押し付けた者と受け入れた者 (テフロン)
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プロローグ

世界に二人の生き物が生まれた。


 そう、私が生まれたこのリーゼ・マクシア。そして、私がこの世界で生まれるべきではなかったことは言うまでも無かった。

 この自然にあふれた世界に私のような存在―――私のような生き者はいてはいけなかったのだ。ここで説明するなら、この世界リーゼ・マクシアが自然に溢れていようが、溢れていなくても私は生まれるべきではなかったと、そう自分で思う。

 こと、人間の世界において――普通であることは何よりの幸せである。普通に生きて、普通に生活できる。それが何よりも大切である事はきっと間違いではない。普通とは尊ばれるべき個性なのである。

 

 そんなことを言っている普通ではない私。

 結論から述べると、私のせいでこの村は、部族は消し飛んだ。そういっていい。思い出そうとすると記憶の混濁が見られるが、うっすらと思い出せる。

 やはり、異端は一カ所に留まるべきではないのである。それは災いを呼びよせる。類は友を呼ぶとはこの事かと感心せざるをおえないような状況が作り出される。

 私は、どうやら異端を呼びよせる体質を持っているらしい。異常の周りは異状を作り出すのだ。

 

 思えば、産まれてからすでにその兆候は出ていたように思う。私が産まれてから部族には争いが絶えず、天災まで起こる始末だった。

 それを私のせいと思うみんなの気持ちも分からなくはなかった。

 その思う気持ちは――私も一緒だった。

 私が色々と普通とかけ離れていたから。私が普通ではなかったから。そう、こんな子供が普通なわけはないのだ。

 

 だからこそ標的になってしまったのだろう。仇、敵、悪。そういったものととらえられても仕方ないと思った。

 この妥協をするという思考の流れそのものも、もはや普通とはかけ離れている。そう思える、自分の心が普通じゃない事も承知ずみである。この時の私ははっきり理解していた。そして、そんな考えを止める必要を感じなかった事も事実だった。

 

 

 そして、私は村を捨てて出てきた。

 いいや、村を滅ぼして出てきた。

 正確に言えば、何もしたつもりもなかったけど何も無くなった。

 子供一人が存在するだけで滅ぶような村だったのかと言われればそれまでだが、子供一人がいたから滅ぶ村などそこら辺にあるだろう。そう思っていなくもない。

 

 そんなことより早くこの村を出よう。そうしよう。

 

 この世界はもう終わった。次だ、次。このような考えが後に自分を滅ぼすとそう思う事すらないほど、無知だった。

 とりあえず、村からでよう。思考が無限ループに陥ってしまいそうになる頭を緊急停止し、足を踏み出そうとした。

 

 

「だから、足を前に出そうとしているわけだけど……」

 

 

 動きだそうとした。文字通りに前に進もうとした。

 だが、足が動かなかった。体が何かに取りつかれたかのように動かなかった。

 こんな現象は生まれて初めてだった。何が起こったのか、私の体の機能が壊れたのだろうか? いいや、私の体は別に外傷を負っている訳でも病気になっているわけでもないはずだ。私は病気になどなったことが無いのだから。

 おかしい――体が動かないのだから原因は体にあるはずだと、目を配る。

 

 すると、そこには体に付着しているものがあった。

 

 なんだこいつは? こんなやついたか? 脳の中にある記憶を総動員して探しまわる。しかし、どうやっても見つからない。

 ここで一応伝えておくが、私は別に記憶力が悪い方ではないと言っておく。

 確かに私は何かを学ぼうと、覚えようとした事は1つだけしかないため、自信をもって言えるわけではないが、見たことがあるかないかぐらいの判断はついた。

 じゃあいったいこの少女は何者なのだろうか。

 右手で私の服を掴んでいる民族衣装少女を知っている奴いませんかー?なんて声を上げそうになるが、答えてくれる相手が一切いない事を私は知っていた。

 

 ここで叫んでも、一人で独り言をつぶやいているのと変わらない。ここには誰もいない。ここには誰もいなかったのだ。正確には腐敗してみんな消えていなくなった。

 

 

「……連れてけ」

 

 

 未だかつてこのような状況になったことが無い私は、無いような頭を必死にフル回転させて答えを導き出す努力をしようとする。

 でも、そんなことを思った瞬間には答えは出てしまっていた。

 

 少女を見て私は自覚した。

 この子は――私が作り出した。

 ああ、そういうことか……きっとこいつは、そういうことなのだろう。私と同じ。これは私の責任か、捨てて行ってもいいような気はするが、回り回って自分の所に戻ってくる。因果とはそういうものである。

 

 

「ここからどこに向かうかなぁ」

 

 

 独り言のように呟いた声に対して誰も答えはしない。

 そんな跡形もなくなった場所から、一つ産まれて2つの足音が響きだした。

 2つの生き者がいなくなったこの地には、もはや何一つ取り残されたものはなかった。

 




この作品は作者が初めて書いた小説になります。そのままパソコンに置いておくのもあれなので、投稿いたしました。不定期更新になるとはお思いますがよろしくお願いいたします。


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第一話

 二人の旅路は始まったばかりである。

 旅と言っても目的も無く、行く当てもない。

 どこに行こうか、そう考えたが行き先の候補も何一つ出てこなかった。

 当てなどあるはずがないのだ。村から一度も出ることなかった、私が当てを持っているはずもなかった。

 そして、それはこの子にも言えた事である。

 つまり、お先真っ暗である。真っ暗どころか、もはや落とし穴や地雷がいくつ埋まっているかもわからず真後ろからケルベロスが追っかけてくるレベルの危機だ。

 

 何が言いたいかというと、何もできないということだ。何もすることがないということだ。前を進んでいるのか後ろを進んでいるのかについても分からず、路頭に迷った状態だ。

 

 産まれてからずっと練習してきたとはいえ、使用できる能力には不安がある。一カ所に留まると、そこを潰してしまう事になりかねないという能力の性質上、拠点を設けるのには大きなリスクがある。

 

 どうするべきか、どうしたらいいのか、私は歩きながら今後について考え始めていた。

 そしてこの少女の存在についても思考を巡らせていた。本質のところについては分かってはいるが、それが果たして本当なのか判別がつかない。この想像が本当なのか、証明する術はこの世界にはない。

 どうしたら、どうすれば、考えても分からない事は考えない主義の私がここまで考えるのは珍しいと思いながら、歩みを進めていくと唐突に声をかけられた。

 

 

「そんなことは考えても無駄よ」

 

 

 さも当然のように言われるといい返したくなる。ましてや知ったような口ぶりだと余計にそう思ってしまう。私はその程度には心が狭い人間だった。

 

 

「分かってはいるんだけどさ」

「分かっていないわ」

 

 

 間髪いれずにそう言われてしまう。

 こうまではっきりと言われてしまうと、逆にお前は何がどうなっているんだといいたくなるが、答えは多分あっているし、あえて聞く事のほどでもなかった。

 隣を見てみれば、無表情が相変わらず歩いている。周りの風景と同じでずっと変化しない。ここが砂漠と化した地帯だからって表情まで砂漠化しているのかな?なんて思った私に罪はきっとなかったはずである。

 

 

「誰の顔が不毛ですって?」

「何も言ってないんですけど」

 

 

 迂闊にしゃべったような覚えも無いが、なぜ文句が飛んでくるのだろう。疑問に首をかしげる。人間の頭は左右にふったところであふれ出るような仕組みではないのは知っているが、傾げた所でなにも出てくるわけでもないが、ましてやこぼれるわけでもないが――そのぐらい自然な返しに不自然を感じざるをおえなかった。

 

 

「だからそんなことを考えても意味ないわよ」

「だから何も言っていないんですけど」

 

 

 終わらない鼬ごっこに一度思考を停止して方向性を変えてみる。これからの生活の方にシフトしてみる。

 村から出る時に武器と金だけは拝借してきている。戦えるほどに技能が卓越しているわけじゃないが、暫くの間は大丈夫だろう。

 そう思うと―――これは立派な盗難である。

 

 

「これは盗難だな。いや盗難なのだろうか?」

 

 

 いや、持ち主のいないものを持ってきたのだから拾ったという事になるのだろうか。持ち主が死んだのをはっきり見たわけでもないし、死体があったわけでもないから判断に困る。

 

 

「それにしても重いな」

 

 

 背負っている武器と金の重さが大分重いように感じる。多めに持っておいた方がいいかと沢山持ってきたのが仇になったかとも思ったりしたが、そんなことは未来で決まる。ここで決まるものではない。考えても無駄である。

 

 

「当たり前。私達はまだ子供だもの」

 

 

 ワンテンポ遅れての反応が返ってくる。

 これから先、何処に行くのかもわからないし、魔物がいることは分かっている。重いと分かっていも、移動に不利だとしても、金や武器は必ず必要になる。思った以上に重い量を持ってきてしまったのは子供だけで心もとなかったからだろう。

 そう――この世界には魔物がいるのである。

 当然、この砂漠でも山ほどの魔物がいた。

 

 

「いたんだけど……」

 

 

 横を見れば無表情で魔物を狩りつくす少女の姿があった。返り血を浴びることになんら拒否感も無く、かといって高揚感があるわけでもなさそうだった。

 ただ無表情だった。この子は目に入った魔物を駆逐していくが、私を守ってくれているわけではないと一瞬で理解した。

 私の目の前に出てくる魔物は誰の障害を受けることもなく私に襲い掛かってくる。生きていることを明示するように、獲物を見つけて勢いよく駆けてくる。隣にいる子は自分の火の粉だけを振り払っている。

 だから、私は私で魔物を殺していっている。その子と同じ方法で次々殺して、ばらして晒していった。

 こうなると武器が全くいらないな。そう思ったけど、それじゃ駄目だという事にすぐ気付いた。この力を使うのは止めよう。

 この力は異端だ。ばれると面倒な事になる。

 

 

「分かっているわ」

 

 

 ならいいのだけど、とふと上を見上げて考えた。

 これからどうしようか、考えなしもここまでくると愚か者である。

 

 

「とりあえず、町に行こう。そこで色々準備というか、これからについて考えよう」

 

 

 ここから一番近い町がどこなのかも知らないが。

 とりあえずなるようにはなるだろう。

 

 

 しばらく、会話も無いまま不毛な道を歩いていくと、草木が生えている場所に変化した。

 とりあえず、自分の服を隣を歩く子に被せる。その子は一瞬怪訝そうな顔をしたが、理解したのかそのまま歩きだした。

 

 

 大きな建物だ。何でできているのだろうか。人もいっぱいいる。魔物もいっぱいいる。

 中央には川が流れ、活気と物に溢れていた。

 

 

「で、宿に来たわけなんだけど」

 

 

 子供だけじゃあねー、保護者の方を呼んできてって優しく止められてしまった。こうなることは薄々分かっていた事だったが、結局道端で話すことになった。

 

 

「まぁ分かってはいた事だけどさ……これからどうする?」

 

 そういうと、とても不思議そうな顔をされてしまった。

 私は、そんな変な事を言っただろうか?

 いや、ごく普通の事を言ったはずなのだが。

 

 

「特にないわ」

「知っている。だからこそこれからどうするかを考えないと」

 

 

 とりあえず、武器が使えるようになる事は必須だ。

 それから金を集める方法。今持っているお金で1年はやっていけるだろうが、それ以上は期待できない。

 

 当面はこの二つである。そして、平穏を手に入れるための未来に向かうことにしよう。

 

 ここで波乱を求めるような性格を私は持ち合わせていない。なにが好きで乱気流の中を進もうか。そんなのは登山家だけで十分なのだ。「大きな山があれば登る。これじょーしき」みたいな常識など捨てたというか、持っていた事すらない。

 

 

「7歳児の思考力とは思えないわ」

「お互い様だろう。今さら年齢について色々言われても、今の子供は進んでいるんだよ」

 

 

 それもそうね。大層不気味な二人の子供は、そこから歩いてどこかに向かっていった。

 向かう先など決めてない。決める知識も無い。ここがどこなのかさえ分からない。

 

 

「お前は、結局どうする?」

「私は、あんたについて行くしか方法が無いのよ」

 

 

 みなさんこういうのを考えなしの愚か者といいます。許されると思いますか? 他人にどっこいよいしょで生きていけると思いますか? 私には無理だと思います。こと、今の状況では無理だと思います。こんな子供でもそう思います。

 

 

「生意気言ってんじゃないわよ」

 

 

 右ストレートが飛んできて避けることができずに頬にダメージを受ける。

 暴力って力だよね。

 しかし、反論はできなかった。結局どこまでいっても私の責任に違いない。逃げるなんて選択肢は、私にもこの子にも無いのだから。

 

 

「ちなみにここが何処なのかすらわからないんだけどね」

「ここはシャンドゥよ。一回来た事があるから分かる」

「へぇここがそうなんだ。村の人から話には聞いてはいたけど、結構大きいんだね、ちょっと古めかしい感じはするけど」

「伝統を重んじている町だから仕方ないのよ」

 

 

 この世界――リーゼ・マクシアには、大きく分けて二つの国が存在する。一つがラシュガル。もう一つがアジュールである。今いる場所は、アジュールに属しているところである。

 アジュールは伝統を重んじているところがある。私の村でも、結構面倒な掟やら決まりがあったように思える。私が正確に守っていたかと言われると痛いところがあるが、守ろうとある程度努力していた事は事実だ。最低限を守らなければ命の保証もなくすぐに死んでいたのだろうから。

 ふと、町の中央を流れている川に視線を落としてみると随分と水が澄んでいた。魔物が結構いるからきたなくなっていたりするのかと思ったけど、これが生活用水になっているのだろうか。そうだとしたら羨ましい限りである。空気もきれいだし、できるだけここを本拠地にして、周りをぐるぐる回るように生活したい。

 水があるのはでかい。私達のいた場所はもともと水があまり取れない地域だっただけに水の大切さはよく知っている。それがこんな風に流れているのを見ると環境の違いに大きな驚きを覚える。水をこのように大胆に流してもよいのか、甚だ疑問である。

 そんな疑問を抱えながら、周りにあるお店に気を配る。

 

 

「買いものをしよう。必要なものだけはそろえないと」

「何を買うつもりなの?食糧?寝袋?」

「食料も寝袋もそうだけど、地図が欲しいね。迷っていたら何もできないからね」

「それもそうね。私達はあまり一カ所に留まるわけにもいかないのだし」

 

 店の人に怪訝そうな顔をされるが、そんなことを気にしていたら買える物すら買えなくなる。買いものをするだけでこのように気を使わなければならないのだとすると将来に不安を覚えて仕方なかった。

 

 

「地図をみるとここはラコルム街道というところ……」

「ここなら人が住んでいる感じしないし、能力の練習+剣の練習にはもってこいの場所ね」

「しばらくは、こことモン高原、王の狩り場、ソグド湿原当たりでふらふらするのがいいね。能力については目星がついているから、先にそっちをやろうと思う」

「目星がついている? ああ、なるほどそういうこと」

「まだ私、何も言ってないよね?」

 

 

 勝手に分かったように語られる――まぁいいか、別に困った事でもない。

 能力については産まれてからずっとやっていたことだ。なんとなく制御の方法は分かっている。なら、こうはならなかったのではと思わなくもないが、制御できるようになったのはついさっきなのである。それも、制御できる、できないという感覚ではなく、ただできたという認識でしかなかった。

 なにせ理屈が分からないのだ。眼で見えるわけでもない、現象が過程として映るわけではなく、いきなり結果が出現するのだからどうしようもなかった。

 

 

「私達の能力は、精霊術がどこでも使えるというものだ。普通ならできないはずの建物の中でも魔物の体内でも発動できる。結果から言えばそうなる。つまり制御するためにはゲートを閉じればいい」

「その代わり、精霊術が使えなくなる。だから剣の練習がいる」

 

 

 私達が魔物を殺した方法は、魔物の体内において精霊術を発動、内側から爆破させたようなものだ。理屈は正直全然分かっていないが、なんとかなっているということはそういう事なのである。

 そして、都合がいいことにここでは魔物がウジャウジャしていて相手には困らない。

 練習しないと生き残れない。生き残るために努力は必要だった。

 

 

 あれから6年の月日が過ぎた。

 

 この6年何があったか、それを言いだすととても時間がかかる。町の場所を覚える。船に乗る。魔物を倒す。剣を覚える。

 剣に関しては、完全に我流になっていた。結局、問題があるたびに一つずつ、状況によって剣をどう振るうか、どう使うか試行錯誤をしてくみ上げた。

 

 やることなどいっぱいあった。

 そして、その際に手に入れた情報の中に、私達の村がすでに無くなった物として処理されているということを聞いた。どうやら災害でなくなった。そう言われているらしい。

 災害ねぇ。違いはないか。

 

 

「揺らめく炎、追撃、ファイアーボール」

「一双流……風牙」

 

 

 只今、魔物との戦闘中である。イサナは詠唱により、精霊術を発動、私は作り出した飛ぶ斬撃――風牙を飛ばす。

 

 

「「一双流……木枯らし」」

 

 

 足をスライドさせ、踏み込む。大きく振りかぶらず、前に突き出し、擦るように袈裟斬りを行う。これは、私達が使っている武器が折れず曲がらずよく切れると言われる、そう言った武器だからなせる業である。

 これが、この6年で作り上げた一双流。この武器があってこそ成せる流派。

 流派なんていうとおこがましい気もするが、名前が無いのも変な感じを覚えるので、何かつけてあげないと、そんな如何わしいような理由で付けた名が一双流だった。

 

 ネーミングセンスはあまり感じられない。

 自分で言うのもなんだが、自分で言うしかないのだ。

 

 切れる音すらしない。2つの軌跡がクロスするようにかかる。相手が4分割して血を流し、動かなくなる。絶命する。

 

 

「こうやって稼ぐのが一番楽なんだよなぁ」

「迷惑がかからない、お金は溜まる。人のためになる」

 

 

 このなかでも一つ目の内容が一番大事だ。どんな世の中になっても、迷惑かける奴と言うのは生きていけないものである。子供が最初に親から教わる事ではないだろうか。

 そういう私達には親がいないので言えた義理ではないが、言えるだけのことをやってきたわけでもないが。多くの人はどうだろうか? 

 

 

「イナサ、そろそろ野宿しよう。時間も遅いし、これ以上やることもないだろ」

「そうね。ここら辺にしておこうかしら」

 

 

 この子の名前はイサナに決まった。特に理由があって付けた名ではない。ただ、ふとそう思ったから付けただけだが、本人が嫌がっていないのでこれで落ち着いている。私には名前が無いというのに羨ましい限りだ。

 名前が無いのはそれだけで存在している事を否定されているのだ。地球外生命体、未確認生物。このような扱いでは存在しているか、していないかが分かれるレベルでふわふわしている。

 認められないという事は名を呼ばれない事。

 これについては否定する要素もない。

 物事は名前があることで定着する。そのものが固定される。イサナはそれによってこの世界に定着したと言っていい。名のないものなどほとんどない。そう考えると私の名前も早くに決める必要があると思った。

 今までは必要になることがほとんどなかったから適当だったが、これから必要になる事もあるだろう。その時じっくり思考するとしよう。

 まずは、今思ったことを処理するのが先だった。これまで思ってきたことを処分するのが先だった。

 

 

「なぁイサナ。お前本当にこれでいいのか?」

 

 

 面倒そうな話題を振られ一気に不機嫌な顔つきになるイサナ。そんな顔されてもこっちとしてはとても気になるのだ。

 正直、こうして戦っているといつ命を取られるか正直不安で仕方がなかったりする。まぁそんなのは詭弁でいつ死んでも別に構わないではあるのだが、隣に死神がいると背中がかゆくなる気持ちがするのだ。

 あの時生まれてしまったイサナが私に恨みを抱いている可能性が存分にある以上、聞いておかない訳にはいかなかった。

 

 

「本当卑屈な奴ね、面倒なのよ、そういうのは。私はもう戻れないの。あの頃に戻る術などないの。全てあの時決定してしまった。あなたの近くにいて影響を受け続けてこうなった私が他の場所で生きていけるとも、あなたを殺して生きていく事さえもできるかどうか分からないのよ。もはや、私の体はあなたがいないと動かないかもしれない」

「そう言われてもな」

「あなたって、そういう奴だったかしら? いつまで引きずるつもりなの? それを持っていていい事でもあるの? 重荷を背負ったまま生きていくことほど辛い事はない。私はもう学んだのよ。結局荷物なんてものは、本人が持つ物なの。周りの人が半分持っていくとか、そういうのは甘えなの。甘えられるのがあなたしかいないんじゃ、私にはもう自分で持っていくしかないの」

「荷物なんて何も持っているつもり無いんだけどね」

「あなたは山ほど持っているわ、それは洞窟の奥で置きっぱなしになっているだけかもしれないけど」

「それって動いてないってことじゃないか。結局取りに戻ることになるはめになるのだろうか。面倒な話だ」

「……私のことはもう気にしなくていいわ」

 

 

 そっちがそういうのなら別にいいけどさ。真っ暗な空を見上げて、背中を伸ばす。

 ぽきぽきとなる音がして伸ばしている感覚が得られる。

 こういうのなんていうんだっけ? 病は気からみたいな意味で何か言葉があったような気がする。

 

 

「なんでこんなに世界は綺麗にできているのに、私達は生まれてきたのだろうね」

「世界が決めてしまったからよ」

「なぜ、私たちなのかな?」

「世界がそう決めたからよ」

「私達は生まれてこなかった方がよかったのかな?」

「あなたは生まれてこない方がよかったわ。生まれてこなければこんな事にはならなかった。あなたは生きているだけで他に影響を及ぼし続ける害悪だわ。あなたは生まれたとしてもすぐ死ぬべきだった」

「私の責任か」

「それはあなたが決める事よ」

 

 

 違いない。次々と即答していくイサナに目を配ると、互い笑いがこみ上げた。

 そうだ、答えなどすでに無いのだ。

 

 それは結局自分で決める事、他者が決めたことに意味などない。

 納得することと妥協する事は圧倒的に違う。そして決めることと、信じる事は似ているようで違う。

 私達は決めたのだ、生きるという事を。

 何と言われても、何も言われなくても。

 死んだ方がいいと言われたとして死ぬことはできるだろうか?

 誰かが死んだ方がいいと言われた所でそれが真実かどうかそんなものは分からない。それが分かっている人物などこの世の中にはいないのだ。

 それを決めていくのは自分の心であり、信じる気持ちが真実となる。

 周りの気持ちをないがしろに生きていくことが難しい世の中ではあるが、自分の気持ちをないがしろにして生きていく事よりは簡単なのだ。

 どこまでも面倒な世の中である。

 だからこそなのかもしれない。

 この世界が成り立っていられるのは。

 

 

「あなたは面倒なことを考え過ぎなのよ。大事なのは判断力、いえ、判決力かしら。あなたと私は隷属の関係のようなものなのだから、あなたがもっとしっかりしてくれないといけないの。あんまり答えが分かっている事を私に聞くようなことうしていると殴るわよ」

 

 

 ばれていたか。答えは決まっているのだ。最初から決まっているのだ。私が生まれた瞬間から――私は心があったのだから。

 世界は私を生んだのだから。生まれた事が悪かったとしてもそれはすでにどうしようもない。

 

 

 私は、隣のイサナを見た。イサナがいたのはこのためなのかと考えてしまうほどにでき過ぎた話だ。1人で生きていたら私はきっと人間を止めている。はは、そう思うときっと人間というのは1人で生きていけるようにはできてないのだろう。

 

 この時の私は、まだ気付いていなかった。イサナについて、これからの私の世界への影響について。知っていたとしても何かが変わったわけではないが、変わっていたことがあるのも事実である。

 

 

「私は、最悪逃げることができるけど、あなたは逃げる事はできないのよ。私は私で選んだ道だから、あなたはあなたの道を探し出して進んで」

「分かった」

 

 

 そういうと唐突に平手打ちを喰らった。

 頬が痛みを訴えている。

 

 

「だから答えの出ている事を考えるようなふりしないで。言ったでしょ? 殴るって」

 

 

 それは反則じゃないだろうか。話を振っておいてこの仕打ち。誘導尋問に引っ掛かったレベルではない。

 ビンタした右手がそのまま戻ってきて二発目をくらったような気持だった。

 予想外過ぎて気持ちが追いついていない。唖然とした私の顔を見て、笑いはじめるイサナに理不尽を感じたが、諦めることにした。諦めるしかなかった。

 

 

「生きていくのに理由なんていらないし、使命なんてなくても前を向ける。目的地が分からなくても歩ける。周りが見えてなくても、踏み出せる。結局、そういうのは欲しい奴が求めて、歩きやすいように欲するものだよね」

「最悪歩かないで止まっていてもいいと思うわ」

「そりゃそうだ。歩いてなくちゃいけないなんてルールはないのだから。人生にルールなんて無い。世界にルールなんてない。ただ、自分のルールに従って生きているだけだ」

「したい事をしていけばいいと、私は思うけどね」

 

 

 人なんてそんなものか。私達を人とよんでいいのかはちょっと疑問だったが定義がなされているわけでもない、自称で十分だろう。

 人間が人間であるための定義など無いのだ。そもそも定義する必要もない。定義が必要なものなどどの程度この世界に必要か。

 所詮この世にある物などある程度あやふやで曖昧なのだ。定義されてなくてもそこにあることができる程度には曖昧に構成されている。曖昧なものを定義したがるのは人間の性である。

 結局のところどうとでもいいのだ。

 どうでもいいのだ。

 どうにでもなるのだ。

 

 

「そう――そんなもんだ」

 

 

 多くのものを失ったままの私たちは、何も持たずに世界の中で佇んでいた。

 



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第二話

 情報を集めていたら―――最近、事件が起きているらしい。それもとびっきりの内容だ。

 貴族殺し、それも通り魔まがいの方法で頻繁に行われているらしい。らしい、というのは結局噂の範疇でしかないためはっきり言えないからである。

 はっきりとした事は言えない、はっきりしたことは政府が外に漏れないようにしているためか、調べても詳しい事までは分からなかった。

 なぜ、こんな事を調べたのか、それはこの殺人容疑に私達がかけられているからだった。

 

 身分不明、身元不明、刃物持ち、腕が立つ。外で野宿する姿が見受けられる。この要素が、私達を犯人として疑う要素となっているのだが、どうしてこうなっているのか私たちには甚だ迷惑だった。

 

 

「免罪というのはこのように生まれるのか」

 

 

 そう感じずにはいられない。私は電車の中で女子の後ろに立っていたわけでも、殺人現場の第一発見者でもないのだ。

 これで免罪をかけられそうになっているのだから、この世界の技術力というか警察の能力がしれていることが分かるだろう。

 免罪はいつだって、どうだって、こんなにも適当だ。知らない所で知らない人が勝手に作り出す妄想――そう思わずにはいられなかった。そしてこの状況だ。

 

 

「ついてきてもらおうか」

 

 

 いかつい鎧を着たおじさんが私たちを連行しそうになっているこの状況。右にも左にも救いなどなくてもきょろきょろしてしまう。

 何を私がしたのだろうか?

 滅ぼしてしまった村の事であれば咎められることに何の筋違いも無い、間違いの一片も無い、それについては認めよう。認めるほかないのだが。

 今ごろになって容疑が村が滅んだ原因だからという事はまずない。これはもう6年前の事だ、風邪の噂でも、村が消滅した事以外は広まっていない事は分かっているのだから。

 

 

「それって最近事件になっている……?」

「貴族殺害容疑がかかっている、連行する」

「おい、話を聞けよ」

「イサナ……少しおとなしくして」

 

 

 声を聞けば分かるが、イサナはもう切れそうだった。怒りがふつふつと沸いているのがはっきり分かる。

 私はイサナの怒り必死に抑え込んでおとなしく連行されることに決めた事を伝えると大きな溜め息をついて俯いた。

 仕方ないことだ。ここで暴れていい事など何一つありはしないのだ。いや、ここで暴れて逃げのびて犯罪者となり、貴族殺人の容疑をかけられたまま逃亡する案も間違ってはいないようには思うのだが、なんにせよそんなリスクの高い事はできなかった。

 

 非常に犯人を恨めしく思いながら、両腕を縛られて連れられていく。

 その時、周りから怪訝そうな目で見られる。久しぶりの視線だった。忘れるわけもなかったが、この感覚は生まれてからずっと浴び続けてきた視線―――死線といってもいい。これに気付かないほど私の感覚はにぶっちゃいなかった。

 

 

「これをやったのはお前たちじゃないのか?」

 

 

 そして交渉というか、問い詰められたところで議論はどこまでも平行線のまま進まない。それはそうだ、真実は別の所にあるのだから。

 私達は一切やっていない、目撃証言もない。

 あったとしてもそれは一人だったはず、二人で生活している私達には当てはまらない内容だ。それでも相手が引きさがらないのは、やっていないという証拠も無いからだった。

 

 その条件が揃った現状――結果がまとまるわけがない。

 

 交渉をすることはこれまでも度々あった。ほぼ、商人との商売の取引だったが、こんなに進まない内容があっただろうか、記憶を巡らせたところでありはしない。物が無い中で物の内容について議論しているようなものなのだ。

 

 

「だから違うって……」

 

 

 だんだんイナサの元気がなくなっていく。

 私はそれを見て提案することにした。

 それは、私達がここで暫く拘束される、というものである。

 

 

「それをすると無実が証明できるのか?」

「不思議そうな顔をするのは止めてください。もし、私達がここにいるときに貴族の通り魔事件が起きた場合、それは私達がやってないという証拠になりますよね? それでどうでしょう。とりあえず、それが証明にはなりませんかね?」

 

 

 なるほど、と頷かれる。これは交渉成立の流れに乗った。

 妥協案には違いないが、この世の中は妥協まみれである。妥協のできない人間は世の中で生きていけないってみんなが言っていた。

 妥協案が通らなければ強行に走らざるをおえない。0か1かを迫られれば、どちらかを選ばなければならないのだ。私達が選ぶのはむろん暴れて脱出の流れになるが、今はその時ではなかった。

 

 

「で、こうやって過ごしている訳だけど、いつになったらここから出られるのだろう」

「知らないわよ。あんたが言いだしたんでしょ」

 

 

 そうだけど、それ以外に方法が無かったんだよね。ある人がいれば、教えて欲しいものだ。名前も無いのに、どうやって身の潔白を示すのだろうか。

 示せるものなど何もないのだ。示せるのもが仮にあるとすれば、誠意ぐらいのものか。私の誠意が相手に伝わるかどうかは別の話になってしまうが、そのぐらいのものである。

 最悪能力発動して出るという手もあるのだが、それは本当に最悪の場合だろう。この6年で学んだことだが、私が厄災を呼びよせる体質だったわけではないことが判明していた。

 

 私が厄災を作りだしていたのだ。

 私が一カ所に留まると、精霊が増殖してなのかは分からないが、精霊の数が一気に増えて自然が暴走するのだ。

 数の多すぎる精霊は、周りに大きな影響を及ぼす。故郷がああなったのは、精霊が増え過ぎて自然が多くなり、栄養多過で朽ちて腐敗したからだった。

 人間も多すぎる精霊からの影響を受けて変質し、化物と化し、駆逐されたのだろう。そして唯一生き残ったのは適正があったイナサだったというわけだ。

 本当かどうかは分からないが、私達には精霊を操る力がある。故郷を出る時に魔物を殺したように、今回も同じようにすれば、ここから出られる。

 

 

「止めなさい、それだけは許されない。あ、違ったわ。許さない」

 

 

 真顔でイサナにそう言われては何もできなかった。こういうと誤解されてしまうが、自分は別にそういうことをやろうというわけではないのだ。

 これは最悪で災厄なのだから。

 そう考えたら、能力を制御できていてよかったと心から本当に思った。しかし、これをしている間は精霊術の精度が一気に下がるのだけは我慢する必要がある。その程度は我慢すべき妥協点だろう。

 本気でやるなら剣よりこっちの方が楽というか得意なんてことは、考えちゃいけないのだろう。

 

 

「お嬢ちゃんたち、もう出ていいぞ」

 

 

 数時間の時を牢獄で過ごしていると気になる言葉と共に扉が開けられた。

 聞き間違いだろうか、聞き間違えるほど耳が悪くなった覚えはない。

 だが、訂正をしてどうにかなるのだろうか? いやここは意地を通すところだ、妥協するとこれからも我慢しなくてはならない。

 

 

「だそうよ。出るよ」

 

 

 引っ張るな。私は、言いたいことがあるんだ。

 ここで言えなきゃどこでいうんだ。

 

 

「黙れ」

 

 

 いいや、私は声を高らかに訂正させてもらおう。

 ここが我を貫く時なのだ。他の奴に構っている訳にはいかない。それがイサナだとしても関係ない!

 

 

 

「と、意気込んだはいいものの―――」

 

 

 結論から言おう。私は声を出す間もなく、イサナに連れ去られて拉致された。

 私は、何もできなかった。何も守れなかったのだ。ふざけんな。泣き寝入りしなければならない状況ではなかったはずなのに。

 

 

「で、なんだよこれ」

「死体でしょ」

「なんでそんな適当なの? これは、通り魔にあって背中から首元に一突きされて死んだ貴族の死体なんだよ?」

「なんで疑問形なの?」

「だって、状況把握だけじゃ正確な事は言えないでしょ。私は何も過去が見えるわけではないんだよ?」

 

 

 私にそんな能力などないのだ。

 出てきてそうそう、こんな場面に行きあたったが、さすがにここまで運が無いとは思わなかった。運など最初からなかったような気はするが、気のせいだろう。

 

 さて、私は探偵でも警察でもないが、この状況をまとめてみようと思う。

 

 目の前に死体がある。先ほど言ったように明らかに刺殺されて死んでいる。着ている物から貴族であると推測が可能である。

 首元から出血していることからここが致命傷になっている事は明らかで、ここが裏通りであることからほぼ目撃者はいないだろう。

 あ、私達が第一発見者だ。

 

 

「凶器は無いし、犯人が持って行っていると考えて間違いない。だが、物が盗まれている感じはしないな。金だって貴金属もそのままだ」

「つまり、私情で殺したってことね」

 

 

 そう考えて間違いないだろう。

 あえて今までは調べようともしなかったが目の前に死体晒されちゃもう関係ありませんではすまないところに来てしまった。

 所詮、本業じゃない私にできることなどこの程度までだけど、この程度で十分すぎた。

 そう――この事件は謎が無いため推理しどころがない。

 少しやってみたかったんだが、仕方ないだろう。こういった事件では殺し方がはっきりしている、動機が理解できる、殺しに条件がないというのが推理する必要を感じさせない部分だ。

 犯人探しに努力する必要も感じない。犯人を求める前に終わってしまっている。

 

 

「だってねぇ・・・犯人こいつでしょ?」

 

 

 そりゃそうである。見つけようの前に目の前にいるのだから。無言のまま刃物をもってこちらを見ている少女がいた。何もかも捨てたような眼をした普通の少女がいた。

 関係ありませんでしたと言える状況じゃないのははっきりしている。死体ができあがる所を見た時には、思わず調べようとしてしまったが、それはいまさらである。

 

 

「見たの?」

「何を? 死体を? 殺した所を? その持っている刃でつき刺した所を? その何も映ってない眼を? 主語を言わないと何一つ伝わってこないだけど」

「お前も殺せば……」

「会話できないって、人間やっているくせに人間語しゃべれないとか私達よりクズなんじゃない?」

「ぶっ殺してやる!」

 

 

 勢いよく走って刃物を振りかざす姿が素人臭すぎていまいちやる気が起こらない。

 おそらく今まで背後から一気に殺してきたのだろう。そんなこと言っても護衛の一人も付けなかったこの貴族に同情する余地などないが。用心すべきところは用人すべきだと私は思うけど。

 どっちにして死んだ奴のことを考えても仕方ない。死体は死体でしかないのだ、それ以上もそれ以下もない。

 

 

「なんでお前普通の癖にこんな普通じゃない事やっているわけ?」

 

 

 何も言わない殺人鬼にイサナがそんな問いかけしたところで答えるのか? そんな疑問が出ないわけではなかったが、こんな奴にやられるところが想像もできなかったため、のんびりと静観しようとこの時は思った。

 思ったのだが、その思いは一秒もたたずに裏切られることになる。

 

 

「こっちに来るのか」

 

 

 先ほど襲ってきた殺人鬼が私の目の前にいるではないか。状況が全く飲み込めない私は、とっさに刃物を受け流すように手のひらを添えて方向をずらし、体制が崩れた所に足で思いっきり顎をけっとばしてしまった。

 

 

「うーん、どうするんだろ、これ……」

「あなたがやったんでしょ?」

 

 

 ここで私は悪くないとはっきり言えたのなら今後の私とイサナの関係はもうちょっとマシになっていたように感じる。これは後になってから感じることだが、だからもう手遅れと言えば手遅れだった。

 

 何があったのか説明しよう。

 

 そう、私は盾にされたのだ。あんな質問まがいの事をしておきながら、私の背後に隠れ私を矢面に立たせた。そこで私は反射的にけっとばしたのだ。

 

 これは裁判員制度が導入された現代ならば、咎められないであろう罪だ。きっとそうだ。私は少しも悪くないのだ。

 

 

「ねぇ……私のせいじゃないよね?」

「あんたのせいよ」

 

 

 イサナはいつもばっさりだよ。ばっさりしすぎてどっさり何かを落とした気がする。

 この子をここに置いて行ってしまうのはきっと駄目なんだろうな。私がけっとばしてしまったんだし……あれ? 私悪くないんだよね? 襲われたのは私のせいじゃないよね? 襲って来たんだもんね?

 

 

「あんたのせいよ」

 

 

 はいはい。分かりましたよ。

 私は、殺人鬼をおぶって野宿先に移動しようと決断した。ここに置いて行く案もないわけではないのだが、置いて行って後で恨みを買うとまた面倒な事になることが分かっていた。正直な事を言えば、隣のイサナが恐ろしいからである。

 

 

「なんでイサナはそんな怒っているの? 巻き込まれた以外の迷惑は特にないよね? 特段嫌な事でもあったわけじゃないし、なんか理由でもあるの?」

「そいつがふざけているからよ。普通に生きていける人生だったはずなのに、こんなことを起こしてしまうような所まできちゃって、もはや私達と何も変わらない所まで落ちてきちゃっているのよ。這い上がることすらできない私達は我慢しているのに、こいつは落ちてきているのよ。だから無性にイライラしたの」

「なるほど、嫉妬しているのか」

「ふざけないで」

「だから、殴るのを止めてよ……とりあえず、怒っている理由は分かったから」

 

 

 私達は先天性の不治の病気、こいつは後天性の完治する病気と言って表現としては間違っていないだろう。

 私達の能力は制御できるようになったところで、いつ暴走するかも分からないし、将来何があるか全く不明であるため、少しも安心要素がないのだ。どこまで行っても付き合っていくしかない。終わりのない旅路である。

 

 

「で、結局のところ私の責任なの?」

「あんたのせいよ」

 

 

 野宿先に移動し、この子を寝かせる。そんなに思いっきりけっとばしたわけじゃないからすぐ起きるだろう。そう思っていた。

 だが、無意識で打った一発だ。加減などしていない。そして、殺人鬼は結局1日寝込むことになった。

 

 

 

 眼を覚ました殺人鬼が最初に行ったのは、食事だった。どうやら相当お腹が減っていたらしい、ガツガツと飯をかきこむ姿はとても人間らしく見えた。

 

 

「で、あんたは誰なの?」

 

 

 イナサは単刀直入に聞くつもりのようだ。回りくどく攻めても意味がないと踏んだのだろうか。

 イサナの直感はよく当たるからここら辺は任せておこう。そうしよう。

 イサナが聞きだした情報によると

 本名はナディア・L・トラヴィス。低い身分であった母親共々一族から疎まれており、唯一の味方であった母親が亡くなる。しかも母親の葬儀で異母兄たちに死んだ母が酷い扱いをされた為、貴族への憎しみが増していき家を出て貴族を襲う通り魔となった。という流れである。

 どうやら貴族による犯行だったようである。貴族による貴族殺しだったのだ。さすがの私もそこまでは読み切れなかった。てっきり、身分の低い人間がやっていると思い込んでしまっていた。

 だけど、なるほど、普通だ。よく聞かれるような不幸だった。こういう軋轢は人間ではよくある話。そう、よく小説で見るような不幸な話である。

 しかし、このような話を聞くといつも思ってしまうのだ。

 

 こう言った事は主観で全てが構成されているのだと。

 

 例えば、蔑まなければならない要因があった。脅迫されていた、本人から頼まれていた、酷い扱いをするように仕向けられていた。色々考えられる。こいうことは、結局ナディアが信じたことが真実になってしまうのだろう。真実など不確定なものだ。

 この場合、こいつはどうしたいのだろうか?

 貴族に恨みをもって通り魔になった事は分かるが、これからもやり続けるのだろうか。

 

 

「で、お前はどうしたいの?」

「なんだって?」

 

 

 不思議そうな顔をされても困るのだが。

 そんな変な事を言ったのか? よく分からないと隣のイサナを見てみるが大きくため息をついてしまった。全くなんなのだろうか。目の前の殺人鬼に答えを求めるように見ると、視線に耐えられなくなったのか口を開いた。

 

 

「……捕まえないのか?」

「あ、そうか。普通はそうだな」

 

 

 なるほど。理解した。ここで警備の者につきだすという選択肢もある。それか、この場で解き放つ。ということになるのか。これは2択しかない。

 

 

「で、どうしたいんだ?」

「…………」

 

 

 決められないのか? 正直私としては、どっちでもいいのだけど。どっちにしても何も変わらないのだけど。

 どっちでも変わらないのなら相手に選んでもらおう。そう決めたのだ。

 正直な事を言えばここまで連れてくる気もなかった。

 

 

「答えられるわけないでしょーが。あんたはそんな事も分からないの?」

「さも、当然のように言うけどさ。これは本人が決めなきゃいけないこと。私達が口を出して決めて、こいつに何ができるのかな? 私達の指示に従ってこいつはこの先に進めるとでもいうのかな?」

「それは進めないでしょうね。だけど、こいつは決めてやらないと今はどうにもならないでしょ。選ぶ以前に自分が無いのよ」

 

 

 イサナはいつでも分かったように口を聞くが、なんなのだろうか。

 私はここでこいつが選ばないようなことがあればこの先選ぶ事なんてできない気がして仕方がなかった。

 一度誰かに頼ってしまうと傾きを元に戻すのに時間と労力がかかるのだ。

 最初楽をするとろくなことがない。私はナディアの手を包み込むように手を握った。

 

 

「ナディア、私達はお前がどんな選択をしても何も言わないよ。したいように、望むとおりの選択をして欲しい。きっとそれがナディアにとって一番いい答えになるはず。自分の居場所は自分で見つけろ」

「私は……」

 

 

 答えは得た。そう言った顔をしているナディアを見て安心した。

 隣にいるイサナは驚きの表情をしているが、そんな不思議な事はしてないつもりなのだが、なぜなのだろうか。

 

 

「あんたはなんで私を助けたんだ? あのとき助けられた私としては、何も言う事はないんだけどさ」

「いや、助けたなんて大げさな、勝手にそっちが助かっただけだよ」

「あれはあんたが助けたでしょ。あの言葉は完全に助ける気だったとしか感じられないわ」

 

 

 そんなつもりはなかったと言えば嘘になるのだろうか。

 こんな私でも人を助けることができるという事を証明したかったのかもしれない。私はどこまでいっても人間でいたいのだ。

 ナディアは、私達と来ることを選んだ。そのことによって、貴族殺害の事件は終わりを告げた。今頃はどうなっているのだろうか。それは分かる必要もないだろう。

 

 

 

 

 



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第三話

 今、タラス街道にて、ナディアの戦闘訓練を行っていた。結果は芳しくない。

 こうなることは、出会った瞬間から感じてはいたのだ。なにせ、貴族を殺していたとはいえ、その実力は素人同然だとはっきり分かっていたから。

 極め付けにイサナがそれを炊き付けるように文句を愚痴愚痴言いだすから困ったものだった。

 

 

「なんでできないの? やる気あるの? 死ぬの?」

「助けてよぉ……」

「そんな所に隠れても無駄よ」

 

 

 怒っている訳ではないのだろうが、声に抑揚が無い所がさらに恐怖をかりたてている。

 ナディアは私の後ろでうずくまってしまっていた。

 庇って欲しいのか。そう思える演出と状況だが、私もイサナに対して頭があがらないのを分かってやっているのだろうか。ここで言っておくが私の方がイサナより年下である。

 

 

「世の中……年功序列なんだ、年の功には勝てないの……」

「人を年寄りみたいに言うなっ!」

 

 

 こうやって鋭い攻撃が顔面を襲うが、躱せるわけがないのだ。

 躱した所でいい事などない。

 この攻撃は躱すと倍加するのだ。それなら今は我慢するべき。私は学んだのだ。

 攻撃を顔面で受けつつ、痛みを受けつつ、私は思ったことを口にした。

 

 

「やっぱりやり方が悪いと思う」

「何? どういうこと?」

「そんな顔されるとこっちが間違っているように思えるから止めて欲しいのだけど……まず、何もかも初心者の相手にいきなり実戦させようというのが間違いだ。いきなりやらせてできるとは思えない」

「私達は最初からできたわよ」

 

 

 なぜこういう所は頭が回らないのだろうか。

 私達と比べようというのがそもそも間違いなのだ。生まれた時から異常だった私達と比べて、そんな規格外と比較してそれをやらせようというのが間違っているのである。

 

 

「とにかく、この方法は無理、いきなり戦って経験を稼ごうというのは非効率的だ。ナディアは何ができて何ができないのか、それすらはっきりしてないんじゃ何をどうすればいいのか分からないだろう」

 

 

 確かに、分からないのも仕方がないのかもしれない。私達は余り他の人と深く関わってきたわけではないのだ。こういう所に気が向かないのも仕方ないのかもしれないな。なんて私が思うのは、やっぱり異常な気がした。

 それに、イサナができない理由が私にあるような気がしてならなかった。こうなったのは結局、最終的に私のせいなのだろうか。

 

 

「あんたのせいよ」

「なんでだよ」

 

 

 心が読まれているようなそんな感覚である。私の責任に違いはないのだから構わないけれども、構ったところで庇えない現実が待っている。

 勝てる見込みもないのだ。

 ああ、こんなことは考えても無駄だ。意味がない、不毛だ。

 

 さて、何の話だっただろうか。

 ああ、ナディアの話だったか。

 

 

「ナディアは、何が得意なの?」

「分からない……」

「何ができるの?」

「分からないの……」

 

 

 隣のイサナがフルフル震えている。

 これはかなりやばい。イライラしていらっしゃる。

 まさかここまでナディアが箱入りだとは思わなかった。何もしらない小娘レベルである。ゲームであるなら初期称号は、無垢で純粋な箱入り殺人鬼みたいなものが与えられているはずである。

 

 そんなことを考えている場合ではない。

 目の前のことに集中しなければ。

 ナディアは自分のことについてすら知らないようで、そんなことを私達が知っている訳はないわけで。それならば見つけることから始めなければならない。

 シャンドゥに戻った私達は、ナディアの能力のどこを伸ばしていくべきか、何が得意でなにができないのかを調べることにした。

 

 

「はい、これもって」

「ん……どうすればいいの?」

 

 

 こうしていると、赤ん坊を育てているような気さえしてくる。

 この子はもう10歳になろうというのに、まるで何も知らない。感情を表に出すすべは知っていたようだったが、それ以外はできないようだった。

 そしてそれは私達には無理なものだった。

 過去を持たない私達は、怒るべき何かを持ち合わせてはいないのだ。

 また話がそれてしまった。

 杖を渡した私は、風の精霊術を発動する、つもりだったが止めた。

 

 

「精霊術の素養がみたいのよ」

 

 

 私がやろうとしていた役をイサナが買って出た。

 別に私がやってもよかったのだが。

 

 

「あんたは甘やかすから駄目」

「とのことである」

「心の中で言え。紛らわしい」

 

 

 ――揺らめく炎、追撃、ファイアーボール。

 詠唱された言葉が意味を成し、精霊術が完成する。手元から発生した炎は、ある程度のスピードで前に進んで飛んでいく。そして木にぶつかると燃え盛って木は燃え尽きてしまった。

 

 それを見たナディアがキラキラした眼でイサナを見ていた。

 そんな反応を見て子供か!? と思ったが、子供だった。そしてそれを考えた私も子供だった。

 

 

「すごいすごい、どうやってやるの? やってみたい!」

「ほら、教えてあげるから、焦らないの」

 

 

 にこにこしている二人を見ていると本当の姉妹のように見える。仲がいい事はいいことだ。何せ私に暴力が飛んでこないことがいい。

 ふと何かひっかかりを覚える。何を思い出そうとしたのか、何を考えたのか、何か他に忘れていることがあるのか。

 貴族殺害容疑については晴れているはずだし、他になにかへまをした覚えはない。

 

 

「何をやっているの?あんたも手伝うのよ」

 

 

 何か気になることがあったんだけど。

 とりあえず、ナディアの練習が先になるか。

 

 

「怒りを矛先に変え、前途を阻む障害を貫け、ロックブレイク」

「穢れなき汝の清浄を彼の者に与えん、スプラッシュ」

「快速の槍となり、敵を討つ、ウインドランス」

「揺らめく炎、追撃、ファイアーボール」

 

 

 とりあえず、全部やってみたが、明らかな結果が出た。

 剣などの接近の才能については見た所でさっぱり分からないが、精霊術については得手不得手がはっきり分かる。

 

 

「「火だね」」

「そうみたいだね……」

 

 

 それにしても、ナディアは後衛向きらしい。精霊術を使わせてみたが、他の同じ年代の子供と比べれば圧倒的な差があるように思える。きっと生まれつきゲートが発達しているのだろう。

 

 

「ナディアは基本精霊術の練習+戦闘訓練でやっていこう。私達とやっていれば、強くなれるさ。私達と生きて行くならなおさらね」

「うん。頑張る! ありがとうお姉ちゃん!」

「お姉ちゃん?」

「あのさ、いつか言わなきゃならない時が来ると思ったのだけど……」

 

 

 無垢な瞳で言われるが、どこまでいっても私は誤解され続けるのだろうか。

 服装もそこまで気を使ってないとはいえ、間違えるほどのものではないはずなのだけど。いい加減訂正する時がきたということか、というか私の名前がまだ決まっていない……早く決めよう決めようとするが、えてしてそういう時に決まらないものである。

 隣にいるイサナがワナワナしだす。

 なんだ? 姉属性でも持っていたのか?

 

 

「ああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 あ゛? なんだって? 日本語でお願いします。

 通じません。正直うるさいです。という場面でない事は分かっている。

 だが、状況が飲み込めない。

 どうしてこうなったのだ? 急な状況における対処は一応得意な方だがこれは無理である。こっちも考えている途中だったのだ。状況が急すぎる。

 

 原因はなんだ?

 精霊術の行使による暴走?

 ナディアが加わったことによる環境変化?

 場所が悪いのか?

 いやそんな事は一度もなかった。ここはシャンドゥの外だが、6年の大半を過ごしてきた地域だ。

 そんな不確定要素がある場所ならとっくに立ち去っている。

 

 イサナの体中から血が噴き出し、能力が暴走する。

 何を言っているのか分からない声はすでにしゃがれ始めている。眼からは血の涙を流して、こちらが見えているのかさえ定かではない。

 

 イサナが出した血が地面に吸い込むたびに木々がものすごい勢いで成長を始めた。

 完全に能力が暴走してやがる。

 

 精霊が暴走しているのか? ここはもともと砂漠だが、ここだけ見れば春模様で動物たちもびっくりな映像である。砂漠には春も秋も冬も夏もない。極地変化を起こして、その影響力はどんどん広がっていく。魔物たちが朽ち果てていく。

 

 腕に抱えたナディアはすでに影響を受けて気絶してしまっている。

 

 気絶しているのか、死んでいるのか分からない。白目で泡を吹いてしまっているのだ、早くに治療をしないと死んでしまう事は明白だった。

 次々に精霊が生まれて死んでいく。この一瞬で世界が切り替わっているかのような錯覚を覚える。

 私は自分で考えた所で答えが得られない事を理解し、目の前にいるイサナに聞くことにした。

 あ゛という言葉の羅列は日本語なのかいまいち分かりかねるが、話せればヒントというか答えがもらえるとそう思ったからだった。

 

 

「なぁ、どうしたんだイサナ。私には分からないんだ。私、なんか怒らせる事した? だったら謝るよ。これも私の責任なんだろ? 私のせいなんでしょ。謝るから、止めてよ。今までこんなことなかっただろ?」

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛」

「こういう時だけ謝るなよ。何もかも全部私のせいにしてきた癖に。謝って欲しかったところなんていくらでもあるよ。私はいつだって我慢してきただろ? 今度も私が我慢するから」

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛……」

 

 

 なぜ質問を無視しているのだろうか? 私が欲しいのは謝罪の言葉ではなく、現状打破への答えだ。そんな泣きながら鼻水出しながら大声で謝られても何もできないのだ。

 あまりに一方的な想いにいら立ちが募る。

 

 

「あ゛!? こっちもいい加減イライラしてきたわ。許してやるって言っているんだ! 何を許されたいのか知らないが、私はいつも許してきたはずだ! そんな私に何をしろっていうんだ」

 

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛……」

 

 

 私にできることなど何一つない。

 私はどこまでいっても普通じゃないのだ。私は受け入れることしかできない。甘んじることしかできない。イサナが苦しんでいるのをみても、結局何処までいっても何をいったところで何もできないのだ。

 ただ、ここにいることだけしかできない。その程度なのだ。そして、答えを得ようとしたところでイサナは言葉が少なすぎて理解できない。

 私は、どうしようもない状況でイサナをただ見つめていた。

 

 

「今度こ゛……がっ……いや、今度だって………………」

「え?」

「いつだって…………を……って…………だから」

 

 

 伸ばされたイサナの右手を同じ右手で掴み取る。

 もうそこには涙を流していたイサナはいなかった。イサナは笑いながら、その掴んだ右手を握り締めて静かに眠りだした。

 

 ああ、終わった。

 いや、まったく終わっていなかった。

 そうこれで終わるわけはない、人生のゴールは死んで初めてゴールなのである。

 

 人生にはリセットボタンが無いからゲームではない、そういうわけではない。人生は負けていてもゴールがないからゲームじゃないのだ。ゲームは負けたら終わるのだ。ゴールできるのだ。人生は負けても死ぬまでゴールじゃない、そこが大きな違い。

 いつだって世界は続いて行く。

 いつだって私たちは続いている。

 今だって、続いていた。

 

 

「すみません。医者が必要です」

 

 

 いや、医者に見せるのはまずいのか。

 状況説明も何もできない。自分で応急処置をして場所を移動して、回復するのを待とう。

 

 

「とりあえず応急処置だ」

 

 

 もはや独り言となってしまった言葉をつぶやき、場所を移動する。

 そして、ナディアは次の日に目覚めたが、結局この後イサナが目覚める事はなかった。

 だが、長居することはできない、早く場所を変えないと。

 私達の逃亡生活はここから始まった。

 



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第四話

 イサナが目覚めるのを待ち続けて3年の月日がたった。

 その間、各地を転々としながら、人々の依頼をこなしたり、軍に入って少しばかりの給料を貰ったりして過ごしていた。

 イサナは文字通り動かないため、私はイサナの能力を常に抑え込み、さらに場所を移動するため背負って各地を旅するという苦行をやっていた。

 

 最初のころ、人攫いに思われたことが多かったのは仕方ないことであろう。

 

 当初はイサナが目覚めた時に困らないように日記を書いていたのだが、毎日書くと本当に疲れるから、1カ月に一回だけ書くようになっていた。

 人生において毎日書き留めておくべき情報など、たかが知れているものである。

 

 私とナディアは2年生活を共にし、別れた。

 

 ナディアと私は軍に入らないかと提案されたのだが、私はイサナのことがあるため、それを理由に無理だと断った。

 ナディアはナディアでこれ以上はやっかいになることはできないと思っていたのか、新しい場所でどのように力になれるのか役に立てるのか、そういうことを気にしていたためなのか全く私には分からないが、一人でも軍に入ると言ってそれを見送ったのだ。

 

 

「それで今こんな状況なんだけど・・・」

「しゃべるな」

 

 

 無慈悲に顔面を蹴りとばされる。またこんなことやっているのか。

 どこまでいっても私の人生こんなものか。生まれた時からいつだって損な役回りだ。

 だが、それを後悔した事なんて無い。後悔はするだけ無駄だと学んだのだ。

 

 拘束されて足は動かない、手も動かない。

 さらにいえば拘束具には、呪帯を通ると爆発する仕掛けが施されている。

 

 誰も逃げないというのに。律儀なことである

 口が動くのが唯一の救いだろうか。

 状況は最悪だった。

 一応こうなることは警戒していたとはいえ、宿においてきたイサナは何をしているのだろうか? うん、考えたところで寝ているのだろう。

 仮に起きてしまっていたら、どうやって起きたのか気になるところである。3年も経っているのに起きなかったのに起きるとは、どんな要因があるのだろうか。

 

 

「ねぇ疲れたんだけど、そろそろ休ませて。これ結構疲れるの」

「無理だ……」

「ねぇ、私何かした? 何かしたなら謝るから……」

「すまなかった……許してくれなくていい……恨んでくれていい……」

 

 

 この兵士さんも本当はこんなことするのは嫌なのだけど、仕事だから仕方ない。そういった感じに取られるから何も言えない。顔が見えないから本当のところどうなのか分からないけれども。例え見えていても表情に出しているのかは疑問である。

 しかし、この作業が疲れるのも事実だし、これで誰かが死んでいると考える方が私は嫌なのだ。

 どこまでいっても自分は迷惑をかける。見知らぬ誰かに迷惑をかけている。

 この培養液のような中で、ずっとマナを絞り取られている。

 いつから人間はマナ製造気になったのだろうか。

 考えることが多すぎる。

 私達、イサナはいないから私だけになるか。私の能力はマナを生成し続ける事である。マナが製造されることによって精霊を集めまくって、あの現象が起こる。

 

 繁殖からの衰退、そしてやがて不毛となる。その現象を見られてしまった。場所が悪かった、あの時はそう思った、事実そうだったらしい。

 あの砂漠の近くにはガンダラ要塞があるのだ。そこまでいえば状況が分かるだろう。

 

 

「私の担当の兵士って、これで5人目なんだよ。気をしっかり持ってね」

「…………」

 

 

 そう言ったら出て行ってしまった。

 泣いていないといいけど。

 結局どこまでいっても私のせいには違いないのだ。

 生まれてきた時点で悪かったのだから。

 そんなことは分かりきっていることで、だからと言って死なないと決めた事にも変わりが無かった。

 

 いつになったらここから出られるのだろう。

 飯と寝床を用意してくれるだけここの兵士は優しいのだけど。

 

 

「私みたいに捕まっている人は、みんな溶けていなくなっちゃったのかな」

 

 

 一緒に牢獄に入った人間の大半が戻っては来なかった。

 大半というのは語弊があるか、私以外の全員が戻ってこなかった。

 

 ここに閉じ込められてすでに5日になるけど、どこまでいっても周りには死人しかない。

 死体すら見ていない、すでに溶けているのだから見られないというべきだろうか。

 

 ああ、壁が冷たい。

 これ、何でできているのだろうか。

 もう考えることが何もない。

 

 イサナについては全くだし、あの後ナディアからは連絡をあまり貰ってないし、壁の素材は分からないし、何もない。

 新しいことないかな、兵士の人が本とかくれたらとても嬉しいのだけど、それは期待できそうになかった。

 

 牢獄6日目、今日も燃料として頑張ります。

 

 そう意気込む。

 そう意気込むぐらいしかもうやることが無いのだ。

 

 他にやることを考えてみよう。

 例えば、ここで暴れて出たところでイサナはどうしたらいいのか。

 しかし、宿屋に隠したイサナももうそろそろ見つかるころで、暴れて出たほうがいいのかもしれない。追われている事は知っていたからそこらへん考慮して色々と対策を練っていたけど、どの程度持つかは不確定である。

 

 仮にこのまま10日過ぎてどうにもならなかったら、ここを出よう。私はそう決意した。どちらにせよ時間が無いのだ。幸いこの能力でどのようなことができるかというところまでは知られていない。剣だけなら脱獄できるかものすごく怪しいが、能力使えばいけるはずである。

 

 そうして過ごしていくたびに色んなことができるようになった。全くいらない技能が身に付いた。もはや両腕が使えなくても立てるようになってしまっていた。

 過ぎていく日々と意味のない技能の発達にちょっとした悲しみが私を襲う。悲しみの根源は、長く同じ場所に留まってしまっているという現実である。

 この拘束具も外そうと思えば外せるのだけど。

 手荒な事はできない。

 ああ、今日はどうしようかな。なんて考えながら背伸びをしていると3人の女が連れられてきた。

 大人2人、子供1人である。この部屋には、というか牢獄には私と1人の女性、そして入ってきた3人の女性の5人になった。

 

 その中の1人は気絶していて、もう1人の大人が名前を呼んで起こしている。なぜ今頃人数増えたのだろうか? もはや私だけでも十分な気はするのだが、なぜ連れてきたのだろうか?

 聞いてみない事にはどうしようもなかった。

 

 

「あのー、なんでこんなところに連れて来られたのですか?」

 

 

 尋ねてみたら驚きの表情でこちらを見られてしまった。どうやら驚かせてしまったようである。

 

 

「私達は、軍に襲われて」

「軍に襲われたの? へぇ……軍はそんなことまでしているんだね」

 

 

 軍に襲われてここに来た。それも3人。ちょっと考えにくい事態である。

 軍に襲われるという事は複数相手に対して行使された処置であろう、それで3人しか連れてこないなんてことがあり得るか? いや、絶対にないはずだ。きっともっと何かがある。

 私は、確信にも似た何かを感じた。

 

 

「それにしても、なんでこんなに扱いに差があるんだろう? 私は手も足も動かせないというのに、他の人は平然と歩いていられるなんて……」

 

 

 なぜだか分からないが、みんな拘束具付けられているとはいえ自分以外は逃走防止用の物だけである。どうして、なんで――必死に考えても何かできるわけではない、なにか扱いが変わるわけでもないだろうと思ったら、考えること自体が無駄な気がした。

 

 

「お目覚めのようですね」

 

 

 白髪のお兄さんとは言い難いおじさんが様子を見に来た。このおじさんとは何度か会ってはいるのだけど、話を聞いてくれない事が多い。なにやら来た3人としゃべっているがこちらまでは聞こえない程度の声でしゃべっている。

 

 鍵?隠した?なんの?

 

 絶対に私には関係のないことだ。自信を持って言える内容だ。かろうじて聞こえる単語はいずれも今まで聞いてきた名詞ではなかったためだ。

 暫くすると不意に牢の鍵が開けられる。

 え? 出してくれるの? まさかそんな。

 

 

「立て、出ろ」

 

 

 と思っていたら案の定、私以外の全員が牢を出て鍵を掛けて出て行った。

 まぁそんなものだ。出られるのは私以外。

「立て、出ろ」なんて全身拘束されている私に言われる言葉じゃない。

 あーどうしようか、と体をぶらぶら動かす。

 体中が凝り固まっているので血液を循環させる意味でぶらぶらする。

 だるい、けだるい。

 私の思考はこんな自由奔放な感じではなかったような気はするが、人は一日あれば変われる。ましてや囚人のように扱われていてはなおさらな気がした。

 

 

「あ、戻ってきた」

 

 

 あれ? おかしい。さっきと兵士と女3人との立場が逆転している。

 そんなバカな話があるだろうか、目の前にある現実に疑問が沸き立つが、とりあえずこれはチャンスである。今までここまでのチャンスはなかった。これを拾わなかったら本当にここから一生出られる気がしない。

 

 

「すみません。助けてもらえませんか?」

 

 

 この中だと、明らかリーダーやっています、という空気をした人に向かって頼みこむ。この際その人間が髪の毛振り乱して、露出癖があっても気にしている場合ではない。

 人を外見で判断してはならない。

 

 

「今しゃべりかけたのはお前か、助けて欲しいとはどういう事なのだ?」

「いや、この拘束外してもらえないかなって思って。多分この兵士の中の誰かが鍵持っているからさ」

「ふむ」

 

 

 彼女は一声上げると、兵士から鍵を拝借して投げてきた。

 これでよい――みたいな顔をされるが、私の両手両足は動かないのだ。

 投げられた所で開けられるはずもない。

 

 

「あ、ごめんなさい! 今解除しますから!」

 

 ここでもう一人の女性がその鍵を拾い拘束具を外してくれる。

 ああ、こういう一般常識持っている人がいて本当に助かる。

 どうしてこの人がリーダーじゃないのだろうか。緊急時だからか。

 この3人について全く知らない私が深く言える義理はないのだが、そう思った。ちなみに言えば義理だけでなく権利もなかった。

 

 

「ありがとうございます。あー、やっと動ける。六日経ってやっと解放されたよ」

「さぁ、脱出するぞ」

 

 

 話を全く聞いてくれなさそうなリーダーで正直上手くやっていける気は全くしないけど、そこは上手く合わせていく必要がある。

 私は、みんなの意見がまとまるまでゆっくり傍観するつもりだった。ここでしゃしゃりでると話が面倒になる。この3人は一緒に連れられて来たのだ、きっともともと知り合いだったのだろう。

 

 

「ドロッセル、剣は使えるか?」

 

 

 ドロッセルという名の女は静かに顔を横に振る。

 

 

「ふむ。ではエリーゼ、お前が守ってやれ」

 

 

 横にいる幼女に命令? する。

 そうするとそのエリーゼという子も首を振った。

 

 

「私、ティポがいないと駄目なんです。ティポがいないと……戦えない……」

 

 

 そう言い切ると泣きだしてしまった。この3人は知り合いじゃないのだろうか? 何一つ上手くいっているようには見えない。人間ってこんなにぎくしゃくしているものだったのだろうか。この6日で人間の価値観はそこまで変化したというのだろうか。

 心に不安が募る。

 

 

「大丈夫。自分の身ぐらい守って見せるわ。エリーも私が守るから泣かないで。行きましょう!」

 

 

 なんという人たちと一緒に出てきてしまったのだろうかと後悔した所ですでに遅かった。ドロッセルさんはもはや決意してしまっているし、エリーゼさんは最初からカチコチだし、リーダーさんの頭の中には出るという選択しかないようである。

 私も、イナサが気になるので出るのは出るのだが、一緒にいて大丈夫かと不安になるばかりだった。

 ここは、私が何か言わなければならないだろう。戦えないと思われても別に構わないのだが、足手まとい扱いされると置いて行かれそうで怖いのである。

 なにせ私はここがガンダラ要塞だと知っているが、この中の様子がどうなっているのか知らないのだから。

 

 

「じゃあ自分はこの二人を守りますよ」

「お前は剣が扱えるのか、では、頼む」

「任されました、二人とも、ちょっと心配かもしれないけどよろしく」

 

 

 二人とも頷いて答えてくれる。

 いい子たちだ。どうしてこんな純粋な子たちが捕まったのだろうか。

 燃料なのだろうか? 疑問は募るばかりである。

 考えても分からない事なので深くは考えない。

 

 

「そうか……では行こう。まずはこの呪環を外さねば」

 

 

 呪環はみんな右足についている。私は両足についている。

 この呪環はキーがないと制御装置で解除するしかない。

 それは兵士から聞いた情報である。

 私は、囚人としては超優秀だったので、大体兵士の人が教えてくれるのだ。

 何せ私は暴れる事もなければ吠える事もなく、逃げようとすらしたことが無いのだから。

 

 

「制御装置を探そう。ティポも、な」

 

 

 その言葉にエリーゼさんが笑顔になる。リーダーらしいところが垣間見ることができた一瞬だった。

 なんだ、他人を思える所もあるのか、私の印象はちょっとばかり変わった。このリーダーの名前はミラというらしい。周りが話している言葉から私は彼女の名を知った。

 だが、実際に出発しようとはなったものの、ミラと私以外の動くスピードが極端に遅い。

 エリーゼとドロッセルが動くのを怖がっていた。

 原因は呪環である。

 呪帯を通った瞬間に爆発するというこの呪環だが、これだけ恐れているという事は、爆発する所を見たのだろうか? 私は見たことが無いのであんまり気にしていないが、二人の反応からすればそういうことなのだろう。

 

 リーダーっぽい人は恐怖に立ちすくむ二人を見かねて、これは呪帯でのみ爆発する物だ、他の要因でたやすく爆発する物ではないと説明する。そんなことで恐怖が取り除けるなら人間苦労はしない。恐怖とは未知のものから来るのだ。過去から来るものではない、未来から来るものなのである。

 それをたやすく克服できていては人間を辞めている。そう言った意味ではミラという人間は人間を辞めているということになるだろうか。人間らしくないというべきなのだろうか。珍しいことである。

 私は、人間である二人に向かって優しい言葉をかける。

 

 

 

「怖がってもいい。怖がってもいいよ。ただ、前に踏み出すことを怖がっちゃいけない。そうすると進めなくなる。問題は心を恐怖で閉ざさないことだ。恐怖と同じだけの希望を持とう。きっと安全に外せる。ここから抜け出せる。そう信じよう。それができれば怖くても前に進める」

 

「はい(うん)っ……」

 

 

 しっかりと頷いて手を握り返してくれる。この二人はこれで大丈夫だろう。

 人間の心というものは、恐怖心にかられた時は、それと同等の何かを持つことでそれを越えられる。そういうものなのだ。

 

 

「お前は、そんなことができるのだな。私は、人の心が分からない」

「分からないのが普通だよ。でも、分からなくても分かろうとしてあげれば、ほんのり感じ取れるから」

「そういうものなのか?」

「そういうものでしょう?」

 

 

 人の心など分からないのが普通である。なぜリーダーっぽい人――ミラという人物はこうも“珍しい”でできているような印象を受けるのだろうか。服装もなにもかも珍しいと言えばそうなのだが、雰囲気が明らかに違っているように思った。

 

 みなの足並みがそろいだして進む速度が上がる。部屋から部屋へと移っていく。そしてどの部屋もやはり、どこまでいっても無骨な壁に囲まれた場所だった。こういった無機質な場所はどこも同じに見えるから迷う。

 そして、このガンダラ要塞にはラシュガル兵がうようよいる。赤い鎧をきて、ずっと徘徊している。その襲ってくるラシュガル兵の大半はミラが駆逐しながら進んでいた。

 

 見ていてミラが辛そうなので加勢に入るかとても悩む。

 しかし、ここで二人の守りを外す事も間違っているような気がした。

 うん、なるほど――聞こう。

 

 

「ミラさん、私も手伝いますよ」

「お前は二人を頼む」

 

 

 頼むと言われても仕事が無い。ミラが全部やってしまう。

 文字通り私はいなくても構わないといった状況だった。

 それなら、話でもしようかなと一言話しかける。

 

 

「お二人は軍に捕まったのですよね? 何かあったのですか?」

 

 

 二人は顔を見合わせて静かにゆっくりと答えてくれた。いきなり、カラハシャールに侵攻してきてその時に、捕えられたというのだ。世の中はものすごく、怖い事になっているらしい。

 

 

「これが制御室のカギか」

「制御室……? そこにティポが?」

「きっといるわ。だから元気出して、ね?」

 

 

 二人の言葉に対してうつむいてしまうエリーゼ。

 1人で気負って戦闘して消耗していくミラ。

 周りに気を使って心の休まる暇のないドロッセル。

 なんというチームなのだろうか。

 

 挙句の果てには、ミラは世界に責任を持っているというのだ。

 世界に責任? 見捨てる? ものすごい単語が飛び交っている。

 

 私は正直ついていけなかった。

 そして、着いて行けなくてもラシュガル兵は付いて回った。

 

 

「一双流・・・吹花擘柳(すいかはくりゅう)」

 

 

 鎧の隙魔に入りこませ、中の身を切り取る。

 鎧通しと言えば聞こえがいいが、ただの間接切である。鎧を着ている相手には効果てき面でこれにより体勢が崩れる。前のめりになった所で首を思いっきりけっとばし、首の骨を折った。

 これで私が思ったより戦えるという事はみな分かっただろう。これまで頼られていないのはきっと役に立たないと思われているからと思っていた私は、少しばかり力を見せられたかなと考えるとすぐさまその思いを消した。

 兵士の人にとても悪い事をしてしまった。謝っておこう。手を合わせて拝む。

 

 

「気にしていると進めんぞ」

「気にしないと心が着いてきてくれないよ?」

「そういうものなのか?」

「そういうものだよ?」

 

 

 人を殺した癖に何を拝んでいるのだと言われればいい返す言葉もないが、最低限の事はやらないといけないという道徳観はある。人は死んだとき、誰かにそれを祈ってもらいたいとそう思う気持ちが誰にでもあるものなのだ。死んだ時に、誰にも思ってもらえないことほど悲しいものはない。

 

 

「みんなもさ、心はちゃんと持って行こうね。不安も恐怖もあるだろうけど、守るべき人間としてのルールもある。恐怖で心を置いて行くと人間として生きられないよ。恐怖と不安は人間を変えてしまうからね」

「恐怖や不安が人間を変える……」

「恐れるのは悪い事じゃない普通の事だ。不安を覚える事は悪い事じゃない普通の事だ。ただ、それらと戦って心を置いてきたでは本末転倒だ。だから受けながら前に進めるようにならないとね。気持ちはいつだって逆説的に考える、それが対策みたいなものかな。気持ちだけは付いてくるはず」

 

 

 人は、上手い事を言ったものだ。

 ピンチはチャンスであると。

 

 

「逆説的、{だが、しかし}の関係だな」

「私でいうと、6日も拘束されていたけど、この要塞から出られる」

「私でいうと、捕えられてしまったが使命は果たせるといった感じだろうか」

 

 

 ふむ、これは新しいな。とミラは笑っている。

 

 

「捕まっちゃったけど・・・ティポは見つかる!」

 

 

 よしその意気だ。そう眼で合図するとそれに答えるようにしっかりとした足取りで着いてくる。

 気持ちは持ちようというのは、このことである。

 イサナを治すために様々な事を学んだ結果だった。

 

 心は整った、後は出口に向かって突き進むのみである。

 

 それにしてもミラの戦闘は色々と派手だなぁ。

 精霊術を組み合わせての技がとてもうまい。

 強いかと言われれば強い方なのだろう。この程度の相手ならミラで十分には違いない。

 でも、まだナディアの方が強い気はする。

 それにしてもここの材質は何でできているのだろうか。壁を触りながら進むと唐突に叫び声がこだました。

 

 

「ぐおおおおっ!!!」

 

 

 制御室にたどり着いた私達が最初に聞いた悲鳴である。

 どうやらあの体の溶ける実験をやっているらしい、マナ強制的に吸い取られて溶けてしまうのだ。私はあの中で7時間ずっといるなんてことはざらだったため、イメージとしては寝床のような感覚だが、鉄格子と変わらない印象しかなかったが――きっとみんなとはかけ離れていることは知っていた。

 

 

「ティポ!!」

「ん?」

 

 

 エリーゼの叫んだ声によって制御室にいた者にこちらの位置がばれた。すぐさま窓ガラスを蹴破って、ミラが飛び出して行く。それに着いて行くように私も飛んだ。

 高さは5メートル、着地に失敗すれば骨が折れる。首が折れる。死んでしまう。

 全く躊躇せずに飛んだミラは相当怒っているようだが、対して私は全く怒っていない。

 この差はなんなのだろうか――同じ場所にいるのにここまで違う感情に私は佇んでいた。

 

 

「何!? お前たち、どうしてここに!」

「エリーゼ、ドロッセル、飛べ。おまえの大事な友達がまた連れ去られてしまうかもしれんぞ。飛べ、自分の意思で」

 

 

 その言葉で、決心がついたのかエリーゼが飛びだす。ミラはそれを両手で支えると着地させた。そして同時にティポをラシュガル兵から取り返すことに成功する。

 ドロッセルもエリーゼに続いて飛び降りた。勇気があることだ。というより絆があると言った方が正確か。この数時間の間に3人の絆は強くなっているようだった。

 

 

「茶番だな。実にくだらん。実験に邪魔が入ったのか?」

「はっ、しかしデータはすでに採取しました」

 

 

 よくやった。と頷く大きな人。威厳と威風を纏った大きな人。

 

 

「ナハティガル! 貴様の下らん野望、ここで終わらせてやるぞ」

「貴様のような小娘が精霊の主だと、この程度で笑わせる!」

 

 

 ミラが斬りかかる。

 ナハティガル王。この人が王さまと呼ばれる人。護衛を連れているとはいえ、あきらかな戦闘できますオーラが発せられている。

 王は宮中で政治をしているものではないのか、私はそんな誇大妄想をしていた。そう、アジュールもラシュガルも王はアグレッシブなのだ。そんなことを今の私は知らなかった。

 ミラの刃はナハティガルには届かない。剣先を掴まれ、吹き飛ばされるミラ。これはまずいと思い加勢に入ろうと考えたが、ナハティガルはそこからさらに追撃をしてこなかった。

 追撃をしない? この場面でそんな事はあり得ない。ここで追撃しない理由などない。

 

 

「儂はクルスニクの槍の力を持って、アジュールをもたいらげる」

 

 

 クルスニクの槍? なんだそれは……。混乱する状況の中でさらに場が混雑し始める。

 ミラと同じように二階から降りてきた少年が私の目の前に立った。この子は誰だろうか、私の知らない子だが、ナハティガルを正面に見据えているところを見るとどうやらナハティガルとは相反する相手らしい。

 

 

「カラハシャールも……どうしてこんなヒドイことばかり……」

「下がれ、貴様のような小僧が出る幕ではないわ!!」

「ナハティガル王!!」

「貴様なぞに我が野望阻めるものか」

 

 

 先ほどミラから奪った剣をミラに向かって投げつける。

 ここでもう一人の男が舞台上に上がる。この少年の仲間だろう。

 空中から投射したナイフが剣の軌道を変える。着地は精霊術を応用して着地を行う。それは本当に綺麗な動作だった。

 

 

「ローエン・J・イルベルト」

 

 

 その名前は聞いたことがあった。コンダクターイルベルトの異名を持つ軍師である。なんとまぁ濃いパーティだ。今までの人生においてこんな波乱に満ちたことがあっただろうか。

 絶対に人が一回で経験する内容のレベルを超えている。目まぐるしく変化する状況に頭ばかりが回転して体が動かなくなっていた。

 

 

「お嬢様!?」

 

 

 混乱する状況の中、ドロッセルがラシュガル兵に捕えられてしまった。戦闘経験があるわけでもなく、この濃い状況のなか、むしろ今まで人質として使われなかったのかが奇跡のような軌跡だったが、ついにこれお開きである。

 

 

「落ちぶれたなぁイルベルト。今の貴様にはそれが相応だ」

「陛下、こちらへ!このような者どもにこれ以上構う必要はありません。そして貴様、お前はこっちに来い」

 

 

 明らかに私に視線が向けられている。

 

 

「……はい」

 

 

 人質が取られていては、出るしかないだろう。私が歩き出そうとするときにふと後ろを振り返ると、そこには一生に一度あるかないかの顔をしているエリーゼがいた。

 

 

「私の事は気にしないで、結局どこまでいっても私の責任なのだからさ。誰のものか分からなかったら、全部、全部、全て私の物」

「そんなことありません!」

 

 

 他の人も同じように責任感を感じているようだった。その顔を見た瞬間、一生の別れにはならない、そう感じずにはいられなかった。

 きっと、追いかけてくるだろう。この人たちは優しい人だ。

 

 

「これだけ渡しておいてください。多分イサナが追いついてくる、イサナをよろしくお願いします」

 

 

 自分の使っていた武器を放り投げる。どうせ、持っていたら取り上げられてしまうのだからここで渡しておこう。私は一礼するとその場を後にし、ナハティガルと共に歩きだした。そこで両足についている逃走防止用呪環を外してもらった。

 私とナハティガルとその隣の白髪が部屋を出ていくのと同時に、ミラが走り出す。後ろから大きな足音が響いているのが聞こえる。

 やっぱり追いかけてくるのか。

 そして、そんなことを気にする様子もなく私を拘束した二人は話をしながら前を進んでいく。

 

 

「あの技術、ブースターをアジュールが手にしているというのは脅威ですな」

「何を恐れる? 我が軍も装備すればいいだけの事だ」

「問題点も少々あるようですが……」

「かまわん。至急イルファンにデータを持ち帰れ」

「では……クルスニクの槍に繋いだ者たちに?」

「早速実装しろ」

 

 

 どうやらクルスニクの槍とは動かなくて、それにくっついて人が動かしているのかな。

 人力というか人命による機械装置、そういったイメージが私の中に作り出される。

 つまり、マナを吸い取っていた理由はそういうことだったのか。この集めたマナをどうにか使うのだ。マナの塊を放出するのか、それを利用して術を発動するのかは分からないが、あまり気分のいいものではないのは確かである。

 

 

「待て! ナハティガル!」

「ん? あ、やっぱりミラだ」

 

 

 聞き覚えのある声に振り向く。どうやらミラが追いついたようである。

 ミラはファイアーボールを放ったが、術は呪帯によって防がれ、ナハティガルには届かなかった。

 表情を見れば怒っている事は明白だ。よくここまで来たと私なら褒めるところである。

 頑張ってどうにかなる程度の事など、所詮その程度の事でしかない。

 現実は、もっと非情な時がある。頑張ってなんとかならないレベルなどそこらへんにあるのだ。ミラはここで一度引き返すべき――私はそう思っていた。

 

 

「無駄だ、自称マクスウェル」

「……答えろ。なぜジンを使う? なぜ民を犠牲にしてまで必要以上の力を求めるのだ?王はその民を守るものだろう?」

「ふん、お前にはわかるまい。世界の王たる者の使命を! 己が国を! 地位を! 意志を! 守り通すためには力が必要なのだ! 民は、そのための礎となる。些細な犠牲だ!」

「……貴様は一つ勘違いしている。このようなもので自分を守らねば……ジンの力など頼らねば自らの使命を唱えられない貴様にできることなどなにもない! なすべきことを歪め、自らの意思を力として臨まない貴様などに!」

「はっ! 儂に傷一つ負わせられぬお前が何を言っても負け惜しみにしか聞こえんわ」

「勘違いはひとつだけではないようだな」

 

 

 ミラは呪帯へと瞬時に入りこみ、ナハティガルに向かって剣を振りかぶる。

 ナハティガルはこれを両腕で受け止めるが、予想外の攻撃にしりもちをつく形となった。

 

 

「ばっ、バカな!?」

 

 

 ここで追撃できれば、きっと何かが変わっただろう。だが、呪帯を通った呪環は無慈悲に発動する。条件を満たした呪環を中心に爆発が起こりミラは吹き飛んだ。

 

 

「ふ、ふはは! それが意志の力とやらか? やはり傷一つ負わせられぬではないか」

 

 

 爆発による煙が視界を覆う。僅かに人体が燃えた臭いが鼻についた。

 終わった、誰もがそう思って疑わなかった。

 だが、見えてはならない姿が見えた。ミラは、まるで爆風に合わせて飛んだように上空から剣を振り降ろしにかかる。

 

 

「陛下ぁっ!」

「貴様に使命を語る資格はないっ!」

 

 

 ナハティガルは無防備である。本来ならば必ず当たったはずの攻撃だった。

 けれども、それを呪環は許しはしない。ミラは空中で2度目の呪環の爆破を受けて、地にひれ伏した。

 

 

「こいつ、何の迷いもなく……」

「ミラーーーーーー!!」

「陛下、こちらへ!」

「ふふっ、これはすごい人たちに会ったな」

 

 

 ―――なんとも、いいものが見られた。

 遠くで叫びながら近づいてくる青年が見える。そして遠くから全速力で走ってくるイサナに聞きたいことが山ほどあったが、走れる元気があればもうそんなことはどうでもよかった。

 そうだ、最後にヒロインぽいことをしよう。

 そう思ったった私は、大きな声で叫んだ。

 

 

「イサナーーー!!! とりあえず、その人たちといれば多分私の所までたどり着くから、イサナはその人たちと一緒に来てねーーー!!! みなさんよろしくお願いしますーーー!!」

「この、愚弟がああああーーーーーー!!!」

 

 

 返ってくる声に、私はもう一度笑った。

 




次からイサナ視点に移ります。
明日のどこかで更新する予定です。


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