ようこそ、ファンタジー世界へ。 (zienN)
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第1章:始まりの地
プロローグ:回想


「くそ、なんでこんなことに、、、」

 

見慣れた青い空、白い雲。

しかし、見慣れぬ西洋風の建物。

鎧をきて、武器を担いだ男や女ども。

 

「あのじいさん、ふざけた真似しやがって、、、!」

 

空を見上げながら、今までの経緯を振り返ってみる。

どうしてこうなったのか。

 

それは数分前のこと。

 

「ただいまー」

 

深夜だからか家族からの呼び声は帰ってこない。兄貴の部屋の電気はついているが、まあネットサーフィンでもしてるんだろうな。

 

眠いし、風呂もいいからさっさと寝よう。

しかし、自室に入って目に入ったものにより、僕の眠気は一気に飛ぶ。

 

赤い帽子に赤い服、長すぎるほどの白いあご髭、手には大きな白い袋。昔読んだ絵本にそっくりだが、少しだけ痩せた、今日という日にふさわしい、サンタクロースのまさにその恰好をした老人が、僕の部屋のベッドに腰かけていた。

 

「だ、誰だ!?」

 

ふぉっふぉっふぉ、という笑い声を上げながら、僕を見る。

 

「やあ、青年。私の名前はサンタクロース」

「サンタ、クロース?」

「知ってるだろう?年に一度、良い子にプレゼントをもってやってくる。あのサンタクロースだ」

 

ほれ、というと、二階にある僕の部屋の窓からトナカイが顔を除いて、首を振ってりんりんと鈴の音を鳴らす。

その異様な光景に、目の前の老人はサンタクロース本人なんだと、いやでも思い知らされる。

 

「今日は君に、お願いがあってきた」

「お願い、、、?」

「ああ、いきなりかもしれないが、君にはこことは違う世界にとんでもらいたい」

「違う世界?」

 

突然のことで整理が追いつかないが、目の前のご老体は真面目な顔で頷いた。

 

「そうじゃ。その世界はここと違いすべてが平和ではなく、人間だけがすむ世界ではない。魔法も存在し、魔物といわれる連中や、火を噴くドラゴンや、魔界を統べる王も存在する君たちの言葉でいうならファンタジーな世界じゃ」

「なんでそんな世界に、、?」

 

老人は赤い帽子を外して、その彫りの深い顔を月明かりの下で顕著にさせる。

その次の言葉は、意外なものだった。

 

「君にはその世界の、サンタクロースになってほしいのじゃ」

「はあ、なんだって?」

 

老人は続ける。

 

「実はな、私はいろんな世界を飛び回り、トナカイたちとともに、一人でクリスマスに仕事をしているんじゃが、最近は年を取ってしまってのう、体が思い通りに動かん。そういうことで、危ない世界はおいぼれのじじぃに行くには危険すぎる。そこで、サンタクロース代行として、君には私に代わって人々に夢と希望を与えてほしい」

「いや、意味わかんないっすよ。異世界?サンタクロースの代理?それよりも、どうして僕なんだ?」

 

異世界のサンタクロース代行という話も気になるが、それよりも、僕が選ばれたという理由の方が気になる。

大して優れてもいない、ただ時間を浪費し続ける大学生であるこの僕が、その大役に選ばれた所以を。

 

「それは、今の君をみて、きっと君なら私に代わってやってくれると思ったからじゃ」

 

目の前の老人は自分の頭を、まるでピストルを当てているかのように指差し、僕を頭から足の先までなめるように見る。

部屋の姿見を見ると、頭には赤い帽子、そして赤いパーカー、背中に背負った白い袋が視界に入る。

クリスマスに彼女がいないもの同士慰めあうという名目の友人のパーティで、かわいそうだしプレゼントでもと思い、サンタクロースに近い格好をしていた僕は、どうやらサンタのじいさんに目を付けられたようだ。

 

「待ってくれよ!そんないきなりやってくれ、なんて言われても、僕だって簡単には受けられない!」

 

こんな非日常は憧れるものも多いだろうが、僕には荷が重いので必死で説得する。後、怖いもん、行きたくないよ。

 

「そういうだろうと思ったよ。では、君が私のお願いを聞いてくれるように、魔法をかけてあげよう」

「魔法?」

「ああ、この世界という名の物語から、君という存在だけが飛び出してしまう、そんな魔法だよ」

 

パチンッ!

サンタクロースを名乗る老人が指を鳴らすと、部屋の中から僕の私物は一切消え、部屋は物置のように様々なものであふれかえった。

 

「この世界から、君への記憶をすべて消した」

 

ベッドではなく壊れかけの椅子に座ったサンタクロースは、僕にこう告げる。

 

「え…?」

「この家には、君は生まれていない。そして、君の友人たちは、今日のパーティを、君なしで楽しんだことになった」

「ちょっとまてよ…」

 

慌てて腰につけたウエストバッグからスマホを取り出し、今日のパーティでとった集合写真を見つめる。

肩を組む友人たちの後ろで赤い帽子をかぶってピースをしていた僕の姿は、初めから何もなかったかのように、きれいさっぱり無くなっていた。

 

「嘘、だろ、、?」

 

「本当じゃ。どうだい、これで行く気になったじゃろ?」

 

世界から隔離されたという実感をその身で受け止め、僕は跪く。

 

「こんなの…やるしかないじゃん」

「すまないのう。その詫びとして、君が向こうの世界で戦えるように、色々と手伝わせてもらおう。まずは、サンタクロースである証を、君にプレゼントしよう」

 

パチンッ!

再び軽快な破裂音が鳴り響く。

僕の周りを光がつつみ、やがて消える。

 

「さっきの帽子は、偽物の帽子じゃ。そんなものをかぶって仕事をされては、私も黙っていられない。」

 

頭の帽子は、さっきまでと同じ帽子だが、質感や触り心地がちがう。

かぶっていると不思議と癒されるような。落ち着くような。

 

「それと、君が望むものを、1つだけプレゼントしよう。クリスマスプレゼントじゃ。たいそうなものは用意できないが、好きなものをいうといい」

 

落ち着いてきたので、気持ちの整理ができた。

立ち上がって、少し考えてから僕は言う。

 

「それじゃあ、昼も夜も寝なくても大丈夫なくらい、何があっても絶対に疲れることがない体にしてくれないか」

「よかろう」

 

パチンッ!

僕の体は光に包まれ、そして消える。

 

「最後に。向こうの世界の言葉が、すべて日本語に聞こえ、見えるように、君に魔法をかけておいたよ。書くことはできないがね。では、私からいうことは何もない。私に代わって、向こうの人々に、夢と希望を与えてきてくれ。期待しているよ」

「わかった…ところでどうやって行くんだ?」

「こうするんじゃ」

 

サンタクロースは手に持った袋を開くと、僕に向けて、見せるように開いた。

覗き込もうとした瞬間、ものすごい勢いで袋に体が吸い込まれ始める。

 

「な、なんだ!?うわああああああああ!!」

 

 

頼んだぞ、青年。メリー、クリスマス。

 

 

袋の中に吸い込まれながら、老人がそういったように聞こえて、僕の意識は途切れた。

 

 

 

そして、目が覚めて、今に至る。

思い出した途端に、一気に怒りがこみ上げて来る。

 

「くそ、くそおおおおおおおおおおおおおお!」

 

こうして、僕の新しい人生が、幕を開けた。



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第1話:サンタクロースのチュートリアル

「まあ、いつまでもここにいちゃ仕方がないし、ポジティブに切り替えていこう」

 

いつまでも怒り狂っていては始まらないので、僕も一度考えを改めてこの世界を肯定することにした。

ここはファンタジーの世界。絵本やゲームでしか触れることができなかった世界。魔法使いだってドラゴンだって魔王だっている。

こんなとこ日本じゃ味わえない!

 

「やっぱり最高だな。うん」

 

気持ちを切り替えたところで、ベンチに座る僕の足をつんつんとつつく感触が伝わってくる。

みると、小さくて可愛いトナカイが、自らの角で僕の足をつついていた。

 

「なんだ?トナカイ?」

『青年、青年よ』

 

突然トナカイの首輪についている鈴から声がし、僕は少し驚く。

 

「その声は…じいさん!?」

『その通りじゃ。どうじゃ?そっちは。なかなか良いところじゃろ?』

「ああもう最高だよって、ふざけんなよジジイ!!」

 

流れるようなノリツッコミ。

 

『まあまあ落ち着け青年。悪かったと思うが、ああでもしないと君は引き受けてくれないと思ったのじゃ』

「まあいいけどさ、、それで、まだ何かいうことがあったのか?」

『君に言い忘れたことがあってね』

「言い忘れたこと?」

『ああ、そっちの世界でいきなり暮らせというのは酷じゃから、私から少しささやかなプレゼントをしようと思う。まず、目の前にいるトナカイは今日から君のパートナーじゃ。サンタクロースにはトナカイがつきものじゃからの。君にだけはなついている状態だから、しつけには困らないはずだろう。名前は君がつけてあげてくれ』

 

「そいつはありがたい。名前は、そうだな…ルドルフ、でいいか?」

 

名付けられたトナカイは嬉しそうに頷いてこちらにすり寄ってくる。

かわいいやつだな。

 

「よろしくな、ルドルフ」

『それと、君は冒険はするのかな?』

 

そういえばここは異世界だったか。

 

「ん、まあ、一応は。魔王を倒してやれば、ここの人たちに希望でも与えられるんじゃないの?」

『ふむ、それも一理あるな。それじゃあ少しだけ君にプレゼントじゃ。指を鳴らしてごらん』

「こうか?」

 

パチンッ!

指を鳴らすと、目の前には見覚えのあるスマートフォンが現れる。

 

「おっとと!お、これ、僕のスマホじゃん。電波は…通じないかやっぱり」

『そちらでは電波が使えないからほとんどの機能は使えないが、一つだけ君が見覚えが無いものが入っているはずじゃ』

 

言われてホーム画面を見ると、見たことのない赤い帽子が描かれた四角いアイコンのアプリが存在している。

 

「本当だ。なんだよこれ?」

 

早速開く。一瞬鈴の音がしたかと思うと、僕のものだと思われるステータスと、まだ埋まっていない空白の欄が、それぞれ現れた。

 

『それは君のステータスじゃ。自分の強さはわかっておいた方が良いはずじゃからの。スキルは2つまで習得できる。それじゃあ、期待しているよ』

「あ、おい、待てって!」

 

鈴から声は消え、残ったのは僕とルドルフだけになった。

とりあえず、このステータスを見る限りでは、僕は今レベル1の駆け出しで、ここから冒険をしてもいいし、街にこもって仕事をしてもいいということなんだろうな。

 

「んじゃ、いっちょ外に出てみますか。行こうかルドルフ。っと、なんだ?」

 

ルドルフを見ると、どこから出したのか、僕の体の半分はあろう白い袋と、小さな紙切れを咥えている。

 

「ん、なんだこの袋。それとこれは、説明書か?」

 

紙切れには簡単に白い袋の説明が書かれていた。

 

①なんでも入ります。

②触ると中身のイメージが頭に浮かびます。

③念じて袋に手を入れると出てきます。

 

「なるほど、サンタの商売道具ってことね。ん?裏にも何か書いてあるな」

 

裏返すと、「トナカイの説明」と書かれていて、簡単な説明がいくつかあった。

 

①戦えます。

②なんでも食べます。

③力尽きても一日すると生き返ります。

 

「へえ、お前戦えるのか。よろしくな、相棒」

 

スマホから通知音がして、さっきのアプリを開く。

すると、「Rudolf」という項目が追加されていて、開くとルドルフのものであろうステータスが出てきた。

 

「よし、早速フィールドに、行ってみるか〜」

 

白い袋を担いで、小さなトナカイをつれ、形だけでも僕は、サンタクロースとして新しい世界への一歩を踏み出したのであった。



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第2話:はじめてのたたかい

街を数分間さまよって、やっとのことで外に出れた僕は、再びステータスを確認した。

 

「レベルは1。まあ最初はこうだよな。スキルは何もなし。これもそのうち出るか。後は…ん、武器熟練度?」

 

そこにはさまざまな武器の種類の名前と、横に熟練度のランクのアルファベットが並んでいた。

「なるほど、使い続けていくうちにいろんな熟練度が上がってステータスが上乗せされる感じか。にしても…」

 

ざっと目を通して一言。

 

「素手以外ランクZって、なんだよ!」

 

Z。アルファベットの最後でありランクで言うと最低。普通はFのはずなのに、これはつまり、お前には武器は使いこなせない。才能がないから。と馬鹿にされているようなものだ。

 

「・・・でも、素手はCランクっていうのは、いい情報だな」

 

一番下にある素手の項目だけは、Cとなっていて、少しだけ期待できることが分かる。

そして、一番下によく見ると小さく、「武器に分類されないものは素手の熟練度の補正がかかります」と書いてある。

 

「なるほど、じゃあそこらへんの棒とか、ほうきでも素手と同じなのか。じゃあ問題ないな」

 

大体のことは理解できた。後はモンスターと戦いながら学んでいこう。

街の外の草原は、元いた世界のような銀世界ではなく、心地よい風が吹いていて、昼寝をするには最高の場所だと思った。

目の前のゼリー状のものの存在を除けば。

 

「やっぱり最初はスライムさんですか。武器もないし、喧嘩だと思って殴りに行こうか」

 

ダッ、と駆け出して、スライム向かって右ストレートを繰り出す。後ろからの不意打ちだったので、避けられることなく弾力のある体は直撃して数メートル先に飛んでいった。それから少し鳴いたかと思うと、ぐったりとして、黒い灰となって崩れ去った。

 

「へえ、なるほど。熟練度補正がそこそこあるから、ただのパンチもちょっとは強くなってるのか」

 

5匹ほどスライムをたところで、スマホがなる。通知画面には「レベルアップ!ステータスを更新しました!」という文字が書かれている。

わかりやすいな。これならゲーム感覚でやれそうだ。

 

「よし、こっからはガンガンいくぜ」

 

僕はそれからずっと、スライムをただひたすら殴り続け、たまに落ちるゼリーを袋に突っこんで、日が沈んでも、日が昇っても、街に帰ることはしなかった。

 

サンタクロースのくれた、寝なくても疲れない体のおかげで、まったくといっていいほど疲れないし、眠る必要もない。眠ることを忘れた僕は、日が変わろうとも、スライムを殴り続けることをやめなかった。

 

しかし、問題は2日後に起こる。

 

「腹減ったな、、」

 

全然気にしていなかったが、やっぱり腹は減る。腹が減ってたら、どれだけ疲れていなくとも力は出ないし、最悪死ぬ。

 

「何か食うものは…そうだ、袋の中」

 

途中から邪魔になってルドルフに加えさせたままの袋を手に取って、中身を確認する。

頭の中にイメージが浮かびあがってくる。

 

青いゼリー。赤いゼリー。緑のゼリー。

 

「ゼリーしかねえのか!」

 

普通に考えれば当たり前なんだが、少しくらいおまけして、パンの一つくらいはいれておいてくれたっていいじゃん。

サンタさんまじ気が利かない。

 

仕方がない、僕は袋に手を入れて青いゼリーと念じた。袋の中で何かをつかんだ感覚がしたので手を取り出すと、ぷるぷるとした青いゼリーが手の上で身を揺らしている。

 

「一応、食えるよな。そうだと信じて…いただきます!」

 

ガブリと大きな一口。味は悪くない。いや、むしろ。

 

「うまい!」

 

青いゼリーはソーダのような味がして、子どものころ駄菓子屋で食べたお菓子にそっくりだった。

 

「これだったら、腹も満たせるし、いよいよ本当に街に帰らなくてもいいじゃん!」

 

テンションが上がった僕は、そのまま落ち着くことなく、近くのスライムの群れに突撃する。

 

「はは、ははははは!」

 

だんだんスライムを殴るのが楽しくなってきて、時間も、昼夜の移り変わりも忘れて、僕はルドルフと一緒に、ひたすらにスライムを殴り続けた。

 

近くに冒険者がいたかはわからないが、僕を見たらこの赤い恰好から、人々は口をそろえてこう言うだろう。

 

人の形をした赤い鬼がスライムをいじめている、と。



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第3話:ギルド

どうも。
週1、2回と言いつつ結構飛ばしてますがそのうち週1のペースに戻るはずです。


あれからどれくらいの時間がたっただろうか。

ふとスマホを見て気づく。

カレンダーの今日の日付から数えるに、実に3週間も街の外でスライムを殴り続けていたようだ。

これだけ倒してもいなくならないとは、魔王の力も健在ということなんだろうな。

 

「腹減ったな、、でも、もうこれだけで空腹を満たすのもちょっと、、」

 

スライムのゼリーはおいしくはあるが甘いのでどれも食事には向かないし。最初はおいしかったので食べていたが、そろそろ米や肉が恋しくなってくる。

というか飽きるよね。

ルドルフは割と気に入ってるようだが。

 

「仕方がない、そろそろ街に行こう。どっかで飯でも食いに行くか」

 

その後は立ちはだかるスライムだけ倒しながら、街に帰った。

 

 

 

「さて、どっかに飯屋はないのかな?」

 

とりあえず街の広場をぶらついて、地図が無いか探してみた。

しかし、それらしいものはない。

なんと不親切な街だろうか。

 

広場といっても、あまり人がいない。

広場にそった建物には店が無いので、それも影響しているんだろう。

鎧の人とかいるけど、怖いから話しかけたくない。

広場は僕が入ってきたところを南とすると東西南北に分かれている。

まったく案内がないので神様の言う通りで指をランダムに動かして止めると、東の方をさした。

 

「よし、こっちだ」

 

 

 

 

東への道はどうやら冒険者ギルドなるものがあったらしく、鎧の男や動きやすい戦闘服の女が多く、ギルドではおのおの依頼を受けたりショップで冒険道具を買ったりと様々だった。

 

とりあえず冒険者ギルドの中に入れば食堂くらいあるだろう。

もう空腹が限界なので、そろそろ飯を食いたい。主に肉、米、パンでもいい。

 

結果から言うと、冒険者ギルドに食べ物はあった。

しかしそれ以前に、大事なことに気づく。

 

「僕、金ねえじゃん…!」

 

普通さ、敵倒したら金もらえるもんじゃねえの?

くそ、ゼリーくらいなら腐るほどあるのに、、、

 

いい金策を探さないとなあ…。

外へ出ようと、入り口を目指すと、そのそばで女の子が出入りする冒険者に声をかけている。

 

「私たちの店で、働いてくれる方はいませんかー!」

 

呼び込みをしているようだが、さすがに冒険者ギルドにいるやつらのほとんどは冒険者ギルド所属だろう。店番をしろなんて無茶なんじゃないだろうか。

 

しかし。

 

女の子の持っている、バスケットが気になる。

不思議とあそこからは食い物がありそうな気配がする。

 

「なあルドルフ、あれさ、中身食い物かな?」

 

僕の質問を聞いたルドルフは鈴を鳴らすと、女の子に向かって走っていく。

 

「え…きゃっ!」

 

そのまま、女の子にとびかかったかと思うと、バスケットをひったくった。

 

「あ、おい!バカ!」

 

意気揚々と、自慢気に、ルドルフは僕にバスケットを差し出す。

これじゃあ窃盗だ。

冒険者どころか、盗賊だ。

夢も希望もねえぞ。

 

「ルドルフ、サンキューな。そういう意味で言ったんじゃねえんだよ」

 

頭をなでて、バスケットを受け取る。それをもって女の子の前までいく。

 

「失礼。うちのトナカイが、ご迷惑お掛けしました」

 

「あ、いえ」

 

少し気まずい空気が流れる。

何か話さなければ、、ダメだ、話題がない。くそ、気の利いた冒険者ジョークみたいのがあれば、、、!

考えあぐねていると、腹からぐうっとだらしない音がする。

 

「え、ええっと。あ、あはは…」

「ふふっ。よかったら食べますか?」

 

彼女は小さくはにかむと、バスケットからサンドウィッチをちらりと見せた。

久しぶりの、ちゃんとした飯…!

施しは、受けるべきだろう。

 

「いいんですか!?ありがとうございます!」

「とりあえず、場所を変えましょうか」

 

―――――

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様です」

 

ギルド内のテーブルに広げられた昼食を完食し、再び沈黙が漂い始める。

このままじゃだめだ、何か話題を…そうだ!

 

「そういえば、さっき求人募集してましたね。冒険者に頼むとは、何か事情でも?」

「あ…はい。実は・・・」

 

そして彼女は語りだす。その話を要約するとこうだ。

最近店を始めたのだが、品を用意しようにも、材料が無いからなにも作れない。

外に出てモンスターと戦おうとも思ったが、店には戦力になるやつがいないため、スライム一匹すら倒すのにも時間がかかる。

冒険者が一人でもいれば、材料が手元にもきて商売ができるのに、ということらしい。コックがいるのに食材が無い感じか。

 

「ごめんなさい、長話になっちゃって…うちの店は広場から西の方にあるので、気が向いたら来てくださいね。何かあったら力になりますよ」

 

そういって、ルドルフにも小さく手を振って、立ち去ろうとする。その顔は笑っているのに、何故かさみしそうで。

 

「あ、ちょっとまって!」

 

女の子が立ち止まって振り返る。

引き止めてしまった。

 

「あの、戦えるやつならだれでもいいんですよね?僕をそちらで働かせてくれませんか?」

「え?」

「僕、冒険者ではないんですけど、エセ冒険者みたいなもんでしてね。ちょっとくらいだったら、戦えますよ。なんなら給料なくてもいいんで、ダメ元で、とりあえず試しに雇っていただけませんか?」

 

給料なしはさすがに厳しいが、これも縁だ。

飯の礼に、何でもいいから役に立ちたい。

 

「ええ!こちらからお願いしたいくらいですけど、どうしてうちで働きたいんですか…?店は汚いし、給料だってまともに払えるかどうか…」

 

自分から募集しておいて、謙虚な人だ。

 

「志望動機ですか?そうですね…強いて言うなら」

 

椅子に座ったまま女の子を見上げて、一言。

 

「昼食が、おいしかったので」

「え?」

 

おっと、意味不明だったか…?

だって仕方がないじゃん!他にいうこともないんだもん!

頭の中では今の発言への後悔が渦を巻いているが、それもすぐに杞憂に終わる。

 

「・・・ぷ。あははははは!」

 

腹を抱えて女の子が笑う。

そこまで笑わなくてもいいじゃん。

 

「あはは!ふぅ、ごめんなさい。あなた、面白いですね。それじゃあ今日から、よろしくお願いします」

 

にこっと、女の子が微笑んでくる。

窓からさす光と合わさって、ちょっとまぶしい。

 

「あ、自己紹介がまだでしたね。私、マイって言います!あなたのお名前は?」

「ああ、僕ですか。僕の名前は――」

 

少し間をおいて、笑いながら一言。

 

「サンタクロースです。こっちのトナカイは、ルドルフって言います」

 

一応代行だしな。こう名乗っておこう。

こうして僕の、この世界での就職が決まったのだった。



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第4話:ファミリア

「ここです!」

「へ、へえ…ここは、物置ですか?」

「違いますっ!ここが私のお店です!」

 

「これは失礼…」

 

広場の西への道をすすんで、大きな分かれ道をすべて右に曲がると、その家は姿を現した。

だが、ぼろく、立派な煙突がついているだけのただの家、店というには少々すたれすぎている。看板だけはきれいだが。

 

ルドルフは気に入ってるようだが。

こいつは価値観がおかしい気がする。

看板には綺麗な横文字で、ファミリアと読める。

 

「ファミリア、ですか」

「はい、いい名前でしょう?それでは中へどうぞ」

 

ドアを開けて、店へ案内してくれる。

裏口とかから入るんじゃないんだ。

 

「おう、客か!いらっしゃい!」

 

店に入ると、正面のカウンターに体の線が細い、白に近い金髪の男が、椅子に座ったまま僕をみて声を張り上げる。

なかなかのイケメンだ。ホストとかやってれば相当稼げそうなのに。

しかし、いらっしゃいという割には、壁の両側にある棚には商品らしきものはない。

しかし、店の内部はぼろくとも、手入れが行き届いていて、不潔感を感じない。

むしろ、雰囲気が出ていてなんともいい感じだ。

 

「いらっしゃいといっても、売り物はないんだけどな…何か作ってほしいものがあったら、材料さえあれば作るぜ?」

 

ドヤ顔でこちらを見てくる。イケメンがやると様になるな。

 

「ラスト!この人はお客さんじゃないです!今日からうちで働いてくれることになった、サンタクロースさんです!」

「どうも、サンタです」

「おお!まじか!俺はラストだ。でも、うちなんかでよく働く気になったな…」

 

ラストと名乗るイケメンもマイさんのように自分の店で働くことに疑問を隠せない様子。

お前ら自分の店に自信持てよ…

 

「お腹がすいていたところを、助けてもらったので」

「へえ、お前面白いやつだな。因みに歳はいくつだ?一応労働基準があるからな」

「あ!忘れてました!」

 

大事なとこ忘れちゃダメでしょ。

 

「あ、僕は今年で20歳です。大丈夫ですか?」

「おー、俺とおんなじ!18歳を超えていれば、正式に働けるから、構わないぞ。マイも18歳だからな!」

 

こんな若さで店を構えるなんて思い切った度胸だ。

異世界の若者は全てが冒険を職にするというわけではないんだな。

 

「それじゃあラストさん、よろしくお願いします」

「なんだよー、タメなんだから、敬語なんていらねえよ、気楽に行こうぜ、サンタ!」

「あ!私も、敬語要らないですよ!普通に接してくださいねっ!」

 

フレンドリーな連中だ。

この世界にきて人の温かみに触れて、目頭が熱くなる。

 

「そ、そうか。…んじゃ、二人とも、よろしく」

「おう!」

 

カウンターから身を乗り出して、ラストは親指を突き立てる。

こいつとは仲良くできそうだ。

ごほん、と隣でマイがせき込むと、マイへ注目が向けられる。

 

「それじゃあ、今日からここで働いてもらうわけですし、いくつか仕事内容と決まりを説明しますね!」

 

そこからはマイの説明会が始まる。

 

仕事内容は、ラストとマイがものつくり担当で、店番は基本3人で行う。

材料が足りなくなったら、僕が外に出てお使いをしてくる。

営業時間は朝の9時から夜の6時までで、12時から1時間は昼休みで店を閉めるらしい。

 

「簡単に言うとこんな感じです。質問はありますか?」

 

これだけ?ガキの使いレベルの緩さだな…

一見超ホワイトなので、聞くことは無いが、でもやっぱりなんか聞いておいた方が良いだろう。

 

「それじゃあその、この店は何を売るんだ?」

「いい質問ですね。私が、物専門の担当ですっ!武器から何まで、大抵のものは作れますが、武器は素材が高いし、うちではスペースがないので、基本的には注文が無い限りは、小さな小物とか、アクセサリーを作っています」

 

「そして、俺が『口に入る物』担当だ!ポーションだろうが料理だろうが、なんでも作れるぜ!といっても、スペースがないから、料理は無理だがな。予定では、注文がない限りはポーションとかを作ろうと思う」

 

マイの言ってた通り、職人だけなら揃っているようだ。

これなら明日から僕が材料を取りに行けば、すぐにでも店の景気が良くなりそうだな。

 

「なるほど、マイが工作品、ラストが食料か。おっけ、もう質問はないよ」

「そうですか。それじゃあもう時間ですし、店を閉めましょうか!」

 

いつの間にか、5時になっていた。

時間がたつのは早い。

 

「そういえばお前、冒険者なのか?」

「いや、この街に来てから1か月もたってない、ただの一般人だよ」

「冒険者ギルドに登録してないのか?珍しいな」

 

冒険者というものは登録しないとなれないようだ。

冒険に免許とか登録なんて普通いらないだろ。

 

「登録なんてできたのか。知らなかったよ」

「ま、登録してたらうちじゃ働けないもんな。よろしく頼むぜ」

 

差し出された手を、待たせることなく握る。

さあ、これでこの世界での食いぶちはなんとかなったな。後は、宿か。

 

「ああ、こちらこそ。さて、宿を探さないといけないし、そろそろ出るよ。また明日」

「サンタさん、お金ないんじゃないですか?」

「あ」

 

膝から崩れ落ちる。

ホームレスサンタクロース。

 

「ちょっと、大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫。今日は、広場で寝るよ」

 

嘘だが。寝なくてもいいし、朝までスライムと遊ぶか。

 

「なんだぁ、家なしか?そんなことなら、今日からうちに住めよ。部屋は一つ空いてたよな?」

「ええ、いいですね!もういっそのこと家族になっちゃいましょう!」

 

家族になろう。その言葉が胸に突き刺さる。

 

「か、家族に?いいのか?」

「おう。その代わり、すぐに辞めないでくれよ?」

 

思わず涙が出てくる。

 

「ええ!?どうしました?もしかして、嫌でしたか?」

「お、おい、なんだよ…泣くなよ」

 

二人はおろおろしだす。

 

「うっ、ごめん。僕、家族いないから、ここにきて初めて、こんなにやさしくされたから…」

 

家族はいたが、家族ではなくなってしまった。

気にしないでいたが、マイの一言で思わず涙腺が刺激された。

 

「ほら、泣き止んでくださいよ。あ、そうだ!歓迎会、しましょう?良い店ありますよ!」

「お、おお、いいな!んじゃ、早速行こうぜ!ほら、そんな顔じゃ外歩けねえぞ。早く涙拭けよ」

「うん…

 

サンタの帽子で、涙を拭う。

しばらくして落ち着いた僕は、二人につれられて、夕方の街へと連れていかれた。

血のつながりはないが、この世界で初めて触れた家族の暖かさに、途中、何度も泣きそうになりながら、それを悟られないように、斜め上を向いて、笑って歩いた。



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第5話:飲みと、それから。

「それじゃあ、かんぱーいっ!」

「かんぱーい!」

「乾杯!」

 

冒険者ギルドの中にある酒屋で、僕たちの、僕の歓迎会が始まった。

僕だけでなく二人とも酒は嫌いなようで、なんかよくわからない、なぞの赤色の飲み物を飲んでいる。

僕も酒は死ぬまで飲まないと決めているので、気が合いそうだ。

この赤色の飲み物はアセロラに近い味がした。

 

「うちの店もここくらい活気が欲しいよなあ」

 

ラストが小言を言う。

 

「そういえば、店を始めてどれくらい経つんだ?」

「もうすぐ1か月だな。」

 

僕がここに飛ばされた時とほぼ同じ時期か。

 

「それで、客はくるの?」

「いや、一人も」

「だって土地が悪いんですもんっ。誰もきてくれませんよ!」

「へ、へえ…」

 

始めからいやなことを聞いたな。

一か月客ゼロって、、なんて店だ。

メンタルが持たないだろ。

 

「少しは蓄えがあったから食う分には困らなかったけどな。ま、今はいいだろ!今日はお前の歓迎会だからな、楽しんでくれよ!」

「すいませ〜ん、もう一杯お代わりお願いしま〜す!」

「ほら、こいつ見たく頼みまくれ!」

「…ああ」

 

その歓迎会は、今までの飲み会では体験できないほど、楽しい時間だった。

この世界で初めて、人とかかわったからだろうか。

 

この世界、ね。

サンタクロースの仕事もあるけどさ。

今くらいは、楽しませてくれよ。じいさん。

横で眠るルドルフを撫でながら、胸のなかで、サンタのじいさんに語り掛けた。

 

 

 

翌日。

 

「それじゃあ、ファミリア、開店です!」

 

初日は見ていてくれていいということで、カウンターにラスト、僕、マイの順番で座っていたが、客が来ないので、見ているというか何もしないに等しかった。

 

「なあ、本当に何もしなくていいのか?」

「いいって。いつもこんな感じだしな。」

「金はあるのかよ。生活費持たないんじゃないの?」

「ああ、昨日、全部使っちまった」

「まじかよ!」

「ああ、まあ。なんとかなるだろ。適当に時間つぶしてすごそうぜ」

 

計画性がなさすぎる。いや、僕のせいだが。

 

「そういえば、お前のその袋、なに入ってるんだ?」

 

足元においてある袋をみて、ラストがきく。

 

「ああ、これか?これにはね―――」

 

その時、店の扉が開かれる。

 

「お、いらっしゃ――ってなんだ、トナカイか」

「ルドルフだ。どうした?なにかあったか?」

「・・・」

 

すごく悲しそうな目で見てくる。そういえば、昨日、何も食わせてなかったな。

 

「あ!ごめんな!今飯用意するから!」

 

そういって、ルドルフに駆け寄り、袋の中から、青いゼリーを取り出す。

嬉しそうに、必死で食べるルドルフの頭を撫でていると、ラストが声をかけてきた。

 

「な、なあ。お前、それって」

「ん?これか?外のスライムのゼリーだけど」

「まじか!それまだもってるか?ちょっとくれよ!」

 

3つほど取り出して、ラストに渡す。少し裏の方に行ったかと思うと、すぐに戻ってきて、青い液体が入った小瓶を3つカウンターの上において、ドヤ顔をした。

 

「どうだ、これがラスト特製!イカすポーションブルーだ!」

 

なんという名前のセンス。

普通のポーションにしか見えないのだが、何が違うんだろうか。

 

「そんな疑わしい目で見るなよ。わかるやつから見れば、このポーションは、冒険者ギルドにあるどのポーションよりも、遥かに性能がいいんだぜ?」

 

まあよくわからないが、とにかくすごいんだろう。

とりあえず信じておくことにする。

 

「なあ、それって、赤とか緑とかでも、いいの作れるのか?」

 

それぞれ袋から取り出して、ラストに渡す。

 

「んな、これは…!」

 

再び裏にいって、戻ってくる。

緑の液体と、赤の液体が入った瓶をもって。

どんな速さで作ってるんだよ。

 

「こっちはヤバいポーションレッド!もう一つはオシャレポーショングリーンだ!」

 

本当に、そのネーミングはなんとかならねえのかよ。

 

「青、赤、緑の順番に、性能がどんどん良くなっていくぞ」

「へえー、すごいな」

「それにしても、よく持ってたな。これ、スライム倒さないと落ちないぜ?相当無茶しただろ?」

 

何言ってるんだこいつは。

スライムなんてゲームの最序盤のザコだろ…?

 

「スライムなんて攻撃される前にワンパンすればいいだろ。そんな苦労しないよ?」

「・・・お前、冒険者のセンスあるな」

 

いや、スライム倒せないやつの方がすごいだろ。

あ、そうだ。

 

「なあラスト。ちょっとこれ借りるよ」

「いいけど、どうするんだ?」

 

ラストの許可を得たのでポーションをポケットにしまう。

 

「まあ、ちょっとね。それより、僕が戻るまでにこれで、もっと作っといてくれよ。」

「ん、なんだよ。まだあるのか―――うわああああああ!!」

「こ、これは、すごいですっ!」

 

袋を逆さにして、手をいれて念じると、カウンターの上に3色のゼリーがぼとぼとと落ちてきて、ラストの前でぷるぷると踊る。

驚いたラストは椅子から転げ落ちる。

 

「それじゃあ、ちょっとだけ出てくるから、店番よろしく」

「待ってください!どこ行くんですか?」

「サンタクロースの初仕事だ。ちょっと大きなクリスマスプレゼントを、この店に連れてくるよ」

 

「クリスマス、プレゼント?」

 

首をかしげるマイに見送られながら、ルドルフをつれ、僕は店を後にした。



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第6話:我が店に贈り物を!

「んじゃ、いっちょやりますか」

 

やってきたのは冒険者ギルド。

相変わらず人でにぎわっていて、もう毎日パーティでもしてるんじゃないの?といいたくなるほどの賑わいだ。

 

そして今、なぜここに来たかというと、ラスト特製ポーションたちがどの程度のものなのか確かめるためと、それが良いものだった場合、宣伝でもして客引きをしようという考えである。

 

冒険者ギルドに入ると正面に受付があり、そこで依頼を受けたりできる感じがするが、今回はその左にある、冒険者ギルドが経営するギルドショップの店員に声をかける。

 

「いらっしゃいませ。何かお買い求めですか?」

 

そういって営業スマイル。接客が完璧だ。

 

「あの、今日は買い物とかじゃなくて。アイテムの鑑定って、できますかね?」

「ええ、大丈夫ですよ。鑑定したいアイテムはどちらですか?」

 

できるみたいだ。よかった。

 

「これで」

 

3色のポーションを渡す。

 

「では、少々お待ちください」

 

少しの間ルドルフの頭をなでて待っていると、奥で「えー!」っと声がしたかと思うと、再び戻ってきて、店員がこちらに戻ってくる。

 

「お客様!失礼ですが、このポーションはどちらで手に入れたのでしょうか!?」

 

慌てた反応。それを見るに、ただのポーションではないことが分かる。

結構な大声だったので、建物内にいる冒険者がみなこちらをみる。

店員さん。ナイスです。

 

「じ、実は今日からうちの店がこの街にオープンするんですよ!でもポーションってやっぱり質が大事じゃないですか!だからわかる方に見てもらおうと思ってましてね!それが何か?」

 

少しだけ大きな声で、しかし普通の会話に聞こえるように話す。

どうせ客が来てないんだし、今日からオープンってことにしといていいだろ。

 

「このポーション、素材が下級のモンスターからとれるものなのにすごい性能です!しかもこの緑色のポーションは、王立研究所で作られている最高級のポーションと並ぶほどの性能!いったいどうやったら、これくらいのものが作れるのですか!?」

「ええ、そうなんですか!?」

 

冒険者たちがざわつく。当然僕もその中の一人。

王立研究所というのは知らないが、そこまですごいのなんて聞いてないぞラスト。

そこそこの中級ポーションくらいだと思ってたぞ!

 

いかん、平静を保たなくては…

 

「い、いやー、知らなかったなあ!まさかそこまでの性能とは!ごめんなさい!それ試作品なんで、よかったら上げます!今日のところは失礼しますね!」

 

よし、ここまで言えば大丈夫だろう。後はギルドの外で店員さんにばれないように、宣伝するだけ…

ポーションをおいて、ギルドから出ようとする。

しかし出口付近で、いかにもヤバそうな、怖いおじさん2人組が出口をふさぐ。

 

「おい、兄ちゃん、ちょっといいか?」

「うわ、は、はい!」

 

え、何、カツアゲ?お金持ってないよ?

ルドルフは本気でビビっている。

 

「ちょっと小耳にはさんだんだが、兄ちゃんの店、今日からオープンらしいな」

「え、ええ、まあ。在庫は少ないですが、あそこの店員さんがもってるのと同じやつを取り扱ってますよ?」

「そうか…」

 

目の前の男どもは黙り込む。

もしかして客なのか?

だとしたら、こいつは使えるかもしれない。

 

「よかったら、試しに使ってみます?」

 

2本だけ残っていた、ラスト特製イカすポーションブルーを目の前でちらつかせる。

 

「!?いいのか…兄ちゃん!?」

「その代わり、ちょっとだけ手伝ってもらえますか?」

 

ニヤリと笑って手伝いの内容を告げると、男どもも同じように笑った。

 

 

 

ギルドをでて、冒険者たちの中心に立つと、大きく深呼吸して、大声で叫ぶ。

 

 

「みなさん、おはようございます!」

「ん?」

「なんだなんだ?」

 

ざわざわと、こちらに注目しだす。

よし、つかみはばっちりだ。

 

「今日から、うちの店はオープンします!名前はファミリア!そこで本日皆さんには、うちの自慢の一品を紹介しに来ました!」

 

テレビの宣伝番組の名手のもの真似をして、少しだけ高い声でオーバーに叫ぶ。

 

「本日紹介いたしますのは、こちら!ラスト特製!イカすポーションブルー!」

 

そういって小瓶を高らかに掲げる。

 

「なんだって?イカすポーション?へへっ!」

「だっせえネーミング!」

「「「はははははは!」」」

 

ラスト、やっぱり名前変えた方がいいぞ。

思いっきりディスられてる。

周囲に指をさされて馬鹿にされ、本気で帰りたくなってきた。

しかしここで、観衆に混ざっていた先ほどの怖いおじさん1号が動き出す。

 

「おうおう兄ちゃん!何抜かしてやがる!お外のスライムに頭でも殴られて、おかしくなっちまったんじゃねえかあ!?」

 

再び起こる笑い声。

いいねえ、名演技。

 

「そこまで言うなら、ギルドで鑑定してきてください!きっとわかってもらえるでしょう!」

 

ここで青いポーションを渡す。

 

「おもしれえ!ちょっと待ってな!今すぐそのだせえ名前のポーションが、ただのジュースだってことを証明してきてやるよ!」

 

おじさんがギルドの内部に駆け出す。

まあ、後はおじさんが戻ってくるまで、ちょっとだけ宣伝しとくか。

 

もう一本を取り出して、説明を始める。

 

「本日はこの一品しか持ってきていませんが、店にはこちらより性能のいい、赤色、緑色のポーションも用意しています!」

 

「赤と緑はどんな名前なんだあ?」

「どうせヤバいポーションとか、オシャレなポーションとか、まただせえ名前なんだろ?」

 

「「「はははははは!」」」

 

ラスト、ばれてる。ださい名前。まじで変えさせよう。

その時、ギルドからおじさんが、血相を変えて出てくる。

 

「どうでしたか?」

「はあ、はあ…おい、お前ら!これ、本物だあ!鑑定した姉ちゃんが、普通の店じゃ扱ってねえ、とんでもない代物だって言ってたぞ!」

「なんだって?」

「本当か?」

「ダサい名前なのに…」

 

嗤い声は止み、周囲はざわめきだす。

相変わらず名前はディスられてるが。

 

「わかっていただけましたか?このポーションの性能!これでわかってもらえたら、後の赤と緑のポーションも、わかりますよね?」

 

「おお」

「そんなにすごいなら…」

「見た目と名前で判断したらダメだよな…」

 

よーし、乗ってきた!

さて、ここから先は、ビジネスの時間だぜ?

 

ここで、ポーションのすごさがわかってもらえたところで、おじさん2号が叫びだす。

 

「でも、そんなにすごいんじゃあ、ここで売ってるポーションの、何倍もするんじゃないのか!?」

 

いいぞ、二人とも名演技だ。

 

「ご安心を!私たちはここと同じ値段で、このポーションを販売するつもりです!」

「なんだって!?それじゃあ、300ユインで売ってくれるのか!?」

 

ここで初めて、ここの通貨の名前を知る。

ユインって言うんだね。

 

「はい!また、赤は400ユイン、緑は500ユインです!」

 

「「「おおおおおおおお!」」」

 

ここまで来れば大丈夫だ。

後は最後のひと押し。

 

「しかも!今回はオープン記念ということで!特別にすべて100ユイン引きで売らせていただきます!」

 

「「「おおおおおおおおお!」」」

 

大声で、かつ高い声で叫んだせいで喉がかすれる。

もう高い声でない。あの人は地であれくらい出してるからすごいと思う。

 

「それでは今日はこの辺で!うちの店は、広場から西への道を、右に曲がり続けるとある古い家です!気になる方はこの赤い帽子を目印に!これからファミリアを、よろしくお願いしまああああす!」

 

ターンッ!っと心の中でエンターキーを押す。

決まった。

 

店に戻ろうと、来た道を戻る。

赤い帽子を先頭にして、わらわらと、冒険者が列をなしてついてくる。

 

少しして、僕の両隣にさっきのおじさんたちが並ぶ。

 

「いやあ、ありがとう。助かったよ」

 

そういって、残りの青いポーションを二人に1本ずつ渡す。

 

「いいってことよ。にしても、ずいぶんな度胸じゃねえか」

「前にいた国に、腕利きの宣伝のプロがいてね。それをまねたんすよ」

 

日本はやはり素晴らしい国だったんだな。

横にいたルドルフも嬉しそうに鈴をならして喜んでいる。

 

「そういや、あんた、名前は?」

 

もう一人のおじさんに聞かれる。

 

「…サンタクロース。この世界に、夢と希望を与えることを生業としています」

 

赤い帽子を指さして、自己紹介。

じいさん、こういうやり方も、ありだろう?

柄にもなく、得意げにスキップをして、店への道を歩むお客様を先導した。

 

 

 

そして数分後。

 

「ただいまー。」

「おう、おかえり」

「おかえりなさい!どこ行ってたんですか?」

「ちょっと僕からささやかなプレゼントをね。ラスト、ポーションはできた?」

「おう、この通りだ!」

 

さすがは職人。棚にはきれいにポーションが敷き詰められていて、100以上はある。

 

「やるじゃん。流石は王立研究所と並ぶだけのことはあるな」

「王立?まあ、いいや。んで、そのプレゼントってのは?」

 

ラストは首をかしげる。

 

「ああ、これだよ」

 

ドアを開けると、冒険者たちが我先にとなだれ込んでくる。

 

「な、なんですか!?」

「うわあ、冒険者!?」

「お客という名のプレゼントだ。お前らしっかり働けよお!」

 

入り口の脇に逃げて、サンタクロースらしく、高らかに叫ぶ。

 

 

「メリー、クリスマース!!」

 

 

僕が帰ってきてから、店が空になるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

そして夜。

 

「かんぱーいっ!」

「かんぱーい!」

「乾杯!」

 

オープン初日(嘘)の売り上げ最高を祝って、僕たちはまた飲みに来ていた。

 

「サンタクロース、お前には参ったよ。まさか、あれだけの客をつれてくるとは」

「まあな。ちょっとポーションで釣ったら、協力してくれた人がいてね。思ったより人が集まった。それより、ラストのポーション、すごいらしいな。王立研究所級とか言われてたぞ」

「へへ、まあな。ポーションも料理とおんなじよ。ちょっと工夫すれば、うまくなる」

 

その理屈が通るのはお前だけだと思う。

 

「まあ、しばらくはポーションを売って稼ごうと考えてたんだが、マイはどうしようか。なんかとってきた方がいいか?」

「うーん、しばらくはいいです。とりあえず広告だけ貼って、オーダーメイド形式で行きましょうかね。たぶんポーション売るのに苦労するので…」

「なんかごめん」

 

派手にやりすぎたな。そのうちなんかおごってやろう。まあ、お金ないんだけど。

 

「いえいえ、いいんですよっ!店に活気がついて、私、うれしいですっ!」

 

純粋な笑顔を向けてくる。

 

「そ、そうか?ならいいけど…なんかあったら言ってくれたらなんでもするからな?」

「はい、ありがとうございます!」

「それより、今日ポーションすっからかんになっちまったけど、明日からはどうするんだ?」

「ああ、それなんだが。失礼、お手を拝借」

 

ラストの手をつかんで足元の袋に入れる。そして、大量のゼリーを念じると、ラストの手がビクゥっと一瞬はねる。

 

「すごい数じゃねえか、、お前、どうやって…」

 

まあ、3週間もスライム殴ってたらね、そりゃたまるよね。休まなかったし。

 

「このゼリーおいしくて集めてたらたまっちゃってね。いっぱいあってよかったよ」

「お前、一体何もんだ…?」

 

「サンタクロース。まあ遅めのクリスマスプレゼントとでも思ってくれ」

「あの、そのクリスマスって何ですか?」

 

横にいたマイが初めて聞いたように尋ねる。

 

「え、クリスマスってあのクリスマスだけど?」

「どのクリスマスですか?」

 

 

――――――ちょっと待て。まさかこの世界には。

 

 

「ちょっと聞きたいんだけど、12月25日って何の日?」

「普通の日ですけど、、、もしかして、サンタさんの誕生日か何かですか?」

 

 

サンタのジジイ、クリスマスの無い世界に僕を送りつけやがったな…

 

 

ラストとマイは僕に疑問の眼差しを、僕はこのサンタの仕事が、一筋縄ではいかないことを今になって理解して、頭を抱えてしまっていた。



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第7話:飲み会の乱入者

クリスマス。

それは年に一度だけ訪れる、聖なる夜。

もともとはイエス・キリストの生誕を祝う日なのだが、ほとんどキリスト教徒でない僕たちは彼を祝うことはせずに、一つのイベントとして賑わい、光り輝くイルミネーションで街を彩る。

そしてその賑わいは主に、男女のカップルで形成される。

この日彼らは2人だけの特別な時間を過ごし、この聖なる夜の下で愛を誓う。

 

しかし反対に、独り者、童貞どもには苦行の夜。

ある童貞(友人)はかつて僕に言った。

「やつらは聖夜、もとい性夜を満喫しているというのに、俺は一人でシングルベル。サンタは嫌がらせのように毎年俺に孤独をプレゼントしやがる。くそ、リア充め、爆発しろ!」

 

こんな理不尽は間違っている。

クリスマスは、すべての人が平等に幸せを感じなきゃいけないんだ。

 

くそ、リア充爆発しろ!

 

「サンタさん、聞いてますか!」

「ん、ああ、ごめん。聞いてない」

 

素直に言うと、マイは頬を膨らませて怒る。

実にあざといが、素でやっているんだからこいつはすごい。

 

「もうっ。それで、クリスマスってなんですか?」

 

そうだ。クリスマスの説明をしなきゃいけないんだったな。

ん、待てよ?ここの世界にはかつての常識がない。

つまり、まだこの世界にはカップルだけがおいしい蜜をすすり童貞どもが血の涙を流すなんていう悲しい悲劇は起こらない。

 

「ああ、クリスマスって言うのは――――」

 

ここから先は僕のターン。

同じ過去は二度と繰り返してはならない。

うまいことご都合主義なクリスマスを作ってやるよ!

 

「その赤い帽子、貴様が昼間ギルド前で騒いでいた輩か」

 

僕のターン!って思ったばかりなのに、それはすぐに遮られた。

ふと目をやると、いつの間にこちらのテーブルまで来ていたのか、一人の男が立っていた。

緑色の整った髪をオールバックで決めていて、夜だというのに銀色の高そうな鎧と、青いマントを身にまとい、立派な騎士様のようだ。

彼は僕の赤い帽子を大層不快そうに見ている。

 

「ん?えっとな。クリスマスって言うのは――――」

 

ガシャアアアン!

 

「サンタさん!」

「無視するな」

 

頭に衝撃が走り、椅子ごと飛ばされる。

飛ばされた数秒後、それがその男によって起こされたものだと気づく。

マイとルドルフがこちらに駆け寄ってくる。

見ると男は、右手には鞘に収まったままの剣を構えている。

剣で殴ったのかよ。物騒なやつだな。

 

「いつつ…」

「サンタ!?てめえ、何しやがる!」

 

ラストが男に殴りかかろうとするが、軽々と頭を押さえられて無理矢理席につかされる。

弱すぎだろ。

 

「立て。貴様には聞きたいことがある」

「へえ。見るからに立派な騎士様が、一般人のこの僕に何の用ですかい?」

 

今にでも殴り返したいが、平静を装って椅子に座りなおす。

非常識なやつだ。プライド高い系コミュ障だな。

剣を再び腰にさすと、彼はこちらを見下すように見ながら話を始める。

 

「早速本題に入る。このポーションをそこのギルド内の店で鑑定に出したそうだな」

 

そういって男は3色の小瓶を見せる。

 

「ああ、昼間出したやつだな。鑑定に出した後店員さんに上げたと思ったんだけど、万引きでもしたんすか?見た目はご立派なのに、やってることは小さいんですねえ」

 

先ほどの仕返しにと、影のあるにやけ顔をしながら、かみついた返答をした。

不快そうな表情がさらに不快さを増し、眉間にしわを寄せている。

 

「チッ!それで、これを作ったやつは誰だ?」

 

ラストの方をちらりと見ると、不機嫌そうな顔をしながらも頷いたので、正直に答えることにする。

 

「それはそこにいるラストが作ったものだよ」

「そうか、それではこいつはこちらで預かる」

「え、ちょっ!」

 

そういうと男はラストの腕をつかんで連れていこうとする。

反射的にラストをつかむ男の腕をおさえ、それを阻止する。

 

「何だ?」

「それはこっちのセリフっすよ騎士さん。こっちは楽しく飲んでるのに、今日の主役の一人をいきなり連れていくというのは、さすがにこっちとしても許せないっす」

「こいつは調薬の才能がある。そのため王立研究所に連れていくことにした。明日からは王国のために働けるんだ。こんな都市から離れた田舎街よりも、こいつにとってもいいことだろう。光栄に思うことだ」

「ちょ、勝手に決めるなよ!俺そんなところで働きたくねえよ!今のホワイトな環境だからこそやる気が出るってのに!」

 

理由はひどいが、ラストのいうことに賛成だ。

こいつがいなくなったら、明日からどうやって仕事をすればいいんだ。

そもそも、今日からオープンとか言っちゃったのに、一日で店じまいとか客の冒険者に殺されてしまう。

 

「いくらなんでもそんな勝手な理屈は通らねえよ。どこのどいつか知らないが、流石に見ず知らずの男に、はいそうですかなんていって簡単に納得できるわけない」

「いいぞ!もっと言ってやれ!サンタ!」

 

お前もうちょっと男らしくあれよ。

なんで顔はいいのにそんな弱いんだよ。

 

「そうですよ!すぐにラストを離して帰ってください!」

 

なぜだろう。マイのほうが男らしいな。

マイ姐さん、マジかっけーっすね。

 

「そうか、やはり話だけでどうにかなるものではないか」

「一方的すぎるんだよ。鎧みたいに、頭も固いんだな」

「ぷっ」

 

お、今のうまかったな。いや、そんなうまくもないか。

すぐ隣を見ると、マイが口をおさえて笑っているから、ちょっとだけ嬉しくなった。

ルドルフは、鈴を鳴らして男を挑発でもしているのだろうか。

馬鹿にされている男はさらに険しい顔をする。

しかし、眉を顰めたまま笑うと、男はラストを離し、剣をこちらに突き付けてきた。

 

「面白い。それなら、貴様、俺と決闘をしろ!それでお前が勝ったら、俺は素直に引き下がろう。しかし、俺が勝ったら、こいつは俺が連れていく」

「断る」

「・・・何?」

 

鎧の男は理解できない顔をしている。

僕は椅子に座ると、何事もなかったかのように飲み物を飲む。

 

「話ても通じないってわかったなら帰れよ。決闘なんてする意味ないし、勝った時のこっちのメリットゼロじゃん。わかる?メリットゼロ!やらないよそんなの。さあ2人とも、飲もうぜ」

 

僕は落ち着いて席に着くと、見たことのない食べ物に再び手を伸ばす。

 

「え、ええと、そうですね。じゃあ、飲みなおしましょうかっ!」

「あ、おう、そうだよな。飲もうぜ!」

 

ラストとマイも僕の考えが読めたのか、椅子に座って飲み食いを始める。

2人も座って再びにぎやかに会話を始める。

さてこの男はどうでるか。

 

「それでさ、クリスマスって言うのはな――――」

「ふざけるな!!」

 

横に立っていた男が怒鳴る。

いい加減にクリスマスの話させてよ。

いきなりでなかなかの声量だったので、耳鳴りが起こる。

 

「貴様!それでも冒険者の端くれか!?剣を持つ者ならば、決闘は剣士にとって使命だ!それを受けないとは、貴様、剣士として恥ずかしくないのか!?」

「僕剣士じゃないし。ついでに言うと冒険者ギルドにも登録していないから冒険者でもない。そんな一般人に剣を向けるとは、剣士として礼儀がなっていないな。貴様、剣士として恥ずかしくないのか!?てことで、はい、論破」

 

後半で、髪を逆立ててオールバックの真似をして、馬鹿にしてやる。

再び鞘に納めた剣で殴りかかってくるが、今度は右手がそれを阻む。

 

「やれやれ、騎士のくせに、躾けがなっていないな」

 

剣をつかんだまま立ち上がって、僕より背の低いその男を嘲笑うと、耳元で静かにささやく。

 

「お前な、どんな身分だか知らないけど、あんま調子くれてんじゃねえぞ」

「!貴様、いったい何様ぐべあああぁぁ!」

 

耳元から顔をすぐに離したと同時に、僕の顔で隠れていた死角から右ストレートが飛んでいき、オールバックの男の顔面に突き刺さる。

 

モンスター(スライムだけど)だってワンパンの拳だ、生身で受けたら痛いだろう。

 

数メートル先に飛んだ男は、誰もいない向かいのテーブルに頭を打ち付ける。

近寄ると、鼻を押さえながら恨めしそうに僕を見上げる。

 

「サンタクロースからのプレゼントだ。やっぱりプレゼントは、サプライズに限るよな。サプライズの代金として、こいつはいただくよ」

 

剣を無理矢理引きはがして、白い袋に突っこむ。

剣は袋に飲み込まれ、その場から姿を消す。

 

「なっ!貴様、なんてことを!返せ!」

「まだ吠えるか。噛ませ犬としては一流だな。でもさ、それってつまり――――」

 

笑っていた表情から、後ろの2人に見せられないような顔してオールバックに一言。

 

「まだまだ、プレゼントが足りないってことだよな?」

 

男が青ざめる。

 

「っ!今日のところは、これくらいにしておいてやる!だが、お前らは後悔することになるだろう!よく聞け、俺の名は―――」

 

勢いよく立ち上がり、ポーズをとる。

鼻血が出ていて残念ながら様にはなっていない。

 

「王国剣技会の覇者、ルウシェルだ!」

 

マントを翻して、その場から立ち去る。

一発受けてもあの威勢とは。

山よりも高いプライドを持っているんだろうな。

後ろを振り返ると、マイとラストがこちらをじっと見ている。

 

「とんだ茶番だったね。さあ、飲みなおそう」

 

席に座って普通にふるまうが、ラストが口を開く。

 

「お前、剣士相手に、よく素手で挑めたな…」

「しかも、相手はあの王国剣技会の覇者ですよ…」

「ん?あの人、有名なの?」

「いや、名前は知らないが、王国剣技会の覇者って言ったら飛んでもない実力の持ち主だろきっと。おそらく相当な腕前だろうに、殴り飛ばして、剣を奪うなんて…」

 

空気が凍り付いていく。まずい、せっかくの飲み会を台無しにしたくない。何より、飯はうまくなければならない。

 

「まあ、飯時に邪魔するやつは、視界から消えるか殺すまで追い詰めろっていうのが僕の中のルールだからな。さあ、もうあんなのは忘れて、飲もうぜ!」

 

勢いよく赤い液体を飲み干す。

 

「こいつが食ってるときは、いたずらとかしないようにしよう」

「はい。絶対に、怒らせないようにしましょう」

2人が何やらぼそぼそ話をしているが気にしない。

 

―――――それから2回目の乾杯の音頭とともに第2ラウンドが始まると、先ほどのことはもう記憶から遠ざかり、3人はにぎやかな雰囲気に酔いしれたのであった。



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第8話:乱入者、再び。

「ありがとうございました♪」

「これで全部売れたな。売れ行き好調じゃないっすか、ラストさん」

「ま、これが神のなせる業ってやつよ!」

 

先日の飲みから3日後、相変わらず店の売り上げはよく、噂になっているのか、客足は途絶えない。

一日に各色100個ずつを在庫として売り出しているが、売り始めてから毎日、11時頃には売り切れてしまう。

そうなると店はすっからかんになり営業どころじゃないが、営業時間は守らないといけないために閉店はせずに3人での談笑が始まる。

 

「いやー、それにしても、あのオールバック、今思い出しても笑いが止まらないぜ。ハッハッハ」

「素手のサンタさんにやられて、剣まで取られて、、ふふふっ」

 

そしてここ最近のトレンドは飲み会に来たあのオールバックの話題。

 

「そこらへんにしといてやれよ、よくわかんないけど推定覇者クラスの強者なんだから」

「でも聞いたことないぜ、るう、リュウチェルだったか?前回の王国剣技会優勝者はそんな名前じゃなかった気がするし」

 

なぜだろう。

その名前はなんか前の世界で聞いた気がする。

 

「確かに、あの時は信じちゃいましたけど、そんな二つ名があったら一目見てわかるほどの有名人のはずですし」

「んー。それにしても、この剣はどうしようか」

 

袋から剣を引っ張り出すと、カウンターに横たえる。

その剣の鞘は、何かの花の装飾がなされていて、素人の僕からみたら高価なものにしか見えない。

 

「マイは工業専門だったよな。剣もわかるのか?」

「はい!暇ですし、見てみましょうか」

 

マイは鞘から剣を抜いてそれらを静かに見つめる。

年頃の女の子に似合わない落ち着いた視線に、思わず本当に年下なのかと疑ってしまう。

 

少しして、鑑定が終わったらしいマイはふーっと息をはいて顔を上げると、剣についての解説を始める。

 

「この鞘は普通の人から見たら見た目こそはいいですけど、よく見ると細部まで細かく作りこまれていないし装飾は派手ですね。剣士が持つにしては少々落ち着きがないというか、作り手の自己顕示欲が垣間見えます。でも、剣自体はいい素材を使っていますし、なかなかの出来ですねっ!ただ使い手がアレだと、剣もかわいそうですね…」

 

解説ありがとうございます。

つまり、鞘はチャラいけど剣は高価っていうことね。

それと使い手ディスるのやめようね!本人聞いたら泣いちゃうよ!

 

「ほう、小娘、なかなか言ってくれるではないか」

「なんだ、もう今日の分は全部売り切れって、げ!」

 

見ると店の入り口にはむかつく緑のオールバックが立っていた。

なんともタイミングが良すぎる。

 

「お、噂をすればなんとやら。王国剣技会の覇者(笑)!りゅ、りゅうちぇるさん?じゃないっすか」

「ルウシェルだ!今日は貴様に用があってきた。赤帽子」

 

カウンターの前まで鎧を鳴らしながら歩いてきて僕を見下ろす。

 

「へえ、何の用っすか?」

「貴様に再び決闘を申し込む。俺が勝ったらその剣と、この男は俺がもらう」

「またかよー。だから僕にはメリットがないじゃんかー」

「前はそうだったな。しかし今回はメリットがある。貴様が勝ったら、その剣は貴様にくれてやろう」

 

カウンターにおかれた剣を指さして自信満々にいう。

それにしても、剣は騎士の命とか、そういう騎士道はこいつにはないのか?

 

「そーか。でも僕剣要らないからメリットにもならねえな。もう少しマシな賞品もってこいよ」

「なんだと!?貴様にはこの剣の価値がわからないのか!」

 

先ほどまでの自信はどこへ行ったのか、すぐに取り乱してこちらに詰め寄ってくる。

 

「いや、そこの子、マイが言う通り、鞘は無駄しかないが、剣はいいものらしいな」

「この鞘の魅力がわからないだと…!?しかし、剣は評価しているんだな。それなのになぜ要らないというのだ!?」

「僕非力だから剣みたいな重いもの持てないよー。しかも、どっかの知らない人が打ったのより、美少女とかに作ってもらう方が男としては最高の価値があるってもんだろ。そしてここにいる美少女は武器を作るのもプロ級らしいし、いつでも作ってもらえるからこんなもんただの屑鉄だ。剣は返してやるから帰れよ。ついでにラストのことも諦めな」

「美少女…」

 

横でマイが顔を赤くしている。

ごめんね、そんな怒らないで。からかってたわけじゃないよ?

 

「くっ!口の減らないやつだ!それなら、どうしたら決闘に応じる!?」

 

決闘決闘って、こいつどんだけ決闘したいんだよ、デュエリストか。剣士というやつは、どいつもこいつもこう気性が荒いのだろうか。

 

「そうだなあ。じゃあ、僕が勝ったらなんでもいうことを2つ聞くって言うならいいよ」

 

1つと言わないあたり、少し意地悪な気がするが、まあいいだろう。

 

「本当か!?良いだろう!聞いてやる!それならば、早速用意しろ!決闘は14時に、北の商店街を超えた先にある広場で行う!戦う前から怖気づいて、せいぜい逃げ出さないことだな!ハッハッハ!」

 

決闘が受け入れられたのがそんなにうれしかったのか、いきなり元気になり、大きく高笑いをすると、店から出ていった。

 

「嵐みたいなやつだったな」

「いや、ストーカーの間違いだろ」

「へっ、違いねえな!」

「ところで、勢いで決闘受けちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」

 

マイは心配そうに僕を見てそう言う。

 

「ん、どうなんだろう。スライムとしか戦ったことないし、剣とか食らったら痛いよなあ。せめて防御ができるくらいの武器はほしいよね」

 

今まで素手だったので、剣と真正面からやりあったらどうなるかの検討がつかない。やっぱり刺さったら防御力とか関係なく痛いのかなあ。血とか嫌だよ。

スマホで自分のステータスを見ながら考えていると、マイが思いついたように手を合わせる。

 

「あ!じゃあ、買い物行きましょうよ!まだ2時間以上時間はありますし、装備を買いに行きましょうよ!」

「お、いいな!サンタ、お前には俺の人生がかかっているんだ。絶対に勝たなきゃいけないからな!最強の装備で向かおうぜ!」

 

まあ、こんななりで戦ったらそりゃ不安しかないよな。

ここはお言葉に甘えて、装備を見繕ってもらうとするか。

 

「まあないよりはあった方が良いよな。んじゃ、金ないんで、ごちになります」

「おう!散財するぞ!」

「散財はするなよ…」

「おかいもの♪おかいもの♪」

 

決闘前とは思えないほど、ほのぼのとした空気に、僕の緊張は正常に仕事をせず、むしろ僕も異世界の店というものを、少しばかり楽しみにしていた。




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第9話:お買い物

「わあ、見てください!カラフルでかわいい鳥さんですよっ!」

「おお、かわいいな。全部買い占めたい」

 

僕たちは広場の北側の道を進むとたどり着く商業エリアに来て買い物を楽しんでいる。

決闘?そんなものは買い物のついでだ。

 

ちなみに、店は一応営業中なので、ルドルフに「売り切れ」と書かれた札を首にかけて留守番をさせている。

あいつには後で土産でも買って行ってやらないとな。

 

「あ、そういえば。サンタ、何が欲しいんだ?剣か?斧か?」

 

ラストが思い出したように切り出す。

 

「そうだな。んー、武器っつてもなあ」

 

スマホでステータスを見ながら武器をながめる。僕の武器熟練度は素手を覗いて全ての武器が最低のFランクを突き抜けてZランクを叩き出している。

何を持ったってろくに扱える気がしない。

 

「僕、武器の扱いはからっきしダメだから、もう素手でいいかなー」

「危ないですよ!それじゃあ攻撃を受け止めることもできないですっ!」

 

確かにその通りだ。まだこの世界ではスライムの打撃と鞘の一発しか受けてないから、血が出たことはない。

魔法とか使えればいいんだが、あいにく日本人には素質がないのか、レベルは上がってるのにステータスのMPは0のままだ。

 

30歳まで独りだったら覚えられるだろうか。うん、下らないな。

 

ん、まてよ?

ふと思い出してステータスをもう一度見直す。

一番下の素手の熟練度の更に下、そこには確かに、かつて見たあの文字が書いてあった。

 

『武器に分類されないものは素手の熟練度の補正がかかります。』

 

忘れていた。

これならいける!

 

「よし、武器は止めだ。マイ、この街で一番いい工作材料が売ってる店に連れて行ってくれ」

 

「わあ、いいですね!道具も古くなってきてたし、新しいのを買いたいですっ!是非行きましょう!」

「おいサンタ、なんでそんなとこなんだ?武器なんてないだろ。防具だって、ほら、そこの店にあるぜ」

「いや、防具じゃないんだ。あと、赤くないものは着られないんだよ」

 

なんとなくだが、世界は変わってもサンタのイメージだけは変えてはいけない気がする。

あ、今思いついたわけじゃないからな?

 

「じゃあ、何しに行くんだよ?」

「武器を買いに行くんだよ。武器を使えない僕にとって最強の武器、それは-----」

 

右手にぶら下げていた白い袋を背負い直して胸をはる。

 

「----角材、だよ。」

「えっ」

「え…」

 

賑やかなこの商業エリアなのに、2人の言葉が、いやに響いて僕の耳にこだました気がした。




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第10話:武器を求めて

「おー、いろんな木があるな」

 

マイに案内された武器屋(工具店)は品ぞろえがよく、様々な木材が立ち並んでいた。

 

「値段気にしなくてもいいか?そこそこ良いやつ買うぞ?」

「いや、剣とかに比べたら超安いから全然いいけどさ、お前まじでそれで戦う気なの?」

 

ラストは納得がいかないのか、ここにくるまでの間にこうして何度も聞いてきた。

 

「そうだけど?」

「いや、まあなんというか…うん、いいや。好きなの選べよ」

「私もちょっといろいろ見てきますね…」

 

角材を武器にすると言った途端にこの反応だ。いいじゃんか、角材とか殴られたら超痛いだろ。

MPないから物理でオッケー!

 

「ラスト、この中でこの木はすごいよって言うやつ知らないか?」

「俺は木に関しては何も知らないからな。当の専門家は自分の買い物を始めてるし」

「そうだよなあ」

 

マイは自分の商売道具を買おうと本気になって探している。

年頃の女の子ならその目は服とかアクセサリーに向けるものなのに。

こいつは本当に18歳なのだろうか。

 

「仕方がない、店の人に聞いてみよう。ラスト、あそこの女の店員さんに聞いてみてくれよ」

「あいよ、行ってくる」

 

ラストは店員さんに後ろから声をかける。

 

「すいませーん、ちょっといいか?」

「はい、なんでしょう…はっ!」

 

バキュ―――ン!

 

ハートを射貫かれたような音が聞こえた気がする。

さすがはイケメン。これは落ちたな。

ラスト、お前はこの街でハーレムでも作ってろ!

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、大丈夫?」

「え、は、はい!なんでしょうか!?」

 

そのままラストがこっちに店員さんを連れてやってくる。

グッジョブラスト!なんか技名みたいだな。

 

「この中で一番いい木ってどれ?できれば剣とか斧でも折れないような、とにかく頑丈なやつがほしいんだけど」

「あー、ちょっと待ってくださいね。今、店長を呼んできます!」

 

そういって店の奥に駆け込んでいく。

1分もしないうちに店の奥から体格のいい男が出てくる。

万引きとかしたら殺されそうなほどにいかつい。

 

「どうもいらっしゃい。俺がここの店長だ。それでお客さん。良い木が欲しいみたいだな。どんな木が欲しい」

「とにかく硬くて頑丈で、剣とかとも打ち合いができて、簡単に折れない木が欲しいんですよ。僕は素人なので、教えてもらえると助かります」

「なんだお客さん、あんた、決闘でもするつもりかい?」

 

僕の説明が面白かったのか、店長を名乗る男はその口元を緩めて強面を崩した。

 

「ああ、14時から申し込まれててね。僕は武器は全く扱えないから、角材で戦おうと思ってるんです」

 

そういうと店長は一瞬だけ目を見開き、その後すぐに笑いだした。

 

「ガッハッハ!本気かい?剣を相手に木で挑むたあ、あんた相当クレイジーだねえ!ハッハッハ!」

「やっぱりそうだよな!よし、サンタ。他の店で武器を買おう。大丈夫、お前なら使いこなせるって!ほら、あんたも、こいつになんか言ってやってくれよ!」

 

ラストが店長に僕を説得する言葉を求める。

相変わらず楽しそうに、嫌味なく笑うので、全然怒る気にもなれない。

 

「ガッハッハア!ヒィ、すまねえ!可笑しくてつい笑っちまった。剣と打ち合える木材か。いいだろう!俺が最強の武器を選んでやる!」

「ほら店長もこういって…って、ああ!?」

「ありがとう!助かるよ!」

「その代わり、うちの店の宣伝もよろしく頼むぞ!」

「ああ、任せてくれ!ダンディな店主とかわいい看板娘が、素人相手でもやさしく教えてくれる店って、宣伝してくるよ!」

「なんか言い方はアレだが、頼むぜ!」

 

ガシッと、握手をする。

交渉成立だ。

 

「ああ、もう。どうなるんだか…」

 

きれいな白と金が混ざったような髪色の頭をかきながら、ラストはこれからの決闘に、初めて不安を覚えたのだった。




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第11話:少女の作戦

店長と意気投合し、僕は2人で対剣士用の武器(角材)を探していた。

ラストは止めるのも諦めて、僕たちの作戦をただ眺めている。

マイは、本当に買い物を楽しんでいる。

いい加減手伝って!一応生活かかってるんだぞ!

 

「それで、何が良いんだろう、店長。どんな高いやつでもいいから、教えてくれ」

「そうだな。シンプルに硬さを追求するならこのストンの木がいいだろうが、これは硬い分密度が高くて、とにかく重い。剣を受け止めるなら早く動かせるほうが良いが、軽い木だとすぐ折れちまうからなあ。折れるまでにケリをつけねえといけねえ」

 

白い大理石のようなストンの木を持つと、あまりに重すぎて片手では扱えない。これでは打ち合いになったらいつかはボロがでてやられてしまう。

 

「中間の木は?そこそこ硬くて、そこそこ軽いやつ」

「それだとコモンの木だが、決め手に欠ける。普通に戦うなんてダメだ!やっぱり男なら、ガツンと決めたいもんだろ!」

「店長…」

 

手ごろなのあるならそれでいいじゃんか。

角材で戦う時点で普通じゃないだろ。

おそらく角材で戦う馬鹿なんていないから、初の挑戦にインパクトを残したいのかもしれない。

まあ、そのロマンを追い求めるその気持ち、わからなくもないが。

 

「どうしてこうも、両極端な木ばっかしかないんだろう。うーん、どうしたものか」

「それなら、木に魔力をこめればいいんですよ」

 

後ろから声がしたかと思うと、紙袋を抱えて、すごく満足げな顔をしてこちらに歩いてくる明るい茶髪の女の子が歩いてくる。

 

「ん?なんだ嬢ちゃん?この赤帽子のツレか?」

「そう、ツレなんだ。マイ、ほしいものは買えたか?」

「はい、それはもう!見てください!かわいいでしょう?」

 

満足げな顔をして紙袋から取り出したのはピンク色の小型のチェーンソー。

電気が無いのになぜかシャリンシャリンと、動き出している。

お前あれだけ鋭い目して品定めして、結局それかよ。

とりあえずさっさとしまってくれ。怖い。

 

「お、おお、そうか。か、かわいい、な?それで、なんだっけ?魔力?」

「はい、一部の木は魔力を纏うと魔力をまとわないものに対しては剣みたいに硬くなるんです。相手が魔法使いじゃなければ、魔力負けすることはないですし、どんなに軽い木でも打ち合えるようになりますよっ」

 

どうやら魔力というものを込めれば、オーラのようなものをその身に宿すことで、ある程度の硬さになるということらしい。

 

「へえ、そいつはいいな。でもさ、僕、魔力なんてないぞ?」

「そうなんですか?でも、大丈夫!私とラストは、少しですが魔力をもっています。2人で魔力をこめれば、きっと硬い木になりますよっ!」

「そうか、魔力か!そいつは思いつかなかったぜ!やるな、嬢ちゃん!」

 

店長もそれだとばかりに叫ぶ。

 

「もしかして、さっきのチェーンソーも魔力で回ってるのか?」

「そうですよ。魔力が高い人ほど、勢いよく回るみたいです!」

「へえー、ちょっと僕にも貸してくれよ」

「どうぞ♪念じれば回りますよ」

 

マイから受け取り、手に取ってみるが全然回らない。

念じれば回るというが、どれだけ力んでも回る様子がない。

 

「うおおおぉぉ…回れえぇ…!」

「本当に魔力が無いんですね、サンタさん。普通の人でも、少しはあるはずなのに、珍しいですね」

 

地球人ですから。

くそ、なんでファンタジーの世界にきて魔法って言う概念があるのに、使えないんだよ…サンタのじいさんに、魔力をもらえばよかったかなあ。

諦めてチェーンソーを返すと、勢いよく回りだす刃。

それはまるで魔力の無い僕への当てつけのようにシャリンシャリンと、笑い声のような音をたてて回っていた。

 

――現在、13:00。

決闘まで、後1時間。




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第12話:行く者、待つ者

「それじゃあ、店長、これを頼むよ」

「へい、まいどありぃ!」

 

マイに教えてもらいながら僕は魔力を込めやすい木を選んで買った。名前はマナウッド。名前の通り魔力を吸収することが特徴であり、元から幾分かの魔力を含んでいることもありそこそこの硬さを持ちながらも、十分な軽さを持ち併せていた。

店長は魔力には全く関心がないためにこの木材についてはあまり語らなかった。改めてマイの持つ才能がすごく思えた。

 

「赤帽子、絶対勝ってこいよ!そして、うちの店の木だって、自慢してきてくれ!」

「ああ、必ず!」

 

白い袋に角材を仕込むと、僕は店を後にする。

店を出たあたりで、ラストがふいにつぶやく。

 

「今、何時だ?」

「あ」

「あ」

 

スマホで時間を見ると13時40分を指していた。

 

「魔力を込めるのに時間をかけすぎたな。どうする?このままだと走ればなんとか間に合うが」

 

そうなのか、僕はまあ疲れないからいくらでも走れるが、2人は無理だろう。

ラストなんてオールバックの腕一本でやられたんだ。こいつは体力も底に近いほど非力だろう。

 

「んー、まあ、面倒だしいいんじゃね?決闘申し込んでるのはあっちだし、こっちは店でも見ながらゆっくり行こう。ルドルフにお土産買いたかったんだよなあ」

「ここまでくるとかわいそうですよね。あの人も。まあ同情はしませんけど」

「よーっし、それじゃあまだ昼飯食ってねえし、どっかで飯でも食ってから行こうぜ!」

 

ラストの提案を聞いて、そういえばまだ何も食べていなかったことに気づく。

 

「そういえばお腹すいてたよ。行こうか」

「この辺だとお肉料理がおいしい店がありますよ!早速いきましょうっ!」

 

オールバックの男はどうしているだろうか。まあ待たせるのも悪いし、少しだけ早めに飯を食って、お詫びに果物でも買っていってやろうかな。

 

その後料理店に行く前に少しだけ寄り道をして、ルドルフのお土産とオールバックのために果物を買い、おいしい昼飯を堪能してから、僕たちは決闘会場である広場に向かった。

 

 

 

「遅い…」

 

ルウシェルは広場のベンチに腰かけて、遅すぎる決闘相手の到着を待っていた。

決闘時間までは広場の真ん中で仁王立ちで待っていたのだが、待ちくたびれて、近くのベンチで腰かけていた。

広場の時計台を見ると、もうすでに午後の3時を過ぎている。

 

「もう一時間だぞ?まさか来ないつもりでは…」

 

我慢の限界になって、サンタクロースの店に再び出向こうと立ち上がったその時、見慣れた赤い帽子と、それに続いて白髪、茶髪が歩いてくるのが視界に入る。

 

「ついに来たか…!」

 

立ち上がったルウシェルは腰に差した剣を抜き、3人の前に立ちはだかった。




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第13話:決闘開始

「すいませーん!遅れましたー!」

「待ちくたびれたぞ!今何時だと思っている!15時だぞ!?もう約束の時間から1時間も過ぎているぞ!」

 

文字通り地団駄を踏んで怒りをあらわにしているオールバック。

ガチャガチャと鎧が音を立ててうるさいことこの上ない。

 

「ま、これも作戦のうちよ。昔々、決闘を前にして、わざと遅刻をして相手を油断させた剣の名手がいてな。そいつの真似をしてみたが、効果は抜群だなあ!」

「ええ、そうだったんですか!?すごいです!」

「さすがはサンタ、家を出たときからもう戦いは始まってたんだな!」

「なんだと…?俺は貴様の策にまんまとはまっていたということなのか?くっ、不覚!」

 

嘘だが。確かに歴史上ではそんな逸話は存在するが、今思いついたから言ってみただけだ。

しかし横にいる2人も、目の前の騎士も信じたように面食らっている。

嘘も騙し通せば真実になるってことか。

 

「まあ、待たせたことは謝るよ。それより、そろそろ始めようか」

「・・・そうだな。それではこれより決闘を行う!おいお前、俺の前に立て」

「了解っと」

 

オールバックの正面に立って準備ができると、周りの人々が好奇の目で見てくる。

 

「お、なんだ。決闘か?」

「あ、あいつあの時ポーション売ってた赤い帽子だ!」

「あいつ戦えたんだな。ちょっと見ていこうぜ!」

 

僕たちを取り囲むようにしてギャラリーが集まる。

どうやら僕は先日の客寄せでちょっとばかり有名になっていたらしい。ルウシェルの方はわからないが、この赤い帽子が目立つのか、誰も彼の名を口にしない。

 

「ああ、そういえば僕、決闘とか初めてなんだけど、ルールとかあるの?」

「初めてなのか?良いだろう。教えてやる。開始の合図で決闘開始、終了はどちらかが負けを認めるか、気絶などによって戦えない状態になるまでだ」

「武器とか制限あるの?」

「どんなものでも構わないが、原則として、武器は身に着けられる規模のものなら何でもいい。身に着けられるなら、いくらでも使っていいということになる」

 

持てる限りなら使い放題ってことね。

それなら、このサンタクロースの袋が役に立ちそうだ。

 

「回復はいいの?」

「禁止ではない。いくら使っても大丈夫だ。ただし、使うことができるほど余裕があればの話だがな。それだけか?」

「ありがとう、後はいいよ。それじゃあ始めようか」

 

大体のルールはわかった。袋を左手にもって、構える。

 

「それじゃあ、合図は…おい、そこの小娘、お前がやれ」

「私、ですか?」

「マイ、よろしく」

 

オールバックに指をさされて嫌な顔をしたマイだが、それでもすぐに取り繕って僕とオールバックの前まで歩いてきた。

 

「わかりましたよ…それじゃあ、準備はいいですね?」

「おっけー!」

「いつでもいいぞ」

「それじゃあ、決闘、開始です!!」

「「「おおおおおおおおおお!!!」

 

いつの間にかできあがった血気盛んなギャラリーは、開始の合図とともに、一気に騒ぎ出した。




ご覧いただきありがとうございます。
1話ごとの字数が短いですが、もし長いほうがいいという方がいましたら、教えていただければ伸ばします。


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第14話:新しい相棒

「それじゃあ、決闘、開始です!!」

 

マイの合図と、ギャラリーの歓声が決闘開始を告げる。

オールバックはすぐに切りつけてくると思っていたが、どうやら少しは落ち着きがあるようで、剣を構えたまま動こうとしない。

 

「どうしたんだ?かかってこないのか?」

「ふん、俺も礼儀というものをわきまえていてな、武器を出すまでは、動かないでおいてやる。感謝することだな」

「そっか、案外いいやつだな。それじゃあ、僕の国の決闘をする前の礼儀というやつを、お前にも教えてやるよ」

「ほう、話してみろ」

「決闘の前、互いを尊敬しあって決闘に臨むという姿勢を表すために、お辞儀をするというのが僕の国の礼儀だ。だから、お互いにお辞儀をしてから始めよう」

「いいだろう。こうでいいか?」

 

そういってルウシェルは右手をお腹のところにおき、左手を背中に回していかにも騎士らしく礼をする。

清潔感があるから、案外決まってるな。

 

「そうそう。それじゃあ、僕も、そろそろ武器を出そうかな」

「おい、待て」

「何?」

 

何が気に食わないのか、オールバックは僕が武器を出すことを制してきた。

 

「お前はお辞儀をしないのか?」

「ああ、君のこと尊敬してないし」

「なんだと!それでは不公平だ!お辞儀をしろ。お辞儀をするのだ、赤帽子!」

 

おお、なんか知ってるやつからするとすごい名言が出てきた。

名前を言っちゃいけない人だから、誰のとは言わないよ。

 

「冗談だよ。はい、よろしく」

「全く…早く、武器を出せ」

 

決闘は始まっているというのに、このやり取りだけで既に数分をかけている。

袋からやっと武器を出したところで、オールバックの目が見開かれる。

 

「な、それは…俺の剣!」

「あ、間違えた。いらね。」

 

ポイッっと剣を捨てる。

 

「なっ!貴様、俺の剣を!」

「ん?この剣使う?いいよ、おいとくから好きに使ってね」

「ぐぬぬ…」

 

もちろん剣を取り出したのはわざとである。

なんとなく馬鹿にしてやりたかったからやった。後悔はしていない。

 

「気を取り直して。みなさん!こちらが僕の武器です!」

 

ギャラリーにむかって僕は今日から僕の相棒になったマナウッド角材を袋からだして掲げる。

当然ギャラリーは驚いている。

それもそうだ、普通は剣とか槍とか、ちゃんとした武器を望むだろう。

僕の手にあるのは角材。なんの変哲もない、ただの木の角ばった棒である。

 

「なんだよそれ!」

「お前、やる気あんのか!」

「ふざけんじゃねえぞー!」

 

みんな沸き立つかと思っていたので、大勢にあおられて、少し悔しくなってきた。

腹が立ってマナウッド角材をマイの足元に投げる。

 

「じゃあ、これなら満足できるかあ!マイ、さっきのチェーンソーで、さっさと装飾してくれ!うまくいったら、きっとうちの店にも注文が入るぞ!」

「ええ、本当ですか!?やりますやりますっ!」

 

シャリンシャリンと、チェーンソーが笑いだす。

 

「なんかごめん。皆が納得いかないから、ちょっとだけ待っててくれ。結構面白いはずだから、見ててくれよ」

「…仕方がないな。少しだけ見ててやる」

 

もう慣れたのか、オールバックはあきれたようにギャラリーと同じくマイを見つめる。

マイはやる気満々で、先ほどよりもチェーンソーの回転が良いように思える。

 

「よーっし、いきますよー♪」

 

大胆にチェーンソーを振り回して、角材に切りかかる。

僕からは背中で隠れて見えないが、ギャラリーが目を丸くして見つめていることから、きっと問題ないだろう。

 

「できました♪サンタさんっ!」

 

数分後、僕に相棒を投げてきたマイは、いい汗をかいている。

 

「おお、こいつは!」

 

相棒は、4つの角を斜めに削がれて、四角に近い八角形を作り出していた。

表面には、ところどころにツタのような植物の柄が所々に彫られていて、僕の帽子をかぶっているトナカイの絵が彫られている。また、持ち手の部分は丸くなっており、とても握りやすい。

数分前まではただの角材だったのに、今では世界に一つしかない、僕だけの相棒になった。

 

「お題はクリスマスっ!われながら自信作です!」

 

あまりの出来に、まわりから歓声があがる。

 

「クリスマス知らないだろ。お前」

「えへへ、まあいいじゃないですか」

「はーい、どうでしたか!今の芸!オーダーメイドはうちの店ファミリアでうけつけております!あ、おひねりはこちらの方にお願いしまーす!」

 

ラストがいつの間にか小さな袋をもって叫んでいる。

こいつ、抜け目がなさすぎる。

投げられる硬貨を全身に浴びて、うれしそうな表情をするラストを放っておいて、左手に袋、右手に相棒を構えて、前にたつオールバックを見る。

 

「結構待たせちゃったね。んじゃあ早速始めよう」

「待たせすぎだ。行くぞ!」

 

待ちくたびれたといわんばかりに、こちらに飛び込んでくるオールバックは、見た目に恥じない、ものすごいスピードだった。

 

「あいつ速え!?」

「サンタさんっ!」

 

ガキィン!

 

腰を落として相棒で縦切りを受け止め、横に目をやる。

 

「そんなに心配するなよ。一発で死んだら、シャレにならないだろ?」

 

左手の袋を顔面めがけて当てようとする。

それから逃げるようにして、オールバックは後ろに飛んで避けた。

 

「今のを受け止めるとはな。ふざけた格好の割には、実力はあるみたいだな」

「おほめに預かり光栄っす。まあ、そんなスピードじゃ、僕には攻撃当てられないけどね」

 

僕の挑発を受けると、余裕の笑みは崩れ、キッとした鋭い目を僕に向けてきた。

 

「・・・いいだろう。その虚勢に免じて本気で相手をしてやる。死んでから後悔しても遅いからな」

「それじゃあ、RPG的にいうなら、次は僕の番だよな」

「あーる、ぴいじー?よくわからないが、来るなら来い!」

 

剣を構えて迎え撃つ姿勢のオールバックに向かって、僕は駆け出した。




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第15話:サンタの宣言

「食らえ」

 

反撃とばかりに飛び上がって右手の相棒を振り下ろす。

しかしオールバックの剣にさえぎられ相棒は途中で動きを止める。

 

「なかなかの威力だ。やるな。だが――」

 

剣ではじかれて後ろに飛ばされ、そのまましりもちをつく。

 

「いって!っと、うわ!」

「そこだ!死ね!死ね!死ねえ!」

 

しりもちをついた僕の隙をついて無駄なく斬撃を放ってくる。

僕は座ったまま、両手で相棒をもって防御の姿勢に入る。

相棒は魔力をまとっているために耐久力はなかなかのもので、容赦なく放たれる剣の嵐をすべて受け止める。

立ち上がる余裕もないまま数えきれないほどの斬撃を受ける僕に、追い打ちをかけるようにヤジが飛ぶ。

 

「いいぞお!やっちまえ!」

「なんだよあいつ、しりもちついて攻撃されてやんの!」

「あははははは!」

 

舐められてんな僕も。

今日のガヤはアンチが多いみたいだ。

 

「うるっさいなあ!」

 

ガキインッ!

 

勢いよく立ち上がって相棒を目の前で振り回して、剣の猛攻から逃れる。

 

「お返しだ!」

 

再び駆け出して攻撃をするが、簡単に受け止められて無効化され、再び反撃されてしまう。

 

「なんだ、この程度かあ!」

 

こいつ、剣を持つと、見た目通り騎士としてのパフォーマンスはできるみたいだな。ただのかませ犬かと思ってたぜ。

こいつに僕の相棒の攻撃は通用しないようだ。

 

「くそ、危ねえ!お前、殺す気でやってるだろ!」

「もとよりそのつもりだ!俺と決闘をするからには、降参なぞする暇は与えないからな!」

 

やばいやばいやばい!

何故かよくわからないけど、いつもより力が出ない!

なんで!?これじゃあこいつ倒せない!

それに、このまま攻撃され続けたら、いつかは相棒が折れて攻撃を食らっちまう。

なんとかしなければ。

 

しかし逆転のチャンスはなかなか現れず、僕はオールバックの剣の前に防戦を続けるほかなかった。

 

 

 

 

―――――――のだが、それは突然に訪れる。

 

 

 

 

剣を受け続け、たまに一発反撃するという行為を6、7回ほど繰り返したころだった。

目の前の男の剣速が鈍り始める。

 

もしかして、こいつ。

 

「はあ、く、粘るな…」

「なんだ?もしかして、飛ばしすぎて疲れたのか?」

「うるさい!」

 

連撃を放ってくるが、明らかにスピードが落ちている。

やはり剣を持ちなれていても、ずっと攻撃してばかりでは、身が持たないんだろうな。

これはチャンスだ。

遅くなった攻撃を受け流しながら、僕は左手の袋に集中して中身を確認する。

ゼリーばっかりだが、その中には、僕がここに来る前に用意してきたあるものがある。

 

 

数分後、ついにオールバックは僕から距離をとって攻撃を中断する。

額には汗がにじんでいて、剣をついて息を荒くしている。

冬なのに、ずいぶんと暑そうだな。

 

「はあ、はあ、本当に、ずいぶん粘るな…」

「おう、休憩か?まあそりゃずっとたたき続けてれば、そりゃ疲れるよな」

「うるさい、少し距離をとっただけだ」

 

肩で息をしながら、よく言うぜ。こいつ、本当に噛ませ犬としては、一流なのにな。後、一応剣も扱いはうまい。認めたくないが。

 

「へー、それじゃあ、このチャンス、ものにしないとね」

 

白い袋に相棒をしまって、右手をフリーにする。

そして僕も、この攻防の間に、どうしてか力を出し切れていないことの原因がわかった。

それがあっていれば、この相棒は真剣な戦いの時は、2度と使うことはできないだろう。

 

「なぜ武器をしまう?まだ勝負はついていないぞ。まさか、降参するつもりか?」

「なんでそうなるんだよ。残念ながら僕の相棒の攻撃は全部防がれちゃうからね。こっからは、サンタクロースの名に恥じない、夢と希望にあふれた戦い方をしようと思う」

「どういうことだ?」

 

肩で息をしながら、オールバックが問う。

 

「これは僕の推測だが、最初のお前の武器を持たない相手には攻撃しないという礼儀から、剣や魔法が存在するこの世界には、素手で戦う、いわゆる武闘家なるものの存在はない。あってるか?」

「素手で剣と戦うだと?ありえない!」

「その反応だとあってるようだな。だから僕はここにいるみんなに、夢と希望、すなわち、素手での剣への勝利をプレゼントしよう!」

「なんだと?」

 

周囲騒然、ざわざわとギャラリーがざわめきだす。

 

「おいおい嘘だろ?」

「あいつバカかよ。素手で戦うなんて、自殺行為だ」

「はは、底抜けの馬鹿だぜ!おい騎士の兄ちゃん!この赤帽子の頭を、こいつの血でさらに真っ赤に染めてやれ!」

 

いいぞ、そのまま騒げ、僕を馬鹿にしろ。そうすればそうするほど、周囲を味方につけた目の前の男が僕に油断するはずだ。

オールバックに向き直り、4本指を立てる。

 

「今日、お前には、4つのプレゼントを用意した。せっかくのプレゼントだ、その身に存分に、心ゆくまで味わってくれ!」

 

そう宣言すると、オールバックは僕を鼻で笑って、余裕の表情を見せる。

 

「ふっ、武器を捨てたものなど、俺の敵ではない。一気に決着を付けてやる!」

 

作戦どおり、調子に乗っている。

こいつ、ちょろいな。

 

「悪いが攻撃は一切させない。こっから先は、僕のターンだ!」

 

ファンサービスとばかりに演出に時間をかけすぎてしまった。

しまった。長く話しすぎたな。いつの間に、こいつ体力取り戻してる。

まあ、これからは、攻撃の暇なんて与えさせなければいいだけだ。

 

決闘が始まってからもうすぐ1時間がたとうとしているこの戦いにも、ついに終わりが見え始めていた。




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第16話:プレゼント

「いくぞ!」

 

体力を取り戻したオールバックがこちらに突っこんでくる。

 

「まずは1つ目のプレゼント!」

 

そういって取り出したのはなんの変哲もない道端で落ちてるような石ころ。

顔面めがけて思いっきりぶん投げる。

オールバックの男はそれを軽々とかわす。

 

「ふ、何がプレゼントだ!一つ目の策はつぶれてしまったようぐえぇ!!」

「だーれが一発だけって言った?」

 

初発を避けて調子に乗って油断したところで投げられた2発目に対処しきれず、オールバックの顔面に石が当たって後ろによろめく。

 

「く、俺の顔に石をぶつけるとは…許さなぐはあ!」

「しゃべってる暇があったら避ける努力をするんだな」

 

石ころを次々取り出してマシンガンのように投げつける。

石は来る途中目に入ったものをすべて拾ってきたので弾は数えきれない。

 

「1つ目のプレゼント、お題は雪合戦。どうだ、面白いだろ!」

「ぐ、うおあ!この、卑怯だぞ…!」

「手に持てる限りはいくらでももっていいんだよね?ならルールは無視していない!よって卑怯ではない!」

 

無理矢理な理論を通して、石を投げまくる。

オールバックは両手で顔を覆って、ガードの姿勢をとっている。

剣で防がないのが、少し妙だ。

 

 

 

「それにしても、投げる石のスピードが桁違いだ。さっきまでの攻撃は今のために温存して抑えていたのか?」

「まさか、そこまで計算していたなんてっ!サンタさん、なんという策士!」

 

ラストとマイがこちらを見て話していているのが聞こえる。相変わらず僕にプラスになるように勘違いをしていて、僕は悪くないのに、罪悪感で胸が痛い。

実際は2人が思うほどの計算なんてしていない。

さっきまでの打ち合いは温存なんかではなく全力だ。それに温存なんて、疲れない僕には意味がない。

 

ではなぜ先ほどの全力が、今よりも遅く感じてしまうのか。

 

おそらくだが、その答えは武器熟練度である。

 

素手以外がZランクのために武器が使えない、という理由で角材を選んでいた僕だったが、買った当初のままだったらきっと今と同じスピードが出せていた。

しかし、僕がギャラリーに角材を馬鹿にされて、マイに装飾を頼んでしまったことにより、相棒は姿を変えられてしまった。

普通に装飾を付けるだけならよかったのだが、この美少女は性格も美少女で、なんと角材の角を削り、気を遣って持ち手まで作ってしまったのだ。

 

マイの技術は完璧であり、もはや相棒はタダの角材ではない。

彼は棍棒、もしくは何かの武器へと進化してしまったのだ。

そうなってしまっては武器の熟練度がすべて地の底に落ちている僕にはZランクの補正がかかり、攻撃もスピードも大したことのないものになってしまったのだ。

まあ、そんなことは言ってもステータスの概念なんてないしわからないだろうが。

 

オールバックが両手で覆ってガードを解こうとしないので、そろそろ石を投げるのをやめる。

 

「ぐっ、攻撃が止んだ…弾切れか?」

「1つ目のプレゼントはなかなかよかっただろう。それじゃあ、2つ目のプレゼントだ!一気にいくぜ!」

 

思いっきり地面を蹴ってオールバックに急接近する。

急な接近で動揺しながらも、剣でこちらを迎え撃とうと、剣を斜めに振り上げる。

防御の術がない僕の右肩から斜めに切り裂くつもりなんだろう。

 

「それじゃあ2つ目のプレゼント、くらいな!」

 

パリィン!

 

右斜め上から飛んできた剣に向かって右手で対抗する。

オールバックの剣は僕の拳を受けると、刀身が爽快な音を立てて、後方に飛んでいく。

 

「何!?何故、俺の剣が、武器を持たない貴様なんかに…まさか、魔法使いか!?」

「いや、よく見ろ。悪いけど時間が無かったから用意が足りなくてね。2つ目のプレゼントも、石だ。お題はサプライズ。おまけして、ちょっと大きめの石にしたよ」

 

そういって攻撃の瞬間に袋から取り出した大きめの石を見せる。

攻撃の瞬間に石で迎え撃ち、素手の補正がかかった僕の石は、もはや剣なんて比にならない。その威力は、大剣を超える、はずだ。その証拠に、剣は折れて、その上半身は後方に突き刺さっている。

 

「なるほど。さっき剣で石を受けなかったのは、折れるかもしれないっていう不安要素があったんだな」

「ぐっ…!しかし!俺にはまだ、剣がある!」

 

そういってこの至近距離でタックル気味に突っこんできた。瞬間的に避けると、その隙に僕の背後の地面においてある先ほど僕が捨てた剣のところへと、全力でかけていく。

そういえば、剣おいてたんだっけ。

 

「いいのかい?対戦相手に背中なんか向けちゃって。よし、相棒、出番だぜ!ぐんぐにーる!!」

 

ゲームで習った技名を叫びながら、袋から眠っていた相棒を再び取り出し、槍投げのように直線に放つ。

背中を向け、さらには防御の術がないこいつには最高の一撃になるはずだ。

 

「ぐああ!」

 

案の定相棒の一撃を背中に受け、オールバックは転んだように倒れる。

そのまま剣を掴むことはできたようで、反射的にこちらに振り返り、防御の姿勢に入ろうとするが、もう遅い。

 

オールバックに飛び乗り、マウントポジションで右手を振り上げる。

 

「お前との決闘、なかなか勉強になったぜ。サンキューな。それじゃあ、これでおしまいにしよう。全身で受け取れ、3つ目のプレゼントォ!」

 

渾身の一撃を力いっぱい振り下ろす、オールバックの顔面に、拳がめり込まれる。

鈍い音がして、オールバックの体が一瞬跳ねたかと思うと、白目を向いて気を失っている。

 

「3つ目のプレゼント。お題は素手による敗北。…っぷっ。ははは!」

 

情けない顔をして気絶をしているオールバックに笑いがこらえきれず、スマホを取り出して、その情けない顔を写真に収める。

気が付くと、いつの間にか静かになった周囲に、立ち上がって声をかける。

 

「最後までご覧いただきありがとう!以上、夢と希望にあふれる、サンタクロースの決闘でした!それじゃあ、メリークリスマス!」

 

もはやメリークリスマスの意味がわからない。

しかし、まあこの世界じゃあ意味わかるやつ一人もいないし、いいだろう。

 

「るう、ん、んん!ルールにのっとり、片方意識不明のため、決闘終了!勝者、サンタクロース!」

 

名前忘れんなよ。

ごまかして僕の名前だけ大げさに言うんじゃないよ。

 

「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」

「まじか、本当に勝ちやがった」

「熱い一発だったぜ!」

「あの石、飛んでこないか怖くて仕方がなかったよう」

 

広場は歓声に包まれる。

そして後ろから、ラストが歩み寄り、前からマイが駆けつてきて僕に飛びついてくる。

 

「いやあ、お疲れさん!最高だったぜ!」

「もう、心配しましたよ?最初、やられるかと思いましたよっ!」

「あ、ああ、心配かけたな。それとマイ、あいつの名前、わからなくてごまかしただろ。せめて名前くらいは覚えてやれよ」

 

本当にかわいそう。こんなかわいい子にまでそんな扱いされたら、剣士のプライドとか折れるどころじゃねえぞ。

 

「え、まあ、いいじゃないですか!それより、どうでしたか私の武器の出来は!」

 

ハイテンションかつ倒置法。もう武器って認めてるのね。

 

「ああ、武器になったおかげで、最悪の使い勝手だった」

「え~!自信作だったのにぃ…」

 

熟練度についてはわからないはずだが、わかりやすく落ちこんでいるご様子。

とりあえず慰めようと、頭をなでる。

 

「えっと、まあ、役には立った。さんきゅーな」

「ふあ…は、はいっ!」

 

真っ赤になって、それから恥ずかしそうに微笑む。

感情の変化が激しいやつだ。

 

「そ、それでラスト。いくら稼いだんだ?」

 

マイのチェーンソー芸を、機転を利かせて金に変えた男に尋ねる。

 

「ああ、それか。見ろ、この通り」

 

そういって見せる袋には、いっぱいの硬貨が入っていて、見ただけでもなかなかの額であることがわかる。

 

「臨時収入だ!この金で、祝勝会もかねて、飲みにでも行こうぜ!」

「やったあ!今日は、朝まで飲みましょうっ!」

 

お前ら飲みすきだな。大学生かよ、僕もそうだが。後、どうせノンアルコールしか飲まないだろうが。

ともあれ、初めての対人戦は勝利を収め、ついでに死ななかったことに、僕はほっとして、目の前ではしゃぐ2人を見ていた。




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第17話:祝勝会と忘れ物

「かんぱーいっ!」

「かんぱい!」

「乾杯!」

 

何度目かの光景。

僕たちは祝勝を記念して、飲みに来ている。

本当はただ飲みたいだけの気がするが、まあ接客業も楽じゃないしな。お疲れ様会とでも思って楽しもう。

 

「忘れてたけど、サンキューな、サンタ!お前のおかげで、王立研究所とかいう、ブラックなところで働かなくて済んだぜ!礼だと思って、今夜は好きなもの好きなだけ頼んでくれよな!」

「じゃあいっぱい頼みましょうっ!すいませーん!このページのメニュー、全部もって来てくださーい!」

「お、おい!マイ、お前は関係ないだろ!」

 

思い切った注文にラストがあからさまに動揺する。

しかしマイはそんなラストを気遣うことなく、ただいたずらに満ちた笑顔でこう告げる。

 

「今日の主役である、サンタさんの武器を用意したのは私ですけど?何か問題でも?」

「・・・ほどほどにしといてくれよな」

「まあ、男に二言はないもんな?ラスト?」

 

目の前のイケメンにあおってやると、そいつは一気にドリンクを飲み干しだして、自棄になる。

 

「だああ!もう、好きなだけ飲めよ!今日は朝まで飲み明かすぞお!」

「おー♪」

「ごちでーす」

 

こうして、楽しい宴が始まった。

 

―――――1時間後。

 

「でもまあ、この調子なら、店もリフォームできそうだよな!」

「もっとオシャレに、かわいくしましょうっ!」

「ああ、そうだよな。でも、なんか忘れてるような…」

 

時間も経って、盛り上がりもそこそこになってきたころ。

この後、話の本題は、こちらに向かってくる男によって、いきなり切り替わることになる。

 

「探したぞ。やはりここにいたか」

「あっ!るう、んん!昼間の人!」

「ん?ごほっ、ごほっ!てめえ、何の用だ!もう決闘は終わっただろ!どっかいけ!」

 

二人の反応で見なくても誰が来たのかがわかった。

特に嫌な顔もすることなく、知り合いに話しかけるように普通の調子で僕も反応する。

 

「ん、あー、オールバックじゃん。どうした?」

 

目の前のオールバックは前にここで会ったときと同じくらい落ち着いているが、前のようなとげとげしさは感じられない。

 

「それで、何の用?」

「今日の決闘で負けたからな。なんでもいうことを2つ聞く、この要求を聞いていない」

「ああー、そのことか、まあ、座れよ。ラストの隣あいてるからさ。なんか頼めよ」

 

そういえばそんな約束してたような。

とりあえず立たせるのも悪いので、向かいのラストの隣に座るように促すが、途端に二人が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「はあ!?お前何言ってんだよ!こいつと飲むだって?ありえない!」

「私もいやですっ」

「まあまあ、お願いごと2つ聞いてくれるって言うんだからさ。なんでも聞いてくれるかもよ?」

 

そういって笑うと、2人は何かを思ったみたいで、ニヤニヤ笑いだす。

その笑いを良いと了承ととって、席に座るように促す。

 

「いいってさ。ほら、座りなよ」

「…それでは、失礼する」

 

ラストが横に移動して、僕の向かいにオールバックが来るようにして座った。

 

「それじゃあ、なんでもお願いを聞いてくれるって話だが…何にしようかなあ?」

「もうこの街歩けないくらいの、恥ずかしい思い出でも作っちゃいますかあ?」

「…」

 

ラストとマイが悪い大人の顔をしている。お前ら、こいつのこと嫌いすぎだろ。

黙ってはいるが、オールバックは最初に会った時ほど健康的な顔色はしておらず、むしろこれから出される2つの命令を恐れるかのように青ざめている。

 

「まあまあ落ち着けよ。1個はもう決まってるだろ。もううちの店の連中に手を出さないこと。いいな?」

「…ああ、約束しよう」

 

とりあえず1個目はすぐに決まった。

あと、もう1個は僕の中では決まっているんだが、どうしようか。

 

「なあ、マイ。ラスト。このもう1個も、僕が決めちゃっていいかな?」

「まあ、勝ったのはお前だし、任せるぜ」

「思い出作りもしたかったけど、決闘したのはサンタさんですからね。お好きにどうぞ」

 

そういって微笑むが、こいつは割と黒いことを言っているな。

今後はできるだけ怒らせないようにしよう。

 

「ええと、んじゃあ。お前、見た目からして、たぶん金持ってるよな?」

「俺は冒険者の中でもレベルは上の方だ。金ならお前らの店の売り上げよりも高い報酬をもらっている」

「んだとこの野郎!」

 

ラスト、前から思っていたが、お前割と気性が荒いな。でも義理とか人情が感じられるし、なんか江戸っ子って感じがする。頭白いけど。

 

「まあ落ち着けよ。冒険者ならそんなもんだろ。じゃあ、その経済力で、用意してもらいたいものがある」

「なんでも言ってみろ。何なら家だって建ててやる」

「ええ、まじでそんな稼いでるのかよ!?」

「正直引きました…痛い!」

 

マイを軽いデコピンで黙らせる。

嫌いなのはわかるが、僕が言われる立場だったら、もう今すぐ泣きながら腹切っちゃうよ。

まあ陰でこそこそ言わないあたりは素直に好きだが。

 

「んん!それじゃあ、もう一つのお願いは、4人は乗れそうなそりを作りたい。だから、そのために必要な素材を、お前が用意できる限りの最高級の物を取り寄せてくれないか?」

「…そんなものでいいのか?」

 

目の前の男にとっては悪い話ではないのに、いかにも納得がいかないような返事をする。

まあ、家でも建てられるだけの財力があると言ったのに、そり一個分の材料なんて小さいことを言われたら、そりゃ拍子抜けだよな。

 

「この街案外広いからな。足が欲しいんだよ」

「そうなのか?では3日後には必ず届けに行く。待っていろ」

「サンキューな!」

 

そのやりとりが終わると同時に、ウェイターが追加の料理と飲み物を持ってきた。

マイは受け取った赤い液体をぐっと飲むと、ふと疑問に思ったのか、僕に尋ねてきた。

 

「サンタさん。足なんて言っても、そりじゃあこの街は滑れませんよ?この町は雪もあまり降らないし、それどころかもう冬も終わっちゃいますよ?」

「まあ、そのうちわかると思うよ。僕には優秀なパートナーがいるからな」

 

そういいながら、あの小さなトナカイ、ルドルフのことをついに思い出す。

そういえば昼から何も食べさせてなかったような。

 

「あ!やべ!ルドルフ忘れてた!飯食わせてない!腹減ってるかも!ちょっと連れてくる!」

「おい!待て!」

 

立ち去ろうとする瞬間、オールバックに呼び止められる。

 

「なんだ?まだ用か?」

「お前は決闘で、4つプレゼントがあると言っていたな。だが、俺は3つ目のプレゼントしか受けていない。4つ目は一体何だったんだ?」

「ああ、そのことか。忘れてたよ。今日は忘れ物ばっかだな」

 

再び戻ってきて、オールバックの正面にたって袋に手を入れる。

 

「まさか貴様!また何か残して…!もういい、決闘は終わったんだ!だから暴力のプレゼントは…!」

 

「はい」

 

そういって差し出した右手には、小ぶりの緑色の果実がのっている。

ポカンとして、オールバックはその手の上の果実を見つめている。

 

「・・・なんだ、これは?」

「待ち合わせに1時間も待たせちゃったからな。お詫びの気持ちとして、途中で果物を買ったんだよ。そういえば渡さなきゃなあと思ってたけど、忘れてた。店の人おすすめしてたから、きっとうまいと思うぞ」

 

手渡して、再び走り出す。

 

「お前との決闘楽しかったよ、ルウシェル。あとお前、よく見ると幼い顔してるし、前髪おろした方が似合うと思うぞ。それじゃ、ルドルフ連れてくる!」

「いってらっしゃーい♪」

「あいつなんであんな全力で走ってばっかなのに息一つ切らさないんだ…?」

 

魔法、ですから。

まあメカニズムはサンタのじいさんにでも聞いてくれよ。

家への道を全力で飛ばしながら、独り言をつぶやく。

 

「ルドルフ、怒ってないかなあ」

 

 

 

「…」

 

ルウシェルは渡された果実を見ながら、物思いにふける。

あいつ、俺との決闘が楽しかっただと?

そして、さっき、俺の名前を―――

 

「なにぼーっとしてるんですかあ?」

「え、な、なんでもない!」

「もしかして、あいつに惚れたか?男を惚れさせるとか、サンタ、お前ってやつはすげえよ…」

「だから、違うといっているだろう!」

 

ルウシェルは声を荒げて否定するが、それでもあの赤い帽子の後ろ姿を想像して黙り込んでしまう。

そしてマイとラストによって、話題はサンタクロースに。

 

「でも好きになるのもわかるなあ。あいつ、なんか見てて飽きないんだよなあ」

「そうですよねー。人をひきつける何かがあるような。まるでこの世界の人じゃないような」

 

マイは少しだけ間をあけて、小さくつぶやく。

 

「でも私たちのために一生懸命で、そこがかっこよくて」

「ん、なんだって?」

「な、なんでもないですっ!さ、オールバックの人も、飲みましょうよ!」

 

しばらく黙って考え事をしていたルウシェルは、マイの一言で我に返る。

 

「ん、そうだな。俺もあいつと話がしたい。俺も飲もう」

「よっしゃ、お前、今日は潰してやるからな!覚悟しろよ!」

「俺は17だ。酒は飲まない」

「年下かよ!んじゃあ、水っ腹にさせてやる!」

「やれるものならやってみろ」

 

赤帽子、もう少しだけ、やつとかかわってみるか。

負けたのに何故かさわやかな気分なルウシェルは、気分に任せて勢いよく3人のものと同じ赤い液体を飲み出す。

にぎやかな雰囲気に逆らって、夜はますます更けていき、月は窓から3人をうらやましそうに覗いていた。

 

「悪かったなー。ルドルフ。ほら、これ、今日の留守番のご褒美だ」

 

それと同じ頃、3人だけでなく、大きな月は路地裏を歩く赤い帽子も、一匹のトナカイにも平等に照らしていた。




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第18話:新しい家族

ルウシェルとの決闘から3日後の昼下がり。

伸びてきた髪の毛を指でいじりながら、店の外で接客もせずルドルフとともに店の外に椅子をおいて、ルドルフの相手をしている。

 

僕も接客した方がいいといったのだが、客寄せをやってくれたのは僕だからといって、ほとんど自由に退屈させてもらってる。

相変わらずポーションの売れ行きはいいが、決闘の時のマイのパフォーマンスが功をなしたのか、毎日1、2回くらいのペースで注文が入っているようだ。

注文が入ると、面倒くさがらずにとてもうれしそうな顔をしているので、仕事というよりも本当に作るのが好きなんだと思う。

 

「よう赤帽子、メリークリスマス!」

「ああ、いつもありがとう。また来てね」

 

たまにこうして声をかけてくる客に同じ返事をして右手を上げる。

赤帽子、という呼び名が定着したようで、サンタクロースと呼ぶ人は少ない。

たいていは帽子の人とか、赤い帽子にちなんだ呼び名だ。

 

そして何故か流行っているこの、メリークリスマスという単語。

気になったのでスマホのアプリの英和辞典で意味を調べてみると、メリーは「楽しい、陽気な」という意味らしい。

楽しいクリスマスを、というのが直訳になるわけだが、毎日がクリスマスみたいに聞こえてきてある意味ハッピーになるが、独りものには氷河期だ。

 

「うー、さぶっ」

 

しばらくして客足が途絶え、最後の客が僕に声をかけて出ていく。

やはり言われた聖夜のあいさつに、独りだということを再び思い出して鬱な気持ちになりながらルドルフにゼリーを食わせていると、僕の前に誰かが歩いてきて、日光がさえぎられる。

 

「ん?あんた、誰?」

「ルウシェルだ!」

 

目の前の緑色の男はそういって、少し声を荒げる。

オールバックではなくなっていたので、パッと見じゃ誰だか判別ができない。

おろされた前髪は顔の幼さを引き立て、青少年騎士という感じがする。

 

「ああ、ごめん。気づかなかった。髪、似合ってんじゃん」

「そうか、そうだろう」

 

少しだけ胸をはって、何か誇ったような顔をしている。

よくわからないが、髪型、気に入ってるんだろうな。

 

「それで、今日はどうしたんだ?僕は接客やってないから、買い物なら中の2人に声をかけてくれ」

「今日はそんな用ではない。約束の品を持ってきた」

 

気づくと牛よりも一回り大きい、しっぽの無いトカゲのような生き物が引いてきていた荷台を親指で指して言う。

 

「約束…ああ!そりの材料か!」

「サンタ―、今日も完売だ!って、あ」

「サンタさーん、お昼にしましょう♪どうしたんですかラスト、あっ」

 

店から出てきた2人は目の前の緑髪をみて察したように「あっ」という。

 

「おう、ちょうどいいところに。見てくれよ、そりの素材が届いたぞ」

「まじか!おお、すげえ!カラアレオンじゃん!金持ちって本当だったんだな!」

「ついでだ、この馬車ごとお前らにやる。好きに使うといい」

 

ルウシェルが連れてきたカメレオンのような生き物への反応が強すぎて、肝心のそりの材料の方はリアクションが薄い。

そしてついでにくれると聞いた途端に、二人とも飛び上がって喜び出す。

 

「本当ですか!やった♪この子、なんて名前を付けましょうか?カラちゃんとか?」

「お前ら、そこじゃないだろ。後ろの荷台に目を向けろ」

「だってこいつ、この街じゃなかなか見ないんだぜ!しかも、赤と緑の混色!混色なんてレア物、こいつ一匹分でそこらへんに家が建てられるレベルだぜ!」

「そんなすごいの?」

 

この世界の尺度がわからない僕が首を傾げていると、マイが懇切丁寧に説明を始める。

 

「カラアレオンは、森に生息する中型モンスターなんです。こうやって荷台を引くこともできるし、力もあるので、ビーストテイマ―の人たちの間でも人気があるんです。数が少ないから、なかなか手に入らないし、ほとんどは王国の方に行っちゃうので、ここらへんじゃお目にかかれないんですよっ!」

 

へえ、カラアレオンって言うのか。

カメレオンみたいで、大きさは僕より少し高い。頭が三角にとがっていて、帽子が似合いそうだ。

体は服を着たように体が赤くなっていて、顔と四肢は緑色をしている。

 

「この子たちは個体によって色が違うのが特徴なんですが、中でも二つ以上の色を持つ混合色はものすごく希少で、とにかく高いんです!そんな子がうちに来るなんて、すごいことですよ!」

「へえー、そうなんだ。ルウシェル、ありがとな」

「別に、俺が持っていても使い物にならないからな。それに、そりの材料だけじゃあ、俺も納得できない。ありがたく受け取るんだな」

 

ルウシェルは僕から目をそらして早口に片付ける。

忙しいのかなこいつ。別の日でもよかったのに。

 

「んじゃ、名前を付けようぜ!」

「そうですね!何がいいですか!」

 

僕を差し置いて、マイとラストは新しいペットに名前をつけることに夢中なようだ。

 

「おいおい、そりの材料…まあいいか、名前、何がいいかな」

 

もうそりなんておまけそのものだ。

さっさと名前を決めて、本題を戻そう。

 

「お前は何がいいと思う?ルウシェル?」

「そうだな。新緑の紅蓮龍、なんてどうだ?」

 

あー、こいつ、あれだ。中二病入ってる。

鞘の装飾とかも派手だったし、マントもしてるし、なんとなくそうかなとは思ってたけど。

 

「ここは無難にアカミドリにしようぜ!」

 

単純すぎ。でもなんか懐かしい。

昔やったゲームの愛称みたいだ。

 

「いやいや!もうカラちゃんしかないですって!ねえ、サンタさんっ!」

 

だめだこいつら、ネーミングセンスのネの字もねえ。

こんな奴らに任せたら、キラキラネームを付けられて、死ぬまでその名を背負い続ける悲しい運命をたどってしまう。

 

「却下。もらったのは僕だから、僕が名前を付ける。いいな?」

「ちぇー、じゃあ、良い名前をつけてやってくれよな」

「かわいい名前でもいいですよ♪」

「いや、高貴な名前だ。それしかない」

 

「「「ぐぬぬ…」」」

 

意見がそれぞれ分かれ、にらみ合って火花を散らしている。

さて、どうしたものか。

やはりサンタクロースといったらトナカイだろう。

昔なんかの本で見たが、サンタクロースは自分のトナカイ一匹一匹に名前を付けてたんだっけ。

ええっと、なんだっけ。たしか―――

 

「…コメット」

「え?」

「そうだ、コメットにしよう。よし、今日からお前はコメットだ」

 

思い出した達成感で、勢いに任せて命名する。

 

「コメット。うん、まあ、いいんじゃないか?」

「かわいい名前ですねっ!賛成ですっ!」

「ほう、貴様のカラアレオンだ、好きにするといい」

 

反対の意見はないようなので、あっさりと名前が決まった。

 

「よし、じゃあ、よろしくな。コメット」

「グエエエアアァァ!!」

 

頭をなでると、目をつぶって頭をこちらに摺り寄せてくる。

気に入ったようだ。よかった。

鳴き声が不気味だが、まあそのうち慣れるだろう。

 

新しい家族を、僕たちは笑顔で迎え入れた。




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第19話:暇つぶし

カラアレオンのコメットが家族に加わり、一段落したころ。

早速本題に入る。

 

「それじゃあ早速そりを作ろうか」

「ところで赤帽子、なぜ初めからできたそりを頼まなかったんだ。俺なら、最高級のそりを用意できたというのに」

 

ルウシェルが当然の疑問を抱く。

 

「まあ、そうなんだけどさ。お前は知らないだろうが、うちにはそこらへんの職人なんて比にならないくらいの腕のいいやつがいるんだぜ?」

「何、本当か?」

「ああ、目の前に、な、マイ」

 

マイに視線を投げると、恥ずかしそうに微笑む。

 

「えへへ、照れますね。ということは私がそりを作るんですか?」

「嫌だったか?」

「いいえ、全然!むしろ、ぜひやらせてくださいっ!」

 

是非やらせてくださいだって。

自分の仕事もあるのに。

 

「頼んでおいてなんだけど、お前、本当にすごいよな。まあ、頼んだよ」

「はいっ!」

 

本当に面倒くさがらない。こいつは社会人だったらすごい社蓄になるな。

 

「ところで、イメージはどんな感じですか?」

「ああ、そうだな。全体的に赤で、縁の部分は白にしてくれれば後はなんでもいいよ。ルドルフの体に合わせて、4人乗れそうな形状にしてくれ」

「了解です♪」

 

そういって店の中に走っていくマイ。

一度だけ振り返って、僕たちに言う。

 

「設計に入るので、後は任せてくださいっ!遊んできてもいいですよ?」

「お、じゃあちょっと出かけてくる。夜には帰ってくるかも」

「はーい、いってらっしゃい!」

 

袋を担いで歩き出すと、ラストに後ろから肩をつかまれる。

 

「なあ、どこいくんだよサンタ―。俺も連れてけよー」

「スライムのとこに遊びに行くんだけど、来るの?」

「お!面白そうじゃねえか!俺、サンタが戦うとこ見たいぜ!」

 

ルウシェルの片手で立ち上がれなくなるような非力のラストが外についてくると言ってきた。

 

「んじゃあいくかー。今回はルドルフがいないから、ガンガンいくからな。ルドルフ、今日も店番頼んだよ」

 

売り切れの看板をルドルフの首にかけて、コメットの頭に乗せた。

 

「よっしゃ、いってみよー!」

 

 

 

マイは店の中、ラストと僕は街の外へ。

取り残された緑髪の男は、一人残される。

 

「俺は、、帰るか」

「グッグエエアアアァァ」

 

コメットがルウシェルの後ろ姿を見て、嘲笑うかのように鳴いた。

 

 

 

街の外へ出て早10分。

 

「はっはっはっはっはあ!!」

「にゅいいいぃぃぃ!」

 

僕はラストに見守られながら、スライムと戦う。

戦闘スタイルなどは特になく、視界に入るスライムをとことん殴りまくる。

この世界の僕のストレス解消法であり、一つの趣味でもある。

最も、ストレスなんてここじゃあまり感じることは無いが。

 

「サンタ…」

 

ふと名前を呼ばれたので振り返るとラストがひきつった笑いをしている。

 

「なんだ?トイレか?」

「いや、お前、本当に楽しそうにスライム倒すのな…」

「結構楽しいぜ。おっと、ほら、こうやって」

 

仲間の敵討ちとばかりに突進してくるスライムを右手でつかみ、力の限り握り潰す。

スライムは何も鳴かずに、黒い灰になって塵と化す。

 

「な?」

「な?じゃねえわ!怖いわ!お前の方がモンスターかと思うわ!」

「どうせ倒すんだから関係ないだろ。剣の方がよっぽど痛いと思うぜ」

「そんなことねえわ!頭握りつぶされるとか、まじで考えたくないわ!」

 

一応魔王の手下なんじゃねえの?

そいつにまで情けかけてたら、冒険者なんて敵の葬式代だけで生活費消えちゃうよ。

 

「えー、じゃあどうやって倒せばいいんだよ。ラストが手本見せてくれよ」

「仕方がねえな。見てろよ」

 

そういって行くときに持ってきていたダガーを構えて緑色のスライムに対峙する。

スライムはラストに気づくと思いっきり踏ん張って突進の姿勢をとる。

さて、目の前の男はどう戦うのか。

 

ラストは一切動かず、ダガーを構えて腰を低くしている。

このままじゃスライムに突進されて攻撃食らっちまうぞ。

なんで動かないんだ?

 

まさか―――

 

「カウンター?」

 

ラストがニヤリと笑う。

 

「そういうことよ。よくわかったなぐるあああぁぁぁ!!」

 

ドヤ顔でこちらを見た瞬間、スライムの体が顔面に直撃し後方3メートルほどに吹き飛ぶ。

何こいつ、カッコ悪。いやイケメンだけど。

 

「ラスト…」

「くっそ、今のはよそ見してただけだ!見てろ!」

 

姿勢を正して、今度はよそ見をすることなくスライムの突進を目でとらえた。しかし先ほどと同じくして、顔面にスライムがめり込む。

 

「ぐわああ!」

「ラスト…お前、弱くね…?」

 

マイに初めて会ったとき、店には戦力になるものが一人もいないと言っていたような気がしたが、ラストは戦闘力が低レベルの塵レベルらしい。

まあ、自分より背の低いルウシェルに、抵抗もむなしく引っ張られていたし、片手で押さえつけられてたもんな。

 

「くそ!やっぱりだめか。目では追えるんだけどな、体がついていかねえ」

 

お前はジジイか。

 

「どうせ倒すんだからさ、もう気にしなくていいだろ」

「そうだな…もういいわ。今度あのオールバックにでも教えてもらえよ」

 

あいつとはあまり戦いたくないんだが。

後もうオールバックじゃないよ。

 

「まあ、機会があったらね。戦闘はもう無理するな。スライムは僕がいじめるから、お前はいつものようにその死骸でいい薬作ってくれよ」

「言い方がもうすごく汚いな…まあいいか。こいつらにかける情はないしな」

「それじゃあ、もうちょっと遊んでくるから、この袋に落ちたゼリー入れてってくれよ」

 

袋をラストに預けて両手を自由にする。

 

「おう。あんま無理すんなよ?」

「そのセリフはスライムに言ってやってくれ」

 

そうして、それぞれの役割を決めた僕たちは、再び数多のスライムとの激戦を繰り広げた。




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第20話:我が店の

「さてと、、」

 

何度目かのレベルアップ通知で一段落する。

スマホで確認すると、もう夕方の4時だ。

3時間はこもっていたのか。スライムと戯れると時間を忘れてしまう。

後ろでゼリー拾いをしているラストに声をかける。

 

「ラスト、もう帰ろう。腹減ったよ」

「ああ、そうだな…お疲れさん」

 

 

 

家に戻る途中、ラストが口を開く。

 

「なあ、サンタ。お前、いつもあんな感じでやってたのか?」

「まあな。最近は店で働き始めたからあまりきてないけど」

「それで冒険者じゃないってのが本当に謎すぎるぜ…」

 

別にスライムくらい、だれでも余裕だと思うが。

お前くらいだろ。

 

「まあ、生活できればなんでもいいんすよ」

「そういうもんか…後さ、その四角いのってなんだ?」

 

ラストは僕の手の中にあるスマホを指さして訪ねてくる。

そうか、ここにはないものだもんな。

 

「ああ、これはスマートフォンといってな。前に住んでた国の文明の象徴だ」

「へえー」

 

適当にごまかしたがまあ説明してもわからないしいいだろう。

 

「それ、魔法で動いてるのか?」

 

そこで言われて初めて気づく。ここにきてもう1か月は経っているはずなのに、電池が切れることは無い。

もしかしてサンタのじいさんが魔法でもかけたのか?

 

「まあ、そんなとこだ」

「そうなのか。今度何に使うか教えてくれよ!」

 

時計、写真、後は…そのくらいか。

電波がないと不便極まりないな。

 

「まあ、機会があったら、な」

 

適当にだべりながら家につくとマイがルドルフと一緒にもうそりを作り始めている。

もう暗くなってきているというのに、なんていう集中力だ。

まあ、最近まで3週間スライムと遊んでいた僕に言えたことじゃないが。

 

「おう、まだやってたのか」

「あ、おかえりなさい!見てください、骨組みはできましたよ!」

「おお!」

 

見ると本当にそりの形ができていて、底に板さえ張れば機能しそうなほどだ。

仕事が速い。ここ最近毎日受ける注文も難なく処理しているし、そり一個作るのもそれと同じということだろうか。

 

「それじゃあ僕も手伝うよ。ここからは何をすればいいんだ?」

「んー、作業は一人の方が捗るので、見守っていただければ!」

「あ、はい」

 

素人がでしゃばるとこじゃなかったね。

なんかすいません。

 

「あ、でも、完成したら色を塗るのは手伝ってくださいっ!」

「あい、わかった。んじゃ、ラスト、晩飯作ろうぜ」

「おう、そうだな。そういえば、お前が来てからはほとんど店で食ってたし、たまにマイが作るくらいで、俺の料理は初めてなんじゃないか?」

 

確かに、ここ最近は歓迎会だの祝勝会だの売り上げ最高記念だの適当な理由を付けて飲んでばっかりだった。

普通はマイが作ってくれるが、ラストの料理は初めてだ。

 

「そういえばそうだな。一応、期待していいんだよな?」

「当たり前だ、俺が店を始めたら、この街の料理店が泣きついてくるぜ?」

「ほう、そいつは楽しみだ。本当に期待してるよ」

「おう、任せな!」

 

 

 

僕たちは今店の二階にいる。

うちの店は二階建てになっていて、店のカウンターの奥にある扉を開ければ、奥の部屋と、二階に通じる階段があり、主に二階が生活するための部屋となっている。

そしてキッチンに立つラストは料理をしていて、リビングの椅子に腰かけている僕は天井のシミをただ数えている。

 

ラストの手伝いをしようと思ったのだが、こいつも職人気質があるのか、一人でやるから自由にしていろというので何もできない。

僕、無能説浮上。

至れり尽くせり。まさか異世界でひもかニートに属するものに転生するとは思わなかったぜ。

そんなことを考えながらしばらくぼんやりと天井を見つめていると、ラストが声を上げる。

 

「よっし、完成!サンタ、マイを呼んできてくれ!」

「あいよー」

 

言われるがまま階段を下り店の外へ向かう。

 

 

「おーい、晩飯できたってよ」

「はーい、わかりました~」

 

そういっても作業をやめないマイ。

話聞いてないなこいつ。

ゴー・マイ・ウェイ。我ながら寒い。

 

「なあ、聞いてる?」

「何がですかー?」

「スカートからパンツ見えてるぞって言ってんの」

「聞いてますよー、って、ええ!?」

 

手を止めてこちらに向き直る。

スカートを抑えながら、真っ赤な顔で恥ずかしがっているのが暗くてもよくわかる。

 

「冗談だよ。ラストが飯できたから来いってさ」

「なんですかもう!それならそういってくださいよっ!」

「言ったけど聞こえてなかったぽいからさあ」

「うー、恥ずかしい…」

 

別に本当にみえていたわけではないのに、マイは恥ずかしがっている。

一言一言で笑ったり赤くなったり、かわいいやつだな。

 

「かわいいやつだな」

「ううぇえ!?何言いだすんですかっ!?」

 

声に出てたらしい。

どうしよう、新たな黒歴史が増えちまったぞ。

 

「ごめん、今のは忘れてくれ。思ったことがつい口に出ちまった…」

「は、はい…」

 

お互い気まずい雰囲気で店の中に入る。

 

「忘れられるわけないじゃないですか…」

 

途中、マイが何か言った気がしたが、ルドルフの鈴の音でうまく聞き取ることができなかった。




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第2章:湯けむりの街
第21話:恩返し


ここからは第2章です。
この章はサンタ君が色々と頑張ります。


「おう、来たか!ん、マイ、どした。なんか顔赤いぞ?」

「ん、まあちょっとな」

「ううぅ…」

「…まあ、座れよ。いつ作っても最高傑作!俺の料理に、酔いしれな!」

 

ドヤ顔のラストの一言で晩餐が始まる。

結果から言うとラストの料理は絶品だった。

ラストにより調理された肉はなんの肉かわからなかったが今まで食べた中では一番おいしいと断言できるほどだし、味だけでなく皿の盛りつけ方も三ツ星レストランで出されてもおかしくないほどの見た目だった。

自分で遠回しに街一番と自負できるのも納得できる。

 

まあ強いて言うなら、米が欲しかったが。

僕の止まらないフォークを見て、ラストは誇らしげに頷いていた。

 

 

 

食後。

食器を片付けるラストと、僕の隣で機嫌よく鼻歌を歌うマイ。

いつの間に機嫌が良くなったのかわからないが、さっきのことを怒っていないならそれでいい。

 

「なあ、二人とも」

「なんだ?」

「なんですか?」

 

ラストは手を止め、マイは鼻歌を止めて僕に注目する。

僕は前から考えていたことを二人に切り出した。

 

「しばらく店を休みにできないか?」

「まあ看板立てとけば休めるけど、どうしたんだ?」

「ちょっとね。旅行に行きたい」

「旅行?」

「旅行、ですか?急ですね…」

 

二人は店を休みにすることよりも、僕が急に旅行に行きたいと言ったことの方が不思議だったのか、旅行という単語に食いついてくる。

 

「今まで色々と世話になったからな。ちょっと前から考えてたんだ。そりができたら、どこかに連れていこうって」

 

これは僕なりの恩返し。この世界で僕を家族に加え、慕ってくれる二人への休暇も兼ねた旅行という名のプレゼントだ。

これはちょっと、照れくさいな。

少し恥ずかしくなって視線を下げてしまったが、見上げると二人は嬉しそうな目をしていた。

 

「サンタ…そいつはまた…粋な計らいじゃねえか!俺は嬉しいぜ!」

「そんなこと考えてくれてたなんて…いきましょうっ!絶対!」

 

よかった。

断られるかと思ってた。

ほっと胸をなでおろして、帽子を脱いで立ち上がる。

 

「それじゃあ、行きたいところを決めておいてくれ、道案内さえしてくれれば、どこにでも行けるからな」

「よっしゃ!今日は眠れねえな!旅行の準備と、計画もしねえと!」

 

なぜかラストが、まるで明日出発するかのようにそう言った。

特に日程は決めてないが、明日とは言っていないぞ?

 

「いや、今日は寝れないって…明日行くとは言ってないよ?そりができてからじゃないと…」

「何言ってるんですか?そんなこと言われたら、明日までに完成させたくなっちゃうじゃないですかっ!旅行の準備、しててくださいよ?」

「まじかよ…」

「思い立ったが吉日ってもんよサンタ!お前も明日に備えて、早く寝るんだぞ!」

 

そこからいきなり動画を倍速にしたかのような速さで動き出す二人。ラストは食器をさっさと片付けて自室にこもり、マイは部屋へ戻ったかと思うとすぐ戻ってきてピンク色のチェーンソーを片手に階段をかけ下りる。

僕だけは一人取り残され、二人の食いつきに呆気に取られていた。

 

「まあ、いいか。寝よう」

 

疲れもしない体を休めるというよりも、二人のテンションが伝染しないように、急遽明日に割り込んだ旅行が楽しみになって湧き上がる興奮を抑えつけるために、無理矢理ベッドに入り、目をつぶった。




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第22話:出発

「か、完成です…」

 

朝、6時ころ目が覚めてそこらにあった荷物を袋に突っこんで外に出ると、マイが肩で息をしながら出来上がったそりの前に立っている。

 

「おはよう、本当に寝てなかったのか…」

「サンタさん…どうですかこの出来っ!我ながら傑作だと思うんですけどぉ!」

 

徹夜明けのテンションからか目つきが怖い。かわいい顔が台無しだ。

 

「あ、ああ!最高だな!サンキューな!」

「そうですよね…!よか…った…」

「うわ、おい!」

 

パタリ。

倒れるマイを抱きかかえて出来上がったそりに寝かせる。

 

「本当に作っちゃうなんてな。お前やっぱすげえよ」

 

少しの間頭をなでて、パーカーを布団代わりにかけて、再びラストのいる二階へと向かった。

 

 

 

「おーい、ラスト、起きてるかー?」

 

部屋の扉を開けると、机の上に頭をのせて突っ伏すラストが眠っていた。

こいつは寝落ちか。

 

「起きろ、ラスト。朝だぞー」

「んー…」

 

起きる気配はない。

少し酷だが、目覚ましをしてあげよう。

ラストの首根っこを右手で掴んで、少しずつ力を入れる。

線の細い男のそれは、本気で力を入れればすぐにでも折れそうで、まるでスチール缶のような――――

 

「ぐが!いだだだだいってええええああああ!!」

「あ、起きたか。おはようラスト」

「サンタてめえなんのつもりだ!?」

 

充血した目を血走らせて僕に詰め寄るラストに、僕はただ、

 

「目覚まし」

 

とだけ、短く答えた。

 

「普通にゆすって起こしてくれよ!危うく一生朝日を浴びられなくなるところだったぞ!」

「はっはっは!面白いジョークだな!」

「ジョークじゃねえ!」

 

ラストの目も覚めたところで、本題に入る。

 

「まあとりあえずそれは置いといて。マイが本当にそり作ったっぽいぞ」

「置くなよ…まあ、あいつなら作るだろうよ」

 

あまり驚かない。こいつはマイのことは信頼してるんだな。

僕とは過ごしてきた時間が違うか。

 

「それで、どこに行くかは決めたのか?」

 

机の上に散らばった地図や本などを見ながら尋ねる。

 

「いろいろ考えたんだけどな。徹夜したのに全然決まらなかったぜ」

 

いや寝てただろ。お前、起こされたこと忘れんなよ。

 

「サンタ、お前なんかしたいことないのか?観光とか山登りだったり海だったり」

「そうだな…あ、最近寒いから温泉に行きたいかな。うちはシャワーしかないからなかなか湯船につかることもないし」

 

一応浴槽はついているのだがぼろいこの家の浴槽にはひびが入っていて、湯を沸かそうものなら下の階に雨が降ってしまうために、シャワーしか使うことができない。

女のマイには辛そうだ。いつか真っ先にリフォームしよう。

 

「温泉!いいな!それじゃあここにしよう!」

 

地図を取り出して指をさし、僕に見せてきたその街の名は、ユーエン街という名前。

 

「ここら辺でも有名な温泉街だ。王国に住んでるやつらも観光に来るほど、人気の街なんだぜ!」

「へえー、そうなのか」

「闘技場もあってな。見世物もあって退屈はしないと思うぞ!」

「闘技場?まあそこはいいや。んじゃ準備できたら教えてくれ。外で待ってるから」

「おう!待ってな!」

 

計画性も全くない旅行になりそうだ。

まあそういうのって、若いうちの醍醐味だと思うけどさ。

 

 

再び外へ出ると、カラアレオンのコメットとルドルフが仲良さそうに遊んでいる。

もう仲良くなれたのか。よかったな。

でも起きるの早くねえか。

 

「おはよう。さあ、朝ごはんの時間だぞ」

「グエエァァ」

 

いつもと同じゼリーをルドルフに渡すと、いつものようにおいしそうに食べ始める。

そういえば、カラアレオンの主食って何なんだろうな。

ゼリーを3色手にのせて考えていると、コメットが舌を伸ばしてきてゼリーをすべてかっさらう。

あ、こいつもこれ好きなんだ。

 

二匹の食事を眺めていると、店からラストが出てきた。

 

「準備できたぜ!早速出発すんぞ!」

「早いね。でもマイがまだ準備してないんだよ。徹夜明けで寝ちゃったんだ」

「ぇへへ。さんたさんとふたりでりょこう〜…」

 

そりの中でマイはもそもそと寝言を呟きながら、先ほど掛けた僕のパーカーにくるまって幸せそうな寝顔を見せている。

 

「んだよだらしねえなあ。おい、ちょっと緑と青のゼリーくれ」

「ん?いいけど何に使うんだ?」

「待ってな」

 

もう一度店に入ると、すぐ戻ってきて液体のはいった小瓶を持ってくる。

苔のような色をしていて、なんともおいしくなさそうだ。

 

「おい、マイ。起きろよ」

「ん~、ね~む~い~」

 

寝返りをうって抵抗する。

 

「おい、サンタ。こいつの口開けろ」

「お前、それ飲ませるのかよ…マイ、ちょっと失礼」

 

言われるがまま無理矢理口を開く。

その瞬間、ラストが小瓶をマイの口の中に突っこんだ。

 

「んん、んっ…」

「何だよそれ」

 

マイが飲まされている液体が気になったので、ラストに訊ねると、目の前のイケメンは口角を吊り上げて悪い大人の顔をした。

 

「いい質問だぜサンタ。こいつはラスト特製、死ねるポーションビリジアンだ。青と緑のゼリーは混ぜるととても苦くなるんだ。回復効果はその分高いが、その苦さゆえに、一度飲んだら二度と飲もうとは思わない」

 

「鬼畜だな…」

「眠気も吹っ飛ぶぜ?」

「ん、ぐっ!んんん!」

 

その時、先ほどまで静かに寝ていたマイの容態が急変した。

 

「んん!まずい!まずいですっ!うええええぇぇぇ!」

 

苦しそうにマイが飛び起きる。

船酔いした船員のように、そりにもたれて飲んだものを吐き出そうとえずく。

 

「よし、目が覚めたな。準備しろ。さっさと行くぞ」

 

情も何もないマッドサイエンティスト、ラスト博士がマイに短く告げる。

 

「ラストぉ…許しませんからねえ…」

 

準備のために店の中に飛び込むマイを見送って、僕は放られたパーカーを着てそりに乗り込んだ。

そりの出来は先ほども見たが完璧だった。ルドルフの体の大きさに合わせているものの、4人乗るには十分すぎるスペースがあり、足元も窮屈ではなく広々としていて、車の運転席にいるような気分になる。色はまだ塗られていないがそのままでも味を出しているために、色を塗るべきか悩んでしまう。

 

「流石としか言いようがないな。一日で作ったとは思えない」

「そうだろう。全くいつからあそこまでできるようになったんだか…」

「そういえば、二人はいつから一緒に暮らしてたんだ?」

 

しみじみと言うラストに、僕はふと抱いた疑問をラストに言った。

 

「小さい時からずっと一緒さ。俺たち、孤児院で育ったからさ」

「そうだったのか。この街にあるのか?」

「ああ、この居住区の、奥の方に、今でもかわらずに俺みたいな子どもがいる」

 

遠い目をしながら空を見上げるラストを見て、その思い出に浸っているのを見ると、僕も行ってみたい衝動に駆られる。

 

「へえー、今度連れていってくれよ。育ての親に孝行しにいこうぜ?」

「へへ、名案だな。まあ、帰ってきたら、そのうちな」

「お待たせしましたー!」

 

ちょうど、店から大きな荷物をもってマイが出てきた。

 

「よっし、んじゃあ店閉めて出発だ!」

 

ラストが看板を立てて、店のカギを閉めた。

看板には、「ユーエン街に旅行に行ってきます」と書かれていて、右下に小さく赤い帽子の落書きが書いてある。

 

「留守番はコメットに頼むか。大きいから連れて行けそうにないしな」

「グエエエアアア」

 

コメットは表情を変えずにこちらを見る。

そして子どものように、二人が後ろの席ではしゃぐ。

何も言わなくてもルドルフはそりの前に立って、準備ができてるとでも言うように鈴を鳴らす。

よし、準備は整った。

 

「行こう!」

 

僕たちの少し長い旅行が、始まる。




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第23話:ルドルフのスキル

出発といった矢先に、後ろから疑問が飛んでくる。

 

「それで、どうやって行くんだ?そりで普通に走るのか?」

「一応冬ですけど、ここ最近は雪も降らないし、作ってから言うのもなんですが、滑りも最悪ですよ?」

 

二人は首をかしげる。

この雪ひとつない石造りの道を見れば当然抱く疑問だろう。

 

「そんなに心配そうな顔するなよ。大丈夫、普通に滑っていかないよ。それにこんないいそりを石の上走らせて傷つけさせたくない」

「じゃあ、どうするんですか?」

 

「まあ、ちょっと見てろよ。それと、言い忘れてたけどな」

「ん?」

 

澄み渡った青空を見上げて、つぶやくように告げる。

 

「僕の相棒、ルドルフは、飛べるんだ」

「え?」

「いこうか、ルドルフ」

 

ルドルフが歩き出す。

そりは地面の摩擦を受けることなく、宙を舞い、そのまま店の天井を超える。

 

「うわ、なんだ!?」

「わわ!すごい、飛んでます!」

 

重力を無視して、ルドルフは建物の上を飛び回る。

3周ほど回った後で、言葉を失う二人に誇らしげにいう。

 

「どうだ、これなら、そりも傷つかない。滑りの悪さなんて関係ないだろ?」

「まさかトナカイが飛べるなんて…」

「この子、魔法が使えるんですか?すごいとしか言いようがありません…」

 

ルドルフが飛べるようになったのは、この世界に来たばかりの店に入る前のころ、スライムと連日連夜戯れていた時である。

ルドルフがレベル3に上がった時の通知を確認したときに、僕よりも早く、初めての新しいスキルが発現していた。

 

スキル名は「浮遊」。

名前の通り空が飛べるようになり、その飛ぶ様は絵本に出てきたサンタクロースの使いそのもの。

さらにMPの消費は一切ない。いわゆるパッシブスキルというやつだ。

 

ルドルフが楽しそうに飛ぶのをみて僕も頑張ってレベルを上げたが、MPも0から増えることは無く、さらには飛べるようなものではないスキルが発現して一つ目のスキル枠が埋まってしまった。

 

過去の回想を自分の中で済ませ、ラストに尋ねる。

 

「とりあえず、道案内は頼む。どっちだ?」

「あ、ああ!こっから西の方だ!ほら、山が見えるだろ?あのあたりにちょっとした森があってな。そこを抜けるとユーエン街につく」

「よし、じゃああまり暴れるなよ。落ちてもどうしようもないからな」

 

ルドルフに指で方向を示すと、鈴を鳴らしてかけていく。

朝なのでまだ人が少ない街を抜けて外へ。

草原にはスライムたちがぷるぷると魅惑的に振動していて、思わず手を伸ばしてしまうが、今回は我慢してラストが示した遠くの山を見つめる。

 

「夜で雪が降っていたら完璧にサンタクロースなのになあ、、」

 

自分の中のイメージと異なるこの世界のサンタクロース代理の有様を客観的にみて少しだけがっかりしていると、ふと、マイが疑問を口に出す。

 

「サンタさん、どうして飛べるって教えてくれなかったんですか?飛べたならオールバックの人の決闘の時に遅れないで時間通りについたと思うんですけど…」

「ああ、ルウシェルの時はルドルフに店番任せてたしなあ。それにやっぱり」

 

マイの目を見てニヤリと笑う。

 

「サプライズってのは、いいもんだろ?」

「…ふふ、そうですね。サンタさんらしいですっ!」

「お、それと、これもサプライズだ」

 

袋から果実を取り出して渡す。

以前ルウシェルに渡したものと同じものだ。

 

「わ、ありがとうございますっ!」

「前にこれがうまいって言ってただろ?だから、好きなんじゃないかと思ってな」

「嬉しいです…」

 

静かに嬉しそうに果実を胸に抱く。

そんなに喜んでくれるなら、毎日でも買ってやりたくなっちゃうだろ。

 

「まあ、口直しにでも食っとけ。さっきのラストのポーション、あれ相当まずそうだったしな」

「うぅ、本当に苦かったです…ラスト、絶対に忘れませんからね…!」

 

マイに睨まれて、ラストが固まる。

 

「わ、悪かったって。悪気はないんだよ?いや本当に」

 

可哀想だな。一応僕も加担したし、少しくらい庇ってやるか。

 

「無理矢理口開けて飲ませて、全然ためらわなかったしな。悪気があったらちょっとはためらうもんだよな?」

「おい、サンタ!シャレたフォローだと思ってるかわからないが、それはフォローになってねえよ!!」

 

あ、しまった。

これじゃ火に油だったか。

すまん。

 

「ラスト~?」

「まあ、いい目覚ましにはなっただろ…って!おい、なんだよそのチェーンソー!?持ってきたのかよ!回すな、危ない、落ちる!!待って、悪かった、悪かったって!なんでもするから許して!」

 

「わあ、本当ですか!じゃあ今回の旅行代、全額負担で♪」

「はあ!?いくら何でもそれはってえええチェーンソーの勢いが増してる!?待て、わかったよ!全額払う!払うから!」

「やったあ!よろしくお願いします♪」

「ゴチでーす」

 

「うう、くっそおおぉぉ…」

 

落ち込むラストを見て、マイの策士ぶりに背筋が凍る。

こいつの失敗を糧にして、僕もこうならないようにしなければ。

 

落ち込むラスト、元気になるマイ、背筋の凍る僕を乗せて、そりはユーエン街への道をまっすぐに滑っていった。




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第24話:湯けむりの街

「ここが、ユーエン街か、、」

 

空を滑って3時間ほどで、僕たちは目的地であるユーエン街へとたどり着いた。

そりを袋に無理矢理詰め込んで街の入り口をくぐると、入り口にいても分かるほどの温泉特有の硫黄のにおいが鼻をくすぐり、そして所々に湯煙が上がっているのが見える。

正面を見ると街の中心にあるコロッセオのような大きな丸い建物へと続く道が開けていて、その道の途中の建物は和風な建物と洋風の建物がそれぞれ景観を壊すことなく、喧嘩せずに並んでいて、ある意味芸術的といえる。

街を歩く人々は普通の人から良い服を着た金持ち、鎧を着た人など様々だが、中でも浴衣のような着物を着ている人々がほとんどだ。

 

「よし、それじゃあ早速、宿を探そうぜ!」

「宿が決まったら温泉行きましょうね、サンタさんっ!」

「あ、ああ」

 

街に見とれているとラストとマイが後ろから声をかけてきて、僕を引っ張る。

元の世界にもあるような浴衣を着た人がたくさんいるおかげで、僕のパーカーにジーンズというこの服装も目立たない気がするが、やはりこの赤い帽子は今日も調子が良いのか、すれ違う人が何人か振り向いてこっちを見る。

加えて女の子に腕を引っ張られているので、少し子どもみたいで恥ずかしい。

 

「わかったから、自分で歩けるって。ひっぱるな」

「ほら、早くしろよ!さっさと宿決めて遊ぼうぜ!」

「温泉温泉おんせーん♪」

 

テンションの高い二人に連れられて、僕たちは宿を探して温泉街を廻った。

 

 

 

のだが。

 

「えー!ここもいっぱいなんですか!?」

 

もう5つの宿を回っているというのに、どこも空き部屋が一つもない。

 

「悪いねえ、近々闘技場でやる大会のおかげで、うちも満室なんだよ」

 

どこも決まってこの返事をして断ってくる。

観光地だし当たり前といえば当たり前なんだろうけど、時期が悪かったな。

 

「どうする?もうあきらめて日帰りにする?」

 

予約がないとやっぱり無理か。

それにしても、長期休みなんてないこの世界でも宿が埋まるなんてことあるんだな。

 

「何言ってんだ!1週間は満喫するつもりで来たんだぞ!日帰りにしてたまるか!」

「じゃあどうするんだよ。宿ないよ?」

「ぐぬぬ…」

 

ただ無力に唸るラストの横で、マイが僕の手を引いて歩き出す。

 

「仕方がないですね…最終手段です!二人とも、あそこに行きましょうっ!」

「あそこ?」

 

 

 

マイに連れられてたどり着いた建物。

和風の造りで赤い壁のそれは、先ほどまでめぐっていた建物とは格の違う、豪華な旅館だった。

ドラゴンのような金色の像が、旅館の入り口に立っていて、その旅館の壮大さを表しているように見える。

 

「おい、マイ、ここ高いんじゃないのか?」

 

ラストが恐る恐る聞くと、マイが平然と答える。

 

「この街じゃ結構上の方の旅館ですからね。それはもう、さっきまでの宿とは比較にならないほど高いです」

「へえ、因みにいくら?」

「一人あたり50000ユインです!」

 

まだこの世界に来て日の浅い僕でも、この額が示す数値の大きさはその単位だけでわかった。

 

「高いな…しかも全額ラストのおごり…ラスト、お前大丈夫か?」

「ははは、さよなら。俺の貯金たち…」

 

ラストが遠い目をしている。

一週間泊まるつもりなら、3人で大体100万ユインといったところか。

それだけあれば、家がリフォームできるんじゃないか?

なんてことを見上げながら考えていた時、遠い目をしていたラストがいきなり吹っ切れたかと思うと、僕たちにドヤ顔を決める。

 

「ははは、もういい、いいんだ!金なんてまた稼げばいい!俺は今この瞬間を楽しむぜ!さあ、入ろう!」

「サンタさん、楽しい旅行にしましょうね♪」

「あ、ああ、そうだな」

 

受付に声をかけると、すぐに部屋を案内された。高いうえに巨大なこともあってか、部屋はまだまだ空きがあるようだ。

因みにペットは無償だったので、ルドルフはラストの貯蓄にダメージを与えることなく泊まることができた。

部屋への案内の途中、右にいるマイはそんなことは知らず軽やかにスキップをしながら機嫌よく僕に話しかけてきて、外から見るととても楽し気に見えただろう。しかし、左のラストは笑ってはいるものの目が潤んでいて、この時全員が楽しんでいるとは、僕にはとてもじゃないが断言できそうになかった。




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第25話:温泉に浸かって

「どうぞごゆっくりと」

 

部屋につくと案内の人は一言だけ言って戸を閉めた。

 

「おおー、すげー眺めだな」

 

4階に案内された部屋は眺めがよく、街の様子を少し上から見下ろすことができる。

部屋もうちの店のリビングより広く、高いだけあっていい部屋だ。

畳が敷かれているところに、前の世界の懐かしさを覚える。

 

袋から二人の荷物を取り出して置くとすぐに、二人は僕を引っ張って部屋を出ようとする。

 

「サンタさん!温泉、いきましょっ?」

「サンタぁ!温泉だ!」

「わかったから、歩けるって、ほら、鍵しめるの忘れんなよ!」

 

二人とも楽しみにしてたんだろうか、いつもよりテンションが高い。

特にマイは普段シャワーで我慢している分温泉に対する執着がすごいように思える。

僕は連れられるまま階段を駆け下りて、受付に鍵を預けると、大浴場へと向かった。

 

 

 

「それじゃあ、男はこっちだから。行くぞラスト」

「天井開いてたら声かけますからねっ!絶対返事してくださいよ!」

 

テンションが高い。

お前は子どもか。

 

「はいはいわかった。ん、ラスト。どうした?早く来いよ」

 

女湯ののれんの前で、ラストがマイとともに立ち止まっている。

一度顔を上げたかと思うと、真剣な表情でこちらに語り掛けてきた。

 

「悪いなサンタ。俺はこっちだから」

「は?何言ってんの。そっち女湯だよ?」

 

「今まで黙ってたけどな、サンタ。俺、女なんだよ」

「・・・まじか」

 

思わず面食らった。

中性的な顔のイケメンだとは思っていたが、女だったのかよ。

 

「え、ええと、おうけい。それじゃあまた後で」

「ああ、また後でな」

 

一人で男湯ののれんをくぐろうとしたその時、マイの怒声が響く。

 

「んなわけないでしょ!!」

「っが!いってええええええええ!!」

 

嘘だったのかよ。

 

「いくぞ、ラスト」

 

 

 

体を軽く洗って露天風呂に浸かる。

効能などは看板に書いてあるが、即効性があるわけではないと思うので、無視して空を見上げる。

客もこの時間に入るものはいないのか、昼間の大浴場は貸し切り状態だ。

謎の優越感に浸りながら湯の中で身を投げ出していると、ラストがやってくる。

 

「いってえなあ。冗談ってもんがわかんねえのかなあ」

 

マイに平手打ちされて赤く手形がついた頬をさすりながら僕の隣に入ってきた。

 

「あれはラストが悪いぜ」

「ちぇ。ちょっとサンタを騙そうと思っただけなのによ」

 

まあ、騙せてたが。

演技力はなかなかだったな。劇でもやったらいい役者になれるぞきっと。

 

「サンタさーん!いますかー?」

 

右の塀の向こうから聞きなれた女の子の声がする。

まじで声かけてきやがったよ。人がいたら笑われてたな。

 

「おー、そっちも人いないのかー?」

「はい♪独占です~!」

 

まあ飯の時間だしな。わざわざ飯を抜いてまで入る馬鹿がいるならよほどの温泉馬鹿だ。

塀を挟んで三人で話しながら、心行くまで湯に浸かった。

 

 

 

「それじゃあそろそろ上がりますね〜」

「おう、部屋の鍵は受付にあるからな」

 

マイが上がったので、僕も上がろうと立ち上がった時、ラストが僕の腕をつかむ。

 

「ん、なんだ?そろそろ上がりたいんだけど」

「なあ、もう少し浸かってこうぜ」

「…いいけどさ。あんま浸かってたらのぼせるから、後少しだけだぞ?」

 

再び座りなおす。

なんだ、マイがいないとできない話でもあるのか?

 

「俺さ、ここに一週間は泊まるつもりだって言ったじゃん」

「ああ、言ったね」

「でもさ、俺、15万ユインしかもってないんだ」

「一泊しかできないね。残念だけど」

 

一泊か。

でも、温泉は明日の朝まで入れるだろうし、ゆっくりできるからいいや。それに、また来ようと思えば来れる距離だしな。

湯船に浸かっているのに、ラストが青ざめた表情で頭を抱え出す。

 

「そんなことがマイに知れたら俺、殺されちまう!どうにかしてごまかさないと…!ってことで、俺考えたんだけどさ、一気に金稼ぐ方法があるんだが、一緒にやらないか?」

「えー、一人でやれよ」

「頼むよぉ!お前がいないと、できないんだよ!金が余ったらお前にも好きなもん食わせてやるから!」

 

面倒だな。

なんで旅行にまで来て金策なんてしないといけないんだよ。

しかも山わけじゃないのかよ。

よりにもよって食べ物なんて…

 

「お前、食べ物で僕が釣れるとでも思ってるのか?やるにきまってんだろ」

「やっぱダメかー。食べ物じゃあさすがに釣れないよなって…いいのか!?」

「うまいもん食わせろよ。ルドルフにもな」

 

食べ物には負けました。

正直なところ旅行なんだし名産品でも食ってみたいというところが大きかった。それも旅行の楽しみ方の一つだろう。

 

「おう!たらふく食わせてやる!それで、その金策方法なんだが…」

 

 

 

 

翌日。

 

「なんでこうなるんだよ…」

 

「さあ、始まりました湯煙大会第一回戦!この大会のオープニングは王国在住のベテラン騎士!バンベルト選手VS、赤い帽子をかぶった一般人!サンタクロース選手です!それでは、試合開始ぃ!」

 

「「「わああああああああああああ!」」」

 

慣らされた鐘の音で、試合開始を告げられる。

 

僕はこの街一番に目立つコロッセオの中心で、観戦する側ではなく選手として、相対する騎士の前に立っていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
ここからは湯煙大会開幕です。


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第26話:伝説を夢見る男と夢を語る赤い帽子

昨日の露天風呂でのこと。

 

「それでその金策方法なんだが―――」

 

ラストが続ける。

 

「俺たちに宿が無いって言って断った宿屋の店主たちの話じゃあ、なんでも近いうちに大会なるものがあるらしい」

「ああ、さっき受付のお姉さんたちが話してたのを聞いたけど明日からやるらしいな。それで?」

「このユーエン街では娯楽として賭け事が流行っててな。その中でも大会とかがあるたびに、毎回の戦いの勝者を予想してみんなで金を賭けるというのが一番人気らしい。金が集まる分、もしそれに勝てば一気に大儲けできるってわけよ」

「へえ、面白そうじゃん。それで勝てると思ったやつに賭けて、宿代を取り戻すって寸法だな」

 

闘技場の勝者予想ね。昔やったRPGの寄り道要素にあったな。

まさか実際に体験することになるとは思わなかった。

 

「その通り!だから明日、3人で大会観戦という名目で、マイに金がないってばれないように金策しようぜ!」

「まあそれならマイにもばれないし楽しめそうだからいいけどさ。それで、お前今回の参加者の情報知ってんの?」

 

競馬でもそうだが、有力なやつを知らなければ、賭け事には勝つことはできない。やったことは無いが聞いた話じゃパチンコでも出る台と出ない台があるというし、馬だって一頭一頭のスペックをわかっていなければならない。

賭け事は情報戦だ。素人が何も知らずにやるのでは、福引券一枚で一等賞の玉をガラポンで当てるのと等しい。

 

しかしラストは余程の自信があるのか、僕の顔を誇らしげに見つめる。

 

「ああ、全員は知らないが、一人だけ、誰も知らないダークホースがいるんだよ。そいつが俺の、切り札さ」

 

 

 

そして今日、闘技場に出向いてみればいつの間にか参加登録が済んでいて、早速第一回戦からこの目の前のバンベルトとかいう王国在住の騎士と戦わされる羽目になったのである。

 

「サンタぁ!勝てよお!」

「話が違うぞぉ!ラスト!」

 

観客席の一番下に座る二人と一匹を見て、僕は叫ぶ。

 

「仕方がないだろー!こうでもしないと他に方法がないんだよー!」

「?なんですか、方法って?」

「へっ!?い、いやあ、温泉ばっかりじゃ退屈だろうから、サンタがマイを何か楽しませてやりたいって言っててさ!」

「そうだったんですか!?サンタさーん、ありがとうございます~!絶対勝ってくださいね~!」

 

そんな顔で見るなよ。

頑張らなきゃいけないじゃんか。

 

「ああ、はいはい、楽しんでね。ったく、後で覚えとけよ」

 

振り向かずに後ろに手を振る。

目の前の男は剣をもたずに、こちらのやり取りをただ見ていたが、終わったのを確認してから声をかけてきた。

 

「おしゃべりは終わりか?」

「ああ、ごめんね。ちょっと手違いがあってね。まさか王国の騎士様と試合をするとは思ってなくて」

 

目の前の高そうな鎧をきた男はしばらく高らかに笑うと、腕を組んで上から見下すように話してきた。

 

「はっ!まあそうだろうな。俺は今回、優勝するつもりで参加してるからな。お前、見た限りでは遊び半分、勢いで参加したようなものだろう?さぞかし運の悪いやつだ!」

「ははは…」

 

賑やかなやつだな。

こいつも、なかなかに自分に自信があるようだ。ルウシェルといい、全く王国の騎士というやつらは、どうしてこうも態度がでかいのか。

王国に住んでて、良い鎧と剣を持っていれば、そんなに偉くなれるのか?

 

「まあ決まったことは仕方がない。さっさと始めよう。僕もすぐ終わらせて帰りたいし、観客も怒っちゃうよ」

『両者一歩も動きません!慎重に、お互いの探り合いをしているのかあ!?』

 

実況のお姉さんごめんね、そんなんじゃないよ。

白い袋を左手にもって戦闘態勢に入る。

 

「ほう、降参をするつもりはないのか。面白い、この俺の華やかな勝利を観衆に見せつけて、お前を今これから始まる、俺の伝説の礎にしてやろう」

 

僕よりも大柄なバンベルトは背負っていた僕の背丈ほどはある大きな剣を両手で構えて、僕をにらみつける。

 

「どうした、来い」

「へえ、動かないスタイルか。でかい図体して大剣持ちのくせに、見た目と違ってずいぶん慎重なやつなんだな。」

 

少し噛み付いてみたが、男は眉ひとつ動かさない。

 

「そんな安い挑発には乗らんぞ。俺は俺のペースで戦う」

「へえ、それじゃあ僕も、僕のペースで戦おうかな」

 

ここなら、使っても大丈夫だろう。

深呼吸をして、一言。

 

「お前の伝説の前に、僕の夢物語に付き合ってくれよ。その方が、きっと面白いからさ」

「何?」

「それはそれは遠い昔の話。すべての始まりは、雪の降る夜から始まったんだ。スキル、ホワイトクリスマス」

 

パチンッ!

 

指を鳴らすと、僕の足元から闘技場一面が雪で真っ白になり、ひらひらと大粒の雪が空から舞い降りる。

 

「な、なんだこれは!?」

『なんだこれはあ!いきなりこの会場が、雪で覆われましたあ!』

 

目の前の景色の変わりように、バンベルトも、観衆もすべてがざわつく。

 

「さあ、始めよう!サンタクロースの物語の幕開けだ!」

 

僕の後ろではマイとラストが驚き、ルドルフが、空を嬉しそうに見上げて、前足をばたつかせていた。




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第27話:伝説の終わり

「な、なんだこれは!?」

 

突然の銀世界に焦りだす大男、バンベルト。

一瞬の出来事に、僕とルドルフ以外は驚きを隠せない。

 

「どうだい、バンベルト。さぞかし驚いたろう?」

「お前の仕業か!まさかお前…魔法使いか!?」

 

先ほどの余裕が一瞬にして消える。

自分のペースはどうした。

 

「残念だけど、これは魔法なんていう偉大なものじゃない。生まれつき僕には、魔力というものが宿っていないらしい」

「魔力がないだと!?じゃあ、なんだというんだ!?」

「まあ、細かいことは気にするもんじゃないさ」

 

 

 

数週間前。

このスキルは実にルドルフのスキルの後に発現したものだった。

スキルの枠名は夢と希望の物語。

ホワイトクリスマスはその中の最初のスキルだ。

雪を降らせるしか能のないスキルで数少ない一つ目の枠が埋まってしまったと嘆いていたが、どうやらスキルは派生するようで、この枠の中でスキルが増えるらしい。

その証拠に、いくつかのスキルが発現している。

スキルの発言は条件があると思っていたため、スライムばかり倒していた僕はスライムキラーとかがつくと思っていたが、全然そんなことは無かったようだ。

因みにMPの消費はないが、代わりに僕の体力が減るみたいだ。

SPという緑色のゲージが、スマホを見たときに減っていて、使いすぎたときは息切れをおこしたことがある。

一応、疲れない身体のはずなのに。

 

「とにかく、これだけあればお前は倒せる」

 

雪を丸めて袋に入れる作業を始める。

どれだけ詰めても重くならない袋は、限界というものを知らず、3つ、4つと、雪玉を難なく受け入れる。

 

「動かないならなおのこと、お前のペースにも付き合ってやるから、僕のペースにも付き合ってくれよ」

「雪玉を投げる作戦か。ふん、面白いが、そんなものではこの俺の鎧を貫くどころか、傷一つつけられんぞ?」

 

雪景色にも十分慣れたのか、目の前の男の顔には余裕の表情が戻っていた。

相変わらず動く気配が見られないが。

 

『おっとお、サンタクロース選手、雪玉を丸めている!いつまでこの作業を続けるのか!そして、バンベルト選手はいつ仕掛けるのかぁ!』

 

 

 

そしてそれから、大体5分がたったころ。

実況のお姉さんもこの変わらない戦況を実況し続けるという苦行をし続けて、息を切らしているのが伝わってくる。

会場からも、早くしろといわんばかりに食べ物やら飲みかけの瓶が飛んでくる。

 

「おーい、サンタ、何やってんだよ!早くしろよ!」

「もう待ちくたびれましたよ~」

 

後ろでも二人がつまらなそうに僕の雪玉製造を眺めては口々に不満をぶつけてくる。

 

「…わかったよ。もう準備もできたし、終わらせるよ」

 

白い袋に手を入れて、目の前の男を見やる。

男はやっと来たかという表情で、剣を構えなおす。

 

「待たせたね。良い子にして待っていた子には、サンタクロースからのプレゼントだよ!」

 

雪玉を投げつける。

 

「馬鹿にしやがって。そんな雪玉では俺は倒せないと言っているだるがぁっ!?」

 

顔面にクリーンヒット。

いやもうちょっと避けるそぶり見せてよ。

 

「なんだあ、避けないのかあ!?そうか、足りないってことかあ!なら、もっとくれてやるよ!」

 

そのまま休めることなくストックしていた雪玉を投げまくる。

素手の熟練度の補正もかかって、雪玉は野球選手の放つ野球ボールに近いスピードで男に吸い込まれるようにして向かっていく。

 

『バンベルト選手!雪玉を避けようとしません!これは、お前の雪玉なんて屁でもないといった、挑発なのでしょうかあ!?』

 

「ぐ、があ!何故だ!何故ただの雪玉が、これほどの威力を!しかも速い!ぐああ、やめろ、顔面ばかり、狙うなあ!っぐあぁ!」

 

お姉さん、間違ってるよ。さっきからだけど。

 

「どれだけ硬い鎧を着ていたって、伝説を語りたがるその自己主張の強い顔は、何も覆うものがないからなあ!一番効果的な場所だな!」

 

ばれないように、雪玉で目くらましをしつつ徐々にバンベルトに近づく。

どうやら雪玉に集中しすぎて、僕の位置にまでは気が向いていないようだ。

そのまま雪玉を剛速球で投げまくり、気づくと男の目の前にまでたどり着く。

 

「ぐお!いつの間に!?」

「雪玉が敵じゃないんすよね。対戦相手は僕だってことを、忘れちゃいけないでしょう」

「く、この!」

 

大剣を振り上げるが、先ほどから食らい続けた雪の冷たさと、足元を覆う雪のせいで冷えたのか、動きが鈍い。

 

「遅い、前にやったやつの方が、もっと良い動きをしたよ」

 

振り上げようとする両手を思いっきり右手の裏側で打つと、大剣を持つ手は力を失って、滑り落ちた大剣は雪の上に寝そべる。

 

「何!?ぐああ、があ!」

 

そのまま大男を押し倒してマウントポジションをとり、鎧に覆われていない左肩のあたりを数発殴り痛めつける。

 

「これでもう片手は上がらない。自慢の大剣も、片手じゃ使いこなせないんじゃないかな?」

 

後ろの二人には見せられないほどのゲスい笑いを見せてやると、バンベルトの表情が強張る。

 

「ぐ、くそ、この俺が、一回戦で、こんなふざけた格好の奴なんかに…!」

「さあ、そろそろ頃合いだ!良い子は寝る時間、サンタクロースのプレゼントは、起きたら枕元に転がっているだろう!」

 

大きく深呼吸して、右手を引く。

直後、ボクシングのアッパーのように、顎を殴り上げる。

 

顎は殴れば脳が揺れる。

どれだけ良い鎧を着ていようが、大柄だろうが、脳をやられてしまえば意味がない。

 

「がっ!!はあ…」

「ふ、こいつも傑作だな!」

 

パシャ!

 

目を開けたまま気絶する男の顔を笑いを抑えてスマホで写真をとると、僕は立ち上がって客席の二人の元へ歩みを進める。

 

「お前は伝説を語るには弱すぎる。枕元に敗北という名のプレゼントをおいといたから、それで満足してな」

 

『・・・っは!思わず見入ってしまいました!第一回戦!勝者は、武器も使わずに、自分より大きい屈強なバンベルト選手を見事打ち破った、サンタクロース選手です!』

 

「「わあああああああああ!!」」

 

僕の勝利を、会場の人々すべてが叫び祝福してくれる。

実況のお姉さんも、ラストも、マイも、ルドルフも。

 

「サンキューな!また明日!」

 

右手を上げてそれに答える。

大会に出る側も、こういった楽しみがあるのかと、つい思ってしまい、伝説を語りたがったバンベルトの気持ちが、今になってわかった。




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第28話:賭け

試合後。

僕の試合が終わった時点で用はないとでも言うかのように、僕たちはその後の試合を見ずにコロッセオの外に出ていた。

 

「よくやったな、サンタ!お前のおかげで、一回戦だけなのにこんなに稼げたぜ!」

「すげえ、なんだよこの大金…」

 

なんと賭けでの僕への倍率は10倍もあり、15万ユインすべてをかけたラストは150万ユインを勝ち取って一気に小金持ちになった。

まあ、賭けのおやじも一般人だと思ってなめてたのかもな。

バンベルトの倍率は1.1倍だったことから、最低限自分に不利益が出ないようにしていたつもりなんだろう。

ラストによって大金を持っていかれ、さぞ悔しい思いをしていることだろうな。

それにしたって、10倍はなめすぎだろ。

競馬とかでもいるのか?そんなロマン馬。悪く言えば駄馬。

 

「後、これ、お前の分な!」

「お、サンキュ」

 

実は僕も、店の手伝いでもらったお小遣い5万ユインを、そのまますべて賭けていた。住まわせてもらっているし飯代も家賃も必要ないため、給料はもらうつもりはなかったが、マイがどうしてもといって聞かなかったので、無理矢理渡されていたのだ。使い道もなかったので、自分に賭けるという、少々シャレの利いたことをやってみた結果、僕もラストも、これで小金持ちになった。

 

「いいなあ~!私も賭ければよかったなあ…」

 

マイは1ユインも賭けなかったようだ。

まあ賭けっていいもんじゃないしな。やらない方が良いだろうよ。

 

「まあ、負けて金無くなるよりはいいだろ。真面目に働いて稼いだ金が、やっぱり一番だと思うぜ」

 

そう言ってマイをフォローするが、右手にもつ大金の入った袋のせいで説得力が全くないことに言ってすぐに気づく。

素早く右手を後ろに回したが、遅かった。

 

「賭けで大勝ちした人に言われたくないですっ!」

 

怒られてしまった。

あれ、今いいこと言わなかった?なんで怒られたの?

え、この右手の袋?知らないよ?

 

「まあまあ、今日はもう帰ろうぜ!サンタも疲れてるだろうしよお!なあ、サンタ?」

 

大金を手にして元気になったラストは間に入っていつにもましてウザいドヤ顔を決めてくる。

こいつ、イケメンでたまたま自分の作戦がうまく言ったからって調子に乗りやがって…。

この…くそ、イケメンだから貶す言葉がない。

 

「まあ疲れたな。雪降らせたし、体力使ったからなあ」

 

なんとなくの呟きに、二人が過剰な反応をする。

あ、しまった。

 

「ああ!そういえばそれですよ!あれってやっぱりサンタさんがやったんですか!?一体どうやって!?」

「そうだ、思い出した!サンタ、教えてくれよ!どうやって雪を出したんだよ!魔法か?」

 

二人に一気に詰め寄られ、今の失言に後悔する。

言わなきゃよかった。そうすれば、忘れていたままだったのに。

どう説明すりゃいいんだこれ。

こんな時は、適当にごまかそう。

 

「あー、面倒くさいな。今日はもう帰って、旅館でうまい飯でも食いながら話そうぜ?」

 

それだけ言って、その場しのぎをして逃げるように、足早に旅館への道を急いだ。

ルドルフが僕の代わりに説明できたら、と思って見つめるが、りんりんと、首についた鈴を鳴らすだけで、僕の願いに答えてくれる望みはなかった。




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第29話:宴

「かんぱ~いっ!」

「かんぱーい!」

「乾杯!」

 

夕方。

部屋に戻ってすぐに温泉に浸かり、日が暮れたあたりで部屋に運ばれてきた料理を囲んで乾杯をして第一回戦祝勝会をしている。

 

「いやあー、サンタ、一回戦突破、おめでとう。おかげで俺も、懐が温かいぜ!」

 

横にある袋の中をジャラジャラと漁って見せる。

 

「本当にうれしそうですね…普通に働いていればいつか貯まるのに…」

 

賭けをしなかったマイはすねたようにいう。勝たなかったものにはわからないだろうが、一瞬にして大金が手に入ると、働くのが馬鹿らしくなってくるんだよ。

ソースは僕。

 

「まあどうせ、一週間もここに泊まる予定だろうから、100万近くは無くなるけどな」

「それでも、俺には45万は残るからな!全然問題ないぜ!」

 

ドヤ顔を決めるラストだが、マイが何かを思いついて悪い顔で笑いだす。

 

「全然問題ない?あ!45万残るなら、後3日伸ばして、10日間は泊まれますねっ!」

「んな!?」

「おー、いいねえ。そいつは名案だな。じゃあマイ、せーの」

「「改めて、ごち(そうさま)でーす!」」

「うわあああああああ!俺の貯金があああああ!」

 

悶絶してその場で倒れこんだ。

かわいそうだが…調子に乗るからだ。

その後、ラストを放っておいて料理を味わっていると、マイがまた何かを思い出したように、僕に話しかける。

 

「あっ!そういえば、あの雪のこと、話してくださいよっ!」

「げ、思い出したか」

「おおう!そうだ、サンタ、教えろ!」

 

ラストも復活して問い詰められる。

もう逃げられない、悟った僕は、面倒そうに口を開く。

 

「スキルってわかる?それ。はい終わり」

「なるほどなあ…って終わりかよ!?」

 

一応スキルというものはわかるらしいな。

 

「ほかに説明のしようがない」

「魔法じゃないんですか?」

 

マイが当然の疑問を口にするが、バンベルトに言ったようなセリフをまた言う。

 

「僕は生まれつき魔力がないって前にも言わなかったっけ。あれは魔力じゃなくて、僕の体力を削って発動しているんだ。まあ魔法のようで魔法じゃないみたいな感じだ。僕にもわからん」

 

僕以外の人にはレベル、ステータスの概念がないから説明が難しい。これで納得してくれればいいが。

 

「魔力を使わない魔法、ですか…なんだかとっても素敵ですね!」

「そうかな。魔法の方が素敵だと思うけど」

 

僕も一応元の世界では自主休講っていう魔法くらいは使えたんだが。

わかりにくい曖昧な説明だったが、どうやら納得したようだ。マイは頭が良くて助かる。

 

「なあ、サンタ。お前それ、他にもなんか使えるのか?」

「ああ、まあいくつかは」

 

目を輝かせるラストが、身を乗り出しながら尋ねてくる。

 

「他には何ができるんだ?」

「一人遊びが超上手になるのだったり、目印をつけて道に迷わなくなったりできるぞ」

 

明確に内容を言うとやれと言われそうなので、可能な限りぼかして夢の無いもののように話す。

 

「ん、なんかいまいちだな…まあそのうち見せてくれよな」

「そのうちね」

 

僕への追及は終わった。

そこで僕も、ラストに尋ねる。

 

「ところで、もう大会は棄権でいいんだよな?金も稼いだし、目的は果たしただろ」

「何言ってんだ。ここまできたら優勝するしかねえだろ!」

 

僕としてはもう面倒だったので棄権したかったのだが、ラストは譲らなかった。

どうせまた賭けで大儲けしたいんだろ。

目が¥のマークになってるぞ。

 

「ふえ?どうしたんですか?大会、やめちゃうんですか?」

「ああ、あくまで今日のイベントとして出ただけだからな。流石にもう飽きただろ」

 

味方をつけようとマイを説得して、どうにか大会を棄権する道を推す。

 

しかし、

「そんなことないですよ!やりましょうよ!見てるだけでも楽しいです!」

 

こんな具合に目を輝かせている。こっちは純粋に楽しんでるな。

 

「それに、かっこいいとこ、もっと見たいです」

 

何を言ったか聞こえなかったが、まあ試合観戦が好きだとか、そんなことでも言ったんだろうな。

 

「そうか、でももう疲れたよ。対戦相手、性格が合わなさ過ぎて、すげーストレスたまるんだよ」

 

これが本音。

血気盛んな連中の、自分大好き野郎との会話とか、ストレスで禿げそう。

 

「頼むよサンタあ。後4回で優勝だからさあ。対戦相手の情報は、俺が調べておいてやるからよお。優勝でも準優勝でもいいから、賞とってくれよお!」

 

こちらに飛びついて、絡みついてくる。

 

「くっつくな。…ったく、しょうがないなあ。その代わり準優勝までだからな」

「ありがとよ!全力でサポートするからな!」

 

大会に出るのも面倒だが、こいつの粘着にこれから耐えて過ごす方が面倒だ。

仕方がないから、良いところで負けるか、適当に終わらせよう。

 

「因みに準優勝も賞品がもらえるので、頑張ってくださいね!応援してますから!」

 

マイもこちらに寄りかかってくる。

こいつら今日は結構絡んでくるな…。

 

「だあーもう!離れろ!飯が冷めるだろ!」

「いいじゃないですか、明日も食べられますし♪」

「よーし、俺たちみんなで、優勝狙うぞお!」

「だから準決勝までだって…」

 

その後も若者らしく、隣の部屋から苦情が来ないか不安になるほど騒ぎ、刻々と夜は更けていった。




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第30話:情報収集

二日後。

 

今僕は、ラストと2人でコロッセオの前にて賭けのおっさんのところにいる。

その理由はこれから始まる第二回戦の対戦相手の情報を集めるためだった。

マイは最前列の席をとるために先に中に入っている。

おっさんは僕とラストを見ると露骨に嫌な顔をする。

 

「げえ、二枚目のあんちゃん…また来たのか。後、そこの赤い帽子のあんちゃんは…前回の大穴、サンタクロースじゃねえか…」

「よおおっさん!おとといはごちそうさん!今日も会いに来てやったぜ!」

「けっ。もうお前の顔は見たくなかったよ…。聞きたくはないが、今日は何の用だ?」

「ああ、次のこいつの対戦相手がどんな奴か、聞きに来たんだ」

 

ラストは優勝を本気で狙ってるのか、サポートする気満々で、昨日もポーションを大量に作ってくれたし、今日も今日で女の子に声をかけたりして情報を集めたり、今もこの賭けのおっさんからも情報を聞き出そうとしている。

 

「へ、情報ねえ。俺は情報屋じゃねえから売りもんにはできねえが、ただじゃ納得いかねえなあ」

 

おっさんは金の入った袋を揺すってわざとらしく金属音を鳴らしてそう言う。

 

「わかってるって。それじゃあ、今日の対戦カードの倍率を教えてくれよ」

 

おっさんとラストはニヤリと笑うと、交渉成立の握手をした。

なんかこういう荒っぽいやりとり、冒険者っぽくてワクワクするな。

まあ非力なラストと賭けのおっさんじゃ、ただの屑の馴れ合いにしか見えないが。

 

「今日のカードは冷徹なビーストテイマー、レディオと、赤い帽子のサンタクロースだ。レディオが1.1倍で、サンタクロースは3倍だ」

「サンタの倍率高いな。それでも3倍には下げたのか」

「またなんかの間違いで大穴とられちまったら俺も食ってけねえしな。だから今回は少し前回の反省で下げた。まあ、今回こそ間違いねえだろ」

「じゃ、今日もサンタクロースに50万ユインで」

 

そういってラストは50万ユインを渡す。

因みにこの金は僕の先日の勝ち分の金だ。

ラストが自分の金を賭けないのはおそらくまたマイにむしられるのがいやなのと、僕がわざと負けて大会を終わらせないようにするためだろう。

まあ僕が勝てばいい話だから僕の金をいくら賭けられようが構わないが。

 

「あんたもよくこんな新参者に肩入れるんだねえ。そんなに自信があるのかい?」

「強さじゃねえんだ。こいつは俺が今まで見た中じゃ最高に面白いやつだからな。俺に言わせてみれば、強いやつより面白いやつに賭けるのが博打の醍醐味ってもんよ」

 

最もらしい立派な賭博師の答えだが、きっと自分の金じゃないからこんな大口が叩けるんだろう。

 

「なるほどねえ。お前、なかなか洒落た価値観を持ってるんだな。それじゃあ、レディオのことを教えてやるよ。一回しか言わねえからよく聞けよ」

「おう、待ってました!」

 

やっと本題に入った。

おっさんが口を開く。

 

「ビーストテイマーレディオ。その名はビーストテイマーの中では知らないものはほとんどいないほどの有名人だ。本人は非力だが、その分、頭がすこぶる切れるやつでな。指示に無駄が無く、自分の計画通りに物を進めるために自分の使役する獣に無理をさせてでも相手を追い詰めようとするその姿勢から、冷徹者としての名も高い」

「そいつは何を従えているんだ?やっぱりカラアレオンなのか?」

 

半端な知識でおっさんに質問をする。

以前マイがカラアレオンはビーストテイマーでも有名とか言ってたしな。

 

「いいや、そんなもんじゃない。やつの使役する獣はそんな温厚なやつじゃない。やつの一回戦での対戦相手に相当な重傷を残したクレイジーなやつさ。やつの獣の名は――――」

 

真面目な顔をして一呼吸おいて、おっさんはその名を口にする。

 

「――――二頭を持つ、ケルベロスだ」




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第31話:二回戦

ケルベロス。

よくゲームでその名を目にすることはあったが、当然その実物を見たことは無い。

たいていは頭が二つあるただの犬なのだが、どうなのだろうか。

 

「おっさん、そのケルベロスってのは簡単に言うと頭が二つある犬であってるか?」

「見た目はな。だがその外見の凶暴さは、犬なんてもんじゃねえ。鬼のような顔をしてやがる。それに大きさだって、そこらへんの犬どころじゃねえ、身長はお前さんの肩くらいまではあって、生身で受けたら食いちぎられて無くなっちまうほどの顎の強さだぞ」

「ケルベロスかあ…やべえなサンタ」

 

青ざめて語るおっさんの様子からするにそいつは本当にやばいやつなんだろう。

ラストもさっきまで余裕そうだった顔が引きつっている。

 

「悪いことは言わねえ。今からでも棄権した方が身のためだ。奴との戦いで負けたやつなんて着ていた鎧もズタボロで、そいつ自身も半殺しだ。鎧もないあんたが噛まれたら、それこそ命の保証はできねえぞ!」

「ねえラスト。僕もう帰りたいんだけど」

 

冗談じゃない。そんな怖いやつとなんてやりたくない。

鎧を砕く顎だぞ?そんなの腕の一本は確実に持ってかれるじゃねえか。

戦う前から知れてよかった。さっさと帰ろう。そして温泉に浸かって寝よう。

 

「ビーストテイマーが大会に出るとは…流石に今回は分が悪すぎるか?何かいい手はないのか…?」

 

ラストは何やら一人でつぶやいている。

こいつ、まだやる気かよ。

 

「なあ、剣士ならともかくビーストテイマーとか戦ったことないし勝てっこねえよ。帰ろうぜ」

「ビーストテイマー?そうか、その手があったじゃねえか!」

 

ラストがひらめいたように叫ぶ。

引きつっていた笑いはいつの間にか、再び余裕を取り戻していて、いつもの自信にあふれた顔をしている。

 

「サンタ!俺に名案がある。お前なら、やつと同じ立場で戦うことができるはずだ」

「なんだよ。素手で化け物ととか、やったことないからわかんねえぞ。ましてや相手は頭が二つもあるんだ。こっちは一人だから分が悪い。まさか、右手で一頭、左手で一頭を相手にしろなんて、馬鹿げた事は言わないよな?」

「数なら大丈夫だ。お前は一人で戦うんじゃないからな」

「はあ?」

 

いや、一人だろ。

何言ってんだこいつ。

 

「お前にも一匹、パートナーがいるだろう?」

 

そういって、頭の上に手を角のようにして乗せて言う。

全然似てないけど、それってもしかして…

 

「そう、あのトナカイだよ」

 

 

 

『湯煙大会も大会出場者のすべてがここに立ち、半分が勝ち半分が負け、出場者の数は半分に絞られました。これからは勝者同士の戦いです!彼らはどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!それでは本日の第一回戦を始めましょう!最初の戦いを見せてくれるのはこの二人!』

 

実況のお姉さんの目がこちらに向けられる。

 

『勝ち残ったのは幸か不幸か!?赤い帽子のニュールーキー、サンタクロース選手!』

 

「「「わあああああああああああ!」」」

 

「おい、幸か不幸かってなんだ。やめろ。なんか何かの間違いで勝ったみたいじゃんか」

 

後、ニュールーキーって色々と意味おかしいから。

僕は一人、愚痴をこぼしながらにぎわう観衆に手を振り、声援にこたえる。

 

『えー、もう一人は!…おほん、百戦錬磨のビーストテイマー!その頭の切れには並ぶ者がいない!番犬とともに、相手を無残に食い殺す!お前に人の心はないのか!?冷徹なビーストテイマー、レディオ選手です!』

 

ザッ。ザッ。

 

向こうの入り口から出てきたのは、一人の小柄な黒ずくめの男。

フードからはみ出た金髪と、その下から覗く濁った緑色の目、そして、口元に浮かべる下卑た笑い。

 

「やあ、よく来たねぇ。この僕に恐れをなして逃げなかったとはぁ」

「いや、聞いた話じゃ、あんたは非力だから、この手で一発ぶちかませば、伸びちまうほどらしいじゃないか。わざわざ勝てる戦、逃げる馬鹿はいないでしょう」

 

開口一番の挑発にしかめることなく、男は一層口角を吊り上げておぞましい笑みを浮かべる。

 

「ははぁ、よく調べてきたじゃないかぁ!それじゃあ、僕の職業についても、もちろん知っているはずだよねえ?」

「ビーストテイマーのレディオ、だろ。さっき実況で聞いたからわかるに決まってるだろ。ちゃんと耳ついてんのか?」

 

煽りを混ぜて返すと、今度は汚い笑みを崩さずに、静かに眉をしかめる。

ほお、こいつはあまり煽り耐性はないのか。頭はいいのに、こっちの作戦とは思わないのだろうか。

 

「へえ、覚悟はできてるんだろうねえ!」

「出来ていますとも。じゃなきゃここにも立っていないさ」

 

『両者準備はいいでしょうか!それでは、試合開始です!』

 

鐘の音とともに、僕とレディオの戦いが始まった。




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第32話:召喚されし者

観客の叫び声に囲まれて、僕たちは2人相対する。

 

「飼い犬はいないみたいだけど、どうした?」

 

僕の前にはレディオ一人しかいない。

まさか一人で戦うつもりなのか。

 

「ああ、やっぱり知っていたんだねえ!流石は、一回戦を勝っただけのことはある…」

「まあいないならいいけどさ。こっちは待ってやらないからな」

 

ホワイトクリスマス。

指を鳴らすとあたり一面が銀世界にかわる。

バンベルトは初見で驚いていたが、下調べをしたのか、全然驚く素振りを見せない。

気づくとこちらの動きに動じないレディオの右手は輝き、足元には黒い魔法陣ができていて、そこから不気味な煙が不安定に渦を巻いている。

あれは…!

 

「まさか、魔法で召喚するのか!?」

「その通りい!わかったところでもう遅いよお!出でよ!オルトロぶはあ!」

「あぶねえ、なんとか阻止できたか!」

 

その場で雪玉を作って投げて口をふさぐ。

急いで投げたので、雪玉は作りも荒く、ただちょっと固めた雪を投げただけだったので、威力はほとんどない、牽制射撃のようなものだったが。

見ると雪玉を食らいレディオがのけぞったのと同時に、先ほどまで渦巻いていた魔法陣は消えてなくなった。

 

「やっぱり、術者が集中しないと召喚は成功しないんだな。じゃあ、召喚される前に、さっさと終わらせてやる!」

 

レディオに向かってまっすぐに駆け出す。手には袋から出した、マイの作った相棒を手にもって。

威力は落ちるが、非力といっていたし、これで十分だろう。

 

「く、やるじゃないかあ…!でもねえ、僕は魔法が得意なんだよねえ!ダークネス!」

「うお、なんだ!何も見えない!」

 

やつの右手の輝きで、出てきた黒い靄に反応しきれず浴びてしまうと、視界が真っ黒に染まる。

どうやら盲目になる魔法を食らってしまったらしい。

 

「くそ、どこだ!」

 

持っている相棒を振り回すが、宙を仰ぐだけで手ごたえはない。

 

「あははあ!いいねえ!そんなところで素振りの練習かなあ?」

 

声のする方へ攻撃をしても、声の主が悲鳴を上げることは無い。

 

「くそ、召喚は避けられないか…」

「せっかくの作戦が台無しだねえ!出でよ!オルトロス!」

 

その声と同時に、盲目が解けて視界が明るくなったが、目の前には新たな敵が僕の前に立ちはだかっていた。

 

大きな黒い体。

首輪につながれ、途中でちぎれた鎖を地面にたらし、サッカーボールほどはある二つの頭は、どちらもこちらを見つめている。

その鋭い視線は殺気を放ち、視線だけで僕を殺しにかかろうとする迫力だ。

口元から涎を垂らして、たまに舌なめずりをして強靭な牙を見せる。

 

「でたな、あいつがケルベロス…!」

「オルトロスだよ。ケルベロスは頭が3つある方だよ」

 

冷静に突っ込まれる。

 

「で、でたな、あいつがオルトロス…!」

 

先ほどの失言を、無かったかのように言いなおす。

どうやら僕は名前を素で間違えていたようだ。

いや、昔から、ケルベロスは頭が二つだと思ってたんだよ。

オルトロスってさっきから言ってたの聞こえてたけどさあ…

賭けのおっさんだってケルベロスって言ってたし…

 

「ま、まあ、どっちでもいいや。倒しちまえば、どっちも一緒だ!」

「ははあ、そんな簡単に言うけど、うまくいくかなあ?行け、オルトロス!食い殺せ!」

「「バオォォン!」」

 

レディオの指示とともに雄叫びを上げてこちらに駆け出すオルトロス。

犬というだけあって、さすがに動きが速い。

一気に間を詰められて、左の一頭、右の一頭が時間差で噛みついてくる。

 

「バオオォォ!」

「っ!」

 

左を相棒を噛ませてガードをするが、右の一頭の攻撃は防ぎきれない。

そのまま大きく口を開いて、こちらに噛みついてくる。

 

「まずは右腕一本、もらうよお!」

「くそ、こっちは、これでも食らえ!」

「グギィ!!」

 

腰を落として、下から袋を握ったままの右手で顎を殴り上げ、無理矢理口を閉じさせる。

相棒で防いでる方の頭にげんこつのように一発打ち込むと、オルトロスは怯んでレディオのもとに下がる。

 

「オルトロスの攻撃を防ぐとは、流石だねえ!」

「あっぶねえ…」

 

ぎりぎりで口を閉じることができたが、これが続いたら、やつの牙がこちらに届くのは時間の問題だ。

レディオは余裕の表情で、さらにこちらを追い詰めるような指示を出す。

 

「それじゃあこれならどうかなあ!オルトロス、左は氷、右の方は火を噴きながらやつを追い詰めろ」

「「バオオオ!」」

 

今度は首を横に振りながら、炎と氷を吐いて突っこんできた。

 

「そんなのありかよ!」

 

逃げようにも、首を振っているため、左右への逃げ場はない。後ろに逃げても、追い詰められてしまうだろう。

 

「仕方ない。ちょっと疲れるが、こっちも使うぜ!聖夜のモミの木!」

 

地面に手を当てると、雪を割って生えてきた巨大なモミの木が僕の代わりに炎と冷気を受け止める。

攻撃は無事に防げたが、炎による熱気とスキルを使った疲れで額から汗が流れる。

 

「これも防ぐかあ。君、ずいぶんと面白いことができるみたいだねえ!」

「はあ、はあ、なめやがって…」

 

こちらに傷は一つもつけられていないが、二度の強襲と、まだ何かあるかもしれないという不安に、精神的なダメージを与えられている。

さらにスキルの代償で、疲労もたまってきている。

 

「あれえ、ちょっと疲れてきたのかなあ?その疲れよう、その木とこの雪は、もしかして出すのに結構な体力を使うのかなあ?もしそうならこれはチャンスだあ!オルトロス!もう一度、時間差で噛みついて食い殺せ!」

「バオオオオ!」

 

勝利を確信したレディオが、オルトロスに最後の指示を出す。

 

「くそ!もう打つ手がない!」

「いいよお!やっぱり、人の絶望する顔は、見ていて最高だねえ!殺せえ!」

 

膝をついて嘆くと、レディオは嬉しそうに叫んだ。

勢いを増してこちらに飛びかかる黒い巨体。

 

 

 

 

しかし、その牙は僕の体に触れることは無い。

 

 

 

 

「ま、僕一人だったらの話なんだけどね」

「んん?」

 

僕は一人、レディオに負けないくらいのゲスい笑みを浮かべて顔を上げる。

 

「ルドルフ!出番だ!」

 

袋からしまっていたそりを盾にするように引っ張り出して、この世界の数少ない一匹の友に呼びかける。

一番前の席でマイの横で見ていた小さなトナカイは、僕の指示とともに観客席から飛び出し、僕にとびかかるオルトロスの右の一頭を、回転しながら角でたたき落とし、僕の前に来るとそりの綱を器用に自分の体に結び付ける。

 

「バオオオオオ…ギィ!」

「…え?」

 

頭からヘッドスライディングのように雪に突っこむオルトロス。

突然のルドルフの乱入に、会場の人々は驚きを隠せない。

 

『なんということでしょう!勝負は決まったと思われた矢先、小さなトナカイが乱入してきました!これは、何かのハプニングでしょうか!って、きゃっ、なんですか!?』

 

しばらく静かだった実況のお姉さんが驚いていると、マイクを奪って、聞きなれた男の声が会場に響き渡る。

 

『いいや、こいつはサンタクロース選手のパートナー、ルドルフだあ!一回戦では一人だったが、やつは実はビーストテイマー!あのトナカイと組んでる時が、奴の本領だ!』

『ちょ、ちょっと!なんですか急に!あなた一体何者!?』

 

この声は、やっぱり…

 

『なあに、通りすがりの、解説者だよ』

『はっ、イケメン…!』

 

やっぱり。どうやらラストが実況のお姉さんのところに乱入したらしい。

この声と、何よりマイクから少しだけ漏れたイケメンという単語で、大体の察しがつく。

ラスト、お前、何やってんだよ。

 

『さあ。ここからはサンタクロースの反撃だあ!彼は俺たちに、どんな夢を見せてくれるのかあ!』

 

イレギュラーな出来事の数々に、湧き上がる歓声。

 

「ラストめ、何調子乗ってんだよ、ったく」

「君、ビーストテイマーだったのかい?」

 

オルトロスが落下した時は一瞬驚いたかと思ったが、しかしまた変わらぬ下卑た笑みを取り戻す。

もう少し驚いてくれてもよかったが、流石は百戦錬磨といったところか。

 

「そう、誰も知らないと思うけど、この帽子が、その証拠さ」

 

頭を指さして答える。

サンタクロースという存在がないこの世界では赤い帽子にはトナカイがつきものという意味が分かるものは誰一人としていないだろう。

 

「…そうかい。それじゃあここからは、こっちも本気でいかないとねえ!オルトロス、立て!」

「ウウウウウゥゥゥ…」

 

左右の頭はそれぞれ僕を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がって再びレディオの近くに退がる。

げんこつを食らい、ルドルフの攻撃を受けたにも関わらず双頭ともまだまだ余裕そうだ。

 

「僕が本気を出すんだから、君、死んでも文句は言わないでよねえ?」

「へ、死ななければ文句の言いようはないから、安心しな!」

 

塗装のない木目のそりに乗って、戦闘態勢に入る。

こっちも本気でいくぜ。

 

『さあ、両者本気を出したところで、第二ラウンドの始まりだあ!』

 

第二ラウンド、ビーストテイマーとしての戦いの幕が開けた。




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第33話:奇襲

「オルトロス、あんなトナカイ、すぐに食い殺してやれえ!」

 

態勢を立て直した二つの頭がこちらに飛んでくる。

こちらもルドルフに呼びかける。

 

「ルドルフ、飛ぶぞ!」

 

鈴の音を鳴らしてそりを引いて宙を舞う。

空を飛んでいれば、とりあえず噛みつかれる心配はない。

 

「空も飛べたのかい?本当に予想を上回るねえ!でも、オルトロスの炎は、空中でかわせるかなあ?」

 

今度は二つの火柱がこちらに向かってくる。

 

「ルドルフ!急いで地面に降りてくれ!後はこのステージを回るように走り続けるんだ」

 

急降下して炎を避ける。頭の上を二本の火柱が通り過ぎ、それから僕たちに向きが変わる。

外周をぐるぐる回って攻撃をかわし続けると、今度はまとまっていた火柱が開いて、二本別々に襲い掛かってくる。

 

「さあさあ、これはどう対処するのかなあ!?」

 

後ろと前、両方から挟み込むように火柱が迫ってくる。

その熱気に、額から汗が流れる。

 

「モミの木、頼むぜ!」

 

走りながら雪に手を突っこんで、スキルを発動させる。

雪に手を付けたところからモミの木が生えだして外周が木で立ち並ぶ。

木が炎を受け止めてくれるので、それに隠れて逃げ回る。

 

『おおっと!いきなり木が生え始めたぞ!』

『これで炎を防ぐっていう作戦ですかね!サンタ、やるなあ!』

 

「ぜえ、ぜえ、ふう…どうだ、これで火は怖くないさ!」

「チッ!やるねえ!でも、大分疲れてるみたいだねえ!」

 

能力を使いすぎて息切れを起こしてしまった。

くそ、疲れない身体って詐欺かよ…

 

「はあ、これだけは飲みたくなかったんだけどな」

 

袋から小瓶を取り出して一気に飲み干す。

実況の方ではこの瓶の中身が気になるのか、早速話題になる。

 

『んん?あの小瓶は何でしょうか?ポーションでしょうか?』

『あれはこの俺、ラスト特製、死ねるポーションビリジアンだ。飲むと眠気も疲れも、一発で吹っ飛ぶぞ!』

『はあ、でもなんでそんなすごい能力を持っているのに、名前に死ねるとかついちゃってるんですか?』

『それは…飲んでみればわかる』

 

 

 

「ぐあああああああ、まじいいいいいい!!」

 

 

 

想像を絶するまずさに、そりの上をのたうちまわる。

 

 

 

『サンタクロース選手、何故か苦しみだしている!間違って毒薬でも飲んでしまったのかあ!?』

『まあ、その、あれが死ねるの由来だ。うん、超まずい』

「うおおおぉぉ、なんてまずさだ…!でも、もう疲れは感じない」

 

後味が口の中に残って吐き気を催す。

もう飲みたくないが、このまま持久戦を続けるならば後数本は飲まないといけないだろう。

もう一気に勝負を決めよう。

 

「ルドルフ、逃げるのはやめだ。もうあの薬飲みたくないからそろそろ決めるぞ!」

 

木の陰から出てきて、黒い巨体に対峙する。

 

「鬼ごっこはおしまいかい?それじゃあそろそろ終わりに――――」

「どけどけどけぇ~!」

 

話を無視してオルトロスめがけてそりで突っこむ。

 

「んな!?オルトロス!」

「しゃべりすぎだ、遅い!」

 

僕はそりから飛び上がって空中で右手を引く。

 

「オルトロス、下はダミーだ、本体は上だあ!」

「残念!下も本物だ!ルドルフ!頼むぜ!」

 

 

 

上を向いて迎撃しようとするオルトロスに、ルドルフの振り上げた角が右の一頭の顎を突き上げて、口を閉じる。

 

「何い!」

「早く寝ねえとサンタは来ねえぞ!」

「キャウウウウゥゥン!」

 

右の一頭に再び重力をのせた右ストレートを食らわせると、可愛い悲鳴を上げて、気を失い頭を垂らす。

 

「まだだ!まだ左の攻撃は終わらない!そのまま炎で焼き尽くしてやれ!」

 

口を開いて喉の奥が赤く光る。

その瞬間、無意識にニヤリと笑って袋に手を突っこむ。

 

 

 

これを待っていたんだ。このゼロ距離からの攻撃。

特に火炎放射で、僕に向かって口を開けるこの瞬間を!

 

 

「おお、飼い主のいうことを聞けて偉いじゃないか!そんな君には、これをプレゼントだあ!」

 

小瓶の栓を開けて口にほうり投げる。

熱気とともに視界が赤く染まる瞬間、黒い巨体が動きを止める。

炎が顔に来たが、それは一瞬だけで、僕には熱気だけが当たる。

 

「なんだ!何を飲ませだんだあ!?」

「最強のポーション。一本あれば、絶大な回復をもたらす。ただその代償として―――」

「グ、グアアアァァ!?ベエ、ベエエ!!」

 

オルトロスが大きく身体を揺らす。

 

「一生そいつのトラウマになる!」

「オルトロス!?どうした、オルトロス!!」

 

あまりのラストのポーションのまずさに、左の一頭はのたうちまわってその場でのたうちまわる。

もはや長所である二つの頭は統制を失い、飼い主のレディオの声も届かない。

 

「それのおかげでほとんど回復しちゃうだろうけど、この無防備な状態なら、殴りまくれば関係ないよな」

「まずい!オルトロス、引け、引けえ!」

 

飼い主のことばを聞き入れず、暴れまわる黒い巨体。

 

「ルドルフ、じたばたして苦しんでいるから、抑えてあげよう」

 

ルドルフは宙に上がりオルトロスの真上に来ると、そりを落としてオルトロスを下敷きにする。

 

「グギャアアア!」

「まだ苦しいか。大丈夫、すぐ楽にしてやる」

 

3発ほど殴ると、左の頭も気を失って、巨体はおとなしくなった。

 

「さあぁてとおぉ?」

「ひっ!」

 

まっすぐに飼い主の方へ歩き出す。

レディオは目を歪ませて釣り上げていた口角が下がる。

 

「ま、待ってくれえ!そうだ、話し合おう!」

 

耳を貸さずに近づく。

 

「わかったよ!もう僕の負けでいいから!降参、降参するから!」

 

目の前までたどり着く。

小柄な男を、見下ろすようにして見つめる。

 

「だから、もう、終わりにしようよお!」

「さっきまで調子に乗ってたわりに、自慢のペットがやられた瞬間、一気に弱気になっちゃったじゃないか。ご自慢の魔法で、なんとかなったりはしないのか?」

 

レディオの黒く輝き続ける右手を指さす。

 

「あ、でも今それ光り続けてるってことは、あいつ維持してる間は、魔法が使えないってことなのかな?」

「ヒッ、ヒィイイ…」

「まあ、君の降参っていう平和的な解決も、一番おさまりがよさそうだよね」

「え!じゃ、じゃあ!」

 

希望に満ちた顔で僕を見上げる。

 

「でもそれは、お前的にはの話だよな。あ、因みに第一回戦で君にやられたやつ、僕のツレなんだよね」

「あ…」

 

その瞬間、男の顔が青ざめる。

一回戦敗者が僕のツレというのはもちろん嘘なんだけど。

 

「そいつのためにも、ここは一発、痛い目見せてやらねえと…気が済まねえんだよねえ!」

「っ!」

 

腰を抜かして地面にしりもちをつくレディオ。

 

「悪く思うなよ。復讐ってのは、誰かが止めないといけないのはわかってるけど―――」

 

右手に力を籠める。

 

「それは僕の役目じゃねえ。せめてもの情けで一発で仕留めてやる。いい夢見てくれよお!」

「うわああああああああ!」

 

鈍い音とともにレディオの体が飛ぶ。

闘技場の壁に頭から突っこんで、雪の上に伏す。

 

「お前も、面白い顔するなあ」

 

スマホで寝顔を撮って、ルドルフのところへ戻る。

 

「サンキューな。作戦なしで、あそこまでやってくれるとは思わなかったぜ!」

『…えーと、勝者は!変わった戦術と、拷問のような攻撃で勝利をおさめたサンタクロース選手です!』

 

「「「わあああああああああああああ!!」」」

 

怒号にも似た歓声が、会場で響き渡る。

 

『でもお姉さん。あいつ、百戦錬磨とか冷徹、頭が切れるとか言ってた割には、飼い犬に頼りっきりで、あまり作戦とかなかったな』

『ええ、そうですね。有名なのは間違いないですけど、実力の方は本人がそういってくれと言っていたので、本人はそう思ってるのかもしれません』

『なるほどな。ま、サンタに勝てるやつはいないってことか!』

 

あほみたいなやり取りを聞きつつ、興奮するマイに手を振る。

 

「はあ、疲れた」

 

サンタのじいさんの魔法は、スキルには効果がないのか、普通に疲れる。

 

「サンタさん、お疲れさまで…っひゃあ!ちょ、ちょっとサンタさん!?」

「マイ、帰ろうか」

 

僕はマイを客席から持ち上げてそりに乗せて、ルドルフとともにコロッセオの上から帰った。

 

 

 

 

『おい、サンタあ、俺も乗っけてけよお!』

 

取り残されたラストの声は、僕の耳まで届かなかった。




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第34話:帰り道

場所は変わって闘技場の外。

 

「よお、おっさん。勝ったよ。ラストの代わりに勝ち分もらいに来た」

 

ルドルフ、マイと一緒に賭けのおっさんに声をかける。

 

「ああ、試合、見たぜ。あのレディオを倒すたあ、相当な実力があるんだな。しかも、ビーストテイマーだったとは…」

「おっさん、ケルベロスじゃなくてあいつの犬の名前オルトロスだったぞ。ケルベロスは頭が3つあるやつらしい」

 

間違いを指摘するとおっさんは頭を掻いて恥ずかしそうに笑った。

 

「そうだったのか。俺はあまりモンスターには詳しくなくてなあ。失敬。ほら、これが今日の勝ち分だよ」

 

150万ユインの入った袋を渡される。

1万ユイン硬貨150枚分の質量、なかなかに重い。

 

「サンキュー。毎度あり!」

「そっちの嬢ちゃんは、あんたのツレか?」

 

僕の後ろで静かにしていたマイを指差して、小指をたてておっさんらしい仕草をする。

 

「ああ、僕の保護者みたいなもんだ。飯も食わせてもらってる」

「ちょっと!私お母さんじゃないですよっ!サンタさんよりも年下です!」

「…お母さんとは言ってない」

「へ、青春してらあ!…はあ、これで俺の儲けもほとんどないぜ」

 

おっさんはポケットの中身を引っ張ってすっからかん、といった仕草をする。

 

「えー、でもこの大会、観客は多いんだから結構金集まったんじゃないのか?しかも最低1万ユインからじゃないとかけられないから、150人くらい余裕で集まっただろ」

「集まったけどな。そうじゃないんだよ」

 

あきらめたように首を振る。

 

「サンタクロースに賭けたのはあの二枚目の兄ちゃんだけじゃないんだよ。しかもあんたに賭けるやつはみんなあの兄ちゃんほどじゃないが金を積む。おかげでぎりぎり黒字ってところだが、今日の飯代くらいしか儲けられなかったさ」

 

賭けたのはラストだけじゃなかったのか。

物好きな人もいたもんだ。

 

「へえ、よく僕に賭けたな。負けたらゼロなのに」

「この街の金持ちどもは金の使い道が少ないからな。遊びであんたに金を積んだんだろう」

「そうなんだ。それじゃあ今日はどうも。また次の試合も、よろしくね」

「今度はあんたの倍率は下げるよ。またな」

 

立ち去ろうとするが、おっさんがさみしそうな顔をしているので、少しだけ申し訳なくなってしまう。

ほとんど僕のせいだもんな。

 

「あ、おっさん!」

「ん、なんだ?」

「そういえば情報量払ってなかったね。はい」

 

袋から10枚の硬貨を取り出しておっさんに渡す。

 

「…何だこの金は?」

「それは僕が勝つと踏んで情報を賭けに出したおっさんの勝ち分だよ。それでうまいもんでも食ってくれよな。それじゃ!」

 

そりに乗り込んで宿まで飛んでいく。

その途中で、後ろにいたマイがおっさんを見下ろしながら声をかけてくる。

 

「サンタさん、いいんですか?あんなにお金上げちゃって。向こうも商売なんですよ」

「まあ、おっさんの情報がなきゃ負けてたかもしれないしな。それに」

「それに?」

 

 

 

「前にも言ったか忘れたが、プレゼントはサプライズに限る。ほら、すげえ良い顔してるだろ?あのおっさん」

「…確かにそうですね。とってもうれしそうですっ!」

 

おっさんの顔は見ていないが、マイの返事で、笑うおっさんの顔が目に浮かんだ。

 

「よーし、今日も祝勝会、やるか!」

「はい!今日はお外でいい店見つけたんで、そこにしましょう!」

「じゃあ、さっさと宿に戻って、温泉入ってから行くかあ!」

 

鈴の音が今日のイベントの終わりを告げるようになり響く。

その音とマイの鼻歌を聴きながら、僕はふと思い出す。

 

 

 

 

 

「あ、ラスト忘れてた」

 

 

 

 

 

「ええ、サンタが勝ち分もっていった!?なんだよお、そりで帰るんなら、外で待ってろよお!サンタあ~!」

 

忘れ去られた男は一人、とぼとぼと宿へと向かって歩いた。




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第35話:友人

レディオとの試合が終わり、その翌日。

大会もその日はなく、朝飯を済ませた僕はただ部屋の窓辺で胡坐をかいて外を見ている。

 

「暇だなあ」

 

旅行にきたのはいいが、滞在期間の長さを考えるとこの街は狭すぎた。

というよりも、なぜか娯楽がほとんどない。

温泉と闘技場しかないんじゃないかとも思える。

 

「サンタあ、今日は何する~?」

「たまには何もしない日があってもいいだろー。部屋にこもってようぜ」

「そうだなあ、明日も試合だしなあ」

 

ラストもテーブルに重心を置き頬杖をついて、たまに茶のような飲み物をすする。

その横でルドルフも幸せそうに眠っている。

たまにはこうやって、何もない時間を過ごすのも悪くはないだろう。

 

しかしこいつだけはは許してくれない。

 

「ダメですよっ!せっかくの旅行なんだから、何かしましょうよ!」

 

温泉から上がった浴衣姿のマイが髪を結って僕の前に立ちはだかる。

 

「えー、でもすることなんかないよ」

「温泉!温泉があるじゃないですか!行きましょうよ!」

「朝飯前に行ったよ」

 

ってか、まだ入る気か?今上がったばかりだろお前。

 

「じゃあ、闘技場行きましょうよ!試合観戦しましょっ?」

「いや、仕事とプライベートは分けたいから…」

「どういうことですか!?いいじゃないですか~。どこか行きましょうよ~!」

 

そういって駄々をこねる。

その様子を見かねて、ラストが体から空気を捻り出すようにうなって、身体を起こす。

 

「つってもなあ。サンタ、なんかしたいことないのか?」

「雑魚寝」

「それ以外でお願いしますっ!」

 

間髪入れずに没。

 

「んじゃあ、うたたね」

「それ以外で…!」

「二度寝」

「怒りますよ?」

 

マイの右手でピンクのチェーンソーがうなる。

いつ取り出したんだよ怖いよ。

 

「冗談だよ…」

「もう!寝ること以外で、何かないんですか?」

「そうだなあ…」

 

したいことははっきり言ってない。

食べ歩きも、朝飯がうまかったから腹一杯だし、闘技場も見ていて嫌な気分になるだろうから観戦もしたくない。

 

「うーん、暇つぶしねえ………あ」

 

少し頭をひねって考えると、一つの結論にたどり着く。

 

「何かありましたか!?」

「ああ、どこか、広い空地とかないか?あったらそこに行きたいんだが」

「空地…ですか。ここら辺だと、あまりないですね」

 

まあ、当然ないだろうな。

あってもきっと、宿屋が建つはずだ。

 

「それじゃあ仕方がないか、森を抜けて街の外の草原に行こう」

「何かやりたいことでもあるのか?」

 

二人とも不思議そうに見つめる。

 

「まあ、家族サービスだ。動きやすい普段着に着替えて、早速行くぞ」

 

袋を背負って窓際にそりを出すと、いつの間に起きていたルドルフが窓の外に飛び出てそりを引く。

準備を済ませた僕らは、受付に鍵も預けずに窓から飛び出した。

 

 

 

「で、何をするんだ?」

 

草原につくと、早速尋ねられる。

 

「今日は僕の友達を紹介しようと思う」

「友達?」

 

2人揃ってきょとんとした顔で首を傾げる。

 

「前に僕の使える能力については説明したよな。その時に、一人遊びが上手にできる能力があるといったと思うんだけど、覚えてるか?」

「ああー、前の祝勝会で言ってたっけな。それが?」

「それを今日は使おうと思う。でも雪がないとできないからさ。今から雪を降らせよう」

 

指を鳴らすと、足元から白が伸び、雪も降ってきて、辺りを雪景色に変える。

 

「何度見ても、やっぱりきれいですよね~」

 

白くなった草原を見てマイが目を輝かせる。

僕もこの雪景色が大好きだ。

ラストもその場で足踏みして足元に足跡をつけている。

 

「それじゃあ、僕の友達を紹介しよう」

 

雪に手を当てて、スキル名を念じる。

少しの間だけ雪が光り、やがて消える。

 

「なんだ、なんも起きねえぞ~?」

 

ラストが光ったところを覗き込む。

その瞬間、そこから小さな丸いものが飛び出してきて、ラストの顔面を強打する。

 

「うばあ!」

「わあ、かわいいっ!」

 

しりもちをつくラストを無視して、ラストを襲ったそいつに向かって、マイはいう。

頭と胴体を形成する二つの白い球体に、取って付けただけのような丸い足と、短くて丸い手。

僕の膝下くらいまでの背丈のそいつは、僕を見つけると嬉しそうに飛びついてくる。

 

「おっと!相変わらずの甘えん坊だな。紹介しよう。こいつは僕の友達のスノウマン。名前は特にないから、好きに呼んでくれていいよ」

「おお、まじか。雪だるまが動くなんて…」

「まあ、雪がないと呼べないんだけどさ。ここだったら、誰にも迷惑かけないし大丈夫だろ」

 

抱えていたそいつをおろしてマイの目の前にたたせると、マイはかがんで声をかける。

 

「よろしくねっ。ユキちゃん♪」

「ノーウ!!」

 

高い声で、両手を広げてスノウマンがいう。

 

「ええ、ダメなんですか!?」

 

ノーウ、その言葉にいきなり否定されたと思い、落ち込むマイをみて、ラストが告げる。

 

「その名前が気に食わないんだろう?へ、俺がもっとかっけー名前を付けてやろう。そうだな…雪の王様、よし、雪の王なんてどうだ!?」

 

「ノーウ!」

「ええ、これもダメ!?」

 

どっかで聞いたことあるぞ。なんかそれっぽい名前のやつ。

落ち込む二人に、そろそろ説明をする。

 

「こいつ、ノーとかヌーとかしか言えないんだ。否定してるわけじゃないから気にしなくていいぞ。ユキちゃんって名前気に入ったってよ」

「それなら早く言ってくださいよ!よかったあ、嫌われたかと思った…」

 

ほっと胸を撫で下ろして、マイはユキちゃんと名付けた二頭身を優しく抱く。

 

「悪かったよ」

「それで、こいつ一匹呼んでどうするんだ?」

 

広い草原に、たった一体増えたところで、頭数は4つ。

ラストが不審な目で僕を見る。

 

「いや、一匹だけじゃない」

「え?」

「実はね、何匹でも呼べるんだよ」

 

そういって雪に手を当てると、僕の周りが光輝いて、僕を囲うようにスノウマンが飛び出してくる。

 

「「「ノーウ!!!」」」

 

「わわ、ユキちゃんが、いっぱいです!」

「なんだこれ…」

「ぜえ、ぜえ…これで僕たち合わせて16人か…これだけいれば、何かしらスポーツとか遊びができるだろ…」

 

肩で息をする僕を気遣って、ラストが近寄ってくる。

 

「サンタ、やっぱり疲れるのか?」

「ああ、一応13も出したから、それはもう疲れるさ…」

 

しかし疲れるのはこの後。

スノウマンたちは一斉に僕を見る。

 

「サンタ、みんなお前のこと見てるぞ」

「ああ、さっきもいったけどさ…こいつら、甘えん坊なんだよ…」

「「「ノ――――ウ!!!」」」

「え、うわっ!」

 

僕にとびかかる雪の精たち。

最後の力でラストを突き飛ばす。

体力を失った僕はなすすべもなく彼らに抱き着かれる。

 

 

 

「ちょ、落ち着け、お前ら…」

「ノーウ!」

 

僕という友人との再会がうれしいのか、スノウマン全員が僕のいたるところに抱き着いてくる。

 

「まじで、離れて…あ、やべ…」

 

重なる雪の子どもたちに埋もれて、二人の視界から赤い帽子が消えるのに、そう時間はかからなかった。

 

「サンタ…?っておい、やべえぞ!早く出してやらねえと!」

「はっ!サンタさん!?しっかりしてください!みんな!早くどいてえ!」

「ノー!」」

 

寒さで意識が遠のく中、必死に叫ぶ2人の声と、僕を慕う雪の声が、微かに耳に届いた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第36話:大人数でやる遊び

「・・・」

 

目は閉じたまま、ふと意識が戻る。

気を失っていたようだ。

確かスノウマンたちに抱き着かれて…寒くて気絶したのか。

 

ん?

 

頭に何か柔らかい感触がある。

枕でもあるのだろうか。

 

「なかなか起きませんね~」

 

真上で女の子の声がする。

マイの声だ。

ん、真上…?ということは、これは、もしかして―――

 

膝枕、というやつか…!

 

まずい、恥ずかしい。

どうしよう、起きるタイミングが分からない。

 

「まだ5分も経ってねえじゃねえか」

 

ラストの声がする。

こいつなら何とかしてくれるだろうか。

 

「早く起きないかなあ」

 

お前のせいで起きられないんだよ!

何恥ずかしいことやってんだ。

雪の上でスカートなのに膝枕とかよくやったな!

 

「仕方がねえなあ。じゃあ起こしてやるか」

 

おお、ラスト!

お前ならこの状況でも、膝枕の恥ずかしさを覚えない起こし方をしてくれるはずだ!

 

…しかしだ、なぜだろうか。

この頼もしい口調に少し嫌な予感がする。

 

「そ、それは…!」

 

マイの驚いた声がする。

 

「マイ、こいつの口を開けてくれ」

「…サンタさん、ごめんなさいっ!」

 

小さなひんやりした手が僕の口を優しく開く。

あれ?なんかどこかで僕も同じようなことをしたような気が…

あれは確か…

 

「ほら、起きな」

 

グイッと、口の中に小瓶が突っ込まれる。

その後、そこから液体が口の中に流れ込む。

一瞬、何を飲まされたのか分からなかったが、すぐにその液体の正体に気づく。

 

レディオ戦で一度飲んだだけでも忘れられないトラウマの味、これは―――

 

思い出した!これはあの…って。

 

「ぐああああああ!!死ねるポーションビリジアン!!!」

「お、起きたな」

 

呑気に声をかけるラスト。

こっちはそれどころじゃない。

 

「オオオオオオオ!まずい!なんてもん飲ませやがる!」

「まあまあ、それで、気分はどうだ?」

「口の中以外は最高だ!」

「だろ?」

 

自分のポーションのクオリティを自慢したいのか、ものすごいドヤ顔で僕を見る。

こいつ、イケメンじゃなかったらその顔潰れるまでぶん殴ってたぞ。

まあ、イケメンでも殴る時は殴るが。

 

でも、飛び起きたおかげで膝枕は気にしないで起きることができた。

それについてはグッジョブだ。

 

「起きたところ悪いんですけど、ユキちゃんたちは何をやっているんでしょうか?」

「ん?」

 

見ると、雪の子どもたちはそれぞれ二手に分かれて雪で大きな壁を作っている。

5分しか気を失っていないという割には、高さ2メートルほどあるその壁は、なかなかに厚く、丈夫そうに見える。

 

「ああ、あれは壁を作っているんだよ」

「壁?なんでですか?」

 

マイが首をかしげる。

 

「多分、これからやる遊びの準備だ。あいつらが最も大好きな遊び、雪合戦だ」

「雪合戦かあ!腕がなるぜえ!」

「小さい頃みんなとやったなあ。懐かしいです…」

 

どこか懐かしそうに眺めるマイ。

そういえば孤児院だったか。

 

「ま、今の歳でも十分楽しめると思うぜ。あいつらの雪合戦は、はっきり言って子どものそれとは比較にならないほどハイレベルだからな」

「ふふっ、それは楽しみです!」

「へ、それなら、俺の腕の見せ所だな」

 

ラストも張り切って腕をまくる。

丁度スノウマンたちも、準備ができたのか、こちらに駆け寄ってきて列をなす。

 

「よし、じゃあ、早速チームわけするぞー。一列に並べ―」

 

凸凹な連中が一列に並ぶ。

 

「んじゃ、いくよ。ちくたくちくたく…」

 

交互に右と左に分けて、公平にチームを分ける。

別にこいつらにスペックの差があるわけじゃないが、懐かしさもあってこういうことをしてしまう。

 

「よし、これでオッケーだな」

 

7人と8人に分けたところで最後に7人のところに僕が加わる。

 

「サンタさん、同じチームですねっ!」

「おう、頑張ろうな」

「はいっ!」

 

僕とマイは同じチームになった。他の6体のスノウマンも僕と一緒でうれしいのか、僕を囲って飛び跳ねる。

 

そして僕たちに対抗するのはラスト率いる雪ん子チーム。

 

「へ、冬将軍と呼ばれた俺の実力を、お前らに見せてやる!」

「負けませんからねえ…!」

 

二人が火花を散らす。

よかった。一応は楽しんでいるようだ。

 

「それじゃあ、こいつらの見分けを付けられるように、これを飲ませようか」

 

 

袋から取り出したのは6本の赤い小瓶。

スノウマンに渡して飲ませると、彼らの体は僕の頭の帽子と同じような赤色に染まる。

 

「僕たちは赤でいいな。ラストはまあ、そのままでいいだろ」

「何言ってやがる!俺も色を付けるぞ!貸してくれ!」

 

そういって袋から取り出したのは先ほどのビリジアン。

スノウマンたちは一斉に飲むと、そのまずさに苦しみだす。

 

「ノーウ!ノ――――ウ!!」

「いいか、これをもう二度と飲みたくないと思ったなら、絶対勝てよ」

 

何かを吹き込んでいる。

立ち上がった緑色の戦士たちは、何やら目つきが先ほどと違う。

大丈夫だろうか…

ふと隣のマイを見ると、やってやりましょうという風に、目を輝かせてこちらを見てきた。

 

 

「それじゃあ5分後、これがなったら対戦開始だ。ルールはリーダーが気絶か、降参するまでだ」

 

スマホのタイマーをセットして、ラストに見せる。

 

「おうよ!今のうちに教えてやる。リーダーは俺だ!行くぞお前らあ!」

「ノーウ!」

 

ラストのチームは片方の壁の方に走って行った。

 

「私たちも行きましょうか」

「そうだな、因みにリーダーはマイに頼んだぞ」

「ええ、サンタさんじゃないんですか!?」

「女の子相手ならやつらも少しはためらうだろう。因みに僕は守る方が得意だから、お前には雪玉は当てさせないから安心しな」

 

面食らったように目を見開くマイ。

 

「…!それじゃあ、よろしくお願いしますね!」

 

ぎゅっと、服をつかむ。

少しだけ赤くなったその顔を見て、自分が恥ずかしいことを言ってしまったことに気づく。

 

「…ああ、任せてくれ。それじゃあみんな。今のうちに攻撃の準備だ」

「ヌー!」

 

赤い戦士たちはみんな、ものすごいスピードで雪玉を作り始める。

あっという間に雪玉は積まれていき、戦う準備は万端だ。

 

「よし、それじゃあ準備はいいな?みんなで助け合って、やられないように!」

「ヌ――!」

 

赤い二頭身が雄たけびを上げる。

それが終わると同時に、最大音量のスマホのタイマーがなり、5分がたったことと、戦いの始まりを告げる。

 

「よし、行くぞお!」

「お前らぁ!狙うはあの赤い帽子だあ!ガンガン突っ込めええ!」

 

その声とともに、赤と緑が混ざり合い、あたりは戦場と化した。



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第37話:冬将軍

「頑張れ、皆!」

「ノーウ!」

「狙うはサンタだ!きっとあいつがリーダーだ!友達だからって容赦するんじゃねえぞ!!」

「ノーウ!」

 

ラストが城壁の上から顔を出して指示を出す。

流石雪合戦の冬将軍を自称するだけあって、相手の士気は高い。

しかしそれだけではない気がする。

あの雪の子たちの必死な目から、何か別の力が働いているような…

 

戦況はラスト側から6体がこちらに攻めてきていて、壁の右側、左側、そして上へよじ登ってくるものが2体ずつの編成だ。

残りの一匹はラストの護衛なのだろうか、姿は見えない。

 

対してこちらは右側に2体、左側に2体、壁の内側にマイの護衛1体と僕の作戦を遂行している1体と、リーダーのマイを配置している防御型の編成のため、必然的に押されている。

僕は人数の都合上、壁の上で、よじ登ってくる2体を一人で相手にしなければならない。

 

「くそ、スライムすら倒せない戦闘力のくせに、指示の出し方は完璧だ!ちょっとずつ押されてるな…!」

「攻撃は最大の防御ってなあ!これこそが、冬将軍と呼ばれた由来の戦法だ!」

 

緑の雪だるまたちの猛攻に、早くも壁の左右は守りが崩れそうだ。

 

「どうしましょう!こっちに攻め込まれるのも時間の問題です!」

 

下からマイが雪だるまを作りながらこちらに向かって声を上げる。

言ってることとやってることが矛盾している気がするが、一応作戦なので気にしない。

 

「まずいな、どうしようか…」

「ノーウ!」

 

左の方から悲鳴が聞こえる。

見ると自陣のスノウマンの一体に雪玉が直撃して頭を飛ばされてしまったようだ。

助けようと駆け寄る一体に、緑の2体が集中砲火をかけようと雪玉を作り始める。

 

「まずい!」

 

よじ登ってくる二体を落として、追い打ちに雪を落として牽制する。その後壁から飛び降り、左側の方へ応援に向かう。

 

「今助けるぞ!らああ!」

 

袋から雪玉を投げて緑の雪だるまに攻撃を命中させると、一体の頭が飛び、それに気づいたもう一体はこちらに振り向く。

 

「いまだ!行け!」

「ノーウ!」

 

僕が気を引いているうちに迅速に頭をくっつけたこちらのスノウマンは、仕返しとばかりに僕の方を向いて背を向けているそいつに一発お見舞いした。

攻撃を食らって再び赤いスノウマンに振り向くが、それはすなわち再び僕に背を向けた状態になるわけで。

 

「くらええ!」

「ノオオオオウ!」

 

もう一体も後ろから僕の不意打ちを食らって、頭が飛んだ。

 

「大丈夫か!これで二体は片付いたな…」

「ノーウ♪」

「おっと、今は甘えてる場合じゃないぞ。早く反対側の援護に回るんだ。いっけえ!」

 

こちらに飛びつくスノウマンの体を掴んで反対側へ投げ飛ばす。

もう一体も投げて飛ばすと、ラストの攻めの陣も停滞する。

これで壁の右側は2対4だ。

数的に言ったらこちらにも勝ち目がある。

 

「後はこいつらの頭がくっつかないようにしないとな」

 

頭と胴体が離れ離れになった緑の雪だるまの頭をつかんで明後日の方向に投げる。

これでしばらくは戻れないはずだ。

6対8、数ならこっちが有利だ。

さて、マイの方へ戻らないと。

壁の内側に戻ろうと誰もいないガラガラの左を振り返るが、見知らぬ一体が立ちはだかり、壁への道をふさいでいることに気づく。

 

「王様自ら出向くたあ、お前は民想いの勇気ある王様だなあ!でもそれは戦場じゃあ、勇気じゃなくて蛮勇っていうんだぜ?」

 

ラストの声に振り返ると、先ほど壁から落とした敵側の2体が復活したのか雪玉をもってこちらをにらんでいた。

そして壁への道をふさいでいるのはラストの護衛と思っていた雪だるまであり、いつの間に来ていたらしく、僕は3体に囲まれてしまった。

 

「へ、待っていたのさ。片方がやられて、お前が援護に出てくるのをなあ!おい、そっちのお前らも、4体と戦っていないでサンタを狙え!この戦いは、リーダーがやられた時点で終わりなんだ!そいつらはほっとけ!」

「ノーウ!」

 

ものすごいスピードで壁の右側で戦っていた2体も、こちらに向かってくる。

そして5体に囲まれて、僕に最大のピンチがせまる。

 

「まじか…」

「さあ、覚悟しな!これが冬将軍の実力だ!やれ!」

「ノーウ!」

 

叫び声とともに、無数の雪玉が僕を襲った。




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第38話:止めの一撃

「「「ノーウ!!」」」

 

5体の雪だるまが一斉射撃を行う。

 

「くそ、簡単にはやられねえぞ!」

 

大きく袋の口を広げて雪玉を吸収する。

 

「へ、粘るなあ!でもそんなことをしても、全部は防ぎきれねえぞ!」

「ぐう、いってえ…!」

 

ラストの言う通り、正面の3体の攻撃は袋で無力化できるが、左右の2体の攻撃は防ぎきれず、雪玉によるダメージは着々と溜まっていく。

雪だるまといえども、ステータスは僕のステータスに比例しているため並ではない。

普通の雪玉の威力も相当なもので、顔面に当たるたびに視界が揺らぎ、意識が飛びそうになる。

 

味方の赤い4体がこちらにきて、右側の1体を倒しにかかる。頭を飛ばしたおかげで1体を無力化して右側からくる攻撃はさえぎることができたが、左からくる容赦のない攻撃は止まることは無い。

 

「おまえら、僕の援護は2体でいい!他の2体は砦に戻って反撃の用意だ!」

 

そう叫ぶと、狼狽えながらも2体は壁の内側に駆けていく。

これで僕の陣営は僕と2体の雪だるまが4体の相手をして、残りの4体とマイが裏で反撃の体制をとっている形になる。

 

3体が行動不能で4体全員が僕を狙うラスト陣営が手薄なので、準備ができ次第反撃をすれば耐えられえるはずだ。

 

「みんな、あと少し耐えるんだ。準備ができれば、反撃に出られる!」

「ノーウ!」

「はあ!4対3で少しでも負担を減らそうってか!?悪くないが、俺の存在を忘れてもらっちゃ困るぜ!」

「なんだって!?」

 

見ると先ほどまで向こうの壁の上で指揮をとっていたラストの姿はなく、声のした方を見ると、僕が倒した2匹の頭と胴体をくっつけていた。

 

「これで6対3だ!」

「ノオオオ!!!」

 

復活した2体は雄たけびを上げながらこちらに向かって走ってくる。

 

そしてすぐに1体の復活作業を行うと、僕への攻撃を開始した。

 

「どうだ、これで俺の兵隊は全員復活、さらに俺が加わって8対3だ!お前ら、3方向から攻めてサンタをうてえ!」

「ノオオオオ!!」

「やべえ、こんな数防ぎきれない!」

「反撃の準備だか知らないが、王様を討ったら戦争は終わりだ。サンタ、自分を守る盾くらいは、十分に用意しとくんだったなあ」

「う、ぐう!ぐああ!」

 

グーで殴られるような打撃に近い雪玉が左右から飛んでくる。

全身に走る痛みと冷たさで、体の感覚が徐々に失われていき、広げていた袋も落としてしまう。

 

「ついに守ることもできなくなったな。これで終わりだあ!」

「っ!」

 

顔面に2、3発、雪玉をくらう。

その直撃によってついに僕は力尽き、雪の上に伏す。

 

「うぅ…ここ…まで…か…」

 

心配そうに駆け寄る2体の赤いスノウマンに対して、必死に意識を保ちながら目で合図する。

 

 

 

僕の心配なんかしなくていい。

早く裏に引っ込め。

 

 

 

「ノ、ノ―――!」

 

僕の合図を受け取って、裏に全員が引っ込み、僕の周りはラストの全軍のみになった。

 

「へ、王を捨てて逃げたか。とんだ腰抜けだな」

 

ラストが僕の近くに歩み寄って、声をかける。

 

「まだ意識があるとは流石だな。どうだ、冬将軍の戦略、最強だっただろ?」

「ああ、正直、なめてた…よ…」

「反撃とか言ってたな。間に合わなかったみたいだけど。サンタよ。降参すれば、俺もとどめを刺さなくて済むんだが、降参する気はないか?」

 

冬将軍の最後の情けだろう。

だが僕は残った力を振り絞って手を振ってそれを拒む。

 

「…最後まで戦うことを選ぶか。サンタ、男だな。それじゃあまた後で、あのポーションで起こしてやるよ!」

 

雪玉を構えて腕を振り上げる。

 

「ラスト、一つだけ、言い残したことがあったよ…」

「ん?言ってみろ」

 

僕は凍り付いた顔を無理矢理引きつらせて、ぎこちない笑顔を浮かべる。

 

「勘違いしてるみたいだけど…リーダー…僕じゃないんだ…」

 

「…ん?なんだって?」

 

 

 

 

 

「さあみんな、反撃ですよ!」

「ノーウ!」

 

突然、砦の方からマイの声が上がり、それにつづいてスノウマンの叫ぶ声がする。

そして反撃の狼煙とでもいうかのように、ラストたちに向かって壁から無数の雪玉が飛んでくる。

 

「なんだなんだ!?みんな、下がれ!」

 

ラストたちが自分の陣地に退がるのを確認して、マイと2体のスノウマンが壁から飛び降りてきて、僕に駆け寄る。

 

「お待たせしました。準備はできましたよっ」

 

2体に担がれて、僕は壁の内側に連れていかれる。

壁の内側の様子をみて、準備が万端だということを確認する。

 

「ああ…さんきゅー、な…」

 

震える手で親指を突き立てると、マイは僕の手をそっと包み込んで優しく微笑む。

 

「ここからは私たちに任せて、後は休んでてください!」

「は。悪いね…任せた、よ…」

 

袋から小瓶を数本だけ取り出してから、マイに袋を手渡す。

 

そして僕は、目を瞑った。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第39話:動かぬ反撃

「サンタが王様じゃないだと?」

 

俺は全軍を率いて陣地に戻って、雪玉を固めながら気持ちを落ち着かせる。

確かにサンタ自身がリーダーだと宣言した覚えはない。

もしかして、サンタが向こうの雪だるまを赤く染めたのは、赤い帽子の自分自身を自分がリーダーであると錯覚させるためだったのだろうか。

 

「俺の勘違い。ということは…向こうの王は…」

 

ちょうどその時、俺が予想した奴の声がする。

 

「ラスト~!よくもサンタさんをやってくれましたね~!もう好きにはさせませんよ~!」

「あいつか…!」

「ユキちゃんたち、サンタさんのかたき、絶対にうちますよ!」

「ノ―――ウ!」

 

向こうは先ほどの守ってばかりの時とは違い、勢いが増しているように思える。

まさか、マイがずっとでてこなかったのは、サンタが狙われている間に反撃の準備をしていたというのか?

 

「ノー」

「ん?」

 

服を引っ張られ、振り向くと、俺の兵である雪だるま共が準備ができたというように、雪玉を抱えている。

ぴょんぴょんと飛び跳ねて今にも突撃しそうなので、俺はそいつらを慌てて制止する。

 

「ま、待て!反撃に備えろ!何が来るかわからないから、今は城の守りを固めろ!」

 

やつらの様子を窺うべく、俺は城壁の一番上に登って見渡す。

しかし、先ほど上げた叫び声の割には誰一人としてこちらに攻めてくることは無い。

向こうの壁の上で、マイが一人でこちらに吠えまくっているだけだ。

 

「どうしたんですかー?もしかして怖くて来れないんですか?」

「なんだ?反撃とか言ってたのに、全然こっちに攻めてこないぞ?何か意味があるのか?」

「どうして攻めてこないかって顔してますねえ!」

 

考えを読まれちまった。

 

「まあ、いいでしょう。教えてあげます!私たちはここで、籠城します!」

「籠城だって?」

 

ここまできて防衛戦かよ!

そんなのさっきと同じじゃねえか。

何言ってんだあいつは。

 

「私たちはチャンスが来るまでは、こっちで籠って持久戦に持ち込みます!だからほら、どんどん攻めてきてくださいよっ!」

 

胸を張って、俺を見るマイ。

籠城だと…?

へっ、笑わせてくれるじゃねえか…!

 

「籠城ねえ。そうかい、それならこっちも、遠慮なく攻められるなあ!お前ら!さっきと同じ、各2体ずつ、右、左、上から攻め込んで制圧だあ!」

「ノーウ!」

 

先ほどと同じ陣形で攻めの体制に入る。

最初と違うことは、相手がこちらの攻めに対抗して雪だるまが出て来た数が左には1体しかいないことと、壁の上で守っているのがサンタではなくマイになっていることだ。

他に、何故か右からは3体の赤い雪だるまが防御に徹していて、右からの進行は難しくなっている。

 

 

左側は2対1で赤い雪だるまを倒すと、難なく敵の陣に入り込んでいく。

 

このまま左から攻め込んで中で暴れれば、やつらは圧倒されて、サンタも、逃げ場もないマイには、降参という選択肢しか残らない。

 

左だけ守りが少ないのは何かの罠かとも思うが、外に4体出ていてマイも壁を登ってくる雪だるまの阻止に手いっぱいだ。

さらにサンタは瀕死状態。しばらくは立ち上がれないだろう。

 

数で言うと戦力は8。

そして外の4体とマイ、さらに戦えないサンタを引くと、壁の内部を守るのは2体のみだ。

 

「よし、お前も左から言って攻め込むんだ。壁の奥も2対3になればこっちの方が有利だ」

「ノオウ!」

 

手元に置いていた1体を送り出すと、全力でかけていく。

 

「よし、俺も右側の援護に入るか」

 

城壁から飛び降りて応援に向かう。

その途中、向こうの壁の中から甲高い悲鳴が上がり俺の耳に届く。

 

「へ、俺が攻めるまでもなかったか」

 

おそらく2体が内部で暴れているのかもな。

城が手薄で籠城なんて良く言えたもんだ。

 

「うわあ!こっちに来てます!どうしましょうっ!」

 

マイが壁の方を向いて大げさに焦っている。

無理もねえな。護衛がやられて、残るはあいつ一人。後は壁を登ってるやつらも攻め込めば、囲んで集中砲火でゲームセットだ。

 

 

 

「なーんて、ね!ほんの冗談です♪」

 

「はあ?」

 

ペロッと舌を出してこちらを見下ろすマイ。

そして壁の中から緑色の何かがこちらに飛んでくる。

 

どさっという音がして後ろを振り返ると、緑色の雪だるまの頭が二つ、雪の上に転がっていた。

 

「の、のおおおぉ…」

「さっきの悲鳴はこっちのだったのかよ!」

「てへっ♪ついでにこれもっ!」

 

そして追撃用に送り込んだ1体の頭も飛んできた。

 

「おいおい…2対3だぞ?こっちが全員やられるなんて、ありえない。まさかサンタが復活したんじゃ、、いやでも、あいつはもう戦える状態じゃないはず…」

 

思考を巡らせていると、またもマイの声が上から聞こえる。

 

「そんなに気になるならこっちに来ればいいじゃないですか!そうすればその謎も、解けるかもしれませんよ?」

 

「くそ…お前ら!壁を登るのはやめだ!こいつらさっさと倒して、俺たち全員で突っ込むぞ!」

「ノーウ!」

 

壁を登っていた2体は飛び降りてこちらに向かってくる。

そして俺を含め5人で3体の赤い雪だるまを倒して、内側に入り込もうとする。

 

しかし。

 

「壁が…広がってる?」

 

壁は1枚ではなく、奥にも続いていて、当初一の字だった壁はいつの間に口の字になっていて、本当に城のようになっていた。

 

「やっと気が付きましたか」

 

マイが高らかに叫ぶ。

 

「そう、さっきサンタさんが攻撃を受けている間、私たちはこっちで壁を作っていたんです。サンタさんの守りが薄かったのは、この壁を作るために、無駄な配置は許されないという、サンタさん本人の意思です!」

「まじかよ…あいつ、自分が盾になって時間を稼いでいたのか…」

 

考えてみれば囲まれていようが走って壁の内部に逃げれば良かったものを、サンタはあえて動かずにその場ですべての攻撃を受けていた。

そうすることで、内部への侵入を防ぎ、城壁の強化を気づかれることなくできたというのか。

 

「…俺はまんまと、サンタにしてやられたってわけか。…おもしれえ、こんなに腕のなる雪合戦は久しぶりだぜ!」

「さあ、私たちが作ったこの城壁、敗れるものなら破って見せてくださいっ!!」

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
そろそろ雪合戦も終盤です。
それではまた、次の話で。


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第40話:その手は

「とりあえず入り口を見つけねえと…!」

 

外周を探ろうと、裏側に回ると、入り口はすぐにみつかった。

 

「あ、ここね…」

 

あっさり見つかり拍子抜けだったが、今は気にすることではない。

 

「それにしても、これは小さすぎるな…」

 

入り口と思われる穴は小さく、四つん這いにならないと入ることはできない。

 

「そうか、入り口を小さくしてるから、一人ずつしか入ることはできない。だから入り口をくぐって文字通り丸腰の状態で攻撃を食らって、それでやられたんだな」

 

道理で中には計算上2体しかいないはずなのに3体かかってもやられたわけだ。

しかしそれさえわかれば対策の仕様はある。

簡単なことだ。

 

「入り口を壊して、全員で入れるようにしろ!」

「ノオオオオ!」

 

雪だるまたちは全員で壁を殴る、掘るなどを繰り返して横幅を大きくする。

壁は頑丈で壊すのは困難だったが、それでも全員が一斉に通れるだけの穴ができた。

 

「これで一斉に行けるな。お前ら、突撃だあ!」

 

全員で入り口をくぐって中へ入る。

 

 

「っ!これは…!」

 

 

しかし入り口をくぐった矢先、俺はそこで目の当たりにする。

目の前に立ちはだかる無数の赤い軍勢を。

 

 

 

 

「ようこそ、私たちのお城へ♪」

 

 

 

 

声のした方を見上げるとマイが城壁から降りてきて、腰に手を当ててドンと構える。

 

「流石はラストです。入り口を壊して一斉に入ってくるとは、なかなかやりますね」

「マイ…なんだ、これは…?」

 

城の内部には赤い雪だるまが何体もいて、それらすべてがこちらを睨んでいる。

 

「ふふっ、驚きましたか?これは私たちの作戦です」

「ヌウウ!」

「ノオウ!」

 

突然、大勢の中の1体がこちらに雪玉を投げてきた。

その不意打ちに反応しきれず、こっちの1体の頭に命中して頭を飛ばされる。

 

「くそ、どうなってやがる!」

 

焦って手当たり次第に雪玉を投げつけるこちらの雪だるまたち。

しかし全く手ごたえはなく、所々から雪玉を投げつけられ、早くも俺の軍は崩れはじめる。

 

そして4体いた雪だるまはついに半分の2体にまで減ってしまっていた。

 

焦る俺を見て、マイが微笑みながら声をかける。

 

「それじゃあヒントです♪冷静に、よく見てみたらどうですか…?」

 

「冷静に…見る…?」

 

周囲の攻撃に気をつけながら、じっと目を凝らして、観察する。

 

「!」

 

そして気づく。

ほとんどすべての雪だるまが行動をしていないということに。

 

「これは…ただの雪だるまか!」

「その通り♪でも、動けるユキちゃんが中に紛れていますよ」

 

 

―――そう、このたくさんの雪だるまは意思を持たないただの雪だるま。

反撃の準備中、サンタが防いでいる間に、壁を築きながらマイが作り上げたものだった。

雪だるまを作り、サンタに手渡された袋からポーションを出して色を付ければ本物同様だ。

 

 

「私と、ユキちゃん達の腕にかかれば、どれも本物同然に作ることができます。だから躱そうとしても、どれが本物か、わからないんじゃないんですか?」

 

確かにマイの腕は本物だ。

手作業なら何でも完璧にこなせるあいつなら、こんな二頭身どもを作ることなんて造作もない。

一目見て、生きていると思ってしまうほどに、できすぎた造りだった。

 

本物に近い偽物に紛れて、本物たちの攻撃が飛んでくる。

目で追おうとしても、雪玉を躱すたびに途中で見失ってしまう。

 

「さあ、どうですか!このままじゃやられるのも時間の問題ですよ?降参するなら今のうち―――」

「くそ、こいつらの相手をするのはやめだ!お前ら、マイを狙うぞ!」

「え?」

「ノーウ!」

 

雪玉を躱しながら、マイのいる一番奥めがけて走り出す。

 

「わわっ、そういえば忘れてました!私を守る人が誰もいないじゃないですか~!」

 

よく考えたら全滅が勝ちじゃない。

王様を倒せば、それで終わりだったんだ。

 

「お前の偽物はいない!王女を討ち取ったら戦は終わりだ!この勝負、もらったあ!」

 

マイを取り囲み、俺は思わず勝利を確信する。

 

「お前を倒すだけなら、ここにいる2体がいれば十分だ」

「ノ――ウ!」

「サンタさん、どうしましょう!?…あれ?サンタさんは?」

 

鋭い二つの直球が、マイに向かって吸い込まれるようにして飛んでいく。

 

 

「きゃあ!」

 

 

勝った。

少し予想外の出来事があったが、これで終わりだ。

俺の、勝ちだ。

 

 

「はっはっはっは!これが冬将軍の実力よ!」

 

 

 

 

 

 

「マイ、言ったよな。お前には一発も当てさせないって」

 

「え…?」

 

 

 

手応えのない2つの弾ける音。

二つの雪玉はマイに当たることは無く、突然壁を飛び越えてマイの前にやってきた男によって遮られる。

 

「んな…!お前、なんで…!」

 

目の前の男は、その象徴である赤い帽子を被り直してこちらを見据える。

たまに見せる、片方の口角を釣り上げた意地の悪い笑みを浮かべながら。

 

 

「お前、さっき倒したはずだろ…?なんでぴんぴんしてんだよ?サンタ!」

 

 

 

俺が王と間違い、大勢で囲んで倒したはずの男。

サンタクロースが、そこにいた。




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第41話:種明かし

UA1000突破、ありがとうございます。
完結までは絶対にやりきるので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。
では、どうぞ。


「なんでぴんぴんしてんだよ…?サンタ!」

「サンタさん…!いつの間に…!?」

 

後ろでも前からも驚きの声が上がる。

 

「そんな幽霊を見たみたいな言い方するなよ。これだよ」

 

袋を渡す前に取り出していた空の小瓶を3本ほど取り出して見せる。

 

「おかげで全快だけど、3本も飲んだおかげで腹の中は最悪だぜ…うええ」

「まじかよ…あれを3本も…?」

 

本当に辛かった。

心が叫びたがってるのを抑えるのってマジで辛いのね。

 

「後ね、復活してるのは僕だけじゃないぜ?」

「え」

「ノーウ!」

 

左右の壁から4体の赤い雪だるまたちがよじ登ってきてマイを守るように、僕の後ろにやってくる。

 

「こいつら…なんで!?」

 

目を見開いて驚くラストには先ほどまでのドヤ顔はない。

 

「さっきラストが右でうちの3匹とやってるときに、僕は一人でこっそり左から出て最初にやられた一匹を助けてたんだ。それでラストが壁を削っている間に反対側の3匹を復活させてたんだよ」

「全然気づきませんでした…なんで教えてくれなかったんですかっ!?」

 

本当はそのまま脱落して寝ようと思ったのだが、ラストがマイを直接狙うことをふと考えた時、マイがやられる姿を想像したら起きずにはいられなかった。

まあ、恥ずかしくて言えないが。

 

「敵を騙すなら味方からっていうんだよ。つまり、そういうことだ」

「ふえ?つまりどういうことですか?なんで味方もだます必要があるんですか…まあ、いいですけど」

 

会話が落ち着いたところで、ラストの方へ向き直る。

 

「それじゃあ謎解きも終わって、そっちの雪だるまも全滅したし、そろそろ終わらせようか?」

「全滅だって?俺にはまだ…って、あれえ!?」

「のおおお…」

 

つい先ほどまでラストの横にいた緑いろの雪だるまたちは、後ろで偽物に紛れていた2匹のユキちゃん(マイ命名)たちによって頭を飛ばされていた。

ラストをみんなで囲い、集中砲火の姿勢をとる。

後は王様の合図待ちだ。

 

「おいおい…こいつは…」

 

ラストはすでに顔面蒼白だ。

本人は非力だし、僕のステータス依存のこいつらの攻撃を受けたら相当痛いだろうな。

一度その痛みを味わっている僕には、ラストの気持ちがわかる。

少しかわいそうなので、助け舟を出してやる。

 

「さあ、ここらで勝負はついた。そろそろ帰ろうぜ?ラストも、痛いのはいやだろ?」

 

片目を細めて合図をすると、その意味を察したようでラストも安心した顔をする。

 

「え、あ、そうか…!ふっ、はっはっは!そうかあ、残念だ!俺は冬将軍だから、最後まで責務は果たすつもりだったんだけどなあ!いやあ、まあ、無益な争いはよろしくないよな!うん。今日は帰ろう!」

 

よし、これで大団円だ。

帰ろうと思ってマイの方へ振り返ると、マイは頬を膨らませている。

 

「何言ってるんですか?そんなこと、私が許可しませんよっ!」

 

顔を真っ赤にしてぷんすかしているマイの声がラストの顔を再び真っ青に染める。

 

「え…サンタがこういってるんだから、な?もう終わろうぜ…?」

「言っておきますけど、私がリーダーですからね?ユキちゃんたちはどう思いますか?このまま終わってもいいと思います?」

 

マイが尋ねると、決まっていたように雪だるまたちはそのセリフをいう。

 

「ノオオオオ!!」

「ほら、ノーですって。それじゃあみなさん、やっちゃってください!」

「ちょま、ノーってそういう意味じゃ…なああ!ぐはあ…ごっ!」

 

 

ガンゴンバシャバシャ、ドサ。

みんなの集中砲火を受けて、ラストがあっという間に倒れる。

僕も食らった覚えがあるから辛さは身に染みてわかった。

 

 

「…」

 

 

八方から攻撃を浴びて、ラストが動かなくなったところで攻撃が止み、あたりは静かになる。

そこに漂うのは、僕たちの吐く白い息と、降り積もる雪の音のみ。

やがて静寂を破るように、マイが叫ぶ。

 

 

「私たちの、勝利です!!」

 

 

「ヌオオオオ!」

 

それぞれが叫び、踊り、僕らの城は大騒ぎになる。

その様はパーティのようだ。

 

「冬将軍、敗れたりっ!」

「ノーウ!ノーウ!ノーウ!」

 

お祭り状態の中で、倒れているラストのもとへ歩み寄る。

 

「ラスト、どんまい」

 

雪に突っ伏すラストの前で、僕は一人、名もなき英雄に両手を合わせた。




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第42話:今日はさよなら

 

数分後。

 

 

マイたちのお祭り騒ぎも終わり、緑色の雪だるまも復活させ、気絶者はラストを残すのみ。

 

「それじゃあ、そろそろラストを起こしてやりたいんだが。マイ、僕さあ、ちょっとやりたい起こし方があるんだけど、いいかな?」

 

ニヤリと笑ってマイを見上げると、マイも察したようで、すぐに笑顔になる。

 

「奇遇ですね~。私もやりたい起こし方があったんですよ~。多分サンタさんと同じだと思いますよ?」

 

貸していた袋から緑の小瓶を取り出して、フラスコのかき混ぜる時のように手でくるくると回す。

 

「よし、それなら、一応多数決はとらないとな。みんな、反対の意見はあるか?」

「ノオオオオオオオ!」

 

雪だるまたちに尋ねると、彼らはそろって同じことばを叫ぶ。

 

「ぷ、ははは!全員ノー。満場一致だな!」

「ふふふ、あはは!もう!サンタさん、私の真似しましたねっ!」

「いやあ、僕もついやりたくなってね。…ということで」

 

ラストの口を掴んで無理矢理口を開く。

 

「いけえ、マイ!」

「はいっ!この苦しみ、ラストも味わいなさい!」

 

マイがラストに小瓶を突っ込む。

 

「んん。んぐ…んぐ…」

 

のどを鳴らして緑色の液体を飲むラスト。

良い飲みっぷりだ。

 

そしてすぐ、その閉じた目はカッと見開かれる。

 

「んぐ…んが!?にっが!え、にが、にっげえええええええええ!」

 

そして飛び上がり、悶絶。

 

「おはようラスト。どうだ?自分の薬の出来は?最高か?」

「ううおおおおぉぉぉ…!最高だが最悪だよ!」

「どういうことだよ…」

 

横ではマイが、空になった瓶を投げ、腹を抱えて笑っている。

 

「ぷ、あはは、あはははは!やっと仕返しできました!やりましたね、サンタさん!」

「ああ、やったな!」

 

お互いに手を合わせて、ハイタッチをする。

僕たちは2人とも被害者だからな。

この仕返しがうれしくないはずがない。

 

「身内同士の足の引っ張り合いとか…お前ら、最悪だな…」

「まあまあ、今日は楽しかったし、いいじゃん」

「そうだけどよ…はあ、もういいよ…」

 

これでみんなあの劇薬の味を味わった。

もうしばらくは、目覚ましで飲ませるなんて暴挙には出ないだろう。

 

「それじゃあそろそろ帰ろうか。もう日も暮れる」

 

気づくといつの間にか、夕方になっていて、日が沈み始めていた。

近くで走り回って遊んでいたルドルフを呼んで、そりに乗りこむ。

3人乗り込んだところで、マイがふと疑問を口にする。

 

「サンタさん、この子たちはどうするんですか?」

「ああ、こいつらは雪に帰るよ」

「雪に?」

 

僕たちを見送るようにそりの外から列をなす雪だるま達に手を挙げる。

 

「じゃあねみんな、今日は楽しかったよ。また遊ぼうな」

「ヌ――!」

 

パチン!

 

指を鳴らすと、雪だるまたちの体から白い光が抜けていき、空へと昇って行く。

光が抜けた雪だるまは動かなくなり、その場に鎮座する。

 

「まあ、こんな感じだ」

「なるほど…なんだか、さみしいですね…」

 

寂しそうな顔で雪だるまを見つめる。

まあ、友達だったやつらがいきなりいなくなるのは、さみしいよな。

フォローくらいは入れといてやるか。

 

「一つ、昔話をしてやる」

「え?」

「それは雪の積もる白い日、子どもが一人、空地にたたずんでいた。彼は寂しさを紛らわすために、雪だるまを作って友達として遊んだんだ。そして次の日、空地に行くと、昨日作った雪だるまが動きだして一緒に遊んでくれたんだ」

 

思い出して語る唐突な昔話に、マイは目を輝かせる。

 

「へえ、素敵な話ですね…!」

「でもな、その次の晴れた日、公園に行くと、雪だるまは溶けかけていて、もう動かなくなっていたんだ。その子は、たった一人の友人に別れの挨拶もできずに、友人を失ってしまったんだ」

「…」

「まあ、この話は真冬の思い出の一つに過ぎない。この話を参考にすると、次の日になったら、あいつらの体は溶けて動けなくなっちゃうだろ?だから、そうしないために、今帰してあげた方がいいんだ」

「・・・そう考えたら、そんな気もしますね…」

「だからさっき、あいつらに言ったろ。また今度、遊ぼうなって。僕は、ここで別れの挨拶をしたんだ。そうすれば、これが最後で、明日から会えなくなったとしても、後悔はない。別れの挨拶もできるし、友人が去るところを、見送れるんだからな」

 

ぽん、と、マイの頭に手をのせて、励ますように言う。

 

「大丈夫、また会えるさ。それこそ、明日にでも、な?」

「・・・そうですよね。また、会えますよね」

 

顔を上げて、いつものやさしい笑顔を浮かべる。

 

「・・・よっし!湿っぽい話も終わったし、そろそろ行こうぜ、サンタ!」

 

ラストが空気を呼んで場を収める。

 

「ああ。ルドルフー、帰るぞー」

 

僕のパートナーは元気よく駆け出すと、そりが空を滑り、宿へと向かう。

その途中、ふと、昔を思い出して、マイに言う。

 

「そういえばな」

「はい?」

「さっきの話で出てきた子どもなんだけど、今はもう一人じゃないんだ。友達もいて、血はつながっていないが、家族もいる。冬の出来事は、今、そいつにとって一つの思い出として、大切に記憶に刻み込まれているんだ」

 

「それって、もしかして…」

 

マイは少しうつむいてから、はっとしたように顔を上げる。

 

「そう、ハッピーエンド、ってやつだな」

 

ニヤリと笑って、横目で見やる。

その様子をみて、マイは僕に微笑みながら、優しく語り掛ける。

 

「・・・良かったです。本当に良かったですね、サンタさん!」

「ああ、そうだな」

 

その出来事は、僕の記憶の中の1ページに、真冬の思い出として、鮮明に刻み込まれている。

誰に言っても信じてもらえなかったが、今はわかる。

 

 

―――あの雪だるま、あんたの仕業だよな。じいさん。

 

 

胸の中でそう呟いて、夕日を眺める。

赤く輝く夕日は、そりについた雪をきらきらとイルミネーションのように輝かせて、僕の赤い帽子を、さらに真っ赤に染め上げていた。

 




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第43話:論破

翌日。

 

「さて、今日も行きますか」

 

今日は僕の第3回戦が行われる。

僕の対戦は2回目で、今、ラストと共に闘技場の前、今日もおっさんの前で情報収集だ。

マイとルドルフはすでに席をとっている。

 

「おう、あんたか」

 

「こんにちはおっさん。今日の対戦カードは?」

 

「赤いトナカイ使い、サンタクロースと、喧嘩屋モーブスだ。今日の倍率は帽子のあんちゃんが1.4倍で、モーブスが1.2倍だな」

「お、なんか僕の評価高くなってる」

 

赤い帽子とか言われて完全に浮いていた僕の二つ名がついに変わって、少しだけ様になったように見える。

 

「ここで残ってるやつらはベスト8だからな。運で何とかなるレベルじゃない。実力があるということは認めざるを得ないだろう」

「良かったな、サンタ」

「はいはい。んじゃラスト、いつもの賭けの時間だ。お好きに賭けてくれ」

 

僕の金なんだが。

しかし、僕自身が自分に賭けることは流石に気が引けるので、賭けるのはラストに任せる。

 

「おう!おっさん!サンタクロースに100万ユイン!」

「いいぜ、今回はあんちゃんの勝ちはないだろうがな」

 

金を受け取ったおっさんはとても余裕そうな顔をしている。

今日はラストに勝つ自信があるんだな。

 

「ま、それは聞いてみないとわかんねえよ。さあ、相手はどんなやつなんだ?」

「喧嘩屋モーブス。大会初参加だが、ルーキーにしては破天荒な戦いぶりと、何も考えず相手に突っこむさまは、もはやモンスターだ。そしてなんといっても、やつは武器を持たないんだ」

「なるほどなー」

「へえー」

「・・・どうした?なんでそんなに反応が薄いんだ?」

 

僕たちのそっけない反応で、少しだけ納得がいかないといった表情のおっさん。

それに対して、ラストがおっさんに尋ねる。

 

「いや、まあ素手で戦うってのはわかったけどさ。それだけ?」

 

「まだあるぞ、そいつは魔法も使えて、手が氷で覆われるんだ。それで相手を殴って仕留める」

「うーん、氷ならいいかな。属性で言ったら、僕と同じだし」

「・・・そんなに自信があるのか?」

 

おっさんは喧嘩屋というやつによほど賭けていたのだろう。

その証拠として、僕たちの反応の薄さに、拍子抜けしている。

 

「ああ、武器を使わないって言うのはこの世界じゃ相当なレアケースらしいけど、僕だって素手だし、相手が近距離だけなのに対して、僕は仲間だっている。この環境、どうやったら僕が負ける気がするんだ」

「・・・」

 

はい、論破。と言わんばかりの僕の意見に、おっさんは返す言葉もない。

 

「じゃあ、俺たちもう行くぜー。ちゃんと金、用意しとけよー」

 

僕たちは絶句するおっさんに背を向けて闘技場の中に入る。

取り残されたおっさんは、僕たちに対して、何も語り掛けてこなかった。

 




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第44話:ハイスピードバトル

そして大会。

回を重ねるごとに大きくなる歓声と声援の中、実況が叫ぶ。

 

『先ほどの戦いが終わって出場者は残り7名です。この試合に勝ちぬいた方々は準決勝への進出が決定します!それでは本日第2回戦、いってみましょう!』

『今回の対戦カードはどちらも大会初出場者!紹介していきましょう。まずは一人目!武器を持たない破天荒。でもなめてたら一発KO!彼を止められるものはいるのか!喧嘩屋モーブス選手です!』

 

「わあああああああああ!」

 

「そんなあ、照れるぜぇ」

 

目の前に立つ少年漫画に出てきそうな風貌のバンダナを頭に巻いた男の子はそういって頭をかく。

見たところ小学生くらいだろうか。

青いバンダナにどこぞの配管工のような青色のつなぎ、そして頭に付けたゴーグルがなかなかに決まっている。

 

『二人目はこいつ!赤い帽子がトレードマーク。白い袋に夢と希望をつめて、相棒とともに駆け回る!その名は、サンタクロース!』

 

「わあああああああああ!」

 

僕も先ほどに負けないぐらいの歓声をもらう。

そして今の紹介はラストによるものだ。

どうして運営側から追い出されないのかが不思議でならないが、気にしないことにする。

 

『実況はわたくし、セイ、解説はラストさんでお送りしていきます!』

『よろしくう!』

 

妙にラジオ番組のノリのようなラスト。客の受けはいい。

何やら拍手やら笑いやらが、所々から湧き上がる。

その和やかな雰囲気のせいか、目の前の喧嘩屋を名乗る男の子は僕に話しかけてきた。

 

「やあ、あんた、武器はないのか?」

「ああ、僕はこれさえあればいいさ」

 

そういって袋を見せる。

 

「へえ、面白いねえ!ま、おいらは強いやつとやれればそれでいいんだけどさ!」

 

少年漫画の主人公のようなそいつはそういうとボクシングのように構えて腰を低くする。

なるほど、本当に殴りでくるらしいな。

 

『さて、選手も準備ができたところで、本日の第二回戦、開始です!』

 

 

試合の合図が鳴り響く。

 

 

「いくぜ!アイス・グロウ!」

 

 

先に動いたのは男の子の方。

氷をまとった拳を僕に当てるべく一気に駆け出して接近する。

 

「やっぱり近距離か!ルドルフ、きてくれ」

 

指を鳴らしてあたりを雪で埋め尽くすと同時に、客席で待っていたルドルフが僕の前に飛んできて、乗れと言わんばかりに初めから引いていたそりに首を向ける。

 

「頼むぜ」

 

僕は早速空へ飛び攻撃の回避を試みる。

 

「なんだあ、ずりいぞぉ!降りてこーい!」

 

ぴょんぴょん跳ねて幼さを醸し出すモーブス。

その様をみて、魔法の射程範囲を確認する。

 

『おおっと、モーブス選手が先手をうって攻撃しようと思った矢先、サンタクロース選手は空に飛びあがったあ!これではその氷の拳が当たらない!』

『おそらく魔法が使えるモーブスの射程範囲を知りたいんだろうな。近距離だと思って戦ってたら、後になって実は遠距離もいけますなんて展開になったら、後々厄介だしな』

 

ラストの解説に思わず心を読まれたような錯覚を覚える。

あいつ、案外実況の才能あるかもな。

 

「なんだよ、降りてこないのかよ!だったらおいらからいっちゃうぞ!」

「おう、来いよ!うちのルドルフは、生半可な魔法じゃあたらないぜ」

 

煽ってやると、モーブスは顔を真っ赤にして怒る。

 

「言ったな!?それならこいつを、避けてみろよ!プリズム・アロウ!」

 

大きな結晶の塊みたいなものが飛んでくる。

それもうアロウとかそういうレベルじゃないだろ。

しかし速度は遅いので、ルドルフは難なく避ける。

 

「おっそいなあ、もうちょっとよく狙えよー」

 

少し煽るとすぐにむきになりだした。

さすが小学生。

その様、激おこぷんぷん丸の如し。

 

「だあ、くっそお!今度はこれだ!ラピッド・アイス!」

 

呪文を唱えると、彼の周りに小さなつららのような物がちらほらと現れ出す。

なんだ、今度はさっきよりも、余裕だな。

 

「どうせそんなの避けれ…っておい、弾がおおいぞ!なんだそのチート魔法!」

 

避ける気満々で余裕をこいていた僕だったが、現れ続けるつららは止むことが無く、次々と現れ出す。その量は目では数えきれないほどだった。

そして、それらすべての無数のつららのような氷が飛んでくる。

僕は思わず避けられずに、全身で攻撃を浴びる。

 

「ぐあああああああああ」

 

つららはルドルフにも当たってしまい、そりが揺れ、僕はそりから落ちて地面に落下する。

そこへ急接近してきた男の子が僕に向かって拳を振り上げる。

 

「なんだ、すぐに落ちちまったな!これでやられちまいな!うらあ!」

「まじかよ…っぐう!」

 

 

鈍く響く打撃音。

氷で腹を殴られ、マイのいる後方の観客席側に飛ばされる。

僕の体は闘技場の壁に激突し、その衝撃で、僕を隠すかのように辺りを雪が舞う。

僕を心配するかのように、マイの叫び声がすぐそこに聞こえる。

 

「サンタさん!」

 

そして、攻撃が決まったと思ったモーブスは勝利を確信して、声を張り上げる。

 

「へ、おいらの勝ちだ!楽勝だぜ!」

 

 

 

 

 

白い雪の煙の中、サンタクロースの姿が見えることは無い。

実況のセイが興奮して語りだす。

 

『でたあ、モーブス選手の得意技、ラピッド・アイス!この攻撃で、前回の対戦相手はなすすべなくやられてしまいました!その攻撃をうけ、さらに追い打ちの攻撃が決まった今、サンタクロース選手は果たして無事なのでしょうか!?』

 

それにたいして、ラストが静かに答える。

 

『この勝負、もう決まったな』

『え、ラストさん。やはり、今ので決まってしまったのでしょうか!?』

『そうだな、今ので決まっただろう。この試合、勝者は――――』

 

 

雪が収まってその姿が見えたのを確認して、ラストは笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サンタ、だろうな』

 

 

 

 

 

 

「いってて…いいもん持ってるじゃねえか…」

 

『あ!なんとサンタクロース選手、生きてます!あれだけの攻撃を食らって、なんともなさそうです!』

 

 

「わあああああああああ!」

 

 

立ち上がったサンタクロースに対して、大きな歓声が上がる。

間近でサンタクロースを見ていたマイも、声をかける。

 

「サンタさん!大丈夫なんですか?」

「ああ、全然大丈夫。僕、こう見えて頑丈だから」

 

その場で跳ねて、全然問題がないといったように見せるサンタ。

それをみて安堵するマイに、今度はサンタクロースが話す。

 

「安心しろ、こっからはみんなで遊びの時間だ。まあ、楽しんでってくれよ」

「え?みんな?」

「昨日言ったろ。また会える、それこそ、明日にでも、ってな」

 

赤い帽子が指差した足元には、彼を支える、小さな白い雪の精。

 

「ああ…ユキちゃん!」

「ノーウ!」

「ヌー!」

「ノ―ノ―!」

 

雪の煙が完全に収まった時、彼らの姿は見えるようになる。

小さな彼の友達の、3体の雪だるまが、赤い帽子の青年の前を囲っていた。




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第45話:演出

雪だるまの急な参戦に、全員がざわつく。

 

『なんだなんだあ!立ち上がったサンタクロース選手の周りに、いつの間にか、かわいらしい雪だるまたちがいます!そして動いています!ラストさん、これはどういうことなのでしょうか?』

『ああ、あれはサンタの技の一つだ。あいつは魔力がないらしいから原理はよくわからないが、レディオのオルトロスと同じようなものだろうな。ただ、あいつと違ってすごいのは、一匹だけじゃないってとこにある」

『あの子たち、いっぱい出せるんですか!?それは…見てみたいですね!』

 

実況のお姉さんが興奮している。

そして観客席でも色々とざわつきがあった。

 

「おいおい、なんだよあれ…」

「雪だるまのモンスターなんていたか…?」

「わー、ママ―!雪だるまさんが動いてるよー!」

「本当ね。かわいいわねえ」

 

不思議がるところもあれば、興味深そうに見るところもある。

まあ、雪だるまが動くなんて、普通びっくりするよな。

 

「おい!あれって反則じゃないのかよ!?」

 

観客のざわめきの中、対戦相手のモーブスが実況の方へ向けて叫ぶ。

 

『どういうことだ?』

「あんなのいくら何でもずるいだろ!おいらが戦うのはあの赤い帽子のやつだけだろ!雪だるまの乱入なんて反則じゃねえのか!?」

 

どうやら僕の反則を訴えているようだ。

もしかして、僕、反則負けしちゃうんですかね?

 

『あー、あいつは一応ビーストテイマーだからな。いいんじゃないか?』

 

適当に返すラスト。

 

「適当だなおい!」

『それにさあ、面白ければいいだろ?やっぱり試合は何が起こるかわからないから面白いんだろ?みんなあ、そうだろ!』

 

そう振ると観客もみんな乗り気で、拍手やら歓声が上がる。

もはやライブ会場かなんかなのかここは。

 

「ちくしょう、おいらが勝ったと思ってたのに!」

「まあ、落ち着けよ。さっきはわざと食らってやったんだよ。武器なしの威力がどれほどなのか、確かめたいじゃん?」

 

「さっきのはわざとだったのかよ…!へ、へん!ならおいらも本気で…っておい!なんかさっきより増えてるぞ!」

「ノーウ!」

 

先ほどの物言いの時に黙って召喚を繰り返して、今やその数は10体。

モーブス君はそれをみて大いに驚いている。

 

「ふう、ああ、あれだけじゃサービスプレイができないからな。よし、みんな!ここにいる人たちを笑わせてやろうぜ!」

「ノーウ!」

 

雪だるまたちはマイのいる観客席側を向いて一列に並ぶと、その場で一礼をした。

 

「さあさあ、みなさん!今から彼らの、サーカスの始まりです!」

『お、サンタが何か始めるみたいだな。これは面白いことになりそうだな』

「まずは彼らの団結力をお見せしましょう!」

「ノーウ!」

 

左手で合図をすると、4体を下に立たせて、そこへ3体がのり、さらにその上に2体がのる。

そして最後に、一匹が僕の頭に乗ってジャンプして、その頂点へと着地する。

 

これぞとっさの判断で思いつくアドリブ芸、人間ピラミッド。

 

その芸をした瞬間、あたりがしーんとする。

あれ、これって、いわゆる滑ったってやつ…?

しかしその不安はすぐにかき消される。

 

「か、かわいい…!」

「すげえ、なんて愛らしいんだ!」

「ママ―、ぼくもあのこほしいよー!」

 

『かわいいです!あの小さな子たちが協力してひとつの山を形成しています!なんてかわいいんでしょう!ああ、かわいい、かわいい…!』

 

みんなその愛らしさに惚れたのか、黄色い歓声が飛んでくる。

それにしても実況のお姉さん、あんたはしゃぎすぎだろ。

そんなにかわいいものが好きなのか?

 

「サンタさん、みんなおおうけみたいですよっ!もうちょっとやってみたらどうですか!?」

 

間近で見ていたマイが声をかけてくる。

その目は輝いていて、もっと見せろと言っているようにも見える。

 

「それ、お前が見たいだけだろ?」

 

「そんなこと…ないですよ?」

 

実際、このサーカスに意味はない。

ラストの言った面白ければいいという言葉が印象的だから、面白くしようと思っただけだ。

だからやれと言われればこちらも、やらざるを得ない。

目を泳がせるマイを見て笑いながらも、僕は再びサーカスを続行する。

 

「それじゃあ次のお題目!彼らは雪の精!そんな彼らは、雪でならなんだって作れるんです!ご覧ください」

 

彼らを集めて、こっそりという。

 

「よし、ここにいる雪を使って、お前らが好きなもの、なんでも作っていいぞ」

「ノ――――!」

 

嬉しそうに叫びながら雪だるまたちは中央へ行くと雪をかき集めて山を作る。

そして一斉にその山に飛びかかると、ものすごいスピードで山を削り、またある所には雪を付け足して加工していく。

こいつら、雪だけだったら、マイにも負けない技術があるかもな。

 

「何を作っているんですか?」

「さあ、あいつらが好きなもん作っていいぞって言ったけど、なに作るんだろうね」

 

壁に寄りかかって客席のマイと話しながら数分間見守っていると、何やら見覚えのあるシルエットが浮かび上がり、さらに数分後、それは姿をあらわにする。

 

『なんでしょうか…これは…古い家のように見えますが…』

『こ、これは…』

 

ラストがそれを見て驚きの声を上げる。

マイもそれに続いて、目を見開く。

 

 

「サンタさん…もしかしてこれって…!」

 

 

僕たちの経営する店でもあり、帰るべき我が家でもある、ファミリアが、そこにそびえたっていた。

そしてさらに、そこに見たことのある2人の男女の雪像と、留守番をしてるカラアレオンのコメットの像も入り口の前に建てられた。

 

それをみて、実況席でラストが一人盛り上がって語りだす。

 

『あれは、スタナ街にある、俺たちの家だ…ぼろくて人に見せるほどのものじゃないのに、なんであんなもの作ったんだ…でも、なかなかに粋なことしてくれるじゃねえか…!』

「スタナ街っていうんだねーあの街。全然知らなかったよ。って、おい…」

「うう、ゆぎちゃん…!うれしいです…うぅ!」

 

マイが僕の後ろで、ラストがマイクにすすり泣く声を響かせる。

何そんなに感動してるんだよ。

笑わせるためにやってんのによ。

僕とルドルフが歩いて雪像と並ぶと、スノウマンの作品が完成する。

作品名は、そうだな。名前の通り、ファミリアで。

 

「ちょっとサプライズで、僕の大好きな家族に見せてやろうと思って作ってみました!実物が見たい方は、ぜひスタナ街の、我が店へお越しください!イケメンと美少女店員が、なんでもあなたの望みをかなえてくれますよ!」

 

機転を利かせてそう言って一礼すると、周りから暖かい拍手が起こる。

その出来に関してか、それとも家族へのサプライズというところが評価を受けたのかはわからないが、とりあえず受けがいいので、気にしない。

 

『ぐす、いいもの見せてもらいましたねえ…サンタクロース選手は、家族思いの、好青年のようですねえ…』

『…ああ、俺の自慢の、家族だよ…!』

 

「うええん、サンタさあああん!ありがどうございまずううう!」

「みなさん、最後まで見てくれてありがとう!これにて、今日の演目は、すべて終了です!本当に、ありがとう!」

 

雪だるまと並んでもう一度頭をさげると、観客は大きな拍手と歓声を送って、僕と雪だるま達を賞賛する。

 

『サンタクロース選手…ありがとうございました!』

 

なんだかよくわからないが、こうして僕と雪だるまたちの、小さなサーカスは、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおい!おいらを忘れるんじゃねえやい!」

 

一人満足して帰ろうと出口へ向かう途中、後ろで声がしたので振り返ると、そこには対戦相手の少年がいた。

 

「あ、忘れてた。今一応大会中だったんだな」

 

観客も実況も同じように「あ」と声を漏らす。

雪だるまのサーカスに夢中になって、そっちの方忘れてたよ。

 

「ごめん、ちょっとみんなにサービスしようと思ってただけなんだ」

「何がサービスだ!何がサーカスだ!おいらを無視しやがって、こんなもの…!こうしてやる!プリズム・アロウ!」

「ちょ、おい!」

 

 

巨大な結晶が生み出す爆発音。

先ほどまで真ん中でそびえたっていた白い我が家は、少年によって放たれた結晶の塊によって音を立てて崩れ去った。

 

それを見て泣く子どもや、驚く観客、上がる悲鳴。

 

「へーん、おいらを無視するからこうなったんだ!ざまあみろ!」

 

音が止み、そして会場が静まる。

すべての人が、壊された雪の我が家を、静かに見つめる。

 

その中で、一人だけ、元気に叫ぶモーブス。

 

「へっへーん!どうだ!お前もこのもろい雪の家みたいに、ズタボロに…」

「調子くれてんじゃねえぞ」

「…え?」

 

自分でも予想しなかった低い声。

その声に、モーブスも静かになる。

 

「何言って…うぉ!」

 

そして僕と雪だるまたちを見て、びくっとして少しだけ後ずさる少年。

 

「やってくれるじゃんか」

「ノオオオオ…」

 

そう。壊された建物を前に、僕と雪だるまたちは大人げなく、目の前の子どもに向かって、怒っていた。




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第46話:鬼ごっこ

「ルドルフ、サンキューな。ちょっとここでマイと待ってな」

 

小刻みに震えるルドルフの頭をなでて、マイの隣の席に座らせる。

それから、対戦相手の方へ向き直る。

 

「おい、少年。勝手に人の作ったもんぶっ壊して、タダで済むと思ってないよな?」

「ノオオオ…」

「っ!」

 

怒りのオーラをむき出しにしながら、目の前のガキを睨む。

そして横に列をなして歩み寄ると、向こうも少しだけ後ずさる。

 

「へ、なんだよ!そんなににらんだって、おいらは全然こわかねーぞ!」

 

氷をまとった両手を構える目の前のガキ。

まだ気力はあるようで、僕の威圧に怖気づいてない様だ。

 

「とりあえず、鬼ごっこでもしようか。みんな。僕たちが鬼で、あいつが逃げるやつ、オーケー?」

「ノオオオオ!」

 

 

 

『…えー、サンタクロース選手、少しずつモーブス選手に歩みよります』

『これは、あいつ、やっちまったな』

 

 

 

 

 

 

気の毒そうな実況の中、観客席でも、誰1人として音を発さない。

 

「は、なんだよ、馬鹿か!普通にあるいてくるなんて、やる気あるのかよ!これでくたばりな!ラピッド・アイス!」

 

無数の氷が無防備で歩くサンタクロースと雪だるまに飛んでくる。

そのまま防ぐ素振りも見せず、直撃し、あたりを白い煙が包む。

 

「どうだ、さっきよりも魔力は込めた!これでくたばる、はず…」

 

自信にあふれた表情は、一瞬で崩れる。

 

「うそ…だろ?」

「おい、鬼ごっこのルールわかってんのか?早く逃げないと、つかまっちゃうぞ?」

 

彼らは立ち止まる様子を見せず、ゆっくりと近づく。

 

「くそお、これなら…!プリズム・アロウ!」

 

今度は大きな結晶が赤い帽子をめがけて飛んでいく。

それも直撃して、結晶は彼の姿を隠す。

 

「あれが直撃したんだ!もう無事なはずがねえ!」

『サンタクロース選手、直撃です!これは、試合終了でしょうか?』

 

 

観客もざわつきだし、彼を心配する声が上がる。

 

 

『…こんなんじゃだめだ。』

『え?』

 

バギイン、と、結晶体が爽快な音を立てて砕け散る。

その後、赤い帽子がゆらゆらと浮かび上がる。

 

『怒ったあいつを止めるんなら、せめてこの闘技場はぶっ壊すくらいの威力じゃねえと』

「おい…直撃だぞ!?なんでやられねえ!プリズム・アロウ!」

 

今度はより大きな結晶体が飛び、またも赤い帽子をとらえる。

しかし今度は直撃する音も、砕け散る音もしない。

 

「な…受け止めた…だと?」

 

見ると男はその体の3回りほどはあるような結晶体を、素手で捕らえていた。

そして、それを後ろに捨てて、またも歩き出す。

 

「くそお、なんで、なんで止まらねえんだよ!」

 

その後も呪文を連発するモーブス。

しかしすべてを着弾させても、赤い帽子が歩みを止めることは無い。

 

ついにその異変に恐れを抱いたのか、泣きそうな顔になり、後ずさり、距離を取り出す。

 

「う、うわああああああ!プリズム・アロウ!プリズム・アロウ!プリズム・アロウ!」

「見苦しいな」

 

今度は雪だるまたちが一丸になって、飛んでくる結晶を受け止め、その場に落下させる。

 

 

「うう、なんで、なんで…」

「んなもん、言わなくてもわかるだろ」

 

 

気づくとサンタクロースは、モーブスの目の前まで迫っていた。

後ずさる少年。しかし、後ろには壁が。

そして彼を追い詰めるように、二頭身の雪だるまたちが半円を描く。

 

「あ…ああ…くっそおおおおおお!」

 

追い詰められ、やけくそになった少年。

氷をまとった拳が、赤い帽子めがけて飛んでいく。

しかし、それはいとも容易く片手で抑えられてしまう。

 

「ガキのくせに、こんな小細工で、よく2回も勝てたな」

 

ぐっと、右手に力と籠める。

少年の手を覆っていた氷は、がちがちと音を立てて、そしてすぐに砕け散った。

 

「ああ…嘘だろ…?」

「さあ、捕まえた」

 

胸倉をつかまれて、少年の体が持ち上げられる。

 

「つかまった子には、罰ゲームをプレゼントだ」

「うわあ!」

 

そして投げ出され、壁に背を預ける少年。

そして彼に、雪だるまたちが近づく。

 

「ノ――」

「なんだ…お前ら…!?や、やめろ…!」

 

少年を包むかのように、雪だるまたちは少年に覆いかぶさる。

10体もの雪だるまに覆われて、少年の小さな体は見えなくなる。

 

「さ、さむ、い…や、やめ、て…く…れ…」

 

抵抗するもむなしく、少年は雪だるまに包まれて、身動きが取れなくなる。

 

「罰ゲーム、名付けて、真冬の抱擁」

 

数分後、雪だるまたちが少年から離れると、顔を真っ青にした少年が、その場に座り込んで、動かなくなっていた。

 

「職業柄、流石に子どもは、殴れねえからな…」

 

 

 

 

 

「よーしみんな!さっきのやつ、作り直すぞー!」

「ノオオオオ!!」

 

先ほどと気分を入れ替えて、再び雪をかき集める。

 

『えーと、試合終了。勝者は、サンタクロース選手です…』

 

僕のテンションと裏腹に、静まり返った会場。

そんなことは気にせずに、僕は雪だるまたちと共に、先ほど壊された雪像の復旧作業を行う。

 

『あっという間でしたね…サンタクロース選手が本気を出してからは…』

『あーあ、あいつ、普段は大したことじゃ怒らないんだけどよ…なんつうか、飯の邪魔されるか、身内のことになると、あんな風に切れだすんだよな…』

『そうなんですか…』

『ああ、うちの家訓の一つに、サンタクロースの飯の邪魔はするなっていうのがあってな。この前それを破って飯時に邪魔した自称王国騎士がいてさあ…そいつ、一発でやられて、挙句の果てに剣まで没収されてさー』

『へ、へえ…』

 

若干困った様子のお姉さん。

 

「おーい、そんな家訓、初めて聞いたぞー!」

 

叫んで笑うと、ラストが続ける。

 

『ま、あんなふうに、終わったらすぐに普通に戻るんだけどなー』

「さあ、完成!」

「ノ――――!!」

 

再びできた雪のぼろ屋を背にして、観客に向かってVサインをする。

そんな僕を見て、観客は少しずつ先ほどの賑わいを取り戻し、拍手やら歓声やらが起こる。

 

 

 

『まあ、というわけで!勝者、サンタクロース!明日の準決勝進出、おめでとう!あ、救護班は、モーブスの救助に当たるように!』

「わあああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「よし、帰ろうぜ」

 

ルドルフのそりに乗って、マイにそういう。

 

「そうですね。帰りましょうか。…やっぱり、サンタさんを怒らせちゃいけないですね」

「ん、なんだって?」

「なんでもないですよー♪」

 

勢いよくそりに乗ったのを見届けて、雪だるま達を見る。

 

「みんな、今日はさんきゅーな。また明日、会おうぜ!」

「の―――!」

「ユキちゃんたち…また、明日ですっ!」

 

マイも小さく手を振る。

ぴょんぴょんはねる雪だるまは、僕の右手の合図で体から光が抜け、動かなくなる。

そのまま上昇して上から帰ろうとすると、実況席からラストが声をかけてくる。

 

『ちょっとまて、サンタ!俺ものせてけよ!』

「あー、わかったよ、ほれ、乗りな」

「サンキュな!」

 

一番上の実況席まで向かって、そりを寄せると、ラストが飛び乗ってくる。

その時、実況のお姉さんと目が合ったので、声をかける。

 

「あー、お姉さん」

「え、私!?なんでしょう?」

「あれ、できれば壊さないでもらえると助かるなあ。それじゃあ、残りの試合も、これ飲んで頑張ってください!」

 

袋に入った小瓶を投げて手渡して、闘技場を後にする。

 

 

 

 

 

 

「え、ちょっと…この後も試合あるのに、壊しちゃダメなんですかあ…?どうしましょうか…」

「でも、まあ、いいでしょう!試合のオブジェクトとして、こういうのも!」

 

そして、グイッと、渡された小瓶を口に含む。

 

『んうぅ!にっがあああああああああああ!!』

 

その悲痛な叫びがマイクを通して、僕たちの耳にも届く。

 

「あ、みすった。こっちだった」

 

赤い小瓶と間違えていたようで、その叫びで理解する。

 

「あのお姉さん、飛んだとばっちりですね…同情しますよ…」

「はっはっは、俺の薬は万人受けするみたいだな!」

 

同情するマイと、爽やかに笑うラスト。

 

「まあ、良薬は口に苦しっていうしいいだろー。さあ、明日は準決勝だし、頑張っていこうぜー」

「おおー!」

 

話題をそらして、適当にごまかす。

そして僕たちは勝ち分をとるべく、おっさんのところへ向かった。




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第47話:道端の出会い

3回戦も無事に勝ち、そして翌日。

試合数も少なくなったおかげで、前のように一日空くということもなく、休みなく僕は準決勝へと向かう。

マイは準決勝は早くから席をとらないとなくなってしまう、という理由で、ルドルフに乗って朝早くに飛んで行ってしまったために、僕とラストはこうして闘技場への道を歩いている。

 

「今日勝てば決勝か…」

「ここまで来れるとはなあ。サンタ、お前、その気になれば魔王も倒せるんじゃないか?」

 

ラストがニヤニヤしながら、こちらを見やる。

 

「そうだなあー。それじゃあさっさと魔王倒して、この世界からモンスター絶滅させるかー。誰も傷つかないから、ポーションは売れなくなって、うちは破産。デメリットしかないけど、ラストがいうならやるしかねえよなあー」

「…!そ、それは困る!そうなったら俺の夢が…!サンタ、お前は冒険者じゃないんだから、うちの店でのんびり暮らそうぜ!?」

「どっちだよ」

 

仕返しにシャレの利いた返事をするとラストが慌てて僕を説得する。

破産は避けたい。流石に理由が自己中心的かと思えるが、僕はこいつの、こういう正直なところが好きだ。

裏がなくて、いいと思う。

そういえば、マイは魔王に対してはどんな意見を抱いているんだろうか。

今度機会があったら聞いてみよう。

 

「というわけで、うちの店に働いている以上は、冒険者ギルドに所属するなんて許さないぜ!」

「はいはい、わかったよーっと。うおっと…なんだ?」

「あぅ!」

 

よそ見をしながら適当に答えて歩いていると、前から何かがぶつかってきたようだ。

 

「いたた…」

 

驚いて目の前に向き直ると、真っ赤な髪の女の子が、しりもちをついて痛そうにお尻に手を当てている。

 

「わあ、すいません、大丈夫ですか!?」

 

ぶつかった時に落ちた、女の子のものだろう装飾のない杖を拾って声をかける。

そしてラストがすかさず、女の子の背中に手を回して起き上がらせる。

 

「怪我はないか?立てる?」

「ええ。大丈夫…」

 

目の前のイケメンに手伝われながら、恥じらう様子もなく起き上がる少女。

おお、ラストの顔を見て動揺しないとは…この子、なかなかやるな。

 

「すいません、前を見ていなかったもので」

「こちらこそごめんなさい。探し物をしてて、下を向いて歩いていて…」

 

杖を受け取る目の前の女の子は、肩までかかる真っ赤な髪で、それとは対照的な青い目をした、少し幼い顔だちをしていた。

クリーム色の、腰のあたりがベルトで引き締まった動きやすそうなローブを着ていて、いかにも魔法使いといった感じだ。

 

その少女は青い目を泳がせて何かを探す。

 

「探し物?俺たちで良かったら手伝うぜ?な、サンタ?」

 

良い笑顔でこちらを見てくる。

 

こいつのコミュ力はすげえな。

高校入学したての僕だったら、何も止めないでそれじゃあって言って行っちゃうのに。

あ、それは僕がコミュ障だっただけか。

 

「あー、まあ、試合まで時間あるし、いいよ」

「本当?いいの?」

「まあ、ぶつかった詫びとでも思ってもらえれば。それで、探し物は?」

 

まあ、これも何かの縁だ。

謝罪の意味と人助けだと思って、落としたものを尋ねる。

 

「ありがとう。実は、ちょっと、ポーションを落としちゃって…」

「ポーション?」

「ええ、青色のなんだけど。これから使うの…」

 

狩りでも行くのか?

若いのにご苦労なことだ。

 

「ポーションなんて、また買えばいいだろ。どうしてそんなにこだわってるんだ?」

 

首をかしげて、ラストが尋ねる。

少女は戸惑ったようにことばを濁す。

 

「ええっと…」

 

少女はうつむいて杖を抱いて口ごもる。

ああ、もしかして。

 

「おい、ラスト」

 

小声でラストに耳打ちする。

 

「なんだ?」

「多分この子、今金ないんだよ」

「ああー、なーるほーど」

 

納得して腕を組むラスト。

 

ラストには今は金がないといってごまかしたが、これは財布を忘れたとかではなく、普通に貧乏という解釈だ。

服装はおしゃれな魔法使いといった感じだが、女の子なのに杖は味気ないし、靴もボロボロで、履き込んでいるように見える。

ポーションといえど、冒険者ギルドの低級品でさえ300ユインなんだ。おそらく普通のなんて言ったら、食費以上にかかりそうだしな。

 

しかし貧乏とあれば、僕も最初は貧乏だったこともあって、少しだけ情が湧いてきた。

 

「ま、理由はいいよ。それより、ポーション、ないと困るんだろ?」

「うん…」

「それじゃあ、これ、やるよ」

 

袋から取り出して、赤、青、緑の3色の液体の入った小瓶を渡す。

 

「え、いいの?」

「ああ、僕、いっぱい持ってるから。因みにこれ、スタナ街で一番腕のいいやつが作ってるやつだから、この街で売ってるやつと段違いの性能だと思うよ」

 

横を見ると、ラストが、「その腕のいいやつ、いかにも、俺です」といったような誇らしげな顔で、少女を見る。

少女は渡されたポーションを見つめている。

 

「金とかはいいよ。僕たち、これからここの闘技場で、一稼ぎするから。それじゃあ」

 

ドヤ顔のラストの腕を引っ張って、そのまま去ろうとする。

 

あー、すげー緊張した…!

今までこの世界で女の子と話す機会なんて、マイくらいしかいないし、客で来る女の冒険者はテンプレのあいさつしかしてないからやり取りなんて言えたもんじゃない。

しかも赤い髪に青い目とか、まじなファンタジー娘じゃねえか…!

 

「ふふん、あの子、今に俺のポーションのすごさが分かるだろうなあ!…サンタ、どうした?」

「いいやなんでも。ファンタジー娘と話すの初めてだから、すげー緊張しただけ」

「ファンタジー娘?今の子か?確かにかわいかったよなあ」

 

そういって後ろを見るラスト。

 

「・・・ん?うお!おい、サンタ!」

「なんだよラスとおおお!?」

 

突然後ろから何かがぶつかってきて、情けなく叫んでしまう。

前によろめき、転びそうになったが、何とかぎりぎりで踏みとどまる。

 

背中にかかる感触に振り返ると、先ほどの赤い髪が目に映る。

少女の両手は僕の体をがっちりホールドしていて、傍から見れば後ろから抱き着いているようにしか見えないだろう。

 

「ありがとう…!ありがとう!」

 

少女は泣きそうな声で、繰り返しそう呟く。

抱き着かれている僕はいきなりのことに驚いて、心臓がバクバクとなりだす。

背中に当たる何か柔らかい感触。それが僕の心臓をさらに加速させる。

 

このままじゃまずい。

落ち着け。そうだ、いつかの黒歴史を思い出せ…!

僕は瞬時に、自分の黒歴史を思い出す。

 

 

『大丈夫。絶対に一人にさせないから』

『なんで、そんなに可愛いんだよ』

『チョコ?ごめん、僕、甘いのダメなんだ』

 

その間1秒。

あの日あの時あの台詞。無理矢理引っ張りだした記憶は、僕の心を黒く染める。

 

「ああ、なんで思い出しちゃったんだろうな…」

 

ブルーな気持ちになりながらも、僕は、高鳴る鼓動の加速も、後ろの少女の感触への動揺を殺すことに成功したのだった。




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第48話:不幸な出会い

「とりあえず離れてくれ…」

 

青ざめた顔で振り向いてそういうと女の子も僕の顔を見てはっとする。

 

「あ、ご、ごめんなさい!私みたいな女に抱き着かれたら嫌だったよね…本当にごめん…」

 

パッと腕を話して申し訳なさそうにうつむく。

見かねたラストが僕に言う。

 

「サンタ〜、さすがに女に抱き着かれてその顔はないと思うぜ?」

 

しまった。

勘違いさせてしまったようだ。

慌ててフォローに回る。

 

「いや、違うんだ。ちょっとすげー昔のこと思い出して今すごくセンチメンタルな気持ちというか、ネガティブというかファンタスティックな状態で!」

「何言ってんだ?」

 

自分でもわからない。

今のは急に頭がいかれたとしか言えない。

 

「…とにかく、こんなかわいい子に抱き着かれるなんて、めったにないことだし、むしろ嬉しいくらいだから変な勘違いはしないでくれ」

 

日本なら滅多どころか人生で一回あるかないかレベルだ。

 

「か、かわいい!?そんな…」

 

顔に手を当てて急に真っ赤になる少女。

その反応をみて、自分がいかに恥ずかしいことを言ったのかを痛感する。

 

「わー、やっちまった…黒歴史だ…」

 

ぼそりとつぶやいて頭を抱えて、赤い帽子を深くかぶる。

 

「へー、こいつはおもしれえ」

 

ニヤニヤ笑うラスト。

 

「ああ、もう、ついてねえなあ」

 

微妙な空気が、しばらくその場を漂った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん、さっきはごめん。私はリィナ。見ての通り魔法使いだよ」

 

少し時間が経って落ち着いてから、自己紹介をされる。

 

「俺はラスト!んでこっちがサンタクロース。よろしくな!」

「よろしく」

「うん、よろしく!」

 

にこっと笑うリィナの顔に思わず心臓が脈打つ。

勘違いするな。

社交辞令だ。

営業スマイルだ。

自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせる。

 

「そういえばあなたたちは、今日は闘技場に行く予定だったの?」

「ああ。一稼ぎしようと思ってな!賭けで一発、儲けようってな!」

 

普通に屑のセリフなのだが、こいつが言うと何故か様になる。

 

「賭け?ああ、あのおじさんのね」

「へえ、結構有名なのか」

「そりゃもう。あの人、賭けだけじゃなくて、選手の情報も相当のものよ。私も、あの人に教えてもらってるもの」

 

おっさん、あんた褒められてるぞ。

昨日、僕とラストにまた賭けで負けて、地団駄踏んでたのに。

 

 

 

…ん?ちょっと待てよ。

 

 

 

「ちょっと待ってくれリィナさん」

「さんはいいよ。多分、あなたの方が年上でしょ?」

「ああ、それじゃ遠慮なく。それで、あのおっさんに情報を聞いてるって?そんなこと聞いてどうするんだ」

 

そう尋ねるとリィナは自信ありげに笑って腰に手を当てる。

 

「あなたたち、賭けをやっていたのに気付かなかったの?その大会、私も出てるの!そして、今日の最初の試合に、私、出場するの!」

「…」

「…」

 

ラストも僕も言葉を失う。

 

 

まさか。

まさかこんな女の子が。

僕の次の対戦相手だなんて。

 

 

「おい、それって次の試合サンんん!?んん!」

 

慌ててラストの口をふさぐ。

 

「ラスト、やめろ!今は流石にまずい!ここでばれるのは、なんかまずい気がする!」

 

口を押えながら耳元でささやく。

ラストも納得したようで、すぐにおとなしくなる。

 

「どうしたの?」

 

首をかしげるリィナ。

 

「い、いやあ、こいつさ、次の試合超楽しみにしててさ!しゃべりだすと止まらないから、ちょっと落ち着かせたんだ!」

「ああ、超楽しみ。俺、次の試合、絶対見る」

「へえー」

 

勢いと、ラストの片言の言い訳でごまかすことに成功した。

兎に角、この子と一緒にいるのは危険だ。

このまま逃げよう。

 

「それじゃあ、僕たちはおっさんのところに行くから…この辺で…」

「あ、待って!それならおじさんのところまで、一緒に行こうよ!それでおじさんから情報を聞いたら、どっちが勝つかわかるかもしれないよ?」

「え」

 

地雷を踏んだ。

全くの悪意のない純粋な、優しい笑顔。

騙してはいないのだが、何故かとてつもない罪悪感を覚える。

 

「あ、そうだな。それじゃあ、行こうか…」

 

断る理由もなく、その提案を飲む。

 

「決まりね!」

 

そして僕たちはリィナを先頭にして、闘技場への道を行く。

 

面倒なことになった。

まさか対戦相手がこんな女の子だなんて。

 

「大会はすでに始まっているんだよ。サンタ」

 

隣でラストがこっそりささやく。

 

「…うへえ」

 

無意識に口から出たうめき声にも近いそれは、今頃留守番しているであろう、カラアレオンのコメットが脳裏によぎるほどに似ていた。




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第49話:夢

「はあ…」

 

対戦相手と一緒に会場に向かうという、謎の構図。

僕が次の対戦相手だということは黙ったまま、闘技場への道を3人で歩く。

どうしたらいいか、素直に言うべきか、悩んでいると、ラストがリィナに質問する。

 

「リィナ。お前は次の対戦相手のことは知ってるのか?」

 

探りを入れた質問。

知ってたら僕ばれてんだろ。

 

「んー。名前とかは知らないかな。ただ、大会初参加で準決勝まで難なく駆け上がってきた新人だって言うのは、おじさんから聞いたよ」

「なーるほどね…」

 

そういうとラストは口笛を吹きながら頭に手を回して暇そうに歩く。

次に、入れ替わるように、僕が口を開く。

 

「女の子でも大会に出れるんだな」

「当たり前でしょ。冒険者だって女の人いっぱいいるじゃない」

「そうなのか」

「そうなの」

 

確かに店に来る客は女もいたな。

男と戦いすぎて、ちょっと感覚が麻痺してたか。

 

「ついでにもう一つ。なんで大会に出たんだ?今までの試合を見た感じだと、この大会、すごく危ないけど」

 

そう尋ねると、前を歩いていたリィナは足を止める。

それにつられて、僕たちも足を止める。

 

「あー、なんか聞いちゃまずかったかな?」

 

「…ううん。そうじゃないの」

 

そういってまた歩き出す。

そして、付け足すようにこう言った。

 

「どうしても、叶えたいお願いがあるんだ」

「お願い?それと大会の何が関係あるんだ?」

 

頭をかきながら、少し気まずそうにラストが僕を見る。

 

「あー、そういや言ってなかったな。この大会の賞品について」

「賞品か。やっぱそういうのあったのか」

 

聞かなかったが、こいつが僕の優勝を目指していろいろと頑張っているのはそれが目的だったのだろう。

ばれちゃったなという顔をして、肩をすくめる。

 

「それで、優勝するとなんかもらえるのか?」

「ああ、準優勝は500万ユイン。そして優勝は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この街の権限を持てるだけ使って、できる限りの願いを叶えてくれる」

 

「…ん。ま、そういうことだ」

 

リィナがラストを遮って言った。

ラストもその通りと同調する。

 

「できる限りの願いなんでも、ね。それで、何がしたいんだ?」

 

そう聞くと、リィナは前を歩きながら、

 

「大したことじゃないけど、店が欲しいんだ」

 

と言った。

 

「へえ、なんの店?」

「魔法商店。私、魔法については結構自信あるんだ。でも、やっぱりそういうのって、結構お金がかかっちゃって。私の家、貧乏でお金あまりないからさ。大会で優勝するしか、その夢叶えられそうにないから」

 

こちらに振り向いて、少し寂しそうに笑う。

諦めに近い笑顔。

いつか、最初に会ったときのマイもこんな風に笑ってたっけ。

 

「…いいね。その夢。絶対に叶えようぜ」

「うん!」

 

意気込んで歩き出したリィナ。

先ほどのような寂しい笑顔をしていた彼女の表情は後ろからはもう見えない。

 

 

今のセリフは、少し、なかったか。

全く。対戦相手に、何を同情してるんだか。

 

 

横を歩くラストが、僕に囁いてくる。

 

「サンタ」

「ん」

「お前、どうするんだ?まさか、棄権するつもりか?」

「ま、こいつが優勝できるんなら、それもありかもな」

 

流石にこんなこと知ってしまったら、目的もない僕が勝つべきじゃないと思えてくる。

ラストも、欲深い奴だが、僕の答えを聞いても喚いたりはしない。

 

「…まあ、お前がそういうなら止めないけどよ。でも、ちょっと考えてといた方が良いぜ」

「ん?何を?」

 

いつになく真面目な顔のラスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この大会、決勝戦はな、参加前の棄権はできても、試合が始まったら、勝負がつくまで棄権は許されないんだよ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

初めて聞いた決勝戦のルールに、僕は戸惑いを隠せなかった。




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第50話:顔合わせ

「えーっと、確かこの辺に…あ、いた!おーい、おじさーん!」

 

手を振ってかけていくリィナ。

闘技場の入り口でリィナが探し求めていたのは、いつもお世話になってる賭けのおっさん。

金を詰めた袋をもって入り口で商売をしているようだ。

いつもと違うのは、少し人だかりができていて、割と商売が繁盛しているというところか。

 

「おお、嬢ちゃん。ちょっと待っててくれ。準決勝だから客が多くてな!へい、サンタクロースに5万ユインね。まいど!」

 

今までは暇そうにしていて僕たち以外に客がいるのかというほど接客をしているところを見なかったので、新鮮に見える。

 

待つこと5分。

 

客がいなくなったところでおっさんがこちらに歩いてくる。

 

「待たせたね、嬢ちゃん」

「お疲れ様、おじさん。今日はお客さんを連れてきたの。サンタとラストっていうの」

 

リィナが僕たちを紹介する。

当然ながらおじさんは僕たちを見て表情を変えることなく、普通の様子で、

 

「ああ、知ってる」

 

と短く答えた。

 

「いつもの常連だからな。それにしても、珍しい組み合わせじゃないか。嬢ちゃんと赤い帽子の兄ちゃんが一緒に来るなんてな」

 

ニヤリとしながら聞いてくるおっさん。

そりゃ対戦相手がそろってきたら、面白い絵にはなっているだろうな。

 

「ま、成り行きでね」

「?」

 

首をかしげるリィナ。

そろそろ気づいてもいいと思うのだが、気づく様子もない。

 

「実はまだサンタが対戦相手だって知らないんだよ」

「なんだって!そいつは傑作だ!」

 

ラストがこっそり耳打ちすると、おっさんは声を上げて大笑いする。

ひとしきり笑ってから、相変わらず首をかしげるリィナに、おっさんが語りかける。

 

「がっはっは、へへ、ひぃ!ああ、笑った!わりいな嬢ちゃん。いつものように対戦相手の情報が知りたいんだろ?」

「ええ、そうなの。今回はこの二人にも教えてあげてほしいの」

「こいつらにもか?ま、いいだろう。聞かせてやる」

 

笑いすぎて目に涙を浮かべたおっさんも共犯者になって、この女の子を騙すことに加担しだした。

おかげでどんどん自分から名乗り上げることが難しくなってくる。

 

「まずは嬢ちゃんのことを説明しようか。生きる炎リィナ。その名の通り炎を使う魔法が得意で、炎魔法にかけては使えないものがないほどのレパートリーを持つ。だがその反面、他の魔法はからっきしダメみたいだけどな」

「もう、そこは仕方がないでしょ。どうしてか、それ以外は使えないんだから!」

「だってよサンタ。どうだ?」

「二つ名がめちゃくちゃかっこいい」

「もう、恥ずかしいからやめてよ…!」

 

僕なんか最初のころ赤い帽子とか道楽野郎みたいな感じの二つ名だったのに、この子の二つ名がカッコよすぎて少しだけうらやましくなる。

 

「ま、他にも体力がないからできるだけ短い戦闘でここまできたからな。炎のように勢いのあるということでこの二つ名がついたんじゃないか?」

「なるほどねー」

 

前回のあらすじのようにざっとリィナの話をしたが、僕たちに説明をしてくれたんだろう。

ニヤついてるから、きっとそうだ。

 

「それで、私のことはわかったかしらね。それじゃあ、私の対戦相手について、教えてくれる?」

「そうだな。それじゃあ、そいつの話をしようか」

 

このおっさん、一体僕のことをどう説明するのだろうか。

急に真面目な顔をして、語りだす。

 

「まずはやつの職業から。そいつの職業はビーストテイマーでな。一匹の小さなトナカイを従えているが、小さいからって騙されちゃいけない。これが意外に強い」

「ビーストテイマー…。それならそのトナカイを倒せば、後は楽勝ね」

 

毎回思うがビーストテイマーっていう職業はやはり従える方は非力なのだろうか。

ゲームみたいだな。

いけ、ルドルフ!的な。

 

「それがな、そいつは変わってて、トナカイと一緒に戦うんだ」

「一緒に?」

「ああ、あくまでトナカイはおまけみたいな感じでな。今までの戦いは、そいつ一人でかたがついた。ビーストテイマーとの戦いもあったんだけどな。相手はオルトロスだったんだが、そいつを倒したのは、トナカイじゃなくて、そいつ自信の拳だったんだ」

「拳…オルトロスを生身で…?」

 

リィナは杖をぎゅっと握りしめ、小さな体を体を一層小さくする。

 

「ああ、そしてやつは雪を降らせることもできる。そして雪が降っている間は、いろいろと想像のつかないような攻撃を思いついたかのように仕掛けてくる。俺も毎回驚かされるから、今回もなんか仕込んでくるんじゃないか?」

 

おっさんが僕を見て、片目を瞑る。

いやそんな無茶ぶりされても。

 

「雪、ね…」

「もう一つ、昨日の戦いで氷の魔法を使うやつが相手だったんだけどな。どんな魔法を受けても止まることなく、追い詰めるようにして相手を氷漬けにしたらしい」

「そんな…魔法も効かないって言うの…?」

 

青ざめるリィナ。

青ざめる僕。

笑いをこらえるラスト。

 

間違っていないんだけどさ。なんかこれって、僕がラスボスみたいな言い方じゃん…?

 

「ビーストテイマーなのに戦えて、オルトロスを生身で倒して、魔法が効かない、一体どんなやつなの!?魔王のしもべ!?」

「魔王のしもべ…」

 

あ、ラスボスではないのね。

 

「ぷぷ…」

 

ラストと僕を見ながら、おっさんも少しにやついて話し出す。

 

「そういえばやつの姿について説明していなかったな。赤い帽子に白い袋。そして降らせる雪景色。そいつの名は――――」

 

リィナが息をのむ。

そしておっさんが、力なく指をさし、その名を口にする。

 

「―――赤と白を纏いし雪の使者。サンタクロースだ」

「サンタクロース、その人が私の…って…え?」

 

さされた指の先にいる僕を見て、少女は絶句する。

 

「え…?」

 

頭から足の先まで、見つめられる。

そして、赤い帽子と白い袋を視認して、再びおっさんを見る。

 

「だから、珍しいと言ったじゃないか。対戦相手がそろってくるなんて、なかなかないことだぞって意味で」

「え?え?」

 

混乱する少女に向かって、僕は静かに自己紹介をする。

 

「ども。サンタクロースです。改めて、今日はよろしく」

「えええええええええ!?」

「ぶふっ!はは、はっはっはっは!」

 

赤い髪の少女の叫びと白金の髪の男の大爆笑が、鳴り響いた。




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第51話:彼の選択は。

動揺するリィナに僕が軽く説明する。

 

「実はね…」

 

 

 

 

 

 

「で、結局言い出せずに、ずるずるとここまで黙ってたってわけね」

 

説明をしている途中から、なぜか僕たち3人は正座をして彼女に説教をされているような構図が出来上がった。

 

「はい」

「ばれてないからって調子こいてすいませんでした」

「なんで俺まで…」

 

対戦相手だということを黙ってたことを怒られて今に至る。

おっさんに至っては完全にとばっちりのような気がするが、最後まで黙ってたのでこの人も同罪だ。

 

「でも、一応言い訳するけど、騙すつもりはなかったんだよ。最初は対戦相手だって、知らなかったんだ」

「言い訳はいい」

「すんません」

「はあ…まあいいよ。それじゃあ、後でまた会いましょう」

 

呆れたようにため息をついて、それだけ言うと、特に怒ることもなくこちらに背を向けて歩いていった。

 

 

 

姿が見えなくなったあたりで正座をといて立ち上がる。

 

「ああ、まさか公衆の面前で正座とは」

「足がしびれてうまく立てねえ」

「ったく、お前らのせいで俺まで怒られちまったじゃねえか」

 

道行く人に見られながら、僕たちは体制を立て直す。

 

「まあ、おっさん。とりあえずごめん。んで、ここからはちょっと真面目な話だ」

「…なんだ?」

 

帽子を脱いで真剣な顔で言うとおっさんの顔も神妙になる。

ここからはちょっとだけ真面目な話。

 

 

「今は準決勝だが、これに勝ったら決勝戦だよな」

「そうだな」

「それで、ラストが言ってたんだが、決勝では大会特有のルールがあるらしいじゃないか」

「途中棄権禁止のことか」

 

おっさんもこの変わったルールのことは知っていた。

すぐにそれが出てくるあたり、他に危なそうなルールはなさそうだ。

 

「ああ、そうだ。それで質問なんだけど、大会に残ってる僕とリィナ以外の後二人のうち、ヤバいやつはいるか?」

 

この質問の返答次第では、僕の次の試合の勝敗が決まる。

 

「…いるな。帽子の兄ちゃんならともかく、そいつと当たったら嬢ちゃんじゃ優勝はできないかもな」

 

僕の質問の意味を悟ってか、おっさんはリィナが優勝できないということを教えてくれた。

 

「そうか…」

「あの子が心配か?」

 

おっさんが尋ねる。

ラストはただ腕を組んで黙っている。

 

「まあね」

「一応、嬢ちゃんでも勝つ確率はある。でも、それは決勝戦の相手がどっちになるかにかかってる」

「片方はめちゃくちゃ強いのか?」

 

「前回の優勝者だ。冒険者としての腕はないが、対人に至ってはとんでもねえプロだ。反面、戦い方はめちゃくちゃでな。やりあったやつはほとんど体のどこかに消えない傷を残す。そいつの相手はベテランだが万年いいとこどまりだから、きっとそいつが決勝に出ると見て間違いはないだろうな」

「…」

 

この大会、僕が負けたら優勝は間違いなくそいつのものになるだろうな。

そしてリィナは大会のルールで死ぬか戦闘不能を悟るまで痛めつけられる。

しかしその反面、僕が勝ったら、彼女は夢をあきらめなければならない。

 

『…いいね。その夢。絶対に叶えようぜ』

 

あんなに寂しい笑顔を見せたやつの夢を、応援した僕が潰さなければいけないなんて、それほどまでに酷なことがあるだろうか。

 

 

 

「うーん、どうしたものか…」

 

考え込むこと数分。

悩む僕に、ラストが口を開く。

 

「なあ、サンタ。お前何を悩んでるんだ?」

「この試合、勝つべきか負けるべきか」

「んなもん、勝つしかねえだろ」

 

ラストが躊躇なくそういうものだから、僕も自分がなんでここまで悩んでるのか、不思議に思える。

 

「いやでも、僕が勝ったらリィナの夢が…」

「…お前、すげー良いやつだな」

 

僕の肩に手を置いて、ラストが諭すように呟く。

 

「あの子も、最初のお前と同じで、今は一人なのかね…」

 

一人、か。

そういえば僕も一か月くらい前までは、一人でスライム殺戮マシーンとして生きてたんだっけ。

んでマイにあって、それからラストとマイの店に拾ってもらって、家族になって…

 

「…ん?…そうか」

「どうした?」

 

ラストが僕の声に気づいて、こちらを見る。

 

「ラスト、すげえいい方法を思いついたんだ」

「ほう。それで?お前はどうするんだ?」

 

ラストにニヤリと笑って返す。

そしておっさんの方を見て、威勢よく声を上げる。

 

 

 

「おっさん。今日の賭けの時間だ」

 

 

 

リィナ。その夢、絶対に叶えようぜ。




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第52話:炎の少女

 

「…決まったか。それじゃあ、今日の2人の倍率だが…」

 

 

 

 

「倍率はいわなくていい。聞いたって変わらないから。答えは出た。サンタクロース。つまり僕に100万ユインだ」

 

普段なら自分に賭けるのは少しだけ気が引けていたが、今回はそんなことは一切思う余地は無かった。

 

「サンタ。お前、決めたんだな?」

「ああ、僕の役割を思い出したよ。僕はサンタクロース」

 

 

 

白い袋を担ぎ、赤い帽子を深くかぶる。

 

 

 

「今までいろいろありすぎて僕の仕事を忘れてたよ。自己満足なプレゼントを、あの子にもプレゼントしてあげないとね」

「へへ、んじゃ、俺も解説、頑張らなきゃな。サンタ、勝てよ!」

「任せとけ。それじゃ、先行ってる」

 

試合までの時間はもう残り少ない。

僕はラストをおいて先に、試合会場へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

『さあさあ、ついにきました準決勝!この戦いに勝った時点で、入賞が決定、そして、決勝への片道切符を手に入れられます!それでは参りましょう!』

 

まだ選手紹介もしていないというのに、会場から熱い声援が飛んでくる。

準決勝からか、これまでよりも客の入りは多く、立ってみなければならないものもいるほどに、観客席は人でごった返していた。

 

『まずはこちらの女の子!華奢な体に、纏うは強烈炎魔法!生きる炎、リィナ選手!』

 

会場から黄色い声が上がる。

女の子に人気がある様だ。

野太い声も結構前の席から聞こえてくるが、きっと親衛隊みたいなもんだろうな。

そして説明がいつもよりも短い。

多分前の試合で言いすぎてネタがなくなってきたんだろう。

お疲れ様です。

 

『続いてはこの男!真っ赤な帽子と白い袋、そこから飛び出す数多の戦術!今日は私たちに、どんな夢を見せてくれるのか!サンタクロース選手!』

 

黄色い声はないが歓声が上がる。

ファンサービスが功をなしたか?

 

『それでは参りましょう!試合、スタートです!』

 

 

 

試合が始まると同時に、リィナの体はふわりと宙に上がる。

 

「手加減、しないよ」

「大会だからね。気にすんな」

 

『おおっと、リィナ選手。宙を舞った!お得意の空からの攻撃かあ!』

 

僕も指を鳴らしてスキルを念じる。

やがていつもの見慣れた雪景色が会場を真っ白に染め上げる。

 

『こちらも動きだしました。いつ見ても綺麗ですねえ』

『ああ、そうだな』

『しかし今回、私はリィナ選手を応援しています。サンタクロース選手にはここで負けて欲しいところです!』

 

公平な立場であるはずの実況がいきなり僕を否定し始めた。

 

「ええ…?」

 

『さすがにそれはひどいだろ…そんなにリィナが好きなのか?』

『いいえ。私は選手のことは公平な目で見ています。ですが!先日、飛んでもない味の飲み物を飲まされましてね。あんな苦いもの。人に渡せるものじゃありません!それを渡すなんて、まさに鬼畜!私は絶対許しませんよ!』

『…』

 

「ああ、忘れてた…」

 

昨日、普通のポーションと間違えて、ラスト特製死ねるポーションビリジアンという劇薬を渡してしまったんだった。

 

「ずいぶんと嫌われたものね」

 

リィナがくすりと笑ってこちらを見る。

 

『お、俺は応援してるぞ!サンタ、頑張れ!』

 

ラストの応援につづいて、そうだといわんばかりの声援が飛んできて、嬉しくて少し泣きそうになる。

 

「全員に嫌われたわけじゃないさ。まだましだよ」

「そう。それじゃあ、そろそろいくよ!」

 

気づくとリィナの周りを炎が渦巻いている。

さっきのやり取りの間に準備していたのか。

 

「来るか…」

「ええい!」

 

突如、リィナの体を隠すくらいの火の玉が現れた。

 

「ええ、技名は!?」

 

技名、詠唱共になし!?

タイミングのずれに動揺して、躱しきれずに、火の玉を全身で受ける。

 

「どう、私の炎は?前の試合なんかとは比べ物にならないんじゃないかしら?」

「あっついなあ…氷タイプに炎は弱点って感じか?」

 

確かに威力、速さともに、中々のものだ。

だが生憎、僕もステータスがある。

直撃こそしたが、大したダメージを負わずに耐えることができた。

お気に入りのパーカーが焦げたのが残念だが…

 

「…やっぱりおじさんの言った通り、魔法は効かないのかな…」

 

少しだけうつむいて気弱になるリィナ。

なんだよその仕草。

かわいすぎるだろ。

 

「い、いや。効かないってことは無いぞ!一応受けてるしな!どんどん撃てよ!」

 

なんだ今の発言。ドMじゃねえか…!

 

「本当?じゃあ、どんどんいくよ!」

「またノーディレイかよ…!」

 

レーザーのような一直線に来る炎は、先ほどよりもスピードが速くて、反応しきれない。

両手で覆ってダメージを防ぐ。

 

「うううう、あっつ…」

「それでも耐えるんだ」

 

『あいつ、本当にどうなってるんだろうな』

『ええ、一応、今まではこの攻撃でリィナ選手は勝ち上がってきたのですが…』

 

「一応ソロ充ともなると、一人で一つのパーティを形成しないといけないからな。ステータスも自己完結型だ。特に防御に関しては徹底しないと」

「そろじゅう?よくわかんないけど、まあ強いってことね。それじゃ、もっと強い魔法で攻撃しなくちゃ、ね!」

 

再び炎が渦巻きだす。

 

「あの子、技名無しで呪文が打てるのか?」

 

レディオや昨日のクソガキはいちいち技名を言っていた気がするが、言わなくても打てるのだろうか。

確かに僕も、言わずにいろいろやってるが。

 

「っと、こっちもやられてばっかじゃいけねえな。友達を呼ぶぜ!」

 

地面に手を当てて念じる。

来い、スノウマン。

 

 

しかしどれだけ待ってもスノウマンがやってくることはない。

 

「なんでだ…?」

 

違和感を感じてふと地面を見つめる。

そして気づく。

 

「雪が、ねえ…!」

 

先ほどの炎のおかげで、僕の周りの雪はすべて溶けて水になっていた。おかげでこの周辺にいるかぎり、雪だるまを出すことも、モミの木を出すこともできない。

 

「もしかして、雪がないと何もできないの?」

「そ、そんなことない。雪が無くても、僕、普通に戦える」

 

見え見えの嘘をつく。

 

「そう、じゃあ、雪はいらないね」

 

リィナの周りを渦巻いていた炎が突然はじけて雨のように降り注ぐ。

 

僕にも飛んでくるが先ほどのような塊ではないので、せいぜい熱風が来たようなものだ。

 

「これは…痛くはないな。でも…」

 

満遍なく降り注ぐ炎の雨に、別の意図を悟る。

 

『何ということでしょう!フィールドが水たまりでいっぱいです!』

「雨上がりの水たまりってやっぱりいいものよね?」

「火の雨の後なのになあ…」

 

僕が呼び出した雪はすべて溶かされて、すべて水たまりになってしまった。

 

「やるじゃねえか…」

「これでお得意の雪での戦いはできないね」

 

得意げな女の子。

しかしこっちにもまだ策はある。

 

「ま、これで終わりじゃないさ。もう一回使えばいいんだよ」

 

再び鳴らすと、銀世界がもう一度現れる。

 

「どうよ、これで振り出しだな」

「何度やっても変わらないよ。また溶かすんだから!」

 

再び炎の雨が降ってくる。

そしてまた、水たまりがところどころにできる。

 

「まだまだ…」

 

めげることなく、さらに追加の銀世界。

 

「しぶといわね…」

 

そしてリィナが再び溶かす。

 

「…これは長期戦になりそうだ」

 

袋から赤い液体の入った瓶を取り出して、空を舞う女の子を見つめるなかで、僕は耐久戦を悟った。




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第53話:我慢比べ

「ぜえ、ぜえ、まだまだ…」

「はあ、はあ、んん…こっちだって…」

『…』

『いつまでやってるんだこいつら』

 

雪を出しては炎で溶かすという張り合いを、僕たちは何度も繰り返した。

その結果、リィナはポーションをすべて使い尽くし、僕はあのくそまずいポーションを2回も飲む羽目になった。

 

「ぜえ…へへ、そっちはもうポーションはないだろ。こっちはまだまだ…あるんだぜ?」

 

そう、これが僕の策。どうやら魔力の回復には体力が伴うらしく、おっさんが言っていた短期決戦という情報と息切れと共にポーションを飲んでいたことから想像がついた。そのため、ポーションを使わせて、疲れるまで我慢比べをするというふりをしていたのだ。

 

何も考えずにただ張り合いを続けていたわけではない。決して。

 

袋から緑色の液体を取り出して口にする。

3度目のまずさに、もう舌が馬鹿になってくるように思えてきた。

 

「ん、ん…はあ。うええぇえあああ…」

「はあ、はあ…ちょっとそれ…本当にポーションなの?さっきからすごく顔が青いけど…」

 

吐き気を催して顔色が最悪な状態を見て、リィナは対戦相手である僕の心配をしてくれる。

 

『あの薬…もしかして私に渡した薬じゃ…』

『そう、レディオ戦でも飲んでたよな』

 

「サンタさん、あんなに飲んで…」

 

実況席でも、観客席からも、僕を心配する声が囁かれる。

 

『あんなに飲んで大丈夫なんですか?サンタクロース選手の顔色がすごいのですが…』

『…一応くそまずいだけでただのポーションなんだが…大丈夫、だよな?』

 

大丈夫であってほしい。

苦味はありえないほど残るが、それでもやはり、この薬は一級品だろう。

その証拠に。

 

「…一応は全快だ」

 

口の中以外は最高の状態。

何度目か数えるのをやめてしまったが、再び一面が雪に染まる。

 

「私だって…こんなところで…負けてられない…!」

 

少しだけ遅れて炎の雨が降ってくる。

その隙を逃さずに、僕は雪に手を当てて念じる。

直後、見慣れた二頭身が飛び出す。

 

「ノ―――ウ!」

「流石に守るなら一匹が限界か。あぶねえぞ」

 

出てきた雪だるまに覆いかぶさって、炎を受ける。

流石に向こうも体力は落ちてるようだが、それでもまわりの雪は溶かされた。

僕は雪だるまの体を触って、どこも溶けていないことを確認する。

 

「大丈夫か?」

「ノ―」

「へ、つくづくわかりにくい返事だな。ルドルフー!」

 

その名を呼ぶと、すぐそこの客席から飛び出して、甲高い鈴の音とともに僕の近くまでやってくる我が相棒。

 

「ユキ、あの子を地面におろしてくれ」

 

そりに雪だるまをのせると、ルドルフは空を舞い、リィナめがけて飛んでいく。

 

「ここでビーストテイマーのコンビネーション…?くっ、その手には乗らないわよ!」

 

彼女の周りを炎が渦巻く。

ルドルフが彼女の周りをぐるぐる回って空中で気を引いているうちに、再び雪を積もらせる。

 

「こっちはいいのか?」

 

そして地面に手を当てて、念じる。

 

「い、いつの間に!?」

「準備はいいな?みんな、雪合戦の時間だ」

「ノ―!!」

 

『サンタクロース選手、おとりで雪だるまとトナカイを空中に行かせ、その隙に下の方で陣を張った模様ですね!これでは空中と地上、どちらを攻撃すればいいのか、なかなかに難しいところです!』

『ルドルフがリィナの上にいるおかげで、さっきの雪を解かす攻撃じゃ空中の方には当たらないな』

 

「ちょっと…どっちを攻撃すればいいの…?」

 

戸惑うリィナに、下からは無数の雪玉がリィナめがけて飛んでいく。

 

「ちょ…きゃあ!」

 

渦巻く炎で溶かされたものがほとんどだったが、うまく炎をかいくぐって溶けずに残った雪玉がその華奢な体に直撃する。

バランスを失ったリィナは、力なく地面に落ちる。

 

 

 

勝負、あったか。

 

 

 

「おおっと」

 

落下地点まで駆け込んで抱きとめる。

とてとてと雪だるまたちが僕たちを囲う。

 

「んん…」

「ごめんな。上のやつらはフェイクで、あくまでおとりだったんだよ」

「もう…おじさんの言った通り。こんなの反則だよ」

「とりあえずさ、負けだけ認めてくれないかな。残念だけど、もう逆転は無理だろう」

 

ささやくように言うと、少女は諦めたように目を閉じる。

目を閉じたリィナを抱える僕と、静かにその場で立ち尽くす雪だるまたち。

まるでおとぎ話の、眠りにつく姫を見守る7人の小人のようだ

そして、少ししてから、リィナの手から杖が滑り落ち、またあの寂しい笑顔を見せる。

 

「ああ、もう…仕方がないか。これじゃあもう、勝てる気がしないものね」

 

 

 

 

少女の頬を一筋の涙が伝う。

 

 

 

 

 

「私の負けよ。サンタ」




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第54話:サンタクロースの提案

「リィナ、ちょっと目瞑ってて」

「え?うん」

 

実況に向け、僕は大きな声で叫ぶ。

 

「おい、この子、もう魔力がないし、気絶してるぞ!勝負はついたんじゃないか?」

 

ラストに目配せすると、そうか、とわかったように微笑んだ。

 

『よし、リィナ選手の戦闘不能により、試合終了!勝者、サンタクロース選手!!』

「わあああああああああ」

「ふう、やっと終わった」

「ノ―!」

「ははは、お前ら、まだ遊びたりないのか?」

 

雪だるまどもは雪玉を作って、雪合戦を始めている。

その様子を眺めていると、僕の腕に乗ったリィナが口を開く。

 

「…ねえ、とりあえず、降ろしてもらっていい?」

「ん?ああ、ごめん。これって、今気づいたけどお姫様だっこってやつじゃん」

 

初めてやったということに感動を覚えてしばらくそのままでいると、リィナが真っ赤になってぽかぽかとこちらを叩いてくる。

 

「だから!恥ずかしいんだって!早く!降ろしてってばあ!」

「あ、ごめん」

『ん、なんだ?もう起きたのか?やるじゃん!まあ、もう負けだけどな!』

「うるさいなあ!わかってるよ!」

ラストの茶番に怒り僕から降りようとじたばたと暴れた。

 

「まったく…決勝、応援してるから。頑張ってね」

 

降りたリィナは一度だけ僕を見てそういってから、落ちた杖を拾って出口へと歩き出す。

 

「あ、待って」

 

思わず呼びとめて手を握る。

 

「何?」

 

悲しそうな顔をして、今にも泣きだしそうだ。

 

「その、ごめん。絶対に叶えようって言った夢を、僕がつぶすようなことになって」

「…仕方がないよ。だって私たち、対戦相手だもん」

 

目に涙を浮かべて、泣き笑いのような顔。

ぐさりと、胸に鋭いものが刺さるような感覚を覚える。

 

「それだけ?じゃあ、私、帰るよ」

 

振りほどこうとする手を、握って離さないでいると、不思議そうな顔をして僕を見つめる。

 

「まだ何かあるの?」

「ああ、僕は、君の夢を潰してしまった」

「そんな、何回も言わなくても分かるよ」

「だからさ、僕、考えたんだ」

「…何を?」

「それは…」

 

その次の言葉が言い出せない。

心臓がバクバクと鳴りやまない。

つい勢いで考えたことだし、後でマイとラストが何と言うか。

そして、もしかしたら断られるかもしれないという不安が、次の言葉を言うのをためらわせる。

 

 

 

 

ええい、どうせこの世界、僕のこと知ってるやつはほとんどいないんだ!

黒歴史の一つや二つ、作ってやれ!

 

「リィナ、僕と…」

 

 

 

そこまで言って、言葉が詰まる。

 

しまった。

 

 

 

 

緊張しすぎてなんていうのかを忘れてしまった。

 

何だっけ…あ、そうだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…僕と、家族になりませんか?」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

「……ん?」

 

言ってしまってから、何か違和感を覚える。

今、僕はなんて言ったんだ?

 

リィナが目を見開いて、僕を見つめる。

そして少し間を空けて、いきなり赤くなって黙ってうつむく。

 

「それって…もしかして…」

 

 

 

『おおっとお!こぉれはこれはあ!?サンタクロース選手、リィナ選手にまさかのプロポーォズ!?なんだあ、この大会、そしてこの試合の間に、我々の気づかないうちに愛が芽生えていたんでしょうか!』

『サンタそういえばかわいいとか言ってたもんなー。それにしてもこんなところで告白なんて、あいつ結構男らしいんだなあ』

 

「え、告白?違う違う、そんなんじゃ…」

 

何て?告白?プロポーズ?

そんな話じゃないんだって。

精一杯否定するが、その声が実況側に届くことはない。

 

『くうー!私も大会に出ていれば…あんな風に手を握ってくれる殿方が現れるのでしょうか…!うらやましい…!』

 

会場もざわつき、やがてヤジが飛び始める。

それは祝福の声だったり、うらやましいという怨念がこもったものであったり、普通に僕の勝利を祝うものだったり。

 

「ちょ、ちょっと待てって!」

 

説得しようと声を張り上げるが、どうにもならない。

 

「幸せになー!」

「男だなサンタクロース!」

「お似合いだぜー!」

 

観客の暴走で、いつの間にか結婚式場のような雰囲気になりつつある。

なんだこれ。

 

 

「サンタ…」

 

リィナが僕の名前を呼ぶ。

 

「り、リィナ…?」

「そ、その…いきなり家族、だなんて…」

 

恥ずかしそうに体をくねらせて赤くなっているリィナ。

おい…なんでこいつ、まんざらじゃないような雰囲気出してるんだよ。

否定しろよ!

 

とにかくこの場は逃げなければ…!

 

「リィナ、乗れ!」

「え?きゃあ!」

「ルドルフ!頼む!急いでくれ!」

 

リィナの手を引っ張ってそりの助手席に押し込み、ルドルフが上昇を始めると同時に僕もそりへとよじ登る。

 

『おおっと、これはまさか駆け落ち!?サンタ、自己満足なプレゼントをリィナにしてあげるとか言ってたけど、まさかこれだったのかあ?』

 

さらっと恥ずかしいことを言ってくるラスト。

 

「ぐあああああ!らすとおおおおお!」

 

実況席まで飛ばして、ラストを掴んで、無理矢理引っ張り上げる。

 

『お、おい!サンタ、そんな引っ張るなっつの!さあさあ、今日の試合はここいらで幕切れだ!赤い帽子と赤い髪の女の子。その二人の恋の行方はいかに!?それではまたお会いしましょう!じゃーな!』

『余計なこと言わなくていいから!帰るぞ!』

 

最後の最後まで次回予告のような置き土産を残していったラストを乗せて僕たち3人は逃げるように空へと飛び出した。




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第55話:手紙

「がっはっは!兄ちゃん、あんた男だねえ!」

「見てたのか…」

 

会場から逃げ出した僕たちは今、入り口に回っておっさんの前にいる。

 

「あんなことするたあ、こりゃあこの大会で長く語り継がれそうだな。嬢ちゃんも、良かったじゃねえか。赤い帽子に赤髪の嬢ちゃん、あんたら、お似合いだぜ?」

「うう、もう…」

 

試合を見ていたおっさんがにやつきながら僕たちを交互に見やる。

横にいるラストも同じ様子だ。

 

「あーもう、それはいいから、ほら、賭け金よこせよ」

「へっ、いつもならくやしいところだが、いいもん見せてもらった代金だと思えば安いもんよ。もってけ!」

 

勝ち分を受け取って袋にしまい再び向き合うと、おっさんが真剣な顔になっている。

 

「でもな兄ちゃん。次の試合、覚悟しといた方がいいぜ」

「…やっぱり強いか」

「ああ、試合は3日後だ。決勝は選手の万全の状態でやろうという、向こうの気遣いだ」

 

万全っていうか、命を賭けた戦いだから、覚悟を決めるか荷物をまとめるかの期間じゃないの?

それにしても、3日後か。

 

「…あ。そうか!おっさん、紙と書くもの、持ってないか?ちょっと手紙をかきたくなった」

「ん?遺言か?まあ、それくらいしないと、不安で仕方がないよな」

 

おっさんから雑な紙とペンをもらって、ラストに渡す。

 

「僕文字書けないから、今からいうこと書いてくれ」

「ん?おう」

 

読めるが書けない。悲しいな。

 

「じゃあ言うぞ。実況のお姉さんへ、わたくしサンタクロースは、本日の試合、棄権することをここに宣言します」

 

リィナとおっさんが目を丸くして僕を見る。

 

「…え?」

「はいはい。本日の試合、棄権することをここに…?っておい!」

 

「後は適当に理由とか、店の宣伝でもしといてくれ。書いたらおっさんに渡すから、早くしろよ」

「そうじゃなくて!おまえさあ、決勝棄権するの?もったいねえぞ!?」

「ほんとだよ!それじゃあ、私が負けた意味がないじゃん!」

 

リィナとラストが詰め寄ってくる。

 

「だってお前…3日後だよ?意味わかってるの?」

「3日後が何かあるのか?」

「ヒント。僕たち今何泊目?」

「何泊って…今日泊まれば7泊目じゃねえか。予定は10泊だから、3日後だったら余裕で間に合うぜ?」

 

残念、計算ミス。これはいいわけにはならなかった。

次の屁理屈の用意だ!

 

「でもさ、はっきり言ってもうすることないじゃん?温泉、もう飽くまで浸かったじゃん?」

「うぐ…まあ、そうだが」

「僕としては、もう明日には帰りたいんだよ」

「明日?ずいぶんと急だな…」

 

突然の帰りたい発言に、ラストが眉を顰める。

 

「理由はいろいろあるんだが。まずはこの大会参加条件でうまいものをおごってもらうっていう約束を、まだ果たしてもらってないからな。10泊したら、その金がなくなっちまうじゃねえか」

 

金を稼ぐ報酬としておごってやる、いつか温泉に浸かりながらかわした約束。

最近いろいろありすぎて、昔のことように思い出されて、懐かしさが半端じゃないが。

 

「よく覚えてたな…」

「当たり前だろ。なんのために参加したと思ってるんだ。後もう一つ、うちで留守番してるコメットにここまで餌やらなくて大丈夫なのかってな。さっき思い出して不安になった」

「…ああ。確かにそろそろ限界そうだな」

 

そう。

うちにはカラアレオンのコメットが、我が家を守るべくお留守番をしている。

 

せっかくこれから僕の仕事のパートナーになるのに、帰ったときに死んでたら、普通に泣けてくるじゃん。

 

「後はまあ?お前の金、無理して全部使う必要はないんだよ」

「そんなこと、気にしなくても…」

「いいのか?ここで帰れば、お前の貯金、30万くらいは余るんだぞ?」

「うぐ…!で、でも…」

 

それでも食いつくラスト。

ならばここでとどめのひと押しだ。

リィナにも聞こえないように、そっと耳元で囁く。

 

「準優勝の賞金500万ユイン。なんならそのうち100万はお前にやるからさ」

「なっ!?」

「僕たち、家族だろ?ちょっとくらい、わがまま聞いてくれたって、いいじゃん」

「…」

 

少しだけ考えこむラスト。

しかしすぐに顔を上げる。

 

「しょうがないなあ~!マイには俺から言っとく、今日は準優勝の打ち上げだけして、明日の朝温泉に使ってから、さっさと帰ろうか!」

「さんきゅー」

 

ちょろいぜ。ラスト。

後はリィナか。

 

「リィナ。納得いかないかも知れないけどさ。ちょっとだけ、僕のわがままに、付き合ってもらってもらえないかね?」

「…まあ、サンタがそういうなら」

 

見つめると、少し不機嫌そうに顔を赤くしながら、うつむいて短くそう告げる。

 

「ま、ラスト。そういうわけだから、さっさと手紙、書いちゃってくれ」

「もう書き終わってるぜ!ほれ!」

 

渡された手紙をたたんで、おっさんに手渡す。

おっさんは僕を見て、何かもの言いたげな顔をしている。

 

「ま、そんなわけだからさ。これ、決勝の日に渡しといてくれよ」

「…おまえなら、優勝も狙えると思ってたんだがな…」

「この街の権力程度で叶えられる願いのうち、叶えたい願いが、はっきり言ってないからさ。だから僕は、500万もらえればそれでいいよ」

 

さらに軽く笑って、付け加える。

 

「それに、怖いのと痛いのはいやだよ」

 

すごく惜しいとでもいうような顔をするが、少し黙った後で、口を開く。

 

「わかったよ。帽子の兄ちゃんの決勝戦、見たかったんだがな。帰るというなら止めねえ。確かにこの手紙、渡しとくからな」

 

おっさんはそういって、右手を差し出す。

僕は少し笑って差し出された手を握ると、固く握手を交わした。

 

「おう!」

「それじゃ、帽子の兄ちゃんたちの行く末に、女神の加護があらんことを」

 

左手で十字を切って、その手を僕の手に乗せる。

 

「似合わないおまじないだな」

「うるせえ。俺も一応、そういうのは信じてるんだよ」

「そうすか」

「…嬢ちゃんも、連れていくつもりだろ?」

 

リィナを一瞥して、おっさんが言った。

 

「わかってたかい。そうするつもりだよ」

「幸せにしてやれよ」

「まあ、なるかどうかは、これからのリィナ次第だろ。僕がするもんじゃない」

 

ちらりとリィナを見ると、目線が合う。

顔を赤くして、そらされてしまったが。

いい加減機嫌直せよ。

 

「へへ、青春だねえ」

「うるせえ。それじゃあ、また次の大会、暇だったら来るよ」

「はっ!今度その名を見かけたら最低倍率にしてやるさ」

「そうだな。ただ決勝だけは、10倍くらいにしといた方がいいぞ?そうすれば大体そっちに賭けて、おっさんの独り勝ちだ」

 

八百長だけど、多分犯罪だけど、きっと大丈夫。

ギャンブルってのは、何が起こるかわからないから楽しいんだろう?

 

「はっ、そいつは兄ちゃんなりのプレゼントってやつかい?それなら、ありがたく受け取っとくぜ。達者でな!」

「おう、そっちも元気で!」

 

別れの挨拶を済ませて、僕たちは再びそりに乗る。

そしてリィナも連れて、旅館へと向かう。

 

「リィナ」

「な、なに!?

「そんなに驚くなよ…今日の祝勝会、リィナも出てくれよ。さっきの話の続き、したいからさ」

 

次は間違えないようにしないとな。

しっかり説明しないと。

 

「さっきの続き…うん、わかった」

「ということでラスト。今日は特別ゲストだ。宿泊代込みで、招待してやってくれ」

「おう、そんなの、安いもんよ!」

 

鈴の音とともに凱旋。

大会のおかげで騒がしい町中の騒音と混ざり合って、世界一楽しい、ファンファーレのように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。闘技場入り口。

雪だるまと、少女が現れる。

 

「の、のうう?」

「もう、サンタさん…私をおいていくなんて…あとでゆっくりお話ししませんとねえ…!」

「のおおおお…」

 

雪だるまを連れた女の子の放つ殺伐とした空気に、話しかけられるものはいなかった。




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第56話:VIPルーム

「ごゆっくりどうぞ」

「ああ、どうも…」

 

ぱたんと戸が閉まる。

 

「いやっほーう!」

 

それと同時に、ラストとルドルフが部屋で騒ぎ出す。

 

「すげえ、サンタすげえ!すげえよサンタ!」

「中身がねーぞ。もうちょっとまともにしゃべれや」

「だってこれ!すげえとしか言いようがないぞ!」

 

おっさんとの別れをした僕たちはいつもの旅館に戻ってきた。

しかし、今いるのは昨日までの部屋ではない。

きらびやかな装飾。

何やら高そうな置物や、壁にかけられた絵。

バルコニーのような一角があり、そこには備え付けの露天風呂から湯気が出ている。

さらに部屋は昨日までのところよりも段違いに広い。

人数が一人増えただけなのに、部屋は倍の広さだ。

 

「すごいね…」

 

リィナも、僕の隣で同じように立ち尽くしている。

何故僕たちがこんな部屋にいるのか。

それは数分前の出来事。

 

 

 

 

 

リィナを連れて、預けていた部屋の鍵をもらおうと受付に行くと、受付嬢は僕を見た途端に裏へ引っ込んでいって、支配人を名乗る女を連れてきた。

 

その人が言うには、

 

「試合、見ました!まさかサンタクロース様がうちに泊まっていたなんて…!ぜひ、うちでできる限りのおもてなしをさせてください!」

 

といわれ、最高の部屋を用意するといわれた。

もちろんそんな高い部屋は金がないから泊まれない。

それに明日には帰る、といった。

 

しかし支配人はどうやら僕の試合を見てファンになったらしく、泊まってくれるならそれでいいし、金なんて要らない、むしろタダでいいとさえ言ってきたのだ。

そこまで言われて、当然断る理由も特になかった僕たちはそのおもてなしを受けることとなった。

 

そして今、VIPルームに該当するこの部屋へと案内されたわけだが。

 

「サンタ見ろよ!特設露天風呂!しかも混浴!」

「ラスト。お前、もう少し自重しろよ…」

「屋上!すげー眺め!広い部屋!」

 

この激しくテンションをハイにさせている男を見ていると、身分もわきまえずにこの部屋にいる自分たちが情けなく思えてくる。

 

「まあ、すごいけどよ…」

 

とりあえず近くにある座椅子に座る。

 

荷物をおいて落ち着くと、テーブルの向かいの座椅子にリィナも座る。

 

「本当にすごいとしか言えないね…」

 

苦笑いをしながら、僕を見る。

 

「ああ、リィナも、ここの部屋に来れてよかったよ」

 

支配人は戦う女にもあこがれを持っているらしく、大会を見に来たのはリィナを見るためだったらしい。それで僕との試合を見て、僕のファンになったみたいだが。

リィナも泊めたいといったら、二つ返事で了解してくれた。

最後の含み笑いが何か引っかかったが。

 

「本当に、あの人には感謝しないとね」

「それじゃあ、ご好意に甘えて…。まあ、夜までまだ全然時間あるし、昼寝でもするかあ」

「こらこら、そんなだらけちゃダメでしょ」

 

どかっと腰を下ろして寝る姿勢に入ろうとしたが、それはすぐに遮られた。

お前はお母さんか。

 

「いいじゃん、こんな部屋でもすることは変わんねえよ。さっきまずいもん飲みすぎて昼飯って気分でもないしな」

 

空の小瓶を振って見せると、リィナは少しいやそうな顔をする。

 

「飲む?」

「絶対いや」

 

即答。

賢い選択だ。

 

「そういうと思ったよ。んじゃあ、うちのお通しだ。これでも食ってな」

 

袋からゼリーを取り出して渡す。

 

「スライムのゼリーね…武器は持ってないみたいだけど、普段どうやって戦ってるの?」

「こんな感じ」

 

ゼリーを一つ取り出して、スライムに見立てる。

そしてそれを掴んで、一気に握りつぶす。

 

「怖いよ…かわいそうだとは思わないの?」

「かわいそうだからそうしてるんだよ。剣で切られたら超痛いし?魔法なんてぶつけたら死ぬほど痛いだろうし?なら物理しかないじゃないっすか」

 

実際どれでやっても一緒だけどな。

後、前にも言ったが敵に向かってかわいそうなんて感情は抱いてはいけない

 

「まあ、確かに…そういう考えもあるね…あ、おいしい」

「良かった。んじゃ、夕方にでも起こしてくれ」

「えっと、本当に寝るんだ…」

 

自分の顔が映るほど綺麗なテーブルに突っ伏して寝る準備をすること数秒。

勢いよく戸は開けられる。

 

「きゃ、なに!?」

 

顔を戸の方へ向けると、マイが数体の雪だるまと一緒に、そこで立っていた。

 

「サンタさん…置いてくなんてひどいじゃないですか…!」

「あ、ごめん」

 

普通に忘れてた。

大会の野次から逃げるのに必死で、リィナと騒ぐラストを連れ出すのが限界だったしな。

 

「それで、どう、この部屋。驚いた?」

「ええ、すごい部屋です…驚きましたよ…大会でそこの方にしたことも!」

「ええ!?」

 

リィナをにらみつけるマイ。

いきなり自分に矛先が向いて、声を出して驚くリィナ。

 

「あー、やっぱり?」

「やっぱり?じゃないですよ!どういうことですかどういうことなんですか?いきなりプロポーズだなんてうらや、急すぎてびっくりしましたよ!?」

「今寝るとこで夜に話そうと思ってたんだけど。やっぱり今話さないとだめなの?」

「当り前じゃないですか!説明してくださいよ!」

 

ぷんすかと蒸気を出すマイを止めることもできず、座れとばかりに指差された居間の席に座る。

 

「わかったよ。んじゃあみんな座ってくれ。ラストも。もうそんなはしゃがない。早く座れ」

「んん?まさかあの話か?それなら座るぜ」

 

ラストはニヤニヤしながら僕の隣に座って、耳元で囁く。

 

「ちゃんと誤解は解けよ?」

「はあ…わかってんじゃねえか」

 

雪だるまたちが僕の周りによってきて、ルドルフが胡坐をかいた僕の上に乗ると、全員がテーブルを囲んで話せる状態になった。




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第57話:家族会議

今にも凍り付きそうな空気の中、豪華な部屋なのにくつろげずに正座をする僕。

目の前のマイを見る限り、変な答えをしようものなら命が危ういかもしれない。

絶対に間違えられない、僕の命がかかってるんだ…!

そしてここから、永遠にも思える程の家族会議が幕を開けた。

 

 

 

 

ラストが一番に口を開く。

 

「それじゃあサンタ、挨拶。ちょっと面白いの」

 

この場を和ませようとしたラストの無茶振り。

しかし、悪くない。むしろグッジョブ。

振られたので、全力で答えてやる。

 

「第一回サンタクロースの見習いやあらへんで!チキチキ、家族会議~!」

「わー!」

「ノ―!」

 

どうだ!?一流芸能人をリスペクトした題目と発声量!

これなら場もきっと和むはず…!

 

 

 

 

「サンタさん、ふざけないでください」

「あ、ごめんなさい」

 

なんだよ、やれって言われたからやったんじゃん。

怖がる雪だるまたちが、僕の背中に隠れて静かになる。

当の雑なふりをしたラストは今の挨拶に満足したのか、楽しそうにしている。

 

「それじゃあ始めよう。一つ目のお題目。サンタ、よろしく。短めで頼むわ」

 

そしてまた振られる。

 

「赤髪美少女との死闘の末、家族になろうといったけど、質問ある?」

「美少女…」

 

リィナがうつむく。

ネットの掲示板のような言い回しだが、今回は怒られなかった。

まあ知らないだろうしな。

威勢良くマイが手を挙げる。

 

「質問ですっ!」

「はい、どうぞ」

 

当然ながらマイの質問。

 

「あれってプロポーズなんですか?それとも求婚なんですか?どういうことですか!?」

 

色々と質問は飛んでくるが、聞いてることは一つだ。

 

「落ち着け。…要するに、告白かどうかってことだろ?そういう意味で言ったんじゃないよ」

「本当ですかっ!?よかったあ~」

 

それが分かった途端にいきなり安堵するマイ。

なんだ、もしかしてリア充がいると死んじゃう病気にでもかかってるの?

 

「告白じゃなかったんだ…」

「ん、なに?」

「ううん、なんでも!それじゃあ、私に言ったのはどういう意味だったの?」

「ああ、それなんだけどな。順を追って説明する」

 

一度整理を付けるために、一から説明することにした。

 

「まず、僕はリィナをの願いを聞いた時、お前を勝たせて、決勝を応援しようと思っていた。でもここに二つの問題があってね。結果的に勝っちまった」

「問題?」

「ああ、まずはこの大会、特別なルールがあるらしくてね。ラストが言うには、決勝戦は試合が始まったら、途中棄権ができないらしい。どっちかが戦闘不能に追い込まれるまでは試合が続くっぽいんだ」

「そんなルールがあったんだ…」

「これは俺があの実況のお姉さんから直接聞いた話だからな。ほとんど確実な情報だといってもいい」

 

リィナも知らないということは、大会初心者はみんな知らないのだろうか。

ラストに言われなければ僕も分からなかったしな。

 

「まあこれが一つの問題だ。まあリィナが決勝で勝つんなら、それでもいいと思ってたんだけどな。これが二つ目の問題だ」

 

袋から赤いゼリーを一つ取り出してテーブルに置く。

 

「決勝に上がってくるだろう相手がものすごく強いらしくてな。前回の大会の優勝者らしい」

 

緑色のゼリーを赤いゼリーの隣に置く。

 

「おっさんが言うには、僕ならわからないけどリィナは絶対に勝てないとか言っててね。しかも戦い方がめちゃくちゃらしい。それを聞いて、僕が勝たざるを得なくなった」

「…」

「もしリィナが僕に勝った場合、次は絶対負ける。しかも途中棄権はできないから、もし戦った場合…」

 

赤いゼリーの上に拳を振り下ろす。

ゼリーは鈍い音を立ててテーブルの上で弾けた。

 

「どこかに傷を残して負けることになるかも、って思ってね」

 

3人の顔が青ざめる。

ルドルフが顔についたゼリーをなめて嬉しそうに鈴を鳴らす。

ついでにぺろぺろと、テーブルの上もなめ始める。

 

「ま、そういうことで、僕が勝たなきゃいけなくなった。リィナ、ごめん。叶えようとか言った夢を、僕が潰すことになって」

 

テーブルに手をついて頭を下げる。

 

「もういいよ、わかったから。私のためにやったことなんでしょ?」

「ああ、でも本当にごめん。それで、僕もなんとかできないかと考えたんだ。その結果が、僕と家族になるということだ」

「告白じゃないってわかってるけど、その言い方、やっぱり恥ずかしいよ…」

 

顔を紅潮させるリィナと、それを横目に見るマイ。

 

「なんでそこで家族なんですか?」

「あれだよ。お前らが僕を拾ったときと同じだ。一緒に店をやるってことだよ」

「なるほどな。よく考えたじゃねえか」

 

ラストが少し笑う。

こいつは途中からわかってた気がするが。

 

「え?でも、店をやるにはお金がかかるんだよ?」

「そうだね。でも僕は今回、ラストと一緒に荒稼ぎをしていたんだよ。闘技場で自分にお金を全部賭けてね」

 

ルドルフがなめとってきれいにしたテーブルの上に、僕が勝ちとった金の入った袋をおく。

 

「5万から始めて、気づいたら200万になってた」

「200万!?」

「ルーキーの僕を馬鹿にして、おっさんが高い倍率にしてたんだよ。だから全部賭けてったら、ちょっとした小金持ちになった」

 

ギャンブルってのはすごいな。

自分が競走馬になれば、どこまでも稼げる。

 

「そうなんだ…」

「これにさらに、準優勝でもらえる400万ユインを足して、店を開こうと思ってる」

 

ラストの口元が緩んだ。

100万引いてあることがそんなに嬉しいか。

 

「でもこれじゃあ、店の建設でほとんどなくなっちゃうよ?」

 

リィナが不安そうに言う。

僕は口元を吊り上げて、いつものように笑って見せる。

 

「大丈夫、建物は要らない。なんてったって、うちにはカラアレオンという、動く店があるからな」

 

「カラアレオン!?そんなのも持ってたの!?」

 

目を丸くして驚く。

そこにラストが付け足すように言う。

 

「サンタが前に自称強い騎士との喧嘩で勝ったときに、おまけでついてきたんだよ。今は留守番してて、うちの街にいるけどな。サンタ、んなことより、俺たちの店で一緒に商売した方がいいんじゃないか」

 

ここでラストが思いもよらない答えを出してきた。

 

「まじで、いいの?魔法商店らしいけど、いろいろ面倒じゃない?」

「いいじゃないですかっ!魔法の道具も増えるんなら、私たちの店も商品が増えて、いつもよりも商売繁盛できますよ!」

「お、2人とも賛成か。それじゃ材料は全部僕が取りに行けばいいから、金は道具とかリィナの家具とかに当てればいいか。後は…」

「ちょっと待って!」

 

両手を突き出してさえぎられる。

 

「なんでそこまでしてくれるの?私たち、ただの対戦相手ってだけじゃん!私だって、最初にぶつかっただけで、何もサンタにしてあげてないし、ぶつかったことはポーションをもらってなしになったのに…」

 

どうやら戸惑っているようだ。

まあ、普通は出会って一日も経ってないやつがいきなり店開くの手伝ってやるなんて言ったらそりゃ警戒するよな。

 

「理由ね。それは僕がサンタクロースだから、かな」

「意味わかんないよ…」

「まあ、そうだよね。でも、この帽子をかぶったやつは、世界中の人々に夢と希望と、後は良い子にプレゼントをするのが仕事なんだよ」

 

サンタのことを知らないと説明に困るよな。

あくまで善行といっても、こっちにメリットがない分、本当にただ、ひたすらに怪しい。

じいさん、あんた本当に、どうやって食い扶持つないでんの?

 

「これは僕の自己満足なプレゼントだ。これを受け取るなら、リィナはスタナ街に引っ越すことになるし、こっちで店を持つことはできない。だから、いやなら受け取らなくてもいい」

 

やっと説明が終わった。

長くなったな。

 

「闘技場ではいろいろということが飛びすぎてあんなことを言っちゃったけど、今度はちゃんと言うよ。リィナ、僕と」

 

右手を差し出して、目の前の少女を見つめる。

 

 

 

 

 

「いや、僕たちと、家族になりませんか?」

 

 

 

 

 

彼女は少しの間うつむいて、しばらく動かなかったが、少しして顔を上げると、目に涙を浮かべて、目いっぱいの笑顔をする。

 

「…そこまでして、そこまでしてくれて…断れるわけないじゃん…!末永く、よろしくお願いします!」

 

「おう、よろしく!」

 

握られた手を強く握り返す。

 

「よっしゃ!んじゃあ今日は、リィナの歓迎会と、サンタの準優勝の祝勝会だ!パーっとやるぞ!」

「わあ、楽しみですっ!早く夜にならないかなあ!」

 

こうしてまた、新たな家族が加わり、家族会議は幕を閉じた。




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第58話:ラストの目指す理想郷

翌日。

AM5:00。

 

「…んあ」

 

目を覚ます。

寝床の上ではなくテーブルの上で起きているということは、どうやらいつの間にか眠ってしまったんだろう。

昨日は確か…あの後みんなで準優勝おめでとう会と、リィナの歓迎会をやったんだっけ。

誰が寝たとかは覚えてないから、おそらく僕が最初に寝落ちしたんだろう。

 

寝ぼけたまま、ぼりぼりと帽子の中に手をつっこんで頭をかく。

 

「おい、ラスト、起きろ。温泉行くぞ」

 

テーブルに突っ伏すラストをゆすって、起こす。

 

「んん」

 

ちょっとうなって、頭を上げる。

 

「…今何時?」

「5時、温泉、行こうぜ」

 

それを聞いて、眉をひそめてラストがいう。

 

「…早えよ」

 

 

 

 

 

 

AM6:00。

 

「すー。すー」

「…んん」

 

最後の温泉から帰ってきても、やはり二人は、まだ寝ていた。

 

「まだ寝てるな」

「ああ、寝てる」

「とりあえず最終兵器は最後まで取っておくとして、僕たちの保険として、起こす努力はするからな」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

AM6:05。

 

「んん!?うあああああああああああ!まずいっ!」

「おはよう」

「…いい加減やめてくださいよ」

 

寝起きの口の中の心苦しさのせいか、かなり不機嫌そうな顔で睨みつけてくるマイ。

 

「何回か呼んでも起きないから、仕方なく。悪く思わないでくれ」

 

空の小瓶を振って良い笑顔をしているラスト。

 

「…もう。リィナをおこしますから、それは使わないであげてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

AM6:10。

 

「んうううぅぅぅぅにがぁ!!なに、なに!?」

「おはよう」

「あ、サンタ…おはよう」

「ごめんなさい…私には無理でした。」

 

結局起きなかった。

ラストと違ってこの二人の眠りの深さといったら。

朝一でこんなまずいの飲ませてごめんね。

でも、きっと朝飯は何倍もうまく感じるから許して。

 

「飯食ったら出るからな。二人とも温泉入っとけ」

「わかりましたっ!」

 

そういって二人は部屋に備え付きのバルコニーらしきところの露天風呂に行く。

 

「あー、ここ、温泉ついてたのか」

 

それを忘れてわざわざ階下の温泉に行ったことについては黙っておくことにする。

外へと通じる戸を閉めるとき、最後にひょこっと赤い頭を出して、

 

「覗かないでね」

 

といって戸を閉めたのが印象的だった。

するわけないだろ。

 

 

 

 

 

AM6:20。

 

「サンタよ」

 

雪だるまをおこして部屋の掃除を始め、終わったと思った矢先、一人座椅子に座っていたラストが真剣な顔で僕に声をかける。

その様子に僕も表情が引き締まる。

 

「…真面目な話か?」

「ああ、俺は今、人生の岐路に立たされている」

「ああ。ん?」

 

こんなとこで人生の岐路?

まさか、また金の話か?

重々しくラストの口が開く。

 

 

 

 

「サンタ、ばれないように風呂を覗く方法、教えてくれないか?」

「…さーって、温泉も入ったし、飯まで寝るかー」

 

真面目な顔してそれかよ。

知らね。

居間に寝転がって寝る姿勢に入ると、ラストが揺さぶってくる。

 

「なあ、頼む!たーのーむ!男ならやっぱり憧れるもんじゃん?手伝ってくれよ!俺が全部責任持つからさあ!俺に女の裸をプレゼントしてくれよ!」

「やめろ!僕はそんないかがわしいもんプレゼントしねえよ!」

 

何がプレゼントだ。

うまいこと言ってんじゃねえ、ったく。

 

「大体、そこの戸ガラスなんだから、普通に見えんだろ」

 

そういって寝ながら後ろの戸を指さす。

 

「なんでか湯気の量が尋常じゃなくて全然見えねえんだよ、ていうか湯気多すぎるんだよくそ!」

 

指された先の戸の先は、尋常ではない湯気によって確かに見えない。

 

「んじゃあ拭けば見えるだろ。拭いてこい」

「拭いても湯気はあるだろ!?ってか、んなことしたらばれちまう!頼む、なんとかしてくれ!」

 

ついには両手を合わせて懇願してきた。

なんでまたこんな高校生みたいなことを考えるんだこいつは。

ばれたら嫌だし、正直面倒だな。

 

「んー、お前に上げる予定の金、1万ユインにしてもいいなら手伝ってやらないこともない」

 

こういえばあきらめるだろう。我ながらいい案だ。

再び目を瞑る。

 

「1万!?…うーん、でも仕方がねえよな…金で買えないもんだし…よし、サンタ、頼む!」

 

イケメンナイスガイの予想外な回答。

 

「ええ、まじかよ!お前、そこまで覗きたいのかよ!」

「ああ、頼む。早くしねえとあがっちまう!」

 

壁一枚先にいる女の裸に何だか暴走しているラストを見て、溜息をつく。

果たして99万ユインに匹敵するほど、女の裸というものは価値があるのだろうか。

こればっかりは意見が割れそうだ。

 

「仕方がねえな。僕は寝てた。何も見てないし聞いてない。わかった?」

「ありがとうサンタ!恩に着るぜ!早速どうすればいいか教えてくれ、早くしないとあいつら上がっちまう!」

「せかすなよ」

 

面倒だけどやると言った以上は、何かいい案を出さなければいけない。

まあでも、今回に至ってはこちらにも武器があるから、頼まれた時には何となくだが案が浮かんでいた。

 

「それじゃ、そこにいる雪だるま4体、貸してやるからうまく使って覗くんだな」

「どうやってだ?」

 

僕はあらかじめ考えていた案を独り言のように話す。

決して僕がやろうと思っていたとか、そんなんじゃない。

 

「冬将軍って呼ばれてるラストなら、雪だるまがあたかも遊んで飛び込んでいったように見せかけて、どさくさに紛れてこっそりのぞくもんだと思ってたんだけどな」

「なるほどな、最高だぜ、サンタ!お前ら、集まれ!」

「ノウ?」

 

こうしてラストと雪だるまの、作戦会議が始まった。

 

 

 

 

 

「あんまり時間はないからこんな感じで頼む。おうけい?」

「ノウ、ノウ!」

 

作戦の意味は分からないみたいだが自分たちのやることは伝わったようだ。

とりあえず首を縦に振る。

 

「よし、俺の合図で作戦開始だ。それじゃあ各自、持ち場につけ!時間はないぞ!」

「の――!」

 

そういってそれぞれが持ち場につく。

といっても、4体全員がガラス戸の前で一列になっているのだが。

 

その一番後ろで、ラストがかがんで両手でわっかを作り望遠鏡のようにして覗く。

 

「それじゃあ、行くぞ、3、2、1…作戦、開始!」

「ノオオオオ!」

 

雪だるまたちによって勢い良くガラス戸が開けられ、雪だるまが外へ飛び出そうとする。

開かれた戸の先の、ラストの理想郷へ。

 

 

 

しかし彼らが外へつくことは無かった。

戸を開けた途端に部屋に放たれた炎の大蛇が、雪だるますべてを飲み込んで溶かしつくし、一番後ろにいたラストも含めて、焼き払われた。

 

「はえ…?」

 

力なく倒れ込む黒こげイケメン。

 

炎の大蛇は横になる僕の顔を覗き込んで、熱い吐息を吹きかけてくる。

これは見たことないやつだ。

冷や汗を流しながら目をつぶって寝たふりを決める僕。

やがて、ラストたちとは関係ないと悟ると、炎の大蛇はうっすらと消えていった。

 

そして誰かが戸に手をかけていう。

 

「だから言ったでしょ。覗くなって」

 

声の主はおそらくリィナだろう。

戸の反対方向を向いて寝たふりを決めている僕は、最後まで知らないふりを続行したので、追い打ちの炎を食らうことは無かった。

 

ガラス戸は閉められ、部屋には静寂が漂う。

 

リィナとマイが上がってくるまで、部屋にはスノウマンの溶けた水の滴る音と、焦げ臭いにおいが、部屋の中に居座り続けた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第59話:いざさらば

AM7:28。

 

焼け焦げたラストを放って片付けをしていると、ガラス戸を開けて服を着た二人が出てきた。

 

「いいお湯でした♪」

「ああ、そいつは良かったな」

「何やってるの?」

 

いやそれお前が聞くか。

 

「掃除して寝たのに起きたらまた散らかってたから掃除して今終わったとこ。ラストも何故か焼けてるし床も濡れてるしユキ達はいなくなってるし…何があったんだろうな」

「…さあ」

 

リィナは気まずそうに顔をそむける。

まあ何があったか知ってるんだが。

悪いがあくまで僕は寝てた体を貫くからな、ラスト。

 

「それより、温泉入ってる間に朝飯運んできてくれたぞ。早いとこ食おうぜ」

「そうですねっ。食べましょうか!」

「おら、寝てないで起きろ」

 

暗い緑の液体を突っ込んで、本日3度目の絶叫を聞き、朝飯を食べ始める。

 

 

 

 

 

AM8:10。

 

「ごちそうさまでした」

 

全員で手をあわせると、すぐに帰りの準備を始める。

 

「よし、帰るか。一回リィナの家によって荷物をまとめてくるから、お前らチェックアウトの準備しとけよ」

「あ、私の荷物これだけだから大丈夫だよ」

 

そういって腰につけた茶色い袋を指さす。

 

「え、家は…?」

「私家ないから。親も兄弟もいないよ」

「…なんかごめん」

 

聞いちゃいけないこと聞いてしまったか。

 

「いいよ、今は家族いるから!」

 

表情に出ていたのか、リィナは手を大きく振って気丈に振る舞う。

そのリィナの笑顔にドキッとして、それを悟られないようにそばにいたルドルフを抱えて外へ出る。

 

「準備終わったらその袋に入れて待ってろ。先に会計済ませてくる」

「俺も終わったから行くわ」

「あ、だったら私も」

「リィナはマイの手伝いしてやれよ。女の子は準備がかかるんだろ?」

 

大きな荷物をまとめるマイが、一人忙しそうにうなる。

 

「うぅ、仕方がないじゃないですかあ。今日帰るって聞いたの昨日なんですから…」

 

下へ降りる途中、ラストが物憂げな表情で、明日から仕事か、とつぶやくのを聞いて、日本の月曜日のサラリーマンを思い出して気分が萎えた。

 

 

 

 

 

「世話になりました。また来年、その気があったらまたくるんで、その時はどうかよろしく」

「是非、またいらしてください。来年の決勝戦、楽しみにしてますので」

 

会計と支配人に挨拶を済ませて、そりを出して乗り込む。

 

「階段上るの面倒だから、一番上までこれで行こうぜ」

「名案だな。そりゃ」

 

そして屋上のバルコニーに着地して、ガラス戸を開ける。

 

「おーい、終わったから行くぞー」

「はーいっ」

 

こっちも終わったようで、部屋にあるのは白い袋一つ。

それをもって全員でそりに乗り込む。

 

今回は隣に新しい乗客が増えたからそりは満席だ。

 

「んじゃあ、帰るか」

 

旅館よりも高く飛んだルドルフが、一度来た道を戻るように、ユーエン街から遠ざかる。

 

昨日まで戦っていたコロッセオも、硫黄の匂いも、すべてが小さくなっていって、やがて見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

闘技場では観客、実況、そして対戦相手が、一人の男の登場を待ちわびていた。

しかし試合開始予定時刻からすでに10分が経過しているにも関わらず、男が登場する気配はない。

 

実況の女は一人、困ったように話す。

 

『えーっと、サンタクロース選手が来ませんね。このまま失格になってしまうのでしょうか…』

 

 

そこへ一人の中年の男がやってくる。

彼は手紙を女に渡すと、そそくさと外へ出ていった。

差出人の名前を見て、女の表情が変わる。

 

『えーと…これは…!みなさん、サンタクロース選手から、手紙です!』

 

それを聞いて、会場は静かになる。

女は慎重に封を切り、手紙を読み上げる。

 

 

 

 

 実況のお姉さんへ。

 

突然すいません。わたくしサンタクロースは、本日の大会を、棄権させていただきます。

今回お集まりいただいたみなさん、今回の大会の優勝は私の対戦相手、そこにいる彼にプレゼントするので、そこのところの理解のほどどうかよろしく。

 

追記。

リィナ選手のことは、来年、もしこの場へ来ることがあったら、お話しするので、期待しないで待っててください。

あ、後、うちの店はスタナ街にあるので、そちらへ出向いた方は良かったらお立ち寄りください。

最後に一つ。準優勝の賞品は下のところまで送ってください。

 

××××××

 

サンタクロース

 

 

 

『って、ええええええええ!』

「ええええええええええ!?」

 

会場にいたものすべての驚きの声は、当の本人の耳に入ることはなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
第2章終了です。


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第3章:異世界のクリスマス
第60話:変わらない日常


「はあ、暇」

 

旅行から帰ってきて早一か月。

バレンタインなどはこの世界にないために、14日にチョコだの告白だのというイベントは皆無でうれしかったが、そんな感じで特に何もなく変わらない日常が続いている。

 

温泉旅行から帰ってきたときは、今日こそはやってるだろうという風に店の前にそこそこの人だかりができていて、地上に降りたときにはまるで神様が降臨したのと同じように拍手喝采が起こり、続いてすぐに店を開けることをせがまれた。

 

因みにリィナは店の中で新しいメニューとして、魔法にかかわる道具を販売している。

最初の日は僕と一緒に店の準備として買い出しに行き、翌日から新しいメニューとして魔力を込めた道具やラストのポーションを加工して魔力を込めて作ったマナポーションなるものを売りに出したのだが、これが意外に魔法使い職の連中に人気らしく、人気メニューの一つとして、うちの店の目玉となっている。

 

ユーエン街の大会の賞金はまだ届かないので、リィナの材料は賭けで儲けた手元の200万で用意したが、これが使いきれずに余ったので、服やら家具やら、女の子らしい生活をするための娯楽費と、家の改築費用へと変わった。

おかげで、風呂に入れるようになったことについては良かったけどな。

 

準優勝の賞金は499万が僕の手元に、1万ユインがラストへ当てられることになっている。

届いたら何をしようかと胸を躍らせるが、実際に手元に金がないとそれもむなしいので、先週あたりから考えることをやめた。

 

 

 

店の中ではラストとマイに挟まれて、リィナは今日も客に笑顔を振りまく。

販売員が一人増えたおかげで僕がいた席はなくなってしまい、僕は一人、こうして外の入り口そばで、マイに作ってもらった椅子に座っておじいさんのようにきーこきーこと前後に揺れながらルドルフと戯れ、たまにカラアレオンのコメットが出す奇声に肩をびくっとさせるくらいしかすることがない。

 

日中僕が仕事をするなんてことはほとんどなく、去りゆく客にいつも決まって、

 

「いつもありがとう。また来てよ」

 

という挨拶をするくらい。

 

正直ここまで暇で許されるのか不安になるが、僕は僕で一応の仕事を果たしている。

 

大抵、この店の材料はスライムのゼリーがほとんどなのだが、これは僕がとっている。

そして3人には秘密だが、みんなが寝静まったころ夜な夜な外に出てスライムと戯れ、材料をこっそりと採集しているのだ。

だから一応、何もしていないわけではない。

時間外労働というやつだ。

 

 

 

「ああ、売れたなあ」

「相変わらずの売れ行き順調だね!」

「ですね!今日も注文が入っていい感じです♪」

 

客足の途絶えた店内で我が店の職人たちがにぎわっている。

職人たちはやはり自分の仕事が評価されることをうれしく思うのだろうか。

 

「ま、楽しそうでいいじゃねえか」

「ギエエエアアアアア」

 

僕の独り言にも、親切に受け答えしてくれる人外のコメット。

おそらく、こんなことを言っているのだと、脳内で適当にアフレコする。

 

「ギエエエアアアアア」

『あんたも飼いならされてるっていう意味では俺たちペットと一緒だな』

「♪〜」

『シングルベル♪シングルベル♪』

 

すごく悲しくなってきた。

どうしてこうも後ろ向きなのだろうか。

ルドルフとコメットと僕の組み合わせは平常運転だが、中と比べてその温度差に、僕だけが弾かれているような感覚を覚えてしまう。

 

「サンタさん、お昼休みですっ!外に食べに行きましょう?」

 

スマホを取り出すと時間はすでに昼休みの時間。

マイがいつものように店から出てきて僕に手を差し出す。

 

「ああ、わかった。んじゃあ、留守番頼むわ」

 

毎度思うがこの手は何なのだろうか。

僕の伸ばした手はその手を取ることなく、そばで寝転がるコメットの頭を撫でる。

 

「グエエアア」

 

マイに続いて出てきたリィナとラストの後ろを歩いて、賑わう街の中心部へ向かった。

 

 

 

「いただきます」

 

最近よく通う店で、4人で丸いテーブルを囲んで食事をとる。

店は武装した客が多いが、内装は元いた世界だったら洒落たカフェのような椅子やテーブルや食器が使われていて、窓が多く開放感が半端じゃないせいか、まるで外で食事をしているかのような感覚を覚える。

 

「やっぱうまい」

 

相変わらず3人で盛り上がる会話の中で、謎の料理を飲み込んで独り言のようにつぶやく。

リィナもこのところ2人と仲良くなれたようで、浮くこともなく溶け込めてよかったじゃないかと、兄のような目で見る。

 

「ごちそうさま。先に帰ってる」

 

全く会話に入れない僕は何も話さないから当然飯を食い終わるのも早いので、全員の会計を済ませて店を出ようと立ち上がるが、何故か肩を掴まれて座らされる。

 

「なんだよ」

「いやあ、何も一人で行くことはないだろ?」

「3人で盛り上がってたじゃないっすか。邪魔しちゃ悪いでしょ」

 

最近は入り込む余地がないほど仲が良すぎて、僕はすっかりソロ充として一人で充実した毎日を送ることが多い。

 

「そんなことねえけど…なんか最近あまりお前と話してない気がしてさあ。お前も話に入ろうぜ?」

「そうですよ。みんなで話しましょうよ」

 

よくわからないが話がしたいらしい。

 

「つってもなあ、そっちは職人の話題があるけど、こっちはそういうの一切ないんだぜ?」

「そんなの、気にすることねえよ」

「でも考えてみろよ。そっちが色々とそういう仕事の話してるときにさ、いきなり割って入って今日の晩飯なんすか!なんて言おうものなら、そいつは相当空気が読めないやつだと思わない?」

「ふ、なにそれ。別に、好きなこと話したっていいじゃない」

 

鼻で笑われた。

この世界のやつらはフレンドリーすぎるからな。

あまりそういう空気読める読めないの問題は気にしないのか?

 

まあ、ここは前いたとことは違うからな。

そろそろ慣れないといけないのに、どうも向こうの尺度で物を見てしまう癖がある。

 

「ま、そのうち話すよ。今はあいつらに、餌あげてこなきゃ」

 

ラストの制止を振り切って一人席を立ち、外へ出た。




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第61話:夜行性のサンタクロース

「サンタのやつ、最近どうしたんだかなあ」

「最近はずっとあんな感じだもんね。サンタ、どうしたんだろう」

 

ラストもリィナも、不満そうに料理を口に運ぶ。

 

「そんなに仕事もしてないはずだから、疲れてるっていうのはないはずなんだけどなあ」

「ちょっと、サンタさんはしっかりやってくれてますから、そんな言い方しないでくださいよっ」

 

ラストの愚痴に注意をしつつも、確かに疲れてあんな風に脱力してるとは思えないし。

いつ仕事してるのかっていうくらい暇そうにしてますけど…

 

「何かサンタも楽しみが見つけられれば、ちょっとは変わるのかなあ」

 

本当に、どうしちゃったんですかね。

このところのサンタさん、明日やる気が無いように見えるというか、なんだか1人だけ浮いているような…

でも、仕事はしっかりしてくれているし…ああ、わからない!

 

「とりあえず、戻りましょう!今日は夕飯の買い物もしないといけないし、そろそろ出ないと昼休みも終わっちゃいますからっ!」

 

みんなで席を立って、お会計を済ませようとする。

 

「ごちそうさまでした。お会計お願いします」

「いつもありがとうございます。お会計の方はもうお済みですので。またいらしてください」

「え…?」

 

お会計はお済み?

ということは、まさかまた…

 

「いつもの赤い帽子の方ですよ。良い方ですね」

「え、えへへ…そうですね」

 

店員さんの笑顔に、苦笑いをしながら店を出る。

 

「気は利かせてくれてるんだけどなあ。あいつ」

「いい加減、自分のことにもお金、使えばいいのに」

 

2人も言うとおり、サンタさんは私たちに過剰に気も使ってくれるし、最近は自分のためにお金を使わない。

 

本当に、サンタさん。

私には、あなたのことが分からないです…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く、ユーエン街から帰ってきてからというもの、なぜだか僕の堕落に拍車がかかっているような気がする。何故か日中ずっと、気分が乗らない。

 

餌をコメットとルドルフにあげて、午後もおじいさんのように椅子に座ってきーこきーこと揺れているうちに、空が暗くなり、営業終わりの看板をラストが持って出てくる。

 

「サンタ、今日も終わったぞ」

「そうか、お疲れ」

 

椅子をもって店の中に入って鍵をかける。

 

 

 

 

 

 

 

そして夕食。

 

普段の夕食は女2人が作っている。

ラストは三ツ星レベルまで達しているが、リィナとマイの料理も負けてはいない。

マイはいつも作っているだけあってやはり手慣れている。

料理の段取りが完璧なことがその証拠だ。

リィナも旅をしていたおかげで自炊の経験から料理がうまい。

僕はあまり料理をしないので、カップラーメン及びチャーハン、頑張っても卵焼きだ。

なので料理は任せている。

料理も、の間違いか。

朝からここまでの僕を見れば誰でもひもかニートとでも思われて当然だろう。

 

 

「いただきます」

 

並べられた料理に手を合わせ、食材というよりは作ってくれた2人への感謝も込めて、挨拶。

 

「サンタ、おいしい?」

 

毎日この時間、リィナの作ったものを口に運ぶたびにリィナに聞かれるお決まりの言葉。

 

「…毎回僕に聞くけどさ、ラストに聞いてくれよ。こいつの方がためになる」

「だって、ラストは自分よりうまく作らない限り、褒めてくれなそうだから…」

「…」

 

ラストは気まずそうにコップで顔を隠すようにして水を飲む。

まあ、一流のシェフに晩飯の感想なんて、聞いてるだけで毎日ストレスが溜まりそうだ。

 

「それで、どうなの?おいしい?」

「ああ、いつものことだけどうまい。一生作ってほしいくらい」

「んな!」

 

何気ない気返事レベルの返しだったがリィナの顔を赤くしてしまう。

それを聞いてマイが口をはさんでくる。

 

「ちょっと!私も作ったんですけどっ!」

 

「おう、こっちもうまいよ。マイはもうなんか手慣れてて、お母さんって感じだな。リィナのはなんか歳の近い子が作ったってか、なんかすごくドキッとする」

「お母さん…!?」

 

フォークを落としてがっくりと肩を落とすマイ。

まあ年頃の女の子がお母さんなんて、普通萎えるよな。

 

「お前リィナ好きすぎだろ…」

「まあ、妹みたいなもんだし。僕は家族いないけど、妹がいたらシスコンになってたかもな」

 

これは僕の本音だ。

年下の子には気軽に接することができるし、何より可愛いから。

妹か弟が、本当に欲しかった。

 

「妹かあ…」

 

何故か遠い目をしている。

そんな嫌だったか?

 

「歳だって一番下だしな」

「まあ、そうだけど…でも、3つ上のお兄ちゃんかあ」

「あ、でもお兄ちゃんとか呼ばれんのはすげー嫌だ」

「いやなの!?」

「サンタ、さっきから意味わかんねえよ…」

 

あきれたようにラストが僕を見る。

血族でもない子にお兄ちゃんなんて呼ばせてたら、僕が変態になるだろうが。

 

「ま、誰も血はつながってないじゃん?」

「それなんだよなあ。本当に俺たちって不思議だよな。そろいもそろってみなしごなんだしよお」

 

孤児院出身のラストとマイに、親も兄弟もいないリィナ。

まあ僕の場合はみなしごとかのそんなレベルじゃなく世界からの絶縁なんだが。

あのじじい。くそ。

 

「まあ、これから誰かが結婚すれば、新しい家族の方を優先して家でも建てていなくなるんだろうけどな。最後に僕がこの店継いで、孤独死だろうな」

「なんで最後にサンタさんが残ること前提なんですか…」

「恋愛なんて、くそくらえだ」

「お前には何があったんだよ…」

 

ラストよ、イケメンのお前にはわからない世界もあるんだ。

というか生まれたときからこの世界スタートだったら、僕もそうは思わなかったんだろうけどな。

 

「まあ、僕が残る理由は、簡単に言うと、お前らのスペックが最高だから。全員美男美女、おまけに全員料理もできるし、ラストに至っては店を開けるレベルだ。マイは普通になんでも作れる腕があるから仕事もできるし、リィナだって魔法使いだから人生だけじゃなく戦場のパートナーとしても一生付き添ってくれそうだし、結婚できないわけがない」

「サンタさんだって、強いんだからリィナと一緒で戦場のパートナーとしてっていうの当てはまるじゃないですか」

「ちょっと、マイ…」

 

リィナが焦って顔を赤らめる。

そんなに嫌そうな対応するな。悲しいだろ。

 

「世の中強けりゃいいってもんじゃないんだよ。それに僕のような冴えない人間のために独身貴族という素晴らしい言葉があってな。だから一人でも、大丈夫。ルドルフもコメットもいるしな」

 

リィナの気を害さないように否定して見せると、いつの間にか視線が僕の方に集中していた。

 

「その歳でそこまで悟れるって、本当に何があったの…?」

 

全員が不憫そうに僕を見る。

やめろ。そんな顔をするな。

 

「ま、4人でいるうちは、お前に寂しい思いはさせないからよ!俺も家庭を持つ気はないから、老後は二人で、仲良くしようぜ?」

 

そういって肩を掴んでくるラスト。

きっと励ますために言ってくれたのだろうが、嘘だったとしても少しうれしくなる。

 

「やっぱり持つべきものは、親友だよな。パトラッシュ」

「パトラッシュ?なんだそいつは。俺はラストだ」

「なんか、私たち…」

「ええ、仲間外れにされた気分ですね…。それより、また今日も私たちの分の会計勝手にしたみたいじゃないですか!」

「なんだよ。いいじゃん。困ることはないだろ」

「いい加減、自分のことにも使ってくださいよ…!」

 

こんな感じでまた、何気ない話題で食卓がにぎわいだす。

 

最近の僕はこの夕食の時間あたりから、口数が増える。

ラストが昼に最近僕と話してないと言っていたのは、話す機会がこの時間に集中しすぎて日中に話していないから、そう思ってしまうのだろう。

 

 

そしてこの夕食の時間が終わってからから、僕の一日が本格的に始まる。

日中何もしないのは悪いと思うが、生憎、サンタクロースは夜行性なんだ。許してくれ。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第62話:夜の戦友と彼らの提案

夕食を食い終わり、ある程度寛ぐと各々が部屋へと入っていく。

 

「おやすみー」

「おやすみなさいっ!」

「サンタ、お前も早く寝ろよー」

「ああ、おやすみ」

 

僕は全員が寝静まってから外へ出る。

たまに夜更かしして寝ない時があるが、その時は散歩してくるとか適当な理由を付けて出ていっている。

 

鍵は持ってないので、部屋の窓から飛び降りて外へ。

外では決まってルドルフとコメットが起きていて僕が来るのを待っている。

まるでどこぞの忠犬のようだ。

 

「待たせたな。それじゃあ、行こうか」

 

そりに4人分の席をすべて使ってコメットを乗せて、僕もその背中に乗る。

 

そのままいつものように街の外へ行く。

夜に鈴を鳴らして空をかけるさまはまさしくサンタクロースのそれと同じように思えてきて、毎晩胸が躍る。

 

 

 

 

「それじゃあ、始めようか!」

 

夜中の街の外は、狩場としては穴場で、人っ子一人いないので、安心して独占できる。

よくオンラインゲームなどでは横狩りとか言って他の人と同じ狩場にいると迷惑がかかることがあるが、この世界はゲームではない。

夜にはみんな寝静まっているために、色々とやりたい放題できるのが面白くてならない。

 

「―――ホワイトクリスマス」

 

パチン。

いつもはスキル名なんて言わないが、夜に誰もいないときはつい言ってしまう。

技名行っちゃうあたり僕もまだ中二病が抜け切れてないかなと思いながらも、一瞬で積もった雪に手を当ててスノウマンの召喚を始める。

 

「ノーウ!」

 

5体出てきたあたりで息が荒くなる。

そしてその疲れをラストの薬で騙して、体力を取り戻す。

 

「ふう、みんな、今日も頼むぞー」

「ギエエエアアアアア」

「ノ――!」

 

ここから僕の夜の仕事が、誰にも知られることなくはじめられる。

 

 

 

 

主な仕事はスライムのゼリー集め。

うちの店の材料であるために消費が激しく、リィナが来たこともあって、一日に求められる数が増えた。

そのために最初に集めていた分はほとんどなくなっているため、こうして夜に労働しなければならない。

 

何故昼にやらないのかというと、人の多い昼に横狩りをしてしまうかもしれないからスノウマンを呼び出せないことによる効率の低下が理由の一つ。

前は一人でやっていたが、一人でやるよりこいつらを呼んだ方が何倍にも効率が上がる。

一体に袋を持たせて、ゼリー集めに専念させて、後の4体と僕とコメット、ルドルフは各自で大暴れする。

 

「にゅうういいいいい!!」

 

悲鳴を上げてスライムが倒される。

大分時間がたってCだった僕の素手の熟練度はすでにSまでいっていて、ボクサーにでもなれるんじゃないかとすら思えてくる。

両手がフリーなのでもうがむしゃらに特攻してスライムたちを倒しにかかる。

 

「ノーウ!」

 

スノウマンたちも負けていない。

連携をして一度にたくさんのスライムをまとめて倒しにかかるために、一番効率が良いということもあり得る。

 

「ギエエエアアアアア!!」

 

不気味な鳴き声のコメットは一応戦えるということで連れてきている。

一番遅いがそれでも戦力にはなるので助かっている。

 

ルドルフは空を飛びながら回転したりそりをぶつけたりしてスライムをうまい具合に倒している。

器用なやつだ。

 

このメンツで夜の草原を戦場に仕立て上げている僕たちだが、たまに珍客がやってくる時もある。

 

「にゅにゅにゅにゅ!」

 

スライムたちが密集しだす。

やがてそれらは混ざり合い、3色が混ざってカラフルで巨大なスライムへと進化を遂げる。

 

「お、ボスのお出ましか」

 

これが珍客。

大きさは4メートルほどの全長があり、虹色の体が辺りを照らすようにてらてらと光っている。

 

その攻撃は主にのしかかり。

以前一回試しに食らってみたところ、柔らかい体が絡みついて抜け出せなくなり、窒息しかけたことがある。

 

他の奴らを連れていなかったら死んでたかもな。

 

この珍客が出たときはみんなで一斉に倒しにかかる。

主にコメットが壁になるようにして前衛に回り、スノウマンがちょっと離れて雪玉で気を引いて、そしてルドルフとともに僕は空から奇襲をかける。

 

「らあ!」

「にゅ!?にゅいいいいいいいいいい!!」

 

見た目は立派だがどこまでいってもスライムだからか、体重をかけるようにして上から攻撃をすると、案外すぐに決着がつく。

 

爽快な破裂音とともに体が飛び散る。

あたりにはゼリーがいっぱい転がり、これを拾うだけで次の日一日分のゼリーになることもある。

 

この珍客が出たときはみんなで戦い、みんなで拾い、終わったらすぐに帰っている。

 

「今日はもう終わりか。案外早かったな」

「ノーウ!」

 

帰る準備をする中、雪だるまたちが僕に飛びつく。

 

「なんだ、まだ遊び足りないのか?」

「ノー」

「違う?んじゃあなんだ」

 

言わんとすることはなんとなくだが伝わってくるので、一応コミュニケーションは成り立っているが、ジェスチャーがないといまいちきつい。

 

今日はなぜか、数人で雪玉を交換しているジェスチャーを見せてくる。

首をかしげてその様子を見ていたが、見ているうちにそれがどういう意味か予想ができてくる。

 

「もしかして、店番がやりたいのか?」

「ノーウ!」

 

ぴょんぴょんとその場を跳ねる。

当たってるようだ。

 

「んー、でもなあ。そういうのは昼間じゃないとできないからなあ。明日からやってみるか?」

「ノー!」

 

嬉しそうに飛び跳ねる雪だるま達。

そうか、こいつらも店の手伝いがしたいんだな。

 

「んじゃあ、明日店の前で、試しにやってみるか!それじゃあ、また明日な」

 

手を振って指を鳴らすと、意思のない雪だるまが5つできる。

コメットをそりに乗せ、ルドルフの背中にまたがって僕たちは家へと帰った。

 

帰る途中、何気ないスノウマンの提案が、いつもの堕落した日々を変えてくれる、そんな気がした。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第63話:店番

「というわけで僕も売る側に回りたいんだが」

「どういうわけだよ」

 

翌朝の開店前に椅子に並んで座る3人の前で僕は今日売る側に回りたいということを伝えた。

 

「3人で売るより効率が断然良いから。僕も仕事しないで金もらうのもなんか申し訳ないし、なんでもいいから手伝いたいんだよ」

 

僕がどれだけ何もしてないからもらえないといっても、マイが聞かないでお金を持たせて来るのがある意味ストレスになってしまっている。

ニートがお母さんに金をもらうような気分の疑似体験、的な?

 

夜な夜な材料を集めているがあんなのは仕事ではない。

ただ夜中にスライムと遊んでるだけだ。

 

「まあ、アレだ。いい加減に仕事しないとテンションが夜になるまで下がりっぱなしなんだよ。3割くらいでいいから、手伝わせてくれよ」

「俺としてはお前にはいろいろしてもらってるし何もしなくてもいいと思ってたんだけどな」

「でも、働きたいっていうのなら、やってもらいましょうよっ!もしサンタさんの方で売れれば、売り上げも上がりますし!」

「まあ、やりたいならいいんじゃないかな」

 

女性陣は乗り気のようだ。

 

「仕方がねえな。それじゃあ半分、持ってけよ」

 

こうして全員の承諾が得られた。

 

「サンキュー。それじゃあ、なくなったらまた来るよ」

 

棚に並べてあったポーションの列の半分を豪快に袋に入れて、勢いよく扉を開けた。

久しぶりに見上げた空に上がる太陽の光がまぶしい。

 

「よし、やるか」

 

 

 

 

 

 

店の前はいつもよりもにぎわっている。

その人だかりの中で、僕は一人声を張り上げる。

 

「さあさ、お立会い。今日は赤い帽子の特別販売!季節外れの雪とともに、サンタクロースがやってきました!」

「なんだ?」

「久しぶりに赤帽子がなんかやらかすみたいだぞ」

 

人々は店に入らずに僕を取り囲む。

やはりそこそこの知名度はあるようで、赤帽子という声がところどころ聞こえてくる。

 

「本日の売り子はこの子たち!」

 

手をかざすと、雪から飛び出るスノウマン。

この街では見せていない雪だるまの登場に、驚きの声が上がる。

 

「はあ…彼らは僕たちの言葉を理解しています。そんな彼らが、今日は店番をしたいということで、お店の美男美女のお三方にたのんで、やらせていただくことになりました。ポーションは彼らがお売りしますので、付き合っていただける方はどうぞお立会いください!」

「ノオオオオ!」

「それでは、開店です!こっちはポーション専用なので、いつもの注文やら変わった魔法道具は、中の素敵なお嬢さん方にお声をおかけください!」

「ギエエエアアアアア」

 

店の向かいにみんなで陣取って、僕たちの営業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤いの3つ!」

「いつもありがとう。また来てよ!」

「ノウ!」

 

僕の呼び出した雪だるま7体は、さぼりもせずに店番を遂行する。

意思を持つ雪だるまたちは人気で、たまに「この子を売ってくれないか」と僕に声をかけられたりするほどだった。

もちろん、売り物じゃないので断ったが。

 

そして売り子が多いのもあって、売り物のポーションは底を尽きかけていた。

 

「それじゃあ、追加のもらってくるから、それまでここにあるの売っといてくれ」

「ノーウ!」

 

そりの席に自分用のポーションを積み上げて、袋をもって店に入っていく。

 

 

 

 

 

扉を開けると、暇そうにした3人がそろって頬杖をつきながら、客の訪問を待っていた。

 

「いらっしゃ…!なんだ、お前か」

 

すごくがっかりされる。

なんかごめんね。

 

「今日はお客さん来ませんねえ…」

「暇だねー」

 

本当に暇そうにする二人。

まるでいつもの僕みたいだ。

 

「それで、サンタさんも暇で来たんですか?」

 

そんなマイがゆるい笑顔を浮かべながら、僕に質問を投げかける。

 

「いや、ポーション売れたから、追加でこれ全部持っていくよ」

「あー、はい。いいですよ」

「おう、サンキュ」

 

棚の残りのポーションをまたすべて突っ込んで、店を出る。

店を出るとき、はっとして顔を上げて、

 

「ええええええええええええ!?」

 

という叫びをきいて、扉を閉める瞬間びくっと跳ねてしまった。




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第64話:予想外な客

「おーい、追加だ追加!どんどん売れえ!」

「ノーウ!」

 

店番をする雪だるまのカウンターであるそりにポーションを積み上げるとますます活気が増して、ポーションの山に飛びつく。

それにしても、流石はポーションだ。

毎日毎日、同じ数を売ってても、売れ残ることはない。

というかこの街の冒険者どもダメージ受けすぎじゃねえの?

 

本気で魔王討伐をしてるということなのだろうか。

 

 

 

 

「うわあー、すごい!姉ちゃん!雪だるまが動いてるよ!」

「遊んで遊んで―!」

「ノ―!?」

 

数人の子どもたちがやってきて、雪だるまに群がる。

 

「ああ、ダメだよ君たち。こいつは今お仕事してるんだから」

 

あやすように子どもを止めにかかる。

 

「えー、一緒に遊びたかったのにー」

「ごめんな。僕の友達を呼ぶから、そいつと遊んでてくれよ」

 

いつものように手をつくと、いつもより大きな雪だるまが雪の中から現れる。

僕よりも大きく、丸くて抱き心地がよさそうなその雪だるまは、子どもの前にかがんで手を差し出した。

 

「わあ、すごい!おっきいやあ!」

 

子どもたちはその大きな雪だるまに集まる。

雪だるまは大きな体を活かして遊具のように子どもたちを楽しませる。

 

「…ちょっと、頼んだぜ。僕は休む」

 

そりに座り込んで、息を吐く。

この雪だるまの召喚は、大きいものを出すほど疲れがたまる。

だから大きいのを一体出すより、小さいのを数匹出した方がコスパがいいのだが、子ども相手にはやはり大きい方が良いだろう。

 

前では売り子の雪だるまがポーションを売り、左では大きな雪だるまが子どもと戯れる。

うん、これ、結局のところ…

 

「僕、何もしてねえなあ」

 

溜息交じりにそう漏らす。

 

「あの、あなたはこの店の方ですか?」

「ん?ああ、そうですけど」

 

声をかけられて左を向くと、派手ではない服の、長い茶髪をきれいにまとめた女の人が、小さな女の子と手をつなぎながら、僕を不審そうに見ている。

 

「それじゃあ、あなたはあの子たちの…」

「ん、あの子?」

 

その時、勢いよく店の扉が開かれ、我が店の職人達が外へ出てくる。

 

「うわあ、お客さん、外の方で溜まってるじゃないですかあ!」

「雪だるまで商売とか…流石サンタ、やるじゃねえか!」

 

マイとラストが目を丸くしながら僕の方へ駆け寄ってくる。

 

「なんだよサンター、こんな楽しそうなことやるなら俺たちにも…」

 

ラストがそばにいた子連れの女の人を見て固まる。

ついてきたマイも同じように、その人を見てさらに目を見開く。

 

「久しぶりね。二人とも」

「ね、姉ちゃん!」

「ユウ姉さん…!」

「え?姉ちゃん?」

 

驚いて女の人を見ると、その人は優しく微笑んで言う。

 

「自己紹介がまだでしたね。二人の育ての親の、ユウリッドといいます」

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、粗ポーションですが」

「ありがとう」

 

外で雪だるまに売り子を任せて、僕たちは二階のリビングに5人でいる。

テーブルは4人分の椅子しかないので、僕は一人だけ近くのソファに座る。

 

「えっと、リィナです。一緒に働きながら暮らしています」

 

リィナが緊張しながら自己紹介をする。

僕もそれに便乗して、名乗る。

 

「あ、僕はサンタクロース。この世界に帽子一つで野放しにされてきたところを、マイに拾ってもらって、一緒に働かせてもらってます」

「ふふ、面白いわね。リィナさんと、サンタクロースさんね。いつもこの子たちが、お世話になってます」

 

母性を感じる優しい笑みを浮かべながら、小瓶に口をつける。

 

「あら、おいしい」

「姉ちゃん。久しぶりじゃん…今日は、どうしたんだよ?」

 

当のポーションの生みの親であるラストはいつもみたいに口がよく回らない様子。

育ての親というからには、やはり頭が上がらないのだろうか。

 

「どうしたって、孤児院から飛び出して、店を始めた二人が、ちゃんと生活できてるかを、見に来ただけよ」

 

攻撃的な物言いに、2人が縮こまって肩を竦める。

 

「孤児院…」

 

そういえば、だいぶ前に、孤児院で育ったような話を聞いた気がする。

育ての親ということは、この人が二人を育ててたのか。

でも、それにしても…

 

「育ての親なのに…若いなあ」

「ふふ、ありがとう。私、育ての親といっても、まだ20歳とちょっとなのよ」

 

20とちょっと?

いくらなんでも若すぎだろ。

孤児院は親が経営してたのか?

 

「じゃあ、歳の離れた姉ちゃんみたいなもんですかね」

「そうね。そう思ってくれて構わないわ。外の子たちには、流石にもうお姉ちゃんなんて呼ばれるには、離れすぎてるかもしれないけれどね」

 

ふふふっと、楽しそうに笑う。

外で遊んでるのは、孤児院の子どもたちだったのか。

 

「なるほどー」

 

そこで会話が途切れて、しばらくの間沈黙が流れる。

久しぶりの再会のはずなのに、二人はとても気まずそうに下を向いている。

どうしてそんな顔してんだよお前ら。

なんかしゃべれよ。

 

ユウリッドさんの隣に座るリィナはもう耐えられないといったような顔で、口をパクパクさせながら、

 

た す け て

 

と、SOSのサインを送ってくる。

 

「え、ええと、ああ、そうだ。せっかくなんだし3人でゆっくり話したらどうですかね。家族水いらずって感じで。な、リィナ、僕たちは外で飯でも食って来ようぜ?」

「そ、そうね!それじゃあ、後はごゆっくりどうぞ!」

「お、おい、サンタ!」

 

青ざめるラスト。

 

「店のことと外の子どもたちの面倒はうちの雪だるまが全部やっといてくれるから、気にすることは無いよ!そんじゃ、ごゆっくり!」

「サンタさん!」

 

ごめん、二人とも。

リィナだけじゃなくて、僕もこの空気、耐えられないんだ。

リィナの手を引いて、僕は窓へと手をかける。

 

「そういうことだから…って、サンタ!?なんで窓!?」

「しっかりつかまってろよ」

 

早いとここの空気から逃げ出したい僕は、階段を下る余裕すらなく、リィナを抱きかかえて、逃げるように窓から飛び降りた。




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第65話:付き添いのクエスト

「いやー、寿命が縮む思いだったぜ」

「サンタが窓から降りたおかげで私も縮んだかと思ったよ…」

 

リィナをお姫様抱っこしながら窓を飛び出して、すれ違う人の視線も気にせず僕はひたすら走った。

そして今日は、冒険者ギルド内のテーブルに座って、向かい合って昼食をとっているところだ。

 

「あの二人、気まずそうだったね」

「そうだなー。なんでだろうね」

 

ユウリッドさんの、二人で飛び出して店を始めたという部分が強調されていた気がするが、あまり詮索するのはよろしくないだろう。

 

人の色恋とプライベートは、深入りしてはいけない。

自論だ。

 

「うーん、おかげでしばらく帰れなくなったな。どうする?行きたいとことかあったら、連れてってやるが」

「ほ、本当!?」

「ああ、いいよ。何だったら、全額僕の負担でもいい。欲しいものでも、行きたいとこへの往復切符でも、なんだってプレゼントしてやる」

 

妹がいたらこんな感じなのだろうか。

リィナの嬉しそうにしながらどうしようかと考える様子を、兄になった気分で見守る。

 

「嬉しいなあ。それじゃあ、どうしよう…あ、そうだ!」

 

少し考えた後、リィナは思いついたように顔を上げる。

 

「おう、決まったか。言ってみろ」

「うん!お金!お金がほしい!」

 

血の気が引けるのを感じる。

 

「え、お金…?」

 

まさか年下の、それも高校生くらいの年頃の女の子に、ストレートに金をせびられるとは、思っても見なかった。

泣きそうなのをばれないように、帽子を手でおさえて顔を隠す。

 

「リィナ。なんでもやるとは言ったけど、それは違う。せめてなんか高いもの買わせて、転売とかしてくれよ。お金とか、ストレートすぎ」

「ち、違うよ!」

「何が違うんだよ。ダイレクトにお金ほしいとか言ったじゃねえか」

 

赤い髪を振り乱しながら、リィナはギルドの受付を指差す。

 

「ギルドのクエストが受けたいの!サンタと一緒にクエストして、その報酬でお金が欲しいの!」

「ああ、そういうことっすか」

 

よかった。

リィナは真面目な子だった。

危うく袋から全額出すところだったぞ。

 

「でも、僕冒険者じゃないから、クエスト受けられないんだよなあ」

「冒険者じゃなかったんだ…じゃあ、私と一緒に、登録しにいこう?」

「色々と、世話になります」

「うん!」

 

その時、僕の腹から不服そうに唸り声が上がる。

 

「その前に、飯、食わせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

昼飯を平らげて、僕たちはクエストが色々と貼ってある看板の前にいる。

 

「んー、なかなかいいのがないね」

「そうなの?普通にこれとかよくね?」

 

僕は一つのクエストを指さす。

 

「んー?レッドスライムの討伐…って、こんなのつまらないじゃん」

 

なんだとこの野郎。お前だってスライムから戦闘を学んだくせに、偉そうなこと言いやがって。

 

「じゃあ、何が良いんだよ」

「…なんで、そんな不機嫌なの?やっぱりサンタの強さに合わせて、すごい強いのと戦いたいじゃない。魔王クラスとか」

「なるほど。でもないんじゃ、仕方がない。受付で聞いてみるか?」

「そうね」

「すいません。すごい強いやつの討伐クエストとか、ありませんか?できれば、魔王クラスとか、すんげえ強いドラゴンとか、なんかいません?」

 

受付の人に対して、かなり馬鹿な身なりをして、迷惑な質問をする僕。

実際、周りからみたら、身の程をわきまえない赤い帽子をかぶった馬鹿が、受付を困らせているように見えるだろう。

 

「そうですね…それではギルドカードを見せてもらってもいいですか?」

「え」

 

ギルドカード。

初めて聞く単語に、僕は困惑する。

 

「これで、お願いします」

 

焦る僕にフォローを入れるように、横からリィナが赤いカードを差し出す。

 

「はい、確かに。それでは、少しお待ちくださいね」

 

受付の人は奥の方へ消える。

 

「サンキュー。助かった」

「大丈夫、でもサンタ、冒険者じゃないってもったいないね。サンタなら最前線で魔王軍と戦えそうなのに」

 

確かに、魔王というものがどれほどのものかはわからないが、命の危険を感じるほどの強敵にはまだ会っていないので、戦ってみたい気もする。

でも、今の生活に満足してるから、それを離れてまでわざわざ戦おうとは思えない。

 

「まあ、生きていられるなら、そんな大層なことは、しなくてもいいんだ」

「そういうものなの?」

「そういうもんだ」

「お待たせしました」

 

受付の人が戻ってくる。

 

「赤のクラスの冒険者の方ですと、ここら辺では少し行った先の森にある盗賊ゴブリンのボスを倒すのが一番ですね」

 

そういわれて、カードを返される。

 

「うーん、やっぱりそのくらいか。それじゃあ、それでお願いします」

「はい、それでは、頑張ってくださいね」

「…あれ、終わり?」

 

特に何も渡されることなく、簡素な激励の言葉を受けただけで、クエストの受注がなされる。

 

「うん、行こう、サンタ」

「あ、ああ」

 

 

 

 

 

 

「あんな簡単に受けられるのな。なんか書類とかあると思ってたけど」

「このカードがあれば、そういうのはほとんどいらないんだ」

 

なんだ、チップでも埋め込まれてるのか?

 

「へえー」

「ねえ、それはそれとしてさ。そろそろスライムいじめながら進むのやめてくれない?時間かかっちゃうじゃない」

「これは失敬、ついうっかり」

 

今は草原で、僕たちはゴブリンとやらが出てくる森を目指して歩いている。

ルドルフがいればひとっとびなのだが、あいにくと店番を任せているから、それもできない。

 

「でも、これじゃあ時間かかっちゃうね」

「じゃあ、時間短縮する?」

 

そういうと、リィナは首をかしげて、僕を見てくる。

 

「え、できるの?」

「ああ、ちょいと失礼」

「え、ちょっと、わ!」

 

お姫様抱っこで、リィナを抱える。

 

「しっかりつかまってろよ」

 

地面を蹴って、全速力でまっすぐ駆ける。

スキルを使わない限り疲れないので、出し惜しみなく出せる限りのスピードで走る。

 

「うぅ…」

 

顔を伏せて何も言わないリィナ。

しかし、僕は走ることをやめない。

ごめんな、流石にお姫様抱っこは好きなやつにされないといやだよなあ。

今度お詫びに飯でもおごってやろう。

 

「お、あれかな」

 

目の前の丘をこえると、僕たちの目的地だと思われる森が、辺り一面に広がる。

目の前を通るスライムを蹴散らしながら、僕は森の入り口まで全力で走った。




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第66話:森の盗賊

「さて、森についたわけだが」

「もういいでしょ。おろしてよ」

「ああ、ごめん」

「・・・」

 

見たことない植物と聞いたことのない鳴き声が支配する森ではあるが、やはりどこの世界でも森は森だ。

初めて来たが違和感はあまり感じない。

 

「んで、お目当てのモンスターはどこにいるんだ」

「もう、勝手なんだから」

 

ところどころ明かりが差し込む森の中を不機嫌そうなリィナと歩く。

 

「そういえば、ギルドカードで色とかあったけど、レベルみたいなもんでもあるの?」

 

ギルドのシステムはよくわからないが、これからお世話になるかもしれないからな。

聞いておきたい。

 

「うん、強さで色が変わるよ。冒険者じゃないのに、レベルのことは知ってるんだね」

「あ、レベルあるんすか」

 

そういう概念、あったのね。

スキルはないのに。

 

「それで、赤の冒険者とか言ってたけど、レベルで決まってるのか?後、数字って出てるのか?」

「そりゃレベルなんだから、あるにきまってるじゃない。私は今56レベル。これでも結構強い方なんだよ」

 

カードを見せて、ふん、とドヤ顔を決めている。

 

「へえ、そうなのか」

「サンタはレベルのこと知ってるってことは、自分のレベルも知ってるんじゃないの?」

「ん、まあ一応ね」

「いくつなの?」

 

身を乗り出して聞いてくる。

一応冒険者だからか、一度負けた相手だからか、興味を持っているようだ。

 

「えーっと。いくつだったかな」

 

スマホを取り出して、久しぶりに自分のステータスを確認する。

ユーエン街に出発するときからずっと見てなかったな。

 

スマホを見て、久しぶりに見たレベルの数字に思わず目を疑う。

 

「サンタ?それにレベルが書いてあるの?いくつ?」

「んーと…」

 

始めのころの3週間で50なんてレベルはとっくに超えていたが、まさかここまでとは。

 

「じれったいなあ。一体いくつなの!?」

「…68かな」

 

適当に少し上のレベルを言ってごまかす。

 

「やっぱり私より上なんだ。流石だね。サンタ」

「ま、まあね」

 

リィナは詰め寄るのをやめて、再び歩き出す。

僕は画面に書かれた本当の数字を、隠すようにして、画面を消す。

 

「3桁越えとか、オンラインゲームかよ…」

「どうしたの、サンタ?」

「いや、なんでも」

 

この世界って、何レベあれば魔王と対等にやりあえるんだろう。

もしかしたら本当に、魔王討伐も…

いつの間に上がった数字を思い浮かべながら、リィナの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

数分歩くと、森の中に開けた広場のような空間があって、真ん中に切り株があって、オカリナを吹く少年が座ったら動物でも寄ってきそうな雰囲気だ。

 

「おー、すげえ。いいなここ」

「ちょっと休憩しようか」

「いや、あんま休んでる暇もないかもね」

「え?」

 

奥の見えない茂みの方から、がさがさと何かが蠢く音がする。

 

「ゲヘヘ…」

「ゲヘ、ヘヘエ」

 

緑色の体の腰に布を巻いただけの、背を丸めて頭を突き出した姿勢のゴブリンが、茂みから現れて僕らを囲う。

 

「っ!出たわね…」

「ああ、そして、目的のあの方もご登場だ」

「グヘヘ…」

 

最後に、なん回りも大きなゴブリンが茂みから頭を出してやってきて、汚い声で笑い声を漏らしている。

 

「そういえば、僕スライムとしか戦ったことねえな」

「なんで今そんな大事なこと、今言うの…!」

「ゲヘエア!」

 

一度に5匹のゴブリンが飛びかかってくる。

標的は僕。

殴られたら痛そうな棍棒が、上半身、主に肩から上に容赦なくぶち込まれる。

 

「サンタ!」

「ゲヘヘ!」

「・・・流石、スライムよりは格が違う

「ゲ!?」

 

右手でゴブリンの首を掴んで、力を籠める。

一瞬やばい、という顔をしたゴブリンは、暴れる余裕もなく灰となって崩れ去る。

 

 

 

「サンタクロースは絵本の世界の住人だ。そんな絵本の主人公が、こんなとこで死ぬわけないだろ」

 

 

 

一匹がやられ、焦ったゴブリンは一斉に距離をとる。

 

「うわあ、えぐい…」

「さて、リィナ。一応パーティだから、連携というものをとらないといけないわけだけど。雪をだすと、炎で溶けちゃうし、僕は小細工なしでやるから、リィナは遠慮なくぶっ放してくれ」

 

ゴブリンが距離を置いたので、僕はリィナに背を合わせ、作戦を企てる。

 

「わ、わかった!」

「それじゃあ、そろそろラストたちも話が終わってそうだし、さっさと片付けようか」

「グヘエアア!」

 

大きなゴブリンの咆哮とともに、ゴブリンが飛びかかってきた。




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第67話:黒い聖者

「よっと」

「グア!」

 

ほぼ突撃に近い攻撃を躱して頭をつかんで他のゴブリンに向かって投げ、躱しきれない部分は拳で迎え撃つ。

後ろからの攻撃は、ほとんど飛んでこないから、正面だけを相手にする。

 

「全部、食らいなさい!」

「シャアアアァァァ…」

 

僕の後ろでは、リィナが呼び出した炎の大蛇が、あたりのゴブリンを食い散らかして無双する。

あれか、ラストが覗きをした時に出てきたあの蛇か。

 

「なんだよそれ。僕要らねえじゃねえか」

「そんなことないよ。サンタのおかげで私の周りには敵が来ないし、おかげで自分のことは考えなくても戦えてるし、ね!」

「まったく、どっちが援護なんだかね。っと!」

「ガッ!」

 

リィナを狙った攻撃を腕を伸ばして防ぎ、ラリアットのように振り抜いて吹き飛ばす。

 

「シャアアアア!」

「ん?」

 

ゴブリンを殴っているところへ、僕が大蛇の目に留まる。

燃えるような、いや、文字どおり燃えている目は僕を捉え、少なくともその鋭さは仲間を見る目ではない。

 

「おい、なんかこっち見てるぞ?」

「あ、あはは。この子、私以外に戦っている人は敵味方構わずに攻撃しちゃうんだ」

 

初めて明かされる新事実。

大きく口を開けた大蛇が、勢いよく僕にその口を近づけてくる。

 

「おいおい…それって」

「ごめん。我慢してね」

「シャアアアアアア!」

 

パク。

頭からすっぽりとかじられる。

口の中は熱く、息をしたら肺がやけどしそうだ。

 

これは、やべえな。

 

息が切れる寸前で、ようやく解放され、地面から落とされる。

 

「いてっ。うわあ、あっつ…深呼吸したらミディアムどころの焼き加減じゃねえぞ…!禿げてないよな?」

 

髪が燃えていないか、帽子の中まで手を突っ込む。

この年でハゲはごめんだ。

そして、いつもと変わらずに頭を覆ってくれている我が髪の毛に感謝。

 

「ごめんねサンタ。でも、私の最大級の魔法なのに…なんでそんなぴんぴんしてるの…?」

「いや、一応僕、火には慣れてるし」

 

大学生ともなれば、バーベキューでもなんでも、火起こしの一つや二つ、軽くやってしまうものさ。

なんならこの世界で一番僕が耐性がある属性だといっても、間違いはない。

 

「ま、これ飲んで、この調子でがんばれ」

「あ、ありがとう。ん…ぷはあ!」

 

ポーションを渡して、飲ませる。苦くないやつね。

大会の時にわかったことだが、こいつはスタミナがないからな。

もしものために温存してやらないと。

 

「ギシャアアアア!!!」

 

リィナの回復に呼応するかのように勢いを増した大蛇は渦のようにあたりにその長い体を巡らせてゴブリンたちを阻み、炎で形作られた牙で敵を食い荒らす。

 

そして、5分もしないうちに、ゴブリンたちは残さず全滅した。

 

「すげえな」

「でしょ。さあ、最後は、あいつを倒して、終わりね」

「ゲヘ、ゲヘヘへ…」

 

黙ってみていた巨体のゴブリンがついに腰を上げる。

 

「ギシャアアアア!」

 

それに向かって大蛇が飛びつき、ぐるぐる巻きにして燃やそうとする。

 

「ゲ?ゲッヘエア!」

 

しかし、その状態でも難なく両手を広げ、今まで大活躍だった大蛇は火の粉となって弾け、あたりに飛び散る。

 

「うそ!やられちゃった!」

「それじゃあここからは、 僕のターンかな?」

 

リィナの足元に袋を投げ捨てて、両手の関節を鳴らす。

 

「それじゃあ、僕もリィナみたいに、最大級の技を使ってみようかね」

「え、最大?雪がないのに、使えるの?」

「ああ、一個だけ、まだ使える技があったんだよ」

 

大きな棍棒を振り上げる巨人を目の前に、一人つぶやく。

 

「赤いサンタクロースは夢と希望を。そして良い子のみんなにプレゼントをおいて去っていく。そんな彼には対になる兄弟みたいなやつがいるんだ。その名も…」

「ゲッハアアア!!」

 

振りかぶった棍棒が僕の頭に垂直に振り下ろされる。

 

「…ブラックサンタ」

 

 

 

 

森の中、鳴り響く轟音。

 

大地を揺らすような攻撃が地面を揺らし、生じた風も木々を揺らす。

その中心で、僕はその棍棒を、片手で受け止めた。

 

「っつつ。しびれるねえ」

「サンタ!」

「それじゃあ、仕返しだな。袋を広げろ、リィナ!」

 

棍棒を両手でつかんで取り上げる。

そしてそれを、リィナに向かって投げる。

 

「ええ!?きゃああ!」

 

咄嗟に足元の袋を盾にして、リィナはしりもちをつく。

投げられた棍棒はリィナめがけて、リィナの持つ袋めがけてまっすぐに飛んでいく。

棍棒は袋に吸い込まれるようにして姿を消し、巨体のゴブリンは丸腰になる。

 

「ようし、これでお前は丸腰だ」

「あれ、サンタ…帽子が…!」

 

僕の頭上の、黒ずんだ帽子を指さされる。

 

「ああ、まあアレだ。サンタクロースは、シークレット枠として真っ黒バージョンもあるんだよ」

 

安心させてやろうと口元を引き延ばして二カッと笑う。

 

「それじゃあ、張り切って、お仕置きターイム!!」

 

数秒後、叫び声も上げずに地面に伏した大きな巨体は、何かの骨のようなものをゴロンと地面に転がして黒い灰と化し、跡形もなく崩れ落ちた。




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第68話:ノリと嘘

街に帰って、今僕たちはギルドで報酬をもらい、そして、帰路。

 

「結構もらえたな。あれ倒すだけで50万とか、うちの売り上げ何日分だよ」

「命がかかってるからね。そりゃあ高いよ。それに、パーティ組んでれば山分けしないといけないから、一人で50万ってわけじゃないからね」

 

そうか、一人50万ずつもらえるわけじゃないか。

強いやつを相手にするには結構な数を揃えないといけないから、あまりいい値段とも言えないな。

 

「なるほど。でも、1時間もかかってないし、毎日10回くらいずつやったら僕一人でこの街買えるくらいの金は稼げそうだな…なんて」

「…冗談に聞こえないからやめてよ。普通ああいうのは倒すのに、結構かかるものなんだから」

「ま、良かったじゃん。帰って二人に自慢してやろうぜ」

「うん。あ、後、これサンタの分ね」

 

そういって半分の25万ユインを僕に渡してくる。

 

「ん、いらね。給料はマイからもらってるし。後、これも仕事の内だ。全部もらっとぐえぇ!」

 

つっぱねて前を歩くと、フードを掴まれて、息が詰まる。

 

「それじゃあ私の気が済まないの!しかも倒したの、サンタ一人じゃん!いいからもらってよ!」

「げほ、げほ。仕方がねえな…んじゃ5万だけ」

 

5枚の硬貨を手からつまみ上げて、袋にいれる。

 

「本当は半分じゃないと気が済まないけど…まあいいや。今、マイたちはどうなってるんだろう」

「さあね、それはこの道を曲がればわかることさ」

 

道を曲がって、見慣れた古い我が家にたどり着く。

 

ポーションが売り切れたのか客の姿はないが、まだ子どもたちは遊んでいて、売り子の仕事が終わった雪だるまたちと雪合戦をしている。

 

「ああ、まだ終わってないっぽいね」

「うう、お腹が痛くなってきた」

 

こいつも不憫だな…

まあ、僕もだけど。

 

「今日はどこかの店で二人で慰労会でも開くか…」

 

入り口で僕を迎えるコメットに餌をあげて、僕たちは覚悟を決めて2階への階段を上がった。

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

「サンタ…」

 

げっそりとした二人を見て何があったのかを悟る。

今日の慰労会は4人でやるか。

 

「あら、おかえりなさい」

 

ユウリッドさんは相変わらず僕たちには優しく微笑む。

 

「どうも。やっぱり少し合わないだけでも、話すことは山ほどあるんですか?」

 

リィナをユウリッドさんの隣の席に座らせようと肩をつかむが、真っ青な顔で訴えるようにこちらを見るので、仕方なく僕が座る。

 

「そうね。まだまだ話足りないくらい」

 

にこりと笑ってユウリッドさんは向かいの席のマイとラストを見やる。

ラストは疲れた顔をしつつもまだ意識はあるが、マイに至ってはもう放心状態だ。

 

孤児院を飛び出してとか言ってたし、説教でもされたか?

 

「そういえば、孤児院はあなた一人で経営されてるんですか?」

 

自然な流れで、話題をそらす。

もうこれ以上は二人にダメージは負わせられない。

だってマイとか、もうやばそうだもん。

 

親指を立てて、任せろ。といった意思表示をラストにすると、感動からか声にならない声を上げ、両手で口元を覆って泣きそうな顔をする。

 

「ええ、そうね。元は私の両親が経営していたんだけど、どちらも私が10歳の時に亡くなっちゃって。それからは私一人で経営してるわね」

 

両親の死。

サンタクロース、二人を助けるとか言った手前、早速両親が死んだという地雷を踏んだ模様。

 

「…なんかごめんなさい」

「いいのよ、そんなの、知らなかったんだから。気にしないで、ね?」

 

フォローをされたが、僕のメンタルにも早速ひびが入る。

 

「…僕も親とかいないんで、もしここにくるのが後10年早かったら、こいつらの兄弟になってたかもしれないですね」

 

メンタルに傷がついてもここで沈黙してはいけないので小粋なブラックジョーク(?)を放つ。

 

「あら、あなたもなの?」

「あ、私もみなしごです」

「あらあら。ずいぶんと、不幸な人たちが集まったものね。ふふっ」

 

何がおかしいのか、ユウリッドさんはそう言って笑って見せた。

 

「孤児院のことは聞いてましたよ。ラストから。色々と迷惑をかけてたとかなんとか」

「そうねえ。面倒はいっぱいかけられたかな。いきなり店を始めちゃうんですものねえ?」

「いぎいっ!?」

 

冷ややかな視線が流れ弾となってラストへ投げられる。

これ以上はこいつも持たなそうだな…

 

「でも、だから孝行はしてやらないとなって言ってて、この店の売り上げから、ひそかに貯金も組んで、何かしようとしているみたいですよ?」

「え?そうなの、ラスト?」

 

もちろん嘘だ。

しかしこの辺でうまく収めてやらないと、こいつらの立場がなくなる。

 

「ええ、そうなんですよ。俺になんかあった時は頼むわなんて言っちゃって、僕にこんな大金を持たせてるんですよ?」

 

袋をひっくり返すと、じゃらじゃらと、大量の1万ユイン硬貨が音を立ててテーブルの上に積まれる。

 

「うそ、こんなに!?」

「なんでも孤児院の一人での経営は大変だとかなんだとかで、それで少しでも楽させてやりてえなってこの前飲んだときにマイと一緒に話し合ってて、それから少しずつこうやってお金を貯めてるんですよ」

「ラスト、マイ…!」

「そうだよな?ラスト?」

 

店の給料、使わないで持っておいてよかった。

ユウリッドさんに見えないように親指を立てて、ラストに、とりあえずこの話に乗っとけ、と意思表示をする。

 

親指万能だな。

 

「え、えーと、はは、まあ、そういうことなんだ。姉ちゃんには迷惑かけてたからな」

「さっきはそんなこと言ってなかったじゃない。もっと早く言ってくれれば少しは説教も抑えてあげたのに…」

 

あ、やっぱり説教されてたんですね。

1時間以上も。

 

「まあ、こんな感じで金もたまって、今度何かしでかしてやろうって考えてるんで!毎日それの準備もしてて、今日もこれからやろうと思ってるんですよ。できれば内容までは知られたくないので、今日のところはお引き取りいただけませんかね…?後日、準備ができたら、そちらに乗り込むんで!」

 

ハチャメチャな言い訳だ。

そして、しでかすだとか乗り込むだとか、悪いことでも企んでるぞと思わせるような言い回しだ。

 

「…そういうことなら、今日は帰ろうかしら?」

「そう長くは待たせないので、もう少しお待ちくださいね。後、御用があれば、僕に言ってくれれば、子守でも遠足でもどこでも連れていくんで、いつでもどうぞ!」

 

そしてにっこり。

バイトで学んだ営業スマイルを、ここで存分に発揮する。

ついにユウリッドさんの重い腰が上がった。

 

「ふふ、私一人でできることも限りがあるし、そのうちお願いしようかしらね。あなたも、手伝ってくれるのかしら?」

「は、はい!もちろん!」

 

突然振られたリィナがびくっと跳ねて返事をする。

 

「あ、外にいる雪だるまには、見送りをさせますね。帰ってから遊んでもいいですけど、明日の朝には動かなくなるんで、ちゃんと子どもたちにお別れをするようにして言ってあげてくださいね」

「わかったわ。ありがとう。じゃあ、また」

 

そして子どもたちと雪だるまをつれて、ユウリッドさんは帰った。

 

リィナと僕は、ほっと安堵の息を吐き、説教を受けていたらしい二人は、しばらくの間、放心状態で何もない空間をぼんやりと見つめていた。




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第69話:お疲れ会

「んん。そ、それじゃあ、今日一日、いろいろとね、お疲れ様でした。乾杯」

「か、かんぱーい…」

「おお、かんぱい」

「…」

 

夜。

杯を握ったまま、誰も何も言いださないので、今回は僕が乾杯の音頭をとる。

いつもの飲み会より豪華な食事を用意して、乾杯したのに雰囲気が完全にお通夜だ。

 

「え、ええっと、今日は好きなもの頼めよ。なんでもおごってやるからさ!」

「そ、そうだよ!今日は私とサンタが、全部おごっちゃうから!」

 

リィナも気を回してやけくそ気味に言う。

ラストがそれをきいて、

「お、まじで?」

とつぶやいたので、こいつは大分立ち直ってるのかもしれない。

「…」

 

問題はこいつ、マイだ。

いつまで魂抜けたみたいに呆けてるんだよ。

まるでマネキンだ。

連れてくるときもわざわざ担いでルドルフにそりまで引かせたんだぞ。

外で留守番食らってるルドルフの気持ちにもなってやれよ。

まあ、飯のゼリーを大量に詰んだら、大喜びだったのは秘密だが。

 

とりあえず、まずはラストを回復させよう。

 

「おい、ラスト。これをお前にやる」

「ん?」

 

袋から今日リィナにもらった5万ユインをラストの前に置く。

 

「今日ちょっとギルドのクエストをこなしてな。その報酬だ。使い道がないから、お前にやる」

「ええ、まじで!?」

「ああ、後、今日は本当に何頼んでもいいぞ。なんなら帰りに夜の店でも漁ったっていいぜ?」

 

ニヤリ、ここ最近で割と汚い部類に入る笑みを浮かべる。

 

「お、お…」

 

どうだ!?

 

「俺、ふっか――っつ!ようしサンタ、今日は飲むぞ!」

「うわあ、現金…」

「…狙ってやったけど、これは、引くな…」

 

まあこれがいつものラストなんだろうが。

 

「なにいってるんだよ!俺はいつもと同じだぜ?さあ、飲もうぜ飲もうぜ。乾杯!」

 

一気に炭酸も入っていないジュースを飲み干す。

まあ、回復したならいい。

 

「さて、次は…」

「マイ!ほら、前に食べたいって言ってたスイーツ!これ、結構おいしいよ?どんどん食べてよ!」

「…」

 

返事がない。ただの屍のようだ。

でもまだリィナは諦めない。

 

「ま、まだまだ!これ、私の新作の魔力ポーション!これを飲めば、お気に入りのあのチェーンソーも、すごい勢いで回りだすよ!上げるから、今度飲んでみて!」

「…」

 

返事がない。ただの屍のようだ。

しかしリィナは諦めようとはしない。

 

「う、うう、まだ…まだあ…ぐすっ!うあああぁぁんさんたあああああ!どうにかしてえええ!」

 

泣いた。

リィナが飛びついてくる。

何も反応なしとか、もうこれ死んでるんじゃねえの?

 

「マイ、お前、そろそろ戻って来いよ…」

「…」

「おい、おい…」

「…」

 

ダメだ。返事がない。やはりただの屍のようだ。

 

「リィナ、これはお手上げだ」

「うう、サンタまで…」

「マイは死んだんだ」

 

こちらはもうあきらめて座り込む。

グラスの飲み物を口に運んだその時だった。

 

「うへへ、いやあ、さいこうの気分だなあ、やっぱうめえもんはうめえよお~」

 

ラストがふらついている。

なんだか様子がおかしいな。

ふと、持っているグラスが目に留まる。

 

「おい、ラスト、それ…」

 

いつ頼んだのか、ラストがもつグラスには見覚えのない桃色の液体が。

 

「んああ?なんだあ?お前もこれ飲むかあ?はっはっは!」

「おい、これ、酒じゃねえか!何飲んでんだよ」

「さけえ?そんなのはいってたかなあ~?」

 

大して面白くもないのに、ゲラゲラと笑うラスト。

 

「ねえ、サンタ」

「ああ、これは、もうどうにもならねえな」

 

お手上げだ。

僕とリィナは、ただ二人肩を寄せ合って、この喧噪と静寂の終わるのを待つほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思ってたのだが。

 

 

「んん?おおい、マイぃ。お前いつまでそうしてんだよお!さんたあ、ちょっとよこせ!」

「あ、おい」

 

酔ったラストに袋を奪われる。

そして、あの濃い緑色のポーションを隣に座る放心状態のマイの口に突っこむ。

 

「おら、飲め。どんな死にかけだろうが、どんな酔ってようが、飲めば一発で全快、俺の自慢のポーションをなあ!」

「うええ、ちょっと!?」

「…」

 

それでも反応がない。

と思っていた矢先。半分を飲んだあたりで、異変を感じたマイの目に光が宿る。

 

「…ん!?はっ!!うえええええぇぇぇぇ!!」

「…それ、もうポーションの用途の範囲超えてるだろ」

 

これなら不治の病も直せるんじゃないだろうか。

そしてマイがようやく目が覚めた。

 

「まっず、またこれですか!?あれ、でもなんでこんなに豪華な料理が!?」

「あ、ああ、これ、今日の慰労会。僕とリィナのおごりだから、じゃんじゃん食ってくれよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!今日は昼間から意識がありませんけど、ありがたくいただきますねっ!それじゃあ、かんぱーいっ!」

「ういい、いいじゃねえかあ!かんぱーあい!」

 

こうして二人が復活した。

僕たちの努力は、すべて小さなポーション一本にかっさらわれた。

 

「リィナ、今日の教訓をひらめいたんだが」

「サンタ。たぶん私も、同じこと考えてる」

 

ラストに捨てられた袋を拾って、二つの瓶を取り出す。

 

「そうか、それじゃあご一緒に。せーの」

「困ったらとりあえず、こいつ(これ)を飲ませること」

「へっ。おい、ラスト!」

 

ラストの肩を掴んで、口を開けさせる。

 

「んん?なんだあ?」

「飲め!そして覚醒しろ!」

「ええい!」

 

二人で二本の瓶を、口に突っ込む。

 

「んん!…うがあああああああ!にっげえええええ!」

 

のたうちまわるラストをよそに、3人でグラスを掲げる。

 

「よし、飲むぞ!」

「うん!せーの」

「かんぱーい!!」

「ぐうあああああああ…!」

 

こうして再度、僕たちの宴会は始まった。




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第70話:鬼のクエスト制覇

翌日。

 

「飲みすぎた…」

「うう…」

 

昨夜久しぶりに暴飲暴食をした僕たちは胸やけと胃もたれのダブル攻撃を食らい、椅子を並べてカウンターで突っ伏している。

僕は客側のカウンターに椅子をもってきてリィナと向かい合う形で突っ伏している。

 

「店番がいて助かったぜ…」

 

今日は休み、ということにしたかったのだが、さすがに飲みすぎ(二日酔いではないが)で店を休んだなんてしれたらどんな仕打ちをされるかわからない。

だから、今日はスノウマンを外に配置させて店番をやらせている。

売り子の仕事だけで、今日は個別の注文は受け付けないが。

 

「それで…結局どうするんですか?」

 

頭だけを動かして、マイが言った。

 

「えー、何を?」

「準備ですよ。孤児院の子たちに、何かするんでしょう?」

「あー、そういえばそうだったなあ…」

 

そう。

その場しのぎの嘘によって僕たちはユウリッドさんの孤児院で何かしらの出し物のようなことをしないといけなくなってしまったのだ。

まあ、不覚にも僕の差し金なんだが。

 

「んで、どうするんだよ。サンタ」

「んー、知らね。ラストとマイで考えてくれ」

「はあ!?うう、腹が…!おい、どういうことだよ」

 

大声を出した拍子に、その反動で腹を抑えるラスト。

 

「いやあ、孤児院のことはよく知らないからそっちの二人で考えろよ。金は全部出すから、好きにやれ。まあ、あんまり高いと困るから、予算は、1000万ユインくらいで頼む」

「サンタさん、言い出しっぺなのに…」

 

こいつら、恩を忘れやがって。

僕とリィナがどれだけ苦労したと思ってるんだよ…

 

「あれはお前らを助けるために言ったんだ。説教が早く済んだだけ感謝してほしいものだ」

「…わかってますよ。それにしても、1000万なんて、どこから出てくるんですか…?」

 

マイが当然の疑問を僕に投げかける。

 

「ああ、最近いい金策を見つけてな。リィナと一緒に、この前盗賊のゴブリンを倒したんだが、それだけで50万だ。だから、一日10回も似たようなのをやれば、それだけで500万は稼げるらしいぞ」

 

常人ならかなり無理に近い、労働法なんてとっくに超越するだろう活動量だが、冒険者には法律なんて通用しないんだ、きっと。

 

「…本気で言ってるんですか?」

「ああ、割とまじで。口だけってのも悪いから、今から行ってくる。リィナ、行こうぜ」

 

向かいで突っ伏しているリィナの頭の上にポンと手をのせる。

 

「ええぇ、今お腹がとんでもないことになってるんだよ…今日は休もうよー」

「だってお前、僕だけじゃクエスト受けられねえじゃん」

 

「うーん、ちょっと待ってよ…昼、昼になったら、一緒に行ってあげるから。少しだけ、休ませて…」

「まあ、それなら。僕も、なんだかんだ普通に腹やばいからなあ…」

「よくそれで行こうと思ったね…」

 

リィナに言われて、袋の中から例の小瓶を対抗材料としてカウンターに乗せる。

 

「まあ、一応胃もたれも、このポーションの範囲内だろうからなあ…」

「…私は飲まないからね」

「どうしましょうねえ、ラストー」

「うう、やべ、吐き気が…わり、ちょっと席外す」

 

口を押さえたラストがトイレへと向かう。

不快感を詰め込んだ胃袋を抱えた4人はしばらくの間ろくに動くこともできず、たまにうなり声を上げるか、深くため息をつくだけで、午前中は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は巡ってPM1:00。

 

腹の調子が良くなってきた僕とリィナは、約束の金を稼ぐためにクエストを受けに来ていた。

早速クエスト募集板を前に、スマホを構える。

 

「何してるの?」

「今から受けるクエストの内容を記録しようと思って」

 

カシャッっと、一度だけクエスト全体を見れるように写真をとって、受付に向かう。

 

「こんにちは、クエストの申請ですか?」

「はい、あそこにあるやつ全部で」

「…え?」

 

少しの沈黙の後、目の前の営業スマイルが一瞬で崩れる。

横にいるリィナも、こいつ何言ってんだといわんばかりに眉をゆがめて僕を見ている。

 

「今日のうちに全部受けます。ほら、リィナカード出せよ」

 

持っていたカードをひったくって、受付に渡す。

 

「わ、わかりました。それでは、健闘を祈ります…」

「どうも。リィナ、いくぞ」

「ちょ、ちょっと!」

 

腕を引っ張って、外へ出る。

外で待っていたルドルフが引くそりに二人で乗り込むと、ルドルフが急上昇する。

 

「んじゃあまずは、一番近いところからやっていこうか」

「サンタ、自分がしたことわかってるの!?」

「え?ああ、わかってるよ。クエスト受けたんだろ?」

「そうだけど…あれ全部今日で終わらせるなんて無理だよ!なんで勝手にきめちゃうかなあ!」

 

子どもみたいにぽかぽかと殴ってくる赤髪の少女。

クエストの数はざっと見積もって20ほど。

そのすべてが討伐関連だ。

 

「ま、なんとかなるだろ。ルドルフ、まずは外の草原まで、頼むぜ」

 

鳴り響く鈴の音は、クエストの始まりを応援しているようだった。

 

 

 

 

 

「はい、まずはスライム討伐20匹!」

 

「次、ボウルドビーの群れ討伐!どこにいるんだ!?」

 

「てめえら邪魔だ!おとなしく森に帰れ!」

 

「でかい図体だからってバカにしやがって。異世界サンタを、舐めんじゃねえ!」

 

 

 

 

 

 

PM3:00。

 

「ようし、終わり。帰るぞ」

「本当に、わけわかんないよ…まさか全部終わらせるなんて…」

「いやー、冒険者っていいな。もしマイに会わなかったら、独身貴族っていう二つ名の冒険者になってた自信がある」

「それはなんかいやだな…」

 

僕たちはすべてのクエストを終わらせて、ギルドへと戻る。

敵は多かったが、大体は空からの攻撃と、雪だるまたちのリンチによって効率よく敵を倒すことができた。

 

 

 

 

 

「いやー、受付の人のあの顔、面白かったな」

「誰だって、あれだけの時間でクエスト全部終わらせて来たら、そりゃ驚くでしょ」

 

そして帰り道。

報酬の入った袋をこさえて、店へ戻る。

孤児院で何をやるか決まっただろうか。

 

「ただいまー」

「あ、おかえりなさい!」

「よう、サンタ。戻ったか」

 

いつものように明るい笑顔で迎えられる。

朝と比べて回復したその顔を見るに、どうやら何をやるかは決まったようだ。

 

「んで、何するか決まったのか?」

「おう、すげえいいのを思いついたぜ?」

「ほう、それはそれは。それじゃあ、ぜひ教えてもらおうか」

 

4人全員が椅子に座って、いざ家族会議の開幕。

マイが自信満々な顔で僕を見る。

 

「何をするか…それはずばり」

 

前から合わせていたかのように二人で声をそろえて、叫ぶ。

 

 

 

「クリスマスパーティです(だ)!」

 

 

「は?」

 

 

季節外れの演目に、僕はこんな抜けた声しか出なかった。




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第71話:計画

「クリスマスパーティ?」

 

予想外の案に改めて聞き返すと、マイは笑顔で答える。

 

「ええ、サンタさんがいつか教えてくれたじゃないですか。楽しそうだと思ってっ!」

「いや、まあ、楽しいものだけど」

「んじゃあ決まりだな!サンタ、とりあえずどんなものか説明よろしく」

 

流れで決められてしまい、クリスマスパーティの説明を要求される。

 

「ノリノリだな…。んーと、みんなで豪華な料理とクリスマスケーキっていうケーキ食ったり、ちょっとした遊びをしたり、お互いに持ってきたプレゼントを交換しあったり、後は、サンタクロースが子どもにプレゼント配ったりとか…そんなだな」

 

宗教的なことはあるのかもしれないが僕にはわからないので、小学校で体験したことをそのまま説明する。

 

「なるほど。料理は俺がすげーものを作る。遊びはまあなんか適当に考えて、サンタクロースのプレゼント配るってのはサンタの仕事だからいいな。問題はプレゼント交換とやらだが」

 

ラストが難しそうな顔で腕を組む。

黙っていたリィナがプレゼント交換について質問してきた。

 

「サンタ、プレゼント交換って、何が楽しいの?」

「そうだな。自分のプレゼントが誰のところに届くか、誰のプレゼントが自分に届くか、考えただけでワクワクするだろ?後、誰のが届いたっていうのをみんなで報告しあったり、自分のがそのまま自分のところに戻ってきたりとか、そういう醍醐味がある。例えば、好きな子のプレゼントが届いたら、もうそれだけで一日ハッピーになれるよな」

「そうなんだ。プレゼントの質の格差で一喜一憂を引き起こしそうだね」

 

ぐ、わかってるじゃねえか…!

経験上、セミの抜け殻みたいなごみをもらった女子とかは、激しく落ち込んでたしなあ。

 

「でも、そういうのは事前に知らせとかないとできないだろ?そうなると、何をやるかってのを教えないといけないからなあ…」

 

何も考えていないようなラストだが、割と考えているようで首をひねっている。

丸投げされると思っていたので、少し意外だ。

 

「まあ、明日にでも僕がユウリッドさんのところにいって準備物として伝えてくるよ。何をやるかはわからない程度に」

「おお、助かるぜ!」

「私はサンタさんが皆に配るプレゼントを作りますねっ!小物とか、アクセサリーとか、かわいいものを作っておきます!」

 

うん、マイならきっと素晴らしいものを作ってくれるだろう。

いいぞ、話が進みだしてきた。

 

「え、えっと、私は…」

 

自分のすることがないリィナが不安そうな顔で僕を見る。

まあ、今回は持ち味を生かせそうにないしな。

 

「リィナはパーティの進行役でもやったらいいんじゃないか?ラストもマイも、孤児院の子に囲まれてそれどころじゃないだろうし」

「そ、そうだね。頑張って盛り上げるよ!」

「おう、よろしくな!」

「うん!」

 

全員の役割が決まったところで、ラストがぱん、と勢いよく手を合わせる。

 

「よし、決まったな。後、俺の計画では結構でっけーケーキを作るから、結構な出費になるが、大丈夫か?」

「あ、私も良い材料を使いたいので、結構高くつきそうです」

「それなら気にすんな。予算はある」

 

どさっと、持っていた普通の袋をカウンターに置く。

袋からあふれるようにして、金貨が姿を見せる。

 

「お、おお!すげえ!」

「クエストの報酬だ。少なくとも500万以上ある。はっきりいって真面目に働くのが馬鹿らしくなるほどの大金だよな」

「冒険者って、すごい儲かるんですね…」

「いやいや、サンタだけだから」

 

驚く二人を前に、リィナはあきれたようにつぶやく。

 

「よし、それじゃ明日から準備だな。食材とか材料とかあったら、僕が買いに行くから、なんでも言ってくれ。売り子は雪だるまにやらせるから、よろしく」

「私も、何かあったら手伝うから、なんでも言ってね!」

「おう!それじゃあ景気づけに、飲みに行こうぜ!」

「いいですね!行きましょうっ!」

 

こいつら、昨日散々飲み食いしたのにまた行くのかよ。

ま、別にいいか。

 

 

こうして孤児院でやることは決まり、クリスマスパーティという、季節外れのイベントが開催されることになった。




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第72話:手際のいい職人

「ここか…」

 

AM9:00。

計画がまとまった翌日、ラストに書いて持った地図を頼りに孤児院へとたどり着く。

うちの店ほどではないがそこそこに年季が入っていて、壁の所々にひび割れやツタが這っている。

 

入り口と思われる大きな門の横にある呼び鈴の役目を請け負っているはずの鈴を何度か鳴らす。

 

しかし、何度鳴らしても、中から人が出てくる様子はない。

 

「おかしいな…ここであってるよな?」

 

どれだけ鳴らしても出てこないので、大きな声で呼んでみる。

 

「ごめんくださーい!」

「はーい!!」

 

呼びかけると、一回で扉の奥から声が聞こえてきた。

待つこと数秒、扉がガチャリと開いてユウリッドさんが出てくる。

 

「あら、あの子たちの。ごめんなさいね。その呼び鈴、基本鳴らす人はいたずらだと思って、相手してなかったの」

「はは、そうなんすか…」

 

居留守だったのか…

呼び鈴の意味ねえじゃねえか…!

 

「それで、今日はどうしたの?」

「あ、はい。実は今度みんなでこっちに来るので、それまでに準備してほしいものがあって、僕は文字が書けないので、口で伝えに来ました」

「文字が書けない?かわいそうに。親がいないから十分な教育を受けさせてもらえなかったのね…」

 

すごくかわいそうなものを見る目で見られる。

なんだろうこの悲壮感。

そのうち語学の勉強始めようかな…?

 

「ご、ごほん!それで、子どもたちに、それぞれ何か一つを用意しておいてもらうようにお願いしてもいいですか?お題は好きな子へのプレゼントで」

「わかったわ。それじゃあ子どもたちにも、しっかり伝えておくわね」

「よろしくお願いします。それじゃあこれで」

 

そういって来た道を戻ろうと背を向けて歩き出すと、後ろから声をかけられる。

 

「あー!雪だるまのお兄ちゃん!」

「ん?ああ、あの時の」

「僕たち今からみんなで遊ぶんだ!お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ!雪だるまさんにも会いたいよ!」

 

ユウリッドさんの背後からやってきた数人の子どもが僕を囲んで腕を引っ張る。

 

「お、おお…」

「みんな、あんまりわがまま言っちゃだめよ」

「えー、いいじゃん!遊ぼうよ~」

 

駄々をこねるように服の袖を引っ張られる。

伸びる、伸びるから、あんま引っ張るなよ。

お気に入りなんだよこのパーカー。

 

「わかったよ、遊ぶよ。だから引っ張るな。伸びる」

「え!ほんと?やったあ!」

 

パーカーを守るためにそう答えると子どもの甲高い声が上がる。

 

「ただし、僕は子ども相手でも、手加減しないからな」

「良いよ!勝負しよう!」

 

どうやらやる気満々のようだ。

子どもたちに引っ張られるまま、孤児院の中へと連れていかれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日はこの辺で」

「ええ、それじゃあ、今度来るのを待っているわね」

「お兄ちゃん、またねえ!」

 

PM6:00。

 

昼を覗いてほとんどを遊んで過ごし、夕方になってしまった。

 

「へ、ちょっと大人げなかったか?」

 

遊びの内容を思い出して、思わず口元がにやける。

雪合戦も、鬼ごっこも、リレーも、全部本気でやったおかげで、子どもたちの完全敗北だった。

中でも雪合戦は、雪だるまも手加減する気はなかったので、一方的な雪玉の暴力だったように思える。

 

まあ、あまりに手加減しなさ過ぎて、ユウリッドさんが少しだけラストを怒っていた時のような恐ろしい笑顔で僕を見てからは、かまくらを作ったり、みんなで協同作業しかしなかったが。

 

「さて、あいつらは真面目にやってるかな?」

 

家につくと、いつも通り閉店の看板が掛けられている。

僕は店の横にいるルドルフに声をかけてまたがり、窓から侵入する。

 

「ただいまー」

「おう、遅かったな!」

 

僕の窓からの登場にさも驚きもせず、ラストは僕を迎える。

 

「ユウリッドさんにあってきたよ。楽しみにしてるってさ」

「そうか。サンキューな」

 

リビングのソファーに腰を下ろして、他の二人を探すが、見つからない。

 

「女性陣はどうしたんだ?」

「ん?奥でちび共のプレゼントを作ってるらしいぞ。もうずっとこもりきりだから、今日は見てないな」

「へえ」

 

まあ店番は雪だるまに任せてるから、困ることはないのだが。

 

「それより、これを見てくれよ!」

「ん?」

 

キッチンへ引っ込むラスト。

直後、自分の顔が隠れるほどの背の高いケーキをもってきてテーブルの上に上げる。

 

「とりあえず作ってみたんだ。味は文句ないと思うが、見た目の感想を聞きたくてな!」

「ええ、早くね…?」

 

テーブルに乗せられたケーキは、結婚式場にあるような数段にもなる豪華な造りで、てっぺんにはモミの木と赤い帽子をかぶった人とトナカイの砂糖菓子が鎮座していて、それぞれの段には見たことがない果物がちりばめられ、赤い髪や長い髪を束ねた女の子、金髪頭の男の子や雪だるまの砂糖菓子が雪のような白いクリームの上で生きているかのように乗せられている

 

「お題は俺のクリスマス、ってところか?どうだ、すごいだろ」

「これは…すげえな」

 

こういうとき、気の利いたことを言えない自分の語彙力の無さを情けなく思う。

 

「だろ?あいつらも驚くだろうな?」

「あ、サンタさん、戻ってたんですか?」

「お、マイ。と、リィナ」

「ついでみたいに言わないでよ」

 

奥の部屋から二人が一仕事終えたようなさわやかな顔をしてやってくる。

 

「うわ、すごいケーキ!それにこれ、上に乗ってるの私たちじゃないですかっ!」

「本当だ…!すごい。おいしそうだね…」

 

二人もラストの作ったケーキに感心する。

 

「だろ!俺はこれであいつらを喜ばせるからな。そっちはどうだ?後どのくらいかかりそうなんだ?」

「ふっふっふ…。こっちも、ちょうどいま終わったところですっ!」

「…え、まじで?」

「見てください!」

 

マイは持っていたかごに手を入れて自分が作ったものを並べ始める。

そこには二頭身の丸い雪だるまや、帽子をかぶった二頭身、トナカイや色々な木彫りが細やかに作られていた。

 

「どうです?結構きれいに作れたと思うんですけど!」

「私も手伝ったんだよ!」

「いい出来だ。普通に金出して買いたいくらい…。お前ら、本当に仕事がはやいな。これ、もう準備終わってるじゃん」

 

まだ計画して一日だというのに、もうほとんどが終わってしまった。

スケジュールとかは決めてなかったが、まったく計画性のない、短期決戦のような勢いで準備が終わってしまった。

 

「それじゃあ、いつにする?ケーキの状態から考えて、俺はできれば数日以内が良いと思ってるんだが」

「サンタさん、どうしましょうか?私たちはいつでも準備できてますよ!」

 

二人に見つめられて、決定を促される。

予想外の早さに驚きを隠せない僕も、感覚がマヒしてついおかしなことを口走ってしまう。

 

「えーと。んじゃ、明日で」

「明日ですか?ずいぶんと思いきりましたねっ!」

「良い判断だ!そんじゃ、こいつはしまっとくぜ」

「それじゃあ明日に備えて、今日は早めに寝ようか」

 

早々に晩飯を食い終わり、僕たちは自室へと帰った。

 

「はあ、こりゃ、プレゼント交換は、無理かもな」

 

簡素な自室で一言つぶやく。

いつものように寝なくても良かったが、高ぶるテンションを抑えるためにも、僕は意識を手放した。




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第73話:押しかけて孤児院

「ええっと、私の聞き間違いだったかしらね…今度来るって言ってたと思うんだけど…」

 

扉に体を預けてユウリッドさんが言った。

 

「そうですね。昨日はそういったと思います」

「そうよね。でも、じゃあなんで、昨日の今日なの…?」

「孝行しに来たぜ、姉ちゃん」

 

僕たちは今日馬鹿みたいに早起きをしてこうしてユウリッドさんの孤児院に押しかけている。

 

スマホのホームボタンを押すと時間は朝の6時30分。

迷惑もいいところだ。

 

「もう…とりあえず上がって。みんなも起きてるから」

「あ、ユウリッドさんの手伝いとかもあったらしますよ?」

「サンタ、いいんだ」

 

気を利かせて名乗りあげると、肩の上に手をのせられる。

 

「いつも寝起きのテンションが低いんですよ。だから基本的に二度寝をするんです」

 

あんたそれでよくあの子どもたちまとめられるな。

すげえよ。

 

「そういうことだから、寝かせてやってくれ」

「悪いわね…ふあぁ、それじゃあ、後は好きにやってちょうだい」

 

そういうとユウリッドさんは自室へと消えていった。

 

「それで、どうする?」

「まあ、基本的にパーティは夜にやるもんだからな。暇といえば暇だよね」

「だよな。それじゃあそれまでは」

「あ、ラスト兄ちゃんとマイお姉ちゃんだ!」

 

玄関に入ると僕たちを見つけた子どもたちがわらわらと集まってくる。

朝っぱらだというのに元気なことだ。

 

「こいつらと遊ぶか!」

「私もー!」

 

そして二人は子どもたちのところへかけていった。

子どもたちはみんなあの二人とともに中庭に出ていってしまったので、静けさが漂う玄関前の小さな広場で、僕とリィナは立ち尽くす。

 

「暇だな」

「うん。なんでこんな時間に来ちゃったんだろうね」

「あの二人のテンションが高かったからな」

「まあ、一応家族がいるって、そういうものなのかな…」

「家族ねえ。ちょっと来いよ」

 

うつむくリィナの手を引いて、屋内の遊び場へと連れ出す。

ラストとマイのおかげか、子どもたちの姿は見えない。

 

「サンタ。ここは遊び場?どうしたの?」

 

屋内だが足元だけに雪を積もらせて、ひときわ大きいのと、少し背の低いスノウマンを呼び出す。

 

「家族にあこがれてんなら、ままごとでもしようぜ」

「そんないい歳して…ふふ、でも面白そう。しよっか」

 

近くにあった丸テーブルを食卓に見立てて、仲良く円になって座る。

 

「んじゃ、始めようか」

「えっと、配役は?もしかして、サンタがお父さんで、私が…お母さん?」

 

リィナの顔が少し紅潮しているが、そんな怒らせるようなことはしない。

 

「いや。父親と母親は、このスノウマンたちだ。んで、リィナが姉貴で、僕が弟だ。文句ないだろ」

 

生まれたばかりの雪だるまに年長者の役をやらせ、一番年を食っている僕が一番下になっている。

どうだ、なかなか洒落てんだろ。

 

「…私たち、姉弟なの?」

「おう、設定は、そうだな。姉貴は炎が操れて、弟は雪を操れる。でも、姉貴の炎には太刀打ちできないから、基本的になすがまま、って感じでいこうか」

 

おままごとの設定も異世界流だ。

 

「姉弟かあ。ま、それでも、いいか」

「んじゃ、アクション、スタート!」

 

こうして歳に合わないままごとが始まった。

 

 

 

 

 

 

しかし、対して面白くもなかったので、10分もしないうちに終わった。

 

 

「なんか、つまんないね」

「いや、両親がノーしかしゃべれないって、ままごとどころじゃねえよ…」

 

黙って見守るのが親っていう意見もあるけど、これはいくらなんでも話さなすぎ。

もはやコミュ障レベル。

 

「みんなのとこ、行こっか」

「うん」

 

床に散らばった雪を片付けて、僕たちも中庭へと出向くことにした。

 

 

 

 

「私たちも混ぜて―」

「お、来たか。お前がいないと始まらねえよ。さっさと雪、出してくれよ」

「みんなで雪合戦、しましょうっ♪」

 

どうやら僕を待っていたらしい。

 

「はいはい、っと」

 

昨日と同じように中庭を雪で埋める。

子どもたちはきゃっきゃとはしゃぎ、季節外れに近い雪を喜んでいる。

子どものころは僕も雪にはしゃいだなあ。

学校行くときとか自転車こげないって高校時代は思ったけどな。

 

「んじゃあ、早速チームを決めようか」

「それは決まってる。俺ら孤児院組と、お前ら赤組」

「え、サンタと二人だけ!?」

 

初心者であるリィナは本当に驚いているようだ。

確かに、相手は子どもといえど、15対2じゃ、リンチ確定だもんな。

 

「いやいや、忘れんなよ。僕たちにはこいつらがいるんだからさ」

 

手慣れた動作で呼び出すと雪から出てきた子どもより小さい雪だるまたち。

いつものように僕に飛びつく。

 

「寒い!おら、雪合戦だ。準備するぞ!」

「ノー!」

 

雪合戦のプロである彼らは猛スピードで戦いの場を作り始める。

数分後、すぐに雪の壁ができた。

 

「よし、できたぞ。じゃあ、2分後に開始だからな」

「おう、よっしゃ、お前ら、勝つぞ!」

「おー!」

「ラストー。子どもと雪だるまはリーダー禁止だからなー」

 

そびえ立つ壁にそれぞれが隠れ、お互いが戦闘配置につく。

リィナが不安そうに僕に尋ねる。

 

「ねえ、サンタ。大丈夫なの?この子たちいつもより小さいけど」

「当たり前だろ。本気で作ったら、子どもたち殺しかねないんだぞ」

 

実際3桁越えの僕のレベル依存のステータスで戦ったら、それこそ死人が出ることもありうるから、今回はいつもよりもさらに小さく作った。

 

「なにそれ、雪合戦って、遊びであってるよね…?」

「あってるぞ。さて、とりあえずリーダーを先に倒した方が勝つというルールだ。リーダーどうする?やりたい?」

「やってもいいけど、リーダーって、何するの?」

「特に決まってないけど、まあ負けたら覚醒させるためにあの薬を飲まされるくらいかな」

 

そう言うとリィナは一瞬で青ざめ、ものすごい目力で僕を見つめる。

 

「サンタ、リーダーお願い」

「はいはい」

 

ものすごい速さでリーダーを任されたので、リーダーは僕になった。

 

「それじゃあ、作戦は特にないから、この壁から出ない程度になら、好きにやっていいぞ。当然、魔法は無しね」

「うん、わかった」

 

ちょうど、2分後を告げるタイマーがなり響く。

 

「よーし、行くぞー!」

「おおー!」

「こっちも行くぞー。お前ら、作戦通りに、頼むぞ!」

「ノー!」

「え、作戦!?ないんじゃないの!?」

 

んなもん、はったりに決まってんだろ。

 

 

 

 

 

 

「雪だるまは頭を飛ばせば動けなくなる!さっさとやっつけちまえ!」

 

戦況はまだ互角、強いて言うなら顔面に雪を浴びて泣いている子と頭の飛んだ雪だるまが一人ずつといったところか。

 

さて、ここで誰にというわけではないが、僕の戦い方について説明しよう。

以前は雪だるまが敵だったこともあり、戦法を変えたが、今回は違うので、普段の戦い方をしようと思う。

 

やり方はいたって簡単。

 

「ノー!」

「うわあ、やられる~!…あれ?」

「お、おい、まさかこれは…俺を狙って…」

 

周りを無視して、リーダーと思われるやつを一人ずつつぶすだけだ。

 

「12体全員の猛攻、食らえ、ラスト!」

 

活発な子どもたちはほとんどが似たようにこちらに攻め込んでおり、お互いが12人に攻められているという構図が出来上がる。

 

「やれ」

「ノ―――――!!」

「ぐあああああああ!」

 

僕の合図とともに放たれる無数の雪の弾丸。

それらを全身に浴びて、冬将軍たるラストはあっさりと倒れた。

しかしまだ子どもたちが止まらないことから、リーダーではないことが分かる。

 

「リーダーはマイか」

「みんなー、やっつけちゃってくださいっ!」

「くらええ!」

「サンタ!」

 

いつの間にか壁の中に全員がきていて、13人に囲まれる。

リィナが僕の名を呼ぶが、彼らの視線の先を見ると、狙われているのはきっとリィナの方だ。

雪玉が投げられると同時に、リィナと子どもたちの間に入り、盾になる形で立ちはだかる。

 

「っ!」

 

冷たい雪が全身に降り注ぐ。

ここの子どもは腕がいいな。

なかなか威力がある。

思わず倒れてしまいそうなくらい…

 

「まずは一人ですね!後はリーダーっ、あ…」

 

力なく倒れるマイ。

 

「ノー!」

 

うしろからやってきた雪だるまが、マイに不意打ちを仕掛けたらしく、マイも気絶する。

 

「リィナ、大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう…」

「よかった。はい、リーダー気絶で終わり。僕たちの勝ちだな」

「ああー、また負けちゃったあ!」

「お兄ちゃん強すぎるよお~!」

 

昨日のように今回も手加減はしなかったから、子どもたちも勝てないことに悔しさを感じているようだ。

 

「へ、そんなゆるい玉じゃ、まだまだだな。せめて鉛玉でも仕込まねえとやられねーぞ」

「…冗談に聞こえないんだけど」

 

こうして一回戦は、あまり時間をかけることなく、幕を閉じた。




最強まで読んでいただきありがとうございます。


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第74話:それぞれの準備

「うぐええ!」

「きゃあっ!」

「よっしゃ、10連勝」

「いい加減手加減しなよ…」

 

一回目の僕とリィナの勝利の後、あれからずっと、中庭では飽きることなく同じ遊びが繰り広げられていた。

 

「こればっかりはどうしようもねえな。あいつらに言ってくれ」

「ノー!」

「さあて、10回目の罰ゲームだ」

 

あの薬を取り出し、口を無理矢理開けて突っこむ。

10戦に続く雪合戦は、ラストとマイ率いる孤児院チームは全敗で、その数だけラストの薬を飲まされて目覚めさせられている。

 

「ぶっ!もう何度目だよ…」

「うう、今回はラストがリーダーなのに、どうして私も飲ませるんですか…」

「まあ、ノリで」

「みんなー、そろそろお昼よー」

 

中庭にユウリッドさんが歩いてくる。

スマホを見ると、すでに12時近くになっていて、何時間も雪合戦をやっていたことに気づく。

 

「ちゃんと手は洗うのよー」

「はーい!」

 

子どもたちが次々と中へ入っていく。

 

「お、飯か。僕たちは店に行くか」

「何言ってるの?せっかくだから、みんなと一緒に食べなさいよ」

「お、姉ちゃんの飯か。久しぶりだな。サンタ、ここは食っといた方が良いぞ」

 

ラストが食ったほうがいい、というのは珍しい。

これはつまり、こいつも認める程の料理ということでいいのだろうか。

 

「ん?おお、それじゃあ、世話になります」

「ちゃんと手は洗ってね」

 

 

 

 

 

食堂。

 

「いただきまーす!」

 

手を合わせて、誰かのいただきます、の合図。

大勢での昼食は、にぎやかで、給食を思い出すようだった。

 

「んー、やっぱ姉ちゃんの飯はうまいなあ」

「どうやったらこの味が出せるんでしょうか…」

 

昼食のメニューはいたって普通。

しかし、何故かどこへ行っても食べられないような気がするほどに、おいしく感じる。

あの料理のプロに匹敵するラストが、もろ手を挙げてほめるのも納得がいく。

 

「…これがおふくろの味ってやつか」

 

シュンッ。

ザクッ。

 

そういった矢先、ものすごい速さでフォークが飛んできた。

 

「ふふっ、いやねえ。まだそんな歳じゃないわよ」

「すんません。ユウリッドさんまだまだ現役っすよね。姉御っすよね!」

 

胸に刺さったフォークを抜いて、訂正する。

おいこのフォーク、常人なら死んでるぞ。

 

「ま、まあサンタ。それでどうするよ」

 

隣に座るラストがひそひそ話しかけてきた。

どうするよ、というのは、パーティの準備のことだろうか。

 

「そうだな、僕がユウリッドさんと子どもたち連れて街に行ってくるから、その隙に3人で準備しててくれよ。こっちはプレゼント交換のプレゼント買ってくる」

「お、名案だな。了解」

 

そういってラストが立ち上がり、皆に呼びかける。

 

「おおい、みんな。飯の後はサンタがみんなで街に連れてってくれるってさ!ちょっとしたゲームをやるから、まあ、期待しててくれよ!」

「はーい!」

 

なんのヤジも飛ばさずに、素直に返事をする子どもたち。

 

「それじゃあ、早いとこ食っちまうか!」

 

飯の後にすることに期待して、食べるスピードを上げるみんな。

大勢で食べる昼食は、終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

昼飯を片付け、孤児院の住人を全員連れて門の前。

 

「それじゃあ行ってくる」

 

「留守番お願いね~」

 

「任せてくださいっ!」

 

ラストに夕方帰るとだけこっそり告げて、ユウリッドさん、子どもたちとともに街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

広場にて子どもたちを集めて、MC気取りで案内をする。

 

「ようし、ここから先はプレゼントを買う時間だ」

「プレゼント?それって昨日お母さんが言ってたやつ?」

 

昨日の今日で本当にごめんなさい。

 

「それそれ。ここにいる誰かにあげるプレゼントだ。誰がもらっても喜ぶようなプレゼントを一人一つずつ持ってきてほしい」

「わかった!」

「面白そう!」

「うまいもんならだれでも喜びそうだなあ!」

 

各々が納得して騒ぎ出す。

それを抑えて、袋から金の入った袋を取り出す。

 

「はーい。それじゃあ今からみんなにお金を配るから、これで好きなの買ってきてねー」

 

取り出した効果は1000ユイン銀貨。

今朝1万ユイン金貨を取り出して一人当たりはこれでいいかと聞いたら、子どもに贅沢させるんじゃねえということで、両替された。

 

ダメだな。ここに来てから金銭感覚が狂ってきている。

 

「夕方までは自由行動。買い物が終わって、暇になったら、ここでみんなで遊んでてくれよな!」

「はーい!」

「よし、おっけい!行って来い!」

「わー!!」

 

黄色い声を上げながら、子どもたちは店の立ち並ぶ方へと一目散にかけていった。

残されたのは僕とユウリッドさん。

 

「悪いわね。お金まで出してもらって…」

「気にすることじゃないっすよ。昨日500万くらいサクッと稼いできたんで」

「あら、すごいのね」

「そんなことなんで、どこか行きたいところがあったら、お金は出すので、行ってきていいですよ。僕はここで適当に昼寝でもしてるんで」

 

10枚の金貨の入った袋を差し出す。

 

「そう、それじゃあ、行ってこようかしら」

 

ガシッ。

 

「はい、いってらっしゃい。っと、ん?」

 

袋ではなく、袋を持った右手を掴まれる。

 

「あなたも来るのよ」

「え、まじすか。でもあいつら戻ってきたときに迷子になるんじゃ…」

「私は自分の街で迷子になるような子どもは育てた覚えはないわ。この街であの子たちとかくれんぼして勝てる人がいないくらいにね。ということで、行くわよ」

「ええ…」

 

連れられるままに、僕も街の賑わう方へと連れて行かれることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

「ってかこの街全部知ってるなら、行きたいとこなんてないんじゃないんですか?」

 

ユウリッドさんの後ろを歩きながら、少し不満げに尋ねる。

 

「あら、そんなことないわよ。私一人じゃいけないところもあるもの」

「一人じゃ入れない?結婚式場くらいでしょんなもん」

 

相手みつけて男といって来い。

とは言えない。

何やら言ってはいけない空気を感じるから。

 

「ついたわ。ここよ」

「はあ、いったいどんなところ…んん?」

 

正面にすぐに下へと続く階段があるその建物は、「バトルハウス」と赤い字で書かれたものだった。

 

「さあ、行くわよ」

「行くって、おわっと!」

 

腕を掴まれて、無理矢理階段を下る。

奥の扉を開けて、ユウリッドさんが受付で手短に話すと、僕は右にある扉に投げ込まれた。

 

「は?」

「ふふふ、それじゃあ、頑張ってね」

 

 

 

 

 

「で」

 

『さーあ、やってまいりました!今日我々を熱くさせてくれるのはこの男ぉ!チャレンジャー、サンタクロースぅ!』

 

「うおーーーー!」

「なんだこれ…」

 

四角いボクシングのリングのような空間で、一人立ち尽くすなか、観衆どもが雄たけびを上げる。

そのなかにユウリッドさんもまじって楽しそうにしている。

 

『今回彼が選んだのは四天王コース、果たしてすべて突破できるのか!?それでは一人目、行ってみましょう!巨大な体で一発KO!四天王、ブルーファンゴぉ!!』

 

頭にかぶった闘牛のような角突きのヘルムのおっさんが、リングに上がる。

 

「ヘエイ小僧!ママにサヨナラはしてきたか?」

「ええっと、する暇もありませんでした」

『それでは参りましょう!レディ、ファイ!』

「そいつはついてねえなぁ!ママのとこには、化けて出てやんな!死ねえ!」

 

頭をこちらに向けて、勢いよく突進してくる。

 

「え、ちょっと待って、死ぬ、死ぬ!」

 

『出ましたあ!必勝の大技!冒険者レベル35の彼の攻撃に、並の人間には耐えることはできなあい!』

 

「35…?」

 

両腕をクロスさせて防御に入っていたが、それを聞いて気が抜ける。

角がちょうど腹に当たるが、僕の体を貫くことなく、ぎりぎりと目の前の闘牛野郎が制止する。

 

「へっへえ!避けねえとはなかなかの度胸だ。でもこの様子じゃあ、試合は終わりかあ?」

「ああ、終わりだな」

 

自慢の角が僕を貫いたと勘違いしている男の角を掴んで、二本の角を根元から折ってやる。

 

「え?ガッ!!」

 

ヘルムを外して、丸出しの後頭部に思いっきりげんこつを食らわせると、地面に横たわって、おとなしくなった。

 

『な、なんと!あの四天王を、一発でたたき落としただとぉ!?一体何が起こったのかぁ!?』

「んなもん。レベル差だ」

 

四天王で35レベル?馬鹿にしやがって、勝手に放り込まれたとはいえ、それなら超強いやつ連れて来いよ。

イライラしてきたので、怒りを実況にぶつける。

 

「おい!なんだよこれ!せめて90レベルくらいのやつつれて来いよ!最初だからって、35なんて、接待もいいところだぞ!」

 

『え?ええっと…こいつはなかなかのパフォーマンスだあ!彼はエンターテイメントというものをわかっている!これは期待できそうだぞお前らぁ!』

「うおーーーー!」

 

機転を利かせた実況が慌てながらも観客を盛り上げる。

いや、パフォーマンスじゃなくて、ガチで言ってるんだって。

 

『ふっふっふ、やつは四天王の中でも最弱…次はこいつだ!毒針のグリーンバロウ!レディ、ファイ!』

 

「こいつでねんねしな!ふんっ!」

 

いきなり上がってきた次の刺客は吹き矢で僕の額に小さな針を打ち付けてきた。

ザクッと刺さると、得意げにつぶやく。

 

「へ、それはドラゴンすら痛みで躍らせる恐怖の劇薬!これでお前もおしまいだあ!」

「いや、だからさあ」

 

額に刺さった針を抜いてダーツのように投げ返す。

 

「え?あっ…」

 

そして短い声をあげて、パタリと倒れる。

 

「もっと強いの!出して!」

 

『ええ…ん、んん!次、次だあ!連発魔法使い、イエローウィザードぉ!レディ、ファイ!』

 

「死ねえ!」

 

魔法弾がやつの周りを囲んだ瞬間に、飛び込んで顔面に一発打ち込む。

 

「ぐべらあ!?」

 

「ほら、最後!!最後のやつ呼べ!」

 

『…最後は、我らがバトルハウスのリーダー、キャプテンレッド!…レディ、ファイ!!』

 

「おらあ!容赦しねえぞお小僧!」

「うるせえ!どうせ四天王なんて雑魚だ!お前倒してチャンピオン戦をやるんだよ!」

 

痛くないパンチを顔面で受けながら、クロスカウンターの要領で相手にパンチを繰り出す。

 

「ガッ…!」

 

白目をむいて起き上がる素振りを見せないのを確認してから、さっきから一発勝負でまるで実況する暇のない実況に怒鳴りつける。

 

「おい、早くチャンピオン出せよ!雑魚すぎんだよ!」

 

『ひぃ!ごめんなさい!もういないんですぅ!四天王コースは、四天王を倒したらそれで終わりなんですよぉ!』

 

実況が情けない声をあげて泣き始める。

 

「なんだよそれ!もう終わりなの!?普通四天王倒したら、次いるだろ!出せよ!出せよ!」

 

『ごめんなさあああい!!もう終わりなんですううう!ゆうじょう、おめでどうございまずうううう!!』

「わあああああああああああ!」

 

 

「おい…おい…!」

 

 

こうしてろくな時間もかけずに四天王との戦いは終わってしまった。

やり場のない謎の怒りの矛先をどこへ向ければいいかわからずに、僕はただリングの柱を殴ることしかできなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第75話:運命的な出会い

「ふふ、楽しかったわ~」

「何が楽しかったんすかね?戦いっすよね?戦いだけっすよね?」

 

僕たちはバトルハウスの近くにある喫茶店に入り、そこで何かのオシャレなフルーツジュースを飲みながら休憩をとっていた。

 

「サンタくん、人気者なのね~。特に男の人に…」

「ちょっ!」

「ふふふ~」

 

因みにどうして僕がこんなに焦っているかというと、バトルハウスを出て階段を上がった時に遡る。

 

 

 

 

 

「おい、待ってくれ!あんた、俺たちのリーダーになってくれよ!」

「この街に俺たちを一発KOできる奴なんてそういるもんじゃない!」

「俺の魔法も出る前にやられちまったしよお。お前さん相当の腕前だなあ」

「お、俺の角が…明日からどうすれば…」

 

そう叫びながら四天王のやつらが僕を取り囲み、ガチムチのおっさんに囲まれておしくらまんじゅう状態の僕を後からでてきたユウリッドさんに目撃されたのだ。

 

「あらあら。人気者ね~」

「え、違う!これは!」

 

とまあこんな感じで。

その後なんとか振り払って逃げたが、おかげで今は動揺が隠せない。

 

 

 

 

 

「まあ、そのことはいいっす。それで、なんであんなところ行きたかったんですか?」

「それはね、これよ」

 

どさっとテーブルに置かれた金貨を見据える。

最初に渡した10枚の金貨は、数えきれないほどの量になって、僕の前にどんと積まれた。

 

「あそこの四天王を全員倒したら、賞金がいっぱい出るのよ。でも私はか弱いから、君にお願いしたの」

「ああ、そういうことっすか」

 

ラストがギャンブルに興じているのは、この人の影響なのだろうか。全く、孤児院を経営するものが子どもにとって害悪でしかないギャンブルに興じているなんて誰にも言えないな。

 

「それにしても、来る奴みんなにそんな大金払ってたら、あそこの店つぶれるだろ。どうやって回してんだ…?」

「中でもお酒とか食べ物は取り扱っているから、そういうところでも収入はあるのよ?後は、賭けで渋い倍率に絞ったりして、見てる人からお金を巻き上げたりするの」

「ひでえな。さすが博打の世界」

 

思ったままの感想をつぶやくと、ユウリッドさんが目を細めて探るような目をする。

 

「でも、あそこの人だってそこらへんの冒険者じゃ相手にならない強さなの。その人たちをげんこつで気絶させるなんて、サンタ君。君は一体何者なの?」

「何者って別に。そんな大したものじゃないですよ。冒険者的なことを始めたのも、ここ3か月くらい前からですし」

「3か月、ね。それだけの期間であの人たちを軽く倒すなんて普通はあり得ないわ。何かあるんじゃないの?」

 

結構探りを入れてくるな。

このままだと終わらなそうなので、とりあえず本当のことを言うことにした。

 

「ま、普通じゃないんでね。この3か月、あいつらと店のために数えるほどしか寝ずに、お外でドンパチやってたんですから。そりゃあ必然的に強くもなるでしょう?」

 

それだけいうと、いつも穏やかなユウリッドさんからはほとんど見ることのできない面食らった表情が浮かび上がる。

 

「それ…え?」

「さあ、そんなつまらない話はここら辺にしといて、次に行きたい場所、あるでしょ?どんどん行きましょう!」

「えっと…ま、まあ、いいけど。次はどうしようかしら」

 

会計を済ませて、外へ出る。

 

「次はどこへ?」

「そうねえ。それじゃあ奥にある広場に行きましょうか」

「広場?何もないんじゃないっすか?」

「そうかしら?良い出会いがあるかもしれないわよ?」

「出会い、ねえ」

 

 

 

 

 

 

そして広場へ。

街の入り口の広場から離れたところにあるもう一つの広場は、店が多いからか、以前のように人が多い。

 

「久しぶりだな」

「あら、来たことあるの?」

「ええ、まあちょっと前に色々とありまして」

 

ルウシェルとかいうオールバックに何故か喧嘩売られて決闘したんだよな。

あいつ、今元気にしてるかな?

 

「ん?お前、赤帽子か、久しぶりだな」

「あ?げっ」

 

噂をすればなんとやら。

目の前で声をかけてきたのは騎士らしい鎧に身を包むルウシェル、本人だった。

いつからかオールバックをやめたおかげで、前髪のかかる顔は少し幼さが漂う。

 

「げ、とはなんだ。貴様。そんなに俺と会うのがいやだったのか?」

「うん、どうせまた決闘とか挑まれそうだし」

「…お友達?決闘がなんだとか言ってるけど」

 

ユウリッドさんが耳元で僕にささやいてくる。

 

「一応、知り合いです。見た通り結構な金持ちでプライドも高いです」

「ふふ、そうなのね」

 

ユウリッドさんは悪い笑顔を見せると、ルウシェルに話しかける。

なんかこの人、また何か思いついたんじゃないか?

 

「どうも。サンタ君の友達の姉のユウリッドです」

「これは丁寧に。俺はルウシェル」

 

マイに対しては小娘とか結構見下してたが、気品のあるユウリッドさんのたたずまいからか、少しかしこまって挨拶をする。

ふむ、少しは礼儀をわきまえたようだな。

 

「ところで、決闘といっていたけれど、あなたはサンタくんに完膚なきまでに打ちのめされたの?」

「えっ」

 

いきなり何を言い出すんだこの人は。

ルウシェルの眉がピクリと動く。

さらにユウリッドさんは続ける。

 

「サンタくんは武器は使わないけど、あなた、もしかして、剣を使って素手のサンタくんに負けたの?」

「ゆ、ユウリッドさん…」

 

まだまだユウリッドさんの口撃は終わらない。

 

「立派なのは見た目だけなのかしら。人はやっぱり見てくれより中身が大事よね~」

「わ、悪いなルウシェル!今日はちょっとアレがあるから行くわ!なんかあったらうちの店に来てくれよな!」

「待て」

 

慌てて逃げようとするが、肩を掴まれ、遮られる。

 

「待て、赤帽子。決闘だ。俺も騎士の端くれ。ここまで言われて、引くことはできない」

「ええ、やっぱりぃ?」

「ふふ、でもね、決闘するなら、相手が飲む条件を出さないとだめなのよ?」

 

ユウリッドさんの作戦通りにことが進んでいく。

おそらくこの言い回しから、この人はまたさっきみたいなことをさせようとしてるんだろう。

 

「それくらいはわかっている。お前が勝ったら、お前の要求をなんでも飲んでやる。その代わり、俺が勝ったら、お前は俺にはかなわないということを、この広場で叫べ」

「なんでもいうことを聞く、ね。それでこそ騎士ね。その勝負、飲んだわ」

「えっ」

 

僕の勝負なのにユウリッドさんがなぜか勝負を引き受けた。

なに勝手に決めてんだよ。

 

「私が合図をするわ。それじゃあ各自位置について」

「ちょっと、ユウリッドさん…」

 

今回ばかりは断ろうと思ったその時、ところどころからあの時のように声が上がり始める。

 

「お、なんだ、決闘か?」

「おお、この対戦は、前にも見たぞ!」

「サンタクロースの決闘だ!おいみんな、面白いものが見れそうだぞ!」

 

近くにいた人が騒ぎ、人が人を呼び、すぐに人だかりができる。

 

「はあ…」

 

案外、僕も有名になってしまったようだ。

でも今回は、こんなに人が集まってしまっても、僕がすることは変わらない。

いつものように、クールに立ち去るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん、こんにちは!本日はお集まりいただき、ありがとうございます!」

 

ダメだった。

いや、だって人が集まったら、そんな断れないじゃん。

つーかルドルフおいてきてるし、こんな人だかり避けて逃げる方が間違ってるだろ。

 

「私のためにお集まりいただいたみなさんには感謝を込めて、夢のような世界をお見せしましょう!!」

「おおおおおおお!!」

 

少し洒落たセリフを吐くと、皆もそれに合わせて、精一杯の声を上げてくれる。

 

「あらあら、やる気満々じゃない」

 

うるせえ、人の希望に答えるのがサンタクロースなんだよ。

さっさと始めてくれ!

開始位置について、お互いに向き合う。

 

「それでは、決闘、開始!」

 

こうして僕にとってメリットの無い、仕組まれた戦いは、始まりを告げた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第76話:二度目の決闘

「それでは、決闘、開始!」

 

決闘の開始宣言がされると、ルウシェルがこちらに話しかける。

 

「赤帽子よ、まずはお辞儀だったか?」

「…?」

 

そういっていつか僕がやらせたお辞儀を自分からしだした。

そのまま反応もせずに僕は何もしないでいると、ものすごい剣幕で睨んできたので、しぶしぶお辞儀をする。

 

「それでいい」

「はいはい、んじゃ始めようか」

 

いつものように広場を雪で埋める。

 

「これは、雪か?」

「そういえば見せてなかったな。僕も技の一つや二つは持ってるんだよ。それと、こいつらも」

「ノーウ!」

 

続けて雪だるまを4体ほど出して、僕の周りの陣を固める。

 

「さあさあ、みなさん。今回のメインイベントのお時間です!彼らは僕のお友達。雪を扱わせたら右に出るものはいません!百聞は一見に如かず、彼らの腕を、とくとご覧あれ!」

 

小さな二頭身たちは雪をかき集めて、芸術作品を生み出す。

数分して、広場の中心にできたのは、ユウリッドさんによく似た女の人の像。

いや、似てるとかじゃないわ、普通にユウリッドさんの像だこれ。

 

「おお!すげえ!」

「あんな短時間で…!」

「やっぱりあいつはやることがちげえや!楽しませてくれるぜ!」

 

歓声が上がる。

それを見たユウリッドさんは像の隣まで歩いていき、どこからか取り出した袋を広げて観客に叫ぶ。

 

 

 

 

 

「みなさん、チップはこちらですよ~」

 

 

 

 

 

「…」

 

いつかルウシェルとの決闘の時も、似たようなことがあったな。

 

マイが作った芸術品に対して、ラストが全身で金を集めたんだっけ。

本当にやることが似てるな。

ラストとこの人、本当は血つながってるんじゃねえの?

 

「ありがとうございます~」

 

拍手と硬貨がこちらに向かって投げられる。

さあ、客の期待には答えた。

深くお辞儀をして、帰ろうと歩き出すと、大きな声で呼び止められる。

 

「おい、待て!まだ決闘が残ってるぞ!」

 

ルウシェルだ。

くそ、適当にごまかして帰ろうと思ってたのに。

 

「やっぱばれたか。仕方がねえな。さっさと終わらせるぜ!くらええ!」

 

雪玉を作って、投げつける。

 

「ふん、当たるか!」

 

流石は騎士といったところか、軽い足取りで避けられる。

 

「まだまだあ!」

「何度やっても同じことだ。俺にはそんなものは当たらん!」

「ルウシェル!これで終わりだあ!」

「もらったあ!」

 

最後に勢いよく雪玉を投げる。

ルウシェルは避けずに剣を構え、絶妙のタイミングで剣を振りかざす。

雪玉は見事に二つに分かれ、ルウシェルの後ろに力なく落ちた。

 

「ふん、これで終わりか?なら、今度は俺の番だ。覚悟しろ!」

「よし、後は任せたぞ。お前ら」

「ノーウ!」

 

ルウシェルの背後から放たれる無数の雪玉。

 

「え?んぐばあ!!」

 

その奇襲に反応しきれなかったルウシェルはスノウマンたちの雪玉を背中いっぱいに受けて倒れる。

 

「くそ、あいつら、いつの間に…」

「ノーウ!」

「ぐあ、うぐぅ!がはっ!」

 

倒れたルウシェルの上を雪だるま4体がげしげしと足踏みをする。

この光景、まさしく集団リンチだな。

 

「こらこら、だめよ、いじめちゃ」

「ノーウ!」

 

ユウリッドさんが止めに入る。

そして雪だるまたちは頷くとルウシェルから離れて、僕の膝に抱き着く。

今のなんか浦島太郎みたいだったな。

騎士が子どもにいじめられてる図はおかしかったが。

 

「大丈夫?立てる?」

「あ、ああ、済まない」

 

剣をついて起き上がったルウシェルは僕と目が合うと悔しそうにつぶやく。

 

「俺の、負けだ。なぜ勝てないんだ…」

「まあ、気にすんなよ。じゃあもういいだろ。僕は行くよ」

「サンタ君。ちょっと待ちなさい」

「ぐえ」

 

決闘は終わったので帰ろうとすると、ユウリッドさんにパーカーのフードを引っ張られる。

 

「うう、げほげほ!なんすか一体…」

「サンタくんが勝ったんだから、何か一つお願いを聞いてもらわなくちゃ」

 

そういえば勝ったらなんでも言うこと聞くだとか、そんな話ししてたんだっけ。

 

「え、別にいいですよ」

「それなら、私がお願いしてもいい?」

「まあ、いいですよ」

 

それにしても、メリットなしじゃ本当に戦った意味がないな。

ルウシェルのお願い権をプレゼント。っつってな。

 

「ありがとう!それじゃあ、ルウシェル君?」

「な、なんだ…?」

 

ん?ちょっと待てよ。なんか忘れてるような。

穏やかな笑顔が一瞬だけ黒く染まる錯覚を覚える。

 

「有り金全部、おいていってね~」

「…」

 

あ、やっぱりこの人鬼だった。

この人本当に、いくら稼ぐ気なんだよ。

孤児院の子どもが一緒じゃなくて良かったと、今更だが思う。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第77話:帰り道を

「うふふ~」

「ご機嫌みたいですね」

 

最初に渡した10枚の金貨の入った小さな袋は、バトルハウスの賞金とチップとルウシェルから巻き上げた金により収まらなくなり、気が付くとユウリッドさんが持って着ていたエコバックのような袋にずっしりと詰まっていた。

 

「そりゃあもう。しばらくは子どもたちにいいものを食べさせてあげられるわ」

「いい母親っすねえ…」

 

稼ぎ方が不純だが。

しかしそこは口にはしない。

 

「そんで、どうします?」

 

スマホを見ると、時刻は16:50という数字を浮かび上がらせる。

 

「そうねえ。もう夕方だし、そろそろ広場へ行きましょうか」

「おっけーっす」

 

僕たちは集合場所である広場への道を歩く。

冒険帰りの冒険者らしい人が痛そうにどこかをおさえてすれ違っていく。

 

「思ったより冒険ってのは危ないもんなんですかね?」

「それはそうよ。命をかけて戦うんだから」

「へえ」

 

進めていた足を緩める。

 

「ちょっとだけ、お時間いただきますよ」

「え?」

 

冒険者に声をかけて呼び止める。

 

「どうぞ、これでも飲んでください」

 

その場で袋にあるポーションを取り出して、道行く傷ついた人に配りながら歩く。

 

「うちの自慢の一品です。これ飲んで明日も頑張ってください」

「これ死ぬほど苦いけどその傷なんて一発で治りますよ。よかったら」

「お、いつもうちの店に来てくれてる方ですね。感謝の気持ちもかねて、これを」

 

夕暮れの街で冒険者と思われる人を見かけては、次々と声をかけてポーションを配る。

 

「それ、あなたたちの店の売り物じゃないの?」

 

ユウリッドさんは僕の背の夕日がまぶしいのか、少し眉をしかめて僕に尋ねる。

 

「ええ、そうですよ」

「それじゃあ、お金もなしでそんなタダで配ってたら、もったいないじゃない」

「まあ、そうなんですけど」

「じゃあ、どうしてそんなことするの?」

「うーん、こればっかりは冒険者の方はどう思ってるかはわかりませんが」

 

少し考えてから、返事をする。

 

「僕たちが街で平和に遊んでいるのに、その平和を命をかけて守っている人たちから巻き上げてばかりなんて、それはあんまりでしょう。たまには贈り物の一つくらい、用意しないと失礼じゃないですか」

「…少し、ううん、かなり変わった考え方ね」

「ま、今日はお代はすでにいただいてるんで。こんなの、全然わりに合わないくらいに」

「お代?」

「ええ、結構なものを」

 

片目を瞑って、ユウリッドさんの手にある袋へと目をやる。

それを見て察したユウリッドさんが、僕に歩み寄ってくる。

そして優しく僕の手を握って、手にもつポーションを僕から取り上げる。

 

「ふふ、そういうのって、素敵な考えね。私も配るわ」

「はは、すいませんね。おっと、お疲れ様です。これをどうぞ」

 

すれ違う人々に瓶を配りながら、ゆっくりと広場へと向かう。

今のままだと少し帰るのが早くなってしまうだろう。

それと今日はクリスマスパーティ。

僕らにとってのクリスマスなら、プレゼントを配るのもクリスマスの仕事だ。

 

「お疲れ様です。明日もがんばです」

 

真っ赤な夕日は、街を赤く染め、僕の影を長く伸ばし、一日の終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

「あー、お兄ちゃんとお母さん!やっときた~」

 

広場では子どもたちが集まって何やら話し合っていて、僕たちを見つけるとわらわらと駆け寄ってきた。

ゆっくりと道行く人にポーションを配り歩いていたおかげで時間がかかってしまった。

 

「おー、待たせたな。それで、プレゼントは用意できたか?」

「うん、この通り!」

 

全員がそれぞれ袋をもって誇らしげに見せてくる。

どうやら普通に買えたみたいだ。

 

時刻はすでに17時40分。いい時間だ。

そろそろ向こうも準備ができてるだろうか。

 

「よし、それじゃあ今日は帰ろうか」

「はーい!」

 

 

 

 

帰る途中、孤児院の女の子が駆け寄ってきて僕の右手を握る。

 

「ん?どうした?」

「おかあさんのてがあいてないの…」

 

後ろを振り返ると、ユウリッドさんの両手は他の子ですでに埋まっており、周りにいる小さな子どもは少しだけ悲しそうな顔をしている。

 

「なるほどね。ま、ユウリッドさんがいるから誘拐とは間違われないだろ。僕の手なら好きなだけ握っていいよ」

「えへへ、ありがとう」

「あ、ぼくも!」

「わたしも!」

 

うらやましいと思ったのか、他の子が僕の袋を持った左手を狙って駆け寄ってきた。

 

「おいおい…仕方がねえな」

 

一人を肩に乗せて、袋を持ちながら左手で他の子の手を握る。

 

「ふふ、サンタくん、この子たちのお兄さんみたいね」

 

後ろを歩くユウリッドさんがにこにこしながら僕に言う。

 

「いつの間になつかれたんですかね」

「このままいっしょにすんで、おにいちゃんになってくれればいいのになぁ」

 

右手の女の子が独り言のように言う。

そうか、みんな子どもだし、歳の離れた兄貴というやつにあこがれはあるんだろうな。

 

「うーん、血はつながってないから、本当の兄ちゃんにはなれないけど、義理の兄ちゃんにだったら、なってやるよ」

「本当!やった~」

「じゃあ、これからうちで暮らすの?」

 

肩に乗る子が帽子を精一杯つかみながら聞いてくる。

 

「んー、僕も仕事があるから、一緒には暮らせないなあ」

「えー、それじゃあいみないじゃん!いっしょにくらそうよ~」

 

子どもたちのブーイングの嵐。

なんだよ、お前ら、いつから僕になつき始めたんだ?

 

「えーと」

「ほらみんな。サンタ君も困ってるから、やめなさい」

「えー」

 

ユウリッドさんが助け舟を出してくれたおかげで、子どもたちは言葉を飲み込む。

相変わらず不満げな様子だが。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

後ろを振り返って礼を言う。

 

「…私としても、サンタ君が一緒に暮らしてくれたら嬉しいんだけどね」

「ま、あいつらが僕がいなくてもいいよって言ったら、こっちでお世話になりましょうかね」

 

見えてきた孤児院を顎で指しながら、僕は冗談交じりにそういって、孤児院の入り口で子どもたちを下した。

 

「あ、やべ。コメットの飯の用意忘れた!ちょっと一回家に戻ってくるんで、先に入っててください!」

「え、サンタ君?」

 

話す間も与えずに迫真の演技で焦りっぷりを見せて、子どもたちを振り切って風よりも速く駆ける気持ちで家へと向かう。

その途中、ニヤニヤが抑えられずに、空を見上げて一人つぶやく。

 

「やっぱサプライズってのは、いいもんだ」

 

見上げた空には、綺麗な満月が、今日も街を見守っていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第78話:クリスマスパーティ、開幕

建物を飛び越えて我が家へ数十秒で向かうと、閉店の看板をぶら下げた店の姿が視界に映る。

その横でぴょんぴょんとステップを踏むルドルフと、そばでのどを鳴らして動かないコメットは、僕を見つけると各々のスピードで僕へと歩み寄ってきた。

 

「おー、留守番ご苦労だったな。さあ、そろそろ時間だから、お前らも行くぞ」

「ギエエエアアア!」

「ちょっと待ってろよ」

 

二匹を待たせて店の中のリビングへと向かう。

まっすぐキッチンへいき、冷蔵庫の扉を開ける。

我が家の大きな冷蔵庫の中には、冷蔵庫の役割を果たすための氷の魔法を込めた道具が隅にあり、真ん中には大きなケーキが鎮座して僕を待っていた。

 

「相変わらずすごい出来だ」

 

そのすごい出来のケーキはさすがに袋に入れることはできないので、両手で抱えて慎重に階段を下る。

 

「お待たせ、それじゃあ行こうか」

 

近くに置きっぱなしのそりの後ろの席に丁寧に乗せて、前の席に飛び乗る。

ルドルフはそりを引くと、そりは宙を舞う。

 

「コメットは…乗せられないから、歩いて来れるか?」

「ギアアアアアアア!」

 

コメットはいつものように不気味な鳴き声で答えると、普段ののろさからは考えられないスピードで路地を駆けていった。

 

「おい、まだ道教えてないんだけど…まあいいや。ルドルフ、頼んだぞ!」

 

空はすでに星がきらめき、街の明かりがつき始める中、ケーキを見ながらゆっくりと孤児院へと向かった。

 

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいませ」

「え?えっと」

 

チビたちと帰ってきた姉ちゃんは俺のウェイター姿に戸惑っているようだ。

どうだ、決まってるだろ?

 

入ってきた客の中にあの赤い帽子は見つからない。

やっぱサンタは一緒じゃないか。

今頃ケーキを運んでるだろうな。

 

「お客様方、本日の招待状をご提示ください」

「招待状?なにそれー?」

 

うん?

まさかサンタのやつ、入れるの忘れてきたか?

流石にそれは冗談きついぞ…?

 

「招待状?…あら、これは…?」

 

姉ちゃんがポケットから手作り感満載の紙束を取り出す。

良かった。あったみたいだ。

サンタの野郎、気づかないように忍ばせるなんて、粋な計らいしやがるぜ。

 

「はい、確認しました。それでは中へどうぞ」

「私の家なのに…」

 

そんな顔するなよ。サプライズなんだからよ。

とりあえず適当にお辞儀をして、奥の食堂に逃げ出す。

食堂ではマイとリィナが二人固まって最終確認をしていた。

 

「おい、マイ。準備はいいか?」

「やっと来ましたか?こっちはいつでも大丈夫ですよっ!」

「よし、後はリィナ。頼んだぜ!」

「が、頑張るから!」

 

 

 

「わー、すごーい!」

「きれいな飾り!」

「この料理、おいしそうだね!」

 

ぞろぞろとチビたちが来て席に座りだす。

目の前の料理とあたりの飾りに興奮しているようだ。

みんなが座ったあたりで、リィナが声を張り上げた。

 

「え、っと!本日はお集まりいただき、ありがとうございます!今日は日ごろの感謝をこめて、クリスマスパーティを開催することにしました!心ゆくまで、楽しんでください!」

 

日頃の感謝って。それ俺とマイのセリフだっての。

よくわからないテンションで、チビたちからは拍手喝采が起こる。

 

「まずは目の前の料理をお楽しみください!両手を合わせて…いただきます!」

「いただきます!」

 

そこはメリークリスマスだろ。

意味は分からないけどな。

 

「ラスト。行きましょうっ」

「おう、そうだな」

 

リィナの進行が終わり、みんながみんなにぎやかな雰囲気で料理を口にする。

その騒ぎに紛れて、マイとともに中庭へと向かった。

 

もう中庭にいるはずの、あの赤い帽子を探しに。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
パーティ開幕ということで、そろそろ大詰めです。


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第79話:それぞれの視点

中庭に出ると、もうそんな季節ではないのに、次の季節の訪れを否定するかのように雪が優しく降り、所々に積もっている。

その中心で、小さなトナカイと一緒に、赤い帽子のあいつが一人立っていた。

 

「よお、待ちくたびれたよ。それと、待たせたね」

「おう、待たせたな。俺も、待ちくたびれたぜ?」

 

こいつはこんな感じの、面白い言い回しができるから、俺は結構気に入っている。

まあ、ただ俺と価値観が似てるだけっていうのもあるけど、今まで年の近い友達がいなかったからかもしれないな。

 

「今どうなってるんだ?いい感じか?」

「ああ、俺のフルコースを堪能してるだろうよ。後はリィナもいることだしな」

「へえ、よかったよ。サンキューな」

「いいってことよ。後は、ここの準備を済ませるだけだな」

「そうだね。それじゃあ、始めようか」

 

そういうとこいつはしゃがみこんで、いつものように雪に手をあてる。

いつものように雪に光が宿り消えると、今回は俺より背の高い大きな雪だるまが3体湧き上がってきた。

 

「いろいろテーブルとか基本的なものはラストたちが昼間にやってくれてたみたいだから、お前らはケーキの配置とか、ラストの指示に従って動いてくれ」

 

雪だるまたちは頷いて俺のもとへ集う。

あいつはその場で座り込んで疲れた表情を浮かべている。

 

「僕は少しだけ、休んだらマイとツリーの飾りつけをするよ」

 

でかいの3体も出したら、やっぱ疲れるのな。

 

「おう、任せとけ!」

 

姉ちゃん、驚くかな。

足元に転がっていたチビたちが片付け忘れたボールを、思いっきり蹴って、ケーキのもとへ駆け出す。

 

「始めるか!」

 

 

 

 

 

 

「うわあ、おいしい!」

 

流石はラスト。

これなら王国都市部でお店を開いたって歓迎されるほどの腕前だろう。

目の前のごちそうを口に運ぶ手の動きが止まらない。

 

「ねー、お姉ちゃん」

「へ?あ!どうしたの?」

 

隣の女の子が突然話しかけてきた。

 

「これ食べたら次は何をするの?」

「んー、みんなで遊ぼうと思ってるよ」

「やった!また遊べるんだね!」

 

そういうと嬉しそうな表情でまた食べ始める女の子。

危ない…食べるのに夢中で何をしているのか忘れるところだったよ。

ラスト。この料理、おいしすぎるよ!

 

 

それにしても、私だけ一人で食べててよかったのかな。

中庭の方に子どもがいかないように、見張っておいてっていわれたけど。

 

「私もここで食べようかしらね~」

「あ、ユウリッドさん。どうかしましたか?」

「あら、お邪魔だった?」

「あ、そんなことは…」

 

やっぱり慣れないなあ。

隣に腰かけたユウリッドさんは私の苦手な人でもある。

だって、この前すごく気まずかったから。

 

「いつもあの子たちと一緒にいる、あなたと、少しお話がしたかったのよ。なんとなく、ね?」

「そ、そうですか…」

 

優しく笑うユウリッドさんはお母さんみたいな雰囲気がただよう。

あの子たち、か。子を想う親の気持ちなのかな。

 

「あの子たち、ちゃんとうまくやってるの?」

「はい。マイは仕事だけじゃなくて料理もできるし、ラストの作る薬はとても人気で、毎日売り切れるくらいなんですよ!」

「そう。しっかりやれてるのね。よかった」

「それにサンタも、私たちにできないことはやってくれるし、困ったときは助けてくれますから。今はみんなで、楽しく暮らせてます!」

 

サンタ、今は向こうで準備してるのかなあ。

 

「…サンタ君ね」

「?サンタがどうかしました?」

 

その名を聞いたユウリッドさんの雰囲気が少し変わったような気がした。

 

「少し聞きたいのだけど、もしサンタ君があなたたちと一緒に暮らさなくなったとしても、あなたたちは今まで通り、楽しく暮らせるかしら」

「え、サンタが…それってどういう…」

 

優しい笑顔で、ユウリッドさんは付け加える。

 

「ふふっ。例えばの話よ。サンタ君がどこか別の場所で暮らすことになって、あなたたち3人になっても、3人で幸せに暮らせると思う?」

 

例えばかあ。びっくりしたあ。

ユウリッドさん、なんでそんなこと聞くんだろう。

でも。

 

 

 

サンタがいなくなったら、か。

 

 

 

「う〜ん。3人でも、材料は私が取りに行けるし、店の方は問題なく回るかもしれないですね。ラストもマイと一緒に店番してる時も楽しいから、楽しくは暮らせそうです。でも」

「でも?」

「今まで隣にいたサンタの分のご飯が食卓から一人分減るのも、毎日のおはようとおやすみの回数が減っちゃうのも悲しいですね。後、私たちは家族ですから。家族がいなくなるのは、なんとなく嫌かなー、なんて思ったりしちゃいます」

 

私たちもまだ若いし、いつかサンタが言ったみたいに誰かが結婚とか、他のことで家を出て、いつかはいなくなっちゃうかもしれないけど、やっぱりみんなでいたいよ。

 

「…そう。ごめんなさいね。こんな話、例えばでもするものじゃないわよね」

 

しまった、顔に出ていたみたいだ。

うまく取り繕って、話題をかえる。

 

「いえ、全然大丈夫ですよ!そういえばサンタはどこ行ったのかなー?」

「ふふ、忘れ物を取りに行っているそうよ」

「あー、なるほど!」

「…仲、いいのね」

 

微笑むユウリッドさん。

でもその笑顔はいつもより、少しだけ何かを思うような、影のあるように感じた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第80話:ツリーの装飾

「サンタさん、大丈夫ですか?」

「ああ、もう大丈夫」

 

大きな雪だるまを出したことによる疲れも取れ、膝をついて立ち上がる。

 

「それじゃあ、もう一回、疲れることを」

「え?」

 

だるそうに中庭の真ん中のあたりを目指して歩き、そこで手をついて、大きく息を吐く。

 

「知らないだろうが、聖なる夜には、モミの木がつきものなんだよ」

 

地面が一瞬光って、それが収まると、大きなモミの木が地面を割ってそびえ立つ。

 

「わっ!」

 

その高さは孤児院よりも高く、外から見たら建物の中から木が突き抜けているように見えるだろう。

 

「なんでかはわからないけど、クリスマスツリーって言ってな。これが一本立ってるだけでもう『あっ、クリスマスだな』って思えるほどの、クリスマスのシンボルなんだよ」

 

驚くマイに地面にへたりこんで声をかける。

 

「そうなんですか…それにしても、ずいぶん大きいですね」

「ああ、おかげでまた、動けなくなっちまった」

 

10メートル以上の木を出したおかげで、思いの他疲れてしまい、立ち上がるのもやっとだ。

全く今日は燃費が悪いものばっかり出しているな。

 

「大丈夫、ですか?」

「大丈夫じゃない」

「そう言えるなら大丈夫ですね」

 

隣でくすりと笑うマイが手を差し伸べてくれたので、それを借りて立ち上がる。

 

「さんきゅー。んで、今からこの木に装飾をしないといけないんだけど…」

 

袋をわざとらしく漁る素振りを見せて、肩をすくめる。

 

「装飾品がない」

「えっ」

 

短い静寂。

 

「どうするんですか」

「どうしようね」

「…」

 

そーりぃ、普通に忘れてました。

そんなふざけた謝罪などできるはずもなく、隣の鬼のような形相の少女を横目でしか見ることができない。

 

「おーい、こっち終わったぞー」

 

絶妙なタイミングで、準備が終わったラストがこちらに歩み寄ってくる。

ラスト、お前、最高だよ。

 

「うわー、でっけーなあ!木なんか出してどうすんだ?」

「これはクリスマスのシンボル的存在だ。今からこれに装飾をしないといけないんだが、装飾品がなくて、人生初の大ピンチを迎えている」

「大ピンチねえ。お」

 

上を見上げて数秒、ラストが何かをひらめいたような声を出す。

なんか思いついたのか!?なんでもいい、隣の殺気が静まりさえすれば…!

 

「あったじゃねえか、装飾品」

「え?」

「サンタ、乗れ」

 

そういってラストは僕をそりに乗せて、自分は後ろに座る。

 

「ちょっと家に戻るわ。マイ、今のうちにリィナのとこ行って、あっちの手伝いしてやれ」

「家…?あっ!あれですね!」

 

マイもなんだかわかっているのか、すぐに表情がパッと明るくなる。

 

「ああ、あれだ」

 

あれってなんだ。

 

「ほら、行くぞ」

「2人とも、早く戻ってきてくださいよ?」

「おうよ」

 

何が何だかわからないうちに、ルドルフは勝手に舞い上がり家へと急ぐ。

 

「ここはひとつ、うちの自慢の商品をお見せしましょう、ってか?」

「それ、僕の真似のつもり?」

「へっ、似てないか?」

 

ちょっと似てた。

ルドルフのスピードにかかれば、家へ着くのにそう長くはかからなかった。

 

 

 

「んで、装飾って、本当にあるのかよ」

「あるよ。まあちょっと待ってな」

 

家までつくとラストは中へ入っていった。

なんとなく気になったので中に入ると、ラストは商品棚を漁っている。

 

「そういや商品とか言ってたけど、うちにそんなもんないだろ。ポーションくらいしかないんじゃねえの?」

「そうか、サンタはいつも外にいるもんな」

「…」

 

何気なく言うラストのその一言に、少しだけ疎外感を覚えながらも、それを顔に出さないように努める。

 

「リィナが来てから、うちはポーションだけじゃなくて、魔法道具も売ることができるようになった。まあこれは知ってるだろ?魔法道具ってのは幅が広くてな。いつでも使えるような便利なものから、使い道が限定された局所的なものまで、いろいろある。それで今回に限って使えそうなものってのが…お、あった」

 

並べられた商品をかき分けて、お目当ての品を見つけると、いつものどや顔を決めてくる。

 

「これだ」

 

差し出された小さな箱。

青く染められたそれは、夜空に浮かぶ星のように、所々がきらきらと輝いていた。

 

「きれいな箱だな」

「ああ。こいつはリィナの特製らしくてな、高いうえに戦闘には全く役に立たないから、売れることなく残っていたんだが…まさかこんな時に役に立つとは」

 

その箱をもって、僕たちは再びそりに乗り、孤児院へと戻る。

 

「んで、それを開けるとどうなるんだ?」

「一個しかないから俺も使い方はわからないんだよな。開ければわかるって言われたんだけど…。一応飾りつけに使えるとか聞いたけどな」

 

内容がまるでわからない、まさしくブラックボックスってか。

博打気味だけど、まあこういうのも面白い。

 

「まあ、リィナを呼んで来ればわかるだろ。今頃はみんなで遊んでるんじゃないか?」

「おう、それで行くか」

 

そこで一匹の友人のことを思い出し、ラストに尋ねる。

 

「あ、そういえばコメットが、連れていこうと思ったら道も教えてないのに勝手にどっか言っちゃったんだけど、大丈夫なのか?」

「ああ、どうりでいないわけだ。大丈夫、カラアレオンは、鼻が利くんだ。お前のにおいを覚えているはずだから、大丈夫だと思うぜ」

「へー、そうなんだ」

 

勉強になったと思っていると、いつの間にか中庭の真上までついていた。

ルドルフはゆっくりと降下して、雪の上に着陸する。

 

「っと、もうついたか。それじゃあ、俺がリィナを呼んでくるから、後はお前とリィナで二人で準備をしといてくれ。ちび共は俺たちが相手しとくからよ!」

「おお、ごめんね」

 

そりから飛び出してラストは中庭を後にし、僕は残された小さな箱を手にもてあそんでいると、少ししてリィナが駆け足気味に中庭に入ってきた。

 

「よう、悪いね、急に呼び出して。そっちはどう?」

「サンタ。ううん、大丈夫だよ。あっちはみんな楽しくやってるよ。やっぱり夜に何かするって言うのが楽しいみたい。今はプレゼント交換をやっているから、私もうまく抜け出せたよ」

 

いつものように笑うリィナは中庭の隅に掛かるランプの明かりが照らし、ドラマの演出のようだ。

物語の世界から切り取ったようなその姿に少しだけ見とれてしまうが、別に惚れたわけじゃない、と必死に言い聞かせる。

 

「それで、サンタから大事な話があるって聞いて来たんだけど、どうしたの?」

「ん、ああ、それはね」

 

箱を見せようとした瞬間、リィナははっとして僕をまっすぐ見つめて、顔を赤らめる。

 

「も、もしかして…大事な話って…!」

 

んー、なんかよくわかりませんが嫌な予感がします。

 

「こ、告白!?」

「はあ?」

 

予感的中です。

 

「ダメだよサンタ!こんな時に…時と場合ってものが…!」

「落ち着けって。僕はただこれを」

「その箱!もしかして指輪!?はわわ…」

 

取り乱したリィナは興奮しきって話を聞いてくれない。

ラストの野郎、大事な話とか、ぼかすんじゃねえよ。

いや、確かにクリスマスにモミの木の下でプロポーズなんて場面は腐るほどあるけどさ。

 

「おい、リィナ。話を…」

「ダメだって!でも、サンタがどうしてもって言うなら…」

「いやだからさあ…」

 

リィナを説得するのに、おそらく向こうのプレゼント交換は終わったんじゃないかといえるくらいの時間を要した。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第81話:二人きりのパーティ会場

「なんだ…飾りつけの話だったんだ」

「最初からそういってるだろ。何とち狂った勘違いしてるんだ」

「う、ごめんってば!」

 

リィナの誤解を解くのに時間を要してしまい、大幅なロスに少しだけいら立ちを覚えながら、リィナの頭をくしゃくしゃとかき回す。

 

「まあ、ラストの言い方も悪かったからな。全部がお前のせいってわけじゃないだろう」

「い、いたいいたい!言ってることとやってることが違う!サンタ!」

 

痛がるリィナをスルーして、手に持った箱を見せる。

 

「それで、この箱についてだけど」

「無視…!?あ、それって」

 

落ち着いてから見せると、リィナもその箱に気付いたみたいで、はっとした表情になる。

 

「クリスマスのシンボルたるこの木に飾りつけをしないといけないんだけど、準備するの忘れちゃってさ。それでラストが言うにはこれが装飾品になるっていうからさ」

「うん、なるよ!それ、私の自信作なの!」

 

嬉しそうにこちらを見上げるリィナを見て思う。

やはり自分の作ったものには愛がこもるのだろうか。

その目には輝きが宿り、それだけで飾りつけはいらないんじゃないかとさえ思えるほどだ。

 

「へえ〜」

 

そんな職人に僕ができる最大の敬意の示し方はただ一つ。

 

「それじゃあこれ、ひとつください」

「え?」

「いくら?」

 

アホみたいな顔をしているリィナに値段を聞く。

 

「えと、2万ユインだったかな…」

「ほら、2万ユイン。釣りはいらねえ。なぜならちょうど払ってるから!」

 

リィナは眉をしかめて僕を見てくる。

 

「…なんだよ。そんなに今のネタつまらなかったか?」

「そうじゃないよ。お金なんて、要らないよ。どうせ売れ残りだったんだし…」

「売れ残りってのは、金をとらないことの理由にはならないだろ」

「そうだけど…」

 

お金をリィナの手に握らせて、頭に手をのせる。

 

「作った人に敬意を払うのは、買い手の礼儀だ。それに今日が初めてのファミリアでの買い物なんだ。それがリィナの自信作なんて、これ以上の思い出はないよ」

「まあ、サンタが良いなら」

 

手に乗せられた金貨を握ると、いつもの笑顔で、僕に一言。

 

「お買い上げ、ありがとうございます!」

「おう」

 

雪が囲むこの冷えた雰囲気は、このやり取りだけでも十分に暖まったように感じた。

 

「あぁぁ!!痛いって!なんでいちいち頭搔き回すの!?」

「ごめん、つい」

 

ごめん。でも今のやり取り。少し恥ずかしかったんだ。

 

 

 

 

「うぅ、髪抜けるかと思った…」

「ごめん。それで、これってどうやって使うんだ?」

「うん、ちょっと貸して」

 

箱を渡すと、リィナはその箱を躊躇なく開けて、中身を見せてくる。

開けた瞬間に何かが飛び出すと思っていたので、何も出てこなくて拍子抜けしたが、中にはこれまた小さな、消しゴムサイズの瓶が一つ台座に収められている。

中には砂のようなものが、この薄暗い中で輝いている。

 

「開けた瞬間出てくるやつじゃなかったのか」

「びっくり箱じゃないんだから。それに、箱に入れないと、落として割っちゃったら大変でしょ?」

 

安全性を考慮して箱にいれてるのか。

ってか、外の箱は飾りなのかよ。

だいぶ外の箱の作りが手が込みすぎてるような。

 

「箱の作りなんだけど手が込みすぎてない?」

 

思わず声に出た。

 

「ああ、それ。マイが作ってくれたんだ。箱の値段もいれてるからちょっと高くなっちゃったんだよね」

「あー、なるほど。うちの職人の皆さんは本当に素晴らしいですねー」

 

共同作品ね。

仲がよろしいようで。

 

「私はあの二人ほどすごくはないけどね…もしかして拗ねてる?」

「ばっかお前、拗ねてねえよ。一緒に過ごしてるのに知らないことがありすぎて悲しくなってるだけだ」

「ああ…サンタ、いつも外で店番してるからね…。一緒に中で店番してくれればいいのに」

 

カウンターに椅子が3つしかないんだよ。

後、レジ打ちめんどい。

この世界はレジがないおかげでより面倒臭さに拍車がかかっているのだ。

後はまあ、僕は職人じゃないから、どうやっても疎外感を抱いてしまうわけで。

 

「ま、それはおいといて。使い方」

「あ、うん。この瓶を開けると、中身が出てくるよ」

 

はい、と言って渡された瓶を手に取る。目の高さまでもって振ってみると、中の砂状のものもそれに合わせてしゃらしゃらと音を立てて揺れる。

慎重に栓を抜くと、開け口は垂直に上を向いているのに、中から金色の光が静かにあふれだす。

僕の手を伝って足元の雪にかかるそれは、雪を照らす月の光よりも幻想的で暖かい光だった。

 

「うわ、すげえ。なんだこれ」

「瓶は小さいけど、中にいっぱい詰めてるから、これだけでもこの木には十分なんじゃないかな」

「へえ、魔法なのかこれ?光る砂が入ってると思ってたんだけど」

「うん、魔法で作った光をこの瓶に詰めてるんだ。たくさん入れてあるから、密集しすぎて砂に見えたんじゃないのかな」

「なるほど…」

 

栓をして瓶をもう一度振ると、確かに左右に揺れはするが、よく見ると瓶の中でふわふわと浮いているようにも見える。

一度開けたおかげか、瓶の中では光が騒がしく動いている。

炭酸みたいだな。

 

「それをかければ飾りつけは問題ないよね?でも、瓶を逆さにしてかけちゃだめだよ。すぐになくなっちゃうから」

「おう、おっけ。それじゃあ、早速飾りつけましょうか」

 

ルドルフと空へ上がり、木のてっぺんまで上がる。

先ほどから降らせていた雪のおかげで、ツリーには雪が良い感じに積もっていて、ホワイトクリスマスと呼ぶにふさわしい仕上がりだ。

もう春だというのに。

 

「せっかく立派なのに、それに似合う王冠が無くてごめんな。だから今は、これで満足してくれ」

 

頂点にあるはずのお星さまがないことを少し残念に思いながら、瓶を開けて光をモミの木に偏りが無いように振りかける。

ゆっくりと覆いかぶさる光は白い雪を一層白く、より輝かせ、今まで見たどのイルミネーションも目の前の景色にはかなわないだろうと思う。

 

ツリーのほとんどを染め上げたところでリィナの近くに着陸した。

 

「リィナ、どうだ?」

「…うん。きれい…ぐすっ」

「…おい、泣くほどか?」

「ごめんね。嬉しくって、つい…!」

 

口を押えて涙を流すリィナの抱く嬉しさ、感動は、おそらく生みの親である者にしかわからないんだろうな。

 

「ほら、そんなとこで見てないで、せっかくだし特等席で見ようぜ」

 

リィナとそりに乗って再び孤児院よりも高い木の頂まで舞い上がる。

 

「どうだ?こっちの方がいいだろ?」

「うん、本当だね…」

「分かったらさっさと泣き止んでくれ。そろそろ向こうもネタ切れだろう。後少ししたらこっちに来る。そんなときにこんな顔、皆に見せんじゃねえぞ」

「ん、わかった。じゃあさ、サンタ。それまで隣、座ってていい?」

「いいよ。って、え、なんで?」

 

落ちたら即死も免れない高さなのに狭いそりを移動して隣に座った彼女は、僕の肩に体重を預けてきた。

 

「えへへ、なんか、恋人みたいだね」

「ん!?ばっか!冗談でもそんなこというな!」

「あはは。サンタが焦るのって、なんか新鮮」

 

そりゃお前。

今まで色恋の経験はなかったからな。

そんなこと言われたら、普通だったら惚れてしまう。

 

「くそ…」

「ごめんごめん。でも、こんな風に、いつまでも一緒にいれたらいいね」

「…そうだな」

 

いつまでも、ね。

果たしてその願い、叶うかどうかはわからないが。

目下で光るクリスマスツリーを黙って見つめながら、降り積もる雪のように、思い出を重ねていきたい、そう思った。

そしてすぐに、そんなことを思った自分が急に恥ずかしくなって、リィナに聞こえないように小さく吐き捨てる。

 

「へ、臭いセリフ。とっくに中二病は治ったと思ってたのに」

「何か言った?サンタ」

「いや、なんでも。あいつら、早く来ないかな」

 

肩から伝う体温に少しだけ心地よさを覚えながらも、僕は小さな来客を待ちくたびれているように振る舞った。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第82話:メリークリスマス

「おーい、何してるんだ!?そろそろだぞー!!」

 

しばらくの間、リィナと上から下の様子を眺めていると、下から聞き覚えのある声が僕たちを呼ぶ。

 

「お、ラストか。おお、今行く!」

 

隣のリィナを見ると、笑みを浮かべて頷いたので、ゆっくり下へ降りる。

 

「よう、そっちはどうだ?」

「おう、いい感じに、盛り上がってるぜ!」

 

両手の指を突き立てて、謎のポーズをとっているが、わからないのでスルー。

 

「へえ、それじゃあ、こっちは準備できてるから、いつでもいいぞ」

「おう!それにしても、こりゃあすげえな…」

 

ラストがたくさんの光で飾り付けられた木を見上げて感嘆する。

 

「ああ。やっぱ魔法って、いいよなあ。僕もなんか一つでもいいから使えるようになりたいよ」

「…私からしたら、サンタの方がすごいと思うんだけど」

 

ツリーの下でぬいぐるみのように静かに座る大きな雪だるまを見ながらリィナがいう。

言っとくけど、めっちゃ疲れるんだからな?

 

「はっはっは!でもまあ、リィナ、よかったじゃねえか」

「う、うん!…ぅ」

 

ラストに言われて、一人感極まるリィナの頭を三度ガシガシとかき回す。

 

「ああ、さいっこうだ!まじ、さんきゅーな!」

「うああ!いたい!いたい!」

 

涙もろすぎるんだよ。

卒業式とか最後の大会とか、なんで女ってのはこうも涙もろいんだ。

いや、僕に感受性がないだけか。

あれ、なんか目頭が熱い。

 

「んん?まあいいや。それじゃああいつら連れてくるわ。サンタ、お前、裏方ばっかりだったし、最後くらいはしっかり楽しめよ!」

「…ああ」

 

ラストは足早に孤児院の中へ駆けていった。

 

「リィナ、僕たちは上でスタンバってるから、出番になったら呼んでくれ。ルドルフ、頼んだ」

「うん、サンタ、頑張ってね?」

「おう、任せとけ」

 

再び高く上がり、孤児院の屋上で待機する。

 

「悪いな。お前にはエレベーターみたいなことさせちゃったな」

 

しばらく何も食べさせていないルドルフにゼリーを与え、頭をなでてやると、嬉しそうに首を揺らして鈴を鳴らす。

 

「…集まりだしたみたいだな」

 

下の中庭から、子どもたちの甲高い声が上がっている。

ケーキかツリーか。それとも、夜のテンションか。

子どものころは、何でも新鮮で、無限のスタミナでどこまでも行けた。

そんな様子がうらやましくて、戻りたいと思うと同時に、こういうイベントに対しても何も感じなくなったのはいつ頃からだったか、慣れというのは怖いものだと改めて思う。

小さいころはサンタクロースとかも、本気で信じてたのになあ。

 

「あ、サンタのじいさんは本当にいるから、一応合ってるのか」

 

くだらない自問自答も、下が静かになり始めたことで、そんな時間も終わりであることを知らされる。

 

「さてと、そろそろ出番かな。っと、ん、こいつは…」

 

ポケットに手を突っ込むと、何かが手に触れる。

取り出すと、先ほど使った光の詰まった小瓶だった。

ツリーを飾るために大分使ったというのに、それでもまだ、瓶の中は輝き続けている。

 

「お、こいつは使えるかもな」

 

一瞬、思いついたことがあり、勢いよく指を鳴らす。

 

その場で積もった雪からスノウマンを呼び出して、円陣を組んで作戦会議を始める。

 

 

 

それから少しして。

下の方では、ラストが何やら話をしているところ。

少し離れていて何を言っているかはわからないが、少しだけざわついて、そして一呼吸おいて、ひときわ一層、僕を呼ぶ大きな声がする。

 

「おーい、サンタ!出て来いよ!おいってば!!」

 

なんて必死な呼びかけだろう。その呼び声に応えるようにルドルフが鈴を鳴らす。

 

「行こうぜお前ら、ファンタジー世界流のクリスマス、見せてやろうぜ」

 

こっから先は、僕のターン。

聖なる夜に、幻想的な演出を。

 

「ホッホーウ!メリークリスマス!」

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。いよいよ終盤です。


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第83話:メリークリスマス:ラスト

「うわあ、きれー!」

「おっきな木!」

「すっげー!うまそうなケーキ!」

 

中庭へやってきたちび共は先ほどまでの遊びが楽しかったのか、普段はもう寝る時間なのにずいぶんと興奮しているようだ。

サンタの姿はない。

まあ、どっかでスタンバってるんだろうな。

さて、頃合いを見計らって、始めるとするか。

 

「ラスト、サンタさんはどこいったんですか?」

「ん?よくわかんねえけど、どっかに隠れてるんじゃね?」

「サンタなら、あそこにいるよ」

 

リィナが夜空の方をさしながらこっちに来る。

 

「ん?屋上にいるのか?」

「うん、出番になったら呼ぶようにって」

「なるほどな!あいつもわかってるじゃねえか!」

 

屋上からの登場か。

あいつ、何か準備でもしてるのか?

となると、少し時間を稼いだ方が良いだろうか?

もうちょっと待って…げ、姉ちゃん!

 

「あらあら。ずいぶんとまあ、好き勝手にやってくれたみたいね」

「ね、姉ちゃん!ごめん!終わったらちゃんと片付けるから!」

「ごめんなさい!今日だけですからっ!」

 

中庭にはなかったでっかい木に、積もった雪。

流石に中庭をここまでいじるのはまずかったか…?

 

 

 

「…ふふ、そんなに謝らなくてもいいわ。まあ、お代はサンタ君から貰ってるから、それでよしとしようかしらね」

 

思いっきり怒られるかと思ったが、姉ちゃんは俺たちを怒ることはなかった。

何もいうことなく木の下のちび共のもとへと向かっていった姉ちゃんの姿に、俺とマイはほっと息を吐く。

 

「死ぬかと思ったぜ」

「大げさでしょ」

「そんなことないですよ…!」

 

リィナ、怒った姉ちゃんは本当に怖いんだ。

前に店に来た時、お前はサンタと逃げたから知らねえだろうが、まじでこえーんだぞ。

 

「ラスト、姉さんの気が変わらないうちに、早く始めましょう」

「お、おお、そうだな!」

 

サンタ、もう始めるからな。

期待してるぜ?

 

 

 

 

「おーい、注目―!」

 

手を叩いてこちらに関心を向け、騒いでいたやつらもようやく静かになる。

 

「今から今日の最後のメインイベントを始めるぞ!」

「えー、最後!?」

「いやだ、もっと遊びたいー!」

 

残念そうな声が上がるが、構わずに続ける。

 

「最後はこのパーティの主役、サンタクロースから、お前らへプレゼントがあるらしい!それじゃあご登場願いましょう!サンター!」

 

上の方で待機しているらしいサンタに向けて、声を張り上げる。

 

 

 

しかし一向に、サンタが降りてくる気配はない。

 

「…あれ?おーい、サンタ、出番だぞー!」

 

呼びかけても、なんの反応もなく、むなしく声がこだまする。

 

「リィナ。サンタさん、上にいるんですよね?」

「うん、呼んでくれって言ってたはずだけど…」

 

次第に周りもざわつき始める。

 

くそ、全然降りてこねえじゃねえか!

まさか、寝てんのか?

 

「おーい、サンタ!出て来いよ!おいってば!」

 

出せる限りの声で叫ぶ。

そしてやっと、俺の呼びかけに応えるように小さな鈴の音が鳴り響いた。

 

少し遅れて視界に映った、なんの塗装もないそりを引くトナカイと、赤い帽子をかぶった今日の主役。

 

 

 

「ホッホーウ!メリークリスマス!」

「あ!来ましたっ!」

 

そりに乗ったサンタはその後ろに同じような雪の帽子をかぶる雪だるまをのせて円を描くようにゆっくりと降りてきた。

後ろの雪だるまのもつ袋から光があふれて、そりの軌跡をなぞるように光が降り注ぐ。

出来上がった光の螺旋階段が、木の周りを囲む。

 

「ったく、粋なことしやがるぜ…」

 

 

「わー!すげー!今のどうやったの?」

「空飛んでた!僕も乗りたい!」

 

 

時間をかけてようやく着地したサンタのもとには、ちび共が群がる。

 

「おー、割とうけてるみたいだな。よかったぜ」

「ノー!」

 

今日の主役はのんきにそう言う。

アドリブにしては中々の演出だったぜ、サンタ。

 

「まあみんな、落ち着いてくれ。それじゃあ今から、良い子の君たちに、サンタクロースからプレゼントだ」

「わーい!」

 

そしてサンタは一人一人にかわいく包装されたプレゼントを配る。

中身はマイの手作りの小物らしいから、まず喜ばないやつはいないだろう。

プレゼントも配り終わり、最後にケーキを切ったら、すべての演目が終了する。

 

「それじゃあ、僕からのプレゼントはおしまい。みんな、サンキューな!」

 

サンタのその宣言で、俺たちが用意したすべての演目が終了した。

さて、後はケーキを切るだけ…

 

「よーし、ケーキ、切るぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

「でも、ケーキを食うその前に、最後に僕たちから、今日という日の思い出を、プレゼントだ!」

 

りんりん。

鈴の音が響き渡り、上から何かが降ってきた。

何だ、あれは…?

 

「…雪?」

 

大粒の雪かと思ったが、一つ一つが光っていて、動いているようにも見える。

 

「あれは、なんだ?」

 

目を凝らして見つめていると、隣にいたマイがつぶやく。

 

「もしかして、小さな…ユキちゃん?」

 

そのつぶやきで気づく。

よく目を凝らさないとわからないくらいの小さな雪だるまが、体中に光をまとって、ふわふわと降りてきていた。

 

サンタはそれに気づいた俺たちを見渡せる正面のところまで歩いてくると、一つ咳ばらいをする。

 

「冬の夜に舞い降りた小さな音楽隊。彼らとともに、一曲、ご用意してまいりました」

 

そして俺らの方にお辞儀をして、両手を上げる。

 

「それでは後の時間もお楽しみください。クリスマスソングメドレー、立体音響バージョン」

 

サンタの指揮が始まると、ところどころから、小さな歌声が聞こえてくる。

小さい音だったが、それぞれが集まると、中庭全体に届くくらいの大合唱になる。

 

楽器はサンタの隣にいるルドルフがたまに鳴らす鈴の音だけのはずなのに、何故かどこからか楽器の音も聞こえてくる。

 

上からも下からも、まるで頭の中に直接流れ込んでくるように、至るところから演奏と歌声が耳へ流れ込んでくる。

 

数分間、曲が終わるまで誰も音を発することなく、まばらに落ちた小さな音楽隊のすべてが着地するとともに、それは終わりを告げた。

 

 

「ご清聴、ありがとう。それじゃあ最後まで、楽しんでください!」

「のう!」

 

小さな雪だるまたちは俺たちの足元を駆け巡って、真ん中にそびえる大きな木を登り始めた。

それから木の枝を踊るように動き回りながら、明るい雰囲気の演奏を始める。

 

「どうだった?イルミネーションが作れなかったから、雪だるまに光ってもらうことにしたんだ」

 

拍手を浴びながら俺たちのいる方へ歩いてきたそいつは、帽子の中をかきながらこちらに歩いてくる。

 

「サンタさん!素晴らしい指揮でした!そんなこともできたんですねっ!」

「楽器もないのに、なんかオーケストラみたいだったよ!」

「まあ、ちょっと昔にやったことがあって。後、楽器はあいつら持ってるよ?」

 

そう言って帽子の中に手を突っ込むサンタ。

 

「え?あ、ほんとだ!」

 

帽子の中に紛れていたらしい雪だるまをつまんで手に乗せてこちらに向けてくる。

それは自分で作ったのだろう、雪でできた小さな楽器を持っていた。

 

「さあ、後はケーキを食っていっぱい遊ぼうぜ!マイ、ケーキ切ってやってくれ」

「任せてくださいっ!」

「私も!」

 

マイとリィナがケーキを切りに向かう。

残された俺とサンタ。

ケーキに集まるちび共を横目に、サンタが口を開く。

 

「いやー、ラスト。さっきのは必死に呼びすぎだって」

「はあ?お前が何回呼んでも降りてこないから、こっちは結構焦ったんだぞ?」

「え?そんな呼んでたの?ごめん、一回しか聞こえなかった」

「お前なあ…っぷ!はっはっは!」

「ごめんごめん、ふっ、ははは!」

 

何がおかしいのか、どちらともなく、互いに笑い出す。

それが収まってから、手を前に出す。

 

「サンタ、ありがとな。あいつらも、喜んでると思う」

「おう」

 

前に出した俺の手を叩いて、ぱん、と音を立てる。

 

「ケーキ、もらいに行こうか」

「そうだな。俺の最高傑作、とくと味わってくれよな」

 

輝く雪と木の上で始まった光のパレードは、まだまだパーティが終わるのを許さないかのように俺たちを賑わせ続けた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第84話:パーティの終わり

「ああ、疲れた…」

 

精神的な疲れから、無意識にそう呟く。

 

「お疲れ、サンタ」

「おう。リィナも、お疲れ」

 

時刻は23時がもう10分で終わるころ。

夕方から始まったパーティはいまだに続き、ついに日をまたぎかけている。

 

中庭の端っこにスノウマンが作ってくれた雪のベンチに腰かけて座っていると、隣にリィナが腰かけてきた。

 

「スカートで座って、冷たくないか?これ使えよ」

「あ、ありがとう」

 

袋を下に敷いて、その上にリィナを座らせる。

袋万能すぎだな。

 

「腹減ったなあ」

「あはは、サンタ、夜は何も食べてないもんね!」

「ケーキが食えなかったのが痛い…」

 

お腹をさすりながら先ほどまでのことを思い出す。

ラストとともにケーキをもらいに行き、ケーキを手に持ったところまでは良かった。

 

しかし、いざ口に運ぼうとしたその刹那、中庭に突如降り立った、あのカラアレオンのコメットによってそれは憚れた。

いきなりの登場に口を開けてぽかんとしていると、僕のケーキに目をつけ、あろうことか長い舌で皿ごとかっさらっていきやがった。

そしてついにケーキは僕の胃に収まることは無く、そのまま子どもたちの相手をし続け、途中からスノウマンに任せ、輪の外から様子を眺めている今に至る。

 

「あいつ、いきなり来るんだもんなあ」

「カラアレオンは跳躍力もすごいからね。家一軒くらい、簡単に超えちゃうよ」

 

だから知らないって。

お前らどんだけカラアレオン好きなんだよ。

マスコットなの?

 

「へえ…」

「…後でなんか作ろうか?」

「ありがとう、すごい助かるよ」

「うん!」

 

なんだよこの子、天使かよ。

自分だって疲れてるはずなのにそんな面倒なこと提案するなんてやつ、そうそういないぞ。

ふと視線を外して再び向こうを見やると、遠くでユウリッドさんがマイとラストと何かを話しているのが見える。

 

「あいつら、ちゃんと和解できたんだな」

「うん、そうみたいだね」

「…」

 

話題が、尽きた。

今までなら途方もなく焦る場面だったが、今はそうでもない。

この沈黙でさえ、心地よさを感じる。

しかしリィナがたまにこちらを見て少しうなったり、足をばたつかせたりしているのを見ると、同じようには思っていないようだ。

 

「悪いな。何も面白いことも言ってやれなくて」

「え!?あ、そんなこと気にしてないよ!」

「わざわざこっちに気を遣わなくてもいいぞ。僕も後で行くし」

「…えっと、そういうので来たわけじゃなくて、さ」

 

しばらく黙って僕をただ見ていたが、意を決したように口を開く。

 

「ユウリッドさんにサンタがいなくなってもいいかっていう質問されたんだけどさ。もしかしてサンタ、これからここで暮らすの?」

「ああ?んなわけ…あ」

 

そういわれて思い出す。

夕方の帰り道のことを。

 

 

 

 

 

「…私としても、サンタ君が一緒に暮らしてくれたら嬉しいんだけどね」

「ま、あいつらが僕がいなくてもいいよっていったら、こっちでお世話になりましょうかね」

 

 

 

 

 

「ああ、あの時の話か」

「本当にいなくなっちゃうの?」

「それはお前ら次第だ。多分一人一人に聞いて、僕がいなくてもいいって言ったら、ここに来ることになるかもしれないって話を、ユウリッドさんとしたんだ」

 

適当に返したつもりだったんだが、どうやら本気にされたみたいだな。

 

「そうなんだ…」

「それで、リィナはなんて答えたんだ?」

「うん。私はやっぱり、サンタには一緒にいてほしいかな」

 

寂しそうに笑うリィナの表情から、何故か申し訳なく感じた。

 

「なんだ、その。僕はずっとあの店にいるから。もし別れるとすれば、リィナの門出くらいだろ。結婚とかさ」

「…そっか」

 

それだけいうと、ベンチをすっと移動して、僕との距離を縮めてきた。

そのまま体を倒してこちらに寄りかかってくる。

 

いや、だからさ。

そういうのは緊張するから、やめてくれよ。

 

「もし、例えばの話だけどさ」

「な、なんだ?」

「私の門出が、サンタの門出だったら、それはお別れにはならないよね?」

 

ん?リィナの門出が僕の門出?

門出ってのは結婚とかの意味で言ったんだが、一緒の門出って、え?

 

「おい、それってどういう…」

「おーい、サンター!」

 

言いかけたところでラストとマイが駆け寄ってくる。

 

「お、おう!どうした!?」

「いやあ、そろそろみんな寝るらしいからさ。片付け始めようと思って」

 

向こうを見ると、ユウリッドさんとスノウマンに抱えられた数人が抱えられて孤児院の中へ入ろうとしているところだった。まだ興奮している子どももいるが、それでもその後に続いて次々と庭を後にする姿が見える。

 

「そうか!んじゃ片付けようか!」

「なんかお前、どうした?少しテンション高くねえか?」

「いや気のせいだって!それじゃあさっさと片付けようぜ!」

 

もしかしたら。

先ほどの話で僕の解釈があってたらと思うと、動揺が隠せない。

きっと赤いはずの顔を腕でおさえながら、背を向けてその場から去ることにした。

 

 

 

 

 

サンタが逃げ出した後。

その背中を見ながら、ラストが不思議そうにサンタを見る。

 

「ん?どうしたんだあいつ?心なしか顔が赤かったような…」

「何かあったんですか?」

「くすっ。何にもなかったよ?さっきユウリッドさんといたけど、何の話してたの?」

 

他愛もない質問なのに、2人の表情が曇る。

それだけで、大体の予想はついた。

 

「ん?ああ、ちょっとな」

「もしかしてサンタのこと?」

「…リィナも聞かれたのか」

「うん」

「そうか」

 

その場に漂う沈黙。

耐えられなくなったのか、マイが口を開く。

 

「サンタさんなしってのは、やっぱり考えられないですよね」

「そうだね。今日もサンタがいたから何とかなったし」

「ああ、それにあいつがいなかったら、今の俺たちはなかったもんな」

 

サンタ。

マイもラストも、そして私も、サンタのこと、大切に思ってるよ。

遠くで1人片付けに張り切るサンタを見ながら、胸が熱くなるのを感じる。

 

「そうだ、後片付けが終わったら、飲みに行きませんか?今日のお疲れ会と、サンタさんへの感謝も込めて!」

「いいね!サンタもお腹減ってるみたいだし!」

「おお、それじゃあ、さっさと片付けて、飲み行くか!」

 

 

 

 

各々がそれぞれのペースで作業を始めに駆け出す。

ベンチの上には、本当に小さな雪だるまがぽつんと残されて、4人を応援するかのように持っていた楽器で誰にも聞こえることのないだろう、小さな演奏をするのだった。




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第85話:お別れ

片付けもスノウマンとの協力もあり、すぐに終わった。

 

「サンキューな。また今度も、よろしく」

「ノウ!」

「小さなお前らも、ありがとうな?またなんかあったら、次の演奏も、期待してるぜ?」

「ノーウ!」

 

指を鳴らした音とともに、無数の光が空へと昇る。

残されたのは、中庭の壁に一列に並んだ雪だるまと、リィナの出した光のみ。

 

「なあラスト、この光ってのは、時間がたてば消えるもんなのか?」

「俺に聞くなよ。そこらへんはどうなんだ?リィナ」

「うん。朝になったら消えると思うよ」

「そ、そうか。それじゃあ、帰ろうか。んじゃルドルフ。コメット乗せて先に帰っててくれ」

「ギエエエアアアアア!」

 

中庭から飛びあがるルドルフとコメットを見送って、僕たちも帰ろうとする。

 

「よし、僕たちも帰ろうか。戸締りとかはいいんだよな?」

「はい、まだ起きてるはずですから、大丈夫だと思いますよ」

「おっけ。んじゃ、僕は最後に確認して声かけて帰るから、外で待っててくれ」

「おう、よろしくな」

 

3人の背中を見送って中庭を見渡す。

雪はそのうち溶けるし、光も朝になったら消える。

荷物は全部袋に詰めた。

木も、雪がなくなったら同じように枯れるだろう。

 

「大丈夫そうだな。僕もそろそろ…」

「サンタ君」

「あ、ユウリッドさん」

 

背後から声をかけられ振り向くと、ユウリッドさんが中庭の入り口に立っていた。

 

「もう深夜の1時ですよ?早く寝ないと、明日も朝起きられないんじゃないですか?」

 

ラストいわく、朝は弱いらしいユウリッドさんは、ただ寝るのが遅いだけなのかもしれないようにも思える。

 

「ふふ、大丈夫よ。あの子たちはしっかりしてるから」

「いや、そういう問題じゃないと思うんですけど。あ、後」

 

立ち止まって、ふと思い出したように言う。

 

「なんか聞いてたらしいじゃないですか。僕がいなくてもなんたらかんとか」

 

冗談で言ったつもりだったのにな。

 

「…ごめんなさいね。あの子たちのためにもいいんじゃないかと思って」

「まあ、確かに子どもには兄貴的な存在はいた方がいいですよね。親もいないし」

 

でも。

 

「でも、すいません。あいつらには恩も感じてますから。それに、たった3人の、僕の家族なんで」

 

短い時間の中で積み上げられた思い出が頭に浮かぶ。

リィナとの思い出も、ユーエン街での温泉旅行も、ルウシェルとの決闘も。

そして、初めてマイに会って、拾ってもらった時のことも。

 

対したことでもないと思っていたのに、思い返した途端に涙が込み上げそうになる。

僕から何かを感じたのか、ユウリッドさんは優しく声をかける。

 

「そう。わかったわ。でも、そのうちまた、来て頂戴ね」

「ええ、必ず。ユウリッドさんも、うちの店をご贔屓に」

「…ラスト、マイ。いい友達を持ったわね」

 

帽子を外して頭を下げてから、3人が待つ孤児院の外へと向かった。

 

 

 

 

 

「お待たせ」

「おう、遅かったじゃねえか」

「まあ、ちょっとね。ユウリッドさんと世間話してたら、遅くなったよ」

 

ラストが一瞬何故か気難しそうな顔をしたように見えたが、すぐに取り戻していつもの笑顔で手を叩く。

 

「…そうか。まあいい、それより、飲みに行くぞ!」

「はあ、この時間から?」

「他にいつ行くってんだよ、今だろ?」

 

いや、そんな聞いたことある名言言われても。

 

「いいじゃんいいじゃん。サンタ、お腹減ってるでしょ?」

「まあ、減ってるけど」

「じゃあ行きましょうよ!今日は私たちがおごりますから、好きなだけ飲んで食べてください!」

 

ぐいぐいと二人に背中を押されて、ラストが先頭で叫ぶ。

 

「今日は飲むぞお!」

「今日も、の間違いだろ。もう一人で歩けるから、そんな押すなよ!」

「えへへ、いいじゃないですか~」

「サンタ、今夜は寝かせないよ!」

「はいはい、お手柔らかに頼むよ」

 

夜は更ける中、騒がしい僕たちの声だけが街灯もない暗い路地を響かせる。

これから始まるのは、僕たち4人だけの、にぎやかなパーティ。

手に持っていた帽子をかぶり直して、空を見上げると、雲一つない、満天の星空が、僕たちを見守っていた。




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エピローグ

「じゃあな、赤帽子!」

「ありがとう、また来てね。…ふああ」

 

いつものように客を見送って、大きなあくびをする。

 

「どうだ―。ルドルフ。気持ちいいか?」

 

店の外のいつもの位置に座って、お湯の入った桶にルドルフを入れて体を洗ってやっている。

桶の湯に体を浸かったルドルフは、ゆっくりと頭を縦に振る。

 

「あれから一月か。早いもんだな」

 

孤児院でのクリスマスパーティはもうすでに一か月前の出来事であり、パーティ終了後、間違って飲んでしまった酒のテンションでおかしくなってしまった3人の我が家族たちとのオールナイトも、最近ついにきたユーエン街の賞金も、不戦勝で優勝したチャンピオンが乗り込んできて、その場で決闘を申し込まれたことも、すべては過去のものとなった。

 

学校に行くこともなく、友人も、本当の家族も、この世界にはいないけれど。

何が起こるわけでもなく退屈なこの時間を、僕は飽きることなく過ごしている。

 

「なんだ、今日も暇してんな!たまには俺たちと一緒に、クエストでも行くか?」

「これが仕事みたいなもんだからさ。まあ本当に倒せないやつがいたら、また誘ってよ。魔王軍幹部クラスまでだったら、一人でも倒せるからさ」

「かあーっ!やっぱお前はいうことが違うねえ!器のでかさも、嘘のスケールも桁違いだぜ!」

 

いや、まじなんだけど。

多分倒せるからね。

 

「ははは、ありがとう。また来てね」

 

こうして座っていても、客が話しかけてくれる。

もう大体の客は顔見知り程度に覚えてきているし、ここに座っていることもこの店の名物のようなものにさえなりつつある。

この慣れからか、僕はこの世界に存在を肯定されていて、元の世界にいた僕はいつの間にか死んでしまったのではないかと思ってしまえるほどである。

まあ、もうあっちには帰れないし、誰も覚えてないんだから、記憶の中でさえも生きていないあっちの僕は、死んだも同然なのかもしれないな。

 

そんな、いつもと同じことを考えていると、聞きなれた声が僕を呼ぶ。

 

「サンタ、お昼食べに行こう!」

「ああ、もうそんな時間か」

「今日は何食おっかなー」

「たまには違う店にでも行ってみますか?」

「お、いいじゃん!おい、はやく行こうぜ!」

 

今日も元気に商いに勤しむ我が家の職人達。

ルドルフの体を拭いて立ち上がる。

 

「おう。…っと、ラスト、飯を食いに行くのは、まだ早いかもしれないぞ」

「ん?」

 

急いで走ってきた青年を見ながら、ラストに言う。

 

「はあ、はあ…あの、すいません!急ぎで買いたいものがあるんですけど…」

 

何も変わらない、たまにイベントが起きる程度で、魔法もドラゴンも魔王も縁遠い生活。

サンタクロースのじいさんに命じられた、夢と希望なんて、与えられているかもわからない。

 

それでも、僕にとって、この3人との生活はまるでゲームのようなファンタジー世界よりも、伝説のドラゴンとの戦いよりも楽しくて、心躍る、いくら金を積んでも手に入らない、そんな生活。

 

帽子をかぶりなおして、若者に言うのはいつもの言葉。

 

 

 

 

 

「いつもありがとう。ようこそ、ファミリアへ。」

 

 

 

 

to be continued...




最後まで読んでいただきありがとうございました。

ここまでで、小説家になろうで掲載していた部分は終了となります。
週一ペースでゆっくりやろうと思っていましたが、思いの外時間に余裕ができたのでほぼ毎日投稿していたような気がします(笑

ここからは番外編を少し挟んで、それが終わったら新しく物語を進めようと思います。
新しい作品との同時進行ですので、本当にペースが落ちるかと思いますが、まだお付き合いいただける方は是非ともよろしくお願いいたします。
感想、質問などあれば、お気軽にどうぞ。

それでは、また次のお話で会いましょう。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。


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番外編
ある暑い日に。


どうも、zienNです。
ここからはちょっとした番外編です。
よければ、お付き合いください。


「あー…」

 

元の世界では春と呼ばれ、新たな芽吹きとともに存分に開く桜の花が見守る中、数々の出会いと別れを味わうこの季節も終わりを迎え、太陽が鬱陶しいほどに輝きを増し始めた。

 

つまりどういうことか。

短くいうと、春が過ぎて夏が近い。

 

「くっそ太陽め、もう少し自重しろっての…」

 

じりじりと熱気を送ってくるお天道様に逆らうように、僕の周りにはいつもより一層多い雪が積もっている。

 

「ってか、あれは太陽なのか?」

 

異世界なので、空に浮かぶ僕の天敵が太陽という名前なのか、はたまた横文字のイカした名前なのか、そんなことを考えて店の入り口の日陰に椅子を寄せて座っていると、横からやって来た白金の髪色の男が出て来て大きく伸びをする。

 

「んーっ!午前終わりぃ!」

「よう、お疲れ」

 

気づくと午前の営業も終わったらしく、ラストはいつものように店前に昼休み表示の看板を立てる。

 

「サンタさん、お昼、行きましょうっ!」

「ああ、よいしょっと」

「なんかサンタ、年取ったみたいだね」

 

マイに昼食を促されて立ち上がると、その様が弛んでいたように見えたのかリィナに言われてしまう。

 

「仕方がないだろ。夏のサンタクロースは、クリスマス以外は大抵こんなもんなんだよ」

「なにそれ」

 

それ以上の説明は長くなりそうなので、スルーしつつ、先を行くラストとマイに続いて、僕も歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもさ」

 

歩きながら、またリィナが僕への不満を口にしようとする。

 

「そんなに雪降らせて、寒くないの?」

 

僕の頭上の、周囲1メートルを覆う雪雲を見ながら、不審そうに眉を顰めて僕をみる。

 

「ああ、暑いのは苦手なんだ」

「風邪引いても知らないよ?」

 

リィナは呆れたようにそう言って、僕と距離を開けて隣を歩く。

 

「まあ、そん時はあそこのお店のお嬢さんに、マフラーでも編んでもらうよ」

 

多くの店が立ち並ぶこの路地の一つの、服を売っている店を指してそういう。

 

「そこまでするより、この暑そうな服脱いだ方が早いって…」

 

僕が着る赤いパーカーの裾より少し上の部分をつまんできた。

 

「馬鹿言うなよ。サンタってのはな、仕事中は真っ赤な服じゃないとダメなんだよ」

 

普段から着ているこの真っ赤なパーカーは、元の世界から持ってこれた数少ない代物であり、それに加えて、思い入れのある大切なものだ。

 

「でも、そんな、ほとんど毎日着てさ。たまには他のも着ようよ。お金も使い道ないんだったらさ、新しいの買ったらいいのに」

「いいんだよ。あと僕、服のセンスないから、多分洒落た格好できないしな」

 

僕の服装は、基本パーカーにジーパン。

対してオシャレをすることに興味もなく、大学時代流行に乗ったりもしなかったし、学生から見ればどこにでもいる冴えない大学生といった感じだっただろう。

しかもこの世界の服は普通の服でも派手なものだったり冒険者用の戦闘服みたいな民族衣装に近いデザインのものが多い。

派手な衣装を好まない僕にとって、店に並ぶ服が気の進むものじゃ無いことは見ればわかる。

 

「それなら、私が一緒に行ってあげるのに…」

「あ?何?」

「なんでもないよ。ごめんね…」

 

考えながらリィナの声を聞くことができず、改めて聞いたところ、肩を竦めてリィナが俯く。

しまった、威圧的だったか…

その後はリィナとは気まずい雰囲気の中、ラストとマイの話にたまに気返事で返しつつ、暑い日差しの中、いつものランチの店を目指して歩いた。

 

 

 

 

 

リィナとの少しの気まずさを残したまま迎えた午後の営業は、僕にとっては外の椅子に座って暑さに耐えるだけなので、暑さ以外はなんてことはない。

だがこの暑さというのは、レベルなどでどうにかできるはずもなく、僕にとっては太陽も含めて天敵とも言える。

こんな暑い日に限って、袋に溜めていたスライムのゼリーは底を尽きていて、明日の営業のためにも今日の夜はみんなに黙ってこの猛暑の中スライムと運動会をしないといけない。

しかし、飯を食っている間、僕は一つ、暑さに対抗すべく、新しい方法を思いついた。

 

「ノーウ…」

 

それがこれ。

僕の上に座る雪だるまである。

ぬいぐるみサイズのそいつは、体の前側を全身で冷やしてくれ、周囲に積もらせた雪が放つひんやりとした冷気も、暑さを遮断してくれているため、感覚的には冷蔵庫にいるのと同じくらいのように思える。

 

「涼しい…極楽極楽」

 

これで今日から、快適な午後を過ごせそうだ。

 

「ふあぁ…あぁ」

 

飯を食ったせいか、胃の中が消火作業に集中し始め、眠気が僕の瞼にぶら下がる。

珍しいな。眠気がくるなんて。

 

「ノーウ?」

「わりぃ、ちょっと、寝る」

 

とりあえず夜まで、今のうちに涼んでおくか。

 

歩み寄る眠気に逆らえないまま、腕の中の雪だるまに一言断ると、僕の意識は夢の彼方へと旅立った。

眠気に逆らえない僕は、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

「ふー、そろそろ店閉めるか」

「お疲れ」

「お疲れ様です!」

 

閉店の時間になり、俺たちは閉店作業を始める。

主にその作業は店の掃除と、売れ残った商品の整理。

中の掃除はマイとリィナに任せて、俺は外にある看板を下げて鍵を閉める作業に入る。

 

でもその前に、あいつに声をかけないとな。

 

「サンタ、閉店だ。今日もお疲れ…って」

 

店を出てすぐ左に椅子を置いて座っているサンタは、大抵居眠りかぼんやりしているか、ルドルフたちと遊んでいることがほとんどだが、今日はいつもと違う。

サンタの周りには季節に合わない雪が降り積もっていて、マイが作った前後に揺れる椅子は雪によって固定されて揺れることはできそうにない程だ。

そして赤い帽子は雪に埋もれ、遠目から見たら人とは思えないほどに、目の前のサンタには雪が積もっていた。

 

「お、おいサンタ」

「ノー」

「ん?お前もいたのか!」

 

サンタの不自然に盛り上がった腹から出てきたのは一体の雪だるま。

サンタを揺さぶって起こそうとするが、その目が開かれることはない。

 

「ノウ!ノウ!」

「おい起きろって。もう閉店だから、なあ」

 

そういえばこの状況、前にも見たことがあったような。

あれは確か…この前の温泉旅行の時だったか?

サンタが雪だるまを初めて見せてくれた時、全員に抱きつかれて…

 

「ちょ、落ち着け、お前ら…」

「ノーウ!」

「ちょ、まじで離れて…あ、やべ…」

 

それでそのまま気を失って…

 

 

って、これ、気絶してんじゃねえか!?

 

「だ、大丈夫かサンタ!おい、サンタが起きねえんだ!頼む、ちょっと手伝ってくれ!」

 

店の中の二人がやってくるまで、俺はサンタの体を、雪だるまとともに揺さぶり続けた。




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目覚めた先にいたのは。

「とりあえず、中に運ぶことはできたけど…」

 

私たちは倒れていたサンタを部屋まで運び、ベッドにて動かないサンタを見ながら次のことを考える。

 

「えっと、どうしよう。こういう時は何かあたたかい物を作るのがいいんでしょうか?」

「あ、ああ。そうだよな。よし、じゃあ俺、なんか作ってくる!サンタのこと、見ててやってくれ!」

「私も手伝います!リィナ、お願いしますねっ!」

「うん、わかった!」

 

慌ただしく部屋を飛び出す二人。

残された私は、サンタを見ながら、愚痴をこぼす。

 

「もう、だから言ったのに…」

 

冷たくなった頰を触る。

その顔はいつもの昼寝をするサンタの顔と違って、表情に柔らかみが無くて、生気が全く感じられない。

 

「ノー…」

 

サンタの腕にいた雪だるまも心配そうにサンタを覗き込んでいる。

 

「大丈夫。そのうち起きるよ。…それにしても」

 

雪だるまを抱きかかえて部屋を見渡す。

私の部屋と同じ広さのはずなのに、家具が無く、全く生活感が感じられないこの部屋は、より広く感じられる。

ベッドと数えられるほどしかない服が綺麗にたたまれて入れられた木の箱があるだけで、本当に寝る為だけにあるような部屋だ。

 

「私たちのことより、まずはもっと自分のことも、ちゃんとしなよ」

 

自分の部屋の改築や家具の買い揃え、風呂の修理など、サンタは私たちのためになることばかりしてきた。

私はそれに甘えてばかりで、何もサンタにしてあげられなかったことに気付く。

 

「…ごめんね」

 

ほとんど無意識にその言葉が漏れた。

 

それからラストとマイが料理を持ってきて、どれだけ呼びかけようと、サンタの目が醒めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い。

ここは、どこだろう。

 

一瞬真面目に考えるが、すぐに寝る前の記憶が蘇る。

 

ああ、そうか。もう夜なのか。

ラストめ、起こしてくれたっていいのに。

 

今日の晩飯はなんだろう。

なんでもいいか。何でもうまいからな。

 

まだ身にまとった眠気を振り払うように、暗がりの中、起き上がろうと足に力を込めて立ち上がる。

 

やけに暗いな。

一寸先は闇という言葉の通り、どれだけ目を凝らしても店の扉さえ見つけられないし、街を照らす小さな星の光ですら、僕の目には届かない。

 

どういうことだろう。

 

 

 

「青年よ」

 

しばらく慎重に足を進めていると、後ろからいつか聞いたことのある、年老いて覇気のない、優しい声がそういった。

 

「あ、じいさん」

 

振り向いた先に立っていたのは、いつか僕をこの世界へと誘った、本物のサンタクロース。

久しぶりで、突然の来訪だというのに、どうしてか驚きはなく、さも当たり前のように感じられた。

 

「久しぶりじゃの。新しい生活はどうじゃ」

「うん、まあぼちぼちかな。悪くないよ」

 

そういうとじいさんは少し眉を寄せて、ひとり呟く。

 

「ふむ、君はまだ気づいていないようじゃの」

「何の話?それより、この暗さは、じいさんがなんか仕込んでるのか?」

「…そんなに、暗いかい?夜だから、当たり前だと思うがのう」

 

上を指して、じいさんが言った。

 

「暗いどころじゃねえよ。もう何も見えないし、夜だから当たり前?そうは言っても星すらも見えないじゃ…あれ?」

 

じいさんのその言葉を否定するように空を見上げると、さっきまでなかったはずの一つも欠けていない見事な月が、あたりの星々とともに空に輝き、気づくとあたりの街並みも、店も、足元に積もる雪も、全てがそこにあった。

 

「あれ、おかしいな…さっきまで何も見えなかったのに…」

「ほっほっほ。どうじゃ、青年よ。少し、散歩でもしないか?」

 

笑いながら、じいさんの後ろで待機していたルドルフより何周りも大きいトナカイが引くそりを指差す。

 

「…ああ、乗せてくれよ」

 

 

 

 

 

数え切れないほどの明かりで彩られた夜の街を上から眺めるのはいつぶりだろう。

最近は店の材料もあったから夜中にこっそり抜け出さなかったこともあって、こんな風に夜に外へ出るのは随分と昔のことのように感じられる。

 

「こっちでの暮らしはどうじゃ。そろそろ慣れてきた頃かな?」

「まあ、おかげさまで。退屈だけど、生きる分には困らない生活を送っているよ。ただ、じいさんのいう、夢と希望を与える仕事ってのは、あんましていないかもしれないけどさ」

「ほっほっほ。そうかい」

 

それからは特に何もなく、サンタクロースのじいさんは黙ってそりを引くだけで、静かな夜の街を、しゃらんしゃらんと鈴の音を立ててゆっくりと飛び回るだけだ。

 

「それで、今日はどんな用事で来たんだ?もうすぐ夏だし、オーストラリアとかじゃそろそろクリスマスが来るんじゃないのか?こんなとこで空中遊泳してていいのかよ」

 

新しい仕事の話か。それとも仕事の催促か。今になって僕に会いに来た理由、それだけはどうしてもわからなかった。

 

「心配無用。今の時代、プレゼントを配るのは私の仕事ではない。それは君も、わかっていることだろう?」

「っぐ!確かに、わかってたけどさ…」

 

なんというか、夢をぶち壊すような話を、サンタクロースという夢でできたような存在に話されると、元の世界の人間くさいところを思い出して懐かしい反面、切なさも感じてしまう。

 

「私の仕事はあくまでクリスマスの象徴として、世の人々に夢を与えるのが仕事じゃからの。子どもにだけ聞こえるように鈴の音を鳴らしたり、聖なる木下で愛を語り合う恋人に少しの雪を振らせるだけでも構わないさ」

「なるほど」

 

そう言われるとそんな気もする。

クリスマスにはサンタクロースがみんなのことを平等に見守ってるとかそんなことを小さいころ言われた気がしたが、それだけでわくわくしたものだ。

そういう意味では、ほとんど仕事なんてないのかもしれないな。

 

「今日来たのは、ちょっと別の理由でね。君に伝えなければいけないことがあるんだ」

「伝えたいこと?」

 

そう言ったじいさんの声は、先ほどまでと違って、穏やかではあるが真剣な、本題に入ることを暗に示すような語調だった。

 

「まずは、今日のことから遡ろうかの」

 

建物の屋根と同じくらいの高さを維持しながら、まだ営業している店が並ぶ市場を眺め、じいさんが口を開く。

 

「今日、昨日と同じように、この街の人たちは日々勢いを増す暑さにも負けずに仕事に励んでいた。もちろん君も、その中の一人だったね?」

「…ああ」

 

一応、座っているだけでも仕事認定されているから、肯定の意を示す。

 

「半日を過ぎる前は、この街は何も変わりはなかった。汗を流し毎日変わらずに商売に励むものもいれば、暑さに逆らって涼む術を用いるものもいた」

「…」

 

なんか後半僕に似てますね。

 

「そうして各々が励む中、この街にも平等に昼が訪れた。昼食も取らず休むことなく働き続けるものもいた。反面、家族とともに行きつけの店で昼食を取るものもいた」

 

あ、なんか後半僕っぽいですね。というか僕ですね。

なんで僕のことを比較対象として小出しにするんだろう。

そんなに生活態度が悪く見えたのか?

これって、もしかしたら説教なのか?

 

「ええっと、じいさん…」

「しかし」

 

僕の言葉を遮ってじいさんが続ける。

 

「ここからは、青年の話になるのだが。暑さにみかねた青年は、午後になると、その猛暑に耐えられなくなり、ついには自分の周りを雪で囲ったそうじゃないか」

「ああ、暑かったからね」

 

じいさんは少し苦笑いをすると、来た道を戻り始め、うちの店への道を、低い高度で移動した。

 

「それまでとはうってかわって大量の雪を降らし、懐には小さな雪だるまを抱いて。そしてそのまま君は眠りについて、気付いた時にはあたりはすっかり暗くなっていた」

「うん、それで合ってるよ」

 

特に怒った様子もなく、穏やかに話すじいさんに違和感を感じる。

結局、話の本題はなんなんだろう。

実はサンタクロース抜き打ちテストがあって、赤点とったから補講でも開かれるとか?

 

「目が覚めた時、私とともにそりに乗り今に至るわけだが。時に青年よ。何か不思議に思うことはないか?」

「不思議…?」

 

そう言われて起きてからのことを振り返る。

確かあの時はじいさんに言われるまでは、あたりが真っ暗で、言われてからは薄暗い街並みが視界に映るようになったけど。

 

でもやっぱり、

 

「そうだな。じいさんが来たこととかも不思議なことだけど、特に気になったのは、起きてからは雪だるまもいなくなってたことと、ついでにいうといつも起こしてくれるはずの店の連中が起こしてくれなかったことかな」

 

雪だるまも能力を解くまでは寝てても動き続けるし、解けたとしても雪だるまの原型は残っているはずなので、雪の塊があってもおかしくないのに、それがなかった。

寝たのは僕が悪いけど、いつもなら誰かしら起こしてくれていたので、そこも特に気になった。

 

「なるほど」

 

納得のいく答えじゃなかったのか、じいさんは短くそういった。

 

「それじゃあそろそろ本題に入ろうか。君は今日、雪に囲まれて、猛烈な眠気に襲われたりはしなかったかい?」

「眠気…ああ、確かに、なんか眠くなったな」

「この世界に来る前、私は君に、『眠らなくても疲れない丈夫な体』を望んだはずだが、これは覚えているよね?」

「ああ、間違いない。でも、なぜか今日は眠くなったんだよなぁ」

 

いつもなら昼寝をするのは暇すぎてすることがなくなった時の時間つぶしだったのだが、そういう時は能動的に瞼を閉じていたために、眠いから寝る、ということはなかった。

 

「本当はそこを不思議に思って欲しかったんだがね。ちなみに、君のご家族は、君を起こそうと試みているから、決して起こさなかったわけじゃないんだ」

「え、そうなの?」

 

僕が気づかなかったのか…?

呆れられて、雪だるまを抱えて中に入ったってことか。

それじゃあ、結構な熟睡状態だったんだろうな。

 

「ふむ、やはり気付いていなかったか。…青年よ。落ち着いて聞いてほしい」

 

ゆっくりと移動していたそりも気づくと店の前まで来ていて、入り口には降りずに、二階にある僕の部屋の窓のところに寄せる。

 

「残念じゃが、今日、君は…」

 

その言葉の続きは、なんとなくわかった。

だって。

 

 

 

 

 

 

 

明かりのついた僕の部屋の中にいる3人が、ベッドに横たわる『僕』の前で、僕の目覚めを待っていたから。

 

 

 

 

「君は…死んでしまった」

 

 

 

 

午後未明。

異世界代行サンタクロースこと僕は、凍結死により、帰らぬ人となってしまった。




最後まで読んでいただいてありがとうございます。


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静かな夜。

「よく山で遭難しても寝ちゃいけないとは聞いたことがあったが、まさか身を以て体験することになろうとは…」

 

一度降りて店の扉から入り直して、じいさんとともに僕の部屋まで入る。

鍵がかかっていたかもしれないが、特に気にすることなく入ることができた。だって死んでるし。

 

「それにしては、随分と落ち着いているようだね」

「いやあ、なんていうか。僕がそこにいるっていうのは、ここに寝ている僕は別人のように思えてさ」

 

自分がかつて入っていた身体を見て思う。

世界には似たような人間が3人はいるともいうし、もしかしたらこいつは僕のそっくりさんなのではないか。

しかし、3人の後ろにいる僕の存在に気づかないってことは、つまり僕が死んでしまったということを認識させるには十分で。

 

「あーあ。死んじゃったかあ」

 

ベッドに横たわる自分の横に座る。

死因は情けないが、不思議と悔いはなくて、死んだ後だというのに今までで一番頭の中がスッキリしていた。

 

「それで、僕はどうなるの?」

「一応、今の君は、後一日もすれば、何もしなくても意識は消えるだろう。それまでは、最後の時間、好きにするといい。外へ出て世界を一周してもいいし、家族との最後の時間を過ごしてもいいだろう。私も、最後まで見守らせてもらうよ」

 

そういったサンタクロースは指を鳴らすと、部屋の片隅に椅子を出現させて目立たないように座り込んだ。

 

「そっか。んじゃ、僕も、短い余生を満喫しましょうかね」

 

サンタクロースに椅子をもう一脚出してもらい、ベッドの横で僕を見守るリィナの隣に座る。

こうしていると、なんだか自分の看病をしているみたいでワクワクするな。

 

僕のことが当然見えないリィナも、ラストもマイも、ついでにリィナの腕の中にいる雪だるまも、重苦しい空気の中で僕の目を覚ますのを待っている。

 

「サンタ…」

「くそ、こんな時に限って材料が切れてたとは…これじゃああの薬を作ってやれねえ!」

 

あの薬、とは、やはりあの薬のことだろうか。

数々の修羅場を乗り越えることができた、良薬は口に苦しという言葉をそのまま体現したかのような逸品。

 

名付けて、ラスト特製、死ねるポーションビリジアン。

 

「そりゃ毎日あれだけ売り物に材料使ってたらね。夜中にでちゃいけないっていうし、昼間は店にいないといけないんじゃ、ほとんど取りに行けないよ」

 

聞こえるはずのない愚痴を、いつものようにこぼす。

日頃の行いの悪さが仇となったのか。

いつも夜中にこっそり抜け出してスライムと戯れていた僕だったが、ついにそれがばれてしまったため、一人での夜中の外出を禁止されてしまった。

 

『もう、夜中にそんなに無理して、体壊しちゃったらどうするんですかっ!?』

 

確か見つかった時、マイにそう言われた気がする。

そのことはラストにもリィナにも知れ渡り、それから毎日夜になると点呼を毎回され、たった一回の返事をしないだけでも大騒ぎになるほど、僕の自由は制限されていた。

 

「まあ、何回か深夜帯にこっそり抜け出してたんだけどさ。」

 

そうでもしないと、うちの家計は再び火の車に追い込まれてしまうからな。

ただ、監視の目が厳しいから、最低限の外出だったから結構ギリギリでやっていたんだよね。

今回、それは仇となって、僕に降り注いだ。

 

「リィナはスライムと戦うと跡形もなく燃やしちゃうから、ゼリー持って帰れないしなあ」

 

この赤髪火炎少女は一応戦えるが、炎魔法以外は貧弱で、スライムすら手こずるし、きっと取りに行くことはできないだろう。

 

「打つ手なし、詰みですね」

 

足を投げ出して、他人事のようにそう言った。

 

「早く起きてくださいよ…サンタさんのために、美味しい料理も作ってあるんですから…!」

 

マイの一言で、そういえばまだ何も食べていない、そしてちょうどいいことに腹が減っていることに気づく。

 

「お、マジっすか。じいさん、ちょっとだけ席外すよ。晩飯食ってくる」

「…本当に、肝が座りすぎているのう」

 

じいさんにその場を任せて、僕はマイが作った料理を食べるため、リビングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま…」

「おや、思ったより早かったね」

 

部屋を出てから3分も経っていないのに戻ってきた僕を不思議そうな目で見て、じいさんは言った。

 

「いや、ちょっとね…」

 

こんなに早く戻ったことを説明するには遡った方が早いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「うおお、すげえ…!」

 

キッチンには一人分の料理が綺麗に盛り付けられて鎮座していた。

いつもと違って豪華に見えるのはきっと、珍しくラストが腕をふるったということなのだろう。

一枚の肉の上、周りにそれぞれが意味を持っているかのように散りばめられた野菜やソースの盛り付けは、まるでそこだけが三ツ星レストランの風景を切り取ったような錯覚さえ覚える。

 

「そして、こっちはマイか」

 

一方、こちらには肉のない肉じゃがと、結構な頻度で食卓に並ぶマイ特製の金色の透き通ったスープ。

どちらも僕が好きなもので、今の僕にとってのお袋の味となっている。

あ、もう死んでるから、だったが正しいか。

ま、そんなことは置いておいて。

 

「それじゃ、いっただっきまーっす!」

 

両手を合わせて食材への敬意を示し、食器めがけて手を伸ばす。

ご機嫌な僕の右手はスプーンを捉えるが、僕の右手は空を切った。

 

「あれ…?」

 

諦めずに、何度もスプーンを掴もうとするが、相変わらず掴めず、開いて閉じての繰り返し。

 

「そういえば、僕、死んでるのか…」

 

死んでいるから食器が持てない。

目の前にこんなに豪華な料理があるというのに、僕は黙って香りを楽しむことしかできない。

 

「まじかよ…そりゃないぜ…」

 

この時ばかりは僕も、自分の死を嘆くほかなかった。

 

 

 

 

 

「ということで、何も食えなかったよ。腹減ってたのになあ」

 

死んでいるから食べることができないなんてのはわかっていたことなのに、それでも食欲は残っているようで、何か食べたいという衝動に駆られる。

 

「食べるかい?」

 

じいさんは手元の袋から一枚のクッキーを取り出す。

 

「お、サンキュー!」

 

クッキーを受け取って、これは食べられるものだと実感し、手のひらほどある大きなクッキーを完食すると、不思議と力が湧き上がってくる。

 

「ごちそうさま。うまかったよ。心なしか、生き返ったって感じがする」

「…そうかい、それはよかった」

「…?」

 

何か不思議な視線を送るじいさんの隣に椅子をおいて、外野の位置から様子を眺める。

 

 

そんな感じで少ししたくらいか。

やがて疲れたようにラストが言った。

 

「とりあえず、今日はもう遅いから、明日に備えて寝よう。サンタもきっと明日には起きるさ」

 

それはそうだ。なぜか手元にあるスマホは深夜の1時を指しているし、マイもさっきまで頭を上下させて眠気と戦っていたが、ついに負けて眠ってしまった。

しかもこいつらは僕と違って朝の仕込みがあるし、そろそろ寝ないと明日に響く。

 

「私が見てるから、2人とも、今日は休んでいいよ」

 

リィナだけ、まだ寝る気は無いらしい。

ラストもそんなリィナを無理に寝かせることはできず、

 

「…無理するなよ。何かあったら、起こしてくれ」

 

とだけ言うと、マイを抱えて部屋を後にした。

 

 

 

「大丈夫。私が付いているからね」

 

そう言ってリィナは僕の手をとって、 大切そうに胸の前まで運ぶ。

 

「いや、お前も寝ろよ」

「…女心がわかってないのう」

 

こうして二人のサンタクロースと真っ赤な少女の最後の夜は、後半戦を迎えた。




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挨拶

窓際に立って空を見上げる僕と、冷たくなって眠っている僕を見るリィナ。そして僕たちを遠目から見るサンタクロース。

空に浮かぶ月はいつもこの街も、起きてる人から眠っている人、遠吠えをあげる犬も外でうねるスライムも、平等に見守っている。

僕もその例外ではない。

 

「お月さん、今まで世話になりました。これからも、こいつらのこと、見守ってやってください」

 

両手を合わせて、外の月へとお辞儀をする。

劣ることのない輝きを肯定と捉えて、部屋をぐるりと見回す。

 

「うん、綺麗に片付いてるな」

 

ほとんど何もない僕の部屋は、ベッドの脇に少しの着替えが入った箱置いてあるだけで、本当に綺麗に片付いていた。

 

「これなら死んでも、あいつらに迷惑かけないし、遺品整理とかもさせなくていいから過去に縛られることもないだろ」

 

リィナを見ながら、自分が消えた後のことを呟く。

 

「あ、後は外の奴らにも挨拶しておかないとな」

 

部屋の扉をすり抜けて、階段を下って外へ出る。

店の横の少しの空間に丸くなっている、カラアレオンのコメットと、我が相棒、ルドルフは、今日も変わらず、穏やかな顔で眠っている。

 

「グ、グギギ…」

 

耳障りな音で喉を鳴らすコメットに、思わず笑いがこみ上げる。

 

「はは。相変わらず、酷い声だな」

「…グギ?」

 

今迄眠っていたのに、僕の笑い声とほぼ同時に、体をピクッと動かしたコメットは、薄眼を開けてその赤と緑の対照的な体を起こした。

そしてその目はまっすぐに僕を捉えていて、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「…もしかして、僕のことが見えるのか?」

「グアアァ」

 

夜中だからか、静かな声で鳴いて、そうだというように首を縦に降る。

 

「まじか。動物には霊が見えるとかいう特番とか昔テレビで見たけど、あれって本当だったんだな」

 

唯一僕が見えるということに感心していると、コメットは目を細めて、頭を僕の胸に擦り寄せてきた。

当然ながらもそれは僕の胸に触れることはなく、コメットの頭は虚しくも空を切るばかり。

いつもは僕を見ても黙って眠っていたコメットが、今日に限って、甘えるように頭を擦り寄せてくる。

 

「やっぱわかんのかな。こういう、最後の別れ、っていうの」

 

僕もコメットの頭を抱いて、優しく撫でる。

その感触も温度も感じられないはずだが、コメットは静かにそれを受け止めると、顔を上げて僕を見つめる。

 

「いいか、僕がいなくなっても、この街を、この店を、そしてあいつらのこと、ちゃんと守ってやってくれ」

「グ、グエエアアアアアアァ!」

 

今まで聞いたことのないような大きな声は、静かな街にこだまして、僕の胸も震わせた。

 

「…任せたからな。それにしても、こいつはこんな大声に反応せず、よく眠ってられるな」

 

体を丸めてうずくまる小さなトナカイを見つめる。

 

「最後の挨拶、したかったんだけどな」

「残念じゃが、その子とは挨拶はできないだろう」

「え?」

 

いつの間にか後ろに立っていたサンタクロースのじいさんは、うずくまるルドルフの前に歩み寄って、その体を抱き上げ、僕に渡してきた。

 

「あれ、なんで、触れるんだ」

「トナカイとサンタクロースは、いうなれば一心同体。主人あるところに、従者あり。君が死んだとしても、それは例外ではない」

 

腕の中で目を覚ましたルドルフが、僕の方へ顔を向け、鈴を鳴らす。

 

「つまり、その子も、死んでしまったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

コメットとの挨拶も済ませて、ルドルフを抱いて再び部屋へと戻ってきた僕は、ルドルフを膝の上に乗せて、リィナの隣に椅子を置いて座っていた。

 

「ごめんなルドルフ。うっかりさんのサンタクロースは、クリスマス前に、凍結死しちまったみたいだ」

 

そんな僕のブラックジョークにも、まるで面白い、とでもいうかのように、ルドルフは鈴を鳴らした。

さっきまでは死ぬことに対して何も感じず、むしろ晴れやかだった僕だが、今となっては罪悪感で塗り替えられ始めていた。くだらない理由で死に、そのせいでルドルフまでアホな主人の後を追わねばならないなんて、申し訳無さすぎる。

 

「ごめん、ごめんな」

 

僕の胸に頬をすり寄せるルドルフは僕の失敗を咎めようとせず、慰めるかのように鈴を優しく鳴らした。

 

「サンタ…」

 

今まで話さなかったリィナが唐突に呟く。

ごめん、正直眼中になかった。

 

「…お前にも迷惑かけたな。いや、これからもかけるだろうな」

 

今までは何も考えていなかったが、明日からのリィナのことを考えると、さらに罪悪感が芽生えてきた。

店の商品の素材は僕がいつも取りに行っていたが、明日からはその役がリィナになってしまう。

しかし炎の魔法を使うリィナは、スライムを倒しても、落としたゼリーもきっと焼き尽くしてしまうだろうから、全くの素人である杖の殴り合いでスライムと戦わないといけないだろう。

そんな効率の悪いことに時間を割いていたら、自分の商品を作る暇だってなくなる。

それは彼女にとっての生きがいを奪ってしまうことに等しいんだ。

 

自分が死んだことの重大さが、少しずつ浮き彫りになり、胸に何本も突き刺さってくる。

 

「本当に、ごめん…ごめんな」

 

どれだけ謝ってもこの声はリィナには届かない。

僕はただ、歯を食いしばって、リィナを見守るしかなかった。

 

「青年よ。私は少し、外に出てくるよ」

「ああ…」

 

僕と似た格好の背中が扉の奥に消えて見えなくなると、リィナとの二人きりの構図が出来上がった。

 

生前からつい先ほどまで、この沈黙は僕にとってはとても心地の良いものだったが、今では地獄にでもいるかのような居心地の悪さが漂う。

そう、これは、中学の時のあの…。

っと、こんなことは忘れよう。

今、この状況を考えないと。

 

「サンタ、覚えてる?」

「リィナ?」

 

突然、リィナが口を開く。

 

「あの日、サンタと会った日。私、大事な回復薬落としちゃって、すごく焦ってて。それでサンタとぶつかって。初めは変な格好のならず者みたいって思ってたんだけどさ、話して見ると案外面白くて、それで次の対戦相手がサンタって聞いて。あれは本当にびっくりしたなあ」

「チンピラみたいで悪かったな」

 

目つきの悪さはちょいちょい言われたことがあるからな。

 

「でも」

 

僕の手を取って、リィナが自身の胸に抱く。

 

「サンタのおかげで思いっきり戦えたし、それから家族にもなって、マイとラストにも会えて…」

「…」

「サンタには借りがいっぱい。本当にありがとう」

 

リィナの肩が震える。

 

「だから、早く、起きてよ。まだ何も、サンタにしてあげられてないじゃん…」

 

何もない空虚な部屋の中、小さな嗚咽と啜る音だけが響き渡る。

なあ、女の涙ってのは、やっぱ反則だろ。

 

気づくと僕は、部屋の扉へと向かっていた。

 

「さっさと寝ろよ。明日に響くぞ」

「…サンタ?」

 

僕の声が聞こえたのか、扉を抜けた時、リィナの呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、一緒についてきたルドルフの鈴の音にかき消されて、はっきりと聞き取ることはできなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
遅くなって申し訳ないです。
同時並行っていうのはやっぱり難しいですね汗
次はできるだけ早く更新できるようにしたいです…。


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明け方

「なんでいつも机で寝てるんだよ」

 

机の上に突っ伏して眠るラストに届かない声を投げかける。

ラストの部屋に入るのは二度目だ。

料理や医療、調薬の本がばらばらに並べられた棚を見て、相応の努力の形跡が感じられた。

 

「お前にも色々と世話になったな」

 

この店を回していたとも言える二枚目の寝顔を見る。

口に入るものはなんでも作れるって言うから最初はアバウトで分からなかったけど、ポーションの効果は絶大だった。この街の冒険者の客足を見れば明らかだろう。

料理だって、正直レストランの高級志向の料理なんて値段だけで味も大したことがないと内心で馬鹿にしていたが、こいつの料理はそれを覆すほどにうまかった。多分味でいうなら世界一だと思う。

金に関しては、まあ少し図太いところはあったけど、それは僕たちを想ってのことだよな。

 

「ラスト、最初に雇ってくれた時、部屋まで貸してくれてありがとうな。この恩は死んでも忘れない」

 

そう言ってから、文字通りだったことに口元が緩む。

 

「ちゃんとベッドで寝ろよ」

「ん…おぅ」

 

妙に返事のような寝言を背に、最後の一人の部屋に向かった。

 

 

 

 

「ごめん、女の部屋にノックもしないで入って。デリカシーがないのは承知だ。許してくれ」

 

女の子のそれというには厳しいほどの可愛い小物も飾りもない寂れた部屋のベッドに横たわっているのは我が店の職人であるマイ。

この世界で一人だった僕を拾ってくれた、明るくて優しい女の子。

自分だって仕事があるのに毎日欠かさずご飯を作り、忙しいのに僕のことを見ていて、事あるごとに飲みに連れて行ってくれて。

 

「個人的なお礼、まだできてないから、今度2人でどっか行こうぜ」

 

頭を撫でようと伸ばした手が無意味だと知って、その手を引いて立ち上がった。

 

「…家族にしてくれて、ありがとう」

「…」

 

恥ずかしいなあもう。

聞こえないとは言え、やはりこんなことを言うと顔が熱くなってしまう。誰も見ていないが、帽子を深く被り混んで顔を隠すようにして部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

店の周りだけが季節に逆らって白い雪が降るなか、月明かりが照らすのは紅白一色の聖者の老人。

その積もる雪を踏んで近づくと、その老いに見合わない澄んだ目が僕を捉える。

 

「どうしたんだい?」

「…頼みがある」

「ほう。言ってごらん」

「僕を生き返らせてくれ」

 

爺さんは帽子をとって、そばにいたトナカイの角にかけた。

 

「気が変わったのかい?」

「ああ、どうせ死んだものは仕方がないって思ってたけど、僕が死んだら、ここの家族に迷惑がかかる。もしかしたら、夢を追えなくなるかもしれない」

 

走馬灯のように思い出が蘇る。

 

『よろしくな、ルドルフ』

一人と一匹から始まった異世界での生活。

 

『なんだぁ、家なしか?そんなことなら、今日からうちに住めよ」

『ええ、いいですね!もういっそのこと家族になっちゃいましょう!』

 

成り行きで出会った僕に、居場所をくれた2人の家族。

 

『…僕と、家族になりませんか?』

『そこまでしてくれて…断れるわけないじゃん…!末永く、よろしくお願いします!』

 

一戦を交え、互いを認め合った、赤い髪の女の子。

 

『早く戻ってきてくださいよ?』

『サンタ、ありがとな。あいつらも、喜んでると思う』

『もし、例えばの話だけどさ。私の門出が、サンタの門出だったら、それはお別れにはならないよね?』

 

マイ、ラスト、リィナ。

血の繋がりはないが、他の何者にも成り変われない、僕の唯一の居場所。

それを守るためなら。

 

「身寄りのいない、1人だった僕にとってあいつらは居場所をくれたんだ。それに対するお礼を、僕はまだしてやれていない。それをするまでは、やっぱり死んでも死に切れない!どんな理不尽を押し付けてくれたっていい。だから頼む、一度だけ、僕を…」

「…理不尽、か」

 

 

 

 

 

 

「いいだろう。その願い、叶えてあげよう!」

 

 

 

 

 

 

パチン!

 

 

 

 

 

 

鳴らされた指の音に顔を上げると、僕とじいさんの間に光の渦が音もなく渦巻いていた。

程なくしてそれが扉の形になったとき、それを指差してじいさんがいう。

 

「さあ、そこに入るが良い。鍵はすでに、君の手にある」

 

右手の中の違和感に気づいて開くと、僕の手の中には定規くらいの大振りの鍵が握られていた。

 

「そこを通れば帰れるだろうが、私とはしばしのお別れだ」

「じいさ…」

「おっと、別れはいらないぞ。青年よ。これが最後ではないのだからな」

 

遮られてしまったので、それ以上の会話は不要ということなのだろう。

鍵穴に鍵をさして、ぐるりと回す。

 

「…ありがとう」

「はっはっは。私の代行、引き続き頼んだよ」

「…おっけー」

 

短く答えて、僕は開かれた扉の先に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

眩しい光を感じて、目を開ける。

すぐに映ったのは自分の部屋の天井だった。

妙なだるさを覚えながら、僕は体を起こす。

窓から差し込む日の光で、夜が明けたことを知った。

 

「本当に帰ってこれたのか…ん?」

 

起きた時に手が何かに触れた。

朝日に燃える真っ赤な炎のような髪が、ところどころに伸び、僕の手にもその束が緩く絡みついていた。

 

「リィナ」

 

漸く触れることの出来た少女の柔らかい髪は僕の指からするりと抜けて、小さな寝息を立てて眠る少女のそばに落ちる。

 

「悪かったな」

 

頭を撫でてしばらく寝顔を眺めていると、一瞬ピクリと肩を震わせて、瞼が開かれた。

 

「んん…。…?」

「よう、目、覚めた?」

「ん、ラスト…?ごめんね。今日も寝ちゃってたみたい…」

 

目をこすりながら見るリィナはまだ僕を視認できておらず、ラストと勘違いしているらしい。

 

「そうか、風邪引くといけないから、ちゃんとベッドで寝ろよ。じゃないとどっかの赤い帽子みたいに、このクソ暑い時期に凍死するような馬鹿起こすこともあるかもしれないからね」

 

そう言った矢先、リィナからふっと恐ろしい殺気を感じた。

 

「ちょっと…幾ら何でもそれは言い過ぎでしょ!!サンタだって、まだ死んだと決まったわけじゃないのに!!いくらラストでも言っていいことと悪いことくらぃ…」

 

怒号に近い大声を放つリィナと目が合うと同時に、勢いが落ちて部屋は静寂に包まれた。

 

「え、えっとごめん。流石に言いすぎた」

「え?嘘…?」

 

目を大きく見開いて呆然とするリィナに、僕は近くにかけてあった帽子をかぶってみせた。

 

「おはよう。夢の世界から帰ってきました。サンタクロースです」

「さ、さ…。さん、たぁ。…!」

「うわ!」

 

リィナに飛びつかれ、一瞬バランスを崩しかけるが、腹筋に力を込めて倒れないように踏ん張る。

 

「よかった…!よかったぁ!さんた、生きてたぁ!」

「そんな一日寝てたくらいで大げさな」

 

泣き出すリィナの肩を抱いて、頭を撫でると、リィナが涙声で話し出した。

 

「一日だけじゃないもん!サンタ三日も起きなくて、もしかしたらもうずっと起きないんじゃないかって…本当に心配したんだから!」

「…三日?」

 

枕元にあったスマホに手を伸ばし、日付を確認する。

…確かに、その表示された日は僕が死んだ日から三日経っていた。

 

「まあ、なんだ。心配かけたな」

「ほんとうに、もう!ばかぁ!」

 

三日経ってもずっと看病を続けていてくれたんだろう。

青い目の下には、くまがくっきりとできていたことから、それがはっきりわかった。

 

「迷惑かけたな…」

 

リィナが泣き止むまで僕はその華奢な体を抱きしめ、触れることのできるその温もりに自分が帰って来たことを再び痛感した。

 

 

 

 

少し時間が経ってから、気になったことを泣き止んだリィナに尋ねた。

 

「そういえば、もう材料が切れてたと思うんだけど、三日も材料なしにどうやって店を回してたんだ?」

「あ、うん。今のところはマイとラストが食材を買って来て、料理を出してなんとか繋いでるんだ。結構評判が良くて、これからも営業してほしいって評判になってるみたい」

 

なるほど、レストランか。考えたな。

 

「へえ、それは是非行ってみたいもんだ」

「今から行く?二人とも、驚くんじゃないかな?」

「そうか、二人ともこないと思ったら、今って営業時間なのか」

 

朝だと思っていたが、どうやらもう日中の営業時間らしい。

もう一度スマホを見て、もう昼に近い営業時間だということがわかった。

 

「じゃあ、ちょっと、行こうか。あいつらに元気な顔見せてやらないとな」

「ふふっ。もしかしてサプライズ?相変わらずだね」

 

久しぶりに声を出して笑ってくれたリィナの手を借りてベッドから立ち上がる。

 

「そういうこと。っと、あれ…」

 

最初の一歩を踏み出した途端、足に力がうまく入らず、大きく体が揺らめいて倒れ込んでしまった。

 

「サンタ!?」

「あれ、おかしいな…」

 

立ち上がろうとするも、いつものように力が入らない。

頭がガンガン響いて痛いし、体の節々にも痛みが走って動きを抑制される。

さっきまで全然気づかなかったが、これはもしかして。

 

「ごめんリィナ。サプライズはまた別の機会にしよう。多分僕…」

 

最後の力を振り絞り、ベッドによじ登って布団をかぶる。

 

「…風邪、引いたっぽいわ」

「…」

 

こうして僕は再びこの世界に帰ってくることができた。

僕はまた、この世界で、また三人で、この狭い街で、この小さな家で、細々と、賑やかに生きていくだろう。

開いていた窓から聞こえてくる賑やかな人の声が、町外れに近いところに位置する我が家に、ずっと響いていた。

 

この後、再びリィナに看病をされ、ラストとマイにもこれ以上ないくらいの待遇の看病を受けて、仕事に復帰するが、リィナも体調を崩して逆に僕が看病をして何故か一緒に寝ることになったりするが、それはまた別の話。




明けましておめでとうございます。
今年も読んでいただいている皆様に楽しんでもらえるよう、精進していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m


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おまけ:Status

こんにちは。
次回から新しい章に入るので、今までの整理も兼ねてサンタクロース代行である主人公君のステータスをここで紹介させていただきたいと思います。
ここで触れるステータスは85話時点のもので、今後登場する能力、スキルについては触れていません。
✳︎この回はストーリーではありません。あくまで「おまけ」ですので、これを抑えていないといけないというわけではないです。無理して見なくても、物語についていけなくなるということはないはずですので読み飛ばしていただいても構いません。


▶︎Job(職業)

Santa Claus

 

▶︎Status(ステータス)

Lv.126

HP(体力):21679/21679

MP(魔法力):0/0

SP(スタミナ):9307/9307

STR(力):301

DEF(防御力):256

INT(知力):54

MR(魔法耐性):200

DEX(器用):279

AGI(敏捷性):367

 

▶︎Equipment(装備)

Head(頭部):魔法の赤帽子

Armor(鎧):普通のパーカー(適用外)

Weapon(武器):未装着

Legs(脚):普通のスニーカー(適用外)

 

✳︎(適用外)と表示される装備においては、ステータスへの補正がないことを意味しています。

 

▶︎Weapon Proficiency(武器熟練度)

剣:Z

棍:Z

銃:Z

鎌:Z

槍:Z

弓:Z

斧:Z

魔法武器:Z

素手:AAA

 

✳︎熟練度補正

Z:ステータスが20%になる

F:ステータスの0%追加

E:ステータスの5%追加

D:ステータスの10%追加

C:ステータスの15%追加

B:ステータスの20%追加

A:ステータスの30%追加

AA:ステータスの40%追加

AAA:ステータスの50%追加

(武器に分類されないものは素手の熟練度の補正がかかります)

 

▶︎Skill

夢と希望の物語

聖夜の積雪(ホワイト・クリスマス):対象の範囲に積雪、雪雲を発生させる。

雪だるま(スノーマン):雪だるまを召喚する。規模に応じてSP消費量が変化。雪の上でのみ使用可能。

聖夜の象徴(クリスマスシンボル):針葉樹を発生させる。規模に応じてSP消費量が変化。雪の上でのみ使用可能。

 

黒い聖者の記憶

黒い聖者(ブラック・サンタ):一定時間ステータス変化。使用中、HP・SPが持続的に消費され、『黒い聖者の記憶』以外のスキルを使用することができない。

 

 

▶︎Partner(パートナー)

ルドルフ

 

▶︎Status

Lv.126

HP:6231/6231

MP:23135/23135

SP:30859/30859

STR:102

DEF:87

INT:68

MR:401

DEX:341

AGI:431

 

▶︎Equipment

Head(頭部):未装着

Armor(鎧):未装着

Weapon(武器):そり(適用外)

Legs(脚):未装着

 

▶︎Weapon Proficiency

剣:Z

棍:Z

銃:Z

鎌:Z

槍:Z

弓:Z

斧:Z

魔法武器:A

 

▶︎Passive Skill

従者:主人のHPが0になると自身のHPが0になり、すべての能力が適用されない。

浮遊:空を飛ぶことができる。

自然復活:死亡後一定時間経過後、主人のHPが0以上であればHP半分の状態で復活する。

 

▶︎Skill

未発現。




Intが低いという意見もあるかもしれませんが、彼らにおいてはその言葉が意味する通り知力、すなわち偏差値を表しています。
ステータスの基準として、一章のあたりで出て来たルウシェルは主人公のステータスの三、四割程度と思っていただければと思います。
希望があったら他のメンツも載せます。
それでは次回、またお会いしましょう。


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