純粋が故に (零ミア.exe)
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純粋が故に

純粋なだけでヤンデレではないということだけはここで忠告しておきます。


最近、不審な情報をよく耳にする。

なんでも、深夜の静まり返っている工廠で、水の滴る音と少女のような呻き声を聞いたとか。

ここ数日でかなりの目撃情報が来た。流石に何かおかしいと思った俺は調査のために、昨日、一昨日と、寝静まった夜更けにその場所で張り込んだ。

だが、何も起こらぬうちに夜が明けてしまったのだ。

 

「提督、昼餉の支度が整いました。昼餉にしましょう」

「…………」

 

かなりの目撃情報があったというのに何事もないというのは、少し不自然というか、おかしくはないだろうか。

もしくは、偶々その時ではなかったか。何にしても、もう少し調べる必要があるのかもしれない。

 

「……提督?」

 

そうこう考えていると、視界に海風の顔が入った。

海風はさっき昼食の準備に行ってたはず。とすると、もう準備が終わったのか。

 

「ん、もうそんな時間か。分かった、すぐそっちに行こう」

 

俺は身の入らない提督業に一旦区切りをつけ、食事用のテーブルの方へと着く。

執務室に食卓用のテーブルがあるのは、不注意で書類を汚したくないという理由で購入したから。秘書艦の海風はこの机を気に入ってるらしいが、理由は分からない。

 

「今日のお昼は冷やし中華か。夏らしいな」

 

目の前に置かれているのは冷やし中華。具はきゅうりやトマト、錦糸卵、チャーシューと、定番なものが中華麺とともに盛られている。

 

「最近は暑いですからね。そうめんでも良かったのですが……」

「なに、海風は栄養の事も考えているのだろう? 別に構わないよ」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、早速いただこうか」

 

海風は良い。仕事はテキパキとこなすし、俺の気付かない細かいところにも気が回るし、更には料理もうまい。だからこそ秘書艦にして唯一の嫁艦でもあるのだが。

そういえば、海風は目撃情報について何か知らないのだろうか。海風も夜遅くまで手伝ってくれてるし、帰りがけに何か見ていそうだが。

 

「なあ、海風。最近色々と不審な目撃情報が入ってくるんだが、何か知らないか?」

「不審な目撃情報、ですか? いえ、海風は何もないですね」

「そうか……」

 

海風は不審なものを見ていないということか。

実害はまだ出ていないみたいだし、このまま収束すればいいのだが……。

 

「お力になれず、申し訳ないです……」

「いや、大丈夫だ。つい最近のことだし、海風が知らないのも当然だ」

 

海風が気落ちしてしまったので、フォローをしておく。別にそこまで重大なことを聞いたわけではないから気にしてはいないのだが。

 

「提督、あまり無理はなさらないでくださいね。提督に倒れられたら、皆さん心配しますから」

「分かってるよ」

 

とりあえず、今夜も張り込んでみるか。

 

「…………」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

深夜二十六時。俺は工廠内にある掃除用具の詰まったロッカーの中に潜んでいた。ここは入口の傍なので、意図して死角に入らない限り入ってきた人物が分かるようになっている。

寝ないままの生活が四日目に突入したので、そろそろ体にガタが来るかもしれない。だが、艦娘達の不安を解消しておかないと、彼女らが力を発揮できない。きちんとやらねば。

そうして気合いを入れなおしたときの事だった。

 

「…………」

 

誰かの気配とともに、ドアが開いた。

その気配はロッカーの前を通り過ぎ、奥へと進んでいった。その横顔は、俺の知ってる人のものだった。

 

(海風……?)

 

ドアから入ってきた海風の姿が、やがて視界の死角に入る。

遮っているものを透視出来るわけがないので、聞こえてくる音に耳を傾けることにした。

 

「よいしょ……っと」

 

この音は……バケツ、だろうか。恐らく中身は高速修復材。

海風は今日出撃していない。何故バケツを……?

 

「ふぅ……よし、誰もいないですよね」

 

服の擦れる音と、金具のようなものを外す音。

……服を脱いでいるのだろうか。

 

「あ、バレないように、髪の毛を上げておかないと……」

 

恐らく髪をどうにかしているのだろう。だが、ここまで音が聞こえてこない。

……何をしているのかがわからない以上、邪な考えをしてはいけない。そもそもとして、工廠で服を脱ぐ理由がわからない。

 

「……よし」

 

そう言ってから、何かから刃物を抜き取る音が聞こえてきた。

……刃物? 刃物なんて何に使うんだ?

 

「こ、ここですかね……?」

 

何をしているのか。

何かを切ろうとしているのだろうか。

一体何を──。

 

「でも、提督、こういうところはすぐ気付きますし……やっぱりやめておいた方がいいかしら」

 

高速修復材、脱衣、刃物、場所指定、躊躇……。

──まさか。

 

「……いいえ、ここで戸惑っていては駄目ですね」

 

そこまで聞いて、俺は自分を抑えられなくなった。

ここで止めなければ──。

 

「海風!!」

「──ッ!?」

 

ロッカーから出て海風の姿を捉える。

海風は右手に刀を持ち、こちらに背を向けてその場に全裸で佇んでいた。

先ほど脱いだ服は離れたところに置いてあり、まるで血飛沫を避けようとしているようだった。

 

「お前、今何をする気だった!!」

「…………」

「答えろ!!」

 

俺は海風に怒鳴り散らす。

恐らく、海風のしようとしていたことは自傷行為。

そんなこと、してはならない。

 

「う、海風は……」

「…………」

「ええと、その……提督と、ずっと一緒にいたかったんです」

「……はあ?」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

ひとまず海風に服を着てもらい、執務室に戻ってきた。

俺は海風をテーブルに着かせて、話を聞くことにした。

 

「先日、提督とずっと一緒にいるためにはどうしたらいいのか、江風に相談したんです。そしたら、『姉貴の体でも食わせたらいいンじゃないか』ってアドバイスを貰ったんです」

「…………」

 

おい江風、それはあれか。既成事実を作ればいいんじゃないかって遠回しに言ったのか。

……もう顛末が見えてきたぞ。

 

「だから海風の体を削いで、料理に混ぜようとしたんです。ですけど……」

「直前になって怖くなったと」

「……はい」

 

つまり、江風のアドバイスを言葉通りに飲み込んでしまった海風が、この一週間で何とかそれを試そうとしたけど、痛みか何かを恐れて躊躇してたところを俺に見つかったと。

 

「別に、そんなことしなくても、海風はいつも俺の傍にいるじゃないか」

「それは、そうですけど……」

「その指輪だけじゃ不安か?」

「あ……」

 

海風は左手の薬指にあるシルバーリングを眺める。

鈍く光るそれは、正真正銘俺の渡したものである。

 

「今はカッコカリでも、俺は海風が妻でも構わないと思ってる。……いや、この戦いが終わった暁には、妻になってほしいとまで思っている。」

「提督……」

 

これは俺自身の言葉。嘘偽りは一切ない。

 

「これだけ言ってもまだ、あんなことをしなければ安心できないのか?」

「えと、その……そんなことはないです」

「……そうか。ならいいんだ」

 

それだけ聞ければ充分だ。

この反応をみれば恐らく、もう肉を削ぐなんてことはしないだろう。

 

「あの、提督。不束者ですが、これからもよろしくお願いしますね」

「……ああ、よろしくな、海風」

 

これで一件落着……と。

 

 

 

 

とりあえず、元凶の江風には後で喝でも食らわせておくか。



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