「凍結中」織斑さん家の奇妙な共同生活。 (よし)
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1話

私の名前は織斑三夏。

織斑夫妻の織斑婦人の方の15つ下の弟だ。父母ともに死んでいる。つまり身内はない。いないと言ったらいない。私は姉が大っ嫌いなんだ。

 

あぁ言うまでもないが言っておこう私は天才だ。

スカウトされ今では日本最大の軍事企業インペリアルコーポレーションで開発責任者をしている。最近の緊迫した軍拡の国際情勢に不安を抱いたバカな国民どもは国民投票で自衛隊の軍隊化を了承した。

まぁ政府の本音としては「あーそろそろ中国やべぇわあの赤猿どもマジうぜぇ、どうにかしないと…もう憲法改正してもいいんじゃね?あ、軍事工業も発展するし景気回復にもなるじゃん!一石二鳥じゃね?」的な感じだったのに簡単にノセられる国民のアホさ加減ときたら。

 

だが武器を売りまくって金を稼ぎまくって充実した生活を送るという平穏なる日常、その最高の私の夢を叶えてくれたことには感謝する。そのリアル以外感じたくない見たくたい体感したくもない。

 

私に快適な暮らしを提供してくれたことを本当ぉに心から感謝しているよ愚民諸君。

 

 

 

だがだがだがぁ!!あのクソ夫妻のおかげてそれはぶち壊されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うほぉぉぉい!!」

 

暇つぶしに座っているいすを回してみたが意外となかなか面白かったのでもっとやろう。

 

「失礼します。あの博士……」

 

ドアを開け助手の杉山君が入ってきた。うん今日も完璧なポニーテールだ。メガネもいいねぇそしてナイスバディーだ。後はもう少しまともな中身が付いてこれば言うことなかったのにな。

 

「おぉ杉山君いいところへ!見たまえこれを!」

 

私は机上の設計図を彼女へ見せてやった。

 

「何ですかこれ?」

 

「最新式のミサイルその名もジェイコフだ!通常ミサイルの5倍は威力があるどっかからの軍の要請で造った」

 

「どっかからって……」

 

「話を持って来るのは企業部だ。私はそれに見合うものを造り報酬をもらうクライアントかどこかなんて知ったこっちゃないね」

 

「はぁ……。?その机の上のは…別の設計図ですか?」

 

「ん?あぁパワードスーツのな」

 

「それも依頼ですか?」

 

「いや私の独断だ」

 

「珍しい…またなんでそんなモノを?」

 

「これを見たまえ」

 

「資料ですか……なになに…IS?」

 

「インフィニット・ストラトス通称IS。どっかの小生意気なクソガキがそれを学会に発表してる」

 

「それが……」

 

「大問題なのだよ。この兵器は現在までの通常兵器をはるかに凌駕するまさに完璧(仮)の性能を持っている」

 

「完璧なんですか!?」

 

「お前はバカか!(仮)と言っただろうこの(仮)はちゃんと発音しているんだポンコツ耳めウサ耳でもつけてろ…と話がそれたなこの兵器には一つだけだが重大な欠陥がある」

 

「欠陥?」

 

「女にしか使用できない」

 

「?いいじゃないですか?使えるのなら」

 

「君は本当にバカだななんで研究者が務まるのか甚だ疑問だ。いいか?この最強兵器が世に出回れば女の株は上がる。そうするとどうだ?逆に男の株は大暴落だ。世の中は過度な女尊男卑へと一瞬で様変わりする。これはクーデターだ!これは非常に由々しき事態なのだよ杉山君」

 

「それが博士と何の関係が?」

 

「私は男だぞ?なぜ無能女にこき使われなければならん!私は断固世の男性諸君の味方だ!可愛い姉ちゃんを雇えなくなるしそれを見て楽しむこともできなくなる!まさに地獄だ!!だからそれを阻止するために私もパワードスーツを制作しているんだよ理解していただけたかな杉山君?」

 

「そんなにすごい兵器なんですかーへー」

 

「そんなにすごい兵器なんですかーへー、じゃない!本当に理解してるのかこの馬頭!!」

 

「ひどいです!」

 

「ひどいものかバカ者め!!」

 

「それにしても…そんなもの造っちゃう子がいるなんてすごいですね」

 

「すごいしか言葉のボキャブラリーが無いのか君は。…それにこのガキは人じゃない化物だすべての資料に目を通したがどれも完璧だったそんじょそこらの小中学生が造ってる低俗なプラモやミニ四駆などとは次元が違う本当に!完璧だったなぜそんな代物をガキが造れるんだ気色悪いあぁ気持ち悪いあぁ!!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!というわけで性能を実証するために私もISを造った発表されてない資料もあったがガキのPCをハッキングしたそれに政府の高官に恩をうるために告げ口しておいたからガキは話も聞いてもらえなくなるだろう」

 

「いいんですかそんなこと!!」

 

「いいわけないだろー完璧な犯罪さーだが心配するなーガキはハッキングされたことなど夢にも思ってないさバレなければ罪にはならぁんそれとも告げ口のことを言ってるのかなぁ?心配ご無用あれは私の善意だいずれにせよ罪には問われないーハハハーハハハハハーー!!というわけで君は早くテストを受けてきたまえーあ、私に何か用があったんじゃないのか?」

 

「え!?ちょ…!今驚こうと思ってたところたんですけど!?」

 

「いーいーかーらぁー早く用を言いたまえー」

 

「あ、はい織斑博士にお客様です」

 

「私はいない帰ってもらえー」

 

「またそんなことを言って!」

 

「なんだぁー?また兵器を売るなー!とか人を殺すのは罪だー!とかほざぁいてるー!なぁんの力も持たないバカでアホで滑稽でゴミも積もればなんとらや的な偽善団体のダァニィー!連中か?早くお引き取り願えー」

 

「ダニって…違いますよ!!ご家族の方です」

 

「何!!?クソ女か?クソ野郎か?いーやどっちでもいい!!あのゴミどもなら帰す必要はない今すぐ兵器の実験体にしてやる連れてこぉぉぉい!!ところで私のタバコはどこだー?ないぞー?」

 

「とにかく呼んで来ますね」

 

「おーいその前に私の話を聞けータバコはどこだーおーい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かな?」

 

黒革のソファーに座る私の目の前にはテーブルを挟んで中学生ぐらいの少女とまだ幼い少年が立っていた。

少女の顔は硬く少年も怯えるように少女の後ろへ隠れている。

杉山君がお茶を出しながら座るように促すと恐る恐る腰を下ろした。それでも二人の手はにぎられている。

私はテーブルの真ん中に置かれている灰皿にタバコの灰を落とし足を組んで再度問いかけた。

 

「もう一度聞こー君らは誰かなー?」

 

少女は意を決したように口を開きた。

 

「わ、私は織斑千冬と言います。こっちは弟の一夏です」

 

「え?それって…ねぇお母さんやお父さんはどうしたのかな?君たちだけで来るはずないよね」

 

「それは……」

 

「あ〜分かった理解しただいたいの察しはついた」

 

親のことを聞かれ言いずらそうにしている千冬の態度を見て私は杉山君の言葉をあえて遮った。

 

「おおかた子どもを置いて蒸発したんだろうなまったくバカ姉め。それでどうやって私を知った?」

 

「知り合いのおじさんから……」

 

「ならそのおじさんに養ってもらえばよかっただろわざわざ私の下へ来ないで」

 

「おじさんたちはもう年金暮らしでとても私たちを養える状態じゃなかったんだ!頼れる人ならいたがやはっぱり心苦しかった……」

 

「この状況で他人の心配とはおめでたいですねぇなら施設へ助けを求めればよかっただろー国からの援助金も出る断られることはなかったんじゃないかー?」

 

「博士!」

 

「あなたは織斑の母の弟じゃないのか!?」

 

「あぁ不本意だが私はあのボンクラの弟だよとぉてぇもぉ不本意だがね」

 

「だったら……」

 

「だったらなんだ?なぜ私が君たちを養わなくてはいけないんだ?なぜ君らを助けなければいけない?すでにあいつとは縁を切ってる赤の他人だ。あの最低な姉とはねー」

 

「は、母を悪く言うな!!」

 

「なぜ?本当に優しい子どもだな君は自分たちを捨てて消えた母親をかばえるなんてあの母親がもっとまともな人間なら君たちは幸せに暮らせていたこんなところへ来ずに私からの酷い仕打ちなど受けずに笑って暮らせていたんだぞ?すごいなー尊敬するそのアホさ加減をー」

 

「博士!!!!」

 

杉山君の怒鳴り声。

 

気づけは織斑千冬という少女は目に大粒の涙をためて唇を噛み締め手を握り締めて震えついた。だがその涙を流すことはなかった彼女は涙が零れ落ちる前に袖でそのすべてを拭きとったのだった。

 

「お願いします!私たちを養ってください!!」

 

必死で頭を下げる千冬。

 

「いくら持ってる?」

 

「え?」

 

「いくら持ってる?」

 

「あ、3万ほど……」

 

「話にならないそれじゃ養育費の足しにもならないじゃないかせいぜい一回の食事代があるかどうかだな」

 

「博士!助けてあげるべきです!!それが私たち大人のしかるべき義務です」

 

「どこにそんな法律があるー」

 

「法律とかじゃありません!大人として当たり前の常識です!」

 

「ならボク大人やぁーめた」

 

「な!?あなたって人はぁぁ!!」

 

「うぇぇぇん」

 

「「…………」」

 

杉山君と顔を見合わせる。

さっきまで黙っていた一夏が泣いた。静かに耐えきれなくなったように泣いていた。千冬が必死であやしている。

 

「博士……」

 

「…………」

 

「博士!本当にあなたは!!」

 

「……もういいです」

 

「え?」

 

「ありがとうございました杉山さん」

 

「ち、ちょっと待って!もういいって…いく宛がないんじゃないの!?」

 

白衣をなびかせて必死に千冬を止める杉山君。

 

「えぇ」

 

「なら!」

 

「この人に私たちを助けてくれる気は無いみたいですから…よく分かりました。出て行きます。お騒がせしました……」

 

肩を落とし泣く一夏の腕を引いてドアへと向かう千冬。

 

「まーちーたーまーえー」

 

「……?」

 

「いいだろう君たちを養おうじゃないか高校にも大学にも行かせてやろう何不自由のない生活を約束しようー」

 

「で、でもさっきお金が無いとダメだって……」

 

「あぁ確かに言っただから君たちの使った金額はすべて君に請求するとしよう出世払いだ。その条件を飲めば今すぐにでも住まわせてやろう」

 

「は、博士!そんなのあんまりです」

 

「私は神でもなければただの親切な善人でもない最大限譲歩した結果だその条件が飲めないなら即刻立ちされだだし君の弟にはかなり厳しい生活を強いることになるだろうがな」

 

千冬は黙って一夏を見てそれから私を見た。

決意の表情を浮かべて。

 

「分かりました。それでいいです。お願いします」

 

「よろしい!!杉山君ホテルの手配だこの子達の疲れを癒やすとびきりのスイートを用意してあげたまえ」

 

「…………」

 

杉山君は私に返事をせずに千冬のところに行くと足を屈めて目線を合わせた。

 

「本当にいいの?」

 

「はい……一夏のためですから」

 

「そう……なら何も言わない。これからあなたたちはあの人の家で生活をすることになるわ。でも心配しないで私も行くから」

 

「はい」

 

「まてまてまてまてまて!何を言ってる!?杉山君ホテルだ!早く用意したまえ!!」

 

「いいえ!しません!まがいなりにもこんな形でも博士と彼女たちは家族になるんですから一緒に暮らすべきです!それが当然です」

 

「だから何を言ってるこのアンポンタン私の平和な日常をぶち壊すつもりか!?」

 

「あ、もうこんな時間ですね。早く帰りましょう!二人ともついて来て」

 

「おい!まて!おーい!!」

 

「いくよー」

 

彼女は二人を連れて何も内容に部屋から出ていった。虚しく扉の閉まる音だけが響いた。

 

「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

都内の一軒家。

かなりの豪邸のようだ。

 

「ここよ」

 

「お邪魔します」

 

「おじゃまします」

 

「こら……」

 

杉山は恐る恐る入る二人を小さく叱った。

 

「ただいま…でしょ」

 

「「!」」

 

「ほら……」

 

「「た、ただいま……」」

 

「おかえりなさい」

 

照れ臭そうに言う二人を杉山は笑顔で招き入れた。

だが……

 

「なぁにぃがお帰りさないだ。人の家の玄関で安っぽい三文芝居をやるな、朝ドラのヒロインかお前は」

 

「人を指ささないでください! 失礼ですよ」

 

「黙れ朝ドラぁー! 早くどけ私が通れないだろ。それに私はまだ同居など認めてないからな!!」

 

口論を繰り広げる二人にどうしたらいいのか戸惑う織斑姉弟。

 

「あぁ帰られましたか織斑博士。杉山さんも……そちらの方たちは?」

 

室内からは白髪混じりのダンディな恰幅のいい男性が現れた。とても優しそうな人物である。彼は織斑三夏に雇われ、身の回りを世話している小清水という使用人だ。

 

「小清水さん夕食の仕度をしてくれたまえ。その時にゆっくり話すことにしよう。私は準備ができるまで風呂に入ってくるから、そのつもりでお願いします」

 

「承知いたしました。あぁ、ささお嬢様とお坊ちゃんもどうぞ中へ。温かいココアを用意いたしますよ」

 

二人を部屋に見送り小清水は杉山へ耳打ちした。

 

「何か訳ありのようですな」

 

「……すいません。ご迷惑でしたか?」

 

「いやいや、孫ができた気分でございます」

 

はははと陽気に笑う小清水に杉山は頭を下げるばかりだった。

 

「さぁココアでございます。熱いのでお気をつけて召し上がってください」

 

「は、はい……ほら一夏」

 

「うん」

 

一夏は千冬からココアの注がれたカップを受け取ると小清水に軽く頭を下げてから口をつけた。

 

「美味しい……」

 

「良かったな、一夏」

 

「うん!」

 

「ははは、元気になられたようですな。ささ、千冬さんもどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

それから調理をしている小清水に杉山は簡単な説明をしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、美味しい!!」

 

テーブルの上には小清水が腕によりをかけて作り上げた高級レストラン顔負けのフルコースが並んでいた。

縦に置かれた長いテーブルに千冬、一夏、杉山の順に腰掛け三夏は一人感じの違う革張りの椅子に腰掛けテーブルの上手で食事をしている。

杉山は小清水の料理を頬張り、グラスに注がれたワインを口にした。

 

「このワインもすごく美味しいです!」

 

「それは何よりです」

 

「当たり前だ。このワインはシャトー・ラトゥール大五シャトーの一つだぞ。本来、君のような三流研究員には一生味わえない代物だ」

 

「何でまたそんな高いものを……?」

 

「飲まなきゃやってられないからだよぉ? それと君のワインは近所のスーパーで買ってきた、定価550円の安物だ」

 

「えぇ!? ひどい!!」

 

「嘘だ、馬鹿者め」

 

「どっちなんですか!」

 

「その場の雰囲気とノリで、ただただ美味しいです! と連呼している味音痴の朝ドラヒロインがそれを飲む資格などない、返せ」

 

「嫌ですー!!」

 

「まぁまぁ、お二人とも……そろそろ本題に入られては?」

 

小清水が二人を落ち着かせ話題をそらした。

 

「博士には、この子たちの保護者兼後見人になってもらいます」

 

「こぉとぉわぁるぅねぇー」

 

「もう家庭裁判所には連絡しておきました。後は書類を提出して認可してもらうだけです。私がすべてやっておきますから、心配しなくてもいいですよ」

 

「この国の司法はいつからそんなに甘くなったんだ。それにお前のその行動力が研究に向けられないのが非常にざんねんだよぉ。その書類を持ってきたまえすぐに破り捨ててやる」

 

「嫌ですー」

 

「私は養うとは言ったが、そんなことをするなどとは一言も言っていない。そもそも家に連れてくるつもりさえなかった」

 

「何馬鹿なこと言ってるんですか? 子どもを養うとはそういうことです。ちゃんとしてください」

 

「このクソ朝ドラヒロインめ」

 

「何ですか!? さっきから朝ドラ、朝ドラって! いいじゃないですか朝ドラ面白いですよ!」

 

「はっ、あんな三文芝居のどこが面白いんだ、毎朝毎朝飽きもせずにダラダラ放送しやがって、不快なことこの上ない、私の爽やかな朝には不要なモノだ、大迷惑でしかないねぇぇ。迷惑防止条例にのっとり今すぐに裁判所に放送中止の判決を下してもらいたいぐらいだ。それが私の切なる願いだよ」

 

「いー! だ」

 

「ガキかお前は」

 

そんな様子を見ていた千冬が側に立っていた小清水に尋ねた。

 

「あの……」

 

「何でございましょう」

 

「二人は、いつもあんな感じなんですか?」

 

「あんな感じとは……?」

 

「えぇっと、なんていうか……仲が悪い」

 

「いやいや、お二人はとても仲良しでございます」

 

「えっでも……」

 

「喧嘩するほど仲がいい、でございますよ。はははは」

 

「何で杉山さんはあの人の下に?」

 

「あぁ、社長の気まぐれでしょう。ま、結果オーライと言いましょうか」

 

「は、はあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

寝癖でボサボサの髪のまま小清水の朝食を食べる三夏に千冬があるプリントを渡した。学校の書類であろう。昨日はゴタゴタしていて渡す機会がなかったのだ。

 

「おじさんこれ……」

 

「誰がおじさんだ、私のことはお兄さんと呼びたまえ。で、何だ? これは授業参観? こっちは……保護者面談? なぜ私に渡す」

 

「あなたが親だから。私は大丈夫なので、せめて一夏の授業参観には出てもらいたいです」

 

「…………。小清水さん10日に何かご予定は?」

 

「ありませんが」

 

「ならちょうど良かった。私のかわr「私はあなたに一夏の親として出席してもらいたいんだ!!」……」

 

千冬が叫ぶ。

親がいない、これは明らかに社会的に異常なことだ。子ども社会ではそういった特殊な人間を排斥する傾向が強い。つまりはイジメだ。だから千冬はなんとしても三夏に一夏の親として出席して欲しいのだ。

そこへパジャマ姿の一夏が眠い目をこすりながら起きて来た。

 

「いいところへ来た。一夏君、君の授業参観だ、誰に来てもらいたいか指さしたまえ」

 

「……おじさん」

 

しばらく考えて一夏が三夏を指さした。

 

「おじさんではなくお兄さんと呼べ! 千冬君、君の日程は7日だったな」

 

「え、はい。でも私のは別に……」

 

「面倒ごとが一つだろうが二つだろうが変わらん、ついで! だ。感謝しろー」

 

「ありがとうございます」

 

「あぁ、お礼を言われて当然だー」

 

すると唐突に一夏が三夏に近づいた。

 

そして……

 

「てい!」

 

「いったぁぁぁ!!? いきなり足を、しかもスネを蹴る奴があるか!!」

 

「おじさんムカつく」

 

「お兄さんだぁぁ!!」

 

「おじさん」

 

「今すぐ出ていけクソガキぃぃー!!」

 

朝、7時30分の織斑さん家。

 

共同生活初日のできごとであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは織斑さんは、娘さんには進学校に進んでいただきたいのですね?」

 

メガネをかけた中年の女教師が成績表を見ながら三夏へそう尋ねた。中学校三年生の大切な時期だ。面談が始まって10分ほどそろそろ大詰めだ。

三夏はおもむろに女教師の手を取ると熱く語り出した。

 

「えぇその通りです。彼女は優秀だ、しかるべき道がある、この子はこれまでに辛く不幸な経験をしていました、私は親として千冬には幸せな人生を送ってもらいたいのです!!」

 

「お、お父さん……」

 

女教師は目を潤ませて頷く。

 

「任せてください! 私が全力でサポートいたします」

 

「どうか千冬をよろしくお願いします先生!」

 

「はい!」

 

千冬は唖然としてその光景を見ていた。

 

面談が終わり三夏と千冬は教室を後にした。

 

「よし、これでいいだろう。私は好印象だ、男手一つで可愛い我が子を懸命に養う姿に、あの女は心打たれていた。めんどくさいことはあっちでほとんど引き受けてくれるはずだ」

 

「あなたって……」

 

千冬は三夏の猫かぶりのひどさにただただ呆れてしまったのだった。

 

「なんだねー?」

 

「頼むから、一夏の授業参観でそんなことを口走らないでくださいよ」

 

「善処しようー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁぜぇ私が君と授業参観に出席しなくてはいけないんだ」

 

教室の後ろ、他の子どもの保護者に囲まれながら三夏と杉山が一夏の授業を受ける姿を見ていた。

耐えきれなくなった三夏が杉山に悪態をつきはじめる。

 

「しょうがないじゃないですか。一夏君がどぉーしてもお姉さんも来て欲しいって言ったんですから」

 

「その暑苦しいドヤ顔を近づけるなガニ股」

 

「が、ガニ股じゃないもん!!」

 

「いーや、ガニ股だね」

 

「ちがうもん!!」

 

「ガニ股ガニ股ガニ股ガニ股ガニ股ガニ股ガニ股ガニ股ガニ股!」

 

「うーー!!!!」

 

「後ろの方は静かにしてください!」

 

教師に注意されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千冬姉!」

 

「どうだった? 授業参観は楽しかったか?」

 

小学校の校門の前で千冬が一夏を待っていた。学校が終わり急いで駆けつけたようだ。

そんな千冬に一夏は楽しそうに今日のできごとを千冬に聞かせている。

 

「ありがとうございました」

 

千冬が杉山にお礼を言う。

 

「いいのよ」

 

「私へのお礼は無いのかぁ?」

 

「兄さんもありがとう」

 

「よろしい」

 

「ありがとー、お姉さんにおじさん」

 

「お兄さんだ、いい加減学習しろ。だいたい、このガニ股のどこがお姉さんだ」

 

「お姉さんじゃないですか! どっからどう見ても」

 

「どっからどう見ればお姉さんなんだ、私には一層おばさんにしか見えないねー」

 

「お姉さんです! ね、一夏君!」

 

「うん、お姉さん!」

 

「私はどうだ?」

 

「えへへ、おじさん!」

 

「杉山君、こいつ蹴りとばしてもいいかな?」

 

「やめてください。大人気ないですよ」

 

「ふんっ」

 

「あ、そうだ。二人とも小清水さんがお祝いに今日はご馳走作って待ってるって」

 

「本当に!?」

 

「うん」

 

「やったー!!」

 

「良かったな、一夏。私も楽しみだ」

 

「何の祝いなんだ……」

 

「博士が、この子たちの父親デビューをしたお祝いです」

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

和気あいあい? としているそこへ一人の乱入者が現れた。

 

「ちーちゃぁん! いっくぅーん!」

 

「うわっ! た、束!?」

 

「束姉だ!」

 

「会いたかったよ、ちーちゃん学校が終わったらすぐにいなくなっちゃうんだもん、探しまわったよ! さみしかったよ! さぁ愛のハグをしようよ、ちーちゃん!!」

 

「やめろ!!」

 

千冬はウサ耳を付けドレスのような服を来た束と言う少女の顔面を掴み腕に力を込めた。

 

「痛い痛い痛い! ちーちゃんの愛が痛い!」

 

「愛でも何でもないわ!」

 

そう言って千冬は束の顔から手を離す。

 

「あー、痛かった。あ、いっくん久しぶりだね!」

 

「うん!」

 

「今日も元気元気だ!」

 

「元気だよー!」

 

「さぁ、ちーちゃん。束さんといっくんと三人で遊ぼう!!」

 

束は側にいる三夏や杉山に見向きもせずに一方的に話を進める。

杉山はそんな束の姿が自分の横にいる上司の姿とどこか被っているように思えた。

 

「今からか?」

 

「そうだよ! 束さんの家に行こうよ」

 

「悪いが無理だ」

 

「え? 何で? ねぇ、何で?」

 

束は千冬に誘いを断られたことに驚き何度も問いかける。

予想もしていなかったような表情だ。

 

「これから家族で夕飯なんだ」

 

「…………」

 

「だから今日は遊べない」

 

「知らないよ、そんなの。ねぇ、束さんと遊ぼうよ」

 

「束……」

 

「家族って誰? ちーちゃんにはいっくんしかいないんだよね? だったら束さんの家にくればいいじゃん」

 

「私たちには父親ができたんだ」

 

「だれ? それ」

 

「私だが?」

 

三夏が会話に入った。

 

「へー、君がちーちゃんのお父さんなんだ。ならお願いがあるの」

 

「なんだ?」

 

「今すぐに、ちーちゃんといっくんのお父さんをやめてよ。束さんの邪魔になるから」

 

「束!!」

 

その言葉にさすがの千冬も激怒した。

だが三夏は笑っていた。何も気にしないかのように。だが何かに気づいているかのようだった。

そして……

 

「いぃやぁだぁねぇーー」

 

憎たらしくそう言った。

 

「何で私が中学生のガキの言うことを聞かなければいけないんだ、もう少し考えてから発言したまえ不思議の国のアリス君」

 

「言うことを聞かないと……」

 

「聞かないとどうなるんだ? 会社をリストラされるのか? まずい写真やネタを世間にばら撒いて私を社会的に抹殺するのか? やめておけ、どぉせ無駄だ」

 

「そんなことを言って良いのかな? 束さんは天才なんだよ?」

 

「自分のPCをハッキングされても分からないようなウスノロが天才ねぇー、天才の定義も低くなったモノだな。杉山君、大変だよ今からか君も天才の仲間入りだ、未来は暗いぞ」

 

「バカにしてますよね!? ねぇ!」

 

「どういうことかな……?」

 

三夏の言葉に束の沈んだ声がした。

 

「だから自称天才の君のPCをハッキングしたと言ったのだよ」

 

「ありえないね」

 

「それこそありえないね、なら言ってやろうかPCに入っていたあの兵器の詳細をー」

 

「!!?」

 

「以上の見解から、君は私には勝てない」

 

束は信じられないように目を見開いていた。

 

「ついでに言っておこう。あれを学会に発表したところで無駄だ、誰からも相手にされないし、見向きもされないさ。では私は帰る、さようなら」

 

くるりと体を回転させて三夏は歩き始めた。

杉山が慌ててそれを追った。

 

「博士、もしかして彼女が」

 

「鋭くなったじゃないか朝ドラ。そう、あのガキがISの開発者だ」

 

「でもあの言い方はどうかと思います。子ども相手に」

 

「いいか、あんなモノを作れる奴を子どもと思うな。それにあのぐらいじゃ諦めないさ、必ず動く」

 

「え?」

 

「さぁ帰ろー」

 

そんな二人に千冬と一夏も追いついて来た。

夕暮れが早くなり空には薄っすらと星が見えていた。

 

「ISは兵器なんかじゃない……」

 

一人残された束はぼそりとそうつぶやいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話

「博士ー!」

 

織斑さん家の前で杉山の大声がする月曜11時過ぎ。

 

「こんにちわ」

 

小清水が玄関の扉を開け杉山を招き入れた。

廊下を歩く二人。

一夏の千冬はすでに学校へ登校しているためいない。

 

三夏は庭に造られたガラス張りのテラスで優雅に紅茶を飲みながら読書をしていた。

 

「博士!」

 

「クビだー!!」

 

声をかけられた三夏はいきなり立ち上がると杉山を指さして叫んだ。

 

「何でですか!」

 

「私の休日を邪魔しに来る奴はクビだ!このアンポンタン」

 

「意味が分かりません!」

 

「私が休日だと思ったら休日なのだいちいち呼びにくるな」

 

「それなら朝8時までに連絡してくださいよ!」

 

「ふん!」

 

「もう……」

 

「で何の用だ?」

 

「え?」

 

「今日は私が出席しなければならない行事も会議も無いはずだなら急ぎの用と考えるのが普通の人間じゃないのかね?」

 

「博士にお願いが……」

 

「嫌だ」

 

「なら社長命令ですボーナスも出るそうですよ」

 

「早く聞かせたまえ!」

 

「もう…蟹頭村と言うところへ行って欲しいそうです」

 

「えーどこだそのまさに辺境の地ですーみたいな名前は聞いたこともないそこで何をやる?」

 

「我が社が最近力を入れてるクリーンエネルギーの実地調査です。人手が足りないそうなんですよ」

 

「やっぱり嫌だ行きたくない」

 

「緑豊かな綺麗な山々や川があるんですよ?食べ物も美味しいですよ?ワラビとか」

 

「私は自然より人工を選ぶねアスファルトでカッチカチ舗装された道路スイッチ一つで一年中快適な温度を保つエアコン機器テレビに自動車パソコンにケータイどれも科学の結晶だ素晴らしい大好きだそれにその得体の知れないワラビとかいうものより小清水さんの料理の方が断然!いいに決まっているだろ」

 

「 ワラビ知らないんですか!?あんなに美味しい山菜なのに!!?」

 

「知らん!」

 

「それにそんなんじゃ地球はダメになっちゃいます!緑は大切なんです!!」

 

「今すぐダメになるわけじゃない私が死ぬまで保ってくれればいい死んだ後のことなんて知ったこっちゃないねぇー私はこの庭の花壇と緑地公園だけで十分だ」

 

「あなただけでしょうが!!」

 

「そんなに緑が見たくて川の音が聞きたいのなら通販で心の安らぐ音源集でも買って永遠と川の音をリピートさせながら緑の色紙を部屋の片隅でずぅーと眺めてろ君にはそれがお似合いだー」

 

「きーー!!」

 

「君一人で行って来たまえ私は文明が発達したところじゃなければ行かない社長には私から連絡しておこう」

 

「そんなぁ……」

 

「あの……」

 

悔し紛れに頭をかきむしる杉山に小清水が声をかけた。

 

「はい……」

 

しょんぼりと答える杉山。

 

「先ほど蟹頭村とおっしゃいましたか?」

 

「小清水さんこいつに取り合わないでもいいですよーそろそろお腹空いたなー」

 

三夏はソファーで欠伸をしながら背伸びをした。

 

「私も連れて行ってもらえませんかな?」

 

「小清水さん!?」

 

三夏がソファーからずり落ちる。

 

「私も博士にご厄介になり都会暮らしが長くなります。幼少の頃、野をかけ山をかけていた。懐かしい思い出でございます。今一度それを感じたいのです」

 

「なら一緒に行きましょうよ!」

 

「はい、ぜひ」

 

二つ返事で話が決まってゆく状況を三夏はぽかんと見ているしかなかった。

 

そして小清水が申し訳なさそうに三夏に言った。

 

「博士。すいませんが私めにしばらく休暇をいただけませんか?」

 

「当然の権利だと思いまぁす」

 

杉山がそれを援護する。

 

「と、泊まる場所とか……」

 

「大丈夫です旅館があります。あ、私のいとこがそこで働いているんですよ」

 

「よろしいですかな博士」

 

「その間の私の食事は?洗濯は?部屋の掃除はぁぁぁぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へーそうなんですか」

 

夕飯を突きながら千冬が杉山の話を聞いている。

 

「千冬ちゃんもどうかなぁって思って…あ、受験勉強があるならもちろんそれを優先してもらってかまわないから」

 

「日程は2泊3日なんですよね?……いいですよちょうど連休ですから。いい気分転換になりますし」

 

「本当に!?」

 

「はい。でもいいんですか?私たちが行っても」

 

「うん。そんなに大した仕事じゃないから。すぐに終わるよ」

 

「そうですか」

 

千冬の了解を得て嬉しそうな杉山。

 

三夏と一夏は静かにおかずを口にする。三夏の機嫌はとても悪そうである。

 

「一夏君はどうかな?」

 

「……え〜」

 

乗り気ではなさそうだ。

 

「僕も行かないといけないの〜?」

 

「き、強制じゃないんだけど……」

 

「見ろ行きたくない者もいるんだ周りを巻き込むな行くなら一人で行け」

 

「僕は家にいたいなぁ〜……っ!?」

 

千冬が一夏を睨んでいる。

一夏の動きが止まり額には汗が浮かぶ。

最近一夏が三夏に似てきたのを千冬は良く思っていない。

 

「わ、わぁい僕お山見たいよぉ〜すっごく楽しみ!!」

 

「ヘタレめ」

 

三夏はわざとらしい演技をする一夏を横目で見ながらそうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レトロなバスが田んぼに囲まれた田舎道を走る。舗装などされていないため揺れに揺れている。

 

「……まさしく田舎だ私が嫌いな場所そのものだなんだこの風景は某ドラマのロケ地じゃあるまいし湖に足がとび出たりしてないだろうな…うぷっ気持ち悪い……」

 

悪態をつく三夏に対し乗り気ではなかった一夏は意外と楽しそうに流れる景色を見ていた。

 

表札が立っているだけの場所へバスが停車する。

そこでは顔にあどけなさを残したお下げ髪の女性が待っていた。

各自、荷物を持ってバスから下りる。

 

「お姉ちゃん久しぶりやねー!」

 

お下げ髪の女性はやはり田舎特有の訛りがある。

 

「久しぶりー可愛くなったね!!」

 

「お姉ちゃんも芸能人みたい!」

 

「いやぁ私服だよ〜。あ、紹介するね。この人が事務員の小清水さん一夏君に千冬ちゃん。いとこの幸子です」

 

「幸子です。よろしくお願いしますぅ」

 

お互いの自己紹介をしている杉山たちの間を顔を青くした三夏が無理やり押しのけて通り茂みまで小走りに行くと胃の中のモノをぶちまけた。

 

「……あれが私の上司の織斑三夏さん」

 

すると幸子は三夏の下へと近づく。

 

「東京の偉い人だそうでぇこんな田舎までわざわざ……」

 

幸子は吐く三夏にペコペコ何度も頭を下げる。

 

「うわぁー最悪だー雨降りそうだしうわぁー服が汚れた最悪だー小雨降りそうだし……」

 

三夏は幸子のことなど気にしていないようだ。

 

「小清水さん私の着替えをってあれぇ?私の荷物は!?」

 

小清水の足下には何も置かれていなかった自分の荷物さえも。

 

「持ってきておりません。ただいま休暇中ですので」

 

「えぇ!?なんにも!?」

 

「私が旅に持ち歩くモノはこれだけです」

 

小清水は唯一持っていた手提げを開け中から歯ブラシを取り出してなぜか誇らしげに掲げた。

茫然として立ち尽くす三夏。

 

「さ、参りましょうか」

 

小清水が言う。

 

「はい!こちらです。あ、お荷物お持ちします」

 

幸子に皆が続いていた。

一人残された三夏の横をバスが走り去る。

 

そして……

 

「犬神家へご案内か」

 

何かに目線を合わせてキメ顔でそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこれは……」

 

「蟹頭ワラビです。美味しいですよぉ」

 

旅館に到着した杉山たちは同じ広間で早めの夕食をとっていた。ちなみに部屋割りは小清水、三夏が一人部屋。杉山、千冬、一夏が三人部屋である。

 

御膳に乗せられた料理を見て三夏が顔をしかめた。

質素なモノだったからだろうが三夏以外は誰も不満も言わずに食べている。

 

「変えてくれ、そうだなボンゴレパスタが食べたいな」

 

「無いですよそんなの。ワラビ美味しいですよ?」

 

「小清水さん何か作っていただけませんか?」

 

「私ただいま休暇中ですので……」

 

「…………」

 

「すいません。それしか用意がなくて……」

 

申し訳なさそうな幸子。

 

「だいたい何で宿泊客が私たちだけなんだどうやって経営してるんだこの旅館ありえないだろう」

 

「む、村の人たちは親切な人ばっかで畑で採れた物を分けてくれますしここは綺麗な地下水がありますから水道代もあまりかかりませんし…あ、もちろんタダでもらってるわけじゃないですよ?私たちもいろいろと差し上げてます」

 

「物々交換?今の時代に?おいおい冗談だろここは文明レベルが原始時代だもう少しマシに言ったとしても平安時代だ貨幣制度が無いのかこの村は。今だにこんな村があることが信じられん貨幣の循環を阻害し日本経済の成長と発達にまったく貢献していないそれどころか日本の貨幣経済を退化させている恐ろしく反社会的な村だいっそのことどっか近くの町や市と合併させるべきだインフラは十分に整備できないだろうが少なくとも経済は明治くらいにはレベルアップするだろう」

 

「バカなこと言わないでください。ここはこのままでいいんです」

 

「案外その方が村のためかも知れないぞー朝ドラよ」

 

「?それってどう言う意味ですか?」

 

「さぁな。さて私は部屋に戻るとしようどうもご馳走様でした」

 

「お、お粗末様です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

一夏の部屋はその他の者たちとは違い特別室だった。幸子が気を利かせたのだろう。

だがその部屋には仏像や誰かも分からない肖像、タイの何とかと言う神様の面に名も知らない美術家が作った座りにくい椅子などなど…まさにひどい部屋だった。

 

「最悪だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくるね」

 

「お姉ちゃんどこに行くん?」

 

靴を履いている杉山に幸子が言った。

 

「ちょっと風車を見にね」

 

「風車ってあの電力発電の?」

 

「そうそう」

 

「あれができて本当に助かってるんだよ。停電も少なくなったし街灯も建った」

 

「でもまだまだ十分じゃないよね」

 

「贅沢は言えないよ」

 

「大丈夫!現地調査が済めばもっといっぱい建てもらえるから」

 

「本当に!」

 

嬉しそうに話す二人を三夏は黙って見ているだけだった。

 

「うん!じゃあ行ってくるね」

 

「気をつけてね」

 

「ほら博士、行きますよ」

 

「嫌だ山道は嫌いだ」

 

「もう!ほら早く!!」

 

「おいこら引っ張るな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!問題はなさそう。後は報告書するだけですね博士」

 

調査もひと段落したころ。

村を一望できるところで杉山と三夏は休憩していた。

本当に和ないい所であると杉山は思う。

 

「楽しそうだな」

 

「はい!…私、夢だったんです」

 

「夢?」

 

「人の役にたちたかった。だから私はあの会社に入ったんです。今は…勝手に部署移動させられてあなたの部下になっちゃってますけど……。やっと役にたてました!!」

 

嬉しそうに笑う杉山。

 

「……ここは合併は本当にしないのか?」

 

「しませんよ。みんな村の名前を大切にしてますから。私もして欲しくないです。合併すればここの自然は壊れてしまいます」

 

「ならこの村は近いうちに無くなるな。市や町ならまだ難しいだろうが小さな村には抵抗力など無いからな」

 

「え?」

 

「さっき役にたてたと言ったな?」

 

「い、言いましたよ?」

 

「確かに役にはたったてると思うぞ特に化学関係会社の人間には」

 

「……意味が分かりません」

 

「本当におめでたい奴だなウチの会社がたかだか数百人のためにこんなモノを造ると思うか?村で使って残った分を売ったとしてもまだまだ電力は余るんだぞ?だったらその意味は何だ?ヒントをやろうこの発電装置を計画通りに建てたとしてその発電量は重化学工場を軽く6件はまかなえる」

 

「……まさか」

 

「そのまさかだ」

 

「……私、ここでは無理だと報告します」

 

「それは許可できない事実を報告したまえ」

 

「そんなことをしたら村は自然はどうなるんですか!」

 

「事実を報告したまえ」

 

「嫌です。……私たち科学者は人の幸せのために仕事をするんじゃないんですか?」

 

「いいや我々は科学の発展のために仕事をするんだ」

 

「村が自然が犠牲になってもいいんですか!」

 

「我々は科学を極めるだけだそれが結果としてどんな結末を招こうともな」

 

「でも!!」

 

「なら言ってやろう。ここにやって来る工場は世界の技術をリードするつまり日本が世界をリードすんだ。君のやっていることはそれを妨害する行為だ日本には資源がないあるのは技術だけだそれすら無くなれば日本は先進国という今の地位から転がり落ちる。君は前に言ったないつか地球がダメになる子供たちのために自然を守らなければと、だがな日本から技術を奪えば地球がダメになるより前に子供たちには辛く厳しい世界になる、違うか?」

 

「…………」

 

「確かに二者択一とはいかない難しい問題だが我々は神じゃないただの科学者だすべてを科学の進歩に発展に捧げるそれだけだそれをどう使うかは政治家のお偉いさん次第だよ」

 

「……なら国民の意思は」

 

「政治に民意などない選挙で政治家を選んだ時点で国民の仕事は終わってる偏った信念を持つな政治や環境問題は我々の専門外だ。まぁ今言ったことは私の単なる考えにすぎない憶測だ社長が何を企んでるのは見当もつかん帰るぞ杉山」

 

そう言って三夏は旅館へと帰っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー文明的な生活ってすっばらしぃー!!」

 

我が家に帰った翌朝、三夏はリビングを満足げに見渡して腕を開きながら側に立っている杉山に見せつけるように叫んだ。

 

「小清水さん朝食を!」

 

「はい、ただいま」

 

そうして運ばれてきた朝食はいつもどおりの洋食だった。

 

食べ慣れたはずのモノなのに三夏の表情は硬い。浮かない顔だ。

 

「う〜ん」

 

「博士、いかがなさいました?」

 

「あー小清水さん…その……」

 

歯切れが悪い三夏。だが小清水は察しがついたらしく。

 

「ただいまご用意いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。蟹頭ワラビの漬け物とご飯でございます。醤油をかけてどうぞ」

 

三夏は不本意そうに茶碗を持つとおもむろに口へかき込んだ。

 

「小清水さん私もいただいていいすか?」

 

「杉山さんもですか?ははは、かしこまりました。すぐに用意いたします」

 

ちょうど半分ほど食べたところで……

 

「うん!まずぅぅぅい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はパロディ強めでした(^^;;


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4話

「博士ー!!大変です!!」

 

「あぁついに動いたか不思議の国のアリスめ」

 

三夏の研究室に駆け込みデスクに手をつき息を切らす杉山。

三夏はPCを見つめながら笑っていた。

 

つい数時間前に日本を射程圏内に収めるすべての軍事基地のコンピュータがバッキングされミサイル発射のカウントダウンを開始していた。

 

「どうしてこんな……」

 

「まさかこんな暴力的な行動に出るとはなだが宣伝には十分か。ふっいいだろう戦争じゃー!」

 

近くにあったゴルフクラブを銃のように構え射撃の真似をする三夏。

その姿はとても楽しそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をするんですか?」

 

三夏はPCを極秘回線へ繋げ凄まじいスピードでタイプしはじめた。

 

「アリスの目的はISの最強神話を創りあげることだカウントダウンを開始しているミサイルは2341発だが日本を射程圏内に収めるミサイルは2341発よりはるかに多いなぜ2341だと思う?ミサイルがあるのは基地だけじゃない海上を航行している艦艇に水中に潜む潜水艇その他もろもろを合わせれば2700から3000発くらいにはなるはずだろ」

 

「……何でです?」

 

「QをQで返すなバカつまり2341発が現段階でISに迎撃可能な数ということだだぁかぁらぁ私からプレゼントとして500発ほど追加してやろう」

 

「っ!?ダメですよ!!」

 

「うるさいお前は引っ込んでいろ」

 

三夏は杉山の静止を振り切りどこかへと回線を繋げた。

PCの画面上に黒い小窓が現れる。音声通話だ。

 

「予想どおり動きましたよろしいですね」

 

『あぁ我々への被害を最小限にとどめるのだ』

 

「では!」

 

三夏は事務的なやり取りを終えるとすぐさま通話を終了させた。

 

三夏がエンターキーを押すのと同時に日本へ発車されるミサイルが523発追加された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白騎士事件。

日本へ計2864発ものミサイルが発車された事件である。

突如として現れた白い騎士によりそのほとんどが迎撃されたが23発の迎撃に失敗。

ミサイルは使用されていない日本軍基地の使用されていない格納庫5棟に着弾し爆発炎上。

死者が出なかったことが奇跡であった。

 

「523発追加して取りこぼしがたった23発かなかなか頑張ったじゃないか白騎士君ーハハハハーー」

 

三夏は会社の研究室で陽気に新聞を広げて高笑いしていた。

 

「あの後、各国が白騎士を捕らえようとしたらしいですが返り討ちにされたそうです」

 

「それはそうだろーあれに今までの通常兵器は通用しないまさにゾウとアリの喧嘩だまったく世界の軍隊はバカぞろいだなー」

 

「これでISはどうなるんでしょうか……」

 

「まずバカ売れ間違えなしだろうな不思議の国のアリスはさっそく発表会をするだろう」

 

「え!?」

 

「何をそんなに驚く?私はプレゼントを贈っただけで売り込みの邪魔は一切していないんだ当たり前だろ。だがしかしISの最強神話は成立しなかった今はそれで十分だいいかこれは私への戦争だ売られた喧嘩は買うそして勝つのは私で負けるのは篠ノ之束だっ!」

 

「……人を指ささないでください」

 

「これからの世界をよく見ておくといい力を手に入れた愚かな女たちの創る世界をそしてそれが崩れるときの絶望を」

 

「ところで白騎士っていったい誰なんでしょう?やっぱり束ちゃん本人なのかな?」

 

「知りたい?」

 

「知ってるんですか!?」

 

「おおかたの見当はついてるさー知りたい?ねぇ知りたい?知りたい?」

 

「はい!」

 

「教えなぁーい」

 

「博士ー!!」

 

子どものように憎たらしい笑みを浮かべる三夏に杉山がキレたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変な騒ぎがございましたなぁ」

 

小清水が織斑家の面々が座るテーブルに夕食の皿を並べながら言った。

すでに三夏は食べはじめている。

 

「いやぁまったくです本当に大変でしたあんな非道なテロが起きるなんて物騒な世の中になったものですねー」

 

すべてを知る杉山は三夏の白々しい態度に冷めた目線を送りながら食事をしていた。

 

「いやぁしかし白騎士さんという方はまさしく救世主ですな」

 

「かっこいいよね!俺もああなりたい」

 

小学生になり物心がつきはじめた一夏は一人称を俺に変えていた。子どもの成長は早いものだ。ちなみに千冬も無事に高校へ進学した。

 

「ヒーローか……」

 

「そうヒーロー!かっこいい!!」

 

まだまだ子どもであるようだが。

 

「まさしく私が嫌な純粋無垢なピカピカの小学生真っ盛りの一夏君いいかヒーローなんてものは特撮モノと少年ジャンプの中にしかいないモノと思え!考えてみろできすぎじゃないか?ミサイルテロにさっそうと現れた救世主だぞ?まさしく茶番だ三流芝居もいいところの自作自演だー」

 

「三夏兄どういうこと?」

 

「つまり白騎士をもテロの共犯ということだ」

 

「マジで!?じゃあ悪者なんだな!」

 

「そうだ悪だ最悪だ!!」

 

「俺が見つけ出してやっつけてやる!」

 

「それは無理だからやめておけ」

 

「ぶぅー」

 

二人の会話に千冬の表情がどんどん暗くなっていくのを三夏は横目で観察していた。

 

「お口に合いませんでしたかな?」

 

小清水が心配したように声をかける。

 

「え?あ、違います!えっと…そうだ!ちょっと兄さんに相談というか…その……」

 

千冬は明らかに焦ったように話題を変えた。

 

「何だねー言ってみたまえ」

 

「高校を卒業したら…ISに関わる仕事をしたいんだ。ISの操縦者とか……」

 

「大学に行かずにか?」

 

「まだ分からないけど両立する自信はある」

 

「なら勝手にしたまえそれにそれならむしろ好都合だISの大会にでも出場して勝ちまくり賞金をがっぽがっぽ稼ぎまくりたまえそうすれば君の私への借金の完済は早まるだろうそれが済んでしまえば私と君たちの縁は終わりだやっと解放される」

 

「俺はずっと三夏兄と一緒でもいいけどなー」

 

「気色悪いことを言うなホモかお前は」

 

「ち、違ぇよ!そういう意味じゃない!」

 

「どうだかなー」

 

「本当に違うからな!!」

 

「私にそんな趣味は無いがお前にその趣味があるのなら今すぐこの家から追い出してやる」

 

「違うつうのーーーー!!!!!!バカ兄貴ーーーー!!!!!!」

 

一夏は食後のミルクティーを半分ほど残し自分の部屋へと走って行ってしまった。

三夏は悪びれた様子もなくいたって普通に食事を続ける。

 

「騒がしいやつだな」

 

「兄さんあまり一夏をいじめないでくれ」

 

「いじめではない私なりのスキンシップだ言わばこれは愛情なのだーははははーー」

 

感情がこもっていない棒読みな三夏の言葉。

 

「はぁ……」

 

千冬はため息をつくしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜日、朝10時。

 

三夏は珍しく会社の外に出て辺りをぶらぶらしていた。ちょっとした気分転換だろう。

そしてそこでドレスを着てウサ耳を付けた人物と出会った。

 

白衣を着た天才とドレスを着た天才の距離は徐々に縮まりついにゼロになった。

 

某人気コーヒーチェーン、スター◯ックスのベンティカプチーノを飲みながら三夏はその人物とすれ違いざまに話す。

 

「大将自ら来るとはなそれにその服装は何だ?不思議の国のアリスなのか不思議の国のアリスに登場するウサギなのか?紛らわしい格好だなどっちかにしたまえ欲張りめ」

 

束の右眉が釣り上がり睨みが鋭くなった。

 

「うるさい、横分け野郎。ミサイルを増やしたのは君だよね?」

 

三夏も眉間にシワを寄せて束を睨んだ。

 

両者の空気がある言葉をきっかけにさらに険悪なものへと変わった。

 

「さぁねーなんのことだかサッパリだそれにその物言いもしかして君があの事件のテロリストかなー?あの三文芝居は実に滑稽だったー近年稀に見る駄作だそしてあの兵器の性能は最悪だー私ならすべてを迎撃できるね」

 

「ISは兵器じゃない!あれは束さんの夢なんだ!みんなで宇宙へ行くための!」

 

「いーや兵器だねそれも欠陥品の三流兵器だ。なぜあんな大それたことを仕出かした?自分の夢ならひっそりとやればいい話だろ結局お前は名声が欲しかっただけなんだ世界を面白おかしく動かしてみたかっただけだこのつまらない世界を自分が望むように変えたかっただけなんだお前はただの自分勝手なクソガキだ。それとその落ち着きのない服をどうにかしたまえ。不愉快だ」

 

束の体がピクリと一瞬だけ震えた。

 

「……織斑三夏、必ずお前を地獄に落とす」

 

「やってみたまえ自称天才の不思議の国君、私に勝つなど300万年早い。返り討ちにしてくれるわ」

 

篠ノ之束はなにも言い返さずにその場から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和団体の島津さんでしたっけ?なんの御用ですかー?私はあなたたちみたいに暇ではないんですがー?それに苦情なら部署違いですよ?」

 

三夏は紅茶の注がれたティーカップを持ち足を組んでふてぶてしい態度で言う。

目の前には深妙な面持ちのハゲ頭で小太りの男。

 

「あんたの社長に本人に直接言えと言われたんだ」

 

「ちっあのヒッキーめ」

 

「単刀直入に言わせてもらう。もう兵器を造るのはよしてもらいたい。科学技術を平和のために使って欲しい。武器からは何も生まれない生まれるのは憎しみだけだ」

 

「はー論外だー杉山君お帰りだそうだー」

 

この手の輩に三夏は取り合わないことにしている。

憲法が改正されてからは似たような苦情や訴えが何度もくるようになったからだ。

いちいち相手にしていてはきりがない。

本当にいい迷惑であると三夏は思っていた。

 

「何だと!」

 

「いいですかー武器から生まれるのは憎しみの他に抑止力、秩序ですつまり平和だあなたのお子さんやお孫さんが今なにも考えず鼻たらして生活できるのはこの武器による平和があるからだそれともう一つ憎しみは戦いを生み金を生むあなたの老後はその金で賄われる紛争地域など知ったことじゃない本人たちが勝手にやってるんだやらせておけばいいそれに首を突っ込みやれ平和だ平和だとほざくのはただのお節介だ私たちは欲しいと言われたから売ってるだけなんですから」

 

「詭弁だ!」

 

「詭弁はどちらですかー?平和だ平和だと連呼している無知なあなたよりよっぽどマシではないでしょうか?」

 

「科学技術の進歩だとか言ってやってることをは死神じゃないか!!」

 

「科学技術の発展はいつでも戦争と共にあった!とくに今日の私たちの生活があるのは二つの大戦争があったからに他ならないそれを否定するのであれば今から服を脱げ!靴を脱げ!テレビを見るな!車に乗るな!一生裸で竪穴式住居で生活しろ!杉山君今度こそ本当にお帰りですもうここへは二度と来ていただかなくて結構」

 

もう島津は何も言わなかった震える拳を震わせて乱暴にドアを開けると足早に出ていった。

 

「あの人の言うことも一理ありますよ」

 

杉山がテーブルに置かれたまったく手のつけられていない紅茶を下げながら杉山がそう言った。

 

「どこがだー私には平和にボケる痴呆症のクソジジイの能書きにしか聞こえないがね」

 

「もう少し道徳的な……」

 

「お前の頭は本当に馬糞ウニでてきているんだな武器に道徳を求めてどうする豆鉄砲で撃ち合ってゴボウで斬り合うのか?バカバカしい」

 

杉山はため息をつきながら部屋から出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます」

 

ローラー付きの大きな旅行カバンを持ち肩からはリュックを下げた千冬が織斑家の玄関を開けた。

 

「頑張ってください鯛を焼き赤飯を炊いてお帰りをお待ちしております」

 

「まだ勝ったわけじゃないですよ小清水さん」

 

「ははは、そうでございました。ご武運を!」

 

「はい!」

 

千冬に杉山と一夏も声をかける。

 

「頑張ってね!あなたなら必ず勝てるよ!」

 

「千冬姉ファイト!!」

 

「ありがとう二人とも」

 

後一人がいない。

千冬も諦めているようで声には出さない。

まだ朝の7時だ。どうせ寝ているのだろう。

 

「ふぁ……」

 

「に、兄さん!?」

 

千冬が出ようとしたそのとき二階から三夏がおりて来た。

一同が驚いた顔になる。

 

「やっぱり博士も父親役としての自覚が出てきたんですね」

 

「は?」

 

「もお〜照れなくてもいいですよ〜」

 

「私が寝ている床下を突き破って朝から不快な朝ドラ臭がぷんぷんと臭ってきたんだ嫌でも起きたさこれは公害だ!お前の朝ドラ臭は私を不快にし私の健康を害し私から健全な生活を奪う!よって損害賠償を要求する」

 

「な、なんですかそれ!私は払いませんからね!!」

 

「だいたい何だあなたなら絶対に勝てるよ?根拠も無いことを言うな!もっと理論建てて考えてから物を言えと何回言ったら分かるんだこのポンコツヘッポコ三流科学者の朝ドラヒロインめ」

 

相変わらずの様子に小清水、一夏、千冬の三人は呆れて笑ってしまった。

 

「兄さん……」

 

「何だ」

 

「行ってきます」

 

「あぁ行ってこいそして必ず優勝し受け取った賞金の60パーセントを私に納めるのだ」

 

「はは…了解。勝ってくる」

 

玄関のドアが閉まり。千冬は織斑家を後にした。

残された三人がなおごり惜しそうな雰囲気を出す。

 

「さぁ小清水さんコーヒーを煎れてくれたまえ朝食はそうだ…久々にフレンチトーストがいいな蜂蜜たっぷりでお願いします」

 

「承知しました」

 

「さぁ私は朝シャンだー!覗きに来るなよ朝ドラー」

 

「だ、誰が覗くもんですか!」

 

「はは…三夏兄はいつでも変わらないね」

 

「はぁ…そうだね……」

 

そして千冬は第一回IS世界大会モンド・グロッソに出場するため。遠いドイツの地へと一人日本を旅立って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地の文が少ない……orz


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5話

 

 

 

 

 

「博士、社長命令が」

 

自宅のソファーでまったく上達しないヴァイオリンを弾いていた三夏に杉山が書類を手にして話しかける。

 

「もう田舎には行かんぞ!もうまっぴらだ私が行ける場所は二つだけだ一つは文明が発達しているところもう一つは洋式便所が設備されているところだけだ!何だあのまさに屈辱的な体位は!俗に言ううんこ座りだぞ!二度と行かない本当に行かない!だいたいなんであの絶滅種が今だに存在しているんだ和式便所の保護区なのか!?あそこは!」

 

ヴァイオリンの弓で杉山を指す三夏。杉山は眉間にシワを寄せて弓を手で弾いて退かした。

 

「違いますよ。博士にぜひアドバイザーになって欲しい方がいるそうです」

 

「誰だそれは私はめんどくさいことはしたくない」

 

「だから社長命令です」

 

「…………」

 

動く気はない三夏。

 

「特別手当が出るそうです」

 

「早速出かける準備だ!杉山君急ぎたまえ」

 

金と聞き壁にかけられていた白衣を手に取ると一目散に玄関を目指していった。

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首相官邸。

 

「や、やっぱり緊張しますね」

 

「ふん、頼られているのは君じゃなくて私だ君は薄い影のように私の後ろにいればいい」

 

三夏はそう言って白衣のシワを整えると後ろで手を組み堂々と警備の警官が開けた門をくぐっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が織斑三夏君か……」

 

「私を知っているとは光栄です」

 

「君の会社の社長と私は仲が良くてね。君を紹介してくれたのも彼だ」

 

「それはそれは……」

 

威圧感を出した中年の男性が高級革の椅子に踏ん反り返っていた。

 

「まどろっこしい話は抜きにしよう。君は最近の政治状況を知っているかね?」

 

「えぇ女が台頭し男性政治家の数が激減するでしょうねぇそしてあなたも次の選挙で総理の椅子を下ろされ晴れて一介の中年男性になるでしょうお気の毒に」

 

総理は不機嫌を通り越し激怒したように机を拳で叩いた。

 

「すべてはあのISという兵器が原因なのだ!あれさえ無ければ…こんな不条理な世の中にはならなかった!!」

 

「心中お察し申し上げます確かにあのISが登場してからは極端な女尊男卑になりつつありますね男尊女卑よりはるかに酷い男が女に奴隷にされてしまう屈辱的な日も近いでしょう」

 

「そこで君に相談がある」

 

「何でしょう」

 

「ISを地上から消し去る手はないか?」

 

「それは国を案じた総理としての願いですか?屈辱的に耐えかねた男性としての願いですか?」

 

「それは君が察したまえ天才なのだろう?」

 

その一言に三夏は黙りしばらくして笑い出した。杉山は黙って二人のやり取りに耳を傾けていた。

 

「我が社への依頼料は高いですよ?」

 

「3億出そう。そして君、個人にも礼として1億出すどうだね?」

 

「結構!」

 

三夏は総理に近寄ると机の角に腰を下ろした。かなり失礼な態度だがパートナーになった今、総理はそれを咎めなかった。

 

「あなたが総理の椅子にとどまるのは現段階でまず無理でしょう女の台頭も止められはしない」

 

「だからISを……」

 

「総理、一度考え方を変えましょ押してダメなら引いてみろですよプロセスを根本から変えるんですこれは日本を国際的に高位に立たせるチャンスだまずはISを容認するんです」

 

「そんなことをすればますます!」

 

「そうすれば各国は技術を欲しISの情報公開とISの提供を求めてくるでしょう絶対にねそして世界中で女尊男卑は加速する」

 

「…………」

 

「あなたの仕事はここからですよぉ篠ノ之束を拘束しすべてのISを押収するんですそして日本政府の所有物にすればいい後は簡単です適当に条約でも結んでISは日本のモノだと何重にもオブラートで包んでこっそり書きいれてしまいなさいあれだけの技術を各国のバカ学者が研究したところで吸収できるワケがありません。さてこれで日本は安泰だあなたは満足げに総理を辞めればいい」

 

「だ、だが……」

 

「ご心配なく女は政治には不向きだそれは歴史が物語っているどんなときでも世界を動かしてきたのは男の思考力なんですよ。国民は女の政治家を総理大臣を選ぶでしょうその結果女というアドバンテージだけで当選した何もできない無能な政治家が増えるんだそしてそれを選んだ同じ国民が嘆くんだやっぱり女では無理だったと!どんなに頑張ったところで女尊男卑は所詮短命でしょう」

 

「だがISという根本がある限り!」

 

「私が責任を持って対処いたしましょう」

 

「なぜそんなことを、今すぐにでも私は……」

 

「総理…あなたは鬱憤が溜まっておられる発散しないと体に毒ですよぉ?愚かな女どもが落ちぶれていく様を高みの見物してみたらどうです?南の島でバカンスでもして今までの疲れを癒しながらね」

 

「…………」

 

「我が社の所有する島をお貸ししますよ。そして日本の国益を守ったあなたを国民は支持し再び総理の椅子に返り咲く…どうです?」

 

「……やはり君は策士の才能もあるようだな。いいだろう成功すれば2億だ。1億は前金として受け取りたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うほほぉうほほぉー1億もらっちゃったーもらっちゃったもんねー何買おっかなークルザー?ヘリ?いやいやもう一軒家を建てちゃおっかなぁーひゃっほーー!!」

 

華麗なステップを踏み腰を振りながら意味不明なダンスを踊る三夏。

その後ろを歩く杉山の表情はすぐれなかった。

誰が見ても分かるほど暗い顔をしている。

 

「……全部計画のうちですか?」

 

「さぁねー私はくれるといったものを受け取っただけだもーん」

 

「それに信じられません!なんですか!あれが一国を束ねる代表の姿ですか!?卑怯で傲慢で!!こんな不正までして……」

 

帰り道、今まで黙っていた不満を杉山は爆発させていた。

 

「これはビジネスだ相手は我々に金を払い要求したモノを手にいれて満足し我々は貯金通帳をうるおす。いいか覚えておきたまえ権力者の傲慢は謙虚となり不正は正当となるのだ」

 

「それじゃあ正義っていったい何なんですか……」

 

「愚問だねぇー正義の定義とは『金で買えるモノ』『考え方、立場によって様々に変化するモノ』だいい加減学習しろこの世はお前が思うような綺麗なものではないそもそも正義なんて言葉は己を正当化するための飾りに過ぎないのだよ」

 

「…………」

 

「だいたい女になんて政治が務まるはずがないだろあのXXという男の染色体に一本付け加えられた棒の中にはヒステリックと女々しさが押し込められているんだ!」

 

「女々しさは男にしか使いません!」

 

「ならなぜあんな漢字を宛てるんだ?女を二つ書いてめめしいと読むんだぞ」

 

「知りませんよ!それに女性にも優秀な方はたくさんいます!」

 

「ほーあの結論から話さず仮定から話し人前でヒソヒソ話をして自分の価値観が正しいと信じて疑わない愚かな群体のどぉこぉがぁ優秀だと言うんだ聞いて呆れるねぇ」

 

「そんなの屁理屈です!!」

 

「だが筋は通ってる」

 

「きーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとー!!!!」

 

織斑家の天井には手作りのアーチが飾られ優勝おめでとう!!と書かれた幕が飾られている。

クラッカーの音が響き小清水がテーブルにご馳走を並べる。

優勝し帰宅した千冬を待っていたのは家族の温かい声だった。

一夏と杉山が千冬へ花束を渡す。

それを嬉しそうに受け取る千冬。

 

だが一人だけむくれ面の人物がいた。

 

「なぁぜぇ私の家で優勝パーティをする必要があるどこかレストランを貸し切ればいいだろう」

 

「いいじゃないですか!ほら博士も何か言ってあげてくださいよ」

 

「賞金の金額を詳細に私に教えたまえ」

 

「もー!!何でお金のことしか言えないんですか!最低!」

 

「これが私だからですよぉー?君に私のアイデンティティを否定する権利などない!この純粋無垢なお子ちゃま娘め反吐が出そうだ、おぇー」

 

「あぁそうですか!どぉーせ私はお子様ですよぉーだ。べー」

 

「お前は近所のクソガキと同レベルかまったくそれで成人しているとは…20歳になったら自動的に成人ではなく成人試験を設けるべきだ君のようなお子ちゃまは一生成人などできないだろうなぁーははははーー」

 

「ムカつくー!!」

 

「さぁさぁみなさんお召し上がりください」

 

小清水が台車の上に乗せた肉の塊を切り分ける。

 

「私自慢のローストビーフでございます」

 

「す、すごい……」

 

千冬は関心したように言った。

 

「ははは、昔スイスのホテルで料理人をしていたことがありまして……なに、たわいもない取り柄でございます」

 

そう言って笑う小清水。

 

「あ、あの……」

 

「何でしょう?」

 

「料理を教えてくれませんか?」

 

「いやいや私には……」

 

「お願いします!料理を覚えたいんです」

 

真剣な千冬の瞳。

 

「分かりました。こんな私でよければご指導いたしましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も千冬姉みたいに強くなりたい!剣道やりに箒ちゃん家に行く!!」

 

ローストビーフを頬張りながら一夏が突然宣言した。

 

「竹を振り回すあれか?それに箒ちゃんとはいったい誰だ?」

 

「あ、私が説明しよう。篠ノ之箒という娘だ。そこの実家が道場を営んでいるんだよ。私も世話になってる」

 

「篠ノ之……?」

 

聞き覚えのある苗字に三夏がピクリと反応した。

 

「そう。束の妹だよ兄さん」

 

千冬は不安そうに言った。三夏のことだこれを知ればどんなことを言い出すのやら…と千冬は案じていた。

 

だが三夏は意外にも何も言わなかった。

珍しいこともあるものだと千冬は驚く。

 

「まぁいいだろう好きにしたまえところでその箒ちゃんとは友達か?」

 

「うん!とっても強いんだ!」

 

「……今を楽しめよ少年」

 

三夏は一言だけ静かにそう言ったのだった。

 

「?」

 

その言葉を一夏は理解できなかった。

しかし4年後に一夏は嫌でも理解することとなった。

仲の良かった幼馴染は政府の要人保護プログラムによって遠くへと引っ越していってしまったのだった。

 

それは一夏が小学4年生の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「お邪魔しまーす!!」」」」

 

織斑さん家に元気のいい声が響く。中学生になった一夏の友人たちだ。みな手にはギターやベースなどの楽器やアンプを持っている。

 

一夏のバンド仲間だ。

凰鈴音、五反田弾、御手洗数馬の三人だ。

鈴は楽器は弾かないが三人の演奏を評価したりしている。

 

「これはこれは、いらっしゃいませ」

 

「ただいま、小清水さん」

 

「後でお菓子をご用意いたしますよ」

 

「「「いつもご馳走様です」」」

 

「いやいや」

 

そして三人は一夏の部屋で練習を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ終わるか〜。もう手が痛い」

 

弾の言葉を合図に一夏と数馬も楽器を下ろした。

 

「小清水さんがお菓子を用意してくれてるだろうからそろそろ下に行くか」

 

「今日は何かなー楽しみだ」

 

数馬が笑いながら言う。

 

「ところで一夏の父親って会ったことないわよね」

 

ふと鈴が今まで感じていた疑問を口にした。

 

「あー確かに……」

 

「げっ……あ、会いたいの?」

 

「あたしは興味あるわ」

 

「「同じく!」」

 

「か、帰りは8時ごろって言ってたような……」

 

「マジかよ…俺、帰らなきゃいけないや」

 

「俺も。食堂を手伝わないまといけない」

 

弾と数馬は断念したようだったが鈴は違った。

 

「いいわよあたしは。家に連絡すれば問題ないわ」

 

「は、ははは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何度言ったら分かるんだ!一度ありったけの貴金属を身につけて大雨の日にハシゴに登って出初め式でもやるといい落雷で少しはマシになるだろう」

 

「私が言ったこと間違ってますか!?」

 

「間違ってない正論そのものだ。だがそれが通用するのは教科書の中かおとぎの国かのどちらかだ社会的にそれは間違ってると言うんだよ!!」

 

「それこそ間違いです!歪んでます!」

 

「だから君はアッパラパーだというんだ朝ドラぁ」

 

「私は私の技術が間違われて使われないように!!」

 

「だからその考えがバカだというんだ私たちは化学を造るだけでいいその後のことなど知らないねかの大天才アインシュタインも私から言わせればただの愚か者だ何を悔やむ必要があったあの方式のおかげで戦争は終結したんだぞ」

 

「何百万という人の命が奪われたことにアインシュタイン氏は嘆いていました!」

 

「街中で人を殺したらただの殺人者だが戦争で敵国の何百万という人間を殺したらそれはもはや英雄だ!!」

 

「うーー!!分からずや!!」

 

「どっちがだ私はそれが自然だと言っているだけだ」

 

「違うもん!」

 

「いいや違わないね!」

 

一夏には慣れてしまった日常そのものだが鈴には違ったようでぽかんとしてしまっていた。

そしてようやく口を開いた。

 

「なんていうか…すごい人ね……」

 

「は、はは…だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それで!…うん、うん。とにかく落ち着いて!」

 

受話器に耳を付ける杉山自身も取り乱した様子である。

その姿を小清水が心配そうに見つめていた。

 

一方で三夏はいたって平然として紅茶の注がれたティーカップに口を付けその匂いと味を楽しんでいる。

 

「小清水さんロイヤルゼリー」

 

「こちらでございます」

 

「どうも」

 

電話の相手はドイツにいる千冬からで内容は第二回モンド・グロッソを観戦するためにやって来た一夏が何者かにさらわれたという内容だった。

あまりの突然のできごとに杉山の頭は混乱していた。何かを言いたいのに何も言えない。考えが出たり消えたりでまとまらない。

 

「は、博士ぇ……」

 

自分ではどうにもならないと思い泣きべそをかきながら杉山が三夏の名前を呼んで助けを求めた。

デスクのPCを操作していた三夏は杉山から受話器を受け取って耳に付けた。

 

「三夏だが?」

 

『に、兄さん!一夏が…一夏が!!』

 

震える千冬の声が受話器から聞こえてきた。

かなりの大音量である。弟を誘拐されたのだ慌てていて無理もないだろう。

 

三夏はいったん受話器を離し再び耳に付けた。

 

「まず耳元で怒鳴るのは止めたまえ私の鼓膜がダメになって困るのは君だろう」

 

『わ、分かった……それでどうすればいいんだ!!?一夏がどこにいるか分からないのか!!!!』

 

また怒鳴る千冬。

 

「お前の理解力は杉山と同レベルかバカもん!!……それで私に何をして欲しい?」

 

『兄さんなら一夏の居場所が…いや、一夏を助けられるはずだ』

 

確信を持ったように千冬は言う。

根拠など無かった。ただそう思ったのだ。

 

「うむ…いいだろうこちらで手を回してやろう」

 

『あ、ありがとう!私もすぐに一夏のところに』

 

「ダメだ君は大会に出場したまえ」

 

『な、何で……嫌だ!私も行く!!』

 

「いいかこれはかなり大掛かりなものとなるそれなりに金がかかるんだ君が大会を棄権した場合その請求はさらなる借金として残るんだぞ?」

 

『かまわない!!』

 

千冬は絶対に引く気はなかった。

こればかりは譲れなかったのだ。

それは自分の家族は必ず守るという千冬の決意からくるものだった。

 

「…………。では勝手にしろ間も無くドイツ軍がそちらに到着するはずだこれは後は彼らに従いたまえなおこの件は君から我が社への正式な依頼として受理されることとなるだろう。では」

 

三夏はいったん黙って考えた後にそう言って一方的に通話を切った。

 

「また完済期限が延びた……」

 

その態度に杉山が激怒した。

 

「何ですか!その態度!!あなたは一夏君が心配じゃないんですか!?」

 

「誘拐犯の目的なんてどおせ千冬の大会出場を拒み大会二連覇をさせないことだそれが確認できるまで人質を殺すとは思えないその証拠に身代金の要求は一切ない」

 

「でも!…それにどんな関係であろうと千冬ちゃんと一夏君はあなたの大切な子どもなんですよ!?なのにお金を取るなんて信じられません!!お金がすべてなんですか!?そんなの間違ってます!!」

 

「お前は本当にバカだな一度ウガンダの密林へ行きマウンテンゴリラと突っ張り相撲でもとってくるといい強烈な張り手で少しはマシになるだろう。いいか何をするにも金が必要なのだ人を動かすのはすべて金だ無償で引き受ける人間などくだらない正義感と自己満足に酔いしれた役にも立たないクズの素人どもだプロは金で動くその額が高ければ高いほど一流なのだそして我々はその一流の人間なのだよビジネスに私情は挟まない。金がすべてじゃない?金なんだよこの状況下で一夏の生命を保証してくれるのは千冬への同情でもなく一夏への危虞でもなく犯人への憎悪でもなく金なんだ」

 

「…………」

 

「分かったら君は引っ込んでいたまえそこの机で上への報告書でもまとめているといい私の邪魔にならないように」

 

「……絶対に一夏君を助けられるんですよね?」

 

「愚問だねぇ私を誰だと思っているんだ君は」

 

杉山は三夏に言われたとおりに机に向かうとノートPCを起動して書類を制作しはじめた。杉山にも自分の考えや言い分があったが今はそんな場合ではないと押し殺したのだった。

 

三夏は白衣のポケットからケータイを取り出すと登録されついる番号の一つを引き出してコールした。

 

ワンコールですぐにケータイはつながった。

 

「私だたった今君たちのPCに資料を送ったただちに動いてもらいたいもちろんドイツ軍上層部には我が社から通達をしておく……あぁ、それで問題ないそれとブリュンヒルデがどうしても同行すると言って聞かなかったすまないが途中で拾っていってくれたまえ」

 

ケータイを元のポケットへしまった三夏はソファーに腰を勢いよく落とした。

 

「さぁこれで安心だ…小清水さん今日の夕食はイタリアンが食べたいなぁ」

 

「御意」

 

三夏は態勢を前かがみにすると顔の前で手を組んだ。

 

「第三勢力のご登場かお呼びでない奴らには早々にご退場願いたいな」

 

 

 

 

 

その後、無事に救出された一夏の生還パーティが盛大に執り行われたのはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから千冬は一年ほどドイツ軍でIS操縦者を育成する教官となることになった。

これはドイツ軍からの申し入れだった。

世界最強のIS操縦者の技術を手に入れたいドイツ軍。ドイツ軍に出来るだけ恩を売りたいインペリアル・コーポレーション。相互利益の一致だった。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「行ってらっしゃいませ。一夏君のことはこの小清水めにお任せください」

 

「本当にありがとうございます小清水さん」

 

深々と頭を下げる千冬。

 

「わ、私も頑張って一夏君の面倒をみるから心配しないで」

 

「杉山さんもありがとう」

 

一夏は千冬が大会二連覇を逃したことに自分を攻めていた。千冬がドイツへ行かなければならないことも。

 

千冬はそんな一夏の頭を優しく撫でた。

 

「そんな顔するな一夏。お前は悪くない。なに、一年なんてあっという間だ」

 

「でも……」

 

泣きそうな一夏。

瞳に溜まった涙を腕で拭い取り必死に堪えている。

 

「今生の別れでもあるまいしいちいち毎回私のベッドの真下にある玄関で朝ドラを演じるなまた起きてしまったじゃないか」

 

「博士!」

 

千冬は三夏に向き直る。

 

「兄さん一夏を助けてくれて本当にありがとうございました。また…少しの間でかけてきます」

 

「あぁ……ところでドイツ軍の将校ということは給料はいくらなんだろうねぇ小清水さん」

 

「はい…ええっと…「はぁかぁせぇー!!小清水さんも計算しない!!」……いや、すいません」

 

「ちっ」

 

杉山がすかさずツッコミを入れる。

そんなやり取りの末、千冬は再びドイツ行の飛行機に乗るため織斑家から空港へ向かった。

それを一同は静かに見送った。

が……

 

「小清水さん私も少しの間留守にしますので家をよろしくお願いします」

 

「え!!?そんな話し私は聞いてませんよ!?」

 

「言ってないから当たり前だそれに今回は君のようなお邪魔虫は必要ない」

 

「どこ行くんですか?」

 

「教えなぁーい着いて来そうだからー」

 

「もう!!」

 

「あー小清水さんが着いつきてくれならなー」

 

「申し訳ありません」

 

「ですよねぇどっかの誰かに任せたら我が家がどうなることやら」

 

「私のことですか!?家事ぐらいできますよ!」

 

「私は君などと一言も言ってないぞ何だ?自覚があるのか?一度エビチリでも作ってみるといいもしかしたら一撃必殺の毒薬に様変わりするかもしれないぞ」

 

「もう知りません!!」

 

杉山はそのまま部屋の奥へと言ってしまった。

 

 

「小清水さんどんなことがあってもあいつに料理はさせないように」

 

「それほどなのですかな?」

 

小清水が苦笑いを浮かべる。

 

三夏はローブを脱ぐと着替えに向かった。

 

「小清水さん」

 

「はい、スーツや着替えなど必要なものはすべて用意しておきました」

 

「よろしい!さぁ朝食を食べたら出発だーついでに仕事がてら観光を楽しんでくるとしようイッツバカンス!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツ。

さっそく千冬は仕事をはじめていた。

彼女が指導するのはシュヴァルツェ・ハーゼ。ドイツのIS配備特殊部隊で通称「黒ウサギ隊」だ。部隊章は眼帯をした黒ウサギ。ドイツ国内にある10機のISのうち、3機を保有している名実ともに最強の精鋭部隊だ。

今日はその顔合わせである。

 

千冬は部隊特別仕様の黒い軍服に着替え整列した部隊の前に姿を現した。

 

「私が織斑千冬だ。一年間君たちの教官を務めることになったよろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教官」

 

訓練指導を終えた千冬を一人の隊員が呼び止めた。

 

「どうしたハルフォーフ」

 

彼女の名前はクラリッサ・ハルフォーフ。シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長を務める人物で隊員たちからの信頼も厚い。

 

「我が部隊の顧問がお会いしたいとのことです」

 

「顧問?」

 

疑問を持った千冬だったがクラリッサに促されそれに続いた。

 

クラリッサはドアをノックすると返事を待って中へと千冬を招き入れた。そして自分はドアの横へ後ろで手を組み立つ。

 

千冬は誰かが座っているであろうデスクの前に歩み寄った。

裏返っていた椅子が回りこちらを向く。

 

「世界は狭いねぇまさかこんなところで会うとはそう思わないか千冬君?」

 

「っ!!?」

 

「我が部隊をよろしく頼むよ」

 

聞き覚えのある声に見慣れた顔。

あまりの驚きに千冬は固まってしまったのだった。

 

「はじめまして、と言っておきましょう。シュヴァルツェ・ハーゼの顧問謙管理者を務めますインペリアル・コーポレーションから出向の織斑三夏です」

 

その挨拶に千冬は答えることができなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し前のお話。

 

都内の空港に一夏と鈴の姿があった。

鈴は突然の親の離婚により中国へと帰ることになったのだった。

理由は簡単で、女尊男卑がはびこる世界では親権は必然的に母親のものとなる。そして母親の実家が中国にあるというだけだ。

 

別れの言葉を交わす二人。それとなぜか三夏の姿もある。

ただ一夏を空港まで送って来た様ではないようだ。

 

「ねぇ一夏……あたしの料理の腕が上がったら毎日酢豚を食べてくれる?」

 

「おう!」

 

「そ、そっか…ありがと一夏」

 

三夏はそれを冷めた目で見ていた。

 

「愛の告白……恋愛ドラマのヒロインと主人公か……」

 

そして、二人の会話は終わったようである。

 

「じゃあ、元気でな」

 

「あんたもね。また会いましょ!!」

 

「ああ!」

 

鈴はそう言ってカバンを持つと飛行機へと乗り込んでいった。

そのとき三夏の姿を見てふと前のできごとを思い出した。

それは鈴が織斑家で過ごした最後の日の帰り際だった。

 

ソファーに座って足を組んでいた三夏は帰宅しようとしていた鈴を唐突に呼び止めた。

 

『中国へ帰るようだねぇあんな環境最悪の公害大国へ帰るなんてお気の毒にぃPM2.5を吸い込んで肺癌で早死しないことを祈ってるよ鈴君』

 

『三夏さん……』

 

相変わらずのひどい物いいだったが、それなりに織斑家との付き合いがある鈴は三夏はこういう人物であると理解しているため別に何も言わなかった。

 

『ときに鈴君、君はこれからどうするつもりなんだ?女尊男卑の世の中であろうとシングルマザーの子は辛いだろうに』

 

『……ISの適性が高かったから軍からスカウトが』

 

『うんうん、それなら安心だそこで一つ君に提案があるんだが』

 

『提案?』

 

『我が社の草の者になりたまえ』

 

『は?』

 

『中国軍の兵器の消耗率や使用率、欲している兵器などその他もろもろを報告して欲しい社会主義国の軍隊はガードが硬くて厄介なのだよ』

 

『でも……』

 

『軍からの給料ではあまり足りないんじゃないか?スカウトと言っても一介の兵にすぎないからな母親に苦労はかけたくないだろ?』

 

『……っ』

 

『仕入れた情報はできる限りの高値で引き取ろうじゃないか悪い話ではないと思うが…どうかな?』

 

『…………』

 

そうして中国へ向かう鈴の手には三夏から手渡された高性能通信機が握られていたのだった。

 

「ねぇ三夏兄、何か嬉しいことでもあったの?」

 

「ない」

 

「いや、顔がすごい笑ってるけど……」

 

「ないったらないよぉーー」

 

「?」

 

飛行機が飛び立つのを見届けた一夏は三夏ともに我が家へと帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はちょっと短いです。ごめんなさい。

後、時間系列がバラバラです。本当にごめんなさい。


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7話

 

 

あまりの驚きに固まってしまっていた千冬だったがなんとか言葉を発する。

 

「に、兄さん?」

 

「他に誰に見える?クラリッサ君ご苦労だった下がってよし」

 

「はっ失礼いたします」

 

そう言われクラリッサは一礼して退室していった。

ドアの閉まる音がして部屋の中には千冬と三夏だけが残される。

 

「何で兄さんが…それに顧問って……戦闘指導ができるのか?」

 

「できるわけないだろ私はあんな野蛮なモノはつかえなぁーい。何のために君が呼ばれたと思ってるんだ?私の仕事は彼女たちのメンテナンスだよ君も知っているだろう?彼女たちが試験管ベイビーだということを」

 

「まさかその技術を提供したのは……」

 

「そう我が社だそして彼女たちは我が社自慢の最高傑作になるはずだった失敗作たちなのだよ」

 

「は?」

 

千冬は意味が分からなかった。実際に彼女たちは誕生しドイツ軍の即戦力となっている。どこが失敗作なのだろうか。

 

「先ほどの隊員の名前を知っているか?識別番号0032だ」

 

「クラリッサ・ハルフォーフ大尉だ」

 

千冬は当然のように答える。

すでに彼女は部隊の名簿に目を通しすべての隊員の名前を記憶していた。

 

「そうクラリッサ・ハルフォーフだ。それが彼女たちが失敗作の理由だよ」

 

「?」

 

「名前だよ。彼女たちに個は存在しない自我は存在してはならないなぜなら彼女たちは兵器として産まれた消耗品だからだ。だが違った彼女たちは自分たちに名前を付け識別番号を捨てたそれは自我の発生だ自我は意思となり意思は生命への執着を生み死への恐れを生むこれでは兵器としては成り立たない彼女たちはその他の兵器と同じくモノでなければならなかったのだよ例えばミサイルや銃が意思や感情を持ち人を殺したくないからもう使われたくないと反抗してくるなんてバカな話しはないだろ?笑えないし面白くもない兵器は命の尊さなど考えてはならない。なぜなら兵器は命を奪うのが仕事なのだから」

 

「…………」

 

「我が社は破棄を勧めたがドイツ軍上層部はそれを受け入れなかったこの計画に大金を出してるんだ当たり前だろう。そこで何とか元を取る方法を考えたその答えが君だよブリュンヒルデ」

 

「!?」

 

「この一年で彼女たちに君の持つ技術のすべてを叩き込んでもらいたい。こちらもできる限りのサポートはするつもりだすでに彼女たちには少し手を加えさせてもらった」

 

「手を加えた?」

 

「あぁ瞳にちょっとね」

 

「でも彼女たちは人間だ」

 

「……いいだろうついて来たまえ」

 

三夏は突然立ち上がると部屋から千冬を連れ出した。

そして地下へと続くエレベーターに乗り込んむと三夏はレベル5つまり軍の最重要機密が管理されている階のボタンを押した。

そこを見ることができるのは将官の階級を持っている者の中でも一握りしかいない。

 

エレベーターは目的の階に数分で到着した。

 

三夏に続いてエレベーターから出た千冬が目にしたのはずらりと並べられた人間がすっぽり入るサイズの培養器の数々だった。

異様な空気が漂う。あまりの禍々しい風景に千冬は顔をしかめた。

 

「兄さん……ここは?」

 

「見たとおりだ母なる部屋だよ一度に300の個体を製造することができる。私は別に彼女たちが人間として生きて行くことを否定するつもりは毛頭ない。ただこれが現実だ彼女たちを指導する君には見せておこうと思ってね」

 

まさにそこは生命を冒涜し神をこの世の理を恐れぬ愚かな人間の罪の結晶のように千冬には思えた。

 

「本来ならば君はこの部屋の存在を知らない他の者も同じだこれからもそうであることを願うよ」

 

「…………」

 

三夏はそう忠告と口止めをしたあとにその場から離れていった。

 

千冬はしばらく何も言わずそこにある人間が創り出した負の闇を見続けていたのだった。そのとき彼女は何を思い何を考えていたのだろうか。

それを知ることができるのは彼女自身しかいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あんな話をした後になぜこんな場所に?」

 

夜はどこでも変わらないその風景も国が違おうが変わらない。

街のクラブで千冬は三夏と酒を飲んでいた。

洒落っ気の強いクラブで、働いている女性たちも背中や胸元大きく空いたドレスを着ている。

高級店のようで客はスーツに身を包んだ男性たちだ。

その一方では高価な貴金属をジャラジャラと身につけた女性たちもまた男性の給仕を侍らせている。

 

「ん?何の話だっけ?あぁ次そこのサクランボちょうだい…あーん。んふふダンケ。今度ぜひ二人きりで食事でもしませんか?」

 

ホステスの肩を抱いて注文したフルーツを食べさせてもらっている三夏。ご満悦の表情でチップをホステスの胸元に押し込めた。

そんな三夏の様子を不快そうに見る軍服姿の千冬。

 

「ところで何でそんな格好してるんだ?用意したドレスはどうした?」

 

「あんなモノ着れるはずないだろ!!」

 

三夏が用意したのはこの店のホステスよろしく胸元がポッカリと空いた漆黒のパーティードレスだった。

 

「なぁーんだつまんなぁーい」

 

「私は帰る!!」

 

「待ちたまえ」

 

立ち上がった千冬を三夏は引き止めた。そしてホステスを返して千冬と二人になる。

 

「せっかくだからいろいろと教えてあげようと思ってねぇ君ももう20だ知っておいて損にはならないだろうむしろ知っておかないと損をする」

 

千冬は疑いながらも席に座り直した。

 

「この状況を見てどう思う?」

 

「不快だ」

 

「ちっがぁーうそう言うことじゃなぁーい!」

 

期待外れの言葉だったのか三夏が怒ったように言う。

 

「ならなんだと言うんだ!」

 

「この場所に女尊男卑がはびこっていると思うか?」

 

「あ……」

 

そう言われ千冬は辺りを見回した。

 

そこには楽しそうに酒を飲む男女の姿。

 

「そう少なくともこの場において女尊男卑は存在しないそして男尊女卑も。今この場所は限りなく平等なのだよ恐ろしいくらいに」

 

「…………」

 

「真の意味での平等とはこの世に存在しない存在することはあり得ない。なぁぜぇなぁらぁその真の平等を手にするためには我々は今まで努力し積み重ねてきた財産を文化を知識をすべてを放棄して約16,500年前の縄文時代に戻るしかない。偽善者の金持ちや社会主義者が振りかざす平等とは欲にまみれた幻想でしかない社会主義では必ず権力者が現れるし奴らは財産を手放すことは絶対にしない。ならこの場の均衡を保っているモノは何だと思う?それは金だよこの場の客の全員が金持ちなんだ。結局金の無い人間は男女問わず虐げられる」

 

「……なるほど」

 

「別に富豪になれとは言わないが世の中の仕組みは知っておくべきだろ?」

 

「あぁ覚えておくよ。ありが「おぉあの娘の…Dカップか!ぜひ呼ぼう、おい指名だ!早く!」……最低……」

 

こうしてドイツの夜は更けていったのだつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランス。

 

ドイツでの仕事を終えた三夏は千冬と別れてそのままフランスへとやって来た。

この日はインペリアル・コーポレーション・フランス支社とデュノア社との会合が開かれる。

 

三夏は会議には出席せずにデュノアのIS技術の視察が仕事だった。

 

ISコアは日本政府からインペリアル・コーポレーションが一括管理する委託を受けている。

そして各国の会社や政府への貸し出しを行っているのだがその中の一つであるフランスのデュノア社が業績不振に陥っているのである。

 

その原因を探り最悪の場合はISコアを回収する、それが今回の会合の中身である。

 

何としてもISを奪われたくないデュノア社の研究員は必死に三夏にあれこれと説明しているが悲しいことに三夏の耳には届いていないようだ。

 

三夏は勝手にあちこち見て回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念ながらフランスの技術は先進国の日独米英より4年ほど劣っていると考えられますさらにロシアや中国にも負けているようですしこれではお話しになりません。よってISの即時回収をオススメしますいやぁ実に心苦しいデュノアさんご愁傷様です私が調査した限りでの報告は以上です」

 

「うむ。ご苦労だった博士」

 

三夏はたんたんと報告書の内容を語る。

デュノアの社員は次第に顔を青くさせインペリアル・コーポレーションやフランス政府の役人たちは眉間にシワを寄せて難しい顔になっている。

 

「デュノア社長。大変申し訳ないが御社との契約の継続は…………」

 

「ま、待ってください!このとおりです!!何としても技術の向上に務めます!ですからもう一度チャンスを!なにとぞ!」

 

ISが無くなれば自動的にフランス政府からの援助も打ち切られ会社は風前の灯となってしまう。

そね一言がインペリアル・コーポレーションの重役の口から発せられないようにデュノア社長は頭をテーブルに擦り付けながら必死に下げている。

 

その様子をまるで興味がなさそうに眺めている三夏。

飽きたのか部屋を物色するように回りはじめた。

 

「どーにもならないと思いますよー寝言は寝てからおっしゃった方がよろしいですよいやぁそれにしてもいい趣味をしてらっしゃる」

 

三夏は社長室にあるブランデーを品定めして勝手にグラスに注ぎながらそう言った。

 

「分かりました…3年です。それだけは猶予を与えましょう。それ以上はありませんよ?」

 

インペリアル・コーポレーションの重役がため息をつきながら言う。

 

「は、はい」

 

「では、我々政府のからの援助もその時期をメドに改めて検討させてもらいます。今回は以上にしましょう」

 

そう言ってデュノアを残し一同は退室していった。

 

「くだらない会議も終わったことだしさぁバカンスだー待ってろアルプス!今行くぞー!ふははははははーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい景色だ!“Matterhorn” est magnifïque aujourd'hui!!(今日もマッターホルンが美しい)…ん?おぉ!あれは!!」

 

雪景色を見ながらカクテルを味わっていた三夏は美人を見つけつ思わず叫んだ。黒髪、どうやら日本人のようだ。

 

三夏はその美女の元まで急ぐとすれ違いざまにわざと肩をぶつけた。

 

「きゃっ」

 

「これはお嬢さん実に申し訳ないお詫びといってはなぁんでぇすぅがぁこのホテル自慢のシェフのスペシャルディナーを振る舞わせてください!フォアグラのチーズフォンデュそしてまるで野沢菜のおやきのようなクレープが絶品ですよろしいですね!」

 

「は、はぁ……」

 

戸惑う美人。

 

「ムッシュ織斑」

 

そこへ支配人であろう男性がやって来た。

 

「はい?」

 

「杉山様という方からお電話が」

 

「私はいません今後は繋がなくて結構です着信拒否にしておいてください!失礼しましたさぁ行きましょうか美しいお嬢さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後。

 

「いててぇ…昨夜あなたに踏みつけられた私の足が腫れも惹かずまだ痛みもあるので治療費と慰謝料を要求したいんですが!」

 

ホテルのロビーで松葉杖をついた痛々しい姿の三夏があの美人に食ってかかる。

 

「わいせつ行為を強要したことに対する正当防衛です」

 

「二日連続で部屋にまで来てシャトーマルゴー四本空けておきながらその気が無かったという戯言は通用しないとおもいますがぁぁ?」

 

「よく言えますね。そっちから散々勧めておいて」

 

「きぃみぃはこの私が誰だか分かっていないだろぉ?私はな!」

 

「分かってますよ。お金で何でもできると思ってる勘違い野郎よ!」

 

「君は男を漁りに来たくせに上等な男を見極めることもできない勘違い女だ!自分がどれだけ綺麗だと思ってる私に言わせれば顔は60点!体は40点!その他を合わせた総合点では平均以下だオマケに性格は私が出会った女性の中でワースト一位だおめでとぉぉぉ!!」

 

三夏がそこまで言ったところで美人は立ち上がると思いっきり腫れの惹かない足を再び踏みつけた。

 

AÏe, ça fait mal.!! ( ああ、痛い)

 

三夏は激痛のあまりソファーに倒れこんだ。

 

「あーら、ごめんなさい」

 

三夏を見下ろしながら美人が悪びれた様子もなく吐き捨てるように言う。

 

「まぁたぁ同じところを!!訴えてやる!!」

 

美人はそのまま三夏を無視してホテルから出かけて行ったのだった。

 

「ちっ…レディなフレンチガールに切り替えよう」

 

「何馬鹿なことやってるんですか?」

 

聞き慣れた声に三夏の動きが止まった。

 

「まさかそんなはずはないこれは悪夢か?よく似たガニ股のフランス人だと信じよう」

 

「ボンジュール博士。電話が繋がらなかったので直接お迎えに来ました」

 

「嫌だね私はまだ美人なフレンチガールとイチャつかなければならないという使命があるのだ!!お前はクビだ!さっさと帰りたまえ」

 

「社長命令です」

 

「いったい何をするというんだ!私じゃなくてもいいだろ!毎回毎回!何だ!?何か私に恨みでもあるのか!?そんな憶えはまったくないぞ!!」

 

杉山はしれっとした顔で書類を手渡した。

 

「戻らなければ減給だそうです」

 

「…………」

 

三夏は杉山に引きずられながら

 

「最悪だ!!」

 

そう叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一話で海外編が終わってしまった……orz

あ、今更ながらISの新刊が発売されましたね!!
いやぁ良かった良かった。

後書きを読みましたがイズル先生も相変わらずお元気なようで……(汗)
うん、これからも元気に頑張ってください!w


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8話

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜだ……」

 

三夏がそうつぶやいた。

 

家の電話がなり響き、インターホンが連打され、家の表からはシャッター音やニュースを読み上げるキャスターの声がする。

杉山と小清水はその対応に追われていた。

三夏は椅子に腰掛けテーブルに肘をついて頭を抱えている。

髪はかきむしられてボサボサになっていた。

 

「なぁぜぇこんなことになってるんだ!!」

 

「しょうがないじゃないですか! 一夏君がISを起動させちゃったんですから。世界で初めてならなおさらですよ」

 

そう、一夏が受験会場を間違え、ISを起動させるという大騒動を引き起こしたのだ。

現在、一夏は身の安全を確保するためインペリアル・コーポレーションに保護されている。

本人を捕まえることができないと判断したマスコミの餌食になったのは織斑家の面々だった。

主に三夏と小清水であるが。

 

「私の平穏は!? どこだ! いったいどこへ飛んで行ってしまったんだ!! なぁんでぇIS学園と藍越学園を間違えるんだ、どうやったら間違えられるんだ。もはやマヌケとしか言えん! 今世紀最大の大マヌケだ、文字もまともに読めないで高校受験とは笑わせるぅー! だいたい試験官も試験官だ、女子校に男子が受験に来るはずないないだろ、それ以前に見た目で分かるだろ! 男と女の区別もつかない眼球ビー玉ポンコツが教師で、しぃかぁもぉ試験官になることが信じられん! 採用した国と教育委員会に抗議申し立てをしてやる。そぉしぃてぇ何で男がISを動かせるんだぁー、これは策略だ! あの不思議の国のウサギ耳アリスの策略だ、私を過労死させるつもりなんだ!! ここしばらく私は清々しい朝の目覚めを経験したことがないぞ! あのカシャカシャうるさい耳障りなクソ記者どものシャッター音は、お前の朝ドラ臭以上に私を不快にする!!」

 

「知りませんよ! 人を指ささないでください!!」

 

不満を一気にぶちまける三夏。

 

「博士」

 

「今度は何ですか小清水さん!?」

 

受話器を手にした小清水が三夏に話しかけた。

 

「本社からのお電話です」

 

「電話?」

 

三夏は受話器を小清水から受け取った。

本社が何か対策を練ったのだろうと三夏は考えていた。

 

「お電話代わりました織斑です」

 

その考えは間違ってはいなかったが、三夏にとっては最悪のモノとなってしまうのだった。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杉山と三夏は社長室のソファーに座っていた。

 

「珍しいですね。社長室に呼び出しなんて」

 

「あのヒッキーがどういう風の吹きまわしかねぇー。直接話すなんて……」

 

「あの、博士は社長とは会ったことあるんですか?」

 

「当たり前だろ。何だ君は会ったことすらないのか?」

 

「……一度も」

 

「なら何も期待されていないということだ。次の就職先を探すことをオススメする」

 

「本当ぉに嫌な人ですね!!」

 

「んふふふふーー」

 

テーブルに足をかけてくつろぐ三夏が、杉山の疑問に答え、ついでにバカにしている。

 

「それにしても話っていったい……」

 

「どーせまたくだらない仕事を押し付ける気だ。やっぱり帰る、私の代わりに話を聞いておきたまえ、そして断っておくのだ」

 

「ダメです。いい加減怒られますよ」

 

「誰が私を怒れるモノか。いいか私はこの会社のナンバーワン科学者だぞ? 私がどれだけインペリアル・コーポレーションに貢献してると思ってるんだー。誰がどう説教してきても逆に論破してくれるわぁ」

 

「博士に苦手な人はいないんですか……」

 

「愚問だねぇ、いるはずないだろー。私にめげずに食い下がってきた史上最大の愚か者は今までにたった一人……」

 

社長室の扉が開き一人の女性が入って来た。

得意げに語っていた三夏の口と動きが止まる。

 

「はじめまして、社長代理を務めることになりました。西野です」

 

しばらくの沈黙。

 

「杉山君訂正しよう、今までに私に食い下がった史上最大の愚か者は二人だ」

 

「へ?」

 

それはフランスで三夏の足を踏みつけたあの美人だった。

 

もう一人は誰なのであろうか。それはまたの機会に語られることになるだろう。また近いうちに必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、本題に入りたいと思います。織斑博士、あなたのお子さんの「お子さんでぇはぁなぁくぅ居候の一夏君でーす。お間違えにならないようにー」……」

 

「博士!!」

 

「ふん!」

 

三夏はふてくされたようにテーブルから組んだ足を降ろさないでいる。

 

「……そこで一夏君は我が社の企業代表としてIS学園へ入学することが最良の手だと考えています」

 

「そうですか電話で済む話をわざわざ呼びつけて聞かせてくださってありがとうございます感謝で怒りが湧いてきます話は以上ですか?私は帰ります」

 

「待ちなさい。誰が終わったと言いました?」

 

立ち上がった三夏を西野が呼び止めた。

 

「あなたにはIS学園へ出向し、彼のデータ採取を命じます」

 

「お断りします」

 

「聞き入れられません」

 

「あなたに何の権限が」

 

「私は社長代理です」

 

「社長はどこです? 私が直接抗議します」

 

「社長は南極で休暇中です」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだあの女は! いいかよく覚えておきたまえ、あれが女尊男卑に汚れた愚かな生物の姿だ!」

 

「…………」

 

会社の廊下を、盛大に不満を撒き散らしながら白衣を大きくはためかせ早歩きする三夏。杉山も急いでその後に続いている。

 

「だいたい何だ? 南極で休暇だと!? ペンギン観察でもしてるのかー! どっかの某アニメよろしくセカンドインパクトで真っ赤な海の生物が生息することのできない死の土地になってしまえ! 少しはマシになるだろう!」

 

「はぁ……」

 

「あー南極に研究しに行きたくなっちゃったなー、例の生物を卵まで還元したくなっちゃったなー、よし! しばらく私は留守にするからそのつもりで」

 

「バカなこと考えないでください!!」

 

「あーもう最悪だー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園校門前。

そこに三夏と杉山の姿はあった。

 

「帰りたくなってきちゃったなぁーー!!!!」

 

両腕を振り上げ叫ぶ三夏。

 

大声で生徒たちを指さして文句を言う三夏に杉山は呆れていた。

 

「ダメですよ」

 

「見てみろ、全員同じ安物のジャージを着せられ集団行動を強制されている、まるで強制収容所じゃないか。さっきスカートの下にジャージを着て、ヘルメットをかぶってる娘がいたぞ、いったい何がしたいんだぁぁ!!」

 

「学校は収容所なんかじゃありません! 学生のみんなが青春という人生において貴重な時間を謳歌するところです!」

 

「青春など糞だ! そしてここは多額の無駄金がかけられた最高級の肥溜めだ!! 税金泥棒め逮捕されてしまえ」

 

「一生懸命に勉学や部活に精を出すことのどこが糞なんですか!」

 

「勉強は自力か通信教育でもしてれば身につく、部活なんぞ汗臭いだけだ、何の得があるのか理解不能だねぇ」

 

「プロになった子だっているはずです!」

 

「ほぉーなら君の知り合いにいるんだな?」

 

「い、いませんけど……」

 

「それ見ろぶぁーか。プロになるような連中は親が自分の欲を満たすためだけに幼少期から好きでもないスポーツを子どもにやらせ、まるで自分が望んでやっているかのような幻覚を植え付けた上で、大金はたいて教育したマインドコントロールチルドレンだ」

 

「と、友達作りなんかもあります! 豊かな人間性や社交性を養うんです!!」

 

「高校の人間関係が将来役に立つことはありましぇーん。せいぜい困ったときの金をたかる資金源の一つにしかなりましぇーん。豊かな人間性や社交性を養うー? そのくだらない仲間意識がいじめ問題を引き起こすのだ、このアッパラパーの朝ドラめぇ」

 

「どうしてそんに偏屈にしか捉えられないんですかあなたは!!」

 

「それが現実だからだ。ー光と闇は表裏一体なのだ。お前の言う御伽の国のような理想も、確かに現実に存在するのかもしれない。だがそれと同時に真逆の現実も存在するということを忘れるな朝ドラぁ」

 

「うぅー!バカー!!」

 

結局いつものごとく口論になってしまう二人。

そこへ黒いスーツを見にまとった女性がやってきた。千冬である。彼女はドイツから帰国した後に、現役を引退してIS学園へと正式に就職したのだった。

 

「待ってたよ、兄さんに杉山さん。ついて来てくれ、理事長のところへ案内する」

 

二人は千冬に続いて学園内へと足を踏み入れた。

 

「わーでっかい食堂!! 博士、見てくださいよ」

 

「嫌でも目に入ってくる。あースタ◯バックスまで往復2時間もかかるなんて悪夢だー帰りたいーー」

 

「それぐらい我慢してください!!」

 

「こんな人工島沈んでしまえばいいんだー。B級映画の撮影ぐらいには使えるだろう」

 

IS学園は海を一部埋め立てて造られた人工島である。通称、学園島と呼ばれていて本土との行き来はモノレールか東側に一つだけ造られた連絡橋でしか不可能なのである。なぜこのような設計なっているのか、理由は簡単で防犯対策である。

 

「相変わらずだな兄さんは……」

 

苦笑いを浮かべる千冬であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室。

千冬がドアを開けるとそこには白髪の女性の姿があった。まるで貴婦人のような優雅な雰囲気を漂わせている。

 

「ようこそ。どうぞお掛けになってくださいな」

 

そう言われ、杉山は恐縮したように三夏はふてくされたように椅子へ腰を下ろした。

 

「では、これからのあなた方の教員生活についていくつかお話をしたいのですが……」

 

「まぁってください。私はただ連れて来られただけで、まだ引き受けたわけではありませんよ」

 

「博士、まだそんなこと言ってるんですか……」

 

ため息をつく杉山。

 

「いいか教職なんてのは汚物だ!! 私は学校とガキが嫌いだ。そしてここは女尊男卑を子供たちに刷り込ますための洗脳機関だ!!」

 

「失礼ですよ博士!!」

 

理事長は三夏の言葉を聞いてもいたって平静だった。

そして三夏に尋ねた。

 

「それではどうしたらいいのです?」

 

「三回回って僕と契約してIS学園教員になってよ! と言ったら考えなくもありませんがー?」

 

「あらあら、面白い方ね。ふふふ」

 

「私は割と本気ですが?」

 

しばらくの沈黙。

二人のそんな空気に耐えかねた杉山は勢いよく立ち上がり、頭を下げて謝罪した。

 

「すいません!決して悪い人ではないんですが! 性格にちょっとだけ問題が……」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味です。ほら博士も早く謝ってくださいよ」

 

「いーやぁだぁねぇー、いーやぁだぁねぇー、あんで私が謝らないといけないんだぁー、絶対にいーやぁだぁねー、謝らないよぉーだ」

 

「子どもですがあなたは!!」

 

テーブルに投げ出した足をバタつかせる三夏。

 

理事長は笑みを絶やさない。

 

「何も謝ることはないですよ。ユーモアあふれるとっても素敵な方ですね」

 

「す、すみません!」

 

すると理事長は立ち上がり三夏に近づくと静かに耳打ちした。

内容は杉山には聞こえない。

 

「もちろんお礼はします。あなたとの個人契約として1000万ではいかが?」

 

ピクリと三夏が震えた。

 

「3000万です」

 

「1500万では?」

 

「2500万」

 

「あらあら、じゃあ2000万」

 

「理事長さん! これからよろしくお願いします!!」

 

「はい。こちらこそ」

 

三夏はすぐさま理事長の両手を掴み取って頭を下げた。

理事長も微笑んで頷いた。

 

「え?」

 

いきなりのできごとに杉山は唖然とすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室のドアが開き三夏と杉山が出てきた。

 

「あ、兄さん」

 

表で待っていた千冬が声をかける。

 

「行くぞ!」

 

「は?」

 

「私の研究室へ案内したまえ。久々に金になる仕事だ!」

 

三夏はそのまますたすたと歩いていってしまった。

 

「杉山さん。どうしたんだ兄さん……さっきとはえらく態度が違うんだが?」

 

「千冬ちゃん!!」

 

「は、はい」

 

「千冬は絶対にあの人みたいに汚れちゃダメだよ!」

 

大方の予想がついた杉山は千冬に懇願するような眼差しで言った。

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

「帰してくれー、頼むーやっぱり無理だー、床がフローリングじゃなぁーい、畳は嫌だぁー、ベッドがなぁーい、布団じゃ寝れなぁーい、トイレにウォシュレットがついてなぁーい、いつも使ってる抱き枕がなぁーい、小清水さんの手料理が食べれなぁーい。頼むー、帰してくれ、お願いだー、あの部屋は悪夢だー、ゴミ溜めだー」

 

「もうわがまま言わないでくださいよ」

 

食堂に三夏たちの姿があった。

 

現在IS学園では、教員用、生徒用ともに部屋が不足していた。

用意された部屋は一つで、しかもそれは杉山のものだっだ。よって三夏は家族である千冬のところへ住むことになったのだが、千冬の部屋は、教員用の部屋の中で一番質素に造られていたのだ。

そして、部屋のいたるところに転がるビールの空き缶やゴミ袋を見て、三夏はさらに絶望した。

 

「本当にすまない兄さん……」

 

申し訳ないように謝る千冬。

ゴミはともかく、部屋の造りに関しては千冬が望んだものだった。住めればどんな部屋でもかまわない、まさに男らしい考え方だ。

 

「あのババアにはめられたんだ!!」

 

「人聞きの悪いこと言わないでください!! 失礼ですよ!!」

 

「うるさぁーい!! 断固抗議してやる! すぐに部屋を増設しなければ私はここを辞める」

 

「もう……」

 

しかし、そうは言ったものの、杉山にも若干の不安があった。

食事は食堂で摂れるとして、掃除洗濯も、まともにできない二人が、果たして共同生活などできるのだろうか。

 

織斑さん家の共同生活は早くも佳境に入ろうとしていた。

 

「最悪だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




僕は友達が少ない が実写化されるらしいですなぁ……。
ひぐらしの二の舞にならないことを祈りましょう(汗)

普通にアニメ映画にすればいいのに…orz


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9話

 

 

「……一睡もできなかった。痛い痛い痛い関節が痛い…」

 

布団で丸くなった三夏から悲痛な小さな叫びが聞こえてくる。

 

「兄さん起きろ。朝飯が食べれなくなるぞ」

 

すでに着替え終わっている千冬が、三夏を起こしにかかる。

 

「まだ8時じゃないかー。それに今日は休日だー」

 

「食堂が開いているのは、朝の9時、昼、夜の6時から8時までなんだ。休みもそれは変わらない」

 

「やっぱり集団生活はいやぁぁぁぁ!!」

 

上半身だけを起こした三夏は枕を布団へ投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杉山の部屋。

 

三夏と千冬の二人が、テレビをのんびりと眺めている。仕事もひと段落し、後は新入生たちを迎え入れるだけだ。よって今は暇なのである。

 

ちなみに一夏はいったん帰宅している。今は小清水の手料理を頬張っていることだろう。

 

「あの……何でいるんですか?」

 

杉山が三夏に尋ねた。

 

「暇だからだー、そしてこの部屋はフローリングだからだ。早くお茶の一杯でも用意したまえ。そんなんだから行き遅れるのだ、もっと気を使え」

 

「い、行き遅れてなんかいません!! 私はまだ26です!」

 

「四捨五入で30歳じゃないかー、行き遅れ行き遅れ行き遅れー、ふははははーー」

 

「四捨五入ってなんですか! デリカシーが無いんですか!! そ、それにあなただって行き遅れのはずですよ!!」

 

「どーだかなー、早くお茶を持ってこーい」

 

行き遅れ、のワードに千冬も反応していた。

彼女も、もう二十歳を過ぎている。結婚していてもそれほどおかしくはない年齢だが、今の彼女には彼氏どころか想いを寄せる相手すらいない。

それは彼女も少しは気にしていた。

気にしてはいたのだが、今は忙しい、いずれ機会がくるはず、と適当な理由を付けて誤魔化しているのだ。

 

「運命の相手か……」

 

千冬は小さくそうつぶやいた。

 

「ん?」

 

視線に気づいた三夏が千冬の方に首を向けた。

 

「……いや、無いな」

 

千冬はまた視線をテレビ画面へと移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここの教会では、近くの孤児院から子どもたちを招いたパーティが開かれています』

 

テレビはニュース番組になっている。

教会での催し物などの映像が流れ、子どもたちの笑顔が映っている。

リポーターはキリスト教の慈善事業や活動を説明していた。

 

「いい人たちですね〜」

 

杉山が感心したように言った。

ちなみに千冬は用事ができて職員室へ行ってしまった。

 

「どこがだ。あーつまらん、他に何かやってないかなぁー」

 

三夏はリモコンを使い適当にザッピングする。

 

「最近の日本人は、そう言うことに無関心すぎです!」

 

「ふーん」

 

力説しだす杉山に、それをまったく聞いていない三夏。

よく見る光景だ。

 

「博士は自分の家がどんな宗教に入ってるのか知ってますか?」

 

「興味なぁーい、神道かなんかだろ。知らなくても困らない」

 

「はぁ……」

 

「だいたいな、奴らが必要に人を勧誘する理由を知ってるのか?」

 

「それは……みんなに幸せになって欲しいからじゃ」

 

「本気でそう思ってるのか?」

 

「はい!」

 

「はははー、笑わせる。このピーマンめ、頭空っぽめぇー」

 

「空っぽじゃないもん!」

 

「功罪相償う」

 

「え?」

 

「罪過はあるが功績があるので大目にみられる、という意味だ。キリスト教において功績とは善行。善行とは他人を助け幸せにすることで生まれるものだ。だから連中は人を助ける。そして善行のもう一つはキリスト教の布教。イエスの教えを広めることは、多くの人間を助けることと同義だからな。つぅまぁりぃーあの熱心なキリスト信者たちは、自身の今の幸せと死後の平静、新たな命を得るために人を助けているんだよ。まさに私利私欲で人間らしいじゃないか、人のためと言いながらすべては自分のためなのだ。自分のことしか考えていない自己中心的人間の集まりだな、実に滑稽だ面白い!」

 

「…………」

 

「以上の見解を聞いてもキリスト教へ鞍替えするなら止めはしない」

 

「鞍替えなんてしませんよ! そんな話じゃなかっでしょ!?」

 

「宗教なんて人類最大の派閥のようなものだー。宗教は人を救う? よく言ったものだ。宗教の対立は戦争となり、万人の命が失われたことを都合よく棚に上げるな、バカどもめ」

 

「……博士は神様を信じてないんですか?」

 

「神も仏も天国も地獄も何も信じていない。有りもしないものをどう信じろと言うんだ」

 

「そんなの分からないじゃないですか!」

 

「誰も会ったこともなければ、見たことも、行ったことも無いんだ。存在を証明するものは何も無い」

 

「そんなのただの仮説じゃないですか」

 

「だが、もっとも合理的な意見だ、すべて説明できる。人は偶然によって、その個の存在として生まれ、グダグダと人生を過ごし、死んで土に帰る。そして、その養分は地球に蓄えられ、再び新たな生命を生む。実に論理的で筋が通ってる。いいか、神も仏も天国も地獄も存在しない、それは愚かな救いばかり求めている弱者たちが、自分たちに都合よく創り出した幻想だ。それと、もう一つバカな君に教えてあげよう。君は寺の坊主と聞いて何を思い浮かべる?」

 

「お、お経」

 

「他には」

 

「質素倹約……?」

 

「お前の頭は昭和一桁だな笑えてくる」

 

「?」

 

「坊主は貧乏なんかじゃないぞ。ヘルメットかぶって、原付に乗ってる姿は、ただのイメージ操作だ」

 

「そうなんですか?」

 

「奴らが高級外車をどれだけ好き勝手に乗り回してると思ってる? 寺の地下にはバーまであるんだぞ?」

 

「はぁ!? ありえませんよ」

 

「寺と言うのは宗教法人だ。よって税金は免除される。寺の周りには、やたら駐車場や保育園があるだろ? 巻き上げた金は、そっくりそのまま寺のものだ。何にどう使おうが自由。ほとんど坊主が本職を副業的扱いにしてる。いいか、宗教なんてのはそんなものだ」

 

「…………」

 

「さて私は出かける」

 

三夏はおもむろに席を立つと上着を羽織り部屋を出て行った。

 

「そんなことばっかり言ってると絶対バチが当たりますからねぇー!!」

 

悔し紛れに杉山が叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三夏はス◯ーバックスの前にいた。

モノレールに乗りさらに移動すること二時間。

 

「遠い! やっぱり遠すぎる! 抗議文の中に、スタバの食堂への出店も入れておくべきだった」

 

文句を言いながら店内へ入る。

比較的空いているようで、レジの前には二人が並んでいるだけだった。

三夏も、緑の髪をしてメガネをかけた少女? の後ろへと移動する。

 

「ん?」

 

三夏の第六感を何かが刺激した。

 

「朝ドラの臭いがする……」

 

鼻を動かす三夏。もちろん本当に臭いがあるわけではない。

三夏はそれから辺りを見回すが杉山の姿はない。当然だろう少し前にIS学園においてきたのだから。

 

「気のせいか……?」

 

一人目の注文が終わり緑の髪の女性の番となった。

 

「え、えっと…き、キャメルフラベティーノの…えっとえっと…どうしよう…あ、やっぱり抹茶も……やっぱりキャメルにしよ。これの…ど、どうしよう……読み方が分からない……うぅぅ……グ…グ?……あわわ、ごめんなさい……今、注文しますから!読めますから!大丈夫ですから!」

 

半泣きになる少女に、店員も苦笑いをしている。ここまで言われてしまっては、店員も読み方を教えてあげることができない。

 

三夏は、かなりイラついていた。

 

「えっと…グ…グ…グライト? …ちがうなぁ…うぅどうしよう……「グランデのキャメルフラペチーノをご用意して差し上げてください! 早急に!! ついでにベンティカプチーノも一緒に!」ひぇ!?」

 

「か、かしこましました。店内でお召し上がりですか?」

 

「はい!」

 

我慢できずに三夏が割り込み、代わりに注文をした。いきなりのことに少女は驚いて怯えた声を出し、店員も困惑しているようだ。だが、三夏の剣幕に負けてしまい注文を受け取ってしまった。

 

会計を済ませ商品を手にした三夏が、少女にキャメルフラペチーノを渡す。

 

「あ、ありがとうございます……。今、お金を」

 

「いえ、結構。もう二度と私の前で、まごつかないことを約束してくれれば安いものですから」

 

「す、すいません…うぅ……」

 

三夏は席へとついた。

先ほどまで空いていた店の中にはかなりの客が来ていた。皆、それぞれ場所取してから注文へ行っているため、空いている席は少ない。運が良かったようだ。

 

「あ、あの…すいません……」

 

「はい?」

 

あの少女が三夏に話しかけた。

 

「一緒に座らせてもらえないでしょうか……? あ、あの…席がどこも満員で……」

 

「……どうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

少女は嬉しそうに三夏の向かいの椅子へと腰を下ろしたのだった。

低い背丈、サイズがあっていない大きめのメガネ、あどけない表情、高校生だろうかと三夏は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから三夏と少女は、たわいも無い話に花を咲かせるわけでもなく、ただただ自分が注文した商品の量を減らしていた。

 

「あ……」

 

少女は突然立ち上がり席を離れた。

少女が向かった先には、開かない自動ドアの前で店員が四苦八苦していた。どうやら故障のようだ。

この店には出入り口は二つある。特に気にすることはないだろう。

 

「あの!」

 

少女が戻ってきた。

 

「…………」

 

「あの!」

 

あえて無視していた三夏だったが、何度も話しかけてくる少女に仕方なく折れた。

なぜ無視していたのかというと、嫌な予感がしたからだ。

 

「なぁんでぇすぅ?」

 

「白衣を着てますが、雰囲気的にお医者さんではありませんよね。もしかしてエンジニア系のお仕事をしてますか?」

 

「えぇ」

 

「良かった! ドアを診てあげてくれませんか? 電気系統の接触不良みたいなんですが……」

 

「もちろんお断りします」

 

「あり…えぇ!? どうしてですか!?」

 

「まず一つ、業者を呼べ。二つ、こんなくだらないことで私を働かせるな、私の技術はそんなドアごときを直すためにあるものではない」

 

「…………」

 

「第一、出口なら別にありますが?」

 

「向こうのドアは自動ドアじゃなくて手動なんです。それに、たいして広くありません。お店にいるお客さんの中にはベビーカーを使ってる人もいますし、もし車椅子で来たお客さんにも通れません。業者さんを呼ぶと確実に2時間はかかるんですよ?」

 

「ですねぇ」

 

しれっと答える三夏。

 

「何とも思われないですか!?」

 

「運が悪かったと思いますー」

 

「…………」

 

「さて、私は帰ることにします。幸い私はあちらのドアから出れますので」

 

少女はとっさに三夏の腕を掴んだ。

あ、こいつだ。と三夏は思った。この時点で三夏の直感は確信に変わる。

先ほどの朝ドラ臭はこいつからだ。こいつは杉田と同類だ。

 

「放してくれませんかね?」

 

「嫌です。あなたが直すとおっしゃってくれるまで放しません!」

 

どうやら本気で言っているようだ。三夏も少女の目を見てそれを理解した。

 

「……いいだろう直そうじゃないか。ただし修理費は君に請求する」

 

「おいくらですか?」

 

「20万だ」

 

「た、高すぎます!」

 

「嫌なら私はこのまま帰るが?」

 

うつむく少女。

これで少女も諦めるだろうと三夏は考えていた。

だが、それは甘い考えだった。

 

「……分かりました」

 

「は?」

 

「私がお支払いします!」

 

少女は、はっきりとそう言い放ったのだった。

 

「杉山以上にバカな奴がいた……」

 

三夏は呆れ返ったと言うより、絶望に近い何かを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

IS学園、食堂にて。

時刻は8時を過ぎてもう9時30分になろうかとしていた。

三夏が、生徒に混じって食事をするなど死んでもごめんだと駄々をこねたため、特別にこの時間に食堂を開けてもらっているのだ。

 

今は春休み中なのだが、期間が短いため、海外から入学していたり、日本人なのだが、実家が遠かったりする現2年生と現1年生のほとんどは、帰郷せずに学園に残っているからである。

 

「博士、どうしたんですか? そんな顔して……」

 

「うるさい話しかけるな、朝ドラ。私は日本の将来を案じているんだ、これ以上君のような朝ドラヒロインが増えないことを心の底から願ってる」

 

「何だか知りませんけどバカにされてますよね私!?」

 

「はぁ……」

 

三夏は深いため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だこれは?」

 

部屋に帰った三夏が見たものは、テーブルに置かれた空の缶ビールと半分まで入っている日本酒の一升瓶だった。

その横には顔を赤くし酔いつぶれた千冬の姿。

 

「さっき後輩の教師が押しかけて来てな……ヒック…ヤケ酒と愚痴に散々付き合わされたんだ……。あそこまで酷い姿は初めて見た……ヒック……」

 

「私は君のそこまで酷い姿を初めて見た。そうだ記念に一枚写メっておくとしよう」

 

「うるさい……まったく山田君はどうしたんだ……」

 

「山田君?」

 

「山田真耶……今言った後輩の名前だよ」

 

「何だ、その上から読んでも下から読んでも新聞紙みたいな名前は」

 

「あー……とにかく私は寝る。雑魚寝だ、雑魚寝……」

 

千冬はスーツの上着を脱ぎ捨てるとネクタイを緩めて、そのままひっくり返り寝てしまった。

 

「この姉の姿を弟に見せてやりたい」

 

シャツ一枚で眠ってしまった千冬に、毛布すらかけてやらないのが三夏である。

一夏の入学の間近のことであった。

 

 

 

 

 

 




次回からいよいよ原作1巻に突入します。

さてさて、ヒロインズはどんな一夏争奪戦を繰り広げるんでしょうかねぇww

ちなみに作者はブラックラビッ党員であります。



追記。

すいません…10話を投稿したんですが気に入らなかったため削除しました(>_<)

10話は再編してから投稿いたしますm(__)m

今後もたびたびこの様なことがあると思いますがご容赦ください……。
なるべくしないようにいたしますので……(;_;)






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10話

昔書いたある作品をそのままぶち込んでます。



インペリアルコーポレーション本社に一台のXJジャガーが停車した。

ジャガーの前後には黒塗りのセダンが護衛についている。

セダンとジャガーにはインペリアルコーポレーションのロゴマークがペイントされている。

 

車から白衣ではなく珍しくスーツ姿の三夏が下りた。

 

社内に入ると西野が一人、立っている。

 

「私はあなたの教育係りではないんですがね、社長代理どぉのぉ」

 

「私も不本意ですが社長直々の指示とあれば仕方ありません」

 

今日はクライアントとの会議だ。社長代理を務めている西野の補助として三夏も同席することとなったのだった。

今までは基本的に社長と開発部門主任の三夏の二人だった。

 

 

 

 

ここでインペリアルコーポレーションと言う企業を説明しておこう。

 

その活動は兵器の製造開発、政府・民間からの依頼を受けた施設などの警備、ISの開発と幅広い。

警備のため私設部隊も有する。

社名『インペリアル・コーポレーション』。会社ロゴはクラウン・クラウンと言い、王冠をかぶった道化を使用している。

また、社内にはI.S.S.(Imperial Security Serviceの略)と呼ばれる保安警察があり、主に幹部の警護等を行う他に、公にはできない特殊任務にも従事している。

(日本ではIS開発以後、それを扱う企業などは警察機関を持つことを許可した)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右手を上げて敬礼した方がよろしいですかぁ?」

 

会議室のドアを開けた三夏が言う。

それは椅子に腰掛けている男性の胸元に輝く第一級鉄十字勲章を見ての発言だった。

 

「無用だ。これは家に伝わる家宝のようなものだ。ナチ崇拝をしているわけではない」

 

「それは失礼しました」

 

三夏は悪びれた様子もなく椅子に腰掛けるとテーブルに足を投げ出して組んだ。

 

「彼女は?」

 

「我が社の社長代理です覚えておかなくても結構ですよー」

 

西野は三夏の背中を思いっきりつねった。

 

「〜〜〜〜っ!?」

 

「社長代理の西野と申します。以後お見知りおきを」

 

「うむ。よろしく頼む」

 

三夏は涙目でつねられた場所をさする。

 

「クソ暴力女だ……」

 

「何か?」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでぇ、本日のご用件ですが……。欧州第三支部の技術、並びに人員をあなた方に提供して欲しいとのことですが。……これだけの戦力の導入…戦争でも起こされる気ですか?」

 

ペラペラと書類をめくりながら三夏が言う。

 

「自己防衛だよ。ただのね」

 

西野が発言する。

 

「待ってください。それは正式なご依頼として受理してもよろしいのですか?」

 

その問いに男性は答えない。

代わりに……

 

「それ相応の額を出そう」

 

「分かりました」

 

話はまとまったようだ。

三夏は読んでいた資料をテーブルの上へ投げた。

 

「では私たちはあなたに会ったこともなければ存在すら知らない、こんな密会は無かった、よろしいですね?」

 

頷いた男性に突如ノイズが走りし姿が消えた。

 

「続いて議会を開催します」

 

西野の言葉にテーブルには10人ほどのスーツ姿の男女が現れた。

すべてホログラムだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランス支部パリ本部の実験進行状況は以前として変わりません。なお生産体制に問題はありません」

 

「ロンドン本部も同様です」

 

「同じくイタリアもであります」

 

たんたんと西野へと業務報告が伝えられてゆく。

 

「分かりました。では次の議題に移ります。北米支部、例の件について報告をお願いします」

 

「はっ」

 

北米支部の責任者が報告を始める。

 

「先月、何者かが我が支部のメインサーバーに侵入し支部の見取り図を奪取していきました。幸い機密情報は何重ものプロテクトのおかげで無事でありました」

 

どよめきが起きる。

 

「……静粛に。他には?」

 

「今のところ異常はありません」

 

「分かりました。各支部へ通達します。警戒体制のレベルを通常から5に引き上げます。十分注意するように」

 

全員が了解の意を示したところで議会は終了した。

 

「どう思いますか織斑博士」

 

「十中八九、篠ノ之束で間違いないでしょうね」

 

「やはりそうですか。I.S.S.に捜査をさせた方がいいですね」

 

二人のこのもの言い。犯行の動機を考えない態度。どうやら二人には束が何の目的で北米支部にハッキングをしかけたのか見当がついているようだった。

 

「ご懸命な判断だと思いますよー。では、この私が直々にI.S.S.の指揮をとりましょう」

 

「ダメです。あなたにはIS学園での職務があるはずです」

 

「いやしかし……」

 

「異論は認めません」

 

「相手はキチガイn「異論は、認めません」……」

 

 

 

 

 

 

 

真っ白な廊下を三夏が早歩きしてゆく。

 

「あの融通のきかないブスめがぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅で一人の少女が立ち往生していた。

改札の電光掲示板には緊急事態の文字が流れる。

避難を促すアナウンスが虚しく響く。すでに駅には誰もいない。それどころか街自体から住人が消えてしまったようだった。

 

「ったく!何なのよいったい!……」

 

少女は悪態をつきながら近くの電話ボックスまで歩くと乱暴に受話器を取り耳に当てた。

だが受話器からは駅と同じアナウンスが流れているだけで使えない。

少女の額に怒りの筋が浮かぶ。

彼女は起こっていた。何年も疎遠だった父親から突然呼びつけられたのだ。ただ「来い」と書かれた手紙一枚で。

 

碇アスカ。それが彼女の名前だ。

 

そして手に持っていた写真へと目を向けた。

そこには黒髪の綺麗な女性が写っている。横にはペンで私が迎えに行きますと書かれており、さらに胸に矢印を引っ張りここに注目とも書かれている。

いったい何がしたかったのだろうか。少女にはその意味がまったく分からなかった。いや、分かりたくもなかった。

 

「迎えに来るなら早くしなさいよ!」

 

そう叫んだそのとき人影を見た。

銀髪、紅眼の少女がこちらを見つめていた。

 

一瞬の沈黙。

 

鳥が羽ばたく音が聞こえた。誰もいない静寂の中で羽ばたきの音はとても大きかった。その音に気を取られ目線を戻すと少女の姿は無くなっていた。

 

「……な、何なのよ。あたし変なもんにとり憑かれてたりしないでしょうね」

 

アスカは不気味に思い少女を見なかったことにしたのだった。

 

突然、地面が揺れた。

地震ではない。何か巨大なモノが歩くように。

 

「こ、今度は何なのよ!?」

 

アスカの目に怪物の姿が映り込んだのだった。

 

「は?」

 

あまりの非現実的な光景にアスカは立ち尽くしてしまった。

 

UNと書かれたVTOLやミサイルが怪物を攻撃するがまったく効果は出ていない。

終いにはVTOLが撃墜されアスカの頭上から降ってきた。

 

「きゃあぁぁぁぁ!!ふ、ふざけんじゃないわよ。あたしが何したっていうのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青いルノーが滑り込んできて少女を助けた場面がテレビから流れている。

 

ピッ。

 

突如、画面が真っ暗になった。

 

「あー!」

 

「あーじゃありせんよ。なに人の部屋でのんびりDVDを見てるんですか!?」

 

杉山はリモコンをテーブルの上に置くと腰に手を当てて三夏に文句を言う。

 

「見たいから見ていたんだ」

 

「そういうことは自分の部屋で!」

 

「あぁのぉ部屋にはテレビはおろかラジオすらない! そして私はあのゴミ溜めにはいたくない! 毎晩毎晩増えていく酒の缶やら瓶を見ていると恐怖すら覚える!」

 

「人を指ささないでください。……掃除ぐらいしたらどうですか?」

 

「私に掃除の知識などない」

 

「はぁ……って、もうこんな時間。博士、行きますよ」

 

杉山は時計を確認すると三夏の腕を引いた。

 

「どこに?」

 

「入学式ですよ! 一夏君の記念日です。ほら行きますよ!」

 

「断る! 私はそんなくだらない式に出席するつもりはない!」

 

「はいはい」

 

「待て何をする! 放せ! はぁなぁせぇー!」

 

杉山は三夏を引っ張り部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大ホールでIS学園の入学式が行われていた。壇上で生徒会長がお祝いの言葉を述べている。

 

「何だか甘酸っぱい気持ちを思い出しますね」

 

「私は誰かが吐いた牛乳を拭いた雑巾の臭いしか思い出さないね。反吐が出そうだ」

 

杉山の発言にあからさまに嫌な顔をする三夏。

 

「みんなしっかりしたいい子たちみたいですね」

 

教師のために用意されたスペースで杉山が笑いながら言う。

 

「どこがだ私には腐った蜜柑にしか見えないがな」

 

「またそんなこと……」

 

「見てみたまえぇ、あのガキどもの自信に満ち溢れた表情を。たかだか15、6でもう選ばれた人間気取りとは笑わせる。女が強い女が絶対だと信じてやまない差別大好きのバァカァなぁクソガキどもだ」

 

「そんなことありません!」

 

「今の世界に疑問も持たず、ただただ大人たちが敷いたレールの上を走ってる哀れな傀儡。彼女たちは時代に飼い慣らされた羊でもあるわけだ。」

 

「…………」

 

「そして、あそこで偉そうにくっちゃべってる生徒会長様が羊の群れの総締めというわけだ。羊飼いはさしずめ理事長といったところだな」

 

「彼女たちは差別家じゃありません! 必ず異議を唱えて立ち上がる子が出るはずです。世界を変えるために」

 

「ありえないねぇ。例えその先に崖があろうとも、みんなが進むその方向へ進む、それが群れというモノだ。まぁ、それはどぉでもいい、私には関係の無いことだ。全員崖から落ちて転落死すればいいさ、バカは死んでも治らないだろうがねぇ」

 

「あなたは何で物事をそんな曲がった捉え方しかできないんですか! もっと本質を見るべきです。ご自分の心で」

 

「本質ぅ? そんなモノは存在しない、物事の本質など誰も知ることはできない。個人の捉え方で様々に変わるんだよ。そして似たよった考えを持つ人間が多ければ多いほど、それは肯定される、多数決の原理だ。君が今まで本質だと思っていたモノはただの上辺だ。君個人の勝手な一つの考えにすぎない。この勘違い女め」

 

三夏はそのままホールから退場していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

一年一組の教室の前。

そこで三夏は固まっていた。ある人物を見たことに対する驚きからだ。相手もまた目を見開いて驚いている。

これがIS学園での山田真耶と織斑三夏の初めての出会いだった。

 

「……あ、あなたはあのときの」

 

最初に口を開いたのは真耶だった。

 

「なぜここに朝ドラ二号がいるんだ」

 

「まさか、あなたが織斑博士……?」

 

「どうしたんですか?」

 

すると三夏の裏から杉山がヒョコりと顔を出した。

 

「あ、もしかして真耶先生ですか? 初めまして一夏君の専属整備士の杉山です。それでこっちが……」

 

「管理官の織斑三夏です」

 

三夏は手を裏で組み反り返ると口を歪めて言う。

 

「……副担任の山田真耶です」

 

どこかギクシャクした雰囲気に杉山は首を傾げる。

 

「何ですか博士?」

 

「私は世の中の狭さというモノを今まさに痛感している」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん入学式おめでとうございます。私は副担任の山田真耶と言います。三年間よろしくお願いしますね」

 

教卓の前に立った真耶の言葉に生徒たちは反応しない。

どうやら一夏のことが気になって仕方がないようだ。

無理もないだろう。

 

「そ、それじゃあ自己紹介を……あ、その前に」

 

どうやら杉山と三夏のために時間を割いてくれるようだ。

 

「あちらのお二人は織斑君の関係者の人たちです。どうぞ自己紹介を」

 

そう促され照れながらも教卓の前に立つ杉山。

 

「みなさん初めまして。杉山と言います。織斑君の専属整備士という扱いになっていますが、他の先生方とあまり立場は変わりません。分からないところや質問があれば、ぜひ気軽に話しかけてください。よろしくお願いします。向こうの方は織斑三夏博士です」

 

どうせ三夏は自己紹介などしないと思い気を利かせる杉山。

生徒から拍手が聞こえ杉山は笑顔で頭を下げた。

 

「せっかくですから。何か特別授業のようなものをお願いできませんか? ISを研究している方のお話にはみんなも興味があると思いますし」

 

「え!? いやいやいや私なんかが」

 

「何でも好きなお話をしてあげてください」

 

生徒たちから再び拍手が沸き起こった。

 

「えーそうですか? しょうがないなぁ」

 

言葉とは裏腹に杉山は嬉しそうだ。

 

「えっとじゃあ……」

 

「はい、ちゅうもぉぉーく!!」

 

「きゃっ」

 

言いかけたところでいきなり三夏が杉山を押しのけて教壇に立った。

 

「えぇそれではぁ、私からみなさに覚えておいて欲しいことが一つだけありますぅ」

 

某人気ドラマの金○先生のような仕草と口調で語り出す三夏。彼は黒板にでっかく人という字を板書した。

 

「えぇ〜人という字はぁ人と人とがお互い支え合ってできているワケではぁありましぇーん!!」

 

三夏は腕を使いバツ印を作る。

そしていつもの口調でしゃべり出した。

 

「一人の人間が、両足を踏ん張って大地に立っている姿の象形文字です! 人は一人で産まれ、一人で生きていき、一人で死んでいきます。高校時代の人間関係は、この先の長い人生において、ほとんど役には立ちましぇん! それどころかくだらない友情で縛り付け、自由な人生を阻害する腐った鎖でしかありましぇぇん! そして、この学園は、みなさんに歪んだ世界観と価値観、先入観、差別意識を植え付ける洗脳の最終機関だ。あえて言いましょう。このクラスはいやこの学園はクソです! 腐った蜜柑だけの蜜柑箱です! この場にいるだけで吐きそうだ。山田先生、何でも好きなことをとおっしゃったのでお言葉に甘えます。自分たちは何の努力もせずに手に入れたこの世界はさぞかし居心地がいいことだろう、女は偉い優れている、だから劣等種である男は自分たちに従っていればいい、そう思うのも当然だ、だってみなさんは自分で考えることもしない愚か者だから。しかぁし! みなさんが踏ん張って立っている女尊男卑という大地は、雨が降ればすぐに崩れるボロボロの脆い大地でしかありません。篠ノ之束というキチガイが製作したISというわけの分からないモノによって成り立っている世界だ。そんな不安定なモノが支えである限りこの世界は長くは続かない! そのことをよく覚えて、この楽しい充実した三年間を楽しみたまえ。山田先生、私からは以上です」

 

「…………」

 

真耶をはじめ生徒の誰も何も言わなかった。

思い沈黙が教室を包む。中には三夏を睨んでいる者もいる。だが、

決して口は開かなかった。開けるはずもなかった。

一番前の席で一夏だけがため息をついている。

 

「自己紹介をするのならどうぞー」

 

 

 

 

 

 




夜の11時に投稿予約したはずなんですが僕のミスで昼に投稿されてしまいました(´・ω・`)

ご感想などいただけたら嬉しいです。


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11話

……初めに言っておきます。
私は悪くありましぇん!!


あと誤字脱字があれば教えてくださいm(_ _)m


 

三夏の衝撃的な話から数分後。千冬が現れ静まり返っていた教室は活気を取り戻した。

あの有名なブリュンヒルデだ。女子生徒が熱狂しないはずがなかった。各自の自己紹介も終わり。千冬の号令を合図に授業が始まった。

 

「……このクラスはバカしかいないな本当に救いようのない連中ばかりだ。まるで動物園にある猿山のようだ。隔離されたカゴの中でボス猿の指示に純情に従って機嫌をとっている」

 

「…………」

 

三夏の言葉に杉山は何も言い返さなかった。

授業の妨げになってはならないと我慢したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS基礎理論授業が終わり一夏は机に突っ伏して脳を冷やしていた。

インペリアルコーポレーションで基礎はそれなりに学習したので授業にはついていくことができている、がどうも雰囲気に馴染めない。教室の内や外では他クラスや学年の違う生徒まで集まり一夏に興味の視線を放ち続けているのだ。

まるでパンダ状態である。

 

「…………はぁ」

 

視線がウザイ。鬱陶しい、ではなくウザイと感じている一夏。

 

「ちょっといいか?」

 

そこには長い綺麗な黒髪をポニーテールにした一夏がよく知る美少女が立っていた。

相変わらずの仏頂面だ。

 

「箒か。久しぶりだな」

 

「一夏…お、覚えて」

 

「変わってなかったからな。すぐに分かったよ」

 

「そ、そうか……」

 

「それで、何か用か?」

 

「用が無ければ話しかけてはダメなのか?」

 

「……いや、久々に会ったんだ。声をかけてもらえて嬉しいよ」

 

箒は顔を赤くしてうつむいてしまった。照れ隠しだろうか。

 

「もう時間も無いか……。箒またな」

 

「…………」

 

「昼飯でも食べながらゆっくり話そう」

 

「え……」

 

妙に寂しそうな表情から一転し驚いた箒だったが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「と、ところで一夏」

 

「なんだ?」

 

「そのブーツ鬱陶しくないのか?」

 

箒は一夏が履いている黒いロングブーツを指差しながら言う。

 

「あぁ、これか……」

 

一夏の着用している制服は急ぎで仕立てられたモノとは思えないほど洗練されていた。機能性ではなく明らかにファッション性を重視している。一言で言ってしまえば非常にかっこ良いのだ。

インペリアルコーポレーションのデザイナーが制作したモノだ。ちなみに黒兎部隊の黒い制服もインペリアルコーポレーション製だ。

 

この制服には一夏を「世界で唯一の男性IS操縦者」としてではなく「世界で第一にISを起動させた男性」としてエリート視させる狙いがあった。プロパガンダの一環である。

 

すべては三夏の機転だ。イレギュラーをどれだけ自分たちにプラスとして扱えるか、ということだ。

 

「……これしか無いから仕方ないんだよ。変か?」

 

「そんなことはない。…その…似合ってる」

 

「そうか。ありがとな」

 

「そ、そろそろ私は席に戻るぞ。昼食の約束を忘れるなよ」

 

「了解。あ、箒」

 

「ん?」

 

「剣道全国大会の優勝おめでとう」

 

「なぜそれを知っているんだ!?」

 

「新聞に出てたからな」

 

「なぜ新聞など読んでいるんだ!」

 

「読みたかったから読んだ。納得したか?」

 

「…………あ、あぁ」

 

「ならよかった」

 

顔を赤らめ席に戻っていく箒を見送る一夏は一人の女子生徒が自分を見ていることに気づいた。

好意的ではない視線だった。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は刑法によって罰せられてしまいます」

 

二時間目の授業が始まり一夏は机の上に置かれた参考書を頬杖をつきながらパラパラとめくった。

そして疑問に思った。

すべての教科書にはISの機動性、攻撃性、制圧力などの基本的な性能の説明と運用規則などが記されている。

生徒にISは強大な力を持った兵器だと十分に理解させるためだろう。

だが、そうだとすればもう一つ重要な教育があるのではないか?

 

人を殺すための教育が。

 

どうすれば人は死ぬのか。

急所はどこか。

傷を追わせた場合どの程度で出血多量で戦闘不能になるかなど、まだまだ教えなければいけないことがあるのではないか?

そうでなければ兵器の意味は無いのだから。

 

IS操縦者が国防力に直結する昨今、この学園は軍事力の要ともいえるエリートたちを育てるための機関だ。あまりにも矛盾している。

 

「…………」

 

『世の中の常識には常に疑問を抱くことだ。それはただの常識であり物事の本質ではない。何者かによって都合よく捻じ曲げられた真実だ。世界は常にある特定の人物たちの利益のために捏造されている』

昔、三夏がそんなことを言っていたことを思い出しながら一夏は静かに授業を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとよろしくて?」

 

次の休み時間に先ほどの女子生徒が一夏に話しかけた。

カールした美しい金髪で欧州特有の雰囲気がある。

 

「ん?」

 

「まぁ!何ですの。そのお返事は」

 

「……めんどくさっ」

 

「なにかおっしゃいましたか?」

 

「いや、別に」

 

一夏は雑誌を読みながら女子生徒の話を適当に受け流している。

 

「その様子では私が誰なのかよく理解していないようですわね。知らないのなら教えて差し上げましょ「知ってます」……」

 

一夏は読んでいた雑誌を女子生徒に見せた。

これはIS関連の雑誌だった。

 

見出しには、各国の期待の星!代表候補生たちに聞いた!今週は英国特集。という文字がでかでかと書かれていた。

 

「英国の代表候補生、セシリア・オルコットさん。いろいろしゃべってたみたいだな。何々、ISについて熱弁?なかなか面白いね。もしかして俺にわざわざご教授しに来たのか?」

 

「…………」

 

「それで用はなんだ?」

 

「そ、それは」

 

「あぁ、出鼻を挫いて悪かった。エリート様にひれ伏す惨めな男の姿を拝みに来たんだろ?こんな態度で本当にすまない。ごめんなさい。謝るから許してください。これでいいかな?」

 

「あ、あなた人を侮辱するのもいい加減にしなさい!」

 

「別に侮辱したつもりはないんだけど」

 

「そちらにその気が無くとも……」

 

「私にはあるって?ま、人間関係なんてそんなモノだよなぁ。うん」

 

「勝手に納得して勝手にしみじみしないでくださる!?」

 

「オルコットさんもそう思わないか?」

 

「それはそうですけど…って違いますわ!話をそらさないでください!」

 

「熱くなってるとこ悪いんだけど、もう授業が始まるぞ?」

 

「くっ……」

 

セシリアは下唇を噛みながら悔しそうに去っていった。

 

「また来ますわ!逃げないことね!よろしくて!?」

 

「マジかよ」

 

「〜〜〜〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三時間目。

教壇には真耶ではなく千冬の姿があった。

真耶は杉山と二人で隅に立っている。ちなみに三夏はいない。どこへ行ったのかも分からない。

 

「この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明するが、その前にやることがある。再来週に行われる予定のクラス対抗戦に出る代表者を決める」

 

生徒がそれぞれ疑問を浮かべる。

 

「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席など…やることはクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大差ないが、競争は向上心を生む。よって一度決まると一年間は変更は無いものと思え」

 

クラスがざわめき立つ。

一夏は大した興味もなさそうに千冬の言葉を聞き流し窓の外を眺めていた。

 

「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

 

「はーい!織斑君を推薦します!」

 

「私もそれがいいと思います!」

 

一人の生徒がハツラツとした声で言った。それをきっかけに続々とあとに続く者も現れる。

一夏の顔が引きつる。

 

「……俺か」

 

すると一夏は手を上げた。

 

「断ります」

 

「選ばれた者に拒否権などない。選ばれたからには覚悟をしろ」

 

「その根拠は?」

 

「何?」

 

「ちふ…織斑先生は一見したらクラスの意見を尊重しているように見えますが、俺の意見はどうなるんですか?それとも俺はこのクラスの一員として認められていないんですか?」

 

「…………」

 

「第一、俺には何もメリットがない。世の中はギブアンドテイクですよ。無償のボランティアに参加する人間は他人を助けるという行為によって得られる自己満足と優越感に浸りたいだけだ」

 

クラスが静まり返る。

すると真耶が一夏に向かって口を開いた。

 

「織斑君。人のために何かをやるという行為は見返りなんて関係無く喜びが「ありません」っ……」

 

一夏は真耶の言葉を清々しいまでに一蹴した。

 

杉山は涙が出そうだった。

 

あぁ、あの可愛かった一夏はどこに行ってしまったのだろうか。

 

子どもは親の背中を見て育つモノだと言うが、まさにそうだ。引き取られた頃、すでに物心がついていた千冬はともかくまだ幼かった一夏少年は親からの影響をかなり受けていた。

自覚したのは一夏が誘拐されたときだ。

 

『いいかヒーローなんてものは特撮モノと少年ジャンプの中にしかいないモノと思え!』

 

いつかの言葉。

その通りだった。自分がピンチになっても助けてくれるヒーローなどいなかった。自分を助けてくれたのはドイツ軍と姉である織斑千冬だ。

一夏はそのとき、少年がまだ抱いていて良いはずの『夢』の世界を捨て『現実』を見るようになったのだった。

 

「以上の点から俺はクラス代表になることを断ります」

 

「ダメだ。私の言葉に撤回はない。選ばれたのならやれ」

 

「おーぼーだー」

 

ついに千冬の出席簿の鉄拳が一夏を襲った。

 

「それは誰のマネだ?」

 

「……さ、さぁ」

 

「クラス代表をやるか?やらないか?もちろん、やるよな?」

 

「や、ヤー」

 

「よろしい」

 

世の中には理屈ではどうにもならないこともある。無理に抗えばますます苦しくなる。

ならば受け入れなければならないこともある。

負け戦をしないことは大事なことである。

一夏少年がまだ一つ賢くなった瞬間であった。

 

「他にいないか?いないのならクラス代表は織斑に決定するぞ」

 

「待ってください!納得できませんわ!」

 

一人の生徒が異を唱えた。

生徒は立ち上がると演説じみた口調でしゃべりだす。

 

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべきです。そしてそれは私、セシリア・オルコットの他にいませんわ。男が代表を務めるなどいい恥さらしです。物珍しいからという理由だけでこの私にそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

セシリアは興奮したように続ける。

 

「だいたい、文化としても後進的な島国で暮らさなければいけないこと自体、私にとっては堪え難い苦痛であり」

 

「質問。ISの開発者はその後進的な国の人間である。YesかNoか」

 

「!?」

 

セシリアの言葉をさえぎりいきなり立ち上がった一夏が質問を投げかけた。

言葉に詰まるセシリア。

 

「そ、それは……」

 

「イギリス人らしくハッキリ答えたらどうだ?言い訳抜きに二択だ」

 

「…………」

 

「もう一つ、ずいぶんイギリスのお国自慢をしたいらしいがISはどこの国がイギリスに提供してるんだっけ?」

 

「あっ、あなた!私の祖国を馬鹿にしますの!?」

 

「馬鹿にはしてない。質問をしてるだけだ。話題をそらすな。早く質問に答えろ。あ、イギリスって島国じゃなかったか?」

 

お互いに徐々にヒートアップしていく。

 

「け、決闘ですわ!」

 

「誰がやるか。短絡的なアホ女め。そんなに戦いたけりゃ悪の組織でも探して戦ってこい。そして、捉えられて輪姦でもされてくるといい。行為の最中に自分の愚かさ加減を自覚して少しはマシになるだろう」

 

「なっ!?ぶっ、ぶっ、侮辱ですわ!男風情が!私は国家代表候補生なのですよ!?」

 

「俺は企業代表だ。言葉に気をつけろよ。お分かりいただけたかな候補生君?」

 

「くっ!絶対に許しませんわ!」

 

「はっ、別に許される気はさらさらない。むしろ逆だ。許してやるから土下座しろ」

 

ビシッとセシリアの顔を指さしながら一夏はそう言い放った。

 

「ならやっぱり決闘したらどうかなぁー?ねぇおりむーそうしなよぉ」

 

一人のおっとりした雰囲気の生徒が言った。

おりむーとはこの生徒が付けた一夏へのアダ名のようだ。

 

一夏は少し考えてから……

 

「いいだろ。捻り潰してやる」

 

「それはこちらのセリフですわ!それでハンデはいかほど?」

 

「いくら欲しいんだ?」

 

「は?」

 

「ハンデはどのくらい欲しい?」

 

「あははははは。あなた本気でおっしゃってますの?私からあなたに対するハンデですわよ」

 

クラスから笑があがった。大爆笑だ。

 

「セシリアの言う通りだよ」

 

「お、織斑君さ、それ本気で言ってるの?」

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

 

一夏は黙って聞いていた。

 

「俺にハンデはいらない」

 

一言だけそう言った。

 

「えー、織斑君。それはいくらなんでも……ねぇ?」

 

「今からでも遅くないよ?セシリアに言ってハンデ付けてもらいなよ」

 

すると突然、一夏は指でピストルの形を作ると一人の生徒に向けた。

 

「え?な、何かな?」

 

「俺は銃を持ってる。今から君を殺す気だ。さぁ、どうする」

 

「い、意味が」

 

「分かるだろ?さぁ、どうするんだ?早くしないと殺されるぞ?」

 

「…えっあ…その」

 

「俺は男で君は女だ。そうだろ?」

 

「あ、ISで……」

 

「そのISを今、君は持ってるか?」

 

「…………」

 

「さっきの言葉とずいぶんと違うな」

 

「……うぅ」

 

生徒は押し黙ってしまった。

一夏は手を引っ込める。

 

「いいか、しょせん常識になんてこんなモノだ。言葉の一つや二つで簡単に覆せる。女は男より強いかもしれない。だけどそれは467人の限られた者だ。たった467人だぞ?それでいったいなにができる?確かに総力戦では最強かもしれないが、日常に潜む危険から守ってはくれない。女が無条件に強いわけではないということを覚えておけ」

 

もう笑う者はいなかった。

 

「それと、改めて言っておくが俺は代表候補生じゃなくて代表生だからな?ランクが上だということをその物分りが悪い脳みそに刻んでおくといい。そうすれば少しはマシになるだろう」

 

一夏は周りを見渡して自分の席へと座った。

 

やっちまったー!!何してんだ俺ぇぇぇぇ!バカバカバカ!俺のバカー!

 

と、思いながら。

一度、こうなってしまうとどうにもならない一夏の悪い癖だ。

もう今更、謝ることはしたくない。なら、このままなる様になればいい。

 

そのあと、頭を抱えた千冬によって決闘の日時が取り決められだのだった。

一週間後の月曜日。放課後、第三アリーナである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職員室。

 

「ふはははははは。一夏がそんなことを?見れなかったのが残念だぁ実に残念だ。完膚無きまでに腐った蜜柑どもを叩きのめしたそうじゃないかー」

 

杉山から話を聞いた三夏は椅子に座り陽気に笑う。

 

「笑ごとじゃありませんよ!もう!」

 

一方、千冬はというと。

 

「私の可愛い一夏がぁ……。あぁこれは夢だ。夢に違いない。早く覚めろー覚めてくれ。一夏ぁぁぁぁぁ」

 

自分の机に頭を抱えて突っ伏していた。

 

「お、織斑先生!気を確かに!ふぇぇぇぇん」

 

真耶はどうしていいのか分からず狼狽えてばかりいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球のどこか。

 

「……いよいよ、IS学園へ行くのか。待ち遠しいな」

 

一人の少女がそんなことを言いながら空を見上げているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




子は親に似る。

うん。普通普通……は、はははは…はは……。




あ。

そろそろ題名と内容が合わねぇぇぇぇ!!!

と言うことになってきました……orz
十分な構想も練らずに書き出した私のミスです。すいません。

「いきなりですが、題名変えます!!」ドドンッ!

まぁそう言ってもまったく白紙の状態なのですが……。
どうしようかなぁ。





はい。次の話題。

挿入絵の機能が付け加えられましたねww
自分の小説に絵を付けてたい、なおかつ自分の考えたオリキャラをイラストにしたい!と心から願うこの頃。絵が描けない事がこんなにも辛くもどかしいモノだったなんて……(泣)
この小説に絵を描いてくださる心優しい絵のお上手な方はいないかなぁ(≡ω≡.)


と、まぁ最近はこんな事を常に考えております。


三夏いないと地の文を多く書かないといけないから大変だ。……下手で申し訳ありません(>_<)

次回予告。
いきなりですが転校生が来ます。

ではでは〜。


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12話

早くも原作をぶっ壊してしまった……m(__)m


食堂にて。

セシリアへの宣戦布告から一時間後。一夏は約束どおり箒と昼食をとっていた。

 

「改めて、久しぶりだな。元気だったか?」

 

「あぁ。そちらも変わりないようで何よりだ」

 

一夏は注文したステーキをフォークとナイフを使い慣れた手つきで切り分けると美味しそうに頬張った。

ちなみに箒は安定の和定食だ。さすがに米と箸と黒髪がよく似合う。

 

「……イマイチ!」

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「いや、小清水さんの手料理が食べたいなぁと思っただけだ」

 

「小清水さんとは誰なんだ?」

 

「三夏兄の使用人の人で俺がいろいろと尊敬してる人だ」

 

「そうなのか……。と、ところで一夏はまだ剣道は続けているんだろ?」

 

「ん?……いや、もうやめたが?」

 

「え……。な、なぜだ!?あれほど真剣に打ち込んでいたではないか!」

 

箒は箸を止めて声を荒らげた。

 

「まぁなぁ……確かに好きだけど、剣道じゃ食っていけないし。あ、三夏兄の会社の人からはいろんな武術を教えてもらったぞ」

 

「か、会社の人に?」

 

「そ。インペリアルコーポレーション軍事部門警備課の隊長さんから直々にな」

 

「……実力はついたのか?」

 

「ある程度はな。だけど、剣道なら箒の方が強いかもな。全国一位だし」

 

「…………」

 

一転して表情を暗くさせる箒。

一夏は疑問に思った。

 

「どうした?」

 

「あんなモノは真の力ではない。私は自分の憂さ晴らしをしていただけだ。剣道とは言えない、ただの暴力だ」

 

「…………」

 

「自分が恥ずかしい。暴力で相手を叩き伏せて勝ち誇った気になっていた……。相手にも申し訳ない」

 

両手に力を込める箒に一夏はこう言い放った。

 

「別にいいだろ」

 

「いいものか!」

 

「勝ちは勝ちだ。負けたやつには箒に勝てるだけの実力がなかった。話は終わりだよ」

 

「…………」

 

「その力は箒のものだ。努力して手に入れた結果だろ?誰が何と言おうが自分のために使えばいい、自分自身が使いたいようにな。誰かを傷つけるためや誰かを守るために。理由なんていくらでも後付けできる。納得できなかったら納得できるような答えを探せばいい。それに、そんなことを悩めるのは力ある者の特権だ。好きなだけ悩めばいいさ。仮に間違っていたと思うのなら悔やんで反省して次に生かす。過去の過ちを変えることはできないけど、未来のことは考え一つでいくらだって変えることができるんだぜ?」

 

「……それが正しいのか?それが正義か?」

 

「そんなことは分からないよ。人はそれぞれに独自の正義を持ちそれを信じてるんだから。だから……箒も自分の信じる道を行けばいい」

 

一夏は諭すように優しく箒に語った。

 

「……変わったな一夏は。物事をよく見て深く考えるようになった」

 

「変わってないさ。少し大人になっただけだ。それにほとんど三夏兄からの受け売りだしな」

 

「ふっ。いい男になったものだな」

 

「ん?」

 

「な、何でもない!……そんなことよりオルコットとの試合のことだが、大丈夫なのか?」

 

「…………」

 

それを聞いて一夏の動きが止まった。表情も固まりまるでマネキンのようになってしまった。

 

「おい?……まさか、勝てる自信が無いのか?」

 

「自信はある。見込みが無いだけだ」

 

「どっちにしろダメだろ!?」

 

「自信があるのと無いのとではずいぶん違うぞ」

 

「お前は企業代表生じゃないのか!?」

 

「それはあくまで俺の身を護ることとデータ収集が目的であって俺の実力でなったわけじゃないんだよ。それにあそこで引いたら男じゃない」

 

「なっ!……どうするつもりだ。オルコットは本気だぞ。あいつはお前を完全に潰す気だ。奴隷にされるぞ」

 

「……何とかなるさ。あの完全に男を舐め切って見下してることに漬け込めばあるいは……」

 

一夏は一切れの肉に勢いよくフォークを突き刺した。

 

「…………」

 

「とりあえずISの練習をしないとお話にならない。さっそく行動しないとな」

 

そう言って一夏はステーキの最後の一切れを口の中へと放り込んだのだった。

 

「……イマイチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え〜と1025ってどこだ?」

 

放課後。一夏は自分の部屋を探していた。

自宅から通うわけにもいかないので仕方なく女子寮の一室に住まわせてもらえることになったのだ。

それは日本政府やインペリアルコーポレーションからの強い要望があったことも理由の一つだ。

 

「お、ここか」

 

先ほど真耶からもらったカギ番号と部屋番号を再度確認してから中へと入る。

言わずもがな二人部屋だった。

千冬から聞いたとおりだ。名前は聞かなかったが、相手は一夏がよく知る人物で比較的、千冬が信用している人間。

そこから推測すれば思い当たる人物は篠ノ之箒しかいない。

 

「おーい。箒ー?……っていないのか。どこ行ったんだろ」

 

一夏は荷物を置くとベッドへと腰掛けた。

それから辺りを見回す。

そこらのホテルより数ランク上の部屋だ。

 

嫌な予感がした。

 

今、気がついたことだが先ほどからシャワールームで水音がしている。

 

「…………まさか」

 

ドアの開きがしてペタペタと足音がする。

 

「誰かいるのか?」

 

「やっぱりなぁぁぁ!」

 

箒の声を聞き一夏は予感が的中したことに大いに焦った。

 

「同室になった者か?こんな格好ですまない」

 

「ストォォップ!ストップ!ストップ!ストップ!箒そこで止まれ!!」

 

「なっ!?い、一夏!?」

 

シャワールームのドアの影であからさまに驚く箒の姿があった。

 

「説明はあとだ!とにかく俺はいったん出て行くからその間に着替えてくれ」

 

「あ、あぁ」

 

一夏は逃げるようにすぐに部屋から出て行くとドアにもたれかかって安堵した。

 

「こんなお約束で寿命を縮めてたまるかってぇぇぇの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明け翌日。

 

あのあとは特に何事もなく。一夏と箒はシャワーを使用する時間帯などを決めて、少し昔話に花を咲かせてから床に就いた。

箒は一夏と同室になったこをよ喜んでいた。もちろん一夏に悟られないように。

 

朝のHR。

教壇にはいつもの三人の教師の姿がある。千冬に真耶に杉山だ。

やはり三夏の姿はない。

 

教卓の前に立った真耶は笑顔で話し始めた。

 

「えっとですねぇ。何とこのクラスに転校生が来ました!」

 

教室がざわめき、あちこちから驚きの声が聞こえてきた。

真耶は予想通りの反応をしてもらえたため満足そうだ。

 

「それじゃあ、入ってきてください!」

 

教室のドアが開き一人の女子生徒が入室した。

乗馬ズボンにロングブーツの改造制服を身にまとい、左目に赤いラインの入った黒い眼帯を付けた銀髪の美少女は凛とした態度で教壇に立った。

だが何も言わない。

見兼ねた千冬が指示を出す。

 

「ボーデヴィッヒ。自己紹介をしろ」

 

「はっ!了解しましたお姉様」

 

「馬鹿者!その呼び方はやめろ!何度言ったら分かるのだ貴様は」

 

「すいません教官」

 

「教官と呼ぶのもやめろ。私はもう教官ではない」

 

「では何と?」

 

「ここでは、織斑先生と呼べ。それと敬礼もしなくていい」

 

銀髪の少女は頷くとクラスの方へと向きなおった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ軍から出向してきた」

 

ラウラはクラスの面々を見渡し一夏の姿を見つけると、そこへ歩み寄った。

 

「なんだ?」

 

「……お前が教官の弟で、管理官の息子か?」

 

「そうだが?」

 

「ならば私と結婚し嫁となれ」

 

「は?」

 

しばしの沈黙。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

一夏は盛大に驚いた。

 

「な、何で!?それに嫁?婿じゃなくて?」

 

「日本では心に決めた相手を俺の嫁というのだろ?」

 

「いや、それも違うけど……。り、理由を聞かせてくれないか?」

 

「私には親がいない。だから愛される温かみも知らない。私は家族というものを知りたいのだ。何心配するな、すでに私は三夏お父様の娘だ」

 

「ま、マジでか?あの三夏兄が?」

 

一夏は後者の方に気を取られているらしい。他の者も同様だった。

だが、前者は確かに杉山の耳に届いた。

 

「あぁ、三夏お父様は私の名付け親でもあるからな」

 

衝撃の連続だった。

千冬と真耶はただただ豆鉄砲を食らったように呆然としている。

 

そのとき……

 

「ちぃぃぃよぉっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!何をぬかしてるんだお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

叫びながら三夏が現れた。

 

「お父様!」

 

「違う!」

 

三夏はラウラの言葉を一蹴する。

 

「あなたは私を娘と認めてくれたではないですか」

 

「あれはクラリッサにはめられたんだ!あいつが君に何を吹き込んだのかは知らないが私は君を娘とは認めてなぁぁぁい!ガキなんてあの二人で十分だ!」

 

「私はあなたの娘です!三夏お父様!」

 

「君にお父様と呼ばれる筋合いはなぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!」

 

いったいラウラと三夏の間にドイツで何があったのだろうか。

それはまた別の機会で語ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅぅぅざぁぁぁけぇぇぇやぁぁぁぁがってぇぇぇこんなクレイジーな展開があっていいのかぁぁ

ー!!!」

 

「いいじゃないですか。父親になってあげれば!あの子を助けることができるのは博士だけです!」

 

三夏の後を追いかけてきた杉山が言った。

三夏は足を止め杉山に向きなおった。

 

「ほぉ、なら私からの頼みだ君が助けてあげたまえ。今からでも遅くはないさっさと科学者を辞めて親がいない哀れなガキどもを救うための汚物にまみれたキチガイだらけの偽善NPO団体にでも加入すればいい彼女の引き取り手ぐらいすぐに見つかるだろう。マヌケな朝ドラがに股女にはお似合いだぁぁぁ」

 

「が、がに股じゃないもん!ラウラちゃんは家族の温かみを知りたいと言っていました。あの子を救ってあげる気はないんですか!?」

 

「救うぅ?君はなんだ、それで彼女が救われると本気でそう思っているのか?」

 

「そうですよ」

 

杉山は顎を上げて三夏を見ると、当然とばかりの表情で言う。

 

「衝撃だぁぁ君は本当に現実というものを理解していないんだな。御伽の国で魔法使いと語り合っていたまえドロシー君!」

 

「ラウラちゃんに愛される温かみや優しさを教えてあげることはできるはずです!」

 

「そんな家族ごっこで人を救うことなどできるものかそれはあくまで『ごっこ』であって本当の家族ではない!私たちが彼女に抱くのは愛の温かみと優しさではなく同情の温かみと優しさだ。そんな通販のお試し的なノリで人を救うことなどできるはずがないだろう。人を愛するということはその人間のすべてを受け入れ慈しむことなのだ。それ相応の覚悟を必要とするんだよ」

 

「博士こそいい加減その捻くれた言動と考えを正してください!結婚はまだできなくても、人は誰しも他人を愛せる心を持っているんです!」

 

「だったら君が彼女を引き取れ!そのご立派な胸を吸わせてやればコロリと君に懐くだろう。そして親子二人仲良くドイツにでも移り住め!そこに永住してくれればなおのこといいー!!」

 

「む、胸の大きさは関係ないでしょ!?」

 

「とぉにぃかぁくぅ私はあのガキを自分の娘とも認めないし千冬の借金が完済され私と縁が切れるまでは一夏との結婚もみとめぇぇぇぇぇん!!」

 

話は終わりだとばかりに三夏はその場から走り去って行った。

 

こごまで自分のことしか考えない親の結婚反対も珍しいものだ。

 

一夏とセシリアの決闘を前にしての出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの箒さん?」

 

「なんだ?」

 

「に、睨むのはやめていただきたいんですが」

 

「断る」

 

昼休み。

箒は眉間にシワを寄せ一夏を睨んでいた。

今朝のラウラの一件で箒は機嫌を損ねているのだが、一夏はそんなことには気づかない。

 

「そして何でお前はここにいるのだ!」

 

箒は一夏にピッタリと寄り添うラウラを指さして言った。

 

「愚問だな。夫婦とはいつも仲睦まじぐ寄り添って生活するものなのだろう?」

 

「お前と一夏は夫婦ではない!」

 

「こいつは私の嫁だ」

 

両者一歩も引かない。

 

「な、なあボーデヴィッヒさん」

 

「ラウラでかまわん」

 

「そうか。なぁラウラ」

 

「なんだ嫁よ」

 

「さすがにいつも一緒は無理がないか?風呂とかさ」

 

「一緒に入れば問題あるまい」

 

「ぶっ!?」

 

「そんなことはこの篠ノ之箒が断じて許さぁぁぁぁん!!」

 

箒はどこからともなく竹刀を取り出して構えた。

 

「待て!箒、落ち着け!」

 

荒れる箒を一夏が必死になだめている。

 

「とりあえず、ラウラ。詳しい話を聞かせてくれないか?」

 

「いいだろう。……だが、それは二人のときにな」

 

「……分かったよ」

 

そこへ真耶がやって来た。

 

「織斑君」

 

「あ、山田先生。どうしたんです?」

 

「昨日、預かった練習機の使用申請なんですが……練習機は部活がまとめて使用してしまうそうなので貸し出しができないんです」

 

真耶は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「そうですか……それじゃ仕方ないですね。専用機は用意してもらえるって話でしたよね?」

 

「はい、学園で用意するそうです」

 

「いつ届くんですか?決闘までには間に合いますよね?」

 

「……間に合いはしますが、それもギリギリだと思います」

 

「え?」

 

「最悪の場合、届くのは当日です」

 

それを聞いて一夏はどこかへと歩き出した。

 

箒が引き止める。

 

「どこに行くのだ?」

 

「いや少し急用を思い出してなー。さぁー、大変だー、準備しないとなー。一週間後の試合は無理だなーこりゃー」

 

箒の問いに一夏は一本調子で答えた。その言葉にまったく感情はこもっていなかった。

 

「なっ!?何を言っているんだお前は!自信があるのではなかったのか!?」

 

「その自信がたった今、無くなった」

 

「それでも男か!勇気で何とかしろ!これぐらいの試練に乗り越えられないようでどうする!」

 

「この場合、勇気と書いて無謀と読むんだ!ISが無いんじゃもう何やったって勝てないもん!絶対に無理だもん!!万策尽き果てちゃったんだもーん!」

 

「男が二言を言うことなど私は許さん!」

 

「だったら箒も何か考えろ!あいつの食事に劇薬を放り込んで食中毒でも起こさせろ!ヘロヘロの状態なら俺にも勝ち目はある」

 

「そんな卑怯なことなどできるはずがないだろ!」

 

「よしなら俺がやってくる!恥をかくよりよっぽどマシだ!!」

 

箒は一夏の腕をつかんで阻止する。

 

「とにかく落ち着け一夏!!」

 

「はーなーせー!」

 

「放さない!一夏、私の目を見ろ!」

 

「…………」

 

一夏は何とか冷静さを取り戻したようだった。

 

「なぁ嫁よ」

 

ラウラから一夏に話しかける。

 

「私が手を貸そうか?」

 

「え?」

 

「これでも代表候補生だ。役に立てると思のだが」

 

「本当に?」

 

「あぁ、私の嫁になるか?」

 

「末長くよろしくお願いします」

 

「うむ」

 

一夏は頭を深々と下げてラウラの手を握った。

 

「なぜそうなるのだぁぁぁぁ!!」

 

箒の怒鳴り声が学園に響きわたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるバー。

そこに一年一組担当の教師の面々が仲良く酒を飲んでいた。

落ち着いた雰囲気の店で若いバーテンが一人、グラスを磨いている。

 

「……まったく、入学早々どうしてこう問題ばかりに起きるのだ。私のクラスに限って!」

 

顔を赤らめた千冬が愚痴をこぼす。すでにウィスキーのロックを飲んでいる。

 

「ははは……。騒動の中心は一夏君ですけどね」

 

真耶がつぶやく。

 

「はぁぁぁ、最近の一夏の成長が受け入れられない……。兄さんに似てきてないか?」

 

「一夏君はいい子ですよ。ちょっと理屈っぽいですけど、まっすぐな目をしてます!」

 

千冬は少し考えてから……

 

「ありがとう、山田君。一夏は一夏、か」

 

「はい!」

 

千冬は赤い顔を微笑ませて真耶に礼を述べた。

 

「で、どうするの?千冬ちゃん」

 

「はい?」

 

「一夏君とラウラちゃんの結婚だよ!結婚!!」

 

杉山は酔った勢いに任せて乱暴に本題に斬り込んだ。

 

「私は一夏を手放す気はありませんよ。だいたい、あんな小娘に私の一夏は渡しません!それに結婚など気安くできるものじゃない」

 

酔っているせいか所々おかしいが、それが千冬の意見のようだ。

 

「まぁ、そうだよねぇ。でもさ、私はラウラちゃんに家族ってものを教えてあげたいんだぁ。私じゃダメみたいだけどさ」

 

杉山は拗ねたようにグラスを指で軽く弾く。

 

「ボーデヴィッヒさん、織斑博士をお父様って呼んでましたからね……。あ、確か先輩のこともお姉様って」

 

「はぁ…私もよく知らないんだ。突然だったからな。ま、結局は兄さんしだいさ。私にはどうにもできん」

 

「だよねぇぇぇ」

 

「杉山さん、そんな顔しないでください。何とかなりますって、ね?」

 

「真耶ちゃぁぁん」

 

真耶はふさぎこんだ杉山を励ます。どうやら三夏に言われたことも少しばかり効いているらしい。

 

「おい、バーテン。お代わりだ」

 

「先輩はほどほどにしてくださいね。ちょっと飲み過ぎですよ?」

 

「硬いことを言うな」

 

「もう、明日に残っても知りませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、飲み過ぎて千冬と杉山は仲良く潰れてしまった。

今はタクシーが到着するのを真耶が一人で待っている。

 

「冷えてしまいますからどうぞ。お姉さん方にかけてあげてください」

 

千冬と杉山が寝てしまってから、若いバーテンと入れ替わりでやって来たダンディーなマスターが真耶に毛布を二つ手渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ。お二人のお相手をするのは大変ですな」

 

「職場の同僚なんですよ」

 

「そうでしたか。私には仲の良い姉妹に見えました」

 

「そ、そうですか?」

 

そう言われて悪い気はしない。むしろ照れてしまう。

 

「はい。あ、これをどうぞ。タクシーが着くまでにはまだ時間がございます」

 

マスターはテーブルに可愛らしいケーキが乗った皿を出した。

 

「わあぁ。これ、あなたが?」

 

「昔、フランスの五ツ星レストランで、パティシエをしていたことがありまして」

 

真耶はフォークでケーキを一切れすくい口へ運んだ。

 

「んー!すっごく美味しいです!!」

 

「ははは、たわいもない取り柄でございます」

 

マスターの優しい笑顔に真耶も釣られて笑みを浮かべた。

和やかな雰囲気の中、店の電話が鳴った。

 

「はい。あぁご苦労様です」

 

マスターは受話器を戻す。

 

「タクシーが着いたようです」

 

「分かりました。ほら!お二人とも行きますよ!」

 

「ん〜。あと五分……」

 

「何をするんだ山田君……まだ夜じゃないか……」

 

「いい加減にしてください!寝ぼけてると置いて行きますよ!!」

 

「あの、お手伝いいたしましょうか?」

 

「いいえ、大丈夫です。このぐらい自分たちでやってもらわないと!」

 

真耶にどやされ千冬と杉山はのそりと起き上がるとおぼつかない足取りで店をあとにした。

 

「また、お越しくださいませ」

 

マスターは笑顔でどこか楽しそうに三人を見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




未だにタイトル変わらず。
まぁのんびりやろう。そうしよう。


はい、と言うことでいきなりのラウラの転校でした。
近いうちにドイツ編を書きたいと思っております。詳しいことはそこで。


ちなみに一夏らしさを残すために少しばかり朴念仁要素を残してあります。


箒ちゃんに関してもちゃんと過去の一夏との思い出を載せるつもりです。
「箒は一夏が好きなんだよ。理由?そんなの原作読めば分かるでしょ?省いて何が悪いの?」と言うことにはしませんのでご安心を(^^;;


これからちょくちょく活動報告も書いていくつもりですので、よろしければそちらにも目を通していただければ嬉しいです。


誤字脱字や矛盾点があれば教えてくださいm(_ _)m

ではでは〜。


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13話

 

一夏は自室のベッドに寝転んで羽を伸ばしていた。

箒は部活のためこの場にはいない。学園に来てからというもの一夏には一人の時間がまったくなかった。

 

すると、誰かがドアをノックした。

 

「どうぞー」

 

「邪魔するぞ」

 

訪問者はラウラだった。

 

「要件は……ま、言わなくても分かってるよ」

 

「うむ」

 

「座ったらどうだ」

 

ラウラは促され、箒のベッドへと腰を下ろしと一夏と向かい合う。

 

「どこから話すか……」

 

語り出したラウラの言葉に一夏は静かに耳を傾けた。

 

「私は普通の人間ではない。鉄の子宮から生み出された試験管ベイビーだ。戦うことを目的に作られた消耗品。それが私だ」

 

「…………」

 

「私はそのことに何の疑問も抱かなかった。自分で言うのもなんだが私は他の隊員と比べ優秀だった。だが……ISの登場がすべてを変えた」

 

ラウラは嫌な過去を思い出し顔を歪めてうつむく。しかし、語ることはやめなかった。

 

「ISの登場からしばらくして、軍は私たちに特殊な改良を加えた」

 

「改良?」

 

「ヴォーダン・オージェ。ISとの適合性向上のために行われたものだ。私はその不適合により左眼は醜く変色し、能力を制御しきれずISの実績は最悪。結果、落ちこぼれの烙印を押された」

 

ラウラは自嘲の笑を浮かべ眼帯を外すと一夏に瞳をさらした。

そして、すぐに眼帯を付け直す。

 

「そんな存在意義を失った私を再び最強の座につかせてくれたのが織斑教官だった。あの比類なき最強の姿。美しい戦い。私は教官を尊敬した、崇拝していたといっても過言ではない。あの人のようになりたかった」

 

「…………」

 

一夏は口を挟まない。

 

ラウラは一度、千冬にどうしてそんなにも強い存在になれるのかと聞いたことがあった。

 

そこで弟である一夏の存在を聞かされた。

 

「お前のことを語る教官には優しさがあった。鋭く尖った雰囲気など微塵も感じさせず。穏やかにお前の……家族のことを語っていたよ」

 

「千冬姉が……」

 

「その教官の姿を見て私は絶望にも似た感情を抱いた。私の思い描く教官が壊れてしまう、そう思った。今にして思えば私はお前に嫉妬していたんだと思う」

 

「嫉妬?」

 

「そう。他の誰でもなく私、一人だけを見て欲しいと。だから、教官のモンド・グロッソ2連覇を逃した遠因を作ったという都合のいい理由でお前を憎んだ。教官に相応しいのは自分だと思い込ませようとした」

 

「…………」

 

「教官の特別な存在になりたかった。だからISの訓練にもより一層力を入れた。……だが教官の私を見る目は変わらなかった」

 

あの人のようになりない。あの人から特別な存在として思われたい。

 

しかし現実は変わらない。

 

家族とはなんだ?

 

どうしてその存在から力を得られる?

 

どうしてその存在が特別だと思われる?

 

考えても答えは出ない。

ラウラの心は千冬に憔悴していた。

 

そして何より、千冬から大切にされている織斑一夏に興味が湧いた。

 

家族という存在に興味が湧いた。

 

ラウラは行動した。

千冬と同時に管理官として出向して来た織斑三夏の元へ行き、自論を展開した。

三夏は千冬の父親だ、彼に認められさえすれば千冬も。そう考えた。

 

『子どもが大人に勝てると思か?何の訓練も受けていない一般人のガキがだ』

 

『そ、それは』

 

『人間というのは自己中心的な生き物だすべてを自分に都合よく考える。それは悪いことではないが、それを貫くには根拠と証拠がいる、もっともっとよく考えて賢くなれそうでなければ自分の考えを他人に飲み込ませることなどできはしない!それはただの戯言にしかならない!』

 

完膚なきまでに叩きのめされた。

 

『こんな下らないことでいちいち私の貴重な時間を無駄にさせるな、馬鹿者め』

 

あっけなく一蹴された。

自分の見苦しさを自覚しながら、それでもラウラは食い下がった。

 

『クラリッサ君!』

 

『お呼びでしょうか管理官』

 

『この道徳的で勉強熱心な少佐にいろいろと教えて手伝ってあげたまえ私はお昼寝をする』

 

『はっ!了解しました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからラウラとクラリッサは行動を共にしていた。

 

『あの……何とお呼びすれば?』

 

『私に名前などない。好きに呼べ』

 

『では、隊長で』

 

『うむ』

 

『それで、隊長。私は何をすれば?』

 

『クラリッサ大尉、家族とは……いや、何でもない。……とりあえず、織斑一夏のことを調べてくれ。徹底的に』

 

『はっ』

 

それからラウラは千冬の弟である一夏のことを知りはじめた。

今までの都合の良い自己解釈をすべて捨て、織斑一夏を知ろうとした。

 

親がいないこと、千冬の大会連覇を邪魔してしまったことへの後悔、最近では少しでも強くなるために努力していることなど。

 

どこか自分と近い気がした。

 

自分にも親はいないし、千冬に認めてもらうために努力している。

 

やはり以前は三夏の言っていたとおり戯言を都合よく並べていただけなのかも知れない。

 

家族。

 

自分を再び最強に鍛え上げてくれた強い姉に自分の歪んだ考えを圧倒的な正論で改めさせた聡明な父親。

素直に羨ましいと思った。

 

知識としてはインプットされていても自分が絶対に感じることのできないモノ。

 

『クラリッサ大尉』

 

『何でありますか?』

 

『教官を姉にして管理官を父親にし、なおかつ織斑一夏を一番近くで観察できる方法はないものか』

 

『……結婚ですかね』

 

小さくクラリッサがつぶやいた。

 

『何だと?』

 

『織斑一夏と結婚すれば織斑教官を義姉に管理官を義父にできます。そして何より織斑一夏を一番間近で観察できます』

 

『結婚か……』

 

『そうすれば隊長がお知りになりたい、家族という存在を知ることができるのではないですか?』

 

『…………』

 

『気に入ってしまったのでしょう?織斑一夏のことを』

 

『私はまだ何も……』

 

確かにラウラは一夏に対する憎しみをまったく抱いていなかった。

むしろ親近感さえ持てるようになっていた。

 

しかし、この気持ちが何なのかをラウラは理解できなかった。

 

言葉に詰まったラウラを見てクラリッサの目が怪しく光る。

 

『隊長、一つお教えしましょう!日本では気に入った相手を俺の嫁と言います!』

 

『……?話が良く分からないのだが』

 

『これは重要なことです。しっかり覚えておいてください』

 

『だ、だから』

 

『いいですね?』

 

『り、了解した……』

 

クラリッサが暴走しだしたのはこの頃からである。

 

『まずは地盤を固めましょう。管理官から名前をもらい名付け親になってもらうのです。ある意味、既成事実ですね』

 

『上手くいくだろうか』

 

『私に任せてください』

 

クラリッサが黒い笑みを浮かべてラウラの問いに答えてから数日後、クラリッサは三夏から『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という名前をもらってきたのだった。

 

この日から彼女にラウラという名がついた。

 

以上のことから、あの一夏は俺の嫁宣言へと繋がったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を聞き終えた一夏は頭を抱えていた。

 

「それで俺に結婚を申し込んだと……」

 

「そうだ。それが私の願いを、すべて合理的に叶えるための最も有効な手段だ」

 

確かにそうであるが、一夏にとってはたまったものではない。

 

「なぁラウラ、結婚てどういうことか理解してるのか?」

 

「男と女が愛し合い所帯を持つことだ。ならば問題ない。私を愛せ織斑一夏、私もお前を愛することに務めよう」

 

「どうして、そう極論になるんだお前は!」

 

「間違ってはいないだろ?」

 

「…………」

 

「それとも、こんな醜くい私が不気味か?」

 

「違う」

 

一夏はそれだけは強く否定した。

 

「それなら、なぜ……」

 

「なら聞くが、俺がお前の部隊の訓練に着いて行けると思か?」

 

「それは無理だ。そもそも、基礎訓練がない。腕立て伏せ一つまともにできないだろう」

 

当然のように言うラウラ。

 

「それと同じさ」

 

「?」

 

「物事には順序がある。結婚にもな。俺たちには基礎訓練が必要なんだ」

 

「…………」

 

「俺もお前もまだまだガキだ。自分のことも満足に知らない。まずは自分を理解することから始めたらどうだ?その上でお互いをよく教えあおう。先の長い人生だ。そのぐらいの時間は使っても無駄にはならないと思うぜ?」

 

「うむ……」

 

「簡単に人を愛することなんて、できるはずがないんだよ」

 

「……それでは結婚ができないかも知れないではないか」

 

「なら、仕方がなかったと諦めろ。他人の都合に合わせるほど俺は暇じゃないし優しくもない」

 

「…………」

 

「結婚したいなら俺を惚れさせることだな」

 

ラウラは押し黙ってしまった。

シュンとして、怒られたあとの子どものようだ。

少しばかりかわいそうに思った一夏はそんなラウラの耳元でささやいた。

 

「いいこと教えてやろう」

 

「なんだ?」

 

「俺はお前を素直に可愛いと思ってるぞ?」

 

「…………」

 

しばしの沈黙。

 

そして……

 

「!!?。か、可愛いだと?私がか!?」

 

「そんなに驚くことか?」

 

「そ、そんなことを言われたのは初めてだ。その…反応に、どんな顔をすればいいのか困惑する」

 

「……笑えばいいと思うぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

午前の授業を終えた一夏に真耶が近づいた。

 

「どうですか?練習は上手くいっていますか?」

 

「それが何とも……」

 

一夏は恥ずかしそうに頭をかきながら言う。

 

「何か困ったことがあれば言ってくださいね。知識ぐらいは教えることができますから」

 

一夏はそんな真耶に感謝した。

 

「私は教師なのでどちらか一方を応援することはできません。でも、頑張ってくださいね」

 

「はい」

 

するとそこへ三夏がやってきた。

 

「一夏」

 

「あれ、三夏兄。珍しいな、ここへ来るなんて」

 

「君に渡しておこうと思ってね。受け取りたまえ」

 

三夏は数枚のディスクを一夏に手渡した。

 

「……これは?」

 

「セシリア・オルコットのISデータと戦闘パターンその他もろもろのオマケつきだ。有効に使ってあのコーカソイドを叩きのめすのだ!」

 

それを聞いて真耶が黙っているはずがなかった。

 

「ちょっと待ってください!」

 

「何ですか山田先生」

 

「これは明らかな不正じゃないですか!?織斑君に極端に力を貸すなんてオルコットさんに不公平です。我々教師は生徒の一人だけを贔屓してはいけないんです!」

 

「0点の回答だ朝ドラ二号。これは不正でもなければ贔屓でもない。作戦、つまりは戦略だ!」

 

「こんなの間違ってます!」

 

「勝負に正しいも間違いもない踏みつけるか踏みつけられるか!そして踏みつけられるのは余裕をぶちかまして食堂で周りの生徒から若干引かれるほどのお嬢様臭を醸し出し優雅にティータイムと洒落込んでる愚かな白人娘だ!」

 

「それは屁理屈です!」

 

「そして私は教師という立場以前にインペリアルコーポレーションの研究者であり自分が所属する会社の代表生に力を貸すのは何ら問題ではないだってこれは重要なデータ採取の一環なのだからー」

 

「そんな……」

 

「何なら会社や理事長に異議申し立てでもするといい、どぉーせ門前払いだろうけどねぇー」

 

「三夏兄、言い過ぎだよ」

 

涙目になってしまった真耶を見兼ねて一夏が三夏に注意をした。

 

「これは失礼、山田先生。悪気があったわけではありません無知なあなたに少しばかり講義をしてしまいました。いやぁ本当にですぎたマネをしてしまい申し訳ない……が、これであなたも少しはマシになったでしょう。では私はこれで」

 

三夏は軽い足取りでその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「資料は見させてもらったよー相変わらず素晴らしい諜報力だ。報酬は弾んでおくよ」

 

三夏は端末で誰かと陽気に話していた。

 

「近々こちらに来るのだろう?残りはその時に受け取ろう。ご苦労だったなー」

 

会話が終わったところで杉山が三夏に話しかけた。

 

「誰だったんですか?電話の相手」

 

「草の者だ。最近ますます腕が上がってきたようだそろそろ我が社の諜報部にスカウトすることを勧めておこう」

 

「はぁ……」

 

三夏のいつもと変わらない受け答えに杉山はため息をついた。

 

「と言うか私の部屋に入り浸るのやめていただけませんか?」

 

「こう言っているがどう思う千冬君」

 

「硬いことを言わないでくださいよ。あなたと私との仲でしょう」

 

千冬はビールを片手にスルメをつまみながらテレビを見ている。

 

「あ、あなたたちは少し自分の部屋を片付けることをしないんですか!?」

 

「「そんなことできるはずがないだろ」」

 

「…………」

 

杉山は力なくうなだれた。

三夏は自室から持ち込んだワインをグラスに継ぐと優雅に回して香りを楽しんでいる。

 

「千冬君もワインをどうだ?安物だがなかなかイケる。スタバの帰りに買ってきた」

 

「ビールを飲み終わってからいただくよ」

 

千冬は缶ビールを振りながら答えた。

 

「そういえば聞きましたよ。真耶先生を泣かせたそうじゃないですか……。もう少し大人の態度をとってください!」

 

「あの君の分身のような理想を夢見る童顔教師に現実と言うものをレクチャーしてやったまでだ人生の先輩としてな」

 

「いい先生じゃないですか。しっかり生徒の気持ちを考えてます」

 

「どこがだ、私には生徒の顔色を伺いながらご機嫌を取りなおかつ自分の理想を叶えようとしているちぐはぐ教師にしか見えないがねぇ。そんなことより君は自分の仕事をしたまえ来週の試合までに機材の調整を済ませておくんだ。一夏の教育には優秀なアドバイザーがついたようだし問題ないだろう」

 

アドバイザーとはラウラのことだろう。

そう思い当たった千冬は前から気になっていることを三夏に質問してみた。

 

「なぁ兄さん」

 

「ん?」

 

「兄さんがボーデヴィッヒの名付け親だそうだが、なぜそんなことを?兄さんは絶対にしなさそうなことなのに」

 

「…………」

 

「博士?」

 

杉山もそれなりに興味があるようだ。

 

「…………え?」

 

白を切る三夏。

 

「いやいや、聞こえてないはずがないでしょ」

 

「……兄さん、まさかクラリッサの色仕掛けでコロリと」

 

「…………」

 

三夏はグラスを持ちながら笑顔のまま動きを止めてしまった。

 

「図星か……」

 

「まぁ、そんなことだろうと思いましたけどね」

 

「うるさぁーい!私はシャワーを浴びてくる!覗くなよ朝ドラぁ」

 

「覗きませんよ!バカ!」

 

そう言って三夏は席を立った三夏を千冬が引き止めた。

 

「由来ぐらい教えてくれてもいいだろう」

 

三夏は去り際に

 

「酒の名前だ」

 

そう答えてドアを閉めた。

 

「「…………」」

 

人の名に酒の銘柄を付ける三夏の精神とはいったい……。

 

何かを言いたくても言う相手はすでにいない。

 

二人の間には何とも言い難い雰囲気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一時間というめっちゃ短時間で書いてしまった(汗)



……あれ、一夏がなぜかカッコよくなってしまった…。

でも、いくら恋愛に疎くてもあそこまでハッキリ宣言されたら気づきますよね。うん。納得しよう。そうしよう。


誤字などあれば教えてください。

ではではー。


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14話

「さて、試合まであと5日だ」

 

ラウラは一夏の部屋にいた。

 

ラウラはベッドの端に腰掛け腕を組み、一夏は同じベッドに寝転んで天井を見上げていた。

 

「そうだな」

 

「練習機が借りれない専用機も届かない、となるとできることは一つだ」

 

「天にでも祈るか?」

 

「馬鹿者、真面目に答えろ。自分のことだろう」

 

「敵を知ることだな。徹底的に」

 

「明確な答えだ。やはり物分りがいいな」

 

部屋のもう一つのベッドの上にはプロジェクターが置かれ壁には持ち運び式のスクリーンがかけられていた。

 

さっそくラウラが接続されたPCを操作しようとする。が、どうにも納得できない者がいた。

 

「なぜ部屋でやるのだ!アリーナかどこかを借りればいいだろう!私のベッドを使うな!」

 

実際、箒の言うとおりなのだが、公の場を使用するとセシリアに裏で準備をしていることを勘ずかれてしまう。

ただでさえ実力に差があるのだ。下手に警戒されてしまえばさらに苦しくなる。

敵には自分たちを舐めていてもらはなくてはいけないのだ。

 

「うるさい。外野は黙っていろ」

 

「こ、この……」

 

「立っているならばちょうどいい。電気を切れ」

 

部屋の主に対する態度とは思えないふてぶてしさでラウラは箒に命令するように言う。

 

「…………」

 

箒は額に筋を作りながらも大人しく従った。

 

それと同時にスクリーンにはセシリアの戦闘シーンが映り出す。

イギリスでの模擬戦のようだ。

通常ISの実験データや戦闘映像がその国から国外へ持ち出されることはない。

国防、軍事、の最高機密だ。

 

だがインペリアルコーポレーションにはISを貸し出してもらっているために、こうしてデータを渡さなければならいのだ。

もちろん納得などできるはずはないが下手に隠し立てをしてISを回収されてしまっては一大事だ。

 

こうして提出された世界各国のIS開発状況は逐次、日本政府や友好関係にあるドイツ政府へと送られている。もちろん有料ではあるが。

 

映像を見ながらラウラが資料を片手に解説を入れる。

 

「イギリスの第三世代型IS、ブルーティアーズだ。見てわかるとおり射撃を主体とした中距離型でBT兵器を使用する。ビット型の武器が多数搭載されていることが特徴でレーザーとミサイルが使用できる」

 

一夏は解説を聞きながら真剣に映像に見入っている。

 

「そのビットは四機だけなのか?」

 

「いや、計六機のはずだが」

 

しかし画面には四機のビットしか展開されていなかった。どれもレーザービットのみだ。

一夏とラウラは同時に何かに気づく。

 

「なるほど」

 

「ほぉ、お前も気づいたか」

 

「あぁ。まったく汚いな」

 

「ふん、勝負の世界にそんなことなど通用しないぞ。あれはヤツの立派な戦術だ」

 

「確かに。勝ち負けだけだからな」

 

そんな二人のやり取りに箒は着いていくことができずに不服ながらも尋ねた。

 

「どういうことだ?なぜ四機しか使用していない?」

 

その問いに一夏とラウラが順に答える。

 

「もしものときの保険と一気に方をつけるための作戦だろうな」

 

「あぁ、敵が近づいた瞬間にドカンだ」

 

ラウラが映像を指差しながら説明する。

 

「展開されている四機はどれもレーザービットだ。残り二つのミサイルビットは常にヤツの懐にある」

 

「なぜミサイルなんだ?」

 

今度は一夏が答えた。

 

「レーザーより、より確実に敵にダメージを与えられるからだろうぜ。威力も命中力も格段に上だからな」

 

「なるほど」

 

箒は納得したのかそれ以上は何も言わなかった。

 

「問題はヤツの手の内が分かったのに作戦が立てられないことだ。嫁の専用機が近距離タイプか遠距離タイプかによって対処法はずいぶん変わる」

 

相変わらず一夏の呼び方は『嫁』のようだ。

 

「回避や注意はできても攻撃できなきゃ意味がないからな」

 

「まったくだ」

 

「はぁ……お手上げか」

 

ため息をつく一夏に対してラウラは何かを考えている。

 

「どうした?」

 

「結局、相手にダメージを与えられればタイプなどは関係ない」

 

「それはそうだけど……。そんな隙をオルコットが作るとは思えないんだけど」

 

「作らないのなら作らせてやれいいのだ」

 

「そんなことできるのか?」

 

「できる。アレを使えばな」

 

「アレ?」

 

そう言ってラウラはベッドから立ち上がった。

 

「少し待っていろ。とってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだ」

 

しばらくして戻ってきたラウラは一夏に黒い物体を投げ渡した。

それがどういうものなのかは一夏にもすぐに分かった。

 

戦争映画などでよく見る手投弾だ。

 

だが、その物体は手榴弾とは違い丸い筒状で缶のような形をしていた。

 

「手榴弾か?」

 

「似たようなものだが少し違う。それは爆発はせずに光線を放つだけだ」

 

「……なぁるぅほぉどぉー」

 

ラウラの考えを察して一夏の口調が変わり口元には笑みが浮かぶ。

 

ラウラが持ってきたものはIS用のスタングレネードだった。

これは一瞬だけ光で敵の視界を奪い、ジャミングで敵ISのハイパーセンサーやレーダーなどを使用不可能にすることができる優れものだ。

現段階では試作品のためデータ収集を目的として限定的にではあるがインペリアルコーポレーションからドイツ軍シュヴァルツェ・ハーゼへと提供されたのだった。

 

「その隙をついて俺がオルコットにキツイ一発を叩き込めばいいわけか」

 

「そういうことだ。まったく察しが良くて助かる。さすがはあのお二人の血縁だ」

 

「そりゃどうも。で、一番ダメージを与えられるのはどこだ?」

 

「やはり頭部だろうな。シールドバリアーを貫通することが理想だが、それが無理だった場合でもそれなりに効果はあるはずだ。敵が混乱したところで一気に畳み掛ければいい」

 

「了解」

 

「いいか、今回の勝負はお前が圧倒的に不利だ。長引かせれば勝ち目は無くなるぞ。スタングレネードは二つあるが失敗すれば同じ手はもう通用しない」

 

「短期決戦か」

 

「そうだ。一瞬で終わらせる気で臨め」

 

「ダメだったときのためにオルコットの弱みでも掴んでおくか?」

 

「私には諜報力などないぞ?」

 

「……マジか。あと一つぐらいは手の内を作っておきたいんだけどな」

 

「スキャンダルは……ダメだ、ここには女しかいない」

 

「捏造するか?」

 

「相手の身に覚えがないことを言っても一蹴されてしまうだけだぞ」

 

「そりゃそうか」

 

そんな二人を見て忘れ去られて空気と化していた箒が怒鳴った。

 

「貴様らは正々堂々と勝負をする気はないのか!!さっきから聞いていればスタングレネードと言い弱みと言い卑怯だぞ!」

 

「勝負は勝たなければ意味がない。無様な敗北などに意味などない」

 

ラウラは当然のように答えた。

 

「いいか、お前はISを剣道などのスポーツと対等に扱っているが、それは間違いだ」

 

「なんだと……」

 

「ISは兵器だ。人を殺すための道具だ。ISの試合は殺し合いのシュミレーションだと思え。殺し合いにルールなど無用だ。勝って生き残ること、それだけだ」

 

「…………」

 

「力こそがすべてだ。それ以外を求めるな。道徳など犬に食わせてしまえ」

 

「お前……」

 

箒は拳に力を込める。

二人が睨み合い場の空気は重くなった。

 

「そもそも私はそのために造られた、ただの消耗品……私は……」

 

「何と言った?」

 

ラウラはうつむきながら小声で言う。

箒には聞き取れなかったらしく首を傾げた。

 

「ひ弱なモノなど必要とされない……」

 

冷たく言い捨てるラウラ。その表情は凍っているように見える。

 

凍てつきどこまでも暗い闇。

 

それはラウラのあからさまな力への執着だと一夏には見えた。

 

やはりどこかでラウラは自分の存在意義を力だと思ってしまっているのだろう。

 

「ま、箒の言うことにも一理あるか。さて二人とも飯でも食いに行こうぜ」

 

一夏は空気を壊すようにワザとらしくベッドから起き上がりそのままドアの方へと歩いて行く。

 

「お、おい。一夏、待てまだ話は」

 

箒が引き止めるが一夏はそれに構わない。

 

「飯食いながら聞くって。ほら行こうぜ、ラウラ」

 

「おい一夏!だから待てと言っているだろう!」

 

「はいはい」

 

一夏は軽くラウラの肩を叩きラウラに先ほどまでの雰囲気が戻ったことを感じると足早に部屋を出ていった。箒はそのあとを追いかける。

 

「あ」

 

肩を叩かれたことで正常な思考が戻ったラウラは二人のあとを追うために部屋を出た。

そして歩いて食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

「あれも一種のトラウマか……。そこら辺の人間よりよっぽど人間らしいと思うけどな」

 

一夏は箒に追いかけられながら食堂へと向かうの途中でそんなことを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのだ?風邪を引くぞ」

 

首にタオルをかけた一夏がベランダで夜風に当たっているのを見て箒が言う。

 

「ん」

 

「何か考えごとか?」

 

「ラウラにさ、家族の存在が何かって言われたときにちょっとな……」

 

「家族か……」

 

「俺がこれまで生きてこれたのは千冬姉や三夏兄、小清水さん、杉山さんのおかげだ。みんな大切で、家族も同然だ」

 

一夏はくるりと体の位置を変えて手すりに後ろから肘をかけた。

 

「だけど、たまに思うんだよなぁ。もしも本当の両親が俺たちを捨てなかったらどうなってたのかって。今とは違う未来があっただろうって」

 

「……一夏」

 

「あ、勘違いするなよ。俺は別に今の自分が不幸だなんてこれっぽっちも感じてない。むしろ幸せだ」

 

「…………」

 

「両親のことを知りたい気持ちはあっても今さら会いたいとは思わない。それに、生きてるかどうかも分からないしな」

 

「親のせいでお前と千冬さんの人生が狂ってしまった、か」

 

「はは、否定はできないなぁ」

 

「私も似たようなものだ」

 

箒は感傷に浸ったように一夏の隣の手すりに持たれかかり夜空を見上げる。

 

「私の人生はあのきてれつな姉のおかげで狂ってしまった。お前とも会えなくなったし、両親の下からも離された。定期的に各地を点々とする毎日で親しい友人も作れず一人ぼっちだったよ。……案外、似てるのかもな私たちは」

 

「嫌なところが似たもんだ」

 

「ふふ、確かに。だが私もお前と同様、今の生活が不満とは思わない。決して十分ではないが……」

 

箒は一夏の目をしっかりと見る。

 

「また、こうしてお前と会えた。今はそれだけでいい」

 

「箒……」

 

一夏は少し驚いたがすぐに笑顔になった。

 

微笑み合う二人。

 

そんな二人に冷たい夜風が当たる。

 

「さすがに冷えてきたな」

 

「あぁ、少々肌寒い」

 

「なら中に戻るか」

 

「…………」

 

すると箒は部屋に入ろうとした一夏の肩に頭を預け寄り添った。

一夏も動きを止める。

 

「温かい」

 

「箒?」

 

「悪い、もう少しだけこのまま」

 

「……了解」

 

「一夏」

 

「ん?」

 

「オルコットとの勝負……健闘を祈ってる」

 

箒はラウラに言われたことを自分なりに考えたようだ。まだ理解することはできないが、今は幼馴染を応援しよう。

 

「ありがとな。心配すんな、オルコットには負けないよ。俺の夢を叶えるためにも……。まずは、これが第一歩だ」

 

「そうか。なぁ、その夢とは、どんな夢なのだ?」

 

「……また、教えるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷっはっ〜。あー生きかえる……」

 

某超法規機関の作戦部長のようなセリフだ。

 

「たまにはビールも悪くないな」

 

「そうだろう?黒ビールだぞ兄さん黒ビールだ」

 

「よくやった褒めてつかわす」

 

すでにほよ酔いの三夏と千冬が酒を酌み交わしている。

杉山の部屋はすっかり溜まり場と化してしまっていた。

 

「……あの、この部屋は三人仕様じゃないんですけど」

 

「「心配するな」」

 

「……もういいです」

 

杉山は力無く肩を落とした。

 

「試合まで5日だが一夏は大丈夫だろうか」

 

「なんだ?普段とはかけ離れたセリフを」

 

「姉としては心配なんだ」

 

「それは教師としてもだろぉ?」

 

「…………」

 

千冬は表情を隠すために三夏から顔を背けた。

 

「そ、そう言えば一夏のISだが、なぜそちら側で用意しなかったんだ?わざわざ学園に頼むなんて」

 

「頼んだ覚えなどないそっちが勝手に用意したんだ」

 

「しかし報告書には」

 

「我々は一夏に専用機を与えるはずだった。現に会社は各部隊に配備されていたISを調整していたんだからな」

 

「……何と無く理由は分かった。……あいつか」

 

最後の言葉だけ千冬は小さくつぶやいた。

 

三夏の言葉には少し嘘があることを杉山は知っていた。

インペリアルコーポレーションが所有しているISはそれだけではない。ISコアは世界に467個しか存在しないことになっているが、実際には三夏が束から奪い取った設計図を元に、見よう見まねで適当に制作した複製コアが数個だけ存在している。その登録外の複製コアは混乱を避けるため表には出さず社内でのISの耐久実験など廃棄を前提とした実験に使われている。

三夏が言うには「詳しいことは分からないが作る分には作れる」とのことだ。

 

三夏は自身も独自のスーツを設計しているらしくあまりISには興味は無いようだ。すべてはこの自分にとって面白くない女尊男卑の世界を破壊するため、束に勝利するためなのだろう。

 

缶ビールのプルタブ開けた杉山が会話に入る。

 

「でも、どういうことなんですかね?」

 

「君はそんなことも理解できないのか……簡単なことだーあのクソ兎が裏でこそこそやっているんだろう」

 

「束ちゃんが……。でも何のために?」

 

「そんなこと知るか!だが、一夏がISを起動させた件といい専用機の件といい確実に戦術においてはあの兎より劣っている」

 

「……博士、束ちゃんと話し合うことはないんですか?そうすれば互いに歪み合わなくても」

 

「ありえないねぇーそれに戦術で劣っていても戦略では私が優っている勝のは私なのだー。コテンパンに踏みつけてくれるわー!」

 

酷い言いようだ。

仮にも目の前には束と友人の千冬がいるというのに。

 

杉山は心配して千冬を見た。

 

「だぁー!なぜ9回裏で逆転されるのだ馬鹿者め!根性を見せろ根性を!」

 

先ほどからやっていたナイター中継に夢中で、三夏たちの話しはまったく聞いていないようだった。

千冬にとっては話題をすり替えるだけのあまり興味の無い質問だったらしい。

 

「…………」

 

杉山は若干、呆れ顔だ。

 

「千冬君〜人に質問したのだから最後まで聞いていたまえぇ」

 

「し!今いいところなんだ!静かに!」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 




眠い……(´・ω・`)



さてと、戦闘描写をどうしよう(汗)
苦手なんですよ……。

一夏君は勝てるんでしょうかねぇ。




あと、なぜこんなにロマンチックでキザっぽくなったし!
……毎回、書き終わったあとに疑問がorz



早くシャルを出したいなぁーーー!!
と言うか全キャラだしたいなぁーーー!

まだまだ先は長いですね(´・ω・`)
最終回は何話になることやら……。



誤字や矛盾点があれば教えてください。

ではでは〜。


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15話

織斑三夏(おりむらみつか)

 

 

【挿絵表示】

 

 

織斑姉弟の母親の弟。

理由は不明だが姉を心底毛嫌いしている。

 

偏屈、毒舌、皮肉屋、気分屋、浪費家、人格破綻者だが、あらゆる分野に精通している天才科学者。

「科学者は科学の発展のためだけに尽力すればいい」と言ってはばからない。

一発合格で博士号を取得し大学在学中には、さまざまな論文を発表して学界を騒がせた。

大学卒業後は社長に気に入られインペリアル・コーポレーションに入社。その才能から、わずか一年で兵器開発部の主任となり悠々自適の生活を送っている。

なぜ兵器開発部なのかというと「自分の研究成果を明確に実感できるから」だそうだ。

基本的に自由で自分の興味のある研究しかしない。だが必ず利益をあげるため社長は黙認している。

金銭と名誉と女性をこよなく愛し、当然のことながら業界内での評判はあまり良くない。

 

ひょんなことから織斑姉弟を引き取ることとなり、渋々ながらも父親役をしている。

 

篠ノ之束の開発したインフィニット・ストラトスが気に入らず目の敵にしており束とは犬猿の仲。三夏いわく戦争中らしい。

 

「正義は立場によって変わる」、「科学の使い道に正しいも間違いもない。どんな結果を招こうとも我々、科学者は科学を極めるだけだ!」、「科学の発展に犠牲は付き物」、が信条。

 

 

 

 

 

 

杉山。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「科学の力で世界を平和にしたい」、「科学は人々の幸せを作るためのモノ」、「人の役に立ちたい」、という使命感に燃え猛勉強を経て博士号を獲得した努力家。

クソが付くほど真面目で要領が悪く「科学辞書を数冊、丸暗記した女」の異名を持つ超ガリ勉。

 

中学の頃に理科に興味を持ったことが、研究者を目指したきっかけ。

 

元々はインペリアル・コーポレーション、一般開発部の研究員だったが、突然の部署移動で三夏の部下となった。

 

必要以上に正義感が強いため融通が利かず、自分の信念と違えば相手かまわずケンカを売り、暴走する傾向がある。教育熱心なサラリーマン家庭の一人娘。

 

あだ名は「朝ドラのヒロイン」、「ガニ股」、など。

 

空気を読まない性格のせいか友達があまりいない。その世間ずれしていない性格から、さまざまな場面で社会の現実を目の当りにして落ち込むが、天性の楽天的な性格から立ち直りが早い。

正反対の信条の三夏とは、ことあるごとに対立している。

 

千冬と一夏の二人にとって杉山は姉のような存在として慕われている。

 

 

 

 

おまけ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 




はい、三夏と杉山のキャラ紹介でした。

挿絵は鉛筆&直撮りで申し訳ありませんm(_ _)m
後、下手でごめんなさい……。

ちゃんと見れるかなぁ……(汗)


次は小清水さんか……一番難しい……orz





本編の次回はいよいよセシリアと一夏の決闘でございます。

ではでは〜。


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16話

 

 

ピット搬入口。

そこに一夏、千冬、箒、真耶の姿があった。

 

直前まで一夏と会話していた箒は成り行きでついてきてしまったのだった。

 

「これが俺の専用機」

 

「はい!織斑君の専用機、名前は白式です」

 

試合直前のぎりぎりに到着した専用機に触れた一夏はなぜか安心感を覚えた。

 

白。真っ白。純白の装甲をドレスのようにまとい、一夏を待っていた。

まるでダンス相手を待つかのように。

 

突然、黙ってしまった一夏に真耶は首を傾げていた。

 

「織斑君、さっそく準備をお願いします」

 

すると一夏は制服のままでISを装着する。

三人はそれを見て驚いた。

 

「あ、あの織斑君、ISスーツは?」

 

箒と真耶が疑問を口にした。

 

「一夏、まさかお前はそのまま乗るつもりなのか?」

 

「え?」

 

「ISスーツはどうしたのだ?」

 

一夏は三人の疑問に納得したのか説明を始めた。

 

「この制服がISスーツなんだよ」

 

そう、一夏の制服は特殊で、ISスーツに使われる素材がそのまま織り込まれている。

これにより、いちいち着替えるというまどろっこしい行為が省略されているのだ。

 

説明を終えた一夏はISに身体を預ける。

 

空気の抜ける音が響き一夏の身体に合わせて装甲が閉じる。

 

とても心地が良い。まるで白式のすべてを理解したかのように、何もかもが分かる。

ハイパーセンサーには一機の戦闘待機状態のISが映っている。セシリアのブルーティアーズだ。

 

「ハイパーセンサー、その他の機器も正常に機能しているな。一夏、気分はどうだ?」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「あ、大丈夫だよ」

 

「そうか」

 

千冬は今、一夏を名前で呼んだ。

姉として心配してくれているのだ。

 

「どけどけどけぇい!」

 

突然、三夏が現れた。

驚く三人を押しのけて一夏の下へと近づくと何やらコードを白式にセットした。コードの先は端末に繋がっていた。

 

「み、三夏兄。どうしたんだ?」

 

「私、直々に最終調整をしてやろう」

 

三夏は短く答えるとさっそく端末を操作しはじめた。

 

その刹那、大量の空間モニターが表示され凄まじい勢いで情報が処理されてゆくのが分かった。

 

それを見た真耶は驚いた。

 

「き、強制的にISを最適化しているんですか!?」

 

「そうだが?」

 

三夏は平然している。

 

「操縦者はISにパートナーとして認めて初めて……」

 

「モノと人間の立場を間違えては困るISは使われるモノだ。選ぶのはISではなく操縦者である人間だ」

 

「…………」

 

三夏は答えている間も手を休めることはない。

 

一夏は改めて思った。

 

これが織斑三夏なのだと。

他人の、世の中の、常識を確かな事実と現実で圧倒し新たな常識を創り出す天才。破壊者にして建設者だと。

 

「すごい……」

 

一夏はただそれだけをつぶやいた。

 

白式の空間モニターに初期化、最適化終了の文字。

 

白式のフォームが凸凹した不格好なものからスマートなものへと変わる。

一夏が感じていた曖昧な心地良さはさらに強まり明確な快感となった。

 

「これが俺のIS……」

 

一夏は白式に装備されていた片刃のブレードを展開する。

 

「これって……」

 

見覚えのある刀。そう、これは……

 

「一夏」

 

いきなりの三夏からの言葉。それが一夏を深い思考から引きづり出した。

 

「ん?」

 

「君は力を手にした、どう使おうが君の勝手だ。間違うなとは言わない所詮は人間だ。だが溺れるな、よく考えろ。力に溺れた愚か者に待っているのは後悔ある死だ」

 

それは忠告だった。

 

「……あぁ」

 

ピットが開く。一夏は昔の幼馴染を一瞬だけ見る。

 

「箒」

 

「何だ?」

 

「行ってくる」

 

「……あぁ」

 

一夏は飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白式、発進しました」

 

「データ収集を開始します」

 

「パイロット、精神安定。その他、異常なし」

 

「対IS戦闘。敵IS、ブルーティアーズ。パイロット、イギリス代表候補生、セシリア・オルコット」

 

「両者のデータ比較。グラフを表示。送信します」

 

「送信、確認されました。異常ありません」

 

「誤差修正、波形正常値です」

 

「情報処理を開始」

 

「アリーナ内の映像を主モニターに映します」

 

アリーナの整備室にはずらりと様々な機器が設置されインペリアルコーポレーションの研究員たちがオペレーションを行っていた。

 

その中心には杉山が立ち、他の研究員たちに指示を飛ばしている。

 

三夏がいない今は杉山が現場のトップなのだ。

 

「頑張ってね。一夏君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃。

 

三夏は誰もいない管制室からアリーナの様子を伺っていた。

 

「インフィニット・ストラトス、有限である人間が創り出した偽りの無限。その無限に人は憧れ、求める。本当に滑稽だな」

 

「何ですかそれ……」

 

三夏のつぶやきに問い返したのは真耶だった。

 

「これは山田先生、いつの間に?」

 

「使われていない管制室のロックが解除されていたので見回りです」

 

「それはそれはぁ相変わらず無駄なことに時間を割いていらっしゃるぅ」

 

「…………。それで、さっきのはいったい……」

 

「ただの独り言ですお気になさらず」

 

三夏はそれだけを答えた。

 

「ISっていったい何なんでしょうか」

 

「さぁ」

 

「あなたにも理解できないんですか?」

 

「一度、生物学の権威に人間の脳とは何なのか、どうやってできたのかを質問してみるといい」

 

そんな質問に答えが出るとは思えない。

 

進化の大まかな過程は説明できても、人間の脳がどのように変化し構築されて今に至るのかなど誰も明確に答えることはできない。

 

そして、脳の詳しい構造や機能は現代医学を持ってしても解明できていない。

 

真耶の三夏に対する疑問はまさにそれだった。

 

明確な答えが期待できない無意味な質問である。

 

「…………」

 

「世界は理解できることより理解できないことの方が遥かに多いんですよ」

 

「……ならISは」

 

「偶然の産物。白熱電球のフィラメント、原爆の数式、その他もろもろ、この世には偶然の発見から産まれた、偶然の産物が溢れてる。『造ってみたらできちゃった』それがISというモノだ」

 

「……よく分かりません。正直、私にはISが理解できない」

 

「初めて気が合いましたね私もですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

「あぁ」

 

セシリアと一夏はアリーナで対峙していた。

相変わらずセシリアは一夏を見下したような物言いだが当の本人はは特に気にした様子は無い。

 

「さいg「最後のチャンスだ。泣いて謝るなら許してやる。そうでなければ全校生徒の前で恥をかかしてやろう。気は変わったか?」…そ、それは私のセリフですわ!」

 

セシリアの言葉にはかぶせるように一夏は言い放った。

 

「あ、そう。俺の目的は二つだけ。お前を倒し、クラス代表の座を下りることだ」

 

「何ですの?その矛盾した目的は。まぁ、あなたが私を倒すことは不可能ですからクラス代表には私がなりますわ」

 

「……始めようか」

 

試合開始の鐘が鳴った。

 

「さぁ踊りなさい。私とブルーティアーズの奏でるワルツで!」

 

「なら、オルコット先生に手解きを受けるとしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始から30分が経とうとしていた。

 

「チッ、ちょこざいな!」

 

射撃、射撃射撃射撃。雨のごとき攻撃が一夏に降り注ぐ。

しかし、当たらない。撃っても撃っても躱される。セシリアは焦っていた。まさか一発も当てることが出来ないとは夢にも思っていなかったからだ。その挙句、セシリアご自慢のビットはすでに二機も落とされていた。

 

せめてもの救いは相手からの攻撃が無いこと。一夏の手には接近ブレードが握られているだけだ。

 

だが、いつ攻撃に転じられるか分からない。

 

見くびっていた。

織斑一夏を見くびり過ぎていた。

 

セシリアは今までに感じることのなかった不安に駆られていた。

 

一方で一夏もまた焦っていた。セシリアからの攻撃を回避することに手一杯だった。少しでも動きを止めれば正確に狙撃される。

 

こちらから攻撃ができない以上このままではジリ貧だ。

奥の手を使うにしても距離があり過ぎる。近づけばビームの餌食となる。

 

一夏が目論んだ超短期決戦。やはり少しばかり無理があったようだ。

 

お互いの相手への侮りが試合を泥沼化させようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

アリーナの観客席でラウラは試合を見ていた。

長期戦となり泥沼化しつつある試合。

 

ゆっくり試合を分析した後、ラウラは人気の無い場所まで移動すると気づかれないようにISのプライベートチャンネルを開いた。

 

「私だ」

 

『ら、ラウラ!?今は……』

 

「分かっている。手こずっているお前に少し助言をしてやろうと思ってな」

 

『なら、手短に頼む』

 

「守っているばかりでは負ける。傷つくことを覚悟することもまた戦術だ。以上」

 

ラウラはそれだけを一夏に伝えた。

 

『……了解』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傷つく覚悟……ね。痛いのは嫌いなんだよなぁ」

 

ラウラとの通信を切った一夏は諦めたように笑い回避行動を止めた。

 

「あら、ようやく観念したんですの?」

 

「あぁ降参だ…なんていうと思ったか、ぶぅぅぅぅぁぁぁかぁぁぁぁ!!!」

 

「なっ!?」

 

一夏はセシリアに向かって飛んだ。

 

なぜだか自信が湧いてくる。

 

一夏は知った。白式のブレードを展開したときに。雪片弐型、これはかつての姉の武器なのだと。

 

「血迷いましたわね!」

 

セシリアは一瞬だけ怯んだもののすぐに迎撃体勢に入った。

 

「やっぱりだ」

 

ビットからの攻撃が無い。

 

ビットを操作しているときは本体であるセシリアからの攻撃が無かった。その逆も。

つまり、ビットを操作しながらのライフル射撃はできない。

 

ならば、前方のセシリアのみに集中すればいい。

 

ビームが一夏の肩や足に命中する。白式からの警告音を一夏は完全に無視していた。

 

腕や足の一本などくれてやる。

 

「落ちなさい!」

 

後、一発。それを交わせばライフルの死角だ。近過ぎて撃つことはできなくなる。

 

一夏は最後の一発を躱した。

 

それを見たセシリアは待っていたかのように口を歪めて笑う。

 

「かかりましたわね!」

 

だが、一夏もまたこのときを待っていた。

 

「お前がな!」

 

「へ?」

 

セシリアがミサイルビットを展開した刹那、凄まじい閃光と炸裂音が広がった。

 

「っ!?目が……!!」

 

視界もレーダーもまったく使い物にならなかった。

 

その刹那、頭部、胸部などを中心として全身に鋭い衝撃が走る。

ブルーティアーズからの警告でセシリアは始めて自分が一夏に攻撃されたことを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

閃光がおさまり頭部を手で押さえたセシリアが見たものは怪しく光る刃を自分の首に突きつけている息を荒らげたボロボロの一夏の姿だった。

 

「武器を捨てろ」

 

冷たく言い放たれる言葉。

 

「そんなことできるわけが……」

 

「できないか?」

 

一夏は刃でセシリアの顎を撫でる。

 

「……本当はあの技も使いたかったんだけどな。シールドエネルギも心もとないし、お前を一撃で倒すのも都合が悪い……」

 

「あなた、いったいなんの話を」

 

「独り言だ、気にするな。……早く武器を捨ててくれませんか?お嬢様」

 

「くっ……」

 

もう勝負はついていた。ここからの形成逆転などできるはずもない。

先ほどの攻撃でセンサーや捕捉機器も破損している。もうまともな戦闘は無理だ。

 

自分の敗北を確信し諦めたセシリアは言われるがままに武装を解除した。

 

そして……

 

「織斑一夏、棄権します」

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

アリーナにどよめきが走る。

誰もが一夏の勝利を確信していた中での突然の試合放棄。

 

セシリアは屈辱的な勝利を一夏によって与えられたのだった。

 

「あ、あなた、ふざけてますの!?早くとどめを刺しなさい!」

 

「なぜ?」

 

「なぜって!?」

 

「俺の目的は試合に勝つことじゃくお前を倒し恥をかかせてクラス代表を譲ることだ。目的は達成された。これ以上、試合を続ける意味はない」

 

「待ちなさい!!ちょっと!」

 

一夏はセシリアの言葉を無視しピットへと身体を向ける。

 

「あ、そうだ」

 

「何ですの?」

 

「意外と楽しかったぜ、お嬢様」

 

一夏は清々しいまでの笑顔でセシリアに言った。

 

「っ!?。つ、次は負けません!必ずあなたに勝ってみせますわ!!」

 

顔を赤くしながらセシリアはそう宣言した。

 

「そうか……なら楽しみにしてるよ、セシリア」

 

白い機体はピットへと戻っていった。

 

「……絶対に勝ちますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑君、お疲れさまでした。えっと、ISは今待機状態になってますけど、織斑君が呼び出せばすぐに展開できます。ただし、規則があるのでちゃんと読んでおいてくださいね。はい、これ」

 

そう言って真耶が一夏に手渡したのは、電話帳ほどある分厚いルールブックだった。

 

「はは…時間があれば」

 

笑ってごまかす一夏。

 

「一夏、一つ聞きたい君が試合の最中に口にした『あの技』とは零落白夜のことか?」

 

「?。そうだけど……何かマズかったかな」

 

「なぜ使えると思った」

 

「……上手く言えないけど、教えてくれたんだよ白式が」

 

「…………」

 

それから一夏たちはピットから出ていった。

 

静かになったピットで三夏は一人考える。

 

「第一形態時からワンオフ・アビリティーの発動か……。よく分からない機体だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

箒と一夏は自室へ戻るため廊下を歩いていた。

 

「怒らないんだな」

 

「なぜだ?」

 

「いや……あんな勝負しちゃったし」

 

「言っただろ。『オルコットとの勝負……健闘を祈ってる』と。私は勝てとは一言も言ってはいない。言ったところでお前は考えを変えなかっただろ?」

 

「まぁ……」

 

「昔から変に頑固だったからな」

 

「よく分かってらっしゃる」

 

「お、幼馴染だからな。だが……」

 

「ん?」

 

突然、かなりの衝撃が一夏の頭を襲った。

 

箒の手にはどこから取り出したのか竹刀が握られている。

 

「ぐおおぉぉ……いてぇぇぇ」

 

「次からはこのようなことは許さん。やるからには勝て。それが男だ」

 

「だからって竹刀で殴ることはないだろ……」

 

「言っても分からない者には力ずくで分からせる。常識だ」

 

「へいへい」

 

そこへラウラがやって来た。

 

「嫁よ」

 

「お、ラウラ。本当にいろいろと教えてくれて助かったぜ。ありがとな」

 

「うむ。ならば礼をもらおうか」

 

「……お前、そこは『礼にはおよばない』だろ」

 

「謙虚は損だと管理官から教わった」

 

「……三夏兄ぃ。それで、俺はどんな礼をすればいいんだ?」

 

「私を抱け!」

 

「え、いいの?」

 

「うむ!」

 

バシーン!!!

 

「ぐへっっ!!?」

 

「一夏ぁぁぁぁぁぁ!こ、このハレンチめ!成敗してくれる!」

 

「ま、待て箒!今のはいきなりのことでビックリしただけだ!落ち着け!決してポロリと本音が出てしまったわけじゃない!!」

 

「……それは本当だな?」

 

「か、神に誓って。だから竹刀を下ろしてくれ、な?」

 

「だが断わる!!」

 

「なんでだぁぁぁ!」

 

箒は再び一夏に竹刀の一撃を叩き込むとそのまま去っていった。

 

「大丈夫か?」

 

「ラウラ……お前、そういった話は前にしたばかりだろ!お前も納得してたはずだ」

 

「あぁ、だが部隊の副隊長に一蹴されてな。考えが硬すぎると説教された」

 

「…………」

 

「と、冗談はここら辺にして」

 

「冗談かよ!俺の命が危うくなる冗談は控えていただけませんかねェ隊長殿ぉぉ!?」

 

「まぁ実のところは嫁がどんな反応をするのか見てみたかっただけだ」

 

「人の反応を楽しむのはやめてくれよ……」

 

「……説教されたのは本当だがな。あ、そうだ。私への礼は夕食を一緒にとることでどうだ?」

 

「はぁ……了解しましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで一年一組のクラス代表はオルコットさんに決定しました」

 

朝、真耶が教壇に立っている。

 

「では、オルコットさん。挨拶をお願いします」

 

「は、はい」

 

「あー、少しいいですかぁ?」

 

一夏が手を上げた。

 

「なんだ、織斑」

 

「言いたいことが」

 

「……いいだろう。手短にな」

 

千冬からの許可が下りると一夏は席から立ち上がった。

 

「セシリア・オルコットさん。一つ謝罪します。あなたとあなたの母国を侮辱したことです。失礼しました」

 

一夏は頭を下げた。

 

「えっ、待ってください。私も……ご、ごめんなさい!」

 

セシリアもまた頭を下げる。

 

それを見ていた生徒たちから拍手があがった。

 

「仲直りですね」

 

「うん」

 

真耶と杉山は微笑んで二人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 




戦闘描写は難しいですね……慣れないなぁorz
そして、なぜ最後にギャグ路線に走った……。



お気に入りが1000件を越えました。本当にありがとうございます!
今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。



ではでは〜。



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17話

今回はほぼ大人たちメインです。


 

「社長代理、怒ってるんじゃないですか?」

 

千冬と三夏が座っているテーブルに紅茶を並べながら杉山が問いかけた。

しかし三夏は特に気にした様子も見せずに白手袋をはめてチェスの駒を磨いている。

 

「怒らせておけばいい。やはりチェスは水晶に限るねぇ」

 

「減俸にされても知りませんからね」

 

「あぁ、この輝き……」

 

実は三夏はこの間の試合で採取した一夏のISデータをインペリアルコーポレーションに提出していなかった。

 

「ねぇ、ヤバくないですか?」

 

「ぜんぜーん、光を反射するナイトの美しさよ……」

 

「真面目に聞いてるんですか、博士」

 

「うるさい君は自分の仕事をしたまえ」

 

「もう、すべて終わってますよ」

 

「私のお茶汲みに専念するのだ」

 

「やりませんからね、そんなこと!」

 

「ならば腐った蜜柑たちとでも戯れてくるといいそして君も腐ってしまえ」

 

「どぉしてそういうことしか言えないんですかあなたは!」

 

相変わらずの二人をよそに千冬はテーブルに置かれたクッキーをかじりながら紅茶を飲み、テレビニュースを眺めていた。内容は政治だ。

 

ちなみに場所は例のごとく杉山の部屋である。

 

「それに今、本社はそれどころじゃないはずだ。軍から兵器の大量受注があったからなてんてこ舞いに違いない」

 

「え……?。どうしてですか?」

 

「近々、日本軍が大規模な演習を行う」

 

「……戦争でもないのに」

 

「だからこそだよ憲法の改正とISという技術革新の独占によって日本は再び列強の仲間入りを果たした。今では世界有数の軍事力を持つ大国家だ。どこの国も日本の顔色を伺ってゴマをする。とどのつまり周辺国への牽制、諸外国と国内へのパフォーマンスだな」

 

「…………」

 

「それともう一つの理由があれだ」

 

三夏はテレビを顎で指した。

 

そこに映る総理辞任の文字。

 

「日本の回転ドア政治はアドバンテージだけで選ばれた無能な女政治家の大量出現から歯止めが効かなくなった。政府があんな不安定な状態で軍上層部を指揮することなどできるわけがないヤツらは常に軍拡を望んでいる」

 

「日本は徴兵はしていませんよ」

 

「徴兵だけが軍拡ではない。それに徴兵はしていなくても人は集まるのだよ。実際にドイツやアメリカなどは事実上、徴兵制度は廃止されている。今も徴兵を続けている国はそれをやらなければ軍事力を維持できない弱小国家だ技術が無いから兵員の数で誤魔化しているんだよ」

 

「…………」

 

そして三夏は独自の見解を口にした。

 

「ISとは女にとって諸刃の剣だ。ダメな政治で女の株は落ち一方で軍拡から男の需要と地位は高まる。しかし女はISを手放すことはできない。軍拡をやめさせようにも無能な政治家は軍を抑えめない。まさに滑稽だ見ていて面白い」

 

「…………」

 

「まぁ今やIS無しに国防は語れない。軍がISを必要としているのもまた事実だ」

 

「じゃあ、やっぱり今までと変わらないじゃないですか」

 

「まだしばらくの間はな。軍という絶対的な統制下に完全に取り込まれればISもただの兵器として扱われパイロットもただの兵士として扱われる。男女関係なく階級だけがものを言う世界だ。それにそうなれば整備や燃料、弾薬などすべてを軍が握り管理する女だけでISを使い男を相手に戦争することは不可能になる」

 

例を上げるならば、ラウラたち軍人は上官の命令には逆らえない。それがたとえ男であったとしても。そもそも女尊男卑という概念が存在しない。戦場に男女の優劣などという下らない争いを持ち込めば敗北するだけなのだから。

 

アラスカ条約により国際的にISはスポーツという位置づけにされてはいるが条約はほとんど役には立ってはいない。

 

少しずつ……。だが確実にISは女性たちの首を締めつつあった。

少し前、三夏が語ったとおりに世の中は進んでいる。

 

しかし、ほとんどの女性はその危機に気づいてはいない。

 

「いつか近い未来、世界は手綱を締めねばならないときがくる君も巻き込まれないようにせいぜい気をつけたまえ」

 

「…………」

 

「このクソ学園が日本軍の管轄下に入れば早い話しなんだがなぁー」

 

「学校は生徒たちが勉強して友情を育むところです!」

 

「相変わらずの朝ドラヒロイン全開だなーいいか、そもそも学校という制度自体が軍隊を作り上げるためにできたものなのだ」

 

農民などを対象に本格的な学校制度を導入したのはフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトと言われている。

それまでの貴族限定とは違い強い軍を作るために国民全員の能力レベルを一定の水準までに引き上げ、なおかつ思想操作や国家に忠誠心を持たせることを目的としていた。

 

「今は違うもん!」

 

「違わなぁーいバーカバーカバーカバーカバーカ」

 

「うぅぅ!!」

 

するとテレビを見ていた千冬が口を開いた。

 

「一夏のデータを渡さないということはまだ調べることがあるんだろ……何か気になることでもあるのか?」

 

「君も薄々感じているんじゃないか?あの白式の特性に」

 

「まぁ…な」

 

「何の話しです?」

 

「知らないのであれば自分で調べたまえ」

 

「む〜」

 

「あ……そういえば忘れていた……。まぁ今度でいいか」

 

何かを思い出した三夏だったが慌てた様子もなく紅茶を飲む。

 

ドアをノックする音が響く。

 

「今、開けますよ〜」

 

そこにいたのは一夏とラウラだった。

一夏は部屋に入ると三夏と千冬の前に立つ。

 

「一夏、どうしたんだ?」

 

「ねぇ二人とも……」

 

「「?」」

 

「あの部屋はなんだ?」

 

「「は?」」

 

「休日に二人が杉山さんの部屋にいる理由は?」

 

「「あの、部屋にいられるスペースが無いからだ」」

 

「……ならやることがあるんじゃないか?」

 

「やることだと?……酒は買い溜めしてあるし。兄さん、何か思い当たるか?」

 

「さぁな。というかそこを退きたまえテレビが見えないだろ」

 

とぼけたように言う二人。

 

「掃除だよ!どう考えたって掃除しかないだろ!」

 

「「あーぁ。それか」」

 

指をさしながら、がなりたてる一夏に顔を見合わせる千冬と三夏。

 

「それは前々から私も思っていたが私にできることではないので述べなかったまでだ」

 

「少しぐらい片付ける気にはならなかったのか……」

 

「「いや、ぜんぜん。できないことはやらない主義だ」」

 

「…………」

 

「それに部屋を汚すのは主にこっちだ私ではない」

 

三夏は千冬を指さしながら言う。

 

「部屋に散乱してる書類と資料は三夏兄のだろ」

 

「…………」

 

「はぁ……杉山さんから聞いたとおりだ。あんまり人に迷惑かけたらダメだろ。千冬姉もだぞ」

 

一夏はため息をつき呆れぎみだ。

息子に呆れられる父親と弟に注意される姉。

なんとも情けなく見える。

 

おのれ朝ドラぁ!

 

何も一夏に言いつけなくてもいいじゃないか杉山さん!

 

三夏と千冬は似たようなことを考えているのだった。

 

「さ、掃除掃除。俺とラウラが手伝うから早く終わらそう」

 

「「…………」」

 

「返事!」

 

「「……は〜い」」

 

渋々ながらも立ち上がる。

 

「……私が掃除道具を持ってこよう」

 

「兄さん場所は分かるのか?」

 

「案内したまえ」

 

「分かった。一夏、少し待っていろ」

 

「お二人とも、私もお手伝いします」

 

「兄さん、どうする?」

 

「まぁいいだろ軽そうだし」

 

千冬と三夏にラウラがついて行った。

 

一夏は言われたまま杉山の部屋のまえで三人が戻るのを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後。

 

「遅い……」

 

「まさか迷ってるってことはないよね……」

 

待てど暮らせど三人は戻らない。

 

いくらなんでも遅すぎる。

 

「どうしたんですか?」

 

たまたま通りかかった真耶が二人に声をかけた。

 

「あ、山田先生。あの、千冬姉と三夏兄を見ませんでしたか?」

 

「え?あの二人だったらさっきボーデヴィッヒさんを抱えて外出しましたよ?」

 

「「は?」」

 

「?」

 

時間が止まった。

 

「ま、まさか……」

 

「逃げた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……よろしかったのですか?嫁を騙すような……」

 

「いいのだよぉ。どーせ私たちが掃除したところで余計に汚くなるのが目に見えてる」

 

「だな。……家事はからきしダメだ。まったく小清水さんのありがたさが身に染みる」

 

千冬と三夏の二人はラウラを伴ってとりあえず街へとやって来た。

 

「さて、ここからは別行動だ私はスタバに行く」

 

一人で歩き出した三夏のあとをラウラと千冬がついていく。

 

「なんのつもりだ?」

 

「私一人にボーデヴィッヒの面倒を押し付ける気か?」

 

「三人別々に動けばいいだろ」

 

「ボーデヴィッヒはまだ日本に慣れていない。こんな場所に置いていけるわけないだろ。それにあいつを連れ出したのは私たち二人だ。連帯責任だ」

 

「ふん……勝手にしたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、甘い!」

 

ラウラはキャラメルマキアートを飲み、目を輝かせて幸せそうだ。

千冬はブラックコーヒー、三夏はベンティカプチーノを注文した。

 

「とりあえず、これからの計画でも立てるか……」

 

コーヒーカップを片手に千冬はつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから三人は当てもなく街を散策した。主にラウラの案によって動いていた。

 

嫌がる三夏を千冬とラウラが無理やり連行し映画を見た。

 

嫌がる三夏を無理やり連行しサーティーンのアイスを食べた。

 

嫌がる三夏を……

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで気がつけば午後6時を過ぎていた。

 

「酒が飲みたい」

 

「酒ですか?」

 

「あぁ」

 

そんな会話をする二人の横では三夏が心底うんざりした表情でベンチにうな垂れていた。

 

「これは悪夢だ……。やっぱり子供などいらん」

 

よほどラウラのおもりが堪えたようだ。

 

一方の千冬は満更でもない様子だった。世界最強、女神の称号を持つ者でもやはり人間。今はただの弟思いの姉なのだ。

 

そして完全にオフの顔をしていた。

 

「兄さん近くに知ってるバーがあるんだ。行かないか?」

 

「…………」

 

「無言は肯定と取るぞ。よし行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

そこは前に杉山と真耶の三人で飲んだバーだった。

 

そこで千冬は驚き目を見開いていた。

 

「こ、小清水さん?」

 

千冬は出迎えてくれたバーテンへ恐る恐る話しかけた。

 

「はい。お久しぶりでございます」

 

「どうしてここに?」

 

「はい。少しの間、博士からお暇をいただいたので、前々からやってみたかったバーテンダーをさせていただいております」

 

「……前に来たときにはいませんでしたよね?」

 

「えぇ。私が来たときには千冬さんはすでにお眠りになっておりましたので。それはそれは気持ちよさそうに杉山さんとお二人で」

 

そう言われ千冬は恥ずかしそうに黙ってしまった。

 

「早くどきたまえ。小清水さんお久しぶりです」

 

後ろにいた三夏はすたすたとカウンターに腰を下ろした。

ラウラもそれに続くと三夏の隣に座る。

 

「さぁ千冬さんもどうぞお座りに」

 

千冬は言われるがままにラウラのよけへ行く。

 

「ご注文は?」

 

「マティーニを、ただしジンではなくウォッカでお願いします。銘柄は任せます」

 

「私は……とりあえずギムレットを」

 

「いや、千冬君にはホワイトレディーを」

 

「兄さん……」

 

「君にピッタリだろう?」

 

「…………」

 

「私はオレンジジュースを」

 

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左側の隅の席では若いバーテンダーがカップルから注文を受けていた。

 

「あたしファジーネーブルちょうだい。彼にはスプモーニね」

 

「はい。すぐにお持ちします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、美味い!」

 

千冬はこの短時間ですでに5杯目に突入していた。陽気に笑いラウラの肩に手を回している。

ラウラはオレンジジュースのグラスを両手で握り顔を赤くしている。目が据わっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「……酒乱め」

 

「千冬さんもいろいろと溜め込んでいるのでは?」

 

「いーえこいつは毎晩こんな感じです」

 

そのときラウラがいきなり立ち上がり敬礼した。

 

「わたくしはー!お二人が大好きでありまぁぁぁす!!」

 

三夏はラウラを見て怪訝な顔をになった。

 

酔っ払ってる。

 

「小清水さんラウラにアルコールを?」

 

「とんでもございません」

 

三夏はラウラのオレンジジュースのグラスを手に取り中の液体を一口舐めた。

 

「……小清水さんこれは酒です」

 

「えっ」

 

すると二人の会話を聞いていた笑いバーテンダーがはっとして顔を向けた。

 

「……あ、あの……僕が間違えてしまったかもしれません」

 

思い当たる節が一つだけあった。

先ほどカップルが注文したファジーネーブルというカクテル。これはピーチリキュールをオレンジジュースで割ったもので普通のオレンジジュースとほとんど見分けが付かない。また味も甘く子供ですらジュース感覚で飲めてしまうのだ。

 

グラスもまったく同じだったためどこかで取り違えてしまったのだろう。

 

「お姉様!」

 

「なんだボーデヴィッヒ」

 

「抱きついてもよろしいでありましょうか!」

 

「ふっ問題ない」

 

三夏はラウラと千冬を覚めた目で眺めていた。

 

「あのどこぞの総司令のような一言には触れないでおくとして。千冬は酒乱でラウラは下戸かデコボココンビめ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後8時。

 

「ん〜むにゃむにゃ……」

 

「えへへぇ教官の寝顔だぁ〜」

 

カウンターで顔を赤らめた千冬が眠っている。ラウラはその顔をしばらく凝視していたがそのまま千冬に寄り添うかたちで眠りについた。

 

「ははは、寝てしまわれましたか。疲れているときはアルコールの回りが早いと聞きますし」

 

小清水は仲良く眠る二人に優しく肩掛けをかぶせた。

 

「小清水さん。そろそろこちらに来てはもらえませんか?部屋の調整ももうすぐ済みます」

 

「はは、そう言っていただけるとは。私、嬉しい限りでございます。博士があのような設備の整った、しかも美味しい食事をとることのできる所へお行きになって、いつクビにされてしまうかと心配しておりました」

 

「やはり小清水さんの料理には敵いませんよ」

 

「それでは近いうちに」

 

「お待ちしてます」

 

店内に客の入店を告げる鐘の音が響いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「また来ちゃいまし…た?えっ!?お、織斑博士!?」

 

「朝ドラ二号……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜博士の使用人だったんですか……」

 

「えぇ。近いうちにIS学園に伺うことになります」

 

「はい、楽しみにしてます!……また先輩は潰れちゃったんですね」

 

「かなりのハイペースでしたので」

 

真耶は呆れ笑で千冬の姿を確認した。

 

「あ!そう言えば博士、一夏君と杉山さんがお二人を探してましたよ。部屋の片付けぐらいしたらどうですか?」

 

「断る」

 

「はぁ……」

 

真耶はため息をつきながらダイキリに口を付けて二口ほどで飲み切ってしまった。

 

「小清水さん、バラライカを」

 

「はい」

 

「私はプースカフェください」

 

「君はバカか」

 

「いいじゃないですかぁ。前に写真で見たらすっごく可愛いかったんです!」

 

「黙れあんな集中力と時間が必要で、出来上がりはさして美味しいものでもない綺麗以外に取り柄のないカクテルなどバーテン泣かせの何物でもない」

 

「……う」

 

「ただのリキュールを何種類も常温で飲んで美味いわけがないだろバァーカ」

 

「……マ、マルガリータください」

 

涙目で真耶は注文を変更した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……私は教師に向いていないんでしょうか?」

 

「知るか」

 

「ん〜答えてくださいよぉ」

 

それなりに酔いが回ったところで真耶は自分の悩みを打ち明けたが三夏はあっさりとそれを一蹴してしまった。

 

「どーせまた自分の役立たずぶりに落ち込んでいたんだろう自暴自棄女め」

 

「うぅ……」

 

「いいか子どもに社会常識や道徳を教えるのは小中学校の教師だ。高校で学ぶことなど所詮は後付けの知識に過ぎない。高校教師は生徒たちに追加知識を与えて問題を起こさないように監視するのが仕事だ。それ以上のことをする義務は無い」

 

「それは!……」

 

「それは違うか?今の私の言葉に異論があるのならばこの場で意味の無い反論などせずに自分で考えて行動しろ自分の理想こそが正しいのだと私に証明してみろ」

 

「自分の理想?」

 

「他人に助言など求めるなすべては君の人生だグダグダ悩む前に少しは挑戦してみろ」

 

「博士……」

 

「そして当たって砕けて木っ端微塵になってしまえ」

 

「どーうして余計なこと言うんですか!今、ちょっと感動してたのに見直しかけてたのに!」

 

「朝ドラ二号に見直されてやる義理は無い」

 

「もう!」

 

時刻は午後11時。

夜はまだまだこれからである。

 

「もう一杯だぁぁぁ!!」

 

「お付き合いしますお姉様!!」

 

潰れていた二人も、いつの間にか復活していたことだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回豫告。

日本ヘトヤッテ來タ少女。
ソノ少女ハ一人ノ少年ニ思イヲ馳セテイタ。

少女ヲ待ッテイマ道化ノ使イ。

佛蘭西カラノ代表候補生。
ソノ裏デ交錯スル黒イ陰謀。

次回、鈴物語。

「次回の主役はあたしよ!」


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18話

001

 

大陸から空を飛ぶこと2時間強。

あたしは島国の大国へとやって来た。

 

国際空港のロビーに立った。ごった返している。

 

懐かしい。この場所には何の思い出も無いのだけれど、それでも懐かしいと感じるのは、あたし自身が早く戻ってきたかったと、心のどこかで願っていたからなのだろうか。

 

この空が、この地面が、この空気が、この人混みが、この日本で感じることすべてが懐かしい。

なぜか少しだけ複雑な気分だけれど別に悪い気はしない。

 

あぁ、改めて実感したあたしは戻って……いや、帰ってきたかったのだ。あいつのいるこの国へ。

あたしの祖国を、親を、あたしの持っているほとんどすべてを擲ってでも。

 

帰ってきたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凰 鈴音様ですね?」

 

あたしは空港の出口でスーツにサングラスの男に声をかけられた。

初めは怪訝に思ったが男が胸元に付けている徽章を見て納得した。と言うより悟ったと言った方が正しいかもしれない。

 

あの黄金の道化。

それが示す組織をあたしは知っている。

 

「こちらに織斑一夏様がお待ちです」

 

「えっ」

 

その名前を聞いてあたしは声が出なかった。

 

男に促されるままに表に停車していた黒塗りのリムジン型のベンツへ乗り込んだ。

 

「よう」

 

「…………」

 

そこにあるのはあたしの向かいに座る織斑一夏の姿。

固まるあたし。

世の中には順序と言う物がある。心構えと言う物もある。

ましてや会うのを楽しみにしている片思いの相手に来日してから1時間経たないうちに再開してしまったら、この様な反応をしまうのは理解してもらいたい。

 

「残りのデータを渡してくれないか?」

 

黒い軍服姿の一夏はそう言って手を出した。

 

「な、何であんたが……」

 

やっと出た言葉はそれだった。

 

「三夏兄の使いだよ。それと早速で悪いが仕事を頼みたい……いや、協力して欲しい」

 

「だから何であんたがそんなことしてんのよ!?」

 

「じゃあ、自己紹介といこうか。インペリアルコーポレーションの織斑一夏中佐です」

 

あたしは今度こそ何も言うことができなかった。

 

再開の言葉さえも。

 

「あ、久しぶりだな鈴々」

 

「あたしはパンダか!?」

 

「失礼、噛みました」

 

「絶対わざとだ!」

 

「噛みまみた」

 

「わざとじゃない!?」

 

「神が来た」

 

「どこぞの神様よ!」

 

突っ込むことはできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

002

 

あたしが連れてこられたのはインペリアルコーポレーション本社だった。

 

「でぇ。何であんたが中佐なわけ?」

 

「他の軍や軍属組織とのバランスを考慮した結果だってさ。代表生だしな」

 

「ふーん。それで軍服なんだ」

 

想像していた再開とは程遠かったけれど、一夏とあたしの間に溝はなかった。昔と同じ。馬鹿な話をできる間柄。何も変わらない、ちょっとは進展して欲しい間柄。

 

それが、たったそれだけのことが、今のあたしはとても嬉しかった。

あたしは一夏が好きだ。理由なんて知らない。自分が好きだと思ったから好きなのだ。

 

そう言えば、一夏はあの約束を覚えてくれているだろうか。

 

あたしは聞きたい気持ちを押し殺した。今はまだそのタイミングではないと思ったから。

 

「そんな、にやけた顔をして何かいいことでもあったのかい?」

 

「……ねぇ、思ったんだけど。これは何?パロディ?あんたがアロハ役なわけ?蝸牛役なわけ?」

 

「天の声が聞こえたんだ」

 

「だから、どこぞの神様だよ!?」

 

「お前が主人公だとするならば俺は残りの全キャラを網羅しなければならない」

 

「あんたいつからそんな万能用員になったのよ!」

 

「御都合主義さ」

 

「……使い方がどこか少しズレてる!いや、間違ってる!」

 

 

 

 

 

 

 

真っ白なホール。

真っ白な廊下。

真っ白なエレベーター。

白の中に飾られた金色の道化。

インペリアルコーポレーション本社。

あたしは上へと向かう真っ白な箱の中にいた。

純白。美。

普段ならばそう思える色がここではどこか不気味に見えるのはなぜだろう。

まるで内側の真っ黒な何かを真っ白な薄い薄いペンキで塗り隠しているように。

 

……考え過ぎか。

 

「あんたにしては出世してるわね。二等兵かと思ったわ」

 

「それはこっちのセリフだ。代表候補生」

 

やっぱり知っていた。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

「あんたが車で話したフランス人……まだ良くは見ていないけどかなり詳細に情報がまとめてあったわよね。それって、もしかすると……あたしの分もあったんでしょ?」

 

「まぁな。一応、目を通した」

 

「そう。なら全部知ってるんだ」

 

「紙の上、液晶の中に並べられた文字の羅列からは一人の人間の人生の全てを知ることは出来ない出切るはずがない、そんなことが出切るのはこの世に絶対に存在しない超能力者だけだぜ?」

 

「……あのセリフは言わないんだ」

 

「言って欲しかったか?」

 

「バサ姉ファンに怒られそうだから遠慮しとくわ」

 

そこから一夏は何も言わなかった。

 

普通を演じている普通では無い奴。

平凡に見えて実は非凡。

掴み所がない。

 

ときに予想外の行動をとってしまうけれど、それでもしっかりと打算を働かせる。

計算高い奴。

 

それが初めて出会ってからの一夏の印象だ。

あの親にしてこの子あり、だ。

 

きっとあたしのことも知っているに違いない。

なぜ触れないのかは分からないが、何かを考えているのだろうか。

それとも彼なりの気遣いなのだろうか。

 

一夏はあたしが親を、国を、捨てたことを知っている。

 

それは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

003

 

仏蘭西代表候補生ノ對策會議。

 

「こんな幕、よく作ったわね。金の無駄じゃないの?」

 

「こんな会議に意味あるの?」そこまで出かけた言葉を直前で飲み込んだ。

意味が無ければやりはしないだろう。

 

意味の無いように思えることに意味がある。意味があるように思えることに意味が無い。

物事のプロセスとはそんなものだ。

 

その考えを肯定するもう一つの要因は、この会議を開くのが、あの拝金主義者にして一夏の父親役である織斑三夏の存在であった。一文の得にもならないことをやるはずがない。

 

あの人物にとって人の価値とは金である。行動の意味とは金である。世界を構成している物は金である。

すべてが金である。

 

その上、偏屈、毒舌、皮肉屋、気分屋、浪費家、人格破綻者。

ここまでくると軽蔑や呆れを通り越し尊敬の念が沸き起こってくる。

そう、彼は決して自分を偽らない強い人間なのだ。

 

今の言葉だけでは語弊が生まれているかもしれないが彼を慕っている人間は少なからずいる。あたしも彼のことは嫌いではない。

 

彼が天才だから、そして彼自身の利潤を追求したコミニュケーションの副産物と言うだけなのかも知れないが、それが結果として彼を慕う人間を作っていることは確かだ。

それがあるからこそ、彼はその気になれば世界すらも動かせる。協力する人間がいるのだから。

 

それが正しいのか正しくないのか、それが正義なのか悪なのか、そんなことあたしは知らない。

 

白と黒、光と闇、そんな簡単に割ることが出来ないのが世の中だ。

世の中はグレーで薄暗い。

些細な行き違いで、歪み合い、争い合い、殺し合う。救いなんてない馬鹿げた世界。あたしたちはそんな世界にいる。

 

「嫁よ」

 

会議室のドアの前で一夏とお揃いの黒い軍服を着た眼帯の少女があたしたちを待っていた。

 

「誰よあんた」

 

「私か?私は……織斑一夏の夫でありエロ奴隷だ!」

 

「はいストーップ。ラウラお前はもう二度と自己紹介はしなくていいぞー。鈴さーん、そんな引いた目で俺を見ないでーあらぬ誤解ですよー」

 

態度には表さなかったが今ので確信が持てた。

この眼帯はあたしの敵だ。

 

そのとき、ガチャンと会議室のドアの鍵があいた。

 

「……入らないの?」

 

「そうだな」

 

「入るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

004

 

その部屋には誰もいなかった。

いるはずの人物がいない。

その代わりに、いや、代わりと言えるのかは分からないが机に3人分の鰻重が置かれていた。

 

「……鰻。何で鰻?」

 

「あれだろ?これ書いてたのが土曜の丑の日だからだろ」

 

「リアルタイムネタかい!」

 

あれこれ言ったものの、鰻重はとても美味しかった。

 

食後のお茶も飲み終えたところで、いよいよ話しは本題だ。

「管理官が不在なので私が仕切らせてもらおう。凰鈴音、一夏から大まかなことは聞いているな」

 

「鈴でいいわよ。……フランスから来る転入生が怪しいんでしょ?」

 

「怪しいと言うか、ほとんど黒だ」

 

それはそうだろう。

フランスの転入生。性別、男。IS開発に息詰まっているデュノア社の企業代表生にして御曹司。

氏名はシャルル・デュノア。

 

これが提出された公式な資料。

 

きな臭いにも程がある。

 

それなら、とっ捕まえて身包みを剥いでしまえばいい話だ。

そうしないのには理由があるのだろう。

 

「お前の諜報力は聞いている。しばらく学園でそいつの行動に目を光らせて欲しい。外部との連絡。監視。すべてを調べてくれ。その後は我々、主に一夏が処理する」

 

「分かったよ。……只でやれとは言わないわよね?」

 

「もちろんだ。報酬は用意する」

 

これが、あたしの日本での初仕事。

一人の人間を監視し陥れる。

 

一夏たちが、どうやるのかは知らないが、すべては織斑三夏の計画だろう。

もしかしたらデュノアは自分が陥れられたことに気づかないかも知れない。

デュノアの行動が、何気無い動作が、ドアを開けたり、誰かと会話をしたり、人間として本当に当たり前の行動さえも計算されているとしたら。たぶん、あたしでも気づかない。

これはあたしの勝手な思い込みだ。ある意味、被害妄想に近い。

それほどまでに、あの天才の存在は恐ろしい。

 

あたしは彼に敬語を使わない。何度も連絡しているうちに自然と外れてしまった。

親しい間柄になった、と言えばそうないのだけれど、それでもあたしは彼に一種の警戒心を今でも抱いている。

あたしは彼が恐い。

それはこれからも変わることはないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

005

 

両親が離婚する。

珍しいことでもない。

 

30%、三人に一人が離婚する時代。しかも最近では女性から離婚を決意するケースが急増している。

 

あたしの両親はまさにそれだった。

別に驚きはしなかった。二人の間に亀裂が生じているのは分かっていた。

悲しくはなかったと言えば嘘になるが、そのとき、あたしはすでに諦めてしまっていたのだった。毎日のような二人の口論。聞きたくなかった、鬱陶しいだけだった。

まるで一日が終わる合図だと思えた。

そして、家庭崩壊。

あたしは母親に引き取られた。

 

離婚の理由は教えてもらえなかった。あたしを引き取ることになった母親は頑なに言おうとしなかったからだ。

 

中国へ帰るとすぐに軍へと入隊した。自分で言うのもあれだがあたしは優秀だった。それなりに給料も与えてもらうことができた。

親子二人が暮らすには十分なほどのお金だ。

 

そこから、母親が変わった。

 

あたしの給料で遊び歩くようになったのだ。物も買いあさるようになった。でも、何も言わなかった。心に傷を負った者は何かに依存し、必死に心のそれを埋めようとする、と聞いたことがあったからだ。

 

金銭の工面にあたしは織斑三夏から提案されたスパイ活動に手を付けた。

 

稼げば、稼いだ分、使われた。

負の連鎖。

それでも、あたしは納得していた。自分を必死に納得させていた。

 

そんなある日のこと。

 

非番に家に帰ると、一糸纏わぬ姿の母親と見も知らぬ男が一つの布団で寄り添っていた。

 

その男は、あいつの浮気相手だった。

 

これで合点がいった。すべてのことに。なぜ、あいつが離婚の理由を話そうとしなかったのか。なぜ、あいつが湯水のごとく金を消費するのか。

今にして思えば、あいつがあたしを引き取ると言い出したのも、あたしのISの適性が高いことを知った後だった。

あぁ、そうか。あいつにとってあたしは娘ではなくて、ただの金蔓だったのか。男に貢ぐために必要なだけだったのか。

 

あぁ、そうか、そうか。

 

あたしは馬鹿だ。

 

絶対に気づけたはずなのに自分から気づかないふりをしていた。

 

こんな奴のために、あたしは働いて、一夏とも会えなくなって、幸せだった生活を壊されて。

 

惨めだ。

 

耐えられなくなってあたしは飛び出した。もう二度と戻るつもりはなかった。

 

あいつと縁を切る。

あいつが何を言おうが知ったことか、他人がどう言おうが知ったことか。

あたしはあたしの為に自分自身の為にあいつと、母親と、縁を切った。

 

それから、あいつは幾度となくあたしに連絡を寄越してきた。

 

ごめんなさい。許して。心を入れ替える。もう二度としない。彼とは別れる。二人で仲良く暮らそう。

 

気持ちが悪い。

そんな薄っぺらい言葉をどうやって信じろと言うのだろうか。あいつが、あたし以上の大馬鹿であることは分かった。

 

あたしの決心は微塵も揺るがなかった。

 

そして、あたしはあの親を捨て、あの親の祖国を捨て、日本へと向かった。

 

あいつがどうなったのかは興味はない。

どうせ金が無くなったと知った男に捨てられて、一人寂しくどこかで、うな垂れていることだろう。貢ぐ者がいれば、貢がれるものがいる。男でも女でも、それが愛情表現だと言うのだから仕方が無い。女尊男卑の世界になっても変わることはない。

 

散々、人の金と幸せを食い潰して天国のような生活を満喫してきたのだ。それぐらいの地獄を願っても罰は当たらないだろう。いや、その罰すらも、あいつに当たればいい。

それが、あいつの贖罪なのだから。

 

あたしはタラップを登る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

006

 

あたしは計画の内容を詳細に説明された。

インペリアルコーポレーションが独自に入手したシャルル・デュノアの細部資料。

 

本名、シャルロット・デュノア。

愛人との間に産まれた妾の子。

数年前に母親を亡くし、父親役であるデュノア社長が渋々引き取った。

疎まれる厄介者。

絵に描いたような不幸な少女。

 

一矢報いる。

そんな言葉がある。

 

今回はまさにそれだ。

この不幸な少女に一矢報いさせてやろうと言うのだ。

恨んでいるであろう相手への復讐に手を貸してやる。

 

「何か、ちょっと正義の味方って感じね」

 

あたしの言葉に一夏が応えた。

 

「この子にとってはな。他人の正義が自分にとっては悪。自分の正義が他人にとっては悪。シャルロットにしてみれば俺たちは確かに自分を救ってくれる正義の見方かもしれないが、デュノア社長やデュノア夫人にとっては俺たちは悪そのものでしかない」

 

「いいんじゃないの?万人に感謝される人間なんていないんだし。そんな奴がいるとしたら、そいつは偽善者か詐欺師ね」

 

「いずれにしても、この計画の要はシャルロット・デュノア本人だ。奴の心を開く必要がある。嫁よ。不本意ではあるが、頼んだぞ」

 

「と言うか、何で一夏なのよ」

 

「書類上は同性なのだから相部屋になるのは当然だ。となれば、接する時間が長い嫁が適任だろう」

 

「何か納得できないわねぇ。……あんた、手ぇ出すんじゃないわよ?」

 

「必要に応じて手は出す!」

 

「いや待てそれは最低だ!あんた、紳士さってもんが無いわけ!?」

 

「紳士さ?何だそりゃ、知らん!」

 

「さすが嫁だ!なぜだか凄くカッコ良く見えるぞ」

 

「えぇい!あんたは黙ってなさいよ!話がややこしくなるし、あんたの立ち位置とキャラ設定が分からない!」

 

「安心しろすでに設定はめちゃくちゃだ」

 

「ドヤ顔でいうことじゃねぇ!」

 

「そしてお前もな」

 

「返す言葉が見つからない!」

 

一夏とラウラの下らないボケの連発と、下らないあたしのツッコミの応酬は、それから暫らく続いたのだった。

 

結局、あたしはこの仕事を引き受けてしまったのだけれど、その理由は意中の人間と、行動と目的を共有できることが大きかった。

 

良く言えば絆。悪く言えば共犯意識。

 

本当のところ、どちらが正解なのか、あたしには分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

007

 

静まり帰っている本社をあたしは歩く。用意されている部屋へ向かうために。

 

一夏とラウラとは会議室のまえで別れた。

軍服姿の黒い二人はそのまま何処かへと消えてしまった。

 

やっぱり、ここは不気味だ。あたしも含め、普通の人間が普通に感じられなくなる。

異形の者、怪異の様に感じられてしまう。

空間を介した精神的な思い込みなのだろうけれど。

 

闇の力?馬鹿馬鹿しい。

 

「目が痛いわ……」

 

何も室内まで白で統一しなくてもいいと思う。

 

あたしはベッドに倒れ込んだ。

ふかふかの毛布に顔を埋める。

 

妾の子供とは言えども自分の娘に潰される親の気持ちはどんなものなのだろうか。

ふと、そんな意味の無いことを考えてしまった。

答えなど出るはずが無いのに。

 

ともかく、あたしは自分の仕事をするだけだ。それ以上でもそれ以下でもなく。依頼されたことを忠実に実行しよう。

 

睡魔が襲ってくる。

 

今日は疲れた。このまま眠ってしまおう。

 

あたしの意識は落ちていった。

 

こうして、あたしの学園生活は交差する陰謀と共に始まろうとしついる。この先、どうなるのかは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一夏「一夏だぜー」

ラウラ「ラウラだよー」

一夏「誰しも黒歴史ってあると思うけど。時折、思い出すとスゲー恥ずかしくなるよな」

ラウラ「一夏はどんな黒歴史があるのだ?」

一夏「昔、絶叫マシンに乗って千冬姉に抱きついちゃったことがある」

ラウラ「ほほう」

一夏「そして、それを写真に撮られてた。千冬姉は今でもその写真を持ってるらしい」

ラウラ「ほうほう。今度、拝見させてもらうとしよう」

一夏「やめてください。で、ラウラは何かあるのか?黒歴史」

ラウラ「昔、人を殺したことがある」

一夏「それは黒歴史じゃなくて犯罪歴だ!」

ラウラ「冗談だ」



一夏・ラウラ「次回、鈴物語、其の弐」

ラウラ「続くかどうかは未定だがな」

一夏「たぶん、いつも通りに戻るんじゃないか?」


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19話

008

 

 

あたしは支給されたIS学園の制服へ袖を通した。まだ転入までには時間があるが、好奇心に負けてしまった。

 

脇。

脇がポッカリと空いた制服。

 

何処かの巫女でもあるまいし。

 

しかし、これ以外に制服は無い。あたしは甘んじてこれに身を包むことを決心したのだった。

 

自分で言うもの何だが、似合った。

 

さて、それはともかくとして。入学までにやらなければならないことがある。

部屋にはすでにあたしが頼んだ物が届いていた。黒いケースを開ける。

中にあるのは、主に小型カメラだ。一夏とデュノアの部屋を監視する為の物でも4台以上が必要となる。それだけ無ければ、死角をカバー出来ないからだ。

プライバシー?

知る物か。

後ろめたい感情など遠の昔に割り切った。

 

「何か、スースーして落ち着かないわね」

 

「と言うことはノーパンか」

 

「どわぁ!? あ、あんたどっから湧いて出たのよ! そして、あたしはノーパンじゃない! スースーするのは脇であって股じゃない!」

 

いつの間にかラウラがあたしの横に立っていた。まったく気配が無かった。幽霊なのだろうか。

 

「人を虫の様に……。失礼な奴だな」

 

「うるさい。突然、卑猥な言葉と共に現れたことを考えれば虫よりタチが悪いわ」

 

「ちなみに私は……」

 

「いや、聞いてないから」

 

「スパッツとは素晴らしい物だな」

 

「何で人が言わせないようにしたのに、ヒントと言うか、NGワードをさらりと抜かしてやがる!」

 

「いや、これだけではまだ私がパンツを履いているか履いていないかは分からないだろ」

 

「どーでもいいわよ。そして、何処からそんな話題になった」

 

「あれ? 私がスパッツの下にパンツを履いているかどうか、と言う話だったのではないのか?」

 

「ちげーよ! 全然すっかり丸っとまったくちげーよ! ……スパッツ履いてるの?」

 

「履いていないが?」

 

「はぁ……。ごめん。あんたが分からなくなってきたわ」

 

「ふむ。では話を戻そう。結局行き着くのは、パンツを履いているか履いていないかと言う表面的な問題では無く、どうしてパンツを履かなくてはいけないのかと言う根源的な問題だろ」

 

「戻す程の話もしてねーよ! そして、戻した話がそんな話題であるのなら、あたしはこれ以上この話を続ける気は無いわ!」

 

「ノーパンは日本の文化だと聞いていたが、違うのか? まぁいい。後でクラリッサに聞くとしよう。おい、鈴、地下の射撃場に来い」

 

「は?」

 

ラウラは唐突に言う。先程の応答との温度差にあたしは呆気にとられた。

 

「行くぞ。何を惚けている」

 

あたしはラウラに続いて白い真っ白過ぎる廊下を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

009

 

銃。

人を殺すモノ。命を奪うモノ。

だが、それと対象に、人を守るモノ。命を救うモノ。

 

そのモノの価値観の違いは文化的違いでもあるのだろう。

 

日本とアメリカを例に上げてみよう。

 

アメリカの場合。

 

銃は日常にあるのが当然だ。自分の身は自分で守る。常に持ち歩くとまでは言わないが、手の届く範囲に置かれている。

つまりアメリカでは銃は人を守るモノとしての意識が強い。

あるのだから持つ必要があり、あるのだから身を守る必要がある。

 

 

日本の場合。

 

まず銃と言うモノ自体に触れる機会が無い。警察官やら軍人やら特殊な職業に就いている者は例外であるが、自衛隊の国防軍化で銃刀法が緩んだにもかかわらず、依然として日本社会に銃は普及していない。

日本に於いて銃は人を殺す物騒なモノでしかないのだ。

無いのだから持つ必要も無く、無いのだから身を守る必要も無い。

 

……やはり文化の違いと言うより、危機感の受け止め方の違いなのだろうか。

 

殺られる前に殺るのがアメリカ人。

殺られたら殺られっぱなしの平和ボケした日本人。

……日本人も角が取れて、随分と、まん丸になったものだ。一昔前は大国アメリカを相手に一億玉砕を唱えて躍起になっていたくせに。

まぁ、それもこれから変わっていくことだろう。

 

あたしの目の前で、ずらりと棚に陳列されている銃の列。多種多様。まさに選びたい放題。

 

「好きな物を選べ。どれか一つ、お前に支給しよう」

 

「え?」

 

「ISが使用出来ない状況に陥る可能性もある。我々の立場上、持っておいた方がいいだろう」

 

確かにそうだ。

IS学園なら未だしも、街中でISを展開すれば、国際問題になりかねない。

あたしは国家代表候補生だ。自己防衛で済む話ではないだろう。最悪、IS操縦者の資格剥奪になりかねない。今のあたしの立場上、インペリアルコーポレーションが揉み消してくれるかもしれないけれど、その様な騒動が起こらないに越したことはない。

 

「あんたや一夏と同じ物でいいわ。撃ち方は軍で習ってる」

 

「では、ワルサーP99だな。サプレッサーも渡しておくか」

 

銃と弾倉があたしの手に渡された。

銃は重い。よく、武器の重さは命の重さ、だと言う者がいる。一見すれば、とても深い言葉の様に思えるのだけれど、銃は間接的な役割りしか果たしていない、実際に直接、命を奪うのは、たった9ミリの豆の様な金属の塊。

刀、剣、ナイフ、銃、弾丸、毒。

全て人を殺めるモノだけれど、重さは様々で、毒に至っては数グラムだ。

つまり、結局は、人間の気持ち次第で命は軽くなり重くなる、と言うことだ。

昔、織斑千冬と織斑三夏の二人が似たような事を言っていたのを覚えている。

 

あたしは銃に弾倉を込めるてからスライドさせると、安全装置をかけて腰のホルスターに押し込め、試し撃ちをする為に場所を移動する。

 

「人を撃った事は?」

 

「あると思う?」

 

「……いや」

 

「まぁ、いざとなったら、躊躇わずに引き金を引くわよ。死になくないから」

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

010

 

「…………」

 

朝。

食堂。

朝食。

 

「…………」

 

朝食はあるのだけれど、あたしはそれに手をつけていない。じっと湯気の上がる温かい料理を見ている。

 

誰もいない食堂で、あたし一人がそこに座っていると言うのは、まるで、この空間の所有権があたしにあるようだった。あたしだけの空間。子供の様に、もう二度と家には帰らなくても大丈夫だと思ってしまう、暗示にも似た自信感、優越感、……独占感。ただ、もう帰る家は無いのだけれど。

 

「そこ、いいか?」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「あんたさ、学校に行かなくていいの?」

 

「問題ない。私は季節はずれなインフルエンザで絶賛発熱中だからな」

 

「元気じゃん」

 

「そうだ。元気だ。ゆえにこれは嘘だ」

 

「は?」

 

「人生で初めての仮病というやつだ。ちなみに私は今まで風邪にもかかった事がない」

 

「あっそ。それで一夏はどうしたのよ」

 

「織斑一夏はショッカーと戦うためにアメリカに向かった」

 

「仮面ライダーか!」

 

「私も変身するぞ」

 

「何それ、すげー見たい!」

 

そんな会話の後、手前に腰掛けたラウラは、あたしとあたしの前に置かれている朝食とを交互に見る。

 

「食べないのか?」

 

食べないのではなく食べられないのだ。食欲はあるし、食べたくない訳でもない。

 

原因は主に手と腕だ。更に突き詰めれば、昨日の射撃場での事だ。

 

感覚がなまっていたのは、少なからず自覚はしていたのだけれど、まさか、ここまで腕や手に負担が掛かるとは思ってもいなかった。

病名、筋肉痛。

 

「ふむ。なるほどな」

 

ラウラは唐突にフォークを皿の上のベーコンに突き刺したかと思うと、それをあたしの口元に運んだ。

 

「はい、あーん」

 

「あ?」

 

「ほれ、あーん」

 

「いや、その……」

 

「この朝食は一夏の手作りだぞ」

 

「食べます! 早く食べさせてくださいお願いします!」

 

その朝食が、本当に一夏の手作りだったのかどうかと言う分かりきった事実は別として、誰かに食べさせてもらうのは、数年ぶりだった。

 

「これはこれはぁ。朝から美少女のお二人が、あーん、してるところを見られるなんてラッキーだねぇ。ねぇミヤッチ」

 

「話を振らないでくださいよ……」

 

「あっれぇ。嬉しくないの? あ、もしかしてミヤッチ、あっち系?」

 

「ち、違いますよ! 何ですか、あっち系って!」

 

「否定しておいて分からないのぉ? あっち系はあっち系に決まってるでしょ。そんなんだからいつまで経っても小さいんだよ」

 

「関係ないでしょそれは!」

 

そこには、ベストにスーツを着込んだ長身の男性と、低身のクリーム色のジャケットの男性が立っていた。

 

ラウラは、この二人を知っている様な素ぶりだ。

 

「誰よ」

 

「あぁ。この、お二人はな……」

 

「あーいいよいいよ。自己紹介は僕らでするから」

 

説明しようとするラウラを長身の男性が制して喋る。

 

「どぉも。国際IS委員会、IS不正使用等防止関連趨勢監視室室長 兼 IS委員会執行部特別監査室室長なぜか代理の如月です。どおぞ、よろしく。で、そこのちっこくてコンパクトなのが僕の助手の間宮君」

 

長い。

とにかく長い、長すぎる肩書きだった。

 

「コンパクトって……。間宮です。よろしくお願いします」

 

軽く手を上げた如月とは対象的に間宮は丁寧に頭を下げた。

 

IS委員会の人間だと言う二人。

 

つまりはIS関連において、事実上のトップと言う事だ。そんな役職に就いているのは男。

理由は簡単だ。二人が日本人だからに違いない。

 

「それで、お二人はどうして、ここに?」

 

ラウラが問い掛けた。口調は丁寧で、いつもの様に、ぶっきら棒な喋りではない。

 

「あ〜、ちょっとあいつの顔を覗きに来たんだよ。しっかし、無駄足だったけどねぇ。あいつIS学園にいるらしいじゃないの。あ。いや、君ら二人の美しい馴れ合いを見れただけでも、足を運んだ意味は、少なからずだけれど、あったと思うよ」

 

「……あなた方もフランスの件を?」

 

ラウラは確信に斬り込む。

 

「まぁねぇ。ここが動くから僕らも動かざるおえなくなった、って感じかなぁ。与えを享受されている者は、与えを享受させている者には逆らえないのさ」

 

「賢明なご意見ですね」

 

「ついでにイギリスにも寄ってくんだけどね。定期監査だよ。ほら、あの英国企業連合のトップやってた貴族の夫妻が、事故死したでしょ。そこからイギリスIS関連企業への委員会の監視の目が強くなった。いや、監視を強めるように命令されたのかもねぇ。どっかから」

 

「あの列車事故ですか……」

 

「本当に事故だったのかは、疑問が残っちゃってるけどねぇ」

 

「…………。警察が事故と言ったのならば、事故なんでしょう」

 

「たださぁ、英国企業連合は海外から侵入する企業を跳ね返すために作られた一種の防衛組織だ。扱う分野は幅広い。もちろん兵器も……。そんな鬱陶しい組織のトップだよ? 消されたって不思議じゃあないでしょお。事故で片付ければ、得をする人物や組織が出てくるんだよねぇ。特に、この会社。そして、委員会を動かせるほどの力を持っていたのも。これ、偶然かな?」

 

「さぁ」

 

「まぁ、その貴族の一人娘が頑張って私的財産は守り抜いてるらしいけど。それでも、連合の権利や市場の主導権なんかは根こそぎ持っていかれた……」

 

「…………」

 

「今となっては分からない事だけれど。……フランスの件。潰そうと思えば出来た筈なのに、そうしなかったってことは。今度はフランスを狙ってるのかなぁ?」

 

「ふっ。さぁ私には分かりません。全く何にも」

 

「あぁ、語弊があったみたいだね。イギリスの場合は進出が目的だった。今回は、役にも立たないのに、こんな馬鹿な事を仕出かす企業を潰してコアを回収する事が目的。どうかな?」

 

「どうでしょう?」

 

「君らなら何か知っているんじゃないのぉ?」

 

如月とラウラは、意味あり気な笑みを浮かべている。

 

途端に如月が表情を崩した。

 

「今の言葉に意味は無いけどねぇ。どうする気もない。ただ気になって、モヤモヤしてたんだよねぇ。ま、後から分かる事だから、いいか。……それじゃあミヤッチ。僕らは、そろそろお暇しようか。お二人はごゆっくりぃ」

 

「え? あ、はい。それじゃあ」

 

そう言って二人の男は立ち去った。

 

「本当に何者なのよ……」

 

「あの男、管理官とは大学での同期だそうだ」

 

「……類友って奴ね。何でも見透かした目をしてた。あたしの苦手なタイプだわ」

 

「お前のタイプは一夏だろ?」

 

「…………」

 

「そう恥ずかしがるな。見てれば分かる。鼻の下が伸びてるからな」

 

「伸びてねぇよ!」

 

「怒るな。訂正する。恋する乙女の鼻の下をしていた」

 

「馬鹿にしてるでしょ! そうなんでしょ! 言い方の問題じゃないからな!?」

 

「いたって真面目だ」

 

「はぁ……それにしても、どうすんのよ。あいつの言ってた事、結構当たってる」

 

「何もしないと言っていたのだから、こちらも別に構えている必要は無いだろう」

 

「なぁんか、あの傍観者面が気に食わないのよねぇ」

 

「ふん」

 

「可能性は無きにしも非ずよ? その辺は、あんたに任せてあるんだから、しっかり頼んだわよ」

 

「了解しているさ」

 

「で、聞かせなさいよ。イギリスの話」

 

「今、聞いた通りだ。イギリス貴族の、やり手実業家が事故死して、インペリアルコーポレーションが結果的に得をした。それだけの話だろ?」

 

「分からないわよ? 案外、本当に殺してたりして」

 

「どうだかな……」

 

「次に消されるのは、あれね」

 

「あれとは?」

 

「ほら、ちょっと前まで、裏を牛耳ってた。暗部の一族」

 

「確かに、あり得ない話でもないな」

 

「ま、何にせよ」

 

「あぁ、私達には関係の無い話だな」

 

「早く、残りを食べさせなさいよ」

 

「……顎で使われている気分になるのは気のせいか? お、そうだ。忘れていた」

 

ラウラは軍服のポケットから何やらカードを取り出した。

 

「お前の免許証だ。受け取れ」

 

「……ん〜?」

 

「どうした?」

 

「やっぱり写真は太って見えるわねぇ」

 

「いや、そんなもんだろ」

 

「…………」

 

やはり、こいつは腹が立つ。

あたしはラウラへの腹立たしさを紛らわすために、残りの時間、どうやって暇を潰すかをじっくりと考える事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鈴物語編はこれにて終了です。
次回から、三人称に戻ります。……鈴の一人称は書いていてかなり面白かったですね。また、別の作品で書けたら、と思います(^^;;
今回は、少し短くなってしまった気がする。すみません(汗)

しかし、書いてて思ったんですが、ISの主人公&ヒロインズは、不幸な人が多いですよね。主に、家庭事情がですが。

両親が蒸発したり、離婚したり、死んでしまったり。

優秀な姉、その姉の存在がコンプレックスの妹。どいたらも接し方が分からず、溝が出来てしまっていたり。

天才の姉もとい天災の姉によって、人生が変わってしまった妹もいますし。

母親が死に、父親にいいように利用される妾の子とか……。


浅い台詞を言わせてもらえるなら、皆を幸せにしてやりたい……。

いろいろ深く考えてしまったらライトノベルが、全然、ライトじゃなくなってしまった。
さしずめヘビーノベルですね。うわ、需要なさそう。

ではでは〜。


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20話

インペリアルコーポレーション本社。

土曜日。夜。

鈴ちゃんの、お部屋。

 

「はぁ……暇ねぇ」

 

全ての準備を終えてしまえば、やることなど無いわけで。鈴はベッドに体を横たえて、面白くもないテレビを見ていた。

 

「ふん? ……おぉ! ……おぉ!? おぉーー!? 勝ったぞぉー!」

 

「うるさい! さっきから何やってんのよ」

 

ラウラがスマートフォンの画面を睨みながら、悶えたようにしている。

 

「最近、ハマったゲームアプリだ。テトリス感覚で、パズルで、育てて、進化で、敵を打ち倒して……楽しい」

 

「意味不明な説明ね……。と言うか何で、あたしの部屋にいるのよ」

 

「まぁ暇だからな」

 

「なら学校に行きなさいよ。不登校か、あんたは」

 

「私をあんな社会不適合者と一緒にしてもらっては困る。ヒッキー? ふっ。ヒッキー……」

 

「全国のヒッキーに謝りなさい。苦労してるのよ? 知らないけど」

 

「国力低下の病巣だな。頭を下げる気など、さらさら無い。癌よりタチが悪い」

 

「あんたは……」

 

「私は管理官からの指示でお前の世話係をしているんだ。まだ、日本に慣れてないだろ?」

 

「まぁ、久々だしねぇ」

 

鈴がいた頃より、日本もずいぶんと変わっている。よく通ったファミレスや喫茶店などが、無くなってしまっていた。他人から言えば些細な変化かも知れないが、本人にしてみれば、思い入れのある場所が消えるということは、やはり寂しいものだ。ずいぶんと変わった、と言っていいだろう。

 

その間も、テレビは淡々と旅番組を流している。

 

内容はカンボジアのアンコールワットの特集だった。

 

「アンコールワットか。あの大きさを見れば人生観が変わる、と誰かが言っていたな」

 

「人生観が?」

 

「あぁ。ガラリと」

 

「……魅力無いわねぇ」

 

「なぜだ?」

 

「……それ見て、お金が嫌いになったら困るわよ。あたし」

 

「…………」

 

「でしょ?」

 

「確かにな」

 

何とも言えない納得と沈黙。

少しばかり場の空気が重くなった。

 

そこから番組の話題が切り替わり、鈴の母国が偶然にも液晶パネルに映り込んだ。

 

ラウラが口を開く。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「お前はもう国へ帰る気は無いのか?」

 

この質問に意味は無い。ただ何と無く気になったに過ぎない。

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「私情では二度と帰らない、つもりよ。帰るとしたら仕方なく……」

 

「そうか」

 

「うん」

 

「なら一度は帰るチャンスはあるんだな」

 

「え?」

 

「自分の国だ。捨てる前に、しっかり見ておけ。悪いこともすべてだ。例え、お前の憎む母親であっても、必ず目に焼き付けろ。それが、お前が人から産まれたという証明だ」

 

「…………」

 

「そして、過去の美しく楽しかった日々を、辛く厳しかった日々を、思い出し忘れるな。それが、お前にかつては温かい家庭があったことの証明であり冷たく固まり砕け散った家庭があったことの証明」

 

「そんなモノ……」

 

「過去にすがり続け、それを求めることに意味は無い。だが過去を糧とし今を生き、時折、感傷にひたることが人生というものじゃないのか? その感傷が、感謝であれ未練であれ後悔であれ、それは人生の確かな蓄積だ」

 

「…………」

 

「正直に言うと、いや、これを言ったらお前は気を悪くするかもしれないが、私はお前が羨ましくなるときがある」

 

「あたしが? どこが?」

 

「そうやって人間関係に四苦八苦することができるところだ。私はそれが、とてつもなく羨ましくなる。何も無かった私にはな」

 

その言葉を発するラウラの表情に変わりはなかったが、鈴はそれを何も言わずに見つめた。

 

「あんたってさ……。自分が試験管ベビーなのに引け目とか感じてるの?」

 

「……知っていたのか」

 

「あんただけが、あたしの事情を知ってるのも癪だしね。で、どうなのよ。引け目があるの、無いの?」

 

「……無いと言えば嘘になる」

 

「そう。馬鹿らしいわね」

 

「何?」

 

「あぁ、あんたのことじゃないわよ? 馬鹿らしいのは、そう感じさせるこの世の中」

 

「…………」

 

「そもそも何で人造人間やクローン人間はダメで、同性愛はOKなわけ? 神に対する冒涜なんてどっちも一緒でしょ。男と女、二つで一つになるように神様に作られてるなら、それに従えって話よ。同性愛者たちは人権やら何やらで、それを隠してるだけ。突っ込むところなんていくらでもある」

 

「…………」

 

「結局は何もかも、あたしたち人間の匙加減なのよ。だからあんたが、その変な矛盾だらけの価値観に引き目を感じる必要なんてないのよ」

 

それだけを言って鈴はテレビの電源を切った。

 

「まぁ、同性愛がいけないってことじゃないけどね」

 

「ほぉ、なら私がキスしてやろうか」

 

「あたしに触れたらぶっ殺すわよ、あんた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日。夜。

IS学園。

 

「やったぞー! ついに広い部屋だ! 文化的な生活が戻ってきたー! テレビがある! フローリングにトイレにはウォシュレットも付いてる! テンピュールの抱き枕も取り寄せた! 小清水さんもじぎに来る! 完璧だ!」

 

嬉しさが滲む三夏の声。

念願叶ってようやく新たな部屋が用意されたのだった。

 

「やはり広い部屋はいいな。お、テレビもあるのか」

 

「よかったね千冬ちゃん」

 

「えぇ」

 

「…………」

 

三夏のよく知った声がした。

 

ぎこちなく首を回した先には、いつもの黒スーツに身を包んだ織斑千冬の姿があった。脇にはバッグを抱えている。横には杉山もいる。

 

「なぜいる……」

 

「なぜと言われてもな……。ここは私の部屋でもあるんだぞ? 見ろちゃんとベッドも二つある」

 

「お前には前の部屋があるだろ」

 

「なんだ聞いてなかったのか? あの部屋は、住む者に不公平になるからという理由で、物置として使うらしいぞ」

 

「…………」

 

「おぉ、ベッドがフカフカだ」

 

「泥酔して床で寝るような奴には必要ない物だな」

 

「……ナンノコトダ、ニイサン?」

 

「どうでもいいが酔っ払って私のベッドに潜り込んでくるんじゃないぞ蹴り落とすからな」

 

「ナンノコトダ、ニイサン? ア、ソウダ。独逸カラノ差シ入レデ本場ノ麦酒ガアルンダ。飲モウ飲モウ」

 

三夏の言葉に千冬はブリキのようなぎこちない言動になり、杉山はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「その某シャフトが手がけている人気怪異アニメのカット割のような喋り方を今すぐやめたまえ。そしてそのビールはまだぬるいだろ」

 

「よし、なら引っ越し祝いに飲みに……んん! 食事に行こう」

 

「食堂と言わない時点で酒場に行きたいのが見え見えだ。お前は私に多額の借金があることを忘れるんじゃないぞ」

 

「分かってる分かってる。あと数年もすれば返せるさ」

 

ふと三夏は考えた。自分が言ったこととはいえ数年は縁を切ることができない。改めてその長さを実感する。

そして、目の前には再び相部屋となった千冬がいる。

 

三夏の不満を沸き立たせるには十分な理由だ。

 

「今すぐ全額返せ。それが無理なら軍でも企業でも契約してがっぽり契約料をふんだくれ」

 

「何の契約をしろと言うんだ……。それに月の返済金額はすでに決めてあるだろう。余分には払わないぞ」

 

「払え払え払え! 今すぐ払え! IS関連のCMにでも出演すれば億単位の契約金が手にはいる! それが嫌なら今すぐ私に別の部屋を寄こせ!」

 

「子どもですかあなたは!」

 

それまでのやり取りを聞いていた杉山からツッコミが入る。

 

「多額の借金って……。だいたい、何から何まで最高級品というのはどうなんですか? 普通でいいでしょ普通で。石鹸一つが三万円なんて意味が分かりませんよ」

 

「石鹸ではなくジェイドクリスタルだ!」

 

こんな会話から考えても、千冬の借金はかなりの額になるが、それが払えているのだから世界最強は儲かるらしい。

 

世界を支えるIS。パイロットの育成、ISの開発や研究、維持に湯水のごとく金が使われる時代。

そんな時代だからこそ、世界最強であるブリュンヒルデのブランド力は凄まじい。

 

「ほとんど運転してない高級外車を月単位で、ころころと買い替えたり、都内に三件も入っている通わないスポーツクラブやジムに、海が嫌いなのに持っている大型クルーザー二隻、上達しないヴァイオリンの個人レッスン! 無駄遣いも度が過ぎます」

 

「何一つ無駄なものはない」

 

「全部無駄です!」

 

「私は日本経済いや世界経済を一人で回しておるのだ。それに人の経済事情にいちいち口を出すな」

 

「以前、株で失敗して、やりくりに困ったときに部署の経費の大半を使い込んだのはどこのどなたですか! あのときは本当に大変だったんですからね! 小清水さんがいなかったらどうなっていたか……」

 

「うるさいうるさい! 部署の責任者は私だぞ! ばれなければいいのだ! 実際、使った金は全額きっちり、ちゃんと返しただろ!」

 

「書類上では、そうですが実際にあなたが返したのは必要最低限の金額だけでしょ! 横領ですよ横領!」

 

「その金が私の天才的で豊かなアイデアを引き出すのだ。ちゃぁんと使った以上に会社の利益は上げてるよぉーだ」

 

「私たちのことも考えてくださいよ!」

 

「お前たちのことなど知ぃるぅかぁー。使った金は補填しておけば何の問題もなーい。いいか金は使うためにあり人間は金を使うために存在しているのだ」

 

ビシッと若干反り返りながら三夏は杉山を指さした。

 

「……お金が無くて困ってる子どもたちや苦しんでいる人たちもいるんですよ? もう少し大切に使うべきなんじゃないですか?」

 

「だから大切に大切に使いまくってるんじゃないか。金を使えない人間はこの世にいる意味がない。だいたい金も無いのに子どもなど作る方が間違っている。救いの募金? 焼け石に水だ。焚き木に札束だぁ」

 

「本当に酷い人ですねあなたは!」

 

「酷いかどうかは見方によるぞ。朝ドラぁ。いいか貧乏人や弱者をこの世界からなくす方法は二つだ。気の遠くなるような大金を用意するか、いないモノとして見捨てるか。中途半端に助けるから苦しみが増すのだ。生命力の無いモノは手を加えなければ勝手に消える。ずるずると長引かせれば世界そのものがダメなる」

 

「それでも希望は……」

 

「この世に希望の神など存在するものか。存在するのは人を奈落へと引きずり込もうと常に付け狙っている現実という名の魔物だ。その魔物に対抗する剣であり、身を守る盾が金だ。金が無い奴は魔物には格好の獲物だ」

 

「それなら少しでも恵まれない人たちに……」

 

「だぁかぁらぁそれが中途半端だというんだスカポンタン。そんな微々たる金で何ができると言うんだ。お金様は寂しがり屋だ仲間がいるところに集まりたがる。逆に仲間がいないところには集まりたがらない。はい、この話終わりー僕はお食事に行くー」

 

「あなたは、いつかお金で身を滅ぼしますよ。お金は諸刃の剣でもあるんです」

 

「寝言は寝てから言いたまえ。そんな日は永遠に来ない」

 

「来るもん!」

 

「来ない来ない来ない来ない!!」

 

千冬は缶ビールを開けながら、二人の口論が終わるのを待っていた。

 

「……うん、美味い。が、腹が減ったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったですねぇ。フランス料理なんて久々に食べました」

 

杉山が満足気に言う。

 

「あ、このワインを頼む。色は……赤だ」

 

メニューを見てワインの銘柄を店員に伝えた千冬が、まだ残っていた料理に口をつけた。

 

三夏は笑顔の杉山を見て眉間にシワを寄せた。

 

「引っ付いてきてよく食う奴だな」

 

「だって本当に美味しかったんですもん……」

 

「まぁいいじゃないか。私が誘ったんだし」

 

「ふん」

 

三夏はポケットから銀色のライターと煙草を取り出すと、口にくわえて火を付けた。

 

「あ、私は今週の木曜日は学園にいないからな」

 

「どこが行くのか?」

 

「進水式と言う名のパーティーに来賓として招待されていてな」

 

杉山が疑問を口にした。

 

「進水式って何のです?」

 

「何だ知らないのか。軍が建造したIS搭載汎用型空母の進水式だ」

 

「? IS搭載? それなら既存艦で間に合うんじゃ」

 

「載せるだけなら何でもいい、ISの飛行距離を考えればそもそも空母を造る必要すらないが、有事の際に海空戦になった場合、補給や修復ができない。しかしISに対し多用な能力を持つ空母があれば洋上の重要な拠点として使えるわけだ」

 

「確かに」

 

「軍は同型艦をまだ建造するらしい」

 

「そんなに戦力を保有するって……」

 

「何も不思議なことではないだろぉ。世界の覇者がイギリスからアメリカに、そして日本へと変わっただけのことだ。かつての覇者たちも強大な軍事力で世界を支配していたのだからな。我が社も儲かるしいいことだ」

 

三夏はそう言って煙草を灰皿で揉み消した。

 

「兄さん」

 

「何だ?」

 

「例のフランス企業代表の件だが、理事長には話を通しておいた。今回の件はそちらに任せるそうだ」

 

「素晴らしい。よくやった褒めてつかわす!」

 

千冬の報告に三夏は愉快に笑う。

 

「博士。どうするつもりなんですか?」

 

「デュノア社にはそれ相応の報いを受けてもらう。当然だろ?」

 

「確かにデュノア社がやろうとしていることは悪いことかも知れませんけど……」

 

やはり杉山は割り切れないのだろう。彼女は優しい。だが、それは甘さでもある。

 

「いいか覚えて起きたまえ杉山君。やられたらやり返す、倍返しだ!」

 

「おい。兄さん、役が違うぞ」

 

睨みをきかせて言い放つ三夏に、千冬は小さくツッコミを入れた。なぜだか本人にも分からないが、入れなければならない気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、こちらですよぉ」

 

開襟型の黒い軍服に黄金の道化の社章を付けた男が、フランス人の一行に声をかけた。

 

黒い軍服の男は部下とともに彼らがこちらへやって来るのを待った。

 

フランス人の一行が手前に来たのを見て黒い軍服の男は喋り出した。

 

「どうも、皆さん。私はインペリアルコーポレーション、I.S.S.のシュナイダー大佐。長旅でお疲れではないかな?」

 

フランス人一行の先頭にいた青いスーツの男が口を開いた。

 

「いえ……」

 

「そうですか! それはよかった。しかし、顔色は優れないようだが?」

 

「……ご心配なく。それで、IS学園の方たちは……」

 

「あぁ、すいません。いろいろありまして。我々が任されたのですよ。もちろん、学園側にもIS委員会にも了解は得ています」

 

「…………」

 

青いスーツの男の顔つきが少しだが険しくなった。

 

「さて、ここからは我々が、シャルル君のエスコートを引き受けます」

 

「それは困る。社長からは学園までお送りするようにと……」

 

「チケットを拝見」

 

「何?」

 

「チケットを」

 

シュナイダーは絶えず笑みを浮かべ、手を差し出した。青いスーツの男は仕方なく飛行機のチケットをポケットから取り出すとシュナイダーに渡した。

 

「失礼」

 

シュナイダーは受け取ったチケットに目を通す。

 

「ん〜。ビジネスクラス……。ムッシュのお顔が優れないのももっともだ。ファーストクラスに変更して差し上げろ。お連れの方々のチケットも」

 

そう言ってシュナイダーは部下にチケットを預ける。

 

「さて、ムッシュ。何の心配もありませんよ。我々は警察権限も持っているし、有事の際は部隊も動かせます。責任を持ってシャルル君をお守りしますので、ご安心を」

 

「しかし」

 

「我々が信用できないと?」

 

「そう言うわけではありませんが」

 

「結構! では、ファーストクラスにの搭乗口はあちらですので、お間違えのないように。チケットは後ほど受け取ってください。ムッシュ、いい旅を」

 

青いスーツの男は、もう食い下がることはなかった。

 

大人しくシュナイダーにシャルルを引き渡し、ファーストクラスの搭乗口へと向かった。

 

「邪魔者はいなくなったな。シャルル君、シュナイダー大佐だ。君を責任を持ってIS学園までお送りしよう。改めてよろしく」

 

先ほどからうつむいていたシャルルにシュナイダーは握手を求めた。

 

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「礼儀のいい子だ。長旅で疲れてはいないかね? お腹は?」

 

「えっと、少しだけ」

 

「まだ時間は余るほどある。食事をしよう。少しばかり聞きたいこともあるのでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内の高級ホテル。

 

展望レストランにて。

 

「ここのシュトゥルーデルは最高なんだ。祖国のモノと比べても、あまり劣らない」

 

食事はすでに終わっているらしく、シュナイダーとシャルルの前にはデザートが置かれていた。

 

「さぁ、食べて」

 

シャルルは一口食べて、微笑んだ。

 

「どうだね?」

 

「美味しいです」

 

「それは、よかった」

 

シュナイダーも笑顔でクリームがたっぷり乗せられたシュトゥルーデルを口に含んだ。

 

「では、君が学園に編入する前に、少しばかり注意事項と、聞いておきたいことがある」

 

「は、はい」

 

「君は世界で二番目のIS男性操縦者だ。当然、付け狙う輩も出てくることだろう。そこで、まぁ、単純なことだが外部の人間に不用意に近づかないこと」

 

「はい」

 

「外出の際は必ず教員に書類を出すことを忘れないでくれたまえ。注意事項は以上だ。簡単だったろ?」

 

「えぇ」

 

「次に、君がここに来た理由を話してくれないかな?」

 

「……確か、提出した書類に」

 

「あぁ。だが、私は君、本人から聞きたいのだよ」

 

「分かりました。僕がここに来た理由は、僕と同じ境遇の人がいると聞いて。あとは僕の安全のために」

 

「ふむ。詳しくは聞いていないねかな?」

 

「社長の息子といっても、僕は子どもですから……」

 

「それは社長から直接命令されたのだね?」

 

「えっ?」

 

「どうだね?」

 

「は、はい。確かにお父さんから直接」

 

「そうか。どうも、ありがとう」

 

「いいえ」

 

「しかし、デュノア社の機密管理には驚かされる」

 

「…………」

 

「一夏中佐ですら、あれだけの騒ぎになったのに、君の場合はこんなにスマートに事が運んだ。我々も見習いたいものだ。そう思わないかね?」

 

「ぼ、僕は何も」

 

シャルルはバツが悪そうに目を泳がせた。

シュナイダーはそれ以上、このことに関しては何も言わなかった。

 

「ところで、君は母親に似ているのかな?」

 

「そう思いますか?」

 

「いや、母親にも似てはいないか。少なくともデュノア夫人にはね。ま、よくあることだ。両親に似ないことなどね。私もその一人だよ」

 

「…………」

 

シュナイダーは、そう言って席を立った。

 

「学園に行くまでは、まだ一日ある。旅の疲れをゆっくり癒すといい。それでは、おやすみ」

 

シャルルはシュナイダーが出口へと姿を消すのを、黙って見つめた。

 

テーブルに置かれていたキャンドルが炎を揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、最後に新たなオリキャラ、シュナイダー大佐が登場しました。
彼にはこれからも、ちょくちょく出てもらう予定です。


ではでは〜


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21話

「はぁっ……はぁ、はっ……!」

 

とあるドイツの某所。

暗い森の中を一人の少女が走り抜ける。

裏手からは軍用犬の気配がする。何人かの追ってもいるようだが、明らかに人間の気配よりも、軍用犬の唸り声が近くに聞こえる。

 

少女は懸命に、死に物狂いに、走った。身体中を木々の枝で切り裂かれながらも、少女の脚は走る速度を緩めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インペリアルコーポレーションが所有する研究施設。

 

「ふん……。ここが現場か?」

 

「はっ!」

 

皮のコートを羽織り詰襟型の軍服に身を包んだ、I.S.S.大佐であるシュナイダーは、研究施設の隔離室へと通された。

室内やドア付近の通路にはおびただしい量の血液が付着しており、惨劇の後を物語っていた。

 

「逃亡者は?」

 

「はっ。逃亡者したのは、識別番号M024です」

 

「どうやって逃げた?」

 

「M024は、気分が悪いと執拗に申したて、やって来た職員と看守を……」

 

「どうした?」

 

「……噛み殺したそうです」

 

「噛み殺した?」

 

「はい」

 

「ずいぶん丈夫な歯の持ち主だな。それで……噛みちぎったのは……えぇ、首か? それとも他の部分?」

 

シュナイダーは眉を上げ、ジェスチャーを交えながら、質問を重ねる。

 

「首のようです」

 

「二人とも噛み殺した?」

 

「いえ、看守は首の骨を折られていました」

 

「そうか。では、早急に見つけ出さねばな。周辺の捜索は?」

 

「すでに行っております。現地警察と軍への協力も要請しました」

 

「素晴らしい。だが、あまり騒がしくしても困る。任せたぞ」

 

「はっ。お任せを」

 

部下の将校が立ち去った後もシュナイダーは施設の中を見回った。

施設内は様々な機材が置かれているものの、そのほとんど全てに電源は入っておらず、最近使われた形跡も無かった。

 

つまり、この施設は閉鎖寸前だったということだ。

 

ふと人間サイズの培養器に目が止まった。

 

「超人兵士の製造、量産計画か……。早く処分しておけばいいものを」

 

シュナイダーが静かに悪態をついた。

 

インペリアルコーポレーションが、最強にして死なない兵隊、をキャッチコピーとして進めていたのが、この超人兵士の製造計画である。

 

早期の成果を期待したい研究員たちは、すでに存在している戦闘能力の高い人間たちの細胞を、さらに強化するという単純な手段を選んだ。

その結果、産まれたのは劣化品ばかりで、計画は早々と破綻することとなった。

いや、研究に失敗は付き物だ。この程度はまだ許容範囲なのだが、織斑三夏という科学者が計画の廃止を提案したことがすべての原因だったと言える。

 

劣化品のクローンは順に処分されたが、最後の一体である比較的に成功と呼べたクローンが逃亡したのだった。

 

シュナイダーに下された命令はごく簡単なものだ。

そう、それは本当に簡単なモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご飯ができましたよ〜」

 

小さな村。科学時代の現代にも、このような農村は少なからず存在している。

その村の外れに一軒の小さな家があった。例の研究施設からは、かなり離れた距離にある。

 

「お姉ちゃん、ご飯だって! 早く行こうよ!」

 

無邪気に笑う少年は三日前にやって来た少女に駆け寄った。

 

あの少女は何とか追ってから逃げ延び、道端で寒さに凍えていたところを、たまたま通りかかった、この家の主人に助けられたのだった。

 

少女は主人にほとんど自分の身の上を話してはいない。分かっているのは彼女が追われている身であること。それでも主人とその妻、息子は笑顔で少女を迎え入れた。

 

それは二人の善意だった。こんな小さな女の子が体中に傷を負い、寒さに震えていたのだ。見過ごすことなどできなかった。

 

夫婦は少女を匿う覚悟を決めたのだった。

 

「さぁ、みんな座って。いただきましょう」

 

テーブルには手作りのドイツの郷土料理が並び、温かな雰囲気が流れている。

 

少女は何も言わずに料理に手を付けた。それでも、マシになった方である。三日前など食事に手をつけるどころか、家の者に敵意を向けていたのだから。

愛情というものをしらず育った彼女には当然のことだったのかも知れない。

 

彼女は、心を開きつつあった。

 

「美味しいかい?」

 

主人の言葉に少女は黙ったまま頷いた。

 

少女にとって、ようやく訪れた平穏。

 

しかし、世の中は甘くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、ここはいい土地ですな。空気は美味いし、そしてなにより、自然が豊かだ」

 

「ありがとうございます」

 

主人の家のテーブルには、そう言って陽気に笑うシュナイダーの姿があった。

 

その態度とは裏腹に家の表には、現地警察にドイツ軍、そしてシュナイダーの部下がこちらの様子を伺っていた。

 

「ご主人、まず招き入れてもらえたことに対しお礼を言おう。休日だというのに押しかけてしまって申し訳ない。せっかくの家族の団欒を」

 

すでにお互いに自己紹介は済ませてある。

 

「お気に入りなさらず。妻は息子を連れて街まで買い出しに行っていますから」

 

「あぁ、ならば安心だ。すぐに終わりますので」

 

「何か飲み物でも?」

 

「紅茶をいただけますかな」

 

「分かりました」

 

主人は棚からティーカップと紅茶の葉を取り出した。テキパキとした無駄のない動きで、ポットのお湯でカップを温め、紅茶を注ぐ。

 

「どうぞ」

 

「ダンケ」

 

シュナイダーはティーカップに口を付けた。

 

「これは……。ここで、こんなにも美味しい紅茶をいただけるとは思わなかった。見事ですな」

 

彼は人差し指と親指で丸を作り、上に向むけた。

 

「あの……今日はどのようなご用件で?」

 

「実は、捜しものをしておりましてね」

 

「捜しもの?」

 

「えぇ、この少女に心当たりはありませんか?」

 

差し出された写真に写っているのは、東洋人の少女の姿だった。

間違いなく、主人の知る、あの少女である。

 

「いえ。知りませんね」

 

「本当に? 一度も見かけたことはない?」

 

「はい。ありません」

 

主人はきっぱりと言い放った。

 

「ふむ。そうですか……。ここも違ったようだ。他の場所はすべて捜したのですがね」

 

シュナイダーはしつこくは聞かず、残念そうに写真をしまった。

 

「早く見つかるといいですね」

 

「まったくですな。どこへ行ってしまったのやら」

 

再び紅茶を飲むシュナイダー。

そのとき、何かを思い出したのか主人の方に顔を向けた。

 

「そうだ、ご主人」

 

「何です?」

 

「これは、私の個人的な興味なのだが……」

 

「かまいませんよ」

 

「表に作りかけの小屋か何かがあったが、あれは……?」

 

「あぁ、馬を飼おうと思いまして」

 

「ほぉ、馬を?」

 

「はい。妻と息子の三人で乗馬ができれば、とね」

 

「……すまないが煙草を吸ってもよろしいか?」

 

「あ、どうぞ」

 

主人は灰皿の代わりにと小さな皿を近くに置いた。

シュナイダーはシガーケースから両切りの煙草を取り出して火を付けると、ゆっくりと吸い込んみ紫煙を吐き出した。

 

そして、話を戻すように切り出した。

 

「乗馬ですか。まさに自然豊かな、この土地ならではだ。しかし、子育ては大変なのではないか? ここは交通も不便だし」

 

「住めば都ですよ。確かに、少し遠い街の学校まで息子を通わせるのは気が引けたが、本人はとても楽しいと言ってくれました」

 

「素晴らしい息子さんだ。充実した生活を送られているようで実に羨ましい」

 

「はは、そんなことは」

 

「私の友人にも自然に囲まれて暮らしていた者がいましたよ。そう、確か馬も飼っていたな」

 

「その方とは気が合いそうだ」

 

「えぇ。しかし、彼はもうこの世にいない」

 

「え?」

 

シュナイダーは皿で煙草を揉み消すと唐突に語り出した。

 

「あるとき彼の元に一頭の仔馬が逃げ込んできた。その仔馬は体や脚を怪我し衰弱していた。心優しい我が友人は仔馬を助け、傷が癒えるまで家においておくことにしたが、仔馬を助けて四日目に悲劇は起こった。仔馬の持ち主が我が友人の家まで押しかけて来たのです。どこで仔馬のことを知ったのかは分からないが、我が友人に馬泥棒と言いがかりを付けた。もちろん友人それを否定し、持ち主へ仔馬を返すことにしたのだが、仔馬を見るなり持ち主は怒鳴り、馬を蹴り付けた。仔馬の傷は飼い主によって負わされたものだと確信した友人は仔馬は返せないと言い。口論の末、仔馬の持ち主は我が友人を、持っていたナイフで刺し殺した。妻や子どもがすぐ側にいるのにも関わらずね。こうして我が友人の一生は幕を閉じた。なんとも不幸なことではあるが、これが現実だ」

 

「…………」

 

「安い同情はしないことだ。寿命を縮める。と、馬を飼おうと考えているあなたに、私の教訓を話してみたのだが、お役に立っただろうか?」

 

「え、えぇ。とても……」

 

主人の顔色が次第に悪くなってゆく。

 

「ご主人、何度も聞いて悪いのだが、少女のことを見かけたり、会ったことは?」

 

「そ、それは……」

 

主人の言葉が濁る。

 

「うむ……」

 

シュナイダーは紅茶を飲み干すと、テーブルに置いてあった軍帽をかぶり、椅子にかけていたコートを羽織りながら席を立った。

 

「さて、ご主人。私は帰る前に部下にこの家の中を隈なく捜索させねばならない。こちらも仕事だ。悪気がある訳でも、あなたを疑っている訳でもないことは理解していただきたい」

 

主人は、ただ首を縦に振ることしかできない。

 

「もし、この家から疑わしい物が出れば私はあなたや奥様を連行し事情を聞かなければならなくなる」

 

「む、息子は……」

 

「残念だが連れて行くことは許されない。家族を引き剥がすのは、とても心苦しいよ。最愛の息子と、もう二度と会えないなんて……」

 

「…………」

 

「だが、もし! あなたが先程の少女のことを思い出し、我々に協力してくれれば、あなたたちに危害は加えない。それどころか謝礼を出そうじゃないか。どうかな? あなたは、この少女のことを思い出せそうか?」

 

「あ、明日まで時間をください。必ず思い出します。どこにいるのかも! そして、すぐにあなたに連絡する!」

 

「なるほど、思い出す時間が欲しいと。いいでしょう。だが、ご主人。少女はあなたが連れてきてくれ。場所は、えぇ……ここだ」

 

笑顔で手書きのメモを主人へと渡す。メモには場所と簡単な地図が書かれていた。

そこに建物などは無く、ただ単に引き渡しの場所だった。

 

「あなたなら簡単だろう?」

 

主人はうな垂れながら、了解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、ご主人。美味しい紅茶と快い協力に感謝する」

 

玄関のドアを閉めたシュナイダーは部下の待つ車へと歩みを進めた。

 

「警察官諸君ご苦労だった。通常の職務に戻ってくれたまえ」

 

警官たちは、シュナイダーに敬礼するとパトカーに乗り込み去って行った。

 

「ドイツ軍の諸君らにも感謝するよ。えぇ……確か君は……」

 

シュナイダーは小隊長の士官に話しかけた。

 

「クラリッサ・ハルフォーフ中尉であります」

 

「あぁ、クラリッサ中尉。上官にもお礼を伝えておいてくれたまえ」

 

「はっ。織斑管理官にお伝えしておきます」

 

「……織斑? 我が社の織斑三夏博士か?」

 

「はい。定期的に出向されて私たちの調整と部隊顧問をしていただいております」

 

「そうか。一度、ゆっくりと話したいものだ」

 

「そうですね。時間がお取りできればいいのですが……」

 

「と言うと?」

 

「大佐殿に隠すことではないのでお話ししますが、できるだけご内密に」

 

「もちろん」

 

「お恥ずかしい話しですが、我が隊から脱走者が出まして……。織斑管理官はその対応にお忙しいのです」

 

「そちらでも……。その脱走者の名は何と言うんだ?」

 

「クロエ・クロニクル、と」

 

「そうか。お互いに気を引き締めねばならないな。そんな忙しい中、私に協力してくれたことに、繰り返しになるが、感謝する」

 

「とんでもありません」

 

「織斑博士には、私にできることがあれば協力すると伝えてくれ。では……」

 

「はっ! ご苦労様でした!」

 

クラリッサはシュナイダーを敬礼で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩。一家の食卓には、どこか影があった。

 

「お父さん、どうしたの?」

 

息子もそれを感じ取ったようだ。

 

「何でもないよ。それで、街はどうだった?」

 

「すっごく面白かったよ! お姉ちゃんと買い物したんだ! また行きたい」

 

「よかったな」

 

主人はどこかぎこちない笑顔で息子の頭を優しく撫でた。

 

「お腹は膨れたかい?」

 

「うん」

 

「そうか。なら母さんとお風呂に入ってきなさい」

 

「分かったよー」

 

主人は妻へ目配せをし、部屋から退出させた。

 

「あの子の面倒をみてくれて、ありがとう」

 

主人は自分の目の前に座る少女に礼を言った。

 

「……何も礼を言われることはしていない。あの子が勝手に私について回っていただけだ」

 

「それでも、ありがとう」

 

「…………」

 

「ばれたりはしなかった?」

 

「特には。帽子を深くかぶっていたぐらいだったな」

 

「そう……。君のこれからについて話していいかい?」

 

「あぁ」

 

「君に行く当てはあるんだったね」

 

「あぁ、日本に……その……私の姉がいる。その人のところに行きたい」

 

「私の知人に運送業をしている奴がいるんだ。そいつがフランスまでなら連れて行ってくれるらしい。すまないが、僕にできるのはこのくらいだ」

 

「そうか。……いつ?」

 

「明日だ」

 

「えらく急なんだな」

 

「早いに越したことはないだろう。捜索の範囲は日に日に広げられているだろ?」

 

「……そうだな」

 

「明日、朝一で待ち合わせ場所に向かおう」

 

「分かった。……なあ」

 

「なんだい?」

 

「いや、その……ありがとう」

 

少女は顔を伏せて小さくつぶやくと気恥ずかしいように部屋から出ていってしまった。

 

主人の目から涙が零れた。自分のやろうとしていることが、とてつもなく恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌朝。主人は小さなトラックの荷台に少女を隠して予定通り家を出発した。

息子に、このことは伝えていなかった。あの子のことだ、きっと泣いて引き止めることは分かっていたから。

 

少女は荷台の荷物の上に腰を下ろしていた。

一時間ほど走った頃にトラックが停車した。トラックがガタガタと揺れる。どうやら片方のタイヤが道の脇の舗装されていない砂利に乗り上げたようだった。

 

おかしい、表では何人もの話し声がしている。まずい。そう思った刹那、荷台の扉が開き、小銃を手にしたI.S.S.隊員が二人、乗り込んできた。

 

逃げようにも入り口は一つで、そこには銃口をこちらに向ける兵士の姿。

 

少女はあっけなく取り押さえられると、荷台から乱暴に引きずり降ろされた。

 

二人の兵士に両脇を抱えられ、少女は無理やり立たされた。

 

「ようやく会えたな、識別番号M024」

 

すべてを悟った少女は、精一杯に自分をここまで連れて来た主人を睨みつける。

 

「そう睨むな、彼に罪はない。彼は正しいことをしたのだ。逃げ出した仔馬を持ち主に返したのだからな」

 

「私は馬なんかじゃない! 私は!」

 

「人間だとでも? 君は馬にも劣る実験動物だよ。それも、凶暴な。その可愛い口で人間を噛み殺したことを忘れたか?」

 

「うるさい! 放せ! お前らなんかに殺されてたまるか!!」

 

「殺す? 人聞きの悪い。我々は処分するだけだ。それに、われわれが与えた命だ。返してもらって何が悪い」

 

「……何をする気だ」

 

「本来ならば、この場で処分するんだが、生憎、生きたまま連れ帰れと命令されているものでな。君は失敗作の中では優秀だ。解剖か何かでもするんだろう」

 

「ふざけっ! んんっ!?」

 

その瞬間に少女の口に猿轡が付けられた。

 

「んー! んーー!!」

 

少女の姿を見下げたシュナイダーはトラックの運転席に目線を移した。

 

「ご主人! ご協力に感謝するよ。帰り道にはお気をつけて!」

 

主人は何も言わず、その場を走り去った。かなりのスピードを出して。

 

「……スピード違反は私たちには関係ない。見逃してやれ」

 

「はは、了解しました」

 

シュナイダーの冗談に兵士は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、少女はシュナイダーから後任の部隊へと引き渡され、再びトラックの荷台に乗せられていた。

 

前と違うところは、トラックが軍用の大きな物に変わったことと、行き先が希望と自由ではなく、絶望と拘束になったことだ。

 

あんな施設へと戻るのなら、いっそ死んでしまいたかった。

 

少女が自殺を考えた刹那、トラックが急停車し、外からは激しい銃声が何十発も響いた。

 

しばらくして銃声は止み、静まりかえった。

 

ガシャっと音がしてトラックの荷台のドアが開く。暗闇いた少女は光に目をしかめ、薄目でドアの方を見た。

そこには一人の兵士が立っていたが、すぐに力なく荷台の床に倒れ込んだ。

その裏には、サブマシンガンを手にしたロングヘアーの女がこちらを見ていた。

 

「んだよ。重要なもんかと思ってみりゃ、運んでたのはただのクソガキ一人かよ。おーい、スコール! どうすんだ?」

 

「……オータム、奪う物が無いなら、さっさと行くわよ」

 

姿は確認できないが、トラックの前方から別の女の声がする。名はスコールというらしい。

 

「奪う物って……。なぁんにもねぇよ。ガキだけ……あん? おい、ガキ。てめぇ、ちょっとこっちに来い。おい、お前だお前! 言葉が通じねぇのかクソが!」

 

サブマシンガンを手にしたオータムは何かに気づいたようだった。だが、確信が持てず、少女に自分の近くまで来るように命令する。

美人の部類に入るのだろうが、とてつもなく口が悪く短気のようだ。

 

「…………」

 

「早く来やがれ! 撃ち殺されてぇのか、こら! 足枷されてんなら這って来い! 今すぐに!」

 

オータムの銃口が少女を捉える。少女は芋虫のように体をよじりながら女のところへと進んだ。

 

「やっぱりだ。あのブリュンヒルデにそっくりじゃねぇか。……おい、スコール! 収穫はあった! ずらかるぞ! おいガキ。てめぇには後で聞きたいことがある。しゃべらなかったらぶっ殺すからな。分かったか? あぁ?」

 

オータムは少女を担ぎジープの荷台に乱暴に放り投げると、スコールを助手席に乗せて、ジープを発進させたのだった。スコールは長身で鮮やかな金髪を持ち、抜群の美貌を誇っていた。

 

「はっ! こんな仕事、ISを使えばもっと楽にできるってのによぉ」

 

「ダメよ。私たちがISを所持していることが知れたら、めんどうなことになるわ」

 

「チッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか二度目の現場検証をしなければならんとはな」

 

トラックや先導していたジープの窓は銃創でひび割れ血が飛び散っていた。

 

「何人やられた?」

 

「計4名、皆殺しです」

 

「そうか……。これはその者達か?」

 

「はい」

 

足下に置かれた縦長の袋を指差す。

 

「開けてくれ」

 

「はっ」

 

真ん中のジッパーが下ろされ二つに開いた袋からは、胸や顔に銃弾を受けた兵士の死体が現れた。

 

「拳銃だな」

 

「他の者サブマシンガンの銃創がありました」

 

「この兵だけは、拳銃で撃ち殺された?」

 

シュナイダーは手袋を外すと、その銃創に指を突っ込み何かを探るように動かした。

 

「この兵はどこに倒れていた?」

 

「トラックの右横に」

 

「助手席から落ちて死んだ可能性は?」

 

「ありません。横と言っても、真横ではなく、少し前に出ていました」

 

「では、立っているところを正面から撃たれた訳だな」

 

シュナイダーは納得したように銃創から指を引き抜くと、ハンカチで血をぬぐいながら立ち上がった。

 

「荷台は?」

 

「こちらへ」

 

兵士の後をついて行くと、荷台の入り口に上半身だけを乗せて死んでいる兵士が目に止まった。

 

「首を折られてます。恐らく鍵を開けてから殺されたのだと」

 

シュナイダーは顔を寄せ兵士の体と床を満遍なく見る。

 

そして……

 

「犯人は両方とも身長166センチ前後の女。片方は黒髪でロングヘアーだ」

 

シュナイダーの手には、長い髪が一本握られていた。

 

「この場を早く片付けろ。痕跡を残すな」

 

「はっ!」

 

シュナイダーは笑みを浮かべながら、ベンツの後部座席に乗りこんだ。

 

「M024、中々しぶとい奴だ」

 

その笑みの真意は分からないが、彼はなぜか嬉しそうに見えた。

そう、まるで楽しんでいるようで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上です〜。
オータムさんの口調が意外と難しいことが分かりました(汗)ww
あと、過去の話しになるので、クラリッサの階級はあえて中尉になっています。

まぁ、分かる人は分かると思いますが、この小説、僕の好きな作品がドラマ、アニメ、映画、ラノベなどジャンル問わずに、パクってあります(^^;;
鈴物語もそうでしだが、今回もかなりパクリ度が高めですかね……。


次はいよいよ最後のヒロインです。
……さて、どぉ〜しましょっ(汗)

ではでは〜。


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22話

IS学園。

トップの高い軍帽をかぶったシュナイダーとシャルルが門の前に立っていた。その裏には、部下の隊員たちが整列している。

 

学園側は、千冬と真耶の二人。

真耶はシュナイダーと部下の空気に負けてしまったのか、怯えたように顔を、若干ではあるが、青くしていた。

 

「これはブリュンヒルデ。お目にかかれて光栄だ」

 

シュナイダーは、黒いネクタイの歪みを直し、道化の帽章があしらわれた軍帽を脱いで、脇に抱えるとその場から一歩踏み出し千冬に握手を求めた。

コツッとシュナイダーの履いているロングブーツが独特の靴音を鳴らす。

 

「こちらこそ」

 

千冬は左手を差し出し握手を交わした。

 

「山田教諭、初めまして」

 

「は、はい」

 

真耶もシュナイダーと握手を交わす。

挨拶が済んだところでシュナイダーが話を切り出した。

 

「さて、それでは。シャルル・デュノア、フランス企業代表生だ。お引き渡しします」

 

「ご苦労様でした」

 

「いえいえ。ところでブリュンヒルデ、織斑三夏博士はおられるかな? お話があるのだが」

 

「……分かりました。お連れしますので、お待ちください」

 

「ダンケ」

 

千冬たちがシャルルを連れて去った後、しばらくして一人の少女がやって来た。

 

「大佐殿」

 

「君は?」

 

「はっ! ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐であります! 織斑管理官の元へお連れいたします!」

 

IS学園の制服ではなく、いつもインペリアルコーポレーションで身につけている、I.S.S.の黒軍服を着たラウラはシュナイダーに敬礼をした。

 

「それは我々の部隊の制服だな」

 

「はっ。私を含め、織斑一夏中佐、暫定的ではありますが、凰鈴音に特別に着用が認められています!」

 

I.S.S.はインペリアルコーポレーションが所有する陸海空の部隊には所属せずに独立した部隊を持つ。

 

そこに集まる兵はエリートばかりで、国際警察権を持ち、重役の身辺警護や特務任務が与えられる精鋭だ。勤務服や野戦服も特別仕様の物が配給されている。将校はオーダーメイドも可能だ。

 

それだけならばいいのだが、I.S.S.は完全な会社の為の親衛隊であり、国際法規に帰属する正規兵力と違い、前線に投入されることはほとんど無い。

平時の戦闘に投入されることのない部隊が動くのには何か策略や密約などが存在する可能性が高く、各国からは不気味な存在として認識されている。

 

「こちらへ」

 

「うむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デュノアに付ける人間をもう一人ほど増やしたいと思ってるんだが……誰かいないかー?」

 

テーブルに脚をかけながら三夏が言う。

 

「もう人数がいないんだから、仕方ないじゃないですか。……なんなら私が」

 

「黙れデカ乳ぃお前に女子高校生など務まるわけがないだろー。少しはその胸の栄養を脳に回すといい、少しはマシになるだろう」

 

そんなやり取りを鈴が死んだ魚のような目で眺めていた。主に杉山の胸を。

 

「な、な、なっ!? 誰がデカ乳ですか!」

 

杉山は顔を真っ赤にして三夏に抗議する。

 

「お前だお前。鈴君、全世界の貧乳代表として一言、言ってあげたまえ」

 

「デカ乳爆ぜろ」

 

「鈴ちゃん酷いっ!?」

 

その言葉を口にした鈴は凄まじい敗北感に顔からテーブルへと突っ伏してしまった。

 

「はははははー! 素晴らしい名言だ!」

 

「うぅ……。私は女子高生じゃなく教師としてデュノアさんに……」

 

「どっちらにしろ無理だ」

 

「…………」

 

杉山はがっくりと肩を落とした。

 

「あー何か面倒くさくなっちゃったなぁー。転職しようかなぁ。あ、そうだ弁護士がいい!」

 

「何で弁護士なんですか……?」

 

「ただの思いつきだ。気分転換にはちょうどいい。あー依頼受けて連戦連勝してがっぽりと稼ぎたいなー著作権侵害とか」

 

「著作権侵害って儲かるんですか?」

 

「当たり前だネズミの遊園地がそれでいくら儲けてると思ってる。それに我が社だってそうだ」

 

「は、はぁ……」

 

「ま、人員不足ならしょうがない。鈴君、悪いが少しばかり仕事が増えるかもしれない」

 

「…………」

 

今だ再起不能の鈴は突っ伏したまま少しだけ首を動かした。

 

ドアが軽く叩かれる。

 

「どうぞー」

 

「失礼します! シュナイダー大佐をお連れしました」

 

「ラウラ少佐、ご苦労。大佐、どうぞ中へお入りくださいー」

 

三夏は脚をテーブルの上で群馬だままの姿勢で二人を部屋へと招き入れた。

 

「やあ、大佐」

 

「どうも、博士」

 

シュナイダーはテーブルに着くと、三夏と向かい合った。

ラウラはシュナイダーの後ろで、背筋を伸ばすと裏で手を組んだ姿勢で立った。

杉山が少しばかり緊張してシュナイダーに飲み物を用意したところで三夏は話を切り出した。回りくどいことはすべて省き計画の詳細をシュナイダーに伝えた。

 

「ほぉ……。私は大忙しになりますな」

 

「場合によっては強引な手も使ってもらうかもしれません。フランスでの鍵は、あなたにかかっていると言っても過言ではない」

 

「分かっているよ。しかし、やはり荷が重いな。ははは」

 

「またまたご謙遜をぉ。I.S.S.でのご活躍は聞いていますよ。あなただからこそ私は安心して任せられるのです」

 

三夏の横に座っていた杉山が口を開いた。

 

「あの……お二人に質問をしても?」

 

「何だー?」

 

「もしもデュノアさんが博士の計画に乗ったとして、後から思い直してしまったらどうするつもりなんですか?」

 

「ありえないねぇ。いい加減に夢から目を覚ませ朝ドラ。日向と日陰なら日向を選ぶのは当然だろ。父親への情はすでに無い等しい、仮に恨んではないとしても、父親がどうなろうが興味も無いだろう。その点はデュノア社長に感謝しなければいけないな。娘との深い繋がりを持たなかったことにね」

 

「でも万が一の可能もあるじゃないですか!」

 

「お嬢さん。君は人間が即時決断することができない生物なのをご存知かな?」

 

シュナイダーが突然言った。

 

「え?」

 

「君が言うように彼女が我々への裏切りを考えたとして、そこに至るまでの思考やその方法はごまんとある。家族の情から父親に寝返るかもしれないし、罪悪感からどこかの警察機関に密告、出頭するかもしれない。様々な苦悩を抱えるだろう。つまり我々への裏切りを思いついたとして、それを行動に移すまでにはかなりのタイムラグが発生する」

 

「…………」

 

「迷いは行動に現れる。人間は隠したくても自然と癖が出てしまうものだよ。例を上げるならば、嘘をつく際に目線合わせなかったり、利き手を隠したりね。両手を膝に置いているときはその場から逃れたいという意味になる。重要なのはその小さな不審さに、すぐ気づくことだ」

 

「……あなたがいる限り、裏切りは見抜けるということですか?」

 

「もちろん。私は優秀な探偵なのだからね。無論、織斑博士も同様だろう」

 

シュナイダーから話を振られた三夏は自信満々に応えた。

 

「もちろんです! いかに善良に見えても、いかに協力的でも、この世に人間ほど信用できない生き物はいませんからねぇ。疑うことは常に怠ってはなりません」

 

「聡明な意見ですな」

 

「どうも! では、そちらも頼みましたよ」

 

「分かりました。私はこれで」

 

シュナイダーは席を立つとすぐに退出した。それにラウラも続くが、途中、鈴の横で足を止めた。

 

「おい、鈴。私たちも仕事に行くぞ。いつまで、そうしているつもりだ?」

 

「……いつか必ず見返してやるんだから……絶対に大きくなってやるんだから……あたしを馬鹿にした奴を見返してやるんだからぁぁぁぁ!!!」

 

勢いよく立ち上がった鈴は袖で涙を拭きながら走り去った。

 

「……元気な奴だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杉山さんのお部屋。

 

「兄さんはビールか? ワインか?」

 

「ワインだ」

 

「つまみは?」

 

「任せた」

 

「ん」

 

そんな三夏と千冬の様子についに部屋の主である杉山が口を開いた。

 

「何でまた私の部屋に入り浸るんですか!? 広い部屋になったでしょ!」

 

「あの部屋のテレビの調子が悪いのがいかんのだー。ザラついて落ち着いて見てられないからな。と言うわけでーまだしばらくここを使わせてもらう。拒否権は無いぞ平社員」

 

「……見たいテレビ番組があるんです」

 

「何を?」

 

「ドラマの最終回なんですよ! もう始まっちゃいますよー!」

 

「チャンネルは何番だ?」

 

「2です……」

 

「ならこのスポーツ中継の後だ。そこで大人しくしていたまえ」

 

「……え、延長」

 

「世の中は私を中心に回っておるのだ」

 

「分かりましたよ。待ちますよ待てばいいんでしょ!」

 

「よろしい」

 

そして、スポーツ中継の延長も終わり、杉山はようやくドラマを見ることができたのだった。

 

「あ〜、面白かった。やっぱり子どもたちの意見も聞いてあげなければ駄目なんですよね。小学生と言っても、自分たちの考え方を持っているんですから……」

 

一人で感動する杉山に三夏は呆れ返っていた。

 

「偽りの人情味溢れる気色の悪いドラマだ。どこに感動を覚える? 本当にメルヘン頭だな」

 

「何ですか? いい話じゃないですか! これからの教育に生かすべきです」

 

「そんなことをされたら学校教育自体が崩壊する。いいか、ガキは所詮ガキでしかない。親に生かしてもらっているのだ。金を与えてもらい教育を受けさせてもらっている。子どもにとって親や大人は絶対的に偉いんだよ。それを棚に上げて自分の意見ばかり主張するなど間違っている」

 

「自分の意見を持つことはいいことですよ! この女尊男卑が間違いだって思ってる子もいるはずです。子どもたちは飼い慣らされるだけの羊じゃありません」

 

「何も意見を持つなとは言っていない。意見があるのならば生意気に主張して抗議するのではなく、もっと下手に出て懇願しなさい、と言っているんだ。そしてあの極端な反骨精神にみちみちた不良、ヤンキーと言う連中は論外だ。大人への不満だかなんだか知らないが、バイクでブンブンと蠅のごとく路を走り回り、コンビニの前でたむろするなどキチガイだ! 社会悪でしかない。一匹残らず駆除されてしまえ。強制収容所でも造って社会のためにやつれるほど労働させれば少しはマシになるだろう。強がって大人ぶってるいるが自立できる力もないお子ちゃまになど付き合ってられるか。迷惑もいいところだ」

 

「……はぁ」

 

「ところで今は何時だ?」

 

唐突に三夏は杉山に時間を尋ねた。

 

「へ? もう少しで7時ですけど……」

 

「おかしい……即日配達のはずだが……」

 

「? 何か頼んであるんですか?」

 

「時計だ」

 

「時計?」

 

「正しくは腕時計だな」

 

ドアをノックする音が聞こえた。

 

「お! 来た来たー」

 

すぐさま駆け寄った三夏はドアを開けた。

 

「あのー。織斑博士宛に小包が届いていたんですけど……」

 

「ご苦労! 帰ってよし!」

 

玄関に立っていた真耶から奪うようにして小包を受け取ると三夏はすぐにドアを閉め、中へと戻ってきた。

それを見ていた杉山が慌てて玄関へと向かい涙目の真耶に謝ると中へと招き入れる。

 

「荷物を届けてあんな酷い仕打ち初めて受けました……」

 

「ご、ごめんね……。ちょっと博士!」

 

そこには小包を開封して、丁寧に納められていた腕時計を嬉しそうにニンマリと笑みを浮かべながら見つめる三夏の姿があった。

千冬もワインの注がれたグラスを片手に、興味深そうに覗き込んでいる。

 

「素晴らしいなこの輝きは!」

 

「兄さん。これは、もしかしてブレゲか?」

 

「もしかしなくてもブレゲだよ。いやぁ美しい」

 

「どれ見せてくれ」

 

「いーやーだー。何人たりともこの腕時計に触れることは許さん!」

 

「いいじゃないか減るものでもあるまいし。ほれほれ、見せてくれ」

 

「やだやだやだー! あ、こら近づくな酔っ払い!」

 

「私は酔ってなどいないし、酔ったことなどない」

 

「どこの口が言うんだ」

 

杉山の言葉など三夏と千冬にはまるで届いていないようだった。

 

「ねぇ真耶ちゃん」

 

「何ですか?」

 

「ブレゲってそんなに珍しいの?」

 

「さ、さぁ? 調べてみましょうか」

 

「うん」

 

二人もさすがに興味が湧いたのか、持っていたスマートフォンを使い検索をかける。

 

画面が表示された瞬間に二人の目が丸くなった。

一緒になって並んでいる0の数を数える。

 

「私、こんな買い物したことないです……」

 

「わ、私だって……。だって腕時計だよ? ……ちょっと博士! またこんな無駄遣いして! 経費で落とすなんてこと絶対にしないでくださいよ! ねぇ、聞いてますか!?」

 

「お、織斑博士! ちょっとだけ触らせてください」

 

杉山は呆れて怒りながら、真耶は子どもが新しい玩具を見つけたように目を輝かせながら、三夏の元に歩いてゆく。

 

「だぁー! うるさいうるさい! 近づいてくるなーー!!」

 

杉山さんの部屋は今日も平和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「今日は皆さんに転入生を紹介します!」

 

朝のHR。麻耶は嬉しそうに胸を張って言った。

突然の発表にクラスがざわめき立ち、それぞれに転入生がどんな人物なのか、転入してきた経緯などを予測しあっう。

 

そこへ、金髪を形の辺りで束ね男子用の制服を着用した生徒が現れた。

 

クラスのざわめきが一瞬にして収まり、全員の視線がその生徒に集まった。

 

ラウラと一夏は静かに目を合わせた。

 

生徒は自己紹介をするために教壇の中央、真耶の隣に立つ。

 

「じゃあ、お願いしますね」

 

「はい。えっと、シャルル・デュノアです。ここに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国からやってきました。よろしくお願いします」

 

言い終えたシャルルはニコリと微笑んだ。

 

その刹那、教室が黄色い歓声に包まれた。

 

「男子!」

 

「二人目の男子だ!」

 

「またうちのクラス!」

 

「美形! クールな織斑君もいいけど、可愛い系もいい! 守ってあげたくなる!」

 

最後の言葉に一夏は頭にハテナを浮かべた。

 

「俺ってクールなのか?」

 

やはり一夏の制服がそういった印象を与えているようだ。

 

「騒ぐな馬鹿者ども!」

 

千冬の一喝で再び教室が静まり返った。

 

「まったく……。転入生はデュノアだけではない。おい、入って来い」

 

教室のドアが開きもう一人が入室してきた。

 

「お前も自己紹介をしろ」

 

千冬に言われたツインテールの少女が生徒たちの方に向き直った。

 

「凰鈴音です。よろしくお願いします。……と、ついでに織斑一夏とは幼馴染だから」

 

クラスからシャルルのときとは別の驚きの声があがる。

 

「あいつ……」

 

頭を抱える一夏。隣の席のラウラは動じた様子もなく、一夏の反応を楽しんでいた。

 

「今日は他クラスと合同でISの実習を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。それから織斑、デュノアの面倒をみてやれ」

 

「……了解しました」

 

「それでは解散だ。遅れるなよ?」

 

生徒たちはISスーツに着替えるために慌ただしく仕度を始めた。

 

「君が織斑君? 初めまして、僕は……」

 

「シャルル・デュノア。自己紹介はちゃんと聞いてたよ」

 

「あ、そっか。ごめんね」

 

シャルルは照れ臭そうに笑う。

 

「あと俺のことは一夏でいいぞ」

 

「僕もシャルルでいいよ」

 

「分かった。それじゃ、移動するか」

 

「え?」

 

「教室は女子の方々がお着替えをなさるんだ。男は早く出てやらないと着替えられないだろ? 遅れたら酷い目にあうからな。早く行こう」

 

「あ、そっか」

 

一夏はシャルルを連れ男子用の更衣室に向かった。

 

そんな二人に女子たちは熱い視線を送っていた。

 

「行ったわね。……というか、あたしもデュノアのお守り役になったんだけどさ」

 

「あぁ、そうらしいな」

 

鈴とラウラは一夏同様に特別仕様の制服なので着替える必要がないため、教室の前で少しばかり時間を潰していた。

 

「何であんたは何にもやらないのよ?」

 

「ん? それはあれだろ。私は嘘が得意な心が汚れた人間と違って、思ったことを素直に口にしてしまう純粋で清らかな人間だからだろ?」

 

「……それって一夏とかも入ってるのよね?」

 

「何を馬鹿なことを言ってるんだ? 私の嫁は清らかに決まっているだろう。管理官たちも、しかりだ」

 

「よし! 殺す!」

 

「落ち着け、冗談だ。まぁぶっちゃけ、こういったことが苦手なだけだ」

 

「あたしがみっちり仕込んであげるわよ?」

 

「……遠慮しておく」

 

「チッ……。あんたの言動は毎回毎回、喧嘩を売ってるのよ」

 

「儲かりそうもない商売だな」

 

「なら次からはやめなさいよね」

 

「考えておこう」

 

「素直に直しなさいよ!」

 




はい、ようやく本格的に話が動き始めました。


……え? セシリアの出番が少ない?
大丈夫!セッシーが主役の話もちゃんとありますぜww


とりあえず最後のヒロインの話が終わってからですね(汗)
さてさて、どうなることやら……。


ちょいと行き詰まってますが、頑張ります!

ではでは〜。


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23話

 

 

 

 

「じゃあ、俺は外で待ってるから。早めに着替えてくれ」

 

薔薇色の妄想に思いを馳せる女子の追跡を難なく振り切り、更衣室へと到着した一夏はシャルルにそう言ってドアの前に立った。

しかし新聞部の生徒が嫌に手強かった。

 

「えっ。一夏は着替えなくてもいいの?」

 

「俺の制服は特別なんだよ。おかげで随分と助かってる。ほら着替えた着替えた。早くしないと転入初日に雷を食らうことになるぜ?」

 

「あ、うん! 急いで着替えてくるね」

 

「あぁ」

 

こうして本日の授業が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が始まり、手始めに一夏とセシリアが専用機持ちとしての手本を示した。

 

二人はそれなりの操縦で千冬から及第点を与えられたが、セシリアはIS展開時の癖や、接近戦武装の展開に手間取ったことを千冬に注意をされて気を落とした。

 

「それでは実技練習を始める。代表生の二名……オルコット、鳳は前に出ろ」

 

千冬に指名された二人は前に出る。

 

「コテンパンにしてあげるわ」

 

「それはこちらの台詞ですわ」

 

笑いながら睨み合う二人。

 

「馬鹿者。話を最後まで聞け。貴様らの相手は……」

 

千冬が言いかけたとき空中から叫び声が聞こえた。

 

「ど、どいてくださぁーい!」

 

そこには涙目で落ちてくる真耶の姿。

 

「はぁ……。織斑、受け止めてやれ」

 

「はいよ」

 

ISを展開した一夏は突っ込んでくる真耶を優しく受け止めるた。

 

お姫様抱っこ。

 

「怪我は無いですか?」

 

一夏からの言葉。

 

「えっあ、だ、大丈夫れす!」

 

真耶は顔を真っ赤にして何度も頷いた。

 

「はぁ……。ちょっと天然女ったらし、いつまで抱っこしてんのよ」

 

鈴がため息混じりに言う。

 

「誰が女ったらしだ」

 

「あんたよ、あんた」

 

「断じてちが……ん? 何か否定するともったいない気が……」

 

「否定しなさいよ!!」

 

こうして授業は進んでいき、途中で行われた模擬戦では鈴とセシリアが真耶に撃墜された。

 

教師の威厳を守った真耶だったが、本当に嬉しかったのは、千冬からのお叱りを受けずにすんだことだったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三夏の研究室にて。

 

「いよぉし手順通りだぁ。後はゆっくり御覧じろってね、はははははーー」

 

まるで娯楽映画を鑑賞しているかのように机に足を投げ出して笑う三夏とは反対に杉山の表情には影があった。

 

「どうした?」

 

「え?」

 

「君がそんな表情をしているときは大抵ろくでもない下らないことを考えているときだ。あの哀れな悲劇のヒロイン娘に同情でもして……いや、すでに同情はしているんだろう、そしてどうにか力になりたいと余計なお節介を焼こうとしている。どうだ図星だろう」

 

「だったら何ですか!? お節介はいけないことなんですか!」

 

「分かり切っている、いけないことだ。特に相手が助けを求めてもいないのに我が物顔で私情に入り込む微力なお節介は馬鹿な行為だ。お前がそれを焼いたところでどうにかなるような問題ではない。状況はむしろ悪化するだろう。自分の立場と身の程を知りたまえ少しはマシになるだろう」

 

「……たとえ力が弱くても相手のことを真剣に考えて手を差し伸べることは無駄ではありません! そりゃ私一人に力なんてありませんよ。デュノア社からしたらチンケな存在かも知れない。それでもシャルル……いえ、シャルロットちゃんを助けようとしてくれる人たちが集まってくれるかも知れない。小さな力を集めて大きな力に変えることができるかも知れない。私はそんな希望が少しでもあるのならお節介を焼き続けます! 努力は無駄ではないんです!」

 

「さっきから、かも知れない、かも知れない、そんな夢物語だけで現実を変えることなどできるものか。お前の言う努力は無力でしかない。絶対と言う言葉が、力が、必要なんだよ。たぶんでも、かも知れないでもなく、絶対な力でデュノアを完膚無きまでに叩きのめし黙らせることがお前にできるのか。お前がちんたら助けを呼びかけている間にシャルロットは本国であるフランスへと強制送還されすべての罪を被らされた後に牢獄にぶち込まれるぞ。やっと準備が整った頃には証拠はすべて消し去られて後の祭りだ」

 

「でも! あなたがやっていることだって人助けでも何でもない、ただ利益のための、自分たちのためだけの偽善じゃないですか!」

 

「馬鹿もここまで来ると清々しく思える。お前は物事の理解力が低すぎる。我々はシャルロットを助けようなどと微塵も考えていない。ただその過程で結果的にデュノアが助かってしまうだけだ。利用できるものは利用する世の中の鉄則だ」

 

「そんなこと……」

 

「結果がすべてだ! こうも言える、過程などどうでもいい、すべては結果だ。シャルロットを助けたいのであればシャルロット自身に父親の首を取らせるしか道は無い」

 

「だって親子ですよ!?」

 

「親子か……親なら子にこんな汚れ仕事などやらせる訳がないだろう。デュノア社長にとってあの娘は所詮それだけの存在だと言うことだ。いいか、よく覚えておけ、血は水よりも薄い。血より無責任な絆などない」

 

「…………」

 

「これが終わってしばらくすればデュノアは晴れて自由の身だ。あんな糞親の元にいるよりも何十億倍もマシだろう」

 

「でも……そんなの悲し過ぎますよ……」

 

「デモもストもない親の都合に振り回され捨てられた哀れなガキを君は二人ほど知っているはずだろう」

 

「私はただ誰も不幸にすることなくシャルロットちゃんを自由にしてあげたいだけで……」

 

「円満に親子の縁を切らせてあげるために努力したけどやっぱり間に合いませんでした、あなたはこれからの人生を一生、牢屋で過ごさないといけないの、ごめんなさい、全部私が悪いんです、とシャルロットに言えるのか?」

 

「…………」

 

「誰かを幸せにすると言うことは誰かを不幸にすると言うことだ。人を助けることはその責任を自分が負うと言うことだ。その者の人生に責任を持つと言うことだ。断言しよう君にはそのどちらも不可能だ。半端な人間には半端なことしかできないということを知りたまえ」

 

「わ、私は!」

 

「これ以上君と議論するつもりは無い世の中についての講義も終わりだ。何も言うなー、はははー」

 

「…………」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ドアがノックされた。

 

「客か?」

 

「さぁ?」

 

杉山がドアを開けるとメガネをかけた生徒が一人、今の時代で珍しいペンとメモ帳を持って立っていた。

 

「新聞部の黛薫子と言いまーす! 織斑博士に取材させてください!」

 

「えっ取材?」

 

「はい。学園新聞の取材です」

 

「博士ー。どうしますかー?」

 

三夏は表情を険しくさせていた。黛と杉山を交互に何度も見る。

 

「何ですか?」

 

「いや、君と、なぜか黛と言う名前を聞いたら不愉快な気分になった……」

 

「意味が分からないんですが?」

 

「とにかく取材は拒否だ! 君が代わりに受けたまえ。だがもし私の名誉に傷をつける発言をしたら新聞部もろとも地球外へ送ってやるからな!」

 

そう言って杉山と黛は研究室から追い出されてしまった。

 

「…………」

 

「……あの取材は」

 

「私でよかったら……」

 

「よろしくお願いします」

 

場所を移動した二人は食堂に腰をおろした。

 

「えっと、どんなことを話せばいいのかな? 私、こういうのは苦手で……」

 

「固くならなくていいですよ。気楽にお願いします」

 

「うん」

 

「では、ずばりお二人の馴れ初めから!」

 

「仕事に戻ってもいいかな?」

 

「す、すいません冗談です!」

 

「はぁ……」

 

さっきの三夏の言葉もあって、黛は仕方なく真面目に取材を始めた。

 

「お二人の関係は上司と部下なんですよね」

 

「織斑三夏博士ってどんな人なんですか?」

 

「……気になるの?」

 

「だって織斑姉弟の父親で天才科学者なんですから。気にならないは訳ないじゃないですか」

 

「うーん。まぁ、さっき見たまんまの人だよ。お金のためなら悪魔にでも魂を売る人、みたいな?」

 

「ふむふむ。ところでお二人はどうやって出会ったんですか? もちろん仕事で」

 

「あー、それはよく覚えてるなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください! 研究はまだ……あと一歩で!」

 

「君の熱意は買うがこれ以上は無理だ」

 

「ですが!」

 

「ならここを出て独自に研究を進めるかね? 坪倉博士」

 

「…………」

 

そう言ってスーツの男は去っていった。

坪倉と呼ばれた人物はその場にうなだれる。

杉山はその様子をじっと見守っていた。

 

坪倉が研究していたのは特殊な電磁波を使い人の脳を活性化させる装置だった。

これが完成すればアルツハイマーなどで苦しむ患者やその家族を救うことができるのだ。

だがその研究は今しがた打ち切られてしまった。実験は何度やっても成功せず思わしくない結果ばかりが出てしまっていたからだった。

 

ただの研究員である杉山にはどうすることもできない。

坪倉にかける言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある電車内。

杉山は資料とにらめっこをしていた。自分も何か役に立てればと思ったからだ。

電車は駅で停車し一人の青いバッグを肩に下げた老人が杉山の横に立った。

 

前の席が空いている。

 

「あの、ここ空いてますからどうぞ?」

 

「いやいや私は……」

 

「そうおっしゃらずに。どうぞ」

 

そのとき一人の人物が杉山を押しのけて空いている席へと腰を落とした。

そのまま電車は出発してしまう。

 

しばらくは黙っていた杉山だったが周りに座っている人たちの中で先ほどの人物は一番若い。

やはり納得いかなかった。

 

「あの!」

 

「…………」

 

思い切ってさっきの男に声をかけるが本を読んでいるためかあっさり無視されてしまった。

 

「あの! あなたですよー。聞こえてないんですか?」

 

「いいんですよ……」

 

「いいえ、よくありません。もしもーし聞こえてますかぁ?」

 

再度声をかけるとようやく男が顔を上げた。

その顔は整っていて中性的で綺麗な顔だった。

 

「什么?」

 

「え? ち、中国の方ですか!? …えっと、在日本老人優先…」

 

「日本人です」

 

男は手に持っていた本を杉山に見せた。そこには誰でも簡単中国語会話の文字。

 

「んん! こちらの方に席を譲って差し上げたらいかがですかと」

 

「なんで?」

 

「お見受けしたところまだお若いですよね? こちらの方はお年をめしてらっしゃいます」

 

「だから?」

 

「体力のある者が体力の無い者に席を譲るのが当然のモラルであり社会的マナーだと思いませんか!?」

 

「思います」

 

「でしたら……」

 

「しかし若いから体力がありお年をめしているから体力が無いと一様に断じてしまっていいものでしょうか?」

 

「は?」

 

「例えば私はまだ年齢は若いが、あなたは私が重度の心臓疾患であることを少しでも考慮しましたか?」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「いいえ違います」

 

「はあ!?」

 

「彼は確かに高齢だがスポーツクラブに通っておりバッグの年季の入り具合からかなりのベテランであると推測される」

 

男は老人のバッグを見ながら言う。

 

「すべての筋肉の付き方から見て貧弱な私よりはるかに見事な肉体をしていらっしゃる」

 

男は一瞬だけ窓の外を見た。

 

「そしてそのスポーツクラブはこの駅のすぐ近くにある」

 

電車が停車すると男の言ったとおり老人はおりていった。

 

「わずか二分ほどの一駅区間であれば座る必要も無い、それどころか無用な立ち座りの動作を余計に強いるまでと判断し申し出なかったまで。以上、何か反論は?」

 

「…………」

 

「謝謝」

 

何も言い返すことができないまま杉山は車両を変えた。

 

「本当ぉぉにムカつく!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インペリアルコーポレーション社員食堂にて。

杉山はランチを食べながら唸っていた。

 

「どうしたの?そんな怖い顔して」

 

杉山に黒髪の美人が話しかける。

 

「先輩……」

 

「何か悩みごと?」

 

「…………実は」

 

杉山はすべてを打ち明けた。少しでも何か得られればと思ったからだった。

杉山の話に先輩は静かに耳を傾けて聞いた。

 

「なるほどね。実験の打ち切りか……。こう言ったら悪いけど、よくある話よ? 成果が上がらないものにいつまでも資金を使うほど会社も優しくはないわ」

 

「……でも」

 

杉山はうつむいてしまった。

 

「はぁ……。しょうがないわね。一ついいこと教えてあげましょうか?」

 

「いいこと?」

 

「そ。我が社が誇る天才の話よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内のとある一軒家。

なかなかの豪邸だ。

 

「ここ……」

 

杉山は圧倒されながらもインターフォンを押した。

すぐにこの家の人物が顔を出した。

 

「あ、あの突然お伺いしてすいません」

 

「お待ちしておりました。私、使用人の小清水と申します。さ、どうぞ中へ」

 

「え?」

 

杉山は言われるがままに招き入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

料理が並べられたテーブルにに小清水がエスコートして杉山を椅子へ座らせた。

 

「鴨は大丈夫でございますかな?」

 

「か、カモ?」

 

「鴨のオレンジソースでございます。お口に合いますかどうか」

 

「いただきます」

 

杉山は笑顔で手を合わせると鴨のオレンジソースを一口食べた。

上品な香りと味が口いっぱいに広がる。

流れるヴァイオリンの音色。今まで感じたことが無い優雅なひとときだった。

 

「美味しい……」

 

「それはよかった。ワインをどうぞ」

 

このまま食事を続けてしまいたかったが、杉山はそれを我慢して話を切り出した。

 

「あの……織斑博士は?」

 

「あちらです」

 

小清水が示した方に目をやるとヴァイオリンを演奏する人物がいた。その人物はこちらに振り返ると笑顔を崩さずに歩み寄ってくる。

 

「あ」

 

杉山はこの人物に心当たりがあった。

そう電車で一度会っているのだ。

その人物こそ織斑三夏であった。

 

杉山のすぐ近くまで来ると切りよくヴァイオリンが奏でる曲が終わった。

 

「思死你了,可爱的人……」

 

そして杉山の顔を見て固まった。

 

「……小清水さん。こちらの方は?」

 

「え!? この方では?」

 

三夏は黙って首を振る。

 

「失礼ですが、あなたは?」

 

「あ、私はインペリアルコーポレーション、一般開発部門研究員の杉山と申します」

 

杉山はポケットから名刺を取り出して三夏に渡した。

 

「日本人じゃないかー」

 

「いやぁ通りで日本語がお上手なはずです」

 

「小清水さん私は留守です」

 

三夏は杉山の名刺を捨てて元いた立ち位置に戻ってゆく。杉山は慌て食らいついた。

 

「あの! 話を!」

 

「すいません。博士はただいま留守にしておりまして」

 

「え!? そこにいるじゃないですか! 待ってください!」

 

「留守でございます……」

 

ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴った。

 

「来たーー! 小清水さん早くね早くね! タイミングを間違えないように」

 

三夏は急いでヴァイオリンを手にすると、オーディオの再生ボタンを押した。先ほどと同じ曲が流れ出す。

 

「あの話だけでも」

 

なおも話し続ける三夏が杉山をテラスの隅へと押しやる。

 

そこからの行動は杉山のときとほとんど同じものだった。リプレイと言ってもいい。

違っていたのは、三夏の相手が青いドレスを着た美しい女性だということと、その女性に大きなバラの花束を渡したことだった。

 

愛を語り合う二人。そんな二人を小清水が微笑みながら見つめる。

 

「ぜひとも協力していただきたいことがあるんですよ!」

 

杉山はそんな雰囲気をぶち壊して二人の間に割って入ろうとする。

 

「聞いてますか! ねぇったら!」

 

「申し訳ございませんが、今日のところはお引き取りを」

 

「困っている人たちを助けるための研究が破棄されようとしているんです! 早急に結果を出さなければいけないんです!」

 

ついに三夏も無視することをやめた。

 

「チヨット! シズカニシテクレナイカァ! 彼女が気分を害する、あぁ電車の君だね思い出したよその下品なガニ股で!」

 

杉山は股を閉じると、なおも攻撃をやめない三夏の剣幕に怯んで後ずさりをする。

 

「電磁学の研究論文を読んでいたからまさかとは思ったが君のよう物事を主観的に見て独自の偽善的考えを人に押し付ける馬鹿女が科学者とは世も末だ! 科学者の枠から外れている! 私はどこの誰がどう困っていようが興味は無い!君が私に仕事を依頼したいのであればまず持って来なさい!」

 

「な、何をですか……?」

 

杉山の問いに三夏は親指と人差し指を擦り合わせた。

 

「お、お金ですか!?」

 

「他に何がある」

 

「同僚の手助けで……。同じ会社の研究員ですよ!?」

 

「私を凡庸な研究員と一緒にされること自体、堪え難いねぇ。会社は仲良しの集まりではない駄目な奴は切る、それだけだ。それに君、個人が私へ仕事を依頼しているんだ報酬を得て何が悪い」

 

「そんな……」

 

「前金が一千万」

 

「い、一千万!?」

 

「成功報酬が二千万。計、三千万だ。もちろん利権も私がもらう」

 

「…………」

 

「ふっ、それか上層部直々の命令書でも持ってきたまえガニ股」

 

「…………」

 

もう何も言えなかった。

 

三夏の家から足早に出てきた杉山は……

 

「最低!」

 

腹に力を込めて、そう叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

食堂で杉山は頭を抱えてため息をついた。

 

「やっほー」

 

「あ、先輩」

 

黒髪の美人が杉山に声をかけた。

 

「どうだった? 織斑博士は」

 

「最低な人間でしたよ!」

 

「あはは。そうよ、どこからどう見ても最低で最悪な人間。でも、最高の天才。それが織斑博士よ」

 

「…………」

 

「毒を薬にできるかは使いようだと思わない?」

 

「思いません。金の亡者に私は信念を売りません」

 

杉山はきっぱりと言い放った。強い力がこもった瞳で。

 

「私、ガニ股じゃないですよね?」

 

「ふふ。羨ましいほど綺麗な脚だと思うわ」

 

それを聞いて杉山は頭を下げると席を立った。

だが、すぐに歩みを止め、少し考えてから振り返った。

 

「あの、織斑三夏について詳しく教えてくれませんか」

 

黒髪の美人は笑みを浮かべて口を開いた。

 

「学界の嫌われ者よ。博士なんて名も知らないような三流私大で遊び呆けていたそうなんだけど、博士号は一発合格。人を食った態度とその才能を面白がって社長がとったのよ。そこからは、お金になりそうな研究や、様々な手を使って出世街道を駆け上がり、あっという間に兵器開発部門の主任研究者に」

 

「…………」

 

「圧倒されちゃった?」

 

「い、いえ……」

 

「じゃあ、頑張ってる後輩のためにお姉さんがいい物をあげよう」

 

杉山に手渡された一枚の紙。

 

「何ですか、これ?」

 

「よく見てみなさい」

 

「……上層部からの命令書? ……? ……!? どうやって手にいれたんですか!?」

 

「ふふ。女の武器を使っただけよ」

 

「お、女の武器……?」

 

「なんなら教えてあげましょうか? あなたならいい線いくかもしれないわよ。可愛いし……。お姉さんが手取り足取り……」

 

「け、結構です! ありがとうございました」

 

身の危険を感じた杉山は足早にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

杉山は再び織斑邸を訪ねた。

 

「失礼します!」

 

「何だまたお前か」

 

「博士が出社時刻になってもいらっしゃらなかったものですから」

 

「それで押しかけてきたのか出社時刻は私が決める。帰れ迷惑者め、しっしし」

 

「人を野良猫のように言わないでください」

 

「私の優雅な朝食を邪魔した時点で君は野良猫以下だ」

 

「ふん! はいこれ!」

 

杉山はテーブルに例の物を叩きつけた。

 

「何だそれは」

 

「博士がおっしゃっていたものです」

 

「……正式な命令書だと? 君は上層部へのコネがあったのか……」

 

「私じゃありません……。でもこれがあればやってくれるんでしょ! ほらほら! ちゃんと持ってきましたよ。これでいいんでしょーー!」

 

「せい!」

 

「むぐっ!?」

 

三夏はさらにあったオムレツを杉山の口に詰め込んだ。

 

「朝食はお済みのようですね」

 

オムレツを飲み込んだ杉山が言う。

 

「…………」

 

「スーツならアイロンをかけておきました」

 

小清水の言葉を聞いた三夏は眉間に皺を寄せたまま立ち上がると無言で階段を登って自室へと入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったんだよ。それが博士と私の初めての出会いかなぁ」

 

語り終えた杉山はしんみりとしていた。

 

「何だか壮絶ですね……」

 

「あ、あはは……。やっぱり?」

 

「その後はどうなったんですか?」

 

「無事に研究は成功して、めでたしめでたしだったんだけど、突然の部署移動で博士のところに移されちゃったんだよ」

 

「それはそれは……。さてと、ありがとうございました。おかげていい記事が書けそうです」

 

「捏造とかしないでね?」

 

「しませんよー。私は地球で暮らしたいので……。では」

 

黛は笑顔で帰っていった。

 

「私も仕事に戻ろっと。デュノアさんのこともあるし……」

 

こうしてまた一日が終わる。

 

 




てさ、クラス代表戦も書きつつシャルの話も進めなくては……。


あ、表紙絵的なものを描きました〜。

【挿絵表示】


やっぱりイラストは難しいですね(^^;;


最近、知りましたけど、古美門先生は東京中央銀行に口座を持ってるんですねww

リーガルハイ、面白かったなぁww
堺さん、最高です!


ではでは〜。


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24話

箸休め的な話です。
気軽な気持ちでお読みください。


今回の話は二人の女子高生の日常の一コマを淡々と、本当に淡々と書いたものです。過度な期待はしないでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある休日。

 

「あれは似非天然巨乳よ!」

 

食堂で鈴が唐突に言い放った。

ラウラは食事を終え、口をナプキンで拭きながら、驚いた様子もない。

 

「鈴よ、突然どうしたのだ」

 

「山田真耶は性格詐欺巨乳だっていう話よ」

 

「……極めて信憑性が低い話ではあるが、聞くだけは聞いてやろうではないか」

 

「何か、癪に障る言い方ね……」

 

「早く話してみろ」

 

「まず……」

 

「おぉ!?」

 

いきなり鈴の言葉を突然ラウラが遮った。

ラウラは透明なティーカップの中身を驚愕の眼差して見ている。

 

「何よ!」

 

「何よ、じゃない! 何だこの茶は! 歯磨き粉の味がするぞ!?」

 

「ミントティーだからでしょ……。あんたが自分で頼んだんじゃないの」

 

「ミントのティーだからって、これはどうなんだ? 恐ろしいまでに歯磨き粉の味を再現しているぞ。……こんな物を頼むんじゃなかった。大失敗だ」

 

ラウラは眉間にシワを寄せてミントティーが注がれたカップを遠ざけた。

 

「残さず飲みなさいよ?」

 

「断わる! 私は不味いと思ったものは二度と口にしない主義だ」

 

「……はぁ」

 

諦めた鈴は咳払いを一つした。

 

「話を戻すわよ」

 

「うむ」

 

「まずこの間の実習よ。国家代表生二人を打ち倒すだけの実力があって、何で初っ端の操縦で生徒に突っ込んで来たのか……。それは」

 

「それは?」

 

「一夏が受け止めてくれることを計算しての行動なのよ」

 

「しかし、あれは織斑教官の気分次第だろう? 篠ノ之やお前だったという可能性もあるぞ」

 

「ちっちっ、甘いわ。あまちゃんよ、あんたは」

 

「人を連続ドラマ小説みたいに言うんじゃない」

 

「いい、織斑先生だって人間なの。突然の事態ともなれば、身近な人間に声をかけてしまうのは世の摂理! 事はまんまと山田真耶の思惑通りに進んだのよ。一夏に抱かれるために織斑先生をも利用するとは、なんて策士……。あの幼女のような見た目で、あたしたちは欺かれていたのよ! あの童顔に! 一夏に限っては、あの巨乳に!」

 

「策士、もとい錯視に惑わされたわけだな」

 

「そのとおりよ!」

 

「ふむ……」

 

柄にもなく興奮ぎみな鈴を相手にラウラはやはり平然としている。

 

「……偽天然か……いや、似非天然……あ、似寒天?」

 

「何よそれは……」

 

「似ていないか?」

 

「どこが、似てんねん……。それに、そんな不味そうな寒天、食べたくないわ」

 

「お前の煮天然も食べたくないな。不味そうな煮物だ」

 

「いやいや、これは突っ込みの定番、関西弁だから!」

 

「まぁ、そう怒るな。無い乳がさらに無くなるぞ」

 

「よし殺す。あんたにだけは言われたくないことなのに……。何か言い残すことはあるかしら?」

 

右眉をひくつかせ殺意をむき出しにする鈴を見て、ラウラはなぜか笑っている。

 

「やはりな」

 

「何よ……」

 

「お前が不機嫌なのは、山田真耶が性格を偽って、一夏に抱きついたという嫉妬ではなく、巨乳の山田真耶が一夏に抱きついたという嫉妬なのだろう? お前は山田真耶の性格が気に入らないのではなく、山田真耶の肉体が気に入らない。まぁどちらも勝手な我儘ではあるが、後者の方はなおレベルが低い」

 

「……何気取ってるのよ」

 

「ん?」

 

「あんただって、削ぎ落としてやるとか物騒なこと言ってたじゃない。ちゃんと知ってるわよ?」

 

「……記憶に無いな」

 

「そうは問屋が卸さないわ」

 

「卸さない問屋に意味はない、とっとと店を畳んで暖簾を降ろせ」

 

「屁理屈を言うんじゃないわよ」

 

「しかし、悔しいものは悔しいだろう……」

 

「……うん」

 

ラウラの言葉に鈴は反射的に納得してしまった。

 

「安心しろ、お前はちゃんと虚乳だぞ」

 

「慰めになってねぇよ! 字が違う!!」

 

「もしくは微乳だな」

 

「美乳よ! あんた絶対に喧嘩を売ってるでしょ!! いよいよ買ってあげてもいいわよ! というか買い占めさせろ殴らせろ!!」

 

「……なぁ、この乳繰り合は不毛だと今更、気づいたんだが」

 

「あんたが煽ったんじゃない……」

 

先ほどまでの勢いは消え、二人はがっくりと肩を落とした。

自分たちのせいなのだが。

 

「……謝罪も兼ねて、何か飲み物を持ってこよう。鈴、何がいい?」

 

ラウラは立ち上がるとテーブルに置かれている二つのグラスを手にとった。

 

「悪いわね」

 

「気にするな」

 

「じゃあ、アイスティー。あ、ガムシロップは容器の半分だけ入れてね。丸々一つ入れると甘すぎるから」

 

「……少し、めんどくさいな」

 

「お願いねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、仕切り直しだ。乳トークから、ガールズトークに変更しよう」

 

アイスティーが注がれたグラスを鈴に渡し、席についたラウラがキメ顔でそんなことを言った。

 

「……ガールズトークぅ?」

 

なぜラウラがそんなことを言い出したかというのは、彼女が優秀だと信じている副官からの影響だ。

 

「そう邪険な顔をするな。ガールズトーク、つまりは乙女の話題を語り合うのだ。決められた話題を話さなければならないと言うのは以外に大変だ。それが出来る奴はトーク力がある。思い人と二人きりになったときに役立つぞ。そして、有意義な情報も共有できる。一石二鳥じゃないか。女子力ゲットだぜ」

 

「あんたはどこのサトシか。……いろいろと飾ってるけど、それって敵情視察よね?」

 

「…………」

 

「はい図星」

 

口を尖らせるラウラを見ながら鈴はテーブルに頬杖をついて呆れた。

 

「知っているか? ピカチュウは体重が6キロもあるんだぞ」

 

「……ごまかすな。そして、ポケモンから離れなさい」

 

「お前は私とガールズトークをするぞ! 異論は認めん!」

 

「そこに落ち着いたのね……」

 

なぜか誇らしげに親指を突き立てるポーズをとるラウラ。

 

「さて、鈴。一番手は君に決めた」

 

「そもそも二人しかいないし。それに言い出したあんたから話すのが筋でしょうが」

 

「何だそれは、知らん」

 

「…………」

 

「そうだ。どうして惚れたのかと言う話題をしよう。まさか、話すほどのことが無いなんてことはないよな?」

 

「……昔、いろいろと助けてもらったのよ」

 

「そして惚れたと?」

 

顔を赤らめた鈴はコクリと頷いた。

 

「何とも平凡で平坦な話だ。つまらん!」

 

そして、バッサリと切り捨てられた。

 

「人の青春が酷い扱いだ!?」

 

「とはいえ、一言で言い表せることでも個々に中身は違うし、内容も濃いはずだ。……つまりお前の国語力が低いのだな。今ならこのラウラ先生が丁寧に教えてやるぞ」

 

「ガールズトークを続けましょう!」

 

ラウラの得意気な態度もあって、同年代に勉強を教えてもらうことにプライドが許さなかった鈴は、続きを促した。

 

「私は一夏が日本人で良かったと思っている」

 

「は?」

 

「ああ、勘違いするな。私は日本人が好きなのではなくて、ちゃんと織斑一夏が好きだ」

 

「…………?」

 

「私は織斑一夏が好きだ。好意を持っている。だが、それをさらに問われれば、LIKEとしての好きなのか、LOVEとしての好きなのかを、今の私は答えられないだろう」

 

「結局は好きなのね……」

 

「そう、結局なのだ。物事の根本を突き詰めていけば、結局、にいきつく。理由、感情は、どうでもよく結局は好きなのだ。ラブコメ風に言えば、好きになっちゃったんだからしょうがないじゃないの、責任持って私を幸せにしなさいよねー、だ」

 

「とっても棒読みのラブコメ変換するんじゃないわよ」

 

「まぁ、私の知る限り、これは日本語に限ったことだがな。感情は万人ともにあまり変わらないが、言語は違う。英語ではYesかNoの二つしか選択肢が無いのに対し、日本語はハイとイイエ、ドチラデモナイ、ドウナンデショウ。良く言えば、日本語は包容力と許容力のレベルがとても高い。悪く言ってしまえば、とても曖昧なのだ。日本語とは答えが無限に出来てしまう言語だ」

 

「……それって、つまり」

 

「私は一夏、本人から言われた。まずは自分のことを知れ、と。そして気がついたのだ。私の一夏に向けている好意は、LOVEなのかLIKEなのか、どちらなのか分からないことに」

 

「LIKE……お気に入り、似たもの同士の同族愛、か」

 

「そうだな。どちらだったとしても、ありがたいことにLOVEもLIKEも日本語では総じて 好き だ。今の私には、とても都合がいい。だから、一夏と私の関係はキープしておかねばならん」

 

「都合よすぎるでしょ……」

 

「人間とは我儘の塊だぞ」

 

「はぁ……」

 

「日本語を使う日本人ならば、多少曖昧だったとしても気にはしないだろう」

 

鈴は頬杖をつき、アイスティーをストローで飲みながら質問をする。

 

「LIKEだったら?」

 

「今と変わらん。私は一夏に好意を持ち、教官や管理官を尊敬する。……家族とは違うが、人との触れ合いは良いものだからな」

 

「じゃあ、その感情がもしLOVEだったらどうするのよ」

 

「愚問だな。一晩で既成事実! 一年以内に入籍だ!」

 

「絶対に認めネェ!!」

 

「ことわざで、善は急げと言うだろう」

 

「急がば回れって、ことわざを教えてあげるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は移動して、廊下。

 

「暇だなぁ……。おい、鈴。私は暇だぞ」

 

「あたしだって暇よ。だから、あんたと食堂で駄弁ってたんじゃない。おかげで、あたしの突っ込みスキルのレベルが上がったわ」

 

「……嫁は、本社に行ってしまって明日まで帰ってこない。……何もすることが無いじゃないか。鈴、芸でもやって私を楽しませろ。お国芸の雑技を見せろ」

 

「あんたは何? 王様か?」

 

「私はラウラだ」

 

「いや、知ってるけどね……。というか日常的に何か起きてたら身が持たないわよ。暇な日があるくらいがちょうどいいのよ」

 

「おばさんかお前は」

 

「あんたの眼帯、むしり取って引きちぎってあげようか?」

 

ふと外を見れば、休日だというのに武道場から威勢のいい掛け声が聞こえてきた。おそらく剣道部だろう。

 

「やってるわねぇ……」

 

「剣道か、くだらんな」

 

「あら、意外ね。あんた体を鍛えるの好きそうなのに」

 

「体を鍛えるのは好きだ。私が気に入らないのは、武士道における戦いの精神だ」

 

あぁそう言うことかと、鈴はラウラの言葉の真意を理解することができた。

 

「源流曰く武士道とは戦闘においてのフェアプレーだそうだ。……本当にくだらん。勝たなければ意味が無い。叩けるときに叩き、倒せるときに倒し、殺せるときに殺す。相手の隙をつくのが現代の戦法だ。奇襲は勝つための立派な戦術だ。いちいち相手に合わせるなど馬鹿馬鹿しい」

 

「まぁ確かにねぇ……」

 

「ところで、デュノアはどうした」

 

「部屋で大人してるわ〜」

 

鈴はポケットから取り出した端末をラウラに見せた。

 

「ならいいが」

 

「心配しなくてもデュノアの行動は筒抜けよ。電波傍受に発信機、不審な行動を見せれば一発よ」

 

「大したものだ」

 

「軍の情報を売ってたのよ? このくらい嫌でも身につくわ」

 

「命がけか……」

 

「そうでもないわ。相手が相手だから。ばれたところで、軍法会議の後に軍からの永久追放」

 

「気楽なものだな」

 

「気楽が一番よ。楽観主義万歳」

 

開け放たれた窓から風が吹き込み二人の髪を撫でた。外は日が傾き、夕焼けの色に染まっている。

何気無い日常にはとても美しく、幻想的な瞬間が潜んでいる。

本当に何気無い瞬間に。

 

「……腹が減ったな」

 

「あんたは……。他に言うことあるんじゃないの……?」

 

鈴は眉を軽く上げてラウラを見た。

 

「もう夕方だぞ。腹も空くだろう」

 

ラウラの言う通り時刻は6時になろうかとしている。夏が近くなり、ずいぶんと日が長くなっていたようだ。

鈴は言われて、そのことに気づいた。

 

「何か食べにでも行くか」

 

「学園外に?」

 

「たまにはいいだろう」

 

「あはは、そうね」

 

「では、車を出せ」

 

「あたしが運転なわけ?」

 

「ふ、またにはいいだろう?」

 

「はいはい。仰せのままにー」

 

おどけたように皮肉る鈴にラウラは笑った。

 

「あ」

 

「どうした?」

 

「門限……」

 

「大丈夫だろう」

 

「何でよ?」

 

「インペリアルコーポレーション権限だ」

 

「……あんたも悪い奴よね」

 

「何とでも言うがいいー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ、お前たち。外出するのか?」

 

一応、職員室へ外出届を提出しにきた二人は千冬に捕まったのだった。これは予想外だった。

 

「えぇ、まぁ……」

 

「ほぉ……。なになに、外出理由は本社からの呼び出しか……」

 

千冬は鈴から受け取った書類をジト目でまじまじと眺める。

 

「本当の理由は何だ? ん?」

 

念のためI.S.S.の制服に身を包んでいたラウラと鈴だったが、あっさりと見破られてしまった。

 

「兄さんに聞けばすぐに分かるのだぞ?」

 

「……食事に行きます」

 

観念した二人は、そう千冬に告げた。

 

「食事か……」

 

「は、はい」

 

何やら考え込んだ千冬にラウラがどもりながら返事をした。

 

「ふむ。まぁ、いいだろう。許可してやる」

 

「「へ?」」

 

予想外の返事に二人はぽかんとしてしまった。

 

「いや、兄さんに伝えたところで、私の部下なのだからそれぐらいの治外法権は認められてしかるべしだ、と言われ終わりだろうからな。その制服を着ていれば大丈夫だろう」

 

ため息混じりの千冬に二人は納得した。特別、という言葉を好む三夏のことだ、それもあり得る。

織斑三夏が認めた身内はいろいろと便利だ。

 

「そう言うことだ、羽目を外さずに楽しんで来い」

 

「「はい!」」

 

「と言ってやりたいところだが」

 

「「えっ」」

 

「流石に、未成年に夜の外出を許可して何かあったら、私の責任が問われるからな」

 

「「た、確かに……」」

 

「というわけで私も同行しよう。不満か?」

 

「で、ですが教官。書類には何と?」

 

「これで問題あるまい」

 

千冬が見せた書類にはラウラたちが書き込んだ文章に大きくバツ印がうたれ横に私用と書かれていた。

 

「今日はみんな用事でな。私、一人だけ暇なんだ。……足が出来て好都合だしな」

 

最後の言葉は二人には聞こえなかった。

 

「織斑先生、いいんですか!?」

 

慌てる二人に千冬はイタズラっぽく笑った。

 

「治外法権だ。それに一夏の昔話……聞きたくないか?」

 

「「聞きたいです!!」」

 

願ってもない話に二人は目を輝かせて飛びついた。

 

「では行くか。あ、ここからは個人の付き合いだ。余計な気遣いは無用だぞ」

 

「はい、千冬さん」

 

「了解です、教官」

 

「うむ」

 

昔、さんざん織斑邸に入り浸っていた鈴は、久々に素の千冬を見て懐かしさを感じた。

また、ラウラもドイツ時代に三夏と千冬、クラリッサを交えて食事をしていたため素の千冬を知っていた。

 

「千冬さんは何が食べたいんですか?」

 

「イタリアンだな。ワインが飲みたい」

 

「相変わらずお酒が好きなんですね」

 

「お前も大人になれば分かるさ」

 

「よし、鈴よ。美味いイタリアンだ。さっさと探して我々を連れていけ。ピザだ! パスタだ!」

 

「あたしは、あんたの召使じゃないっての!」

 

「召使じゃない、飯使いだ!」

 

「意味分かんないから!」

 

「ふふっ。まったくお前たちは……」

 

「あんたのせいで千冬さんに笑われたじゃない!」

 

「お前のせいだろう!」

 

取り留めのない休日。

平和な日常の一コマ。

 

三人は街へと繰り出すのだった。

この女子会は、また別のときにでも語ろう。そう、機会があればまたいずれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の後書きは……特に書くこともないですね(^^;;


追伸、ラウラの武士道に対する発言は今後の展開の伏線なので、こう言った極論になっています(^^;;

ではでは〜


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25話

「……クラス対抗戦か」

 

昼休み。

ふと何処かから聞こてきたその言葉を、両手に持ったトランプを眺めながら一夏が繰り返した。

 

「あぁ。明日、行われるらしいな。……誰だ、ハートの5を止めている奴は」

 

「まぁ、あたしたちには関係ないんじゃない? ……ハートの5は、あたしじゃないわよ?」

 

「貴様かシャルル・デュノア」

 

鈴の言葉を聞いたラウラはシャルルを睨みつける。

 

「ら、ラウラ、睨まないでよ……。ルールなんだから、ね? それに鈴も言わないでよ」

 

「おいおい、ラウラ。大人気ないぞ。シャルルが怯えてるだろ」

 

「あははは、ありがとう一夏。でも、怯えてはないよ」

 

名前とアダ名を呼んでいるあたり、三人の関係はそれなりに砕けているようだ。

 

「ぐぬぬ……」

 

「何よ。あんたの番なんだから、早くカード出しなさいよ。あ、もしかして、あたしの策にハマっちゃったぁ?」

 

「……鈴、いいことを教えてやろう。偶然をまるで自分が引き起こしたかのように語る阿呆は、自慢話しかしないスネ夫の次に周りの奴から嫌われるんだぞ。詐欺師め、欺くのは乳だけにしておけ」

 

「欺いてねぇよ!」

 

「嘘をつくな。お前の胸などパットを取ったら微かな膨らみすら残らない残念まな板だろ」

 

「あんただって同じでしょうが!」

 

「私はある、お前は無い! これが事実だ! そして今回はパスだ!」

 

二人の応酬にシャルルは苦笑いを浮かべているが、一夏はいたって普通だった。

 

「次は……」

 

「止めなくていいの?」

 

「いつものことだしなぁ」

 

一夏の気の抜けた返事にシャルルはまたも苦笑いを浮かべた。

 

「鈴のまな板話はともかくとして……」

 

「まな板言うな! 人のコンプレックスをさんざん言っておいて、ともかくの四文字で片付けるんじゃないわよ!」

 

テーブルをバンバンと手で叩きつける鈴のこめかみには血管が浮き上がっていた。

 

「分かった分かった私が悪かった。一夏、賭けでもするか?」

 

「あー。どうしよう……」

 

「賭けって?」

 

二人の会話の意味が分からないシャルルに鈴が説明をした。

 

「あぁ……前に話してたわね。文字通り賭けるのよ。ただしお金じゃなくて食券だけどね。デザートの」

 

「いいの? そんなことして……。怒られるんじゃないかな?」

 

「……おかしなことを言う。なぜ私たちが怒られなければならない?」

 

ラウラは、意味が分からない、といった表情で首を傾げている。

 

「え……。だって賭け事っていけないことじゃ……」

 

確かにシャルルの言わんとすることは一理あるかもしれない。しかし、そんなことを「はいそうですか」と聞き入れるほどラウラは優しくはない。

 

「金銭を取引すれば違法性があるのかもしれないが、これはただの食券だ。そして、この学園には食券を友人に融通してはいけないと言う規則はない。欲しいのもを入手する一つの手段なだけだ。一定のルールを設けて公平に取引する、ジャンケンと同じだ。重要なのは賭け事という手段ではなく、その中身が、いい物か駄目な物かだけだ」

 

ラウラに押され気味のシャルル。ここまで熱く語られるとは思ってもみなかったようである。

 

鈴も会話に入る。

 

「まぁ、あれよ。ぶっちゃけて言っちゃえば……」

 

「言っちゃえば?」

 

「バレなきゃいいのよ」

 

「は、ははは……」

 

「あんたもやってみれば?」

 

「……気が向いたら、ね」

 

シャルルは笑ってその場は誤魔化しておいた。

 

「あたしはオルコットを選ぶわ」

 

「私もだ」

 

「俺も」

 

「「「…………」」」

 

「ちょっと、全員がオルコットにしたら賭けにならないでしょうが」

 

「……代表候補生なのだから当然だろう」

 

「だよな。他クラスが、あのお嬢様に勝てるとは思えない」

 

三者一歩も譲る気は無いようだ。

 

「やっぱり止めたらどうかな?」

 

「「「……そうしよう」」」

 

三人の声が重なった。

 

「いや、他の連中に便乗すれば」

 

「ラウラ、やめときなさいって」

 

「仕方ないな」

 

ラウラも諦めたようだ。

 

「でも、みんな仲がいいんだね。もしかしたら僕は邪魔しちゃってるかな?」

 

「何言ってんだよシャルル。俺たちはもう友達だろ? 遠慮なんかする必要はないぞ。なぁ二人とも」

 

「そうね、友達よ。私たちは」

 

「……そういうことにしておこう」

 

「……三人とも、ありがとう」

 

シャルルが感謝を述べたところで、箒が姿を現した。

 

ラウラがそれを流し目に見た。

 

「一夏、放課後は暇か?」

 

「お、箒か。暇だぞ」

 

「そうか。なら、私とISの特訓をするぞ。これからは卑怯な手を使わないで済むように鍛えてやろう」

 

「どこでや……」

 

一夏の言葉をラウラが唐突に遮った。

 

「はっ、お前のくだらない特訓など嫁には必要ない。嫁よ、出なくていいぞ。私がみてやる」

 

「なっ!? 私は一夏に言っているんだ!」

 

「うるさい剣道娘。お前に何ができる。実力もないくせに出しゃばるのも大概にしろ」

 

「わ、私の何が気に入らないというんだ」

 

「前々からお前のすべてが気に入らん。まだISが兵器だと理解していないのか? ISはスポーツではないと何度言えば分かるのだ。アラスカ条約が何だ? そんなもの役に立つか。戦場で正々堂々など存在するわけがない。愚か者め」

 

「お前の考えは歪んでる!」

 

「ならばお前の考えは抜けているぞ、間抜けだ。少しはIS操縦者としての自覚を持ったらどうだ? 戦いで、まず死ぬのは間抜けと決まっているからな」

 

「…………」

 

「分かったなら消えろ。お前を見ていると腹が立つ」

 

「このっ!!」

 

さすがに鈴が止めに入った。

 

「はいはい。ラウラ、落ち着きなさい」

 

「落ち着いている。私はただ嫁の為に言っているのだ」

 

「そう。……篠ノ之も、ここは堪えてくれる? あんたも騒ぎを大きくしたくはないでしょうし」

 

「……分かった」

 

箒はラウラを睨みつけると周りの視線が気になったのか、足早にその場を去っていった。

 

「な、何か険悪な雰囲気だったけど大丈夫かな、一夏」

 

「さぁ? 藪蛇はごめんだから、とりあえず様子をみるかな。ところでダイヤの9を止めてるのは誰だ?」

 

どこまでもマイペースな一夏であった。

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

部屋に戻るために廊下を歩くシャルルと一夏に女子生徒の熱い視線がついてゆく。二人の共同生活は3日目に入る。特にこれと言って大変なことはなかった。

 

「よいしょっ……はぁー、今日も疲れた疲れた。お疲れさん、っと」

 

部屋に戻り、上着も脱がずにベッドにダイブした一夏にシャルルは笑ってしまった。

 

「あはは、一夏、親父くさいよ」

 

「いいんだよぉ。疲れてるのは本当だからさ」

 

「紅茶でもいれようか? ミルクティーとかどうかな?」

 

「お、悪いな。頼む」

 

「うん。ちょっと待っててね」

 

シャルルは後ろめたさを感じてた。

友達、仲間、この単語が出るたびに心がチクリと痛む。そんな気持ちを必死に抑え、シャルルは学園生活を送っている。

一夏や鈴、ラウラがこういった言葉を多用することも原因の一つかもしれない。

 

二人が和んでいると、ドアがノックされた。

 

「一夏、ちょっと……」

 

「鈴か。シャルル、悪い少し出てくる」

 

「あ、うん。いってらっしゃい一夏。ミルクティー用意して待ってるよ」

 

「あぁ」

 

鈴は一夏を連れ、人気の無い屋上へと向かった。

 

「あんた、あの二人どうするの?」

 

「ん?」

 

「とぼけるんじゃないわよ。無関心なフリしてたけど、ちゃんと考えてるんでしょ?」

 

一夏は屋上の中央付近に作られたベンチに腰掛けた。鈴は立ったままベンチの背もたれに寄りかかり、一夏に背中を向ける。

 

「別にどうこう言うつもりはないぜ?」

 

「…………」

 

「結局、あの二人の確執だからな。お互いの意見の違い、俺はたまたま、その対立の原因を作ってしまっただけだ。もしかしたら、お前だったかも知れないだろ?」

 

「つまりあんたは関係があるようで、根本的には無関係だと……。だけど、二人が関わる原因を作ったあんたにも、それなりの責任があるんじゃないの?」

 

「だから気づかせてやるんだよ。まったく的を射ていない、根本から噛み合っていない二人の確執を。上辺だけの理解じゃ駄目だ。本当に心からじゃないと。その機会も近いうちにあるしな」

 

「学年別トーナメント……」

 

「ご名答」

 

「計算高い男は嫌われるわよ?」

 

「かっこいいだろ、普通」

 

「どーだか」

 

「計算高い女は好かれるのか?」

 

「当然よ。ま、協力はしてあげるわ。あいつには、ちょっと言いたいこともあるし」

 

「言いたいこと?」

 

「秘密よ」

 

「まぁいいけどさ。……上手くお膳立てしてくれよ」

 

「任せなさい」

 

月明かりが二人を照らし、風が吹き抜けた。

 

「そろそろ戻るわよ」

 

「へいへい、友達思いの鈴音ちゃん」

 

「んなっ! あたしは……そ、そういうのじゃないわよ!」

 

「おー照れてる照れてる」

 

「照れてない! 別にラウラが心配だとか、どこか放っておけないとか全然思ってないから!」

 

「あれ、俺はラウラとは一言も言ってないけどなぁ」

 

「〜!!? せいやっ!!」

 

鈴の蹴りが一夏の右脇腹にクリーンヒットした。

 

「ごはっ!?」

 

あまりの痛さに腹を押さえて一夏はうずくまる。

 

「あ〜ら。計算高い男が地べたに這いつくばって悶絶する姿を見れてせいせいしたわ! じゃあね、バカ一夏!!」

 

「うごごぉ……ふ、不条理だ……」

 

いや、今回は鈴の性格を知っていてからかった一夏に非があるといえる。

 

一夏はしばらく動けないでいた。こんなとき優しく手を差し伸べてくれる人を彼は知っている。

 

「助けてぇーー、こぉしぃみぃずぅさぁーーん!!!」

 

だが、残念なことにその人はこの場にはいなかった。

 

「小清水さぁーん!! 痛いよぉ〜」

 

だから、いないってば。

 

「大声を出したら脇腹に、さらに痛みがぁぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京某所の、とあるBAR。

 

「…………?」

 

「ん、どうした?」

 

小清水の手が止まっていたのを珍しく思ったのかオーナーが質問した。

 

「あ、いえいえ。……誰かに呼ばれた気がいたしまして」

 

「虫の知らせか?」

 

「まぁ、大丈夫でしょう。あのお方たちならば」

 

「そうか。なら、いいんだ」

 

「あ、それとオーナーさん」

 

「何だい?」

 

「わたくし、今週いっぱいでお暇しようと考えております」

 

「やっぱり辞めるのか……」

 

「ええ」

 

「なぁ、考え直さないか? あんたなら十分この道で生きていける! それにまだ店にいて欲しいんだ。あんたの作る酒を飲みにくるお客だっている」

 

「ははは、せっかくのお誘いですが、私は何の取り柄もない、ただの使用人でございますゆえ。それに、こんな私を必要としてくれるお方がいますから。そちらへ行かなくてはいけません。いろいろとお世話になりました」

 

小清水は深々と頭を下げた。

 

「そうか。なら、しょうがないな……。よし! 今日はもう店仕舞いだ!」

 

「えっ?」

 

「酒だよ、酒。嫌だとは言わせないぞ?」

 

「はい、お付き合いいたします」

 

なぜ、こんなにも人間が出来た人が三夏の使用人なのか、それは未だに謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス対抗戦。

一回戦、第二試合。

 

「あー、やっぱりつまらーん! つまらん、つまらん、つまらん、つまらーん! ガキどもの試合など見ても意味がなぁーい!!」

 

首にナフキンをつけ、両手にフォークとナイフを持った三夏が叫ぶ。

 

「我儘もいい加減にしてくださいよ、博士! こんなものまで用意して」

 

「こぉーんなことでもしないと、やぁってられないねぇー! 嫌なら食べなければいい」

 

「不本意ですが、いただきます!」

 

「食べたいのなら素直に食えばいいのだ、素直に!」

 

「とっても不本意です!!」

 

モニタールーム。

そこには不釣り合いなテーブルが置かれ、その上にはフレンチが並べられていた。

 

グラスを傾けながら三夏が文句をたらした。第一試合を杉山によって強制的に観戦させられた彼は機嫌が悪かった。

 

鈴、ラウラ、一夏、シャルルの姿もある。各自、料理を楽しみながら正面の大モニターに映るオルコットの試合を観戦していた。

 

杉山は若干、不満気な表情だ。シャルルに至っては戸惑っているように見える。

 

「……うぅぁ〜」

 

一夏が顔を顰めて小さく唸りながら、ぎこちなく椅子に腰掛けているのを見て、心配したシャルルが声をかけた。

 

「どうしたの? 昨日から辛そうだけど。怪我でもしたんじゃ……」

 

「大丈夫だ、俺はこのくらいでは倒れない! 不条理など屁でもない!」

 

あれを不条理とは言わないと思うが、それを知らないシャルルは頭にハテナマークを浮かべた。

 

「? 何だか知らないけど大丈夫そうだね」

 

「そうだとも! 見てみろ! この通りピンピンして、のおぁぁー!? 脇腹がー!」

 

「一夏!?」

 

その姿に鈴が笑を堪えていたのは誰も知らない。

 

「自業自得よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして。それぞれが試合の感想を述べている。

 

「相手も意外に頑張るわねぇ。瞬殺かと思ってたけど」

 

「あぁ、よくもっている方だな。それなりに特訓でもしていたんだろうな。ま、付け焼き刃だが」

 

「しっかし、あのお嬢様は容赦ないな。あんなのと俺は戦ったのかよ。よく勝てたもんだ……」

 

「嫁よ、不意こそ突いたが、お前の操縦は中々だった。少しは誇ってもいいと思うぞ」

 

「というか食事しながら観戦って……いいのかな? 美味しいけど」

 

試合が始まって10分ほど。セシリアは早くも全力を出している。前回の一夏との一戦からの反省だろう。

試合はセシリアの優位に進んでいた。当然と言えば当然であるが。

 

「もうじき決着がつくな。私は戻る」

 

「ちょっと! みんな頑張ってるんですから見てあげてくださいよ!」

 

「しぃるぅかぁ! 私が見たかったのは専用機だけだ」

 

「あたしは全部見てくわよ。さすがにこれだけじゃ見応えないから。あんたたちは?」

 

「俺も見てくよ」

 

「ぼ、僕も」

 

「どうせ暇だからな、見てやろう」

 

モニターに映るセシリアは相手の力量を見極め確実に追い詰めていた。

 

「終わったな……」

 

「ああ。オルコットの勝利だ」

 

「予想通りね」

 

その場にいた誰もが、もう試合は終わりかと思った刹那、アリーナの天井が吹き飛び、凄まじい轟音と衝撃が走った。

 

「な、ななな……博士! 何が起きたんですか!?」

 

「うるさい、私が知るわけがないだろう」

 

爆発の黒煙が収まった、そこには全身装甲の黒いISが鎮座していた。赤く光っている目が不気味だ。

 

アリーナ内の二人は目の前の出来事に動揺し、動けずにいた。

 

全身装甲の黒いISが、そんなことはお構い無しに攻撃を始める。セシリアは何とか避けられていたが、もう一人にビームが直撃しISが強制解除された。生徒は気絶してしまったのか動かない。セシリアは慌ててその生徒を守るように立ちはだかった。

 

「ちょ、まずいんじゃないの?」

 

「早く助けに行かないと!」

 

「落ち着けよ、みんな」

 

「嫁の言う通りだ。それに、今の我々にできることはない。アリーナ全体に高レベルのロックがかかっている。おそらく、あのISの仕業だろう……」

 

ラウラがコンソールをいじりながら言う。

 

「は、博士ぇー! 何とかしないと!」

 

「はぁ……だから我々にはどうしようも無いだろ」

 

杉山たちが狼狽える中、三夏は冷静に端末を操作していた。

 

「なら、このまま何もしないで黙って見てるんですか!? ロックを解除してくださいよ! できるんでしょ!?」

 

「それでは時間がかかりすぎる。状況は一刻を争うようだならな」

 

黒いISはゆっくりとセシリアに近づいてゆく。

 

「じゃあ、どうすればいいんですか。何もできないなんて……」

 

「そうだ、我々には何もできない。だから、できる奴がやればいい。……そうだろう?」

 

『あぁ、そうだな』

 

一夏の問いに答えて端末から声が流れた。織斑千冬の声が。

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

またもや何が起こったのか分からなかった。

 

ほんの何十秒のできごとだ。

一瞬と言ってもいいだろう。千冬がアリーナのシールドを破壊し、黒いISを両断するまで。

 

モニターには真っ二つになった侵入者と、生身でISのブレードを持った千冬の姿が映り出されていた。

 

「お見事だ。さすがブリュンヒルデ。……しかし、まさか生身で倒すとは。凄まじな」

 

三夏は笑みを浮かべて拍手をおくる。

 

『生徒の生命を守るのも教師の役目だ』

 

千冬は短くそう言っただけだった。その顔はどこか安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくもここまで叩き壊したものだぁ本当にお見事だよぉー」

 

「すまない、加減ができなかった。私も焦っていたからな」

 

笑いながら嫌味を言う三夏に千冬は軽く謝った。

 

「でぇ、朝ドラヒロインズ何か分かったかな?」

 

「その言い方やめてもらえませんか?」

 

「そうですよぉ」

 

「やかましい。さっさと報告したまえ」

 

「「…………」」

 

「はぁやぁくぅー! ポンコツヒロインどもめ!」

 

「損傷が激しくて、大したことは分かりませんでした! これでいいですが!?」

 

「役立たず一号が! 次!」

 

「コアも壊れていて解析不能でした。登録されていないコアだということしか……」

 

「よし、お前は役立たず二号だ!」

 

「「ひどい!!」」

 

三夏に対し抗議をしていた二人だったが、杉山が真面目な表情になった。

 

「でも、無人機で良かったですね」

 

「は?」

 

「いや、だって人が乗ってたら確実に死んじゃってましたよ。博士も千冬ちゃんも知ってて破壊したんじゃ……」

 

「知るわけないだろぉ。あの一瞬で分かるわけがない」

 

「し、知らないで攻撃したんですか!?」

 

驚愕する杉山。

 

綺麗に真っ二つの無人機。千冬には絶対防御すら通用するのか疑問である。まさに彼女は規格外だ。

 

「そうだ。仮に有人機だったとして、操縦者が死んだとしても我々に罪は無い。正当防衛だ。あのままでは生徒が死んでいた。IS学園の教師とはどんなことをしてでも生徒を守らなければいけない。子供達の命も大切だが、この学園には何人もの留学生がいるからな。最悪、国際問題になり国家間の争いになるかも知れない。そう言った事態を防ぐ。それが義務であり役目だからな」

 

「……そういうことです、杉山さん。でも、あなたの言ったとおり無人機で良かった、本当に……」

 

真耶は口を開かなかったが、きっと同じ気持ちなのだろう。

 

「それにこんな玩具を作れる奴は一匹しかいない、ぜぇたいにぜぇったい叩き潰してやる!」

 

「……倍返しですか?」

 

杉山が尋ねた。

 

「甘ーい! ぬるぅーい! やられたらやり返す! あのクソ兎には数百数万いや、億倍返しだ!!」

 

後日、アメリカ上空を飛行していた人参に追尾型ミサイル数百発が発射されたのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、兄さん。あのネタは、すでに前に使わなかったか?」

 

「知らん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、次は学年別トーナメントですね……。

どうも無駄話に走ってしまうなぁ。いかん、いかん(汗)

シャルル君がシャルロットちゃんになるのも、まだもう少し先ですかね……。


ではでは〜。





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26話

 

小鳥のさえずりが聞こえる、清々しく晴れ渡った休日の朝。

現在、午前5時。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

「頑張ってるわねぇ。走りこみ?」

 

「む、鈴か。早いじゃないか。どうしたのだ?」

 

「別に。理由がないと早起きしちゃダメなの?」

 

「そんなことはないが」

 

「ただの散歩よ、散歩。ほらっ」

 

「むっ」

 

足を止めたラウラに鈴がスポーツドリンクを投げ渡した。

 

ラウラは汗を拭いながら、それを一気に飲み干す。

 

「ぷはっ。やはりアクエリアスは最高だな」

 

「あたしはポカリ派だけどね。ちょうど自販機に売ってなかったのよ。てか、あんたは何で朝っぱらから走ってるのよ。マラソンにでも出場するの?」

 

「そんなものに出なくても、軍の訓練では42.195キロを走破したぞ」

 

「何やってんのよ、あんたんとこの軍は……」

 

「最近、身体がなまってしまっていたからな。お前もどうだ? 適度な運動はバストアップにもいいらしいぞ」

 

「余計なお世話よ。……あんた、あたしの胸をいじるのが趣味なわけぇ?」

 

「趣味とまではいかないが、面白いと感じているのは事実だ」

 

「否定しなさいよ!」

 

青筋を浮かべた鈴は、近くにかけられていたタオルをラウラ目掛けて投げつけた。

 

「そういえば、今日、嫁は出かけるらしいな」

 

「らしいわね。あいつに会いくって言ってたし」

 

「あいつ? なんだお前も知り合いなのか」

 

「まぁね」

 

「なら、お前は行かなくていいのか?」

 

「生憎、提出する書類が溜まってるのよ。だから今回はパスしたわ」

 

「日頃から処理しないお前が悪いな。自業自得だ」

 

「んなことは分かってるわよ」

 

「夏休みの宿題も最終日までやらないだろ?」

 

「そーですよ。やりませんよ」

 

「ふっ、だろうな。……しかたがない、手伝ってやろう」

 

「マジで?」

 

「あぁ。それで、どれくらい溜まっているんだ?」

 

「20枚ほど……」

 

「…………」

 

「やめて無言で見つめないで。痛い、痛いから」

 

「まったく。行くぞ」

 

「はーい。本当に助かるわ」

 

「次は溜めるなよ? 手伝わないからな?」

 

「はいはい」

 

呆れながらタオルを肩にかけて寮へと戻るラウラの後ろを、鈴は笑顔でついて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

ギラリと光る刃物。

 

「では、参る!」

 

ガシャン!

 

ドゴッ!

 

ザンッ!

 

ドシュッ!

 

バキッ!

 

メキョッ!

 

グチャッ!

 

ゴキリッ!

 

「はぁぁぁ!!」

 

バンッ!

 

「せやぁぁ!」

 

ボキッ!

 

 

 

 

寮の一室では死闘が繰り広げられているようだった。

 

「うるさぁーい! 朝っぱらから騒ぐな! 何だその物騒な音のオンパレードは!」

 

しばらくは布団に潜って堪えていた三夏だったが、ついに耐えきれなくなりベッドから飛び起きて怒鳴った。

 

「ん? どうした兄さん」

 

キッチンにはジャージにエプロン姿の千冬が、包丁を手に立っていた。

 

「……ちっとも、そそられないエプロン姿だ」

 

毒づいた三夏はキッチンへと向かう。そこには様々な食材が並べられていた。

 

「悪い、起こしてしまったか」

 

「悪いと思うのなら今すぐ騒音を止めろ」

 

「いや、まだ途中なんだ。……料理というのは中々難しいな」

 

「料理!? だったら、さっきの音は!?」

 

「あぁ、サンドイッチを作っていた」

 

「どぉーやったらあんな殺人的な騒音を響かせてサンドイッチが作れるのだお前は!?」

 

「小清水さんに教わったとおりに調理しているはずなんだが……?」

 

「絶対に違うと思うのだが?」

 

「文句は食べてからだ。見た目はともかく味は保証する」

 

もちろん、小清水さんにはかなわないと言う意味でである。

 

「いつ私がまだ見てもいない料理の見た目を指摘した!? 私は静かにしろと言ったんだ!」

 

「まぁ待っていろ、あと二時間ちょっとで出来上がる」

 

「待つのはお前だ! 何だ二時間ちょっとって! 許さんぞ? 私は許さんぞー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三夏はテーブルに顔をつけ項垂れて白くなっていた。

 

「…………」

 

チーン。

そんな効果音が聞こえてきそうだ。

 

三夏の心からの抗議も虚しく、その死闘はきっちり二時間ちょっと続いたのだった。

 

「さぁ、出来たぞ。弁当が」

 

ガバリと起き上がる三夏。

 

「弁当が、じゃない! 二時間も待たされた挙句、朝食じゃないとはどういうことだ!」

 

「今日は本社に行くのだろ? ほら、持って行け。朝食は食堂で済ませればいいだろう」

 

「だから……」

 

三夏の言葉を遮るようにして、寮長室のドアが叩かれた。

 

「博士ー、迎えに来ましたよぉー?」

 

杉山の声が聞こえてきた。

 

「ちょうどお迎えが来たようだな」

 

「僕、今日は休む……」

 

「子供か。あ、今、開けますよ」

 

千冬がドアを開けて杉山を招き入れた。

 

「やっぱり着替えてないんですね。早めに来て良かった」

 

「今日は休むと駄々をこねてます」

 

「子供ですかあなたは! ほら着替えてください」

 

杉山に言われた三夏は仕方なくやおら立ち上がると着替えるに向かった。

 

「はい、お弁当です。こっちの水筒にはスープを入れておきました」

 

「わあっ! 千冬ちゃんが作ってくれたの?」

 

「えぇ」

 

「ありがとう。大事に食べるね」

 

「そう言ってもらえると、作ったかいがあります」

 

「でも何でいきなり?」

 

「何となくですよ。思い立ったが吉日と言うでしょう」

 

奥から着替えを終えた三夏が怒鳴にりながらやって来た。

 

「きぃみぃの吉日は私にとって凶日だ! これからは料理禁止だ! 特に朝!! そんなことより掃除の知識を身につけたらどうだ」

 

「兄さんに言われたくないな」

 

スーツに身を包んだ三夏が椅子に腰を下ろす。千冬は手慣れた様子で三夏のネクタイを締めた。

 

「とっとと私の髪をセットしたまえ」

 

「はいはい」

 

「博士。いい加減、ご自分でやるようにしたらどうですか?」

 

これでも幾分マシになった方だ。学園にくる前は、上着を羽織るところから靴を履くところまで、何から何まで、すべて小清水がやっていたのだ。

ちなみにスーツのアイロンも毎回、彼がしていた。

 

「うるさい! すべてにおいて人並みの凡人が私に意見する権利は無い」

 

「それは屁理屈ですよ!」

 

「屁理屈だって立派な理屈だ」

 

「はぁ……。千冬ちゃんも大変ね」

 

「はは、慣れましたから」

 

杉山の言葉に、千冬は苦笑いをしながら頬をかいた。

 

「ところで、今日はなぜ本社に?」

 

「ん、ISの第四世代の件でちょっとね」

 

「第四世代。もうそこまで進んでいるんですか」

 

「あ、これ内緒ね」

 

「分かってますよ」

 

別にバレたところで問題も無いのだが、形式的に口止めをしておくのだった。

 

杉山は会話の途中で、あることが気に止まった。

 

「あれ、一夏君の分のお弁当は?」

 

「……いつか作ってやりますよ」

 

そう言う千冬だったが、少し歯切れが悪い。杉山はいきなり確信を突いた。

 

「もしかして恥ずかしいの?」

 

「……いや、その。まだ、見栄えが」

 

「十分だと思うけどなぁ」

 

「さ、さぁ。早くしないと時間が」

 

「あ、本当だ。行きますよ、博士」

 

上手くかどうかは分からないが、話を逸らされ杉山は、玄関のドアを開けて三夏を呼んだ。

 

立ち上がった三夏は千冬の横で足を止めて顔を向けた。

 

「弟の方が上手いからな。見せられないのも当然だな、お姉ちゃん?」

 

ギクリ。千冬の肩が、若干であるが揺れた。

 

「もともと家事する機能など我々に備わってはいない。君はこちら側の人間だぞぉ?」

 

「う、うるさい!」

 

「ははははははーー! さぁ行こうか、杉山君」

 

三夏の細やかな仕返しだった。

そのことで後悔するとも知らずに。

 

「兄さんめ。……よしよし、なら毎日やってやろうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

一夏は朝食の乗ったトレーを抱えて、生徒で賑わう食堂で席を探していた。珍しく一人だったために席を確保するのが遅れてしまったようだ。

 

しばらく食堂を歩き、辺りを見渡すが空いている場所が無い。

諦めて自室に戻りかけたとき、一つだけ空席を見つけることができた。

急いでそこまで足を運びトレーをテーブルに置こうとしたのだが、横に腰掛けて食事をしている生徒を見て動きを止めた。

 

金髪に特徴的なカールのかかった髪型。

セシリア・オルコットだった。

 

彼女も一夏の存在に気づいたようで一瞬だけ目を向けたが、すぐに向き直り食事を再開した。

 

「……部屋で食べよう」

 

「お待ちなさい。横が空いていましてよ」

 

「いや、お構いなく」

 

「お座りなさい。このままでは私が追い返したようで、気分が悪いですわ」

 

「…………」

 

一夏は仕方なく、セシリアの右隣に腰を下ろした。

 

「クラス対抗戦は散々だったな」

 

「えぇ、織斑先生に助けられましたわ」

 

「そうか……。織斑博士にも礼を言っておけよ」

 

「なぜですの?」

 

「織斑先生に的確な指示を出したのは織斑博士だから」

 

「そうだったんですの。教えていただき感謝しますわ」

 

「あぁ。……怪我は無かったか?」

 

「……さっきから何ですの?」

 

「社交辞令だ」

 

「……擦り傷一つありません」

 

そこでぎこちなく続いていた会話は途絶えた。

何とも言えない沈黙が続く。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「しりとりでもしますか、お嬢様?」

 

「お食事中に、はしたないですわ」

 

「そりゃ失礼」

 

断られたと思った一夏はパンを千切った。

 

「………りんご」

 

「やるのぉ!?」

 

すでに、パンの一切れを口に含んでいた一夏は、どもりながら突っ込みを入れたのだった。

 

「たった今、食事は終わりました」

 

セシリアはナフキンで優雅に口を拭いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから俺は負けてない。香港はスペルにするとHong Kong、最後はGだ。つまり正しくはホングコング! キングコングをキンコンて言う人いますかぁ? 英国人だろ! ホングコング、Repeat after me ?」

 

さすが、織斑三夏チルドレン一号である。ちなみに鈴とラウラが二号と三号だ。

本人たちに自覚があるかは分からないが。

 

「往生際が悪いですわよ。私の勝ちですわ」

 

「だから負けてない! この勝負はドローだ」

 

しりとりの勝敗は置いておくとしよう。どうでもいいことである。

 

「それにしても、そこまで勝ち負けに拘るあなたが、どうしてあのような負け方をしたのか、甚だ疑問ですわ」

 

からかうように言うセシリア。やはり一夏はこれにも食らいついた。

 

「だから、あの試合も俺は負けてない。棄権だ! 権利を放棄しただけだ。負けとは違うぅ。あのまま行けば俺が勝っていた。棄権した理由は、クラス代表がめんどくさくて嫌だった、それだけだ」

 

「……そうですわね。あの試合はあなたを見下し侮っていた、私の負けですわ。それは認めましょう。訂正しますわ」

 

セシリアは先ほどからの一夏とのやり取りに疑問を覚えた。

 

「あなた、なぜ勝つことに拘るんですの?」

 

「言わなぁーい」

 

「言いなさい。言うまで逃がしませんわよ?」

 

セシリアは一夏の上着の裾を力強くつかんだ。

 

「放してくれませんかね、お嬢様」

 

「ならば、そちらは話しなさい」

 

諦めた一夏はため息をついて口を開いた。

 

「……憧れだ」

 

「憧れ?」

 

「俺は必ず織斑千冬と同じ高みに立つ。公式戦、無敗。モンド・グロッソ総合優勝。ゆえに俺に負けは許されない。その心構えを今からしておく」

 

「ご立派な夢をお持ちですこと」

 

「やかましい。……でも、やってみせるさ」

 

「私が目を覚まして差し上げますわ」

 

「やってみろ。今度は手加減しないぞ。コテンパンに叩きのめしてやる」

 

「私も負けませんわ」

 

そんな二人だったが、険悪な雰囲気ではない。自然と笑っていた。

 

良きライバルになるだろう。

 

「さぁ、俺の質問にも答えてもらうぞ」

 

「嫌ですわ」

 

「答えないとお前と同じ行動をとるぞ」

 

「やってみなさい。痴漢がいると、叫んで差し上げますから。さぁ」

 

「くっ! 性格の悪いお嬢様め」

 

「まぁ、私は寛大ですから。あなたのような痴漢まがいの男性の質問に、仕方なく答えてあげてもよろしいですわよ。さぁ、お言いなさい」

 

「へいへい。あー、ごっほん。お前は何で俺に突っかかってきた?」

 

「今更ですわね。決まっているじゃありませんか。男性である、あなたが気に入らなかっただけです」

 

「本当に?」

 

「……何が言いたいんですの?」

 

「これはただの勘だが。あれは、そうだな、恨み?」

 

「っ」

 

「どんぴしゃり、かな? 勘はいいんだよ俺は」

 

セシリアの反応を見て、ようやく話の主導権を握ることの出来た一夏は得意げに、意地悪な笑を浮かべている。

 

「……英国企業連合を知っていますか?」

 

「あぁ。名前ぐらいは……。確か、崩壊したんだよな?」

 

「えぇ、そこの長であった私の母が事故死して、あっけなく消えてしまいましたわ。そして、英国企業連合とイギリス国内外の市場をめぐって睨み合っていたのが、インペリアル・コーポレーション。両親の不審死、巨大組織との対立、この二つが揃えば私の考えたことは、お分かりでしょう」

 

「……父親もか?」

 

「えぇ、お母様に頭の上がらない情けない人でしたわ。お母様もあまり相手にしていませんでした。よりにもよって何であの時だけ二人は一緒にいたんでしょうね」

 

たんたんと語っているセシリアだったが、悲しそうだった。

 

「もしかしたら無意識にインペリアル・コーポレーションの企業代表である、あなたに恨みをぶつけつけていたのかも知れません。悪かったと思いますわ」

 

「まったくだ。とばっちりもいいところだな」

 

「冷たい人は嫌われましてよ?」

 

「正直者は好かれるんだよ。……さてと」

 

「行きますの?」

 

「ああ」

 

一夏はトレーを持つとその場から去っていった。

 

「ふん、いけすかない男ですわ。あら?」

 

ふと見れば、テーブルにプリンが一つ置かれていた。食堂の人気の高い限定商品だ。

 

「……どう言うつもりなんでしょう。施しのつもりかしら。……本当に、いけすかない男ですわ」

 

言葉とは裏腹にセシリアの表情は嬉しそうだった。

 

「しまったー! プリン食べ忘れてしまったぁぁぁぁ!!」

 

廊下で頭を抱えて叫んだ一夏に、その場いた生徒の視線が集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ、お前も大変だな」

 

目立つ赤髪にロン毛の青年がつぶやくように言った。

 

「分かったか? お前の憧れてるような場所じゃないぞ」

 

「いや、それとこれとは話が別だ。やっぱり羨ましい」

 

「理解できないな」

 

午後、一夏は友人である弾の家でゲームに興じていた。

 

「はぁ〜、行きてぇなぁIS学園」

 

「無理だろうな」

 

「くそぉ。女にでもなれればなぁ〜」

 

「それじゃ本末転倒だろ。そして男が女に変身できるのはケンプファーの世界ぐらいだ。主人公限定だしな」

 

「はぁ、駄目か」

 

「諦めろ」

 

「でも鈴もいるんだろ? また四人でつるみたいって思ってさ。今、何やってるんだ? あいつも来れば良かったのに」

 

「書類作りで遊びどころじゃないって言ってたぞ」

 

「は?」

 

「言葉のとおりだ」

 

「よく分からんが、あいつも大変なんだなぁ。よろしく伝えといてくれ」

 

「了解」

 

テレビ画面に赤くKOの文字が表示された。一夏の操作するキャラが弾のキャラに必殺技を叩き込んだのだ。

 

「げっ、負けた」

 

「相変わらず弱いな」

 

「お前が強すぎるんだっての」

 

コントローラーを放すと一夏はごろりと寝転んで大きく伸びをした。

 

「くつろぎ過ぎじゃねぇか? まぁ、いいんだけどよ」

 

「俺は疲れてるんだよ。俺に疲れを癒す場所を提供していることを誇りに思って、お茶でも持って来たまえ」

 

「今すぐ追い出していいか?」

 

「駄目だー。ん〜」

 

「転がるな。ゲームも飽きたし、飯食わせてやるから下に行こうぜ」

 

弾の家は、五反田食堂という飲食店を経営している。

弾の祖父である五反田厳の作る料理は近所でも評判が良く、昼時や夜はかなり繁盛している。

 

「待ってました!」

 

一夏が勢い良く飛び起きた、そのときだった。

 

「お兄ぃ。ご飯できたってさ」

 

ガラリと襖が開き、赤色の髪を雑にまとめたラフな格好の少女が現れた。

 

「二人分あったけど誰か来て……る、の?」

 

赤髮の少女の視線が一夏を捉えた。

 

「いいいい一夏さん!?」

 

「よぉ、蘭」

 

蘭と呼ばれた少女は顔を真っ赤にして慌てふためく。

 

「ちょっとお兄! 何で言わないのよ!」

 

弾の腹にパンチを決める。

 

「ぐほっ!? ち、ちょっと待て、俺は……ぐえ……」

 

「い、一夏さん。ゆっくりしていってくださいね。それじゃあ、私はこれで!あ、下にご飯できてますからー!」

 

胸ぐらを掴んでいた弾を捨て、蘭はすぐに部屋から出ていった。

 

「相変わらずデスパレードなご関係だな」

 

「見てないで、助けてくれ……」

 

「大丈夫だ。傷は浅いぞ。さて飯だ、飯だ」

 

「お前は本当に俺の友達か?」

 

「もちろんだ。親友と言ってもいいな」

 

「…………」

 

「もしくは飯友だな」

 

「俺の感動を返せ、おい!!」

 

弾の嘆きをスルーして一夏は下へと下りていった。

 

テーブルには美味しそうな中華の定食が置かれていた。

 

「おじさん、ご馳走になります」

 

「おう! 腹一杯食っていけ」

 

「はい」

 

一夏は厳の昔と変わらない様子に微笑んだ。

 

復活した弾も合流し、和定食を平らげると、二人は昔話に花を咲かせた。会うのが久々だったこともあり、話が尽きることはなかった。

 

楽しい時間が過ぎるのはあっという間だ。

 

「じゃあな。今日は楽しかった」

 

「おう、また来いよ。一夏」

 

「分かった。あ、そうだ。弾、IS学園に来たいなら文化祭なんてどうだ?」

 

「文化祭?」

 

「チケットさえあれば誰でも来れるからな。嫌ならいいんだけど」

 

「一夏君! ぜひ、ぜひお願いします!」

 

弾は一夏の手を固く握り締めた。

 

「くっ、あははははは。了解」

 

そうして一夏は学園へと帰って行ったのだった。

 

しばらくして……

 

「よし! これなら完璧。お兄、一夏さんは!?」

 

「お前は今まで準備してたのかよ……」

 

「うるさいわね。そんなことより、一夏さんはどこ!?」

 

「帰ったよ。当たり前だろ」

 

「え?」

 

「いや、意外そうな顔されても困るんだが。ま、今回は自業自得だな」

 

弾はそこまで言って、蘭がワナワナと震えていることに気がついた。

 

「何で?」

 

「は、はい?」

 

「何でもっと早く教えてくれないのよぉー! この馬鹿兄貴ーー!!!」

 

「待て! 俺は悪くなっぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」

 

「もう! いろいろ話したいことがあったのに、馬鹿ーー!!」

 

「ふ、不条理だぁぁぁ」

 

こうして、また一日が終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、これからは毎日、料理するからな」

 

「え?」

 

「さて、目覚ましを5時にセットして……。お休み、兄さん」

 

「いやぁぁぁぁぁーー!!」

 

 

 

 

 

 




初登場、千冬さんの料理風景でした。

さて、そろそろ小清水さんも学園に来る頃ですね。


ではでは〜。


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27話

「…………」

 

「ここ、いいかしら?」

 

「……あぁ」

 

「どうも」

 

食堂で、一人もくもくと食事を続けていた箒の前方の席に鈴が腰を下ろした。

鈴は飲み物が注がれたグラスを一つ手にしているだけだ。

 

「何か用か?」

 

「そうよ」

 

「ならば、早く用件を言え」

 

「まぁまぁ、そんなに急かすんじゃないわよ。その前に、少し話があるのよ。本題とは別にね」

 

「…………」

 

「ラウラのことよ」

 

箒の目がラウラの名を聞いた途端に険しくなった。彼女もあれから何も考えていなかった訳ではないのだ。

 

「鳳、お前も」

 

「鈴でいいわ。あたしも箒って呼ぶから」

 

「分かった。では鈴、お前も私に不満があるのか?」

 

「別に無いわよ。この話はただの雑談として聞いてくれてかまわないわ」

 

「なら聞くが、私は間違っているか?」

 

「…………」

 

鈴は答えなかったが、かまわずに箒は話し続けた。

 

「相手を打ち倒すことがすべてなのか? 卑怯な手を使っても勝つことができれば、それでいいのか? 殺すことができればそれで……。いや、そんなはずはない。あいつの考えは歪んでいる」

 

「話をする前に聞いておきたいんだけど。あんた、反戦主義者じゃないわよね? 戦争は仕方のないことだと思う?」

 

「……あぁ。対話が無理ならば戦わなくてはならないと思う。残念ながら私は反戦主義者でも理想主義者でもないからな」

 

「そう、そこからじゃなくて安心したわ。じゃ、質問よ。あんたの立場はどこなの?」

 

「何?」

 

「やっぱり分かってないのね」

 

「どういうことだ?」

 

「……あんは、ラウラの言葉に反論したわよね。卑怯な手段で命を奪うべきじゃない、で合ってるかしら?」

 

「当たり前だ。あいつの考えは間違っている」

 

鈴は心底飽きれてしまった。

 

「だから何で、あんたがISを使って、命を奪うことを前提に話をしてるかってことよ一般人。ラウラとあんたじゃ立場が違うのよ」

 

箒の目が大きく見開かれた。

 

「ISは絶対に戦争に使われるわ。最強の兵器を出し惜しむ馬鹿はいないからね。あたしたち軍属の操縦者は命令があれば人を殺すわ。真っ先に戦争にだって投入される。それが仕事で、それを理解して割り切ってるから。……それでも、どんなことをしてでも生き残りたい、死にたくない。それが人間よ。そのことを、あんたにとやかく言われる筋合いは無いわ。ただの詭弁にしか聞こえない」

 

「…………」

 

「ねぇ。あんたは家にある刃物で何をしてた?」

 

「……家族が調理をするときに主に使った」

 

「でしょうね。それが普通だわ。でもね、軍ていうのは不思議な世界なのよ。刃物も人を殺すための道具なの」

 

「しかし、刃物は人を殺せるぞ」

 

「意味がまるで違うのよ。親が子供に刃物は人を殺す道具だって教える? それは結果的に殺せることが分かってるだけ、結果的に殺せてしまっただけ。自然と身につく知識と教育される知識は違うわ」

 

「…………」

 

「刃物も銃も車も航空機もロケットも衛星も……ISも人間すらも、軍が使えばみんな兵器なのよ。敵を殺して仲間を救うことを、ずっと教育される世界。それが力だと言われる世界を、あんたに想像できる?」

 

「……無理だな」

 

「あいつは、ラウラは、そんな世界でずっと生きてきたから、外の世界を知らないのよ」

 

「…………」

 

「あたしは外の世界を知っているから、あんたの言うことも間違いではないと思う。軍人じゃないあたしはね。平和な世界でISを兵器として見ないなら、あんたが正しいのかもしれない。だけど、軍人としてのあたしは、ラウラに賛成してる。あんたの意見は試合でしか通用しないから」

 

箒は何も言わずに鈴の言葉を聞き続ける。

 

「人の身の上話だから詳しくは言わないけど、あいつは特にその力に執着してるわ。自覚があるのかは知らないけどね。……結局、あんたたちがやってるのは着地点のない争いなのよ。言っちゃえば、お互いが気に入らないから、いがみ合ってるだけのガキの喧嘩ね」

 

「ならばどうすればいい?」

 

「勝ちたいの?」

 

「勝ち負けなどないのだろう?」

 

「本当は自分で考えさせたいけど、時間がないから教えてあげるわ。ラウラにあんたの言うISを教えてあげなさい」

 

「それは、どういう……」

 

「あいつは兵器としてのISしか知らないし、殺し合いの訓練しか知らない。だからあんたが、あんたの知るISを教えてやればいいのよ。勝負には勝っても負けてもいい。ラウラに理解させることができたなら、本当の意味であんたの勝ちよ。あたしが保証してあげるわ」

 

言葉にすれば簡単だが、兵器として産み出されたラウラがそれを理解することは容易なことではないだろう。

 

だからこそ、鈴はあえて箒に助言をしたのだ。

 

「なぜ、私にそんな助言をする?」

 

「言ったじゃない。ついで、よ。今からが本題」

 

鈴はまだ中身を飲み終えてもいないグラスを持って椅子から立ち上がった。

 

「あんたの顔を見て分かったわ」

 

「?」

 

「あたしは一夏のことが好き。だから、あんたには渡さない」

 

それは突然の宣言、いや宣戦布告だった。

 

「!?」

 

「それじゃあね。あいつと勝負がしたいなら同じ土俵に引きずりこみなさい」

 

予想外の事態に驚き言葉を失う箒に、背中を向けた鈴は片手を手を軽く振りながら去っていってしまった。

 

「ちゃんとお膳立てはしておいたわよ?」

 

そのつぶやきは誰の耳にも入ることはなく周囲の音に掻き消された。

 

「……というかあいつ、あたしとの約束は……まぁ触れないってことは忘れてるんでしょうねぇ。いいわ、きっちり思い出してもらうから。っと、シャルルが移動してるじゃないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

IS学園の中庭で金髪の貴公子はため息を漏らした。

美しいい花々が植えられた花壇、それを見つめながら、物思いに沈む彼の姿はとても幻想的な雰囲気で周りの者を魅了する。

 

「はぁ……」

 

「何か、悩みごとかね?」

 

「え?」

 

そこには人の良さそうな老人の用務員が立っていた。土の付いた軍手に小さなスコップを持っている。どうやら花壇の手入れをしていたようだ。

 

「いえ、何でもないです」

 

「そうかい? 私には、すごく深刻に見えたが。よければ聞かせてもらえるかな?」

 

「本当に大丈夫です……から」

 

「少しは楽になるかも知れないよ?」

 

「…………」

 

「どうだろうか?」

 

用務員の男性は絶えず笑みを浮かべて優しく諭す。

 

「……友達に嘘をついてしまったんです」

 

答えるべきではないと考えていたシャルルだったが、彼には何とも言えない親しみやすさがあった。

 

「ほぉ。しかし、嘘は誰しもついてしまうものだよ」

 

「酷い嘘なんです」

 

「それなら謝ればどうだい?」

 

「……それができたら、どんにいいか」

 

「良心は痛んでいないのかい?」

 

「痛いですよ。……僕だってそうしたい。僕を友達と言ってくれる人たちを騙さないといけないのは……本当に辛い」

 

シャルルの手に力が入り、上着の裾にシワがよった。

 

「やってしまったことは仕方が無い。時間は戻ってはくれないのだからね。しかし、嘘をついたなら謝ればいい。罪を犯したならば償えばいい。許されない嘘も、償えない罪もこの世には無いよ?」

 

「……僕は」

 

その刹那、こちらへ走って来た少女によってシャルルの言葉は遮られてしまった。

 

「シャルル、ここにいたのね。ちょっと用事があるのよ」

 

「えっ、待って……」

 

「とにかく行くわよ。用務員さん、悪いけど連れて行かせてもらうわ」

 

鈴はシャルルの手を掴むと、そこから走り去った。

 

「ふむ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んふふふ〜。どのヘリがいいかなぁまったく迷ってしまうよ」

 

寮の一室。

ソファーの上に寝転んだ三夏が、分厚いプライベートヘリのカタログをペラペラとめくっていた。

 

「何をなさっているんですか……?」

 

「何だいたのか、ポンコツ」

 

「私はポンコツでありませんし、ここは私の部屋です。どっから持ち込んだんですか、そのソファーとテーブル! 何かテレビもでっかくなってるし!」

 

「二人部屋を一人で独占しているのだから、使っていないスペースがもったいないじゃないか。このソファーとテーブルは、この間、本社に行っているときに業者に運んでもらった」

 

「だからさっきも言いましたけど、ここは私の部屋です! 主が留守のときに何してるんですか」

 

「何とでも言うがいいわぁ〜ふははははは!!」

 

そこへ千冬がお茶を運んできた。今は昼休みだ。

 

「兄さん、小清水さんからクッキーが届いたぞ」

 

「よし、早く出したまえ!」

 

「言われなくても」

 

千冬が紅茶の注がれたティーカップとクッキーをテーブルに並べる。

 

「いつか罰が当たりますからね」

 

「そんなもの私の鉄腕バットで弾き飛ばしてやるわ。千冬君、君はどれがいい?」

 

「右のやつだな」

 

「これか? ん〜、どうだろう。地味じゃないか?」

 

「なら左下のオレンジはどうだ?」

 

「ほぉオレンジねぇ」

 

「いいんじゃないですかぁオレンジ博士」

 

「誰がオレンジ博士だ朝ドラァ、私は悪逆皇帝にご執心の辺境伯ではない!」

 

「はぁ……」

 

「私にギアスの力があれば真っ先にお前にかけてそのアッパラパーの脳回線を正しく繋ぎ直してやろう」

 

「けっこうです! そもそもプライベートヘリを購入したところで、高所恐怖症じゃないですか! まだ潜水艦の方がいいんじゃないですかぁ?」

 

皮肉を込めて杉山が言う。

 

「杉山さん、この人は閉所恐怖症だぞ」

 

「忘れてた。……何にもできないんですね、博士って」

 

「うるさぁーい! ヘリは高所恐怖症を克服したら乗るのだ! 潜水艦を買ったら閉所恐怖症も克服して操縦者するんだぁぁぁー!!」

 

「二つとも買う意味ないでしょ。どうせ克服できないんだから……」

 

「できる! できると言ったらできるのだー! 小清水さんに治してもらうもん!」

 

「あなたは小清水さんを何だと思ってるんですか!?」

 

「素晴らしい万能型使用人だ。どこぞの青狸のような猫型ロボットとはワケが違う」

 

「ドラえもんを馬鹿にしないでください!」

 

「やかましいアンパンマン!」

 

「子供達のヒローをアンポンタンみたいに言わないでください!」

 

杉山の言うとおり、ドラえもんもアンパンマンも子供達に夢を与える素晴らしい存在であることは確かだ。これは断言できるだろう。

 

携帯が音を出した。

三夏は右手で携帯を取り出し通話ボタンを押して耳に当てた。

 

「鈴君か、どうした? ……なぁにぃ? ……そぉかご苦労」

 

三夏は携帯を着ると、指についていたクッキーのカスを素早くはたき落として立ち上がった。

 

杉山が驚くが千冬はただティーカップを片手にテレビを眺めているだけだった。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「老後の趣味と勘違いして影に隠れてドンを気取っているクソジジイに一喝をいれに行く」

 

「だからどこに!?」

 

「突撃隣の用務員室だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たのもー!!」

 

「ちょっ!? 博士!」

 

大きな音を立てて用務員室のドアが開け放たれた。犯人は三夏である。

 

玄関で靴を脱ぐことは見れば分かるはずなのだが、杉山が止めるのも聞かずに、三夏は和風の室内に土足でドカドカと上がり込んだ。

 

年代物の湯飲みで緑茶をすすっていた用務員服の老人の前で足を止めた。

 

「勝手な行動はやめていただけますかねぇ轡木十蔵さん」

 

「やれやれ、騒がしいな」

 

「騒がしくさせているのはそちらでしょうぅ」

 

あまりに老人に失礼な態度に杉山が口を開いた。

 

「失礼ですよ!」

 

「シャーラップ!」

 

三夏は杉山を一蹴した。

 

「お分かりにならないのなら教えて差し上げましょう。シャルル・デュノアに接触しましたね」

 

「あぁ、そのことか……。少し会話をしただけだよ」

 

「その少しが問題なんですよぉぉ。この件はすでにあなたには無関係なことだ。我々に任せていただければ穏便に解決できます」

 

「……何のことかな。私は彼の悩みを聞いてあげただけだ」

 

「聞き出したの間違いではぁぁ?」

 

「さぁね。しかし、利益のために人を救うというのは、いかがなものかな。大切なのは心から相手のことを考える気持ちだ」

 

「ははははっ! その反吐が出るような高説は先日、馬鹿部下から聞いたばかりですし、ご指定いただいた点はノープロブレムです」

 

「…………」

 

「今後はやめていただきますよ。さもなくば……」

 

「なんだい?」

 

「高等教育だけでなく、大学教育までできることは素晴らしいことだとは思いませんかぁ? 雇用も一新して老人が震える体にムチを打って働かなくてもいいようにして差し上げましょう。あのチンケな中庭も豪勢になることでしょうね! あなたは残りわずかな老後を謳歌すればよろしい、ただの老人としてね」

 

「ほぉ」

 

「我々の力はご存知のはずだ。時代は変わった死に損ないにできることは残っていませんよ」

 

「……君たちはどうして力を求める? 過ぎた力をどう使う?」

 

「意味など無い、ただ欲があるだけだ。使い道などその瞬間に考えればいいし用途はいくらでもある。それでは!」

 

「あ、あの……何だかよく分かりませんけど、本当にごめんなさい!」

 

白衣を翻して去る三夏。

杉山は目の前の老人にとにかく頭を下げて三夏を追っていった。

 

廊下。

杉山は三夏から先ほどの老人の正体を聞き目を丸くした。

 

「あの人が……」

 

「あぁ。あんな冴えないしみったれ用務員ジジイだが、この学園の実質的な最高権力者だ。通り名はなんだと思う? 学園の良心、だ。世も末だねぇ」

 

「博士、さっきの話は本気なんですか?」

 

「さっきの話ぃ?」

 

「ほら、大学教育がどうとか……」

 

「そんなもの出任せに決まっているだろう。……いや、改めて考えると我ながら素晴らしい名案じゃないか? ……IS学院大学。一度、買収計画を議会に提案してみよっかなぁ〜」

 

「無茶苦茶ですよ」

 

「無茶が通れば道理など引っ込む。いや、無茶を道理にしてしまえばいいのだよ!」

 

「だいたい博士はISがお嫌いなんでしょ!?」

 

「利用できるモノを利用して何が悪い。私は女尊男卑がクズだと言っているだけだ。女尊男卑を崇拝している女どもなどクズだぁぁ。ぶははははははーー!!」

 

「…………」

 

上機嫌に廊下をスキップする三夏を、杉山は軽蔑に近い眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

 

「あ〜、クッソぉ。あの横分け小僧ぉぉ……ふざけんじゃねぇぞぉぉ……」

 

本日も上司にさんざん振り回された杉山は疲れのあまり職員室のデスクでうな垂れていた。

 

「ゔぁ〜」

 

「はい」

 

コーヒーが差し出された。

 

「あっ。すいません……」

 

「お礼なんていいよ。そうとう疲れてるみたいね。大丈夫?」

 

コーヒーを差し入れた相手。榊原菜月は椅子を引いて杉山の隣に座った。

彼女は部活棟の管理を任されている教師だ。

優しく品行方正、気配りもできて容姿も悪くない。

 

「まぁ、いつものことですから。あの上司に振り回されるのは」

 

「ふーん。……ねぇ、織斑三夏博士ってどんな人?」

 

「……なぜそんなことを聞くんですか?」

 

「いいから、いいから」

 

杉山は三夏の心象を包み隠さず言って聞かせた。

日頃の恨みもあってか、その口調は徐々に強いものになっていった。

 

「とにかく夢も希望も無い人なんですよ!」

 

「へぇ、現実主義者なんだ」

 

「お金に目がなくて、とにかく稼いでるんですよ。あの人はお金がすべてなんです」

 

「つまりお金持ち」

 

「無茶苦茶やってるけど天才だからという理由で許されてるから、すっごいムカつくし!」

 

「頭脳明晰で地位もある。今の時代には珍しい男性ね」

 

「顔なんて女の子みたいで、すっごく女々しくて!」

 

「むさ苦しくなくて、かっこいいと言うより可愛いわよね」

 

「節操が無くて、いろんな女の人と遊んでるんですよ! 信じられますか!?」

 

「モテるんだ。まぁ美形だし仕方ないか」

 

「そして、デリカシーのかけらもない!」

 

「言いたいことは、はっきりというタイプなのね」

 

だんだんと、おかしなことに気がついた杉山は榊原の顔を見た。

 

「…………」

 

「…………?」

 

一瞬の沈黙を経て、杉山は戸惑いながらも口を開いた。

その間も榊原はキョトンとしているだけだ。

 

「あの?」

 

「続けて、続けて」

 

「いや、その……私の言いたいことは伝わってますか?」

 

「十分に伝わってるわよ」

 

本当にそうなのか怪しすぎる。

 

「なんだか美化されてませんか?」

 

「まっさか〜」

 

「なら、一緒に博士の印象を言いましょうか」

 

「いいわよ?」

 

「「せーの」」

 

「最低人間!」

 

「理想の男!」

 

「まるで伝わってなかったー!?」

 

杉山は勢いよく立ち上がると頭を抱えながら天へと叫んだ。大声に周囲の視線は彼女へと一点に集中してしまった。

 

「いやいやあの人はやめた方がいいです!」

 

確かに顔はかっこいい。女顔であることもあの独特な髪型も個性と言えばいいが、彼の性格を良く知っている杉山は猛反対した。

 

「え〜」

 

「断言できますって!」

 

「ん〜。でもぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

「鈴君、あのジジイを徹底的にマークしろ! 老いぼれが出る幕などない。これ以上の老害はごめんだ」

 

三夏はどこから持ち込んだのか、セグウェイに乗って同じ場所で、行ったり来たりを繰り返していた。いつものように暴言を発している。

 

「あたしの体は分裂しないんだけど……」

 

「もちろん報酬はデュノアとは別に出す。これは前金だ」

 

「……毎度!」

 

「頼んだぞ」

 

「任せておいて、博士」

 

始めは渋っていた鈴だったが手渡された封筒の中身を片目を閉じて確認すると、途端に笑顔になり、それをポケットに押し込んだ。

 

「千冬姉、飲み物は?」

 

「あぁ。すまんな、一夏。ビールをもらおう」

 

「はいよ」

 

「嫁よ! オレンジジュースをくれ!」

 

「ほら」

 

「ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

「一夏に鈴君、ジジイの妄言がデュノアに少しばかり影響を及ぼしている可能性があるが、柔軟に対応してくれたまえ」

 

「了解」

 

「おう。あ、三夏兄は何飲む? ビール? ワイン?」

 

「ワインだ」

 

食卓はワイワイと賑やかだ。

彼らはあまり夕食を食堂でとることがない。仕事の話やプライベートの話をするのには、こちらの方が、周りに気を使わなくてすむし楽だ。自然とこういう形になった。

 

いつもの食事風景だ。

すべて普段どおりだ。

 

「……ここ私の部屋なんですけど」

 

杉山の小さなつぶやきも、ため息も、誰も気づくことはない。

これも、いつものことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

「なんだこれは?」

 

「見てのとおり、人が入れるサイズのロッカーだ」

 

「だから、なぜ?」

 

「閉所恐怖症の克服に協力しようと思ってな、親孝行だ」

 

「……ならば高所恐怖症は?」

 

「私がISで兄さんを抱いて飛ぶんだ。簡単だろ?」

 

「…………」

 

「さぁ、どちらからやる? 決めてくれ、兄さん」

 

「どちらもやるわけがないだろぉぉ! とっとと片付けろ、この親不孝者めぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




近いうちにISの試合ですね。
学年別トーナメント、ですか……。戦いを書くのは苦手です(汗)

うん、頑張って書こう!



榊原先生は一発ネタにするのか継続していくのかは、今のところ未定です(^^;;

ではでは〜。


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番外編?

 

 

 

 

とある民家の前。

 

いかにも獰猛そうな大型犬が少女の手首に噛み付いた。

少女は必死に引き剥がそうと腕を振るが所詮は少女の力だ。どうやっても無理である。それどころか犬の牙はさらに深く食い込む。

 

「痛い! 放してよ! 誰かぁぁ助けてぇぇー!」

 

表から聞こえた悲鳴に少女の母親と見られる女性が気づき慌てて家を飛び出した。

娘の下へ駆け寄ると、牙をむいている犬めがけて持てきた日傘を振りかざした。

 

日傘は犬の右目を直撃した。

よほどの力であったのだろうか、犬の右目は潰れ、民家の中にある犬小屋へと逃げ込んでいった。

 

「優奈ちゃん、大丈夫!?誰かー!救急車を呼んで!」

 

そのとき民家から住人の中年男性が飛び出した。

 

「だ、大丈夫ですか!?どうしてこんな……」

 

「あなたねぇ!犬の躾けぐらいしっかりしときなさいよ!」

 

母親は少女の手首にハンカチを巻き止血をしながら怒鳴り散らす。

 

「も、申し訳ございませんでした!!」

 

住人の男はただ頭を下げることしかできなかった。

 

「きっちり責任はとってもらうから覚悟しておきなさいよ!!」

 

その一週間後、愛犬の殺処分要求と慰謝料と損害賠償を合わせた1500万円が男に突きつけられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは仕方がないんじゃないですかねぇ実際あなたの愛犬が女の子に噛み付いたのは事実ですし。妥当な判断だと思いますがね」

 

古美門は事務所の応接室で紅茶を飲みながら佐々木という男の話しを聞いていた。横の席にはお盆を手にした服部と黛の姿がある。

 

「でも納得いかないんですよ!」

 

「納得いかないとは?」

 

「あの日は確かにジョンを」

 

「ジョン?」

 

「私の愛犬の名前です」

 

「あぁ、なるほど。話しを戻していただいてかまいませんよ」

 

「あの日は確かにジョンをリードに繋いであったんです! 玄関の門も閉めてありましたし、ジョンが路上であの娘に噛み付くなんてありてないんですよ」

 

佐々木は拳に力をいれながら力説する。

 

「それを相手側に話してみてはどうです?」

 

「話しましたよ! しかし、彼女たちは取り合ってもくれなかった。謝罪しろ、金を払え、犬を殺せ、の一点張りで……」

 

それを聞いていた黛が前に出る。

 

「そんな、こちらの主張も聞かずに酷い…………。先生、助けてあげましょうよ」

 

「嫌だ。私はこんな仕事は受けない。動物裁判などゴミ屑以下だ」

 

古美門は紅茶を飲みながら黛の言葉を一蹴した。

 

佐々木が口を開いた。

 

「もしも私を助けていただければ彼女たちに支払う1500万を、全額お支払いいたします」

 

古美門の顔色が変わった。

 

「佐々木さんジョンの犬種は?」

 

「シェパードです」

 

「大型犬ですねぇ訓練所に預けましたか?」

 

「はい。子犬の頃に」

 

「では、人に噛み付くことなどあり得ないと?」

 

「はい。ありえません」

 

「分かりました。3000万で手を打ちましょう」

 

「さ、3000万!? そんな大金はとても……」

 

「半分の1500万は成功報酬でかまいません。相手からふんだくってやりましょう」

 

佐々木はただ首を縦に振ることしかできなかった。

 

「黛君! ただちに書類作りを始めたまえ愛犬ジョンを救おうじゃないか! 佐々木さんご安心くださいこの正義の弁護士古美門研介が必ずや救って差し上げましょう」

 

「よろしくお願いします!」

 

古美門は人差し指を立てた右手を突き上げ、笑顔で宣言したのだった。

 

都合よく正義を語る古美門に黛は呆れながら眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内某所に建てられた巨大ビル。そこの看板には三木法律事務所と書かれていた。三木長一郎が所長を務める日本有数の大事務所である。

 

所長室のソファーには、テーブルに脚を投げ出して我が物顔で腰を据える古美門と礼儀正しく背筋を伸ばして座る黛の姿だあった。

二人の前には、不貞腐れた表情でケータイをいじくる中学生少女と、いかにも親馬鹿という雰囲気を垂れ流した女性がいる。

母親の山下水菜と娘の優奈である。

 

双方の間を挟むように仏頂面の三木、その右手には三木の秘書である沢知君江、彼女はいつも美しい顔に怪しげな笑みを浮かべている。

左にはイケメンの新人弁護士で、三木を尊敬している井手孝雄がいた。

 

沈黙が続いていた刹那、ついに三木が口を開いた。

 

「こちら要求は以前と変わらない。慰謝料と損害賠償、合わせて1500万円の支払い。そして獰猛な危険動物の殺処分だ。これは山下さんの良心だ。普通であれば刑事裁判になってもおかしくはない」

 

「その要求は受け入れられません。佐々木さんは、確かにジョンのリードは止めていたとおっしゃっていました」

 

普通の会話がいやにトゲトゲしい。三木長一郎と古美門研介の仲は最悪なのだ。まさに犬猿の仲と言っていいだろう。

 

古美門を、いかなる犠牲を払っても地獄へ落とす、それが三木の生き甲斐であり、使命だそうだ。彼はそれを、自分への贖罪と言う。

 

「ジョン?」

 

「犬の名前です。少しは資料をお読みになったらいかがですか? ちなみに玄関の門が開いていたのも納得がいかないと」

 

黛も古美門に続く。

 

「今回の事件は不明な点が多すぎます。もう一度、双方の話し合いをきちんとしてから……」

 

バン! と大きな音を立てて水菜が立ち上がった。かなり興奮しているようである。

 

「ふざけんじゃないわよ! 何が納得いかない、ですって!? 現に私の大事な優奈は傷ついたのよ! だいたい何であいつはいないのよ!」

 

ヒステリックに騒ぎ立てる。

 

「落ち着いてください。佐々木さんはお仕事があって……。とにかく良く話し合いをしましょう。ね?」

 

「裁判よ! 三木先生、どうかよろしくお願いします」

 

三木の腕にまとわりつく水菜。

 

黛の言葉も虚しく事の流れはどんどん悪い方向へ向かってゆく。

 

「では、裁判所でお会いしましょう! ぐうの音一つ出ないほど叩きのめして差し上げます。帰るぞ黛!」

 

古美門が決定的なトドメを刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古美門邸。

 

食卓には豪勢なイタリアンが並べられていた。

事務員である服部のお手製でどれも美味しそうだ。

 

「相手側の言い分は全面的に認めないんですか?」

 

「当たり前だ認める意味が分からない。あんなモンペ予備軍の馬鹿親と365日永遠とスマフォをいじくり倒してるバカッター予備軍の言い分などどうせ都合が良く捏造されているはずだ」

 

「……佐々木さんにも過失があったのかもしれませんし」

 

「早く成長しろオタマジャクシ。例えこちらに過失があったとしても依頼者の望んだ通りに解決するそれが我々、弁護士の仕事だ」

 

「…………優奈ちゃんは怪我をしているんですよ」

 

「傷が残るほどの怪我ではない」

 

「心にも傷を負っているはずです!」

 

「それは佐々木さんも同じだ。独り身で今まで家族同然に暮らしてきたジョンがある日突然、右目を奪われ病院送りにされたんだからな。相当なショックだったに違いない。いいか、いちいち相手に同情などするな心を叩き壊すつもりでいけ。それが裁判というものであり弁護士というものだ」

 

そう言って古美門はピザに噛り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一回口頭弁論。

 

「それにしても、また三木先生と当たるとは思いませんでしたね……」

 

「恐れることなど何もない。徹底的に叩き潰してやる」

 

こうして裁判は幕を開けた。

 

「これがジャーマン・シェパード・ドッグです。警察犬などにも多く採用されている犬種で大変獰猛であります。優奈さんは帰宅途中、佐々木さん宅の前で突然、この犬に襲われたのです。なんと恐ろしかったことでしょう! 幸い母親である水菜さんの迅速な対応により、大事に至ることはありませんでした。しかし! 優奈さんは心に大きな傷を追ってしまったのです。これは明らかに佐々木さんの過失であります。よって被告に慰謝料と損害賠償、計1500万円の支払い、並びにシェパードの殺処分を要求するものであります。以上です!」

 

三木はシェパードの映像が映ったモニターの前で、わざとらしいジェスチャーを交えながら熱弁し席へと戻っていった。

 

「被告代理人」

 

裁判長の指名とともに古美門が立ち上がり前へと歩み出た。

 

「原告代理人は、突然襲われた、とおっしゃいました。しかし、そのような可能性はかなり低いと考えられます。シェパードとは先ほど原告代理人が述べたとおり警察犬などに多く採用されている、つまり頭が良く人間への忠誠心も高い。そして佐々木さんは愛犬をまだ子犬の頃に訓練に出しています。よく調教されていたのです。よほどの事がない限り人を襲う事など無いのです。なぜそのような行動に出たのかは分かりませんし、犬に聞いたところで返事が返ってくるはずもありません。よって私はこう推測いたしますジョンはただじゃれていただけではないか、と。リードにつきましても、佐々木さんは常に点検をしていました事件当日も例外ではありません。今までリードが外れたこともなかった。ちなみに玄関の門には注意を促すシールも貼っていました。よって佐々木さんに過失があったとは言いづらい」

 

「だから怪我をしていても許されるというのか!」

 

三木が指をさしながら声を張り上げる。

 

「原告代理人は静粛に! 被告代理人、続けてください」

 

「友達とじゃれあって怪我をしても許される。だが、犬は許されない。それどころか殺してしまえと。裁判長これはいかがなものでしょうか。これは不幸な事故なのです。佐々木さんに罪は無く落ち度も決してありません無論心優しき忠犬ジョンにもです!」

 

「ジョンとは?」

 

「犬の名前です裁判長! 原告の請求は即時棄却されることを望みます以上!」

 

黛はガッツポーズを掲げ、古美門は椅子に浅く腰掛けながら頷いたのだった。

 

そんな二人を三木は睨みつけていた。

 

被告本人尋問も行われ、この日の裁判はつつがなく終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまぁー!」

 

服部の手料理を食す時間は密偵の加賀蘭丸にとって至福のひと時だ。

 

「あ、これ。頼まれてた資料ね。先生の言ってたとおり、山下優奈の評判はあんまり良くないよ。まさに親馬鹿の子供って感じかな」

 

「ご苦労。今回の報酬だ」

 

資料の入っていると思われる大きな封筒と引き換えに、古美門は蘭丸に茶封筒を手渡した。

 

「毎度!」

 

「引き続き探ってくれたまえ」

 

「了解、任しといてよ。服部さん、今日も美味しかったです。ご馳走様でした!」

 

「それはそれは。またいつでも」

 

「それじゃ! 加賀蘭丸、これにてドロン」

 

蘭丸は帰り際に服部に声をかけ、風のように去っていった。

 

「こりゃあ楽勝かもなぁー!!」

 

古美門は笑顔で櫃まぶしを口に掻き込んだ。

 

「確かに、裁判員のみなさんはこちらの言い分にも理解を示してくれているとは思います」

 

黛も出汁をかけた、それを美味しそうに頬張っている。

 

「守りに徹すれば、いけるかも知れませんね」

 

「は?」

 

「え? 何ですか、その顔は……」

 

「なぜ守りに徹する必要がある。裁判は戦いだ守るだけでは敵を打ち倒すことなどできない!」

 

「まさか反訴するんですか!?」

 

反訴とは、民事裁判においての被告が、口頭弁論終結前に同じ裁判の中で、原告を相手方として新たに提起する訴えのことをいう。

つまり、この制度を用いれば、関連する紛争の解決を一つの裁判手続の中で行うことができるのだ。

 

彼が反訴に踏み切ったのには明確な自信があった。先日、佐々木が事務所を訪れた際に持ってきた物。それは、一枚のハンカチだった。可愛らしい模様があしらわれており、女子中学生が好む代物に違いなかった。佐々木曰く、事件が起こる数週間前に庭で、それも犬小屋の近くに落ちていた物だそうだ。反訴を提起する理由としては申し分無い。

 

「少しは頭を使うようになったなオタマジャクシ。その通りだ、逆に慰謝料を踏んだ食ってやる」

 

「だから1500万は成功報酬でいいって……! これ以上の争わせて何の意味があるんですか!? お金がすべてですか!」

 

「この世に金で解決できないことなどありはしない。強いて言うなら君のオッパピーな脳ミソだけだ」

 

「勝利をお金で買うと?」

 

「その通りだ」

 

「お金では買えない物も沢山あります」

 

「例えば?」

 

「い、心とか、人と人との繋がり、絆とか! ……何物にも変え難い、大切だと感じる物です!」

 

どもりながらも必死に浮かんだ言葉を口にしてゆく。

 

「ふん! どれもこれもくっだらなぁーい。が、覚えておくといい。その大切な物を守るのためには金がいると言うことをな」

 

「…………」

 

「理想も現実もすべては金だ。それを基盤に成り立っているのだ! わはははははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裁判所。

 

「新たな証拠の提出を認めていただき、ありがとうございます。我々は前回の主張を一部、撤回したします」

 

冒頭で古美門は裁判長にそう告げた。

 

「と言うと?」

 

「はい。前回同様、佐々木さんにはまったく非はありません。むしやろ非があるのは原告側だ。原告、山下水菜の娘、山下優奈さんは佐々木さん宅にに侵入し、あろうことかジョンを連れ去ろうとしたのであります! いきなり侵入してきた優奈さんにジョンはもちろん抵抗したでしょう。これは紛れもなく正当防衛であり、佐々木さんにもジョンにも罪はありません。結果としてジョンは右目を失明しました。よって原告を相手取り名誉毀損、損害賠償、慰謝料、合わせて1500万円を請求する反訴申し立てを提起いたします!」

 

法廷が一気にざわつく。裁判長は慣れた手付きでそれを静めた。

 

法廷のディスプレーには証拠の映像が次々に流された。

 

証言1。

 

『優奈はさぁ、何でも自分の思いどうりにしないと気が済まない性格なんだよね』

 

証言2。

 

『欲しい物はすぐにお母さんにねだっていました。iPhone5も発売日に手にいれてたし……。スマフォの機種変更したばかりなのに』

 

証言3。

 

『他人を見下してるっつうか、自己中つうか……まぁ、性格は悪いっすよ。あ、こないだも犬を飼いたいとか言ってたんすよ。それがダメだったみたいで、ボロクソ言ってました。とにかく酷いんすよ俺なんか比べものにならねぇぐらい。良く母さんに対してあんなこと言えるなぁって思いましたよ。本当に性格悪りぃっすよね』

 

『ありがとな』

 

『いやいや蘭丸さんの頼みなら断れないっすよ。気にしないでくださいっす』

 

ここで映像は終わった。

 

「裁判長、ご覧の通り山下優奈はクソガキです!」

 

「被告代理人」

 

「すみません。訂正したします。脳ミソの代わりにポップコーンが詰まっている世間を舐め切った立派な子供、以上です!」

 

古美門はズカズカと椅子に戻った。原告席の三木は笑っているだけだ。

 

「原告代理人」

 

「はい。それでは証人尋問を行います。……しかし、山下優奈さん本人ではなく、坂口咲さんに証人として出廷していただきました」

 

黛が目を見開き古美門の腕を引っ張った。

 

「誰ですか坂口咲って!? 山下優奈さんは!?」

 

慌てふためく黛の腕を引き剥がし古美門が立ち上がった。その顔に表情は無かった。

 

「裁判長、事前申請されていない証人です。認められません」

 

「うむ。原告代理人、どのような証人ですか?」

 

「はい。本件の事実を知る、極めて重要な人物です。どぉか! 認めていただきたい!」

 

「山下優奈さんは?」

 

「彼女はまだ未成年です。これ以上、傷つけたくはありません。裁判長、どうか!」

 

三木はやはり大振りなジェスチャーで裁判長に懇願した。

 

「分かりました。許可します」

 

 

 

 

証人尋問。

 

「坂口咲さん、先月の11月2日の午後4時頃、あなたは何を見ましたか?」

 

三木は証人席の周りを歩きながら、大学生の女性に問いかけた。

 

「女の子が犬に襲われていました」

 

「どのように襲われていましたか?」

 

「飛びかかられていました」

 

「じゃれあっているように見えましたか?」

 

「いいえ。まったく、そうは見えませんでした」

 

「女の子は恐怖に怯えていた?」

 

「はい。泣いているように見えました」

 

「ありがとうございます。以上です」

 

三木は勝利を確信したのか、大笑いしそうな自分を必死に抑え込み、古美門を一瞥したのだった。憎き敵を倒すことがてきたのだ、当然だろう。

 

「勝ったぞ、ついに勝ったぞ。こぉみぃかぁどぉ……くくく」

 

勝ち誇った表情のまま。

 

「せ、先生……」

 

「…………」

 

弱々しい黛の言葉。古美門は機敏な動きで椅子からずり落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、住宅街に怒号が響き渡った。

 

「お前のせいだぞぉぉぉ!!」

 

「何でですか!? 私、何もしてませんよ!」

 

「何もしていないなら何か役に立つことをしろ!! お前に巻き込まれて私の連勝記録にストップがかかってしまいそうなんだぞ! あぁこんなゴミ屑以下の訴訟で私の輝かしい記録に泥を塗るなんて悪夢だぁぁぁぁぁぁ!」

 

「まだ負けたと決まったわけではありません!」

 

「うるさいクソがに股女! 絶対負けちゃったもん! 負けちゃったんだもん! うわぁぁぁぁん服部さぁん」

 

まるで子供のように服部に抱きつく古美門。

 

黛はため息をつくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黛は静まり返った事務所で一人、もくもくと裁判の書類に目を通していた。

 

「あ」

 

一枚の書類に証人、坂口咲の写真を見つけた。

 

「あれ。眼鏡かけてたんだ……」

 

ふと気がつけば、時刻は12時になろうとしている。黛は腕を挙げて固まった体を伸ばした。

 

「お疲れ様です」

 

どこからか服部が現れ、テーブルに紅茶の注がれたティーカップを置いた。

 

「あ、服部さん。まだ、いらしたんですね」

 

「はい。料理の仕込みに思いのほか手間取ってしまいまして。いやはや、細かな作業をすると目が疲れてしまいます」

 

「細かな作業って?」

 

「魚の骨抜きでございます。毛抜きを使って一本一本」

 

「大変ですね」

 

「いえいえ、そんなことは。黛先生こそ、小さな文字をお読みになっていますな」

 

「やっぱり視力が悪くなりますかね……。眼鏡やだなぁ」

 

「なぜです?」

 

「いや、あれって慣れない人はいつまで経っても慣れないんですよ。そう考えるとやっぱりうっとおしい…………」

 

黛の言葉が止まった。

 

「黛先生?」

 

「服部さん!」

 

「は、はい」

 

「ありがとうございます! 本当に!」

 

「お役に立てたようで……」

 

勢いよく立ち上がった黛は服部の手を握りしめて頭を下げたのだった。

 

「先生ー!! ちょっと起きてください! 分かったんですよぉー」

 

「何時だと思ってるんだ馬鹿女ぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂口咲、証人尋問。

 

黛は気を引き締め直して事に臨んだ。三木の威圧に潰されないように、気をしっかり保つ。

 

「坂口咲さん。あなたはジョンが」

 

「ジョン?」

 

「失礼、犬の名前です」

 

「あぁ」

 

「では、質問を続けます。あなたはジョンが優奈さんに襲いかかった現場を目撃した。間違いありませんね?」

 

「はい」

 

「距離はどの程度、離れていましたか?」

 

「詳しくは分かりませんけど20メートルは無かったと思います」

 

「はっきりと襲われているところを目撃されたんですね?」

 

「裁判長、質問の意味が分かりません」

 

「とても重要なことです」

 

「……被告代理人は続けてください」

 

「ありがとうございます」

 

三木の意見は却下された。

 

「確かにその距離であればしっかり見えます。……目が悪くなければ」

 

「!?」

 

「最近では視力が低くても日常生活で眼鏡やコンタクトを使わない若い方も増えています。理由は、ダサい、うっとおしい、別に不便では無い、目が充血して痛い、など。あなたもその一人なのではありませんか?」

 

「その……」

 

「文字を読む時にしか眼鏡は使ってませんよね?」

 

「……こ、コンタクトを」

 

「坂口さん、調べれば分かってしまうことなんですよ?」

 

坂口の表情が途端に曇り、目が泳ぎ始めた。三木も苦い顔をしている。

 

「もう一度、お聞きします。あなた、近視ですよね?」

 

「……そ、そうです」

 

「視力は両目とも1ありませんね?」

 

「…………」

 

「本当の事をおっしゃってください」

 

「……0.3です」

 

「事件を目撃したとき眼鏡はかけていましたか?」

 

「……か、かけて…なかった、です」

 

原告の代理人席から舌打ちが聞こえてきた。水菜も爪を噛んでいた。相当イラついているようだ。

 

「私からの尋問は以上です」

 

黛は大きく空気を吐き出した。彼女は賭けに勝ったのだ。

 

「では、続いて当事者である山下優奈の尋問でよろしいですね?」

 

手を顔の前で組んだ古美門が、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当事者、山下優奈への尋問。

ここからは古美門のターンだ。

 

「山下優奈さん。あなたは道を歩いているときいきなり噛みつかれた、と証言していますね?」

 

スーツの乱れを直して前ボタンを閉めた古美門は山下優奈の立つ証人席へと歩み寄った。

 

「そうだけど」

 

「それは事実ですか?」

 

「そうだよ。何、あたしが嘘言ってると思ってるんですか? ちょーウケるんだけど」

 

「優奈さん、あなたは佐々木さん宅から犬を連れ出そうとしたんじゃありませんか?」

 

「は?」

 

「どうです?」

 

「馬鹿馬鹿しい〜。意味わかんない」

 

最近の若者によく見る、ウザイを表す表情だ。完全に不貞腐れている優奈をスルーして古美門は質問を続ける。

 

「あなたはこう言っていたそうですね。マジ犬が飼いたい、でも親が許してくれないウザイ。アレルギーとか知らねぇよマジ死ね。よくもまぁここまで語彙力ない減らず口を叩けるものです。ヘキサゴンのおバカメンバーだってここまで酷くはありませんでしたよ?」

 

「喧嘩売ってんの!?」

 

「裁判長!」

 

優奈に混じって原告席の三木も抗議をする。

古美門は即座に質問を変えた。

 

「質問を変えます。このハンカチ、あなたの物で間違いありませんか?」

 

「…………そうでぇーす」

 

「これは事件の起きる数週間前に佐々木さん宅の庭に落ちていた物です。なぜ、あなたのハンカチが?」

 

「知らないわ」

 

「あっれぇおかしいですねぇ」

 

「何よ?」

 

「家の近くで落とした」

 

「っ!?」

 

「あなたは友人にそう言ったそうじゃないですかぁ」

 

「何でそれを……」

 

「ご友人が証言してくれましたよ。人なんて簡単に信用するもんじゃありません」

 

「あ、あいつ」

 

「何であなたはハンカチを落とした場所に見当がついたんですかぁ? 答えられないのなら私が教えて差し上げましょう。数週間前にもあなたは佐々木さん宅に侵入ししたんだ。犬を連れて行くつもりだったのか、下見のつもりだったのかは分かりませんが、このハンカチはそのときに落ちた物に違いない!! あなたはそう考えてしまった。だから近所に落としたと言ってしまったんだ」

 

「誘導尋問だ!」

 

三木の異議は瞬く間に裁判長によって却下された。

 

「却下します」

 

三木の横槍も古美門の計算の内だった。

 

「もう一度聞きます。なぜハンカチを近所に落としたと判断することができたをんですか?」

 

「い、家に帰ったら無かったから」

 

「では、なぜこのハンカチは佐々木さん宅の庭にあったのでしょう。ちなみに学校では探していませんよね? 職員に届けも出していない。かなり気に入っていたらしいのに。やはり、あなたは思い当たる節があったんだ!」

 

「うっせぇな! 知らねぇよ!」

 

怒鳴り声に動じることもなく、古美門は笑みを貼り付けたまま捲し立てる。

 

「あなたは今まで望めばどんな物だって与えられてきた。しかし、今回は駄目だと言われてしまった。我慢ならなかったことでしょう、今までどんな物でも買ってくれたのに! 何で駄目なんだ、なんで、なんで、なんで、なんで! ふざけるな、私は犬が欲しいんだ! あぁもうどんな犬だっていい! だから他人の犬をとってしまおう、そうしよう!」

 

「飼えない……」

 

「何ですって?」

 

「何で他の奴が飼えてあたしが飼えないのよ!! おかしいじゃない!!! あの馬鹿犬も餌までやったのに襲ってくるなんて!」

 

ついに優奈が折れた。古美門の質問で募った怒りが優奈の口からぶちまけられる。

 

「住居侵入罪、窃盗、器物破損、これは立派な犯罪ですよ?」

 

「くっ……」

 

「しかし、ここで言っても仕方がありません。佐々木さんも被害届を出すつもりは無いそうです。良かったですねぇ。歪んだ性格に犯罪歴のオマケがつかなくて」

 

優奈は何も言わずうつむき震えていた。それが恐怖なのか怒りなのかは判断できなかった。

 

「んふふふ〜。裁判長、私からの尋問は終わります」

 

そう言う古美門の目線はしっかりと三木を捉えて外れることはなかった。

三木の顔は悔しさに歪み、憎悪に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三木法律事務所。所長室。

 

三木は拳に力を込め、怒りを抑えていた。彼の後ろから、そっと沢知が寄り添う。

 

「必ず奴を地獄へ落とす……」

 

「はい。それが出来るのは三木先生の他にいませんわ」

 

沈黙が部屋を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

「また勝っちゃったぁ! 敗北というものを教えてもらいたいねぇはははははは!!」

 

古美門に黛、蘭丸に服部を交えて古美門邸はすっかり祝杯ムードに包まれていた。

 

テーブルは、酒や料理と大にぎわいだ。

 

「さっすが先生、やっぱり強いねぇ」

 

「さすがでございます」

 

「当たり前だぁ私は最強の弁護士、古美門研介なのだからな」

 

その中で黛一人だけが納得していないようだった。

 

「優奈さん、学校を変わることになったそうです。周りからイジメまがいの事をされたようで……」

 

「今までのツケが回ってきただけだろう。世間の非情さと自分の愚かさを思い知るといい少しはマシになるだろう。まぁ馬鹿は治らないだろうけどねぇー」

 

「だけど、あんなに大騒動にしなくたって勝てたんじゃ……」

 

「同情かぁ? 敵を再起不能にしたんだ何も問題は無い」

 

「あちらに非があった事は明白ですけど、やっぱりやり過ぎだと思いますよ」

 

「…………」

 

「何ですか?」

 

「ハンカチ」

 

「ハンカチ?」

 

「なぜ佐々木は数週間も前の物を処分しなかったと思う」

 

「……さぁ」

 

「だからお前は勝てないんだよ。シェパードは主に従順な忠犬だ。おまけに知能も高い。そして、山下優奈は幾度となく佐々木の家の近くでチャンスを伺っていたはずだ。佐々木が気づいていたとしてもおかしくはないだろう。そこから導き出される結論は?」

 

古美門の言わんとしている事を察して黛の表情が凍りついた。

 

「まさか、優奈のとる行動を分かっていて、あえて襲わせた?」

 

「筋は通るな。しかし、証拠は一つも無い」

 

古美門は笑顔で平然と食事を続けている。

 

「あなたは、それを知っていて!!」

 

「間違えるな。我々の仕事は依頼人を勝たせる事だ」

 

いつものごとく一蹴された。

 

「…………」

 

「早く手足をはやせ、ポンコツオタマジャクシのガニ股無能女ぁぁぁぁぁー」

 

「むきぃぃーーー!!!」

 

黛は頭を乱暴に掻きむしったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リーガル・ハイは、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました』

 

リモコンによって、テレビの電源が落とされた。

 

「ふぁ〜。さて寝るか」

 

「そうだな。よし部屋に帰ろう」

 

三夏と千冬はパジャマ姿でソファーから立ち上がると、同じタイミングで伸びをした。

 

「あの、わざわざ私の部屋でドラマを見るのはやめていただけませんか?」

 

「なぜ?」

 

「何でもです! それにこのドラマのキャラはあんまり好きじゃありません」

 

ノートPCで書類作りをしていた杉山が言う。

 

「まったくもって痛快なドラマじゃないか」

 

「どこがですか」

 

「君は、自分の考えを真っ向から否定し木っ端微塵にされる気がして嫌なのだろう?」

 

「…………」

 

「図星かぁ?」

 

「し、知りません! もう!」

 

千冬が玄関の扉を開けた。

 

「杉山さん、頑張ってくださいね。風邪をひかないように」

 

「あ、うん。ありがとう、千冬ちゃん」

 

千冬の声に杉山も返事を返した。

 

「まぁ何でもいい。さっさと書類作りを終わらせたまえ夢物語のドロシー君!」

 

三夏は高笑いを残し自室へと戻っていった。

 

「むぅかぁつぅくぅーー!!!」

 

一人残された杉山は三夏への鬱憤を晴らすためか髪をワシャワシャと掻きむしったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上です。

僕は専門家ではないので法的解釈があっているのかは分かりません(^^;;
雰囲気だけで楽しんでいただければ幸いです。

※お好きな場面でリーガルハイのテーマを流してみるのもいいかも知れません(笑)。YouTubeで調べれば簡単に出てくるはずなので。


さて、箒の挽回試合はどうなることやら……。

ではでは〜。


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第28話

予想もしていなかったことが起きたことはあるだろうか?

何でもいい。

無くしたはずの物が考えもしなかった場所から出てきたり、数日前に会った友人が事故で亡くなってしまったり、度合いは違えど、思い当たる節はあるはずだ。

現実は小説よりも奇なり、である。

 

「なぁんでこんな所でファイアーマンが出てくるのよ!」

 

「はぁやぁくぅしぃろぉよぉー」

 

「一夏、うっさい! まだ死んでないし、エリザベスを助けるのはあたしの役目なの!」

 

「あ、死んだ」

 

「NOー!!」

 

仲睦まじくゲームに熱中する鈴と一夏。シャルルはそんな二人を微笑みながら見つめ、素直に羨ましいと思っていた。

 

「次はシャルルだな」

 

一人プレーのゲームをみんなで楽しむための常套手段。死んだら次の人へパス。

 

「僕、ゲームってあんまりやったことがないから、上手くできるか心配だよ……」

 

戸惑いながら、コントローラーを受け取るシャルル。

 

「大丈夫だ。銃で敵を撃てばいいのさ」

 

「簡単に言うなぁ……」

 

「こいつはやり込んでるのよ」

 

「その通り。トロフィーもすべて手にいれたしな」

 

「す、凄いね。というか、何てゲームだっけ?」

 

ゲームディスクが収められていたプラスチックケースには『バイオショック・インフィニット』と書かれていた。一夏が弾から借りてきたものだ。

 

「二人はこう言うの好きなの?」

 

「まぁな〜」

 

「RPGよりか手軽だし、昔はよくやってたわ」

 

「へ〜」

 

こうして時間は過ぎてゆく。

気がつけば、3時間も熱中していた。

 

「それじゃ、あたしは部屋に帰るわ」

 

「おう」

 

「じゃあね、鈴」

 

鈴を見送った一夏とシャルルは、ゲーム機の片付けを始めた。

 

「よいしょっと」

 

ゲーム機を棚へと戻す一夏。

 

「一夏。はい、ディスク」

 

「悪いな」

 

「いいよ。あっ……」

 

渡しそびれたプラスチックケースが床に落ちる。その弾みでケースが開き、中のディスクがの棚の下へと入ってしまった。

 

「ごめん!」

 

「いいって。ん〜、どこ行った? かなり奥か」

 

「取れそう?」

 

棚の下の隙間を覗く一夏の裏からシャルルが申し訳なさそうに言った。

 

「大丈夫。ちょっと棚をずらすのを手伝ってくれ」

 

「分かった」

 

これがいけなかった。

予想外の事態が起こる10秒前。

 

「せぇのぉ!」

 

「ん〜!」

 

二人がかりで棚をずらすために力んだその刹那。

 

布の避ける音と何かが千切れる音が響き、シャルルの胸が跳ね上がった。ボヨン! と効果音が脳内で補完されほど見事な跳ね上がりだった。

ジャージ越しでもしっかりと胸が確認できる。

 

「は?」

 

「え?」

 

二人の視線が揺れる胸へと集中する。まだ、起きた出来事を理解できていないようだった。

 

「…………」

 

「え、え、ちょっと待って……何で……え、え?」

 

固まる一夏と焦りまくるシャルル。

 

「き、き、きゃ……」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

「ひゃっ!?」

 

自分の悲鳴を遮った一夏の叫び声。シャルルは、それに対して小さな悲鳴をあげてしまったのだった。

 

胸の圧力に負けてコルセットが引き千切れるなど、誰が予想できただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、そのCカップを必死に押さえ込んでいたオルコット……じゃなかった、コルセットさんがお亡くなりになったわけだが……。寿命だったんだろうな。いやぁ羨ましいー!」

 

「い、一夏?」

 

「はっ、消えろ俺の煩悩! 治れ脳回線!!」

 

「えっと、大丈夫?」

 

「問題無し、今、落ち着いた。さぁ、何から話そうか。シャルロット・デュノア」

 

頭を抱えながら同じ場所で行ったり来たりを繰り返していた一夏だったが、シャルルの言葉でようやく我に返り、自分のベッドへと勢いよく腰掛けて場を仕切り直した。

 

本名を知られていることに、シャルロットは目を見開いた。

 

「……ねぇ、一夏は知ってたの?」

 

「あぁ、ちなみに鈴もラウラも知ってる」

 

「そうなんだ。僕、何だが馬鹿みたいだね」

 

「…………」

 

「実家の方からそうしろって言われたんだ。理由は分かってるよね?」

 

「欧州統合防衛計画、イグニッション・プラン」

 

「うん。その次期主力機である第三世代型をデュノア社は開発できていないんだ。ISの開発権が剥奪されるのも時間の問題だった」

 

つまりシャルロットはデータ採取と会社の広告塔の為に男装することを強いられたのである。

 

「僕はね、妾の娘なんだよ。母が死んで仕方なく父に引き取られて、ISの適正値が高かったから利用されてる。本宅にいったときにね、本妻の人から酷く叩かれたんだ。こいつが泥棒猫の娘か! って。それを聞いたときには驚いたよ。何も知らなかったから……」

 

これも一夏は知っている。前に渡されたシャルロットの資料には、恐ろしいほどに細かなことが書かれていたからだ。

 

「…………」

 

「一夏たちを騙していたことも謝るよ。本当にごめんなさい。……でもね、嬉しかったんだ」

 

「嬉しい?」

 

「うん。優しくしてくれたこと、こんな僕を友達だって言ってくれたこと。本当は全部知られてたのに、一人で浮かれてた」

 

一夏は何も言わない。

 

「人並みの幸せを手にすることができだみたいで……。でも、そんなことあり得ないよね。僕は嘘つきなんだもん。……世の中って不公平だね。不平等で、本当にままならない」

 

シャルロットは自嘲気味に笑った。

 

「安心して、すぐに僕はいなくなるから」

 

「それでいいのか?」

 

ようやく一夏が口を開く。

 

「え?」

 

「大人しくすべてを受け入れるのか?」

 

「そうするしかないよ。僕は……」

 

「俺たちはお前を女だと知っていて騙していた。それについては謝る気は無い。だが、お互い様だ。水に流そう」

 

「……え?」

 

「俺は命令されてたからお前に優しくしていたわけじゃない。鈴だってラウラだってそうだ。素直に友人との時間を楽しんでた。俺も鈴もラウラも親に恵まれなかった。三夏兄がいなかったらどうなってたか分からない」

 

「…………」

 

「安い同情だと言われてもかまわない。今の言葉は本心だ」

 

一夏はベッドから腰をあげるとシャルロットに近づいた。

 

「さっき世の中は不公平で不平等だと言ったよな?」

 

「うん」

 

「そんなことは当たり前だ。世の中が平等だったことなんて一度もない。だけど、それでいいんだ。不公平だからこそ、人はのし上がれるんだ。不平等だからこそ、人は他人を蹴落として、どんな高見にだって立つことができる。……人は抗うことができるんだ。シャルロットだって」

 

「僕も?」

 

「自由になりたいのなら俺らが手助けをしてやる」

 

「でも僕には居場所なんて無いよ」

 

「なら自分で探せ。……少なくとも三年間はここがお前の居場所だ」

 

「一夏、ありがとう」

 

気がつけば一夏はシャルロットの肩をつかんでいた。

 

「礼なら三夏兄に言ってくれ」

 

「博士に?」

 

「あぁ、俺たちの仕事はここまでだ。三夏兄からの伝言がある、まさかこんな形で言うなるとは思ってもなかったけどな」

 

シャルロットの心を溶かした今となってはあまり変わりはないだろう。

 

「すべてを洗いざらい証言し我々に協力したまえ、事が済み次第、君は自由になる。見返りとして望みを一つ叶えよう」

 

「それが伝言?」

 

「あぁ。……なあ、シャルロット」

 

「何かな?」

 

「見返りってやっぱり父親への復讐か?」

 

その問いにシャルロットが答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。鈴と一夏に連れられてシャルロットが三夏の部屋を訪れた。

 

「それではシャルル改めシャルロット君は我が社に協力すると?」

 

三夏の問いに答える彼女の目には強い何かが宿っていた。

 

「はい」

 

「どんなことでも?」

 

「はい」

 

「よろしい! 私が責任をもって君を自由にすると約束しよう。謝礼として君のもう一つの望みも叶える」

 

今、デュノア社の運命が決まった。

 

「父親を失脚させることになるが、覚悟はできているのか?」

 

「……はい」

 

「そんなにあいつに復讐したいのか?」

 

「僕は、諦めていました。でも、できることなら復讐したい。じゃないと気が済まない!」

 

「できるともぉ! 君の決意はよく理解できたよ。まったく素晴らしい。では、ここにサインを」

 

テーブルに置かれた誓約書にシャルロットが名前を書き込む。

自らの意志でこの場に来たシャルロットには必要の無いことかも知れないが、それでも正式な段取りを踏む必要がある。

 

本人の意志、これこそが重要だった。もう何を言われようが、いくら金を積まれようが変わることはないだろう。

 

その様子を杉山は悲しそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャルロットが一夏と部屋を後にして、杉山が三夏に話しかけた。

 

「博士」

 

「何だ?」

 

「最後のチャンスをくださいませんか?」

 

「チャンスぅ? まさかとは思うがシャルロットを説得したいのか?」

 

「はい。血は水よりも薄いかも知れません。でも! それは親子の絆であることに代わりはないはずです!」

 

「相変わらずお人好しでメルヘンチックだなお前は」

 

「こんな終わり方は悲しすぎます!」

 

杉山は必死に食い下がった。父と娘を少しでも助けたかったから。

 

「実に馬鹿らしいが、いいだろう。やってみたまえ」

 

三夏は珍しい杉山の行動を認めた。許可を得た杉山は足早に部屋を出るとシャルロットの後を追いかけていった。

 

「博士、いいの?」

 

書類を封筒に仕舞っていた鈴が言う。

 

「物事を単純に考え過ぎの朝ドラヒロインにはいい薬になるだろう。すべてがイコールで繋がると思っていたら大間違いだ。鈴君、社会勉強になるから、よく見ておきたまえ」

 

三夏の言葉を鈴は捉えかねた。

何か裏があることは理解できたが、それだけだった。

 

三夏の計画の真意は誰一人分からない。一夏も鈴もシュナイダーも、自分の役割をこなしているだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園の屋上は温かな陽射しで照らされている。

そこに、ベンチに寄りかかる杉山とシャルロットの姿があった。

 

「ねぇ、お父さんのことが嫌い?」

 

「……どうなんでしょう」

 

シャルロットの答えは曖昧だった。

 

「父のことは良く知らないんです。会ったのもほんの二時間くらいだったので……」

 

「恨んでる?」

 

「恨んでないと言えば嘘になります。……なぜ、母を捨てなかったのか、そうしてくれていたら母にはもっと違った幸せがあったはずなのに」

 

「…………」

 

「母は、お母さんはずっと父のことを慕って、愛し続けて亡くなりました。その思いは一度も報われることはなかったけど……。きっとそれはこれからも変わらないでしょうね。父にとってお母さんは所詮、都合の良い所有物だったんだと思います」

 

「それは違うと思う」

 

シャルロットが杉山に振り向いた。

 

「たとえ愛人関係だったとしても、その女性の子どもだったとしても、デュノア社長にとってはもう一つの家族だったんだよ。……だから、お金を送り続けた、あなたやお母さんに不自由な生活をして欲しくなかったから」

 

「なら何で僕を日本に?」

 

「シャルロットちゃんを守るためだったのかも。フランスには、あなたのことを疎ましく思っている人たちが大勢いたから。でも、表立って逃がすことはできない。だからスパイとして日本に逃がした。どこの組織や政府にも帰属しないIS学園だったら、シャルロットちゃんが安全だと思ったから……」

 

「信じられません」

 

「信じてくれなくてもいい。証拠も確証も無いから。だけど、シャルロットちゃんもそうでしょう? お父さんの口から、あなたやお母さんを否定する言葉を聞いた?」

 

「いえ、父は僕を避けてましたから。ちゃんと会話したことはありません」

 

「だったら! だったらちゃんと話さなきゃ!」

 

杉山は必死だった。無力な自分に与えられた最後のチャンスを無駄にしたくなかったから。

 

「いえ、父と話すことはありません。あの人には責任をとって社長の椅子から降りてもらいたい。それだけが、僕のあの人への望みです」

 

「シャルロットちゃん……」

 

「でも、父が母を養い僕を育ててくれたことは確かです。だから、それ以上は望みません。僕はもう過去を引きずることはやめたんです。これが綺麗な終わり方なんですよ。僕とあの人の関係の……。たぶん、あの人にとってもそれが最善の方法なんです」

 

結局、和解させることはできなかった。だけど、それでも良かったと杉山は思った。

少なくともシャルロットは父に対しての恨みを切り捨てたから。デュノア社長も娘の幸せを願うだろう。

円満にとはならなかったけれど、後腐れの無い綺麗な親子の縁切りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルロットちゃんはお父さんにへの恨みを切り捨てました。もう必要以上の復讐はしなくてもよくなりましたよ!」

 

杉山は三夏にシャルロットの説得が成功したことを報告していた。とても嬉しそうに。

 

「あっそー」

 

「博士も親子の絆の認識を改めたらどうですか?」

 

「へー」

 

今回も三夏は何も言わない。それどころが無関心だった。

杉山はどこか腑に落ちないと感じながらも、並べられた懐石料理に箸を付けた。

 

ちなみに部屋には杉山と三夏の二人だけだ。一夏、鈴、ラウラは学年別トーナメントに向けて機体の整備や特訓を行っているらしい。千冬も教師の仕事が忙しく本日の夕食には欠席している。

 

「何だが今日の料理は一段と美味しいですね」

 

「騒がしいのがいないからだろ。それに料理人の腕が違うからな」

 

「はは、もったいないお言葉でございます」

 

聞き慣れた声がした。

 

杉山が振り返ると、どこから現れたのか、三夏の横に小清水が立っていた。

 

「こ、小清水さん!?」

 

「はい、小清水でございます。杉山さん、お久しぶりでございます」

 

「い、いつから?」

 

「お昼にこちらに到着いたしまして。荷物の整理に少し時間がかかってしまいました。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」

 

荷物と言ってもすべて三夏のための物だ。調理器、食器、スーツ、シャツ、靴、アイロンなどの日用品。

到着した日に主のために料理を用意する彼は、まさに使用人の鏡と言えよう。

 

「部屋はどうしたんですか?」

 

「僭越ながら、一人部屋をいただきました」

 

「そうなんですか」

 

一人部屋、その言葉には真っ先に食いつきそうな三夏であるが

 

「よく文句を言いませんでしたね」

 

「学園側に対しての不満はあるが、小清水さんに一人部屋が与えられるのは当然だ。優秀な人材はそれ相応の扱いを受けなくてはならない。つまり、君は外にテントでも張って生活すればいいのだ、ポンコツ」

 

「また、そんなことを……。あ、私にシャルロットちゃんを説得されちゃったことが悔しいんでしょ? ねぇねぇー」

 

「小清水さん、この馬鹿を吊るし上げて燻しておいてください。明日にはでっかいハムができてます。即、廃棄処理を」

 

「博士、食べ物を粗末にしてはいけません」

 

「それは失礼」

 

「小清水さん! 止めてくれるのは嬉しいんですけど、私はハムの材料じゃありませんよ!?」

 

何はともあれ、しばらくは良い夢が見れそうな杉山だった。

そう、しばらくの間だけは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後。

 

衝撃のニュースが世界に発信された。

 

シャルロット・デュノアの告発によって、すべての事態の責任を取る形でデュノア社長は辞職、新たな社長の座にはフランス要人から推薦されたシャルロット・デュノアが就いた。実行犯であった彼女だったが、告発の見返りとして罪に問われることはなかった。

シャルロットは、すぐにデュノア社とインペリアル・コーポレーションの合併に合意し即日に辞職を発表。

フランス政府も企業合併を黙認し、水面下でインペリアル・コーポレーションとの協定締結に動き出した。

 

何より驚いたのは、この計画の真犯人として逮捕されたのがデュノア社長ではなく、妻であるデュノア夫人だったと言うことだろう。

 

彼女は夫の会社の乗っ取りを画策していた。確実に社内での力を持つため、会社を救った実績を得ることを目的に今回の犯行を行ったと、取り調べで自供したらしく裁判も短期間で済まされ刑務所へと収容されたのだった。

 

「これは、どう言うことなんですか!!?」

 

杉山が三夏に食いついた。

 

「見てのとおりだ。いやぁシュナイダー大佐は素晴らしい仕事をしてくれた。彼に任せたのは正解だったな」

 

今回の事件の捜査はI.S.S.の主導で行われた。そのことに対して他国からも、もちろんフランスからも抗議の声は上がらなかった。

 

「何でデュノア夫人が……」

 

「殴られ、自分の大好きな母親を侮辱されたんだ。恨み、復讐を考えるのも当然だろう」

 

杉山もシャルロットが殴られたことは知っていた。

 

「でも、あなたは父親だって!」

 

「確かにシャルロットを縛っていたのは父親であるデュノア社長だ。だが、それだけだろ? まさか、デュノア社長を失脚させることがシャルロットの復讐だとでも思ったか? 馬鹿どもの目くらましに決まっているだろぉ、君も馬鹿の一人だったということだな」

 

「そんな……」

 

「これが人間の本性だ。数式のように単純ではない。まぁ、良かったじゃないか、シャルロットは自由になり、彼女の希望でデュノア社長もお咎め無し。二人は人生をやり直すチャンスを手にいれた。まさに後腐れの無い終わり方であり、素晴らしい親子の血の絆と言うわけだ」

 

「……もし、デュノア社長が夫人を庇ったらどうするつもりだったんですか?」

 

「あり得ないねぇ。会社のために娘を犠牲にするような奴は必ず保身に走る」

 

「…………」

 

「自分が人を助けたと思ったか? 救うことができたと思ったか? まぁーったく救えてない。私に勝ったと思ったか? ぜぇーんぜん勝ってない。本当に人を救いたいのであれば相手の心理をすべて理解しろ! あらゆる可能性を考えろ! 今回のお前の行動は的外れもいい所だ、お前が救うべきだったのはデュノア夫人とシャルロットの関係だった! もっともっと深く考え賢くなれ! 生半可な気持ちではなく覚悟を決めろ! そうでなければ人を救うことなどできるわけがない、分かったか朝ドラぁ!」

 

杉山を指さす三夏。

 

「…………」

 

杉山は三夏の顔も、向けられた人さし指ですら、まともに見ることができなかった。一人で浮かれていた自分の愚かさや浅はかさに、杉山はどうしようもなく腹が立ち拳に力を込めたのだった。一人の人間として情けなかった。

 

「だからお前は間抜けなんだよぉ〜。ぶぁーか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「美味い!」

 

「なぜいる。トーナメントの準備で忙しかったんじゃないのか、千冬君」

 

「だってこれからは小清水さんの手料理が食べられるんだろう? 早く戻ってくるのは当たり前じゃないか」

 

「……結局、帰宅時間は変わらずか」

 

「いや、定時より早く上がってもいいくらいだ」

 

「死ぬほど残業してろ馬鹿者ぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやくシャルルではなくシャルロットと書けるようになりました!


リーガルハイ7話で、まさかのエヴァネタww
古美門先生がATフィールドと言うなんてww
本家でやってくれるとは……

そして、放送禁止用語の連発は爆笑でした。
始めてのピーが入ったww

次回も楽しみだ(笑)



ではでは〜。


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第29話

杉山さんのお部屋。

いつもの面々に加えて、白衣を身にまとった美しい女性たちが書類やら端末やらを持ち、三夏への報告をしている真っ最中だった。研究員はすべて三夏が見繕った者たちだ。

 

「これで例の全身装甲のISに関するデータはすべてです」

 

「あのISはI.S.S.の検証も終わったので、こちらの部署で保存せよと社長代理がおっしゃっていました」

 

「博士ー、私たちレポートを作りました!」

 

「あ、ずるい! 私も書いたんです、ぜひ見てください!」

 

「私のもー!」

 

「はいはーい! 全部もらうから並んでぇ!」

 

それぞれが三夏に自作のレポートを手渡す。

 

「ごくろぉ〜。いやぁ、美しく可憐な女性の働く姿はいつ見ても良い物だねぇ」

 

「あら、嫌ですわ、博士ったら」

 

「いやいや、僕は感じたことを言葉にしているだけだよ。やはり職場には華がないとねぇ」

 

「ふふふ。御上手ですこと」

 

ごった返す室内で千冬、一夏、鈴、ラウラ、杉山に加えて真耶と、フランスから戻ってきたシャルロットが小清水の料理を頬張っていた。

 

「可憐じゃなくて悪かったですね……。私だって渡してあるのに」

 

テーブルに座っていた杉山は料理をがっつきながら、ソファーで美女をはべらし上機嫌の三夏に悪態をついた。

 

一夏たちも、あちらはあちらで別の会話をしている。ただの雑談に近いものだが。

 

「あの、その、あまり気にしない方が……」

 

真耶が気遣いの言葉をかけた。

 

「……そうだね」

 

「なぁ、山田君に杉山さん」

 

そこに千冬が入ってきた。

 

「ん?」

 

「何ですか?」

 

「……私には可憐さがあるか?」

 

「「え?」」

 

「……いや、何でもない」

 

意図が分からず言葉に困っている二人に、千冬はすぐに質問を取り下げたのだった。

 

「そう言えば真耶ちゃん、何か話があるんじゃなかったの?」

 

「あ、そうでした。今日から男子も大浴場が使用できるようになりました、って伝えに来たんですけど、すっかり忘れてました」

 

てへっ、と笑う真耶。

 

「そうなんだ。良かったね、一夏君」

 

「そうですね。でも、少ない男子が大浴場を使っても無駄かも……」

 

「よーし!」

 

苦笑いの一夏に対して三夏は喜びの声をあげた。

 

「みんな、水着は忘れずに持ってきてるねー? 僕とお風呂に入る人ー!!」

 

白衣の美女たちは笑顔で「はーい!」と答えた。ノリノリで手を上げている者もいた。彼女たちが杉山の後釜を狙っているのは一目瞭然だ。

三夏はインペリアル・コーポレーションにおいて絶大な発言権を持っている。実質的なNo.2の付き人を狙うのは当然のことだろう。

 

「あっちで着替えて大浴場に集合だー! 水着が着れないなら僕が手伝ってあげるからねぇ、いぇーい!」

 

「博士、ご一緒してはいけません」

 

口ではそんなことを言う三夏だったが、美女たちの後をついて行こうとしたため、さすがに小清水に止められていた。

 

「イッツパーティータイム! うっひょー! 小清水さん、小清水さん、とっておきのお酒を持ってきてねー!!」

 

スキップをして、子どものような笑顔で、腕を羽のように大きく羽ばたかせながら三夏は部屋から出て行ってしまった。

 

「「……不潔」」

 

それが杉山と真耶の素直な感想だった。

 

千冬は……

 

「……とっておきの酒? ふむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味い!」

 

「…………」

 

湯気が立ち込める大きな浴室で漆黒の水着を着けた千冬はキリッと冷えたシャンパンを豪快にあおった。

 

美女に囲まれている三夏が眉間にシワを寄せた。

 

「なぜいるのだ。今日は男子浴場のはずだろう?」

 

「ん? 酒が飲めると聞いてな。広い湯船で、冷たく冷えたシャンパンをあけるなんて豪勢じゃないか。それに水着なら男女に分ける必要もないからな」

 

千冬は上機嫌でグラスに注ぎ終わったボトルを氷が入ったバケツに戻した。

 

「それでお前は何でいる?」

 

三夏の目が千冬に隠れるようにお湯に浸かっている杉山を捉える。

 

「ち、千冬ちゃんに連れてこられたんですよ! 私の意志ではありませんからね!? だいたい学園の施設をこんな……」

 

「君は口を閉じてさえいれば、見た目は及第点だ。これ以上、しゃべるな」

 

「な、何ですか及第点て! どこ見てるんですか!?」

 

杉山は顔を赤くして、たわわな胸を隠した。

 

「僕、何だか肩が凝っちゃったなぁー」

 

「私がマッサージしてあげます」

 

「あー、ずるい! あたしがマッサージする!」

 

杉山の言葉を無視して三夏は水着の美女といちゃついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方。

 

一夏たちも風呂を堪能していた。もちろん水着を着用している。

 

「極楽極楽」

 

頭にタオルを乗せた鈴は顔を緩めた。

そんな鈴のを見ていたラウラが眉を顰める。

 

「お前はオヤジか」

 

「うっさいわね。これが日本の文化なのよ」

 

「なるほどオヤジ文化に侵された少女か。ちびまる子ちゃんめ」

 

「浴槽に突っ込んで1000まで数えてあげようか?」

 

「……私は水中でも息ができる。無駄なことはやめておけ」

 

「人外スペックをさらりとカミングアウトしてんじゃないわよ。あんたはカッパか」

 

「私はラウラだ」

 

「んなこと知ってるわ! ……だいたい何で良い歳してスク水なのよ」

 

「これしか無いからな」

 

「あっそ……」

 

疲れてしまった鈴は突っ込みことをやめて、体を洗うために浴槽から出た。

 

「ほら、あんたも行くわよ。背中、流してあげるわ。男子もいるから奥の方に行くわよ」

 

「では頼むとしよう。鈴お父さん」

 

「よぉーし、金タワシでピカピカにしてやるわ」

 

「とう!」

 

「あ! こら待て逃げるな!」

 

そんな二人の姿を一夏は温かい目で眺めていた。まさに平和だと感じる。

 

「ふふ、楽しそうだね」

 

一夏の視線が左の少女に向けられた。シャルロットである。

 

「そう思うか?」

 

「うん。一夏は違うのかな?」

 

「……違わないな」

 

「ね?」

 

「なぁシャルロット」

 

「何かな?」

 

「ここへ戻ってきて良かったのか?」

 

「三年間はここが僕の居場所じゃなかったの?」

 

「……それは一例であって、デュノア社の社長の座に居続けることもできただろう? そうじゃなくても元いた実家に帰るとか。選択肢はいくつもあったはずだ。どうして自分を苦しめたISに関わるような場所に戻ってきたんだ?」

 

杉山の部屋では話せなかったことだった。別に聞かれてまずい話しではない。あのときは鈴とラウラがシャルロットと友人関係の再確認をしていたのだった。今までと変わりなく友達でいることを約束してくれた二人にシャルロットは涙した。感謝の言葉を言い続けるシャルロットに、鈴とラウラは「礼を言われるようなことは何もしていない」と平然と答えた。だが、涙を浮かべて笑うシャルロットを見て二人は微笑みを抑えることができなかった。もちろん一夏も。

 

「そうだね。僕は織斑博士から自由と居場所を探すチャンスをもらった。それにはすっごく感謝してるよ」

 

「だったら」

 

「一夏は言ってくれたよね。少なくとも三年間はここがお前の居場所だって」

 

「あぁ」

 

「あのときの一夏、本当に僕のことを心配してくれてたよね。顔を見たら分かるよ。だからね、ここで探そうと思うんだ。僕の居場所を」

 

「…………」

 

「一夏が僕の肩をつかんで、つなぎとめてくれたから、僕はここにいたいと思ったんだよ?」

 

シャルロット・デュノアは一夏に恋をした。彼からすれば同情だったのかもしれない、だけど自分のために懸命に話をしてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 

なんとも簡単に惚れてしまったものだと思った。一夏と二人で暮らすことになった部屋割り、もしかしたら相手は一夏ではなく鈴だったかも知れない。彼女だって一夏と同じことをしてくれたことだろう。そうなればシャルロットは一夏に惚れることなどなく鈴と親友になっていたことだろう。

 

すべては偶然だ。

 

だけれど、それでいい。

運命に予定表など存在しないのだから。惚れた相手がたまたま一夏だったと言うだけのことだ。タイミングしだい、相手を好きになるのも本能しだいだ。結局、恋を理由で語ることなど無意味なのだ。一夏と出会って恋をした。それでいいじゃないか、とシャルロットは考えている。

 

「そうか……。ならこれからもよろしくな、シャル」

 

「シャル?」

 

「親しみを込めたんだが、嫌だったか?」

 

「嫌じゃない! シャル、シャルかぁ〜。いいよ、すっごくいいよ!」

 

シャルロットは心底嬉しそうだ。

 

「ははは、良かった」

 

そして、一夏も浴槽から出ていった。

 

織斑一夏君。君に感謝やお礼を伝えたところで、お前を助けてくれたのは織斑博士だと言って、君が素直に受け入れてくれることは思う。確かに僕の身体は博士が自由にしてくれた。でもね、絶望に縛られていた僕の心を自由にしたのは、あのとき僕を説得してくれた君なんだよ? だから、お礼だけはちゃんと言わせてください。

 

僕の心を助けてくれて、僕に抗う意味を教えてくれて、僕に生きる気力を与えてくれて……

 

「本当にありがとうございました」

 

だから、僕はあなたに恋をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年一組のホームルームはざわついていた。

 

「シャルロット・デュノアです。ニュースで知っていると思いますが、皆さんを騙して本当にごめんなさい。また、仲良くしてくれたら、嬉しいです」

 

深々と頭を下げるシャルロットにクラスからは拍手が湧き上がった。

 

その様子に見て、鈴はシャルロットにウインクを、ラウラは腕を組みながら笑い、一夏は箒から向けられる貫かれんばかりの視線に冷や汗を流した。

 

「それで一夏。シャルロット・デュノアとは何も無かったのだな?」

 

「断じてない」

 

案の定、箒に問い詰められた一夏なキッパリと疑いを否定した。

 

「そうか。ならば良しとしよう」

 

「そりゃ助かった」

 

「お前はシャルロット・デュノアの件を事前に知っていたのか?」

 

「あぁ。気づいてたのか?」

 

「いや。ただの勘だ。もう一つ言うならば、会社からの命令……いや、博士からの頼みと言ったところか」

 

「ご明察。女の勘は凄まじいな」

 

「ふふ。侮らない方がいいぞ」

 

「心しておくよ」

 

「何はともあれ大変だったのだろう? お疲れ様」

 

「……労わってくれるのか?」

 

「問答無用で叩き伏せた方が良かったか?」

 

「……素直に受け取っておきます」

 

「よろしい。ではな」

 

そう言って箒は去っていった。

 

放課後。一夏は一息つく間もなく大勢の女子生徒に囲まれていた。

 

「織斑君、私と組んでトーナメントに出場しようよ!」

 

「よろしくお願いします!」

 

「私も!」

 

「ちょっと、彼とペアになるのはあたしなの!」

 

「そんなこと誰が決めたのよ!?」

 

まるで告白されているようだった。

そうしている内に女子生徒どうしが内輪揉めを始めたため、一夏はそっとその場から退散した。

 

「はぁ……」

 

肩を落とし、ため息をつきながら一夏が廊下を歩く。

そこへ、鈴、ラウラ、シャルロットの三人が現れたのだった。

 

「モテモテねぇ。良いご身分なこと」

 

「……嫌味か? 言い寄られるのは気分がいいが、周りで揉められるのは気分が悪い」

 

「選り取り見取りとは、このことだな」

 

「ラウラもか? 泣くぞ? 僕、泣くぞ?」

 

「一夏ってモテモテなんだね」

 

シャルロットがジト目で駄目押しの一言。

 

「だぁぁぁー!! うるさいうるさいうるさーーい! 俺の気持ちも知らないでうるさーい!! いいか次、俺にそんなことを言ってみろ! 金輪際、お前たちとは口を聞かないからなー!!」

 

「……はいはい。悪かったわ」

 

「冗談だ」

 

「あはは、ごめんね?」

 

三人は苦笑いで、軽く謝ったのだった。

 

「……それで、三人はどうしたんだ?」

 

「あたしたちじゃないわ。用があるのはこっちよ」

 

鈴んが横に立つラウラを親指でさした。

 

「ラウラが?」

 

「うむ。嫁よ、私とペアを組んでくれ!」

 

「……ペアを? 鈴は?」

 

「あたしは出ないのよ」

 

「サボりか」

 

「ぐっ。……ち、違いまーす」

 

「……サボりか」

 

「ぐぐ……」

 

「それでどうなのだ! 私とペアになってくれるのか!?」

 

「……いやぁ〜」

 

「ダメだというなら24時間付っきりで説得する構えだ!」

 

「脅迫もいいところだな、おい!」

 

「では、返事を聞くとしよう」

 

「はぁ……。分かった。ペアを組むよ」

 

「そうか! ペアを組んでくれるか!」

 

ラウラは嬉しさのあまり拳を握り締めて笑った。

 

「シャルロットはどうするんだ?」

 

「僕? ん〜、どうしよう」

 

シャルロットが顎に手を当てて悩んでいたところへ箒がやって来た。

その視線はラウラだけを捉えている。

 

「篠ノ之箒か」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

二人の鋭い視線が交わる。

 

「私はお前を倒す!」

 

「ほぉ、雑魚の分際で偉そうに宣戦布告に来たと言うわけか。見上げた心がけだな。いいだろう、望みどおり叩き潰してやる」

 

「こちらのセリフだ」

 

「はっ! 馬鹿馬鹿しい、できるものか」

 

緊迫が立ち込める中、新たな人物が加わった。

 

「あら、何やら賑やかですわね」

 

「お嬢様か……」

 

「あちらのお二人の間で、火花が散っている気がするのは、気のせいではないようですわね」

 

「……よく見てらっしゃる」

 

この二人にもどこか険悪な雰囲気が流れている。

その様子を鈴とシャルロットは裏から見ていた。

 

「それで、用はなんだ?」

 

「あなたに再戦を申し込みに来ました。次こそは私が完勝いたします」

 

「ほぉ、完敗の間違いじゃないのか?」

 

「前回、ギリギリだった人がそんな大口を叩いてよろしいので?」

 

「前回、ギリギリだったお嬢様にはキツイんじゃないか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「泣いて詫びさせてあげます」

 

「高飛車も相変わらずだ、やってみたまえ」

 

「あなたのペアの方は?」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「そちらの方ですか。……ならばちょうどいいですわ」

 

セシリアは不適な笑みを浮かべて一夏から目を反らすと箒の方に向き直った。

 

「篠ノ之さん、私と組みませんか?」

 

一夏の眉が上がった。

 

「私が、オルコットと?」

 

「えぇ。見たところ、そちらも何か因縁がおありのようですし、私もこちらの男性と再戦を果たしたい。そして、この男性のペアはボーデヴィッヒさん。……どうですか?」

 

「しかし……」

 

「私も代表候補生ですわ。あなたがボーデヴィッヒさんと戦いたいのであれば邪魔はしません。ただ、下手な相方を選んでしまえば、織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒを一人で相手しなくてはいけなくなりますわ。いくらなんでもキツイのではなくて?」

 

「…………」

 

「私と織斑一夏、あなたとラウラ・ボーデヴィッヒ。事実上、一対一。損な提案ではないと思いますが? それに、私はある程度の情報も持っていますわ」

 

「……分かった。よろしく頼む、セシリア・オルコット」

 

「こちらこそ、篠ノ之箒さん」

 

セシリアと箒はお互いに握手を交わすとその場を去った。

自分を一瞥したセシリアを一夏は面白くなさそうに見送ったのだった。

 

「ぼ、僕も見学にしようかなー」

 

「そ。なら、あたしと一緒に博士のところにいましょ」

 

鈴は一夏の後ろへと歩み寄った。

 

「墓穴を掘ったって感じ?」

 

「……まだ結果が出ていない。結果的に成功すればいいんだよ」

 

「そう。それじゃ、試合を楽しみにしてるわ。……ラウラをよろしくね」

 

「あぁ」

 

鈴の後をシャルロットが追いかける。

 

「何の話をしてたの?」

 

「大した話じゃないわよ」

 

「そう。なら、いいんだけどね」

 

「少しだけ教えといてあげるわ。……人はISのみで生きるにあらず、よ」

 

「……どう言うこと?」

 

「それは自分で考えて答えを出しなさい」

 

首を傾げるシャルロットに、鈴は楽しそうに笑いかけると体をクルリと回させて廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったのか?」

 

「と言うと?」

 

箒が言っているのは、先ほどのことだろう。

本当に自分と組んで良かったのか? そう言うことだ。

 

「良いも何も、私が言い出したのです。今更、撤回はしませんわ」

 

「そうか」

 

「えぇ。では、さっそく作戦会議といきましょうか」

 

「作戦会議?」

 

「はい。……あの方達のやり方はあなたもよくご存知なのでは? ボーデヴィッヒさんは当たり前ですが、織斑一夏もかなりの実力をつけているはずです。何か策を立てなければ」

 

「そうだな」

 

「私のお部屋にいらしてください。紅茶とクッキーくらいならお出しできますわ」

 

「分かった。悪いな」

 

「いえいえ。これから私たちは相棒なんですもの。私のことはセシリアとお呼びくださいな。私も名前でお呼びしますので」

 

「改めて、よろしく頼む。セシリア」

 

「はい。こちらこそですわ、箒さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラスの中の氷が溶けてカランと透明な音が響いた。

三夏は研究室で美女たちから渡されたレポートに目を通していた。いつものように隅には小清水が控えている。

 

「小清水さん」

 

「は」

 

三夏は読み終わったレポートの束を机で叩いてまとめると小清水を呼んだ。

 

「何でございましょうか」

 

「これを」

 

「はい」

 

「すべてゴミです、処分してください」

 

「は?」

 

「お願いします」

 

「……かしこまりました」

 

小清水はレポートの束を受け取ると、テーブルの上に一つだけ別のレポートが置かれていることに気がついた。三夏が唯一手元に残したものだろう。

 

「やはり杉山さんのレポートに敵う物は無かったと言うことですか……」

 

「たまたまでしょう」

 

静かに答える三夏。

 

「杉山さんは優秀なお人ですからな」

 

「頭が良いだけでは科学者は務まりませんよ? 世間知らずの秀才はいいように利用され、手柄を取られ、血反吐を吐いて見つけ出した成果を自分の思いとは反して悪用され、罪悪感に苛まれ、終いには再起不能になる。特に、はなから善行を行うことしか考えていない、無欲でお人好しで精神の脆い奴は」

 

「だからこそ、ご自分の近くに置いて厳しく接しているのでは? 自分が見込んだ方だからこそ……」

 

「あのポンコツ娘にそれだけの価値があると?」

 

「それを決めるのは、博士ご自身なのではないですか?」

 

「ふっ、あり得ませんね。過大評価も甚だしい」

 

口ではそう言う三夏だが、彼の真意は誰にも分からない。

そのとき研究室のドアが開け放たれた。

 

「おーい、兄さん。来てやったぞー」

 

酒のボトルを持ったご陽気な千冬はドカドカと室内に入ってきた。

 

「何しに来たんだ?」

 

「酒の相手をしてもらおうと思ってなー」

 

「私は忙しいのだ」

 

「そう硬いことを言うな。ほれほれマッサージもしてやるから」

 

「はぁ……。分かった」

 

三夏が渋々、許可を出すと千冬はそばにあった椅子に腰を下ろした。

 

「んん! 私は何かつまみになる物を作ってまいります」

 

小清水はお盆を抱えて部屋を後にしたのだった。

 

「今日はウイスキーか」

 

「君に酒を教えたことを今更ながら後悔しているよ」

 

「私は感謝してるがな。兄さんのおかげで毎日楽しく酒が飲める」

 

「…………」

 

三夏は黙ってグラスの酒を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁーー!! 肩がー! 私の肩がー!!」

 

「すまない。少し力を入れすぎたようだ」

 

「どこが少しだ! 骨が粉砕されるかと思ったぞ!!」

 

「大丈夫だ。次は上手くなってるさ」

 

「もう二度とお前にマッサージなんか頼むかぁぁぁぁぁーー!!!」

 

 

 

 

 

 




トーナメントは一夏&ラウラと箒&セシリアとなりました。
……はたしてどうなることやら。


しかし、三夏のセリフは難しい(汗)
簡単な悪口ばかりを長々と並べていると、本当にただの嫌な人格破綻者になってしまう(^^;;
最近になって、そんなことを思いました。本当に今更ですがww




ではでは〜


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第30話

杉山さんの部屋。もとい、織斑ファミリー憩いの場。

 

テーブルには今日も美味しそうな小清水の手料理が並ぶ。

 

「今日はシンガポール料理でございます」

 

小清水が丁寧に説明をする。料理を見た一同から小さな歓声があがった。

 

「兄さん」

 

「何だ?」

 

「今日は趣向を変えてスパークリングワインにしてみたぞ」

 

「ほぉ」

 

晩餐に飲む酒の銘柄を選ぶのは、もう千冬の役目になっているようだ。

 

「美味いな」

 

「そうだろう。私が選んだのだからな。ん? また何か買うのか?」

 

千冬が積み上げられたカタログを見つけた。

 

「あぁ」

 

「何を?」

 

「まだ決めてない」

 

「は?」

 

「適当に見繕っていろいろ買う」

 

「いや、通販じゃないんだぞ?」

 

「いいのだよ。よく言うだろ、金と脳味噌は使うためにある、とな」

 

どうでもいい雑談をしているあたりがすっかり飲み仲間である。ここ数年、千冬が酒の味を覚えてからは、ずっとこんな感じだ。

 

 

 

 

「てか、あんたらは大丈夫なの? 呑気に食事なんかしてて」

 

「そうだよ。もう間近なんでしょ?」

 

チリクラブを頬張る一夏とラウラに鈴とシャルロットが言う。

 

「「何が?」」

 

「ハモるんじゃないわよ。トーナメントの話よ。特に心配なのはあんたよ、一夏」

 

「俺かよ」

 

「ちゃんと作戦は練ってあるんでしょうね?」

 

「とぉーぜんだ! 俺が負けることなどあり得ない」

 

「自信たっぷりじゃない。前回はオルコットが油断してたから五分五分の試合ができたんでしょ? 今回はどうするのよ」

 

「基本的には前と変わらないぞ。お嬢様を罠にかけて吊るし上げる」

 

「そんなに簡単にいくかしら?」

 

「要は先入観さ」

 

「先入観?」

 

「前回はお嬢様が、男は弱いものだ、と決めてかかっていたことを逆手に取った。今回も同じさ」

 

蟹へと目線を落とす一夏。

 

「そう、蟹だ」

 

「蟹?」

 

一夏はフォークで蟹を突き刺すと、それを顔の位置まで上げて横目で見た。

 

「蟹が横にしか歩けないと思っていたら大間違いだ」

 

ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべたまま。

 

「と言うことで、杉山さんにお願いがあります」

 

「んぐっ! わ、私に? ……ごほっ……」

 

いきなり話を振られて喉を詰まらせる杉山。横にいた真耶が慌てて彼女の背中をさする。

 

ちなみに真耶も自然とここで食事を取るようになっていた。

 

「ちょっとだけ協力してください。俺の専属整備士として」

 

ね? と一夏は微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学年別トーナメント、当日。

 

ピットにはラウラと一夏が試合前の打ち合わせをしていた。打ち合わせと言っても中身はほとんど無かったが。

 

「嫁はイギリス娘だけを相手にしていろ。時代遅れのサムライ女を片付けたらすぐに応援に向かう」

 

「……本当にいいのか? フォローは」

 

「必要ないさ。一夏、お前は私が必ず守ってやる」

 

二人の相手は箒とセシリアだった。世の中は一部の人間に対しては、本当に上手くできているものだと思う。

まさに、出来過ぎである。あからさまに仕組まれている。

 

「ま、ラウラがヤバくなったら勝手に助けに行くさ」

 

「……好きにしろ。それで、アレは大丈夫か?」

 

「あぁ、拡張領域にはまったく余裕がなかったから、こっちに」

 

一夏はISを使って手首には何やら白いブレスレットがはめられていた。

 

「独立型の小型パッケージ、杉山さんに頼み込んで作ってもらったよ。急ごしらえな上に容量が少ないって言ってたけど。まぁ、大丈夫だろ」

 

「十分だ。手筈は理解しているな?」

 

「あぁ、前と戦法は変えないんだろ?」

 

「そうだ、まずは出鼻を挫く。オルコットはきっと嫁が戦法を変えてくると読んでいるはずだ。一方……」

 

ラウラの言葉の続きを一夏が発した。

 

「あのお嬢様は長年培ってきた戦闘スタイルを変えることは、まず無い。相手の動きに注意して的確に潰してくる、だろ?」

 

「……あぁ。奴は必ず拍子抜けするはずだ。こちらのペースに引き込め」

 

「分かってるよ。それじゃ、行きますか」

 

アリーナへの入り口に向かって歩く二人。ロングブーツ特有の靴音が響く。

 

「……二対二の試合が一対一か……相手もそうだといいんだけどな」

 

一夏の危惧をよそにラウラは自信に満ちていた。

 

「行くか」

 

気を引き締めるためなのか一夏はネクタイの歪みを直したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリーナで四人は対峙していた。

 

四つの眼光が交じり合う。

 

「今回はどんな手をお使いになるつもりなのかしら?」

 

「言うと思うか?」

 

「いいえ。ただ聞いてみただけですわ」

 

「一つだけ教えてやるよ」

 

「何ですの?」

 

「蟹さ」

 

「は? ……意味が分からないことを。まったくあなたと言う人は」

 

「ヒントはやったぞ」

 

「こんなものはヒントじゃありませんわ。もっとマシなヒントはなかったんですの?」

 

「お生憎様ー」

 

白と青の操縦者はどこがワクワクしているようにも見えた。

 

「ボーデヴィッヒ」

 

「何だ、雑魚?」

 

「……覚悟しろ」

 

「貴様がな、モッピー」

 

「も、モッピー?」

 

箒の目が一層厳しくなる。対するラウラは黒い笑みを浮かべている。

 

こうして試合開始の火蓋が切られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お行きなさい、ブルーティアーズ!!」

 

セシリアが操る四機ビットが一夏に火を吹く。

 

一夏はレーザーをよけ続けるだけで攻撃に転じる様子はない。

 

「また、前と同じ……」

 

彼が何を考えているかは知る由もないが、確実に何か奥の手を持っていることは確かだ。

 

そうしている内に二機のビットが一夏に切り裂かれ撃墜された。

まるで挑発するように一夏はセシリアを一瞥するが、やはり攻撃をしかけてこない。

その行為がセシリアの苛立ちに油を注ぐ。

 

「なぜこちらに攻撃をしかけてきませんの! 馬鹿にしているのですか!?」

 

ビットを下げたセシリアはライフルを構えて一夏を狙う。

 

「あっぶねぇ……。どこ狙ってるんだー?」

 

再び挑発するかのような言葉が発せられた。

 

「……っ!」

 

セシリアは一瞬何かに焦ったようにライフルを構え直す。だが、それは一夏ではなくラウラを撃ち抜いたのだった。

 

掴まれていた箒が、すかさず間合いを詰め、ラウラの腹に一撃を食らわせた。痛みにラウラの顔は歪み、腹部を押さえて前のめりになる。箒は攻撃をやめることなく、さらに追い打ちをかけるように打鉄の刀を振るう。

 

「危なかったですわ」

 

それを見てセシリアがつぶやいた。

 

「…………」

 

「あなたワザと私を挑発していましたね? ボーデヴィッヒさんから私の意識を外し、あなたに集中させようとしていたようですが、残念でした」

 

「少しは周りを見てるんだな、お嬢様」

 

「私は代表候補生でしてよ?」

 

皮肉を言う一夏と得意げに言うセシリア。

 

これが一夏が危惧していたことだった。一対一とは言ったもののそれは公式なルールではない。セシリアは箒に邪魔はしないとは言ったが、助太刀をしないとは言っていない。もちろん、一夏とラウラと約束もしていない。暗黙の了解は、時として、どう転ぶか分からない。だって、やってはいけないとは誰も言っていないのだから、罪にもならない。

 

中距離型のセシリアだからこそ出来る芸当だった。

 

あれはラウラと箒の戦いだ。彼女たちのための戦いなのだ。邪魔を入れなくなかった。

だから一夏は彼女の意識からラウラを外そうとした。だが、それは失敗してしまった。

 

「もう逃げ回る必要もないな」

 

吹っ切れなように一夏は雪片弐型を構える。

 

「やっとやる気になったようですわ、ね!!」

 

語尾を力ませてセシリアが叫ぶと同時に何発ものレーザーが放たれた。

 

一夏がいた場所をレーザーが通り過ぎる。

 

「イグニッションブーストですか……やりますわね!」

 

俊足で移動する一夏をビットが追尾する。一夏の前をセシリア本人からのレーザーが遮った。

 

「捕らえましたわ!」

 

二機のレーザービットが一夏の周りを囲み、前にはライフルで狙いを定めるセシリア。ミサイルビットの二機も一夏をロックしていた。

 

一夏とセシリアが近距離で直線上に並んだ。

この状況でも夏は笑っていた。焦ることもなく、この時を待っていたと言わんばかりだった。

 

「これにて私とあなたの劇を幕引きといたしましょう!! 私の勝利で!」

 

「そんな幕引きは断固拒否する!」

 

その刹那、奇声にも似た叫び声がアリーナを震わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁ!!」

 

箒の一撃は簡単にラウラにさばかれた。試合が始まってからはこれの繰り返しだった。

それでも斬撃を繰り返す箒に、ラウラは平然とそれを受け流し、時折、右手のプラズマ手刀で箒を痛ぶっている。まるで、遊んでいるかのように。

 

「弱いな」

 

「くっ!」

 

ラウラのレールカノンが火を吹く。箒は体を捻り何とか避けるが爆風でシールドエネルギーを削られる。

 

「少しは実力があるのかと思っていたが残念だ。正直、つまらない」

 

「うるさい!!」

 

ラウラはブレードを振り下ろした箒をの手を掴むと背中のワイヤーブレードを使って締め上げた。

 

「ぐっ……」

 

「単純な奴だ。お前のような奴を何と言うか知っているか? 馬鹿と言うのさ。さっさと終わらせるか」

 

そのとき一筋の光がラウラの腕を射抜いた。

 

「あのれオルコット……」

 

箒はすかさずブレードでワイヤーを切り裂き、間髪入れづに斬撃を繰り出す。

 

「くっ!」

 

左のプラズマ手刀はすでに使い物にならず、ラウラは箒の攻撃を防ぎきることができなかった。

渾身の一撃がラウラの左腹部にヒットした。

絶対防御が発動するほどの衝撃に、痛みに顔が歪み、体制も前のめりになる。

 

「がっ……」

 

だが、ラウラは力を振り絞って箒の顔面に右ストレートを叩き込んだ。

 

二人はその場に倒れて動かないが、どうやら意識はあるようだった。

 

しばらくして、先に動いたのは箒だった。ブレードを地面に突き刺し支えを作って立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

箒が息を切らしながらラウラを見下げる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。私の勝ちだ」

 

ラウラが静かに答えた。

 

「なぜとどめを刺さない」

 

「まだやるのなら立ち上がれ、そうでなければ降参しろ」

 

「私の意思など関係ないだろ。早くとどめを刺せ。情けをかけるな」

 

「嫌だ」

 

「ふざけているのか! 結果的にお前が死ぬかもしれないんだぞ」

 

「ふざけてなどいない。よく聞け、ラウラ・ボーデヴィッヒ。これは戦争じゃない、試合だ! 私は戦場など知らない、お前の考えを理解することもできない。だが、これだけは言っておくぞ。これは試合だ! これが私の知っている世界だ! だから何を言われようが気にしない! 情けなどいくらでも与えてやる!!」

 

箒の叫びにラウラが目を見開いた。

 

「お前の世界……だと?」

 

「そうだ、これが私の世界だ。何もしないのならそこで寝ていろ。私はセシリアに加勢に行く。シールドエネルギーは少ないが手助けぐらいはできるだろうからな」

 

 

 

 

 

 

え?

ちょっと待て。こいつがオルコットの元へ行くと言うことは、一夏が不利になるってことじゃないのか?

 

私はあのとき一夏になんと言った?

 

お前は私が守る、と言ったんじゃないのか?

 

約束したんじゃないのか?

 

ならばなぜ篠ノ之が立っている? なぜ私が倒れている?

 

私はあいつを、一夏を守りたいんだ。

 

初めて心惹かれた男すら私は守れないのか?

 

私に力が無いからいけないのか?

 

私は弱いのか?

 

嫌だ。

 

私は強くなりたい。教官のように、管理官のように、大切な何かを守れる力が欲しい。

 

私に笑いかけてくれる者を守りたい。

 

嫁を、織斑一夏を守りたい!!

 

『汝、力を欲するか?』

 

何?

 

誰だ、お前は?

 

『汝、力を欲するか? 力を求めるか? 何者をも打ち倒す絶対的な力を求めるか? 』

 

力を?

 

あぁ、欲しいさ! お前が何者かは知らないが、力を与えると言うのなら早く寄こせ!!

 

比類なき絶大な力を! 私に寄こせ! 私に与えろ!!

 

早く!!

 

『我を求めよ』

 

求める! お前を求める! 力を求める!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その刹那、ラウラのISが形状を変えた。彼女の叫びと共に、彼女の闇ように、ドロリと。

 

ラウラの体が黒い何かに包まれてゆく。

 

動けない箒の元へ一夏とセシリアが駆けつけた。今は勝負などとは言っていられないことを二人は直感で感じ取っていた。

 

「な、何ですの!?」

 

「私にも分からない。ボーデヴィッヒが急に苦しみ出したと思ったら……」

 

つぶやくように言う箒に一夏が尋ねた。

 

「箒、ラウラは間違いなく苦しんでいたんだな?」

 

「あ、あぁ」

 

彼かの目の前で黒い何かは形を変え、新たな物へと変容していた。

 

織斑千冬の影に……

 

「馬鹿野郎……」

 

一夏のプライベートチャンネルに通信が入った。

 

「織斑君! 早く避難をしてください!」

 

「一夏君、早く逃げて!」

 

「山田先生に杉山さん……」

 

裏からは鈴とシャルロットの声も聞こえる。

 

「山田先生、すいませんが、それはできません」

 

「な、何言ってるんですか! えっ、ちょっと織斑博士!?」

 

真耶のマイクを三夏が奪い取ったようだった。

 

「一夏」

 

「三夏兄……」

 

「君の手で片付けることができるか?」

 

「やってみせる」

 

「ならばよし。好きにやりたまえ」

 

そこで通信が切れた。

 

「ありがとう、三夏兄」

 

話を終えた一夏が不安気な箒とセシリアに向き直った。

 

「二人とも、ちょっと行ってくる」

 

「ま、待て! あれは化け物だぞ!?」

 

「違うよ、あいつはラウラさ」

 

「し、しかし……」

 

そこにセシリアが口を挟んだ。

 

「一人でおやりになるおつもりですか?」

 

「ん? あぁ……」

 

「本当にお馬鹿さんですのね、あなた」

 

「何とでも言え。止めても聞かないぞ」

 

「別に止めませんわ。ただし、私も加勢いたします。決着がついていないのに死なれては私が迷惑しますので」

 

「……頼む」

 

「はい。それにお馬鹿な男は嫌いじゃありませんわ」

 

「馬鹿じゃない」

 

白と青は笑いあうと黒に向かって行った。

 

箒は見守ることしかできない自分がとても情けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏さん! 私が援護いたします、その隙に」

 

「分かった! 頼む、セシリア!」

 

「はい!」

 

レーザーとミサイルが黒いISに撃ち込まれ、弾幕を張った。

 

一夏は黒い刃を交わし相手の懐に入ろうとするが、相手の動きが早く苦戦を強いられた。

 

白い刃と黒い刃が音をたてて交じり合う。

 

「一夏さん、零落白夜を!」

 

「ダメだ! エネルギーに余裕がない、このまま畳み掛ける!!」

 

凄まじい剣戟が繰り広げられる。

 

「ラウラ、早く目を覚まさねぇとあの二人からこっぴどく叱られるぞ!!」

 

一夏の白い刃が黒い刃を押し込めて動きを奪う。

 

黒いISは空いていた腕を振り上げ、一夏めがけて振り下ろそうとしたが、セシリアによって撃ち抜かれ、吹き飛んだ。

 

黒いISが一夏を引き剥がすために無理やり刃を動かした。

 

一夏のブレードが弾かれて地面に刺さる。

 

「一夏さん!!」

 

セシリアが一夏の名前を叫びライフルを構えるが間に合わない。

 

振りかざされた黒い刃が一夏を捉えようとした刹那、数発の銃声がこだましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を吹き飛ばされた黒いISは動きを止め、形が崩れはじめた。

 

「ぎ、ギリギリセーフ?」

 

そうつぶやき冷や汗を垂らす一夏の手には、杉山製の独立型の小型パッケージから粒子変換されたIS用の連発式ショットガンが握られていた。

 

一夏は倒れこんだラウラの体を優しく支えてやる。

 

「まったく手のかかる奴だな」

 

セシリアが近づいてきた。

 

「それが隠し球だったのですね。だから私と近距離で対峙したときあんな顔を……」

 

「あぁ、蟹は縦にも歩く、接近型ISは銃を使えないわけじゃない。……俺の勝ちだったな」

 

「何を言ってますの? それでも私が勝っていましたわ」

 

「俺だろ!」

 

「私ですわ!」

 

一夏はため息をつくとラウラを抱いたまま歩きだしたが、すぐに足を止めた。

 

「お嬢様」

 

「何ですの?」

 

「助かった。ありがとう」

 

「……別に、いいですわ。それと!」

 

「ん?」

 

「これから私のことはセシリアとお呼びなさい! いいですわね、一夏さん!」

 

セシリアはそれだけ言うと顔を赤らめてピットに向かって飛んで行ってしまった。

 

「りょーかい、セシリア」

 

一夏はセシリアの背中を見ながら笑顔で言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?

 

ここは? 夢か?

 

「ラウラ」

 

一夏か?

 

すまない、私はお前を守れなかった。それどころか、傷つけようとしてしまった。

 

「本末転倒だな」

 

返す言葉もない。本当に、すまない。

 

「いいよ。俺もお前も無事だったんだからな」

 

なぁ、一夏。

 

「何だ?」

 

やはり私は兵器なのだろうか?

ひたすら力を求める化け物なのだろうか?

私は人間でいいのだろうか?

 

「さぁな。お前はどんなんだよ?」

 

私は……分からない。

 

「なら、お前は化け物か?」

 

ち、ちが……。

 

「断言できないんだろ? なら化け物なんじゃないのか?」

 

違う! 違う! 私は! 私はお前たちと同じでありたい!!

 

「そうか。ならそれでもいいんじゃないか? お前がいいんなら」

 

…………。

 

「譲れないモノを持って、何を言われようが、お前がそうありたいのなら、それでいいんじゃないか? 我儘でも、傲慢でも、割り切れなくても、絶対に譲れないモノを持ってる。まぁ、諦めも、引き際も大切だが、それも同じぐらい大切なモノだろ? 欲深くて、人間臭くてさ」

 

わ、私はこれからどうすればいいのだ?

 

「何?」

 

だ、だから、私はこれからどうすればいいのだ!?

 

「自分で決めろ」

 

おい! 一夏!

 

待ってくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ」

 

目を覚ましたラウラは起き上がらずに辺りを見回す。

 

「起きたか?」

 

「教官……」

 

「まったく、手のかかる奴だ」

 

椅子に腰掛けた千冬は目覚めたラウラを見て安堵したように言った。

 

「すいません……」

 

「いいさ、これも仕事だからな」

 

千冬なりの照れ隠しなのだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「礼なら一夏に言ってやれ。私が来るまでお前を見ててくれたのだからな」

 

「え? あれは夢……ではなかったのか? どっちなんだ……」

 

「さて、私は行くぞ。体力が回復したら兄さんのところへ行ってこい」

 

「……はい」

 

ドアに手をかけた千冬をラウラが呼び止めた。

 

「あ、あの!」

 

「何だ?」

 

「私は誰なのでしょうか?」

 

「……お前はラウラ・ボーデヴィッヒだろ?」

 

「…………」

 

「ラウラ、お前は私にはなれない。織斑三夏からもらった名前を大切にすることだな」

 

「…………」

 

「返事は?」

 

「は、はい!!」

 

「よろしい」

 

そう言って千冬は部屋から出ていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デスクに腰掛けた三夏の前には一夏、ラウラ、箒、セシリアの姿があった。

 

「では、この件に関しては他言無用だ。分かったかな?」

 

四人が返事をすると、三夏はラウラに尋ねた。

 

「ラウラ君」

 

「は、はい」

 

「君のISにはVTシステムが組み込まれていた。何か心当たりは?」

 

「あ、ありません」

 

「よろしい! では、この件での君、並びにドイツ軍の責任は不問とする。以上だ、下がっていいよー、私はお昼寝をするから」

 

「ま、待ってください! 本当によろしいのですか、管理官!?」

 

「何だ? きっちりかっちり責任を取らせて欲しいのか?」

 

「い、いえ」

 

「なら話は終わりー」

 

「ありがとうございました!」

 

ラウラは深々と頭を下げた。

 

「よかったんですか?」

 

四人が退室した後に杉山がそう言った。

 

「すでに破棄したとはいえ、あれは我が社の製品だ。これ以上問題にするのは厄介だからな。それに制作した研究員は今回の件には無関係だ」

 

「……責任の取らせようがない、ってことですか?」

 

「醤油ことー」

 

「以前どこかに提供されたはずの欧州第三支部の研究員は?」

 

「そんなところまで知らなぁーい。どうでもいいが、これ以上の詮索はするなよ、朝ドラ」

 

「でも!」

 

「まぁ、後は兎がやってくれるだろー。すでに研究所が消えてるかも知れないぞぉ?」

 

「束ちゃんが?」

 

「たまには役に立つな。清掃員にでも転職すればいいのになぁー! ははははははー」

 

「…………」

 

三夏は愉快に足を組み直した。実際に三夏の勘は的中することになるのだが。

 

欧州第三支部が、これを見越して切り捨てられたのかどうかは杉山には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「篠ノ之箒……」

 

廊下でラウラが箒を呼び止めた。

 

「な、何だ?」

 

ギクシャクしたやり取り。

しばらくして、ようやくラウラが口を開いた。

 

「わ、悪かった。……謝る」

 

「こちらも、大人気なかった。すまなかったな」

 

箒はVTシステムのことを思い出した。

 

「あれがお前の知る戦場なのだな……。確かに私は何もできなかった」

 

「私もだ。試合でお前に勝つことができなかった」

 

「そうか」

 

「あぁ」

 

「そ、それとだな。私のことは、その……箒と呼んでくれてかまわない」

 

「で、では、私のこともラウラでいいぞ」

 

「承知した」

 

そう言ってお互いに握手を交わしている二人の様子を一夏と鈴が静かに見守っていた。

 

「ま、結果オーライね。よかったわね、一夏」

 

「一安心だ」

 

「でも、ヤバかった事に変わりわないじゃない」

 

「いいんだよ、仲直りしたんだから! さぁ、飯に行くぞー。小清水さぁーん、ご飯ー!」

 

「待ちなさいよ! あたしも行く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝のHRで事件は起こった。

 

「はぁー、また大変だったわね」

 

「まったくだー」

 

「お疲れ様、一夏」

 

「ありがとー、シャル〜」

 

机にうな垂れる一夏に鈴とシャルロットは苦笑いをする。

 

「垂れ一夏だね」

 

「……ぷっ、何よそれ。あははは……」

 

そこへツカツカとラウラがやってきた。何かを決意したように硬い表情をしている。

 

「一夏!」

 

「ん〜?」

 

一夏がゆっくり顔を上げた刹那、いきなり胸ぐらを掴まれて無理やり立たされた。

 

「ちょっラウ、むぐっ!」

 

言い終わる前には一夏の唇が柔らかい何かに遮られた。

 

それは、ラウラの熱い口付けだった。ねっとりと舌を絡ませた、ディープキス。

 

「お前は絶対に私の嫁にする、異論は認めん! 覚悟しておけ!!」

 

ラウラが赤面しながらビシッと一夏を指さして宣言した。

 

「ななな、何やってんのよあんたはーー!!?」

 

「そうだよ! ハレンチだよ!!」

 

唖然として動けなかった鈴とシャルロットの怒りが爆発するが、ラウラはそれを勝ち誇った表情で一蹴した。

 

「一夏! あんたも何か言ってやりなさいよ!」

 

「そうだよ!!」

 

一夏に詰め寄る二人。だが、とうの一夏はと言うと……

 

「ちょー柔らけぇ……」

 

上の空でそうつぶやいただけだった。

 

「一夏ぁぁぁぁぁ!!」

 

「何て顔をしてんのよあんたはぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「嫁よ、もう一回しよう!」

 

そんな様子を見て箒はショックのあまり固まって真っ白になっていた。

 

「き、キスしたのか? 一夏が? ラウラと? え?」

 

「箒さん、大丈夫ですの?」

 

「一夏のファーストキスが……あ、あ、あ……」

 

「はぁ……」

 

セシリアは頭を抱えてため息をついた。そういう彼女もまた一夏のキスを見て若干苛立ったのは秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこの書類の山は……」

 

「まだまだあるぞ。そっちの端末にも入ってるからな」

 

「だからなんで!?」

 

「兄さんが言ったんだろ。ラウラとドイツ軍の責任を取り消すと。なら、その処理をやるのは当然だろ」

 

「うわぁぁぁぁん! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「泣くな、泣くな。私も手伝ってやるから。な?」

 

「ぐずん。……うん」

 

「よし。ほら、やるぞ。早く終わらそう」

 

「……不幸だ」

 

 

 

 

 

 

 




さて、ラウラと箒の戦いも終わりました。

しかし、戦闘を書くのは難しい……。
上手く書けたかぁ(^^;;



リーガルハイ、番外編?2も書いているんですが、裁判は難しい!
次回は羽入君も登場する予定ですww

ではでは〜


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第31話

 

 

 

 

 

 

インペリアル・コーポレーション、会議室。

 

「人類みな兄弟!」

 

三夏が白衣をなびかせ座っていた椅子から立ち上がった。

まるで劇のように。

 

「とってもいい言葉ですよねぇ。みんなで仲良く平等にという意味の言葉、うちの馬鹿部下が信じてやまない妄言です。では、皆さんこの世界に支配者はいないと思いますか? ……ご心配なく、ちゃぁんといますよ。そして、それは我々ではなく、篠ノ之束です」

 

「篠ノ之博士がなんだと言うんだね?」

 

円卓に座る議員の一人が口を開いた。

 

「何も分かってらっしゃらない脳味噌お花畑のようなので、ご説明しましょう。いいですかぁ、我々、人間は時代の流れには逆らえません。……時代はいつも一部の天才によって流れを変えてきました。今回もそうです。ただし! 今回はタチが悪すぎる。大発明をした科学者は讃えられることはあれ、決して祭り上げられてはならない。しかし、この世界は神様、仏様、篠ノ之束様なのです。今や彼女は神と同格の天上人だ。由々しき事態だとは思いませんかぁ? あの天才を容認し、あまつさえ祭り上げているこの時代は。いつの世も、科学者は科学の発展のために尽力してきました。そう、人々の暮らしを豊かにするために、戦争で勝つために、研究に没頭してきた。科学は万人に使われなければ意味がない。これが大前提です。使って欲しいから誠心誠意、研究するんです。……彼女はそんなこと微塵も考えていませんよ。あんな奴は科学者でも何でもない、下民に玩具を与えて楽しんで傍若無人に振る舞っている神様気取りの化け物だ」

 

「ば、化け物とは、言い過ぎなのでは?」

 

はっきりと言い放つ三夏に議員のは怯んでいるが、社長代理である西野は三夏から目を離さない。

 

「では何を持って人間とするのか、仲間とするのか。人の形をしているから? 言語を話すから? 頭が良いから? 違う。……それは常識と価値観ですよ。簡単に申し上げましょう。金には価値がある。これが私の言う常識と価値観です。そうでしょう? 皆さんの今の立場だって金で保証されているんです、これが良い例ですよ。人間は独自のコミニティーを形成し生きている。だが、しかし! 篠ノ之束に我々の価値観や常識は通用しない。彼女にとって、地位も名誉も金も、道端に落ちているゴミ同然なのです。言わば彼女は癌だ。突然変異の異質な知的生物。それが篠ノ之束です」

 

「……何が言いたいのかね?」

 

「私はここに提唱します。我が社独自のマルチフォーマルスーツの開発に着手すべきだと!」

 

「待ちたまえ。それは篠ノ之束博士を全面的に否定することになるんだぞ。我が社の損害は計り知れない」

 

「その通りね」

 

「あぁ。博士とは、より良い関係をだな……」

 

西野以外の重役たちがそれぞれに首を降る。

 

「だからこそです。篠ノ之束は異質な存在ではあるが、ISで新たな世界秩序を創り上げるだけの力がある。我々の世界に何の興味も持たない神など、危険以外の何ものでもないとは思いませんか? この会社はそんな存在に依存しようとしているんですよ? ……私たちはいつから人の顔色を伺う謙虚で慎ましい集まりになったんですか? 自分たちに都合が悪いようならばどんな相手だって脅したじゃありませんか、消したじゃありませんか。プライドはどこに消えた。この会社、世界第一位の巨大軍事企業、インペリアル・コーポレーションのプライドは、小娘に頭を下げるような安いものだったんですか?」

 

机に片手を付き身を乗り出した三夏はまっすぐ西野を睨むように見つめた。

 

「…………」

 

「我々は篠ノ之束と渡り合えるだけの力がある。篠ノ之束の覇道を撃ち破り無に返す王道の力が。神にへりくだりNo.2になることに何の意味がある? 天下を征する力を持ちながら、なぜ虐げられねばならない? はっきり申し上げましょう。皆さんが保身に走りたいのであれば、篠ノ之束と対立する以外に道はない! 世界は我々人間のものだ、異質な存在のものではない。……篠ノ之束が創る未知世界、一寸先は闇ですよ?」

 

「待ってください! 双方でよく話し合ってから」

 

「お口にチャック!」

 

裏に控えていた杉山の発言はすぐさま一蹴された。

 

「…………」

 

「かつて一人の指導者がこう言いました。並外れた天才は凡人に配慮する必要はない。……凡人に配慮しなかった結果、彼は燃え盛る街の地下で拳銃で頭を撃ち抜き惨めに死にました」

 

「…………」

 

「私がお願いしたいことはただ一つ。この計画を許可していただきたい」

 

「たとえ世界戦争になろうとも私は一行に構わない、……ですか?」

 

「惨めに死ぬのは我々かも知れない。だが、ただ消されるのはもぉっと惨めだ」

 

西野は三夏から配られた資料をもう一度パラパラとめくってから顔を上げた。

 

「……いいでしょう。あなたが行っている、操縦者の性別を選ばない新型マルチフォーマル・スーツの私的研究を公的なものとします」

 

西野の言葉に三夏から不敵な笑みがこぼれる。

 

「男性のみなさぁーん、もうすぐ伸び伸びと暮らせる世界がやってきますよー! 女性のみなさんもご安心を! 何もすぐにISがなくなるわけではないし、女尊男卑の根は深い。いかに無能なポンコツクソ女だったとしても一定の評価をされる時代になるでしょう! ぜひお楽しみに。では、失礼しますよ!」

 

「待ちなさい」

 

「何ですか?」

 

西野に呼び止められる三夏。

 

「計画については承認しましょう。ですが、あなたの会議室での態度は認められない点が多々あります。ここはブロードウェイではありません。ちゃんと場に見合った態度でお願いしなさい」

 

「社長代理ぃ何をふざけたことを……」

 

「私なふざけてなどいません。本気です」

 

「…………」

 

「どうしたのですか? 早くしなさい」

 

「……予算をくださーい、お願いしまーす」

 

恐ろしく感情の無い声で三夏は言った。

 

「よろしい。確かに許可しました」

 

三夏はふてくされたようにドカッと椅子に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく相変わらずのクソ女め!」

 

西野への文句を言いながら三夏がドカドカと廊下を歩く。

 

「あれは言い過ぎじゃないんですか?」

 

三夏の後ろを歩いていた杉山が言う。

 

「あれとは何だ?」

 

三夏は足を止めて杉山に向き直った。

 

「束ちゃんを酷く言ったことですよ。彼女だって考えがあるかも知れないのに……。偏見でモノを言うべきではないです」

 

「考えだとぉ? まったく君の頭はどこまでポンコツなのだぁ、さすがに悲しくなってくる。それにだ、偏見だからといっていったい何が悪い。あの話もすべて私の憶測だ、根拠など何も無い。だが、私はクソ兎のことなど何も知らないし、知りたくもないし、大っ嫌いなのだから偏見を持つのは当たり前だ」

 

「だからってあれじゃあまるでこの会社が支配者になるような言い方じゃないですか……」

 

「そうだ。世界の秩序、規範、価値観、常識を篠ノ之束の無秩序と混沌から護ってやるのだから、それぐらいの見返りがあったとしても当然だろう。国すら指一本で動かせるようになれば我々は最強じゃないか。それに、脳みそピーマン君のように良心的に考えたとして、クソ兎の創る世界に終着点などあるのか?」

 

「え?」

 

「もしかしたら無いのかも知れないぞ? クソ兎にとってこの世界は、でっかい実験対象でしかない。いろいろやって、飽きればやめて、別のことをやり出す、またそれが飽きれば次に、次に、次に、次に。やりたい放題! しっちゃかめっちゃか! 自分が楽しければ面白ければそれで良し!」

 

「…………」

 

「もはや二者択一だ、コミュニティーのルールを守る支配者とルールなんてガン無視の征服者。君ははどっちの味方だ? 君はもう見え始めてるんじゃないのか? この世界が……」

 

「それは……」

 

「私は哀れな愚民どもを護る救世主として篠ノ之束を打ちたおーーす! はははははははははーーー!!」

 

「…………」

 

いつものポーズのまま早歩きで去っていく三夏。

 

「世界秩序の維持と変革……」

 

分かっている。シャルロットのときもそうだった。

力が無い者は何もできない。どちらが片方に着くしかない。

 

世界は二人の天才によって翻弄されている。

他者がどんなに努力しても手すら届かない境地での争い。

正義と悪はフィクションの世界にしか存在しない。

 

しばらくうつむいていた杉山だったが、ハッと我に返って三夏を追いかけた。

 

「博士、帰っちゃダメですよ! まだ仕事あるんじゃないんですか!?」

 

 

 

 

 

 

三夏は主任用のデスクに両足を乗せて組みながら端末を操作していた。

 

「まぁ正式な書類はこんなもんだろう。後でプリントして西野のところへ持っていきたまえ」

 

「西野社長代理ですよ、博士。聞かれたらまた怒られますよ?」

 

「あいつに怒られたって僕は反省しないもーん。だから僕の勝ちだもーんもーんもーんもーん!」

 

もーん、を連発して足をばたつかせる三夏に杉山はこめかみを軽く手で押さえた。

 

「勝ち負けの問題じゃないでしょう……。子供じゃないんだから」

 

「それより社長はどこ行った? まさかまだ南極じゃないだろうな? いい加減凍死してるんじゃないか?」

 

「今はサウジアラビアらしいですよ。聞いただけなんで私も詳しくは知りませんけど」

 

「何で?」

 

「石油でも狙ってるんじゃないかって……」

 

「こち亀の両さんみたいなオチにならなければいいんだがなぁー」

 

「あ、あははは……」

 

杉山はとりあえず笑ってごまかした。そうしているうちに印刷機がプリントを吐き出した。

 

「ねぇ、博士」

 

「ん?」

 

「プレゼンテーションの日程は未定なんですか?」

 

「あぁ。サプライズだ」

 

「サプライズって……」

 

「泡を割るのさ」

 

「泡を? ……ごめんなさい、分からないです」

 

首を傾げる杉山のために三夏はただ口元を吊り上げた。

 

「んふふふ。この私がIS人権バブルを破裂させてやるわぁ」

 

杉山は何かに気づいたのか三夏に問いかけた。

 

「まさか白騎士事件のような効果を狙って?」

 

「あんなテロと一緒にするんじゃない。要は男と女を同じ土俵に立たせてやるのだ。そうすれば簡単に世の中はひっくり返るだろう」

 

ビシッと右手の人さし指を立てる三夏。

 

「同じ土俵に立たせてる……」

 

杉山は三夏の言葉を繰り返した。

 

「そして徐々に徐々にISをスクラップにしていけば世の中は変わる。あるのは男女を選ばない新型マルチフォーマル・スーツなのだから。後は知らん、女尊男卑でも男尊女卑でも現状維持でも好きなようになればいいさ、すべて自分たち次第なのだからな。男に負けたくないのなら必死に頑張れ、女に負けたくないのなら死に物狂いで努力しろ。共存共栄したいならすればいい。少なくとも、何の努力もしていない実力も無い馬鹿女が無条件で偉そうにすることはなのだから」

 

「本当に評価されるべきものが残り、性別の差別ではなく努力した者が報われる……ってことですか?」

 

「どう捉えるかは自分次第だと言っただろ。まぁ私の目的は達成できたがねぇ。あー、慌てふためく無能な癖に偉そうな馬鹿女どもの顔が今にも浮かんできそうだよ。私はやっぱり男性諸君を応援するからねぇー。可愛子ちゃんたちを雇いまくってやればいいのだ!」

 

三夏は心底楽しそうに椅子の背もたれに倒れ掛かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本晴れの空の下。

IS学園、屋上にて。

 

「またにはお弁当もいいわねぇ」

 

「そうだな」

 

「うん。あ、ラウラ、口についてるよ。ふいてあげるね」

 

「ん、すまないな」

 

「子供じゃないんだから、そのぐらい自分でしなさいよ。シャルロットはあんたの母親じゃないんだから」

 

「いいじゃないか。お前はお父さんだろ? 鈴お父さん」

 

「今日は絶好のスカイダイビング日和ねぇ。ラウラ、ちょっと屋上から飛ばしてあげるわ。ISを置いてこっちにいらっしゃい」

 

「とぉー!!」

 

「だから逃げるな!!」

 

楽しそうな三人を見ながら一夏が二つある弁当の一つに口をつけた。

 

鈴と箒のものだ。シャルロットは時間がなく作ることができなかったらしい。

 

「お、この唐揚げ美味いな」

 

「本当か!?」

 

それを聞いた箒がズイッと顔を近づけた。

 

「あぁ、美味しかったぞ」

 

「そうか。よかった……」

 

箒は胸を撫で下ろして安心した表情を浮かべた。かなり不安だったに違いない。

 

「ちょっと一夏ぁーー! あたしのお弁当はどうなのよぉぉー!?」

 

ラウラとプロレスごっこを繰り広げていた鈴が一夏に叫んだ。

 

「お前の酢豚も美味かったぞぉぉーー!」

 

「あったりまえでしょぉぉー!」

 

鈴はラウラをひっ捕まえながらいい笑顔で右手の親指を立てた。

 

一見すれば何の変哲もない平和な昼の風景なのだが、一夏には先ほどからどうしても気になることがあった。

 

「さっきからそこで何してる、セシリアお嬢様」

 

箒の影に隠れるように座っていたセシリア。

 

「……箒さんに誘われただけですわ」

 

「なら俺を睨むのはやめてくれ。落ち着いて食事ができないだろ」

 

「なっ!? 睨んでなどいませんわ!」

 

「いや、睨んでただろ!」

 

「睨んでません!」

 

いがみ合う二人にため息をついた箒が仲裁に入った。

 

「一夏、実はセシリアも弁当を作ってきたんだ」

 

「あ? ……弁当?」

 

「そうですわ!」

 

「何で?」

 

「箒さんに誘われたからです。深い意味はありません」

 

セシリアは口を尖らせて小さめのバケットを差し出した。

中には綺麗で美味しそうなサンドイッチが並べられている。

 

「……まぁ、くれるんなら食べてやる」

 

「失礼な人ですわね。感謝して食べなさい」

 

「ならいらん」

 

「…………」

 

再び睨み合う二人。

沈黙が続いていたが、セシリアが口を開かずバケットだけを一夏の方に押し出した。

 

一夏が手を伸ばしたそのとき……

 

「嫁ぇぇー、助けてくれたらキスしてやるぞぉぉー!」

 

鈴に技をかけられたラウラが悲痛な叫びで助けを求めた。

 

「…………」

 

「油断してしまったのだぁぁ! 助けてくれー! ディープだぞ、ディープ!」

 

ピクリと一夏の体が揺れた。出された手も動きを止める。

 

「一夏よ。その沈黙はいったい何だ? 不埒な考えであれば、この篠ノ之箒が斬り捨ててやるぞ?」

 

そう言って一夏を見据える箒。鈴とシャルロットも冷たい目線を送っている。なぜかセシリアも……。

 

「ごめーん、ラウラー! 僕、なぁんにも聞こえなぁーい!」

 

「嫁ぇぇぇぇぇ!!」

 

一夏はいい笑顔で言い切った。

 

ラウラの声を完全にシャットアウトした一夏は改めてセシリアのサンドイッチに向き直ると無言のままそれに手をつけようとした。

 

『一夏、電話だぞ! 私からかも知れないから早く出るのだ!』

 

彼のケータイが音を出した。ラウラの可愛らしい声で。

 

何とも表現し難い空気がその場にいた者を包む中で、一夏は無言無表情のままラウラを一瞥すると「俺は無実だ」と小さくつぶやいて電話に出た。

 

「もしもし? ……了解。すぐに行くよ」

 

一夏が立ち上がった。

 

「千冬姉から呼び出し食らった」

 

「また、お馬鹿なことをしでかしたんですの?」

 

「俺はお馬鹿なことをしでかしたことは今まで一度もありませんことよぉぉ? ISの調整の件で話があるって言われただーけーでーすーよぉー」

 

「はいはい、そうですのー、凄いですわねー」

 

「何だそれは?」

 

「「…………」」

 

意味の無いことを続けていても仕方がない。お互い子供ではないのだから。

 

「……早くお行きなさいな」

 

「……あぁ。悪いな」

 

「仕方ないですわよ」

 

階段を降りてゆく一夏の背中を見ていたセシリアはため息とともに目線を手元のサンドイッチに落とした。

 

「食べてもらえませんでしたわ。ま、まぁ、よかったのですけれど!」

 

いつの間にか四人がセシリアのところへ集まっていた。

 

「美味しそうじゃない。一つちょうだいよ」

 

「え? 鈴さん?」

 

「なぁ、私にもくれないか?」

 

「ラウラさんも……」

 

「僕も食べたいなぁ」

 

「私もだ」

 

「箒さんにシャルロットさんまで……。ふふ、ありがとうございます。さぁ、召し上がってください」

 

四人はセシリアからサンドイッチを受け取ると、一斉に口をつけた。

 

「「「「いただきまーす」」」」

 

パクッ!

 

 

 

本日、午後の授業。

 

凰 鈴音。

篠ノ之 箒。

シャルロット・デュノア。

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

急な体調不良のため欠席。

 

「みなさん、どうしたんでしょう?」

 

サンドイッチを泣きながら食べていた四人をセシリアは不思議に思ったのだった。

食べてやるだけが優しさではないとは思うが、彼女の笑顔を見ていたら不味いの三文字を四人が言うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

7時30分。杉山さんのお部屋。

今日は三夏と部屋の主である杉山は本社へと行っているためこの場にはいない。千冬も真耶も珍しく残業だそうだ。

 

「あははははははは!」

 

フォークとナイフを持った一夏は夕食であるフランス料理の前菜を前にして爆笑していた。もちろん、鈴、ラウラ、シャルロットの話を聞いたからである。

 

「それは災難だったなぁ! あっはははははは」

 

自分が消えた後にまさかそんなことが起こっていたとは夢にも思わなかったので、おかしくて笑いが止まらなかった。

 

「冗談じゃないわよ! 死にかけたのよ、こっちは。笑うな!」

 

笑う一夏に怒鳴る鈴。

彼女は比較的に大丈夫そうだが、ラウラとシャルロットは終始無言だ。

 

「十分元気そうじゃないか」

 

「あたしはサンドイッチの具が少なかったのよ。端をもらったから中身にむらがあったのね」

 

鈴はあの記憶くと舌の感覚を消し去るように小清水さん特製のサーモンのマリネを食べた。

 

小清水は奥で料理の仕度をしているらしく今はいない。

 

「おいじぃ……ほんどに美味しいよぉ……」

 

まだ前菜だと言うのに噛みしめるたびに涙が溢れた。ラウラとシャルロットも同様である。ちなみに彼女たちは鈴よりもサンドイッチがクリーンヒットしたらしく何とか体調は回復したものの精神的にかなり参っているようだ。

さっきまでは笑いを堪えていた一夏もこれを見てしまったら流石に笑えなかった。と言うか引いた。彼女たち三人にではなく、これ程までに彼女たちを追い込んだセシリアの料理にである。

 

「……あの小清水さん」

 

「はい。何でございましょう」

 

「最近何かありました?」

 

一夏は暇を潰すために奥から戻ってきた小清水へアバウトに話しを切り出した。なぜかと言えば鈴たちの食事が異常に遅いのである。本当に一口一口、丁寧に味わいながら食しているのが分かった。

一夏の意図を小清水も読み取ったようだ。

 

「いえ、これと言って……。そう言えば、今日は一人の生徒さんと仲良くなりました」

 

「へ〜、どんな……」

 

一夏が聞き終わる前に、全員が前菜を食べ終わったため小清水はメインの料理を運び出した。

仕方がなく一夏は料理が並び終わるのを待つ。

今日のメインは肉料理らしく、上にかけられたソースが一段と食欲をそそる。

 

作業を終えた小清水に一夏が話しを戻した。

 

「それで、どんな人なんですか?」

 

「はい。私は定期的に食堂で料理の講座を開いておりましてですね……」

 

「料理の講座を……。凄いですね、小清水さん」

 

「はは、昔、お料理教室で先生をさせていただいていたことが有りまして。何、たわいもない取り柄でございます」

 

「その生徒も小清水さんの講座を受けてるんですか?」

 

「いえ、彼女とは私が講座を終えた後に知り合ったのです。私が食堂でお茶を飲みながら一息ついていましたらお会いしたんです。オペラのお話で大いに盛り上がりまして、そしたらなんと!」

 

「なんと?」

 

「彼女は楽しいお話のお礼とおっしゃって夕食のメインディッシュのお手伝いをしてくださったんです」

 

「へぇ、そんな生徒もいたんですね」

 

「はい。本当にお綺麗な英国淑女の方でした」

 

「……エイコクシュクジョ?」

 

一夏の耳にどこか引っかかる単語が入った。やけに瞬きが早くなる。

 

「小清水さん?」

 

一夏の声のトーンが低くなった。

 

「はい」

 

「もしかして、セシリア・オルコットですか?」

 

「確かそのようなお名前だったかと」

 

一夏の額から汗が一筋垂れた。小清水が答えた刹那、ガシャンと食器の音が響いた。

見れば三人が事切れていた。死んではいないが。

 

小清水と話をしていた一夏だけがメインを口にすることなく助かった。

 

「神は我を見放さなかった。ありがとう、神様」

 

一夏は十字を切って天へと感謝を捧げた。……一夏はキリスト信者ではないが。

 

「小清水さん」

 

「はい?」

 

「二度とそいつに手伝わせないように」

 

「え?」

 

「お願いしますね?」

 

「かしこまりました」

 

「それと、あそこの三人を部屋へ送ってあげてください。口から泡を吹くほど今日は疲れていたようなので。片付けは俺がやっておきますから」

 

ニコリと一夏は小清水に微笑んだ。

 

「御意」

 

誰もいなくなった部屋で一夏は肉にかかっていたソースをスプーンですくい上げるとそのまま金魚鉢の中に流し込んだ。

 

ソースが水に溶けるのと同時に中の金魚が痙攣して浮かび上がる。

 

「あいつの料理は劇物か……」

 

皿を洗い終えた一夏だったが、夜も遅くなっていたため鍋に残る料理を捨てることまではできず、しかたなく劇物注意と書き置きを貼り付けて部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、疲れた疲れた……」

 

「ですね。久々の会社でしたし」

 

「お、二人とも帰ったのか」

 

「お疲れさまです。私たちも今、終わったところなんですよ」

 

深夜近くになって三夏と杉山がIS学園に帰宅し、千冬と真耶も仕事を片付けて帰ってきた。

 

「お腹減りましたね……」

 

「小清水さんが何か作ってくれてあるだろー。杉山君、用意したまえ。盛り付けぐらいはできるだろ?」

 

「はいはい。やりますよ〜」

 

「私も手伝います」

 

「ありがとね、真耶ちゃん」

 

二人と入れ替わるように千冬がビールを片手に三夏の横に腰掛けた。

 

「ほら、兄さん」

 

「ん〜」

 

四人分の食事をよそった皿を持って戻ってきた。

 

「なんかこんな紙があったんですけど……」

 

「劇物注意ぃ? 意味が分からん。早く食べるぞー」

 

「そうだな」

 

深く考えることもせずにそんなことを言う三夏と千冬。

 

「そうですね」

 

「美味しいそうですよぉ」

 

杉山と真耶もそれに乗ってしまった。

 

「「「「いただきまーす」」」」

 

パクッ!

 

 

翌日。

 

織斑三夏。

織斑千冬。

杉山。

山田真耶。

 

体調不良のため欠勤。

 

 

篠ノ之箒。

 

大事をとって欠席。

 

 

凰 鈴音。

シャルロット・デュノア。

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

病状悪化のため欠席。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん本当にどうしたのでしょうか?」

 

「セシリア、お前は二度と料理をするな」

 

「一夏さん、それはどういう意味ですの!?」

 

「…………」

 

 




いよいよ福音戦が近づいてきました……。
どうしよう(^^;;

※ネタバレになるので詳しくは言えませんが新型マルチフォーマル・スーツは全く期待しないでください(汗)

リーガルハイも次回で最終回(泣)
僕の楽しみが……。
次回からどうやって生きていこうかな……。


ではでは〜


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第32話

 

「あ、あんたのことが……私はあんたのことが好きなの! いい加減気づきなさいよ……」

 

顔を赤らめて目を潤ませる幼馴染の体を少年は少し戸惑いながらも抱き寄せた。

 

「ごめん、泣かせて……」

 

「本当よ」

 

「僕も君が好きだ。……気づくのが遅くてごめんね」

 

「……遅すぎるのよ、バカ」

 

二人の唇は徐々に近づいてゆき交わったのだった。

 

 

 

「いいお話ですね。恥ずかしさのあまりつい暴力に走ってしまうヒロインが、それを徐々に克服して心を開いていく。ヒロインを優しく受け入れた男の子も最高です」

 

「……本当にいい迷惑なお話だ。現実的には男が愛想をつかすのがオチだが、美人なのが幸いしている」

 

「…………」

 

杉山と三夏が仲良くソファーに腰掛けてテレビを鑑賞していた。

 

その内容に感動し胸の前で手を組む杉山と冷めた目で足を組む三夏。まさに対象的な反応である。

 

「……まぁ、あなたには無理ですよね。優しくないですから」

 

「まったくだ。ツンデレは私の苦手な女ランキングの上位に入っているからな」

 

「……ちなみに一位はなんです?

 

「ブス」

 

「最低です!!」

 

「ならば、言い換えよう。容姿が醜い」

 

「駄目です!」

 

「顔面が残念」

 

「駄目!」

 

「フェイスがハニーでアグリー!」

 

「もっと駄目です!! 見た目で優劣をつけるべきじゃないですよ!」

 

「成績優秀、かっこいい、可愛い、美しい、性格が良い、大人しい、真面目。すべて立派なポリシーだ。見た目重視、中身重視、何を基準にして人を好きになるかは個人の自由であり、選ぶことは人々に平等に与えられた権利だ。そこに優劣をつけること自体が間違っている。一度、ブサイクな女に同じことを言ってみるといい、おもいっきり引っ叩かれれば少しはマシになるだろう。分かったか、中途半端に才色兼備のガニ股朝ドラ」

 

ちなみにそれは三夏の意見であり、一般的に見れば杉山は美人に違いない。

 

「……分かりたくありません」

 

「じゃあ、良い例を教えてやろう。イジメを題材にした作品があったとして、そこに男女を問わず容姿が残念な主人公と容姿が綺麗な主人公を使った場合、前者を見た観客は嫌悪感を抱き、主人公を憐れみ、応援し、手を差し伸べたくなるはずだ。後者の場合、観客は容姿が残念な主人公が、いたぶられる姿を見て、かわいそうとは思えど応援したくはならない、それどころかある種の高揚感、爽快感さえ覚えるかもしれない。……その場の雰囲気で感じ方が変わる、これが人間であり、世の中だ。女尊男卑もまたしかり」

 

「……分かりたくないのにぃ〜」

 

心では理解したくなくても、頭では理解してしまっている。そんな自分に杉山は頭を抱えてがっくりと肩を落とした。

 

「何度も言うが、いきすぎた弱者救済は人類を滅ぼすぞ」

 

「だからもう分かりました……。でも、信じませんから!! 誰にだって救いはあるはずです……」

 

「あっそ〜」

 

三夏はポケットからタバコを取り出すと口に加えて火をつけた。

 

「はい、これ」

 

杉山は三夏の前に灰皿を差し出した。

 

三夏が腕時計で時刻を確認する。

 

「……何時からだっけ?」

 

「12時ぐらいです」

 

「はぁ……何で結婚式などに行かねばならんのだ」

 

「幹部の結婚式ですからねぇ……。ま、呼ばれちゃったんだから仕方ないですよ。ほら、ぜひご家族もご一緒に、とまで書いてありますし」

 

招待状を取り出す杉山。

 

「人生の墓場に自ら骨を埋めるなど馬鹿らしいにもほどがある。待っているのは落胆か諦めか絶望か……」

 

「……はぁ」

 

杉山は何も言わずにため息を一つだけ零した。

 

パーティー用の正装した二人の元へ黒いドレスに身を包んだ千冬がやってきた。

 

「すまない、遅くなった」

 

千冬の姿に杉山は見惚れてしまった。

 

「千冬ちゃん、すっごく綺麗……」

 

「ありがとうございます」

 

千冬はそれに笑顔で返した。

ちなみに見惚れていた杉山も白を基調としたドレスがとても似合っている。

 

だが……

 

「あの、杉山さん」

 

「何?」

 

「白は花嫁と被るのでやめた方が……」

 

「え?」

 

杉山の額から汗が一筋流れた。

 

「何だ、喧嘩を売っているわけではなかったのか」

 

「分かっていたなら教えてくださいよ、博士!」

 

「そんなことも知らなかったのか、まったく勉強ばかりしてきた知識馬鹿にありがちだな」

 

「もー!」

 

杉山は奥ですぐに赤色のドレスに着替えるて戻ってきた。

 

「予備があって助かりました……。あれ、そういえば一夏君は?」

 

「彼ならハーレムを伴って逃げたよ。まったく要領の良い奴だ」

 

呆れ笑にも取れる表情で三夏が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インペリアル・コーポレーション。将校専用、特別レジャー施設。

 

ライフルの銃声が響き空気を揺らし、モニターには得点が表示される。

 

「引き分けか……」

 

ラウラはライフルから最後の薬莢を排出するとイヤープロテクターを取って立ち上がった。セシリアもイヤープロテクターを外す。

 

「なかなかやりますわね」

 

「お前もな」

 

「また、お相手をお願いします」

 

「あぁ。よろしく頼む」

 

「はい」

 

握手を交わすラウラとセシリア。そんな二人の様子を眺めてる一夏はカクテルジュースを飲みながらまったりとした時間を過ごしていた。

 

「これ美味しいわね。お代わりちょうだい」

 

「あ、僕もお願いします」

 

「かしこまりました」

 

鈴とシャルロットがそばで控えていた給仕に空になったグラスを渡す。

 

箒はなんだか落ち着かないようだ。

 

「どうしたのよ?」

 

「いや、こういった場はあまり慣れてなくてな……」

 

「遠慮しなくたっていいのよ? 博士のおかげて全部タダなんだから。好きなもの頼みなさいよ。あっちにはトレーニングルームやプールもあるから行ってみれば?」

 

「確かカジノゲームもあったよね? 他にはビリヤードとボーリングと……」

 

「……そう…だな」

 

鈴とシャルロットの気遣いの言葉にも箒はやはりぎこちなく答えてしまう。

箒は話題を切り替えることにした。

 

「一夏」

 

「ん〜?」

 

「今日は千冬さんたちと出かけるのではなかったのか?」

 

「あ〜、大丈夫、大丈夫」

 

「しかし……」

 

「いいんだよぉ。知らない人間の結婚式なんて出る気はない。何をどう祝えと言うんだ」

 

「招待されていたのだろ?」

 

「僕、知らなぁい。そういうことは大人に任せておけばいいのだ。僕、子どもだもーん」

 

「お前は……」

 

一夏は気の抜けたように座っている椅子をクルクルと回す。

 

「一夏、危ないよ?」

 

「危なくなーい、危なくなーい。おわっ! へぶぅっ!?」

 

一夏が椅子もろとも転がり落ち、シャルロットは苦笑いを浮かべた。

 

「だから言ったのに……」

 

すると地面にひっくり返った一夏の頭に影がさした。ちょうど帰ってきたセシリアとラウラのものだ。

一夏の頭にさした影はヒラヒラと風に揺れている。おそらくスカートだろう。だが、ラウラはスカートをはかない。

つまり残る人物は一人しかいないわけで……

 

「き、き……」

 

「青か。どんだけ青が好きなんだ」

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぐえっ!」

 

セシリアはスカートを手で押さえつけて悲鳴とともに一夏の顔を踏みつける。

 

「な、なな、何をしているんですかあなたは!? 女性のスカートの中を覗くなんて最低ですわ! 痴漢!」

 

一夏は人中辺りを押さえながら跳び起きた。

 

「誰が痴漢じゃぁぁぁ! 俺に見てつけてきたのはお前だろ! 挙句に俺の顔を踏みつけやがって傷がついたらどうするんだ、ちなみに俺はお前のスカートの中身などに興味はない! 見せられたから仕方なく見てやったのだ! それを言うに事欠いて痴漢だと? どんだけ自意識過剰なんだお前は。一度、タイの密林にある寺院で馬鹿な煩悩を祓ってくるといい少しはマシになるだろう、可能性はのび太君がテストで1点を取るより低いだろうけどねぇー!」

 

「何ですってぇぇ! この痴漢!」

 

「何だ! この痴女!」

 

「痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢!」

 

「痴女痴女痴女痴女痴女! その青いのはもしかして勝負下着かぁ? だとしたらやめておけお前に悩殺される男などこの地球上に存在するものか、もしもいるとすれば盛りのついたチンパンジーのようなクソ醜男だけだカボチャパンツでも履いていろバァァーカ!」

 

キレた一夏は後先考えずに暴言を連発した。誰が見ても美少女と言えるセシリアに良くもここまで罵倒の言葉が思い浮かぶものである。

 

「ぶっ殺しますわよ!?」

 

「やってみろ! あぁ!?」

 

「「ぐるるるぅ……」」

 

猛犬二匹が顔を近づけ喉を唸らせる。

 

「私よりも弱いくせに生意気ですわ!」

 

「その弱い奴に二回も負けかけたのはどこのどいつだぁ?いいか、 お前が一年かけて培った実力など俺は一週間で身に付けられるわ!」

 

「言ってくれますわね! 余裕ありありでしたわ!」

 

「何度でも言ってやる、この雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚ざぁこぉー!!」

 

「侮辱ですわ! いいですわ、勝負で白黒つけましょう!」

 

「ついにやけくそになったか。受けて立つ」

 

「ライフルの狙撃でよろしいですわね?」

 

「高い得点を取った者が勝ちだ」

 

「望むところですわ」

 

ズカズカと射撃場へと向かう一夏とセシリア。

 

「あきないわねぇ……」

 

「いいのか?」

 

「何が?」

 

「いや、二人を止めなくていいのか?」

 

「ほっときなさい。一夏はああなると止まらないから」

 

「……世の中には変わらないものがあるな」

 

「そうね」

 

鈴と箒は昔を懐かしんだ。

 

「この後は水着を買いに行くんだっけ?」

 

「あぁ、嫁とセシリアのバトルが終わったら行くとしよう」

 

向こうでは何十発もの銃声が響いていた。

 

「くっ、引き分けですか!」

 

「次は、カジノゲームで勝負じゃぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内の結婚式場。

披露宴も終わり式は終盤。

新郎新婦を含めた参加者たちは個々に雑談を交わしている。

 

「……式の最中より賑やかですね」

 

「結婚式を愛の儀式と取るか、金儲けの社交と取るかの違いだな。ここにいる連中は金儲けを取っているだけだ」

 

杉山の言葉に三夏は冷ややかな意地の悪い笑みを口に浮かべて答えたのだった。

 

「でも、花嫁さん綺麗でしたねぇ。ちょっとだけ憧れちゃいます。ね、千冬ちゃん」

 

「そうですね。これだけを見れば結婚も悪くないと思います」

 

「はっはははー。そういうことは自分のワイシャツくらい自分で揃えられる奴が言うものだ。ずぼら娘」

 

「別にいいだろう。まだ気にしてるのか」

 

「いいわけあるか。私のワイシャツを使うなと何度言ったら分かるのだ。だいたい、なぜ男物を使う。君は女だろ」

 

「無駄に良いワイシャツを持っているからな。生地が良質で、着心地が最高なんだ。私は服に関してはからきしだ」

 

「ならば小清水さんに見繕ってもらいたまえ。それと、無駄に、は余計だ」

 

「だから、ワイシャツくらい、いいじゃないか。減る物でもあるまいし。ボタンを留めてネクタイを締めてしまえば、ボタンの位置で男物だとバレることも少ないしな。第一、めんどくさい」

 

「…………」

 

キッパリと言い放った千冬に三夏はもう何も言わなかった。

ただただ千冬を呆れたように、諦めたように見たのだった。

 

杉山が口を挟むこともまったくなかった。

 

「まぁいい。さて、我々もいくとするか」

 

三夏が会場に向き直る。

 

「何するんですか?」

 

「宣伝活動だ。連中と親睦を深めようじゃないか」

 

「新型スーツのためか?」

 

「その通りだよ、千冬君。彼らに世論を誘導してもらおう」

 

「それって意味あるんですか? 国民……と言うか世の中の女性は反対するんじゃないですか?」

 

「何も世界中の女から支持を得ようとは思っていない。日本だけでいい。そちらの方が我々も動きやすいからな。プロパガンダとデマゴギーによる情報操作を使えば愚民は簡単に騙される。そして、ここには発信力のある人間が揃っているんだ。これを使わない手はないだろぉ?」

 

「でも新型スーツの発表はサプライズなんでしょ?」

 

「知らせる必要なんてまったくないだろう。目的は、発表後の国内の余計な混乱を少しでも早く収拾させるためだ。そうだな、まずはインペリアル・コーポレーションの株を上げて友好的な関係を持つところから始めよう」

 

「上手くいきますかね?」

 

「人間の欲など下り坂だ。目の前に餌を垂らしておけば、人はどこまでも転がり落ちることができる」

 

そう言って足を進めた三夏を杉山が呼び止めた。

 

「ねぇ、博士」

 

「何だ?」

 

「あなたがこの世界を、女尊男卑やISを否定するのは、それ自体が気に食わないからではないですよね? 実際、あなたは何不住なく暮らしてます。……理由があるとしたら、それは束ちゃんですよね?」

 

「…………」

 

「どうして彼女を必要なまでに毛嫌いするんですか? 彼女が創り出したもの全部を否定してまで」

 

少し間をおいて三夏の口が開いた。

 

「ISか……そうだな。始まりはそこからだ。だが、それもどうでもいい」

 

「どうでもいいって……」

 

「君は大切なものを侮辱した奴を許すことができるか?」

 

「えっ?」

 

「私は許さない、絶対に」

 

三夏の口調に杉山は小さく息を飲んだ。

 

「兄さん。私は束の味方ではないが……、あいつと戦うなら気をつけた方がいい。あいつはもうガキではないぞ?」

 

「それは忠告か?」

 

「さぁな」

 

「兎がどう成長しようが所詮は兎でしかないぞ」

 

「でも博士、千冬ちゃんの言うとおりあまり見くびらないほうがいいと思います……」

 

「ふっ、くだらん」

 

三夏はそれを笑い飛ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏たちは水着を買うためにショッピングモールを散策していた。

一行の後ろには拳銃とISを携帯したI.S.S.の隊員が三名、辺りに目を光らせて同行している。

五名の専用機持ちと篠ノ之束の妹。警護するには十分な理由があると判断したらしく、彼女たちは送迎がてら独自に護衛についたのだった。

 

目的の店に到着し、それぞれ水着を見て回る。

 

「さあ、一夏さん。先ほどの謝罪を兼ねて私に水着をお買いなさいな」

 

セシリアが優雅に振り返るが、当の一夏はというと……

 

「シャルぅここなんだけど、痣になってないよなぁ?」

 

「どこ?」

 

「右の頬なんだけど……」

 

「ん〜、腫れてはないようだけど……」

 

セシリアの右眉がピクリと動いた。そのままシャルロットに甘える一夏のところまで行くと、右の頬をおもいっきり指で弾いた。

 

「いってぇぇぇ!! 何するんだ、じゃじゃ馬!」

 

「何をシャルロットさんといちゃついているんですの? 早く私に付き合いなさい」

 

「断固拒否する! お? 痛い痛い痛いぃぃ」

 

セシリアは有無を言わせず一夏の頬っぺたを掴んで引きずっていった。

その様子をシャルロットは面白くなさそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青、青、青……青ばっかりじゃないか!」

 

仏頂面の一夏が手に持って眺めていた水着を段ボールの上へと投げ捨てた。

 

「文句ありますの!?」

 

「あるわ! 同じ物を選ぶのにどれだけ時間をかけるつもりだ!?」

 

「同じではありませんわ! これはマリンブルー、こっちはパステルブルー、ヘルシンキ、ベルサイユ、ルガッタブルー、すべて違いますわ!」

 

「全部、青じゃねぇか!」

 

「だから同じにしないでくださる!?」

 

するとセシリアは近くを通りかかった店員を呼び止めた。

 

「ちょっと」

 

「はい」

 

「ホリゾンブルーはありますの?」

 

「あ、はい。こちらへどうぞ」

 

水着がかけられている棚へとセシリアは案内された。

 

「なぜ置いてあるんだ……」

 

「一夏」

 

「ん? どうしたんだ、シャル」

 

「僕の水着も見てくれないかな?」

 

「別にいいぞ?」

 

「やった! じゃあ、着替えてくるね」

 

一夏はシャルロットに手を引かれて試着室の前へとやってきた。

 

シャルロットが試着室へ入って数分、ドアが開いた。

 

「ど、どうかな?」

 

イエローのビキニに、腰にトラ柄のようなパレオを巻いたシャルロットが顔を赤らめながら言った。

 

「おぉ」

 

「似合ってるかな?」

 

「似合ってる」

 

「本当に!?」

 

「あぁ、嘘じゃないぞ」

 

「よかったぁ」

 

シャルロットはホッと胸をなでおろした。

 

「なぁ、シャル。ちょっと、だっちゃ、って言ってくれないか?」

 

「え? は、恥ずかしいよ」

 

「頼む! この通り!」

 

「も、もう、そんなに頼まれると僕が悪者みたいじゃない。……一回しか言わないからね?」

 

「それで結構です!」

 

「コホンッ……。だ、だっちゃ♡」

 

「よし合格!」

 

一夏はとても良い笑顔で右手でサムズアップしたのだった。

 

「何やってるのよあいつは……」

 

店の隅で鈴がため息混じりにつぶやいた。

 

「ほう、あれで角と電撃が出せれば言うことはないな」

 

鈴の後ろからラウラがぴょこんと現れる。

 

「あんたもか!」

 

「おぉ、鈴に角が生えた」

 

「……ラウラぁ、ちょっとこっちに来いだっちゃ♡」

 

「とう!」

 

「まてぇ!!」

 

 

 

その頃。

 

「……やはりビキニか? いや、ここは大人しめで。待て、それでは一夏の目を引けない可能性が……と言うか一夏にこれを見せられるのか、私? どうしよう……。だが、やるしかない! 覚悟を決めろ篠ノ之箒! 大丈夫だ! 絶対に大丈夫……なはずだ……。はぁ……大丈夫かなぁ……」

 

思い人のために一人でもんもんと悩み続ける美少女がそこにいた。

 

「ん? 電話?」

 

ポケットから取り出したケータイのディスプレーには姉の名前が表示されていた。

 

「もしもし?」

 

『やぁやぁ箒ちゃん! 突然だけど、専用機は欲しくないかい?』

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着替えを済ませた杉山と千冬は片手にドレスの入った紙袋を持ちながらIS学園の廊下を歩いていた。三夏はスーツのままであるが、普段とあまり変わりがないのでいいだろう。

 

「疲れたねぇ」

 

そう言って杉山が伸びをした。

 

「そうですね」

 

千冬も杉山の言葉に同意する。

 

しばらく歩いて杉山の部屋の扉を開けると、中には真耶と小清水の姿があった。

 

「あ、お帰りなさい。先にいただいてます」

 

「子どもたちに次いで君まで居座るようになったか」

 

「いや、ここ私の部屋ですよ?」

 

三夏は杉山の言葉をスルーして上着を小清水に預けると真耶の隣りに腰をおろした。

千冬と杉山も椅子に座る。

 

「今日はカクテルがありますよ?」

 

真耶の前にはグラスの半分ほどになったジンバックが置かれていた。

 

「ほぉ。小清水さん、バラライカをお願いできますか? 兄さんと杉山さんは?」

 

「ソルティードック」

 

「私はラムコーラください」

 

「かしこまりました」

 

夕飯とともにカクテルが運ばれてくる。

 

「本日はロシア料理でございます」

 

そうして食事が始まった。

 

「もうすぐ臨海学校ですねぇ」

 

「ふん! 海など行くだけ無駄だ。あんなものでっかい水溜まりじゃないか」

 

「あなたが嫌いなだけでしょ?」

 

「うるさい。お前などふやけてしまえ」

 

「ふやけませんよ!」

 

その刹那、杉山が言葉を止めた。

 

「どうした?」

 

「何か胸騒ぎが……」

 

「更年期の動悸だろう」

 

「私はまだまだピチピチです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告。

 

波乱の臨海学校。

ついに篠ノ之束あらわる!?

 

「やぁやぁ、箒ちゃん! プレゼントフォーユー!!」

 

「ね、姉さん……」

 

 

三夏vs束!

代理戦争勃発!?

 

「兄さん、銀の福音が監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

「ふはははははー! いいだろう。真っ向勝負じゃあぁぁ!」

 

 

織斑一夏、海に散る!?

虚しく響く箒たちの叫び……

 

「一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!!」

 

 

生まれる焦り。

 

「すぐに一夏を起こしてこぉーい!!」

 

「無理ですよ!」

 

 

三夏、非常事態で再起不能!?

 

「何でそんなことになってるの!? 何でぇぇぇぇ?」

 

「だから……言ったじゃないですか……」

 

「なぜ真剣に忠告しなかった! うわぁぁぁぁーん!!」

 

 

一人での戦い!?

 

「やります。私がやります!」

 

「あなたに出来るのですか?」

 

「はい。守りたい人たちのために……」

 

「いいでしょう」

 

 

そして明かされる二人の天才の真の確執とは!?

 

「「だから、お前なんか大っ嫌いだ! バァァーカ!!」」

 

「……頭痛くなってきました」

 

「奇遇ですね、杉山さん。私もですよ」

 

 

一つだけ言っておこう。

この小説はコメディーだ!

 

 

「やっぱり私じゃ駄目だったんだ……。みんな…ごめんなさい……」

 

「やっと自分の駄目さ加減を理解したかぁ」

 

「ッ!?」

 

彼の姿を目にしたとき彼女の目から涙が零れた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

「どうした、山田君?」

 

「……いつも、こんな次回予告ありましたっけ?」

 

「さぁな。小清水さん、お代わりを」

 

「駄目です。それで終わりにしてください」

 

「固いことを言うな」

 

「あなたが潰れるほど飲むと私が大変なんです! 絶対に飲んじゃ駄目ですからね!?」

 

「お代わりをください!」

 

「コラー!!」

 

 

 

 

 

 




ワイシャツのネタはIS新装版8巻に描かれている千冬さんが、なぜか男物のシャツを着ていることからです。
よく見ると右ボタンなんですよねぇ。
ワザとなのかな?
あれは一夏のシャツなのかな?

いや、ただ単にミスなのか……

いやいや、千冬×一夏! イイじゃないかー!!


と言うか、まだ途中までしか書けていないのに予告なんかして大丈夫かな……。
ま、何とかなるさ!(汗)

ではでは〜



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大晦日、特別編

「この物語は二人の女子高生の平凡な大晦日の風景を淡々と書く物です。過度な期待はしないでください。分かったか? 本当に理解したか? ……よろしい。では、いってみよーう!」

 

byラウラ。

 

 

 

 

 

 

 

12月31日。雪の降るIS学園。

 

鈴ちゃんのお部屋。

 

「もーいくつ寝るとお正月ぅ〜♪」

 

「やかましい」

 

「む。鈴よ。どこがやかましいと言うのだ。日本では、年越しになるとこれを歌うのだろう?」

 

「みんながみんな、歌うわけじゃないわよ。それは子どもが歌うのよ」

 

「ほぉ。では、コタツで丸まっておばさんみたいになっているお前には似合わない歌だな。すまなかった」

 

「コタツで丸まるのは猫よ」

 

「……コタツで寝腐っておばさんみたいになっているお前には似合わない歌だな。すまなかった」

 

「寝腐ってねぇよ。言い方を変えれば良いってわけじゃないの」

 

「うるさい、ババア」

 

「…………」

 

「いたたた、足の指で私をつねるな。どれだけ器用なんだお前は」

 

鈴は蜜柑の置かれたコタツの中で俯けになりながら、得意げに足をばたつかせた。

ラウラは口で言うほど気にはしていないらしく、机にうなだれるようにして蜜柑を剥いている。

 

「あ〜、何にも番組やってないわねぇ」

 

「いや、番組はやってるだろ。今、見ているそれは何だ?」

 

「人の揚げ足取るんじゃないわよ」

 

「別に取ってはいないが。ほれ、蜜柑が剥けたぞ。おばあちゃん、いや、お父さんか」

 

「そい」

 

「痛っ……。だから、つねるな」

 

「私はピチピチの女子高生よ」

 

「それは死語だぞ」

 

「死語ちゃうわ。今もちゃんと使われてるわよ」

 

「……主に中年女にな。つまり衰語だな。考えてみろ、私はまだまだ若いでぇすピチピチでぇす永遠ね18歳でぇす、だぞ? 無理があるだろ」

 

「適年齢が使うぶんには大丈夫なのよ! あたしはまだ18にもなってないわ!」

 

「……実は?」

 

「いやいや、そんな振りに乗るほどあたしは馬鹿じゃないわよ?」

 

「なんだ馬鹿じゃなかったのか」

 

「よぉし今すぐあたしのコタツから出て、そこに直れ」

 

「凍え死ぬから嫌だ」

 

「なら、それなりの態度をとりなさいよ」

 

「はいはい」

 

「軽く流すんじゃないわよ」

 

「ところで、このコタツはどうしたんだ?」

 

「ネットで買ったわ」

 

「……便利な世の中になったものだな」

 

「時代は進歩し続けるのよ?」

 

ラウラは鈴に剥いた蜜柑を投げ渡した。

なんとも気の抜けた雰囲気である。

 

「一夏たちは本社に呼び出し、小清水さんは食材の買い出し、千冬さんたちは年末ギリギリまで仕事かぁ。……暇ね」

 

「いいじゃないか。休めるときに休んでおけば」

 

「なんか、あたしたちだけ悪いなぁと……」

 

「心にもないことを」

 

「分かる?」

 

「丸分かりだ。……ゲームでもするか?」

 

「そうね」

 

「では、ツイスターゲームでも」

 

ラウラはどこからかビニール製のマットを取り出した。

 

「おい、待て」

 

「何だ、不満か?」

 

「季節と場所を考えなさいよ。今は年末でここは日本よ?」

 

「せっかく副官が送ってくれたんだがな。寒い季節もくんずほぐれずお互いに温めあって頑張ってください、と」

 

「伝言頼めるかしら?」

 

「いいぞ?」

 

「馬鹿野郎」

 

「……それが伝言か?」

 

「一語一句、間違えずに伝えて」

 

「了解した。しかし、そうするとやることがないぞ?」

 

ラウラは両手を広げて仰向けに倒れ込んだ。

 

「先取りで日本のお正月遊びでもする?」

 

「例えば?」

 

「花札」

 

「ルールを知らん。却下」

 

「福笑い」

 

「誰の顔を使うつもりだ?」

 

「あんた」

 

「却下」

 

「凧揚げ」

 

「寒い。却下だ」

 

「羽根突き」

 

「同上の理由により却下」

 

「……駒回し」

 

「ベーブレードの劣化版だな。却下」

 

「よく知ってるわね、ドイツ人」

 

「お前もな、中国人」

 

「あたしは日本に住んでたからよ。それに年代的には断然、駒回しのほうが先輩のはずなんだけど?」

 

「下克上だな」

 

「あんた、意味分かって使ってるわけ?」

 

「もちろん」

 

なぜか自信たっぷりのドヤ顔である。

 

「……ならいいけど。というか駒回し先輩とベーブレード後輩の話はどうでもいいのよ。……結局、何にもできないじゃないの」

 

「しりとりはどうだ?」

 

「その前には会話のキャッチボールを練習しなさい」

 

「……失礼な奴だ。友達いないだろう?」

 

「隣人部を作る連中よりは友人関係に困ってないわよ」

 

「ガラ肉よ。隣人部を馬鹿にするんじゃない」

 

そう言うラウラの裏に一瞬だけ黒髪の少女の影が見えた。

 

「誰がガラ肉か! ちゃんとあるわ! 肉ついてるわ!」

 

「……ふっ」

 

「…………」

 

ラウラの失笑で会話が止まった。

 

その後、しばらくして、寝ていたラウラの背中が徐々にであるが床の冷たさを感じ始めた。

 

「おい、電気絨毯が私のところだけ冷たいんだが?」

 

「…………」

 

「私のところだけ電気を切っただろ? 左側だけ冷たくしただろ? おい!」

 

「…………」

 

「……ガラ肉と言って、誠にすいませんでした」

 

「よろしい」

 

鈴はコタツから少し這い出して絨毯の電源をいじった。

 

「話を戻すが、何をやるんだ?」

 

「正月遊びは却下なんでしょ? やることないわよ」

 

「倒れてはいけないIS学園24時……」

 

「一応、聞いてあげるわ。何よ、それ?」

 

「朝昼晩の三食すべてセシリアの料理を食べる」

 

「一歩間違えば死人が出るわ! ……そんな年末は絶対に嫌よ」

 

真っ先に逃げ出すのはたぶん一夏だろうと鈴は思った。

しかし、冗談にしても笑えない。

 

「お前はコタツから出る気はないんだな」

 

「子どもは火の粉、大人は風の子って言うじゃない?」

 

「普通は逆だがな」

 

「あんたの常識はみんなの非常識なのよ」

 

さらりと失礼なことを言った。

 

「……お前は曲がらないな」

 

「悪い?」

 

「そこまでくると逆に清々しい。これからも頑張れ」

 

「あんたには負けるけどね」

 

「しかし、東洋での年越しはなかなか興味深いな」

 

「そうなの?」

 

「あぁ、ドイツでは……と言うより欧州ではクリスマスの延長でついでに年越しといった感じだな。まず三が日の休暇が存在しない。12月24日から1月1日までクリスマス休暇なんだ」

 

「へぇ。簡単に言っちゃえば正月よりクリスマスの方が重要ってことね」

 

「まぁ、キリストの誕生日だからな。日本などはキリスト教に馴染みの薄い土地だから仕方がない」

 

「あたし的にもクリスマスなんてどうでもいいわ。……恋人のいないクリスマスなんて」

 

「バレンタインは?」

 

「それもどうでもいい。恋人がいないから……」

 

「つまりリア充は爆発物しろと」

 

「そうね。大爆発すればいいわ」

 

「恋人ができれば?」

 

「最重要イベントよ。一夏といちゃつくわ」

 

「現金な奴め」

 

「なんとでも言いなさい」

 

開き直った人間は強いと言うが、鈴は何を言われても動じないようである。

 

「それと、お年玉というシステムは素晴らしいと思うぞ」

 

「何でよ」

 

「物より金の方がいいだろう? 多様性がある」

 

「あんたの方がよっぽど現金な奴よ」

 

「……世の中は金だ」

 

「しっかしお年玉ねぇ。懐かしいわね」

 

「まだ私たちならもらえてもいい年齢だが? もらったことはないのか?」

 

「小さい頃はもらってたわよ。今はそこら辺の大人より稼いでるから必要ないわ。恵んであげてもいいぐらいよ」

 

さすが三夏に気に入られているだけのことはある。

 

「……お前、本当に子どもか?」

 

「生憎、これでも子どもよ。ちょっとだけ世の中を知ってるだけ」

 

「身体は子ども、中身は中年……」

 

「せい!」

 

「いた! 蹴ったか!? 今、私を蹴ったか!?」

 

「蹴ったわよ! なんか悪いの!?」

 

「痛いだろ!」

 

「それが生きてるって証よ! 良かったじゃない生きてることをあたしに証明してもらえて!」

 

「そんな証明はいらん!」

 

誰も見ていないテレビからは相変わらずバラエティ特番の笑い声が漏れている。そんな午前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御節料理とは美味いのか?」

 

ノートPCをいじっていたラウラが

画面に映った重箱を彩る御節料理を見て何気無くつぶやいた。

 

「美味しいわよ? あたしはあんまり好きじゃないけど」

 

「なぜだ?」

 

日本にいた頃は、鈴の家庭も正月には中華ではなく御節を食べていた。日本好きの父親の影響である。

 

始めの頃はあまり不満はなかったが、織斑家に通うようになってからは徐々に不満を持つようになった。織斑家では残り物が再び食卓に出ることはなかったからだ。

 

ちなみに織斑家では御節料理が出るのは元旦だけである。

 

「三日間、ずっと御節なんだもん。買ってくるぶんにはいいのよ。問題は手作り御節、材料が残ってるから継ぎ足し継ぎ足しで……終いには田作りと黒豆と金団ぐらいしか入ってないのよ。いい加減、飽きるわ」

 

「ふむ。慣わしも考えものだな」

 

「あれはね、主婦たちが正月に働かなくてもいいように考案されたサボり料理なのよ。……正月でもイタリアンを食べてやるわ」

 

「お前は御節に何か恨みでもあるのか?」

 

ラウラが湯飲みを傾けながら、御節への不満をブチまけている鈴へ聞いた。

 

「別にないわよ。ただ好きじゃないだけ」

 

「その割には熱くなっていたがな。ところでイタリアンで思い出したんだが、本場ではフォークとスプーンを使ってパスタを食べることはまずないんだぞ?」

 

「マジ?」

 

「あぁ。もともとイタリアでは前菜にパスタかスープが出るんだ。だから、どちらを選んでもいいようにスープとフォークが置いてあるだけなんだ。それを間違って両方使ったのがアメリカ人、真似をしたのが日本人だ」

 

「あんたって意外と物知りね」

 

「……どこか引っかかる物言いをしてくれるな」

 

「お互い様よ」

 

「お前のお茶だけ出がらしにするぞ?」

 

「コタツから引っ張り出すわよ?」

 

「…………」

 

コタツの力は強し。

ラウラは黙って鈴の湯飲みにお茶をついだのだった。

 

「そろそろ昼だな」

 

「昼ね。お腹減ったわ」

 

「イタリアンの話をしたら、ナポリタンが食べたくなった……」

 

「ナポリタンは日本の料理だけどね。あたしはミートスパゲッティが食べたいわ」

 

「鈴よ、君に決めた」

 

「勝手に決めるな。あんたが買いに行きなさいよ。あたしはミートスパゲッティ」

 

「……ここは王道のジャンケンで決めようじゃないか」

 

「望むところよ」

 

二人は右の拳を突き合わせた。

 

「「ジャンケン……ぽん!」」

 

鈴、グー。

ラウラ、チョキ。

 

勝者、凰 鈴音。

 

「ほら、早く行きなさいよ」

 

「…………」

 

「ほら」

 

「鈴! これは三回勝負だ!」

 

「はい却下。早よう、行け」

 

鈴はビシッと親指でドアをさした。

 

「……一人で二食は持てないぞ?」

 

「簡単よ。二往復しなさい」

 

「……くっ、悪魔め」

 

「悪魔じゃないわ。ただの勝者よ」

 

渋々、食堂へ向かうラウラを鈴は笑顔で手を振って見送った。

 

「あ、ラウラー。粉チーズ忘れないでねぇー」

 

「……了解した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

「美味かったな……」

 

「お腹いっぱいね」

 

「「…………」」

 

和やかな昼食が終わった刹那、笑顔だった二人の顔が険しくなり、目が光った。

 

「「最初はグー! ジャンケン、ぽん!」」

 

鈴、チョキ。

ラウラ、パー。

 

勝者、凰 鈴音。

 

「なぜだぁぁー!」

 

「甘いわね、コタツの神を味方につけたあたしに勝てると思ってるの?」

 

高笑いをしながら悔しがるラウラを見下す鈴。

 

「そのコタツの神をブン殴ってやりたい。そして、お前もブン殴ってやりたい」

 

「ふふふ、負け犬の遠吠えは見苦しいわよ」

 

「また二往復か?」

 

「もちろん。そうだ、帰りにアイス買っていていいわよ? はい、お金」

 

「……好きな物を買っていいのか?」

 

「どうぞー」

 

「待ってろ。すぐに買ってくる!」

 

ラウラは空いた皿が乗ったトレーを持つと食堂へと急いだ。

 

鈴が影でニヤリと黒い笑みを浮かべたことにラウラが気づくことはなかった。

 

「扱いやすいわねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は過ぎて夕方。

 

「あけまして…おめでとうございます……と」

 

ケータイを開いているラウラに鈴は疑問を持った。

 

「何やってんのよ?」

 

「ん? あけおメールを打っているんだが?」

 

「その微妙な略し方はともかく、まだ早くない?」

 

「回線が混む前に送ってしまうんだ。ちょうど暇だからな。それに、新年のお祝いの言葉を元旦に送らなければならない、と誰が決めた?」

 

欧米ではクリスマスカードに新年を祝う言葉が書き添えられることが多く、日本の年賀状の役割も兼ね備えている。

まさに欧州人ならではの考え方だ。

 

「……あたしも今のうちに送っとこっと。ラウラ、ケータイ取って」

 

「ほれ」

 

「サンキュー。……でも、ちょっと抵抗感あるかも」

 

「なら、あけましたらおめでとう、と送ればいい」

 

「そっちの方がもっと抵抗感があるわ!」

 

結局、鈴もラウラに便乗しお祝いのメールを友人に一斉送信した。

 

「……おい」

 

「何よ?」

 

「私にまで送る必要があったのか? 目の前にいるのに」

 

「じゃあ、あんたは何であたしに送ってきたのよ」

 

「なんとなくだ」

 

「あたしもよ」

 

ラウラと鈴のケータイが同時にメールの着信を伝えた。

 

「教官からだ」

 

「あたしにもきたわ。……織斑家に7時に集合しろ、年越しのパーティーをする? へぇ、いいじゃない。だから小清水さん、買い出しに行ったのね」

 

「箒やセシリアも来るみたいだな。……よし、これで小清水さんの年越し蕎麦が食べられる」

 

「あんたは食べ物のことしか考えてないの?」

 

「失礼な。ちゃんとお前たちをどう出し抜くかも考えてるぞ」

 

「教えてくれてありがと。絶対にあんたから目を離さないわ」

 

「いや、鈴よ。気持ちは嬉しいが、私には一夏という嫁が……」

 

「意味が違うわよ!? 勘違いで振られるとか悲し過ぎる!」

 

「嫁と私の幸せを願ってくれ」

 

「だから違うわ! あんたに理解力は無いのか!」

 

「……思い人と二人っきりのお正月も悪くないな」

 

「あんた、もうドイツに帰りなさいよ。日本語が理解できないなら。ねぇ? 貨物室のファーストクラスを用意してあげるから」

 

「それはただの貨物室だろ。私を箱に押し込めるつもりか?」

 

「ご名答」

 

「丁重に断らせてもらおう」

 

「こう、グルグル巻にして……」

 

「だから、丁重に断らせてもらおう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴、早く仕度をしないと間に合わないぞ?」

 

ラウラが制服の上着を羽織り、ネクタイを締めながらコタツから立ち上がった。

 

「……コタツから出る勇気がない」

 

鈴がコタツの掛け布団に顔を埋めるのを見てラウラは少し呆れてしまう。

 

「お前、さっきはコタツの神とか言っていたが、コタツの魔物に呪われたんじゃないのか?」

 

「ん〜」

 

「まったく手のかかる奴だ。ほら、出ろ」

 

ラウラは布団に顔を埋めながら渋る鈴の腕をつかんで勢いよくコタツから引っ張り出した。

 

「あたしの生命力が半減したわ……」

 

「安心しろ。人間はこんなことでは死なん。馬鹿を言っていないで仕度をしろ」

 

「分かったわよ」

 

鈴は素早く身なりを整えてラウラの待っているドアへと向かう。

 

「初詣も行くんだっけ? あんたは来年の抱負はもう考えたの?」

 

マフラーを首に巻きながら鈴が言った。

 

「もちろんだ。子宝祈願をせねばならん。抱負は一夏と子を作ることだな」

 

「……あたしは今、考えたわ。あんたを少しでもまともにすることよ」

 

「私はとってもまともだ」

 

「どうだか……」

 

「まったく、お前は。……来年も良い年だといいな」

 

「そうねぇ」

 

「鈴」

 

「ん?」

 

「また、よろしく頼む」

 

「こちらこそよろしくね」

 

「うむ」

 

そう言って二人は電気を消して部屋を後にしたのだった。

 

 

 

来年も良い年でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本編とはまったく関係ありません(^^;;

それでは、皆さん良いお年を!

ではでは〜


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番外編?2

 

 

 

 

 古美門事務所で一人用のソファーに腰を下ろした黛は新聞に書かれた記事を読みながら不満気だった。

 

「何をお読みになっているんですか、黛先生」

 

 ティースタンドにプチカップケーキやスコーンを盛り付け終えた服部は、テーブルに紅茶とクッキーを置いて、黛に質問した。

 

「これですよ、これ」

 

 黛は持っていた新聞を服部に手渡すと、先ほどまで自分が読んでいた記事を指さした。

 

「企業のセクハラ問題ですか」

 

「最近、多いんですよ。女性の地位が向上したとは言ってもまだまだ待遇には問題があるんです。男女平等には程遠いです」

 

「確かにそうかも知れませんな。おや、これをお書きになった方は……」

 

「はい。女性の人権問題に尽力されてる宇佐美杏子先生です。私がとっても尊敬している人なんです」

 

「それはそれは」

 

「とにかく各企業には上辺だけではなくてちゃんとした対策を取ってもらいたいです」

 

「では黛先生もセクハラのご相談を受けられてはどうですかな? そういった弁護士の方が増えることは世の女性にとって心強いのでは?」

 

「そうしたいんですけど、あの人は絶対に受けませんよ、そんな仕事」

 

 服部は何も言わなかったが黛の言葉に納得したようだった。

 事務所の上からガタンと物音が聞こえた。

 

「ふぁ〜」

 

 あくびをしながら寝癖をつけた古美門が降りてきた。

 

「古美門先生、おはようございます」

 

 古美門に挨拶をした服部は彼の朝食をダイニングテーブルに用意する。

 

「もう11時ですよ。いつまで寝てるんですか」

 

「うるさい。ここは私の事務所だ。よって何時に起きようが私の自由だ。文句があるならクビだ」

 

「規則正しい生活をして営業時刻は守ってください。私だってちゃんと出勤してるんですからね!」

 

「私は美女との夜の営みで忙しいのだ。夜の付き合いどころか、まったく男っ気の無い君と同じにするな、がに股」

 

「なっ! せ、セクハラですよ!」

 

「せぇくぅはぁらぁ? 自意識過剰まで付け加わったか」

 

「訴えますよ!」

 

「やってみたまえ、叩き潰してやろう。服部さぁーん、朝食の前に腰のマッサージをお願いしまーす」

 

「御意」

 

 古美門は腰をくねくねと動かしながら黛がどいたソファーへと倒れこんだ。

 

「ここでしょうかな?」

 

 凝りの度合いを確かめながら腰のツボを丁寧にゆっくりと刺激してゆく。

 

「もう少し上でぇす。……おぉ、そこです、そこ!」

 

「かなり凝っておられますな」

 

「最近は激しかったものでぇうふふふぅ〜」

 

 古美門に勝ち誇った目で見下された黛はやり場のない怒りをどうにか押さえ込んでドカリとソファーに腰を戻した。

 

 ジリリリリン。

 

 電話が鳴る。腰を上げた黛よりも早く服部が受話器を取った。

 

「はい。古美門法律事務所でございます」

 

 事務所にかかってきた電話にもかかわらず当の古美門は高級外車の特集が組まれた雑誌を脚をバタつかせて熟読していた。

 

「古美門先生。お仕事のご依頼です」

 

 ようやく雑誌を畳んで起き上がる古美門。

 

「どんな内容ですか?」

 

「どうもセクハラについてのご相談のようで……」

 

「断ってください興味ありませ……」

 

 その時、古美門の言葉を遮るように黛が服部の手から受話器を奪い取った。

 

「お受けします!」

 

 セクハラの被害を受ける女性を救いたいと考える彼女にしてみれば願ってもないことだった。

 先程の古美門への恨みも幾分かは含まれているかも知れたいが。

 

「受けました」

 

「受けましたじゃなぁーい! 何を勝手なことをしとるんだお前は!」

 

「か弱い人々を救うためです。先生、私とともに正義の弁護士に生まれ変わりましょう!」

 

「クビだー! 今度という今度は絶対に許さん! クビだクビだクビだクビだぁぁー!!」

 

「いいですよ、でもこの件は先生一人でやってくださいね」

 

「バカをぬかせ。君が受けたゴミ案件だ、荷物と一緒に持っていけ」

 

「本当にいいんですかぁ?」

 

「何なんだその態度は、このポンコツがに股ちょうちんパンツのペチャパイ女!」

 

「それは完全にセクハラです!」

 

 彼女は了承だけして服部へ受話器を返した。

 

 ざまあみろ、黛はそう思った。

 

 

「服部さん、クライアントは何て?」

 

 電話を切った服部はなぜだかバツが悪そうにメモを持ってきた。

 

「服部さん?」

 

 黛と古美門にもその空気は伝わったらしく、口げんかを止めて、服部に視線を向けた。

 咳払いをした服部が口を開く。

 

「それがですな。詳しい話をお聞きしたところ、依頼人の方は、どうやら訴えられた方のようでして……」

 

「へ?」

 

 なんとも間抜けな声が漏れた。

 

「ふははははは。内容も聞かずに受けるからだ幼稚園児。それで服部さん、依頼人はどこの誰です? 貧乏人でしたら私は留守です」

 

「宮本ファッションの宮本社長ご本人でした。訴えられた部下の方の代理のようで、古美門先生にぜひとも力になってもらいたいとおっしゃっていましたが」

 

 宮本ファッションといえば日本を代表する巨大アパレル・ファッション企業である。

 その言葉に古美門の脳味噌はフル回転し、ある答えを導き出した。

 

「社長本人が出てくるとは、よほどの逸材か七光りか。よし、受けるぞ、この裁判は金になる。黛君、書類の準備だ。服部さんは再度、宮本社長へ連絡して日程の調節をお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 某然と立ち尽くす黛の肩に手をかけた古美門は……

 

「クビは取り消しだ。君には責任を持ってこの件の担当になってもらうからそのつもりで」

 

 弾かれたねうに黛が頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

「こんなはずじゃなかったのにぃ〜」

 

 必然的に目の前の古美門に見下される形となる。

 

「うぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、珈琲でございます。お口にあえばいいのですが」

 

「あ、どうも」

 

「恐縮です」

 

 長ソファーに腰掛けたグレースーツの男性に珈琲を差し出す。

 その横には黒のスーツの青年がキョロキョロと落ち着かずに座っている。青年の名前は近藤泰宏という。

 

 宮本社長は連絡を受けると彼を連れてその日の午後に古美門法律事務所を訪れた。

 

「それでセクハラをしたのは事実なんですか?」

 

 腹を決めた黛だったが、それでも若干不貞腐れているのか、とげとげしい口調で彼らに尋ねた。

 

「もともと彼は別の会社にいたんですが、その才能を見込んでうちにヘッドハンティングしたんです。仕事ぶりも良く優秀な社員だ。……セクハラをするなど信じがたい。私は自分の目を信じます」

 

 形式的に弁解する宮本の話を聞いた黛は近藤に目を向けた。

 

「宮本社長はこうおっしゃっていますが、ご自分ではどう思われますか?」

 

「僕にも心当たりが……」

 

「自覚していないだけかも知れません。思い当たる節はありませんか? どんな小さなことでも結構です」

 

「そう言われてもなぁ……」

 

 近藤は思い当たる節はまったくないらしく愛枚な答えしか返ってこない。

 

 なよなよと頼りない、それが黛の彼に対する第一印象だった。

 

「あ、彼女が書類整理を手伝ったことはありますけど」

 

「それだけですか?」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

「あ、他にもあったかなぁ〜」

 

「……近藤さん、はっきりしていただけませんか?」

 

「ん〜。どうだろう? やっぱり分かんない」

 

 やけに軽いノリだ。

 

「じゃあ、やましい考えは無かったんですね?」

 

「……それって咲ちゃんと付き合いたかったとかそう言うこと?」

 

「えぇ……まぁ」

 

「先生さぁ、可愛い子と付き合いたいって思うのは普通でしょ? それをいちいち騒ぐなんて馬鹿げてますよ。うちの会社は恋愛自由だし」

 

 イラつく気持ちを黛は押し殺した。これで仕事をしていなければダメ男の典型例のようである。

 

 一通りの話し合いは終わり、二人が事務所の玄関へと向かう。

 

「古美門先生、我が社は大事な時期です。謝礼の方は十分にお支払いしますので」

 

 社を背負う彼にとって、会社のイメージダウンとせっかく苦労して引き抜いた優秀な人材を潰されることはどうしても防がなければならないのだろう。

 

「心得ています! それではまた」

 

「 はい。よろしくお願いします」

 

 そうして、玄関の扉がバタンと閉まった。

 

「それでどうするんですか?」

 

「どうするもこうするも本人はやっていないと言っているんだ。その方向で進めるに決まっているだろうが」

 

「でも無意識にセクハラをしていた可能性もあります。今回は絶対にそうですよ」

 

「そんな可能性はない。依頼人は勝利を望んでいる」

 

「お言葉ですが!」

 

「あーあーうるさーいうるさーい聞こえなぁーい」

 

「あなたは子供ですか!」

 

 すると察しいい服部が古美門の上着を持ってきた。

 

「……どこに行くんですか?」

 

「相手側の弁護士に会いに行く」

 

「い、今からですか!?」

 

「そうだ。早く支度をしたまえ」

 

 慌てて鞄を手にした黛はすでに扉の向こうへと姿を消した古美門を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ここって……」

 

 宇佐美法律事務所と書かれた看板を見て黛は驚いていた。

 そんな黛を無視して古美門は一人、ズカズカと事務所へ入ってたのだった。

 

 

 

 

「いきなり押しかけてくるだなんて」

 

 いきなり押しかけられたことに呆れながらも事務所の主である宇佐美杏子は古美門と黛にお茶を入れていた。

 

 尊敬する相手を前に、もっと違った形で会いたかったと黛は心の中で涙を流す。

 

「本当にすいません」

 

 頭を下げる黛に対して押しかけた張本人である古美門はといえば、応接用のソファーにふんぞり返り足を組んでいる。

 

 黛は慌てて古美門の足を叩いて崩させた。

 

「申し訳ありませんねぇ。早めにご挨拶をと思いまして。近藤さんの代理人になりました古美門です」

 

 悪びれもせずに古美門は言う。

 

「お噂はかねがね。もう少しでこちらの依頼人の方が来るので手短にお願いします」

 

「それは好都合だぁ。せっかくですからお会いしても?」

 

「お断りします。それを飲んだらお引き取りください」

 

「遅かれ早かれ顔を合わせることになるんですぅ。いいじゃありませんか」

 

「彼女はまだ不安定で、とても相手と会うことはできません」

 

「でぇすぅかぁらぁ、ここにいるのは我々だけです。問題は無いと思いますがー? ねぇ、黛君」

 

「えっ、はい。……あ」

 

 突然話を振られた黛は、反射的に答えてしまった。

 

「…………」

 

「そちらの手間も省けるでしょう?」

 

「分かりました。ですが、彼女の了解を得てからです」

 

「構いませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの前に現れたのは二人の女性だった。

 

「こちらが依頼人の山田咲さんです」

 

 宇佐美は手で、いかにも大人しそうな黒髪の女性を示した。清楚な雰囲気を漂わせた美人である。しかし残念なことにその美しい顔は垂らした前髪で隠されていた。

 彼女の容姿を一発で見抜いた近藤はよほど女性経験が豊富なのだろう。

 見る目があるのか、だだの女ったらしなのかは分からないが。

 

「そちらの方は?」

 

 案の定、古美門はもう一人の茶髪女性について説明を求めた。こちらも山田咲に負けず劣らずの容姿であるが、その雰囲気は彼女とは真逆だった。

 

 古美門の言葉に宇佐美の説明を待たずに茶髪の女性が口を開く。

 

「私は西口詩織。彼女の付き添いで来ました」

 

「付き添いぃ? 失礼ですがこれは小学生のおままごと遊びではありませんよ?」

 

 鋭い視線が交わる。出会ってかはものの数秒で険悪な空気だ。

 

「わ、私がお願いしたんです。詩織ちゃんは私の幼馴染で……、会社の同僚で……それでそれで、あの……えっと……う、うぅ」

 

「咲! ちょっと咲が泣いちゃったじゃないですか」

 

「なぜ私に言う……」

 

 宇佐美が古美門と西口の中に割って入る。

 

「とにかく、依頼人の要望だったので特別に了承しました」

 

 泣く山田とそれをあやす西口の姿を見て古美門は眉を潜めて大きく息を吐いたのだった。

 

 山田が落ち着いたところで話は本題へと移る。

 

「私たちは近藤泰宏氏との和解を望んでいます」

 

「それは良かった。我々も助かりますー」

 

 どうせそれでは解決しないと考えている古美門は白々しく適当に受け流す。

 

「和解の条件は慰謝料一千万、近藤氏の即時退社です」

 

「近藤さんはセクハラなど身に覚えがないと言っています」

 

「女性を傷つけておいて何を言っているんですか? これでもかなり譲歩しているつもりです」

 

 確かに、最悪の場合、刑事告訴されてもおかしくはないのだ。

 

「具体的に何をされたのかお聞きしてもいいですかねぇ?」

 

 山田に全員の視線が集まった。

 

「は、話しかけられました……」

 

 その答えには古美門も黛も首を傾げてしまう。それのどこが悪いのかと。

 

「他には?」

 

「て、手を……いえ、手が、その……触れて」

 

「山田さん〜? まさかそれがセクハラになると本気で考えてるんですか?」

 

 バン!

 

 机に手を叩きつけた西口が勢い良く立ち上がった。

 

「咲は近藤にセクハラされてたの! 手を触られていたのも、いやらしく話しかけられてたのも、私はこの目でちゃんと見たんです!!」

 

 かなりの剣幕に思わずのけぞる黛。

 

 結局この日は何の進展もないまま話し合いは終わってしまった。

 

 

 

「きゃっ」

 

 帰り際、山田が足をもつれさせ目の前で荷物を盛大にぶちまけた。

 後ろからやってきた黛も慌てて手伝ってやる。

 

「はい」

 

「ど、どうも……」

 

 可愛らしいブックカバーに包まれた文庫本を砂を払ってから彼女に渡した。

 

「そのブックカバー可愛いですね。どこで売ってるんですか? よければ教えてくれませんか」

 

「っ!?」

 

 急にうつむいた山田は黛から一歩後ずさると、そのまま逃げるようにあるきだした。

 何か気に障るようなことを言ったのだろうかと戸惑う黛に西口が声をかけた。

 

「嬉しかったんですよ」

 

 黛と話す西口からは先ほど古美門に向けられた怒気はまったく感じられなかった。

 それが黛には少しばかり疑問だった。

 

「さっきのブックカバーは咲の手作りなんです。……あの子は感情を上手く表に出せないから」

 

「そう……だったんですか」

 

「だから男なんかにいいようにされちゃうのよ」

 

「山田さんのことよくご存知なんですね」

 

「……咲は私の親友ですから」

 

 黛はふと思ったことを聞いてみた。

 

「何か仲良くなったきっかけがあったんですか? 例えば趣味が一緒だったとか!」

 

 山田と西口はほとんど対照的な人間だった。黛がそう聞きたくなるのも無理はないだろう。

 

「友達になるのに何か理由がないとダメなんですか?」

 

「そう言うわけでは……」

 

「じゃあ、私もこれで」

 

 彼女は軽く頭を下げ山田の後を追っていった。

 

 そのやり取りを裏で眺めていた古美門は、黛を残してすたすたと先へ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チーッス。先生、仕事?」

 

 古美門事務所を訪れた加賀蘭丸は軽快に挨拶をすると食事を取るために古美門の隣に腰掛けた。

 

 服部自慢の料理に舌鼓を打ちながら、古美門から仕事の内容を聞く。

 

「じゃあ、俺はその山田咲って子の情報を手に入れればいいの?」

 

 いつもの茶封筒を取り出した古美門は。

 

「それともう幾つか調べて欲しいことがある。細かいことは後で指示する」

 

「了解。服部さん、今日もご馳走様でした!」

 

 料理を平らげた蘭丸は帰り際に服部に声をかける。

 

「いつでもどうぞ」

 

「真知子ちゃん、じゃあねぇ〜」

 

「蘭丸君?」

 

 外回りから戻った黛と入れ違いに蘭丸は帰っていった。

 

「黛先生、ご夕食は?」

 

「あ、いただきます」

 

「本日は、ワールドカップにちなんでシュラスコをご用意しました」

 

「服部さん、ブラジル料理も作れるんですね」

 

「昔、ブラジルで料理人をやっていまして」

 

「いったいレシピのレパートリーはいくつあるんですか」

 

「数えたことはありませんが、ほとんどの国は……」

 

「そ、そんなに?」

 

「はは、たわいもない取り柄でございます」

 

 手際良く大きな肉の塊を切り分ける服部に黛はただただ感心してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 革張りの高級ソファーに腰を下ろした宇佐美は、注がれた珈琲に口を付けた。

 

 その目の前には三木長一郎が胡散臭い微笑みを浮かべている。その両脇には秘書の沢地と新人弁護士の井出が立っている。

 

「それでお話とは?」

 

「いえ、あなたに協力して差し上げようと思いまして」

 

「協力?」

 

「女性の地位向上のために努力する姿に感銘したしました」

 

「こちらの三木先生は古美門先生のすべてを知り尽くしておられます。きっと心強い味方になってくださりますよ」

 

「自分も全力でサポートします!」

 

「ともに古美門を葬り去りましょう」

 

 珈琲カップをテーブルに戻した宇佐美は三人を流すように見るとバッグを掴んで立ち上がった。

 

「お断りします」

 

「奴を仕込んだのは私だ。私の協力なくして奴には勝てませんよ」

 

「私からすればこの事務所の女性への待遇にもやや問題があります。……お気遣いありがとうございました」

 

 宇佐美は一礼して去っていってしまった。

 

「ちっ、これだから女は……。融通の利かない」

 

「まったくですよ! あの人にはさっさと負けてもらってウチで訴訟を起こしましょう。自分が必ず三木先生に勝利を差し上げます」

 

「……てめぇに何ができるんだ、吉井!!」

 

「い、井出ですぅぅぅ〜!」

 

 三木からクッションを投げつけられた井出は怯えながら所長室から駆け出した。

 

「ふん、役立たずが」

 

「この裁判、どうなるのでしょうね」

 

「まぁ、あの女がどこまでやれるか楽しみだよ」

 

「三木先生」

 

「何かな?」

 

「私も女ですが」

 

「君は特別だよ」

 

 三木は態度を一転させ優しく沢地の美しい手を撫でたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調停、出頭日。

 

 訴えを起こしてから始めての顔合わせになるはずだったが近藤は仕事のためにここへは来なかった。

 

「それでは調停を始めます。原告側代理人どうぞ」

 

 裁判官が調停の開始を告げる。

 

「はい。こちらの和解条件は慰謝料一千万と近藤氏の即時退社です」

 

 立場の低い女性が勇気を振り絞って行動に出たという点を宇佐美は裁判官に訴えかけた。

 

「被告側代理人、何かあります

か?」

 

「宇佐美弁護士にお聞きしたい。いったい何を証拠に近藤さんが山田さんへセクハラをしたと言うのですか?」

 

「ご本人がそう言っています」

 

「物的証拠は?」

 

「……ありません。こういった事案は証拠が残りにくいので。だから被害が増えているんです」

 

「では、言いがかりと取られても仕方がないですねぇ」

 

「こちらには何人も証人がいるんですよ? それを忘れてもらっては困りますわね」

 

「…………」

 

 平行状態だった会話がそこで途切れた。これは宇佐美の切り札だった。

 

 だが、古美門はニヤリと笑みを浮かべ、動じない。

 

「セクハラしかり、痴漢しかり、男の言い分よりも女の証言が重視され、女が黒だと言えば黒になる。それが一体どれほどの冤罪を招いたことか。普段は男尊女卑だの人権侵害だのと男女の平等を口うるさく訴えるあなた方は、司法の下の女尊男卑には何も言わない、触れようとさえしない。……所詮、あなたが普段からマスコミに語っている反吐が出そうな理想はその程度だ」

 

「暴言ですよ! こちらが嘘をついているとでも言うんですか!?」

 

「それではその証人とやらにぜひ尋問したい。法廷でね」

 

「和解交渉は打ち切りということですね。いいでしょう、裁判で決着をつけましょうか」

 

 その後も古美門と宇佐美の応酬は続き、二人の戦いは法廷へと移ることとなった。

 

 

 

 

 その夜。

 古美門邸宅にて……

 

「結局は裁判になりましたね」

 

「当たり前だ。そもそも和解するつもりなど毛頭ない。声も出せないほど袋叩きにしてくれるわぶははははははは」

 

 あそこまで挑発しておけば相手も出し惜しみはしないだろう。

 

「証言を覆せるんですか?」

 

「覆せなきゃ我々は負ける。この裁判においての鍵だ」

 

 食後のデザートをぱくつく古美門と黛。

 

「え? 本人尋問は……」

 

「そんなものは重要じゃないのだよ」

 

「でも訴えを起こしたのは山田さんですよね。彼女の尋問は必須だと思いますが」

 

「考えてもみたまえ、あんな気の小さい人間に裁判を起こす度胸があると思うかぁ?」

 

「それって誰か他にけしかけた人間がいるってことですか」

 

「問題はそいつが誰なのかということだ」

 

 思い当たる人物は一人だけだ。いや、理由はまったくない。山田咲の親友だからと言うだけである。

 

「まさか西口さんが? いや、でも彼女は山田さんを大切に思っているからこそ」

 

「どうだかなぁ」

 

 自分の考えに信じられないと首を振る黛に、古美門はダイニングテーブルの隅に置かれた蘭丸印の調査資料を手渡した。

 

「読んでみろ」

 

 資料に目を通す黛の顔が、ある一部の記述を見て豹変した。

 

「古美門先生、これって」

 

「つまりそう言うことだ」

 

「…………」

 

「どうした? まさか相手に同情したか」

 

 どうやら図星のようである。黛は目線を泳がせて顔を伏せた。

 

「弱者を助けるのが正義なのだろう? 真実が大事なのだろう? だったら胸を張って近藤を助けようじゃないか。そして少しは世の中を知って成長するといい、身体は大人、中身は子供の迷弁護士……いや、身体も子供かぁ?」

 

 古美門の視線を遮るように黛は自分の胸を隠した。

 

「中身も身体も大人です! このセクハラ上司!」

 

「事実を述べたまでだ。さぁて僕はお風呂に入ってこよーっと」

 

 わははははと高笑いをする古美門は服部から着替えとバスタオルに愛用のアヒルさんを受け取ってバスルームへと向かった。

 

「……この裁判、絶対に勝っちゃいけない気がする」

 

 自分が引き起こしたことを後悔しながら黛は古美門の背中を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 数人の傍聴人が見守る中で公判が始まった。

 宇佐美側の証人が法廷の中央に立つ。

 

「では近藤さんが山田さんに近づいていたのは間違えないんですね?」

 

「はい」

 

「あなたから見て山田さんはどうでしたか?」

 

「顔を俯かせてとても嫌そうでした」

 

「セクハラを受けていたと思いますか?」

 

「はい。間違いありません!」

 

「ありがとうございます。以上です」

 

 宇佐美は古美門を一瞥すると原告側の席へと戻る。

 状況からすれば完全に古美門が不利である。黛の横で近藤はどうすることもできずにただ拳を握った。

 

「黛先生、これってヤバイんじゃないの? リアルにマジでさ」

 

 黛は依頼人の状態を上司に知らせようと目配せするが、古美門はあえてそれを無視した。

 

「被告側代理人」

 

 裁判長の言葉と同時に黛は覚悟を決めるために大きく息を吸って吐き出し、席を立った。

 

「峯岸さん、あなたは山田咲さんが近藤さんからセクハラを受けている現場を目撃されたんですか?」

 

「はい」

 

「それを目撃したとき周りには誰かいましたか?」

 

「えぇ、何人か」

 

「……思い違いの可能性はありませんか?」

 

「まさか。確かに苦痛の表情でした」

 

「あ、そう言えば山田さんにはアダ名があるそうですね。みなさん何と呼んでらっしゃったんですか?」

 

 途端に峯岸の目線が逸らされた。

 

「貞子ちゃん」

 

「……っ」

 

「アダ名は呼ぶ人間と呼ばれる人間の関係を体現します。貞子ちゃんというアダ名の由来は表情が分からなくて不気味だからだそうですね」

 

 人間社会はコミュニティーの中の異質な存在を敬遠し、排除しようとさえする。

 彼女たちにしてみれば山田は十分に異質な存在だった。

 では、なぜ彼女は異質な存在のために証言をしたのか。理由は簡単だ。男への偏見と差別的な意識がそれを上回っただけに過ぎない。

 

 いつも偉そうな顔をしている男が女へちょっかいを出したのが癇に障った。

 いや、そもそも山田のことなどはどうでもよく、ただ男の立場を悪くすることで気分を良くしていただけなのかも知れない。

 

「もう一度だけお聞きします。本当に山田さんの表情が分かったんですか?」

 

「それは……に」

 

「西口さんがそう言ったから?」

 

「…………」

 

「そうですか。では次の証人尋問で彼女に直接尋ねることにします。以上です」

 

 近藤は先ほどまでとは一転して笑顔を浮かべると席へ戻る黛に握手を求めた。

 

 原告席の宇佐美は苛立ちを抑えるように人差し指を噛み、山田は終始俯いたままだった。

 

 次の証人尋問が最終決戦である。

 

「西口詩織、山田咲さんの同僚で友人です」

 

「ここに書かれている証言に間違いはありませんか?」

 

「はい。間違いありません」

 

 裁判長が手元の陳述書を示して内容を確認すると西口はハッキリとそれを肯定した。

 

「分かりました。では被告側代理人、尋問を始めてください」

 

 宇佐美の砦に古美門の砲弾が放たれる。

 

「西口さん、あなたは山田さんの表情が分かるんですか?」

 

「はい」

 

「前髪で顔が隠れているのに?」

 

「咲とは幼稚園からの付き合いです。態度や雰囲気で彼女の気持ちは理解できます」

 

「まさに以心伝心、長い付き合いが築きあげた信頼の賜物ですねぇ」

 

「そうです! 私と咲は大しんゆ……」

 

「気味が悪い」

 

「え?」

 

「顔が見えずに表情が分かるわけがない。あなたが山田咲の気持ちを理解できていたのは、彼女が何も言わなかったから、いや、言えなかったからだ。そんな彼女の無言をあなたは肯定ととり、気持ちを理解したと思い込んでいた。あなたはただ彼女を従わせて喜んでいただけだ」

 

「おっしゃっている意味が分かりません。私は確かに彼女の気持ちを理解できます!」

 

「山田さんは週に2回ほど書類整理の仕事をしていましたが、最近は4回に回数が増えています。……それはなぜなのか? 待っていたんですよ、近藤さんが手伝いに来てくれるのを自分からね」

 

 その場にいた者たちの目が大きく見開かれた。

 

 視線を受けて山田の肩がビクリと震える。

 

「近藤さんは山田さんに対して好意とある種の期待を持って近づいた。これは事実でしょう。しかし、彼女もまた近藤さんへ好意を持っていたと言うことです」

 

「異議あり! すべて憶測です」

 

 怒鳴るように宇佐美が横槍を入れる。

 

「古美門弁護士、何か根拠があっての発言ですか?」

 

「もちろんです! 真相を明らかにするために尋問を続けても?」

 

「……許可します」

 

 裁判長は腕を組み渋々といった感じで尋問を継続させた。

 

「あなたは極度の男性嫌いだそうですね。少しは気が晴れましたか?」

 

「……先ほどから質問の意味が分かりません」

 

「そうですかそうですか。なら、ハッキリと申し上げましょう。自分の憂さ晴らしのために親友をネタに男を陥れた気分はどうですかと聞いているんですよ!」

 

 途端に西口の目がすわり、古美門を睨み返した。

 

「私はね、咲を守るために証言にしてるの! 全部、咲のためなの! 咲は私が守る、絶対にね!」

 

「今から5年ほど前に起きた連続婦女暴行事件。その卑劣な犯行に世間ではかなり騒がれましたねぇ」

 

「あ……」

 

 一瞬、後ずさる西口。

 そんなことはお構いなしに古美門は長机に置かれていた資料を手に取ると彼女の目の前で広げた。

 

「その未遂事件の中にあなたの名前が書かれています」

 

 資料の一部分を指差す。そこには確かに彼女の名前が記されていた。

 

「証人として出廷する以上、この件に触れられることは覚悟の上のはずだ。何をそんなに慄くことがあるんですか?」

 

「…………」

 

「この事件をきっかけにあなたは男性を恐れた。その恐れは次第に怨みへと変わった。そして、自分の人形である山田さんに近づいた近藤さんにそのすべてをぶつけたんじゃありませんか? 山田さんを裁判を起こすように促し、証言を偽証した。だとすれば……」

 

「裁判長、これ以上は!!」

 

「だとすれば近藤さんは加害者ではなく被害者だ!!」

 

「違う……違う違う違う違う!! 私は咲のためにやったんだ! あの子を守るために! 男なんてみんなケダモノよ。私たち女を見下して穢して……ただの醜いケダモノなのよ!!!」

 

 西口は必死な様子で山田へ向きなおった。

 

「ねぇ咲。私、間違ってないよね? 咲は近藤のことが嫌いだったんでしょ? 怖かったんだよね? ……何で何も答えてくれないの? ねぇってば!! 咲はセクハラを受けたんだよね!!?」

 

 山田は肩を震わせて答えない。

 

「いつまでそうやって口をつぐんで人形をやっているつもりだ? 彼女は君の本当の気持ちを知りたがってるぞ。君の……親友が」

 

 親友。

 その単語を聞いて山田の震えがとまった。

 

「……訴えを取り下げます」

 

「咲!?」

 

「山田さん!」

 

 宇佐美と西口は山田の発言に声を荒らげた。

 だが山田の目には確かな光が宿っていることを古美門は確信した。

 

「訴えを取り下げます。本当に申し訳ありませんでした」

 

 山田はもう一度、そう言った。

 静かに、それでいて力強く。

 

 そこに気弱な彼女の面影は無かった。一瞬だけではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁判所の廊下を歩く古美門と黛。二人の足取りは対照的だった。

 

「その辛気臭い顔をやめろ」

 

「……これで良かったんでしょうか」

 

「なにぃ?」

 

「二人の友情をめちゃくちゃにしてまで勝たなければいけない意味はあるんでしょうか。和解という手だって……」

 

「裁判はゲームだ。勝者がいれば敗者もいる。負け組のことなどいちいち気にする必要はない。それにだ、罪のない人間を陥れようとした輩を懲らしめた。まさに正義の味方じゃないか」

 

「……でも」

 

「いい加減大人になることだ、ポンコツ貧乳オタマジャクシ」

 

「私は大人です!!」

 

「早くアポトキシンの解毒薬が完成することを祈ってるよ。わははははは!」

 

「この横わけ小僧ー!!」

 

 そこへ一足遅れで法廷から出た宇佐美がやって来た。

 

「古美門弁護士」

 

 古美門は咳払いをして姿勢を正し、黛も会釈をした。

 

「これはこれは。少しは自分の理想の愚かさに気づかれましたか?」

 

「……確かに今回は私の完敗ですわ。でも私は自分の理想を捨てるつもりはありません。次は勝たせていただきます」

 

「では、またいつか法廷でお会いしましょう」

 

 そう言って去ってゆく宇佐美の顔からは清々しさが感じられた。

 

「次は負けちゃうかも知れませんね」

 

「馬鹿馬鹿しい。腹が減った、帰るぞ!」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 数日後、古美門事務所にて。

 突然の来客に古美門と黛は困惑していた。

 

「…………」

 

「……あの、すみませんがどなたですか?」

 

 初対面なわけではない。訪ねてきた人物が自分の知る容姿とまったく違っていたのだ。

 

「や、山田咲です」

 

「で、ですよね……」

 

「イメチェンでもしたのか?」

 

「に、似合いませんか?」

 

 髪をバッサリと切り、茶髪のショートヘアの山田はもじもじと照れくさそうに前髪をいじる。

 

「すっごく綺麗です!!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 山田は、はにかんで笑ってみせた。

 

 話し始めがどもるのは相変わらずであるが、今までの彼女と比べれば十分に変わったといえるだろう。

 

「……まだ近藤さんことを?」

 

「彼のことはもういいんです。それが私のケジメですから」

 

「そうですか。あの……西口さんとは?」

 

 黛の表情が強張る。

 一番触れたくないことだが、聞かなくては気が済まなかった。

 

「彼女なら……」

 

「私が何なの?」

 

 黛が振り返ると廊下には西口の姿かあった。

 

「詩織ちゃんは今まで通り私の幼馴染で大親友です」

 

「ほぉ、その堅い友情を誇って文句の一つでも言いに来たか?」

 

「その通り、と言いたいところだけど違うわ。今日はお礼を言いに来たのよ」

 

「お礼?」

 

「私は咲が大切だった。親友として心から心配してた。これだけは事実だと言わせてちょうだい。だけど、それが一方的な気持ちだって気づかせてくれたのはあなたよ。だから、感謝してるわ」

 

「ふん。ならば次からは間違わないように精々仲良しごっこを続けたまえ」

 

「本当に嫌味な男。……これだから男は嫌いよ」

 

「本当に可愛げのない女だ。これだから女は嫌いなんだ」

 

「ふふ、またね、古美門先生。咲、行こっか」

 

「うん」

 

「では、お見送りいたしましょう」

 

「いえ、見送りは彼女にお願いするわ」

 

 服部の申し出を断った西口は黛に視線を向けた。

 

「え? わ、私ですか?」

 

 黛は突然の指名に戸惑いながらも二人を見送るために玄関まで着いていく。

 

「ねぇ、あなたって古美門先生の彼女なの?」

 

「は?」

 

「どうなのよ」

 

「ち、違いますよ。あんなのぜぇぇったいにあり得ませんから!!」

 

「へぇ、そうなの」

 

 慌てふためく黛を尻目に西口はニヤリと笑った。何処と無く悪い笑みだ。

 

「……あ、あのもしかして」

 

「別に、男も捨てたもんじゃないって思っただけよ」

 

 黛の問いよりも早く西口は玄関の扉を開けて外へ出た。

 

 すると脳内の処理が追いつかず呆然と立ち尽くす黛に今度は山田が顔を赤らめながら囁くように言った。

 

「……自分の意見をはっきり言える人って素敵ですよね」

 

 黛を一人残して扉が閉まった。

 

「……あの二人、絶対に類友だ!!」

 

 二人が立ち去った後、しばらくして我に返った黛の口から出たのはそんな言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビからエンドロールが流れる。

 

 杉山の部屋は珍しく静かだった。

 

「ふぁ〜、寝よう」

 

 テレビの電源を落とした杉山は眠い目をこすりながらベッドへと潜り込んだ。

 部屋の隅には大きな荷物が置かれている。

 

「やっぱりあの横わけ弁護士は好きになれないなぁ」

 

 寝言のようにそう呟いた杉山は、そのまま意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 明日は臨海学校、当日である。

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりでございます。
え〜。まず、更新が遅れたことを深くお詫びいたします!

今回は訳あって番外編とさせていただきました。
羽入君を登場させることができず申し訳ありません。

次回はいよいよ臨海学校。
福音戦はどうなることやら……(汗)w


ではでは〜。


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32話(仮)

お久しぶりでございます。


 臨海学校へと向かう車中。

 鈴の隣で海を見たラウラが叫んだ。

 

「海だー!!」

 

「……元気ねぇ」

 

「海を見たらこれが定番だろう。無理やり捻り出しているのだ」

 

「やめなさいよ。嫌なら……」

 

「別に嫌ではないが……。お前は普通過ぎるだろう。何か、こう、少しでもいいからテンションを上げたらどうだ? というか無理やりにでも上げて私のテンションと合わせろ。私が寂しいだろ、私が浮くだろ」

 

「結局楽しんでんじゃないのよ。あんた、最近いろいろとキてわね。第一、この歳で海を見てもテンションなんか上がらないわよ」

 

「海を見たことがあるのか?」

 

「小さい頃にね」

 

「お前に今より小さい頃があったのか」

 

「バスから叩き落すわよ?」

 

「海だ〜♪ 海だ〜♪」

 

「走ってきなさいよ。ねぇ? ねぇ?」

 

「怒ると小じわが増えるらしいぞ? 私は友達としてお前がババアになるのには耐えられん」

 

「あんたが怒らしてるんでしょうが! 友達としてマジでバスから叩き落すわよ!?」

 

「まぁ落ち着け。ほら、飴ちゃんをあげよう」

 

「いらないわよ」

 

「ほら、飴ちゃんをあげよう」

 

「何で二回言ったのよ」

 

「人の行為をにする無下にする奴は嫌われるぞ。特に飴ちゃんをもらうときはな」

 

「飴にどんな思い入れがあんのよ、あんたは。それと飴ちゃんて言うんじゃないわよ。大阪人かあんたは」

 

「……飴くんをあげよう」

 

「言い方変えればいいってわけじゃないのよ?」

 

「それはさておきだな」

 

「勝手におくんじゃないわよ」

 

「飴ちゃんの好意を無下にする奴は……」

 

「誰だそれは」

 

「嫌われるぞ?」

 

「誰によ」

 

「一夏に」

 

「あんたの匙加減じゃないのよ。……ちょっとショックだからそういうこと言うんじゃないわよ」

 

「ミニショック?」

 

「ミニストップみたいに言うな」

 

「とにかく飴ちゃんをやるぞ」

 

「いい加減にそこは曲げろよ。飴!」

 

「ちゃん!」

 

「ちゃん、言うな!」

 

「「…………」」

 

「……受け取れ」

 

「だからいらないわよ! というか普通はイライラしてるときにはカルシュウムでしょうが」

 

「お前が朝昼晩、牛乳を飲んでいるのを私は知っているぞ? だから甘いものにしてやったのだ」

 

「いや、言わなくていいから」

 

「お前が無い胸を気にして朝昼晩、牛乳を飲んでいるのを私は知っているぞ?」

 

「だから言うんじゃねぇよ!!」

 

「健気な奴だと思ったぞ」

 

「誰が感想まで付けろっつったぁぁぁぁぁ!!!」

 

「まったく気を使ってやった私に逆ギレとは。はぁ〜」

 

「殴っていい? ねぇ殴らせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか、博士?」

 

「うぅ……死ぬぅ……人類の宝が死んでしまうぅ……」

 

「だいぶ参られているようです」

 

「…………」

 

「相変わらず乗り物に弱いですね」

 

 額に濡れタオルを乗せた三夏に杉山が声をかけるがまったく反応がない。

 そんな様子に杉山は少し呆れぎみにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですの?」

 

「……大丈夫。何も問題ない。……うぷっ…おぇ……」

 

「問題ありですわね」

 

 セシリアの隣では一夏が顔を青くして座席にうなだれていた。

 

「……ISを展開すればバスに酔うこともない」

 

「はいはい。ほら、お水ですわよ、お馬鹿さん」

 

「……誰が馬鹿だ! うっ!」

 

「あぁ、もう! 何を大きな声を出しているんですの!? 大人しくしていないとリバースしますわよ!」

 

「うぅ〜。バスなんて嫌いだぁ……バスなんて嫌いだぁ……」

 

「ふふ、まったく。いい絵ですわ」

 

 さすがのセシリアも弱っている相手に牙をむくことはないようだが、それを見るのは楽しいらしい。

 

「……ドロップでも舐めたらどうですの?」

 

 人は優越感に浸ると変に優しくなるそうだ。例えば自分よりテストの点数が低い相手に、無責任な励ましをしたりする。

 今のセシリアはまさにそうだ。一夏はそれが気に入らなかった。

 

「昭和か。今はキャンディーの時代だろう、英国人」

 

「キャンディーもドロップも同じですわ。正確に言えばドロップはキャンディーの一種です」

 

「誰が正確な違いなど聞いた。俺が言ってるのはニュアンスの違いだ。ドロップは古臭い、キャンディーは今どき」

 

「あなたの勝手な考えを押し付けないでくださるかしら?」

 

「ついでに言うが俺はチュッパチャプスのプリン味以外はいらない」

 

「……なら、私だけいただきますわ」

 

 セシリアは瓶から綺麗な赤い色をしたモノを取り出して口に含んだ。

 それを見ていた一夏が顔をしかめる。

 

「よりにもよって赤い色を選んだのか」

 

「何ですの?」

 

「世の中には聞かない方が幸せなこともある。それでも聞くのか?」

 

「回りくどい言い方は嫌いですわ。早くお言いなさいな」

 

「……赤色の着色料は虫から抽出した原料を使ったものがあるそうだ。ま、その飴に使われているかは知らないけど」

 

「…………」

 

「ちなみにこれが写真だ」

 

 小さな黒い虫が何匹も密集した写真を一夏が表示した。

 色素だけなら何の問題もない。

 だが、それが口の中に入っていると思うと……

 

「うっ……」

 

 人間とは想像力豊かな生き物である。だんだんとセシリアの顔から血の気が引いてゆく。

 一夏は弱々しくも勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 ちなみに色素の名前はコチニールと言うのだが、コチニールカイガラムシのメスから精製される天然色素のため、そこらで作られた人工色素よりも安全なのだそうだ。

 

「吐くなよ? まさか淑女であるセシリアお嬢様は一度口に入れたものを出したりはしないよなぁ? ……あ、ヤバい……口が塩っぱくなってきた……」

 

「あ、あなたという人は……」

 

「俺を馬鹿呼ばわりした報いを受けるがいい……」

 

「お、覚えてらっしゃい」

 

 

「「うぷっ……気持ち悪い……」」

 

 

 どこか残念な美少女と美少年の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒はなぜか眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。

 

「どうしたの?」

 

 シャルロットに言われてハッと我に返る。

 

「いや、そのだな……」

 

「うん」

 

「水着を新しく買ったんだが……」

 

「うん。一緒に買いに行ったから知ってるよ?」

 

 シャルロットは優しく箒の言葉を聞いた。

 

「あぁ。それでぇ……」

 

「あ、分かった。一夏に見せるのが恥ずかしいんでしょ?」

 

「……そうです」

 

 箒は顔を赤くして素直に認めた。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと似合ってたから。自信を持って!」

 

「そ、そうだな。自信を持たなくてはな!」

 

「うん」

 

 これは嘘ではない。だが、箒の不安は他にもあった、姉である束のことだ。だが、彼女がそれを口にすることはなかった。

 

 元気が出た箒を見てシャルロットが微笑んでいると、後ろの座席からいきなり影が飛び出してきた。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン」

 

「うわ!? ら、ラウラ……」

 

「というわけでお前たちにこれをやろう!」

 

 何が、というわけ、なのだろうと二人は思ったが、あえて口にはしなかった。

 

「「あ、飴?」」

 

「うむ。飴ちゃんだ」

 

「「ちゃん?」」

 

「ではな」

 

 そう言ってラウラは後ろの座席へと引っ込んでいった。

 二人の手には飴玉が一つ。

 それはとても綺麗な赤だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスが到着したのは、立派な温泉旅館だった。数台のバスからは生徒たちがわらわらと出て整列している。

 

「ようこそおこしくださいました」

 

和服姿がよく似合う美人、清洲景子が生徒一行を女中たちとともに迎えた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

千冬が代表で挨拶する。毎年、お世話になっているため顔見知りのようだった。

 

「あの、申し訳ないのですが……」

 

二人の中に小清水が割って入った。

 

「博士をお部屋にお連れしたいのですが……。バスの酔いに当てられたようでして」

 

ぐったりとした三夏を小清水が支える。

 

「だらしがないぞ、兄さん」

 

「やかましい。私は君と違って繊細なのだ……」

 

「あらあら。こちらへどうぞ」

 

「……五つ星ホテルが良かったのですが、それに準ずるサービスを期待しています」

 

「ご期待に添えるように努力させていただきます」

 

三夏と小清水は女中の一人に案内されて一足先に旅館へと向かった。

 

「千冬姉、俺も駄目だ……」

 

「お前は我慢しろ」

 

「今すぐここでブチまけていいのなら我慢する」

 

「はぁ……分かった。行っていいぞ」

 

「ありがとう、千冬姉。……女将さん、今回はよろしくお願いします。至れり尽くせりのおもてなしを心から期待しています」

 

「はい。かしこまりました」

 

一夏も少し顔色の悪いセシリアに付き添われながら三夏のあとに続いた。

ついでに言ってしまえば織斑ファミリーの部屋は別館で一般生徒より数段ランクが上だ。

それだけは三夏が頑なに譲らなかった。

 

「父と弟がすいません」

 

「あちらが噂の?」

 

「えぇ」

 

「よく似た方たちですね」

 

「……はい」

 

「それでは、みなさんもお部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は別館でお着替えください。分からないことがありましたらいつでも私どもに聞いてくださいまし」

 

千冬が生徒に向き直った。

 

「よし、各自部屋に行っていいぞ。本日は終日自由時間とするが、明日からはISのデータを取るから準備をしておくように」

 

次話へ続く。

 




お久しぶりでございます。
以前の更新から早や6年がたってしまいました。
今回は当時の書き掛けていた次話とともに近況報告というか生存報告というか……言い訳をご報告しようと思います。
6年近く前のものなので、拙い文章ではありますが汗

長い間更新できず申し訳ございませんでした。
更新できなかった大きな理由はありません。
年齢を重ねるにつれて、書くこと以外に時間を割かなければならなくなり、書こう書こうと思いつつ、段々とこの作品への時間、それ以上に創作活動へのを取らなくなっておりました。
リハビリ的に何作か別の小説を書いてみましたが、やはり中途半端になってしまいました。

中高大と進み、すっかりサラリーマンをしている現在ですが、ある人の創作活動へのお手伝いをすることとなり、二次創作ではなくオリジナルの小説の制作に関わっております。

そこで、二次創作ではありますが、中途半端になっていたこの作品をしっかり完結させたいと思います。
本来であればこの作品はアニメ第一期の最終回あたりで完結させる予定でした。
本当にあと数話といったところで、更新を止めてしまい申し訳ございませんでした。

再びこうした活動に関われるようになった中で、半年に1話、1年に1話のペースになってしまうかもしれませんが、可能な限り完結に向けて執筆していければと考えております。
※オリジナルの小説の活動との関係で、再度凍結になってしまうこともあるかもしれませんが、出来る限り頑張っていきます。

もし当時読んでいただいていた方がいらっしゃれば、こんな作品あったなぁと懐かしさを感じていただければ幸いでございます。


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