」

 

 

ふと彼が言った言葉に顔を上げれば、何処か遠くを見つめていた

 

 

「一度繋がった縁は簡単には切れない。もし今は離れていて会えなくても、いつかまた再会できるから。

 

僕が二人の架け橋になりたいな」

 

 

こちらを向き私を見る彼。いつもその瞳は優しくて、寛大で、遠くを見ていて。その綺麗な黒い瞳は、ナルにそっくりで、私は大好きだった。

 

 

「…ありがとう」

 

 

そう呟いて、目を閉じた。

この時、この言葉があんな意味で真実になるだなんて

 

私は思いもよらなかったんだ。

 

 

 

 

_____

_________

藤原 美桜

 

始まり時には15歳。麻衣と同い年。

イギリスと日本のクオーターのため少し日本人離れした顔立ち。

真面目で温厚、時々辛辣。姉御肌だけど、歳上の人には甘えたい。大人しく捉えられがちだが、言うとは言う。

 

中2の時に麻衣の学校に転校してきたので、一応内進組。その前はイギリスで4年暮らしていた。麻衣とは高校生になってからの付き合いだが、もう家族の様に打ち解けている。訳ありで高級マンションの一人暮らし。

成績は良好。

 

能力者でもある。詳しくは話中にて。



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Day.1

 

 

「…除霊、ですか?」

「そう。今日からなんだってさ『でる』って噂の旧校舎の除霊。」

 

ここ生徒会室では、新入生用の資料を作りながらもそんな会話がされていた。何でも学校の隅にある旧校舎に何かが憑いていると噂になっているのを気にしているらしく、校長が依頼したそうだ。

 

「藤原って、幽霊とか信じるタイプ?」

 

そう先輩に声を掛けられ、さくさくと作業をしていた手を止め顔を上げれば、皆が私を見ていた。私は暫くうーん、と考え、口を開く。

 

「…信じる・信じないってよりいると個人的には思っているっていう方が合ってると思います。」

 

そう自分の考えを言えば、少し驚きを見せる先輩達。そんなに私は否定派にみられていたのだろうか。

 

「意外ですか?」

「うんちょっと。こういう話はあんまり好きじゃなさそうだしね。」

「別にそんな事はないんですけれど…」

 

曖昧に微笑み返すと、また資料作成の作業に戻る。この学校は中高一貫で、殆どの人が内進生だ。よって生徒会は中3と高1から構成され、例によって先生の身勝手で抜擢された私、藤原美桜も生徒会役員をしている。

そして今現在話題になっている旧校舎というのは、学校の端にある古い木造校舎のことだ。そこにはいわゆる【ありきたり】な怪談が数多くある。

 

 

 

「なんか結構な数の霊能者を呼んだみたいだよ。」

「あ、私見ました。今日一組着いてましたよね。」

 

 

なんて友達や先輩がぽつぽつと話しているのを軽く聞き流していたが、ふと聞こえた単語に顔を上げ聞き直した。

 

「先輩!今なんて言いました?」

「え?だからゴーストハント。なんでも渋谷にオフィスを構えてるらしいんだけど、なんかうさんくさい霊能者とは違うっぽいんだよね。しかも、そこの所長さんが私達と同じ位の年齢なんだって。」

 

「…ゴーストハント」と美桜が小さく呟き、更に質問を重ねる。

 

「あの、そこの関係者の名前はわかりますか?」

「えーと…それならそこの資料を見ればわかると思うよ。呼んだ霊能者の名前とかいろいろリストアップしてあると思うから。」

 

そう言われて机の上にある紙を見る。そこには何人かの霊能者の名前が載せられていたが、美桜はさっと見てその紙を置いた。

 

「なんか見つけた?」

「あ、いえ…ありがとうございました。」

 

また作業を再開する。そうだ。彼が日本にいるはずがない。居場所だってまどか達に口止めしてるし。

期待するなんて馬鹿みたい。もう一年以上経つのに。

溜息を一つ吐き、忘れようと頭を振った。

 

 

 

 



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Day.2

 

次の日の朝、いつも通り教室に行けば友達に囲まれた。何故だかわからないが皆興奮している。

 

「おっはよー美桜!ちょっと聞いて!」

「どうしたの?」

「昨日の放課後私達怪談してたじゃない?」

 

ああ、あの誘われたけど生徒会の仕事があって断ったやつか。

 

「それが?」

「そしたらね、渋谷先輩っていう転校生が来て!」

「もう!その人が超イケメンなのーっ!」

 

転校生?転校生なんてこの時期にいたっけ?生徒会の資料で読んだ覚えはなかったはずだけれど。

 

「肌白くて背高くて!服が全部黒かったけど逆にそれが引き立ててる感じ!!」

「…ふーん」

 

なるほど、最近はチャラいのじゃなくて見目麗しい男の人が人気なのか、なんてどこか観点の違う事を思っていたら、皆が溜息のような、どこか安心した様な息を吐いた。

 

「美桜はほんっと男に興味がないねー」

「そんな良い顔してるのに!」

「まぁこれでライバルは減ったじゃん。」

 

失礼な、と剥れると、「ごめんごめん!」と笑いながら謝って来る彼女達にワザとらしく溜息を吐いた。

 

「じゃー私もその先輩狙ってみよーかなー…」

 

ニヤッと口角を上げれば皆はうっ…となり後ずさる。

 

「美桜はダメっ!絶対ダメ!」

「そーだよ!」

「アタシ達勝ち目ないじゃんっ!」

「いやそんな事ないと思うけど…」

 

肩をガタガタと揺すぶられてううっ…と頭に手を置く。

 

「もー冗談に決まってるじゃん!」

「そ、そーだよねっ!」

「ふーっ…」

 

そんなこんなで会話していると、先生が入って来て皆が席に座る。その時ふと、麻衣がまだ来ていない事に気がついた。

 

「あれ?ミチル、麻衣は?」

「え?…いないねー。寝坊かなー?」

 

コソコソ話していると、勢いよくドアが開き息を切らした麻衣が立っていた。

あまり遅刻をするような子ではないんだけれど、何か問題でもあったのかな、なんて思いつつ、話し始めた先生へと意識を移した。

 

 

 

____

________

 

 

 

授業が終わった途端、麻衣が私の席まで飛んで来て抱きついてきた。そんな麻衣を私も抱きしめる。

 

「もー美桜~!聞いてよーっ!」

「聞いたげる聞いたげる。どうしたの?」

 

体を離し椅子に座れば麻衣も向かいに座った。その顔は「面倒、ウザい、最悪」としっかり書いてある。

 

「…もしかして遅れてきた理由?」

 

そう問えば、「そう!!」と言って語り出した。なんでも今日はいつもより早く出たらしいのだが、ふと旧校舎が気になって寄ってみた。すれば何故だか中にはカメラが置いてあったという。

 

さぁ所で、皆さん「好奇心は猫をも殺す」ということわざをご存知だろうか。好奇心が強すぎると、身軽な猫でさえ死んでしまう。それと同じで過度の好奇心は持たないように、という意味なのだが、今朝の麻衣はどうやらその猫となってしまったらしい。

 

気になって中へ入り、カメラを触ろうとすれば何処からか男の人の声。それに驚き飛びのけば後ろの靴箱へ見事直撃し、ドミノ倒しになったそうな。その男性は怪我を負い、そこで登場したのがあの見目麗しい怪談の君。そこでチャイムが鳴ったのを知らされ慌てて教室に向かったという…

 

 

 

「「「…麻衣が悪いじゃん」」」

 

 

 

と三人で声を揃えて言えば、麻衣は「なんでー!?」と立ち上がった。

 

「まず旧校舎は立ち入り禁止じゃない。」

「人様の物を勝手に触るのも言語道断。」

「それで挙句遅れて来た訳でしょ?」

「ううっ…」

 

ついに机に突っ伏した麻衣の頭を撫でる。

 

「まぁ当分学校にいるでしょうし…ちゃんと謝らないと、ね?」

 

そう締めくくれば、「美桜~!」と腰に抱きついて来た。あぁ本当に猫みたいだ。

 

「美桜は厳しーんだか甘いんだか…」

 

隣で友人達が飽きれていた事を私は知らない。

 

 

 

_____

________

 

 

 

 

放課後、いつもより生徒会の仕事を早めに切り上げ校門へ足を向ける。すればそこには茶色の髪の小さな女の子もとい麻衣がいた。

 

「おまたせ。遅くなってごめんね。」

「大丈夫だよー早く行こっ!」

 

2人で帰路に着く。すれば麻衣から口を開いた。

 

「聞いてよ美桜!」

 

なんか休み時間にも聞いたな、と思いながら耳を傾ける。

 

「美桜が教室出た後でさ、あの渋谷さんが教室に来たの!んで呼び出され助手の代わりをしろって脅されてさあ…」

 

そのまま麻衣の口は止まらない。どうやらその彼はかなり自尊心が高いようだ。そこで麻衣が名付けたのが【ナルシストのナルちゃん】。正直そのまんまだ。

 

 

「つまり、調査が終わるまで助手代わりとして働くのね?」

「そーなの!やーだー!!」

 

地団駄を踏む麻衣に苦笑する美桜。麻衣は怪談ならともかく怖いものに案外弱い。

 

「まぁまぁ…私も手伝えに行ける時行くから!て言っても今は忙しくて…土曜日行こうかな。」

「本当に!?やったー!!」

 

さっきまで泣き真似までしてたのに美桜がそう言った瞬間周りに花が咲く位微笑んだ。

 

「うん。差し入れも持って行くから。」

 

そう言えば「甘いものね!」と要望を付ける。はいはい、と苦笑しながら定期券を取り出し改札を潜る。

 

「じゃ、また明日ね!」

「うん!また明日ー!」

 

 

それぞれ違う方面のホームへと足を向けた。



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Day.3

 

 

次の日の朝、美桜がいつもと同じ時間に学校へ向かえばミチル達が何故かシンミリとしていた。

 

「なに?どーしたの?」

「あーおはよー美桜ー…」

「いやーなんか渋谷さんが転校生じゃないって話したら残念がって…」

 

あーなるほど…と美桜は苦笑した。確かに学校の先輩でなければ依頼が終わればいなくなってしまうわけで。

 

「うーん、まあそれはそれで敵が減っていーじゃない。」

 

そう言えば「ま、そーだよね!」とすぐ持ち直した。美桜もそーそーと肩を叩く。

 

 

「…ちょっと、谷山さん」

 

そんな団欒としてる時に、麻衣の後ろから黒田さんが声を掛けた。確か内進組だが同じクラスになったのは初めてで、まだ話した事がない。

 

「あの人霊能者なの?旧校舎を調べに来たって今言ってたけど。」

「霊能者じゃなくてゴーストハンターだそーです。」

「ゴーストハンター?」

「だからそれどう違うのよ。」

「知らんって」

 

「…ゴーストハンターってのは心霊現象をresearch…つまり調査して、それを科学で証明しようって人のこと。ちなみにイギリスにあるSPRが最も権威のある調査会だと言われているわ。」

 

そう説明すれば麻衣達はポカーンとして美桜を見た。美桜は「イギリスじゃそれなりに有名なんだよ?」と言う。

 

「…谷山さん、あの人に紹介してくれない?」

「はあ!?」

 

突然の黒田さんの申し出に麻衣が声を上げる。正直失礼な気もしなくはないが。

 

「ホラわたしにも霊能力があるじゃない?なにか手伝えるかもしれないわ。」

 

霊能力、ねぇ。そんなもの言いふらして何が欲しいのか。理解に苦しむな。

 

「黒田さん、旧校舎は基本生徒は立ち入り禁止。生徒会から念を押して言われてるはずだけど?」

 

そう言えば黒田さんはキッと私を睨む。

 

「なら何故谷山さんは許可されているの?」

「渋谷さんから校長に直接願い出があったの。だから麻衣は許可が降りてる。だけど生徒会としてもこれ以上生徒の立ち入りは許可できないわ。」

 

ごめんね、と最後に言えば黒田さんは納得いかなそうにしながらも席に戻った。

 

「さっすが生徒会副会長!かっこいーっ!」

「どーも」

「あいつあんなヤツなのよ。中等部のころから有名だったんだ。アブナイって」

 

へえ、知らなかった。まぁ私も途中から転校してきたしな。

しかし、やっぱり能力者だって公言すると、一般的にこういう扱いにはなっちゃうよね。【アブナイ奴】だって。

 

「あぁ。黒田さんも恵子達と同じ内進組だっけ。」

「そ。霊感があるとかいっちゃってさバッカじゃないの。」

「ふぅん…」

 

その言葉に、美桜は一瞬眩しそうに目を細めて、深呼吸を吐いた。

 

 

 

 

_____

_________

 

 

 

 

「ただいまー…」

 

生徒会の仕事が終わりマンションに着いた頃にはとっくに暗くなっていた。まぁいつもの事なので特に気にもせずカードキーを取り出し暗証番号を打った後かざせばドアが開いた。そのまま中へ入りエレベーターに乗り最上階のボタンを押す。特に人も入って来ず上へ上がって、ドアを開ける。

誰もいない広すぎる部屋は、白を基調としたシンプルな造りになっていた。廊下を真っ直ぐ突き進み着いたのはリビングで、美桜はソファーに倒れこむ。

 

 

 

【霊感があるとか言っちゃってさ、馬鹿じゃないの】

 

 

 

あの言葉は流石にキツかった。自分に向けられてる訳ではないとわかってる。それでもその言葉は人を傷つけるのには十分なのを私は知ってる。

 

言葉一つで人を殺してしまう事だってあるのだから

 

 

 

 

 

 

 

ーピリピリピリッー

 

 

突然鳴った家電に驚き急いで顔を上げる。そして番号も見ずに電話に出た。

 

「はい藤原です。」

「あ、もしもし美桜?」

「…まどか?」

 

久しぶりな声に驚きながらも電話を持ち直す。彼女は私の【向こう】での上司で、一ヶ月に一回は必ず連絡をくれる。

 

「元気にしてるー?」

「うん。そっちは?」

「変わらずよ~。書類整理ばっかり…」

 

溜息を吐く彼女に美桜は苦笑した。まどかは篭って研究というよりは外で心霊調査の方が合っているのだ。

 

「そっか。こっちも忙しくて論文ピンチかも。」

「美桜はいっつも真面目なのよ。まぁこっちは助かってるけど。高校はどう?慣れた?」

「うーん…イギリスより難しいかも。だけど楽しく過ごしてるわ。刺激がなくて寧ろ少しつまんない位よ。」

「まー美桜なら成績に問題はないわね!論文のコピー、出来た所まで明日中に送ってくれない?チェックするから。」

「了解。…ナルも忙しいそう?」

 

 

久しぶりに口に出した彼の名前。自分で言っただけで思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。

 

「…多分ね。」

「なに?まどかも会えてないくらいに忙しいの?」

「あのね、美桜には言ってなかったんだけど、実は…」

 

 

 

次に出た言葉に、私は凍りつく感覚を覚えた。

 

 

 

 

 

「ナルはね、今日本にいるのよ」



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Day.4

 

「……っ!美桜っ!」

「……え?」

「もー大丈夫ー?朝からずっとそんな感じだよー?」

「あはは、ごめんね。大丈夫だから心配しないで?ありがとう。」

「そう?」

 

そう言って麻衣が離れた所で溜息を吐いた。昨日のまどかの電話の後結局眠れず、今も授業に集中できない。

 

 

 

『…ナルが日本に?』

『そうなの。渋谷に日本支部を置いて、そこの所長をしてるわ。リンが部下』

『リン苦労してるんだろうね』

『多分ね』

 

リンの苦労が手に取るようにわかるな…と遠い目をしていたが、ふと何かが足りないことに気がついた。

 

『そういえばジーンは?ジーンはイギリスに残ってるの?』

 

前は毎日と言ってもいい位電話してきてたのに、数カ月前から全く来てない。

 

『…いいえ、ジーンも日本よ』

 

一瞬つまった…?と思いながらも話を続ける。

 

『あぁ今ね、ナル達どこかの高校の旧校舎を調べてるらしいわ。案外美桜の学校の近くだったりしてね』

『旧、校舎?』

 

旧校舎なんて…私の学校と同じじゃない!そんな、だってナルにはどこの学校かなんて言ってないのに。

 

『ねぇ、ナルって偽名使ってたりするの?』

『え?よくわかったわね!偽名はねぇ…』

 

 

その続いた言葉に、口を抑える手が震える。

 

 

『美桜?どうしたの?』

『…ま、どか……そのナルが調べてる学校…うちの学校だよ。』

『え!?そんな、うそ!』

 

まどかも驚きを見せた。本当に偶然とは恐ろしい。

 

『…この機会にナルに会ったら?』

『無理、だよ。まどかだって知ってるでしょう?私、前みたいにナルに接せれる自信ない。』

『いーじゃない別に!ナルはずっと美桜に会いたがってたのよ?冗談抜きで日本にまで会いに行こうとしたんだから!…無理にとは言わないけど、会える内に会っておきなさい。』

『…わかった。ありがとう。』

 

 

そう言って電話を切りそのままソファーにまた倒れこむ。

 

苦しい。

会いたいってこんなに心は叫んでるのに会えない自分の弱さがそれを止める。いつのまにこんな距離が開いてしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

____

_________

 

 

 

「……あのクソ校長」

 

ポツリ、と美桜はそう呟いた。今日は土曜日にも関わらず気を紛らわす為に生徒会の仕事に一人没頭していた美桜は、たまたま残っている生徒がいないか探しに来た先生に出くわしてしまい、なんでも昼の祈祷中に怪我をした校長の代わりにお茶や焼き菓子を持っていく事になったのだ。

 

そう、一番行きたくなかった旧校舎へと。

 

ここまで来るともはや運が悪いとしかいいようがない。いや、運が良いとも言えよう。会いたいと願った人に会えるのだから。それでも会いたくないと思うのは、単に怖いから。

馬鹿な位今更なのに。勝手にいなくなって勝手に戻って来るなんて酷い話だ。別に悪口雑言はどうでもいい。ナルの嫌味をかわせなければ4年も一緒にいるなんてまず無理なのだから。

だけど一度見てしまえばもう離れたくないと思ってしまうかもしれない。また依存してしまうかもしれない。

 

「…ほんっとう、弱虫なんだから。」

 

そう自嘲しながら重い足取りで旧校舎へ向かう。前に着いた所で校舎を見上げた。確かに古そうだがただそれだけの様な感じで、特別何かがいそうとかはない。

 

「…お邪魔しまーす……」

 

なんとなく言ってみるものの返って来る声もなく、玄関を潜ればギシッと音がした。そのまま暫く廊下を歩いていると、前方の教室から着物を着た小さい女の子が出て来て奥へ向かって行く。

 

「あの!」

 

声を掛ければ、くるっと振り向いて顔を横に傾げた。日本人形のような大きな目に小さい顔。本当に綺麗な子だ。

 

「私、この学校の副会長を務めます藤原美桜です。霊能者の方ですね?」

「…えぇ。原真砂子ですわ。」

 

彼女に近づき手を差し出す。すれば彼女は頭にハテナマークを浮かべた。

 

「あ、ごめんなさいっ…私イギリスに住んでいて、初対面の人と握手をするのが習慣付いてるんです。」

 

そう言えば、キョトンとした後クスクスと笑い私の手を取ってくれた。わたしはその手を握り返しながらゆっくり瞬きをして手を離す。

 

「ありがとうございます。」

「いいえ。では、私はこちらを見て回りますので。」

 

また後ろを振り向いた彼女に、反射的に声をかけた。

 

「原さん!」

「?」

「あの…」

 

言うか迷う。それでも彼女の心の憂いが少しでもとれたら、と思った。

 

「…私は貴女の事信じてます!だから、自信、持ってください」

 

そう言えば、驚いたように私を見た後、さっきよりももっと綺麗に微笑んでくれた。

 

「…真砂子ですわ。そう呼んで下さいまし、美桜。ありがとう。」

「どういたしまして、真砂子。」

 

そう言って今度こそ行ってしまった彼女を見送り、私は声がする方のドアの前に立った。

気配を消して開けっ放しのドアから覗く。何やら口論をしているようで、麻衣が呆然と眺めていた。そしてふと振り向いた方向にいる男性に目を止める。

 

 

真っ黒な服を着て、白い肌に変わらずの黒いサラサラな髪、そして顔は無表情。伸びた背は優に私を越していた。

久しぶりに彼を見れてこんなに嬉しいのに、置いてかれたみたいに寂しい。

 

美桜がぼーっとしていると、麻衣がふと気がついて声を上げた。

 

「美桜っ!来てくれたんだね!」

「あっ…うん。遅くなっちゃったけれど。」

 

抱きついてくる麻衣の頭を撫でる。いつもなら猫みたいって呑気に思うのに緊張してるからか頭が真っ白だ。

 

「おじょーちゃん、そこの綺麗なおじょーさん誰?」

 

茶髪の頭のチャラい男性が麻衣の後ろから現れる。こんなんが霊能者とかもはや詐欺だと思うのは私だけ?

 

「この子がさっき話してた美桜!すっごくかわいーでしょ!」

「いや可愛くはないけど…私、この学校の生徒会副会長を務める藤原美桜です。校長に頼まれて此処に来ました。」

 

集まる視線の中で一つ、違うものを感じる。それでもその方向にはどうしても向けなかった。

 

「これお茶と焼き菓子です。よろしければどうぞ。」

「あ、どーも。」

 

茶髪のお兄さんに渡し、また麻衣と向き直った。

 

「ずっと仕事してたの?」

「うん。新入生のやら何やらで忙しくって。そしたら先生に捕まって此処に来たってわけ。」

「…先生に言われなかったら来る気なかったんでしょ。」

 

睨んでくる麻衣にあはは、と空笑いをすれば「もーっ!」とかわいらしく怒られた。

 

「藤原さんは谷山さんと同級生なんやですか?」

 

なんだ?今の不思議な言語は。そんな事を失礼ながら考えていたら、麻衣が苦笑しながら教えてくれた。

 

「ジョンは関西で日本語を習ったんだって」

「あーなるほど…そうや。どうぞよしなに。あんた日本人やないやろ?」

 

と京言葉を使えば皆さんポカーンとして、ジョンは目をキラキラさせた。

 

「へぇ。オーストラリアです。」

「美桜、流暢だね?」

「元は京都出身だからね。」

「あーなるほど、なんか多才そうだな。俺は滝川法生、高野山の坊主だ。」

 

坊主って髪の毛あるんだ。そう言えば「破壊僧」と綺麗なお姉さんが突っ込む。

 

「貴女は?」

「私は松崎綾子、見ての通り巫女よ。」

 

巫女って、もっと清楚なイメージ……と思いながらも言ったら怖いので黙っておいた。まぁ実際は信仰心の問題なのだけれど。

 

「僕はエクソシストやがんなです。」

「なんか、バリエーション豊富だね。坊主に巫女にエクソシストにゴーストハンターって」

 

と言えば笑う皆の中で、麻衣が疑問を述べた。

 

「あれ?なんでゴーストハンターって…」

「…麻衣自分で私に言ったじゃない。渋谷さんのこと。」

 

そう言えば「あ、」と麻衣が笑った。

 

「あ、よかったら話続けて下さい。私もう行くので」

「え!もう行っちゃうの?」

 

麻衣が私の服の裾を強く握る。可愛いなあ、と抱き締めたくなったが、如何せん人様の前なので自重した。

 

「まぁ生徒会室にはいるから。…では失礼しました。」

 

一礼し部屋を出ようとドアに手をかけた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ーピシッー

 

 

 

 

 

 

 

「…ラップ音か?」

「ってユーレイが出る時するっていうアレ?」

 

うげぇ、と麻衣が顔を歪めた瞬間、パキッという音がして勢いよく黒板が横一文字に割れた。そしてその瞬間遠くから聞こえる悲鳴。

 

「原さんっ!」

 

ジョンが叫び皆が振り向くと、彼はカメラの映像を見ていた。

 

「原さんが二階の教室から落ちたです!」

「真砂子!!」

 

急いで真砂子が落ちたという校舎の西側に向かう。すれば木材などの間に倒れている真砂子を見つけた。

 

「っ……美桜……?」

「やだ…怪我は?大丈夫!?」

 

顔を覗きこめば弱々しいが確実に意識があり、ほっと息を吐く。

 

「今滝川さん達が救急車呼んでるから、ね?他の人達もすぐ来るよ。」

「そう、ですの…」

 

意識はあるものの、やはり良い状態とは言えないのだろう。顔色も悪く、少し体を動かそうにも顔を歪めている。

 

…少しだけなら、大丈夫よね。と真砂子の額にそっと手を添え目を瞑った。

 

 

 

「【痛いの痛いの飛んでいけー】」

 

 

確かに端から見れば15歳にもなってまだ信じてんのかと笑われる所だが、私の言うこれには本当に効果があるのだ。現に真砂子の顔色もよくなってきた。

 

「美桜…?貴女何を…」

 

そう疑問を口にする真砂子の唇に人差し指を当てて止める。

 

「おまじない。内緒だよ?」

 

微笑めば、遠くから騒がしい足音が聞こえ、ナル達がやって来た。それを機に立ち上がり、皆にばれないようそっとそこを離れた。

 

 

 

 

______

_________

 

 

 

 

 

カタカタカタ、とリズム良いタップ音が小さい部屋に響き渡る。しかしふとそのタップ音が止まったと思えば、少女はメガネを外し机に肘を乗せて頭を支えた。重い沈黙が辺りを包む。

 

「…変わって、なかったなあ」

 

ポツリ、とそう呟いてポケットから携帯を取り出す。すればその待受には少し幼い自分と、両隣りに顔がそっくな美少年達がこちらを向いていた。美桜と一人の少年が花が綻ぶような笑みを浮かべており、もう一人の少年は無愛想な表情を浮かべている。

 

 

 

何度夢に見ただろう。

何度会いたいと泣いただろう。

 

 

それ位大切な人達。その片割れに会えた事に胸を馳せながらも、罪悪感は拭えなかった。溜息を吐きながらも、それを振り払う様に立ち上がり処理し終わったファイルを持って奥の本棚に近づく。ファイルの元の場所を探しながら戻していると、ふと背後のドアが開く音が聞こえた。そして誰だ?と思いながらもそちらを見なかった…否見れなかった。

 

先生や麻衣ならすぐに声を掛けてくれる。

滝川さん達ならノックをしてくれるはず。

なら、思い当たるのは一人しかいなかった。

 

 

 

 

「…何故イギリスの名誉ある心霊学会に属している天才博士が偽名を使って日本にいらっしゃるのかお聞きしても?

 

Dr.Oliver Davis?」

 

 

 

シニカルな笑みを浮かべて反対方向を向けば、そこにはあの見目麗しい彼が立っていた。感情を伺えない無表情を徹っしている。相手に感情を伺わせてはいけない、と美桜も心を沈めナルを見る。

 

「…何故お前がこの学校にいる?」

「この学校の生徒だからよ。私の服装を見ればわかるでしょう?」

 

無言の睨み合い。しかしナルは目を閉じて溜息を吐き、美桜に近づいていく。美桜は本棚があるため動けず、じっとナルを見つめていた。ナルの腕が美桜の顔の横に伸び、音がする位強く本棚に手を添え、美桜が逃げられないようにした。

 

 

「何故僕にだけ秘密にしていた?」

「…何を?」

「日本に帰る事をだ!」

 

至近距離で怒鳴られビクッと美桜の肩が震える。何かを言おうとしたが、口を噤み俯いた。彼が怒るのは最もなのだ。ナルにだけ何も言わなかったらそりゃ怒るに決まってる。返す言葉がなかった。重い沈黙が流れ、お互い無言でいると、私の顔の横にあったナルの腕が動いて私の頭を後ろから掴む。突然の事で反応できなかった私はそのまま腕の動く方へ、ナルの胸に押し付けられた。

 

痛い位に抱き締められる。

前は何かある度に抱き締めてくれたあの腕が情けない。昔は震える私を抱き締めてくれていたのに今はナルが私に縋ってるみたいだ。

 

「ナル…?」

「美桜まで僕の前から消えるな…」

 

私【まで】?それじゃまるで

 

 

 

誰かがナルの前から消えたみたいじゃない。

 

 

 

「どういう意味?」

 

 

 

聞いても答えてくれず、私の肩口に顔を埋める。ナルが今まで、こんなに感情的になった事があっただろうか。

何故ナルは彼に相談しないのだろう。何故彼はナルの側にいないのだろう。何故まどかは彼の事を【日本にいる】と言って、【ナルと来ている】と言わなかったの?何故彼はもう何ヶ月も連絡して来ない?彼と最後に話したのはいつ?

 

 

 

彼とは、日本で会った時が、最後。

 

 

 

 

「…ジーンはどこ?」

 

ポツリ、と疑問が口に出た。考えてみればおかしい事だらけなのだ。いつでもひっつき虫みたいにナルの側にいて支えて来た彼がいないなんて。毎週のようにきていた電話もプッツリと途切れて。ナルは急に日本に来て。

 

「ねぇ…なんでジーンはナルの側にいないの?なんで急に日本に来たの?」

 

質問攻めにしても何も答えない彼にイライラが募る。何故答えてくれないの?ねぇ、ジーンは普通に元気だって、煩いくらいだって言ってよ。

嫌な想像しか浮かばないじゃない。

 

「ナル、答えて。…答えないなら【視る】わよ」

 

そう言った私をナルは少し離し、真っ直ぐ見つめた。黒曜石の綺麗な瞳が私をしっかりと映している。そして紡がれた言葉は、静かな空気を切り裂いた。

 

 

 

「ジーンは死んだ」

 

 

 

思考が停止した。そしてすぐ、笑えないジョークだ、と脳が判断しようとしたが、ナルの顔を見てそれがジョークなんかじゃないと悟った。

 

「そ、んな…どうして……!」

 

訳がわからない。ジーンが、死んだ?あんなに優しい人が?絶望の淵にいた私に光を教えてくれた彼が?誰よりも私を応援して、支えてくれた彼が?信じられる訳ないじゃない。

バッとナルの手を取り握る。そして目を瞑れば、すぐにその映像に辿り着いた。

 

何処か山の中、海…いや、湖を眺めている。するとふと視界の隅に現れた車。次の瞬間にはもう倒れていた。誰か…女性の足が近づき、また離れて行く。見えなくなって、一旦車が下がったら…また凄い勢いで近づいて来た。

そこから画面が眩しく…ハーレンションの様な状態に移った。地面を引きずられて、トランクに入れられて、何処か暗い場所で何かに包まれて船に乗って…

 

 

 

 

 

「やめろ」

 

 

 

 

パッと放心状態になっていた私の手をナルが離す。私は力を込める場所がなくなり足から崩れた。

受け入れられる、訳がなかった。私だけ何も知らなくて。【また会える】そればかり考えていて。

 

それが私の心を支えてたのに。

理解できていないはずなのに目が潤んできて、ポタポタとスカートに染みをつくっていく。何かがせり上がってきそうなのにそれが何かわからない。

 

 

「…日本で会った時彼、ナルに会いたいって言った私に【僕が二人の架け橋になりたい】って言ったの」

 

全部鮮明に覚えてる。あの時のジーンの温もりも、声も、香りも。だけど、もう記憶は記憶でしかない。

 

「こんな風に架け橋になるなんて望んでなかったっ!!」

 

【また三人で】したい事が沢山あった。もうそれは叶わないと知っていても、馬鹿な願いでも。

そんな風にただ泣き続ける私を、ナルは昔の様に抱き締めてくれた。私はそんな腕に縋るしかなかったんだ。

 

 

 

 

「っ…もう大丈夫……」

 

暫く泣き続けて、大分落ち着いて来た所でそう言ってナルから離れた。ナルの気遣う視線を感じながら静かに口を開ける。

 

「…ジーンの死体は見つかっていないのね?だから探しに来たのでしょう?」

「そうだ。あんな場所なら捜索願いを出しても見つからないだろう。だからSPRの日本支部を足場にして、調査もしながら探す事にしたんだ。」

「そう…」

 

つまり、ナルは当分日本にいる。日本語がいくら喋れると言っても不自由は多いはずだし。

 

「私も今回の調査手伝う。」

 

そう言えばナルは存外そうな顔をした。私が手伝うとは思わなかったのか、失礼な。

 

「自分の学校の事だもの。手伝うのは当然でしょう?それに…超自然科学の一博士としても気になるわ。」

「…好きにしろ。」

 

ナルがどこか諦めた声で呟いた。私は苦笑いを零す。

 

…ごめんね

勝手に消えた理由を言わなくて。

 

 

とりあえず資料を出すかな、とまた本棚に手を掛けた時、机に置いていたインカムから声が聞こえて来た。ナルがそれをとって耳に着ける。私も聞くために耳を近づけた。すればその声は麻衣のものだった。

 

 

 

「ナルっ!ジョンが祈祷してたら突然天井が落ちてきて…とにかく戻って来て!」

 

そんなこんなでナルは皆を帰すために一旦旧校舎へ戻り、その間に私はここ一帯の地形図や郷土資料を取り出した。資料や新聞のスクラップをペラペラと見て行く。確かに旧校舎で事故や事件が多かったのは事実だが

 

「用意したか?」

 

ナルが戻って来たので資料を指差せば同じようにペラペラと繰っていく。私は隣に座った。

 

「…私はあの旧校舎に心霊的な何かはいないと踏んでいるの。」

「何故?」

「確かに旧校舎に事件が多かったのは事実だわ。だけどそれらは全部理由が証明されてるでしょう?それに幽霊を見たっていう噂も大体は友達の友達、とかって感じで確証を得たものではないし。まぁ時々見たって人はいるけど、それは大体噂と被ってるのよね。

しかもその噂で出てくるような幽霊が過去に此処で何かあったという事実もない。嘘でないにしろ、先入観によってもたされたものだと思うわ。」

 

根拠を言えば、ナルが手を止めあからさまに顔を顰めた。そんな顔をしても美人なのだから不思議なのだが。

 

「何故それを校長に報告しない。」

「別に依頼されてないもの。ただの純粋な興味よ。貴重なサンプルになるかもしれないのに逃す手はないでしょ?」

 

これを他人に言えば学者バカと言われそうだがナルにだけは言わせないぞ、私は。

 

「…ポルターガイストについては?」

「それはまだわからない。だってナル達が来るまでそんなものはなかったんだもの。時々木材がグラウンドに落ちるとかはあったけど。」

 

そう言えばナルは黙り、地形図を手に取った。私は必要のなさそうな資料を戻していく。

 

「…これだ」

「わかったの?」

 

ナルの近くに寄れば資料を見せられる。水脈図?学校の方を見てみれば、大きな二つの水脈が流れていた…旧校舎の真下に。その上最近は人の出入りが激しい校舎にとって保つのは厳しいはず

 

「ああ…地盤沈下?」

「あぁ。水脈の水の度量を調べればすぐわかるだろう。」

「それなら任せて。」

 

ノートパソコンを開きインターネットで市役所のホームページを検索する。そしてそこからこの地区の地形についての項目を探した。

 

「信憑性はあるのか?」

「えぇ。近年の日本では様々な権利を保障する為に様々な制度が作られていて、その一つに知る権利を守るための情報公開制度があるの。だからこれは絶対に正確。」

 

ナルには正確性を伝えとかないと面倒なのでそう言って最近のボーリング調査などの欄をクリックすれば、一発で出てきた。

 

「裏付けはとれた。後は旧校舎がどれ位傾いているか調べる必要があるな…」

「まさか今から二人でするなんて言わないわよね?」

 

顔が引き攣るのを自覚しながら聞けば、ナルは嫌な位清々しい笑顔を向けてきた。

 

「よくお分かりで。さっさと始めるぞ」

 

 

その言葉に意気消沈したのは言うまでもない。



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Day.5

 

 

「なんたって休みに朝の4時まで働かなくちゃいけないのよ…」

「前ならしょっちゅう徹夜してただろう。」

「あの時はあの時!今は花の高校生なの!」

 

機材を運びながら会話を続ける。なんだかんだ言っても久しぶりの調査を楽しんでたりして。

 

「これで終わり…っと!やっと帰れる!私は一旦帰ってシャワーとか浴びてくるけどナルはどうする?」

「僕はもう少し機材を片付けておく。お前は帰って寝ろ。」

「色々手伝いたいからすぐ戻って来るね。ナルも少しは休みなさいよ?」

 

そう言って生徒会室に行き荷物を取って学校を出る。 ギリギリ始発が出ていたのでそれに乗って帰り、シャワーを浴びる。そして服を着替えて、朝ごはん兼昼ごはんのついでにナルのお弁当も軽く作ってまた学校に戻った。

 

「あ、麻衣!おはよう。」

「おはよー美桜!ねぇ見て見て。」

 

麻衣に言われバンの後ろを覗き込めば、そこにはナルが眠っていた。

 

「あら。」

「あの毒舌さえ飛び出してこなきゃ完璧なのになあ。」

「あはは…まぁ彼には一生無理ね。」

 

まどかが以前「どこで教育を間違えたのかしら…」と嘆いていたけど、ジーンは「あれは元々だよ」って苦笑してたし。

 

「ーー…美桜と麻衣か。なんだこんな朝っぱらから。」

「あ、あ、あ、朝っぱらってもう十一時過ぎだよ。あっコッコーヒー飲む!?」

「麻衣挙動不審ね。渋谷さん、ご飯作って来たので食べて下さい。」

「ああ…」

 

作って来たサンドイッチやらを渡し、麻衣がコーヒーを渡す。実は麻衣がコーヒー作ってくるって意外だったりして。

 

「…ゆうべなにかわかった?」

「ああ。」

 

一瞬フリーズ。ナルは静かにコーヒーを飲み、私は苦笑を零す。

 

「ほんと!!?「おいっどーしたんだよ実験室!」」

 

そこで賑やか大人組登場。あー実験室の機材かなり片付けちゃったもんね。ナルめ。機材大事さに酷使しやがって。

 

「なによボウヤ、もう帰る準備?」

「…そうですが?」

「冗談でしょ!?」

「なんで!」

「事件は解決したと判断したからです。」

「除霊したのか?」

「してない。美桜、あれを出せ。」

 

ああ、コピーしたやつね、とバンの前座席から色々取り出して滝川さんに渡す。

 

「なんだ?」

「水準測定器のグラフです。旧校舎はゆうべ一晩で最大0.2インチ以上沈んでました。ーー地盤沈下です。」

「なにい!?」

 

皆がプリントを覗き込む。多分読めないと思うなぁ。私はたまたま読めるだけだもん。

 

「じゃあなに?あの怪現象の原因はそれだってワケ?」

「恐らく。この地形図を見るとおり、ここら辺って湿地を埋め立ててできた土地なんですよね。チェックした井戸の数からすると、この校舎の下には大きな水脈が通ってるみたいなんです。おまけにほとんど枯れかけてる。」

「…美桜、簡単に教えて。」

 

麻衣がわからん、と頭を悩ませているのでハハッと笑って答えた。

 

「つまりね、ここはもともと湿地を埋め立てた場所で地盤が弱いの。その上水がなくなって下がスカスカになっちゃうでしょ?それで校舎の重みに耐えきれないの。だから地盤沈下が起きてるって訳。」

「特に激しいのがこの辺り。建物の一方が急速に沈んでいるせいであちこちに【ねじれ】や【ひずみ】がきてる。」

 

ここまで来て全員理解したようで、冷や汗をかいていた。

 

「…なんてこった。じゃあイスが動いたり屋根が落ちたりってなそのせいなわけか。」

「そう。あの教室は西側の床が東側より三インチも低かった。」

「三インチ…七cm半てとこか。とんでもねー」

「じゃああのラップ音…」

「ラップ音じゃなく実際に建物がひずんでる音だろうな。旧校舎付近は立ち入り禁止にしてもらったほうがいい。この建物は遠からず倒壊するだろう。」

 

 

 

「ーーそんな、じゃあわたしが襲われたのは!?」

 

 

 

自分の信じてきたものがまやかしだった知らされた彼女のショックは大きいものだっただろう。それと同時に大きな焦りも見える。旧校舎の霊が視える、それが彼女にとってどれだけ大きなものなのか。

 

「…たぶん君について来た浮遊霊のしわざだろうな。」

 

これはナルなりの優しさ。霊能力は一度でも間違えればもはや霊能力とは言えない。これまで自分の能力を疑われ、抑圧された人達を知ってるからこそ出る優しさなのだ。

 

「そんで?ナルどうすんの?帰るの?」

「ああ。仕事は終わったからな。」

「ーーあー…そっか、そーだわな。」

 

どこかしっくりときてないような麻衣。やっと怖いものから解放されるのに、少し不思議な態度だ。

 

「…霊はいると思うけどな。」

 

ポツリ、と黒田さんが呟いた。【思う】じゃなくて【いてほしい】という願い。しかしナルはばっさりと

 

「いない。調査の結果も完全にシロだと出ている。」

「あなたにはわからないだけかもしれないでしょ!?」

「では君が除霊をすればいい。僕は自分の仕事は終わったと判断した、だから帰るだけだ。」

 

彼女がナル達の前で以前除霊したと言ったのは聞いた。墓穴だったのか彼女はそっぽを向く。慰めてあげたいが、こればかりは自業自得だと思う。

 

「…残念だな。なんか夢が消えちゃったキブン。」

「…なんだって?」

 

麻衣が黒田さんを見ながら言う。ナルが聞き直して、麻衣はそっちを向いた。

 

「学校の片隅にいかにも何かありそうな古い校舎があって、幽霊が出るなんて噂があって…って一種のロマンじゃない? ホントに人が死んじゃったりしたらイヤだけど無害な怪談だったらあったほうがいいもん。」

「…そんなものかな。」

 

ナルや私のような【科学者】にとって幽霊はあくまで研究の対象でしかない。しかし他の人達にとってそれらは日常の中にあるちょっとしたお伽話のようなものなのだろう。別に私たちは幽霊がいないなんて思ってる訳ではないが、その求めるものの違いは理解しずらい。

 

 

 

 

 

ーピシッー

 

 

 

ガラスにヒビが入ったような音がきこえ、瞬間的に窓の方を向いた。そして次に窓全部に大きくヒビが入る。そしてその窓の近くで黒田さんは呆然としていた。

 

「黒田さん、離れて!」

 

そう注意を促しても、驚きのあまり固まってるようだった。このままでは危ないと、走って彼女の腕を掴んだ瞬間ガラスが盛大に割れる。

 

「きゃあああっ!」

「くっ…」

 

バッと黒田さんを背に庇い抱きしめる。たまたま分厚めのコートを着ていたため二人とも大した怪我はない。

 

 

 

 

ードンドンドンッ‼‼ー

 

 

 

そして天井から聞こえてくる音。まるで誰かが叩いているかのような音に耳を疑った。そしてドアが激しく開閉する。これはまさしくポルターガイストで、地盤沈下なんかじゃない。

 

「ナル!取り敢えず外へ!」

 

その声にはっとしたナルが、わたしの腕を引っ張り立たたせ、窓を叩き割った。

 

「ちょ、ナル手がっ…!」

「大丈夫だ!外へ出ろ!この建物は脆いんだ!」

 

そうして校舎を出れば滝川さん達も集まっていた。校舎はあれだけれ揺れながら、何もなかったかのように佇んでいた。

 

 

 

「ーーなんなんだよありゃあ…」

 

滝川さんの呆然とした声が聞こえる。私はコートを脱いで、パンパンとガラスの破片を払っていた。

 

「…今のはなんだ?あれも地盤沈下のせいだってのか!?立派なポルターガイストだったじゃねぇか!」

「建物が歪んだ音どころか、絶対誰かが壁を叩く音だったわよ!」

「それにしちゃ派手過ぎたがな。巨人でもいたんじゃねぇのか?」

「校舎を沈めてるのもそいつかもねぇ。バッカバカし!もう少しで子どもの冗談にひっかかるトコだったわ。」

「せめておれたちだけでもしっかりしようぜ。」

 

 

怠惰な大人達。確かにナルの答えが100%じゃなかったかもしれない。それでもあんだけ信じておきながら間違ってたら言うだけいって自分を肯定付けるだなんて馬鹿げてる。

 

 

「ーーナル!手…」

 

麻衣がずっと校舎を眺めているナルを心配して声を掛ける。

 

「ああ…たいしたことはない。すぐに乾く。」

「でも手当しないと「黒田さんを見てやれ」」

 

ナルの怒りを押し殺した静かな声。彼は完璧な答えしか出さない。それはプライドの高さでもあり、博士としての基本でもある。それが自分の前で見事に壊されたのだ、当然だろう。

 

「今はほうっておいてくれたほうがありがたい。

自己嫌悪で吐き気がしそうだ。」

「……うん…」

 

ナルが去って行く姿を見送った後、私ははぁ、と溜息を吐き、救急セットを持った。

 

「麻衣、渋谷さんを手当してくるね。」

「え、でも…」

「大丈夫。ここ、任せたよ?」

「…うん、わかった。よろしくね。」

「もしまたあの大人達がまたバカな事言ったら、麻衣らしくガツンと言っちゃえ!」

「ははっ、うん!」

 

そう言って私は走ってナルを追いかけた。

 

 

 

バンの方へ行くと、ナルがトランクに座って怪我をしていない方の手で目を覆っていた。

 

「ナル、手当するから手を貸して。」

 

隣に座り手をとるとするっと離れる。しかし私はまた握り返した。

 

「今は一人にしてくれ。」

「イヤ。もし私がこうなったら、ナルはきっと私の手を離してくれないでしょう?それと同じ。」

 

そう言って手を取り、水に濡らしたハンカチで血を拭き始めた。ナルが私をゆっくりと見つめる。珍しく自信のないその目が、どうしようもなく寂しくて、愛らしかった。

 

「私はナルの右腕なんだから、ナルに着いて行くわよ。それに、ナルの事は少なくとも今のメンバーの中で一番わかってる。一旦休んで、原因をもう一回考え直そう?」

 

手当終了、と包帯の先を括りナルの手を引いて立った。ついでにカバンも持って、校門の方へ歩いて行く。

 

 

「…美桜。」

「なに?」

 

ふと名前を呼ばれて立ち止まって彼を見れば、少し不貞腐れたような、嬉しそうな顔をして。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

そんな素直なナルに「my pleasure」と笑って返して、止めたタクシーに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

_______

___________

 

 

 

 

 

「どうぞ。」

 

そう言って私の家へ通せば、少し物珍しそうにリビングへ入っていった。

 

「一人にしては広いな。」

「セキュリティーがいいマンションをって【本家から】支給されたの。こんなに広くなくてよかったんだけどね。」

 

苦笑しながら電気を付けてカバンを置く。ナルがリビングの棚の上に置いてある何個かの写真立てに近づいた。

 

「…懐かしいな。」

 

そう言って持ち上げた写真は私とナル、それに彼がカレッジの中庭の木の下で昼寝をしているのをまどかが撮ったものだった。

 

「でしょう?まどか、ナルを隠し撮りしてからかうのが好きだったわよね。」

 

そしてそんな写真をいつも貰って大切に保管していた。本当に懐かしい。

 

「取り敢えず包帯巻いたばっかだけどお風呂入って来たら?もう血も止まっただろうし新しいのに変えたいでしょ?」

「そうさせてもらう。」

 

ナルがお風呂場に行って、私はキッチンに入りリゾットを作る。ジャガイモとほうれん草のクリームソースだ。ナルは調査の間は精進潔斎なので、お肉はなしだ。

 

作り終わった後に服を着替え、ソファに座りニュースを見る。殺人事件や賄賂などが淡々と流れて行くのをぼーっと見ていると、ドアが開く音がしてそちらを見れば、肩にタオルを掛けたナルが出てきた。それに胸が少し高鳴る。顔は本当にいいんだから。もう見慣れてる筈なのに。

 

「お疲れ様、リゾット作ったけど食べる?」

「ああ。」

 

立ち上がりリゾットを盛り付けて既に座って資料を読み返しているナルの前に置いた。私もナルの横に座って資料を覗き込む。

 

「ねぇナル、旧校舎のポルターガイストって、幽霊の存在を否定したり消そうとする時にタイミングよく起こってない?」

「それが普通だろう。」

「そうなんだけど…」

 

確かに反発とも考えられるが、何処か腑に落ちない。

 

「でも、幽霊はいないんでしょう?ポルターガイストが起こる前に気温が下がったりとか。」

「ないな。だからこうして悩んで…」

 

ナルの言葉が止まった。顔は思案げで、段々と口角が上がる。私もふと一つの仮定が思い浮かんだ。ポルターガイストの原因は半分が幽霊、後の半分は…

 

 

人間によるものだ。

 

 

 

「もしかして…ポルターガイストの原因は人間?」

「かもしれないな。学校は抑圧される場所だし、ローティーンの子どもばかりだ。」

 

旧校舎に訪れていて、幽霊の存在に肯定的な人…と言ったら一人思い当たる人物がいる。

 

「もしかして黒田さん…?」

「それはわからないが、事件の関係者なのは間違いないだろう。明日朝一で暗示を掛けてみる。」

「了解。それで犯人がわかれば事件解決ね。」

「そうだな。…美桜、ウチで働かないか?」

 

ナルの突然の申し入れ。それはとても嬉しいお誘いだが、果たして私がナルの側に戻ってもいいのだろうか。

 

「余計な事は気にするな。いなくなった理由も聞かないし、毎日来いとも言わない。」

 

本当に、馬鹿な位優しいナル。そんな彼が自分を求めてくれている。何処か優越感に浸る自分がいた。

 

「わかった。まぁSPRからお給料貰ってる身だしね。もしかしたら時々生徒会で出れない時があるかもだけどそれでもいい?」

「構わない。」

 

イギリスにいた時のように普通に会話をしている、それがなんとも心地よかった。

 

 

 

ご飯を食べて話し込んでいたら、いつのまにか11時を回っていた。明日は学校に行く前にナルのオフィスに寄る必要があるため早く出る必要があるだろう。昨夜はあまり寝ていないのだし、そろそろ寝た方がいい。

 

「ナル、明日の為にもう寝ましょう?私の部屋のベット使ってちょうだい。」

「お前はどこで寝るんだ?」

 

そのナルの問いかけに苦笑する。変な所まで鋭いんだから。

 

「私はいっつもそこのソファで寝てるから。気にしないで。」

 

そう言えば眉間の皺を寄せる彼。怒っているような、悲しんでいるような、そんな雰囲気を醸し出していた。

 

「…相変わらず、閉鎖的な空間がダメなんだな。」

「しょうがないでしょう?こればかりはどうしようもないわ。」

 

麻衣が泊まりに来る時は一緒に寝てるから大丈夫なのだが、私は世で言う閉所恐怖症だ。なので自分の部屋もベットもあるにも関わらず、普段はリビングのソファで寝ている。

 

「…来い。」

 

ナルが立ち上がって私の手首を掴み、リビングの電気を消して廊下に出た。そしていくつもの部屋のドアの前を通り一番ドアに近い所にある私の部屋に入る。

 

 

「え、ちょ、ナル?」

 

無理矢理ベットに押し込められそのままナルも入ってくる。私は訳がわからず心臓がバクバクと動いていた。背中に腕を緩く回され完全に硬直する。

 

「あそこじゃ疲れがとれないだろう。一緒に寝てやる。」

「はっ!?別に大丈夫だよっ!ナルこそ窮屈でしょ!」

 

 

てか恥ずかしくて死ぬ!きっと今私の顔は真っ赤だ。

 

 

「騒がしい。さっさと寝ろ。」

 

ばっさりと切られ、ナルは目を瞑った。近くに感じるナルの体温、ナルの香り。昔、悪夢を見て眠れなかった時もよくこうやって一緒に寝ていた。

でも昔とは確実に変わった想い。馳せる心は止められなくて、いつでも視線の先に貴方がいて。

 

 

 

 

 

 

 

「...I love you,Noll」

 

 

ナルの胸に顔を押し付けて小さく呟く。伝えたい愛の言葉は、自分の口の中に消えて行った。



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Day.6

 

朝、早く起きて渋谷にあるナルの事務所、つまりSPRの日本支部に向かった。まだ人通りがまばらな道玄坂をタクシーで登って行く。

 

「ここ?」

「そうだ。」

「これ、全部SPRからでしょう?ナルのパトロンとかの支援は一切なしの。」

「ああ。」

 

腐っても流石は歴史あるSPR。今は昔に比べ人数が減っているがそれでもまだこれだけの力があるのか、と悶々と考えている内にナルはドアを開け既に入っていた。私も慌てて中に入る。

 

「ここが資料室でここが所長室。」

「…汚いね。」

「お前の仕事が増えていいだろう。」

「過労死したら幽霊になってナルに憑いてやる。」

「望む所だな。いいデータがとれそうだ。」

「研究馬鹿!」

 

ぐちぐちいいながらも暗示に必要な道具をとっていく。結構な荷物量だが、手で持てない程じゃない。そのまま二人でまたタクシーに乗り込んで学校に向かった。学校では部活に入ってる生徒達が既に来ていて元気な掛け声が響いている。

 

「失礼します」

 

ノックをして校長室に入れば、ナルがあらかじめ言ってあったのか校長が既にいた。事情を説明し、協力を依頼すれば快く快諾してくれた、

 

「ねぇナル、暗示の対象物は?」

 

セッティングをしながら聞けば、ナルは目も向けずに話す。

 

「まだ取って来てない。だから取って来い。」

「…なんでそんな偉そうに言われなきゃいけないのよ。」

「じゃあお前の今の立場は?」

「…ナルの助手。」

「ということは?」

「…取ってきます!」

 

なんなのよなんなのよっ!わかったわよ取ってこればいいんでしょっ!?と足並み荒く校長室を去って行った。

 

 

校長室に帰って来ると松崎さんや滝川さん、それにジョンが既に席に着いていた。大人組2人はじっとナルを睨んでいるものの、昨日の様に何か突っかかる事はなかった。

ナルが校長に協力を依頼したのもこのためだった。依頼主の手前いい歳した大人が17歳の子供に暴言を吐くなんて事はしないだろう事をわかっていたからだ。

 

「失礼します。…あら、美桜!」

「真砂子!退院できたのね、体調は大丈夫?」

 

ノックが鳴り入って来たのは先日怪我をして入院していた真砂子だった。変わらない顔色に安心する。

 

「えぇ大丈夫ですわ。きっと美桜のおまじないのお陰ですわね。」

「よかった!あ、ここに座ってもうすこし待っててもらえる?」

「わかりましたわ。」

 

そう言って座った真砂子はニコリと私に微笑んでいて、美人の微笑みって癒しだ、なんて思っていた矢先またノック音がして麻衣と黒田さんが入って来た。

 

「おはよう麻衣、黒田さん。そこに座ってもらえる?」

「これで関係者は全員だな?」

「はい。」

 

ナルと目配せをして頷きカーテンを閉めた。そしてドアの前で待機しておく。

 

「では少しお時間を頂きます。」

 

スイッチを押しチカッチカッと点滅する。皆がその方向に集中した。

 

「…光に合わせて息をしてください

ゆっくりと肩の力を抜いて…

自分の呼吸が聞こえますか

心の中で呼吸を数えて下さい…

椅子に深く凭れてしまっても構いません…」

 

 

皆が段々力を抜いていく。暗示が成功している証拠だ。ナルは暗示が上手い。私は【心理療法】の実験の時しか使わなかったが、それでもこれがどれだけ難しい事かはよく知ってる。

 

 

「ーー今夜何かが起こります

旧校舎の二階にあったイスです

イスが動きます…

今夜は旧校舎の実験室の中にありますーー」

 

 

ナルが私に目配せをし、私が電気を着けカーテンを開く。皆は眩しそうに目を細めている。

 

「ありがとうございました。」

 

皆が立ち上がって目を擦る。すれば前に置いてあるイスを見た。暗示は成功だ。

 

「お疲れ様です。今日は放課後生徒会があるから旧校舎に行くのは無理だと思います。旧校舎の近くで部活をしている人たちを移しときますね。」

「わかった。」

「じゃあまた明日。」

 

そう言ってナルは校長室から出て行った。私は未だイスを見ている麻衣の肩を叩く。

 

「麻衣、教室に戻りましょ?」

「…えっ?あ、えっと…私ナルに聞きたい事あるから先に行ってて!」

 

そうして麻衣も廊下に消えて行く。どうしたんだろう?と思いながらも、授業をサボると内申に響くと急いで教室に戻ることにした。

 

 



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Day.7

 

明朝、私はいつもより早く家を出て学校へ向かった。そして校舎ではなく旧校舎の横に向かえば、バンのトランクの前にナルと入院していたリンがいた。

 

「リン!」

「…美桜!?」

 

リンが珍しく驚きを表情に表し私を見る。私がいること言ってなかったなナル。

 

「久しぶり。怪我大丈夫?」

「お久しぶりです。ですが何故桜がここに…?」

「…ナル。」

「言う時間がなかった。」

 

そんな彼に溜息を吐き、洗いざらいリンに説明する。最初は驚きを示したものの、話終わった頃には少し微笑んで頭を撫でてくれた。

 

「あ、あとナルにあのことは絶対言っちゃだめよ?」

「はい、わかってます。」

 

リンにだけ聞こえる声でそう念を押せば、リンはクスクスと笑って承諾した。なんだか信用ならないんですけど。

 

「あっ!美桜ーっ!」

 

そんな声が背後から聞こえ振り向けば麻衣が校門から走って来た。それに手を振り返す。

 

「おはよう麻衣。早いわね?」

「うんっ!昨日の結果が気になって気になって…」

 

と近づいて来るが段々その速度が遅くなる。そして青ざめた顔で見つめる先には麻衣を睨んでいるリン。ああ、なるほど。

 

「まーい?」

「…え?なに?」

「彼に言う事があるんじゃない?」

 

ニコニコと微笑んで顔を傾ける。すれば麻衣がザザッと後ろずさった後ゆっくりとリンを上目で見やり、

 

「…あのー…あの時はすみませんでした…」

 

と謝罪を述べた。すればリンは一瞥した後麻衣をほってナルの所へ向かった。麻衣は更に青ざめる。

 

「どうしよ…絶対怒ってるよ……」

「そんなに気にしなくても大丈夫だと思うわよ?」

「え?」

「彼は表情こそ読みにくいけど、あんな事でいつまでもネチネチ怒るほどケチな性格じゃないわ。…まぁ、麻衣は悪くないの。あんまり気にしないで、ね?」

 

そう言って頭を撫でればハテナを頭に浮かべながらも「うん…」と言った。それに微笑んで、ナルの方を見やる。

 

「他の方々は?」

「時期に来る。…麻衣は口が硬い方か?」

「言うなと言われたら絶対言わない。」

 

ナルは暫く考える素振りを見せ、「ここで待ってろ」とだけ言ってまた作業を続ける。もう授業をサボるのは決定事項らしかった。

 

 

 

 

 

______

____________

 

 

 

 

 

「ちょっと!なんであの子がいるのよ。」

「あー…ナルはね教室に戻れって言ったんだけど、校長室のあれがなんだったか教えるまでは…って。」

「まぁいいじゃないですか。彼女も一応関係者なんですし。」

 

霊能者一行が到着したので旧校舎に入った。そこで黒田さんも来て、一緒に着いて来てるのだ。

 

「んで?今日はなにを見せてくれるって?またハジかく前にやめといたほうがいんじゃねぇか?」

 

また大人らしくない事を言う、と滝川さんを横目で見る。しかしナルは気にする素振りも見せず「実験の証人になってほしいだけです」と言った。

 

「麻衣、ジョン。昨日サインした紙が破れてないか確認してくれ。」

「う、うん。」

 

目の前には完全に塞がれた実験室の扉に二人のサイン。見た所破った後などはない。二人も大丈夫だとナルに伝えた。そしてナルは画鋲抜きの大きい版で板を勢いよく剥がし始める。もしかしたら案外イライラ溜まってた?

 

「うわっなんじゃこりゃ!」

 

初めて見た滝川さん達は予想通り驚いている。私はそんなのを気にせずイスのあるだろう場所を見た。そこにはチョークで丸が書かれているだけで何もない。

 

「…渋谷さんイスが動いてまっせです。」

「そうだな。」

 

ナルが口角を上げる。これでこのポルターガイストの原因はわかった。あとはその犯人をどうするかだ。

 

「ちょっと何よそれ。」

「おいナルちゃん。」

 

皆訳がわからず混乱している。それもそのはず。密閉空間で椅子が動いたのだから。

 

「…ご協力ありがとうございました。僕は本日中に撤退します。」

 

ナルは、本当の犯人を言わないつもりだ。それは自分もかつてそういう事を経験してるからか…妥協なんてしない癖に変な所優しい。

 

「まさか事件は解決したとか言うんじゃないでしょうね!?」

「そのつもりですが。」

「地盤沈下?」

「そう。校長から依頼を受けた件については、地盤沈下で全て説明できたと考えている。」

 

その通り、【校長】が依頼して来た時は地盤沈下だけだった。ポルターガイストが起きたのは、【彼等が来た後】からなのだから。

 

「は!そんじゃ実験室やおとといの騒ぎはどう説明するよ?」

「あれはポルターガイストだ。」

「ほらみろ。お前さんは除霊できないんだろ?調査だけして帰るつもりだな。」

「除霊の必要はないと考えているんだが。ご覧になりますか?」

 

皆がカメラに注目する。ゴトッと音がしてイスが揺れ始めた。麻衣が私の腕にしがみつく。イスはどんどん揺れを激しくさせ、壁にぶつかって止まった。

 

「今の…」

「立派なポルターガイストじゃねぇか!除霊しないと…「その必要はありません」」

 

ナルはイスの所まで行き立てた。そうしながら説明を始める。

 

「昨日全員に暗示をかけた。夜このイスが動くと。その上でここにイスを置く。窓とドアには内側から鍵をかけた。更に板を張って封をした。すると人は通れないしムリに入れば絶対にわかる。」

「だよね。板が破れちゃうし、あたしとジョンが名前書いてるからとっかえらんないもん。」

「そうだ…」

 

ナルが言葉を止める。言うか迷っているのだろう

 

「いいんじゃないですか、渋谷さん。じゃないと皆納得しないと思いますよ?」

 

大丈夫、と視線を送ればナルはしばらく私を見つめた後説明を再開した。

 

「ーーポルターガイストの半分は人間が犯人である場合だ。」

「イタズラってこと?」

「…それポルターガイストじゃないじゃない。」

 

と突っ込めば「えへっ?」と笑った。

 

「一種の超能力だ。本人も無意識のうちにやってる事が多い。何かの原因でストレスが溜まった者が注目してほしい、構ってほしいという無意識の欲求でやる。そういう場合暗示をかけるとその通りの事が起こるんだ。」

「じゃあイスが動いたのは人間のせいだってのか?」

「恐らくは。少なくとも僕は今迄この方法で失敗したことはない。」

「…誰が…?」

 

 

と皆が考え、少しずつ視線が一つ…黒田さんの方へ向いた。

 

 

「…わ…たし…?そんな…わたしがやったっていうの!?」

 

黒田さんがヒステリックに声を張り上げる。

 

「他の誰より君がやったと考える方が自然なんだ。君には最初っからひっかかりを覚えていた。例えば君はここで戦争中の霊や看護婦の霊を見たと言った。

だが戦争中この辺りが空襲を受けたことや学校が病院として使用されたという話━━━ここに病院が建っていたという事実もなかった。」

 

ひしひしと伝わる彼女の否定したい気持ちが桜を襲う。桜は目を伏せて耐えた。彼女は、知る必要があるから。だから今は、何も口に出さない。

 

「そんなこと…」

「━━すると君の勘違い、もしくは故意の嘘ということになる。」

「う、ウソなんかじゃないわ!」

 

泣く黒田さんを麻衣が心配そうに見つめる。ナルはビデオを取り出しながら続けた。

 

「…最初はただの霊感ごっこだと思っていた。だからポルターガイストととしか考えられない現象が起こった時、正直困ったんだ。機材の測定でも原さんの判断でも霊はいないという結果だったのに、だ。」

 

そこでナルが私を見る。私は「?」と顔を傾げた。

 

「そこで美桜が、僕達がこの校舎に来るまでポルターガイストなんてなかった、と言ったんだ。ならば原因は人間。この旧校舎の存在を必要としている人という事になる。原因になる人間の大抵はローティーンの子ども…霊感の強い女性の場合もある。極端にストレスがたまった者が無意識でやるんだ」

 

ポルターガイストは起こしている人が一番体力を使う。それはポルターガイストを起こしているからではなく、ストレスが自分の超過量を越しているからだ。

 

「だから犯人である人物がポルターガイストの標的になる事が多い。ケガをすれば同情してもらえる、構ってもらえるという無意識のせいだ。普通家なら住人の中に犯人がいる。しかし、ここには住人はいない。ではこの中でポルターガイストによって注目を浴びた者は?

該当するのは黒田さんと…麻衣だけになる」

 

「あたしぃ!?なら美桜もでしょ!」

「ポルターガイストは美桜が来る前から起きていただろう。第一美桜が旧校舎に来ているのを知っているのは校長と僕らだけだ。」

 

あ、そっか、と言った麻衣の頭をコツンと叩いた。麻衣がごめんね!と抱きつく。

 

「君は中学の頃から霊感が強いので有名で、それで周囲の注目を浴びる存在だった。だが、もし旧校舎には霊などいず、全ては地盤沈下のせいだったとみんながわかってしまったら…?」

「権威の失墜…つまり信用をなくす、と。」

 

黒田さんは押し黙って下に俯いている。そこには自分でも自覚があったのだろう。

 

「このままでは自分の立場がなくなる。黒田さんは猛烈な不安に襲われる。彼女の無意識は大きなプレッシャーがかかり、無意識は考える。」

 

自分の地位を確立するために、霊が必要だと。いなくてはならないんだと。そのために何かが起こらなければならない、起こさないと、と。

 

「そして…無意識はそれを行う、か。なるへそ。」

「でもテスト前とか学校が壊れないかって真剣に思うけどできないよ?」

 

そんなんで叶ったら全国の学校がテストの前に壊れるでしょ、と美桜は苦笑した。

 

「麻衣ちゃんはそう思わないようにしっかり勉強しようね?」

「美桜は頭良いからそんな事言えるんだよっ!」

 

うわぁん!と滝川さんに抱きつく麻衣を彼がポンポンと撫でる。なんだか妬けるなぁ。

 

「…才能の問題だな。彼女は滞在的なサイキックだと思う。本人も意識していないが、恐らくある程度のPKを持ってる。」

「サイキックってのは超能力者でPKってのは念力ね。」

 

と一般人の麻衣の為に説明すれば、ふむふむと頷いた。

 

「黒田さんにとって旧校舎の悪霊は必要な存在だったんだ。周囲の注目を集め続けるため、彼女の為に。」

 

学生にとって学校とは自分の小さな小さな世界で。その世界が全てって言っても過言ではない。

彼女にとって霊感は自分の存在意義を確立させる為に絶対的に必要だった。だから求めた。

 

「…なんか、そういう心理わかっちゃうな。」

 

ポツリ、と麻衣がそう漏らす。黒田さんがパッと麻衣を見た。

 

「ほんとは、誰だって【特別】になりたいって思ってる…と思うんだ。」

 

スポーツが得意な人、勉強が得意な人、相談に乗るのがうまい人、皆を纏められる人。皆が皆、誰かを見て羨ましいという気持ちを抱く。それは時に尊敬を持って、時に嫉妬を持って。

なれないから、悔しい。自分に足りないと思ってしまうから自分が嫌いになってしまう。でも、本当は

 

「…みんなね、特別で、特別じゃないのよ。人はそれぞれ色を持ってる。キャンパスを持っているって言ってもいい。それで色んな人を尊敬して、憧れて、どんどん自分のキャンパスを染めていく。でも絶対に自分のキャンパスは他の誰かと一緒になったりはしないの。

目指すものは、自分の持っているものはそれぞれ違うから」

 

 

黒田さんに近づいてその手をぎゅっと握る。彼女を真っ直ぐ見つめて、諭すように、ゆっくりと続けた。

 

 

「焦らなくてもいいの。なれなくてもいいの。絶対に、この広い世界の何処かに黒田さんだけが持っているものに憧れる人がいるから。だから、拒絶しないで?自分の存在を、他人の存在を。

この世界は、私たちが思っている以上に大きく、そして私達の存在を包み込んでいるという事を、忘れないで。」

 

そう告げれば黒田さんが、小さな声でありがとう、とやっと解放されたように微笑んだ。

 

「じゃあ彼女のストレスが高まったのは地盤沈下説が出てからってことよね。じゃあアタシが閉じ込められたり彼女が襲われたり、あ、あとビデオが消えてたのは?」

 

そんなことがあったのか、と美桜が麻衣に尋ねれば、まだ美桜がいない時にね、と言った。

 

「…説明しようか?」

 

ナルが黒田さんに問う。彼女はコクリと頷いた。

 

「巫女さんの件についてはこれが敷居にささってた。それでドアが引っかかったんだろう。」

 

そうしてナルが出したのは、釘だった。あら随分古典的。てかドアの感触とかで気付こうよ巫女さん、と苦笑した。

 

「このことにははやく気づいていたんだがあえて言う必要はないと思っていた。」

「誰かがワザとやったってわけ!?誰が…あんたね!」

 

松崎さんが黒田さんにキツくあたる。

 

「…彼女、若いですね。」

「お嬢ちゃんの方が大人って感じはするな。」

 

若いっていいですねぇ、と言うと、婆ちゃんみたいだぞ、と滝川さんに笑われた。私はまだピチピチの高校生なのに。

 

「ちょっとしたイタズラのつもりだったんだろう。あの直前巫女さんにイヤミを言われてたようだし。」

「自業自得ですね。」

「だな。」

 

ふむふむ、と傍観者三人で頷けばキッと睨まれた。美人さんなのに勿体無い。

 

「じ、じゃあビデオの故障は?」

「あれは霊障じゃなく故意に消されたものだ。」

「それも彼女?」

「麻衣が実験室に着いた時黒田さんは既にいたそうだから多分そうだろう。」

 

またまた松崎さんが睨めば黒田さんの肩に麻衣がポンと手を置く。ナイスフォローだ。

 

「━━以上で納得できましたか?」

「一応ね。でもどうするの?校長の依頼は【工事できるようにしてくれ】よ?」

「…校長にはこう報告するつもりだ。旧校舎には戦争中に死んだ人々の霊が憑いていた。除霊をしたので工事してもかまわない。」

 

ナルが黒田さんに同意を求める中、黒田さんには少し申し訳ないが私からナルに提案をした。

 

「でもこのままだと地盤沈下を知らない工事現場員達が怪我をする恐れもあるし、次に建てる建物も不安が残るわ。だから調査のついで地盤沈下が起こる可能性の事も報告してもらえない?」

 

ごめんね、と黒田さんに謝れば、ブンブンと頭を横に振った。

 

「わかった。」

「━━で、誰が除霊した事になるの?」

 

それにはシーン…となる。確かに全員のモラルと生活に関わってくるもんね。

 

「全員が協力してやった、それで構わないでしょう?麻衣、美桜。この件は他言無用だぞ。」

「わかってるって。」

 

私も頷いて、「よかったね」と黒田さんに声を掛ければ、またポロポロと泣き出してしまった。

 

 

 

「…ふぅん。ナルって結構フェミニストなのね」

 

松崎さんがさっきとは違う声の質でそう言った。私はそれに疑問を持つ。

 

「え?なんでナルがフェミニズムを主張する人なの?」

「なに、あんた高校生なのにフェミニストも知らないの?」

 

と逆に驚かれてしまった。だからフェミニストは女性解放を唱える人でしょ?と言えば、ナルはそんな私に溜息を吐く。

 

「…巫女さんが言ったフェミニストは日本語の方だ、美桜。」

「あ、そっか!美桜は英語の意味でしか知らないんだね!フェミニストって簡単に言えば女の人を特別扱いするみたいな感じ。」

「…タラシ、みたいな?」

 

純粋に言えば滝川さんが吹き出した。ナルに関しては私を睨んでいる。

 

「まぁそんな感じだな。てか美桜ちゃんは外国育ち?」

「えと、中2まで4年間イギリスに住んでて。」

「美桜はおばあちゃんがイギリス人なんだって!」

 

まぁ所為私はクオーターなのだ。滝川さんは、「だから髪の毛と目の色が日本人離れしてるのかー」とぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる

そんな風に盛り上がってるのを他所に、松崎さんがナルに近づいた。

 

「ナルって彼女はいるの?」

「…質問の主旨をはかりかねますが。」

「あたしガマンしてあげてもいいわよ年下でも。」

 

その言葉に私はバッと二人を見てその後下に俯く。ああ、いたくないな、聞きたくない。

 

 

 

「…お言葉はありがたいのですが。」

 

 

 

その言葉にそっとナルの方を見る。その顔にはあのシニカルな笑み。

 

 

「残念です。僕は鏡を見慣れてるもので」

 

…つまり、鏡の自分の方がよっぽど惚れる顔だ、と人前で言いのけた。それに麻衣と滝川さんが盛大に吹き出す。私に関しては呆れ顔で彼を見た。こいつに心配するだけ無駄だったな。

 

「リン、撤収を始める」

 

それにピタリと爆笑を止めた。

 

「引き上げないんですか?」

「あ、そっか。なーんかたいした事件じゃなかったわねぇ。」

「…のワリにゃビビってなかったか?」

「冗談!やめてよね。」

 

私も手伝おうと教室を出ようとしたが、麻衣がぼーっとしてる事に気づき声を掛けた。

 

「麻衣?行くよ?」

「…えっ…あ、うん…」

 

麻衣の少し寂しそうの顔の理由を、私は聞くことができなかった。

 

 

 

 

_________

______________

 

 

 

麻衣side

 

 

 

「…麻衣は、授業に出なくてもいいのか?」

「んー?…うん、今日はもういいや。」

 

というかなんで美桜は手伝う事前提なんだ、と麻衣は眉を釣り上げた。前々から少し不思議に思っていたが、ナルと美桜は以前出会っているかのような雰囲気だった。

いや、まるでお互いをよく知っているかのように見えた。それにチクリ、と痛みを覚える。

 

 

美桜を、とられてしまいそうで嫌だな。

 

 

高校生から入って来て凄く緊張していた自分に最初に声を掛けてくれた美桜。自分と同じ一人暮らしで、優しくて、何でもできて。

なのにこの事件が起こった後からナルや真砂子にとられたように感じていた。

 

 

「もう少し利口になる努力をした方がいいんじゃないか?」

 

そんな事を考えていたからか、この言葉に余計ムカッとしてしまった。確かに自分の成績は決して褒められたものじゃないのは自覚しているが、わざわざ言わなくてもいいじゃないか。

 

「授業に出ないなら撤収を手伝ってくれ。」

 

自分の醜い感情がイヤで、撤収に力を入れた。美桜が誰を好きになろうが、仲良くしようがそれは美桜の自由なのだ。自分が口を出すようなことじゃない。わかってる。わかってるけど…寂しい。

 

「それで最後?」

「あぁ。もう授業に戻ってもいいぞ。」

 

そう言われた瞬間、更に焦燥感に襲われた。いやだ、まだここにいたい。

あれ?私、あれほどこの仕事嫌がってたじゃん。なんで今まだここにいたいなんて思ってるんだろう?

 

 

 

あぁ、そうか。とふと麻衣は納得した。

 

 

 

私、この仕事が。ナルが、真砂子がイヤだった訳じゃない。寧ろ逆だった。美桜が羨ましかったんだ。私より後に来たのに私よりメンバーとして役に立って、慕われて。羨ましかったんだ。

 

ずっとこれが続いて欲しいって思ってるんだ。

でもそれを言うのはなんだか恥ずかしかった。もういつまでも寂しいと泣いている幼稚園児じゃないんだから、と自分を叱責する。

 

 

 

「あ、見送りしようか!やっぱさ短い間とはいえボスだったし…」

「必要ない。それより授業に戻ったらどうだ?それ以上バカになったら手がつけられない。」

 

 

それにブチン、と麻衣の決して寛大とは言えない堪忍袋の緒が切れた。

 

「あーそーですか!わかりました!せいぜいオリコウになる努力をします!そんじゃさよならっ!」

 

と走って旧校舎を出て教室に戻る。そして自分の席に着いて、ふと何かが足りないことに気がついた。

 

「…あ、美桜おいて来ちゃった……」

 

 

バカだ、と麻衣の頭が机に沈んだ。

 

 

 

 

 

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「…素直じゃないんだから。」

 

そう言ってクスリ、と笑いながら今しがた麻衣が出て行った扉から美桜が入って来た。

 

「あの子、きっともう終わっちゃうから寂しいのよ。人一倍人懐っこいのに、人一倍甘えるのが苦手だから。」

「散々怖がっていただろう。」

「そんな事吹っ飛んじゃうくらい楽しかったってことよ。」

「…理解できないな。」

 

そう言ったナルに美桜は苦笑した。そして少し哀愁帯びた目でナルを見る。

 

「…あの子ね、孤児なの。」

 

その言葉にナルが目を見開いて美桜を見る美桜は立ち上がってナルの前に立った。

 

「だから、嬉しかったんだと思う。自分の必要とされる場所が出来て心地良かったんでしょうね。…わかるでしょう?ナル。」

 

そう言えば、考える様に顎に手を当てる。

 

「しかも私やナルは引き取ってくれる人がいたけど、麻衣にはいなかった。中学生の間は先生の家に下宿していたらしいけど、今は自活しているみたい。」

「…全然、そうは見えないな。」

「でしょう?私も聞いてびっくりしちゃった。まぁでもそこが麻衣の良い所なんだろうね。」

 

未だ何かを考えてるナルの名前を呼んでこっちを向かせる。無意識に、ギュッとナルの服の裾を掴んでいた。

 

「…私は、ジーンの代わりになれないけど、少しでもナルの理解者になりたい。ナルが私にしてくれたように、私もナルを助けたい。…無理しないでね。」

 

そうはっきりと告げれば、ナルがまた少し目を見開いて私を見て、ふいにぷいっと目を逸らす。

 

「お前が、ジーンの代わりになるのは無理だ。お前はジーンじゃない。」

「…うん。」

「美桜がそこまで気にする必要はない。僕は助手として博士としての美桜の能力は買っている。だから側に置くだけだ。代わりだなんて思ってるわけじゃない。」

 

だから、お前が気負うな。そう言って頭を撫でてくれたナルに美桜は泣きそうな笑みを見せた。温かいナルの不器用な優しさが懐かしくて、嬉しかった。

 

「うん。じゃあまた事務所に行く時に電話するね。」

「頼む。」

 

そう言って校舎を出て、ふと振り返った。これから始まる新たな生活に胸を馳せて、そっとその始まりの場所であるこの校舎を目に焼き付けた。



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Epilogue

 

 

その後旧校舎はあっという間に崩れた。相当ガタがきていたのだろう、あのまま皆居れば危なかった

 

「あれ、麻衣?教室に戻ったんじゃなかったの?」

「あ、美桜。」

 

呆然と崩れた校舎を見ている麻衣。それがどこか影を落としているようだった。

 

「どうしたの?何かあった?」

 

なんだか落ち込んでいるように見受けられる麻衣の腕に手を添える。瞼を下げて、意識を集中させれば【視える】情景。

滝川さん達と戯れる場面、ナルと喧嘩する場面、犯人がわかった時の場面。

離れたくなかったのだと麻衣の心は泣いていて、そっと抱き締めた。

 

「…あのね、麻衣、繋がった縁は必ず何処かでまた繋がるんだよ」

 

そう言えば麻衣はよくわからないと言う風に私を見る。そんな彼女に目線を合わせて、頭を優しく撫でた。

 

「よく世界は小さいとか言うじゃない?麻衣が信じてたら、会いたいなら、きっとまた皆に会えるよ。それだけの経験を一緒にしてきたでしょう?」

「…う、ん…」

 

ぐしゃりといまにも泣きそうに微笑む麻衣。だけど目をゴシゴシと拭って次には満面の笑みになった。

 

「うんっ!そうだね!」

「うん。じゃあ、教室戻ろうか!」

 

私が手を差し出せば繋がる温かい手。それをしっかりと握って人混みから外れ、教室へと2人で歩き出した。

 

 

 

 

 

__________

________________

 

 

 

 

 

 

数日後、学校に麻衣宛の電話が入った。校内放送で事務室に呼び出された彼女をミチル達と教室で待っていれば、麻衣は息を切らして戻って来て私に電話の内容を伝えた。

なんでもその電話主はナルだったらしく、旧校舎事件の間のギャラと今後のバイトの勧誘をされたらしい。

 

「美桜もだよっ!」

「うん。私もこの前電話来たよ。」

「そーなの!?じゃあ土曜日の昼過ぎでいいっ?」

「…本当は朝にでも行きたいんじゃないの?」

 

今にも飛び出してしまいそうなほどうずうずと、落ち着きのない麻衣を小突きながら言えば「えへへっ」と頬を染める彼女。そんな様子が微笑ましくて私はクスクスと笑った。

 

「じゃあ昼一緒に食べてから事務所のほうに行こうか!」

「うんっ!」

 

どうやら旧校舎事件の終わりは、新たな出会いを呼んで私達に降りかかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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藤原 美桜

 

○サイコメトリ

生きてる人の感情や考える事を読み取れる。人に触れると考えている事が読み取れるが、あまりに大きな感情だと近くにいるだけで感じるので普段は聞こえないようにシャットダウンしている。

これらの力のせいか、意思の強すぎる場所や物からもサイコメトリしてしまう時があり、これは自分でコントロールできない。それによって同調を起こすので、自分と似た考えを持った幽霊の声が聞こえたり、同調し過ぎると視えてしまう。しかし普段は霊媒の素質は全くなく、霊は見えない。



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閑話
閑話


 

東京、渋谷駅前のスクランブル交差点は各国から来る外国人観光客にとって観光スポットとも言える場所だ。理由は一回の青信号でおよそ3000人もの人が渡るからである。

だが例えこれが渋谷駅のスポットであったとしても、利用者にとってはただむさ苦しく避けて通りたい場所であるのもまた事実だ。

 

そんな事を今しがた通って来た少女は思いながら待ち合わせ場所であるもう一つのスポット、ハチ公前にたどり着いた。キョロキョロと目を向け、ふと止めて手を振る先には着物を着た美少女が手を振り返しこちらに近寄って来る。

 

「真砂子!待たせちゃった?」

「私も今来た所ですわ。気になさらないで、」

「ありがとう。じゃあ行こっか。」

 

そう言って少女、美桜が手を真砂子に差し出し、真砂子はキョトンとして美桜を見上げた。

 

「人が多くてはぐれたらダメだから、手を繋ご?」

 

微笑む美桜に真砂子は戸惑いながらも手を差し出して繋いだ。幼い頃から霊能者としてテレビに引っ張りだこだった真砂子にとってこういう【友達らしい】行動は始めてであり、自分が相手に友達だと認識されている事が嬉しかった。

 

「まずはお昼済ましちゃおうか。」

「なら行きつけのお店が近くにありますの。」

「真砂子のオススメならきっと美味しいね!」

「和食はお好きかしら?」

「うん!」

 

たわいない話をしながら人の波の中を歩いて行く。春に美桜の学校で出会った二人は、事件が終わった後も直々連絡を取り合っていた。学校が違う為中々会えなかったのだが、何とか都合を合わせて遂に今日約束を取り付ける事が出来たのだ。

 

「ここですわ。」

「趣あるお店ね。真砂子らしい。」

「ふふっ」

 

中に入れば個室が並んでおり、芸能人御用達なのがわかる。店員に人数を告げ案内された部屋は座敷で、靴を脱いで上がった。その後は真砂子がオススメだと言うメニューをいくつか頼み、やっと一息吐いた。

 

「美桜とこうして仕事以外で会えて嬉しいですわ。」

「私も嬉しい。まぁ今はナルの事務所で働いてるし、また会えるよ。」

「そうですわね。谷山さんもなのでしょう?」

 

少し不満気な雰囲気を出す真砂子。美桜はそれに気づかず「うん」と言った。

 

「まぁ主に雑用なんだけどね。私は今資料整理をしてるの。でもその資料が英語だから私一人なのよね。」

「ナルは随分美桜を酷使してますのね。」

「使われてるだけマシよ。別に地味な作業は嫌いじゃないし。」

「美桜が生徒会役員に選ばれた理由、なんとなくわかりますわ。」

「そう?」

 

クスクスと口元に袖を持っていって笑う真砂子に美桜も微笑む。そうしている内に一品到着してご飯を食べ始めた。

 

 

 

_____

__________

 

 

 

「お腹いっぱい!本当に美味しかったあ。」

「よかったですわね。」

「じゃあ次は私のオススメに連れて行くね。」

「本当?それは楽しみですわ。」

 

お店を出てまた人通りの多い場所を歩く。何分か歩き続けた二人が入ったのはお茶とコーヒーの専門店であった。

 

「美桜は自分でよくお茶をいれますの?」

「うん。イギリスでは息抜きの度に紅茶を飲んでたの。でも実言うと、私紅茶よりコーヒー派なのよね。」

「そうですの?意外ですわ。」

「よく言われる。イギリス人の血が入ってるのにって。」

 

そう言いながら美桜は茶葉を見て行く。真砂子も緑茶の葉を買いたいらしく吟味していた。

 

「あら?でも何故紅茶を見てらっしゃるの?」

「ん?あぁこれは事務所の為。ナルは紅茶派だから、美味しいのを買って行こうと思って。」

「そうですの。」

「そうだ、ここって好きなお茶入れてもらえるんだけど、フィナンシェがすごく美味しいの。よかったら食べていかない?」

「まあ、ぜひとも食べてみたいですわ。」

 

二人で好きなお茶を選び席に座る。そして美桜はお茶を美味しそうに飲んでいる真砂子をカシャリ、と写真に収めた。

 

「ふふっ。真砂子は本当に大和撫子って言葉が似合うわね。」

「褒めても何も出ませんわよ?」

「あら、私そんな風に見えた?」

 

と笑いながら美桜は携帯のアルバムを見る。それを真砂子が覗いた。

 

「いっぱい撮ってらっしゃるのね。」

「うん。写真撮るの好きなんだ。」

「そうですの?」

「だって一番思い出を残しやすいでしょう?」

 

それに真砂子が目を見開く。純粋に嬉しかった。自分とのこの時間を思い出だと言ってくれた彼女の言葉に胸が暖かくなった。

 

「…ありがとう。」

「え?なんで?」

 

綺麗に微笑む真砂子に美桜は首を傾げる。そんな美桜を真砂子も携帯を取り出してかシャリ、とアルバムに収めた。

 

「あ、突然なんてずるい!」

「美桜だって撮ったでしょう?」

「真砂子は美人だからいいの!」

「美桜も十分美人ですわよ?」

 

そう言っても「そんな事ないっ!」と否定する彼女に、真砂子は思わず笑いが止まらなくなってしまった。

この目の前にいる彼女が美人でないなら、この世の殆どの女性は美人と言えなくなってしまうのに、と。

 

「美桜はもっと自覚して下さいませ。じゃないと変な男の方に付き纏われてしまいますわよ?」

「そっくりそのまま真砂子にお返しするわ。」

「私は自覚してますもの。」

 

微笑む真砂子にクスクスと笑う美桜。そしてふと携帯の時間を見て勢いよく立ち上がった。

 

「いけないっ!事務所に行く時間だわ!」

「そうですの?残念ですわ。」

「また遊ぼうね!」

「…はい。また遊びましょうね。」

 

そう言ってまた手を繋いで外に出た。【また】と言い合える友人がいる。それは真砂子の人を警戒する心をいとも簡単に溶かしてしまった。

それはまるで二人を優しく照らす夕日のようで、真砂子はそっと美桜の手を強く握り返した。



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