とある少年の逃亡生活 (狼少年)
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Chapter1.It begins and escapes.
episode1『皐月叶人』


1

 

 

「今日も平和だ」

 

 

と、皐月叶人(さつきかなと)は窓の外の景色を眺めながら呟いた。机の上に肘を置き、頬を手に乗せながらいかにも授業がつまらなさそうな顔をしている。

 

 

「おーい皐月!また外ばっか見やがって!ちゃんと授業に集中しろ!」

 

 

「はぁーい。すいませーん」

 

 

さすがにボーッとし過ぎたみたいだ。先生に注意を受けた皐月は、前方の黒板に視線を移す。

 

 

(この授業終わったら放課後……。とっとと帰って『アイワズ』の動画でも見よ)

 

 

『アイワズ』とは、皐月が絶賛ドハマり中の動画配信者の事である。毎回毎回下らない動画を上げ、そこそこ再生回数を稼いでいるまだまだ新人といったところだ。

 

 

と、そんな配信者のことはぶっちゃけどうでもいい。まずは、彼の詳しいプロフィールからだ。

皐月叶人、15歳。身長は170cmで体型は痩せ型。運動経験は皆無だが、簡単な筋トレをするのが日課な為、筋肉は引き締まっている。黒髪天然パーマが特徴的で、肌は雪のように真っ白。顔はシュッとしていて、目は細い。わりとイケメンと評される事が多いが、本人は認めていない。趣味は好きな配信者の動画を見ること。

 

 

そんなこんなで、授業が終わり、皐月が荷物をまとめ始めた頃だった。

 

 

「叶人!!今日寄り道して帰ろうぜっ!」

 

 

クラスメイトで、唯一の友達とも言っていい仲宮優久(なかみやゆうひ)に寄り道を誘われた。

 

 

「美味しいコーヒーが飲めるって噂の店見つけたんだよ!一緒に行こうぜ!」

 

 

「ごめん。今日はまっすぐ帰るよ」

 

 

そんなお誘いを皐月はあっさりと断った。

 

 

「えぇー!!なんだよ付き合い悪いなぁ〜」

 

 

「ほんとにごめん。今月ちょっとお金厳しくて……」

 

 

「マジかよ〜。そんなんじゃ明日から始まる夏休みを乗り切れないぞ!まぁいいや仕方ない!また今度誘う!!」

 

 

「うん、よろしく」

 

 

じゃあな!と言って手を振って教室を出ていった仲宮を見送った後、皐月も教室をあとにした。

 

 

 

 

2

 

 

そういえばそうだった。

明日から何もしなくていい夏休みが始まるではないか。

 

 

明日から夏休みが始まるというのに、それに気付かないほどに『今日の日付』に興味が無い皐月。

 

 

「とすると、明日は七月二十日か。あと十日、この持ち金で戦うしかないというのか……」

 

 

帰り道。彼は財布の中身を見ながらトボトボ歩く。今、皐月は第七学区に存在する寮で生活をしている。生活費は親が毎月振り込んでくれる為、アルバイト等はとくにせずに済んでいた。

 

 

と、顔を地面へ向けていた時だった。

 

 

バン!!と。

 

 

急に後頭部を硬いモノで殴られた。

 

 

「いったぁぁっ!!」

 

 

「なあに下向いて歩いてんのよ、アンタは」

 

 

突如として、自分の目の前に茶髪の少女が現れた。常盤台中学というお嬢様学校の制服を身にまとった可憐な少女は呆れた顔をして皐月の方を見ていた。

 

 

「……なんだよ美琴かよ」

 

 

「なんだよってなんなのよ!アンタが下向いて歩いてて危なかったから鞄で叩いて上を向かせて上げたっていうのに!」

 

 

「なぜ鞄で叩く必要がある!?一言言ってくれればそれで済んだだろ!!」

 

 

「あーもーはいはい分かりました!」

 

 

御坂美琴(みさかみこと)

学園都市最強のlevel5の一人。学園都市第三位で、最強の電撃使い(エレクトロマスター)。そして、その能力を使用する姿から付けられた異名は、『超電磁砲(レールガン)』。

まぁ、簡単に言えばちょっとヤバイ中学二年生(笑)といった所だろう。皐月は、この中学生と親繋がりで知り合いであった。その為、二人の中では『幼馴染み』という関係で落ち着いている。

 

 

「アンタ、最近勉強はどうなの?ちゃんと宿題とかやってる?」

 

 

「何でお前に心配されなきゃなんないわけー」

 

 

「まーた動画ばっか見てるんじゃないでしょうね!?もう、そんなんだからカナ兄は成績がいつもいつも……」

 

 

「お前は僕の親か何か?」

 

 

「うん?私はカナ兄の保護者だよ?」

 

 

「そんな真面目な顔をして答えるな」

 

 

御坂とはこうしてたまに会ってはたわいもない会話をして別れる、という事が多かった。いや、皐月の下校ルートを御坂は把握しているため、御坂が暇な時にちょっかいを出しにきている、というのが正しいかもしれない。

 

 

「そういえば明日から夏休みだね」

 

 

「確かに。今日学校で初めて気づいたよ」

 

 

「はぁ。カナ兄、ほんと学校に興味無いのね……アンタ」

 

 

「うるせぇ」

 

 

第七学区にある寮の近くまで来たところで、御坂とは別れた。最近よく会うなぁ、と思いつつ寮の中の自室の鍵を開ける。

 

 

制服を脱ぎ、寝巻きに着替えるとすぐにベッドへ飛び込んだ。そして、携帯端末を操作し動画配信アプリを開き、動画を見始める。

 

 

 

 

これが日課。

日常。

だが、彼どこかで思っていた。心の奥底では考えていた。

 

『非日常』が欲しい。

 

逸脱した毎日が欲しい、と。

 

 

そんな彼の願いは、『ただの願い』では済まなかった。

 

 

まさか。

本当の『非日常』が訪れるとは、この時はまだ知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode2『始まりの事件』

ここから物語はスタートします!


1

 

 

八月十八日。

時刻は正午を過ぎた頃。

 

 

生粋のニート野郎、皐月叶人は今日も今日とて怠惰な生活を送っていた。

 

 

『どもどもアイワズですっ。今日はですねぇ、夏ということもあってこわぁいこわぁい怪談話でもしようかなぁとか思っちゃったりしてます!』

 

 

携帯端末片手にやはり今日も動画を見つめる皐月。画面の中の配信者は、どうやら怪談話を始めるらしい。

 

 

『どうやらここ最近、学園都市では同じ顔をした女の子があっちらこっちらで目撃されているようです……。ドッペルゲンガーが大量発生でもしたんですかねぇ、怖い怖い』

 

 

ピエロの仮面を被ったアイワズという配信者は身を震わせるが、その奇妙な仮面のせいでイマイチ感情が伝わってこない。

 

 

(同じ顔の人か……。でも、世界には自分と似た顔の人間が三人はいるっていうからなぁ。そんなドッペルゲンガーなんて非存在がいる確率は少ないか)

 

 

ましてやここ、学園都市だし。

と、その動画の真実を冷静に判断してしまった皐月であった。

 

 

アイワズという配信者のプロフィールはあらかたわれている、というよりか自分でさらけ出している。学園都市に住む学生で、年齢不詳。声の性質的に男とも女とも取れるため、性別は不明。毎日動画を投稿し、コンビニアルバイトくらいの給料は稼いでいるらしい。そんな配信者に、皐月の心は釘付けになっていた。

 

 

(にしても……この部屋暑いな。クーラーガンガンのはずなんだが……)

 

 

八月十八日はとてつもない暑さになると、ニュースでもやっていた気がした。それでも、さすがに暑すぎるとクーラーのリモコンを操作する。しかしどうやら、一定の温度までいくと、それ以下の温度に設定できないらしい。この場合、元々の性能が悪いのではない。

 

 

もはやこのクーラーは壊れているということだ。

 

 

クーラーを消し、窓を全開に開ける。そして今度は、近くに置いてあった扇風機のスイッチを入れた。

 

 

(充分。こっちの方がむしろ涼しいかもな)

 

 

クーラーが壊れているのは正直痛手である。新しいのにしてもらわねば、と心に決めた。

涼しくはなったが、今度は喉が乾いてきた。玄関近くにおいてある冷蔵庫の元まで足を運び、ガチャッ!と扉を開け、中身を確認する。

 

 

(何も入ってねぇ……)

 

 

それも仕方ない。夏休みに入ってからというもの、彼はほとんどといっていいほど外に出ていない。食料調達をしに週に一回ぐらいの頻度である。

 

 

「仕方ない。久々外に出るか……」

 

 

なので、しぶしぶ外に出ることを決意した。

 

 

 

 

2

 

 

カチャッ……ゴク、ゴク。

 

 

部屋を出てからまだ数分しか経っていない。だが、あまりの暑さに皐月は早速へばってしまっていた。

 

 

(近くに公園があって良かったぁ……)

 

 

近所の公園のベンチによりかかりながら、缶ジュース片手に一息つく。

 

 

まさか、こんなにも外の世界が暑いだなんて思いもよらなかった。黒い半袖Tシャツに黒い長ジャージを着こなしてきたのも、熱を吸収しやすいため仇となっていた。

 

 

(あぁーぶぉーあぢぃいい……だから外になんてでたくながっだんだよぉ……)

 

 

空を見上げると、そこには雲一つ無い美しい景色が広がっていた。太陽の光がガンガンに地上を照らす。

 

 

「あれ、カナ兄じゃん。何してんの??」

 

 

聞き慣れた声が、聞こえてきた。確かこの声は、茶髪暴力中学生の声のはず……。

 

 

「っておい。何無視してんのよ!」

 

 

ガンッ。鈍い音が響いた時には、おでこあたりに衝撃が走っていた。

 

 

「いってぇぇ!?だから何でお前は挨拶の度にその鞄で僕のことを殴るんだ!?」

 

 

「だって、カナ兄が反応しないのが悪いんじゃん」

 

 

「あのなぁ……ったく」

 

 

怒る気持ちを抑え、もう一度缶に口をつける。

 

 

「カナ兄ってさ、毎日何してんの?」

 

 

「知っての通り、動画漁り」

 

 

「そんなんしてて楽しいわけ?」

 

 

「生きがいだからな」

 

 

「全く、つまらない人生送ってるわね」

 

 

「放っておけ」

 

 

皐月は隣に座ってきた御坂には目もくれず、ただひたすらに缶ジュースを飲み続ける。そして飲み終えると立ち上がり、ゴミ箱に缶をシュートしそのまま公園を立ち去ろうとした。

 

 

「ちょっと、カナ兄。最近冷たくない!?」

 

 

公園の出入り口付近でいきなり服の裾を掴まれた。

 

 

「僕はいつもこんなんだぞ」

 

 

「いや、絶対変わったね!高校生になる前はもっと相手してくれた!」

 

 

「じゃあちょっと遅めの反抗期ってことで」

 

 

「何で私に反抗するわけ!?」

 

 

「だって、お前僕の保護者なんだろ」

 

 

「うぐぐ……っ。こういう時だけ!!」

 

 

ぷいっ、とそっぽを向く御坂を横目に今度こそ皐月は公園を出た。

 

 

 

 

3

 

 

公園を出てから数十分といったところか。スーパーの特売品を買いまくり、大量の缶ジュースと食料が入ったレジ袋を両手に皐月は先ほど立ち寄った公園に来ていた。だが、今回は入らない。寄る予定はない。なかった。

 

そのはずだった。

 

 

「……、」

 

 

おかしい。あれから数十分……いや一時間近くは経ったはず。なのになぜ、あの茶髪少女(・・・・・・)はまだ公園のベンチに座っているのだ?

 

 

(人違いか……?いや、あれはまさしく美琴……だよな)

 

 

様々なことに無関心な彼だが、幼馴染みが関わっているからか、今回に限っては興味を示してしまった。

 

 

「まだいたのかよ」

 

 

すぐ側まで近付き、話しかけた。

 

 

「まだ、とは何ですか?私はさっきここに来たところですよ。とミサカは嘘偽りない真実を告げます」

 

 

ん?何か変だ。なんだろう……この感覚。さっきまでなかったゴーグルを頭に付けてるし、それに口調もおかしい。まるで、姿形は本人だけど中身がまるまる入れ替わってしまったかのような、違和感。

 

 

「お前……御坂美琴……か?」

 

 

皐月は思わず聞いてしまった。

 

 

「いえ、ミサカは『お姉様(オリジナル)』ではありません。と、再び真実を告げます」

 

 

お姉様(オリジナル)

どういう事だ……一体。

皐月の頭の中を掻き乱す発言が飛んできた。こいつは御坂美琴ではない。それは分かった。一応幼馴染みである身として、そこだけは確実だ。でも、なんだ。オリジナルってなんだ。仮にも、あいつに妹がいたとしよう。いや、そんな話一度も聞いた事はないのだが。妹にしては似すぎていないか?気持ち悪いくらいに。双子の妹ならまだしも。いや、そうだとしても。これは出来すぎている。完成し過ぎている。

 

 

気持ちが悪い。

 

 

「おおっと!!こんな所に……っ!!」

 

 

ザザザザっ!!アスファルトを蹴る音と共に、もう一人の茶髪少女が登場した。

 

 

「ちょっとアンタ!何やってるのよこんな所で!?」

 

 

「気分晴らしに散歩を。とミサカはスーハースーハーと胸いっぱいに深呼吸をします」

 

 

「勝手に出歩かないでよねもう!……って、ゲッ。何でアンタもいんのよ……!?」

 

 

どうやら気づいていなかったらしい。いやはや、全身真っ黒なんだから気づいてくれよ。こんな炎天下の中こんな格好でいるのはバカなんじゃないかと突っ込んでくれよ。

 

 

「おい美琴……こいつ、何だ?」

 

 

率直に聞いてみた。

 

 

「ええっと何だと言われましても……。あっ、あれよ!私の従姉妹なの!紹介が遅れて悪かったわね!」

 

 

「ふぅん。従姉妹……ねぇ」

 

 

「何よっ!?疑ってるの!?」

 

 

「いや別に」

 

 

こいつ、何か隠してるな。そう思ったが、それ以上踏み込むのはやめにした。

皐月はふと思い出す。『アイワズ』の今日の動画のことを。

 

 

『どうやらここ最近、学園都市では同じ顔をした女の子があっちらこっちらで目撃されているようです……。ドッペルゲンガーが大量発生でもしたんですかねぇ、怖い怖い』

 

 

まさか、あの動画はこれの事を言っていたのでは……。

 

 

「あ!アンタ達、喉乾かない?私が買ってきてあげるよ」

 

 

頼んでもいないのに御坂は颯爽とこの場を離れ、公園を出て少し先にある自販機の方へと走っていった。皐月と茶髪少女は立っているのもなんなので、ベンチに座って待つことにした。

 

 

「ふぅむ……。まぁあいつがああ言ってるなら従姉妹って事か」

 

 

自分の中で一旦整理し、

 

 

「僕の名前は皐月叶人。御坂美琴とは昔からの腐れ縁。よろしく」

 

 

そっ、と皐月は茶髪少女に手を差し出した。

 

 

「ミサカの名前は……御坂花子です。と、ミサカは腑に落ちない気持ちを露わにさせながら握手に答えます」

 

 

そういえば、皐月を見た瞬間に御坂は同じ顔をした少女にボソボソと何かを話していた。

 

 

(あれは口合わせ……か)

 

 

何かを隠しているのは最早バレバレなのだが、きっと今は語りたくなはないのだろう。皐月はあまり興味も無いのでこれ以上はこの件について考えるのをここでやめようとした。

 

 

 

 

そして、皐月と御坂花子(?)の手が触れ合う。

 

 

 

 

お互いがお互いの手を握った瞬間に、それは起きた。

 

 

カッッッッッッッ!!!!!!!!!

 

 

という、弾ける音と共に眩しい光が皐月を襲った。突然の閃光に思わず目を瞑る。

 

 

「……っ?」

 

 

ゆっくりと、瞼を持ち上げる。

 

「……ぁあ」

 

 

自身の手元を見る。その右手は確か、少女の華奢な右手を掴んでいた、はず。だがそこにあるのは、ベチャベチャに血まみれになった己の右手。

 

 

「戦闘態勢に入ります」

 

 

目の前の少女から、恐ろしく低いトーンで声が聞こえてきた。

 

 

「ちょっと待てっ!!!!違うんだ!!」

 

 

少女がそこから離れようとする所を見て、皐月は咄嗟に、反射的に右手を少女へ伸ばしていた。

 

 

 

 

その行動が、全てを一転させた。

 

 

 

 

指先が、少女の首元へ。

 

 

 

 

先程の閃光は起きなかった。

しかし、

 

 

「あ。……あぁ……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」

 

 

気づくと、首から先と、右手首の無い少女の身体がそこに転がっていた。

 

 

ポツ、ポツ、と。

 

 

急に天候が悪化し、雨が降り始めた。

 

 

「なんだ、なんだよ、なんなんだよこれぇぇ!!??僕が!?僕が……ッ!!僕がやったっていうのかぁぁぁぁっ!!!!!?????」

 

 

と。

後方の方で、雨の音に紛れて、何かが落ちる音がした。それは、缶ジュースが落ちた音に似ていた。

 

 

ゆっくりと振り返る。

 

 

そこに立っていたのは、よく知る幼馴染みだった。さっきまで喋っていた女の子と同じ顔をした、腐れ縁の少女である。

 

 

凄い顔をしていた。まるで、親を殺された瞬間に偶然立ち会ってしまったかのような。絶望の形相。

 

 

 

 

「何してんの……アンタ」

 

 

 

 

今にも消え入りそうな声で呟く。

 

 

 

 

「違うんだ……違うんだよぉっ!!僕じゃない……こ、この右手が勝手にッ!!」

 

 

 

 

一歩一歩、皐月へ近づいていく御坂。

それから逃げるかのように一歩一歩、後ずさりする皐月。

 

 

「とりあえず、話を聞くね」

 

 

バチバチバチッ!!

御坂の背中から青白い光が散っている。知っている。あれは……あれは……!!

 

 

「一応、ね。死なない程度にはさ、力抑えるからさ……大人しくしよっか?」

 

 

「だから……だから!!違うんだってぇ!!!!!!!!」

 

 

皐月は、逃げ出した。あの少女に背中を見せてはいけないことを知っていてなお、彼は走り出す。

 

 

「そっか。逃げるんだ。じゃあ、仕方ないね」

 

 

少女の手の中にあったコインが、綺麗な音と共に宙を舞う。そこから繰り出される何かを、皐月は知っている。その行動を、仕草を、彼は知っている。これから放たれるモノ。それが、彼女の異名の発端となったことも。

 

 

(超電磁砲(レールガン)……ッ!!)

 

 

ギュウィィィィィィィィィン!!!!!!!!

 

 

宙を舞ったコインが、電撃に乗って放たれた。あれを食らったら、身体が粉々になってもおかしくはない。

 

 

ふと、一つの考えが皐月の頭をよぎった。

 

 

茶髪少女の右手は、首は、なぜ吹き飛んだ?

そういえば、右手に触れた瞬間に吹き飛んだ。もちろん、彼は無能力者だ。そんな能力を持ち合わせてはいない。だが、この原理からいったら。右手に触れることがトリガーだとしたら。

 

 

「死んだら死んだ、そん時だ」

 

 

後ろから迫り来るコインに向かって右手を突き出した。

 

 

刹那。

 

 

強烈な破裂音が公園に響いた。

そして、眩い閃光があたりを包む。

 

 

 

 

次に御坂が目を開けた時には、少年の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 



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episode3『学園都市第一位』

1

 

 

八月十八日、夜。

 

 

「……はぁ」

 

 

人気の無い路地裏で一人、御坂から逃げ出した少年は濡れたアスファルトに座り込んでいた。今はもう雨は止んだが、じめじめとした空気は未だ残っている。

 

 

「くっそぉ……一体なんなんだよ……何が起きたっていうんだよ……」

 

 

再確認しよう。

僕は……生粋の無能力者(レベル0)だ。

能力なんて……ない。ない、はずだ。

それなのにさっき、右手で触れたモノが吹き飛んだ。ぶっ壊れた。

皐月は分からない。皐月は、無能力者だった(・・・)が為に、分からない。

能力というものは、そんな突然発現するものなのか?突如として出てくるものなのか?

 

 

分からない。

 

 

頭の中がこんがらがる。混乱する。いやそれよりも。まず先に、この状況をどうにかしなくてはならない。なんせ、逃げてしまったのだ。多分、話せば分かってくれたかもしれない。一応幼馴染みである。それぐらいの良識は……いや、あるのか?

 

 

皐月は黒一色に染まる空を見上げ、考える。そして右手を天にかざし、何回も開いて握ってを繰り返した。

 

 

蘇るのは、頭と手が吹き飛んだ酷い死体と、幼馴染みの冷たい表情。ことの発端である右手を壁に当ててみるが、今度は何も起こらない。

 

 

「……どうなってるんだよ」

 

 

そのまま頭を抱え込むが、答えが出るわけではない。

 

 

「とりあえず、学園都市を離れよう」

 

 

皐月は、逃げることを選んだ。自分の意思ではないとしても、人を殺してしまったことに変わりはない。その事実だけは取り消せない。例えば、これからノコノコと姿を現して事情を説明したとしよう。そして仮に、分かってもらえた(・・・・・・・・)とする。待っているのは……何だ。もちろん、普通の生活は取り戻せないだろう。待っているのは、この謎の力を研究する為に与えられるのは、モルモット生活に決まっている。それだけは絶対に嫌だ。人間を人間とも扱わないような生活を送ることだけはしたくない。

 

 

いや、待て。

 

 

もしかしたら。

 

 

もしかしたら、もう、僕は人間ではないから、当たり前の処置を受けるだけなのか?

 

 

考え出したらキリがない。

 

 

皐月の意思はもう固まったのだ。

サッ、と。その場から立ち上がり、歩き始めようとした。

 

 

その時だった。

 

 

嫌な寒気がした。

ゾワッッッッッッと。全身の毛が逆立つ。

 

 

何かが……近づいてくる。

 

 

足音が、こちらへと。

 

 

 

 

「……ったく。俺の計画を邪魔してくれやがってよォ」

 

 

 

 

姿がハッキリと見える。

真っ白な髪に、真っ赤な瞳。顔は整っていて、身体は細く、そして灰色を基調とした衣服が目立っていた。

 

 

皐月は、目の前の少年が誰だか分からなかった。だが、これだけは分かった。

 

 

『この男は本当にヤバイ』と。

 

 

身体がそう告げている。

 

 

「何でてめェみたいなヤツの始末を俺がやンなきゃいけないンだよ……クソ」

 

 

気づいた時には、また(・・)皐月は逃げ出していた。本能のままに、身体が動いていた。

 

 

「けっ……この学園都市第一位様から逃げようだなンていい度胸してンじゃン。まァ、ほどよく楽しませてくれよおォォ!!??」

 

 



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episode4『真っ白な少女』

1

 

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!」

 

 

本当に、ヤバイ。

殺される。歩みを止めたら最後、確実に息の根を止められるだろう。汗がドッと出る。それが冷や汗なのか、はたまた必死に走っているが故に出ている汗なのかは定かではないが、とんでもない量が身体中を流れ落ちているのだけは確かだ。

 

 

路地裏を本能的に進んでいく。一体、何回角を曲がったであろう。何回転びそうになっただろう。何回後ろを振り向いただろう。振り向く度に見える、真っ白な髪と真っ赤な眼光。どれだけ逃げても、ヤツは追ってくる。あの化け物は、軽い動作で、何をやっているかも分からないぐらいの速度で、一定の距離を保ちつつ、追いかけてくる。

 

 

遊んでいるのは目に見えた。だが、こっちは遊びでやっていない。死ぬ気で逃げている。死ぬ気で逃げているうちに、段々と、段々と襲撃者の情報が湧いてくる。

 

 

こんな話を、どこかで聞いた事があった。

 

 

学園都市第一位。

真っ白な髪に、赤い眼光。身体の細いラインが特徴的な少年。絶対無敵の能力の使用者。その能力名は……『一方通行(アクセラレータ)』。その能力名がもはや、彼の名前となっている。全てのベクトルを操るその力は、学園都市最強に相応しいであろう。

 

 

「まさか……あいつが……っ!?」

 

 

信じたくない。だが、あれ(・・)はそうだ。軽いステップで地面を蹴ったかと思ったら人間の限界を遥かに超えたスピードで距離を詰めてくる。そんな芸当が出来る人間の数なんて限られている。そしてあの容姿だ。聞いていたそのものである。

 

 

全力で逃げていてる最中、皐月の頭の中に一つの考えが浮かんできた。

 

 

(あぁ……まただ。またこれ(・・)に頼ろうしてる自分がいる)

 

 

右手。

 

 

つい数時間前に発現した謎の力。その力は学園都市第三位の攻撃を防ぐほどの異能を秘めている。そしてそれに、また頼ろうとしていた。

 

 

(さっきも賭けみたいなもんだった。なら、今回も賭けに出てみてもいいんじゃないか……?)

 

 

どの道、このまま逃げていたって行き着く先は地獄。なら、一欠片の希望を信じてみよう。

 

 

ザザザザッッ!!!!

 

 

急ブレーキをかけたかのように皐月の足が止まる。それから彼は勢いよく振り向いた。それにつられてか、白い襲撃者も同じくその場に留まった。

 

 

「なンだよ。もォ諦めたのか?」

 

 

「諦め……そうだな。これも一種の諦めに含まれるのかもしれない。悪足掻き、って言ってもいいな」

 

 

何かを決意したかのような顔つきが、一方通行をイラつかせた。

 

 

「ほォう。なら俺にその『悪足掻き』ってやつを見せてくれよォォォォ!!!!」

 

 

軽く。ほんの軽く。一方通行はそこに転がっている、どこにでもあるような手で覆えるくらいの石を蹴った。

瞬間、その石はまるで銃口から放たれた弾丸のように射出された。足で蹴って出せるスピードではない。これも、ベクトル変換がなせる技の一種だ。

 

 

皐月は、一方通行が石を蹴る直前に右手を前へ構えていた。

 

 

そして、それらは激突する。

 

 

残ったのは……。

 

 

 

 

「……ッ!!??」

 

 

 

 

気づくと、右手の感覚が無くなっていた。それを自覚するのにどれくらいの時間がかかっただろう。そう、先程まで目先にあった自分の右手が、綺麗に消えていた。残っているのは、棒のように真っ直ぐに伸びた腕だけ。手首から先は、一体どこへ消えた?

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」

 

 

勝手に声が出ていた。勝手に喉から声が湧き出ていた。力なく膝が落ち、地面につく。

 

 

「あァン?なンだよ。『悪足掻き』とかいうから何かしら面白い事を期待したンだが……つまらねェ」

 

 

右手が消し飛んだ。その事実だけが脳を震わせる。皐月は、賭けに負けたのだ。人生は、そんな上手くは出来ていなかった。一筋の光を失い、絶望へと堕落した。

 

 

「もォ終わりにすンぞ。さァて、どォやって殺してやろうかねェ……!!」

 

 

死ぬ。

死んでしまう。

ここで終わってしまう。

あぁ、確かに面白い人生だとは思ったことがない。無能力者で相手にされず、大好きな動画を見ることだけが生き甲斐で。いつ死んだっていいって思っていた。

 

 

だけど、今、ここで、死の直前を感じて、皐月は思った。

 

 

まだ、死にたくない。

生きれるなら、生きていていいなら、もっと生きていたい。

 

 

ヌルり、と、

 

 

皐月は立ち上がる。

そして見据える、白い襲撃者を。

 

 

「ンだよ。そこで立ち上がっちゃいますかァクソ雑魚」

 

 

「何でだろうな……。ここにきて、まだ生きたいって思っちゃった」

 

 

「俺の実験を邪魔しておいてよく言うぜ。お前、よく考えろ?人を殺したんだからな?立派な犯罪者様なンだからな?まァ、これに関しては俺も何も言えねェけどよォ。ちょっと前まで『平和な日常』を過ごしていたお前は人を殺しちまったせいで『混沌の非日常』に落ちた。そンな『混沌の非日常』を過ごすくらいだったら、ここで安らかに死ンだ方がマシだと思うけどなァ」

 

 

「それでも、例えこれから『犯罪者』扱いされても……僕は……僕は、生きたい」

 

 

「ウゼェな、お前。死ねよ」

 

 

一方通行はすぐ近くにあった鉄パイプに触れる。それだけで、今度はその鉄パイプが弾丸のように放たれた。数は三本。対して皐月に頼みの綱はない。

 

 

彼は、目を瞑った。

 

 

そして。

 

 

突如として。

 

 

一陣の風が起きた。

 

 

「なにっ!!??」

 

 

その風は鉄パイプを吹き飛ばし、散乱させてしまった。

 

 

「ようやく見つけたよ」

 

 

皐月の後ろから、声が聞こえた。声の持ち主は、段々とこちらへと向かって歩いてくる。

 

 

「誰だ、てめェは?」

 

 

身長は140cm前後。背中まで伸びた長くて白い髪。血のように真っ赤な瞳。透き通りそうな程白い肌。そして、自身の肌の色と同じくらい白いワンピースを着こなす、見た目十歳程度のとても美しい少女がそこにいた。

髪の色、肌、瞳だけみたらまさしく一方通行の容姿と変わらないのだが、明らかに彼とは別な意味で人間を逸脱(・・)している。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「エトロス・クルカフォルニア」

 

 

その名を耳にした途端、皐月は意識を失い、倒れた。エトロスという少女が何をしたわけでもない。緊張が解けたのか、血が足りなくなったのか、少女の出現に驚いたのか。それは定かではない。

 

 

「私は彼の半分。彼は私の半分。ここで殺されるわけにはいかないの」

 

 

「ちっ、誰だか知ンねェけどよォ。俺の邪魔するなら容赦なくぶっ殺すけど文句はねェよなァお嬢ちゃあァァァァン!!!???」

 

 

ガッ、と。

一方通行がその場を一蹴りし、少女との間合いを一気に詰める。

 

 

とんでもないスピードで突撃してきた一方通行に対して、少女が取った行動は簡単だった。

 

 

さっ、と。左手を宙で振るう。それだけ。たったそれだけ(・・・・・・・)で、学園都市第一位の動きがピタリと止まった。

 

 

「なンだ……これ……!?」

 

 

「世界を統べる力の前では、何もかもは無力と化す」

 

 

そのまま一方通行は、一気に地面へと叩きつけられた。

 

 

ありえない。

 

 

そんなことはありえるはずがない。あの絶対無敵の一方通行に限ってそんな話は……。

 

 

「『理』を操れる人間の前では全ての『ことがら』は意味を成さないのよ」

 

 

無表情な少女が、感情の無い言葉を呟く。

 

 

そして。

 

 

エトロスと皐月は、闇の中へと消えていった。



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episode5『神様の力』

1

 

 

「……っ」

 

 

ひんやりとした何かが、頬に触れた。温度自体は冷たかったのだが、何故だろう。懐かしさと共に、安心するような暖かさも感じた。まるで、母親に頭を撫でられた時のような。安堵の気持ちが胸いっぱいに広がっていく。

 

 

「……ぁ」

 

 

ゆっくりと瞼を持ち上げる。そこで、皐月は寝ていたことを実感した。

目覚めて初めに眼に映った光景。それはなんとも素晴らしいものであった。

 

 

「やっと起きたか」

 

 

真っ白な美少女が、こちらを覗き込むようにしてじっと見ている。少女の顔は、世界が反転したかのように視界の上にあった。つまりこれは……。

 

 

「え……これ今僕、膝枕……されてる?」

 

 

間違いない。後頭部の柔らかな感触も確かに感じる。あれだ、世間一般で言う、あの膝枕(・・)をされている。

 

 

「正確には膝ではない。脚だ。脚枕だ」

 

 

脚枕。言われてみれば、頭の位置が少し居心地悪い気がした。なるほど、この少女は今胡座をかいている、ということか。その脚の上に自身の頭が乗っている、と。

皐月は状況を把握した。把握した上で、叫んだ。

 

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってぇ!?な、なにこの状況!?ななな、な、なっ、なんで僕、女の子の脚の上で寝ているの!!??ヴぇっ!?何が!?何が起きたというのっ!?」

 

 

慌てふためく皐月。そんな状況を知って飛び上がろうとしたが、身体が言う事を聞かなかった。動かせなかった、というのが正しいかもしれない。

 

 

「しかも動けないっ!?なにこれ金縛り!?」

 

 

「私に驚き、飛び上がって怪我されても困るし、暴れられても困るからな。身体の制御は今、私がしている」

 

 

「え!?え!?状況が読めないよ!?」

 

 

「うるさい。可愛い女の子の脚の上で寝ていられるんだ。少しは静かにしていろ」

 

 

「あ……はい」

 

 

真っ白な少女の、空気も凍るような冷たい声に負け、皐月は騒ぐのを止める。なんだろう、何で今僕が怒られたのだろう……と、しゅんとなる少年をまじまじと見つめる少女。彼女のクリクリとした真っ赤な瞳には、皐月の表情全てが映っていた。

 

 

「え、えーとぉ……き、聞いていいかな」

 

 

「どうぞご自由に」

 

 

とりあえず、皐月は落ち着くことにした。落ち着いて、今の状況を整理しつつこうなる前の事を思い出していこう。それにはまず、この目の前の少女のことから解決していかなくてはならない。全く持って知りえない、どれだけ記憶を辿っても出てこないこの少女のことを。

 

 

「えーとうーんと、まずは、君の名前から聞こうかな……!」

 

 

「私の名前はエトロス。エトロス・クルカフォルニアよ」

 

 

明らかに日系の顔つきではないと思っていたが、やはり外国の少女か。

ふむふむ、と一人で首を縦に二回振り、次の質問を投げかける。

 

 

「エトロス……ちゃん?僕はなんで君の脚の上で寝ているんだい?」

 

 

「簡単な事よ。あなたは昨晩、学園都市第一位に襲われた。そこからあなたを救出し、今、このような状況になっているの」

 

 

「学園都市……第一位。……っは!!!!」

 

 

思い出した。ブワッと。脳の奥底から何かが吹き出しくる異様な感覚がした。

ドンドンと溢れて出す、恐怖の記憶。

逃げても逃げても追いかけてくる、白い少年。その行動の一つ一つが、人間のを逸脱していた。最早、あれを人間と呼んでいいのかというレベルの所業であった。

 

 

そしてもう一つ、思いだす。

……吹き飛んだ右手の事を。

 

 

「右手はっ!!!!????」

 

 

右手を確認しようとするが、行動が封じられているせいで認識出来ない。神経ごと操られているのか、これではあるのか無いのかハッキリと分からない。

 

 

「ちゃんと存在している。安心しろ」

 

 

必死に求めた答えを、エトロスは軽々と提示してくれた。だが、自分の目で、感覚で、認識出来ていないため、まだそれが本当かどうかは分からない。この拘束が解かれて初めて真実を目にすることが出来るのだから。

 

 

「てか、この拘束いつまでしてるの!?もうよくない!?」

 

 

「確かに、もう解いてもいいかもな。お前が目覚めた以上、まだ拘束を続ける理由が無くなった」

 

 

ふわっ、と。エトロスの左手が皐月の身体に触れる。すると、何かが弾け飛んだ音と共に、皐月の身体が自由を取り戻した。

 

 

「み、右手……ホントにある……!!良かったぁ……っ!!」

 

 

左の掌でギュッと右手を掴む。ここで初めて、皐月は大事な右手の存在を確認できた。

安心した最中、一つの疑問が浮かび上がる。

 

 

何で……右手があるんだ?

 

 

これほどまでに嬉しいことは無い。だが、確かに、皐月の右手は吹き飛ばされたはずだ。あの、白い少年に。

どうにか立ち向かおうとして、博打の策で突き出した右手は軽々しく宙を舞い、闇夜の中に消えていった……はず。それが今、こうして右腕に引っ付いている。くっつかっている。復活している。

 

 

「何で右手が復活しているんだ、とか考えているんだろ?」

 

 

「……っぐ!?何で分かった!?」

 

 

「答えは簡単。単純。明確。私は君の半分だからだ」

 

 

余計に訳の分からないことを言わないで欲しい、と心の底から皐月は思った。

ただでさえ今色々な事が重なってパンクしそうだっていうのに、また新しい要素をぶち込まないでくれ。

 

 

「この右手……元々なかった……よな?」

 

 

「あぁ、そうだな。私が駆けつけた時には既にそれ(・・)は無かった。存在していなかった」

 

 

「……もしかして、君が治してくれた……とか?」

 

 

「いいや、違う。そんなこと絶対にない」

 

 

そんな否定の仕方しないでくれよ……、と内心少し傷つきつつも、右手の謎を改めて考える。

 

 

「考えなくても、答えを言ってやる」

 

 

拘束を解いてなお、永遠と皐月の瞳を凝視するエトロスは近くにあった一人用ソファへと座り込んで言った。

 

 

「生えてきた。もしくはくっついた。それだけだ」

 

 

「はい?」

 

 

「なんだその不満気な顔は。お前の求める答えを提示してやったぞ。何の問題がある」

 

 

「待て。なんだその自然現象的な……」

 

 

気付いたら生えていた。

なあんて事が人間の身体に起こるわけがない。きっと、最初から右手はなくなっていなかったんだ。あれは夢だったんだ。夢を見ていたのだ。

そう、ポジティブに解釈した。

 

 

「お前の右手は、お前と一心同体。持ちつ持たれつ。運命共同体。そういうことだ」

 

 

確かに、元々手がある状態なら死ぬまでその手は残っている。なんらかの要因で切り落とされない限りは。

だけど、一回離れてしまったモノがまた同じように、なんの傷跡も残さないでくっつくなんてありえない。そうではなくて、生えてきたとしても、その生えるという工程自体が人間としてありえない。

 

 

「君は……僕の右手の何を知っているんだ?」

 

 

「『触れたあらゆるモノを破壊する』。それがお前の右手だ」

 

 

「それって……能力……??」

 

 

「能力。お前の言う能力はいじくられて(・・・・・・)発現する能力のことか?それとも、自然的に発現した(・・・・・・・・)天然の能力のことか?」

 

 

それはなんだ。学園都市の能力開発の事を言っているのか?そうだと仮定すると、前者がそれに値する。すると後者は生まれつき能力を持っている『原石』のこと……か?確かそっちは学園都市第七位が相当すると聞いたような。

質問に質問で返してきたエトロスの言葉を真剣に考えてはみるが、やはり彼女の言っている事はとても難しい。

 

 

「多分だけど、僕は後者の場合で質問した」

 

 

「ふぅん。それならば、能力とは少し違うな。お前のその力は能力ではない。能力の一段階上と言った方がいいか。その力は『神様』が与えし力。……まぁ確かに、それを人は総じて『能力』と称するだろう。だけど、間違いだ。能力開発、いじくられて発現した力とは桁が違う。なにせ、神様が与えてくれた力なのだからな。この世界に神様から力を与えられた人間は数十人と言った所か。学園都市の奴等は『原石』と呼んでるらしいがな」

 

 

皐月の考えは正しかった。エトロスの質問の意味をしっかりと理解し、返した事にまず嬉しさを感じるが、問題はそこではない。

 

 

「つまり僕は、『原石』……ってことなのか」

 

 

「学園都市的に言うとそうだな。『神様の力』の片鱗。奇しくも、私も『神様の力』の片鱗をもっている」

 

 

「お、お前も!?」

 

 

よく考えてみれば分かった。どうして僕は助かった?あの怪物から逃げきれた?その意味を考えてみれば、分かった。エトロスはきっと、皐月を助けてくれた。だが、助けるにはあの怪物をどうにかしないといけない。

……そう。きっと、どうにかしてしまったんだ。彼女の、『神様の力』とやらが。

 

 

「今いる場所だって、私が作った空間の中だ。誰も干渉出来ない。だから、お前を追いかける者も来ない」

 

 

そう、さっきからここはどこだ、と皐月はちょくちょく頭を働かせていた。しかし、どう頑張っても、どこかのマンションの一室程度の事しか把握できなかった。一言で表すなら、殺風景。一人の人間が最低限暮らすことのできるような七畳の部屋。その一室にキッチンやら冷蔵庫やらトイレやら布団やらと、生活に必要な物が大体揃っている。

 

 

「規格外過ぎて……僕はもう何が何だか」

 

 

「そうだな。一度に与えた情報量が多すぎて整理がつかないかもしれないな。だけど、これが真実だ。お前は『神様の力』の片鱗を手に入れた。後悔することはない。むしろ喜ぶべきだ」

 

 

「だけど僕は……この右手で……一人の女の子を……殺してしまった」

 

 

「なんだと?」

 

 

「きっと、殺してしまったから、あの化物に襲われたんだ。実際に関係があるかは定かじゃないけど……でも、そうじゃなきゃ、あんなのに襲われる理由がないもの」

 

 

「……発現したタイミングが悪かったのか」

 

 

「……ほんと、いきなりだったよ。この右手に触れた女の子の手が……首が……あぁぁぁぁ!!!!」

 

 

嫌な事を思い出してしまった。皐月は頭を抱えしゃがみ込む。そんな姿を見た真っ白な少女は、少年に寄り添い、優しく頭を撫でた。

 

 

「そういった人間を私は何人も見てきた。大丈夫。きっとなんとかなるさ」

 

 

簡単に言ってくれるな、と心の底から嘆いた。だけど、その言葉と手は暖かく、皐月の心を少なからずとも癒していた。

 

 

皐月は思考する。次の行動を。

 

 

「……とにかく、まずは美琴の所に行ってくる」

 

 

「……、」

 

 

「あいつの従姉妹を殺してしまった事は事実だ。一度会って、謝る」

 

 

「謝って、どうするんだ?その後、警察にでも身を差し出すのか?」

 

 

「……そこから先は、また考えさせてくれ」

 

 

「そうか。なら一度、私の所へ戻ってこい。私には目的がある。その目的の為にこうして学園都市に来て、こうしてお前を見つけたんだから」

 

 

「うん。美琴に会ったら、戻ってくるよ」

 

 

「必ずだぞ」

 

 

「あぁ」

 

 

皐月は、エトロスに背中をポンと押された。

 

 

次の瞬間、目の前の世界がガラリと変わっていた。

殺風景な景色から一転、人が溢れる街中へ。皐月は一瞬にして移動していた。

サッ、と。ポケットから携帯端末を取り出し、ボタンを押す。

 

 

「八月十九日、午後一時……か」

 

 

一晩を越し、日付は変わって八月十九日。眩しい太陽がサンサンと皐月を照りつける。

 

 

「美琴はどこにいるだろう」

 

 

とりあえず、辺りの様子からして今いる場所は自分の通う学校付近なのは把握できた。手当たり次第に思いつく場所を当たってみようと思ったが、そんな非効率な事はしたくない。真っ先に思いついたのは昨日、御坂と、御坂と全く同じ顔をした御坂の従姉妹(?)がいたあの公園だ。

 

 

「……あれからどうなったか気になるし、行ってみるか」

 

 

 

 

2

 

 

自宅付近の公園。

 

 

そこには、何事も無かったかのように普通の、いつも通りの公園が存在していた。

飛び散った血がベンチに付着したのを昨日確かに確認したのだが、その跡すら綺麗さっぱり無くなっている。

その徹底さと不気味さに、皐月の身体が少しゾワッ、とした。

 

 

「何も残っちゃいない……」

 

 

あの後、一体どうなったんだ。御坂は……あの従姉妹は……。

 

 

と、そこへ。

 

 

一人の少女が公園の中へとやって来た。遠くでよくは見えないが、茶髪でゴーグルを頭に付けているのが見えた。

茶髪に……ゴーグル。

思い当たる人物が、一人だけいる。

 

 

「……生きてる!!??」

 

 

まさしくあれは、昨日出会った御坂の従姉妹(?)だった。

衝撃が走ると共に、気づけば足も進んでいた。走っていた。自分が殺したはずの少女の元へ、ダッシュしていた。

そう、この時は気付かなかった。

 

 

殺したはずの少女がいるはずがない、と。

 

 

でもそれは彼の中で『夢』だった、という形で簡単にねじ伏せられてしまう。嫌な事は全部『夢の中』。そんな子供じみた精神が、彼を地獄の底へ突き落とす。

 

 

走って向かってくる皐月に、御坂従姉妹(?)は気付いた。

 

 

と、共に。

 

 

「襲撃者補足、迎撃体制に入ります。と、ミサカは銃器を構えます」

 

 

キラリ。

鮮やかな光沢の銃口が皐月に向けられた。

 

 

「……嘘、でしょ」

 

 

刹那。

無数の銃弾が皐月に襲いかかった。

 



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episode6『戦慄』

更新遅れてすいません!
まだまだ更新します!!


1

 

 

何故だ。

何でだ。

 

 

(何故、死んだはずの人間に僕は追いかけられている?)

 

 

御坂の従姉妹(?)の姿を確認した途端、無数の銃弾が皐月を襲った。かろうじて右手を突き出した皐月は、その力により一時を逃れたのだが、今は公園から飛び出し逃走中である。

 

 

「まさか……僕を恨んで冥府の扉からやってきた亡霊だとか言うんじゃないよなぁ……!?」

 

 

なんでも科学で証明できてしまうこの街では信じ難い現象ではあるが、それはなきにしもあらず。もしかしたら今追いかけてきているのは、最新式幽霊現出機から出力された映像……なのかもしれない。

だが、そんなものが都合よくもあるわけがない。むしろ、あった所でせいぜい使えるのはお化け屋敷か肝試しぐらいだ。

 

 

襲撃者は確かに肉がついている。

襲撃者は確かに重たい銃を抱えている。

そしてその銃からは確かに弾が飛んできた。

 

 

「くっそぉぉぉぉ!!これじゃあ美琴どころじゃねぇ!!」

 

 

後ろを何回か振り返るが、その度にゴーグルがギラりと光るのが見えた。

 

 

 

(逃げきれる気が……。仕方ない)

 

 

 

気づいたら二人は人気のないは路地裏に入り込んでいた。そこで、皐月は急激に足を止める。そのまま勢いよく後ろを向き、今度は迫り来る御坂従姉妹(?)に向かって走り出した。対して彼女は歩みを止め、FPSのゲームでよく見るアサルトライフルをその場で構える。

 

 

ダダダダダダダダダダダダッッッ!!!!

凄まじい銃声が路地裏を包み込む。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

放たれた銃弾は真っ直ぐに皐月を狙う。皐月は公園で銃弾を食らった時のように右手を突き出し、走り続ける。しかし、御坂従姉妹(?)も馬鹿ではない。右手の何らかの力によって銃弾が防がれているのが分かると、すぐに狙う場所を変えた。その目標は段々と下方へ行き、足へ。

 

 

「……っ!!!!」

 

 

皐月は唾を飲み込んだ。

銃弾が足へと逸れていくのが感覚で分かった。普通ありえることではないが、ここ一番で彼の勘は研ぎ澄まされた。

御坂従姉妹(?)との距離数メートルの所で、右手を上空へ向けつつスライディングした。すると、銃弾は右手を滑らかにかすっていき、かすった弾は跡形もなく吹き飛んでいく。

 

 

距離、僅か数十センチメートルで。

 

 

彼女の腹部を思い切り殴りつけた。

 

 

もちろん、左の拳で。

 

 

肉の塊を殴る鈍い感覚を手に感じた時には、既に少女の身体は空に弧を描きながらぶっ飛んでいた。

 

 

「はぁ……ハァ……ハァ……っ!!」

 

 

緊張が解けたのか、その場に思わず座り込んだ。御坂従姉妹(?)は意識を失ったのか、地面に仰向けになりぐったりとしている。手にしていたアサルトライフルは皐月の近くに落ちたため、なんとか身の安全を得ることが出来た。

 

 

「上手くいった……。にしても良かった、右手の力が発現して……」

 

 

能力が使えていなかったら今頃とっくにあの世行きである。

 

 

「さあて。意識を取り戻したらどういうわけか色々聞かせてもらうぞ……」

 

 

その時だった。

嫌な感じがした。

ゾワゾワと。

まるで虫が背中をはい回ってくるような。

気持ち悪い感じを覚えた。

 

 

「ん……なんだ……なんだなんだ!?」

 

 

ふと見渡すと、周りを御坂美琴の顔をした少女に囲まれていた。顔も背丈も服装も何もかもが一緒。双子、三つ子、四つ子どころの話ではない。まるで、ゴキブリのようにうじゃうじゃと。一匹見たら三十匹いると思え、という教訓はまさにこのことか、と今になって思う。

 

 

そして、そのうじゃうじゃといる御坂達は皆、手にしている銃の口を一点へ向けていた。

 

 

「わーお。こればっかりは逃げられそうにないわ」



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episode7『最初の死』

1

 

 

なにが従姉妹だよ。

嘘つきやがってあの野郎。

お前には同じ顔をした従姉妹が何十、何百人いんだよ。

 

 

もう、必死だった。

 

 

必死になって逃げていた。だが、現実はそう上手くはいかない。身体中の至るところから血が噴き出していた。どんだけ血を流そうが、彼は生き抜くことに全力であった。

 

 

あれから、どれくらい時間が経ったのか。

最早頭も働かない。

 

 

なんとか右手を駆使してあの包囲網をくぐり抜けたはいいものを、迫り来る銃弾に百パーセント対応することは出来るわけがなかった。

 

 

歩みを止めたら死ぬ。

 

 

それはまるで呪いのように。皐月の脳に焼き付いている。

 

 

「ハァ……ハァハァ……っ!!」

 

 

だらんと垂れた左腕。あまりの激痛に動かせない左脚。今ではなんとか引きずって逃げている状態だ。

 

 

それでも、彼女達はやってくる。

同じ顔、同じ背丈、同じ声。

無数の悪魔はやってくる。

 

 

そして、とうとうその時が来た。

 

 

行き止まり。

 

 

先には道がない。後ろを振り返る。

 

 

押し寄せる無数の少女達が見えた。

 

 

一人一人が物騒な銃を構えている。

 

 

「へっ……へへ……」

 

 

そんな状況で彼は笑っていた。頬に雫が伝う。それが降り出した雨のせいか、はたまた目から溢れでたものか、分からない。

 

 

「何でだよ……おかしいだろこんなの……。何で僕なんだよ。何で僕がこんなんになってんだよ!?数日前まで普通の高校生だったんだぞ!?『どこにでもいる平凡な高校生』だったんだぞ!?それがなんだ!!今では人殺し扱いで!学園都市第一位やら幼なじみと同じ顔をしたたくさんの女の子に殺されかけるわもうなんなんだよ!!!!」

 

 

ただただ叫ぶ。

心の底からの思いを。

だがそれでも、少女達が銃を下ろす気配はない。皐月はゆっくりと、右手を上げた。

 

 

「どんなモノでも壊せるって話だったよな……。『神様の力』とか言ってるぐらいだからな。なんでもしてくれるよな……?」

 

 

ギュッ、と。

その拳を握りしめ。

 

 

 

 

「こんな世界なんてぶっ壊れちまえ!!!!」

 

 

 

 

一言。

そのたった一言の叫びが。

世界を揺るがした。

 

 

ピキ……ピキピキ……と。どこからかヒビの入っていくような音が鳴り始める。しかしどこを見渡してもそんなヒビなど見えない。

 

 

いや……違う。

 

 

その音が何かの物質(・・・・・)から放たれているものだと思い込んでいた。

 

 

違う。

 

 

その音は、皐月の右手付近から聞こえてくる。よく見ると、ゆっくりだが着々と一点から広い範囲にかけて亀裂が走っていた。

 

 

そう。空中に。

普段見かけることのない、空中に亀裂が入るという現象を目の当たりにしている。

 

 

と、次に。

亀裂音とは別に、乾いた音が耳を刺す。どうやら、少女達の中の一人が撃ったらしい。

 

 

「……ぁ」

 

 

天へと突き出した拳は、もうそこに無かった。多量の液体が飛び出て、そこら中に撒き散る。腕と手の感覚が一瞬にして消えた。

 

 

視界の中に写ったのは、自身の右腕だった。

 

 

「いっ……ぐぁァァァァァァがァァァァあああああああああぁぁぁぁァァァァァァァァ!!!!????」

 

 

またもや、右手が吹き飛ばされた。今度は肩の先からぶち抜かれている。最初からこうすれば良かった、と少女達はきっと思っていることだろう。そうすれば、こんなにも手こずることはなかったんだ、と。

 

 

彼は跪く。

そして、地面へうつ伏せに倒れる手前で左手を地面へ張り付け、なんとか身体を支えた。

 

 

「ぽんぽんぽんぽん……人の右手を玩具みたいに外しやがって……。許さねぇ……絶対に許さねぇぞォォォォ!!!!」

 

 

もう、ほとんどと言っていいほど彼に理性はなくなっていた。ただ、自分を守る為に自分を殺そうとする目の前の少女達を殺そうと必死だ。

 

 

一人の人間を間違いで殺めてしまった時とは違う。最早、今の彼は自分から殺しに行こうとしている。あの日(・・・)の出来事は皐月叶人という人間を大きく捻じ曲げてしまった。

 

 

ダダダダダダダダッッ!!!!!!!!

 

 

獣のように飛び出していった皐月を襲う、何百何千発もの弾丸。避ける術もなく、壊す術もない。身体中にその鉛を撃ち込まれていく。一体どれだけの血が流れただろう。蜂の巣状態。生きているのか死んでいるのかさえ定かではない。

 

 

何分かその一斉射撃が続いた。

そして、少女達が銃を下ろした時だった。

 

 

真っ赤なフィールドに、真っ白な少女が突如として現れた。なんの前触れもなく。ただ気付くと彼女はそこに存在していた。

 

 

「……おいおい。最早死んでいるじゃないか。世界にヒビが入ったから何事かと思ったらこのざまか。あっけない」

 

 

少女は感情のない無機質な声で肉片に語る。

 

 

「元凶は『妹達(シスターズ)』だったか。ふっ、クローン人間一人殺した程度なら罪も軽いだろう。だけど、実験の邪魔した害悪扱いになってしまった。全くついてない男だ」

 

 

淡々と語る白い少女の出現に、再び銃を構える『妹達』。

 

 

「やめておけ。お前ら全員死んだらまた面倒だろ?今は引いておけよ」

 

 

それでも、彼女達はピクリとも動かない。

 

 

「……はぁ。もういいよ」

 

 

エトロスは全身血だらけの少年を右手で軽々と抱き抱え、

 

 

「バイバイ」

 

 

直後、『妹達』全員が、その場で意識を失った。バタバタと、倒れていく。そのうち一人が、真っ白で美しい白い少女が細くてしなやかな左手を振るうのを見ていた。

 

 

そこから先は、分からない。

 

 

他の『妹達』と共に倒れていく。

 

 

 

 

 

 

雨は、止んでいた。



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episode8『淡々とした会話』

1

 

 

あーあ。死んだ。

とーとー死んだ。

あんなに銃弾ぶち込まなくてもいいだろ。

なんだよ、僕のことをそんなに恨んでたのかよ。確かに誤って君達の姉妹を殺したのは悪いと思ってる。罪悪感で胸がいっぱいだ。でも、故意にやったわけじゃないんだ。僕の意思でやったわけじゃないんだよ。そこだけは分かってほしい。分かってほしいんだよ。

だからあんまり虐めないでおくれ。いくらでも罪は償うから。お願いだ。

 

 

まだ……死にたくないんだ。

 

 

毎日の日常には飽き飽きしていた。刺激的な非日常を求めてた。それは本当だ。でも……こんな。人の生き死にが関わる非日常なんていらないよ……。もっと……こう、『どこにでもいる平凡な高校生』みたいな。ラノベの主人公みたいな。可愛い女の子に囲まれながら学園生活を送る、みたいな。そういうのが欲しかった。

 

 

こんなんじゃ……なかったんだ。

 

 

 

2

 

 

八月二十日、夜。

とある病院、特別室。

 

 

「また凄い状態でもってきたねぇ……」

 

 

「アンタなら治してくれると信じていたよ」

 

 

厳重なロックがかかったその部屋には、ベッドに横になる包帯グルグル男と、瞳の色以外全てが真っ白な少女と、カエルみたいな顔をした医者がいた。

 

 

「君が運んできた時には最早死んでいると言っても過言ではない状態だったよ。それにしても凄いね、彼は。回復力が人並み以上だ」

 

 

「当たり前だろ。『神様の力』が宿ってるんだ。そこらへんの人間と一緒にしてもらっては困る」

 

 

「『神様』ってのは凄いんだねぇ」

 

 

「もっと崇めろ」

 

 

突き刺すような冷たい声にカエル顔の医者はたじたじになる。

 

 

「にしても彼、面倒なことに巻き込まれたねぇ。その『神様の力』とかが宿る前はlevel0の何の変哲もないただの高校生だったのに。それが発現したタイミングで人を殺しちゃって、そしてさらに運が悪いことにそれが『妹達』だったとは……」

 

 

「あぁ。つくづく運の無い男だ。それでこの有様だ。笑えもしない」

 

 

エトロスは未だに表情を崩さないため、カエル顔の医者はどういった対応をすればいいのかイマイチ掴めない。

 

 

「君が学園都市に来てもう数ヶ月は経ったかい?」

 

 

「そうだな。もうそんなもんになる」

 

 

「早いものだね。まさかこんな短時間で探し物が見つかるとは。彼と違って(・・・・・)運がいい」

 

 

「コイツの運が私にでも回ってきたのだろうか。それならこっちは万歳だ。なんせ私は得しかしていないからな」

 

 

「いい性格してるよ、君」

 

 

「褒め言葉として受け取っていいのか?」

 

 

「いいや、皮肉だよ」

 

 

とても静かな病室で、淡々とした会話が続く。

 

 

「どうするんだい、彼が起きたら?」

 

 

「どうする、とは?」

 

 

「全部話すのかい?量産型能力者(レディオノイズ)計画やら絶対能力進化(level6シフト)計画のこととか」

 

 

「あぁ。話すよ。でないと納得いかないだろうからな」

 

 

「……話して彼のためになるのかい?」

 

 

「……?」

 

 

「彼がそれを知って、得することがないんじゃないかな。少なくとも、自身が襲われた理由は分かるだろう。だが、幼なじみにはクローンがたくさんいて、そのクローンは今実験に使われている。そんな学園都市の『闇』を知って、彼は『表』の世界に帰ってこれるのだろうか」

 

 

「いや、もう遅いんだよ。『妹達』の存在を知り、一方通行とも関わった。遅いのだ。彼は学園都市の『闇』に触れたも同然。可哀想だよ。『最高の力』を手に入れるために、学園都市での『存在』を失ったんだからな」

 

 

一呼吸置いて、

 

 

「でも、これは好機なのだ。話をして、彼が絶対能力進化計画(それ)を止めると言ったら、面白くなりそうだろ?」

 

 

「君って子は……せっかく見つけた探し人をなんだと思ってるんだか……」

 

 

「彼のためを想ってなんだよ。彼はまだあの『絶対破壊の右手』を使いこなせていない。百パーセント使いこなせるようになってもらえないとこちらとしても困るんだ。そのためにも、やはり経験を積ませるのが一番と判断した」

 

 

「全ては君の目的のために、か」

 

 

カエル顔の医者は静かに眠る皐月の顔を見つめ、小さく呟く。

 

 

「……ほんと、最高についてないよ、君」

 

 

一方通行(アクセラレータ)と戦ったら、きっとコイツは成長する。違いない」

 

 

ここで初めて、エトロスは少しだけ口角を上げた。

 

 

全ては自身の目的のために。利用するものは利用し、つけ込める隙にはつけ込む。今では親しげなカエル顔の医者だが、彼とてこの白い少女の全ては知らない。いや、知っているのは彼女の約一割程度だろうか。彼女は謎に包まれたまま。瞳の色以外全てが白い彼女は、皐月の眠るベッドに腰をかけ、優しく彼の手を握った。

 

 

「早く目覚めてくれ。でないと、あいつ(・・・)は数日後に負ける。そうなるとお前があいつ(・・・)と戦う理由がなくなってしまう」

 

 

ボソボソと皐月に語りかけるエトロス。その話の内容はカエル顔の医者にはよく分からなかった。

 

 

だが一つ言えるのは、

 

 

隣にいる少女から、全くと言っていいほど、

 

 

 

 

生気を感じなかった。



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episode9『決意』

更新遅くなってすいません!
あけましておめでとうございます!
今年もどうか暖かい目で見てくださると嬉しいです!


1

 

 

八月二十一日、昼。

 

 

「ほらそろそろ起きろよ」

 

 

頭に急な衝撃が走ると同時に、少年は目を覚ます。

 

 

「ってぇ……なんだなんだ……?」

 

 

「寝すぎだ。いつまで寝てるつもりなんだこのド腐れ野郎」

 

 

「寝起き早々罵倒を浴びせるか普通……」

 

 

皐月は身体をゆっくりと起こし、未だ眠い目をこする。すぐ横には赤い目をした真っ白な少女……と、白衣を身に纏うカエルみたいな顔をしたおじさんがいた。冗談とかではなく、本当にカエルみたいな顔なのだからこれ以上の表現のしようがない。

 

 

「あれ……ここは……病院?」

 

 

「そうだ。お前は大量の『妹達』に殺されかけた。そこに私が颯爽登場。もう少し遅かったら死んでたかもな」

 

 

ブワッ、と。こんな状況になった経緯をエトロスから聞き、頭の底からその出来事を思い出していく。

みるみる思い出す。

あの惨状を。あの光景を。

 

 

たくさんの銃口がこちらへ向けられるあの恐怖を。

 

 

「……あぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」

 

 

絶叫する。

痛みが記憶となって蘇る。

あの、銃弾を何発も何発も体中にぶち込まれる感覚。表情一つ変えることなく、一切の躊躇いも持たないまま打ち続ける少女達。

 

 

そのビジョンが、彼の脳裏にびっちりと焼き付いていた。

 

 

「落ち着け」

 

 

優しい声が耳に届く。

まるで聖母のような。心の底から安心できる、安らぎの声が。

 

 

はっ、とした時には既に白い少女が皐月に抱き寄せていた。そして、その細くて小さな手で彼の頭をそっと撫でる。

 

 

「大丈夫。落ち着いて。怖かった……よね?ごめんね。私がもう少し早く……行っていれば。お前にトラウマを焼き付けることは無かったかもしれない」

 

 

白く、白く、白い。

白い匂いがした。

スーッと。嫌なモノが消えていく。そんな感覚が皐月を飲み込む。頭の中が真っ白に……白紙に。自然と震えが止まる。自身さえ震えていたことに気づかないでいた。

彼女の手は、身体は、意外にも暖かった。全てが真っ白だからどこかひんやりとした冷たいイメージを持っていたが、ただのイメージにしか過ぎなかった。暖かい。このまま、また眠ってしまいそうだ。そんな安心感に包まれる。

 

 

「……ありが……とう」

 

 

「もう、大丈夫なのか?」

 

 

「うん。なんか、君のおかげかな。スッ、て。嫌なことが消えていった!」

 

 

「それは良かった」

 

 

エトロスは少し口角を上げると、皐月の身体から離れ、ベッドのすぐ側に置いてある椅子へと腰をかける。

 

 

「お茶でも用意するよ」

 

 

と言ってカエル顔のおじさんは部屋から出ていった。

 

 

「さて。何から聞きたいかな?」

 

 

「山ほど聞きたいことはあるけど……とりあえず、あの美琴と同じ顔をしたたくさんの少女達の説明が欲しい」

 

 

「いいだろう」

 

 

「……分かるの?」

 

 

聞いてはみたものの、エトロスが知っているなんて考えてもいなかった。彼女が明らかに学園都市の人間ではないことは分かる。そんな彼女が学園都市の『闇』であろう部分のことを知っているのだろうか?

 

 

「あぁ。私はなんでも知っている」

 

 

ふとした疑問に駆られるも、『私が全部答えてあげますよ』といった雰囲気を醸し出しているので、信用することにした。

 

 

量産型能力者(レディオノイズ)計画。昔、超能力者(level5)を量産できないかという科学者の望みから生まれたゲスい計画だ。その成れの果てがあの子達だ。level5の力どころか、ただのちっぽけな……level2.3程度の力しか扱えない。原価にして一体約18万円の生命。それがあの子達の正体。計画は失敗に終わり、閉鎖されたかと思っていた」

 

 

「……、」

 

 

「そして現在行われているのが、絶対能力進化(level6シフト)計画。お前が巻き込まれた計画がこれだ。簡単にざっと説明すると、約2万体の『妹達』……さっき説明した実験失敗の産物を使って……いやもっと具体的に言おう。学園都市第一位である一方通行(アクセラレータ)が『妹達』を殺すことによって(・・・・・・・・)、彼をもっともっと強い能力者にしよう、っていう計画がこれ。お前はその中の一人を間違って(・・・・)殺してしまった。それがどういうことを意味するのか……分かるだろ?だからお前は一方通行に直接襲われた。殺されかけた」

 

 

「……ぁ」

 

 

「納得、したか?」

 

 

気付かぬ間に、下唇を強く噛んでいた。なんでだ、なんだろう、この気持ち。憎悪……怨み……違う。

 

 

「まぁ、いきなりこんなことを言われてすぐに『納得してくれ』とは言わないさ。ゆっくり受け止めてくれ。そして、次にお前が何をしたいのかを、何が出来るのか、考えるんだ。……お前なりの答えが導けたら、私にそれを聞かせてくれ」

 

 

エトロスは音もなく立ち上がり、部屋を去っていった。すれ違いに、カエルの顔をした医者がおぼんにお茶を乗せ部屋へと入ってくる。

 

 

「……浮かない顔をしているね。ということは、全部聞いたんだね」

 

 

「……はい」

 

 

「……、」

 

 

「今の話を聞いて、一番最初に思ったのが……『許せない』ってこと。確に、『妹達』は間違って生まれてしまった生命かもしれない。だからといって実験の道具にしていいのか?殺しても罪にならないのか?……偽善ですかね。僕だって殺しているのに、こんなこと」

 

 

「勝手に計画に巻き込まれたことには、もう怒りはないのかい?」

 

 

「……そうですね。もう、そこについては割り切りました。いくら嘆いても……変わらないことが分かりましたから。……最早、自分がこの計画に巻き込まれたのはきっと僕が何か出来ることがあるからなんじゃないか、って思い始めてます」

 

 

と、右手を持ち上げ拳をギュッと握る。

 

 

「また、戻ってる(・・・・)

 

 

「戻ってる……?」

 

 

「はい。意識を失う前に『妹達』に腕ごと吹き飛ばされたのは覚えているんです。……目が覚めたら、元通りに戻ってた」

 

 

「エトロスが君を運んで来た時には何も異常はなかったよ」

 

 

「そうですか……前にもあったんですよ。一方通行に襲われて、右手が無くなったことが。その時も目が覚めたら治っていました。何事も無かったかのように(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「そうなのかい……」

 

 

渋い顔をしてお茶をすするカエル顔の医者。

 

 

「先生。すいません。エトロスの所に行ってもいいですか。もう、自分の力で立てます」

 

 

そう言うと皐月はベッドから降り、軽く背伸びをすると病衣のまま部屋を出ようとする。

 

 

「完治とまではいわないが大丈夫だよ。……最後に一つだけ」

 

 

「……?」

 

 

「他人のレールに乗る必要はないからね。自分のレールをしっかり見定め、そのレールの上をしっかり歩くんだ」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

カエル顔の医者に笑顔を向け、皐月は病室を出ていった。

 

 

 

 

2

 

 

病院、屋上。

 

 

「……よくここが分かったな」

 

 

「君風に言うと、『僕は君の半分だから』かな」

 

 

「お前も言うようになったもんだ」

 

 

屋上で対峙する、白い少女と黒髪天パの少年。

 

 

「答えは出たのか?」

 

 

「あぁ、もちろん」

 

 

その顔は、どこか自信に満ちた表情だった。

 

 

 

 

「僕は……一方通行と戦う」

 

 

 

 

その一言が、どれだけのことを意味しているのか、きっと彼はあまりよく理解出来ていない。だが、出した結論はそれだ。彼なりの答えが、その行動だった。

 

 

「何で?何で彼を倒すことになるんだい?悪いのは全部、その右手(・・・・)だろ?一方通行が悪いわけじゃないだろ」

 

 

「違う。そこじゃない」

 

 

強く言って。

 

 

「そんなんはもうどうでもいいんだ。巻き込まれた巻き込まれないの話はもう辞めだ。僕は今、僕が出来ることをするって決めた。だから、一方通行を倒す。倒して、絶対能力進化計画を終わらせる!!そうすれば、残りの『妹達』を救うことが出来るはずだ!!」

 

 

「いいのか?『妹達』はお前を殺そうとしたんだぞ?そんなやつらを助けるんなんて気がしれない。それでも、お前は一方通行を倒すのか?」

 

 

「あぁ。彼女達にとってもあれは仕方がなくやったんだろ。命令だったんだろ。だったらもう、僕に言えることはない。そんな命令が下っちまうのが悪い。だから根本的な所を潰さなきゃいけないんだ」

 

 

「……なるほど、全ての根源であるその右手を怨む……とかいう子供じみた考えはもう辞めたんだな。そしてその右手を生かせる(・・・・)道を選んだ。……いい判断だ。一歩大人になったって感じだな」

 

 

「君は僕の親かよ」

 

 

「この容姿ではあるが、少なくとも姉以上の存在だとは思っているよ」

 

 

くすす……と、口を手に当て笑うエトロス。

 

 

「よし、いい答えが聞けた。私はお前の半分だ。お前の意思に従い、協力しよう」

 

 

「本当か!?ありがとう!」

 

 

「そうと決まれば、行動は早い方がいいだろう。一方通行までの道のりは任せろ。お前はただ、ヤツをどう倒すかだけを考えていろ」

 

 

「うん……分かった!」

 

 

次の目標は決まった。今度は、その為になにをすればいいかだ。

前に一度、一方通行と出会ったが格が違った。次元が違った。破壊の右手がどうこう言っている場合ではなかった。だが、あの時はたまたま右手が発動しなかっただけかもしれない。完全にこの右手をコントロール出来れば、まだ勝機があるのではないか。そんな自信が今の彼を突き動かす。

 

 

「絶対倒す……そして『妹達』を助けるんだ」

 

 

そして今宵。

 

 

 

 

彼らは再び交わる。

 

 



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episode10『vs一方通行』

やっとこ更新出来た。
約1ヶ月ぶり。。。


1

 

 

八月二十一日、午後八時三十分。

場所、操作場。

 

 

「おいおい。どーゆーことだよ。部外者はこの実験のこと知らねェんじゃねェのかよ」

 

 

そこでは、茶髪ゴーグル少女と白髪赤眼の少年が対峙していた。だが、ここにいるのは二人だけ(・・・・)ではない。黒髪天然パーマのいたって普通(・・・・・・)の少年も参上している。

 

 

「見つけたぞ、一方通行(アクセラレータ)

 

 

「あァン?てめェ、どっかで見たような……」

 

一方通行は頭をボリボリとかいて記憶を巡る。目を細め、立ち塞がる標的の顔をまじまじと見据え、一つの答えに辿り着く。

 

 

「あァ、お前。確か何日か前に追いかけっこした野郎か……。何でここにいやがンだ?また邪魔しに来たってか?あァン?」

 

 

「そうだよ……。僕はお前を倒しに来た。この非情な実験を終わらせるために」

 

 

「へっ。随分と威勢がいいじゃねェか。この前までケツを降って逃げてた負け犬と同じヤツだとは考えられねェなァ」

 

 

ゴミを見るかのような視線を皐月に向ける一方通行。

 

 

「この場合、実験ってのはどうなっちまうンだ?……いや、考えるまでもないか。とりあえず目の前のゴミを片付けてから始めるとするか」

 

 

ザリザリ、と。地面の砂利を踏みつけ、彼はニタリと笑う。

 

 

「せめてウォーミングアップ程度の役割は果たしてくれよ、三下ァァァァ!!!!」

 

 

2

 

 

数時間前。

 

 

「本日の実験日程によると、一方通行は今日の午後八時三十分にこの場所へとやってくる。その時間に合わせてお前はそこへ向かえばいい。それだけでヤツと戦える」

 

 

無機質な少女の声がそう彼に告げた。

 

 

「ありがと、エトロス」

 

 

少年は黒い半袖Tシャツと黒い長ジャージに着替えながらお礼を言う。

 

 

「自分が相手にする男の能力は分かっているよな?」

 

 

「もちろん。ありとあらゆるベクトルを操る能力だろ。聞いた話だけど、核を打たれても死なない、とか」

 

 

「そうだ。お前が今から戦おうとしているのはそれぐらいヤバいバケモノだ。忘れるなよ。学園都市第一位ということは、学園都市の中で一番頭が良いということでもある。ただ闇雲に右手の力を振るうだけでは絶対に勝てない。それを肝に命じておけ」

 

 

キツめの言い方だが、エトロスにとってはこれが優しさであった。甘い事を言ってはかえって死ぬ確率を上げてしまう。ならばいっそのこと厳しい事を最初から突き付けた方がいい。

エトロスは何も考えず、思うがままに皐月の背中をポン、と押す。

 

 

「覚悟を決めろ。その『絶対破壊の右手』をコントロールさえ出来れば、必ず勝機は訪れる。お前の右手は、一方通行の能力に負けていない。だが、それだけ(・・・・)だ。お前が振るえる異能はそれだけなんだ。その点、一方通行の能力は全身に行き渡っている。右手どころじゃない。対してお前は右手だけ(・・)。ここをキッチリと抑えておけ。いいか、分かったな?」

 

 

白い少女の真剣な眼差しを受け止める。普段から堅い表情が、いつにも増して堅く見えた。

 

 

「あぁ。任せて。というか、そんな真面目に意見をくれるとは思わなかったから……ちょっとびっくり」

 

 

「……死なれたら……困るからな」

 

 

「必ず帰ってくる」

 

 

「あぁ、必ずだぞ」

 

 

そう言って、エトロスに背中を向け、皐月は病院を出ていった。

 

 

 

 

「さあて。面白いモノを見せてくれよ……我が半身」

 

 

 

 

3

 

 

そして時は戻り。

 

 

鉄骨や鉄パイプ、そこらに落ちている小石などが弾丸のごとく皐月へと襲いかかる。とにかく、皐月は走った。一方通行がいる方へと全力で駆ける。牙を向き出しにして襲い来る弾丸達は身体に触れる寸前で右手を突き出すことによって、なんとかしていた。

もうこれしか方法がない。とりあえず一方通行に近付かなければ何も始まらない。

凄まじい音をたてながら迫り来るモノを片っ端から右手の力で壊していく。そして、徐々に徐々に、目標へ歩を進める。

 

 

「ほォう。物質を分解する系統の能力か。おもしれェ!!じゃあこンなのはどォだァ!!??」

 

 

今度は近くにあった輸送用のコンテナに手をかける。そして、それを皐月目掛けて射出した。まるで、大砲のように。鈍い音を響かせながら飛んでいくコンテナ。しかし、やはりそれも右手を使って簡単に壊していく。

 

 

そこまで、想定済みだった。

 

 

ブァッ、と。皐月の周りを白い粉が舞う。壊したコンテナの中に入っていたモノが散らばったのだろう。そこまでの判断は出来た。しかし、ここからのワンステップにこの時点では気づけない。

 

 

「……これは……小麦粉!?」

 

 

「なァ。粉塵爆発、って知ってるかァ?」

 

 

チラつく火花。

 

 

「……っ!!??」

 

 

次の瞬間。

皐月の周りが勢いよく爆発した。特撮ヒーローでよく見るような光景が操作場に広がっていく。

 

 

「あひゃひゃひゃっ!!愉快愉快!!さすがに爆発や爆風まではぶっ壊せねェだろ!?綺麗な焼死体の出来上がりィ!!」

 

 

の、はずだった。

爆煙のの中から一方通行へと向かっていく影が一つ。

 

 

「こんなんで死ぬかよぉぉぉぉ!!!!」

 

 

「あァっ!?」

 

 

一方通行は突如として現れた少年に対応できず、咄嗟に左腕を前に出す。

 

 

そして、その右手(・・・・)に触れた。

 

 

ガッ。

 

 

「あァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!????」

 

 

絶対に聞くことのできない、学園都市第一位の悲痛な叫び声。彼の左腕は身体から外れると、宙をクルクルと舞って地面へと落ちた。

段々と爆煙も晴れていき、爆発をモロで受けたはずの場所が見えてくる。そこには、人が一人分入れる程度の丸くて少し深めの穴があった。

 

 

「くっそがァァァァァ!!爆発の直前で地面の中に隠れやがったのかァ!?というよりか、本当に(・・・)反射(・・)が効かねぇのかよコイツ(・・・・・・・・・・・)!?」

 

 

体勢を立て直すために距離をあける一方通行。残った右手を、左肩の切断面に当てベクトル操作を駆使し応急手当をしていく。

 

 

「……仕留め損ねたか。なんとか左腕は奪った。これで少しは戦いやすくなったかな」

 

 

呼吸を整え、彼は再び走り出す。真っ先に。目標を狩るために。

 

 

「この学園都市第一位の俺が劣勢だと……?そんなことは……そんなことは許されねェんだよォォォォォォ!!!!」

 

 

今度は、一方通行も突撃を始める。

 

 

二人の拳が拮抗する。

 

 

一方通行は右拳で皐月の顔面を捉えることよりもまず先に、彼の右拳を避けること(・・・・・・・・・・)に専念した。

結果、皐月の拳は一方通行に当たることなく、一方通行の拳は皐月の身体にヒットする。そこへ、ベクトルを上乗せし、吹き飛ばす力を増加させた。

肉がエグれる酷い音を撒き散らし、彼の身体は何回も地面をバウンドし、コンテナへ激突した。

 

 

皐月の口から噴き出す、大量の赤黒い液体。骨は何本逝っただろう。内蔵はいくつダメになっただろう。身体中から溢れる液体で辺りを染めていく。

 

 

「はァ……はァ……。種が分かれば簡単だ……。その右手(・・・・)に触れなきゃいいンだろ……。殴り合いになった場合、そしたら自然とカウンターなんて決まっちまう。残念だったな……。だけど褒めてやンよ。お前は、この一方通行様をここまで追い詰めた。それに敬意を表して……」

 

 

一方通行はゆったりとした足取りで鉄骨や鉄パイプが置いてある場所へと歩く。

 

 

「徹底的にぶっ殺してやる!!!!!!」

 

 

その塊達に触れ、最早肉片同然の人間に向かって放つ。一本や二本じゃない。数十本単位だ。グジュリグジュリと、皐月の身体に突き刺さっていく。彼の身体の何もかもを、その金属で貫いていく。

まるで、彼の身体を幹として、そこから鉄骨や鉄パイプの枝が生えているようだった。

例え意識があったとしても、彼の右手は一つしかないため、この全方位攻撃には耐えられなかっただろう。

 

 

勝負は、決した。

 

 

「めちゃくちゃ手こずっちまった……。というか、あの助言(・・・・)が無かったら今頃俺は……どうなっていたンだ……」

 

 

鉄の華に背中を向け、自身の左腕だったモノを拾い上げる。

 

 

「『反射』ごとぶっ壊された……。こンな経験は初めてだ……。てか、この左腕くっ付くのか……?まァ、学園都市の技術なら何とかなるか」

 

 

トボトボと歩く一方通行。それを見つめる茶髪の少女が一人。その少女を睨みつけ、一方通行は、

 

 

「今日の実験は中止だ。こンなンじゃ実験どころじゃねェだろ」

 

 

と、吐き捨て操作場を後にしようした。

 

 

だが。

まだ、戦いは終わっていなかった。

 

 

ギギギギィ、ガゴォン。

謎の金属音が一方通行の耳に届く。一瞬だが、彼は身震いした。まさか、まさかとは思うが。

 

 

「おいおい……冗談だろ……?」

 

 

金属が地面に落ちる音と、肉が引き裂かれる音。耳にしたくない音。そして、彼の赤い瞳の中に映る、これまた真っ赤な光景。

 

 

「おぉい……まだ終わってねぇーぞ」

 

 

口が裂けるんじゃないかと思うくらいに上がった口角。その形相は、まるで鬼のよう。

 

 

「血ぃたくさん出したからかな。凄い冷静だ凄い落ち着いてる。落ち着いてるからこそ、冷静だからこそ、今になって疑問に思う点が浮かび上がるなぁ」

 

 

身体に突き刺さっている最後の鉄パイプを引き抜くと、ぬるりとその場に立ち上がった。

 

 

「なぁ、何でだろうなぁ。何でお前は僕の奇襲に対して咄嗟に左腕でガードをしたんだろうな。まぁ、普通の人ならそれは正しい判断だ。だけどさぁ、一方通行。君はそんなことをする必要ないんだよ。だって、『反射』があるから。ガードしなくたって、無防備だって、その『反射』があれば奇襲なんて意味がないもの。ガードの必要がないんだよ」

 

 

ズズズ、と。

無意識下のうちに、一方通行は後退りする。

 

 

「それでも君はガードを行った。まるで、僕の右手がその『反射(・・)ごと(・・)君の身体をぶっ壊せることを知っていたかのように、ね?」

 

 

驚愕した。

 

 

「そしてその力が右手にしかないことも、知っていた。だから、右手にさえ触れなければいい、その簡単な思考で僕をここまで追い詰めた。種さえ分かってしまえば誰でも勝てるような、そんな状況で、僕を痛めつけた」

 

 

恐怖した。

 

 

「今度は僕が君のことを痛めつける番だ、一方通行」

 

 

色んな負の感情が彼の心を包み込む。それを振り払うかのように、一方通行は雄叫びをあげた。

 

 

「があァァァァァァァァ!!!!!!もう一回ぶっ殺してやるよォォォォォォ!!!!!!」

 

 

ガッ、と地面を蹴ると、銃口から放たれた銃弾のようなスピードで前方へ飛んでいく。

そんな一方通行なんて見向きもせず、皐月が取った行動は簡単だった。

 

 

右腕を水平に振った。地面を叩くように。拳を握りながら。ドン、と。

 

 

すると、パキパキパキという亀裂音がその右拳から放たれる。いや、正確には空中からであった。空中に綺麗なヒビが入っていき、終いには直径30cm程度の真っ黒な穴が空いた。

 

 

その穴へ、皐月は迷わず拳を突っ込む。

 

 

刹那。

 

 

「ゴボォァっ……!!??」

 

 

一方通行の動きが止まった。

彼はゆっくりと視線を下へ落としていく。すると、胸の中心から異様なモノが生えていた。

 

 

「……腕?」

 

 

真っ赤に染まった細い腕。それが、背中から肉を引き裂き、まるで花のように咲いている。

 

 

それが、彼が目にした最後の光景だった。

 

 

大量の血を出しながら、一方通行はゆっくりと倒れた。

 

 

「こんな使い方も……出来るんだぜ」

 

 

スッ、と穴の中から腕を引く。抜いたと同時に、穴は静かに閉じていき、また何も無いただの宙へと戻った。

 

 

「に、しても……さすがに血を……出し過ぎた……し……ぬ……」

 

 

フラフラと、彼もまたそのまま倒れていく。だが、地面に身体を埋めることは無かった。

 

 

「さすが、私の半分。学園都市第一位を本当に倒してしまうとはな」

 

 

真っ白な少女が、少年の肩を抱いていた。

 

 

「……しかも、違和感に気づくとは……侮れない半身だよ、お前」

 

 

勝負は決した。

level0の少年が、level5の少年を倒すという形で。

あの物語にあまり支障はない。

ただ、人が違うだけ。

倒した人間が、違うだけ。

最初の前提条件は覆していない。

 

 

こうして、今回の話は幕を閉じる。



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episode11『あれから』

1

 

 

八月二十九日、正午を回った頃。

 

 

皐月が一方通行を倒してから一週間以上経った。あれから皐月はカエル顔の医者の元へすぐさま運ばれ、数時間にも渡る大手術の末なんとか生き長らえた。倒された一方通行も皐月か皐月以上の損傷を受けていたが、こちらも死には至らなかったようだ。

 

 

だが、『一方通行が倒された』という紛れも無い事実は学園都市中に広まり、絶対能力進化計画も中止へと追い込まれた。

 

 

「……、」

 

 

病院の屋上で一人、手すりに体を預けながら黄昏れる少年がいた。雲一つない晴天の下、風で病衣をなびかせながら彼は考える。

 

 

「まだ、終わってない」

 

 

一方通行を撃破したことにより、一万人以上の『妹達』を救うことが出来た。皐月叶人の大いなる目的は達成した。しかし、まだ(・・)彼の戦いは終わっていない。

絶対能力進化計画が中止になったことにより、一つの『事実』が自然と消え去ってしまったのだ。

 

 

皐月叶人が『妹達』を殺したという事実が。

 

 

学園都市の『闇』の部分でさえも、そんな『事実』があった事を知る者は少ない。それ故に消えてしまった。消されてしまった。

 

 

歴史の闇に葬られたのだ。

 

 

でもそれは、世間であって、その光景を目の当たりにした人間の中からは決して消えない。

 

 

当の本人と、御坂美琴の記憶の中からは。

消えないのである。消したくても、いくら消したくても、絶対に消えない。消えない。消えないのだ。

 

 

「あいつに本当の事を全部伝えた時が、この戦いの終わりだ」

 

 

今度は絶対に逃げない。何があろうとも。絶対に。例え、人一人を殺すレベルの電撃を放ってきたとしても、右手を構えることなく受け入れる。それが、皐月叶人の出した答え。

 

 

「本当にそれでいいのか?」

 

 

気付けばすぐ隣にいる、真っ白な少女。彼女はいつだって少年の近くに存在していた。物理的にも、思想的にも。

ここでまた、「なんでお前はいつもすぐ側に現れるんだ」と質問しても、「お前は私の半分だから」と言って返されるオチは見えている。だからもうそこに関してツッコミを入れる気はサラサラ起きない。

 

 

「いいんだよ。これが僕のけじめなんだから」

 

 

「死にたがりかよ」

 

 

「まだ死ぬなんて決まってないだろ」

 

 

「相手が手を出してきても、抵抗する気はないんだろ」

 

 

「……お見通しか」

 

 

クス、っと。少しだけ笑みを零す皐月。

 

 

「逃げないで、全部正直に話せばあいつも分かってくれると思うんだ。なんてったって幼馴染みだし。信用してるし」

 

 

「……そうかそうか。お前が信用しているなら仕方が無いか。そういえば、前にも似たようなことがあったな」

 

 

「あぁー。確か、君と初めて会った時だよ。美琴に謝りに行くつもりだったんだけど、結局会えなくて終わったやつ」

 

 

「あの時の私も会いに行く事自体賛成ではなかったからな。まぁ半身がそこまで言うのならば仕方が無い」

 

 

「なんだかんだ言って優しいよな、エトロス」

 

 

「私は結構甘いのだ」

 

 

普段は表情を崩さないエトロスだが、こういう時に限っては子供のような優しい笑みを見せる。そんなにこやかな顔を見せられては思春期の少年が何も思わない訳もなく。

 

 

「……(ドキっとさせやがって)」

 

 

「ん?何か言ったか?」

 

 

「なんでもないよ」

 

 

二人で一つの少年少女は見つめる。

屋上から見える学園都市の景色を。

清々しい空の下で。

 

 

2

 

 

時は移り変わり。

 

 

?月?日、?時。

夜の学園都市内、監視カメラ映像。

 

 

zizizizzyyy--------

 

 

『ちょっと、何なのよアンタ』

 

 

『そんなツンツンすんなって。ちょっと今からお兄さんとお茶でもどう?』

 

 

『はぁ?ナンパなら結構です』

 

 

『そう言わずにさぁ、いいじゃん』

 

 

『あんまりシツコくすると痛い目見るわよ?』

 

 

『おーおー。あんまり電気バチバチしなさんな、第三位(・・・)

 

 

『……(私を知っている?ただの茶髪ホステス野郎じゃない)!?』

 

 

『少しでいいからさ、お兄さんに捕まってよ』

 

 

『……なっ!!??いやぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

bsyyyyyyyyozzzziizyy---------

zaaaaaaaAAaaaaaaaaaaaaaa----------



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Chapter2.Do you run after the next?
episode12『第一〇七七四号』


新章突入っ!


1

 

 

九月五日、朝。

 

 

一方通行との戦いで負った傷が完治した皐月はこの日、ようやく病院とおさらばすることができた。

そして今、約三週間ぶりに寮の自室へと帰宅した。

 

 

「ただいまっと。もう帰れないと思ってたよ……」

 

 

部屋に入るやいなや両手を広げ、大きく深呼吸をする。あの事件があって以来一度も帰宅していないため、本棚やテーブルの上に少し埃が溜まっていた。

 

 

「まずは掃除でも始めるか」

 

 

と、掃除機を取り出そうと押入れの扉を開けた時だった。

 

 

「おかえりなさい、我が半身」

 

 

「うおおおおおおおおおお!!??」

 

 

その中では、上から下まで真っ白な少女がじっとこちらを見つめながら体育座りをしていた。あまりの衝撃に皐月は尻餅をつく。

 

 

「な、なな、なんでお前がここにいるんだよ!?つか何で僕の部屋知ってるんだよ!?」

 

 

「それは勿論、お前は私の……」

 

 

そう言いかけた所で、

 

 

「……なぁ。このくだりもう飽きたんだけど」

 

 

「は?」

 

 

「だって、言わなくても分かるでしょ?そろそろ分かるでしょ?分かっててもらわないと面倒なんだけど」

 

 

「いや待て。おかしいだろ!?なんで僕が面倒なヤツみたいな雰囲気になってるの!?おかしくない!?」

 

 

「あーあーもー分かったから。とりあえずオレンジジュース頂戴。喉乾いちゃった」

 

 

「いきなり出てきたと思ったら質問にも答えずさらには図々しいとは……」

 

 

「なんか文句あんの?」

 

 

「……ないですぅ」

 

 

冷たい視線と冷たい態度をとられ完全にペースを持っていかれた皐月は渋々冷蔵庫から缶ジュースを取り出し、エトロスへと差し出す。

彼女は渡された缶ジュースをゴクゴクと飲んでいく。よほど喉が乾いていたのだろう。500mlの缶の中身が一瞬にしてなくなってしまった。

 

 

「ご馳走様」

 

 

飲んでる姿は子供らしくて可愛いのになぁ、と切に思う皐月だった。

 

 

「で、あの茶髪少女には会ったのか?」

 

 

「それが全く連絡がつかなくて……。携帯が壊れてるのかなぁ」

 

 

「どこかに監禁されてるのかもな」

 

 

「そんなまさか!学園都市で三番目に強いんだぞ!?あの美琴が誰かに捕まるだなんて可能性は限りなくゼロに近いよ」

 

 

「でも、ゼロ(・・)ではない」

 

 

「……確かにそうだけど」

 

 

エトロスの鋭い言葉に返す言葉が弱くなる。

 

 

「しかしまぁそのうち会えるだろ。お前が待ち続けていれば」

 

 

「そうだよね!学校帰りとかにあの公園に行けば会えそうな気がするし!」

 

 

「それはそうとお前、学校は?」

 

 

「ん……?あれ、確か今日って……」

 

 

「九月五日」

 

 

「入院してて気づかなかった……ッ!!今日学校あるじゃん!!??」

 

 

「行ってらっしゃい」

 

 

「くっそぉなんでもっと早く気が付かなかったんだ僕!?遅刻は確定だけど欠席はしたくないぃぃッ!!!!」

 

 

ものの五分で支度を整えると、突風のように部屋を出ていった。

 

 

「ふっ。やっぱり面白いヤツだよ」

 

 

2

 

 

放課後。

 

 

浮かない顔をした少年が夕陽に照らされながらトボトボと歩いていた。

 

 

「そういえば夏休みの課題に全く手をつけてなかった……。手をつける暇がなかった…… …。あんな事になるなら八月入ったあたりに終わらせておけば良かった」

 

 

学校に行ったはいいものの、提出課題に一ページも手をつけていなかった皐月は、追加の課題をもらってきてしまったのだ。夏休みの課題+追加課題。いくら入院していたからといっても、先生も学校も甘くはなかった。

 

 

「はぁ……。とりあえずあの公園に行ってみるか」

 

 

あの公園……全てのことの始まり。夏休み後半のあの事件(・・・・)が起きた現場。正直、行きたいとは微塵も思わない。最悪な瞬間を思い出してしまいそうになるから。一人の少女が木っ端微塵に粉砕された瞬間の映像が今でも脳にこべりついている。

でも仕方ない。あの公園に行けば、会える気がしたから。大事な大事な幼馴染みに。

 

 

そして皐月はあの公園(・・・・)に辿り着く。

 

 

柵で覆われた公園の外から中を覗いてみる。すると、ベンチに座る茶髪の少女が見えた。

 

 

「あ、ミコ……ッ!?」

 

 

声を出そうとした瞬間、皐月は気付く。

その少女の頭部に、見覚えのあるゴーグル(・・・・)があることに。

 

 

(あれは『妹達(・・)』!?)

 

 

まさしく、『妹達』が付けているゴーグルであった。御坂美琴はあんなゴーグルを付けていない。

すぐさま皐月は木の後ろへ身を隠す。あの事件以来、一回も『妹達』とは会っていないが、今会ってしまったらどうなるか。彼女達にとって、今の自分がどういうポジションにいるのか分からない。

 

 

だが、もう遅かった。

 

 

「声がしたと思ったら、そーんなとこに隠れていたんですね!」

 

 

背後から、聞いたことのある声がした。

ゾゾゾ!と身の毛がよだつ。

彼女達と戦闘した記憶が走馬灯のように流れる。

 

 

そして皐月は、ゆっくりと振り返る。

 

 

「久しぶり?って言った方がいいのかな。いやでも、私が会うのは初めて……。でも他の個体は色々お世話になってたし……うーん」

 

 

様子がおかしい。というか、喋り方が妙に人間くさい。これは正しい表現、良い表現ではないかもしれない。だが、皐月の知る『妹達』は言葉に感情が感じられなかった。そう、まるでエトロスのように。だけど、目の前の個体はとっても自然だ。妙な語尾(?)もついていないし。

 

 

「んー、まぁ細かいことはいっか。とりあえず、自己紹介から!私はミサカ一〇七七四号!親しみを込めて、ナナシ(774)って呼んでね!」



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episode13『今度は』

更新ペースが早かったり遅かったりとすいません!
しっかりと更新はするのでよろしくお願いします!

気づけばお気に入り登録が100件を超えていて本当に嬉しいです涙
ありがとうございます!!


1

 

 

白い部屋。

 

 

「学園都市第二位……『未元物質(ダークマター)』」

 

 

椅子に座り、本のページをめくりながら彼女は呟く。

 

 

「この世に存在しない物質を作り出す……か。非常に面白い能力(チカラ)だ」

 

 

エトロスは本を閉じると椅子から降り、すぐ側にある本棚へそれを差し込む。

 

 

「……これは使えそうだ」

 

 

2

 

 

一方、皐月は。

 

 

「ナナ……シ?」

 

 

「そうそう!ナ・ナ・シ!そこらへんの『妹達』とは格が違うんだから覚えてよねっ!」

 

 

困った。そこらへんの『妹達』とは違うと言われても、見た目が全く一緒だからどう見分ければ良いのやら、と心の中で嘆く皐月。

 

 

「ま、自己紹介はこの辺にして。あなた!今さっき私がいるの分かってて隠れたでしょ!?」

 

 

「……ッ!!い、いやぁ、そ、そんなことは……」

 

 

「いーよいーよ分かってる。あなたは『あの事』をまだ引きずってるんでしょ?」

 

 

どうやらお見通しだったみたいだ。

 

 

「……やっぱり、その『事実』は消されてないんだよね……?」

 

 

「うん。あなた、皐月叶人が『妹達』を殺害し実験に影響を与えた事実はミサカネットワークからは消えてないよ!」

 

 

「そう……だよね」

 

 

「でも、安心して。あの実験が凍結した以上、これ以上あなたが私達に害のある行動を取るとは思えない。そう判断した私達はあなたのことをもう追うことはない」

 

 

つまり、無かったことになったというわけか。

なんだろう。どうしてだろう。ホッとしたいのに。心の中では安堵したいのに。

 

 

「そ、そっか。それなら……良かった」

 

 

「なに、なに。なんでそんな嬉しそうじゃない反応するの?なんでそんな暗い顔をするの?もっと喜んでもいい場面じゃない。なんせ、『妹達』から逃げる日々は終わったのよ?」

 

 

確かに、ナナシの言う通りだ。学園都市の『闇』から追われる恐怖は完全に払拭した。だけど……何だ。皐月自身にも分からないこのモヤモヤ感。

 

 

「いや……僕は、人を殺したんだよ。紛れもなく、一人の人間を殺害した。その事実を消されて無かったことにされるのが……なんとも……罪悪感が拭いきれない」

 

 

「じゃあ、今からでも警察に行って牢屋生活でも送る?」

 

 

逃げ回っていたあの頃なら、すぐにでもそうしたのかもしれない。でも、今は違う。そんな結末は絶対に嫌だ。

 

 

「それは……違う」

 

 

「矛盾してるよ、あなた。ひっちゃかめっちゃかなことを言っている自覚をした方がいい」

 

 

「訳の分からない事を言っているのは分かってる!!でも……もっと他に……やるべき事が」

 

 

お姉様(オリジナル)への謝罪、かな?」

 

 

「……、」

 

 

「図星……。あなたがあの人と幼馴染みという関係なのは分かってるよ。その上で、あなたは『妹達』を目の前で殺し、何の理由も説明せずに逃げた。お姉様は一体どんな気分だったんだろうね。信頼しているお兄ちゃんが人を殺して何も言わずに逃亡だなんて。さぞかし傷ついたよね」

 

 

何も言い返せない自分が悔しかった。

 

 

「だから、私からもお願いです。あの人に、どうか謝罪して下さい。一言でもいい。あなたの気持ちを素直にあの人にぶつけてください。これは、『妹達』の総意ではありません。私、ミサカ第一〇七七四号のお願いです」

 

 

なぜ、目の前の少女は頭を下げているんだ。

なぜ、僕がお願いされている?

お願いなんてされる立場か?

絶対的に僕が悪いのに、何だよ、この状況。

 

 

「……お願いだ。その頭をあげてくれ」

 

 

ギュッ、と拳を握り締め、

 

 

 

 

「これ以上……僕を惨めな男にしないでくれ……ッ!!」

 

 

 

 

ナナシが顔をあげた時には、皐月の顔が俯いていた。

 

 

「あ、もう一つ、お願いがあるの」

 

 

「……何だよ」

 

 

「今、お姉様が行方不明なの」

 

 

「……!?」

 

 

「数日前から姿を消していて学園都市中どこを探しても見当たらないの」

 

 

「おいおい……謝罪とか言ってる場合じゃねぇじゃん!?何でそれを先に言わなかった!?」

 

 

「あなたが浮かない顔をしていたからつい色々言いたくなっちゃって……。まぁ置いといて。仮にも学園都市第三位のlevel5だからそう簡単にはやられないとは思ってるんだけど、万が一……万が一にでも何かあったら……!!」

 

 

急にモジモジしだすナナシ。瞳にもうっすらと涙が溜まっている。

 

 

「私はあの人に返しきれないほどの恩がある。それを少しでも返すために、私はあの人を助けたい!お願い!お姉様を探して!」

 

 

「言われなくても!!」

 

 

「私も……いや、『妹達(私達)』も協力する!」

 

 

追いかけられる立場から、

今度は追いかける立場へと変わった、皐月叶人であった。

 

 




今回短くてすいません!!


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episode14『垣根帝督』

こんばんは!
最近モチベが上がらないからなのか一話一話の内容が薄くって……泣
本当にすいません。


1

 

 

「……っ」

 

 

ひんやりとした風が頬を撫でた。そうして彼女は重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。

最初に目に入ったのは、刑務所でよく見られる鉄格子だった。そして気付かされる。その鉄格子の内側に、自分がいることに。

 

 

「ここは……!?てか私どうしてこんな所に……」

 

 

御坂美琴は思い返す。どうして自分がこんな状況に置かれているのか。頭に手を当て、記憶を巡る。

 

 

「確か……茶髪のチャラい男にナンパされて……それから……」

 

 

と、目の焦点が一点に定まらず、瞳を右往左往させていた時だった。

 

 

「ご名答。よく思い出せました」

 

 

少年の低い声が響いた。カツ、カツ、と。わざとらしく足音をたてながら少年は御坂の目の前に現れる。黒に近い赤色のジャケットを羽織り、ポケットに手を入れながら参上した彼は、まるで歌舞伎町にいるホストを思わせるかのような容姿であった。

 

 

そんな長身のホストは床に座り込む御坂に視線を合わせるかのごとくその場でしゃがむ。

 

 

「牢屋に閉じ込められるってのはどんな気分だ?」

 

 

「あんた……女子中学生を監禁して……!!ただじゃ済まされないからね!!」

 

 

バチバチ!!御坂の髪の毛から弾ける音と共に火花が散る。

 

 

「おぉ怖い怖い。最近の中学生ってのはみんなこーなのか?血の気が多くて困ったもんだ」

 

 

へっ、と少年の口角が上がる。だが、目は笑っていなかった。

 

 

「こんな鉄格子……すぐにでも壊してやる!!」

 

 

御坂がスカートのポケットからコインを取り出そうとした。だが、

 

 

「やめておけ。お前の得意技でもその鉄格子は壊せない。むしろ、跳ね返ってくるかもしんねぇぞ」

 

 

その手が、一瞬止まった。

 

 

「ハッタリのつもり?」

 

 

「ハッタリだと思うのか?」

 

 

「生憎、ホストみたいな格好した胡散臭い野郎の言う事を簡単に信じられるほど優しくはないわ」

 

 

「ほんと、生意気だな。俺の優しさを踏みにじるなんて」

 

 

ゴミでも見るかのような視線が、御坂の心を突き刺す。少年は、御坂美琴のことを女子中学生でもなく超電磁砲の使い手でもなく、ただ、ゴミ(・・)として見ていた。

 

 

(なんなの……コイツ。私が第三位であることは分かっているのよね……?なのに、なんなのこの余裕っぷり。そして私を人間としても見ていない冷たい目……)

 

 

「怖いのか、俺が」

 

 

少年の一言に、御坂は目を丸くする。

 

 

「体、震えてんぞ」

 

 

言われるまで気づかなかった。御坂の体は知らず知らずのうちに震えていた。目の前の得体の知れない少年の存在に。言動に。ただただ震えるしかなかった。

 

 

「そうだなぁ。じゃあ、こう言えば信じてくれんのかねぇ」

 

 

長身の少年は立ち上がり、震える少女を見下ろしながら、こう吐き捨てた。

 

 

「俺は学園都市第二位、垣根帝督。能力名は『未元物質(ダークマター)』。この世に存在しない物質を作り出す能力。つーまーり、そーゆーこと(・・・・・・)だよ、第三位ちゃん」

 

 

2

 

 

九月五日、昼。

 

 

「おい、ナナシ。ナナシちゃーん?」

 

 

「はいはーい!なにかね!」

 

 

「これ、なんか、闇雲に学園都市中歩いてる感あるけど、あてってあったりするの??」

 

 

「あるっちゃあるよ。でも、候補がたっくさんあって……」

 

 

「あー、もしかして片っ端から行かなきゃダメなやーつ……?」

 

 

「そうなの……これ見て」

 

 

そう言ってナナシはどこからか携帯端末を取り出すと、指で操作し学園都市の地図を表示する。その地図の中には、赤い丸が山ほどマークされていた。

 

 

「え、もしやこの赤いマークって」

 

 

「はい、全部候補」

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

「でも大丈夫!ミサカネットワークを駆使して、たくさんの『妹達』に手伝ってもらうから、私達が回るところは限られてくるよ!」

 

 

ふぅ、なら良かった、やっぱ人海戦術ってすげぇ……と心の底から思う皐月であった。

 

 

「あ、すぐ近くに候補の場所が!!ほら!!行くよ!!」

 

 

「お、おう!」

 

 

ここから夕方……そして夜にまで捜索が続くことを、今の皐月はまだ知らない。



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episode15『邂逅』

約1ヶ月ぶりの更新ですね。
新学期になってあたふた中です汗


1

 

 

九月五日、夜。

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

気が付いた時にはもう夕日が沈み、いくつもの街灯が辺りを照らしていた。ふと周りを見渡せば、コンテナや鉄骨等が散々に散りばめられている。皐月は深いため息をつきながら、近くの廃工場の入口扉へ背中を預け座り込んだ。

 

 

「むむむぅ。まさかこんな時間までかかってしまうとは。皐月さんすいません!」

 

 

「いやぁまぁいいんだいいんだ。候補がたくさんあるんだから仕方ない。他をあたってる『妹達』の進捗は?」

 

 

「まだ何もきてないの……」

 

 

捜索続行かぁ……、と頭をガクッと下げながら呟く。

 

 

「少し休憩しよっ!ずーっと歩きっぱなしな訳だったし!あ、私飲み物でも買ってくるね!」

 

 

気を利かしてくれたのか皐月を一人残し、ナナシは背中を向けて走っていった。

 

 

「苦労しているみたいだな」

 

 

聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

「エトロスか。朝ぶり、か」

 

 

ふわりとした優しい風が吹いたと共に現れた真っ白な少女。相も変わらず真っ赤な瞳はギラギラ光り、その表情からは何も感じ取れなかった。

 

 

「美琴が行方不明らしくてさ、ナナシっていう『妹達』の一人と一緒に探してたんだよ」

 

 

「行方不明、か」

 

 

「エトロス、何かお前知ってるか?」

 

 

「いや、お前が知らないことは私も知らないというパターンが多い」

 

 

「つまり、知らないってことですか……」

 

 

「それよりも、そのナナシとかいう奴はどこにいるんだ?」

 

 

「あぁ、今飲み物買いに行ってくれてるよ」

 

 

「ほぉ。そうか」

 

 

いつにもまして何かを含ませたような返しだった。何だ。今何を考えてるんだ、こいつ。

 

 

「お前、『未元物質』って知ってるか?」

 

 

「『未元物質』?なんかの能力かなんかか?」

 

 

「その様子だと知らないようだな。じゃあ、垣根帝督という人物に聞き覚えは?」

 

 

「いやいや全然知らない知らない。なに、その能力とそいつが美琴に関係してんのか?」

 

 

数十秒の沈黙が続いた。真っ赤な瞳は真っ直ぐに皐月の瞳を貫いている。ずっと見続けていたら石になりそうな、そんな感覚に襲われた。

そんな張り詰めた空気を先に壊したのは、皐月でもエトロスでもなかった。

 

 

「おいおい、なんか邪魔なヤツが一人混じってるけど、どういう状況なのこれ」

 

 

第三者の声が響く。暗い夜空の下で、砂利を踏みしめながら、こちらに向かって少年がやって来るのが見えた。

 

 

「誰だ、お前」

 

 

「人に名前を聞く時はまず自分から、って習わなかった礼儀知らず」

 

 

「……(まさか、もう出てきたか)」

 

 

茶髪の髪に安っぽいホストみたいな格好をした長身の少年の姿が露わになる。月の光に照らされた彼の顔は、悪魔のように口角が上がっていた。

 

 

「僕の名前は皐月叶人だ……!」

 

 

「ふっ。俺の名前は垣根帝督。さぁ、ギャラリー席ゼロの、悲しい悲しいパーティを始めようぜ。あ、エクストラキャラがいるからゼロって訳では無いか」

 

 

「……おい、逃げるぞ」

 

 

「さっき言ってた奴ってあいつのことか?」

 

 

「いいから逃げるぞ!!」

 

 

エトロスの強い声を初めて耳にした。

 

 

「白い女、てめぇ俺の邪魔したらてめぇも巻き込んでやるからな覚悟しろよ!!」

 

 

思いもよらぬ敵との戦いが、始まった。



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episode16『驕り』

1

 

 

どんな事象も、唐突にやってくる。

もしかしたら、五分後に大きな隕石が落ちてきて人類皆滅びるかもしれない。

もしかしたら、五秒後には心臓が止まっているかもしれない。

これらの可能性はゼロではない。ゼロではないから怖いのだ。こんなことを言い出したらキリがないのだが、否定はできない。

『世界五分前仮説』というものがあるくらいだ。もしかしたら、世界は五分前に本当に始まったのかもしれない。こんなくだらない話にだって、不可能性はないのだ。

 

 

だから、皐月叶人が垣根帝督と出会う確率だってゼロではなかった。遅かれ早かれの話だ。一ヶ月後だろうが一年後だろうが関係ない。彼らは出会うべくして出会った。……今回に関しては垣根からの一方的アプローチな訳ではあるが。そのアプローチを起こすきっかけだって、もしかしたら早まったかもしれないし、遅くなったかもしれない。

 

 

……こんなifの話はもうやめよう。

結局、起こる事象は決まっていて、どんな結果が待っているのかなんて、

 

 

あの少女は全部知ってるんだから。

 

 

2

 

 

とにかく、皐月とエトロスはすぐ側にあった廃工場の中へと入った。もちろん光は無く、夜ということもあって視界はとても悪い。皐月はエトロスに手を引っ張られながら、付いていくだけ。エトロスはまるでどこに何があるか全て把握しているかのような軽快な足取りで、足場の悪い工場内を進んでいく。

こいつ、目にライトでも付いてんのかよ、と不思議に思いながらもただただ皐月も歩を進める。

 

 

「なぁエトロス」

 

 

「……、」

 

 

「エトロスさん!!」

 

 

「……うるさい黙れ」

 

 

「そろそろ教えてくれよ!何だアイツは何で僕達は逃げてるんだ!?」

 

 

「……、」

 

 

頑なに答えようとしないエトロスに腹が立ち、掴まれた手を思いっきり振り払った。勢いよくこちらへ振り向いた少女の顔は、いつにも増して険しい表情をしていた。

 

 

「お願いだ。教えてくれエトロス。話してくれよ!」

 

 

「……ちっ」

 

 

吐き捨てるように舌打ちをした後、軽く深呼吸をし、淡々と喋り始める。

 

 

「あいつの名前は垣根帝督。学園都市第二位の怪物だ。何で狙われているかは知らないが、まともにやり合って勝てる相手ではないと判断した。だから今こうして尻尾を巻いて逃げているんだ分かったかポンコツ」

 

 

最後のポンコツは明らか機嫌の悪さの現れだが、なんとなく状況は理解できた。理解はできたが、納得はしない。

 

 

「エトロス、なめてもらっては困るね。狙われている理由が分からないにしろ、やり合って勝てないってことはないだろ」

 

 

「あ?」

 

 

「そいつ、学園都市第二位ってことは学園都市で二番目に強いってことだろ。忘れたのか?僕はこの前、学園都市で一番強い一方通行を倒したんだよ?苦戦はするかもだけど、戦えないってことはなi……」

 

 

ガンッッッッ!!!!

皐月が喋り終える前に、エトロスは皐月の胸ぐらを掴み、壁へと叩きつけた。

真っ赤な瞳が普段よりも大きく開いている気がした。そして、いつも一定の表情を保っている少女の顔が、明らかにやばくなっている。そう、怒っていた(・・・・・)。目尻は険しくつり上がり、歯を食いしばりながら皐月を睨みつけている。

 

 

「驕るなよ……糞ガキ。学園都市第一位に一度勝利したからといってお前が学園都市の能力者全員に勝てると思ったら大間違いだ。勘違いも甚だしい。第二位だって十分な怪物なんだよ。しかも、一方通行とは違った(・・・)意味でな。無知な状態のお前では絶対に勝てない。絶対にな」

 

 

「……、」

 

 

エトロスの激しい言動に、言い返す言葉が何も出てこなかった。むしろ、少女に叱られているというこの状況に悔しさを覚えた。

 

 

「お前には失望したよゴミ。一回死んでみるか?あ?死んだらその甘い考えが直るのか?」

 

 

ガン、ガン、ガン、と胸ぐらを掴みながら身体を寄せては叩きつけ、寄せては叩きつけ、傍から見たら小さな女の子にカツアゲされている無様な高校生のそれである。

 

 

と、その時。

 

 

ヒュンッッ!と。

サッカーボール程度の大きさの何か(・・)が突如として二人に向かってきた。エトロスは反射的に皐月の身体ごと横へ大きく飛んでそれを回避する。振り返って確認すると、先程まで皐月を叩きつけていた壁にサッカーボール程度の大きさの穴がポッカリと空いていた。あれに当たっていたら身体の一部分が削り取られていたかもしれない、という思想に囚われる。

 

 

「ガンガンガンガンうるさいよ?廃工場で性行為をするのはやめてもらいたいね」

 

 

暗闇の中から、赤い服のシルエットがうっすらと浮かび上がる。その男の右手は、黒く渦巻くサッカーボールのようなものを掴んでいた。

 

 

「さっきはあれを投げたのか……」

 

 

「『未元物質(ダークマター)』」

 

 

「……え?」

 

 

「それがあいつの能力だ。この世に存在しない物質を作り出す。物理法則なんてガン無視。質量保存の法則だって知ったこっちゃないだろうな」

 

 

「はぁ?なんだよそのチート能力!?」

 

 

「お前が相手にしようとしているのはそのレベルの怪物ってことだ。これで分かっただろ。お前じゃ勝てない。死ぬだけだ」

 

 

エトロスは皐月の腕を掴みながら、ゆっくりと後ずさりしていく。

 

 

「ゴチャゴチャうるさいし、また逃げんのかよ。一方通行をぶっ倒したってのはデマだったのかな?」

 

 

「なに?」

 

 

「逃げて逃げて逃げてばっか。どうせ一方通行も不意打ちとかで倒したんだろうな。せっこい手を使ったんだろうな。はぁーあ。つまんないクソ野郎だな、お前」

 

 

「何だと……ッ!!」

 

 

ギュウ、っと拳を握りしめる音が目先にいる垣根の耳にまで届いた。

 

 

「おい、やめろ。安い挑発に乗るんじゃない」

 

 

「エトロス……ごめん」

 

 

皐月は、少女の手をまた(・・)振り払い、垣根に向かって一歩近づく。

 

 

「僕と戦いたいんだろ。いいよ。相手してやる」

 

 

「いいねぇ。やる気になってくれるの待ってたよ」

 

 

クソが、という白い少女の声が皐月の耳に聞こえることはなかった。



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episode17『未元物質』

1

 

 

どんなことがあっても、ある事象を回避するタイミングを掴むのは難しいことだ。

 

 

エトロスは大きなため息をついた。

 

 

2

 

 

最初に飛びかかったのは皐月だった。垣根との距離を一気に詰めるために、勢いよく走り出す。

先手必勝。

そう、皐月は敵に右手を撃ち込めばいいだけなのだ。たったそれだけ(・・・・・・・)の動作で何もかもを粉砕出来る。改めて考えてみると、『絶対破壊の右手』とは凄まじく恐ろしい凶器の一種なのだ。

 

 

「来てくれると思ったぜお馬鹿さん」

 

 

ニッ、と口角を上げる垣根。その表情に一瞬だが不安を覚える。そして気づく。先手を打ったのは、()だ。

 

 

天井からサッカーボール程度の大きさの真っ黒な球体が降り注ぐ。まるで、雨のように。数は多くはないが、なにせ一つ一つがサッカーボール程の大きさなため、避けるのに一苦労である。身体を身軽にこなし、なんとか降り注ぐ球体を避けていく皐月。

反射神経が良くて助かった、と心底思った。

だが、このままでは垣根に近づけない。かといって、黒い球体を無視して突っ切れば黒い球体に当たって根こそぎ身体を削り取られる可能性が高まる。

 

 

「ほらほら。どーしたよ最強(・・)!早くこっちに来てみろよ」

 

 

「クソッ……!!」

 

 

目の前にいるはずなのに、敵は遠い。そしてその焦りは、新たな行動を直感させる。

皐月は再び走り始めた。

 

 

「『未元物質』に押し潰される気になったか」

 

 

アホか。

その小さな呟きは垣根の耳には届かない。

ただ、走り出しただけではない。右手を天井に向けながら垣根へと突っ込む。その様子は、リレーでバトンを受け取る姿勢そのものだった。

振り続ける黒い球体はもちろん皐月に襲いかかる。だが、それは彼の右手に触れた途端に弾けて、飛んでいった。

 

 

「ほぉう。それが必殺技(・・・)か」

 

 

垣根が関心した時にはもう、その右手は顔面を捉えていた。

 

 

しかし、その拳は少年の顔に当たることはなく、空振った結果となる。

 

 

ふわっ、と。

非常に柔らかな動き。

そう、背中から羽が生えて浮かんだかのような。

 

 

いや、比喩ではない。

これは、現実だ。

 

 

目の前の男は軽く後ろへステップした。と同時に、宙へと浮かんだ。その足が地に着くことなく、ふわりと飛んだのだ。

天使のように。

 

 

「嘘……だろ」

 

 

垣根は確かに飛んでいた。背中には真っ白な六枚の翼を生やし、天使のような神々しさで飛んでいた。

いやもはや、皐月の目には天使そのものが映っていた。

 

 

「その驚いた顔、たまらないねぇ。そう、これが『未元物質(ダークマター)』。この世に存在しない物質を作り出す能力(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だ」

 

 

ブオォォッ!!と。

その六枚の翼をはためかす。すると今度は、無数の羽根が射出され、皐月を覆い尽くすように満遍なく降り注ぐ。

 

 

「さぁさぁ!どうだよ最強!さすがにその奇怪な右手(・・)でも全包囲からくる攻撃は防ぎきれないんじゃないか!?」

 

 

楽しんでいた。明らかに。彼の目的はなんであれ、この勝負を楽しんでいることは明白だ。痛めつけることに快感を得ているのか、学園都市最強の男を倒した輩をボコボコにすることに優越感を感じているのか。

それは当の本人にしか分からない。

 

 

羽根の射出が止んだ後。

酷く土煙が舞う中、立ち尽くす少年の影が一つ。

 

 

「こんなんじゃ……まだ死なねぇよ」

 

 

口から赤い液体をこぼし、身体中に羽根の突き刺さった姿を披露してなお、彼からはその台詞が出てきた。

 

 

「全ては防ぎきれなかったけど、急所は全部避けた。反撃させてもらうぞ、メルヘン野郎」

 

 

「こいよ、最強。こんなもんでくたばってもらっちゃこっちも楽しくねぇ!!!!」

 

 

3

 

 

そんなボロボロの身体で何が出来る。

もう、エトロスには決着が見えていた。

 

 

「次に何か酷い攻撃でも食らったら回収してこの場を去ろう」

 

 

今回は武が悪すぎた。何の情報も与えないまま戦わせてしまった。あの右手だけじゃ到底勝てない。ましてや、相手は今や天使のように飛んでいる。どうやってあの右手を撃ち込むというんだ。

卑怯だぞ!降りてこい!

とか抜かしても、敵もやすやす降りてくる馬鹿ではない。

 

 

そう、悪魔で皐月の右手は近接戦闘の時に最大の威力を発揮する。つまり、肉弾戦。遠距離攻撃を仕掛けてくる相手には滅法弱い。右手は一つしかない。それだけでは捌ききれず、受けきれないのだ。

 

 

だが、まだ彼は立ち向かっている。無謀にも、勝てると思っているのだ。信じているのだ。何か秘策があるのかもしれない。それをえトロスは知らない。

だから、すぐに戦いをやめさせなかった。

見たいのだ。

彼がどうやって今から敵に仕掛けるのか。

どんな策を持ってその力の使い方を示すのか。

 

 

そう、わくわくしていた。

 

 

見せてくれよと、心が踊っている。

 

 

そんなエトロスの事は全く気にせず、皐月は手を銃の形にして、人差し指を自身のコメカミに当てた。まるで、今から自殺でもするかのような仕草である。

 

 

その行動の意味が、垣根にもエトロスにも分からない。

 

 

「なあ知ってるか。脳、って勝手に『ここが限界』って線引きしちまってるんだよ。そう、リミッター。もしそのリミッターってのをこの右手で意図的に意識して、ピンポイントに壊せたら(・・・・)、めちゃくちゃ強くなれるよな……?」

 

 

馬鹿か!?

 

 

「おいやめろ半身!!それは無意味な行為だ!!例えそれが出来たとしても、元々の能力が飛躍的に上がる訳では無い!!空を飛んでるやつには追いつけない!!」

 

 

「ははははっっ!!!!ほんっと面白いな最強!!俺に追いつくために脳のリミッターを外す、だ?やってみろよ!!ちょっとは宙に浮けるかもなぁっ!!」

 

 

そんな二人の言葉を受けても、皐月はその右手を下ろそうとしなかった。

 

 

「見てろよ、化物」

 

 

「おいやめr……」

 

 

ピキ。

 

 

何かが外れる音がした。

 

 

一回の瞬きだった。

エトロスがほんの一回瞼を瞑って開いた時にはもう、皐月は垣根の身体に飛びついていた。

 

 

彼の中の、

 

 

何かが、瓦解した。

 



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episode18『目覚め』

半年以上も更新途絶えてしまいすいません。
多分、これもう更新されないんだろうなぁ、と思った方もいると思います笑
ですが、僕自身この作品お気に入りなのでまだまだ更新は続くと思うのでこれからもよろしくお願いします!!


1

 

 

どうしてこうなってしまった。

エトロスは考えた。

だが、途中で考えることをやめた。

理由はなんだっていい。

だって私は今、

とってもワクワクしているのだから。

 

 

2

 

 

唐突な激突により、砂埃が舞い上がる。それによって一時的に視界を奪われたエトロスだったが、それはすぐに晴れていった。

 

 

そして、目の前の光景に唖然とした。

 

 

「……全く。馬鹿だよ。お前」

 

 

コンクリートの壁に埋まる、ホストのような格好をした少年。その首根っこを掴みあげるもう一人の少年。飛びかかっている少年の方は、エトロスがよく知る少年であった。

 

 

「……はァ、はァ……。見たかよ、エトロス。これが僕の……ほんk」

 

 

ズルズルズル、と。

足から脱力し、その場にうつ伏せに倒れていく皐月。無理もない。脳のリミッターを外すとかいうふざけた行為をすれば、反動も大きいに決まっている。そんなことも考えないで限界を超えるなど、人間の思いつくことではない。

 

 

「だが、そんなことができるのもその『絶対破壊の右手』あってこそのことだがな」

 

 

笑っていた。エトロスは、この結果に満足していたのだ。こいつなら何かやってくれると、知っていたから。期待していたから。

そして彼はそれに応えてくれた。

 

 

(やはりお前は期待以上だ)

 

 

『未元物質』も、最早戦闘不能だろう。ぱっと見ただけでも、骨は何本か折れいくつかの臓器もダメになっているのが分かった。

ものの数秒だ。ほんの数秒というわずかな時間の中で、どれほどの攻防が繰り広げられたのだろう。いや、攻防というより、一方的な『虐殺(・・)』と言った方が正しいか。

 

 

とにかく、今回の件はこれで終了かな。

『未元物質』との戦闘で生き残ったと言えば生き残ったし。だが、攻略法がイマイチだったと言われれば、言い返す言葉は出ない。

大事なのは経験だ。

level5と邂逅したという事実が彼にとっては大事なことだと、エトロスは考えた。

 

 

そして、いつものように、皐月を背負おうとしたその時だった。

 

 

ブワッ!!!!!!

 

 

皐月を中心に衝撃が走った。危険を感じたエトロスは反射的に後方へ下がる。

 

 

「なんだ今のは!?」

 

 

ゆらり。

 

 

意識不明のはずの皐月が立ち上がる。意識を取り戻した?いや、そんな単純な目覚め方ではない。

目が、虚ろだ。一体どこに視線を向けているのか分からない。まるで、何かに意識を乗っ取られているかのような。誰かの操り人形にされているかのような、そんな状態を連想させた。

 

 

「……まさか、な」

 

 

一つ。エトロスの頭の中で推察された。

 

 

「……リミッターを外す、ということは『あいつ(・・・)』が出てくるということ……か?」

 

 

逆に何故、今の今まで『あいつ(・・・)』の存在を忘れてしまっていたんだ。その可能性があることが、すっぽりと記憶の内から抜け落ちていた。

 

 

「我が半身の……無意識下で抑え込んでいた感情。それ故に生まれたもう一つの自己……」

 

 

「こわ……shitai」

 

 

その一言だった。

 

 

彼の、破壊が始まった。



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episode19『破壊者』

1

 

元は普通の『人間』だったんだ。

平凡な性格の極一般的で優しい人。

動画を見ることが好きなありふれた高校生の一端。

 

 

だけど、『不思議な力(・・・・・)』を手にしたあの日を境に全てがひっくり返った。そう、全てはあの日だ。あの日の、あの出来事が。皐月叶人という人間をぶち壊した。そしてその力を手に入れたが故に生まれてしまったのだ。

 

もう一人の皐月叶人が(・・・・・・・・・・)

 

何でも破壊できる力がその右手に宿ってしまったばっかりに。人格が壊れ、もう一人の彼が生まれ、密かに育った。だがそれはあまりにも弱々しく、これまで表に出ることは決してなかった。

 

 

決して、出るはず(・・)はなかったのだ。

 

 

2

 

「ぐるぅがぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

エトロスに襲いかかるその姿は四足歩行の肉食動物を連想させた。人間の挙動ではない。最早、獣の類だ。

 

 

「くっ」

 

 

少女も咄嗟に左手を振るう。それに合わせて皐月の身体はコンクリートの地面へ叩きつけられた。犬のように吠える皐月に対してエトロスは、哀れみの視線を向ける。

 

 

「結局そんなもんさ。お前はまだまだ弱い。私みたいな華奢な少女が軽く手を振っただけでひれ伏せてしまうような、その程度の雑魚でしかないんだよ。いい加減自覚しろ」

 

 

今の皐月に言葉が届いているかどうかは定かではない。だが、少女は伝える。お前は愚かな男だ(・・・・・・・・)と。

 

 

「壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい!!!!」

 

 

「何かを壊すとか以前に、もうお前が壊れているよ」

 

 

ぐぐぐ、と。

何かの力(・・・・)によってねじ伏せられている皐月の身体が動く。ゆっくりと、少年の右腕が伸び、掌も花のように開いた。

 

 

「……何をする気だ?」

 

 

そして。

遠近法によって掌の中に収まっているように見えるエトロスを見据え、

 

 

拳を握りしめた。

 

 

(……っ!?)

 

 

その動作を見た少女は反射的に後方へ距離をとった。

 

 

「なに……!?」

 

 

目の前の光景を見て目を丸くした。つい数秒前にいた場所の様子がおかしい。さっきまで何も無い空間だったはず。しかし、半径約2メートル程の透明な鉄球でも落ちたかのような穴が地面に空いていた。それだけではない。球体の形をベースに空間がグチャグチャになっている。まるで、真夏に起きる陽炎を見ている気分だ。

 

 

「私を中心とした半径約2メートル程の球体状に空間を『破壊』した……?いやこれでは『破壊』したというよりも『削りとった』と言った方がいいのか」

 

 

いや待て。それも重要な情報だが、おかしな点が一つ。

 

 

(あいつ……右手で触れてなかったぞ!?)

 

 

彼の『絶対破壊の右手』は悪魔でその右手に触れているものを何もかも粉砕する力だ。しかし今のは明らかに違う。触れていなかった。仮に球体の形に丸く『破壊』することが出来たとしよう。だけど、それが出来るのは『右手が触れている』という前提条件が叶っている場合だ。それが絶対なはずだ。

 

 

つまり、今起きたことは……。

 

 

「遠隔……操作」

 

 

なんてことだ。なんという急成長だ。

ニヤリ、と。

自身の口角が上がっている事を、少女自身は知らない。

 

 

こっちのお前(・・・・・・)は『神様の力』を充分に引き出しているみたいだな」

 

 

ワクワクが止まらない。嬉しい。今回の物語にも意味はあった。遅かれ早かれこの能力は手にしてもらうはずだったが、こうも早くその時が来るとは。

普段は表情一つ崩さない少女が笑っていた、その時だった。

 

 

ガギン。

 

 

何かが弾け飛ぶ音が炸裂した。

 

 

と。

 

 

気づいた時には、

 

 

皐月叶人の右拳が、エトロス・クルカフォルニアの顔面を捉えていた。

 

 

唐突すぎて、左手を振るう余裕が無い。

 

 

ただ、殴られるだけならなんとか済むだろう。しかし、この少年の右手は少々特殊である。

 

 

触れたら何が起きるんだっけ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「壊れろ」

 

 

3

 

「いつまでここに閉じ込められるのよ……」

 

 

茶髪女子中学生が牢獄の中で呟く。あのホスト野郎が出ていってからどれくらいの時間が経っただろう。そろそろ警備員(アンチスキル)が動き出してくれているだろうと密かに期待する。

 

 

「第二位は一体何が目的なのよ。私を監禁して何かメリットがあったわけ……?」

 

 

手を顎に当てて考えるが、検討もつかない。

 

 

そこへ。

 

 

カツ、カツ、カツ。

 

 

と、こちらに向かって歩を進める音が聞こえた。一瞬、あのホスト野郎が帰ってきた!?と疑ったがそうではないらしい。

 

 

「やぁやぁ第三位。閉じ込められた気分はどうだい?味わったことないだろう?味わうわけもないんだから」

 

 

鉄格子の前に見知らぬ少年が現れた。高身長で、乱雑に跳ねた髪に、マジシャンが被っているようなシルクハット。絶対に伊達だと分かる目よりも大きい丸渕眼鏡がさらに怪しさを引き立てている。極めつけは、黒いロングコートに古びた杖ときた。

 

 

一言で表すなら、不審者。

公園で小さい子供に声をかけているのを見られたら一発で通報されるレベルの怪しさだ。

 

 

「あんた……誰?あのホスト野郎の仲間?」

 

 

「それは違うね。俺は誰の仲間でもありません。誰の味方でもありません。そして、誰の敵でもありません」

 

 

あぁこいつ、一つ聞いたら十個答えが返ってくる面倒なタイプの人間だ、と心の中で御坂は呆れた。

 

 

「世界を少し変えただけでこうも物語が変わってしまうなんて。いやぁ全く世界は面白い。これだから生きる価値がある!!」

 

 

「あの、いきなりブツブツ言いながらその場でクルクル周りだすのやめてもらえます?」

 

 

「……おぉっと、失礼。レディの前ではしたない姿を見せてしまった!申し訳ない」

 

 

腰を四十五度にしっかりと曲げて謝る不審者。

 

 

「とまぁ茶番はこれくらいにして、本題に入ろうか。あなたがこうして牢屋にいる原因は確かにあの第二位だ。だけど、根本的な所を辿ると原因は俺になる。だから、助けに来た」

 

 

「は?」

 

 

「説明が面倒だ。とりあえず、黙って助かってくれ」

 

 

パチン、と。不審者が指を鳴らす。すると、鉄格子にかけられたいた鍵が突如として解け、扉がゆっくりと開いていく。まるで、マジックだのように。

 

 

「え!?い、今の何!?何で指を鳴らしただけで開いたの!?」

 

 

「内緒でーす」

 

 

「電気系……?いやなら私が見破れないわけないし……まさか本当にマジック?」

 

 

「真相は謎のままに」

 

 

その言葉を残し、不審者は背中を向けてカツカツと歩き出す。

 

 

「ちょっと!あんたどこに行くのよ!」

 

 

呼びかけられても歩みは止めない。

ただ一言。

 

 

「俺は物語の語り手。どこにでもいるし、どこにでも行くよ」

 

 

その後足音も消え、彼の気配は完全に消え去った。

 



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episode20『次なる物語へ』

1

 

 

エトロス・クルカフォルニア。

 

 

それが私の名前。

身長141cm。年齢不詳。

色々あって白髪。

色々あって赤眼。

好きな色は白色。だから、いつも着ているワンピースは白色だ。

 

 

いつもワンピースを着ているが、これといってこだわりは無い。それでもなぜ、と聞かれたなら、「動きやすいから」と答えるのがベストであろう。

 

 

何でいつも無表情なのかって?

そんなの決まってる。

感情を表に出すことが面倒だからだ。

 

ん?感情はあるんだ、だと。

あるに決まっている。

私はロボットじゃない。

神に近い存在なだけだ。

 

笑うと可愛いのに勿体ない……だと!?

……う、うるさい。

ごほん。

取り乱してしまったな。

 

なに?私の過去が知りたい?

何故教えなければならない。

教える理由が見つからない。

まずはお前に教えるメリットを提示しろ。

そこから私がデメリットを考えて比較する。

私は損得の話で損する話は大嫌いなんだ。

 

まぁそうだな。

いつか話さなくてはならな日が来る。その時を待ってはもらえないだろうか。この、誰も幸せになれない悲劇の物語を語る時を。

 

 

あの日のあの時の、エトロスの寂しそうな顔を、今でも僕は忘れない。

 

 

2

 

 

思い瞼を持ち上げると、見慣れた光景がそこには広がっていた。薄い水色のカーテンに円盤型の丸い平べったい電球。薬品の匂いがほのかに漂うここが自分の部屋ではないということはすぐに分かった。

 

 

頭がぼーっとする。思い出せない。何故自分が病院にいるのか。何故ベットに横たわっているのか。頭が働かない。

 

 

「やっと起きたか、我が半身」

 

 

あぁ、この冷静な声と臭いセリフは知っている。真っ赤な瞳に真っ白な容姿。今にも消えてしまいそうなほど薄っすらとそこに存在している小さな少女。

 

 

「エトロス……」

 

 

「このまま目が覚めないと思ったぞ……」

 

 

「へへ……ごめんごめん」

 

 

はぁ、とエトロスから安堵のため息が溢れる。

 

 

「なぁ、僕は一体どうしてこんな所にいるんだ……?モヤモヤしていてあまり思い出せないんだ」

 

 

「……未元物質との戦いでちょっとしたトラブルがあってな。詳しい話はお前が完治してからにしよう。とにかく今は安静にしていろ」

 

 

(そういえばそうだっけな。垣根提督との戦いで僕は……。僕は……っ!?)

 

 

ジジジ。

一瞬。

ほんの一瞬。

頭の中にノイズが走った。

声が……聞こえた。

 

 

「うううううぅぅぅ頭がぁっ!?」

 

 

突如として頭を抱えながら暴れ出す皐月。

 

 

「落ち着け!!大丈夫か!?」

 

 

「うん……大丈夫……、ちょっと落ち着いた」

 

 

その言葉と共に皐月は再び眠りの中へ落ちていった。

 

 

「やはりあの時(・・・)の後遺症が残っているのか」

 

 

ベッドに身を預ける皐月に布団をかけながら考える。

 

 

「……とりあえずはこいつの回復を待つ。その後で、あの時(・・・)助けてくれた(?)人物を探すとしよう。つまり少しの休憩さ」

 

 

現在時刻。

九月十二日、午後七時頃。

未元物質との戦いから約一週間が経った。

 

 

彼との死闘は幕を閉じた。

だが、今回の物語では謎を多く残してしまった。あの人物やあの人物やあの人物は一体どうなってしまった?

 

 

そんな謎だらけに満ちた物語にだって、終わりは来る。

 

 

だったら。

 

 

次の物語に期待しよう。



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